僕の艦隊これくしょん ~提督になれば艦娘とイチャラブできると思っていた~ (荒井うみウシ)
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曙さんとお迎え

はじめまして。

しょっぱなからなんだこの話はと思うかも知れませんが、多めに見てくださいな。


「司令官さーん」

 

柔らかな笑みを浮かべながら早歩きで電が歩み寄ってくる。

会議とかいう下っ端の僕らにはただただ退屈な仕事であっても、あのような迎えが来るのであれば悪くない。

 

「こっちだよ、電」

声をかけられ、さらに良い顔をしながら電は早歩きから小走りになって近寄ってきた。

 

「もうお帰りになるのですか?」

可愛らしく小首を傾げながらたずねる。

 

「あぁ、会議も終わって、軽く雑談していただけだからね」

 

「では帰りましょうか?」

帰宅した主人に対する飼い犬のような目をしている。

電も犬属性があったのか。

 

「いや、この際だし、少し寄り道してから帰ろう。みんなには内緒でね」

 

「やっ・・・でもみんなに悪いのです」

一瞬やったといいかけ、顔を輝かせるが、すぐに他の子を想い、辞退しようとする。

かわいい。

 

「内緒にしてれば大丈夫だよ。それに、なんだったら面倒を引き受けた特別報酬ってことにしておけばいいさ」

 

電は少し悩んだのち、困惑顔で問う。

「・・・内緒ならわからないのです、よね?」

 

罪悪感を感じながらも特別扱いに喜んでいる様子。

かわいい。

 

「そうそう、それに、内緒にさせたのは俺だから、電は何も気にしなくていいんだよ」

 

頭を撫でられる電。

「はわわ、そういうのは二人のときに、なのですー」

などと言いながらほわほわとした顔になり、喜ぶ電。

かわいい。

かわいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあそういう訳で、そろそろ行くわ。じゃあな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう()が言うと、慌ててこちらに頭を下げ、ついて行く電。

 

 

彼女の司令官は()ではない。

 

羨ましい限りだ。かわいい娘に慕われて、頭ナデナデなんてできるのだから。

うちにいる娘は、うん、かわいいはかわいいよ?

でもね・・・

 

「悪かったわね、かわいくなくて」

後ろから声をかけるは一部界隈ではラブリーエンジェルで通ってるあの娘。

 

「曙さんがかわいくないはずないじゃないですかー」

 

「棒読みになってるわよ。それに、他所の娘、それも駆逐艦に鼻の下を伸ばすようなクソ提督にかわいいなんて思われたくもないわ」

 

フンッと悪態をつくのはうちの曙さん。

他所ではやれツンデレだの、やれ裏提督love勢だのいう話があるが、うちでは完全に好意ゼロですわ。

 

きっとお迎えにきてくれたのも仕事だからだろう。

 

「お迎えありがとうこざいます。ちなみに曙さんがきてくれた理由はなんでせう?」

 

ほんの少しの期待でたずねてみる。

 

「クソ提督でも提督は提督なんだから護衛はいるでしょう?そんなこともわからないの?私なのはくじ引きの結果よ」

 

仕事&くじの結果。残当ですな。

 

「あとその変な物言いはやめて。キモイから」

 

すいませんね、キモくて。

 

「さっさと帰るわよ。あと寄り道なんか許さないから」

 

さっきの二人のやりとりをみていたのだろうか。

 

「いや、行きませんけど」

 

そう返す前にすでに踵を返している曙さんに後に続き、帰路につく。

うちにも電みたいなかわいくて僕loveな艦娘来てほしいわ。

かわいい娘でもちょっと癖の強い娘が多いので気疲れするのです・・・

 




タイトルが曙としておきながらほとんど電とよその提督というこの話。

なんというかすいません。でもやりたかったんです。


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曙さんとお迎え_裏

艦娘サイドなど他視点の話を裏として投稿する予定です。


数日前

 

「いいわね、恨みっこなしの一本勝負よ」

 

神妙な顔をしながら叢雲が他のメンバーを見渡す。

この場にいるメンバーは叢雲の他に霞、満潮、潮、敷波、白雪そして曙の計7名である。

 

互いに目を合わせ、無言でうなずき合う。

 

そして全員で声を合わせながら()()を引く。

 

「「「「「「「せーのっ!」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

ことの始まりは一通の通達だった。

内容は会議が開かれ、それに彼女らの上官も招集対象とされていることだった。

上官たる提督は稀少な鎮守府を運営するに必要な能力を保有するため、外出時には護衛を必要とする。

護衛に当たるのは信頼の置ける能力ある者であり、部下であり艦娘である彼女らが担うのは当然であった。

 

そこで、だれが行うのかということが彼女たちには重要となる。

仕事それも短時間とはいえ他の娘に邪魔されず、提督と二人きりになれるのだから。

 

誰もが希望するため、彼女たちは独自にルールを設けた。

それはいくつかあるが簡単にまとめると、

担当を決める際にはある程度練度があり、重要な仕事を他に持っていない娘たちで公平な方法によって選定する。

ということだ。

細かいところには方法を決めるのは持ち回りだとか、ずるをしたときの対処とかがあるが、割愛する。

 

今回の方法を決めたのは叢雲で、内容はくじ引きであった。

そして

 

「ぃやったあぁぁ!」

 

あたりを引いたのは曙だった。

自分がはずれたことを残念がったり、曙があたりを引いたことを羨む声などがしばしの間続いた。

 

 

 

 

 

 

 

―・―・―・―・―・―

 

会議当日の朝

 

 

運よくあたりを引けた私は自身の上官に声をかけた。

 

「今日の会議の準備、終ってるんでしょうね?」

 

いそいそと書類を処理していた彼は手を止め、私の声に顔を上げた。

 

別段優れているというわけではないが、見ていると落ち着く顔。

鍛え抜かれているわけではないが、がっちりとして包容力を感じさせる身体。

万人に問うても決してもてはやされそうもないが、

そんな彼がただ自分の声に耳を傾け、自分のことを目にし、自分のことを考えてくれる。

それを感じられるだけでも幸せだ。

 

「あーはい、できてますよ?昨日そこのカバンに全部つめたんで」

 

少しだけ気だるげにしながら、カバンを指差す彼。

それは朝早くから仕事をしているためなのか、普段の仕事の疲れが取れ切れていないのか。

どちらなのかはわからないが、ほんの少し普段よりも緩んでいるその姿に心が揺れそうになる。

 

「そ、ちゃんとできているか確認してあげる。あと、もっとしゃんとしなさい。まったく、私だから良いものの、他の娘の前でもそんな風になってないわよね?」

 

こんな魅力的な姿を他の娘には見せないでほしい。

見せるのは自分だけであってほしい。

そんな風に思ってしまう自分が抑えきれず、ついつい口がすべってしまう。

 

「なってない・・・すよ?」

 

語尾が小さくなりつつ言う彼。これは他の娘にもやっている。絶対だ。

 

「クソ提督。だからクソ提督なのよ。このクソ提督」

 

不満をぶつける。彼の立場上周りの娘と接触するなとはいえない。

でも立場を考えない私的なものは私だけに見せてほしいと思ってしまう。

嫌な気持ちになりつつも、彼の顔を横目に見る。

 

ほんの少し口を開け、やってしまったという顔だ。

ずるいものだ。

この顔を見ているとまったくしょうがないと思えてしまう。

 

その後、黙々とカバンの中身をチェックしていく。

「ん、問題ないわね。じゃあ先に持っていって待ってるから、遅れないようにくるのよ?」

そう言い残して私はカバンを手に部屋を後にした。

 

 

 

 

 

―・―・―・―・―・―

 

会議後

 

たった数時間でも長く感じた。

待合室で他所属の娘によるのろけ話を聞き流しながら過ごしていたから余計に長く感じたんだと思う。

すぐにでも彼に会いたい。

彼の存在を感じていたい。

そう思うと自然と早歩きになっていた。

 

彼はすぐに見つかった。

別の提督と会話をしているようだった。

普段めったにしないほど軽やかな表情をしている。

よほど退屈していたのだろう。

 

すると彼らの奥から声が聞こえる。

どうやら相手の護衛が迎えに来たようだ。

 

待合室では会わなかったので、別の部屋に居たのだろう。

駆逐艦・電。

うちにはまだいない娘だ。

 

私も提督に近づいていくと提督の表情が変わっていることに気が付いた。

すこし潤んだような、かなしそうでありながらうれしそうな妙な表情。

そんな表情で電と彼女の上官とのやりとりを眺めている。

 

見ているとむかむかと腹が立ってくる。

そんな顔を私の前ではしないのに、

そんな目を私には向けないのに。

 

提督のそばで立ち止まる。

そうすると彼はぼそりとつぶやいた。

 

「かわいい」

 

ショックだった。

こちらに対してそういう視線を向けることすら少ないのに、

今日あったばかりの娘には向けている。

そして、向けさせることができなかった自分が情けなく、悲しく、むなしい。

 

電たちが離れていくのを見るとつい口が勝手に動いた。

 

「悪かったわね、かわいくなくて」

 

声によってやっとこちらの存在に気づいた様子の提督。

すこしばつの悪い顔をしながら振り向き言う。

 

「曙さんがかわいくないはずないじゃないですかー」

 

棒読みである。

 

「棒読みになってるわよ。それに、他所の娘、それも駆逐艦に鼻の下を伸ばすようなクソ提督にかわいいなんて思われたくもないわ」

 

うそである。棒読みであってもかわいいといわれればうれしいし、ずっとそう思っていてほしい。

いや、本当は棒読みではなく本心でかわいいといってほしいが、そういうのは私にはむずかしいと自分でわかっている。

 

ふと普段の表情に戻り、提督がたずねてくる。

 

「お迎えありがとうこざいます。ちなみに曙さんがきてくれた理由はなんでせう?」

 

これに"少しでも他の娘に邪魔されずに二人になりたいから"と素直に答えられるのであればどんなに楽か。

 

「クソ提督でも提督は提督なんだから護衛はいるでしょう?そんなこともわからないの?私なのはくじ引きの結果よ」

 

機嫌悪く答えてしまう。

彼の質問だ。回答にうそはつけない。

でもすべてを話すことはできないから、一部はごまかして伝えてしまう。

 

「あとその変な物言いはやめて。キモイから」

 

二人きりならともかく、今はまだ他の提督やら艦娘やらがいる。

その人たちに私の提督が悪く思われるのは気に食わない。

だから言動には多少気を使ってしまう。

彼がこういうところにもう少し気を使ってくれたらとも思うが、そういうところも目が離せない一因なので、しょうがないとも思ってしまう。

 

あまり立ち話を続けるのもなんだし、そろそろ場所を変えよう。

 

「さっさと帰るわよ。あと寄り道なんか許さないから」

 

などといいつつその上で誘ってほしいと思ってしまう。

鈍感な彼だからきっとそんなことはないだろうと思いつつも、耳をそば立てながら踵を返す。

 

「いや、行きませんけど」

 

返答は期待を裏切り、予想通りの淡々としたものだった。

 




とりあえずクソ提督といわせたかった。


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満潮さんと建造

今回はちゃんと満潮がメインですよ。

後書きに作中の設定を少し載せますので、興味ある方はどうぞ。


「また被りか」

 

今僕が居るのは工廠だ。

艦娘の建造や装備の開発なんかができる施設だ。

 

「またなの?今回は誰のだったの?」

 

満潮が手元にある書類をひょこっと覗き込む。

うちは現状艦娘の数自体が少なく、建造を優先して行っているのだが、なぜかすでに着任している娘の艤装ばかり建造されてしまう。

 

「今回は霞さんのでっせ」

 

見やすくなるように書類を満潮さんの前に持っていく。

タイミング悪く、覗き込もうとする満潮さんに近づけすぎた。

ムスッとしながらすこし下がり、内容を確認する満潮さん。

 

「ここ、なんで人少ないのに被るのかしら?ここまでくると作為的なものを感じるわ」

 

同感です。

 

「朝潮型の艤装なんだし、どうせなら朝潮ちゃんとか来てくれたらよかったのに・・・」

 

朝潮型のフラッグシップ・朝潮。

忠誠心の塊の様な性格で、可愛らしい娘だ。

あとガチ。何がガチなのかは伏せますが。

 

「ふーん、私とか霞なんかいらないってわけなのね」

 

ジト目になりこちらを睨んでくる満潮さん。

しまった。ポツリとつぶやいたことで機嫌を損ねてしまったようだ。

早急にフォローせねば。

 

「いや、満潮さんに霞さんはもういるので、いない娘が来てくれたらなって意味ですよ。それに満潮さんもお姉さん居たほうがうれしいでしょ?」

 

満潮もツンデレ娘として有名であるが、うちではツンというより拗ねる。そしてやっぱりデレない。

霞や曙のようにいろいろ言ってはこないが、あからさまに態度にでる。

そして、周りがまたお前のバカのせいだろさっさと謝れという空気を出すのだ。

 

「そりゃ居ないよりは居たほうがいいけど、そういう聞き方は卑怯だと思うわ」

 

フォロー失敗気味。

顔も逸らし始めてしまった。

いや、まだいける。というかいくしかない。

 

「満潮さん達がまた着任してくれるのであれば話は別なんですけどね」

 

そう、被りは被りでも、艦娘とセットであれば人員増加にはなるので、現状はありがたい。

同じ娘ばかりになると見分けつかなくて大変だろうからできれば被らないでほしいところではあるが。

 

「ふーん、つまり私じゃない満潮がほしいと。そういうことね」

 

余計にツンケンした態度になってきた。

腕組ポーズで気に喰わないことをアピールし始めてる。

こりゃまずい。

 

「いやいや、早合点しないでくださいな。きみという満潮さんはきみだけでしょうに」

 

代えがあるっていうことで投げやりになってほしくは無い。

事実、同じ艦であっても個としては別なのだから。

 

「なら、私以外の満潮がほしいなんていわないでほしいわね」

 

そもそもそんなこと言ってないです。

なんていえるわけも無く大きく頷いて返答する。

 

それで少しは気がおさまったのか、腕組を解く。

ほっと一息。

 

ここで雑談で気を逸らそう。

 

「満潮さんは来てほしい娘とかいないんですか?」

 

ちらとこちらを一瞥したのち、すこし考える満潮。

待っているとおもむろに口を開く。

 

「そうね、しいて挙げるなら扶桑かしら」

 

こりゃまた意外な名前が上がったな。

いや、西村艦隊つながりで突拍子もないわけではないか。

 

「意外そうな顔してるわね。ま、私自身がどうのっていうより、山城が見ていてかわいそうなのよ」

 

うちには山城はいるが扶桑は居ない。

よく物音を察知しては姉さま!?といい、扶桑でないことがわかるとため息をつき不幸だわといっている姿が確認できる。

 

「あー、確かにアレはちょっとかわいそうではあるが・・・」

 

現状大型艦を増やすより、小型で燃費のいい艦を増やしたほうがいい状況なのだ。

 

「わかっているわよ。そんな余裕ないことも、駆逐艦が足りてないこともね。それに狙った娘を出せるならとっくに人が増えているでしょ」

 

あきれた顔をしながらため息をつく満潮。

ようやくこっちをむいてくれた。機嫌は直ったというか、流してくれたようだ。

 

「おっしゃるとおりで。まだしばらく現状が続きそうなので、コンゴトモヨロシク」

 

軽く頭を下げる。

 

「ま、私がどうにかするしかないし、しかたないわね」

 

とりあえず、満潮たちの負担を減らすためにも山城には悪いが新たな駆逐艦が優先だな。

 

 




前述の通りここで少しだけ設定を。

作中では建造時に艦の装備である艤装のみが作られる場合と、艦娘のみができる場合、艦娘と艤装の両方が作られる場合があります。

なので、1つの鎮守府に複数人同じ艦娘が居ることもあれば、1人で複数の艤装を使い分けている場合もありえます。ちなみに、練度は艤装に紐付けされています。

今回で言えば、霞の艤装のみが出来上がった。現状として艦娘の霞は1人だけいる。霞の艤装は複数個ある。という状況です。

なんなんだその設定は!と怒らず、ふーんそーなんだーで流してください。


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満潮さんと建造_裏

満潮はちょっとキャラ崩壊気味かもです。


「さて、今日は新しい娘がくればいいのだけど」

 

ぶつぶつと独り言を言う提督に工廠まで付いていくと、聞き捨てならない発言が出た。

 

確かに現状人手不足の解消が急務ではあるけど、まるで私では力不足のように思えてしまう発言は彼の口から聞きたくは無かった。

 

とはいえ彼自身はそんな考えは無く、ただ単に人が足りないということぐらいしか考えていないのだろうけれど。

 

こういった思考に陥ってしまう自分が嫌になってしまう。

 

「また被りか」

 

自己嫌悪に浸っていると作業は終ったようだ。

報告書を妖精さんから受け取り、内容を見て顔をしかめている。

 

嫌な気持ちを振り払うためにも彼の声が聞きたい。

彼にこちらを見てほしい。私を見てほしい。私に話してほしい。

彼の見ているものを教えてほしい。彼のすべてを知りたい。彼に私を知ってほしい。

 

思考が空回りする。軽く頭を振って現実に目を向ける。

 

気落ちした表情で書類を見ている彼。

あ、いまならチャンスかも。

 

「またなの?今回は誰のだったの?」

 

書類を覗き込む振りをして、彼に近づく。

あまり積極的に私たちにかかわろうとしない彼。

素直に抱きつきたいと言い出すことができない自分の性格。

だからこういうチャンスは逃がさない。

自然と、たまたま、仕事の関係で。

何気なく近づいていったら触れていた。そう、これは偶然なんだ。

 

もう少しで彼に触れることができると思ったところで彼が書類をこちらに向けてくれる。

 

「今回は霞さんのでっせ」

 

おしい。確かに見やすいけど書類を見たかったのではなく、彼の近くにいたかったのだ。

いや、十分に今も近くにいるけど、もっと近く。具体的には接触するレベルで。

 

いけない。また頭だけ進んでる。

目の前にある書類を確認する。

建造されたのは霞の艤装。

霞自身の着任はなし。

 

うちにいる霞は1人だが、艤装だけで言えば片手で数えられないほどだ。

ここまで来ると笑い話にもならない。

 

「ここ、なんで人少ないのに被るのかしら?ここまでくると作為的なものを感じるわ」

 

感想を述べると彼もまったくもってその通りだといわんばかりの表情をしている。

 

「朝潮型の艤装なんだし、どうせなら朝潮ちゃんとか来てくれたらよかったのに・・・」

 

ポツリと。しかししっかりと聞き取れてしまったその一言。

なによ()()()()()って。私のことは()()()()で、自分が上官なのに部下に向かって敬語使うというのに。

いや、ときどき変な言い方はするけど、それはこの際置いておくとして、問題なのは司令官は()()()()()が来てほしいといったのだ。

 

なに、同じ朝潮型だったら()()が良かったってこと?

私はいらないってこと?

私じゃだめってこと?

 

どんどん嫌な気持ちになっていく。

 

「ふーん、私とか霞なんかいらないってわけなのね」

 

つい悪態を付いてしまう。

彼を睨んでしまう。

確かに私はダメなところが多くあるとおもう。

ここぞというときには動けなくて仲間を見殺しにしてしまったような事だってあった。

それでも彼は、司令官は私を求めてくれていたと思っていた。

 

でも私よりも朝潮のほうがよかった?

 

かなしい、くやしい、くるしい。

いろいろ混ざって泣きたくなる。

でも泣かない。泣いている私なんて、無様な私なんてきっともっといらないだろうから。

 

ふと彼を見るととても申し訳なさそうな顔をしている。

そんな顔はしてほしくない。

そんな顔にしてしまったのは私だ。

やっぱり私はダメなんだ。

 

ちがうちがうちがう!

 

すこし落ち着こう。

ゆっくりと呼吸をして落ち着かせる。

 

きっと彼だって私がいらないというわけではないのだろう。

優しい彼だ。そんなことは思わないと断言できる。

それでもと思ってしまう。

 

「いや、満潮さんに霞さんはもういるので、いない娘が来てくれたらなって意味ですよ。それに満潮さんもお姉さん居たほうがうれしいでしょ?」

 

フォローしてくれていることが丸わかりだ。

私はやっぱり悪い娘だ。あからさまなフォローであっても、自分を気遣ってくれている。

ただそれだけでうれしくなってしまうし、それを利用して、もっと気を向けようとしてしまう。

 

「そりゃ居ないよりは居たほうがいいけど、そういう聞き方は卑怯だと思うわ」

 

表情で判断されないように横を向く。

もう少しだけ、嫌な気持ちをなくせるように、彼の優しい言葉がほしい。

 

「満潮さん達がまた着任してくれるのであれば話は別なんですけどね」

 

きっと、彼は人手不足解消のためとしか考えていないのだろう。

そして、私が朝潮に嫉妬していることもわかっているからこそ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()といった言い方をしているのだ。

わかっている。わかっていてももうひとつのとり方をしてしまう自分が嫌になる。

 

「ふーん、つまり私じゃない満潮がほしいと。そういうことね」

 

気分が悪くなる。そういうつもりはないとわかっていても、そうではないと彼に言ってほしかったから。

明言してほしかったから。

私の甘えだ。ゆがんだ甘え方。でもそれも受け止めてくれる。どこまでも彼は優しいのだから。

 

「いやいや、早合点しないでくださいな。きみという満潮さんはきみだけでしょうに」

 

うれしさのあまり、一瞬目の前が真っ白になった。

ただ否定してくれれば良かっただけなのに、私だけ、私だからいいと彼は付け加えて返してくれたのだ。

 

ゆるむ顔をなんとかこらえつつ、体がこわばらないように気をつける。

いつの間にか組んでいた腕を下ろし、一息入れる。

 

「なら、私以外の満潮がほしいなんていわないでほしいわね」

 

いまならこんなわがままも通してもらえるわよね?

そんな甘い考えでつい言葉が漏れた。

 

私の様子に満足したのか優しげな表情に戻り、明るいトーンで彼が口を開く。

 

「満潮さんは来てほしい娘とかいないんですか?」

 

来てほしい娘。

むしろ私以外だれも居ない、彼と私だけで過ごしたいといったらどんな風になるのだろうか。

ちらと彼をのぞき見る。いや、彼はそれを望まない。私がそれを望んでいることを知ったらただただ困惑と疲弊をするだろう。

それはいやだ。私のせいで彼を困らせるのはいやだ。

かまってくれるのはうれしいし、そのために困らせることはしてるのも自覚しているが、これはそれ以上のものだ。

超えてはいけないラインを超えている。

 

思考を切り替えて、仕事を中心に考える。

やはり現状駆逐艦が足りていない。

いや、全艦種足りていないのだが、他をそろえるよりも先に駆逐艦をそろえなければ運営が困難だ。

 

駆逐艦で来てほしい娘を考える。

最初に思い浮かぶのは八駆の娘だ。

でも八駆のメンバーは私、大潮、荒潮、そして朝潮だ。

ここで朝潮を含むメンバーを挙げるのは正直気が引けるので却下。

であれば能力の高い島風や夕雲型あたり、或いは燃費などを考慮して、睦月型か。

 

でもあまり私に縁の無い娘を挙げても彼は納得しないだろう。

あからさまに気を使われたと感じるためだ。

私とかかわりある娘・・・。

西村艦隊を連想した。そうだ、朝雲や山雲、それに時雨なんかはどうだろう?

 

でも正直他の娘、それも駆逐艦に彼の目をこれ以上取られるのは心地いいものではない。

 

そこで西村艦隊つながりで、今のこの鎮守府には山城は居るが、扶桑が居ないことを思い出した。

これならまったくつながりの無いわけでもないし、山城をダシに使うのはあれだけど、駆逐艦じゃない理由もしっかりしている。

 

これでいこう。

 

「そうね、しいて挙げるなら扶桑かしら」

 

キョトンとした顔をしている。普段は厳格な顔や疲れた顔をしていることが多く、また普段の落ち着いた振る舞いからある程度年を感じさせていたが、

こういう表情をみると彼もまだ若いのだということを再度認識する。

 

「意外そうな顔してるわね。ま、私自身がどうのっていうより、山城が見ていてかわいそうなのよ」

 

思いついた理由を述べると合点がいったという表情になった。

仕事のときにはないこういう素の表情をみれるのはとてもうれしい。

 

「あー、確かにアレはちょっとかわいそうではあるが・・・」

 

苦笑いしながら言う彼。

事あるごとに姉さま!?と騒ぐ山城を思い出しているのだろう。

だがすぐに思案顔になる。

 

「わかっているわよ。そんな余裕ないことも、駆逐艦が足りてないこともね。それに狙った娘を出せるならとっくに人が増えているでしょ」

 

そう、現状駆逐艦を増やしたいのはわかりきっている。

これは避けようの無い現実なんだと溜め息がでる。

 

「おっしゃるとおりで。まだしばらく現状が続きそうなので、コンゴトモヨロシク」

 

よろしくのあたりの発音がちょっとふざけた言い方で笑いを取りに来る。

これも彼なりの気遣いなのだろう。

頭を下げる彼に私はなにか満たされるような気持ちになった。

 

 

「ま、私がどうにかするしかないし、しかたないわね」

 

そう、私を頼ってくれるならそれに全力で応えてみせてみるわ!

 




個人的に満潮は自信がないけど、強気に振舞うことでそれを隠しているように思うんですよね。皆さんの満潮はいかがでしょうか?

あと朝潮はガチ。

※4/16誤字修正。指摘ありがとうございました。


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赤城さんと訓練

赤城というと、艦これの初期にいる大型艦の代表格という認識があります。任務で入手できますし。

でも作者は翔鶴が最初でした。任務に気づかず、建造で出す人ってのも一定数いますよね?



しんと静かな空間、自分の呼吸音ぐらいしか音がないのではというほどだ。

 

空気はどんどん張り詰めていき、もう厳しい、でもまだいけるとどこまでも際限なく苦しくなりそうだ。

しかしここでめげてはいけない。じっと自身をおさえ、控える。

時間にすれば数瞬なのだろうが、延々と続くようにおもえてくる。

そんななか、それまでのじりじりとした張り詰め方から一転、一瞬で一気に空気が()()なる。

 

即座にわずかながら風を切る新たな音が生まれる。

 

そしてワンテンポ後にはトスッとさほど大きくないはずなのに、それまでに比べれば大きな音が生じる。

 

間。

 

やがて張り詰め濃くなっていた空気は緩み、時間の流れも通常通り、波の音や鳥の鳴き声、そのほかのさまざまな音があたかも止まっていなかったがごとく、自然とそこにはあった。

 

皆中(かいちゅう)・・・であっているんでしたっけ?さすがですね」

 

ここまで日常に戻ったのであれば、声をかけても問題ないだろうと判断し、口を開く。

 

彼女・・・赤城はこちらを向いてほんのりとした微笑を浮かべながら答えた。

 

「お褒めの言葉、ありがとうございます。皆中であっていますが、まだ鍛錬が足りていませんね」

 

顔色を変えず言う彼女。その表情から心中を察するのは困難だが、普段の言動から察するに言葉通り自身を戒めているのだろう。

放つ矢はすべて的に納まっているのだ。もう少し誇らしげであってもよさそうではある。

こちらが的と彼女を交互に見ているとくすりと笑みをこぼしながら赤城が答えてくれた。

 

「後の二射ですが、雑念が多く含まれていました。それでズレているんです」

 

よくよく的を見てみると、中央に矢が二本纏まって刺さっているが、残りの二本は外側にすこしずれて刺さっているようにも見える。

だがどれも的の中心付近にしっかりと刺さっていた。

 

「あれだけできていればいいと思ってしまうのは僕が素人だからですかね?」

 

正直な感想を述べてみた。

 

「私がここで行っている鍛錬は精神を対象としたものです。自覚できるほどの雑念を抱き、その上それに影響を受けてしまった、という事実が未熟な証拠なんですよ」

 

そういって彼女はすこし遠くを見るような目をして空を仰ぎ見る。

 

「未熟な精神でありながら慢心をして、それで()()・・・」

「大丈夫ですよ」

 

彼女の言に割ってはいる。

彼女たちが艦の時はそうだったかもしれない。でも今は艦娘であり、その上彼女らはそれらを踏まえて前にでる力がある。

少なくとも僕はそう信仰している。

 

「今赤城さんはこうやって慢心しないようにしています。だから貴方のせいで仲間が危機に陥るなんてことは無いでしょう。

というか現状貴方がたは僕の指揮下です。なにかあったときは貴方たちではなく、僕の責任です。そのときは僕のせいだーって叱ってくれればそれでいいんですよ」

 

だから君が背負う必要は無い。引きずる意味もない。重要なのは糧にすることなんだ。

そう意志をこめて彼女を見つめる。

 

しばし見つめあった後、彼女が目をそらしながら口にする。

 

「・・・。ではその際にはたっぷりとお説教させていただくので。えぇそれも霞さんや曙さん、叢雲さん以上にたっぷりと」

 

にっこりとした顔を向ける彼女。

意志は伝わったようでなにより。

これは彼女なりのジョークなのだろう。

 

「それは勘弁願いたいので、そうならないようがんばりますよ」

 

軽く手をふりながら答える。冗談であってもあの娘ら以上にたっぷりと説教というのは嫌なのだ。

そんな僕の様子にクスクスと笑いながら口元を手で隠す赤城。

 

「ではまず慢心しないようにこちらをやってみますか?微力ながらお手伝いいたしますよ?」

 

普段通りの笑顔で和弓をこちらに差し出す彼女。基本いつも同じ表情だから冗談だと判断し難い。

 

「いえいえ、すでに慢心しないよう見張る娘らがいるので、赤城さんにまでなってほしくないですよ」

 

冗談風に言っているがマジな話です。

 

「それは残念です。提督なら結構いい線いけると思うのですが」

 

わざとらしく残念な顔をする赤城。しかしすぐに普段の顔に戻る。

 

「また、ここでご一緒してもよろしいでしょうか?」

 

ん?言い方がすこし気になったが気のせいだろう。

 

「あまり多くの機会は取れませんけど、ご希望ならこれそうな時はまた赤城さんの鍛錬を見させてもらいますよ。といっても見るだけで助言も何もできませんがね」

 

期待させる物言いは好かないので、予防線を何本も引く。

 

「・・・それでもかまいませんので、よろしくお願いします」

 

いつもの笑顔で頭を下げる赤城。

すこし間のある回答だし、やはり判断しづらいが、あまりお気に召すものではなかったようだ。

 

 

 

 

 




ちなみに作者は弓道とかぜんぜんわからないので、弓道経験者の方はいろいろ言いたいことがあってもスルーでおねがいいたします。


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赤城さんと鍛錬_裏1

今回長くなったので、話数を分けます。

前話よりちょっとだけ前の時間でおきたことです。


早朝、日の出直後の澄んだ空気の中、日課の鍛錬のために鎮守府内の弓道場へ向かう。

 

ふと弓道場設置の依頼をした際の提督とのやりとりを思い出す。

艦載機の扱いに弓を扱うとはいえ、弓道ではなくどちらかといえば弓術のほうが近く、そもそも技量のほうは自己鍛錬ではほとんど伸びず、戦闘をこなし、艤装の練度をあげなければ効果はほとんど出ない。

 

故に鍛錬とは言っても体を鍛えるのではなく、精神を鍛えるためのものだ。

どうしても自分にはどこか慢心があるのではないか?という疑問が頭から離れないのだ。

きっと自分の中の何かが自分では気づいていない慢心に気をつけろと警告しているのだろう。

そして戦場における慢心がどれほどの被害をもたらすのかは艦であった頃の記憶が雄弁に語っている。

艦娘である私たちには違和感の無いこの事実は提督には受け入れがたい内容だったようで、はじめは首を傾げていたが、今ではもうそういうものだと割り切っているようだった。

 

そのようなことを考えながら弓道場に近づくと、微かに音が聞こえる。私ぐらいしか使う人が居ないはずであり、その上この時間だ。不審に思いながら近づく。

 

すこし変わってはいるが、誰かが弓を射る音のようだ。

 

気配を隠しながら弓道場の中に入り、様子を伺おうとすると声がかかった。

 

「おはよう。赤城さん」

 

提督がすこし変わった装いで、見慣れない弓?を持ちながら凛々しく立っていた。

 

「おはようございます」

 

気配を消しながら近づいたのに気づかれていたことと、彼がいることの動揺を悟られないように勤めて平穏なトーンで挨拶をする。

しかし一体どうして彼がここに?

あの装いは何なのでしょうか?

胸当てに腰には矢筒、左腕には奇妙な板を内側につけている。

あの変わった弓?を扱う際の装備なのでしょうか?

 

「朝から早いですね。鍛錬ですか?」

 

手にしていた弓?を専用の機材に設置しながら問う提督。

 

「えぇ、出撃予定がなければ日課としてこちらに」

 

いろいろと疑問と興味が交錯するなか、変に思われたくないが故に無難な返答をする。

 

「では僕は邪魔にならないようさっさと片付けて去るとしますよ」

「まってください」

 

彼の腰には矢の入った矢筒があり、弓のようなものまであるのだ。

こんなことをしているなんて他の娘も知らないだろうし、知るチャンスも滅多に無いだろう。

そう思うとつい逃してはならないと喰い気味になってしまった。

 

「見慣れないものですがそちらも弓なのですよね?よろしければ射る姿を見せていただきたいのですが」

 

彼は少考したのち、自信なさそうに答える。

 

「あまり上手くはありませんので、期待しないでくださいよ?」

 

そう言って再び弓?を手に取る。

軽く手元で何かをした後、的が体の横になるようにして立つ。

改めて的を見てみると、普段使っている的とは異なるカラフルな的が貼り付けてあった。

 

一本、黒く細い矢を手にすると彼のまとう空気ががらりと変わった。

酷く静寂で、目の前にいるのにそこに何も無いような不思議な空気。

音ひとつ無く彼が矢をつがえる。

そこで軽く一呼吸した後、じっくりとしているようで手早くスムーズに弦を引く。

カチッと音がしたかと思うと軽く空気を切る音がする。いつの間にか矢は放たれていた。

 

すぐに的を見ると黒い点が的の中心のすこし上に増えている。

 

再び彼に目を戻すとすでに次の矢をつがえ、弦を引く直前だった。

今度こそ放つそのときを見逃さないと意気込み、彼に注目する。

先ほどと同じ手順で徐々に弦を引いていく。

カチッとまた音がするとともに矢が放たれた。

 

普段の事務方に徹している彼からは見ることが滅多にできないその姿にしばし目をとられ、時間が止まったかのように感じた。

 

ふと瞬きをすると時間は流れ出し、弓が前に倒れるように回転した。

左手首に紐をつけていて、それで弓が落ちないようになっているようだった。

 

再び弓を手にし、三射目を再びつがえる。

背筋を伸ばし、力みすぎず、かといって脱力しすぎていない状態のまま弦を引き始める。

またカチッと音がすると矢が放たれる。

三射目が的に刺さり、間を空けた後、空気が散漫としていくのが感じ取れた。

どうやら三射で終わりのようだ。

 

「まぁこんな感じです」

 

軽く照れながらこちらに体を向ける提督。

見とれてほうけた顔を見せるのは失礼だとおもい、顔を引き締める。

 

「すばらしいです。私のつかっている弓とはだいぶ形状が異なりますし、引き具合も違うので一概にはいえないと思いますが、とても良いものだとわかりました」

 

感想を述べると提督は恥ずかしそうにしながら弓?を置く。

 

「赤城さんにそういっていただけるとお世辞でもうれしいですね」

 

お世辞のつもりなんてないのですけどね。

 

「それじゃ片付けるからすこしまってくだしあねぇ~」

 

茶化すように砕けた物言いで提督は片づけを始めた。

彼のあとについて歩きながら好奇心が抑えきれず尋ねる。

 

「提督のお使いになっている弓はいったいなんなのでしょうか?機械的な雰囲気が強いですし、なにより前に突き出てる棒は一体何なんでしょう?」

 

提督の扱う弓は短く、いくつかの部品に分かれているようであり、特に目立つのは中央付近に付いている棒だ。

 

「あぁ、これはアーチェリー用の弓なんだ。赤城さんが扱っているのが和弓でしょう?僕のは洋弓て部類になりますね」

 

的の矢を抜きながら提督が答える。

 

「前に付いている棒はスタビライザーって言って、矢の命中精度を上げてくれる装置なんだ」

 

抜いた矢を腰の矢筒に入れる提督。

 

「僕がやってるのはあくまで得点狙いの競技だからね。弓の扱いを通じて己を鍛える弓道と違って、ある程度は装備にものを言わせてあてにいくのも十分有りなんだ」

 

説明を続けながら的をはずし始める提督。

 

「それをつけたら艦載機の扱いもよくなるのでしょうか?」

 

思いついた疑問を投げかける。

 

「さすがにそれはないんじゃないかな?艤装による艦載機の扱いは単なる弓の扱いではないって教えてくれたのは赤城さんじゃないですか」

 

てきぱきと片づけを進めながら答えてくれる。

 

「興味があるなら貸しますけど、赤城さんの目的からすると和弓のほうがあってるとおもいますよ?」

 

提督と共通の話題が持てるならやってみようかと心が揺らぐ。

だがひとまず待とう。急いてはことを仕損じるといいますし。

 

「では機会があればお借りしたいです」

 

断っておいてなんですが、惜しいことをしたかもしれません。

・・・考えてみれば仕事ではないことで提督とご一緒できることを逃すのはやはり惜しいですね。

 

「あの、もしまだお時間があるのであれば、私の行射(ぎょうしゃ)も見ていただけますか?」

 

未練がましく声をかけてしまう。

普段執務室に篭らなければならないほど忙しい方なのだが、私たちが頼めば無理をして時間を頼むだろう。

結果彼に何か起きてしまっては遅い。だから私たちのほうでそういったことは控えるようにしようと話していたのにもかかわらず、つい言葉が漏れてしまった。

 

「ではお言葉に甘えて見学させてもらいますわ」

 

私に無用な気遣いをさせないためか、いつもの特徴的な話し方で答えてくれる。

おちゃらけて、不真面目な態度をみせているが、それは私たち部下に不必要に緊張をさせないためであり、その本質はどこまでも誠実かつ真面目、その上とてもやさしく、常に私たちを気にかけてくれている。

彼のこういうところに私は付いていこうと思えるのだ。

 

ただ、そんな彼だからこそ()()()ではなく()を、()()としてだけでなく一人の()として見てほしい。

なんという欲望がふつふつと湧いてしまう、湧かせてしまうのが彼の難点ではないかとも思ってしまう。

 

 





ちなみにアーチェリーなのは作者が齧ったことがあるからです。
初期投資がとてもかかりますし、やれる場所が非常に限られていますが、やってみるととてもおもしろい競技ですよ。


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赤城さんと鍛錬_裏2

今話で提督視点の話と時間が同期します。




私のわがままにより、提督に行射を見ていただけることになった。

 

すこし気高ぶっているのを自覚する。

普段通りに。良い結果を見せてほめていただけたら、という欲はもちろんある。

でもそれを野放しにはしない。今行うのは精神を御するためのものなのだから。

 

 

 

足踏み(立ち)

 

胴造り(弓を手に)

 

弓構え(矢を持ち)

 

打起し(構え)

 

引分け(徐々に弦を引き)

 

()

 

離れ(矢を放ち)

 

残心(見届ける)

 

基本に忠実に。8つに分かれながらもつながった動作を行う。

 

矢は正鵠(的の中心)に刺さっている。

 

提督はどうしているだろうか?

いや、今は彼ではなく弓道(こちら)に集中しなければ。

 

もう一度射法を丁寧に繰り返す。

 

一射目とほぼ同じ箇所に(あた)る。

 

提督は静かに、ただただ見守っている。

 

三射目。

 

射った矢は右にずれる。

 

いけない。彼を気にしている。集中しなければ。

これで最後だ。しっかりと落ち着けば大丈夫。

 

そう自分に言い聞かせながら最後の矢を放つ。

 

 

 

 

 

 

残心を解き、一息つくと提督が口を開く。

 

「皆中・・・であっているんでしたっけ?さすがですね」

 

的には四本の矢が刺さっている。

すべて中っているのだから皆中である。

喜ぶべき事柄ではあるが、私の気は沈んでいた。

 

「お褒めの言葉、ありがとうございます。皆中であっていますが、まだ鍛錬が足りていませんね」

 

彼の方を向き答える。

いいところを見せようと欲を、雑念をもって矢を放ち、その上それが結果に反映されているのだ。

褒め言葉に酔いしれてはいられない。

 

提督は不思議そうな顔をしていたので説明をする。

 

「後の二射ですが、雑念が多く含まれていました。それでズレているんです」

 

的を見直した後、提督がたずねる。

 

「あれだけできていればいいと思ってしまうのは僕が素人だからですかね?」

 

的に残った結果だけを見れば良かったといっていいだろう。

だがそれで満足してはいけない。それは慢心につながるものだ。

 

「私がここで行っている鍛錬は精神を対象としたものです。自覚できるほどの雑念を抱き、その上それに影響を受けてしまった、という事実が未熟な証拠なんですよ」

 

上手くできているから、自分には実力があるのだから。

これに胡坐をかいた結果は悲惨だ。

 

どれだけ後悔をしてもそれを取り返すことはできない。

失った仲間は帰ってこないのだ。

 

「未熟な精神でありながら慢心をして、それで()()・・・」

「大丈夫ですよ」

 

ハッと提督を見る。

やさしく、おだやかな声であったが、同時に力強く、頼もしい声でもあった。

彼はただただこちらをしっかりと見つめてくる。

おちゃらけた様子はなく、真摯な姿に見惚れそうになる。

 

「今赤城さんはこうやって慢心しないようにしています。だから貴方のせいで仲間が危機に陥るなんてことは無いでしょう。

というか現状貴方がたは僕の指揮下です。なにかあったときは貴方たちではなく、僕の責任です。そのときは僕のせいだーって叱ってくれればそれでいいんですよ」

 

しっかりと私の目を見ながら伝えてくれる。

根を詰めすぎるのも良くないと伝えてくれる。

気負いすぎるなと伝えてくれる。

そしてなによりも、私は独りではないと伝えてくれる。

 

後半の普段通りな言い回しに反してその真剣なまなざしに、ただただ私は魅了されるばかりであった。

 

 

 

まったく、ここまで気を使わせてしまって申し訳がたたないですね。

それに、こんな(とても安らかな)気持ちにさせていただけた報いをせずにはいられなくなってしまうわ。

 

心の中でそうつぶやく。

 

「・・・。ではその際にはたっぷりとお説教させていただくので。えぇそれも霞さんや曙さん、叢雲さん以上にたっぷりと」

 

気持ちは十分に伝わったということと、ちょっとだけの茶目っ気で答える。

 

「それは勘弁願いたいので、そうならないようがんばりますよ」

 

手を振りながら大慌てで断る提督の姿が面白くて、つい笑ってしまう。

 

「ではまず慢心しないようにこちらをやってみますか?微力ながらお手伝いいたしますよ?」

 

洋弓を提督に教わるのであれば私でなくてもできてしまう。

でも和弓を提督に教えるのであれば少なくともしばらくは私だけしかできない。

そんな風な考えの元、小さなわがままをもう一度言う。

 

「いえいえ、すでに慢心しないよう見張る娘らがいるので、赤城さんにまでなってほしくないですよ」

 

見張る娘ら、ですか。

その娘らはきっと私よりも提督に近いのでしょう。

そうなれた娘らへのうらやましさと、自分はそうなれていない悲しさで落ち込んでしまいそうになる。

いや、まだ自分にもチャンスはあるはずだ。

そう鼓舞してこの空気を壊さないように言葉を紡ぐ。

 

「それは残念です。提督なら結構いい線いけると思うのですが」

 

それでも。

やっぱり二人きりで何かできるということへの魅力は捨てきれない。

逃した魚は大きかったのだ。

未練がましくまたわがままを言ってしまう。

 

「また、ここでご一緒してもよろしいでしょうか?」

 

するとへらへらと普段の調子で提督は答える。

 

「あまり多くの機会は取れませんけど、ご希望ならこれそうな時はまた赤城さんの鍛錬を見させてもらいますよ。といっても見るだけで助言も何もできませんがね」

 

どうにも私の行射をまたみてほしい、という意味で受け取っているようだ。

私としてはここでまた彼の弓を引く姿を見たり、二人きりで話をしたいということなのだが。

意味合いはちがうが、彼と二人の時間をとれるという目的は達成できるのなら些末なことだ。

 

「そういう意味ではないのですが。それでもかまいませんので、よろしくおねがいします」

 

頭を下げて礼を言う。

 

まったく、私を含めてどれだけの娘をこのような気持ちにするのだろうか?

この先提督の部下(艦娘)は増えていくだろう。きっとその娘らの内の多くもこうなっていくことは想像に難しくない。

 

先に出会えたということに慢心しないよう心がけなくてはいけないわ。

 

そう心密かに誓った。




作中ではまだ正規空母という枠どころか空母という枠でも赤城しかいないという状況です。

あと弓道は即席で調べた限りの内容なんであまりつっこまないでください。
ふいんき(なぜか変換できない)で読み取って下さい。


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白雪さんと磯波さん

白雪も磯波も普段全然つかってない作者です。スイマセン

あとオリジナル設定のため、一部ハテナがつく表現があるかと思いますが、ご了承ください。



「と、特型駆逐艦き、9番艦のい、磯波です」

 

おどおどとしながら磯波が着任の挨拶をする。

そう、着任だ。

十数人という零細鎮守府なうちに新たな娘が増えた。

 

正直磯波のイメージは地味でおとなしいというものしかなかった。

能力的にもビジュアル的にも性格的にも、だ。

故にあまり彼女のことはよくわかっていないが、これからはともに戦うのだし、知っていかなければならないなと思う。

 

磯波をよくよく注視する。

系統としては潮や羽黒に近いけど、あの娘らのちょっとあなたが苦手なんです感はあまり無い。

他に雰囲気の似ている娘というと思いつくのは神通だろうか。

だが、神通は神通で内なる戦闘狂(バーサーカー)がちら見えしているのだが、それもない。

うん、やっぱり図書委員という雰囲気だ。

接し方を間違えなければ良い仲になれそうな気がする。

 

 

毎回そう思って失敗してるような気もするが、この際スルーだ。前向きに生きよう。

 

「よろしく。しばらくはここでの生活に慣れてもらうことを優先するために、雑務を多く受け持ってもらうけど、すぐに海に出てもらうようになると思うので、心積もりをしてくださいね」

 

できる限りフレンドリーに、でもある程度上官という立場を踏まえた発言を心がける。

 

「はっはい!がんばります」

 

ピクッと反応したのち、磯波はおずおずと答える。

目もそらしはじめたり、ちょっと失敗気味の模様。

ここは一旦引いて、立て直すのが良策かな。

 

 

「では当分の間は白雪さんに教わって、仕事を覚えてください。かまいませんね、白雪さん」

 

横で控えていた白雪に確認を取る。

 

「はい、承りました」

 

淡々と礼をする白雪。

よく艦娘の委員長キャラというと大淀があがるけれど、僕は白雪をあげたい。

大淀の仕事できる秘書っぽさがある故に社会人感があると思う。

それに対して白雪は落ち着いた優等生感は同じだが、駆逐艦ゆえかまだまだ学生ぽさがある。

故に委員長キャラとしては白雪のほうがしっくりくるのだ。

 

それはさておき、今後の編成を見直さなければ。

磯波が来てくれたことで人は増えたが、しばらくは白雪をつける関係上、一時的に普段より1名減った状態で考えなければならない。

今居る娘は全員で15名。

 

駆逐艦

叢雲、霞、敷波、曙、潮、白雪、満潮

新たに磯波

 

軽巡

川内、神通、那珂

 

重巡

羽黒、摩耶

 

正規空母

赤城

 

戦艦

山城

 

編成できるのはまだ3艦隊までだから・・・

思案していると、まだ二人が残っていることに気づいた。

 

「ん?下がってもよいのですが、まだなにかありますか」

 

とりあえずたずねてみる。

 

「ぁぅ、いえ、私は特にありません・・・」

 

磯波が白雪と僕を見比べながら言う。

 

「私も特にはありませんよ?」

 

静かに白雪が答える。

 

「えっと、ならどうしてそうじっとこっちをみているのでせうか?」

 

問にちょっと素が出たような気がするが気にしない。

 

「本日の秘書艦は私ですから。司令のお傍に居るのは当然かと」

 

目を閉じ手を胸にあてながら静かに答える白雪。

 

「その、白雪ちゃんにつ、つくよう指示されていますので・・・」

 

体を縮めながら答える磯波。

両手を胸元にしながらするそのポーズは改造前の羽黒のポーズそっくりだ。

 

それはさておき思考を現状に向ける。

白雪はそんなに物分りの悪い娘ではないのだけど今回はどうしたのだろうか?

 

「えっと、じゃあ白雪さんや。磯波さんをつれて鎮守府(ここ)の案内なり、他の娘との顔合わせなりしてきてくれませんかね?」

 

改めて指示を出す。

 

「それでは秘書艦の仕事ができなくなってしまうのですが、いかがなさいましょうか?」

 

真顔でこちらを向く白雪。ちょっと怖い。

というか秘書艦の仕事なんて正直たいして無いんだけどね。

誤字脱字や計算ミスがないかの確認、書類の提出や連絡事項の展開などぶっちゃけ雑務で居なくてもなんとかなる。

一部の艦娘(叢雲たち)を除けばほぼのんびりしているだけだ。

例外の一部の艦娘(彼女たち)は重箱の隅をつつくがごとくくどくど口を出してくるが、それはそれだ。

 

それを踏まえて発言する。

 

「今日は特段仕事が多いというわけではありませんし、大半は終っています。磯波さん関連のほうを重視してくださいな」

 

お願い調なのは白雪さんが怖いからじゃないですよ?ほんとですよ?

 

少し思案顔ののち、白雪は口を開く。

 

「・・・わかりました。それでは一通りまわってきます」

 

行きましょうかと磯波に声をかける白雪。

ちなみに磯波はこのやり取りの間ずっとオロオロしていました。

かわいい。

 

二人して礼をして退室する。

それにしてもワーホリというわけではないのに真面目で仕事ばっかな白雪がどちらかというと暇で仕事のない秘書艦をやりたがったのが不思議だった。

実は意外と仕事が好きというわけではないのかもしれない。

 

 

 





いろいろと提督は勘違いしています。
そこらへんを裏で書けたらな~とおもっています。

世界観や設定をあんまり説明口調にならないように書きたいですが難しいですね。
登場人物たちからすればあくまで当然のことをいきなり思考するのは不自然ですから。
かといってわざわざ設定集ページを事前に作って公開したくない性癖なので我ながら困り者です。
小出しになってしまいますががんばっていきたいので、お付き合い願います。



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白雪さんと磯波さん_裏1

しばらくぶりですいません。

白雪視点となります。


久々の秘書艦を担当でき、司令とご一緒に居られる喜びを感じていると、司令から一声かかった。

 

「白雪さん、これおねがいできます?」

 

差し出された書類を確認すると建造に関連する書類だった。

これを工廠にいる明石さんまで届ければあとは彼女と妖精さんが建造をはじめてくれる。

割と司令は工廠が好きなようで自ら赴いて建造や開発を見届けることが多いが、実際には書類ひとつで事足りるため、こういうこともままある。

おねがいというからには私一人で行って来いという指示なのだろうが、なぜ今回なのだろうかと嘆いてしまいそうになる。

 

たまたま初期艦だった叢雲さんが提示した秘書艦の条件により、比較的古参の駆逐艦がなりやすいようにされている。

先を見れば私も有利な部類に入れるだろうからしぶしぶ了承していたが、現状叢雲さん自身や霞さんの頻度が多く、まだまだ私が担当できるのは時たまでしかない。

それでもやっと担当できるときに限って二人きりになれる時間が少なくなることが起きる。

前回の担当時は来客のため、前々回は急遽出撃すべき状況のため。

今回は何も無く、二人きりでゆったりとできると思っていたら、普段秘書艦をつれて行く建造を私一人で行うことに。

 

司令は私と二人になるのがいやなのでしょうか?

 

そう妄想してしまいそうになる。

事実は異なるだろう。今までのは司令自身の裁量外のことですし、今回の件もべつにわざわざ私のときだからというわけではない。

たまたまだったわけだ。

そうにきまっている。

 

でももし違ったら、私はきっとおかしくなってしまうでしょう。

だからそう思い込む。

 

 

「どうしました?チェックはしましたけど何かぬけていました?」

 

心配そうな顔で司令が覗き込む。

しばらく黙ってしまっていたようだ。

彼に無用な心配をさせてしまって申し訳なくなる。

 

「いえ、ただ少しぼーっとしてしまいました。申し訳ありません」

 

あわてて取り繕う。

 

「そうですか?体調悪いようなら代わりのだr」

「大丈夫です」

 

彼と二人きりになれる(このとき)を逃したくないが故に少し大きな声で言ってしまった。

他の誰かに取られたくない。強くそう思う。

 

「でもあまり無理をしないように。白雪さんはそういうの隠すの上手ですから」

 

普段の茶目っ気を出しながら軽いトーンで彼が言う。

でもその中に含まれるこちらを気遣う気持ちとほんの少しの安堵の気持ちは確かに感じられた。

 

「ありがとうございます。それではこちら、処理してきますね」

 

そういって私は扉に向かう。

扉の前で振り返り、彼の顔をしっかりと見つめた後、礼をし退室する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―・―・―・―・―・―

 

 

 

建造が終った報告を受け、司令の指示により、結果を確認しに行く。

工廠へ入ると一人の艦娘が居た。

 

吹雪型九番艦・磯波

わたしの姉妹艦である彼女が着任したのだ。

 

「磯波さん?」

 

私が声をかけると彼女はこちらに気づいたようだ。

 

「あっ、白雪ちゃん。磯波、着任しました。これからよろしくね」

 

ほのかにはにかみながら磯波さんが挨拶する。

 

「はい、よろしくおねがいします」

 

人手不足のこの鎮守府で艦娘が増えるのはとてもありがたいことだ。

それも姉妹艦であるのだからうれしさも倍増である。

はやくこのうれしさを司令に伝えに行こう。

 

「では司令のところに着任の挨拶をしにいきましょうか」

 

「あの、提督ってどんな方ですか?」

 

とことことこちらに近づきながら磯波さんが尋ねてくる。

 

「とても素敵な方ですよ。外見はちょっと厳しそうですけど実際にはとても優しい方ですし」

 

あの人のことを思うだけでうれしい気持ちになれる。

もっと素敵なところを具体的に言いたくなるけれど、ぐっとこらえる。

ライバルは少しでも少ないほうがいいですからね。

とはいえ磯波さんも彼に惹かれるのは時間の問題でしょうけれど。

 

「ふふっ、白雪ちゃんがそんな風に思うぐらいいい人なんですね」

 

磯波さんが笑う。

一言言っただけでなのにどこまで伝わってしまったのだろう?

というより伝わるほど顔に出てしまった自分が恥ずかしい。

 

「えぇ、とても。優しく、真摯で、頼りがいがあって…」

 

と、そこまで言ってハッとする。

 

「これじゃまるで惚気話ですね。ごめんなさい」

 

私と磯波さんの間に少し気まずい空気が流れる。

 

「えっと、あんまり人気がないけど、ここ(この鎮守府)にはどれぐらい艦娘が所属しているの?」

 

少し不安そうに磯波さんが言う。

 

「確か16名、磯波さんを含めれば17名ですね。内駆逐艦は磯波さん含め8名ですよ。ただアイテム屋さんと任務娘さんは大本営所属ですが」

 

頭の中でうちの所属の人たちを数える。

 

「あいてむ?」

 

怪訝そうに磯波さんが首を傾げる。

 

「アイテム屋さんが明石さんで、任務娘さんが大淀さんです」

 

大本営所属の二名はなぜか司令がそれぞれ"アイテム屋さん"・"任務娘さん"と呼ぶ。

理由は知らないが、あの人がそう呼ぶのだから皆それに倣ってそう呼んでいる。

本人たちももうそう呼ばれることに対して抵抗がなくなったようにも見える。

 

そうこう話しているうちに司令の待つ執務室に着く。

 

 

 

 

 

―・―・―・―・―・―

 

「白雪です。入ります」

 

ノックをした後に声をかける。

どうぞーと司令ののんびりした返答を聞いたうえで入室する。

 

「新しい建造が終了しました」

 

そう言って磯波さんを中へ招き、私は司令の傍に控える。

彼は視線を手元から磯波さんに向ける。

その目には期待がこめられているのがありありと見てとれる。

人手不足に悩まされている最中、新しく着任があったのだから当然であるが、それが向けられているのが自分でないことに少し嫉妬してしまう。

 

「と、特型駆逐艦き、9番艦のい、磯波です」

 

おずおずと入ってきた磯波さんが敬礼をしたのち、おどおどと挨拶をする。

それを司令はひとまずじっと見つめた後、口を開いた。

 

 

「よろしく。しばらくはここでの生活に慣れてもらうことを優先するために、雑務を多く受け持ってもらうけど、すぐに海に出てもらうようになると思うので、心積もりをしてくださいね」

 

若干作ったような物言い。不器用ながらも磯波さんを気遣って、緊張させまいとする司令の心遣いがわかる。

 

「はっはい!がんばります」

 

うれしそうに磯波さんが答える。

頬を少し染めながら目を伏せる。

 

 

これは、やはり彼女も同じようになってしまったようですね。

一目惚れしてしまうほど司令が素敵なのはわかりますが、ライバルが増えるのは少々好ましくないです。

 

「では当分の間は白雪さんに教わって、仕事を覚えてください。かまいませんね、白雪さん」

 

思案していると司令がこちらを向いて言った。

彼からの指示ならばどんなことでも従おう。

 

「はい、承りました」

 

思案していたことを悟られないように即座に返答し、しっかりと礼をする。

 

おや?指示を思い返してみるとこれはひょっとして厄介なことなのでは?

今日は久々の秘書艦で、司令の傍にいられる数少ない日なのに、それを差し置いて磯波さんに指導をするのでしょうか?

いや、落ち着いて考えるのです。別に指導をするのは今すぐというわけでも今日一日というわけでもありません。

ですから今日は秘書艦の仕事を全うしつつ、磯波さんに指導を行えばよいのです。

そうです。それが適解です。

 

「ん?下がってもよいのですが、まだなにかありますか」

 

司令が磯波さんに声をかける。

 

「ぁぅ、いえ、私は特にありません・・・」

 

磯波さんが私と司令を交互に見る。

司令がこちらを向いて、視線で問う。

 

「私も特にはありませんよ?」

 

秘書艦なのですから、私が下がる道理はありませんし。

 

「えっと、ならどうしてそうじっとこっちをみているのでせうか?」

 

時折司令はこういった砕けた口調を使う。

おどけているときや機嫌がいいときなどに使うことが多い。

 

「本日の秘書艦は私ですから。司令のお傍に居るのは当然かと」

 

淡々と事実を伝える。

 

「その、白雪ちゃんにつ、つくよう指示されていますので・・・」

 

磯波さんが体を縮めながら答える。

私は司令の秘書艦としてそばに控える。

その私につくように指示されている磯波さんも傍に控えている。

なにが問題なのだろうか?

 

「えっと、じゃあ白雪さんや。磯波さんをつれて鎮守府の案内なり、他の娘との顔合わせなりしてきてくれませんかね?」

 

少しだけ、本当にほんの少しだけ顔をしかめながら司令が指示を出す。

どうやら秘書艦の仕事よりも磯波さんの対応を優先してほしいようだ。

 

「それでは秘書艦の仕事ができなくなってしまうのですが、いかがなさいましょうか?」

 

つい司令の傍にいたくて、彼の指示にそむきかけるような発言をしてしまった。

いや、この程度ならまだそむいてはいないはずだ。ただ確認しているだけだ。

 

「今日は特段仕事が多いというわけではありませんし、大半は終っています。磯波さん関連のほうを重視してくださいな」

 

明らかな作り笑いをしながら司令が促す。

 

司令は実は私と一緒に居るのが嫌なのでしょうか?

いつも他の娘のときは一緒に居させるのに、私のときばかり離れたり他の人も置いたり。

そんなに嫌われるような何かを私はしてしまったのでしょうか?

思い当たる節は一切ありません。

ひょっとして生理的に無理という部類なのでしょうか?

もしそうだとしたら私は絶望的で、生きていくことすら難しいでしょう。

いや、でも本当に嫌っていたらとっくに私は解体されているはず。

でも人手が足りないからまだなだけで、時がくれば解体されてしまうのでしょうか?

 

いやなことが頭をめぐる。

大好きな司令がそんなことを思うはずがないという思いと現実からの推察に頭がパンクしそうになる。

 

「・・・わかりました。それでは一通りまわってきます」

 

…どちらにしろ、私がすることは彼の指示にしたがうのみです。

彼がどんな理由、どんな思いを私に抱こうが、必要としてくれる限り、それに答える。

彼に求められることが私の幸せなのだから…

 

 

 

 




以前の雰囲気・ふいんきについて割りと感想で言及されるのですが、マジレスっぽいのが見られたので一応弁明するとネタです。

"なぜか変換できない"まで含めてのものですので、一応。

親切に教えてくださった方々はありがとうございました。


追記:一部設定に矛盾が生じる表現があったので、修正しました。


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白雪さんと磯波さん_裏2

エタるかとおもいましたか?
僕は思いました。



ごめんなさい。
ちなみに磯波視点です。


眠りから覚めるように意識が体の奥から広がる。

閉じている瞼には光を感じることができた。

さぁ、その時が来たようだ。

 

「あっ、あの。磯波と申します。よろしくお願いいたします。」

 

瞼を開け、目の前の人物に名乗る。

そして自分が磯波であることを再度認識する。

 

「よろしくねー、磯波ちゃん。提督じゃなくてごめんね」

 

少し茶目っ気を含みつつも謝る明石さん。

ふと周りを見ると提督はその場には居なかった。

 

「あの、提督は…?」

 

「提督は今手が離せないみたいで、秘書艦を向かわせるって伺ってますよ。もう少ししたら来るんじゃないでしょうか」

 

私が質問をすると明石さんは丁寧に教えてくれた。

 

「磯波さん?」

 

手持ち無沙汰に周囲を見回していると声がかかった。

そちらを向くと白雪ちゃんが居た。

 

「あっ、白雪ちゃん。磯波、着任しました。これからよろしくね」

 

慌てて挨拶をする。

 

「はい、よろしくおねがいします」

 

綺麗なお辞儀をして返礼してくれる白雪ちゃん。

姿勢を正して踵を返しながら口を開く。

 

「では司令のところに着任の挨拶をしにいきましょうか」

 

司令。提督のことだ。私たち艦娘はそれぞれ呼び方が違うが、艦娘をまとめ、指揮する者のことだ。

決して多くは無いが、さまざまな人がいるという。

私の提督はどんな人だろうか?

 

厳しい人だろうか?怖い人だろうか?勇ましい人だろうか?

できれば優しい人がいいな。

 

「あの、提督ってどんな方ですか?」

 

白雪ちゃんに尋ねる。

 

「とても素敵な方ですよ。外見はちょっと厳しそうですけど実際にはとても優しい方ですし」

 

それまでの凛とした顔ではなく、外見相応の、それも恋する少女のような柔らかで幸せそうな顔をして答えてくれる白雪ちゃん。

 

あぁ、きっと素敵な提督なのだろう。

 

「ふふっ、白雪ちゃんがそんな風に思うぐらいいい人なんですね」

 

微笑ましい気持ちになりながら言うと、白雪ちゃんは少し恥ずかしそうに顔を伏せながら言う。

 

「えぇ、とても。優しく、真摯で、頼りがいがあって…」

 

そこまで言うとハッとした顔をして区切る。

 

「これじゃまるで惚気話ですね。ごめんなさい」

 

恋する乙女な白雪ちゃんはとってもかわいいです。

そんな風な提督の下で働けるのは運が良かったのでしょう。

 

しばし黙々と歩くと、あることに気が付く。

 

そう、人気が無いのだ。

妖精さんは居るようだけれど、艦娘と全然会わない。

不思議に思って白雪ちゃんに尋ねる。

 

「えっと、あんまり人気がないけど、ここ(この鎮守府)にはどれぐらい艦娘が所属しているの?」

 

少しだけ視線を上にして考える仕草をした後、白雪ちゃんが答える。

 

「確か16名、磯波さんを含めれば17名ですね。内駆逐艦は磯波さん含め8名ですよ。ただアイテム屋さんと任務娘さんは大本営所属ですが」

 

「あいてむ?」

 

アイテム屋さんに任務娘さん?

聞きなれない単語にハテナがついてしまう。

 

「アイテム屋さんが明石さんで、任務娘さんが大淀さんです」

 

一体どうしてそんな呼び方なのでしょうか?

そんな疑問を抱いていると白雪ちゃんが扉の前に止まった。

 

「こちらに司令がいらっしゃいます」

 

 

―・―・―・―・―・―

 

少し深呼吸をした後、白雪ちゃんがノックをする。

 

「白雪です。入ります」

 

「どうぞー」

 

中から男の人の声で返事があった。

おそらく提督であろうその声は若く優しげな雰囲気だ。

 

白雪ちゃんに招かれ中に入る。

部屋の中には男性、歳は30手前のようだが、活気のある目から若々しさがある。

しかしながら少々鋭い目つきや纏う空気から怖さと威厳そして貫禄を醸し出していた。

 

「と、特型駆逐艦き、9番艦のい、磯波です」

 

何とか敬礼と挨拶を行う。

ちょっと怖いけど、結構怖いけど、嫌な感じはしない。

ここで怖がってたらダメな娘だと思われてしまいそうで、それはなんだかとてもいやだと思った。

 

じっと睨みつけるが如く見つめていた彼はふとその鋭さを控え、優しげな空気を出しながら口を開いた。

 

「よろしく。しばらくはここでの生活に慣れてもらうことを優先するために、雑務を多く受け持ってもらうけど、すぐに海に出てもらうようになると思うので、心積もりをしてくださいね」

 

手短に、でも必要なことは着実に伝えられた。

これはきっと彼に認められたのだと直感した。

彼の艦娘としていられることになったのだ。それがとてもうれしく思えた。

 

「はっはい!がんばります」

 

声が上ずりそうになりながらも何とか答えられた。

少し恥ずかしくなって目を伏せてしまう。

 

「では当分の間は白雪さんに教わって、仕事を覚えてください。かまいませんね、白雪さん」

 

提督が白雪ちゃんに指示する。

 

「はい、承りました」

 

まるで敏腕社長とその秘書の如く、実際秘書艦ではあるのだが、やりとりをする提督と白雪ちゃん。

その姿を少しうらやましく思う。

 

返答を聞いた提督は机の上の書類に目をむけ、執務を続ける。

白雪ちゃんは提督の傍に控えたままだ。

 

えっと、どうすればよいのでしょうか?

 

「ん?下がってもよいのですが、まだなにかありますか」

 

動かない私たち二人を不信に思ったのか提督が声をかける。

 

「ぁぅ、いえ、私は特にありません・・・」

 

上手くいえずに困って提督と白雪ちゃんを見比べながらぼそぼそと答えてしまう。

提督は白雪ちゃんに目で問う。

 

「私も特にはありませんよ?」

 

提督を見つめながら凛と答える白雪ちゃん。

 

えっと、私に何か指導していただけるのではないのでしょうか?

 

「えっと、ならどうしてそうじっとこっちをみているのでせうか?」

 

提督も戸惑いからか妙な口調で問い始める。

 

「本日の秘書艦は私ですから。司令のお傍に居るのは当然かと」

 

淡々と答える白雪ちゃん。

いや、そうかもしれませんけど、居るだけでなくお仕事しましょうよ。

 

提督がこちらを見る。

どうしましょう・・・

 

「その、白雪ちゃんにつ、つくよう指示されていますので・・・」

 

こう答えるしか私にはできない。

 

「えっと、じゃあ白雪さんや。磯波さんをつれて鎮守府の案内なり、他の娘との顔合わせなりしてきてくれませんかね?」

 

提督が困惑顔をしながら白雪ちゃんに指示を出す。

 

「それでは秘書艦の仕事ができなくなってしまうのですが、いかがなさいましょうか?」

 

ちょっとムッとした感じで白雪ちゃんが答える。

ひょっとして白雪ちゃん私とお仕事するのが嫌なのかな?

でも嫌われるようなことした覚えはないのだけれど。

 

「今日は特段仕事が多いというわけではありませんし、大半は終っています。磯波さん関連のほうを重視してくださいな」

 

提督が作り笑いをしながら促す。

 

少し暗い顔をしてうつむく白雪ちゃん。

顔を上げても暗い顔ははれていなかった。

 

「・・・わかりました。それでは一通りまわってきます」

 

行きましょうと声をかけられ白雪ちゃんに付いていく。

 

揃って礼をして退室。

 

―・―・―・―・―・―

 

「ね、ねぇ白雪ちゃん、私なにかよくないことした?」

 

我慢できずに白雪ちゃんに問う。

 

「特に問題はありませんが、どうしてですか?」

 

まだ少し冷たい感じに言う白雪ちゃん。

 

「なんだか少し機嫌を悪くさせちゃったみたいだから」

 

立ち止まり振り向く白雪ちゃん。

 

「ごめんなさい、磯波さんに当たるつもりは無かったの。ただ、ちょっと…」

 

少しもじもじし始める白雪ちゃん。

 

「ちょっと?」

 

「もうちょっと司令といたかったのになぁって思っちゃって、それで意地張っちゃいました。ごめんなさい」

 

顔を赤らめながら頭を下げる恋する乙女な白雪ちゃん。

かわいい。

 

「あっあやまらないで!そういうことならむしろ私のせいで離れることになっちゃったんだし、謝るのは私のほうですよ」

 

しどろもどろになりながら何とか謝り倒す白雪ちゃんをなだめる。

 

「少し、錯乱してしまいました。ごめんなさいね」

 

何とか落ち着いた様子の白雪ちゃん。

 

「うぅん、いいですよ。でも素敵な提督だもんね。私も少しお近づきになれたらなぁって思ったもん」

 

「やっぱりですか」

 

ぼそりという白雪ちゃん。

 

「やっぱりってなにがです?」

 

「いえ、こちらの話です。さて、鎮守府を案内するので、付いてきてくださいね」

 

つぶやきの詳細は教えてもらえなかったけれど、鎮守府や所属しているほかの娘たちとの挨拶、簡単な雑務などをその日一日を白雪ちゃんが使ってくれました。

 

 




一応構想はあるんですけどね、上手く書けなかったり、気が乗らなかったり、忙しかったり、遊びたくなったりしてたら遅くなりました。ごめんなさい。

たぶん次話も時間かかると思います。


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神通さんと練度上げ

練度上げと書いてレベリングと読むのだ!


ぱっと見ではおどおどしているような可憐な雰囲気を持つが、実際にはその瞳の奥に強さをしっかりともっている神通がこちらの返答を待っていた。

 

「つまり、もっと訓練をすべきである、と?」

 

出撃から帰還した後、神通が珍しく話がしたいと言い出したので聞いたところ、現状鎮守府(うち)の所属艦が少数であることを鑑みて、数を増やすことより練度を上げることを優先し、戦力の安定化を図るべきではないかという内容だった。

 

こちらの返答に対してコクりと小さく頷き肯定した。

 

「少し考えさせて」

 

短く宣言し、思考する。

資材を一定量溜まる度に建造や開発を行っているが、建造はダブりばかりな上、開発は失敗がほとんどである。

()()()では簡単には資材は溜まらず、提督の着任直後やよほどの事態が発生でもしない限り基本的には自力で収集しなければならない。

収集方法は()()()()遠征ではあるが、時間はより多くかかるようになっている。

しかし悪いことばかりではなく、1度の遠征で手に入る資材は多くなっているようだ。

それも練度が高くなるにつれ多くなる傾向がある。

艦娘らに尋ねるとスムーズに作業が行えるようになるためであり、むしろ練度が低いと資材が少ないということらしい。

つまるところ資材の増加が止まるところまで育てた後に遠征を行うのが理想ということだ。

 

神通が提案していることもこれに当たる。

今練度が最も高い艦娘は那珂で26だ。次いで叢雲の24。

彼女らでも全部を持ってこれるわけではないそうだ。

だから先に限度まで収集できる練度まで上げるべきという考えだ。

 

確かに一理あるが、現時点ではレベリングに有効な海域にたどりつけていない。

それを考慮するとまだレベリングを行う段階ではないと考えていた。

それに懸念事項はそれだけではないのだが、ちょうど良いきっかけが出てきたことだし、いくらか検証を行おう。

 

「まず結論から述べますと、練度上げを実施します」

 

おとなしく待っていてくれた神通に回答をする。

 

「では早速「待ってください」

 

とたんに勢いづきそうな神通を遮りなだめる。

でないと今すぐ走りこみしてきますとでもいいそうな雰囲気だったからだ。

 

「練度を上げる手段についてはこちらで指定します。それに従って行動をしてください」

 

「わかりました」

 

平時ではおどおどしていることが多い神通だが、こういうときはしっかりと答えてくれる。

 

「実を言うと前々から考えてはいたのですが、まだ早いと思っていました。ですが実施する前にいくつか確認をしておきたいことがあったので、今回は実験的にそれを調べることを優先させてもらいます」

 

目で続きを促される。

 

「まず一つ目、艦娘の練度は陸上での訓練ではあまり効果がないんすよね?」

 

「その通りです。ですがまったく効果が無いわけではありません。また海上と違って資材を使用しなくて済みます」

 

海上に出るには艤装がどうしても必要だ。そうすると必然的に資材を使用することとなる。

神通はそれを抑えて練度をあげるつもりのようだ。

 

「いや、資材以外のことを含めて考えると圧倒的にパフォーマンスが悪いんすよ。なので、海上に出てもらいます」

 

投資は当然必要なので出し惜しみはしない。上回るリターンが確実にあることが見えているならなおのことだ。

しかし、この返答に神通は驚いているようだった。

 

「少ない資材を抑えたい気持ちはわかりますし、ありがたいけどね。次いで二つ目、内部演習よりも実戦のほうが練度が上がりやすい?」

 

軽く息を吐く神通。

 

「実戦のほうがより多くのことを身につけることができます。演習でも外部と行うのであれば多少は異なりますが、内部の演習では実戦や外部との時よりは劣っているように感じます」

 

使用する資材に対して得られる経験値は、内部での演習<外部との演習≦実戦となっている。

 

「残りの幾つかは実際にやりながら聞いていくので、神通さんにはそのリーダーになってもらいたいんだけどいいかな?」

 

「私でよろしければ」

 

「ではよろしく、今日はさすがに予定に隙間がないから無理だけど、明日からならできるから早速お願いしますね」

 

「はい!ありがとうございます」

 

お辞儀をして去っていく神通。

さて、いろいろとやらなきゃいけないことが増えたぞと。

 

 

―・―・―・―・―・―

 

確認したいことは()()()での違いだ。

どういうことが起きて、何ができて、何ができないのか。

そしてどう対処していくのか。これらを知り考える必要がある。

 

「神通さん、どうだい?まだやれそうかい?」

 

「…はぁっ…はぁっ、ま、まだやれます」

 

だいぶ息が切れているが、やれるという神通。

表情や体の動きを見ているが、余裕は少ないがこれ以上は無理というラインには至っていないようだった。

 

「そうですか。なら信じます。次、行ってもらいますね」

 

「わかりました。神通、出撃します!」

 

神通たちが出撃した。

今調べているのは疲労度についてだ。

()()()ではオレンジや赤とわかりやすい上に、蓄積や回復の量はいつも一定で管理しやすかった。

()()()ではオレンジや赤と表示はされず、様子を見たり申告に基づき判断しなければならず、また艦娘や出撃場所、行動によって蓄積や回復の量は変動する上、毎度固定値ではないようだ。

故に1-1キラ付けなどは事実上できない。しかし、コミュニケーションや艦娘の独自行動によってキラ付けがなされることもあり、ここは一長一短だ。

そして個人的に非常に興味深かったのは空母の扱いだ。

今うちには赤城が唯一の空母だから他は違う可能性もあるが、艦載機関連の疲労度は()()()とほぼ同じに扱っても良いようだ。

具体的には開幕航空戦では空母自体の疲労度はそれほど大きく影響しないが、砲撃戦中の攻撃では疲労度に大きく影響されるということだ。

赤城に聞いてみたところ、艦載機自体は妖精さんが動かしているため、妖精さんの疲労が影響されるが、妖精さんは控えが多く居て、十分な休息が毎度取れるため実質考えなくて良いとのこと。では何が影響されるかというと発着艦時の動作であり、開幕航空戦時は疲れていてもある程度落ち着いてしっかり発着艦が行えるが、疲労が溜まっている状態ではそこまで上手くできず、結果命中や威力の低下を引き起こすそうだ。

艦載機の妖精さんに確認したところ、赤城の言で正しいと証言してくれた。

 

他にも調べたいこととして轟沈関連のことがあるが、さすがにこれは無理な話だ。

とりあえずはここまでとして、練度上げを含めたシフトを再構築する必要があるな。

 

「潮さん、神通さん達が帰ってきたら今日はもう終わりってことを伝えてくださいな」

 

今日の秘書艦である潮に伝える。

 

「はい、わかり…ました。・・・あの、ていとくは・・・その・・・」

 

もじもじとする潮。おそらく言付けにせずに自分で伝えるべきだと思っているのだろう。

 

「ちょっと用事が立て込みそうなんで、今のうちに少し仮眠を取りたいんですよ。なので後はよろしく」

 

ひらひらと手を振りながら潮を残し、その場を去った。

 

さて、一眠りしたらいろいろと予定を見直さなければ。

 




シナリオは考えていますが、実際に文にしようとするとしっくりこないことって結構ありますよね。

言い訳ですみませんでした。


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神通さんと練度上げ_裏1

軽巡の娘は訓練大好きなイメージ。
主に長良型の所為だろうけど。


「第三艦隊ただいま帰還いたしました。こちらが報告書です」

 

白雪さんが遠征から帰投して提督に報告する。

報告書を受け取った提督はそれを眺めつつ退室を促した。

 

「はい、補給を取ってしっかりと体を休めてくださいね」

 

「わかりました。それでは失礼いたします」

 

丁寧に礼をした後、退室する白雪さん。

それに軽く手を振り、送る提督。

そしてこちらに目を向けた。

 

「それで、遠征について話があるんでしたよね?神通さん」

 

姿勢を正し、軽く息を吐く。

本来ただ上官に従うべき立場の私たちが図々しくも意見具申するのだ。

懲罰を受ける覚悟を決めなければならない。

 

「はい。資材不足の現状を打破すべく、差し出がましいことと重々承知していますが「大丈夫だから続けてくれる?」

 

提督がスッと目を細めながら遮り、本題を促す。

醸し出す空気に気圧されるが、萎縮してばかりでは貴重なお時間を割いていただいた意味がなくなってしまう。

意を決して発言する。

 

「申し訳ありませんでした。では端的に。現在遠征待機組となっている者を集めて、訓練をする許可をいただけないでしょうか?」

 

現在の艦隊運営はある程度シフト制になっていて、出撃できる艦隊数に限りがある以上、待機組が多くなっている。

これをどうにか稼動側にもっていくことで鎮守府の能率は上がることが期待できる。

ただし、現状資材不足が蔓延しているので、資材を使うことは控えたい。

となれば、資材を使わずに能力をあげることができる行動をすることで、ただ待機しているだけでなく、効率的な艦隊運用ができるようになるだろう。

 

「訓練をしたいと言うけれど、一体どんなことを目的として、何をするのだい?」

 

口調は優しげにしているが、その目の奥にある鋭さは絶えず私を射抜いている。

 

「ただ待機しているだけではその分非効率です。なので、そこを有効的に活用すべく、訓練をして、出撃や遠征時の能力を上げることを目指します。訓練内容は各艦娘に合わせて発起人である私が担当いたしますのでご心配なく」

 

しっかりと提督の目をみて伝える。

しばし沈黙したかと思うと提督はゆっくりと口を開いた。

 

「つまり、もっと訓練をすべきである、と?」

 

強く見つめるその瞳に引き込まれそうになりつつも、何とか頷き肯定する。

 

「少し考えさせて」

 

彼はふぅと一息吐いてから短く答え、目を閉じ腕を組んで思考し始める。

沈黙が続き、緊張し息苦しいようなでもずっと続いてほしいと思ってしまう居心地の良さという矛盾した感覚が部屋の中に漂う。

 

時々組んだ腕をあごに当てたり、んーと唸ったりする提督。

いつまでも見つめていたいような、でも声を聞きたいようなそんな彼に私はいつまでも付いていき、力になりたいと幾度も思う。

 

短くも長くも感じれる思考の後、提督沈黙を破った。

 

「まず結論から述べますと、練度上げを実施します」

 

しっかりと私を見て答える提督。

私の意を汲んでくれたことに感激し、すぐさま実行に移そうと思った。

 

「では早速「待ってください」

 

踵を返そうとすると提督から待ったがかかった。

彼に向きなおして話を聞くことにする。

 

「練度を上げる手段についてはこちらで指定します。それに従って行動をしてください」

 

「わかりました」

 

普段から忙しい提督に私のわがままで仕事を増やしてしまうのを申し訳なく思いつつ、そのわがままに付き合ってもらえるということをうれしく思ってしまう。

 

「実を言うと前々から考えてはいたのですが、まだ早いと思っていました」

 

ちょっとしたいたずらを思いついた子どものような茶目っ気を含んだ笑みを浮かべながら彼が言う。

やはり提督は私が考える程度のことは事前に考え付いていたのだ。

しかし、私たちの実力ではまだ実行不可と考えていたようだ。

彼の求めるところにたどり着けない自分の非力さを悔いつつ続きを聞く。

 

「ですが実施する前にいくつか確認をしておきたいことがあったので、今回は実験的にそれを調べることを優先させてもらいます」

 

少し顔を引き締めながらくれぐれも勝手なことをしないようにと暗に言う提督。

そして確認したいこととは何だろうと疑問に思いつつ耳を傾ける。

 

「まず一つ目、艦娘の練度は陸上での訓練ではあまり効果がないんすよね?」

 

重苦しい空気にならないように軽い口調を使うのは提督の常用手段だ。

彼の質問に端的に回答する。

 

「その通りです。ですがまったく効果が無いわけではありません。また海上と違って資材を使用しなくて済みます」

 

資材不足の今、海上と陸上での差を聞くのであればこの事実は提言しておくべきであろう。

 

「いや、資材以外のことを含めて考えると圧倒的にパフォーマンスが悪いんすよ。なので、海上に出てもらいます」

 

しかし彼はそれを踏まえた上で資材を使う選択をした。

 

「少ない資材を抑えたい気持ちはわかりますし、ありがたいけどね」

 

こちらの意を見抜き、フォローしてくれる。

こういう気遣いがとてもうれしく感じる。

 

「次いで二つ目、内部演習よりも実戦のほうが練度が上がりやすい?」

 

質問の意図がわからず、一瞬戸惑ってしまったが、まずは質問に答えるほうが大事だ。

 

「実戦のほうがより多くのことを身につけることができます。演習でも外部と行うのであれば多少は異なりますが、内部の演習では実戦や外部との時よりは劣っているように感じます」

 

提督がしっかり考えた上での確認なのだから、どういうことなのかは私が考えずとも良いだろうし、彼ならきっとその意味を何らかの形で教えてくれるだろう。

 

提督はふむふむと頷き、いろいろと合点したようだ。

 

「残りの幾つかは実際にやりながら聞いていくので、神通さんにはそのリーダーになってもらいたいんだけどいいかな?」

 

提督が私を選んでくれた。とてもうれしいことである。

もともと発起人である私を主軸にするのは妥当な流れではあるけれど、それでも直々に頼られるのは感激だ。

 

「私でよろしければ」

あなたの命であればよろこんで。

 

「ではよろしく、今日はさすがに予定に隙間がないから無理だけど、明日からならできるから早速お願いしますね」

 

「はい!ありがとうございます」

 

明日からとても楽しみです。

 

―・―・―・―・―・―

 

「ではこのメンバーでこの海域に出撃、一定時間経過か一定数の敵艦を撃退したら一時帰投し、次のメンバーを連れて同じ海域に出撃、以下繰り返しです。良いですね」

 

「了解!」

 

提督が指示に返答し出撃の準備を行う。

するとはじめに出撃するメンバーの一人、霞さんが私に声をかけてきた。

 

「ちょっといいかしら?」

 

少々高圧的な言い方をすることが多いけれど、芯のしっかりした良い子です。

 

「何でしょう?」

 

怪訝に顔をしかめながら私に問う。

 

「今回の出撃、詳しくは聞き出せなかったけど、神通は何か別命があるんでしょう?それにあなたは出ずっぱりじゃない、大丈夫なの?」

 

どうやら私の心配をしてくれたようです。

やっぱり優しい子です。

 

「提督の命令です。だから大丈夫ですよ」

 

彼の命令なら私は何だってやってみせる。

それに彼は私にできないことは命令しません。

たとえ実行できなかったとしても、それは私に瑕疵があるのであって、彼の間違いではないはずです。

 

「…そう、そういうならいいけど。それと、私も、というか私を含めた何人かもある命令をされているの。悪いけど内容はあなたに伏せる様にということも含めてね。それに従わなければならない状況になったら旗艦であるあなたの指示に背くから」

 

そう言い捨てるようにして去っていく霞さん。

私に伏せるようにと指示されているのに伝えてくれるのはなぜでしょうか?

しかし、()()()()()()()()()()()()という言い方からして、何らかの条件を満たしたら何かをするように言われているようですね。

提督は何か確認したいことがあるともおっしゃっていたので、おそらくそのあたりに関係ありそうですが、深くは問わずとも後々わかるはずです。

 

 

―・―・―・―・―・―

 

「旗艦神通、出撃します!」

 

鎮守府より南西よりの製油所付近海域での行動である。

艦隊は旗艦が神通、以下霞、磯波、敷波、山城、赤城である。

 

「山城より各艦に伝達、偵察機より敵影を感知。西南西に数4」

 

出撃後、指定海域へ到達する直前に会敵した。

 

「こちら神通、了解しました。各艦へ、戦闘態勢に移行してください。赤城さん、艦載機の発艦お願いします」

 

神通が指示を出す。

 

「赤城、了解しました。これより航空戦力による先制攻撃を行います」

 

次々と赤城から艦載機が発艦していく。

 

「着弾を確認、成果は駆逐1撃破、他損傷軽微です」

 

淡々と結果を述べる赤城。

 

「このまま反航戦で砲撃を開始します。全艦砲撃戦用意!」

 

神通の指揮の元、どんどんと敵艦隊に近づいていく。

敵艦隊は重巡を旗艦にした水雷戦隊だ。

 

深海棲艦は奇声を上げながら砲撃をしてくる。

それを避けながら近づいていく。

 

「私と磯波で牽制をするわ!しとめて頂戴!」

「が、がんばります!」

 

霞が磯波を引き連れ先行する。

 

「了解、敵の戦隊を崩してください。あと被弾しないよう動き続けてください。」

 

冷静に神通が指示を出す。

 

「山城さんは

「わかってるわ、私の相手は旗艦の重巡。砲門開け!」

 

山城の砲撃が始まる。

 

「では敷波さんは魚雷を装填しながら私に続いてください、軽巡を叩きます」

「了解」

 

重巡は山城に抑えられ、霞たちを相手に突出した軽巡めざし神通たちが詰め寄る。

 

「第二次攻撃開始します。皆さん近づきすぎないでください」

 

再び赤城が艦載機を発艦させ始める。

 

「あったれぃ!」

 

敷波が魚雷を発射する。

軽巡を庇い駆逐に直撃。

 

「よし、これで残り2隻だね!」

「このまま押し切ります、続けてください」

 

駆逐を撃破し、残りは軽巡と重巡のみ。

 

「重巡の脚を止めたわ。今よ」

「艦載機の皆、やってください」

 

山城の砲撃で中破した重巡を赤城の艦爆が襲う。

 

「こちらも、仕留められそうです!」

 

軽巡に砲撃が直撃し、珍しく興奮気味に磯波が声を張る。

 

「もらいました」

 

神通の魚雷が軽巡に直撃、すぐさま撃破した。

 

「周囲に敵影なし、戦闘終了です。警戒を続けたまま、皆さん状況報告を」

 

勝利はしたがまだ会敵の可能性がある海上だ。

すぐさま神通が各艦に確認をとる。

 

「こちら霞、被弾無し、問題ないわ」

「こちら磯波です。…大丈夫です、被弾箇所ありません」

「こちら敷波、どこも被弾してないよ」

「こちら山城、姉さまに会いたいわ」

「こちら赤城、いくつか艦載機が落とされましたが、他は何も」

 

全艦から返答がある。

 

「問題ないようですね。提督からも進撃の指示が来ています。進みましょう」

 

山城はいつものことだから平然と流す神通。

そのまま進撃をするのだった。

 

―・―・―・―・―・―

 

「神通さん、どうだい?まだやれそうかい?」

 

提督が心配そうに声をかけてくれる。

幾度も出撃を続けさすがに疲労を感じてきているが、まだやれる。

 

「…はぁっ…はぁっ、ま、まだやれます」

 

息を整えながら答える。彼に心配そうな顔をさせてしまったのは申し訳ないが、もっとがんばれば今後彼にもうそんな顔をさせずに済むのだからここは踏ん張るところだ。

 

「そうですか。なら信じます。次、行ってもらいますね」

 

ほっと安心した顔で信頼してくれる提督。その信頼に応えなければ神通(わたし)でない。

 

「わかりました。神通、出撃します!」

 

踵を返し、出撃をする。彼の期待に応えたいのだ。

 

―・―・―・―・―・―

 

「お、お疲れ様です。今日はこれで…その、終わりだそうです」

 

帰投すると秘書艦である潮さんが出迎えた。

 

「…提督はどちらに?」

 

まだ動けるのに終了とはどういうことだろうか。

少々強めに潮さんに問う。

 

「ひぅっ…か、か、仮眠をとるって…その…」

 

潮さんが涙目になりながらたどたどしく伝えようとする。

しかしぼそぼそというだけで要領を得ない。

 

「はい、詰め寄らない。終わりっていうのは司令官の指示でしょう?なら終わりなのよ。さっさと補給と整備をするわよ」

 

詳細を尋ねようとしたところを今回共に出撃していた叢雲さんに止められる。

叢雲さんの言っていることは正しい。なので腑に落ちない点はあるけれど、ここは引き下がるべきだろう。

 

「それで潮。他にあいつは何か言っていたかしら?」

 

…叢雲さんも提督のことが気になっているではないか。

 

「こ、これから少し忙しくなるって。私にはよく意味がわからなかったけど…」

 

私のときよりもしっかりと答える潮さん。何か良くない言い方でもしてしまったのでしょうか。

 

「だ、そうよ。別に神通に不満があって終らせたわけじゃないんだからおとなしく従いなさいな」

 

どうやら私の意を汲んでくれただけのようだ。

早とちりしてしまった。

忙しくなるということは、今後も継続的に行っていくことは決まったと考えてよいだろう。

こちらから言い出したことであることでもあるが、何より彼の期待に応えられるよう気を引き締めて取り掛かろう。

 

叢雲さんの後を追いながら私は決意を新たにした。

 




戦闘描写難しいですね。
密度を濃くしようと情報量増やすと戦闘がもっさりしているように感じますし、かといって文字数を少なめにすると淡々としすぎるように感じます。

頭の中のイメージを明文化するのはやっぱり大変です。


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神通さんと練度上げ_裏2

タイトルには神通とありますが、今回は話の中にしか出てきません。


「で、私たちに何の用かしら?」

 

珍しく真剣な雰囲気を纏った司令官から呼び出しがかかった。

普段のだらけた雰囲気を一切持たず、これから何か重大なことがあることが伺える。

正直今の彼は非常に魅力的だ。こんな彼に詰め寄られたらどのような抵抗もできる気がしない。

むしろ今すぐ詰め寄ってほしいとさえ思ってしまう。

 

いけない。変なことを考えていないで彼の指示を聞こう。私たちにはそれがすべてなのだから。

 

「これより君たちに少々厄介な指示を出す。質問は適宜時間を取るのでそのときにするように」

 

司令官が重苦しく口を開いた。呼び出された叢雲(わたし)、霞、白雪は一斉に姿勢を正し、聞き入る。

 

「端的に言えば『神通のフォロー』を行ってもらう。具体的な内容の前にあらましを話そう。先ほど神通が戦力の有効活用として待機組の訓練実施を提案してきた。それにあわせて前々から考案していたある実験を平行して実施することにした。ここまでがあらましだ。何かあるか?」

 

私たちを順に見つめていく。

実験というものにひっかかりを覚えたが、彼の性格からして必要があれば後に説明があるだろうと私は黙って見つめ返す。

 

「霞、なんだ?」

 

霞を見ると手を挙げていた。

 

「ある実験っていうのはなに?」

 

司令官に促され手を下ろした後に質問をする霞。

 

「いい質問だ。だがそれはすぐに説明するから少し待ってほしい。白雪は何かあるか?」

 

「いえ、何もありません」

 

話を振られた白雪は目を伏せながら粛々と応える。

その返答に軽く頷く司令官。

 

「では続きを、と言いたいがここから先は正直君たちにとっては耳障りな物言いをするが許してほしい」

 

頭を下げる司令官。

 

「顔を上げなさいな。あんたは私たちの司令官で、私たちはあんたの艦娘なんだから、あんたの思うようにすればいいのよ」

 

正直今の空気を保ったまま頭を下げられるのは非常に心苦しく感じてしまう。

 

「すまない。それとありがとう」

 

顔を上げはにかむ様に微笑む司令官。

ズルイ。

そんな顔でありがとうといわれたらなんでもしてあげたくなってしまう。

私は自分の顔が赤くなるのを感じて慌てて横を向く。

そんな様子がおかしいのかクスリと笑う司令官。

普段のふざけた感じの子どもっぽさが感じられない大人びた余裕を感じさせるその声に心の高鳴りとほんの少しのイラつきがわく。

そういうのができるなら普段からやってほしいものだ。

でもそれはそれでつらいものがあるかもしれない。主に魅力が強すぎる意味で。

 

「さて、話を戻させてもらう」

 

朗らかな雰囲気を一蹴し、再び緊張した空気を醸し出しながら話す司令官。

 

「実験とは君たち艦娘の限界を知ることだ。連続して出撃した際の戦力変動を見たい。そのため無茶な出撃要請を行わせてもらう」

 

司令官は一旦言葉を切り、私たちの様子を見る。

彼の知りたがる内容は充分理解できる。感覚として自身がどの程度やれそうかということは把握できても、司令官がそれを全員分把握していなければどうしようもないことだ。

そしてぶっつけ本番でどこまでやれるかチキンレースとなるのは非常に良くない事態だ。

だがそれのどこが耳障りの悪いことなのだろうか?

 

「ではそれを私たちが請け負うということですね?」

 

白雪が確認を取る。

 

「いや、君たちはむしろ除外対象だ。一応報告はしてもらうがね。君たちには他の娘がこの実験にてどのような状態になっているのかの報告と、無茶をしすぎた艦娘の制止、ないし救助だ。一番考え得るのはほぼ毎回出撃させる予定の神通に問題がおこることだ。よく観察をして必要ならば独自の判断で全艦帰還させてほしい。この実験は必要なことではあるが、これによって沈まれては元も子もない。それを防ぐのが君たちの仕事だ」

 

私たちの顔を見て、意図を汲み取れているか確認をする彼。

 

「あとこの実験のことは内密にしてもらう。あくまで訓練を実施しているだけということにして自然な状態での限界を確かめたい。ここまでで何か質問はあるか?」

 

白雪が静かに手を上げる。

 

「白雪、なんだ?」

 

「よろしければなぜこのメンバーなのかをお教え願えますか?」

 

確かに気にはなる項目ではあった。

勝手な想像では彼の信頼の厚い娘を集めたといったところであればうれしいのだが、実際には比較的古くから居る娘を選んだというのが実情だろう。

 

「適任だと思える艦を選んだ…、では足りないか。自身の意見を通せる者、というのが選考要件だ。この指令は状況によっては独断遂行が必要となる。それを比較的スムーズに行える人選だ。とまで言えば納得してもらえるか?」

 

なるほど、確かに通常は旗艦の指示に従うべき作戦行動中であっても、それを無視して鎮守府へ引き返させたりするといった芸当をさせるのは私や霞がちょうどいいだろう。

白雪はあまりそういうイメージはないが、司令官が選んだのだ。反対するほどのことではない。

 

白雪は司令官に納得したことを伝え、他にいくつか細かい確認事項をしていく。

 

「それと、実験として意図的に無茶をさせていることさえ伏せれば内密に別命が出ていることは開示してかまわない。むしろ旗艦の指揮に反する場合が想定できるのであれば事前に通達するようにしてほしい。判断は君たちに任せる。以上だ、よろしく頼む」

 

「「「了解!」」」

 

彼の期待に応えられるよう全力を尽くそう。それが艦娘たる私の、私たちの存在意義なのだから。

 

 

 

 

 



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摩耶さんの殴りこみ

提督はヘタレ。

少々摩耶好きの方には好ましくない書き方がされているかもしれないので、ご注意ください。


今日も今日とて執務室に篭りPCに向き合い粛々と作業を続ける。

物事を効率良く動かすには分割と単純化が重要だと考えている。

複雑な大きな物事であっても小さな物事の集まりであり、小さな物事ひとつひとつならば単純化を行いやすい。後はそれの組み合わせ噛み合わせを考慮して仕上げてやればいい話だ。

しかしながら全体という大枠を見誤ってはならないというのも気をつけるべき観点だ。

 

鎮守府の運営という大きなこともさまざまな物事の集まりなのだから、そういったところは応用が利く。

 

「こぉら!提督!あたしらをもっと活躍させろ!」

 

バン!と大きな音をたてながら扉が壊れそうなほどの勢いで入ってくる摩耶。

ビックリして敷波がお茶をこぼしている。

 

「敷波さん、手大丈夫?」

 

とりあえずこぼれたお茶がかかったことを心配する。

とはいえ淹れてからしばらく経っていたので火傷の可能性は低いだろう。

 

「う、うん、大丈夫。布巾もってくるね」

 

そういってパタパタと布巾を取りに行く敷波。

ちなみに彼女は今日の秘書艦だ。

すれ違う敷波にスマンと小さく謝る摩耶。

そしてすぐにこちらに近寄り机をバンと叩いた。

 

「で、返事は!?」

 

不良学生がいちゃもんをつけるが如く睨みつけてくる摩耶。

 

「今のところこれ以上何かさせるつもりはありませんよ。で、今度はこちらです。今の摩耶さんの態度はいかがなものでしょうか?」

 

正直言って摩耶はあまり得意ではない。

根はいい娘ということは重々承知しているが、どうも当り散らすようにも取れる空気が苦手だ。

()()()でのときからそれほど注視していた娘ではないが、実際に目の前に居て、関わりを持つとどうも苦手意識が湧いてくる。

 

「んだよ、あたしに文句あるっていうのか?はっきり言ってみろよ」

 

ぐいぐい顔を近づけてくる麻耶。

正直怖い。美形が顔を顰めると結構怖いのだ。

軽く深呼吸をして心を落ち着かせてから話し始める。

 

「まずは部屋の入り方。執務室に入るときはノックをして「んな細かいことは置いといて出撃の話だよ!」

 

置いておかれてしまった。

 

「前よりも出撃頻度は高くなっているはずですが?」

 

先日から練度上げ(レベリング)を多少行うようになったため、全体的に出撃頻度は高くなっている。

それでも不満のようだ。

 

「確かにそうだけど…もっとこう、ドガァーっと進軍したりさ、そういうのをあたしらを使ってやろーぜってことよ」

 

両手を大きく広げながら言う摩耶。

 

「気持ちはわからなくもありませんが、まだ早いです。話がそれだけならもう戻ってください。出撃がまだ控えているはずですよ」

 

戦力的に現状維持が精一杯だ。確かにやろうと思えばもう少し海域を広げられるが、そうすると防衛が手薄になる。

着実に戦力を整えてからでなければ無駄に疲弊するだけだ。

幸い補給線はしっかりと保てているためジリ貧になることは当分考えなくて良いのが救いだ。

 

話は終わりとPCに向き作業を再開する。

摩耶があーだこーだ不満を述べるが話半分で聞き流す。

 

「失礼します。提督、今よろしいですか?」

 

すると任務娘こと大淀が書類の束を抱えながらあらわれた。

なぜか横には羽黒も居る。

 

「どうぞ」

 

「おい、あたしの話はまだ「かまいません、そちらを優先します」

 

摩耶を抑え話を聞く。

 

「よろしいのですか?」

 

「それ、大本営からの通達でしょう?なら優先すべきです」

 

大淀の持ってきた書類の中にそれらしきものが見えたので半分勘で言う。

 

「ええ、とは言っても提督の健康診断についての知らせですけど」

 

そういって大淀はこちらの机に書類束を置き、その中から該当する書類を差し出す。

提督宛の極秘資料などの一部を除き、大淀には事前に内容を確認する許可を出している。

というか事務処理は彼女のほうが比べられないほど優れているため、こちらの判断を必要とするものや通達の類以外は彼女のところで処理をされるのだ。

 

「健康診断ねぇ…。時間作れるかなぁ…」

 

正直しばらくは忙しそうだ。

 

「作れるかな、ではなく作っていってください。貴方がいなければここは成り立ちません」

 

そういって眼鏡のふちを持ち上げる大淀。

 

「うー、そういわれてしまうと行かざるを得ないんですよねぇ」

 

「とはいえ少し後のようですし、調整は利かせ易いのでは?」

 

「おっしゃるとおりです。深海棲艦(あちらさん)が何か変わったことしなければ、ですけどね」

 

「それは考えてどうにかなることではありませんね。まだ仕事があるので、私はこれで失礼しますね」

 

そういって大淀は踵を返す。

 

「あれ?羽黒さんと何かあるのでは?」

 

「いえ、彼女は別件でしょう。私の前から居ましたよ?」

 

羽黒はどうやら大淀が来る前から入り口にずっと居たようだ。

 

「ありゃ、そうでしたか。で、羽黒さんはどうしましたか?」

 

大淀に退室を促し、羽黒のほうを見る。

 

「あの…私…いえ、ごめんなさい。失礼…します…」

 

「あ、ちょっと」

 

引き止める間もなく去っていく羽黒、一体なんだったのだろうか?

後で確認を取ろう。

 

「…羽黒はあたしと一緒に来てたよ」

 

しばらくおとなしくしていた摩耶がぼそりとつぶやく。

 

「…そうでしたか。それは申し訳ないことをしました。でも彼女は次の出撃で出るはずですが…」

 

急ぎの用だったならすぐに確認しなければ。

 

「いや、あたしとおんなじ要件だよ。もっと自分を使ってほしいって。というかあたしは最初からそういっているんだけど?」

 

先ほどよりもだいぶ低いトーンで睨みつけてくる摩耶。

だいぶ怖い。

 

「そうでしたか?なら返答は摩耶に言ったものと変わらないということを伝えてください。彼女はもう出撃ですよね?」

 

羽黒が出撃し、戻ってきたら摩耶と入れ替わりだからその際に伝えてもらえればいいだろうし、羽黒の出撃はこれで最後だから後々僕が伝えるのでも良いだろう。

 

「…はぁ。なんであたしは…」

 

「ん?何かおっしゃいましたか?」

 

ぼそりと何か言う摩耶に聞く。

 

「いや、もういいよ」

 

言い捨てるようにして去っていく摩耶。

 

「敷波さん、今のなんだったのかわかります?」

 

こぼれたお茶を拭き終わり、秘書艦としての作業を再開していた敷波に問う。

 

「うーん、なんとなくは。でもあたしの口から言うのは良くないと思う。司令官が自分で考えてみたら?」

 

ちょっと投げやり気味に答えてくれた。

 

「そういう類の物かぁ…。がんばってはみますよ」

 

ただでさえ僕は他人の考え、特に感情を察するのを苦手としているのに、その中でも最難関ともいえる年頃の女の子の心情を理解するというのは無理ゲーに近い。

がんばっても無理なものは無理なんだよなぁ…




摩耶様はツンデレ?ヤン(キー)デレ?いいえ、私の中ではちょろインです。

提督視点だとキツイ女の子にしか見えてないということを表現したかったのですが、むずかしいですね。


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摩耶さんの殴りこみ_裏

作者の自頭が悪いと頭のいいキャラクターが書けなくてつらいですよね。

え?そんな事情知らない?すいません。


「はぁ…」

 

「どうした羽黒?ため息なんかついてさ」

 

夕食を共にしていると羽黒がため息をついた。

もともと活発な娘ではないが、最近は気落ちしているように見える。

 

この鎮守府(ここ)では重巡が摩耶(アタシ)と羽黒しかいないから何かと行動を共にすることが多い。

そのため今日も夕食を共にとっていた。

 

「いえ…、その、最近実戦が多くなりましたよね」

 

たしかに何日か前から出撃が多くなった。

詳しい話は良くわからないが、提督がそう判断したなら従い、戦果を上げるだけだ。

 

「なんだよ、それで気が滅入っているのか?ならアタシが代わりに出撃しようか?」

 

山城を含めたアタシたち3人は交代で出撃している。

他の艦よりも比較的多く出撃しているのは確かだが、提督の指揮ではまだゆとりある出撃頻度であるはずだが。

 

「いえ、多く出撃できるようになって活躍する場面が増えるのは良いのですが、編成を見るに司令官さんの方針が見えてしまって…」

 

「方針?そんなの皆で強くなって敵をやっつけやすくするってやつだろう?アタシだって言われたことぐらい覚えているよ」

 

出撃が増える理由については事前に事情説明が行われたことを思い出す。

戦力増強を主軸にするといった話だったはずだ。

 

「それはそれで正しいのですが、それだけではないってことに気づいたのです」

 

再びため息をつく羽黒。

何に気が付いたというのだろうか。

 

「それだけじゃないって、どういう意味だ?」

 

「戦力増強といっても全体的なものは現状できません。もっと艦娘が多くて鎮守府の規模が大きければいいのですが、今それをやる余力がないんです」

 

「それで?」

 

「その前提を踏まえた上で編成を振り返ってみると、重点を置かれている艦が居ることがわかっちゃったんです」

 

「つまり、提督が贔屓して一部の娘ばかり優先してるってことか?」

 

「その通りです。具体的には神通さんと霞さん、叢雲さんに白雪さんです。別に絞って戦力を上げるのは悪手ではないのですが、それに私が含まれなかったっていうのが…」

 

確かに思い返せば名前が上がった娘らのうち誰かは常に出撃メンバーに居て、旗艦を担うことが多かった。

彼女らが提督のお気に入りということだろうか。

そう考えるとため息を吐きたくなるのもわかる。

 

アタシだって提督のためにがんばっているんだ。もう少し見てくれてもいいじゃないか。

 

「まだ規模の小さいこの鎮守府(ここ)では軽巡や駆逐を優先するのは合理的ではあるのですが、それで割り切れるものでもないなぁって。そうなっている自分にも何か嫌気がさしてしまって…」

 

羽黒も同じ気持ちのようだ。

 

「…よし、じゃあ明日提督に直訴しよう」

 

言わなければ伝わらないことも多い。

もっと自分たちを重宝してほしいと伝えれば何か変わるかもしれない。

 

「でも提督がその、小さめの娘が好みで、その…」

 

もし、選ばれた娘の理由が合理性のみならず、私情が含まれているとしたら…

あの提督が私情で指揮をとるとは思えない。思えないが、もしかしたらということを考えてしまう。

 

「提督がロリコンで駆逐や軽巡を重視するって?」

 

はっきりと口に出すと羽黒がコクリと頷いた。

 

「たぶん、それはないわよ」

 

「うわ、びっくりした」

 

後ろからいきなり声がかかり驚く。

振り返ると山城が居た。

 

「ただ声をかけただけでこれだもの。不幸だわ…」

 

はぁと暗い表情がさらに暗くなる。

 

「えっと、ごめんな?ちょっと驚いただけだから」

 

あわててフォローを入れる。

 

「いえ、いきなり声をかけた私も悪かったわ」

 

少しは立ち直ったのかもしれないが、相変わらず暗い表情のまま横の席に着く山城。

 

「その、それはないってどういうことですか?」

 

羽黒が先ほど山城が言ったことを尋ねる。

 

「提督の好みは赤城さんよ」

 

はぁとため息を吐く山城。

 

「赤城?ていうかなんで断定できるんだ?」

 

意外な名前が出て少し驚いた。普段から秘書艦として手元においている駆逐艦たちではなく、あまり接点がないように見える赤城がなぜここで出てくるのだろうか?

 

「確かに唯一の空母ですから多少扱いが違うとは思っていますが、その観点で言えば唯一の戦艦である山城さんも同じではないでしょうか?」

 

羽黒が言うことももっともだ。まだ空母は赤城、戦艦は山城しかいないから多少差があってもそういうものだと流せたが、どう違うのだろうか。

 

「理由を話す前にひとつ確認したいのだけれど、あなたたち、提督と私用を共にしたことあるかしら?」

 

山城がこちらを見つめながら問う。

羽黒のほうを見ると目があった。

 

「…そういったことはまったくないです。ほぼ仕事絡みだけです」

 

「アタシも。というかアイツが仕事以外しているところを見たことすらない。この間なんて飯食いながら作業していたし」

 

本当に仕事人間だ。さすがに夜は寝ているだろうが、それ以外は本当にずっと仕事をしているのではないだろうか。

 

「そうでしょう?私もそうだし、私の知る限り駆逐や軽巡の娘らもそう」

 

山城は何が言いたいのだろうか。目で話の続きを促す。

 

「少し前の話よ。早朝に提督と赤城さんがふたりで居たのを見たの。それはべつにたまたま会ったのかなと思っていたのだけれど、数日後にまた一緒に居たのよ」

 

「それだけで判断するのは早計ではないでしょうか?というより話を聞く限り山城さんも同じではないのでしょうか?」

 

羽黒がつっこむ。確かにそう何回も朝に出会うのは気になるが、赤城と会っているのを見たという山城もその時間にいるのだ。

両者の差異は一体なんだろうか。

 

「私のことは放っておいて。提督と会話したりするわけじゃなくてただ見てただけで彼は私に気づいていないでしょうし。というよりそこは重要じゃないのよ」

 

「じゃあどこが重要なんだ?」

 

「重要なのはここから。赤城さんに提督と朝何をしていたのか聞いたのよ。そしたら一緒に弓矢の練習をしていたっていうのよ。しかもたまたまではなく習慣的に」

 

戦線に出ない指揮官であっても鍛錬をするのは良いことだ。

それの何が問題なのだろう?

 

「司令官さんって弓を使うんですね。初めて知りました」

 

羽黒が感心している。確かにあまりそういう印象はないので、意外と言えば意外だった。

 

「二人とも、私が最初に聞いたことを思い返してから今のことを良く考えてみて頂戴」

 

呆れたような言い方で山城が言う。

最初に聞いたこと?提督と私的なことを話したことがあるかって言う類のことだったような…

 

「っあ」

 

羽黒が短い悲鳴にも似た声を上げる。

 

「どうした?」

 

「羽黒さんはわかったみたいね。摩耶さんはわからない?」

 

わなわなと震える羽黒を見ながら山城が言い、こちらを向く。

 

「どういう意味だよ。何の話だよ」

 

訳がわからずつい声が荒くなる。

 

「他の娘も提督が弓をやっているなんてことを知らないのに、赤城さんには明かしていた。それどころか一緒にやっていたのよ?あの仕事人間の提督が。どういう意味か考えて見なさいな」

 

…ここまで言われたら理解できた。

仕事一筋にしか見えない彼が赤城だけには()の部分を見せていたのだ。これを鑑みれば誰を特別視しているかは明白だ。

 

「…認めない」

 

「なにかしら?」

 

「認めない、アタシはそんなので負けたなんて認めないからな!」

 

声を荒げて言う。

確かに現状赤城が先行しているのかもしれない。でもまだ決定打まで行っていない筈だ。

ならまだ負けを認めるわけにはいかない。

 

「誰が勝ち負けの話なんてしていたのかしら」

 

「あ、いや、確かにそうだな。…あはは、気にしないでくれ」

 

危ない危ない、慌てて取り繕う。

アタシがアイツに惚れているなんてこと言いふらしてもいいことなんかない。

変に周りに気を使わせたくないし、アイツに惚れさせてから公言しようと決めていたからだ。

 

「…私、決めました。司令官さんに意見具申しに行きます。私の良さをもっと知ってもらうためにも」

 

黙っていた羽黒が意を決したように言う。

 

「お、おぅ!アタシもいくぜ!もっとアタシらがすげーんだってことを思い知らせてやるんだ!」

 

ここぞと羽黒にあわせて話題をそらす。

このまま呆然としていても現状は変わらない。なら行動あるのみだ。

 

「そう、がんばってね」

 

気だるそうに山城は言い捨てた。

 

 

 

―・―・―・―・―・―

 

翌日、羽黒と共に提督のいる執務室へ向かう。

昨日あの後二人で話をまとめ、重巡の利点とその重要性を説き、駆逐と軽巡のみならず、自分たちも重点を置くように意見具申することとなった。

 

「な、なんだか少し緊張してきました」

 

羽黒がおどおどとし始めた。昨日の威勢のよさはどこへやらだ。

 

「なんならアタシ一人でもいいんだけど、どうする?引き返すか?」

 

こう聞けばきっとついて来るだろうと思い、あえて意地悪く質問する。

 

「…ううん、決めたもの。私もいきます」

 

「うし、ならいこうぜ!」

 

思っていた通りの答えを聞き、意気揚々と執務室の前まで来る。

二人で顔を合わせ、頷きあい、軽く深呼吸した後思い切ってドアを開ける。

 

「こぉら!提督!アタシらをもっと活躍させろ!」

 

部屋に入ると同時に要件を述べる。

こういうのは率直に伝えたほうがいい。

 

提督はちらとこちらを睨みつけた後、小さなため息をついた。

これに気圧されてはならない。提督のほうに歩み寄る。

 

「敷波さん、手大丈夫?」

 

提督が秘書艦の敷波に声をかける。

見てみるとお茶をこぼしたようだ。

タイミング的にアタシの所為だ。悪いことをした。

 

「う、うん、大丈夫。布巾もってくるね」

 

そういってこちらにくる敷波。

 

「あー、すまん」

 

「いいよ、別に」

 

小さくすれ違いざまに会話する。

謝罪をすませた後に提督の前に立つ。

提督はこちらを見もしない。

いらだって注意を向けるために机に手をつき顔を覗き込む。

 

「で、返事は!?」

 

ちらりとこちらを見る提督。

正直非常に怖い。彼のその雰囲気から歓迎されていないことが感じ取れる。だがここで引いては意味がない。

 

提督ははぁとため息を再びつき、口を開いた。

 

「今のところこれ以上何かさせるつもりはありませんよ。で、今度はこちらです。今の摩耶さんの態度はいかがなものでしょうか?」

 

意味ありげな言葉を使う。

彼の意図を想像することはできなくはない。が、それで誤解が生じては意味がない。

こういうときこそしっかりと聞き出すべきだ。

 

「んだよ、アタシに文句あるっていうのか?はっきり言ってみろよ」

 

ぐっと顔を近づけ、無視させないようにする。

すると提督は今度は大きくため息をついた。

 

「はぁ~、まずは部屋の入り方。執務室に入るときはノックをして「んな細かいことは置いといて出撃の話だよ!」

 

細かいことを上げて煙に巻こうとしているのが見え見えだ。

言葉を遮り、話を続ける。

 

「前よりも出撃頻度は高くなっているはずですが?」

 

やっとまともにこちらを向いた。

ここで気がつく。

今、アタシと提督、すごく近くで、顔を合わせてる。

もう少し近づけばキ、キスができそうなくらいに。

 

はっ、いけない。それが目的ではない。いや、そうなるのはやぶさかではないというかむしろ願ったりかなったりではあるのだが。

 

「確かにそうだけど…もっとこう、ドガァーっと進軍したりさ、そういうのをアタシらを使ってやろーぜってことよ」

 

あわてて言葉を紡ぎ、彼から距離を置く。言い方が少々変になってしまったが、変に思われなかっただろうか。

 

「気持ちはわからなくもありませんが、まだ早いです。話がそれだけならもう戻ってください。出撃がまだ控えているはずですよ」

 

気持ちはわからなくはない!?

キスしてもいいってことか!?

いや、そうじゃない、落ち着けアタシ。今は出撃の話だ。

 

「いや、それだけって切らずに聞けって」

 

もう視線をこちらからはずした提督に抗議の声を出す。

 

「なんですか?」

 

視線を向けないまま続きを促す提督。

 

「いいか、アタシたち重巡を活用することが如何に大事なことかしっかりと教えてやる」

 

昨日羽黒と一緒にまとめた内容を伝えよう。

 

「どこにでも出せて、大抵こなせる万能型でしょう?重々承知していますよ」

 

話始める前に提督に結論を端的にまとめられてしまった。

 

「ならアタシや羽黒を主軸に置いて艦隊を運用すべきだろう?」

 

「現時点ではこれ以上の海域は確保仕切れません。となると警戒任務や輸送船護衛などが主軸になります。そうすると重巡ではコストがかかりすぎます。つまり現時点での活用が妥当だと考えられますが、何かありますか?」

 

…こういう戦略的位置の見解はどうもアタシは不得手で、言葉に詰まってしまう。

 

「でもよ、先のことを見据えて今からしっかりやっておくっていうのも手なんじゃないのか?」

 

うん、われながら何とかそれらしい内容を言えたと思う。

 

「的を射ている意見ですね。その考えは正しいです。が、先を見すぎて今こけてしまったら元も子もありません。現状は地盤固めを優先すべき段階です」

 

だめだ、こういう点は彼のほうが数段上を行くからアタシなんかじゃ歯が立たない。

羽黒、何とかしてくれと横を見ると誰もいない。

そのまま後ろをまで見ると扉の横に立ったままだった。

何をしているのだろうか?こちらに来るよう手招きをするが反応がない。

 

するとひょっこり大淀が顔を覗かせてきた。

 

「失礼します。提督、今よろしいですか?」

 

「どうぞ」

 

提督が返答する。

 

「おい、アタシの話はまだ「かまいません、そちらを優先します」

 

…アタシよりも大淀のほうが大事なのかよ。

ちょっと、いや結構ショックだった。

いつも前線で戦っている提督直属のアタシよりも、上から派遣されているだけの娘のほうがいいのか。

いや、そうではない。そんな風にすら彼は思っていないだろう。

一人気落ちする。

 

 

「…大本営からの通達でしょう?なら優先すべきです」

 

提督の声が聞こえる。

そうか、大本営からの通達。確かに上官の指示は部下より優先だ。

そう納得するしかない。

 

大淀と提督を見るとアタシのときの重い空気はなく、気安い態度で談笑していた。

 

「…私はこれで失礼しますね」

 

大淀が踵を返す。

一人勝手にうなだれててなんだかバカらしく感じてきた。

 

「あれ?羽黒さんと何かあるのでは?」

 

ふと提督を見るとたった今羽黒が居ることに気がついたようだ。

アタシと一緒に来たのに来たことさえ気づいていなかったのだ。

 

「いえ、彼女は別件でしょう。私の前から居ましたよ?」

 

大淀が答えてそのまま退室する。

 

「ありゃ、そうでしたか。で、羽黒さんはどうしましたか?」

 

少々バツが悪そうに軽い調子で羽黒に問う提督。

さすがにこれはかわいそうだ。

 

やっと提督に気づいてもらえた羽黒は少しおどおどした後

 

「あの…私…いえ、ごめんなさい。失礼…します…」

 

一言残して去っていった。

 

「あ、ちょっと」

 

提督が引きとめようとするがもう遅かった。

そして少し考えるそぶりの提督。

これはフォローをすべきだろう。

 

「…羽黒はアタシと一緒に来てたよ」

 

そう伝えると提督はこちらを向いて悲しそうな顔なった。

 

「…そうでしたか。それは申し訳ないことをしました。でも彼女は次の出撃で出るはずですが…」

 

「いや、アタシとおんなじ要件だよ。もっと自分を使ってほしいって。というかアタシは最初からそういっているんだけど?」

 

ちゃんとアタシ()と言っていたし、途中名前を挙げたりもしていた。

 

「そうでしたか?なら返答は摩耶に言ったものと変わらないということを伝えてください。彼女はもう出撃ですよね?」

 

さらっと言ってのける提督。

少々扱いが雑に感じてイラつく。

 

 

…はぁ。なんでアタシはこんなやつを慕っているんだろう…

 

「ん?何かおっしゃいましたか?」

 

口に出してしまっただろうか?

聞き取れなかったのであればその方がいい。

 

「いや、もういいよ」

 

アタシはイラつきと恥ずかしさで慌ててそういい捨てて部屋を出た。

 




それなりに提督をできるキャラクターにしたいのですが、難しいです。
作者はシミュレーションもストラテジーも苦手なんです。
戦略?知ったこっちゃねぇ。レベルを上げて物理で殴れ!!
艦これも完全に先行組みの情報を元にした攻略サイト頼みでしたし。


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提督の空回り

もしくは提督の暴走。


艦娘は皆魅力的である。

 

そう、魅力的であるのだ。その方向性は多彩なれど、とっても魅力的なのだ。

そういった中でも各提督諸兄には好みの傾向があるのは確かだろう。

 

例えば王道なツンデレスタイルが魅力的な娘だったり

例えばむっちりスケベボディが魅力的な娘だったり

例えば逆に小さいからこそ愛でる魅力がある娘だったり

例えば…

 

それこそ十人十色千差万別。

僕?僕は…

 

 

「これ、たぶん金剛型っぽいよね」

 

建造中はどの娘が出てくるかは不明だ。

不明ではあるが、必要時間等からある程度絞込みができるのは()()()でも同様だ。

 

「そうなんですか?」

 

こちらのつぶやきに反応する明石。

 

「いや、確定ではないけれどね。山城さんが来てくれたときより少しだけ短いからそう思ったんだ」

 

大本営を主体とした軍もどきではあるが、情報はどちらかというと各鎮守府で秘匿されている傾向が強い。

wikiでみんな協力しようという流れはないようで、艦種の特定なども古い鎮守府か、そういった鎮守府とつながりを持つところのみしか知りえないようだ。

それゆえなぜそういうことが言えるのか?という点で艦娘から不信に思われることも初期はあった。

今はそういうものなのかと流してもらえているみたいで、何も言われなくなってきたが。

 

「あの、良かったのでしょうか?」

 

秘書艦としてついて来ていた磯波が質問する。

 

「よかったって何が?」

 

資材が少ないのに大型艦を建造しようとしていることが悪手であることなど百も承知の上でとぼけて聞き返す。

 

「そのぅ、いえ、何でもありません」

 

磯波は引き下がった。

そう、磯波は引き下がるのだ。

だから磯波が秘書艦をやる日を選んだのだ。

他の娘らならもっと強く止められるのが目に見えている。

それでも大型艦を建造したかった理由。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

癒しが…欲しいんです…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕はね、艦娘といちゃいちゃしたくて提督になったんですよ。

なのになんですか現状は。

提督になり自分の鎮守府を持ち早数ヶ月。

ただただ真面目な娘はまだいいですよ。

当たりが強い娘ばかりで正直疲弊してきています。

僕の考えていた提督ライフはもっときゃっきゃうふふな生活、いや、まぁ、欲を言うとちゅっちゅえへへやその先まで行きたいんだけどそれは置いておいて。

全然違うわけですわ。

 

そんな中、もっと明らかに提督LOVEな娘を欲するのは当然でしょう?

かといって駆逐を狙うのはよろしくない。

今居る駆逐たちのうち、年功序列的なものができているようなのだ。

下手に新しい駆逐の娘を優遇すると古株に僕が絞められる。

それでも彼女らは大型艦にはそれほど口出ししないように見える。

 

狙い目はそこだ。

かといって軽巡狙いはよろしくない。

結果的に軽巡がでるのは良いだろう。

しかし、軽巡狙いでは駆逐の確率も高いはずだ。

とすると重巡以上を狙うべきだ。

本当は空母を狙うのがいいのだろうが、ボーキサイトはまだまだ補給線が確立できていないため、コスト的に厳しい。

運用面では赤城しかいない上にそんなに消耗するような戦い方をさせていないから何とかなるのけれどね。

 

そこで今回の建造予想はすばらしい。

おそらく金剛型は間違いないだろう。

そして金剛型といえば提督LOVEの代名詞ともいえる型だ。

唯一比叡は提督<金剛ではあるが、それでも同じ姉さま主義の山城よりもかなり好意的であることは確かだろう。

 

なによりも僕は榛名ホイホイ提督なのだ。

榛名という大当たりが1/4となっただけでも本当にすばらしい。

 

「結果が楽しみだな」

 

うきうき気分でその場を後にし、今日の仕事を進めよう。

はじめに有能提督と思ってもらえれば好感度の初期値が高まるだろう。

 

 

―・―・―・―・―・―

 

「高速戦艦、榛名です!よろしくおねがいします」

 

ほ、ほっ、ほあぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

榛名きたあぁあああああああああああああああああああああああああああああああ

いょっっっっしゃぁあああああああああああああああああ!!!!!!!!!

 

 

内心パレード開催である。

これで勝つる!

 

「榛名、よく来てくれた。これからよろしく頼む」

 

できる限りニヤつきを押さえ、さわやかな笑顔を意識して握手を求める。

すると榛名はこちらを上から下へ、そしてまた上へとマジマジとみる。

そして徐々に表情が曇っていく。

どうしたというのだろうか?やっぱり気持ち悪さが出てしまったか?

いきなり触れ合うのはご法度だったか?でも握手ぐらいは挨拶でやれるだろう?

それとも他の要因か?におうとか?あれ?風呂は毎日入ってるぞ?

いや、昨日の夜入ったあと今日は入っていないからな。やっぱり会う前にシャワーぐらい浴びておくべきだっただろうか?

 

「あの…歓迎はありがたいのですが…」

 

申し訳なさそうにもじもじとする榛名。かわいい。いやそうじゃない。何か問題なのだろうか?

 

「彼女、あんたの艦娘じゃないわね」

 

なぜかついて来ていた叢雲が衝撃の一言を放つ。

 

「も、申し訳ありません!」

 

頭を下げる榛名。いや、悪いことをしたわけじゃないのだから別に頭を下げなくてもいいのだが。

 

だいぶ頭が真っ白になってる。

 

「ほら、私たちを差し置いて悪いことしようとするから罰が当たったのよ。榛名さんは気にしないで。このバカが勝手にいろいろ期待しすぎているだけだから」

 

呆然とする僕の変わりに叢雲が話を進める。

 

「で、早速だけどどうする?ここにしばらく居てもいいし、大本営へ向かってもいいわよ?お勧めは大本営ね。このバカが何しでかすかわからないし」

 

普段以上に棘があるように感じる。榛名が来たのにこの仕打ちのほうがきつい。

 

「そ、そうですね。どちらにしましょうか…」

 

「ぜひともうちにいてください。居てくれるだけでいいので」

 

口が勝手に動いた。

榛名は少し驚いた様子の後、笑顔で答えてくれた。

 

「わかりました、では榛名の提督が見つかるまであなたのお世話になりますね」

 

僕は軽くガッツポーズを取る。

はぁ、とため息を叢雲がこぼす。

 

「まぁ、そう決めたならいいけれど。このバカが変なことしたらすぐに伝えて。折檻するから」

 

正直僕の榛名じゃないのがつらいが、榛名が居てくれることは決まったのだ、それだけでしばらくは良しとしよう。

 

「叢雲さん、先ほどからだいぶ僕の扱い酷くありませんかねぇ?」

 

「ア・ン・タが先にあほなことをしたからでしょうが。反省なさい」

 

ジト目で睨みつけてくる叢雲が怖いので榛名のほうを見て癒されよう。

あ、微笑んでくれた。

 

「では榛名さん、早速ここの案内をしようかと思うのですがいいかな?」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

丁寧に礼をする榛名。かわいいなぁ

 

「それは磯波がやるからあんたは私と仕事に戻る」

 

叢雲が割ってはいる。

 

「え、叢雲ちゃん。今日の秘書艦は私なんだけど…」

 

今まで黙っていた磯波が言う。

 

「これも秘書艦の仕事よ。終ったらこっちに来て。さ、いくわよ司令官」

 

「え、あ、ちょっと」

 

有無を言わせず僕を引っ張っていく叢雲。

今日の大半は終らせたのになぁ…

 

榛名と磯波を置いて引きずられていくのであった。

 

 

 

―・―・―・―・―・―

 

「で、そんなに私たちに不満があるのかしら?」

 

執務室に戻り、扉を閉めた叢雲と二人きりになる。

 

「不満って。もっと人手が欲しいというのは実情を鑑みたら正常な思考でしょう?むしろ不満を持たれるような何かをしている自覚でもあるのかな?」

 

話をそらして正論を突き通す。

 

「話をそらさないで。現状大型艦が増えても持て余すだけでしょう。この際だからはっきり言いなさい」

 

そらせなかった。

 

「そういわれてもなぁ…。しいて言うならもうちょっと棘のある言い方を控えてもらいたいかなぁって」

 

この際だからそれっぽいことをいってごまかす。

 

「棘があるように感じるのはあんたの言動の所為よ。もっとがんばんなさい」

 

叢雲がフンと顔をそらす。

 

「あいあい、がんばりますよ」

 

「返事ははい」

 

「はーい」

 

「伸ばさない。そういうところを言っているのよ」

 

睨みつけてくる叢雲。

 

「気をつけますよ」

 

正直今日はショックであまり付き合っていられないのだ。

 

「ほら、さっさと仕事やるわよ。どこまでやったか見せてみなさい」

 

机に向かっていく叢雲。

 

「そこにおいてあるのは終ってるので、後は任務娘さんに渡すだけだよ。あと残っているのは今出てる娘らの報告書をまとめるのと、榛名さん関連の書類ぐらいだよ」

 

対応も雑になっているがそれだけ先ほどのことがショックだったのだ。

 

 

 

もともと艦娘は同じ娘が多く居る。

そして基本的にそれぞれの提督が居るのだ。

大抵は自分の鎮守府で建造した娘はそこの提督の艦娘であることが多いが、今回の榛名のようにそうでない娘が出てくることもある。

そういった娘は大本営に届出を出し、提督を捜索する決まりになっている。

ただし、見つかるまでの間は必ずしも大本営に行く必要はなく、本人の希望があれば建造された鎮守府に滞在し、そこの指揮に従っても良いことになっている。

 

各艦娘は自分の提督かそうでないかを感覚で識別できるようだ。

識別するために一番いいのは直接面会することだが、写真や私物等でも反応するらしい。

そのため、各提督は大本営に居る提督が見つかっていない艦娘のために自分の写真や私物を提出しておく必要があったりする。

 

例外的というほど数が少ないわけではないが、複数の提督に反応する艦娘も居る。

その場合、どの提督の下につくかは艦娘自身の意志で決めることができる。

 

 

 

「やればできるじゃないの。なんでいつもこうじゃないのかしら。じゃあさっさと榛名さんの書類やるわよ」

 

叢雲が声をかける。

 

今は黙々と作業をやって無心になったほうが精神衛生上いいかもしれない。

 




やっと、やっと榛名を出せた…
でもまたしてもよそ様の娘なんだよなぁ…

さて、彼は望みのイチャラブ生活をすることができるのでしょうか!?


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駆逐艦緊急会議

自分がする設定の甘さが酷いです。つっこみ感謝です。



普段司令官の指示によって、夜間消灯後、警備担当以外は自室で休息することが決まっている。

日中出撃のみならず遠征もこなす駆逐艦娘(わたしたち)は全員そろって何かをする時間を取るのが困難だった。

けれど今回の事はそんなことを言っている場合ではない。

司令官(あのバカ)が唐突に非効率な大型艦の建造をしたこと、そして出てきた榛名さんへの対応から私たちの今後が危ぶまれるからだ。

 

「私で最後みたいね。それで今日はいきなりどうしたのかしら?」

 

最後に来た霞が他の娘たちを見回してから叢雲(わたし)に尋ねる。

今日、消灯時間前に駆逐全員速やかに集合するように声をかけたからだ。

内容は司令官について。この一言で皆が集まってくれた。

 

「今日、司令官が大型艦の建造で榛名さんを出したことは皆聞いているわね?」

 

まずは情報の整理からはじめる。

皆それぞれ頷いて応えてくれた。

 

「司令官はたまにふざけてバカなフリをすることはあったけれど、大きな影響が出ることではしなかったわ。だけど今回は違う。磯波に確認したところ明らかに多量の資材を用いて大型艦を欲していたことがわかったわ」

 

もじもじと潮が手をあげている。

 

「潮、どうしたのかしら?」

 

「あのぅ、戦艦が増えるのは戦力増強って面ではいいこと・・・なんじゃないかなぁ・・・って、思うんだけど・・・」

 

「そうね、扱える戦艦が増えるのなら確かに心強いわ。だけどね、現状では資材的に扱いきれないのよ。だから単に建造分資材の喪失と持て余す艦が増えただけなの」

 

「それに司令官の娘じゃないっていうから、榛名さんの司令官が見つかるまでっていう不安定な状況だしねぇ」

 

私の説明に敷波が付け足す。

 

「あれ?自分のところの娘以外が建造されたときって、資材は大本営から補填されるんじゃなかったかしら?」

 

曙が疑問を口ずさむ。

 

「それは対応する司令官が見つかって、所属変更をした後の話ね。しかも艦種によって決まった量だから使用分より基本少ないし、こちら預かりの場合は預かり中の負担は補填されないしで資材面では損しかないわ」

 

あ、そうかという顔をする曙。

 

「それも問題といえば問題なのだけれど。重要な点は司令官が大型艦を欲していることと、榛名さんだったことにとても喜んでいたってこと。ここまではいいかしら?」

 

皆が頷く中、満潮が手をあげる。

 

「何か気になるところがあるのかしら?」

 

「気になる、というか司令官ってまだ着任して一年も経ってないでしょう?大型艦に憧れを持つのはそこまで変なことではないと思えるわ」

 

満潮が言うことも尤もだ。

新人の指揮官は手っ取り早く手柄をあげたがる。そのため強力な大型艦を早急に求め、持て余すというのが多々ある。

だが彼は違う。指揮官の立場と艦隊運用の基本は押さえている。

補給線の確保と地道ではあるが確実な進軍。新人にありがちな先走った間違いは起こさないと言い切れる。

 

「そうね、普通の新人ならありえるけれど、彼には当てはまらないわ。訓練生時代からそういうのを理解していたもの」

 

「訓練生、ですか?」

 

磯波がつぶやく。

 

「そういえば磯波にはまだ話していなかったわね。私は彼が訓練生の時から知っているのよ」

 

「それについては今度話してあげて頂戴。他の知らない娘も叢雲も隠していたわけではなく、話す機会がなかっただけだから許してあげて」

 

霞がフォローしてくれる。手振りで感謝する。

話を本筋に戻そう。

 

「続けるわね。で、今回の建造はもしかしたらたまにある()()なんじゃないかと思うのだけれど、皆はどう思うかしら?」

 

皆に確認をすると数名首を傾げた。

 

()()って何よ?」

 

曙が首を傾げたまま尋ねてくる。

 

「司令官は時たま()()()()()()()()()()を知っているのよ。例えば初めて行く遠征任務にも関わらず、必要最低限の艦で出撃させたりするとか、私たちの改造に必要な練度を知っていたりだとか」

 

「あっ、先々月の末にあった進軍のときも初めて行く海域なのに、敵方のおおよその戦力や編成なんかを知っているかの様な口ぶりでした」

 

潮が言われてみれば不自然かもといった表情で語る。

 

「詳しく聞こうとするとへらへら流されちゃって私も知らないのよね。誰かこれに関して聞けた人居る?」

 

霞が皆に尋ねるが誰も肯定しない。

 

「となると、今回なんで急に大型艦を必要としたか詳細を知っている人は居ないってことかしら?」

 

こちらの質問には全員が肯定した。

 

「じゃあこの点は保留で。機会があれば皆尋ねてみて欲しいわ。もし教えてもらえたら共有して頂戴」

 

皆それぞれ了承してくれた。

 

「この点ってことは他の点もあるのですよね?」

 

白雪が静かに言う。

 

「えぇ、正直こっちのほうが私たちには重大よ・・・」

 

これからの話題について考えると気が重くなる。

が、話し合わなければならないことには変わりない。

意は当に決している。

 

「今回の司令官は様子がおかしいのよ・・・」

 

近くに居るからこそわかるものがある。

彼の隣に一番居るのは私なんだから。

 

そんな私の姿に皆が緊張した様子で聞き入っている。

 

「おかしなところって?」

 

続きを促すよう霞が問う。

 

 

「・・・司令官の方から艦娘(わたしたち)に対して積極的に近づこうとすることって今までなかったわ」

 

「そうね、仕事上の話をするか、仕事が上手くいくようにコンディションチェックを兼ねたコミュニケーションぐらいしかとろうとしないわね」

 

現状を確認するように霞が繋げてくれる。

 

「・・・」

 

意を決したはずなのに、出そうとする言葉が出てこない。

 

「・・・具体的にあいつ、何したの?」

 

そんな私に対して曙が怒りと不安を混ぜたような様子で問う。

 

「夕食を。榛名さんを夕食に誘ってた。しかも司令官が手作りするって・・・」

 

思い返すだけでも悔しさと悲しさで胸がいっぱいになる。

霞のいうとおり、今まで彼の方からコンタクトを取るのは仕事で必要なときか、こちらの様子を気遣って上官としてフォローをするためだ。

私用で声をかける姿など一度もなかった。

食事に関してもこちらに対して注意を払うことはあっても自分には無頓着で、即席麺や栄養補助食品なんかばかりをながら食いしてばかりなのに。

私たちが何度も声をかけてようやくまともな食事を時々取るようになったほどなのに。

なのに榛名さんなら声をかけるし、榛名さんとなら食事をするし、榛名さんになら食事を作る。

つらくて、苦しくて、胸元を手で強く押さえつける。

 

部屋中に重苦しい空気が漂う。

皆強いショックを受けていた。

 

「つまり私たちよりもかまいたくなるような何かが榛名さんにはあるってことでしょ?・・・ただそれだけのことよ」

 

満潮が強がりながら言う。でもその声は今にも泣き出しそうなほど震えていた。

 

「・・・それでも」

 

白雪が呟く。

 

「それでも私たちは司令官の艦娘です。ただ彼の指示に従い、ただ敵を討つ。それだけでいいんです。それでいいんです」

 

自分に言い聞かせるように呟く白雪。

声は大きくなかったが、静まりきった部屋では充分に聞き取れた。

 

話を、話を続けなければならない。

本来伝えたいことはこれだけではないのだから。

 

「皆、聞いて欲しい。ここからの話は本来艦娘(わたしたち)が通常知りえないことなの。さっきのはショックだろうけどちゃんと聞いてくれる?」

 

私自身落ち着きを取り戻しきれては居ないが、先導しなければならない。それが今私のすべきことなのだから。

 

皆がこちらを見つめるのを確認してから口を開く。

 

「司令官には、司令官になる人にはね、艦娘の最大保有数っていうのがあるの」

 

皆が私の言葉を飲み込めない様子でこちらを見ている。

 

「最大・・・保有数?」

 

敷波が繰り返す。

 

「そう。意味は言葉通り艦娘をどれだけ抱えられるかってことよ」

 

「それが一体何なのよ?」

 

曙が強い口調で言う。彼女もショックから立ち直りきれていないようだ。

 

「私はね、私が一番懸念しているのはね。今後現れるであろう駆逐艦のだれかに対して、榛名さんみたいな反応を彼がしたらどうなるのかってことなのよ・・・」

 

まだ私の言うことの意味が通じていない娘が多いようで、大半は不思議そうな顔をしている。

そんな中わなわなと体を震わせながら顔を真っ青にしていく娘がいた。

霞だ。彼女は私の言葉の意味がわかったようだ。

 

「・・・叢雲。ちなみに司令官の最大保有数って知っているのかしら?」

 

小さく問う霞。

 

「わからないわ。けれど大抵は40前後、多くても70ほどらしいわ。例外的にすごく多い人も居るみたいだけど、そういう人は訓練生のときから別扱いされてたわ。残念だけど彼はそちら側ではなかったわ」

 

「・・・40前後ということは妥当な内訳は、戦艦と空母で10~15、重巡で4~6、軽巡で6~9、駆逐で13~18、潜水艦で1~3といったところでしょうか?」

 

白雪がぼそりという。

 

「保有数の話?ならそうね。私もそんな感じの割り振りだと思うわ」

 

私の大雑把な計算でも無難な運用をするのであればそういった数になると思う。

 

「大目に見ても駆逐は20隻ってことかな?」

 

「あくまで無難な値だから、目安だけれどね。堅実なタイプの司令官なら大きく外れないと思う」

 

磯波の確認に対して敷波が応える。

 

「今は私たちで8隻。あとは12隻?」

 

潮が恐る恐る言う。

 

「というかその最大数に達したらどうなのよ?」

 

曙が言う。

 

「建造はできなくなるわね。資材を投入しても着工できないみたい。あと他所に居た艦娘の場合はその娘から自分の司令官として認識されなくなるらしいわ」

 

「あれ?てことは慌てなくても先に居るあたしらは気にする必要はないんじゃないの?新しい娘がきたって司令官の近くに居られるんだしさ」

 

私の回答に敷波がなーんだといった感じで言う。

 

「…ねぇ敷波、餡蜜と大福と串団子、どういう順番で好き?」

 

唐突に霞が言う。

 

「突然何さ?」

 

「いいから教えて」

 

霞が何をしようとしているかわかったため、黙って見届ける。

他の皆も黙って聞いている。

 

「別にいいけど。そうねー、というか串団子ってどんなやつ?みたらし?」

 

「みたらしでいいわ」

 

「んーと、じゃあ大福>餡蜜>みたらし団子、かな?」

 

「じゃあちょっと私の言うとおりに想像してみてもらえる?」

 

「え?う、うん」

 

「まず、前提として、今敷波はそんなにお腹がすいていないとするわね、だから何か甘味を食べるとしても1つか2つがせいぜいって感じよ。いい?」

 

「うん、いい」

 

「で、今司令官が普段のご褒美として甘味をくれるとするわ。それで最初にみたらし団子を渡してくるの。それを受け取る?」

 

「ご褒美・・・、うん、もらう」

 

「そう、今受け取ったのに、さらに司令官は餡蜜も取り出すわ。そしてこういうの、『敷波には特別にもう一個あげよう』って」

 

「えへへ、特別かぁ」

 

「受け取る「受け取る!」うん、そうね。で、今敷波はどんな風に甘味を持ってる?」

 

「え?団子と餡蜜をもらったんだよね?じゃあ両方持ってる・・・と思うんだけどだめ?」

 

「いいわ。でもそれ以上はもう持てないの。何か持とうとするならどちらかは置かなきゃいけないわ。いい?」

 

「う、うん。わかった」

 

「そこで司令官は大福を出してさらに言うの『そういえば敷波は大福のほうが好きだったな、なんならこれをあげてもいいけどどうする?』って敷波はどうする?」

 

「うーん、大福をもらうかなぁ・・・」

 

「でももう持てないから餡蜜かみたらし団子のどちらかは置かなきゃいけないわ。どうする?」

 

「じゃあみたらしを置くよ」

 

「みたらしを置こうとすると司令官がこういうわ『置いたやつは回収する。本当にみたらしを置いていいのか?』って。どうする?」

 

「え?うーん、置いたらダメなんだよね?じゃあみたらし食べて全部もらうってできる?」

 

「それはダメってことで」

 

「じゃあみたらしを置いて大福もらっちゃうかな…」

 

「そのみたらし団子に私たちはなるかもしれないってことよ」

 

少しの間キョトンとした敷波だったが、徐々に理解していき、先ほどの霞のようにわなわなと震えながら顔を真っ青にしていく。

他の皆も今の例え話で理解したようだった。

 

「で、でもまだ提督の保有数が40って決まったわけじゃないし、もっと多くて70とかかも知れないよ?そうしたら私たちも・・・」

 

「だとしても私たちが残れる保証はないわ・・・」

 

潮の言う可能性を信じたい。信じたいが、それでも確率が高いか低いかの話で、ゼロにはならない。

 

「どう、したらいいのよ…」

 

曙が呟くように言う。

 

「どうしたら、ね。それを私も知りたくて皆を集めたの…」

 

「私は嫌よ!提督と離れるなんて!ぜったいにいや!」

 

いや!いや!と叫び頭を抱える曙。

私だってそんなの嫌だ。でもどうしたらいいの…どうしたら…

 

「ありがとう、叢雲」

 

突然霞が言う。

 

「何よ、急に」

 

「だってこのことはあなたしか知りえないことだったもの。それを教えてくれたことに感謝してるのよ」

 

「こんな内容なら聞きたくなかったわ!」

 

曙がカッと霞を睨みつけながら言う。

 

「ごめんなさい。でもわたしもどうしたらいいか・・・」

 

「いいのよ。曙も、何も知らないで、何もできないままなのは嫌でしょう?」

 

「そうですね、今はまだ何をすべきかわからなくとも、何かをすべきということはこれでわかりました。あとは協力して解決策を模索しましょう」

 

霞にあわせて白雪も曙をなだめるように言う。

 

「…ありがとう」

 

霞に小さく礼を言う。

曙はうぅーと涙目で唸っている。ここで当り散らしてもどうにもならないことは彼女もわかっている。

 

「そろそろ時間も時間なのでまとめをしましょうか。皆さんよろしいですか?」

 

白雪が確認を取る。反対する者は居ない。

 

「ではまず、なぜ司令官が大型艦を欲したかは当面は様子見、保留という形です。続いて榛名さんと私たちとの態度の差異、これの原因を究明します。最後に、最大保有数については秘密裏に調査していきましょう。以上です。何かありますか?」

 

「態度の差異に付いては多少強気で行ってもいいと思うわ。司令官の性格からしても私たちが不満を持っていることを好まないだろうし」

 

白雪のまとめに満潮が付け足す。

 

「あのぉ~、最大保有数のほうは秘密裏ってどうするんですか?」

 

磯波が質問する。

 

「秘書艦としての仕事中に司令官に関する情報をさりげなく探す、ってところかしら。ついでに彼のことで他の事でも知ることができたらできるだけ共有してほしいわね」

 

他には特に無い様だったので、ここら辺で切り上げることにする。

 

「じゃあ今回はこれで解散ってことで。いろいろ衝撃的なことがあったと思うけど、くれぐれも仕事に支障をきたさないようにゆっくり休みましょう。司令官のために、ね」

 

 




感想にて『資材他所持ちで艦娘手に入るのってどうなの?』的なものがありました。まったく考えていませんでした。つっこみ感謝です。
つっこみ用の場を活動報告に作ったので今後はそちらにて行っていただけると助かります。
以下見苦しい言い訳なのでそういうのが嫌な方は読み飛ばしてください。












個人的には同じ艦娘でも複数居るよってことの辻褄あわせとして、艦娘にはそれぞれ対応する各提督がいますよーってことにしたかったのですが、設定が甘かったため、不快に感じた方がいらっしゃったようです。本当に申し訳ありませんでした。
一応元々このあたりの設定は小出しする予定でしたが、資材に関しては本当に抜けていました。ご指摘感謝です。
前から考えていた分は当初の予定通り後々もう少し出します。なので今回の分も含めて今後設定が出てきた際におかしな点や不明な点はどんどん突っ込んでください。そうしていただけると私としてもよりしっかりとした世界観を作れるのでありがたいです。
上記のとおり、活動報告に突っ込み用のものを用意したので、そちらにてご指導ご鞭撻をいただけるとありがたいです。

・・・利用規約的に感想欄ではなく活動報告の方へ誘導するのが良ですよね?
間違ってたらごめんなさい、ご指摘があり次第対応いたしますので、お手数ですが正しい方法と共にご連絡願います。

今後とも私と皆様が互いに楽しめるよう心がけるので、ご協力お願いいたします。


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談話室にて

榛名視点です。



夕食をいただいて、後は自由時間と伺い、榛名はまだあっていない方に挨拶をしようかと思って談話室に向かって歩きます。

建造されて、榛名の提督ではなかったのはとても残念ではありましたが、ここの鎮守府の提督はとても優しく丁寧に歓迎してくれました。

その上今日は提督においしい手料理まで振舞っていただき、とてもうれしかったです。

榛名の提督も彼のように優しい方だとうれしいなと思いました。

 

談話室に近づいていくと中から話し声が聴こえます。

声の数からしてそれほど多くは居ないようでした。

 

入り口から顔を覗かせてどなたが居るのか確認をすると、摩耶さん、羽黒さん、山城さん、赤城さん、大淀さんが居ました。

摩耶さんと羽黒さん、赤城さんと大淀さんと山城さんという2組に分かれて団欒している様子でした。

 

こちらに気づいたのか赤城さんが声をかけてくれました。

 

「あら、榛名さん。夕食はもうお済ですか?」

 

湯飲みを両手で包むように持ちながら落ち着いた様子でこちらを向く赤城さん。

その声に他の皆さんも榛名に気づいた様子でした。

 

「えぇ、とてもおいしかったです。皆さんも食後のお茶ですか?」

 

「そんなところです。よかったらこちらでご一緒しませんか?」

 

赤城さんのお誘いはありがたいのですが、摩耶さんと羽黒さんには挨拶がまだなので、そちらを先にするべきでしょう。

 

「はい、榛名でよろしければ。でも少々待っていただけますか?先に摩耶さんと羽黒さんにご挨拶をしたくて」

 

そういって摩耶さんと羽黒さんのほうを向くと摩耶さんが片手をあげて声をかけてくれました。

 

「おう、摩耶だ。よろしくな!」

 

「は、羽黒です。…よろしくお願いします」

 

続くように羽黒さんも挨拶をしていただけました。

 

「榛名です。本来はこちらの所属ではないのですが、しばらくの間お世話になります。よろしくお願いいたしますね」

 

頭を下げて挨拶をする。

 

「書類はもう提出していますので、1週間ほどで捜索がはじまるかと思われますね」

 

大淀さんが教えてくれる。

 

「はい、わかりました」

 

「榛名さんってなにを飲む?こっちにいろいろあるから見てみるといいわ」

 

山城さんがマグカップを取り出しながら奥の戸棚を指差しました。

その戸棚に近づき中を確認してみると、茶葉やインスタントコーヒー、ココアのパックと並んでダージリンのティーパックをみつけました。

 

「ではこちらをいただいてもよろしいでしょうか?」

 

「ここにあるのは支給された共有品だから好きにしていいのよ。給湯器はそこに。はいこれ、ティーカップじゃなくて悪いわね」

 

そういって山城さんがマグカップを渡してくれます。

 

「ありがとうございます。いただきますね」

 

「そのマグは飲み終わったらそこの食洗器にセットしておいてくれればいいから」

 

"しょくせんき"とはいったい?

 

「しょく?」

 

「食器洗い器です。中に入れてボタンを押せば勝手に洗ってくれる優れものです」

 

赤城さんが教えてくれます。

便利なものがあるようですね。

 

「そんな便利なものを使ってよろしいのでしょうか?」

 

きっと高い機材でしょう。

 

「提督が用意してくださったんです。私たちも最初そんな高価なものをいただくわけにはと断ったのですが、そんなに高くないし、多少のお金で楽ができるならその方がいいだろうって自腹で導入してくださったんです」

 

赤城さんがそのときの様子を思い出したのでしょうか?

誇らしげにしています。

 

「後ほど調べてみたら実際個人でも買える値段ではありましたが、それなりの値段でした」

 

大淀さんが眼鏡の位置を直しながらしみじみと教えてくれます。

 

「他にも提督は私たちにいろいろ援助してくださるんですよ?ここの飲み物とかもそうですし」

 

羽黒さんもとてもうれしそうに教えてくれます。

 

「ほんと、本来戦うためだけのあたしらにすごくよくしてくれるんだよな。だから提督のためにももっとがんばろうって思えるんだ」

 

摩耶さんが明るく言います。

あぁ、皆さん本当にいい顔で提督の話をしてくれます。

良い方だとは感じていましたが、話を聞くと本当にすばらしい方のようです。

本来負担になるだろう榛名も好待遇で受け入れてくださいますし。

 

「みなさんが、少しうらやましいです。榛名にはまだ提督がいませんから。みなさんの提督のように良い方だといいんですが…」

 

もし、このままここの艦娘になれたら。なんてことも少し思ってしまいます。

でも、榛名には榛名の提督が、榛名のすべきことがあります。

そのときのために今は今できることをしましょう。

 

「そういえば榛名さんってなにを食べたんですか?食堂では会わなかったと思いますが」

 

羽黒さんがふとそんなことを尋ねてきました。

 

「あ、ひょっとしてインスタント食品を食べたりしたか?ああいうのを食べると提督が君たちは体が資本なんだからもっとちゃんとしたものを食べなさーいってうるさいぞ」

 

摩耶さんが楽しそうに言います。

きっと実際にそういうやりとりをしたのでしょう。

 

「そのくせ自分のは適当なのよね。栄養的には大丈夫だからとかいってパック入りのゼリーで済まそうとしたりするし」

 

しかたないなぁっといった表情で山城さんが言います。

あぁ、本当ここはいいですね。

 

「榛名はパスタをいただきました!」

 

先ほど食べたものを思い出してしまいます。

おいしかったなぁ

 

「パスタ?そういうのもあるんですね。今度頼んでみましょうか」

 

赤城さんがよだれをたらしそうな顔で言います。

パスタ、好きなんでしょうか?

 

「えぇ、今度皆さんもいただけるといいですね。でも、あんまり大勢だと提督が困ってしまいそうですね」

 

手馴れた様子で作ってはいましたが、何人分ともなると大変でしょうし。

 

「…?どうして提督が困るんです?」

 

ふと急に大淀さんが尋ねてきます。

どうしてでしょうか?

 

「?だってたくさん作るのって大変でしょうし、それに提督のお時間をあまり取るのはよくないのではありませんか?」

 

怪訝な顔で何か考えている様子の大淀さん。

榛名、何か変なことを言ってしまったのでしょうか?

 

「榛名さん、いくつか確認したいんですが、質問に答えてもらえますか?」

 

大淀さんがすこし怖い顔をしながらいいます。

一体何なんでしょうか?

 

「えっと、いいですけど、榛名、なにか悪いことでもしてしまったのでしょうか?」

 

「いいえ、私の予想通りなら別に問題がある行動があったわけではないでしょうし」

 

そういってクイッと眼鏡をあげる大淀さん。

他の皆さんもそんな大淀さんの空気に何も言えずにいる様子です。

 

「まず、榛名さんはパスタを食べたんですよね?」

 

「はい、あとサラダとスープもいただきました」

 

「それ、どこで食べました?」

 

場所が気になるのでしょうか?

 

「えっと、執務室、ですけど。ひょっとしてあそこって飲食禁止だったんですか?」

 

仕事場に臭いが残ったりしたら確かによくないですし。

 

「執務室?」

 

摩耶さんが怪訝に繰り返します。

あれ?なんだか皆さんの様子が変わってきました。

ちょっと大淀さんと同じような感じです。

というか榛名、いつのまにか囲まれています。

どうしたのでしょうか?

 

「えーっと…?」

 

「とりあえずまだ質問に答えてもらえますか?」

 

「は、はい!」

 

戸惑っていると大淀さんが念を押してきました。

 

「榛名さんが食べてたとき、提督はどうしていましたか?」

 

どうって…

 

「榛名と一緒に食べてましたよ?」

 

皆さんが一瞬ビクッとした気がします。

 

「提督は何を食べていました?」

 

「榛名と同じもの…ですけど…」

 

「執務室で、提督と、同じものを食べていたのね」

 

山城さん、とっても怖いです。

なんだか物語に出てくる怨霊のような感じです。

 

「で、それはどう調達したんですか?」

 

「調達って…えっと、すみません、質問がよくわかりません」

 

食材の話でしょうか?

提督が作っていたので原産地とかはわからないのですが、たぶん聞きたいのはそういうことじゃないと思いますし。

 

「…榛名さん。夕食は提督に用意させられたのでしょうか?」

 

「いえ、提督が作ってくださいましたよ?折角だからって」

 

ピシッとガラスにひびが入ったような音がした…ような気がします。

 

「提督が?」

 

「はい」

 

摩耶さんもすごく怖い顔です。

 

「…それはつまり、提督が夕食を調理してくださった。ということでしょうか?」

 

羽黒さんが淡々とした声で話します。

急に話し方が変わりましたけどどうしたのでしょうか?

 

「?そう…ですけど…」

 

「…」

 

皆さん、怖い表情のまま固まってしましました。

一体何が起きたのでしょうか…?

 

「えっと、み、みなさん?」

 

「ま、まだ負けてないからなぁああああああ!!!」

 

急にそう叫んで走り去っていく摩耶さん。

 

「…不幸だわ」

 

なにがでしょうか、山城さん。ふらふらと千鳥足で椅子に座りに行きました。

 

「…フフ、フフフフ」

 

小さく笑うようにしているのは羽黒さん。うつむき、表情が見えないのでとっても怖いです。

 

「」

 

固まったままの大淀さん。

 

「…ごめんなさいね。提督に料理を振舞っていただくなんて私たちはしてもらったことがなかったから動揺しているのよ。ちょっと、落ち着くまでそっとしておいてもらえますか?」

 

なんか、皆さん、とても変わった動揺の仕方をするんですね…

赤城さんには頷いて応えます。

 

というより怖くて声がだせないです。

 

榛名、ここでこれからうまくやっていけるのでしょうか…

 




某お湯で溶くお吸い物を茹でたパスタに和えると和風パスタのできあがりです。

1食1杯分で充分味がつきます。
個人的なポイントは茹で上がったパスタの湯をあんまり切らず、水気が多いままお吸い物の粉をかけるといい感じです。

おすすめですよ。


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那珂ちゃんとお茶

ナァカチャンダヨゥ、ヨッロシクゥ!



まずい。何が一番まずいって原因がわからないことだ。

 

今、うちの鎮守府は非常にまずい空気が漂っている。

空気を読むということが不得手な僕でさえ感じ取れるのだから余程だろう。

この空気を前提に注意深く彼女たちを見ていると、駆逐艦が中心になっている様だった。

 

さて、行動を起こす前に状況を整理しよう。

具体的に何が起きているのかわからないが、艦娘たちにぎこちなさと何かに対する怯えがあるようだった。

発生時期は榛名が来てくれた後。あくまでこれは僕が気づいたタイミングだから原因はそれ以前の可能性が高い。

仕事には今のところ影響はでていない。アイテム屋さん(明石)の見解では肉体面での不調はないとのこと。

こんなところだろうか。

 

整理が終わり、二口ほど水を飲んだあたりでノックの音がなった。

 

「どうぞ」

 

「失礼しまーす、提督、那珂ちゃんにご用事ってなあに?」

 

呼び出していた那珂ちゃんが元気よく入ってきてくれた。

那珂ちゃんはうちの所属艦唯一の癒し枠とも言える娘だ。全体的に手が足りなかったり、本人が仕事熱心なのもあってなかなか都合がつかないが、時折お茶に付き合ってくれる。アイドルだから~といって彼女にその気はないようなので、それ以上の仲にはなれそうにないから、これ以上踏み込むことは残念ながら難しいだろう。ただ相談に乗ってくれるだけで現状とても助かる。

 

「とりあえず、扉を閉めてこっちに座ってもらえるかな?」

 

那珂ちゃんに執務室のソファに掛けるよう指示しながら緑茶を用意する。

那珂ちゃんははーいと返事をしてソファに腰掛ける。

 

「はいこれ、那珂ちゃんはこしあん大丈夫かな?」

 

そういってお茶とお茶請けの最中を置く。

 

「こしあんも好きだからいいんですけど、改まってどうしたんですか?」

 

明るい調子はそのままだが、ちょっとだけ仕事中のしっかりした様子を覗かせる那珂ちゃん。

僕の様子からただお茶に誘ったわけではないことを察しているようだった。

 

「うーん、誘った一番の理由は最近ごたついてしばらく那珂ちゃんを誘えなかったってことなんだけど、ちょっと聞きたいことというか相談したいことがあるんだよね」

 

そういって那珂ちゃんの向かいに腰を下ろす。

 

「もぅ、そんな事言って~。那珂ちゃんはみんなのアイドルなんだからあんまり独占しちゃだめなんだゾ?提督だから特別なんだからね~。それで相談って?」

 

こちらの軽口もいなしつつ、ちゃんと本題を促してくれる。

こういうのはなんだかんだ川内型、頼りになる。

 

「まず聞きたいんだけど、最近、特に榛名が来てくれたあたりから駆逐の娘たちの様子が妙な気がしてね。僕が感じるくらいだからよっぽどのことだろうけれど、那珂ちゃんは何か知らない?」

 

素直に聞くのが吉だ。

うーん、と可愛らしく小首をかしげながら考える那珂ちゃん。

 

「様子がおかしいのは知っているのですが、何でかはわからないかなぁ。正直那珂ちゃんもちょっと気になってたんですよねぇ。はじめは榛名さんにヤキモチ妬いてるのかなぁって思ったのですけど、違う気がするんです。どう違うのかははっきりとした言葉にできないのですが、こう、必死さというかそういう類の何かがある感じですね。それにあんまり榛名さん自身を気にしている様子はない気もしますし」

 

だいたいは僕が感じているものと同じようだった。

 

「あ、でも時期は提督と同じですね。榛名さんが来た直後だったと思います」

 

那珂ちゃんも真剣に考えてくれているのだろう、作戦前のブリーフィング時のように普段の軽い感じは控えている。

 

「そっか。ありがとう。個人的に霞、曙、満潮が要注意なんだけど、那珂ちゃん的にはどうかな?」

 

この娘たちは特に重苦しい感じがする。かといって僕が直接尋ねても霞はともかく残りの二人は答えてくれそうにないし。

 

「那珂ちゃん的にもちょっと危ないかなって思うの。でも那珂ちゃんは曙ちゃんよりも叢雲ちゃんと潮ちゃんの方が危ないかなって。逆に比較的大丈夫そうなのは磯波ちゃんと白雪ちゃん、敷波ちゃんかな?新し目の娘が大丈夫そうだけど、別段着任順とかではないですよね?」

 

そう言われて着任順を思い返す。

駆逐限定で言えば叢雲→霞→白雪→曙→潮→満潮→敷波→磯波だ。

特に叢雲は提督になるタイミングで着任した所謂初期艦に相応する。

 

磯波と敷波が大丈夫そうという話ならば確かに着任順というのは気になるファクターだろうが、最序盤からいる白雪も含まれるなら重要度は下がるだろう。

那珂ちゃんが来たのは潮と満潮の間のはずだ。

そう思って、それ以前の着任順を伝える。

そうすると那珂ちゃんもやっぱり関係ないかぁっとつぶやいて後ろにもたれる。

 

「那珂ちゃんの姉妹艦は大丈夫そう?」

 

こちらからみて軽巡の川内型三姉妹は一番安定している様子だ。

少し考え込む様子の後那珂ちゃんは口を開く。

 

「うん、神通ちゃんは出撃が増えてよろこんでいる感じだったし、川内ちゃんは相変わらず夜間警備が楽しいって言ってたし」

 

「夜間警備が楽しい?特に何も報告は受けてないけど?」

 

楽しいような何かがあったのだろうか?

 

「いやいや、そうじゃなくて。提督が思っているような悪いことは起きてないよ?ただ単に夜が好きだから、夜に散歩してるのが楽しいみたい」

 

那珂ちゃんが補足してくれた。なら問題ないのだけれど。

あの夜戦ニンジャは戦闘が好きな部類の子だから少し心配になっただけだ。

 

「あ、でも提督。重巡以上の娘らのフォローはしたほうがいいと思うよ?あれは榛名さんに対するヤキモチだと思うから」

 

「ヤキモチ、かぁ…。えっと、具体的にどの娘がどんなことにヤキモチ妬いてる?」

 

正直重巡以上の娘らは少々付き合いにくさを感じている。

摩耶は個人的にちょっと苦手だし、最近は先日あしらった事を根に持っているのか特に気が立っている。

羽黒はこちらを警戒している様子で、仕事以上のことに踏み込もうとするとごめんなさいと逃げ出される。もっと時間が経って信頼関係を構築できたら話は違うかもしれないが、しばらくはそっとしておくべきだろう。

赤城はポーカーフェイスが上手すぎて何を考えているか読み取れない。仕事関連には真面目に取り組んでくれるため問題無いが、私的に近づくにはどう切り込めばいいか判断できない。良くあるイメージ通りに食事系で釣ろうと思ったことはあるが、本人はイメージほどがっついていないし、実際に食べる量も大目ではあるがせいぜい毎食2人前程度だ。肉体労働者ならおかしいほどの量ではない。朝、弓を一緒に引くことが時たまあるが、和弓のことはわからないし、鍛錬に水を差すのも悪いと思って談話は控えている。

山城はあまり物事に関心をもっていないようで、その中に僕も含まれている様だ。仕事話以外は受け付けず一人窓際でアンニュイにしていることが多い。唯一扶桑関連はまだ試していないが、今まで一度も出会ったことないし、山城からすれば()()()()()()の僕が扶桑について話したらさすがにおかしく思うだろう。かといって山城から扶桑の話を聞くというアプローチも考えたが、扶桑を知らないフリして聞いていられる自信がない。

まぁ付き合いにくさを感じるのは彼女たちに限らないのだけれど。

 

「提督、そういうのは自分で考えたほうがいいと思いまーす」

 

ジト目で那珂ちゃんが言う。

だけどね那珂ちゃん。自分で考えて下手うって悪化させるよりはましだと思うんですよ。

そんな僕の内心を読み取ったのかため息と共にしょうがないなぁといった感じで口を開く。

 

「那珂ちゃんはあんまり詳しく知らないけど~、榛名さんに何かしたんじゃないかなぁ?それを他の娘にもしてあげるとか、もっといいことをしてあげるとか。そうすればきっと機嫌直るんじゃないかな?」

 

榛名にしたこと…ねぇ。

 

「身に覚えがなぁ…あ、あれか?」

 

建造できたとき非常に喜んだことを誰かから聞いたのかな?

 

「あるんだったらきっとそれだよ。拗れる前に何とかしたほうがいいよ。駆逐の娘たちも心配だろうけど、そっちだけじゃだめだからね」

 

メッとウインクしながら人差し指を立てる那珂ちゃん。

さすがアイドル。そういう仕草も似合ってかわいい。

 

「さてと、那珂ちゃんこれからレッスンあるからお暇してもいいかな?」

 

そういって席を立つ那珂ちゃん。

 

「あぁ、時間とってくれてありがとう」

 

「駆逐の娘たちについては那珂ちゃんもいろいろやってみるから安心してね!」

 

ひらひらと手を振りながらそういい残し、失礼しましたーと元気よく出て行った。

で、結局どないしましょうかね…

 

 




もう那珂ちゃんがメインヒロインでいいんじゃないかな?




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那珂ちゃんとお茶_裏

ナァカチャン、キョウモカッワイイッ!


「♪~」

 

いけないいけない、無意識に鼻歌を歌っちゃた。

誰かに聞かれたりしたら誤魔化さなきゃいけないから気をつけないと。

 

久々に提督がお茶に誘ってくれた。

最近は海域の解放後の事後処理や神通ちゃんのわがまま聞いたりいろいろと忙しかったみたいだけど、一息ついたみたいでよかった。

でもただのお茶じゃなくてどうも他にも話したいことがあるみたいだったな…。

たぶん、最近の艦娘についてだと思う。

 

なんだか皆様子がおかしい。

皆といっても私たち川内型を除いて、だけど。

重巡以上の娘らはきっと榛名さんへ嫉妬してるんだろうな。

私が着任した時の駆逐たちみたいな感じだし。

こっちはたぶんそんなに重要視しなくても大丈夫なんだけど、問題は駆逐の娘たち。

まだ戦闘中は割り切れているみたいだけど、それ以外のときはなんだか焦っているような感じがする。でもこの調子だといずれは良くない事が起きてもおかしくなさそう。

でも思い当たる節がない。時期的には榛名さんが来たときと重なるけど、それほど彼女たちが榛名さんを意識している様子もないし…

 

とと、考えてたら執務室を通り過ぎそうになっちゃった。

んん、那珂ちゃんはアイドル。みんなに元気をあげるのがお仕事!

よし、提督にも元気をあげなきゃ!

 

「どうぞ」

 

ノックをすると提督の返事が来た。

 

「失礼しまーす、提督、那珂ちゃんにご用事ってなあに?」

 

お茶とはわかっているけれどね。

部屋に入ると提督はコップを片手にソファに座っていた。

すぐにコップを置いて立ち上がるとにこやかに招いてくれた。

 

「とりあえず、扉を閉めてこっちに座ってもらえるかな?」

 

戸棚にあるお茶を取り出しながら提督が言う。

はーいと返事しておとなしく指示に従って座る。

 

「はいこれ、那珂ちゃんはこしあん大丈夫かな?」

 

今回出してくれたお茶請けは最中だった。

提督の言から中はこしあんなのだろう。

 

「こしあんも好きだからいいんですけど、改まってどうしたんですか?」

 

にこやかにはしているけれど、やっぱり普段より少し表情に影がある。

早めに話を聞いておくべきだよね。

 

「うーん、誘った一番の理由は最近ごたついてしばらく那珂ちゃんを誘えなかったってことなんだけど、ちょっと聞きたいことというか相談したいことがあるんだよね」

 

提督の冗談にドキっとしてしまった。でもがんばって押しとどめる。

那珂ちゃんはアイドルだもん、まだスキャンダルはおこしちゃだめだもん。

 

「もぅ、そんな事言って~。那珂ちゃんはみんなのアイドルなんだからあんまり独占しちゃだめなんだゾ?提督だから特別なんだからね~。それで相談って?」

 

なんとか隠しきれたみたい。でも元々提督は鈍感だから隠さずとも気づかないかもしれない。

 

「まず聞きたいんだけど、最近、特に榛名が来てくれたあたりから駆逐の娘たちの様子が妙な気がしてね。僕が感じるくらいだからよっぽどのことだろうけれど、那珂ちゃんは何か知らない?」

 

口調は柔らかいけど、結構深刻なことだと雰囲気で感じ取る。

うーん、やっぱりさっき考えていたことであってそうだなぁ。

 

「様子がおかしいのは知っているのですが、何でかはわからないかなぁ。正直那珂ちゃんもちょっと気になってたんですよねぇ。はじめは榛名さんにヤキモチ妬いてるのかなぁって思ったのですけど、違う気がするんです。どう違うのかははっきりとした言葉にできないのですが、こう、必死さというかそういう類の何かがある感じですね。それにあんまり榛名さん自身を気にしている様子はない気もしますし」

 

提督はやっぱりか、といった感じの表情をしている。

あ、これは付け足しておいたほうがいいかな。

 

「あ、でも時期は提督と同じですね。榛名さんが来た直後だったと思います」

 

提督のことだからきっと自分が感じ始めるよりずっと前から予兆があったのに気づけなかったという風に思ってそうだし。

 

「そっか。ありがとう。個人的に霞、曙、満潮が要注意なんだけど、那珂ちゃん的にはどうかな?」

 

言われてみてどうだったかを思い返してみる。

確かに三人ともすごく情緒不安定な感じがした。

霞ちゃんは酷く落ち込んでいるみたいだし、満潮ちゃんにいたっては何かをあきらめかけているようにすら見える。

でも曙ちゃんはただの自己嫌悪って感じかな?正直なところ叢雲ちゃんも酷いと思う。

叢雲ちゃんは霞ちゃんに近いけど、たぶん自分が駆逐たちのまとめ役って思っている責任感からか表にださないようにしている風がある。こういうのは抱え込む方が危ない。

あと言うなら潮ちゃんかな?

何か不安になっているみたいだけど、あの娘は提督の前だと緊張しちゃっておどおどしちゃうから、提督から見るとそれほど差異がないようになってしまうかもしれない。

 

逆に落ち着いてるのは磯波ちゃんや敷波ちゃん、白雪ちゃんかな?

そういえば危ない感じの叢雲ちゃんや霞ちゃんは私よりも前から着任してて、安定してる感じの磯波ちゃんや敷波ちゃんはわりと最近に着任してる。ここも話にあげたほうがいいかもしれない。

 

「那珂ちゃん的にもちょっと危ないかなって思うの。でも那珂ちゃんは曙ちゃんよりも叢雲ちゃんと潮ちゃんの方が危ないかなって。逆に比較的大丈夫そうなのは磯波ちゃんと白雪ちゃん、敷波ちゃんかな?新し目の娘が大丈夫そうだけど、別段着任順とかではないですよね?」

 

「白雪さんが比較的落ち着いているなら関係ないと思う。一応着任順を伝えておこうか。那珂ちゃんは満潮さん以降の着任順は知ってるよね?」

 

そういって私が来る前から居る娘らの着任順を教えてくれた。

提督の言うとおり白雪ちゃんが結構古くから居るみたいだけれど安定してる感じからしてやっぱり関係ないかぁ…

 

うーん、これ以上はこっちで勝手にあれこれ考えても進展なさそうだなぁ。

 

「那珂ちゃんの姉妹艦は大丈夫そう?」

 

そんなことを考えていると提督も同じなのか話題を変えてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

姉妹艦。川内ちゃんと神通ちゃんだ。

二人も含めて提督は私たちに対して非常に好意的に扱ってくれる。

川内ちゃんに対しては、他の娘たちに制限をかけている夜間の活動を警備という名目で認めてくれているし、神通ちゃんはこの間もっと出撃したいって言うわがままを聞いてもらったとうれしそうに教えてくれた。

私にもこうして時折お茶に誘ってくれたりする。はじめは私を特別扱いしてくれているのかと勘違いしちゃった。だけど提督はただみんなとも仲良くしたいみたいで、いろいろ考えたけどうまくいかないってことを話してくれた。他の娘たちも提督と仲良くはしたいけれどどうも噛み合わないみたいで、うまくいっていないみたいだった。

私は軽くアドバイスをしたりはしたけれど、どうしても仲介人になる気にはなれなかった。

理由は未だによくわからないけれど、深く考える気にもなれなかった。

ただ、もうちょっと提督の相談を受ける役を他の娘に譲りたくないかなぁ…

 

 

 

 

と、いけない、質問に答えないと。

 

「う、うん。神通ちゃんは出撃が増えてよろこんでいる感じだったし、川内ちゃんは相変わらず夜間警備が楽しいって言ってたし」

 

少し変に間が空いちゃったかもしれないけれど、提督は特に変に思ったりはしていないようだった。

 

「夜間警備が楽しい?特に何も報告は受けてないけど?」

 

川内ちゃんのことでちょっと違うことを連想しちゃったみたい。

 

「いやいや、そうじゃなくて。提督が思っているような悪いことは起きてないよ?ただ単に夜が好きだから、夜に散歩してるのが楽しいみたい」

 

そう伝えるとほっと安心したみたい。

よかった。

コップに口をつける提督。心配事はこれで全部といった様子。

でも提督、ここに居る艦娘は駆逐と私たちだけじゃないよ?

 

「あ、でも提督。重巡以上の娘らのフォローはしたほうがいいと思うよ?あれは榛名さんに対するヤキモチだと思うから」

 

そう伝えると、提督はうっと小さくうめき、頭を抱える。

これは気づいていないわけじゃなく、後回しにしようとしてたみたい。

 

「ヤキモチ、かぁ…。えっと、具体的にどの娘がどんなことにヤキモチ妬いてる?」

 

ちらりとこちらをのぞきこむようにしながら提督が言う。

頼ってくれるのはうれしいけれど、女心をもう少し考えたほうがいいと思うなぁ。

 

「提督、そういうのは自分で考えたほうがいいと思いまーす」

 

うぅーとうなだれる提督。

本当、お仕事は上手くやるのにこういうのは苦手なんだなぁ。

なんだかかわいい。

しかたない、那珂ちゃんが少しだけ手助けしてあげちゃおう。

 

「那珂ちゃんはあんまり詳しく知らないけど~、榛名さんに何かしたんじゃないかなぁ?それを他の娘にもしてあげるとか、もっといいことをしてあげるとか。そうすればきっと機嫌直るんじゃないかな?」

 

駆逐たちが私の着任当初、頻繁にかまうことに関してヤキモチを妬いたことをおぼえていないかな?

たぶん似たようなことをまたしたんだと思う。

結局それ以来あんまり表立って二人きりにならないようにこちらが気を使っているのがちょっとバカらしく感じる。そのお陰で未だに私が提督とお茶してることを知っているのは川内ちゃんと神通ちゃんだけだし。これが知られたらもっと酷くなるんじゃないかな?

 

「身に覚えがなぁ…あ、あれか?」

 

たぶん違う。そんなすぐに思いつく人ならこっちももやもやしたりしないもん。

 

「あるんだったらきっとそれだよ。拗れる前に何とかしたほうがいいよ。駆逐の娘たちも心配だろうけど、そっちだけじゃだめだからね」

 

でももうこれ以上は手を貸してあげない。

女の子は教えてもらったことだけで仲良くできるわけじゃないんだよ?

 

「さてと、那珂ちゃんこれからレッスンあるからお暇してもいいかな?」

 

あんまり長い間こうしていると誰かが来てしまうかもしれない。

この後一緒にレッスンする予定の娘とか。

そうするとまた拗れちゃうから早々に退却しよう。

 

「あぁ、時間とってくれてありがとう」

 

「駆逐の娘たちについては那珂ちゃんもいろいろやってみるから安心してね!」

 

さて、那珂ちゃんは那珂ちゃんのできることをがんばりましょうか!

 




久々のセット投稿です。

那珂ちゃんはプロのアイドル感あると思います。アイドル艦だけに。
スミマセン

あ、あと僕は餡子はこしあん派です。粒あんも好きですけどね。
しっとり滑らかな感じが好きです。


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潮の融解

普段よりちょっと長めです。


「ほら、シャキシャキ歩く!」

 

いつもよりも気が立っている様子の曙に連れられて昼食を取りに食堂へ行く。

部屋で一人で済まそうと考えていたところ見ていないと食べずに過ごすのではないかと今日の秘書艦である曙にひっぱりだされた。

 

ここの食堂では妖精さんが料理をしてくれる。申請された食材費にしては結構おいしい食事を提供してくれてとても助かっている。とはいえタイミングが合わないときや立て込んでいるときは利用できないんだけどね。

 

妖精さんが作るのでこの味なのだから、間宮さんが来てくれたらどれだけなのだろうか?

あの娘も艦娘であるため、僕に対応する娘が現れるのを待つしかないのがもどかしい。

 

「どれにしようかしら」

 

いつの間にかメニューが書いてある掲示板前に着いた。

曙はいろいろ目移りして決めかねているらしい。

僕はどうしようか。

気分的にはがっつりと食べたいから丼物にしよう。

親子丼、海鮮丼、カツ丼。

よし、カツ丼にしよう。

 

「よし、決めた。曙さんはどーするん?」

 

「うーん、決めたわ。それじゃあ行きましょ」

 

二人で発券機に行く。

ラーメン屋とかにあるボタンを押すとプラスチック製の券がでてくるタイプのやつだ。

違いがあるとすればお金を入れずとも提供可能なタイミングではいつでも押せるようになっていることだ。

 

「で、どれにするの?」

 

曙が自分の食券を出した後尋ねる。

 

「カツ丼、セットのほうで」

 

ちなみにセットというのは味噌汁と漬物がついてくる。

単品だと丼のみだ。

曙がすぐに発券して券を渡してくれた。

 

そのまま受け取りレーンに向かう。

入り口で眠そうにしている妖精さんにお願いしますと券を渡し、トレイを持って進む。

すこし待っているとドゾーと妖精さん達が頼んだものを持ってきてくれる。

それを自分のトレイに乗せる。

曙は天ぷらうどんを頼んだようだった。

 

「さて、どこら辺に座ろうか?」

 

食堂は100人以上が座れるほど広い。

が、現状利用者は少ないので好きに座れる。

 

「あそこに潮がいるわ、そこにしましょ」

 

そういってすたすた先を行く曙。

 

「僕が行ってもいいのかな?」

 

すると少し止まってから曙が振り向かずに言う

 

「何も問題ないでしょ。あんまり潮を避けたりしないでよね」

 

どちらかというと避けられているのは僕なんだけどねぇ…

 

まぁ座る前に確認すればいいでしょう。

近づいていくと潮はこちらに気づいた様子で軽く会釈をした。

 

「ご一緒してもいいかな?」

 

一応確認を取る。

曙は潮の隣に座った。

 

「えぇと、はい、…だいじゅ、大丈夫です。」

 

そんなに怯えんでも…

まぁ大丈夫っていうのだから信じよう。

潮の正面に着く。

潮もまだ食べ始めたばかりのようで、まだ多く残っていた。

 

「焼き魚定食ですか、いいですね」

 

「ぇ、あ、は、はぃ…」

 

萎縮する潮。

やっぱりあんまり歓迎されていない様子だ。

曙は僕らにかまわずいただきますと口をつけ始めていた。

僕も続こう。いただきますと小さくいい、まずはお味噌汁に口をつける。

うん、おいしい。

 

少しの間黙々と食べる。

そういえば那珂ちゃんがこの間潮も気にかけた方が良いと言っていたことを思い出す。

わざわざ呼び出して話をしようとすると余計萎縮させてしまうかもしれない。

たまたま居合わせた今聞いたほうがまだ上手く良くかもしれない。

 

「潮さん、最近どうですか?」

 

とりあえず当たり障りのない感じにしておこう。

潮は声を掛けられて一瞬戸惑った顔になったが、すぐにおさまった。

 

「えっと、どう…とは?」

 

よし、割りとさわりはいい感じだぞ。

普段はもっとおどおどしてたり逃げられたりするし。

 

「うーん、楽しいこととか面白いことがあったりだとか、逆に辛いことや苦しいこと、気になることとかそういうの」

 

潮は軽く口を開きかけたが、そのままちらちらと曙のほうを見ている。

曙は知らんぷりして黙々と食事を続けている。

そのまま様子を見ているとあきらめたのかこちらに向き直った。

 

「…とくには…ないです…」

 

うーん、特にいつも通りおどおどしているようにしか見えないが、那珂ちゃんが言うのだ、たぶん何かあるんだろう。

でもここで突っ込んだほうが良いのか引き下がるべきか…

いや、まともに会話できている今を逃すと次がいつ来るかわからない。多少強引でもいかねばならないタイミングかもしれない。

 

「そうかい?そうならいいのだけれど、僕にはなんだか怯えている様に見えるのだけれど?どうかな?」

 

できるだけ優しく、怖がらせないように心がけて言う。

 

「提督が怖がらせたんじゃない?」

 

曙がぼそりという。だまらっしゃい。

 

「えっと、そうならあー、ごめん」

 

でもそうなら潮マジスンマセン。

潮はすごくあわあわしている。

 

「ぇと、あぅ…そうじゃ、ぅー」

 

もじもじと、でも何かを伝えようとしてくれている。

なら辛抱強く待とう。

あまり強く見つめすぎると萎縮させるかも知れない。注意を向けていることを示しつつも水を飲んだりして注目しすぎないようにする。

他所の猫を相手にするような感じだ。

すると少し落ち着いたのかぽつりと言った。

 

「みたらしに、なりたくないんです…」

 

「みたらし?」

 

何かの隠語だろうか?

 

「潮」

 

小さな声だが、しっかりとたしなめるようにいう曙。

それに反応してピクリとする潮。

 

「曙、少し控えて」

 

話そうとしていることを止められたらたまらない。

このチャンスを逃すわけには行かないのだ。

僕の言葉に今度は曙がピクリと反応し、うつむく。

彼女へのフォローは悪いが後回しだ。

 

「潮、みたらしになりたくない。どういうことか教えてもらえるかな?」

 

あやすように、警戒心を絆せるよう注意する。

 

 

「…大福に、大福になれなくても、餡蜜でもいいので、みたらしになりたくないんです!」

 

はっきりと潮が言う。今まで溜め込んでいたものがあふれるように、それは強い言葉だった。

意味もわからないその台詞に他の食事をしていた娘もこちらに注意が向いたようだった。

 

「ていとく、わたし、みたらしにならないようにするの、どーすれば…」

 

半分涙声で訴える潮。

那珂ちゃんの言っていた通り、だいぶきていたものがあったみたいだ。

だが今ならまだ対処しだいでは解放できるだろう。

本当に手遅れになる前にチャンスをつかめてよかった。

 

とりあえず、意味はわからないが、キーワードは和菓子なのだろうか?

"大福"、"餡蜜"そしてなりたくないという"みたらし"

 

…半分博打だが、賭けるしかないようだ。

 

ゆっくりと立ち上がり、潮の横まで行く。

中腰になり、目線の高さを合わせるとゆっくりと手を頭の上に置く。

小さく反応はしたが、嫌がっている様子はない。そのまま丁寧にゆっくりとやさしく頭をなでてあげる。

 

「なぁ、潮。どうして大福になれないと思うんだ?」

 

具体的な内容を聞いてもたぶん彼女は答えないか答えられないだろう。

ならあやしつつ間接的な情報を集めて対処を考えるべきだ。

しばらくぽーっとなでられていた潮がぽつぽつと言い始めた。

 

「わたし、てーとくに、その。うまく、ぅぅ…。あんまり、いい娘じゃないから。だから…」

 

追加情報は僕が関わっていること、潮が潮自身をいい娘ではないと思っていること。

やはり言葉通りの和菓子ではなく、何かを示している隠語なのだろう。

 

「僕には潮はとってもいい娘だよ。お仕事も普段からがんばってくれているし、悪いことをすることもないし。どこがいい娘じゃないっていうのかな?」

 

できる限り彼女自身を否定しないように彼女の言を否定し、情報を聞き出す。

こういう不安定なときにただ単に言を否定すると自身を否定されたと受け取られやすい。

自分を否定するこちらの言葉を受け入れたりはしない。都合よくやっぱり自分はダメなんだというところだけ切り取られて信用はなくなるのだ。

だから相手自身は可能な限り否定しないように、でも相手の言う自虐的発言を控えさせ、肯定的な方向へ意識を持っていくように心がける。

 

「てい…とく…」

 

こちらを不安な目で見つめてくる潮。

ここで引いてはいけない。やさしく頭をなで続けながらしっかりと目を合わせる。

 

「ん?」

 

彼女のペースで話はさせるが、話しやすくするために促す。

決して急かしてはいけない。

 

「その、うしお、本当に、いい娘。…ですか?」

 

「あぁ、とても」

 

自己肯定側の発言には同調を。

 

「でも、その、わたし、いくじなしだし、ちゃんとていとくとお話できないし、だめだめだし…」

 

「いくじなしかな?僕には観察力と慎重さを併せ持っているすごい娘だと思うよ?」

 

短所だと思っていることを長所だと言い換えて伝えてあげる。

 

「観察力と慎重さ…?」

 

「そう、だってキミが戸惑うときって、ちゃんと物事を見た上で、早とちりしちゃいけないってちゃんと判断できているときだろう?これはまだ必要なことが出きっていないことを見極める観察力と、進むべきでないときにちゃんと踏みとどまれる慎重さがあるってことじゃないか。これはすごいことだよ」

 

「すごい、こと…」

 

受け付けられる程度には抑えるが、多くの言葉で肯定的な意味があると思わせるよう畳み込む。

 

「それに僕とお話うんぬんは僕がちゃんと聞いてあげられなかったのが悪いんだし」

 

「そんなこと!ないです!わたしが…!!」

 

いけない。これはミスったかも。

思った以上に僕を上位の存在と認識しているようだ。

あんまり僕を卑下する発言は彼女にとってまずいようだ。

 

「そっか、じゃあおあいこにしよう。これからはもっとお話しよう?」

 

「えぅ、あ、は、はい…」

 

なでる手を少し強めて意識を会話から手のほうに移らせる。

しばらく黙ってなで続け、落ち着いた感じがしてきたら話を戻す。

 

「じゃあ早速お話してもいいかな?」

 

「は、はい。なんでしょう?」

 

落ち着いてきたのかおどおどした感じも少なくなってきている。

上手く取り成せたようだ。

 

「さっき言ってた大福になれないってどういうことか、教えてくれる?」

 

「それは、その…」

 

少しうつむく潮。

無理に聞き出してまた振り出しに戻るのは良くない。一旦引こう。

 

「言いたくないならいいんだ。ただ僕にできることがあるなら、やらせてほしいなって思っただけなんだけど、どうかな?」

 

「あぅ…。そのぅ…」

 

ぼそぼそというが、内容のある言葉が出てこない。

焦らなくていいとゆっくりと頭をなでつつ待ち続ける。

しばらくすると潮は意を決したように深呼吸をした。

 

「みたらしだと置いてかれちゃうんです。でもわたし、捨てられたくなくて…」

 

"みたらし"は置いていかれる…捨てられる?

で、それになりたくない…

つまりまだ明瞭ではないが、捨てられることを危惧しているってことか。

 

「で、餡蜜になろうって?」

 

コクリと頷く潮。

 

「ちなみに聞きたいのだけれど、みたらしだと置いてかれるのはわかったけれど、大福と餡蜜の違いって何かな?」

 

「えっ?」

 

キョトンとする潮。

そしてきょろきょろとし始める。

誰かを探している?

 

「えっと、わからない…です。ごめんなさい」

 

見つからなかったようで謝る潮。

 

「いや、わからないならそれでいいんだ。ただ、どこからそんな話になったのかなって気になってさ」

 

なんとなく潮は捨てられること、置いていかれることを恐れていることはわかってきた。

で、今まで出てきた内容をまとめると、僕によって鎮守府にいられなくされるということを示しているのだろう。

それも自分が何かしてそういう発想が出てきたのではなく、誰かから何かを示唆されてそういう危惧をし始めた。

この推理は正しそうだ。

 

「さて、お話もいいけれど、ご飯が冷めちゃったら良くないし、食べながらお話してもいいかな?」

 

とりあえず今のところはこれぐらいで一旦引き上げて、別口から情報を集めたほうがよさそうだろう。

潮はそれほど主要な立ち位置ではなかったようだし。

鎮守府にある変な空気の原因がこれだけかどうかも調べなければならない。

 

「和菓子で思ったんだけどさ、潮ってこしあんと粒あん、どっちが好き?」

 

「はぇ?えっと、物に…よります。どちらかというと…粒あん?」

 

唐突な話題に戸惑いながらも答えてくれる潮。

 

「曙さんは?」

 

「…」

 

さっきから静かにしていたけれど、黙々と食べている曙。

 

「ありゃ?曙さーん?」

 

「ごちそうさま。私は先に戻ってるから」

 

そういってさっさと立ち上がって行ってしまう曙。

フォローを後回しにしたのは失策だったか。早めに取り返さねば。

 

「うーん、乙女心は秋の空とはよく言ったものだよ。潮は曙さんと親しいよね?僕からもフォローするけれど、キミからもやってもらえる?」

 

「は、はい。でも、私からだと…」

 

「余計拗れちゃう、かな?うーん、やっぱり僕のほうでしっかりやるべきか…」

 

心のケアは苦手だけど、そんなことを言っててもしょうがないんだよね…。

 

 

その後、潮と世間話をしながら食事を終えた。

以前よりとても親密になれたようで、とても良かったと思う。

怖がられていたように思えた今までの態度は潮曰く、潮自身に自信が持てず、こんな自分とじゃ僕と上手く話せるはずないと思い込んでいて萎縮していただけであったらしく、嫌われてはいないようでとてもうれしかった。

 

さて、これからは曙のフォローもしっかりやらなければならないが、それ以上に今回の件についてどういう話がどこから出回っているのかを調査しなければならない。

潮の反応からして曙が出所ではないが、彼女も知っている様子だったため、フォローついでに聞き出してみよう。

 




ようやく提督は潮と仲良くなりはじめました。
彼はいつまで潮っぱいの誘惑に負けず紳士的にいられるのでしょうか。



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潮の融解_裏

ぼのたんファンは少々お待ちください。


「みんなお疲れ。後はアタシがやっておくから先お昼行ってて」

 

そう言って敷波ちゃんが遠征の報告書を持って行っちゃった。

 

「私はちょっとアイテム屋さんに用事があるから気にしないでいいわ」

 

霞ちゃんも用事があるようなので、一人でお昼に行きましょう。

 

―・―・―・―・―・―

 

今日のお昼はお魚定食にしよう。

 

今食べているのは神通さん、羽黒さん、摩耶さんに赤城さん。

遠征に行っていた私たち以外の駆逐艦のみんなは先に食べ終わっちゃったのかな?

 

お邪魔するのも何だし一人で食べてよう。

 

「いただきます」

 

鯵、おいしい。

 

あれ?曙ちゃんに提督が来た。

珍しい。いつも部屋で食べてる提督が食堂で食べるなんて。

今日の秘書艦が曙ちゃんだから出てきたのかな?

私のときは一回もできなかったし、やっぱり曙ちゃんすごいな。

あんまり見てるとつらくなるから早くご飯食べちゃおう。

 

あ、こっちに来た。

挨拶ぐらいはしないとだめだよね。

 

「ご一緒してもいいかな?」

 

曙ちゃんを見ると私の隣に座った。

 

「えぇと、はい、…だいじゅ、大丈夫です。」

 

か、噛んじゃった。

うぅ、やっぱり私はダメな娘だ…

こんなんじゃ真っ先に捨てられちゃっても仕方ないよね…

 

「焼き魚定食ですか、いいですね」

 

正面の提督から話しかけられちゃった。

あ、何かちゃんとお返事しなきゃ…

 

「ぇ、あ、は、はぃ…」

 

やっぱりダメダメだよぅ。

うぅ、すごく気まずい…

 

「潮さん、最近どうですか?」

 

ぁぅぇ!?

どう、ってどうなんだろう?なにが?え?

落ち着こう、私。

ちゃんと聞けば提督は答えてくれるもん。

 

「えっと、どう…とは?」

 

「うーん、楽しいこととか面白いことがあったりだとか、逆に辛いことや苦しいこと、気になることとかそういうの」

 

あー、うー、正直今とってもつらいです。

でもそんなこといえないし。

曙ちゃん助けて!

……

………

知らんぷりされちゃってる。

うー、やっぱりこのままじゃわたし、この間霞ちゃんが言っていたみたらしになっちゃうよぅ。

 

「…とくには…ないです…」

 

ごまかすしかないよぅ。

でもうぅ、提督に隠し事してるなんてやっぱり悪い娘だよ。

 

「そうかい?そうならいいのだけれど、僕にはなんだか怯えている様に見えるのだけれど?どうかな?」

 

怯えてる。

うん、私、捨てられるの、提督の傍に居られないのがすごい怖い。

こんなダメダメな私でも、がんばってるって、いい娘だって褒めてくれる提督の傍にいたいのに。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

ずっといられると思ったのに、でも他の娘と比べたら私よりそっちを取るよね。私だったらそうする。

 

「提督が怖がらせたんじゃない?」

 

曙ちゃん、そんなことはないよ!ダメなのは私なんだから。

 

「えっと、そうならあー、ごめん」

 

そんなに悲しそうな顔をしないで欲しい。

私の所為でそんな顔させたくない。やっぱり私は居ないほうがいいのかな?

でもでもでもでも…

 

「ぇと、あぅ…そうじゃ、ぅー」

 

うまく言葉にできない。

でも提督はそんなわたしでも見続けてくれている。

優しく私を待っててくれる。

もしかしたら、もしかしたら私でも傍に置いておいてくれる。

そんな妄想をしちゃう。

 

「みたらしに、なりたくないんです…」

 

言っちゃダメって言われてたけれど、つい言葉が漏れてしまう。

 

「みたらし?」

 

提督は何のことかわからないのか驚いた顔をしている。

 

「潮」

 

静かに、でもしっかりと曙ちゃんが言う。

それ以上は言っちゃいけないと伝えてくる。

 

「曙、少し控えて」

 

威厳のある言葉がそれを遮る。

前を見ると真剣な顔でこちらを見ている提督が居た。

作戦前のときのような厳しくも私たちを強く信じてくれているその目つき。

 

「潮、みたらしになりたくない。どういうことか教えてもらえるかな?」

 

続きを伝えて欲しいと優しく訴える提督に、私はもうがまんができなかった。

 

「…大福に、大福になれなくても、餡蜜でもいいので、みたらしになりたくないんです!」

 

私の中にあったナニカがあふれてくる。

それを押さえ続けることはもうできそうもなかった。

 

「ていとく、わたし、みたらしにならないようにするの、どーすれば…」

 

少し困ったようなそれでいて真剣な表情で受け止めてくれる提督。

そしてゆっくりと立ち上がると私の横まで来てしゃがんだ。

 

手を伸ばしてくる。

何をするのだろう?

あ、あったかい。

提督が頭、なでてくれてる。

すごくやさしく、丁寧に。

私みたいなダメな娘でもとても大事なものに触れるように。

 

「なぁ、潮。どうして大福になれないと思うんだ?」

 

ゆっくりと言う提督はとても優しくて、暖かくて。

ずっとこうしてて欲しいと思っちゃうくらい素敵。

でも聞かれたことには答えないと。

 

「わたし、てーとくに、その。うまく、ぅぅ…。あんまり、いい娘じゃないから。だから…」

 

あぁ、やっぱり上手く言えない。

 

「僕には潮はとってもいい娘だよ。お仕事も普段からがんばってくれているし、悪いことをすることもないし。どこがいい娘じゃないっていうのかな?」

 

「てい…とく…」

 

あぁ…

本当にもっとダメな娘になっちゃう。

私は、艦娘は戦うために生まれたのに、提督の傍で、こうしてゆっくりとしていられたなら、それだけの時間がずっと続けばと思っちゃうダメな娘になっちゃう…

 

「ん?」

 

それでも良いと受け入れられたように感じてしまう。

 

「その、うしお、本当に、いい娘。…ですか?」

 

彼が言うのだ。私なんかが思うのよりもきっと彼のほうが正しい。

 

「あぁ、とても」

 

すごく心地いい言葉が彼の口からこぼれる。

それをもっと聞きたくて。

 

「でも、その、わたし、いくじなしだし、ちゃんとていとくとお話できないし、だめだめだし…」

 

そんなことを言ってしまう。

 

「いくじなしかな?僕には観察力と慎重さを併せ持っているすごい娘だと思うよ?」

 

「観察力と慎重さ…?」

 

彼には私はどんな風に見えているのだろう?

彼の傍に居られる娘だと思われてたら良いなぁ…

 

「そう、だってキミが戸惑うときって、ちゃんと物事を見た上で、早とちりしちゃいけないってちゃんと判断できているときだろう?これはまだ必要なことが出きっていないことを見極める観察力と、進むべきでないときにちゃんと踏みとどまれる慎重さがあるってことじゃないか。これはすごいことだよ」

 

「すごい、こと…」

 

えへへ、すごいことできる娘だって。

とてもうれしい。

 

「それに僕とお話うんぬんは僕がちゃんと聞いてあげられなかったのが悪いんだし」

 

「そんなこと!ないです!わたしが…!!」

 

彼に悪いとこなんでない!

全部私がダメダメなのがいけないんだ。

意気地なしで、ちゃんと提督に大好きだって言えない、傍にいたいって言えない私がダメなんだ。

 

「そっか、じゃあおあいこにしよう。これからはもっとお話しよう?」

 

そんな私でもお話をしてもいいんだ…

うれしい。

 

「えぅ、あ、は、はい…」

 

あぁ、返事がまた変になっちゃった。

でも優しくなでてくれている手が、大丈夫と私に伝えてくれる。

大きくて、暖かい手。大好きな提督の手。

 

「じゃあ早速お話してもいいかな?」

 

しばらく撫でてくれていると提督がちょっとだけ普段の調子に戻って声をかけてくれた。

 

「は、はい。なんでしょう?」

 

何のお話だろう?

 

「さっき言ってた大福になれないってどういうことか、教えてくれる?」

 

あ。

 

「それは、その…」

 

本当は提督には言っちゃいけない話。

でも聞かれたからには答えないと…

 

「言いたくないならいいんだ。ただ僕にできることがあるなら、やらせてほしいなって思っただけなんだけど、どうかな?」

 

「あぅ…。そのぅ…」

 

私が話しちゃいけないっていうのを踏まえて言ってくれているんだろうな。

うれしいけど上手くお話できない自分がつらい。

それでも提督はゆっくりと落ち着かせてくれるように頭を撫でてくれる。

 

うん、ちゃんと伝えなきゃ。

 

「みたらしだと置いてかれちゃうんです。でもわたし、捨てられたくなくて…」

 

「で、餡蜜になろうって?」

 

頷いて返事をする。

 

「ちなみに聞きたいのだけれど、みたらしだと置いてかれるのはわかったけれど、大福と餡蜜の違いって何かな?」

 

「えっ?」

 

そういえばどうなんだろう?

大福のほうが大事なんだろうけど、結局両方とも取ってもらえるんだよね?

じゃあ違いってなんだろう?

霞ちゃんが用事を終らせて来ていれば聞けるんだけど、まだ来てないみたい。

 

「えっと、わからない…です。ごめんなさい」

 

「いや、わからないならそれでいいんだ。ただ、どこからそんな話になったのかなって気になってさ」

 

そう言って提督は私の頭をぽんぽんして撫でてくれるの終っちゃいました。

 

 

「さて、お話もいいけれど、ご飯が冷めちゃったら良くないし、食べながらお話してもいいかな?」

 

あぅ、提督が戻っちゃう。もうちょっと続けて欲しかったけど、まだご飯の途中だもんね。

 

「和菓子で思ったんだけどさ、潮ってこしあんと粒あん、どっちが好き?」

 

 

「はぇ?」

 

唐突に言われてちょっと戸惑っちゃった。

えっと、こしあんか粒あんか。

うーん、アンパンはこしあんのほうが好きだけど、大福とかは粒あんのほうがいいかな?

 

「えっと、物に…よります。どちらかというと…粒あん?」

 

うん、粒あんのほうが好きなものが多いと思うし。

 

「曙さんは?」

 

そういえばずっと静かにしていた曙ちゃん。

どうしたのかと思って横を見てみると、暗い顔をしてる。

 

…それもそっか。明らかに提督は私ばかり見てくれている。

私みたいなのも置いておいてくれるのだから当然曙ちゃんも置いておいてくれると思うけれど、曙ちゃんから見たら違うと思う。

いや、普段の落ち着いた曙ちゃんならちゃんとそれぐらいわかると思うけど、目の前で提督が他の娘ばっかりかまってたら冷静になっていられないのも当然かもしれない。

 

「ありゃ?曙さーん?」

 

下を向いているから提督からはあんまり曙ちゃんの顔が見えないのかな?

軽い調子で声をかける提督。

 

「ごちそうさま。私は先に戻ってるから」

 

たぶん、この状況に耐えられなくなったんだと思う。

さっさと立ち上がって行っちゃう曙ちゃん。

落ち着いたらきっと大丈夫だろうし、しばらく一人にしてあげたほうが良さそうかな。

 

「うーん、乙女心は秋の空とはよく言ったものだよ。潮は曙さんと親しいよね?僕からもフォローするけれど、キミからもやってもらえる?」

 

たぶん、私がしなくても曙ちゃんはしっかりしてるから大丈夫。

でも提督がかまってくれるせっかくのチャンスは無くさないようにしてあげよう。

 

「は、はい。でも、私からだと…」

 

一応私自身も一要因だと思うし。

 

「余計拗れちゃう、かな?うーん、やっぱり僕のほうでしっかりやるべきか…」

 

頭の後ろを掻きながら提督が少し遠い目をする。

どんな風にフォローしようか考えてるのかな?

 

「まぁ曙さんのことはすぐにフォローするからいいとして、今は潮とお話だもんねー」

 

ねーのところでにこりと笑う提督。

うん、今までお話できなかった分もいっぱいお話したい。

でも何から話そうか?

やっぱりここで面白いお話できないと折角気にかけてもらえてるのに嫌われちゃうかもしれないし…

 

「潮、お話はこれからもできるからそんなに悩まなくても良いんだよ?」

 

「は、はい!よろしくお願いします!」

 

今日だけじゃない!うれしい!

 

「潮はお魚好きなの?」

 

提督が私の食べている焼き魚を見ながら言う。

 

「あ、どちらかというとお肉の方が好きです。でもあんまり偏って食べるのはよくないかなって。だから今日はお魚です」

 

「そっか、それは良い心掛けだね。バランスよくいろんなものを食べて身にしないと。特に体を使う君たちは食事も気にかけないとね」

 

前々から提督は私たちの食事をよく気にかけてくれる。

でも提督自身の食事はおざなりになりがちなんだよね。

あれ?そういえば提督ってどんな食べ物が好きなんだろう?

 

「提督はどんなものが好きなんですか?」

 

「食べ物の話…だよね?うーん、しいてあげるなら白米…かな?」

 

白米。

 

「じゃあ、おにぎりとか、ですか?」

 

「いいねぇ、おにぎり。好物だよ。ただ腹持ちとエネルギー、もといカロリーはいいんだけどあれは栄養的には偏りが強いんだよねぇ…」

 

ちょっと喰い気味に返してくれた。

おにぎりが好物。覚えておこう。

 

「その、中の具は何が好きなんです?」

 

「具はツナマヨかな?あとシャケとか。色物かもしれないけどたくあんが入ってるやつが結構おいしいよ」

 

ツナマヨにシャケ、たくあん。

今度作ってあげたら喜んでくれるかな?

 

「潮はおにぎりの具は何が好き?」

 

「私もシャケ…ですね。あとは梅干とか。あんまり他は知らないのですけど」

 

「うん、いいね」

 

「その、他にはどんなものが好きなんですか?」

 

もっと彼のことを知りたい。

思えば思うほど私は彼のことを知らないのだから。

 

「うーん、甘いものは全般的に好きかな。和洋問わず」

 

甘いものは大体好き。

これも覚えておこう。

 

「ちょっと話変わるけれど良いかな?」

 

ちょっとだけまた真面目な感じで提督が言う。

何だろう?

 

「はい、何ですか?」

 

「正直な意見を聞きたいんだけれど、僕ってそんなに話し難い雰囲気出してる?」

 

「話し難い…?」

 

「うん、あんまりみんなと雑談とかされないしさ、僕のほうからしようと話しかけても結構避けられちゃうし。自分じゃわからないこともあるから聞いておきたくて」

 

あぅ、今まであんまりお話できなかったことについて、だよね。

みんなって言ってるけど、たぶん私のことだと思う。

 

「えと、ごめんなさい。私、提督に嫌われないようにお話できないと思ってて、それであんまり…。お話して嫌な娘って思われたくなかったから…」

 

「いや、あー、うん。なんていうか、ごめん。でも潮が悪いわけじゃないからそんなに縮こまらないで欲しいな」

 

「いえ、私が悪いんです!」

 

「ん、じゃあこれもおあいこってことで」

 

そういって微笑む提督。

なんだかすごく気を使わせちゃった…。

嫌われてないかな?

 

「みんなっていうとわかり難いか。例えば曙さんとかどう?」

 

「曙ちゃん?」

 

「そう、結構呆れさせちゃってるみたいでさ。場を和ませようと思ったら逆効果ってのが多くて。でも何もしないと結局いろいろ注意されちゃうんだよね」

 

曙ちゃんも提督のこと大好きだと思うけど。

うーん、ちょっぴり言い方が強い時があるし、そのことかな?

 

「曙ちゃんはダメだと思ったら何も言わなくなるタイプなので、大丈夫だと思いますよ。それに提督にかまって欲しくて色々言っちゃうんだと思います」

 

黙ってしまう私とは反対に。

 

「うん、潮がそういうならきっと大丈夫だね。さて、悪いけれど曙さんもお仕事も放っておくわけに行かないからそろそろ行くね」

 

いつの間にか提督はご飯を食べきっていた。

 

「あ、はい」

 

もうちょっとこうしていたいってわがままは言っちゃだめだね。

 

「じゃあ、またお話しよう」

 

ご馳走様とそういい残して提督は行っちゃいました。

()()。提督はそう言ってたし、そのときが来るのを楽しみにしよう。

 

 




みなさんはおにぎりの具、何が好きですか?

作者はコンビニにあったから揚げとか焼肉とか漬けマグロとか好きです。
でも本当に一番好きなのは何も入っていない塩おにぎりなんですけどね。


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提督と羊羹

ボノたんなのにクソ提督と言わせられなかった…


ほんと、私何してるんだろう。

折角一緒にご飯食べられたのに、勝手に嫉妬して、勝手に先に出て、勝手に後悔して。

潮みたいにかわいい娘だったら私も提督にかまって貰えるのかな…

言いたいことは言っちゃうタイプの私じゃ無理な話なんだけど。

そのくせ重要なことは、かまって欲しいって提督に伝えられないんだもの。

我ながらひねくれ具合がひどいわ。

 

あの調子だもの。潮は平気そうね。

きっと愛想の悪い私は真っ先にお払い箱よ。

同じように愛想の悪いタイプでも叢雲や霞はなんだかんだ頼りにされているし。

白雪をはじめとした真面目ちゃんタイプは上官として扱いやすいと思う。

とすればやっぱり私が真っ先にいらないわね。

 

ほんと、どうせならさっさと解体してくれれば良いのに。

 

 

 

うそ。本当はずっと彼の力になりたい。

どこまでひねくれているのだろう、私。

ため息ばかり増えるわ。

 

 

「ぼのさん、突っ立ってどうしたん?」

 

振り向くと提督が居た。

口調は軽いけど、私のことを心配してくれているのだろう。

正直うれしいと思ってしまった自分が嫌になる。

勝手なことをして心配させて、それで喜んでいるのだもの。

 

「別に、どーでもいいでしょ」

 

今は放っておいて欲しい。

優しくされるともしかしたらと思ってしまうから。

 

「うーん、じゃあとりあえず中に入りません?」

 

そういえば私が執務室の前に立って塞いじゃっている。

慌てて慌てた様を見せないように扉を開けて中に入る。

 

「仕事始める前にちょっといいかな?」

 

そう言ってソファに手招きする提督。

 

「さっさとやらないとまた叢雲に怒られるわよ」

 

今は提督と何も話せる気がしない。

 

「まぁ、そのときはそのときで僕が怒られれば良いから。ほら、座った座った」

 

ぽんぽんとソファを叩く。

仕方ないから少しだけ付き合ってあげよう。

 

「さてと」

 

提督は奥の棚から何かを取り出し作業を始めた。

 

「何してんのよ」

 

「ちょっと待っててー」

 

返事になっていないし。

少しすると提督がお皿とお茶を出してくれた。

お皿の上のは…羊羹?

 

「こんなのいつの間に用意してたのよ」

 

「ミンナニハナイショダヨ」

 

また変な発音で言うし。何なのよ。

 

「さてと。曙さん、あなたは今とても気になっていることがあるでしょう?」

 

「その言い回しむかつくんだけど」

 

正直彼のこういうセンスはよくわからなくてついていけない。

 

「まぁまぁそういわず、聞いてくださいな。それでね、チミにその答えを示してしんぜよう!」

 

「はぁ…で、何を示すって言うのよ」

 

「端的に結論から。曙さんを解体するつもりは一切ありませんよ」

 

「…」

 

どこまで潮から聞いたのだろう?

というかそんな冗談風な話し方からいきなり真面目に言われても信じられないわよ。

いや、信じたいけど、無理でしょう?

 

「ありゃ?僕の勘違いだった?」

 

「…ど、どーして私がそんなこと気にしてると思ったのよ…」

 

自分でわかるほどすごく動揺してる。

提督は本当のことを言っているのか?よく言う冗談か?

どこからどこまで冗談なのかよくわからない…いや、むしろ提督はほとんど本気で言っているわね。

じゃあやっぱり本当?でも私よ?口を開けば()()()()て言う私よ?自分で言うのもおかしいけどクソなんて言ってくる部下なんてうざいだけでしょう?

ドMなの?ドMだったら付き合いきれないわよ私!

 

「うーん、色々調べてみると曙さんが、というより駆逐艦全体でそういう心配をしているように思えてね。勝手な勘違いだったら良いんだけれど、いや、よくないか、曙さんが気にしていることがわからないんだから」

 

駆逐艦みんなってことか…

鈍いところが多いのにこういうのは気づくんだ。

いや違う。彼は鈍いけれど、鈍いから丹念に調べて私たち以上に気を使って接してくれているんだと思う。

それ程のことをする価値が私たちにはないのに。

 

「フ、フン!私がそんなこと気にするわけないじゃない!ま、まぁ他の娘でそういうのを気にしている娘が居るかもしれないけれど、私には関係ないわ」

 

こんなときでさえ素直に言う事を聞けず、強がってしまう。ほんとどうかと思うわ。

 

「そう、じゃあそれについて詳しく聞きたいけど、先に曙さんの方を話しましょうか」

 

これ以上何を話すの?

 

「曙さんが何か気にしているのは流石にわかりますよ。それを解決したくてね。これでも僕はここの責任者だから内部のことならある程度融通利かせられる権限は持ってるんだ」

 

どうかな?と目で問う提督。

彼の考えは本当にわからない。私なんかにそこまでしてくれるなんて…

 

「べ、別に提督にどうにかしてもらわなきゃならないようなことなんてないわよ…」

 

素直にもっと傍に置いてて欲しいって言えないのかしら。

 

「…。それはキミ一人でどうにかできるってことかい?」

 

「そうよ。だから放っておいて頂戴」

 

かまって欲しい。

 

「そうかい。曙さんがそう言うなら信じよう。この話はお終いで」

 

折角色々お願いできるチャンスなのに、もったいない。

でもそんなことできないし、これで良いのかもしれない。

 

「ん?どうしたんだい?」

 

「な、なんでもないわよ」

 

「ん。ならさっき話してた解体されるかもと危惧している娘たちについて教えてくれる?」

 

そう言えばちょっとそういうこと言っちゃったわ。

今更黙っているわけにもいかないし。

ある程度誤魔化しつつ話すしかないか。

 

「別に。そういう娘が居るらしいってことだけよ。理由はそうね、提督が新しい娘ばかり欲しがるからじゃないかしら?知らないけど」

 

こんな具合かな?

 

「他に何か知らない?具体的に誰とか」

 

「さぁ?」

 

「じゃあ、()()()()とか()()()()については?」

 

「和菓子ね。それがどうかしたのかしら?」

 

白を切り続ける。

提督はしばらく考えるそぶりをしている。

 

「…そっか、キミからなら聞けるかと思ったけど、僕の勝手な思い込みだったようだ。ごめん、もう忘れて良いよ」

 

そういってすごく冷めた目で見る提督。

そこにあるのは落胆。

食堂の反応からして私が知らないはずがないとわかっているのに白を切り続けた私に失望しているのか。

 

あぁ、そんな目で見ないで欲しい。

どうすれば普段のちょっと困ったような優しげのある目になるのかしら?

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!

もう隠さないから!

 

「…どうしたの?」

 

「霞の…霞の例え話よ」

 

提督は黙って聞いている。

さっきの冷たい目つきではなくなっているが、いつまたああなるかと思うととても怖い。

 

「始まりは叢雲よ。提督には所属させられる艦娘に限りがあるって。急に建造の方向性が変わったのは限界に近づいてきているからじゃないかって。みたらしはただの例え。みたらしよりも魅力的な大福や餡蜜が手に入るとして、持てる数に限りがあるならみたらしを置くよねって…」

 

私がそういうと提督は腕を組んでぶつぶつとつぶやき始めた。

 

「…ふむ。なるほど。所属できる艦娘の限り…保有数のことか。和菓子なのは重要じゃないと…」

 

少しすると彼は顔を上げた。

 

「ちょっと確認したいんだけど良いかな?」

 

「何?」

 

「所属させられる艦娘に限りがあるって言ってたけど、最大保有数のこと?」

 

「え、えぇ」

 

やっぱりどうしてそれを知っているのかってことかしら?

叢雲も本来は艦娘が知りえない情報だって言ってたし。

 

「それがどういうものなのか知っている限り話してくれる?」

 

「へ?あぁ、うん。単純にどれだけ多く艦娘を部下として持てるかってことじゃないのかしら?」

 

「それだけ?」

 

「それだけって、それ以上に何かあるのかしら?」

 

「あぁー、なるほど。確かにそういう認識なら解体とか考えるよなぁ…」

 

一人うんうんと納得いっている様子の提督。

 

「どういう意味よ」

 

「うーん、どこから説明しようかな?まず最大保有数って言うけどこれ、かなり不適切な表現なんだよね」

 

「不適切?」

 

「間違っていないけど正しくはないってこと。かと言って他の妥当な言い回しをすぐに思いつくわけじゃないんだけどね。それはともかく、艦娘って自分の提督が判別できるよね?」

 

頷いて肯定する。

 

「最大保有数っていうのは提督がどれだけの艦娘から"自分の提督"と判別されるかっていう数なのよ。だから例えば最大保有数が100の提督が居たとして、その提督には100隻までの艦娘が"自分の提督"と判断する可能性があるって言うこと。しかも厄介なことにこの最大保有数は増減する可能性もあるんだよね…」

 

「ちょ、ちょっとまって、よくわからないわ」

 

というか追いつけない。

最大が100の提督は100隻まで判断する可能性がある?

 

「ごめん、わかりづらかったかな?どの辺がわからないって聞いてもアレか。どの辺までわかった?」

 

「えっと、さっきの例えだと、101隻目の艦娘は居ないってこと?」

 

「うんそう。その通り。だから枠を空けるために既存の娘を解体~とか、する必要がないどころかそれまで育ててたのがパーになるからデメリットしかないね」

 

つまり私たちが危惧していた他の新しい娘を招き入れて、可愛げのない私たちを解体するのは選択肢としてないってこと。

せいぜい可愛い新しい娘に重きが置かれるかもしれないが、傍に居られなくなることはないわけだ。

すごく。安心した。いや、それはそれで色々警戒しなきゃいけないかもしれないけれど、今はおいて置こう。

 

「なんだか安心してもらえたみたいで何より。とりあえず大丈夫かな?」

 

「えぇ、とりあえずは。そういえば増減するとも言っていたけど、それはどうなの?」

 

「増える理由はまだ解明されてないんだって。提督としての技量が上がったらとか言われているけど何をもって上がったと言うのかわからないし、そもそも最大保有数の大小で優秀さは決まらないしね。減るほうは色々あるみたい。例えば沈めちゃった場合とか、酷く艦娘に嫌われたり信用されなくなったりした場合とか。あとは複数の提督に反応する娘が誰か一人に従うと決めた場合にそれ以外の人たちはその分減るとか。そんな感じ。あと聞きたいことは?」

 

この調子ならこれを聞いても答えてくれそうね。

 

「提督の最大保有数は?」

 

「僕の?悪いけれど正確な値はわからないんだ。ごめん」

 

わからない?

 

「どういうことかしら?」

 

「測りきれなかったんだよ。訓練生時代に増え始めてね。訓練校にあった簡易測定器だと99までしか測れなくて、それ以上なのはわかっているけど、いくつなのかはわからないんだ」

 

「なにそれ」

 

「そういわれても僕にもわからないなぁ…」

 

まったく何なのよもう。

 

「さて、もう質問がないなら羊羹食べよう?」

 

そういえばまだ手をつけてなかった。

 

「さっき聞きそびれちゃったけど、曙さんは粒あんとこしあんどっちのほうが好き?」

 

「別にこだわりはないわ」

 

この羊羹、おいしい。

 

「そっか、両方いけるならいいや」

 

しばらく沈黙が流れる。

 

「ご馳走様。悪くなかったわ。それじゃ仕事再開するわよ」

 

「あいあい、了解。食器片しちゃうから先始めてて」

 

あ、それくらいやるのに…

いっちゃったし。

 




感想欄でおにぎり談義ありがとうございました。

保有数騒動はそろそろ終りそうです。
といいつつまだ何話か続きそうですが。



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健康診断_準備

先日、健康診断を受けるよう大本営から通達が来た。

艦娘を束ね、従えている提督はこの国に百数十人らしい。

適性を持つ人自体はもう少し居るようだが、あまりにも最大保有数が少なかったり、人格的に不適切だったりしてこれぐらいの人数に落ち着いているとのこと。

人格的に不適切と言っても年齢が低いため責任能力が認められないというのが大半らしい。

だから将来的には増加するかと思えばそうはいかないのがつらいところ。

色々な理由で提督を続けられなくなる人が後を立たないのだ。

最大保有数がなぜか減り始めて所属している艦娘にすら提督と判別されなくなったり、仕事のストレスから体を壊してしまったり。

それ故か提督の年齢は18~35歳程度がほとんど。40歳を超える提督は片手で数えられる程しか居ないらしい。

だからまぁそれなりに希少性のある提督は定期的に健康診断を受けることが義務付けられている。

通常は医師が鎮守府に来て診察することが大半なのだが、特定の提督は指定された施設で受診しなければならない。

僕もその一人で、理由は最大保有数の多さ。()()()から極端に増加したため、それを調べるために設備の整った施設に行く必要があるのだ。

 

そんなこんなで出張の準備をしているのだけれど…

 

―・―・―・―・―・―

 

「急に呼び出して悪いね。ちょっと二人の意見を聞きたくてね」

 

呼び出したのは叢雲と霞だ。

名目は健康診断のため留守にするから、その為の打ち合わせ。

その実、駆逐たちで蔓延している誤解を解く為だ。

 

「…何?」

 

ソファに座るその姿は普段よりもだいぶ険しく見える二人。でも意識してみると険しいのではなく暗いというほうが近いのかも知れないと思った。

 

「近々健康診断で留守にするのだけど、その際の運営や護衛についてね。ある程度運営の方は指示を残して置くけど、一応僕の代理的な娘を用意したいんだ。その人選をどうしようか悩んでいてね。まずは前情報なしで君たちの意見を聞かせてくれるかい?」

 

順当に建前の話題を進める。いや、これも一応大事な話なのだけれどね。

 

「そうね、司令官代理と護衛の娘を選ぶのでしょう?代理は赤城さん、護衛は白雪あたりが良いんじゃないかしら?霞はどう?」

 

「私もそれでいいと思うわ」

 

「理由は?」

 

「代理なのだから冷静な性格で、視野が広いほうがいいわ。空母の赤城さんなら戦況を冷静に見られるでしょうし、多くの艦載機を扱っているから視野も広いので適任。護衛の方は小回りと機転の利く娘が良いわ。それに今回は一泊してくるのでしょう?だったらうちの駆逐艦の中でも対応能力の高い白雪が適任でしょう」

 

仕事の話はちゃんとできるな。

 

「なるほど。参考になった。で、君たち自身を候補に挙げなかった理由を教えてもらえるかい?」

 

少し動揺している様子だ。

 

「適任なのをあげたらさっきの二人になっただけよ。彼女らのほうが優れている、ただそれだけ」

 

霞が言い捨てるように言う。

 

「そうかい?じゃあもし君たちのどちらか一方に代理を、もう一方に護衛をしてもらうと言ったらどうする?」

 

二人は顔を見合わせて悩んでいる。

 

「私が代理で霞が護衛ね」

 

「私は逆が良いと思うわ」

 

あはは、やっぱり君たち僕と二人は嫌だと。そうだよねぇ…

 

「そっか。わかった。ありがとう。そうだ、ついでに少しお菓子を食べていってくれ」

 

「いらないわ。まだやることがあるもの」

 

本題をストレートに聞くよりちょっと捻った方が逃がし難いだろう。

立ち上がって棚からお菓子を取り出す。

 

「そう言わずに。今日食べないとダメになっちゃうんだよ。それに君たちの今日の業務はもう終っていると思うのだけど?それでも嫌なら無理にとは言わないさ。で、みたらし団子と餡蜜と大福があるけれどどれにする?」

 

一つずつ置いていく。

彼女たちの様子を見るが不機嫌そうなままで変わらない。

もうちょっと動揺とかしてくれたら進めやすいのだけれど。いや、僕が読み取れていないだけかも…

 

「あぁ、それと一人ひとつだからね」

 

おずおずと二人が手を伸ばす。

先に叢雲がみたらしを取り、同じくみたらしを取ろうとしていた霞の手が空を切る。

二人が見合わせ、沈黙する。

 

「二人ともみたらしが好きだったのか。けど一つしかないから、ジャンケンかなにかで決めたらどうだい?」

 

二人とも同時にため息をつく。

仲良いな君ら。

 

「アンタ、色々分かっててやっているでしょ?」

 

「言いたいことがあるならハッキリ言いなさい」

 

綺麗な顔立ちだから睨まれると余計怖いんだよ。

 

「はいはい、降参。最近君たちの間で広がっている()()について小耳に挟んでね。具体的な内容を聞きたいんだけど、話してくれるよね?」

 

二人とも目を逸らす。

しばらく沈黙が続く。

とりあえず叢雲の手元にあるみたらし団子を取って食べ始める。

 

「あんたねぇ…」

 

叢雲が非常に呆れた声を出す。

 

「いや、食べながら聞こうと思って」

 

「はぁ…。わかったわよ、話せば良いんでしょ」

 

うん、適当に選んだやつだけど結構おいしいぞこれ。

 

「…あんた、新しい娘もっと欲しいんでしょう?」

 

「うん、欲しいね。それで?」

 

「それでって…まぁ、いいわ。それが理由よ」

 

吐き捨てるように言う叢雲。それが理由といわれても意味が分からない。

曙の話を踏まえて考えれば最大保有数のことを勘違いしているのだろうけれど、それをこちらから言うつもりはまだない。

あくまで彼女らがどう考えているのか、どう感じているのかを知りたいのだ。

こちらから逃げ道を用意してしまったらそこに流れて話は終わり。

根本的な解決には至らないだろう。

勘違いを訂正するのはそれに対処してからだ。

 

「いや、それだけじゃまったく腑に落ちないので詳しく話してくれる?」

 

「どうせ私みたいにお小言がうるさい娘より別の可愛い娘がいいでしょう?で、抱えられる艦娘の数に限りがあるなら当然他の娘を選ぶじゃない」

 

「ふむ、霞さんはどうだい?」

 

ずっと黙っている霞にも話を振る。

 

「そうね、私よりも朝潮姉さんとかの方が好みなんでしょう?なら私から言うことはないわ」

 

なぜ朝潮指定?

 

「妙に具体的だね。理由を聞いても?」

 

「司令官がそう言っていたと聞いたけど?心当たりないのかしら?」

 

そういえば前に朝潮ちゃん来てくれーって言った覚えがあるし、それのことか?

でも霞の前で言った覚えはないのだが。たしか満潮だった気が…伝え聞いたのか。

 

「あー、うん。あるわ、心当たり」

 

ほらねという顔でそっぽ向く霞。

いや、朝潮ちゃん可愛いじゃん。

それは置いておこう。

 

「うーん、ちょっと引っかかることがあるからいくつか確認させて欲しいのだけど」

 

二人を見ると反応がない。続けよう。

 

「とりあえず二人とも、艦娘の最大保有数についていつ知った?」

 

「訓練校にいた頃よ」

 

「私はこの間叢雲に聞いてからよ」

 

「霞さん。それは具体的にはこの間の、そうだな、榛名さんが来てくれた頃かい?」

 

「えぇそうよ」

 

なるほど。つまり叢雲が重要か。

 

「じゃあ叢雲さん。僕の下につく初めから知っていたということだろうけど、()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

そう。叢雲はここに来るとき、鎮守府に着任するときから一緒だった。

であればそういった不安をいきなり持つのは不自然だ。

初めから持っていた?だとしても現状に至るまでのきっかけがあるはずだ。

そういったところを知らなければまた繰り返される危険がある。

 

「どういう意味よ」

 

叢雲にはこちらの意図が分からない様子だった。

 

「最近知った霞さんはともかく、僕の下につくことが決まったときには知っていたはずのキミが、ここで急にその情報を周囲に開示し、その上自分が排斥されるかのような言い回しをしているのか。これはとても不自然じゃないかい?」

 

仮に叢雲が自分は排斥されないという可能性が高い上での開示ならば筋は通る。彼女の性格からしてしないだろうけれど、この場合なら周りの不安を煽り、自滅を促すことでより自分の立ち位置を保持しやすくできるからだ。

だけど彼女自身が自分が排斥される側だと思い込んでいる現状ではこの仮説は成り立たない。

 

「それは…」

 

言いよどむ叢雲。

黙って待つ。

 

「…司令官、榛名さんのことどう思う?」

 

霞が口を開く。

どういう意味だろう?

だがここで適当に流したりするのは悪手だろう。

 

「榛名さん?うーん。正直僕の娘じゃなくて残念だったなぁと。それが?」

 

「それだけ?それにしてはなんだか思い入れが激しいように見えたけど」

 

思い入れねぇ…

来てくれた当初から他所の娘と分かったからそんなに変なことはしないように気をつけてたけど、どれのことだろう?

 

「悪いけど思い当たらない。他所の娘だから扱いに差があるのは確かだけど、むしろ君たちのほうがとても思い入れがあるけれど?」

 

「…へぇ、思い入れもない娘なのに手料理を振舞ったりするのね」

 

手料理?あぁ、ひょっとして前にパスタを振舞ったことか。

それが一体なんの関わりが…え?ひょっとしてそれがきっかけで排斥されるのかもと思い始めたの?

あー、乙女心は分からん。

 

「客人をもてなすのに料理を振るうのは普通だと思うけど…。えっと、即興で作れるもので良いなら今晩君らの分作ろうか?」

 

「…いらないわよ別に」

 

黙っていた叢雲がぼそりという。

なんだ、これがきっかけじゃないのか。

 

「そう。で、結局霞さんは何が言いたかったのかな?」

 

「艦娘によって扱いに差があるんじゃないのかってことよ。それが榛名さんのときにハッキリしただけ」

 

あー、これは僕の方針の問題か…

言い訳に思われそうだけど、これは伝えておくべきだな。

 

「艦娘によって扱いに差があるねぇ…。うん、この際だからハッキリ言うと有るよ。だって君らは一人ひとり別の娘じゃないか。同じに扱うのはおかしいだろう?近しい対応で問題ない娘はまぁ似たような対応になるけれど、そうじゃない娘とは当然差が出る。だけれどそれは単に各個人の性格に合わせたものであって、特定の誰かが要らないというわけじゃないぞ」

 

あんまり反応が返ってこない。

うーん、やっぱりただの言い訳に取られちゃったかな?

正直このあたりは信頼の問題だ。一夕一朝でどうにかなる話じゃない。今後の態度で示していくしかないな。

 

 

「…まぁ君らが今の対応に不満があるならどのように対応して欲しいか言って欲しい。可能な限りそうするから。それと、叢雲さん。キミの最大保有数の認識、ちょっと勘違いしているから。結論を先に言うと自分の保有する艦娘を解体しても何のメリットもないし、デメリットばかりだから選択肢に存在しないよ」

 

ここでようやくこちらを向く叢雲。

 

「勘違い?」

 

「うん」

 

ここで曙に伝えたように保有数について説明する。

 

「…つまり叢雲が勝手に勘違いして暴走したってことね」

 

霞がまとめる。

叢雲はうつむいてプルプル震えてる。

 

「うーん、正直キミたちをそういう発想に至らせてしまった僕にも責任があるけどね」

 

「そうよ!アンタの責任よ!普段から引きこもってないでもっとコミュニケーションとりなさい!」

 

なんというか横暴じゃないかな…

 

「いや、仕事有るし。もう少し人手が揃ってルーチン化できれば問題ないのだけど…」

 

「言い訳無用!せめて食事くらいは一緒に取りなさい!」

 

「あぁー、はい。善処します」

 

「善処じゃなくて改善しなさい。それで今回の件は流してあげる。他の娘にも私からフォローするわ」

 

あー、叢雲にあわせておいたほうが色々とよさそうだな…

 

「わかりましたよ。と言っても毎食はまだ無理だろうから昼食だけは何とか食堂で食べるようにするよ」

 

「ま、今のところそれが落としどころかしらね。叢雲、それぐらいにしておきなさい」

 

霞がアシストしてくれた。これで勝つる!いや、勝ち負け関係ないけどね。

まだフーフー息を荒げている叢雲も、霞にそういわれて抑えているようだ。

 

「まま、お茶飲んでお菓子食べて落ち着きましょうや」

 

大福と餡蜜を勧める。

 

「ふん、今回はこの位にしておいてあげるわ」

 

ありがたやー。

とりあえずこれで今回の件、駆逐側は何とかなりそうだ。

そういえば那珂ちゃんが重巡以上の娘らもフォローしてやれって言ってたな。

次はそっちもやるか…

 

「あ、そうだ。さっきの健康診断の件だけど、叢雲さんに僕の代理やってもらうから」

 

「!?」

 

ゲホゲホとむせる叢雲。

 

「大丈夫かい?」

 

「大丈夫じゃないわよ。いきなりなに言い出してビックリしたじゃない。それでなんで私?」

 

「一番僕と付き合いが長くて、僕ならどうするかということを把握してそうだから。余程のことにならなければ指示書通りにして報告書をまとめておいてくれれば良いから普段よりは楽なはずだよ。出撃とか抑えているし」

 

「まぁやれというならやるわよ」

 

「よろしく。それと霞さんは叢雲さんのサポートよろしく」

 

「その流れなら私は護衛じゃないのかしら」

 

「いや、正直君たち二人をここから離したくないんだよね。正確には君らと白雪さんの三人のうち二人は残しておきたいかな。で、今回は二人とも白雪さんを護衛に推薦してたから、それを採用する形を取ろうと思ったんだけど、どうかな?」

 

「そういうことならいいわ」

 

霞も納得してくれたしこの件はあと白雪さんに話すれば問題なし。

さて、遠征から白雪さんが戻ってくるまでにキリの良いところまで仕事を終らせなきゃな。

 

そんなことを考えながらのんびり三人でお茶を飲んでいるとノックの音がした。

 




保有数に関する騒動はそろそろ落ち着きそうです。
また、ちょっとだけ誤解が解けたようですが、まだイチャラブには遠いですねぇ…

それはともかく、ノックは一体誰からなのでしょうか。次話をお待ちください。


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健康診断_準備2

前回の続きです。
ちょっと短いですが。



叢雲、霞と共にお茶を飲んでいるとノックが鳴った。

 

「どぞー」

 

「もう大丈夫なのですか?」

 

今日の秘書艦である磯波がドアから顔だけ覗き込ませながら問う。

 

「大丈夫でっせ。どぎゃんした?」

 

「どぎゃ?…えっと、建造で新しい仲間が来てくれましたので、お連れしました」

 

おや、新しい娘が来てくれたのか。助かる。

 

「入ってもらって。というかキミも入って頂戴」

 

「あ、失礼します」

 

そういって入る磯波。続いて入ってきたのは霰だった。

 

「…霰です。…よろしく…」

 

「んちゃ!」

 

元気よく手をあげ歓迎する。

だが部屋の中は沈黙が広がる。

 

「…ありゃ?」

 

「あんた、それはないわ」

 

叢雲さんに突っ込まれる。

 

「いや、霰さんならこれかなって」

 

「…んちゃ。」

 

「ありがとう、付き合ってくれて」

 

「司令官はたまに、いやたまにじゃないわね。結構な頻度でおかしな言動をするけど付き合う必要はないわよ」

 

流石霞、厳しいわ。

 

「あははは…。まぁわざわざ挨拶に来てくれてありがとね。それで磯波さん、ここの案内とかやってくれました?」

 

「はい。先に軽くまわって来ました。大丈夫だよね霰ちゃん」

 

「んちゃ。」

 

頷く霰。まだのってくれてる。

 

「ん、了解。お疲れ。じゃあとりあえず霰さんは今日はもう自由にしてて良いよ。磯波さんは一休み入れてから仕事を再開しましょうか」

 

そう言って席を開ける。ここのソファは三人掛けがテーブルを挟んで向かい合ってる。

一応このままでも二人とも座れるだろうけど、僕はそろそろ仕事に戻らないと約二名怖い娘がいるので退散する。

 

「あ、そこの棚にお菓子やらお茶やら入ってるから食べて良いよ。でも一人ひとつね」

 

「はい」

 

「んちゃ。」

 

気に入ったのだろうか?結構んちゃって言ってくれる霰。

反応が淡白に見えるが意外とノリは良いのかもしれない。

 

「私はそろそろ行くわ。まだやることあるし」

 

「私も行くわ。ご馳走様」

 

そういって叢雲と霞の二人は立ち上がった。

もう少しゆっくりしていっても良いと思ったが、引き止める理由もないので送り出すことにした。

 

「お皿とコップは流しで水につけておいてね」

 

「洗うくらいはするわよ」

 

そういって霞が叢雲の分まで受け取って流しに向かう。

ちなみに執務室の隣の部屋が給湯室になっていて、内ドアでつながっている。

軽食を取る程度ならここで済ませることができるのだ。

 

「ありがとね」

 

礼を言うと軽く頷いて答え、流しに行った。

霰と磯波を見ると棚の中を見てどれを食べようか悩んでいる様子だった。

こちらの中身はお菓子やカップ麺等が入っている。

微笑ましく思いながらも仕事に頭を切り替える。

 

霰が来てくれたため、そのことを加味した内容に修正をしなければならない。

新人が来てくれたことを考えると叢雲と霞だけ残して出るより、白雪も残したほうがより安定するだろう。

するとついてきてもらうのは他の娘がいい。

うちの所属艦から考えて駆逐艦から選出するのが無難だ。

他の艦種は戦力低下が著しい。本当は重巡あたりを連れて行きたいのだけれど、贅沢な話だ。

うーん悩みどころだ。

 

「…ん、司令官」

 

声をかけられ顔を上げるとポテチを一枚差し出す霰がいた。

 

「えっと、くれるのかい?」

 

「ん。」

 

どうやらくれるらしい。

 

「ありがとう」

 

といって手を伸ばすと引っ込められた。

何がしたいんだろうこの娘は?

 

「持つと…汚れる…。口、開けて」

 

なんと、この娘あのアーンをしてくれるというのか!?

マジかよ。今までノーマークだったけど霰、ええ娘やない?

 

「えっと、アー」

 

口を開けるとヒョイと入れてくれた。

とてもよく咀嚼し、味わう。

ポテチはうす塩味だ。でもなんだかとってもおいしいよ。

いや、うす塩おいしいよ?でもね、ちがうんですよ。

女の子に食べさせてもらうだけでこんなにおいしくなるとは。

 

そうだよ。こういうのをしたくて提督になったんだよ!

いや、ほんとマジ霰さん感謝ですわ。

 

「おいし?」

 

何度も頷いて肯定する。

まだ飲み込みたくないし、口に物があるのに喋るのは行儀悪い。

 

「…じゃ、もう一個」

 

なんと、もうワンサービスしてくれると!

ありがたやー

今咀嚼している分をすぐに飲み込み、アーと口を開ける。

またヒョイと入れてくれる。

 

とてつもなくおいしいです。

 

「…フフ」

 

いやぁ、良い経験させてもらいましたわ。

 

「ありがとう、とてもおいしかったよ」

 

お礼をする。

 

「て、提督!」

 

磯波が慌てたように声を上げてこちらに来る。

 

「な、なんだい?」

 

「こ、これを!」

 

磯波がせんべいを一枚差し出す。

えっと、これは、もしや?

 

「あ、アー」

 

期待をこめて口を開ける。

恐る恐るといった感じでせんべいを口元に持ってくる磯波。

あぁ、でも悲しいかな、そのせんべいは手のひら程の大きさで、一口では食べられないんだよ…

だが、それでも!このチャンスを!!逃すわけにはいかない!!!

 

喰らいつく。口にせんべいをくわえた形になる。

大きい。やはりこのままでは厳しい。だがここで僕が手を使って食べてしまったらそれは自分で食べてることになるのだ!

このアーンで食べさせてもらうという貴重な体験をそんなくだらないことで汚したくはない!

 

ではどうするか。答えはなんとしてもこのまま食す、だ。

唇を使ってしっかりとせんべいを固定する。口の中にある分を前歯を使い砕く。少々硬いが問題なく砕ける。それを奥へ運び、そして唇をうねらせ、少しだけせんべいを深く咥える。

それを前歯で固定、唇の位置を直し、せんべいを固定しなおす。これを繰り返す。

 

時間はかかる。それに食べ方もお世辞にも良いとはいえない。しかしだ。そんなことが気にならないほどにアーンは至高なのだ。

 

しっかりと咀嚼し、味わう。しょうゆ味が広がりとてもいい気分だ。

これほどせんべいをおいしいと感じたことはなかっただろう。

 

ふと目の前の二人に目が行く。

霰は、うん。よくわからない。磯波はなんだかあわあわしてる。どうしたんだろう?

まぁいい、今はこの至福の時を楽しもう。

 

提督始めて数ヶ月。来る娘にクソだのクズだの言われながらもなんだかんだがんばってきた甲斐があった。

やっぱり朝潮型はガチですわ。

 

 

 




私には見える。皆さんの感想が!
"提督チョロ過ぎワロタwww"と!!


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健康診断_準備3

今回もちょっと短めです。


至福のおやつタイムを終え、少し作業を続けていたらすぐに夕食の時間になっていた。

改善しろと言われた直後から無視するのは流石に後が怖いので、今日は早めに切り上げ夕食を食堂で摂ることにする。

この時間ならおそらく多くの娘らが居るだろうし、重巡以上の娘らも居るだろう。

 

―・―・―・―・―・―

 

食堂に行くと思惑通りそれなりに艦娘が居て、目当ての大型艦たちも居た。

今日はそうだな、肉じゃががついているアジフライ定食にしよう。

料理を持って空いている席を探す。いや、ほとんどは空いているのだが、同席しても良さそうな娘が居て座れる場所という意味でだ。

 

ふむ、あそこがちょうど良さそうだな。

 

「同席いいかい?」

 

「姉さま?」

 

残念、僕なんだな…

摩耶と羽黒、そして山城が座っているテーブルに近づき声をかける。

摩耶は怪訝そうに、羽黒は萎縮し、山城は来たのが僕だと分かると無関心な感じで迎えてくれる。

 

「あたし等のところでいいのかよ」

 

「うん、君らとご一緒させてもらいたくてね。無理にとはいわないけどどうかな?」

 

やっぱり摩耶は苦手だ。言動自体もその一因なんだけど、不良な女子高生を連想してね。ちょっとトラウマ…というほど酷くはないけれどそういうのがあるから、不良とかそういうの関係なく女子高生的な娘は苦手なんだよね。

だけどそんなこと言っている場合ではないし、彼女ら自身良い娘であることは重々承知しているからもう少しお近づきになりたい。仲良しとまではいかなくとも気兼ねない関係にはなりたいとは思っている。

 

「ふーん。ま、あたしは良いけど羽黒と山城は?」

 

「か、かまいません」

 

「別にいいわよ」

 

「ありがとう。じゃ、失礼するね」

 

そういって山城の正面、羽黒の隣に腰を下ろす。

ちなみに摩耶は山城の隣、羽黒の正面だ。

 

「いただきます」

 

アイサツは大事。古事記にもそう書いてある。いや知らないけど。

 

「あ、そうだ。近々健康診断で留守にするけれど、その間よろしくお願いしますね」

 

大まかな行動予定は開示しているからチェックしていれば知っているだろうけれど、一応告知しておく。

彼女らはうちの主戦力にあたるので、留守中はいざというときに備えて待機が中心となる。特に摩耶は出撃をしたがるタイプなので、もどかしさが募るだろうが、戻ってきたら多めに出てもらうことで相殺させてもらう。

 

「それで、今回は誰を連れて行くんだ?」

 

出撃が控え目になるからか少々苛立った様な言い方で摩耶が問う。

 

「うーん、まだ考え中。最初は白雪さんにしようかと思っていたけど、新人()さんが来てくれたからね。その教育を考えると彼女も残したほうがいいし。欲を言えば君らのうちの誰かを連れて行きたいのだけど、それだと戦力的に防衛が厳しいから高望みになっちゃうんだよね…」

 

だからまだ決めかねていると伝える。

 

「ふ、ふーん。ま、あたしらが抜けたら戦力低下は激しいもんな。仕方ないな」

 

うんうんと納得してくれた様子の摩耶。羽黒や山城は我関せずといった感じだ。

うーん、那珂ちゃんが言っていたヤキモチだのなんだのって本当なのかな?いや、那珂ちゃんが言っていたのだから本当なんだろうけど、それにしては僕に対して関心なさすぎじゃないかな?

 

「お土産はあんまり期待しないでね。ドアトゥドアで施設に行くからたぶん買い物できないだろうし」

 

とりあえず無難な話を続けてみよう。

 

「別にいいよ、そういうの。戦うのに必要なものはここにあるし。しいて言うならもう少し資材が欲しいけど、お門違いだろ?」

 

「はは、そうかい。でも、いやだからこそそういう無駄な不必要なものにも価値があるんだよ。まぁできるだけ君らに不自由させないようにするのが僕の仕事だから気兼ねなく話して欲しいな」

 

艦娘たちと話してて感じるのことの一つに、彼女らは根底に戦うことのみを必要としている節がある。かと言って他の事に対する欲求がないわけではない。なので、戦いに不必要でありながら、欲しいと思うことに対して否定的な行動を取ろうとする傾向がある気がする。

この歪みはまだそんな気がする程度なのだが、あながち外れていないと思う。

なので、こちら側から戦い以外も求めて良いと肯定してあげることで歪みを押さえてあげるべきだと考えている。

とはいえ、実際は僕が彼女らの喜ぶ姿が見たくて甘やかしているだけと言われればその通りと肯定せざるを得ない部分も多分にあるけれどね。

 

「で、何か不自由に感じてたり、要望があれば教えて欲しいな。必ずしも叶えてあげられるわけじゃないけど、善処はするからさ」

 

僕は他者の感情等を察する能力は著しく低い。だからこそ口に出して欲しいと何度も発信して応えてくれる娘らに全力で向き合うことにしている。

 

「不自由ねぇ…あたしは別に…」

 

「あ、あの」

 

「ん?なんだい羽黒さん?」

 

静かに食事をしていた羽黒が声をあげた。

 

「て、提督ってパスタが得意料理なんですか?」

 

突然この娘は何を言っているのだろうか?

まぁ答えよう。

 

「えっと、いや、そうでもないけれど…。急に何でですか?」

 

「いえ、その…。ごめんなさい…」

 

しかしなぜにパスタ?

 

「は、はぁ…。パスタ、食べたいのですか?」

 

一応スパゲティはよくメニューにあるけれど、他のパスタ類はあまり食堂で出てこない気がする。

頻繁に来るわけではないから確証はないけれど。

ひょっとしてそれを改善して欲しいのかな?

 

「えっと、食べたいものがあるのなら、要望をいただければ一応妖精さんに交渉しますけど?」

 

「い、いえ、そういう訳じゃ…ないので…」

 

「?は、はぁ…」

 

違うのか。よく分からないな…

 

「…提督って料理得意なの?」

 

山城から声をかけてくれるのは珍しい。

 

「特段得意というわけではありませんよ。でもよほど奇抜なレシピでなければ作り方通りに調理することはできますが…。何か作って欲しいものでもあるのですか?」

 

別に料理下手というわけではない。レシピ通りに作るのは問題なくできる。ただし、適量とばかり書いてあるレシピを除けば、であるが。

 

「元々何か物を作るのは好きなんで時間と材料等があれば作りますけど?」

 

「…そう。じゃあ今度食べたいものがあったら頼むわ」

 

…待てよ。パスタといえば昼間、以前榛名に振舞ったことを指摘された気がする。

ひょっとして羽黒はそれを気にしているのか?

だが食べたいのかと尋ねてもそうではないと言うのだからそういうわけではないのだろうし…

一体何なんだろう?

 

「じ、じゃあ何か作ってくれよ」

 

頭を捻っていると摩耶が言った。

 

「えっと、何を作ればよいですか?」

 

「美味いモンなら何でも良い。戻ってきてからで良いから」

 

何でもというのがとても困る。

 

「何でもかぁ…それもおいしいものって。うーん、期待に添えるかはともかく考えておきますよ。参考までに摩耶さんの好みってどういう食べ物ですか?」

 

「美味いモン」

 

そりゃ誰でもそうでしょうよ。

 

「えっと、できれば具体的なものをあげていただきたいんだけどなぁ…」

 

「具体的って言われてもそうすぐに思いつかないな。提督のお勧めで」

 

割りと真面目にこういうのは困る。

うーん、摩耶は今日オムライスを食べているし、それなら無難だろう。

 

「…考えておきます」

 

何とかフォローしようと思っていたけど、こっちの方はうまくフォローできなかったと思う。

また何か手を打たなきゃなぁ…

 

 




皆さんのノリの良さにひたすら感謝です。

さて、今回提督はフォローに失敗したようですが、今後どのようになっていくんでしょうね。

彼には受動的に作ってくれる料理ではなく、彼の方から能動的に作った料理を振舞って欲しいという乙女心が読み取れなかったようです。

この状況下でそれを読み取れる程の人物ならこんな状況になってないでしょうけどね。


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健康診断_準備4

前回の翌日です。


摩耶に健康診断から帰ってきたら料理を振る舞う約束をした翌日、僕は早朝から弓道場に向かった。

目的はもちろん赤城。

あの仕事一筋の娘が榛名の扱いどうのこうので揺らぐことは想像できないが、那珂ちゃんの忠告には従うべきだ。

 

弓道場に近づくと独特の風を切る音が鳴っていたが、入ろうとする頃には音は止まっていた。

 

「おはようございます、提督」

 

「おはようございます、赤城さん」

 

どうやら僕が近づいてくることに気がついていたみたいだ。

すごい察知能力だ。流石は一航戦。

 

「今朝も見に来ていただいた…わけではなさそうですね。どうかなさいましたか?」

 

別段何か意識していたわけではないが、顔に出ていたのだろうか?

色々先読みされている。

 

「あはは。まぁ一言で言うと様子見なんですけどね。赤城さん最近調子どうですか?」

 

仕事上は問題ないことは承知しているし、彼女ならば何かあれば報告してくれるだろう。

だから何もないことは理解しているが、その上で聞くのは単に僕に他の話題がなかっただけなのだが。

 

「そうですね。特に問題はありません。お気遣いありがとうございます」

 

さて、ここからどうやって話をつなげるか。

申告上は問題ないと言うし、僕から見ても何か問題があるように見えない。

でも那珂ちゃんが気にかけろというのだから何かしらフォローすべきなんだけど。

本当に彼女と出会う前に想像していたテンプレ通りの娘だったら食べ物で釣れば機嫌取れそうなんだけどなぁ。

ダメ元でそっちでいってみるか。

 

「赤城さんって、クッキーとパンケーキどっちが好きですか?」

 

「?えっと、急になんですか?」

 

まぁそういう反応が普通だよなぁ。突然変な質問されたら大体はこうなるって。

 

「まぁ今後の参考までに。あ、その二つ以外でも何か好きな食べ物教えてもらえます?」

 

「は、はぁ…。えっとクッキーもパンケーキも好きですよ。好きな食べ物ですか…。すぐには思いつきませんね。申し訳ありません」

 

「いや、急に聞いた僕が悪かった。逆にこういうのは苦手だーっていう食べ物はあります?」

 

「そうですね…。今まで食べたことのある食べ物は苦手と感じたことがないので分からないです」

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

なるほど、好き嫌いはなしと。

話にも上げたし、今度クッキーを作って差し入れよう。

お菓子になっちゃうけど、手作りの何かをうちの娘らにあげたことなかったし。

 

さて話終っちゃったよ。どないしよう?

 

「そういえば提督、先日潮さんと何かあったのですか?」

 

「潮と?えっと、何のことでしょう?」

 

何だ?潮関連で何かあったっけ?

 

「食事中になんだか、その、色々お話していたみたいだったので」

 

食事中…ああ、この前の勘違いを正したときのことか。

そういえばあの日赤城も食堂に居たな。

 

「あぁ、うん。ちょっと色々勘違いさせちゃってね。それでちょっと不安に思わせちゃったんですよ。だから大丈夫だよーって話していただけです」

 

「は、はぁ…」

 

ちょっと抽象的すぎたな。

 

「うーんちょっとややこしい話なんですけどいいですか?」

 

「はい」

 

一応情報共有くらいはしておいて良いだろう。

別に知られて困ることはないし。

 

「えっと、まず赤城さんって艦娘の最大保有数について何か知っています?」

 

「最大?」

 

「あぁ、知らないなら良いんですよ。どれくらい艦娘が自分を提督と判断してくれるかっていう数なんですが、これを提督がどれくらい艦娘を抱えられるのかっていう数だと勘違いしちゃったみたいで。それで今後もっと優秀な娘が来たら解体されるんじゃないかと不安がっていたんですよ。まぁ解体なんてする気はないんで、勘違いを直してそう伝えたら安心してもらえたんでよかったんですけどね」

 

「えっと、どれだけ艦娘が部下になるかっていうことですか?」

 

「うーん、その言い方だと間違っちゃいないけれど、駆逐の娘らがした勘違いをしそうな感じがする。けど平たく言うとそうなっちゃうんですよねぇ」

 

「ややこしいですね。ですがなるほど、確かに勘違いしかねませんね」

 

理解が早くて助かる。

 

「それでちょっと空気が重かったからさ。まぁ叢雲さんたちが誤解を解いてまわってくれるって言ってたし、すぐに元に戻ると思うよ」

 

「それは良かったです。確かに最近駆逐の娘たちがちょっとピリピリしていましたからね」

 

やっぱり赤城も感じていたようだ。

 

「それもあって、じゃあ他の娘らはどうかなぁって様子を見てまわっているんだ」

 

「だから昨日は山城さんたちと夕食を摂っていたのですね」

 

気づかなかったけど見られていたのか。

 

「まぁそんなところです」

 

「では今日は私のところですか?」

 

「あはは、はい」

 

ここではぐらかしても無意味だし、素直に肯定する。

ちょっとバツが悪いけどね。

 

「お心遣い感謝します。ですが私はご覧の通り問題ありませんよ」

 

「の、様ですね。よかったです」

 

まぁ本人がこう言っているのだ。深く突っ込まず、気にかけていることだけ伝えておけば良いだろう。

 

「あ、そうだ。この際だから一つ良いですか?」

 

何か悪戯が思いついたように言う。

赤城にしては珍しい表情だ。

 

「できることならどうぞ」

 

「では、次の的前練習…えっと矢を打つのですが、それで皆中…すべて的にあたったらご褒美、もらえませんか?」

 

「ご褒美、ですか?具体的には?」

 

おねだりとは珍しい。よほどのものでなければあげよう。

 

「その…、前に潮さんにやっていたみたいに、頭を、撫でていただけないでしょうか?」

 

「…」

 

イマ、ナントオッシャイマシタカ?

 

 

え?マジで?いいの?

女の人って頭というか髪触られるのってすごく嫌だって聞いたんだけど。

マジで撫でていいんかい!?

 

「だめ、でしょうか?」

 

普段の凛とした姿ではなく、可憐な少女のように問う赤城。

え?この娘って綺麗系じゃなかったっけ?こんな可愛い系もやれるの?

 

 

「いや、むしろよろこんでやらせていただきます。なんだったらハグしながらしちゃいましょう!」

 

ヒャッハー!言ってやったZE☆

 

「ハグ?」

 

あ、しまった。言い過ぎた。欲望駄々漏れや。

 

「あ、いえ、気にしないでください。無しにしますんで」

 

「ハグとは何でしょう?」

 

「いやぁ。ちょっと欲望がポロリしちゃっただけなんで気にせずに「提督」はい」

 

ちょっと真顔は怖いです。

 

「ハグは抱擁。抱っこです。ハイ。スミマセン」

 

「…では、それもお願いいたします」

 

なにこの顔を赤くしてもじもじする美少女。

いやマジでご褒美とか言うけど僕のほうがご褒美なんですが。何が何でもあててほしいものですわ。

 

「えっと、こっちが勝手に調子のっただけなんで、嫌なら「嫌じゃないです」まじすか?」

 

即答の嫌じゃないですからの首肯。

え?いつの間にこんなに好感度上がってたの?

いや、焦るな。一人先走らず、冷静に、落ち着いて。

無理ですね。ハイ。

 

「その、準備しますね」

 

そういって的前に移動する赤城。

切り替えもしっかりしているのかさっきまでの乙女感はなく、凛とした僕の知っているカッコ綺麗系美人が居た。

僕も邪魔をしないように気配を抑え、静かに見守る。

空気を汚さないように落ち着かせ、ただそこにある一つのものとなる。

 

静かで澄んだ空気が弓道場に広がる。

その中で赤城が弓を持つと、それは鋭さを持った張り詰めたものに変わった。

 

ゆっくりと矢を番え、引き始める。

ピリピリと緊張が高まるのが伝わる。

ヒュッと独特の風きり音と共に矢が放たれ、小さくトスと的に刺さった。

だがまだ空気は張り詰めている。

しっかりとすべてを見届けた後、ようやくそれは緩み始めた。

そして小さく一呼吸。

次の矢を射るために再び空気が張り詰め始める。

まるで同じ動画を再生しているかのごとく、同じ動作をする赤城。

2本目の矢も同じく的に刺さる。

1本目より少しだけ右に反れたようだ。

しかしその程度で動揺などはない。

しっかりとその事実を受け止めながら、次のために切り替える。

3射目。モーションは変わらず。

また刺さる。今度は上にずれた。

4射目。これは良くない。これが最後だからと呼吸のリズムがずれている。

短い呼吸を多くしている。もっと落ち着いて。

そう思っても口出しはできない。

これは彼女が彼女自身との競いなのだから。

ただただ見届ける。

放たれた矢は1本目のすぐ傍に刺さった。

 

 

 

「ご褒美、あげないとですね」

 

空気が緩んだのを確認してから声をかける。

 

「…これではダメですね」

 

だが彼女の言は否定的だった。

 

「当て射、的に当てるための行射でした。まだまだ未熟者ですからご褒美は…」

 

「条件はすべて的に当てたら、のはずですよ?まぁ弓道としては悪いのかもしれませんが」

 

「だからですよ。ちゃんとできた上での皆中でなければ意味がないんです」

 

意気消沈気味の赤城。

ちょっと強引にいってしまうのも手かな。

 

「じゃあ逆に罰を与えるってのはどうかな?」

 

「罰?そうですね。その方がいいかもしれません…」

 

聡い普段の彼女なら僕のやろうとしていることを看破しそうだけれど、今はよほど落ち込んでいるようだ。

 

「じゃあ罰としてちょっと僕の言うことを聞いてもらうよ」

 

「はい。なんなりと」

 

「とりあえず装備はずしてこっちに来てくれる?」

 

弓や道具を置いて、こちらに近づく赤城。

 

「そこで目を閉じてしばらく、そうだな100秒数えるんだ。その間何があってもおとなしくしていること。いいかな?」

 

「わかりました」

 

そういって目を閉じる赤城。

そっと僕は彼女に近づき、意を決して抱きしめる。

 

「はぇっ!?て、提督!?」

 

「しー。ちゃんとおとなしく100秒数えててよ」

 

そのままゆっくりと頭を撫で始める。

 

「あぁ、これは、すごく…」

 

「嫌でも我慢してねー。これは罰なんだから」

 

「…嫌なわけ、ないじゃないですか…」

 

丁寧に撫で続ける。

艶やかでさわり心地の良い髪。これは癖になりそうだ。

それに彼女の体温。弓道をやっていたから結構あったかい。

かと言って嫌な感じはなく、むしろとても心地良い。

それに、なんていうか、とってもやわらかいし良い匂いがする。

もっと強く抱きしめたいという欲求をがんばって抑える。

これ以上強く抱きしめるとなんだか壊してしまいそうで。

だから動かすのは髪を梳かすように頭を撫でる手だけだ。

 

しばらく時間が経った気がする。

 

「さて、100秒数えられた?」

 

「まだ、数え切れていません」

 

そうか、まだか。彼女がそういうなら続けなければ。

 

「じゃあまだこのままね」

 

ゆっくりと愛おしむように撫でる。

時には頭頂部から、時には首元から、時には耳の裏から。

ほとんど髪を梳いているかのような感じで撫で続ける。

いつまでも続けたいとももっと先に行きたいとも思えるもどかしいような心地良いような不思議な感覚で満ちている。

 

「提督、ありがとうございます」

 

「ん?何が?」

 

「とても、心地良いです。またお願いしたいほどに」

 

「そうかい?いつでもこうしますよ?」

 

「ふふっ、それじゃダメになっちゃいそうなのでほどほどでおねがいします」

 

「そっか、じゃあもう100秒になっちゃうのかな?」

 

「えぇ、ひゃーく。はい。100秒数え終わりました」

 

ゆっくりと赤城から離れる。

とても名残惜しいが、今回はここまでだ。

 

「こんな罰が受けられるなら私、悪い娘になっちゃいそうです」

 

チロリと舌を出して言う赤城。

 

「それは困っちゃうなぁ。いい娘だったらご褒美で200秒にしようか?」

 

「あら、でしたら良い娘にしてご褒美いただきますね」

 

なんだかんだ落ち着いているときは彼女のほうが何枚も上手だ。

 

「あはは、お手柔らかにおねがいしますね。それじゃあそろそろ朝食食べましょうか?」

 

「あ、私は片付けてから行くので、提督はお先に召し上がっていてください」

 

「そうかい?じゃあ悪いけど先に行かせてもらうよ」

 

「はい。ではまた後ほど」

 

そう言って彼女は片付けを始めた。

僕も弓道場を後にする。

 

 

「あ、健康診断で留守にすることを伝えるの忘れてた」

 

まぁ後でまた伝えれば良いだろう。

良い気分のまま朝食に向かうことにしよう。




やぁあっと少しだけいちゃつけました。

大食艦だの妖怪食っちゃ寝だの言われていますけど、赤城はなんだかんだ純和系綺麗美人だと思っています。

なのに可愛げがあるって卑怯だと思いません?

それにしても準備回のはずなのにほとんどフォローしに各娘らのところを回っているだけなのでサブタイトル詐欺って怒られますかね?
まぁ細かいことは気にしないようお願いします。

あと弓道関係も適当に見逃してください。ナンデモはしませんけど。


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閑話_訓練生時代_叢雲視点1

かくかくしかじか。
まるまるくまぐま。


「…というわけで、私が話したのはちょっと誤解を含んでいたみたい。わるかったわ」

 

再び夜に駆逐のみんなを集めて今日あったこと、保有数についての誤解と、解体される心配はないことを共有する。

 

「まぁ乗った私たちも問題だけど、要は叢雲の暴走ってことよ」

 

霞がまとめる。

 

「えぇそうよ。うっさいわね。もう謝ったでしょ!?」

 

いちいち一言多いのよ。まぁ事実だからある程度しかたないし、申し訳なさもあるけどさ。

 

「ということで前に言っていた司令官の訓練生時代について詳しく話してもらおうかしら?」

 

「どういうことでよ。つながりないわよね?」

 

「償いの意味を込めてってことよ。それに大雑把な話は聞いたことあるけど私も詳しくは聞いたことないし。叢雲だけが知っているのは不公平じゃないかしら?」

 

屁理屈をまぁこねること。

 

「ま、まぁ私はどうでもいいけど、知っておけばクソ提督の弱みとか分かるかもしれないし、聞いてあげるわ」

 

曙、興味津々なのばればれよ。アイツもいないんだし、ここでそんなに意地をはる意味ないでしょうに。

 

「そういえば前回集まったときその話は今度するっていう話もしてましたからね。ちょうど良い機会ではないでしょうか?」

 

白雪まで同調し始めちゃったし。他の娘らも興味津々な顔で乗り出してきている。

 

「わかったわよ。そうねぇ、一番初めに彼の指揮下で動いたときの話からしましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

―・―・―・―・―・―

 

 

今日は今期入ってきた訓練生による模擬戦をやる日だ。

訓練校(ここ)にはまだ司令官が見つかっていない艦娘や何らかの理由で所属から抜けた艦娘が多く居る。

訓練生はそういった娘らを一時的に指揮下に入れて模擬戦などを行うのだ。

 

斯く言う私もその一人で、建造されたのは良いが、その鎮守府にいたどの司令官も私に対応する人が居らず、ここにやってきてしばらくする。

どちらかというと古株で、多くの訓練生を見てきた。

最近はあまり良い訓練生は居らず、たとえ対応したとしても指揮下に入りたくないと思う人が多かった。

実際、多少は私の司令官かも?と思った人も居たが、黙っていれば他者からは判別がつかないため、流したことも1度や2度ではない。

ある時期までは素敵な司令官に出会える期待を持って働いていたが、下手なやつの下につくよりはここのほうがマシなので、ここしばらくは黙々と働くだけになっていた。

 

「あ、見つけました」

 

正面から大柄の男性が声をかけてきた。

周囲に私以外居ないため、おそらく私に声をかけたのだろう。

 

「なんの用かしら?」

 

「急にすみませんね。キミ、叢雲だろう?ちょっといいかな?」

 

強面とは裏腹に丁寧な言い回し。少々軽い口調が気に障るが、黙っておこう。

 

「初対面なのに呼び捨てなのね。まぁ良いわ、それで?」

 

「あっはい。すみません。叢雲さん。ご存知かと思いますが、今日僕ら訓練生は模擬戦をやるので、君の手を借りたくて声をかけさせてもらいました」

 

どういうことだろう?模擬戦をやるのは知っているが、普通事前に使用する艦を選んで通達をだすはず。

私にはそんなものは来ていないし、もしや誰かの代役?

さっきからこの人を見ていると妙な感じがしてそれがもどかしくイライラする。

 

「通達は来てないわよ。代役なら他に当たって」

 

もし代役なんて探しているなら余程のことだ。

通常何かしら艦娘側の問題、例えば体調不良などならば訓練生自身が動くのではなく、教官が通達を出すはずだ。

そうでないということは一番考えられる理由は訓練生に問題があって選ばれた艦が急遽拒絶したということ。

何をしでかしたかは知らないが、そんな相手に進んで手を貸そうと思えるほど私はお人よしではない。

 

「いや、代役ではないです。極端な話ですが叢雲さん自身は何かする必要はないので」

 

?何を言っているのだろうこの人は?それにさっきから感じている何かが体の中で増えていてそれがとても気になり苛立ちが募る。

 

「わけのわからないことを言うのね。私の手を借りたいのに私は何かする必要がないってどういうことかしら?」

 

「えっと、内密に聞いてもらえます?」

 

周りには私たち以外誰も居ない。別に妙なことであれば教官に知らせれば良い話だ。適当に頷いておこう。

 

「では端的に。キミの装備、魚雷をお借りしたいんです」

 

は?

 

一瞬意味が分からなかった。よくよく考えても意味が分からない。

艦娘は皆自身に対応した艤装を持つ。同じ艦娘ならともかく、共有はできないはずだ。

ここに居る叢雲は私だけだから他の叢雲を使うけれど私の艤装が欲しいということはありえない。

 

「あーっと、ちょっと勘違いしているようなので付け足すと、艤装ではなく、装備ですよ?」

 

なるほど、そういう意味か。

確かに私たちは一部妖精さんの力を借りることで能力を向上させられる装備をつけられる。

だがそれはここにいる娘なら誰もがしっかりと上限まで装備しているはずだ。

彼は何がしたいのだろうか?

 

「えっと、無理にとは言いませんが、どうでしょうか?勝手な都合で申し訳ないのですが、時間がないので早めに返答いただきたいのですが」

 

「正直何にどう使うのかわからないことに手を貸したくないのよ。何かあって巻き込まれたくないし」

 

「そうですか。わかりました。失礼します」

 

彼が踵を返そうとする。

 

「待ちなさい」

 

彼が止まる。

 

「誰が貸さないと言ったかしら?条件を飲むなら手を貸してあげるわ」

 

どう使うのかがわからないからいやだ。だけれどどう使うのか興味が出てきた。

見届けさせてくれるなら手を貸してあげよう。

 

「条件とは?」

 

「どんな風に使うのか私に説明なさい。そうすれば貸してあげるわ」

 

彼は少し悩んだ後口を開く。

 

「説明する時間が惜しいので、実演しながら解説っていうのではダメですか?」

 

時間というのは模擬戦の時間だろう。

ギリギリまで何をやっているのだか。

 

「仕方ないわね。それでもいいわよ。案内なさい」

 

「ありがとう。恩に着ます。こちらです」

 

そういう彼の後についていった。

 

 

―・―・―・―・―・―

 

 

彼の後をついていくと、多くの艦娘が居た。

 

「お、おかえりー。見つかったのかい?」

 

軽い調子で迎えるのは隼鷹さんだ。

いつもどおり徳利を片手にもう片方の手をひらひらと振っている。

 

「ただいまです。見つかりました。これでなんとかなりそうです」

 

見るとここに居るのは私も含めて全部で12隻。

駆逐艦は長月・五月雨・初雪・朧・若葉・不知火そして私の7隻

軽巡は多摩さん・名取さんの2隻

軽空母は隼鷹さん・龍驤さんの2隻

そして潜水艦の伊168の1隻

 

おかしい。普通艦隊は6隻までしか扱えないはず。

その倍の数を用意しているのは一体なんだろう?

私のように声をかけてまわったというのか?

 

「で、一体何をしようというのかしら?」

 

「装備の調整ですよ。というわけで叢雲さん、キミの魚雷を朧さんの主砲と交換してもらえます?」

 

「朧はそれでいいの?」

 

一応装備が無くとも行動は可能ではあるが、妖精さんのサポートがなくなるため、極端に性能が落ちる。

それも主砲を外すなどという暴挙など通常考えられないことだ。

 

「…提督に従うつもり。どうなるかは…やってみるしかないかな」

 

「そう、朧が良いなら良いわよ。ほら」

 

そうして私の魚雷を渡し、主砲を受け取る。

 

「よし、じゃあいきましょうか。下手したら遅刻になりかねないので」

 

「説明は?」

 

「戦闘中にします。ついてきてください」

 

そういってぞろぞろと引きつれ彼は歩いていく。

一体なんなのよ…

 

―・―・―・―・―・―

 

「ギリギリだな。特に減点等はしないが、もう少しゆとりを持ったほうが良いぞ」

 

教官が苦言をこぼす。間に合いはしたようだが、本当にギリギリだったようだ。

 

「以後気をつけます。早速はじめましょうか?」

 

「おい、そっち艦娘多くないか?」

 

相手の訓練生が指摘する。それもそうだ。倍の12隻連れているのだから。

 

「模擬戦に出るのは申請した娘らのみですよ。他の娘らはまぁ、手を借りていますが規定違反はしていません。ですよね教官?」

 

「別に問題ある行為ではないな。だが妙な動きをさせたら貴様、わかっているな?」

 

「えぇ、もちろんです。他に何もなければはじめましょうよ。時間、押してますよ」

 

「誰の所為だと」

 

相手が言おうとするが教官が止める。

だが教官もあまり彼に対して好意的ではないことは察することができた。

当然だろう。ギリギリに来て、連れてきたのは倍の数、その上はやくはじめようと言い出すのだから。

 

相手は舌打をして下がる。通常注意される行為だが、教官も同感なためだろう、注意しない。

 

「それじゃあ皆、よろしく」

 

「「「「「「了解」」」」」」

 

戦闘に出るであろう伊168・多摩さん・不知火・五月雨・朧・隼鷹さんが返答し、海上へ移動する。

というか旗艦は伊168なのね。非常に意外。このメンバーなら隼鷹さんか多摩さんが妥当なのに。

明らかに何か企んでいる。彼に対する何かは変わらずあるが、それによる苛立ちが薄くなっているのを感じた。

 

相手の編成も見てみる。

旗艦が伊勢さん、続いて鳳翔さん・高雄さん・古鷹さん・龍田さん・吹雪。

かなり強力な編成だ。

というか向こうの半数は大型の艦なのにこちらの半数は駆逐艦である。

普通は勝てない。

ここから彼はどうするのだろう?

 

「これより模擬戦を開始する。はじめ!」

 

教官が合図すると同時に両艦隊は動きだした。

 

まずは軽空母同士による航空戦。

これは鳳翔さんと隼鷹さんの戦いになる。

鳳翔さんは私よりも古くからここに居て、多くの模擬戦を担当してきた。

戦績もよく、当たりの良い性格から多くの訓練生が彼女の手を借りてここを出て行った。

隼鷹さんは…うん、飲んでいる姿しか見ないわね。ほとんど模擬戦をしている姿も見ていないし、今も徳利片手に戦っている。

アレで良いのだろうか?艦としての性能差が多少隼鷹さんに分があっても、これでは鳳翔さんの勝ちだろう…

 

「はぁっ???」

 

横の訓練生、相手側のほうから声が上がる。

私も唖然とした。鳳翔さんが放った航空機を次々と隼鷹さんの航空機が落としていくのだ。

確かに数は隼鷹さんの方が多い。だからといってこうなるのは異常だ。こんな光景は今まで見たことが無い。

 

「ええい、航空戦はあきらめろ。こちらのほうが打撃力は上なんだ、ねじ伏せろ!」

 

相手側から指示が飛ぶ。しかしこちらは何も指示を出さない。

 

「アンタ、何か指示しないの?」

 

まだ先ほどの衝撃は抜けていないが、何とかそれを言うことができた。

 

「問題ありません。というか必要なのはもう伝えていますし。僕にできるのは信じて見届ける…というかもう結果は分かりきっていますがね」

 

悠々と答える司令官。

この道化、何を見せてくれるのだろうか?

 

「さて、解説をすると約束しましたからね。簡単に。というかアレがその一端なんですけど」

 

戦場を見続けながら話し始める。

 

鳳翔さんの航空機はすべて落とされ、隼鷹さんの航空機も二次攻撃のため一旦戻り始めている。

先ほどの指示通り相手側の艦隊は砲撃を開始していた。

一方こちらも砲撃を開始するが、ほとんど、というかおそらく全員が主砲を装備していないのだろう。

閑散とし、有効打が出るとはとても思えなかった。

 

「航空戦は有利みたいだけど、現状はとても不利に見えるわ」

 

「まぁそういう指示だからねぇ」

 

のほほんと答える司令官。

もどかしい。

 

「で、一体何なのよ。見てても分からないわ」

 

痺れを切らして彼に問う。

 

「そろそろだね。見てごらん」

 

ちょっと真剣な目つきになる彼。ちょっと素敵かも…いや、そうじゃない。

急いで海上を見る。

 

相手側の艦隊に大きな水飛沫が上がる。

鳳翔さん・古鷹さん、そして旗艦を庇った龍田さんが中破以上、高雄さんと吹雪も小破し、庇われた伊勢のみが無事な様子。

一方こちら側は砲撃時に受けたのか隼鷹さんが大破。しかし他は小破がほとんどの上、旗艦の伊168は無傷。

 

「そこまで。判定に移行する。各艦隊は引き上げろ」

 

審判役をになっている教官が声をあげる。

判定結果を見るまでも無く、彼の勝ちだろう。

見学していた艦娘らも喜びの声をあげている。

 

「つまり、雷撃にすべてを賭けるってわけ?」

 

現状を見るとそう結論付けるのが正しい。正しいが何か腑に落ちない。

それだけでは分の悪い賭けになるだろう。それを彼がするようには思えない。

もっと勝率の高くなる何かを仕込んでいるからこそのあの余裕に違いない。

でなければ余程の自信家かポーカーフェイスが尋常じゃないほど上手いか、ただの大馬鹿か。

 

「あはは、まぁそうなりますね。とはいえそれのためにちょっと小細工していますけど」

 

「それを教えなさいよ。約束でしょう?」

 

「というか、わかりません?君にお願いしたようなことを他の娘らにもしていたんです。特に重要なのは軽空母と潜水艦ですね。それは彼女らが戻ってきたらまとめて話します」

 

そういって優しい目つきで戻ってくる娘らを見守る司令官。

強面の割りにそういう顔も悪くないじゃない。

 

「私たち勝ったわよね!?」

 

戻ってきた伊168が一番に声をあげる。

 

「結果はまだですから落ち着いてね。それにしてもよくやってくれました。流石皆さんです」

 

一人ひとり上がるときに声をかけてまわる司令官。

 

「判定結果がでた。全員集まれ」

 

そうしていると教官から声がかかった。

 

 

 

 




判定結果はどうなるのでしょうか!?
次話をお待ちください。

それはさておき、前回の赤城人気、うれしく思います。
この作品の赤城はあんまり他に無いタイプなので、どうかなーと思っていましたが、受け入れられて安堵しています。
否定的だったとしても路線変更する気はないのですがね!!



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閑話_訓練生時代_叢雲視点2

続きです。


「それで提督は勝ったんでしょう?どんな仕掛けだったの?」

 

ちょっと興奮気味に敷波が問う。

 

「そんなころから変わった編成を好んでいたのですね」

 

白雪がしみじみと言う。

 

「司令官ってやっぱり水雷戦隊の扱いが得意なの?」

 

満潮が一人考察し始めた。

 

「まぁ続きを話すわよ」

 

わいわいと湧き上がる皆をなだめながら続きを話しはじめる。

 

―・―・―・―・―・―

 

「…判定の結果は甲側の戦術的敗北・乙側の戦術的勝利。以上だ。解散」

 

乙側。どうやらこちら側のことらしい。

ヒャッハーと隼鷹さんが徳利を傾け、他の娘たちも喜んでいる。

対して相手側の娘たちはある者は申し訳なさそうに、ある者は悔しそうにしていた。

 

「おかしいでしょう教官!こんなの何か仕込んでいるに違いないです!」

 

相手の訓練生が教官に詰め寄る。

 

「控えろ。厳選な審査の上での判定だ。無論違反行為等も認められない。単にお前の力不足だ」

 

苦々しく言う。おそらく教官もこの結果を認めがたいのだろう。

こちらとしてはしてやったりだ。しかし、一体手品の種はなんだろう?

 

「ですが!そうだ、貴様ら!アイツに何かされたんだろう!?言「待てよ」」

 

相手が相手の艦隊の娘たちに言い寄ろうとするといつの間にか司令が彼と彼女らの間に滑り込んで止めていた。

 

「な、なんだよ。お前、何かしたんだろう?じゃなきゃこんな結果はおかしいはずだ!」

 

「はぁ…」

 

呆れたようにため息一つ。そしてとても厳しい目つきになって口を開く。

 

「黙ってろ。彼女らに当たるのはお門違いだ。なんなら艦娘を交換してもう一度やろうか?前提として教官と彼女らの了承が必要だが」

 

「うぐっ」

 

強面を怒りでゆがめながら言う。口調は冷静かつ淡々としているが、非常に重圧を感じるものであった。

先ほどの軽い口調を使っていた人とは同一人物とは思えないほどそれは威厳にあふれ、前にした者はそれに気圧されるだろう。

現に相手はもしかしたら粗相をしでかしているのではないかと思えるほどおびえている。

 

「ま、結果は分かりきっているがな。もちろんやりたいなら当然君が交渉しろよ?」

 

「うぅ…くそっ」

 

相手は逃げ出すようにその場を後にした。

 

「…貴様。程々にしろよ。次は喧嘩とみなして処罰する」

 

明らかに司令官は悪くないのに教官が注意する。

彼は艦娘らを守っただけなのに。

周りの艦娘らもそれを理解しているため、教官を睨みつける。

それに耐え切れなくなったのかいそいそと教官は立ち去った。

 

「ふぅ。君たち、補給と入渠を済ませて後は自由に休むと良い。自分の指揮官の指示無しに行動することを咎められたら僕の指示に従ったことにしておいてかまわないから」

 

相手側の娘らに伝える。

向こうを向いているから表情は分からないが、とても柔らかな口調だ。

 

「ありがとうございます…」

 

代表して旗艦の伊勢さんが頭を下げ、皆を引き連れようとする。

皆も習って頭を下げてついていく。

が、鳳翔さんが伊勢さんに何か伝えてからこちらに近寄ってきた。

 

「あの、提督ありがとうございました」

 

鳳翔さんが改めて頭を下げる。

 

「いえいえ、提督たるものこの程度のことは。まだ訓練生ですけどね」

 

先ほどの剣幕はどこへやら。私に声をかけたときのように茶目っ気を含んだ軽い口調で話す司令官。

 

「して、何かご入用で?」

 

「えぇ、その、よろしければ先ほどの戦闘について差し支えがない程度にお話を伺いたくて」

 

「あ、そうよ。私もそれ聞きたいのよ。まだ全部説明されていないわ」

 

私が鳳翔さんに続くと自分も聞きたいと他の娘たちも声をあげた。

 

「いやぁ、なかなかおもしろかったよ。言われたとおりの仕事はできたかな?」

 

隼鷹さんがへらへらと千鳥足で近づきながら言う。

 

「えぇ、十二分です。というか入渠しなくて大丈夫ですか?大破してますよね?」

 

隼鷹さんをちらちらと見ながら言う司令官。

服がボロボロで色々こぼれている。

このスケベが。

 

「あっはっは。大丈夫。模擬戦用のだからダメージはないし、服もすぐに大丈夫になるさ。ふふーん、まぁちょっとは提督にサービスしてあげようって思ってね」

 

そういって体をしならせる隼鷹さん。

 

「隼鷹さん、はしたないのでおやめくださいな」

 

鳳翔さんがたしなめる。口調は優しいがこれは結構本気だ。

 

「へ、へいへい。すぐに直してきますよ。というか一旦着替えた後に再集合して解説してくれない?私も自分のすべきことはわかったけど、理由とかわからないし」

 

隼鷹さんも鳳翔さん相手にはタジタジだ。

 

「んーじゃあそうしましょうか?他のみんなもいいかな?」

 

「「「「「「「「「はーい」」」」」」」」」

 

皆が承諾したのを確認して彼はひとつ頷いた。

 

「じゃあ30分ぐらいでいいかな?それぐらいたったら交流部屋のテーブルに集まってね」

 

交流部屋とは艦娘と訓練生が交流を深めることを目的とした部屋で、あそこなら特に許可など必要なく大人数集まることができるだろう。

司令官もひらひらと手を振りながらその場を後にする。

戦闘に参加していない娘らは着替えを必要としていないから彼についていく。

当然私もついていこうとすると声をかけられた。

 

「皆待って。先に装備を戻そうよ」

 

「せやな。忘れてたわ」

 

朧が声をかけると龍驤さんが返事した。

そういえば魚雷渡したままだったわ。

 

「はいこれ」

「うん」

 

朧に主砲を返し、魚雷を返してもらう。

まわりもほぼ同様に装備のやり取りをしていた。

ただ、伊168と若葉だけはなぜか伊168のほうから魚雷を渡しているようだった。

 

「あれ?あんたたちは交換していたわけじゃないの?」

 

「うん、私は元々装備を持ってないから借りていたの」

 

「へぇ、皆装備はしっかりさせられているものだと思っていたわ」

 

「駆逐艦はそういう娘が多いみたいね。私たちはほとんど選ばれることも無かったから装備がまわってこないのよ」

 

確かに潜水艦を主体にする訓練生は見たことが無い。

潜水艦と水上艦を混ぜるのは難しく、潜水艦のみの艦隊ならありえそうだが、ここにそれほど潜水艦娘が居ないため現実的ではない。

交換が終わり、控え組と戦闘組で分かれ、行動する。

 

「…それにしてもさっきのすごかった」

 

ぼそりと初雪が言う。

 

「そうね。あの編成、どう見ても相手側のほうが有利だもの」

 

「まったくだ。それにしても皆彼に声をかけられたのかい?」

 

若葉が問う。

 

「そうだな。長月たちはたまたま一緒に訓練していて、そのときに声をかけられたんだ」

 

初雪と名取さんが頷いている。どうやらこの3隻は固まっていたようだ。

 

「せやなー。うちは隼鷹を使いたいっていう奇特な司令官がどんな人か興味もってなー。隼鷹と打ち合わせしにきた彼に手ぇ貸してってな」

 

龍驤さんは隼鷹さんの近くに居たからか。

 

「そんで、まぁなんかギリギリまであと一人は欲しいって言うて、探しに行ったらキミをつれてきたっちゅーわけや」

 

龍驤さんが続ける。

 

「結局どんな指示を出していたの?私はあのタイミングに初めて会ったから何も聞かされていないのよ」

 

「うちらも具体的には何も。装備を貸して欲しいって。戦闘組はなんか聞いていたみたいやけど、ほとんど個別に指示されていたみたいで全容を知ってる娘はおらんとちゃう?」

 

龍驤さんがみんなにも目をやるが、誰もそれを否定しない。

やはり彼に聞くしかないのか。

 

「…単に雷撃に賭けただけには思えない」

 

初雪がつぶやく。

この娘も私と同じところまでたどり着いたみたい。

でも私と同じくその先は見出せない様子ね。

 

「その、隼鷹さんとよくお話していましたが、龍驤さんは何か聞いてませんか?」

 

名取さんが続ける。

 

「そやねぇ。半分くらいは酒の話やったなぁ…。戦闘に関してうちが聞いたのはせいぜい航空戦はキミにかかってるって言うてたことかな?でも空母は隼鷹しか編成に居なかったんだから当たり前のことやし…」

 

龍驤さんも何か聞き取れたわけではないようだ。

結局どんな指示を出していたのか。

そして戦闘中まったく指示を出さずに勝てたのか。

それは誰にもわからなかった。

 

 

―・―・―・―・―・―

 

 

「話を引っ張るわね…」

 

霞が苦言をこぼす。

 

「当時の私たちも結構悩んだのよ。そうね。ここで皆も考えてみて。ヒントはそうね…あいつならではのやり方だったわ」

 

ほんと、あいつならではよね。

他の人なら()()()()()()()()でしょう。

少なくとも私が見てきた他の訓練生では誰一人それをできる人物は居ない。

 

「…提督ならではの…やり方?」

 

潮がうーんと頭を捻っている。

 

「あぁーもう!早く教えなさいよ!」

 

曙が急かす。

 

「ま、まぁまぁ、こういうの考えるのも楽しくないですか?」

 

磯波は結構こういうのを考えることは嫌じゃないようね。

 

「軽空母と潜水艦が肝なんですよね?」

 

流石は白雪。そういう情報をしっかりと捕らえている。

 

「えぇ、そう言っていたわ」

 

「で、装備の交換もしていたと。というか何でそんなに艦娘を集めたの?」

 

敷波の疑問は当時の私も思っていた。

 

「…んちゃ」

 

霰は…なんなんだろう?

 

「気に入ったの?」

 

「うん」

 

どうやらただ漏れただけのようね。

 

「司令官ならではのやり方で、軽空母と潜水艦が肝…ていうかうちに潜水艦娘居ないじゃない。なのに司令官ならではのやり方ってどういうこと?」

 

満潮が良いところに気が付いたみたい。

 

「ふふっ、そうね。そこは別々に考えたほうが良いかも」

 

「言い回しがイラつくわね」

 

「あら、ごめんなさいね」

 

霞はご立腹の様子。

でもきっと答えを聞いたら皆納得すると思うわ。

 

「じゃあ続きを話すわね」

 

「あ、待ってください」

 

「どうしたの潮?」

 

慌てたようにいう潮。

 

「えっと、あんまり自信は無いんですけど、半分くらいわかった気がします…」

 

「何よその中途半端な言い方。わかったならわかった、わからないならわからないってしなさいよ」

 

曙が言う。

 

「じゃあ私にこっそり話してくれる?」

 

そう伝えると潮が近づき、耳元でこっそりと答えを囁く。

 

「えぇ、正解。でもそうね、半分っていうより1/3かしら」

 

潮が最初に当てるとは思わなかったわ。

あてられるとしたら白雪かと思っていたけど、意外なこともあるのね。

 

「1/3ってなによ!」

 

曙が頭を抱え始める。

 

「1/3でも折角正解がでたのですから、もう少し考えさせてもらえませんか?」

 

白雪が言う。

これはおそらく意地があるのでしょう。

 

「えぇ、いいわよ。もう少し悩んでみて」

 

「1/3ですか…」

 

潮がぼやく。

 

「潮ちゃん、ヒント頂戴」

 

敷波が潮に掛け合う。

 

「え、えぇと、叢雲ちゃん、いいの?」

 

「丸々正解を言わなければ良いわよ」

 

「じゃあ、えっと、軽空母とか潜水艦とかはわからなかったから、提督らしさっていうのを考えたんだ。で、普段私たちにどうしてるかなって思い返したことを言ってみたの」

 

「まぁそれぐらいならギリギリかしら」

 

これ以上踏み込んだ言い方ならちょっと止めてたかも。

 

「普段?あたしたちに?」

 

「別段特に変わったことを指示されていないわよね」

 

敷波も霞も頭を抱え始める。

ちょっと優越感。

 

「そーね。作戦も大雑把な方針や注意点だけ伝えて具体的な指揮は全然やらないし。私たちを信頼しているって言うのはわかるけど、何か指示出すことなんてほとんどないわ。変わったことを言われればそれこそ覚えられるし」

 

曙が言う。

 

「…それじゃない?」

 

霰が気づいたようだ。

 

「どういうことかしら?」

 

「…ねぇ叢雲。さっきのが答えじゃないの?」

 

意外とこの娘鋭いかも。ぽわぽわ何考えているかわかんない雰囲気なのに。

 

「そうね。潮が当てたのもその部分よ。残りはまぁ、しょうもないところだし、とりあえず一旦切り上げましょうか」

 

「え?どういうことですか?」

 

磯波には通じていないよう…というか半分くらいの娘がわかってないみたいね。

 

「えっと、私たちに対するように、艦娘を信じて細かい指示は出していなかったのだと思います」

 

潮の言うとおり、艦娘に全幅の信頼を寄せるやり方。司令官なら何気ないことだと思ってしまうが、他の人ならまず無理だろう。

何せ当時の訓練生は通常艦娘という存在自体にそれまで関わりを持っていないため、ほとんど初対面な相手を完全に信じるということになる。

そんなことは常人なら無理だ。だが彼はそれをやってのけた。

 

「そういうこと。当時まだ戦闘についてほぼド素人なんだもの。下手に口出しするより普段から訓練を受けている彼女たちに任せるべきと考えてたみたい。だから大まかな方針とちょっとした注意点、というかいくつかポイントとなることをすれば後は好きに戦えって指示したのよ」

 

彼の異様さを感じている娘はパッと見居ないみたいね。

ここで建造されたわけでない白雪は気づきそうだけど特に変わった様子はないし。

 

「では残り2/3はそのポイントとなること、というわけですね」

 

白雪が言う。

だけどそうでもないのだ。

 

「いえ、そのポイントを抑えることだけでなく、もう一つ。本当にしょうもないことが要だったの。こっちは戦略というかあまりにも普通すぎて逆に驚いた、というか驚きを通り過ぎて呆れたわ」

 

ポイントのほうはともかく、もう一方は本当に言われれば何を当たり前なと思ってしまう内容だったのだ。

 

 




提督の策略とは一体!?
まだ続きます。


それさておき、毎度誤字脱字が多く申し訳ありません。
皆様のご指摘感謝です。


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閑話_訓練生時代_叢雲視点3

今回で一旦回想編終了です。


皆と交流部屋に着く。

何人か手の空いている艦娘が居るが、訓練生も教官も彼を除き誰も居なかった。

ある意味当たり前と言える。

訓練生のほとんどは適正があるからと引っ張ってこられただけだし、教官連中もほとんどが深海棲艦に恐怖し、その唯一の対抗策といえる艦娘を使う()()を育てるためにここに居るだけだ。

多くの者は私たちに好意的ではない。艤装という強力な力を持ち、あの深海棲艦に対抗できるのだから。

そのため恐怖感を持つのも致し方の無いことだろう。

またある者たちは私たちのそういった在り方だけでなく、容姿も毛嫌いしているようだ。

比較的私たち艦娘は整った容姿をしている。むしろ整い過ぎているといったほうが正しいのかもしれない。

ある者は嫉み、ある者は畏怖した。ある者は気色悪い下心しかなく、ある者は区別がつかないと困惑した。

なので、艦娘たちと好き好んで交流を持とうとする人はあまり居ない。その中でも純粋に好意を持つ人は限られている。

そう考えると彼はその限られた枠に入る奇特な人と言えるのではないだろうか?

確かに大破判定でボロボロになった服の隼鷹さんに目がいく程度の下心はあったが、その程度だ。やがて司令官になることを踏まえて好き勝手するタイプにも見えない。

 

「おや、まだ早いのによく来たね。そうか、君らはすぐこれるのか」

 

こちらに気づいたのか声をかけてくれる。

 

「せや。だからお先に来たで!」

 

龍驤さんが代表して答える。

大き目のテーブルに一人で座っていたので、皆してそのテーブルにつく。

私は彼の斜めの席だ。

 

「んでんで、結局どういう戦略だったん?」

 

喰い気味に龍驤さんが尋ねる。

 

「まぁまぁ、何度もお話を伺うのはお手数をかけてしまいますし、皆が揃ってからにしませんか?私、何か飲み物を持ってきますので、ご希望をおっしゃってください」

 

それを鳳翔さんが押さえつつ立ち上がる。

 

「あ、すみませんね。じゃあ僕は冷たい飲み物でおねがいします」

 

司令官が言う。

 

「私も同じもので」

「手伝うぞ」

 

といった声が上がり、何人かを連れて鳳翔さんが飲み物を取りに行った。

 

「それにしても本当にあの隼鷹を使うとはねぇ…」

 

龍驤さんが腕を組みなんだか感傷に浸るかのようにうんうんと頷いきながら言う。

 

「言うほど何か問題があったのですかね?実際やってもらって何の問題もなく、というかこちらの指示に完璧に応えてくれましたし」

 

私たちの多くはただの飲んだくれとしか認識していない中、彼は何かを見抜き、さらに引き出すことまでしてのけたのだ。

隼鷹自体の能力もあるのだろうが、それを活かした彼の指揮能力はずば抜けていると評して間違いないだろう。

 

「でもどうして隼鷹さんを選んだのかしら?私には龍驤さんの方が良いと思ったのだけど」

 

疑問をぶつける。

 

「それ聞いちゃうかぁ…うち、ちょっと席はずしたくなってきたわ…」

 

龍驤さんが大げさにうなだれる。

私が聞こうとしていることは龍驤さんより隼鷹がいいと彼の口から引き出すことと同義だから当然かもしれない。

それにしては結構冗談交じりな反応だからそれほど気にかけているわけでもないようだけど。

 

「それも彼女らが戻ってきてからの方が良さそうですね。たぶん隼鷹さん自身も気になっていそうですし」

 

「生殺しかいなぁ…。ところで、何で今日になって急にさん付けで呼ぶん?昨日までは呼び捨てだったと思うんやけど」

 

ころころと表情を変えながら話題を変える龍驤さん。

 

「あぁ、呼び捨ては良くないと注意を受けただけです」

 

ん?それは私のことかしら?明らかにこちらを見ながら言うし。

 

「嫌なら別に無理してつける必要はないわよ」

 

「いえ、そういうことは無いのでお気になさらず」

 

気に障る言い方ね。こういう面に関しては矯正してあげるべきね。

 

「そういう言い方、良くないからやめなさい」

 

「まぁまぁ、そうカリカリせんと、好きにさせとけばええやん。な?」

 

龍驤さんが間に入って私たちを止める。

私も何熱くなっているんだか。

 

「お茶、お持ちしました」

 

鳳翔さん達が戻ってきた。

 

「どうも。いただきます」

 

私も初雪から一つ受け取る。

 

「ありがとう」

 

「ん」

 

「それで提督、今日が初めての戦闘指揮でしたよね?ですが非常にしっかりとした作戦を立てられたようですが、元々何かそういった経験や知識をお持ちなんですか?」

 

時に訓練生の中には身内に司令官が居て、ここに来る前から多少知識を持っている人も居る。

鳳翔さんが尋ねたのは彼もそういうタイプなのかということ。

 

「いやぁ、せいぜいゲームとかをやったことがあるだけで、真っ当な経験や知識はもってませんよ。というかよく今日が初めてって知っていましたね」

 

言われてみればそうだ。いや、一応いつ誰が誰を使って模擬戦をするのかは公開されているから調べればわかることではあるが、鳳翔さんは今回の模擬戦のためにわざわざ調べ上げたのだろうか?

 

「ふふ、一応誰がいつ模擬戦をやるのか把握していますので。今までに居なかった方なら初回ではないかと思っただけです」

 

どうやらすべての訓練生による模擬戦を把握しているようだ。鳳翔さんすごい。

 

「おぉぅ。それはすごいですね」

 

彼も感心している様子。

 

「あの、鳳翔さん。戦闘していた娘たちが戻ってくるまでそちら側がどのような指示をされていたのか伺っても良いですか?」

 

ちょっとだけ真面目な顔をのぞかせながら彼が話を振る。

鳳翔さんは少し悩んだ後、口を開いた。

 

「そうですね…。初めての方ならよくある感じの指揮でした。事前の作戦は定石通りに私が艦載機を飛ばして逃げ道を塞いだところを伊勢さん達による集中砲撃を行うといったものでした。戦闘中になると細かく誰が誰をどう狙えとか、どう動いて回避しろとか、そういったことを出されましたね」

 

実際の動きとどう指示があったのか具体的に鳳翔さんが説明し始める。

 

それを聞いてみるとよくあるタイプの戦闘指揮だ。

初めてならよくある感じというのは不必要なほど細かい指示がよく出ていたり、戦局を局所的に見ているが故の悪手が少々あったことを差しているのだろう。

無難でわかりやすい。多くの訓練生もこういった戦法をよく採用する。

それ故大型の艦は大人気だ。

だがこれは同時に火力の差異によって優劣が決まるので、戦闘前の編成によってすでに勝敗は決まっているともいえる。

使用する艦の申請は教官を通して許可される。だからゴマすりの上手い訓練生が勝率を上げていた。

他の作戦も多くは人気となる強力な艦を使用するといった内容なので、結局ゴマすりの上手さが戦績に反映される歪な状態が続いている。

とはいえ私たち側から何かできるわけでもないし、いずれ居なくなる人たちのために何かをする気もないのだが。

 

それを踏まえた上で改めて彼の異様さが際立つ。

先ほどの反応からして教官から好かれているようには見えなかった。ゴマすりはしていないのだろう。

現に使用した艦はほとんどが人気の無い娘らだ。

駆逐艦は模擬戦においてはほとんど数合わせ程度にしか使われないのにも関わらず、彼はそれが半数を占める艦隊を編成している。

潜水艦は模擬戦で使用されることがほぼない。少なくとも私は見たことが無かった。

軽空母は皆入れたがるが、お酒ばかり飲んでいる隼鷹さんを選ぶ人はまず居ない。他の空母が誰も空いていないから仕方なくというのがほとんどなのに、龍驤さん曰く隼鷹さんをわざわざ名指ししたようだ。

なので他の訓練生でも通常入れる可能性があるのが多摩さんぐらい。

それにおかしいのは軽巡の名取さんを入れなかったこともそうだ。

模擬戦においては駆逐より軽巡の方が優れているのは目に見えている。

なのにそれを採用しないのは理解できない。

 

聞けば聞くほど相手は通常の、彼は異様な作戦を取っていたように思えてくる。

 

「なるほど。艦種による性能を活かす作戦を彼は取ったのですね」

 

ふむふむと彼は鳳翔さんの説明を飲み込んでいた。

 

「おーい、おまたせ。何の話してたんだい?」

 

隼鷹さんがちゃんとした服を着てやってきた。

他の娘たちも一緒だ。

 

「お疲れ様です。鳳翔さんに相手の指揮を伺っていたんですよ」

 

彼が立ち上がり軽く頭を下げる。

 

「そういうのいいって」

 

ひらひらと手を振りながら照れる隼鷹さん。お酒以外の理由で顔を赤くするなんてはじめてみるかも。

 

「ねね、私、司令官の隣に座りたい。だめ?」

 

伊168が司令官の隣に座る龍驤さんに聞く。

 

「ええで。今回の旗艦様やからね」

 

「わーい。やたっ。龍驤さんありがとう!」

 

そういって席を変わる。

司令官はそんな彼女らを微笑ましそうに見つめている。

ちなみに反対側は鳳翔さんだ。

 

「私、模擬戦で勝てたの、しかも旗艦でなんて初めて!すごくうれしいわ!」

 

興奮気味に伊168がいう。

すると司令官は驚いた様子だ。

 

「え?それは本当ですか?」

 

「えぇ。潜水艦と水上艦を混合編成するのはむずかしいって今まで全然イムヤを模擬戦に入れてくれなかったし」

 

彼は両手を組み首を傾げる。

 

「それはなんていうか…。まぁここだとそれが普通なのかな?」

 

「一人納得していないで話してよ」

 

なんだか独り言つ彼に苦言を申す。

 

「あぁ、すみません。こちらのことなんでこれは気にせずに。さて、今回の戦闘の種明かしをしましょうか」

 

彼が居住まいを正す。皆静かに彼の言葉を待った。

 

「今回やったことは主に3つ。一つ目は鳳翔さんを無力化すること。二つ目は伊168さんに「イムヤ」…イムヤさんに指揮を執らせること。三つ目は雷撃を決めること」

 

途中伊168に名前を訂正させられる。

 

「確かに鳳翔は完封されていたけど、あれは一体なんやったん?」

 

龍驤さんが質問する。

 

「まず、皆は訓練生が模擬戦に使用する艦の情報を事前に収集できることは知っている?」

 

「知ってるぞ」

 

若葉が答える。

 

「よし。じゃあ話は簡単だ。鳳翔さんの情報を仕入れて、それを押さえるのに充分な娘を用意すれば良い」

 

「簡単に言いますが、言うほど簡単ではないと思いますが?そんなに強力な艦娘がいるならば他の訓練生もこぞってその艦娘を使用したがるでしょうし」

 

不知火の言うとおりだ。

それに押さえるのに充分な娘でなぜ隼鷹さんになる?確かに艦としては鳳翔さんより隼鷹さんの方が上だろうが、圧倒できるほどではないはずだ。

 

「そうだね。だから艦娘以外に着目するんだよ」

 

「装備…ですか」

 

「五月雨さん正解。さっき聞いたんだけど、鳳翔さんは艦載機で相手、つまり僕の艦隊を牽制・誘導を行うことを目的としていた。ここでの空母はそういう運用がほとんどなんだろうね。装備も皆そういう感じにしやすい構成になっていたし」

 

「それだと隼鷹さんも同じだから鳳翔さんのを全部落とすなんておかしいぞ」

 

長月が指摘する。

 

「そこで龍驤さんの登場。龍驤さん、隼鷹さんに渡すようにお願いした装備の内容を話してくれます?」

 

「ん?艦戦を渡…あぁっ!そういうこっちゃね!」

 

「なるほど、それなら納得できます」

 

「まぁ航空戦をこれでまかせるって言われたらそうなるよねぇ」

 

「空母組で理解してにゃいで、多摩たちにもわかるように説明するにゃ」

 

空母組の三人が納得しているが、私たちにはわからないため、多摩さんがつっこむ。

 

「艦載機には種類があるのは君たちも知っているだろう?んで、隼鷹さんには龍驤さんから借りた分も含めて対艦載機用の艦載機をどっさり載せてもらってたのさ」

 

「私は皆さんを攻撃することも視野にいれた装備のため、提督の言い方に合わせると対艦娘用の艦載機が多く、隼鷹さんの対艦載機用の艦載機に太刀打ちできなかったのです」

 

司令官の回答に鳳翔さんが付け足してくれる。

 

「えっと、つまり隼鷹さんは今回艦娘への攻撃ではなく、鳳翔さんの艦載機のみ攻撃したということでしょうか?」

 

「名取さんの認識で問題ないです。鳳翔さんの攻撃で逃げ場を無くすことを前提とした相手の作戦はこれで瓦解。こっちは逃げ道だらけだから被弾が少なくなるってわけ」

 

「こちらもそれを理解していましたが、戦闘区域は限られています。なので多少強引ですが、そのまま砲撃を開始しました」

 

あぁ、あの火力で押し切れだの叫んでいたときのことね。

 

「そちら側としてはその手が一番無難でしょうね。でもこちらはイムヤさんが居ましたからね」

 

ここで伊168?

 

「イムヤさん、僕がどんな指示を出していたか皆にも話してもらえます?」

 

「いいわよ。旗艦として海中から全体を見渡して、皆の回避行動を指揮しろって。それでどこら辺が手薄か探したり、どこら辺に牽制をするべきか指示をだしたりしてたわ」

 

戦闘中確かに見えなかった。

潜水艦だからそういうものだと思っていたが、そういったことをしていたのか。

 

「潜水艦ならではの特性を活かして立ち回ってもらったのさ。で、残りの娘らには雷撃だけは集中してくれ、他のことは旗艦の指示と普段の訓練通りに動けばいいと伝えてたんだ」

 

「あれだけ逃げ場がある状態なら訓練通りの動きで大体避けれるからね」

 

「あははー、避け切れなかった私はどうなのさー」

 

朧の言に隼鷹さんが嘆く。

 

「すみません、私のドジを庇ってくれたばかりに…」

 

五月雨を庇って大破したのか…

 

「いやぁ、それは気にしないで良いよ。そのあと自分の所為で思いっきり被弾しちゃったし、ちょっと真面目に訓練しなおさないとなぁー」

 

反省反省と自分のおでこを叩く隼鷹さん。あの人も訓練しようって思うことあったんだ。

 

「んであとは主砲の代わりに魚雷を増した皆で一斉雷撃。結果はご存知の通りさ」

 

雷撃に特化した装備にして、小型の艦でも大型の艦を撃破しにいくという部分は納得ができる。

小型艦が優位に動ける条件でもなければむしろそれぐらいしか大型艦を倒す現実的な策はない。

 

「一つ聞きたいのだが、何で若葉たちを呼び集めたんだ?提督の策ならば装備だけそろえればいいんだし、わざわざ交換なんて面倒なことをする必要を感じないのだが…」

 

言われてみればそうだ。

 

「あぁ、それは規定を破らないためだよ。ほとんど裏技みたいなものだけど、違反ではないから問題ないって教官も認めてくれたし」

 

開始前のやり取りのことだろうか?かなりしぶしぶといった様子だったが。

 

「どういうことですか?」

 

「朧さんは模擬戦における規定ってどういうのがあるか知ってる?」

 

「えっと、事前に申請した艦娘しか出しちゃだめとか、八百長しちゃだめとかそういう感じ?」

 

「あってます。その中で、"艦娘の使用する装備は模擬戦用の装備のみとする"っていうのがあるんだ」

 

危険が無いように模擬戦用の装備にしなければならないのは当然だ。

だがそれがどうしたのだろう?

 

「これが難問であり、ミソでもあるんだ。代えの装備を用意する権限は訓練生には無いんだ。だから基本的に教官を通して行うのだけど、その申請が結構面倒らしくてさ。余程のこと、例えば故障したとかじゃない限りやってくれないんだよ」

 

…これはおそらくそういうことにされているんだろう。

確かに教官を通さずに装備を変更させることは訓練生にはできない。が、模擬戦の戦術のために装備変更をさせることはよくある。

やっぱり司令官はあんまり教官に好かれていない…どころか嫌われている可能性が高い。

 

「つまり艦娘が既に装備している模擬戦用の装備を使うしかなかったんだ。それで君たちに声をかけさせてもらったのさ」

 

艦娘の情報は訓練生でも知ることができる。きっと彼はお目当ての装備を持つ先ほどの時間が空いている艦娘を探して声をかけてまわったのだろう。

 

「あ、そういえばどうして龍驤さんじゃなくて隼鷹さんを選んだのですか?龍驤さんを選ぶこともできましたよね?」

 

「私も気になる。自分で言うのもおかしいけど、飲んだくれよりはちびっ子の方が頼りになりそうだろ?」

 

「だれがちびっ子や!」

 

名取さんの質問に隼鷹さんも乗り、龍驤さんがつっこむ。

先ほど私が聞いた質問だ。

 

「あぁ、前提として空母は1隻しか入れさせてもらえないのよ。もう所属先も決まってるようなここを出る直前の人や、成績優秀者なら後学のためってことで複数入れた艦隊を指揮できるらしいけど、僕らみたいな新入りは資材やら空母自体の数の問題やらで許可されないんだ。で、隼鷹さんである理由は単に艦載機の総搭載機数が多いからっていうのと、装備の問題かな。具体的な内容を話すと長いから端折るけど、龍驤さんは強力だけど尖った性能なんだ。で、今回の条件ではその部分を活かすことができなかったんだ」

 

「じゃあ条件次第じゃうちを使っていた可能性もあったってこと?」

 

「もちろんです。たまたま今回の条件では隼鷹さんに分があったということなので、むしろ使えるなら二人とも入れたかったですもん」

 

「ほほぅ。ま、そういうことにしとこか」

 

「じゃあさ、何で司令官は私を旗艦に選んでくれたの?戦闘経験自体も少ないし、ましてや旗艦なんて経験したことない私を選ぶって普通なら変だし」

 

今度は伊168が言う。

確かにほとんどの艦娘が大きな被害を受けていないことを考えれば彼女の指揮能力は高いことはわかった。

けれどこれは結果論だ。経歴を見てもそんなことはわかるはずもないし、どこでそれを見抜いたのだろう?

 

「前々から交流があったわけではないのか?」

 

「ううん。今回の件で初めて知り合ったのよ」

 

長月の質問に伊168がふるふると首を横に振りながら答える。

単に知り合いだったからというわけでもないようだ。

 

「単にイムヤさんを信じてただけですよ。もちろん他の皆も。この娘たちなら任せてれば大丈夫って。だからこの勝ちは君たちのおかげさ。改めてありがとう」

 

そう彼は微笑みながら言った。

 

 

―・―・―・―・―・―

 

 

 

「…とまぁ、そんな感じ」

 

「ちょっとまって、綺麗に終ったようにしているけど、さっき言ってたしょうもないことってなによ」

 

私が話し終えると霞がすぐに声を荒げた。

 

「艦娘を信じたこと、装備を変えて相手の意標を突く作戦といったポイントを押さえさせることの二つは出てきましたが他はないですよね?」

 

白雪も同調する。

 

「提督が艦娘にさん付けで呼んで、距離を取るようになったのは叢雲の所為じゃ…」

 

曙、そこは気にしなくていいわ。というか気にしないで。お願いだから。

 

「実は残りのところは後日聞き出したのよ。だからこの時は私も知らなかったわ」

 

「それ、あたしたちが答えを見つけられない問題だったんじゃないの?」

 

敷波が文句を言う。

 

「そうでもないわよ。彼らしいことだもの」

 

「それは艦娘を信じてることではなくて?」

 

「それもだけど、もう一つも彼らしいことよ」

 

満潮の問いに答える。

 

「答えは練度じゃないかな?」

 

「えぇ正か…川内さん!?」

 

正解を当てたのはいつの間にか居た川内さんだった。

 

「やっほー。川内参上!なんてね。でどうなの?」

 

ニコニコとしている川内さん。

 

「え、えぇ、正解よ。例えばさっきの話で出てきた艦娘で名取さんが一番練度が低かったの」

 

「だろうねぇ。提督は結構確実性を取るタイプだからね。普段も少しでも安定して進められる案を取るからさ。練度が高く強い娘を選ぶ。シンプルで当たり前のことだけど、大事なことだよ?たぶんその訓練校にいた多くの戦艦とか重巡よりも選ばれた駆逐艦たちのほうが練度が高かったんじゃないかな?」

 

頷いて肯定する。訓練校に居る大型の艦は大抵建造されてすぐ大本営にいった娘たちだ。それに対して駆逐艦などは大抵建造されたところで少し働いた後であったり、適正をなくした提督の下にいた娘だったりする。

その上戦力に見られる大型の艦は比較的すぐに引き取られるが、小型の、特に駆逐艦はなかなか引き取られなかったりして長く居る場合も多々ある。

そのため大型の艦と小型の艦で練度に差があった。

 

「さて、皆元気そうだね。元気なのはいいけどさぁ、もう消灯時間過ぎてるんだよねー。提督とのお約束を守らないほど元気ならこれから私と一緒にスペシャル夜戦訓練をしようか?」

 

スペシャル夜戦訓練。どんなものか想像もできないが、とてつもなく嫌な予感がする。

何せ川内さんはあの神通さんと那珂さんの姉なのだから。

神通さんは普段からスパルタ訓練で有名だ。それでもあの人なりに抑えているらしいが、とにかく厳しく、つらい。

那珂さんは神通さんと方向性が違うが、訓練をレッスンと称しこちらも非常にしんどい内容が多い。

そして川内さん自身は普段から夜戦に目が無いことを触れ回り、司令官から夜間警備を主任務とされているため、訓練などを一緒にすることはあまりない。

だからこそどんな内容をおこなうのか想像ができないのだ。

 

全身から血の気が引いていくのがわかった。

きっと青い顔をして冷や汗をかいているのだろう。

そしてそれは皆も一緒だろう…

 

「でも、良い話聞けたから今回は見逃してあげる。提督にも報告しないでおくし。あ、自主的に夜戦訓練したいって娘が居るなら面倒見てあげるよー」

 

どうかな?と小首をかしげる川内さん。

私は大きく首を横に振る。見えないがきっと皆もそうしていると思う。

 

「それは残念。じゃあ早く自室に戻って寝ようね。じゃないとスペシャル夜戦訓練だけじゃなく、提督に報告して叱ってもらうからね」

 

じゃあねと軽やかに去っていく川内さん。

彼女が見えなくなるまで静寂が続いた。

 

「…今日はもう戻って休みましょう」

 

拒否する娘はだれも居なかった。




時々名前は上がっていたけど初登場の川内ちゃん。
一応これでこの鎮守府に居る娘は全員出ました。

続きはのんびりお待ちください。


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健康診断_準備5

白米をおかずに白米掛け白米をやる人は私以外もいるはずだ。




日本人の朝食なら白米一択やろ!

とか思いつつ朝食のおかずを考える。

自室で納豆と溶き卵を掛けたのでいいかと思っていたが、食堂で食べるよう言われたことを思い出して、食堂へ向かう。

 

食堂に着いたらメニューとにらめっこして、また悩み始める。

生姜焼き定食…いや、豚肉って気分じゃあないな…

 

「提督、おはようございます」

 

悩んでいると挨拶をされた。声のほうをみると榛名がいた。

 

「榛名さん。おはようございます」

 

「朝食、何になさるんですか?」

 

「それを今悩んでいましてね。定食系を食べようと思っているのですが、ブリの照り焼きとカツオのタタキ、どちらにしようかなぁと」

 

「どちらも魅力的ですよね。そうだ、もしよろしければ一方を提督が、もう一方を榛名が頼んで一緒に食べるのはどうでしょう?」

 

なん…だと…?

 

「ほわっつ?」

 

「ほわ?えぇと、どうかなさいましたか?」

 

「いや、その、それはおかずをご一緒させていただけるという意味ですか?」

 

「提督がお嫌でなければですけど…。やっぱりやめましょうか?」

 

「いえいえいえいえ。ぜひともお願いします」

 

榛名とおかずシェアだとぅ!?

 

うん。今後も積極的に食堂を利用しよう。

 

「あ、榛名さん、おはよー」

 

榛名の向こう側から声がかかる。

声に気づき榛名が振り向く。

 

「あぁ、敷波さん。おはようございます」

 

「あ、司令官もいたんだ。おはよ」

 

いたんですよ。

 

「あぁ、おはよう」

 

「敷波さんも朝食ですか?」

 

榛名さんが聞く。まぁこの時間にここに居るのだからそうだろうけど、まぁそう言っちゃったらお終いだけどね。

 

「うん。そだよ」

 

「でしたらご一緒にどうですか?よろしいですよね提督?」

 

拒否する理由は無い。べつにいたんだっていうのに傷ついてないし。

ホントダヨ?全然傷ついてないし。ウン。ちょっと学生時代のことを思い出して悲しい気持ちになっただけだし。

なんにも問題ないよ。

 

「…かまわないよ」

 

「ではそうしましょう。一緒に食べる人が多いほうがおいしいですしね!」

 

榛名は元気でかわいいなぁ。

敷波は割りと戸惑っている様子だ。

 

「いいの?」

 

「もちろんです!ね、提督」

 

「遠慮する必要はないぞ。まぁ上官と一緒なのが気になるなら断ってもいいし」

 

仕事以上の付き合いの無い上司と一緒に食事とか進んでしたい人はそう多くないだろう。

敷波は口調は砕けてはいるが、性格は真面目な娘だ。

あまりフランクな関係は好まないらしく、仕事以外の何かを誘おうとしたりすると断ることが多い。

好まない娘を無理やりどうこうするのは好みじゃない…というかダメ絶対だから必要以上に近づかないようにしている。

 

「…じゃあ一緒に食べようかな」

 

あらめずらしい。と口からでそうになるのを何とか押さえられた。

こういうのは思ってても言っちゃだめだからね。

 

三人で券を発行する。

敷波はタマゴサンドを頼んだようだ。

食事を受け取り、空いているテーブルに座る。

ちなみに僕の隣に榛名、榛名の向かいに敷波といった感じで座ってる。

 

「では、いただきます」

 

僕がいうと二人も倣った。

 

「提督、半分ほど交換しましょうか」

 

「うん、ありがとう」

 

榛名がカツオの乗った皿をこちらに近づける。

そこからカツオを少しもらい、こちらのブリを半分ほど乗せて返す。

 

「…変わったことするね」

 

敷波さんがボソりと言う。

 

「あぁ、僕がどちらにしようか悩んでたら、榛名さんが二人で両方頼んで、半分ずつ食べようって言ってくれてね」

 

「榛名も食べるものを悩んでいたので、ご一緒させていただきました」

 

「ふーん。まぁいいけど」

 

そういってはむっとサンドイッチに噛み付く敷波。結構一口が小さく、小動物的でかわいい。

 

「あ、そうだ。榛名さん、今度僕が健康診断を受けに行くのですが、榛名さんも来ていただけますか?他の提督も何人かは来るはずなので、ひょっとしたらキミの提督もいるかもしれないので」

 

呼び出しをされているのは僕だけじゃないはずだ。

彼女の提督が見つかる可能性は低いが、別にデメリットがあるわけではないので、ダメ元で連れていってみる。

決してただ榛名といたいなぁっていう下心じゃないよ?

ホントダヨ?

 

「まぁ、でしたらご一緒させていだたきます!」

 

「ただ確実に居るとは言い切れないからそれは勘弁してね」

 

「はい。それは承知の上です。お心遣いありがとうございます」

 

「いえいえ」

 

やっぱかわいいわぁ…

早く僕の榛名に会えないかなぁ…

 

「司令官。鼻の下伸びてる」

 

「おや、それは失敬」

 

敷波に指摘された。気をつけねば。

榛名は僕らを見て笑っているし。

 

「ところで提督。その健康診断のときに行くのは私だけなのですか?」

 

「いや、もう一人くらい連れていきたいんだけど、ちょっと悩んでいてね。ここの規模が大きくないからさ、基本的に残しておきたい娘ばかりなんだよね」

 

困ったものだ。

 

「白雪を連れて行くんじゃないの?」

 

敷波が問う。

 

「あぁ、そのつもりだったけど、彼女にはちょっと残ってやってもらいたいことができたんだよ」

 

敷波もやはり今回の付き添いは白雪が適任と考えているのか。

 

「では折角ですし、敷波さんを連れて行かれるのはいかがでしょうか?」

 

「え!?」

 

榛名の提案に敷波が過剰に反応する。

そりゃ急に振られたら驚くだろうけれど、そこまで驚くものかね?

榛名はニコニコしている。場を和ませる冗談なのだろう。

ここは榛名に調子を合わせておこう。

敷波の性格からして断るだろうし、どちらにしろ断られるなら冗談の流れで断られたほうが傷は浅い。

 

「あはは、敷波さんが良いならお願いしようかな、なんて。まぁ無理にとは「いいよ。行く」おや?」

 

いまなんと?

 

「行くって言ったの。そんなに意外そうな顔しないでよ」

 

「良いの?」

 

「良いの」

 

「その割りにそっぽ向いてません?無理しなくても」

 

「どこ向くのもあたしの勝手でしょ。それに無理はしてないし」

 

「提督、良いと言うのですから良いじゃないですか」

 

くすくすと笑いながら榛名が割ってはいる。

敷波はさっきからそっぽ向いて表情を確認できない。

声は落ち着いているがいつもよりも低めで割りと機嫌が悪そうに言っているのだが…

まぁ本人も良いと言うのだから信じよう。

 

「じゃあお願いしますね。当日は一○三○に鎮守府(ここ)に迎えの車が来るから。それと、ほとんどの時間が移動になるし、今回は泊まりだから着替えとかの日用品と持ち運びできる暇つぶし道具を忘れないようにね」

 

名目上は護衛だが、四六時中気を張っている必要はない。

ゲームやら本やらがないと暇でしょうがないだろう。

 

「ん、わかった」

 

「よかったですね」

 

榛名が笑顔で言う。

 

「えぇ、まったく」

 

敷波が来てくれるのは意外だったが、ありがたい。

 

「ご馳走様。じゃ、あたしは先行くから」

 

早々と敷波が席を立つ。

 

「はい、また後ほど」

 

それを見送ると榛名が声をかけてきた。

 

「そんなに敷波さんが来てくれるのが意外でしたか?」

 

「はい。彼女からはその、上官としてはそれなりに認めてくれているみたいなんですけど、個人としては積極的には関わろうと思っていない様でしたので。今回については護衛という仕事ではありますが、基本ずっと傍にいなければなりませんので嫌がるかなと…」

 

「逆に提督は敷波さんのことを嫌っていたり、避けていたりしていませんか?」

 

少し真剣な目つきで問う榛名。

これは真面目に答えるべきだろう。

 

「嫌ってなどいません。避けては…ない。と言い切りたいですが、嫌がる娘には近寄らないようにしていましたからね。それを避けていると捉えられる可能性は否定しきれません」

 

「お優しいのですね。敷波さん達もきっと提督を嫌ってなどいないと思います。きっとちょっと緊張しちゃったり、照れちゃったりしてるだけなんだと思います。だからこそもう少し提督から近寄っていただけないでしょうか?」

 

「…努力してみる。ただね。ちょっと怖いんだ。前にちょっとやらかしたことが有ってね。嫌な人に近づかれるのは誰だって嫌だろう?そして僕は特に人の心を察するのが苦手なんだ。だから艦娘(きみたち)には少しでも嫌な気持ちになって欲しくないからさ、ちょっとでも嫌な感じを見て取れたらそれ以上は行かないようにしようって思ってたんだ」

 

艦娘らに嫌われるなら、迷惑と思われるなら…

僕はそうなる前に必要以上に近寄らず、ただただその場から艦娘らを見守り続けるだけと決めている。

 

「…提督…」

 

「なんか、ごめんね。湿っぽくしちゃって。でもそうだね。榛名さんのことを信じて敷波さんにはもうちょっと接するよう心がけてみるよ」

 

「…はい」

 

 

ここで僕が暗くなった榛名の顔を明るくできる方法を知っていて、実践できるような人であればよかったのだろうけれど、残念ながらそうではなかった。

 




榛名のアシストにより同行者は敷波になりました。


ちょっとリアルが忙しくなり始めたので、また更新が遅くなるかと思います。
合間を見つけては書いていこうと思っていますので、よろしくお願いします。


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健康診断_出発

ようやく出発です。



「それでは留守を頼みますね」

 

目の前に居る叢雲、霞、白雪に声を掛ける。

 

「「「了解」」」

 

敬礼をして出発前最後のミーティングを終える。

出発の時刻までまだ早いが、先に荷物を持って行ってしまおう。

そう思って執務室を後にする。

 

「…ぁ」

 

執務室を出たすぐのところに潮が居た。

 

「あ、ごめん。驚かせたかな?」

 

「い、いえ。その…。ていとく、が行く前に、もう一度、挨拶しておきたくて…」

 

もじもじしている潮。

かわいい。

 

「そっか。ありがとう。歩きながらでも良いかな?まだ少し早いけど荷物を持っていこうと思っていてね」

 

「あ、はい!」

 

笑顔で頷く潮。

かわいい。

 

ぽんと軽く肩を叩いて歩き出すことを促す。

それに従って潮は歩き始めた。

 

「その、提督。帰ってくるの明日、なんですよね?」

 

「うん、そうだよ。たぶん夕方かな。短い間だけど指示は残してあるし、よろしくね。何か有っても君たちなら大丈夫だろうし」

 

「は、はい!がんばって資材、取ってきますね!」

 

潮は遠征組だったな。

 

「うん、期待している。ただ君たち自身のほうを大事にしてね。資材よりも潮たちのほうが大事だからさ」

 

そう声をかけ潮を見ると、頷いて応えてくれた。

 

「さて、荷物持ってくるからここで待ってて」

 

話していたら私室の前まで来ていた。

流石に部屋の中まで入れるのはまずいだろうから、部屋の前で待つように言い、荷物を取りに部屋に入る。

とはいえすぐに出られるよう既にまとめてカバンに入れてあるのだが。

 

「その、早いですね。それだけで足りるのですか?」

 

カバンの大きさを気にしているようだ。

 

「まぁ、男はこういうとき持ち出す物が少ないからさ、楽だよ」

 

着替えと外出用日用品。それと携帯ゲーム機ぐらいしか入っていない。

健康診断だから仕事用具は必要ないため、これで充分だ。

 

「その、お持ちいたします」

 

「いいよ、そんなに重くないし。どうせなら僕の手を持って欲しいな」

 

なんて冗談を言うと潮はうつむいてしまった。

 

「あはは、冗談だよ。冗談。気にしないでくれ」

 

ちょっとセクハラになっちゃったかな?

手をつなぎたいとは思うけどさ、ちょっと調子に乗りすぎたかな?

潮とは打ち解けてきたと思ったけど流石にまずかった。

 

「…わかりました」

 

「へ?」

 

空いている僕の右手を潮がそっと両手で握る。

そのままにぎにぎといじり始める。

 

「えっと、潮。両手だとちょっと歩き難くない?」

 

僕の声にハッとした様子で顔を上げる。

少し悩んだ後、片手を離した。

 

「嫌じゃない?」

 

「…こうしてたいです」

 

「じゃあこのままいこっか?」

 

コクリと頷く潮。

玄関まではあまり会話しなかったけれど、とても暖かい時間を過ごせた。

 

―・―・―・―・―・―

 

玄関に着くと既に榛名と敷波が待っていた。

 

「ありゃ、一番乗りかと思ったらドンケだったでござるの巻」

 

「あ、提督。お早いですね」

 

「まだ15分ぐらい余裕ある…」

 

声をかけたら二人ともこちらに気づいた様子。

そしてなぜか固まる敷波。

 

「敷波さん?どうかしました?」

 

「…」

 

「しーきなみさーん?」

 

「提督、そちらも手荷物ですか?」

 

くすくすと笑いながら榛名が僕の右側に視線を移す。

 

ん?右側?

 

「あぅっ」

 

潮と目があったと思ったら伏せられちゃった。

 

「あぁ、潮は見送りに来てくれたんだよ」

 

「そうなんですか。仲良しさんで羨ましいです」

 

まだ笑いながら榛名が言う。

 

「フフン。羨ましいでしょー。榛名さんもします?」

 

誇らしげに軽く右手を上げる。

潮とは身長差があるので、彼女の負担にならない程度にだけど。

 

「あらあら、よろしいのですか?」

 

「それは潮次第かな?どう?榛名さんとも手繋ぐ?」

 

「えっ?」

 

潮がおろおろし始める。

 

「そういう意味ではないかと…」

 

「?榛名さんも潮と手繋ぎたいんじゃないの?」

 

「えぇと、んー、今回は遠慮させていただきます」

 

「そっか。まぁ潮もそろそろ時間だろうし、あんまり引き止める訳にはいかないからね」

 

そう言ってそっと手を離す。

 

「あ、はい。では、いってらっしゃいませ」

 

「うん。いってきます。何かあったら皆で乗り越えてね」

 

ぺこりと頭を下げた後去っていく潮に手を振って見送る。

これじゃあどちらが出かけるんだか。

 

「さてと、敷波さん、ちょっといい?」

 

「…うん」

 

一体何の間なんだろう?

 

「体調悪いなら変わってもらうかい?今ならまだ「大丈夫」…そう、なら信じよう。それはともかく、本題。これを渡しておくね」

 

そういって自分のカバンを下ろし、そこからある物を渡す。

 

「これは?」

 

「無線機の一種。バッテリーは連続8時間稼動できるらしいけど、余裕を持って6時間で交換するようにして。こっちが替えのバッテリーね」

 

バッテリーを追加で3つ渡す。

 

「こんなのどうするのさ?」

 

「保険さ。まぁ無用だったならそれに越したことはないのだけどね」

 

そして、取り出した()()()を掛ける。

 

「提督、普段はメガネを掛けていませんよね?」

 

「これ、メガネ型のデバイスなんだ。これで音を拾ってその無線機に送る。そばに居なくても両方起動していればそっちに連絡がつくってことさ」

 

榛名の問いに答える。

 

「こっちは連続稼動時間が短いから必要に応じて起動したりする。そっちは僕と離れている間は可能な限り起動しててほしい。」

 

そして使い方を軽く説明する。

 

「うん、わかったけど…」

 

腑に落ちない様子の敷波。

それもそうだろう。今までこういったことはしてなかったからだ。

 

「まぁそう深く考えないでいいと思うよ。これが必要になる場面なんてまず無いだろうし」

 

そうこう話していると車のエンジン音が聞こえてきた。

 

「来たみたいだね。表に出よう」

 

声を掛けてカバンを持ち、歩き出す。

二人とも後をついてきた。

 

 

―・―・―・―・―・―

 

「少尉、お迎えに参りました」

 

黒塗りの乗用車から運転手が出てきて敬礼をする。

こちらも返礼をする。

階級は軍曹のようだ。

 

「ご苦労。こんな僻地まで良く来てくれた。今回はよろしく頼むよ」

 

「ハッ」

 

向こうの方が年上だろうが、こちらのほうが階級は上だ。

顔見知りという訳でもないし、一応それっぽい対応を心がける。

軍曹にトランクを開けてもらい、荷物を詰める。

そして皆で車に乗り込む。

全員後部座席で、運転席側から敷波、僕、榛名の順だ。

 

「予定では休憩を含めて3時間後に到着予定です。昼食は到着後と伺っていますが、よろしいですか?」

 

エンジンを掛けながら軍曹が問う。

 

「あぁ、かまわない。出発してくれ。私は少し休ませてもらう。何かあったら声を掛けてくれ」

 

「かしこまりました。それでは出発いたします」

 

車が進み始める。

さて、しばらく眠らせてもらおうかね。

 

「司令官、寝るの?」

 

「ん?うん、そのつもり。何か用があったかい?」

 

「…ううん。おやすみ。休憩のところに着いたら起こすね」

 

「わるいね。よろしく」

 

腕を組み、後ろにもたれ、目を閉じる。

 

「あの、提督。それでは眠り難くないですか?よろしければ榛名にもたれてください」

 

マジか。

 

「それだと榛名さんに負担かかりませんか?」

 

「榛名は大丈夫です。さ、どうぞ」

 

うーん。むしろ逆に榛名に寄りかかられたいけど、眠いし、厚意に預かるとしよう。

 

「じゃ、じゃあ失礼します」

 

「はい」

 

榛名に少し寄りかかる。

榛名の方が体温が高いのか暖かく感じる。

あと良い匂いがする。

これじゃあ逆に眠れん。

が、ここで下手な反応をすると折角のチャンスを棒に振ってしまう。それは避けなければ。

とりあえず、何とか目を閉じたままおとなしくしておこう。

しばらくしてればまた眠気が戻るだろう。

 

―・―・―・―・―・―

 

車が走りだしてどれほど経つのだろう?

少しかもしれないし、結構経つのかもしれない。

とりあえずね、眠いのに寝付けない。

だってこんな良い状況、興奮を抑えるので精一杯、というか抑え切れてないけどね。

ただただ目を閉じおとなしくし続ける。

 

「…司令官、やっぱり疲れが溜まってるんだね」

 

静かに走る車の中で、ポツリと敷波が言う。

 

「毎日書類やぱそこんに向かい続けていますからね。休める間は休んでいただきましょう」

 

榛名が答える。

だけど起きているんだよなぁ。

申し訳ない。

 

「うん。そうだね」

 

「ところで敷波さん。この役目、榛名が引き受けててよろしいのですか?」

 

ん?何の話だろう?

 

「えっと、うん。その方がいいと思うよ、体格差もあるし。それにあたしと榛名さんじゃあ榛名さんの方が…」

 

「榛名はそうは思いませんよ。提督はきっちりした方です。よくも悪くもね。ですから榛名もここだったら…いえ、提督は他所の艦娘よりも自分の艦娘を優先していますよ」

 

流石にそこは一線を引かなければならない。

榛名には榛名の提督がいるのだ。僕が彼女にあまり何かするのは良くないだろう。

寄りかかりながら眠らせてもらってる身で言える台詞ではないだろうけれどね。

 

「…うん。たぶんあたしの方がよくないんだと思う。潮から話を聞いたり、さっきのアレを見てて思ったのは、あたしが悪い。だからその分榛名さんの方が良くされているように見えちゃうんだ」

 

本当に何の話をしているのかよくわからない。

たぶん僕に関係しているのだろうけれど…

さっきのアレとは?

潮から何を聞いた?

 

「では今回のチャンスをがんばりましょうね。応援しています」

 

「ありがとう、榛名さん」

 

よくはわからないが、敷波が僕に対して何かを起こそうとしているようだ。

上手く拾ってあげられるよう注意しよう。

と言っても普段以上に敷波に気を掛けるぐらいしかできることはないのだけれどね。

 

 

 




かわいい女の子に寄りかかったり寄りかかられたりしたい人生だった。


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健康診断_到着

車内の様子はカットされました。



時刻はもうすぐ一四○○。予定より少し遅れてはいるが、無事施設に到着した。

 

「流石におなかがすいてきましたね」

 

「はい。まずはお食事でいいんですか?」

 

「食事をしていいらしい。食前にやる必要がある検査は明日の朝やるんだってさ」

 

「それじゃ、早く行こうよ。あたしもおなかすいた」

 

敷波に急かされる。

 

「あいあい。それじゃあ荷物は妖精さんにお願いして、僕らは食べに行こうか」

 

―・―・―・―・―・―

 

「なんていうか、ファミレスの味だったな」

 

施設の食堂を利用した感想だ。

おいしいはおいしいが、ファミレスとかの味だった。

 

「妖精さんが作ってくれる普段の食事のほうがあたしは好きかな」

 

「僕も」

 

「お、いたいた」

 

食後に軽く話していると声を掛けられた。

 

「ん?あぁ、久しぶりだな」

 

振り向いてみると、細身の男が立っていた。

 

「2ヶ月ぶりだな。その様子だと飯は食い終った感じ?」

 

「さっきね」

 

「司令官、この人は?」

 

敷波が尋ねる。

 

「あぁ、こいつは同期のタナカだ」

 

「斉藤だよ!だれだよ田中って!」

 

そう、こいつは斉藤。僕と同期の提督で階級は同じく少尉。

そして以前電をつれて会議に参加していた提督だ。

 

「いや、日本人によくいそうな名前っていうのは覚えてたんだけどね」

 

「確かに斉藤も田中も多そうだけど!というか同期の名前くらい覚えてろよ!」

 

ずいぶんとノリがいいな。

 

「あ、あぁ、あの…」

 

榛名が妙な感じになってる。

 

「榛名さん?どうしました?」

 

「おぉ、お前戦艦クラスも居るのか。良いな!」

 

「いや、この娘は客員だよ」

 

「…はじめまして、提督。金剛型戦艦三番艦榛名です。よろしくお願いします!」

 

ん?

 

「ひょっとして、榛名さんや。こいつがキミの…」

 

「はい!」

 

「え?」

 

「良かったなスズキ。戦艦クラスが着任だぞ。おめでとう。喜べよ」

 

こいつ、電だけならず榛名まで持つのかよ。

マジうらやましい。

 

「ちょっとまて、唐突の出来事に混乱してる。というか斉藤だとさっき訂正したよな?鈴木ってなんだよ!てか榛名が来てくれるのはうれしいけれどさ、お前喜べと言いつつ顔が引きつってるぞ!祝う気あんのかよ!?」

 

元気だなぁ。

 

「落ち着きたまえヤマダ。こういうときは事実を整理すると良いぞ。まず久々に同期に会った。同期が連れてきていた榛名が自分の艦娘だった。ヤッタネ部下が増えるよ!」

 

「だから斉藤だ!あぁ、お前に付き合うと疲れるよ。えっと、榛名、歓迎するよ。実際にうちに転属となるのは手続きが済んでからだから少し後になるけれど、これからよろしく」

 

流石に切り替えは早く、榛名に対して紳士的な態度を取る斉藤。

 

「よろしくお願いします!」

 

元気に答える榛名。

 

「おめでとう榛名さん。あぁーでも残念だなぁ榛名さんみたいに良い娘が行っちゃうのは。イトウ、大事にしないと承知しないからな。榛名さんはいつでもうちに戻ってきていいからね」

 

「ありがとうございます」

 

「だぁかぁらぁ…。つっこむのもめんどい。話、はじめて良いか?」

 

お辞儀する榛名と呆れ顔の斉藤。

そして少し真面目な顔になる。やっぱり久々に会ったというよりは会いに来たということなのだろう。

 

「なら場所を変えよう。ここは騒がしい」

 

「わかった。ついて来てくれ」

 

席を立ち、斉藤に付いていく。

 

―・―・―・―・―・―

 

「司令官、お帰り」

 

「もう、レディを待たせるのは良くないのよ!」

 

「お帰り司令官!」

 

「お帰りなさいなのです」

 

わぁお。ここは天国かな?

いや、むしろ地獄だな。欲しいものが目の前にあるのに手に入らないのだから。

 

「ただいま。みんな良い娘にしてたか?」

 

「当然よ!というかレディに向かって良い娘って子ども扱いしないでよ!」

 

「ダー」

 

「もちろんよ!」

 

「はいなのです」

 

斉藤を待っていたのは第六駆逐隊、暁型4姉妹だ。

黒髪、というか紺色?の長髪で帽子を被っているのが1番艦の暁。通称レディ(笑)

水色の長髪で帽子を被っているのが2番艦の響。通称フリーダム響

赤みがかった茶色のショートが3番艦の(いかずち)。通称ロリお艦

黄色がかった茶色の長髪をバレッタで束ねているのが4番艦の(いなづま)。通称なのです

 

非常に可愛らしいことで評判のある駆逐艦娘たちだ。

 

「ハァ↑ラショ↓ー!!!」

 

「お前は突然何を叫んでいるんだ」

 

いかん。リビドーが暴走しかけた。

 

「ハラショ。面白い人だ」

 

流石フリーダムさん。ノってくれた。

 

「よろしく。素敵なレディたち」

 

イケメン俳優をイメージして挨拶をする。

 

「司令官。この人、変よ」

 

「はわわ…、暁ちゃん。そういうのは思っても言っちゃだめなのです」

 

「oh,no…」

 

へこむわぁ

 

「ふざけるのもそこまでにしてそろそろ真面目に話したいのだけど?」

 

「わかったよ。それでなんだ?ただの健康診断にしては時間を取りすぎているとは思ったけどキミが出てくるのは予想外だ。いくら新米とはいえ提督の行動にこれほど介入できるほどの上の人から何を託された?」

 

そう、健康診断という名目で呼ばれてはいるが、それだけにしては時間が長すぎる。

何かあるのではないかと踏んでいたが本当に何かあったとは。

 

「察しが良くて助かるよ。お前相手には変に遠回りな言い方はしないほうがいいよな。実はうちの上官がある作戦を実行しようとしている。それに参加を促すよう指示されてきた。ただし、その作戦っていうのは対外的なものではなく、内部抗争の一種だ。だから命令することはできないんだと。お前はこういう派閥抗争には参加するタイプじゃないのはわかっているし、そう伝えているけど、その上でお前の力を借りたいんだってよ」

 

「それで交流のあるキミがネゴシエーターとして呼ばれたと」

 

「そういうことだ」

 

実際派閥抗争に加担するのは好まない。無派閥としてむしろある程度放って置かれるほうが好ましいのだが…

 

「あれ?変な人かと思ってたら意外としっかりした人?」

 

「うちの司令官は変なところが多いけど、仕事はしっかりできる人だよ」

 

敷波、それフォローなんだろうか?変な人なのはまぁ、否定しきれないけどさ…

 

「さて、そんなに期待されるほどの活躍をした覚えは無いが、なぜ僕なのかを聞いているか?」

 

たかだか一提督、それも新米だ。

大きな功績を残したわけでもなければ、誰か有力者の関係者というわけでもない。

思い当たる節がないのは事実だ。

 

「お前は自覚ないのだろうけど、結構評判あるんだよ。そもそもほぼ嫌がらせとして新人一人で鎮守府を一から切り盛りさせられているのに、平気で運営している時点で一目置かれているぞ。普通は元々関係者でもない限りそこらの鎮守府に下っ端としていれられるんだからさ。それと、改めてお前の訓練生時代の戦績が異様なことをうちの上官が気づいたんだよ。それも改ざんされていることも含めてね」

 

確かにいきなり一人というのは数は少ないが異例というほどではないはずだ。

それに戦績の改ざんってなんだ?

 

「ちょっと確認したい。新人一人からはじめるのってそこまで異例か?過去に多くは無いが例はあったはずだぞ?それに戦績の改ざんって?」

 

「やっぱり無自覚だよなぁ。新人に一人でやらせるのが嫌がらせ人事っていうのはわかるよな?つまり普通はそれでてんてこ舞いにさせて、気に入らない新人を潰す腐った連中がいるんだよ。それの対象にされたのに、屁でもない顔してるお前にそいつらは苛立っているし、そうでない連中もそれなりにみてるってことさ。そんで、うちの上官がお前に興味を持って訓練生時代の戦績を見直してたのさ。そしたら戦況と判定結果が明らかにおかしい模擬戦があってな。洗い出したらお前の戦績はほとんど教官共に改ざんされてたらしい。身に覚えないか?」

 

知らないところで評価が上がってたのか。

それはともかく改ざんされた模擬戦?

そもそもそれほど僕は戦績自体は悪くなかった覚えがあるのだが。

 

「ちょっとその記録を見直さないとなんとも。それなりに勝率は悪くなかった覚えなんだが…?」

 

「勝ち負けで言えばそれほど操作されていない。ただ勝ちでもA判定をB判定に落とすとか、負けでもC判定をD判定に落とすとかはやっていたみたいだ」

 

「あぁ、そういうこと。だから勝率は悪くなくても成績は悪かったと。座学の態度評価に引っ張られているのかと思ってたけど違ったのか」

 

「座学態度はあるだろうけれど、おそらく戦績改ざんのほうが大きいだろうな。んで、総合的にみたら新米とは思えない人材ってうちの上官が判断したようだ」

 

「あの、一つ聞いてもいいですか?」

 

敷波が手をあげて質問する。

 

「ん?なんだい?」

 

「司令官って訓練生時代の戦績ってどんな感じだったの?」

 

「不確かだけど、6割ちょいの勝率だったかな?」

 

「7割2分だったよ。俺自身が数えたから確かだ。というか思い返せばお前が負けたっていうのあんまり聞かなかったしな」

 

あれ?そんなに勝ってたっけ?

 

「そんなに!?」

 

「ハラショ」

 

「ただの変人じゃないのね」

 

「はわわ…」

 

「そこまでとは思っていませんでした…」

 

「す、すごいね」

 

暁、響、雷、電、榛名、敷波の驚く声が上がる。

何か失礼なものがあった気がするが可愛い艦娘だから流してあげよう。

 

「そこまで高かったか?間違えてない?」

 

「いや、お前の全戦闘を見直したらそうなった。というかなんでほとんど小型艦しか使ってないのにそんなに勝てるんだよ。未だに訳わからん」

 

「そう言われてもな…。単にでかい艦使えばいいってことじゃないのに、とにかく大型にこだわるやつらばっかりだったからじゃないのか?」

 

「俺はお前を真似して小型主軸で挑んでもまったく勝てなかったのだが?」

 

「知らんわ。キミがそんなことをしていたことすら初めて聞いたわ」

 

「まぁはじめのうちだけだからな。その頃はとにかく勝った連中の構成を真似してたんだよ。お前とそれなりに話すようになったのは自分の方針ができてきてからだから話してなかったわけだ。だいぶ話が脱線したな。悪い。話を戻すとうちの上官がお前の能力を見込んで力を貸して欲しいのだと。実力はあるのに一部の上の所為でくすぶらせるのはもったいないってことだろう。無理にとは言わないが、その上官と会って話を聞くぐらいはしてみないか?」

 

とりあえず僕に白羽の矢が立った経緯はなんとなくわかった。

けれど、具体的な内容が一切出てこないから判断に困るな…。

 

「派閥抗争の戦力として欲しいって言ってたけど、具体的にどんな派閥で何をするつもりか聞いてるか?」

 

「うちの派閥の目的を話すと、艦娘の扱いを改善することだ。艦娘の扱いは各鎮守府の代表提督に一任されているが、派閥によってある程度方向が決まっているんだ。それで、艦娘を虐げる様な扱いもする派閥があるんだ。そういった連中から艦娘を救う作戦を予定しているらしい。それ以上のことは俺には知らされていない。ちなみに俺が担当するのは虐げられている艦娘の一時的な受け入れだ。お前が参加するとなったら何をさせられるかは正直わからない。他に聞きたいことは?」

 

「少し考えさせて」

 

虐げられている艦娘がいる。これは確かに嫌な気分になる話だ。

だが、だからといって救おうというのは正しいのか?

一見すると救うべきだろう。ただしこれには斉藤の言う通りの状況だったらという前提がつく。

虐げるの度合いが他の鎮守府を確認していない僕には判断できないからなぁ…

単に出撃回数が多く、疲労が溜まっている状態でも戦闘をさせている、といったものも虐げるの類ならば僕もそちらに含まれてしまう。

艦娘側の感覚でどのように感じているかが重要だ。

 

個別で見れば例外は居るものの、基本的に艦娘は戦闘に積極的だ。

()()ことは嫌っていても、()()こと自体に忌避感を持つ者はほぼ居ない。

これは訓練生時代から触れ合ってきたすべての艦娘にいえる。

だからすべてそうだろうとはいえないが、そういった娘らを多く出撃させているのは良くないとして引き剥がすのは違うと思う。

 

もしかしたら艦娘の出撃を控えさせている提督が居るのかもしれない。

戦いたいという艦娘の意思を無視して、安全に配慮という名目で抑えさせるのもある種の虐げだ。

これに対して、斉藤の派閥が艦娘は『戦いたがっている。だから控えさせるのは虐待行為だ』といった考えの場合、控えさせる提督から無理に出撃させる鎮守府へ艦娘を移籍させて救うなんていう話になるかもしれない。

 

そも、艦娘の扱いに正解は未だ見つけられておらず、それ故に提督に一任とされている。

それを自分たちの扱いこそが正しいとして、他に口や手を出す連中とはちょっと関わりを持ちたくない。

斉藤の派閥がどうなのかもわからないし、そもそもそういった類の争いは遠ざけるのが最良だ。

 

では実際僕はどうするべきか?

…よし、答えは決まった。

 

 

 




久々の他提督登場。
六駆に榛名とうらやましいです。

それはさておき、提督の決断はいかに?


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健康診断_裏

時系列的には出発~到着あたりです。



side:霞in鎮守府

 

司令官はもう向こうに着いただろうか?

時計を見るとまだ一三○○を過ぎたところ。

おそらくまだ車で移動中だろう。

 

留守中は私たち艦娘だけで大丈夫なように事前に指示された内容をこなす。

普段よりも少ない出撃や遠征。そして訓練も少なめにされている。

それ故空き時間ができる。

これをどう使うかは個々に判断をゆだねられている。

だから私がこれからしようとしていることも他者から咎められることは無いはずだ。

 

「あれ?霞ちゃん?どうしたの?」

 

磯波が声を掛けてきた。

 

「どうって、どうもしないわよ?ただちょっと時間があいたから休息をとるつもりだけど」

 

「そっか。お疲れだもんね。私はこれで」

 

「えぇ。またね」

 

磯波は特に気にかけずに去っていった。

 

そして私は目的の場所に着く。

 

執務室。

普段は司令官が居るはずの部屋。

でも今日は居ない。

報告書なんかも叢雲がまとめてるからそっちに渡しにいけばいい。

ここに来る予定のある娘はいない。

だからこそチャンスなのだ。

 

左右を確認し、他に誰もいないことを確認。

扉の外から中の気配を探る。

よし、だれも居ない。

 

静かに扉を開け、中を確認。がらんとしてる。

滑り込むように入り、静かに扉を閉める。

 

普段の彼の席に近づく。

パソコンといくつかの筆記用具、そして仕事に使う資料の一部が置いてある。

今まではこのままこの席に座るところだ。

しかし今回はもっと先に行ってしまいたいという欲求にかられてしまった。

 

潮から話を聞いたからだろうか?

彼にもっと近づけるのではないかと思い始めている自分が居る。

いけないと思いつつも部屋の奥へ行く。

 

司令官の席の奥、ここに一つの扉がある。

元は資料室として使われていた部屋。

今も一応そういった扱いもされているが、どちらかというと司令官の仮眠室として利用されていることが多い。

ゆっくりと深呼吸をしてから扉を開ける。

 

中は薄暗かった。窓はすべてカーテンがかかっており、ほとんど日の光が入らない。

いくつか本棚があったが、すぐ傍にある簡易ベッドから目を離せなくなった。

 

ここで司令官はよく寝ているのだ。

ゆっくりと近づく。

シーツや枕などは置かれたままだ。

なんとなく彼の匂いがするような…

自然と腰を下ろしていた。

簡易ベッドとして折りたたみや運べるようなつくりになっているが、意外としっかりしているようだ。使っているマットがいいのだろうか?

そのまま横になる。

こうしてみると確かに感じる彼の匂い。

なんとも形容しがたいが、とてもやすらぐ匂い。

彼に包まれているのではないかと錯覚してしまいそうになるほどに心地よかった。

 

「…随分と心地良さそうね」

 

不意に声が掛けられ体がこわばる。

恐る恐る入り口の方を見ると叢雲が睨みつけていた。

 

「こ、これはその…」

 

上手い言い訳が思いつかない。

叢雲ははぁと大きくため息をついた。

 

「いいわ。何も言わないで。ただひとつ、いいかしら?」

 

「な、なによ…」

 

「10分したら交代して。そしたら彼には話さないわ」

 

そういって横を向く叢雲。

交渉は成立した。

 

 

―・―・―・―・―・―

side:山城in鎮守府

 

提督は出張で居ない。

毎度のことだが、連れて行くのは駆逐艦だ。

唯一の戦艦級としてここを守る重要性はわかるけど、それでも選んでくれたならと妄想してしまう。

でも彼と二人きりになったところできっと何も起きないだろう。

私は何もできないし、彼は何もしないだろうし。

 

「不幸だわ…」

 

妄想ですら上手くできない自分がどうしようもなくダメに思えてくる。

 

そんなこと思いながら歩いていると多くの艦娘が固まっているのが見えた。

一体何が起きているのだろうか?

そちらに近寄ってみるとどうやら執務室の前に集まっているようだった。

特になにも考えずに歩いていたのだが、どうやら自然とここに来ていたようだ。

 

「ちょっといいかしら?」

 

近くに居た赤城さんに声を掛ける。

 

「はい?あぁ、山城さんもですか?」

 

も?なにが私もなのだろう?

 

「えっと、これは一体何の集まりかしら?」

 

「あら、ではたまたまこちらに来たということですか?」

 

「えぇ。そしたらなんだか多く集まっていたので」

 

「順番待ちですよ。一応山城さんも並んだらどうですか?」

 

「順番?何の順番待ちですか?」

 

「執務室の隣に資料室があるのはご存知ですよね?しかもそこでよく提督が仮眠を取られていることも」

 

確かに彼はよく仮眠を取る際に奥の資料室に居ることが多い。

 

「そうね。それがどうかしたのかしら?」

 

「ふふっ。それだけですけど。ただ、提督が普段お休みになられるベッドがある。でも彼はここに居ない。とすれば山城さんはどうしますか?」

 

提督のベッド…

そうね、誰にもはばかられないのなら…

 

「顔、赤くなっていますよ」

 

指摘されて頬に手をあてる。

火照っているのが感じられた。

 

()()()()想像されたのか問いませんが、横になるくらいならまぁ大丈夫じゃないかなっていう順番待ちです♪」

 

問われなくてよかったわ。

 

「そうね…、横になるくらい…大丈夫よね。えぇ、なら、そうね。並んでおこうかしら…」

 

「ふふふ。10分交代だそうですよ」

 

「それで満足できるかしら…」

 

「できないならもう一度並ぶしかありませんね。私は次で3回目です」

 

「…そうね」

 

結局5回ほど並びなおしてしまった。

 

 

―・―・―・―・―・―

side:斉藤

 

「で、司令官。その同期の人ってどんな人なの?」

 

前を歩く暁がこちらを向いて問う。

 

「こら、前見て歩かないと危ないぞ。で、あいつについてかぁ。正直俺も何者なんだって感じだ。歳は同じ21だったはずだけど、異様に落ち着きというか貫禄があったな。それに言動が年寄り臭いからついたあだ名がオッサン。あとは抜群に水雷戦隊の扱いが上手かった」

 

同期のことを思い返す。

基本は真面目なやつのようだけど、妙にふざけたところもあって、その上結果を残すやつだ。それ故嫌っているやつは教官も含めて多く居た。

嫌がらせの常套手段として使われる一人運営も難なくこなしているというし、訓練生のときはあれでも実力の一部しか見せていないのだろう。

 

「へぇ、司令官がそんなに褒めるなんて珍しいじゃない」

 

「そうか?他にまともな提督を知らないだけなんだと思うけどね」

 

提督になって色々な提督たちに会った。そしてつくづく今の鎮守府に配属されて良かったと思っている。

会ったことのある連中の半数以上はクズという言葉がふさわしい連中だ。

残りの人たちも多くは主体性の無い腰巾着体質ばかりだ。

こんな状況でよくも深海棲艦からこの国を守り続けることができたものだ。

 

「で、そのオッサンは手を貸してくれそうなの?」

 

「難しいな。どちらかというと群れるのを嫌うタイプだし、派閥争いはごめんだと前に言ってたこともあったし。頼み込むのではなく、何らかの報酬を提示して協力を仰いだほうが引き受けてくれそうなんだけど、ことがことだからそれも無理だし」

 

証拠はある種裏道を使ってそろえたものだ。これを元に表立った行動をするとなるとこちらがむしろ不利になる。どうやってそれを調べたのかとなるのだ。

だから決定的なもの、或いは正攻法で証拠を得るしかない。

後者が可能ならとっくにやっている。それ故の今回の作戦なのだろう。

 

「ふぅーん、大変そうね。できないことはできないってしっかり伝えるのも大人よ?」

 

たまにこの娘は大人っぽいことをいう。レディを目指しているのは伊達じゃないな…

 

「ははっ。そうだな。だがまぁダメ元でやってみるっていうのも一手だからね。そう伝えてあるよ」

 

さて、どこまでうまくやれるかわからんが、とりあえずできることからやっていこう。

まずはどう交渉するか、あいつがどんなことを知りたがるかを考えよう。

 

―・―・―・―・―・―

side:???

 

もうこんな時間。

このままではお昼ご飯を食べ損ねてしまう。

急いで食堂へ行こう。

 

 

あれ?あの姿は…!?

 

間違いない。提督!

どれほどこの時を待ち続けたか。

やっと提督に会えた!

 

「てっ…」

 

声をあげようとしたけれど、出なくなってしまった。

 

「な…なんで…」

 

笑顔の提督。

その隣には良く見たことのある姿が。

 

他の娘ならまだいい。彼は艦娘が大好きだから、多くの娘を侍らせていてもしかたないかなと思う。多くの艦娘が彼に惹かれるのもわかるし。

無理やりは好まない彼だからきっとそれは双方合意の上なのだろうし。

 

だけど、これは許せない。

自分と同じ艦娘が彼の隣に居るのは。

 

そこは自分の居場所のはずなのに。

その笑顔は自分へ向けられるはずなのに。

その温もりは自分が感じられるはずなのに。

 

許せないゆるせないユルセナイ!!!

 

いけない。落ち着こう。でないと好転させる案は浮かばない。

そもそも彼がここに居るのになぜ知らされていない?

彼と出会えるようにすることが協力する条件だったはずだ。

これはひとつ確かめてみないといけないことがありそう。

 

そっとその場を後にする。

提督、待っていてください。すぐにお傍に参りますから!

 

 

 

 




最後は一体誰なのでしょうかねぇ?(棒)

さておき、前回とても多く感想をいただきとてもうれしいです。
早めに続きをだせるようがんばります。


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健康診断_遭遇

お待たせしました。



答えは決まっていた。

 

「うん、断らせてもらうよ。悪いけど他所を気にかけていられるほど余裕が無いんだ。評価してくれるのはうれしいけれど、期待には応えられないよ」

 

現状を把握できていない上に、ある意味他所の厄介事だ。不要に首を突っ込んでこっちに飛び火は避けたい。

同期の頼みだから余裕があれば聞き入れたが、それもないし。

斉藤はこちらの回答がわかっていたような風でため息をついた。

 

「やっぱりか。まぁ仕方ないといえば仕方ないな。わかった、俺の方から断ってみるよ。ただ上官はここに居るからさ、俺が引き止めてもお前のところに来るかもしれない。その時はあんまり失礼のないようにしてくれ」

 

だったらはじめからその人が来ればいいと思うのだが…

まぁ知人を通してからのほうがスムーズに事を進められると思ったのかな?

 

「ここに居るってこっちが承諾するの前提で動いているってことかい?」

 

「いや、元々あの人もここで検査の予定があったんだよ。日程を被せたのは事実だけどね」

 

流石に僕一人のためだけに来たりしないのは当然か。

 

「ならよかった。お偉さんに無駄足踏ませると面倒だからね」

 

「とにかく失礼のないようにな」

 

妙に念を押してくるな…

 

「そんなにすごい人なのか?階級は?」

 

「すごいも何も100隻以上の艦娘を従えて、大規模な鎮守府の長であり、多くの勲章を受け取った経歴もある中将だ。あの人が居なければ戦況はもっと悪かっただろうね」

 

「へぇ。そこまでの人か。できれば会いたくないなぁ」

 

「なんでさ」

 

「そんなすごい人は遠くから眺めているのがいいんだよ。近くに寄ってしまうと色々と面倒になりそうだからさ」

 

だいたいの有力者には何らかのしがらみがある。

それが飛び火したり、或いはその人の近くにいることをやっかむ連中から何かされたりするのはごめんだ。

 

「お前のそういうところは未だによくわからんが、本人の前では言うなよ」

 

「感性の違いだ。流してくれ。言わないから安心していいよ」

 

「信じておくよ」

 

「さて、そろそろ時間かな。一応これでも健康診断という名目なんで、受けなきゃまずいのよ」

 

「そうだな。引き止めて悪かった。行ってくれ」

 

「あいよ。またあとで…、そうだ。敷波さん、キミは彼らとしばらく居るかい?控え室で一人で待つよりは気楽でしょう?」

 

いいよな?と目で斉藤に承諾を問う。頷いて返してくれた。

 

「えっと、司令官に付いていくのは?」

 

「検査中は僕一人なんだとさ。艦娘は待機させられるんだと」

 

「えっと、じゃあそうさせてもらう」

 

「了解。キミたちもよろしくね」

 

暁たちにもお願いする。

 

「しょうがないわね。いいわ」

 

「わかった」

 

「いいわよー」

 

「なのです」

 

「じゃあそういうわけで、いってきまーす」

 

そういって部屋から出ようとする。

そして敷波とすれ違いざまに囁く。

 

「通信機、電源付けておいてね」

 

扉まで行って振り向くと敷波が頷いていた。

それを確認すると手を振って部屋を出る。

さぁて、健康診断を受けましょうか。

 

とりあえずまだ()()()の電源はつけない。

ただの検査だけであればつける必要は無いので、ずっとそうだといいのだが…

斉藤の話ではお偉さんが来ていたりするようだし、それに会ったりしたらつけるべきだろう。

 

「おや?」

 

施設を歩いていると妖精さんが走ってきた。

鎮守府でもないのに妖精さんがいるなんて珍しい。

それも妖精さんは艦娘や提督の資質がある人以外の人にはあまり会いたがらないため、こういったそうでない人が多い場には好んで出てこない。

一体どうしたというのだろうか?

妖精さんもこちらに気づいた様子で、いそいそとこちらに近寄ってきた。

どうやら目当ては僕だったようだ。

でも僕の知っている妖精さんではないぞ?

 

しゃがんで彼女(?)に向き合う。

 

「やぁ、こんなところでどうしたんですか?」

 

僕の前まで来たら両手をひざに付いて息を整える妖精さん。

少しそうしていた後、深呼吸をする妖精さん。

落ち着いたのか僕に伝え始める。

妖精さんの言葉は人間には聞き取ることはできない。

なので身振り手振りを交えて色々伝えてくれる。

それでなんとなく言っていることがわかるのだ。

 

えっと、何々?

 

「テイトクサン…カノジョタチヲタスケテ…」

 

彼女たちを助ける?

急いで()()()の電源を入れる。

 

「彼女たちって?それに助けるとは?」

 

「カンムス。イヤナニンゲンニダマサレテル。チュージョーニツイテイッテ。テイトクサン、チカラヲカシテ」

 

艦娘がだまされている?チュージョー?中将か?

 

「中将ってここに居る提督の人?」

 

コクリと頷く妖精さん。

 

「中将の作戦に手を貸して欲しいってこと?」

 

再び頷く妖精さん。

 

「タスケルナカニ、テイトクサンノカンムスモイル」

 

「僕の艦娘?」

 

肯定。

 

まとめてみよう。

 

「ある人が僕の艦娘を含めて多くの艦娘をだましている。それを中将と共に助け出せってことでいいかな?」

 

「オネガイ」

 

ペコりと頭を下げられる。

これが誰か他の()から伝えられたなら情報収集からはじめなければならない。

が、妖精さんのお願いとなれば話は別だ。

 

「わかった。協力したいと思うけど、具体的にどうすればいい?」

 

「カノジョタチニ、コエヲキカセテ。テイトクサンハココニイルッテ」

 

「声を聞かせる?僕はここにいるぞーってやればいいのかな?」

 

「ウン。ソレデワルイヒトカラツレダシテ」

 

「…ちょっと整理させて」

 

妖精さんは僕の声を聞かせて連れ出せという。

どういう意味かを考えるべきだ。

がむしゃらにやるのは時には必要だが、基本は念入りな事前準備をして、勝てる状況を作ってから挑むべきなのだ。

僕が居ることを伝える…それで何が変わる?

艦娘は誰かにだまされていると言っていた。

誰かは後で確認するとして、どうだまされているかは知らないとダメだな。

 

「艦娘たちはどんな風にだまされているの?」

 

「シタガワナイト、テイトクニアエナイ」

 

なるほど。わかりやすい。

艦娘は自身の提督を求める本能のようなものがあるらしい。

それを逆手にとって、自身に従わなければ提督に会わせないとして言うことを聞かせている人が居るわけだ。

他所の艦娘が出てきたときの対処は大本営が規定しているが、建造されたばかりの艦娘はそれを知らない。となればその場に居る人間の言葉を信じざるを得ない。それもただの人間の言葉ではなく、たとえ自身のではないとしても提督をやっている人間の言葉ならばなおさらだ。

だから自身の提督が迎えに来たら従う必要がなくなると。

声を聞かせてとはそういう意味だったのか。

 

「なるほど、もう一つ。だましている人は誰だい?」

 

「ワルイヒト」

 

妖精さんからしたら悪い人でしかなく、それ以上の表現ができないのか。

或いは僕には読み取ることができない表現をしたのか。

どちらにしろ具体的な内容は中将に聞くしかないな。

 

「わかった。中将と協力して艦娘たちを助けよう」

 

パァと明るい顔をする妖精さん。

 

「アリガト。サキニチュージョーノトコニイル」

 

「わかった。僕も検査が終ったら合流するよ」

 

じゃあねと手を振って走っていく妖精さん。

さて、これはちょっと無理をする必要が出てきたな。

 

「司令官」

 

振り向くと敷波がいた。

 

「あぁ、来てくれたのか。話は聞いてたかな?」

 

「うん。助けに行こう?」

 

「そのためには色々と下準備が居るな。まずはこっちの仕事を片付けないと。僕は早々に検査を受けてくるよ。敷波さんは斉藤を通して中将と連絡取れるよう掛け合ってもらえます?」

 

「わかった」

 

踵を返す敷波。

 

「さぁて、お医者さんは融通を利かせてくれるかなぁ?」

 

今焦っても何もできない。

まずは検査を終らせよう。

 




ということで艦娘増量フラグが立ちました。
作者は扱いきれるのでしょうか!?

それにしても前回の最後の娘に対して良い反応が多くてうれしいです。
早く大丈夫にしてあげたいですねぇ…


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健康診断_初日夕

前半和やか、後半シリアス目です。




時刻は一八四五。

健康診断はまぁ、有体に言ってしまうと人間ドックだった。

明日も引き続き検査があるから二○○○以降は固形食ダメだし、飲料も水やお茶のみとなる。

とりあえず敷波と合流して食事を取ってから中将に会いに行くとしよう。

 

()()()の電源を入れて伝える。

 

「今日の検査は終了。一旦食堂で食事を取りたいからそこで合流かな」

 

傍から見れば独り言に過ぎないので、その口調として見逃されそうな言い回しで連絡をする。

予算やらの関係で向こうの発言を受け付けられない仕様なのだが、やっぱり不便だ。

 

食堂へ向かう途中で敷波が見えた。

どうやらこちらの希望通りに動いてくれたようだ。

 

「敷波さん」

 

声を掛けると立ち止まり、周囲を確認。すぐに僕を見つけると近寄ってきた。

 

「司令官、お疲れ。斉藤さんも食堂に向かってくれているらしいから、一緒にご飯を食べた後中将に会いに行こうって」

 

ここもこちらの希望通りになったのか。

そういえば向こうも健康診断という話だったし、行動が似通うのも当然かもしれない。

 

「わかった。じゃあ一緒に食堂へ行こう。ところでどうして敷波さんだけでこっちに?」

 

「え?そ、そりゃ…まぁ、気にしないでよ。いいから行こう」

 

斉藤と行動を一緒にしていたならそのまま一緒に食堂で待っていればいいはずだが…

まぁ向こうも暇しているわけではないだろうし、分かれる事情でもあったのだろう。

 

―・―・―・―・―・―

 

「お、敷波ちゃんオッサンと合流できたんだね」

 

斉藤が食堂の入り口で待っていた。

 

「やいゴトウ。うちの敷波さんをほったらかしてなにしてやがったんだぁ?」

 

「いや、ちゃんと面倒みて…たっていうよりはみてくれてたな・・・」

 

「ちょっと司令官!それどういう意味よ!」

 

「誠に遺憾だ」

 

暁と響が批判する。

どうも彼女らの面倒を敷波がみていたようだ。

 

「んじゃなんで分かれてたんだ?敷波さんも連れてここで待っていればいいのに」

 

「おまえ…、はぁ。それは俺が口を出さないほうがいいことだよ。自分で考えな」

 

盛大にため息をつかれた。いや、まるで意味がわからんぞ。

 

「まぁ、それは後で考えておくよ。とりあえず中に入って何か頼もう。そんなにすぐには出てこないだろうし」

 

「はぁ…、敷波ちゃん。こいつが上官で君ら苦労するね」

 

「あはは…、でもそういうところも司令官ですから…」

 

斉藤と敷波がなんだか通じ合っている。うらやましい限りだ。

 

「おい君たち、何仲良さそうに通じ合っているの?僕、はぶられるの?榛名さんだけでなく敷波さんも連れて行く気!?ゆるさんよ?」

 

「いやいや、敷波ちゃんはお前の艦娘だろう!?俺に反応した榛名とは訳が違うし、連れて行けないよ!」

 

「でも腹が立つ。一発殴らせろ」

 

「断る。むしろお前が敷波ちゃんに殴られろ」

 

「OKわかった。敷波さんかもぉん!」

 

「はっ?え?んぇ?」

 

「敷波ちゃん、乗らなくていい。このバカに付き合うのは疲れるだろう?はやく夕食にしよう」

 

「そうだな。敷波さん行こう?」

 

「やっぱりこの人変だわ」

 

なんて斉藤とバカをやっていたら暁からの評価がまた下がった気がする。

 

―・―・―・―・―・―

 

「なんで…なんで暁のご飯はお子様ランチなのよ!レディに対して失礼よ!!それに今はディナーの時間でしょう!?」

 

出てきた食事に対して暁が叫ぶ。

 

「いや、チキンライスもハンバーグもポテトも好きだろう?」

 

「好きだけど!そうじゃないのよ!そもそもお子様メニューってお子様にしか出さないものじゃないの!?」

 

「じゃあ出してくれたから暁はお子様なんだね」

 

「響、それはちょっとひどいんじゃないかしら?」

 

「ムキーッ!」

 

なごむわぁ…

 

「司令官、鼻の下」

 

「いや、伸びても仕方ないでしょうこれは」

 

「流石に開き直るのはどうかと榛名は思います」

 

「すみませんした」

 

榛名にまでも叱られてしまった。

 

「さて、飯食ったらすぐにあってもらうつもりで話しているのだが、かまわないか」

 

「歯磨きぐらいはさせてくれよ」

 

「そのぐらいの時間は取ってる。そういうボケは今いらん」

 

「あいあい。とりあえず食べたら話すでいいんだけど、その中将に対して注意したほうがいいことってあるか?NGワードとか」

 

「おかしなボケと一般常識で失礼なことをしなければいい」

 

「さよか。ならいい」

 

「本当に大丈夫か?」

 

「ダメだと思うならネゴシエーター引き受けるなよ…」

 

「久々に会って酷くなっているのを目の当たりにした反応だ。もう少しまともだと思ってた」

 

「失礼なやつだ。まるでまともじゃないみたいな言い様で。まぁ否定しきれないからかまわないのだけどね」

 

「…はぁ。ほら、さっさと食え」

 

「面倒になったなおまえ。まぁ食うけどさ」

 

話すことは多くありそうだから時間は欲しい。

確かにさっさと食べ終えて会話を始めたほうが良さそうだ。

 

―・―・―・―・―・―

 

施設内の宿泊用区画の奥、僕に割り当てられた辺りより明らかに造りが豪華になってきていた。

 

「やっぱ偉い人には豪華な場所を割り振るんだな」

 

「まぁ高級感がある場所でもてなすべきという考えがあるのだろう。ただここは外部の人間を招いたりすることも無かったはずだからただの成金主義に見えて好きじゃないのだけどな」

 

そんな会話をしていると斉藤が止まった。

 

「ここだ。飯のときも言ったけど、くれぐれも失礼の無いようにな」

 

「わかってる。懇親会ではなく真面目な話をしに来たわけだからな」

 

斉藤がノックをする。

その隙に()()()を起動する。

艦娘たちは部屋で待たせるよう言われたからだ。だがそれは他者に聞かせたくないような内容を話すといっているようなものだ。相手の出方がわからない以上保険を掛けておくに越したことは無い。

どうぞと若い女性の声が返ってきて、斉藤が扉を開く。

 

中に入ると奥に若い女性が一人ソファに腰掛けていた。

 

「はじめまして、お噂はかねがね聞き及んでおりますわ」

 

随分とお嬢様風な喋り方をする女性。

歳はおそらく20前後。髪型に詳しくないから上手く表現できないが、前髪はおかっぱのように切りそろえてあるが、後ろはショートヘアのようになっている。

座っているから身長はわからないが、どちらかというと低めで体つきも華奢な部類だ。

 

とりあえず自己紹介をすると席に座るよう進められた。

部屋にはテーブルが一つ、その左右に三人掛けのソファが一つずつ。

彼女が座っているのは入り口から見てテーブルの奥側、お誕生日席とかいわれたりする場所にある一人用のソファだ。

斉藤が彼女の右側に座ったので、とりあえず斉藤の隣に腰掛ける。

 

「向こう座れよ」

 

「ん?あぁ、そういうものなのか?すまないな」

 

指摘されたので反対側、斉藤の向かいに座る。

 

「さて、少尉、ご足労いただき感謝しますわ。私は鷹富士と申します。階級は中尉ですわ」

 

中尉?中将じゃないのか?

 

「中尉は話をしていた中将のご息女だ」

 

斉藤が注釈を入れてくれた。なるほど。で、その中将は?

 

「父はあなたよりも遅くに検査が終ったようで、失礼ながらまだ食事中なのです。なので、今回の件について任されている私から概要等を先に説明させていただきますわ」

 

「そういうことなら後ほどいらっしゃるということでしょうか?」

 

「はい。さて、斉藤君からどの程度話を伺っているか確認させていただいても?」

 

「わかりました。彼から聞いた内容は、一部の鎮守府にて艦娘が不当な扱いをされていること、中将の指揮下で救出作戦を行うこと、その救出作戦に参加してほしいということです」

 

なんとなく違和感を覚えるが、漠然とし過ぎていて何がおかしいのか判別仕切れていない。

安易に請け負わずある程度ぼかした返答をして情報を聞き出すべきだな。

 

「大筋その通りですわ。今回あなたにお願いしたいのは救出作戦を実行する際に、救出した艦娘たちの誘導と一時的保護です。具体的には救出に海上をつかうルートを考えていますので、枠の空いている艦隊を編成し、それを指定の位置へ出撃。艦娘を回収後、あなたの鎮守府で建造したという体で別命あるまで保護をお願いします」

 

深海棲艦の影響によるものか海は陸地沿いに移動する以外、妖精さんの力を借りずに移動することが難しくなっている。

一定以上陸地から離れたところにでると、とたんに方向感覚が狂うらしい。

妖精さんの力を借りるとしても制限がかかり、基本的には6隻までしか通常の航行を続けることができない。

7隻以上で移動しようとすると誰かしらがまともに航行できない状態に陥る。

そのため艦隊は6隻までで組むのが常識となっている。

彼女が言うことを端的にすると、6隻未満で艦隊を出して救出した艦娘を艦隊に組み込み、鎮守府へ持ち帰れということだ。

 

「私への指示は理解しましたが、他の詳細を教えていただけませんか?具体的にどの鎮守府へ向かうのか、どう救出するのか、救出すべき艦娘はどれほどなのかなど」

 

「対象はタウイタウイ泊地です。救出すべき艦娘は現状把握しきれていませんわ。なぜなら彼女らは()()()ことにされているため、正確な数等は外部から測定できないのです。少なくとも10以上は居ることは確かですが、それ以上はまだわかっていません。救出方法は私が該当鎮守府の提督たちの気を逸らしている間に私の艦娘らで海上に誘導、あなた方の艦隊で回収していただくといった流れです」

 

なんていうか、陳腐な作戦だな。それで通用するのか?

そもそも救うべき対象を把握していないって大問題だろう。

何か裏があると考えるのが普通だな。

かと言って掘り出そうとしても簡単にだす訳がないから、どうにか立ち回らなければ。

こういう交渉術は不得手なんだよなぁ。

とりあえず相手の要望を受け入れるように見せかけて、時間稼ぐ。焦れて尻尾を出すのを待つ作戦で行こう。

 

「ふむ、ということは可能な限り出撃させる艦娘は少ないほうが良さそうですね。ですが本土まで連れてくる際に少なすぎるともし深海棲艦に遭遇した場合が危険ですね…」

 

「お話が早くて助かりますわ。流石、というべきでしょうか。今後作戦を実行するまでの間にどうにか艦娘の把握を進めて行くつもりではあります。それについては私が行うので、あなた方にはこれまで以上に資材の収集や艦娘たちの受け入れ準備を進めてください」

 

把握は任せろねぇ…

違和感の一つは異様にこの人が自信を持っていることだな。

作戦概要も陳腐、事前準備も万端といえない。なのに失敗することが無いような話の進め方。

開示している情報に制限がある?協力を仰ぐにしては不自然だ。

そこが違和感を醸し出している一因だろう。

 

「具体的に救出する艦娘を把握する方法はどのようなものでしょうか?」

 

とりあえず探りを入れるがまともな返事は期待できないな。

 

「そこは私を信じて待っていていただけませんか?現在行おうとしている方法は可能な限り秘匿としておきたいのです。斉藤君にも教えておりませんわ。これの成否はお伝えしますので」

 

ふむ。斉藤に伝えているか否かはこの際どちらでもいい。隠しておきたいことの一つはここの方法ね。

だがこの段階を成功したところで全体が成功するとは限らない。

気にはかけるべき案件ではあるけれど、些細といえば些細だ。

 

「わかりました。中尉を信じましょう。連絡方法の取り方はいかがなさいますか?正規の手続きとなると他所からもあからさまに我々が何かをしようとしていることが筒抜けです。何らかのカバーストーリーか裏道を使うべきでしょう」

 

信じてないけどね。むしろ信頼度は低い。

中将に直接話をしないとだめだな。

場合によっては僕一人で救出作戦を再考、実行することも考慮しなければならない。

 

「…それでしたら研修制度を使用するのはいかがでしょうか?」

 

研修制度?そんなものあったっけ?

 

「斉藤、悪いが研修制度ってなんだったか説明してくれるか?ちょっと記憶があやふやなんだ」

 

「あ、あぁ。研修制度ってのは新人提督育成研修制度のことだな。ですよね?」

 

頷いて肯定する中尉。

 

「で、この制度は名前の通り新人提督を対象として、自身の所属する鎮守府以外のところに一度ないし複数一時的に移籍し、知見を広げることを目的とした研修制度だ。と言っても実態はある鎮守府が他の鎮守府に居る新人提督の艦娘を使って資材集めさせたいとかそんなところだけどな。ある程度大きくなってくるとどうしても大型の艦娘が多くなって、資材が足りなくなる。それを補填するのに小型艦を多く持つ比較的若い提督を貸し借りするって話だ。新人なら遠征で手に入る経験もバカにできないし、経験豊富な艦娘から学ぶこともできる。名前と違って艦娘主体になることが多いな」

 

確かに新人のうちは小型艦が主体になる。出撃できる艦隊数も少ない。遠征主体の資材集め艦隊を一人の提督に任せきるという方法が取れるんだな。

 

「なるほど。しかし私は一人で鎮守府を運営しています。私が抜けている間、鎮守府はどのように扱われるのでしょうか?」

 

「…実を言うと私もそれはわかりかねますわ。その場合の対応については本営とコンタクトを取る必要がありますね」

 

あくまで隠れ蓑としてではあるが、実際に研修に行く必要がありそうだな。

いや、待てよ…研修制度か。一考の余地があるな。

まぁ今はこっちの話を進めよう。

 

「わかりました。そのあたりは私の方からも確認を取ってみます。研修先の鎮守府を指定することって研修を受ける側、つまり私の方からできますかね?」

 

「そういった例があるのかもわかりません。そこから調べる必要がありそうですね」

 

「すべきことが色々とでてきましたね。他に私がすべきこと、しておいたほうが良いことはありますか?」

 

「私の方からは申し上げたとおりですわ。斉藤君はなにかありますか?」

 

「いえ、俺のほうからもなにもありません」

 

「これ以上のことは調べ物を終えてからのほうが良さそうですね。…思った以上に早くお話が終りましたわ。伺っていた以上に有能な方のようで安心ですわ」

 

こんな詰めの甘い作戦会議でええんかいってこっちは思っているけどな。

 

「いえいえ、これほどスムーズに進んだのは中尉の手腕です」

 

「まぁお上手で。素直に受け取らせていただきますわ。ところで斉藤君やおと…父からあなたが水雷戦隊の扱いに秀でていると伺っているのですが、よろしければご教授願えませんか?」

 

斉藤と父…斉藤の上司である中将か。この二人の話というと訓練生時代のことかな。

 

「特別なことは何も。教本に載っている程度のことですよ。それ以上のことは人に教えられるほどではありません」

 

「あら、内緒にするのですか?いいですわ。今は無理でもいずれは教えていただくこととしましょう」

 

本当に教えられるほど詳しくないんだけどなぁ…艦娘に投げてるだけだし。

 

などと軽く雑談をしていると扉が開いた。

中年の男性が入ってくる。

身長は180前後、髪は白髪交じりの短髪。

年は40を過ぎているだろうが、服の上からでもわかるほど鍛えられた身体から実年齢よりも若く見えるタイプだと思う。

斉藤が立ち上がり敬礼をする。

真似て立ち上がり敬礼をする。

 

「楽にしててかまわない。話はうまく進んでいるか?」

 

「えぇ、作戦のほうについての大筋は終りました。彼から艦隊の指揮や艦娘の扱いについて伺おうとしていたのですがなかなか手の内は教えていただけませんでしたわ」

 

中尉が答える。

 

「そうか。君が…、ふむ。私は鷹富士義雄。斉藤君らの上官だ。そちらの話が終ったらでかまわないので二人で話せる時間をくれないか?」

 

醸し出す空気は威厳を持っている。意図して威圧しないようにしているのだろうが、それでも充分なほどの老練さを滲み出していた。

 

「二人で、ですか。わかりました。中尉、他にお話すべきことが無ければ今から中将のほうへ行こうと思うのですが、よろしいですか?」

 

「えぇ、かまいませんわ」

 

「そんなに急がずともいいのだが、折角だ。厚意に甘えよう。こちらに来てくれ」

 

さて、ここからが本番かな…

 

 




中将の話とは一体!?

六駆は癒し。


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健康診断_交渉

忙しいときほど趣味が捗る時ってありますよね…



中将について行くと個室に招かれた。

大き目のベッドに一人掛けのソファが二つ、小さなテーブルの上にはワインボトルとグラス、それに氷の入ったバケツみたいなものまである。

壁には絵画が飾られてあり、見るからに高級そうな部屋だった。

おそらくここが中将に割り当てられた部屋なのだろう。

 

「そちらに掛けて楽にしてくれ」

 

そういって中将は奥側にあるソファに座る。

失礼しますと一声掛けてから正面のソファに腰掛ける。

 

「娘たちと何か話はしたかね?」

 

「えぇ、タウイタウイ泊地で不当な扱いを受けている艦娘を救い出すとのことですよね?それについてならある程度お話を進めさせていただきました。とはいえまだ詳細を詰め切れていないので、纏まってから報告したほうが良いでしょうか?」

 

「ふむ…」

 

そういって少し腕を組む中将。

何だ?今の話で何を悩む必要がある?

なんだか中尉のときとは違った違和感を覚えるぞ。

嫌な予感もする。

 

「いや、そうだな。今日の内容は娘から聞こうと思うが、君からも後日書面でまとめて欲しい。それとこの件に関してキミに一つ頼みたいことがある」

 

頼まれたくないなぁ…

 

「頼みごと、ですか?」

 

「あぁ。その作戦。どうにか娘を止めて欲しい」

 

チョットナニイッテイルカワカラナイ。

そもそも中将の作戦じゃないのか?

 

「どういう意味でしょうか?この作戦は中将の指揮下だと伺っていましたが…。なぜ私が止めに入る必要があるのでしょうか?」

 

自分でやめさせればいいやん。

 

「そうだな、そこから説明しなければならないな。まず、海軍とも言われる我々の組織において大なり小なり多くの派閥があることは知っていると思うが、その中でも大きく二つ方針があると考えて欲しい」

 

そういってグラスを手に取る中将。

その中に氷を入れていく。

というか今更だけどワインなのに氷があるのは変だな。

 

「この方針とは深海棲艦相手にどのように立ち向かうかという点で異なっているのだが、私も属する所謂ハト派、こちらは深海棲艦というものに対してどちらかというと防衛戦を主体に行おうとする派閥だ。出自も大元もわからない深海棲艦に対して、どうやったら根絶することができるかを究明できるまで大規模な戦闘を控えるようにして消費を抑え、いずれ根本を叩けるようにする考えだ。それに対してもう一つは所謂タカ派。こちらは深海棲艦を迫り来る脅威は即座に叩くべきという考えで行動する派閥だ。ゆえに攻めにでる作戦行動が多い。確かに被害が出る前に叩くというのは正解の一つではあるだろう。が、叩けど叩けど湧いてくる深海棲艦相手にこちらの体力がつきるのが先ではないかと我々は考えている」

 

ワインボトルからグラスに注ぐ中将。おい、アンタも健康診断中じゃないのかよ!

 

「キミもどうかね?」

 

「いえ、明日に差し支えるので」

 

「ん?あぁ、これは水だよ。ワインボトルに入っているのは単に私の趣味だ」

 

確かにグラスに入っているのは透明っぽい液体だ。

 

「何か特別なワインボトルなのですか?」

 

「あぁ、私の生まれた年のワインのものでな。飲みきってしまった後も単に飾るだけでは味気ないと思って、こういう酒を飲めないときに雰囲気を味わうために使うのさ」

 

「なるほど」

 

せめて気分だけでも酒を飲みたいってか?

 

「と、話を戻そう。派閥には大きく二つの方向性があることを説明したな。それで、タカ派の一部で艦娘を酷使する奴らが居るのだが、その中でもひどい連中に対しては同じ派閥内でも批判が湧いてきているのだ。そして、その批判している側の者から私に相談などが持ち込まれてな。いくら派閥が違えど、国を守り、深海棲艦()を討つ同志であり、同じ組織の仲間であるのだから協力し合えるところは協力するのでこういったことは多々あるのだが、それを娘が勘違いしてしまってな。どうにも私が艦娘を酷使する奴らを摘発するつもりでいると思っているようで、勝手に動き始めたのだよ。はじめのうちはもう子どもでもないし、部下を持つ身にもなったから大それた行動はしないだろうと考えていたのだが、少々暴走気味でな、私の声にも耳を貸さない。強引に引き止めることはできるが、そうしてしまうとあの子は独り立ちできない状態になりかねなくてな…。キミのように歳の近い者から悟り、自らを正せるようになってほしいのだよ。斉藤君に頼もうと考えていたが、彼はもう娘のほうに同調してしまってな…。情けない話だが頼りになりそうな人がそう思いつかなくて、ふと斉藤君から聞いた有能な同期、つまりキミならなんとかできるのではないかと思ってしまったのだよ」

 

とりあえず、話が長い。

勘違いで暴走した娘を止めろ。だそうだ。

 

「なかなか厄介な状況ですね。放置したら厄介ごとの最中であるタウイタウイ泊地に突撃しかねないと。それを回避したいということですよね?」

 

「そうだ。件の艦娘は他の者が政治的な方法で救い出すように動いている。ゆえに余計他から手を出されるとやっかいなのだ。そしてこの騒動は元々タカ派の内部での問題に娘、つまりハト派である私の側近が手をだすという状況はタカ派とハト派の関係に悪影響を及ぼす。事は見た目以上に複雑で根深いのだよ」

 

嫌な予感的中。

正直放っておいてもいい問題だが、妖精さんの言っていた僕の艦娘も居るということが問題だな。

 

「政治的な方法で解決するとおっしゃっていましたが、どれほど時間がかかりそうですか?またその後の艦娘たちの扱いは?」

 

「正確な進捗を確認できないため時間はわからないが、おそらく二、三ヶ月でやるだろう。奴は…相談してきた奴はそれぐらいの手腕がある。その後の艦娘たちの扱いについてもおそらくそいつの一任だろうな。おそらく本営に送られ対応する提督を探すことになるだろう」

 

となるとその娘たちがうちにくるのは最低でも四ヶ月程後。だがそんなすぐに識別作業が終るならもっと待機艦娘は少ないだろうから、それ以上時間がかかると思うべきだな。

そんなに待ち続けられるかな?場合によっては上手く僕の娘だけは引き抜けるよう動くことを視野に入れておこう。

それぐらいの報酬がなければやっていられない。

というかそうだ、報酬は?

 

「そうですか。例えばの話ですが、もし私がその頼みを断ったらどのようになるのでしょうか?」

 

「…その場合、私は他を当たるしかないな。だがキミは断る気などないのだろう?斉藤君から群れるのを嫌うタイプだと聞いたが、どちらかというと厄介ごとを嫌うタイプに見える。となればより厄介なことを避けるために多少厄介なことをする場合もある。違うかな?」

 

明言する気はないが、断ればもっと厄介な目に遭わすぞって意味だよな。

中将という地位にもなれば少尉程度簡単に扱えるだろうし。

仕方ない。これは動ける範囲で可能な限り利潤を出さないとな。

 

「さて、私のタイプはともかく、今回の頼み、引き受けはしますが期待はしないでくださいね」

 

「キミなら上手くできるさ。でなければわざわざこういう場を用意したりせんよ」

 

勝手なことを言ってくれる。

さて、少しでも利を取れるように交渉しなければならないな…

 

と話しているとテーブルの上に小さな影が。

昼間会った妖精さんだ。

何か中将に伝えている。

 

「テイトクサンヲアソコニツレテカナイノ?」

 

あそこ?

 

「ん?あぁ、そうか…。実を言うとだな、頼みを聞いてくれた礼を用意してあるのだ」

 

解決すらしていないのに?

妙だな。

 

「成功報酬、ということですか?」

 

「君が居れば成功も同然だろう?だから用意した。とはいえ引き受けてくれた時点でもうこうする予定だったのだが」

 

こうする?

なにかをするのか。

 

「本営直属で精鋭部隊を扱うところがある。そこにキミを推薦させてもらう。安心してくれ、確かに重要度の高い作戦を任せられることもあるが、キミにならできるだろう。それにある程度の地位も約束されるから他所から口出しされたり厄介ごとに巻き込まれたりすることも減るだろう。少なくとも現状受けている嫌がらせはだいぶ収まるはずだ」

 

「現状受けている嫌がらせ…ですか…」

 

「そう。そんな中でもしっかりと指揮をできるキミになら問題なくこなせる仕事さ。むしろ今よりも楽ができるだろう」

 

とりあえず嫌がらせって何のことだ?一人運営は嫌がらせらしいがむしろ助かるし、それ以外に何かされているのだろうか?

 

「具体的にどの程度待遇が良くなるのでしょうか?」

 

「まずもっと人員が回されるだろう。施設の管理をキミと艦娘たちで賄うのは大変だろう?他には資材の融資がされる。遠征に割く艦娘が激減するため海域攻略が非常に楽になる。他にも給与が増えたり、もちろん階級も上がるだろう」

 

「人員増加…私に対応しない艦娘も指揮下に入れるということでしょうか?」

 

「そういうこともあるだろうが、人員増加は艦娘ではなく人間の部下が増えるという意味だ」

 

…なるほど。なら()()だな。

この話。給与増以外はまったく魅力がない。

だがなんだか妙に引っかかる。

なんだか第六感的な何かがここで断ってはならないと告げている…

そう、囁くのだ、僕のゴー…いや、やめておこう。

ふと、妖精さんと目があった。

こちらをジッと見つめている。

そういえば妖精さんが伝えようとしていたこと…

まだはっきりとしない点が多いが、ここは()()()()()()()()中将に従おう。

 

「なるほど。ちなみに推薦ということは確実にそこにいけるわけではないのでしょうか?」

 

「ふむ、痛いところを聞くもんだ。答えにくいがそのとおりだ。だがもし選ばれなくても実力ある提督として見られるだろう。そうすれば下手な連中からは邪魔されにくくなる。それだけでもキミには価値があると思えるが、どうかな?」

 

「わかりました。とりあえず、という気持ちではありますが中将について行かせてもらいます」

 

さぁて、この決断がどう転ぶかなぁ…

 

 




提督の○ーストは一体なんと囁いたのでしょうか。

続きをお待ちください。


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健康診断_裏2

糖分がたりない。


side:中将

 

「では最後に改めて私の()()()()()()()()、および横須賀鎮守府への研修手続きをお願いします」

 

「わかった。手配しよう。今日はもう遅い。ここまでにしよう」

 

「わかりました。それでは失礼します」

 

そう言い残し、()は去っていった。

人となりは真面目な若人だが、時たま妙に達観しているところや鋭いところを垣間見せる。

おそらくこちらの考えについてある程度までは見抜いていて、ある程度道化を演じていると踏んだほうがいいだろう。

今回のことをテストとして使うことにしたが、それは不要な心配だったかもしれない。

 

彼がもし元帥の言う()()()()()()()でなくてもこれまでの実績から考えれば実力は相応にあるだろう。

あと問題があるとすればこちらに共感を得られるかどうかだ。

どうにも信頼は得られていないように感じた上に、何か普通の人とは違う何かを感じた。

それが何なのかは不明だが、対人関係について含みがあるのは確かだろう。

 

どうにかこちらの真の作戦に乗ってくれれば良いのだが…

 

考え事をしているとノックがされた。

 

「誰だ?」

 

「私です。幸です」

 

「空いているぞ」

 

声を掛けると娘が入ってきた。

 

「彼はどうでしたか?お父様」

 

「手を貸してくれるようで助かった。記録で読み取れる以上に優秀な人材だろうな。しばらく横須賀鎮守府(うち)で研修をするという名目で密に連絡を取る。幸も彼から多くを学ぶことができるだろう」

 

「えぇ、非常に明晰な方でした。ぜひとも色々とお伺いしたいものですわ」

 

うれしそうに両手を組み、微笑む幸。

歳の近い知人ができてうれしいのだろう。

私も妻もこういった職業柄あまり普通の女の子として過ごせなかったのだから余計だろう。

正直若い男ということで父親として複雑な感情を持たないわけではないが、それ以上に娘が喜ぶことであるほうが大事だ。

 

「それで、幸としてはどう動くつもりなのだ?他所の問題に口を出すのだ。任せろと言う以上私を納得させられる行動をしてもらうぞ?」

 

「ご心配なく。事は上手く行っておりますわ。それに彼の力も借りられるならもう成功したも同然です」

 

娘が近寄ってきてソファに座る。

 

「まず、対象の鎮守府に対して妖精さんを通じて情報を聞き出している最中です。内情を把握できたところで私が演習目的で入り込み、相手の気を惹きつけます。その間に艦娘たちで救出作戦を行い、泊地を出た後は少尉たちに回収を依頼してあります。細かな作戦行動は彼らの意見も取り入れてより万全にしますわ」

 

妖精さんを通じて…か。だが本来そういった裏工作の様なことを妖精さんが進んでやるものなのだろうか?

あまり想像ができない。また、人以上に意思疎通がし難い妖精さんからの情報をどこまで汲み取れる?

漏れがあったらその時点でアウトだ。

潜入方法もシンプルな点はいいが、相手の規模によっては難しい方法だ。どこまで惹きつけられるのかなどやってみなければわからない。

いくらサポートに彼が入るとしてもあまり現実的な方法ではないな。

 

「確実性がない作戦と受け取れるな。わたしは「大丈夫ですよお父様。私にお任せください」

 

こういう頑固なところは私に似たんだろうな…

しっかりと咎めれば幸も思いとどまる。そこまで愚鈍な娘ではない。

だが彼がどう動くのか、一応確かめさせてもらおう。

上手く諭してくれるのであれば助かるのだが…

 

―・―・―・―・―・―

side:敷波

 

無線機から音声が聞こえなくなってからしばらく経つと、司令官が部屋に帰ってきた。

 

「ただいまぁー。あーちかれた」

 

いつものおちゃらけた司令官だ。

さっきまでの真面目でかっこいい司令官もいいけど、こういうだらけた司令官もそれはそれで可愛げがあって良いと思う。

 

「おかえり。一応あたしのほうで聞き取れた分はメモしておいたよ。それにしてもなんだかすごいことになってきたね」

 

「ほんとにねー。でもうちに来てくれるはずの娘が居るって言う話だから放っておけないんだよねぇ…」

 

あ゛~と変な声を出しながら服を緩め、椅子に座る司令官。

ちょっと親父臭いかも…

でも鎮守府でもこんな姿なかなか見れないから珍しいといえば珍しいかも。

普段本当に大変なときでも淡々とこなしていくし、休むときは奥の資料室に篭ってるから疲れた姿を私たちに見せたりはしない。たぶん彼なりの配慮なのだろうけど、だからこそ今回はちょっと特別かも。

 

「お疲れ様。お茶でも飲む?」

 

「あー、冷たいお水でお願いします」

 

「わかった」

 

コップに氷と水を入れて渡してあげる。

ありがとと小さく言って受け取ってくれた。

 

「それにしても敷波さんは今回の件どう思う?」

 

「どうって?」

 

「何か思うところはないかな?僕はなんだか引っかかるものがあったんだけど、上手く表現できないんだ」

 

中尉の話は正直なんだか安直過ぎるなーとは思ったけれど、中将の話を聞けばなんとなく理解できた。引っかかるところか…

 

「うーん。なんで急に司令官が本営の部隊を指揮することになるんだろうね?」

 

「確かにそこも変なところだよね。もっと適当な人は居るだろうし、具体的には中将自身とか。話の持っていき方も急だった。ここになにかあるのは間違いないだろうけど、それ以外にも何かありそうなんだよね…まぁ、ありがとう」

 

あたしが気づくぐらいのところにはとっくに気づいているよね。

 

「あっ、もう一つ。他所の鎮守府って司令官・・・えっと提督をやっている人以外にも人がいるのが普通なの?うちには()()は司令官しかいないよね?」

 

ふと思いついた疑問を口にすると少しだけ司令官の目つきが変わった気がする。

 

「いいところに気づいたね。まず、普通は他にも人…()()はいるよ。事務や雑用なんかはその人たちにやらせているみたい。それと大体の鎮守府は提督自体も複数いるね。後半の部分はいろいろ聞いてたからわかるだろうけど、前半の部分については僕が配備を断ったのが理由」

 

配備を断った?雑務の人を…いや、()()を拒んだってこと?

 

「えっと、あたしが聞いてもいい範囲で教えてくれる?」

 

「別に隠すような理由じゃないからかまわないよ。単に僕が他人を鎮守府に入れたくないだけ。()()は何をし始めるかわからないからね。自分のテリトリーの中でびくびくして過ごしたくないんだよ」

 

何をし始めるかわからない…他の人を毛嫌いしているってこと?

 

「…じゃぁ、あたしたちもできれば一緒にいたくない?」

 

「それはない。君たち艦娘は別だよ。そういう意味では僕は()()()()()()()()しているね。人間ならともかく、艦娘(君たち)提督()を裏切らない。だからそういうことは無いよ」

 

普段よりも真剣な物言い。これはちょっとだけいい情報を仕入れたかもしれない。

今ならもう少し踏み入っても答えてくれそう。

 

「逆に、その…あたしたち艦娘が司令官の傍に行くのは良いの?」

 

「大歓迎だね。ただ無理はしないでいいよ。そういうのを嫌う娘もいるだろうし。敷波さんも無理に僕と接触しなくてもいいからね。今回みたいな仕事はその、耐えてもらうけど…」

 

大歓迎か。そっか。ならもうちょっとやってみようかな。

というか今回の仕事はあたしから引き受けたようなものだし…

なんかイラついてきた。おいしいことがあってもいいよね。

 

「?どうしたの敷波さん?」

 

無言で司令官に近づく。

不信にしている司令官。でも戸惑ってはいても拒絶感はない。

 

「えい」

 

そのまま投げ出されている彼の左手をつかむ。

ニギニギ。

 

「?????」

 

そんなあたしを司令官はすごく不思議そうな顔をして見ている。

 

司令官の手、結構ごつごつしてる。

それにあったかい。

爪は結構深く切っているんだ。

 

「敷波さん?」

 

「潮にはこういうこと許してたんでしょ?ならあたしもいいでしょ?」

 

「別にかまいませんが、その、突然だからちょっとどうしたのかなって?」

 

ただ手を触れている。いや、結構ニギニギしてるけど。

それだけで結構良い…

 

「別に。ただしたいからしてるだけ。大歓迎って言ってたのにあたしだとダメなの?」

 

「いやいやいやいや、大歓迎だけどね。いきなりだとちょっとびっくりしちゃうんだよ」

 

「ふーん。そういうことにしておく。そういえばさ、なんで潮には最近"さん"をつけないで呼んでいるの?」

 

基本司令官は艦娘を"さん"をつけて呼ぶ。

作戦のときなんかは結構呼び捨てだったりするけど、こういう落ち着いているときに呼び捨てにする娘は居ない。

せいぜい那珂"ちゃん"が異例かな?

だけどこの間から潮のことは呼び捨てで呼んでいる。

来るときも呼び捨てだった。

何か理由があるのだろうか?

 

「あぁ、そう呼んでも問題なさそうだったから流れで。あれ?嫌がってました?」

 

「別にそんなことはないけどさ。逆にあたしは"さん"なんだ」

 

「敷波さんが良ければ呼び方変えますよ?呼び捨てが良いですか?」

 

それだと何かあたしが強制したみたいで嫌だ。

潮みたいに司令官から変えてくれるのがいいのに。

 

「別に。無理に変えなくてもいいよ」

 

「んー」

 

「なにさ?」

 

じーっと見つめてくる司令官。

 

「ねぇ、僕も手を握っていいかな?()()

 

!?

 

「え、あ、う、うん。いいよ」

 

「じゃあ失礼して」

 

そう言って右手であたしの手を包むように握る司令官。

不意打ちに呼び捨てでそれはちょっと威力が高いよ…

 

「敷波の手はあったかくて気持ちいいね」

 

「あったかいのは司令官のほうだと思うけど」

 

「そ?まぁどっちでもいいや。にぎにぎ~」

 

こ、これはちょっと恥ずかしいけど、良い…

どう良いとはあらわせないけど、とにかく良い。

しばらく続けているとなんだかホワホワしてきた。

 

「ん?敷波、眠いのかい?もうこんな時間か。そろそろ寝ようか?」

 

「んーん…、もーちょっと…」

 

まだこの温もりを感じていたい。

 

「そっか、でも立ったままだとつらいだろう?ここに座ろうか」

 

司令官に手を引かれて座らされる。

 

「んー」

 

隣に座る司令官にくっつく。

もっとあったかくなった。

とても幸せな気分で過ごせた。

 

 

 




敷波に手をニギニギされ隊。

※コンジェニタルとは"先天的な"といった意味です。


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健康診断_夜

糖分補給中。



いろいろ中将に交渉して、中尉が狙っているタウイタウイ泊地と中将たちが居る横須賀鎮守府への研修を進めてもらえるようになった。

相手の内情を探るという名目ではあるが、実際は僕の艦娘がどれほどいるのか、それらの回収は可能かといったことを探ることが目的だ。

だが何か含みがある物言いを中将はしていた。それがどうにも引っかかる。

一応敷波に会話をメモするよう指示をしていたから、それを振り返って後日再考することにしよう。

 

「ただいまぁー。あーちかれた」

 

自室に入ると敷波が待機していた。

傍らには紙とペン、そして通信機。頼んでいたとおりメモを取っていてくれたようだ。

 

「おかえり。一応あたしのほうで聞き取れた分はメモしておいたよ。それにしてもなんだかすごいことになってきたね」

 

確かに。内部抗争とかごめんなんだけどねぇ…

 

「ほんとにねー。でもうちに来てくれるはずの娘が居るって言う話だから放っておけないんだよねぇ…」

 

他所の問題は他所で終らせてほしい。だが僕の艦娘が居るということなら話は別だ。

服を緩めて部屋に備え付けてある椅子に座る。

 

「お疲れ様。お茶でも飲む?」

 

「あー、冷たいお水でお願いします」

 

「わかった」

 

氷入りの水を敷波が渡してくれた。

 

「ありがと」

 

疲れた身体に水が染み渡るぜぇ。

あ、一応敷波にも所感を尋ねておこう。

 

「それにしても敷波さんは今回の件どう思う?」

 

「どうって?」

 

「何か思うところはないかな?僕はなんだか引っかかるものがあったんだけど、上手く表現できないんだ」

 

少し悩んだ様子の後、敷波は口を開いた。

 

「うーん。なんで急に司令官が本営の部隊を指揮することになるんだろうね?」

 

その疑問は正しいな。おそらくそれも不信な部分の一因だろう。

言葉に出して整理することで明確になることもある。

敷波に感謝しよう。

 

「確かにそこも変なところだよね。もっと適当な人は居るだろうし、具体的には中将自身とか。話の持っていき方も急だった。ここになにかあるのは間違いないだろうけど、それ以外にも何かありそうなんだよね…まぁ、ありがとう」

 

「あっ、もう一つ。他所の鎮守府って司令官・・・えっと提督をやっている人以外にも人がいるのが普通なの?うちには()()は司令官しかいないよね?」

 

ふと敷波が聞く。

いつか誰かに聞かれそうだなとは思っていたことだ。

とはいえあまり他所と交流をもたない僕だからなかなか気づかれなかった内容だろう。

 

「いいところに気づいたね。まず、普通は他にも人…()()はいるよ。事務や雑用なんかはその人たちにやらせているみたい。それと大体の鎮守府は提督自体も複数いるね。後半の部分はいろいろ聞いてたからわかるだろうけど、前半の部分については僕が配備を断ったのが理由」

 

他所では事務や食事、雑用なんかをやる人が居る。

ただ、この人たちは提督の適正がない。そうすると、鎮守府の妖精さんと交流を持ち辛くなってしまうのだ。

具体的な理由はわからないが、妖精さんたちは多数の人間、特に提督でない人間がいる場に出たがらないからだ。

現状食事や雑用は妖精さんがやってくれるため不要だし、そもそも僕が他人を自身のテリトリー内に入れたくないということもある。

中将あたりはどうもこれを勘違いして誰かが僕のところに人員が行かないよう嫌がらせをしていると思っているみたいだが、僕自身が拒否しているのだ。

 

「えっと、あたしが聞いてもいい範囲で教えてくれる?」

 

言いふらすことではないが、彼女らに聞かれて困る内容ではないし、伝えておこう。

 

「別に隠すような理由じゃないからかまわないよ。単に僕が他人を鎮守府に入れたくないだけ。()()は何をし始めるかわからないからね。自分のテリトリーの中でびくびくして過ごしたくないんだよ」

 

人は人を裏切る。背中を気にして過ごすのはもうごめんだ。

 

「…じゃぁ、あたしたちもできれば一緒にいたくない?」

 

もじもじと小さくなりながら敷波が言う。

単に一人が良いというわけではないからそこは訂正しておこう。

むしろ艦娘らとはお近づきになりたいしね!

 

「それはない。君たち艦娘は別だよ。そういう意味では僕は()()()()()()()()しているね。人間ならともかく、艦娘(君たち)提督()を裏切らない。だからそういうことは無いよ」

 

小さく頷いて納得した様子の敷波。

よかったよかった。

 

「逆に、その…あたしたち艦娘が司令官の傍に行くのは良いの?」

 

「大歓迎だね。ただ無理はしないでいいよ。そういうのを嫌う娘もいるだろうし。敷波さんも無理に僕と接触しなくてもいいからね。今回みたいな仕事はその、耐えてもらうけど…」

 

あんまり敷波は僕と交流するのを好むタイプじゃないからね。

双方合意に基づくことが大事なのさ。

なんて思っているとムスッとしながら敷波が近づいてきた。

 

「?どうしたの敷波さん?」

 

どんどん近づき、僕の横まで来る。

 

「えい」

 

なぜか左手をつかまれた。

何がなんだかわからない。

つかまれているだけでなく、微妙にいじられている気もする。

 

「敷波さん?」

 

とりあえず声を掛けてみる。

 

「潮にはこういうこと許してたんでしょ?ならあたしもいいでしょ?」

 

プンッと音がしそうな感じでちょっと顔を背ける敷波。

え?キミ、そういうのしていい娘なん?

 

「別にかまいませんが、その、突然だからちょっとどうしたのかなって?」

 

ちょっとそういうことなら早く言って欲しいわぁ。

なんだか僕の手を気に入ったのか機嫌が直った様子でいじる敷波。

 

「別に。ただしたいからしてるだけ。大歓迎って言ってたのにあたしだとダメなの?」

 

「いやいやいやいや、大歓迎だけどね。いきなりだとちょっとびっくりしちゃうんだよ」

 

こっちにも心の準備がね。そんなに女の子慣れしてないのよ。

 

「ふーん。そういうことにしておく。そういえばさ、なんで潮には最近"さん"をつけないで呼んでいるの?」

 

ちょっと怪訝そうに敷波が問う。

うーん、さん付けねぇ。

のりで無くしてみたら拒絶されなかったからそのまましているだけなんだけどな。

元々は親しくもないのに呼び捨てはどうなんだって指摘されたからさん付けなんだけどね。

 

「あぁ、そう呼んでも問題なさそうだったから流れで。あれ?嫌がってました?」

 

裏で嫌がっていたならやめないとなぁ。

 

「別にそんなことはないけどさ。逆にあたしは"さん"なんだ」

 

あ、そういう流れですか。

 

「敷波さんが良ければ呼び方変えますよ?呼び捨てが良いですか?」

 

それとも愛称かな?シッキーとか?いや、変だな。

うーん、どんなのがいいかな?

 

「別に。無理に変えなくてもいいよ」

 

あ、これは変えろって意味…でいいんだよな?

那珂ちゃんヘルプ!へるぷみー!

 

「なにさ?」

 

ここは博打だ!拒否られるのは慣れているだろう!?

 

「ねぇ、僕も手を握っていいかな?()()

 

「え、あ、う、うん。いいよ」

 

どうだろう?悪い感じではないようだし、もうちょっと様子を見よう。

 

「じゃあ失礼して」

 

敷波のお手手、アッタカイナリィ~

ハッ、いかん。紳士的に有らねば。

ここは綺麗だねとかそういうことを言って褒めねば。

 

「敷波の手はあったかくて気持ちいいね」

 

アアアアアアアアアアアアアア

つい本音が漏れてしもうた。

アカンでこれは。

 

「あったかいのは司令官のほうだと思うけど」

 

そういってより手をいじり始める敷波。

よかった、それほど変な感じに取られなかったようだ。

 

「そ?まぁどっちでもいいや」

 

お手手をニギニギ~

小さくてあったかくて良いわぁ。

 

とそうしていると敷波の目がトロンとしていた。

もう夜も遅いし、そろそろ寝たほうが良いかな?

 

「ん?敷波、眠いのかい?もうこんな時間か。そろそろ寝ようか?」

 

「んーん…、もーちょっと…」

 

ナニコノカワイイイキモノ

いや、落ち着け。もっと紳士に行動するんだ。

 

「そっか、でも立ったままだとつらいだろう?ここに座ろうか」

 

そういってベッドまで誘導する。

 

「んー」

 

素直についてきて、僕の隣に座り、猫のようにくっついて甘える敷波。

アー、提督やってて良かったわ。

 

軽く手や背中を撫でたりしていると、そのまま敷波はすぅすぅと静かに眠りに付いていた。

 

いやぁ、まさか敷波がここまで甘えてくれるとは。

とりあえず座った状態なのは負担になるだろうし、横にしよう。

 

んで、僕も着替えてさっさと眠ろう。流石に同じベッドで寝るのはまずいから椅子か床だな。

敷波が泊まる予定の部屋に行くのも問題あるからね。

 

着替えようと敷波から離れるとき、何かに引っかかった。

 

「やー」

 

やーですか。敷波が僕の服をつかんでいた。

 

いや、こういうこと現実で起こり得るんですね。

そっかー、やーかぁ…

しわになっちゃうけどそういうのもう気にしなくなっちゃうよね。

 

そのまま敷波の隣に横になり、丸くなっている敷波を包むようにして眠りについた。

 




敷波は二人っきりになると甘えてくるタイプだと思います。


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健康診断_二日目

今回と次回で健康診断編終了予定です。


「んにゃあああああああああああああああああああああ!!!!!!んげっ!」

 

「!?な、なに!?なにがあった!?」

 

唐突な大声で目が覚めた。

まだ混乱している状態でありながらもどうにか状況把握に努めるべく周囲を見渡す。

すると顔を真っ赤にしてベット脇にひっくり返っている敷波がいた。

 

「えっと…大丈夫かい?」

 

「イタイ…」

 

肩から首の付け根辺りをさすりながら立ち上がる敷波。

たぶん"んげっ"のところで落っこちたのだろう。

 

「頭打ってないかい?そうだ、氷はあるだろうから袋探して氷嚢作ってくる。ちょっと待ってて」

 

「頭打ってないから大丈夫。左肩の辺りがちょっと痛いけどしばらくすればおさまるから、ちょっと放っておいて…」

 

「でも…「放っておいて!」アッハイ」

 

意識も呂律もしっかりしているし、頭を打っていないというなら大丈夫だろう。

しかし一体なにがどうしたのだろうか?

放っておいてっていうからしばらく聞かないほうが良さそうだな。

昨日の夜風呂に入り損ねたからシャワーだけでも浴びよう。

時計を見るとまだ○五二五。まだまだ余裕があるね。

 

「ちょっとシャワー浴びてきますね」

 

「あ、う、うん。あたしも部屋に一旦戻る…」

 

未だに顔が赤いままの敷波がとぼとぼと部屋を出て行った。

 

―・―・―・―・―・―

 

「さて、敷波。朝食どうする?僕を待つと結構遅くなるし、先食べるかい?」

 

「司令官を待ってる」

 

「そっか。わかった」

 

そっけない敷波。

沈黙で空気が重いぜ。

 

何かまずいことしたかなぁ?

見に覚えがないけどさわらぬ神にタタリなしっていうし。

 

とりあえず持ってきていたゲームを起動して時間を潰すことにする。

やっているのは少し古いゲームで、本当はカードゲーム主体のはずが、一部の界隈にてミニゲームのカードゲームが充実しているギャルゲーとか言われている奴だ。

アニメ版主人公の扱う龍に装甲がついているやつを主体とするデッキを使って、雑魚NPC相手に無双する。

紙のカード使うとお金がなくなるので、デジタルで遊ぶに限る。

決して一緒にやる友達がいないからじゃないもん!一人で二つのデッキ組んで擬似対戦するのも充分楽しいもん!!

 

なんだか背中から視線を感じる。

 

「…それ、おもしろい?」

 

「うん、結構」

 

「ふーん」

 

「敷波は何か暇つぶし道具持って来てないの?」

 

「特に。一応あたしはお仕事だし」

 

「それもそっか。うーん、あと一時間半あるんだよね。斉藤のところに行って暇を潰しに行くのもありかも知れないけど、他の娘たちがかわいそうだしなぁ…」

 

「別にここでのんびりしてるよ。司令官もゲーム続けてれば?」

 

「そう?でも暇じゃない?」

 

「いいよ。気にしないで」

 

これは本当に気にしないでいいのか、気にかけた方がいいのかわからないな。

と考えているとノックが聞こえた。

 

「どなたですか?」

 

「おはようございます、榛名です。入ってもよろしいでしょうか?」

 

「ちょっとまってねー」

 

「あ、いいよ、あたしが行く」

 

鍵を開けに行こうとすると敷波が行ってくれた。

 

少しすると榛名を連れて戻ってきた。

 

「おはよう」

 

「はい、おはようございます。少々早かったですが、大丈夫ですか?」

 

「うん、楽にしてて~」

 

どうにも普段以上にニコニコしているような気がする。

何か面白いことでもあったのだろうか?

いや、ようやく自身の提督に出会えたのだから機嫌が良くて当然か。

 

「提督、昨晩は()()()()できましたか?」

 

お楽しみ?

 

「ん~っと、ごめん。何か楽しめるようなことってあったっけ?」

 

「フフッ。ならそういうことにしておきますね。ね、敷波さん」

 

敷波を見ると真っ赤になって沈黙していた。

いまにもぷすぷすと煙が出そうなぐらいだ。

 

ん?敷波に関係がある?

 

「でも今度から一言ご連絡をくださいね。私と敷波さんは同室なのに戻ってきてなかったから、ちょっと心配しましたよ?」

 

「えっと、スミマセン」

 

確かに敷波と同室の榛名にはこっちで敷波が寝ちゃったことを伝えておくべきだったな。

 

「フフフッ。それにしてもよかったですね敷波さん」

 

ニコニコしたまま敷波に話を振る榛名。

 

「その、榛名さんこっち!」

 

急に榛名の手を取り行ってしまう敷波。

なにやら二人で話したいのだろう。とりあえずゲームして待っていよう。

 

―・―・―・―・―・―

 

時刻はもうすぐ一○○○。採血などの食前に行う検査は終った。

なので朝食を取るために食堂にやってきた。

 

「で、なんで君がいるのかね、キハラ君」

 

「斉藤だ。様子見だよ。それとちょっと聞きたいこともあってな。こっちは茶でも飲んでるから食いながら話をさせてくれ」

 

「へいへい」

 

「あとタイミングが良かったら中尉も顔を見せるってさ。結構気に入られたみたいで良かったな」

 

良くない。

どうも面倒なタイプに見えるからああいう人と関わりたくないのだけどね。

 

「腹減った。飯食って良いか?」

 

そういって中に入る。

 

―・―・―・―・―・―

 

艦娘たちは艦娘たちで、野郎は野郎二人で固まって食べることとなった。

斉藤の娘たちはもう朝食を食べていたので、アイスやプリンなどを食べている。

敷波と榛名は僕に合わせて食べていなかったため、朝食を食べている。

 

「朝から揚げ物とか良く食えるな」

 

頼んだものはから揚げ定食。

 

「体質によるものだろ。それにもうそんな朝早くでもないしな。検査終ってすぐ帰ることを考えたら昼飯はしっかりとしたもの食べられないだろうし、今のうちに食べておこうってだけだよ」

 

「検査、あとどれくらい?」

 

「覚えてない。3,4ぐらいかな?」

 

「アレはどれくらいだった?」

 

「アレってなんだよ?」

 

「アレはアレだよ。艦娘の数」

 

アレアレ言うから何か卑猥なものかと思ったが、最大保有数のことか。

 

「まだ検査してない。聞きたかったことってそれか?」

 

「ああ。お前がどれほどなのか気になってな」

 

「さぁ?訓練生時代の最後に計ったときはそれなりだったけど、今はどれくらいかな?ひょっとしたら減ってるかもしれないぞ?」

 

あの頃たしか100超えと言われたけど、実際いくつなんだろうな。

 

「でも一人で鎮守府動かせるぐらいなのだからもうそれなりに居るのだろう?」

 

「いや、全然。かつかつで苦しいよ。榛名さんを持っていくのが私情を除いても恨めしいぐらいには」

 

マジ榛名カムバックプリーズ。

 

「私情を控えろよ!それにしても嫌がらせが酷いな。よく耐えられるもんだ」

 

「こういう類の手法には慣れているからね。それにうちの艦娘たちは優秀だからやってられるんだよ」

 

()は人手を削られて作業させられるなんていつものことだった。

()は自分でどうにかできない部分が多いのはつらさを感じなくはないが、優秀な娘たちが支えてくれるからこっちのほうが楽だ。

大淀や妖精さんたちには頭が下がる思いだよ。お土産に甘いものでも買って帰ろう。

 

「へいへい。さて、そろそろ本題。昨日中将とどんな感じだった?」

 

ま、それが気になるところだよな。

 

「値踏みされまくったね。評価はわからんけど。とりあえず今回の件は娘…えっと中尉を上手く手助けしてやれってさ」

 

「そうか。艦娘はそれぞれの提督の裁量によって扱いが決まる。だから他所に口出しするのはまずいとわかっていても、流石に黙っていられない。今回、上手くやろうな!」

 

まったく、正義感漏れだしすぎだ。人として良いことなのだろうけど、それで進み続けることは難しい。

願わくば、このバカみたいに真っ直ぐな友人が僕みたいに腐らないでほしい。

 

「そうだな…僕のほうでもそれなりに動くつもりだ。上手くそちらのフォローにまわれるようがんばるが、期待しすぎないでくれよ?」

 

「できる範囲で良いさ。お前ならそれで充分上手く行くだろう」

 

それが期待しすぎだと言いたいんだよ。まったく…仕方のない奴だ。

 

「へいへい。じゃ、うまくいかなきゃキミの所為ってことで」

 

「へっ。それでいいぞ。必ず上手くいく。いや、上手く行かせる作戦だからな!」

 

「…あぁ。そうだな」

 

まったく。ほんとバカみたいなやつだ。このバカのために、懲りずに少しはがんばってやろうって思ってしまう僕もバカなんだろうな。

 

「私もご一緒してもよろしいですか?」

 

声の方をみると中尉がアイスを片手に立っていた。

 

「どうぞ、こちらへ」

 

斉藤が席を詰める。

 

「ありがとうございます。失礼しますね」

 

空いた席に座る中尉。

 

「昨夜は良く眠れましたか?」

 

「えぇ」

 

「それはよかったですわ」

 

そしてアイスを食べ始める中尉。

何か用があったわけじゃないの?この人何しに来たんだ?

僕はそろそろ食べ終わりそうだけど、敷波たちを見るとまだかかりそうだった。

 

「そういえば少尉。少尉のご家族はどのようなことをしてなさるのですか?」

 

「家族ですか?両親は他界しています。母方の祖母と叔父が米農家をやっていますね。他の親戚はわかりません」

 

記憶が正しいのならそのはずだ。

 

「それは…。その、申し訳ありませんわ」

 

「気にしてませんよ」

 

沈黙。正直両親については()()()()()()()だから感傷もなにもないのだけどね。

さて、そろそろ逃げようかな。

 

「あ、敷波。僕はこのまま検査に行くけど、キミはこのままその娘たちと居るかい?」

 

「あ、うん。待ってる」

 

「ではそういうわけで失礼しますね。敷波のこと、頼むよ」

 

「えぇ、また」

 

「おう、行ってこい」

 

さっさと検査終らせて帰りたいな。

 

―・―・―・―・―・―

 

"253"

目の前の機器に表示された数値を確認する。

 

「これはすごい値ですね。ここまで多いのは過去に片手で数えられる人数しかいませんよ」

 

白衣を着た医師?技師?が言う。

 

「ありがとうございます」

 

とりあえず礼を言っておく。

 

「んー、本当はもうちょっとうちで調べさせてもらいたいのだけど、上を通さなきゃいけないのよね。キミ、もし通知が来たら受けてくれない?」

 

「仕事がありますので」

 

「そういわずに~っていいたいけど内容が内容だものね。仕方ないわぁ」

 

なんなんだこの人?

とりあえずこの値は僕の艦娘の最大保有数(現状)だ。

この数値は結構揺れ動くことが多いので暫定となってしまうが、思っていた以上に多いな。

この数だとひょっとすると全艦娘+被りがあってもおかしくない量だし、夢が捗る!

でもそれまでに減っていったら悲しみしか残らないので正直夢で終りそうなんだよね。

現実は非情である。

 

「それじゃ、これが最後の検査だから。あとは部屋で荷物をまとめてれば迎えが行くはずよ」

 

「わかりました。失礼します」

 

―・―・―・―・―・―

 

「さて、忘れ物はない?」

 

部屋を敷波と二人で見渡す。

一応持ってきたものはすべてカバンに入れたから問題ないはずだが、確認だ。

 

「大丈夫みたい。そろそろ行こうよ。榛名さん待ってるだろうし」

 

「んじゃ、帰りましょうか」

 

検査も終わり、もう帰る時間だ。

一泊二日だけど、なんだか結構長居した気分だ。

 

「司令官?」

 

「あぁ、今行く」

 

面倒事を土産として持ち帰ることになってしまったのが残念だが、手に入りそうな利益を考えて、前向きに行こう。

 

待ち合わせしていた場所に向かうと、もう車と榛名が居た。

そしてなぜか斉藤も居て、榛名と談笑している。

あぁ、僕の榛名も早く来てくれないかな…

 

「見送りご苦労」

 

「何様のつもりだよ。まぁ見送りだけどな」

 

「暁ちゃんたちは?」

 

「向こうで座っている」

 

斉藤が指差す先を見ると、来客用のソファに座っている暁たちが見えた。

彼女たちからすれば僕はただの変なオジサン、良くてせいぜい司令官(斉藤)の友人だ。

見送ってくれないよね。

 

「手続きやら何やらの関係でもう数日は榛名さんをうちで預かることになるけど、なるべく早くそっちにいけるよう手配を進めるから安心してくれ」

 

「その、ありがとうございます」

 

「助かるよ」

 

「榛名さん、こいつのとこが嫌になったらいつでも帰ってきて良いからね」

 

「おい」

 

そんなやり取りをしているとあははと笑う榛名。

うん。そうやって笑ってくれるならしょうがないかな。

 

「それじゃ、さっさと自陣に帰りたいんで出るけどいいよな?」

 

「あぁ、すぐ会うだろうけど。またな」

 

「また」

 

そう言って来たときと同じように車に乗り込む。

ようやく鎮守府(おうち)に帰れる…

 

「あ、二人とも。僕、また移動中寝てると思うからよろしく」

 

「はい」

 

「ん、わかった」

 

途中のサービスエリアでお土産買わないとな。

 

 

 




さてさて、今後どのようになっていくのでしょうか。
しばらくお待ちください。


以下弁解です。

ちょっと二日目を端折りすぎてしまった感がありますが、許してください。
ここでやりたかったことは大体書けたので、二日目は書くことなかったんです…




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健康診断_帰還

今回で健康診断編終了です。


「司令官、もう着くよ」

 

声と揺さぶりで目が覚める。

周囲を見るともう鎮守府の近くまで来ていた。

5分足らずで到着するだろう。

 

「あぁ、ありがとう。起きたよ」

 

敷波に礼を言う。

意識をしっかりさせるために少し顔をこすり、軽く頭を振る。

よし、大丈夫だ。

 

玄関口が見えてきた。

何人か立っている。

どうやら曙、山城、赤城のようだ。

珍しい組み合わせだな。

 

車が彼女たちの前で止まり、順に降りる。

出迎え組は敬礼をしたので、返礼をする。

 

「ただいま」

 

「…」

 

「帰ってくるのが遅いのよ、このクソ提督」

 

「お帰りなさい、提督」

 

ボーっとしている山城となんだか不機嫌な曙、そしてニコニコと迎えてくれる赤城。

 

「出迎えてもらって悪いんだけど、皆に伝えたいことがあるんだ。悪いんだけど、そうだな、1時間後に第一会議室に全員集まるよう伝えてきてくれる?」

 

指示通りに動いていて、何も問題がなければ30分後には全員揃うはずだ。

 

「わかりました」

 

ちゃんと返事をくれたのは赤城。

山城はコクリと頷くだけ。

曙にいたってはブスッとしたまま行ってしまった。

出迎え係を誰かから押し付けられたのかな?

 

「敷波と榛名さんはのんびりしてても良いよ。向こうで起きたことを伝えるだけだから。それとも参加する?」

 

「参加させていただきます」

 

「する」

 

「じゃあ荷物を置いたら同じく一時間後に来てね」

 

「「了解!」」

 

さて、僕も片付けたり準備しないと。

その前に…

 

―・―・―・―・―・―

 

「や、ただいま」

 

執務室に入り、中に居る娘らに声を掛ける。

 

「遅かったじゃない。どこで油を売ってたのかしら?」

 

「お疲れ様です」

 

「あら?曙は?」

 

叢雲、白雪、霞が返事…?をする。

まともな返事は白雪だけじゃないか。

 

「とりあえずお疲れ。現時刻を持って代理業務は終了。何か問題はあったか?」

 

「ないわ。しいて言うなら討伐した深海棲艦が普段より多かったけど、誤差の範疇ね」

 

「鎮守府内は平穏でした」

 

「遠征も問題なく。むしろ順調に回収量が増えていっているわ。最後の遠征も後30分で戻ってくるそうよ」

 

順調だったようでなにより。

 

「了解。こっちからは少し話がある。一時間後皆にまとめて話すが、君たちには事前に概要を伝えておこうと思う」

 

真面目な態度で発言すると彼女らもそれを感じ取ってくれたようで姿勢を正した。

 

「まず、良い話をしよう。榛名の提督が見つかった。早めに移籍を希望していたため、手続きを終え次第譲渡する」

 

一旦区切り、内容を飲み込む時間を取る。

 

「次いで、悪い話。少々厄介ごとに携わることになった。他所の鎮守府で艦娘の扱いについてゴタツキが起きた。これに関与するようにある人物から依頼された」

 

叢雲が手をあげる。

 

「叢雲」

 

「関与って言い方が気になるわ。その辺りを聞かせて」

 

流石に察しが良いな。

 

「良い着眼点だ。ややこしいがしっかりと聞いてくれ。まず、ゴタツキが起きているのはタウイタウイ泊地。ここに横須賀鎮守府の人間が解決しようと突っ込みかけている。だが横須賀鎮守府の上にいる人物はこの件に自身の部下が介入することを避けたがっている。そこで介入しようとしている人物に協力するフリをしながら、時間稼ぎをしてほしいとのことだ」

 

霞が手をあげる。

 

「どうぞ」

 

「随分とややこしい内容だけど、それをどうして引き受けたのかしら?うちで引き受ける道理がないように思えるのだけど」

 

「そこも重要だ。どうやら渦中のタウイタウイでは不当に艦娘を保有しているらしく、その中には僕の艦娘も含まれている可能性が高いらしい。だから僕としては彼女らの確認、および実在するのであれば回収を目的として動くつもりだ」

 

「なるほどね」

 

納得してもらったようだ。

 

「ただもう一つややこしくする点がある。榛名だ。榛名の移籍先は横須賀鎮守府。それもタウイタウイに介入したがっている側。つまり、時間稼ぎすることや僕の目的を榛名には伝えないでコトを進める必要がある。それ故に早めに移籍するよう仕向けた」

 

榛名が斉藤のところに行くのは確定している。

となれば、その斉藤を通じて中尉に中将からの依頼がもれる可能性がある。

対策は大きく二つのうちどちらか。

一つはこの作戦が終るまで榛名をうちで押さえておく。

もう一つは榛名に中将からの依頼を悟られる前に送りだす。

今回は後者を選択した。

こちらのほうがリスクが少ない。デメリットとしては榛名の戦力をこちらで扱えないことだが、元々客員ということを踏まえれば致し方の無いことだ。

 

白雪が手をあげる。

別に順番にあげる必要はないのだけどねぇ…

 

「どうぞ」

 

「確認です。皆さんに伝えるのは榛名さんが移籍すること、タウイタウイ泊地の問題に介入するということを伝え、榛名さんの移籍後にもう一度招集。真の目的等を開示するという流れでよろしいですか?」

 

流石委員長。こういうのはお手のものだね。

 

「その認識でかまわない。ここで話した内容もそれまで口外禁止とする。他に質問は?」

 

霞と叢雲が視線を交わした後、霞が手をあげる。

 

「霞」

 

「具体的な私たちへの指示は榛名さんの移籍後ってことで良いのかしら?」

 

「いや、それだと少し不信に思われる可能性がある。ちょっと僕に考えがあって、試したいことがあるからそれらをやってもらったり、資材集めを中心に行動してもらうことになるな」

 

最悪の場合を想定して、実験や訓練をしておくべきだろうし。

 

「それともう一つ。この件に携わる間、時たま留守にする可能性がある。その時のために君たちにはより多くの業務を代理で行ってもらえるよう指導する。悪いが付き合ってくれ」

 

「「「了解」」」

 

即答かい。やっぱり心強いね。

 

「じゃ、真面目なお話終了。一時間後…じゃなくてもう50分後か?に第一会議室ね」

 

「わかったわ」

 

「えぇ」

 

「わかりました」

 

さて、今のうちにやっとかなきゃいけないことをしよう。

 

「ところで任…大淀さんはどちらにいるか知っているかい?」

 

「大淀さん?事務室で作業しているのじゃないかしら?というか昨日と今日の報告書溜まっているのだし、さっさとやりなさいよ」

 

叢雲が咎める。が、これは早めにしておきたいのだ。

 

「だいじょーぶ!叢雲さんが問題なしというからのんびりでもいいのさ!サラバダ!」

 

そういって執務室を出る。

なんだか声が聞こえた気がするが気にしなーい。

 

 

―・―・―・―・―・―

 

事務室の前に立つ。中の気配を探るとなんとなく音がするから誰かが居るのは確かだろう。

とはいえここに居そうなのは任務娘こと大淀だけだが。

 

ノックして返事を待つ。

 

「はい、どなたですか?」

 

「わしじゃよ、わし」

 

「お遊びに付き合う暇はないのでまたにしてください」

 

「そうつれないこと言わないでくださいよ」

 

そう言って中に入る。

 

「お疲れ様です。それとお帰りなさい提督」

 

少しだけこちらを見て軽く頭を下げる。そしてすぐに作業に戻る大淀。

バリバリの事務員さんだ。彼女のお陰でこの鎮守府は保たれているようなものだ。

 

「ただいまです。ちょっとだけでいいので、手、貸してもらえますか?」

 

「何でしょうか?先に概要を確認させてください」

 

「たいしたことじゃないよ。ほら、手」

 

ちょっとしたサプライズをしたいから手を拝借したいのだが、なかなか相手にしてもらえない。

 

「はぁ。わかりました。それで何をすれば良いのですか?」

 

ようやく手を止めてこちらに向き直る大淀。

 

「いや、ですから手を貸してもらえます?こう、手のひらを上にしてこっちに」

 

素手で水を掬うときの様な形をジェスチャーする。

 

「こうですか?」

 

いかにもやれやれといった顔でしぶしぶやってくれる大淀。

 

「そうそう。はいこれ」

 

そのまま手をそっと手を掴み、その手の上に()()を置く。

 

「はい?これは…」

 

手の上にある()()を見て驚く大淀。

 

「プレゼントです。普段お世話になっているので。大淀さんのために感謝をこめて特別に用意したものなので、他の娘には内緒ですよ?」

 

大淀には他の娘と違った活躍をしてもらっているからね。

他の娘にもお土産は用意してきているが、それとは別にプレゼントだ。

艦娘全員を特別扱いしているつもりだが、それでも堂々と特定の娘だけ多くの賞与が渡されるのは他の娘から見て心地よくないだろう。

結果的にばれるのはかまわないが、何らかのわかりやすい表彰でない限り、個別に渡す際は内緒だよとしておくのが吉だと思う。

 

「犬の…置物。でしょうか?見た目以上に結構ずっしりしていますね」

 

「えぇ。実はそれ、文鎮として使えるんですよ。大淀さんにはただ可愛いだけの物より、実用性もある物のほうが喜んでもらえるかなって。あ、気に入らなければ無理に使わなくても「いいえ!大切に、大切に使わせていただきます!!」

 

普段の落ち着いた感じからは想像できないほどの食いつきだ。

胸の前で両手で包み込むように持っている。

気に入ってもらえたようでよかった。

犬、好きなのかな?

渡した()()とはデフォルメされた犬が寝ている姿の文鎮だ。

結構可愛らしいデザインのものを選べたと思う。むしろ僕も欲しいレベルだ。

 

「そう言ってもらえるとうれしいよ。あ、あと普通のお土産、他の皆にも渡すつもりのお饅頭があるけど、どこに置けばいいですか?」

 

一つずつ袋に小分けされているお饅頭も取り出す。

黄色いひよこ型の中身が白あんのやつだ。

大淀の目の前にある机は色々な書類でいっぱいだ。無造作に置くと埋もれてしまいそうなので、確認を取る。

 

「…」

 

「大淀さん?」

 

「あっ!はい。そうですね。えっと、それも受け取ります」

 

そういって手を伸ばしてきたので、そっと乗せて渡す。

 

「あと、ちょっと今後について話したいことがあります。なので明日時間をください。用件は以上です。ではお疲れ様~」

 

「はっ、はい。お疲れ様です」

 

事務室を後にする。

ちなみに普段から大淀と明石は別枠扱いなので、集合の件は触れない。後に個別で話す予定だ。

彼女らのペースを崩すのは良くないので、普段から彼女らが空いている時間に話すことにしている。

 

次は明石だな。工廠に向かおう。

 

―・―・―・―・―・―

 

「あ~か~し~さぁん!」

 

工廠に着くや大きな声で呼ぶ。

気分は友達を家の外から遊びに誘う小学生だ。

 

「あ、提督。おかえりなさい」

 

なんとも普通に出迎えてくれた。

わらわらとまわりに妖精さん達も居る。

いろいろと整備中だったのかな?

 

「あ、今大丈夫ですか?作業中なら出直しますが」

 

「はい、区切りが良いので大丈夫ですよ。どうしましたか?」

 

そう言って手袋を外しながら近づいてくる。

 

「お土産を持ってきました」

 

「あら、わざわざありがとうございます」

 

大淀にも渡したお饅頭を渡す。

 

「皆さんにもありますよ。仲良く分けてくださいね~」

 

妖精さん達にも金平糖がたくさん入っている袋を渡す。

普通の金平糖ではなく、地域限定のおもしろお菓子だ。さまざまなフルーツの味がするらしい。

 

「あ、ちょっと明石さんと二人にしてもらっても良いですか?」

 

そう妖精さんたちにお願いすると金平糖を持って奥に行ってくれた。

 

「急にどうしたんですか?内緒の話でも?」

 

「えぇ、そのとおりです」

 

なんだかすごく意外そうな顔された。

 

「これを」

 

そういって小さな箱を渡す。

 

「これは?」

 

「プレゼントです。こういうのはあまり詳しくないので合わない様だったら捨ててください。一応普段のお礼ということで。他の娘には内緒ですよ?」

 

「…はぁ…」

 

すごく気の抜けた返事をされた。

 

「それと明日辺りに時間ください。ちょっと今後について話があるので」

 

「ふぇっ!?わ、わかりました」

 

「?まぁ、そういうことで、失礼しますね」

 

「あっ、はい!お疲れ様でした!」

 

すごい勢いで頭を下げられた。

どうしたんだろう?

 

まぁとりあえず用件は済んだ。

お饅頭用意して第一会議室に向かうとするかな。

 

 




鎮守府に帰ってきたので健康診断編終了です。

事務員とか保守要員ががんばってくれるからこその平穏ですからね。
大いに感謝しましょう。


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裏方側sとお土産

どちらかというと単に前話の裏話。


side:大淀

 

「に…大淀さん。こちらの書類をおねがいします」

 

大淀です。

 

「はい。それでしたらそこの篭に入れてください。後は私が処理をしておきますので」

 

白雪さんに書類をどこに置けば良いか指示を出す。

なぜかこの鎮守府(ここ)では私のことを"任務娘"とよくわからない呼び方をします。

どうにも初出は提督のようですが、正直戸惑っています。

最近はそれを私が不快に思っていると思われているようで、控えられてきましたが、今みたいに言いよどむことが多いです。

別に愛称をつけられること自体はかまわないのですが、脈絡もない呼び名だとどうにも違和感を覚えてしまうのです。

 

「はぁ…」

 

そんなことを考えていると自然と溜息がこぼれてしまいました。

私は明石と叢雲さんと一緒にこの鎮守府が設立された当初から一緒に仕事してきました。

確かに正確には本営からの貸し出しという扱いで、しかも表向きには新人提督の補佐として派遣されました。

しかし、実情は監視役としても扱われていますし、それを提督も把握しています。

だからヘイトを集めるのも判りますが、意味不明な呼び方はなんとももどかしいです。

本営から任務が来た際は私を介して通達されますが、どちらかというと事務をやっていることのほうが多いので、"事務員さん"とか言われたほうがまだ理解できます。

他の娘に比べて会話は多いと思いますが、すべて仕事の話ですし、提督のことは未だによくわかりません。

4月に提督たちと一緒にここに来て、今は10月。そういえばもう半年も一緒に仕事してきたんですね…

 

と、時間といえばもう提督が帰ってきててもおかしくない時間ですね。

律儀なところがあるので、おそらく顔を見せにくるとは思います。

ほら、ノックの音が聞こえました。

 

「はい、どなたですか?」

 

まぁ提督じゃなくてだれか他の娘でしょうけど。

 

「わしじゃよ、わし」

 

提督?普通の返事だったらうれしかったのでしょうけど、そういうおふざけでは素直に喜べませんよ…

 

「お遊びに付き合う暇はないのでまたにしてください」

 

まだ仕事が残っていますし。

たまに提督はおかしなことをし始めます。それが最大の欠点といえるかもしれません。

 

「そうつれないこと言わないでくださいよ」

 

そういって入ってくる。

普段忙しいときには無理に続けないので意外ですね。

何か時間的にすぐにしなければならない悪戯でしょうか?

 

「お疲れ様です。それとお帰りなさい提督」

 

「ただいまです。ちょっとだけでいいので、手、貸してもらえますか?」

 

どうにも急ぎで手伝うことがあるみたいですね。

ただ区切りが悪いので少し待っていただかないと。

 

「何でしょうか?先に概要を確認させてください」

 

聞きながら区切りの良いところまで進めちゃいましょう。

 

「たいしたことじゃないよ。ほら、手」

 

妙に今回はひっぱりますね。

何事でしょうか?

仕方ないのですぐに手を止めて提督に向き直る。

 

「はぁ。わかりました。それで何をすれば良いのですか?」

 

「いや、ですから手を貸してもらえます?こう、手のひらを上にしてこっちに」

 

提督が手をお椀型にして差し出す。

私にそうして欲しいようなので、真似する。

 

「こうですか?」

 

手を貸して欲しいって言葉通り手に何かしたかったのでしょうか?

 

「そうそう。はいこれ」

 

口調は軽いけれど丁寧な手つきでそっと私の手を包む提督。

なんだかいつもと違う雰囲気…紳士的な態度にちょっとドキッとしてしまいました。

と、なんだか手の上にそれなりに重い物が置かれました。

それほど大きくはない()()を見てみる。

 

「はい?これは…」

 

()()は犬の小物でした。

ラブラドールレトリバーでしょうか?

デフォルメされた犬が寝そべっているデザイン。

一体これは?

 

「プレゼントです。普段お世話になっているので。大淀さんのために感謝をこめて特別に用意したものなので、他の娘には内緒ですよ?」

 

少し照れたように頬を掻きながら言う提督。

内緒ですよのところで人差し指を立ててニコリとする。

 

いきなりの出来事で頭の中がパニックです。

 

「犬の…置物。でしょうか?見た目以上に結構ずっしりしていますね」

 

そこはお礼を言うところでしょう私!

なにのんきに観察結果を述べているのですか!?

 

「えぇ。実はそれ、文鎮として使えるんですよ。大淀さんにはただ可愛いだけの物より、実用性もある物のほうが喜んでもらえるかなって。あ、気に入らなければ無理に使わなくても「いいえ!大切に、大切に使わせていただきます!!」

 

折角提督が()()()()に、わざわざ選んでいただけたものです。

大切に、大切に使いましょう。

本音を言えばもったいないので使わずにしまっておきたいのですが、提督は私が使うことを考えてくださったのです。

だったら使うしかないでしょう。

 

「大淀さん?」

 

急に声を掛けられてビックリする。

提督を見ると手にはお菓子。

どこに置けば良いのかわからないのでしょう。

 

「あっ!はい。そうですね。えっと、それも受け取ります」

 

手を出すとポンと置かれました。

流石に今回は包んでもらえませんでした。

って私は何を…

 

「あと、ちょっと今後について話したいことがあります。なので明日時間をください。用件は以上です。ではお疲れ様~」

 

「はっ、はい。お疲れ様です」

 

提督はひらひらと手を振って去っていった。

明日時間を作らなきゃ…

って待って。今後について?

 

それって()()()()()()()についてってこと!?

え、えええええええええええええええええええ!?

えっと、確かに好意的には感じていましたけど、提督からもそれなりに信頼されていると感じていましたけど!

そういうことですか!?

 

こ、このプレゼントも!?

その、えっと、少々混乱が続いています…

あとで明石に相談しよう…

 

―・―・―・―・―・―

side:明石

 

「よし、これで点検終わりっと」

 

霰ちゃんの艤装を点検し終えて、一区切りついた。

あとは遠征にでてる娘たちの分か…少し手が空きましたね。

 

「あ~か~し~さぁん!」

 

提督が大きな声で呼ぶ。

そういえば提督が帰ってくる時間でしたか。

 

「あ、提督。おかえりなさい」

 

返事をしてから近づいていく。

 

「あ、今大丈夫ですか?作業中なら出直しますが」

 

私の格好を見て中断したかのように思ったのかな?

煤や油だらけだし。

 

「はい、区切りが良いので大丈夫ですよ。どうしましたか?」

 

手袋を外しながら近づく。

 

「お土産を持ってきました」

 

そう言ってお菓子を差し出す提督。

梱包されているからこのままさわっても大丈夫でしょう。

 

「あら、わざわざありがとうございます」

 

礼を言いながら受け取る。

それにしてもわざわざここまでそのために来るとは珍しい。

どうにも提督は機械系が好みみたいで、時間があると顔を出して見学していくことがある。

今回もソレが目的だったのかな?

でも帰ってきたばっかりなのにそんな時間あるのかな?

 

「皆さんにもありますよ。仲良く分けてくださいね~」

 

妖精さん達に大袋入りの金平糖を渡す。

 

「ワーイ」

「テイトクアリガトー」

「コンペートー?」

「カンミジャー!」

「オチャガホシクナルネ」

 

なんてみんな盛り上がりながら受け取る。

 

「あ、ちょっと明石さんと二人にしてもらっても良いですか?」

 

妖精さん達は見合ってからそそくさと退散していく。

私に意味深な目配せを残して、金平糖はしっかりと持っていく。

そんなんじゃないと思うんだけどねー。

提督は冗談を多く言うけど根っからの真面目人間だ。そういうことを考えるタイプじゃないと思う。

ましてや私相手だ。もっと魅力のある娘ならともかくね…

 

「急にどうしたんですか?内緒の話でも?」

 

「えぇ、そのとおりです」

 

!?

正直驚いた。でも落ち着け私。いつもの冗談だ。

 

「これを」

 

小さな箱状の物を渡された。

何かを梱包しているものみたいだ。

 

「これは?」

 

「プレゼントです。こういうのはあまり詳しくないので合わない様だったら捨ててください。一応普段のお礼ということで。他の娘には内緒ですよ?」

 

プレゼント?私に?

しかも他の娘には内緒で?

 

「…はぁ…」

 

ちょっと状況が飲み込めない。

唐突になんなんだろう?

え、本当にそういうのだったの?

 

「それと明日辺りに時間ください。ちょっと今後について話があるので」

 

 

()()について!?

 

「ふぇっ!?わ、わかりました」

 

いきなりプレゼントなんて用意して、しかも今後についてお話!?

きゅ、急すぎないかな?

まぁ、確かに嫌とかじゃないんだけど、こう、ね?物事には順序とかさ…

 

「失礼しますね」

 

あ、提督が行っちゃう。

 

「あっ、はい!お疲れ様でした!」

 

えっと、どうしよう?

とにかく大淀に相談しようかな…

 

その前にプレゼントを確認してみましょう…

破かないように包みを開けると、よくわからない文字が。ブランド名かな?

それなりに高級感のある何かでしょうか?

包みの中にあった小箱を開けるとなにやら缶が入っていました。

これは一体?

あ、箱の隅に紙がある。説明書だといいな。

 

…ハンド…クリーム。

 

手荒れケアに使うもの?

そういえば提督も合わなければどうのとか言ってたっけ…

 

ふと自分の手を見る。

作業は手袋をしてすることが多いが、素手でやることもある。

それゆえあまり女の子らしさがない私の手。

だからこれでもう少し気を使えってことかしら?

 

ううん。彼はそういうタイプじゃない。

もっと私たちを気にかけてくれるタイプだ。気にかけ方がすごく不器用だけど。

 

お礼とも言っていたし、たぶんこれは私を労わるために用意してくれたものなのだろう…

 

あれ?急に涙が流れてた。

なかなか止まらない。

 

物語なんかでうれしさのあまりにぽろぽろと泣くヒロインに、現実じゃそんなに泣かないよねって思ってたのに…

うれしさが全身を満たすどころか涙としてあふれでてしまう。

 

前の鎮守府ではただの整備士扱いだった。

艦娘であっても戦闘能力は皆無だし。

そんな私を必要としてくれるだけでなく、ここまで大事にしてくれるということがこんなにもうれしいとは。

 

今はまだ本営所属扱いだけど、ここに所属を移してもらえるようもっと懇願することにしよう。

 

 

―・―・―・―・―・―

side:大淀

 

「大淀、いる?」

 

夜、夕食後に残っていた書類を片付けるため事務室に戻って作業していたら明石に声を掛けられた。

 

「えぇ。ちょうど良かった。明石、今日このあと時間ある?」

 

「私もちょっと大淀と話がしたくて。私の部屋…はちょっと散らかっているから大淀の部屋で良い?お酒持ってくよ」

 

「まったく、整理は普段からすること。肴はどうします?」

 

「お菓子持ってくつもりだったけど、だめ?ちゃんと柿ピーもあるよ」

 

「仕方ないわね。あと5分待って」

 

「はーい」

 

さっさと作業を進める。

 

「にしても作戦中でもないのに大淀が残るって珍しいね」

 

「ちょっと上の空気味になっちゃってね。その辺りについてもちょっと話したかったのよ」

 

提督のことを考えてたら普段よりも遅れてしまった。

 

「そっか。じゃあ私の話は後にするね」

 

しばらく明石を待たせて作業を終えた。

 

「遅くなってごめんなさい」

 

「いいよ。そんなに待ってないし。それじゃ行こ」

 

「えぇ」

 

私の部屋へ行く前に途中で明石の部屋に寄り、お菓子とお酒を取りに行く。

 

「酒盛りですか?」

 

明石の部屋の前で待っていると叢雲さんと白雪さんが通った。

まだ消灯時間までにはゆとりがある。

自由時間なのだろう。

 

「えぇ、たまには息抜きしないとね」

 

「そう。そういえば大淀さんは先ほどの会議に居ませんでしたが、司令官から今後の作戦について聞きました?」

 

作戦?

叢雲さんが言う作戦とは何のことでしょうか?

 

「いいえ、何の話でしょう?」

 

「あいつ…。じゃあ何か話があるとか言っていませんでした?」

 

「話…。あぁっ!そういうことですか!」

 

()()()()()()って別に私的な内容じゃなくて、鎮守府の今後…今後の作戦についてってこと!?

うわぁ…盛大に勘違いしてしまいました…

 

「えっと、大丈夫ですか?」

 

「急に大きな声だしてどうしたの?」

 

白雪さんと明石が心配してくれる。

 

「ううん。大丈夫、なんでもない。ちょっと私が勘違いをしてたことに気づいただけだから…」

 

「勘違い?」

 

「えっと…あんまり触れないで…。それと叢雲さん。提督はおそらく私の手が空いていなかったため、通達するのは明日にしたのだと思います。だから漏れているわけではないと思いますよ」

 

すっごく今自分が恥ずかしい。

仕事の話なのに、勝手に自分と提督の話だと思い込んで、上の空になってしまうなんて…

 

「そう?まぁ…そういうことにしておくわ。それじゃ、おやすみなさい」

 

「はーい、おやすみ~」

 

「失礼します」

 

二人とも頭を下げてから去って行った。

 

「んじゃ、私たちも行きましょうか」

 

明石からお菓子とお酒を受け取って、私の部屋に向かう。

部屋に着くとテーブルの上にお菓子を並べる。

 

「さて、乾杯はどれにする?」

 

「その焼酎をいただきましょうか。私は水割りにします」

 

「じゃあ私もそうするー」

 

二人で焼酎の水割りを作り、乾杯する。

 

「それで、話したいことって?」

 

「明石も何かあるって言ってましたよね?」

 

「私は後で良いよ。大淀からで」

 

「私はもう解決しました…。単にちょっと勘違いしてて…。だから明石の話を聞かせて?」

 

「そう?じゃあ私からで。えっと、今日提督が帰ってきたじゃない?その時にちょっとお話したのだけど、その、提督にさ…」

 

「提督に?」

 

「提督に今後について話がしたいって言われちゃってさ…」

 

「あー。うん。なるほど」

 

明石も私と同じ勘違いをしたと。

 

「何よその返事。もうちょっとこう、驚いた反応してもいいんじゃない?あの提督にだよ?」

 

「ねぇ、それってちゃんと"明石と提督の今後"についてって言ってた?単に"今後"についてって言ってなかった?」

 

「え?えっと、どうだろう?というかどう違…もしかして大淀…」

 

「私も同じ勘違いをしたのよ…」

 

「アハハハハ…。呑もうか」

 

「呑みましょう」

 

しばらく二人で呑みました。

 

 

 

 

「一体任務娘ってなんなのよぅ・・・」

 

「大淀は任務を伝えたりするからわかるじゃない。私なんてアイテム屋よ?アイテムって何よ?それに屋ってことは何?私店員?わけがわからないわ」

 

お互い変な呼び方をされてるのね。

嫌ではないけど本当に不明すぎて困惑する。

 

「にしても紛らわしい言い方するよねぇ。ねぇおおよど~」

 

最初の話かしら。

明石はだいぶ酔ってきたみたいで話が急に変わる。

 

「まったくね。勘違いさせるのも大概にしてほしいわ」

 

「…でも正直悪い気や嫌な気はしなかったのよね」

 

「それどころかってね…。ふふっ」

 

明石も私と一緒ね。

 

「はぁ…。本格的にこっちに移籍できないかしら。せめて艤装が建造できればスムーズに手続きできるのだけどねぇ」

 

「明石はいいわよ。私はお目付け役もさせられてるからそれだけでは簡単に移籍できなさそうなのよ…」

 

私たちは艤装無しで建造された。

どうして他の娘と違ってそうなったのかは不明だが、本営で建造される娘はそういった傾向が多いらしい。

だから私たちに対応する艤装を建造した鎮守府に配属されることも多々ある。

だけど私は単に派遣されているだけではないのが厄介だ。

 

「あー、あんまりこっちに肩入れしすぎるなーってなっちゃうのね。損な役よねぇ。でも提督は大淀のことすごく重要に思っているみたいよ」

 

「何よ急に。何か理由があるのかしら?」

 

「前に叢雲ちゃんに聞いたのだけど、提督がここを一人で運営する際に条件をだしたんだって。その条件が貸し出しでも良いから大淀を寄こせって」

 

「まさかぁ?」

 

そこまでして私を欲しがる理由なんてないはずだ。

 

「どうも私もそのついでに要望されたらしくて貸し出しされたのよ。本当はあと間宮さんを欲しがったらしいけど、間宮さんは空いてないから無理ってなったらしいわ」

 

食事は大事。おいしい食事をつくると有名な間宮さんならだれもが必要とするのは理解できる。

 

「間宮さんは誰もが欲しがるわよね。私たちは何でなのかしら?なんなら明日本人に聞いてみましょうか?」

 

「それいいわねぇ。私も同席したいわ」

 

「なら二人で聞きましょう?提督としてもあまりばらけて話をするよりまとめて話したほうが楽でしょうし」

 

酔いながらも明日の予定を調整して、二人とも同じ時間に提督の話を聞けるようにした。

 

 




大淀はむっつりスケベチョロインだと思います。
明石は女の子という点では自己評価が低く、押しに弱そう。
それにピンク髪だし。


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霰さんと潮とひ○こ饅頭

実質タイトルは今話の後半です。


「さて、まずは集まってもらった理由をはじめに話したいと思う」

 

17隻の艦娘を前に説明を始める。

 

「健康診断に行った際に、上層の人物よりある依頼をされた。内容はある鎮守府において艦娘が不当な扱いを受けていることについてだ」

 

適度に区切り全員が内容に付いてこれるよう配慮する。

 

「それに対して救出作戦を実行する。我々もそれに参加してほしいとのことだ。通常各鎮守府における艦娘の扱いはその鎮守府にて管理される。しかし、今回はそれが行き過ぎているとのことだ」

 

納得いっている様子の者も居れば、そうでない者もいる様子。

事前に実情を伝えていた娘らは無反応だ。

 

「不当に所持している艦娘に不当な扱いをしているという情報もある。そのため、今後は横須賀鎮守府の方々と連携しながらその艦娘たちを救出、保護することを目的とした作戦を実行する」

 

不当な扱いをされている娘がいるということで少々の動揺を感じた。

 

「対象はタウイタウイ泊地。我々は救出された後の艦娘たちを保護することを主な任務として任されている。そのため、今後は資材回収をより多くこなすことと、少ない艦数で南西海域に航行できるよう訓練をすることに重点を置く。具体的な内容は後日資料を配布し、各個に指示を出す予定だ。ここまでで質問がある者はいるか?」

 

一旦区切り、周りを見渡す。

突然の話でまだ飲み込みきれて居ないのか少々艦娘間で話がされている。

落ち着くまで少し待とう。

 

やがて摩耶が手をあげた。

 

「摩耶」

 

「事情はわかるし、できることなら助けたいとは思う。けれどさ、うちらに他所を気にするゆとりや、そもそも他所に口出しする理由ってあるのか?」

 

まっとうな質問だ。

 

「その通りだな。正直ゆとりも理由も大してない。だが、今回は僕のわがままだと受け取ってほしい。もちろん君らの反対が多ければ辞退を申し込もう。しかし、虐げられている艦娘が居るのを知って、見過ごすことはできない。確かにゆとりはないが、そのための準備をこれからすれば多少の期間だけ受け入れることぐらいはできるはずだ」

 

「ふーん。まぁ提督がそう言うならあたしは受け入れるよ」

 

情報を伏せて伝えるのは心苦しいが、現状はそう答えるしかない。

実際にはうちの娘になってくれる娘が居る可能性があるからだし。

だがその本心を伝えるわけにはいかない。

 

「ありがとう。そういってくれると助かる。さて、他に質問がある者はいるか?」

 

艦娘たちを見渡す。

が、特に誰も反応しない。

 

「先ほども言ったように、君らの反対が多ければ辞退する。どうだ?反対する者は手をあげてくれ」

 

誰も手をあげない。

まぁ提督がこうすると言えば従うのが艦娘というものだし、当たり前といえば当たり前か。

 

「では先ほど話したように、詳細は後ほど通知する。今後の方針としては資材収集を主に、あまり積極的に深海棲艦を殲滅する行動はしないことにする。また、作戦用の特殊な訓練を実施するが、皆参加して欲しい」

 

そう伝えると皆承諾してくれた様子だった。

 

「さて、小難しい話はおしまい。みんな、ただいま。お土産を持ってきてるから仲良く分けてね」

 

そういって饅頭が入っている箱を開ける。

 

「一人一つね。順番に取っていってねー」

 

箱を持って順に受け取れるようみんなの前を歩く。

一人ひとり礼を言いながら受け取っていく。

なんだか中には礼なのか微妙な言もあった気がするが、受け取っていたのだし、気にしない。

 

「これで全員渡ったね。余った分は談話室において置くから早いもの勝ちね。でもあんまり一人で占領しないように。イイネ?」

 

いくらかは執務室にも持って帰ろう。僕も食べたいし。

 

―・―・―・―・―・―

 

会議を終えて、執務室に戻る。

叢雲たちがうまくやってくれていただろうけれど、確認をしたり、僕の判断を必要とする案件もあったりするからだ。

 

「で、何かご用事でしょうか?霰さん」

 

「んちゃ」

 

なぜかついてきた霰。

何か用でもあるのだろうか?

 

「いや、うん。んちゃ。じゃなくて、用があるなら聞きますけど?」

 

「別に」

 

「左様ですか」

 

今までこういうタイプの娘はうちに居なかったから良くわからない。

何かしたいのか?してほしいのか?

ひたすらにこちらを見続ける霰。

本人に聞いても特に用は無いとのことだから、気にせず仕事を始める。

 

「…」

 

すっごい見られてる。

それぐらいでは仕事に支障はないからかまわないけど、気にはなる。

が、特に話題があるわけでもないので、黙々と作業を続ける。

 

中尉の作戦に乗る様にみせるため、名目上は出撃を控えて資材収集に勤しむ。

とはいえ近海に敵が現れたら対処せざるを得ないし、後手に回るのはまずいので警邏は普段通り行う必要がありそうだ。

完全に普段通りでは流石に資材が貯まり難いので、遠方は警備が薄くなってしまうのを受け入れるしかない。

あと、最悪の事態…回収すべき艦娘が居て、なおかつこちらの単独で行動すべき事態に向けて少々危険だが必要な行為の訓練を行わなければならない。

これについては中尉だけでなく、中将にも気づかれないようにするのが得策だ。

中将としては僕も含めて解決に動いている者以外にタウイタウイに口出しをさせたくないのだろう。

となると、僕が回収できる艦娘がいるからという理由で動くのも中将から見たら控えて欲しい事案だ。

 

逆に回収できる艦娘が居なかった場合が僕にとって一番楽だ。

別に僕は中将の直接的な部下ではないし、彼の依頼も正式な任務ではない。

適当に中尉を押しとどめるフリをして、彼女がどう動こうとこちらに関係はない。

やってみたけどダメでしたと中将に報告。それでこちらは依頼を遂行したことになって他は責任をとる必要がない。

せいぜい斉藤にはことを事前に明かして被害を抑えるよう注意喚起してあげれば充分だ。

 

「…」

 

そして未だに見続けている霰。

そんなに何か面白いものでもあるのかね?

別段おかしな格好をしているわけではないと思う。

見た目でおかしなところがあれば霞あたりにすぐ怒られるからだ。

 

「霰さん。見てるのはかまわないけどさ、立ちっぱなしはつらくないかい?」

 

とりあえず微動だにしないまま立ち続けるのはどうかと思う。

だがふるふると横に首を振って否定する霰。

そういうなら口出しは無用だなとこちらも黙る。

 

コンコンとノックの音が唐突に鳴った。

特に誰かが来る予定はなかったはずだが、どうしたのだろうか?

 

「潮です。よろしいでしょうか?」

 

潮?

 

「どうぞ、あいてますよ」

 

失礼しますと入ってくる潮。

そして霰を見て一瞬止まる。

 

「えっと…霰…ちゃん?」

 

「ん」

 

「えっと、霰ちゃんはいったい何を…?」

 

「…見てるの…」

 

「は、はぁ…」

 

正直僕も理由はわからないので、こちらを見られても答えられないです。

 

「さて、潮は何か用かい?それとも単に会いに来てくれたのかな?ナンチテ」

 

顔を赤らめて伏せる潮。

え?何その反応。何かまずった?

 

「その…えっと。はい。おかえりを言いたくて…」

 

もじもじとする潮。

え?マジだったんすか?

やばい、うれしいわ…

 

「えっと…うん。ただいま、潮」

 

「はい!おかえりなさい、提督!」

 

元気に答えてくれた。

かわいいなぁ

潮っぱいにうもれt…

アカンアカン。ようやく仲良くなり始めたばかりなんだ。

そんないけないこと考えないようにしないとね!

 

「んんっ。少し待っててね。今区切り悪いから。切り上げたらお茶でも飲もう」

 

「えっ。そんな、悪いです…。お気になさらずに、どうぞ」

 

「いや、僕が饅頭たべたいだけなんだ。言い訳になってくれない?」

 

「そういうことなら…」

 

「と言っている間に終わり。さて、用意するから二人とも座った座った」

 

「その…失礼します」

 

「んちゃ」

 

二人を座らせ、お茶を用意する。

お茶請けは当然余った饅頭だ。

 

「はい、お茶。熱いから気をつけてね」

 

「ありがとうございます」

 

「ありがとう…ございます」

 

さて、饅頭をいただこうかね。

 

「うん。おいしい」

 

甘いものはいいねぇ…。ただ食べ過ぎに気をつけねば。

 

「あれ?提督のお茶、冷たいのですか?」

 

「ん?あぁ、僕は水。というかよく気づいたね」

 

「湯気が出てなかったので…。お水で良いのですか?」

 

「うん。結構ミネラルウォーターっておいしいんだよ。あと僕が猫舌っていうのも理由かな」

 

「猫舌…ですか」

 

「猫舌です」

 

硬度やら軟度やら細かい話は正直わからないが、色々飲み物を試していくと、水に落ち着いたのである。

あと冷たいお茶とか用意するの面倒だから自分ではよほど飲みたい気分のときを除けば用意しない。

 

「…ふふっ」

 

「急にどうしたんだい?霰さん」

 

「なんでも…」

 

急に笑い出したから何かと思った。

どうもツボがわからない。

正直あまり霰という艦娘について詳しくないから余計にわからない娘なんだよなぁ…

せいぜい静か・んちゃぐらいだ。

性能面でもまぁ朝潮型だっていうことぐらいしか意識したことないし…

 

「提督。私たちがお饅頭を二ついただいちゃっても良かったのですか?」

 

潮が話しかけてきた。

 

「ん?あぁ、いいんだよ。余った分は早いもの勝ちって伝えてあるし。こうして独占もしていない。なにも問題ないさ」

 

ルールは守っている。それに僕が出したわけだから気にする必要なんてないのだ。

潮は優しい娘だなぁ。

 

「…そうですか。じゃあいただきます」

 

そういって小さく口を開けて食べる潮。

もっもっもっ とでも擬音がつきそうな感じに食べてて、見てるだけでも幸せになれそうだ。

 

「おいしいですぅ」

 

「よかったよかった」

 

霰の方を見てみると、彼女も黙々と食べていた。

嫌がっている様子はないので、大丈夫かな?

その後もしばらく談笑して過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

ちゃんとお仕事は話の後に終らせましたよ?




作者の探し方が悪いのか、あんまり霰って二次創作で扱われていないイメージがあります。
逆に扱いが難しい娘です…
霰タソはこんな娘じゃない!という方がいるかもしれませんが、あくまでこの作品の霰はこういう娘として見逃してください。


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霰さんと潮とひ○こ饅頭_裏

んちゃ。


side:霰

 

鎮守府に着任してからすぐに司令官はどこかに出張してしまった。

帰ってきたかと思えばすぐに皆を集めて次の作戦について話をされた。

あんまり事情はよくわからないけど、司令官がしたいことを支えられたらいいなと思う。

 

そういえば司令官のことまだまだ知らない…。

見た目に反して結構可愛い人だと思うけど、もっと知りたいと思う。

 

そう思ってたら自然と司令官の後をついて歩いていた。

執務室で席について一息ついたところで司令官が口を開いた。

 

「で、何かご用事でしょうか?霰さん」

 

「んちゃ」

 

とりあえず返事はしておく。

良くは知らないけど、なんだか面白い言葉だからよく口ずさんでしまう。

結構気に入ってる。

 

「いや、うん。んちゃ。じゃなくて、用があるなら聞きますけど?」

 

ん~、特に用はない。ただ司令官を見に来ただけだし。

 

「別に」

 

「左様ですか」

 

司令官はお仕事を始めた。

報告書か何かの書類を眺めてたり、なんだかカタカタやってたり、唸ってたりする。

すごく真剣に作業をしている。

前見たときは結構茶目っ気と可愛げのある感じだったけど、こうしてみるとかっこいい感じの人かもしれない。

 

「霰さん。見てるのはかまわないけどさ、立ちっぱなしはつらくないかい?」

 

ふと顔をこちらに向けて気を使ってくれる。

司令官をみてるだけで飽きないから問題ないと首を振って答える。

すると司令官は軽く頷いてまたお仕事に戻った。

 

少しするとノックの音がした。

 

「潮です。よろしいでしょうか?」

 

潮ちゃんのようだ。

 

「どうぞ、あいてますよ」

 

司令官が答えると、潮ちゃんが入ってきた。

 

「失礼します…?」

 

目が遭うと動きが止まった。

一体どうしたのだろうか?

 

「えっと…霰…ちゃん?」

 

「ん」

 

「えっと、霰ちゃんはいったい何を…?」

 

司令官を見ているだけ。

 

「…見てるの…」

 

「は、はぁ…」

 

なんだか納得しているのかしていないのかよくわからない表情。

別にそんなに変なことじゃないと思うんだけど。

 

「さて、潮は何か用かい?それとも単に会いに来てくれたのかな?ナンチテ」

 

司令官がそういうと潮ちゃんは顔を伏せた。

図星なのかな?

潮ちゃんもかわいい…

 

「その…えっと。はい。おかえりを言いたくて…」

 

もじもじとしながら潮ちゃんが言うと、司令官がすごく驚いた顔になった。

うん、なんだか二人ともすごく初々しい感じがしてかわいい。

 

「えっと…うん。ただいま、潮」

 

「はい!おかえりなさい、提督!」

 

二人は仲良いのかな?すごくお互いにうれしそうだ。

ニコニコもじもじかわいらしい。

 

「んんっ。少し待っててね。今区切り悪いから。切り上げたらお茶でも飲もう」

 

照れた感じを隠すためか咳払いをしてから司令官が提案する。

 

「えっ。そんな、悪いです…。お気になさらずに、どうぞ」

 

潮ちゃんもまだ顔が赤い。

二人ともなでなでしてあげたいぐらいかわいい。

 

「いや、僕が饅頭たべたいだけなんだ。言い訳になってくれない?」

 

どうにか理由をつけて誘う司令官。

 

「そういうことなら…」

 

もともと一緒にお茶したそうだったんだし、最初から素直にお茶すれば良いなんて野暮なことは言っちゃダメだね。

 

「と言っている間に終わり。さて、用意するから二人とも座った座った」

 

あれ?二人ともってことは霰も?

まぁご一緒させてもらおう。

 

「その…失礼します」

 

「んちゃ」

 

司令官がお茶の準備をしに行った。

 

潮ちゃんは落ち着かなさそうにそわそわしている。

司令官も機嫌良さそう。

こういう空気は好き。

 

「はい、お茶。熱いから気をつけてね」

 

しばらくすると司令官がお茶をくれた。

 

「ありがとうございます」

 

「ありがとう…ございます」

 

口に含めるとお茶の香りが広がる。

不思議と渋みや苦さは感じない。

すごくおいしい。温度も熱すぎずぬるすぎず飲みやすい。

 

司令官がお饅頭を手にとってうれしそうに頬張る。

もぐもぐと幸せそうに咀嚼する。

そして飲み込んでから一つ頷く。

 

「うん。おいしい」

 

小さくつぶやく。甘いものですごくうれしそうに食べるところとか本当に子どもみたいでかわいい。

 

「あれ?提督のお茶、冷たいのですか?」

 

潮ちゃんが司令官のコップを見ながら言う。

 

「ん?あぁ、僕は水。というかよく気づいたね」

 

ほんと。どうして気づいたのだろう?

 

「湯気が出てなかったので…。お水で良いのですか?」

 

なるほど、言われてみれば確かに。熱々ではないにしろ、こっちのお茶は湯気が出てるのに、司令官のコップからは湯気が出ていない。

潮ちゃんよく見てるなぁ。

 

「うん。結構ミネラルウォーターっておいしいんだよ。あと僕が猫舌っていうのも理由かな」

 

「猫舌…ですか」

 

「猫舌です」

 

司令官、猫舌なんだ…。

うん、なんだかかわいい。

 

「急にどうしたんだい?霰さん」

 

「なんでも…」

 

司令官がかわいいなって思っただけ。

 

「提督。私たちがお饅頭を二ついただいちゃっても良かったのですか?」

 

そういえばさっきもらった分はまだある。

 

「ん?あぁ、いいんだよ。余った分は早いもの勝ちって伝えてあるし。こうして独占もしていない。なにも問題ないさ」

 

そんなことも言ってた気がする。

まぁ気にせず食べる。

 

おいしい。

 

「…そうですか。じゃあいただきます」

 

潮ちゃんも食べる。

みるみる顔がほころんでいく。

 

「おいしいですぅ」

 

かわいい。

 

「よかったよかった」

 

司令官もすごく和んだ顔で見つめていた。

 

この後もしばらくお茶をした。

 

―・―・―・―・―・―

side:潮

 

提督が帰ってきた。

急に召集をかけたと思ったら、なんだか他の鎮守府で大変なことが起きているみたい。

提督は艦娘たちを助ける作戦を行うという。

 

もちろん提督が望むのであれば私はどんな作戦にも参加しようと思う。

それで仲間が救えるのであればなおのことだ。

 

そして真面目な話が終った途端いつもの明るい提督が皆にお土産を配ってくれた。

どうやらお饅頭らしい。

お礼を言って受け取る。

 

それで会議は終了した。

一応会議の時にみんなで提督にお帰りと言ったけど、しっかりとお帰りを伝えたいと思った。

一旦部屋にお土産を置いてから、提督に会いに行く。

きっと執務室でお仕事をしているだろう。

 

執務室の前で深呼吸をしてからノックをする。

 

「潮です。よろしいでしょうか?」

 

するとすぐに返事が返ってきた。

 

「どうぞ、あいてますよ」

 

「失礼します…?」

 

なぜか部屋の真ん中に霰ちゃんが立っていた。

何かやっている最中だったのかな?

にしては提督は黙々と作業をしている。

 

 

「えっと…霰…ちゃん?」

 

「ん」

 

反応はしてくれるけど、いまいち何を考えているのかわからない娘。

 

「えっと、霰ちゃんはいったい何を…?」

 

「…見てるの…」

 

「は、はぁ…」

 

提督を見ても肩をすくめて分からないって返された。

何を見ているのかな?

 

「さて、潮は何か用かい?それとも単に会いに来てくれたのかな?ナンチテ」

 

本題を忘れてた。

提督に言われてハッとする。

おかえりって言いたくてって思ってたけど、本当はただ単に会いたかったんだと気づいて顔が熱くなる。

 

「その…えっと。はい。おかえりを言いたくて…」

 

「うん。ただいま、潮」

 

はにかみながらも返事をしてくれるのがすごくうれしかった。

 

「はい!おかえりなさい、提督!」

 

たった一日。

だけど長く感じた一日。

提督が帰ってきてくれたんだと実感する。

とても暖かい何かで全身が満たされていくのを感じた。

 

「少し待っててね。今区切り悪いから。切り上げたらお茶でも飲もう」

 

提督が提案してくれる。

けど、そこまで気を使わせてしまうのは良くない。

本音を言うともっと一緒にいたいし、お話したい。

けど、これから作戦もあるし、出張から帰ってきてお仕事がたくさんある。

我慢しないと。

 

「えっ。そんな、悪いです…。お気になさらずに、どうぞ」

 

「いや、僕が饅頭たべたいだけなんだ。言い訳になってくれない?」

 

あくまで提督のわがままに付き合うため。そういう建前。

でもそんな風に言われたら断れないじゃないですか…

 

「そういうことなら…」

 

「と言っている間に終わり。さて、用意するから二人とも座った座った」

 

そういって立ち上がってお茶の準備を始める提督。

私とお話しながらも着々とお仕事を進められるのはすごいと思う。

 

「その…失礼します」

 

「んちゃ」

 

霰ちゃんも私の隣に座って待つ。

 

「はい、お茶。熱いから気をつけてね」

 

そういってお茶をもらう。

ほのかに湯気が立っているが、言うほど熱くはなさそう。

 

「ありがとうございます」

 

「ありがとう…ございます」

 

提督のお茶。初めてもらうけど、良い匂いがする。

一口飲むと、びっくりした。

全然渋みや苦味がない。すごく良い茶葉なのかな?

もらって良いのかな?

 

と、提督の方を見ると、コップから湯気が立っていないことに気づく。

 

「あれ?提督のお茶、冷たいのですか?」

 

「ん?あぁ、僕は水。というかよく気づいたね」

 

お水?お茶じゃないの?

 

「湯気が出てなかったので…。お水で良いのですか?」

 

「うん。結構ミネラルウォーターっておいしいんだよ。あと僕が猫舌っていうのも理由かな」

 

なんだか私たちはこんなに良いお茶もらっているのに、当の提督は水って申し訳ない気もする。

でも提督がそれがいいっていうのならいいのかな?

それに提督は猫舌だったんだ…

 

「猫舌…ですか」

 

「猫舌です」

 

覚えておこう。あんまり熱いものは出さないように気をつけなきゃ。

他の皆にも教えてあげようかな?

私だけが知っているっていうのも良いけど、きっと皆も知っていたほうが良いことだと思うし。

 

「…ふふっ」

 

急に霰ちゃんが笑った。

 

「急にどうしたんだい?霰さん」

 

「なんでも…」

 

と思いきやすぐにいつもの無表情に戻っちゃった。

笑うとかわいいのに…

あ、そういえば。

 

「提督。私たちがお饅頭を二ついただいちゃっても良かったのですか?」

 

さっき皆にひとつずつ配られたのに、すぐに二個目をもらうのは他の娘に悪い気がする。

 

「ん?あぁ、いいんだよ。余った分は早いもの勝ちって伝えてあるし。こうして独占もしていない。なにも問題ないさ」

 

提督の言う通りではあるけれど…

うん。でも談話室にまだあるだろうし、これだけにしておけば大丈夫…だよね?

 

「…そうですか。じゃあいただきます」

 

お饅頭、かわいいしおいしい!

提督と一緒だからたぶん余計においしいんだと思う。

 

「おいしいですぅ」

 

「よかったよかった」

 

提督がすごく優しい顔で見つめてくれて、うれしいやら恥ずかしいやらで顔がまた熱くなった。

 

その後もほのぼのと過ごせました。




霰の一人称がすごく難しいです。
wikiの台詞集を見てもあえて自分のことを"霰"と呼んでいるだけで、実際の一人称は自分の名前ではない可能性を感じるんですよね。
同系統に朝潮や大潮など。

榛名や不知火とかは素で自分の名前が一人称だと思います。

別枠で卯月や那珂なんかはキャラ付けのために名前やあだ名を自称しているイメージです。


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山城さんと開発

タイトルから卑猥なことを連想した人、正座。


「私に頼みたいこと…?」

 

半分は興味なさそうに、もう半分は不信そうに問う山城。

 

「えぇ、この役目は山城さんにお願いしたくて。現状山城さんが適任、というか山城さんにしか頼めないレベルの内容なので」

 

基本私に関わらないでくださいオーラMAXな山城だが、命令であれば話は別だ。

指揮には忠実かつ確実にこなしてくれる優秀な娘だ。

あと思ったほど不幸不幸言わない。

姉様とは言うけど。

 

「わかったわ。それで何をすれば良いのですか?」

 

憂鬱そうにしながらも承諾してくれる山城。

まだ内容も伝えてないけど、無茶なことは言わないだろうという程度には信頼してくれているみたいだ。

 

「一時的に秘書艦になっていただき、装備の開発をお願いします。使用する資材の量はこちらに記載しています」

 

そういってレシピを載せた紙を渡す。

 

「はぁ…。別にかまいませんが、どの程度ですか?」

 

「一日あたり5回ほどでお願いします。タイミングはそちらの空いているときでかまわないので」

 

僕のみでタウイタウイから艦娘を回収する場合の準備だ。

 

「尋ねてもいいかしら?」

 

「何をです?」

 

「この資材の量で望みの装備を開発()()()の?」

 

渡したレシピは燃料/弾薬/鋼材/ボーキ=10/90/90/30のものだ。

()の通りならこれで問題ないはず。

 

「開発だからね。確実に出るなんていえないさ。だから後は回数でカバーかな」

 

大きな差異が無ければ、の話だが。

 

「ふーん。まぁそういうことにしておくわ。でも資材は貯蓄するのではなくて?開発に使っていいのかしら?」

 

「必要経費と割り切るしかないですね。一種の保険という部類になりますが、保険はかけてなんぼですから」

 

中尉はあてにしないほうが良さそうだ。

どの程度の技量かわからないし、手の内もまだ明かしていない。

となれば確実性を担保するためにも自力で保険をかけるしかない。

 

「そう。まぁ無駄にならなければいいのだけれど」

 

山城は納得しているのだかしていないのだか…いや、興味が無いといった風だ。

 

「それと、山城さんにはもう一つやってほしいことがあります。こちらはかなり危険を伴うので、拒否してもかまいません」

 

前置きをして、意識をこちらに向かせる。

 

「ざっくりというと、交戦中に()()()()をして欲しいんです。それを狙ってできるように訓練をこれからお願いします。口頭で説明は難しいので、こちらを」

 

そう言って資料を差し出す。

山城は黙ってそれを受け取り、中身を読み始める。

 

「摩耶さんや羽黒さんにもお願いする予定です。参加してくれる娘が決まり次第詳細な打ち合わせを行います」

 

見る見る表情がこわばっていく山城。

 

「これをやれと?かなり無茶な注文ですね」

 

「えぇ、ですから拒否してもかまいま「やるわよ」いいんですか?」

 

僕の言葉を遮り承諾してくれる山城。

 

「無茶とは言ったけれど、不可能ではないわね。ただ即興でやれるかと聞かれれば否。確かに多大な訓練が必要ね。他のメンバーはどうするつもり?」

 

「拒否されなければさっきも言ったとおり摩耶さんと羽黒さん。それに神通さんと那珂ちゃん。そして白雪さんかな」

 

「赤城さんは入れないのね。それに叢雲じゃなくて白雪なの?」

 

ざっくりとしか読んでいないはずなのに、()()を所望する辺り僕の意図は汲まれているようだ。

非常に話が進めやすい。

 

「確かに練度を考えれば叢雲さんが良いだろうね。ただ状況的におそらく叢雲さんは別に使っている可能性が高いから白雪さんを入れる感じかな。それと赤城さんを入れないのはわざと。総合的に見ると赤城さんは実行時に艦隊に居ないほうが良い」

 

赤城が居た場合のメリットもあるが、居ない場合のメリットが上回っている計算だ。

ただあくまで現状の試算だから変更の可能性は否定できないが。

 

「そう。どうでもいいわ。命令されたことをこなすだけよ。他のメンバーが確定したら打ち合わせに呼んで頂戴」

 

そういっていそいそと立ち去ろうとする山城。

 

「わかりました。ありがとうございます。開発の件もよろしくおねがいしますね」

 

さて、普段の練度上げ出撃の代わりにこの訓練を入れよう。

練度は上がらなくなるし、使用する艦が艦だから出費も激しい。

しかしやっておかねばならない内容なので、致し方なし。

 

「大淀から提督へ、本営から入電です。至急執務室にお戻りください。繰り返します───」

 

話し終わったタイミングで館内放送が流れる。

どうやら大淀が呼んでいるようだ。

本営からの電文?なにか異常事態か?

放送を使うほどだから急ぎなのだろう。

 

―・―・―・―・―・―

 

「遅くなってすまない。何があった?」

 

執務室に入ると既に大淀が待機していた。

一応真面目モードで話を始める。

 

「お疲れ様です。大本営より緊急の入電がありました。宛ては本土内全鎮守府です。こちらを」

 

そう言って書類を差し出す大淀。

 

「先日、大本営所属の一部艦娘が本土近海で突如音信不通になったそうです。周囲への警戒強化および、可能な場合は対象の艦娘を捜索。もし発見できた場合は保護と報告をとのことです。対象の艦娘については一覧が記載されていますので、後ほどご確認をお願いします」

 

書面では言い回しが難しくなっているが、おおよそ大淀の言う通りの内容だった。

艦娘名が書いてある一覧もあり、2艦隊分が連絡不能状態のようだ。

 

対象の艦娘は以下の通り。

金剛・比叡・榛名・霧島・赤城・加賀

利根・筑摩・翔鶴・瑞鶴・鳳翔・北上

 

「大型艦が多いな…」

 

戦艦4、正規空母4、重巡2、軽空母1、雷巡1

北上が雷巡扱い…?

まぁ、ありえるか。

 

「これは書面には載せられていない情報なのですが…」

 

こちらが一通り目を通し終わったことを確認して大淀が口を開く。

 

「今回対象の艦娘はどうやら大本営直属の艦娘のようです。他の対応する提督を捜索中である一時所属ではないとのことでした」

 

つまり、これは正規の本営戦力となるわけだ。

そりゃ大急ぎで回収したがるわけだ。

これだけの戦力、無くなるのであれば相当なことが起きたと考えるべきだし、注意喚起も大急ぎということに納得がいく。

 

この編成で、しかも唐突ということを踏まえれば潜水艦を想定するのが普通だな。

対潜装備はほとんどないうちでは厳しいところもあるが、駆逐が主体だから多少はカバーできるか…

 

とはいえ決め付けるのはだめだな。情報も少なすぎる。

どんな作戦を実行中で、どんな装備だったのかも知らされないと判断がつけられない。

方針としては対潜警戒を強めにした上で索敵自体も強化するとしか今のところできそうに無いな…

 

だが今回の件で一つ考えを見直さなければならないことが出来た。

ある意味これは収穫だ。

今まで艦娘は()と同じく、深海棲艦と遭遇する場合に感知することはできると思っていた。

実際にこの半年ほどでは()()()そうだった。

だが今回の件を考えると、遭遇に気づけないまま轟沈させられた可能性もあるのだ。

別の可能性として気づいていたが、連絡を阻害されたという可能性もあるが、本土近海でという場所を考慮すればこちらは低いだろう。

気づいていた場合、艦の数も多ければ簡単に沈むような艦種でもない。

ならば多少被弾しながらでも本土に救援要請を出せるはずだ。

それをさせないほどの戦力を敵が持っていたなら気づくことができるか、そもそも本土がもう落とされてもおかしくない。

だから気づけなかった場合を考えたほうが順当だろう。

気づく前に接敵され、混乱のうちに大打撃を与える。

不意打ちかつ一方的な戦法を取れば短時間で大戦力を削ることも不可能ではない。

 

ただこの考えも正直腑に落ちないところはある。

だから断定は出来ない。

酷ければ両方されているパターンもありえるし…。

或いはそもそも()()()()()()()()()パターンもありえる…

 

「この件は全艦娘に通達。今後の哨戒は対潜警戒を強めることも伝えるように。これだけの艦が仮に敵にやられたものとすれば現在の戦力では太刀打ちできない相手と想定される。むやみな捜索は行わない。別の作戦行動中や哨戒中に見つけた場合のみ保護等をするように」

 

「了解しました。その様に通達いたします」

 

敬礼をしてすぐさま立ち去る大淀。

いろいろと急に立て込んできたな…。

こっちを巻き込まなければ良いのだが…。

 




作者正座中。

山城「タイトルに私の名前があるのに、私の出番は半分程度…。不幸だわ…」

さて、また新たな問題が発生したようです。
これが彼らにどのような影響をもたらすのか…
今後をお待ちください。


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山城さんと開発_裏

山城と開発(意味深)したい


「山城さんはどう思いますか?」

 

談話室で外を眺めていると声を掛けられた。

 

「ごめんなさい。話を聞いていなかったわ。なんのことかしら?」

 

赤城さんの方を向いて話を聞く。

 

「提督の女性の好みについてですよ。以前山城さんがそういった話をしていたと伺ったので」

 

そういえばそんな話をしたことがあったような…

でも赤城さんにはしていなかったはず…

 

「別に知っているわけではないわ。勝手に想像しているだけよ」

 

前と状況も変わってきているし。

 

「それでも良いので教えていただけませんか?」

 

話すのはかまわないけど、単に教えるのは戸惑うわね…

 

「そうね…。赤城さんも教えてくれたら話すわ」

 

「私の想像ですか?そうですね…。自身を諫めることができる娘でしょうか?叢雲さんや霞さんなどに代表されるような娘に信頼を置いているように見えますし」

 

それもありえそうね。

 

「なるほど。私は今のところ長髪の娘じゃないかと思っているわ。最近潮さんと仲が良さそうですし。逆に私とかは忌避しているきらいもありますし」

 

あと赤城さんも長髪だし。

 

「そうでしょうか?山城さんも十二分に信頼されているように見えますが…」

 

「あたしは山城の説に一票。本音は賛成したくないけど、短めなあたしもそこまで好かれていないからな」

 

摩耶さんが同調する。

 

「摩耶さんの場合は口調の方が問題なのでは…?」

 

羽黒さんがつっこみを入れる。

 

「し、しかたないだろ!こういう喋り方が素なんだからよ」

 

「それにしては曙さんなんかは受け入れられていますからね…。それほど口調は気になさらないタイプだと思いますよ?」

 

赤城さんがフォローする。確かにどちらも提督に対して"クソ"ということがあるが、曙さんの方が受け入れられている気がする。

 

「やっぱり提督はロリコ…小さい娘が好みなのでは?」

 

羽黒さん。言い直す意味ない気がするわ。

 

「まとめると長髪で自身を諫めてくれる駆逐艦?」

 

自分で言っておきながら相当偏見のある内容だと思う。

仮に正しかったら私はまったくカスリもしないわね。

 

「「「「はぁ…」」」」

 

全員の溜息が重なった。

考えていることはほとんど同じなのでしょうね。

 

「赤城さんは長髪じゃない。私も伸ばそうかしら…?」

 

「でも私たち艦娘ってそう簡単に容姿を変えられないですよ?入渠したらほとんど元に戻ってしまいますし。かと言ってずっと入渠しないまま過ごすのも不可能ですからね」

 

何でそうなのかは私たちも知らない。艦娘というものがそういうものなのだろう。

お陰で最悪資材と施設があれば私たちは延々と活動できる。

だからこそこうしてお茶を飲みながらお話できる環境を作ってくれる提督の人の良さがわかるものだ。

 

「あ、山城さんだ」

 

敷波さんが談話室に入ってきた。

 

「何かしら?」

 

「先ほど司令官が山城さんを探していました。何かお話があるそうです。後で執務室へ向かってもらえますか?」

 

提督が私に…?

何かの命令があるのでしょうね。

 

「そう、わかったわ。ありがとう。そういうことなら私行くわ」

 

「えぇ、また後ほど」

 

「後でな~」

 

「はい。お疲れ様です」

 

赤城さん、摩耶さん、羽黒さんに声をかけて席を立つ。

湯呑を片付けて談話室を出る。

執務室に向かう途中で提督と鉢合わせた。

 

「あら、提督」

 

「お、山城さん。丁度よかった。頼みたいことがあるんですよ」

 

頼みごと?

 

「私に頼みたいこと…?」

 

「えぇ、この役目は山城さんにお願いしたくて。現状山城さんが適任、というか山城さんにしか頼めないレベルの内容なので」

 

少しだけ深刻そうな顔で言う提督。

彼がそう言うなら引き受けよう。

 

「わかったわ。それで何をすれば良いのですか?」

 

そう答えると彼の表情が緩んだ。

 

「一時的に秘書艦になっていただき、装備の開発をお願いします。使用する資材の量はこちらに記載しています」

 

書類を手渡される。

というか私が秘書艦?珍しいこともあるわね。

たしか、大型艦のほうが戦力として期待しているから、そういった業務は小型艦を中心にするという話だったはずなのに…

しかも開発?確かにアレは艦娘の手助けが必要といえば必要だけど、わざわざ私を指名する理由もわからない。

わからないことだらけだけど、彼なりになにか考えがあるのだろう。私はただ従うだけでいい。

 

「はぁ…。別にかまいませんが、どの程度ですか?」

 

「一日あたり5回ほどでお願いします。タイミングはそちらの空いているときでかまわないので」

 

5回も?普段はせいぜい多くても3回程度なのに。

不思議に思って、何か書類に答えがないか探す。

書類の中には資材の必要量が書いてあった。

が、他にめぼしいことは書いていない。

これで彼の望みはかなえられるのかしら?

 

「尋ねてもいいかしら?」

 

「何をです?」

 

「この資材の量で望みの装備を開発()()()の?」

 

「開発だからね。確実に出るなんていえないさ。だから後は回数でカバーかな」

 

だから一日5回。でも彼の言い回しから、開発できる確信があるようだ。

それほど多く装備開発をしているわけではないはずなのに、どうして彼はこの資材量で目当ての装備が開発できるといえるのだろうか?

まぁそれは私が考えることではないわね。

 

「ふーん。まぁそういうことにしておくわ。でも資材は貯蓄するのではなくて?開発に使っていいのかしら?」

 

確か何か作戦をするために備蓄を増やす方針だと言っていたはずだ。

一応これも確認する。まぁ彼ならとっくに考慮しているだろうけれど。

 

「必要経費と割り切るしかないですね。一種の保険という部類になりますが、保険はかけてなんぼですから」

 

()()ね…。

深くは問わないほうが良さそうね。

 

「そう。まぁ無駄にならなければいいのだけれど」

 

「それと、山城さんにはもう一つやってほしいことがあります。こちらはかなり危険を伴うので、拒否してもかまいません」

 

先ほどまでと打って変って真剣な表情。

重要な内容はこちらなのでしょう。

 

「ざっくりというと、交戦中に()()()()をして欲しいんです。それを狙ってできるように訓練をこれからお願いします。口頭で説明は難しいので、こちらを」

 

そういって新たに書類を渡される。

それをぱらぱらと確認し始める。

読み進めていくとどんどん混乱して行く。

 

「摩耶さんや羽黒さんにもお願いする予定です。参加してくれる娘が決まり次第詳細な打ち合わせを行います」

 

なぜ提督は深海棲艦と接敵しているのにも関わらず、戦闘中であるにも関わらず、()()()()()()()()()()()などと指示を出すのだろうか?

これが何を意味するのか…

方向を考慮するとどこかへ誘導?

それが何の意味になる?

いや、それは私の考えることではない。

珍しく提督が()()について詳しい指示を出したのだ。

深い意味があるに違いない。

 

「これをやれと?かなり無茶な注文ですね」

 

「えぇ、ですから拒否してもかまいま「やるわよ」いいんですか?」

 

彼がやれと言うならやるわ。それは元から決めていたことだもの。

それに彼は私に出来ないことは命令しない。

彼の言うとおり危険ではあるだろう。けれど、不可能ではない。

可能性は低くとも実現可能な行動だ。

それを彼が望むのであれば私はただ遂行するのみ。

とはいえ、少しでも確実性をあげたいのは本音。

そこは彼に頼るしかないわね。

 

「無茶とは言ったけれど、不可能ではないわね。ただ即興でやれるかと聞かれれば否。確かに多大な訓練が必要ね。他のメンバーはどうするつもり?」

 

「拒否されなければさっきも言ったとおり摩耶さんと羽黒さん。それに神通さんと那珂ちゃん。そして白雪さんかな」

 

提督が頼むのであれば誰もが受けるわ。

それにしてもメンバーが本気ね。うちの主力といえるメンバーじゃない。

にしては赤城さんと叢雲さんが居ないわね。

正規空母の能力は強力だし、駆逐艦の最高練度は叢雲さんのはず…

 

「赤城さんは入れないのね。それに叢雲じゃなくて白雪なの?」

 

「確かに練度を考えれば叢雲さんが良いだろうね。ただ状況的におそらく叢雲さんは別に使っている可能性が高いから白雪さんを入れる感じかな。それと赤城さんを入れないのはわざと。総合的に見ると赤城さんは実行時に艦隊に居ないほうが良い」

 

何か考えがあるのね。ならいいわ。

 

「そう。どうでもいいわ。命令されたことをこなすだけよ。他のメンバーが確定したら打ち合わせに呼んで頂戴」

 

これだけ真剣な態度で話していたことだから相当重要なことなのでしょう。

なら今からでも艤装の整備をしっかり見直してしっかりとこなせるよう気張る必要がありそうね。

 




なんだかんだいいつつ山城は一途ないい娘だと思うんですよ。




今、重いって行った奴表に出ろ。鍵閉めるから。


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舞い踊るは桜吹雪

艦これで桜吹雪といえば…?


ジリリリリッ

とけたたましい音で目が覚める。

この音は緊急連絡用通信機の着信音だ。

急いで出る。

 

「こちら提督。どうぞ」

 

緊急用のものを使うレベルだ。急いで頭を起こす。

 

「こちら叢雲。警邏中の川内より緊急通信。複数の艦娘と遭遇。先日通知された大本営所属の艦娘と推定。提督との面会を希望。以上」

 

は?

正直疑問だらけだが、ここで唸ってもしょうがない。

迅速に対処すべく、行動しよう。

 

「了解。悪いが執務室に来てくれ。そこでもう少し話を聞きたい」

 

「わかったわ」

 

「よし。通信を切るぞ」

 

とりあえず今夜担当の叢雲と執務室で落ち合おう。

 

―・―・―・―・―・―

 

「状況は?」

 

執務室に入ると既に叢雲が待機していた。

 

「川内さんからの情報だと、特に損害を受けている様子はないそうよ。ただ…」

 

「ただ?」

 

「提督と面会したいそうよ。寄港と面会の許可を要求してきているって」

 

僕に会いたい?

本営所属の提督も本営所属の娘も知り合いなんて居ないぞ?

不明点が多いな。

 

「今、川内と連絡取れるか?」

 

「いつでも」

 

そう言って通信機を差し出す叢雲。

受け取り、発信する。

 

「こちら提督。川内、聞こえるか?」

 

「こちら川内。良好だよ。で、どうすればいい?」

 

「今どんな状況だ?」

 

「海上で彼女らと待機してる。通知された12隻全艦揃っているよ」

 

叢雲が海図を広げて凸型の置物を置く。

どうやら川内たちがいる場所らしい。鎮守府近海で待機している…というかもう目視できる距離じゃないか?

 

「寄港と面会と言っていたな。具体的にそれ以上に何を希望しているか分かるか?」

 

正直キナ臭すぎて関わりたくないのだが…。

 

「聞いてみるから少し待ってて」

 

そういって一旦音声が途切れる。

 

「どう思う?」

 

叢雲に振ってみる。正直なぜうち?

確か今回の娘らは呉から出てきたはずだ。

そこからなぜ関東に有るここまで来た?

 

「判断がつかないわ。大本営内部に何かあって、比較的つながりの薄い鎮守府に逃げたかったとか?」

 

叢雲の説も有り得る。

 

「ていとくー。大丈夫?」

 

通信機から川内の声が聞こえる。

 

「大丈夫だ。どうした?」

 

「会ってあげてくれない?どうやら提督の艦娘が居るらしいよ?」

 

僕の艦娘?

どういうことだ?

僕に対応する艦娘という意味だろうけれど、もしそうならば普通に正規の手続きで移動してくれば良い…

いや、それができないから強引に会いにきたと見るべきか…。

 

「わかった。川内を信じよう。全艦を引き連れて一旦戻ってくれ。一応補給をさせてから、応接室…じゃ狭いな。第3会議室に案内してくれ。確認だが、負傷している娘は居ないんだよな?」

 

「わかった。みんな怪我は無いよ。それじゃあ連れて行くからしばらく待っててね」

 

「頼んだ。それじゃあ通信きるぞ?」

 

「はーい。通信終わり」

 

通信が切れた。

 

「さて、内部で何が起きているんだか…。叢雲さん、来てくれます?」

 

「もちろんよ」

 

―・―・―・―・―・―

 

会議室で待機しているとノックがなった。

 

「どうぞ」

 

「失礼します」

 

先頭は川内だ。

 

「提督、連れてきたよ」

 

「あぁ、お疲れ」

 

ぞろぞろと部屋に入ってくる。

金剛、比叡、はる…

 

「てぇえええええとくぅうううううううううううううう!!!!」

 

榛名が入ってくるや否やすぐに駆け寄ってきた。

 

「榛名!ステイッ!」

 

が、金剛たちに止められる。

 

「お姉さま!今は止めないでください!!」

 

「落ち着くネー!提督は逃げたりしないヨ!」

 

「榛名、落ち着いて!」

 

金剛、比叡に両脇から押さえられる榛名。

 

「司令。突然の失礼申し訳ありません」

 

「いや、うん。落ち着かせられたら良いようん」

 

霧島が謝罪するが、うん。言葉が出ないね。

 

―・―・―・―・―・―

 

「マイシスターがお騒がせして申し訳ないデース」

 

全員が並び頭を下げる。代表して金剛が改めて謝罪をした。

 

「それはかまわない。とりあえず、色々聞きたいから楽にしてくれてかまわない」

 

「ありがとうございマース」

 

とりあえず皆が座るのを待つ。

 

「あの…提督…」

 

榛名がこちらに近寄ってくる。

 

「榛名…」

 

榛名は改二か・・・ん?

よくよく見てみると金剛型全員と利根・筑摩・北上は改二だった。

やっぱり本営の主力ともなると練度が高いのだろう。

 

「その…先ほどは申し訳ありませんでした」

 

「いや、落ち着いたならそれでいい。で、それだけじゃないんでしょう?」

 

「はい。お話の前にお手をお借りしてもよろしいでしょうか?」

 

そう言って榛名は左手をこちらに差し出す・・・左手?

左手の薬指…これは・・・

 

「榛名…ひょっとして…?」

 

「触れていただければそれで分かると思います」

 

榛名がジッとこちらを見つめる。

こちらも榛名を見ながらそっと左手に手を重ねる。

 

とたんに周囲が明るくなり、桜吹雪のようなものが宙を舞う。

この光景は。

よく慣れ親しんだ光景が。

()()()()()()()()()()()()が一目で分かる証拠が現れた。

そしてその途端に何かと繋がったような感覚に陥る。

すごく暖かく、安心する何かだ。

 

「あぁ…ようやく…。ようやく提督に…」

 

「榛名…」

 

間違いない。この榛名は()()()()だ。

 

「提督…。榛名は提督に会いたくて…。これからはずっとお傍に居させてください…」

 

感激的な言葉を言う。

だが少し冷静にならねば。

他の娘も居るしね。

 

「あぁ、ありがとう榛名。色々聞きたいこととかもあるんだけど良いかな?」

 

「はい!提督のお傍に居られるなら榛名は大丈夫です!!」

 

「じゃあ一旦あそこの席に付いてもらえる?」

 

「…あとでもっとくっつかせてくれますか?」

 

…一瞬気が遠くなりかけた。

やっぱり榛名は可愛い。

 

「あぁ。後でね」

 

「分かりました。では失礼します」

 

榛名が離れると桜吹雪は無くなり、明るさも収まった。

 

「さて、みんなも、ご苦労様。ここまで来るのは大変だっただろう?」

 

「可愛いシスターのためなら関係ないネー!良かったネ榛名!」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

金剛が代表して話す。

 

「ちょいちょーい。あたしも一個いい?」

 

北上が手をあげる。

 

「たぶんそれ、分かる。君も僕の艦娘ってことだろう?」

 

なんとなく直感でわかった。

 

「あらら。分かっているならいいや。そゆことでよろしくー」

 

ゆるゆる北上さん。

いいねぇ~。しびれるねぇ~。

ゆるゆると北上さんの間にヌキヌキとか入れちゃダメだぞ!

 

「あと瑞鶴さんもかな?」

 

「!…そうよ。普通提督さん側が気づくことってないらしいけど、よくわかったわね…」

 

「あら、そうなの瑞鶴?よかったわね!」

 

翔鶴がうれしそうにしている。

残念ながら他の娘は僕の艦娘ではなさそうだ。

 

「さて、うれしい話は一旦後にしよう。それよりも君たちの現状について話してもらいたい。正規の手続きを使わずにこうしてきたのは何か事情があるのだろう?」

 

「それについては私からお話させていただいてもよろしいでしょうか?」

 

霧島が手をあげながら発言する。

 

「頼む」

 

「分かりました。まず私たちの所在についてお話いたします。私たちは現在本営直属の精鋭部隊に配属されています。この部隊は本営内に居る練度の高い艦娘を集めたものなのです。ほとんどは本営所属の提督の下に居る艦娘が対象なのですが、中には対応する提督が居ない娘も練度によっては含まれる形になっています。榛名のように」

 

「前者としては私や加賀さんなどですね」

 

赤城が補足を入れる。どうやら赤城と加賀は既に別の提督の下でありながら精鋭部隊に行っているようだ。

 

「それで榛名のような艦娘には基本的に他の本営に居る艦娘と同様、対応する提督が見つかり次第そちらに引き渡す手続きがとられるとされてきました」

 

されてきました…

過去形ね。

 

「今回、榛名が偶然司令を確認したため、ソレが機能していないことが発覚しました。たまたま今回だけなのか、以前からなのかは判別はつきませんが、その話を聞いた私たちはどうにか榛名を司令の元へ送りたいと考え、行動を起こした次第です」

 

北上と瑞鶴のことも考えると、強力な艦娘を外部に出したくないという考えが働いた可能性が高そうだ。

相手が僕みたいな新人だから持て余すだろうという考えの可能性もあるが、前者の意も含んでいるだろうし。

 

「で、勝手に抜け出してきたと」

 

「いえ。そうではありません」

 

あれ?

 

「先ほど赤城が申した通り、赤城・加賀それに私と鳳翔は対応する提督が本営に居ます。その方々が今回の件を後押ししてくださいました」

 

内部の人間が手を回しているのに、連絡が取れなくなったと周りに通達を出しているってことは…

また内部抗争ですか。

 

「ふむ。…今君たちが行方不明扱いになっていることは知っているかね?」

 

「…私たちの司令が上手く誤魔化してくれているのだと思います。どういった方法なのかまでは通知されていなかったので、少々驚きはしましたが」

 

誤魔化す…ねぇ。

 

「おそらく司令は榛名をここに連れ出されたくない人たちの目を眩ませるためにそういった情報を流したのだと思います。そしておそらくそこからのシナリオはこちらの鎮守府で私たちを保護。その際に榛名たちが反応を示したのでそのまま移籍という流れにするのだと思います。大本営とこの鎮守府だけのやり取りなら握りつぶされかねないことでも、一旦他も交えた発表ならば、規則に則った行動をせざるを得ないでしょうし」

 

確かに一理ある。

今回彼女らについて全体に通知されている。

となれば見つかったら同じく全体に通知をする必要があるのだ。

その際に榛名たちについて公表すれば規則を守らざるを得ない。

 

「なるほど。それなら確かに上手く榛名たちをこちらに引き入れられそうだ。多少面倒事が起きるのは仕方ないとしても、時にはこういう強引な手が必要だな」

 

結構ゴリ押しだけど、それが有効なときもある。今回もその類なのだろう。

 

「お話が通じて何よりです」

 

「さて、とりあえず今はもう遅いから、連絡を取ったりするのは明日にしよう。ただ悪いのだけど、今から君たちの人数分部屋を用意することができない。それは許して欲しい」

 

「用意していただけるだけありがたいです。私たちも何かできることがあればお手伝いいたします」

 

ふむ。他の娘を起こすのもアレだけど、彼女らの手を借りるのも問題だな…。

 

「ありがとう。でも君たちは客人だし、何より榛名たちを連れてきてくれた恩人だ。煩わせるわけには行かないよ。叢雲さん、川内さん、それに白雪さんも頼めますか?」

 

「そういうと思って先に白雪には準備させてるよ」

 

そういえば始めから白雪は居なかった気がする。

榛名の暴走が印象的すぎて触れられなかったけれど。

本当は今日の夜間警備は川内と白雪が海上を警戒、叢雲が鎮守府内で待機する組み合わせだったのだ。

 

「じゃあそれの手伝いをしに行かなきゃね。皆さんは少々こちらでお待ちを。榛名と北上さん、瑞鶴さんもこちらで「ちょっといい?」はい?」

 

一緒に待っててと言おうとしたら瑞鶴が止めた。

 

「どうでも良いことかもしれないけどさ。なんで榛名さんだけ呼び捨てで私たちはさん付け?」

 

「ほんとにどうでも良いことじゃん」

 

北上が突っ込みを入れる。

 

「あー。ふたりとも呼び捨てでいいならそうしますけど?」

 

「いや、うん。そこはどっちでもいいんだけどさ。気になったのよ」

 

「瑞鶴。そこはちゃんと"瑞鶴"が良いですって本音を言わないとダメよ?」

 

翔鶴が不貞腐れ気味な瑞鶴に一言伝える。

本音は呼び捨てが良いの?

 

「ちょっ!翔鶴姉!」

 

「北上さんは?北上ってよんだ方がいい?」

 

うーんと悩む様子の北上。

 

「別に提督の呼びやすいほうでいいよ。北上でも北上さんでも」

 

「ハイパー北上様でも?」

 

「本気で言ってる?」

 

「すいませんでした。冗談です」

 

改二の北上と言えばハイパーってつけるべきかなと。

 

「北上様でもなんでもいいよ。私はそういうの気にしないから」

 

「まるで私ばっかり気にしてるみたいじゃない!」

 

「瑞鶴さん、落ち着いて」

 

鳳翔がなだめている。

 

「うーん、だったらズィーカクとか?」

 

「なにその微妙に変な言い方!普通に瑞鶴でいいじゃない!」

 

「うん。じゃあ瑞鶴で」

 

「ぁっ。そ、そうよ。それでいいのよ」

 

顔を赤くしてそっぽ向く瑞鶴。

ちょっと遊びすぎたかと思ったけれど、翔鶴や鳳翔がくすくす笑っているからこれで大丈夫なのだろう。

 

「それじゃあ皆さんはここで待っていてくださいね。すぐ用意してきますので」

 

さて、客室に布団を敷いてこよう。

 

 




ついに榛名を出せたよ!
やったね!

さて、いろいろと話が進みそうですね。
区切りが微妙なところですが、次回をお待ちください。


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舞い踊るは桜吹雪2

ようやく目指していた方面へ向けた気がします。


「とりあえずはこれでどうにかしてもらうしかないかな?」

 

客室として使える部屋のうちある程度広さのある4部屋を選出。

そこに3組ずつ布団を用意して、一息つく。

部屋割りなどは彼女らに決めてもらおう。

 

「そうね。流石に12部屋は空いてないもの。司令官の艦娘らなら艦娘用の寮に入れても良さそうだけれど、今から準備するのでは時間がかかりすぎるし」

 

叢雲も同意してくれるなら問題ないだろう。

 

「いや、早めに動いてくれて助かりましたよ白雪さん」

 

「いえ、私は川内さんの指示に従っただけですから」

 

そういって謙遜する白雪。そういう奥床しいところイイネ!

 

「でも動いてくれたのは白雪さんですからね。当然川内さんの判断は優れていましたが、それとは別に礼を言いたかったんですよ」

 

先読みした指示をしっかりと汲み取れる部下っていうのは本当に有能で助かる。

 

「…はい。ありがとうございます」

 

静かに頭を下げ答える白雪。

丁寧な娘だとは思っていたけどここまで大和撫子的な娘だったっけ?

まぁ悪いことではないからいいか。

 

「さて、あんまり待たせるのもアレですから戻って呼びましょう。白雪さんと川内さんはもう上がって構いませんよ。もう少ししたら早朝担当が起きると思うので」

 

たしか今日の朝担当は満潮と磯波、それに曙だ。

僕や叢雲が居れば引継ぎはすぐにできるだろうし、先に休ませよう。

 

「別にいいよ。事情を分かっている人が多いほうが説明が楽でしょう?引継ぎ終ったら休むからさ」

 

川内が気を利かせてくれた。

 

「うーん、疲れてない?なら頼もうかな?」

 

元々夜間担当を頼んでいる所為か、うちの川内は夜戦夜戦と騒がない。

だから気遣いから仕事までできる単なる有能美少女さんなのだ。

 

「頼んだ、任された。でいいじゃん。早く呼びに行こうよ」

 

榛名たちが待つ会議室へ急いだ。

 

―・―・―・―・―・―

 

「お帰りなさいませ。提督」

 

榛名が出迎えてくれた。

 

「はい。皆さん、部屋の準備ができました。とはいえ3人ずつ4部屋に分かれて入ってもらいますけれど」

 

「用意していただけるだけありがたいです。感謝いたします」

 

赤城が礼を言う。

 

「割り振りはどうするのかしら?」

 

初めて加賀が喋った気がする。

 

「榛名さんと北上さん、それに瑞鶴の組で一組は良いのではないでしょうか?」

 

翔鶴が言う。つまり僕の艦娘をまずひとまとめにした形か。

 

「問題なければワタシ、比叡、霧島で一部屋に泊まりマス」

 

金剛の提案。榛名が抜ければまぁ、その三人で一緒になるのは当然か。

 

「我輩は筑摩が居ればなんでも良いぞ!」

 

利根が言う。こんな時間なのに元気なことだ。

 

「私も利根姉さんとご一緒できるなら残り一人は誰でも構いません」

 

筑摩も順調にシスコンだ。

 

「私はどなたとでもかまいませんよ」

 

鳳翔さんがにこやかに言う。

 

「私もかまわないわ」

 

凛と加賀が言う。別に赤城とセットじゃなくても良いんだ…

 

「ふふっ。私は加賀さんと一緒がいいです」

 

笑いながら赤城が言う。そうか、加賀は単に見栄を張っているだけか。

 

「赤城さんがそういうならご一緒します」

 

そういう建前ね。

 

「まとめますと、金剛さんたちの組は確定。利根さんと筑摩さんの組、赤城先輩と加賀先輩の組のどちらかに私と鳳翔さんが入る形で良いでしょうか?」

 

翔鶴がまとめてくれた。これ、赤城加賀組に翔鶴が入るの気を使いそうだなぁ…

こっちで助け舟をだすかね?

 

「良い案が思いついたのですが、よろしいですか?」

 

榛名が手をあげて言う。

良い案?

私に良い考えがある。

なんてね。某司令のアイデアはだいたい良くないイメージ。

 

「どうしたんだ榛名?」

 

「客室は4部屋あるのですよね?でしたらそのまま金剛お姉さまたちで1部屋。利根さんと筑摩さんで1部屋。赤城さんと加賀さんで1部屋。翔鶴さんと鳳翔さんで1部屋の割り振りにすればどうでしょうか?」

 

はて、それでは榛名たちはどうするんだ?

 

「ちょっとまってよ。私たちはどうする気?」

 

僕が聞く前に瑞鶴が問いただす。

当然の質問だよね。

 

「どうって…。提督とご一緒させてもらえば良いと思いますが?」

 

…は?

 

ちょっとナニヲイッテイルノデスカ榛名=サン…?

 

皆も固まっている。

 

 

「ええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」

 

瑞鶴が叫ぶ。

 

「瑞鶴。うるさい」

 

うん。そうだけどしかたなくないかな?北上。

 

「あっ、ごめん。じゃなくて!ちょっと榛名さん!?いきなりなにを言い出すんですか!?」

 

そう詰め寄る瑞鶴に榛名はキョトンとしている。

キョトンハルナカワイイナー

 

「はい?ですから、榛名たちが提督とご一緒すれば、1部屋空きますよね?そしたらゆとりをもって振分けができると思ったのですが…。どこか問題がありますか?」

 

「問題大有りよ!どうして私たちが提督さんと一緒に寝るのよ!そういうのはまだ早いわ!」

 

「んー。では瑞鶴さんは翔鶴さんたちの部屋にしてもらって、榛名と北上さんと提督で寝ましょうか?」

 

「それでいいんじゃない?流石にそろそろ寝たいからさっさと決めようよ」

 

「ちょっ、北上!?それじゃ私が提督さんを嫌がっているみたいじゃない!?」

 

「でも一緒は嫌なんでしょ?」

 

「嫌とは言っていないわよ!早いって言っているの!…そういうのは時間をかけてもっとお互いをよく知ってからじゃないと…」

 

「榛名はもう提督のことをよく知っているので問題ありませんね!北上さんはどうします?」

 

「うーん。どこでもいいけど、どうせなら提督のところかな。おもしろそうだし」

 

「あぁ゛~!もうっ!そういうのはダメ!最初の振り分け通り私たちは私たちで寝るわよ!」

 

「うーん、でしたら榛名たちの部屋に提督をお招きするのですか?それでも榛名は大丈夫ですよ?」

 

「だぁーかぁーらぁー!なんで!提督さんと!一緒に!寝ることが!前提なの!?」

 

「?」

 

「そこで小首を傾げて不思議そうな顔しない!もー!」

 

「瑞鶴落ち着いて。榛名さんも今日は提督抜きで瑞鶴と寝てくれないかしら?」

 

「はぁ…。提督、どうします?」

 

 

…ハッ

正直目の前で起きている状況がちょっと僕の常識からかけ離れすぎていて傍観してしまった。

 

「とりあえず、翔鶴さんの案でお願いします…」

 

一体何がどうしてこうなった?

 

「提督がそうおっしゃるなら。榛名了解です」

 

「まぁ私はなんでもいいよー。ふゎあ。眠い…」

 

北上が欠伸する。

 

「最初っからそうしててよ…」

 

ぜぇぜぇと息を荒げながらうなだれる瑞鶴。

たぶんキミが一番まともだよ。

 

「鳳翔さんはどちらの部屋にします?」

 

「では赤城さんと加賀さんの部屋にお邪魔させてもらおうかしら。利根さん、筑摩さん、翔鶴さんをお願いできますか?」

 

「ウム!我輩に任せるのじゃ!」

 

「はい。問題ありませんわ」

 

「それじゃあもう日も出てきそうだけど、少し休んでくださいな…」

 

なんだかどっと疲れたよ…。

 

「テートク。何時ぐらいに起きればいいデスか?」

 

「あぁ、そうだね…。○八○○かな?○九三○に声をかけるからそれまでに食事とかを済ませて部屋で待機してください」

 

各自返事し、会議室を出て行く。

案内は白雪がしてくれるようだ。

 

そして僕と川内、叢雲が残った。

 

「提督、なんだかモテモテじゃん」

 

川内がからかってくる。

 

「正直僕もいっぱいいっぱい。そんな風に感じる余裕もないよ…」

 

本心。いろいろあって一回休んでから整理しよう…

 

「ちょっとアンタ。榛名さんのアレってなんだったのかしら?」

 

普段よりも微妙に低い声…な気がする叢雲。

アレってどれのことだ?

 

「さて、どれだい?とりあえず一旦執務室に引き上げようよ。一息入れてから整理したい」

 

のそのそと会議室を後にした。




はい、榛名は大丈夫です!


榛名の登場で鎮守府内が慌しくなりそうですね。
今後をお待ちください。


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舞い踊るは桜吹雪3

修羅場を書けるようになりたい。


ものすごーくピリピリとした気配を感じるけれど、無視し続ける。

いや、無視し続けられないんだけどね。

でもがんばって無視する。

 

執務室へ向かう間ずっと叢雲が無言のプレッシャーを掛け続けてくる。

どう考えても先ほどの榛名の言だ。

僕と一緒に寝るだのなんだの、突拍子もない話ではあるが、提督という立場上あの場面では公然と却下すべきであったのにも関わらず、そうできなかった僕に苛立っているのだろう。

 

あぁ、執務室に着いてしまった。

どんな尋問がされるのか今から怖いよ…

 

扉を開け、ソファに腰掛ける。

叢雲は無言で向かいに座り、川内は傍で立ったまま待機している。

 

「川内さんも座ったら?」

 

「私はいいよ、気にせずに~」

 

ひらひらと手を振る川内。

 

「んんっ」

 

叢雲が咳払いをする。

はい。わかっていますよ。

 

「それじゃあまずは現状確認から行うよ。大本営から通達があった艦隊を保護した。その保護した艦娘の中に僕に対応する艦娘が居た。彼女らの行動理由は正規の移動手続きを本営が実行しなかったから。簡潔にするとこんな感じでいいかな?」

 

抜けがないか叢雲に問う。

 

「…えぇ。流れはそれで良いわ。それより、説明してもらえるわよね?」

 

すごく、目が怖いです。

 

「えっと、何をでしょうか?」

 

「榛名さんについてよ。最初のあの光は一体何なのよ?」

 

最初の光?

あぁ、桜吹雪のエフェクトか。

 

「エフェクトのこと?僕もどういう原理でああなるのか知らないんだよね」

 

とりあえず叢雲が怖いから余計なことは言わずに、ただただ質問に答えるだけにしよう。

 

「本当に?本当に何も知らないの?」

 

「指輪つけたらああなるって本当に不思議だよね」

 

「知っているじゃない。指輪が関係しているのね。で、その指輪ってなに?」

 

なんだか視線がさらに冷たくなった気がする。

 

「カッコカリの指輪…だと思う。榛名にも確認しないと確証はないけれど」

 

「かっこかり?かっこかりって何よ?」

 

「カッコカリっていうのは、簡潔に言うとレベルキャップ解除のシステムだよ。ただ僕の知っているモノと同じかどうかはやっぱり榛名に確認したいかな」

 

榛名が指輪を持っていて、あのエフェクトもあるんだ。

()()()でも同じと仮定するのが妥当だろう。

 

「れべるきゃっぷ?しすてむ?ちょっと何の話かわからないから、詳しく話して頂戴」

 

「レベルキャップって言うのは練度の上限ってこと。その解除ってのはこれ以上経験を積んでも能力が伸びないってところから、さらに上の段階にいけるようにするってこと。システムっていうのは今回ので言うと、レベルキャップ解除を行うための手続きというか手段というかそういった感じのことだ」

 

「ひとつ私からもいい?」

 

川内が手をあげて質問する。

叢雲に目で問うと許可してくれた。

 

「どうぞ」

 

「そのカッコカリっていうのの指輪をしている榛名さんは他の榛名さんよりも強いってこと?」

 

「カッコカリをしていない榛名よりは強いと考えて大丈夫だと思うよ」

 

「じゃあ私にもその指輪もらえない?」

 

川内が指輪をせがむ。

普通に考えたらうれしいのだけれど、話の流れからして単に強くなるためって意味だよなぁ…

どちらにしろ指輪は持っていないから渡せないのだけれどね。

 

「そもそもその指輪が無いから渡せないよ。川内さんにも渡せるぐらい指輪が複数あれば渡すけれど」

 

指輪を戦力面で捉えるなら川内はそれほど優先順位が高くない。

同じ軽巡でも性能的に神通や大淀のほうが優先されるだろうし、そもそも軽巡という枠自体が指輪を優先し難い艦種だ。

 

「ふーん。そ」

 

わりとあっさりと引いてくれた。

 

「で、その榛名さんとは一体どういうつながり?初対面には見えなかったけれど?」

 

あー、デスヨネー

どう答えるか難しいな…

正直に言うか?

ただ予想でしかない話をするのは憚られる。

突拍子の無い内容ならなおのことだ。

 

「うまく説明できないんだよね…。僕もわからないことが多いし。もう少し確認作業をする必要があるけれど、君たちに出会うより前に出会った榛名なんだと思う」

 

嘘はついていない。

ただ、現状から推察した内容があまりにも現実的ではないから、それを確固たる証拠もなく提示するのは無用な混乱を招くだろう。

なら伏せて説明するしかない。

 

「…」

 

叢雲は黙って僕を見続ける。

 

「私がアンタの初期艦じゃないのね」

 

そう小さくつぶやいた。

 

「そう決め付けるのはちょっと早計じゃないかな?」

 

「どういう意味よ」

 

叢雲が顔を上げる。

 

「初期艦の定義の問題だよ。だって艦娘の指揮自体は訓練生のときにやっているから、初めて僕の指揮下になった艦娘という意味では叢雲は外れるね。ただ、こうして訓練校を出て提督になった後、僕の直属の部下として配属された艦娘という意味なら叢雲となるわけだし」

 

「アイテム屋さんや任務娘さんは?」

 

「彼女らは大本営からの貸し出し扱いで、厳密には僕の部下ではないからね」

 

あくまで彼女らは出向中の身であって、僕の指示に従うよう本営の指示に基づいて行動している。

だから叢雲が初期艦というのは定義次第なのだ。

 

「…屁理屈ね。でも今回は見逃してあげるわ…ありがと」

 

「どういたしまして」

 

叢雲はどうも初期艦であることにプライドを持っている様子だから、変にそこを刺激しないよう気をつけていた。

今回は何とか上手くフォローできたようでよかった・・・

 

有能で普段助けてもらっている分、拗ねられると相当厄介なのだ。

あと僕の精神的にも睨まれ続けるのはつらい。

主に後者のほうが割合が多いのはここだけの秘密だ。

 

「さて、そういったことは後にするとして、まずは彼女らの対応について考えよう」

 

叢雲の勢いが収まったところで話を変える。

あまりこの話題を続けたくないからだ。

それに対応についてもちゃんと話さないとまずいしね。

 

「単に保護しましたって報告をするだけじゃダメなの?」

 

「川内さんの案は悪くないけどあまり良策とは言えないかな。そう報告するだけだとじゃあ返してってなる可能性が高い。僕に反応しましたってことをそれとなく、でも確実に伝える方法を考えないといけない」

 

正攻法で正面から通れなかったから榛名は多少悪手でも強行した。

それをこちらが無碍にするのは憚られる。

どうにか三隻が残れる報告方法を考えねば…

 

「直接本営に伝えるのではなくて、ワンクッション置くのはどうかしら?例の中将とかを一旦通してみるとか」

 

中将に借りを作るのは下策だ。

だがその方向性は有りだな。

 

「うーん、方向性だけいただこうかな。霧島さん達の提督、今回彼女らを後押ししてくれた人ならおそらくこちらの意図を汲んでくれるだろうから、その人を通じて報告するとしよう」

 

人物指定の理由は対応する提督と直に連絡を取りたかったからとか何とでも言いつくろえる。

中将とその人物とどちらに借りを作るかという二択になるのだが、表向きは霧島たちを保護したということで、むしろこちらが貸しを作ったように見える分後者のほうがマシだろう。

 

「…うーん」

 

川内が何か唸っている。

何か不備があったか?

 

「川内さんどうしました?何か気がかりなところがありますか?」

 

「え、いや。私は提督に従うからいいよ。おかしなところもなさそうだし」

 

「ではなんで唸ったり?」

 

少し問い詰めてみると罰の悪そうな顔をして頭の後ろを掻く川内。

 

「あー、ちょっと失礼なこと考えちゃってね。見逃してくれるとうれしいなって」

 

失礼なこと、ねぇ。

提督である僕が問えば艦娘の川内は答えざるを得ないだろう。

聞いて欲しくないというなら聞かないで置こう。

 

「気になるわね」

 

叢雲、そこつっかからない。

 

「いいじゃないか。川内さんが聞いて欲しくないって言うなら聞かなくても。だから話さなくていいよ」

 

こう言えば彼女の意思で判断するだろう。

 

「あはは…。提督、怒らない?」

 

「怒るような内容じゃなきゃ怒らないね」

 

「それ、判断基準がわからないんだけど」

 

「うーん。叱ることはあっても僕は基本怒ることがないからなぁ…。覚えている範囲でも、せいぜい楽しみにしていたおやつを勝手に食べられたときぐらいしか怒った記憶が無いし」

 

基本、怒らないタイプだと自認している。

ただし、怒らない代わりに相手を見限ることは多々あった。

怒ってどうにかなることなんてほとんどないし。

一時的な感情の発露で物事が好転することはない。

なら冷静に対処するしかないのだ。

その時、相手がいるのであれば、その相手をあてにして良いのか、悪いのかを判断する。

あてにして良い場合、叱るなりなんなりして改善を促す。

悪い場合はいかにして相手を踏み込ませないか、自分の邪魔をさせないかを考える。

だから怒ることは滅多にない。

流石に感情がないわけではないので、イラッとすることはあるけれど、それでどうのこうのすることはまずありえない。

 

「提督?」

 

「あぁ、ごめん。で、結局話してくれるの?話さないの?」

 

しばらく考え込んでしまったため、川内が声をかけてきた。

 

「提督の知り合いとか私全然知らないなって」

 

唐突に何を言い出すかと思えば。

それでどうして僕が怒ると思ったのだろう?

 

「そういう話をしていないからね、知らなくても仕方ないと思うけれど。それでどうして僕が怒ると思ったのかがわからないなぁ」

 

「アンタねぇ…。わからないならそれでいいんじゃないかしら?」

 

すごく呆れたように叢雲が言う。

 

「えっと、叢雲さんは何でかわかるんですか?」

 

「えぇ。でもわざわざ口にしないわよ」

 

釘を刺されてしまった。

話してといえば話すだろうけれど、口にしたくないというなら深くは問わない。

まぁ、別にいいか。

 

「友達とかと連絡取ったりしているの?」

 

「いんや全然。忙しいのもあるけれど、そんな頻繁に連絡取る相手もいないし。一応家族には月一ぐらいで近況をまとめた手紙を送ってはいるけれど、それぐらいかな」

 

祖母に当たる人物と、叔父に当たる人物には定期的に連絡をしている。

職業柄詳しく書けない部分が多いため、せいぜい元気でやっている程度になってしまうけれど、送らないよりはマシだろう。

 

「提督の家族ってどんな感じ?」

 

「両親はいなくて、祖母ちゃんと叔父さんが米を作ってるよ。他の親類は僕もわからないかな」

 

「ふぅん。じゃあ鎮守府にそのお米が届いたりするかな?」

 

申請すればたいていのものは手に入る。

ただし検閲はされるけれどね。

 

「頼めば来ると思うよ。頼もうか?」

 

「うん。提督のおうちの米食べてみたい」

 

「じゃあ手配してみる。届いたら知らせるよ」

 

「あ、皆で食べれる分をお願いね」

 

「ん、そうだね。多めにお願いしてみるよ。日持ちするものだし」

 

米ならしっかりと保管すれば年で持つ。

今後増える可能性を見越して多めに頼んでも問題ないだろう。

 

「さて、他に気になることは…あっ」

 

「何よ?」

 

気になることが無いか聞こうかと思ったら、ひとつ気になることがあることを思い出した。

 

「話がまったく関係ないことになるのだけれどさ、僕が健康診断で留守にしている間に、そこの休憩室もとい資料室に誰が入った?」

 

「へっ!?」

 

異様に反応する叢雲。

どうしたというのだろうか?

 

「いや、帰ってきたら掃除されてあってね。してくれた娘にお礼を言っておこうかと思ってさ。誰かしらない?」

 

あそこは僕以外入らないという思考でいたため、結構ほったらかしにしていた。

しかし、帰ってきたら綺麗に掃除と整頓がされていたのだ。

おそらく布団も干してくれたのだろう。

だがタウイタウイの件やら大本営からの件やらでごたごたが続いて聞きそびれていた。

 

「…ええっと、私から伝えておくのはダメかしら?」

 

ということは叢雲は誰がしてくれたのか知っているということだな。

 

「直接お礼を言いたいな。で、誰だい?」

 

なんだか叢雲が形容しがたい顔をしている。

苦々しいようなやらかしたような…

たかだか掃除のお礼をしたいというだけなのにそこまでなるか?

ただ言い回し的に叢雲本人ではなさそうなんだよな…

 

「言いづらいな「霞よ…」あら」

 

言わなくてもいいと言い切る前に教えてくれた。

それにしても霞か。

なんだかんだ面倒見がいい感じは元々あったけど、あくまで上官としてしか見ていないと思っていた。

そうか…

うちの霞もママだったのか…

 

この事実には感激ですわ。

ただどうしてそれを隠そうとしていたのだろうか?

やっぱり照れ隠しとかツンデレとかかな?

口がちょっと悪い部下というタイプじゃなくて、テンプレ通りのツンデレ霞ママだったかぁ~

いや、僕としてはそちらのほうが大歓迎なんですけどね。

 

「ちょっと提督?大丈夫?」

 

「うれしすぎて大丈夫じゃないかも。もう少しまって」

 

無言な僕に川内が確認してくる。

だがこのうれしさをもう少しかみ締めておきたい。

 

きっと『私が居ないと掃除もできやしないんだからまったくもう』とかいって掃除してくれたんだろうな。

そしてそれを黙っているのも『別に司令官のためにしたわけじゃないわよ。勘違いしないでよクズ。単に片付いていないのが気に食わないだけよ』とかツンデレ満載なんだろうなぁ…

 

これはどうするか。

素直にお礼を言うのも一手だが、あえて黙っておくのも一手だ。

叢雲も黙っていようとしていたし、知らないフリをしておいて、ある程度してからいつもありがとママンって何かプレゼントと一緒にお礼をするのだ。

やるとしたら母の日とか?

流石に先過ぎるな。

どうしようか…

 

「とりあえず、僕は知らないことにしておくよ。叢雲も言いたくなさそうだったし」

 

「そ、そう?でももう知ってしまったのだから、意味無いんじゃ…。というか私から聞いたということを伏せて欲しいだけよ…」

 

何かあきらめたかのように言う叢雲。

あぁ、後で霞から『よくもあのクズに教えたわね!』って言われたくないのか。

結構あの娘に言われるのはキツイものがあるからね。

 

「うーん。とりあえずお礼を言うタイミングは僕のほうで測るし、叢雲から聞いたということは内緒にしておくよ。叢雲も僕に話したことを内緒にしておけば大丈夫じゃないかな?」

 

「…なら私は黙っておくわ…」

 

「川内さんも、この話は内緒ってことで」

 

「りょーかい。でもちょっと良いこと聞いちゃった。あの霞がねぇ~」

 

なにやら意味深な顔して頷く川内。

確かにテンプレの霞を知らないと結構意外な感じに見えるからね。

そういった反応もあるだろう。

 

「さて、朝担当の娘や他の娘たちが起きてくるのはもう少し後だから、お茶でも飲もうか?仮眠しようとしたらそのまま寝落ちしそうだし」

 

「…そう、じゃあ用意するわ」

 

叢雲が給湯室に行く。

 

「私はちょっとお手洗い~。すぐ戻るよ」

 

川内が立ち去る。

 

「おっ、おう。じゃあの」

 

一人ぽつんと残された僕。

さて、叢雲を待とうかね。

 

 

 

 

 




提督は情事…じゃなくて事情を知らないのでこういった妄想に耽っています。

私的な都合で申し訳ないのですが、今後更新ペースが更に乱れそうです。
意外と早く投稿できる可能性もありますが、気長にお待ちいただくスタンスだとありがたいです。


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舞い踊るは桜吹雪4

R-15ってどのぐらいまでなんでしょうかね?
今回はそれっぽいシーンがありますが、おそらく大丈夫でしょう。

ダメだったら修正します。


「…提督」

 

執務室で榛名と二人きりにさせてもらった。

 

「いろいろしたい話はあるけれど…。久しぶり、でいいのかな?」

 

指輪に触れた途端に繋がった感覚が教える。

この榛名は僕の()()()()()()()だと。

 

「はい。お久しぶりです。そして、お帰りなさい!」

 

感極まったかのように身体を震わせながら涙声の榛名。

そっと近寄ってくる榛名に、きっと大丈夫と自分に言い聞かせながらこちらからも近寄る。

僕が、僕みたいなのがこんなことしていい資格なんてないはずだが、それでも彼女なら、この榛名なら、僕の榛名ならそれをしても良いと、むしろそれを望んでくれていると自身を鼓舞する。

そうして近づいていき、目の前に榛名が。

 

そっと

 

 

手を伸ばし

 

 

 

ゆっくりと

 

 

しっかりと

 

 

 

抱きしめる

 

 

 

「あぁ…ていとく…」

 

あぁ、暖かい。

初めてする抱擁のはずが、なぜか懐かしく感じる。

そしてとても心地が良い。

 

 

「提督」

 

腕の中の榛名が声をかけてくる。

 

「ん?どうし──」

 

顔を見て話を聞こうと下を向いた。

そのはずだったのに言葉が紡げない。

理由は単純。物理的に口が塞がれているからだ。

徐々に理解が出来てくる。

 

目の前にあるのは榛名の顔。

それもものすごく近くだ。

唇に感じるのはとても暖かく、いや、むしろ熱ささえ感じる湿り気のある柔らかなもの。

 

僕の唇を塞いでいるのは榛名の唇だった。

 

そっと優しく。それでも離れないように強く。

ただただあわせるだけの接吻。

どれほどの時間だろうか。

長いような短いような。

感覚が狂っていく。

いや、もう既に狂っているのだ。

 

柔らかで心地の良い感触が、いつまでもこうしていたいような、でも物足りないようなそんな感触が続く。

そしてまた感覚がつげる。

 

"榛名はこれでも我慢している"

 

提督を、僕をもっと欲しているのが伝わってくる。

でもそれをしない。

それは艦娘であるが故の受動的な本能と、奥ゆかしさともいえる榛名の性格と、そして何より僕に拒絶されることへの恐怖で。

 

だからここからは僕も動かなければならない。

榛名を拒絶するなどありえないと伝えるために。

 

優しく触れ合うその(とき)を、変えようとしていることに榛名は気づく。

だが榛名は動かない。少しだけ震えてはいるが、それをなだめるために、安心させるために抱きしめていた腕を片方腰から肩そして後頭部へと動かす。

それはなだめるためでもあるがもう一つ。榛名に伝えるためでもある。

 

"榛名(キミ)を手放す気は無い"と。

 

優しく頭を撫でつつ、塞がれている口を開き、榛名を求める。

塞いでいる唇が開かれる際に榛名は驚いた様子だったが、こちらが舌を這わせると榛名も唇を開く。

そしてその隙間に舌先を入れようとするや否や()()()()()()

 

こちらが榛名を求めること、いや、榛名を受け入れることを感じて榛名のタガが外れたようだ。

それまでのお淑やかを感じさせる優しい柔らかな口付けは跡形も無く、今や獣のように僕の唇を貪る榛名。

伸ばした舌を引き戻せられないほど強く吸い上げ、しゃぶり、かと思えば今度は榛名の舌をこちらの口内へ押し入れ、蹂躙するがの如く嬲りまわる。

互いの口の中はどちらの唾液か分からないほど混ぜられたそれで満たされ、時折榛名が飲み込む。

 

そして押されたままでいるのも男の矜持が許さない。

僕にも多少はあるプライドで、榛名に反撃をする。

榛名の舌を奪い、しゃぶり、嘗め回し、唇を食みながら歯茎を撫でめぐる。

しかしどの行為も榛名を喜ばせるだけで、どんどん榛名の勢いが増していくばかりだ。

終始榛名に圧倒されっぱなしで、榛名を圧倒することはもうあきらめた。

プライド?知らないね。

こんなにも榛名が喜んでいるのだ。ならもっと喜ばせてあげるのが男の甲斐性(僕の務め)だろう?

 

 

数秒か、数分か、どれほど貪りあっていたか分からないが、榛名の勢いが納まり始めたタイミングを見て徐々に宥めていく。

そしてやがて互いの唇が離れた。

 

ほぅと小さく息をつく榛名だが、それでも息は荒く、頬は紅潮している。

腰に残していた腕を肩に、後頭部に当てていた手を頬にあて、ゆっくりと優しく撫でて落ち着かせる。

 

やがて息も落ち着いてきたところで話を始める。頬はまだ紅潮していた。

 

「まだ足りないだろうけれど、これからはまたできる。だから少しお話してもいいかな?」

 

「…はい。その、すみませんでした」

 

しゅんとする榛名。

先ほどまでの獣の様な荒々しさは無く、お淑やかで少しだけ引っ込み思案な榛名の姿であった。

 

「どうして謝るんだい?」

 

「許しも無く提督を襲うようなマネをしてしまって。でも、受け入れていただけて、榛名感激でした」

 

恥ずかしそうにありながらうれしそうにしている。そんな表情をされたら何も怒れないさ。

 

「いいよ。そもそも怒っていないし。それに、謝るべきことは僕のほうが多いだろうしね」

 

それだけの欲求を抑えさせていたのも僕の所為だろう。

 

「いえ、提督が。提督の傍に置いていただけるだけで榛名は満足…できるつもりで居たのですが、これからはできないかもしれないです」

 

ちょっとだけ茶目っ気のある感じで言う榛名。

あぁ、僕だってただ見ているだけしか出来ない前と違って触れ合えるようになった今、傍に榛名が居るだけというのでは物足りさを感じてしまうだろう。

 

「出来ることなら榛名が満足できるよう僕も動くよ。榛名が喜んでくれる方が僕も嬉しいからさ」

 

怒っている榛名も、泣いている榛名も、拗ねている榛名も、落ち込んでいる榛名も、いろんな榛名も好きだけれど、やっぱり喜んで笑ってくれている榛名が大好きなんだ。

 

「提督…」

 

「立ったままではなんだろう?座って話そう。これまでのことと、これからのことを」

 

いつまでも榛名とこうしていたい気もあるけれど、悲しいかな、好奇心や多くの理性がそれを許さない。

それを無視し続けられるほど僕は感性に寄った性格ではないのだ。

 

―・―・―・―・―・―

 

「さて、どこから話そうかね…」

 

榛名のこれまでのこと、特に榛名がどうしてこちらに居るのかという点が気になる。

それと榛名もどうして僕だと分かったのかという点やひょっとしたら僕に何が起きているのかについても何か知っているのかも知れない。

 

「…提督はこちらに来る際のことや来る前のことをどれほど覚えていらっしゃいますか?」

 

ふむ。何かしら僕に起きたことについても知っている可能性が高い言動だね。

 

「ある程度は。ただ()()()から()()()に来るために何が起きたのかは分かっていない。そもそもここがどこなのか、そして()()()()()()()()さえ怪しいと感じているのさ」

 

そう。僕は僕であるのは確かだ。だけれど、この()()は一体何者なのだ?そもそも提督という存在もなんなのだ?

未だにわからないことだらけだ。

ただただそれでもそれを感受しているのは()()()にそれほど未練がないことと、()()()にはリアルの艦娘が自身を提督として慕ってくれるという魅力があるからだ。

だから僕は提督としての能力が無くなり、彼女らに見向きもされなくなったらこの場から退場するつもりで居る。

 

「提督は提督です。榛名の大好きな提督です。それは確かなので安心してください」

 

榛名が聖母に見えるぜ…

ギャグはともかく。

 

「ありがとう。正直自分が何なのかはあんまり気にしていないんだ。君たちから必要とされている。それだけで充分だと感じているし」

 

「よかった。提督がお元気そうで何よりです」

 

「聞きたいのだけれど、()のときは榛名、いや榛名たちからはどう見えていたんだい?」

 

ここはかなり核心をつくための前提として重要な要素だ。

 

「…榛名は、榛名たちは自分たちが()()()()()()()()()()だということを自覚していました」

 

…画面の向こうではキャラクターが自我を持っている。ねぇ。オカルト染みているがもっとオカルトな現状を見るとすんなり受け入れられる。

 

「そして画面越しに提督を見続けていました」

 

見られていた認識はないよ。そりゃ当時はただのプレイヤーだもの。

 

「提督がゲームをしていらっしゃる最中でしたら榛名たちも提督を見ることができたんです」

 

「それは逆に言うとゲーム中でなければ僕らプレイヤーを見ることはできないということかい?」

 

「はい…。ですからしばらくお目にかかれなかったときは寂しかったです」

 

「そっか…、ごめん」

 

ゲーム…艦隊これくしょん。艦これ。

ブームになり、盛んに同人でも持て囃された作品だ。

僕も元々は同人で作品を知り、そしてある二次創作の動画、榛名たち金剛型と電たち暁型の娘たちがダンスをしているものだ。

これがきっかけでゲームをやろうと思った。

惚れこんだ榛名が欲しいなとか、そんな感じのノリで。

きっかけがきっかけだったから当然初期艦は電。

初の戦艦建造が榛名だったため、その時はバカみたいにはしゃいだ覚えがある。

ゲームを始めた頃は大学生だったが、就職を機に徐々にゲームから離れていき、やがてイベントにおけるギミックの難解さにゲームを投げた。

それから一切ログインしなかった時期があるのだ。

榛名の言うしばらく会えなかった時期はおそらくそれだ。

 

「ようやくお目にかかれてとてもうれしかった…。でも提督はとてもやつれていて…」

 

艦これを再開したのは仕事をやめたからだ。

仕事で疲れきった僕は会社のやり方についに痺れを切らして辞表を叩きつけた。

同人では追っていたので、気晴らしに久々にやってみるかとログインし始めたのだ。

ただ艦娘の保有数を増やす気にもなれなかったため、イベントにも参加せず、ただただ任務をこなすだけ。

適当にネットサーフィンしながらつけっぱなしにしていた。

 

「生気の感じられない提督の姿を見て、どうすれば元の元気な提督に戻っていただけるかと皆で悩んでいたのです」

 

「気苦労を背負わせていたみたいだね…」

 

榛名たちには悪いことをしたな…

 

「いえ、それでもみんなは提督に会えて、提督の指示を受けられるだけで幸せでしたから」

 

ん?何かは分からないが、引っかかる言い回しだな。

 

「どういう意味だい?」

 

「…榛名は…。榛名は提督がそうなっているのがすごく嫌だったんです」

 

真剣な瞳で見つめる榛名。

そうか、『榛名たちは』ではなく『みんなは』と言ったから違和感があったのか。

 

「あるとき、見かけない妖精さんが急に現れたんです」

 

話が急に変わった。だが聞こう。

 

「その子はこう言いだしたんです。『他の艦娘たちに嫌われても、怨まれてもいいなら、君の願いを叶える方法はある』と」

 

嫌われても怨まれても…ね。

 

「榛名は悩みました。そして提督のためなら榛名がどうなってもいいと覚悟を決めました」

 

一旦止める榛名。

 

「妖精さんは『その為の対価は不当に高いけれど良いか』と確認をしてきました。でも榛名は引きませんでした。妖精さんの言う対価は『戦い続けること』と『榛名にとって大事な物の一つ』そして『提督が築き上げてきた多くの物』でした」

「提督を助けられるなら榛名はいくらでも戦いますし、榛名の物ならいくらでも差し出すつもりでした。ただ提督の物となると榛名はとても躊躇しました」

 

「それについて妖精さんは話し始めました。曰く『こことは別の世界で、同じように艦娘と深海棲艦が戦っているところがある。そこに提督やキミを送る。だけどキミたち自身以外を送ることは出来ない』ということでした。それで榛名は怨まれるということの意味がわかったのです」

 

「提督と榛名がその世界に行くと、ここに居る他の艦娘たちはもう提督に会えない。それはどう考えても嫌われますし、怨まれます。どうして榛名だけって。逆だったら榛名もそう思うでしょう。でも今のままだったら提督はいつしか自殺でもしてしまいそうで。だったらいっそ別の世界でもなんでも提督が元気になっていただける道を榛名は選びました」

 

「もちろん大将という地位や、多くの資材や装備などの今まで提督が築き上げてきた多くの物も大事な物ですが、提督自身より大切なものなどありませんから…」

 

別の世界…ね。

やっぱりそうなるよな。薄々はそう思っていた。そういう物語が好みだったのもあるけれど。

ゲームの世界に来たというなら提督という存在がおかしくなる。

なぜならゲームでの提督は()()()()()()()なのだから。

他の提督は明らかにプレイヤーとは思えない。

それにシステムが違いすぎる。

同じところ、いや同じと断定するのは危険だから似通っているといったほうが正しいが、そういう部分は多数ある。

が、異なる部分が決定的にゲームとは別物とさせてしまっている。

ゲームの世界といわれるより別の似た世界といわれたほうが納得はしやすい。

あくまで比較したらというレベルで、どちらも非現実的。

だが起こってしまったなら知りえる情報で考えなければならないし。

 

それはそれとして一つ確認したいな。

 

「榛名。僕が築き上げてきた多くの物って言うのはその資材やら地位やら装備やらのことかい?」

 

「もちろん他の艦娘たちのことも含めています。みんなには悪いとは思いますけれど、提督のほうが榛名には大事なんです…」

 

…。

なるほど。そこはゲームのキャラクターたる所以か。

僕が、僕自身だけがこの世界に来たということは、元のリアルで持っていたものや友人、家族なんかのことも含めて"築き上げてきた物"なのだろう。

 

正直たいした財産もないし、社会人になってからは交友関係もほとんど連絡取らなくなった。

家族とも不仲とは言わないが、それほど仲が良かったわけでもない。

それほど前の世界に残してきたものに未練はなかった。

 

しいてあげるなら、こちらでは僕の好んでいた所謂美少女コンテンツ、それも特に立体物の供給が極端に少ないことに不満は感じているが、リアル艦娘が提督として自分を慕ってくれるというリターンを考えればお釣りで大儲けだ。

 

榛名がそれに気づいていない点を指摘する必要もないからここは教えないけれど。

むしろ色彩の無くなった世界からこれだけ魅力ある世界につれてきてくれて感謝だ。

こちらはしっかりと感謝しよう。

 

「そうか…。ありがとう。榛名が僕をこちらに連れてきてくれてとてもうれしいよ」

 

「提督…。お気遣いありがとうございます」

 

気遣っているわけじゃないんだけどなぁ。

 

「本心だよ。それに榛名とこうして触れ合えるんだ。その方がすごくいい」

 

「ていとく…」

 

世辞でもなんでもなく、本当にそう思っていることが伝わったらしく、榛名は身を捩じらせて照れている。

 

「でもそうすると()()()は一体なんなんだろうな…」

 

この話が真実だと仮定しても、僕に起きたことのすべてが説明できるわけではない。

僕は別にこの世界に生まれてきた憶えは無い。

かと言ってポッと湧いたわけでもない。

元々この世界に居た人物…()()()に乗り移ったという感じが一番近い。

 

「どういう意味ですか?」

 

「僕が明確に僕であることを認識したのは1年半ほど前なんだ。気がついたらこちらの世界で提督になるための訓練生だった」

 

そして同時に記憶…というよりは記録に近い感じで()()()の過去を知っている。

知ってはいるが、体験をしていない感覚。上手く説明できないがそんな感じで持っている。

 

「ではその前までは何を?」

 

「どうやら高卒で鉄板加工職に就いていたみたい。両親も他界してお金が無かったから進学できなかった。学校に来ていた求人の中で給料が高かったものを選んだら鉄板加工だったみたい」

 

「…えっと、榛名にはよくわからないのですが、1年半ほど前に提督はこちらの世界に来たけれど、提督はそれ以前からこちらの世界に居たということでしょうか?」

 

榛名自身混乱しているようだ。

だがその言い回しで正しいだろう。

 

「そんな感じ。そうだな…榛名は僕の名前を知っているかい?」

 

少し説明しやすくするために情報を確認しよう。

 

「え?…」

 

一瞬虚をつかれたように止まり、徐々に顔が青くなっていく榛名。

たかだか名前一つで何をそんなに?思い出せないならそれでも良いのだけれど…

 

「別に分からないならそれでも良いのだけれど、どうしたんだい?」

 

「…改めて、榛名は提督のお名前すら知らなかったことにその…、提督は提督ということでよかったのに…それを知ろうとすら思わなかったことがなんだかすごく怖くて…」

 

…ゲームのキャラクターにはあくまでプレイヤーは提督でしかないってことか。

 

「気に病む必要はない。今知ればいいし、それを憶えてくれればいい。忘れてもまた聞いてくれれば答えるし」

 

できるだけ優しく伝える。

少しは和らいだようだが、まだ榛名の顔は青白かった。

 

「改めて、僕の名前は御手洗 義之(みたらい よしゆき)だ」

 

「みたらい…よしゆき…さん」

 

榛名がゆっくり反芻する。

 

「そう。ちなみにゲームでは"あらい"ってプレイヤー名でやっていたよ」

 

御手洗から"あらい"だ。

安直?うっさい。

 

「あらい提督?」

 

「そうそう。そんな感じ。ちなみにこの名前は内緒ね」

 

「はい?」

 

この名前は前の名前だからだ。

下手に違う名前を使われたら他の艦娘たちが変に思うからね。

 

「こちらでの名前は七志野 公人(なしや ひろと)っていう。僕の名前を使う必要があったらこちらを使って欲しい」

 

「えっと、はい。わかりました」

 

深くは考えず、提督が言うなら従おう。というところかな?

それでもいいか。

 

「で、話を戻そう。名前を言ったのは判別しやすくするためだからね。七志野公人はこの世界に21年前生まれた。で、20年近く生きてきたけれど、あるときからは七志野公人の中の人が御手洗義之になったってこと。で、御手洗義之こと僕は七志野君の半生を知っている。という状況なんだ。少しはわかりやすくなったかな?」

 

「ええ。ですが、それで何が分からないのですか?」

 

「七志野公人って何者なんだろうってね。そもそも存在していたのかも怪しいし。ま、僕からしたら世界五分前誕生説とかのノリに近いんだけど」

 

世界は五分前に誕生し、それ以前の記憶はただそう在ったと思わされているだけという説。

自分であるはずなのに自分と感じられないから余計そう感じる。

 

「…榛名には難しくてよくわからないです。ごめんなさい」

 

「いいよ。正直僕も疑問に思いはするけど、そこまで真剣に考えていないし。もう起きたことをあーだこーだ言っても変わらないならこれからどうするか考えるようにしているんだ」

 

あくまで榛名にはこういう疑問も持っていたということを伝えたかった僕の自己満足。

別に答えを得られるとは思っていなかったしこれでいい。

 

僕の過去はまた話すとして、次は榛名の過去について聞いてみよう。

 




お久しぶりです。
合間合間に書いていたら区切りが悪く、投稿も遅くなってしまいました。
本当に申し訳ない。(某B級映画に出てくる博士のAI風)
今後も投稿はまちまちなので、ご了承ください。

当初は主人公の提督には名前をつける気は無かったのですが、つけたほうが書きやすいのでつけさせていただきました。
もちろん実在する人物等とは無関係なのでご安心を。


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舞い踊るは桜吹雪5

大変お待たせしました。


「榛名は気がつくとこちらの海上に居ました。そして近くを通りかかった艦隊に保護されて、提督不在艦娘として大本営に引き取られました。そこで榛名の改二の能力を見込まれて、提督が見つかるまでという条件の下、作戦に協力してきました」

 

「優先的に榛名の提督を捜索してくれると言う話でしたが、単に力のある違う提督が榛名の力を欲しているだけで、碌に探してくれている様子はありませんでした。それでもこちらで単身提督を探すことは難しく、他の娘たちの力を借りるためにも大本営に所属し続けました」

 

「その甲斐あって、いろいろな提督の情報を手に入れることはできましたが、どれも榛名の提督ではなくて…。でもあるとき提督を見つけることができたのです!」

 

「大急ぎで提督の下に行こうとしたら、そこには別の榛名が居て…。提督にどうやって受け入れてもらうか考えるために一度出直すことを決めたのです」

 

ん?ということは斉藤の榛名といるところを見たってことか?

 

「別にそのタイミングで声をかけてくれれば良かったと思うんだけど、どうして出直したの?」

 

榛名は少し困った顔をしたのち、おずおずと言った。

 

「…その、お恥ずかしい話ですが嫉妬してしまいまして…。それに提督にもう()()が居るなら榛名はいらないってなったらいやだったんです…」

 

そんなことないんだけどなぁ…

ただゲームのころ基本的に僕は同じ艦を複数所持することはなかった。

それを知っている榛名だからそう考えてもおかしくないか。

 

「大本営に提督を見つけたことを伝え、それ経由で押しかければ否応無く榛名を受け取っていただけるのではないかと考えたのですが、大本営は榛名を手放す様子がありませんでした。なのでなりふり構っていられなくなり…」

 

「直接押しかけてきたと」

 

「はい。ご迷惑をおかけしてしまいますが、提督のお傍に居られないほうが榛名は嫌だったんです」

 

シュンとうなだれる榛名。

 

「…そっか。うん。僕も榛名と居られないのは嫌だな。だから気にしなくて良いさ」

 

出来る限り軽い口調で。

色々一人で背負っているのだろう。いらないものまで背負う必要はないとやんわりと伝える。

 

「提督…」

 

少しは明るくなった榛名。

それでいい。その榛名のほうが魅力的だ。

 

コンコンッ

 

そんなこんなしているうちにノックがなった。

 

「誰だい?」

 

「わたしよ。ちょっといいかしら」

 

この声は瑞鶴?一体どうしたというのだろうか?

まだ集合時間でもないし、朝食の時間までもうすぐだ。

榛名に目で問うと頷いて答えてくれた。

それに礼をしてから声をかける。

 

「空いています。どーぞ」

 

「失礼しまー…」

 

声を出しながら扉を開けかけていた瑞鶴がなぜか途中で止まった。

 

「まだ時間には早いですよ?それとも何か問題でもありましたか?」

 

「…えっと、うん。なんで榛名さんが居るの?」

 

ドアノブを握り、体の半分だけ部屋に入っている中途半端な体勢で問う瑞鶴。

 

「ん?あぁ、少し先に話したいことがあってね。ずいずいはどうしたの?」

 

「…へんな呼び方はやめて。榛名さんと話したいことねぇ…。じゃ私は居ないほうがいいかな?」

 

用があって来たのではないのか?

なのにさっさと帰る?よくわからないな…

 

「別にそうでもないけど、というより何か用があったのでは?」

 

「いいわよ、大したことじゃないし」

 

「瑞鶴さん、ちょっとこちらへ」

 

榛名が割って入る。

どうしたというのだろうか?

 

「なに?」

 

手招きに応じて瑞鶴がやっと部屋に入ってくる。

 

「ふふふっ、こうです!」

 

近寄ってきた瑞鶴に対して突如腕を掴み引っ張る榛名。

 

「きゃっ」

 

「ちょっ」

 

そしてそのまま体勢が崩れた瑞鶴がこちらに来る。

急いで受け止める姿勢をとる。

と、目の前で瑞鶴が止まった。

手を離していなかった榛名に支えられているようだ。

 

「ぇぅ」

 

数センチも無い距離に瑞鶴の顔がある。

どんどん瑞鶴の顔が赤くなっていく。

 

「榛名、急に危ないじゃないか」

 

「受け止めてくださいね提督」

 

こちらの言をスルーしながら手を離す榛名。

中途半端につんのめった体勢の瑞鶴はそのままこちらに倒れこんできたので、怪我をしないように隣の席へ誘導する。

 

「大丈夫?」

 

顔を真っ赤にしたまま黙り込む瑞鶴。

大丈夫だろうか?

 

「瑞鶴さんはこうしたかったんだと思いますよ?」

 

にこやかに言う榛名。

何がしたかったんだ?

 

「何がなんだかわからないけど、危ないから今みたいなのはもうしないでくれよ?」

 

「えへへ…ごめんなさい」

 

かわいい。

じゃない。

 

「ちゃんと瑞鶴さんにも謝ってね。で、瑞鶴さんはいつまで固まっているんだい?」

 

「…」

 

煙でも出そうなくらい真っ赤な瑞鶴はいまだ無反応。

 

「急にごめんなさい、瑞鶴さん」

 

「え、へ?あぁ。うん。危ないからもうしないでよね」

 

やっとこっちに帰ってきた様子。

 

「大丈夫かい?」

 

声をかけつつ顔色を覗く。

 

「だ、大丈夫。というか提督さん近いっ」

 

「あぁ、ごめん」

 

確かに受け止めるときにほぼ抱きしめるような感じに一瞬なっちゃったし、そのまま隣の席に座らせたからほぼ密着状態。その上顔を覗き込んだら確かに近いわな。

少し離れたところに座りなおす。

 

「もぅ。それで榛名さんはなんで急にこんなことしたの?」

 

「瑞鶴さんは提督の傍に来たかったのでしょう?でも榛名の所為でチャンスを逃すのは悪いと思いまして、折角ならお手伝いをしようと思ったんです」

 

ふんすっと自信たっぷりに良い仕事をした感を出す榛名。

瑞鶴の用は僕に会いに来ただけってこと?

瑞鶴が?

 

「だ、だれが提督さんに会いたくて一人先に来るモンですか!」

 

「ですよねぇ…」

 

そういったことをしてくれるほど瑞鶴と交流していないし、そもそも親交を深めても僕みたいなのにそんな風に思ってくれる娘は居ないだろう。

それこそプレイヤーに対してデフォルトで好意を持っている()()()()()()でもない限り…ね。

 

「けーっきょくこうなってるんだねー」

 

「…北上様、いつの間に?」

 

気付かぬ間に居た北上が気だるげ…というかジト目で言う。

 

「やっほー、北上様だよー。来たのはついさっき。ツインテが提督に抱きついてるところから」

 

「だれがツインテよ!」

 

瑞鶴が吼える。

 

「わかってるじゃん。ま、そっちがそうするのは好きにしてればいいしー。私は私で好きにするからさ」

 

そう言って近づいてくる北上。

 

「北上さん?」

 

「提督。ちょっと前かがみになってくれない?」

 

すぐ横に立つ北上のリクエスト。

 

「?いいけど」

 

よく分からないがとりあえず従っておこう。

 

「じゃ、失礼して」

 

「おふっ!?」

 

ひょいと視界から北上が消えたかと思うと背中に柔らかな感触と重み、そして微かに潮の香りが降りかかった。

 

「ちょっ、北上!提督さんに何しているのよ!」

 

「まぁっ大胆ですね」

 

瑞鶴が北上を降ろそうと暴れ、対照的になぜかうれしそうな声をあげている榛名。

こっちはぐらぐら揺らされて落ち着かない。

 

「ちょ、瑞鶴さんストップ。それは僕に負担がかかる」

 

「代わって欲しいなら後で交代するから揺らさないでよー」

 

のんきな声でありながら、しがみつく強さは結構強い北上。

 

「だ、だれも代わって欲しいなんていってないでしょ!いいから降りなさい!」

 

「えー、ちょっと落ち着き悪いけど結構良い感じだからヤなんだけど。提督が降りろっていうなら降りるけど?」

 

「提督さん、北上を降ろして」

 

なぜか矛先はこちらへ。

北上にくっつかれるのは良いのだが、座った体勢から上半身だけ倒したこの状態で上から押さえられるのは少々きついものがある。

悪いが降りてもらおう。

 

「あー、北上さん。この体勢は厳しいので降りてもらいたいです」

 

「ん。じゃあ別の体勢で」

 

すんなり退くと流れるようにおねだりする北上。

というか北上ってこういう娘なの?

ちょっとビックリ。もっとダウナーな娘でありながら面倒見の良い娘ってイメージだったけど、結構積極的に甘えてくるのね。

 

「あー、じゃあ膝の…いや、待てよ」

 

膝の上は流石にまずい。

何がまずいって?まずいものはまずいんです。

 

「ちなみに希望はあります?」

 

「…。じゃあやっぱり背中」

 

なんか間があったような…でもまぁ問題ないだろう。

少々居心地悪そうだけどね。

 

「こうすれば大丈夫ですかね」

 

座る位置をソファの浅いところにして背もたれと背中に隙間を作る。

するとそこに北上が入ってきて、そのまま背中にしなだれかかった。

 

「うーん。いいねぇ」

 

「…はぁ…」

 

もうなんだかあきらめた様子で溜息を吐く瑞鶴。

 

「あ、北上さん。一ついいですか?」

 

ニコニコしていた榛名が何かひらめいた顔で言う。

 

「なぁに?」

 

「先ほどおっしゃっていましたし、後で榛名に代わっていただけませんか?」

 

そういえば確かに代わって欲しければ後で代わるといっていたが…

 

「しばらく堪能してからで良いなら待っててー」

 

「はーい。お待ちしてますね」

 

勝手に順番待ちが出来てしまった。

 

「君たち、僕の意思は無視かい?」

 

「ん?そんなことないけど。もしかして嫌だった?」

 

「嫌ではないよ」

 

「なら無視してないじゃん。嫌じゃないだろうなーって思ってしてるんだもん」

 

なにやら北上にはお見通しのようだ。

 

「さよですか…」

 

「さよですよー。私がこうなっているのも()()()()()なんだしー。ちょっと重いのは我慢してねー」

 

「はいはい、さほど重くないのでだいじょ…ん?」

 

ちょっと待った。今北上が何か妙なこと言ったような?

 

「どうしました?」

 

「いや、今の北上の「あんたたちなにやってんのよ!」へぁっ!?」

 

大きな声に驚き、扉のほうを見ると叢雲がわなわなと震えながら仁王立ちしていた。

 

あぁ、そういえば瑞鶴が来たときからずっと扉開けっ放しだもんね。

廊下から丸見えやもんね。

 

「その…叢雲さん?」

 

「あ、叢雲さんもします?次は榛名ですのでその後になりますけど」

 

「だれが!というより、アンタこっちくる!」

 

「はい!北上さん。ちょいごめん」

 

「行ってらー」

 

叢雲の怒りが有頂天な状態だ。これは逆らわずただ濁流に身を任せるのが最善策だろう。

お説教。短いと良いなぁ…

朝飯、食えるかな?




一ヶ月以上経ってしまって申し訳ないです。
私事で申し訳ないのですが、生活環境が大きく変わりまして、少々時間が取り難くなっていました。
大変ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした。
だいぶ落ち着いてきましたので、多少は続きを書けそうです。

さて、言い訳タイムは終わりです。
だいぶアグレッシブな娘が増えました。
北上がおよそ他のところとは大きく異なる感じがあるかも知れませんが、それについてもおいおい触れていく予定です。
次もいつになるか分かりませんが、お待ちください。


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舞い踊るは桜吹雪6

北上をおんぶしたい。


「えー、提督と叢雲は諸事情で遅れるってさ。先にはじめろって命令だからやるよー」

 

珍しく日が昇っていても起きている川内が声をかける。

 

「知ってる娘も多いだろけど、昨晩2艦隊分の艦娘と合流。大本営から通知が出ていた娘たちだね。悪いけど来てもらえる?」

 

川内の招きに応え、金剛を先頭に12隻が前に出る。

 

「皆サーン、金剛型一番艦!金剛デース!!」

 

片手を腰に、もう片方を前に突き出しポーズを決める金剛。

 

「はい、じゃあうちまで来た経緯は金剛さんに説明してもらっていいですか?」

 

他に説明できる叢雲も提督も居ないため川内が説明しなければならないのだが、眠気の所為で説明するのが面倒になってきたため金剛に振る。

 

「いいデスよー。こちらの提督がマイシスターの榛名の提督ということで送りにきましタ!」

 

ざっくりと経緯を話す金剛。

ざっくりとしすぎていて困惑している娘らも多い。

 

「えー、コホンッ。私、霧島が金剛お姉さまの補足をさせていただきます」

 

それを察してか霧島が一歩前に出て解説を始める。

内容は榛名がここの提督を見かけ、自身の提督だと判断。

直属の上官に申告するも、榛名の能力の高さからうやむやにされかけていた。

しかし、話が分かる人物も居た。

その人物はこちらに榛名を送り届けるだけの裁量を持っていなかったが、榛名をここに送り出す作戦を提案。

それに従って任務中に深海棲艦に襲われ、保護された先の提督に適正があったというシナリオを実施。

多くの鎮守府に知られてる状況下であればうやむやにできない。

といったことの詳細を話した。

 

「といった経緯となります。ただ、予想外の出来事として、北上および瑞鶴もこちらの提督と対応することが発覚いたしました」

 

まとめの最後に北上と瑞鶴についても話す。

 

「流石霧島デース!とってもわかりやすかったデース!」

 

「ありがとうございます」

 

金剛にべた褒めされて頬を赤らめ照れる霧島。

そのタイミングで扉が開いた。

 

―・―・―・―・―・―

 

「お待たせしました。話はどこまで進みましたか?」

 

正直、一旦自室にもどって休みたいけどそうも言っていられない。

叢雲の折檻をなんとか短く切り上げてもらったのだ。

ダシにつかったこの場に出ないわけにはいかない。

 

「あ、提督。丁度金剛さん達が何で来たのか説明してもらったところ」

 

川内が簡潔に答えてくれた。

 

「了解。北上さんと瑞鶴さんについては?」

 

「ちょっとだけ触れたかな」

 

「あとは引き継ごう。さて、説明の通りうちの所属が増える。正規の手続きはまだな上、経緯の関係で何らかのトラブルが起きるかもしれないが、それについてはこちらで対応していくつもりだ。何か質問がある娘は居るかい?」

 

川内から進行役を引き継ぐ。

こういう司会進行は艦娘たちのほうが得意なのだが、叢雲さんが怖いので真面目に働いている姿を見せておかねば。

 

見回してもまだ整理し切れていないのか特に質問が出る様子はなさそうだ。

 

「ほーい」

 

と思っていたら後ろから気の抜けた声が聞こえた。

振り向くと北上が手をあげていた。

 

「なんでしょうか、北上さん」

 

「あのさ、提督はどうして私たちが提督の艦娘だと分かったの?」

 

む?どういう意味だろうか?

 

「あぁ、そういえば不思議ね。私も知りたいわ」

 

瑞鶴も乗ってきた。

 

「いや、特に決定的な理由はないですよ?あ、この娘うちの娘だって感じただけなんで」

 

「ちょ、ちょっとまってください」

 

急に大淀が声をあげた。

 

「どうしたんですか大淀さん」

 

「ちょっと話が見えないので確認させてください。北上さんと瑞鶴さんはこちらに来たときに提督が自身の提督だと分かったんですよね?」

 

「そうだよ」「そうね」

 

大淀は何が気になったのだろうか?

続きを聞こう。

 

「今の北上さんの言い方だとまるで()()()自身の艦娘だと分かったということですか?」

 

「あぁ、そうなりますね。それがどうかしましたか?」

 

榛名がアグレッシブ過ぎたので印象深いけど、確かそんな流れだった気がする。

それの何が気になるのだろうか?

 

「発言してもよろしいでしょうか?」

 

赤城が、というとうちのか本営から来たのか分かり難いな。

とりあえず今回は本営所属のほうの赤城が一歩前に出て言う。

 

「どうぞ」

 

「通常、提督…いえ、人間は自身に対応する艦娘を識別できないというのが通説です。しかし、あなたは北上さんと瑞鶴さんが自身の艦娘だと識別できました。それが不可思議だということです」

 

あー、確かに言われてみれば今までは分からなかったな。

現に分かってたなら斉藤の榛名を建造したときに気付くはずだし。

でも今は識別できる。

理由はわからない。が、心当たりはある。

 

榛名だ。

 

正確には榛名の持つケッコンカッコカリの指輪。

榛名に触れ、あれが反応してから北上たちが自分の艦娘だと認識できた。

今この場に居る娘たちにも同様の感覚を覚える。

 

これについて説明するのは難しいな。

分からないことが多すぎるのだ。

だからこれを示すのがはやいかな。

 

「榛名」

 

「はい」

 

一言声をかけただけでこちらの意図を察し左手を差し出す榛名。

 

「たぶんこれが関係していると思う」

 

榛名の左手を取る。

するとどこからかあたりに桜の花びらが舞い始める。

突然の光景に動揺する艦娘たち。

二度目でもその光景が珍しいのか最初にやったときに居た面子も呆然としている。

 

「これは…一体…?」

 

何とか搾り出すように大淀がつぶやく。

 

「これのおかげで榛名となんていうか…繋がった感じ?になれるんだ。そしたら何かいろいろ感じ取れるようになった。それ以上のことはわからないかな」

 

そっと手を離すと光の花びらは消えていった。

ほんの少しの間静寂で満たされる。

 

「あ、榛名も質問良いですか?」

 

榛名。僕の榛名の方だ。

静寂を破りいつもと変わらない様子で手をあげた。

 

「かまわないよ」

 

「それでは提督。そちらの榛名とはどこまでイキマシタカ?」

 

これまた唐突な質問だなぁ…

あれ?何か表情も話し方も普通なはずなのに、なぜだろう…背筋が急に寒く…

榛名はにこやかに少しだけ小首を傾げて尋ねている。

 

「えっと、別にどこもなにもないです…よ?」

 

やばい。何がやばいかわからないが第六感的な何かが緊急エマージェンシーを発令している。

重複表現?知ったこっちゃねぇ。そんぐらいやばいんだ。

なんで急にこうなった?

 

「ソウデスカ。なら、よかったです」

 

榛名が…これまた分かり難いから、僕の榛名をマイ榛名としよう。斉藤のは斉藤ズ榛名で。

マイ榛名の視線が斉藤ズ榛名へ向かう。

斉藤ズ榛名はこの異様な空気、例えるなら真夏の直射日光が当たる場所にも関わらずなぜか一切溶けていない氷が一個あるような異質感にただただ困惑している様子だ。

 

「えっと…」

 

「提督の榛名はハルナダケデスヨ?」

 

「ひゃっひゃい!」

 

おーい、マイ榛名のハイライトさーん。帰ってきて。

 

「は、榛名。そ、その辺で。ね?」

 

何とか威圧するマイ榛名を止めようと声を掛けてみる。

 

「えぇ、榛名は大丈夫です」

 

何が大丈夫なのだろうか?

それを聞く勇気は僕には無かった。

ただマイ榛名が目を伏せ下がったのでこの場はよしとしておきましょう。

してください。

 

 

「え、えーっと。他に質問ある方ー?」

 

こんな空気で質問しようなんていう娘は居なかった。

そりゃそうだ。この短時間で室温が数度下がったように感じられるし。

 

「じゃ、じゃあ今回の緊急集会は終了。みんな解散。お仕事にもどってね」

 

手を叩いて終わりをつげる。

するとざわざわと話し声が始まり、皆がそれぞれの持ち場に戻り始めた。

 

「Hey提督。私たちはどうするネ?」

 

金剛が尋ねる。

 

「君たちは客員扱いでしばらく待機しててもらうよ。大本営に連絡して向こうと打ち合わせしてから送り出すことになるので。それまではこちらで待機という名の休養をしていてくださいな」

 

「わかりマシタ。皆さん戻りましょう。部屋でティータイムにしまショウ!」

 

金剛が本営から来た娘たち─榛名、北上、瑞鶴を除いた娘らを連れて部屋を出て行く。

 

「じゃ、私も戻るね。そろそろ寝たい」

 

川内がそういい残して立ち去る。

今度今回の埋め合わせしないとな。

 

残っているのは僕、マイ榛名、北上、瑞鶴、叢雲、霞、大淀だ。

 

「で、どうして遅れてきたのかしら?」

 

霞がズイと顔を寄せながら言う。

それを聞くために残っていたのね。

 

「あー、うん。叢雲さん、お願い。僕は戻る」

 

こりゃ霞からも説教っぽいな…

朝一から叢雲に説教食らってんだし、逃げるが勝ちよ。

 

「は?アンタがアホなことしてたからじゃない」

 

しかし叢雲に回り込まれてしまった。

 

「アホなこと、ねぇ…」

 

霞にものっそいジト目で見られる。

 

「別にそうでも無くない?」

 

北上が言う。

思わぬところから助け舟だ。

 

「何したって言うのよ」

 

「提督は何も。ちょいちょい提督こっち」

 

そういいながら北上に手を前に引っ張られる。

どうしたのだろうか?

 

「なんでしょう?北上さん」

 

問に答えることなく黙って後ろに回る北上。

何だろう?

 

「そぉれ」

 

「おぅゎ」

 

「なっ」

 

北上が背中に飛び乗ってきた。

 

「危ないじゃないですか」

 

「大丈夫なときにしかしないからヘーキヘーキ」

 

へーきじゃないです。いくら一般的な女の子よりも軽くてもそれなりの重量があるんですよ?

助け舟かと思ったが、違ったようでちょっとよろしくないかも。

 

「あ、北上さんずるいです。次は榛名の番って話でしたよね!」

 

突っ込むのはそこですか…

 

「いやー、まだ満足してないんで」

 

「なにやってるのよ、アンタらは!バッカじゃないの!?」

 

霞がキレた。

 

「うーん、バカで結構かなぁ…。こういうのはやらないでいると後悔するよ?」

 

「北上?」

 

なんていうか、哀愁のような、後悔のような、懺悔のような。

明確な判別はできないが、北上からはなにやら悲しそうな感じがした。

 

「デレデレしてないでさっさとおろす!このクズ!!」

 

デレデレする余裕なんてないんだけどなぁ…

 

「その、北上さん。霞さんもこうおっしゃってるので降りてくれるとありがたいなって」

 

「…しょーがないねぇ・・・」

 

のそりと降りる北上。

振り向き表情を見るもぽけーとしているその顔からは何も読み解くことは出来なかった。

もともとそういうの苦手だしね。

 

「あの、そろそろ業務の話をしてもよろしいでしょうか?」

 

控えていた大淀がコホンと仕切りなおしてくれる。

この助け舟に乗らない手はない。

 

「あぁ、そうしましょう。とりあえず早急に金剛さんたち関連を報告と調整を始めないとね」

 

ものすごく鬱憤がたまっている感を出している霞だが、仕事の邪魔をする気はないようで控えてくれている。

北上たちもそれらを察してくれたようで退出し始めた。

さて、いろいろ立て込んでいるけれど、悪いことばかりではない。

なにより今回榛名が来てくれたのは非常に良い。

ちゃっちゃと面倒を片付けて榛名とのんびりしよう。




前世記憶持ちのヤn…デレデレ榛名、なにやら好感度高く乗っかってくる北上に比べて瑞鶴が控えめですね…

既存組も含めてシナリオ進行だけではなく、単なるイチャつき話をそろそろ差し込みたいなと考えていますが構成ってむずかしいですね。

あと最近タイトル詐欺という感想が多く見受けられますし、自分でもそう思い始めたので開き直ってタグ追加しようかと考え中です。
なんていうかスミマセン。


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榛名と山城と満潮と

なんかgdgd気味ですがかまわず投稿です。


「提督。榛名さんとの1対1で模擬戦を申請します」

 

落ち着いた風に言っているがものすごくプレッシャーを発している榛名が申請してきた。

内容は榛名との一騎打ち。

うん。わかりにくいね。

僕の榛名vs斉藤の榛名ということだ。

 

他の艦娘たちには非常に友好的に接しようとしているが、どうにも斉藤の榛名に対して思うところがあるらしく、ぎこちない態度になっていた。

それを解消しようというのが目論見なのだろう。

 

だが

 

「却下。資材がない。陸で何かしら資材を使わない勝負をすればいい。何なら私物のゲームを貸し出そうか?」

 

いくら僕が榛名贔屓であってもこの複雑な事情が重なり合った時期にそこまでの融通は利かせられない。

 

「それに模擬戦ならやらなくとも榛名の…キミの勝ちになるのは分かりきっているだろう?」

 

二人の練度差を考慮すれば僕の榛名が装備なしで、斉藤の榛名が今うちで用意できる最高の装備をさせても僕の榛名が圧勝する。

練度100超えに1桁じゃあかすり傷つけられれば御の字というレベルだ。

模擬戦にこだわる理由がわからない。

 

「榛名がこんなにもお願いしているのに…ですか?」

 

声のトーンがまた一段階下がった気がする。

が、今の僕は提督としてすべき対応に専念する。

状況が切羽詰りすぎているのだ。

タウイタウイに向けての仕込みをしなけばならないのが一番大きいが、ここでもう一つ厄介事が増えたのだ。

榛名・瑞鶴・北上の引き抜きをする条件として視察が来るのだ。

おそらくこちらの規模に対してこの三隻は強力すぎて運用できないとか難癖つけて連れ帰る算段だろう。

それに対抗するために十全な運用状況で、戦果も上々である旨を示さねばならない。

戦果については他の鎮守府と規模差を考慮すればトップレベルだからおそらく問題ない。

これで難癖つけてくるなら記録と数字で押し返せる。

ただ運用状況については僕が艦娘を欲して建造を多くしているため資材が元々少なく、タウイタウイに向けてのことで更にカツカツだ。

これについては正直厳しい面がある。

だから今から視察に来るまでの間に一定量以上の状態にしないとまずい。

 

一応方針については全体に通知しているし、榛名もそれを把握しているはずなのだが…

 

「そうまでして模擬戦にこだわる理由って何なのか、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?」

 

何度かこの質問をしているが、毎度榛名は顔を伏せて沈黙してしまう。

 

「言いたくない・・・か。話せば必ずしも許可するわけではないけれど、少なくとも理由が分からなければ確実に却下する。それより今度の作戦の仕込み、進んでいるか?」

 

山城を主体にやらせていた準備。これに榛名も含めて実施することにした。

理由は単純。榛名が()()()であるからだ。

 

「…三式弾が必要個数開発できれば問題ないかと」

 

「今回は金剛ではなく山城と行うことになるが、それについて意見はあるか?」

 

史実では金剛と榛名のペアで行った作戦だったはずだ。

僕も艦これを始めてからサラッと調べただけだからあまり自信は無いが。

 

「あの作戦時は榛名たち金剛型が適役でしたが、今回は状況が違います。むしろ提督の考えでしたら榛名も山城さんも抜きにして重巡を主体にしたほうがよろしいのではないでしょうか?」

 

僕の本当の意図まで汲み取っての発言だろう。榛名の言は正しい。

 

「そうだな。そこまで把握してくれているなら問題なさそうだ。榛名の言う通り、僕の意図を成し遂げるにはキミや山城では過剰火力なんだ。上手く調整してほしい」

 

訓練はさせているけれど、訓練中は赤城につき合わせているのに対して本番は深海棲艦相手にやらなければならない。

どこまで上手く行くかは計りかねる部分がある。

 

「提督の命令であれば、なんなりと。作戦の後ならば模擬戦を許可してくれますか?」

 

で、またその話に戻るのね…

 

「確約はできない。検討はしてみよう」

 

今よりは落ち着いているだろうけど、そもそも相手がここに残っているかも怪しい。

榛名の望みだから可能な限り叶えてあげたいけれど、出来ないこともままあるのだ。

 

と、ここでノックがなった。

時間的に遠征帰投の報告だろう。

 

「入れ」

 

「失礼します」

 

満潮が書類を持って入室してきた。

 

「遠征艦隊の帰投報告よ」

 

ぶっきらぼうなのはいつものことだが、いつもよりも不機嫌度が高い気がする。

疲れているのだろうか?

 

「お疲れ。ほぅ、大成功ね。よくやった。下がって良いぞ」

 

こちらでも遠征の成功と大成功がある。

発生条件はおそらくゲームと同じ。

ただ理屈はよくわからない。艦娘らの言では妖精さんが張り切って普段以上の資材を持ち帰ることができたとのこと。

要領を得ないが現場に付いていくわけにも行かず、そういうものだと割り切っている。

 

「また、榛名さんと居るのね。もう専属秘書艦任命なのかしら?」

 

満潮が榛名を横目で見ながら言う。

専属秘書艦ってなんだ?

 

「榛名はちょっと要望を言いに来たんだよ。ところでその専属秘書艦ってなんだい?」

 

「秘書艦は榛名さんで固定して、他の娘にやらせないってこと」

 

うーん、それだと榛名を出撃させているとき秘書艦なしってことになる。

それは厳しいかも。

専任がいるのは良いが、そこが抜ける場合も考慮しなければならない。

あえて穴を作るような運営は好みじゃないな。

 

「他の娘にもしてもらうつもりだよ?というか別に今日の秘書艦は榛名じゃないし」

 

「じゃあその秘書艦はどこかしら?」

 

「ここよ」

 

山城がゆらりと現れた。

 

「扉、開けっ放しだったわよ」

 

「ご、ごめんなさい」

 

素直に謝る満潮。

素直な態度って珍しいような…?いや、相手が僕じゃないからか。

 

「これ、開発の報告書。悪いけれど目当てのものは出なかったわ」

 

「そればっかりは妖精さんの気分次第だからね。しかたないさ」

 

報告書を受け取り、目を通す。

三式弾は開発できなかったようだ。

 

「珍しいわね。建造じゃなくて開発を優先してるなんて」

 

「まーね。重要度が変わったんだ。さて、用が済んだなら早めに休んでくれ。しばらく忙しくなるからね」

 

満潮を始め駆逐艦は稼動頻度が高い。

出撃のみならず遠征もあるからだ。

特に資材をためようとしている今は通常時より頻繁に遠征へ行っている。

キラ状態とまで行かなくても疲労状態は解消しておきたいので、雑務や訓練を縮小して休養を増やしている。

ゲームであれば1-1キラ付けとかで楽できたのだが、現実は面倒だ。

 

「…」

 

なにやらムスッとしてこちらを睨む満潮。

この娘はこういう拗ね方をするから対処法が分かり難い。

罵倒に近い物言いであっても自身の意見や要望を発言してくれる叢雲や霞のほうがそういう面では助かる。

いや、アレはアレでキツイものがあるんだけどね。

艦娘かつ自分のでなければまず絶縁したいレベルで。

 

「提督、棚にある新商品のお菓子食べても良いかしら?」

 

山城が唐突に言い出した。

今までそんなこと言い出すことなんて無かった。せいぜい出されたお菓子をつまむ程度だ。

めずらしいこともあるものだ。

 

「あぁ、かまわないよ。僕も食べてみたいからいくつか残しておいて欲しい」

 

「ありがとう。満潮、それに榛名さんもお茶淹れるから付き合って」

 

満潮のためか。

山城がフォローしてくれる様子だし、任せてみよう。

そう思って思考を運営に切り替え、視線をPC画面へ向けると…

 

なんか…いた…

 

小さな体の少女…妖精さんだ。それも三人。人?でいいのか?

普段執務室には来ない、というか来たの今回初めてじゃないか?

一体何事だろうか?

 

こちらが戸惑っていると、一人がこちらに出てきた。

 

「ていとく、わたしたちのうちだれをくびにするの?」

 

…へ?

くび?首?というか喋れるん?

今まで身振り手振りだったよね?

ちょっと混乱が収まらない。

 

「しゅほーのわたしはとうぜんつかうよね?」

「ふくほーもひつようでしょ?」

「ていさつできないとふべんだよー?」

 

…この子らは一体なんの話をしているのだろうか?

 

「ここに来るなんて何事?提督にご用事?」

 

山城がこちらに向けて声をかける。

よくよく妖精たちを見ると見覚えがある。

アホ毛が特徴的なショートヘアの妖精。

双眼鏡を持ってるポニーテールの妖精。

サンバイザーをつけてるツインテールの妖精。

 

個人的に一番見覚えがあるのは最後のツインテ。

水上偵察機の妖精さんだ。

残りの二人は…

 

なんだっけ?

 

「この子ら、山城のところの子?」

 

「えぇ。この子が主砲・35.6cm連装砲の子で、この子が「15.2cm単装砲の子で、ツインテの子が偵察機だね」えぇ、そうよ」

 

山城の装備は初期のまま主砲・副砲・偵察機の組み合わせだ。

偵察機の子はもともと判別ついていたから、残りのどちらがどちらなのか判明すれば判別できる。

 

「別に破棄する予定なんてないんだけど、なぜそれを考えているんだい?」

 

妖精さん達に聞くと首を傾げる。

 

「どゆこと?」

「さんしきだんとこうたいするのはだぁれ?」

 

こうたい?交代…

あぁ、そういうことか。

 

「えと、三式弾を積む際にどう装備を弄るかってことだね?予定では悪いけど偵察機を外すことになると思う」

 

僕の言葉に肩を落とす偵察機の子。

それを慰める主砲の子とほっと安心している副砲の子。

微笑ましい風景に和んでいるとふと呆然としている山城が見えた。

なんか既視感が…

あぁ、この前の自分の艦娘を判別できるようになったと伝えたときの大淀もこんな感じだったな。

 

「てい…とく?この子たちの言葉わかるのですか?」

 

「んー、わかるというかこの子らって喋れたんだね。初めて知った。今までは雰囲気で読み解いてたけど、やっぱりはっきり言語にしてもらったほうがわかるね」

 

「…そう、ですか」

 

そう言って山城は下がった。

それについて行くように妖精さんたちも机から降りていく。

 

でもたしかに色々と不可思議ではある。

榛名が来てから、というよりケッコンカッコカリの指輪の力と見るのが妥当か?

一番思い浮かぶ原因はそれだし…

正直この立て込んでいる状況でこのことに思考を割くゆとりはない。

早く作業を終らせ、より計画を確実なものに…

 

「はい、提督。あーん」

 

目の前にクッキーが現れた。

顔を上げると榛名がにこやかに差し出していた。

先ほどまでの冷めた空気は一切無く、いつもの榛名だった。

 

「どうぞ!」

 

そのままズイと差し出し続ける榛名。

 

「あまり根を詰めすぎるのはよくないですよ?そうやって提督ががんばっているのは素敵ですが、それで提督が前みたいになってしまうのは榛名、いやですよ?」

 

その微笑みはとても優しく、春の陽みたいだった。

 

榛名の言うことが正しい。

楽しいことのために努力して、それで楽しむための時間すら削ってしまったらどうなるのか。

その結果をよく経験したではないか。

 

「そうだね。もともと僕は怠け者だし、怠けてて普通か。じゃあお言葉に甘えて」

 

あー、と口をあけると榛名が優しくクッキーを口に入れてくれた。

 

「おいしいですか?」

 

しっとりとした食感と、甘さが口の中に広がる。

咀嚼しながらしゃべるのはどうかと思ったので、頷いて肯定する。

 

「ならよかったです。もう一ついかがですか?」

 

「ん、もらおうかな」

 

だが榛名はもうクッキーを手にしていない。

一緒に山城たちのところに取りに行こうかね。

と、立ち上がろうとするとそれを榛名に制された。

 

「山城さん、満潮さん。クッキー持ってきてください」

 

彼女らをパシリに使うのかい。

山城たちのほうを見るとやはり戸惑っている。

顔を見合わせた後山城が口を開いた。

 

「食べるならこちらに来なさいな。そこは仕事する場所でしょう?」

 

山城の言うとおりだ。

すると榛名が妙に笑みを深めた…ように見えた。

なんかどこかで見たことあるような…?

 

「提督は忙しいので、手が離せないそうです。一つずつでいいので。それに…」

 

そこで言葉を区切り、山城たちのほうに近づく榛名。

そうするなら榛名が持ってくればいいものを。

何か山城たちに言っている様子だ。

 

「ちょっ!」

「しーっ」

 

そして激しく動揺する山城と満潮。

満潮が声をあげるとたしなめる榛名。

何を企てているんだか…あ。

榛名の妙な笑みをしたときを思い出した。

この間、榛名たちが来た日の瑞鶴を呼び寄せたときだ。

あのときはそのまま瑞鶴を引っ張ってこけさせてたな。

ということは何かイタズラでも思いついたってことか?

瑞鶴のときみたいに危ないことをしなければ良いが。

 

少しすると山城と満潮が不機嫌そうにしながらクッキーを一枚ずつ持ってこちらにきた。

 

「じゃ、じゃあ私からやるわ」

 

満潮が宣言して前に出る。

 

「ほら、口開けなさい」

 

ぶっきらぼうにクッキーを差し出す満潮。

…理解した。榛名は満潮たちからも"あーん"をさせてくれるよう取り計らったんだ。

どんな方法で説得したのか分からないが、この二人がこんなことしてくれるなんてこの先二度とないかもしれない。

ならおとなしく味わっておこう。

 

「あー」

 

口を開けるとなんだかんだしっかりと食べさせてくれた。

満潮のことだから嫌々でポイと投げ入れられるかと思ったが、そんなことはなかった。

榛名は一体どんな魔法を使ったんだ?

僕も使えたならもっとうはうはなのに…

 

しっかりと咀嚼し味わっているとその様子をじっとまつ満潮。

飲み込むまで待ってから口を開く。

 

「満足した?」

 

「欲を言えばおかわりほしい」

 

あ、つい本音が

 

「ばっかじゃないの!?」

 

ありがとうございま…いや、僕はその業界の人じゃないです。

プンとそっぽ向いて下がる満潮。

入れ替わるように山城が前にでる。

 

「ん。はいこれ」

 

若干不機嫌そうな顔のままクッキーを差し出す山城。

 

素直に口を開けていただく。

うん。甘くて美味しい。

 

「そ、よかったわね」

 

うん。よかった。

けど何も僕は言ってないっすよ?

 

「そのくらいならなんとなく分かるわ。それじゃ、戻るから」

 

すぐに踵を返して去る山城。

満潮もそれに続く。

なかなかに貴重な体験だったな。

 

しっかりと咀嚼し終えて飲み込むと、榛名がコップを持ってにこやかにしていた。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう」

 

水を飲み、一息つく。

なかなかすごい気分転換をさせてもらったよ。

 

「キリッとしてる提督も素敵ですが、榛名は今の提督のほうがいいと思います」

 

唐突に言われてドキッとする。

 

「あ、あぁ。ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

結構気を使わせてしまったみたいだ。

もう少し根を詰めないようにしながらがんばろう。

 




かわいい女の子に美味しいものをあーんしてもらいたい。
するのでも可。

前半はシリアス目のストーリー進行。
後半はそろそろ作者が我慢できなくなってきたので強引な流れと分かりつつもイチャラブ要素です。
だってそうしたかったんだもん。

すみません。でも私は省みない。

提督が何か物騒なことを計画している様子です。
察することができる諸兄が多いかと思いますが、一応伏せておいていただけるとありがたいです。


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榛名と山城と満潮と_裏1

タイトルに満潮とありますが、既に退室後の話なので出てきません。
本当に申し訳ない。


side:山城

時々ぶつぶつと何かをつぶやきながらも真剣に画面を見つめ、作業をしている提督。

彼は公私の切り分けで、同一人物なのか分からないほど雰囲気が異なる。

 

徐々に仕事中であっても私の部分を出しているかのようになってきたけれど、それもおそらくは私たち艦娘が作戦中以外はよりリラックスした環境でいられるようにする配慮のように思える。

私たちは彼のことを実は全く知らないのかも知れない。

いや、知ろうともしてこなかった。というのが正しいのかも。

それをすることで彼から嫌われたくなかったから。

 

指示や作戦に疑問を持つことには彼は肯定的だ。

ただし、私情の詮索をするような行為には否定的なように見える。

軽く探りを入れようとした娘がいた。

その時の彼の目はとても印象的だった。

たまたま近くに居合わせただけで、見つめられているのが私自身ではないのにも関わらず、あの目で見られたくないと、二度とあの目をあの人にして欲しくないと思ってしまう類のものだった。

それはとても冷たく、まるで機械のように感情が感じ取れないものだった。

 

おそらくそういった経緯はあのときの一件だけではないようで、多くの艦娘が彼のことを詮索しないと不文律にした。

 

 

あの娘が来るまでは。

 

 

 

戦艦"榛名"。

金剛型の3番艦で、性格は慎ましく思慮深い。

誰からも好意的に見られる良い娘だ。

性能面でも単純な火力という点では他の戦艦に劣る部分はある物の、高速戦艦とも言われるほど戦艦の中では速く、総合的な能力は高い。

また、火力が劣るといってもあくまで他の戦艦に比べてのものであり、艦娘の中では十分上位に組み込まれる。

端的に優秀な娘。私みたいな火力だけの欠陥戦艦とは大きく異なる。

 

通常ならば彼女が戦列に加わることは喜ばしいことだ。

だけど、今回は事情が複雑になる。

 

提督の彼女に対する扱いは明らかに異質だ。

提督は確かに艦娘それぞれに対して異なる扱いをしている。

だがそれは艦の性能という面や艦娘の性格という面から考えればおかしいといえるほどの差は無い。

榛名さんに対してはどうだろうか?

言葉にするのは難しい。

でも私たちとは違う。

表情も、言葉使いも、気のかけ方も。

それが私たちをざわつかせる。

忌避感や嫌悪感といったものではない。

どちらかというと羨望?焦燥?

はっきりと断言できる偏ったものではなく、複雑に絡み合っているものだ。

それが不快というほどではないが、気にはなってしまう。

彼女と提督の過去に何があったのか、と。

 

「どうかなさいましたか?」

 

「いえ別に」

 

ふと榛名さんと目が合い、にこやかに聞かれた。

 

こういう仕草一つとっても、私みたいな可愛げの無い艦娘よりも魅力的よね…

 

「溜息など吐かれてやっぱり何かあるのでは?」

 

心配そうにこちらを見る榛名さん。

無意識に溜息を吐いていたらしい。

 

「いえ、何も」

 

「先ほどの件を気になさるのですか?提督はああいうのを喜ばれますよ?」

 

先ほどの件。

提督にクッキーをあ、あーんしてあげた。

うまく榛名さんの口車に乗ってしまって、提督に失礼なことをしてしまった。

まぁ提督自身は喜んでいたから良いのだろうけれど、流石に恥ずかしくてそう何度もやれることではない。

 

「別にそのことではないわ」

 

「では何事でしょう?」

 

どうすれば提督からあなたの様に扱ってもらえるのか?

なんて正直に聞けるほど私は肝が据わっているわけではない。

かと言って濁し続けても逃してくれそうに無い。

どうにも榛名さんは口も上手い…というか無碍に扱えない空気を醸し出している。

無難な内容で逸らすのが精一杯ね。

 

「榛名さん。あなたは提督が提督になる前から面識があったのよね?」

 

「えぇ、そうですよ。それがどうかいたしましたか?」

 

「あまり提督は昔のことを話そうとしないからね。どうだったのかな?って」

 

少し悩むそぶりをする榛名さん。

やはり聞かれたくないような何かがあるのかしら。

 

「提督と榛名の過去は少々込み入った事情があるので、榛名の独断で全てを話すことは出来ませんが、答えられる範囲で答えましょう。どういったことが知りたいのですか?」

 

込み入った事情ね…

これは提督に話すなと命令されている可能性もあるわね。

私たち艦娘は原則自身の提督に命令されればどんなことでも従うから、そうだとすると榛名さんから聞き出すのは不可能ね。

 

「そうね。例えば性格はどうなのかしら?仕事中の怖いくらい冷徹な感じか、それとも落ち着いているときの少し砕けたおちゃらけた風な感じか。どちらが素の彼なのかしら?」

 

この疑問はごまかしではなく、本当に気になっていたことだ。

 

「どちらかと言えばおちゃらけた方かと。ここでの振る舞いは責務がある関係上少し硬い感じになっているのだと思います」

 

なら多少は私たちの前でも砕けてきている、とみていいのかしら。

ちらと提督を見ると、なにやら頭を抱えて唸っていた。

 

「…どうしたのかしら?」

 

「あ、今は行かないほうがいいですよ」

 

様子を見に行こうとしたら榛名さんに止められた。

どういうことだろうか。

 

「ああいうときはしばらくしたら戻りますので大丈夫です。むしろ私たちが行っても邪魔になりかねません」

 

そういうものなのだろうか?

すごく悩んでいるように見えるけれど。

 

「本当に危ないのは反応が薄い時や、考えを省みなくなったときですね。思考が狭くなってきている前兆なので」

 

…よく彼のことを知っている。

本当にうらやましい。

 

「ほら、戻りましたよ」

 

榛名さんの言うとおり、提督はまたぶつぶつと何かを呟きながら作業をしていた。

 

「クッキーのことといい、今のことといい、本当に榛名さんは提督のことをよく知っているわよね」

 

「榛名もまだまだですよ。たまたま今話をしていたことを知っていただけで、知らないこともたくさんあります」

 

「榛名さんも知らないことねぇ…」

 

そんなこと無いように見えるけど。

 

「榛名だって、どうして提督が…」

 

榛名さんが話している最中にノックが鳴った。

提督はノックに気付く様子も無く、作業をしている。

榛名さんは言葉を止め、こちらを見る。

頷いてから声をあげる。

 

「どなた?」

 

立ち上がり、扉に向かうとこちらが開ける前に開いた。

 

「やっほー、北上さまだよー。あとずいずいも」

 

北上さんが扉を開けながら入ってきた。

 

「ずいずいじゃなくて瑞鶴よ。いい加減にしてよね」

 

文句を言いながら瑞鶴さんも入ってきた。

 

「二人ともどうしたのかしら?」

 

榛名さんと共にこの二人も本営の部隊からうちに来た。

よく二人でつるんでいるけれど、単に北上さんが瑞鶴さんを連れまわしている様子だった。

 

「ちょっと提督にお話をね。提督ぅー、ちょっといい?」

 

北上さんに声を掛けられようやくこちらを見る提督。

どうやら北上さんと瑞鶴さんが居ることに今気付いたようだ。

 

「急になんだ?」

 

仕事モード、かつ忙しいため口調がすごく硬い。

 

「提督ってさー。マゾ?」

 

提督が怪訝な顔をしている。

マゾってなにかしら?

 

「まずは否定しておこう。少なくとも自覚は無い。悪いが今そういう話の相手をする余裕がない。後に…「まぁ聞いてよ」なんだ?」

 

「ここの鎮守府に居る艦娘ってさ、すごく偏っているんだよね。これって変だと思うんだ」

 

偏り?駆逐艦が多いのは普通じゃないかしら?

 

「例えば摩耶、例えば曙、例えば満潮、例えば敷波、例えば叢雲、例えば…山城」

 

私?

 

「別の部類で言えば潮や羽黒なんかもそう…というかこの鎮守府のほとんどがそう。端的に、ここの所属艦娘は他の鎮守府では避けたがる艦娘なんだよね。理由は…明言は避けるけど」

 

 

「どちらかといえば私もそちらの部類かしらね…」

 

瑞鶴さん…

 

「さて、うちでは優秀な娘だということぐらいしか共通点はわからないがな。まぁ話が進まなくなるからそういう前提にしておこう。で、それがどうした?」

 

提督…

 

「大淀にこれまでの運営履歴を教えてもらったけど、結構な回数建造を行っている。でも他の娘は来ない。実はこういう経験前に所属していたところでもあるんだ」

 

本営の部隊…というわけでは無さそうね。

ということは北上さんは他の提督の下に居た経験があるってことかしら。

でも私たちの提督に対応しているってことは、その提督に対応しなくなったってことかしら?

そうなる前に解体されたり沈んだりすることのほうが多いと大淀さんから聞いたことがあるし、結構珍しい経験をしているのね。

 

「ある程度の地位に居る人は誰かが自分に対応しない艦娘が建造したことを知ることが出来るし、一部の人たちしか知らないけれど、どの艦娘がどの提督に対応しているかある程度調べることができるんだってさ。それを悪用すると、気に入らない提督のところに艦娘が行かないような裏工作ができちゃうんだよね」

 

確か提督は保有数がとてつもなく多いはず。

建造回数も多いのだから普通に考えればもっと所有艦娘が多くて当たり前。

そのはずなのに他の提督よりも所有数が少ない。

その理由がこれということ?

すごく納得がいくわね。

私の提督にそんなことをする不届き者をどうしようかしら?

 

「かと言ってこちらから何が出来る?動こうにも駒が足りないぞ?」

 

そうよね。安易に動こうにも立場は相手のほうが強い。

というか強い相手だからこそ取れる手だから当然か。

 

「まるで駒が足りていれば何かするつもりだったみたいな物言いね」

 

「…ひょっとして知ってた?」

 

提督なら気付いていてもおかしくないわね。

 

「あくまで仮説の一つだけどな。とはいえ仮説の中では有力な部類だった。思い当たる節も多くあるし」

 

そういえば駆逐の娘の誰か…叢雲だったかしら?が言うには提督が上層から嫌われているとかなんとかあったわね…

 

「まぁそれなら話が早いね。こう見えても北上さまは結構色々経験していましてね。コネというものも多少もっているんですよ。使ってみない?というか使って欲しいな」

 

提督のために自分ができることがあるなら行いたい。

北上さんの心情はわかるわ。

 

「…正直そっちは驚いたな。そうだな…じゃあ北上に動いてもらおうかな。ただ保険は掛けさせてもらうよ。悪く思わないで欲しいが、北上は信用しているけれど、北上のコネ先である相手を信用できないからね」

 

「いいよそれで。そんで、わたしが上手くやれたらご褒美ほしいな」

 

ご褒美…

それは羨ましいわ。

 

「そういうからには要望があるんだろう?とりあえず内容次第かな」

 

「一日提督独占権」

 

なにそれ羨ましい

 

「へっ?何それ?」

 

一日だけであっても提督を独占できるなんて、そんなすばらしいことが他にあるのかしら?

 

「おはようからおはようまで提督と一緒に過ごして、その間ならいろんなわがままを聞いてもらえる素敵な権利ですね!榛名、感激です!」

 

何で榛名さんが感激しているのかしら?

というかなにその素敵権利。

 

「んと、まぁそんな感じ?」

 

「おやすみまでじゃないのよね…その後のおはようまでなのよね…」

 

瑞鶴さん、顔真っ赤ね。

 

「…わがままを聞くといっても、無理なものは無理と断る場合はあるからな。それで良ければかまわないよ」

 

どうにかしてその権利私もほしいわね。

 

「うん、別に提督に何か無理強いするつもりもないし、いいよ。じゃあ私はコネのためにいろいろ勝手に動くつもりだけどいいよね?」

 

「あぁ、だけど僕が望まないような行動はしないでくれよ?そこら辺の信頼を裏切らない範囲であれば好きにしていい」

 

「言質とったからね。じゃ、わたしはこれで」

 

じゃあねーと出て行く北上さん。

瑞鶴さんはまだ顔を赤くしてもじもじしている。

 




遅くなりました。
毎回そう書いている気がしますが、事実なので申し訳ないです。

また作者の私情でバタバタしてきたので間隔が不安定になりそうですが、ご了承ください…


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榛名と山城と満潮と_裏2

満潮視点です。


side:満潮

 

───提督の励みになっていただけませんか?

 

そんな一言からそそのかされて、私はなんてことをしてしまったのだろう。

 

───提督に求められる。そしてそれに応える。これは正しく表現できる言葉が見つけられないほど甘美なものですよ?

 

想像してしまった。

彼が自分を求め、それに応えられたときを。

 

───兵器として、部下として。それによるものでもいいものですね。でももう一つ、女として。そう考えてみたことありませんでしたか?

 

女として。自分にその方面では魅力が乏しいことは理解している。

スタイルが良いわけでもなければ性格も好かれにくいものだ。

それでも…考えてしまった。

 

彼が女として自分を求める姿を。

ただの妄想だとはわかっている。

それでも一度考えだしてしまったら止まらなかった。

それはとてもとても良いもので、確かにうまく表現できる言葉が見つからないほど甘美で魅力的なものだった。

 

 

自分でもどうにかしているのではないかと思っている。

そそのかされたのもある。

けれどもありえそうもない妄想に振り回されて、上官に対して非常に失礼なことをした。

 

それよりも…

 

「満潮じゃない。…どうしたの?」

 

角を曲がると曙と出会った。

 

「どうしたって、どうもしないけれど。なにかしら?」

 

急にどうしたのかと尋ねられても見当がつかない。

 

「顔、綻んでいるわよ。別に機嫌がいいのは良いことだし、そういう顔しているのも悪くないと思うわ。けれど満潮がそういう表情をしているのは珍しいからね。なにかあったんじゃないかと思っただけよ」

 

やってしまった。

上官に対して失礼なことをしただけでなく、その結果に妄想以上の、現実になったかのような魅力を感じている自分が嫌になるのに。

さらには、その時の彼を思い出すだけで顔が綻ぶなんて…

 

「べつに良いことではないわ。むしろ…いえなんでもないわ。気にしないでちょうだい。そうしてくれると助かるわ」

 

「そう?ま、別にいいけれど。それじゃ、私は急いでるから行くわね」

 

曙はそう言って去っていった。

そういえば那珂さ…ちゃんが慰安目的のミニライブを開催するって言っていたわね。

それの手伝いを曙がすることになっていたんだっけ。

本人は嫌々ながらも仕方なくといった風に見せかけてるつもりみたいだけれど、どう見てもやりたくて仕方ないって感じだった。

 

そういえば那珂ちゃんと言えば司令官からすごく好意的にされている。

アイドル活動とやらもどんどん認可されているし、艦娘の中でちゃん付けで呼んでいるのは彼女だけだろう。

まぁ私みたいに可愛げのない娘よりもよっぽど好ましいのは当然のことなのだろうけれどね。

 

「お、満潮じゃん。お疲れ~」

 

声の方を見ると川内さんがいた。

珍しい。まだ日が高い時間なのに。

 

「あ、今昼間にわたしが起きているのが珍しいって思ったでしょ?」

 

「ええ。事実、いつも司令官の招集とか那珂ちゃんのイベントとかがなければ日中は活動していないじゃない」

 

ここでうまくごまかした方が正しいのだろうけれど、そうわかっていてもこうなってしまうのが私の悪いところだ。

 

「言うねぇ。ま、その通りなんだけどさ」

 

たははと笑う川内さん。こういうところの懐の深さというか計り知れなさはすごいと思う。

 

「神通に警備の打ち合わせがしたいって呼び出されてたのよ。で、そっちは遠征帰りってところ?」

 

なるほど。神通さんと川内さんは鎮守府の守衛に関して多くの権限を持たされている。

本来憲兵がやるような仕事も多くは彼女らに委任されている。

理由はわからないが司令官がここに人を入れたがらないのもあって、そういう采配がなされている。

 

「えぇ。報告が終わって一旦休息するところよ」

 

「ふぅん」

 

まじまじと川内さんがこちらを見つめてくる。

なんだろうか?

 

「なによ、なにか付いている?」

 

「んー、ついてるね。降ろせば?」

 

いったいなんの話だろう?

自分の体を見てみるけれど特に何もついていない。

 

「あぁ、物理的なものじゃないよ。しいて言うなら錘?枷?何を思い悩んでいるか知らないけど、抱え込みすぎるのは良くないよ。ま、物事を深く省みることができるところは満潮の美点でもあるんだけど、それで滅入るのはいただけないかな」

 

…見透かされているのね。

ほんと、計り知れない。

 

「ま、気にするなの一言で気にならなくなる程度のことならとっくに気にしてないのだろうけれど。もう少し気楽にしてていいと思うよ」

 

でも…

いや、川内さんはこれを控えた方がいいと言っているのだ。

 

「やってみるわ」

 

「うむ、よろしい。なんてね。どう?提督のマネしてみたんだけど似てた?」

 

ふざけているときの司令官がいいそうな言い方をする川内さん。

ほんと、気を使わせちゃっているな。

 

「司令官ならもう少し溜めを入れると思うわ。それともっとわざとらしく偉そうなふんぞり方もしながら言うでしょうね」

 

「なるほど、確かにそうかも。参考になったよ。さて、そろそろお互いひと眠りした方がいいかな。じゃあね」

 

川内さんがひらひらと手をふり、あくびをしながら去っていった。

司令官は今資材集めに勤しんでいる。

そのため私たち駆逐艦は遠征で多く資材を持って帰ることを求められている。

部下として、その求めに応えられるよう、今はしっかりと休むべきだろう。

川内さんのいうとおり仮眠をとるのはいいかもしれない。

 




部屋に戻らせてから枕かなにかに顔を埋めてわきゃーさせるのもいいかなと思ったんですが、ニヤついてる満潮を誰かに見つけさせるという公開羞恥プレイの方が魅力的だったのでこうなりました。

とりあえず山城と満潮にアーンをさせるようにそそのかすことができる榛名の話術力が半端ない。


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強敵出現(?)

いい加減既出組と新参組の衝突について書かないとアレかなと思いまして。



───時は少し遡り、まだ榛名たちが来たばかりの頃。

 

side:霞

 

ニコニコと静かに佇む榛名さん。

状況が把握しきれていないのかきょろきょろしている瑞鶴さん。

マイペースにのほほんとしている北上さん。

 

それらに対峙するのは私たち。

本来ならば歓迎会の一つでもやるべきなのでしょうけれど、そういった空気はなく、あるのは戦場へ赴く際に近い張り詰めた空気。それも勝てる見込みの少ない強敵と相対する際のものだ。

 

出撃している娘たちや一部を除いて、ここに所属する艦娘のほとんどが集まっている。

 

「本来なら手放しで歓迎すべきなのでしょうけれど、こんな形になって悪いわね。でも共に戦う仲になるのだからこそ、垣根が生じる可能性は排除したいの。わかってもらえるかしら?」

 

全くもって悪いと感じていないものいいの叢雲。

 

「垣根が生じるのは確かに避けたいですね。しかしそういったものができそうなものに皆目見当がつかないので、そこからお話いただきたいですね」

 

表情を変えることなく、やわらかに言う榛名さん。

 

「見当がつかない…ね。とりあえず司令官との関係を教えてもらえるかしら?その指輪も含めてただの提督と艦娘という関係には思えないのだけれど?」

 

指輪。一般に左手薬指のそれは既婚者であることを示すことが多い。場合によっては婚約者でもつけているだろうけれど、真っ先に思いつくのは既婚者であるということだ。

 

それを榛名さんがしている。しかも指輪の送り主は他ならない司令官なんだから、どういった経緯があるのか同じ司令官に仕える艦娘である以上無視することは難しい。

 

「そのことですか。まず、提督とは提督がこちらで提督になる前から知り合っていたのです。この指輪はその時にいただいたものです。この指輪についてですが、これには艦娘の能力を向上させる機能があります。とはいえ無条件というわけにはいかず、いくらか条件があります。入手経路は榛名にもわかりません。提督に直接お尋ねしてください。榛名と提督の過去に関しては少々事情があるので、榛名の独断で全てをお話しすることはできず申し訳ありません。提督に尋ねていただき、提督の許可があればお話しさせていただきます」

 

司令官はあまり詮索されるのを好まない。

その上でのこの説明だから、榛名さんは暗に何も説明する気はないという意味だ。

 

「…そう、あくまで経緯を話すつもりは無いのね。じゃあ聞き方を変えるわ。司令官に対しての行動について少々気軽過ぎるわ。ここは鎮守府で、榛名さんと司令官は部下と上官の関係よ。榛名さんの司令官への態度は鎮守府内の風紀を大きく乱しているわ。これに関しては北上さんも同様よ。以後謹んでもらえるかしら?」

 

叢雲は榛名さんと司令官の過去について意外とすんなり見逃した。

司令官に問わなければどうしようもないという言い方をされ、司令官自身もそれに対して肯定的な言動している以上突っかかり続けるのは無理だ。

無理に聞き出そうとしても、彼のあの何も見ていないような冷たい視線を向けられるのは非常に耐え難い。

苦々しいけれど、そのことを伏せて話を進めたようだ。

 

「提督への態度…ですか…。これについても具体的にどういった態度が問題なのかおっしゃっていただけますか?少なくとも榛名は提督が望まれていることの範疇で行動しているので。北上さんはどうです?」

 

自分は何もおかしいことはしていないという感じね。

事ある毎に…いや、事が無くてもくっついて仕事と関係ない話をして、あんな優しい笑顔を見られて…

 

コホンッ

 

司令官と多くコミュニケーションをとっているという点で、一部の、そう、私とかを含まない一部の艦娘たちから八つ当たりに近い物があるのは事実でもある。あくまで叢雲はそれを代弁したわけよ。うん。私もそうするわ。

ただ、上官に対する態度として不適切であるというのも事実だから、前者で話すわけにも行かず、後者で話すしかない。

 

「私も同じー。あー、ちょっと確認したいことがあるんだけどいいかな?」

 

確認したいこと?

 

「うん。キミたちはさー、提督ともっとくっつきたいとか、甘えたいとか、甘えられたいとかそういうの感じてない?」

 

北上さんは一体何を言っているのだろうか?

た、確かに司令官ともっとこう、私たちのほうを見て欲しいとかあるけれど…

って私は何を…!?

 

「はい、じゃあ磯波!回答し(こたえ)て頂戴」

 

「ふぇっ!?」

 

いきなり北上さんに指名されて慌てる磯波。

比較的最近来た娘で、引っ込み思案気味だが良い娘だ。

 

「わ、わたしは…」

 

左手で右肘を抱きかかえるようにし、身体を竦める磯波。

その恥ずかしそうな顔つきから答えを言っているようなものだ。

 

「ふむふむ、表情からだいぶ答えはわかるけれど、言葉で答えて欲しいかな?」

 

北上さんが急かす。

 

「わた…しは。ないと、言えば嘘に…なります。けど!そんな不敬なことできません…」

 

磯波…

ま、その回答は多くの娘が持ちうるものじゃないかしら?

…私も含めて、ね。

 

「不敬…ね。やっぱりそれか…」

 

何か一人で納得している様子の北上さん。

これが一体何の意味を持つというのだろうか?

というかどさくさに紛れて話をすりかえられていないか?

 

「で、その確認がなんになるのかしら?」

 

叢雲が私も思った突っ込みを入れる。

 

「…これは私の自説なんだけどさ。艦娘の思考は自分の提督に影響を受けると思っているんだ」

 

唐突に何を言い出したんだろう?

 

「具体的に言うと、ある提督が艦娘をただ戦う物として見ているとその艦娘は戦うこと以外に興味を持ちにくくなるし、娘のように思っている別の提督が居れば、そこの艦娘は提督を父親として見るようになる。いくつかの鎮守府を経験してきたんだけど、多くの艦娘がこれに該当したのよ。私自身も含めてね」

 

目を伏せる北上さん。

練度が高いと聞いていたけれど、多くの鎮守府を渡ってきたからこそのものなのね。

 

「補足だけれど、北上さんの来歴はかなり稀少よ。私も助っ人として他の鎮守府で指揮下に入ったことはあるけれど、3つ以上の鎮守府、というか3人以上の提督につくことっていうのはまず居ないわ。少なくとも本営に居た私も北上さんほどの娘を知らない程度にね」

 

瑞鶴さんが補足してくれて、北上さんの見識の広さというか経験の多さを強調する。

 

「言われてみて思い返したんだけど、私も前の提督さんの下ではもっと張り詰めていた気がする。決してここが腑抜けているというわけではなくて、余裕というかゆとりみたいなのが無かったという意味でね」

 

瑞鶴さんも同調する。信じられるほどの情報が無いから判断がつかない。

全部の話を聞いてからってところね。

 

叢雲が少し悩む様子を見せる。

訓練校に居た時期もあったはずだから、交流も広く、何かしら近い情報を持っているのかもしれない。

 

「んで、それらの情報と提督の反応や人柄を見ての話なんだけど。提督は多分もっと私たちと触れ合いたいんじゃないかな?ただ、何らかの人間不信の類になっている…単にスキンシップが苦手なだけかもしれないけれど、そういう状態で、私たちの方から会いに行くのが提督の望みなんじゃないかな?」

 

…北上さんの言う艦娘が司令官の趣向に意識が寄るという前提で話せば、私たちの望み=司令官の趣向に沿ったもの…

そうだとしたら、司令官は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「だからもし、キミたちが私とかがしているその風紀を乱す行為をしたいと思ったことがあるなら、むしろ私のほうが提督に対して良い対応をしているとも言えるのよ。そこら辺を考えて欲しくて確認をさせてもらったわけ。全員に答えを聞くわけじゃないけれど、ここまで話してどうしたほうがいいのかは言わなくても通じるよね~?」

 

北上さんは子どもに言い聞かせるようにのんびりとした言い方をしているけれど、その目は真剣見を帯びていた。

 

「艦娘の考えが提督に左右されるかどうかは分かりませんが、艦娘ともっと親しくなりたいという考えを持っているというのは正しいですよ?これは提督自身からお聞きしたので」

 

しれっと何をおっしゃっているのかしらこの戦艦は。

 

「ならわたしのああいう態度は提督的には全然オーケーってこと?」

 

全然オーケーのところが誰かを真似たような変な言い方だったのはスルーするとして、榛名さんの言う通りであれば、先に言っていた通り司令官の望んだ行動をしているというわけだ。

 

「はい。むしろ提督は自分から積極的に関わるのを苦手としていますからもっとグイグイいくと良いですね」

 

笑顔でなんてことをお勧めしているのかしらこの戦艦は。

 

「…そう。その辺り司令官に確認してみないとね…」

 

頭を抱えつつ叢雲が答える。

結局のところ司令官に確認しないと何にもならないのね…

 

「はぁ…結局アイツに話さなきゃならないわけね。悪かったわね三人とも。妙な状況にしちゃって。とりあえず現状はあまり仕事に影響が出ないのと、他の娘たちの気分を害さない範囲にして頂戴。あと、貴方達のことを歓迎するわ」

 

頭が痛いといった様子をしながら話す。

これ、司令官を悪者扱いということを落とし所として一旦切り上げ、色々と情報をまとめるのだろう。

 

磯波を始めとしたいくらかの娘たちが三人に近寄り、どういったことが司令官の好みなのかといった話をし始めている。

もともと司令官のことを除けばかなり友好的に見られていたし、性格的にも面倒見の良い人に好かれる娘たちだ。こうなるのは当然ともいえる。

 

私?私はそのままその場を後にしたわ。

話は一旦終ったし、しばらくしたら出撃もあるし。

 

…さりげなく今度聞き出そうかしら?




ということで全て提督に確認しないとどうしようもないねという話の流れになりました。
皆良い娘なので、それほどドロドロしませんでした。
というか書きたくてもドロドロ修羅場を書けなかったんです…

ストーリーの進行が出来ていなくて申し訳ないです。
気長に待っていただけると幸いです。


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瑞鶴さんと呼び方

ずいずいのターン。


「提督さん!暇!」

 

この娘は唐突に現れて何を言いだしているんだ?

こちらが驚いているとズカズカと近づいてきて、机に手を置きこちらに身を乗り出す瑞鶴。

 

「提督さん、ゲームしようよ。ほら!」

 

「瑞鶴さんや、今僕は見ての通りお仕事中なんですわ。それと、君が暇なのは僕の責任だ。だが私は謝らない」

 

資材ためなきゃいけない時期に資材ガン食いする正規空母は動かし辛い。

そもそも瑞鶴の練度は赤城よりもあって、近海の深海棲艦に対して過剰戦力だ。

攻略海域を広げるときに働いてもらうけれど、今は控えててもらうのがベストなんだ。

ちなみにほぼ同様の理由で北上と榛名も出撃はしていない。

 

「本当にわけの分からないボケをするのね。そんな具合なら少しくらい構ってくれてもいいでしょ?」

 

ぶっちゃけかなり安定してきたから時間は取れるし、むしろそろそろ一休みしようかなとか思っていたところなんだよね。

 

「実は大淀さんから山場は越えたって聞いたけど?それと提督さんはのめり込むタイプで、外から強制して止めないと倒れるまで動くからこっちで気をつけてないと」

 

どこでそんなことを知ったんだか。

そこまで付き合い長く無いのに…

 

「ちなみにこれは榛名さん情報。納得した?」

 

腕を組み、胸を張って得意げな瑞鶴。

よく貧乳と揶揄されることが多いけど、間違いのようだ。

大きくはないが、しっかりと膨らみを持っている。

背の高さもあるし、均整の取れたモデル体形というのはこういう体つきのことを言うのだろう。

はてさて、このままでは思考が瑞鶴のボディで一杯になってしまうから、そろそろ話を戻そう。

 

「で、なんのゲームやりたいの?」

 

「提督さんのオススメで。私ゲームとかしたことないし、よくわからないのよね」

 

ゲーム自体が初心者か。

ルールがわかりやすいのがいいな。

 

「ちょっと待ってて」

 

そう言い残してゲームを取りに自室へ行く。

 

―・―・―・―・―・―

 

「おまたせ」

 

手にはボードとコマを持ち、戻ってきた。

 

「あれ?テレビゲームじゃないんだ?」

 

「希望があったのか?なら取ってくるけど?」

 

僕が持ってきたのはオセロだ。

だけど瑞鶴はテレビゲームがしたかった様子。

 

「ううん。いいよ。時間が勿体無いし。提督さんがゲーム好きだって聞いたからやってみたかっただけだし。せっかく提督さんが選んできてくれたんだからそれやりたい」

 

む?

 

「瑞鶴さん自身はゲームに興味ないの?」

 

瑞鶴の言い方だとまるで僕がゲーム好きだからゲームがしたいと聞こえるんだけど、そんなことないよね?

そんなラブコメ風イベントないよね?

あったとしてももっと好感度上げたあとの話だよね?

 

「あるよ?提督さんの趣味なんだし」

 

わぁお、この娘さらっと攻撃力高い発言するね。

おかげでスタンしてるぜ。

 

「提督さん?急に固まってどうしたの?」

 

むしろ君がどうしたんだよ!

あれ?瑞鶴ってもっとツンデレキャラしてるもんだと思ってたよ。

なにこの正統派幼馴染系ヒロイン、超好みなんだけど。

ただ高火力過ぎて体はフリーズしたままです。

 

「ナ、ナンデモナイデスヨー?」

 

「何で急にカタコトなの?変な提督さん」

 

クスクスと笑う瑞鶴の方を見れないです。

根暗な非モテには刺激が強すぎるんです。

とりあえず下を向いてオセロの準備をする。

ボードの上に4つコマを置く。

 

「先行と後攻どっちがいい?」

 

とりあえずゲームをしよう。ゲームに集中すれば落ち着くはずだ。

 

「提督さんのオススメは?どっちが有利とか」

 

「後攻をオススメするよ。一般的にオセロは後攻有利だし」

 

と言いつつオセロはそれほど詳しくないし、強くもない。

まぁ勝ち負けより楽しむこと、楽しませることを優先しよう。

 

「じゃあ私後攻にするわ」

 

やるからには勝つぞという雰囲気がでてる。

うん、読みやすいタイプみたいだ。

人の感情の機微を捉えるのは苦手だけど、ゲーム上で勝利を目指す相手の戦術を読むのは苦手でない。

素直な瑞鶴相手なら読み解けるだろう。

それとなく接戦で負けるようにしたいけど、オセロだとそこまでやれる技量がないのが不安だ。

大敗にならない程度を心がけてやろう。

 

「じゃあ僕が先攻だ。初めはルール確認もしながら進めるね」

 

黒を上にしてコマを持つ。

 

「オセロならルールわかるから初めから平気よ。やったことはないけど」

 

「そう?じゃあ特に説明無しで進めるね」

 

本人がいいと言うのだ。黙ってコマを置き、間のコマをひっくり返す。

 

「どこがいいかしらねぇ」

 

さて、久々の対戦ゲームだ。楽しもう。

 

―・―・―・―・―・―

 

「…提督さん。手加減してるでしょ」

 

瑞鶴が声のトーンを低くして言う。

 

「全力だよ。どうして?」

 

全力なのは本当。でも勝ちに行くとは言っていない!

という詭弁で嘘はついていない。

如何にギリギリの勝負をするのかということに全力で挑んでいる。

 

「途中わざと取らせたり、絶対に別の場所のほうが良い手なのに違うところに置いたりしてたらそう思うでしょ」

 

不機嫌さは感じられるけど勝負を投げた感じはしない。

まだまだ続けるべきだと思いコマを置く。

 

「そう?終わりの形をイメージして、そこに持っていく最善の手を選んでいるつもりだけどな」

 

数個コマをひっくり返して番手を変える。

 

「むぅ、でもさっきそれで私が勝ったじゃない?つまり提督さんは負ける形をイメージしてたってことじゃないの?」

 

コマを持った手をフラフラさせながら瑞鶴が言う。

 

「いや、その上を行かれたんだよ。でも結構接戦だったと思うから今回はどうなるかわからないよ?」

 

置ける場所全てに一度コマを持って行ってどうなるのか想像している様子の瑞鶴。

そういうのは頭の中でやらないと思考がだだ漏れなんだよね。

 

「誤魔化されてる気がするんだけど…」

 

一番多くひっくり返せる場所に置く瑞鶴。

戦況次第ではそれは悪手なんだよね。

 

「毎回の手番で最大数ひっくり返すのは必ずしも好手とは成り得ないのがオセロの面白いところだよ」

 

今回の手番ではあまりひっくり返せない場所に置く僕。

 

「結局は多く取ったほうが勝ちなんだから、取られない箇所を取れるようにするものじゃないのかしら?」

 

角を取る瑞鶴。角を取るのは基本だけど、タイミングというものがあるのさ。

 

「考え方は間違ってないよ。ただオセロのルール上、ダメージトレードでどれだけ利を得るかが重要なのさ」

 

「ダメージトレード?」

 

「戦略の一つ。勝負で無傷はまず無理だから、どれだけの被ダメージを許容して、どれだけの与ダメージを出すかを考えることだよ。オセロならひっくり返す量を増やすためにあえてひっくり返される場所にコマを置くとか。艦隊運用でも重要な考えの一つだよ。ただ注意点として、単に先に多くダメージを与えれば良いというダメージレース、つまりは殴り合いに持っていくのは下策ってことを理解して、コントロールすることかな」

 

例えるならダメージトレードはカウンターを決めるために相手のジャブは食らってストレートを誘うというもので、ダメージレースは真っ向からの殴りあいだ。

これを履き違えないようにしておかないと被害の採算が合わなくなる。

 

「で、その戦略を持ってしても私が勝つってやっぱりおかしくない?私はそこまで戦略をねられないわよ?」

 

しまった。墓穴を掘ったようだ。

 

「線引きを見誤ったってことだね。誘いすぎて反撃しきれなくなった。勝負中に瑞鶴さんが強くなっていって計算が狂ったんだよ」

 

まぁ当たり障り無いだろう。

 

「まぁ、そういうことにしておいてあげる」

 

パチパチとゲームを進めながら雑談をしているとふと瑞鶴が切り出した。

 

「話は変わるんだけどさ、艦娘の呼び方の差って何か意識してることあるの?」

 

呼び方の差?

 

「どういうこと?質問がよくわからないんだけど」

 

「例えば私のことは瑞鶴()()って呼ぶじゃない?最初に呼び捨てで呼ぶような話をしてたのに結局さん付けになってるわけで。全員をそう呼んでいるならまだわかるんだけど、榛名さんや潮ちゃんみたいに呼び捨てにしている娘がいるからさ。どうしてなのかなって」

 

そういえばそういう話があったような気もする。

 

「あー、別に責めているわけじゃないのよ?無理に答えなくてもいいからさ」

 

どうも僕は困った表情をしているようで、それで勘違いをさせてしまったようだ。

実際は結構気にしていることなのだろう。今思い出したけど最初あったときも呼び捨てにして欲しがっていた様子があったし。

 

「んー、瑞鶴…には話してもいいかな」

 

なんとか()()を付けずに呼ぶ。

無言で促す瑞鶴。

 

「元々ほとんどの艦娘を呼び捨てにするつもりでいたんだ。だけど、呼び捨てを好まない娘が居てね。その娘に指摘されてからは無難にさん付けで呼ぶようにしているんだ」

 

訓練生のときに叢雲から苦言を申されたのが理由だ。

無闇に原因が誰なのか言うべきではないと思うから伏せて伝える。

 

「んで、呼び捨てで呼んでも問題無さそうな娘や、それなりに仲良くなれた娘は呼び捨てになっていった感じかな」

 

榛名は言うまでもなく、潮はそれなりに好意を持ってくれているようだし。

他の娘たちは上司としては悪く思われていないだろうけど個人としては読みきれないからね。

あと那珂ちゃんはアイドルだから那珂ちゃんと呼ぶ。

 

「あとは状況によってかな。作戦行動中なんかは呼び捨てで統一してるし、他にもコミュニケーションの一環で砕けた呼び方をすることもあるから若干ブレはあるよ」

 

「で、わたしをさん付けにしてる理由は?」

 

嫌がられてさん付けするようになったというのだから、嫌がられて呼び捨てにするのが筋というものだろう。

だけどね…

 

「あー、うん。ちょっと言いづらい話なんだけどね」

 

一旦間を空ける。

瑞鶴はちょっと身構えてる。

悪いことしてるなぁ…

 

「あるタイプの女の子にちょっと苦手意識があってね。瑞鶴もそのタイプに含まれるから…」

 

ぶっちゃけ女性全般が不得手なんだけど、この世界に来る前の学生時代の記憶やら、情報やらで特にミドルティーンの女の子が苦手なのだ。

あと思春期真っ只中、反抗期中ですっていう娘も。

そこまで成長していない娘だったら女の子というより子どもという枠でみるから苦手意識が薄れるし、逆に成長しきってる娘にはビジネスライクに付き合えるからなんとかなる。

間がどう立ち回れば良いのかわからないから苦手なのだ。

艦娘相手となると見た目や言動がどれだけ彷彿とさせるかで判断してる。

瑞鶴は正規空母にしては幼目な顔立ちをしているから、丁度高校生か大学生ぐらいに見えるんだよね。

 

「それでつい余所余所しくなるってこと?…で、今は割かし私に慣れてきたから多少は苦手意識が軽減されてきてる感じかしら?」

 

「御明察。だからこの件に関しては完全に僕に非がある。嫌な思いをさせてたならすまない」

 

頭を下げる。

 

「いや、そこまでしなくても…。そうね、じゃあどういうタイプが苦手なのか教えてくれたら納得してあげる」

 

まぁ話しても問題ないだろう。

それを元に何かされるわけではないだろうし。

 

そう考えて思いつく範囲でどういう娘が苦手か説明する。

 

「なんとなく苦手とする娘がどんなタイプなのかは分かったわ。で、私にはもうなれてきたのならもう少し肩の力抜いてくれてもいいんじゃないかしら?」

 

自覚はしていないけど、強張っているようだ。

 

「どうするのが良いかな?自分じゃちょっとわからない」

 

ふぅ、と溜息をつく瑞鶴。

 

「もっと気楽に自由にしてればいいのよ。例えば北上さんを相手にしてるときみたいにさ」

 

あれは別に気楽なわけではないのだが…

 

「むしろアレは北上さんがフリーダムすぎて成すがままになってるだけなんだけど」

 

「でも結構喜んでいるように見えたけど?少なくとも嫌がっているようには見えないし」

 

北上さんレベルの美少女に寄られるのは戸惑いはしても忌諱感は憶えるわけないからね。

 

「嫌ではないけど結構戸惑っている面が強いよ?女の子の扱いに慣れているわけではないし」

 

「あっ」

 

瑞鶴が声をあげる。

 

「どうしたの?」

 

「そこ置かれちゃったらもう私の負けで決まりじゃない。むぅ…悔しい」

 

話しながらゲームを進めていたが、8割ほど盤が埋まったところで瑞鶴が言う。

確かにここから巻き返すのはほぼ不可能だろう。

あるとすれば僕が明らかなミスをした場合だ。

 

「ほんとだ。どうする?一応最後までやる?」

 

「やる。別に勝つことが一番の目的じゃないし。あくまで提督さんとゲームをしたかったんだから」

 

にっこり笑う瑞鶴。

そういうのに弱いからほどほどにしてほしい。

 

「本当に瑞鶴はいつの間にか近くにいるなぁ」

 

「近くってどういうこと?」

 

ぽつりと漏れた独り言に瑞鶴が返す。

 

「あ、いや。物理的な距離感もそうだけど、付き合い方の距離感の取り方が上手いなって。僕はあんまりすぐに人と仲良くなれるわけじゃないけど、瑞鶴は気がつくと仲良くなってる感じがしてすごいなって」

 

「そ、そうかな?提督さんが相手だからじゃないかな?それに北上さんとかの方が近いように見えるけど?」

 

少し照れながら言う瑞鶴。

 

「北上さんのはなんていうか、グイグイ来ててこっちが麻痺してる感じ?来てるのはわかるし、嫌と感じない範囲を把握した上でチキンレースレベルに突っ込んでくるというか。それに比べて瑞鶴は気付いたらぽんと近くに居る感じ?もともとそこにいるのが当たり前みたいな。前からこうしていたとさえ錯覚するレベルでさ。ほんとすごいよ」

 

幼馴染属性値が高い、という言い方が自分としてはすっきりするんだけど、そんな言い方しても絶対通じないので持って回った言い方になってしまう。

 

「そこまで言われると照れちゃうな。特段何か意識しているわけじゃないんだけど」

 

照れて顔を逸らしながら言う瑞鶴。

うん。かわいい。

 

「あ、そうだ。忘れる前に聞いておきたいんだけど、さっきの呼び方の続きでもう一つ聞かせて?」

 

こちらを向きふという瑞鶴。

何を忘れそうになったんだ?

 

「さっき、"ほとんどの艦娘を"って言ってたけどさ、呼び捨てにしないつもりで居た娘とか、その娘の呼び方とかどんなかなって」

 

あぁ、そのことか。

 

「まずは那珂ちゃんだね。ほら、彼女アイドルだし。僕はファンだからさ。他にはまだうちには居ないけど鳳翔さんかな?訓練生時代にもあったことあるんだけど、あの人はさん付けになっちゃう。ぱっと思いつくのはそんなもんだけど、他にも誰かが特徴的な呼び方をしてたらそれを模しちゃうことがあるかな」

 

那珂ちゃんのあたりでは頭にハテナマークが浮いていた瑞鶴だが、鳳翔をあげると確かにと頷く瑞鶴。

伊58をでち公と呼んでしまうとかは伏せておこう。

他にも扶桑のことを姉さま、千歳のことはお姉、大井も大井っちとかになりそうだけど、言う必要はないだろう。

 

「ふぅん。参考になったわ。ありがとう」

 

「どういたしまして。はいこれで終わりだね」

 

最後のマスを埋めて、いくつかのコマをひっくり返す。

結果は僕の勝ちだ。

 

「うん、ありがとう。さて、私もそろそろ行くわ。あんまり仕事の邪魔し続けるのも悪いし」

 

コマを数えながら片付け、立ち上がる瑞鶴。

 

「邪魔している自覚あったんだ」

 

「えぇ。邪魔であってもリフレッシュはできたでしょう?それに良い話も聞けたから」

 

どうやら瑞鶴はあえて邪魔という言い方をしたようだ。

おそらく榛名の入れ知恵だろう。

この娘たちは思っている以上に心配性のようだ。

 

「たいした話は出来なかったと思うけど?」

 

「提督さんのことを知ることができたから良いの!それじゃ、またね」

 

ひらひらと手を振り去る瑞鶴。

最後にこちらにダメージを与えて去っていくあたりやっぱりヒロイン力高い。

正直クラクラしちゃうね。

 

「さて、それじゃあお仕事再開しますかね。適当に」

 

でないとまた邪魔しにきてくれたときにお相手できないから。




一ヶ月…
気付いたら経ってました。本当に(ry

さておき、瑞鶴でした。
こう、妹系幼馴染ポジションにがっちりはまると思うんですよ。
いつも一緒にいて、ちょいと甘えてくる感じとか。
でも完全に甘えん坊の妹ポジションではなく、ちゃんとしっかりしたところもあって、逆に面倒を見てくれる面もあるという。
あとめちゃくちゃコミュ力高いと思う。


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瑞鶴さんと呼び方_裏

七面鳥より瑞鶴を食べたい。


「あ、榛名さん。お疲れさま」

 

訓練の休憩中に榛名さんが見えた。

時間的に演習を終えたところだろう。

 

「はい、お疲れ様です、瑞鶴さん」

 

こちらに気付くと立ち止まり、こちらを向いて丁寧に返事をする榛名さん。

 

「またいつもの演習?」

 

どういった意味を持つのかはわからないが、提督さんから特殊な演習をさせられているようで、出撃は無いにしても忙しそうにしている。

 

「はい。といっても資材の関係でこれ以上のペースはできないんですけど」

 

これ以上がんばるつもりがあるのは素直にすごいと思う。

 

「瑞鶴さんは自主訓練ですか?」

 

「そ。ほとんど効果がないのはわかってるけど、ボーっとしてるわけにもいかないし、かといって他にやれそうなこと思いつかないからね」

 

「つまり、今お時間があるってことですか?」

 

遠回しに暇人扱いされている気がする。

でも事実だから反論できない…

 

「まぁ、そうね…」

 

「なら、ひとつやっていただきたいことがあるのですが…」

 

―・―・―・―・―・―

 

榛名さんの頼みごとは提督さんと遊んで仕事の邪魔をしてきて欲しいということだった。

こう聞くととんでもないことだけど、実際には提督さんが仕事をし過ぎないように休憩させることとのこと。

なら始めからそう言ってくれれば良いものの、邪魔という建前で実行してくれたほうが提督さんの心情的に受けがいいのだとか。

 

よくわからない部分はあったけれど、なんとなく言うとおりにしたほうが良さそうだと思ったので、言われたとおり邪魔しに行くことにした。

 

場所は執務室の前。

扉を勢い良く開け、はっきりと申す。

 

「提督さん!暇!」

 

提督さんがこちらを見て止まっている。

うん、これなら大丈夫そうだ。

 

本当に忙しいときは提督さんはこういうことをしても無反応かチラ見で済ますと聞いた。

大淀さんから予定以上にうまく進んで、多少ペースダウンしても大丈夫と聞いていたけれど、この反応を見て多少提督さんにも余裕があることがわかった。

 

榛名さん的にはこの段階で休みを取らせて無理をさせないようにしたいらしい。

私としても提督さんが無理するのは嫌だし、提督さんが構ってくれるのはうれしいから今回の誘いに乗った。

 

「提督さん、ゲームしようよ。ほら!」

 

提督さんの前まで行き、再度催促する。

提督さんは溜息をひとつつき、口を開く。

 

「瑞鶴さんや、今僕は見ての通りお仕事中なんですわ。それと、君が暇なのは僕の責任だ。だが私は謝らない」

 

聞いていた通り、よくわからない言い回しをし始めた。

他の娘たち曰くこういうのは単に提督さんなりのおふざけであり、そんなに真に受ける必要はないとのこと。

忙しくて少し無理をしていたって聞いたけど、今はそんな風に見えない。

よかった。

 

「本当にわけの分からないボケをするのね。そんな具合なら少しくらい構ってくれてもいいでしょ?」

 

あー、と悩み始める提督さん。

もう一押しかな?

 

「実は大淀さんから山場は越えたって聞いたけど?それと提督さんはのめり込むタイプで、外から強制して止めないと倒れるまで動くからこっちで気をつけてないと」

 

こういうときは素直に理由を伝えたほうがスムーズに聞き入れてくれると聞いた。

 

「ちなみにこれは榛名さん情報。納得した?」

 

ちょっと怪訝な顔をしていた提督さんも榛名さんの名前を出すと納得した様子。

うーん、昔から付き合いがあったって聞いてたから仕方ない面もあるけど、ここまでよく提督さんのこと知ってたり、信頼されている様が見て取れると悔しさ通り過ぎて羨ましさしか出てこないわね。

 

ふぅと一息つけて、肩の力を抜く提督さん。

これは構ってくれる雰囲気ね。

 

「で、なんのゲームやりたいの?」

 

考えてなかった。

提督さんがゲーム類が好きっていうのを聞いて、それをやれば提督さんのリフレッシュになるだろうし、私も提督さんの好きなものを知ることができていいかなと思ったけど、具体的なものは全然わからない。

 

「提督さんのオススメで。私ゲームとかしたことないし、よくわからないのよね」

 

提督さんは顎に手をあて、考える素振を見せると、すぐに動き出した。

 

「ちょっと待ってて」

 

そう言って部屋を出て行く提督さん。

どこ行くつもりだろう?

待てと言われたから大人しく待っていよう。

 

―・―・―・―・―・―

 

「おまたせ」

 

戻ってきた提督さんは手にマス目のある板とカラカラ音が鳴り何か小さく軽いものが入っているであろう箱を持っていた。

 

「あれ?テレビゲームじゃないんだ?」

 

榛名さんからはテレビゲームの類が好みだという言い方をしていたので意外だった。

 

「希望があったのか?なら取ってくるけど?」

 

「ううん。いいよ。時間が勿体無いし。提督さんがゲーム好きだって聞いたからやってみたかっただけだし。せっかく提督さんが選んできてくれたんだからそれやりたい」

 

そう答えるとなぜか一瞬顔を顰める提督さん。

何かおかしなこと言ったかな?

 

「瑞鶴さん自身はゲームに興味ないの?」

 

妙なことを聞く。

 

「あるよ?提督さんの趣味なんだし」

 

正直に答えるとなぜか固まる提督さん。

一体どうしたというのだろう?

 

「提督さん?急に固まってどうしたの?」

 

「ナ、ナンデモナイデスヨー?」

 

尋ねてみても妙なカタコトで答えてくる。

その様子がなんだか妙に面白くて笑ってしまう。

 

「何で急にカタコトなの?変な提督さん」

 

こちらが笑っている間に板を置き、箱を開けて片面が白、反対の面が黒のコマ…ってこれはオセロか。

オセロの準備をする提督さん。

 

「先行と後攻どっちがいい?」

 

4つコマを置いて尋ねる提督さん。

やるからには全力で。そして勝たなきゃね!

 

「提督さんのオススメは?どっちが有利とか」

 

素直に情報を集めよう。ルールは分かるけど、それだけだし。

 

「後攻をオススメするよ。一般的にオセロは後攻有利だし」

 

「じゃあ私後攻にするわ」

 

「じゃあ僕が先攻だ。初めはルール確認もしながら進めるね」

 

それよりも提督さんと早く遊びたい。

 

「オセロならルールわかるから初めから平気よ。やったことはないけど」

 

「そう?じゃあ特に説明無しで進めるね」

 

先ほどまでの妙な硬さは無く、落ち着いているようで底が見えない口調で話す提督さん。

ひょっとしたらこの状態が提督さんの素なのかもしれない。

 

黒い面を上にして提督さんがコマを置く。

間の白いコマをひっくり返し、こちらを見る。

私の手番だ。

 

「どこがいいかしらねぇ」

 

私は白い面を上にしてコマをもち、ゲームを始めた。

 

―・―・―・―・―・―

 

会話は少なく、パチパチとコマを置いたりひっくり返す音が響く中、コマ数は大体同じぐらいになる。

 

徐々に感じるこの違和感の正体を提督さん自身に問う。

 

「…提督さん。手加減してるでしょ」

 

「全力だよ。どうして?」

 

飄々と答える提督さん。

絶対嘘だ。

 

「途中わざと取らせたり、絶対に別の場所のほうが良い手なのに違うところに置いたりしてたらそう思うでしょ」

 

こうなったら絶対本気を出させてやる。

そう考えつつコマを置く。

 

「そう?終わりの形をイメージして、そこに持っていく最善の手を選んでいるつもりだけどな」

 

だとしたら余計おかしい。

 

「でもさっきそれで私が勝ったじゃない?つまり提督さんは負ける形をイメージしてたってことじゃないの?」

 

どこに置こうかコマを持ち悩みながら問い詰める。

 

「いや、その上を行かれたんだよ。でも結構接戦だったと思うから今回はどうなるかわからないよ?」

 

ここに置くとたくさんひっくり返せる。

でもすぐに取り返されちゃうから…

 

「誤魔化されてる気がするんだけど…」

 

それでも勝つには多くコマを取らなきゃいけない。

 

「毎回の手番で最大数ひっくり返すのは必ずしも好手とは成り得ないのがオセロの面白いところだよ」

 

そういって提督は明らかにひっくり返せるコマが少ないところに置く。

言うことはなんとなくわかるけど、そう消極的では勝てないのでは?

 

「結局は多く取ったほうが勝ちなんだから、取られない箇所を取れるようにするものじゃないのかしら?」

 

角を貰う。

はさまなければひっくり返せないオセロのルール上、角は置いたものが確実に手に入る場所だ。

 

「考え方は間違ってないよ。ただオセロのルール上、ダメージトレードでどれだけ利を得るかが重要なのさ」

 

「ダメージトレード?」

 

どういうものだろう?

 

「戦略の一つ。勝負で無傷はまず無理だから、どれだけの被ダメージを許容して、どれだけの与ダメージを出すかを考えることだよ」

 

ダメージコントロールの一種かしら?

それと戦果の比較?

 

「オセロならひっくり返す量を増やすためにあえてひっくり返される場所にコマを置くとか。艦隊運用でも重要な考えの一つだよ」

 

確かに。被害が避けられないならそれを最小限にしつつ、最大限の戦果を挙げる。

それは大事な考えの一つだと思う。

 

「ただ注意点として、単に先に多くダメージを与えれば良いというダメージレース、つまりは殴り合いに持っていくのは下策ってことを理解して、コントロールすることかな」

 

そういう戦略的な部分の視野を持っている人の下というのはとてもありがたい。

適正があるというだけで提督になり、そういった見方が出来ずにただ強力な艦をいたずらに出撃させ続けるような人が多い中、提督さんはそういう有象無象とは大きく違う。

それはそれとして…

 

「で、その戦略を持ってしても私が勝つってやっぱりおかしくない?私はそこまで戦略をねられないわよ?」

 

と当然の疑問がでてくるわけで。

 

「線引きを見誤ったってことだね。誘いすぎて反撃しきれなくなった。勝負中に瑞鶴さんが強くなっていって計算が狂ったんだよ」

 

なんとなくお茶を濁してるだけみたいだけど、今回は見逃してあげよう。

重要なのは提督さんと触れ合うことなのだから。

適当に相手しているわけではないということが分かればそれでいい。

 

「まぁ、そういうことにしておいてあげる」

 

パチパチとまたコマを弄る音だけが続く。

そんな中唐突に思いついたことを尋ねることにした。

 

「話は変わるんだけどさ、艦娘の呼び方の差って何か意識してることあるの?」

 

提督さんの動きが止まり、こちらを見る。

 

「どういうこと?質問がよくわからないんだけど」

 

「例えば私のことは瑞鶴()()って呼ぶじゃない?最初に呼び捨てで呼ぶような話をしてたのに結局さん付けになってるわけで。全員をそう呼んでいるならまだわかるんだけど、榛名さんや潮ちゃんみたいに呼び捨てにしている娘がいるからさ。どうしてなのかなって」

 

徐々に顔が暗くなる提督さん。

別に気になっただけで、無理に答えさせるつもりはないのだけど…

 

「あー、別に責めているわけじゃないのよ?無理に答えなくてもいいからさ」

 

「んー、瑞鶴…には話してもいいかな」

 

ちょっと悩んだ様子の後、苦笑いしながら言う提督さん。

真面目に聞くことにしよう。

提督さんのなにか深いところを触れられるような予感がした。

 

「元々ほとんどの艦娘を呼び捨てにするつもりでいたんだ。だけど、呼び捨てを好まない娘が居てね。その娘に指摘されてからは無難にさん付けで呼ぶようにしているんだ」

 

ほとんど?まぁそれはいいか。

 

「んで、呼び捨てで呼んでも問題無さそうな娘や、それなりに仲良くなれた娘は呼び捨てになっていった感じかな」

 

特に深い事情は無かった。

思い違いか。でも無駄ではなかった。

つまり、呼び捨てされている娘たちは比較的提督さんから親しく思われている娘ってことね。

あくまで私的な面でという意味だけど。

公的な面ではそこら辺分け隔てないのはもうわかっているし。

 

「あとは状況によってかな。作戦行動中なんかは呼び捨てで統一してるし、他にもコミュニケーションの一環で砕けた呼び方をすることもあるから若干ブレはあるよ」

 

じゃあもう一歩突っ込んで聞いてみよう。

 

「で、わたしをさん付けにしてる理由は?」

 

するとまた悩む様子の提督さん。

おや?

 

「あー、うん。ちょっと言いづらい話なんだけどね」

 

今度こそしっかり聞くべきことだろう。

 

「あるタイプの女の子にちょっと苦手意識があってね。瑞鶴もそのタイプに含まれるから…」

 

ちょっと気まずそうに言う提督さん。

苦手意識か…

でもあくまで一部の属性にってだけで、私もそうであったけれど大丈夫と思ってもらえたかな?

だからこうして構ってくれるんだろうし。

そうじゃなかったらちょっと、いや結構嫌だな…

 

「それでつい余所余所しくなるってこと?…で、今は割かし私に慣れてきたから多少は苦手意識が軽減されてきてる感じかしら?」

 

戦々恐々としていることを悟られないように軽い調子で言う。

これでまだ苦手だといわれたらどうしよう…

 

「御明察。だからこの件に関しては完全に僕に非がある。嫌な思いをさせてたならすまない」

 

よかったぁ…

と安堵していると頭を下げる提督さん。

そうまでして欲しいわけじゃない。

いや、ならこの際もっと踏み込んで聞ける範囲は聞いてみよう。

 

「いや、そこまでしなくても…。そうね、じゃあどういうタイプが苦手なのか教えてくれたら納得してあげる」

 

提督はんーと唸りながらぽつぽつといくつか特徴を挙げていく。

幼すぎず、かと言って育っていない娘…私は身長は有るけど確かに空母の中じゃ童顔の部類だから含まれるのかしら?

あと反抗的な態度の娘…あぁ、摩耶さんとかがあまり提督さんとコミュニケーション取れてないって嘆いていたけど、苦手意識持たれているからか…

他には拒絶感の強い娘かしら?はっきりとそうは言っていないけど。

これは…羽黒さんとかのことかしらね?

うん。なんとなくイメージできた。

見た目では大人びた駆逐艦~大体の軽巡~一部の重巡が範囲…って結構範囲広いわね。

性格は強く当たる娘や逆におどおどしてる娘。これもそこそこいるわね。

だけど苦手とは言いつつ乗り越えられるように努力しているつもりではいると。

出来ている出来ていないはともかく、改善意識があるのは良いかしら。

とりあえず他の艦娘たち(みんな)にも伝えて、うまくこちらでもフォローしてあげるべきね。

でないと誤解が広まりそうだし。

 

「なんとなく苦手とする娘がどんなタイプなのかは分かったわ。で、私にはもう慣れてきたのならもう少し肩の力抜いてくれてもいいんじゃないかしら?」

 

「どうするのが良いかな?自分じゃちょっとわからない」

 

でしょうね。だから私よりも長くいるはずの摩耶さんやら羽黒さんがあそこまで悩んでいないでしょうし。

 

「もっと気楽に自由にしてればいいのよ。例えば北上さんを相手にしてるときみたいにさ」

 

北上さんとかも見た目で引っかかりそうだけど、結構受け入れているように見える。

他の娘も同じようにしてあげれば良い。

 

「むしろアレは北上さんがフリーダムすぎて成すがままになってるだけなんだけど」

 

でもくっつかれて顔が緩んでいるのは知っているわよ。

 

「でも結構喜んでいるように見えたけど?少なくとも嫌がっているようには見えないし」

 

「嫌ではないけど結構戸惑っている面が強いよ?女の子の扱いに慣れているわけではないし」

 

と言いつつパチンと鳴る。

下を見ると結構酷い位置にコマが置かれていた。

これ、後々私順番パスしなきゃいけなくなるじゃない…

 

「どうしたの?」

 

「そこ置かれちゃったらもう私の負けで決まりじゃない」

 

むぅ、悔しい。

話しながらでも順当に進めていた提督さん。

明らかに私が注意散漫になっていたから追い詰められた形だ。

 

「ほんとだ。どうする?一応最後までやる?」

 

そりゃもちろん勝ちに行くけど、勝つことよりも提督さんとすることに意味があるのだからね。

 

「やる。別に勝つことが一番の目的じゃないし。あくまで提督さんとゲームをしたかったんだから」

 

「本当に瑞鶴はいつの間にか近くにいるなぁ」

 

ぼそりという提督さん。

どういう意味だろう?

 

「近くってどういうこと?」

 

「あ、いや。物理的な距離感もそうだけど、付き合い方の距離感の取り方が上手いなって。僕はあんまりすぐに人と仲良くなれるわけじゃないけど、瑞鶴は気がつくと仲良くなってる感じがしてすごいなって」

 

悪く思われていないことを言われると流石にちょっと恥ずかしい。

けどうれしいな。

 

「そ、そうかな?提督さんが相手だからじゃないかな?それに北上さんとかの方が近いように見えるけど?」

 

「北上さんのはなんていうか、グイグイ来ててこっちが麻痺してる感じ?来てるのはわかるし、嫌と感じない範囲を把握した上でチキンレースレベルに突っ込んでくるというか。それに比べて瑞鶴は気付いたらぽんと近くに居る感じ?もともとそこにいるのが当たり前みたいな。前からこうしていたとさえ錯覚するレベルでさ。ほんとすごいよ」

 

チキンレースって…

確かに北上さんは結構勢いがありすぎると思うけど…おもしろい表現するなぁ。

それにしても手放しで褒められるとやっぱり恥ずかしい。

 

「そこまで言われると照れちゃうな。特段何か意識しているわけじゃないんだけど」

 

顔が熱くなっているのが分かる。

なにか他の話題にしよう、うん。

 

「あ、そうだ。忘れる前に聞いておきたいんだけど、さっきの呼び方の続きでもう一つ聞かせて?」

 

提督さんが穏やかに笑いながらこちらを見る。

 

「さっき、"ほとんどの艦娘を"って言ってたけどさ、呼び捨てにしないつもりで居た娘とか、その娘の呼び方とかどんなかなって」

 

あーと少し唸ってから答えてくれる。

 

「まずは那珂ちゃんだね。ほら、彼女アイドルだし。僕はファンだからさ」

 

いきなりよくわからないことを言う。

まぁ艦隊のアイドル~とか言ってるものね。

 

「他にはまだうちには居ないけど鳳翔さんかな?訓練生時代にもあったことあるんだけど、あの人はさん付けになっちゃう」

 

確かに。

鳳翔さんを素で呼び捨てに出来るのは鳳翔さんのすごさをわかってない人か、鳳翔さんに並べるぐらいすごい人だけだと思う。

鳳翔さんレベルとなると龍驤さんとかかな?

提督さんも並べると思うけど、本人がそういうならさん付けになるだろうなぁ。

 

「ぱっと思いつくのはそんなもんだけど、他にも誰かが特徴的な呼び方をしてたらそれを模しちゃうことがあるかな」

 

特徴的な呼び方ねぇ?

誰のことだろう?

 

「ふぅん。参考になったわ。ありがとう」

 

「どういたしまして。はいこれで終わりだね」

 

最後の一手が終わり、私の負けが確定する。

そろそろ時間的にお暇したほうがいいかな?

色々聞けて有意義に過ごせたし。

提督さんも最初よりだいぶやわらかい表情になったからきっと楽しんでもらえただろうし。

 

「うん、ありがとう。さて、私もそろそろ行くわ。あんまり仕事の邪魔し続けるのも悪いし」

 

「邪魔している自覚あったんだ」

 

立ち上がるとちょっとだけ皮肉交じりに言う提督さん。

うん、こういうほうがきっと自然なんだろう。

 

「えぇ。邪魔であってもリフレッシュはできたでしょう?それに良い話も聞けたから」

 

一瞬キョトンとする提督さん。

そしてあははと軽く笑う。

 

「たいした話は出来なかったと思うけど?」

 

「提督さんのことを知ることができたから良いの!それじゃ、またね」

 

よし、次は勝てるように他の娘と練習しよう。

それと情報共有も必要ね。

 

手を振りつつ退出する。

やることは多いわ。

 




ツンデレな瑞鶴が好みの方には申し訳ないけど、かなり素直な娘になりました。
あとぶっ飛んだキャラが周りにいないので突込みにもまわってません。

瑞鶴のフォローによって色々と好転しそうな娘もちらほら…
でも予定では次回あたりまたシリアス回というかシナリオ回になりそうです。



いつになるかは未定だけどね!


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視察_1

お久しぶりです。
遅くなって申し訳ないです。


車内で今一度資料を見直す。

これから向かう茨城第三鎮守府…茨城県にあった元漁港を改修して鎮守府となった場所だ。

一時期深海棲艦に本土付近まで攻め入られたときに前線に臨時拠点のひとつとして用意されたが、戦線を押し上げた後は辺境の地として扱われるようになった場所でもある。

 

誠に嘆かわしいが、現在は問題ある提督たちを押し込むことに使われている。

箸にも棒にもかからないが提督としての才覚を持った人物をそこに遣わし、ひたすら資材収集に努めさせる。

そして大規模作戦の際には斥候として使い倒す。

当然支援などはしない。資材を吸い上げられ、使い捨ての道具のように扱われる。

嘆かわしい。が、それ以上に持て余すことも許されず、活躍させることもできないほどの者たちを最大限有効活用するための方法でもある。

 

なぜそういったことをするのかというと、鎮守府の機能は1つの鎮守府につき上限があると妖精たちから説明された。

曰く制約、世界のルールというものらしい。

どこまで本当なのか判断できないが、妖精の協力なくては人類は生き残ることすらできないので、関係を悪化させないためにもこれ以上の追求はできない。

 

鎮守府を増やすことも困難であり、こちらの要望で増やすことはまずできない。

また、一定期間以上提督の適性を持つ人物が配属されていないと鎮守府の機能は停止してしまう。

ゆえに過去に一時的にでも鎮守府として機能した場所は提督を配置して維持する必要がある。

それを含めて僻地であっても一人は提督を配置しなければならない。

 

今回向かう場所もそのひとつで、配属された提督もそういった人物であるはずなのだが…

 

「鳥居大将、そんなに眺めても書かれた内容は変わりませんよ。事実かどうかを調べるためにこれから向かうのですから」

 

横にいる風間元帥がこちらを見ずに言う。

風貌は若輩者のはずなのにも関わらず、老練さを感じさせる人物。

地位も元帥と最高位の一人であるこの人は不可思議な点が多い。

そんな人がなぜこんな仕事を行っているのかという点も十分に不可思議なのだが。

 

「失礼いたしました、元帥。なにしろ現実的でない数値が記されている上に、こちらに来ている資材量はそれと寸分違わないのがどうにも解せず…」

 

「大将、再三申し上げたようにこの視察中は私のことは中将として扱うようにとお伝えしたはずですが?」

 

目だけをこちらに向け言う元帥。

見た目と異なる鋭さに一瞬息が詰まる。

 

「申し訳ありません・・・、いや、すまない」

 

もう視察は始まっているのだ。運転席にはこちらの会話が聞こえないように作られているが、切り替えて挑むべきだ。

それにしても何を考えそういった行動をするのだろうか?

 

「七志野少尉…でしたっけ?あそこの提督は」

 

七志野少尉。これから向かう鎮守府に半年ほど前配属された新人提督だ。

訓練校の成績は一言で言えば歪。

評価表を見れば平均よりやや下といったものなのだが、模擬戦の戦績が非常に高い。

つまり座学等が非常に低いことも示すのだが、いくら訓練校とはいえ正しい知識なしにこの戦績はありえない。

何かしら操作があった可能性を考え筆記試験の結果を見てみたが、採点に問題はなかった。

考えられるのは当人があえて点数を落としていた可能性があるが、そうする必要性がわからない。

成績優秀者から自分の希望が通るのだ。これだけの戦績を残せる能力を座学面でも出せばそれこそ最初から本営所属さえ無問題であるにも関わらないのに。

よって歪だと評するのが正しいだろう。

 

「はい。模擬戦の戦績は非常に優秀なのが特徴ですね。ただ、座学面は非常に悪かったようですが。それでなぜここまでしっかりと運営ができるのかすら謎です」

 

「それを調べに行くのが今回の仕事ですよ。それと口調に気をつけてくださいね。彼に対してもそういった口調なら問題ないのですけど」

 

元帥を中将として扱う…これはなかなかに胃が痛くなる。

 

「これは失礼を・・・いや、悪かった」

 

こんな感じで良いのだろうか?

 

「はい」

 

良いようだ。

 

「それで、その七志野少尉のどういったところが気になるので…だ?」

 

一瞬怪訝な顔をされた気がするが無視をする。

答えたくなければ答えないだろう。

 

「訓練校での行動を少し調べたのですが、少々面白いことをしていたことがわかりましてね」

 

「面白いこと?」

 

外見相応のやわらかい顔でげ…中将が言う。

 

「はい。どうやら艦娘のスカウトをしていたみたいなのですよ」

 

スカウト?

 

「対象としていた艦娘は間宮・伊良湖・明石・大淀。結果、彼は明石を引き入れることに成功し、大淀も素行調査という一種の監視役という建前で連れて行きました。彼の素行不良ということが大淀を引き入れるための策の一つであったなら相当な食わせ物ですよ」

 

くすくすと笑う中将。

それよりも七志野少尉が引き入れようとした艦娘がどんなものなのか気づき、戦慄が走る。

 

「兵站・整備・作戦立案補助…あたりが目的?」

 

「まさしく私もそう思います。でなければピンポイントでその娘らを選ばないでしょう。過去を見ても訓練生でその娘らに注力した人物はいませんでした。大抵は戦艦、一部は空母といった形ですからね。切れ者とうたわれた人たちも提督になるまではその娘らの有用性に気付けなかったものですから」

 

かくいう本人はかなり昔からその艦娘たちを重宝しているというのに…

 

「あ、当然私も最初は戦艦を求めましたよ?で、すぐにやっぱあの娘らのほうが重要だと感じたわけですが」

 

こちらの考えが表情に出ていたようだ。

 

「つまり、完全に道化を演じていた者だということだな」

 

七志野少尉…今の情報でさらに興味深くなった。

 

「だと思います。なので資料はおそらく本物。不正なしだと思いますが、こうして調査したという事実のほうが重要ですね」

 

逆に不正があった場合後に大問題になりかねない。

早々に確認すべき事案ではあるな。

 

―・―・―・―・―・―

 

「遠いところご足労ありがとうございます。私が七志野少尉であります」

 

素行不良と評された青年は想像以上にしっかりと出迎えてくれた。

やはり道化を演じていたのだろう。

 

「出迎えご苦労、私は鳥居。大将だ。そして…」

 

「僕は風間。中将だよ。視察と言ってもそれほど格式ばったものではないので、砕けて構いませんよ。ですよね大将?」

 

見た目年齢に近いフランクな喋り方をする元s…中将。

 

「あぁ、かまわない。むしろ普段どのようにしているかを確認したいため、肩肘張らない姿のほうが好ましい」

 

間違ったことを言うわけでもないため、ここは彼に合わせる。

 

「ハッ、ありがとうございます。それではまずお荷物を運ばせていただきます」

 

少尉が目配せをすると後ろに控えていた叢雲と白雪が荷物を受け取ろうとこちらに歩み寄る。

 

「すまないな」

 

「ありがとう」

 

荷物を受け取り下がる二隻。

 

「ではご案内いたします。まずはお茶をご用意いたします」

 

「いや、先に軽く鎮守府内を見てまわりたい。お茶はその後貰おうか」

 

確かに長く車に乗っていたがさほど疲れているわけではない。

時間は有効に使うべきだ。

 

「あ、お茶の後は自由に見て回りたいのですが構いませんか?」

 

風間中将が問う。

元々提督抜きでの艦娘の様子もみる予定ではあった。

 

「構いませんが、工廠など危険な箇所もあるので、十分に注意をお願いいたします」

 

ふむ、後ろめたいことはない。或いは完全に隠しきれているという風か。

おそらく前者だろう。

 

「他になにかございますか?」

 

「いや、ない。はじめてくれ」

 

―・―・―・―・―・―

 

一通り見てから客室で一息つく。

一度少尉には離れてもらって話をする。

 

「風間中将、いかがでしたか?」

 

とりあえず見た範囲では問題はなかった。

だがこの規模で彼一人しか提督がいないにも関わらず資料通りということ自体が異常ではあるが、不備はなかったためこの点に関しては何もいえない。

 

「一言で言えば想像以上です。単に彼は効率的に最小限で最大限を求めているだけ。そういってしまえば簡潔で分かりやすいのですが、どうすればその効率を求められるのかわかっているかの様な運用をしています。特にこの遠征履歴、これで遠征を行かせるのはかなり無謀といえるほど過少戦力でありながらほとんど失敗していない。出撃履歴を見てもほとんど被害が小破、中破程度。大破があっても1隻程度。まだ比較的落ち着いている範囲にしか出撃していないということを加味してもこれほど被害を抑えていれば消費が少ないのも理解できます。これは下手に誰かの下につけるよりは独自に動いてもらったほうが成果をあげてくれそうですね」

 

あぁ、他の鎮守府と違って確かに支出が非常に少ない点が目立つ。

ぜひともその才気を活かしてもらいたいものだが、風間中将の言の通り彼のやり方を許容できる人物でなければ燻らせてしまうだろう。

ならいっそ自由に動かしたほうがいいのだろう。

 

「だが出撃履歴を見るにあまり精力的に海域の開放を望んでいないようにも見える…そこは少し発破をかけるべきやもしれない」

 

「いえ、何もしないのが最善でしょうね。明らかに今回の視察を意識した運用をした形跡が見て取れます。邪魔をさせないための行動でしょう。下手に口出しするよりは最低ラインを取り決め、それを満たすなら好きにさせるほうが勝手に伸びてくれますよ」

 

確かに出撃が減り、遠征が増え、演習はほとんどなくなっている。

資材を貯めたいですといっているものだが、時期が完全に視察を通知した時期と被っている。

ここは風間中将の見解に同意だ。

 

「ようやく均衡状態まで持っていけた現状を鑑みるに、有望な人材を遊ばせていられないのも事実…どうにか自発的に海域を広げてもらえるよう話すのが善策か…」

 

「ですね。さて、一息つきましたし、そろそろ艦娘たちへお話を聞きに行きましょうか。裏がある気配はありませんけど、どういった提督なのか艦娘視点で知る必要もありますし」

 

「そうだな。参ろう」

 

まずは居場所の分かる艦娘から尋ねてみるか

 

 

 




はい。オリジナル設定てんこ盛りです。
茨城県にした理由?
わしはガルパンおじさんでもあるからじゃ。
申し訳ないです。深い意味はありません。
あ、現実の地名・団体等には関係ありませんのでご了承ください。

2,3話はこういう伏線回というか設定回というかになります。
おれの黒歴史が進行形で進化するZE☆



以下遅れたことについて釈明…できませんね。ただの言い訳です。

実はこの話自体は3月下旬に書き上げていました。
ですが続きと固めて出したいなーとか思って上げずにいたところ、その続きがなかなか形にならずズルズルと…
リアル事情のゴタゴタと、ちょっとモチベ低下が続いていたため遅れました申し訳ないです。

またいつ続きを出せるかわかりませんが、期待せずにお待ちいただけると幸いです。


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視察_2

色々な視点に切り替わります。


「提督の人物像について…ですか」

 

一度資材や設備の資料について解説し終えて、自身の仕事に戻っていたところ、視察に来ていたお二方が大淀(わたし)のところに訪ねてきました。

提督抜きで訪ねて来たため確認したところ、彼がどういった人物なのかというのも調査の一環とのこと。

彼らの行動は提督が事前に想定した内容の範囲内だったため、慎重に言葉を選ぶ。

彼らがこの鎮守府を視察する理由は榛名さん達がこちらに引き抜けるだけの価値があるか確認するためである。

少々気にさわることではありますが、傍から見ればこの鎮守府は辺境の地。本営の主力として扱える練度の高い艦をおいそれと渡すことはしたくない。

難癖をつけてくるのは目に見えている。

しかし、もしもこの鎮守府に価値を見出したとしたら?

自分の派閥に入れるために譲歩するかもしれません。

提督はそういったものを嫌っているとのことですが、榛名さん達を引き入れるためなら仕方ないと割り切っているご様子。

であれば、私たちは提督が派閥内で印象を良くするために媚を売っておくのが良いでしょう。

あの人の実力であれば引き入れようとされるのはほぼ確実ですから。

 

「非常に良い上官です。各部下に対してそれぞれがどういったことに秀でているかを判断し、その分野で十全に働けるよう手配してくださるため、私たちもただ提督の意向に従ってさえいれば自身の性能をいかんなく振るうことができ、大変やりがいを得ることができます」

 

私の言に視察の方の片方は無表情だが、もう片方の表情が和らいでいる。

悪くない印象を抱かせることができたと思うけど、油断はできない。

気を緩めずに待機していると、礼を言って去って行った。

あんな短くてよかったのでしょうか?

 

―・―・―・―・―・―

 

「ここでの生活について…ですか」

 

再び視察の方々が来たかと思えば今度は提督がいない。

工廠(ここ)には怪我をしかねないものが多数あるから声をかけたところ、明石(わたし)に用とのこと。

これは提督がおっしゃっていた通りの流れみたいですね。

大淀が下手に取り繕うより素のままで答えたほうが好印象を与えられると提案して、提督が承諾したから私もその通りによう。

 

「楽しいですよ。自分を必要としてくれているというのがしっかりと伝わってきて、それがこんなにも幸せなんだとは知らなかったです。私の仕事は間接的なものが多くて上の人には分かり難い分野でもあるんですが、提督はしっかりとそれを汲んで評価してくれますし。それゆえにどれだけ期待されているのか、頼りにされているのかも感じますから。これほどうれしいことはないですよ」

 

私の回答を受けた後、仕事量が多かったりしないか質問された。

多いけど素直に多いというのは印象を悪くするかもしれないよね…

 

「提督は決してこなせない量の仕事はさせませんからね。そういったところの調整は頻繁にしてくれますから」

 

そのおかげで他の娘よりもちょっと気を使ってもらってる実感を得られて優越感があるなんてところは話す必要ないよね。

でも仕事関係だけの話が中心なのはちょっぴり物足りない。

 

その後2,3工廠の扱い方についてやり取りして、彼らは去っていった。

 

―・―・―・―・―・―

 

「提督の指揮能力について、ですか」

 

運動場で汗を流していると、見慣れない男性2名が現れた。

どうにも通知されていた視察の人たちらしい。

提督自身のことについても聞きたいから彼らのみでまわっていると説明を受けた後、質問をされた。

この場には駆逐の娘と神通(わたし)ぐらいしかいないので、私が代表で受け答えすべきでしょう。

 

「私は提督以外の方を知らないので比較は出来ませんが、良いと思います。多くは語らず、私たちを信じ、私たちの行動を後押ししてくれる。そういったやり方を好むお方です。けれど決して主体性がないわけでなく、私たちを先導しながらも見守ってくださるとても良い指揮です」

 

提督は特に戦闘に関しては多くを口にしません。

問うと私たちの自主性を尊重しているとのことでした。

共に戦う仲間であってもその場にいるのは私たちだけ。

戦術に指示をだそうにも時間差が生じてしまう。

そこを提督は艦娘自身に思考させることで時間差を無くすことを選んだ。

俯瞰した情報を旗艦を中心に提供しつつ、判断は各自のため迅速な行動選択をさせる。

これが彼の基本的な戦術方針だ。

叢雲さんから聞いた話では訓練生時代に編み出し、卒業までに精錬させていった方針で、他の候補生は一切()()()()()()戦法とのこと。

一定の艦隊数を保持するまでは戦闘するのは一艦隊だけのため、提督が直接戦闘指揮を執るのが一般的らしく、かなりの異端だったらしい。

他の訓練生はこの戦法の重要な点をこなせないが故にまともに実践することができなかったと自慢げに言っていた。

 

そういった事情を知っているのか知らないのか不明だが、その後2,3質問した後、視察の人たちは去って行った。

 

―・―・―・―・―・―

 

「…提督をどう思っているか、ですか?」

 

遠征後の補給を終えて部屋に戻ろうとしていると見知らぬ人たちに声を掛けられた。

そういえば今日は視察の日だったことを思い出す。

榛名さんたちが欲しいから一芝居打って欲しいとあの提督が頭を下げてきた。

確かに榛名さんたちは強力な戦力だし、人柄もいいけれど、かなりの公私混同じゃないかしら?あのクソ提督は。

 

今でも思い出すだけで恥ずかしくなる。

私に対してもそのぐらいしてくれるのだろうか、なんて潮が尋ねたときの解答。

それが欲されている側からするとどれだけうれしいことなのかを露知らず、故にこっちがどれだけもどかしく感じるかも考えず。

純粋にただひたすらに欲しいもののためならそれ以外をなげうってでも手に入れるなんて生真面目に答えるクソ提督。

さらりとたとえそれが(わたし)であっても同じだと。

提督が去った後にニッコニコしながらよかったねという潮を叩いたけれど、どうしようもなくうれしかったのは事実だ。

 

「まぁ、色々と物申したい点があるけれど、それを踏まえても上司としては非常に優秀だと思っています」

 

男の人としては落第点だけど。

もっとこう、私に構う時間を増やすなり、私と居るときに他の娘の話をしないようにするなり…

 

なんだか妙にニヤけている視察官だったけど、もっとまともな人材は居なかったのかしら?

現状の階級はともかく、実力はあるのだからいくらクソ提督相手であってももう少し真っ当な人材が視察に来るべきだと思う。

 

―・―・―・―・―・―

 

「他の提督との違いですか…」

 

天気もよかったので瑞鶴さんと北上さん、それと赤城さんと山城さんを誘ってお茶会を中庭でしていたところ、視察の方々がお見えになりました。

山城さんたちはともかく榛名たちは他の提督も知っているので、比較してほしいとのことでした。

 

「一番違うのは私たちへの視線…見方かなぁ?」

 

普段よりははっきりとした言い方をしていますが、ややのんびりとした話し方で北上さんが言う。

視線…見方?どういうことでしょう?

 

「あくまで私個人の印象なんですけどね。他の提督たちと違った艦娘の見方をしているんですよ。うん、丁度わかりやすくお二人を例にお話させていただいてもよろしいでしょうか?」

 

何か北上さんじゃなく感じるほど真面目な雰囲気です。

普段はもっと溶けているような、或いは飄々とした態度なのに、今は凜と地に足ついた鋭い眼光を宿らせています。

 

視察の方々から許可を貰うと北上さんは話を始めました。

 

「そちらの方。あなたは艦娘を兵器、道具、脅威という類で捉えているように見えます」

 

初老のように見えながら力強さを漂わせる方を見て言います。

続いて一見若者に見えるけれど、その佇まいから熟練の軍人を醸し出す方を見て続けます。

 

「あなたはむしろ艦娘を人、それも女性いえ、少女として捉えている類に見えます」

 

両者とも何も言わない。

 

「あくまで私見なので気を悪くしたなら謝罪します。とはいえどちらも正しい見解です。多くの提督たちはこのどちらかで私たちを見ていましたが、彼は違っていました」

 

続きを促す二名。

 

「あの人は私たちを、艦娘を兵器と少女()()の面で捉えているんです」

 

…兵器でありながら少女である。

艦娘とはそういうモノである。

確かに、本営にいた提督たちは基本的に艦娘を兵器として捉え、脅威であり、管理・運用を正しく行わなければならないといった風潮は強かった。

それに対して少女の感性をもつ艦娘を物・道具扱いするのはいかがなものかという疑問を提示している人たちもいた。

 

榛名としては提督は提督だけだからあまり気にかけていなかったけれど、これは彼らの艦娘たちには大きなストレスになっていたかもしれません。

片や道具として人格を潰され、片や自身の力を信じていないようにも取れる保護などといった拘束をされ。

提督に会える事のみを信じ行動していたため、思い返せばという形になるけれど、榛名にもかなり無機質な扱いが多かったように思える。

 

それに引き換え榛名たちの提督はどうだろう?

鎮守府内においては娯楽など始め、ひとりひとり気にかけていただき少女としての欲求を満たし、作戦となれば兵器として性能を十全に活かせるよう配慮する。

一見兵士の扱いに見えるが、フォローの仕方は兵器としてのメンテナンスに注力する。

船として大事に、しかしながら人として大切に扱う。

この一見分離した内容を上手く混ぜ合わせているのは特徴的だといえるのかもしれない。

断言できないのは他を多く知らないからだ。

 

北上さんの説明にお二方は非常に惹かれ、驚き、興味深くしている様子でした。

榛名としても当たり前に感じるこの扱いが、実は恵まれていたことを改めて知ることができてよかったです。

瑞鶴さんも榛名と同じような心境みたいでしみじみと頷いています。

 

「…とまぁ、わたしからの見解は以上です。少々でしゃばった物言いで申し訳ありませんでした」

 

頭を下げる北上さん。

視察の方々はそれを抑え、許しを出す。

彼らにとっても非常に価値のある評論だったみたいだ。

 

瑞鶴さんにも話を聞き、概ね北上さんと同じような印象をもっていることを話していました。

漠然と感じていたけれど、明言化できなかったことが北上さんの言葉ではっきりしたという感じでした。

 

「あ、あと付け加えるとしたらなんていうかゆとりがあるように感じたわね」

 

しばらく話していた所為かだいぶ砕けた口調の瑞鶴さん。

提督の印象を下げないためにも少々気をつけてもらいたいのですが、いろいろとアプローチをかけても気付いてもらえてないようです…

そしてゆとりとはどんなことを差すのか問われる瑞鶴さん。

 

「ぴったりの言い方が出来ないんですが、私たち艦娘を扱うときにどっしりとしているというか、長年の付き合いから相手の性格を把握しているため受け入れるような。ごめんなさい、良い言葉が見つからないのですが、そういう"私を受け入れてくれる感じ"が強いんです」

 

なるほど、確かに提督は榛名たちがどういう思考をしているのか大半は把握しています。

ゲームという形ではありますが、年単位で艦娘と交流をしていたためです。

その分受け入れてくれている…信頼してくれているのは事実でしょう。

瑞鶴さんはそういったことを感じているのではないでしょうか?

流石に口にはしませんけど。

 

瑞鶴さんの話が終わり続いて榛名の番になりました。

 

「艦娘との関わり方という面では北上さんや瑞鶴さんと同じなので、榛名からは違った観点、作戦面での差異を述べさせていただきます」

 

提督のやり方で本営に居た頃と大きく違うのは、指示出しの時期だと榛名は感じました。

提督は作戦開始前の事前打ち合わせに非常に力を入れています。

何を目的としているのか、どのあたりが成功ラインで、可能な場合はどのあたりまでやって欲しいのか、どういったことを優先していくのか、どこまで陥ったら失敗として退却するのか。

基準というモノを徹底的に決めていきます。

そして実行時には直接はあまり指示を出さず、基準の範囲内であれば好きに行動させることが多いです。

故に想定外のことが起きても逐一確認する前に現場で一つ二つは手を打ってから指針を調整することができるようになります。

ただし、このやり方は始めの基準がずれていればどうしようもないですし、現場判断が多くなるため、規模が大きくなると連携が難しくなったりします。

 

他の方々はここまで念入りに事前打ち合わせは行わない代わりに、実行時に多量に指示が飛んできます。

指示に従って行動すれば良いので考えることは少なくなりますが、中央の情報量が多くなると末端のこちらへの指示が滞ることもありました。

その代わり中央の処理能力が高ければ大規模戦力を運用できますし、末端では戦闘自体にのみ思考を向ければよいので練度が低くとも戦力にしやすかったりします。

 

まぁ互いにメリットデメリットはあるのでどちらがより良いということはないのですが…

 

「というように艦娘の行動裁量が他よりも多い点が特徴的かと思います」

 

瑞鶴さんはまだあまり提督の指揮で動いていないのでピンと来ない様子でしたが、自分が関わらないときでも打ち合わせに参加している北上さんには共感できる点が多かったみたいです。

視察の方々も2,3質疑応答を行ったのでしっかりと把握していただけたようでした。

聞かれたことには基本的に素直に答えるよう通達されていたので従いましたが、これで提督と一緒にいられるのでしょうか?

ちなみに基本的でないことはゲーム…前の経験などといったことです。

 

お二人は何か少しだけ話しをしてからお茶のお礼を述べて去っていきました。

 




一応わかるようにしたつもりですが、上から順に大淀・明石・神通・曙・榛名の視点となります。
また、視察は提督と共に一通り重要な箇所は回っているため、大淀と明石には一度面会しています。


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視察_3

そろそろイチャイチャが恋しい。
でもまだ入れたいお話ががががが


日を跨いで時は1100を過ぎたところ。大将と中将を見送るために門へ向かっていた。

 

「なかなかに興味深い、特徴的な鎮守府でした。先ほどお伝えした通り、視察の結果については後日郵送するのでしばしお待ちを」

 

中将がにこやかに伝えてくる。

この人は常にビジネススマイルを崩さないタイプでスキルの低い僕では全く腹のうちが見えない。

まだ大将の方が読み取れる。とはいっても腹のそこはこっちも見えないけどね。

 

「お忙しいところ出向いていただき大変感謝をいたします」

 

不得手だとしてもやらざるを得ないビジネススマイルで受け答えする。

明らかにばれているが、しないでぶっきらぼうになるよりは不恰好でもしていることが伝わったほうが印象は良くなる…と聞いた。

 

「おや、車はもう用意してくださったようで。名残惜しいですがこの後も仕事があるので早々に発たせてもらいますね」

 

門前には彼らが来たときに乗っていた車が既に待機していた。

 

「ひとつどうでもいいことを質問したい。貴官は暑いところと寒いところどちらのほうが過ごしやすい?例えるなら沖縄と北海道だ。なに、この質問は今回の視察には関係なく単なる雑談だと捉えて気軽に答えて構わない」

 

大将のほうから質問が出て驚いた。

いや、質問してくること自体はそこそこあったのだが、あまり業務と関わりないことを尋ねてきたのはこれが初めてじゃないだろうか?

 

「難しい質問ですね。どちらも苦手なので。強いて言えば暑いほうですね。寒い日に暖房の効いた部屋に居るよりは暑い日に冷房の効いた部屋に居るほうがまだ楽なので」

 

「そうか、設備ありきの判断ということか。そういう考えはしたことがなかったな。回答に感謝する」

 

異様に丁寧な対応で驚く。

何を考えているかこちらのほうがマシと思っていたが撤回。どっこいどっこいでわからん。

 

「大将、そろそろお時間です。君たちもありがとう」

 

来たときと同じく荷物を持ってくれていた白雪と叢雲に礼をする中将。

荷物を積み込み終えた彼女らは静かに返礼をする。

 

「では、また。失礼させてもらう」

 

敬礼をして見送る。

後は待ちの姿勢…とはならないな。

最悪のパターンを、榛名たちを手元に置けなくなる場合を考慮していくらか手を打つことになる。

まぁ使わなければそれに越したことはないが。

 

―・―・―・―・―・―

 

「提督、少しよろしいでしょうか?」

 

見送りを終えて執務室に戻るとすぐに磯波が何か紙を持って寄ってきた。

 

「どうしたんだい?それは?」

 

「こちらが客室に残っていまして…処理をどうするか判断するために内容を見てしまいました。申し訳ありません」

 

謝る磯波を慰めながら受け取り紙の内容に目を通す。

…これは…

 

「磯波さん。これを読んだんですよね?」

 

「は、はい…」

 

シュンと小さくなる磯波。

かわいい。じゃない。

 

「いや、それ自体は別にいいんだ。内容は暗号化されているし。現にこれが何なのか深く理解できなかっただろう?」

 

「えっと、はい。一部艦娘の名前があったので何かの作戦における艦隊か何かとは思いましたが…」

 

そこまでなら問題なし。

というかむしろ分かったら磯波にも話を聞く必要がでてくる。

 

「まぁそんなところ。書いてあったことは秘匿するように。これは命令だ。とはいえ完全に黙っていることが君にとって負担となるなら、何か艦娘の名前を使った暗号が書いてあったが理解は出来なかった程度の話であれば僕の配下の艦娘にのみ同条件…ようは他所には伝えなければ伝えてもいいよ。秘匿するよう命令されたことも含めてね」

 

「へっ?は、はい!わかりまし…た?」

 

こちらの伝えて良いんだか悪いんだかよくわからない指示に若干戸惑っている様子の磯波。

これが何を示すのかは秘匿だけど、なにか暗号を受け取った程度なら伝えて良い。ただし仲間内に限る。

こう伝えなおすと理解できたのか礼をして去って行った。

掃除の途中だったらしい。

 

改めて紙を見る。

これの暗号がわかるのは()()の提督のみだ。

暗号のままであれば広まってもそれほど問題ではない。

ただ、()()の提督であっても志向が同じとは限らない。

相反する相手なら非常にやり難くなる。

故に向こうもこちらのことを視察として見定めてから()()である旨をちらつかせたと見て良いだろう。

 

榛名の反応から判断したか?それとも僕のやり方をみて判断したか?

いや、まだ確定できていないからこそのこの暗号なのかもしれない。

或いは相手は()()ではなく、これを理解できる人物を探しているだけかもしれない。

 

ちょっと作戦会議が必要だけど、内容的に榛名しか呼べないな…

この際他の娘にも打ち明けるか?

うーん、僕への信頼度はまだ打ち明けられるほど高くないように思えるから控えたいんだけど。

その選択肢についても相談してから考えるべきだな。

 

―・―・―・―・―・―

 

「おかえりなさい、ていとわきゃっ!」

 

視察から戻ってくると出迎えようとした五月雨が見事なコケっぷりを見せてくれた。

そんないつもの様子に心和ませながら手を貸し立たせる。

 

「大丈夫かい?」

 

「はい、ありがとうございますぅ…」

 

軽く見たが擦りむいたりあざになっている様子もなく、問題ないようだ。

 

「それで、どうでした?」

 

「うん、7割ぐらい当たり。はずれでもアレだけの人材なら味方に引き入れたいね。こちらの提案(エサ)乗る(食いつく)かどうかしばらく待ちだね。ダメだったらそれなりの対応を」

 

十中八九彼から連絡がくるだろう。それまでちょっともどかしさを感じるが我慢のしどころだ。

 

「それほど気に入られたのですか?」

 

「うーん、単に同じ()()()()()()同士協力したいなっていう気持ちが強いね。あと、鎮守府の運営能力は私より上だろうね。支援もコネもなくあの辺境で難なくこなせるのは()()()()()()でなくても引き入れたい」

 

実際、朧気な記憶にある遠征成功条件や開発・建造のレシピをどうも彼は覚えている様子だ。

それとこちらで揃えた実測値を交えて共有化できれば深海棲艦への対処が、ひいてはこの戦いを終らせる道筋が明るくなる。

一個人としても元帥という立場としても彼の力は魅力的だ。

 

「そうですか。提督以上の方というのはちょっと想像できないですが、提督がそうおっしゃるならとってもすごい方なんですね!」

 

五月雨が明るくいう。

そう、彼が協力してくれればこの姿をずっと見続けられるようになるのだ。

そのために私は全力を尽くそう。

 

「あぁ、()()()と同じように手を取り合ってこの世界を救おう!」

 

「はい!」

 

 




はい、後半は意図して誰の視点かぼかしています。
まぁ丸わかりでしょうけど。

イチャラブはよという方、もうしばらくお待ちください。


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摩耶さんと羽黒さんと夜食

いちゃつきたかったけどできませんでした。


あさり・しじみ・はまぐりさん

 

貝になれ

 

水雷魂とは"悖らず恥じず憾まず"ことなり

 

ハラショーハラショーブルーベリーハラショー

 

第五遊撃部隊"金剛・加賀・瑞鶴・大井・北上・吹雪"

 

エラー猫赦すまじ

 

変わらない吸引力、ダイ○ン 姫より厄介

 

―・―・―・―・―・―

 

…大半がアニメネタじゃねぇかっ!

 

うん。これが暗号の中身。

これで関係なかったら逆に不自然だわ。

 

改めて第五遊撃部隊の編成を見ると、ゲーム的には結構悪くない構成なんだよね。

戦艦で2巡できるようにして、空母と駆逐で対空態勢。

メイン火力は雷巡2隻。

戦艦は1隻まで、空母は正/軽問わず2隻まで、駆逐1必要で重/軽/雷/駆自由枠2とかなら多分僕も似たような編成するだろうし。

恐らく戦艦が金剛なのも高速艦縛りとかあってもおかしくないな。

 

そんなことはともかく、これは十中八九こちらのことをプレイヤーと認識した上でのアプローチだな。

そもそもこの視察さえ僕をプレイヤーと確証を得るためのものだとしたら急にお偉いさんが押しかけてきたのも理解できる。

で、確証を得た後そのまま来なかったことを踏まえればそう悪い関係になりたくないと思っていることが予想できる。

たとえ()()()であっても軍という風を装っている以上、正規の軍のように上の決定として僕を従わせることもできる。

が、そうしないのはこちらを立てる気があることを示している。

まぁ、プレイヤーなんて存在を秘匿しておきたいだけかもしれないだけの可能性もあるが。

 

ともかく相手は穏便に、友好的に接したいと考えていてよいだろう。

少なくとも表面上は。

 

問題はあの二人のどちらだろう?

直感ではあの優男だが、案外あの厳つい方も無いと言いきれない。

共に記されていた連絡先だけが頼りか…

 

このことは榛名にも話をしておこう。

 

―・―・―・―・―・―

 

夕食後に榛名と会話し、その日は床についた…

のだったが、夜中目が覚めた。

なんだか妙にはっきりと目が覚めた上に妙にラーメンが食べたくなった。

あまり健康的ではないが夜食をしよう。たまにはそういうのも悪くない。

 

体を起こし、上着を羽織る。

秋も深まりだいぶ寒気が強くなってきているのだ。

 

月明かりのみが照らす廊下を歩き、食堂へ。

キッチンの戸棚を開けば常備している袋麺を引っ張り出す。

体が資本の彼女たちにあまり食して欲しくはない類の食物だが、これはこれで美味い。

美味いものは士気向上に適しているゆえこういったものも常備するようにしている。

艦娘たちもそれを理解しているため無闇やたらに食そうとはしない。

ただ一定期間ごとに買い直すため消費するタイミングがあり、その時は結構浮かれている様子もあるため好かれてはいるのだろう。

イメージ的には赤城とかが喜びそうなのだが、意外にも曙と敷波が特に喜んでいる。

時期が近づくと結構そわそわしていつ食べられるのかタイミングを知ろうとしている姿は非常に愛らしい。

頻度さえ気をつけていればお堅い感じの叢雲や霞も悪くない感じで食べているし割とラーメン好きは多いのかもしれない。

 

「ん?」

 

とそんなことを考えながら鍋に水を入れていると視界の端で何かが動いた。

一応消灯時間を過ぎている。

川内なら普通に入ってくるだろう。

だが食堂の入り口あたりに居るであろう何かは出てこない。

いや、微妙にはみ出てる。

特徴的な細長い棒。位置的に少ししゃがんでいるのかな?

 

「ラーメン作るんだが、味噌でいいか?摩耶さん」

 

びくりと棒が跳ねる。

そしてゆっくりとこちらに伸びてきて、摩耶が顔だけ出してきた。

 

「どうしてアタシだと分かった?」

 

ここで艤装が見えていたというのはちょっと野暮かな?

 

「そんな空気を感じたからだ。で、こちらの質問の回答は?」

 

「…提督と同じで」

 

「じゃ、味噌な」

 

当初予定していた量より多く水を入れる。

ん?摩耶はしゃがんだ状態で顔だけ出している。

首の角度的に体は首よりも下にあるだろう。

なのにその摩耶の頭の上に布がちらついている。

これは…

 

「で、ラーメンは僕と摩耶さんの分、2人前だけで良いのかな?ん?」

 

ちょっとカマをかけてみよう。

ほぼほぼもうひとり誰かいるのだろうけど、違ったらアレだし。

 

「…私は、その、私も同じので…」

 

おどおどと出てきたのは羽黒だった。

真面目な羽黒がこんな時間に出歩くのは意外…とは思ったが現状摩耶とセットで行動させていることが影響しているのだろう。

重巡は他に居ないし、前々からの仕込みの関係でより行動を共にさせている。

 

「りょーかい。具材のほうの要望は?無いならこっちの勝手にするけど」

 

「提督のと一緒で。羽黒もいいよな?」

 

「は、はい」

 

「んじゃ、ちょいと待っててな」

 

鍋の水が沸騰するのを待って、麺を入れる。

そして別の鍋にはもやしを投入。軽く湯通しする。

小鉢を3つ取り出し、卵を一つずつ割って入れる。

黄身に楊枝で小さな穴を開け、少し水を入れてからラップし電子レンジへ。

40~50秒ぐらいであたため開始。

 

「提督、電子レンジに卵はだめだろ」

 

摩耶が突っ込みを入れる。

食堂で待っていれば良いのにこちらの様子を眺めていたようだ。

 

「うん、マネしないようにね」

 

電子レンジに卵を入れて加熱すると爆発するのは有名な話だろう。

ただあれは黄身が熱で膨張・水分の蒸発が白身のそれと温度差があり、圧がかかることが原因だ。

僕がしたように黄身に穴を開ける、水に浸して直接熱するのではなく擬似的に茹でるといったことをするとだいぶ爆発し難くなる。

とはいえこれでも爆発するんだけどね。

あとは加熱時間を50秒…最長でも1分以内にすればラップを突き破るほどの爆発はしない。

一応計算上丁度言い時間や水の量はあるはずだが、結構適当でいける。

ただ40秒未満だと全然固まらないし、40秒でも爆発することがあるから普通に茹でるほうをお勧めする。

電子レンジのほうが短時間で楽なのは事実なんだけどね。

それとこれくらいの時間にすることで半熟的になるのがすごく好みだからついつい危なくてもやってしまうのだ。

なれない人は専用の機器が売っていたりするから、それを買って説明書どおりに調理することからはじめるべきだね。

 

「いや、マネとかじゃなくて…大丈夫なんだよな?」

 

「軽く爆発はするかも知れないけど、ラップを破るほどじゃないからね」

 

「提督がそういうならいいんだけどよ…」

 

「他の娘にも内緒だよ?羽黒さんもいい?」

 

「へぁっ、は、はぃ」

 

摩耶に隠れながらこちらを伺っていた羽黒にも言う。

やっぱり好かれていないようだ。

ラーメンに誘うのもまずかったかな?

いや、嫌なときは結構ごめんなさいって居なくなることが多いし、残ってるってことはセーフと考えておこう。

 

さて、ラーメン作りの続きだ。

本当はチャーシューとか欲しいけど、今無いからハムで代用。

メンマと海苔も準備したところで卵の温めが終る。

見てみると丁度よい半熟卵。

麺に同封されている粉スープを器に入れ、麺が出来るのを待つ。

程なく時間になり、器に湯を注ぎスープを作ってから麺を投入。

用意した具材を載せて運び出す。

 

「ほい、できたよ」

 

「サンキュー。美味そうだな」

 

「ありがとうございます、司令官さん」

 

おや、珍しく素直に受け取ってもらえた。

もっと怯えられたりするものかと思ったが…

いい傾向かな?

 

「さて、食べようか」

 

いただきますと手を合わせ食べ始める。

摩耶と羽黒も倣い食べ始めた。

 

しばらく黙々と食べ続ける。

 

「なぁ、提督。近々横須賀に行くんだよな?」

 

ふと摩耶が尋ねる。鷹富士親子と斉藤がいる鎮守府だ。

視察やなんやで忙しかったけど、あそこに行き、タウイタウイの艦娘らについて話し合いをしにいかねばならないのだ。

 

「近々と言っても年明け以降、1ヶ月先のことだけどね」

 

分かり難いので整理すると、健康診断があったのが10月。

榛名たちが来たのは10月下旬。視察に来た今月が12月だ。

で、横須賀に行くのは1月下旬でタウイタウイは3月中旬を予定している。

 

「あとひと月しかないんだろ?色々あったけど大丈夫なのか?」

 

「表向きは勉強しにいくわけだけど、実質はただの打ち合わせだからね。それにここと横須賀なら数時間で移動できる。確かにちょっと留守中の段取りは遅れてるけど叢雲さん達なら大丈夫だろうし」

 

別に僕が不在なのは初めてじゃない。とはいえ1週間居ないのは初めてか。

叢雲なら大丈夫だろう。

 

「…叢雲、か」

 

摩耶が小さく呟く。

 

「?叢雲さんに何か気になることでも?」

 

「別に。叢雲は提督にとって特別なんだな」

 

まずいね。ちょっと頼りすぎたとは思ってたけど、こういう不満を持たれるのに予防ができてなかった。

 

「僕の艦娘で特別じゃない娘はいないよ」

 

何を言ってもただの言い訳にしか思われないよな。

 

「あの…私も司令官さんにとって特別ですか?」

 

飛び火した…

いや、この際だからはっきり伝えておくべきだよな。

 

「もちろん。だって、僕の艦娘だよ?それだけで十分特別で、大事さ」

 

「そう…ですか…」

 

うーん、やっぱり言い訳にしかならないよな。

 

「正直まだ君ら重巡をうまく扱えていないのも実感している。だから君らにはしばらくもどかしさを感じさせてしまうけど、その分できる範囲であれば融通はきかせるつもりもある。だから要望があれば言ってほしいな」

 

実をいうとゲームのときから僕は重巡の扱いが苦手だったりする。

あ、性能という意味合いでね。

汎用性が高すぎてどうにも振り分けにくさがあるんだ。

ある程度装備もそろってレベリングもできてきたらそれこそどこにでもだせるから有能なのはわかっているけど、それまでは高火力が欲しければ戦艦だし、雷撃戦や夜戦には駆逐や軽巡がいるから。

制限がなければ使用頻度が少なかった艦種だ。

ただ、装備もレベルもあれば安定した強さを低燃費で実現するから周回とかにすごくたすかるんだけど。

現状駆逐達で警戒して、海域攻略時や防衛線に扱うために控えてもらう立ち回りが多い彼女らには不満はたまりやすいだろう。

 

「…じゃあ今度は甘味でも用意しろ。提督が作るやつな」

 

わぁお、とんでもない依頼が出たぜ。

 

「あまり本格的なものは期待しないでくださいね」

 

「わ、わたしもご一緒して良いですか?」

 

「当然。できるよな提督?」

 

羽黒の便乗を後押しする摩耶。

摩耶がいいというなら僕に拒否権はない。

 

「時期はこちらに決めさせてください。用意もありますので…」

 

僕に許されるのは彼女らの要望に応えることだけ。

うーん、ホットケーキあたりならいけるかな?

 

 

なんだかんだで重い空気はうやむやになってくれたようだ。

どうにか今後はこういう不満を解消できるようにしていきたいものだ。




はい、またしばらくお待たせして申し訳ありません。

しかもいちゃらぶ度低です。
納得いく話にできませんでしたがいい加減続かせたいので、先延ばしという逃げをしました。

次もいつ出せるか不明ですが、気長にお待ちいただけると幸いです。


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摩耶さんと羽黒さんと夜食_裏

side:摩耶

 

視察とやらが終わり、目に見えて鎮守府の空気が和らいだ。

こういうとき、改めて鎮守府(ここ)は提督が中心になっていると感じる。

彼がピリピリと張り詰めれば皆ピリピリとするし、彼の気が緩まれば皆ゆとりをもつ。

 

故に彼はだらけるフリをしようとするし、それを咎める艦娘たちも居る。

気が緩みすぎることに危惧を感じてのことも1,2割はあるだろうが、大半は彼自身がだらけたフリのまま過労に陥ることを危惧してのことだ。

 

だからこそ一見だらけることを咎める側にもかかわらず、本当に彼が疲れてだらけたいときには面倒を見たがる艦娘が多い。

咎める(だらけさせない)筆頭の叢雲や霞が世話係(だらけさせたがり)の筆頭も務めるのはもはやギャグだろう。

 

意外かも知れないが、純粋にだらけていることを咎めるのは川内や那珂である。

とはいえ彼女らも休むなというわけでなく、さっさとやることを終らせて早目に休みを取れ、だらだらと仕事をするべきではないという考えのようだが。

ちなみに神通は咎めない。話を聞いてみるとどうも提督は神通の前ではあまりだらけた姿を見せないからとのことだが、あの娘はなにやら提督を神格視している節があるため、どこまで本当かは不明だ。

 

では重巡組(アタシら)はどうかというと…

 

「やっぱり瑞鶴さんみたいにゲームに誘うのが良いのではないでしょうか?」

 

「誘うったってアタシはゲームなんて全然知らないんだけど。羽黒は?」

 

そもそも会話すらあまり出来ていないのが現状だ。

 

「私もわからないです…」

 

「でもって知らないのにいきなりゲーム教えろってやれるキャラでもないしなー」

 

故に少しでも何か話題を作れないか羽黒と相談中である。

 

「やっぱり瑞鶴さんにお願いして、次回は私たちも交ぜてもらう方針が無難ではありませんか?」

 

「それが無難だけどできるかな?二人用のゲームをやってたって話だし」

 

以前瑞鶴が提督とゲームをして親密になったと話していた。

どうにも提督はゲームの類が好きらしく、それをキッカケに盛り上がったそうだ。

なぜゲームが好きな事を知っていたのか尋ねると榛名情報とのこと。

本当に榛名とはどれほどの仲だったのか気になる…

 

「ではその辺りも含めて瑞鶴さんに相談しましょうか」

 

「結局他人頼りか。自力じゃだめだからしょうがないのだけど、やっぱり不満は感じるな」

 

どうにもアタシたちだけでは提督に近づくのは難しい。

時間をかけるしかないと思っていたが、急遽現れた瑞鶴や北上とはすぐに打ち解けていた。

元々知り合いだったらしい榛名はまぁ別としても、時間をかければどうにかできるものではないと判断すべきだろう。

 

「ま、アタシの不満はこの際置いておいて、今日はこの辺にしておこうか」

 

なんだかんだ話し込んで深夜に差しかかろうとしている時刻だ。

 

「そうですね。あ、寝る前に少し飲み物をいただきに行っても良いでしょうか?」

 

「ならアタシも一緒に行くよ。何かつまめるもの軽くつまみたくなったし」

 

一応消灯時間は過ぎているが、この程度のことなら川内も提督もいちいち問わない。

駆逐あたりだと少し厳し目に見るらしいが、それでも翌日業務に差し支えないレベルであればほぼ不問とのこと。

 

不規則になりがちなアタシたちの生活リズムを規則正しくして体調管理を心がけましょうというのが本意だからだ。

 

 

―・―・―・―・―・―

 

二人で食堂へ向かうと、そこから光が漏れていた。

 

「だれか先客が居るみたいですね」

 

光だけでなく、戸棚を開け閉めする音なども聞こえるため、消し忘れなどではないだろう。

 

「珍しいな。ちょっと覗いてから判断しよう」

 

一応消灯時間は過ぎているのだから堂々とするのは間違いだろう。

静かに気配を消して覗き込むと、そこには提督が居た。

これは本当に珍しい。特に最近は執務室に引きこもっていたのに。

頭を低くしたまま戻り、羽黒に話す。

 

「中にいるのは提督みたい。どうする?」

 

「ど、どうしましょう?」

 

形骸化しているとはいえ規則を破っているわけだから、堂々としすぎるのはダメだろう。

とはいえ提督自身も破っているわけだからそう縮こまる必要は…

 

「ラーメン作るんだが、味噌でいいか?摩耶さん」

 

「ッ!?」

 

バレた!?

だが自分だけならまだどうにでもなる。

羽黒に急いで目配せをして逃げるように指示を出す。

フルフルと頭を振り拒絶する羽黒。

駄々をこねるな!アタシが注意を引くからその間に行け!

 

「どうしてアタシだと分かった?」

 

「そんな空気を感じたからだ。で、こちらの質問の回答は?」

 

…意外と気配を感じ取る力があるのかもしれない。

だが、提督の質問ってなんだっけ?

あぁ、何を食べるかだっけ?

顔だけ出して提督を伺いつつ、手で羽黒に立ち去るよう指示を出す。

 

「…提督と同じで」

 

「じゃ、味噌な」

 

味噌…あ、ラーメンか。

なんていうか夜食にしてはある意味はずれだな…

いや、提督が作ってくれるという意味ではあたりなのだが。

 

提督は時折食事を作ってくれることがある。

その中でもラーメンのときが一番多い。

むしろラーメンは他の娘が作ることが無いため、食事予定の欄にラーメンと書かれているときは確実に提督が作ってくれるときなのだ。

だから多くの艦娘はラーメンの日を楽しみにしている。

無論アタシも楽しみにしているのだが…

今回のように提督は唐突に料理をするときがある。

そういう場合はこちらの要望を聞いてくれたり、珍しい料理がでてくることが多いのだ。

だから普段待っていれば食べられるお手製ラーメンがこういう突発時に出てくるのはすごく微妙な気持ちになる。

いや、提督の料理なのだから良いのだが、どうせならやっぱり特別感を感じたいというか…

 

「で、ラーメンは僕と摩耶さんの分、2人前だけで良いのかな?ん?」

 

長考していたら提督から声を掛けられた。

そう、これは羽黒に気付いているな…

気付いた上で気付かないフリをしても良いがどうするかという質問をしているのだ。

大人しく二人で見つかっておくか。

 

「…私は、その、私も同じので…」

 

すごすごと羽黒が出てきた。

アタシも立ち上がり食堂に入る。

 

「りょーかい。具材のほうの要望は?無いならこっちの勝手にするけど」

 

ラーメンに入れる具材…特にこだわりがあるわけでもないし、どうせなら提督と一緒のものを食べるか。

 

「提督のと一緒で。羽黒もいいよな?」

 

羽黒はまだまだ提督の前だと緊張してしまうので、助け舟を出す。

 

「は、はい」

 

「んじゃ、ちょいと待っててな」

 

あまり台所に立つ回数は多くないのに意外と手馴れた様子で調理を続ける提督。

今も綺麗に卵を割っているし。

アタシがやると殻を割った時点で黄身まで割れるんだよなぁ…

で、提督は卵を入れた器にラップをして電子レンジへ…電子レンジ!?

 

「提督、電子レンジに卵はだめだろ」

 

つい突っ込みを入れてしまう。

卵を電子レンジで温めると爆発してしまう。

 

「うん、マネしないようにね」

 

いや、マネしないようにじゃないだろ!

だけど提督が考えなしに行動するわけないし…

 

「いや、マネとかじゃなくて…大丈夫なんだよな?」

 

「軽く爆発はするかも知れないけど、ラップを破るほどじゃないからね」

 

やはり何か考えがあったようだ。

 

「提督がそういうならいいんだけどよ…」

 

「他の娘にも内緒だよ?羽黒さんもいい?」

 

内緒って…

たまによくわからない。

 

「へぁっ、は、はぃ」

 

その後黙々と調理を続ける提督。

やはり重圧から開放された所為か動きも軽やかで楽しげに見える。

羽黒と二人で見惚れているといつの間にか出来上がったラーメンがこちらに差し出されていた。

 

「ほい、できたよ」

 

ほくほくと湯気をあげるそれはとてもおいしそうだった。

 

「サンキュー。美味そうだな」

 

「ありがとうございます、司令官さん」

 

礼を言い、自分の分を持って席に移動する。

羽黒と二人並び座ったところ、提督は対面に座った。

 

「さて、食べようか」

 

いただきますと小さく声をだし、少しだけ手を合わせてから食べ始める。

なぜだろうか、普段よりもとてもおいしい気がする。

無言で羽黒と見合わせる。羽黒も同じように思ったようだ。

提督と一緒に、提督の傍で、提督の料理を食べる。

うん、これほど大きな幸せは無いだろう。

ゆっくりと、しっかりとそれをかみ締める。

ああ、こんな時間がずっと続けば良いのに…

 

だけど、そうも行かない。

なぜならば彼はここを離れてしまうからだ。

 

「なぁ、提督。近々横須賀に行くんだよな?」

 

今になって撤回されることなど無いのは分かりきっている。

希望を持つこともできない。

だけどつい尋ねてしまう。

 

傍にいられないのはちょっとだけだよな?

 

「近々と言っても年明け以降、1ヶ月先のことだけどね」

 

ひと月なんて提督と居ればあっという間だ。

たったそれだけの日数でどれだけ彼と触れ合えるというのだろうか。

 

彼は忙しく働いている。

それを邪魔してまで構ってもらおうとは思わない。

本当はすこしだけ思うけど、理性で押さえる。

だから昼食か報告か、そのぐらいしか顔を合わせることもできない。

本当にいつ仕事以外のことをしているのか不思議に思えるほど働き続けている。

秘書艦がフォローしているが、アタシたち大型艦は一種の切り札であるため、秘書艦をやれない。

在籍数が増えるのを待ち望むしかないのだ。

それにここ最近はなにやらよくわからない訓練も指示されているし…

そもそも横須賀に行くゆとりなんてあるのだろうか?

 

「あとひと月しかないんだろ?色々あったけど大丈夫なのか?」

 

「表向きは勉強しにいくわけだけど、実質はただの打ち合わせだからね。それにここと横須賀なら数時間で移動できる。確かにちょっと留守中の段取りは遅れてるけど叢雲さん達なら大丈夫だろうし」

 

まただ。

また()()だ。

初期艦だからか提督は叢雲を重宝する。悪ふざけもよく彼女に行う姿が見られる。

確かにあの凜とした佇まいに煌く銀髪など魅力ある娘だ。

事務作業の面でも非常にうまくこなし、駆逐艦たちを纏め上げるリーダーシップや頭のよさもある。

…クソが、考えれば考えるほどアタシに勝ち目が無いのが分かる。

ガサツで力任せ。確かに戦場ではより活躍できるだろう。

だがそれも重巡だから駆逐に上回っている分も多い。

そりゃあっちのほうに気が行くのも当然だな…

 

「?叢雲さんに何か気になることでも?」

 

アタシの態度が引っかかったのだろう提督が声をかけてくれる。

このまま叢雲なんかよりアタシを見てくれと言えるのならどれだけ楽か。

 

「別に。叢雲は提督にとって特別なんだな」

 

何でもないと言い繕うことすら出来ない。

つい嫌味のように言ってしまう。

こんなだからダメなのだろう。

 

「僕の艦娘で特別じゃない娘はいないよ」

 

ただの慰めであることはわかる。

それでも、うれしく思ってしまう自分も居て、気が滅入る。

 

「あの…私も司令官さんにとって特別ですか?」

 

珍しく、本当に珍しく羽黒が話す。

羽黒にも思うところがあるのだろう。

 

「もちろん。だって、僕の艦娘だよ?それだけで十分特別で、大事さ」

 

その台詞はとても優しく、残酷であった。

ただ自分の部下だから特別であると。

いや、ただ自分の部下であるということしか彼は言っていないのである。

誰でも部下であれば特別、部下であることが特別ということ。

特別だといってくれることはとても優しい、が、これはとても残酷に感じる。

 

「そう…ですか…」

 

羽黒も同じことを感じたのだろう。

こぼれた言葉に覇気はなかった。

 

間。

 

ほんの一瞬にすぎないはずのそれが酷く長く感じた。

アタシらの何がダメだったのだろうか…

叢雲達とどこで差が出来たのだろうか…

 

「正直まだ君ら重巡をうまく扱えていないのも実感している」

 

提督が口を開く。

真剣ながら少し自嘲を含んだ顔で言う。

まるで…

 

「だから君らにはしばらくもどかしさを感じさせてしまうけど、その分できる範囲であれば融通はきかせるつもりもある」

 

まるで何かを諦めているような、痛みを感じているはずなのに、それに慣れきった様な顔…

 

「だから要望があれば言ってほしいな」

 

正直ズルイ。色々思ってしまうのに、今はそんな顔をさせたくないという思いだけになってしまうのだから。

どうすればいい?

どうすればそんな顔をさせないですむ?

 

わからない。あたしにはわからない。

だからといって留まり続けるわけにもいかない。

 

だからせめてできることを。

 

「…じゃあ今度は甘味でも用意しろ。提督が作るやつな」

 

そう。彼のやり口。

あたしたちを和ませるために素っ頓狂な冗談を言う。

彼が甘味を作ったことなど無いのに、作れとおちゃらける。

 

「あまり本格的なものは期待しないでくださいね」

 

よかった。いつもの彼だ。

厳つい顔つきに似合わない茶目っ気のある喋り方。

しかも本格的なものという言い方からして意外にも甘味も作れるようで驚きだ。

 

「わ、わたしもご一緒して良いですか?」

 

羽黒もこの流れを押したいのか話に参加する。

 

「当然。できるよな提督?」

 

少し困ったようなうれしそうな顔。

本当によかった。こういう顔を見ていたいんだ。

 

「時期はこちらに決めさせてください。用意もありますので…」

 

彼は守れない約束はしない。

本当にいつになるかは予想できないが、いつかは必ず用意してくれる。

その日を羽黒と二人で楽しみにしていよう。

 




好きな人が作ってくれる料理ってそれだけで美味しいですよね。
それが自分のためにと特別にしてくれるなら特に。


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閑話_艦娘たちの日常

とある日の鎮守府


side:榛名

 

「みんな飲み物は行き渡ったよね?それじゃあかんぱーい!」

 

瑞鶴さんの音頭にあわせて皆が乾杯をする。

 

「そういえば提督はお呼びしていないのですか?」

 

艦娘用寮の談話室を使った宴会に彼の姿は無かった。

この場にいるのは艦娘のみ。

メンバーは瑞鶴さん、北上さん、赤城さん、山城さん、摩耶さん、羽黒さん、そして榛名です。

 

「うん。だって今回はがーるずとーく、女子会ってやつだもん!それに、皆から提督さんのことについて話してもらうのに、本人が居たら言いにくい娘もいるでしょう?」

 

発起人の瑞鶴さんが言う。

 

「そーだねー。なんだかんだいいつつもこの北上さまにも羞恥心はあるからね。この場のことはてーとくには内緒ってことで」

 

かなり明け透けな言動をしている北上さんが先陣を切ってこういうのは本当に言いにくい娘へのフォローでしょう。

そういう気の回し方ができるのは羨ましいです。

 

「別に提督の話だけでなくてもいいんでしょう?私はただの懇親会と聞いていたのだけど」

 

口数が少なくとも押さえるところは押さえる山城さんが言う。

 

「えぇ。でも私たちの共通の話題として一番なのは提督さんのことでしょう?無理にそうしろとはいいませんけど、入り口はそこが一番かなってさ」

 

「そうね。それは否定しようがないわ」

 

瑞鶴さんの説明に納得した様子の山城さん。

事実戦闘を除いて共通の話題としては提督についてが一番なのだから。

とはいいつつ実質この集まりを提督について情報共有を目的としている娘は多そうですが。

 

「じゃあトップバッターは発起人の私がやるわね。この間さ、提督さんに聞いたんだけど、提督さんは猫より犬派なんだって!」

 

「まぁなんとなく想像できるな。自由奔放な猫より言うこと聞く犬の方が良いって感じか?」

 

摩耶さんの想像もありそうですが、提督である以上それだけじゃないと思います…

ゲームのときに出てくる出会いたくないあれ。

 

「うーん、なんか猫には悪い思い出があるらしくてね。それが原因で特に白い猫はあんまり見たくないって言ってたよ」

 

白い猫…やっぱり榛名の想像のほうがありそうです。

 

「悪い思い出?噛まれたりでもしたのかな?」

 

「たぶんそんな感じじゃないかしら?皆は犬と猫、どっちが好み?」

 

皆はそれぞれ犬や猫と答える。はじめに提督は犬がいいと言ったからか犬派が多めなきがします。

 

「榛名さんはどっちがいい?」

 

「榛名は猫ですね」

 

榛名がそう答えると瑞鶴さんは意外そうな顔をしました。

 

「てっきりていとくが犬というから犬っていいそうだけど、なにか理由があるの?」

 

北上さんも榛名の回答が気になったようです。

 

「えぇ。以前提督が猫耳をつけた榛名の画像を手に入れまして、猫耳榛名!いや榛にゃんイイ!とおっしゃっていたので」

 

おや?なにやら皆さんポカーンとしていますね。

どうしたのでしょうか?

 

「あ、もちろんその画像の榛名は他所の榛名ですよ?」

 

「いや、そうじゃない…あぁ、うん。別の話題にしましょ…」

 

なにやら腑に落ちませんがいいでしょう。

しかし、別の話題ですか…

 

「猫耳。つけたらていとく喜ぶのかなぁ?」

 

「北上!?話題変えようっていったばかりじゃない!」

 

ぼそりと呟く北上さんの言に反応する瑞鶴さん。

 

「でもさ、やっぱりていとくの好みって気になるし?特に異性方面では」

 

「そ、そうだけどさぁ…」

 

複雑な顔をする瑞鶴さん。気にはなるけど話題は変えたいということでしょうか?

 

「榛名さん。他に提督の好みってどんなのがあるのかしら?」

 

山城さんがいつもの様な流し目ではなく、しっかりとこちらを見て質問する。

あまり印象にありませんでしたが、彼女もやはり提督の艦娘ということなのでしょう。

 

「榛名も全てを知っているわけではありませんし、直接教わったわけではないので間違っているかもしれませんよ?」

 

ゲーム中の独り言や、ご友人との会話から聞いたことのなのでおおよそは間違ってないと思いますが。

これは言う必要ありませんし。

 

「それで構わないからいくらか教えてくれる?」

 

「もちろんです。さて、どれから話しましょうか…」

 

艦娘はみんなかわいいと言っていたことを伝えてもそれほど有益と思われないでしょうし…

 

「というか榛名さんはそれでいいのですか?」

 

赤城さんが言う。

 

「いいとはどういうことでしょうか?」

 

「いえ、以前から思っていたのですが、提督の好みを知っていることは優位に立てます。それをやすやすと放棄できるものでしょうか?」

 

赤城さんはこう聞いているわけですね。

榛名(あなた)は提督を独占したくないのか?

 

「そう…ですね。前はそういう考えもありました。榛名だけを見てもらって、榛名が独り占めしたいって。でもそれじゃあダメだったんです」

 

そう考えていた。

でもそれではまた前みたいに彼はいなくなってしまうかもしれない。

 

「榛名は…榛名の望みは提督の傍にいつまでもいることです。健やかに、和やかに。そのためには榛名だけではダメだったんです」

 

縛り付ける鎖は多いほうがいい。

止めておく楔は多いほうがいい。

 

「むしろ榛名から皆さんにお願いしたいくらいです。提督がここに居続けたいと思えるように。…いやなら無理にとは言いませんが」

 

また、彼と会えなくなる日を迎えたくない。

また、彼と会えない日々は迎えたくない。

ずっと、彼の傍にいる日々がいい。

ずっと、彼が笑っていられる日々がいい。

 

それが榛名の望みだから。

 

榛名が口を閉じると、しばらく皆無口でした。

しかし、静寂を破ろうと山城さんが口を開く。

 

「…そう。ならはっきり言わせてもらうけど。私は貴女のお願いで彼の傍にいる気はないわよ」

 

「山城さん?」

 

怪訝そうに赤城さんが問う。

 

「私は私の意志で、私の望みで提督の傍に居るわ。そこだけは明確にしておいて貰いたいわ」

 

はっきりと言い切る山城さん。

えぇ、それでいいでしょう。いえ、それがいいでしょう。

 

「はい!ではそのためにご協力いたしますね!」

 

「山城さんはあまりそういうのではなかったと思っていましたが…認識を改めざるを得ませんね」

 

フフフと笑い、口元を手で隠す赤城さんの目は真剣そのものです。

なら、もう少しサービスするべきでしょう。

 

「そうは言っても赤城さんはすごく有利ですよ?」

 

「…どういう意味でしょうか?」

 

こちらを見る赤城さんの目はとても深いものでした。

 

「だって提督はいろんな意味で空母が好みですもの」

 

瞬間、皆さんが固まりました。

 

「またまたとんでもない爆弾を置いていくねぇ~、榛名さんは」

 

北上さんだけはいつも通りのようです。

 

「そうでもありませんよ。たぶん駆逐の娘たちはとっくに気づいているでしょうし」

 

ちらりとしか見ていないが、()()を見れば一目瞭然。

普段からそれを目にする機会が多い駆逐艦の娘ならなおのこと。

 

「たしかにこういう話はあんま駆逐達と共有してないけどよ、どうしてそういえるんだ?」

 

摩耶さんの疑問に答えましょうか。

 

「今のところ秘書艦は駆逐艦がほとんどになっていますよね?」

 

「それで?」

 

「なら、提督は資材を貯蓄したがる性格なのは知っているはずです」

 

「それはアタシらも知ってるけど、それと空母が好みってどうつながるんだ?」

 

「ズバリ建造です。貯蓄が好きなあの提督がボーキを多量投入して建造を行うのですよ?」

 

貯蓄よりも空母を優先している証左です。

 

「あの…それの意味はよくわからないのですが…」

 

羽黒さんがおずおずと言う。

 

「ですから、空母を建造するためのレシピを貯蓄を削ってまで回すので「ちょっとまって」はい?」

 

瑞鶴さんが遮ります。

 

「つまり榛名さんは提督が空母を出そうとしているから空母が好きって言いたいのかしら?」

 

ちょっと違いますが…

 

「いえ、空母が好きな証拠としてわかりやすい例を出しているだけですよ?」

 

そう、空母が好きだから空母レシピを回す。

空母レシピを回すから空母が好きとは順番が逆なんです。

 

「ひとつ確認させて?」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「提督は…いえ、榛名さんもだけど、()()()()()()()()()()を知っているの?」

 

 

「それがどうかしましたか?」

 

「それがって…いえ、なんでもないわ。話の腰を折ってごめんなさい」

 

なにやら難しい顔をしている瑞鶴さん。

いったいどうしたのでしょうか?

 

「まぁ、とにかく、提督は空母好きですよってことです」

 

「なぁ、ちなみに重巡はどうなんだ?」

 

「もちろん好きですよ?というか艦娘はみんな好きと言ってましたので安心してください」

 

「そっか、それなら少しは希望が…」

 

ぶつぶつと自分の世界に入っていく摩耶さん。

 

「ところでさ。さっき言ってたいろんな意味でってどゆこと?」

 

北上さんがのほほんとしてます。

 

「女の子としての意味や、運用上の好みっていう意味ですね」

 

「ほうほう?」

 

「空母による制空権の確保は重要ですからね。だから対空性能の高い摩耶さんは将来非常に頼りにされますね」

 

「へっ?アタシ?」

 

急に自分の名前があがって驚く摩耶さん。

フォローはこれでいいでしょうか?

 

「あと先制できるのも高評価です。その点は雷巡の北上さんにも軍配があがります」

 

「およ、それはよかった」

 

「大まかにはそういった点が好みみたいですよ」

 

いろいろ伝えましたのでみなさん熟考しているようですね。

良い傾向です。この情報をもとにもっと提督となっていただきたいですね…

 

 




大変お待たせしました。
正直登場キャラ増やしすぎて処理が追い付かないっす…
1話に登場するキャラ数が減ったり、人数は多いのに会話する人数が少なかったりするかもしれませんがお許しください。

でもやれる限り、どれだけ時間がかかっても続けようと思いますので、気長にお待ちください。


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