盲目少女が見る界境防衛機関 (うたた寝犬)
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第1章『C級隊員で見る界境防衛機関』
File1「その瞳に感情は乗らない」


目が見えない女の子と、感情を受信するサイドエフェクトを持った男の子の物語です。


最後に見えた光景を、私はずっと忘れない。

 

その日まで私は普通の、どこにでもいるようなありふれた少女だった。普通に学校に行って、普通に友達と話して、普通に部活して、普通に家に帰る。普通に誰かを好きになって、普通に失恋して、普通に落ち込んで、普通に友達に慰められる。ありふれて平凡だけど、特別何か優れたものがない私には相応な人生だった。

 

だけどその平凡な人生は、ある日唐突に変わってしまった。

 

この三門市に住む人にとって忘れられない事件。今では『第一次近界民侵攻』と呼ばれているそれは、三門市内の至る場所から異次元の門が開き、そこから現れた近界民(ネイバー)という怪物が三門市を破壊し、1200人以上の死者と400人以上の行方不明者を出した大事件だ。

 

当時から三門市に住んでいた私は、その渦中にいた。あの時はそんな事情なんて全然知らなかったけど、とにかく危険だっていうのはすぐに分かったから、私は必死に逃げた。そして逃げた先で、悲劇は起きた。市の中心から必死に逃げて来た私の頭上で、ネイバーの砲撃が当たった建物が崩れ落ち、私に襲いかかってきた。私は運動神経はそこそこあったし、必死だったあの時はその崩落にさえ気付ければ避け切れたと思うけど、私の目に写っていたのは先行く人の後ろ姿だけだった。その人だけに目がいっていた私は当然その崩落に気付かず、モロに落下してきた破片が身体に当たった。それだけだったらまだ逃げられたと思うけど、続けざまに落ちてきた破片が足に当たって態勢を崩して、盛大に転んだ。

 

幼い私は痛みに耐えかねて声を張り上げた。その声に気づき、前にいた人は足を止めて振り返ってくれた。

 

助けてくれる。幼い私はそう思ったが、その人はなんとも言えない表情を浮かべた。今思えば自分の命と私の命を天秤にかけた表情だったんだと思う。

そしてその人の心の中の天秤では自分の命の方が重く、私の命の方が軽かったようで、その人は私のことを見捨てて再び走り出した。

 

待って、助けて。

 

私はそう叫ぼうとしたけど、遅れて崩れてきた破片が私の頭に当たったようで、私の意識はここで途切れた。

 

*** *** ***

 

次に目が覚めた時、私は病院にいたらしかった。らしかった、という曖昧な表現になるけど、その時にはもう私の視界はほぼ黒一色だったのだから仕方ない。

 

目が覚めているのに何も見えない恐怖に錯乱した当時の私は、救出してくれたという人と治療してくれたという医者の話を聞き、愕然とした。

 

意識を失った後、さらに崩落に巻き込まれたようで、見つかった私は血まみれだったらしい。押しつぶされて死んでいても仕方ないと思えるほど、多数の瓦礫の下敷きになりながらも、私は救出された。

 

骨折が数カ所あり、酷い怪我をしていた。そして骨折以上に致命的な問題があった。瓦礫の破片が私の両目に傷を与えていたらしく、それは治療がひどく困難なものだったらしい。

 

その結果、私の左目はひどく暗い靄がかかった上に色がほとんど認識できない状態になり、右目に関しては完全に失明した。

 

そうして私は世界の光を見る権利を失った。

 

*** *** ***

 

悔しいことに、人間とは慣れてしまえる生き物だ。

 

光を見る権利を奪われた私は、悲しんで苦しんで、絶望した。しかし次第に、負けてたまるか、と思えるようになった。見えないことをハンデとされることはあっても、自分からはハンデにしてやるもんかと奮起し、私は光の無い世界で生きる覚悟を決めた。

 

始めの頃こそ光の無い世界の不便さに憤り、ハッキリと見えればと思うことが多かった。ぶつかって転ぶことは日常茶飯事だったし、軽くない怪我を何度も重ねた。

 

ほとんど目が見えなくなった私だったけど、その分、人の感情の機微はよく感じ取れるようになった。私のリハビリに付き合ってくれる看護師さんが3人ほどいたが、その内の2人は私に対して負の感情を向けているのがよく分かった(実際、リネン室でその2人が私に対する愚痴を言っているのを退院する直前に立ち聞きした)。

逆に、残る1人の看護師さんは心から優しい人だったらしく私に対して嫌な顔1つせず(ほとんど見えていないけど)、リハビリに根気よく付き合ってくれた。

 

一言二言話すだけでは無理だけど、ある程度会話していればその人が私に対してどんな思いを向けているのかが、光を失ってから分かるようになった。

 

*** *** ***

 

光の無い世界でも音や匂い、その他の情報を拾うコツが掴めれば、日常生活くらいはなんとかなった。他の人の手を煩わせることが大きく減った頃、私は退院した(目が見えない以上に怪我の度合いがひどく、退院が遅れた)。

 

退院後、私は普通に通っていた学校に復学した。しかしそこで、私は認識の甘さを叩きつけられた。

周りは見えているのに私だけに見えていないということが、どれだけ異質だったのか。そして、それがどれだけ幼い好奇心を刺激して的にされるのか、知らなかった。

 

復学した私を待っていたのは、いわゆるイジメというか嫌がらせだった。特に多かったのが、物の配置を変えられたり、入れ替えられるというものだった。

 

目が見えない私に配られた教科書は点字が彫られた特製の物だけど、見た目は他の子の教科書とほぼ変わらない。その教科書を、目が見えていなくて隙だらけの私から気付かれないように奪って普通の物とすり替えられる。

下校前、教科書を持ち帰るため教室の棚に置いておいたバッグを取りに行くと、私の棚にバッグが入っていないという事もあった。実際は空いている他の棚に移されていただけだったけど、目が見えない私にはどこにあるか分からず、私のバックを探し出すまで全ての棚を確認しなければならなかった。

難易度が低い上に、私にとって最大の嫌がらせになり得るそれは次第にエスカレートしていった。

 

一緒に戦ってくれる同じ立場の仲間がいたら耐えられたかもしれないけど、私の周りにはそんな人はいなかった。

目が見えた頃にいた、親友といれば心強かったのだけれども、その親友は第一次侵攻の時に行方不明になっていた。

学校での唯一の味方は心優しかった先生だけど、私はそんな先生に迷惑をかけるのが嫌で学校に行かなくなった。

 

 

 

幸いにも、両親は無理して学校に行かせるような人ではなく、私は私の意思と両親の優しさによって不登校児となった。

 

世間様に打ちのめされた私だけど、目が見えなくなった頃に抱いた『負けてたまるか』という志はまだ残っていた。だから抵抗の証として、家に引きこもることはしなかった。買い物や散歩など理由は問わずに外に出ることを習慣つけたり、同じように不自由な生活をしている人とのコミュニティに参加するようにした。運が良いことに、不登校児になってからの生活はご近所や周囲の人に後ろ指を刺されるようなことはなかった。三門市というのは先祖代々から住んでいるという人たちが多く、あの人とあの人が親戚だったという話も珍しくない。近所付き合いや親戚付き合いが根付いている街だから、噂話が広がるのがめちゃくちゃ早かったのだ。

 

そのため私のことは、

『目が見えないことが理由でイジメられて学校に行かなくなった子』

『だけどもめげずに頑張ってる子』

という噂が広がり、同情されてはいるものの批難されることはなかった。

 

*** *** ***

 

そうして今、私はアクティブ不登校児となって早2年。第一次侵攻から数えれば…、目が見えなくなってからは、もう4年になる。

 

(4年は早いなぁ…)

 

目まぐるしく過ぎた4年間で身につけた習慣の外出の最中、公園のベンチに座りながら、私は今日までを振り返っていた。

 

色々とあったが、その中で特に大きなものは左目の視力が年々衰えていったことだ。怪我直後は辛うじて見えていた左目だが、今でも徐々に機能が衰えていき、もうほとんど見えていない。私の視力が全て失われ、完全に光が見えなくなる日は、そう遠くない。

 

失ったものも多いが、得たものもある。

 

例えば聴覚。今私は公園にいるけど、聞こえてくる音の感じから、遊具のところに男が4人と女の子が2人いて、砂場に女の子2人、そして他のベンチのあたりにこの子たちの母親だと思われる大人が5人いることが分かる。

そして触覚。肌に当たる陽の光の感じから、今はお昼過ぎだけど、そろそろ夕暮れ時に入る時間帯…、季節からして、15時を少し過ぎた頃か。ほとんど見えなくなった左目に思いっきり時計を近づけて確認すると、15時08分だった。

目が見えなくなった代わりに聴覚に触覚、あとは嗅覚が敏感になって、そこからより多くの情報を得ることができるようになった。

 

「まあ、こんなこと出来ても、目が見える人には敵わないんだけどね…」

公園に何人いるかなんて見渡せば済む話だし、時間だって正確に知ることができる。

当たり前のことだけど、失ったものの大きさをまじまじと認識してしまう。

 

心の中で嘆きつつ、私は立ち上がる。今日の外出理由は散歩だけど、いつもの散歩とは少し違った。もしかしたら、生まれ育った三門市を歩く、最後の機会になるかもしれないのだ。

 

というのも、私が参加するコミュニティに同い年で同じように目が見えない友人がいて、その子から誘いがあったのだ。

「私が通っている盲学校に来ませんか?」

同じ境遇の人が揃う学校へのお誘いは、正直嬉しかった。不登校児になって分かったのだが、私はどうやら学校そのものは好きらしく、もっと言えばみんなで授業を受けるのが好きだったらしい。通わなくなって、そのことだけがどうにも歯がゆく思えて、学校に行きたいなと思ってしまった。

 

そんな私はその誘いを前向きに検討したいと答え、その日のうちに両親に相談した。三門市からは離れるし、お金だってかかる。けれど両親はそのことを快諾してくれた。

まだ転入の日取りどころか、正式な決定ですらないが、私はほぼ間違いなくこの三門市を離れる。そのうち戻ってくることもあるだろうけど、もしかしたら戻ってこないかもしれない。

そう思うと、どうしてもこの町を歩かずにはいられなかった。

 

良い思い出も悪い思い出も詰まった三門市を、私は歩く。街を歩く際に助かるのは、左手に持つ杖と、その先にある点字ブロックだ。目が見えていた頃にはなんとも思わなかった点字ブロックだが、こうして目が見えなくなるとあの黄色いブロックがいかに私のような人間の助けになっているか、痛いほど分かった。

 

そうして歩きながら、ふと疑問に思った。

(…黄色って、どんな色だっけ?)

最近、よく感じるようになったことだ。色がない世界になって4年も経ったからか、それぞれの色がどんな色だったのか、思い出せなくなってきた。さらに言えば、声で誰が話しかけているかを判断しているため、話し相手の顔を認識することはない。だからだろうけど、最近は両親はおろか自分の顔すらどんなものか思い出せなくなってきた。

 

(点字ブロックの黄色も、突き抜けるような空の青さも、そこに浮かぶ雲の白さを…、私はどんどん忘れていくのだろうな)

歩きながら私の思考は横道に逸れた。

 

だからだろう、背後から近づく人の手に気付くのが、遅れた。

「ああ、やっぱりハルちゃんじゃん」

「っ!!?」

驚いた私は軽く跳びのき、思わず杖を離してしまった。すぐに音を頼りに杖を拾い直すが、相手はそんなこと御構い無しと言わんばかりに声をかけてきた。

「あっはは、久しぶりー!アタシだけど、わかる?同じクラスだったんだけど…」

言われながら、私は記憶を手繰り寄せ、引っかかった名前を呟いた。その名前は当たりだったようで、相手の子は「だいせいかーい!」と、やたら高いテンションで答えた。そして、

「ねー、みんなみんな!やっぱりハルちゃんだった!」

大声で近くにいたらしい友達を呼びつけた。声の感じからして、男女ごちゃ混ぜで4人。ちなみに、ハルちゃんというのは私のあだ名だ。本名から連想させる、ということで付けられたものだった。

 

ゾロゾロと人が集まる気配を感じる中、私は見えない瞳をその子に向けて、声をかけた。

「えっと…、なんで、ここに…?」

「なんでも何も、ここ中学の近くの道だもん」

どうやら下校時刻と鉢合わせたらしいが、それにしては少々時間が早い気がした。

「もう下校時間…、でしたっけ?」

「んーん、今テスト週間でさー、いつもと学校終わる時間違うの」

テスト週間という答えを聞き、私はその可能性を見落としていたことに気付き、不注意さを呪った。

 

私は基本…、というかイジメにあったのだから当然ではあるけど、クラスメイトが嫌いだった。イジメの主犯はほぼ男子だったようだが(よく女子が「やめなよ男子ー!」と叫んでいた)、それでも女子がみんな味方だったのか知るすべは無く、私は最終的にクラスメイト全員が敵に思えた。

だから、元クラスメイトの彼女のことも例外なく苦手であり、会話を早く切り上げてここから離れようとした。

「テスト週間…、大変ですね」

私がそう言うと、

「もー、しんどい!問題なんて見たくないよ」

「だよな!テスト週間終わったら、オレしばらく教科書見ねえ!」

「そもそもテスト受けたくねえっつの!サボりたいわ!」

口々にそう答えた。

 

言葉の内容でも十分わかるけど話す時のトーンとかも含めて、私は彼らに疎まれているのだと感じた。

(当てつけみたいなことばかり、言ってくるな…。話す感じも小馬鹿にされてる印象だし…)

私はその思いを極力抑えて、言葉を返す。

「えーと…、不登校の私が言うのもなんですけど、頑張ってくださいね」

形式ばった言葉に対して、彼らもまた棒読みのような言葉で返事をした。

 

ここで会話に一区切りついた私は「では、私はここで…」と言って、そそくさとこの場を立ち去ろうとした。だがしかし、歩き出したところで右手を掴まれ、また慌てて杖を落とした。掴まれるまで気付けないから、いきなり触れてくるのはやめて欲しい、正直なところ怖い。

「ハルちゃんどこ行くの?」

私の考えなど知るよしもない彼女(声からして私に話しかけてきた子)は、心底疑問そうな声で尋ねてきた。

 

正直に答えるのが億劫だったから、近くのコンビニの近辺に用事があると適当に答えた。近くには家族でよくご飯を食べに行く店が数件あるだけだが、元々、当てなく歩くつもりだったから、仮の目的地をそこにした。

行き先を知った彼女たちは、じゃあその近くまで送ってあげるよ、と言った。目が見えない私がゆっくり歩いても5分足らずの距離だし、その申し出を断ろうとしたけど、それで万が一さらに面倒なことになる可能性があるかもと一考して、私はその申し出を受け入れた。

 

彼女たちと歩く間、私は会話をしつつも意識は歩く方に向けていた。送っていくと言いながらも変な所へ案内されたりしたらたまったものじゃないからだ。頭の中にある地図を慎重に辿りながら彼らとの会話をするのは、それなりにしんどい作業だった。彼らにはもう少しだけ黙って欲しかったが、私はその要望を口にしなかった。

自らの意思で学校に行くことを拒否した私だけど、彼らが話す学校でのありふれた出来事は、すごく羨ましかった。所々に嫌味のようなものが混ざっても、羨ましくて、ほんの少し触れるだけでも楽しいから、聞いていたかったのだ。

 

そうして歩くこと、5分。仮の目的地としたコンビニの近くまで来られた。

「ここはもう、コンビニの近くだよね?」

「うん、そうだよ。ここまででいい?」

「はい、ここまでで良いです。ありがとうございます」

一応、私はペコっと頭を下げてお礼を言った。そこは、もう私のことは放っておいてくれという意思が大部分を占めていたが、学校のことを話してくれてありがとうという感謝の意思が、細やかながら混ざっていた。

 

「どういたしまして!」

初めに私に気付いた子はそうお礼を言うと、また前触れもなく肩にそっと手を置いた。三度慌ててビクッとした私だけど、今回は杖を落とさなかった。

「バイバイ、ハルちゃん。あ、横断歩道の信号、青だよ」

「そうですか、教えてくれてありがとうございます」

早く彼らから離れたかった私は踵を返し、横断歩道へと向かって歩き出した。

 

 

 

そうして歩道から横断歩道に足を踏み出した、その瞬間、

「バカ野郎!死にてーのか!!」

男の人の声と共に後ろの襟首を掴まれ、思いっきり引っ張られた。

 

 

 

 

さっきの子とは比較にならないくらいの腕力で引っ張られた私は、受け身も取らずに歩道に倒された。ズキっと刺すような痛みに顔をしかめながら、私は文句を言おうとした。

 

だけど文句が私の口から出るより早く、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「危ないでしょ!気をつけなさいよ!」

という女の人の声が聞こえた。

 

「え……」

私は呆気に取られながらも、ほぼ直感的にどうゆう状況なのかを理解した、いや、できてしまった。瞬間、冷水にぶち込まれたような感覚が私の身体を襲う。

(だって、私の理解が正しかったら…)

これが正解であって欲しくないと願うけど、歩道に私を引っ張り込んだ人は容赦なく答えを叩きつけてきた。

 

「どこ見てんだよテメエ!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

と。

 

そう。答えは単純。

私が青だと言われた時、信号は赤だった。

私は騙されて、そこを渡ろうとした。

それだけだった。

 

「あ……」

言葉にされて私の理解が正しかったことが確定すると同時に、その場にへたり込んだ私の身体は震え始めた。

 

「そんなとこにさっさと歩いていきやがって!本当に死にたかったのか!?」

私を引っ張り込んでくれた人は、容赦なく私に怒鳴りつけた。だけど私の頭にその言葉が上手く届いてこない。

「ち、ちが、う…、わた、わたし、は…」

私は涙声で、たどたどしく言葉を紡いだ。

 

その人の怒鳴り声も、私自身の声も耳から耳へと素通りし、頭の中には色んな思いが溢れかえる。

 

あの言葉を軽はずみに信じてしまった自身の不注意を恨めしく感じる、呪いにも似た思い。

人の…、私の命を何とも思っていないかのようにその嘘を吐いた、彼らの心を恐れる思い。

命が終わる危機に瀕して感じた、巨大な虚無を連想させる純粋な死を怖れる思い。

 

そうした負の思いが私の中で一気に渦巻き、それと相まっていくように体の震えは大きくなっていった。私に怒鳴る人の声は、もはや完全に届かなかった。

うわごとのような言葉しか返せなくなった私の胸ぐらを彼は掴み上げた。

「ちょ、ちょっとカゲ!やりすぎやりすぎ!」

「カゲさん、多分その人…」

「落ち着けよカゲ!」

そのタイミング(たまたま私が認識しただけかもしれないけど)、どうやら彼の友人らしき人が止めに入ってくれた。

 

声の感じからして、その人と同い年くらいの男の人と少し年下の少年と、私と同い年か少し上くらいの女の人だ。

 

友人達に止められ、彼はどうやら冷静さを取り戻したらしく、私の胸ぐらを掴んでいた両手の力が、少し弱まった。それと同時に、

「あん?なんだお前、感情がえらく薄…、……目が…っ!そういうことかよっ!クソッタレが!!」

彼は何かを感じ、何かを察して毒吐いた。

 

何が何だか分からずに混乱する中、1番年下らしき少年が発言した。

「カゲさん、その人多分、オレと同じ中学の人だよ。1つ上の先輩で…、目が見えなくて不登校の人がいるって噂があるけど、多分この人」

「ちっ…、俺を見てるのに感情の刺さり方が妙だったのは、やっぱりそういうことか…」

『カゲさん』と呼ばれた人は感情の刺さり方というよく分からない言い回しをした。どういうことなのだろう。

 

続けて、少年が発言する。

「…で、向こうの方向に、オレが通ってる学校と同じ制服を着て、こっちを意味ありげに見ながら、そそくさと逃げていく先輩たちが何人かいるよ」

少年の発言を聞いた途端、目の前にいるカゲさんは胸ぐらを掴んだ手を離し、

「…おお、そうか」

ゾッとする程、低い声でそう言った。

 

支えを失って倒れかけた私は、やたら大きな手で支えられた。

「カゲ。店の裏に停めさせてもらってるバイク出そうか?」

支えてくれたのはカゲさんと同い年くらいの男の人らしく、カゲさんはその人との質問に即答した。

「出せ。やっちゃならねえ事を笑いながらやった、あのクソガキどもを追うぞ」

「ほいよ。ヒカリちゃん、ユズル、この子をお願いね」

そう言われながら、わたしの身体は大きな手から女の人の手に引き渡された。女の人は私を受け取ると、威勢のいい声を出した。

「カゲ、ほどほどにしないと懲罰延期されるぞ!」

「ケッ!保証はしねえよ。俺の店の前であんな舐めたことしたガキ共を放っとく方が、100倍ムカつくからな!」

 

それからほんの数秒で、お腹に響くエンジンの重低音が聞こえ始め、それが一気に近寄ってきた。

「ほいカゲ、メット被って」

「んなもんいいから、さっさと追うぞゾエ!」

「いやいや、交通ルール()守らなくちゃね」

声を荒げるカゲさんとは対照的に、『ゾエ』と呼ばれた男の人はのんびりとした声で答え、バイクを走らせていった。

 

 

 

 

バイクが去っていった後、その場に残された私を『ヒカリ』と呼ばれた女の人と『ユズル』と呼ばれた少年は慰めてくれた。慰めてくれたというよりは、ヒカリさんが一方的に、

「目が見えないって大変じゃない?」

「買い物とかどうやってるの?」

「一人で外歩いてるみたいだけど、なんで見えなくても歩けるんだ?」

「朝起きた時、ベッドから落ちない?あ、布団なの?なら大丈夫か!」

などと、質問を沢山してきただけだった。

 

中には目が見えない私に対する当てつけのような質問もいくつかあったけど、不思議と私は嫌にならないで答えていた。

ヒカリさんの声には彼らのような嘲るようなものは全く含まれていなくて、純粋に知りたいという思いしか読み取れなかったからだろう。

ただ、今の私はそれすら疑問に感じてしまう。単に私が拾えないだけで、もしかしたらこの人も…、という思いが消えなかったのだ。

自分が数年間培って信用できたと思えた感覚すら、信用できなくなってしまった。

 

(私はもう、何を信じればいいんだろう…)

 

そんな事を考えると、さっきと同じバイクの音が再び聞こえてきた。

「カゲさんゾエさん、おかえり。どうだった?」

「全部終わったよ」

「全部って…。ほどほどで済んだの?」

「明日学校に行きゃあ分かるだろうな」

ユズルという少年の質問をカゲさんはのらりくらりと躱した。

 

ゾエさんがバイクを停めて戻ってきたのを音で確認した私は、助けてくれたことに対するお礼を言った。

「あの…。目が見えない私を危ないところから助けて頂いて、本当にありがとうございます」

「…俺は、目の前で死なれちゃ寝覚めが悪いから引っ張っただけだ。礼言われるようなことじゃねえな」

カゲさんはぶっきらぼうに答えたから少しびっくりしたけど、

「カゲ、お礼の言葉はちゃんと受け取りなよ」

「そーだそーだ!こんなに可愛い子に感謝されるなんてカゲには滅多にないだろー!」

「カゲさん、素直に『どういたしまして』って言うだけだよ?」

ゾエさん、ヒカリさん、ユズルさんがそんな事を言うから、カゲさんの言葉で感じた驚きはどこかへ飛んでいってしまった。

 

カゲさんたちの仲の良さを感じるやりとりを聞いて、私は自然と口元が緩みかけた。だけどすぐ、私の心には重く暗い感情が広がった。

 

–羨ましい–

–私が持ってないものを見せつける人たちが、羨ましい–

–私だって、目さえ見えれば–

–見ることさえ出来れば、こんなことにはなってないのに!–

 

その思いが募り行き場をなくした途端、

「皆さんは、目が見えてていいですよね」

無意識に、私の口はそれを言葉にしていた。

 

それに気づいて、私は後悔する。

なぜ助けてくれた人にそんな事を言えるのかと、自分で自分を罰したい気持ちで一杯になる。

 

言葉を発さなくなった彼らはきっと、ギョッとしたような目で私を見ているのだろう。

 

「す、すみませんでした!」

言いながら私は踵を返す。

(ああ、もうダメだ。この場からもう、いなくならなきゃ)

どうしようもなくなった私は、ここから逃げようとした。

 

私の歩く速度などたかが知れてるので、カゲさんたちは追いつこうと思えば追いつけただろう。

けど、彼らはそれをしなかった。

 

「オイお前!」

追いかけてこなかった代わりに、叫んだ。

 

「可能性は全く読めねえけどよ!目が見えるようになりてえならボーダーに来い!」

 

*** *** ***

 

界境防衛機関「ボーダー」

 

4年前に攻めてきたネイバーを沈めて、その後三門市に拠点を置いている組織だ。

ネイバーという化け物の恐ろしさは、人の身体を優に越える大きさよりも、人を傷つけ食らう性質より、一般の武器が全く効かないということだった。ネイバーと渡り合うには、ネイバー側の世界の技術しか今のところ手段がなく、ボーダーはその技術を日夜解析し、今もなお攻めてくるネイバーの脅威から街を守っている。

 

三門市に住む人ならば程度に差はあっても、ボーダーのことはある程度知っている。

 

私は殺されかけたその日、家に帰るなり両親に今日の出来事を掻い摘んで話した。当然のように心配されたし、盲学校への転入を今すぐ決めんばかりの勢いだった。私はそんな両親を一旦なだめ、ボーダーについて調べてくれと頼んだ。

不承不承と言った様子だが両親は私の願いに応えてくれて、ボーダーについて調べてもらった。ひとまずネットで検索をかけてボーダーのホームページに書いてあることを調べていくと、引っかかる一文があった。

 

『ボーダーの隊員は街を守る際は生身の身体ではなく、ネイバーの技術を利用した特別な身体を使っています』

 

その一文を読んでもらった瞬間、私は確信した。

あの人が言っていたのは、きっとこのことだ…、と。

 

 

 

翌日の午前、私は思い切ってボーダーに電話をした。ホームページの下には『ご質問があったらいつでも電話をどうぞ』という一文があったから、問題はないはず。

『はい、こちらは界境防衛機関ボーダーです。ご用件はなんですか?』

電話に出たのは、若い女の人だった。多分、20代中頃くらい。

用件を尋ねられ、私は直球を投げ込んだ。

「あの、ボーダーの隊員が使う…、ネイバーの技術を利用した特別な身体って、目が見えなくても使えますか?」

『…そ、それは……、少々お待ちください』

どうやら普段電話で聞かれることのない質問だったようで、一旦保留にされた。

 

待つこと数分、ようやく通話が戻った。

『お電話代わりました。本部開発室長の鬼怒田と申す者です』

電話の相手はかなり歳上っぽい男性の声に変わった。役職がとても高そうで焦った(後に技術系の部門のトップと知ってより焦った)。

 

私は鬼怒田さんという人に、ことのあらましを話した。

と言っても、私の目が見えないことと昨日の出来事を大雑把に伝えたいだけだが。

話が終わると、鬼怒田さんは軽く唸ってから言葉を返した。

『つまり…。4年前に失った視力を、ボーダーの技術で取り戻そうというわけじゃな?』

「はい、そうです。…、実際、可能なのでしょうか?」

私の疑問に、鬼怒田さんは再び唸ってから答えた。

『可能性は…、やってみないとわからない、というところが正直な見解ところだ。生まれつき身体が弱い隊員がトリオ…、その特別な身体を問題なく扱えたという件はあっても、貴女のような件は前例が無い』

「そうですか。なら…」

私は腹をくくり、答えた。

 

「私がその前例になります。だから、試させてください」

 

と。

 

*** *** ***

 

堂々と宣言した三日後、私は初めてボーダー本部の開発室という区画に足を運んだ。

 

「では改めて…。開発室室長の鬼怒田本吉じゃ」

「チーフの、寺島雷蔵です」

本日の治療という名目の実験の責任者になった鬼怒田さんと寺島さんが、私に挨拶をした。ちなみに両親には事前に家に訪問してくれてた2人が事情を説明しているし、一応本部にも両親は来ている。というか、私たちがいる実験室っぽい部屋の外で、こちらを見ているらしい。別々にされたのは、ボーダーの技術には守秘義務があるようで、なるべく当人以外には話したくないらしい。マジックミラーらしいので、中は見えていないそうだが、私にはそれを確かめる術はない。

 

私は同じように挨拶を済ませ、本題を切り出した。

「それで早速なんですけど…。隊員が使う、特別な身体というのはどこにあるのですか?」

「ここです」

寺島さんはそう言って、私の手に何かを渡してきた。人の手に収まる程度の大きさの…、棒?握りやすいように波々な曲線が施された、小さな棒だった。

 

「あの、これは…?」

私が思わず尋ねると、寺島さんはいたって真面目に答えた。

「これはトリガーと言って、ボーダーの特別な身体…『トリオン体』に換装するための物です。このトリガーを使うぞって意識しながら『トリガーオン』と言えば換装が始まり…、上手くいけば、視力がある身体になれるはずです」

 

それを聞いた私は、なぜいい年になってまで掛け声で変身なんていう戦隊ヒーローみたいなことをしなければならないのかと思った。

ふざけないでくださいと叫びたかったが、私はそれをしなかった。

 

寺島さんの話す内容は信じられないものでも、声から伝わる思いは真剣そのもので、昔リハビリの時にお世話になった医者と看護師を連想させられたからだ。

 

「…わかりました」

トリガーをギュッと握った私は、腹をくくって立ち上がる。

ダメで元々なのだ。怖がるものは…、というより、恥ずかしがることは何もない。

 

「いつでもいいですか?」

「ええ、いいですよ」

許可を得た私は、1つ意識して呼吸を取った。

 

そして再び世界に光が灯る事を願い、

「トリガー・オン」

その引き金を、私は引いた。

 

瞬間、

「っっっ!!!!」

ずっと黒一色に等しかった私の視界に、強い白い光が差した。

 

(眩しいっ!!)

反射的に私はそう思ったが、眩しいとはこんなものだったろうか?

 

普段から閉じられた瞳を思わず一層強く閉ざして、私はその場にしゃがみ込んで両手で目を覆い隠した。

「はあ…、はあ…、はあ…!」

ほんの一瞬訪れた、その強すぎる刺激に耐えるように私は息を整えた。

 

心が平静を取り戻すまでゆっくりと息を整えた私は、ゆっくりと立ち上がってから、両手を退けた。

まだ意識して瞼を閉じたままの私の視界はまだ、当然真っ暗だ。

「………」

今一度…、私はゆっくりと深呼吸をしてから…、覚悟を決めて両目の瞼を上げた。

 

瞼をゆっくりと上げていくと、私の視界は黒から眩い白へと塗り変わっていく。完全に瞼を上げると、そこは白い部屋だった。特別なものなど何もない、白い部屋。

 

「……っ!」

私は思わず、右手で口元を塞いだ。

 

自分がどこにいるか、分かる。音でも匂いでも無く、目で見て判断するという当たり前の事を、私は4年ぶりに行った。

 

「……白い。……ああ、そうだ、白……!白は、こんな色だった……!」

 

私は涙を流しながら震える声でそう言い、再びその場にしゃがみこみ、自分の肩を抱いた。そして、

「…みえる……!私の目、見えてる……!」

この今を手放さないように、私はこの現実を、喜びで震える言葉で言い聞かせた。

 

4年ぶりに光が灯った世界の美しさを、私はもう一生忘れない。

 

*** *** ***

 

私はその後、ボーダーに正式に入隊した。

元々ボーダーにはトリガーの技術を医療に活かそうという考えがあったらしく、私はその研究に協力することにした。

 

基本は普通の訓練生たちと同じように過ごしているが、2、3日の周期で研究に協力することと、基地の外でも一部条件付きでトリガーを起動してトリオン体になってもいいという事だけが違いだった。

 

*** *** ***

 

週2回行われる合同訓練を終えて、私はソロランク戦のロビーに来ていた。

ボーダーの訓練生と正隊員にはポイントというか持ち点があり、ここで1から3階にある適当なブースに入り、ソロランク戦を行うことで対戦相手とポイントのやり取りができる。形はともかく入隊した以上、正隊員となって防衛任務に出ることを目標にした私は、本部に来る度にこうしてランク戦をしている。

 

だが、

「あー…、なかなか勝てないなぁ…」

思うように戦果が出ずに、疲れた声が口から出ていた。

 

4年間、目が見えずにいたから激しく身体を動かすことが無く、走ったり剣を振り回したりすることが、他の子たちと比べてぎこちない気がするのだ。入隊時に貰った1000点は一応増えているが、10回勝つまでに9回負けているような戦果なので、増えるペースは気が遠くなるほどゆっくりだ。

 

ロビーにある大きなモニターに映る正隊員同士のリアルタイムでの戦闘を見つつ、私は悩む。

 

(勝つためには、どうすればいいんだろう…。勝てる人は、私と何が違うんだろう?)

動きの速さとか、剣の構え方とか、攻める姿勢とか…、きっと理由は色々なんだろうけど、結局は自分にあった何かを見つけることなのだと思う。今モニターに映っている人達の動きを参考にしようとしても、出来る気がしない。明らかに剣の間合いを越えた距離にいる相手に激しく斬りつけることも、私と同じ盾型トリガーでそれを防ぎ続ける人の動きも、真似できる気がしない。

 

(あそこまで動けるなんて…、羨ましいな)

 

彼らの動きを羨ましく思った途端、私はおかしく思えて小さく笑った。

(目が見えるようになっただけで幸せなはずなのに、そこから更に望むなんて…、ワガママすぎるかな)

見えなかった頃は、目が見えさえすれば後は何も願いは無いと思ってたけど、いざ目が見えるようになると次の願いが出て来て、キリがないなと思った。

私のように目が見えない人間は沢山いる。私は世界の光を再び見ることが出来るようになったが、そこに必然のようなものは無いと思ってた。あの時、あの場所で、自分とあの人たちがいて、あの人がたまたま言葉をかけてくれた。きっとそれは別に私じゃ無くても良くて…、それこそ、神さまが気まぐれで私を選んだんだろう。

いくつもの偶然の重なり合いで幸せを手にした事を自覚して、私はもうこれ以上のことは望まないと決めた。

 

だけどもし、まだ何かを望むことが許されるのだとしたら、私はあの人に会いたい。

私に世界の光を再び灯すきっかけになった言葉をくれた、カゲさんに会いたい。

ボーダーに来て探さなかったわけではないけど、私は今日までカゲさんを見つけることが出来ていなかった。

顔や背格好も分からない、声しか知らないカゲさんに、私は会いたい。そして、ありがとうとお礼を言いたい。

 

モニター前の椅子に座りながら天井へ…、その先にあるであろう青い空に意識を向けて、私は願う。

(気まぐれな神さまへ。もし私がまだ何かを望む事が許されるなら…、私は、カゲさんに会ってみたいです)

 

そう願った次の瞬間、

「オイ鋼!俺に手加減なんか要らねえから、もっとバチバチ来いよ!」

「懲罰明けだと思ってたが、カゲには要らなかったな」

「ハッ!そんな生意気は俺に勝ち越してからにしろよ!」

モニター近くの1階ブースから、そんな会話が聞こえてきた。

 

会話に混ざった人のあだ名のような響きを私は聞き逃さず、慌てて彼らに視線を向けた。

そこにいたのは、モニターに映っていた2人の男の人でした。

黒のミリタリージャケットにカーゴパンツを合わせたボサボサとした黒髪の男の人と、黒シャツの上に緑のジャケットに緑のボトムスを着る男の人。

 

2人を…。いや、黒髪の人の方を見た瞬間、私は理由もなく確信した。

 

私が視線を向けると同時に…、まるで、視線に気付いたかのようなタイミングで彼もまた私の方を見てきた。

 

ゆっくりと私は立ち上がり、2人のそばへと確かな足取りで歩み寄った。お互いが手を伸ばせば届くくらいまで近寄り、私は足を止めた。

 

「えーと…」

彼の友人らしき人は私の行動に戸惑っているみたいだけど、私こそ戸惑っていた。歩いてきたはいいけど、何から話せばいいか、何から聞けばいいか、咄嗟に出てこなかった。それでも、何か言わなきゃと思い、私は無理やり言葉を絞り出そうとした。

 

「あの…」

「見えるようになったんだな」

 

でも私の言葉は、彼の…、カゲさんの言葉でかき消された。

 

ほんの少しぶっきらぼうで苛立ったようにも聞こえるその声は、私があの日、ほんの数分話しただけの記憶に残るカゲさんのものと全く同じだった。

 

「はい。あの日の…、あなたのおかげなんです」

カゲさんの言葉に私はしっかりと答え、彼の両目をしっかりと見ながら言葉を続けた。

 

「ケッ。そりゃ良かったな。けど、俺のおかげってわけじゃねえよ。たまたまだ」

カゲさんはあの日と同じように、言葉を素直に受け取ってくれなかった。それでも構わない、私は言葉を続ける。

「かもしれません。でも今…、私の目は見えています。私の目に、光を映してくれたのは、あなたなんです。だから…」

話しながら私の瞳に見える景色が、涙で滲んでいく。拭えば、私の中の思いも一緒に拭ってしまいそうな感じがして…、拭けなかった。

 

涙を一杯に溜めた目のまま、私は、

「だから…、私を救ってくれて、ありがとうございます」

心からの感謝の言葉を、カゲさんに送った。

 

一世一代のつもりで発した感謝の言葉だが、カゲさんはやはりそれを素直に受け取ってくれなかった。ガシガシと頭を数回掻き、ため息を吐いて軽くうな垂れた。

「俺ぁ誰かを救うとか感謝されるとか、そういうのは柄じゃねぇんだ。だけどまあ…、今回だけは、仕方なく受け取ってやるよ」

カゲさんはそう言って、私に手を差し伸べた。

 

「……受け取ってやるから、ついでだ。俺が助けたっていう、お前の名前を教えろ」

名前を聞かれた私は、迷う事なく答えた。

「桜です。私の名前は、盾花桜です」

滲む視界でカゲさんをしっかりと見据え、私は問いかける。

「助けてくれた人の名前を知らないなんて恩知らずなことはできないので、私にも貴方の名前を教えてください」

 

そしてカゲさんは、私と同じように迷わず答えた。

「影浦雅人だ」

と。

 

影浦雅人さん。

 

私はきっと、貴方を一生忘れません。私の命を全部賭けても返しきれないくらいの希望を、貴方は私にくれたんだから。




ここから後書きです。

周りの感情を受信する影浦先輩が受信できない人、というところから膨らんだ物語です。

こんな感じでオリ主や原作キャラ、それか原作キャラと原作キャラで物語を作っていきたいなぁと思います。

読んでいただき、ありがとうございます。
少しでも心に残る話であったなら、嬉しいです。


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File2「安らかに眠れる幸せ」

目が見えるようになった女の子と、眠る事で全てを記憶する男の子の物語です。


カゲが特定の後輩に慕われるようになった。

 

その事実が、攻撃手(アタッカー)No.4の村上鋼がここ最近で1番気になっている事の1つだった。

 

2人は同じアタッカーであり切磋琢磨していく内にお互いの実力を認め合い、気づけば友人になっていた。

そしてお節介ながらも村上に言わせれば、カゲこと影浦雅人は裏表が無く素直とも取れる性格であるが、言動が攻撃的でデリカシーが足りていないため、友人関係があまり広いとは言えない。

話せばいい奴なのだが、言動に加えてここぞという時の表情に凄みがあるため、訓練生など、普段話す事の少ない人たちからは怖がられている。

 

しかしそんな影浦が、ここ最近で特定の後輩にとても慕われていた。

 

「さっきも言ったが、タチバナはガードがもたついてんだよ。ガードしてる時の動きが遅え」

「そう言われても…。あとカゲさん、私はタチバナじゃなくてタテバナです」

「チッ、ややこしいな」

「文句はご先祖さまに言ってほしいです。元々はタチバナだったらしいですけど、何かの拍子にタテバナと言ってしまってそれ以来訂正せずにタテバナなんだそうです」

 

影浦とその後輩である少女の『盾花桜』が同じソロランク戦用のブースの中で、お互いに意見をぶつけ合う。村上もまた同じブースの中におり、2人の意見を聞いていた。

 

 

 

 

盾花桜は2人の3つ年下の後輩だった。

彼女は本来中学3年生なのだが、それは書類上のことだけだ。過去の事故が原因で盲目となり、それが原因で始まったイジメに耐えかねて不登校になったため、彼女本人に言わせれば『私が中学3年生って名乗ったら真面目に中学生やってる人たちに失礼ですよ』ということらしく、彼女は頑なに中学生だとは認めない。

「強いて言うならアクティブ不登校児です」

とは言うものの、アクティブ不登校児とは何だろう?と村上は内心首を傾げていた。

 

そんな『盾花桜』と『影浦雅人』との関係性は、『命の恩人』だ。盲目だった盾花ゆえに起きそうだった事故を影浦が未然に防いだことがキッカケで…、その後はいくつかの幸運と偶然が重なり、2人は今こうして仲良く意見をぶつけていた。

 

 

 

 

今2人が議論しているのは、戦闘中の盾花の立ち回りについてだった。

正隊員と訓練生は自分のトリガー(メイン武装)にソロポイントを持っており、それはボーダー隊員同士の模擬戦であるソロランク戦と合同訓練によって加算される。それ以外にもポイントを稼ぐ手段はあるが、基本はソロランク戦だ。

訓練生である盾花はメイン武装である『レイガスト』というブレード型トリガーのソロポイントを『4000』まで上げて正隊員に昇格することが目標だが、彼女の現在のポイントは『1207』であり、先はまだまだ長かった。

 

ポイントを稼ぐためソロランク戦に出た盾花の戦闘を振り返り、影浦は意見する。

「今んとこのスタイルは『ガードして確実に防いでからブッタ斬る』なんだろ?なのにガードが粗末じゃ話にならねーだろ!」

「ガード下手なのは認めますけど…。そもそも、参考にするものがないじゃないですか。同じ訓練生でレイガスト使ってる人なんてそういませんし、正隊員に上がったら『シールド』っていうトリガー皆さん使うから、参考になる動画があんまり無いんですよ。第一、カゲさんだって戦闘中あんまりガードしないじゃないですか」

「俺はガードするより、スコーピオンで出所を潰す方が性に合ってんだよ」

「あのスコーピオンをみょーんって伸ばすやつですね!あ、ってかそれなんですよ!せっかくカゲさんの戦闘動画見てガードのタイミングとか見たかったのに、カゲさんガードしないから全然参考にならない!」

「なんだその理不尽な言い分は!俺のせいみたいに言うんじゃねえ!」

 

遠慮なく互いに意見をぶつけているが、その光景が村上には少し不思議に見えていた。影浦は良くも悪くも相手にまっすぐぶつかっていく。嘘偽りない気持ちをストレートに言葉にしているのだが、中にはそれが怖いと感じる者も少なからずいた。そしてそれは特に後輩女子に多かったため、影浦は普段、チームのオペレーター以外の年下の異性と話すことがほとんどない…、少なくとも村上は全くと言っていいほど見たことがなかった。

 

今まで見なかった光景が目の前で繰り広げられている。村上が不思議に思ったのは、そういうことだった。

 

村上がその理由に気付いたところで、

「ったく…。オイ鋼!お前からもなんか言ってやれ!」

盾花との議論に苦戦していた影浦が、村上にヘルプを求めた。

 

「うーん。そうだな…」

壁に寄りかかった状態で村上は右手を顎に軽く当てて考えるそぶりを見せたあと、壁から背中を離して盾花に向けてアドバイスをした。

「何戦か見て感じたことだけど、盾花は相手の攻撃をしっかり見過ぎてると思うな」

「見過ぎてる…、ですか?」

ブース内にある椅子に座ったまま、盾花は村上の言葉を繰り返した。

「多分ね。…攻撃、というか動作の起こりをしっかり見るのは大切だけど、盾花はその後の斬撃の軌道とかにも必要以上に目が行き過ぎて、相手の次の動作まで見れてないように感じるんだ」

村上の意見を聞き、影浦が思い出したように付け加える。

「そう言われりゃ確かに、一撃目は防げてもその続きのガードでしくじってることが多いな」

「だろ?…連続攻撃には弱いけど、初撃は問題なく防げてる。なら、全ての攻撃の起こりさえ見逃さなければ、ガードの成功率は上がると思うな」

 

丁寧に説明された盾花だが、聞き終わったと同時に少し肩を落として落胆した様子を見せた。

「うーん、言われてみれば確かにそうかも、です。…見えるようになってから目に頼ることがどうしても多くなって…、つい…」

盾花の言葉を聞き、村上は失言してしまったと思った。

 

盾花の目が見えるようになったのは、ボーダーが解析したネイバーの技術である『トリガー』を使って『トリオン体』になっている時だけだ。あくまで今見えているだけであって、生身の身体に戻れば再び光の無い世界に放り込まれるのだ。

その状態で…、盲目で4年間求めていた視力が一時的にとはいえ戻ったのなら、そこへ意識が多く向くのは当然のことだった。

 

(アドバイスするなら、他の事でも良かったじゃないか…)

村上は自らの失敗を悔やみつつ、別のアドバイスをすることにした。

「それなら…、思い切って他のトリガーを使ってみるのはどうだろう?アタッカーじゃなくても、銃手(ガンナー)射手(シューター)狙撃手(スナイパー)を試してみないか?」

 

ポジション変更を提案した理由は、盾花の体型と運動能力を見てのことだった。

トリオン体は基本、性能自体に差は無い。筋骨隆々な体型でも華奢な体型でも同じような攻撃を受ければ同じようにダメージを受ける。しかし性能に差は無くとも、向き不向きは生じる。スピードを活かした戦闘スタイルをする者には小柄な体型の隊員の多く、同じように剣を振るっても大柄な体型の方が押し勝つことの方が多い。

性能自体は等しくとも、多少生身のイメージに引きずられる傾向があるとする見解があり、これはまだ定かではないが有力な説の1つである。

 

仮にその見解に従うならば、盾花はおおよそレイガストを使うには向いていなかった。レイガストはブレード系トリガーの中でも1番重く、刀身が大きい。生身で扱うとしたら、平均以上の背丈の人が使う武器のように思える。そして盾花の体型は平均以下の背丈で身体の線も細く、とても重いレイガストを扱えるようには思えなかった。

 

そして盾花自身の運動性能。4年間身体を思いっきり動かすことを躊躇う生活だったためか、盾花の動きはどこかぎこちない。直線距離をひたすらにダッシュしたり、跳躍したりといった動作は問題なくとも、斬り合う際の足捌きや間合いの調整など、細かい動きが特にぎこちなかった。それは、近距離で一瞬のミスが命取りになるアタッカーにとって、大きなマイナスポイントであった。

 

村上が考慮した2つのことは影浦もある程度感じていたらしく、意見に同意した。

「他のポジションやってみるっつーのは、確かにアリだな。…つかそもそも、なんでタチバナはレイガストを選んだんだ?」

「タチバナじゃなくてタテバナです。…、レイガストを選んだ理由は色々ありますけど…、決め手は寺島さんですね」

 

「「ああ〜…」」

理由を聞き、影浦と村上は理解すると同時に声を合わせた。

 

盾花がトリオン体で視力を取り戻した際に現場責任者として立ち会った、寺島雷蔵。彼は開発室に5人いるチーフエンジニアの1人であり、盾花が特例で入隊する際に手続きを引き受けてくれた人だった。そして盾花が使っているトリガー『レイガスト』の開発者でもある。

 

決め手が寺島という事を聞き、彼が開発者であるトリガーを強く勧めてきたのだと思った村上は苦笑いをして盾花に問いかけた。

「他のトリガーも紹介してもらったけど、その中でもレイガストを強く推薦された…、ってところかな?」

「推薦というか…、レイガストの特徴とか他のブレード型トリガーとの違い、それから開発された経緯や苦労話、現状でレイガストがあまり普及してないことについての嘆きとか、小一時間くらい語ってくれました」

想定の数倍濃かった推薦話を聞き、村上と影浦は、

((何してんだあの人は…))

声に出さず、心の中で嘆いていた。

 

ため息を吐き終えた影浦が盾花に確認するように言った。

「…レイガストを強く推薦されて断るに断れなかったってところだろ?別に変えたところで、寺島さんは文句言わねーよ」

 

それを聞いた盾花は、小首を傾げてしばし考え込んだ。

「……、多分カゲさんとコウさん、誤解してます」

「ああ?誤解?」

「はい。えっとですね、寺島さんが強く推薦したから私がレイガストを選んだんだじゃなくて、私が選んだから寺島さんはレイガストについて語ってくれたんです」

それを聞いた村上は、盾花の言うように誤解していたことに気付き、再び質問した。

「じゃあ、盾花は何故レイガストを選んだんだ?」

 

根本を問われた盾花は、少しだけ目を伏せて答えた。

「…咄嗟に……、目を守ることが出来るトリガーが、レイガストだけだったので」

と。

 

レイガストが他のブレード型トリガーと違う最大の点は、ブレード部分がシールドに変形する機能を持つことだ。

 

咄嗟にシールドで目を守ることができる。

 

4年前に事故で視力を失い…、トリオン体という仮初めの身体でほんの一時でも視力を失うことを怖れていた盾花からすれば、レイガスト以外の選択肢は無かった。

 

(…オレは今日、とことん彼女を傷つけてるな……)

そして結果として2度の失言を重ねてしまった村上は、再び議論を重ねる2人を見ながら、静かに、それでいて重く落ち込んだ。

 

*** *** ***

 

今は戦闘に関することが重視されているが、後々医療などの分野にもトリガー技術を転用するための研究が進められている。視力を失った盾花はこの研究に協力するために入隊しており、影浦と村上のコーチを受けた後、その研究をしている区画へと向かって行った。

 

本部の食堂で遅めの昼食を食べながら、影浦は小さく唸った。

「…ったく。他人の面倒を見るのとか、俺にはやっぱ合わねえな」

弱音にも似たそれを聞き、村上は言葉を返す。

「そうか?ちゃんとあの子の戦い方見てアドバイス出来てたじゃないか」

「ああ?あれぐらい誰でも出来んだろ?そもそも、俺とアイツは戦闘スタイル違いすぎんだから、アドバイスなんて参考になんねーだろ」

「そんなことないさ。オレから見てた分には…、仲のいい師匠と弟子って感じだったぞ」

「ハハッ!俺が師匠なんて、それこそ合わねーよ!」

影浦は笑って否定するが、少なくとも盾花にしていたアドバイスは彼女の課題そのものであり、紛れもなく導く側としての才覚があると村上は思っていた。

 

ただ一つ、村上はさっきの会話で気になっていたことがあり、そこを指摘した。

「でもな、カゲ…。あの子の名前はちゃんと覚えてやった方がいいんじゃないか?」

村上が気にしていたのは、影浦が盾花の事を何度も『タチバナ』と呼んだ事だ。彼女は呼ばれるたびに訂正するが、影浦は何度も同じ間違いを繰り返した。

しかし村上の指摘を聞き、影浦は片方の眉を吊り上げた。

「ああ?名前?んなこと知ってるよ。俺は毎回、ワザと間違えてやってんだからな」

「ワザと…?なんでまた?」

「理由なんざ知らねーよ。ただ分かんのは、あの名前のやり取りをアイツは嫌がってないどころか、なんでか楽しんでるってことだ」

 

何故それが分かるのかと村上は尋ねようとしたが、口にする前に答えが頭に思い浮かんだ。

「感情受信体質のサイドエフェクトか?」

「そうだ」

 

トリオン体の性能自体に差は無いが、トリオンの量に関しては別物である。人は皆、心臓の横に見えない内臓である『トリオン器官』を持っており、トリオンの量はこの内臓の優劣で決まる。基本的にトリオン量が多いほど優れたトリオン器官であり…、そして優れたトリオン器官を持つ者の一部には、そのトリオンが身体に影響を及ぼし、特異な能力…、『サイドエフェクト』が発現することがある。

 

そして影浦雅人と村上鋼はそれぞれサイドエフェクトを持つ者だった。

 

影浦雅人が持つサイドエフェクトは『感情受信体質』。他人から向けられる感情がチクチク肌に刺さるように感じられ、その刺さり方で相手が自分に対してどんな事を思っているのかを判断することが出来る能力だ。

 

その体質の事を知る村上は、推測した。

(面と向かって話してた以上、盾花の感情はほぼ全てカゲに刺さってたはずだ。そこからカゲは盾花が嫌な思いじゃなく、むしろ楽しんであの会話をしていたことを感じたんだな)

その推測を立てると同時に、相手の考えを読めてしまう影浦のことを思うと、しんどいだろうなと思った。

 

「相手の考えが分かってしまうのは…、大変じゃないか?」

「んあ?まあな。大変っつーか面倒くせぇってとこだが…。あとな、鋼。俺は相手の考えを全部受信してるわけじゃねえぞ?受信できない状況だってある」

「そうなのか?」

「ああ」

 

そこまで言った影浦は手に持っていた箸を一度置き、周囲の席を見渡した。

「そうだな…。鋼、俺らの3列後ろにいるガキ分かるか?俺らに背中向ける形で、1人黙々とメシ食ってる奴だ」

言われて村上は、すぐにその人物を見つけた。

「見つけたが…、彼がどうした?」

「例えばの話だが…、あいつは今、俺がここにいる事自体知らねえ。そんでそんな状況で俺について何を思ってようが、俺には何にも分からねえ。俺の事をムカつくくらい殺してぇとか思ってても、それはあいつの頭の中にいる俺に向けたモンで、ここにある俺に向けちゃいねえからだ」

 

影浦の説明を聞き、村上は思った事を口にした。

「つまり…、カゲのサイドエフェクトは、相手がカゲがどこにいるのか知って初めて受信できる…、ってことか?」

「そうだ。俺がどこにいるか知って…、つーよりは、俺の事を見て、だな」

「見て…、視線を向けてってことか?」

「ああ、別に見られてなくても分かる時はあるが…。大抵のやつは、誰がどこにいるかを目で見て把握するからな。視線を向けられるのが、1番デカい」

コップに入った水を一口飲んでから、影浦は続けて説明した。

「逆に言えば…、目線を向けられたら、中途半端な感情でも受信してる。咄嗟に俺を見ちまったとかでも、受信しちまうから、そこが面倒だな」

「…思っただけでは届かなくて、見たら中途半端でも届く…。なんだか、メールみたいだな」

「ああ?メール?」

「カゲについて考えることが文面打ってる時で、見ることが送信ボタン…、だと思ったよ」

「送信ボタンが軽すぎんだろ」

「ケータイショップに持っていこうか?」

 

村上がそう返すと、影浦は喉を鳴らして軽く笑い、

「直すなら周りじゃなくて俺だろうがな」

自嘲気味に、そう言った。

 

*** *** ***

 

私はトリオン体で一時的に視力を取り戻した恩を返すため、ボーダーに入隊してこの組織の研究に協力している。今日も研究のためにと呼ばれて来たけど、今日の内容は研究というよりはタダのカウンセリングと健康診断だった。

 

「トリオン体と生身の身体を…、視力がある状態とない状態を行ったり来たりしてるけど、普段の生活で違和感はある?」

私は生身で…、光が無い世界で寺島さんからの質問に答える。

「特別ないです。強いて言えば左目の視界が前より良くなったような気はしますけど…、多分気のせいですね。頭の中にある風景が、そう思わせてるだけかと…」

 

「そうか…。まあ、それはそれで貴重なデータになるかも」

寺島さんはそう言うと、手元にある紙にカリカリと筆を走らせて記録を取った。

「…うん、今日のところはこんなとこかな。トリオン体になってもいいよ」

許可を得た私は、いそいそとトリオン体へと換装する。

 

何度も繰り返した換装だけど、この世界に光が灯る瞬間は、何度体験しても嬉しくて、私は思わず頰が緩んでいた。その様子を見て、寺島さんは小さく笑って声をかけてくれた。

「何度見ても嬉しそうだね」

 

「ええ、それはもちろん!十分すぎるくらいの幸せですもん」

 

「はは、それは何よりだ」

テキパキとレポート用紙やらタブレットをまとめ終えた寺島は、腕時計で時間を確認した。

「えーとこの後は…、さっき盾花さんが提出してくれた、自宅でのトリオン体使用時間の申請が、あと1時間くらいで受理されるはずだから…。そしたらまたこの研究区画に来てくれるかな?」

 

「1時間後ですね、わかりました。じゃあ私はその間、またランク戦してきます!」

 

「お、随分気合い入ってるね」

 

「まあ、入隊したからには正隊員目指さなきゃですし。今1230ポイントなので…、あと2770ポイント…」

先の長さを改めて確認した私ががっくりと項垂れるのを見て、寺島さんは「頑張ってね」と小さな声でエールを送ってくれた。

 

 

 

 

 

ボーダー本部の中は、割と似たような通路が多い。慣れていないうちに歩き回ると似たような通路に惑わされて迷子になる隊員が多いみたいで、寺島さんは私が入隊した直後の頃『そういうわけだから迷子にならないような気をつけて』と忠告してくれた。

 

でもいざ歩いてみると、案外そうでも無いと私は思う。確かに似たような通路が多いけど、違いなんてそこかしこにあった。第一、私はほとんど何も見えない状態で4年間生きてきただけじゃなく、アクティブ不登校児として街中を歩き回っていたのだ。必然と身についた地理感覚に加えて、はっきりと見える視界もあるのだから、私は入隊から1度も迷子になったことがなかった。

 

「〜♪」

景色を目で見る、という当たり前のことがやはり嬉しくて、私は鼻歌まじりで通路を歩いて、正隊員や訓練生がくつろぐラウンジに到着した。私はとりあえず何か飲もうとして自動販売機の前で悩む。

その間も鼻歌は続いており、それが聞こえたらしい少年がボソリと、「うわ、微妙に音痴」と小声で呟いた。

 

おい少年、君もだいぶ耳が良いっぽいけど、私にだって君の呟きは聞こえてるんだぞ?

 

食ってかかろうか迷ったけど、無視した。……というかここの自販機、いつ来てもココアが売り切れてるんだけど。補充されてないのか、買い占めていく人がいるのか、謎だ。

 

悩んだ結果、私はリンゴジュースに決めた。ボタンをポチッと押すのと同時に、

「おや、盾花じゃないか?」

聞き慣れた声が背後から飛んで来た。

 

「あ、どうもコウさん。さっきぶりです」

振り返って、私は挨拶した。

話しかけてくれたのは、案の定というべきか、村上鋼先輩だった。声でわかってたし、そもそも私の名前を知っていて話しかけてくるような人は、両手の指で数えられる程度しかいない。

 

「えーと…、開発室での研究は済んだのか?」

 

「はい。と言っても、今日はカウンセリングと健康診断くらいでしたけど…」

 

「ん、そうか。…あ、カゲなら防衛任務に行ったよ」

私が訊こうとしていたことを答えられた。こういう気遣いができるから、この人はいい人だと思う。

「そうですか…。コウさんは?休憩ですか?」

 

「まあ、そんなところだ。盾花は…、これからまたランク戦か?」

その問いかけに対して、私は少し悩む。答えとしてはイエスなのだけれども…、正直なところ、今日は少し疲れた。午前中で15戦は中々にしんどかった。中には1日で30戦を軽々とこなす隊員もいるらしいけど、多分その人はもうかなりのバトルジャンキーだと思う。

 

結局のところ…、疲れという誘惑に負けた私は首を左右に振った。

「ランク戦は、今日はもうやらないです。なので…」

そして私はコウさんの目をしっかりと見て、

「もしよかったら、少しお話ししませんか?」

そう、提案した。

 

 

 

 

 

適当に空いてる椅子とテーブルを見つけて、私とコウさんは向かい合わせで座った。

「さて…、何から話すか?」

座って早々コウさんが尋ねてきた。何から話そうかなと迷うこと、数秒。私は出会ってからずっと感じていた疑問を尋ねた。

「ええと……、コウさんってもしかして、県外出身の方ですか?」

どうやらそれは当たりだったようで、コウさんは軽く目を見開いた。

「そうだが…、カゲから聞いたのか?」

 

「いえ。ただ…、話す感じが三門市の人と少し違ったので、県外から来たのかなと思っただけです」

 

「……今まで周りから特に言われたことがなかったから、気にしてなかったよ」

 

「だと思います。違うって言っても、ほんのちょっとだけイントネーションに違和感があるってだけなので…、その人独特のクセ、程度の差ですから」

 

「いや、それでも分かるだけで凄いな。耳が良いのか?」

 

「耳が良い、というよりは聞き分けですかね。例えば…」

私が何かいい例えがないか思案しかけたところで、背後で小銭が数枚落ちる音が鳴った。思わず視線を向けると、

「どぅわああああ〜〜〜!小銭が〜〜!」

小柄で指抜きグローブを着用した隊員がちょっと奇妙な叫び声を上げながら、あたふたしていた。自動販売機の前に小銭を落としたらしく、同じ隊服を来た人たちと拾い集めていた。

 

瞬間、私はこれだと思って口を開いた。

「421円です」

 

「…?なんの金額…、まさか、日浦が落とした金額か?」

 

「ええ。ちょっと距離あったので不正確かもですけど…、8枚落ちたのは確実ですよ」

 

「…、ちょっと待っててくれ」

コウさんはそう言うなり立ち上がって、小銭を落とした『日浦さん』の側に歩いていって、少しだけ話してまた戻ってきた。

「合ってた。日浦が今落としたのは421円だった」

 

「そうでしたか。当たって良かったです」

 

「凄かったよ、まるで菊地原みたいだ」

 

「キクチハラ…、ですか?」

 

「ああ。A級3位の風間隊の隊員で…、聴覚強化のサイドエフェクトを持ってるやつだ。今みたいに音だけで判別することに関して、彼の右に出る奴はボーダーにはいない」

はっきりと断言するのコウさんを見ると、そのキクチハラという隊員は確かな耳の持ち主なんだろうと思う。会ってみたいけど、そのうち会えるだろうから、その人の話題を私は置き去りにする。

「耳が良くても、目で見ることにはやっぱり敵わないですけどね。でも…、見えない間に身につけたことは、無駄なんかじゃないって思ってます」

 

「そうか…。目が見えないことがどれだけ大変なのか、オレは完全には分かってやらないから、なんて言えばいいか……。両目を瞑って生活してみれば、少しは分かるんだろうか……」

真剣に、とても真剣にコウさんはそう言ってくれるけど、私はどうしても訂正したくて頭を左右に振った。

「…そうしても多分……、いえ、きっと……、目が見えない人の気持ちは分からないと思いますよ。『見ない』と『見えない』は違うんです」

『見ない』と『見えない』は違う。これは私が実際に視力を取り戻せるようになってから感じたことだ。

 

『見ない』と、『見えない』の間には、うまく説明できないけど…、どうしようもなく決定的な、深い溝があった。

 

私はその溝を上手く説明できないことに、歯がゆさをにも似た感情を覚えた。

 

*** *** ***

 

話せば話すほど、彼女が遠くにいるように思えた。

 

村上は盾花と話せば話すほど、彼女と自分には到底理解できない隔たりがあるように感じていた。

 

午前中に盾花へとアドバイスをした村上だが、そのアドバイスは運悪く彼女の内面に触れるものだった。そのミスを村上は盾花のことをよく知らないために起きてしまったと思い、この会話で彼女のことを知ろうとした。

だが結果として…、話せば話すほど、知れば知るほど、村上が盾花との間に感じる隔たりは大きくなっていった。

 

そして盾花が発した、『見ない』と『見えない』は違うという言葉が、その隔たりを決定的なものにした。その言葉はまるで、

『貴方に私は理解できない』

と言われているようで、村上は無意識に目を伏せていた。

(盾花はきっと、そんなつもりで言ったんじゃない……、はずなんだ)

そう考える村上だが、今はその考えに確信が持てなかった。

 

「……コウさん?どうかしましたか?」

「え?」

俯いて押し黙った村上を心配し、盾花は見上げる形で声をかけた。

「あ、ああ……。少し…、考え事をしてたんだ」

取り繕う村上に不自然さを感じた盾花は、心配そうに話しかけた。

「ならいいんですけど…。疲れとか、溜まってるんじゃないですか?本当に大丈夫です?」

 

「大丈夫だ。気にしなくてもいいよ」

 

「……そうですか。でも、もし疲れてたらちゃんと休んだ方がいいですよ?なんなら寝ちゃってもいいくらいかと……」

盾花が紡ぐ言葉が、不安定な村上の心を捉えて絡みつく。純粋な善意の言葉の奥に、暗い感情があるように聞こえてしまう。

 

(ああ、これはダメだ。もうオレは、ここで彼女の言葉を落ち着いて聞いてられない)

 

そう思った村上が強引にでも会話を止めようとして立ち上がろうとした、その瞬間、

 

「あ、寝ちゃうと言えばなんですけど……。私、目が見えるようになってから、寝るのが嫌じゃ無くなったんです。寝るのが…、怖くなくなりました」

 

気まぐれのように盾花がそう言った。

 

「……」

 

その言葉が、村上の琴線に触れた。

「それは……、どういうことかな?」

立ち上がるのをやめて、村上は今一度彼女に向き合い、言葉を待った。

 

盾花は、一言一言、一音一音、丁寧に話した。

「……目が見えなかった初めの頃は……、寝て起きたら、今までのことが全部夢で、私の目が見えるようになってたらいいのにって、思いながら寝てました。でも当然そんなことはなくて……、私は次第に、寝るのが嫌になったんです。今…、辛うじて見えてる左目を閉じたら、このままずっと閉じたままになってしまうんじゃないかって、何も見えなくなっちゃうんじゃないかって、思ってしまって…、眠るのが、嫌だったんです」

優しく穏やかな口調で、盾花の言葉は続く。

「でも目が…、トリオン体で目が見えるようになってからは、そんなこと思わなくなりました。むしろ……、明日見る世界は、どんなに綺麗なんだろうかって思って…、寝る前に楽しく思えるくらいです」

そして最後に、

「だから今は、毎日落ち着いて…、幸せに眠れてます」

そう締めくくった。

 

全てを聞いた村上は、自身の過去と今の話を重ね合わせていた。

 

 

 

 

 

村上鋼が持つサイドエフェクトは『強化睡眠記憶』。人の脳は起きている時に覚えたことを、眠っている間に記憶として整理し、定着させる。しかし全ての記憶が定着するわけではなく、大抵は覚えたことの何割かは身についておらず、何度も繰り返すことによって記憶を完全なものにする。だが村上の持つこのサイドエフェクトは、その機能を極端にしたものであり、一度の睡眠でほぼ全ての記憶を脳に定着させ自身の糧にすることができる。

 

一度理解、体験したことを他の人よりも早く確実にフィードバックできる村上の成長速度は並大抵のものではなく、幼少期にはスポーツで仲間より早く抜きん出て実力を身につけていたため、それが原因で孤立することも、よくあった。

 

そしてそれは、ボーダーに来ても起こった。

 

彼がボーダーに来た時、同い年だが先に入隊していた『荒船哲次』からブレード系トリガー『弧月』の手ほどきを受けた。サイドエフェクトと村上自身の真面目さも相まって、半年ほどで村上は荒船のポイントを追い越し、アタッカーランキング7位に着けた。

同時期、荒船はアタッカーからスナイパーへと大きなポジション変更をした。荒船にはある目標があり、そのための変更に過ぎなかったのだが、タイミングがタイミングなだけに周囲と村上は、

『荒船は村上に抜かれたからアタッカーを辞めたのだ』

と思った。

 

荒船のポジション変更を受けて、村上はひどく落ち込んだ。

 

–剣を教えてくれた師匠を追い越す、恩を仇で返すような事をした自分が恨めしい–

–本来するべき努力を、オレはサイドエフェクトがあるからしていない–

–オレはみんなの努力を、サイドエフェクトで盗んでいるんだ–

–普通でいいのに…、こんな…、こんなサイドエフェクトなんていらなかった–

そして、

–眠ることで覚えるなら……、眠らなければいい。眠るのは嫌だ–

と、思った。

 

後に村上の苦悩は、彼の隊長である来馬の気遣いと荒船の激励の言葉で吹き飛び、彼は成長を続けてアタッカー4位まで上り詰めた。

 

 

 

そして今、盾花が語った出来事が、村上の中にあった出来事と重なった。

(事情は全く違う。だけど、それでも……)

その重なりが、村上が感じていた盾花との隔たりを埋めた。

 

違いはあっても、全く理解できない子ではないのだと、思えた。

「……盾花」

 

「はい?なんですか?」

 

未だどことなく不安そうな気持ちを表情に残している後輩に向けて、

 

「…落ち着いて眠れるようになって、良かったな」

 

頼れる先輩は、その言葉を送った。

 

村上の過去を知らない盾花は、当然今彼の中で何があったのかを知らない。それでも、村上の表情が明るくなったのを見て、

「…はい、良かったです!」

花のような笑顔を返した。

 

 

2人はそれからしばらく、レイガストについての意見を交わした。途中、

「コウさんのガードは的確すぎて参考に出来ないんです!この攻撃に対して正解だとしか思えないガードしてますけど、無駄が無さすぎてなんでこのガードを取ったのか理解できないんですよ!数学で問題文見た瞬間に答え出されてるみたいです!なのでガードのコツ、詳しく教えてください!」

盾花が少々理不尽な事を言い、村上は苦笑して影浦が体験した心地良い苦労を感じ取ったのであった。




ここから後書きです。

本文中で村上先輩の苦悩を書きましたが、原作にはない悩みが追加されてます。実際に村上先輩がそう思ったのかは分かりませんが…、サイドエフェクトの内容を知ったらそう考えるかもなと思って書きました。

一人称視点と三人称視点で行ったり来たりで読みにくいかと思います。申し訳ないです。

2話目も読んでくれてありがとうございます!
基本、今回名前は出てきたけど主人公と絡まなかったキャラクターを次話で取り上げる形式で行こうと思ってるので、3話で誰がメインなのか考えながら待っていただけたら幸いです。


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File3「神様だって褒められたい」

強くなりたいと頑張る女の子と、その子にとって大切なものを作ってくれた人の物語です。


アクティブ不登校児な私が訓練生になって、早くも1ヶ月が経った。ほぼ毎日、自宅とボーダー本部を往復してランク戦や研究対象として過ごす生活に慣れたという意味も込めて、節目になる1ヶ月目の今日、私には嬉しいことがあった。

 

私はその嬉しいことを報告したくて、本部の中を歩き回ってある人を探していた。

 

「あ!カゲさんカゲさん!」

 

言うまでもなくその人は、私の命の恩人……いや、人生の恩人である影浦先輩ことカゲさんで、彼の後ろ姿を見つけた私は名前を呼びながら小走りで駆け寄ります。

 

「ああ?なんだよタチバナか」

「タチバナじゃなくてタテバナです!」

 

もはや恒例になったやり取りを、私たちは交わした。カゲさんの声は気だるそうだけど、いつものことだから私は気にせず会話を続けます。

 

「カゲさん聞いてください!」

「んだよ。なんかいいことがあったのか?」

 

カゲさんは図星を突いてきた。まあ、私は露骨に態度に出してるし、カゲさんの場合サイドエフェクトがあるからこの手の隠し事は通じないから、図星を突かれたことには驚く必要はなかったりする。

 

カゲさんの問いかけに対して、私はトリオン体の左手の甲を差し出した。

 

「見てくださいよカゲさん、私のソロポイント!」

 

そこに表示されてるのは、私が選んだブレード型トリガー『レイガスト』のソロポイントだった。訓練生である私は、まずはこのレイガストのソロポイントを初期ポイントの『1000』から『4000』まで上げて正隊員になるのが目標だ。

 

「はっ。その喜びようだと、いい数字まで行ったんだな」

 

嬉しそうな私を見てカゲさんは伝えたいことを察してくれて、表示されたポイントに目を向けた。カゲさんの目の焦点が私の手の甲に合うと同時に、私は答える。

 

「はい!この度はなんと!1800ポイントに到達しました!」

「少ねぇ!まだまだじゃねーか!」

 

せっかくの報告は、カゲさんを逆の意味で驚かせることになってしまった。

 

*** *** ***

 

「はっはっは。それで2人は喧嘩してたのか」

 

私とカゲさんとの口喧嘩を仲裁してくれたコウさんは事の経緯を聞いて、笑いながらそう言ってくれた。

 

「はっ!こんなのケンカのうちに入んねーよ」

 

カゲさんは堂々とした態度でそう言うけど、

 

「意見が合わずにぶつけ合うなら、それはもう喧嘩だと思いますけど」

 

と、私は意見する。

 

ギラリ、と、カゲさんは私に視線を合わせ、

 

「ほお。一丁前な事を()()()()()言ってくるな」

 

私の心の中を見透かした言葉をぶつけてきた。

 

そう。私は正直なところ、人と意見をぶつけたり競い合ったりするのが嫌じゃない…、むしろ好きだし、楽しいとすら思ってる。きっと四年間、他人に遠慮してそういうことが出来なかった反動なのか…、自分のことを聞いてほしいとか、相手を上回りたいとか、そういう願望がここ最近芽生えた。

そして私が言葉に乗せたその思いを、カゲさんは『感情受信体質』のサイドエフェクトで捉えてくれた。生意気とも言える思いを知った上で返してくれるカゲさんは、私にからすればとても嬉しい。

 

「楽しくちゃ、ダメですか?」

「いや?オレはむしろ、後輩は生意気なくらいが丁度いいって思ってるぜ?」

「カゲさんその割には、生意気な訓練生を度々呼び止めてますよね?」

「生意気にも色々あんだろ。タテバナみたいにその事を自覚してて、それでいて相手を下に見ないやつには、オレはキレたりしねえよ」

「なるほど」

 

ある程度筋が通った答えを聞いて、私は驚くと同時に納得する。生意気な上に相手を理由なく下に見るような人は、確かに嫌だ。

 

うんうんと私は頷いたけど、そこへコウさんは、

 

「そう言うと筋道が通ってる気はするけど、だからと言って手を出していい理由にはならないからな」

 

と、正論を投げ込んだ。

 

「うっせ」

「はは、悪い悪い」

 

悪態をつくカゲさんを落ち着かせようとするみたいにコウさんは柔らかい態度を取る。

 

……こうして見てると、なんかカゲさんが大っきくて言うこと聞かないワンちゃんで、コウさんが飼い主みたいに見えてくる。

 

「おいタチバナ、お前なんか妙なこと考えてないか?」

 

とか失礼なことを考えてたら、案の定読まれた。

 

「考えてますけど教えません」

「教えろ」

「やーでーすー」

 

私はワザとらしくむくれた表情を作った。

 

うーん、やっぱりカゲさんには隠し事が通じない。

 

 

 

 

ここ数日ですっかり顔馴染みとなった2人の先輩との雑談がひと段落したところで、私は思い切って頼み事をした。

 

「…村上先輩。私の師匠になってもらえませんか?」

 

唐突な申し出を聞いたコウさんは、

 

「オレが…?」

 

怪訝な表情で確かめるように言い、

 

「あぁん?」

 

カゲさんは片眉を吊り上げて驚いたような様子を見せた。

 

はい、と私はコウさんをしっかりと見て返事をして、その後に理由を続けた。

 

「この前、参考に出来ないって言った手前ですが…、時間を見つけてはいろんなレイガスト使いの人の戦闘動画を見てるんですけど……。その中でも、教わるとしたら村上先輩かなと思いました」

「そうか?」

「…他の人って、両手にレイガスト持って戦う人とか、レイガスト握り込んでパンチする人とか、ハンマーみたいに使う人とか…。こう……、盾の使い方合ってる?って突っ込みたくなる人ばかりだったので…」

「ああ…」

 

それもそうか、と言いたげに納得した様子を見て、私は言葉を続けようしたけど、

 

「タチバナ。オメーの考えは分かるけどよ…。まだキチンと剣も振れてねえ奴が一丁前に教えてほしいとか言うなよ」

 

カゲさんが鋭く意見してきた。

 

「…教えてもらうことは、悪いことですか?」

 

「悪いとは言わねえよ。むしろ教わろうっつう気概がちゃんとある分、タチバナはまともなんだろうが…。オメーは、教える側の都合ってのを考えたことはあんのか?」

 

教える側の都合と言われて、私は止まった。その概念が、今の今までまるで無かったからだ。止まった私に向けて、カゲさんは言葉を続ける。

 

「鋼は確かに腕の立つアタッカーだ。けどアタッカーのランキングだけで見てもこいつの上には3人はいるし、同じようなポイントで何人も並んでやがる。タマコマの連中やら、職員と戦闘員を兼任してる奴らも含めて上を見上げりゃ、キリがねえ」

「それはカゲもじゃないか?」

「うっせ、ちょっと黙ってろ」

「はいはい」

 

(わざとらしく)言いくるめられたコウさんを見てカゲさんは一瞬だけムッとしたが、すぐに私に意識を向け直した。

 

「…タテバナ、お前が鋼に稽古をつけてもらうってことは、こいつからそれだけ自分を鍛える時間を削るってことだ。けど勘違いすんなよ、さっきも言ったが、それ自体は悪いことじゃねえんだ。ただ、そういう一面もあるって知っとけよって話だ」

 

「……」

 

カゲさんの話を聞いて、私は自分の考えの浅ましさに気付き、急に恥ずかしくなった。

私が腕を磨いて正隊員に上がりたいと願うように、コウさんにだって当然目標があるだろう。それが1位の座なのか、それ以外の何かなのかまでは分からないけど、コウさんほどの人が目指すものは決して安易なものではないはず…。

 

そう思った途端、私はコウさんに向けて、

 

「ごめんなさい村上先輩。今の話は無かったことにしてください。まだしばらく1人で頑張ります」

 

頭を下げながら弟子入りの件を辞退していた。

 

深々と頭を下げた私に対して、コウさんは気まずそうな雰囲気を帯びたまま声をかけてくれた。

 

「盾花さん。カゲはああ言うけど、オレは別に自分の時間が削られるとか、そういうのは全然考えてないよ。むしろ、人に教えるってことは自分がそのことについて深く理解してなきゃ出来ないことだから、君に何かを教えることを通じてオレも成長できる気がするし…。だから、君が教えてと頼むなら、オレは喜んで教えるさ」

「…いいんですか?」

「もちろん」

 

なんていい人なんだろう…。このままこの人の好意に甘えてしまいたくなるけど…、カゲさんに言われた事も含めて、一から全まで教わることはせず、なるべく村上先輩の手を煩わせないようにしようと決めた。

 

すると村上先輩は声を潜めて、クスっと小さく笑い、

 

「あと…、カゲはああ言ってるけど、アイツは君が成長するのをとても楽しみにしてるよ。この前なんて、『鋼、アイツが上を目指すのを焦って変な奴につっかかんねぇように、上手いこと伝える方法はあるか?』なんて相談してきたくらいでね」

 

と、内緒話をしてくれた。

 

「鋼!テメーそれはコイツに言うなっつったろうが!」

 

でもそれはカゲさんにも聞こえてたみたいで、カゲさんは慌てて怒鳴ってきた。

 

「ああ、悪い。すっかり忘れてた」

「見え透いた嘘つくんじゃねえ!」

「ひどいなカゲ。オレだって忘れることくらいあるぞ?」

「嘘ついてますって視線が刺さってんだよ!」

 

サイドエフェクト持ちの先輩2人が口論する中に私はニヤニヤと笑いながら割り込んだ。

 

「カゲさんって心配性なんですね」

「違…っ、そんなんじゃねーよ!」

「心配してくれてありがとうございます」

 

落ち着きがなくなって少し慌てたカゲさんが珍しくて、私は悪戯心でおちょくるようにそう言ったけど、それはカゲさんに見抜かれたみたいで、

 

「ほう……、いい度胸だな、タテバナ。ちょっとブース入れ」

 

カゲさんを軽く怒らせてしまった。

 

「いいでしょう」

 

それに対して何故か私も平然と答えて対戦が実現した。コウさんがやれやれ……、と言いたげに左手で額を抑えていたけど、見なかったことにした。

 

結果?

 

5戦全敗ですよ?全て瞬殺されました。カゲさん大人気ない。

 

*** *** ***

 

カゲさんが防衛任務、コウさんが鈴鳴支部でのミーティングという理由で2人とお別れした私は、ランク戦のロビーでぼんやりとしていた。

 

「カゲさんのスコーピオン、どうなってるんだろう……。あんなにみょーんって伸びるとか、剣じゃなくない……?」

 

戦ってわかったことだけど、カゲさんのスコーピオンは剣というより鞭に近かった。剣の間合いの外から高速で、それでいてしなりながら伸びてくる攻撃に対応できなくて、私はあっさり5敗した。

 

攻撃的な性質のブレードトリガーの中にありながら、シールドモードへの切り替え機能を搭載した……、言い換えれば、守備的な戦いが出来るはずのレイガストで、なぜロクに守れずに負けたのか。そのヒントを得るために、私はある人を問い詰めた。

 

「寺島さん、レイガストを扱うコツってありますか?」

 

その人は私のカウンセリングや研究に関することを担当してくれてる、寺島さんだった。一見、後数年放置したら鬼怒田さんと同じくらい丸くなってしまいそうなぽっちゃりさんだけど、その実、レイガストを開発した凄い人でもあります。

 

「コツ、ねえ……」

 

カウンセリングの最後に、何か質問ある?って聞かれたからレイガストについて尋ねてみたけど、真面目に答えてくれそうで安心した。

 

「コツ以前に、盾花さんは経験が足りないんじゃないかな」

「経験不足ですか……。毎日、コツコツとランク戦はしてるんですけど……」

 

しょんぼりしながら私が答えると、寺島さんは頭を軽く左右に振った。

 

「その経験じゃなくて……、ああ、いや。もちろん、実戦の経験も大事なんだけど、オレが言いたいのは、レイガスト以外の経験ってことだよ」

「レイガスト以外……、ですか?」

「そう。盾花さんはレイガストを使ってるけど、他のトリガーは使ったことが無いよね。だから、弧月を持った人がどんな攻撃をしてくるか、スコーピオン使いがどんな動きをするのかとか、その辺りの理解が、まだ足りないかもしれないっていうのはあると思うよ」

「なるほど……。でもC級だと、トリガー1つしか使えないんですよね……」

 

どうしようか私が悩んでいると、寺島さんがチラっと時計を見た。

 

「……30分くらいなら、大丈夫か……」

 

ボソッと呟いた言葉を私は逃さず聞き拾う。

 

「30分?なんのことですか?」

「うん。盾花さんが良かったら、レイガストのことを少しレクチャーしてあげようと思って。それの時間が30分くらいなら取れそうだなって思ってさ。どうかな?」

 

レイガストを創った人に、レイガストについてレクチャーしてもらえる。幸運すぎるほどの幸運に私は思わず飛びつきそうになるけど、さっきカゲさんに言われた言葉を思い出した。

 

「えっと……、本当に、いいんですか?寺島さん、無理してその30分を捻出してたりとか、本当はその30分で片付けたい仕事があったりとか……」

「盾花さんは心配性だね。でも大丈夫。無理して時間を作ったわけじゃないし、その30分で片付けたい仕事もない。遠慮しなくていいよ」

「う……」

 

寺島さんは多分、純粋に善意で言ってくれてると思うけど、そこまで堂々と遠慮しなくていいと言われてしまうと、逆に遠慮してしまう。

そんな私の心境を察したのか、寺島さんは少し悩むそぶりを見せてから、どこかわざとらしく頷いた。

 

「じゃあ、こうしよう。盾花さんの目に関して、少し検査したいことがあるんだ。レイガストを使って、少し立ち回りを確認すれば必要なデータが取れそうなんだけど……、30分くらい、時間を貰えないかな?」

 

寺島さんの言わんとすることを理解した私は、クスッと笑った。検査のためという建前を持ち出してきた寺島さんの作戦に、私は乗った。

 

「なるほどなるほど。検査のため、ということですね」

「そう、検査のためだ」

「じゃあ仕方ないですね。寺島さん、私の目の為に30分ほど検査(稽古)をお願いします」

 

側から見ればわざとらしいことこの上ない会話で、私は寺島さんに稽古をつけて貰えることになった。

 

*** *** ***

 

寺島さんが提案した稽古は、私が寺島さんが普段使っているトリガーにセットした色々な武器を使って、レイガストを持った寺島さんに攻撃を当てる、というものでした。当然、寺島さんはレイガストを使って真剣に守ってくるので、私はどうすればその守りを崩せるか、突破できるかを真剣に考える必要がある訓練でした。

 

寺島さんのトリガーでトリオン体を換装し直した私は、トレーニングルームに入った。先に入った寺島さんに向けて「お待たせしました」と言おうとしたけど……、

 

「……?」

 

トレーニングルームの中に、寺島さんの姿が無かった。いや正確には、寺島さんじゃない人が、いた。その姿は、寺島さんと同じような背の高さで、いつも寺島さんが着てるジャージと同じ服装をしてました。ただし、横幅が寺島さんより圧倒的に細かった。顔も余計なお肉が付いてなくて、イケメンな部類かなと思う。ちょうど、寺島さんからぽっちゃり要素を取ったらこんな感じかな、と思える人がそこにいました。

 

「えっと……、すみません、ここに寺島さんが来ませんでしたか?」

 

私が寺島さんの居所を確かめると、

 

「……盾花さん、それは何かの冗談かな?」

 

目の前の細島さん、いえ、寺島さんを細くしたような人が、寺島さんの声で答えました。

 

……本当は、うっすら思ってたんです。分かってたんです。でも、認めたくないじゃないですか。

 

「……寺島さん、ですよね?」

「うん」

 

細島さんが肯定した瞬間、

 

「嘘だっ!」

 

私は反射で叫んでました。

 

「私の知ってる寺島さんは、こう……、あと何年かしたら鬼怒田さんとマスコットキャラクターの座を争うようなぽっちゃりさんです!」

「従姉妹にも似たようなこと言われるよ」

「っていうか、その姿はなんなんですか!そんな瞬間ライザ◯プするなんて聞いてないです!」

「ああ、これは昔の……、エンジニアに転職する前のトリオン体なんだよ。動こうと思ったら、やっぱりこっちの方がしっくり来るから、戦う時はこの姿なんだ」

 

言われて私は、そういえば寺島さん昔は痩せてたみたいな話をどこかで聞いたなと、おぼろげに思い出した。

 

「まあ、オレの姿はさておき……。早速だけど、検査を始めようか。まずは、なんでもいいからセットしてあるトリガーを展開してみて」

「うう……、はい」

 

細島さんの姿のショックを引きずりながらも、私は言われるがままトリガーを展開しました。

 

選んだのは、スコーピオン。事前の説明では、とても軽くて形を自由自在に変えることができる、と聞いてたんですけど……、

 

「うっわ!軽っ!?軽すぎますよ!」

 

いざ持ってみると、その軽さに驚きました。レイガストと比べたら、そりゃみんなスコーピオン選ぶよね、って思うくらい軽かった。

試しにブンブン振り回すけど、普段レイガストに慣れたせいか、軽すぎて不安。なにこれオモチャ?ってくらい軽い……。

 

「レイガストに慣れたら、随分軽く感じるでしょ?」

「はい。……わー、そりゃこんなの持ってたら、早い動きで攻めてくるのが納得です……」

 

驚きが少し落ち着いたところを見計らって、細島さんが声をかけてくれた。

 

「さて、じゃあそろそろ攻めてみて。さっきも言ったけど、オレはひたすら守りに徹するから、どうすれば崩せるか、考えてみてくれ」

「はい」

 

返事をすると同時に、細様さんが構える。それを見た瞬間、

 

(あ、寺島さん強いな)

 

漠然と、私はそれを実感した。カゲさんやコウさんみたいな、強い人が出す雰囲気に近いものが、今の寺島さんから出てた。

 

どう攻めるか考えて、私は速さを重視した攻めをしようと決めた。これまでスコーピオンの人と戦った時、ちょっと嫌だな、なんかこれ苦手だな、って思ったスタイルを使って攻めることにした。

 

最短距離を今の私にできる最速で詰めて、スコーピオンを寺島さんめがけて振るう。速くて直線的な一閃を、寺島さんはシールドモードにしたレイガストであっさりと防ぐ。

 

鈍い金属音が響いて、右手を通して重い衝撃が体全体に広がる。私と寺島さん、スコーピオンとレイガストの重量差をはっきりと突きつけられ、この攻め方ではダメだと直感で理解する。

 

「なら……っ!」

 

素早く二歩下がって間合いを取って、そこから私はフェイントを織り交ぜる。踏み込んで斬る、と見せかけて間合いを開けて、寺島さんの防御のタイミングを外そうとする。フェイントの掛け方、速さ、リズム、色々試してタイミングを狂わせる。けど、なかなか寺島さんは崩れない。技術や経験の差が大きいのだと嫌でも思い知るけど、めげずにフェイントをかけ続ける。すると、

 

「っ」

 

一瞬、寺島さんの防御がブレて、表情も変わった。

 

ここだと私は判断して、鋭く踏み込んで本命の一撃を放つ。けど、

「なんちゃって」

あっさりそう言って、寺島さんは防御した。攻撃を誘われたんだと理解して恥ずかしくなるけど、すぐに次の手に移る。

 

「くっ…」

悔しがる表情を浮かべながら後ろに跳んで大きく間合いを開けようと見せかけて、スコーピオンを振るった。カゲさんがやっているような、スコーピオンを剣ではなくて鞭のように使う攻撃を見よう見まねで使った。

 

その攻撃をみて、寺島さんの表情がまた変わる。さっきと似ていて、でもさっきとは違う本物の焦りから生まれた表情だ。

 

でも、

「危ない危ない」

攻撃が届くより速く寺島さんの防御が間に合い、ギリギリで防がれてしまった。

 

「あーもう!決まったと思ったんですけど!」

「うん、今のは良かったよ」

 

そう答える寺島さんの声には、まだまだ余裕がありました。

 

 

 

 

それから私はトリガーを弧月、アステロイド、ハウンド……、と、色々と持ち替えて寺島さんと戦ったけど、結局攻撃を当てることは出来ませんでした。

 

30分はあっという間に過ぎて、元いた研究室に戻ってきて、細島さんから無事戻った寺島さんから講評を貰うことになりました。

 

「盾花さん、攻めの発想がいいよね。スコーピオンの伸ばすやつとか……他にも何回か、ヒヤッとする時があったよ」

「どうも……。でも結局、寺島さんの守りは崩せなかったです」

「守ることに全力をかけたからね。……、さて、レイガスト以外を使ってみて、どうだった?」

 

レイガスト以外のトリガーを使った感想を、私は素直に答える。

 

「ブレード系については、レイガストより軽いなっていうのが一番大っきいですね。速さではまず勝てないと思うので……だから、こう……、寺島さんが狙ってたみたいに、ガードするんじゃなくて、ガードに誘い込むっていう戦法を身に付けたいなって、思いました」

「お、いいね。伝えたかったことを、しっかり読んでもらえて嬉しいよ」

 

寺島さんは私との戦いで、一貫して『攻撃を誘い込む』という動きをしてくれた。来た攻撃を防ぐ、じゃなくて、防御ができる場所に攻撃させる、みたいな感じ。速さで劣るレイガストだからこそ、誘い込むことで劣る部分を埋める必要があったことを、他のトリガーを使ってみて気付かされた。

同時に、コウさんの防御がなぜ参考にならないと思ったのか理解できた。同じレイガストによる防御でも、コウさんは片手に弧月を持ってるから、防ぐとほぼ同時に攻撃に転じる、いわゆるカウンターのような動きになる。逆に今の私や寺島さんはレイガストしか持ってないから、流れるようなカウンターは出来ず、防御で相手の態勢を大きく崩すような事が必要だった。

言葉にすれば簡単なことでも、他のトリガーっていう視点がなかった私には、なかなか気づかなかったことだった。

 

「他には、何か気づけたかな?」

「えっと……、キューブを使った攻撃に対しては、強気で行ってもいいかなって思いました。シールドモードにしてダッシュをかければ、案外安全にレイガストの間合いに持ち込めるかなって」

「うん、それも正解。というかむしろ、レイガストはその為に作ったトリガーだからね」

 

そう言われて、私は前に寺島さん話していた、レイガストができた経緯を思い出した。

 

「弾丸トリガーに対抗するために作ったトリガー……でしたよね?」

「そうそう。今の時代はシールドもだいぶ優秀になったけど、昔は弾丸トリガーが強すぎる時代があってね……。二宮とか、今以上に手に負えなくて……」

「にのみや?」

「ん、ああ、今のシューター1位のやつだよ。でもあの頃は二宮だけじゃなくて、みんな弾丸トリガー使ってたんだよ。訓練生はもちろん、正隊員同士でも防御系トリガーが今よりだいぶ性能が低かったから、弾丸トリガー撃ってればとりあえず勝てる、ぐらいの時期だったから」

「えー……、なんか、つまらなそうですね」

「ああ、つまらないし、何より面白くなかった。だからオレは、耐久力が高くて弾丸トリガーに対応できるトリガーを……、レイガストを作ろうと思って、戦闘員からエンジニアになったんだ」

「ず…随分思いっきりましたね」

「元々が理系だったし、多分いけると思ってた。そんで、結果としてオレはレイガストを完成させた」

 

しれっと寺島さんは言ったけど、トリガーとかトリオンの未知の技術を使って1つの物を作り上げるのって、並大抵なことじゃないと思う。

 

でも、と寺島さんは少し寂しそうに言葉を繋ぐ。

 

「苦労して作り上げたレイガストは、そんなに人気が出なかったんだ。オレがレイガストを完成させる頃には、シールドの性能が今のものにだいぶ近くなってたし……というより、オレがレイガストのシールドモードを研究するうちに、その技術を流用してシールドが強化されてた」

「ああ、なるほど……」

「今までのものを強化したシールドと、これまでにない新作ブレードじゃ、どっちが使いやすいかなんて目に見えてた。あとは単に、アタッカーっていう人種はガンガン動いて攻めるのが多いから、重たくて攻撃力が他の2つより低いレイガストは選ばれにくくて……。たまに訓練生の子が使ってるの見るけど、次に見かけた時には違うトリガーに変わってることが多いし……」

 

俯きながら話す寺島さんからは、どよん、という音がピッタリな雰囲気が醸し出されてた。さっきまで生き生きしてた細島さんと同じ人物だとは思えない。

 

「……ほんと、我ながら不遇なトリガーを作ったもんだと思うよ」

 

寺島さんはどことなく苦しそうに言葉を吐き出したけど、それを見た私は思わず、

 

「そんなことないです」

 

と、寺島さんの言葉を否定していた。

ゆっくりと顔を上げた寺島さんと目が合う。少しだけ慌てたけど、私は一回、ゆっくりと呼吸を取ってから、そう思った理由を答える。

 

「確かに、今レイガストは人気が無いかもしれませんけど、決して弱いわけじゃないじゃないですか。コウさ……、村上先輩とか、えっと……、片桐隊?の雪丸さん?とか……、あと、あの……、筋肉が逞しい……」

「……木崎かな」

「あ、はい、その人です。その人たちを筆頭に、レイガストで強い人いるじゃないですか。本当に不遇なら、そういう人すらいませんよ」

「……、まあ、確かにそうかも。でも、村上はともかく、木崎のレイガストの使い方は……、オレが思ってたのと大分違うし……。それに、本来役立てて欲しかった弾丸トリガーへの対策にしたって、みんなシールド使ってるし……」

「それ!それですよ!」

 

シールドに言及した瞬間、私はそこに食らいつく。寺島さんが気にしているそこは、私が話を聞いてから、ずっと疑問に思ってたことだったから。

 

「寺島さん、なんでシールドに対して負い目を感じてるんですか!」

「なんでって……。オレがやりたかったのは、弾丸トリガー優位って状況を、オレが作ったもので崩したかったってことだから……」

「崩せてます!だって、寺島さんがレイガストを作ったからシールドが強化されたんですよね?だったら、寺島さんがレイガスト作らなきゃ、シールドは強化されなかったんですよ?」

「……っ、それは、そうだろうけど……。でも、オレがやらなかったとしても、そのうち誰かが……、室長とか副長、他のチーフがやってたんじゃないかな……」

「そうだったとしても、今のシールドを強化したのは寺島さんです。寺島さんがレイガストを作ったから、弾丸トリガーの優位は崩れたんですよ。寺島さんが思い描いたものとは違うかもですけど……、少なくとも私は、寺島さんが弾丸トリガーの優位を崩したんだと思います」

 

頑なに私は、寺島さんを助けるような熱弁を振るい続ける。自分でもなんで、こんなに口が回るのか、どうして寺島さんに言葉をかけ続けるのか、そしてなんで……、卑屈になる寺島さんに、心の中で怒っているのかが、分からなかった。

 

なんでだろうな、どうしてなんだろうと、理由を求めて私の頭の中で言葉がグルグル回る。そして、やっと、なんで自分がここまで必死になったのか、理解できた。

 

理解できたそれを、私は頑張って言葉にまとめる。

 

「寺島さんはもっと、自分がしたことに……、レイガストを作ったこと、誇っていいと思います。だって、レイガストが出来たからシールドが強くなって、正隊員の人たちは安心して防衛任務に行けますし……、それに、なにより……」

「何より……?」

寺島(製作者)さんが人が誇ってくれないと、それを使う人たちが誇れないじゃないですか。少なくともここに、咄嗟の時に目を守ることが出来るからって理由でレイガストを選んで、日に日に魅力に浸かっていく隊員……が……いるんですから、せめて、そういう人たちの前では、レイガストを誇ってください」

 

まとめてしまえば、そういうことだった。私は、自分が大好きな物を……、たとえそれのことを誰よりも知ってるであろう人であっても、大好きなものを可哀想な風に言われるのが、許せなかったんだ。

 

私の言葉がどんな風に寺島さんに届いたのかは、分からない。目が見えるようになって世界が変わったように感じてる私だけど、言葉は目に見えない。

 

「……盾花さん」

「はい」

 

それでも、私の名前を呼んでくれる寺島さんの表情はさっきよりも明るくて、きっと、良い方向に届いたんだと、私は信じたい。

 

だったのに、

 

「……今、しれっと言ったけど……、盾花さん、まだ隊員じゃなくて訓練生だからね?そこだけは訂正させて」

 

あろうことか寺島さんは私の発言の揚げ足を取ってきた。

 

「なんでそれ言っちゃうんですか!」

「いやごめん。でもどうしても気になって。そこだけなんか、言い方がぎこちなかったし」

「私だって言いながら『あ、間違えた……けど、まあいっか!ゴリ押そう!』って思ってたんですから、そこはスルーしてくださいよ!」

 

恥ずかしくて顔を赤くしながら私は抗議するけど、寺島さんはそれを笑顔で躱す。煙に巻かれたみたいな感じはあるけど、

 

(……だけど、とりあえず寺島さん笑ってくれてるから、それでいいかな)

 

形はどうあれ、寺島さんの表情を明るくできたから、それで良しとした。

 

*** *** ***

 

揚げ足を取られて不満そうにしていた盾花さんが落ち着くのを待ってから、オレはカウンセリングの最後の仕事として、数枚の書類を彼女に手渡した。

 

「盾花さん、これ、わかってると思うけどいつもの書類ね」

「あ、はい。申請書と受理書と、結果報告書ですよね」

「そうそう」

 

今でこそ、こうして普通に目を見て会話してるけど、生身に戻ると盾花さんの目は見えない。

申請書は、そんな彼女がボーダー本部以外でもトリオン体を使うためのもので、一週間のうち『この日のこの時間はトリオン体を使わせてください』と、あらかじめ要望として提出する、というものだ。まだ初期段階、ということで、彼女が基地外でトリオン体としていられる理由としえ受理されるものは『自宅での家庭学習の為』しか許可されてない。けど、これから少しずつ、許可される理由は増えていく予定だ。受理書は単に、申請書の内容を許可しましたよ、というもの。

結果報告書は、日頃の検査の内容や結果、それと彼女が自宅で適切にトリオン体を使っているか判断するもの……、早い話が、ペーパーテストの結果だ。

 

オレは一応、一枚一枚確認しながら盾花さんに書類を渡していく。けど途中で……何故か二枚重なってた結果報告書を渡そうとして手が止まった。

 

「これ……」

「……?寺島さん?どうしました?」

「いや、これ違う人の……那須の報告書が混じってた」

「ああ、手違いで来ちゃったんですね」

「そう。でもちゃんと盾花さんのはあるから安心して」

 

オレはそう言って、重なってた報告書の下にあった、盾花さんの結果報告書を手渡した。

 

報告書を見て、盾花さんは嬉しそうに頬を緩めた。

 

「結果がよかった?」

「はい。学力試験の結果が、前より良かったんです」

「お、それは良かった。……確か、ネットで家庭教師の人から勉強教えてもらってるんだっけ?」

「はい。市内に住んでる20歳の大学生の方なんですけど、その人すっごくいい人なんですよ。勉強は分かりやすく教えてくれますし、美人さんですし……、あと、休憩中のお話も面白いんです。よく話してくれるのは、趣味で作るチャーハンの話なんですけど、すごい独特な組み合わせの食材で、色んなチャーハンを作ってるらしくて……」

 

目を輝かせて話す盾花を見て、オレはその家庭教師が誰なのか大体察した。そして、盾花さんにとって、あいつが憧れの家庭教師のままであって欲しいと切に願った。

 

全ての書類を受け取った盾花が帰ろうとした矢先、オレは毎回言っている注意事項を盾花に言う。

 

「盾花さん」

「はい」

「申請書に書く時間なんだけど……。検査の一環ってこともあるし、出来れば正確に書いて欲しいとは思うけど、まあ、ほら……どうしても勉強の時間ぴったりにはいかないこともあるだろうから、多少申請した時間を越えてトリオン体でいても、少しなら誤差の範囲ってことでいいよ」

 

ひどく遠回しな言葉に乗せた意味を、盾花は理解して、微笑む。

 

「寺島さん、毎回ありがとうございます」

「気にしないでいいよ。ご両親と仲良くね」

「はい」

 

最後に丁寧なお辞儀をして出て行った盾花さんを見送って、オレは座っていた椅子の背もたれに体重をかける。日に日に、ギシ……っという軋む音が大きくなってる気がしないでもないけど、今はそれを無視する。

 

「盾花さん、か……」

 

初めて彼女のことを室長から聞いた時は、『面倒な話を持ってきたな』と、正直なところ思ってしまった。事情を知ればそんな思いをは減ってきたし、今ではむしろ、彼女と話すことが楽しみですらある。しかしオレの仕事が1つ増えたことには変わりなくて、それに対するモヤモヤとした感情は、心の隅に燻ってた。

 

でも今日、盾花さんから言われた言葉で、オレのモヤモヤが、少し晴れた。

 

「オレがしたことを……、レイガストを作ったことを、誇っていい、か……」

 

しっかりと目を見て言ってもらえたあの言葉が、柄にもなく嬉しかった。

 

(ああ、そうか……、オレはレイガストを、誇っていいのか……)

 

当たり前のことを噛み締めたけど、それがなんだか照れ臭くて、最後には盾花さんの言葉で煙に巻いて誤魔化した。

 

彼女に届いてないのはわかっているけど、オレは小さな声で、

 

「ありがとう」

 

心からのお礼の言葉を口にした。

 




ここから後書きです。

2話から3話の間に何があったのか。

最初、
「次は菊地原にしようかな……いやでも、そうしたら盾花はサイドエフェクト持ちばっかりに絡むことに……、まあいいや!書くぞ!」
からの、
「やっべえ、何回書いても盾花と菊地原の相性が思った以上に悪い。この内容載せたらJ◯SR◯Cに怒られる」
からの、
「盾花と菊地原の邂逅はまだ早かった……、よし、寺島さん行くぞ!」
ってなって、完成に至りました。

File4は誰にしようかな……。


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File4「王の気まぐれ」

コツコツと実力を身につけてきた女の子と、No. 1の実力を持つシューターの物語です。


 二度あることは三度ある。

 仏の顔も三度まで。

 三度目の正直。

 

 いろんなことわざにこれだけ「3回目」が強調されてることから、「とにかく3回目はやばい」と思いながら今日まで生きてきた私は、何事も「2回目」が来たら、「次はどうなるんだろう」と心の片隅でいつも思ってます。

 

 とりわけ私が今一番警戒してる「2回目」は「命の危機」だったりします。

 1回目は、大規模侵攻で視力を失いかけた時。

 2回目は、カゲさんに助けられたあの日。

 

 そして、3回目は……、

 

「ご……ごめんなさいぃ……」

 

 今、訪れました。

 

 

 

 遡る事、数分。

 私は今日も今日とてソロランク戦に励んでました。カゲさんに、コウさん、それに寺島さんからのアドバイスを貰ってる成果が出始めたのか、レイガストのソロポイントは順調に2500を突破。

 

(あと、1418ポイント……)

 

 左手の甲に表示されるポイントを見て、B級隊員という目標に近づいてきた事を実感してた私は、確実に浮かれてた。

 

 だから、

 

(さっきの試合は、踏み込みすぎたかな……。あと半歩浅く踏み込んでれば、相手のスコーピオンの間合いのギリギリ外からの攻撃になったはず……)

 

 休憩がてら訪れたラウンジで、飲み物片手に歩きながらさっきの負け試合の反省に気を取られて、後ろから歩いてきた2人組に気づくのが遅れました。

 

 話しながら歩いていたらしい2人組に、トン、と軽くぶつかった衝撃で私は前につんのめるように倒れて、転びました。手にオレンジジュースのカップを持っていたので、受け身が上手く取れず、中身も全部こぼしました。

 

 そして運悪く、

 

「……」

 

 私が倒れた先に、人がいました。当然のように、その人は背後からオレンジジュースを全身に浴びて、無言で佇んでいます。

 

 どうしよう、と私が判断に迷う間に、後ろから、

「やべ!」

「逃げろ逃げろ!」

 と小声でこそこそ話して走り去っていく足音が聞こえました。おい、私の耳舐めるなよ? 声覚えたからな? 

 

 私の殺意が逃げていく2人に向いた瞬間、

 

「……オレンジジュースか」

 

 ジュースまみれの男の人が低い声で呟いて、くるりと振り返りました。

 

 カゲさんよりも少し年上そうで、背が高く、180は余裕でありそうな、世間一般的にカッコ良い顔立ちにカテゴリされる人が、ポケットハンドしながら私の事をジロリと見つめてきます。

 

(あ、これはヤバいやつ)

 

 有無を言わさない圧を感じさせるその目線に気圧された私は生命の危機を察し、

 

「ご……ごめんなさいぃ……」

 

 多分人生で初めてと思えるくらい、素直に謝罪しました。無意識に土下座を決めてしまい、人は心から申し訳ないと思った時は身体が勝手に動くんだなぁと我ながら感心しました。

 

 私の謝罪に対して、その男の人は、

 

「いや、そこまでして謝らなくていい」

 

 意外なほどあっさりと、まるで怒っていない声でそう答えた。

 

「え……?」

 

「状況は見ればわかる。大方、後ろからぶつかってこられて、飲み物を零した先に俺がいたんだろう」

 

 オレンジジュースまみれでその人は冷静に分析します。

 

「むしろ……謝るのはコソコソと逃げていったあの2人だ。この場で素直に非を認めて謝ったお前を俺が叱るのは、割に合わない」

 

 だから顔を上げろ、と、その人はオレンジジュースをポタポタと滴り落としながら、どこか強制力を感じさせる声で私に土下座を解くように言ってくれました。

 

 指示に従って土下座をやめて立ち上がった私は、改めてオレンジジュースまみれのこの人の格好が心配になった。

 

「あの、その……せめて、クリーニング代を……」

 

「年下からそんな金を取るわけがないだろう」

 

「だったら、せめてタオルを! ダッシュで取ってきますから!」

 

「必要ない」

 

 言うや否や、その人はポケットからトリガーホルダーを取り出し、

 

「トリガーオン」

 

 トリオン体に換装し……

 

 いや、ちょっと待って? 

 なんでスーツ?? 

 何故おしゃれなデザインの黒スーツ??? 

 コスプレ???? 

 

「ひとまずトリオン体でいれば問題ない」

 

 超真面目な顔で言ってるけど、私は黒スーツに突っ込みを入れたくて仕方なかったです。

 

 突っ込みをしたい気持ちを必死で抑えて無言になった私に、黒スーツの人が尋ねます。

 

「……お前、名前は?」

 

「え、あ……。盾花桜……です」

 

「……たてばな?」

 

 珍しい苗字に訝しまれるのはいつものことなので、私は密かに得意にしてる名前の説明を披露します。

 

「はい。矛盾の『盾』に、花びらの『花』で、盾花。桜吹雪の『桜』で桜です」

 

「……そうか。お前が盾花か」

 

 私の事を知っていたような言い方をしたその人は、少し悩む仕草を見せたあと、一つの提案をしてきました。

 

「盾花。もしお前が、このことに対して少しでも悪いと感じているなら、この後少しだけ付き合え」

 

「ぇぴゃ?」

 

 まさかの条件を聞いて、私の口から変な言葉が飛び出てきました。

 

 少しどころか、全面的に非があるのはこっちなので私はその提案を断ることはできず、

 

「あの、その……具体的には、何にお付き合いすれば良いのでしょうか……?」

 

 自分でも驚くくらいの低姿勢で『付き合う』の詳細を尋ねました。

 

「そう構えるな。飯でも食いながら、少しお前と話したいだけだ」

 

「……それで許してもらえるなら、いくらでもお付き合いします」

 

 要求が思った以上に軽かったことに、私はほっと胸をなでおろしました。

 

「えっと……」

 

 ここで私は、まだこの人の名前を知らない事に気付きました。まさか『オレンジジュースの人』、『おしゃれ黒スーツの人』と呼ぶわけにもいかないので、名前を聞かなければ。

 

「……お名前は、なんて言うんですか?」

 

 その人は、堂々と名乗ります。

 

「二宮匡貴だ。……食堂に行くぞ」

 

 にのみやまさたか。にのみや……? ……どこかで聞いた名前だと思ったら、以前寺島さんが言ってたNo. 1シューターでした。

 

 1位にオレンジジュースを頭から被せるという失礼なことをしたと理解した私は、ガクガクブルブルと震えながら二宮さんの後ろをついて行きました。

 

*** *** ***

 

「ここの食堂を使うのは初めてか?」

 

 千円札を券売機に入れながら、ふと、思ったことを尋ねる。

 

「え、あ……はい。いつもは、お母さんがお弁当作ってくれるので……」

 

「そうか」

 

 いい親だな、と言おうか迷ったが、答えが出るより先に俺の手がジンジャーエールのボタンを押す。

 

 続けて『A級きまぐれチャーハン』のボタンを押したところで、盾花がいそいそと財布を取り出す姿が視界に入った。

 

「盾花」

 

「は、はい!」

 

「俺が誘ったんだから、俺の奢りに決まってるだろう」

 

「い、いいんですか……?」

 

 おっかなびっくりな様子な盾花に向けて、

 

「もちろんだ。食べたいものを選べばいい」

 

 遠慮なく食えと俺は伝える。

 

 それでも盾花はわずかに躊躇うような表情を見せた後、フルーツパフェの食券を購入した。

 

「……昼飯を食った後か?」

 

「あ、はい」

 

 盾花の返事を聞いてから、母親が弁当を作ってくれてるという話を聞いたばかりだったと思い出した。

 

「そうか……。じゃあ、昼飯に付き合わせたのは悪かったな」

 

「いえいえ! そんなことは! お金出してもらってるのに、そんな事思えません!」

 

 律儀な受け答えが多いな、こいつ。

 

 

 

 互いに買ったメニューを受けとり、俺たちは空いている席を探した。昼飯時は過ぎているはずだが、運悪く2人がけの席が空いてなくて、渋々4人がけのテーブルを選んだ。

 

「……どうした? 突っ立ってないで座ったらどうだ、盾花」

 

「はい!」

 

 良く通る良い声で返事をした盾花は、俺の正面の席に座った。……やたら背筋を伸ばして座る奴だな。

 

「……ひとまず食え。話はそれからだ」

 

「わ、わかりました」

 

 俺は遅めの昼食を、盾花はデザートをそれぞれ口にする。

 

 食べて一口目で、

 

「……このパフェ、すごく美味しいです……!」

 

 目を輝かせるとはこういうことか、と理解させられるような目で、盾花がパフェの感想を伝えてきた。

 

「ここの食堂は美味い。下手に知らない店でギャンブルするよりなら、ここで食うことを勧めるぞ」

 

「はい。……でも本当に美味しくて……無限に食べれそうです」

 

 パクパクとパフェを平らげていく盾花に、お節介だとは思いながらも1つ忠告をすることにした。

 

「……食べる時は、生身の方がいいぞ。トリオン体で物を食うと、消化効率が良すぎて体型維持が難しくなる」

 

「あはは、寺島さんもそれ言ってました。……でも私の場合……生身だと食べるの難しいところがありますし、ご飯の時は嫌な思いしたくないので、トリオン体の方がいいです」

 

 生身で食べるのは難しい。その言葉で、例の噂の真偽は図れた。

 

「……盾花」

 

「はい? なんですか?」

 

「……お前のことは、色んな方面から噂を聞いて知っていた。……目が、ほとんど見えていないそうだな」

 

 その一言で、盾花のパフェを食べる手が止まった。

 

「……気を、悪くしたか?」

 

「……そうですねぇ、パフェの味が薄く感じる程度には」

 

「……すまない。だが、これだけは先に言わせてくれ。決して、茶化すつもりがあったわけじゃない。純粋な興味だった」

 

 謝罪と本心を告げると、盾花はパフェにスプーンを刺してから苦笑いを返した。

 

「いえいえ、謝らないでください。……ジュースかけたのを許してもらった上に美味しいパフェまでご馳走になってるのに……。むしろ、性格の悪い答え方しちゃった私の方こそ、すみませんでした」

 

 ぺこりと、丁寧な所作で盾花は頭を下げた。今時の中学生はこんなに礼儀正しいのか……? と思いかけたが、そうやって一括りにしてしまうのも盾花に失礼だなと思い直し、こいつが特別礼儀正しい行動が取れるんだと納得することにした。

 

「少し図々しいかもしれんが……互いに非があったとして、手打ちにしてくれるか?」

 

「わかりました。お互いの悪かったことは水に流して、美味しくご飯を食べましょう」

 

 そう言って盾花は、再びパクパクとパフェを食べ始めた。……本当に美味そうに食うな。

 

 食事を再開した盾花に倣い、俺もチャーハンとジンジャーエールを交互に口に運ぶ。『A級きまぐれチャーハン』とはその名の通り、きまぐれに……日毎に中身が変わるチャーハンで、今日はエビチャーハンだった。

 

 パラパラと口の中でほぐれる米と、プリプリとしたエビの食感。時折顔を覗かせるピリっとした胡椒の辛さが絶妙なバランスで成り立っているチャーハンを食べていると、

 

「あの、二宮さん……」

 

 顔色を伺うような慎重な雰囲気で、盾花が話しかけてきた。

 

「なんだ?」

 

「その……色んな方面から噂を聞いたって言ってましたけど……私って、そんなに噂になるような事してるんですか……?」

 

「……そうだな」

 

 どう話していくべきか迷ったが、ひとまず俺は自身が聞いた順番にこいつの噂を説明していくことにした。

 

「盾花、お前……特例で入隊しただろ?」

 

「あ、はい。トリオン体を医療方面で活用するためのモデルケース、みたいな扱いで入隊したことになってます」

 

「その件が、各隊に通達されてな。特別何かをするように指示しないが、そういう隊員がいるという事を頭に置いておけぐらいの通達だったが……お前を知ったのは、それがきっかけだ」

 

 なるほど、と盾花は感心したようにコクコクと頷く。

 

「それから……お前、メイントリガーはレイガストだな?」

 

「はい、レイガストです」

 

「レイガストの訓練生は珍しい。正隊員でもレイガストを()()()まともに使える奴が少ない中……訓練生で、レイガストを使ってちゃんと勝てる奴なら、なおさら珍しい」

 

 言いながら俺はポケットの中に入れていた正隊員支給の携帯端末を取り出し、1つの戦闘ログを再生して見せた。

 

「あ、これ……私の?」

 

「そうだ。3日くらい前か……俺の隊にいる犬飼が、面白い訓練生がいると言ってこの動画を見せてきた」

 

 画面の中でレイガストを構えた盾花と、アサルトライフル形状のトリガーを構えた訓練生の戦闘が繰り広げられる。

 

「この訓練生のトリガーはハウンド……。普通、訓練生同士でアタッカーとガンナーが戦えば、マップの転送位置がよほど近いものでない限り、ガンナーが圧倒的に有利だ」

 

 事実、画面の中の訓練生もそれをわかっている動きをしている。寄られる前に、ブレードが届かない間合いから一方的に撃って倒そうという、面白みがまるでない戦法を迷わず展開しようとする。

 

 市街地Aのマップで開けた場所にアサルトライフルを構えた訓練生が素早く移動し、レーダーを見る動作をしながら盾花の位置を絶えず確認する。

 

 普通なら、これをされた時点で訓練生アタッカーは勝てない。開けた場所に相手がいるため建物を盾にする事ができず、銃口を直接向けられる射撃と、ハウンドを上空に撃つ時間差射撃をされれば、成す術なく倒される。

 

 そんな中、盾花は愚直に建物の陰から飛び出し、訓練生めがけて突撃を仕掛けた。格好のカモ、と言わんばかりに訓練生は盾花めがけてアサルトライフルの銃口を向けて引き金を引く。それに対して、盾花はあらかじめ右手に持っていたレイガストをシールドモードに展開して、きっちりと防ぐ。

 

 しかしそこで、ハウンド使いが動く。射撃を一旦やめて銃口を上空へと向ける。アタッカーにはどうしようもない筈の二段構えの射撃だが、そこで盾花が素早くレイガストを左手に持ち替えて、空いた右手を腰にさしていたレイガストのホルスターへと伸ばす。

 

 そして、あろうことか、ホルスターに事前に仕込んでいた石を取り出し、ハウンド使いへと投げつけた。投石というまさかの攻撃に、ハウンド使いがギョッとした顔になる。初めて俺がこのログを観た時も同じように驚いたし、犬飼も「すごいっすよね、これ」と言いながら笑っていた。

 

 アタッカーからの予想だにしない遠距離攻撃に驚き、ハウンド使いは思わずと言った様子でアサルトライフルを盾にする形で顔に向かって投げられた石を防いだ。

 

 トリオン体は本来、トリオンによる攻撃でしか基本的にダメージが入らない。投石など無視していい筈だが、頭でわかっていても生身の感覚が咄嗟に出る事も十分にありえる。

 

 だから、このハウンド使いがアサルトライフルで顔を守ってしまうのも、仕方ない行動だった。そして射撃が止まったその一瞬で、盾花は一気に加速して間合いを詰める。

 

 接近に気づいたハウンド使いが慌てて盾花に向けて銃口を向けて射撃するが、レイガストのシールドモードはその射撃を持ちこたえ、アタッカーの間合いへと盾花を踏み込ませる。

 

 シールドモードのレイガストを薙ぐように振るい、ハウンド使いが持つアサルトライフルを弾き飛ばし、満を持してブレードモードへと切り替え、深々と斬る。

 

 盾花の勝利が確定したところで俺は動画を止め、この戦闘に対する講評を語る。

 

「犬飼に……部下にこのログを見せられた時、素直に面白いと思った。普通訓練生が、手持ちのトリガー1つでどう戦うか考える中、目に入ったものをなんでも武器に使おうという発想が柔軟だった。対戦相手からは顰蹙を買うかもしれんが……不利な相手に腐らずに挑み、成果を上げるのは大したものだ」

 

「え、あ……ありがとう、ございます……?」

 

 なぜ疑問形なんだ? と内心思うが、別に訂正させるようなことでも無いため、俺は盾花に1つ質問をした。

 

「盾花。お前はこの戦闘で、なぜこういう行動に出たか説明できるか?」

 

「……えっと。まず、どうにかしてブレードの間合いに入らなきゃって思ったんですけど、相手がすぐに射撃有利な場所に移動しちゃって……。それで大抵、ああいう場所に陣取ったハウンドとバイパーの人って、上か横に大きく撃って時間差で同時に当たるような攻撃をしてくるので……」

 

 1つ1つ、その時の事をなぞって思い出すようにして、盾花は語る。

 

「時間差射撃されたら防ぎようがない……ので、どうにかして時間差射撃させないようにしなきゃって思って……。ハウンド自体は、シールドモードで十分防げるので。それで、最初はレイガスト投げようと思ったんです。でもそれだと、投げてから手元にもう一度展開する時間が無防備になっちゃうなって思い直して……そしたら、『別に投げるのはレイガストじゃなくていいのかな?』ってなって……目に付いた石を拾いました」

 

 あとはそれを実行しただけです、と、盾花は言葉を締めくくった。

 

「……そうか、わかった」

 

 ジンジャーエールを一口飲みながら、俺は思う。

 

(……C級の割に、きちんと思考が出来ているな。こいつが正隊員になって使えるトリガーが増えたら……面白い隊員になる)

 

 少し間を開けてから「話を戻すが」と前置きをして、俺はボーダーに流れている盾花の噂についての説明を再開させた。

 

「こういう食堂やラウンジにいると……どういうわけか、お前が盲目だという話が、訓練生同士で語られている。特に気にしてない俺の耳にも入ってしまう程度には、話題になってるぞ」

 

「……んー……、多分それは、私と同じ中学の人が話の出所だと思います。不登校決めてるのに、ボーダーにはほぼ毎日来てるのは、両立できてる人からしたら面白くないと思うので、そういう話が出回るのかなと」

 

 そう言って盾花は、つまらなそうな顔でパフェを一口摘んだ。直接聞いたわけではないが……目が見えないからこそ、学校では爪弾きにされたんだろうなと勝手に予想を立てた。

 

「学校は嫌いか?」

 

「……即答できるくらいの考えは、私の中には無いです。ただ、みんなと一緒に勉強してる時の、あの雰囲気は大好きです。でも、目が見えないってだけで不快な思いを嫌でもさせられるので、そこは嫌いです」

 

「そうか。……医療体制へのモデルケースの扱いを受けてるなら、日常生活用のトリオン体を作ってくれるよう、交渉したらどうだ? お前の問題は、目が見える日常を送れるようになれば、解決するだろう?」

 

 俺の提案を聞くと、盾花はにっこりと笑った。

 

「優しいんですね、二宮さん。……でも、大丈夫です」

 

「大丈夫……?」

 

「はい。元々、そういうトリオン体の話もあったんです。でも、試験段階の私に簡単にトリガー持たせてしまうと、後続の人にも軽々持たせてしまう前例を作ることになるので……正隊員になったら、私のために日常生活用の簡易トリオン体を作ってくれるって取り決めが交わされてます」

 

 そう言って盾花は左手の甲をかざし、レイガストのソロポイントを俺に提示した。

 

「今、2582ポイントなので……目標まで、あとちょっとなんです」

 

 レイガストで2582ポイントも稼いだのか……。

 

「そうか。……早くBに上がれるといいな」

 

「はい! ……でも、最近少し伸び悩み気味なんですよね。特に、シュータータイプのメテオラ使う人との戦績がよろしくなくて……」

 

 真面目か、こいつ? 

 

 どんな相手でも構わず4000ポイント稼げばいいのがB級昇格条件だ。戦いやすい対戦相手(トリガー)を選んでいけば楽だろうに。

 

「……無理して、相性が悪い相手と戦わなくていいだろう。C級アタッカーのうちは、アタッカー相手をメインにして戦えば楽だぞ」

 

「んー……それはそうなんですけど……。それだと、正隊員に上がった後……苦手な相手と戦わないといけなくなった時に、自分が困りません? 防衛任務で……このネイバーが苦手だから戦わない、なんてこと言ってられないので……」

 

 チマチマとパフェを食べ進めながら盾花は、

 

「もっと言えば……ランダムで対戦相手をマッチングしてくれる機能がほしいですね。……それで、転送されるまでお互いのトリガーがわからない状態にして戦闘開始が理想です。……本当の戦いの時、いつでも事前に相手の情報がわかるわけがないので」

 

 どこか勿体なさそうな顔で、そんな事を言った。

 

 ……面白いどころか、とんでもないC級がいたものだな。

 

「……盾花」

 

「はい?」

 

「……シュータータイプのメテオラ使いが苦手だと言ったな?」

 

「ええ、言いましたけど……」

 

「……お前との話を、随分と楽しませてもらった礼だ」

 

 

 

「食べ終わったら、ソロ戦用のブースに行くぞ。お前の苦手な相手を、俺が演じてやる」

 

*** *** ***

 

 とんでもないことになりました。

 

『盾花、確認するぞ』

 

 ソロ戦用ブース間の通信機能越しに、二宮さんが私に話しかけてきます。

 

『俺は、お前の苦手な仮想敵……シュータータイプのメテオラ使いを演じる。正隊員と訓練生間の戦闘でポイントは動くことはない……どうすればメテオラを掻い潜れるか、じっくり研鑽しろ』

 

「は、はい……!」

 

 誰か私に説明してください。オレンジジュースをこぼしたのが、どう転べばNo. 1シューターが私の個人練に付き合ってくれるように話が動くんですか……? 

 

『正隊員がいるブースをモニターに表示する方法は知ってるか?』

 

「あ、はい! このモニター下の、黒いボタンを押せばいいんですよね……?」

 

『そうだ。俺は210室にいるから、選べ』

 

 私は恐る恐る、モニターの黒いボタンをタッチして、正隊員の人をモニターに表示するモードに切り替えて、210室を探します。

 

 

 

 ……………………………………What? 

 

 

 

 なんか……とんでもないポイントのアステロイドさんがいます。

 

 私が知ってる中で一番ポイントが高い、コウさんのポイントを軽々越えてます。

 

 え、これはバグ表示とかじゃないの……? 

 

『盾花。俺のメイントリガーはアステロイドだが……模擬戦ではメテオラしか使わん。安心しろ』

 

 二宮さんが気を使ってくれてそう言ってくれますが、私の震えは止まりません。緊張なのか怖いのか武者震いなのか、それすら区別がつきません。

 

 そうして、あれよあれよという間に転送が開始され、市街地Aに飛ばされました。

 

 転送完了後、私は迷わずホルスターに差していたレイガストを抜き、シールドモードに切り替えました。私の感覚が、これをしなければ死ぞ? と叫んでます。

 

 でも、待てど暮らせど二宮さんは攻めてきません。多分、訓練生のメテオラ使いに多い、有利な場所を陣取るという動きをトレースしてくれてるんだと、私は少し考えて気づきました。

 

「……すぅ……はぁ……」

 

 意識して、1つ深呼吸。

 

「……よし、落ち着いた」

 

 二宮さんは、私が苦手な仮想敵を演じてくれると言った。なら、戦い方そのものはNo. 1シューターと呼ばれる二宮さんのものじゃなくて、私がいつも戦う訓練生のもの……それを二宮さんのクオリティでやってくれるだけのこと。

 

 それだったら、戦いようはある。勝率が悪いとは言え、全く勝てないわけじゃ、ない。

 

 せめて、一矢報いることはできる。

 

 自分に言い聞かせるようにした後、私は二宮さんの位置を確認する。広く、見晴らしがいい公園に陣取っているのをレーダーで見つけて、距離を詰める。

 

 接近しながら、私は私なりのメテオラ使いへの対策を復習する。

 

「……メテオラ使いは、まず1発撃たせる。爆発で煙を巻き上げて、それで視線を切ってからなんとか接近して、斬る」

 

 言い切ったところで、私は建物の陰から飛び出して、二宮さん目掛けて特攻する。

 

 お互いの動きはレーダーで見えてるから、二宮さんはポケットに手を入れた状態で私の出所をしっかりと見ながら、

 

「メテオラ」

 

 トリオンキューブを展開し……

 

 待って待って待って!? 

 キューブ大っきくない!? 

 

 私が驚いてる間に、二宮さんは容赦なくメテオラを撃ってきました。普通の人と違って、四角錐形状な不思議な形にキューブを分割してます。

 

 弾の初動を見て着弾地点を予測した私は、軽くステップを踏んで避けます。これなら地面に当たって爆発しても巻き込まれることなく……

 

 とか思ってたら、避けたはずのトリオンキューブが、地面に当たってとんでもない音と共に爆発しました。

 

「っっ!!?」

 

 咄嗟にシールドモードのレイガストを爆発した方向に向けて対応しましたが、

 

「敵から目をそらすな、盾花」

 

 その一言と一緒に二宮さんが追加のメテオラを撃ってきて、私は避けきれずにトリオン体を爆散させました。

 

 

 

 

 ボフン

 

 と、勢いよく元いたブースに戻された私は、思わず呟きます。

 

「……あんなの、私が知ってるメテオラじゃない……!」

 

 二宮さんのメテオラは、威力がおかしかったです。あれがメテオラだと言うのなら、私が今まで見てきたメテオラはメテオラじゃなく、めておらって感じです。

 

『盾花、どうする? 一本でやめるか?』

 

 ブース越しに聞こえてくる、二宮さんの声。

 

 圧倒的な実力差があるのは、今の一戦で嫌と言うほどわかりました。二宮さんが訓練生の戦い方をするという縛りがあっても、正直勝てる気はしません。

 

 でも……、

 

「……もう一本、お願いします……!」

 

 どうしてか、こうして二宮さんと戦えるのは、なんだか楽しいなと、思えました。

 

*** *** ***

 

 5戦5勝。

 

 盾花との模擬戦は、スコア上で見れば俺の圧勝で終わった。

 

『……ありがとう、ございました……。お疲れさま、でした……』

 

 通信システムを介して聴こえてくる、盾花の声。

 

「……お疲れさん。……盾花、メテオラ使いへの対策は練れたか?」

 

 俺は、()()()()()()()()()()を尋ねると、

 

『はい……! 3戦目から、ちょっと掴めました……!』

 

 自信を潜ませた声で、盾花はそう答えた。

 

「ふ……だろうな。戦う前から、お前が投石を利用してメテオラを誤爆させ、誘爆させてくる戦法に辿り着くのは予想できていたが……。それでも、最終戦のアレは少し予想外だったぞ」

 

『あはは。アレはたまたま上手くいっただけですよ。二宮さんくらいのメテオラが無かったら、メテオラにレイガストをいい感じの角度で投げつけて、爆発して戻ってきたレイガストを掴むなんてことは、できなかったです』

 

 そう。こいつはあろうことか最終戦、自分の唯一の武器を手放すという選択を取った。4戦目で投げた石がメテオラに当たらず誤爆させるのに失敗したからか、最終戦には石よりも大きく確実に当てられるであろうレイガストを投げつけてきた。その上、爆発したメテオラが吹き飛ばしたレイガストは投げつけた軌道をなぞるように戻っていき、盾花の手に再び収まり、同じ手法で盾花はメテオラの第2波も防いだ。

 

 発想は良かった。

 

 そして、第3波までに十分に間合いを詰めた盾花は、レイガスト投げではなく、シールドモードで受けきる形を選んだ。

 

 その判断自体は、正しい。

 

 あれ以上近寄られたら、メテオラで俺自身が危なくなる可能性が高く、キューブを再度展開して威力を下げて設定しなければならなかった。

 

 だが、俺のメテオラを3度受けた盾花のレイガストは限界だった。2度目までは爆風の余波程度で済んだため損傷はそこまでなかったようだが、3度目の攻撃をまともに受けた時点で盾花のレイガストは耐えきれず砕け散り、トリオン体ごと粉々に破壊してしまった。

 

『惜しかったんですけど……やっぱりNo. 1シューターの名前は本物ですね。敵う気がしなかったです』

 

 悔しそうに盾花は言うが、実際にこいつは本当に惜しかった。

 

 こいつに伝えてはいなかったが、戦う前から俺は、キューブの分割は6まで、時間差射撃は第3波までと決めて模擬戦をしていた。

 

 だから、もし。

 

 盾花のレイガストがあのタイミングで持ち堪えたなら。

 

 もっと早く盾花が俺との間合いを詰めることができていたら、

 

 他のトリガーが、何か1つでもあったなら。

 

 何か1つ歯車がズレていれば、俺は最終戦負けていたかもしれない。

 

 あり得た可能性に思考を向けて無言になっていた俺に、

 

『でも……二宮さん、本当にありがとうございました』

 

 盾花は再び、お礼の言葉を告げた。

 

「……礼には及ばない。俺の気まぐれに、お前を無理やり付き合わせたんだからな」

 

『いえいえ。十分対策になりましたし……それに……』

 

 少し言葉を止めて間を開けてから、盾花は答える。

 

『これで、私の中のメテオラ使いの基準は、二宮さんです。シューター1位の二宮さんに比べたら、同じ訓練生のメテオラ使いはちっとも怖くないです』

 

「……そうか」

 

 1位を見据えて基準に据える意識は素直に褒めたいが……ほんの少しだけ、癪に触る部分があった。

 

「……盾花」

 

『はい?』

 

「……Bに上がったら、いつでも俺に声をかけろ。本当の俺の戦い方を、お前の中の基準に据え直してやる」

 

『わ……わかりました……!』

 

 約束忘れませんから、と、小さな声で盾花が付け加えたところで、俺はブースを出るぞと断りを入れてから、ソロランク戦のロビーへと出た。

 

 すると、

 

「あら……二宮くんがこんなところにいるなんて、珍しいじゃない」

 

 ロビーにいた見知った顔が、俺に声をかけてきた。

 

 加古望。かつて同じ師の下でチームを組んだ仲間だ。

 

「加古か。お前こそ、ここに来ることなんてあんまり無いだろう」

 

「あら、そんな事ないわよ? 腕の立つ新人がいないか、時々チェックしに来てるわ」

 

「ふん……。なら、今日もそのチェックとやらでここに来たのか?」

 

「いいえ。どこからとは言わないけど、二宮くんが新人を虐めてるって話が流れてきたから、観に来ただけよ。まあ、観に来たら丁度終わったところだったけどね」

 

 こいつ、わざわざあんな風に聞いておきながら確信犯か。

 

「……言っておくが、あくまで訓練生と模擬戦をしていただけだ」

 

「あら、どうだか……」

 

 そうして加古と話していると、

 

「あ、二宮さんいた! ちゃんとお礼言いたくて……」

 

 ブースから盾花が出てきた。

 

「丁度いい。盾花、この女に俺がお前の訓練に付き合ったと言ってやってくれるか?」

 

 盾花に弁解を頼んだが、

 

「……」

 

「……」

 

 どういうわけか、盾花と加古は見つめあって動きを止めていた。

 

 すると、

 

「……もしかして、桜ちゃん?」

 

 加古が盾花の名前を呼んだ。

 

 なんだ、こいつら知り合いだったのか……と俺が思っていると、

 

「もしかして……望先生ですか?」

 

 盾花がまさかの言葉を口にした。

 

 

 

 ……先生? 加古(こいつ)が?




ここから後書きです。

盾花はいきなりスーツになった事に驚いただけで、二宮さんの黒スーツ自体はカッコいいと思ってます。


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File5「イニシャルKの理解者」

もう掴めないと思ってた普通を手にしようとする女の子と、彼女の求める普通を全力で応援する大学生の物語です。


「結論から言うと、家庭教師と生徒よ」

 

 ラウンジに移動して飲み物を買い、席についてすぐに、加古のやつは結論から語った。

 

「……家庭教師? お前がか?」

 

「そうよ。少し前に家庭教師のバイト始めたこと、言ってなかったかしら?」

 

「言ってないだろう」

 

 完全に初耳な情報だ。しかし加古は、そんなことないわと言いたげな表情を見せた。

 

「言ったと思ってたけど……。二宮くん、もしかして記憶力が鈍いのかしら?」

 

「ほう……。加古、高校の頃の試験の成績を出せ」

 

「ごめんなさいね、二宮くん。私、無駄に過去は振り返らない主義なの」

 

「大学の直近の試験でもいいぞ」

 

「あの試験は私、本気じゃなかったのよ」

 

 のらりくらりと俺の質問を躱す加古に、どうにか成績表を出させる方法がないものか……と考えながら、俺はさっき買ったジンジャーエールを一口飲む。

 

「お二人は、仲が良いんですね」

 

 俺たちのやり取りを見て盾花がニコニコと笑いながら、心の底からそう思ってますと顔に書きながら言ってきた。

 

「違うぞ、盾花。こいつとは同期入隊で、昔同じチームだっただけだ。特別仲がいいわけじゃない」

 

「えー……でも、それだとしても羨ましいです。私、同期がいないので……」

 

 そう言って盾花は温かいカフェオレを一口飲んだ。本当はココアが飲みたかったらしいが、いざ自販機で買おうとしたところ売り切れていて、

「ココア、また売り切れてる……」

 と言ってうなだれ、渋々カフェオレを買っていた。……あいつ、またココアを買い占めたのか。

 

 ぺは、と盾花がストローから口を離したところで、加古が盾花に話しかけた。

 

「それにしても……まさかこんな形で桜ちゃんと会えるなんて、ビックリだわ」

 

「あはは、私もです。加古先生、思ったより背が高くてびっくりしました。モデルさんみたいです」

 

「あら、ありがとう」

 

 ……思ったより背が高い? 

 

 楽しそうに会話する2人に違和感を覚え、俺は口を挟んだ。

 

「家庭教師と生徒なのに、初めて会ったのか?」

 

「そうよ。だって私、桜ちゃんとの授業はネット使ってるもの」

 

「……なるほどな」

 

 ネット方式か。家庭教師は家に赴くもの、と思い込んでいたから、そこに気付けなかったな。

 

「……しかし、お前が家庭教師か……どういう経緯だ?」

 

「家庭教師のバイトしてる友達に『試しにやってみない?』って誘われたのよ。面白そうだし、興味も全くないわけじゃなかったからオーケーしたわ」

 

「随分気軽だな」

 

「何事も始めるのに、いちいち重苦しく悩む必要こそないのよ」

 

 ドヤ顔で持論を語る加古と、それを『加古先生カッコいい……』みたいな目で見つめる盾花の構図は、見てる分には面白いな。

 

「……というかね、私の方こそ、2人に接点があったことに驚いてるわ。どういう繋がりなの?」

 

「あ、それはですね……」

 

 加古(先生)の質問に、盾花(生徒)は素直に答える。俺と盾花が出会ったさっきのエピソードを語り終えたところで、

 

「あっははは! 桜ちゃん、いい仕事するわね!」

 

 加古は心底楽しそうに笑った。

 

「いや、でも……偶然とはいえ、本当に申し訳ないことを……」

 

「気にしなくていいのよ。それより桜ちゃん、オレンジジュースまみれになった二宮くんの写真とか撮ってない?」

 

 おい、やめろ加古。

 

「い、いえ! 撮ってないです! 二宮さん、すぐにトリオン体に換装されたので……」

 

 おい、余計な事を言うな盾花。

 

 案の定、加古がキラキラと目を輝かせながらスマートフォン片手に俺の方を向いた。

 

「二宮くん、ちょっとトリオン体解いてくれない?」

 

「断る」

 

*** *** ***

 

 中学三年生の子を担当して、と言われた時、私は正直困った。

 

「中学三年生のこの時期()って……受験直前よね?」

 

 バイトに誘ったその友達に確認するように言うと、すぐに、

 

「その点は大丈夫! なんか、その……イジメで学校行けなくなって、勉強が遅れた子らしいから……」

 

 という、なんとも困った事情……少なくとも、受け持ち1人目としてはどうなの? と言いたくなる事情を知ってしまったと思ったわ。

 

 大方、受験シーズンの子に集中したいから私をスケープゴートにしたのね。これは許せないわ。いつか私のドライブにとことん付き合ってもらうわよ。

 

 困った事情があるとは言え、一度やってみると言った手前だし、断ることはせずその子を受け持つことにした。ただし、

「受け持ち1人目でそんな特殊な子を任せるんだから、私が慣れるまで他の子は受けないわよ?」

って条件を友達を通して塾に伝えたわ。塾からは「その分バイト代は覚悟しておきなさい」と言われたけど、私はそもそもお金のために始めたわけじゃないし、そこは別にどうでもいいのよ。

 

 いざ、授業を始めるためのテキストやらネット環境を整備し終えて、これから授業が始まる時になって……あと数分で授業を始めるところで、私は自分が多少なりとも緊張している事に気づいたわ。

 

 言っちゃ悪いけども、イジメられる側にもイジメの標的になってしまう『何か』はある。もちろん、イジメをする側が100%悪いのだけども……イジメを受ける側にも、不特定多数の中から『こいつをイジメよう』と思わせてしまう『何か』は、ある。

 

 もしその『何か』が……その生徒の性格や内面……変えようのない部分だったら、正直困るなと、私は思ってしまった。

 

(……せめて、そういう部分に問題がない子がいいわ……)

 

 そんなことを考えている間に、授業開始の時間になった。

 

 インターネットとウェブカメラが、(先生)と生徒のパソコンを繋ぎ、画面に相手の姿を映し出す。

 

『……み、見えてます……か?』

 

 画面の向こうにいたのは、大人しそうな1人の女の子。

 

「……ええ、見えてるわよ」

 

 ひとまずその声に答えると、安心したような、でもそれ以上に嬉しさが勝る笑顔を、その子は私に向けた。

 

『よ、よかった……。こんな風にインターネット使うの、本当に久々で……カメラ繋ぐのとかも初めてだったので……』

 

 一安心、という言葉がぴったり合う安堵の表情を見せたところで、その子は折り目正しく背筋を伸ばしてから一礼して、

 

『初めまして、先生。私は盾花桜と言います。今日から、よろしくおねがいします』

 

 珍しい苗字と、春を思わせる響きを組み合わせた名前を名乗った。

 

「……こちらこそ、よろしくね桜ちゃん。私は加古望。……最初に言っておくけど、私、こうやって家庭教師をやるのは貴女が初めてなの。色々ぎこちないところがあると思うけど、そこは目を瞑ってね」

 

『目を瞑る……ふふ。わかりました!』

 

 ちょっと待って? 

 なんでこの子今笑ったの? 

 私、何か変なこと言った? 

 

 なんだか釈然としないわと思いながらも、その日から私と桜ちゃんの授業は始まったわ。

 

 

 

 

 

 

 週3コマの授業ペースで私と桜ちゃんが画面越しに会うようになって、2週間。私は正直、桜ちゃんがイジメの標的になる理由が全く理解できなかった。

 

 勉強を理解する速度も十分早いし、それ以上に理解度が深い。授業が終わって、

『あそこの教え方、不親切だったかしら?』

と思うようなところも、次の授業が始まる時には、

『この前の授業で教えてもらったところって、こういう事ですよね?』

みたいに確認と自分なりの解釈をしてくれるし、その解釈も見事に正解。

 

 授業の中のちょっとした休憩時間でも、私に嬉々として、

「大学ってどんなところですか?」

「望先生、運転免許持ってるの? すごい!」

「この前買った飲み物が美味しかったんです!」

 みたいな雑談も、楽しそうに振ってくる。

 

 なんて言うか、クラスに1人は居る……クラスメイト全員から、

『〇〇? いい人だよ?』

って即答されるような、良い人が第一印象になるような子だと思う。

 

 素直で、明るくて、受け答えにも問題ない。

 

 どうしてこんな子がイジメで不登校になったのか、興味がないわけじゃない。

 

 でもそれを尋ねるのは、絶対にやってはいけないとわかる。

 

 現に、桜ちゃんも色んな話題を振るけど、その中に自分の学校生活に関わる話題は何一つない。

 

 だから私も、桜ちゃんが自分の学校のことを連想してしまうような話題は避けるようにしていた。

 

 そんなある日……いつも通り授業をして、休憩時間になった時、

 

『あの……望先生は、恋人さんはいるんですか?』

 

 桜ちゃんはしれっと、そんな質問を投下した。

 

「いないわね」

 

 モニターの向こうで姿勢正しく座る桜ちゃんに向けて偽らず正直に答えると、ちょっと残念そうに眉を八の字に変えた。

 

『そうなんですか? 望先生、優しくて綺麗でお料理も上手だから……恋人さんいるのかなって思ったんですけど……』

 

 この子は本当に、息をするように私をおだててくれるわね。もっと褒めてちょうだい。

 

『じゃあじゃあ、恋人さんじゃなくても、この人いいかも、って思えるような人はいますか? 大学とか、望先生のもう1つのバイト先とかに!』

 

「うーん……」

 

 椅子の背もたれにぐぐっと体を預けながら、キラキラとした無垢な目の桜ちゃんを見て……まだ伝えてない『もう1つの職場(ボーダー)』にいる身近な男子を、私は思い浮かべるけど……

 

(単位を落としかける太刀川くんに、迷わず隊服をスーツにする二宮くんに、毎回美味しさのあまり感動して倒れて炒飯の感想を言ってくれない堤くんに……)

 

 まともなのが居ないわね、同い年組。多分一番まともなの、仏のように優しくてお金持ちの来馬くんかしら。

 

「残念だけど、桜ちゃんにお見せできるほど、まともなのは居ないわね」

 

『……望先生のもう1つのバイト先は、魔境か何かですか?』

 

「魔境というか……変態の集まりね」

 

『へ、変……っ!?』

 

 言葉を素直に受け取ったのか、桜ちゃんは顔を真っ赤にしてアワアワとした可愛らしい反応を見せてくれたわ。ボーダーで感覚が麻痺してたみたいだけど、変態は褒め言葉にならないのね。

 

 慌ててる桜ちゃんを見てるのが面白くて、私はつい、質問を返した。

 

「そういう桜ちゃんこそ、恋人とか、好きな子とかいないの?」

 

 言ってすぐに、失敗したなと私は後悔した。

 学校での事を連想してしまう質問を避けてきたのに、この質問は……と後悔しかけたけど、

 

『……好きな、人……』

 

 私の予想に反して、桜ちゃんは『今まさに思い浮かべてる人がいます』とバッチリ顔に書いてあるような照れ顔を見せてくれた。

 

 私の本能が、ここで全力で桜ちゃんをイジりなさいと叫び、それに私は従う。

 

「なになにどんな人? 教えて教えて」

 

『えっと、その……好きな人というか、なんというか……』

 

 いつも素直に答えてくれる桜ちゃんが珍しく言葉を濁したのを見て、これはガチだと察したわ。

 

『うー……望先生、どうしても言わなきゃダメですか……?』

 

「ふふ、さすがにそこまでは言わないわよ。ただ、ここで教えてくれないと授業中にちょくちょくこの話題を振るわ」

 

『うぇあ……っ!』

 

 可愛らしいうめき声をあげた桜ちゃんは、どっちの恥ずかしさを取るか迷ったような葛藤の表情を見せた後、

 

『……うぅ……今、話します……』

 

 りんごみたいに真っ赤な顔で観念してくれたわ。

 

「うんうん。桜ちゃんが素直な子で、先生は嬉しいわ。それで、どんな人なの? 同い年?」

 

『年は……向こうの方が、年上です。今……高校三年生です』

 

 あら意外。不登校だっていう桜ちゃんがどこで年上と接点があるのかしら? 

 

「年上なのね。……背はどう? 高いの?」

 

『高い方……だと思います。えっと……180ギリギリ届かないくらい……?』

 

 ふむふむ、平均よりは高いのね。

 

「なるほど……性格はどう? 優しい?」

 

『んー……優しいですけど、普段はちょっとぶっきらぼうというか……。私は優しいって知ってるけど、周りの人はもしかしたら、そう思ってないかも……です』

 

 わかりにくい優しさね。不良タイプか、照れ屋さんなのかしら。

 

「そう……。じゃあ、2人はどんなところで出会ったの?」

 

『出会いは……その……ごめんなさい。それはちょっと……言えない、です』

 

 ……そこは言えないの? 

 

「ううん、無理に教えてくれなくてもいいのよ、気にしないで。……あとは、そうね……その好きな人は、桜ちゃんのことなんて呼んでくれるの? 名前呼び?」

 

『呼ばれる時は、「タチバナ」って呼ばれます』

 

「……桜ちゃん、苗字は『タテバナ』よね? その人、間違って覚えてない? ちゃんと訂正した方がいいわよ?」

 

『あ、いえ……毎回「タテバナ」ですって言ってますから、大丈夫です!』

 

 いやいや、それは大丈夫じゃないでしょ? 毎回訂正してるのに呼び方直さないの、ちょっとヤバいわよ? 

 

 なんだか雲行きが怪しくなってきたわね……。

 

「……桜ちゃん、その人の良いところってどこかしら?」

 

『良いところ……。いっぱいありますけど、一番は戦……じゃなくて、えっと……喧嘩が強いところかなと思います!』

 

 桜ちゃんの好きな人ヤバくない? この子なんか騙されたり、脅されたりしてないわよね? 

 

「……桜ちゃん」

 

『はい? なんですか?』

 

 会ったことがない人に対してこんな風に言うのは失礼かしら……と思うけど、人生の先輩として、一言言わないといけないわね。

 

「桜ちゃんくらいの年頃だとね、年上のそういう人がカッコよく見えるかもしれないけど……、早まっちゃダメよ。世の中にはたくさんの人がいるんだから、もう少し色んな男を見た方がいいわ」

 

 上手く伝えたいことが伝わったかしら……と思ってたら、桜ちゃんは一瞬キョトンとしたあと、控えめな笑顔を零して、

 

『……あはは、そういうのじゃないですよ、望先生』

 

 柔らかく、私の言葉を否定した。

 

『えっと……もちろん、その人のことは格好いいというか……素敵というか、魅力的というか……そういう風に全く見てない、って言ったら嘘になっちゃうんですけど……』

 

 言葉を選びながらゆっくりと、どこか物悲しそうに桜ちゃんは心の内を私に伝えてくれる。

 

『……でも、そういう感情以上に……私の中にある、あの人に向いてる1番大きくて大切な感情は、感謝なんです』

 

「感謝?」

 

『はい。……その、詳しいことは言えないんですけど……私が今こうして、望先生に勉強を教えてもらえるのも、その人のお陰なんです』

 

 目を閉じて、桜ちゃんは一言一言大事そうに、思いを告げる。

 

『あの人は文字通り、私の人生を変えてくれて……私の世界を明るくしてくれた人なんです。だから、その……好き、というよりも……』

 

 恥ずかしくて照れる、というのはこういうこのなのねと思わせるくらい桜ちゃんは顔を赤らめて、

 

『……一生をかけて、恩を返したい人……かなぁ……』

 

 思い描く好きな人のことを、そう形容した。

 

「そう……」

 

 気になるなと、私は思う。こんな子に、ここまで思われて、そこまで言わせる人がどんな人か、すごく気になる。

 

「本当に、大切な人なのね」

 

 いつか桜ちゃんに会えることがあったら、ぜひその好きな人を一目見せてもらいたいわと思うけれども、

 

「あと、これはあまり関係ない話だけれども……私、授業内容を振り返るためにって名目で毎回授業風景を録画してるの」

 

『ふぇ!?』

 

「もちろん、今の桜ちゃんの可愛い表情もバッチリ録画されてるわ」

 

 今は、この可愛らしく弄りがいがある生徒のことを、全力で弄ることにしたわ。

 

『の、望先生! そんなの聞いてないです!』

 

「あら? 家庭教師契約の時の書類に明記してあったと思うけど……」

 

 ぶっちゃけ嘘なんだけれども、画面の向こうで桜ちゃんは私の言葉を信じてあたふたと慌てるのが面白くて、私はニヤニヤと意地の悪そうな笑顔を向ける。

 

「さーて。休憩時間はそろそろ終わって、授業再開するわよ、桜ちゃん」

 

『じゅ、授業に身が入る状態じゃないんですけど!?』

 

「はい、テキストの23ページを開いて……」

 

『無視しないでくださいよ望先生ー!』

 

 なんて抗議しながらも桜ちゃんが律儀にテキストのページをパラパラとめくるのを見て、この子は本当に真面目ね……と、私は改めて思ったわ。

 

*** *** ***

 

 私があんまりにも二宮くんを弄るものだから、

 

「……シャワーを浴びてくる」

 

 ってぶっきらぼうに言って二宮くんが席を立ってから、早20分。

 

「なので、まだ契約上は本部の外だと家の中で、申請した時間内でしかトリオン体は使えないんです」

 

「へえ……ってことは、桜ちゃん私との授業の時は訓練生用のトリオン体だったのね?」

 

「はい。……望先生と授業してる時は無いですけど、一人で勉強してる時とか、油断して力入ってシャーペン折っちゃう時、あります」

 

「あー、トリオン体あるあるね。日常の動作で無意識に力入っちゃうというか、力加減間違えちゃうやつ。慣れればだいぶマシになるわよ」

 

 私の桜ちゃんは、とりとめのないことを話していた。

 

 リアルで会う桜ちゃんは画面越しで見るよりも、笑顔がよく映える女の子だった。ただ、それだけに……目元に残された事故の傷が浮き彫りになってしまう。ちょっともったいないなと思いながら目元の傷を見ていると、桜ちゃんは私の視線に気づいたみたいで、

 

「……傷、気になりますか?」

 

 淡々と、そう言った。なんて事ない風を装ってるように見えるけど、だいぶ無理をしてその一言を絞り出したと、私には思えて仕方なかった。

 

「……そうね。画面越しで見てた時から、桜ちゃん可愛らしいから、ちょっともったいないなって思ってたけど……。でもそれ、トリオン体の設定で消せるわよね?」

 

「ですね。最初に寺島さんからも、消せるよって言われたんですけど……」

 

 桜ちゃんは机の上で自分の指を絡ませながら、ほんの少しだけ瞼を伏せて、

 

「でもこの盲目(キズ)は……私が一生かけて付き合うものなので。……周りの人に不快な思いをさせたり、場合によっては消すこともすると思いますけど……そうじゃない限りは、消さずに行こうかなって、思ってます」

 

 控えめな笑顔で、静かに決意を露わにしてくれた。

 

「まあ、流石に街中を歩けるようになったら、その時は消そうかなって迷っちゃうんですけどね!」

 

 少し空気がしんみりしたけど、桜ちゃんは自分でそれを明るいものに戻そうとして、元気なトーンで話題を変えてくれた。

 

「街中を……ああ、さっき言ってた、日常生活用トリオン体が使えるようになったらってこと?」

 

「はい!」

 

「そのトリオン体、戦闘用のトリオン体と何が違うの? 身体能力?」

 

 私の質問に桜ちゃんは楽しそうに、もうすぐ訪れる未来を思い描いているような顔で答えてくれる。

 

「そうですね。身体能力を大きく落として……それこそ普通の人と同じくらいまで、落としてくれるそうです。これでシャーペンをポキポキ折っちゃうことも無くなりますし……なにより、これで本部と家の中以外の景色を見れるようになります!」

 

「ふふ、それは良かったわね。……外に行けるようになったら、ここに行きたいとか、そういうのはある? 良かったら、私が車で連れて行ってあげるわよ?」

 

「いいんですか!?」

 

「もちろん」

 

 私の提案を桜ちゃんは満面の笑みで受け入れたけど……すぐになぜか、照れ臭そうな表情へと変わった。

 

「……? どうかしたの?」

 

「あ、いえ……。その、行きたい場所はあるんですけど、わざわざ車で連れていってもらうほど遠くじゃなかったなって思って……」

 

 どこかしらね……気にはなるけど、表情はあんまり深く追求されたくもなさそうに見えるわ。

 

「あら、そうなの? まあ、いいわ。もし遠くに行きたい時があったら、いつでも声をかけてちょうだいね?」

 

「はい、わかりました!」

 

 桜ちゃんが元気よく返事をしたところで、

 

「……こりゃまた、どういう組み合わせだ?」

 

 座ってたテーブルのそば……桜ちゃんの斜め後ろにいつのまにか立っていた、私に話しかけてくるのが珍しい子が声をかけてきたわ。

 

「あら、しばらくぶりね、影浦くん」

「カゲさん!」

 

 私たち2人が声をかけると、

 

「……タチバナ。このファントムばばあと、どういう知り合いなんだ?」

 

 影浦くんは私じゃなくて桜ちゃんに声をかけたわ。

 

「タチバナじゃなくてタテバナです! ……というかカゲさん!? 今望先生に向けてファントムばばあって言いました!? 失礼ですよ!?」

 

「あー? お前、このファントムばばあの戦い方見てみろよ。ファントムばばあって言いたくなるぞ?」

 

「ばばあなんて言わないでくださいよカゲさん! 望先生はこんなに若くて美人なのに!」

 

「どう呼ぼうが俺の勝手……って、先生? このばばあが?」

 

 私を放っておいて仲良く喧嘩のような会話を始めた2人を見て、この2人にどんな接点が……って考えかけたところで、私の脳に電撃が走った。

 

(3つ年上。180にギリギリ届かないくらいの背丈。わかりにくい優しさ。不良っぽい優しさ。わざと「タチバナ」って呼び間違う。喧嘩……戦闘が強い)

 

 もしかして。

 もしかして? 

 もしかして!? 

 

 私の中で1つの答えにたどり着きそうになったところで、

 

「影浦か」

「二宮ァ……!」

 

 タイミングよくなのか、シャワーを浴び終えたであろう二宮くんがトリオン体で戻ってきたわ。

 

 男の子2人の間でバチバチと火花が散り始めたのを見て、桜ちゃんがコソコソと私の隣に移動してきた。

 

「望先生……カゲさんと二宮さんって、仲悪いんですか?」

 

「仲悪いというか……あの2人はB級1位と2位のチーム隊長だから……チームランク戦で当たることが多いのよ。単に、あの試合ではよくも……みたいな軋轢が少しずつ重なってるだけね」

 

「な、なるほど……」

 

 感心したような表情を見せる桜ちゃんに、私はさっきたどり着いた1つの予想……というか確信を問い詰めることにしたわ。

 

 そっと小さな声で、桜ちゃん以外には絶対聞こえないように、耳打ちをする。

 

 

 

 

「桜ちゃんが前に言ってた好きな人って……影浦くん?」

 

 

 

 

 すると、

 

「……んにぃぁ……?」

 

 あんまりにも予想外だったのか、桜ちゃんはなんとも気の抜けた声を出しながら、茹で上がったタコみたいに顔が真っ赤っかになっちゃったわ。

 

「図星?」

 

 畳み掛けると、

 

「──ーっ──〜!」

 

 桜ちゃんは声にならない悲鳴を上げた。何この可愛い生き物。もっと弄りたいわ。

 

「の、のの、のののっ! 望先生っ!」

 

 バチバチと火花を散らす男どもはこっちに気づく事なく、桜ちゃんは真っ赤になった顔で私に抗議する。

 

「……だ、誰にも、言わないでくださいね……!」

 

「……ふふ、もちろん言わないわよ。多分」

 

「た、たぶんじゃだめ! です!」

 

「あらあら、どうしようかしらね?」

 

 わざと意地悪な風を装うと、桜ちゃんは今にも泣きそうで、恥ずかしそうで、嬉しそうで、幸せそうな、色んな感情が詰まった顔を私に見せてくれる。

 

 素直で、

 可愛らしくて、

 真面目で、

 意地悪のしがいがあって、

 思わず頰が緩んじゃうくらいの、応援したくなる恋心を持った、私の生徒。

 

 桜ちゃんの髪を優しく撫でながら、この子がどんな道を進むのかしら……なんて思いを私は馳せた。

 

 

 

 

この後、色々話を聞きたいから桜ちゃんを作戦室に連れ込んで、私お手製の炒飯を振る舞ったわ。桜ちゃんは美味しい美味しいって言いながら食べてくれたのは嬉しいんだけど……二宮くんと影浦くんが2人して急用が入って食べてくれなかったのはショックだったわ。




ここから後書きです。

オンライン家庭教師ってどんなものかな……なんて思いながら書いてました。加古さんの家庭教師設定はなんとなく似合いそう、ぐらいのイメージで付けました。

後々、盾花は加古からチャーハンを習い、10%の確率で遅効性のダメージを食べた人間に与えるチャーハンを作るようになります。最初の犠牲者は堤大地。


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File6「辿り着いた日」

いくつかの幸運とたくさんの人に助けられた少女が、自分の手で欲しいものを掴み取るために戦う物語です。


 その日、ソロランク戦のロビーは異様な空気に包まれていた。

 

 佇みながらモニターを見据える1人の正隊員を見て、訓練生たちは遠巻きにヒソヒソと言葉を交わす。

 

「あれって、B級2位の影浦先輩だよな?」

「ああ。隊務規定違反でポイント没収されてるっていう……」

 

 そんな彼らの会話を聞き……厳密には、会話によって発生した感情が乗った視線を肌で感じ取った影浦雅人は、わかりやすく舌打ちをした。

 

(こういうのがあっから、1人でブースに来んの嫌なんだよな……)

 

 イライラと、着実に溜まるフラストレーションを腕組みをしながら抑えていると、彼の知り合いが隣に並んだ。

 

「よ、カゲ。だいぶイラついてるみたいだな」

「鋼か……。お前も見に来たのか?」

「ああ、もちろん」

 

 村上鋼が現れたことにより、訓練生たちの中に新たなザワつきが生まれる。

 

「アタッカー4位の村上先輩……!」

「鈴鳴支部の村上先輩……この時間から個人戦に来るのは珍しいな……!」

 

 高い実力を持ちながら、それぞれの理由で滅多にソロランク戦のロビーに足を運ぶことがないあまりない2人が揃っているだけでとても珍しいケースなのだが、更に新たな黒い人影が2人の元に近寄る。

 

「影浦に村上か」

「……ちっ、来たのか二宮……」

「二宮さん、お疲れ様です」

 

 No. 1シューター、二宮匡貴。ボーダー随一のトリオン能力に裏打ちされた高い火力と硬い守りに加え、豊富な攻め札に的確な部隊運用もできるB級1位部隊隊の隊長の登場に、訓練生たちは大いに驚く。

 

「二宮さん……!?」

「チームランク戦だけでほぼソロポイントを稼いで高ランカーに君臨してる二宮さんが個人戦のブースに来るなんて……!?」

 

 ボーダーで数える程しかいない、個人(ソロ)ポイントが1万点を越えているランカーが、3人。加えて、普段のチームランク戦でも凌ぎを削ることもある3人が揃っているこの現状は、訓練生からすれば一触即発の空気が漂っているように見えていた。

 

 そこへ、

 

「あら、みんな揃って応援かしら?」

 

 セレブリティな雰囲気を纏った女性……加古望が、なんてことないように3人の中へ割り込んでいった。

 

「か、加古さんだ……!」

「A級6位の加古隊長だ……!」

 

 トップランカーにA級部隊の隊長。訓練生にとっては雲の上の存在と言っても過言ではない4人が揃っているだけで、人によっては卒倒してもおかしくないが、その中に更に役者が加わる。

 

「よかった、ギリギリセーフかな」

 

 ふっくらとした丸まったシルエット……その正体は、ネイバーと戦う上で生命線とも言えるトリガー技術の解析・発明を担う開発室のチーフエンジニアである寺島雷蔵だった。

 

 ブレード型トリガー『レイガスト』の開発者として知られる寺島の登場は、訓練生たちにまた違った衝撃を与えた。

 

 なんなんだ、何が起きるんだ……? 

 

 集まった面子を見て恐れをなす訓練生たちだったが、彼ら5人の視線がロビーにある巨大なモニターに向いていることに気づき、1人、また1人と視線がモニターへと集まる。

 

 普段は訓練生たちの戦いをランダムに映し出しているモニターだが、正隊員が戦闘を始めると、その戦いを必ず選んで映すことになっている。

 

 そしてもう一つ、モニターが必ず選んで映す戦闘がある。

 

 それは、その戦闘で勝てば正隊員入りが……ソロポイント4000点を満たす試合がマッチングされた時である。

 

 そして、今。モニターにその戦闘が映し出される。

 

『弧月3363P VS レイガスト3989P』

 

 多くの観衆の目が集まる中、盾花桜の正隊員入りがかかった戦闘が、始まった。

 

*** *** ***

 

 勝てば正隊員入り。

 

 それがかかった戦闘だからか、私はちょっとだけドキドキしてた。

 

 レーダーで相手の位置を……弧月使いの位置を確認すると、真っ直ぐ私の方に向かってきてるのがわかった。

 

 ひとまず間合いを詰めてくる。これまで何戦もしてきたから分かる、C級アタッカー同士の戦闘のセオリー……まあ、剣同士の試合だから当たり前なんだけども。

 

 まだ少し距離があるけど、私はそれを自分から詰めることはしないで、ゆっくりとホルスターからレイガストを引き抜く。

 

 ずし……とした、確かな重さを右手に感じる。使い始めの頃はちょっと重たいかな……って思ってたけど、慣れてしまえばどうってことない。むしろ、相棒感というか愛着というか愛おしさというか……コレじゃなきゃね、って言いたくなる思いすらある。

 

 弧月使いの人が建物の陰から出てきたところで、私はレイガストの持ち手をぎゅっと握りしめる。

 

「シールドモード」

 

 レイガストの特徴である変形機能でシールドモードへと切り替えて、私は守りの構えを見せる。

 

 あからさまに守りを固めた私を見て、弧月使いの人は一気に踏み込み、勢いを乗せた斬撃を繰り出す。

 

 速くて鋭い、横薙ぎの一閃。

 ガツン、と、踏ん張らなきゃレイガストを弾き飛ばされそうな衝撃だけど、私はしっかりと堪えて次の攻撃に備える。

 

 二、三、四と続く連続攻撃。

 

 訓練生たちの間では、『ソロポイント3000は1つの壁』と言われている。

 

 3000点まではなんとかたどり着くことはできても、その先に行くには『何か』がいる。

 

 突出した実力。

 才能、もしくはセンス。

 相手を出し抜くだけの頭脳。

 

 なんでもいい。他の訓練生にはない自分だけの武器がないと、3000点の先にはいけない。

 

 私の目の前にいる彼はたぶん、単純に実力が……地力が高いんだと思う。他の弧月使いの人とは、攻撃の速さ、重さ、連続攻撃の繋ぎのムラのなさが、それぞれ一段階上かなと、思える。

 

 私はそんな相手の攻撃を全部防ぎながら、虎視眈々と()()()()()

 

 他の訓練生にない、私が持つ武器を活かせる最大のチャンスを、私はただひたすらに狙っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ソロポイントが3000を越えた頃、コウさんと同じ部屋に入ってアドバイスをもらいながら訓練生との対戦を繰り返していたある時、コウさんが少し変わったアドバイスをしてくれた。

 

「盾花さん、レイガストの特徴について少しレクチャーしよう」

 

「レイガストの特徴……ですか?」

 

「ああ」

 

 今までなら、試合を振り返って立ち回りに重点を置いたアドバイスが多かったコウさんだからこそ、レイガストそのものについてレクチャーしてくれるというのは、ちょっぴり不思議な感じがしました。

 

「まずは盾花さんに聞きたいんだけど……。『レイガストの特徴は?』って聞かれて『頑丈なシールドモードに切り替えができること』って答える人がいたら、どう思う?」

 

 素直に答えてくれ、と注釈された私は、本当に素直に、思った通りのことを答えます。

 

「無難な答えというか……ああ、この人はレイガストを使ったことが無いんだな、って思いますね」

 

 私の答えはコウさんが求めるものに近いもの、もしくは方向性が合っていたものらしく、はニッと小さく笑いました。

 

「いいね。なら……さっきの質問に盾花さんなら、なんて答える?」

 

「私なら……シールドのサイズや形、あと持ち手に対する向きを操作できること、って答えます」

 

「よし、正解。レイガストを()()()()()()の答えだ」

 

 コウさんに褒められて私はちょっと嬉しくなって、にへらっと笑います。

 

 何人かのレイガスト使いを見るとわかりますけど、シールドモードのレイガストの形は一律じゃないんです。使う人によって体格差がありますし、構え方や戦闘スタイルによって最適な形・好む形がそれぞれあって、私を含めてみんな自分が使いやすい形のシールドを形成します。

 

 私は他の人よりも多少小柄で身体つきも細いので、サイズを少し抑えてます。あと、私的に扱いやすいようにシールドの形もデフォルトの長方形の型から、やや楕円形になるようにしてます。

 

 それに対してコウさんは、デフォルトの長方形型をベースにしつつ、スラスターの噴出口になるように四隅(四点)を突起させてますし、レイガストの持ち手に対してシールドの向きが真横になるようにしてます。手を脱力させてダラーンと下にした時、伸ばした腕を守れる状態にシールドが展開されてる形です。

 

 レイガストは割とその手の微調整がしやすいです。さすが弧月とスコーピオンの後に作られた後継型なだけあって、使い手に優しい作りになってます。作ってくれた寺島さんには、会う度にありがたや〜、という思いで頭を下げてます。

 

 私の答えを褒めてくれたコウさんは、そのままレイガストのレクチャーを続けてくれます。

 

「レイガストは、その手の形状調整がしやすい。スコーピオンほど変幻自在とまではいかなくても……形状調整に慣れれば、普通の人の頭の中にある、『盾』の常識を覆す動きができる」

 

 言いながらコウさんは、ナイショにしててくれよ、と小さな声で言ってから、小部屋の中でレイガストを展開しました。模擬戦以外の戦闘行為は正隊員、訓練生問わず禁止されているので、場合によってはこうしてただ展開しただけで威嚇行為に取られちゃうかもしれないので、こういうのはあんまり良くねぇぞと前にカゲさんが教えてくれました。

 

 椅子に座ったままコウさんはレイガストをシールドモードにして、

 

「だから、こういうこともできる」

 

 そう言って、シールドの一部を一瞬で、鋭く抉られたような形にヘコませました。

 

「あ! それコウさんのログで見たことあります! そのヘコんだところで相手のブレードを受けて、その後体勢崩したやつですよね!」

 

「そうそう。慣れればこういう形状変化も一瞬で出来るし……あと、これは実戦向きじゃないけど……」

 

 言葉を淀めた次の瞬間、コウさんはレイガストの持ち手を動かさないまま、展開したシールドだけをクルクルと回し始めました。

 

「え!? なんですかそのプロペラみたいな動き!? 面白いっ!」

 

 面白いというかシュールというか、素直にびっくりしました。

 

「はは、慣れればこういうのも出来るようになるよ。まあ、それなりに集中力が削がれて実戦ではまず使えないから……ちょっとした遊びだな」

 

 今度時間見て練習しよう……とか思ってたら、コウさんはレイガストをホルスターに戻して解除しました。

 

「話は逸れたけど……とにかく、レイガストを使った人はこういう利点があることに気づく。けど……使ったことが無い人は意識しないと、中々これに気づけない」

 

 コウさんの話を聞いて、私は前に寺島さんに『盾花さんは他のトリガーを使ったことがないから、相手がどう攻めてくるかわからない』というアドバイスをされたことを思い出しました。

 

 少し考えればわかることだけれども、それは相手も同じで……相手の人は『レイガストを使ったことがないから、私がどう攻めてくるかわからない』。

 

 私がそのことを理解したのと同時に、コウさんはレクチャーを締めくくります。

 

「だから……レイガストだからこそのシールドの運用が出来るかどうか。多分これが、レイガストを使う訓練生がBに上がるための鍵になるんじゃないかな?」

 

 

 

 

 

 

 コウさんのアドバイスは的確だったというか……私が2000ポイントを越えた辺りから頭の中でモヤモヤしてたモノに対するベストアンサーでした。

 

 勝つためには、自分が持ってる武器(レイガスト)の長所を活かしきる。

 

 当たり前のようで私が徹底しきれてなかったそれを理解して、長所を活かすにはどんな戦法が、勝ち方が良いのかを強く意識し始めたからか……私の個人戦の勝率は、3000ポイントを越えてから一段階確実に上がりました。

 

 レイガストの性能を活かしきるために、私はひたすら弧月使いの攻撃を耐えてます。

 

 付かず離れず、相手が()()()()()()間合いを……ブレードを振り回しやすい距離を保ち続けます。相手が仕切り直そうとして間合いを離しにかかったら、少し詰める。逆に、かかり気味でちょっと近いなと感じたら、その分離れる。

 

 とにかく相手が攻撃しやすい間合いで、それでも私の守り(レイガスト)を崩せない、そんな状況を維持する。

 

 思うように攻撃できてるはずなのに、崩せない。それが続くと、きっと、どうしても考えてしまう。

 

 どうすれば崩せるのか? 

 力でゴリ押すのか? 

 速い攻撃をするか? 

 手数を増やすか? 

 1回仕切り直すか? 

 

 そうした思考は、確実にリズムを崩す。

 

 無意識に保っていた自分が1番戦いやすいリズムやテンポが崩れて、迷いが乗った剣は徐々に私にとって受けやすい攻撃へと変わっていく。

 

 そうして私はひたすらに待ち続けた。

 

 私から見て、左上から斬りおろしてくる大振りな一撃が来るのを。

 

(ここ)

 

 待ちに待った一撃に対して、私はレイガストの持ち味を……シールド変形機能を使う。

 

 コウさんが見せてくれたような、一瞬でヘコませて弧月の受け口を作る。

 

 ガキン、とした確かな感触がレイガストを通して私の身体に伝わった瞬間、その衝撃をいなしながら、もう一段階レイガストを鉤爪のように変化させ、弧月を()()()()

 

「は!?」

 

 相手が驚いたような顔を見せるけど、私は止まらない。

 

 受けた斬撃の勢いが死に切らないうちに……流すようなイメージでレイガストを右下に下げていき、身体全体を使って奥へと引き込む。加えて、シールドも方向転換させて相手の体勢を大きく崩しにかかる。

 

 もちろん、相手の人も崩されまいとして弧月の刃を返して離脱しようとしますけど、私がレイガストに作った鉤爪がそれを許しません。

 

 格闘技の関節技みたいに、弧月が決まってしまってるので……手放すか、うまい具合に弧月を引き抜くかしないと、抜け出せないのですが……相手の人はそのどちらも出来ず、レイガストの引きとシールドの方向転換の二段構えの仕掛けで、大きく身体を崩されます。

 

 動きの中でレイガストのシールドモードを解除して、ブレードモードへ。

 

 左上から右下、右後ろと伝わってきた動きを殺さないように、私は頭上から体の中心に一本の軸があるイメージでクルッと右回転する。

 

 相手から一瞬視線を外してしまうのは怖いけど、これだけちゃんと崩せたから大丈夫と言い聞かせて、ブレードに相手から受けた斬撃と、私の回転する勢いを上手く乗せる。

 

 一回りした私の視界に再び、相手の人が映る。

 

(ああ、ちゃんと倒れてくれてる)

 

 安堵しながら私は、左上から思いっきりレイガストを振り下ろす。

 

 

 

 

 

 

 訓練生になったばかりのころ、レイガストを使ってるだけでクスクスと笑われた。

 不人気で、他の二本よりも攻撃力が低いナマクラで、重くて手数のある攻撃ができない。

 使い勝手の悪い武器を使っていると、遠巻きに笑われたのを覚えてる。

 

 私はそれを聞こえないフリをしていたけど……本当はずっと、そんな人たちを見返したくて仕方なかった。

 

 剣と盾。実質二つのトリガーを持っているようなものなのに、なんでみんな使わないのか。

 弾トリガーに対する有効打になるのに、なんでそこを見てくれないのか。

 C級同士なら相手もレイガストじゃない限り、攻撃力の差なんて大して問題じゃないのに、なぜ攻撃力の低さを欠点に上げるのか。

 なんで手数を重視するのか。たった1発、致命打になる1発が入るだけでいいのに、手数が絶対の強さのようにみんな見てるのか。

 

 

 

 

 ながらく感じていたモヤモヤを、私はこの一振りに込める。私の目の前で倒れているこの人が、私が見返したかった人なのかどうかはわからない。

 

 でも、それでも。

 

「ナマクラの痛さを、覚えておいてね」

 

 この人には、レイガストに負けて悔しいと感じて欲しいなと思いながら、深々とした斬撃でトリオン体を両断した。

 

 両断された弧月使いのトリオン体に、ピシピシと音が鳴りながらヒビ割れが一気に広がり、爆発と光跡が私の目の前を去る。

 

「……勝った……?」

 

 何度も経験したはずの勝利を疑いながら、私は恐る恐る左手の甲を見て、レイガストのソロポイントを確認する。

 

「……よんせん、ななポイント……」

 

 表示された『4007』という数字を読み上げた私は、思わずガッツポーズをして、この数字が持つ意味を理解して喜びを噛みしめた。

 

*** *** ***

 

 ソロランク戦のロビーは、大いに沸いた。

 

 個人でしのぎを削る訓練生同士は、全員が全員ライバルである。同じ目標を目指しているからこそ、誰もが4000ポイントに到達する難しさを身をもって知っている。

 

 もちろん全員がそうというわけではないが……多くの訓練生たちが、4000ポイントに到達した盾花の功績を称えて拍手を送り、この時ばかりはお祝いの気持ちでいた。

 

 そんなめでたい空気になっていることを知らない当事者……盾花桜は勢いよく205号室から飛び出してロビーを見渡し、

 

「カゲさん!」

 

 今のこの喜びを1番に伝えたい人の姿を見つけて、花が開いたような満面の笑みを見せた。

 

 手すりに手をかけて二階から飛び降り、盾花は影浦たちのもとに駆け寄る。

 

「おい、タチバナ。トリオン体だとしても飛び降りるのは危ねぇだろうが」

 

「タチバナじゃなくてタテバナです! カゲさん見て見て! ソロポイント4000行った!」

 

 百点満点のテストを親に褒められたい子供のような無邪気さで左手の甲に表示された数字を見せてくる盾花に対して、

 

「ああ、見てたぞ。まあ、俺からすりゃ、やっとかよって感じだが……」

 

 影浦は悪態をついて見せたが、その隣にいた村上が、ふっと小さな笑みをこぼした。

 

「カゲお前……そんなこと言いながら、盾花さんが勝った瞬間、しっかりガッツポーズしてたじゃないか」

 

「鋼テメ、それは言うなよ! つか、ガッツポーズしてたのはテメーもだろうが!」

 

「そりゃ、あれだけ見事にオレと同じトリガーを使いこなして勝ったのを見たら、嬉しくてそうなるさ」

 

 村上は視線を影浦から盾花へと合わせて、同じレイガスト使いとして彼女を褒める。

 

「盾花さん、良い崩しとカウンターだったよ」

 

「アドバイスをくれたコウさんのおかげです! ありがとうございます!」

 

「いや、オレはそこまで具体的なアドバイスはしてないさ。崩しの発想も、レイガストの操作も、全部盾花さんの力だよ」

 

「そう言ってもらえるのは嬉しいんですけど……実は、レイガストの変形は、まだまだぎこちなくて……あの場所をヘコませて鉤爪を展開するまで、1個のパターンなんです。だからまだ、左上からの攻撃じゃないと、あの一連のカウンターは出来なくてですね……」

 

 どことなく申し訳なさそうに話す盾花を見て、村上はパチパチと目を瞬かせた後、

 

「そんなに申し訳なさそうに言う必要、ないだろう? だって、レイガストの変形1つとっても、盾花さんはまだまだ強くなれる余地がたくさんあるってことなんだから」

 

 とても自然に、盾花の弱音を前向きな意見として捉えてアドバイスをしてくれた。

 

(コウさん、ナチュラルでストイックというか真面目というか……)

 

 そんな村上の姿勢に盾花が感心していると、

 

「盾花。俺はお前に敵から目を離すなと教えなかったか?」

 

 二宮が淡々とした声で、盾花の戦闘の不備に指摘を入れた。

 

「……はい、教わりました」

 

 飼い主にお叱りを受ける子犬のようにショボンとする盾花に、二宮はさらに指摘を入れる。

 

「ふん……わざわざカウンターに回転斬りを選ぶ必要もないだろう。あそこまで身を引いたら、供給器官をピンポイントで狙った刺突をすれば、相手から視線を切ることなくトドメを刺せたんじゃないか?」

 

「返す言葉もないです……」

 

 二宮のド正論な指摘を受けてショボンとしていく盾花の間に、影浦が割って入る。

 

「二宮ァ……シューターが一丁前にアタッカーの動きに口出すんじゃねえよ……!」

 

「俺はただ、勿体無いなと思っただけだ。近接戦が専門外な俺から見ても、見事だと言える崩しをコイツがしただけに……無駄な動きがあったんじゃないかと言ってるんだ」

 

 B級1位と2位の隊長が今にも個人戦を始めそうな勢いでバチバチと火花を散らし、村上がその間に割って入って、なだめて落ち着かせようとする。

 

 そんな3人を見てオロオロとする盾花に、彼女の先生である加古が優しく声をかける。

 

「桜ちゃん、B級入りおめでとう」

 

「望先生! ありがとうございます!」

 

「私からも色々伝えたいことはあるけど……今は、こっちが先かしらね?」

 

 加古は言いながら親指で、後ろに控えていた寺島を指差して盾花の意識を誘導した。

 

「盾花さん、今から2枚の書類を渡すから……家の人と一度相談して確認した上で、覚悟が決まったらサインしてね」

 

 寺島がそう言って、盾花に書類が2枚入ったクリアファイルを渡し、受け取った盾花は流し読みでそれが何の書類か確認する。

 

「これって……」

 

「うん。1枚目はBに上がった人全員が書く書類で……要は正隊員として防衛任務に出る時にもしかしたら危険な目に遭うかもしれないけど、それでもいいですか? っていう最終確認だよ」

 

 寺島が説明する通り、1枚目の書類はB級に上がることに対しての最終確認を取るためのものである。

 

 正隊員に与えられる権限と義務。

 防衛任務で得られる報酬とベイルアウト機能を筆頭にした安全性、その上で起こり得る万が一の危険性。

 ボーダー提携校が隊員への勉学面でどの程度保証しているのか。

 

 それらの情報がその1枚の書類に詰まっている。もちろん、希望すれば更に資料、情報をある程度請求することは可能だが……未成年者の場合、諸々の事情を本人と保護者がそれらを知った上で、正隊員になるかの最終確認が取られる。

 

 正隊員へ上がる資格を得た盾花は、他の正隊員がかつて貰ったのと同じ書類を受け取った。

 

 だが盾花の手には、もう1枚……彼女だけが必要とする書類がもう1枚、あった。

 

 その1枚を見て……、

『日常生活用トリオン体の作成申請書』

と銘打たれた書類を見た盾花は、なんとも言い難い表情を浮かべた。

 

 ずっと欲しくてたまらなかったものが手に入る嬉しさ。

 他の同じような境遇の人を差し置いて自分だけが、それを手にしてしまう申し訳なさと、罪悪感。

 そんな負の感情がありながらも、それでも嬉しさが勝った表情を、盾花は見せた。

 

 その表情で盾花が書類の意味を理解したことを察した寺島は、

 

「2枚目に関しては問題ないと思うけど……ちゃんと親御さんと話してから、サインしてね」

 

 きちんと家族と話すことを念押しして、ロビーを離れて開発室に戻ろうとした。

 

 その瞬間、寺島のポケットに入っていた携帯端末が無機質なメロディを奏でた。

 

「はい、こちら寺島」

 

 普段仕事の連絡が来る時のメロディなだけあって、寺島は盾花が目で終えないほどの速さで端末を取り出して着信に答えた。

 

「ええ、今はランク戦ロビーにいて……え? そりゃ彼女もいますけど……はい、わかりました。伝えます」

 

 手短に電話を済ませた寺島は盾花に目線を合わせると、わずかに逡巡してから問いかけた。

 

「……盾花さん、このあと時間あるかな?」

 

「え、まあ……あります。ポイントは稼ぎましたし、今日はもう特別本部でする事は無いですけど……」

 

「そうか……」

 

 寺島は冷や汗を1つ垂らしてから、今しがた電話で伝えられたことを盾花に告げる。

 

「今の電話は鬼怒田室長からだったんだけど……盾花さん、会議室に呼び出しがかかってる」

 

「会議室……?」

 

「そう、会議室。そして会議室を普段から使うのは幹部クラスの上層部で……しかもどうやら、君を呼び出したのは城戸司令らしい」

 

「……へぇぁ?」

 

 城戸政宗。

 本部司令・最高司令官。

 ボーダーという組織の、紛れも無い頂点にいる者から呼び出しを受けた盾花は、

 

「……私、なんにも悪いことしてないです……」

 

 冷や汗を大量に流しながら、なんとも情けない声でそう呟いた。

 

 

 

この後、彼らは会議室で盾花に何があったのかは、知らない。

 

ただ、その日の夜にそれぞれのスマホに、

 

『新人B級隊員の、盾花桜です!』

 

そんなタイトルのメールが、届いた。




ここから後書きです。

レイガストのシールドについては、原作の描写から考察したものになります。実際にプロペラのようにクルクル回せるのかは、出来たら面白いなぁという願望です。

見切り発車で始まった本作ですが、章を作って物語っぽくなってきました。次は、ちょっと番外編を挟んでから、B級編に行きます!


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キャラクター紹介&番外編『ココアが売り切れる理由』

報告書っぽくまとめたキャラクター紹介と、ココアを買おうと思っても売り切れてた理由がわかる物語(番外編)です。


 盾花(たてばな)(さくら)

 

・プロフィール

ポジション:アタッカー

年齢:15歳

誕生日:4月6日

身長:153cm

星座:はやぶさ座

職業:中学生(不登校)

好きなもの:饅頭、音楽を聴くこと、ボーダー本部に行くこと

 

 

・ファミリー

父、母

 

 

・リレーション

影浦雅人←一生をかけて恩を返したい人

村上鋼←レイガストのお師匠さん

二宮匡貴←おしゃれ黒スーツの人

加古望←家庭教師

寺島雷蔵←レイガストを作ってくれた神様

鬼怒田本吉←すごい人

 

 

・情報

 4年前の大規模侵攻にて視力を失った盲目の少女。視力を失って以降、対人関係や性格等に多大な変化をもたらした。影浦雅人に助けられ、助言を経てボーダーの門を叩いた結果、トリオン体の状態に限り視力を取り戻すこととなり、状況は大きく好転した。

『トリオン体を医療方面への活用した際のモデルケース』として入隊し、その後影浦雅人との再会を果たす。

 

 視力喪失以降、性格が塞ぎ込んでいた傾向があったが、ボーダーに来てからはだいぶ解消され、生来の性格だったと思われる明るい部分が多く見られるようになった。しかしながら接触が多い隊員の証言を集めると、時折陰のような一面が覗くこともあり、『生来の明るい性格』と『事故後に身についた警戒心が強い性格』が混在しているものと思われる。

 

 訓練生としての活動はとても真面目で、地形踏破・探知追跡・隠密行動各種訓練もサボることなく毎回参加し、回を重ねるごとに成績を上位で安定させた。正隊員昇格直前の成績は順に2位、4位、3位であった。

 入隊した事情が事情のため、入隊直後恒例の対近界民(ネイバー)戦闘訓練は行えなかったものの、自主的に何度か挑戦したようで初挑戦時は1分14秒、最速で16秒であった。補足になるが、訓練生のレイガスト使いに条件を絞ると最速タイムである。

 

 訓練生同士の個人ランク戦ではアタッカー、ガンナー、シューター問わず満遍なく対戦を重ね、いずれも安定した戦績を残す。レイガストの特徴であるシールドモードを軸にして守備的な戦い方を基本スタイルとしているが、時折、仮想空間に転がっている石や瓦礫を投げる、蛇口や水道管を破壊して水浸しにした場所に相手を誘い込みコンセントプラグ等の電源になり得るものを投げ込み感電させるといった、トリガーを用いない奇抜な戦いを展開する時がある。

 

 他の訓練生とは違い、事前に申請をした時間に限り自宅でのトリオン体換装が許可されている。ただし、申請理由は基本的に『勉学に関すること』しか受理されず、後日トリオン体を使用した時間を計測し、使用時間を管理されている。後々、盾花と同ケースの隊員が現れた際に、トリオン体が悪用されるとも限らないため、使用時間を厳しく管理した前例を作るためである。

(なお、使用時間の計測・管理を一任された開発室寺島班では計測の際に「この程度は読み取り誤差だ」という言葉が飛び交ったことを記述する)

 

 入隊後の交友関係は同期入隊の者がいないということもあり、特別親しい訓練生はいない。しかし、

 A級6位加古隊隊長・加古望

 B級1位二宮隊隊長・二宮匡貴

 B級2位影浦隊隊長・影浦雅人

 B級8位鈴鳴第一所属・村上鋼(攻撃手(アタッカー)4位)

 といった、上位部隊隊長や個人(ソロ)ポイント上位ランカーと交友を深めるなど、高いコミュニケーション能力を発揮している。

 

 盲目である、という身体的ハンディキャップを除けば彼女自身に大きな問題は見受けられない。それどころか、本人は意識していないもののトリオン能力も平均値より高い数値を記録している。

 正隊員として運用するにあたっての事前審査では、上記の1点以外の問題はないことを、ここに記述する。

 

 備考

 正隊員昇格にあたって身体及びトリオンを精密検査した結果、サイドエフェクトの発現が確認されたことを追記する。

 

 報告書作成:A級7位三輪隊隊長 三輪秀次

 

*** *** ***

 

 番外編:『ココアが売り切れる理由』

 

 レイガストの個人(ソロ)ポイントが3500に届いて、正隊員入りが見えてきたある日のお話です。

 

 私はいつも通り個人戦で勝って負けてを繰り返して、その途中で休憩のつもりでラウンジに行きました。

 

 ラウンジに着いた私は、1つの違和感に気づきます。

 

(……芳醇な……ココアの香り……っ!?)

 

 たかがココアで……と思うかもしれませんが、私にとってはある種の緊急事態でした。

 

 というのも、ボーダー本部にはいろんなところに自動販売機が設置されているのですが……どういうわけか、ココアの売り切れ率がとても高いんです。私自身、特別甘いものが大好き! というわけではないけど……甘いものを飲もうと思う度に売り切れなので、日に日にココアを飲みたい欲が溜まっていました。

 

 そんな中で、このラウンジ中を満たすココアの香りです。見渡せば、そこら中の人がココアを飲んでます。

 

 これは飲まなきゃ、と思った私は自動販売機に向かうと、そこには長蛇の列が。

 

 え? 

 なんで? 

 自動販売機だよ? 

 

 疑問に思いながらも、列に並びます。

 

 ラウンジの自動販売機は、カップに注いでくれるタイプのやつです。お好みで砂糖やクリームの量をいじれる機能があるので、列が進むのに時間がかかります。

 

「ふーふーふ、ふふふ、ふふふ、ふーふーふーふ♪」

 

 私の前に並んでる小ちゃい女の子……小学6年生か中学1年生くらいの女の子も、よほど飲み物を買うのを楽しみにしてるのか、さっきから鼻歌が聞こえてきます。

 

 そうしてる間に列は着々と消化されて、私の前の女の子が買い終わりました。案の定と言うべきか、この子もココアです。

 

 いよいよココアが飲める、という思いでワクワクしてた私でしたが……、

 

「……売り、切れ……?」

 

 深い絶望が私を襲います。目が見えなくなった時ほどのショックではありませんが、思わず膝から崩れ落ちる程度にはショックでした。

 

 しかし、私の後ろにも列がある以上、絶望に打ちひしがれてはいられません。なんとか立ち上がって、ココアの代わりにイチゴ・オーレのボタンを押そうとした、その瞬間、

 

「ねぇねぇ、もしかしてココア飲みたかった?」

 

 私の隣にいた小さな女の子……おそらく最後のココアを買った子が、声をかけてくれました。

 

「え、まあ……はい」

 

 小柄で華奢で、どことなく猫っぽい雰囲気の女の子です。

 

「そっか。じゃあ、ボクのココアあげる!」

 

「いや、でも……」

 

「いーからいーから! ボクこれ二杯目だし、お姉さんが買ったのと交換しよ!」

 

「あ……はい」

 

 まるでお手本みたいな笑顔で提案された私は思わず頷いて、ひとまずそのままイチゴ・オーレを買いました。

 

「いちごオーレ! これも美味しいよね!」

 

「美味しいよね。私、ここで何種類か飲んだんだけど、イチゴ・オーレがお気に入りで……」

 

 自動販売機の近くだと買う人の邪魔になってしまうので、空いてる席に私たちは移動しました。

 

「じゃあ……ボクのココアと、いちごオーレ交換しよ!」

 

「あ……うん。どうぞ……」

 

 子供みたいな無邪気な目と声でお願いされて、私はその子にイチゴ・オーレ渡し、その子は私にココアをくれました。

 

「えへへ、ありがと! いただきます」

 

 そう言ってその子は、ストローに口をつけてクピクピと音を鳴らしながらイチゴ・オーレを飲んで、

 

「うん! やっぱり美味しい!」

 

 見る人の警戒心を解いてしまう、柔らかく幼い笑顔になりました。

 

 あんまりにも美味しそうに飲むから、一瞬だけ、やっぱりイチゴ・オーレを飲もうかなと思いましたけど、その考えを頭の中から追い出して、私は念願のココアを飲みました。

 

 色濃く残りながら主張の強すぎないカカオの風味。

 口当たりが良く、くどすぎないまろやかな甘さ。

 滑らかな喉越しの後に広がる、心を満たす多幸感。

 

「……ココア、美味しい……っ」

 

 気付けば私は顔に手を当てて、ココアの美味しさを感じていました。

 

「でしょ! ここのココア本当に美味しいよね! ボク、ほぼ毎日飲んでる!」

 

「毎日飲みたくなるのも納得の味だね。特にこの、しっかりした風味を出してるのに主張が強すぎないカカオが良い仕事をしてるなって思って……」

 

 味の感想を言った瞬間、その子は顔の横にキラリと星のようなものを輝かせた(ように見えました)。

 

「へぇ……お姉さん、結構()()()人だね」

 

「いえいえ、それほどでも」

 

「ふふ……あれ? っていうかボク、普通にお姉さんって言ってるけど、合ってる? 高校生?」

 

 きょとん、とした可愛らしい顔で尋ねられて、私はふるふると首を左右に振って否定しました。

 

「一応、中学三年生かな」

 

「一応? ……っていうか、だったらボクの方が年上だね!」

 

 は? 

 

「ボク高1だから!」

 

 高1!? 

 

「こんな小ちゃいのに?」

 

「小ちゃいとは何さ!」

 

 は、しまった。つい心の声が口から出てました。

 

「いや、でも……どう見ても身長150ない……あっても145?」

 

「あるもん! 身長150あるもんっ!」

 

 食い気味で否定されました。

 

 お気に入りのオモチャを取り上げられて怒り心頭な子猫みたいな形相になったその子は、ハッとした顔になってポケットをゴソゴソと漁り、

 

「はい! 生徒手帳!」

 

 顔写真入りの生徒手帳を取り出して、私に見せてきました。

 

「……ごめんなさい、たしかに先輩でしたね」

 

 生徒手帳には確かに高校生1年生と明記されてました。

 

「わかればいーの! わかれば!」

 

 プンプンと、やや憤慨した様子の先輩を見てどうにか許してもらわないと……と思った私は、とりあえず、

 

「その……お詫びにココアを一口、どうぞ」

 

 この先輩の好物だという、ココアを差し出しました。

 

 さすがに安易すぎるかな……、

 

「うん、よし! 許す!」

 

 とか思いましたけど、その先輩は笑顔でそう言ってココアを一口飲んで、幸せそうな顔をしました。チョロすぎないかな、この先輩。

 

 にっこりと、子供みたいな純粋な笑顔で、先輩は私に尋ねます。

 

「お姉さん……って言うのもあれだし、名前は?」

 

「あ……盾花桜、っていいます」

 

「たてばな? 珍しい苗字だね!」

 

「先輩の名前ほどじゃないと思いますけど」

 

 さっき見せてもらった学生証に書いてあった名前、読めなかったです。

 

「あはは! よく言われるよ、それ。……ボクの相方もね、初めてボクの名前見た時は、『これであんな風に読むの?』って言ってたし」

 

「……相方?」

 

「あ、同じ部隊のチームメイト。なんやかんやで2年半、同じチームなんだ」

 

 2年半!? 

 チームメイト!? 

 

「……あの、つかぬ事をお聞きしますが……もしかして、先輩は正隊員ですか……?」

 

「もしかしなくても正隊員だよ?」

 

 しれっと先輩がそう言った瞬間、私は『人を見かけで判断してはいけない』というのはこういうことかと、この上なく理解させられました。というかよく見れば隊服だし、望先生や二宮さん、カゲさんみたいにエンブレムが入ってました。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 二宮さんの時程じゃないけど、私はスムーズに頭を下げて謝罪しました。椅子に座ってなかったら土下座する勢いです。

 

「あはは、なんで謝るの?」

 

「先輩で正隊員なのに、散々失礼な態度をとってしまったので……」

 

「いいよ、そのくらい。たまたまボクの方が先に生まれて、たまたまボクの方が早く入隊してただけだもん」

 

 まるで怒ってない様子で、先輩は偶然を主張して、

 

「任務中とかならともかくさ、美味しいもの味わってる時にそんなのナンセンスだよ。ボクに気を使ったら、たてばなちゃんの飲んでるココアは劇的に美味しくなるの?」

 

「ならない……です」

 

「でしょ? だったら、別にいいよ。普通にお友達と話す感覚で、だいじょーぶ!」

 

 お友達と呼べるような人はアクティブ不登校児の私にはいないのですが、先輩の伝えたいことはわかったので頷きます。

 

「……わかりました」

 

「えー、敬語やめよーよ! 普通に話していいって!」

 

「……うん、わかった」

 

「ん! オッケー!」

 

 思わず釣られて笑ってしまうような……そんな笑顔を、その先輩は浮かべました。

 

 

 

 

 それから私たちはそれぞれの飲み物を飲みながら、ポツポツととりとめのないお話をしました。

 

「あー、たてばなちゃんゴメン! たてばなちゃんがラウンジに来てもココア売り切れてるの、半分はボクのせい!」

 

「え……先輩、そんなにココアを買い占めてたの?」

 

「ちーがーうーよ! さすがにそこまで飲めないから!」

 

 怒ってるはずなのに何だか可愛らしくて、ついついイジっちゃうな、この先輩。

 

「ほら、たてばなちゃんも経験あると思うけどさ……お店で自分が食べてたメニューを、後から来た人がなんでか続々頼むことあるでしょ? アレ、ボクがここでココア飲むと毎回起こるの」

 

 さも当然のように『あるあるだよね』みたいな顔で語ってますけど、先輩それ多分あるあるじゃないです。おそらく先輩だけです。あれだけ美味しそうな顔で飲み食いしてたら、そりゃみんな同じの注文しちゃうよ。

 

 とは思うけど、

 

「あー、それなら仕方ないね」

 

 私はそれを指摘しないで、そうだねと相槌を打つ。飲みたい時にココアが売り切れてるのは困るけど、未入荷じゃないのがわかっただけいいかなと思う。『今日も無いのかな?』という思いでラウンジに来るのと『今日はあるかな?』という思いで来るのじゃ、気持ちに天地ほどの差がある。

 

 仕方ないよねー、と言って飲み物を一口飲む先輩に、今度は私から話しかけます。

 

「先輩のチームって、どんな人がいるんですか?」

 

「えっとね、すっごくいい子で可愛くて天才で可愛い子と、美人で頭が良いお姉ちゃんみたいなオペレーターと……」

 

 先輩はそこで少しだけ間を開けてから、

 

「……最高の相棒が、いるよ」

 

 ちょっとだけ照れ臭そうに、3人のことを教えてくれました。

 

「最高の相棒?」

 

「うん、そう! 性格悪いんだけどね、良い奴!」

 

「性格悪いのに良い奴?」

 

「うん、性格悪いのに良い奴」

 

 矛盾に満ちた特性に出会いました。

 

 すると先輩はイキイキと、その性格悪いのに良い奴だという相棒について語り始めました。

 

「もうね、ホント一緒に戦ってると『え!? そんな手使う!?』みたいなこと、平気でするんだよね。ボクが敵チームだったら、『それは反則だよ!』ってギリギリ叫べないくらいのことを、しれっとやってくるの!」

 

「ああ〜……ルールの中だからセーフ、みたいなこと主張しちゃうタイプの人?」

 

「そう! そんな感じ!」

 

 鋭い! みたいなことを言いたそうな表情で先輩は私の解釈を肯定してくれました。

 

「……でも、そういう『性格悪い』ところあるのに、『良い奴』って先輩が言っちゃうようなエピソードとか、あるの?」

 

「えぇ……エピソードかぁ……」

 

 視線を一瞬泳がせてから、先輩は「話すとしたらコレかなぁ」と前置きをしてから、自分の相棒とのエピソードを語り始めました。

 

「……ボク、正隊員に上がってすぐの頃……信じられないくらい、負けたんだよ」

 

「……どのくらい?」

 

「ポイント2000切るくらい」

 

「わ……、あ、えっと……それで?」

 

 何があったのか聞きたい気持ちはあるけど、先輩の顔はなんだか辛そうで、話したくなさそうに見えたから……そこに触れず先を促しました。

 

「それで……勝ち方分かんなくなるくらい負けて、気持ちもボロボロになって泣いてたら……訓練生の頃、成績が同じくらいだったそいつに見つかってさ……」

 

「慰めてくれたの?」

 

「ううん。思いっきり怒鳴られて無理やり腕引っ張られて、そいつが所属してたチームの作戦室に連れてかれた」

 

「え?」

 

 優しく慰めてくれるのとはまるで違った展開になって思わずギョッとした私を見て、先輩は「びっくりするよねぇ」と言いながらケラケラと笑いました。

 

「それで、その時の隊長に向けてさ、

『こいつチームに入れるから!』

って大っきい声で宣言してさ。もちろんその隊長も、よく知らないボクのこと見て無条件で受け入れるわけにはいかなくて、最初は渋られたんだよね。そしたら……」

 

 先輩は言葉を溜めて……きっと、その時の事を頭の中でなぞりながら、丁寧に、

 

「そしたら、そいつさ……。

『こいつは、俺の隣なら最強になれる。それを俺が証明するから、チームにこいつを入れろ!』

って、言ってくれたんだよ」

 

 その相棒の言葉を、私に伝えてくれました。

 

 笑顔……というよりは穏やかで落ち着いた表情で、先輩はその時の気持ちを語り聞かせます。

 

「もうその瞬間はさ、色んな気持ちがドバッて溢れてきたよ。久々に会ったと思ったら泣き顔見られるし、よくわかんない宣言されて恥ずかしいし……」

 

 穏やかで、だけど照れ臭そうな色も混ぜながら、先輩の言葉は続く。

 

「でもそれ以上に……嬉しかった。ボクのことを、信じてそう言ってくれたことが嬉しくて……応えたい、って強く思ったよ」

 

「……それは、応えたくなるね」

 

「ふふ、でしょ?」

 

 柔くはにかみながら、先輩は、

 

「…… あの時はカッとなって言ってただろうから……今はもう、そいつはそのこと忘れてるかもしれない。でもね、ボクにとっては……救われたし、今でもそいつとチームを組んでる約束(つながり)なんだ」

 

 優しい声色で、言葉を締めた。

 

 しかし、直後、

 

「でもさ! そいつホンッット性格悪いの! ボクが気にしてるの知ってるのに、ちびっ子ちびっ子言ってくるんだよ!? ひどくない!?」

 

 まくし立てるように言葉を続けました。

 

 それが照れ隠しなのはもう見え見えだったけれども……、

 

「あはは、そうだね」

 

 私はそれが見えないフリをした。

 

 先輩と話すのは楽しくて、もっと話していたいなと思う。でも、示し合わせた休憩時間じゃないから……お互いの飲み物が無くなっちゃえば、それは終わる。もちろん、飲み終わった後にお代わりしてもいいし、飲みきったままでお話を続けててもいい。

 

 でも……飲み物が無くなったら、この時間は終わるんだろうなと私は漠然と感じていました。

 

 あんまり時間がないと思った私は……1つだけ、この先輩に尋ねることにしました。

 

「ねえ、質問してもいい?」

 

「ん、いいよ〜。どんと来い!」

 

「……じゃあ」

 

 何を訊こうか迷ってたはずなのに、

 

「正隊員になったら、どんな事が待ってますか?」

 

 私の口は自然と、そんな質問をしました。

 

「正隊員になったら待ってる事……か。それはさ、チームランク戦とか、防衛任務の詳細を教えてとか……訊きたいのはそういうのじゃ、ないんだよね?」

 

「えーと……そうかも。というよりも……これから正隊員になりそうな後輩に言っておきたいこと、みたいな感じで……」

 

「あー、なるほどね」

 

 うーんうーんと唸りながら先輩は答えを悩んだ後、笑顔の中に真面目さを同居させた表情を浮かべて答えました。

 

「初めて警戒区域の中に入れた時は、込み上げるものがあるよ」

 

 と。

 

「込み上げるもの……ですか?」

 

「うん、そう。……たてばなちゃんがそうなのかどうかは訊かないけどさ、元々警戒区域の中に住んでた人とかだと、特にそう感じるみたい」

 

 残り少ないイチゴ・オーレを飲んでから、先輩は言葉を続けます。

 

「それが懐かしさなのか、悔しさなのか、あの日の嫌な思い出なのか……それは分からないし、みんな同じ思いなのかは、分からない」

 

 私の目を見ながら、それでいて遠くを見ながら先輩の言葉は続く。

 

「でも……この街で生まれ育った人が正隊員になって初めて警戒区域に入ると、そう感じるよ。気持ちが引き締まるというか……自分がこれから何をするべきなのか、言葉じゃなくて感覚で、わかるよ」

 

 目の前にいる可愛らしくて幼く見える先輩は、この上なく『先輩らしい』顔で、そう言い切りました。

 

 言い切った先輩は再びストローに口をつけるけど、もう中身は無くてズズっとした空気の音が聴こえてきました。

 

「あはは、いちごオーレ飲みきっちゃった。……質問の答えだけど、こんな感じで良かった?」

 

「あ、うん。大丈夫」

 

「ふふ、よかったよかった!」

 

 ニコニコと、さっきまでの真剣さをまるで感じさせない無邪気な笑顔に戻った先輩は、何気なくラウンジに備え付けられてる時計に目を向けると、

 

「わ、ヤバいヤバい! これから防衛任務!」

 

 どうやら時間に追われてたようで、急にアワアワと慌て始めました。

 

「あはは、それは急がなきゃだね、先輩。飲み物のカップは私が捨てるから、行ってらっしゃい」

 

「ホント!? たてばなちゃんありがと! ボク野良チームでもよく防衛任務出てるから……正隊員になって鉢合わせたらよろしくっ!」

 

 お礼を言った先輩はテーブルの上にカップを置いて、それこそ風のような早さで去って行きました。

 

 先輩の後ろ姿が見えなくなったところで、私は残された2つのカップを手にとってゴミ箱へと向かいます。

 

 歩きながら、ふと、ある事に気づく。

 

(……そういえば、先輩の名前聞いてなかったな)

 

 生徒手帳に書いてあった名前は変わった読み方をするのか、ちょっと読めなくて……訊こう訊こうと思ってたけど、聞けずじまいで別れてしまった。

 

 読み方は分からないけど、そこに記されてた漢字は、先輩(この人)にぴったりな名前だと思った。

 

(笑顔が彩り鮮やかで、にぎやかな人だったな……)

 

 眩いくらいの笑顔に、隊服に刺繍された一輪の花を模したエンブレム。

 

 その2つが、私の脳裏から中々離れませんでした。




ここから後書きです。

キャラクター紹介の体を成した報告書は、城戸司令あたりが指示を出して作成されたもの……くらいの認識でいてください。本編未登場の三輪秀次が、あの手この手で盾花の情報をかき集めて完成させた、努力の結晶です。
パラメーターやトリガーに関しては、正隊員編を描いてから別口でまとめようと思ってます。

盾花のサイドエフェクトについては、第1話に『ヒントになり得る描写が直接書いてないけどヒントになる場面』があるので、早めに回収したいなと思います。あ、今回の番外編にもヒントはあります。

番外編に関してですが、
「ワールドトリガー原作知らないけど盲目少女読んでるよ!」
という方は、こういう名もなきキャラクターがいるんだなぁ……くらいに心に留めておいてください。

「ワールドトリガー原作読んでるけど、こんなキャラクター知らない!」
という方は、まあ、こういうキャラクターもあるんじゃね?という寛大な心を持ってもらえると嬉しいです。

「おい!コイツ知ってるぞうたた寝犬!」
という方は、うたた寝犬は昔から、同じ世界観だけど別作品のキャラクターが交錯するお話が大好きでずっと書いてみたい思いがあったということを、ここに告白します。

番外編書き終わってから、
「あの2人がチーム組んでる理由、本編で書いたっけ……?いや、書いてないな」
ってなりました。

本編とは違うキャラクター紹介と番外編でしたが、読んでくれた人が楽しんでもらえたら幸いです。


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第2章『正隊員で見る界境防衛機関』
File7「行きたかった場所」


明るい世界で自由を手に入れた女の子が、自由になったらどうしても行きたかった場所に行く物語です。


 影浦雅人はお好み焼き屋の次男坊である。

 

『お好み焼き かげうら』

 

 地元民に愛され、影浦一家が定休日の火曜を除いて毎日、美味しいお好み焼きを提供してくれる三門市の名店である。

 

 店を切り盛りしているのは影浦雅人の両親と兄であり、影浦自身は学校やボーダーが休みの日に時々手伝う程度だが、その影響もあって影浦の同級生隊員たちを始めとしてボーダー関係者の姿が、度々見受けられる。

 

 そして今日も、ピークであるお昼を過ぎた時間帯を見計らって、彼の友人である荒船哲次と村上鋼が店を訪れていた。

 

 4人がけのテーブルに荒船と村上が向かい合う形で座り、半ば休憩を兼ねた影浦がテーブルのそばで二人を見守る。

 

「なあカゲ、これもうひっくり返していいか?」

 

「いや、もうちょい待て荒船。あと10秒」

 

「わかった、あと10秒だな」

 

 荒船が目の前で焼いているイカ玉は一見程よい焼き加減に見えるが、影浦に言わせればまだ甘い。彼は毎日と言って良いほどお好み焼きと向き合い、最適な焼き加減を知り尽くしている。

 

 荒船も、影浦がそれを知り尽くしている事を知っているため、彼の言葉を疑わない。ひっくり返すためのヘラを両手に構え、心の中で10秒をカウントする。

 

 最適なタイミングでひっくり返す……それは奇しくも、正隊員である荒船のポジション、狙撃手(スナイパー)の動きに通じるものがあった。

 

 一瞬のベストタイミングを見極め引き金を絞る(ヘラで返す)。今の荒船の意識はそこに集中しきっており、何人たりとも彼のスナイプ(ヘラ返し)を邪魔することは、できない。

 

 そんな荒船の鬼気迫る表情と研ぎ澄まされた目を見て、正面に座る村上は感心した。

 

(すごい集中力だ……)

 

 かつて荒船から剣の手ほどきを受けた村上は、彼の人となりを知っているつもりだったが……アタッカーだった頃の荒船にはなかった高い集中力を目の当たりにして脱帽した。

 

 そうこうしているうちに、あと5秒。ここまで来れば、最早荒船のお好み焼き返しが失敗する要因は何1つない。あとは影浦と村上が、成功の瞬間を見届けるだけである。

 

 あと4秒になった、その瞬間、

 

 カラカラ

 

 と、店の扉が開く音がした。

 

 友との憩いの時間を過ごしていた影浦だが、客が来たその瞬間に彼の中のスイッチが接客モードへと切り替わる。

 

「いらっしゃいませ! 何名さまで……」

 

 すか、と言い切るべきだった影浦の言葉が途中で止まる。

 

 店に入ってきた細身の人影は……影浦に声をかけられた()()()は彼をしっかりと()()()()()()、ぱあぁっと明るい笑顔を見せ、

 

「1人です! カゲさん!」

 

 よく通る声で影浦のみならず、村上や店内の視線を集めた。

 

 他の客はともかく、影浦と村上は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事実がどういう意味を持つのか知っているため、目を奪われるのは仕方ないことだった。

 

 しかしその結果、

 

「どうだカゲ、完璧だろう?」

 

 荒船の完璧なタイミングでのお好み焼き返しは、誰の目にも止まることはなかった。

 

*** *** ***

 

 個人(ソロ)ポイント4000を獲得した翌日、私が提出した正隊員承諾書と日常用トリオン体申請書は難なく受理されました。

 

 そしてその、30分後。

 

「ふおぉぉぉぉ……!」

 

()()()()を受けた私は開発室にて、『日常用簡易トリオン体(仮)』と命名されたトリオン体を受け取りました。

 

 起動した私の口から、なんとも間の抜けた声が漏れ出ます。

 

 いやだって、これ本当にすごい。

 

 普通のトリオン体にある違和感というか、地に足が着いてないみたいな感覚がほとんど無くて、生身のものにグッと近くなった感じがします。

 

 手を握ったり開いたり、足をプラプラさせて感覚を確かめていると、寺島さんが声をかけてくれました。

 

「まだ試験段階というか、盾花さんが使ってみた感覚に合わせて調整する必要はあるんだけど……どうかな?」

 

「だいぶ良いですよ、これ! 目が見える生身って感じです!」

 

「そっか、つまりは普通に近い感覚ってことだね」

 

 言いながら寺島さんは、私に握力計を差し出しました。

 

「プレゼントですか?」

 

「女子中学生に握力計をプレゼントするのはヤバい人すぎない?」

 

 ごもっともです。もしそんな人がいたら、ちょっとセンスを疑います。

 

「戦闘体との差を確認したいから、とりあえず握力だけ計らせてくれる?」

 

「あ、なるほど了解です」

 

 渡された握力計を受け取り、握り込みます。……未だにこういう握力計の「調整してくださいね」の調整って、どれくらいが適切なのかと疑問に思います。

 

「……すー……はー……すぅ……」

 

 意識して息を吸って吐いて、もう一度吸って、

 

「……っ!」

 

 私は全力で握力計を握り込みます。普通のトリオン体なら中学生にあるまじき数値が出るはずだけど……、

 

「はい、17.5だね」

 

 寺島さんが読み上げた数値は、中学生の常識内に収まるものでした。

 

 左右共に2回ずつ測って、平均で18くらいの数値になったのを見た寺島さんは、少し首を傾げました。

 

「前にやった生身の身体測定の時の握力とそう変わらないから、結果としては問題ないけど……盾花さん、握力ちょっと弱めかな」

 

「あはは、そりゃそうですよ。見てくださいこの骨と皮だけの腕」

 

 そう言って私はロングカーディガンの袖をまくって、腕を見せます。肉付きに乏しい、枯れ木のような細い腕です。

 

「こんな腕で握力あるわけないじゃないですか」

 

「……まあ、それもそうだね。でもこれなら……人混みの中で咄嗟に力いっぱい動くようなことがあっても、相手に怪我させるようなことはないかな」

 

「というと……」

 

 寺島さんの気まずそうな表情とかから察するに、状況的には痴漢とかを想定してるのかなと思いました。

 

 それを口にしたら気まずくなりそうだったので、私は気づかないフリをして、

 

「お正月の福袋争奪戦とかですかね?」

 

 ちょっとトボけた答えを返しました。すると寺島さんはホッとしたような顔になったので、多分これでよかったはず。

 

 まくったロングカーディガンの袖を戻したところで、寺島さんが心配そうに質問してきました。

 

「そうだ、五感の方はどう? 何か違和感ない?」

 

「とりあえず、視力に関してはバッチリです! 今日も世界が綺麗に見えてます!」

 

 寺島さんのお肌のふっくら具合がバッチリ見えるくらい、この簡易トリオン体の視力は問題ないです。

 

「そっか。聴覚と嗅覚、あと味覚に関しては生身と同じになるように設定してあるから大丈夫だと思うけど、違和感とかあったら教えてね」

 

「わかりました」

 

「で、残る触覚なんだけど……ここ換装前に説明した通りだから、その都度報告をお願いするかたちになるよ」

 

 そこまで言い切った寺島さんは、座ってた椅子からゆっくり立ち上がり、壁にかけてあった上着を手に取りました。

 

「さて……そういうわけだから、実地試験に行こうか」

 

 実地試験? じっちしけん? 

 

「ジッチシケン」

 

「うん、そう。……ぶっちゃけ、生身と同じように家とかボーダー本部で過ごすことに関しては、恐らく問題ないんだよね。開発室のメンバーで実験したから」

 

「実験?」

 

「うん。具体的には、日常生活を送るのに不便がないように調整したトリオン体を用意して、それで本部内に寝泊まりしてみたんだよ。結果自体は良好で、中には、寝て起きたらトリオン体なのをうっかり忘れてた人がいたくらいだ」

 

 なんてこと無いように言ってくれた寺島さんですが……私1人のために開発室の皆さんのお手を煩わせたかと思うと、申し訳ない気持ちになります。

 

「……そう、ですか。……その、ご不便をおかけしました」

 

「ん……? ……ああ、気にしないで。俺たちだって、自分たちで作ったものをテストしないでいきなり盾花さんに渡すなんてこと、怖くてできなかっただけだし……」

 

 それに、と言葉を挟んでから、寺島さんはほんの少しだけ笑みを見せました。

 

「あくまで、本部の中で寝泊まりしただけで……まだ誰も、日常用トリオン体で街を歩いてないし、なんなら外の景色は見てないんだ」

 

「え……? なんで、ですか? だって、それこそ一番確認しなきゃいけないようなことじゃ……」

 

「まあ、それを言われたら耳が痛いんだけど……でも、開発室のメンバーはみんな揃って、

『このトリオン体で一番最初に外の景色を見るべきなのは、自分じゃない』

 って言ってきかなかったんだ」

 

「あ……」

 

 開発室の皆さんが私に、

 

『外の景色を最初に見る権利』

 

 を譲ってくれたことを理解して、目尻にちょっとだけ熱が篭りました。

 

 私が取られても気にしてなかった権利だけど、譲ってもらえたらすごく嬉しい権利。

 

 そこまで気を回してもらえたのが、申し訳ないくらいに嬉しくて。

 

「ありがとうございます……!」

 

 たった10文字では伝えきれないほどの感謝の気持ちを込めた言葉を、寺島さんに贈りました。

 

 

 

 

 万が一のことがあったら、という名目で監視してくれる寺島さんに連れられて、私は警戒区域の外に通じる通路を歩きます。

 

 普段なら、私はこの通路までトリオン体で歩くことが許されてる。でもそれは、外に通じる扉を開くまで。

 

 扉を開く前に私はトリガーを解除して、何も見えない生身の身体へと戻って扉を開く。そして、外で待っていてくれてる母に手を引かれて帰る。

 

 それが、今日の朝まで私に課せられたルールでした。なにもイジワルされているわけではなくて、後々私のような人が現れた時のためのルール作りだから、必要なことでした。

 

 でも、今日からは違う。

 

 外へと続く扉を前にして寺島さんは振り返って、日常用トリオン体姿の私を見つめます。

 

「さて……盾花さん、心の準備はいい?」

 

「心の準備はいいですけど、心臓がうるさいくらいにドキドキしてますね」

 

「どのくらい?」

 

「初めてトリガーを起動したあの日くらいです!」

 

 私の答えを聞いた寺島さんは嬉しそうに笑ってから、扉を開くために自身のトリガーホルダーをセンサーにかざします。

 

『トリガー認証』

 

 無機質で淡々とした音声と共に、センサーが扉を開く鍵になっているトリガーを検知して、ゆっくり……ゆっくりと扉が開き、眩いほどの陽の光が私の視界を照らしました。

 

 

 

 正直なところ、外の景色自体は家にいてトリオン体でいた時間に、窓から見ることは出来ましたし、何度も見ました。

 

 街並みだって、個人戦をやる時の仮想空間で歩くので、特別真新しいことではないとタカを括ってました。

 

 だから、そこまでの驚きや感動はない。そんな思いが、私の心のどこかにありました。

 

 でも、

 

「……!」

 

 突き抜ける空の青さ。

 自由に揺蕩う白い雲。

 建物が織りなす街並。

 肌に当たる暖かな風。

 

 限りなく生身に近いトリオン体で感じる、本物の外の世界は私の言葉では言い表せないほどに綺麗で。

 

 そんな世界をこれから自由に歩ける、過ごせるという実感は、例えようのないほどに嬉しくて。

 

 そして……ここまで来るまでにたくさんの人に助けられた、助けてもらえたのがどれほど幸運だったのかを噛み締めた私は、自然に、息をするように涙を流していました。

 

 世界の美しさを改めて知った私は、それを絶対忘れちゃダメだと、強く強く自分に言い聞かせました。

 

*** *** ***

 

「……と、言うわけですカゲさん」

 

「待て待て待てタチバナ、話を飛ばすな」

 

「タチバナじゃなくてタテバナです」

 

 もはやすっかり恒例になったこのやり取りを、私とカゲさんは交わします。

 

 もう忙しい時間帯は過ぎたとかで、カゲさんは店長でもあるお父様に休憩を言いつけられた上に、

 

「雅人、その子うちの店初めてだろ? ちゃんとした美味いお好み焼き作ってやれよ」

 

 直々に言われて、私にお好み焼きを作ってくれることになりました。

 

 私の正面に座るカゲさんはお好み焼きの焼き加減を見つつ、私との会話を続けます。

 

「カゲさん? 私の説明に何か不足でもありましたか?」

 

「大アリだバカ。お前が例の日常用トリオン体? ってので、試験がてら今こうして外を出歩いてるのは分かった」

 

「何か疑問でも?」

 

「万が一に備えてるっていう、寺島さんはどこに居るんだよ」

 

「満腹になったから、近くの公園にいるから言って待機してますよ」

 

「待機だぁ……?」

 

 カゲさんが『しっかり説明しやがれ』みたいな目で見るので、私は本部を出てからここに来るまでの事を、ざっくりと説明することにしました。

 

「えっとですね……本部を出た後、ひとまず市内をテクテクと歩いたんです。市内の地図は頭の中に入ってるんですけど……やっぱり歩くと全然違いますね。四年前とまるで景観が違うので、知ってるはずの道なのにまるで知らない場所にいるみたいで、楽しかったです!」

 

「ほお……それで?」

 

 言いながらカゲさんはお好み焼きを片手に持ったヘラでクルッとひっくり返して、反対面を焼き始めました。……まだソースもマヨネーズもかかってないのに、すごく美味しそうです。

 

「それで、久しぶりに街をちゃんと歩くと、誘惑がたくさんありましたね。甘いものとか、しょっぱいものとか、甘いものとか!」

 

「……で?」

 

「しかも、領収書とかレシートがあれば、研究過程に必要な経費して落ちるって言われたので、最終目的をここに決めて、食べ歩きツアーをしてきました!」

 

 私の説明を聞きつつ、カゲさんの手は淀みなくお好み焼きを完成へと近づけていきます。

 

 つやつやと光り輝くソース。

 格子状に描かれるマヨネーズ。

 生きているような躍動感を見せる鰹節。

 そしてそれらが織りなす視覚と匂いのフルアタック。

 

 ……あれ、お好み焼きってこんなに美味しそうになるものだっけ? いや、美味しいのは知ってるけど、ここまで美味しそうに見える食べ物だったっけ? 

 

「食べ歩きツアーか……。おいタチバナ、テメーちゃんとコイツが食える分の腹は残してるんだろうな?」

 

「もちろんです! ちゃんと計算して食べてここまできたので!」

 

「まあ、ちゃんと食えるなら文句ねえよ。……ちなみに、何食ってきたんだ?」

 

「えっと……」

 

 今日歩いてきた道に沿って食べてきたものを、私は順番に思い出してカゲさんに伝えます。

 

「たい焼き、ソフトクリーム、お肉屋さんのコロッケ、アイスココアにショートケーキ、鶏肉の唐揚げ、チョコバナナクレープ、たこ焼き、三段アイス、抹茶ラテ、お饅頭……を食べてから、ここに来ました!」

 

 食べたもの全部美味しかったなぁ……と思っていたら、

 

「……」

「……」

「……」

 

 カゲさんと、私の隣に座るコウさんと、私の斜め前に座る初めましての先輩が、無言で信じられないものを見る目を私に向けてました。

 

「……? 何か?」

 

 何かおかしいことを言ったか不安になって尋ねたら、コウさんが苦笑いをしながら答えてくれました。

 

「いや……盾花さんは、見かけによらず食べるんだなと思ってね」

 

「そうですか?」

 

「今まで、言われたことなかったか?」

 

 記憶を手繰りますが、特に覚えはなかったです。

 

「んー……大食いだねって言われたことはないですけど……、あ、そもそもそんなに量は食べてないですからね。どこのお店も、ちょっと摘む程度ですよ」

 

「それならいいんだけど……。でも、食べ過ぎは良くないぞ? 特にトリオン体だとな」

 

「あはは、おんなじ事を二宮さんにも言われました」

 

 二宮さんの時も同じこと思いましたけど、『太るぞ』って遠回しに言われてるのに全く嫌味っぽく聞こえないのは、2人が純粋な親切心で言ってくれてるからかなと思います。

 

 コウさんこれ、絶対彼女さんいると思います。こんな良い人に彼女さんがいないわけがないです。

 

 私がコウさんの彼女さんはどんな人か……と勝手に考察していると、今日初めましてになる先輩が小さく笑いました。

 

「なるほど……確かにお前たちが言うように、面白い奴だな」

 

「そうだろ、荒船」

 

 コウさんに荒船、と呼ばれた人は視線を私に向けました。

 

「初めましてになるな、盾花桜。俺は荒船哲次。こいつらの友達だ」

 

「あらふねさんですね。こちらこそ、はじめまして。盾花桜です。盾花でも桜でも、好きに呼んでください。私が呼ばれてるってわかる呼び方ならなんでもいいので!」

 

「なるほど。じゃあ、盾花で」

 

 落ち着きがある人だなあ、というのが私から見た荒船さんの第一印象。テスト前に成績ピンチの人を集めて勉強会を開きそうな感じの、とても真面目な人に見えます。

 

「俺からも訊きたいことはいくつかあるが……その前に、食べよう。カゲ、もう食えるだろ?」

 

「ああ、いっちょ上がりだ!」

 

 問いかけられたカゲさんはニッと笑い、綺麗に切り分けたお好み焼きをお皿に載せて、私たちに配ってくれました。

 

 私にとってお好み焼きは、好きでも嫌いでもありません。美味しいとは思うけど、大好き! というわけでもなく……お好み焼きはお好み焼きで、それ以上でもそれ以外でもありません。

 

 好きでも嫌いでもない……はずなのに、私は今、このお好み焼きが食べたくて仕方ありません。

 

 いやだって、コレ絶対美味しい……食べる前から分かるヤツです。コレを食べたら間違いなく私の中のお好み焼きのイメージが軽く更新されること間違い無しのベストオブお好み焼

 

「おい、タチバナ。ごちゃごちゃした感情がグサグサと刺さってきてんぞ。さっさと食え」

 

「はい! いただきますっ!」

 

 カゲさんに急かされて(許可をもらって)、私は流れる動きで割り箸を箸立てから一膳抜き、パキリ、と真一文字を引いたように綺麗に割り、箸先をお好み焼きへと向けました。

 

 丁寧に、それでいて早く食べたくて急ぎながら、お好み焼きを一口サイズ分ほぐして、迷わず私の口の中にイン。

 

 瞬間、ソースとマヨネーズの最強タッグが私の口に瞬く間に広がりました。

 

 シンプルなようで複雑で、この割合以外考えられないと言っても過言じゃない、まさに黄金比のソースとマヨネーズの味に続き、お好み焼き本来の味と風味が顔を出します。

 

 小麦粉と侮るなかれ。人類は小麦粉に魅了されたからこそ小麦粉は世界広くで栽培されているのです。

 

 決して裏切らない小麦粉で私はもう満足してしまったのですが、その後にとどめを刺すと言わんばかりに鰹節の旨みが優しく、それでいて確かに私の口の中を満たしました。

 

 お好み焼きを飲み込んだ私は、心地の良い微かな清涼感に浸ったあとに、

 

「……美味しい……っ!」

 

 そうとしか言い表しようのない感想をカゲさんに伝えました。

 

「はは、だろ?」

 

 美味しいと言われたのが嬉しいみたいで、カゲさんはとても珍しくドヤ顔をしました。

 

「とっても美味しいです! なんか、こう……胃袋掴まれるってこんな感じなんですかね!?」

 

「いや、それは知らねえけど……ほら、食え食え。次のやつも焼くからな」

 

「ありがとうございます! 次は何味ですか!?」

 

「豚そば焼きだ」

 

「名前からして美味しそうです!」

 

「喋るのはその辺にして、食え食え」

 

 カゲさんに言われるまま、私はお好み焼き……豚玉焼きをパクパクと食べます。粉物なのでボリュームはあるはずなのですが、気づけばペロリと平らげてしまいました。

 

「鋼、この子本当に面白いな」

 

「それ、さっきも言ってたぞ」

 

 そんな私を見て、テツさんとコウさんがそんな事を言いました。

 

 あれ? 私、面白枠なの? 

 

「ただ食べてるだけで面白枠になるのは心外なんですけど……」

 

 ボソリとした私の呟きを聞き逃さず、テツさんが微苦笑を浮かべました。

 

「いや、悪いな。でも実際、喜怒哀楽が豊かな人は近くにいるだけで楽しくなるもんだ」

 

 どうやらテツさんから私への印象は悪くないらしい。喜怒哀楽が豊かとか、あんまり言われたことはないけど。

 

 カゲさんが豚そば焼きなるものを焼き始めたところで、テツさんが中断された会話を再開させました。

 

「さて……いくつか質問いいか?」

 

「ええ、もちろん」

 

 何から訊こうか悩むような顔を見せた後、テツさんは、

 

「一応俺も隊長だし、以前上から君に関する通達があったから、君の身体の事情は把握してる」

 

 そう前置きをした上で、

 

「だから……今使ってる『日常用簡易トリオン体』とやらがどんなものか気になってる。具体的に、普通の戦闘体と何が違うんだ?」

 

 戦闘体と日常用トリオン体の違いについて詳しい説明を求められた私は、わずかに思案してから答えました。

 

「身体能力とかはさっきの説明でざっくり話したと思うので……そこ以外だと、ベイルアウト機能が付いてないことと、痛覚設定が大っきいところだと思いますね」

 

「へえ……ベイルアウト機能が無いかもってところは予想できたが、痛覚設定が違うってのはどういうことだ?」

 

 とても真面目な顔で追求するテツさんに応えるように、私も真面目モードで対応します。

 

「そうですね……言葉で説明するなら、戦闘体よりも鋭いけど、生身よりはやや鈍い、という感じです。……カゲさんに怒られそうだからやらないですけど、この鉄板に触ってもちょっと熱いなって思う程度の感覚かなと」

 

「……思ったより鈍いな。日常生活を楽にするって分にはいいと思うが……生身の身体能力に近い分、いざ生身に戻った時が怖いな」

 

 テツさんが言わんとすることは、わかります。

 

 戦闘体が頑丈で痛覚も鈍いので、高いところから飛び降りたり、ブレードで切られたり弾で撃たれたりするのに、抵抗が薄くなります。

 

 身体能力が高い戦闘体なので生身との感覚にはっきりとした差が出るので問題ないですが、生身と同じ身体能力で痛覚が鈍いと、いざ生身になってる時に感覚の齟齬が起きないか、ということを、多分テツさんは心配してるんだと思います。

 

「危ないと思いますね……その辺りは、開発室の皆さんも随分悩んだみたいです」

 

「悩んだ上で、少し痛覚を鈍くしたのか。……ってことは、生身と同じだと何か不都合もあるんだな?」

 

「不都合、という程じゃないんですけど……」

 

 トリオン体を受け取る前に寺島さんから言われたことを、私は頭の中で反復しながらテツさんに説明します。

 

「例えば……とんでもない速度でトラックが突っ込んできて建物とかに挟まれた時、日常用トリオン体だと、『死にはしないけど死ぬほど痛い』って状態が続いちゃうんですよね」

 

「ああ……確かにそうだな。怪我のしようがないから失血とかはしない……でも身体能力は生身のそれだから、自力で脱出するのは難しい……」

 

「はい。なので生身の痛覚だと、そういう非常事態の時に不都合があるんじゃないかって、開発室の皆さんは危惧したみたいです」

 

 初めにこれを寺島さんから聞かされた時は、警戒しすぎじゃ……と一瞬だけ思いましたけど、万が一私が本当にそういう場面になった時、痛いのに痛いのが終わらないのは嫌だったので、私はこの設定を受け入れました。

 

「ただ、痛覚に関してはどの程度に設定するかで長所短所が出ちゃうので、私が実際に使ってみて調整する方向性でいくみたいです」

 

「使用者に合わせるってことか。……なあ、さっきのトラックの例えだが……日常用トリオン体から戦闘体に切り替えか……一旦生身への切り替えでどうにかならないのか?」

 

「あー、私もそう思って寺島さんに聞いてはみたんですよ。そしたら、トリオン体からトリオン体への切り替えは出来なくはないけど、その分両方のトリオン体にそういう機能を付けて……ってなるので、その分トリオンのコストがかかるらしくて……。身体に不都合があってトリオンが低くても使える、が最終目標の日常用トリオン体なので、コストが上がるのは避けたいみたいです」

 

「なるほど……。ん? でも確かトリガーって、解除する時に生身が安全な座標に転送される機能があったよな?」

 

「ありますね。なので()()()()なら、危ない状態になったら一回トリガーを解除して、また換装し直せばいいんですけど……」

 

 私は心の中でごめんなさいとテツさんに謝ってから、自分の目を指差して、

 

「私の場合、そういう時に生身に戻って、うっかりトリガーホルダーを落としちゃったら、一苦労なので」

 

 換装し直すことのデメリットを伝えました。

 

 そのデメリットを聞いた途端、テツさんは申し訳なさそうな顔になりました。

 

「……悪かった。配慮が足りなかった」

 

「いえいえ、大丈夫です。割り切ってますし……テツさんが悪気があって言ったんじゃないってわかってるので」

 

「そう言ってもらえると助かる」

 

 先に性格悪い形を取ったのは私なので、謝られるとすごく申し訳ないなと思います。

 

「まあ、荒船がそうなる気持ちは分かるよ。俺も一回、似たようなことを盾花さんに言ったからね」

 

 謝ったテツさんを見て、のんびりと食べていたコウさんがお好み焼きを飲み込んで、フォローする形で声をかけました。

 

 似たようなこと……多分、目を瞑って生活を……ってやつかな? 

 

「荒船も感じてると思うが……こうして話してると、盾花さんがそういう人だってどうしても思えないだろ?」

 

「……まあ、そうだな。それこそ普通の後輩……生意気じゃなくて利口な緑川みたいな感じだ」

 

「……それはもう緑川じゃないだろう?」

 

 ミドリカワ。また知らない人の名前が出てきました。

 

 テツさんはゆっくりとお好み焼きを一口サイズに箸で切り分けながら、会話を進めていきます……あ、テツさんって左利きなんだ。

 

「んー……まあ、とにかく、本当に普通の後輩って感じではあるな」

 

「だろ?」

 

 普通の後輩。そう思ってくれたことが嬉しくて、私は自分の頬がちょっと緩んだのを感じました。鏡があったら、ニヤケ顔の私が映ること間違いなしです。

 

「あはは、私としても……難しいところはあると思いますけど、なるべく普通に接してくれると嬉しいです。一応、目以外は健康そのものってお墨付きをもらってますので……」

 

 自分で言いかけたところで、日常用トリオン体を受け取る前に寺島さんから言われたあることを、思い出しました。

 

「あ! そうだカゲさん聞いてください!」

 

「あ? いきなりデカい声出してどうした?」

 

 答えながらもお好み焼きを焼く手を澱めないままのカゲさんに向けて、私は言います。

 

 

 

 

「私、サイドエフェクトあったんです!」

 




ここから後書きです。

影浦雅人→カゲさん
村上鋼→コウさん
北添尋→ゾエさん
荒船哲次→テツさん(new!
多分盾花は高校三年生組はこんな感じで呼んでいくと思います。

作中で荒船が失言したとして盾花に謝る場面がありますが、この面子にサイドエフェクトの話題を投げ込む盾花も中々です。失言しちゃったなと思ったら、ちゃんと謝りましょうね。


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File8「盾花桜のサイドエフェクト」

自分が感じていることはみんなも感じていると思っていた少女が、自分だけが持つ特別な才能を自覚した物語です。


 サイドエフェクトがある。

 

 盾花が笑顔でそう言った瞬間、俺の隣にいるカゲと、俺の向かい側に座る鋼の表情が僅かに強張った。

 

 指摘されないと、意識してないと気づけないほど僅かだが、それでも確かに表情が険しくなった。

 

 無理もないな、と、俺は思う。

 

 サイドエフェクト……高いトリオン能力を持つ奴らの中でも、ほんの一部の奴らだけが持つそれは、持ってない奴らからすれば羨ましい才能だ。

 

 だが持ってる奴に言わせれば、持ってしまったからこその苦悩がある、らしい。

 

 鋼が、その最たる例だな。

 

 一度眠るだけで、起きている間に体得した経験、知識をほぼ100%得ることができる『強化睡眠記憶』は、持ってない奴らからすれば羨ましい限りだろう。学校の授業をちゃんと話を聞いて理解さえできれば次の日からはもう自分のものになるのだから、少なくともテスト前日に慌てなくて済みそうだしな。

 

 そう考えるとメリットが大きいように見えるが、そう美味いだけの話じゃない。

 

 鋼が実際に経験したことらしいが……子供の頃からサイドエフェクトの素質があったらしく、スポーツの上達速度は群を抜いていた。側から見てる分には、

 

「鋼はスポーツなんでもできて凄いな」

「なんでもできてカッコいいな」

 

 くらいだろうが、鋼をそのスポーツに誘った奴や、鋼より早く長くそのスポーツをやってた奴からすれば、

 

「なんであいつ、俺より後から始めたのに……」

 

 そんな反感を買うだろう。幼くて、自分がこのチームの中で一番だと疑ってない頃なら特に。

 

 だから鋼が上手くなってきて、そのスポーツの楽しさや本質に気づけた頃には、誘ってくれた奴や先にやってた奴は、もうそこにはいない。

 

 本人はただ純粋に楽しんでただけなのに、気づけば元からあったグループの雰囲気を壊してしまう……そんなことが、しばしばあったらしい。

 

 それに……これは俺の勝手な予想だが、嫌なことや忘れたいことを、いつまでも覚えててしまうだろうな、とも思う。

 

 人から言われた悪口。ともすれば冗談だと片付けられるような言葉でも、それが一度(ひとたび)鋼の意識に残ってしまったなら……それを、眠る直前まで引きずってしまったら。

 

 多分鋼は、その言葉をずっと忘れられない。

 

 もし忘れたり、記憶から薄らいだりしたとしても、何かの拍子で思い出してしまったら、それはまた強く鋼の脳に刻まれる。

 

 それが本当なのかは、鋼から直接聞いたことはないが……初めてこの考えに至った時には、せめて、1つでも楽しい記憶が増えたらいいなと、願わずにはいられなかった。

 

 サイドエフェクトの弊害があるのは、カゲだって例外じゃない。

 

 人から向けられる感情の機微を肌で感じ取る『感情受信体質』で、四六時中他人の考えを感じ取り続けるなんて、考えただけでしんどいだろうと思う。

 

 目の前で笑顔を浮かべている奴が心の中で全く違うこと……それこそ、自分に対して負の感情を向けていたりしたら。

 

 そんなことを考えると、カゲのサイドエフェクトは、しんどいなんて言葉で済ませていいものじゃないと思えてならない。

 

 そうやってサイドエフェクトの辛い面を背負って来た2人だからこそ、盾花の言葉に反応してしまったんだろう。

 

「……」

「……」

 

 2人は当然として、俺もどう言えばいいか迷って、言葉に詰まる。

 

「……そうか。んで、どんなサイドエフェクトなんだ?」

 

 意外にも、沈黙を破ったのはカゲだった。

 

 カゲと鋼の心のうちを知ってか知らずか、盾花は変わらず笑顔のまま、カゲの言葉に答える。

 

「えっとですね……私のサイドエフェクトは、『繊細味覚』って命名されたみたいです!」

 

 ……繊細味覚? 

 

「……あ? 味覚?」

 

 予想外、と言いたげな顔でカゲが確認するように言うと、

 

「はい!」

 

 間違いないですと言いたそうな顔で、盾花は頷いた。

 

「えっと……盾花さん、確認してもいいかな?」

 

 カゲに続いて、鋼が盾花に声をかける。

 

「盾花さんのサイドエフェクトは……字面からすると、味覚が良いって風に思えるんだが……」

 

「あ、そうですよ。味覚が抜群に良い、それが私のサイドエフェクトだそうです」

 

 盾花がそう言い切ったところで俺が思った正直な感想は、そんなサイドエフェクトもあるのか、ということだった。

 

 ボーダーが定めるサイドエフェクトのランク上では一番下のC、カテゴリで言えば強化五感になるであろう盾花のサイドエフェクトは、日常でこそ活きて、戦闘ではおおよそ鳴りを潜めるものだった。

 

「気づいたきっかけは、訓練生の頃に寺島さんと雑談してた時のことなんですけど」

 

 俺が無言で思考する間に、盾花はサイドエフェクトを自覚し始めたエピソードを語り始めた。

 

「前に寺島さんから、ごめんねって前置きをされてから、

『盾花さんみたいな人たちはご飯をいっそう美味しく感じながら食べられるって聞いたことあるけど、それは本当?』

 って言われたことがあったんです」

 

「ああ、そういう話は俺も聞いたことがある。視覚情報がない分、味覚に意識が集まりやすいから、らしいな」

 

「はい、()()()そうみたいですね」

 

 盾花は俺の知識を肯定しながら、遠回しに自分にそれは当て嵌まらなかったというニュアンスを言葉に込めて返してきた。

 

「でも私……特にそういうのは無かったんですよね。目が見えても見えなくても、いつでもご飯美味しかったです」

 

 ご飯美味しかった、この言葉に嘘はないだろう。実際さっき、カゲの焼いたお好み焼きを心底美味そうな顔で食ってたし。

 

「それでその時は『個人差があるかもですね』くらいでお話は終わったんですけど……思い返すと、それはおかしいなって思ったんです」

 

「というと?」

 

「私、こういう目になってから聴覚嗅覚触覚は敏感になったのに、味覚だけ変わらないのはなんかおかしいなって思いまして……」

 

 盾花の言葉を聞いて、鋼が思い出したように口を開く。

 

「ああ、そういえば……盾花さん、耳が良かったな」

 

「あはは、コウさんは知ってますよね」

 

 何か2人だけが知ってるエピソードがあるんだろうなと思いながら、俺は話題が逸れすぎないように元に戻す。

 

「まあ、とにかく……味覚だけ変わらないのがおかしいと思って調べてみたら、サイドエフェクトだったってわけだな」

 

「そうです。私の味覚は、最初からレベルマックスだったみたいです」

 

 にっこりと笑顔で肯定する盾花を見て、俺は今度こそ本当に肩透かしを食らったような気になった。

 

 だって、そうだろう。

 

 味覚が鋭い。これはどう足掻いても戦闘では活かせないサイドエフェクトで、デメリットらしいデメリットだってすぐに思いつかない。強いて挙げるなら、盾花は喜怒哀楽と表情が直結してるっぽいから、不味いもの食べた時に顔に出てしまうことくらいか。

 

 きっと似たような安心感を鋼とカゲも感じてるはずだと俺が思う中、盾花は烏龍茶に口をつける。

 

「でも正直、サイドエフェクトを持ってるって自覚が……味覚が良いって自覚、私には無いんですよね。変な話ですけど、私バカ舌なので」

 

「あ? どういうことだ?」

 

 盾花の言葉に疑問を覚えたらしいカゲが、お好み焼きを焼く手を止めずに首を傾げた。

 

「いや、なんというか……食べ物って基本的に美味しいと、すごく美味しいしかないというか……私の中の美味しいの基準、ガバガバなんですよね」

 

 まあ確かに、なんでも美味そうに食うやつはいるが……。

 

「それに加えて私、『美味しい』の理由づけというか……なんでそれが美味しいのかを理解するだけの知識があんまり無いので……」

 

「アレだな。ハードウェアは良いもの使ってるのに、ソフトウェアがお粗末みたいな感じか」

 

「あ、そうですそうです。要はバランスが悪いので宝の持ち腐れなんですよね」

 

 俺の出した例えに対して、盾花は自虐的に笑った。

 

「おい荒船。急に難しい横文字を出すな」

 

「はは、分かりやすく説明してやるよ」

 

 少し不満げな顔をしながら、カゲが焼き上がったお好み焼きを切り分けて全員に配っていた。

 

 出来上がった豚そば焼きを前にして、盾花の目がキラキラと輝く。

 

「カゲさんカゲさん! もう食べていいですか!?」

 

「おう、食え食え」

 

 言われるがまま、盾花は熱々の豚そば焼きを頬張る。

 

 ハフハフと口の中に空気を入れながら熱さと美味さを噛み締めている盾花を見ると、ハムスターを飼ってる人って、こんな気持ちになるんだろうなとなんとなく思った。

 

「カゲさん! これも美味しいです!」

 

 豚そば焼きを飲み込んだ盾花は開口一番に感想を言い、美味しいと言われたカゲは満更でもなさそうに笑う。

 

「だろ? まだ食えるなら、次のやつも焼くぞ」

 

「いいんですか? じゃあお願いします!」

 

 切り分けてるとは言え3枚目のお好み焼きに躊躇なく飛びついたのを見ると、この子は本当に底無しの胃袋をしてるな。

 

 皿に残る豚そば焼きを食べ進めながら、盾花が不意に、なんてこと無いように呟いた。

 

「私、サイドエフェクトの詳細を説明された時、『やった』って思ったんです」

 

「あ? なんでだ?」

 

 次に焼くお好み焼きの用意をしながら、カゲが盾花に真意を尋ねた。

 

「だって他の人より味覚が鋭いってことは……」

 

 盾花はカゲの目をしっかりと見ながら、

 

「私は、カゲさんが作ってくれるお好み焼きを、他の誰よりも美味しく味わえるってことだなって、思えたので……それが、すごく嬉しいです」

 

 まるで花が咲くような柔らかな笑顔で、そう言った。

 

 

 

 

 

 

 一瞬の沈黙を経て、俺は慌てて2人から視線を逸らして、咄嗟に鋼の方を見た。

 

(鋼、俺たちここにいるの場違いか?)

 

(ああ、おそらくな)

 

(だよな。だってこれ、少なくとも盾花は()()()()()()だろ?)

 

()()()()()()だな)

 

 言葉には出さず、俺と鋼は視線だけで意思疎通を図る。

 

 正直、色恋沙汰に敏感だとは言えない俺でも分かるくらいに分かりやすい雰囲気が、盾花から出ていた。

 

(今すぐ会計して店から出たいんだが)

 

(荒船もか。オレも同じだ)

 

 戦略的にベイルアウトするべきだという見解が一致した。

 

 だが俺たちの心中など無視するかのように、

 

「はっ。たかだかお好み焼き1枚で大袈裟だな、タチバナ」

 

「大袈裟じゃないですよカゲさん! あと、タチバナじゃなくてタテバナですってば!」

 

 さっきのは何の意味もなかったと言わんばかりに、雰囲気を崩すことなく会話を再開させていた。

 

「カゲさんのお好み焼き、本当に美味しくて……これなら、毎日食べに来たいです!」

 

「さすがに毎日は飽きるだろ」

 

「飽きないですよー! とりあえず明日にでも……」

 

「明日はそもそも店にいねえよ」

 

 2人が雰囲気を壊さない以上、俺たちが動くわけにもいかず、俺と鋼は2人と同じく何もなかったようにカゲが焼くお好み焼きが出来上がるのを待つことにした。

 

「なら、カゲさんがお店に入ってる日、教えてくださいよ」

 

「誰が教えるか。教えたりした日にゃ、お前俺のシフト狙い撃ちしに来るつもりだろ」

 

「イ、イヤイヤ。サスガニ、ソレハシナイデスヨー」

 

「……嘘ついてるって視線が刺さってんぞ、タチバナ」

 

 いつもと変わらずカゲが慣れた手つきでお好み焼きを作っていくのを見ながら、いつかカゲにちゃんと、盾花をどう思っているのか訊いてみたいなと、思った。

 




ここから後書きです。

神の舌を持ってるけど料理や食材の知識が皆無に近いのが盾花です。料理に関してなんとなくそれっぽい感想は言えるけど、ちょっと深く追求されたらアワアワと慌てます。

本当は次話に続くエピソードも書こうと思って色々書き書きしてみたんですが、1話の収まりが悪くなりそうなので割愛しました。


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File9「特別ミッション」

正隊員に昇格できた盲目の少女が、組織から特別なミッションを出される物語です。


 ソロポイント4000を突破して正隊員入りを決めた直後のお話です。

 

 私は呼び出しを食らいました。

 

 呼び出したのは、ボーダーのトップである城戸正宗さん。

 

 組織に属する以上、そのトップの呼び出しとあれば私は応じるしかないのですが……、

 

(私、何にも悪いことしてない!)

 

 私には呼び出される心当たりが全くなくて、心の中で叫んでました。

 

 全く検討がつかないけど……正隊員昇格のタイミングで呼ばれたということは、それ関係のことだろうし……最悪の可能性だけは、考えている。

 

 ほぼ盲目な生身の身体を理由にされたり、学校にまるっきり行ってないのにボーダーとして活動させるのは世間体が悪いからとか言われて、正隊員昇格を取り消すとか……本当に最悪の場合、面倒事を避けるために組織から除隊されるとか……。

 

 何を言われるのか不安に思いながらも呼び出された会議室へと辿りついて、扉を数回ノックします。

 

「あの……先ほど呼び出しされた、盾花桜ですが……」

 

 緊張しているのが声に出てて、自分でもわかるくらいに声が震えてました。すると、

 

「……入りたまえ」

 

 とても威厳のあるというか……ああ、一組織のトップっぽい! って思える声が返ってきました。

 

(怖い……うぅ……せめて知ってる人……開発室で1番偉い人だっていう鬼怒田さんが中にいますように……)

 

 私が知り得る1番偉い人がいますように……と祈ります。ちゃんと真面目に見えるように、真剣な表情も作りました。準備はバッチリです。

 

 そして意を決して会議室のドアノブに手をかけました。

 

「し……失礼します」

 

 しかしそこには、

 

(全然知らないおじさんしかいない!)

 

 残念ながら私が見たことがない、知らないおじさん3人しかいませんでした。

 

 会議室の中にある長テーブル、私から見て1番遠い場所……お誕生日席に座る、顔に傷がついたおじさんと、その左前に座る眼鏡のおじさんと、さらにその左隣に座る若いおじさんの3人の視線が、私に向いています。

 

 座ればいいのか迷っていると、若いおじs……おにーさんとおじさんの境目くらいの人が、私に声をかけてくれました。

 

「……はじめまして……に、なるな。私は本部長を務める忍田だ」

 

「え、あ……はい。はじめまして、盾花桜……です」

 

「うむ。まずは、座ってくれ」

 

 言いながら、静かに立ち上がった忍田さんは入り口から1番近い席の椅子を引き、私に座るよう促します。逆らう理由もないので、ありがとうございますと言いながら、ちょこんと椅子に座りました。

 

「何か飲むかい?」

 

 座ると同時に、忍田の隣にいたメガネのおじさんが尋ねてくれました。

 

「いえ、お気遣いなく……」

 

「遠慮しなくても……って言いたいけど、無理強いは良くないよな」

 

 社交辞令というか形式上聞かれたみたいな感じがしました。

 

「自己紹介がまだだったな。俺は玉狛支部長の林藤だ。んで、こっちの怖い顔のおじさんが、我らがボスの城戸さん。君を呼んだのは、こっちのおじさんだ」

 

 林藤さんは手振りで私の視線を城戸さんへと誘導して、私と城戸さんの視線が合ったところで、

 

「城戸だ」

 

 言葉短く、自己紹介をしてくれました。

 

「……どうも」

 

 何かもっと良い言葉を返せればよかったけど、緊張してしまい、それどころじゃなかったです。

 

 城戸さんは見るからに、という感じなのですが……林藤さんも忍田さんも、普通の人とは何か違う雰囲気がありました。

 

 スポーツ選手がスーツを着ていても、佇まいでスポーツ選手だとわかってしまうように。

 

 お医者さんが病院にいなくても、何となくお医者さんだとわかるように。

 

 この3人にはそれぞれ、少なくとも一般人とは言えない雰囲気が出ていて、この部屋にはその雰囲気が作り出す空気が、満ちていました。

 

 それが、私の緊張に拍車をかけます。

 

 この緊張感から早く抜け出したくて、私は思い切って用件を問いかけることにしました。

 

「あの……私はなぜ呼び出されてしまったんでしょうか……?」

 

「なぜ、か……」

 

 小さく呟いてから、城戸さんは考え込むように視線をほんの少しだけ落としました。考え込まないで城戸さん。この緊張感漂う部屋に私を長く閉じ込めないで。

 

「用件の前に、1つ先に伝えたいことがある」

 

 いえ、そういうのは要らないので! 

 前置きとか要らないので、いきなり本題でお願いします! 

 緊張感で息が詰まる部屋から早く出たいので! 

 

 しかし当然、私のそんな心の声が聞こえない城戸さんは前置きとして、

 

「正隊員昇格……おめでとう」

 

 組織の一下っ端に過ぎない私の昇格を、褒めてくれました。

 

「ぅえ、あ……ありがとう、ございます……?」

 

 形式上とは言え褒められるなんて思ってなかったので、私の口からは疑問形の感謝の言葉が出てきました。

 

 最悪の場合、除隊されるかもと思っていたので、本当に予想外でした。

 

 机の上に両肘を着いて口元で両手の指を組みながら、城戸さんは言葉を続けます。

 

「正直なところ、君のような事情を抱えた者がこの時期に組織に現れることも……ましてや、これ程早く正隊員昇格を決めるのは想定外だった。報せを聞いた時は驚いた……というよりも、今も驚いている」

 

 ……全然驚いてるようには見えませんけど、そんな事は口が裂けても言えません。お口にチャックです。

 

「おかげで段取りは早まってしまったが……正隊員が増えたことは、非常に喜ばしい。ここは素直に、おめでとうを言わせてもらおう」

 

「……ありがとうございます」

 

 城戸さんが思ったより人間味がある人なことに、ちょっと驚きました。組織のボスって、もっと、こう……、

「お前は私が言う事を否定するのか?」

「何も違わない。私は何も間違えない」

「私が正しいと言った事が正しい」

 みたいなこと言っちゃう精神性な人って勝手に思ってましたけど、そんな事はなかったです。

 

 独特の雰囲気はあるけれども、ひとまず感情で権利を振り回すような人ではないと思えて、少し安心しました。

 

 ホッと一安心していると、

 

「喜ばしいが、少し懸念することもある。君を呼び出した理由は、そのことについて協力してもらいたいからだ」

 

 本題を切り出してくれました。嬉しい。

 

「懸念……ですか?」

 

「ああ」

 

 何から話そうかな……と言いたげな顔をしてから、城戸さんは「順を追って話そう」と前置きをしてから、その『懸念』について説明を始めました。

 

「まず……君のような事情を抱えた者を組織に受け入れるのは、まだ先のこと……。トリガー技術を医療方面に転用し、専門部門を設けるのは、それこそ年単位で先の事だと予定していた」

 

 それは何となく予想してました。今のところ私が知ってる限りで、正隊員の人も訓練生も健康な人ばかりですし、似たような境遇の人も『なすさん』って人しか、まだ聞いたことがないので。

 

「準備は進めていたが、準備の優先度は低く……言葉は悪くなるが、それこそ『ついで』程度のものだった。そのためボーダーという組織は、君のような身体に何かしらハンディキャップがある者を受け入れる体制が、まだ出来ていない」

 

 両手の指を組みなおしながら、城戸さんは念を押すように、

 

「君に……盾花くんに相応しい待遇を、我々はまだ与えることができない」

 

 と、私に向けて言いました。

 

 居場所が無いみたいな感じに言われたなぁと思いましたが、城戸さんはすぐに、

 

「よって我々は部署の設立と、必要な隊務規定を一通り制定した」

 

 お料理番組でお馴染みの、それら下準備を済ませたものがこちらです、みたいな事を言い出しました。

 

「え……あ……えっと、その……そういうのって、そんなに早く出来ちゃうものなんですか……?」

 

 思わず出てきた疑問に、城戸さんはすぐに答えてくれました。

 

「あくまでまだ、形式上の話だ。部署長も名前だけ借りている状態で、人員も予算もまだ何も無いに等しいが……少なくとも、君や、ゆくゆく現れる君と似たような境遇の隊員が何かトラブルに巻き込まれた時、たらい回しにされるようなことは無いだろう」

 

「……」

 

 こういう時、なんて言えばいいんでしょうか。

 

 私はあくまで、ボーダーという組織を構成してる小さな一欠片(パーツ)でしかなくて。

 

 しかも私というパーツは他の人(ふつう)とは違って歪で、多分この組織の中で、パチンと綺麗にハマる場所は無かった筈で。

 

 なのに……私は、綺麗にハマるかもしれない居場所をわざわざ用意してもらえた。

 

 もしかしたら、面倒事を避けたいっていう気持ちの方が強くて、そういうネガティブな感情で用意されたのかもしれない。

 

 けど、それでも。

 

 日頃から何気なく使う「ありがとうございます」で言い表すには足りないくらいの感謝の気持ちが、心の中いっぱいに満ちています。

 

「ありがとう、ございます……っ」

 

 一音一音丁寧に、その10文字の言葉を発音する。

 誰が見ても丁寧だと思ってもらえるくらいに丁寧に頭を下げながら、私は城戸さんにお礼の言葉を伝えました。

 

 感謝の気持ちが少しでも伝わってくれたらいいなと思いましたが、

 

「……顔を上げなさい。私はまだ君に本題を話していない」

 

 城戸さんは本当に伝わったのか不安になるくらいに、話題をスムーズに進めました。言われた通りに顔は上げました。

 

「集団には、何か新しいものが加わると反発する者たちが、必ず存在する。これから君たちのような隊員が増え、正式に通常任務に加えていくとなると、そういう事が起こるだろう」

 

 それは、何となく分かるなぁと思いました。

 

 ニュースとか聴いてると、何か新しい事が政治で決まると街角インタビューで必ず「前の方が良かった」っていう人たちがいるので、そういう感じに近いのかな。

 

 私の反応を伺い、問題なさそうだと思ったのか、城戸さんは言葉を続けます。

 

「さて、ここで本題だ」

 

 いよいよ本題ということもあって、私は無意識で生唾を飲み込み……待って、トリオン体ってそんなところまでも再現されてるんだ。初めて知りました。

 

「君を呼び出した理由は、現時点で正隊員が君のことを受け入れるかどうか……どんな反応をするか確認してみたい、という事だ。具体的には、いくつもの部隊に臨時入隊という形で短期間在籍し、その部隊が君に対してどんな反応をするか確かめてもらう」

 

 ……えーと、つまり……、

 

「……アレルギー検査みたいな感じですかね?」

 

「……まあ、そうだな」

 

 我ながら良い例えができた気がするけど、城戸さんは一瞬だけキョトンとした表情になりました。

 

「臨時入隊する部隊、及びその期間はこちらから指示する。したがって、本来ならば正隊員には自身が隊長になり部隊を作る権利が与えられるが、君にはしばらくその権利を行使するのを控えてもらいたいが……それでもいいかね?」

 

「はい、そこは大丈夫です」

 

 そもそもそういう権利がある事を今知りました。

 

 でもきっと、その権利を行使できたとしても、私は自分のチームを持つ事をしないと思う。

 

 私が一部隊を率いる姿が想像出来ないというか……二宮さんや望先生、カゲさんみたいに出来る自信が全く無いし、やりたいとも思わないです。

 

 城戸さんは一通り伝えたい事を言い切ったらしく、私から一瞬だけ視線を逸らして、またすぐに合わせました。

 

「こちらから伝えたい事は以上だが……何か質問はあるかね?」

 

「質問……」

 

 せっかくだし、今しか聞けないような事を聞いてみようかな……。あ……、

 

「では、1ついいですか?」

 

「構わない」

 

「今の時点で、私のような隊員を運用する事について、城戸さ……城戸司令官はどのように考えていますか?」

 

 率直な城戸さんの声を聞いてみたいなと思いました。

 

「……」

 

 城戸さんは確かな沈黙を……どの程度本音で話すべきか検討するような沈黙を挟んでから、一つ呼吸をしてから口を開きました。

 

「反対……の気持ちが強い」

 

 さっきまでより重みがある声で伝えられた本音に、私は、やっぱりかぁ……という気持ちになりました。いや、だって私が城戸さんの立場だったら同じように使いたくないって思いますし。

 

「城戸さん……!」

 

 ここまで会話に参加してなかった忍田さんが、思わずといった様子で立ち上がろうとしながら城戸さんの名前を呼びました。忍田さんはそこまで言わなくても、って思ってたみたいです。

 

「まあまあ……」

 

 そんな忍田さんを、林藤さんが言葉と手で諫めます。とりあえず城戸さんの話を最後まで聞こうぜ、って顔に書いてあります。

 

 忍田さんが渋々といった様子で座り直したところで、城戸さんが反対の理由を話してくれました。

 

「まず……考えられる問題がいくつもある、という事だ。先程伝えたように、既存の体制から変わることへの反発が第一だ。君のような……盲目の隊員を加えたことによる新体制が戦力的にも気持ちの面でも馴染むまでにどれだけ時間がかかるか……もしかしたら、馴染むことがないままかもしれない」

 

 城戸さんはここまで『私のような隊員』という遠回りな言葉を選んでいましたけど、ここではっきりと『盲目』という言葉を使いました。さっきまで僅かにあった、私の機嫌を損ねないようにという気遣いが消えて……今まで以上の真剣さが、感じられました。

 

「次に問題になるのは、有り体に言えば世間体だ。正隊員は若い隊員が多い。むしろ、過半数が未成年だ。トリオン器官の関係で仕方のないことではあるが……世間にはどうしても、『子供に戦わせて大人は見てるだけか』という声が確実にある。そこに盲目の隊員を加えることになると……いっそう、そういった声は出るだろうな」

 

 そういう事を言われるかも、という事に関してはぐうの音も出ません。ましてや私、学校サボってボーダーに通い詰めてますし……そっち方面の声も出るかもしれません……。

 

「その手の問題を言い出せばキリがない。……それに、なにより……」

 

 城戸さんはそこで少し言い淀むようなそぶりを見せてから、

 

「……君のような子に、無理を押して戦場に立って欲しくない。そんな私的な感情が、1番の理由だ」

 

 弱音にも似た思いを、教えてくれました。

 

 ……仮にも、一つの組織のトップにいるような人が、仲間もいるこの場所で、私のような下っ端未満の存在に、そんな事を言ってしまって良いんでしょうか。良い悪い以前に……最後まで隠しておかなきゃならないものじゃないのかと、思ってしまう。

 

「君は……君の意思は、どうかね」

 

 不意に、私が問いかけられる番になりました。

 

「君が望むなら……医療本面の活用への協力を強く優先し、正隊員としての活動は必要最低限に抑えることも……それ以上のこともできる。わざわざ危ない橋を渡らずに、ボーダーに居続けるという選択肢を取ってもいい」

 

 遠回しな言葉に含まれる意味を、私は考える。

 

「それは……正隊員にならずに、研究への協力に尽くす、ということですか?」

 

「……ああ。そういう選択肢も、君の前にはある」

 

 そう話す城戸さんの目は真剣そのものでした。私がここでその選択肢を選んだとしても、この人はまるで責めないんだろうなと、思う。

 

 さっき話してもらった言葉が本当だとしたら……むしろ、その選択肢を選んで欲しいのかもしれない。

 

 それは多分……私の身の回りにいる大人たちが、選んで欲しい選択肢。

 

 選んでくれたら、嬉しい選択肢。

 

 きっと、パパもママも私が危なくない環境にいてくれたら、そっちの方が嬉しいんだろうなと、思う。

 

 逆に……私が正隊員になることで、喜ぶ人はどれだけいるのだろうか。

 

 さっき、カゲさんやコウさん、二宮さんに望先生、寺島さんには喜んでもらえたけれども……。きっと、皆さんは良い人だから、私が研究協力に専念する事になったとしても、悪い顔はしないと、思う。

 

 けれども、それ以外の人はどうだろうか。

 

 それこそ城戸さんが言うように、なんで目が見えない隊員を……って反応する人もいるだろうし……。同じ学校で私が不登校なのを知ってる子たちからしたら、まあ、面白くはないだろうなと、思う。

 

 考えれば考えるほど、私は正隊員になるよりも、開発室と協力して医療方面にトリガーを活かせるように協力する方が、良い感情を持つ人が多いんだろうなと、思えてしまう。

 

()()()()()()()()()()()()

 

 城戸さんが最後に私情だったように、私も私情で選択肢を選びます。

 

 破格の条件を出してもらえたのに。

 私の事を考えて選択肢を与えて貰ったのに。

 

 城戸さんに対して心の中でごめんなさいと謝ってから、私は答えを突きつける。

 

「とても嬉しい提案ですが……それでも、私は正隊員として活動したいです」

 

 城戸さんの瞳が、一瞬……本当に一瞬だけ揺らいで、

 

「……そうか」

 

 喉から押し出した声でそう言って、頷きました。

 

「もちろん、私が正隊員として使えない、通常任務に支障が出るようなことがあれば、医療方面への研究協力に専念しますし……それでも足りなければ首を切ってもらっても構いません」

 

 私はもう一度、頭を下げる。

 

「なので……お願いします。私を正隊員として扱ってほしいです……!」

 

 丁寧に、我儘を押し通す。

 

「……よかろう」

 

「っ……いいんですか?」

 

「良いも何も……組織としては君を正隊員で運用するつもりでいる。そして君もまた、正隊員として活動する事を望んでいる。何も、問題はない」

 

 個人の願望より組織にとっての事を選ぶその姿は、リーダーとしてはとても頼もしく、でもどこか辛そうにも見えました。

 

 目が見えるようになってからは、誰かのそういう姿も見えてしまうようになったので……そこが、ちょっとだけ辛いです。

 

 私情を言った時に一瞬だけ見せた揺らぎは消えて、城戸さんは最初と同じく淡々とした態度に戻りました。

 

「では初めに言った通り、しばらくは正隊員として、いくつかの部隊に仮入隊してもらう。まだ所属する部隊は決めていないが……最初はA級の部隊を予定している。……君から他に質問がなければ、話は以上だ」

 

「わかりました。他に聞きたい事はないので……ここで、失礼しても良いですか?」

 

「ああ。わざわざ時間を取らせてしまい、申し訳ない」

 

「いえいえ、そんなことはないですよ」

 

 私は立ち上がって、今一度頭を下げて、

 

「それでは……失礼しました」

 

 退室の挨拶をして会議室を出て、ゆっくり扉を閉めました。

 

 扉を閉めたところで、私は、

 

「……きんちょうしたぁ」

 

 あえて小さく声に出して、緊張を解きました。部屋に入る前に作った真面目フェイスも解いちゃいます。

 

 長々とこの場所にとどまる理由もないので、私はそそくさと会議室の前から移動します。

 

 移動する私の心の中は、とりあえず首にされなくて良かったという安堵と、これからどこのチームに入るのかなというワクワクでいっぱいでした。

 

(最初はA級……って言ってたよね)

 

 私の知るA級は望先生だけなので……望先生のチームだったら良いなぁと、思いました。そして何より、

 

(……カゲさんのチームと、いつ一緒になれるかな)

 

 早くB級のチームにも参加したいな、と思わずにいられませんでした。




ここから後書きです。

盾花にとって忍田さんくらいの人はおじさんになるのか、おにーさんになるのか。そこにめちゃくちゃ悩みました。

さてさて、盾花はこれからどの部隊に入ることになるのか……。大晦日真っ只中でこの話を書いて投稿は夜になるので、続きは明日お正月、お餅を食べながら考えますね。そう、お餅を食べながら!きな粉餅とかいいですね!


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File10「月を守護する三本太刀①」

初めてチームとして戦う女の子が、A級1位と合流する物語です。


 正隊員に無事昇格できた私ですが、城戸さん直々にミッションを課されました。

 

 あの後正式に書面が届いて、よりちゃんとしたミッションっぽくなりました。まあ、3日〜5日間くらいそのチームと一緒に任務をして、終わって次のチームに行く前にそのチームの反応を報告する、くらいのものですが。

 

 そして今日は、記念するべき初チームの方々と合流する日……なのですが……、

 

「ええと……今日から太刀川隊に合流することになってる、盾花桜という者ですけど……」

 

「タテバナサクラ? ……聞いたことないなぁ。キミ、B級?」

 

「一応、B級です。昇格してまだ1週間も経ってないですけど……」

 

「ふん。そんなポッと出のB級がボクら……()()()()の太刀川隊に合流だって? 何かの間違いじゃないかい?」

 

 育ちが良さそうな雰囲気の人に、堂々とそんな事を言われてしまいました。

 

 ……なんだか、幸先が怪しいスタートを切ってしまったみたいです……。

 

*** *** ***

 

「出水、国近。この前言ったB級が合流するの、今日だからな。というか、多分今頃作戦室にいるかもしれん」

 

 揃って作戦室に向かう途中の通路で、太刀川さんはしれっとそう言った。ギリギリまで言わなかったりするのはいつものことだけど、さすがに今回はギリギリ過ぎないか? 

 

「この前って……言われたの昨日なんすけど?」

 

「そうだっけか? まあ、伝えないよりはマシだと思ってくれ」

 

 はっはっは、と太刀川さんは笑い飛ばす。……まあ確かに、何も言われないよりはマシだけどさ。

 

「ねえねえ太刀川さん、その子って本当に普通に普通の人みたく話して良いんだよね? 目、見えてないんでしょ?」

 

 隣の国近先輩が、少し屈むような姿勢で歩きながら太刀川さんに確認する。

 

「むしろ、普通に接していいか確かめてくれ、って忍田さんから言われてるな。それに、見えてないのはガチの生身の時だけで、トリオン体なら見えてるんだろ?」

 

「ん〜、まあその辺は置いといて……。とりあえず、普通にしててオッケーならいいや」

 

 国近先輩もいつもと変わらない、柔らかい雰囲気でそんな事を言った。

 

 ……しっかし、盲目の正隊員か……どんなもんかね。

 

 どんな子なのか考えてたおれだけど、すぐにある事に気づいた。

 

「ところで太刀川さん」

 

「なんだ?」

 

「昨日この話した時も今も、唯我の奴いないっすけど……太刀川さん、ちゃんと伝えてます?」

 

 おれの素朴な疑問に対して太刀川さんは、すげえ当たり前のことを言うみたいに、聞き返してきた。

 

「逆に……出水は俺が、唯我に伝えてると思うか?」

 

「思わないっすね」

 

「だろう? つまりはそういうことだ」

 

 言って無えんだな。別にあいつが情報の1つ2つ知らなくても問題無えけど、今頃、作戦室にいるのにそれを知らないのは、ちょっと面倒な気がする。

 

 すると案の定、

 

「とにかく! 今日はボクらの隊に来客の予定は無い! 帰りたまえ!」

 

「そこを! そこをなんとかお願いします! せめて、隊長さんに確認を取ってください〜!」

 

 作戦室の前から、なんか揉めてる声が聞こえてきた。

 

「出水。唯我止めてこい」

 

「ういっす」

 

 隊長命令を受けたおれは軽く走って勢いをつけて、

 

「おいコラっ! 唯我ぁ!」

 

 怒鳴りながら、自意識が暴走してる唯我に回し蹴りを入れた。

 

「おぶっ!?」

 

 いい具合に蹴りが入った唯我は呻き声を上げて近くの壁にぶつかった。同時に、

 

「ひぇ……」

 

 唯我の前にいた例の子が、軽く驚いたような反応をした。

 

 おれより頭1つ分くらい小さいその子に、確認がてら名前を尋ねる。

 

「えーと、今日からウチの隊に合流する子だよな? 名前は?」

 

「盾花桜……です」

 

「ん、おっけ。おれは出水公平。んで、こっちが唯我尊。いきなり迷惑かけて悪かったな」

 

 ひとまず謝れたところで、唯我がおれに抗議してきた。

 

「出水先輩! 純粋な使命感で不審者を追い返そうとしてたボクになんて非道い仕打ちをするんですか!」

 

「やかましい。この子は今日からしばらくウチ預かりになんだよ。迷惑かけんな」

 

 本当はもう少し強く言いたかったけど、事前に伝えてなかった太刀川さんも太刀川さんだし……とか思ってたら、

 

「そうだぞ唯我。先走って行動しすぎるのがお前のダメなとこだ」

 

 すげえ上司顔で現れた太刀川さんが、さも俺は悪くないって体を装ってそんな事を言った。

 

 おれと唯我が別の意味で驚いてる間に太刀川さんは盾花ちゃんに近寄り、

 

「A級1位太刀川隊の隊長をやってる、太刀川慶だ。んで、こっちがウチのオペレーターの国近柚宇。今日からしばらくよろしくな、盾花」

 

 ここだけ切り抜いたら『俺、仕事できるぜ?』って雰囲気を出しながら自己紹介をした。

 

 これが、おれ達と盾花桜との出会いだった。

 

*** *** ***

 

「立ち話もなんだし、作戦室に入ってくれよ。ちょっとばかし散らかってるけど、そこは、まあ……気にしない感じで」

 

 そう言われて太刀川隊の作戦室に招かれた私ですが……太刀川さん、これは『ちょっと散らかってる』とは言いません。

 

「太刀川さん、あの……これは、皆さんが留守の間に空き巣が入ったとかでは、無いですよね……?」

 

「ボーダー本部の中まで侵入してくる空き巣なんてよっぽど命知らずだと思うから、それは無いな」

 

「ですよね……」

 

 ということは、この散らかり具合はこの部屋にとって普通なんですね……。

 

 事故に遭って以来、目が見えなくなった私に気遣って両親は家の中の整理整頓片付けを徹底してくれてましたし、元々の私が片付けをマメにするタイプだったので……この光景は、軽いカルチャーショックでした。

 

「まあ、まだ足の踏み場があるから片付いてる方だ」

 

 ……太刀川さん、今の一言はさすがにジョークですよね? ジョークであってください……。

 

 オペレーターの国近さんが「お茶入れるね〜」とふわふわとした可愛らしい声で言ったのが聞こえたので、私は遅ればせながらに持参したお菓子を差し出します。

 

「あの、これ……よかったらお茶菓子に……」

 

「え〜、いいの? ありがと〜。ちょうどお茶菓子切らしてたから、助かる〜」

 

 にへら、っとした、これまた柔らかい笑顔で言われて内心ちょっと嬉しいです。

 

 お茶とカステラの用意ができたところで、大部屋にあるソファに座ってそれを食べることになりました。

 

 カステラを食べた太刀川さんが、一言、

 

「お、このカステラめちゃくちゃ美味い」

 

 ちょっと驚いた顔で、カステラの感想を言ってくれました。

 

「マジっすか。……わ、ホントだ。すげえ美味い」

 

 と、太刀川さんの隣に座る出水先輩も美味しいと感想を。

 

「どれどれ〜……ほんほら〜! ふはふはしへへほひひい」

 

 太刀川さんの前、私の隣に座る国近先輩も、お口にカステラを含めたまま感想を言ってくれました。多分、ホントだ〜! ふわふわしてて美味しい、って言ってくれたのかなと思います。

 

「ありがとうございます」

 

「ねえねえ盾花ちゃん。この美味しいカステラはどこのお店?」

 

「えっと……うちのご近所さんにある、お菓子屋さんです。ちゃんとしたお店というか、そのお家の奥さんが趣味でやってるお店なので……ご近所さんしか知らない穴場なんです」

 

「そうなんだ〜。今度、みんなにお裾分けしたいな〜」

 

 あとでちゃんとした場所、教えてね? と国近先輩はどこかイタズラっぽい笑顔で言って、それからまたカステラを食べ始めました。

 

 ソファに座るところがないから、という理由で壁際に立たされてる唯我先輩は無言ですが、割とパクパクとカステラを食べ進めてくれてます。お口に合ったみたいで嬉しいです。

 

 皆さんがカステラを食べて会話が止まってる間に、私は改めて太刀川さんの顔を見ます。

 

 ……実を言うと、この人は以前から知っていました。

 

 色んな時間帯に個人戦のブースに出没して長時間居座るので、訓練生たちの間で「ブースの主」とコソコソと噂されてた人です。

 

 時々モニターに太刀川さんの試合が映ることもあったので、何度か戦闘も観たこともありましたけど……よく分からなかったです。

 

 なんというか、強いのは分かるんですけど、私や訓練生達とはレベルが違いすぎて、その強さがどのくらいのものなのかちゃんと判断できなかったです。

 

 私のレベルが10だとしたら、太刀川さんは50かもしれないし、100かもしれないし、200かもしれません。

 

 上なのは一目瞭然だけど、どれくらい上なのかが、わからない。

 

 だからきっと、この人は凄い人なんだろうなぁ……と訓練生の頃から思ってましたけど、まさかA級1位だとは思ってなかったです。

 

 皆さんがカステラを食べ終えたところで、太刀川さんが「んじゃ、ちょっと確認するぜ」と前置きをしてから、私に話しかけました。

 

「上から……忍田さんからは、とりあえずウチの防衛任務に君を混ぜてくれって言われてる。盾花も、言われてることは同じか?」

 

「そうですね。指定した期間、一緒に任務をするようにと言われてます」

 

「ん、わかった。とりあえず次の防衛任務からさっそく合流してもらうつもりだ。……けど、その前に1つ問題がある」

 

 人差し指をピンと立てて、太刀川さんは楽しそうに言葉を紡ぎます。

 

「基本的に、防衛任務はチーム単位で動くモンだ。複数人が同じ場所で戦う以上、どうしても連携しなきゃならない場面が出てくる。まあ、この短い期間じゃ連携らしい連携は磨けないだろうし、基本的に盾花は自由に動いてもらって、俺と出水がそこに合わせる形になると思う」

 

 連携らしい連携は磨けない……となると、必要なのは役割分担に近いかなぁと私は思いました。私にはまだ誰かに合わせる技量は無いので、自由に動かして必要ならフォローするのを太刀川さんはイメージしてるのかなと、なんとなく想像します。

 

「俺も出水も大抵の動きには合わせれるから、盾花はその辺はまだ考えなくていい。やりやすいように、やってくれていいが……」

 

 ここからが本題、と言わんばかりに太刀川さんの目が輝きます。お顔の横にキラリと光る星のようなものが見えた気がします。

 

「戦闘スタイルを全く知らない相手といきなり合わせるのは、流石に心臓に悪い。防衛任務前に、盾花の戦闘スタイルを把握したい。そんなわけだから……ちょいと、バトってもらうぜ」

 

「え、あ……はい」

 

 もちろん私としてもそれは願ったり叶ったりというか、戦闘スタイルを見てもらうことはやぶさかでは無いのですが……。

 

 太刀川さん、なんでイキイキとした顔で立ち上がってるんですか? 

 まさか太刀川さんと戦うの?? 

 ブースの主と??? 

 何もできないうちに倒される未来が見えますよ???? 

 

 たくさんの疑問で私の脳内が埋め尽くされたその時、

 

「ねえ太刀川さん。ここはひとまず唯我くんでいいんじゃない?」

 

 国近先輩が助け舟を出してくれました。

 

「ボ、ボクがですか!?」

 

 壁際の唯我先輩が慌てますが、国近先輩と太刀川さんは何事もないみたいに会話を続けます。

 

「唯我を? なんでまた?」

 

「ん〜、なんとなく? 盾花ちゃんの実力を見たいなら、同じくらいの強さの方が良いかな〜、って思ったから」

 

「……まあ、それもそうか」

 

「でっしょ〜」

 

 国近先輩の意見に納得したみたいでフムフムと頷く太刀川さんですが、

 

「待ってください! ボクはそれを断固お断りします! ボクの本領はチーム戦であり個人戦ではありません!」

 

 壁際の唯我先輩の必死な抗議が聞こえてないみたいです。

 

「それに、全体の動きを見るって意味じゃ俺が外から見てた方がいいし、誰かと戦ってるのを見る方がいいよな」

 

「そうでしょ? あ、モニターで見る? それとも訓練室の中で見る?」

 

「モニターで。出水、お前は中で見てくれるか?」

 

「いっすよ」

 

 出水先輩も加わって、なんだかあっという間に戦闘の段取りが出来上がっていきます。その一方で、

 

「せめて! せめてチームを! 2対2のチーム戦を希望します!」

 

 壁際の唯我先輩は相変わらず抗議を続けてますが、声は届いてないみたいです。……これ、大丈夫ですよね? 私にだけ聞こえてるとか、そんなこと無いですよね? 皆さんのスルーっぷりが見事すぎて、本当に聞こえてないのかと思ってしまいます。

 

「出水先輩、後生です! せめてチームを」

「ウルセー唯我。さっさとスタンバイしろ」

 

 ようやく唯我先輩の声は届いたみたいですが、出水先輩が手厳しいお返事をして首根っこを掴み、半ば無理やり訓練室へと連行していきました。

 

 唯我先輩はいじられキャラなんだなぁ……と私が思っていると、

 

「盾花ちゃん、準備できたら国近先輩に頼んで訓練室に転送してもらってくれ。このバカ(唯我)と5戦くらい戦ってもらうから」

 

 出水先輩は私にそう言って、唯我先輩と一足先に訓練室へと転送されて行きました。

 

「桜ちゃん、準備できたら私に言ってね〜」

 

 国近先輩に言われたところで、特に準備することもない……と思った私は、

 

「あ、じゃあ転送お願いします」

 

 すぐに転送のお願いをしました。

 

 それを聞いた国近先輩はパチパチと数回瞬きをした後、へにゃりとした柔らかく優しい笑顔を見せました。

 

「ふふ、おっけー。じゃあ、ここに立って。そしたら転送してあげる」

 

 言われるがまま国近先輩が指示した場所に立った瞬間、私は太刀川隊の訓練室へと転送されていきました。

 

 正式なランク戦ではありませんが……私の、B級デビュー戦です。




ここから後書きです。

盾花から見た太刀川隊の第一印象は、
太刀川さん→ブースの主……!
出水→良い人そう。
国近先輩→なんか……柔らかそう
唯我→A級としての意識がとても高そう!
になります。

次話、B級仕様になった盾花をたくさん動かしたいと思います。レイガストの可能性を開拓開拓。


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File11「月を守護する三本太刀②」

正隊員になって色んなトリガーを使えるようになった女の子が、初めて正隊員として先輩と手合わせをする物語です。


「んじゃ、ざっくりとしたルール説明な」

 

 ルールっつールールも無えけど、と思いながら、おれは戦闘体に換装した2人にルール説明をする。

 

「トリガー制限なしの5本勝負。時間制限は無し……というか、この狭い訓練室マップじゃ長引くほどの試合は難しい。練習試合みたいなもんだから、ポイント増減は無し」

 

 ……マジでルールらしいルール無え。けど模擬戦なんてこんなもんなんだよな。

 

「盾花ちゃん、なんか質問ある?」

 

「いえ、特にないです」

 

 盾花ちゃんは迷わず答えた。

 

「出水先輩! ボクからは質問というより確認したいことがありますが!」

 

「終わってからなら聞くぜ」

 

「いえ! 今! 今すぐ聞いてください!」

 

 とりあえず唯我はスルーしとこう。

 

 ちなみに盾花ちゃんの戦闘体は、おれら太刀川隊と同じデザインの黒コートだ。一応違いはあって、右腕の部分に『見習い』って書かれた腕章があるのと、隊章の部分に丸々『見習い』の文字が書かれていた。換装直後、

「カッコいい……!」

 ってキラキラした目で言ってたし、お気に召したようで何よりって感じだ。

 

「んじゃ、適当に距離取って武器構えたら、おれが合図して試合開始だ」

 

「はい、わかりました」

 

 盾花ちゃんは素直に返事してトコトコと歩いて唯我と距離を取る。唯我も顔にこそ「納得いかない」って書いてあるけど、程よく距離を取って戦闘態勢に入る。

 

 おれたち太刀川隊の訓練室は、市街地の一角を模したデザインだ。唯我は民家の前で両腰のホルスターに差したハンドガンに手を当てる。

 

 唯我が戦闘態勢に入ったのを見て、盾花ちゃんもホルスターからゆっくり抜いたレイガストを、両手持ちで構える。……つか、レイガストか。珍しいな。

 

 さて、どんな戦闘スタイルなのか、見せてもらおうかね。

 

 2人に交互に視線を向けてから、おれはそれっぽく右腕を上げて、

 

「んじゃ……開始!」

 

 合図と同時に腕を振り下ろした。

 

 先に動いたのは唯我……って、あのバカ! やりやがった! 

 

 開始と同時にあのバカはカメレオンを起動して、その場で姿を消した。

 

「ぅえぁ?」

 

 踏み出そうとしてたっぽい盾花ちゃんは目の前で姿を消した唯我に対して、驚いたような声を上げる。

 

 そうしてるうちに唯我の姿はカメレオンにより、完全に透明になった。

 

 目の前で敵を見失う。カメレオンがないと現実では絶対に体感できない現象を前にして盾花ちゃんは戸惑い、辺りを見渡す。

 

 そして、

 

「はーはっはっは!」

 

 あっさり盾花ちゃんの背後を取った唯我はカメレオンを解除、そして高笑いしながら二丁拳銃のフルアタックをかましてきた。

 

「わわっ!?」

 

 完全な不意打ちを食らった盾花ちゃんはなんとか振り返って唯我の姿を確認するところまではこぎつけたけど、そこが限界だった。

 

 戦闘体に内蔵されてるトリオンがダメージを受けた箇所からガンガン漏れ出てあっという間に底を尽き、盾花ちゃんはあっさり一敗した。

 

『トリオン漏出過多で、盾花ちゃんダウン』

 

 国近先輩の声が、盾花ちゃんの敗北を告げる。

 

「はっはっはっ! どうだ見たかいルーキー! これがA級の力さ!」

 

 戦闘スタイル見るのが目的なのに初見殺しをやるなバカ、って言いかけたところで外から見てる太刀川さんから通信が入った。

 

『出水。とりあえず唯我には、まだ何も言うな』

 

『いいんすか? 戦闘スタイル見れませんよ?』

 

『3戦やって盾花が何もできないようなら、唯我に縛りを入れる。けど、そこまでは盾花の対応力を見る……つっても、軽くフォローだけは入れてやってくれ』

 

『うっす』

 

 その場でペタンと座り込んでる盾花ちゃんのそばに寄って、とりあえず声をかける。

 

「立てるか?」

 

「……はい」

 

 修復され元の状態に戻ったトリオン体で盾花ちゃんが立ち上がったところで、カメレオンについて軽く説明することにした。Bに上がりたてじゃ、知らないだろうしな。

 

「あー……あのバカの姿が消えたのは」

 

「カメレオン、ですよね?」

 

 食い気味で答えを言われた。

 

「なんだ、知ってたのか?」

 

「姿が消えるトリガーがあるよ、くらいは寺島さんが前に教えてくれました」

 

「なるほどな」

 

 寺島さんとコネがあるのか。けどそれは置いといて。

 

「出水先輩。カメレオンって、姿()()()()()()()()()()()()なんですよね?」

 

「……ま、そうだな。その場から存在が消えるワケじゃない。姿が見えなくなってるだけだな」

 

「ですよね。なら、大丈夫です」

 

 大丈夫。その言葉を盾花ちゃんは力強く言った。

 

「唯我先輩の姿が消えてるだけで、私の目が見えなくなってるわけじゃない。それだったら、大丈夫」

 

 手首のスナップだけでレイガストを軽く上に放り、クルクルと回りながら落ちてきたレイガストをキャッチして、

 

「今日も世界は明るいです」

 

 そう言って、まるで新しいオモチャを見つけた子供みたいに、笑った。

 

*** *** ***

 

 カメレオン。

 

 姿が消えるトリガー……そう聞いてたけど、本当に姿が消えるのを目の前で見ると、なんだか不思議な感じがします。

 

 ビックリはしましたけど……なんとなく、突破口は見えました。

 

「んじゃ、2戦目やろうか」

 

 出水先輩に言われて、私は唯我先輩から距離を取ります。

 

 10m……いや、12mくらい。圧倒的に、ハンドガンの間合いです。

 

「はっはっは! かかってきたまえルーキー! 正隊員と訓練生のレベルの違いを、このボクがとことん教えてあげよう!」

 

 ぬぅ……唯我先輩に言われたい放題です。言われても仕方ないとは思うけど、さすがに言われっぱなしはちょっと悔しいので、なんとか一矢……出来れば二矢くらいは報いたいなと思います。

 

 お互いにトリガーを構えた所で、私達の視界の端に立つ出水先輩が腕を上げます。

 

「じゃあ……2戦目、開始!」

 

 スタートと同時に、私は唯我先輩の出方に意識を限界まで集中させました。

 

 今のところ、私が思いつく限りで唯我先輩の出方は3つ。

 

 ①さっきと同じ初手カメレオン

 ②最適な間合いを活かしてハンドガンで攻撃

 ③動いて私の出方を見る

 

 ②と③は訓練生の時の応用でなんとか対応出来ますけど、①はちょっと困ります。見えなかったら、どうしようもないので。なので①にヤマを張りました。

 

 唯我先輩が取ったのは、①でした。またもや開幕と同時にカメレオンです。

 

 私が思うに、カメレオンを何とかするポイントがあるとしたら、ここ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()です。

 

 カメレオンはどうも、一瞬でパッ! と消えるわけじゃないみたいで……、ス……ゥ……。みたいな感じで、完全に姿が消えるまで少しのラグがありました。

 

 姿が完全に消えるまでは、唯我先輩の姿は半透明ながらも見えてます。

 

 だから、勝負所はここ! 

 

 唯我先輩がカメレオンを起動したと理解したのと同時に、私はレイガストを振りかぶり、

 

「スラスター・オン!」

 

 寺島さんにセットしてもらったレイガストのオプショントリガーである『スラスター』を起動させて、それを唯我先輩に向けて全力で投げつけました。

 

『スラスター』は、

「簡単に言うと加速装置」

です(寺島さん談)。

 

 レイガストのあらゆる(ポイント)からトリオンを勢い良く噴射して、斬るスピードを速くしたり、投げながら起動させて凄い速さで飛ばすことが可能になります。

 

 訓練生の時から石ころだったりレイガストを投げてた私は、実はちょっとだけ投げるコントロールには自信があります。

 

 投げたレイガストは狙った通りに、唯我先輩の胸元に向けて高速で飛んでいきました。

 

「ぬぉおおお!!?」

 

 不意をつけたのか、迫りくるレイガストにびっくりしたのか、唯我先輩は驚きながら飛び退いて避けました。躱されたレイガストは塀に突き刺さり、仮想コンクリに盛大にヒビを入れます。

 

 唯我先輩のカメレオンは失敗したみたいで、姿がくっきり見えてます。

 

 チャンスを逃さないために、私は全力でダッシュして間合いを詰めました。

 

 走りながらトリガーを操作。

 起動していたレイガストを一旦破棄、それから再度レイガストを起動。

 眩い光を伴って、レイガストが私の右手に戻って来ます。お帰りレイガスト。

 

 もうちょっとでブレードの間合いに持ち込めたところで、唯我先輩が態勢を立て直してハンドガンを構えます。

 

「シールドモード」

 

 レイガストをブレードからシールドに切り替え、走る速度を落とさず唯我先輩との間合いを更に詰めます。何発も撃たれてますが、レイガストがしっかりと防いでくれました。

 

 おかげでやっと、私の間合いです。

 

 1、2発当たるのを覚悟の上で、レイガストのシールドモードを解除、からの反撃。

 

「スラスター!」

 

 勢い良く噴射されるトリオンに少し振り回されながらも斬撃の軌道を保ち、思いっきり振り抜きます。

 

「ぐぬぅぅう!!」

 

 振るった斬撃は、唯我先輩の胴体を真一文字に切り裂き、唯我先輩はどことなく悔しそうな声を上げながら上半身と下半身がバイバイしました。

 

「っし!」

 

 唯我先輩を切ったところからダダ漏れになるトリオンを見て勝ちを確信した私は、左手で小さくガッツポーズします。程なくして、

 

『トリオン漏出と伝達器官損傷で、唯我くんダウン。これでスコアは1−1だね〜』

 

 訓練室の外から試合を見てる国近先輩のアナウンスが聞こえてきました。

 

 ひとまず一矢報いることが出来た私は、ほっと一安心。

 

 視界の端で出水先輩がこちらに歩いてこようとしたのがわかって、そっちに視線を向けようとしましたが、

 

「ちょ、調子に乗らないでもらおうかルーキー! たまたま1本勝ちを引けただけ! ビギナーズラックだ!」

 

 トリオン体が復活した唯我先輩に捲し立てられて、視線が唯我先輩に戻りました。

 

「あ、はい。それはもちろんです。今のはちょっと、上手くいきすぎたと思うので……」

 

「そうだろう!? そうだろ!」

 

 唯我先輩は大ぶりな身振り手振りを交えながら、私のことをしっかり見て話してくれます。

 

「そうとなれば、さっそく次の試合をやろうじゃないか! 今の2戦は言うなればウォーミングアップ! ここから、A級たるボクの真の力をお見せしようルーキー!」

 

「わかりました」

 

 唯我先輩が次にどんな攻めを見せてくれるのか楽しみにしてワクワクしながら、距離を開けて再びトリガーを構えました。

 

*** *** ***

 

 面白え。

 

 5戦分の盾花の戦いを見て感じた率直な感想が、それだった。

 

 スコアは2−3で唯我の勝ちだが、内容的には盾花に軍配が上がる。

 

 戦ってた2人と出水はまだ訓練室の中……モニターで映像を見るに、出水が唯我をシバいてるな。初手カメレオンのこととか、色々言われてんだろ。

 

 3人が戻ってくるまでの間、俺は頭の中でさっきの盾花の戦闘を振り返ることにした。

 

 1戦目は初見の戦法(カメレオン)に驚いて敗北。

 

 2戦目は1戦目を踏まえた上で対策を練って勝利。多分、完全に消える前に殴ろう、的な考えだったんだろう。

 

 3戦目は唯我が建物で盾花の視線を切ってからカメレオンを起動。建物の陰から追ってきた盾花はそれに気づかず完全に見失って、その隙を唯我に狙われて敗北。

 

 4戦目は盾花の粘り勝ち。唯我が同じように建物で視線を切ってカメレオンをしたが、盾花は慌てて追わず、レイガストを構えてジッと待った。膠着しそうになったところで出水が唯我に喝を入れて、唯我が慌てて攻めにいったが……盾花がしっかりレイガストで守りながらジワジワとブレードの間合いに持ち込んで、スラスターでのぶった斬りが決まり手。

 

 5戦目は……結果こそ唯我の勝ちだが、盾花は何かを狙ってた。動きがどことなくぎこちなくなって……今までレイガストを両手持ちしてたが、途中で何度か左手が不自然にレイガストから離れた。サブ側にセットしてるトリガーを使おうとしてたっぽいが……そこに意識を持ってかれすぎて肝心の守りが崩れて、唯我に撃たれた。

 

 スコア的には盾花の負けだ。

 

 だが、初見のトリガーにやられたり、複数のトリガーを使えるようになって選択肢が増えちまって隙が出来るなんて、Bに上がった奴らの大半が通る『正隊員あるある』だ。

 

 負ける理由がわかってる以上、見るべきなのは、『どうして負けたか』じゃなくて『負けた後の対応』だ。

 

 盾花が唯我の取った戦法に対して、負けた後に自己流でちゃんと対応してみせた。

 

 恐らくこのまま戦い続ければ……20戦越えた辺りで、盾花が勝ち越すスコアが続くだろうな。

 

「太刀川さん、なんだか楽しそうだね」

 

 不意に国近にそんな事を言われた。

 

 オペレーター用デスクの隣に立つ俺に対して、国近は座ったまま見上げるみたいな形で目線を合わせながら言葉を続けた。

 

「今の太刀川さん、個人戦でノッてきた時みたいな顔してるよ」

 

「そんなわかりやすい顔してるか?」

 

「うん」

 

 思わず顔に出てたらしい。

 

 けどまあ、盾花を見て多少なりともワクワクしてるのは事実だし、顔に出るのはしゃーない。

 

 何戦か手合わせしたいとこだが……時間だ。

 

「国近、訓練室から全員呼び戻してくれ」

 

「はーい」

 

 国近が訓練室に音声を繋いで、戻ってくるように言うと3人はあっさり戻ってきた。

 

 戻ってきても唯我はまだ出水にしばかれてるが、とりあえず放置して盾花に声をかけることにした。

 

「盾花」

 

「はい」

 

 呼ばれた盾花は姿勢を正して返事を……って、姿勢めちゃくちゃいいな、コイツ。背筋ピンって感じ。

 

「モニターで動きを見せてもらったが……まあ、いいんじゃないか?」

 

 何か上手いこと言いたかったが、思いつかなくて疑問形になっちまった。

 

「あ、ありがとうございます……?」

 

 俺に釣られたのか、盾花も疑問形だ。キョトン顔ってこういう顔なんだなって感じの顔だ。

 

「変な癖も無いし……こういう事をしたいって意図が伝わる動きしてたし……ま、ひとまず防衛任務参加は大丈夫だな。とりあえず一緒に活動する期間中、よろしく頼むぜ」

 

「わかりました。それで、あの……防衛任務のシフトは、いつになりますか……?」

 

 不安そうに尋ねてくる盾花を見て、そういやシフト言ってなかったっけなと反省した。

 

「シフトは今日。あと15分後だ」

 

「……キョウ? ジュウ、ゴフンゴ?」

 

 あと15分で初の防衛任務出陣を知った盾花は、カタコトというか機械の声っぽい感じで呟いて、さっきのを越えるキョトン顔を浮かべてフリーズした。

 

 ……アレだ、これ笑っちゃいけないけど笑いそうになるやつ。

 

「……さあ、そんなわけで。みんな、急いで準備しろ。前のシフトが風間隊だから、遅刻は絶対許されないからな」

 

「うーす」

「は、はい」

「はーい」

 

 出水、唯我、国近が返事したところで、

 

「ちょっ、ま、待ってください太刀川さん!? あと15分ってホントなんですか!?」

 

 盾花がフリーズから溶けて再起動した。

 

「もちろん、本当だ」

 

「……ドッキリ?」

 

「ノットドッキリ」

 

「……マジ?」

 

「大マジだ」

 

 中々現実を飲み込めないみたいだな。

 気持ちは分からんでもない。

 俺だって急に「太刀川くん、このままだと単位貰えないけど、いいの?」なんて大学で言われたら流石に焦る。まあ、焦るのは去年までの話だがな。

 

 事態が中々飲み込めない盾花に向けて、俺はにっこりと笑って、

 

「さ。思い出に残る初陣がこれから始まるぞ」

 

 優しく、現実へと引き戻した。

 




ここから後書きです。

そりゃ1時間もしないうちに防衛任務があれば、客人は追い返しますよね。前の話で唯我はちゃんと正しい行動をしてました。

あと15分で防衛任務なのを知って慌てる盾花を見て、普段は5分前行動とか、1日のスケジュールをちゃんと立てるような性格なんだろうなぁ……って思いました。

次話、防衛任務デビュー!

……そういえば今更ながらになりますが、本作主人公の盾花桜ですが、半分くらい狙って外見の描写してないです。身長と、生身の時目に傷があるくらいしか、外見描写はしてない筈。
そのうち彼女のビジュアルに関して、何かしらのアンケートを取るかもしれません。


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File12「月を守護する三本太刀③」

かつて大規模侵攻で視力を失った女の子が、4年ぶりに警戒区域に足を踏み入れて防衛任務の初陣を飾る物語です。


『警戒区域』

 

 ゲート誘導装置が有効に働いてるボーダー本部周辺の区域の名称で、一般の人は立ち入り禁止になっています。

 

 元々は普通に人が住む普通の街だったのですが、それはあの日……私が視力を失った、あの大規模侵攻が起こるまでのことです。

 

 異世界からのゲートが開いて街はめちゃくちゃにされて……それ以降、この場所に立ち入ることが出来るのは、基本的にボーダー正隊員だけになりました。

 

 正隊員になって防衛任務に参加できた私は、およそ4年ぶりに、この場所に足を踏み入れました。

 

「……」

 

 まだ街の形を保つ警戒区域の中を見渡して真っ先に思ったことは、『懐かしい』でした。

 

 警戒区域の中にこそ住んではいませんでしたが……仲が良い友達の家や、よくママと買い物に行ったお店、ちょっとした遊び場、そんな場所はいくつかあったので……そんな場所を何個も思い出して、懐かしいなと、思いました。

 

 続けて思ったのは、『寂しい』という感情。

 

 人の気配がまるでなく、街の所々に刻まれた戦闘痕が、ことさら人が住む場所ではなくなったことを強調してるみたいで……心臓が、キュッと締まった感じがしました。

 

 なにより……警戒区域の中に住んでいて、あの日以降連絡が取れなくなった親友の事を思い出すので……なおさら、寂しいです。

 

『テストテスト〜。桜ちゃん、どう? 聞こえてるかな?』

 

 センチな気分で黄昏てたら、国近先輩から通信が入りました。

 

「あ、はい。聞こえてます。感度良好です」

 

『はーい、こっちも感度良好だよ〜。基本的にうちの隊の通信はこのチャンネルでやってるから、チャンネルはいじらないようにね』

 

「わかりました」

 

 ……普通に受け答えしましたけど、通信機器っぽいのも無いのに受け答えしてるのを見られたら、なんだか独り言っぽく見えちゃう気がして、そこそこ気まずいです……。

 

 形だけでも通信機器を付けてくれるように、寺島さんにお願いしようかな。

 

「いや〜、悪い悪い。待たせたな」

 

 とか思ってたら、太刀川さん達が戻ってきました。

 

 なんとか15分で、前のチームと防衛任務を交代・引き継ぎをする地点を目指した私たちでしたが……間に合いませんでした。厳密には、太刀川さんだけは全力で駆けてギリギリ間に合いましたが、私、出水先輩、唯我先輩は遅刻でした。

 

 遅れて交代地点にたどり着いた私たちでしたが、太刀川さんに、

「盾花は向こうで待機しててくれ」

 と指示を出されて、私だけ少し離れた地点で待機してました。

 

 本音としては、遅刻した責任は私にあるので一緒にお叱りを受けないといけないと思いますが、任務中なので上長命令に従いました。

 

 きっと、私だけ別にした理由があるはず……そう思って、戻ってきた太刀川さんに問いかけます。

 

「太刀川さん、あの……」

 

「ん? なんだ?」

 

「その……遅刻した原因は私にあると思うので、私もお叱りを受けるのが筋だと思ったんですけど……」

 

 申し訳ないと思いながら太刀川と話す私でしたが、

 

「なんで原因が盾花にあるんだ?」

 

 この上なく真顔でそんな風に聞き返されて、言葉が止まりました。

 

「……というと……?」

 

「いいか、盾花」

 

 太刀川は至極真面目に、真剣な顔で私に説明します。

 

「確かに、俺たちが遅刻した理由は、盾花の能力を見るためにテストしてたからだ。それは間違いない」

 

 やっぱり私が原因じゃん……。

 

「けど、そのテストをやろうって言ったのは誰だ? 遅刻しないためにテスト途中で切り上げりゃよかったのに、最後までテストにストップをかけなかったのは誰だ?」

 

 それは……、

 

「……えっと、どちらも太刀川さん、ですけど……」

 

「だろ?」

 

 首をちょっと傾けて、ドヤ顔します。太刀川さん、ドヤ顔とても上手いです。

 

「何かをミスった時、誰か一人だけが原因って場面は、なかなか無い。大抵は、何人かがちょっとずつミスに絡んでるもんだ。そんでもって……」

 

 そこまで言って太刀川さんは、ちょっとだけ間を開けてから、

 

「そのミスで周りに迷惑をかけた時に頭下げるのが、俺たち隊長だ。もっと言えば、部下に責任がかかりすぎないように、自分に責任来るようにしていくのが、隊長の仕事なんだよ」

 

 終始、真剣な顔でそう言い切りました。

 

 なんというか……大人だなぁ、って思います。

 

 言いたいことを言い切ったらしい太刀川さんは、ついさっきまでの真面目な雰囲気を崩して、

 

「ま。欲を言えばミスしないのが一番だし、ミスが起こらないように……マ……あれこれすんのが、良い隊長なんだけどな」

 

 朗らかに笑いながら、そう言いました。

 

 ……太刀川さんの笑い声は、不思議です。

 生まれ持った雰囲気なのか、個人・部隊共に1位という実績のおかげなのか……あるいは、どちらもなのか。

 不思議と、なんだか大丈夫そう、って思わせる不思議な力があるように、思いました。

 

 私に対する説明が終わったところで、太刀川さんは私や出水先輩、唯我先輩を見ながら指示を出し始めました。

 

「んじゃ、ぼちぼち防衛任務やってくが……盾花は初めてだし、軽ーく説明するぜ」

 

 太刀川さんは警戒区域の一画……警戒区域と市街地の境目である、有刺鉄線を指差しました。

 

「あそこが警戒区域の端っこ……境界線だな。有刺鉄線(アレ)はグルッと警戒区域を取り囲むように張り巡らされてる。俺たちは担当区域内の端っこをウロウロ歩きながら、ネイバーが攻めてきたら現場に急行して対処する。それを交代時間まで続ける。ここまでで、なんか質問は?」

 

「ないです」

 

「よし、優秀だ」

 

 ニッ、と笑って太刀川さんの説明は続きます。

 

「んでもって、俺たちの隊の戦い方だが……俺がネイバーの群れに突っ込む。出水がそれをフォローする。時間差で出てきたり、群れから外れてたりして、俺たちがどうしても対処しきれないのを、唯我が足止めする。基本的にこれだけだ」

 

 とてもシンプルというか……まあ、それ以外にやりようはないかな、と思います。

 

「それで盾花に頼みたいのは……」

 

 しかしそれだと……私の役割は、唯我先輩と同じになりそうです。太刀川さん、出水先輩、唯我先輩で裁ききれなかったネイバーを足止めして、太刀川さんが来るまで凌ぐ……に、なるのかな。

 

「出水のフォローだ」

 

「……ぬゅ?」

 

 まさかの答えで、思わず変な声が出ました。

 

「出水先輩のフォロー……ですか?」

 

「おう。フォローってか、出水のガード役か。そうすりゃ、出水は守りを気にしないでゴリゴリ火力出せるからな」

 

 言われてみれば妥当性があるように思いますが……それでも、なにかモヤモヤします。

 

 モヤモヤしてた私を、太刀川さんはジッと見て、

 

「不満か?」

 

 ストレートに、そう聞いてきました。

 

「うぇぁ……っと、はい……。顔に、出てましたか……?」

 

「んー、出てるってほどじゃないが……なんとなくそうかもなって思ったし、俺があえてそう思っても仕方ない指示を、ワザと出したからな」

 

「ワザと……?」

 

 なんでまた……? 

 

 私の疑問をよそに、太刀川さんは少し考えたそぶりを見せてから、

 

「……よし、指示変えるか。盾花、ひとまず唯我と同じ役割をやってみてくれ。出水のそばで待機しつつ、唯我でもカバーしきれない場合があったら、そのネイバーの足止めを頼む」

 

 私に対する指示を変更しました。

 

「え、あ……はい。わかりました……。あと……ごめんなさい」

 

「ん? なんで謝るんだ?」

 

「だって、その……隊長である太刀川さんの指示に不満そうな態度を取ったりしちゃって……生意気じゃ、ないですか?」

 

 少なくとも、私が先輩とか上の立場だったら、今みたいな私の事を生意気だと感じると思う。

 

 生意気じゃないか、という問いかけに対して、太刀川さんは笑いながら答えてくれました。

 

「はっはっは。気にすんな。新人はちょっと生意気なくらいが、ちょうどいいもんだ」

 

 太刀川さんの答えは真意かどうか測りかねますが……兎にも角にも、私の防衛任務初陣はこうして始まりました。

 

 

 

 作戦室でも思いましたが、防衛任務中でも太刀川隊の雰囲気は明るかったです。アットホームというか……放課後、教室でお喋りしてる雰囲気が、ずっとありました。

 

「緊張しなくてもいいんだよ、盾花さん。このボクがいる限り、大船に乗ったつもりでいたまえ!」

 

 唯我先輩は初陣で気が張ってる私に絶えず話しかけてくれましたし、

 

「だーいじょうぶ大丈夫。おれも出来る限りサポートするし、ヤバいと思ったら太刀川さんに投げりゃいいから」

 

 出水先輩もそんな風に気さくに話しかけてくれましたし、

 

「はぁ……任務終わったらレポートか……終わっかな……」

 

 太刀川さんに至っては、任務が無事終わると確信してるみたいで、大学のレポートの心配をしてました。

 

『太刀川さん、レポート終わらないの? 風間さんに声かけよっか?』

 

「やめろ国近。風間さんにレポート終わってないのバレた日には、一日中監視されてレポート三昧になる」

 

 国近先輩も時々話しかけてくれたので……巡回中の雰囲気は、本当に暖かかったです。

 

 けど、その暖かな空気は、耳をつんざくようなサイレンの音と共に消えました。

 

「っ!」

 

 そのサイレンの音の正体は、警告。

 

『ゲート発生、ゲート発生。座標誘導誤差5.62』

 

 サイレンに続き、敵襲、を知らせるアナウンスが響き、

 

『近隣の皆さまは注意してください』

 

 その、アナウンスが終わる頃、には、

 

「国近、位置情報くれ」

 

 太刀川隊の皆さんの目が、戦う人のそれに変わってました。

 

「……っ」

 

 空気が変わる。目に見えないモノの、変わりようなんてわかるわけない、と思ってた私ですが……空気が、変わるというのは、こういう事かと、嫌でも理解、させられました。

 

 国近先輩から、位置情報を受け取った皆さんは、現場へと急行し、私は、少し遅れて皆さんの後を、追います。

 

 そして、すぐに、ゲート発生、地点へ、と、辿り着きます。

 

 空中に黒い、歪が生まれ、それがどんどん、大きくなって、黒い球体に……その中から、ネイバーが……トリオン兵が姿を現しました。

 

「モールモッドが7体、バムスターが4体、中々に賑やかだな」

 

 ゲートは、1つじゃなく、何個もあり、ますが、私が、ゲート、の数を数え切る前に、太刀川さんは、トリオン兵の数まで、把握、してました。

 

 モールモッドは、自動車くらいの、大きさで、蜘蛛とカマキリ、を、混ぜ込んだ印象のトリオン兵です。鎌を連想させるブレードを装備した、戦闘用のトリオン兵になります。

 

 バムスターは、二階建ての、お家くらいの大きさのトリオン兵で、多分、三門市民が思い浮かべる、ネイバーは、だいたいコレだと思います。見た目は大きい、けど、役割は人の捕獲、なので、そこまで強くないトリオン兵です。

 

 太刀川さんは、ブレード型トリガー弧月を抜刀しながら、私たちに指示を出します。

 

「俺が真ん中の群れに突っ込む。出水は俺のフォロー、唯我は左から抜け出そうとしてるモールモッドを止めとけ」

 

「出水了解」

「唯我了解!」

 

 出水先輩と、唯我先輩は素早く答え、戦闘態勢に入ります。そして、

 

「盾花は出水のガード。出水、盾花の扱いはお前に任せる」

 

 私たちに、そう指示を出しました。

 

「出水了解」

「た……た、盾花! 了解ですっ!」

 

 指示、を出し終えた太刀川さんは、視線を眼前のトリオン兵の群れに向けて、

 

「さーて……お仕事お仕事」

 

 躊躇の、欠片もなく、群の中へ飛び込んでいきました。

 

 一瞬、無謀に思えた、特攻でしたが……

 

 私は、『個人(ソロ)1位』という肩書が持つ意味を、理解させられました。

 

 2本の弧月を自由自在に振るい、敵の攻撃が予め見えているようなタイミングで回避し、危なげなくトリオン兵を削ぎ、着々と屠る。

 

 太刀川さん1人だけでも十分すぎるくらい勝ち目があるのに、そこへ、出水先輩が的確にフォローを入れます。

 

「ハウンド」

 

 出水先輩のポジションは、二宮さんと同じ、シューターです。手のひらから生成したキューブを細かく分割して放ち、トリオン兵の注意を引くような射撃をしてます。

 

 唯我先輩も、太刀川さんの指示通りに、群れから外れて動くモールモッドの前に立ち塞がり、モールモッドのブレードが当たらない距離を保ちつつ牽制のような銃撃を重ねます。

 

 太刀川さんの奮闘もあり、トリオン兵の群れは見るからに劣勢に立たされてていきます。

 

 これ、もしかして、私要らないのでは……と思った、その矢先、

 

「……! 盾花ちゃん、右! モールモッドが逃げ出した! 足止め頼む!」

 

 出水先輩が群れから外れたモールモッドに気づき、私に指示を出しました。

 

「わ、分かりました!」

 

 出水先輩の元を離れ、モールモッドとの間合いを詰めながら、ホルスターからレイガストを引き抜き両手で持ちます。

 

 私はレイガストを構え、モールモッドの前に立ちはだかり、真正面から見据えて視線が交錯した、

 

 そ

 

    の

 

        瞬

 

            間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぁ……」




ここから後書きです。

途中、太刀川に「マネージメント」という言葉を使わせようとしましたが、
「やつがマネージメントという言葉を言えるか…?」
みたいな懸念に駆られて、最終的にカットしました。

このお話の投稿日がバレンタインなので、そのうち盾花も誰かにチョコあげる日が来るのかなぁ……みたいな事を考えました。物語書きながらも、出てくるキャラに対してどこか他人事になる……。



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File13「月を守護する三本太刀④前編」

初めて防衛任務に出た少女が、A級1位から初陣の手解きを受ける物語です。


『太刀川さん。盾花ちゃん止まりました』

 

 出水が飛ばした内部通話を聞いた俺は、盾花は()()()()()だったのかと思った。

 

『オーケー、わかった。出水、この群れを捌いとけ』

 

『了解』

 

 半壊させた群れを出水に任せて俺は一旦離脱して、モールモッドの前で固まっちまった盾花のフォローに入る。

 

 モールモッドは目の前にいる盾花に意識がいってて、完全に無防備。

 

 俺は隙だらけのモールモッドの横っ腹を、弧月を振り下ろして輪切りにした。綺麗に両断できたから()れたと思うが……念を入れて、断面から弧月の刃を通してモールモッドの目をぶった斬る。

 

 振り抜いた弧月の先には、ちょっと青い顔をした盾花がいて……その目には、分かりやすいくらいの怯えの感情が映ってた。

 

「よし、無事だな?」

 

「え、あ……はぃ……」

 

「ん。無事なら万事オーケーだ」

 

 盾花の無事を確認した俺は、残してきた群れの方に戻ろうとしたが……そっちは、出水がちゃんと撃ち殺してくれてた。

 

 唯我もなんだかんだでモールモッドを仕留めたし、ゲートから出てきたトリオン兵を全滅させたのを確認できた俺は、国近に通信を入れる。

 

『国近、殲滅完了だ。回収班呼んでくれ』

 

『はーい。もう声かけてあるから、ちょっとだけ待っててね〜』

 

『りょーかい』

 

 回収班の手配が済んだのを確認できたところで、俺は盾花に視線を戻す。

 

「盾花。トリオン兵倒した後は、回収班ってのに声をかけるんだ。そんで、その回収班が来るまでは一応、現場に残っとくようにな」

 

「……は、はい……」

 

 ちょっと顔色戻ってきたな。と思った矢先。

 

「太刀川さん、あの……」

 

 盾花が見るからに無理してるのが分かる声と顔で、俺に話しかけてきた。盾花が言わんとする事はだいたいわかってるから、俺は、

 

「怖かったことは、気にすんな」

 

 気にするなと、声をかけた。

 

「え……な、なんで、わかったんですか……?」

 

 盾花があんまりにも心底不思議そうに言ってくるもんだから、俺は思わずちょっと笑いそうになるのを堪えて、逆に盾花に問いかける。

 

「あのな、盾花。自分よりデカいやつが、自分を殺そうと武器構えて襲ってくるんだぞ? 怖いって思うのは、普通だろ」

 

 街を守るボーダー隊員だが……当たり前だけど、元は普通の一般市民だ。

 

 いくらトリガーで、あいつらと渡り合える武器があったとしても。

 いくらベイルアウト機能があって、命の安全が保証されてたとしても。

 

 怖いものは、怖い。

 

 自分がショットガン持って、百戦錬磨のベテランハンターがそばにいて助けてくれる状態だとしても、熊と正面切って戦うのが全く怖くないわけがない。

 

 ましてや、ボーダー隊員の多くは地元、三門市出身の奴ら……あの4年半前の大規模侵攻で、ネイバーの恐怖を大なり小なり味わってる。

 

 いざ、奴らと命をやり合う立場になって、あの時の恐怖が体を縛っちまうことは、初陣じゃ珍しくない。

 

「初陣で今の盾花みたいに動けなくなっちまう奴って、結構いるんだよ。けど俺は、それを普通の反応だと思ってる」

 

 盾花を落ち着かせるために、意識していつもよりゆっくりとした声の速さで説明する。

 

「初陣でトリオン兵と対面した時の反応は、ざっくり3つ。さっきの盾花みたいに動けなくなるか、テンパりすぎてめちゃくちゃな戦い方をしちまうか……度胸が据ってんのか、頭のネジが何本かぶっ飛んでんのか、危機感が薄いのか……どういうわけか、普通に戦える奴。このどれかだ。んで、大抵は最初の2つだ」

 

 前に1人、テンパりすぎて味方まで巻き込んじまったのもいるが……まあ、それは置いておこう。

 

「そんなわけだし、動けなくなっちまったことはあんまし気にすんな。人によるとは思うが……俺は初陣の奴と一緒に出る時、とりあえずそいつは見てるだけでいい、くらいに思ってるし、なるべくそういう指示を出す。()れるもんなら()ってもらうに越したことはないが……ま、初陣は慣れるのが仕事みたいなもんだ」

 

 オーケー? と確認すると、盾花はちょっとぎこちないながらも、オーケーです、と返事をした。

 

「よし。んじゃ回収班来るまで待つか」

 

 そう言って出水達のとこまで戻ろうとしたところで、俺はふと、思ったことを尋ねた。

 

「そういや盾花」

 

「はい……」

 

「俺さっき、怖かったことは気にするなって言ったけど……何が怖かったか、自分で説明できるか?」

 

 これも、ちょっとした確認だな。本当に知りたいのは「怖かった理由」じゃなく、盾花のタイプだ。

 

 答えや正解がなんとなくわかって、それに従える『感覚派』なのか。

 問題点を整理して、対策や答えを筋道立てて言葉にできる『理論派』なのか。

 

 質問の答え方で盾花がどっちのタイプなのか分かるし、他にも色々と分かる。

 

 盾花は俺の質問に対してさして間を開けずに答えた。

 

「その……モールモッドと目があった瞬間に……よくわからないけど、怖いって、思いました。……怖いというか……個人戦とは違う、真剣な戦いになるんだってわかったら、身体が強張ってしまって……それと、あと……」

 

 そこまで言った盾花は、チラッと視線を背後に……警戒区域外へと向けて、

 

「この先に、人の命があるって思ってしまって……絶対に、突破させちゃいけないって思って……そしたら、なおさら……」

 

 そう答えた。

 

「そうか。答えてくれて、ありがとな」

 

 ……理論派だとは思うが、なんかちょっと引っかかるな。

 あと、真面目だ。

 真面目な事が美徳だと思って意識して真面目であろうとするんじゃなく、息をするように無意識レベルで、生まれつきの真面目なタイプ。

 

 トリガーがレイガストなのもあって、なんとなく村上っぽい……そんな事を思いながら、唯我をしばく出水のそばに俺たちは戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 回収班の帰投を確認した俺たちは、巡回を再開。警戒区域の端っこに沿って歩き回る時間が続いた。

 

 けどしばらくすると、またゲートが開いた。

 

 出てくるトリオン兵はさっきと変わらないが……ちょっと間隔と数が気になるな。もしかしたら、俺たちが把握してない国が近くを通ってるのかもな……とか考えながら、ざっくざくとトリオン兵を斬っていく。

 

 陣形は変わらず、俺が特攻をしかけて拾いきれない分を唯我に任せて、出水が全体のフォロー。

 

 戦闘中、何度か盾花に目を向けたが……出水の半歩後ろで、レイガストを構えて俺たちの戦闘を観察するように立ってた。

 

 ……いや、俺たちの戦闘を、というよりは俺の戦闘か。目線を向けた3回とも視線が合ったし。

 

 そうやって3度目の戦闘を終えて、回収班を待ってると……また、サイレンが響いた。

 

「おーおー、また来たか」

「今日多いっすね」

 

 俺と出水が戦闘態勢に入り、

 

「ふぐぅ……」

 

 唯我がちょっとしんどそうな声をあげながらも、俺たちに続く。

 

「盾花、大丈夫か?」

 

 初陣で4回の戦闘は、精神的にかなりきつい。いくらトリオン体が身体的な疲労とは無縁でも、交戦らしい交戦をしてないとしても、きついものはきつい。

 

 きつそうなら戦闘に巻き込まれない範囲に下げて休ませようと思ったが、

 

「大丈夫です! 出水先輩のガード、やれます!」

 

 目をギラギラさせながら答えたから、まだ行けるなと判断。

 

「よし、わかった。んじゃ、行くぞ」

 

 国近からゲート発生位置を受け取り、現場に急行。

 

「……モールモッド5、バムスター2か」

 

 モールモッドが纏まってて、その後ろにバムスターが1匹、群れから外れて市街地に直行しようとしてんのが1匹。

 

「唯我、別行動してるバムスター仕留めとけ。出水は全体のフォローだ」

 

 全員がどういう意図で動いてるのかを盾花(新人)に分かってもらうために、普段は出さない指示を、あえて出す。

 

 ただなんとなく『多分こう』って思いながら戦闘の中に居るのと、『これはこう』ってハッキリ分かっているのとじゃ、覚え方や物の見え方やら、色んな物が違ってくる。

 

 そしてその違いは、動きや考え方に分かりやすく出てくる。

 

 そんな事を思いながら、俺は一瞬だけ盾花に視線を向ける。

 

 この先、盾花がウチの隊に入ったり、遠征部隊に選ばれるような事が無い限り……俺が()()()()()コイツに何かを指導してやれる機会は、多分無い。

 

 指導してやれるのは臨時で見習い入隊してる、今しか無い。

 

 俺は東さんや忍田さんと違って、人に何かを教えるのは、多分そんな上手くない。

 そんな俺が、たった何日かで盾花に何かを教えるには、あまりにも時間が足りない。

 

 だったら、せめて。

 

 覚えておいて損が無い事を……チームがどんな風に動きたいか分かってると戦闘のやりやすさが段違いになる、って当たり前で絶対困らない事を、コイツに教えておくことにした。

 

「よっと」

 

 考え事をしながら、モールモッドをザクザクと削り斬る。

 

 このまま問題無く終わる……と思った、その矢先、

 

『太刀川さん、ゲート1個追加で開くよ!』

 

 国近からそんな音声が届いた。

 

 視界の端に、黒い雷みたいなモノが見えて、それがゲートになっていく。

 

 出てきたのは、1匹のモールモッド。

 

 こんな微妙な時間差でゲートが開くのは絶妙にいやらしいが、まあ何とかなる。

 

 ちょうど俺がモールモッド共を全部切り伏せて、唯我と出水もバムスターを仕留め終わったタイミングだった。今から1匹だけ相手する分には、十分すぎるくらいに態勢が整ってる。

 

 のこのこと出遅れた1匹を仕留めようとした、その瞬間、

 

「た、太刀川さん……!」

 

 出水の隣にいた盾花に呼び止められた。

 

「んー? どうした?」

 

 振り返りながら尋ねるが、盾花からの答えを聞く前に……盾花の目を見た瞬間、何を言いたいのか分かった。

 

 目は口ほどに物を言う……だっけか。昔の人は上手い事言うもんだ。

 

 盾花の目は、さっきと同じような恐怖の色が残ってるが……同時に、それ以上にギラギラとしたやる気の色が見えた。

 

 盾花はその目で俺をしっかり見ながら、言う。

 

「あのモールモッド、私が相手しても良いですか……?」

 

 それを聞いた出水が、唯我が、国近が。何か言おうとする。

 

 けど俺はそれより早く、

 

「ああ、いいぞ。けど……やれるか?」

 

 そう言って、確認を取った。

 

 ボーダー正隊員のトリオン体には、緊急脱出(ベイルアウト)機能がある。負けてトリオン体が壊れた時、もしくは自分の意思で戦闘から離脱したい時に起動して、基地に生身の身体を転送できる、セーフティーシステム。これがある以上、俺たちは負けても命の危険は無い。

 

 ただ、『命の危険が無い事』と『安心』は、イコールじゃない。

 

 死ぬ事は無くても、怖いものは怖い。

 

 そして今、盾花はその『怖い』と真正面から向かい合おうとしてる。

 

 その向かい合おうとする姿勢は、多分普通なら称賛されるものなんだろう。だけど俺は、無理してまで乗り越えなくてもいいんじゃないかって、思う。

 

 どれだけ気張ろうが、出来る事しか出来ないんだから。

 

 だから俺は、『やれるか』と確認する。

 出来るのかと、問いかける。

 

 そして盾花は迷わず、真剣そのものの顔で、

 

「やってみます」

 

 そう答えて、その恐怖を乗り越える事を選んだ。

 

 自分がそうするって決めたなら、俺は止めない。止めない代わりに、

 

「よし、いいだろ。もし負けても俺たちがきっちり仕留めてやる。だから、思い切って……行ってこい」

 

 負けても大丈夫だと安心させて、盾花を戦闘に送り出した。




ここから後書きです。

個人的に、初陣の新兵が受ける命令は、ゴッドイーターってゲームの序盤で出てきた、
「いいか、命令は3つ。
死ぬな。
死にそうになったら逃げろ。
そんで隠れろ。
運が良ければ、不意を突いてぶっ殺せ。
……あ、これじゃ4つか?
とにかく生き延びろ。命さえあれば、後は万事どうとでもなる」
が最適かなぁ、とずっと思ってます。とにかく生き残れ。

タイトルにあるように、今回は前後編に分かれてます。元々1話だったのですが、分けた方が読みやすい感じになっちゃったので、分けました。
なるべく早く……できれば同日中に更新したいと思いますので、待っててもらえると幸いです。


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File14「月を守護する三本太刀④後編」

人を殺すために作られた機械兵に、たくさんの人に助けられた少女が挑む物語です。
後編です。


「はい! 行ってきます!」

 

 太刀川さんの許可を得て、私はモールモッドとの1対1の戦闘に入る。

 

 レイガストをホルスターから抜いて右手で持ち、モールモッドの前に立ち塞がります。

 

 敵の……モールモッドの目の前に立って、改めて、思います。

 

 怖い。

 

 モールモッドは戦闘用のトリオン兵……相手と戦って、相手を倒して、相手を殺すために作られた、トリオン兵です。

 

 さっき……最初目の前に立った時は、改めてモールモッドが戦闘用なんだと間近で見て思い知らされて……怖さで、身体が強張った。そして強張る身体と反比例するように、私の頭はあの瞬間、色んな事を考えました。

 

 トリガーに不具合が起こって、ベイルアウトがちゃんと作動しないんじゃないかという、ほぼありえない可能性。

 私の後ろには三門市があって、人が住んでいて……私が突破されたら、その人達の命が危険にさらされるという、防衛任務が存在する理由。

 

 そんな事を考えてしまって、結局何もできなくなって固まってしまい……太刀川さんに助けてもらいました。

 

 そして今も、それはあんまり変わってません。

 

 変わらず、モールモッドは怖いと思いますし、人の命がかかってることだって、ちゃんと分かってます。テンパってます。

 

 けど同時に……不思議と、落ち着いてるところもあります。

 

 吹っ切れてるけど冷静……みたいな状態です。

 

「すぅ……はぁ……」

 

 意識して、呼吸を一つしてから……踏み込む。

 

 モールモッドとの間合いを一気に詰めて、敵のリーチに入り込みます。

 

 自分のリーチに敵がやってきたのを見て、モールモッドはチャンスとばかりに二本のブレードを振るってきます。

 

 その攻撃をしっかりと見て、私はシールドモードにしたレイガストで攻撃を防ぐ。

 

「っ!!」

 

 ガツン、ガツンとした確かな衝撃が、レイガストを通じて私の身体をぐらつかせます。

 

 体勢を完全に崩される前に私はバックステップを踏んで距離を調整して、レイガストを構え直します。

 

 距離を取っても、そこは未だに相手の間合い。ラッシュとも言うべき攻撃が、私に襲いかかってきます。

 

 サイズで完全に負けてるので、踏ん張って防ぐ事は出来ても私の体勢はすぐに崩されます。けどその度に、私は距離を調整してレイガストを構え直し、受けに徹します。

 

 何度かレイガストにヒビが入りかけましたが、その度にスラスターを起動してモールモッドの間合いから外れるくらい距離を取って、レイガストを解除してすぐに再展開して耐久力を取り戻します。

 

 正面から受け止めるような形は分が悪すぎるので、受け流すような形にレイガストの構えを調整して……モールモッドの攻撃を、じっと耐えて、じっくりと観察します。

 

 そうして耐えるうちに、私は1つ確信します。

 

 勝てる、と。

 

 たしかにモールモッドの攻撃は重たいですし、速いです。

 

 でも。

 

 カゲさんみたいに、目で追いきれないような速さの攻撃じゃない。

 二宮さんみたいに、ガードをガン無視するような無茶苦茶な力じゃない。

 コウさんみたいに、突破できないような絶対防御じゃない。

 望先生みたいに、訳わかんない内に攻撃が当たってるようなトリッキーさは無い。

 

 ちゃんと見えるし、凌げるし……何なら、攻撃のパターンやリズムだって、何となく捉えてきました。

 

 ここまできたら、もう……ランク戦と同じです。

 

 相手の攻撃しやすい間合いを保って、攻撃させて、ひたすら受け潰して、カウンターを狙う。

 

 右のブレードからの、振り払うような一撃

 左右のブレードをリズム良く振るうワンツー

 左右同時の挟み込む力任せの一撃

 

 右のブレードからの、振り払うような一撃

 左右のブレードをリズム良く振るうワンツー

 左右同時の挟み込む力任せの一撃

 

 右のブレードからの、振り払うような一撃

 左右のブレードをリズム良く振るうワンツー

 左右同時の挟み込む力任せの一撃

 

 完璧にパターンを掴んだところで、

 

 私は、勝負に出ました。

 

*** *** ***

 

 戦う前は心配してたが、いざ蓋を開けてみりゃ、盾花の勝ちはすぐに確信できた。

 

「盾花ちゃん、防御上手いっすね」

 

「だな」

 

 出水がボソっと呟き、俺が同意する。

 

 モールモッドの攻撃を受ける度に、盾花は防御を更新。攻撃をされる度に、受ける度に、盾花の守りはより強固に、より安全になっていく。

 

 トリオン兵ってのはパッと見だと生き物っぽいが、実際は作られた存在だからどっちかと言えば機械に近い。

 

 こんな状況で、こんな風に動く。

 そういう行動を取るように設定されてる、と言ってもいい。

 

 動きにパターンがあって、同じ状況を作ってやれば大体同じ行動を取る。

 

 盾花もそれを知ってるのか、あるいは今気づいたのか……間合いを上手いこと調整して、モールモッドの攻撃を観察し始めた。

 

 堅実な守りと、間合いをコントロールする感覚。この辺は多分本人が自覚してるっぽい長所だろう。

 あともう一個光る物があるんだが……それはまあ、自分でおいおい気づくだろう。

 

 危なげなく戦いを進めていった盾花に、動きがあった。

 

 今までは「どんな攻撃を仕掛けてくるか」と探るような動きだったが、一転して「狙った攻撃をさせる」動きに変わった。

 

 間合い、構え、攻撃後の対応、全てを同じように再現して、モールモッドに狙った攻撃をさせる。

 

 薙ぎ払うような一撃に続く、左右のブレードでのワンツー。

 そしてその後に来る挟み込むような攻撃……が来る前に盾花はモールモッドの間合いの、さらに内側へと潜り込む。

 

 レイガストがシールドモードのままで潜り込んでどうするのか……と思ったその瞬間。

 

 モールモッドの動きが、不自然に止まった。

 

 両方のブレードが盾花を挟み込もうとしたところで、モールモッドはまるで致命的な一撃を弱点である『目』に食らったみたいに、動きが止まった。

 

 何があったのか、それを探り切る前に盾花が王手をかける。

 

 シールドモードのレイガストをブレードモードへと切り替えて、両手で持ったまま右肩に担ぎ込むように構え、

 

「スラスターオン!」

 

 勢いよくトリオンを噴射しながらの、豪快な斬り下ろしを決めた。

 

 モールモッドの胴体が派手にぶった斬られて、中に詰まってたトリオンがガンガン漏れ出て……やがて動きが完全に止まった。

 

「おーおー、豪快な一撃だ」

 

「見てて気持ち良いくらいの一撃だったが……出水、最後の一撃の前に何があったか分かるか?」

 

「不自然に動き止まったやつ……っすよね。タイミング的に、至近距離で弾トリガー使って撃ち抜いたような感じでしたけど、銃もキューブも出してないんで……わかんないっす」

 

「出水もお手上げか……んじゃ、答え聞いてくるとするか」

 

 ちょっとした疑問を解消するべく、俺と出水は唯我に褒めちぎられてる盾花のそばに寄った。

 

*** *** ***

 

 分厚く堅い氷を砕くような感触と、硬さと粘着質が入り混じった肉を切るような感触を感じながら、私はモールモッドを一刀両断しました。

 

 任務中、太刀川さんや唯我先輩が狙ってたように、モールモッドの目の部分を切りましたし、そこから勢いよくトリオンが吹き出てきてるので、倒したとは思うのですが……不安と恐怖から私は構えを解けません。

 

 両手でレイガストを持ち、目線と剣先をモールモッドに向けたまま、その時を待ちます。

 

 そして完全に……吹き出るトリオンが尽き、モールモッドの目から光が失われ完全に沈黙したところで構えを解き、肩の力を抜きました。

 

 生身の感覚を再現したトリオン体が、私の興奮をバクバクとうるさい心臓の音で表現します。

 

 こっそり親の言いつけを破って、ちょっと悪い事をした時のようなドキドキとも。

 マラソンを全力で走った時のドキドキとも、違う。

 

 赤い血が沸き立つような。

 瞳の奥が冴え渡るような。

 口元が思わず綻ぶような。

 

 モールモッドを倒した事で得た、何とも言い難い興奮が少し引いたところで、

 

「良い! とても良かったよ盾花さん!」

 

 後ろから、唯我先輩が大きく優しい声で私を褒めてくれました。

 

 振り返り、まるで自分のことみたいに嬉しそうにしてる唯我先輩を見て、ペコっと頭を下げてお礼を言います。

 

「はい、ありがとうございます、唯我先輩」

 

「いやいや、ボクは何にもしていないさ。このモールモッドは、盾花さんが1人で倒したんだよ?」

 

「そうかもしれませんけど……唯我先輩、私が戦ってる時、常に何があったら助けに来れる位置に居てくれたので……心強かったです」

 

 戦ってる時、何回か唯我先輩がチラチラと視界の端に見えました。その立ち位置と距離が、まるで私をフォローしてくれるようなものだったので……もし負けても唯我先輩に任せられると思って、心強かったのは確かです。

 

 唯我先輩は「バレてたかー」って言いたそうな顔をしてから、

 

「ボクはたまたまそこに居ただけで、あくまでモールモッドを倒したのは盾花さん自身さ。いやでも、本当に良い動きだったよ盾花さん!」

 

 また私を褒めてくれました。そんなところを見て、第一印象から、『なんだかんだで良い人そう』とは思ってましたけど、本当に良い人だなぁ……と改めて思います。

 

 そうやって唯我先輩に褒められていると、遠巻きでどっしり構えてた太刀川さんと出水先輩が歩いてきてくれたのが見えました。

 

「あ、太刀川さん」

 

「おう。よくやったな、盾花。ナイス」

 

 言いながら太刀川さんは右拳を差し出し、私は何となくこうかな……と思いながら同じように右拳を出して、コツンと合わせます。

 

「気分とか悪く無いか?」

 

「大丈夫です。ちょっとドキドキしてるくらいです」

 

「はは、分かる分かる。まあ、それはさておき……盾花、1つ質問いいか?」

 

 質問、という言葉のトーンだけが少し重かったので、私は何がまずい事をしてしまったのかと思い、身構えます。

 

「そんな構えなくていいぞ。……最後のぶった斬りの前に、どうやってモールモッドの動きを止めた?」

 

「ああ、それなら……」

 

 それなら答えられると思って、よいしょよいしょとレイガストを構えて、シールドモードを起動します。

 

「こうやって両手で持ちながら……こうです」

 

 こう、と私が言うのと同時に、さっきモールモッドに仕掛けた攻撃と同じものを再現させて、

 

 シールドの表面に、ブレードを生やしました。

 

「ほーう……そりゃ面白い……」

 

 何が起こったのか理解した太刀川さんは、思わずと言った様子で唸りました。

 

 肩から指先くらいまでの長さの、ブレード。

 これをモールモッドの至近距離で展開して目を貫いたのが事の真相です。

 

 ぶっつけ本番だったけど、上手くいって良かった……と思ってたら、今度は出水先輩に質問されました。

 

「なあ、盾花ちゃん。ちょっといいか?」

 

「はい?」

 

「おれの記憶違いじゃ無ければ……レイガストのシールドモードって、モールモッドの装甲を破るくらいの攻撃力は、なかったような気がするんだよ。レイガストの機能変形って、ここまではシールド、ここからはブレード、みたいに細かく出来んの?」

 

「いいえ、出来ないです」

 

 レイガストはシールドモードにしちゃうと、強度が上がる反面、ブレードとしての攻撃力はガクッと落ちます。ブレードの達人だとしても、シールドモードのレイガストで何かを切るのは難しいくらいだと思います。

 

 なので、この刺のようなブレードは、()()()()()()()()()()()()

 

 刺みたいなブレードを解いた私は……右手にレイガスト、()()()()()()()()()を展開しながら、太刀川さんと出水先輩に種明かしをします。

 

「メインで展開したレイガストのシールドの裏から、サブで展開したスコーピオンを使って、守りながら攻撃したんです」

 

 訓練生の頃、散々『守りながらの攻撃できたら良いのに!』って思ってたのを実現させた、レイガストとスコーピオンによる、変則フルアタック……いや、これはアタックじゃない……? まあ、いいや。

 

「レイガストとスコーピオンの、変則型フルアタックです」

 

 視覚と言葉で説明を終えたところで、

 

「へえー! 盾花ちゃん面白いことするな!」

 

 出水先輩がキラキラした目でそう言ってくれました。

 

「あはは、子供のイタズラみたいな、相手をちょっと驚かすぐらいの攻撃ですよ」

 

「やー、でもコレ初見だと分かんないと思うわ。レイガストで守りながら攻撃ってなると、どうしても村上先輩みたいなのを想像するから……一見何も持ってないその状態からのスコーピオンは刺さると思うぜ。……ってかそもそも、レイガストとスコーピオンを組み合わせ自体がかなり稀だし」

 

 ああ、やっぱり稀なんですね、この組み合わせ……。まあ、重くて硬くて防御型のレイガストと、軽くてスピード重視のスコーピオンとじゃ、使い方が真逆なのでそれは仕方ないとは思いますが……みんなもっとレイガスト使おうよ……。

 

 心の中でレイガストの使用率の低さを嘆いていたら、太刀川さんが声をかけてくれました。

 

「盾花。何はともあれ、お疲れさん。そろそろ交代の時間だし、多分今のがラストだな」

 

「はい。……あの、太刀川さん」

 

「なんだ?」

 

 私は太刀川さんの目をしっかりと見て、それから頭を丁寧に下げました。

 

「最後のモールモッド、私に任せてくれて、ありがとうございました」

 

「はは、礼を言われるような事じゃあ無い。気にするな」

 

 さすがA級1位、心が広いなぁ……と思いながら頭を上げたら……なんか、やたら目をキラキラさせて、イキイキとした太刀川さんがいました。

 

「まあ、それはさておき……」

 

 あれ? 

 何かこの顔さっきも見ましたよ?? 

 最初作戦室でテストしようって言った時と今の太刀川さん同じ顔してますよ??? 

 出水先輩に唯我先輩、なんで2人とも「あー、捕まったなぁ」って言いたそうな顔で私を見てるんですか???? 

 ねえ????? 

 

 心の中に沢山のクエスチョンマークが浮かぶ中、私は、

 

「ところで盾花、防衛任務終わった後暇か? 良かったら、ちょっと手合わせしようや」

 

 A級1位にしてブースの主に、個人戦のお誘いを受けました。

 

 任務中、たくさん迷惑かけて手間をかけさせて、わがままも聞いてもらった手前、断ることができるわけなく、

 

「あ、はい……わかりました」

 

 半分なし崩し的に、私は太刀川さんに約束を取り付けられました。

 

 

 

 

 そうして、最後にそんなちょっとしたオチを付けながら、私の防衛任務任務初陣は無事に幕を閉じました。




ここから後書きです。

変則フルアタックの発想は、原作で修がやってたやつですね。レイガスト便利〜、って思った決定的な技だったので。

最後カットしましたが、太刀川戦を終えた盾花の感想は、
「何されたか分かるけど、何もさせてもらえず負けた」
とのこと。無量空処か?

ちなみに盾花が作中で言ってた「親に隠れてやった悪い事」は、目が見えてた頃に夜な夜なこっそりカップ麺を食べてたことです。夜中のカップ麺は背徳の味。

「月を守護する三本太刀」編は、次でラスト(予定)です。黒コート盾花は次なるコスプレを求めて別チームへと旅立ちます。


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File15「月を守護する三本太刀⑤」

4年間目が見えなかった女の子が、お世話になったチームとお餅を食べる物語です。


 餅。

 

 もち米を粒状にして、蒸して、杵で突いて出来上がる食べ物。

 

 正月に食べられる事が多いこの餅だが、何も正月しか食べてはいけない、というものではない。一年中、365日、朝昼晩、いつ食べても、なんら咎められる事はない。

 

 そんな餅を……私の一番弟子である慶が、ボーダー本部の屋上で焼いていた。

 

「忍田さん、見てくださいよこの七輪。最近買ったやつなんすけど、すげえ良い感じに餅が焼けます。焼けたやつ、忍田さんにも食べさせてあげますからね」

 

「……そうか」

 

 慶……私は別に、餅が食べたいわけではない。いや、確かに小腹は空いているが、それは今満たさなくてもいいんだ。

 

 少し聞きたい事があると連絡をしたら、『今は屋上で手が離せない』と返事が来たから、渋々屋上に来たのだ。だから、そんな『待っててくださいね、もうちょっとで食べごろなんで』と言いたそうな顔で餅を焼くな。

 そもそもこの前、きな粉を派手に溢して叱られたばかりだろ。

 

 言いたい事は色々あるが、どれも今言っても仕方ないと思い、ひとまず慶の隣に座ることにした。

 

「……この椅子の数、他にも誰か来るのか?」

 

「来ますね。ウチの隊と盾花呼んでます。これから餅パーティです」

 

「そうか」

 

 ……慶、まさか普段からこうやって隊員やあの子を振り回してるんじゃないだろうな……。

 そんな疑問を持つが、期せずして慶が盾花の名前を出したので、それに便乗して聞きたかった事を尋ねることにした。

 

「慶。今日で盾花桜の仮入隊は終わりだが……お前から見て、あの子はどうだったか?」

 

「んー……どう、と言われたら、いい子だったって答えますね」

 

 七輪の上に置かれた餅をこの上なく真剣な顔で見ながら、慶は答える。

 

「性格にヒネたとこは無いし、頭だってそれなりに回るし……目が見えない、ってのが無かったら、まるっきり普通の子っすよ」

 

「普通の子、か……。一緒に活動して、その辺りに不便を感じたか?」

 

「いや? あんまり。ずっと戦闘体か……日常用トリオン体? ってやつ使ってたんで、うっかりすると見えてないってこと忘れそうなくらいに、馴染んでましたよ」

 

 馴染んでいた。その言葉を聞き、ほっと胸を撫で下ろす。

 

「あと、戦闘時の勘は良いっすね。飛び抜けてるワケではないですけど……良い感じに自由な発想ができてる。もうちょい経験積んで、上手く伸びてくれれば大抵のチームで主軸を張る隊員になりそうっす」

 

「随分と評価が高いな」

 

「まだルーキーですからね」

 

 伸び代の塊だ、と、楽しそうに付け加えた慶を見て、この数日間は上手くいったのだろうと思った。

 

 配置直前まであの子をどの部隊に入れるべきか揉めた甲斐があった……そう思った瞬間、

 

「ところで忍田さん。もしかして……盾花の知り合いだったりします?」

 

 なんの前触れもなく、慶がそんな事を言った。

 

「……どうしてそう思った?」

 

「何となく。なんか、こう……心配してる感が出てたんで、もしかしたら知り合いかなって」

 

 要するに勘なわけだが……それがまた的を射てる答えだから、内心溜息を吐く。その勘の鋭さを、大学の試験中に発揮してくれ。

 

 視線を慶から外し、空に移してから……あの日の事を……4年前の大規模侵攻の事を思い出し、特別隠すようなことでもないと思い、慶に告げる。

 

「別に、隠してたわけじゃない。……あの日、瓦礫の中に埋もれていたあの子を見つけたのが、たまたま私だっただけのことだ」

 

 隠していたわけではないが、これを誰かに言ったことは1度も無い。というよりも、私もこの前会議室で彼女と初めて顔を合わせた時まで……彼女の目元に刻まれていたあの傷を見るまで、件の隊員が彼女だということを知らなかった。

 

「へえ……そりゃ心配になるのも納得っすね。……ちなみに、このことを盾花は知ってるんすか?」

 

「知らない筈だ。少なくとも、私からは伝えていない」

 

「ほー……伝えたりしないんですか?」

 

「言えるわけないだろう」

 

「……? まあ、伝えてないなら俺からも余計な事は言わないでおきますね」

 

 そう答えた慶は本当に納得して話題に対して興味を失ったのか、餅を焼く作業に戻った。

 

「いや、慶……お前、自分から聞いておきながら興味を失うのが早すぎないか?」

 

「別に、興味無くしたワケじゃないっすよ。忍田さんがあんまし話したくなさそうな顔したんで、今はいいかなって思って」

 

 慶の答えを聞き、私はなんとも言えない気持ちになった。

 

 特別隠すことでもないと思いながらも、心の片隅では聞かれたくないと思っていたのを、慶に見透かされていた。

 

 抜けているように見えて、慶は本質を見透かす目を持っている。勉強に不熱心なのが玉に瑕だが……同じ歳だった時の私より色んな意味で恵まれている。

 

 恵まれているからこそ……慶には、あの日私が感じた悔しさにも似た感情を経験して欲しくは無いなと、思う。

 

 なあ、慶……防げたはずの戦いを防げず、そんな戦いで出してしまった被害者を助ける時の、あの何とも言い表しがたい感情を……お前は味わわずにいてくれ。

 

*** *** ***

 

 忍田さんは餅を1つ食べた後、盾花への伝言を残して屋上から降りて行った。

 

 それと入れ替わるようにして国近と盾花が、2人に少し遅れて出水が屋上に来た。唯我はもう少し時間がかかるらしいが、七輪が今最高に良い状態だから待ってられん。

 

 餅on七輪

 

 餅を焼くには、冷静さと集中力が何より大事だ。

 

 世の中には、

「餅を焼いて膨らんできたらひっくり返せばいいんでしょ?」

 と思ってる素人餅焼き人が多いが、俺に言わせたら甘い。

 

 焼いて膨らんできたらひっくり返す。その認識そのものは間違っちゃいないが、一口に『膨らんで』と言ってもその中に更にタイミングがあるし、もっと言えば()()()()()()の焼き方が大事だ。

 

 だが焼き方と言っても、そう難しいもんじゃない。言っちまえば、焼く餅の厚さ合わせて七輪の火加減を保ってバランスを取ればいいんだが……その見極めは数をこなすしかない。七輪の網が目に焼き付くくらい餅焼きと向き合えば、そのうち見えてくる。

 

 そういう意味じゃ、今のこの七輪の火加減と、用意した餅は最高のバランスだ。奇跡と言ってもいいくらいに、今回用意した餅に対して最高の火加減になってる。

 

 ぱち……ぱち……と、仄かに炭が焼ける音に耳を傾けながら網の中心にある餅を見ていると、

 

 ぷく……

 

 と、あらかじめ入れておいた切れ込みから餅が膨らんできた。

 

「あ、太刀川さん太刀川さん。お餅膨らんできたよ〜? ひっくり返す?」

 

 そう言って国近が箸を餅に向けるが、

 

「もうちょっとだけ待て」

 

 俺はすかさずそれを止めて、最高のタイミングを見定めることに意識を向ける。

 

「……! ここだ」

 

 くるり、と、餅をひっくり返す。

 何百、何千と繰り返した動きだったが、その中でも会心の出来だ。やべえ、俺今ゾーンに入ってるわコレ。

 

 最高の火加減と最高のコンディション。

 

 焼き上がる前から確信してる。この餅は、俺の最高傑作になる……! 

 

 出来ることなら忍田さんに食べてもらいたかったが……仕事があるみたいだし、仕方ない。

 

「よーし、もうすぐ第一弾が焼き上がるが……盾花、食うか?」

 

「いいんですか?」

 

「おう。むしろこれからバンバン焼くからな。遠慮しないで食っていいぞ」

 

「わかりました」

 

 焼きたて熱々の餅に手早く海苔を巻き、盾花に手渡す。

 

「ほい。熱いから気をつけてな」

 

「はい〜。おお、本当に熱々ですね」

 

 右手で餅を受け取った盾花は、左手に持ってた醤油入りの小皿に軽く餅をつけて、パクっと食べた。

 

「……! たひはわはん! おいひいれふ!」

 

「お、そりゃよかった。慌てず食うんだぞ」

 

「はひ〜」

 

 モグモグと口を動かしてから餅を飲み込んだ盾花を見てたら、まだかまだかと言わんばかりの目でこっちを見てる出水と国近に気づいた。

 

「太刀川さーん。わたしもお餅食べたいんだけど〜?」

 

「おーし。じゃんじゃん焼くからもうちょい待ってろ」

 

 網も十二分にあったまったし、火加減が良かったのもあって、餅は順調に焼けていく。途中、遅れてやってきた唯我に有無を言わせず餅を食わせた。普通なら喉に詰まる可能性がある危険な行動だが、トリオン体なら大丈夫だ。多少呼吸が止まっても死ぬことはないし、安心して餅が食える。

 

 ん? この唯我は生身なのか? 

 出水、助けてやってくれ。

 

 

 

 

 

 

 唯我が何とか助かってゼーハーゼーハーと息を切らしていると、国近が、

 

「ねえ太刀川さん。私もお餅焼きたい〜」

 

 って言ってきたから、俺は餅焼き係を国近に託すことにした。

 

「おー、いいぞ焼け焼け。でも火傷だけは気を付けろよ」

 

 それだけ言って俺は立ち上がって、七輪から離れた場所に移動した。どうしても火の前にいると、焼きたくなって仕方ねえ。

 

 ボヤにならないように監視しながらボンヤリしてたら、盾花が餅と紙コップを持ってこっちに来た。

 

「太刀川さん、お隣いいですか?」

 

「おー、別にいいぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 ちょこんと隣にしゃがみ込んだ盾花は、国近が焼いた餅をモグモグと食べた後に、

 

「太刀川さん、この5日間ありがとうございました」

 

 笑顔でお礼を言ってきた。

 

「こっちこそ、5日間お疲れさん。ためになったか?」

 

「はい、とても。いっぱい学ばせてもらいました!」

 

「はは、そうかそうか。ま、一つでも多くウチの隊から学べたなら大収穫ってもんだろ」

 

 もうちょい長く居てくれれば、もっと本格的に色々教えることも出来たんだが……まあ、それは仕方ない。

 

「また何か知りたいことがあれば、いつでも遊びに来ていいからな」

 

「わかりました。……と言っても、太刀川さんとは個人戦の方で顔を合わせそうですけどね」

 

「それもそうだな」

 

 俺ほどじゃないが盾花も個人戦に入り浸ってるみたいだし、下手したら毎日顔合わせそうだ。

 

 こうして普通に話せてる分には、盾花とそれなりに仲良くなれたんじゃないかなと思う。最初に忍田さんに頼まれた、

『普通の隊員として接することが出来るか』

って事は何にも問題無さそうだ……と思ったところで、1つ引っかかることがあった。

 

「……そういや盾花は、なんだかんだでずっとトリオン体だったな」

 

「ですね。皆さんの前では、戦闘体か日常用トリオン体のどっちかでした」

 

「だよな。……ぶっちゃけた話だが盾花が来る前までは、目が見えない隊員をどう扱うか色々と悩んだというか……まあ、その辺も込みで盾花を見てやってくれって上から頼まれてたんだよ」

 

「あー、なるほど……」

 

 言っちまっていいか迷ったが、まあいいだろ。なんだかんだで賢いというか察しが良さそうだし、言っても問題無いだろ。

 

 すると盾花は少し考えるようにして視線を外してから、1つ提案をしてきた。

 

「なら、今からトリオン体解きましょうか?」

 

「……いいのか?」

 

「はい。今でも家にいる時の半分くらいは生身ですし、特に問題は無いですよ?」

 

「……んじゃ、一瞬だけ頼むわ」

 

「わかりました」

 

 言うが早いか、盾花はすぐにトリオン体を解いた。

 

「どうでしょう?」

 

「んー、どうって言われてもな……」

 

 盾花はさっきまで、生身の服装のままトリオン体に換装してたから見た目が変わるわけでも……と思ったところで、しっかりと閉じた両目と、右目に走る傷が目に入った。

 

(コレ)とか、気になりません?」

 

 盾花はまるで俺の反応が見えてるみたいに、右目の傷に指をなぞらせながら訊いてきた。

 

「気にならない……って言ったら、嘘になるな。目閉じてると、嫌でも気になっちまうというか……」

 

「あー……やっぱりそうですよね。んー、どうしよう……やっぱりトリオン体の時だけでも消してもらった方がいいかな……」

 

 呟くように言いながら、盾花は足元に置いてあった紙コップを取ってお茶を飲んだ。コップを掴む手は、全く躊躇しなかった。

 

「……なあ、盾花。こういう言い方は良くないんだが……本当に見えてないんだよな?」

 

「はい。右目は完全に。左目も殆ど見えてないです」

 

「……にしては、なんというか……動きが、こう……まるで見えてるとしか思えないんだよなあ」

 

 素直に思ったことを伝えると、盾花はクスっと小さく笑った。

 

「それは私の癖というか、慣れというか……でも、見えてないのは本当ですよ」

 

 そう言うと盾花は持っていた紙コップを足元に置いて、空いた左手を俺の前にかざし、そのまま喉元に触れた。そして、

 

「……っ」

 

 ぶつかりそうになるほど近くまで、顔を寄せてきた。

 

 眼前に近寄ってきた盾花は、笑顔で言う。

 

「これだけ近くても、今の私は太刀川さんの顔、見えてないんです。なんとなく、顔の輪郭くらいは分かるかな……? って感じですね」

 

 どこか悲しそうに見える笑顔で言われて、思わず言葉を失った。

 

 なんというか、()()()()()()()

 本当に見えてないんだってこと。

 見えてないのがどういうことなのか、理屈じゃなく感覚でぶつけられた。

 

 そんな気分になった。

 

「……そうか。もう、戻ってもいいぞ」

 

「わかりました」

 

 トリオン体に換装し直した盾花がゆっくりと目を開いたところで、俺は頭を下げた。

 

「なんつーか……悪かった。すまん」

 

 この謝罪が何に対してなのか自分でもハッキリとは分からないが、謝らなきゃいけないって思いが確かにあった。

 

「いえいえ、むしろ私こそ……困らせてしまってごめんなさい、って感じなので……」

 

 ぺこっと盾花も頭を下げてきた。

 

「……やっぱ、不便なもんなのか?」

 

「そうですね。不便なのは勿論なんですけど……見えてない(こういう)事を分かってもらえないのが辛いなって、思う時の方が多いです」

 

「というと?」

 

 そうですねえ……と盾花は考え込んでから、「私が体験したことなんですけど」と前置きをしてから話し始めた。

 

「私みたいな人が外を歩く時、白杖を使うんですけど……太刀川さん、白杖については知ってますか?」

 

「なんだっけな……目が見えてない人が使う杖、ぐらいしか分からん」

 

「まあ、その認識で大丈夫です。全盲に限らず、視覚に何かしらの障害・ハンディキャップがある人が、歩いてる時に自分の身の安全を確保したり、音で付近の情報を確認したり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に使うんです」

 

「……周りの人に知らせるため?」

 

「はい」

 

 てっきり見えない人が安全に歩くためだけに使うもんだと思ってたから、最後の1つは意外というか……少なくとも、俺が思いついてない理由だった。

 

「知らせるために使ってるので、歩く時に敢えて、コツコツって音が鳴るようにするんです。よそ見してたり、他の事に集中してる人にも気付いて貰うために」

 

「なるほどな。それなら気付くし、近づいてきたら道を空けてあげないと、って思うな」

 

 少なくとも俺ならそうする……そう思って言ったが、それを聞いた盾花は一瞬だけ驚いたような表情をした後、どことなく困ったみたいな顔になった。

 

「……世の中みんなが、太刀川さんみたいな人だったらいいのに」

 

「……?」

 

 それはどいうことか、と言いかけた瞬間、

 

「『うるさい』。それが私が街中で言われた言葉です」

 

 予想外の言葉が、盾花の口から出てきた。

 

「……は?」

 

「片手で数えれるくらいですけど、実際にありますよ。外を杖で音を出しながら歩いてたら急に、うるさいって怒鳴られたこと」

 

「……マジか」

 

「マジです」

 

 思いがけない告白に、思わずため息が出た。

 

「なんつーか……居るんだな、そういう奴」

 

「いやー、仕方ないと言えば仕方ないですけどね。『白い杖を持ってる人は目に障害がある』、それすらどれだけの人が知ってるかって感じですし……」

 

 空を仰ぎ見ながら、盾花は話し続ける。

 

「知らなかったら仕方ないにしても……怒鳴られるのは本当に怖いんですよね。外がいつもお化け屋敷になってしまうので」

 

「それは……怖いな」

 

 なんて事ないように言ってるが……想像したら、怖いなんてものじゃないだろ、と思う。そういう恐怖で4年も過ごしたなら……俺だったら性格ひん曲がるかも知れん。

 

 目が見えなくなるってことは、俺が考えてた以上にしんどくて、辛いんだろうなと思ったところで……不意に、さっきの忍田さんのことを思い出した。

 

(これは……確かに、()()()()()()()な)

 

 俺が忍田さんの立場だとしたら、伝えるのが心底怖いと思う。

 

 盾花は良い奴だから、言わないと思うが……

『あの日、助けたのは俺だ』

と伝えた時、

『どうして、もっと早く助けてくれなかったのか』

『そしたら、こんな目に遭わなくて済んだのに』

そんな風な恨み言を、言われるかもしれない。

 

 盾花が味わったであろう4年間の恐怖を想像すれば、そういう言葉の一つや二つ出てきても何もおかしくない。

 

 人の良い忍田さんなら、そんな盾花から百の恨み言を言われても、すまなかった、と言って謝りそうな気もする。

 

「しんみりさせちゃって、すみません」

 

 考え込んで無言になってた俺に向けて、盾花は申し訳なさそうにそう言ってきた。

 

「いや、まあ……気にするな……じゃないか……」

 

 上手く言葉を返せなくて口ごもったものの、

 

「盾花、その……ありきたりな言葉かもしれんが……俺でよかったら、困った時いくらでも頼ってくれ」

 

 なんとかそれだけは言えた。これだけは言わなきゃと思った。

 

「あはは、ありがとうございます。じゃあ、困った時は遠慮なく頼りにいきますね」

 

 さっきまでの暗い話題の雰囲気を感じさせない表情で言われて、俺はホッと一安心した。

 

 そして、良いタイミングでというべきか、

 

「柚宇さん柚宇さん! また焦げてますよ!」

 

「あれ〜また〜? これでもう3個目だよ〜」

 

「意外と難しいっすね……唯我、次の餅が焼けるぞ」

 

「……っ、……っ!!」

 

 餅を焼いてた3人が何かトラブったっぽいな。

 

「ちょっと行ってくるわ」

 

「どうぞ〜」

 

 そうして立ち上がったところで、忍田さんから言われてた伝言を思い出した。忘れないうちに伝えておくか。

 

「そうだ盾花。あとで正式に指令が来ると思うが、伝えておく。明日からまた別の隊に移ってくれ」

 

「わかりました。どこの隊ですか?」

 

 ワクワクとした顔の盾花に向けて、俺は言う。

 

「抜群の連携と、他の追随を許さないクオリティのステルス戦闘が武器のチーム……A級3位の、風間隊だ」

 



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