続・やはり俺たちのオラリオ生活はまちがっている。 (シェイド)
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【ロキ・ファミリア】と異変の始まり
遠征と謎


はじめまして。もしくはお久しぶりです。シェイドです。
予告通り新章開幕します。
第一話です。
では、どうぞ!


 世界には『穴』があった。

 大陸の片隅にひっそりと存在していた大穴。遥か昔に人類が発見する前からあり続けた『穴』。その起源は知る由もない。深い深い穴でどこまであるのか分からない程、その闇は深い。

 この穴は不思議な穴である。

 その至るところより異形異類の化物を生み出しては解き放ち、その穴自体が損傷を負えば自動的に修復してしまう………これを不思議と言わず何というのだろう。

 この世の中を生きる人間を含めた生物は、この穴から出てくる化物に作物は荒らされ、命を奪われたものも少なくなかった。

 

 これに人類は必死に抵抗した。

 

 殺された同胞の敵を取るために、生きる者としての尊厳を取り戻すために、種族の垣根を超え協力する。

 知恵を絞り、策を弄し、勇気を胸に立ち向かう。

 後世にて『英雄』と称えられる者たちの活躍もあって、モンスター達と一進一退の攻防を繰り広げた人類は――――――やがてすべての根源である『穴』へと辿り着いた。

 『穴』の奥には地上とは異なる別世界が広がっていた。

 数多の階層に分かれている『地下迷宮』。

 日の光が無くても不思議な光源に満たされており、見たこともない草花や鉱物が存在していた。貴重な資源や魔石を持つモンスターといい、この地下迷宮。いや、ダンジョンには確かな『未知』が備わっていた。

 

 その後、『穴』の上には『蓋』という名目で塔と要塞が築かれ始め、モンスターの地上進出を防ごうとする者たちが有志を募る一方で。

 人類の中からは『穴』の向こう側の世界――――地底に広がっている未開の地を切り開こうとする酔狂な者たち、探索者たちが現れる。

 彼らはいつしか『冒険者』と呼ばれるようになり。

 その言葉の多くは、『未知』という魅惑に抗えなかった者たちのことを指すようになる。

 

 そこから時代は流れ―――――――当時の時代、『古代』の時代の節目に世界へ転機が訪れる。

 この世界に天より『神々』が降臨した。

 文字通りの超越存在である彼等がこの世界、『下界』に顕現を果たしたのだ。

 『天界』にて悠久の時を過ごすことに退屈していた神々は様々な文明を育み、モンスターと鎬を削る人類(こども)――――下界の者の姿に、娯楽を見出したのである。

 神々の降臨を境に世界の有りようは瞬く間に変化した。

 下界の者に無限の可能性をもたらす神々の『恩恵』によって、人類は急速に力をつけ、発展の道筋を辿り始める。

 地底にモンスターの巣窟が存在する彼の地も例外ではなかった。

 

 迷宮都市オラリオ。

 

 かつて『穴』の上に建てられた要塞が盛衰を繰り返し、築き上げられた大都市。

 富、名声、何より『未知』が依然として眠る、魅惑の地。

 欲に取りつかれた無法者達が、『未知』に焦がれる冒険者達が、そして娯楽を追い求め続ける神々が集う世界の中心。

 多くの思惑と物語がこの地で交差する。

 

 祈りを捧げ、神に救済を願う古の時代はすでに終わりを告げた。

 今や人は神にちっぽけな一助(きっかけ)を乞い、その一欠片の施しを手に、己の力で己自身の望みをかなえる時代。

 富を、名声を、希望を、未知を。

 遥かなる高みへの渇望を―――――そして悲願(ねがい)を。

 時は今、神時代(しんじだい)

 

 

***

 

 

 迷宮都市オラリオ。

 今では多くの者が集い、自身の夢を追いかける地。神々の多くもここに住んでおり、世界の中心といっても過言ではない。

 少なくともそう思っている者が大半だろう。

 そして、このオラリオには【ファミリア】というものが存在する。

 【ファミリア】は神に『恩恵』を貰い受けた者同士が集っている集団であり、家族という呼び方をする者もいる。

 神は『恩恵』を刻むことによって、その刻まれた人類(こども)は自身の『眷族(ファミリア)』ということになる。

 前置きはこのくらいにして……。

 

 この迷宮都市オラリオには現在、二つの最大派閥が存在する。

 一つは美の女神フレイヤが運営する【フレイヤ・ファミリア】。派閥を現すエンブレムは戦乙女の側面像(プロフィール)

 オラリオ最高のLv.7であるオッタルが在籍し、多くの第一級冒険者を抱えるファミリアだ。

 そしてもう一つ――――――

 

 度重なる咆哮が轟いていた。

 地響きを伴う足音がそれに続き、荒涼としている地面を踏み荒らす。

 山羊のようにねじれ曲がった二本の大角。首から上には膨れ上がった馬面のような醜悪な顔面があり、真っ赤な眼球がぎょろぎょろと蠢き得物の姿を睥睨する。

 まさに怪物と言わんばかりの巨躯を進撃させ、夥しい数の黒い塊が鈍器を持つ太い腕を頭上高く振りかぶった。

 

「盾ェ、構えぇ―――!!」

 

 号令とともに鳴り響く、数多の衝突音。

 怪物たちの進撃を掲げられた何十枚もの大盾が受け止める。

 だがその威力は凄まじく、盾を構えた者たちの踵が地に埋まった。

 

「前衛は陣形を崩すな!後衛組は攻撃を続行!」

 

 凶悪獰猛な怪物を迎え撃つは、複数の種族からなるヒューマンと亜人(デミ・ヒューマン)の一団である。

 二枚の巨盾を構える筋骨隆々のドワーフ。矢と魔法を間断なく打ちこみ続けるエルフと獣人。

 褐色肌のアマゾネスの姉妹は戦場を駆け巡り、味方の射撃をかわしながら敵を斬りつける。

 前衛と後衛に二分される部隊の中、陣の中心でばさばさと風にあおられるのは一本の旗だ。

 刻まれているのは滑稽な笑みを浮かべる道化師(トリックスター)のエンブレム。

 一柱の『神』と契りを交わした『眷族(ファミリア)』の証。

 

『――――――――――――――っっ!!』

 

 一本の草木もない荒れ果てた大地。岩や砂、全てが赤茶色に染まった茫漠たる大空間。

 舞い上がる砂煙に霞む景色の奥には、遥か上まで届く巨大な壁。そして空を塞ぐ天井。

 何十もの階層を積み重ねた『地底深く』。

 決して地上に届くことのない雄叫びを上げながら、人とモンスターが戦闘を繰り広げている。

 

「ティオナ、ティオネ!左翼支援急げッ!!」

 

 この戦場にて誰よりも小柄な少年――――小人族(パルゥム)の首領の指示が、的確かつ矢継ぎ早に飛ぶ。

 戦場の趨勢を見極める統率者の声は高く鋭く、それでいて響く。目まぐるしく移ろい傾きかける戦況を、彼の指揮が幾度となく立て直す。

 

「もう~っ、体がいくつあっても足りなーいっ!」

 

「ごちゃごちゃ言ってないで働きなさい」

 

 命令を受けたアマゾネスのい姉妹が疾走し、三体のモンスターを一瞬で斬り伏せる。

 

 悪夢のような光景だった。

 

 どこからともなく現れるモンスターの大群。屠れど屠れども途切れることなく押し寄せ、その数をもって人間を呑みこまんと襲いかかる。

 一体一体が容易く大人のヒューマンを越すその巨体は、化石の骨のような棍棒型の鈍器を振り回し、最前線で盾を構えている者の顔を苦悶に歪めた。肩を並べ密集し合った彼らの防衛線はじりじりと後退していき、半円を描くその陣形がその規模を小さくしていく。

 亜人達の一団は押されつつあった。

 

「リヴェリア~ッ、まだぁー!?」

 

 アマゾネスの少女の声が向かう先、前衛組が庇うその背後。

 魔法やら矢やらを連発する魔導士や弓使いに囲まれた中心から、その美しい声は絶えず紡がれていた。

 

「【―――間もなく、焰は放たれる】」

 

 翡翠色の長髪に白を基調とした魔術装束。浅く水平に構えられるは白銀の杖。

 細く尖った耳を生やした、絶世の美貌を持つエルフ。

 

「【忍び寄る戦火、免れぬ破滅。開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる騒乱がすべてを包み込む】」

 

 この戦場にて誰よりも美しく在る彼女は、その玲瓏な声で続きを紡ぐ。

 力強く、流麗な韻律を持つ『詠唱』。

 足下に展開されている魔法円は翡翠色に輝き、無数の光粒を舞い上がらせる。

 柳眉を逆立て、彼女は呪文を紡ぎながら前方の一点を強く見据えていた。

 

「【至れ、紅蓮の炎、無慈悲の猛火】」

 

 その詠唱を耳にしながら、誰もが力を振り絞る。

 まだかまだかとその瞬間を待ちわびるかのように、己の歯を食いしばりながら戦う。

 

『オオオオオオオオオオオオオゥッッ!!』

 

 一方でモンスター、『フォモール』が吠える。

 群れの中でも一際大きい巨体を誇る一体が、仲間も一緒に蹴散らしながら驀進、自らの得物を振りかぶった。

 その尋常ではない威力によって、構えられた盾をペシャンコにし、そして周囲を巻き込んで前線の一角を吹き飛ばした。

 

「ベート、穴を埋めろ!」

 

「ちィ、何やってやがる!?」

 

 こじ開けられた防衛線を塞ぐため、遊撃を務めていた狼人(ウェアウルフ)が急行するが間に合わない。数体のモンスターの侵入を許してしまう。

 それまで前衛に守られていた魔導士達が青ざめるのと、『フォモール』の攻撃が炸裂するのはほぼ同時だった。

 

「レフィーヤ!?」

 

 一人の少女が吹き飛ぶ。

 直撃は避けたものの、地面を粉砕するほどの威力を誇った一撃は、その衝撃波で細身の身体を殴り飛ばした。

 

「……ぁ」

 

『フゥーッ!!』

 

 地面に転がった少女の上に覆いかぶさる黒い影。

 凶悪な獣面の『フォモール』の自身を見下ろす赤い目玉に射竦められ、少女は時を止める。

 彼女の瞳に振りかぶられた鈍器が映った。

 直後、斬撃が走った。

 

「え……?」

 

 彼女の視界を金と銀の光が走り抜ける。

 間髪入れず、『フォモール』の体が血飛沫を噴出し、高く舞い上がった首が地面へと落下した。

 

「……」

 

「大丈夫レフィーヤちゃん?怪我はない?」

 

「……え、あ、大丈夫です」

 

 呆然とする少女の視線の先。

 長い金色の髪を流す女剣士が、ヒュンッと、無言で銀の剣を振り鳴らす。

 

「アイズ!」

 

 前衛側から一部始終を見たアマゾネスの少女が歓呼する。

 アイズ、と呼ばれた彼女は尻餅をついている少女に黒髪ショートの女性が付き添っているのを見て、すぐにその場を動いた。

 風の音とともに銀の剣閃が瞬く。

 後方に侵入していた他の『フォモール』に接近し、一撃で屠り、魔導士や弓使い達の前で全滅させた。

 

「ちょ、アイズ待って!?」

 

 更に前進する。

 制止の声を振り切り、未だ大勢で攻めてくる『フォモール』の大軍へと突っ込む。

 

「フィンさ~ん。コマチもいこっか?」

 

「アイズがこうなってしまったら、ね。頼んだよ」

 

「はーい!」

 

 そして先程までレフィーヤの状態を確認していた黒髪ショートの女性――――――コマチもアイズに続いて『フォモール』の大軍へと突っ込んだ。

 

「……すげぇ」

 

 ぽつり、と。

 誰かが呟いた。

 激しい剣舞が行われる。 

 斬撃に次ぐ斬撃。近付いたモンスター全てを斬り伏せて行く剣撃の嵐。

 

「ライトニング!」

 

 本来ならばありえなかった()()()()()()()()()を使いこなし、モンスターを斬り伏せて行く。

 魔法とナイフを交互に撃って、次々とモンスターを地に沈めて行く。

 後ろから迫ってきたモンスターには振り向きざまに片手剣を一閃。それだけで灰へと変わるモンスター。

 前衛に群がっていたモンスターが激減していく中。

 多くの者が畏怖とともに、【剣姫(けんき)】と【光の妖精(フェアリー)】の姿に見惚れた。

 

「【汝は業火の化身なり。ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを】」

 

 そして後方では、厖大な魔力の高まりが起きていた。

 ついに、紡がれていた長大な詠唱が完成へと至ろうとする。

 

「アイズ、コマチ、戻りなさい!」

 

 前方にてモンスターを屠っていた二人は己を呼ぶ声に気付き、後ろを一瞥してから跳んだ。

 空中で大きな弧を描き、蜻蛉を切って自陣中央へと着地、帰還する。

 

「【焼き尽くせ、スルトの剣――――――我が名はアールヴ】!」

 

 瞬間、弾ける音響とともに魔法円が拡大し、アイズ達、そして全ての『フォモール』達の足もとにまで広がった。

 この全範囲が効果範囲以内。

 白銀に輝く杖を振り上げ、エルフの魔導士、リヴェリアは己の魔法を発動させた。

 

「【レア・ラーヴァテイン】!!」

 

 大炎上。

 魔法円より噴き出す無数の炎柱。

 その全てはアイズ達を避け、モンスターの大軍へと襲いかかった。

 天井にまで届こうかというその炎柱は太く、『フォモール』達は炎に丸呑みにされた。

 劫火の奥で次々にモンスターの姿が消え、絶叫が響き渡る。

 広範囲殲滅魔法。八十をも超すモンスターの大軍はこの僅か数瞬で一掃された。

 熱気と火の粉で、世界が灼熱に包まれる。

 武器を静かに下ろす中、アイズやコマチ達―――――『冒険者』の顔も緋の色に染め上げられていった。

 

 

***

 

 

 雑多な騒がしさが流れている。

 それぞれヒューマンも亜人も関係なく、何らかの作業を行っていた。

 中規模な野営風景。

 そこで金の長髪がなびいた。

 蒼色の軽装に包まれた線の細い体。肌はきめ細かいと同時に瑞々しく、繊細な顔立ちは遠目からでも分かるほどに整っている。透いた輝きを宿す瞳は、髪の色と同じく金色だ。

 性別問わず見る者の目を奪う、その美しい容姿はエルフや女神にさえ劣らない。

 神秘的な雰囲気さえ感じさせる金髪金眼の少女は、てくてくと、折りたたまれた布を抱えて歩いている。

 

「ア、アイズさん!」

 

 自分の名を呼ぶ声に彼女――――――アイズは足を止めた。

 振り返れば、山吹色の髪を後ろでまとめた少女が立っている。

 顔の両端に垂れる一房の髪から伸びるのは、木の葉のように細くとがった耳。

 容姿端麗で知られるエルフの種族だ。

 

「さ、先程は助けて頂いて、ありがとうございました!いつもいつも足を引っ張ってしまって……そ、そのっ、すいません!」

 

「……怪我はもう平気、レフィーヤ?」

 

「は、はい!コマチさんに治療してもらったので大丈夫です!」

 

 己を恥じるように何度も頭を下げるエルフのレフィーヤに、アイズが怪我の具合を尋ねれば、すでに治療してもらったという。

 動作が一々緊張気味の彼女、レフィーヤ・ウィリディスはつい先程まで繰り広げられていたモンスターとの戦闘中に助けた魔導士の一人だ。

 自分の身を案じてくれる命の恩人に対し、真面目な少女は恩義と感謝の念も重なってか、敏感に反応していた。

 

「……本当にすいません。守られているだけじゃいけないのに、いつも私は……」

 

「……私は、大丈夫だよ」

 

 表情に影がさし、悔いるように俯くレフィーヤ。

 アイズは言葉通りのことを伝えたが、後輩の彼女は頭を上げようとしない。

 感情表現が()()()()()()()()に自覚があるアイズは、困り果てて考え抜いた末、()()()()()からよくやってもらったことを行うことにした。

 ためらいながらも右手をレフィーヤの頭に乗せる。

 少女が肩を揺らす中、その滑らかな山吹色の髪を、ぎこちない動きで撫でた。

 

「大丈夫だから」

 

 顔を上げたレフィーヤの瞳は、少々潤んでいた。

 しばらくされるがままになっていた彼女は、頬を若干染めた後、「も、持ちます!」と言って勢いよくアイズの荷物を奪う。

 あ、と天幕のための布地がアイズの腕の中から消える。

 

「アーイーズ!」

 

「えっ!?」

 

「……ん」

 

 軽い衝撃とともに背後から腕を回された。

 レフィーヤが驚く中、首を少し動かせば一人の少女がアイズに抱きついていた。

 

「ティオナ……」

 

「何してんの?またレフィーヤがへこんでアイズに慰めてもらってるの?」

 

「べ、別に私は慰めてほしいわけでは……!?」

 

 ティオナと呼ばれた少女の言葉に、レフィーヤが赤面する。けらけらと笑い、笑われるそんな二人の様子を見て、アイズは少しだけ口端を緩めた。

 健康的な小麦色の肌。その顔立ちには一切の曇りもなく、彼女持ち前の快活さがにじみ出ている。服装はアマゾネス特融の踊り子のような衣装で、露出が多い。上は薄い胸周りを覆う布一枚で、腰には長いパレオを巻いている。臍やしなやかな肢体は惜しみなくさらしていた。

 アイズと目が合うと、ティオナは日向葵のように明るく笑った。

 

「気にしない方が良いよレフィーヤ。大荒野で戦う時はみんな無傷で済むわけないんだし。一々謝られたらアイズが困っちゃうよ。ね!」

 

「……うん」

 

「うっ、わ、わかりました」

 

 小さくなるレフィーヤを見てひとしきり笑った後。

 ティオナはアイズに抱きつく腕の力を少しだけ強める。

 

「で、さ。アイズ、なんで無茶したの?」

 

「……」

 

「あたし止めたのに。防衛線を維持するだけで、『フォモール』達に突っ込む必要なかったよ」

 

「……でもこれくらい出来ないと」

 

「出来ないと?」

 

「……ごめん」

 

 少しばかり攻める声音のティオナに対して、アイズは「……ごめん」の一点張り。

 

「あたしも大慨だと思うけどさー、アイズはもっと危なっかしいよ」

 

 ティオナの言葉に対し、何も言い返すことができないアイズ。

 やがて「だからアイズはさぁー」とぶーぶー言い出したティオナに対し、アイズは抵抗せずに身を任せ、ぎゅーと抱きつかれ続けた。

 他方、彼女達の浅からぬ間柄を見せつけられているレフィーヤは、さびしそうに、そして羨ましいように二人を眺めていた。

 

「おい、気持ち悪いから離れろ」

 

「痛ーっ!?」

 

 と、横から伸びた長い脚が、ティオナの腰を蹴り付けた。

 いつの間にかそこにいた、頭上に獣耳、腰から尻尾を生やす獣人の青年が半眼を作っている。

 鋭い毛並みを持つその耳と尾は、狼人(ウェアウルフ)のものだ。

 怒気を発散させるティオナは、ぐるりと振り返ってアイズのもとから離れた。

 

「ちょっと何すんの!?すっごい痛かったんだけどー!?」

 

「気色悪いって言ってんだろ。寒気がすんだよ、変なモン見せるんじゃねー」

 

「……そんなこと言って、ど~せベートはアイズにちょっかい出したいだけでしょ、この格好付け!」

 

「なっ、てめっ、け、喧嘩売ってんのかッ!?」

 

「やーい図星ぃーっ!残念狼ぃーッ!?」

 

「クソ女があぁああああああああああああ!?」

 

「あ、あの、お二人とも喧嘩は……!?」

 

 あっという間に発展した激しい言い争い――――――――ベートとティオナに、レフィーヤがおどおどと仲裁を試みる。

 すっかり蚊帳の外となってしまったアイズはぽつんと佇んでいる。

 

「何やってるのよ……まぁ、聞かなくても見当はつくけど」

 

「……ティオネ」

 

 騒ぎを聞きつけたのか、ティオナの双子の姉であるティオネがアイズの横に並んだ。

 

「アイズ、団長が呼んでいたわ、行ってきなさい。あれは私がやっておくから」

 

「……ごめん」

 

「いいわよ。……ほら!あんたたち!!遊んでるなら野営の手伝いをしなさい!!」

 

 注意を促すティオネの声を聞きつつ、アイズはその場を後にした。

 少しずつ完成していく野営の陣営を通りながら、目的地である一際大きな幕屋。

 その傍には派閥のエンブレム――――――滑稽な道化師が刻まれた旗が立てられている。

 

 【ロキ・ファミリア】。

 

 アイズやレフィーヤ、ティオナ達が所属する『神』派閥。

 そしてこの【ロキ・ファミリア】こそが、オラリオ二大派閥のもう一翼である。

 

 

***

 

 

「フィン」

 

「ああ、来たかい、アイズ」

 

 アイズは目的地であった幕屋の中で三人の亜人(デミ・ヒューマン)がいた。

 レフィーヤと同じエルフの女性、リヴェリア・リヨス・アールヴ。

 たくましい体付きのドワーフ、ガレス・ランドロック。

 そして中央に佇む小人族(パルゥム)の少年、フィン・ディムナ。

 この三人は【ロキ・ファミリア】の中核を担う首脳陣だ。

 

「さて、前置きはいいだろう。何故呼び出されたかわかるかい、アイズ」

 

「……うん」

 

「なら話は早い。どうして前線維持の命令に背いたんだい?」

 

「……あれくらいなら、出来るから」

 

「それでも、君はファミリアの幹部だ。君の行動は下の者に影響を与える。それを覚えてもらわないと困るよ」

 

「……」

 

「窮屈かい?今の立場は」

 

「……ううん。ごめんなさい」

 

 一瞬よぎった心の動きを見透かされる。

 透明な瞳で笑いかけてくるフィンに、アイズは素直に謝罪した。

 

「まぁ、そう言ってやるな、フィン。アイズも前衛(わしら)の負担を軽くするため、あえて『フォモール』の群れに突っ込んだのだろう。危うく崩れかけたからのう」

 

「それを言うなら、詠唱に手間取った私の落ち度もあるか」

 

 ごわごわとした長い髭をいじりながらガレスが、そしてリヴェリアが助け船を出す。

 乏しい表情の中、アイズが申し訳なさそうにしながら顔を上げると、ドワーフの彼は軽く目を弓なりにし、麗人のエルフはそれ以上何もいわず瞑目する。

 その一部始終にフィンは苦笑を浮かべ、ややあってアイズを見上げた。

 

「アイズ、ここは()()()()()()。何が起きるかわからない。それは君も分かっている筈だ」

 

「……うん」

 

「そしてレフィーヤ達全員が君のように動けないし、戦えない。それだけは心に留めておいてほしい」

 

「……わかり、ました」

 

「その顔を見る限り、もうティオナ辺りに絞られたんだろう。行っていいよ」

 

 これ以上言うこともない、と告げるフィンに、アイズはぺこりと頭を下げ、幕屋を出て行った。

 その後、アイズが離れた気配を感じてフィンが口を開く。

 

「……まだ、アイズは()()()()()()()()……」

 

「当たり前だ。正直なところ、誰もが完全に払しょくできているわけではないからな」

 

「ああ、コマチ達も心配じゃな……」

 

 彼ら首脳陣とアイズ、そしてコマチ達が引きずっているもの。それは…………。

 

 

***

 

 

 【ロキ・ファミリア】は現在『遠征』中である。

 『遠征』とはファミリアの主要戦力を総動員して、ダンジョンの遥か奥深くまで潜り、長期間をかけて未到達階層を目指すことをさす。

 

「……」

 

 現在地は50階層。

 ここはダンジョン内に数か所存在するモンスターが産まれない安全地帯であり、【ロキ・ファミリア】をはじめ、多くの冒険者たちはここで休息をとることが多い。

 休息をとりながら、団長であるフィンが団員達に呼び掛ける。

 未到達階層に行く前に、ついでに頼まれた冒険者依頼(クエスト)をこなすことにするらしい。

 冒険者依頼(クエスト)とは冒険者に発注される依頼の相称のことで、受注した冒険者がその依頼を達成し、そのかわりに依頼人は報酬を与えるというものだ。

 

 今回の依頼人は【ディアンケヒト・ファミリア】。

 

 医療系ファミリアである【ディアンケヒト・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】には数十年の派閥同士の付き合いがあり、たとえその依頼が至極めんどくさいものであっても無下にはできない。

 今回の冒険者依頼(クエスト)内容は51階層にある『ガドモスの泉』から一定量の泉水の採取だ。

 『ガドモスの泉』は少々狭い場所にあり、さらに階層主並の力を持つ『強竜(ガドモス)』が泉を守るように居座っている。

 そのため当然、メンバーも選出された者たちだった。

 一班にアイズ、ティオナ、ティオネ、レフィーヤ。

 二班にフィン、ガレス、ベート、ラウル。

 二つ班があるのは泉が二ヵ所存在するためである。

 二班とも第一級冒険者が3人いる編成である。ちなみにリヴェリアとコマチは野営の防衛のために居残り組だ。

 

~二班~

 

「なぁ、フィン。良かったのか?一班の面子的に指揮官がいねぇぞ」

 

先頭を行くフィンの後ろから話しかけるベート。

 

「ああ、それは僕も懸念していたけれど、ティオネにお願いしてきたから大丈夫だろう」

 

「アイツもぶれねーな……」

 

 ベートがいうアイツとはティオネのことであり、彼女はフィンに大恋幕中である。そんな彼の頼みごとに対し、彼女は息を巻きながら「おまかせくださいッ!」と了承していた。

 

「まぁ、今は向こうのことより……僕達は目の前の敵に集中しよう」

 

 彼ら四人の前にはこちらを見下ろす『強竜(ガドモス)』が佇んでいた。

 

 

~一班~

 

 一方そのころ、アイズ達一班も泉に到着していたが……。

 

「なに、これ」

 

「荒らされている……?」

 

 彼女達が目にしたのは、いつもならあり得ない、無残にも荒らされたルームの姿だった。

 木々は折られ、ところどころ溶けた様子も見られる。

 そして紫色に変色した樹木からは焼けたような……異臭が漂っていた。

 

「くっさ……」

 

 かなりの異臭にティオナが鼻もとを腕で覆う。

 そんな破壊尽くされたルームを進んでいく一行。

 だがそんな中でもある場所は聖域のように守られていた。『ガドモスの泉』である。

 その前にうずたかく積もる、大量の灰。

 

「これって……」

 

「……強竜(ガドモス)の死骸?」

 

 この灰の量からして明らかに『強竜(ガドモス)』で()()()()()だ。

 魔石を失ったモンスターの末路を目にしながら、レフィーヤが口を開く。

 

「あの、これって私たち以外の【ファミリア】が討伐したってことですか?」

 

「いいえ、そんなことはありえないわ」

 

 レフィーヤの問いに否と応じるティオネ。

 

「今回の遠征は他のここまでこれるファミリアとは被ってない。もちろんソロでここまでこれる奴なんかいないから……」

 

「……それに」

 

 ティオネに続いてアイズが口を開く。

 

「ドロップアイテムが、回収されていない……」

 

 彼女が取り出して見せたのは、金色に輝く翼の皮膚、その一部分だった。

 『ガドモスの皮膚』。

 彼の竜を撃破しても滅多に手に入ることのない希少なドロップアイテム。これを換金するだけで大規模パーティの装備をすべてまかなえる程の莫大な資金が手に入る。

 一度の迷宮探索でも少なくない金を飛ばす冒険者にとって、この飛びきりの戦利品を回収せずに放置するなどまずありえない。

 ……つまり。

 

「ここには()()()がいたのよ。それも強竜(ガドモス)を殺してのけるような何かが」

 

 沈黙が落ちる。

 ティオナもティオネも口を閉ざし、アイズは金色の皮膚にうっすらと反射する自分の顔を見つめる。

 レフィーヤが皆の心の内を代弁するように、その細い二の腕をさすった。

 

「……嫌な予感がする。早く戻りましょう」

 

 とりあえずここであったことをフィンに報告するため、『ガドモスの皮膚』や焼け落ちた木々などを回収する。本来の目的であった泉水の回収はレフィーヤが行った。

 

「わざわざ二ヵ所の泉に回る必要なかったですね」

 

「そうだね……」

 

 来た道を引き返す中、レフィーヤは無理やりに作ったような苦笑を浮かべ、アイズは思考を飛ばす。

 アマゾネス姉妹も先程の光景の原因を考えながら歩いていた、その時。

 

『―――――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!?』

 

 いきなり絶叫が鳴り響いた。

 事の重大さを実感させるような悲鳴。聞き覚えのあるその声に対し、弾かれたように反応する四人。

 

「今の声、ラウルだよっ!」

 

「ラウル……!」

 

 悲鳴の方角と、あとは勘頼り。

 現れるモンスター達を振り払いながら進んだ彼女達の目に飛び込んできたのは……全身黄緑色をした巨大な芋虫型のモンスター。

 それが、大量にいた。

 

「なにあれ!?」

 

「新種!?」

 

 ティオナにティオネが驚く中でアイズも心中で驚く。

 これまでにかなりダンジョンの深層を探索してきたが、こんなモンスターは初めてだった。

 

「団長!?」

 

 そしてその少し前には、フィンをはじめとした第二班の面々が、モンスターに背を向けて逃げていた。

 ファミリアの頭領である彼が逃げるほどの相手、一体どのような力を保持しているのか……。

 

「ッ!」

 

 最初に動いたのはティオナだった。

 フィン達とすれ違い、黄緑色のモンスターに向かって斬りかかる。

 

「止せ、ティオナ!」

 

 フィンの制止の声も聞かず、接近。

 得物である大双刃(ウルガ)を全力で叩きこんだ。

 

『――――――――――――ッッ!』

 

「っ!?」

 

 モンスターの苦悶の叫び、破鐘のような啼き声が轟く一方で、ティオナは目を見開いていた。

 敵の傷口から同色の液体が飛び散り、眼前に飛散する。

 間一髪首を捻って避けるものの、一粒の細かな液が髪の一本に触れ、その後じゅっと音を立てて溶かした。

 ぞっと体に悪寒が走るティオナ。

 だが、溶けたのは髪の毛だけではない。

 

「えっ!?」

 

 先程モンスターを斬り付けた大双刃(ウルガ)が、その液体を浴びて端の方から溶け出していた。

 

「うわぁ!?」

 

 自身の得物が溶けて行く姿を見て悲鳴を上げるティオナ。

 まさかの武器破壊。

 得物を失ったティオナは逃げていたフィン達に追い付き、同じように逃げ始める。

 

「あんなの聞いてないよー!なんで教えてくれなかったのー!?」

 

「フィンが止めただろうが、馬鹿女!!」

 

 愚痴るティオナに罵倒するベート。

 まさかまさかの精鋭部隊、猛退散だった。

 

「あれなんとかしないのー!?フィンー!!」

 

「あの腐敗液はやっかいだね……それにあのモンスターはどうも僕らよりモンスターを襲う傾向にあるようだ」

 

「はっ、共食いかよ気色悪いっつーの」

 

「それに倒せるとしても多分、『魔法』とアイズの『不壊属性』を持つ武器くらいじゃなければ難しいだろうね」

 

 フィンは思案し、そしてそれを実行に移す。

 

「レフィーヤ、君が決めるんだ」

 

「わ、私がですか!?」

 

「そうに決まってるでしょう。この中での最大火力はアンタの魔法と言っても過言じゃないわ」

 

「で、ですが……」

 

「レフィーヤ、この作戦は君にかかってるんだ。やってくれるね?」

 

「……わかりました!」

 

 与えられた大きな役目。

 しかし、レフィーヤは決めたのだ。もう、足ばっかり引っ張ってられないと。自分も役に立つんだと。

 

「親指がうずく……そろそろくるな」

 

 フィンがそう言った直後、周囲に亀裂が走った。

 全員が顔色を変化させる。

 今まで何度も見てきた光景、すなわちモンスターが生まれる瞬間。

 

「ベート、ガレス、ティオナ!ラウル達を守りつつモンスターをやれ!あの新種には僕とアイズでかかる!」

 

 フィンが即座に指示を出し、全員がそれに従う。

 

「……フィン」

 

「アイズ、もし魔法が効果なさそうだったら、下がってレフィーヤ達を守ってくれ」

 

「わかった」

 

 そしてアイズは、己の魔法を発動させる。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 超短文詠唱を引き鉄に魔法を発動させる。

 

 風が生まれた。

 

 形として目視できるほどの大気が、アイズを包み込む。

 【エアリエル】。

 アイズがもっとも使用する魔法。

 体や武器に風の力を纏わせることにより対象を守り、攻撃を補助し、速度を上げる、『風』の付与魔法(エンチャント)

 アイズは腰に佩いている剣をフィンに渡し、フィンの予備剣を装備する。

 

「先に、行くよ」

 

 瞬く間にモンスターへと接近する。

 その姿をとらえることが出来たのは、先頭にいた一体だけ。しかも先頭の一体は瞬く後に倒されてしまった。

 剣を、一閃。

 それだけで真っ二つになるモンスター。

 

 ―――――『アイズ・ヴァレンシュタイン』。

 

 オラリオ最強の一角と名高い、金髪金眼の少女の本名。

 屈指の剣士として知られる、第一級冒険者。

 その二つ名は、【剣姫】。

 アイズはモンスターの撃破を続ける。

 風の加護を纏いしその剣は、確実に一振りで敵を倒す。

 切り裂かれた芋虫型のモンスターは、ぷくっと膨れ上がり、そして爆発した。

 

「あぶなっ!」

 

 その破裂した中身の液はティオナ達のもとまで飛び、ティオナに突進中だった『ブラックライノス』が身に浴びて悶えている。

 そんなアイズが撃破数を増やしていく中。

 

「おっ、いけるね」

 

 フィンも芋虫型と戦闘を繰り広げていた。

 魔法の加護があるアイズには及ばないものの、その動きには一切の無駄がない。今まで培われてきた知恵と勇気の賜物だ。

 アイズは単に敵を倒しているが、フィンは足を狙っていた。

 先頭にいるモンスターの足を止めることにより、その後ろのモンスターも巻き添えにしてダメージを与える。明らかな時間稼ぎを行っていた。

 

「そろそろかな……」

 

 フィンがちらりと後方へと目を向ける。

 そこでは、エルフの少女が詠唱を行っていた。

 

「【誇り高き戦士よ、森の射手隊よ。押し寄せる略奪者を前に弓を取れ。同胞の声に応え、矢を番えよ】」

 

 アイズ達が激しい戦闘を行うさなか、レフィーヤは詠唱を行う。

 

「【帯よ炎、森の灯火。撃ち放て、妖精の火矢】」

 

 自身の憧れである金髪の少女に託された言葉。

 次は助けてほしい、と。

 報いなければならない。今度こそ彼女達の働きに応えなくてはならない。

 

「【雨の如く降り注ぎ、蛮族どもを焼き払え】」

 

 最後の詠唱文を唱え、魔力が爆発的に高まる。

 

「撃ちます!」

 

「アイズ、戻れ!」

 

 アイズ達前衛が素早く射線より離れ、レフィーヤは魔法を行使する。

 

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!」

 

 夥しい数の火の雨がモンスター達に振りかかった。

 全てモンスター達がその威力に押されて倒れ、灰へと姿を変えて行く。

 

「ほらっ、通用するじゃん!」

 

「あ、ありったけの精神力をつぎ込んだので……」

 

「景気がよすぎんだろ。リヴェリアと言いエルフどもはよ……くそっ、毛が焦げちまった」

 

「がっはっはっ、ここまでくればスカッとするわい」

 

 各々が感想を言い合いながら、周囲が祝勝の雰囲気に包まれる。

 しかし、フィンは考えるように押し黙っている。

 

「団長……?」

 

 その様子を気にしたティオネが声をかけると、フィンは話しだした。

 

「このルームに逃げ込む前……危うく挟撃されそうになった時、モンスター達は前からやってきた。あの道は50階層へ到達できる正規ルートだ」

 

「……まさか」

 

「ただの杞憂ならいいんだけど……そうも言ってられないみたいだ」

 

 フィンは自身の親指の腹を舐めながら苦面する。

 そして、愕然としているティオネを見上げた。

 

「アイズ達を集めろ。全速力でキャンプに戻る」

 




出来れば一週間に一回のペースで10000字越えを投稿していきたい……。


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出会いと粛清

今回も長く書けた。
続けていきたい。


 50階層。

 そこは【ロキ・ファミリア】が休息目的で野営を張った安全階層(セーフティポイント)

 普段ならモンスターが産まれず一息つけるこの階層に、例のモンスターが出現した。

 

「リ、リヴェリア様!51階層側の通路から芋虫みたいなモンスターが!」

 

「あれは新種か?……総員!ただちに戦闘準備にかかれ!」

 

 フィンの予想通り、50階層には芋虫型のモンスターが大量に攻め込んできていた。

 

「コマチ!」

 

「はいはい!」

 

「あのモンスターの性能が知りたい。少しばかり相手をしてきてくれ」

 

「わっかりました!」

 

 リヴェリアの号令のもと各団員が戦闘準備を進める中。

 コマチは一人、芋虫型のモンスターに立ち向かう。

 

「とりあえず試しに……ライトニング!」

 

 リヴェリアからの指示はあくまで性能調査。すぐさま倒してしまっては性能も何も分からない。

 だが、その後方を見ればどんどんモンスターが入り込んできているため、倒してしまっても問題はないとコマチは判断。

 まずは自身の攻撃魔法【ライトニング】の火力で倒せるかどうかを試す。

 結果、倒せた。

 しかし、芋虫型のモンスターは倒れる際に体を膨張させ破裂し、体内より紫色の色の液体が飛び散り、かかった周りの木々が溶け始める。

 

「リヴェリア!このモンスター物を溶かす液体を出すよ!」

 

「わかった!全員近接戦闘は極力避けろ!最悪全武器を使いつぶしてでもここを食い止める!」

 

「「「はい!!」」」

 

 リヴェリアの指揮のもと、最低限の物資を確保しておきながら戦闘を開始する。

 

「って言っても遠距離攻撃だけじゃ限界があるし……リヴェリア達魔導師は詠唱する暇がないしなー」

 

 リヴェリア達が準備を終えるまで時間を稼いでいるコマチは現在の状況を口にする。

 そして、決断。

 

「斬って即逃げれば問題ないね」

 

 そう言って腰に佩いていた剣を取り出す。

 さらに。

 

「ライトニング、エンチャント!」

 

 コマチはそう言って自身の右手の中で生まれていた光を剣に当てる。

 その光は剣へと収束していき、コマチが握る剣は光を纏った。

 

「おりゃぁ!」

 

 疾走。

 瞬く後にモンスターに接近し、すれ違いざま一閃。

 その後すぐその場から離脱する。

 直後、コマチが一閃したモンスター合わせ5体が真っ二つに斬り裂かれた。

 斬り裂かれたことで紫色の体液が飛散するものの、すぐさま退避したコマチには届かない。

 

「……すごい」

 

 その後方にて戦闘準備中にも関わらず、【ロキ・ファミリア】の団員が呟く。

 

「リヴェリア様。あれは……」

 

 コマチの戦闘を見ていた一人のエルフがリヴェリアに尋ねる。

 

「ん?アリシアは見たことがなかったのか……あれはコマチの必殺技とも言うべきもの、だ」

 

「必殺技、ですか?」

 

「ああ。コマチが自ら生み出した技だ」

 

 そう切り出し、リヴェリアは手を動かしながら説明する。

 

「コマチの魔法である【ライトニング】。その性能は詠唱なしの速攻魔法であることのほかにもう一つ、付与魔法の性質も兼ね備えている。それはアイズの【エアリエル】も同じような性質だが根本が違う。アイズのは自身や武器への付与だが、コマチのは武器などの自分以外への付与だ」

 

「……ということはコマチのはアイズの劣化版というわけですか?」

 

「そういうわけでもない。アイズの【エアリエル】は敵に向けて放つことはできないが、コマチはそれが可能だ」

 

「なるほど……」

 

 アリシアは再度コマチの方へと目を向ける。

 芋虫モンスターの間を縫うように移動し、数体のモンスターが縦に重なっている時のみを狙い光の剣で倒すことを繰り返していた。

 

「よし、準備を完了した者から攻撃を開始する!コマチ!そろそろ戻れ!」

 

「了解です!」

 

 リヴェリアの号令により準備を終えた者が次々と矢や槍を構え始める。

 コマチも最後に数体を斬り裂いて、団員達が集まっている野営へと後退した。

 

「弓、構え!」

 

 リヴェリアが指揮し、それに忠実に従う団員達。

 

「放て!」

 

 10人ほどの団員が一斉に矢を番えて引き絞り、芋虫モンスター目掛けて放った。

 このまま行けば被害はほぼなしで終えられる。

 ……はずだった。

 

『――――――――――――――』

 

 芋虫型のモンスター全てが、口から紫色の液体を発射しなければ。

 

「ッ!全員伏せろ!」

 

 虚をつかれた【ロキ・ファミリア】だったが、間一髪、全員が紫色の液体を避けることに成功するものの、建てていた野営や天幕が次々と壊されていく。

 さらに、まだまだ溢れ出てくるモンスターの群れ。

 不安になりつつある団員達にリヴェリアが呼びかける。

 

「フィン達が帰ってくればすぐに殲滅できる!それまで持ちこたえろ!」

 

「「「はいっ!!」」

 

 

***

 

 

 一方のフィン達は全力をもって50階層を目指していた。

 50階層と51階層をつなぐのは傾斜面の岩壁だ。

 50階層の西端の壁に大穴が空いており、ほぼ崖という険しい坂が続いている。51階層に行くときは一足跳びで駆け降りればいいが、帰還する時は少々手間をかけて登らなければならない。

 岩壁の至る所に付着している黄緑色の粘液に誰もが危機感を募らせながら、フィン達は跳躍のみで壁を駆けあがる。

 大穴から跳び出すと、聞こえてきたのは人の掛け声とけたたましい炸裂音だった。

 

「キャンプが……!」

 

 灰色の森を駆け抜けながら、野営地の方角から上がる黒煙にティオナが反応する。

 速度をいっせいに上げ、大森林を走破する。

 

「皆!?」

 

 森の抜けた先に広がるのは開けた平地と、野営地を構えた一枚岩、そしてその岩に取り付く芋虫の群れだった。

 モンスター達はその多脚を一枚岩に張り付けよじ登り、頂上で防衛を行っているリヴェリア達に腐食液を浴びせていた。

 壁際で腐食液を防いだ団員達が、すぐさま溶けだした盾を破棄していく。

 

「矢、放て!」

 

「これが最後です!?」

 

「構わん、撃て!」

 

 リヴェリアの号令のもと、数人の弓使いがなけなしの矢を放つ。命中した先から矢は溶けだすものの、攻撃を受けたモンスター達はぐらりと壁から足を離し落下、周りの数匹を巻き込んで叩きつけられる。

 

「まだあんなに……!?」

 

「キャンプを包囲されていないのがせめてもの救いか」

 

 レフィーヤの悲鳴の横で、フィンは冷静に状況を把握する。

 例のモンスターは知能が低いのか、太い列を作り同一方向から一枚岩をよじ登ろうとしていた。侵攻箇所が集中していたおかげで、居残り組の団員はリヴェリアの指揮のもと、拠点の防衛を続けられている。

 

「キリがっ、ないね!」

 

 そんな中で唯一、一枚岩の下で疾走している影。

 

「うりゃあぁ!!」

 

 コマチは光の剣で数匹を斬り裂き、すぐさま離脱。直後にモンスターが斬れ、腐食液が飛び散る。

 

「コマチ!そろそろ回復に戻れ!」

 

「もうちょっとだけ!」

 

 そう言いながらもコマチはかなり疲弊している。

 たった一人だけで100を超えたモンスターを相手とり、【ライトニング】を連発しながら剣で切り裂き、離脱を繰り返している。これだけで途方もないほどの相手をしながら高速運動は負担が大きい。

 

「ッ!」

 

 そんな仲間達の危機を前にアイズは飛びだした。

 単独先行でモンスターの列の横っ腹に奇襲をかける。

 魔法を発動して風を纏い、剣を振り抜いた。

 

「アイズ!?」

 

 モンスターを一匹仕留めたと同時に、どよめき。

 一枚岩の上でリヴェリアが叫び、団員達が歓喜する。

 上で唖然とする彼らに見降ろされながら、アイズはモンスター達と交戦に突入した。

 

「行くぞ!」

 

「うん!」

 

「すいません、団長!」

 

 ベート、ティオナ、ティオネがそれに続く。遅れてラウルとレフィーヤも後を追う。

 

「フィン……」

 

「ここまできたらアイズ達は止められないだろう。ガレス、レフィーヤとラウルを守ってやってくれ」

 

「うむ、わかった」

 

 指示を待たずに飛び出していくまだ若い団員達に、フィンは致し方ないと悟る。

 だが、同時にこれでもいいと彼は感じた。

 ダンジョン内では知識と経験に基づいた理詰めの行動がとことん要求されるが、今この場合に限っては、彼らの熱に水を差すのはきっと野暮に違いない。

 怒りと血潮に促されるままに逆襲に出る彼らは、恐らくは百の指揮に従わせるより、より効果的に、有効的に、無理やりに、現状の風向きを変えてくれるだろう。

 血気盛んすぎるのが――――常に暴走しがちなのが――――また懸念ではあるのだが。

 すでに各々の方法で暴れまわっている彼等に対し、フィンは考えるのをやめ、剣を装備する。

 

「反撃と行こう」

 

 

***

 

 

 数十分後。

 数々の武器が溶かされたり、ティオネが暴走したりしたものの、リヴェリアの【ウィン・フィンブルヴェトル】をはじめとした魔導師達の一斉射撃によって芋虫型のモンスターの殲滅に成功した。

 その後、どこから現れたのか六Mほどの大きさを誇る芋虫型の進化形のような人型のモンスターが現れ窮地に陥るも、アイズが単独で撃破。

 しかし、団長であるフィンは撤退を指示。

 先程の闘いで多くの物を失ってしまったため、これ以上の探索を断念。【ロキ・ファミリア】帰路を辿っていた。

 

「あ~あ、せっかくの遠征なのに50階層で退却だなんて~」

 

「しつこいわよ、あんた。いい加減にしなさい」

 

「だってさー、暴れたんないんだもん」

 

 ティオネが注意を促すも、ティオナはぶうたれている。

 

「団長が何度も説明したじゃない。あのモンスターにやられたせいで、物資が心もとないって」

 

「食べ物は迷宮のでいけるじゃん」

 

「武器や道具はどうにもならないでしょう。特に得物の方はほとんど溶かされて、手元は行きの道で使いつぶした消耗品しかのこってないわ」

 

 当然ながら、武器や防具は消耗品だ。研師や鍛冶師の整備を受けなければ刃はこぼれ切れ味は落ちる。防具であるならば損傷を受け耐久性が下がり、壊れてしまう。一部の不壊属性等を除けば、いくら優れた武具と言えど長規模の戦闘には耐えられない。

 冒険者の体力がどれだけ余っていようが、装備が使い物にならなければ、モンスターとの戦闘にも支障が出る。

 

「う~っ、悔しい~。せっかく苦労して50階層まで行ったのにぃー」

 

 首領であるフィンの采配で、深層からの退却を実行してすでに六日。

 何度も同じ内容で論破されているティオナは頭の後ろで手を組んだ。装備品も何も所持していない彼女は、隣でてくてくと歩くアイズを羨ましそうに見やる。

 愛剣の収まった鞘をきらりと輝かせる少女は、その視線に気づいて小首を傾げた。

 

「あのモンスターのせいで……結局あれ何だったの?」

 

 振られた質問に対しティオネは「分からないわよ」と肩をすくめる。

 

「未確認モンスター、としか言えないでしょう。……おかしな点は多々あったけどね」

 

 そう言いつつ、ティオネは胸元から芋虫モンスターから無理やり取り出した『魔石』を取り出す。

 自分には欠片も存在しない深い谷間を見せつけられるティオナは、恨めしそうに実姉を睨む。

 

「って、それあのモンスターの魔石?」

 

「そうよ」

 

「わー変な色」

 

「ええ、普通の魔石とは違うわね」

 

 モンスターの胸部から取り出される魔石は、形や大きさに差はあれど、それぞれ一様に紫紺色だ。

 しかしティオネの持つ小石大の魔石は、中心が極彩色で、残る部分は紫紺色と、見たことない輝きを放っている。

 そんなやり取りをしている内に、一行は広いルームに辿り着いた。

 現在地は17階層。

 深層域に比べ、この中層域は道幅が狭いため、フィンはファミリアを二つに分けていた。

 ティオナ達はリヴェリアが管轄する前行部隊で、フィンやガレスは後行部隊だ。

 ちなみにコマチは前行である。

 遠征の帰り道ということもあって、団員達、特に荷物を運搬するサポーター役の下っ端等の疲労は色濃い。

 

「……リーネ、手伝おうか?」

 

「えっ?あ、だ、大丈夫です」

 

 ヒューマンの少女にアイズが声をかけるも、滅相もないと勢い良く断られた。第一級冒険者に荷物持ちなど任せられない、という意識が見て取れる。

 ほぼ名目上とはいえ幹部を務めているアイズには―――その浮き世離れした雰囲気もあって―――ほとんどの団員達がこのような畏まった態度を取る。

 

「止めろっての、アイズ。雑魚(そいつら)に構うな」

 

 一部始終を見ていた獣人、狼人(ウェアウルフ)のベートが声を挟んだ。

 一八〇Cに届く長身の持ち主で、特にその引き締まった脚はすらりと長い。左側の額から顎にかけて稲妻のような青い刺青が施されており、その端整な顔立ちに荒々しい印象を上塗りしている。

 彼は追い払うようにサポーターの団員を軽く蹴り付け、アイズと向き合った。

 

「それだけ強えのにまだわかってねえのか、お前は。弱ぇ奴らにかかずらうだけの時間の無駄だ、間違っても手を貸すんじゃねー」

 

「……」

 

「精々見下してろ。強いお前は、お前のままで良いんだよ」

 

 鼻を鳴らしながら口を吊り上げるベートに、アイズは沈黙する。

 ベート・ローガ。

 【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者で、典型的な――いや、過度ともいえる――実力主義者だ。剣士として一流であるアイズのことを一目置いている節がある。

 悪い人ではない……と、アイズは思っている。

 意見の対立からよく真剣な口論に発展するリヴェリアがこぼしていたが、「誤解をまぬかなければ気が済まない獣人(おとこ)だ」という皮肉らしき言葉を聞いたことがある。

 ティオナとよく言い争いするのも、あくまで一匹狼である彼の性がそうさせているのかもしれない。

 

「アイズ駄目だよー、ベートの言うことなんか聞いちゃあ!ただ時間の無駄だから!」

 

「くたばれ糞女。てめえこそアイツらの雑用を引き受けろってろっての。装備皆無(てぶら)だろ、間抜け」

 

「うるさぁーい!?」

 

 言っている側から口喧嘩を始めるベート達だったが、すぐに。

 その言い合いは途切れることとなった。

 

『――ヴゥオォ』

 

 進行中のルームに獰猛な気配と、そして息づかいが迫ってくる。

 複数ある通路口の向こうから、大量のモンスターが姿を現した。

 

『ヴヴオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォッッ!!』

 

 辺りを震撼させる咆哮が響く。

 並の冒険者なら裸足で逃げ出す迫力を有しながら、そのモンスターは荒縄のように筋張った肩と腕を隆起させる。踏み出された一歩によって地面が蹄型に陥没した。

 筋肉質な巨大な体に、赤銅色の体皮。

 モンスターの代表格にも数えられる牛頭人体のモンスター、『ミノタウロス』だ。

 

「ほら!ベートがうるさいから『ミノタウロス』がきちゃったじゃん!」

 

「関係ねえだろっ。ちっ、馬鹿みてえに群れやがって……」

 

 『ミノタウロス』の群れは続々とルームに侵入し、アイズ達を包囲するように輪を作る。

 血走った目を向けてくる猛牛のモンスター達は、呼吸のたびに体を上下させ興奮していた。

 

「リヴェリアー、これだけいるし私達もやっちゃっていいよね?」

 

「ああ。構わん。ラウル、フィンの指示だ。後学のためにお前が指揮を取れ」

 

「は、はい!」

 

 ギルドが定めている階層ごとの脅威度最大の三ツ星である『ミノタウロス』。

 しかし、アイズ達はここより遥か下の階層で戦っている。『ミノタウロス』など脅威でも何でもない。

 本来ならばアイズ達第一級冒険者はでしゃばらないのが基本だ。まだLvの低い団員達の経験を積ませるために譲っている。いくら下っ端ともいえど、この場にいる団員はみな中堅【ファミリア】の冒険者達より遥かに格上の実力者でもある。中層出身のモンスターに後れを取ることはまずない。

 が、今回は数が数だった。

 ティオナの申し出から、アイズ達も線戦に加わる。

 

『ヴオオオオオオオオオオ!!』

 

「うるさーい」

 

 向かってくる『ミノタウロス』に対し、ティオナはグーパン。一撃で『ミノタウロス』を貫く。

 ここで、『ミノタウロス』は誰もが予期しない方向に向かった。

 

『ヴオオオオオオオオオオオッ!!?』

 

「ええ?!」

 

「お、おい、てめえらモンスターだろ!?逃げんじゃねえ!!」

 

 まさかの集団逃走。

 あまりの戦力差に恐れてミノタウロスは逃げ出した。

 

「追え!お前達!」

 

 異常事態にリヴェリアの号令が飛ぶ。

 【ロキ・ファミリア】の面々は遠征帰りにミノタウロス掃討を行うハメになった。

 

 

***

 

 

 上層。

 1~12階層で構成されるその階層は、冒険者の中でも新米である冒険者が多い。彼らが『ミノタウロス』と対峙すれば、一も二もなく惨殺されるだろう。

 アイズとベートは5階層まで上がってきた。

 もはや二人以外には誰もいない状態だ。

 全員が出鱈目に逃げるミノタウロスを追って行くうちに、いつの間にか二人だけしか残っていなかった。

 

「あと一体!」

 

「クソ、どこ行きやがった!?」

 

 残るは一体となるも、見失ってしまうアイズとベート。

 感覚を研ぎ澄ませ、素早くあたりを確認していたその時。

 

『ヴヴゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

「ほぁあああああああああああああああああああああっ!!」

 

 聞こえた。

 その声が。

 

「っ!」

 

 一気に駆け出す。

 ベートより先に飛びだし、叫び声と咆哮が絡み合う方向へと身を馳せる。

 ミノタウロスと、そしてその人物はすぐに見つかった。

 処女雪を連想させるような真っ白な髪。今にも涙がにじみ出そうな瞳の色は深紅(ルべライト)。一見して兎のように外見を持つ、ヒューマンの少年。

 追ってくる赤い猛牛に背を向けて、命がけの逃走を繰り広げている。

 

「ド素人じゃねえか!?」

 

 貧相な防具は一目でギルドの支給品とわかる。逃走一つをとっても動作の節々からは我流(しょしんしゃ)の拙さが窺えた。

 駆け出しも駆けだし。

 ミノタウロスにとっては獲物どころか、もはやただの餌だ。

 足の力を込め、距離を詰めんと疾走する。

 アイズは白兎(しょうねん)を追いかけた。

 

『ヴゥムウンッ!!』

 

「でえっ!?」

 

 ミノタウロスの蹄。

 白兎(しょうねん)は奇跡的に当たらなかった。

 しかし、その衝撃で足場が砕かれ、ごろごろとダンジョンの床を転がって行く。

 

「―――――」

 

 アイズの姿がかすむ。ベートを置き去りにし、駆ける。

 少年はあまりにもひきつった笑みを浮かべていた。

 埃まみれの白髪、涙腺を決壊させる赤い瞳、振りかぶられた剛腕が振り下ろさせるのを待つだけの、哀れな小兎。

 強い既視感を覚えながら――――――アイズはその光景へと追い付き、剣を一閃させた。

 

「え?」

 

『ヴォ?』

 

 少年とミノタウロスの間の抜けな声。

 背後から音速の斬撃を胴体に見舞い、手を止めずに無数の線をモンスターの全身に刻み込む。

 最後の剣閃から、銀の光が瞬いた。

 

『グブゥ!?ヴゥ、ヴゥオオオオオオオオォォォォオォ―――――!?』

 

 巨体が思い出したかのように斬撃の軌跡に沿っていき、ずり落ちる。

 断末魔とともに血しぶきを上げながら、ミノタウロスはいくつもの肉の欠片となって崩れ落ちた。

 そして、少年と目が合った。

 地面に腰を付き、時を止める彼と向き合いながら、合図はそっと声をかけた。

 

「……大丈夫ですか?」

 

 正面から見下ろす格好のアイズの問いかけに、少年は身じろぎ一つさえしなかった。

 言葉を失ったかのように、アイズのことを静かに見上げてくる。

 少し戸惑った彼女は、もう一度尋ねてみる。

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

 反応は返ってこない。

 変わらない表情の裏で困り果ててしまったアイズは、座り込む少年のことを改めて見つめる。

 ミノタウロスの流血をまともに浴びてしまった体は血まみれになっており、こちらに途轍もない申し訳なさを与える。涙の引いた双眸は再び湿りだしており、アイズをまっすぐに見上げる顔も熱病のように、じわじわとその肌を赤らめさせていた。

 熱っぽくも見える少年のことが心配になったアイズは、剣を鞘に収め、手を差し伸べる。

 

「立てますか?」

 

 ちょうど何かを言いかけようとしていた少年の唇が、ぴたりと止まった。

 差し出される手に一瞬視線を止め、再びアイズの整った相貌を仰ぐ。

 瞬く間に耳や首、肌という肌が紅潮した。

 

「だっ―――――」

 

「だ?」

 

 アイズに首をかしげる暇を与えず、少年ががばっとはねおきる。

 次の瞬間。

 

「だぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 全速力で、アイズから逃げ出した。

 

「……」

 

 ぽかんと、アイズは目を見開いて立ちつくす。

 逃げ去った通路の奥から少年の奇声が木霊してくる中、彼女は最近では誰にも見せたことのないような、呆けた表情を作った。

 

「……っ、……っっ、……くくっ!あー腹痛っ!!」

 

 後ろを振り返れば、震えながら腹を抱えるベートが、必死に笑いを堪えていた。

 体を折って後頭部を晒し、ひーっひーっと言いながら呼吸を乱している。

 

「………」

 

 頬を赤らめたアイズは、年相応の少女のように。きっ、と獣人の青年を睨みつけた。

 

 紆余曲折はあれ。

 アイズ達の長い遠征は、こうして幕を閉じたのだった。

 

 

***

 

 

「やっと帰ってきたぁ……」

 

 都市北部、北の目抜き通りから外れた街路沿い。

 周囲一帯の建物と比べ群を抜いて高い、長大な館が建っていた。

 高層の塔がいくつも重なって出来ている邸宅は槍衾のようであり、赤胴色の外観もあって燃え上がる炎にも見える。塔の中でも最も高い中央塔には道化師の旗が立ち、今は茜色に染め上げられていた。

 【ロキ・ファミリア】本拠(ホーム)、黄昏の館。

 

「あー、疲れたー、お腹減った―。お肉たくさん頬張りたーい」

 

「私は早くシャワーを浴びたいわね。もうベトベトよ」

 

「あはは……私も行きたいところがあります」

 

 ティオナ達姉妹の言葉にレフィーヤが苦笑し、自身の希望を口にする。

 ダンジョンから地上に帰還したアイズ達はホームを眼前にしていた。三十人規模の一団がそれぞれの物資を抱え、あるいは引きずり、正門の前に到着する。

 男女二名の団員、門番が彼等に敬礼を送った。

 

「今帰った。門を開けてくれ」

 

 フィンの言葉を受け開門される。

 狭い敷地面積に建てられたホームは横が駄目なら上にとばかりに伸びた格好なので、当然潜った先にある庭園もそこまでは広くない。門と館の間の空間を利用した最低限のものだ。僅かな食祭と色とりどりの花々が風に撫でられ揺れている。

 フィンを先頭にアイズ達はぞろぞろと敷地内に足を踏み入れた。

 

「――――おっかえりぃいいいいいいいいいいいいいっ!」

 

 と、いきなり。

 アイズ達の入門を見計らっていたかのように、館の方から走ってくる影。

 朱色の髪を揺らす彼女は男性陣には目をくれず、アイズ達女性陣のもとへまっしぐらに突き進んでくる。

 

「みんな無事やったかー!?うおーっ、寂しかったー!」

 

 両手を突き出し飛びついてくる彼女を、ひょい、ひょい、ひょい、とアイズ、ティオナ、ティオネがすんなりと回避。

 最後尾にいたレフィーヤはとばっちりに会い、え、ちょ、きゃあー、と悲鳴を上げながら抱きつかれ、押し倒された。

 

「ロキ、今回の遠征での犠牲者はなしだ。到達階層も増やせなかったけどね。詳細は追って報告させてもらうよ」

 

「んんぅー……了解や。おかえりぃ、フィン」

 

「ああ。ただいま、ロキ」

 

 エルフの少女の身体を堪能する女性は顔を上げ、にへらっと笑いかける。

 黄昏時に見る者に思わせる朱色の髪。細めがちな瞳は今は弓なりに曲がり、その端麗な顔立ちとともに相好を崩している。フィンに注がれる眼差しはこの息災を喜ぶ、神のそれ。

 天界での堕落した生活に飽き、娯楽を求めて下界に降り立った気まぐれな神々の一柱。

 人類ともモンスターとも次元が異なる、超越存在(デウスデア)

 彼女こそがアイズ達と契りを交わした【ファミリア】の主神、ロキだ。

 

「ロキー、レフィーヤが困ってるから離れてくんなーい?結構疲れてるしさー」

 

「おっと、すまんレフィーヤ。感極まって、ついなぁ」

 

「い、いえ……」

 

「ところで……グフフ、ちょっとおっぱい大きゅうなった?」

 

「な、なってませんっ!?」

 

 ゲスな笑いを浮かべる己の主神に、レフィーヤは真っ赤になって叫ぶ。

 纏う雰囲気は人のものとは別種の神威を帯びていながら、何かと親父めいているその言動が全てをぶち壊しにしていた。下界の者の羨望である完璧に整った顔立ちも、今ばかりは目をそむけたくなるほど醜い。

 ロキには女神でありながらも女好きという厄介な思考があった。

 彼女の勧誘によってここまで大きくなった【ファミリア】は、男性陣はともかくとして、女性陣は美女、美少女ばかりと大いにその趣味が反映されている。

 全知全能の力を封印しているとはいえ、年を取ることもなければ衰えることもない、人智を超えた彼女に向けられるのは、むしろ家族としての心やすさと、情愛だ。

 自分の家に帰ってきたと、誰もが疲労ににじむ表情を自然と緩めている。

 

「アイズも、お帰りぃー」

 

「ただいま、ロキ……」

 

 おもむろに顔を向けてくるロキに、アイズもはっきりという。

 どこか嬉しそうにえくぼを作った後、女神はそのいと目をうっすらと開く。

 

「ん。体、ずきずき痛むなー。ちゃんと休まなあかんよ?」

 

「……」

 

 魔法の酷使によって呻吟を漏らしている体の状態を、あっさりと看破される。

 全てを見透かしているような朱色の髪の女神はそれ以上何も言わなかった。押し黙るアイズに一笑し、背を向け、他の団員達のところへと行く。

 

「アイズどうしたの?またロキに変なことされた?」

 

「ううん……なんでも、ないよ」

 

 アイズは傍迷惑そうにしているリヴェリアに纏わりつくロキを見ながら、そう返した。

 

 

***

 

 

 その後、荷物を留守番していた団員たちに渡し、風呂に入った後、アイズ達は夕食を取っていた。

 ロキの「飯はいるもん全員でとる」という方針のもとでの食事のため、食堂は大変込み合っている。

 遠征後ということもあってか待望の飯をむさぼる団員達はにぎやかであった。居残り組の者に遠征組の者が武勇伝を聞かせていたりもする。

 

「忘れとった。今日中に【ステイタス】更新したい子がおったら、うちの部屋まで来てなー。明日とかまとめていっぺんにやるのも疲れるし。そうやなー、今晩は先着十人で!」

 

 気まぐれな神らしい、無計画でいい加減な連絡が団員たちに伝わって行く。

 

「皆さんはどうします?」

 

「私はやめとくわ。ゆっくりと寝たいもの」

 

「わたしはどうしよっかなー。やることもないけど【ステイタス】がぐーんって伸びるほど【経験値(エクセリア)】を稼いだ手ごたえもないし……気が向いたら行ってみようかな。レフィーヤは?」

 

「私も今日は……」

 

「アイズは……聞くまでもないわね」

 

「うん」

 

 軽く向けられたティオネの視線に首肯するアイズ。

 彼女たちに断りを入れ、早速ロキの部屋へと向かう。いつの間にかロキが姿を消しているので、多分部屋にいるだろう。

 ロキの部屋は中央塔の最上階にある。部屋の前に来たアイズは軽くノックをする。

 

「入ってええよー」

 

 木の扉を開け、入室する。

 ロキは部屋を片付けている最中だった。丸椅子を持って、「すまん、あとちょい待っててな」と笑いかけてくる。

 室内は雑多なもので溢れかえっていた。一番多いのが酒類だ。机周りには高価そうな羽ペンや万年筆、古ぼけた靴や帽子、山積みとなっている分厚い書物や短剣などもあり、ベットの上ですらもので埋め尽くされている。貴重なものが一つ二つあってもおかしくはない。

 

「よーし、もうええで」

 

 ロキは言葉通りすぐに準備を終えた。

 ベットに腰かける彼女に手招きされ、アイズは丸椅子に座る。

 

「やっぱりアイズたんが一番乗りやなー。二番手はいつもコマチやけど」

 

「……そう、だよね」

 

「……なあ、アイズたん。強い心持ちも大切やけど、自分も大切にせなあかんよ?」

 

「……わかってる」

 

「ならええ……さ、上着を脱いでな」

 

 ロキに背を向けたアイズは上着を脱ぐ。

 腰まで届く金の長髪をまとめ、肩の方から前の方に流す。何の跡もない、きめ細やかな美しい背中がロキの眼前に晒される。

 

「フヒヒッ。あかん、うちちょっと酔っとるから、手を滑らせる可能性もなきにしもあらずやな……!」

 

 直後、不穏な気配を感じ取ったアイズは手元にあった短剣を鞘から抜いて、キンッと鳴らした。

 

「あ、もう酔い覚めました、大丈夫です」

 

「早くしてください」

 

「あ、ハイ」

 

 汗を流すロキはすぐさま作業へと取り掛かる。

 数秒後、更新が完了する。

 

「終わったで~今紙に書き移すからちょいと待ってなー」

 

「うん……」

 

 上着を着ておとなしく待っていると、ほどなくして作業が終わる。

 

「ほい」

 

 ロキから受け取った羊皮紙を受け取り、アイズは視線を走らせた。

 

 

アイズ・ヴァレンシュタイン

Lv.5

 

 力:C672→677

耐久:C610→614

器用:S934→936

敏捷:A889→890

魔力:S921

狩人:E

耐異常:F

剣士:F

 

 

 更新された【ステイタス】を見て、アイズは感情を押し殺しながら沈考する。

 低過ぎる。

 約二週間、『遠征』を通して深層域に生息するモンスターをあれだけ屠ったのにもかかわらず、各アビリティの熟練度がまるで上がっていない。

 この調子では何千何万のモンスターを斬り伏せたとしても、たかが値に一つや二つ程度しか熟練度には反映されないだろう。

(もう、ここが頭打ち……)

 熟練度の限界値(カウンターストップ)()()だと999.アビリティ評価Sに近づくにつれて値の成長度合いも極端に狭まってくるが、今回の更新結果はそれ以外のも原因がある。

 今のアイズには伸び白がないのだ。

 現【ステイタス】がアイズの限界であり、もはや発展の余地がない。得意不得意の問題ではない。

 Lv.5に到達して、すでに三年。

 上限という見えない壁がアイズの前に立ち塞がっている。

 

「……」

 

「アイズ……」

 

 アイズがもっと強くなるために器の昇華などを考えていた時、その横顔を見ていたロキが、ゆっくりと口を開く。

 

「つんのめりながら走っていたら、いつか必ずこける。いつも言っとるな?これからも何度も言おう。だから、忘れんようにな」

 

「……」

 

「それにや……強いって言っても二種類ぐらいあるんやろ?いつも()()()が言ってたことや。確か……」

 

「偽物の強者と真の強者」

 

「そう!それや!……アイズたんもしかしてやけど、教えてもらったこと全部覚えてるんちゃうか?」

 

「記憶してる……」

 

「……そ、そうか」

 

 必ずアイツの話になるとアイズはこうなってしまう、とロキは内心でため息をつく。

 

「ま、まあ明日は夜に打ち上げやるから、アイズも忘れんようになー。おやすみぃ」

 

「うん……ロキ、押さないで」

 

 微笑むロキに若干無理やりな感じで部屋から出されたアイズだった。

 一方で一人、ロキはぼやく。

 

「はぁ、アイズたんの心症は計りしれんなぁ」

 

 六年前までの三年間の全ての会話を覚えているという常人並ならぬ記憶力。そして。

 

「ハチマンがいなくなって、早五年かぁ。色々あったなぁ……」

 

 ロキは部屋で一人、そう呟くのだった。

 

 

***

 

 

 翌日。

 遠征から帰ってきた【ロキ・ファミリア】の面々はそれぞれの役目(換金やクエスト報告)を終えたあと、しばしプライベートな時間を過ごし、時刻はすでに19時。

 遠征後に必ず酒宴を開くのが【ロキ・ファミリア】の習慣だ。眷族の労をねぎらうと言う名目のもと、無類の酒好きであるロキが率先して準備を進め、団員達もこの日ばかりは大いには目を外す。

 アイズ達は西のメインストリートに来ていた。

 オラリオの西側は一般市民が多く住んでおり、酒場や宿屋など多くの店々が並んでいる。

 その西のメインストリートで一番大きい酒場『豊穣の女主人』は、ロキのお気に入りの店だ。店員全てが女性であり、さらにそのウエイトレスの制服をロキがたいそう気にいったのだろうと、アイズ達はすでに悟っている。

 

「ミア母ちゃーん、来たでー!」

 

「相変わらずだねあんたは」

 

「お席は店内と、こちらのテラスの方になります。ご了承ください」

 

「ああ、わかった。ありがとう」

 

 酒場にはカフェテラスが存在した。

 恐らくは【ロキ・ファミリア】全員が入りきらないための処置だろう。貸し切り状態ではないため、他の冒険者や一般の人々も食事をしたりしている。

 

「いらっしゃいませー!!」

 

 酒場は満員だった。予約のためぽっかりと空いているアイズ達の席が不自然に映るほど、多くの人間が飲み食いをして騒いでいる。

 

「ここの料理、美味しいんだよね~。つい食べ過ぎちゃってさ~」

 

「てめえはいつも食いまくってるじゃねえか……」

 

 入店してきた【ロキ・ファミリア】を見て、例のごとく客の冒険者達が顔色を変え、ひそめきだすが、ティオナ達は気にした素振りも見せずに席へついていく。

 アイズも自分に向けられる視線が多いことに気づいていたが、何もせずにそのままにした。

 好奇の目にさらされるのはもう慣れてしまっている。

 

「……?……!」

 

 ふと、周囲のものとは毛色の異なる視線を感じた。それも二つ。

 言葉ではうまく表現できないが、ひとつはこう、そう真っ直ぐだった。嫌みな感じがしない。

 もう一方は……。

(……ハチマン?)

 自身の師匠から向けられる、温かい、見守られているような心地よい視線そのものだった。

 もしかしたらと思い辺りを見回すものの、その人らしき人は見当たらない。

(勘違い、か……疲れてるのかな)

 自分の体調の具合を心配しだすアイズだったが、ロキが音頭を取り、皆が食事を始めたのを見て、自身も食事を開始した。

 運ばれてくる料理はどれも素晴らしいもので、団員達の伸ばす手もだんだんと早くなっていく。

 アイズも食事を進めていく。

(……やっぱりハチマンのご飯の方がおいしい)

 数年前まで食べていた料理よりは美味しくないと、何故か若干どやり顔になるアイズ。

(アイズさんのあんな表情……新鮮です!)

(アイズちゃん……絶対お兄ちゃんのこと考えてた。分かりやすいなー)

 その様子を見て周りの面々もテンションが上がって行く。

 

「団長、つぎます。どうぞ」

 

「ああ、ありがとうティオネ。だけどさっきから、僕は尋常じゃないペースでお酒を飲まされているんだけどね。酔いつぶした後、僕をどうするつもりかい?」

 

「ふふ、他意なんてありません。さっ、もう一杯」

 

「本当にブレねぇな、この女……」

 

「うおーっ、ガレスー!?うちと飲み比べで勝負やー!!」

 

「ふんっ、いいじゃろう、返り討ちにしてやるわい」

 

「ちなみに勝った方はリヴェリアのおっぱいを自由にできる権利付きやァッ!」

 

「じっ、自分もやるっす!!」

 

「俺もおおおお!」「俺もだ!」「私も!」「私、やります!」「ヒック。あ、じゃあ僕も」

 

「団長ーっ!?」

 

「リ、リヴェリア様……」

 

「言わせておけ……」

 

 騒ぎ合う仲間達の横で自分のペースで食事を進めるアイズだったが、仲間たちにじりじりとつめよられて酒を飲まされそうになったりと、盛り上がりもピークに達しようとしていた。

 その時、ベートが切りだす。

 

「そうだ、アイズ!お前のあの話を聞かせてやれよ!」

 

 遠征の話でロキを中心に盛り上がっていたときにベートが何かの話を催促してきた。

 機嫌の良さを滲ませる彼に、小首を傾げる。

 

「あれだって、帰る途中で何匹か逃したミノタウロス!最後の一匹、お前が5階層で始末しただろ!?そんで、ほれ、あん時いたトマト野郎の!」

 

 ――――――アイズは彼が何を言いたいのか理解した。

 自分が助けた、あの白髪の少年。

 

「ミノタウロスって、17階層で襲いかかってきて返り討ちにしたら、すぐ集団で逃げ出していった?」

 

「そうそう!奇跡みたいに上層に上っていきやがってよ~。俺達が慌てて追いかけた奴。遠征の帰りで疲れてたってのによ~」

 

 途端、アイズは嫌な感覚に襲われた。

 耳を貸すロキ達にベートはその時の状況を語りだす。

 

「それでよ、いたんだよ、いかにも駆けだしっていうようなひょろくせえ冒険者(ガキ)がよ~!!」

 

 ―――――やめて。

 

「兎みたいに壁に追い詰められて、可哀そうなくらいに震えあがっちまって、顔をひきつらせてやんの!」

 

「それでその冒険者助かったん?」

 

「アイズが間一髪ってとこでミノを細切れにしたんだよな」

 

 今自分がどういう顔をしているのか、今のアイズには想像できなかった。

 よくわからない感情に支配される。

 全ては幼少期の自分を、彼に見てしまったからか。

 

「それであいつ、くっせー牛の血を全身に浴びて……真っ赤なトマト見たいにになっててよ!ひっ、ひっくくくっ、腹超い痛ぇ……!」

 

「うわあ」

 

 ―――――やめて。

 

「アイズ、あれ狙ったんだよな?そうだと言ってくれ……!!」

 

「そんなこと、ないです」

 

「くく、それにだぜ?そのトマト野郎、叫びながらどっかいっちまいやがった。うちのお姫様、助けた相手に逃げられてやんのおっ!」

 

「……くっ」

 

「アハハハハハッ!!そりゃあ傑作やァ!!」

 

「ふ、ふふっごめんなさいアイズ、我慢、出来ない……!」

 

 酒場全体が笑いに包まれる。

 

「ああん、ほら、怖い目しないの!」

 

 そう言ってくるティオナに尋ねたかった。

 自分が今、どんな目をしているのか。

 

「しかしまあ、久々にあんな情けない奴見たなぁ胸糞悪くなったわ。男のくせに泣くわ泣くわ」

 

「……あらぁ~」

 

「ほんとざまぁねえよな。ったく、泣きわめくくらいなら最初から冒険者なんかになるなっての。ドン引きだぜ。なあ、アイズ?」

 

 卓の下に置かれている手が、自然と握り拳を作る。

 ふと、リヴェリアと目があった。

 その後リヴェリアは何かを悟ったかのように不快感を募らせていく。

 

「ああいう奴がいるから俺達の品格が下がるっていうかよ、勘弁して欲しいぜ」

 

「いい加減そのうるさい口を閉じろ、ベート。ミノタウロスを逃したのはあくまで我々の不手際だ。巻き込んでしまったその少年に謝罪することはあれ、酒の肴にする権利などない。恥を知れ」

 

 リヴェリアが柳眉を逆立てる。

 彼女からの静かな非難の声に、肩を揺らしたティオナ達は気まずそうに視線を逸らす。

 しかし、ベートは止まらない。

 

「おーおー、さすがエルフ様。誇り高いこって。でもよ、そんな救えない奴を擁護して何になるってんだ?それはてめえの失敗をてめえでごまかすための、ただの自己満足だろう?ゴミをゴミと言って何が悪い」

 

「これやめえ、ベートもリヴェリアも、酒がまずくなるわ」

 

 ロキが見かねて仲裁に入るも、ベートは止まらなかった。

 

「アイズはどう思うよ?自分の目の前で震え上がるだけの救えない野郎を。あれが俺達と同じ冒険者を名乗ってんだぜ?」

 

「……あの状況じゃあ、しょうがないところもあったと思います」

 

「何だよ、いい子ちゃんぶっちまって。じゃあ質問を変えるぜ?あのガキと俺、ツガイにするならどっちがいい?」

 

 その強引な問いにフィンが驚く。

 

「……ベート、君、酔ってるの?」

 

「うるせえ。ほら、アイズ。選べよ。雌のお前はどっちの雄に尻尾を振って、どっちの雄に滅茶苦茶にされてえんだ?」

 

 その時、アイズの中にはベートに対する嫌悪がはっきりとあった。

 そして答えは決まっている。

 

「少なくとも今のベートさんは嫌です」

 

「無様だな」

 

「黙れババアッ。……じゃあなんだ?お前はあのガキに好きだの愛してるだの目の前で抜かされたら、受け入れるってのか?」

 

「ッッ!!」

 

 それは無理だ。絶対に無理だ。

 ()()()()

 アイズに弱者も、見せかけの強者も顧みる暇なんてない。

 行かなければならない、届かなければならない()()がある。

 遥か先の、どんなに頑張っても届かないかもしれないところに。

 アイズは止まっていられない。

 先を行くコマチに早く追いつかないといけないし、追いぬかないといけない。

 まだ、諦められない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()。その悲願だけを目的にしているから。

 

「はっ、そんなわけねえよな。自分より軟弱で、弱くて、救えない、気持ちだけが空回りしている雑魚野郎に、お前の隣に立つ資格なんてありはしねえ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして、彼は言った。

 

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ」

 

 

 アイズが否定できない言葉を。

 直後。一つの影が、店の隅から立ち上がった。

 

「ベルさん!?」

 

 店員の少女の叫びとともに、一人の少年が駆け出し、店の外へと飛び出す。

 少女が後を追う中、アイズの目は、その少年の顔をはっきりと捉えてしまった。

(――――)

 一瞬言葉を失い、すぐに立ち上がる。

 突然の出来事に何が起きたかわからない周囲を置き去りにして、自らも外へと向かった。

(あの時の……)

 自分が助けた白兎の少年の顔。全てを聞かれてしまっていた。

 店の入り口から少ししたところに店員の少女の姿を発見するも、アイズは追うことが出来なかった。

(ベル……)

 少女が口にしていた言葉を呟き、反芻する。

 昨日救った冒険者の名前。アイズが今日傷つけてしまった少年の名前。

 きっと幼いころの自分―――――――いや、5年前までの自分ならば追いかけていただろう。

 だが、アイズは動けなかった。

 今のアイズでは、追うことが出来なかった。

 

 

***

 

 

 一方でその店内。

 

「なんや?ミア母ちゃんの店で食い逃げとか、中々根性あるなぁ」

 

「もしかしたらトマト野郎かもな!!だっはっはっは!!」

 

 ロキが身ぶるいし、ベートは調子付くばかり。

 しかし、彼には粛清が与えられることになる。

 ガンッ!!

 酒が入ったジョッキを机に叩きつけた大きい音がするとともに、一人の男が声を上げる。

 

「おい、うるせぇぞ【凶狼(ヴァナルガンド)】。飯がまずくなるだろ。頼むから大声出すのはやめてくれないか?」

 

「あァ?」

 

 明らかに喧嘩をふっかけたともいえる言葉を吐いたのは、一人の狼人(ウェアウルフ)だった。

 

「それが強者のあり方かよ」

 

「んだとてめぇ!?」

 

 ベートもヒートアップしているのか、その男に近づいていく。

 ロキはいつもならミアがお仕置きしてこの場を収めるだろうと放置を決め込んでいたが……何故かミアが動かない。

 普段から「ここでは私が法だから」などと言っているのに、何故今日はこんなにもおとなしいのか。

 その理由は、すぐにわかることとなった。

 

「おいおい、現状を伝えられて暴力行為か?」

 

「てめえ、舐めた口聞きやがって!」

 

「図星だろ。……飯の邪魔だから静かにしてくれ」

 

「てめえがつっかかってきたんだろうが、雑魚が!?」

 

「……雑魚?お前それブーメランだからな?」

 

「……くっ!ふふっ、くふっ!」

 

「あ!?」

 

 ベートに対してそのようなことを言い張り、近くで彼と談笑していたであろうエルフの店員は笑いを堪え切れない様子。

 

「はっ、雑魚に何を言われようがどうでもいいんだよ!!このオラリオに俺より強い狼人(ウェアウルフ)は存在しない。要するに、てめえは俺より雑魚だってことだ」

 

「……なら、試してみるか?」

 

「上等だッ!」

 

 そう言って店を出ろとうながすベートに対し、青年は告げた。

 

「いや、やっぱ外出る必要ないわ」

 

「は?」

 

「上には上がいるということを思い知れよ、Lv.5」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バキッ!!

 

 

 

 

 

 

 世界から、音が消えた。

 

 否、そう思わせても仕方がないくらいに沈黙が流れた。

 レフィーヤは目の前の状況を整理しようとする。

(……??……え、ええと……喧嘩になりそうな雰囲気の時に相手の人が必要ないとか言って……次の瞬間には目の前の机ごとベートさんが地面に叩きつけられていて……!!?ええ!?)

 つまりは、ベートが地に叩きつけられたということである。

 実力は確かでありオラリオでも20人いない第一級冒険者であるベート・ローガが……一撃で気絶してしまった。

 そんな沈黙を破ったのはベートを気絶させた張本人。

 

「あーやっちまった……。……ミ、ミアさーん。聞きたくないけど弁償いくらっすか?」

 

「そうだね……迷惑料込みで1000万ヴァリスで勘弁してあげるよ。ったく、店のもん壊して……」

 

(いや、ミア母ちゃん容赦なさすぎやろ……そんな大金即払えるわけないで……)

 目の前で大金をぶっかけたミアに対しロキが可哀そうな視線を向けたら……。

 

「マジかー。えっと、今手持ちが……すんません。足りないから明日持ってくる……ことで勘弁して下さい。とりあえず100万ヴァリス。金貨でいいですよね?それと担保でこれを」

 

「これは……魔導書かい?」

 

「それも未使用二冊。多分最高峰のものだから一冊二億はすると思う。もし俺が明日返しに来なかったら、それを売りさばいてくれて構わないから……良いとこで売れば五億はする逸品だ」

 

「そうかい……ふんっ、料理代は1000万ヴァリスから貰っとくよ」

 

「あいよ。じゃあまた。リュー、また明日な」

 

「はい、グレイスさん」

 

「ごちそうさんでした」

 

「「「またのご利用お待ちしております!!」」」

 

 そうして彼は、店を出て行くのだった。

 

「……フィン、今の見えたか?私はぼやけてしか見えなかった」

 

「……はっきりと見えた。一瞬の内に右足で踵落としを繰り出し、かつベートが気絶で済むように手加減されてた……とてつもない技術だね」

 

「馬鹿な、あれで手加減だと……?」

 

「つまり、奴はLv.6……7程の強さをもっとると言うことか……!」

 

「だが、そんな奴いただろうか……?」

 

 この日から、『豊穣の女主人』ではこんなうわさが流れ始める。

 騒ぎすぎれば狼に噛みつかれるぞ、という噂が。

 

 

***

 

 

 アイズは皆のもとに戻ろうとした時に、その青年とすれ違った。

(い、今のは……)

 アイズはなにかの違和感を感じた。

 

「あ、あの!」

 

「……」

 

「あ、あの、そこの狼人の……!」

 

「……ん?俺か?」

 

「はい、あの……私と会ったこと、あります……か?」

 

「……【剣姫】とねぇ……ないと思うが」

 

「そう、ですか」

 

「行っていいか?」

 

「はい……」

 

 その言葉を聞いた後、青年は街の人々の波の中に消えて行った。

 アイズはその後ろ姿を見ながら考える。

 そして、違和感の正体に気付く。

 

(口調が……似てたんだ。ハチマンと)

 

 己の師匠に似ている狼人。

 アイズはその背中を見失うまで静かに見つめていた。

 




個人的には最初からベートさん推しだったんですが、今回はこのような役回りに。
立場的にこうなってしまうのは仕方がないですが、ベートさんの過去重いしな……あれでなおさら好きになりました。

次は怪物祭ですかね。


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喫茶店と思い出

一日遅れで申し訳ありません!
多分これからも土曜か日曜かになると思います!

今回は短めです。


 『豊穣の女主人事件』(ロキ命名)の翌日。

 【ロキ・ファミリア】所属の魔導師、レフィーヤ・ウィリディスはある場所へと向かっていた。

 昨日はベートが白目をむいてからというもの、ベートはティオナやリヴェリアを始めとした団員にさらに追撃を加えられ(ベート気絶中に)、ベートは部屋に放り込まれた。

 ベートは自身のしてしまったことを後悔している様子で今朝からアイズに謝罪しようとしていたが、ティオナ達に妨害されている姿が朝から目撃されていた。

 アイズも傷心気味でいつもなら遠征直後でも必ずダンジョンに出向くのに、今回は部屋に閉じこもったまま一度も姿を見せていない。

 

 アイズに憧れているレフィーヤとしては元気づけたいものだが、逆効果になってしまっては元も子もないため、アイズと長年の付き合いがあるロキとリヴェリアが昼食とともに様子を見に行くらしい。

(私だってアイズさんを元気づけたい……!)

 昨日の騒動でアイズが傷心気味になってしまったのがベートのせいだと思い込んでいるレフィーヤは、しばらくはベートに関わらないようにするつもりだった。

 そして、彼女が現在向かっているのは……。

 

「……ダイダロス通りに来たのは久しぶりですね」

 

 ダイダロス通り。

 奇人ダイダロスが築きあげた通りの名で、度重なる区間整理のせいで一度迷いこめば二度と出ることが出来ないとまで言われるほど複雑になっている。オラリオに住む人々からはもう一つの迷宮とも呼ばれている。

 オラリオの東と南東のメインストリートに挟まれる形で存在する住宅街。

 ダイダロス通りに住む者は貧しいものが多く、貧民層の広域住宅街であると言った方が正しいだろう。

 そんな場所にレフィーヤが来た理由は。

 

「あった……!青い屋根の家!」

 

 ある程度広めな道の途中にある青い屋根の家から路地裏に入り、三つ目の十字路を右に曲がり、そこから二つ目の十字路を左に曲がってしばらく進んだ場所には……まるで隠れた名店のような雰囲気を醸し出している喫茶店がある。

 レフィーヤは少し緊張しながらも扉を開ける。

 

「こ、こんにちは」

 

「いらっしゃいませ……おや、レフィーヤさんでしたか」

 

「お久しぶりです……サリオンさん」

 

「確かに久しぶりですね。この席にどうぞ」

 

「はい」

 

 扉を開けた先で迎えてくれたのは、優し気な笑みを浮かべるエルフの男性だった。

 

 

***

 

 

「今回の遠征も無事に帰ってこれました」

 

「そうですか……レフィーヤさんが無事で嬉しいです」

 

「え?」

 

「レフィーヤさんは開店当初からこの店に通ってくれている常連さんですし、何より同じ種族ですからね。かなりの付き合いがある人がいなくなってしまうのは……耐えられません」

 

「そ、そうですか。ならこれからも無事で帰ってこなきゃですね」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

「もちろんです!」

 

 レフィーヤは学区に通っていた三年前からこの喫茶店に通っている常連であり、【ロキ・ファミリア】に入団してからは遠征後は必ず来るようにしている。

 喫茶店が出来たのがちょうど四年前くらいで、レフィーヤがこの喫茶店を知ったのはたまたまの偶然だ。学校の休日にダイダロス通りを探索していたら案の定迷ってしまい、この喫茶店に行きついた、というわけである。

 

「注文はどうされますか?」

 

「いつものでお願いします」

 

「かしこまりました」

 

 少し待ってて下さいね、と言って店主であるサリオンは店の奥の厨房へと歩いていった。

 レフィーヤがいつも頼むものはホットケーキに紅茶のセットだ。価格は1000ヴァリスなのだが、レフィーヤが払ったのは初めてきた一度だけで、それ以降は払っていない。何故ならサリオンが受け取ってくれないからだ。

 店主であるサリオンはレフィーヤの故郷があったエルフの森とは遠く離れた隠れエルフの一族であり、様々な事情からこのオラリオで喫茶店を営んでいるのだと言う。

 サリオン曰く、「自分は客の笑顔が見られればそれでいい」らしく、この貧民地域の中にある孤児院に料理を作って持って行ってもいるようだ。

 レフィーヤとしては相手は年上であり、自分は客だからお金を受け取ってほしいのだが、サリオンが中々に剛情のためいつもお金は支払えていない。

 

「やっぱりここは落ち着きますね……静かで気持ちが良いです」

 

 店主がエルフだからか、店の作りが特殊なのかは分からないが、この喫茶店内は心地よい雰囲気で溢れていた。

 周りを見渡せば自分以外に客はなく、木製のテーブルは外から入る光を浴びて輝いていた。

(これって……もしかしてサリオンさんと二人きり……?)

 レフィーヤがここに通い続けている理由は三つある。

 一つは先程も話した通り雰囲気が良いからであり、二つ目はどのメニューも美味しいから。そして三つ目は……。

(ど、どうしよう、今更緊張してきた……!)

 レフィーヤはサリオンにただならぬ感情を抱いている。

 レフィーヤ自身、それがなんなのかは分からないが、とにかく緊張するのだ。

 あの優しさに触れるだけでどうしようもなく心がときめいてしまうし、笑顔を見れば赤面してしまう。

 前回に来た時に頭を撫でられたときなんか気持ちよ過ぎてそのまま眠ってしまった。

(平常心平常心平常心平常心……へージョーシン)

 レフィーヤは一人ブツブツと暗示のように繰り返す。

 繰り返していくうちに無心となりつつあり、新たな境地を開こうとしていたレフィーヤの元に、甘く香ばしいいい匂いが漂ってきた。

 その匂いの元とともに、奥の厨房からサリオンが出てくる。

 

「わぁ!」

 

「お待たせいたしました。こちらパンケーキになります。すぐに紅茶を持ってきますがよろしいですか?」

 

「お願いします!」

 

 数十秒後、サリオンが紅茶とクッキーを持って戻ってきた。

 

「紅茶はアイスとホット、どちらがいいですか?」

 

「アイスで」

 

「どうぞ」

 

 綺麗な波紋が描かれているグラスに出来たてのアイスティーが注がれる。

 

「いただきます」

 

「はい、どうぞ」

 

「はむっ……んん~っ!今日はこれを食べに来たんです♪」

 

「喜んでいただけたなら嬉しいです。ついでですがクッキー食べませんか?前の客の時に作り過ぎてしまって」

 

「食べます!」

 

 今のレフィーヤを見れば分かるだろうが、普段からはありえないほどに目が輝いている。

 三年間通っていただけあって、喫茶店のメニューのほとんどは食べたことがあったりするレフィーヤ。クッキーの美味しさももちろん知っている。

 

「はぁ~この時間が幸せなんです~」

 

「あはは、レフィーヤさん最近疲れているんですか?それか食事をあまりしていないとか?」

 

「遠征終わりはこんなもんです……それと食事はしてますけど……」

 

「いえ、私が作った菓子をすぐに平らげてしまったので、余程お腹が空いていたのかと」

 

「こ、これはち、違うんです!!」

 

「違う……というと」

 

「私が食いしん坊なわけじゃなくてサリオンさんが作る菓子が美味し過ぎるからいけないんです!」

 

「それはそれは。嬉しいことを言ってくれますね」

 

「ほ、本当ですよ!お世辞とかじゃないですから!本心です!」

 

「ふふっ、わかってますよ」

 

 それは客の顔を見れば分かる、とサリオンは告げた。

 その後は【ロキ・ファミリア】の話を中心に時折菓子をつまみながら談笑をしていた。

 サリオンは一時期冒険者だったこともあるらしく、レフィーヤの話に対する理解度が高い。そのためレフィーヤもついつい色々と話しこんでしまい、すっかり日が落ち始めていた。

 

「おや、もうこんな時間ですか。あっという間でしたね」

 

「そうですね。ここは気分が落ち着くのでいつまでもいれる気がします」

 

「雰囲気にはこだわったのでそう言ってくれるお客がいると私も嬉しいです」

 

 すっと不意にサリオンが視線を夕日に向けた。

 その青色の瞳は何を見ているのだろうか。

 そんなサリオンを見つめていたレフィーヤは唐突に、あ、と相談事を思い出した。

 

「サリオンさん、ちょっと相談なんですが……」

 

「どうしました?」

 

「あの、実はアイズさんの元気がないんです」

 

「アイズさん……【剣姫】がですか?」

 

「はい。昨日、遠征後は恒例の宴を『豊穣の女主人』で開いたのですが……その時にハメを外し過ぎたベートさんがある冒険者を罵ったんです。それからアイズさんには雑魚は釣り合わないとか言って……その後に一人のお客が食い逃げして店を出て行ったのをアイズさんが追いかけて行って……今朝から一度も部屋から出てこなくなってしまって」

 

「……そういうことだったのか」

 

 正直レフィーヤの説明はかなり雑だろう。何故アイズが傷ついたのかがさっぱり理解できない筈だ。

 しかし、サリオンは静かに瞑目し考えるようなしぐさを取っている。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……それでレフィーヤさんはどうしたいんですか?」

 

「……私はアイズさんに元気になってもらいたいです」

 

「そのために何をすればいいのか分からないから相談……ということですか?」

 

「は、はい!」

 

 レフィーヤは真剣な表情でサリオンを見つめる。

 だがこの時レフィーヤは気付くことが出来ていなかった。

 ……サリオンの口調が少し変であることに。

 

「……相談とかいつぶりだろうな

 

「え?」

 

「あぁ、いえ、なんでもないですよ。それで【剣姫】を元気づけるための方法、ですか」

 

「はい」

 

「……そうですね。それなら――――――――――」

 

 

***

 

 

 東の空より朝日が上り、今日もまた一日が始まる。

 だが【ロキ・ファミリア】の【剣姫】、アイズ・ヴァレンシュタインはいつも通りとは言い難かった。

 普段であれば朝早くに起床して剣の素振りを行うのに、ホームの中庭の長いすに座ってぼーっとしていた。

(あの男の子……傷ついた、かな)

 アイズが考えていたのは先日の酒場で見かけた少年のことだった。

 アイズが悩んでいるのはベートに罵られたから―――――――ではない。

 そのことを聞かれたのが、何故か酷く心が痛んだのだ。

(謝りたい……)

 どうしたいのか自分でもよくわかっていない。

 でも、それでも、多分謝りたい。

 少年を傷つけてしまったことを。

 だって、少年の姿は幼い時の――――――――自分に凄く似ているから。

 力が無くて、この世の理不尽に立ち向かおうとしても何もできなかったあの頃に。

(それに……あの狼男……ハチマンに似てた)

 少年を追いかけて店を出た後、再び戻る際にすれ違った狼男。ハチマンはヒューマンだしあの狼男がハチマンなわけがない。

 それでも、彼にハチマンの面影を見たのは事実だ。

(ベートさんを一撃で気絶させて……強さも本当に似てる。……気分もすっきりしたし)

 このオラリオ内に狼人で冒険者をやっているものは数少ない。

 さらに第一級冒険者であるベート以上の狼人はこのオラリオには()()()()()()なのだ。

 ……ついでに言えばベートの物言いには表情には出さなくても心の中のミニマムアイズが激怒であったためすっきりしたのは秘密だ。

 

「……」

 

 

***

 

 

「むー」

 

 腕を組み、ティオナは唸る。

 

「ティオナさん……?」

 

「何難しい声出してんのよ」

 

 酒場での件から数日経ったある日。

 朝の食堂でレフィーヤとティオネに見つめられながら、考え込む。

 

「アイズ、まだ元気なかった」

 

「ベートに腹が立っているだけでしょう?放っておけばその内元に戻るわよ」

 

「いや、多分ベートはあんまり関係ないんだよ。確かにアイズも心の中では腹が立っているかもしれないけど、アイズは端からあの狼男のことは気にしてない」

 

「あんた、白目向いたベートにあれだけのことをしといて……」

 

「アイズは別のことで落ち込んでる」

 

 ティオナは考えることが苦手だ。

 アイズの心を気遣ってやることなんてできないだろうし、悩みそのものの解決も無理だろう。お節介を焼きに行ってもきっと失敗で終わる。

 これまでもこれからも、ティオナは能天気な振る舞いで、アイズから笑顔を引っ張り出してやることしかできない。

 

「あ、いいこと思いついた。レフィーヤ、ティオネ。この後予定とかある?」

 

「いえ、特にはないです」

 

「あたしは団長の手伝いに……」

 

「じゃあ暇だね。今日あたしに付き合って!」

 

「ちょっとっ!」

 

 小難しいことなんて知ったこっちゃないとばかりにティオナは即決する。

 要はティオナがアイズのしょぼくれた顔を見たくないだけ。

 アイズの親友を自称する彼女は椅子から立ち上がった。

 

「あたし、アイズ呼んでくる!」

 

 行きよいよく食堂を飛び出す。

 ホーム内のあちこちを駆けまわり、アイズの姿を探す。

 部屋、屋根裏、公務室、主神の部屋……。

 色々な場所を探してみるものの、アイズの姿は見当たらない。

 

「……おい」

 

「わっ!?」

 

 狭い廊下を走っていたときだ。

 長い脚が横木のように壁にかけられ、ティオナの行く手を阻む。どうにか停止ししたティオナは、いきなり通せんぼしてきたベートを睨みつけた。

 

「ちょっとあぶないじゃん!どいてよベート!」

 

「……アイズなら、中庭にいるぞ」

 

「え……」

 

 呆気にとられるティオナを見て、ベートは足をどける。

 唇を結び、不貞腐れたようにその灰髪をかきながら、その場を離れだした。

 廊下の奥へと消えた背中に、調子が狂ったような表情をしたようなティオナは、両目をつぶってべーっと下を突き出した後、素直に中庭へと向かった。

 

「!!」

 

 ベートの言葉通り、アイズはいた。

 木の下の長椅子に座り、視線を空へと向けている。

 ティオナはぱっと顔を明るくさせ駆け寄った。

 

「ア~イズ!」

 

「……ティオナ?」

 

「買い物に行こう!」

 

 

***

 

 

 レフィーヤ達と合流したティオナはアイズを連れて街へと繰り出した。

 都市の最北端にあるホームから近い北のメインストリート。ギルド関係者が住まう高級住宅街も隣接するこの大通りは、商店街として活気付いている。

 

「ったく、強引に連れだして……」

 

「いーじゃんたまにはさ。ぱーっと気晴らしに買い物に行きたいって、ティオネだって前に行ってたでしょ?」

 

「あの、ティオナさん、それで何を買いに行くんですか?」

 

「服!服買いに行こう!アイズもいいよね!?」

 

「う、うん」

 

 アイズの手を握り、ティオナは先導するように歩みを進める。

 北のメインストリート界隈は服飾関係で有名である。

 種族間に存在する衣装の壁は意外と大きく、体躯の大きさの関係もあれば、露出を好むアマゾネスと極力露出させないことを好むエルフなど、様々な問題が未だにある。

 今では商人たちの介入により服飾事情を発展させ、客と店側とのトラブルはあまり起きないようになった。

 

「ティオナさん、大通りのお店よりも路地裏の方が品ぞろえはよくないですか?お店もいっぱいありますし」

 

「わかってる、あたしとティオネがよく行く店が、そこの道を曲がったところすぐなんだ」

 

「えっ、ティオナさん達のお店って……」

 

 レフィーヤはまさかという危惧を抱くがティオナを止めることが出来なかった。

 

「こ、ここは……」

 

 紫色を基調とした看板と店を仰ぎ、レフィーヤの動きが止まる。

 開け放たれた扉からでも、非常にきわどい衣装が窺えるのは、アマゾネスの服飾店だ。

 

「久しぶりねー、私もちょっと羽目を外しちゃおうかしら」

 

「アイズ、行こう!」

 

「あの―――」

 

 ティオナとティオネに左右を挟まれたアイズはそのまま店内に連行される。レフィーヤも慌てて後を追った。

 結論から言えば、店内はアマゾネス以外の種族にとっては毒そのものだった。

 

「ア―イズ、これ着てみない?きっと似合うよ」

 

「なっ、なんでアイズさんが着ることになっているんですか!?」

 

「別にいいじゃない、せっかくだし。レフィーヤもどう?」

 

「き、着ませんっ!」

 

 確かに神の降臨とともに少しずつ影響が広がってきており、場合と用途によっては、他種族の衣装に興味を持って手を出すものもいなくはない。

 

「アイズ、これは?」

 

「え、えっと……」

 

 無邪気な笑顔とともにアマゾネスが着るような服を勧めてくるため、アイズは少しばかり困惑しているようだ。

 

「だ、駄目です!」

 

 わなわなと肩を震わせたレフィーヤの怒りが爆発した。

 

「こんな、こんなみだらな服をアイズさんに着せるなんて、私が許しません!?アイズさんにはもっと、もっともっと清く美しく慎み深い恰好をしなくては!そうっ、私たちエルフのような!!」

 

 ばんっと自分の胸を手で叩き、真っ赤な顔でまくし立てるレフィーヤ。

 無意識の内の種族の対抗意識を燃やしている彼女に、ティオナは揺さぶりをかける。

 

「でも、こんな服を着たアイズも見たくない?」

 

 ぴたっ、と動きを止めるレフィーヤ。

 ティオナの着ているパレオと胸巻きに、彼女の紺碧の目が止まる。

 

「あ、ありえません!?」

 

「ちょっとは考えたでしょ?でしょ~?」

 

 何を馬鹿なことをっ、と赤い顔を振って誤魔化そうとするレフィーヤは、アイズの手を取った。

 

「アイズさん、エルフの店に……いえ、ヒューマンの店に行きましょう!不肖ながらこの私が精一杯見繕います!」

 

「レ、レフィーヤ……」

 

 戸惑い、驚くアイズを尻目にレフィーヤはアイズの手を取り店の外へと出て行く。

 お互いに見交わすティオナとティオネは、にやりっ、と鏡で写したかのようにそっくりな双子の笑みを浮かべ、彼女たちを追いかける。

 その後もずっと、彼女達はアイズを振り回し続けた。

 

 

***

 

 

「「「おおー」」」

 

 三つの感嘆が重なる。ティオナ達が声を揃える中、気恥かしさで頬を染めるアイズは、人形の様にたたずみ軽くうつむいた。

 白い短衣にミニスカート。さり気なく花を象った刺繍が施されており柄は美しい。単純な服装の組み合わせだが、着こなしをしている素材が素材だ。美しい金髪を持つ女神とさえ言われる美貌を持つアイズが着れば、よく映えている。

 

「に、似合ってます、アイズさん!」

 

「うんうん、すごくいい!ロキがいたら飛びついてきそう!」

 

「それは嫌かな……」

 

 黄色い声が試着をしたアイズを取り囲む。

 彼女達はしきりにアイズの服装についての意見を述べ合っているが、アイズは違った。

(……こんなふうに服を買いに来たのは、5年前だっけ……)

 アイズは6年前の『27階層の悪夢』で師匠であり、心の支え―――――ハチマンを失った。

 それからというもの今日にいたるこの日まで、ほとんどの毎日をダンジョンで過ごしてきた。

 剣と鎧がない自分を見て、彼女達はどう思っているのか。

 

「アイズー!これを買おう!」

 

「う、うん」

 

「……あ……アイズさん、あの」

 

「……どうしたの、レフィーヤ?」

 

「ちょっと着てほしいものがあるんですけど、いいですか?」

 

「……いいよ」

 

 やった、と小さくつぶやいたレフィーヤは素早く店内を回り、再びアイズ達の元へ。

 

「あの、これなんですが……」

 

「……!」

 

「よかったら着てくれませんか?」

 

「いいよ」

 

(え?アイズの反応いつもより早くない?)

 レフィーヤとアイズの会話を聞いていたティオナはそう思ったが、あまり気にしないようにした。

 今着ている服の上から、レフィーヤの持ってきた服を重ね着する。

 アイズが試着を終えてレフィーヤ達の方を向けば……。

 

「ア、アイズさん!似合いすぎです!とても可愛らしいですよ!」

 

「いいじゃん!アイズ、それも買おうね!」

 

 まさに称賛の嵐だった。

 その後会計を済ませ、アイズはそのままその服の状態でティオナ達に連れまわされるのだった。

 

 

***

 

 

 西日が照り、街が茜色に染まっている。

 市街の奥で日入りが始まる中、ティオナ達はホームへの帰路へとついていた。

 

「あー、遊んだぁー」

 

「た、楽しかったですけど、疲れましたね……」

 

 四人固まって談笑を交わしながら、ティオナ達はホーム沿いに出る街路を折れ曲がった。

 

「あれ?」

 

「馬車……?」

 

 館の正門に普段見慣れない乗り物を見つけ、ティオナとレフィーヤは不思議そうにする。

 近寄って見れば豪華なドレスに身を包んだロキがまさに馬車に乗り込もうとしていた。

 

「わっ、ロキ、何その格好!?髪型まで変わっちゃってるし!」

 

「ん?帰ってきおったか四人娘。ぬふっ、どや?似合うか?」

 

「はい、似合ってますけど……どこに行かれるんですか?」

 

「ちょぉーっと神が馬鹿騒ぎする『宴』に足運ぼう思ってな」

 

「あら、『神の宴』には興味なかったんじゃないの、ロキ?」

 

「―――――フヒヒ。まぁちょっと愉快な情報耳に挟んでなぁ、貧乏神のドチビをいじりに行こ思って……それにあの駄女神にも探り入れんといかんし

 

 ティオナ達は最後の方はよく聞き取れなかったものの、前半よくわからないことを言っていたので首をかしげている。

 取りあえず、ロキがよからぬことを考えているということだけは分かった。

 馬車は相当立派なもので、車体本体に天蓋や窓がついており、数人が楽にくつろげるスペースも備わっていた。御者席にいるのは「なんで自分が……」とばかりにがっくりと首を追っているラウルだ。

 うわぁー、と気の毒そうなティオナの視線が寄せられる中、毛並みのいい馬が、ぶるるっ、と嘶く。

 

「ほんじゃー行ってくるわ!ご飯は適当に食べといてなー!あ、アイズたん、その服良かったな。よく似合ってるで」

 

 ぱちんっ、という音とともに馬車が動き出す。

 窓から手を振ってくるロキを眺めた後、ティオナ達は顔を見合わせてアイズを見た。

 アイズも自身の格好を目にする。

(レフィーヤには……感謝しなくちゃ)

 アイズが着ている服は――――――――――――()()()()()()()()()()()

 




怪物祭まで行けませんでした。
次は神の宴と怪物祭ですね。
次でソード・オラトリア一巻の内容が終わります。
そろそろコマチ視点で書きたい……。

日間7位!嬉しいです!


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神の宴と怪物祭

すみません!すいません!すいません!
二日も遅れました!申し訳ありません!
自分でいったことすら守れない……。
思っていたよりも内容が難しく、原作のコピーにならないよう全ての言葉を置き換えました。

では、どうぞ。


 夜がやってきた。

 都市は夜の闇に呑まれていき、星の運河のような魔石灯の光があふれ始めていく。

 今日も酒盛りで盛り上がる喧騒が絶えない中、ロキはある場所で馬車を止め、降りる。

 周りを見れば多くの美男美女も同じように馬車を降りてある一つの場所へと向かっていた。

 彼ら―――ロキも含めた―――神々が目指すのは、一つの建築物。

 象頭人体を模した、巨大な像。

 正確にはその中にある【ガネーシャ・ファミリア】のホームである。

 

「相変わらず奇天烈な形やな……」

 

 本日行われる『神の宴』の主催者は神ガネーシャだ。

 『神の宴』は、その名の通り神のみが参加を許される会合である。

 主催する神も開催時期も無原則であるこの宴は、特別な目的意識などはなく、ただただ神が騒ぐためだけに開かれることが多々ある。むしろそちらの方が割合が大きい。郷愁などとは一切無縁な神々も同郷の者たちを招いて雑談を肴にして酒を飲みかわすのだ。

 招かれた神々の中には世話話に【ファミリア】の近況報告を織り交ぜ、情報を交換し合う者もいる。一種の社交場である『神の宴』は、都市内外の情勢や特定の派閥に近づくための集会としても重宝されていたりする。

 

『俺が、ガネーシャだ!』

 

『イエーッ!!』

 

『ヒューヒュー!!』

 

 ロキが長い廊下を抜けて大広間に辿り着くと、舞台の上で建物と同じ格好をした象頭人体の男神が宴の挨拶を行っていた。一般人の間でも広く知られている象頭の被り物をした、今回の宴の主催者、たくましい浅黒い肉体を持つガネーシャだ。周囲の神々は彼の馬鹿デかい肉声に喝采を送っている。

 宴は主催する神の【ファミリア】の規模によって内容も環境もがらりと変わる。【ガネーシャ・ファミリア】は構成員の数がずば抜けて多く、その実力も都市有数の上位派閥だ。その人員と財力にものを言わせた会場は豪奢に飾られていた。

 煌々と広間を照らす巨大なシャンデリラ型の魔石灯。卓上に並べられる料理は世界中から取り寄せられた海や山の幸を惜しむことなくふんだんに使ってあり、また、肉果実(ミル―ツ)を始めとした迷宮原産の食材も見受けられる。貴族然とした華やかな礼服で着飾る神々が立食を楽しむ中、【ガネーシャ・ファミリア】の団員達もグラスを配って回るなどの給仕に勤めていた。

 

「盛況やなー」

 

 コツコツと靴を鳴らしながら、一部熱くも和やかなな会場をロキは見て回る。

 滅多に宴には顔を出さない彼女は比較的早く他の神達の目を集め、にわかに騒々しくなる。

 

『あちゃー、ロキ来ちゃったよー』

 

『残念女神頂きましたー』

 

『おい、やめろ。ロキたまの悪口はやめろ!』

 

『そうだそうだ!ロキたんの悪口はやめるんだ!』

 

『お前らやめとけ。後で殺されるぞ』

 

『しかし、ロキが、ドレス……だ、と!?』

 

『世も末ってるな。笑うんですけぐわっ!?』

 

『おい、こっち見てるっつーの!?』

 

『それにしても、見事な貧乳だなぁ』

 

『いや、無乳だろ』

 

『あんな断崖絶壁お目にかかったことないぜ!』

 

『馬鹿野郎ッ!それがいいんだろうがッ!!』

 

 よし、顔は覚えた。

 帰ったら潰したる。

 ゲラゲラと笑う神の一部に二コリと微笑んだロキは、足並み揃えて速やかに会場を後にする彼らを一瞥し、もう用はないとばかりにさっさと歩みを進め、近くに通りかかった給仕の一人を呼びとめて、乱暴にグラスをあおる。

 神は基本、つかみどころがない。

 娯楽を追い求めて下界に降りて来た彼等は常に飄々としており、下界の者からすれば奇異に映るものが大半だ。命知らずな彼等は先程のように簡単に喧嘩を売ってくる真似をするし、また、身を翻す速度もまた早い。

(ま、アイツも最近はますますウチらと近い感じになってきとるけどなー……)

 ロキはこの服装を褒めてくれた者のことを考えながらも、会場内をうろうろする。

 

「……にしてもおらんなぁ、ドチビ。もしかしてガゼやったか?」

 

 参加するつもりがなかった宴にロキが足を運んだのは、単なる気まぐれだ。

 正確に言えば、目の敵にしている貧乏女神が恥も知らず、パーティー出席の準備をしていることを耳にはさんだからだ。

 もし来ていなければちょっと気になる別件が出来ればそれでいい。もし来ていれば……ドレスも用意できないその哀れで惨めな姿を、思いっきり馬鹿にして笑ってやろう、とロキは画策していた。

 漏れ出そうとする邪笑を噛み殺しながら、彼女は気ままに広間を進む。

 

「おお、ロキ、ロキじゃないか」

 

「ん?」

 

 混み合っている神の間を縫って進んでいれば、声がかけられた。

 そちらに目を向ければ、細身の男神が目を弓なりにして笑いかけていた。

 富国の王子、その印象が強く感じられた。

 邪気のない笑みを纏っていおり、多くの女性を虜にしそうなその端整な顔立ちと金髪が驚くほど似合っている。

 周囲と同じように正装に身を包んでいる彼は、怖じけるることもなくロキに「どうだ、話さないか」と気安く誘ってくる。

 

「よぉーディオニュソス。来とったんか」

 

「ああ。せっかくの宴の場だ。情報収集もかねて足を運ばせてもらっているよ。私の

【ファミリア】はロキのところみたく強くもなければ、非常識でもないからね」

 

「ディオニュソス、非常識って何や、こら」

 

「はは、悪い悪い」

 

 ディオニュソス、と呼ばれた彼はやはり笑みを浮かべながら答えた。

 品の言い物腰はまるで上級階級の人間の鑑のようだ。ふざけ半分で貴族のまねごとをしている連中と比べれば、彼だけが非常に浮いているようですらある。

 そんな立ち姿は一方で、僅かな隙も窺わせないほど泰然としている。逆にその硝子のような瞳で相手の胸の内を見透かそうと知れいるかのようだった。

 食えない神の一柱、というのがロキの勝手な印象だ。

 

「あらぁ、ロキ、久しぶり。元気にしてた?」

 

「おおぅ、デ、デメテル、いたんかいな」

 

「ああ、今の今まで私と話をしていてね」

 

 グラスを手に持ちおっとりと微笑むのは、豊満な体付きをした女神である。

 背に流れる髪はふわふわとした蜂蜜色で、浅く曲がっている目尻は柔和、その見た目通り纏う雰囲気も優しさを感じられる。

 胸元から見える自身にはまったくと言っていいほどない巨大な双丘を見せつけられ、ロキは引きつりそうになる顔をなんとかとどめる。

 性格が大らかであるデメテルはあらゆる意味で懐が大き過ぎて、ロキは彼女に対して一欠片も反感を抱くことが出来ない。

 

「ロキ、【ファミリア】の調子はどう?彼がいなくなってからも貴方の眷族の活躍を聞かない日はないけれど、皆元気にしてる?無理はしていない?」

 

「ああ、うちの子たちは皆元気や。逆にちょっと元気過ぎて、アイツに帰ってきて欲しいところはあるな。アイツがいるだけでうちの派閥は指揮官が増える」

 

「あら?彼は亡くなったのでしょう?」

 

「……知ってんなら言うんやない……デメテルは辛くならんかもしれんけど、ウチはかなり心傷ついてるからな?」

 

「え、そ、そんなことないわよ……わ、私だって彼にはよくしてもらっていたし、料理を作ってもらったこともあったわ……うちの団員たちでさえ悲しむのだから私が悲しまないわけないでしょ……うぅ」

 

「す、すまん、まさか泣きだすとまでは思わんかった。だから一旦その涙拭いてや!」

 

 これだと自分が悪人みたいやん、と思ったロキはあたりを見渡し、この光景を観られていないこと確認する。

 

「ご、ごめんなさいね、ロキ。こんな場なのに……」

 

「そ、その話は置いといてや。デメテルの方はどうや?」

 

「そーねぇ、うちの【ファミリア】も色々なとこに御贔屓してもらっているわ。ありがたいことにね。先日野菜が沢山採れたから、今度ロキのところにもおすそわけしてあげる」

 

「おおー!ありがとな」

 

 【デメテル・ファミリア】は野菜や果実などを栽培して売り出す商業系の派閥だ。

 都市郊外に広い農地を有し、収穫物の多くがオラリオに出回っている。

 

「今ココで出回っているワインも、デメテルのところの葡萄を使っているんだろう?葡萄酒にはうるさい私が認めるよ。これは美味い」

 

「ふふっ、ありがとうディオニュソス」

 

「えっ、ほんま!?」

 

 酒には目がないロキはすぐさま葡萄酒を給仕を捕まえて頂戴する。

 口に含んだ瞬間、濃厚な果実の甘みが下の上で踊った。鼻の奥に通る香りが素晴らしい。これは確かに美味い、とロキは静かに唸る。

 

「ディオニュソスのところはどうなん?大した噂はここんとこ耳にせんけど」

 

「私の【ファミリア】かい?可もなければ不可もなく、といったところかな。落ちぶれない程度には頑張らせてもらっているよ」

 

「もう、さっきからはぐらかしてばっかり。ずるいわ、ディオニュソス」

 

 冒険者の情報を管理するギルドの公表によれば、【ディオニュソス・ファミリア】の実力は迷宮都市の中堅どころに位置する。上級冒険者と認められる第三級―――【ステイタス】Lv.2―――の団員を複数人抱えつつも、華々しいダンジョンでの功績がないせいか、あまりぱっとした印象を持たれていない。

 他派閥に比べて徹底した情報漏洩の防止によって、あまり分からないのが実情だ。彼の性格に似ているとロキは密かに思っている。

 

「ロキのところは遠征が終わったばかりなんだろう?何か収穫はあったか、もしよければ聞かせてくれないか」

 

「自分のことは何も言わんくせに、ほんまずけずけ聞いてくるなぁ」

 

 のらりくらりと躱すディオニュソスに呆れた目で見やりながら、ロキ達は雑談を続ける。

 

「ところで、ロキはフィリア祭には行くのかい?」

 

「ん………」

 

 せっかくやしなぁ、とロキは僅かな時間考える。

 年に一度しかない催しだ、可愛い己の子を誰か連れだって観戦しにでも行こうか……とそう思いたち、ディオニュソスに答えた。

 

「行こうかなぁって思ってるけど、なんで?」

 

「まさか、本当かい?今度こそ何か悪巧みでも企んでいるんじゃないか?」

 

「おいコラッ、どーいう意味じゃ!」

 

「おっと、待ってくれ、聞いてくれよ。ロキはフィリア祭には興味ないものとばかり思っていたんだ。天界での破天荒っぶりを知っているこちらとしては、少し勘ぐってみたくなってしまってね。気を悪くしたのなら謝るよ。すまない」

 

「なんや、それ、腹立つー……」

 

 そう言いつつもロキはディオニュソスの言葉を全てを否定はしなかった。

 まだ天界にいた頃は、ロキは混乱をもたらす厄介者として有名だったからだ。混沌の女神、とでも言うのだろうか。いまでは 眷族のことに夢中ですっかり丸くなったが、彼の言わんとしていることも理解できなくはない。

 憮然としつつ、その朱色の瞳でディオニュソスを睨み続ける。

 

「そういう自分はどうなんや。祭り行くんか?」

 

「……どうかな。多分行かないともうよ。その日はやることがあってね」

 

 あっそうかと大して興味もなさそうに彼から視線を外し、新しいワインを飲もうとしたロキは、視界の隅に偶然入り込んだ光景に「おおっ?」と二度見する。

 紅髪の女神と銀髪の女神、そして漆黒の髪を二つに結わえた幼い容姿の女神。

 口端をにいっと吊り上げたロキはワインを勢いよく飲み干して、腕で荒っぽく口元を拭った。

 

「ほんじゃ、ディオニュソス、デメテル、うちそろそろ行かせてもらうわ。また今度な!」

 

「ああ。分かったよロキ」

 

「ふふっ。またね、ロキ」

 

 彼等に背を向け、ロキは見つけ出した女神たちの元につま先を向けた。

 

「おーい!ファーイたーん、駄女神ー、ド・チ・ビー!!」

 

 

***

 

 

「……」

 

 遠ざかるロキの背中をディオニュソスは無言でみつめる。

 その姿が雑踏の奥に消えるまで、視線をそそぎ続けた。

 

「また、何か悪巧み?」

 

 投げかけられる声。

 微笑みながら問いかけてきたデメテルに振りむいたディオニュソスは、次には苦笑を顔に張り付ける。

 

「人聞きが悪いな、デメテル?私が何時悪だくみしたって言うんだい?」

 

 そんな彼に対し、女神はなおも微笑んだ。

 

「だって、ディオニュソスがそんな顔をする時、決まって何かが起こるんですもの」

 

 

***

 

 

 コツコツと誰かが歩いている音が闇の中で反響する。

 魔石灯の明かりがついているのは一つの椅子の周りだけで、その椅子には灰色の髪をした老神が座っていた。

 

「……揃ったか」

 

「ウラノス、それにブライも」

 

「ああ……そろそろフィリア祭だね」

 

 闇の中で、誰も知らない、知ることのない報告がされる。

 ここがどこで、誰が誰だかは彼ら以外知る由もない。

 

「……なるほど。リド達は現在特訓中というわけか」

 

「彼等が望んだことだからね。最近ようやく発見出来た未開拓ルームで、()()が相手してる」

 

「彼らも……いや、彼らだからこそ感じているかもしれない。ダンジョンに異変が起こっていることに」

 

「……ブライ、何か掴めたことはあるか?私の方はあまり役に立てない情報ばかりだ。唯一の情報は警戒されてはいないが、何かを守るギルド所属以外の()()()()()()()がいること以外は掴めなかった」

 

「ああ。それなら一人、つい先日……【ロキ・ファミリア】の遠征直後に()()()()で出会った時に倒したよ。【ステイタス】はおよそだけどLv.6上位、かな。あとから来た奴を含めて二人いた」

 

「なんだと!?それでは敵方の戦力は……!」

 

「ああ、そうだね。それ以上だろう。それに、彼等はただの監視であり下っ端のような感じがする。何か、もっと()()()()()()()()()()だろうね。勘だけどさ」

 

「勘か……君の勘はよく当たる。()()()()()()()()()()()がいたことも君の勘だった……ぴたりと的中していたしな」

 

「今ではもう()()だけどね」

 

「私は下手に動けない。フェルズ、ブライ、君たちに頼るしかない」

 

「ウラノス。私はすでに一度死んだ身だ。遠慮などもっての外だ」

 

「僕もだよ。ウラノスには感謝してる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 闇の中で報告、そして対策が話し合われる。

 その声は次第に弱くなっていき、そして、闇に溶けていった……。

 

 

***

 

 

「えーい」

 

 ここは20階層。

 『中層』に位置付けられるこの階層で一人の女性がモンスターを倒している。

 

「魔石拾おうっと」

 

 彼女―――【ロキ・ファミリア】幹部、コマチ・ヒキガヤはぽつりと独り言を呟きながら倒したモンスターの魔石を拾い、背中に背負っているバックに詰め込む。

 Lv.6である彼女には明らかにレベルが違うため、あまり回復アイテムは持ってきていない。携帯食料と水があれば二日は行けるだろう、と彼女は思っている。

 遠征から早一週間。明日は四年前から開催されているフィリア祭がある。

 コマチはロキに連れられた初回と二回目のリヴェリアと行った時以外は行ったことがない。去年は行かなかったから一人では行ったことがないのだ(ちなみにだが、去年は今はいない兄の部屋で布団に包まって本を読んでいた)。

 

「【ガネーシャ・ファミリア】!……ということはあの籠の中にはモンスターがいるのかな……?」

 

 彼等は明日の怪物祭(モンスターフィリア)のため、モンスターの捕獲に来ているのだ。

 年に一度のフィリア祭は闘技場で開かれる。迷宮から連れてきた凶暴なモンスターを【ガネーシャ・ファミリア】の調教師(テイマー)が相手取り、倒すのではなく、手なずけるまでの一連の流れ―――調教(テイム)を観客に披露するのだ。

 ギルドが企画するこの催しを疑問視する者は少なくない。都市の平和を謳っておきながら、危険因子(モンスター)を自分たちから地上に放つとは本末転倒ではないかと危ぶむ者もいれば、市民に媚を売るための見え透いた政策だと鼻で笑うものもいる。

 

 まあ、実際には違うのだが、それを知る人物は少ない。

 コマチとしては、怪物祭(モンスターフィリア)について何とも言えないところだ。

 モンスターをダンジョン外に運ぶのは危険だと思うが、前に兄がこっそり見せてくれた一角兎(アルミラージ)はかなり兄になついていたように見える。……なんか女狐のような気配も感じたが、モンスターだし心配はしていない。

 それに、だ。このような催しは市民と冒険者のための緩衝材でもあるため必要だと思ってもいる。

(本当はお兄ちゃんとデーゲフンゲフン、お出かけできるからいいんだけどねー)

 もう一生叶うことのないであろう、そんな理想を心でおもいながら――――――

 

 

***

 

 

「え~、アイズ、ロキとフィリア祭行くの~?」

 

 翌朝。

 部屋を訪ねてきたティオナに対し、怪物祭(モンスターフィリア)への誘いにアイズが断るや否やそう言った。

 

「ごめん、ティオナ……」

 

「う~ん、でもしょうがないか。さっさと声かけとけばよかったからあたしのせいだし。あーァ、ロキに先に越されちゃったなぁー。せっかくレフィーヤも来れるようになったのに……」

 

 窓の外は祭り日和とばかりに晴れ渡っていた。清々しい風が入り込み、一日の始まりを告げてくる。

 扉の前で悔しがるティオナは、すぐに一転してアイズに笑いかける。

 

「あたしはティオネ達とすぐに東のメインストリートに行くけどさ、もしあっちで合流出来たら一緒に回ろうねー」

 

「うん」

 

 淡く笑い返したアイズはその後大食堂へ向かった。

 依然酔いが抜けないのか、前日と同じようにロキは朝食の席に姿を見せず、ティオナ達が一足早くホームをたつ。

 部屋に一度戻ったアイズは着替えを済ませた。

 

「……」

 

 丈の短い上衣にミニスカート。ティオナから貰ったあの服。

 そして、レフィーヤに貰った黒色のパーカーを上から着る。

 せっかく頂いたプレゼントだ。このような日に着ない手はない。

 念のために剣帯を服の上から巻き、護身用にレイピアを差す。

 一気に物々しさが増してしまったが、仕方がない。デートなどとは言うが一緒に行動する以上、ロキの護衛も兼ねるべきだ。

 ブーツも履いてエントランスホールでまだ少しばかりよれよれのロキと合流。二人は怪物祭(モンスターフィリア)に出発した。

 

「あ、アイズたんすまんな~、ちょっと行くところあるんやけど、寄ってもええ?」

 

「はい……朝ご飯、ですか?」

 

「ん~、それもあるけど、な」

 

 アイズ達はティオナ達が向かった方角と同じ方向、つまりは東のメインストリートへ進む。

 すでに多くの人が込み合っており、この日のために出ている露店は大盛況だ。

 

「ここや、ここ」

 

 祭に酔いしれる人の合間を縫って着いたところは大通り沿いにある喫茶店だった。

 ドアを潜り音を鳴らすと、すぐに店員が対応してきた。ロキが一言二言かわすと、二階へと通される。

 アイズがその場に踏み入れた瞬間感じたのは、時間が止まったかのような静けさだった。

 そして、次に嗅いだ事のある女性特有のいい匂い。

 

「よぉー待たせたか?」

 

「いえ、少し前に来たばかりだわ」

 

 神だ。

 女神がそこに存在していた。

 だが、顔はフードを被っているため分からない。

 

「なあ、うちまだ朝食食ってないんや。ここで頼んでもええ?」

 

「お好きに」

 

 どうやらロキとこの神は元々会う約束をしていたらしい。

 やり取りしているところを見るに昔馴染みとでも言うのだろうか、天界での古い付き合いを感じさせるやり取りだった。

 邪魔にならないように護衛の位置に控えているアイズは、フードの中の女神が銀髪であることを目にし、誰か察した。

(あれが……女神フレイヤ……)

 これが、アイズは初邂逅だった。

 

「ところで、いつになったら紹介してくれるのかしら?」

 

「なんや?紹介がいるんか?どうせアイツからきいとったろ」

 

「それが彼、話さないのよね。女性と一対一の時には他の女を口に出したら殺されるので……だったかしら?そう言ってたわ」

 

「あのスケコマシ……いや、駄女神に関して言えば逆か」

 

「あのね、その駄女神ってのやめてほしいわ」

 

「なんや?ぴったしやろ。あ、これうちのアイズ。アイズ、こんなやつでも女神やから一応挨拶しとき」

 

「……はじめまして」

 

 女神の瞳が向けられ視線が交錯する。

 瞬間、アイズは引き込まれるかのような錯覚に陥った。

 いや、なんだろう。少しばかり私怨の視線も含まれている気がする。

 特に、今着ている服装に。

 ……【ロキ・ファミリア】と同等……いや、全貌は明らかではないから上かもしれない……戦力を保持し、一部の者には都市、いや、世界最強派閥とまで噂されている【ファミリア】の主神。

 同時にその美しさと蠱惑さから『魔女』の異名を持つ、美の化身。

 

 女神、フレイヤ。

 

 アイズは生まれてから生きてきたこの16年間でリヴェリア以上の美しい女性を目にしたことがなかったが、眼前の女神の美しさは完璧に王族である彼女のそれを超えていた。

 絶世独立の美貌。いっそ寒気すら覚えるその艶麗さは下界の者を、同格の神々さえも惑わせる力がある。ロープで身を隠しているにも関わらず、周囲の客の時を奪い魅了しているのが良い証拠だ。

 抗った人物は今まで存在しない―――――『美の女神』。

 

「可愛いわね。それに……ええ、ロキがこの子に惚れ込む理由、よくわかったわ」

 

「そうやろそうやろ?ま、誰にも渡さんけどな」

 

「あら、私、ただの剣には興味ないのよ。数年前の彼女になら少しだけ興味が湧いていたけどね」

 

「嘘つけ。大方魅了しようかと考えたくせに」

 

「魅了も万能じゃないの。実際、彼は抗った……いや、効かなかった」

 

「はん、だから駄女神なんや!」

 

「う、うるさいわね!それよりなんで【剣姫】を連れてきたの?」

 

「ぬふふ……そらお前、せっかくのフィリア祭や、この後しっかりきっちりアイズたんとラブラブデートを堪能するためじゃあ!」

 

 ……アイズとフレイヤの初邂逅を他所に、ロキはあい変わらずだったが。

 おもむろに、手を伸ばし始める。

 

「……ま、それに、『遠征』終わってやっと帰って来たと思って放っといたら、またすーぐにダンジョンに潜ろうとするからなぁ、うちのお姫様は」

 

「……」

 

「今では誰かが気を抜いてやらんと一生休みもせん」

 

 何も言い返せない。

 昨日も昨日でダンジョンに行き、それがリヴェリアに見つかって叱られたし何も言い返せない。

 不意打ち気味に告げられた自分を気遣うその言葉にアイズは視線を下げてしまう。ぽんぽんと、頭を優しく叩いてくるその手を素直に受け入れた。

 フードの中でフレイヤもまた、可笑しそうに微笑む。

 そうして雑談を続ける二柱の女神達はここに集まった本題とばかりに雰囲気を一変させた。

 ロキ曰く、フレイヤの動きが最近妙だという。あれほど興味がないと言っていた『神の宴』にも何故か参加していた。

 

【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】。

 

 迷宮都市の双頭と比喩されるほど実力が拮抗している両者の間では争いが絶えない。

 隙あらば蹴落とし合う関係にある二つの派閥は、伯仲たりうる存在だからこそお互いに無視できず、一方が動けばもう一方も動かざるをえなくなる。ロキはフレイヤの思惑にある程度勘づいている中で、面倒事を起こすなと釘を刺しに来たらしい。

 辺りを見ればいつの間にか周りの客がいなくなっていた。睨みつけ、微笑み返す女神達から放たれる物騒な神威に気圧され、みなでて行ったようだ。

 

「フレイヤ、単刀直入に聞くぞ……男か」

 

 ロキのその言葉に対し、フレイヤは微笑むだけだった。

 その反応にはぁ、とため息をつくロキ。

 

「つまりはどこぞの【ファミリア】の子供を気にいったちゅうことか」

 

 なんや、アホくさ……と一人見当をつけるロキに、ついていけないアイズ。

 だが、ロキが何を思ったのかいきなり目を見開いた。

 

「待て……お前なんでまだここにおるん?」

 

「どういうことかしら?」

 

「アイズたん、聞きたくなかったら耳塞いでてええからな」

 

 ロキはそう切り出し、少し間をおいてから話し始める。

 

「六年前のあの日……世間では『27階層の悪夢』とかいう大層な名前付けられとる事件……あの時、お前が一番気にいっていた、いや、恋してた男が死んだ……お前少し前に言っとったな?彼が死ねば私も天界に戻って後を追うって。誰にも奪われたくないって」

 

「……」

 

 フレイヤは微笑み返すだけだったが、アイズはこの話を聞いて、はっ、となった。

 女神フレイヤの噂は聞いたことがある。

 自分の気にいった子―――それも男女かかわらず―――を自分の物にすることに躊躇がない、と。

 そして、一時期こんなことが囁かれていた。

 

 女神フレイヤがついに男を見定め、夫を決めた、と。

 

 瞬間、全てのピースが当てはまった気がした。

 自身の全力を持ってフレイヤを睨みつける。

 その後すぐに自身に複数の殺気が向けられるが、まったく意に返さず逆に睨みを凄ませる。

 

「……アイズたん、さては聞いたんやな?でも、悪いのは全てこの年中盛っとる色ボケポンコツ駄女神やからなー」

 

「……」

 

 ロキも一緒になって睨むが、フレイヤは微笑むだけ。

 しばらくこの状態が続いたが、ロキは興味なさそうにため息をつき、問う。

 

「ったく、この駄女神が。誰だろうがお構いなしか」

 

「あら、心外だわ。分別くらいあるし、彼と出会ってから一度たりとも遊んではいないわ」

 

「抜かせ……男神どもを誑かしとるくせに」

 

「彼等との繋がりはいろいろと便利だもの。『魅了』するだけの簡単な作業だし」

 

 男を骨抜きにするのを作業、と言ってのけたフレイヤに対して、ロキは笑みを作る。

 

「で?」

 

「?」

 

「どんなヤツや。お前の目に9年ぶり……いや、()()()ぶりに目にとまった子供ってのは?いつ見つけた?」

 

「……」

 

「そっちのせいで余計な気を使わされたんや、聞く権利くらいあるやろ」

 

 ロキの強引な言い分にフレイヤは窓の外に視線を向ける。

 ロープの中で、美しい銀髪と付けられた紫のアクセサリーが少しこぼれる。

 

「……強くはないわ。貴方や私の【ファミリア】の子と比べても、今はまだとても頼りない。彼と比べるなんてもっての他、少しのことで傷ついてしまい、簡単に泣いてしまう、そんな子よ」

 

「でも、綺麗だった。透き通っていた。今まで見たこともないような色……だから目を奪われてしまった。見惚れたのよ……」

 

 幼い子供を慈しむようなその声音は、次第に熱を孕んでいっているようにも見えた。

 言葉を立て続けたフレイヤは、窓の外の光景を見下ろす。

 その一瞬だった。

 大勢の人々を眺めていた銀色の瞳が、驚いたようにある一点で止まった。

 アイズがその目線を追えば……辿り着いたのは兎の耳のようにひょこひょこと揺れる、()()()()()()だった。

(あの時の少年……ベル、かな……?)

 頭の中が僅かな時間、白く染まる。

 アイズは知らず内にその頭髪の行く先に視線を引っ張られてしまっていた。

 

「ごめんなさい、急用が出来たわ」

 

「はあっ?」

 

「また今度会いましょう」

 

 フレイヤは立ち上がり、さっさと店を出て行ってしまった。

 なんやのアイツ、とロキが訝しげな声を出すが、今のアイズには聞こえなかった。

 そんなアイズの様子にロキが気付く。

 

「ん?どうかしたんかアイズ?なんかあった?」

 

「いえ、なんでもないです……」

 

 返事をするものの、目線は未だ窓の外に向けられていた。

 見間違いかもしれない、もしかすれば、全くの別人かもしれない。でも来ているかもしれない。この怪物祭に。

 会えるかもしれない、と。

 

「なあ、アイズたん?誰かいたんか?めっちゃ気になるんやけど」

 

「……なんでもないです」

 

 ようやく窓の外から視線を外したが、ロキはしつこく尋ねながら手を伸ばしてくる。隠し事はよくないとばかりに全身へと伸びてくる神の手を冷静に捌いていると、注文していた朝食が運ばれてきた。

 パンやスープ、サラダを食べ始めるロキ。

 朝食を終えた後は二人で街に繰り出した。

 隠し事を詮索しない代わりにデートに付き合えと言われたアイズはおとなしくロキにつき従う。

 その後は露店で買ったジャガ丸君をロキに食べさせたり、販売されていた剣についつい目が行ってしまったりと色々なことがありながらも普段とは違うオラリオの街を楽しんだ。

 

 

***

 

 

 異変が起きたのは正午近くになってからだった。

 調教予定だったモンスターが何故か脱走し、街のあちこちで暴れ始めたというのだ。

 何者かによって檻は破られており、犯人は不明。

 現在は【ガネーシャ・ファミリア】によって市民の避難が行われているが、モンスターは暴れまわる一方だという。

 

「んーもうこうなったらデートしてる場合でもないな。【ガネーシャ・ファミリア】に恩を売っておくのも悪くないし……アイズ、ごめんけどモンスターの方頼んでいい?」

 

「うん」

 

 瞬間、アイズは跳躍。闘技場の天辺に降り立ち、周囲を見渡す。

 モンスターを数体発見し、狙いを定める。

 

「【テンペスト】」

 

 風の気流を纏い、圧倒的な速さでモンスターを倒し始めた。

 

 

***

 

 

 一方その頃、ティオナ、ティオネ、レフィーヤは【ガネーシャ・ファミリア】の調教を闘技場で観戦していた。

 

「やっぱりガネーシャのとこ凄いや。ただでさえ調教の成功率は低いのに、こんな大舞台で次々と成功させちゃってさー」

 

「一々華もあるわよね。観客に魅せる動きをしてる。お金も取れるわね、これなら」

 

「……すごい、ですよね」

 

 三人は観客席からアリーナでの調教を見ていた。

 ……レフィーヤだけ、何故か落ち込んでいるが。

(う~、サリオンさんと一緒に来れなかった……)

 ……ただ誘いを断られただけだった。

 『あ~ごめんなさいレフィーヤさん。私も行きたかったんですが……その日はオラリオ郊外に用が出来てしまっていて……また今度、誘ってくれますか?』とサリオンに断られてしまったのだ。

 レフィーヤとしては勇気をふり絞っての誘いだったのでホームに帰ってからも呆然としているだけだった。

 そこをティオナに連れだされたというわけである。

 

「……」

 

 お仕事関係だからしょうがないとばかりに切り替え、ティオナ、ティオネのアマゾネス姉妹と闘技場にて他派閥の調教に感嘆していたときだった。

 すっかりおとなしくなった虎型のモンスターに続いてアリーナに登場したモンスターは、大型の竜だった。

 

「うっひゃぁ~あんな大きいのもダンジョンから連れだしたの?」

 

「そんなわけないでしょ。都市郊外のどっかから引っ張ってきたのよ。竜種のモンスターなら見劣りはしないしね」

 

 豪華な衣装に身を包んだ調教師(テイマー)がさっそく踊るように竜種のモンスターを相手取る。その様子に観客は大歓声を沸かせる。

 つい、ティオナは首を縮こませ、レフィーヤは両手で耳を塞ぐものの、ある一点に目がとまる。

 神ガネーシャのところに次々と【ガネーシャ・ファミリア】の団員と思われる者たちが何かの報告をしている。

 その様子は、とても切羽詰まったようだった。

 

「あの、ティオネさん。なんかあったんですかね」

 

「……ちょっと様子を見に行きましょうか」

 

 盛り上がる会場内より立ち上がり、三人は闘技場の階段を駆け上がった。

 

 

***

 

 

「ロキ!」

 

「おっ?」

 

 ティオネたちは外に出た後ギルドの職員と会話をしているロキを発見、すぐにその元へと向かった。

 振り返ったロキは、よく来たとばかりに手を上げる。

 

「何かあったの?」

 

「簡単に言うと、モンスターが逃げおった。ここらへん一帯をさまよっとるらしい」

 

「え!不味いじゃんそれ!」

 

「まあアイズたんに討伐頼んだから、そのうち終わると思うけどなぁ」

 

「アイズさんが……」

 

 ロキより簡単に事情を聞いたティオネ達は助太刀に街へと走り出した。

 その後ろ姿を見つめていたロキは怪訝な顔をする。

 

「なーんかうさん臭いなぁ、この騒ぎ」

 

 今のところ住民に被害は出ておらず、速やかに非難が実施されている。掠り傷の一つすら負ったという情報が入ってきていない。

(死んだもんはおろか、怪我人もナシってのは話が上手過ぎる……人類を襲わないモンスターがどこにおるねん……あの子みたいに知能があるわけでもないのに……)

 ロキが見据える先、人間のスペックになっている自身の視力でぎりぎり確認できるモンスターは、まるで何かを探すかのように視線を左右にやり、興奮しているのか障害物もおかまいなしに破壊して周り、徘徊している。

 そのモンスターがまたもやアイズに仕留められる。

 こんな芸当が出来るもん、またはしでかす輩―――――脳裏に銀髪の駄女神がよぎる。

 

「――――あン?」

 

 唐突に、ロキは足元を見た。

 ぐらり、と感じた揺れ。

 よろめくには至らないものの、鐘楼を一瞬揺らめかせた。身を乗り出し、街の周囲を見渡す。

 

「地震、か……?でも普通はそんなん起きんはず……」

 

 

***

 

 

「地震……じゃないですよね」

 

「揺れてるわね……」

 

 地震というにはあまりにもお粗末なそれは、ティオナ達に不安なものを覚えさせる。

 ダンジョンで培われた感覚が、どんな些細な出来事にも、いかなる前触れに対しても彼女たちを敏感にさせていた。

 そして、だ。

 自然と身構えていた彼女たちのもとに、何かが爆発したような轟音が届く。

 

『き―――――きゃああああああああああああああああああああああっ!?』

 

「!?」

 

 響き渡る女性の悲鳴。

 引き寄せられるように視線を巡らせると、煙の奥から現れたのは、石畳を押しのけて地中から姿を現した、蛇に似た長大なモンスターだった。

 ぞっっ、とするような嫌な寒気。

 ティオナ達は顔色を変えた。

 

「ティオネッ、あいつ、やばい!!」

 

「行くわよ!」

 

 叫ぶと同時に駆けだす。

 一足遅れてレフィーヤも駆けだし、みるみるうちにモンスターとの距離を縮める。

 

「こんなモンスター、ガネーシャの連中、どっから引っ張り出してきたのよ……」

 

「新種、これ……?」

 

 蛇のようなモンスターに目はなく、若干の膨らみを帯びた蔓を多数持ち、その形状はまるで向日葵の種を彷彿とさせる。全身は淡い黄緑色で、レフィーヤは50、51階層で遭遇した芋虫のようなモンスターを連想する。

 頭の中で嫌な予感が飛びまわる。

 顔のない蛇……そう形容するのが最も相応しいだろう。

 

「レフィーヤは隙を見て詠唱を始めて。ティオナ、叩くわよ」

 

「わかった!」

 

「わ、わかりました!」

 

 返事を聞くな否や、レフィーヤを置き去りにしアマゾネス姉妹はモンスターへと突っ込む。

 それにモンスターも反応し、力任せの体当たりを繰り出してくる。

 左右に分かれ、かわした二人は拳でモンスターをぶったたいた、が。

 

「いったぁ~!!?」

 

「ッ!?」

 

 彼女達は驚愕した。

 ()()()()()()()()()()

 得物が無い状態とはいえ、第一級冒険者の攻撃だ。並のモンスターならば一撃で屠ってもおかしくはない。

 なのに、攻撃は貫通も撃砕も敵わない。逆にティオナ達がダメージを加えられたくらいだ。

 

「ティオナ!注意を惹きつけてレフィーヤの詠唱の時間を稼ぐわよ!」

 

「おっけー!」

 

 すぐさま作戦変更。魔導師の少女に止めを任せ、自身達は遊撃に打って出る。

 

「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹。汝、弓の名手なり】」

 

 魔法効果を高める杖はこの手の中には存在しない。

 だが、それでも【ロキ・ファミリア】でリヴェリアに次ぐ魔力を持つ魔導師である。

 速度に重きを置いた短文詠唱。出力は控えめだが高速戦闘に十分に対応が可能だ。

 

「【狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】!」

 

 最後の韻を唱え、解放を前に魔力が集中した、瞬間。

 

「――――――ぇ」

 

 蛇型のモンスターが反転、ありえないほどの反応速度を見せる。

 それを前に、レフィーヤの心臓が悪寒とともに打ち震える。

 ―――――『魔力』に反応した。

 レフィーヤがそのように直感した、次の瞬間。

 衝撃が腹部を貫いた。

 

「―――ぁ」

 

 視界に映ったのは地面から伸びる、黄緑色の蔓。

 防具も何もつけていない無防備な腹に、レフィーヤの()()()()()()()()がレフィーヤを貫いた。

 血が、噴き出す。

 

「「レフィーヤ!?」」

 

 反動で地面に倒れ込むレフィーヤのもとに、ティオネティオナの悲鳴が聞こえてくる。

 一方、蛇型のモンスターにも異変が生じる。

 まるで空を仰ぐかのように体の先端部分を向けたかと思えば、ピシ、ピシ、と幾筋のもの亀裂を頭に走らせ、次に、()()()

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 破鐘の咆哮が轟く。

 何枚にも渡る花弁。

 毒々しく染まるその色彩は極彩色。

 生々しい口腔の奥では陽光を反射させている薄紅色の魔石。

 

「蛇じゃなくて……花!?」

 

 ついに正体を現したモンスターを前に、ティオナは驚愕する。

 その形状から蛇であろうと思っていたのは、実は巨大な食人花だったのだ。

 

「レフィーヤ、起きなさいッ!」

 

「あーもう、こんのー!!」

 

 ティオネが必死に呼びかけ、ティオナが食人花の進撃を止めようとするが、蔓の鞭によって阻まれる。

 モンスターは倒れ込んでいるレフィーヤの眼前に迫っていった。

 

 

***

 

 

 嫌だ、とレフィーヤは思った。

 嫌だ、嫌だ、とレフィーヤは思う。

 体よ動け、腕よ、足よ動いてと念じる。どこでもいいから動かして立ち上がれと、震えるのみで動きすらしない体全身に鞭を打つ。

 しかし、時は無常だった。レフィーヤの再起をまたずして、食人花の攻撃が迫る。

 あぁ、と嘆いた。

 霞かけている瞳が迫ってくる食人花を写す。

 嫌だ、嫌だ、もう嫌だ。

 同じ。また、同じように。

 きっと。

 きっとまた、自分は、憧れの人に―――――。

 

『アアアアアアアアアアアアアァアアアアアアアアッ!?』

 

 視界に金と銀の光が走り抜ける。

 敵の首を斬り飛ばした壮烈な剣の閃きと、美しい金色の髪の輝きが、悔し涙を流す瞳を焼いた。

 また、自分は、今までと同じように―――あの憧憬の彼女に守られてしまう、と。

 

 

***

 

 

 間一髪だった、とアイズは思う。

 モンスターを倒して回っていた矢先、ティオナ達と同じようにこの謎のモンスターを発見後、嫌な予感を脳が感じる前に体が動いていた。

 魔法を酷使し、急接近。なんとか間に合いモンスターの首を飛ばした。

 

「アイズ!」

 

 ティオナが声を上げる。

 後ろで苦しそうにせき込んでいる後輩のエルフの元にはギルドの職員が駆け寄っている。後ろは任せて問題ない。

 アイズはそのままの勢いで疾走。風の力で次々にモンスターに剣で斬って、斬って、斬りまくる。

 だが、食人花も黙ってはいなかった。

 ティオナティオネの二人を完璧に無視し、アイズへと全攻撃を敢行させる。

 

「ちょ、このモンスター……!」

 

「アイズ!今すぐ魔法を解きなさい!ソイツは魔力に反応してる!」

 

 パキンッ!っと。

 モンスターの習性に気付いた二人がアイズに注意を促すのと、アイズの使っていた得物が折れたのは同時だった。

 

「あ……」

 

 現在愛剣である不壊属性を持つ『デスぺレート』を整備に出しているアイズは、代わりに渡された細身のレイピアを使用していたのだが……アイズの激し過ぎる剣技に耐えられず、根元からぽっきり折れてしまっていた。

(怒られる……)

 折れてから最初にアイズの頭に浮かんだのは、剣を返却する際のやり取りだった。

 すぐに懐に入れてあったショートナイフを出すも、威力が足りず先程までのように強烈な攻撃が繰り出せない。

 さらに。

 地面より二つの食人花が飛びだす。

 

「まだいたの!?」

 

「くっ………この糞花!!?」

 

 ティオナが驚きの声を上げ、ティオネはぶちぎれ始める次第。

 未だ【エアリエル】を纏っているアイズに攻撃が集中する。

そろそろ魔法をほどこうかと思った矢先。

 視界に逃げ遅れた少女の姿が見えた。

 そして、そのもとに食人花の蔓が向かっていて……。

 

「ッ!!」

「アイズ!?」

 

 アイズは即座にその場に向かい、そして。

 捕まった。

 

 

***

 

 

「大丈夫ですか!?」

 

 悶え苦しんでいたところにギルドの職員であろうハーフエルフの女性が駆け付け、治療のためにここから離れると言いだす。

 嫌だ、とレフィーヤは強く思う。

 必死になって立ち上がろうとするレフィーヤに職員はおろおろとするものの、食人花に捕まった彼女の姿を見て息をのみ、それから話しだした。

 

「……【ガネーシャ・ファミリア】の救援がもうすぐやってきます。彼等にまかせて早く退避を!」

 

「っ!?」

 

 痛む体に我慢しきれずくの字に折るレフィーヤに、ギルドの職員は必死に宥めてくる。

 【ガネーシャ・ファミリア】。武装した彼らならばきっとアイズ達を救い出してくれるだろう。負傷しているレフィーヤよりははるかに彼女たちの力になってくれるに違いない。

 ここから先は全てゆだねてしまえ、と痛みに軋む体もそう訴えかけてくる。

 ぐっと喉をつまらせ、何かを思うように顔をうつ向かせたレフィーヤは―――――左手を握りしめ、立ち上がる。

 

「……っ!?」

 

「――――私はっ、私はレフィーヤ・ウィリディス!ウイーシェ森のエルフ!神ロキと契りを交わした、このオラリオでもっとも強く、誇り高い、眷族(ファミリア)の一員!逃げ出すわけにはいかない!」

 

 言葉は力に変わる。

 魔法同様、自身を奮い立たせて力の本流をとりもどしたレフィーヤは、ふらつく体を必死にこらえ、そして。

(わかってる。わかってるよ!)

 心の中で叫ぶ。

(私なんかじゃあ、あの人たちの足手まといにしかならないってことくらい!)

 自分はともすれば、アイズ達の足枷だ。

 これまでも、これからも。彼女たちに助けられて、守られていく。

 彼女たちを助けようと死力を尽くしても、最後にはきっと、遠ざけられる運命にある。

 大丈夫だからと言われ、傍にいることすら許されない。

 あのときのように。

(どんなに強がろうとも、私は彼女たちにはふさわしくない!)

 追い掛けても追いつけない。むしろ差は広がるばかり。

 劣等感にさいなまれる程、卑屈に陥ってしまうほどに、あの憧憬は遠過ぎる。

 心が折れてしまうほどに、彼女達は――――金色の彼女は強く、自分は弱い。

 でも。それでも。

 追いつきたい。追っていたい。

 助けたい。力になりたい。

 できることならば、一緒にいたい。

 自分を受け入れてくれた彼女達への、自分を何度も救いだしてくれた彼女たちの隣にいることを、許される存在でありたい。

 だから、自分にできることを。

 歌を、届けよう。

 

「【ウイーシェの名のもとに願う】!」

 

 距離は埋めた。

 群がるモンスターに狙いを定める。

 

「【森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来たれ】」

 

 血反吐を吐き、幾度となく地面に倒れようとも、溢れる涙が止まることがなかったにしても。

 追いすがる者には、追い掛けること以外許されない。

 

「【繋ぐ絆、楽宴の契り。円環を廻し舞い踊れ】」

 

 意思は折れる。何度でも折れる。

 そのたびに新たな意思を生み、ただそれを直し続ける者がいるだけのこと。

 

「【至れ、妖精の輪】」

 

 歩みの遅い自分が、遥か先を行く彼女たちにも聞こえる歌を。

 例え振り返ってもらえなくとも、耳に届け、助けになるならそれで構わない。

 自分だけに許された歌を、どこまでも。

 この魔法(うた)を、届けよう。

 

「【エルフ・リング】」

 

 魔法名を噤むとともに、魔法円(マジックサークル)の色が山吹色から翡翠色に変化した。

 

 収斂された魔力に、ティオナにティオネ、そしてアイズが気付く。

 アイズ達に群がっていたモンスター達も、より強い魔法の気配に、その源へと、振り返った。

 

「【―――――――終末の前触れよ、白き雪よ、黄昏を前に渦を巻け】」

 

 詠唱が続く。

 完成したはずの魔法にさらに別の魔法を繋げる。

 ――――魔法の習得数には限りがある。

 【ステイタス】に表示される魔法の数は最高でも本来三つ。つまり、どんなに才能溢れる者でも三種類の魔法のみしか操ることはできない。

 【九魔姫(ナインヘル)】の二つ名を持つ、エルフの王族(ハイエルフ)であるリヴェリアは、それぞれの魔法の詠唱分を調整することによって、計九種の魔法を操ることができるが、それ以外ではありえることのないことだ。

 

 そんな中で、彼女が最後に習得した魔法は―――召喚魔法(サモンバースト)

 

 同胞(エルフ)の魔法に限り、詠唱及び効果を完全に把握したものは己の必殺として行使する、前代未聞の反則技(レアマジック)。二つ分の詠唱時間と精神力(マインド)を犠牲にし、彼女はあらゆるエルフの魔法を行使できる。

 その魔法にちなんでオラリオの神々が彼女に付けた二つ名は、【千の妖精(サウザウンド・エルフ)】。

 

「【閉ざされる光、凍てつく大地】」

 

 今回召喚するのはリヴェリアの一つ目の攻撃魔法、【ウィン・フィンブルヴェトル】。

 全てを凍てつかせる氷の攻撃が、時も、全てを凍らせる。

 

「【吹雪け、三度の厳冬――――我が名はアールヴ】!」

 

 拡大する魔法円(マジックサークル)

 その魔法のきらめきに三体全ての食人花がレフィーヤの元に殺到するが……。

 

「はいはいっと!」

 

「大人しくしてろッ!この糞花ッ!!」

 

「っ!」

 

『!?』

 

 神速とばかりにモンスターの拘束から逃れた三人が妨害する。

 その姿を目にしながら、レフィーヤは最後の詠唱を噤む。

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

 三条の吹雪。

 射線上からアイズ達が退避した後、大気をも凍てつかせる純白の氷がモンスター達に直撃した。

 凄まじい魔法により、三体全部が氷の像のように固まり、動きを停止させる。

 

「ナイス、レフィーヤ!」

 

「散々手を焼かせてくれたわねぇ、この糞花がッ!」

 

 渾身の回し蹴りを放つティオナに、キレたティオネが氷の像と化したモンスターを粉砕していく。

 アイズはいつの間にかアイズが庇った犬人の少女を腰に抱いたロキに、潰された露店の剣を渡され、そのまま粉砕作業へと移行した。

 

「あ……」

 

 限界を超えた体の酷使により倒れ込もうとするレフィーヤの元に三人が駆け寄ってくる。

 

「レフィーヤー!ありがとー!!ほんと助かった~!!」

 

「テ、ティオナさん!?」

 

 傷ついてるのもお構いなしに、ティオナがレフィーヤに抱きつく。

 顔を真っ赤にレフィーヤがするが、ティオナが本心から言っていることが伝わってきて、まんざらでもないように頬を緩める。

 どこか安堵したようなその表情に、アイズも素直な言葉を送った。

 

「ありがとう、レフィーヤ」

 

「アイズさん……」

 

「リヴェリアみたいだったよ……すごかった」

 

 目を見開いた彼女は、感極まったような照れたような複雑な表情を作り、うつむいてしまった。頬が、顔全体が林檎のように赤く染まる。

 

「ほいほい、まだ仕事残ってるでー」

 

 ぱんぱんと、ロキが手を叩いて場に割り込んだ。

 

「まだ脱走したモンスター全てを討伐し終わったわけやないからな。今からでも倒しに行くで。あ、ティオネ達は地下の方行ってもらっていい?」

 

「わかったわ」

 

「レフィーヤは怪我がつらかったら治療しに行ってきてな」

 

「あ、はい、わかりました」

 

「アイズたん。うちもついてくからモンスター倒し行くで」

 

 一旦この場で別れ、残りのモンスターを追う。

 行く先は、『ダイダロス通り』――――――

 

 

***

 

 

 歓声が上がっていた。

 アイズ達が着いたころにはすでに、最後のモンスターは倒された後だった。

 倒したのはあの少年―――――兎のような白髪の少年、ベル。

(すごいね……)

 アイズは知らないうちに称賛していた。

 あれだけ辛い目にあってもめげず、駆けだしの冒険者らしいのに11階層に出現するモンスターを討った……アイズにはそれが奇跡ではなく、彼が努力した結果だろうと感じた。

 

 その後、ロキを伴ってギルドに報告に行く途中、妙な人物がその場を見ていることに気付いた。

 視界に入るまで気配すら感じなかった小人族(パルゥム)の槍使い―――槍を持っていたから―――は、こちらに気付くと微笑んできた。

 アイズは会釈をしてその場を立ち去る。

 見たこともない人物。誰としての覚えもない。

 ……ただ。

(似てた……フィンみたいだった)

 【ロキ・ファミリア】団長、【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナを思わせるその物腰と構え。

(相当強い……もしかしたら私よりも―――)

 彼の正体を知る日はまだ、先だ。

 

 

***

 

 

 薄暗い部屋。

 魔石灯の明かりは一人の老神を映している。

 そこに、コツコツと。

 靴を鳴らして現れる小人族(パルゥム)

 それはアイズが見かけた彼と同じだった。

 

「……ブライ」

 

 老神が声をかける。

 ブライ、と呼ばれた彼は姿が映るところまでくると、口を開いた。

 

「今回の騒動は女神フレイヤの『魅了』によって引き起こされたものだ。確認したから間違いない。今度キツく言っておくよ」

「ああ。頼んだ」

 

 今回の騒動――――怪物祭で扱われる筈のモンスターを開放し、街に混乱をもたらした脱走事件だ。

 

「それに関してはわかった……だが、あのモンスターは違うだろう?」

 

 まるで、老神は神フレイヤがやったことが全てわかっているかのように問いかける。

 

「そうだね……多分、ウラノスの考えている通りだと思うよ」

「ああ。それについては私もそう思う」

「フェルズ」

 

 フェルズ、と呼ばれた者はウラノスの横より姿を現した。

 全身を黒いローブで覆い隠しており、全貌は明らかではない。

 

「……ダンジョンで一体、何が起きようとしている……?」

 

 ウラノス――――ギルドの長である老神ウラノスは疑問を言葉にする。

 

「分からないが……そのうち向こうから仕掛けてくるはずだろう。……それよりブライ。そちらは現在どんな状態だ?」

「……彼女達は全員までとは言わないけど11人中7人が集合しているよ。それに、僕の隠れ家には今、『×××××』に彼女達が揃ってる。首尾は万全だよ」

「そうか。なら良かった。……そろそろだろうな」

「覚悟はいいのか、ブライ?」

「あぁ。出来てるよ僕に関してはね」

 

 そう、小人族(パルゥム)の彼は言ってから―――――――

 

 

「さて、死んだはずの奴が突然現れたらどう思うかな?【闇派閥(生き残りども)】?」

 




これで第一巻の内容は終わりです。
次からは二巻に入りますが、スピードを上げたいと思います。
かなり端折ると思いますが、どうぞこれからも宜しくお願いします。


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探索と捜索

また遅れました……。
しかも前回よりも長い。
楽しみにしてくださっていた皆さん、申し訳ありません。


「ねぇねぇ、ダンジョンの長期探索に行かない?」

 

 いつも通りの朝を迎えた黄昏の館内の食堂で、ティオナが言いだした。

 怪物祭からすでに一週間が経過した日のことだ。

 

「……行く」

 

「わ、私も行きます!」

 

「私はめんどくさいから行かな」

 

「ちなみにフィンも誘うつもりー」

 

「行くわ」

 

「「……」」

 

 相変わらずのティオネの変わり身の早さ……どのくらいフィンが大好きなのだろうか。

 アイズとレフィーヤはお互いに顔を見合わせ(レフィーヤはアイズで妄想し始めた)、少しだけ考えてみたが何か嫌な予感がしたので思考をやめる。

 

「じゃあ決まりー!早速フィンのところ行こうよ!」

 

 食事を終わらせ、四人は執務室にいるフィンの元に向かった。

 執務室は黄昏の館内の北にある尖塔にある。

 隣はガレスの部屋、そして反対側……誰かの部屋が存在しているが、立ち入り禁止となっている。

 もはや誰もが当たり前とばかりに気にも留めないで通り過ぎる中、アイズはその部屋を見つめる。

 

「フィンー、入るよー?」

 

 執務室に着いたティオナ達はノックし、所在を確かめた後ドアを開けた。

 フィンの私室にもつながっている執務室―――――――【ファミリア】の首領の部屋は、相応の広さがあった。内装は壁一面を埋める本棚、色鮮やかな花冠を彷彿とさせる絨毯。縦長の大型時計。主に茶色を基調とした落ち着いた趣のある部屋の中でも、白い石造りの暖炉はよく映えている。フィンは室内の奥、その小柄な体格には不釣り合いなほどの大きい執務机についていた。

 

「何だお前達。ぞろぞろとやって来て」

 

「あ、リヴェリア様、いらっしゃったんですか?」

 

 書類の束に目を通しているフィンの隣にはリヴェリアの姿もあった。

 朝食後、派閥の総務を行うため、二人で部屋にこもっていたらしい。団長の少年を補佐する【ファミリア】の副団長は、羊皮紙を片手にアイズ達に目を向ける。

 

「相談っていうか、ちょっとフィンと話したいことがあるんだけど」

 

「ンー、少し待っててくれるかい?そろそろ一区切りつくから」

 

 ティオナの申し出にフィンは書類から顔を上げずに答えた。

 綺麗な青色に輝く万年筆の動きを止めず、淀みなく署名らしき文字を書きつけ、真隣に立つリヴェリアから次の羊皮紙を受け取って行く。

 ………しばらくの間待っていると、ようやく最後の一枚になり、そこに署名を書きつけたフィンが顔を上げた。

 

「よし、待たせたね。それでなんだい、話したいことって?」

 

「実はですね……ティオナ達がしばらく探索に出かけたいそうなんですけど、もし団長もよかったらと……」

 

 ティオナではなくティオネがずいと前に出て説明する。

 迷宮滞在の許可と同伴を訪ねられると、彼は、「ああ、いいよ」とあっさりと承諾した。

 

「僕もそろそろダンジョンには潜ろうとは思っていたからね。たまには気ままに、じっくりと探索をしておきたいし」

 

 派閥の首領として、『遠征』では常に団員達を統率する立場であるが故に、私的な迷宮探索もたまには楽しみたいとフィンは笑う。「じゃあフィンも決まりねー」とティオナがにこやかに笑い、また自動的にティオネの参加も決定した。

 

「せっかくだし、リヴェリアもどうだい?最近は雑務に追われていただろう?」

 

「……そうだな。では私も行かせてもらおう。私たちが留守の間は、悪いがガレスに任せるとしよう」

 

 リヴェリアもフィンの提案に乗り、これでアイズ達を入れて六人。

 レフィーヤを除けば五人が第一級冒険者と、豪華なパーティが出来あがった。

 

「あ、このことはベートには内緒ね!聞いたら絶対ついてくるし、ついてきたらうるさいし」

 

 まだ根に持っているのか、ティオナは意地の悪い笑みで釘を刺す。

 フィン達は苦笑を浮かべつつ、いっぺんに派閥の主力が出払うのもどうかと考え、特に異議は挟まなかった。

 

「それじゃあ、各自準備を行って、正午にバベルに集合と行こうか」

 

『おー!』

 

 片腕をつきあげるティオナとティオネを真似て、アイズも恥ずかしがるレフィーヤとともに控えめに右手をのばす。

 リヴェリアが場を委ねるように両目をつむる中、一同はフィンの提案に賛同するのだった。

 

 

***

 

 

 数えきれない冒険者が行きかう北西のメインストリート、通称『冒険者通り』。

 空から綺麗でまぶしい陽光が降り注ぐ中、亜人たちは慌ただしく迷宮探索の準備に追われている。

 今日もダンジョンへ潜ろうとする冒険者たちを前に、通りは賑わいに満ちていた。

 

「まずは【ディアンケヒト・ファミリア】に行こう!」

 

「うん」

 

 ティオナとアイズは【ディアンケヒト・ファミリア】のお店を目指していた。

 補給が困難極まるダンジョンにおいて、長期間滞在するというのなら、武器や道具、物資は必要以上に揃えておく必要がある。多少荷物になったとしても、不測の事態を見越しておくことが冒険者の心構えというものだ。

 ティオナとアイズは談笑(ほぼ一方的にティオナが話してる)しながら店に入った。

 

「今日はアミッドいるもんね。よーし早速カウンターに……」

 

「……」

 

 そこで二人の目に入ってきたのは―――――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「だからお前あざといって……ん?誰か来て……」

 

 若い狼人は店内に入ってきたアイズ達に気付き、そして時を止めた。

 嘘だろ……といったような感じだ。

 

「先輩?どうかしたんですか……あ」

 

 そんな狼人の様子に気づいたヒューマンの女の子はこちらに目を向け、そして何かを納得したかのような顔を見せる。

 気のせいだろうか。アイズには一瞬彼女が笑ったような気がした。

 

「あー!!あの時の狼人だ!」

 

「……こんにちは」

 

 ティオナが思い出したように大声を上げ、アイズは軽く会釈する。

 ティオナがいったように、亜麻色の髪のヒューマンの少女と会話をしていた狼人は、『豊穣の女主人事件』でベートを一撃で気絶させた狼人その人に間違いなかった。

 アイズは改めて彼を観察した。

 身長は180Cあるかないかくらいで、ベートとほとんど変わらないだろう。髪の色は黒色が主体で、少し灰色のところもあった。

 服は黒色のT-シャツで、防具などは一切身に付けていない。だが、腰に剣が帯刀してある。綺麗な黒色の鞘に納められたその剣は、アイズが見る限りかなりの業物だろうと推測できる。第一級武装かもしれない、とアイズは内心で思った。

 

「……【剣姫】に【大切断(アマゾン)】。久しぶり、と言えばいいのか?」

 

「先輩それ硬すぎませんか?」

 

「ちょ、お前来い!」

 

 話している途中でいきなり亜麻髪の少女の手を握り、カウンターの隅まで移動する。

 何故だろうか。彼が亜麻髪の女の子の腕を掴んでいるだけなのに、むっと心がもやもやする。

 

お前、前に説明しただろ?俺が【ロキ・ファミリア】の面子と接触する際には余計な口は出すな

 

でも、先輩さっきのはないんじゃないですか?

 

でもじゃない。とりあえず余計なことは言うな

 

……はーい

 

 小さい声で話しているため会話までは分からなかったが、なにやら結論が出たらしく先程いた場所に戻ってくる。

 

「さっきは悪いな。気にしないでくれ」

 

「ふむふむ……。それで君は名前なんて言うの?」

 

「俺か?……俺はグレイス。グレイス・レイヴァーンだ」

 

「グレイス君はどうやってあの時あのうるさい狼を気絶させたの??ねね?」

 

「あ?ああ、あれか……ただ単に足を真上に突きあげて下におろしただけ。所謂踵落としってやつだ」

 

「なんであんな強いのー?あたし見えなかったんだよ!【ファミリア】はどこ?Lvは?」

 

 戻って来るや否や、ティオナがグレイスを質問攻めする。すっかり置いてけぼりになってしまったアイズと亜麻髪のヒューマンは自然と会話に移った。

 

「【ロキ・ファミリア】のアイズ・ヴァレンシュタインさんですよね!私は【ディアンケヒト・ファミリア】構成員の()()()()()()です」

 

「あ、はじめ、まして」

 

「私達すっかり置いてけぼりですね~」

 

「そうですね……」

 

「敬語じゃなくていいですよ?あまり年変わらないと思いますし」

 

「……そう」

 

「……き、今日はどうされたんですか?」

 

「少し長期のダンジョン探索を行うから、ポーションとかを買いに……」

 

「わっかりました!とりあえず冒険者用のハイ・ポーションとマジック・ポーションの各20本持ってきますね」

 

 彼女はそう言うとカウンターの奥に消えて行った。

 改めてティオナ達に視線を移す。

 

「一個ずつにしてくれ。さすがに一辺には無理がある」

 

「じゃあ一つ目!ズバリ所属は!?」

 

「内緒だ」

 

「Lvは!?」

 

「内緒」

 

「もう~!全部内緒じゃ~ん!!」

 

「いや、だってお前、初対面の相手にどうしてそこまで教える必要あるんだ。情報漏洩は基本的に避けたいんだよ」

 

「じょうほうろうえい?」

 

あ、そういや双子の妹の方は基本バカだったか……情報漏洩ってのはまぁ、機密情報が漏れること、渡したくない見せたくない情報が漏れることだ、わかるな?」

 

「むぅ~なんか最初の方馬鹿にされた気がするんだけどー」

 

「……そういやなんでここに来たんだ?【ロキ・ファミリア】また『遠征』か?」

 

「『遠征』じゃなくて、ただ長期でダンジョンに潜るだけー」

 

「金稼ぎとか?」

 

「そうそう!私は武器の借金返済のためー。それでアイズはむがっ!?」

 

「……」

 

 アイズはティオナが自身にあるレイピアの弁償金について話そうとしたことを察知して、ティオナの口を全力で塞ぎに行った。

 何だろうこの感じ。なんか知られたら大変なことになる気がする……!

 アイズは突如として襲ってきた悪寒に身震いした。

 

「なんでも、ありません……!」

 

「そ、そうか。それより【剣姫】、そろそろ手を離してやらないと【大切断】が苦しそうだぞ?」

 

「っ!ご、ごめんティオナ」

 

「うぅ~アイズ力強過ぎるよ……」

 

「……ごめん」

 

 思っていたよりも全力を出していたようだ。目の前でティオナがぜぇーぜぇー言っているのが良い証拠だ。

 それからはオラリオの事情や他愛もない話を三人でしていると、カウンターの奥からパタパタと駆け足の音を響かせながら、一色がポーションなどを運んできた。

 

「あざとい」

 

「な、なんでですか!?」

 

「パタパタさせすぎだろ。お前、こっちでもそれで行くのかよ」

 

「何言ってるんですか?これ普通ですよ普通!」

 

「このゆるふわビッチめ……」

 

「なんですかそれー!?」

 

「あの、ポーション……」

 

「ああ?ゆるふわ系のビッチに決まってんだろ。前にも言った」

 

「知ってますよ!ていうか、客の前でそんなことよく言えますね!」

 

「【ロキ・ファミリア】の面々はお前じゃなくてアミッドに会いに来てるつーの。第一自己紹介から始めるのがおかしいだろ」

 

「あの、その」

 

「おかしくないですよ!元はと言えばすべて先輩のせいですかね!」

 

「……?」

 

「私がこうして【ディアンケヒト・ファミリア】に()()したのも、()()()がそれぞれのファミリアに入ったのも全部先輩の指示ですよ!」

 

「いやいやいや、俺は提案しただけだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()ファミリアには入っていた方が良いに決まってる」

 

「そういう先輩は何のファミリアか教えてくれないじゃないですか!」

 

「ちょっとストーップ!!」

 

 運んできたらいきなりグレイスと一色が慣れたような入りにくい会話空間を創造し、珍しく声をかけに行くアイズを無視して意味の分からないことを言いあったため、さすがにティオナがストップをかけた。

 すると、店の奥から新たに女の人が現れる。

 

「何事ですか?」

 

 彼女がアミッド・テアサナーレ。【戦場の聖女(デア・セイント)】の二つ名を持つ【ディアンケヒト・ファミリア】の構成員だ。

 

「聞いてよアミッド!この二人がいきなりイチャつきはじめてさー」

 

「……へぇ、そうですか」

 

「いや、あの、アミッド……さん?」

 

 アイズには、アミッドの背後に般若が見えたような気がした。

 グレイスを見れば心なしか冷や汗をかき、後ずさったようだ。

 

「……うちの新米が申し訳ありません。後ほどしっかりと言っておきますので……特に男の方には」

 

 そう言ってからキッ!とグレイスを睨むアミッド。

 対するグレイスは全力で顔を背けていた。

 

「ポーション等はこれくらいでいいですか?」

 

「うん!ありがとうアミッド!あ、何か欲しいものはある?30階層までは必ず行くだろうから、教えてくれたら私たち、取って来るよ!」

 

「よろしいのですか?それでは……白樹の葉(ホワイト・リーフ)を数枚、採取していただけますか?」

 

「ん?白樹の葉(ホワイト・リーフ)は俺が昨日数十枚とむぐっ」

 

「しーっ!何言い出すんですか!」

 

「……わかった!白樹の葉(ホワイト・リーフ)数枚だね!あ、万能薬もらえる?」

 

「10本でいいですか?」

 

「うん、10あれば足りるよ」

 

 懇意にしているアミッドの頼みも快諾しながら、アイズとティオナは道具を山ほど買いこんでいった。

 

「さて、罰は何が良いですかね……?」

 

「わ、私道具の数を数える当番でした!すみません!」

 

 イロハが言い訳を言いながら奥へと逃げ、この場にはアミッドとグレイスの二人だけになる。

 

「……じゃあ俺も帰「期待してますね」……悪かったよ」

 

 二人にしか分からないやり取りをした後、グレイスは一人、店を出て行った。

 

 

***

 

 

「よし、これで全員そろったね」

 

 アイズとティオナがバベル付近に行くと、すでにフィン達は揃っていた。

 

「ごめんごめん。ちょっと人と会ってさ」

 

「人?あんた知り合いとかいたの?」

 

「いるよ!」

 

「……あの時の狼人に会った」

 

「……本当かい?」

 

「そうそうびっくりしたよね!【ディアンケヒト・ファミリア】の新人の子と話してて

さー。仲良かったよね?」

 

「……」

 

(ア、アイズさんが少し不機嫌な顔してるー!?何があったの??)

 

「まあ、その話はダンジョン内で詳しく聞こう。出発しようか」

 

 フィンの言葉に従い、全員がダンジョンへと向かった。

 

 

***

 

 

『えへへ~』

 

 あるオラリオ内の家の中。

 一人の少女が機嫌良さそうに笑っていた。

 ……いや、語弊がある。

 一人の宙に浮いている水色のドレスを纏った少女が、機嫌良さそうに笑っていた。

 

『何かあったのですか?』

 

 そんな少女に話しかけるのは一人の女性だ。

 メイド服を着ている女性は現在、裁縫をしていた。

 そのため、裁縫をしながら声だけをかけている。

 

『もちろんだよ!よくぞ聞いてくれたね!久々に彼が私を使ってくれるんだ♪』

 

『そうですか……羨ましいです』

 

『え?え?ちょっと待って!僕それ知らないんだけど!』

 

 メイド服の女性と少女の会話に入ってきたのはまたも少女だった。

 

『ふふーん!知らないんだ××!だったら相棒の座はそろそろ私になるかもね!』

 

『……それは僕に対する宣戦布告とみていいのかな?』

 

『そんなのいつもやってるよ!』

 

『この、ちょっと最近調子に乗ってきたな!?僕の力を見せてやる!』

 

『望むところよ!』

 

 二人の少女がじりじりと間合いを計り、いざ取っ組み合いを始めようとしたところで―――――

 

『やめとけ』

 

 二人の間に光が走る。

 

『俺達が勝手をやればロードに迷惑がかかる。そんくらい分かるだろ』

 

『うぅ』

 

『ご、ごめん』

 

『……このことを報告すりゃ二人脱落、か』

 

『うわあああああああああごめんなさいごめんなさい!!』

 

『それは駄目それは駄目!』

 

『笑える』

 

『う、うああああああああ!!』

 

 

 ある場所で。

 こんなやり取りがあり、彼女達が誰なのか――――――――知る人は誰もいない。

 知っているのは、彼だけだ。

 

 

***

 

 

 アイズ達はほぼ予定通りにバベルを発った。

 ダンジョンに入ってからは早速『ゴブリン』や『コボルト』が現れ、一瞬で追い払われる。道すがら前衛に配置されたティオナとアイズがばったばった敵をなぎ倒していると、そのうちモンスターの方が恐れをなして彼女たちの前に立ちふさがるモンスターの数が減って行った。

 周囲の冒険者(どうぎょうしゃ)もかかわるまいと言うように姿を消す。

 アイズ達はあっという間に『上層』を超え、『中層』の17階層半ばまで足を進めた。

 

「あー、やっぱ大双刃(これ)があると落ち着くなー」

 

「ティオナさん、作り直してもらっていた武器、完成してたんですか?」

 

「うん!《ウルガ》二代目!できたてほやほやだよ~!」

 

 レフィーヤの問いにティオナは、片手で持った大双刃(ウルガ)を軽々と振り回しながら答える。探索出発前に【ディアンケヒト・ファミリア】の店の次に向かった【ゴブニュ・ファミリア】で受け取ってきた超大型の専用装備(オーダーメイド)に、彼女は機嫌の良さを滲ませた。

 以前のものと比べ若干剣身の厚みが増し、一方で鋭さも増している。アイズの《デスぺレート》以上の費用をかけられて作られている上級鍛冶師(ハイ・スミス)達の力作をもって、ティオナは無謀にも飛び出してきた虎型のモンスター『ライガーファング』を一撃で叩き斬る。

 

「【ゴブニュ・ファミリア】の苦労が浮かぶわね……」

 

 ため息をつきながらティオネが倒したモンスターから魔石を摘出する。

 サポーターを兼任するレフィーヤとともに、彼女は筒型のバックパックに戦利品を収集していた。フィンやリヴェリアがゆるりと傍観する中、アイズの屠った『ライガーファング』からも魔石を摘出し、ドロップアイテム『ライガーファングの毛皮』が採取される。

代剣の弁償費のためにも戦闘は積極的にしていかなければならないが、本番はここより更に下部の階層である『下層』、そして『深層』からだ。

 

 基本的にダンジョンは下に行けばいくほど出てくるモンスターが強くなり、資源も珍しいものや上質なものが多くなる。強いモンスターから摘出される魔石は強さによって純度が上がり、『ドロップアイテム』も希少な品として換金価格が跳ね上がる。アイズ達第一級冒険者程の実力があれば、中層よりも下層や深層で探索を行った方がはるかに効率が良い。

 目標金額4000万ヴァリスの道のりは遠い。アイズはこっそりむんと気合を入れながらも、少し疑問が浮かぶ。

(あの狼人……グレイスさん。あの人はどうやってお金を稼いだんだろう……)

 最高峰の効果を持つ魔導書(グリモア)を二冊も担保で渡すことと言い、一日で1000万ヴァリスも用意することといい……普通の冒険者からすればありえないことだ。

 それも、アイズ達【ロキ・ファミリア】のような強い派閥でもなければ―――――――

 

 

***

 

 

 順調に、それでいてかなりの速度で迷宮を進んでいたアイズ達は18階層に到達した。

 18階層は別名『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』とも呼ばれており、ダンジョン内でも50階層と同じようにモンスターが出現しない安全階層(セーフティポイント)である。

 階層内の天井にはびっしりと水晶が生えており、それぞれが光を発することで地下でありながら『空』が出現している。この『空』は時間によって水晶の光量が変化し、『朝』『昼』『夜』の時間帯を作り上げる。また、その時間帯の変化は一定ではないため、地上とは時差が発生している。

 発光する水晶は18階層の名物とも言っていい。天井だけでなく階層内の至る所に生えており、その美しい光景はこれまで多くの冒険者たちを魅了してきた。

 

「ねぇねぇ、どうする?このまま19階層行っちゃう?」

 

(リヴィラ)によるのが先よ。来るまでに集めたドロップアイテムと魔石を売り払っておかないと、どうせ下層や深層で荷物が一杯になるわ」

 

 18階層に到達した時、最初に現れるのは大草原だ。位置的には南に位置しており、19階層へと続く道は北にある。そしてその西方に位置している場所に街はある。

 森を抜けて高台の方に進んでいくと、木の柱と旗で作られたアーチ門が姿を現す。

 そこに記してある街の名前は『リヴィラの街』。

 中層域に到達可能な限られた上級冒険者達が運営する、ダンジョンの宿場町である。

 現在の街は334代目だ。

 たまに上層のほうから現れるモンスターの群れなどに襲撃され、リヴィラが壊滅するたびに立て直しをしてきたため、このような数字になっている。

 ギルドとの違いはそこにあった。

 ギルドはその場所を必ず守護しなければならないが、リヴィラの街の場合、冒険者達は危機を悟れば地上に帰還し、そして時期を見てもう一度立て直すのだ。

 意地汚い冒険者のしぶとさを象徴するようなこの街を、侮蔑と呆れ混じりの称賛を込め、『世界で最も美しいならず者達の街(ローグ・タウン)』と呼ぶ者もいる。

 

「突っ立ってないで早く入りましょう?一休みもしたいし」

 

 ティオネの呼びかけからアイズ達は街へと足を踏み入れる。

 湖に面した所に位置する街は、水晶と石の地形を利用した造りになっており、モンスターの襲撃にも耐えられる構造になっている。

 アーチ門をくぐったアイズ達の目に飛び込んできたのは、天幕や木の小屋、あるいは出店風の多くの商店だ。断崖の斜面に折り重なるように設けられた店々は街の再築が容易な低費用のものばかりで建物と呼べるようなものはほとんどない。その町並みは集落と言った方が想像しやすい。

 そんな街並みを眺めながら、レフィーヤはこれからの予定を確認するように口を開く。

 

「買取所で魔石やドロップアイテムを引き取ってもらって、それから……」

 

「宿はどうするの?またいつもみたいに森の方でキャンプ?」

 

「ンーそうだね、今回くらいは街の宿を使おうか。野営の装備も持ってきてないしね」

 

「でも団長……一週間くらい寝泊まりするとしたら結構な金額になると思いますよ?ここはリヴィラなんですから……」

 

 街には武器屋や道具屋のほかに、魔石等の換金を行う買取所も存在する。言わずもがな冒険者達が運営し、客層を冒険者に絞っている街の店々は、同時に物価が恐ろしく高い。

 携行食一式や中古の片手剣に0が四つ以上並ぶ値札の光景は、いっそ詐欺かと嘆きたくなるほどだ。地上の数倍の値段で取引される品々は、ダンジョン内では補給もままならない冒険者の事情を見越してのものである。

 無論宿屋も例外ではない。

 

「ティオネケチ臭ーい。いーじゃんたまにはさ」

 

「けち臭い言うな!というかあんたお金借金してるんでしょ?普通は遠慮しなさいよ!」

 

 ティオナとティオネのやり取りに、笑みを漏らしたフィンが提案する。

 

「いいよ、宿代は全て僕が出そう。アイズ達はお金を貯めなきゃなんだろう?」

 

「……ごめん、フィン」

 

「こんなときくらいしかお金を使う機会がないからね」

 

 請求される宿泊費の高さから大人数での『遠征』時は『リヴィラの街』を素通りするアイズ達だったが、団長の太っ腹な一言で宿の利用が決まる。

 

「……」

 

「リヴェリア、どうかしたのー?」

 

「街の雰囲気が少々おかしいな」

 

「そう言えば、いつもより人が少ないような……」

 

 リヴェリアの言葉にレフィーヤも周囲を見やる。

 アイズ達とすれ違う冒険者は片手で数えるほどしかいなかった。入口付近ではさほど気にならなかった人の気配も、街の中にある広場に差し掛かればさすがに違和感をもたらすようになる。

 モンスターが生まれないダンジョン内では安らぎの場となっている階層の唯一の街ということもあり、19以下を探索する冒険者達の中でリヴィラを拠点にする者は数多い。酒を始めとした高価な嗜好品や、地上に戻らずとも戦利品を処理できる買取所の存在は、なんだかんだと言われながらダンジョンに長期で滞在する者たちに重宝されてきたのだ。

 常に雑多というくらいのざわめきが絶えないダンジョンの街は、今は閑散と言っていいほど静まっていた。

 

「えーっと、どうする?」

 

「とりあえず買い取りに行って、そこで情報を貰おう」

 

 フィンの言うことに従って、アイズ達は街の中にある買取り屋に向かうことにした。

 

 

***

 

 

 買い取り屋で魔石とドロップアイテムを売り払うついでに聞けば、ある宿屋で冒険者が何者か……宿屋の主によれば女が冒険者を殺したらしい……事件が勃発したらしい。

 その場にアイズ達はフィンを先頭に入り込み、その現場の部屋に突入した。

 

「おいっ、これはどういうことだ!?犯人は?」

 

「ボールス、ちょっと落ち着いてくれ。それがわかってたら苦労しないって」

 

 現場に着くと、そこでは男性が二人、遺体を挟んで現場検証をしていた。

 その内の一人がフィン達の存在に気付き、眉を吊り上げる。

 

「ああん?おいテメエ等、ここは立ち入り禁止だぞ!?見張りは何やってんだ!」

 

「やぁ、ボールス。悪いけどお邪魔してるよ」

 

 怒るヒューマンの男に対し、飄々と返す。

 筋肉竜骨の巨漢の男はそんなフィンを威嚇するような形で睨んでくる。

 ボールス・エルダー。

 この『リヴィラの街』で買い取り屋を営む上級冒険者だ。『オレのものはオレのもの、お前のものもオレの物』と言ってはばからない彼は、事実上街の大頭でもある。

 各【ファミリア】の冒険者が集まる『リヴィラの街』では、ギルドの息がかかった者や領主は存在しない。煩わしいのを嫌う野蛮なものが多く存在するここは腕っ節だけがすべてだ。

 街で最も強い冒険者であるLv.3のボールスは、緊急時に場を取り仕切る立場にある。伴って彼は『リヴィラの街』を利用する【ファミリア】の団長や団員とのかかわり合いも深い。

 

「僕達もこの街の宿屋を利用するつもりでね。落ち着いて探索に集中するためにも、早期解決に協力したい。どうだろう、ボールス?」

 

「けっ、ものは言いようだな、フィン。テメエ等といい、【フレイヤ・ファミリア】といい、強ぇ奴はそれだけでなんでも出来ると威張り散らしやがる」

 

「……アイツ自分のこと棚に上げてない?ねえ?」

 

 ティオネがボールスのことを睨みつけ、必死にレフィーヤがなだめる。

 

「それで、状況はどうなんだい?」

 

「ああ……くたばった野郎は、ローブの女を連れ込んできやがった全身型鎧(フルプレート)の冒険者だ。兜まで被ってたから顔はわからねえが、連れの女が消えてるから、犯人はソイツに違いねえ……そうだな、ヴィリー?」

 

「ん、少なくとも俺は宿に男と女のその二人しか通してねえよ、ボールス」

 

「どんな様子だったんだい?」

 

「昨日の夜に立った二人で来てよ。どっちも顔を隠して貸し切りを頼まれたんだ」

 

「たった二人なのに全て貸し切り……ああ、そういうことか」

 

「ああ、そういうことだ。あいにくうちの宿はドアなんて効いたもんはないからよ、喚けば洞窟中にダダ漏れだ。やろうと思えば除き放題だしな」

 

 フィンは言わんとしていることを理解し、耳を傾けていたレフィーヤも何かを悟ったかのように、か~っと相貌を真っ赤に染める。

 

「まあ男の浮かれたような声になにしに来たのかわかっちまったからな、こっちは白けたが、もらうもんはもらっちまったし……くたばっちまえなんて思いながら部屋を貸したら、このざまだ。ぞっとしちまったよ」

 

 軽い調子で語るヴィリーだったが、その顔には肝を冷やした名残が残っていた。片手を首にまわす彼は参ったように重いため息をつく。

 リヴェリアが悼むように遺体の潰れた頭部へそっと布を被せる中、フィンは質問を続ける。

 その後ロープの女は顔は分からないが体付きがいいこと(その件ではティオネが犯人扱いされプチキレした)、そして死んだ男のステイタスを見たリヴェリアとアイズにより、死んだ男がLv.4の冒険者であることが発覚。

 つまりはLv.4を殺せる者……同等かそれ以上の殺人鬼が街に潜伏していることを意味する。

 その結果ボールスにより街全体の冒険者が集められ、大捜索が行われ始めた。

 

「よし、これで全員だな」

 

「よく揃ったね」

 

「ああ。号令に従わなければ街の要注意人物一覧(ブラックリスト)に載せるって脅したからな。そうなりゃあどんな店でも即叩きだしだ。嫌嫌でも従うってもんだよ」

 

「それに一人でいるのは恐ろしい、か」

 

 すでにLv.4が殺されたことは街全体に伝わっている。誰もが一人でいることに恐怖を感じていることだろう。

 

「さて、何からすればいい?」

 

「まずは無難に身体検査や荷物検査といったところかな」

 

「うひひっ、そういうことなら……」

 

 フィンの助言にいやらしく笑うボールスは、顔を上げて女性冒険者たちに叫んだ。

 

「よおし、女どもぉ!?体の隅々まで調べてやるから服を脱げーッ!!」

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!』

 

 ボールスの叫びに男子冒険者が熱烈な歓声を上げる。

 諸手を上げて俄然やる気を漲らす浅ましい男たちに、ふざけんなーッ!死ねーッ!と女冒険者達から大顰蹙の声々が飛んだ。

 

「馬鹿なこと言っているな。お前達、我々で検査するぞ」

 

「はーい」

 

「うん」

 

「男のこの無駄な団結力ってなんなの?」

 

「わ、わかりました」

 

 雄叫びを上げる男たちを放っておき、リヴェリアが検査を受け持つため歩み出る。声をかけられたアイズ達もそれに従った。

 ぶーぶー、と男性冒険者が野次を飛ばす中、アイズ達は横一列に並び、それぞれの女性冒険者に対応しようとする。

 

「それじゃあこちらに並ん、で……」

 

 自分の前に列を作るように言ったレフィーヤの声が、不自然に途切れる。

 彼女の視線の先、女性冒険者達を見向きもせず、ずらりとフィンの前に長蛇の列を作っていた。

 

『フィン、早く調べて!?』『お願い!』『体の隅々まで!!』

 

「………」

 

 多くの少年趣味(おんな)が、遠い目をするフィンに詰め寄る。

 【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ。

 オラリオにおける女性冒険者人気の一、二を争う、第一級冒険者だ。

 

「あ・の・アバズレどもッ……!?」

 

「ちょっとぉ、ティオネ!?」

 

「離しなさい!?団長が変態どもに狙われているのよ!!?」

 

 フィンに殺到する女性陣を観てブチ切れるティオネ。暴走寸前の姉を必死に羽交い絞めするティオナは「鏡を見てから言いなよ!」と叫び散らす。

 

『フィンが押し倒されたぞ!』

 

『いや、お持ち帰りされた!』

 

「―――――うがああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 男性冒険者の悲鳴が響き、ティオネがついに暴走する。

 広場は大混乱に陥った。

 

「うん、と」

 

「もう、なにがなんだか……」

 

 乱闘を止めようとリヴェリアとティオナが慌てて介入する中、閉まらない雰囲気が辺りに充満していた。

 

「……?」

 

 ふと。

 困ったように視線を泳がせていたアイズの視界に入り込んだ広場から逃げるように去っていくロープの少女。

 

「―――――行こう」

 

「は、はい!」

 

 その不審な人物を放置する選択肢はなく。

 声をかけるアイズにレフィーヤは頷き、急いで彼女の後を追った。

 

 

***

 

 

「ハア、ハア、ハァ!」

 

 少女は走っていた。

 変な予感はあった。

 依頼主は全身黒ずくめであったし、何故かダンジョン内で依頼されたし、内容も不可解なものだった。

 でも報酬に目がくらみ、つい受けてしまった。

 違ったのだ。

 昨日運搬物の引き渡しで顔を合した男が殺されていた。

 やはりあぶない物件だったのだ。

 Lv.4が軽く殺されてしまうほどの依頼だったのだ。

 自分などが軽い気持ちで受けていいものではなかった……!!

 

「ハア、ハア!」

 

 少女はひたすら、逃げるように走る。

(こんなことなら、アスフィに言ってアイツに来てもらうんだった!)

 胸中で、そんなことを思いながら。

 




続きます。
ですが遅くなるかもです。


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謎の宝玉と忠告

すみません。今回もかなり遅くなりました。
しかも短いです。
本当はここで二巻を終わらせ三巻に入ろうと思っていたのですが……思っていた以上にリアルがきつかったです。
GWに遅れている分は取り戻す予定です。


 フィン達を中心にした騒ぎが起こる広場の端の商店の影で。

 その()()はいた。

(面倒なことになった……やはり殺したのは早計だったか。いや、エニュオに見られたら殺せと言いつけられている)

 男の喉を潰し、骨を折った感触は、未だ手中に残っていた。

 指を細かく動かしながら、行き場のない感情を持て余す。

(さて、どうするか……動きにくくなった。そもそもアレはこの街に残っているのか。まだ残っている気がするんだが……)

 心の中でブツブツと呟きを繰り返す。

 こっそりと群衆の端に紛れながら、場を取り締まる者たちを油断なく見据え、思考を働かせる。

(これ以外にも『アリア』の件もある……ああ、めんどくさい……)

 苛立ちが表情に表れ始め、いっそこの場の人間をすべて殺してしまおうか……そんな自棄的な考えが頭をよぎった時、その光景が視界に入った。

 人込みからそろそろと離れ始め、誰も見ていないときを見計らって走り出した獣人の冒険者と、それを追うヒューマンとエルフ。

 追われ、追う彼女達はただならぬ雰囲気を醸し出しながらわき目も振らず、広場から離れる。

 

「……」

 

 コツ、コツと音を鳴らし、その人物は足の向きを変えた。

 沈黙を纏いながら群衆の間を縫い、怪訝そうな視線を浴びながら彼女達を追う。

 階層内の水晶の光はゆっくりと落ち始め、街に『夜』が訪れようとしていた。

 

 

***

 

 

(へぇ、動き出したのか)

 18階層の天井にびっしりと生えている水晶の間から。

 一人の男が双眼鏡を使って下の様子を見ていた。

(フェルズさんが仕入れた情報から依頼した冒険者依頼(クエスト)だったんだが……やはり見張りがいる)

 男は内心で一人思考する。

(逃げたのがルルネ・ルーイ……フェルズさんが直接接触した冒険者。ヘルメスのとこのLv.3、か。それで追っているのがレフィーヤとアイズ……Lv.3とLv.5、か。この面子だと少しまずい……だがフィンにリヴェリアがいるし俺が出なくても……フェルズさんも出来る限り姿は見せないようにしろって言ってたしな……もうちょっと情報が欲しい)

 男は観察を続行した。

 

 

***

 

 

 アイズ達は逃げ出した犬人の少女を捕まえることに成功していた。

 始めは二人揃って後ろから追いかけていたが、途中でアイズが第一級冒険者にしか許されないであろう凄まじい移動速度で遠回りし、挟み撃ちにした。

 

「はぁ、はぁ、捕まえましたね。さすがアイズさん」

 

「ううん、レフィーヤのおかげだよ」

 

「はぁ、はぁ……事情聴取は団長達に任せた方がいいですね」

 

「うん、そうだね。広場に戻ろう」

 

 挙動不審だった彼女を怪しい人物と睨み、アイズとレフィーヤはフィンのもとに連れて行こうとした。

 しかし。

 

「やめて!!?」

 

 犬人の少女は途端に声を上げ、懇願する。

 

「お願い、やめて!あそこに連れてかないで!!そしたら、次は私が……!」

 

「あ、あのっ」

 

「ちょっ、ちょっと何してるんですか!」

 

 アイズに縋りつく形で両腕を掴み、犬人の少女は懇願する。

 そのあまりにも必死な様子に、アイズとレフィーヤは困ったように顔を見合わせる。

 

「どうしましょうか……?」

 

「……人のいない場所に連れて行こう」

 

「……わかりました」

 

 怯えている少女を見ながらアイズが提案する。

 少女の怖がりようは異常であり、未だに気が動転しているため一旦場所を変えることにした。

 人気のない階層内の端の方へと移動し、アイズとレフィーヤは犬人の少女と向かい合った。

 

「もう、大丈夫?」

 

「……うん」

 

 辺りはすでに『夜』に差し掛かっており、暗くなりつつあった。

 

「貴方の名前は?」

 

「ルルネ、ルルネ・ルーイ」

 

「Lv.と所属を教えてもらえますか?」

 

「第三級、Lv.2.所属は【ヘルメス・ファミリア】……」

 

 アイズとレフィーヤの質問にうつむきがちながらも答える少女。ルルネはすっかり落ち着きを取り戻したようである。

 彼女の瞳を見つめながら、アイズは事情を尋ねる。

 

「どうして広場から逃げ出したの?」

 

「……殺されると思ったんだ」

 

「なんで、ですか?」

 

「……貴方が、ハシャーナさんの荷物を持っているから?」

 

 アイズの鋭い言葉にレフィーヤとルルネが目を見張る中、アイズの瞳は少女が持っている小鞄(ポーチ)に向けている。

 ルルネは持っていた小鞄(ポーチ)に反射的に手を添え、やがて告白するようにぎこちなくうなずいた。

 

「どうして貴方がハシャーナさんの荷物を……も、もしかして盗んだんですか?」

 

「ち、違うっ!私は、依頼を受けたんだ」

 

 依頼、という言葉を聞いてレフィーヤははっとする。アイズも脳裏にヴィリーの宿で見た血まみれの洋皮紙が浮かべる。

 先を促すようにアイズは問う。

 

「その依頼の内容は?」

 

「……18階層(ここ)で受け取った荷物を、依頼人に届けること」

 

「運び屋ってことですか?」

 

「ああ。指定された酒場で、荷物を持ってくる相手と落ち合う手はずだったんだ。相手のことは知らなかったけど、装備の特徴は聞いてた。全身型鎧(フルプレート)の冒険者がやって来た時は、すぐにそいつだってわかった」

 

 後は他人を装いさり気なく近づいて、合言葉を口にするだけだったという。

 全身型鎧(フルプレート)の冒険者―――ハシャーナもルルネが依頼内容の人物だと気付き、彼が差し出した荷物を一瞬で受け取った。荷物を狙っていたローブの女も勘づけないほどの、本当にわずかな間に。

 そしてその後、依頼完了によって気を緩めていたハシャーナは、女の誘いに乗ってしまい殺害されてしまったのだ。

 

「役割を分担させて、しかも別派閥(べつべつ)の人を雇うなんて……」

 

 荷物を採取をする人物と、届けにくる人物を分けるかぎり、依頼人は相当用意周到だと言える。もし採取した者の足取りを掴んだとしても、多くの冒険者が出入りするこの『リヴィラの街』で荷物を回されてしまえば、その行方を追うのは限りなく困難だ。

 秘密裏な行動をさせていたことといい、多くの予備策を講じている謎の依頼人に、レフィーヤは思わず言葉をこぼす。

 

「依頼人は、誰ですか?」

 

「わからない……ほ、本当なんだって!ちょっと前に誰もいない夜道を歩いていたら、いきなり黒いローブの奴が現れて……」

 

「黒いローブ?」

 

「そう。全身真っ黒なローブに身を包んでて、声も濁してあったから男か女かも分からなかった。最初は怪し過ぎたから依頼は拒否しようと思ったんだけど……報酬がめちゃくちゃ良くてさ、前金も良い額だったし」

 

 どこか恥ずかしそうに目線を逸らしながらルルネが言う。

 アイズは金貨を差し出す黒いローブの人物の前で、その尻尾をブンブン振っている彼女の姿が想像できてしまった。

 

「あれ、でもルルネさんLv.2ですよね?Lv.2一人で……『リヴィラの街』に行って帰ってくるなんて、危険じゃないですか?」

 

 『リヴィラの街』が存在する18階層。中層中間区のLv.2のアビリティ到達基準はG~D。よってLv.2の者が単独(ソロ)で往復するとなると、第三級の中でも上位の力が求められるというわけだ。

 話を聞く限り用意周到な依頼人が絶対とは言えない第三級冒険者に依頼を頼むのだろうか。

 レフィーヤが疑問をこぼすと、ルルネはあからさまに狼狽した後、言葉を濁しながら白状した。

 

「そ、その、主神(ヘルメス)様には黙ってろって言われてるんだけど……じ、実は私Lv.3なんだ」

 

「「……」」

 

 何とも言えない表情をするアイズとレフィーヤに、ルルネはしゅんと体を縮こませる。

 だが、これでわかったことがある。

 つまり依頼人は、ルルネのさらしていないLv.3であるという事実を知っている程の情報網を持っているということだ。

 

「……ぐずぐずしてないで、すぐに地上に戻ればよかった。見覚えのある鎧が公に晒されて、荷物を渡しに来た奴が殺されたと分かってから……犯人はこの荷物を狙ってるんじゃないかって、私……」

 

 そんな恐怖の感情が浮かんでいたルルネを見つけたのがアイズ……ということらしい。

 再び俯くルルネを前に、アイズとレフィーヤはしばし沈黙し、視線を交わした。

 

「アイズさん、やっぱり団長に知らせた方が……」

 

「―――――駄目!」

 

 レフィーヤの提案はルルネの激しい拒否の言葉に遮られる。

 

「人がいるところは怖い!きっと次は私が狙われる……!犯人はまだこの街にいるんだ!」

 

 小鞄を胸抱き、ルルネはまくし立てるように言葉を続ける。

 レフィーヤが困り果てていると、アイズはルルネとその小鞄を見つめ、口を開いた。

 

「私たちに、その荷物を渡して」

 

 ルルネは瞳目した。

 感情が乏しいであろうアイズの金色の瞳が強い訴えを放っている。

 毅然とした【剣姫】の眼差しにたじろぐルルネは、しばらく依頼との間で揺れ動いた後、命がなくては元も子もないと悟ったのか、アイズの要求に頷いた。

 

「詮索するな、絶対に誰にも見せるなって言われてたんだけど……」

 

 荷物が入っている小鞄を地面に下ろし、蓋を開ける。

 二重底になっている仕切りを外して出てきたのは、口紐がきつく締められた袋だ。

 ルルネは緊張した面持ちで、その膨らんだ中身を取り出した。

 

「……!」

 

「な、なんですか、これは……?」

 

 ルルネから手渡されたのは、アイズの両手に収まる球体だった。

 緑色の宝玉。薄い透明の膜につつまれているのは液体と―――不気味な胎児だ。

 丸まった小さな体には不釣り合いなほどの大きい目が、アイズとレフィーヤのことを見上げている。まるで(おんな)であることを象徴するかのように髪が生えており、頭部の位置から曲線を描き、背筋の先端まで伸びていた。謎の幼体は沈黙を守っているものの、ドクンッ、ドクンッ、とかすかな鼓動を打っている。

 ドロップアイテム?

 あるいは新種のモンスター?

 レフィーヤが色々と考えを巡らせる一方で、アイズはその宝玉に釘づけになっていた。

(この、感じ……)

 奇妙な感覚に襲われる。

 手の中で脈打つ宝玉と同調するように、心臓の音が速まった。

 胎児の眼球と見つめ合い、体中の血が恐ろしい勢いでざわめいていく。

(なに、これ?)

 目の前の宝玉がなんであるかは分からない。

 鼓膜の奥で鳴り響く高い耳鳴り。皮膚の下を蚯蚓が這いずり回る様な感覚。猛烈な吐き気。

 目眩に襲われた瞬間、アイズは耐え切れず膝を折った。

 

「アイズさん!?」

 

 地面に膝をつき、手の上に宝玉が転がり落ちる。

 レフィーヤの手に上体を支えられながら、アイズは大きく呼吸を乱す。

 ルルネはすでに泣きそうな顔で立ちつくしていた。

 

「……っ!」

 

 アイズの異常を喚起する源を察し、すぐさま緑色の宝玉を拾い上げ、アイズから一定の距離を取る。

 はぁ、はぁ、と胸を上下させていたアイズの体は徐々に静まり、回復していった。

 レフィーヤとルルネに茫然と見守られるなか、座り込むアイズは目を薄く開き、胸当ての上から手を押さえた。

 

 

***

 

 

「あれが……またお目にかかれたが……」

 

 アイズ達が宝玉を囲んでいる中。

 階層内の天井に生えている水晶より双眼鏡でその様子を見ていた男は、その宝玉を見て目を丸くする。

(……アイズが苦しんでる。そしてあの幼体……まさかとは思っていたが、な)

 突如として苦しみだしたアイズを見ながら、男は一人思考に沈み、そして結論を出す。

 

「……なぁ『×××××』、質問なんだけどさ……」

 

『質問?』

 

「おう」

 

 男が虚空に呼びかけると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()

 

「あれ、あの宝玉。なんでアイズはあんな調子なのに、前に見つけた時の俺には何にもなかったんだ?」

 

『あぁ~えっとね、××の場合は後から私が同調(シンクロ)したから後天性なんだよ。彼女の場合は()()()()()()()()()()()()()()()……』

 

「……持って生まれた者と後から手に入れた者の差、というわけか」

 

『そうそう。まぁでも私は××と同調(シンクロ)出来て嬉しいよ♪』

 

「おい、やめろ。そんなこと言われたらうっかり惚れちまいそうになるじゃねーか」

 

『……惚れちゃっていいのになぁ

 

「ん?何か言ったか?」

 

『なんでもなーい』

 

「ならいいが……さて、これからどうするかな……」

 

『あの黒ローブの人にはなんて言われてるの?』

 

「姿は見せるなだと。曰く、敵の実態がある程度掴めるまでは俺を隠しておきたいらしい」

 

『そりゃそうだよ。××は切り札なんだからさ♪』

 

「……切り札かどうかはともかくとして、とりあえず忠告しておくことにするか」

 

 そして男は、アイズ達の様子を窺っている不審な人物に目を向けた――――――

 

 

***

 

 

 その瞳は少女達の動向を追っていた。

 薄闇に体を包み、気配を闇と同化している視線は少女達の顔をなぞり、最後にヒューマンの剣士のところで止まった。

 ――――強いな。

 瞳が細まる。

 あれは手間がかかりそうだ。他の二人はすぐにでも殺せそうだが、あのヒューマンだけは別格だ。隙のない身のこなしを纏っていることからもそのことが窺える。

 しばらく観察を続けていると、背後に一つの気配が現れた。

 

「―――誰だ」

 

「……」

 

 振り返ると目に入ってきたのは全身を黒いローブで包んだ人物だった。

 瞬間、咄嗟に身構える。

 自身の勘が、本能が告げている。

 目の前にいる存在は危険過ぎる。あのヒューマンよりも強いのは明らかだ。

 警戒を最大限にまで引き上げていると、黒いローブの人物が口を開いた。

 

「……忠告だ」

 

「……何?」

 

「もし、【ロキ・ファミリア】に一定以上深入りし害をもたらした場合、すぐさまお前を殺す」

 

「……」

 

「忠告はしたぞ」

 

 そう言ってその黒いローブの人物は一瞬にして視界から消えうせた。

 その場に残ったのは圧倒的な威圧により口を開くことが出来なかった、アイズ達を追っていた存在だけであった。

 




まだ二巻続きます。



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リヴィラ攻防戦とアイズの魔法

終わらねー。
なんだよ、リヴィラの話大変ー(ただの愚痴)。

さて、GWに入りましたね。
私は学校が間に挟まりますが、この話を合わせて三話は投稿したいと思っています。


「アイズさん、大丈夫ですか?」

 

「……うん。もう大丈夫」

 

 どこか弱々しい声で、アイズがゆっくりと起き上がる。

 今まで見たこともないような憧憬の姿に、レフィーヤは動揺する一方だった。なんとか狼狽をひた隠す一方で、手元の宝玉を見下ろす。

 緑色の膜に守られた気色の悪い雌の胎児。謎の幼体とアイズに視線を移り変わりさせながら、これは一体何なのかと、疑問を募らせる。

 

「だ、大丈夫なのかよ……や、やっぱりコレ、やばい代物だったのか?」

 

 びくびくしながらルルネが尋ねてくる。

 その答えを持ち合わせていないレフィーヤは、とりあえず決断する。

 

「私が持って、団長に渡します」

 

「ごめん、レフィーヤ……」

 

「謝らないでください、こんなときくらいは私が……アイズさんは離れていてください」

 

 精一杯の笑みを取り繕った後、レフィーヤはルルネを見た。

 彼女は頷いて袋を手渡す。宝玉を中にしまいきつく紐を結んだ後、そのまま小鞄を受け取って肩に担いだ。

 

「それじゃあ行きましょう――――――」

 

 直後だった。

 遠方から何かが崩れる音と、悲鳴、そして最近聞いたばかりの何かが這いずる音が届いてきたのは。

 

「!?」

 

 アイズとレフィーヤは目を見開き、次に弾かれるように駆けだす。

 倉庫を後にして、すぐ近くにあった見晴らしのいい高台まで走って行く。

 そして、高台から見えた景色には――――――――

 

「あれは……!?」

 

 空高く首をのばす、無数の食人花のモンスターだった。

 

 

***

 

 

「おいっ、見張りは何やってやがる!?モンスターが侵入してんじゃねーか!」

 

 ボールスの怒声が響く。

 リヴェラの街は突如として出現した食人花によって混乱の渦に巻き込まれていた。

 

「ティオナ、ティオネ、彼らを守れ!」

 

 フィンの指示のもと、二人は疾走した。大双刃(ウルガ)湾短刀(ククリナイフ)を手に周囲の冒険者の上を飛び越え、食人花に向かって斬りかかる。

 

「フィリア祭のときと言い、こいつ等どこから現れるのよ!」

 

「みんな、逃げちゃだめだって!?」

 

 以前の戦闘とは異なり、自らの得物を用いて食人花を断絶していくティオナ達。

 だが、周囲の冒険者達はパニックを起こしており、ある者は無数の触手によって叩きつけられ、ある者は体当たりをかまされ、またある者はその醜悪な大顎に捕まり咀嚼されていった。中には連携を行い奮戦する者もいるが、冒険者たちよりも食人花の能力が高く、苦戦している。

 

「リヴェリア、敵は魔力に反応する。出来る限り大規模な魔法で敵を惹きつけろ!ボールス、五人一組の小隊を作らせるんだ。数で当たれば各班一匹は抑えられる!」

 

「わかった」

 

「お、おう!?了解だ!」

 

 戦場の範囲、敵の場所、味方の人員、その他数多くの情報を一瞬で精査、判断し、フィンは的確な指示を出す。

 リヴェリアが広場の中央で魔法円(マジックサークル)を展開し、ボールスが周囲の冒険者たちに怒鳴り散らす。王族の美しい詠唱によって多くのモンスターが引き寄せられ、それらをフィン自ら矢面に立って長槍で多くのモンスターを屠っていく。

 口腔の奥にある魔石を的確に貫き、長躯を駆け上がる、または跳躍しモンスターに一撃必殺を見舞う勇者の姿と、喉が枯れんばかりの鼓舞の声に、冒険者達は奮い立った。

 混乱が徐々に収まり、彼等も食人花を少しずつだが撃破していく。

 

「出来過ぎているな……!」

 

 広場での戦況が直されていく一方、未だに多くのモンスターを屠りながらフィンは目を細める。

 ここから確認できるだけでも街の中を暴れまわるモンスターの数は50を超える。いや、さらに増えてきているから軽く100近くはいそうだ。階層内でも山の断壁に築かれて天然の要塞と化しているこのリヴェラに、接近の予兆さえ感じさせずに現れたモンスターの大群に果てしない違和感を、奇怪さを覚える。

 いや、あまりにも()()()()()()

 フィンは走り出し、広場の中でも物見やぐらとなっているであろう建物に上り、そこから身を乗り出す。

 

「っ……?!まさかね……」

 

 周囲の様子を見たフィンの碧眼が驚愕に揺れ、思考を加速させる。

 少し先の方にある湖の底から、夥しい数の食人花が水面を突き破り断壁をよじのぼっている。

 湖の中に、いや、安全階層(セーフティポイント)に群れをなしての潜伏……モンスターのあり得ない行動にフィンの頭に衝撃と確信が走った。

 今まで姿を隠し、一斉に襲いかかってきたこのタイミングといい、モンスターには不可能である戦略的行動。介在している人の意思。

 これだけのモンスターの統率、信じられないがそうとしか考えられない。

フィンは顔を歪ませ、導き出した答えを口にする。

 

「やはり、調教師(テイマー)か……!」

 

 

***

 

 

 レフィーヤはその光景を目にしながら呆然としていた。

 突如としてリヴェラの街に出現した食人花のモンスター。凄まじい数が無数の触手で街々を破壊していく。

 

「街が……あのモンスターに!」

 

「な、なんだよあれ……新種か!?」

 

「あのときの、モンスター……」

 

 衝撃を受けているレフィーヤに、慌て始めるルルネ、冷静に状況を把握するアイズ。

 

「とりあえず、広場に戻ってティオナ達と合流しよう」

 

「わ、わかりました」

 

 そして三人が広場に向かおうとしたときだった。

 前方に二体の食人花が出現した。

 

「っ!?」

 

「私がやる」

 

 急に現れたモンスターにびっくりしたレフィーヤを置いて、アイズはすぐさま行動を起こす。

 自身に向かってくる触手を斬り裂き疾走、そのままの勢いで一体目を屠る。

 二体目も流れるように勢いを殺さず撃破してみせた。

 

「す、すげー……さすが【剣姫】」

 

「ア、アイズさんありがとうございます。すみません、びっくりしてしまって……」

 

「気にしないで。それよりも早く合流しよう」

 

「はい!」

 

 あっという間に斬り倒されたモンスターだったが、身を襲う振動にレフィーヤははっと顔を上げる。

 

「あっちからも……!!」

 

「う、嘘だろ!?」

 

「……レフィーヤ、先に行ってて」

 

「アイズさん!?」

 

 モンスター達は食人花の魔石に反応したらしく、こちらを完璧に補促し、凄まじい勢いでこちらに近づいてくる。

 アイズがすぐさま飛びだしモンスター達の中に突っ込んで斬撃の嵐を見舞った。愛剣で複数の敵を斬り裂きモンスター達の進撃を食い止める。

 

「行きましょうルルネさん!アイズさんなら大丈夫です!」

 

「う、うん。わかった!」

 

 レフィーヤはこの場に残ってもアイズの邪魔をするだけだと思い、先に移動することにした。今すべきことは持っている宝玉をいち早くフィンのもとに届けること。そしてルルネの安全を確保することだ。

 広場に向かおうとするレフィーヤは直接のルートを避け、迂回していくルートを選択した。途中で食人花に出くわす可能性を少なくするためだ。

 遠くから怒声と轟音が響いてくる路地をしばらく進んでいると、レフィーヤ達は水晶の林ともいうべき街の一角に出た。

 

 群晶街路(クラスターストリート)

 

 水晶広場の双子水晶と並ぶ、『リヴィラの街』の名所だ。

 街の中でも比較的に大きい水晶が生えた階層内の北部にて形成されており、背の高い青色の水晶が立ち並んでいる。多くの十字路があり、家屋に囲まれた路地裏のごとく道はせまい。通り過ぎる者の姿を綺麗に写すことからまるで鏡の迷路のようでもある。街の中でもここだけ気取ったように地面に敷石が備えられていた。

 入り組んだ水晶の道に二人の足音が響き、急いているレフィーヤとルルネの横顔が水晶に薄く反射している。

 

「うわっ、ば、爆撃!?」

 

「あれは!リヴェリア様の魔法!!」

 

 凄まじい轟音が街の中央から連続して昇る。

 ルルネが肩を跳ねさせる中、蒼然とした闇に包まれていた『リヴィラの街』は一瞬で赤く燃え上がった。上空が鮮やかな紅色に染まり、夥しい火の粉が盛大に舞っていく。

 うおおおおおっ、と響いてくる歓声も聞き、レフィーヤは、都市最強の魔導師の火炎魔法が数多くのモンスターを撃破したことを悟った。

 

「っ……!?」

 

「え、あ、あなたは……??」

 

 そして街が、空が、燃え立つように赤く染まる最中。

 火の欠片が降り注ぐ水晶の道に、一つの影が、レフィーヤ達の前に現れた。

(男性の冒険者……?)

 胸当て、籠手、足具。

 あと頭に兜を被っていれば全身鎧(フルプレート)となるであろう装備を纏った不気味な男は首元にボロ布のような襟巻をしており、浅黒の肌の顔右半分には包帯が巻かれていて、露わになっている左目が無感動にレフィーヤ達を見つめていた。

 レフィーヤが怪しく思っていると、その男は少しずつ歩みを進めてくる。

 

「と、止まってください!?」

 

 レフィーヤは反射的に叫んでいた。

 横にいるルルネは尻尾をふっており警戒を最大限に上げており、レフィーヤも杖を構える。

 だが、男は大股でどんどん近付いてくる。

 そして、あと十歩分の間合いを切った瞬間、男の姿が掻き消えた。

 反応を許さない速度での肉薄。

 目も見開く間もないままレフィーヤは懐に踏み込まれ、首を片手で掴み上げられる。

 

「がっ……!?」

 

 軽々と体ごと持ち上げられ足が地面から離れる。

 首を絞めつけてくる籠手。恐ろしく冷たい金属の感触が肌に食い込み、レフィーヤの手の中から杖が高い音を立てて落ちる。

 男のその右腕を必死に剥がそうと両手で抵抗するものの、取りついた手は全く離れない。

 首をしめ上げようと―――――いや握りつぶさんと――――凄まじい力で五本の指が首に食い込んでいく。

 

「う、うぐるらあああああ!!」

 

 虚をつかれたルルネが男に向かって飛びかかるが、男はレフィーヤを掴み上げた右手はそのままに左手で裏拳を放ち、ルルネを一撃で吹き飛ばした。

 吹き飛ばされたルルネは水晶の柱に叩きつけられ、気絶してしまう。

 

「ぁ………!ぅ、っ……!?」

 

 レフィーヤもすでに限界に近く、意識が遠のいていく。

 空気を碌に吸えないために何度も喘ぎ、その見開かれた瞳には涙が溜まる。今や完全に上を見上げる格好になったレフィーヤに、男はさらに力を込める。

 が、そこに()()()()()()()()()()()()()()()()

 男はすぐさま反応。レフィーヤを離してその場を離脱、回避に成功する。

 

「がはっ、けほっけほっ……!」

 

 男が手を離したことで解放されたレフィーヤは精一杯息を吸い込みなんとか意識を回復させる。

 

「……ちっ」

 

 男は矢が飛んできた方向を見て軽く舌打ちした後、目の前で喘ぐ少女の息の根を止めようと目を向けたときだった。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!?』

 

 水晶の柱を破壊してずたずたに斬り裂かれた跡がある長躯が突っ込んでくる。

 絶叫を上げ、爆発の如く群晶街路を突き破る食人花のモンスター。いくつもの青水晶が周りに飛散し、目を開けていたレフィーヤの中にもその光景が映り込む。

 そして、その後から現れる金髪金眼の女剣士。

 

「アイズさん!」

 

「……レフィーヤ、無事?」

 

「は、はい。なんか援護射撃をしてくれた人がいたみたいで、なんとか……」

 

「……」

 

 現れたアイズにレフィーヤは歓喜し、男は視線をアイズに固定する。

 男はアイズがレフィーヤ達のもとを離れた瞬間を狙い、二人を殺そうとしていたのだ。

 

「……貴方が、ハシャーナさんを殺した人?」

 

「え……殺したのは女の人の筈じゃ……」

 

「……だったらどうした」

 

 その声を聞いた瞬間、レフィーヤは何か見てはいけないものを見ているような感覚に陥った。

 高く響いたその声は外見通りのものではなく―――――()()()()()()()()()()()

 

「あ、貴方は男性の筈じゃあ!?」

 

 明らかに男性の風貌である相貌をまじまじと見つめながら、レフィーヤが戸惑いの声を上げる。

 包帯で顔の半分が隠れているものの疑う余地がない。うすら寒いほど感情というものが存在していないが、その顔はどうしても女性のものとは思えなかった。

 無表情な男?は淡々と話す。

 

「引き剥がしただけだ」

 

「えっ……?」

 

()()()()()()()()()()()()()()、被っているだけだ」

 

 レフィーヤは絶句しかできない。

 アイズでさえも息を呑む。

 

「『ポイズン・ウェルミス』の体液に浸せば人の皮の腐敗は防げる……知らなかったか?……まあいい。正体がバレたなら、こんな格好は窮屈でしかないな」

 

 抑揚のない口調で告げられる彼、いや彼女の言葉に寒気が体を走る。

 つまり、目の前の人物は奪ったのだ。

 殺したハシャーナの顔の皮を剥ぎ取り、念のため隠ぺい工作として衝動に駆られてめちゃくちゃにしたと思わせるために。

 

「ああ、きつくてかまわん」

 

 そう言って女は自身の体に取り付けてある防具を取り始める……いや、砕きはじめる。

 胸当て、籠手、足具をすべて壊すと、その下からインナーに身を包んだ豊満な胸がまびろ出る。白い首筋やそのしなやかな肢体があらわになっていく。

 そして、最後に顔に取り付けていたハシャーナの顔を破り、白い女の肌が露わになる。

 

「いい加減、宝玉(たね)を渡してもらおう」

 

 そう告げ、女は腰に佩いている長剣を抜き放つ。

 次には一気に飛びだしアイズへと襲いかかった。

 

「っ!」

 

「ああ、やはり強いな」

 

 衝突。

 レフィーヤのもとから疾走し自らも斬りかかるアイズ。《デスぺレート》が相手の長剣とぶつかりあい、激しい火花を散らす。

 己の高速度に反応してみせたアイズに女は目を細め、更に連撃繰り出す。

 

「……!?」

 

 言葉を失うレフィーヤを置き去りに、激しい剣戟が巻き起こる。

 振り下ろされる長剣に、横に滑るサーベル。舞い狂う剣と剣が打ち鳴らされ、銀の剣閃が宙を何度も行き交う。お互いの姿は霞み、縦横無尽、決して広くない道で何度も立ち位置が入れかわる。

 ――――強い!!

 眼前の敵の実力にアイズは瞳目する。

 磨き抜いてきた己の剣技に引けを取らない戦闘技術。純粋な剣技だけでなく拳と蹴りも加えて襲ってくる洪水のような攻撃の嵐に、アイズは防戦一方。否、防ぐことが精一杯だ。

(強い。強いけど……私は負けられない……!)

 そして、アイズは一旦距離を取る。

 

「……どうした、その程度か」

 

「……はあっ!」

 

 もう一度アイズは女に斬りかかる……ただし、剣を右手に持ち()()()()()()()()()

(使うよ、ハチマン……!)

 そして、彼女は紡いだ。

 

「……()()()()()()()!」

 

 アイズの左手より氷の砲撃が放たれた。

 

 

***

 

 

「……アイズは間にあったようだな」

 

 アイズ達が戦闘を繰り広げている『リヴィラの街』から数百Mの岩山の場所。

 そこに先程まで天井の水晶にいた男と少女はいた。

 

『……珍しいね』

 

「ん?何がだ?」

 

『君が【剣姫】以外を……それも()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……まあレフィーヤはうちの常連だし……なによりいい奴だからな」

 

『このこの、女ったらしめ!』

 

「ちょ、痛っ、痛いってどうしたんだよいきなり。万が一に備えて場所が割れないように()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()

 

 先程のレフィーヤを助け、女を襲撃した矢はこの男が放ったものらしく、少女に向かって弁明している。

 

『ふーん。で、なんであの矢にしたの?他にもあるじゃんか』

 

「いや、だってバレるだろ。アイズやレフィーヤならともかく、フィン辺りに見られたら感付かれるに決まってる。ロキがいうにはフィンだけは少し感付いているらしいし」

 

『……で、これからどうするの?』

 

「様子を見よう。それが今回の目的だしな」

 

『おっけー……でも、もし()()がこの階層に現れたら?』

 

「………その時は最悪俺が出る。()()は出たら()()()()()()()()()()()()……フィンやリヴェリアには悪いが。……正体バラしてでも守りたいものだからな」

 

 そして、二人は戦闘の様子の観察を続けるのだった。

 




次回は今週中に出します。
次こそ二巻を……!


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怪人と弧王と秘められし力

はい、更新遅い作者です。
この作品を楽しみにしている方には申し訳ないくらい遅くなってしまいましたが、これで二巻の内容が終わりました。
三巻読まなきゃ……頑張ります。
もうすぐ夏休みですもんね!……あ、補習ばっかでした。
さらにインターハイがあるので……また遅くなるかもしれません。

前書きが長くなりましたが、第一章完結です、どうぞ。


「……アイスブリッツ!」

 

「くっ!?」

 

 アイズの氷の砲撃に女は驚きの表情をして、少し遅れてから回避行動をとった。

 だが左足に氷の砲撃が当たり、その威力に女は吹き飛ばされる。

 

「……これは驚いたな」

 

 水晶に当たり衝撃で埃が舞っていたが、女は静かに立ち上がりアイズを見つめる。

(……左足についていた氷を衝撃と合わせて水晶に当てることで壊した……やっぱり強い)

 アイズも並ならぬ強者を前に再び構える。

(アイズさんの魔法……!?しかも詠唱なしの魔法……初めて見た……。って、違う違う!私も援護しなきゃ!)

 

「―――――【解き放つ一条の光。聖木の弓幹。汝、弓の名手なり】」

 

 その光景を見ていたレフィーヤは自身にも出来ることをと、援護のために詠唱を開始する。

 魔法円が展開され、魔力の高まりを察知した赤髪の女がレフィーヤの方に気を配るが、アイズが邪魔させないとばかりに攻撃を更に鋭くする。

 

「【狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】!」

 

 アイズの繰り出す斬撃の量が増す一方、レフィーヤも短文詠唱の過程を高速で終える。

 敵はアイズから離れることができない。

 そして玉音の響きとともに、魔法円から強い光が立ち昇る。

 

「【アルクス・レイ】!」

 

 撃ち放たれる光の矢。

 速度重視の単発魔法。だがレフィーヤの巨大な魔力に加え大量の精神力(マインド)が込められた魔法は、もはや矢ではなく大閃光(ビーム)だった。

 さらに、魔法属性として自動追尾機能を持つため避けることは許されない。

 アイズが巻き込まれないよう射線から外れ、大閃光(ビーム)が女のもとに迫る。

 驀進してくる魔法に女は目を細め、そして――――――次の瞬間には()()()()()()()()()()()()()

 

「え!?」

 

「ッ!?」

 

 レフィーヤとアイズの驚愕もろとも女が大閃光を受け止める。

 女の左手から血が飛び散るが、女は気にする素振りすら見せない。それどころか少しずつ押していき、ついには押し返した。

 魔法自体を放ったレフィーヤに向けて跳ね返す。さすがに威力が高く軌道がズレたものの、水晶が爆砕され、衝撃波が起こった。

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!?」

 

 悲鳴を上げるレフィーヤは元いた場所から吹き飛び、その際に携えていた小鞄が手から離れ、袋から飛びだした緑色の宝玉が地面に転がる。

 その威力の衝撃で少しだけ体制を崩してしまったアイズに対し、女は容赦ない攻撃を仕掛けてくる。

 

「やはり強い……だが」

 

「!?」

 

「私の方に分があるな」

 

 あまり使わない魔法を使い、魔法剣士のようなスタイルを用いていると言うのに防戦一方。なんとか攻撃は全て捌けてはいるものの、魔法が無ければすでに致命傷を食らっている筈だった。

(やるしかないッ)

 そして、アイズは目の前の敵の危険度から、強力すぎるが故に対人では一切使わなかった魔法を解禁する。

 

「【目覚めろ(テンペスト)】!!」

 

 アイズが魔法を紡ぐと同時に気流が生まれ、【エアリアル】が発動する。剣に、全身に風の力が付与される。

 爆発的に自身のスペックを上げたアイズは女に向かって疾走する。

 

「なっ」

 

 女が驚愕する。長剣を弾きながら胴体を突く。女は後ろに避け、アイズはさらに距離を詰める。

 風を纏った長剣を逆袈裟に放つ。それを女は自身の得物で弾くが、アイズは追撃とばかりに上から降り下げる。

 咄嗟に防御した相手だったが体は耐え切れず、凄まじい勢いで後方へ飛ばされた。

 巻き起こる風の咆哮。数段キレが増した斬撃の嵐。その風の恩恵を得たアイズは一方的に赤髪の女を攻め立てる。

 ガガガガガッ!っと石畳を削りながら大きく後退した女はやっとのことで停止すると、顔を上げアイズを見上げてくる。

 その双眸は大きく見開かれてアイズを凝視している。

 そして、アイズにとって聞き捨てならないことを口にした。

 

「今の風……そうか、お前が『アリア』か」

 

 その呟かれた名前(単語)に――――アイズは金の双眸を大きく見張る。

 ドクンッ、と胸を揺らす一際高い鼓動の音。声も出せないほどの衝撃が全身を襲い、何故、という言葉が頭を埋め尽くす。

 どちらも驚愕を浮かべる中、一瞬、奇妙な沈黙が両者の間に走った。

 

『――――ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアァッ!!』

 

 そこで、突如。

 地面に転がっていた宝玉が――――――雌の胎児が、叫喚を上げる。

 

「!?」

 

 背後から響きはじめた甲高い叫び声にアイズは振り返った。

 同じくその声を聞き、焦燥をあらわにした赤髪の女が動き出すより早く。

 胎児は宝玉の中でもがくように体を動かし、そして手を動かして緑色の膜を突き破った。

 

『ァァァァアアアァ!!』

 

 あたかもアイズの魔法がきっかけであったかのように急に活動を開始した胎児は、その小さな体のどこにそんな力があったのか、いきなりありえないほどの飛距離を飛礫のように飛んだ。

 自身の顔に迫った不気味な存在をアイズが回避すると、そのまま胎児はその方向に飛んでいき、今尚水晶の壁に埋まっていた食人花モンスターに接触、噛みついたかと思えば()()()()

 

「なっ―――――――」

 

「……ちっ」

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!?』

 

 瀕死だったはずの食人花が咆哮を上げる。

 食人花全体に赤い脈状の線が走って行き、それが体に広がって行くたびに絶叫が大きくなっていく。

 一度びくりっ、と震えたかと思うと長大な体全体が膨れ上がった。

 悶え苦しみながら変化を続けるモンスター。その光景を目で見ていたレフィーヤは凍りつく。

 それは変容に次ぐ変容だった。

 常軌を逸した成長、いや、進化と呼んだほうがいいだろうか。

 あの宝玉はモンスターを強制的に別の存在へと至らせる禁断の実であったのか。

 呆然とするアイズの前で、食人花?は音を立て少しずつ姿を変化させていく。

 まるで蛹から羽化をする蝶のように、人らしき輪郭がメリメリと体液の上から起きあがって行く。

 のた打ち回るモンスターは変容中に前触れなく襲いかかってきた。

 めちゃくちゃに攻撃を仕掛けてくるその巨体から、アイズは疾駆してレフィーヤとルルネを抱え込み、その場からすぐさま脱出した。

 

「ええい、全て台無しだ……!」

 

 続いて赤髪の女もその場を離脱する。

 モンスターはアイズ達を追いかけ至る所に、その触手で攻撃を放つ。逃げるアイズは二人を抱いたまま疾走、地形を無視しながらついてくるモンスターから縦横無尽に逃げ回る。

 一方、触手で辺りを破壊しながらも、別の食人花モンスターを見つけると容赦なく食らいついた。

 そして、アイズの瞳は。

 羽化を遂げたような、モンスターの体皮を被った女体の姿をとらえた。

 

 

***

 

 

「……」

 

『ねえ、あれはいいの?』

 

「……()()()()()()()()。あれくらいならヒュリテ姉妹でも対処できるし、全員でかかれば圧倒出来るはずだ」

 

 男は突如として現れた女体型のモンスターを見て呟く。

 その瞳はその姿を見ていながらも、()()()()()()を見るように女体型モンスターを見つめている。

 

『……本当に醜いね』

 

「やっぱり黒幕は……」

 

『うん、そうだと思うよ』

 

「……眠くなってきた。帰るか」

 

『そうだね』

 

 そして、先程までリヴィラの街を観察していた男と少女は、突如としてその場から消え去った……。

 

 

***

 

 

「なにあれ!?」

 

「あいつ、50階層の……!?」

 

 階層内の至るところで戦闘が繰り広げられる中、突如として出現した巨大な女体型のモンスターに驚くティオナとティオネ。

 ティオネの頭に過るのは、以前50階層に出現した同じような女体型のモンスター。

 あの時は下半身が芋虫だったが、今回は先ほどから街内で暴れまわっていた蛇のような食人花らしい。

 その女体型は街の中心部、水晶広場へと進路を取り、立ちふさがるものは壊しながら進んでいる。

 

「もうここらへんでモンスターに狙われている人いないよね!?」

 

「助けた側から広場に追い返したでしょ?さっさと行くわよ!」

 

 破壊された天幕や小屋を踏みつけ跳躍しながら、ティオナ達は一直線に町の中心部へと向かった。

 

 

***

 

 

「どこから現れた……と、問いただしたいところだが、始末する方が先決だな」

 

「ああ、そうだね」

 

「なんでてめえらはそんなに冷静なんだよ!?ちったあ慌てろよ!」

 

 ボールスの悲鳴が響き渡る横で、リヴェリアとフィンはその巨躯を見上げた。

 レフィーヤとルルネを抱え込んで逃げてきたアイズに続き、食人花の足を侵入させ、轟音とともに女体型モンスターが広場に侵入する。リヴェリアの火炎魔法によって多くのモンスターが焼き払われたとはいえ未だにモンスターと対峙している冒険者たちは、軒並みそろってその圧倒的な威容に息を止める。

 

「50階層のモンスターも、あの胎児のせいでこんな風に……?」

 

 アイズに下ろされるレフィーヤは、眼の前の女体型を仰ぐ。

 複数の食人花に寄生、もとい吸収した女体型の規模は、50階層の個体を上回っていた。高さに大した差はないが、横幅がその長い足のせいで凄まじい物となている。足を折りたたんでいる状態でも十Mくらいはあるだろうか。

 

「着いたー!」

 

「あー、間近で見るともっと気色悪いわね」

 

 そこにティオナとティオネが頭上から広場に降り立つ。

 一つの屋根の上に集まっているアイズ達。

 

『!』

 

 そして、女体型が動く。

 ドガガガガッ!っと激しい音を立てながら触手をアイズに向け突撃させた。

 アイズは気絶しているルルネをレフィーヤに任せ、巻き込まないように逆方向に走る。すると、女体型はアイズの走っていく方向に体の向きを変える。

 

「狙いはアイズか!」

 

「発動している魔法に反応しているのかな」

 

 備えてある触手全てを持ってアイズを襲いに行っている女体型に、リヴェリアとフィンは杖と槍を引っ提げてモンスターのもとに接近する。

 

「そりゃあ―――ッ!!」

 

『オオオオオオオッ!?』

 

「はぁ!」

 

『オオオオオオオ!?』

 

 そんな彼らより先にティオナティオネがモンスターに斬りかかる。

 振り下ろされたティオナの大双刃が女体型の食人花の一つの首を斬りおとす。

 二つ名である【大切断(アマゾン)】の名前に違わず、一刀のもとにその太い脚を断ち切る豪快な斬撃は凄まじいの一言に尽きる。先程までの食人花との戦闘とさほど変わらず、通常よりも太く盛り上がった長足を跳ね飛ばした。

 

『……』

 

「痛ったぁ!?」

 

 花を付けた部分を失った足は斬られた断面から血を流しながらも、そこからティオナを弾き飛ばす。

 大双刃(ウルガ)の極厚の剣身を盾にして防いだ彼女は、地面を一度転がってからすぐさま立ちあがる。

 

「力めちゃくちゃ強くなってるんだけどー!!?しかも首落としたの動くのー!?」

 

「あれはもう足の一本に過ぎないでしょうが、そりゃあ動くわよ!」

 

 妹とは異なり冷静に足の一本を料理するティオネが叫ぶ。湾短刀(ククリナイフ)を用いて葉脈が走っている長足を瞬く間にずたずたに切り裂く彼女は、危なげなく攻撃を回避していく。

 動きに精彩を失われた足を、ここぞとばかりに再起不能に追い込もうとするティオネだが、そこで女体の上半身が動く。

 アイズを追っていた顔を彼女に向け、腕の触手を槍の如く放出する。

 

「くそッ!」

 

 押し寄せる無数の触手を二刀の湾短刀(ククリナイフ)で切り払う。直線だけではなく曲線も描きながら四方より押し寄せる宿主に悪態をつきながらも、その場から離脱し、懐より取り出した投げナイフを投擲する。

 女体の上半身にせまる白刃を、触手の一本が撃墜する。

 

「リヴェリア、先に行く」

 

「ああ。―――――そこのエルフ、背の弓を貸せ!」

 

「は、はい!?」

 

 フィンが瞬く間に加速して足の一本に槍を突き刺す中、リヴェリアが近くにいたエルフの男に声をかける。

 王族(ハイエルフ)の声に彼は無条件に従った。副武装(サブウェポン)であった大型の破砕弓を矢筒ごと、走って来るリヴェリアに渡す。

 素早く矢筒を腰に装着したリヴェリアはその紫紺色の弓を構え、立て続きに矢を連射した。上半身に射った矢をわざと触手に弾かせ、本命であるフィンの支援攻撃を次々と着弾させて行く。

 王族(ハイエルフ)の森で育ち、狩猟が数少ない趣味の一つであった【ロキ・ファミリア】の副首領は、弓の腕にも秀でていた。巨大な矢が次々に突き刺さり、食人花の足は威力に負け、ぐにゃりと体をたわめる。

 

「ボールス、人手が足りない!指揮は任せた!」

 

 そしてリヴェリアの援護を受けながら長槍を振り回すフィン。

 あたかも背中に目があるかのようにリヴェリアから続々と放たれる矢はかする気配すらせず、モンスターの足を切り裂いては穿っていく。その小柄の体でわずかな隙間もかいくぐり、アイズに群がろうとする複数の足をまとめて相手にする。

 女体の両腕から放たれる触手に対し、フィンはそれを利用、そのまま()()()()()()()()()()()()()()

 これにはさしもの女体型モンスターも驚いたのか、一瞬の硬直に陥る。

 これを見逃す二人ではなく、フィンは女体型の腕の一つを槍で切り裂き、リヴェリアは反対側の腕に矢を突き刺す。

 

『ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァッ!!?』

 

「あ、あいつらやっぱり頭がどうかしてやがる!?」

 

 広場の中心で巻き起こる激しい戦闘を前に、ボールスが及び腰になりながら呻き声を上げた。

 たった四人で女体型を圧倒する【ロキ・ファミリア】を前に、周囲でモンスターの残党と戦闘をしている他冒険者達も喉を鳴らした。

 

『……!』

 

 ティオナ、ティオネ、リヴェリア、フィン。四人の凄まじい波状攻撃を前に女体型はアイズを見失った。索敵しようとするもティオナ達の凄まじい攻撃に意識を割かれ、致し方なく彼女たちの迎撃に移る。

 

「みんな……!」

 

 食人花の足に追いまわされていたアイズは女体型の集中攻撃から一旦解放され、飛び交うティオナ達の姿を見る。

 自身もあの攻撃に加わり、一気に女体型モンスターをたたみかけようとしたアイズだったが―――彼女の姿を影が覆った。

 

「!」

 

 振り下ろされた攻撃を間一髪アイズは回避する。

 体の向きを変えれば、そこにいたのは赤髪の女だった。

 

「お前の相手は私だ。このままだとただでは帰れん……付き合ってもらうぞ」

 

「……!」

 

 赤髪の女の目が鋭くなり、アイズも瞳を吊り上げた。

 赤髪の女は広場から追い出すように激しく攻めかかって来る。アイズは対抗するように《デスぺレート》を用い、応戦した。

 他のことにかまける余裕はない、相手がそれを許しはしない。同時に、相手には聞かなければならない事柄もある。

 

「アイズ!?」

 

 ティオナの声を背で聞きながら走り出していく。

 アイズは女との一騎打ちに応じ、広場から移動していった。

 

 

***

 

 

「レフィーヤ、以前行った連携を覚えているな?あれをやるぞ」

 

「わ、わかりました!」

 

 近づいてきたリヴェリアにレフィーヤは頷く。

 お互い別方向に走り出し、女体型の前後に回った。

 

『―――――――――――!!』

 

 アイズが広場から離れていった一方、超大型モンスターとの戦闘が続いていく。

 フィンを中心として女体型攻略が進められていく中、手のあいた冒険者達は勇み、戦列に加わろうとした。

 しかし、女型の今もなお十を超える食人花の足を広げ、全方位の冒険者たちを薙ぎ払っていく。

 

「うおおおおおおおおおお!?や、やべぇ、死ぬう!?」

 

「ちょっと!周りの奴ら避難させなさい!庇いきれないわよ!?」

 

 広場を破壊していく衝撃と強風にボールスが悲鳴を上げ、ティオネもまた叫ぶ。

まるで渦潮だ。

 大海に出現した潮流のように複数の足をめまぐるしく振り回し、近づこうが近づかくまいが敵を蹴散らしていく。その足の射程距離は驚くほど長く、魔力を察知された魔導師達は率先してやられ、仲間を守ろうと大盾を構えたドワーフはあっけなく吹き飛ばされた。

 後方だろうが一切関係ない。どこにいようとその変則的な動きをする足に蹂躪され、吹き飛ばされる。せめてもの救いは、フィン達によって破壊された両腕が機能していないことか。

 

「ちょくちょくぶった斬ってるんだけど、ねッ!!」

 

『ゲェェ!?』

 

 ティオナの強力な一撃が食人花を屠るが焼け石に水状態。切っても切っても削りきれない。

 

「恐らく上半身の中心に核が埋まってるんだろうけど……遠距離物理攻撃は意味を成さない、か」

 

 フィンは近くに落ちていた他冒険者の短槍を拾い上げ、女型の上半身に投擲しながら呟く。短槍は真っ直ぐに女体型へと向かうが、少しずつ回復していた腕より無数の触手が飛びだし、槍を弾いた。

 あの触手は対地対空の武器であり、同時に鉄壁の盾でもある。今なお増え続けていく膨大な数の触手を前に、接近は難しく、しかしだからといって火力不足。

 フィンの最強の魔法を使えば倒せるだろうが……インターバルが24時間な上に反動が大きい。

 

「やっぱりリヴェリア達にまかせるしかないか」

 

 フィンが一瞥する方向、広場の東側最奥。

 島の湖を背にする形で、リヴェリアは杖を水平に構え、詠唱を始める。

 

「―――――【終末の前触れよ、白き雪よ、黄昏を前に渦を巻け】」

 

 広域展開される魔法円。

 何重もの翡翠色の円が輝きを放ち、その存在を誇示するかのように魔力が徐々に大きくなっていく。

 

「【閉ざされる光、凍てつく大地】」

 

『!?』

 

 ようやくその魔力を感知したのか、女体型がぐりんっ、とその巨体を反転させる。

 食人花の足が大きく吠え、感知した魔力の方へ猛進する。その巨躯の進撃を阻むことはフィン達でさえもかなわない。周囲の冒険者が転がるように退避していく中、誰もが前衛壁役(ウオール)を放棄した。

 しかし、リヴェリアの詠唱は続く。

 

「【吹雪け、三度の厳冬】―――――」

 

『!?』

 

 そして女体型の射程圏内に入ろうとした時……リヴェリアは詠唱を止め退避、展開されていた魔法円は消失し、魔法に使われていた魔力は空転するだけに終わった。

 触手からの攻撃を防ぎながら回避して退散するリヴェリアを見て、どこか腑に落ちない様子の女体型。

 

「―――――【雨の如く降り注ぎ、蛮族どもを焼き払え】!」

 

『?……!!』

 

 女体型が震えた。

 すぐさま転身する女体型が捉えたのは、詠唱をしているレフィーヤの姿。

 リヴェリアは囮だ。

 彼女の抜きんでた魔力によって女体型を引きつけ、その隙にレフィーヤが詠唱を完成させる。強力な魔導師を二枚使った囮攻撃(デコイ・アタック)

 一方の魔導士が敵を引きつけ、もう一人が本命の砲撃を放つ連携攻撃。

 

「総員退避だ!」

 

「でけぇのが来るぞ!!?」

 

 フィンとボールスの声に全冒険者が反応、すぐさまレフィーヤの射線上から撤退する中。

 誰もいなくなった広大な視界へ、ありったけの魔力を込めたレフィーヤの一撃が放たれた。

 

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!」

 

『―――――――――――アアアァァッ!?』

 

 炎矢の豪雨が女体型を襲った。

 夥しい紅蓮の魔力弾がモンスターの全身を削り取る。

 しかし、女体型も賢かった。

 このままだと全身焼かれて絶滅すると思ったのか、上半身を下半身から切り離してその場から離脱した。

 

「あ!逃げた!!」

 

「アイツ湖に飛び込む気!?」

 

 その場から離脱しはじめた女体型の上半身を見たティオナとティオネはすぐさま後を追い始める。

 

「ティオナ、左から回り込みなさい!」

 

「わかった!」

 

 湖へと繋がる断壁を昇り始めた女体型を見て、ティオネが素早く判断を下す。

 自らも崖を蹴って跳躍し、懐から投げナイフを取り出し投擲、女体型の動きを遅らせる。

 

「逃がすかッ!!」

 

 二刀の湾短刀を用いて、接近後再生した両腕を断壁からはがし、女体型を下に落とす。

 そこに、ティオナ。

 

 

「いっっくよおおおお―――――――ッ!!」

 

 

 大斬撃。

 

『―――――――――ァ……』

 

 迸った大双刃の破壊力の前に、モンスターは木端微塵に砕け散った。

 落下を続ける中で、モンスターの残骸はあとかたも無く大気へと消え去って行った。

 

「やっりーっ!」

 

「馬鹿ティオナ!魔石ごと吹っ飛ばしてどうすんのよ!」

 

「あ」

 

 声を上げ喜ぶティオナだったが、特殊なモンスターが調査できなくなるとティオネに伝えられ、間抜けな顔で固まる。

 現在進行形で自由落下運動をしながら落ちている中で、ティオネのガミガミとした説教と、ティオナのへこへことした謝罪が繰り返される。

 

「……アイズとレフィーヤ、大丈夫かなぁ」

 

「大丈夫よ、団長とリヴェリアがついてるんだから、平気に決まってるわ」

 

「……うん、そだねっ」

 

 やがて目の前に迫る湖を視界に入れながら、ティオナが不安そうに呟き、ティオネが明るい声で自慢げに言葉を口にして、ティオナは安心の笑みを浮かべた。

 そして、どぼんっ、と。

 アマゾネスの姉妹はいきよいよく湖に着水した。

 

 

***

 

 

 食人花のモンスターが絶滅する中。

 アイズと赤髪の女は戦場を広場の西に移していた。

 

「っ!!」

 

「便利な風だな」

 

 剣の切れ味、速度ともに上昇させる【エアリエル】に赤髪の女は表情を変えずに呟く。

 風の付与魔法が彼女の階層主じみた強撃を弾き返す。振るわれる長剣のことごとくを縦横無尽の剣閃で打ちおとした。

 凄まじい剣戟が続く中で、一度赤髪の女が距離を取った。

 そして、新たな疑惑を口にする。

 

「……その剣捌き……どこかで見たことがあるな。いや、気のせいか」

 

「!!」

 

「風の付与と言い、少し似ているが……いや、聞いていたのとは少々違うか」

 

「くっ!」

 

 女は少し一人だけで呟いた後、再びアイズに襲いかかっていた。

 響き渡る何合にも渡る剣戟の音。

 しかし、戦闘をしながらもアイズの頭にはある一つの可能性が浮かんでいた。

(さっきの私の似てる戦闘……もしかして……)

 

「身が入っていないぞ」

 

「うぐぅ!?」

 

 ほんの少しだけ思考した際に出来た隙。

 それを赤髪の女は見逃さなかった。

 アイズの剣を弾いた後、凄まじいスピードで胴体を殴り、アイズを吹っ飛ばす。

 アイズもすぐに切り替え受け身を取り、すぐに立ちあがって身構える。

 

「……動揺が窺えるな」

 

「……貴方が言う、私と同じような人って誰!?」

 

「知らん」

 

「なら、『アリア』……その名前をどこで!?」

 

「さあな」

 

「……アイスブリッツ!!」

 

 アイズは柳眉を逆立てながら魔法を放ち、再び斬りかかった。

 魔法をかわしきった赤髪の女に目にもとまらない剣閃が一瞬の内に数回走る。ほとんどの冒険者ならば圧倒される剣術を、女は的確に捌いていく。

 恐らくは『深層』のモンスターのドロップアイテムをそのまま武器にしたのか、柄と剣身のみの長剣は野太刀のようであった。その剣を持ってアイズの《デスぺレート》と互角に打ち合う。

 ―――――いや、敵はアイズの風を圧倒している。

 どんなに技術を行使しようとも、どんなに隙を作ろうとしても、どれだけ高速に斬りかかろうとも、女は的確に捌き、そして反撃を繰り出してくる。アイズは戦闘をしながらも焦る気持ちを懸命の堪え、ひたすら攻勢に転じていた。守ったら負けるという確信が、自身の胸の中にあったのかもしれない。

 

「――――――人形のような顔をしていると思ったが」

 

 そして。

 激しい戦闘中つい前のめりになってしまったアイズの剣筋を、赤髪の女は見逃さなかった。

 次の瞬間、女の体がぶれる。

 アイズの剣はかわされ、懐に潜り込みすくい上げるような一撃を見舞った。

 

「っ!?」

 

 アイズは咄嗟に剣を地面に突き刺しガードするも、その威力に吹き飛ばされたアイズはそのまま後ろの水晶の壁にぶつかり、頭を始めとした至るところより血が流れ始める。

 

「やはり強かったが……これで終わりだ」

 

 そんなアイズの前より、長剣を投げ捨て、地面に突き刺さったままの《デスぺレート》を抜き取り、それも遠くへと放り投げて近づいてくる赤髪の女。

 そして、水晶の壁にぶつかり、未だ体制を整え切れていないアイズに向かって突撃してくる。

 対応できない。

 顔をゆがめるアイズ、だが……

 

”最後まで勝機を探せ、勝利を諦めんな”

 

 ある言葉が胸の中を反芻し、咄嗟に左手を突き出した。

 左手を犠牲にしてでも、右手の魔法で逆転する。

 アイズが覚悟を決め、女の籠手による攻撃が繰り出された―――次の瞬間。

 

「なにっ」

 

「姫君への手出しは」

 

「我らが許さん」

 

「フィン、リヴェリア……」

 

 アイズがかすれた声を出すとともに、二人は交差した槍と杖を振るい、一度女をアイズから遠ざける。

 そのままフィンが女に向かって突撃し、リヴェリアはレフィーヤとともにアイズの治療を開始する。

 

「君がモンスターを統率していた調教師(テイマー)か?」

 

「……お喋りとは余裕があるな」

 

「なに、君ほどじゃない」

 

 普段は温厚であるフィンの顔つきは、戦士の顔に変わっていた。

 小柄な体格を生かして軽いフットワークで女の繰り出す拳をかわし、いなしていく。さらに様々な角度から攻撃を仕掛け、女の体を揺さぶって行く。時には大胆にも懐に潜り込み、時には距離を離す。常に機先を制する格好で優位な戦闘に進めていく。

 凄まじい力と速さで斬りかかって来るアイズとはまた違った戦法を用いる小人族の首領に、赤髪の女は舌打ちを放った。武器を失っている彼女は完全に攻めあぐね、また、武器を持っていても対応しきれなくなるほどにフィンの技術と技量を凄まじいものがあった。

 堪らず長槍を掴もうとするも、先読みされていたかのように穂先は逃げて生き、そこから流れるような動きで突きが放たれる。

 

「調子に―――乗るなッ!!」

 

「ッ!……ふっ」

 

 振り上げられた左足は地面を砕き、大地を振動させた。

 体重の軽いフィンは空中に体を投げ出される形に。

 そこに女の拳がせまるが……その様子にフィンは笑みを浮かべる。

 そうこなくては、とでもいうように。

 次の瞬間には天地逆転したフィンが女の眼前に迫っていた。

 

「!!」

 

 咄嗟に槍を突き立てて高度を稼ぎ、女の拳をかわして懐よりナイフを抜き、女に斬りつける。

 その衝撃で女は後ろに仰け反るが、すぐにフィンに視点を合わせて反撃をしようと腕を掲げる、が、フィンが一歩早い。

 すでに顔面に拳を振り抜き、その小柄な体からは考えられないような一撃を女に見舞う。

 案の定女は吹き飛ばされ、後ろに立っていた水晶を壊しながら地面に倒れる。

 

「フィン、大丈夫か?」

 

「……指が折れた」

 

「なに?」

 

 治療を終えたリヴェリアがフィンに駆けつけるとともに、フィンは自身の拳を見ながら呟く。

 ただの人間というわけではなさそうだった、と女が倒れた方角を見ながらリヴェリアに言うフィン。

 土煙が巻き起こる中、手をつきながらも立ち上がる女。

 

「第一級……Lv.5、いや、6か」

 

 左頬に拳の跡が付き、胸のあたりからも出血をしている女は、忌々しそうに吐き捨てる。

 フィン・ディムナ、リヴェリア・リヨス・アールヴ、そしてガレス。ランドロックを加えたLv.6の彼等が【ロキ・ファミリア】の最大戦力だ。

 アイズ以上の戦闘の経験に、積み重ねられた技と駆け引きが、純粋な数値以上の力を引きだし、女を圧倒する。

 

「分が悪いか……」

 

 女はそう呟いたが最後、真後ろに位置する湖に向かって疾駆し始める。

 

「ッッ!」

 

「アイズさん!?」

 

 その様子をみたアイズは傷の痛みも気にせずに跳躍、女の後を追う。

 アイズにはまだ聞いていないことがある。

 

 ―――――――どうして『アリア』という名前を知っているの?

 

 ―――――――貴方が私に似ていたと呟いた人は誰なの?

 

 ―――――――貴方は……何者なの?

 

 アイズが【エアリアル】状態で追うものの、残り数十センチのところで女は背後に落ち、湖の底へと消えていった。

 レフィーヤが遅れて追いついてきたのを脇に、アイズは唇を引き結んだ。表情は抑えられていても、右手がぎゅっと拳を作る。

 眼科に広がる湖に視線を固定させながら、アイズは忘れていた久しい感情――――悔しさを、胸の奥に刻み込んだ。

 

 敗戦の後にも似た虚無感が、少女の体を包む。

 階層の天井、そこに広がる水晶の明かりが少女の金髪を照らしだしていた。

 

 

***

 

 

 風のような人だった。

 子供のように純粋で、まだ幼かった自分よりも無邪気で。

 人の悪意と言うものを知らず、知らされず。

 白い雲と一緒に流れる、あの青い空のように。

 誰よりも自由な、風のような人だった。

 

 そして自分は。

 そんな風のように振る舞い、温かく、優しかった彼女が大好きだった。

 屈託のない笑顔を浮かべる母親(かのじょ)のことが大好きだった。

 頭を撫でる手つきも、頬に添えられる温もりも、耳朶をくすぐるような綺麗な声音も、彼女が何度も語る、優しくて幸福な物語を、覚えている。

 そんな彼女に、貴方のようになりたいと言う。

 

「あなたはあなただから、私にはなれないわよ?」

 

 彼女は面白おかしそうに笑いながら言う。

 そんな幸せな時の中、ふと、彼女は振り返った。

 そこには一人の青年がいた。

 彼は二人の光景をほほえましく見ながらも、踵を返し言った。

 

「行くぞ、アリア」

 

 すまない――――と父親(ちちおや)は謝りながら。

 ごめんなさい――――母親(かのじょ)は言いながら。

 自分を置いて、二人だけでどっかに行ってしまうのだ。

 

 

***

 

 

 場面が移り変わる。

 最初はただ憧れただけだった。

 自分の悲願を、願望を聞き、より親身になってくれた。

 鍛錬する時も、稽古をつけてくれる時も、食事をするときも、一緒に買い物をするときにも、嫌な顔一つせずに付き合ってくれた彼。

 ひとたび戦闘になれば顔つきは変わり、目の色は変わり、漆黒の闇を纏って敵を蹂躙する。

 師匠(かれ)は優しい人だった。

 師匠(かれ)と共に生きていきたかった。

 師匠(かれ)の傍にずっといたかった。

 師匠(かれ)が、私だけの英雄なのだと思いたかった。

 

 でも――――――――師匠(かれ)もいなくなってしまった。

 師匠(かれ)は私だけの英雄ではなかったのだ。

 最後に他のみんなを出来る限り守って……そしていなくなってしまった。

 

 また、私はひとりぼっちになってしまったのだ。

 

 

***

 

 

「……」

 

 夢の霧が晴れて行く。

 久しく見ていなかった光景を連続で見るとは思ってもおらず、未だ意識がはっきりとしない。

 ゆっくりと意識を覚醒させていき、瞼をゆっくりと開けて行く。

 そこには二人のアマゾネスの顔があった。

 

「平気、アイズ?」

 

「……うん」

 

 ティオナの声に間をおいて答えるアイズ。

 現在37階層まで来ていたアイズ達はルームにて少しばかりの休憩をとっていた。

 『リヴィラの街』の事件から早一週間。アイズ達は後始末を付けた後、本来の目的であった資金稼ぎのためにダンジョンを下へ下へと潜って行った。

 他の面子が資源や魔石の話をしている中で、アイズは一人、押し黙って内面に意識を落としていた。

 『アリア』という名前と。

 あの赤髪の調教師と。

 そして師匠(かれ)の後ろ姿がぐるぐると頭の中で回っている。

(強かった……)

 強い、強かった。

 あの赤髪の調教師の実力を、激しく襲いかかって来るその苛烈な姿を思い出しながら、アイズは何度もそう呟く。

 もし彼女を逆に追い詰めることが出来たなら、何かを聞き出すことが出来たかもしれない。

 何故『アリア』のことを知っているのか、いつ師匠(かれ)と遭遇したのか、わかったのかもしれない。

(もっと、力があったなら……)

 弱い。

 弱過ぎる。

 アイズ・ヴァレンシュタインはなんて弱い。

 何故今まで忘れていたのだろう。

 己の悲願を、何故思い出としようとしていたのだろう。

 何故大切な人を奪った集団を、見逃そうとしていたのだろう。

 無意識の内にアイズは力を入れ、手に拳を作る。

 胸の内に静まっていた黒き炎が復活し、静かに彼女の体を焦がしていく。

(もっと、もっと強く!)

 目の前に現れた大量のモンスターを前に、アイズは剣を抜刀し、勢よいよく突撃を始めた。

 切り裂く、切り裂く、斬り裂く!!

(弱い、弱い、弱い自分が許せない)

 アイズの胸を焦がすのは過去の出来事だ。

 それがなければ彼女は剣をとることはなかった。

 しかし、天は彼女に剣をあたえた。

 ならばやることは一つだ。

 アイズは己の芯たる心中で黒い炎を強くしながら、一体、また一体とモンスターを倒していくのだった。

 

 

***

 

 

「……フィン、リヴェリア、私だけ残らせてほしい」

 

 アイズがこう言いだしたのは、そろそろ地上に帰還しようとしたときだった。

 

「何も置いていかなくていい、食料も、回復薬も」

 

「ちょ、ちょっと待って!アイズ、まさか深層に一人で残る気!?」

 

「……うん」

 

「それはさすがにアイズでも無理があるわよ」

 

 ダンジョンは基本、四つの段階に分けられている。

 1層から12層までを上層、13層から23層を中層、24層から36層を下層、36層からを深層……といった具合にだ。

 それぞれの段階には目安の規定があり、例えば上層なら、Lv.1ソロは4層、Lv.1の5人パーティで12層と言うような感じだ。

 もちろん階層を重ねるごとに推定Lvは上がって行くが……深層のみ規定が存在しない。

 なぜならば深層は上層、中層、下層よりも異常事態が起こりやすい。

 Lv.4以上の実力者が複数名いればいけないこともないが、あくまでの話である。

 アイズのLvは現在5。

 第一級冒険者という都市に20人存在しない人物の一人であるが、そんな人物でも深層とは一人でいけるようなところではないのだ。

 唯一の例外は、Lv.7の力を超えた者だけだ。

 

「……私からもお願いだ、フィン。この子を残らせてあげてほしい」

 

「リヴェリア!?」

 

「私も残る」

 

「……わかった。許可するよ。リヴェリア、ちょっといいかな」

 

「ああ」

 

 首領と副首領は少女達から離れ、二人だけに聞こえる声で会話を始める。

 

「……今回はどうしたんだい?」

 

「……あの子は今回の一件で、少し狂いが生じ始めている。気持ちを抑えつけても、いずれ暴走してしまう。それならばいっそ、目の届くところで発散させればいいと思っただけだ」

 

「なるほどね。……いいよ、アイズは君に一任する。ただし、君がアイズの責任も持つんだ。見ると言ったからにはね」

 

「……すまない」

 

「いや、いいよ。僕もいつか発散させてあげなければとは思っていたしね。僕の手持ちのマジック・ポーションは全部置いていく」

 

「感謝する」

 

 【ファミリア】の副団長として―――そして年長者としてのあり方を説くフィンに、リヴェリアは感謝の意を告げる。古くからの付き合いもあってか、お互いの気持ちは分かっている。

 ティオナやレフィーヤが私も残る!と息巻いていたが、ティオネとフィンに連れられて、ブーブー言いながらも先の地上へと戻って行った。

 

 

「それでアイズ、何をする気だ?」

 

「……くる」

 

 二人きりになったアイズとリヴェリアは、地面から響くゴゴゴゴゴッとした音に気がつく。

 

「まさか……」

 

 リヴェリアのつぶやきがこぼれ落ちた瞬間。

 ピキッ、と。

 岩の悲鳴とともに夥しい亀裂が走る。

 床に巨大な亀裂が入ったかと思えば、全身骨の巨体が出現した。

 

『――――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 果てしない産声を上げるのは『リヴィラの街』を襲撃した女体型モンスター以上の巨体。

 

「そうか、もう三ヶ月経つのか……」

 

 『迷宮の弧王(モンスターレックス)』。

 名は、『ウダイオス』。

 深層出現モンスター『スパルトイ』をそのまま巨大化したようなモンスターだが、その強さは何百倍にも跳ね上がる。

 下半身は地面に埋めたままで、骨盤から上のみの体だけでも軽く10Mはある巨体。全身を支えるのは骨の至る所にある赤い関節部分。巨躯中心には規格外の大きさの魔石が埋め込まれていたりする。

 

「リヴェリア……手を出さないで」

 

「なに?」

 

「私だって……ハチマンみたいに一人で倒して見せるから」

 

 そう言った瞬間、アイズは走り出す。

 

「【テンペスト】!」

 

 風の気流を纏い、『ウダイオス』へと向かっていく。

 それをみた『ウダイオス』は地面より逆杭(パイル)を繰り出し、アイズに襲いかかる。

 『ウダイオス』は迷宮の弧王の中でも旋回能力、回避能力が最低の代わりに、この攻撃がある。

 このルーム全体が支配域と思わせるほどの攻撃範囲、さらに速度と強度を持っている。

 

「はああ!!!」

 

 アイズは真っ向から立ち向かい、剣を振るって逆杭(パイル)を砕いていく。

 私は弱い。

 私は弱い!

 強くならなきゃ!

 そんな気持ちが心の中で反芻する。

 

「アイスブリッツ!」

 

 地面に氷の砲弾を放ち、一瞬逆杭(パイル)の出現を足止めする。

 その一瞬のすきを突き、アイズは『ウダイオス』の左肩の関節部分に全力の指突を繰り出す。

 見事に攻撃が決まり、『ウダイオス』は左肩から下を失う。

 

『ゴアアアアアアアアツッ!!』

 

 叫びを上げる『ウダイオス』。

 アイズは一度その咆哮に耐えた後、再び攻撃を開始した。

 

 

***

 

 

「アイズ……」

 

 そのアイズが戦闘をしている少し遠いところから。

 リヴェリアがアイズを見守っていた。

 一人で『ウダイオス』に挑むのを見るのは初めてだが、聞いたことを含めれば二回目だ。

(ハチマンの……Lv.4での『偉業』……あれは異常すぎるが、もしアイズが一人で倒しきれば十分に『偉業』と呼べるだろう)

 アイズの師……六年前のとある事件によっていなくなってしまった一人の団員を思い出しながら、リヴェリアは戦闘を見守り続ける。

 リヴェリアが願うはただ一つ。

 アイズが無事に戦闘を終えること、それに尽きた。

 

 

***

 

 

「はぁ、はぁ、【テンペスト】!!」

 

 アイズは『ウダイオス』との戦闘を続けていた。

 腕を失った後、地面からの逆杭(パイル)攻撃が激しくなり、近づくことが容易ではなくなった。何回攻撃を受けたかすらわからない。

 それでも、まだ気持ちは死んでいない、心は折れていない。まだ、やれる。

 

「アイスブリッツ!」

 

 氷の速攻魔法を12連唱し、少しの時間だけ『ウダイオス』の動きを拘束する。

 

「はああああっっ!!」

 

 その隙に突撃し、今度は人の体でいう肝臓辺りをぶち壊す。

 ここで、『ウダイオス』が動いた。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

「ッッ!?」

 

 凄まじい咆哮がルーム内に木霊する。

 そして。

 次には地面から巨大な大剣が姿を現した。

 それを右手で持つ『ウダイオス』。

 

『オオオオオオオオオオオッッ!』

「アイズ、避けろ!!」

「ッ!?」

 

 咄嗟のことで反応できなかったアイズは、その凄まじい剣の威力にルームの端までブッ飛ばされた。

 

「ガハッ、ケホッ!」

 

 口からは血が飛び散る。

(『ウダイオス』が剣を……そんなの聞いたことない……いや、一度だけある)

 アイズが思い出しているのは師匠との会話だ。

 その時、彼は言ったのだ。

()()()()()()()()()()()()()()、これが手に入る……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 その『ウダイオス』は()()()()()()()()()()()()、と。

(……ハチマンの言った通りだった……本当に、強い)

 遠・中距離には地面より逆杭(パイル)を出して攻撃し、近づけばその剣で迎撃する。完璧な戦法である。

(これを、ハチマンLv.4で……やっぱり遠い)

 それでも。

 それでも。

 やると決めたから。

 強くならなけばいけないから。

 私は、弱い自分を克服したい。

 

「勝負……!」

 

 アイズは再度突撃した。

 

「ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 普段からは考えつかないような叫び声を上げながら『ウダイオス』に向かう。

 案の定逆杭(パイル)が襲ってくるが、圧倒的な速さで攻撃を置き去りにする。

 

「【吹き荒れろ(テンペスト)】!!」

 

 さらに風を強く呼び込む。

 全身に纏っていた風の気流を剣に……攻撃に集中させる。

 

 私は強くなりたい!

 追いつきたい、追い越したい。

 それが過去の虚像だとしても、今には関係ないことだとしても。

 絶対に、取り返して見せる。

 

 この時、アイズは無意識の内にとある『スキル』を発動していた。

 発現している二つのスキル。そのうちの一つを無意識の内に。

 そのスキル名は―――――

 

「はああああああああ!!」

 

 アイズは全力を持って跳躍。

 『ウダイオス』の頭上に姿を現す。

 

「アイスブリッツ!!」

 

 19連唱。

 『ウダイオス』は視界を一瞬にして氷の世界に閉じ込められる。

 そして。

 

 

「リル・ラファーガ!!」

 

 

 アイズは己の最強技を渾身の力を持ってぶつけた。

 『ウダイオス』はその威力によって、上半身の大多数を崩壊させたのだった。

魔石に剣を突き刺し、それで、終。

 『ウダイオス』は灰へと姿を変え、アイズは師匠のハチマンに次ぐ『偉業』を達成させたのだった。

 




いやあ、長かった。
ちょっとおかしいとこがあるかもしれません。あったら訂正してくれると嬉しいです。


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迷宮探偵ロキ、ウラノスの最強の切り札、アイズ、白兎との再会

大変遅くなり申し訳ありません!!
ようやく完成しました!


 アイズが『偉業』を達成していた頃。

 【ロキ・ファミリア】の主神であるロキは、眷族の一人である第一級冒険者でLv.5、狼人のベート・ローガと東のメインストリートを歩いていた。

 

「あっ、ジャガ丸くんや。ベート、一緒に食べへん?」

 

「食わねーよ。さっきから寄り道ばっかしてんじゃねえのっての」

 

 大通りから折れた脇道に露店を見つけるロキに、ベートは不機嫌そうに告げた。結局一人で注文しに行った主神に軽く舌打ちを放つ。

 あむあむとジャガ丸くんを頬張るロキと並んで歩くベートには、通りの脇に並んでいる店先や、すれ違うものたちから視線が集まっていた。その全ては女性達のものだ。

 引き締まった長い脚に180Cに達する高い身の丈。近付く者は噛みつくとばかりな野性的な雰囲気と、額から頬にかけて刻まれた鋭い刺青に隠れがちではあるが、その目鼻立ちは美系と言えるほどに整っている。獣人の特徴である頭からはえた獣耳と揺れ動く尻尾は、一部の者たちから言えば愛嬌があってかわいい、らしい。

 色めき立ちながら先程から見つめてくる獣人の女性二人対して、ベートはぎろっと、その琥珀色の瞳を吊り上げた。

 睨みつけられた彼女達はびくっとして、慌てて離れていく。

 

「あ~、もったいなぁ、あの娘めっちゃ可愛かったのに……ベートぉ、もっと女の子には優しくや、優しくっ!」

 

「俺は弱え女が一番嫌いだ」

 

 食べ終わり指を舐めながら言ってくるロキに対し、ベートは吐き捨てるように言った。

 

「え~、うそぉ。こう、か弱そうな娘からウルウル見上げられたら、きゅんと来ん?守ってあげたくならん?」

 

「ハッ、吐き気がしやがる。てめーの身も一つ守れねえなら、巣穴の中に引っ込んで一生出てくるんじゃねー」

 

「いけずやなぁ……もうっ、ほんまベートったらツンデレなんやから」

 

「おいコラ、何意味わかんねえこと言ってやがる」

 

「まあ、つまりアレやな――――ベートはアイズたんにメロメロちゅうことや!」

 

「んなこと言ってねえだろッ!?」

 

 ああ!!?と赤くなりながら叫ぶベートに、ひっひっひっとロキは邪笑する。

 ひょうきんな主神の前では、ベートの態度も形無しだった。

 

「くっそたれめ……ところでいつまでおなじようにあるき続けるつもりだ。調べもんがったんじゃねえのか」

 

 威嚇するように歯を剥きながら、ベートはロキに問いただす。

 ホームにて調べものの手伝いを依頼されたから仕方なしに主神に着いて回っているのに、先程から東のメインストリートで歩き回ってるだけだ。

 路地裏や人目の少ないところに入り込んではそこらへんの露店や街の人に何かを聞いていることしかしていないロキに、ベートはじれったそうに毛並みを振るう。

 

「んー、実はうちなりに調べて回っててなぁ……今は見逃しが無いかつめとるとこ」

 

 今日を含め怪物祭からの二日間、ロキは独自に東のメインストリートを調査していた。

 女神フレイヤとの密談後、彼女以外にモンスターを脱走させた者……アイズやレフィーヤが対峙した謎の食人花モンスターを放った第三者がいるとロキは踏んでいた。

 アイズ達に、なによりレフィーヤが重傷を負わされたのだ。ロキとしては動く理由には充分だった。

 しかし、未だ手がかりがつかめていないのも事実。

 食人花が地中から出てきたときに空いた穴も、今ではすでに埋められており平穏を取り戻している。

 

「つまり調べもんってのは、アイズ達がやりやったモンスターの情報ってことか。面倒臭えなぁ……ギルドやガネーシャの連中は知らねーのかよ?」

 

「ちょっと探り入れてみよう思っとったけど、怪物祭の後始末やらなんやらでそれどころじゃなくてなぁ」

 

 ベートと会話しつつ、ロキは己の視界に移り込んできた巨大な円形闘技場(アンフィテアトルム)を見上げた。

 東のメインストリート近辺、都市の東地区は他の地区とは異なり円形闘技場(アンフィテアトルム)を始めとしたギルド管理施設が集まっている区間だ。開催されるほとんどの行事がここらで行われ、そのためか辺りには宿などの建物も多い。

 高い建物、三階建て以上の宿屋が目立つ入り組んだ路地に入る。進むにつれて、赤煉瓦の豪華なホテルから古びた木造建築の安宿に移り変わって行く中、やがてロキの足が止まった。

 狭い路地の先にあったのは、周囲を建物で囲まれたわずかな空間だった。

薄汚れた機材が隅に乱暴に置かれているそこは、石造りの小屋が、ぽつんと建っている。

 

「他はあらかた調べた……残るはここしかないなぁ」

 

 そう言ってロキは木製の扉を開け、ベートとともに中へと入った。

 部屋の中には床の真ん中に地下へと続くであろう螺旋階段があるだけで、他には何もなかった。

 もちろんの如く螺旋階段を下り、そのうち下水道へと出た。

 ベートが「いよいよめんどくなってきやがった……」とげんなりしながらぼやいた。

 

「ちゃんと後で褒美用意するわ」

 

「どうせ酒だろ」

 

「ヒドっ、ベートはうちのこと呑んだっくれの酔っ払いとしか思ってないんやな!?」

 

「事実だろ……」

 

 下水道の水路を沿いながら他愛もない話をする二人。

 しばらく進んでいるとザーっと会話の邪魔になるくらいの水音が耳に届き、音の方へと行けば主水路に辿り着いた。

 下水路の空気は地上と比べれば淀んではいるが、あの鼻の曲がる様な下水路特有の強烈なにおいは漂っていない。

 ロキが魔石灯で照らしだす先には、紫紺のきらめきを放つ何本もの結晶の柱が存在した。鉄柵のような形状であり、水流を瀬切るわけでもなく一過させているそれは、オラリオが誇る魔石製品の一つだ。

 等間隔に並べられた浄化柱が抜ける汚水を洗い、清潔な水へと変える。言わば浄化装置である。溝の中を行く水流は排水とは思えないほど透き通っていた。

 

「……アイツもこんなんよう造ってくれとったなあ」

 

「ああ?なんだロキ」

 

「なんでもないでー」

 

 ロキが過去に思いを飛ばす中、ベートは疑問顔を浮かべながら、奥へと進む。

 そのうち脇道に錠のついた水路を発見する。

 

「旧式の地下水路か?」

 

「とりあえず怪しいとこは行っとく必要はあるだろ」

 

 ベートはそう言って一蹴りで錠を粉々にし、先を進んだ。

 

「おいおい、水浸しじゃねーか」

 

 錠の後すぐの場所にあった下へ続く細い階段の先は通路と水路の区別なく浸水していた。

 それからはロキがベートにおんぶをねだったり、ロキがベートを煽ったりと色々あったものの、どんどん奥へと進んでいく。

 やがて、その『穴』は現れた。

 

「……派手にやられとるなぁ」

 

 そこにはなにかが這い出たような痕跡があり、それは周囲の壁を貫通したりとボロボロになっていた。

 

「これは当たりか?」

 

「……下りろ、ロキ」

 

 有無を言わせない物言いに、彼の横顔を見たロキは素直に従った。

 水面近くに降り立つ中で、ベートは目付きを鋭くしながら穴の奥を見据える。

 

「あの馬鹿アマゾネスどもはどこ調べていやがった……しっかり()()()()()()()()()

 

 そしてベートを先頭に穴を進むこと約数分。

 一本道だった水路は終わり、そして……

 

「ここは……貯水槽か?」

 

 ロキは魔石灯をかざしながら広い空間を見渡す。

 あきらかに今までとは違う感覚が体を襲ってくる。

 周囲を警戒していたロキの耳に、ずるずる、と何かは引きずられる音が響く。

 ばっと視線を戻した先には、こちらに背を向け佇んでいるベート、そして薄闇の中を蠢く巨大な何かだった。

 

「ロキ、出てくるんじゃねーぞ」

 

 すでに臨戦態勢に入っているベートが振り向くことなく告げる。

 巨大な何かは次第に姿が分かるようになり……それは先日の食人花であった。

 

『オオオオオオオオオオオオッッ』

 

「てめえら、臭ぇんだよ!?」

 

 三体の食人花と戦闘を開始するベート。

 一番近くの食人花の胴体に狙いを定め、相手が攻撃を仕掛けてきた瞬間に駆ける。

 【ロキ・ファミリア】随一の俊足をもつベートは単純な一蹴りで食人花の巨体を弾き飛ばす。その様子はまるでボールを蹴るかのようだ。

 

「うーむ、全く見えん」

 

 そんなベートの戦いを見ながらロキは呟く。

 ベートらしき灰色の斜線が入ったかと思えば食人花が吹き飛ばされている。

 

「あ、そや、いいもんあるんやった」

 

 ロキは自身の懐からあるメガネを取り出す。

 それを装着し終えると、なんとベートの姿が見え始める。

 圧倒的な速さで敵に接近し、純粋な力で吹き飛ばす。それをただの人間と同じであるロキが見えている。

 それは先程装着したメガネの効果だ。

 ある時、ロキがハチマンに眷族の戦いっぷりが見たいとおねだりし続けた結果、『神秘』アビリティの力を用いて作ってくれたものだった。

(うおお、ベートめっちゃ速い。ただ、食人花の方が硬過ぎるだけ……はよ知らせんと)

 先日ティオネ、ティオナが素手で攻撃した時と同じように打撃はあまり効かないようである。

 そしてロキが声をかけようとするが……ぽたり。

 ロキの肩に一滴の粘液が落ちた。

 それを見て瞬時に状況を察したロキはその場から走り出すと頭上を仰いだ。

 予想に違わずそこにいたのは醜い口を開く食人花のモンスターだった。

 

『アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

「どっひゃー!!」

 

 さっきまでロキがいた場所に触手の鞭が叩きつけられ、間一髪危機を脱する。

 その後もコソ泥のようなすばしっこい動きで食人花の攻撃をかわし続けるロキだったが、所詮は神の力を封印した一般人だ。限界は来る。

 そして。食われそうになったところで……

 

「ほい!」

 

 ロキは懐から魔石を取り出し、遠くへと投げた。

 すると食人花は見事に魔石の方へと転進した。

 

「純粋な魔力、魔石、人ってところか、あのモンスターの優先順位は。あ、ベート!行ったでー!!」

 

「ったく、本当に食えねえ、なッ!!」

 

 一瞬初めて余裕を失ったベートだったが、臨機応変な彼女の対応に形だけのため息をつき、対面する形になったモンスター目掛けて蹴りをぶちかます。

 

「あ!言っとくの忘れとったけどそのモンスターは打撃にめっぽう強いみたいやで!?」

 

「先に言え!バカ女!」

 

 ベートは悪態づきながらも淡々とモンスターを蹴っては蹴る。

 正面と真横から襲いかかってくる食人花モンスターに対し、ベートはその俊足で必ず先手を取る。ベート自身が速すぎるせいで食人花モンスターは後手に回るしかなく、ただ、ひたすらに蹴りをくらい続けるのだ。

 しかし、ベートの蹴りでは倒せないことも事実。

 

「……癪だが使うか」

 

 腰のホルスターに取り付けてある一振りの剣……魔剣を手にしたベートはそれをすぐさま振るった。

 魔剣は折れるものの、その魔剣より放たれた火炎の魔法はベートの《フェルズウェイト》に収束されていき、相生された。

 

「ベート、その魔剣いくらしたん?」

 

「100万」

 

「うはーっ、一撃100万の攻撃かぁ。豪勢やなー」

 

「……行くぜ」

 

 野獣を連想させる凶暴な笑み。

 前方でようやく姿勢を立て直した食人花モンスター達に、ベートは一歩、また一歩と歩みを進めていく。徐々にその歩みが速くなっていき、そして加速した。

 モンスター達がこぞって迫っていたのを()()にベートは跳躍した。

 未だにベートの位置を把握できていない食人花モンスターは、次の瞬間焼け飛んだ。

 

『ァァ――――――――――――――』

 

 魔剣の力と素の身体スペックの力によって凄まじい力へと昇華した攻撃が一撃で食人花モンスターを倒していく。

 一体蹴り倒したベートが着地したと同時に、いち早く位置を把握した個体がベートへと体当たりを仕掛ける、が。

 

「焼けろ!!」

 

 円月蹴(サマーソルト)

 天地逆転した姿勢のまま、ベートは食人花モンスターを次々と屠って行く。

 

「ベート、ひとつ魔石とっといてー!」

 

「あ?かったりぃなぁ」

 

 残り二体となった食人花モンスターのうち、近い方に狙いを定め、先程より加減し、さらに角度調整をした攻撃を放つ。

 攻撃を受けた食人花モンスターは見事に魔石のある口奥を残して無残に焼け散った。

臭えッ、と思わず眉間にしわが寄るも、右手で魔石を取り出し消滅させる。

 

「てめえで最後だ!」

 

 僅か一瞬で最高速度まで上り詰める狼人に、食人花モンスターは迎撃せんと無数の触手を放つ。

 しかし、凄まじい速度に達しているベートは、それを見切る、避ける、かいくぐり、瞬く間に突破した。

 食人花モンスターの全身が硬直する。

 そんなことなど気にも留めずにベートは跳躍、そして。

 

「消し飛びやがれええええええええええええええええええええええええええええッッ!!」

 

 直後、頭部に炸裂した攻撃が大爆発を起こし、その巨大な体躯を凄まじい勢いで吹き飛ばした。

 石柱を3、4本破壊したところでようやく止まり、そのまま再度爆発、灰になりモンスターは消滅した。

 

「派手やなぁ」

 

 戦闘をすべてみていたロキのつぶやきが、静まり返った貯水槽に響く。

 戦いが終結した薄闇の中、ベートの右足から炎が薄れていき、通常の状態へ。

 メタルブーツは、本来の美しい白銀の輝きを辺りに散らしていた。

 

 

***

 

 

「収穫はあったけど、犯人に辿り着きそうなもんはなんもなかったなー」

 

「魔剣一本使わせやがって、ちっとも割にあってねーぞ」

 

 黄昏の館への帰り際。

 二人は先程の出来事についてぼやいていた。

 

「それにしてもこの魔石、変な色しとるなぁ」

 

「そういえばティオネがそれと同じのを50階層のモンスターから手に入れてたぞ」

 

「50階層……それってもしかして前の遠征で出くわした新種のモンスターってやつ?」

 

「ああ、気色悪い芋虫みてえなモンスターだった」

 

 さっきの食人花に少し似てやがる、とベートは付け加え、ロキは手に持っている魔石を見つめながら思考を始める。

(この魔石はあきらかに初めて見るもんや……それに怪物祭のタイミングや、この地下水路という目立たない場所におった食人花のモンスター……。やっぱり、なんか()におるな)

 そうして街路に沿って歩いていたときだった。

 一人のとある神と出くわしたのは。

 

「ん?ディオニュソスか?」

 

「……ロキ?」

 

 見覚えのあった顔に、ロキは足を止める。

 首まで伸びている金髪に、微笑めば異性が思わず蕩けてしまうような甘い美顔を持つ彼は、先日の『神の宴』で出会ったばかりの男神だ。側には【ファミリア】の団員であろう、美しい黒髪のエルフの少女が控えている。

 よお、奇遇だとばかりにロキは声をかけようとする。

 

「待て」

 

 が、歩み寄ろうとした彼女の足を、その一声が止めた。

 ん?と背後を振りむけば、ベートが険ある目付きでディオニュソス達を睨みつけている。

 

「そいつらだ」

 

「……どゆこと?」

 

「あの地下水路で嗅いだ残り香は、()()()()()()()()

 

 ロキがすっと細目を開く中、ディオニュソスとエルフの団員は、張り詰めた表情を浮かべた。

 このベートの警告から数瞬後、場が動いた。

 ディオニュソス達を鋭く睨みつけているベートに対し、エルフの団員が主神を守ろうと身を翻す。

 

「止せ、フィルヴィズ。お前では彼に敵わない」

 

「ですがっ、ディオニュソス様」

 

 フィルヴィスと呼ばれた少女は主神の言葉を受けながらも退こうとしない。

 純粋なエルフの少女だ。その顔立ちや造形は言うまでもなく、宝石のような赤緋の瞳に白い肌、露出が非常に少ない純白を基調とした服を着ており、エルフ族の潔癖性が色濃く反映されていた。

 美しい娘やな、とロキが場違いな感想を浮かべていると、少女の肩に手を置きディオニュソスが前に出た。

 

「逃げも隠れもしない。だからロキ、訳を聞いてくれないだろうか?」

 

「……ええやろう、適当な店に入ろうか」

 

 潔い態度とこちらから目を離さない男神の姿勢に、話だけは聞くとロキは申し出をまず了承した。

 側にあった赤煉瓦ホテルの一階、外からは仕切られている休憩室を利用する。宿の者に多めの金を握らせ、融通してもらった。

 他者はもちろん子どもたちにも聞かれたくないのか、「できれば神々だけで話したい」という要望も告げられ、ロキはそれも受け入れる。

 

「おい、いいのか」

 

「まあ、大丈夫やろう。何かあったら合図送るから、ベート助け来てなー?」

 

 耳打ちしてベートに言葉を伝えると、彼は萎えたような表情を浮かべ、ホテルの外、休憩室の真正面でおとなしく待機した。

 他の席とも離れた個室に似た場所に通され、ロキはどかっと腰を落とす。

 

「よし、おら話せ」

 

 ディオニュソスからはこの件に関わっている理由、そして残り香があった理由が話された。

 簡単にまとめると、

 

一ヶ月前に【ディオニュソス・ファミリア】のLv.1二人、Lv.2一人が殺された。

    ↓

独自で調べ始める。 

    ↓

団員の遺体の近くにあった魔石に目を付け、怪物祭の時に同じものを手に入れる。

    ↓

その他様々なところを調べ、食人花のモンスターを発見するも、自身の眷族の力が及ばず、中途半端に終わっている。

 

 ということだ。

 

「ギルドの記録で裏をとれば死んだ団員のこともわかるはずだ」

 

「……ま、とりあえずは自分の話は信じたる。そこまで言うなら嘘ではないやろ」

 

「すまない。ありがとう、ロキ」

 

「で?自分が一番怪しいと思うのは誰なんや?」

 

「……普通に考えればあの怪物祭を開催した、モンスターを地上に運びだした者だ」

 

「ガネーシャか?確かにそうやけどアイツは眷族大好きやし、そんな危険なことするわけがない……」

 

「待て、ロキ。ガネーシャは違うと私でも思う」

 

「なら他に当てあんのか?」

 

「……私はギルドが怪しいと思っている」

 

「!!?」

 

「この怪物祭を開催しようとしたのは誰だ?ガネーシャか?違う、発端はギルドだ。あの催しはギルドが提案してきたものだった」

 

 実はこの『怪物祭(モンスターフィリア)』、その歴史は浅かったりする。

 数年前にギルドが神会で提案し、神達に「面白そうだから」という理由で了承を得て開催され始めた背景がある。

 つまり、ディオニュソスは……。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「ああ」

 

「……ありえへん」

 

「どうしてだい?」

 

「だって今まで平和を守ってきた、あの管理組織(ギルド)やぞ?ウラノスやぞ?今頃になって都市を脅かすまねいてどうするっていうんや」

 

「だが私が一番黒だと思っているのはギルドだ。少なくとも、疑うだけの理由はあるだろう?」

 

 怪物祭の発端、そしてそこで起きた食人花モンスターの事件。ギルドを疑うには十分な理由だ。

 ここでロキは気付いた。

 ディオニュソスが危険を冒してまで魔石を手に入れた理由、それはギルドを警戒し、ギルドに回収させないために行動を起こしたのだ。

 黙りこくるロキ。

 口を噤んだ彼女をしばらく窺っていたディオニュソスは、おもむろに切り出す。

 

「そこで提案なんだが」

 

「……?」

 

「ロキがギルドに探りを入れていてくれないか?」

 

「…………はあっ?」

 

「ギルドがもしLv.3以上……ウラノスが私兵を持っていたとすれば、私の【ファミリア】が迂闊に近づいては危険だ。その点、都市最強とも名高い【ファミリア】を率いるロキなら憂いはないだろう?」

 

「おい、コラッ、ふざけんなっ、誰がそんなめんどくさい真似するかッ」

 

「……ロキもこのまま引き下がるわけにはいかないだろう?」

 

「……」

 

 ――――――――このヤロウ。

 ロキは目の前にいる男神の襟首を掴んで、頬に張り手を叩きこみたい衝動に駆られた。

 ディオニュソスの言うとおり、ロキにはアイズ達可愛い眷族に手を出されて黙っているわけにはいかない。目の前に手がかりがぶら下がっているのなら食いつかない道理はなかった。

 

「……さては自分、遅かれ早かれうちを巻き込むつもりやったな?」

 

「まさか、偶然だよ。まあ誰かに協力を仰ぐつもりではあったけどね」

 

「ちっ」

 

「とりあえずさっきの話は考えていてくれ。私達も独自に調査を続けることにするよ」

 

 何か進展があったら知らせる、と言い残してディオニュソスは去って行った。

 そうしてしばらくの間思案するように虚空を見据えていると、外で待っていたベートが様子を見にやってきた。

 

「オイ、もういいのか?」

 

「……すまん、もうちょっとだけ付き合ってくれ、ベート」

 

 不真面目な態度が完璧に鳴りを潜めていた主神を見て、ベートはため息交じりに黙って従った。ホテルを出て東のメインストリートを抜けたあと、中央広場を経由してメインストリートへと向かった。

 『冒険者通り』の名でも親しまれる通りに入ってしまえば、荘厳な万神殿(パンテオン)、白い柱で作られたギルド本部がどこからでも視界に入ってきた。

 

「ベート、とりあえずここでまっといてくれ」

 

「またかよ……」

 

「もしうちが一時間経っても帰ってこんかったら、何かあったと思って動いて構わん。頼むで」

 

 ロキはベートに言ったあと一人、ギルドへと入って行った。

 

 

***

 

 

 入口をくぐり、広いロビーを歩きながら目的の人物を探す。

 その人物はすぐに見つかった。

 

「お、ミィシャちゃん。仕事頑張っとるなあ」

 

「あ、ロキ様ぁ」

 

 顔見知りである目的の人物を見つけたロキはとある質問をした。

 

「ところでミィシャちゃん、聞きたいんやけど……」

 

「はいはいどうしたんですかー?」

 

「ウラノスおる?」

 

 その名が出た瞬間、ミイシャは動きを止めた。

 穏やかな空気が流れるギルド内で、彼女とロキだけが別世界にきりとられたかのように静まり返る。

 

「ゥ、ウ、ウラノス様ですか?え、っと、そのぅ……!?」

 

「ミィシャちゃん、あかん、みんな忙しいから一人でお仕事せんとな」

 

 ミィシャは助けを請い周りを見回すも、彼女以外は現在窓口にいない。うろうろしている彼女を見て、遠目からギルド職員は、また女好きの女神にちょっかい出されてるくらいにしか思っていないだろう。ミィシャは孤立していた。

 

「う、上層部に確認をしますので、少しお待ち……」

 

「そういうんはめんどいからいい、それより一つだけ答えてな?」

 

「はい?」

 

「ウラノスはいつもんとこ?」

 

「……」

 

 はいともいいえとも答えきれない童顔の受付嬢は、視線をすっと横に逃がす。

 顔に出やすいそんな彼女の様子に、ロキは破顔した。

 

「ミィシャちゃんありがとなー、今度酒奢ったるからー!」

 

「ちょ、ロキ様!!?」

 

 返事で確信を持ったロキは職員以外立ち入り禁止の奥の廊下へと歩みを進める。

 あまりに堂々とし過ぎていて、職員達もいく分か呆けていた。反応する頃にはすでにロキは奥の方へと歩みを進めていた。

 

「確かこっちらへんだったような……」

 

「――――お待ちください、神ロキ!?」

 

「ん、きおったか」

 

 目の前に広がる地下階段に歩みを進めようとしたとき、ばたばたとたくさんの足音が聞こえてきた。

 大勢のギルド職員を引き連れているのは、中年のエルフの男性だった。

 名をロイマン・マルディールという、事実上のギルドの最高権力者である。

 他のギルド職員よりも高価なスーツに身を包んでいるものの、エルフとは思えないほど肥え太った体は、まるで富をありあました豪商人のようである。

 

「今すぐお戻りください!」

 

「んぅー?まーた太ったんちゃうか?こーんなブニブニしおってー」

 

「どこを掴んでおられるのですかっ……ではなく!この先には立ち言ってはならない場所、そもそもの話!中立であるギルドにはいくら神でも不可侵であって!」

 

「固いこと言うなっちゅうに。ちょーっとウラノスに聞きたいことがあるだけって」

 

「いけませんっ、なりませんっ!」

 

 ロイマンは、ギルドを疑うならば確かに探りを入れなければならない人物の一人であるが、、まあ、白だろうとロキは確信を持っている。放蕩した日々を送り続けている彼が、都市を脅かしてみすみす今の生活を手放す筈ないからだ。彼を言葉巧みに誘導する進言者、例えば周りに群がっているギルド職員の方が疑う価値がある。

 しかし、ロキの狙いはあくまでこの先の地下階段の先で待つ者―――――――ウラノスのみだ。

(どうするかなー)

 ロイマン達に見つかる前に、あの階段を下りておくべきだった。

 いくらロキが神の一神とはいえ、あの先に向かおうとすればこの場にいる者は実力行使で取り押さえ、建物の外に放り出すだろう。それほどまでにあの地下の存在はギルドにとって重要であり、かつロイマン達は余計な部外者が接触することを恐れている。

 むにむに、と依然ロイマンの腹で遊びながら思考に耽っていたその時。

 

『――――――構わん。ロイマン、通せ』

 

 地下階段の奥から厳威のこもった声が届いてきた。

 

「しかし、ウラノス……!」

 

『よいと言っている。お前達は退け』

 

 呻くロイマンを低い声が黙らせる。

 彼は地下階段とロキを交互に見た後、がっくりとうなだれながら他の者達とともにその場を去った。

 

「……」

 

 ロキは無言で歩みを進めるのだった。

 

 

***

 

 

「アイズ、本当にあのドロップアイテムを預けてしまって良かったのか?」

 

「うん、私は大剣苦手だから」

 

 一方、『ウダイオス』を倒したアイズはリヴェリアとともにダンジョンから帰還しようとしていた。

 すでに『上層』まで戻ってきている。

 あの『ウダイオス』との激戦の後に魔石とともに手に入れた大剣……『ウダイオスの黒剣』はリヴィラの街で預けてしまった。

 街を仕切っているボールスは昔鍛冶師を志していたらしく、その上級鍛冶師の第一級武装にも劣らない研ぎ澄まされたドロップアイテムを見て。必ずものにしてみせると懇願され、アイズは次回の遠征時の保管武器として預けたのだ。

 

「……?」

 

「どうした、アイズ」

 

 5階層に到達し、しばらく進んでいると。

 アイズはルームの中でぽつんと転がっている一人の冒険者の姿を発見した。

 

「人が倒れてる」

 

「モンスターにやられたか」

 

 眉を曇らせるリヴェリアとともにアイズも近付いていく。

 はっきりと顔が見えるところまできて、アイズの顔が驚きに染まっていく。

 下級冒険者を思わせる貧相な装備、まだ成熟しきっていない体、そして処女雪のような白髪。

 倒れていた冒険者はアイズが再開したいと思っていた白兎……ベルだった。

 

「外傷はないし、治療や解読の必要もない……典型的な精神疲労だな」

 

 膝をつきベルの体を診断したリヴェリアは拍子抜けしたような結論を出す。

 

「この子は……」

 

「何だ、知り合いかアイズ?」

 

「ううん、直接話したことはないけど……前に話したミノタウロスの……」

 

「……なるほど、あの馬鹿がそしった少年か」

 

 リヴェリアと会話しながらもアイズの視線がベルから離れることはない。

 以前から謝罪しようと願っていた思いに加えて、今の姿を以前の自分と重ねていた。

 

「リヴェリア、私、この子に償いがしたい」

 

「言いようは他にあるだろう……硬すぎるぞ、アイズ」

 

「……あれ?」

 

「まあ、この場で助けてやるのは当然として……アイズ、今から言うことを少年にしてやれ。きっとそれで充分だと思う」

 

「……なに?」

 

「膝枕だ」

 

「……そんなことでいいの?」

 

「……確証はないが、今のお前にされて喜ばない男はいないさ」

 

「よく、分かんないけど……膝枕はハチマンにしてもらって気持ち良かったのは覚えているから……うん、やる」

 

「……さて、私は先に戻る。少年が起きたらけじめをつけて帰ってこい、アイズ」

 

「うん、ありがとうリヴェリア」

 

「ああ」

 

 そう告げた後、リヴェリアはその場を後にする。

 ここは上層だ。アイズには何も危険が迫らないことが分かっている彼女は心配せず、むしろ気をきかせて離れていった。

 そしてアイズはベルの頭を持ち上げ、自身の膝に置いた。

 

「……」

 

(恥ずかしい、かな……ハチマンもそんな気持ちだったの?照れながらも頭を撫でてくれていたのは、そういう……あ、頭を撫でてみよう、かな……)

 細い太ももにかかる重みは、どこか新鮮なものだった。

 アイズはそろそろと手をベルの頭に近づけ、振動が伝わらないように、ゆっくり、優しく撫で始めた。

 途中で何度かモンスターが襲ってくるものの、手首の返しだけで剣を振り、斬撃で屠っていた。

 

「頑張ってるん、だね……」

 

 最後に見かけた酒場……いや、駄女神フレイヤと応対した際にちらっと見かけた時より、装備が新しくなっている。

 しかもすでに掠り傷やかけた跡などが残っており、使いこまれているのが見るだけで分かる。

 恐らく毎日ダンジョンに潜ってモンスターと戦っているのだ。きっと努力しているのだ。

 純粋な少年の想いに触れ、自然と心が透明になっていく。

 

「……ん、んう?」

 

「あ……」

 

「……お母さん?」

 

 すると少し寝ぼけた目で、ベルが口を開いた。

 その呟きに、アイズの肩が揺れる。

(君も、いないの?)

 その心の内の声に、帰ってくる言葉はなかった。

(似てるんだね……)

 抱いてはいけない親近感と、少しの寂寥を覚えながら。

 アイズは少年に謝った。

 

「ごめんね、私は君のお母さんじゃない」

 

「……ん?うん?」

 

 すると目が覚めたのか、少年が目を見開く。

 

「……………幻覚?」

 

「幻覚じゃないよ」

 

 少年の一言目はそれだった。

 そうして辺りを見渡し、自分の置かれている状況を把握したところで……。

 

「―――――だぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」

 

 全力でアイズの膝から、そのまま宙返りでどんどん離れていく少年。

 

「あ……」

 

 突然のことで驚きを隠せないアイズ。

 

「なんで、いつも逃げちゃうの?」

 

 ちょっぴり泣きそうになったアイズだった。

 

 

***

 

 

 薄暗い場所にカツン、カツンと足音が響いている。

 ロキは地下へ通ずる階段を一段一段降りていった。

 階段が終わり少し進むと、薄暗い中松明を照らした場所が見え始める。

 巨大な玉座に座っているのは2メートルを超えた体躯を持った老神、ギルドの長、ウラノス。

 

「久しぶりやなぁ、ウラノス」

 

「……そうだな、ロキ」

 

「……今回のフィリア祭は大変やったなぁ。駄女神が魅了でモンスター放つわ、謎の新種が現れるや」

 

「……」

 

「ギルドは責任求められて大変やったろなぁ、ロイマン達も苦労したろうに」

 

「……」

 

「……もうええ、単刀直入に聞く。あのモンスターを放ったのは、ギルドか?」

 

「……それは違う」

 

「それは、な」

 

 神には下界に生きる子ども達……人間の嘘を見破るのは可能だが、神には神の思っていることが分からない。

 しかし、ロキは今の問答でウラノスはこの件に関わっていないだろうと、確信できていた。

(ウラノスではない、が、ウラノスは別の件で何か暗躍している……)

 ロキにわかったことはそれくらいだったが、ウラノスがこの件に白であればもう用はない。

 

「ほいじゃあな、ウラノス」

 

「…………待て」

 

 帰ろうとするとウラノスが引き止めた。

 

「……なんや?もしかして自分が犯人やーっとでも言うつもりか?」

 

「違う……ロキ、お前は死んだはずの人間が生きていて、そして何か他人に隠さなければならないとき、絶対に隠しきれると保証できるか?」

 

「は?」

 

「ロキはどっちだ」

 

 いきなり始まった質問。普通の人ならば意味がわからないだろう。

 しかし、ロキには心当たりがあった。

 

「……お前も知っとるんか?」

 

「……ああ。そして、お前に報告しておく」

 

「……は?」

 

 そうウラノスが言った後、台座の右より人影が現れた。

 その正体は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼が私達の、オラリオの切り札だ」

 

「……このこと、黙ってて悪かったな、ロキ」

 

「ッ!!ハチ、マン……!?」

 




次回はコマチ視点でいきます!


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【ロキ・ファミリア】と穢れた精霊
【光妖精】と【ロキ・ファミリア】、アイズへの極秘依頼


ええと、すいませんでしたああああああああ!!!
大変遅れております!ほんと楽しみにしていた方申し訳ありません!!
体調が優れなかったとかいうわけではなく、単にどう3巻を書くか悩んでいたら2ヶ月以上放置していました!スイマセン!スイマセン!

前回言っていたコマチ主体の話と原作三巻の内容です。


「あーダメダメ、こんなんじゃ実戦じゃ使えないよ」

 

 ある日、アイズ達が長期でダンジョンに潜っていた時、【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)『黄昏の館』にて。

 一人の女性……いや、見た目は少女が演習場で鍛錬をしていた。

 【ロキ・ファミリア】幹部、Lv.6【光の妖精(フェアリー)】コマチ・ヒキガヤだ。

 

「う~ん、次は【ライトニング】を剣身に集中させて……それをそのまま放つ……はしたことあるし……」

 

「なんじゃコマチ、一人で鍛錬か?」

 

「ガレス……うん、そうだよ」

 

 思考錯誤しているコマチに背後から声をかけたのは【重傑(エルガルム)】ガレス・ランドロックだ。

 彼は【ロキ・ファミリア】の最古参で最高幹部であるが、現在フィン、リヴェリアが出払っているため事務仕事に追われている。

 

「しかし随分とコマチも強くなったものだ」

 

「ううん、まだまだだよ。現にガレスに勝てないと思うしねー」

 

「がっはっは、そりゃあまだ負けんわ……ただ強くなった、それは軽く儂等の想像を超えてな」

 

「……そうだろうね」

 

「辛気臭い話はなしにして……コマチ、今から儂と模擬戦をしないか?」

 

「え?」

 

「なあに、ただダンジョンに潜れとらんからで体がなまって仕方がない。お主も随分強くなったし、本気でやっても問題ないようじゃしな」

 

「……のった」

 

「決まりじゃ」

 

 こうして二人の模擬戦が始まった。

 

 

***

 

 

「はあああ!!」

 

「ふん!」

 

 先制攻撃はコマチだ。

 ただの、ごく普通の剣の振り。コマチの剣はそれだけで凄まじい速度を出しながらガレスに向かうも、ガレスは簡単に、普段と変わらない様子でそれを受け止める。

 

「ライトニング!」

 

 コマチの十八番である速攻魔法。普段ならダメージを与えるために使用するが、今回は目くらましに使っていた。

 理由はごく単純。ガレスにこの程度の魔法など効きはしないからだ。

 ステイタスは互いにLv.6。個々で見れば力と耐久はガレスが圧倒的であり、敏捷と魔力ではコマチが優っているとみえるこの対決。

 普通に見ればガレスが勝つに決まっているものだが、これに技と駆け引きが加わってくるため、同じレベル同士の対決は気が抜けないものになってくる。

 コマチは【ライトニング】を放ったあと、すぐさまガレスの背後に回ろうと駆ける。敏捷値はベートには及ばないまでもアイズを超えるそれは、もはや一瞬といっても過言ではない。

 

「はぁぁぁぁぁ!」

 

「ふぅん!!」

 

 が、それくらいでやられるガレスではない。

 目の前から消えたコマチを察知し、斧を横薙ぎに振るった。

 轟音。

 かなりの力が込められたそれは、後ろから襲いかかろうとしていたコマチの剣をコマチごと吹き飛ばす。

 コマチは咄嗟に受け身をとるも、腕のあたりから少し血が出ていた。

 もちろんその程度の負傷でへこたれるコマチではない。

 

「やっぱ強いや、ガレスは」

 

「がっはっは、まだまだ若い者には負けんわ!」

 

「さて、仕切り直しだね……ありゃりゃ」

 

 【ライトニング】を刀身に纏わせて斬り合いに持ち込んで隙を作らせようかな……と思っていたコマチの目に飛び込んできたのは、【ロキ・ファミリア】の第二級、第三級やLv.1の団員だった。

 先程のガレスの轟音で何があったのかを見に来たのだ。

 

「うおおお!!コマチさんとガレスさんが戦ってるっす!」

 

 【超凡夫】ラウル・ノールドが目を輝かせながら修練場を見つめている。

 それもそのはず、第一級冒険者同士の対決など滅多に見られるものではない。

 さらに【光の妖精】と【重傑】の対決はこの6年間、一度も起こり得ていないものだったりするため団員達が興奮するのはしょうがないだろう。

 

「おーいラウル、お主も混ざらんか?」

 

「ええ!?」

 

「おい、ラウルいい機会だぞ!行って来いよ!」

 

「骨はちゃんと拾うから安心して戦ってラウル」

 

「俺それ死んでるっすよ!!」

 

 ガレスも気づいたらしく、ラウルにちょっかいをかけ、すぐさま他の団員が乗る。

 いつも通り弄られるラウル。どんまい。

 

「じゃあ、仕切り直して続きやろう、ガレス」

 

「よしかかってこい」

 

 再び戦闘態勢をとった二人は先程と同じく、いや、先程より激しい戦闘を繰り広げ始めた。

 

 

***

 

 

「いい汗かいたなぁ」

 

 黄昏の館女性用シャワールーム。

 コマチはここで一人汗を流している。

 あのあと昼飯時までガレスと本気で模擬戦をしていたが、結果は引き分け。

 ガレスは本当に強くなったと豪快に笑っていたが、コマチはそうは思っていなかった。

 

「まだまだだ……」

 

 コマチ自身、この6年間は激動の、激変の月日だった。

 兄の抜けた【ロキ・ファミリア】の戦力は激減した。いや、それ以上に『遠征』時の()()()()()()()

 フィン、ガレス、リヴェリアが手を抜いていたわけではない。それほどまでにハチマン・ヒキガヤという冒険者の死というものは絶大な影響をもたらしたのだ。

 『遠征』に出れば必ず一人は死者が出る。いくらLv.6の最高峰が三人いたからと言って全員を常時カバーできているわけではない。

 コマチはそんな【ファミリア】の現状を変えようと強くなるために必然的にダンジョンに潜る日が多くなった。

 実際一人で『下層』、『深層』で何度も死にかけた。安全マージンなど一切取らず、毎日毎日、毎日毎日、ひたすらダンジョンに潜った。

 そうして数年前、Lv.6に到達した。

 その頃には今の第一級冒険者であるベート、ティオネ、ティオナが強くなってきたこともあり、レフィーヤが入団した三年前からは一度も死者が出ていない。

 コマチ自身も遊撃部隊を率いる立場になり、【ファミリア】の幹部としても責任を持つようになった。

 そんな日々を過ごしてきたコマチの中にあったもの、それは……。

 

「お兄ちゃん……()()()()()()()()?」

 

 兄への執着。

 もはやブラコンという言葉すら生ぬるい。

 ヤンデレを超えたナニカ。

 コマチはハチマンが死んでいないと信じている。いや、思いこもうとしている。

 そんな状態が6年。普通では考えられない……異常な精神状態である。

 

「コマチ強くなってるんだよ?アイズだって他の皆だって強くなってるんだよ?だから、早く帰って来てよ……」

 

 コマチの独り言がシャワー室で反響した。

 

 

***

 

 

「何なんだよあの数は!?」

 

「つべこべ言うな!早く逃げろ!!」

 

 ――――――『中層』24階層。

 巨大な樹木が立ち並び、壁や天井に途切れ途切れに付着している苔が青や緑色に発光し、場を明るく照らし出す様は秘境と言えるほど幻想的だった。

 広い通路が入り組んだそんな大樹のダンジョンの中で、美しい風景に似つかわしくない慌ただしさで大勢の冒険者達が走っている。

 下級冒険者から多くの羨望と憧れを向けられる都市の実力者達は、しかし、今は逃げ惑っている。

 冒険者達の背後には、数えきれないほどのモンスターの大軍が迫っている。

 【ファミリア】の異なった複数パーティが同時に巻き込まれ、一蓮托生とばかりに退却を強いられる。申し訳程度に武器が打ち鳴らされる音や、矢が射る音が響いていたが、それも夥しい行軍の前に押しつぶされ、退却の進路上にいた冒険者パーティも巻き込まれ、悲鳴の数が加速していく。

 

「どっかの馬鹿がモンスターどもを引っ張ってきたのか?!」

 

 『巨大蜂(デッドリー・ホーネット)』、『蜥蜴人(リザードマン)』、『剣鹿(ソード・スタッグ)』、『毒茸(ダーク・ファンガス)』。階層内の様々なモンスターが迫りくる光景を見て、一人の冒険者が『怪物進呈(パス・パレード)』――――何者かにモンスターを押しつけられたのかと罵声を飛ばす。それほどまでに数は多く、とても自然発生したものとは考えられないほどの規模だ。

 

「最近のこの階層はおかしいぞ……!?モンスターとの遭遇(エンカウント)数が半端じゃない!!?」

 

 仲間がやられた!!誰か、誰か助けてッ!畜生!!

 モンスターの群れに呑みこまれたものは鋭い牙や爪に引き裂かれその命を失うものが相次いでいく。

 

「一体どうなってやがる!?」

 

 叫喚を放ちながら冒険者達は上の階層へと繋がる階段に駆けこんでいった。

 

「………行ったか」

 

 冒険者達が後にした24階層の中心付近。

 一人の男がちらっと高い木々の隙間から様子をうかがっていた。

 

「それにしても……なんでこんなに大量発生してるんだよ。近頃のダンジョンってこんな仕様なのか?」

 

『ダンジョンって鬼畜すぎない?』

 

 いや、もう一人。

 ()()()()()()()()()()()が男の隣で同じように様子をうかがっていた。

 

「……冗談はこれくらいにしてだな。本当は原因探しをしたいんだが生憎証拠を残すと()()()()()()()()()()()()。ま、どうせフェルズさんが手を回してくれるだろうし、原因はこの際放置しといてだ」

 

『うんうん』

 

「とりあえずこのモンスターの大軍狩るぞ。そうすれば()()()()()()()()()()()()は達成できるだろ」

 

『むーっ!私とデートしてる時に他の女の名前出すなんて、めっ!だよ!!』

 

「これデートじゃないだろ……早く仕留める。×××、行くぞ」

 

『はーい』

 

「【解放】」

 

 そう男が唱えた瞬間少女の体を光が包み、一振りの槍が顕現した。

 それを手に持った男はモンスターの大軍に狙いを定める。

 

「喰らえ」

 

 刹那、モンスターの大軍はその姿を魔石やドロップアイテムへと変えた。

 

 【剣姫】の手によって『ウダイオス』撃破が成し遂げられた、二日後のことであった。

 

 

***

 

 

 ――――【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインによる『ウダイオス』単独撃破。

 その一報は瞬く間に冒険者達、いや、都市中に広まった。

 多くの者が改めて恐怖や畏怖、憧れを抱く中。

 そのアイズは、【ファミリア】のホームで盛大に落ち込んでいた。

 37階層での死闘の末、『ウダイオス』を倒したアイズはリヴェリアとともに地上へ帰る途中、生き倒れていた冒険者―――再開を望んでいた白兎、ベルと出会った。不始末によってとり逃がしたミノタウロスから救い出し、そして酒場で傷つけてしまった白髪の少年だ。

 気絶している彼をモンスターから護衛し、計らずとも謝罪する絶好の機会を手に入れたアイズだったのだが……結果は惨敗。

 脱兎の如く逃走されるという、非情な現実が彼女を打ちのめした。邂逅の時と全く同じ、悪夢の再来である。

 ――――私は、逃げられたのだ!

 ――――やっとのことで出会えた白兎に、ベルに、全力で!

 悲しみと言うには生ぬるいほどの衝撃を受けたアイズは失意のどん底に落とされた。派手に項垂れてホームへと帰ってきた彼女の姿を見て、他の団員達はもちろん、さすがのティオナとティオネもぎょっとうろたえ、声をかけることすらかなわなかったほどである。

 ただ一人、白兎を発見したところまで同行していたリヴェリアにどうしたのだと問いかけられ、アイズはぽつり、ぽつりと訳を話した。

 

『……ちゃった』

 

『なに?』

 

『また、逃げられちゃった』

 

『……くっ』

 

 肩を揺らし、確かに笑ったリヴェリアを、アイズはどんっ!と両手で突き飛ばした。

 真っ赤になって頬を膨らませると、リヴェリアはいよいよ声を上げて笑い出して、レフィーヤ達エルフを動揺させた。高貴な王族が耐えきれぬとばかりに笑声を上げる光景を、彼女達は見たことがなかったのだろう。そんなアイズも一二回程しかないが。

(リヴェリアがいけないんだ……)

 ぐすん、とアイズは人知れず泣きべそをかく。

 心の中に住むミニマムアイズはすでに奇声を上げながらどこから取り出したのか分からない毛布に抱きついている。

(ぜんぶ、リヴェリアが悪いんだもん。膝枕なんて提案をしたから……。ハチマンのは気持ち良くても私のは気持ちよくなかったんだ……)

 あああ、と両膝を抱えてアイズは幼児退行する。

(……私、怖がられているのかな?)

 ひょっとしてひょっとするかも……と一度考え出せば歯止めが効かなくなってしまった。

 アイズは巷で『戦姫』と畏れられるほどに有名である。白兎の前でミノタウロスをあっという間に八つ裂きにし、しかもその血を浴びせた自分は……恐怖ではないだろうか。

 後ろ向きの思考が止められない。負の連鎖が続いていく。心の奥底で完成したのは、ミニマムアイズのもとから愛らしいモフモフの白兎が逃走していく悲劇的な構図だった。

――――私は、怖がられているのだ!!

 うにゅう、と音を立て、アイズは倒れた。

 

「ほれ、アイズたん。いつまで落ち込んでんねん」

 

 と、立ち上がったロキが声をかけてくる。

 先程まで客人が来ていたようだが、失意に沈んだアイズにはおぼろげな記憶しかなった。

 

「……うううー!」

 

「……こりゃ重症やな」

 

 普段ならありえないくらいに感情を外に出しているアイズは、客間のソファのクッションに顔を埋まらせている。

 

「そや、【ステイタス】更新しよ?帰って来てからまだやっとらへんやろ?な?」

 

「……わかった」

 

 見かねたように提案してきたロキに、アイズはのろのろと頷いた。

 癒えない傷を抱えながら、勧められるまま身を委ね、ロキの部屋へ入った。

 

「フヒヒ、今ならアイズたん好き放題に……」

 

「変なことしたら斬る」

 

「え、まじで?」

 

 いつものようにたくさんのガラクタが散らばっている部屋から椅子を取り出したロキは、アイズを座らせて背中に自身の血を垂らしていく。

 

「……?」

 

 ふと、背を這う指の動きが止まった。ぴたりと動きを止めたロキの方を振り向けば、彼女はわなわなと震えていた。

 どうしたのだろうとアイズが思っていると――――女神はがばっと顔を上げ、歓声を放った。

 

 

「アイズたんLv.6キタァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

 感情の赴くままに大音声が打ちあがる。

 ホームの隅から隅まで響き渡った主神の喝采に、何かがひっくりかえるような慌ただしい騒音が館の至る所で生まれた。

 うひょー!と子供のように小躍りする主神を前にしながらも、アイズの頭の中は未だに少年のことで埋め尽くされていたため、きょとん、としてしまっていた。

 

 

***

 

 

アイズ・ヴァレンシュタイン

Lv.5

 力:D555→D598

耐久:D547→D571

器用:A825→A866

敏捷:A822→A849

魔力:A899→S915

狩人:E

耐異常:F

剣士:F

 

 

「これがLv.5最後の【ステイタス】やな!」

 

 更新した【ステイタス】の内容を流れるように共通語へと書き換え、ほいっとロキが羊皮紙を手渡してくる。

 軒並みかなり上昇した基本能力値の中でも、『魔力』は他を抜きんでた。【ランクアップ】する冒険者の最終ステイタスは大抵がDかC、よくてBだ。アビリティ最高評価と言われているSに到達する者などほとんどおらず、十分に誇っていい成果だ。

 

「【ランクアップ】の特典、『発展アビリティ』も発現可能や!よかったなぁアイズたん、Lv.5の時はなんもなかったもんなぁ」

 

「………どんなアビリティ?」

 

「『精癒』や!あのリヴェリアとハチマンだけが持ってたやつ!選べるのも一つだけやし「それでいいよ!」ア、はい」

 

 興奮気味のロキにハチマンの名前が出たからか興奮しだしたアイズがのっかり、結果、アイズが勝った。

 ……勝ったところで何もないのだが。

 待機状態にしている【ステイタス】へ、ロキは早速とばかりに指を走らせた。

 

 

アイズ・ヴァレンシュタイン

Lv.6

 力:I0

耐久:I0

器用:I0

敏捷:I0

魔力:I0

狩人:E

耐異常:F

剣士:F

精癒:I

 

 

 アイズはロキが共通語に書き直す前に用紙を受け取り、解読してしまった。

 発展アビリティ『精癒』は精神力の自動回復。深い休息を取らなくても、『魔法』を行使した側から少量ではあるものの精神力が回復していく。極端な話、時間さえあればマジック・ポーションが不要となるのだ。精神力の消費が激しい魔導師なあらば、泣いて喜ぶ『レアアビリティ』の一つである。

 すべての能力項目も含め、アイズが積み重ねてきた【経験値】――――不断の努力が実を結んだ結果であった。

 

「なんや、階層主を一人で倒したんか。そりゃ【ランクアップ】するわ。これ、ハチマンの時とおんなじやなぁ」

 

「うん、めっちゃ強かった。これをLv.4でやり遂げたハチマンは最強だと思う」

 

「お、おおう、せやな。確かになー、アイツに勝てる奴おらんかったからな……Lv.5になってからは、もう敵なしや。フィン達でさえ一対一じゃ敵わんくなっとったし」

 

「……アビリティSSS、私もあれくらいの数値が手に入ったらいいのに」

 

「アイズたんやっぱり知ってるんかー、それ他言せんといてな?【ロキ・ファミリア】だけの秘密や、秘密」

 

「もちろん、だよ」

 

 基本アビリティ、発展アビリティはI~Sまでの評価値がある、というのが一般的な認識ではあるが、実はその上も存在する。

 SS、SSS。どれも数千におよぶステイタス値が必要で到達できた者など神話の時代からでも一人や二人くらいではないだろうかとさえいわれる程に極めてまれなケースだった。

 

「アイズたん」

 

「うん?」

 

「……今のアイズたんには強くなること以外に気にかかることがあるみたいやなー」

 

「!?」

 

 否定、できない。

 あの少年と出会ってから、時間があれば彼のことを考えている気がする。今さっきまでも少年との触れ合いで一喜一憂していたのだ。

 どうしちゃったんだろう、とアイズは胸に手を当てて考え込む。

 戸惑いとは異なる素朴な疑問だった。

 

「も、もしかして男!?男かアイズたん!?いや、でもそれはありえんか……」

 

「……?」

 

 ぶつぶつとなにかを言っている主神を尻目に首をかしげるアイズ。

 よくわからなかったからこれはよくある『発作』だととらえることにした。たまにわけのわからないことをいう主神の行動を団員達は『発作』と呼んでいるのだ。

(これから……どうしよう)

 とにかく、気が重たかった。

 いつか、少年に謝罪できる日がやって来るのだろうか。

 逃げ去る白兎の横顔を思い出したアイズは、もう一度、しょんぼりとしたのだった。

 

 

***

 

 

 翌日、食堂。

 アイズのLv.6到達を受け、【ロキ・ファミリア】は色めき立っていた。

 ある者は褒め称え、誇らしげに思い、ある狼は不機嫌そうに肉にかぶりつきながら話しかけてくるラウルを蹴飛ばし、あるアマゾネスの妹は先を越されたー!と悔しがって姉がげんなりしていた。

 そんなファミリアの様子に派閥の首脳陣達は朝食後、首領の執務室に集まっていた。

 

「アイズもとうとうLv.6になりおったか」

 

「あの娘に触発され、ティオナ達もすぐに続くだろうな。……まあ今回のアイズのように無茶をやらなければいいが」

 

「はは、ま、士気が上がることはいいことだよ」

 

 ドワーフのガレス、エルフのリヴェリア、小人族のフィンが言葉をかわす。

 

「フィン達もうかうかしておられんとちゃう?古参の面子を潰されんようになー」

 

 そしてもう一人。

 主神であるロキがニヤニヤしながら三人に向けて言い放つ。

 

「これでLv.6はフィン、リヴェリア、ガレス、コマチ、アイズの5名になったわけや。駄女神んとこに引けをとらんな」

 

「……ロキ、まだ女神フレイヤを駄女神と呼んでいるのかい?」

 

「当たり前や!ハチマンに誘惑しかけといて魅了が効かんで逆に虜とか駄女神としか言いようがないしなー」

 

「それは、そうだろうが……」

 

 しばらくの間は雑談で盛り上がった四人だったが、フィンが途中で話を変える。

 

「じゃ、そろそろ始めようか。極彩色の魔石とそれにまつわる話。詳しい話の情報交換をしよう」

 

 

***

 

 

 ――――()()()()()()()()()()()

 

 ……え?

 

 ――――()()()()()見ないようにしているくせに。

 

 ……何を言ってる、の?

 

 ――――あの子は似てるんでしょ?姿はぜーんぜん違うけど、()()()()()()()()()()

 

 ……やめて。

 

 ――――結局、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……やめて!!

 

 

「………は」

 

 気がついた時にはダンジョンの入口に立っていた。

(さっきのは何……?)

 先程見た光景は、相手は、いったい誰なのか。

 うーん、うーんと悩んでいた時、アイズの目の前に知った顔が現れる。

 

「あ、ヴァレンシュタイン氏!お願いがあるんですが聞いていただけますでしょうか!」

 

「あなたは、昨日の」

 

 話しかけてきたのは昨日会ったばかりの客人、ハーフエルフのエイナ・チュールだった。

 

 

***

 

 

「あの、白い髪の男の子を見かけませんでしたか?」

 

「ええ!け、【剣姫】!」

 

 ダンジョン5階層。

 『上層』に区分される場所でアイズは人探しをしていた。

 先程エイナから個人的な依頼――――『少年ベル・クラネル』を助けてほしいというものだった――――を遂行中である。

 Lv.6の速力をもって各階層を聞き込みをしながら踏破していく。

 7、8、9……10階層。

(10階層?どうして……?)

 10階層に来てアイズの頭に疑問符が浮かんだ。

 ()()()()()

 アイズの知り得る少年は駆けだしの冒険者だったはずだ。ミノタウロスに殺されかけていたときの動きを見るに、冒険者の中でも底辺に位置するであろう動きだったはずだ。

 それが、どうして。

(……成長、した?)

 この約20日の間に?

 当時のアイズでも、ハチマン達の指導期間があったとはいえ、一人で辿り着くまでに3ヶ月かかったこの10階層に、そんな短期間で。

(速過ぎる――――)

 いくらなんでも荒唐無稽すぎる。

 そんな冒険者は聞いたことがない。

 いや、今はそんなことより捜索……。

 アイズは頭を切り替えて階層内を疾走する。

 その時。

 

「ファイアボルト!」

 

『グエェ!!』

 

 間違いない。

 この音、この剣戟、戦闘が行われている。

 そしてそこに少年は―――いた。

(私と、同じ―――――)

 速攻魔法。

 見ただけで分かる、最速の魔法。

 本当に、少年はここで戦えるほどの力を手に入れていたのだ。

 だが。

 

『グオオオ!!』

 

「ッあ!」

 

 5体ほどのモンスターに囲まれては戦闘も難しいだろう。

 アイズはその手に『デスぺレート』を持ち、すぐさまモンスターを両断した。

 

『グエエー!!?』

 

「!?」

 

 視界を遮断する霧の立ち込める階層の中。

 アイズと少年はまた会ったのだ。

 

「す、すいませんっ!」

 

「あ」

 

 崩れた包囲網をみて、少年は強行突破を決行した。

 もちろんモンスターが襲いかかろうとしたが、瞬く間にアイズに殲滅させられた。

 

「行っちゃった……」

 

 それまでの戦闘が嘘だったのかのように静まり返った草原の中で。

 アイズは、ぽつりとつぶやいた。

 声を懸けることもできなかった。

 

「……」

 

 でも、とアイズは思う。

 ひょっとしたら手助け出来たかもしれない。

 少年は明らかに焦っていた。まるで仲間を助けるために焦燥にかられていた……ようにもみえた。

 この勘は多分、当たっている。

 アイズには謎の確信があった。

(これからどうしよう)

 少年を助けたものの、このまますぐ戻れば顔を合わせるかもしれない。それはなんとなく避けたかった。

 

「……?」

 

 何か光っている……?

 光っているものを手に取ってみれば、エメラルド色に輝いたプロテクターだった。

 モンスターからの防戦を物語るかのように、滑らかな表面はぼろぼろになっている。

 

「あ、もしかして……」

 

 少年の装備品かもしれない。

 先程の戦闘で少年の腕から光が出ていたのは見ていた。『オーク』の攻撃で叩き落とされたのかもしれない。

 両手で持ったプロテクターを見下ろしながら、これが少年のものであると確信する。

 

「……?」

 

 ふと。

 視線を感じた。

 がさり、とした背後の草むらからは上の階層から迷い込んだのか、兎のモンスター『ニードル・ラビット』が飛びはねていた。アイズの周りに広がる血や灰を見て、力量差を悟ったのか逃げ出していった。

 ただのモンスター……?

 いや、違う。さっきから意識に引っ掛かっているのはもっと別の、盗み見るような気配。

 気のせい?

 

「……」

 

 いや。

 ()()()()()()

 

『……気付かれてしまうか。お見逸れする』

 

 霧が揺らいだ。

 出てきたのは全身を黒いローブで包み込んだ謎の人影だった。

 

「私に、何か用ですか?」

 

「ああ、その通りだ。だが言う前に、その剣を下ろしてほしい。君に危害を加えるつもりはない」

 

 歩み出てきた不審人物は足を止めた。

 確かに敵意をわずかにも感じ取れない。あえてアイズの間合いに入り、自身の生死をこちらの手にゆだねている。この距離ならばこちらが速い。

 ひとまず剣を下げるアイズ。

 

「……あなたは誰?」

 

「なに、しがない魔術師さ。……以前ルルネ・ルーイに接触した人物、と言えば分かってもらえるだろうか」

 

「……ルルネさんに、クエストを依頼した人物……」

 

「ああ。その認識で良い。早速だが【剣姫】。君に冒険者依頼を出したい」

 

 驚愕でいっぱいになっているアイズを前に、言葉を続ける黒いローブ。

 

「24階層で起きている異常事態の調査、及び鎮圧だ」

 

 報酬はもちろん用意しよう、と黒衣の人物は続ける。

 

「ことの原因の目ぼしは付いている。恐らく、階層の最奥……食糧庫」

 

 アイズは黙って聞く一方で、思考を走らせる。

 24階層のイレギュラーは初めて聞いた話だが、どうして自分に依頼するのだろうか。どうやら機会を窺っていたようなのでなにかの意図があると思われる。

 アイズは黒衣の人物を見つめた。

 

「実は以前、ハシャーナに依頼した30階層でも今回と同じことが起きていた」

 

「!」

 

 アイズの肩が震えた。

 その表情を同様に一変させた。

 ここまで言えばわかるだろうと、告げるかのように。

 

「『リヴィラの街』を襲撃した人物……例の『宝珠』と関係している可能性が高い」

 

 息を呑む。

 これは自分を釣るための罠だとわかっていつつも、やはり思い出すのはあの時の光景。

 

 ――――そうか、お前が『アリア』か。

 

 赤髪の調教師。謎の『宝珠』。

 

「事態は深刻だ。剣姫、君の力をどうか貸して欲しい」

 

 アイズは懊悩し、散々悩んだあとで……しっかりとうなずいた。

 

「わかりました」

 

「ありがとう。では、よろしく頼む。まずは『リヴィラの街』によって他の協力者たちと顔合わせをしてほしい」

 

「わかりました」

 

 特定の酒場で合い言葉を言え、という指示内容にアイズは頷いた。

 伝えるべきことを伝え終わった黒衣の人物は、余計な話はせずに後退し、霧の中に消えていった。

 最初の目的地は18階層。

 調教師の女や『宝珠』のことを思い浮かべながら、アイズは現在地から出発した。

 




ぐちゃぐちゃになりましたね……申し訳ない。
続きは出来る限り今月に出します(出したい)。


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鍛冶師と24階層の異変

お久しぶり過ぎて申し訳ないです。
結構間が空いたので前話から読むことをお勧めします。

続きです。


 黒衣のローブを纏った人物からの依頼を受けたアイズは黒衣の人物にそのまま直行するからと【ロキ・ファミリア】への伝言を頼み、早速18階層へと向かった。

 かなりの速度でどんどん階層を下って着いたリヴィラの街はあんな騒動があったにもかかわらず、前のように家などが修繕されていた。

 リヴィラの名物とも言える結晶などはダンジョンに基づくものなので完璧に修復されており、前と同じように冒険者やならず者達の喧騒で溢れていた。

 その喧騒から少し離れた街の路地を通り、簡潔に伝えられた道筋にそって行く。

 やがてたどり着いたのは街の北部にある、長大な水晶の谷間が形成されていた群晶街路の裏道。

 ごつごつとした岩壁に口を開けた洞窟が広がっていた。

 

「こんなところに酒場があったんだ……」

 

 人気のないこんな場所に酒場があったことにアイズは呟きを洩らした。長らくリヴィラを利用しているがこの酒場は知りえなかった。

 指定された酒場は『黄金の穴蔵亭』という店だった。

 洞窟の中には木製の階段が設けられており、アイズはぎしぎしと音を鳴らしながら下っていく。

 階段を降り切り、扉も仕切りもない空洞へ足を踏み入れると、そこには同業者がたむろする普通の酒場の光景が広がっていた。

 まず目に入ったのは中心に生えている黄金色の水晶だ。アイズは初めて見たのでもしかしたらここだけの特別なものなのではないか。

 アイズは驚嘆とともに店内を見渡す。中々の広さがある酒場は、複数のテーブルと椅子、そしてカウンター席。その奥にはそれぞれの個室なのか扉でガッチリと閉められた部屋が数個あった。

 とりあえずといった感じでアイズはカウンターに座る。店主は無愛想なドワーフで、アイズが椅子に座っても見向きもせずにグラスを磨いている。

 

「……注文は?」

 

「ジャガ丸くん抹茶クリーム味」

 

「……手前から二つ目の部屋だ」

 

 アイズが合言葉を伝えると、店主は指で奥の部屋を指した。どうやらその部屋に協力者はいるらしい。早速カウンターを立ち、その言われた部屋に向かう。

 軽くノックをすると無言だったためとりあえず扉を開ける。

 中に入ると小数の冒険者が戦闘に行く準備をしていた。

 すると。

 

「あ、ああ、あんたが援軍!?」

 

「……ルルネさん」

 

 そこにいたのは先日のリヴィラ事件で出会ったルルネ・ルーイ本人、そして。

 

「貴女が援軍ですか、【剣姫】……いえ、アイズ」

 

「アスフィ……」

 

 【ヘルメス・ファミリア】の首領でありオラリオに五人といない『神秘(レアアビリティ)』保有者。

 【万能者(ペルセウス)】の二つ名を持つ、稀代の魔道具製作者(アイテムメイカー)

 

「え、え!?知り合いなの二人とも!?」

 

「ええまあ。彼女とは同じ人の元で修業していましたから」

 

 実はアイズとアスフィは前に同時にハチマンに修業してもらっていたことがあった。

 その時に協力してハチマンを倒す(押し倒して既成事実を作ろうとした)時に謎の友情を育んでいたのだ。

 ある時は修業と言いつつ一人が正面から戦い、もう一人が背中から抱きつくなどの様々な試行錯誤を繰り返すもすべて失敗に終わり、結局一度も倒すことはできなかったものの、実力が上がったため本来の目的は達成している。

 

「ライバル、だよ」

 

「そうですね。ですが、もう彼がいないのでどうしようもないですが、ね」

 

 アスフィはどうやら、すでに切り替えているらしく非感の表情は見えなかった。

 私はまだ、とらわれているというのに。

 

「ところで、どうして【ヘルメス・ファミリア】が……?」

 

「……ルルネが前に受けた依頼の主と今回の依頼主は同じ。つまりこの駄犬が弱みを掴まれ半強制的に依頼を受けたんですよ。それで自分だけじゃ手に負えないからと我々に泣きついてきたんです」

 

「だ、駄犬って……ひどいよアスフィ~」

 

「黙りなさい。あなたが正式なLvを掴まれるから悪いんですよ。アイズ、このことは秘密でお願いしますね。ルルネは公式上ではLv.2ですので」

 

 秘密をばらすなと釘を刺された。

 ……告げる相手なんてほとんどいないことは黙っておこう。

 

「では援軍も来たことですし最終確認です。私たちはLv.4、Lv.3。アイズはLv.5ですよね?」

 

「ううん、昨日ランクアップしたからLv.6だよ」

 

「それは嬉しい誤算ですね。それで武器は――――――――」

 

 その後は互いの持ち物とこれからの進路をある程度確認した。

 いよいよ24階層へ出発する。

 そんな時だ。

 

「では、早速行きましょう『キィ……』か……」

 

 扉が開きはじめた。

 

「総員、戦闘態勢!」

 

 アスフィ達が聞いていた援軍は一人。つまり今扉を開けた人物は援軍でない。

 誰も予想をしていない事態にすぐアスフィから指示が飛び、【ヘルメス・ファミリア】の面々は陣形を組み、アイズもデスぺレートに手をかける。

 そして姿を現した人物は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入ってきた人物は青色の髪に整った顔、二本の剣を腰にさした人物だった。

 

「そんな、あなたは……なんで」

 

「え、嘘でしょ!」

 

「……」

 

 アイズとルルネ、【ヘルメス・ファミリア】の面々は驚き、アスフィは目を細める。

 

「なーんか面白そうなことになってんだろ?手伝ってやるよ。戦力にはなるから問題ないよな?別にこのことを大事にするつもりはねえ」

 

 アイズの師匠、ハチマンの専属鍛冶師、リク・シュトラウスだった。

 

 

***

 

 

 20階層。

 まだ中層に位置付けられるこの階層は、森により迷路と化しており、出てくるモンスターも手ごわいものが多い。

 Lv.2のパーティからしたら、の話なので今回の国を滅ぼしに行くような戦力なら問題はない。

 結局あのあとリクは今回の作戦に参加することとなった。

 Lv.5という第一級冒険者であり鍛冶師である彼の力は確かに有益だとアスフィが判断したためだ。

 

 そして出てくるモンスターをほぼアイズが、たまにリクが倒し順調に階層を進んでいった。

 

「次が今回の依頼である24階層。冒険者の中でもモンスターの異常発生が噂されています。気を引き締めて行きましょう」

 

 アスフィが口頭で注意を促し、アイズ達混合チームは24階層に突入した。

 

「うわああああああ!!?なにこれ!?」

 

 そこで待ちうけていたのは道を埋め尽くすくらいのモンスターたちが大移動を行っている光景だった。

 

「これは……」

 

「なんだこれは!?初めて見る光景だぞ!?」

 

「どうしてこんなにも多くのモンスターが……」

 

「……多分、食糧庫だ」

 

 各々が疑問を口にする中リクが話し始め、大半は頭の上に?を浮かべていた。

 

「モンスターってのは基本的にダンジョンで生まれて俺らや同じモンスターに殺されないかぎり、生きている。だがモンスターといっても食べなければ飢え死ぬ。そのモンスター達の食べ物があるのが食糧庫。つまり、なんでこんなにモンスターが大量発生し、大勢で移動してるのかと言えば……」

 

「この階層の食糧庫に異変があったから、ということですか」

 

「そうだ【万能者】。異変はモンスター達が移動してくる元にある筈だ」

 

「ってことはモンスター達とは逆の方向を調べればいいんだな!」

 

「ならその前にあのモンスターの大軍を片付けなければなりませんね」

 

「……私が行く」

 

「あ、ちょっとアイズ!?」

 

 アスフィが呼びとめるもアイズは無視してモンスターの大軍に突っ込む。

 大軍とはいえLvは数段下なのでアイズの敵ではない。

 何故アイズが一人で突っ込んだかと言われれば、それは器になれるため。

 ランクアップをしただけでは力は上がってもそれを使いこなせているとは言えない。

 前もっていた力と手にした力には差があるからだ。

 普通の冒険者ならば何回と戦闘を行わなければ器になれることはない。

 だが、第一級冒険者らはそれをたった一回の戦闘だけで行うことが出来る。

 Lvが高いということはその分戦闘センスに秀でているということを意味しているため、当たり前と言えば当たり前なのだが。

 アイズが一人戦闘をし、殲滅しているところをみて【ヘルメス・ファミリア】の面々は「これなら俺達いらなかったんじゃないか?」と苦笑するしかなかった。

 この機会にと、アスフィはリクを捕まえ少し仲間たちとはなれる。

 仲間達には聞かれたくない話でアイズにも伝えることが出来ない話。今しかタイミングが無かった。

 

「単刀直入に聞きますが……【双蒼の鬼人】、あなたは知っているのですか?」

 

「何を?」

 

「……八幡が生きていること、です」

 

「……何故そう思った?」

 

「最近アミッドや同郷の方々とばかりイチャイチャしてるハチマンの腰に新しい剣が佩いてありました。彼はあなた以外の作った剣を使わないはず。例外として神は除かれますが」

 

「なんだ、知っていたのか」

 

 リクはころっと態度を変えてアスフィと向かい合う。

 

「ああ、あれは俺が作った新作だ。しっかしハチの野郎バレるのが早すぎやしないか……?」

 

「少なくとも私は五年前には本人から教えられていますので」

 

「なんだ、そういうことかよ。俺は帰り際の当日だったがな」

 

 二人が話し込む中、モンスターの掃討を終えたアイズはリクの方も見つめる。

(リク・シュトラウス……)

 リク・シュトラウスという人物は【ヘファイストス・ファミリア】に所属する鍛冶師であり、副団長を務めている。Lv.5であることからもわかるように、団長の椿と同様戦える鍛冶師のトップを張っている。その鍛冶の腕で【創造者】という二つ名と、まるで鬼人のように豪快な戦闘スタイルから【双蒼の鬼人】との異名で恐れられる実力派鍛冶師である。

 

 しかし、彼は五年前より表舞台に姿を現したことがなかった。

 

 六年前―――――『27階層の悪夢』にて相棒であったハチマンを失い、まるで人が変わったように鍛冶をすることをやめ、一人、自身の工房に籠っていた……塞ぎ込んでいたというのが【ロキ・ファミリア】が持っている情報であり、この情報は【ヘファイストス・ファミリア】の主神である女神ヘファイストス自身からもたらされたものであるため疑いようがない、のだが……

(性格が変わったというのは嘘……?)

 アイズはハチマンの弟子であったため、少なからずリクとの交流はあった。だがあの頃と性格はまるで変わっていないのだ。

(まさか女神が嘘をついた?でも、嘘をついたところで利益はないはず……アスフィも彼のことはリクさん、と呼んでいたから面識はない……?ダメ、分からない)

 アイズは思考を停止させる。

 今最優先させるべきは24階層、そしてあの黒ローブが言っていた宝珠の謎だ。確かにハチマンの鍛冶師については気になることが多い。

 しかし、味方であることに変わりはないのだから。

 

 

***

 

 

 アイズが全てのモンスターを殲滅したその後、目的の食糧庫に辿り着いた一行。

 しかし、その入り口は。

 

「うわあ、なんだこれ気持ち悪いな……」

 

「これが原因でモンスターたちは残りの食糧庫に向かわなければならなくなり、先ほどのような大移動が起こった、と考えるのが妥当でしょう」

 

 不気味な光沢とぶよぶよと膨れ上がる表面。気色悪い緑色の肉壁はアイズたちの前に立ちはだかり。進路を見事に遮っている。明らかに周囲の石質の壁面とは作りも性質も異なっていた。

 生物のようであり、植物のようでもある。まるでダンジョンが患った癌のような。

 アイズにアスフィ達、深層経験者ですらもこんなものを見たことはない。

 

「……この先に謎が隠されていることに変わりはありません。ですが念のためほかの経路も調べます。ファルガー、セイン、他のものを引き連れて二手に分かれ、この階層の残り二つの食糧庫も調べてきてください。ただし、深入りは禁じます。異常があった場合はすぐに知らせてください」

 

 アスフィの指示に、大柄な虎人とエルフの青年が頷く。彼らは地図を持って五名ずつの団員を従え、来た道を戻っていく。

 この場に残ったのは、アイズ、ルルネ、アスフィ、【ヘルメス・ファミリア】のサポーター四名にリクの八名だ。

 全員、目の前に聳える肉壁を見つめる。

 24階層の巨大な通路を完全に塞いでいるところを見ると、大きさは、高さと幅ともに10Mといったところだろうか。鼻を突く異臭……腐臭も僅かではあるが漂ってくる。ルルネは犬人であることもあり人一倍匂いを感じているらしく、「うぇ~」と呻きながら鼻をつまんでいた。

 生理的嫌悪を催す肉壁に、アイズはそっと片腕を伸ばした。

 慌てたルルネの止めておけという制止を他所に、壁の表面に触れた。

(生きている……)

 確かな熱と、そして鼓動にも似た僅かな振動が、手のひら越しに伝わってくる。

 警戒を絶えず払いながら、アイズはじっと壁を見据えた。

 

「アスフィ、戻った」

 

「どうでしたか?」

 

 他二つの食糧庫の調査を終えた10人が帰還し、結果を報告しようとした中。

 

「大方、他の食糧庫も同じような感じだった、違うか?」

 

「……俺たちのところはそうだった」

 

「僕たちのところもです」

 

「だろうな」

 

 リクはごく当たり前のように呟く。

 

「な、なんで分かるんだよ!?」

 

 ルルネは驚いたのか、何故わかったのかを尋ねる。

 リクは一つため息したのち、

 

「簡単な話だ。ほかの食糧庫が空いていればあんなにモンスターが大移動を起こすわけがない。数十体ぐらいなら一つの食糧庫だけかもしれないが、数えるのも嫌になるほどの数がたかが食糧庫一つ入れなくなっただけで発生すると思うのか?【万能者】、お前だってその予想があったうえで確認のために調べさせたんだろ」

 

「ええまあ」

 

「ええ!?アスフィわかってたの!?」

 

「しかし100%ではなかったので。もしもがあるなら調査を怠るべきではありません」

 

 リクがコイツ馬鹿か?という目でルルネを見、アスフィもはぁ、とため息をついてしまう。

 だが【ヘルメス・ファミリア】のほかの面々は想像もしていなかったようで苦笑している。

(アスフィもリクさんも……頭がいい、思考が早い)

 アイズは今まで興味もなかった【ヘルメス・ファミリア】と【ヘファイストス・ファミリア】の副団長を見てそう思う。

 それでもフィンやリヴェリアには劣るだろうとアイズは思っているが、もしかしたらアリシアやアナキティに勝るかもしれない。もしも派閥同士で争いになったときは注意が必要であると感じていた。

 

「さて、そろそろ本題に入りましょう。今からこの食糧庫に突入するわけですが、分断されることも考え、パーティ単位で動きましょう。【ヘルメス・ファミリア】は私とファルガーの二つに分けましょう。ファルガー組は緊急時に備え入り口で待機。私のパーティとアイズと【双蒼の鬼人】で侵攻します。あなた方はどうしますか?」

 

「俺は一人でいい。そっちの方どっちにしろやりやすいだろ」

 

「私も一人でいいです」

 

 よってファルガー達5名は入り口待機班。残りのアスフィ率いる【ヘルメス・ファミリア】10名とアイズとリクが侵攻班となる。

 

「あとは侵入ですね……植物を思わせる外見から、炎が有効そうですが……」

 

「斬る?」

 

「大人しそうな顔してさらっと物騒なこと言うよな、お前……」

 

 アイズが鞘から剣を引き抜くと、ルルネが呆れた視線を送ってくる。

 壁を観察していたアスフィは、やがて「いえ」とアイズに断りを入れた。

 

「情報が欲しい、『魔法』を試します。メリル」

 

 彼女に命じられ、小人族の魔導士がパーティの前に出る。

 みなに見守られる中、アイズの腰ほどの小柄な少女は小人族用の短い金属杖を構え、詠唱を始めた。かぶっているとんがり帽子がぴょこぴょこと揺れる。

 魔法円を展開する上位魔導士は、静かに魔法名を口ずさむと、炎の大火球を放った。

 着弾と同時に、轟音と衝撃、そして炎上する。

 悲鳴にも似た音を散らしながら、出入り口にあたる部分は完璧に燃え落ちた。

 パーティは列になり、先頭にアイズとアスフィ、最後尾にリクを置いて進みだす。

 

「お、おい!壁が……」

 

 リクまで内部に入り、少しすると気色悪い音を立てて盛り上がっていく、修復していく肉壁に、パーティ全体が振り返る。

 壁は時間をかけて完璧に塞がってしまった。

 まるで自分たちを閉じ込めるような動きに、ルルネ以下団員たちは口を閉ざす。

 

「脱出できなくなったわけではありません。帰路の際は、また風穴をあければいいだけの話です。ファルガー、もし私たちがしばらくしても戻ってこなかった場合は異常があったと認識してかまいません。救援を……第一級ぐらいの冒険者を呼びに行くようお願いします」

 

「わかった」

 

 入り口待機組との打ち合わせも済ませ、内部へと進行を開始するアイズたち。

 内部は全面が緑壁と化していた。壁も、天井も、地面もそうだ。あたかも生物の体内に入り込んだような錯覚を受ける。

 障壁から発散されていた腐臭がより濃くなっている中、アイズは壁の一角に歩み寄った。

 《デスペレート》を持ち、壁面を斬りつける。

 あっさりと切れた割れ目の先には、石壁――――――24階層本来の壁が視認できた。

(何かが、ダンジョンの上に被さっている……?)

 まるでこの迷宮内に肉壁が取り付いているようだ、とアイズは思った。

 

 

***

 

 

 リク・シュトラウスは一行の最後を少し遅れつつもついていっていた。

(まったく、ハチも人使いが荒いんだよなぁ……)

 通常なら夜の時間帯にしかダンジョンに潜らない。一般認識としては、リク・シュトラウスは27階層の悪夢によって専属冒険者のハチマン・ヒキガヤを失い、茫然自失で鍛冶に手を付けられる状態ではない、となっているリク。そんなリクがこのタイミングでアスフィやアイズたちの極秘クエストを知ったうえでかかわっている理由は単にある組織の命令だ。いや、組織というよりかは上司にあたる男なのだが――――――

(アイツ、小人族に変化してる時は感情を挟まないんだよな……冷徹すぎる。人に対してもモンスターに対しても、等しく扱っている、っつーか……俺に対してすら「リク、命令だ」って感じだしよぉ……俺にはダンジョン潜らせるくせして、本人は「俺は他の仕事もある。映像で確認するから問題ない」とかふざけてんのかよ……どうせ【アストレア】の連中に稽古をつけるんだろうが……ただ女子とキャッキャウフフしてるだけだろ!?)

 ともかくにも彼はここにいる。

 ダンジョンの異変にも見慣れたものだ。階層ごと変わっている場所まであるのだから……。

 




はーい、ほんっとに遅れた上に文字数少な目とかすんません。
それと、報告が一つ。
この作品の続きは書いていきますが……少しばかり前作を見直すと「うわぁ、俺の文章力なさすぎィ!?」ってなっちまったもんで、並行して書き直しも投稿していこうかと思っております。
投稿頻度は週一程度になるかもしれませんが、少なくとも今作品の時系列まで追いつかないかぎりはこの作品も進めてまいりますので、どうぞご理解を。

ではまた次の話で!


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暗躍する闇派閥と戦いの幕開け

要望が多かったので書いてみました。
正直、ここからの話が長すぎてやりたいシーンが遠すぎて書く気が失せていたのですが、だんメモを久々に開いてみるとアストレアレコードなる神イベントがあったので書く気になりました。

……前作の27階層の悪夢前を書き足したい気分でいっぱいです。

短いですが、どうぞ。


 アイズたち一行はかなり奥まで侵攻していた。

 奥から漂ってくる異臭も次第に強くなってきており、食糧庫がこのような状態になってしまっている原因に近づいている証拠だろう。

 しばらく進んでいると目の前に四つの道が現れた。分かれ道だ。

 

「既存の地図では対応しきれませんね……ルルネ、地図を作りなさい」

 

「了解」

 

 アイズは赤い羽根ペンと何も書かれていない羊皮紙を取り出したルルネを見つめる。

 これまで通ってきた道の曲がり方、歩数を頭に入れていたのか、閉ざされた入り口からの地図を書き上げていくルルネ。

 

「すごい……ね、地図、作れるんだ」

 

「んー、そうか?【剣姫】に褒められるのは光栄だけど……私はこれでも、盗賊(シーフ)だからな」

 

 今でこそ地図情報がギルドよりもたらされ、冒険者たちはその恩恵に預かっているが、それは先人たちの偉業の産物だ。

 『古代』の時代からダンジョンに挑み、命がけで正規ルートを開拓してきた先人たちの功績。今のアイズたち冒険者はその偉業の上にあぐらをかき、ただ魔石を取ったり資源を回収しているに過ぎない。時たま未開拓のフロアが発見されたりするものの、約9年もオラリオの土地にいるアイズですら発見したことあるのは一度のみ。

 そんなアイズからしてみれば、地図作成(マッピング)が出来るルルネは尊敬すら覚えるのである。

 

「本当に凄い…」

 

「あはは。都市の外に出るヘルメス様に付き添って、よく怪しい遺跡とかに潜ったりするんだよな。私はもう慣れたもんさ」

 

 歩きながら、アイズと喋りながらでも手を止めない彼女に対し、アイズは自身がまだ未熟だと考えさせられた。

 時間をかけ、全ての分かれ道を捜索しながら地図を作成していく。

 ある一つの道を進んでいると、広いエリアに出た。

 その中央に灰が積もっており、近くには魔石の代わりにドロップアイテムが置かれていた。

 

「モンスターの死骸か?」

 

「ええ、間違いないでしょう」

 

「……魔石なし、ならやっぱり確定だな」

 

 アイズは先頭にいるアスフィ達とは逆に最後尾に立っていたリクの呟きを聞き逃さなかった。

(リク、さんは……何かを知っている……?)

 魔石だけがなく、ドロップアイテムのみが残されている状況。アイズはある一つの考えを頭に浮かべていた。

 アスフィも考えがまとまったのか短剣を抜いている。

 

「恐らく、『例』の門を突破できたモンスターたちがここまで侵入してきたのでしょう。そして、何かにやられた」

 

 アスフィの言葉にパーティは騒然としたが、察しの良いものは武器を抜いて周囲の気配を探っていた。

 前方、後方、複数の薄暗い横穴。

 【ヘルメス・ファミリア】の面々が注意深く見つめる中、アイズとリク、そしてアスフィだけは上を見上げていた。

 

「―――上」

 

「上です!」

 

 アイズとアスフィの言葉を聞いた面々はその場から退避する。

 上から現れたのは……食人花の群れであった。

 

『オオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 破鐘の咆哮とともに襲い掛かってくる敵に、アスフィは叫んだ。

 

「各自、迎撃しなさい!」

 

 アイズたちは戦闘へと突入した。

 

 

***

 

 

 一方その頃、18階層リヴィラの街を出発した三人がいた。

 ベート・ローガ、レフィーヤ・ウィリディス、フィルヴィス・シャリアである。

 アイズが伝言を頼んだことで【ロキ・ファミリア】、その場に居合わせた【ディオニュソス・ファミリア】から援軍として送られたのである。

 先程まで険悪としていた三人であったが、レフィーヤが積極的にフィルヴィスに話しかけ、フィルヴィスも心を開いたことで17階層までの一触即発のような雰囲気はなくなっていた。

 ベートが一人前を歩き、二人のエルフが追随する形で進んでいたときのこと。

 ふと、フィルヴィスがレフィーヤに話しかける。

 

「レフィーヤ。先程リヴィラで私の話を聞いただろう」

 

「はい。で、でも!私はフィルヴィスさんを汚れているだなんて思ってません!」

 

「ふふっ、それはさっき言われたからな。そうではなく……『27階層の悪夢』についてだ。どんな説明を受けた?」

 

「え、えーっと……闇派閥が多くの有力なファミリアを嵌め殺しにした事件で……フィルヴィスさんはその事件の数少ない生き残りだったって」

 

「……そうか」

 

 レフィーヤから話を聞いたフィルヴィスは悲観することなく、むしろ少しばかり笑みを浮かべていた。

(ど、どうしてフィルヴィスさん、少しだけど笑っているんだろう?普通そんな事件が起きたならもっと暗い顔をするんじゃあ……)

 レフィーヤの疑問はもっともなのだが、フィルヴィスの次の言葉がまたレフィーヤに疑問を抱かせることになる。

 

「本当に、レフィーヤ達【ロキ・ファミリア】が羨ましい」

 

「?」

 

 どうして突然そのような話になるのだろうか。

(もしかして、私がいなかったときの【ロキ・ファミリア】と『27階層の悪夢』には繋がりがあるってことなのでしょうか……でも、【ロキ・ファミリア】内で『27階層の悪夢』についてはタブーとされていますけど……)

 現在の【ロキ・ファミリア】には口にしてはならない言葉として『27階層の悪夢』の存在がある。

 前に新人団員がその話をしたとき、フィン、リヴェリア、ガレス。加えてアイズたち『27階層の悪夢』時前から在籍している団員達の空気が途轍もないほどに重くなったことがあった。あの感情を表に出さないようなリヴェリアが悔しそうに俯いているのを見てレフィーヤは絶句したのを覚えている。

 やはり、何かがある。レフィーヤは詳しいことをフィルヴィスに聞こうとするが……

 

「おいエルフ共。急げ」

 

 ベートが進む速度を速めたことにより一旦打ち切ることになってしまったのだった。

 

 

***

 

 

 食人花をあらかた倒し終えたアイズたちは情報の整理を行っていた。

 アイズとルルネは以前にも食人花との戦闘があり、アイズに至っては50階層での女型戦も経験済みだ。情報共有は大事であるため、アスフィを中心に考えをまとめていく。

 

「モンスターがモンスターを襲う行動には、大きく分けて二つの可能性があります」

 

 アスフィは指を一つ立てる。

 

「一つは突発的な戦闘。偶然、あるいは何らかの事故で被害を受け、逆上してしまったモンスター同士が争う。群れ同士で戦う場合もあります」

 

 全員が頷くと、アスフィは二本目の指を立てた。

 

「そして二つ目。モンスターが、魔石の味を覚えてしまった場合です」

 

 本題に入ろうと、彼女は話を続けた。

 

「別のモンスターの魔石を摂取すると、モンスターの能力に変動が起こります。【ステイタス】を更新する時の我々とおなじく、能力が上昇します」

 

「『強化種』……」

 

「ええ。過剰な量の魔石を取り込んだモンスターは、本来の能力とは一線を画するようになります」

 

 アイズの呟きをアスフィは肯定する。

 

「有名なのは『血濡れのトロール』……多くの同業者に手をかけ、討伐に向かった精鋭パーティまでも返り討ちにした化け物」

 

「ああ、いたなぁ……上級冒険者を五十人ぐらいやったんだっけ?」

 

「ええ。最後は【フレイヤ・ファミリア】が討伐しましたが、記憶に新しいです」

 

 アイズも覚えている世間を騒がせた事件を思い返す。

 ギルドの推定Lvをはるかに超えるまでに強化された『血濡れのトロール』はあくまで特例の一つではあるが、同種族の魔石を五つでも取り込めば、モンスターの能力は目に見えて変化するというデータが存在する。

 

「それにしても最初から魔石の味をしめているとかそんなのありー?」

 

「個体差があったことからも種としてそのような性質を持っていると考えた方がいいでしょう」

 

 今回は今までで一番多くの食人花と戦闘をしたアイズだが、個体差が目に見えて存在していることにはすぐに気が付いた。同じカテゴリーに含めていいのかと考えてしまうほど力の差があった個体もある。

 どちらにせよ、食人花が出てきたことはアイズにとっては気を引き締めることにつながる。

(この先に……)

 いるはずなのだ。赤髪の調教師が。

 

「また分かれ道か……次は三つのルートか」

 

 フロアから通路へと戻り奥へと進んでいくと、またしても分かれ道が目の前に現れた。

 

「うわッ、また出た!」

 

「後ろもです」

 

 各通路に食人花が出現し、先程まで歩いていた通路にも同様に姿を見せる。

 

「アイズ、【双蒼の鬼人】、左右の通路をお願いしてもいいですか」

 

「わかった」

 

「いいぜ」

 

 戦力的にも連携としても三つに分けるとすれば自然とそうなる。

 アイズは殲滅を開始し、リクも腰から抜いた双剣で的確に食人花を撃破していく。

 そんな時、突如としてアイズ、そしてリクの上から巨大な柱が降り注いでくる。

 二人とも巨大な緑柱を回避していくが、【ヘルメス・ファミリア】の面々と分断されてしまった。

 

「こちらは大丈夫です!」

 

 アスフィの声を柱越しに受けたアイズだが、すぐさま通路にいた食人花を全滅させると、柱を断ち切ろうとする。

 だが、放たれた獰猛な殺気が、それを許しはしなかった。

 

「……!」

 

 振りかえり、薄闇が続く通路の奥を見つめる。

 あの暗がりの先にいる、無視はできない。何よりも覚えのある圧倒的な存在感。

 この相手に一時も背を向けることは出来ないと判断したアイズは向き直る。やがて、引き寄せられるように暗がりの先へと進む。

 

「――――そちらから出向いてくれるとはな。願ったりだ」

 

 奥の暗闇を切り裂くように姿を現したのは、赤髪の、調教師。

 以前、18階層にて敗北を喫した相手。

 

「……貴方はここで、何をやっているの?」

 

「さあな」

 

「これは、このダンジョンは何?貴方が作ったの?」

 

「知る必要はない」

 

 以前と同様に、こちらの質問には全く答える気はないようだった。

 

「お前は黙ってついてきてくれればいい。会いたがっている奴がいる。来てもらうぞ、『アリア』」

 

「私は『アリア』じゃない」

 

 否定するアイズに、女は怪訝そうな顔をする。

 

「『アリア』は、私のお母さん」

 

「世迷言をぬかすな。『アリア』に子がいるはずがない。仮に……お前が『アリア』本人出なかったとしても、関係のないことだ」

 

「貴方はどうして『アリア』を知っているの?『アリア』の何を知っているの?」

 

「名を知っているだけだ。『アリア』に会いたいとせっつかれてな……うざったらしい声に従って探してみれば、お前にあった。それだけだ」

 

 感情を露わにするアイズに対しても女は表情を変えなかった。むしろ余計なことを話してしまったと言わんばかりに、彼女は会話を切り上げた。

 

「無駄な話は終わりだ。お前を連れていく」

 

 そう言って女が地面に腕を突き刺すと、地面からズズッと何かが移動しているかのような音が聞こえてくる。

 暫くした後、女が腕を引き抜くと赤い液体をこぼしながら棒状のものが出てきた。

 柄が存在する、紛れもない長剣。

 ――自然武器(ネイチャーウェポン)

 アイズが考えているうちにも女は長剣についていた液体を吹き飛ばし、戦闘態勢をとる。

 アイズも肩の力を抜き、愛剣である《デスペレート》を構える。

 

「風は使わないのか?」

 

「必要ない」

 

「舐められたものだなッ!」

 

 女が突進してくるのと同様に、アイズも迎え撃つ。

 戦闘が、始まった。

 

 

***

 

 

「はぁ~マジかよ。閉じ込められたんだけど……」

 

 アイズ同様に一人で通路の食人花を倒しきったリクは、目の前に広がっている緑色の柱を見ながら呟く。

 気配から感じるに、【ヘルメス・ファミリア】の面々は真ん中の通路を進むことにしたらしい。アイズも戻ってきていないところから、それぞれで通路の探索ということになるのだろう。

 

「俺は戦闘が専門ってわけじゃないってのによ……」

 

 リクが愚痴る中で、唐突に。

 奥の通路から凄まじい殺気がリクを襲った。

 アイズに向けられたものと同様のそれは、通路の奥から向けられている。

 第一級とはいえ、鍛冶師が本職である彼には荷が重い……というわけではなく。

 

「なんだ、やっぱり居やがったのな」

 

 まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()を見せるリクは、双剣を構えながら通路の奥へと向かう。

 敵も同じように進んでいたのか、姿を現した。

 青い髪に青黒い瞳。アイズと対峙しているレヴィスに似たような面構えの女はリクを視界にとらえると、腕に持っていた剣をらしきものを構えつつ話しかけてくる。

 

「貴様、何者だ?」

 

「名乗るほどの者でもないが、そうだな……お前らを追っている()()()()()()()だ」

 

「我々を狙っている者がいるのは感知していたが……なるほど、貴様がジョーカーか」

 

 青髪の女からそう呼ばれたリクは、一泊置いて笑い出した。

 

「……何がおかしい」

 

「はははッ!……いやぁ、()()()()()()()()()()()()()と思われちゃあ困る。俺はしがない下っ端の鍛冶師さ」

 

「ほう?つまり貴様を殺せばジョーカーを引っ張り出せるというわけか」

 

「あん?ま、そうだな。だが……お前に殺せるか?」

 

 先程まで会話に応じていたリクだったが、ジョーカーの存在に気を向けてしまった青髪の女に即座に接近し、双剣を振るった。

 

「ぐうッ!!」

 

 しかし、さすがは番人というべきか。反応が遅れたにもかかわらず持っていた剣で防ぐ。お互いの位置がさっきと逆になったところで、今度はリクが話しかける。

 

「相変わらず化け物みたいな反応速度だな。お前の名前は何だ?」

 

「……アヴィス」

 

「俺はリク。ジョーカーとともにお前らの仲間を三人殺したこともある男だ」

 

「ッ!?レイアとカフー、ブフェを殺したのは貴様らか!!」

 

「気づいてなかったのか……さすがジョーカーだな」

 

「殺す!貴様はここで殺す!!」

 

「やれるもんならやってみろ!!」

 

 再び両者はぶつかり合う。

 だが、この戦闘が一方的なものになるとは誰が思っただろう。

 リク・シュトラウス――――()()()()()()()()()()()()()()()L()()()()だということに、誰も気づいてはいないのだから。

 

 

***

 

 

 アイズ、そしてリクと分断されたアスフィ達は苦戦を強いられるものの、異常を感じたであろうファルガー達待機班が伝令を出したうえで応援に駆け付けたことで、食人花の群れを倒しきり、奥へと進んだ。

 大きな広間に出ると、そこは異様な光景が広がっていた。

 

「宿り木……?」

 

 アスフィの口からついこぼれ出た言葉の通り、食糧庫の核が三体の食人花に似たモンスターに包まれていたのである。

 辺りを見れば壁から生れ落ちるモンスター……食人花と思われしモンスターが黒い檻の中に収監される。

(これは……エネルギーを取り込み、ダンジョンが利用されている?食人花はここで作り出されていたのですか……報告が必要ですね)

 アスフィが考えをまとめている最中、奥から人が続々と姿を現した。

 

「侵入者を殺せ!!」

 

「「「おおおおおお!!」」」

 

「なっ、【闇派閥】だとっ!?」

 

「本当に残っていたのかっ!」

 

 過去、オラリオの暗黒期を作り出していた【闇派閥】と思わしき格好をした人間を見て、警戒を強めた【ヘルメス・ファミリア】。

 

「全員、敵の無力化をッ!」

 

『『『オオオオオオオオオオオオオッ!』』』

 

「またかよこいつら!!」

 

「パーティごとに対処しなさいっ!切り抜けますよ!!」

 

 食人花まで襲いかかってくる状況になり、【闇派閥】、【ヘルメス・ファミリア】、食人花による乱戦に突入するのだった。

 

 

***

 

 

『過保護じゃない?』

 

「何がだ、×××××」

 

 上下左右、空間そのものが闇に包まれている中。

 一人の男と、少女の会話が行われていた。

 

『リクまで派遣する必要あったの?彼は引きこもり設定だったから、怪しまれることになるじゃない?』

 

「そのうち僕だって姿を表舞台に晒す。それに、もしも怪人が複数人いれば【剣姫】、【ヘルメス・ファミリア】だけでは荷が重い。いくら【万能者】が第一級に達したとはいえ、相性的には厳しいはずだ」

 

『【ロキ・ファミリア】からは援軍が出てるのに?』

 

「【凶狼】が戦えるかというレベルだ。やはりLv.5では荷が重いからな」

 

『そりゃあ、君たち見てるとそう感じるけど……あれでも七年前より戦力は多いんだよ?』

 

「当たり前だ。【ゼウス・ファミリア】【ヘラ・ファミリア】亡きあと、オラリオがどうやって立ち直ったと思っている。化物集団と同レベルにまでは成長してもらわなければ困るのはこちらだ」

 

『容赦ないなぁ』

 

「こちらの隠し戦力にも限度がある。敵の首魁を倒すにはまだ安全圏とは言い難いんだ」

 

『理想が高すぎるんだって。君はいつもそうだよ?』

 

「せっかくの平和を、失いたくはない」

 

『……やっぱり無理ー!!!その姿禁止!気持ち悪い!嫌だぁぁ!!』

 

「うるさいぞ×××××」

 

『いつもの××××がいいよぉ!』

 

二人の会話は闇の中で続く。

誰も感知できない、その場所で。

 




続きも頑張って出していくつもりです。
更新は遅いかと思われますが、どうぞよろしく。


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騒動終結と遠征に向けて

頑張って更新していきたい……頑張って(白目)


「お前は……!?」

 

「久しぶりだな【万能者】」

 

「どうして貴方が生きているのですか!?オリヴァス・アクト!」

 

 【ヘルメス・ファミリア】、闇派閥、食人花による戦闘は【ヘルメス・ファミリア】の勝利で一度落ち着いていた。

 そんな中、奥にいたフードを被った人物と対峙したアスフィは、その人物を見て驚きを隠せなかった。

 オリヴァス・アクト。かつての闇派閥で幹部だった男。推定Lvは3。【白髪鬼(ヴェンデッタ)】の二つ名をつけられた賞金首。

 だが、『27階層の悪夢』時に討ち取られたはずだった。

 

「お前は殺されたはずです!あの他ならぬ【闇英雄】に!」

 

「ふははははっ!確かに私は一度死んだ。我らの計画を次々と狂わせた忌々しき男に腕を落とされ、最後は身体を切り離されてな。しかし私は選ばれたのだ!『彼女』の力によって蘇った!!」

 

「彼女…?」

 

「『彼女』の望みを叶えるのが私の願望だ。故に貴様らを生きて返すわけにはいかない。いけ、我が同士達よ!!」

 

「「「おおおおおお!!」」」

 

「奴らに死の鉄槌を!」

 

「これで俺はハンナの元へ行ける!」

 

「待っててユリウス!今あなたの元へ行くわ!!」

 

「これは……!?」

 

「『火炎石』!?あの野郎またっ!!」

 

 闇派閥がギルド傘下のファミリアと拮抗を維持していた理由の一つ。

 それこそが自爆覚悟の特効攻撃。深層域に生息する『フレイムロック』のドロップアイテムであり、強い発火性と爆発性を持つ。

 それゆえに、直撃すれば上級冒険者に対してすら命を奪うことが出来る。

 

「壊れた連中だな。神に縛られる愚か者ども……滑稽な」

 

「貴方の相手はこの私です!」

 

 後ろで行われている常軌を逸した光景を見ながら、そう呟くオリヴァス。

 アスフィが接近を試みるが……

 

食人花(ヴィオラス)

 

「なっ…!?」

 

 一言、ただそれだけで食人花の群れが地中より現れ、アスフィを襲った。

(やはり調教師……!)

 アスフィは自身の考えに間違いはないと断定。自作の爆薬を用いて迎撃しながら相手の出方を窺う。

 

「【万能者】、以前私に散々いたぶられたことを忘れたのか?恐怖しないのか?」

 

「あれはすでに過去のこと。今ならば負けはしない!」

 

「大した自信だ。だが……ファミリアの団員達を守りながら私を倒せるのか?食人花(ヴィオラス)!!」

 

「貴様っ!!」

 

「お前ら隊列を維持しろ!アスフィが調教師を倒すまで粘るんだ!!」

 

「わかってらぁ!」

 

 ちらりとファミリアの様子を確認するものの、なんとか粘ってくれていた。アスフィは心強く思いながら倒すべき相手、オリヴァスを見つめる。

 

「仕留めさせていただきます!」

 

食人花(ヴィオラス)!」

 

「それはもう見飽きましたよ!『タラリア』!」

 

「なにっ?」

 

 アスフィ・アル・アンドロメダ。

 オラリオにおける屈指のアイテムメイカーであり、その中でも傑作がこの飛翔靴(タラリア)

 二翼一対。計四枚の羽根によって装備した者に飛翔能力を授ける。アスフィが開発したアイテムの中でも秘匿とされており、破格の性能を持つ。

 

「空中に……」

 

「はっ!」

 

 食人花たちの無防備な上空から爆薬を振り注がせ、瞬く間に殲滅。そのままオリヴァスに突撃するアスフィ。

 

「はあっ!」

 

「ぬうっ!」

 

 短剣を叩きつけるものの、その剣身を素手でつかむオリヴァス。

 

「っ!なんて力…!」

 

「――――確か貴様はLv.4だったな」

 

 アスフィが短剣を引き抜こうとしてもわずかにしか動かない。

 その一瞬で、オリヴァスはもう片方の手でアスフィの首を掴む。

 

「うぐっ」

 

「今の私はLv.3どころの話ではない。調子に乗ったな【万能者】」

 

「ぐうううっ!」

 

 どんどん強く締められていく首。

 なんとか腕を外そうとするものの、力の差でどうしても離すことが出来ない。

 

「冒険者のしぶとさは身に染みている。確実に仕留めさせてもらおう!」

 

「ッ!」

 

「なに?」

 

 咄嗟に背後に装備していた予備の短剣を腕に突き刺し、力が弱まった瞬間に首を絞めていた腕を振りほどくアスフィ。

 

「かはっ……はっ!」

 

「遅い」

 

 呼吸をし、地面に落とした短剣を拾ってオリヴァスに突きつける。

 しかし、一瞬のうちに背後に移動したオリヴァスが、先程腕に刺された短剣をアスフィの背中に突き刺して……

 

「アスフィー!?」

 

 アスフィがオリヴァスを抑えたことで食人花が増えることがなくなり、殲滅し終えた【ヘルメス・ファミリア】の団員たちがこれから起きる惨劇に目を見開いた―――――しかし。

 

「遅い?こちらのセリフです!」

 

「馬鹿な!?」

 

 一瞬のうちに回転し、短剣を受け止めるアスフィの姿があった。

 

「いつ私がLv.4だと言いました?」

 

「……なるほど、器の昇華か」

 

 アスフィの公式レベルは4。第二級冒険者とされているが、実際はLv.5、第一級冒険者である。

 主神のヘルメス、また友人から口止めされており、【ヘルメス・ファミリア】の団員たちですら知らなかった事実。

 

「アスフィもだったのかよ!」

 

「文句はうちの主神に言いなさい」

 

 予想された惨劇が起きなかったことに一先ず安堵した【ヘルメス・ファミリア】。

 だがまだ終わってはいない。

 

「どちらにしても貴様らは生かしては帰さん。食人花(ヴィオラス)!」

 

『オオオオオオオオオオッ!!』

 

「なんつー数だよっ」

 

 先程までの倍はあるだろうか。食人花を再度地下より呼び出したオリヴァスは自身もアスフィを殺すために邪魔なフードを取り戦闘態勢に移る。

 そこに。

 

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!」

 

「新手かっ」

 

 火炎の豪雨が降り注ぐ。

 凄まじい威力の魔法が食人花に襲い掛かり、次々と撃破していく。

 

「あれは……レフィーヤ!?」

 

「ルルネさん!?どうしてここに……」

 

 現れたのはレフィーヤ達三人。

 ベートは辺りを見回した後、問いかける。

 

「おい、アイズはどこだ」

 

「【剣姫】とは分断されちまった!」

 

「分断だと?」

 

「……そうか、お前らは【ロキ・ファミリア】か。【剣姫】を追ってきたのだな」

 

「……アイツは?」

 

 ベートがオリヴァスを目を細めながら見つつ尋ねる。

 

「オリヴァス・アクト。5年前に確かに討ち取られたはずがどうやってか生き延びていたらしい。現状、Lv.5上位と認識していた方がいいでしょう」

 

「Lv.5!?」

 

 一旦戻ってきたアスフィが答え、それを聞いたレフィーヤが驚きの声を上げた。

 第一級冒険者とされるLv.5以上の冒険者はオラリオにおいてもほとんど存在しない。多数の第一級冒険者を抱えている【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】も含めても、都市最上位のファミリアにしか在籍していないのである。

 前回リヴィラでアイズを圧倒した赤髪の調教師と言い、今回のオリヴァスと言い、敵の戦力は相当高い。

 レフィーヤは気を引き締めようと杖を握りなおす中、隣にいるフィルヴィスの様子がおかしいことに気が付いた。

 

 

***

 

 

「オリヴァス……オリヴァス・アクト!!」

 

 顔に怒気を纏いながら今にも飛び掛かりそうしているフィルヴィス。

 呼ばれたオリヴァスは見知った顔であったことに口角を上げた。

 

「フィルヴィス・シャリア。貴様も生き残っていたのか」

 

「何故貴様が生きている!?」

 

「私は『彼女』に選ばれた存在だからだ!生き返ったのだ!……それより、お前こそ何故生きている」

 

「何……?」

 

 怒るフィルヴィスと気色悪い笑みを浮かべているオリヴァス。

 フィルヴィスの変化に驚きを隠せないレフィーヤは、唖然としたまま会話を聞いていた。

 

「お前たちギルド傘下の冒険者たちは【闇英雄】によって助けられ続けたにもかかわらず!最終的には奴自身にとどめを刺したようなものだろう?【アストレア・ファミリア】の女どもといい、貴様らといい、足を引っ張り続けていたではないか」

 

「……【アストレア・ファミリア】?何故その名が……」

 

「……れ」

 

「そうして考えてみると奴自身も甘い男だった。ゼウスとヘラの残党とも対等に渡り合い、当時、オラリオ最強を誇っていたというのに弱者を見捨てられなかった軟弱者だった」

 

「……なさい」

 

「……まれ」

 

「あの魔法、【自己犠牲(サクリファイス)】だったか。馬鹿みたいな魔法だ。神のごとき力を持っていながら、弱者まで守ろうとする。結局、味方を庇いすぎたせいで奴は死んだ。腕を食いちぎられ、足を捥がれ、それでも必死に抵抗しながら無様にな」

 

「「黙れ!!!」」

 

 オリヴァスの言うことに我慢できなくなったフィルヴィス、そしてアスフィが怒鳴りながら攻撃を開始する。

 

「【一掃せよ、破邪の聖杖】!」

 

「『タラリア』!!」

 

 超短文詠唱に多大な魔力を込めるフィルヴィスに、上空に舞うアスフィ。

 

「【ディオ・テュルソス】!」

 

「とっておきです!」

 

 黄金の雷と【万能者】の中でも一番の威力を持つ爆弾が投下される。

 だがオリヴァスは不敵な笑みを浮かべるばかり。

 

「ふんっ!」

 

「何っ!?」

 

 フィルヴィスの魔法を片手で受け止めるオリヴァス。

 さらに、

 

巨大花(ヴィスクム)

 

『オオオオオッッ!!』

 

「まだこんなモンスターをっ!」

 

 アスフィの爆薬を防がんとばかりに地面から現れる巨大花(ヴィスクム)

 それは食人花よりも巨大であり、加えてアスフィの爆弾でも少ししか傷をつけられないモンスター。

 

「返すぞエルフ!撃ち落とせ巨大花(ヴィスクム)!」

 

「ああああッ!」

 

「ぐうッ!!」

 

「フィルヴィスさんっ!」

 

「アスフィっ!」

 

 雷の魔法をお返しとばかりにフィルヴィスへと撥ね返し、巨大花の触手がアスフィを地面に叩きつけた。

 

「ちっ、あの野郎とでかい花は俺がやる!馬鹿エルフ詠唱しろ!」

 

 ベートが跳躍し、いつの間にか湧いていた食人花を蹴散らしながら接近していく。

 レフィーヤはフィルヴィスの様態が気になったが、【ヘルメス・ファミリア】が回復薬を使っているところを見て自分にすべきことを全うしようとする。

 

「すいません、援護をお願いします!……【解き放つ一条の光。聖木の弓幹。汝、弓の名手なり】」

 

 淀みなく詠唱を行いながらレフィーヤは考えを巡らせる。

(私には分からないことだらけ。だけど、今しなきゃいけないことは分かる!)

 フィルヴィスの怒りも、【万能者】の怒りも理由はピンと来ていない。

 それでも、あのオリヴァスとかいう男が敵であるということだけははっきりとしているのだから。

 

「【狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】!」

 

 食人花の触手攻撃が続く中、レフィーヤはひるまずに詠唱を終えた。

 

「【アルクス・レイ】!」

 

 放たれた光の砲撃は真っすぐにベートへと向かい、その装備しているブーツに集約される。

 

「おらああああッ!!」

 

「何だと!?」

 

 ベート渾身の一撃が巨人花を襲い、撃破に成功する。

 そのままの勢いでオリヴァスに突撃するベート。

 

「てめえが何者かなんてどうでもいい!アイズはどこだ!?」

 

「【剣姫】なら私の仲間が相手にしている。今頃腕を斬られている頃ではないか?」

 

「―――殺す」

 

 凄まじい殺気を帯びた目で睨みつけながら、連続攻撃を仕掛けるベート。

 互角に戦い続けるオリヴァス。

 

「本当にベートさんと互角だなんて!?」

 

 レフィーヤとしては信じたくもない光景である。

 アイズといいベートといい、レフィーヤにとって【ロキ・ファミリア】の幹部たちは雲の上の存在であり、憧れである。

 そんな存在と対等以上に渡り合える者がここ最近多く見かけられるのだ。動揺は大きかった。

 それでも自身のすべきことは忘れない。

 

「【……解き放つ一条の光。聖木の弓幹。汝、弓の名手なり】」

 

 自分に出来る精いっぱいをするのがレフィーヤの役割。それをしっかりとこなそうとしているのだ。

 

「【狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】」

 

『オオオオオ!!』

 

「ッ!」

 

(しまったっ!)

 食人花に応戦していた【ヘルメス・ファミリア】が少しばかり分断されてしまい、自身を守る存在がいないことに今気づいたレフィーヤ。

 魔法を打つことに神経を使いすぎて周囲への警戒を忘れていたのだ。

(やられる……っ)

 咄嗟に目を瞑り詠唱を中断してしまいそうになるレフィーヤ。

 

「【盾となれ、破邪の聖杯】!」

 

 しかし、彼女の前に一人のエルフが飛び出した。

 

「【ディオ・グレイル】!」

 

 白い輝きを放つ、円型障壁。

 魔法を発動させたフィルヴィスによってレフィーヤを狙った食人花たちの攻撃を無効化、さらには消滅させる。

 

「やれ、レフィーヤ!」

 

「【アルクス・レイ】!」

 

 フィルヴィスの援護によってもう一度成功した光の砲撃がベート達の元へ飛んでいく。

 自身の向かってくるそれを一瞥したベートはすぐさま跳躍した。

 

「無駄なことを!」

 

 光の砲撃が自身に向かってくるのを見て片手を突き出し、止めようとするオリヴァス。

 だが砲撃は進路を変え、ベートの元へと打ちあがった。

 第二等級特殊武装《フロスヴィルト》。精製金属(ミスリル)で作られたメタルブーツの特殊能力は、魔法効果の吸収だ。

 レフィーヤの膨大な精神力(マインド)を注ぎ込んだ【アルクス・レイ】は自動追尾機能を兼ね備えている。レフィーヤはベートを追尾するように仕向けたことで砲撃が曲がり、ベートの力へと変わる。

 

「くたばりやがれぇぇぇ!!」

 

「ぐうおおおおおっ!!」

 

 とびひざげりの要領で渾身の力を持ってベートが叩きつけた力はオリヴァスをどんどん後退させていく。

 

「だっしゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「おおおおおおッ!!」

 

 蹴りきったベートに吹き飛ばされたオリヴァスは床を削りながら、最後は核となっていた寄生されている柱の中心部にぶつかって止まった。

 

「……やったか?」

 

「いや、まだだ。しぶとい野郎だぜ」

 

 ベートの言った通りオリヴァスは息を荒くしているもののまだ生きていた。

 さらに。

 

「ふふふ、ははははッ!」

 

 傷が再生されていく。

 目を疑うような光景に全員が唖然とする中、オリヴァスは酔いしれるように告げる。

 

「言っただろう、私は選ばれたと!他ならぬ『彼女』に!」

 

 そうして見せつけるように胸の一部分から魔石を外に浮き出させるオリヴァス。

 

「……あなたは、人とモンスターの混合体とでもいうのですか!?」

 

「その通りだ!私は至高の存在となった!神の恩恵よりもすさまじいこの力を得て!!」

 

 モンスターの力を人が行使する。

 考えただけでも恐ろしい事実に、多くの者が恐怖を抱く。

 

「貴方の目的は一体なんだというのです?」

 

 団員たちに回復してもらったアスフィが支えられながらも問う。

 

 

「―――迷宮都市(オラリオ)を、滅ぼす」

 

 

 その答えに、全員が目を見開く。

 

「お前ッ、自分が何を言ってくるのか、分かってるのかよッ!」

 

 オラリオはダンジョンの直上に築き上げられた巨大都市であり、そしてダンジョンに対する防波堤でもある。 『蓋』の役割を持つ『巨塔(バベル)』とともに地下の『大穴』からモンスターの地上進出を防いでおり、まさに人類最後の砦であり、世界の中心だ。

 そのオラリオが崩壊すれば『古代』の戦乱の時代に逆戻りすることになる。

 かつてオラリオ崩壊を企んだ【闇派閥】は冒険者たちが命をかけて戦い抜いたことでやっとのこと防ぐことが出来た。

 それと同じことをまたしようとするオリヴァスに、ルルネがすぐさま言葉を返す。

 

「理解しているとも!私は、自らの意思でこの都市を滅ぼす!!『彼女』の願いを叶えるために!……お前たちには聞こえないのか、『彼女』の声が!『彼女』は空が見たいと言っている!『彼女』は空に焦がれている!『彼女』が望んでいるならば、私はその願いに殉じてみせよう!」

 

 病的なまでに肌白い顔に高揚した笑みが浮かぶ。

 話の中身からかろうじて理解できることは、『彼女』という存在に対しての男の忠誠と妄執だ。

 

「そのために、まずは貴様らを殺すとしよう」

 

「何言ってやがる、もう碌に動けねえだろうが」

 

 オリヴァスにベートが反論する。

 実際、外見は綺麗に再生されていたオリヴァスではあったが蓄積された戦闘によるダメージに内部はかなり消耗していた。

 

「見抜かれていたとはな。だが、貴様らを殺す手段など他にもあるのだ。巨大花!」

 

『オオオオオオッッ』

 

「な、なんだよ……」

 

「さっきの比じゃない大きさですね……」

 

 地中より現れたモンスターは先程までの巨大花と同じようではあったが、大きさがまるで違った。

 

「ふはははッ!すべては彼女のために!」

 

 三度、戦闘が起ころうとしたところで……真横の壁が次々に崩壊した。

 

「あれは……」

 

「アイズさん!!」

 

 左側からはアイズと赤髪の調教師。

 

「【双蒼の鬼人】!」

 

 右側からはリクと青髪の女が。

 

「ちっ」

 

 アイズの猛攻に防戦一方で受けることが精いっぱいな赤髪の調教師。

 

「この程度じゃ俺は殺せねえっての!!」

 

 リクの振るった双剣の威力に吹き飛ばされる青髪の女。

 

「ぐうッ」

 

「アヴィス、貴様の相手は誰だ?」

 

「【創造者(クリエイター)】……いや、【双蒼の鬼人】と言ったか。なるほど、彼の【闇英雄】の相棒か」

 

「レヴィス!こいつは駄目だ!Lv.6でも上位に入る!!」

 

「次から次へと…!」

 

「何を手間取っている。レヴィス、アヴィス。口だけかお前らは。私が代わりに倒してやろう。……『アリア』は最悪死体でも構わん!やれ、巨大花」

 

「おい、止めろ」

 

「止めてくれるなよレヴィス。全ては『彼女』のためだ」

 

 空中に飛んだままの状態であったアイズ目掛けて巨大花が襲い掛かる。

 だが、アイズは冷静だった。

 

「【テンペスト】!」

 

 風の加護を纏い、一閃。

 それだけで真っ二つにされて消滅する巨大花。

 

「なぁっ!?」

 

「……また差を開けられちまった」

 

 圧倒的な一撃を見て、レフィーヤはおののいた。

 ―――アイズの魔法、【エアリエル】は異常だ。

 攻守一体を司る万能の能力、単独で階層主と渡り合える途方もない出力、あの力は付与魔法(エンチャント)の域を超えている。通常の付与魔法ではあれほど絶大な効果など発揮できない。

 ヒューマンであるアイズが、先天的な魔法種族のエルフでもない彼女が、どうしてあそこまでの魔法を行使できるのか。

(アイズさんが、また……)

 Lv.5であったアイズを、都市最強の一角へと押し上げていたのは間違いなく風の力によるものだ。

 Lv.6に至った今、純粋な白兵戦であればフィンたちをも超えたであろう。

 

「ベートさん、レフィーヤ……」

 

 アイズに対しての援軍であった二人は、一先ずアイズを見つけたことに安堵する。

 

「さすがだな【剣姫】。ハチの野郎が目をかけていただけはある」

 

 アイズたちが振り返った先には、双剣を構えつつ相手方を警戒しながらこちらにやってくるリクの姿があった。

 

「【双蒼の鬼人】、まさかあなたがLv.6だったとは」

 

「派閥内で団長よりLvが高くなると面倒が起こるからな……隠してたんだよ。お前らも黙っといてくれよ?」

 

 こちらを一瞥した後、再度アスフィと会話をするリクを見ながら、アイズは考える。

(相手は青髪の女の人。確かアヴィスとか言う怪人……私と対峙していたレヴィスさんと同格の存在なはず……この人、強い……)

 アヴィスが言うにはLv.6上位であるという。

 本職が鍛冶師であるリクがLv.6であるということだけでも驚きだが、フィンたちに次ぐ実力を持っているということには耳を疑うばかりだ。

 

「レヴィス、ここは撤退だ。私は『彼女』の望みのためにもここで死ぬわけにはいかない!」

 

「……」

 

 敵方を見ればオリヴァスがレヴィスに撤退を訴えていた。第一級冒険者が四人もいるこの状況を不利と判断したのだろう。

 レヴィスはそんなオリヴァスを一瞥し……

 

「ガハっ!?……な、ぜ……」

 

「より力が必要になった。それだけのことだ」

 

 一瞬のうちにオリヴァスの身体に埋め込まれていたであろう魔石を抜き取り、それを口にした。

 魔石を抜き取られたことで灰となり消滅したオリヴァス。

 

「これでもまだ足りないか……アヴィス、力を貯めるとしよう」

 

「わかっている。この柱を壊せば……!」

 

 食糧庫は特殊なルームである。

 中心になっている柱を崩壊させることで食糧庫自体が崩壊するようになる。

 

「まずいっ!全員早く外に出ろ!!」

 

 アヴィスが起こす行動を悟ったリクが叫ぶ。

 

「ダンジョンが……!」

 

「ちっ!アイズ!早くしろ!!」

 

 次々と天井の岩が崩れ落ちていく中、アイズはレヴィスと向かい合っていた。

 

「アリア、59階層へ向かえ。そこにお前の知りたいことあるはずだ」

 

「59階層……」

 

「ちょうど面白いことになっている」

 

「……どういう意味、ですか?」

 

「薄々感づいているだろう?お前の話が本当だとしたら、身体に流れている血が教えてくれているはずだ」

 

「……」

 

「お前が自ら向かえばこちらの手間も省ける」

 

 そう言葉をかわした後、アイズも食糧庫から脱出したのだった。

 

 

***

 

 

「よーし、張り切っていくわよ!!」

 

 とあるオラリオ郊外にある一件屋の庭にて。

 11名の少女たちが集結していた。

 ……いや、庭というのは些か無理があるだろうか。

 魔法特訓のための障壁に剣打ち込み用の人型、モンスター型の模型など、一般の庭とはかけ離れている場所であった。

 

「ふふ、今日も団長殿は張り切っておられますこと」

 

「そりゃそーだろ。これから懐かしいオラリオ入りするってんだ。××××程じゃないが、アタシだって興奮してるぞ?」

 

「×××の場合は【勇者】に会いたいだけでしょう?」

 

「別にいいだろ!そうだそうだ、××××。アタシらが表舞台に立った後、二人で夜這いしねえか?アタシはフィンに、お前は××××によ」

 

「それはいい考えね!!」

 

「団長、こんな昼間から何寝ぼけたこと言ってるんだ……」

 

「あははっ。僕はまたリオンに会いたいよ」

 

「あのクソ雑魚エルフとはちょくちょく顔を合わせているのにか?」

 

「それでもだよ。いつも一緒にいたいくらいだ」

 

 彼女たちは本来ならば生きていてはならない存在。

 殺されてしまった、潰えてしまった正義。

 それでも、ある者は回復し、ある者は蘇った。

 そしてそれは、誰も知ることのないことである……

 

「全員、揃っているようだね」

 

「あ、××××!」

 

 そんな少女たちの前に一人の小人族が姿を見せた。

 先程まで一切の気配を悟らせなかった彼は無表情のまま告げる。

 

「まずは顔合わせだ。全員、僕の作った魔道具は持っているな?」

 

「「「はい!」」」

 

「なら行こうか……【我、闇の眷属なり―――――】」

 

 

***

 

 

「……以上が、アイズ、ベート、レフィーヤからの報告をまとめた内容だ」

 

「赤髪の調教師レヴィス、同類の仲間であるアヴィス……」

 

「まさか【白髪鬼(ヴェンデッタ)】まで出て来るとはな」

 

「まるで悪夢だね」

 

 【ロキ・ファミリア】の執務室で、フィン、リヴェリア、ガレス、主神のロキが集まり会議を行っていた。

 本来であればここにコマチも加わるのだが、今回はレフィーヤによるある問いから彼女だけ呼んでいない。

 議題は新種のモンスターやダンジョンでの異変、人とモンスターの融合体である怪人についてである。

 

「それにしても一番の問題はアイズたんや」

 

「ああ。『アリア』の名がここで出るとは思わなかった」

 

「敵はアイズを狙っている。それだけは確かじゃろう」

 

 フィンたち最高幹部はアイズがオラリオを訪れた時より世話してきたこともあってか、多少の事情は本人から聞いている。

 それゆえに、彼女の意思を一番に知りたいと思っていた。

 

「……アイズはなんて?」

 

「行きたい、だそうだ」

 

「ふむ……」

 

 フィンは情報を整理しつつ、これからの行動について考える。

(59階層は【ロキ・ファミリア】の未到達領域に違いはない。ギルドからも遠征をおこなうように強制任務が来ている……アイズ自身のためにも、ここは挑戦すべきか)

 資金面や団員達への知らせなどやるべきことは山ほどあるが……フィンは結論付けた。

 

「よし、遠征を決行しよう」

 

「せやなー、どちらにせよギルドからもせっつかれとるし、ちょうどええか」

 

「今回は【ヘファイストス・ファミリア】の応援も依頼したい。深層へのアタックを確実に成功させるためにも新種のモンスターに対応するためにも必要になるだろう」

 

「それはいいが……今回の件、なんでもあの【創造者】……【双蒼の鬼人】、リク・シュトラウスが出てきたとな。椿には毎回濁されておったが……いつ復活したのじゃろうな」

 

「ハチマンの相棒鍛冶師か……『27階層の悪夢』の一件以降、表にはほとんど姿を現していないと聞くが、アイズたち曰く第一級冒険者並みの力を持っていたとか」

 

 話題は今回の件でもう一つの重大視されていることに移っていく。

 

「……レフィーヤには、何と言おうか」

 

「……」

 

「正直、儂らですら受け止めることで精いっぱいだったことだ。アイズやコマチだけではない……慕っていたラウルやアキたちの士気にも関わってくる」

 

「遠征前に告げるのは得策ではない、か」

 

「【闇派閥】の生き残りが存在したうえで、敵が煽りを入れてくるとすれば共有すべきことだろう。しかし……なんと言えばいい」

 

「「「……」」」

 

 かつての仲間。今はもういなくなってしまった男。

 ロキの恩恵も途切れており、生存を信じる信じないの話をすることはもうなくなってしまった。

 彼らは大人だった。割り切ろうとして今でもファミリアを引っ張り続ける存在だ。

 だが、彼女たちは違う。

 若く、それでいて子どもな彼女たちの精神はそれに耐えることが出来なかった。

 ファミリア内で近頃加入した団員には、『27階層の悪夢』を聞いてくる者も存在している。その話題に触れただけで、アイズは歯を食いしばり、コマチは目の焦点が合わず、ラウルは涙目になり、アキはやりきれないとばかりに目を逸らす。

 ファミリア内の信頼にも関係してくる事柄故に、彼らは対処に頭を悩ますのだ。

 ……一人、真実を知るロキは大量に脂汗をかきながら外を眺めているが。

 

「……ともかく、遠征が終わるまでその話は禁止とする。それと遠征中に、ガレスかリヴェリアのどちらかにリク・シュトラウスと話してもらいたい。僕たちよりもある意味濃い付き合いをしていた彼なら……」

 

「そうだな……」

 

「わかった。儂が話してみることにしよう」

 

 三人が遠征計画を詳しく仕上げていく中、一人、外の景色を見ているロキは汗をかきながら心の中で叫んでいた。

(八幡お前!!いつ戻ってくるんや……仕事を早く終わらせてくれ……頼むで!!)

 ウラノスに会いに行った際に姿を確認した男のことを思いつつ、どうにかバレんようにしようと、ロキは改めて思うのであった。

 




えー……これからの展開どうしよ?飛ばしたいよぉ、めっちゃ飛ばしたいんだよぉ……頑張って更新するか……。

今回の内容が前作と矛盾するところがあるのですが、こちらが正しいです。前作はやはり改変すべきですね……なんとか時間を作って書きたいとは思っています。
時間があるときに適宜更新できるように作っておくか……。


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アイズとベル、レフィーヤとサリオン

だいぶ端折りました。
大体これくらいの文量でいきたい。

あーそれと、八幡を作品に突っ込む理由がないという意見をいただいたのですが、そんなの自分が書きたいだけという理由です。俺ガイルメンバーをこのような形でダンまち世界で絡ませたいと思っただけなので其処ら辺は指摘されても変えるつもりはありません。
私としては他者のために書いてるってわけじゃないので……どう評価されようと読まれなかろうと構いません。ただ見やすいからここで書いてるだけです。

それと少しお知らせ。知っている方もいるとは思いますが、前作「やはり俺たちのオラリオ生活はまちがっている。」の大改訂版を更新中です。
ところどころ変更している点がございますので、こちらの内容も変わっていく予定です。
結局行き当たりばったりで書いてるから改訂することになるんだよなぁ……。


「エイナさんから呼び出されるなんて……僕何かしちゃったのかな?」

 

 【ヘスティア・ファミリア】所属のLv.1、ベル・クラネルはギルドの応接室に向かっていた。

 オラリオに来たのもつい最近である彼は、まだまだダンジョンに潜り始めて一ヵ月経っていないかといったところ。

 それでも、サポーターとして自身を支えてくれるリリとも改めて関係を持ち、いざこれから強くなろう……と言った矢先の呼び出し。

 大して気が強くないベルは、恐る恐る応接室の扉を開ける。

 

 その部屋には、自分の担当受付嬢であるエイナ・チュールと……憧れでありベルの懸想している相手、アイズ・ヴァレンシュタインの姿が。

 

「……」

 

「……」

 

 綺麗な金色の瞳と視線を絡ませ、固まること数秒。

 

「え」

 

 アイズが呟くと同時にベルは回れ右をし、一目散に逃げだした。

 

「べ、ベルくん!待ちなさい!」

 

「……」

 

(どうしてここにアイズさんが!?)

 突然に出会うのはこれで三度目。神様のいたずらとでもいうのだろうか。エンカウントするタイミングが突然すぎてつい走り出してしまった。

 ふと、後ろを振り返れば物凄い早さで走ってくるアイズの姿が。

(なんでぇ!?)

 憧れの人が自身を追ってくるという事態にベルは困惑し、その一瞬のうちにアイズがベルを追い抜かした。

 そして。

 

「―――いっっ!?」

 

 ベルはアイズの胸元に頭から飛び込む形で止まるのであった。

 

 

***

 

 

(やっと……ちゃんと話せる)

 アイズはこれまでの少年―――ベルとの邂逅を思い出しながら、嬉しく感じていた。

 何度であっても逃げ出され、嫌われているのではとアイズは思っていたのだが、ベルの担当であるエイナより「そんなことないです!むしろぎゃ……ともかく、ヴァレンシュタイン氏のことをベルくんは嫌ってはいませんよ?」と伝えられたことで少しだけ安堵していた。

 

「あの、ヴァレンシュタインさんは、僕に何の御用で……?」

 

「……あの、これ」

 

「!」

 

 アイズは意を決して声をかけ、先日拾ったプロテクターを差し出す。

 

「前に、10階層で拾ったんだけど……君の、だよね?」

 

「は、はいっ!ありがとうございます!」

 

 顔を真っ赤にしながらプロテクターを受け取るベル。そんな彼をじっと見つめたアイズは、緊張を少しばかり感じながらも思い切って謝ることにした。

 

「ごめんなさい」

 

「え……?」

 

「私は、君を傷つけてばかりだから。『ミノタウロス』を取り逃がしたことで君をいっぱい傷つかせてしまった……だから、ごめんなさい」

 

「……い、いや!僕の方こそ何も考えないで下層に降りて行ったので……ヴァレンシュタインさんは全然悪くなくて!?ぼ、僕の方こそ何度も逃げ出すような真似をして……ごめんなさい!」

 

 謝っていたのは自分だったはずなのに、どうしてか頭を下げられてしまった。

 つられてアイズがもっと頭を下げたことで、ベルも頭を下げだす。

 

「…ふ、二人とも?それくらいでいいんじゃないかな?」

 

「「あ……」」

 

 

***

 

 

「ダンジョン探索、頑張ってるんだね?」

 

「は、はい!?」

 

 とりあえず一件落着ということに落ち着いた後、アイズとベルは二人でギルドから出るために歩いていた。

 

「もう10階層に辿りついてて……すごいね」

 

「い、いえ!僕なんてまだ全然ですからっ!ヴァ、ヴァレンシュタインさんこそ凄いです!」

 

「アイズ」

 

「え……?」

 

「皆、私のことはそう呼ぶから。……君もそう呼んで」

 

「は、はいぃ!?あ、アイズ、さん……」

 

「うん」

 

 またしても顔を真っ赤にしてしまったベル。

 少しばかり嬉しい気分なアイズ。

 周りの冒険者たちの視線を浴びる中で、二人は会話を続ける。

 

「あの……アイズさんは、どうやってそこまで強くなったんですか?」

 

「え…?」

 

「僕、強くなりたいとは思っているんですけど……その、ファミリアも僕しかいなくて、師事する相手もいないので、全部戦闘が我流なんです。まだまだだって本当に思うんですけど、アイズさんはどうやって……」

 

(強くなりたい……)

 アイズはふと、赤髪の調教師、レヴィスのことを思い出した。

 

『アリア、59階層に行け。そこでお前の知りたいことが分かるはずだ』

 

 59階層。

 【ロキ・ファミリア】の最高到達階層は58階層。レヴィスの言っていたことも合わせると、少しでも強くなっておかなければならない。

 そんなことを考えながら、隣で歩く少年を見る。

 一ヵ月弱で10階層に辿り着いていた彼の強さの秘訣……それが知れたら、もっと強くなれるのだろうか。

 

「……私には、師匠がいた」

 

「あ、アイズさんに師匠が……?」

 

「うん。でも……今はもういない」

 

「あ……えっと」

 

「……もし、よければだけど」

 

「え?」

 

「私が、戦い方を教えてあげようか?」

 

 

***

 

 

「ぐぬぬぬぬぬぬっ」

 

「レフィーヤさん……」

 

「行きますよサリオンさん!アイズさんを尾行します!」

 

「どうして私まで……」

 

 レフィーヤはまだ朝日が差し込んでいない時間帯に、偶然出会ったサリオンとともにアイズの後をつけていた。

 ここ最近、アイズが朝早くから館からどこかへと行っているのだ。アイズが大好きなレフィーヤとしては見過ごせない事態であった。

 ……しかし。

 

「あれ!?」

 

「まかれちゃいましたかね……」

 

 気づけばアイズが消え去ってしまう毎日を繰り返していた。

 

「……今度は相手方をつけてみましょうか」

 

 レフィーヤに諦める気はさらさらないらしい。

 そうして何時ものようにホームへと帰ろうとして、肩を掴まれた。

 ……そう、今日ばかりは一人ではなく、サリオンを無理矢理尾行に付き合わせてしまっていたことを忘れていたのだ。

 

「……」

 

「さ、サリオンさん?えっと、私は……」

 

「店に来ませんか?」

 

「その、ホームに戻らないと…」

 

「店に来ませんか?」

 

「……はい」

 

 数十分後、とあるカフェで洗い物をしている涙目のエルフがいたことは、サリオン以外には知る由もなかった。

 

 

***

 

 

「うぅ~なんでこんなに洗い物が……」

 

 レフィーヤは一人で朝から洗い物をしていたのだが、終わったのは昼少しまであった。

 いつ客が来ていたのか、それともサリオンがため込んでいたのか……凶悪な洗い物の数々をレフィーヤは一人で対処していた。

 サリオンはといえば、たまに来るお客さんに対しての対応や、ダイダロス通りで迷子になった子どもの案内、孤児院に食事を届けに行ったりと忙しそうに働いていたため、レフィーヤとしては洗い物をせざる得なかった。

 朝から無理矢理尾行に着き合わせたとはいえ、なかなかに重い罰に、レフィーヤはいつもの定位置で机に突っ伏していた。

 

「はい、レフィーヤさん。今日はありがとうございました。お礼と言っては何ですが、紅茶とクッキーをどうぞ」

 

「ありがとうございます!」

 

 先程まで死んだカエルのような目をしていたレフィーヤだったが、いつものメニューが目の前に置かれたことで目を輝かせて飛びついた。

 そしてそれを見つめるサリオン。

 ……うまく飴と鞭を使われているような気がするものの、レフィーヤはそんな事など気にも留めずに、サリオンと雑談をする。

 

「あ、そういえばなんですが、あと5~6日後から遠征に行ってきます」

 

「おや、もうそんな時期ですか……都市最大派閥も大変ですね」

 

「でも、私はまだまだアイズさん達に追いつけないので……多分、50階層で居残り組に配属されると思います」

 

「50階層は安全階層でしたね」

 

「はい。もちろん少しばかりはモンスターも出現しますが、ほとんど来ないです」

 

 レフィーヤは自分の不甲斐なさを理解している。

 昨日、フィルヴィスに【ディオ・グレイル】の魔法を託されはしたものの、やはり足を引っ張ることになるであろうことは予想できていた。

 まだまだ、憧憬の彼女たちとの距離は遠い。

 

「ですが、レフィーヤさんは魔力だけに限ればリヴェリア様に次ぐのですよね?ならば深層へのアタック時も砲台としての価値を見出されて、選抜隊に選ばれることもあるのでは?」

 

「ま、まぁ私は魔力だけは自信ありますけど……」

 

 Lv.3の魔導士としては破格の魔力を持つレフィーヤは、その稀有な魔法もあり、並行詠唱が使えるようになるとすれば相当強力な魔導士として活躍が期待される。

 ……それが出来ないからベートにお荷物と言われてしまうのだが。

 

「……レフィーヤさんは同胞の魔法を使えるのですよね?」

 

「は、はい。詠唱を完全に暗記することと、効果内容を完全把握する必要がありますけど……」

 

「そうなのですね。なら、私も魔法を託しましょう」

 

「え、え?」

 

 サリオンの言葉に衝撃を受けて頭が追い付かないレフィーヤ。

 レフィーヤはサリオンが元冒険者であるということは知っているものの、どれくらいの強さでどのファミリアに所属していてどんな魔法を使うのかまでは知らない。

 だが、このような機会は、おそらく今後訪れない。

 レフィーヤはそう感じた。第六感のようなもので感じたのである。

 

「ダンジョンに行きましょうか。何、私も深層には行ったことがありますから心配しなくても死にませんよ」

 

「深層!?」

 

 衝撃の事実を聞き、驚くレフィーヤとそれをニコニコと見つめているサリオンの姿がそこにはあった。

 

 

***

 

 

「私は【ヘルメス・ファミリア】所属のサリオン・フルーティ。Lvは主神の意向で言えませんが、大体はダンジョンに潜ることよりも都市外に出られることの多いヘルメス様の護衛をしております」

 

 道理で知らない顔なわけであった。

 レフィーヤはすでにルルネやアスフィらと知り合い、【ヘルメス・ファミリア】の大部分とは知り合っていると思っていた。

 だがあの自由奔放な神ヘルメスがもし狙われることがあれば……ファミリア全体に大ダメージが及ぶ。

 それでサリオンが護衛をしているというわけだ。

 【ヘルメス・ファミリア】なら、冒険者であり喫茶店をやっているということも納得が出来る。イメージ的になんでも手を出してそうな感じだからだ。

 

「レフィーヤさんはどんな魔法がいいでしょうか?攻撃?それとも援護?多分どんな用途にも対応できると思いますよ」

 

「す、すごいですね……」

 

 ダンジョンの5階層を歩きながらレフィーヤは隣で短剣を振るい、モンスターを片手間のように葬っていくサリオンを見つめる。

 どんな用途にも使える魔法など万能すぎるのだ。そんな魔法、アイズの持つ【エアリエル】ぐらいのものだ。リヴェリアは、彼女だからこそ9つの魔法を使いこなし、どんな状況にも対応できる万能性があるが、あれは例外中の例外である。

 攻撃、防御、回復。この三拍子を兼ね備えた魔導士はそんなぽんぽんといたりしないのだ。

 

「回復だけは魔法がないので、魔道具で代用していますけど……ああ、これあげます」

 

「ええ?!」

 

 いきなりポンと渡されたのはとある魔道具。

 見たことがない形状で、どのように使うのかも定かではないが……

 

「ここに、例えばポーションを注ぐと……」

 

「わあ!!」

 

 ポーションが流し込まれた魔道具からシャワーのように降り注いでくる光。

 サリオンがわざとモンスターから受けた傷が回復していくところを見て、レフィーヤは感嘆の声を漏らす。

 そんなレフィーヤの様子にニコニコと笑いながら、サリオンは語り出す。

 

「私は【万能者】アスフィ団長と同じで発展アビリティの『神秘』を持っているのですよ。まあ、アスフィ団長が手掛けるのが戦闘を手助けするものや人間の可能性を広げるものだとすれば、私のは生活などで役に立つものが多いといった違いがあるのですが」

 

「そうなんですね!」

 

 サリオンとそんな会話をしながら、こんな貴重なものをいただけないと返そうとしたレフィーヤだったが、「レフィーヤさんだけに特別にお渡しします。【ロキ・ファミリア】の遠征成功を祝って、ね?」と言われてしまい、結局受け取ることにしたのであった。

 

 

***

 

 

「はあ!」

 

「…まだまだ、だね」

 

「うわっ!?」

 

 アイズとベルはオラリオの外壁の上で訓練をしていた。

 内容はひたすら打ち合うこと。そして技と駆け引きを身に着けていくこと。

 アイズはLv.6へと至り、ベルはまだLv.1。その能力差は歴然たるもの。

 それでも、ベルはめげずにアイズに挑み続ける。

 

「もう一回お願いします!」

 

「うん、いいよ」

 

 アイズはそんなベルが眩しく見えていた。

 まだまだ技術は拙い。駆け出しからようやく抜け出せたような感じではある。

 それでも……痛いほどに伝わってくる、強くなりたいと願う気持ち。

 アイズが久しく忘れていた純粋な気持ち……それを、少年と触れ合うごとに感じていた。

 ベルといるときは普段と色々と違って、新鮮な経験をすることが多い。

 ……昼寝の練習だけ、呆れられた気がするけども。

 

「そういえばアイズさん」

 

「……ん?」

 

「あの、【ロキ・ファミリア】のレフィーヤさんに今朝方追いかけられたんですけど……僕、まずいことしちゃいましたか……?」

 

「ううん、これは、私から提案したこと……多分、レフィーヤも、私と訓練したかったんだと思う」

 

「なるほど!」

 

「レフィーヤは今でも十分すごいけど……多分、まだ強くなりたいって思ってるんだと思う」

 

「すごいな~」

 

 そんな会話が行われていたことは、レフィーヤには知る由もなかった。

 

 

***

 

 

「うわうわうわうわ~!!!超可愛いわ、この子!」

 

 とあるオラリオ内の家で。

 誰も知らない、否知られることのない顔合わせが行われていた。

 

「なるほど……ロードが言ってた方々か……中々素質有、それでいて良い心意気を持っているな」

 

 男気溢れるような低い声の女性にそういわれ、その場を訪れた彼女たちは唖然とする。

 

「これが……()()()()……?」

 

()()でもありますねぇ、あの子とか」

 

「きゃははっ、くすぐったいよ~!」

 

「決めたわ!この子は私の子どもよ!今決めた!」

 

 空気読まずに思うがままに過ごす団長を除いた面々は、まだ慣れない様子で個々に言葉をかわす。

 

「……そなたはもしや…?」

 

「……お気づきになられますか。ゴジョウノ家の者よ」

 

「まさか、本当に()()()()とでもいうのか……?」

 

「ええ、そのまさかです。私は、我が主に一生ついて行くと決めましたので」

 

「……今なら故郷に帰ってもよいなぁ、あの塵共の顔を拝んで笑い飛ばしてやりたいわ」

 

 ある者は見知ったものを見つけ、

 

「やっぱ寝取りって大事だよな」

 

「そうだな、今うちのロードの嫁争いだとお前らの団長と……そうだな、あの精霊が一番の候補だろうが……それを横からかっさらうつもりだ」

 

「おお、いい趣味してるじゃねえか」

 

「ははっ、小人族にもお前のような奴がいるとはな」

 

 ある者は危ない会話をし、

 

「ねえねえ、うちの子になってよ!」

 

「えー、でも私には××××がいるから~」

 

「なら××××がお父さん、私がお母さんでどう?」

 

「それいいかも!!」

 

「「「ちょっと暴走しすぎ!!」」」

 

 テンションが上がり続けている者まで。

 ……この場にいる全員がすでに第二級冒険者よりも強く、また、全員でなら世界の半分は必ず滅ぼせるだろう戦力。

 そんな戦力が一堂に集まる、この場所とは……

 

「おや、皆さん帰ってたんですね」

 

 そしてその家に入ってきたのは……

 

「……今度はエルフかよ」

 

 ()()()()と、黒い恰好の少女であった。

 

 

***

 

 

「ごめんなさいレフィーヤさん、私の魔法は少し気難しいらしく……」

 

「うう……」

 

 レフィーヤはサリオンよりある魔法を習っていたが……ことごとく失敗を繰り返していた。

 理由は単純、サリオンの魔法が複雑で内容が完璧に理解できていないのだ。

(自らの意思を顕現する魔法だなんて……そんなの無茶苦茶です!?)

 【ホーリー・グレイル】。自らの願いをどんなものでも叶えてしまうという神のごとき魔法。

 そんなとんでもない魔法のためか、もちろん制約が存在している。使用後に一時的にステイタスの著しい減少、また、願いの大きさによって多大なる変化がもたらされるという、制約も謎が深い魔法であり……

 

「……今回は、魔法はなしにしましょうか」

 

「……はい」

 

 結局、レフィーヤはサリオンから魔道具をもらうということ以外は、特に成果を上げることは出来なかった。

 

 

***

 

 

 数日が経過した。

 今日は、【ロキ・ファミリア】の遠征出発日である。

 アイズは最後になる少年との訓練を終えた。

 最後、確実に一撃を入れられそうになるほどに、ベルは成長した。

 そんなベルを見て、嬉しいと思ったアイズは、これが師匠の気持ちなのかと少しだけ喜びを露わにし、その笑顔にベルが顔を赤くするといった事態も起きたが……まあ、これで二人の早朝練は終わりになったのだ。

 

「じゃあ、またね」

 

「はい、一週間ありがとうございました!遠征頑張ってください!」

 

「うん、君も頑張って」

 

「はいっ!」

 

 そしてついに、レヴィスに言われた59階層を目指す遠征が、幕を開けた。

 




やっぱり難しいな。まだまだ書く能力と描写の表現が拙いですね。
時系列はめちゃくちゃです。ごめんなさい。
次回から遠征編です。最初はもちろんベルの冒険、そして50階層まで行こうかと。
ほとんど原作と変わりがないです。コマチとリクという第一級冒険者が増えたという要素はありますが……

あ、実は前作の方は今チラシ裏投稿となっておりますが、番外編を一つ出しました。
超短いですがこの物語につながる情報も少しだけ載せてるのでよかったら読んでみてくださいませ。


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遠征の始まりと冒険する者

うーん、どんどん出していくべきかなぁ。


「これより、ダンジョン深層への遠征を開始する。今回も上層の混乱を避けるため――――」

 

 フィンが団長として遠征隊を前に話している中、アイズは先程渡された水晶を見つめていた。

 ルルネに携行食と共に渡されたもの。黒いローブから渡されたというそれを、身に着けて59階層に向かえとのこと。

(あの黒ローブの人は、一体……?)

 アイズの疑問は尽きることがなかったが、遠征隊が出発したことで意識を切り替え、フィンに続くのであった。

 

 

***

 

 

「ベート君、遠征楽しみだった?」

 

「あったりめぇだろうが!今回もモンスター共を殺しまくってやる!」

 

「でもでも~前回は敗走したよね~?」

 

「あれは全員だろうが!?」

 

 コマチはベートで遊んでいた。

 一班に配属されたコマチはベートと隣で進行している。コマチの【ライトニング】の性質もあり、アイズと共に組まされることの多い二人なのだ。

 それに、コマチの楽しみの一つがベートを弄って遊ぶことであった。

 立て続けに大事な人を失い続けたコマチは精神が壊れていた。いや、今でも壊れているのであるが、そんな中で入団してきたのがこのベートである。

 最初、ガレスに挑んでボコボコにされたという話を聞いた時は面白いぐらいの認識だったのだが、ある日、コマチが【ロキ・ファミリア】最速であることを聞きつけたベートが色々と絡んできたのである。

 もちろん、レベルはコマチの方が高かったことで【ライトニング】と【リスト―ロ】による無限地獄を味合わせてやったりしたのだが、Mなのかというレベルでベートは勝負を挑んできた。

 ベートも当時、精神的に不安定で暴れる相手が欲しかったのだろう。そしてそれはコマチも同じ。

 ある時ベートがコマチを破ったことでランクアップすると、今度はえげつない手でベートを地に伏せるコマチが。

 そんな喧嘩仲間のような二人はかなり仲がいい。お互いにだけ過去のことを話す(酒の力もある)など信頼度は高い。

 その二人を周囲が見れば……

 

「見て!またあの二人が仲良さげに会話しているわ!」

 

「やっぱり付き合ってるのよ!すごくお似合いだし!!」

 

「ベートさんはカッコいいですし、コマチさんは可愛いですから……美男美女同士!」

 

「「「キャー!!」」」

 

 と、ファミリア内で噂になることもしばしば。

 まぁ、ベートにその話をするとキレられ、コマチにはやんわりと拒否られるのだが。

(なんでこんなブラコンとそんな話が出るんだっての……)

(いやー、ベート君はないなぁ。性格がお兄ちゃん並みにめんどくさいし)

 お互いの内心もこんな感じであるため、そういったことはないのである……多分。

 

 

***

 

 

「助けてくれー!!」

 

 それは上層を進行していた一班が遭遇したこと。

 二人組の冒険者が走ってこちらに向かってきていた。

 

「おーい、どうしたのー?」

 

「『ミノタウロス』が出たんだ!9階層に『ミノタウロス』が!」

 

 事態を把握するべく、フィンが二人の冒険者に詳しく聞くと、剣を持った『ミノタウロス』が現れたと。

 

「いずれにしても、あなた方が無事でよかった。他の冒険者は?」

 

「……奥のルームで一人、襲われてた。あの白髪のガキ、今頃……」

 

「ッ!」

 

「おい、アイズ!」

 

「ちょ、遠征中だよ!」

 

 アイズはすぐに、今朝まで戦い方を教えていた少年のことが頭に浮かび、走り出した。

 しばらく進むと小人族の女の子が血を流しながら倒れているところを発見し、「ベル様を助けて…」という言葉から襲われている少年があのベル・クラネルであることを確信した。

 そうして助けに向かおうとして……

 

「【剣姫】」

 

「……【猛者】、オッタル……」

 

「手合わせ願おう」

 

「どうして……なぜ今ここに」

 

「敵対する派閥と、ダンジョンで相まみえた。殺し合う理由には足りんか」

 

(まさか……)

 このタイミングで姿を現したオッタルの言葉に、アイズは昨夜の襲撃を思い出していた。

 【フレイヤ・ファミリア】による警告。あれの意味するところはこれだったのかと。

 どちらにしても、ここを越えなければ先には進めない。

(相手は、オラリオ唯一のLv.7…余計なことを考える余裕はない)

 

「【テンペスト】!」

 

 アイズは風を纏い、オッタルへと突撃する。

 

「そこをどいて!」

 

 剣技が振るわれる。

 暴風とも思えるその激しい攻撃を、オッタルは全て簡単に防ぎきる。

 

「ぬるい。だが、新たな高みに至ったか」

 

(このプレッシャー……レベルの差だけじゃない。これが【猛者】の、武人の力量…!このままじゃあの子が…!)

 なんとか突破すべく、突撃を開始するアイズだが、その背後から影が飛び出す。

 

「ていやぁ!!」

 

「……【ロキ・ファミリア】」

 

「今!」

 

「やらせ……」

 

「誰に剣向けてんだイノシシ野郎!!」

 

「ちっ」

 

(よし、抜けた―――――)

 そう思ったアイズの目の前に、回し蹴りが向かってきた。

 紙一重で回避に成功するも、一体が誰がと顔を上げれば……

 

「【剣姫】か。悪いが通すわけには行かなくてな」

 

「貴方は……!グレイス、さん……!」

 

 オッタルの後ろにいたのはたびたび遭遇することのあった狼人、グレイスであった。

 

「あー!君は前ベートを一撃で倒した狼人!」

 

「あぁ?てめえ!!」

 

 グレイスに一撃で倒されたことがあるベートは吠え、ティオナは驚きの声を上げた。

 

「そういや言ってなかったな……俺はグレイス・レイヴァーン、【フレイヤ・ファミリア】所属だ」

 

「……グレイス、手を出すなと言ったはずだが」

 

「だって突破されてんじゃねーか。さすがに第一級がこうも揃えば、足止めは難しいだろ」

 

「……」

 

 グレイスの言葉に、露骨に嫌な顔をするオッタル。

 そんな二人を見た後、アイズたちはここをどうすれば突破できるのかと考えを巡らせていたが……

 

「やぁ、オッタル」

 

「げ」

 

 フィンがオッタルに声をかけたあたりで、グレイスが奥へと逃げていった。

 

「あ!待ってよ狼人君!!」

 

「待ちやがれてめえ!」

 

「!」

 

 アイズたちもグレイスに続いて通路の先へと消えていった。

 

「まさか、立ちふさがってるのが君とはね。お仲間は逃げたようだけどいいのかい?」

 

「別に構わない。アイツは俺の管轄ではない」

 

「へえ?僕の知らない間に【フレイヤ・ファミリア】は随分と凄まじい冒険者を引き入れていたようだね」

 

「……」

 

「まぁ、今はその話はいいだろう。それより、今回の行動は派閥の総意ととってもいいのかな。女神フレイヤは、僕たちと全面戦争をすると?」

 

「……」

 

「もう一度聞こう、これは女神フレイヤの意思なんだね?」

 

 フィンの問い詰めるような言葉に視線を逸らしたオッタルは、少しした後。

 

「俺の、独断だ」

 

 そう、言うのであった。

 

 

***

 

 

「大丈夫、頑張ったね、今助けるから」

 

「……ッ!」

 

 アイズは倒れているベルの前に立ち、『ミノタウロス』と相対する。

 間に合ったことを喜ぶ中、ここまで耐えられているベルの強さも感じていた。

 

「で、で?グレイス君は何であんなことしたのかなー?」

 

「別にどうでもいいだろうが。おい【凶狼】、この馬鹿をどうにかしてくれ」

 

「あぁ?一生ソイツに構われてろ!」

 

「なんでだよ……」

 

 その後ろからグレイス、ベート、ティオナも姿を見せる。

 

「いた、アイズ!」

 

「何やってんだよお前は……」

 

 アイズを見つけた三人はそちらの方へと向かう。

 

「いかないんだ……もう、アイズ・ヴァレンシュタインに助けられるわけには、いかないんだ!!」

 

「!」

 

「ああああああッッ!!」

 

 アイズの助けを借りず、自らで決着をつけようとベルは走り出した。

 ちょうどリリを連れてフィン、リヴェリア、ティオネ、コマチが現れた辺りで、グレイスは一人思う。

(ベルの奴本当に主人公みたいだな……つーかこの状況何?え、【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者に囲まれてるんですけど……逃げてぇ)

 完璧に脱するタイミングを逃したグレイスは、居心地悪そうにしているのであった。

 

「ま、ダンジョンで獲物を横取りするのはルール違反だわな。あ?あれあの時のトマト野郎か!?ぎゃははッ、アイツつくづく『ミノタウロス』に縁があるようだな」

 

「それって、アイズが助けた?」

 

「ああ、『ミノタウロス』の奴、トマト野郎が恋しくなって遥々中層から来たんじゃないか?」

 

「ふざけないでベート」

 

「ちっ」

 

「そうだぞ、俺の一撃で沈んだお前が言っても無理してるようにしか聞こえないぞ」

 

「うるせえこの野郎!……ま、助けられたくはねえよな。前と同じ状況で、みっともないところを見せてしまった相手によ」

 

 ところどころベートにダメージが入っていたものの、言っていることは真実であった。

 

「いいの?あの子Lv.1なんでしょう?絶対やられちゃうよ」

 

「……」

 

 ティオナがアイズにそう声をかけるも、アイズはじっとベルの戦闘を見続けていた。

 

「ほっといてやれってティオナ。あいつは男してるんだぜ?もし助けられでもしたら俺だったら死にたくなるね」

 

「……お願いします、冒険者様!ベル様を助けてください!」

 

「お、おい……」

 

「お願いします!」

 

 リリがボロボロな体でベートの足にしがみつき、必死に懇願する。

 ティオナがリリを労わるものの、リリはやめる様子を見せなかった。

 その様子から、ベートが『ミノタウロス』の元に向かおうとするが……

 

「やめておけ【凶狼】」

 

「あん?」

 

「お前には見えていないのか、あいつの、ベルの冒険が」

 

「……は?」

 

 グレイスの言葉にベートが戦闘を見つめると、そこにはベルが『ミノタウロス』と互角に戦っている姿があった。

 

「あの子、Lv.1じゃないの!?」

 

「……ひと月前、ベートの目にはあの少年が如何にも駆け出しに見えた……違ったかい?」

 

「…何が起きやがった……」

 

 多くの第一級冒険者が見つめる中、ベルの冒険は続く。

 『ミノタウロス』の攻撃を全て防ぎ、反撃し、身のこなしでかわしきるベルの姿に、アイズは父を、師匠を思い出していた。

(凄い……英雄みたいで……)

 

「あの子、アルゴノゥトみたい」

 

「英雄に憧れる少年の物語だね」

 

「私もあの童話、好きだったなー」

 

 化け物に立ち向かう少年。

 巨大な敵を前にしても、怖気づくことなく果敢に向かっていく。

 今のベルの姿は、英雄の姿そのものだった。

 

「てりゃあ!!」

 

『ヴゥオゥ!!』

 

「なんなんだあのナイフ!」

 

「確かに業物だ」

 

「それだけじゃない。彼の技だよ。Lv.1とは考えられないね」

 

「本当によくしのいでる」

 

「でも攻めきれない」

 

「『ミノタウロス』の肉は断ちにくい…」

 

 それぞれが目の前の戦闘に夢中になる。

(いいぞ、ベル。頑張ってくれ……お前は英雄にならなくちゃいけないんだから)

(あの人、なーんかこう、懐かしい気持ちが湧いてくるんだけど……誰だろ?)

 グレイスやコマチは、少しだけ違うことも考えていたが。

 

「ファイアボルト!」

 

「あの魔法詠唱していない!!」

 

「アイズや、コマチと同じ……」

 

「ああ、だが相手が悪い」

 

「軽すぎだ」

 

「……いい魔法だ」

 

「……?」

 

 ベルの魔法が『ミノタウロス』に直撃するも、倒すには至らず。

 火力が低いのだ。ベルの魔力がLv.1としては破格であったとしても、『ミノタウロス』を倒すには至らない。

 

「ぜやああああ!!」

 

『ヴォオオオオ!!』

 

 『ミノタウロス』から大剣を奪ったベルと、前傾姿勢をとった『ミノタウロス』が互いに突撃し合う。

 

「若い……」

 

「ちっ、馬鹿が……」

 

 その光景を見てリヴェリアとベートがやりきれないとばかりに目を伏せ、逸らす。

 

「大丈夫」

 

 普通ならベルは負ける。単純に威力では『ミノタウロス』に劣るため、先ほどはかわしてから攻撃を仕掛けるべきだった。

 それでも、ベルを一週間見てきたアイズは確信していた。

 その通り、ベルは『ミノタウロス』をうまくかわし、自身のへスティアナイフを突き刺した。

 

「ファイアボルト!」

 

『ヴォウ!?』

 

「ファイアボルトォッ!」

 

『ヴォオオッ!!』

 

 

「ファイアボルトォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 

 三度の魔法。

 ナイフを通して体内に送り込まれた炎は、最後、『ミノタウロス』を内側から破壊した。

 

「……勝ちやがった」

 

「立ったまま、気絶してる……」

 

精神枯渇(マインドゼロ)……」

 

「ベル様、ベル様!!」

 

「……リヴェリア、あいつの【ステイタス】は?」

 

「私に盗み見をしろというのか?」

 

「あんな状態じゃ見てくださいって言ってるようなもんだろうが!」

 

「じゃあコマチが見るよ」

 

 上半身の服が焼け落ちたため、背中がむき出しになっているベル。

 ヘスティアがステイタスを隠蔽していなかったため、背中に数値が浮き出ている状態なのだ。

 

「……嘘」

 

「ああ?コマチ、どんな数値だったんだ!?」

 

「どうしたコマチ……ふふっ」

 

「なんだ!早く教えろ!!」

 

「……アビリティオールS」

 

「「「!!」」」

 

「敏捷はSSに至っている」

 

「SS、だと……」

 

 基礎アビリティの数値はLvと共に強さの基準となる。

 それがS、SS……普通ならばありえない数値を持っていた彼に、【ロキ・ファミリア】の面々は驚いた。

 

「彼の名前は?」

 

「ベル……ベル・クラネル」

 

 アイズとしてはベルの冒険を、ベルの強さを改めて感じて、そしてファミリアの皆がベルに興味を持ったことが嬉しかった。

 

「……ベルか。彼は良い冒険者になるはずだ。……さて」

 

「うげっ」

 

 フィンが視線を向けた先――――グレイスは通路の入り口に向かっていたところだった。

 ……忍び足ではなく走って逃げろとその場にいる全員が思ったが、グレイスは汗を掻きつつも振り返った。

 

「な、なんでしょう?」

 

「オッタルといい、君といい、この状況を作るために僕たちを足止めしようとしたことは既に分かっている。どうしてこんなことをした?」

 

「……オッタルとは別の理由があるんだよ。こっちも色々と立て込んでいてな」

 

「なにさー!ちゃんと話してくれないと分かんないよ!!」

 

「……世界は英雄を欲している」

 

「……?」

 

「約束の時は近い。だが……まだまだオラリオの戦力が足りていない」

 

「何言ってやがんだてめえ…」

 

 グレイスの言うことに大半は理解が及んでいなかった。

 フィンやベルの回復をしつつ聞いていたリヴェリアは厳しい顔をしていたが。

 

「ベルは英雄になりうる存在なんだっての。お前らが手を出してそれを邪魔してもらったら困るんだよ」

 

「…だから、私を襲撃させた?」

 

 アイズは警告を思い出しながらそう聞くが……

 

「は?何、アイツら【剣姫】襲ったの?マジか……これはちょっと説教が必要だな」

 

「「「……は?」」」

 

「んじゃ、またいつか会おうぜ【ロキ・ファミリア】」

 

 そう言って通路へと走っていこうとするグレイス。

 謎が増えたことで混乱する【ロキ・ファミリア】の面々。

 

「待ってくれ、まだ話は……」

 

「炎状網!」

 

「何っ」

 

 グレイスは炎の円を作り出し、通路の先へと消えていった。

 

「熱い!これめっちゃ熱いんだけど!!」

 

「凄まじい魔法ね……」

 

「……今度ロキと話してみる必要がありそうだな」

 

「奴もまた、速攻魔法を使いこなす者、か」

 

 それぞれに印象を残したうえで。

 グレイスは去り、ベルの冒険は終わりを告げたのであった。

 

 

***

 

 

 50階層へとついた【ロキ・ファミリア】と【ヘファイストス・ファミリア】は野営の準備をしていた。

 

「うーん、ここが50階層か!」

 

 【ヘファイストス・ファミリア】団長である椿・コルブランドは景色を眺めながらそう言った。

 初めて訪れた階層に興奮を隠せないといった状態だ。

 

「ここまで深いところにきたのは初めてだ。礼を言うぞ」

 

「こちらこそだよ」

 

「……それにしても」

 

 椿が見つめる先にはピリピリとした空気を醸し出すティオナ。ティオネ、ベート、アイズの姿が。

 

「あやつらはいつもこんな感じなのか?道中でもかなり暴れまわっておったが」

 

「ま、ちょっと訳ありでね」

 

 ベルの冒険に感化された彼らは、心の内から熱くなっていたのだ。

 うずうずが止まらない、といったところだろうか。

 そんな中、コマチはというと……

 

「お兄ちゃんはどこなんですか!?」

 

「お、おい、なんだってんだ【光の妖精(フェアリー)】……」

 

 リクに突っかかっていた。

 何せリクはハチマンの専属鍛冶師。その上これまで表舞台に一度たりとも出てこなかったのだ。

 コマチとしてはハチマンのことを聞きに行くべく何度も工房に足を運んだが、いつも留守にしているか、帰ってくれの一点張り。

 そんな人物が遠征に同行しているのだ。詰め寄るのも分からなくはない。

 

「……ハチマンは死んだだろうが」

 

「お兄ちゃんは死んでません!ふざけたことを言わないでください!」

 

「現実見ろよ妹ちゃん。死体はなかったってことだが、腕はあったんだろ?それに、アイツはなんでお前らの元に帰ってこないんだ。誰よりもファミリアを大事にしていたアイツが、帰ってこないわけがないだろうが」

 

「そ、それは……!」

 

「それくらいにしてやってくれないか、【双蒼の鬼人】」

 

「……【九魔姫】か」

 

 さすがにこれ以上はコマチの精神に関わると思ったリヴェリアが手助けに入る。

 コマチを抱きしめつつ、リクを見やる。

 

「……何故今このタイミングで出てきた?」

 

「それ、【重傑】にも言われたんだが……鍛冶がしたくなってな。久しく深層にも来ていなかったし、ちょうどいいかってな」

 

「ハチマンと深層に潜っていたのは聞き及んでいたが……本当だったとはな」

 

「どちらにしろもうアイツはいない。俺はフリーでゆっくりやるつもりだ」

 

 ヒラヒラと手を振りながら去っていくリクの後ろ姿を、リヴェリアとコマチは見つめるのであった。

 

 

***

 

 

「では、明日51階層以降に進行するパーティを発表する」

 

 夜。

 フィンが全員の前に立ち、明日のパーティを発表していく。

 51階層……正確には52階層以降は文字通り地獄の階層だ。階層無視による攻撃は凄まじく、過酷な戦いを強いられる。

 前回、58階層で撤退するしかなかったことからもそれが窺えるだろう。

 そのため選抜隊で進行するのである。

 

「僕、リヴェリア、ガレス」

 

 まず最初に最高幹部の三人。

 

「コマチ、アイズ、ベート、ティオナ、ティオネ」

 

 第一級の幹部5人の名も呼ばれる。

(私はまだ……)

 レフィーヤはそんな光景を見て少しだけ落ち込んでいた。

 分かっていたことと言えど、取り残される気分は嬉しいものではない。

(冒険か……なんか差をつけられたような)

 ベルを一方的にライバル視しているレフィーヤからすれば、アイズたちの気持ちを高ぶらせているベルの冒険とやらで、負けたような気持ちになっていた。

 

「それから、サポーターとしてラウル、ナルヴィ、アリシア、クルス、レフィーヤ」

 

『はいっ!』

 

「……」

 

「レフィーヤ?」

 

「は、はい!」

 

「鍛冶師として、椿とリクについてきてもらう」

 

「うむ、任された!」

 

「じゃ、あれを渡しておかないとな」

 

「何を言っとるんだリク~、作ったのは私だけだろう?お前は本当に作らないしなぁ……」

 

「……別にいいだろ」

 

 こうして、59階層へと向かうパーティは決定した。

 

 

***

 

 

「「「おお~!!」」」

 

「注文されていた品だ。シリーズ名はローラン。全ての武器に不懐属性(デュランダル)を施している」

 

「思っていたよりも軽いのう」

 

「これなら、この大きさでも十分に扱えるわ」

 

「ほんとだ!」

 

「椿、要望通りだよ。これで新種のモンスターとも戦える……ところで、武器が一つ足りなくないかい?」

 

 各々が自らに与えられた武器を手に取り、新たな武器に心を躍らせる中。

 フィンはコマチにだけ武器がないことに気づき、椿に尋ねる。

 

「あー、【光妖精(フェアリー)】の分だろう?それは……」

 

「これだ」

 

「え……」

 

 コマチに剣を差し出したのは……リクである。

 ハチマン以外には剣を作らないと頑なであった彼が、まさか武器を渡してくるとは誰が思うだろうか。

 

「……彼が?」

 

「あーまあな。コイツめんどくさくてなぁ……彼の相棒以外には武器を作らないと言っておるのだが、昔に渡し損ねた武器があったと言ってな。それを少し改良したらしい」

 

「リクさん……」

 

「勘違いするなよ。俺はお前のために武器を作ったんじゃない。俺が作るのはハチに対してだけだ。……でもまぁ、ハチの妹なら受け継ぐ権利がある」

 

「これ、凄い業物……」

 

 アイズがコマチの握る新たな剣を触りながら呟く。

 不懐属性(デュランダル)が施されているだろうそれは、ローランシリーズよりも光り方が違っていた。

 

精製金属(ミスリル)も混ぜ合わせてある。お前にも扱えるように軽くしているから振る分には問題ないはずだ。名はそのままデュランダル。使い手とともに一生あってくれと願って、な」

 

 少しだけ目を伏せるリク。

 その空気に室内にいた者もつられそうになったのだが……

 

「さて、武器も揃ったわけだし、今日は早めに休んでくれ」

 

 フィンの一言でなんとか解散することになった。

 

 

***

 

 

「フィン、あ奴は……リクはやはり危険分子ではないか?」

 

「そう、かもね」

 

「昼間にはコマチが危なかった。もちろんあいつ自身も深い傷を負っているのは間違いないだろうが……それにまたレフィーヤに聞かれてしまった。遠征後に話すとは言っておいたが……」

 

 最高幹部三人がそんな話し合いをする中。

 外でその話を盗み聞きしていたリクはというと……

(ほっら!やっぱ俺いたら駄目な奴だろうが!アイツマジで何考えてんだよ……不安もあるんだろうが俺【勇者】より弱いし【重傑】よりも力ねーよ!()()()【九魔姫】には敵うわけねえし、【剣姫】にもそのうち……【光妖精】になんか殺されそうだぞ……)

 ある意味潜入しているといってもいいリクは頭を抱えていた。

(コマチのことが心配で……あんな剣作りやがって……なんですか天才ですか!?)

 そんなリクの心を、この場の誰も知ることはなかった。

 




うん、なんか書いててわけわかんなくなってきたよ(白目)

次くらいでコマチのステイタスとリクのステイタス出そうかな。


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閑話:暗躍する者達

お久しぶりです。この作品リクエストが未だに来るので流石に出そうと思いました。
正直よう実×俺ガイルの奴よりも設定にはこだわっていたのですが……前作『やはり俺たちのオラリオ生活はまちがっている。』の更新日時を見て頂ければ分かると思いますが、ダンまちでの情報が不足していた頃に書いたため、かなりの原作乖離点が存在し、もはや別物となっています。

今作品はその続編なので、やはり別物です。原作を参考に再構成したようなものになってしまってます。

それでもいい方だけ、この作品は読んでいただければ幸いです。

クオリティにも期待しないでください。


「集合!」

 

『はいっ!』

 

 オラリオ内のどこかに存在する庭にて。

 

 全部で22人の集団が、二つに分かれて集まっていた。

 

 先程までは和気あいあいとした交流の時間だったが、小人族の少年……いや、青年の一声で雰囲気を変えた。

 

 

 

 何故か。

 

 

 

 それは全体を指揮する立場にある小人族の青年から感じられる圧倒的オーラ。圧、とも呼ぶべきそれを肌で感じているからだ。

 

 ……一人、「そんな××××も素敵!」と、くねくねしているアホもいたが。

 

「ここにいるのは、オラリオが陥っている危機を知っている者達だ。オラリオ最大派閥の一つである【ロキ・ファミリア】すら、今知ろうとしていること。現在遠征中の【ロキ・ファミリア】は恐らく、59階層にて穢れた精霊と相まみえることだろう。本体ではない分身体は、大した力はない。しかし、死闘となることは間違いないだろう」

 

 協力者と作成した水晶から映し出されている映像は、氷の大地とされていた59階層が密林に変貌している姿を捉えていた。

 

「我が盟友、リク・シュトラウスがいる限り、敗北はあり得ないだろうが、これでフレイヤ、ロキの二大派閥の主がこの事実を知ることになる。オラリオ全体がこの件に関わるのも時間の問題だ。世界で起ころうとしている厄災もあり、問題は連続して起きるだろう。そこで、だ……」

 

「そこで?」

 

「今から、お前ら全員ランクアップを果たしてもらう」

 

『……は?』

 

 ランクアップ、器の昇華。それは長き年月をかけて己の魂に経験を積み、己の限界を超えた者のみがなせる神からの恩恵。

 オラリオに存在している冒険者の約半数がLv.1であるという事実が物語っているように、ランクアップというものは誰もがなせることではない。

 選ばれた者が、修練を積み、限界を超えることが出来たなら、ようやく……といったレベルのこと。

 それを、小人族の男はやれと命令しているのだ。

 

「おいおい、そりゃねーだろ。現に今のウチらはLv.4~5。アンタの同郷の奴らはまだLv.2~3だし、可能かもしれねえ。だがウチらは別だ。第一級、第二級がランクアップに何年かかると思ってんだ?」

 

 ファミリアで固まっていた集団から声が上がる。発言者は小人族の少女。

 普段はおチャラけている姿が、今は嘘のように鳴りを潜めている。

 

「アンタと今活躍してる【リトルルーキー】みたいな例外は別としても、あの【剣姫】ですらLv.5から6に上がるために三年もの時間を要してる。それも毎日ダンジョンに通ってだ。アタシらは毎日戦ってるわけじゃない。レベルリセットを考えればここまで早くLv.4に上がれたのが奇跡だろうが」

 

「何言ってるの!××××が言うなら出来るはずよ!もしこれで出来なかったら訴訟を起こすわ!」

 

「アホの子丸出し発言止め……ん?あぁ~なるほどなぁ~」

 

 小人族の少女は団長の馬鹿がまた始まったと思ったと同時に……妙案が浮かんだ。

 ニヤニヤしながら小人族の青年に話しかける。

 

「ならよ、やってやる代わりに報酬が欲しいんだが」

 

「金ならいくらでもいいが……それ以外でってことか」

 

「ああ。例えば、セルティなら……アンタと一夜を共にする、とかな」

 

「ちょっ!なんてこと言うんですかライラさん!?」

 

「あん?前にセルティが言ってたことだろ。淫乱エルフって返したじゃねえか」

 

「あ、あの時はお酒が回ってたんです!」

 

 小人族とエルフの少女が言い合う中。

 人族の少女は……静かに虚ろな目を浮かべていた。

 

「おいっ、お前たちやめんか!アリーゼを見てみろ!この世に希望などないような目で虚空を見つめておるではないか!」

 

「あ、やべっ」

 

「だ、団長……?」

 

 その赤い髪を靡かせる美少女の顔を見たためか。

 言い争いをしていた二人は、落ち着きを見せ始め……。

 

「ふ、ふ……ふふふふふ。あははははっ、××××の馬鹿!女ったらし!ロリコン!××××!!」

 

「……なら」

 

 拗ねた様子を見せるアリーゼに対し、小人族の青年が近づく。

 いつ移動したのか、背後をとった彼は、彼女の耳元で囁いた。

 

 

「お前を抱いてもいい」

 

 

 ……結果として真っ赤になった【紅の正花】が大爆発してわちゃわちゃとした騒乱が起こるのだが、それはまた次の機会に記すとしよう。

 結果としては、休暇と金銭の提供ということに落ち着いた。

 




もはや何も考えていないレベルの文章で申し訳ない。
綺麗に改訂版で作ろうとは思うので、かなり……しばらく……待っていただきたいです。

追記:活動報告上げましたのでご覧いただければ。


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