とある魔術の仮想世界[3] (小仏トンネル)
しおりを挟む

このSSを読むにあたって作者から

このSSを読むにあたって作者から

 

 

どうもみなさん、こんにちは。作者の小仏トンネルです。

 

この度は何のご縁があってか、数あるSS作品の中からこのSSまで足を運んでいただけたことを大変嬉しく思います。

 

同作者の「とある魔術の仮想世界」をお読みになってこのSSを閲覧して下さった皆様、いつもありがとうございます。それ以外の方々は初めまして。今後とも何かご縁があればよろしくお願い致します

 

ご挨拶はこの辺りにいたしまして、今回もこのSSを読むに差し当たっての注意事項をいくつか説明させていただきたく存じます

 

 

・既にタグ付けはしてあるのですが、本作品は「とある魔術の禁書目録」と「ソードアート・オンライン」のクロスオーバー作品となっております。クロスオーバーがどうしても苦手な方はこのSSは見なかったことにしてブラウザバックを推奨します。

 

・前提としてこの作品は同作者の「とある魔術の仮想世界」並びに「とある魔術の仮想[2]」というSSの続編です。前作を読んでいないと物語に齟齬が生じますので下記URLよりアクセスいただき、そちらを先にお読みになることを推奨いたします。

 

・とある魔術の仮想世界 URL

https://syosetu.org/novel/135988/

 

・この作品は両原作のネタバレ、ストーリーバレを多く含んでおります。禁書目録に至りましてはスピンオフ作品の「とある科学の超電磁砲」に関しても多くのネタバレを含んでおります。どうかご容赦下さい。

 

・書くペースは極力維持していく所存ではありますが、どうか温かい目も長い日取りと共にお楽しみいただければと思います

 

・ソードアート・オンラインに関しましては、武具類、アイテム、全体のシステムなどに関しまして作者なりのアレンジや改変があります

 

・そしてこれは「とある」シリーズに関しての注意事項になるのですが、基本的に未だに原作でも明確に明らかにされていない設定(竜王の顎や天使の力など)は作者の想像と自己解釈で書いていきます折、多少の既存の設定にも改変がございますのでご容赦下さい

 

・ストーリーの内容は作者なりに考えていく所存ではありますが、ストーリーは基本的にソードアート・オンライン原作の物語をなぞりながらの内容になると思います。しかし、登場キャラの違い、両作品のキャラ同士の掛け合い、戦闘シーンなどはクロスオーバーの面白さを十分に引き出していく所存ですので、楽しんでいただければと思います。

 

以上の点で1つ又は複数の該当項目がある方は先ほどと同じく本作品の存在は見なかったことにし、速やかなブラウザバックを推奨します。

該当項目が無かった方、もしくは「該当項目があったけど我慢して読むぜ!」という方々、深い配慮と心の広さを海より深く尊敬すると同時にこれ以降、本SSに目を通して頂けることを作者としてこれ以上ない感謝を申し上げます。本当にありがとうございます

 

本当に大変長らく失礼致しました。完結まで頑張って行きたいと思います。ご意見、ご感想、アドバイスなどございましたらどうぞ遠慮なく申し上げて下さい。それでは、この辺で失礼します

 

最後まで本SS「とある魔術の仮想世界[2]」をどうぞお楽しみ下さい。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファントム・バレット編
第1話 新たな出会い


 

ダッ!ダッ!ダッ!

 

 

時は9月の初頭。『アインクラッド攻略記念パーティー』から約1ヶ月が経った。学園都市中の学校は夏休みが終わりを告げ、夏の残暑が残りつつも秋の前触れがここ学園都市にも訪れていた

 

 

「はっ…はっ…はっ…!」

 

 

そんな学園都市第七学区の街並みを走り抜ける大学生が1人。一定のリズムで息を切らしながら、トレードマークのツンツン頭を揺らす少年

 

 

「くそっ!間に合ってくれよ…!」

 

 

そう、上条当麻である。右腕にありとあらゆる異能を打ち消す「幻想殺し」という摩訶不思議な力を宿し、先に世間を騒がせたSAO事件の解決に尽力し、果ては別世界を股にかけALOで魔術の神をも討ち果たした。そんな彼が尋常でないほどの焦りを見せながら目指す場所はーーーーー

 

 

ピロリロピロリロピロリローン♪

 

「ありがとうございましたー!またお越しくださいませー!」

 

ガサッ…

 

「ふぃ〜…間に合ったー。やっぱタイムセールは一人暮らしの大学生と主婦の方々の頼れる味方だよなー♪」

 

 

先ほどまで学園都市を駆け抜けていた少年は、その両手に食材や日用品が大量に詰められたレジ袋をぶら下げ、満足気な顔をしてとあるスーパーの自動ドアから出て来ていた。そう、上条当麻が急いでいた理由はスーパーのタイムセール割引のためであった

 

 

「これでしばらくは生活にも困らないなー。いやー、でもそろそろ色々と落ち着いて来たし…大学生らしくバイトでも始めねーと…いつまでも親の仕送りでスネかじる訳にもいかねーしな…」

 

<おら、さっさと歩けよ

 

「あ?なんだ?」

 

 

レジ袋をぶら下げスーパーから寮への帰路に着こうとした上条の耳に誰かの声が聞こえて来た

 

 

「路地裏か?まさかとは思うけど…一応見てみるか…」

 

 

上条は不穏な声の出どころが路地裏だと察知すると、恐る恐る路地裏の奥へと入っていった

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「悪ーりぃ、朝田。あたしらカラオケで歌いまくってたら帰りの電車代なくなっちゃってさー…明日返すからさ、『こんだけ』貸して」

 

 

その頃、学園都市のとある裏路地ではメガネをかけ、短めの髪のサイドを白いリボンで結んだ高校生くらいの少女…『朝田詩乃』がいた。しかし、その詩乃を彼女と同じ学校の制服を着た三人のガラの悪そうな女子高生が取り囲んでいた。そしてその三人の内のリーダーの一人が右手の人差し指を一本突き立て、暗に詩乃に「一万円を貸せ」と脅していた

 

 

「一万円…?そんなに持ってるわけない」

 

「んじゃ下ろして来てー」

 

「・・・嫌」

 

「あん?」

 

「嫌。遠藤さん、あなたにお金を貸す気はない」

 

 

しかし、詩乃は気丈にも遠藤なる不良の女子高生の要求を拒んだ

 

 

「テメェ朝田…舐めてんじゃねぇぞ…」

 

「もう行くからそこどいて…」

 

「・・・へぇ…」

 

スッ…

 

「ッ!?!?」

 

 

あくまでも金を渡さないという詩乃に対し、遠藤は自身の手の人差し指と親指を立て『拳銃』を模した。銃口に見立てたその人差し指を詩乃に向けると、詩乃はそれを見た瞬間に顔から血の気が引いていき、その足腰は生まれたての子鹿のように震え出した

 

 

「ぁっ…ぅぁ…!」

 

「ばーん☆」

 

「!!!・・・あ…あぁ…!」

 

「なぁ朝田〜?兄貴がさぁ、何個かモデルガン持っててさぁ。今度学校で見せてやろうか?お前好きだろー?」

 

「ピ・ス・ト・ル♪」

 

「ッ!オエッ…!」

 

 

遠藤が陰湿な声で迫ると、詩乃は急に両手で自分の口元を抑えてフラフラとよろめいて壁に手をついた

 

 

「おいおいこんなとこでゲロるなよ朝田ー」

 

「アンタが教室でゲロ吐いて倒れた時、すっげー大変だったんだぞ?」

 

 

詩乃を脅す遠藤に便乗して、取り巻きの女子高生二人も揃って詩乃を罵り始めた

 

 

「とりあえず、今持ってるだけで許してやるよ。朝田、具合悪いみたいだしさ…」

 

「ぁ…うぁ…」

 

 

吐き気のあまり壁に手をついて動けない詩乃を見ると、遠藤は彼女の財布を取り出そうとカバンに手をかけようとしたその瞬間ーーー

 

 

「おいっ!!お前らそんなとこで何してんだ!?」

 

「・・・ぇ?」

 

「あぁ?何だぁ?」

 

 

突如として路地裏に怒声が響き渡った。その声の主は、先ほどスーパーのタイムセールで買い物を終えた上条当麻だった

 

 

「何事かと思って見に来てみれば…よってたかって弱い者いじめかよ!?覚悟出来てんだろうなお前ら!」

 

「だ、ダメ…!逃げてください!」

 

「チッ…面倒だな…アンタら、ちょっと焼いてやんな」

 

「あいよ…!」

 

「久々だねぇ…!」

 

ゴウッ!ボウッ!

 

 

遠藤が二人の不良にそう指示すると、二人の女子高生の広げた掌にメラメラと燃える炎が渦を巻き始めた

 

 

「あのさぁ…私らこれでも一応レベル3の『発火能力者』なんだわ?」

 

「火傷したくなかったらさー、ここでのことは見なかったことにして大人しく帰ってくんない?」

 

「悪いが断る」

 

「あっそぉ…じゃあ死ね!」

 

「オラァ!!」

 

ゴオオオオオォォォォォッッッ!!!

 

「!!!ダメッ…!」

 

「ふっ!!!」

 

パキィィィンッ!!!

 

「・・・・・え?」

 

「「「・・・はぁ?」」」

 

 

二人の女子高生の掌の炎が唸りを上げて上条に襲いかかった。しかし、上条の右手がその炎に触れた瞬間、炎の渦は呆気なく消え去り、詩乃やその場の女子高生三人は素っ頓狂な声を上げた

 

 

「言っとくけど、いくらやってもその炎は俺に火傷一つつけられねぇよ」

 

「う、嘘だろ!?」

 

「ど、どうする遠藤!?」

 

「チッ!ずらかるぞ!覚えとけ!」

 

ダダダダダダダダダッッッ!!!

 

 

上条の力とオーラに圧倒されたのか、ガラの悪い女子高生三人は路地裏の奥へと逃げ走っていった

 

 

「ったく…折角買った野菜が燃えるとこだったじゃねぇか…君、大丈夫だったか?怪我か何k…」

 

「ッ!!!」

 

ガバッ!ダダダッ!!!

 

 

上条が詩乃に手を伸ばした瞬間、詩乃は素早く自分のカバンを手に取り、上条の懐をすり抜けて路地裏から大通りまで走り去って行った

 

 

「あ!ちょっと!…まぁいいか。あんだけ走れるってことは大丈夫だったんだろ…これ以上何か起こる前に気を取り直して帰りますか」

 

「でも…今の女の子とガラの悪そうなヤツラが着てたの…俺が通ってた高校の制服だよな…なんにもなきゃいいけど…」

 

 

そう言って上条はスーパーのレジ袋を持ち直すと、路地裏から出て寮へと帰るために歩き始めた。今自分が偶然救った少女との出会いが、これからの自分の運命を大きく変えてしまうことを知らずにーーー

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 事後報告

 

「悪い吹寄!すっかり遅れちまって…!」

 

「遅い!私がここで何分待ったと思ってるんだ貴様は!?」

 

「め、面目ない…実はだな…」

 

「貴様の言い訳なぞとうの昔に聞き飽きたわ!」

 

「・・・不幸だ…」

 

 

路地裏の一件の翌日の午後、上条は同じ大学に通う吹寄と大学の中庭で落ち合っていた。しかし、上条は待ち合わせ時間に大幅に遅刻し、例の如く吹寄はご立腹であった

 

 

「いや、違うんだって吹寄…実は課題のレポートが終わってなくてだな…」

 

「ほぅ?そんなに私のヘッドバットが欲しいか?」

 

「めっ!滅相もございません吹寄様!この通り上条さんも反省致しておりますのでどうかその寛容なお心でどうかお許しを…!」

 

「ふんっ…まぁいいわ。早いとこ行きましょ」

 

「ありがたき幸せ!」

 

「調子に乗るな!さっさとついて来なさい!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「いやー、なんだかんだで久しぶりだなーこの高校も」

 

「たしかに…でもやっぱりこの短期間じゃあんまり変わらないものね」

 

 

大学を出て上条と吹寄が向かったのは自分たちが卒業した高校だった。今さらになってこの高校を二人が訪れたのはある理由があった

 

 

「それにしても聞いて呆れるわね。まさかあれだけお世話になった小萌先生にSAO事件がやっと解決したのを自分の口で報告しに行っていなかっただなんて」

 

「いや本当吹寄に言われるまで忘れてたんだって…色々とありすぎたし」

 

「全く。小萌先生が聞いたら泣きわめくわよ?そうでなくても小萌先生は貴様に対して思い入れが強かったんだから」

 

「そうだな…まぁその辺覚悟して早いとこ顔見せに行こう。出来れば怒られないことを祈って」

 

「中学生か貴様は…」

 

 

門の手前でそんな風に話しながら学校へと入った二人は窓口で受付を済ませ、月詠小萌のいる職員室を目指した

 

 

「さて、久しぶりだな…先生いてくれるといいんだけど」

 

「まぁそればっかりはね。いてくれることを祈りましょうか」

 

コンコン!ガラガラッ!

 

「「失礼します」」

 

 

職員室にたどり着いた二人は職員室のドアを2度ノックし、職員室のドアをスライドし、中に入った

 

 

「すいませーん、小萌先生いますかー?」

 

シーーーーーン…………

 

「あ、あれ?」

 

「誰も…いない…?」

 

 

職員室のドアを開けてそう呼びかけたが、その呼びかけに応じるどころか職員室に職員は誰もおらず、まさにもぬけの殻であった

 

 

「参ったわね…職員会議か何かかしら?」

 

「あ〜…まぁ全員いないってこたぁそういうことだわな…しゃーねぇ待つしかないか」

 

「おろ?誰かと思ったら去年の月詠先生んとこの卒業生じゃんよ?」

 

「あ、黄泉川先生」

 

 

一見誰もいないかと思われた職員室の陰から一人の女性が声をかけてきた為、上条は一年足らずと言えど世話になったその教師の名前を呼んだ。その上条達に声をかけた女性体育教師は教師の仕事の合間に警備員の仕事をこなす肉体派であり、生徒の間でも巨乳系体育教師と呼ばれ慕われていた黄泉川愛穂だ

 

 

「お久しぶりです黄泉川先生。お変わりなくてなによりです」

 

「ん、ありがとうじゃん。ところでお前たちがここに来たってことは…月詠先生を探してるじゃん?」

 

「はい。でも職員室にいると思って来てみたら誰もいなくて…今は職員会議なんですか?」

 

「まぁそんな感じじゃん」

 

「あれ?でもだとしたら何で黄泉川先生は会議に出てないんすか?」

 

「私はさっきまでちょっと警備員として出払ってたから会議に間に合わなかったじゃんよ」

 

「警備員?なんか事件でもあったんですか?」

 

「ん〜…まぁ色々あったじゃんよ」

 

「「???」」

 

「そんなことよりほら、そろそろ会議も終わるころじゃんよ」

 

ガラガラガラガラッ!!!

 

ゾロゾロゾロゾロゾロ……

 

 

黄泉川がそう言い終わるのとほぼ同時に職員室のドアが開き、続々と教師の面々が入って来た

 

 

「お、噂をすればじゃん」

 

「えーっと小萌先生は…おっ、いたいた」

 

「ほら、月詠先生の机は分かってるんだし行ってくるといいじゃん」

 

「はい、ありがとうございました」

 

ガタッ!ギイッ…

 

「ふぃ〜…疲れたのですぅ〜…」

 

「どうも。小萌先生お久しぶりです。お変わりなさそうで」

 

「どうも、小萌先生お久しぶりです」

 

「へ!?あれ!?なんで上条ちゃんと吹寄ちゃんがここにいるのです!?」

 

 

ため息をつきながら職員室の自分の机に座った小萌は、急に自分の元を訪れた吹寄と上条の顔を見るなり、目を丸くして驚いていた

 

 

「久しぶりに先生に会えて嬉しいですよ」

 

「私も上条に同じくお会い出来て嬉しいです」

 

「先生の方こそ久しぶりに二人に会えて嬉しいのですよー!すっかり大学生してるみたいで安心したのです!」

 

「まぁもっとも、今日ここに来るまでにも上条は課題に追われていましたけどね」

 

「いやそれを言うなって…」

 

「ところで、今日はどんな用事があって来たのです?」

 

「ほら上条、さっさとなさい」

 

「わ、分かってるって…」

 

「?」

 

「えっと…小萌先生。ずっと忘れてて報告出来なかったんですけど…ようやくSAO事件に巻き込まれたみんなを助けられて、本当に元の生活に戻ることが出来ました。先生の協力もあったから出来たことだって分かってたのに、報告が遅れてすいません」

 

 

そう言って上条は椅子に腰掛けている小萌に向けて深々と頭を下げ、一礼した

 

 

「頭を上げて欲しいのです上条ちゃん」

 

「・・・・・」

 

「上条ちゃんがわざわざ報告に来てくれたのは嬉しいのです。確かに先生は卒業式の日、みなさんはいつまでだって先生の大切な生徒さんだと言ったのです。でも、同時に先生はもう上条ちゃん達だけの先生ではないのです。だから、そんなにわざわざ報告に来てくれる必要もないのですよ。なぜなら先生はみんなならきっと大丈夫だって信じているからです」

 

「先生…」

 

「それに『便りがないのは良い便り』とも言うのですよ。だからこれからはそんなに気を遣ってくれなくてもいいのです」

 

「・・・はい。ありがとうございました」

 

「うむ!よろしいのです!」

 

 

そう言って小萌は上条に向けて笑顔でサムアップを見せた

 

 

「いやぁ〜…でも正直なところ今は少しだけ上条ちゃん達のクラスが恋しいのですよ〜…」

 

「え?なんでですか?」

 

「・・・そういえば小萌先生、なんだか少しだけ顔がやつれているような…」

 

「えへへ…お恥ずかしい話なんですが最近本当に色々ありまして…先生も激務すぎてお疲れなのですよー」

 

ピラッ…

 

「・・・ん?小萌先生、なんか紙落ちましたよ?」

 

ヒョイ…ペラッ…

 

 

日頃の激務ぶりを頭を抱えて笑う小萌の横で、彼女の机に置かれていた一枚の紙がヒラヒラと風に誘われ床に落ちていき、それに気づいた上条がその紙を拾い上げ、紙に目を通した

 

 

「え?あ、あーっ!?ちょっ!?上条ちゃんストップー!!」

 

「あれ?この子…昨日の…」

 

 

上条が拾ったのは生徒個人の登録名簿だった。丁度名簿の左上あたりに本人の写真が貼り付けてあり、上条はその顔に見覚えがあるかのような反応を見せた

 

 

「・・・『朝田詩乃』…?」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 動き出す歯車

 

「ふぇ?上条ちゃんって詩乃ちゃんと面識があったのですか?」

 

「え?あーいや、なにも面識ってほどじゃ…名前も今これ見て初めて知った感じで…あ、とりあえずこれお返しします」

 

「あ、ありがとうなのです…でもじゃあどうして詩乃ちゃんのことを?」

 

「えーっと…昨日この子が路地裏で不良っぽい女子高生3人に絡まれてたから助けに入ったんですよ。3人の不良は追っ払ったんですけど、この子も気まずくなったのかすぐに走って行っちゃったんで詳しいことは分からず終いでしたけど…」

 

 

そう、上条が拾い上げた紙は、昨日の夕暮れに路地裏で助けた朝田詩乃という少女の個人名簿だった

 

 

「そ、そうでしたか…それなら一先ずお礼を言っておくのです上条ちゃん」

 

「え?あ、ああまぁそりゃいいんすけど…何かあったんですか?」

 

「・・・実は…その詩乃ちゃんも不良っぽい女子高生3人もこの高校の生徒さんで、先生が担任してるクラスの生徒さんなのですよ…」

 

「あ、なるほど。それで…」

 

「でも先生、それって上条の話からも鑑みるにその状況は…」

 

「・・・そうなんですよ吹寄ちゃん。実はウチのクラスではその3人を含めて詩乃ちゃんへの『いじめ』が疑われてるのです…」

 

「「!!!!!」」

 

 

小萌が告げた衝撃の一言に、上条と吹寄の2人は驚愕の表情を見せた

 

 

「実はこの詩乃ちゃんは高校二年に上がる今年の4月にこの高校に転入して来たのです」

 

「なるほど…転入してクラスの雰囲気に馴染めずにそのままいじめに発展した…と、そういうことですか?」

 

 

吹寄の問いかけに対し、小萌は静かに首を横に振った

 

 

「いえ、それもあるのでしょうけど…問題はおそらくそこだけではないのです。詩乃ちゃんはある事件をきっかけに幼い頃から『PTSD』を抱えていて…それも原因の一つなのではないかと思うのです…」

 

「ぴ、ぴーてぃーえすでぃー?」

 

「『Post Traumatic Stress Disorder』それぞれの頭文字を取って『PTSD』よ。日本語にすると『心的外傷後ストレス障害』といって、いわゆる一種の心の病気のことよ」

 

 

聞きなれない単語に首をかしげる上条に対し、吹寄がそう答えた

 

 

「へぇ、随分詳しいんだな吹寄」

 

「ま、まぁ貴様のお見舞いに通うになってからそういう医療のことも少し勉強してたからね」

 

「・・・アレ?というか上条ちゃん知らなったのですか?そもそも吹寄ちゃんは上条ちゃんが寝たきりになってから、いつか自分が治してあげたいと思ったから自分で医療を勉強し始めて今の大学でも医学部に……」

 

「わー!///わーわーわー!!///小萌先生ストップストップー!!///」

 

「もんがっ!?」

 

「???」

 

 

吹寄の話を聞いていた小萌が何やら話を挟もうとしたが、なにを恥ずかしがったのか吹寄は慌てて小萌の口を教え子らしからぬ勢いで強引に塞いだ

 

 

「な、なんでもないのよ上条!?私も色々と思うところがあったからにそういう勉強を始めたわけであって決して他になにか邪な思いがあったわけではなくてだな!そこのところはき違えることのないように!」

 

「お、おう…で?そのPTSDって病気になるとどんなことがあるんだ?」

 

「PTSDは自分の身の危険をはじめ、それこそ自分の命を脅かすような出来事によって発症する病気なの」

 

「ほ、ほう?」

 

「例えば火事が原因だったら、それ以後火を見るのが怖くなったり、地震が原因だったとしたらかなり小さい揺れでも動悸が乱れたり、目眩がしたりする。つまりこのPTSDという病気は、発症の原因も発症後にその人に及ぼす影響も人それぞれっていうことよ」

 

「なるほどなるほど…じゃあ、この朝田詩乃って子のPTSDの原因は何なんですか先生?」

 

「そ、それは…」

 

「小萌先生、生徒の個人情報をそこまで明かすのは流石の私でも看過出来ないじゃん?」

 

 

上条に問われ、気まずそうに吃る小萌だったが、小萌の向かい側の机に座る黄泉川が急にそう言って3人の会話に口を挟んだ

 

 

「で、ですよね…申し訳ないのです黄泉川先生…」

 

「いや、勝手に話を盗み聞きしてた私にも非はあるじゃんよ。でも流石にそれ以上はと思って口を挟ませてもらったじゃん」

 

「まぁそりゃそうですよね…じゃあ大方、さっきまでの会議はその子の事情に関する会議だったんですか?」

 

「あー…えっと…さっきの会議はそれとは全く関係ないのですよ」

 

「え?違うんですか?むしろそういうことの方が会議した方がいいんじゃ…」

 

「なにしろまだ『疑い』があるだけじゃん。学校と教師側にも色々と規約上の関係があって疑いだけじゃまだ何とも言えないし動けないじゃんよ」

 

「じゃあ…さっきの会議は一体何を?」

 

「えっと…た、ただの事務会議なのですよ!だから上条ちゃんと吹寄ちゃんが気にすることは何もないのです!」

 

「そ、そうでせうか…」

 

「そ!そうなのです!」

 

「・・・怪しい」

 

「ぎくっ!」

 

 

なぜか会議の内容を聞かれた小萌はその場を取り繕おうとする態度を取った。するとその様子を疑いにかかった吹寄はじとーっとした目で小萌を見つめた

 

 

「先生、何か嘘ついてませんか?これでも三年間小萌先生と一緒だったのである程度のことに察しはつきますよ?」

 

「な、ないのですないのです!先生が生徒のみなさんに対して嘘をつくなんてそーんなそんな!」

 

「なら、今気付かれないようにそっと教科書の下に隠したプリントはなんですか?」

 

「ぎくぎくっ!」

 

「はぁ〜…月詠先生隠すの下手すぎじゃん…」

 

 

吹寄の問答にどんどん追い詰められていく小萌を見て黄泉川はため息を吐きながら頭を抱えていた

 

 

「で、でも!これだけは譲らないのです!これはこの学校だけの問題ではないのですから!」

 

「ま、そういうことじゃん。吹寄も上条もその辺に……あっ…」

 

「・・・黄泉川先生?どうかしたのです?」

 

「ん〜〜〜…」

 

「な、なんすか黄泉川先生?急に俺の方なんか見て…」

 

 

話を続けていた黄泉川が急に何かに気づいたようにその表情を変えた。そして両腕を組んで唸るように悩むと、上条の顔をじーっと見つめ始めた

 

 

「・・・うん!そーじゃんそーじゃん!その手があったじゃん!」

 

ガタッ!スタスタスタ…

 

「よ、黄泉川先生…?」

 

「上条!」

 

ガシッ!

 

「ちょっと私に付き合うじゃんよ!」

 

「・・・へ?」

 

ズルズルズルズル……

 

 

何か妙案を思いついたように黄泉川が思い切り席を立つと小萌の席の方に回っていき、笑顔で上条の手を掴むとそのまま彼の身体を引きずりながら歩き始めた

 

 

「・・・とりあえず不幸な気がする。なにが起こるか分からないけどとりあえず不幸になる気がするーーー!!」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 死銃

 

「ほら!とりあえずお茶でも出すからその辺に適当に座るじゃん!」

 

「は、はい…失礼します…」

 

 

あの後職員室から廊下まで引きずられていった上条はそのまま学校の応接室に連れていかれ、黄泉川に言われるがままにソファに腰掛けた

 

 

「ほいお茶。ちっと熱いから気をつけるじゃんよ」

 

「ありがとうございます」

 

 

そう言って黄泉川はソファの前にある机の上にお茶を置くと、そのまま上条の対面に置かれているソファに座った

 

 

「さて、モノは相談じゃんよ上条」

 

「本当に一体なんなんすか?こんなとこに急に押し込んで」

 

「一つ聞きたいことがあるじゃん」

 

「聞きたいこと?俺にですか?」

 

「ああ」

 

「・・・・・」

 

 

芯のある声で黄泉川がそう言うと、その表情が真剣なものにかわり、部屋の中の空気も妙なほどに静まり返った。上条もそれを感じ取ると、自分の表情をその場相応のものに変え、目の前の黄泉川が口を開くのを待った

 

 

「仮想世界で止まった心臓が、そのまま現実でも止まると思うか?」

 

「・・・・・え?」

 

「コイツを見て欲しいじゃん」

 

 

突然の質問に呆気にとられる上条を他所に黄泉川はどこかからか取り出した大きめのタブレット端末を操作し、その画面を上条に見せた

 

 

「・・・これは…災誤先生?」

 

 

上条は黄泉川に差し出された端末に目をやると、そこにはこの高校の生活指導担当の教師であり、生徒からはもっぱら「ゴリラ教師」の愛称で呼ばれていた災誤先生の顔と個人情報が写っていた

 

 

「実はこの災誤先生が、夏休み中に自宅のアパートで死体として発見されたじゃん」

 

「!!!!!」

 

「丁度夏休みが終わる一週間前のことじゃん。災誤先生の住んでる学園都市内のアパートを掃除していた大家さんが異臭に気づいた。これはということで電子ロックを解錠して部屋に入ったところ、部屋で死んでいた災誤先生を発見したじゃん。でもその時には死後からもう5日が経ってたじゃん」

 

「・・・・・」

 

「部屋は特段荒らされた様子はなく、遺体はベットに横たわっていた。そしてその頭部には…」

 

「・・・アミュスフィアですか」

 

「その通り。変死ということで司法解剖が行われ、死因は『急性心不全』だったじゃん」

 

「『心不全』ってのは、心臓が止まったってことでしょう?何で止まったんですか?」

 

「・・・それが分からないじゃんよ」

 

「・・・はい?」

 

「死亡して時間が経ち過ぎていたし、犯罪性が薄かったこともあってそこまで正確な解剖はしなかったじゃん。ただ、災誤先生は三日間何も食べずにログインしっぱなしだったらしいじゃん」

 

「意外だな…災誤先生ってそんな重度のゲーマーだったのか…でもその手の話ってそんな珍しくないでしょう?一体何があるんですかこのケースに?」

 

「その時インストールされていたゲームは『ガンゲイル・オンライン』。通称『GGO』ってゲームなんだけど…知ってるじゃん?」

 

「まぁそりゃもちろん。VRMMOで唯一『プロ』がいるゲームですから」

 

「災誤先生はGGOで先月に行われた最強決定イベントに参加していて、アバター名は『ゼクシード』と名乗っていたじゃん」

 

「じゃあ…死んだ時もGGOに?」

 

「いや、『MMOストリーム』って番組にゼクシードの再現アバターで出演してたらしいじゃん。そこに関してはログで時間が割れてるじゃん」

 

「・・・・・」

 

「そしてその番組出演の途中で、災誤先生のアバターであるゼクシードが原因不明の通信切断によって突然その姿を消したらしいじゃん」

 

「は、はぁ…別になんか通信機器の不具合とかが起こったんじゃないんですか?一応MMOストリームはアミュスフィアとネットを介しての放送なんすから」

 

「ところがじゃん。ここから先はまだ未確認情報なんだが、丁度先生が心不全の発作を起こしたであろう時刻にGGOで妙なことがあったってブログに書いているユーザーがいたじゃん」

 

「み、妙なこと?」

 

「GGO内のとある酒場で問題の時刻に、ある一人のプレイヤーがおかしな行動をとってたらしいじゃん」

 

「おかしな行動?具体的にはどんな風に?」

 

「なんでも、酒場のテレビに映ったゼクシードに向かって『裁きを受けろ』とか言って、銃を一発だけ撃ったらしいじゃん」

 

「・・・『裁き』ねぇ…」

 

「それを見ていたプレイヤーの一人が偶然ながら音声ログを録っていて、動画サイトにアップしたじゃん。ファイルにはご丁寧に日本標準時の時刻も記録されていて、テレビへの銃撃と災誤先生のアバターであるゼクシードが番組出演中に急に消滅したのがほぼ同時刻だったじゃんよ」

 

「・・・偶然ですよ。そんなのあり得っこない。大体銃を撃ったって言ってもそれはテレビに向かって撃っただけで向こう側の本人に届くはずが…」

 

「もう一件あるじゃんよ」

 

「なっ!?」

 

「今度は3日前。第12学区の某アパートでこれまた死体が発見された。新聞の勧誘員が中を覗くと、布団の上でアミュスフィアを被った人間が横たわっていて同じく亡くなってたじゃん」

 

「・・・・・」

 

「ま、詳しい事情は置いといて今回も死因は心不全。今回死んだ彼も災誤先生と同じくGGOでは有力プレイヤーだったらしいじゃん。キャラネームは『薄塩たらこ』。今度はテレビじゃなくゲーム内での出来事じゃんよ」

 

「彼はその時刻、ゲームの街で自分の所属する『スコードロン』…まぁ一般のゲーム用語で言う『ギルド』の集会に出てたところ、突然乱入してきたプレイヤーに銃撃されたじゃん」

 

「・・・その銃撃したヤツは災誤先生のアバターを銃撃したヤツと同じなんですか?」

 

「おそらく。やっぱり『裁き』とか『力』みたいな言葉の後に、災誤先生を撃った時と同じキャラネームを名乗ったじゃんよ」

 

「それで、ソイツの名前は?」

 

 

上条がそうたずねると、黄泉川は一呼吸置いて、神妙な面持ちのままでその名を告げた

 

 

「『死銃』」

 

「・・・デス・ガン…?」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 依頼

 

「・・・まぁ、そのやたら胡散臭い名前はともかく、その二人の直接の死因が心不全ってのは確かなんですか?」

 

「と言うとじゃん?」

 

「『脳』に損傷は見られなかったんですか?」

 

 

そう聞きながら上条が脳裏に思い浮かべたのはかつて自分がそのツンツン頭の上に被ったゲームハードだった。ゲーム内で死に至った者に対し、現実で脳内に電磁パルスを流し込み死に至らしめる悪魔のゲーム機…『ナーヴギア』

 

 

「・・・実は私もそれが気になってたじゃんよ。司法解剖を担当した鑑識に問い合わせた結果、脳に異常は一切見られなかったじゃんよ」

 

「そ、そうですか…」

 

「それに付け加えるなら、ナーヴギアの場合は信号素子を焼き切るほどの高出力マイクロウェーブを発して脳の一部を破壊したわけじゃん。でもアミュスフィアはそもそもそんなパワーの電磁波は出せない設計じゃんよ」

 

「まぁそりゃそうでしょうけどね」

 

「アミュスフィアに出来るのは、精々視覚や聴覚といった五感の情報をごく穏やかなレベルで送り込むことだけだって開発者は断言してたじゃんよ」

 

「じゃあもし仮に、誰かが直接手をかけての犯行だったとして、その手の能力者の線は?」

 

「まぁまずもってあり得っこないじゃんよ。現場検証したとこ、家内には金銭目当ての物色はなかったし、災誤先生と薄塩たらこの部屋の電子ロックが発電系能力者の能力使用によって不正にこじ開けられた痕跡は見られなかったじゃん」

 

「じゃあ空間移動系の能力者とか」

 

「そのリスク自体は空間移動能力者自身が分かってるはずじゃんよ。元から複雑な座標を考えて演算を行うのに、間取りもロクに分からない部屋に移動すれば壁や部屋のどこかに自分の体が埋まりかねない。それはあまりにもリスクが高すぎるじゃん。犯人に元から被害者の二人に面識があって部屋の間取りが事前にわかっていたのかと思って『書庫』の空間移動系の能力者を調べてみたけど、そんな人間は誰一人としていなかったじゃん」

 

「まぁ元から空間移動系の能力者は全体数が少ないですからね。同じアパートならまだしも、構造も違う別々のアパートの部屋に移動するのは流石にリスキーすぎるか…」

 

「そういうことじゃん」

 

「じゃあ心不全を誘発できるような能力者は…ってダメだ。そしたらそもそもピッキングでもしなきゃ部屋に入れない…」

 

「そう。部屋が電子ロックの時点でピッキングなんて出来っこないし、仮にハッキングしてたとしてもそれはそれで足が残る。だからこの事件は『電子ロックになんの痕跡も残さず二つの部屋に入れている』という時点で能力者による犯行の線はないって証明できるじゃん」

 

「じゃあそれこそ本当にアミュスフィアに何か細工を…ってかよくよく考えたらなんでそんなとこまで調べてんですか?いくら警備員といえどそんな偶然と噂だけで出来上がってるようなネタに。ましてもう一度SAO事件が起こったわけでもあるまいし」

 

「んー、まぁそういう意味じゃ私も知人に元SAOプレイヤーがいた縁もあってちょっと気になって勝手に一人で調べてたってだけじゃんよ。だけどまぁ、それ以上に…」

 

「・・・?それ以上になんです?」

 

「・・・同じ職場で生徒を見てくれてた先生が誰かに殺されたのかもしれないなら…黙って見ていられるほど私は大人にはなれないじゃん」

 

「・・・・・」

 

 

そう告げた黄泉川の声は怒りがこめられたようなどこか重い声で、その眉間には皺が寄せられていた

 

 

「まぁ、そう言う手前そのおかげでその重要な職員会議に遅れたちゃったじゃんよ」

 

「・・・はぁ〜…本末転倒ですね。大方、今日の職員会議だって、小萌先生が内容を教え渋ってたのは災誤先生に関する会議だったからでしょう?」

 

「ご明察じゃん。んでまぁこの件だけど、私も9割方偶然かデマだと思うじゃん。だからここから先は仮定の話じゃん」

 

「・・・・・」

 

「上条は可能だと思うじゃん?ゲーム内の銃撃によって、プレイヤー本人の心臓を止めるなんてことが」

 

 

室内の緊迫した空気をさらに重くするような声で黄泉川が上条に問いかけた。その問いに対し、上条もまた芯のある真っ直ぐな声で答えた

 

 

「無理ですね」

 

「・・・そう思う理由はあるじゃん?」

 

「そんなことより、もう安い芝居はやめにしてくれませんか?黄泉川先生」

 

「・・・なに?」

 

「どうせもう大体検証してるんでしょう?その口ぶり。俺も伊達に死線を掻い潜ってきた訳じゃないんです。相手の目と態度を見れば大体のことは分かりますよ」

 

「・・・つぁ〜、まさか元生徒から詰められる日が来るとは…世の中分からないもんじゃん」

 

「なんだったら今先生が考えてることも言ってあげることも出来ますのことよ?」

 

「いーやいいじゃんよ。流石にそこは自分で言うじゃんよ」

 

「率直に言うじゃん上条。ガンゲイル・オンラインにログインしてこの『死銃』に接触してほしいじゃん」

 

「・・・そこまで言うんなら最後まではっきり言いましょうよ先生。『撃たれてこい』の間違いでしょ?」

 

「あっははは!参ったじゃんよ!こりゃ上条には敵わないじゃん」

 

「まったく…」

 

 

気恥ずかしそうに後ろ頭を掻く黄泉川に対し、上条は呆れたようにため息を吐いて肩を上下させた

 

 

「いやー、子供には銃を向けないってのが私のスタンスなんだけど、よくよく考えてみれば私が撃つ訳じゃないし、大学生はもう心も体も大人だから問題ないじゃん!だから上条が適任だと思って声をかけたじゃんよ!」

 

「鬼だなアンタ!?」

 

「で!勿論やってくれるじゃん!?」

 

ガタンッ!

 

「誰が勿論やるか!?嫌ですよ!何かあったらどうすんですか!?」

 

ガタンッ!ガシッ!

 

「だ、だから!その可能性は100%ないって上条自身も言ってたじゃんよ!?」

 

「100%ないのを信じるならやる必要そもそもないでしょ」

 

「うぐっ…」

 

 

黄泉川の頼みを即答で却下した上条はそのままソファから腰を上げ、ドアに向かって歩き始めたが、同じくソファから立ち上がって上条の後を追った黄泉川が彼の服の裾を縋り付くように掴み、その場に留まらせていた

 

 

「で、でもこの死銃はターゲットにはそれ相応のこだわりを持ってるじゃんよ!」

 

「こだわりぃ?」

 

「そ、そうじゃん。ゼクシードと薄塩たらこ。この二人はGGOじゃ名の通ったトッププレイヤー…だから死銃は強いプレイヤーじゃないと撃ってくれないじゃんよ…多分。だからあのSAOをクリアに導いた上条ならきっと…」

 

「無理です。GGOってのはそんな甘ったるいゲームじゃない。ガチのガチでゲームだけで生活費賄ってるようなプロがウヨウヨしてるゲームなんですから」

 

 

そう。上条の言う通りガンゲイル・オンラインでは全VRMMOで唯一、『ゲームコイン現実還元システム』を採用している。よってゲームで金を稼ぐことができるため、いわゆるゲームを職業にしている『ゲームのプロ』が集まっている

 

 

「つまるところ、アイツらは正真正銘のゲーム廃人で、俺なんかとは比べ物になんないくらいの時間と情熱をゲームに注ぎ込んでんすから、とても俺なんかがのこのこ出て行ったところで相手になんかしてくれませんよ!と、言うわけで!この話は他を当たって下さい!」

 

「待った!待つじゃんよ!他にアテがいないからこうして頼んでるじゃんよ!」

 

「いやいるでしょう?さっきだって知人にSAOプレイヤーがいるって言ってたじゃないですか」

 

「いやソイツはSAOから帰って来たのを機に一切もって仮想世界から足を洗ったから頼んでも頼んでも首を縦に振らなかったし、そもそもSAOでも特殊スキルに頼ってたからそれが通じないGGOじゃカス同然だって言われて断られたじゃんよ!」

 

「お粗末様です。じゃあ失礼します」

 

「分かった!分かったじゃんよ!じゃあプロの相手は荷が重いって言うんなら『調査協力費』という名目で報酬を支払うじゃん!」

 

「報酬ぅ〜?」

 

「じゃん!ほら!これぐらいは出すじゃんよ!」

 

 

そう言って黄泉川は自分の指を三本突き立て、上条に見せた

 

 

「・・・舐めてんですか?そんな手間にたったの三万て。高校生の時の上条さんだってもうちょいマシな仕送りもらってましたよ」

 

「のんのんじゃん!0を後ろに一個つけ忘れてるじゃんよ!」

 

「・・・マジすか?」

 

「マジじゃんマジじゃん。学園都市の公務員の貯えを甘くみたらいかんじゃんよ。なんだったらここにもう一本指を足してもいいじゃん?」

 

「・・・いいでしょう!指4本引き受けました!」

 

「よっしゃ!交渉成立じゃんよ!」

 

 

こうして万年貧乏学生である上条は金の欲に負け、黄泉川の依頼をあっさり引き受け、交渉成立の固い握手を交わした

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 旅立ちに向けて

 

「えーーー!?上やん君ALOやめちゃうの!?」

 

 

その夜、上条は黄泉川との交渉を終え帰宅した後、ALOにダイブしていた。ダイブした妖精の国のとある野原でそう叫んだのは、細剣使いのウンディーネことアスナだった

 

 

「あ、いや別にやめるって訳じゃなくて…ちょっとGGOってゲームに用事があってだな…」

 

「ちょっと今の聞こえたわよアンタ!一体どういう了見よ!?」

 

「まっ!まさかそのGGOとかいうゲームで可愛い女の子見つけたとか言うんじゃないでしょうね!?」

 

「え!?そうなの上やん君!?」

 

「そ、その人どのぐらい可愛いんですか!?私じゃ敵いませんか!?」

 

「俺は知らないぞー上やん」

 

「そうだー!一回お前は痛い目見といた方が健全だぞ上の字!」

 

「はっはっは!もし上手く彼女に出来たならウチの店に連れてこいよな!」

 

 

怒鳴りながら上条の胸ぐらに掴みかかったのは美琴とリズベットだ。それに続いてリーファとシリカが上条に迫って問いただし、更にはキリト始め、クラインとエギルを含めた男性陣も上条を冷やかし始めた

 

「誤解だよ!?誤解ですのことよみなさん!?」

 

「問答無用!真っ黒コゲになりなさい!」

 

「んぎゃーーー!?!?」

 

 

魔神オティヌスの計らいで今や別世界という垣根がなくなったALOは、もっぱら彼ら、彼女らの遊び場となり、上条の紹介で二つの世界の友人達が仲良くなるのにそこまで時間はかからなかった。ちなみにここにいるパーティーのメンツは、この『新生ALO』が二つの世界のALOが邂逅して出来上がったものだと知っている唯一のパーティーである

 

 

「だ、だから違うって…万年貧乏学生の上やんさんは少しでも生活を楽にしようと小遣い稼ぎをだな…」

 

「何よ?お金がないなら私に言ってくれれば少しくらい出したげるわよ」

 

「いくらお嬢様だとは言っても女子高生から金出してもらうなんてそんなみっともない真似できるかよ…」

 

「じゃあ俺の店でバイトでもするか?」

 

「エギルの店は第15学区だろ…わざわざそんな遠いとこ通ってまでバイトしようとは思わねーよ」

 

「なら上の字よ。俺の会社で一緒に働かねーか?」

 

「誰がわざわざ死ぬほど苦労して入った大学中退してまで就職なんぞするかヴォケ!」

 

「で?具体的にはどういう計画なんだ?」

 

「いやなに、近々そのGGOで『バレット・オブ・バレッツ』なる、通称『BoB』って大会が開催されるみたいでな。優勝すると賞金とかプライズが贈呈されるみたいだから、ちょいと賞金ほしさと腕試し程度に出てみようかなってな」

 

「っていうことは…ALOの上やん君のアバターをGGOに『コンバート』するの?」

 

 

アスナの言う『コンバート』とは、その名称を『キャラクター・コンバート機能』と言い、あるゲームで育てたキャラクターデータを、その能力やステータスを保持したまま他のゲームに移動させる機能のことである

 

 

「まぁそうなるな。流石にGGOじゃ俺の幻想殺しはスキルの名称と効果自体はあっても使いモンにはならないだろうけど、なにも筋力とか敏捷ステータスまで棒に振ることはないからな」

 

「いや、そうでもないみたいよ?私が聞いた話じゃ、このALOを含めた昨今のVRゲームのほとんどが名前の分からない誰かさんが世界に向けて発信した『ザ・シード』とかいうプログラムソフトで出来てるらしいわよ?なんでもそのおかげでコンバートした先でもそのゲーム特有のスキルはそのゲームに見合う仕様に置き換えられるとかなんとか聞いたけどどうなのかしら?」

 

(それ間違いなくやったのオティヌスだろ…アイツ本当に好き放題やってんなぁ…まぁそうしてみろつったの俺なんだけどよ…)

 

「まぁでも大会が終わったらまたすぐに再コンバートするから問題ないさ」

 

「でもいいの?ステは確かにそのままかもしれないけど、コンバートしたらALOの所持金とかアイテムとか装備も全部一旦なくなるのよ?」

 

「まあ金は言ってもそこまである訳じゃないし未練はないから大丈夫さ。アイテムとか装備はエギルとクラインのストレージに押し込んでいくから大丈夫さ」

 

「は、はぁ!?おい聞いてねぇぞ上の字!」

 

「ん?なんだ聞いてなかったのかクライン?」

 

「えっ!?なんで逆にエギルは知ってんだよ!?」

 

「いや別にクラインはクラインだしそんぐらいいいかなって」

 

「俺の扱いぞんざい過ぎやしねぇ!?」

 

「まぁいいだろ。大会に出るっつってもたった数日のことだし、その間だけ手伝ってくれりゃいいからさ」

 

「くーー!もし仮にその…ばれっと・おぶ・ばれっつ…とかいう大会で優勝したらなんか飯奢れよなー!」

 

「ああ、別にいいぞ。ラーメンぐらいなら」

 

「随分と現実的な提示でリーズナブルね!?」

 

 

まるで漫才かのような上条とクラインのやりとりにすかさず美琴が華麗なツッコミを入れた

 

 

「でもいいなー…上やん君たちの世界にはそういうゲームがあって。私たちの方の世界にはまだそんなゲームないのに」

 

「ダメだぞスグ。そんなゲームのことしか頭にない野蛮な連中がうようよいるところに行くなんて俺が許さないからな」

 

「ちぇーっ…」

 

「あ、相変わらずキリトさんも過保護ですね…」

 

「ていうかゲームのことしか頭にないのはキリトも同じでしょうが…」

 

「そ、そんなことないぞ!」

 

「嘘はダメですよパパ!絶対パパも心の中で『俺もお小遣い稼ぎしたい』って思ってました!」

 

「ユイちゃんがそう言うなら間違いないね」

 

「そうですよママ!リーファさんには許可しないで自分はいいなんてパパは自分に甘過ぎます!」

 

「・・・いや俺は心の中で思っただけなのになんでこんなに悪者扱いされにゃならんのだ…」

 

 

ユイとアスナにそう言われ、キリトはがっくりと肩を落とした

 

 

「ま、そういう訳だ。俺は明日からちょっくら行ってくるよ」

 

「それはいいけどアンタも大学あるでしょ?授業どうすんのよ?」

 

「自主休講かな」

 

「このダメ人間!」

 

「大丈夫だって。吹寄がちゃんとノートとか出席取ってくれるから」

 

「挙句の果てに他人に迷惑かけるとかクズの鑑だぞ!?」

 

「ひ、ひでぇな…ま、ともあれみんなが心配することはなにもねぇよ。ほっときゃALOに戻ってくるし、それに多分BoBの大会の様子はテレビ中継でALOにも繋いでくれると思うから、良かったらテレビの前で応援してくれ」

 

「あっそ…そういう事ならもちろん優勝目指しなさい!アンタにVRゲームの真髄を教えたのはこの私なんだから、アンタが負けて私にまで恥かかせたら承知しないんだからね!?」

 

「ははは…肝に銘じておきます…」

 

「じゃ、上やんが優勝したらみんなで宴会ねー!もちろん上やん持ちで!」

 

「え?ちょ、リズさん?」

 

「「「賛成!!!」」」

 

「・・・それちなみにリアルと仮想どっちのことなんでせう?」

 

「「「両方!!!」」」

 

「・・・不幸だ」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 銃と鋼鉄の世界

 

「はぁ〜…さて、またこの病院にお世話になるとは…俺も懲りないというかなんつーか…まぁ今回は俺から自主的にお世話になりにいくんだけどな…」

 

 

翌日、上条当麻は黄泉川の手配により第七学区のとある病院を訪れていた。その病院は冥土帰しが勤めている病院であり、上条が幾度となく担ぎ込まれた病院であった

 

 

「黄泉川先生の指示によると…この部屋でいいんだよな?」

 

 

そのままの足並みで病院に入り、そのまま黄泉川に前もって指定されていた病室の前にたどり着いた

 

 

コンコンッ!ガラガラ!

 

「失礼しまーす」

 

「おや、先生から聞いた依頼主とはあなたでしたか。と、ミサカは偶然の再会に驚きます」

 

「御坂妹!?なんでこんなとこに!?」

 

 

ノックして入った病室のドアの先で上条を出迎えたのは、彼にとっては馴染みの深いゴーグルを被った少女だった

 

 

「黄泉川先生からお話をお聞きしまして。なんでも犯行調査の為にもう一度仮想世界に行くのだとか。まだ一年も経っていないのに大変ですね。と、ミサカは全く懲りていないあなたに呆れ果てます」

 

「あーいやまぁ俺も出来れば協力したくはなかったんだが…黄泉川先生がどうしてもって言うからな」

 

「なお任務が満了した暁には謝礼が支払われるようで。と、ミサカは金欲丸出しのあなたにまたも呆れ果てます」

 

「バレてた!?まぁ、そういう訳なんだ。よろしく頼むよ御坂妹」

 

「お任せ下さい。あなたがダイブしている間は私がしっかりとモニターしますのでよろしくお願いします。と、ミサカはあなたに握手を求めます」

 

「ああ、こちらこそ」

 

ギュッ…

 

 

そう言って上条はミサカ10032号が差し出した右手を握り、優しく握手を交わした

 

 

「それじゃあ早速だけど始めさせてもらうぜ。準備は大丈夫か?」

 

「はい。既に準備は完了しておりますので、そちらのベッドに横になってください。と、ミサカは作業を開始します」

 

「おう、分かった」

 

ギシッ…ドサッ!

 

 

上条はミサカ10032号に言われるがまま、病室の中に置かれたベッドに寝転んだ。そのベッドの周りには彼の心拍数や健康状態を把握するための様々な機器が設置されていた

 

 

「よし、これでアミュスフィアをつければいいのか?」

 

「?何を言ってるんですか?早く脱いで下さい。と、ミサカはあなたに脱衣を要求します」

 

「・・・は、はぁ!?ぬ、脱げって…えぇっ!?」

 

「でないと電極が貼れないでしょう?早く上着を脱いで下さい。と、ミサカは解脱を催促します」

 

「あ、上だけでいいのか。それなら」

 

「逆にそんなに下を脱ぎたかったんですか?実は露出狂だったんですね。と、ミサカは少し引きます」

 

「誤解だ!」

 

ヌギヌギ…ペタペタ…

 

「ではこれで準備OKですね。と、ミサカは準備が完了したことを報告します」

 

「そっか、ありがとう。じゃあ行ってくるよ。多分4、5時間ぐらい潜りっぱなしになると思う」

 

「はい。あなたの身体はこのミサカがしっかりお守り致します。と、ミサカはあなたとの体の関係から信頼を確かなものにします」

 

「その方がよっぽど語弊あるわ!はぁ…まぁ行ってくるよ。よろしく頼むな」

 

「はい。行ってらっしゃいませ。と、ミサカは笑顔であなたを送り出します」

 

「・・・///」

 

 

そう言って上条に向けて微笑んだミサカ10032号の笑顔は、出会った当初からはとても考えられないほど優しく人間味に溢れていたせいか、上条はドキリと胸が高鳴った

 

 

「む、ログインする前から心拍数が上昇していますね。大丈夫ですか?と、ミサカはあなたの身体に触れて触診します」

 

「どわあっ!?大丈夫だって!リンクスタート!」

 

ギュウウウウウウウンッ!!!

 

 

まるで逃げるようになりながらも、上条は自分の五感を銃と鋼鉄に支配された仮想世界へと飛ばした

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「さってと…とりあえずはログインOKだな」

 

 

上条が目を開けると、そこは近未来風の街中であった。しかしながらその街並みはどこか廃れているようで、バチバチと音を立てながら怪しく光る電光掲示板が、より一層街全体の雰囲気を不穏に引き立てていた

 

 

「ここがガンゲイル・オンラインか…雰囲気だけならSAO第50層のアルゲードの裏道を思い出すな…さてさて気になるこの世界での俺の容姿は…」

 

「お、いいところにガラスが…ってやっぱりツンツン頭か…飽きねぇな俺も…まぁ自分のことだしコンバートに限っては俺が決めることじゃねぇからしゃーねぇんだけどよ…もっとイケメンになってるとかないのかね…」

 

 

興味深そうにGGOの街並みを眺めていた上条は、自分のアバターの容姿を確認しようとガラス張りの建物を発見し、そこに写った自分を見たが、そこにいたのはやはりいつも通りのツンツン頭の自分で、ジャージのような服に身を包んでいた

 

 

「まぁ容姿はしゃーねぇな。とりあえず誰かこのゲームを教えてくれる人を探さねーと…時間はそんなにねぇからな…あ!ちょっとすいませんそこのお方!」

 

「あぁん!?んだテメエはぁ!?俺になんか用でもあんのかそれともここで闘んのか!?おおんっ!?」

 

「ひぃぃっ!?すいませんごめんなさい何でもないですぅ!」

 

「じゃあ気安く話しかけてんじゃねぇよ馬鹿!ケッ!」

 

 

GGOの所作を訪ねようと道行く男性に声をかけた上条だったが、声をかけた男性は乱暴な口調で上条を怒鳴りつけると、そそくさと踵を返して歩き始めた

 

 

「うおおおぉぉ…おっかなすぎだろ…まだALOの他種族領地に放置された方がマシだぜ…次はもっと優しそうな人に…あ、すいませんちょっといいですか?」

 

「はい!こんにちは!今日もいい天気ですね!装備の確認はきちんと出来ていますか?戦場で丸腰ではあっという間に死んでしまいますよ?」

 

「って今度はNPCか…これじゃダメだな…あれ?あそこにいるのは…女の子?」

 

スタスタスタ…

 

 

引き続きゲームの所作を教えてくれる親切な人を探そうと街中をウロウロしていると、上条が歩く道の前に彼より一回り背の低い女の子のプレイヤーを見つけた

 

 

「ひょっとして女の子なら優しく教えてくれるんじゃないか?いやでもネカマだったらどうするよ…ええいっ!悩む暇があったら声をかけよう!何かが起こったらそん時はそん時だ!すいません!そこのあなた!」

 

「・・・は、はい?」

 

クルッ…

 

 

上条が少女の背後から声をかけ、その声に反応し、少女が振り向いた。しかし、上条にとってその少女の面影が数日前に目にした少女と重なって見えた

 

 

「・・・あれ?君は…」

 

(・・・あれ?ひょっとしてこの人おとといの…ううん、そんなハズない。いくらVRだからといってここまで似ているハズが…)

 

 

髪色は黒ではなく鮮やかなペールブルーであり、その目元に眼鏡はなかった。しかし、その髪をサイドで結んだショートの髪型、くっきりとした眉の下に、藍色の大きな瞳に小ぶりな鼻と色の薄い唇。どこか氷のような冷たい雰囲気を漂わせる目の前の少女は…

 

 

「朝田…詩乃…?」

 

「ッ!?!?」

 

 

そう、上条の目の前にいる少女は、自分が2日前に路地裏で助け、小萌から話を聞いた「朝田詩乃」という少女の面影と重なった

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 シノン

 

「朝田…詩乃…?」

 

「ッ!?!?」

 

ガシッ!グルンッ!

 

「・・・へ?」

 

 

それは一瞬の出来事だった。詩乃に似た少女を見て呆けている上条は右手を掴まれ、そのまま身体を180°回転させられ、右腕を背中で固められた

 

 

ダンッ!!ドゴッ!!

 

「いいっ!?いでっ!いで、いででででで!?!?キマってるキマってる!!」

 

「何で私の名前を知っているの!?目的は一体何!?返答次第によってはその脳天ぶち抜くわよ!!!」

 

 

それは警察や学園都市の警備員が好んで使う「逮捕術」の一種だった。右腕を背中に回され、そのまま壁に押し付けられた上条の肩から先に激痛が走った。一方の少女は痛さにもがく上条のこめかみに、腰のホルスターから抜いた拳銃を押し当て声を荒げながら上条を問い詰めた

 

 

「わ、分かった!話すから!話すから腕離せって!あだだだだだだ!!!」

 

「・・・分かった。でもまだ信用した訳じゃない。そのまま両手を頭の上で組んで両膝を地面につきなさい」

 

「あーいって…多分ALOよりペインアブソーバー低いなこのゲーム…ってかその指定された座り方完全に捕虜じゃねぇか俺…女の子相手に…」

 

「早くしなさい!!」

 

「は、はいぃぃぃぃぃ!!!!!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「なるほどね…あなたあの学校の卒業生だったのね」

 

 

その後、詩乃によく似た少女に尋問された上条は自分が詩乃の名前を知った経緯を掻い摘んで説明し、身の潔白を証明するとなんとか信頼を得ることが出来た

 

 

「やっと信じてくれたか…」

 

「ええ、どうやら私の思い違いだったみたいね。ごめんなさい。ここでの私の名前は『シノン』。よろしく」

 

「ああ、俺の名前は『上やん』だ。一先ずはよろしく」

 

「それにしても、よく私がその朝田詩乃だって分かったわね?このアバター確かに少しくらいは面影はあってもリアルの私とそんなに似てないと思うんだけど…」

 

「あ、ああ…まぁ俺、VRMMOとリアルの両方で知り合いのヤツが結構多くてさ。そんでまぁなんとなくだけど雰囲気で分かったというか…」

 

「なるほどね…あ、それと2日前はわざわざ助けてくれたのに黙って逃げてごめんなさい。あの時はその…あなたも見知らぬ人だったから…怖くて…」

 

「いや、大丈夫。別に気にしてねぇさ。そりゃ怖いだろうからな」

 

「そう言ってくれると助かるわ。えっと…その…上やんさん?」

 

「ははっ。先輩だからって気にしなくていいよ。俺はもうあの学校を卒業した身だし、敬語だと返ってやり辛いからな。シノンがやりやすいように喋ってくれ」

 

「そう?それじゃ上やん、あの時のお礼とさっきの無礼のお詫びに何か一杯奢るわ」

 

「あ、いやそんなに気を遣わないでくれ。それよりお願いがあるんだけどさ…」

 

「・・・そうね。大方その有様を見るに、このゲーム初めてだから色々教えて欲しいんでしょ?」

 

「ははは…ご明察でございます。それで、頼んでもいいかな?」

 

「そうね…まぁいいわよ。『BoB』の受付が午後3時までだからそれまでだったら…」

 

「あ、そうそう!俺もその大会に出てーんだよ!」

 

「え?た、確かに出場権は誰にでもあるけど…でもあなた初心者でしょ?本当に出る気なの?」

 

「ああ。こう見えてこのアバター、他のゲームからのコンバートだからステータスはそれなりに高いんだぜ?」

 

「ふぅん…まぁだとしたらまずは装備をどうにかしないとね…戦闘はおいおいとして…その後『総督府』に…分かったわ。とりあえず付いてきて」

 

「サンキュー!助かるぜ!」

 

 

そう言うとシノンは街を歩き始め、上条はシノンの少し後ろを歩き始めた

 

 

スタスタスタ…

 

「なぁ、そういえばこの街の名前なんてんだ?」

 

「ここは『SBCグロッケン』よ。ここはGGOで一番の大都市で、この世界の全てのプレイヤーの拠点なの」

 

「へぇーーー…まぁ随分と埃っぽい街だよな…」

 

「ところでBoBに出たいのは分かったけど、どうしてこのGGOを始めようと思ったの?」

 

「あーーー…まぁそれはなんつーか…えーーっと……」

 

「?」

 

 

まさか目の前の少女に99%噂の産物であるとは分かっているものの、死銃なる物騒な事件を調べに来たなどとは口が裂けても言えないため、上条は言葉に詰まっていた

 

 

「まぁ…今までファンタジー系のゲームしかやってなかったし、銃の世界ってのも興味惹かれたかな…後はやっぱ、ゲーム内コイン還元システムってのは魅力的だよな」

 

「ふふっ、正直な人ね。なんだか安心したわ」

 

(ほとんど嘘ですごめんなさい。全然正直じゃないです。還元システムは魅力的だと思うけど上条さんの場合は話が別です。思いっきり現金ですごめんなさい)

 

「いやぁ〜、まぁBoBでどのぐらい俺のゲームセンスが通じるか試してみたいってのもあるかな」

 

「それもまた根性あるわね。ほら、そう言ってる間に着いたわよ」

 

 

そう言って目の前のシノンが歩みを止めた。それに続いて上条も立ち止まって上を見上げると、『MARKET』の文字が光るネオン看板があった

 

 

「えっと、ここは?」

 

「グロッケンの中で一番大きいマーケットよ。ここなら色々揃ってるし、買う物に困ることはないと思うわ」

 

「なるほど…じゃあここで装備と道具を揃えるか…」

 

 

そんな風に話しながら二人はマーケットの自動ドアをくぐって中に入った。するとマーケットの中では様々な種類の銃を表示した液晶が見られ、多くのプレイヤーで賑わっていた

 

 

「おおお…すごい店だな…そういえば今まで仮想世界じゃこういうのには来たことなかったな…」

 

「そういえば、お金はいくらぐらい持ってるの?」

 

「あ、そうだった。えっと…」

 

 

シノンに所持金を聞かれた上条はチュートリアルで教わった通り、右手を振り下ろしてメニューのウインドウを開くと、自分の所持金を探した

 

 

「1000クレジット…だな」

 

「案の定バリバリの初期金額ね…その金額だと小型のレイガンぐらいしか買えないかも…実弾だと中古のリボルバーが買えるかどうか…もし良かったら私が少し出そうか?」

 

「え?そりゃありがたいけど…案内してもらってる手前、それだと俺がお礼とか通り越して世話になりすぎだし…どっか手っ取り早く儲けられる場所とかないのか?」

 

「ないことはないけど…オススメはしないわよ?ほら、そこ」

 

「・・・あれは…」

 

 

そう言ってシノンが指差した先は、不幸が味方する上条にとっては天敵とも言える『ギャンブルゲーム』の案内板だった

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 Untouchable!

 

「・・・えええ…ギャンブルねぇ…」

 

「そんなにツキがないの?あなたって」

 

「いやもうツイてないとかいうそういうレベルじゃねぇよ…キャッシュカードを踏み砕いたり、野良犬に噛みつかれたり、カップ焼きそばを流し場にぶちまけるなんてのはもう日常茶飯事だよ…」

 

「同情しようにも同情の域を出てるわねそれは…ほら、アレよ」

 

「へぇ、アレがねぇ?」

 

 

一先ずギャンブルというのがどのような物か見てみようと決心した上条はシノンが指差した案内板を頼りにギャンブルゲームの広場にたどり着いた。そしてそこには『Untouchable!』の文字が書かれた、西部劇をイメージさせる幅3メートル、全長20メートルぐらいの装置が見えた

 

 

「これはどういう代物で?」

 

「手前のゲートから入って、奥にいるNPCガンマンの銃弾をかわしながらどこまで近づけるか、っていうゲームよ。ちなみに一回につき500クレジット」

 

「ははぁ…これどうなったらいくら貰えるんだ?」

 

「報酬を貰う方法はただ一つ。NPCガンマンに触れること。もし触れれば今までプレイヤーがつぎ込んだお金が全額バック」

 

「ぜ、全額ですと!?」

 

「ほら、看板とこにキャリーオーバーの表示があるでしょ」

 

「今んとこの金額は…30万ちょいだな…それぐらいあれば装備は揃うもんなのか?」

 

「そうね…防具も含めて大体は満足のいく物が揃うと思うわ。下手に欲張り過ぎなきゃだけど」

 

「なるほど…そりゃいいや」

 

「でも無理よ」

 

「え、なんで?」

 

「あのガンマン、8メートルラインを超えるとインチキな早撃ちになるのよ。予測線が見えた時にはもう手遅れよ」

 

「予測線…?」

 

 

上条にとって聞き慣れない単語がシノンの口から発せられると、奥の方から何やら数人の男性の集団がやって来た。それを見るとシノンは上条の耳元で小声で囁いた

 

 

「ほら、丁度良いところにカモが来たわよ」

 

「今日こそは頼むぜ!」「気合い入れて行けよ!」「よっしゃあ!」

 

 

ギャラリーも十分に集まったところで男性はエントリーの為のパネルに右手の掌を押し付けた。すると500クレジットの支払いが行われ、数秒のカウントダウンの後ゲートの金属バーが開き、男性は全速力で駆け出した

 

 

[3…2…1…GO!]

 

ガシャン!!ダダダダダッ!!

 

「うおおおおおおお!!!」

 

チャキッ!

 

「ッ!そらっ!」

 

「?なんだあの変な踊り?」

 

シュンッ!シュンッ!シュンッ!

 

「んなっ!?」

 

 

奥のガンマンがリボルバーを構えると、挑戦者の男性はその場で立ち止まって変なポーズを取った。なんだろうと上条が疑問に思ったのも束の間、その男性を避けるかのように三発の銃弾が通過した。その光景はまるで、男性は銃弾がどこに来るか分かっていたかのようだった

 

 

「アレが…予測線…?」

 

「そ。防御的システム・アシスト。通称『弾道予測線』。狙われたプレイヤーの視界には、赤い弾道予測線が表示されるの。それを見て、プレイヤーは弾丸を回避するのよ」

 

「へぇ…」

 

バンバンバンバンッ!

 

「ぎゃあああああっ!?」

 

「GAME OVER!」

 

 

そうこう話している内に男性は後3メートルほどのところでガンマンに銃撃され、GAMEOVERを宣告された

 

 

「あーあ…」「やっぱりダメかー…」「時間無駄にしたな…」

 

「うっわ…早いな…最後が特に」

 

「ね?だから言ったでしょ。左右に大きく動けるならともかく、道幅が3メートル程しかないからほとんど一直線に突っ込まなきゃならないのよ。だからどうしてもあの辺が限界なのよ」

 

「へぇ……」

 

 

そう言うと上条は興味深そうにギャンブル装置の全体を見回し始めた。そして顎に右手を当てて何やら思考を巡らせると、その口元を緩ませた

 

 

「予測線が見えた時には遅い…なるほどなるほどそういうことか…いやでもそれだとギャンブルって言うか?まぁいいや、モノは試しだ」

 

ザッ…!

 

「へ?ちょ、ちょっとあなた…!」

 

 

誰にも聞こえないような静かな声で呟くと、上条はゲートに向かって歩き出し、台座パネルの上に右手を置いた

 

 

「おいおい、今度はビギナーが挑戦かよ」「ついでにちょっと見てくか」「やめとけよ小僧ー!」「いいカモだぞー!」

 

 

ギャラリーが囃し立てる中、上条の手持ち金額から500クレジットが支払われ、ゲーム開始の音楽が鳴り響きカウントダウンが始まった

 

 

[3…2…1…GO!」

 

ガシャンッ!

 

「!!!!!」

 

ダダダダダッ!!

 

 

カウントダウンが終わり、ゲートが開いたのとほぼ同時に上条は全速力で駆け出した

 

 

「I kill you!」

 

「ッ!!」

 

数歩も進まない内にガンマンのリボルバーが持ち上がり、握られた銃の銃口から上条に向かって三本の赤い弾道予測線が伸びた。しかし、予測線が表示され終わる頃には、上条は既に右前方に飛んでいた

 

 

シュンッ!シュンッ!シュンッ!

 

「「「なっ!?」」」

 

 

シノンやギャリーは思わず驚愕の声を漏らした。なにしろ立ち止まらずに走りながらガンマンの銃弾を避ける人間を初めて見たからだ。それがビギナーならなおさら驚かない訳がない

 

 

「お次は!?」

 

「You loser!」

 

「ッ!!」

 

シュンッ!シュンッ!シュンッ!

 

 

またも上条の視界に三本の赤い予測線が見えた。しかし、軽やかな動きとステップで直後に発射された三発の銃弾をかわすと、走る勢いを落とすことなく装置内の半分地点を通過した

 

 

「うっそお!?」「もう10メートルかよ!?」「何者なんだあのツンツン頭は!?」

 

「でもそろそろガンマンが度を超えた早撃ちモードに…!」

 

「Die!」

 

バンバンバンバンバンバンッ!!

 

「よっ!!」

 

シュンッ!シュンッ!シュンッ!シュンッ!シュンッ!シュンッ!

 

 

ゴールに近づくにつれガンマンが早撃ちになってもなお、上条に弾は一発もカスりさえしなかった。その俊足に止めをかけることなく次々に襲い来る弾丸を避け続けついに…

 

 

「Go to a hell!」

 

バンバンバンバンバンバンッ!!

 

シュンッ!シュンッ!シュンッ!シュンッ!シュンッ!シュンッ!

 

「それでもう弾ぁねぇだろ!?」

 

ジャキッ!

 

「ッ!?」

 

ダンッ!!!

 

バシュンッ!バシュバシュバシュバシュバシュバシュンッ!!!

 

 

弾丸を避けながら走り続けた上条はついにガンマンの2メートル手前まで到達した。しかし、事もあろうにガンマンのリボルバーからノーリロードで6発のレーザーが飛び出した。だが上条はそれすらも跳躍してかわし、レーザーは先ほどまで上条が走っていた地面を焼き焦がした

 

 

「ほっ!…まったく…流石に最後のレーザーはナシだろオッサン」

 

トンッ!

 

「・・・Oh…my…goooood!!!」

 

テレテテテーン!テッテッテテーン!

 

ジャラジャラジャラジャラジャラ!!

 

 

そう言って上条がガンマンの肩を叩くと、昔のレトロゲーム風の音楽が流れ、ガンマンの断末魔と共に後ろの店風の建物から金貨が溢れ出した

 

 

「「「・・・・・・・」」」

 

ピコンッ!

 

「っしゃ、30万クレジットもらいだな」

 

 

もはやギャラリーは唖然として開いた口が塞がらなかった。そんなギャリーを気にすることなく上条はもらった金額を自分のウインドウで確認しながらゲートを出た

 

 

「な、なんだよさっきの…」「一体誰だアイツ…」「おかしいだろ…」

 

ザワザワザワザワザワ……

 

「よう、待たせたなシノン」

 

「あ、あなた…一体どういう反射神経してるの!?」

 

 

気軽に話しかけた上条とは裏腹に、話しかけられたシノンは驚愕の表情を見せながら上条に聞き迫った

 

 

「反射神経?あっはっは!違う違う!そんなので全部避けようなんて流石に上やんさんだって不可能でございますのことよ?」

 

「で、でもあなた今やってのけて…!というか最後目の前2メートルぐらいの所からあのレーザーを避けた!あんなの、もう弾道予測線と実射撃の間にタイムラグなんてほとんどない筈なのに…!」

 

「簡単だよ。弾道予測線を予測したんだ」

 

「・・・よ、予測線を予測ぅ!?」

 

「おう」

 

「いや、『おう』って!?な、なんだって一体そんなことを…!?」

 

「シノンが自分で言ってたじゃないか。『予測線が見えた時にはもう遅い』って」

 

「え?あ、あぁ確かに言ったけど…」

 

「それは裏を返せばつまり、『弾道予測線が分かればいい』んだ。でもそれは分からない。じゃあもう予測するしかないって話さ。でも、予測するのもネタが割れればなんてことはない。例えばシノン、お前は相手を正確に狙う時に何を頼りにする?」

 

「え?そりゃまぁ…遠距離ならスコープを…ハンドガンなら照準をきちんと合わせてブレがないように…」

 

「のんのん。もっと初歩的なことだよ。まぁ質問が悪かったかもな。シノンは相手を体の何で見る?」

 

「・・・目?」

 

「ご名答。つまりこのゲームはガンマンの目線から予測線を予測してゴールまでたどり着こうぜってゲームなんだ。まぁ最後のレーザーは流石にちょっと驚いたけど、それもきちんとガンマンの腕が動いて、なおかつ目線で俺を狙ってたからな。なんとか避けきれたってだけだ」

 

「・・・・・は」

 

「「「はぁぁぁぁぁぁ!?!?」」」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 お買い物

 

「んー?んぁ〜〜?…なぁこの『あさるとらいふる』ってのは『さぶましんがん』より口径が小さいのに図体が大きいってのは一体どういう理屈なんでせう?」

 

「・・・そんなことも知らないのにあんなとんでもない回避技術があるなんて…GGO中のAGI型プレイヤーが聞いたら白目剥いて卒倒するでしょうね」

 

 

ギャンブルゲームを終え、ギャラリーの人垣がなくなったところで武器ショップへと戻った上条は、ショーケース内の様々な銃を見ては頭を抱えたり首を捻っていた

 

 

「そうね…まぁとりあえずアサルトライフルの話は置いといて確認するわよ。光学銃と実弾銃の性能の違いはなに?」

 

「あ?えーっと…光学銃は軽量で命中率も高いけど、プレイヤー防具の『防護フィールド』なるもので威力が半減ないし軽減される」

 

「うん。実弾銃は?」

 

「その名の通り実弾を扱う銃で…現実で実在する銃がモデルになってて名称もほとんどそのまま。命中率は物によって上下するけど、威力は断然実弾銃の方が高い」

 

「オッケー。分かってるなら良し。その点を踏まえるとBoBみたいな対人戦なら迷うことなく実弾銃ね。ところであなた、ステ振りはどんな感じ?」

 

「んー…筋力優先…次いで敏捷…ってとこかな」

 

「STR-AGI型か…確かによくあるタイプっちゃよくあるタイプだけど…確かコンバートだって言ったわよね?前はファンタジー系のゲームをやってたって…具体的にはどんな?」

 

「えっと…ALO…アルヴヘイム・オンラインっつーゲームを…その前はs…ぶほっ!」

 

 

シノンから以前までやっていたゲーム名を聞かれた上条はつい「SAO」と開きかけた口を吹き出しながら慌てて抑え込んだ

 

 

「・・・S?」

 

「い、いや!なんでもないぞ!うん!なんでもない!」

 

(・・・流石にSAO生還者ですなんて言えねぇよな…それこそ気遣われそうだし…)

 

「・・・ふーん…そっ。まぁいいわ。BoBの予選に出るなら、実戦を見せてもらう機会もあるし」

 

「あははは…どうぞお手柔らかに…」

 

「で…STR-AGI型ね…30万もあれば結構いいの買えると思うけど最終的にはその人のこだわりよね…どうする?そのステータスだと基本はメインアームはちょっと重めのアサルトライフルか、大口径マシンガンにして…サブにハンドガンを持つ中距離戦闘タイプが無難だと思うけど…って大丈夫?口から魂出かかってるけど」

 

「そう思うんならもっと分かりやすく説明してくれ…そんなん上やんさんには理解できましぇんのことょ……」

 

 

銃器について詳しく知ろうとしたのが初めてである上条にとって、シノンの口からそれこそマシンガンのように乱射される専門用語は理解が及ぶわけもなく、生気を失った虚ろな目で棒立ちしていた

 

 

「これでもかなり分かりやすくてマシな説明したと思うんだけど…」

 

「・・・あ〜…じゃあちっと聞きたいことがあんだけどさ」

 

「ん?なに?」

 

「盾…とかないんでせう?」

 

「えっ?盾?盾ねぇ…まぁないことはないけど…」

 

「お!本当か!?」

 

「ええ、ほらこっち」

 

「・・・なんだこりゃ?フリスビーか?」

 

 

盾の有無を聞いて、シノンが指差したショーケースの中を覗いた。するとその中には、およそ盾ともバックラーとも呼び難いほどの、小さな黒い円の形をしたフリスビーのような物があった

 

 

「それがこの世界の盾。通称『ビームシールド』よ」

 

「ビーム…シールド?」

 

「そ。この黒い円の縁のとこからレーザーのシールドが出てきてそれで身を守るの」

 

「へぇ〜、カッコ良さそうだな〜」

 

「でもそんなの使ってる人ほとんどいないわよ?」

 

「え、なんで?割と便利だろ?」

 

「それ装備しちゃうとメインアームが丸ごと潰されてサブでハンドガンとか光剣とかしか持てなくなるのよ。だからみんな使わないの」

 

「へぇ…その『コウケン』とは?」

 

「光剣…正式名は『フォトンソード』ね。それはこっち」

 

 

次にシノンが指差したのは、黒いフリスビーの横に置かれた棒状の金属の筒のような物だった

 

 

「この先っぽからレーザーの剣が出て、その高熱の刀身で相手を切るの」

 

「・・・まんま『機○戦士ガン○ム』の『ビーム○ーベル』じゃん」

 

「それは言わない約束よ。それを言うなら『スター○ォーズ』の『ライト○ーバー』も同じことでしょ。まぁ実際そう呼んでる人達もこの世界にいるけどね。でもコレも使ってる人ほとんどいないわよ」

 

「ふぅん…まぁとりあえずこの銃の世界にも剣があったことに驚きだな…まぁでも…剣なぁ…」

 

「・・・?」

 

(どっちにしろ俺はもう『天叢雲剣』はALOにしろどこにしたって使えなくなっちまったし…『幻想殺し』も右手だけは強化してくれてるけど…打ち消せるスキルがどんだけあるのか分からねぇし…両手で握らないと撃てない銃買って慣れないモンで両手潰すよりはマシかな…)

 

「よし、決めた!」

 

 

数秒の沈黙と検討の後、上条は決心して顔を上げると、迷うことなくビームシールドの購入ボタンを押した

 

 

「えっ!?本当にソレ買うの!?」

 

「まぁいいじゃねぇか。俺にとって仮想世界じゃ盾は相棒みたいなモンなんだ」

 

 

すると次の瞬間、どこからともなくマーケット内を爆走してきた金属のドラム缶のような物が上条の前に現れた

 

 

『いらっしゃいませー!』

 

「おおっ、学園都市の清掃ロボットみたいだな。ほれ」

 

ピコンッ!ボシュ!

 

 

マーケットの販売機が提示してきたパネルに右手を置くと、クレジットの決済が完了し、販売機の中からビームシールドが飛び出し、上条はそれを掴んだ

 

 

『お買い上げありがとうございましたー!』

 

ウィィィィ……

 

「ほ、本当に買った…まぁ戦闘スタイルは好き好きだけどさ…」

 

「売ってるって事はきっとそれなりに戦えるってことだろ。えっと…どう使うんだコレ?」

 

「まず裏の取手を掴んで、取手の手前側の親指あたりにボタンがあるからそれを押すのよ」

 

「こうか?」

 

カチッ!ブオォンッ!!!

 

「おおお!いいね!割とカッコいいじゃねぇか!」

 

 

シノンの指示通りにしなやかな弧を描いている盾の取手を左手で掴み、取手の上側にあるボタンをそのまま左手の親指で押した。すると黒いフリスビーの縁から緑色のレーザーが円形状に飛び出した

 

 

「しかもありがたいことに俺の好きな円形だな…どれどれ…少々拝見…」

 

ブンッ!ブォンッ!ブォンッ!

 

(へぇ…結構サマになってる…)

 

「ふぅ…こんなとこか。まぁ実体のないレーザーの盾だからだろうけど少し軽いな…まぁ贅沢は言えないか」

 

カチッ!シュンッ…

 

 

上条は購入したビームシールドを少しだけ試しに構えて振った後、もう一度取手のボタンを押すと光の盾が消え、また元の黒いフリスビーに戻った

 

 

「STR-AGI型なのに盾使うなんて物好きよね。前やってたゲームだと前線に出てパーティーの守備役だったのかしら?」

 

「いや…そういう訳じゃねぇんだよな…なんつーか俺の戦闘スタイルだとゲームの世界じゃ盾がないとどうにもならないっつーか…」

 

「・・・?まぁとりあえずメインアームはそれしか装備出来ないからそれでいいとして、次は事実上メイン武器になるサブマシンガンかハンドガンを買わないとね」

 

「そうだな…まぁそれぐらいは一応持っといた方がいいよな…」

 

「一応ってあなたね…流石にこの世界がどういうゲームか分かってるでしょ?なんだったら盾だけで戦うつもりだったわけ?」

 

「い、いやぁ…あはは…」

 

「?本当変な人ね…とりあえず後いくら残ってる?」

 

「えっと…15万くらいだな」

 

「うひゃあ…あんな実用性の薄い鉄クズがそんなに高いのね…」

 

「そ、そこまで言いますか…」

 

「まぁ残り15万だと…弾や防具にかかる代金も考えると…ハンドガンかな。

そうねその価格帯だと…」

 

「も、もうお任せします…」

 

 

その後、実弾銃のハンドガンコーナーに移動した二人は、様々なハンドガンの標本を前にして首を捻っていた。そしてしばらく悩んだ後、シノンが最適解を出したように一本のハンドガンを指差した

 

 

「う〜ん…弾代も考慮すると残金ギリギリになっちゃうけど、私はこれがいいと思うわ」

 

「FN…ファイブセブン?」

 

「口径のことよ。このハンドガンは口径が5.7ミリだからファイブセブン。まぁこの子は命中率と貫通力にアドバンテージがある…ってことだけ理解しておければOKよ」

 

「へぇ…分かった。じゃあコレにするよ」

 

「え?た、確かに勧めたの私だけど…そんな簡単に決めちゃっていいの?」

 

「だってシノンがコレがいいって言うんだろ?だったら間違いないよ」

 

「んなっ!?///」

 

「それに、シノンは自分では気づいてないかもしれないけど、銃について語る時はすごい楽しそうな顔してるんだ。それはシノンがものすごく銃に詳しくて、好きだからってことに他ならないと俺は思う。だから一々疑ったりなんてしないさ」

 

「・・・ッ…」

 

 

上条の言葉に頬が赤らみかけたシノンだったが、その後の上条の言葉を聞いた後、シノンの表情が少しだけ強張ったような気がした

 

 

「・・・?どうしたシノン?言ったそばから顔怖くなってるぞ?」

 

「別に…気のせいでしょ…」

 

「そ、そうか…まぁとりあえずコイツを買うよ。他に買うべきものは?」

 

「えっと…ホルスターに予備弾倉と…防具も必要ね。防護フィールドも買っておいた方が良いと思う。それと…」

 

「ん?」

 

「・・・一応初心者であることを承知の上で聞くんだけど…銃を撃ったことは?」

 

「ない」

 

「でしょうね…まぁ分かってたからいいわ。じゃあ一通り物を買った後に試してみましょ」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 センス

 

その後上条はFNファイブセブンを購入し、防具やら諸々必要なものを買い揃えると、マーケットの地下にある射撃場にたどり着いていた

 

 

バンッ!ババババンッ!ダダダダッ!

 

「うおおお…うるっせぇ〜なぁ〜…」

 

「まぁみんなまだこの段階じゃサイレンサーつけてないだろうからね。このお店で買った銃なら、ここで好きに試し撃ち出来るのよ」

 

 

そして上条とシノンは射撃場のワンコーナーを陣取ると、上条は先ほど購入したFNファイブセブンを取り出した

 

 

「撃ち方分かる?あなたの場合はさっきみたいに盾を左手で持つだろうから、右手で銃を持つんだろうけど…」

 

「あぁ、多分な。まぁ大丈夫だろ」

 

 

そう言って上条は右手でハンドガンを持ち上げ、片目を瞑って前方10メートルほど先の的に狙いを定めた

 

 

「おろっ?へぇ…想像してたのより軽いな…」

 

「そりゃこの世界の銃は強化プラスチックで出来てるからね。反動も少ないだろうけど最初は両手で撃った方がいいと思うわよ。ついでに言うと左目も開けて」

 

「は、はぁ…まぁそういうことなら…」

 

 

シノンに言われた通りに自分の構えを変え、左目を開けて的を見ると、上条の視界に大きくなったり小さくなったりするライトグリーンの円が現れた

 

 

「お?この緑の円は?」

 

「それが攻撃的システム・アシスト機能…『着弾予測円』よ。撃った弾はその円の中にランダムで命中するの」

 

「へぇ〜…よく出来てんなぁ…命中率を上げるには?」

 

「一番簡単なのは対象に近づくこと。それと『冷静になること』」

 

「・・・冷静に?」

 

「その着弾予測円はプレイヤーの心拍数とリンクしてるの。心臓の鼓動が大きければ大きいほど、円は広がってしまう。でも逆に冷静であれば冷静であるほど、心臓の鼓動は小さくなって円は狭まって命中率が上がる」

 

「へぇ、なるほど…割とそれはそれで難しいな…でも大体こんな感じ…だろっ!!」

 

バァンッ…………

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「・・・そりゃ私も最初は初心者だったから、練習したりもした。それだけ銃弾を思った方向に当てるってのは難しいことなの」

 

「うむ」

 

「その上で何人か他の初心者プレイヤーも見てきたつもりだけど…ここまでセンスのない人はあなたが初めてだわ…」

 

「・・・そんなにひどい?」

 

「50発近く撃って的に1発もカスリもしない人のどこにどうセンスを感じろって言うのよ!?まだ試し撃ちだからいいけどこれが実戦だったらあっという間に弾切れになって秒殺よ!?」

 

「だって当たんねぇんだよ…」

 

 

あれからしばらく射撃場で試し撃ちを続けた上条だったが、彼の撃った銃弾は悉く的から外れ、もはやその命中率の低さはシノンもキレるほど神がかっていた

 

 

「本当になんでこんなに当たらないのかしら…ここまで来るともはやそれが逆に気になってくるわね…あなたの着弾予測円を私も見てみたいわ…」

 

「いや上やんさんだって本当にちゃんと狙って撃ってんだよ?シノンのアドバイスにもちゃんと従ってるし…」

 

「うん、それは私も見てて分かるから別にいいんだけど…やっぱりもうこれは試し撃ちだけじゃどうにもならないわね。ハンドガンを選んだ以上、練習と実戦を繰り返して地道に命中率を上げていくしかないわ」

 

「まぁシノンがそう言うなら仕方ないかぁ…ところでシノンはどういう武器使ってるんだ?」

 

「えっ?私?私は…っておかしな話よね。わざわざこれから敵になるかも知れない人に自分の手の内を明かすのも」

 

「これから…敵に?あっ!ま、まさかシノンもBoBに出場するつもりなのか!?」

 

「そうよ。狙うはもちろん優勝。だからどちらにせよあなたはライバルなの。私これでも結構やるのよ?」

 

「へぇー…そりゃ強敵出現だ。分かった。じゃあBoBでシノンがどう戦うか楽しみにしておくよ」

 

「そう?ふふっ。でもとりあえずは本当に標的に銃弾を当てなさいよね。あなたの場合はもうこめかみに銃を押し当てないと当たらないかもしれないけど、そうでもしないと本当に生半可な実力で勝ち抜けるほどBoBは甘い大会じゃないわよ」

 

 

そう言いながらシノンは悪戯っぽく上条に笑いかけた

 

 

「ひでぇ…まぁ流石にそこまで接近すりゃ流石に外さないだろうけどさ…はぁ…大丈夫かなぁBoB…」

 

「・・・あぁーーー!!!!!」

 

「うお!?な、なんだよいきなりデカイ声出して…」

 

「か、上やん!今何時!?」

 

「え、今?そうだな…」

 

 

慌てて取り乱すシノンに時間を聞かれ上条はゲーム開始時から腕に巻かれていたデジタル腕時計に視線を落とした

 

 

「えっと今は…ちょうど14時50分だな」

 

「14時50分!?ヤバイ!BoBの受付終了まで後10分しかない!」

 

「え!?ま、マジかよ!?わ、悪い!ずっと俺に付き合わせてたせいで…!」

 

「う、ううん!忘れてた私も私だし…とにかく急ぎましょう!」

 

 

そう言って走りだしたシノンと上条は地下の射撃場を抜け、あっという間にマーケットから外へと飛び出しBoBの受付が行われている総督府へと全速力で走り始めた

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 ハラスメントコード

 

ダダダダダッ!!!

 

「な、なぁ!テレポート的移動手段はねーのか!?」

 

 

受付時間までもはや一刻の猶予もない上条とシノンは総督府を目指してSBCグロッケンの街並を一心不乱に走り続けていた

 

 

「ない!GGOでその移動手段がとれるのは死んで蘇生ポイントに戻る時だけ!それに街中じゃHPはデュエルじゃなきゃ絶対減らないからその手は使えない!」

 

「歩きが基本ってことか…なら総督府までは後どんぐらいで着けばいいんだ!?」

 

「あの少し先にある大っきい建物!アレが総督府よ!まだ3キロはあるわね…受付に5分はかかるとして…あと3分ぐらいで到着しないと間に合わない…!」

 

「ってことは分速1キロか…陸上選手でもそんな早く走れんのか!?」

 

「間に合って…お願い…お願い…!」

 

「・・・シノン…」

 

 

上条は胸が痛んだ。自分の隣で並走する少女の表情があまりにも必死で、その口から溢れる懇願を聞いていると悲痛に感じた。そんな顔をしてほしくないと心から願った上条は何か方法はないかと辺りを見渡した。すると…

 

 

「・・・あれは…」

 

ブゥン!…ブゥンッ!…ブブゥンッ!

 

 

上条が見つけたのは自分たちより下の道路で走る数台のトラックや車の数々だった。信号がないところを見ると高速道路なのだろう。次々に川水が流れるように走っていく車を眺めていた上条は何かを思いついたように目を光らせた

 

 

「あれなら…あれを使えば…シノン!止まってくれ!」

 

「えっ!?でももう止まってる暇なんて…!」

 

「俺に一つ考えがあるんだ!シノンの命運!俺に預けてくれないか!?」

 

「え……」

 

 

シノンは隣で走りながらそう叫んだ上条の目をまじまじと見つめた。彼の目はどこまでも真っ直ぐで、不思議とどこか頼りたくなってしまうような、そんな目をしていた。そして数秒悩んだ後、シノンはその首を縦に振って走る足を止めた

 

 

「分かった、あなたを信じるわ。一体どうすればいいの?」

 

「・・・俺からシノンに言えることはたった一つだ」

 

「聞くわ。なに?」

 

「これから何が起こったとしても、ハラスメントコードだけは絶対に押すな」

 

「・・・はぁ?」

 

「いいか!?絶対押すなよ!?フリじゃないからな!?ぜーったいに押すなよ!?」

 

「そこまで言われると逆にフリにしか聞こえないわよ…本当に一体どうするつもり?」

 

「それじゃ、失礼して」

 

ズイッ…

 

「ふぇ?きゃっ!?ちょっと!///」

 

 

まるで某リアクション芸人のような注意を終えると、上条はシノンの肩と膝の裏に手を伸ばし、可愛い悲鳴にも耳を貸さずにそのまま彼女の華奢な身体を抱き抱えた。シノンの身体は上条の腕の中にすっぽり収まり、いわゆるお姫様抱っこで抱えられていた

 

 

「よし!行くぞ!しっかり捕まっとけよ!」

 

ガッ!

 

「ふぇ!?///つ、捕まるって一体どこに!?」

 

「俺の胸でも服でもいいからガッチリ掴んで離すなよ!?どりゃあ!!」

 

ダンッ!!ビュオオオオオオ!!!

 

「へぇっ!?きゃあああああああああああああああああああああ!?!?」

 

 

上条はシノンを抱き抱えたまま、道路の端に設置された落下防止の為のガードレールに足をかけると、そのまま高速道路に向かって飛び降りた。二人の体が空気の抵抗を受けながら落下していき、そして……

 

 

ズダンッ!!ガタガタッ!!

 

「よっと!!」

 

「はわっ!?えええええっ!?」

 

 

高速道路へと飛び降りた上条たちの身体はそのまま地面に叩きつけられるかと思いきや、高速道路を走っていたトラックの荷台の上に二本の足でしっかりと着地していた

 

 

「す、すご…」

 

「ちょっとコイツ遅いな…他のにしよう!」

 

「ええっ!?ちょっ!?…いやあああああああああああ!?!?」

 

ダンッ!ガタンッ!ピョンッ!ガタンッ!ダンッ!ドン!

 

「わっはっはっは!ALOで随意飛行をモノにした上やんさんにとってこの程度の空中姿勢制御なんざ朝飯前だぜ!」

 

「きゃあああああああああ!?!?」

 

 

上条の腕の中でなんとも女の子らしい悲鳴を上げ続けるシノンだったが、上条は彼女のことなどお構いなしに次々に高速道路を行き交う車の天井から天井へ、トラックの荷台から荷台へと飛び移っていった。そしてそれを幾度か繰り返す内に気づけば総督府が目前まで迫っていた

 

 

「あっ!運転手さんちょっとストップ!…って聞いてくれる訳ないか。シノン!最後行くぞ!」

 

「まだやるのおおおぉぉぉ!?!?」

 

「とうっ!!」

 

ダンッ!!スタッ…

 

 

上条は最後に乗っていたトラックから大ジャンプすると、高速道路から合流する一般道路の歩道にスマートに着地した

 

 

「ふうっ…何とか着いたか。大丈夫だったかシノン?」

 

「全ッ然!大丈夫なわけないでしょ!女の子は下方向から吹いて来る風が苦手な上に敏感なの!分かる!?」

 

「いや男性の上やんさんにそんなこと言われてもだな…」

 

「いいから着いたなら早く降ろしなさいこのバカ!!///」

 

「分かった分かった。言われなくても今降ろすから」

 

ストッ…

 

「ぁ…」

 

「ん?どうかしたか?」

 

 

お姫様抱っこタイムが終わり、上条の腕の中から解放され地に足をつけたシノンは、どこか少し寂しそうな顔をしていたが、ただでさえ鈍感な上条がそれに気づくことはなかった

 

 

「ッ!?べ、別になんでもないわよなんでも!/// ほら!さっさと行くわよ!///」

 

スタスタスタ!

 

「え!?あ、ちょっ!待てって置いてくなって!」

 

 

照れ隠しなのか、今の自分の顔を見られたくないのか、そそくさとシノンは歩き始めた。彼女の後ろを必死に着いて行く上条がその表情を拝むことは叶わなかったが、シノンの頬は赤らんでいて、どこか嬉しそうに笑っていた

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 エントリー

 

「おお…ここもまた広いな…」

 

ザワザワザワザワ…

 

 

何とか総督府までたどり着いた上条とシノンは制限時間も迫っているため、総督府の中に入るやいなや受付の方を足早に目指していた。そして受付にたどり着くまでの広場に多くのプレイヤーが集まっていた

 

 

(おそらくこの中に…死銃が…)

 

「ほら、着いたわよ」

 

「お?あ、これか?」

 

 

シノンの後をついて行く上条がプレイヤーの集団を見てそんなことを考えている内に、目の前のシノンが立ち止まり、すぐそばにエントリーのための端末が設置されていた。それぞれの端末が壁で隔てられており、自分はもちろんのこと、他のプレイヤーのエントリー情報は見られないようになっていた

 

 

「ええ。これで大会のエントリーをするの。よくあるタッチパネル式端末だけど…操作の仕方は?」

 

「ああ。まぁ大丈夫だと思う」

 

「じゃあ私も隣でやってるから、分からなかったら聞いて」

 

「ああ、助かる」

 

スッ…

 

「さて、コレだな」

 

[ENTRY]<ピコンッ!

 

「えーっとなになに……ッ!?こ、これは…!?」

 

 

そう言って上条は壁で隔てられたエントリー端末の1コーナーに入り、端末のエントリータブに触れた。すると端末の画面には、プレイヤーの氏名、住所、電話番号などの個人情報を入力する画面が表示された

 

 

(リ、リアルの情報を入れんのか…?別に入れなくても大会のエントリーは出来るみたいだが…上位入賞のプライズはなしか…むむむっ!)

 

「終わった!?」

 

「どわあっ!?」

 

[Yes]<ピコンッ!

 

「あ」

 

 

隣のシノンから急に声をかけられ驚いた上条は、つい反射的に入力完了を確認する[Yes]のタブに触れてしまい、そのままエントリーが完了してしまった

 

 

「よかった…ちゃんと出来てるみたいね…ってどうしたの?また口から魂みたいなの出てるけど…」

 

「・・・大丈夫、うん。大丈夫だよ。上やんさんには別に報酬金があるから大丈夫だよ…ううっ…」

「・・・?それより、予選のブロックはどこだった?登録が完了したなら端末の画面に表示されるんだけど…」

 

「んぁ?えーっと…F-37…って書いてあるな」

 

「あっ…ほぼ同時に申し込んだからかな…私もFブロックなの。私は12番だから…ほっ、良かった。当たるとしても決勝戦ね」

 

「え?なんで決勝で当たるならいいんだ?」

 

「このBoBは、最初は各アルファベットごとのブロックで分けられた予選トーナメントを勝ち抜くのよ。その予選トーナメントを勝ち抜いた上位2名が本戦のバトルロイヤルには出られるの」

 

「なるほどな…つまり予選の決勝まで行けば無条件で本戦に進めて、予選の決勝はただそのブロックの優勝者を決めるだけってことか」

 

「そういうこと。だから私たち二人とも本戦に出場出来る可能性は0じゃないってこと」

 

「なるほどなるほど。そりゃいいや」

 

「でも…もし決勝で当たったら…予選だからって手は抜かないわよ?」

 

 

そう言った彼女の目は、とても冷たい視線を上条に向けていたが、その瞳の奥には、闘志とも呼ぶべき炎がメラメラと燃え滾っていた

 

 

「・・・あぁ、望むところだ。当たったら恨みっこなしで全力でやろうぜ」

 

「ふふっ。そうこなくっちゃ。それじゃ受付も終わったし、予選会場まで移動しましょ?」

 

「あ、そうだな。どこに行けばいいんだ?」

 

「会場はね、ここの地下なの」

 

「・・・地下?」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

チーーン!ガーーーッ…

 

「・・・うわぁ…男くさ…」

 

ザワザワザワザワザワザワ…

 

 

シノンに連れられ、エレベーターで地下に降りた上条を迎え入れたのは数え切れないほどの屈強な男たちだった。その男たちは、我こそは最強であると証明しようとBoBに参加したプレイヤーの面々であることは見るからに明らかだった

 

 

「み、みんな強そうだな…このおっかないおっさん達に勝てんのかな俺…」

 

「最初っからそんな引け腰でどうすんのよ。ともかく控え室に行きましょう。あなたもさっき買ったコンバットスーツに着替えないとだし」

 

「そ、そうだな…」

 

スタスタスタ…ガーッ!プシュッ!

 

「はぁっ。全くお調子者ばっかりね。今回のBoBは」

 

 

参加プレイヤーの集団をかき分けながら控え室のドアを開けて中へと入るなり、シノンは備え付けのイスに勢いよく座って呆れたような口調で言った

 

 

「えっ…お調子者?さっきのおっかなそうな野郎どもが?」

 

「そうよ。試合の30分前からメインアームを見せびらかすなんて、『対策して下さい』って言ってるようなもんじゃない」

 

「ああなるほど…言われてみれば…」

 

「あなたもビームシールドとファイブセブンは自分の試合直前に装備した方がいいわよ」

 

「あいよ、了解」

 

「それじゃ、私先に着替えてもいいかしら?」

 

「ああ、構わないぜ」

 

「それじゃ、ドアの外で知らない人が入らないように見張っておいてくれないかしら?この控え室鍵かけられないから」

 

「オッケー。任せといとくれ」

 

ガーッ!プシュッ!

 

「ふぅー。しかしシノンはああ言ってたが…やっぱみんな強そうだな…」

 

(死銃は一体この中の誰なんだ…まぁ十中八九、シノンの言うメインアームを見せびらかしてる輩じゃねぇだろうな…となると…って別に見せてねぇやつもいっぱいいるな…ダメだこりゃ)

 

「あ、あの…」

 

「ん?俺ですか?」

 

「は、はい」

 

「えっと…君は?」

 

 

控え室のドアに寄りかかった上条に不意に横から声をかけたのは、額に垂れるほど長い銀色の髪をした背の高い男のプレイヤーだった

 

 

「えっと…僕の名前は『シュピーゲル』と言います」

 

「あ、俺の名前は上やんだ」

 

「あ、えっと上やんさん…その…さっきまであなたと一緒にいて、今その控え室の中にいる女の子って…シノンですよね?」

 

「え?ああそうだけd…あっ!なるほど!君はシノンのフレンドなのか!ちょっと待っててくれ、今ドアを開けるから」

 

「えっ!?いや僕は別に君がシノンとどういう間柄なのか聞きたいだけd…!」

 

ガーッ!

 

「おいシノン!シュピーゲルってやつがお前に用…事…が…」

 

「・・・・・え?」

 

 

相変わらず学習しない男、上条当麻はノックもせずに控え室のドアを開けた。するとそこには、街用の装備を一括解除し、上下とも下着姿となっていたシノンがいた。シノンもシノンでその状況を把握すると、段々とその顔が紅潮していき、体全体が小刻みに震え始めた

 

 

「ッ///////!!!」

 

「・・・ふっ、もう慣れたぜ」

 

「なにを人の裸見て笑ってんのよこのバカーーーーーッッッ!!!!!///」

 

「不幸だーーーーー!!!」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 予選開始

 

「・・・あの、シノンさん…」

 

「ついてこないで」

 

 

あれからシノンは上条を控え室からビンタで叩き出し、緑を基調とした装備に変えた。一先ず上条も控え室でマーケットで購入した防具に着替えた。しかしその頬には平手打ちの跡が痛々しく赤く点滅しており、そのままシノンの後を追いかけていた

 

 

「で、でもこの後どうすればいいのか分からなくて…」

 

「ついてこないで」

 

「で、でも他に知り合いもいないし…」

 

「ついてこないで」

 

「いや本当ごめんなさいすいませんでした反省してるからどうかお許しを…」

 

「ついてこないで」

 

「あ、あのシノン…この後ろの人は一体…」

 

「可愛くてか弱い女の子を助けてはいい男を演出して油断させた隙に女の子の貞操をつけ狙う変態スケコマシ野郎よ」

 

「そこまで言いますかね!?」

 

 

そんな風に喋りながら歩いていると、会場の少し端の方にあるボックス席にシノンがドスン!と腰を下ろした。そしてその彼女の横にシュピーゲルが腰掛け、反対側の席に上条は腰掛けた

 

 

「・・・はぁ…分かったわよ。じゃあ最低限のことだけ説明したげる。その後は本当に敵同士だから」

 

「ほ、本当か!?ありがとう!」

 

「で、えーっとシノン。この人は?」

 

「あ、そうだったわねシュピーゲル。この人は…」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「へぇ…じゃあ上やんさんは僕達の高校の卒業生なんですか」

 

「まぁそういうことだな」

 

 

その後、シノンと上条はシュピーゲルに対し、自分達がどういった経緯で出会い、どういう間柄で行動を共にしていたのかということをかいつまんで説明していた

 

 

「では改めまして、シュピーゲルです。シノンのフレンドで、リアルでは彼女と同じ高校に通っていたので、そこで知り合いになりました」

 

「おう。よろしく…ってあれ?通って『いた』?」

 

「あ、はい。お恥ずかしい話なんですが僕最近あの高校を自主退学しまして…今は将来の夢であり、ウチの父の経営する病院の医者になるために予備校に通いながら勉強中です」

 

「へぇ…お医者さんの息子なのか…すごいなシュピーゲルは…シュピーゲルもこのBoBに出るのか?」

 

「いやいや、そんなそんな。医者を目指してるのだって親が医者だから跡を継ぐ為に無理矢理やらされてるようなものですから…それに僕なんてプレイヤーとしての腕は全然で、ここにはただシノンの応援に来ただけですよ。それにこっちの方が大画面で中継してくれて試合を見るのも楽しいですから。それに朝田さんが出るなら見ないわけには……あっ……」

 

「・・・はぁ〜、だからここではその名前で呼ばないでっていっつも言ってるのに…」

 

「あっははは…ごめんよシノン…」

 

「まぁ幸いコイツは元から私のリアルネームを知ってたから良かったけど、そうじゃなかったら笑い事じゃ済まないんだから…」

 

「あははは…ちょっと抜けてるんだなシュピーゲルは」

 

「ええ、でもこのままだとシノンだけが損をしてしまいますし、上やんさんはリアルの名前を知ってどうこうという人ではなさそうなので僕も名乗っておこうと思います。僕の名前は『新川恭二』と言います」

 

「そっか。じゃあ俺も一応二人の先輩だし、この場で巡り会えたのも何かの縁だ。まだ名乗ってなかったし俺の本当の名前を教えておくよ。俺の名前は『上条当麻』だ」

 

ガタンッ!!

 

「「かっ!?上条当麻ぁ!?!?」」

 

 

シノンとシュピーゲルの二人は、上条の本名を聞くなり、目を丸くして驚愕し、もの凄い勢いで席から立ち上がった

 

「・・・え?な、なんでそんなビックリしてんの?」

 

「上条当麻って…!あの!?」

 

「『あの』が何を意味してるのかは知らんが…とりあえず私は上条当麻でございますのことよ?」

 

「知らないの!?ウチの高校じゃあなた有名人よ!?」

 

「ゆ、有名人?」

 

「いつも小萌先生が事あるごとに鼻高々に話してましたよ!諸事情があって高校3年間の間のほとんどを欠席していたにも関わらず、卒業まで残り3ヶ月というところでひょっこり学校に顔を出して、小萌先生と一緒に血の滲むような努力をした結果!見事に一般受験で大学に合格した伝説的な無能力者の生徒がいたって!」

 

「で、伝説的な生徒って…確かにどの話とっても間違ってこそないけど拡大解釈がすぎるぜ…てか小萌先生も俺のこと話しすぎだろ…」

 

「でもそれがまさかあなたのことだったなんて…驚いたわ…」

 

「でも諸事情があって三年間の内のほとんど学校を休んでたって…何があったんですか?」

 

「あーー…えっとそれは…」

 

ブーーーーーーーーッッッ!!!!!

 

 

シュピーゲルにそう聞かれ、答えにくそうにドギマギしている上条だったが、強烈なブザー音が会場中に鳴り響き、彼らの会話を遮った

 

 

「な、なんだぁ?」

 

「あら、もうそんな時間なのね」

 

「え?そんな時間とは?」

 

「始まるのよ。BoBの予選トーナメントが」

 

「ええっ!?マジで!?俺まだ何も知らないんだけど!?」

 

「・・・はぁ〜、まったく面倒ね…いい?もう間も無くここにいるエントリー者は全員、ここのどこかにいる予選一回戦の相手と二人だけのバトルフィールドに自動転送される」

 

「ふむふむ」

 

「フィールドは1キロ四方の正方形。地形や天候、時間はランダム。最低500メートル離れた場所からスタートして、決着したら勝者はまたこの待機エリアに、敗者は一階のホールに転送される」

 

「なるほど」

 

「負けても武装のドロップは無し。勝ったとして次の対戦者の試合が終わってればそのまますぐ二回戦がスタート。終わってなければそれまで待機。Fブロックは64人だから5回勝てば決勝進出で本戦への出場権が得られる。分かった?」

 

「ああ、大丈夫だ。ありがとう」

 

「決勝まで来るのよ。これだけ色々レクチャーさせたんだから、最後の一つも教えておきたい」

 

「・・・最後?」

 

「敗北を告げる弾丸の味」

 

「あ、あははは…」

 

 

彼女の冷めきった視線と言葉に、上条は苦笑いで返すことしか出来なかった

 

 

「でも、シノンの方は大丈夫なのか?一応強敵揃いなんだろ?この大会は」

 

「ふんっ。予選落ちなんてしたら引退する。それに私は…今度こそ……」

 

「・・・?」

 

 

 

 

 

「強い奴らを…全員殺してやる」

 

 

 

 

 

 

「ーーーッ!?」

 

 

寒気がした。氷のような冷気が背筋をなぞり上げた。上条は目の前の少女の発した声と、獰猛な獣のような笑みに思わず生唾を呑んだ。だが、それ以上に上条が畏怖の念を抱いたのは……

 

 

「・・・フッ」

 

 

シノンの言葉を聞いて、不気味なほどに口角を吊り上げ、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべたシュピーゲルの方だった

 

 

(い、一体なんだ…?シノンもそうだけど…それ以上にコイツ…!シュピーゲルのヤツ…一体何を…!?)

 

『大変長らくお待たせしました。「第3回バレット・オブ・バレッツ予選トーナメントを開始いたします。エントリーされたプレイヤーの皆様は、間も無く予選第一回戦のフィールドマップに自動転送されます。幸運をお祈りします』

 

 

ドワアアアアアアアァァァァァ!!!

 

 

「・・・それじゃシノン、上やんさん。頑張ってください。応援してます」

 

「ええ、ありがとうシュピーゲル。それじゃ行ってくるわね」

 

「・・・・・ありがとよ」

 

「・・・ええ、どういたしまして」

 

「・・・・・」

 

ポワァァァァァァ…シュンッ!

 

 

まるで取り繕ったような笑顔でそう告げるシュピーゲルに、シノンは混じり気のない純粋な笑顔を返した。しかし上条は、シュピーゲルに対して抱く得体の知れない不気味さと謎の違和感を払拭できぬまま、その身体がシノンと共に光のベールに包まれ決戦の舞台へと転送された

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話 銃と拳

 

シュンッ…

 

「ここは…」

 

 

待機エリアから転送された上条は、自分の足場のみが僅かに照らされている真っ暗な空間に佇んでいた。そして彼の目の前のウインドウには、これから戦う対戦相手の名前とフィールド名、そして試合開始までの残り時間が表示されていた

 

 

[Kamiyan vs 餓丸

準備時間:残り56秒

フィールド:失われた古代寺院]

 

 

「なるほど…そりゃご丁寧にどうもどうも…」

 

(しかし…シュピーゲルのあの不気味さと邪悪な笑い…まさかアイツが…俺の探してる死銃なのか…?)

 

 

しかし、上条が今気にかけているのは目と鼻の先まで迫った試合ではなく、先ほどまで自分と一緒にいた少年が見せた表情の真意だった

 

 

(・・・いや、ないな。そもそもシュピーゲルはBoBに出てない。もし仮に俺が死銃だとしたら、こんな大規模な大会は強いヤツが集まる絶好の機会だ。出ないはずがない)

 

(だとしたら…まるでこのBoBの並みいる強者を喰らいつくそうとしているような台詞に、獰猛な獣にも似た笑いを見せていたシノンが…死銃…?)

 

 

次に上条が脳裏に浮かべたのは、初めて自分がこの世界を訪れ、ここに来るまでの道案内やサポートを快く受け入れ、行動を共にしてくれた少女の放った言葉と、猛獣のような笑みだった

 

 

(・・・いや、ここでいくら考えても結論なんて出ないな。その答えはきっとこの大会で見れるはずだ。今すぐ答えを出すことなんてない。その為にも、まずは気を取り直して目の前の試合を勝たないとな)

 

 

そう心の中で自分に言い聞かせた上条は、右手を振って自分のメニューを開くと、手慣れた手つきでウインドウを操作し、左腰にビームシールドを、右腰にホルスターに入れたFNファイブセブンをそれぞれオブジェクト化させて装備した

 

 

「これでよし…と…そろそろだな…」

 

 

[3…2…1…START!]

 

 

ポワァァァァァァ…シュンッ!

 

 

カウントダウンが終わり、目の前のウインドウがSTARTを告げると、上条の体が再び光のベールに包まれ、対戦フィールドへと転送された

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「・・・ここがバトルフィールドか…とりあえずどっかしらに身を隠すか」

 

 

古代寺院フィールドに転送された上条は、一先ず敵に狙われないように、近くにあった柱に背を預けた

 

 

「・・・しかし静かだな…これ本当に敵なんて他にいるのk……ッ!?」

 

ピン!ピン!ピン!ピン!

 

 

あまりにもフィールドが閑散としている為、上条は周りを見渡そうと柱から少しだけ身を乗り出した。すると寺院から少し離れた林の茂みの中から、まるで狙い澄ましたかのように上条の視界に赤い四本の弾道予測線が映った

 

 

「ーーーッ!やばっ!?」

 

ダダダダダッ!ズドッ!

 

 

弾道予測線が見え、慌ててもう一度柱に身を隠そうとした上条だったが、その反応より早く敵の銃弾が彼の足を貫いた

 

 

「痛ってぇ!?このッ…!」

 

ズダダダダダダッ!!スピッ!

 

「ひいいいいいいぃぃぃ!?おいおい弾数多すぎだろ!?これじゃギャンブルゲームのガンマンとか比にならねぇぞ!?」

 

 

足を撃たれ反撃を試みようと柱から飛び出そうとした上条だったが、茂みの中にいる敵のアサルトライフルは休むことなく火を吹き続けていた為、今度は弾丸が肩を掠めHPを減らされてしまい、再び柱に身を隠した

 

 

ダダダダダッ!!ビシビシビシッ!!

 

「おいおいこの人ひょっとしてめちゃ強えーんじゃねーの!?てかこの柱本当に大丈夫なのか!?」

 

ダダダダダッ!!ビシビシビシッ!!

 

 

上条がそんな泣き言を言っても相手の攻撃が止む気配はない。次々に襲いかかる銃弾は上条が身を隠す柱を徐々に削っていった

 

 

「こ、こうなったらこっちもハンドガンで…!」

 

 

そう思い立った上条は、右腰にぶら下げたホルスターに入れたファイブセブンに手を掛けたが、そこでもう一度思い留まった

 

 

ダダダダダッ!!ビシビシビシッ!!

 

 

「・・・いや、ダメだ。コイツじゃ相手の武器の連射についていけない。コッチが構えて撃ち始める時には完全に蜂の巣状態だ…それに俺の腕じゃこの距離で撃ってもまず命中しない。だったらここで俺が取るべき最良の選択は…」

 

 

そして上条が視線を落としたのは、左腰に備えつけた黒いフリスビーのような物だった。しかしそれの裏側には、本来フリスビーには見られない弧を描いた取手があり、上条が仮想世界で新たに手にした盾である「ビームシールド」だった

 

 

「・・・大丈夫だ…やれる。銃弾の方向は全部予測線が示してくれるじゃねぇか…だったらやることは簡単だ。俺に直撃する最低限の銃弾を全部はたき落として…敵に接近したら…!」

 

カチッ!ブォンッ!

 

「ありったけの力を込めた一撃を相手の顔面にぶち込むだけだ!!!」

 

ダッ!!

 

 

最初は呟くほどの声だった上条の声は段々とその勢いと声量が増していき、最後の一言で自分自身を鼓舞すると、ビームシールドを展開し、身を隠していた柱から勢いよく飛び出した

 

 

ピン!ピン!ピン!ピン!

 

(この予測線で俺に直撃する弾丸は二発!まず右肩!次に左足!」

 

ダダダダッ!

 

カンッ!カンッ!

 

ピン!ピン!ピン!ピン!ピン!ピン!

 

(6発全弾!胸!腹!右肩!左足!左肩!ラストは頭!)

 

ダダダダダダッッッ!!!

 

カンカンカンカンカンッ!カンッ!!

 

 

柱から飛び出した上条に向かって次々に弾道予測線が伸びてくる。しかし上条はその予測線を二年以上の歳月を経て洗練させた反応速度で的確に分析すると、自分に命中する弾丸だけを円状に広がったレーザーの盾で全てはたき落とした

 

 

ダダダダダダダッ!!!

 

「うおおおおおおおおおお!!!」

 

「は、はぁっ!?」

 

 

弾丸をはたき落としながら上条は敵掛けて走る。もはや上条の対戦相手である餓丸は驚愕していた。なにせこの銃の世界でほとんど利用されないビームシールドをここまで使いこなし、自分の銃弾を完璧に防がれ、なお自分のいる茂みに向かって突進してくる上条に動揺せずにはいられなかった。そして、この世界の動揺は必ず隙となって現れるのだ……

 

 

カシュッ!カシュッ!

 

「ッ!?た、弾切れかよ!?」

 

 

呆けた空気のような音がした。それは餓丸のアサルトライフルに装填されていた弾が底を尽きた音だった。冷静でいればそんなものに気づかないハズはない。しかし、上条の予想だにしない行動に動揺していた彼はそんな初歩的なことにすら気づくことは出来なかった

 

 

「うおおおおおおおおおお!!!」

 

「ひぃぃぃっっっ!?!?」

 

 

餓丸がライフルのマガジンを取り外し、新たなマガジンを装填しようとベルトポーチに手を掛けた時にはもう何もかもが手遅れだった。眼前には上条当麻が迫り、その右手の拳は鉄のように固く握られていた

 

 

バキイィィィィィィッッッ!!!!!

 

「・・・ぅごっ…!?」

 

 

これ以上ないほど完璧な一撃だった。上条の繰り出した右拳は見事に餓丸の顔面に突き刺さり、彼の顔面を嫌な音と共に歪ませた

 

 

「おらあああああああああああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」

 

ドゴオオオオォォォォッッ!!!!!

 

「ぎゃあああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!?!?!?」

 

ガシャアアアアアァァァァァン!!!

 

 

上条が雄叫びと共に餓丸の顔面に直撃した右拳を己の筋力パラメータが許す限りの力で振り抜いた。たちまち餓丸の身体は宙を泳ぎながらぶっ飛んでいき、HPが底を突いた瞬間にその身体が耳障りなオブジェクト破砕音とともに空中分解した

 

 

[Congratulations!Kamiyan Wins!]

 

 

「・・・ふぅ〜…勝ったか。はは、結局やってることはどの世界でも変わんねぇってか…」

 

 

突如目の前に現れた自分の勝利を告げる表示を見た上条は深く息を吐くと、まるで呆れたように自嘲した口振りでそう言うと、ビームシールドの取手についたボタンを押し、レーザーを消失させ元の黒いフリスビーに戻した

 

 

「しかし、軽い盾ってのも案外悪くないもんだな…振り回しやすくて次の動きに繋げやすい。てか正直こんくらい軽くないと今のアサルトライフルみたいな連射される弾丸は防ぎきれないだろうな…」

 

「にしても…このしんどい戦闘があと4回か…不幸だ…」

 

 

そして最後に自らの口癖を呟くと、その身体が光のベールに包まれ、上条の身体はバトルフィールドから消えた

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話 騒めき

 

ザワザワザワザワザワザワ…

 

「・・・何よ…今の…」

 

 

ここBoBの予選トーナメント出場選手の待機場所の一画は騒然としていた。そのざわめきの原因は言うまでもなく、上条と餓丸の中継されていた試合映像を鑑賞していた同じBoB参加プレイヤーとギャラリーの面々だった

 

 

「勝った?ただの拳が…銃に…?」

 

 

先ほど自分の第一回戦を勝利で終えたシノンも中継映像で上条当麻の試合を目の当たりにしていた。最初は理解できなかった。しかし、その光景が現実であると受け入れるやいなや、信じられないものを見たかのように驚愕した

 

 

「あり得ない…あり得っこない…そんなこと…そんなことあってたまるもんか…そんなのを認めたら…私がこの世界にいる意味はどうなるのよ…!」

 

 

シノンは上条の強さに歯噛みしていた。ギリギリと音を立たせながら自分の歯を食いしばり、まるで親の仇のようにトーナメントの駒を進めた上条のアバターネームを睨みつけていた

 

 

「・・・ああ…いいよシノン…その君の気丈さと強さが…僕を魅了させる…君の理解者は僕だけだ…」

 

「ああ…やっぱり僕は…誰よりも…君が欲しい…」

 

 

そして、誰の耳にも届かず、誰が発したかも分からないそんな闇の囁きは、会場の喧騒と人垣の中へと静かに消えていった…

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

シュンッ!

 

「ふぅ…戻ってきたってことは…まだ二回戦の相手が決まってないのか…そういうことなら一息つくかn…」

 

「・・・・・コー…」

 

「ん?うおわぁっ!?」

 

 

一方、見事に勝利を収め、待機場所へと帰投した上条だったが、自分が待機場所を騒がせている張本人だとは知る由もない。そして続く二回戦が始まるまでどこかに腰を下ろそうと振り返って辺りを見回すと、いつの間にか自分の右斜め後ろに、自分より一回り背丈の大きい黒ずくめのマントを被ったプレイヤーが立っていた

 

 

「な、なんだよお前!?ビックリしただろうが!」

 

「・・・おまえ、本物、か?」

 

「・・・・・はい?」

 

 

黒いボロボロのマントに身を包み、その顔面に自らの素顔を隠すフェイスマスクを着けたプレイヤーは、マスク越しにギョロリと光る赤い眼光で上条を見据えながら、ノイズが混じったような物々しい声で上条に問いかけた

 

 

(・・・何だコイツ…いつの間に後ろにいたんだ?振り返って目で見て気づくまで気配が全くしなかった…)

 

「・・・『本物』ってどういう意味だ?ってか誰だよお前」

 

「試合を、見た。拳を、使ったな」

 

「・・・それが何か悪りぃのかよ。別にルール違反でもなんでもないだろ」

 

「もう一度だけ、聞く。お前は、本物、か?」

 

「だからその『本物』ってのはどういうことかってさっきから聞いてんだろ」

 

(どういうことだ…まさかコイツは…俺のことを知っている?だとしたら…いつどこで会ったんだ…それとも、俺が覚えてないだけ…?)

 

 

上条は決して怖気づくことなく、真っ直ぐな目で相手と話を続けた。そしてそんな彼の目を見ると、ボロマントのプレイヤーは右手を振ってメニューを呼び出し、ウインドウを操作してFブロックのトーナメント表を開いた。そしてその中の一部を拡大し、ウインドウを上条に差し向けた。するとそこに表記された[Kamiyan]という名前を指でなぞった

 

 

「この、名前。その、『右手』。お前、本物、か?」

 

「ッ!?!?」

 

(間違いねぇ…コイツは俺の右手がなにかを知ってる…!学園都市の人間?それとも魔術師か?まさか…俺と同じ…『SAO生還者』なのか…!?)

 

 

そう思考しながらも上条らフェイスマスクの赤い眼光から目を逸らさなかった。すると、ボロマントは答えようとしない上条の様子を見ると、表示したトーナメントの画面を閉じた。すると…

 

 

ピコンッ…スッ…

 

「ーーーーーッ!?!?」

 

(あれは…『笑う棺桶』!?SAOの殺人ギルド…『ラフィンコフィン』の刺青…!!)

 

 

ボロマントの包帯でぐるぐる巻きにした右腕がゆっくりと降ろされていく。しかし、その手首だけが何かを避けるように包帯が巻かれていなかった。そう、その手首には『笑う棺桶』の刺青が彫られていたのだ

 

 

「質問の、意味が、分からないのか」

 

「・・・ああ、分からないな。生憎上やんさんはバカでな。大学の課題もいつも提出期限ギリギリだ」

 

 

あくまで気丈に振る舞っていた上条だったが、目の前のボロマントのプレイヤーの異様な威圧感と笑う棺桶を目にした動揺から、ついにその頬を冷や汗が伝った

 

 

「ならばいい。だが、名前を騙った偽物か、もしくは本物なら、いつか必ず……」

 

「殺す」

 

「ーーーッ!?」

 

ザッ…ザッ…ザッ……

 

 

ボロマントのプレイヤーはそう言い残すと、上条から視線を逸らし、彼の横をゆっくりと通り過ぎていった

 

 

(チラッと見えただけだが…あの手首の刺青…間違いない。アイツはSAOでラフコフのメンバーだった…そして俺の名前を知っている…)

 

 

ボロマントのプレイヤーが自分の元を離れた後、上条は一回戦開始前に座っていたボックス席に再び腰掛け、先の出来事を頭の中で振り返っていた

 

 

(だとしたら…アイツはラフコフの中でも、麦野や一方通行、クラディールみたいなゲームを別のアプローチでクリアしようとしてたヤツらとは違う…本当にただ人を殺すことだけを求めてあのギルドに入った…正真正銘の『殺人鬼』だ)

 

 

かつて上条は、SAOをクリアする為に、殺人ギルドに入っていた麦野達と腹を割って話し合い、共に戦った。しかし上条は、麦野達のようなラフィンコフィンがもつ裏の顔だけが真実だと思い込んでいたのだ。だがそうではなかった。彼らラフィンコフィンの表の顔は、ゲームクリアを最低の方法で妨害し続ける、最低の殺人集団でしかないのだから

 

 

「でも待てよ…だとしたら…今回の死銃事件の真犯人は今のヤツなんじゃ…」

 

「真犯人って…探偵ごっこにでも興じてるつもり?」

 

「どぉわあ!?」

 

「へえぇっ!?」

 

「あ…なんだシノンか…ビックリさせんなよ…」

 

「な、なによ…私の方こそビックリしたわよ…」

 

「そ、そうか…すまん…」

 

 

急にシノンがボックス席の後ろから声をかけてきたため、上条は大声をあげて驚いた。しかし、シノンもシノンで上条の声に驚いたようで、上条はそれに対し素直に謝罪した

 

 

「・・・ねぇ、どうしたのよ。今のアンタの顔、もの凄く怖いわよ?」

 

「え?そんな顔してたか?」

 

「・・・そうね…まるで『人殺し』の顔でも見たみたいな…そんな顔…」

 

「・・・シノン?」

 

 

シノンの見立てはある意味では間違っていないと上条は思っていた。しかし、それよりも上条はそう言った彼女自身の顔が、なぜか酷く哀しそうだと感じた

 

 

「ふんっ、なんでもないわよ。それよりあなた、何よさっきの試合?拳で戦うなんてどういう了見?」

 

「ん?あ、あぁ…まぁ別にいいだろ。何もルール違反じゃないんだし何より勝てたんだから」

 

「良くない!あんなのは私たち誇り高きGGOプレイヤーに対する冒涜に他ならないわ!!」

 

「は、はい!すいませんごめんなさいでした!」

 

 

シノンは上条の目の前に自分の人差し指を突き出してそう言った。上条はそんな彼女の迫力に、思わず硬直して開口一番に謝罪した

 

 

「いい!?確かに戦闘スタイルはあなたの勝手よ。それは認めてあげる。だけど覚えておきなさい!ただの拳が銃に敵うはずなんてない!私がそれを証明してあげる!だからあんたは黙って決勝まで勝ち残りなさい!!」

 

「しょ、承知しました…」

 

「ふんっ!」

 

 

そう言って荒々しく鼻を鳴らすと、シノンはスタスタとどこかへと歩き去ってしまった

 

 

「ははは…なんかさっきのボロマントよりシノンの方がよっぽど怖いかもな…でも、ありがとよシノン。おかげで分かったよ。今は一先ず、このトーナメントを勝ち進むしかない。じゃないと、俺はこのまま死銃事件の真相を追うことも出来ないんだからな」

 

 

上条はそう決意を改め、席を立ち上がった。そして今度は、銃と鋼鉄が支配する仮想世界で、その右手の拳を固く握り締めたのだった

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話 決勝戦

 

[Kamiyan vs Sinon

準備時間:残り56秒

フィールド:大陸間高速道]

 

 

「やっと決勝戦か…ついにシノンとの対決だな」

 

 

その後、次々と襲いかかる銃弾を盾で弾き、相手のHPを拳で沈め続けた上条は、予選トーナメントを順調に勝ち進み決勝まで駒を進めた。そして、その決勝の相手は、同じくトーナメントを勝ち進み、上条とは反対の山を越えて決勝にたどり着いたシノンだった

 

 

「さっきシノンの試合を見たけど…シノンの武器は『スナイパーライフル』って言うんだよなアレは…だとしたら接近すれば俺に分がある…問題はどうやって接近するかだけど…」

 

 

上条は試合が始まるまでの、自分の立つ床以外真っ暗な準備空間にいるため、その会話を他人に聞かれる心配がないゆえ、声に出しながらシノンへの対策を考えていた

 

 

「・・・よし、一か八かそれでいくか。元々そういう小難しい作戦立てていくのは俺の領分じゃないからな。下手に失敗したらそれこそシノンに狙い撃ちだ」

 

 

[7…6…5…]

 

 

「お、そろそろか」

 

 

上条は何かを思いつき、自分の方針を心に決めた。そして残り時間に目をやると、試合開始まで時間はもうほとんど残っていなかった

 

 

「よし、いくぞシノン」

 

 

[3…2…1…START!]

 

 

ポワァァァァァァ…シュンッ!

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ポワァァァァァァ…シュンッ!

 

 

(・・・まずは周囲を確認して…)

 

 

決勝戦が始まり、シノンの身体は『大陸間高速道』フィールドに転送されていた。このマップはその名称の通りただ細長いだけの道路がどこまでも続く単純なフィールドであるため、スナイパーライフルを扱うシノンにとっては大きなアドバンテージがあった

 

 

(・・・よし、私の現在地はほぼマップの一番端…なら、あいつは向こうから私に真っ直ぐに近づくしか方法がない。だったら、あの観光バスから狙撃できる)

 

 

周囲を見渡したシノンは、自分がマップのほぼ東端にいることを確認すると、近くに止まっていた観光バスの内部に駆け込み、二階席に上がった。そして中央の床面に腹ばいになると、肩から外した『ヘカートII』の二脚を展開。バスのフロントガラスから上条の姿が見えないのを確認すると、ヘカートのスコープを覗き込んだ

 

 

(あいつは恐らく、物陰を移動しながらこちらに接近してくるはず…だとしたらチャンスはこちらの位置を特定出来ていない最初の1発のみ…)

 

(ーーー当てる。必ず)

 

 

シノンはその確固たる決意のまま、来るべき時を待った。しかし、長くに渡るその時間の中でふと、自分の心の中に芽生えたある感情に疑問を抱いた

 

 

(・・・そう言えばなんで私はこんなにもアイツに勝ちたいと思うんだろう…?)

 

 

ふとそんな疑問を持ったシノンは、脳裏に今日1日行動を共にした少年との出来事と、彼の言動に思いを馳せた

 

 

(・・・アイツは私に無い物をたくさん持っているから…?アイツを倒せば、私もそれを得られると感じたから…?)

 

(ッ!!我ながら今さらになってそんな世迷言を…!他人から得るものなんてない!自分を助けられるのはいつだって自分だけ!だから私はこの世界で強くなろうと………ッ!?)

 

タッタッタッタッタッ……

 

 

スコープ越しのシノンの視界に映るのは、沈みかけの夕陽に照らされる一本道の高速道路。その道路の中央に、こちらに走って向かってくる人影が1人。それは、ツンツンと尖った頭をした、どこまでも真っ直ぐな自分の対戦相手である少年だった

 

 

(・・・バカなの?遮蔽物も何もなしに私の方に突っ込んで来るなんて…それとも私の弾なんていつだってかわせるって言うの!?)

 

「・・・ふざけないでよっ!!!」

 

 

バカ正直に走って来る彼の態度にカッとなったシノンは、その引き金を引こうとした。しかし、彼女の視界に映る着弾予測円が引き金を引くその指に待ったをかけた

 

 

(ッ!!ダメよ、冷静に。このままじゃ予測円が大きくなるだけ。もし仮に向こうが私の位置に気づいていないとしても、弾道予測線が視界に移ればまだこれだけの距離じゃアイツならほぼ確実に避けるかシールドで防ぐはず。自分でも分かってるでしょ、勝負は最初の1発。あいつがいくら私をバカにしていようと、その1発だけは外せない)

 

タッタッタッタッタッ……

 

 

なおも上条当麻は無言で走りながらこちらに向かって来る。距離にして両者の間隔は残り約30メートル。そこからさらにシノンの心理戦は続く

 

 

(おそらく、この距離なら向こうももう私がどこにいるか気づいているはず。接近戦なら間違いなく私に勝ちはない。なら、私の取るべき最良の選択は一つ…)

 

(残り10メートル地点が勝負!そこまで近づけば予測線の表示と実弾の間にほとんどタイムラグはない!システム的必中距離!)

 

 

ついにシノンは自分の取るべき行動を選択した。そして心を落ち着け、着弾予測円が限界まで狭まったところで上条がヘカートの必中距離に入り込むのを待った

 

 

タッタッタッタッタッ……!

 

(残り距離…25…20…15…!)

 

(10メートル!)

 

「・・・ジ・エンド」

 

上条との距離が10メートルまで狭まった。そしてついにシノンが引き金にその指をかけた。しかし、その瞬間…

 

 

ビキィィィィィッッッ!!!!!

 

「!?!?!?」

 

 

シノンの視界にヒビが入った。否。ヒビが入ったのは彼女の覗くスコープではなく、彼女が身を隠していた観光バスのフロントガラスだった。思わずスコープから目を外し、フロントガラスに視線を変えると、ヒビ割れたガラスの中心に黒いフリスビーのようなものが刺さっていた

 

 

「ッ!?ビームシールドそのものを投擲してフロントガラスを割って…!?マズイ…これじゃ前が何も見えn…!」

 

バリィィィィィンッッッ!!!!!

 

 

次の瞬間シノンが見たのは、臆することなくヒビ割れたガラスに飛び込んできた上条当麻だった。夕陽を背にし、両手を顔の前で交差させながらガラスを突き破った眩しすぎる姿に、シノンは思わず一瞬目を瞑ってしまった

 

 

(ッ!?ヤバイ…!)

 

「うおおおおおおおおお!!!!!」

 

ガシッ!ゴロゴロゴロ!!

 

 

マズイと直感したシノンはすぐさま腹ばいになっていた自分の身体を起こそうと試みたが、その時にはもう既に上条は勢いそのままに自分に飛びかかっており、その勢いを殺しきれず2人はバスの床を転がった

 

 

ゴロゴロゴロゴロ…ドサッ!

 

「くっ…!」

 

チャキッ!

 

「無駄だ。もうお前の負けだよ、シノン」

 

「ッ!?」

 

 

やっとのことで転がり続けた身体が止まり、シノンは腰にかけたサイドアームの短機関銃を取ろうとしたが、シノンの両手は頭の上で上条の左手で押さえつけられていた。さらに上条は覆いかぶさるようにシノンの体を押さえつけ、空いた右手にはファイブセブンが握られており、その銃口はシノンのこめかみに押しつけられていた

 

 

「くっ…!このっ…!」

 

「やめとけ。シノンの筋力じゃ俺の腕は動かせない。それにシノンも言った通り、流石の俺もこめかみに銃口押し当ててれば絶対に外さない」

 

 

両手の拘束を解こうとシノンはありったけの力を込めてバタついて抵抗したが、それでも上条の左手は全く動かなかった

 

 

「離せっ…!離しなさいよこの変態!強姦魔!」

 

「おいおいそりゃないだろ…確かに周りが見りゃこの体勢はそう見えるかもしれねぇけど…」

 

「・・・分かった。もう私に打つ手はないわ。でも撃つ前に一つだけ教えなさい。これはあなたの考えた作戦?だとしたらなんで私が近距離で撃ってくるって予測できたの?」

 

「確かにこの観光バスに30メートル近づいた時ぐらいにシノンの姿が見えた。でも正直そこからさらに近距離で撃ってくるって予測したにはしたけど、確証はなかった」

 

「だったらなんで…!」

 

「賭けたんだよ。全力でやるって言った手前、負けるつもりはなかった。だから余計なことは考えず、自分が信じた選択に賭けただけだ」

 

「そ、そんな…!?」

 

(・・・強い。この強さは…VRゲームとしての強さだけじゃない…!この人は…純粋に人として…強い…!)

 

「どうして…どうしたらその強さを身につけられるの!?」

 

「・・・いや違うよシノン。俺はただのどこにでもいる平凡な大学生だ。シノンが思うほど強いヤツじゃない」

 

「嘘…嘘よ!だったらその強さに納得がいかない…!」

 

「・・・ならシノン。お前は引き金を引けるか?」

 

「・・・え?」

 

「確かにシノンはこの試合で一度も引き金を引かなかった。だけどもし、今俺がシノンに向けている銃口から撃たれる弾丸が、現実世界のシノン…朝田詩乃を本当に殺すとして…もしそうなったら当然、俺を殺さないと自分が…そして自分にとって大切な誰かが死ぬ。そんな状況でも、それでもシノンは、俺に対して引き金を引けるか?」

 

「・・・ぇ…?」

 

(まさかこの人は知っているの…?私の過去を…あの出来事を…ううん、違う…もしかしたらこの人も…)

 

「そんな状況になったとしても戦えるか、戦えないか。その選択はシノンにだって出来る」

 

「・・・選択…」

 

「だからその選択はきっと…銃弾よりも早くて…重い」

 

「!!!!!」

 

「だから、もし仮に俺が強いとシノンが思うんだとしたら、それは違う。俺は、守りたい何かがあって、守られている何かがあるから、強くあろうと思える。だからその選択が出来るだけだ」

 

「守りたい…何か…」

 

チャキッ!

 

「はっ!?」

 

 

そう言い終わると上条はシノンのこめかみに突きつけていた銃口を、もう一度強く押しつけた

 

 

「さて、まぁ勝負は俺の勝ちだ」

 

「え…ぁ…ぅ…」

 

「だけど、試合の勝ちは出来れば穏便に済ませたい。自分より年下の女の子の脳天ぶち抜くってのも、あんまり気が進まないからな」

 

「・・・ッ!?!?///」

 

 

上条の言葉にハッとしたシノンは、今自分が置かれている状況を再認識し、その様子が中継されてるかもしれないと考えると、どんどんその顔が紅潮していった

 

 

「わ、分かったわよ!だからさっさと離れなさい!///じゃないと本当にハラスメントコード押すわよ!!」

 

「おっと、そりゃ流石に嫌だな」

 

 

そう言うと上条はゆっくりと立ち上がり、シノンの両手を押さえつけていた左手を離し、こめかみに押しつけていたファイブセブンを腰のホルスターに戻した。そしてようやく体の自由が効くようになると、シノンもその場から立ち上がった

 

 

「いいわ…今日のところは私も負けを認めてあげる!でも次は絶対負けない!明日の本大会!私と遭遇するまで生き残りなさい!」

 

「はは…そっちこそ、俺が会いに行くまでやられるなよ?」

 

「〜〜〜ッ!///ふんっ!リザイン!」

 

 

シノンは上条の台詞に心底頭に来たが、思いっきり鼻を鳴らして視線を顔ごと逸らすと、自ら負けを認めるリザインを宣言した。すると彼女の目の前にタッチパネルが現れ、そこに手を置いた瞬間、試合の勝敗が決した

 

 

[Fブロック 決勝戦 勝者 Kamiyan]

 

 

「おおおおおおおおおおおおおおお」

 

ザワザワザワザワザワザワザワザワ…

 

 

そして同時にFブロックの優勝者を待機場所の中継モニターが表示すると、会場では一際大きなどよめきが起こった

 

 

「・・・そんなバカな…僕のシノンが…僕のシノンが負けるなんて…そんな…そんなことあってたまるか!!」

 

「待ってろよ上条当麻…お前だけは…お前だけは僕がこの手で始末してやるからな…!」

 

 

そしてそのざわめきの中で、歯噛みしながら上条へ怨念にも似た感情を吐き出すプレイヤーが一人。かくして、第三回BoBは、出揃った役者と、影で暗躍する者たちを等しく迎え入れ、明日の本戦を控えるのだった

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話 推理

 

「いやー、なんだかんだここに来るのも久しぶりだな…確か抽選でナーヴギアを当てた時以来か?」

 

 

BoB予選を終えた翌日の昼前、上条当麻は第七学区にある大型ショッピングセンター『セブンスミスト』を訪れていた。なぜ彼がこんな場所に来たかと問われれば、それは彼が話しかけようとしている『白い少年』が理由である

 

 

「お、いたいた。よう!久しぶりだな一方通行!」

 

「・・・なンでテメエがこんなとこにいンだよ」

 

「いやー実はお前に色々と聞きたいことがあったんだけどさ、住所も連絡先も知らなくて困ってたんだけど、ダメ元で病院にいるミサカ妹に聞いてみたら今日はここにいるって言ってたから来てみたんだよ」

 

「・・・おいクソガキ、まさかオマエがMNWで妹達に情報流したンじゃねェだろうな?」

 

「えー?あなたとのデート情報を他のみんなに自慢してたなんて覚えてないなー。ってミサカはミサカはとぼけてみたり!」

 

 

上条が話しかけた少年とは、かつてのライバルであり、共に戦った戦友の一方通行だった。そして彼のそばには、彼とのお出かけを楽しむミサカ20001号、通称『打ち止め』がアーケードゲームで遊んでいた

 

 

「・・・チッ…相変わらずお守りのだりィガキだ…でェ?わざわざ手間かけて俺なンかを探すとはどういう用件だ?」

 

「時間はあんまりないんだけどな…かといってソッチは杖突いてるし立ち話もアレだ。とりあえずフードコートにでも行こうぜ」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「mgmg…んーっ!美味しーっ!ってミサカはミサカはあなたに買ってもらったハンバーガーの味を噛み締めてみたり!」

 

 

あれからフードコートに移動した3人はファストフード店にて上条と一方通行はコーヒーを買い、打ち止めは一方通行に買ってもらったハンバーガーを美味しそうに頬張っていた

 

 

「美味かろうが不味かろうがとりあえずテメエは食いながらしばらく黙っとけ」

 

「mgmg…」

 

「はは、悪いなミニミサカ。それで一方通行、ちょっと聞きたいことがあるんだ」

 

「まさかオマエに限って俺と世間話って訳ァねェだろうからな…一体なンだ?」

 

「実は昨日俺、ある人にある事件の調査を頼まれてVRMMOの『ガンゲイル・オンライン』ってゲームの『バレット・オブ・バレッツ』って試合に出たんだ。そしたらそこで…」

 

「・・・あァ?おい待て三下。テメエまさかそれ黄泉川のヤツに頼まれたとか言うンじゃねェだろうな?」

 

「え?なんで一方通行がそれ知ってるんだ?」

 

「チッ…黄泉川の野郎…俺が断ったからってわざわざコイツに頼みやがったのか…ったく…」

 

「え?一方通行って黄泉川先生と知り合いなのk…あぁなるほどそういうこと…黄泉川先生の言ってたSAO生還者の知り合いって一方通行のことだったのか…」

 

「別にンなこたァどうでもいいだろ。まぁ安心しろ、おかげでテメエの事情は大体察した。でェ?死銃事件ってヤツを調べてンだろ。その大会で何がどうした?」

 

「あ、ああ。実はそこで変なプレイヤーに会ってな。ソイツの手首をよく見てみたら『笑う棺桶』の刺青が彫られてたんだ」

 

「・・・なるほどねェ。そりゃ疑ってかかるのが当然だなァ…やってるゲームは違ェがやってることは同じだからなァ…」

 

「それで聞きたいんだ一方通行。ラフコフのヤツらって具体的にはどのぐらいの人数がいたんだ?」

 

「ンなこと知るかよ」

 

「・・・え?」

 

「確かに俺はSAO時代にあそこに身を置いてたが、それはSAOが始まって大体1年後の話だ。それにテメエと闘り合った後にすぐあのギルドを抜けたから実質あのギルドにいたのは精々半年だ。だからそんな詳しいこたァ分かンねェよ」

 

「そ、そっか…あぁ〜あぁ〜一方通行なら何か分かるかもって思ったんだけどなぁ〜…結局振り出しのままかぁ〜」

 

「まァ言える範囲なら少なくとも10人以上はいただろうなァ。75層の作戦を実行する前の何日かの間じゃァ、第四位の隠れアジトに泊められてた時のあの家には少なくともそれぐらいの人数が出入りしてた」

 

「そうか…じゃあその中に…」

 

「まァ、まずその刺青があるなら疑ってかかるのが当然だ。その死銃が本当にSAO生還者ならBoBに参加するのは今回が初出場なはずだ。付け加えンなら俺達は2年寝たきりだったからそっから炙り出すってのもアリだ。その中に刺青野郎がいたらほぼ間違いなくビンゴだ」

 

「そうか…なるほどそう考えるのもアリなのか…」

 

「・・・っつーかよォ、テメエは実際ンとこどう思ってンだよ?」

 

「え?」

 

「死銃がその手首に刺青入れてたヤツにしろそォじゃねェにしろ、仮想世界の銃弾が本当に現実世界の人間を殺すって思ってンのかよ?」

 

「いや…まぁ100%噂の産物だとは思うけど…」

 

「バカか。ずっとそォとしか考えねェから議論が前に進まねェンだよ」

 

「・・・は?」

 

「考えてみろ。100%噂の産物ならどの道誰も死ンでねェだろうが」

 

「え?い、いやでも!死銃の撃った弾がプレイヤーの心臓を止めるなんて確証はどこにも…!」

 

「だからそれだっつってンだよ」

 

「・・・はい?」

 

「よォは逆説的に考えンだよ。確かに仮想世界の銃弾が心臓を止めた確証はねェ。だがGGOをプレイしてた野郎共が現実世界で死ンでたのは事実だろォが」

 

「あ、ああ…」

 

「俺ならまずそこを考える。仮想世界で殺すことが不可能だと仮定したら、次は現実世界でどう殺すか考える」

 

「げ、現実世界で殺すって…だから何度も言ってるだろ。まず仮想世界の銃弾が…」

 

「テメエはまずその考えから脱しないと話になンねェンだよ。要するにその固定観念に囚われてたらそっから前に進めねェンだっつの」

 

「・・・と言いいますと?」

 

「そもそも死因がおかしンだよ。心不全?バカかっつの。なんで頭につけてるアミュスフィアが五感と無関係の心臓止められンだよ。ナーヴギアと同じように脳に電磁パルス送って殺す方がまだ現実味あるぜェ?」

 

「あ……」

 

「先に結論を言うなら、コイツァ死銃とかいうヤツだけの犯行じゃねェ。死銃とその『複数の仲間』がやったことにまず間違いねェ」

 

「な、仲間!?」

 

「いいか、まず死銃が仮想世界でどっかの誰かを撃つ。そしたら現実世界で死銃の仲間が銃を撃ったのと同じタイミングアミュスフィアつけてダイブしてるプレイヤー本人の心臓を止める。簡単だろ」

 

「な、なるほど…確かにゲーム内の映像を現実に中継すればタイミングを合わせるのは可能だ…でも心臓を止めるなんて一体どうやって…」

 

「まァ確実に薬物だろうなァ…目立った外傷もねェってンならそれ以外はまずありえねェ。仮に注射で打つ薬だとしても、遺体が発見されるまで数日あったなら腐敗して注射痕が分からなくなる」

 

「な、なるほど…心不全を引き起こす薬物…一体どんな…」

 

「それなら『サクシニルコリン』っていう薬があるよ。ってミサカはミサカは例を挙げてみたり」

 

「さ、サクシニルコリン?」

 

 

ハンバーガーを食べ終わった打ち止めが口を挟み、聞き慣れない薬の名前を挙げたため、上条は小首を傾げた

 

 

「ま、俺もそンなとこじゃねェかと思ったがなァ。このクソガキの言うサクシニルコリンっつーのは、筋弛緩を引き起こす薬の一種だ。一定量以上ソイツを打ち込まれれば、打たれた人間は全身の筋肉がたちまち活動を停止する」

 

「心臓を動かしているのも筋肉だから、つまり全身の筋肉が動かなくなるというのは心臓も止まるということ。心臓が止まれば当然血液が体に循環しなくなってあっという間に死んじゃうし、死因は心不全!証明完了!ってミサカはミサカは説明してみる!」

 

「そういうことだ。理解できたかァ?」

 

「た、確かに…それなら全部何もかもが繋がる…でも、だとしたらどうやって犯人はそんな危ない薬を入手して、被害者のプレイヤーの現実の住所を特定してしかも施錠を破って住居に侵入したんだ…?」

 

「ンなことまで知るかよ。まぁ精々施錠外すのなンざソイツがそういう能力者なり、電子ロックを解錠できるようなハッカーなりだったンだろ。その手の野郎どもなンざこの学園都市にゃ腐るほどいンだろォが。俺が説明出来ンのだって精々ここまでだ。殺し方を教えただけでもありがてェと思え。後はテメエでどうにかしろ」

 

「・・・そうだな…分かった。本当にありがとう。バカの俺には到底分からなかった。重ねて礼を言うよ、ありがとう一方通行、ミニミサカ」

 

「礼には及ばないのだー!ってミサカはミサカは自分の活躍に胸を張ってみたり!」

 

「分かったらとっとと行け。時間ねェンだろうが」

 

「ああ!またなんかあったらよろしくな!」

 

タッタッタッタッタッ…

 

 

そう言って上条はフードコートの席を立ち、二人に手を振りながら足早にその場を去っていった

 

 

「ったく…バカで人騒がせなヒーローだな…せめてテメエのコーヒーぐらい全部飲めってンだ。めンどくせェ…」

 

「でも、そう言いながら全部教えてあげたあなたは優しいよね。ってミサカはミサカは事実を述べてみたり」

 

「まァ最初は俺が頼まれた案件だからなァ…それでアイツに損害かけたら俺が後味悪りィンだよ」

 

「・・・素直じゃないなぁもう」

 

「あァ?聞こえねェぞクソガキ」

 

「なーんでもない!ってミサカはミサカは中断になってたあなたとのデートを再開したり!」

 

「ったくダリィなァ…どいつもこいつも…」

 

 

そう言いながら打ち止めと一方通行は再びセブンスミストの店内を歩き始めた。二人肩を並べて歩くその光景は、心が安らぐとても暖かい光景だった

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話 終止符

 

「さて、総督府にもついたことだし…とっととエントリー済ませちまうか……おっ?アレは…シノンか?」

 

「・・・・・」ピッ…ピッ…

 

セブンスミストからそのまま病院へと向かった上条は、再び同じ手順を踏みGGOにログインすると、総督府に到着し、本線の認証エントリーを済ませようとしたところ、認証端末で既にエントリー申請を進めていたシノンがいた

 

 

「よぉシノン。元気にしてたか?」

 

「・・・・・」

 

「シ、シノンさん…?」

 

「・・・・・」

 

 

 

上条は挨拶がわりに彼女に声をかけたが、彼女は彼に対し見事なまでの無視を決め込んでいた

 

 

「お、おーいシノンさーん…?そんなに冷たいと上やんさん泣いちゃいますよ〜?」

 

「あーーーっ!!!もううるっさいわね!挨拶なんて別に必要ないでしょ今更!なんか用でもあるの!?」

 

「うぉ!?い、いや…本線開始まで後30分はあるだろ?だからお互い暇なら有意義な情報交換でもどうかな〜…と」

 

「ったく…そんなこと言ってどうせ私が一方的に情報提供するだけでしょ?」

 

「あ、あははは…まぁそう言わず一つお願いしますよシノン姐さん」

 

「姐さんって…あなた一応私の先輩でしょ…はぁ、まぁいいわ。だったらとっとと本戦エントリー済ませなさい。どうせまだなんでしょ」

 

「ありがとう!直ちに!」

 

ピッ…ピッ…

 

「・・・んぁ?」

 

 

そう言って上条は認証端末を操作しはじめ、認証の手順を踏んでいったが、その途中で何かに気づいたのか、その手をピタリと止めた

 

 

「?どうかしたの?今回は別に本人認証だけで個人情報の入力もないし何も迷うことはないでしょ?」

 

「・・・そっか…なるほど…わざわざ調べなくても登録ん時にこれを見れればいいんじゃねぇか…でもだとしたら次は方法だな…やっぱりそれが分からねぇと何も進展しようがねぇな…」

 

「ちょっと!早くしなさいよ!本当に置いてくわよ!?」

 

「あ!す、すまん!今終わらせたから!」

 

「ったく…とっとと下に行くわよ」

 

「ああ、分かった」

 

「?変なやつ…」

 

スタスタスタ…

 

 

そう言うと上条は何かが掴めたような自信に満ちた口調でシノンに頷いた。

そして二人はエレベーターに向かい、そのまま地下へと降りた

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

プシュ〜〜ッ…ガシャン!

 

ワイワイガヤガヤワイワイガヤガヤ…

 

「おお〜…すっげぇ…まるで宴会場だな…」

 

「本戦は毎回お祭り騒ぎなのよ。これぐらい当然」

 

 

エレベーターで地下へと降りた二人を出迎えたのは、まるで宴のように盛り上がった本戦参加プレイヤー待機場所だった。ある者は優勝者に金を賭け、またある者はギャラリーとして参加プレイヤーにゴマをする。まるで闇カジノのような会場の中を上条とシノンは横切って歩き始めた

 

 

ザワザワザワザワ…

 

 

「おい、見ろよあのツンツン頭」「あれが噂の右手野郎だろ?」「上やんって言ったっけか?今回からBoBに初出場したにも関わらず1発も銃弾を撃たずに予選を突破したって噂の…」

 

 

ザワザワザワザワ…

 

「・・・あははは、何か有名人にでもなった気分だな…」

 

「ふんっ、精々今は優越感に浸ってれば?本戦が終わった頃には惨敗して不名誉な噂が出回ってるわよ」

 

ザワザワザワザワ…

 

 

「予選決勝でシノンを押し倒したって噂は本当なのか?」「ああ、本当本当。シノンちゃんなんて顔真っ赤になってて満更でもないって感じだった」「マジかよ…恋人同士なのか?」「クッソー!シノっちは俺が狙ってたっつーのに!」

 

 

ザワザワザワザワ…

 

「・・・////////」

 

「あ、あははは…よ、良かったじゃねぇか…シノンも人気者…だぞ?」

 

「ぶち抜いてやる…!ここにいる全員の脳みそぶちまけてやるっ…!///」

 

「どわーっ!?シノンさんストップストップ!それじゃお前が言ってた試合前にメインアームを見せるお調子者と同じだからなーっ!?!?」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「つまり、本戦は参加者30人が開始時刻になったら同じマップに1000メートル以上離れた位置にランダムに転送されて、そっからは全員入り乱れての遭遇戦…要するにバトルロイヤルってことだな?」

 

「何よ、ちゃんと分かってるじゃない。だったら何でわざわざ上で私に声を掛けたのよ」

 

「いやー、運営のメールも呼んだには呼んだんだけど、俺の理解が合ってるか確認したくてな…」

 

「全く…モノは言い様ね…」

 

 

その後シノンと上条は自分たちの噂を聞き流しながら奥のブース席に移動し、飲み物を注文しそれを飲みながらGGO本戦の戦闘形式を確認していた

 

 

「本戦のフィールドは直径10キロの円形状に広がった、広大な山あり森あり砂漠ありの複合ステージ。時間帯は午後からスタートだから装備やステータスタイプの一方的な有利不利はなし」

 

「・・・それ思ったんだけどちゃんと対戦相手の誰かと遭遇出来るんでせう?」

 

「銃で撃ち合うからどうしてもそれぐらいの広さが必要なのよ。それに参加者には『サテライト・スキャン端末』っていうアイテムが自動配布されるから遭遇の心配はいらないわよ」

 

「サテライト…衛星…?」

 

「そう。15分ごとに一回、上空を監視衛星が通過するって設定。その時全員の端末に、マップ内の全員のプレイヤーの存在位置が送信されるのよ。そのうえ、マップに表示されてる輝点に触れれば名前まで表示してくれるから特定の誰かを狙うのも可能ってことよ」

 

「なるほど…つまり同じ場所に隠れ続けるのは15分が限界と…」

 

「そゆこと」

 

「でも、それだとシノンみたいなスナイパーは不利じゃないか?」

 

「1発撃って1人殺して1キロ移動するのに、15分も必要ないわよ」

 

「そりゃ大したもんだ…」

 

「じゃ、用は済んだわね。次にアンタを見つけた時は容赦なく引き金を…」

 

「待った。こっからが本題だシノン」

 

「・・・本題?」

 

 

椅子から腰を持ち上げかけたシノンに対し、上条はそう言って待ったをかける。そして右手を振ってウインドウを開くと、BoB本戦の選手名簿をシノンに見せた

 

 

「・・・何よ、ただの選手名簿じゃない。今更こんなのがどうしたのよ?」

 

「この30人の中に、シノンが知らない名前はいくつある?」

 

「・・・はぁ?」

 

「頼む。教えてくれ。大事なことなんだ」

 

「・・・まぁ、別にいいけど…」

 

 

そう頼む上条の顔があまりにも真剣であった為、シノンは渋々承諾して改めて選手名簿を閲覧し始めた

 

 

「初めてなのは…どっかのムカつく素手野郎を除けば、3人だけ」

 

「3人か…誰だ?」

 

「えっと…『銃士X』…『ペイルライダー』…それとこれは…『スティーブン』かな」

 

「『Sterben』…まぁそう読むんだろうな」

 

「あのね、一体何なの?さっきから私に聞くばっかりで、アンタは何も説明しないじゃない」

 

「あ、ああ…まぁ…」

 

「そろそろ本気で怒るわよ?なに?私をイラつかせて本戦でミスさせようって作戦なの!?」

 

「ち!違う違う!そんなことない!」

 

「じゃあ何で!?」

 

「うぐっ…むむむ〜っ…」

 

 

その声に怒りを乗せ、シノンが上条を問い詰め始めた。彼女の顔を見てやり切れなくなったのか、上条は数秒の間腕を組んで唸っているのを見ると、そこにさらに静かな声でシノンが問いを続けた

 

 

「・・・昨日途中でアンタの様子がおかしくなったのと何か関係あるの?」

 

「・・・え?」

 

「答えて」

 

「・・・はぁ〜シノンには敵わねぇなぁ〜…あぁ、そうだ。俺は昨日、予選の待機場で以前同じVRMMOゲームをやってた奴に声をかけられた。さっきシノンが教えてくれた3人の名前のどれかが、きっとソイツだ」

 

「・・・友達、とか?」

 

「違う、敵だ。ソイツと俺は直接顔を合わせたことは多分ない。でも、ソイツは…ソイツが属する集団はそのゲームで絶対に許されない行為をやった」

 

「敵…?それはパーティーでトラブって仲違いしたとか…そういう理由?」

 

「違う。それは多分もう…歴とした犯罪だ。だから俺は、ソイツを追ってこのゲームに来た。ソイツを止めなきゃならないんだ」

 

「犯罪って…」

 

「最初は人に頼まれてやったことだった。でも、アイツがあのギルドにいたヤツだと分かったら、もう他人事じゃねぇと思った。これはきっと…『まだ終わってねぇ』ってアイツらが叩きつけてきた挑戦状なんだ。だから俺は…今度こそ本当の意味で『あの世界』に終止符を打たないと…」

 

「『もしその銃弾が、現実世界のプレイヤーをも本当に殺すとしたら、それでも君は引き金を引けるか』」

 

「!!!!!」

 

 

上条は鋭く息を呑んだ。それは、昨日自分がシノンに向けて発した問いと同じ意味を持つ言葉だったからだ。彼女は彼女なりに上条のただならぬ雰囲気から感じたのだろう。許されない行為とは、犯罪とはなにを意味するのか。そしてそれにケリをつけるという上条の覚悟を確かめる為に、そう問いかけたのだ

 

 

「・・・上やん、あなたはもしかしたら…『あのゲーム』にいたんじゃ…」

 

 

ほとんど無音のその問いかけは、狂宴の騒がしさに掻き消された。シノンの藍色の目が伏せられ、その顔がそっと左右に揺れた

 

 

「・・・ごめん、聞いちゃいけないことだったね。今のは忘れて」

 

「・・・いや、気にしてない」

 

「あなたにはあなたなりの事情があることは分かった。でも、それは私との約束とはまた別の話よ。昨日の決勝戦の借りは必ず返すわ。だから…先に私以外のヤツに撃たれたりしたら…許さないから」

 

「・・・分かった。シノンと出会うまで、必ず生き残る」

 

「さて、そろそろ待機ドームに移動しないとね。装備やらもろもろ、点検しないといけない訳だし」

 

「ははっ…そうだな。俺もビームシールドのご機嫌を確かめないとな」

 

 

そう言って2人は席を立ち、開催前の宴会場を後にした。その道の先で待つ戦いが、後に2人を大いに揺るがすなどとは知る由もなかった…

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話 BoB本選 開幕

 

ドゥンッ!!!パンッ!

 

「ビンゴ」

 

ドオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォンッッッ!!!

 

 

GGO本戦開始から既に30分近くが経過していた。シノンは茂みの中に身を隠し、通りがかったプレイヤーの腰につけた手榴弾に見事に狙撃を命中させ、そのHPはプレイヤーの身体同様跡形もなく砕け散った

 

 

タッタッタッタッタッ…ピコンッ!

 

「残りは後21か…上等ね…」

 

 

狙撃を完了し茂みから移動したシノンはサテライト・スキャンを使用し、残りの敵の数とその位置を確認していた

 

 

「まぁアイツはほっとくとして…他には……ん?『ダイン』が逃げてる?相手は…『ペイルライダー』?」

 

 

シノンが口にしたダインとは、彼女がここしばらく所属していたスコードロンのリーダーで、高性能なアサルトライフルを使うBoB本大会にも三度出場しているベテランプレイヤーだ。そんな彼が逃げ回るということは、相手のペイルライダーとはそれほどの凄腕だろう

 

 

「知るもんかあんなヤツ」

 

ピコンッ!

 

 

毅然とした口調でダインへの悪態をつくと、シノンは衛生映像を切り、再びヘカートを携えて走り始めた

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「さぁ来い!蜂の巣にしてやるぜ!」

 

 

そして渦中のダインはペイルライダーから逃げ続けた後、川に架かる橋の先で、これから自分を追って橋を渡って来るであろうペイルライダーを迎撃する為に、腹ばいになって自慢のアサルトライフルを構えた

 

 

「なるほどね。この遮蔽物のない地形ならそうすれば確かに敵を撃ちまくれる。だけど…どんな時も『チェック・シックス』よ。ダイン君」

 

 

しかし、そんな彼のがら空きの背中を狙う少女がいた。シノンは衛星で位置を確認した後、岩陰でヘカートを構えダインの背後を狙っていた

 

 

「ッ!?誰っ…うぐっ!?」

 

ガッ!ドサッ!

 

 

だが背後の注意を怠ったのはシノンも同じだった。気づけば背後に誰かの気配が迫り、ヘカートから手を離し、短機関銃を手に取って振り返ったが、その銃をはたき落とされそのまま地面に押し倒された

 

 

「くっ…!アンタ…!」

 

「待て!待ってくれシノン!提案がある!」

 

 

そう、彼女を押し倒したプレイヤーは上条だった。暴れようとするシノンを必死に押さえつけながら、上条はシノンに持ちかけた

 

 

「この状況で妥協も提案もあり得ない!どちらかが死ぬ!それだけよ!」

 

「頼む!向こうに気づかれたくないんだ!」

 

「ッ!?どういう意味…?」

 

「あの橋でこれから起こる戦闘を、この目で最後まで見たい。それまで頼むから手を出さないでくれ…!」

 

 

2人の会話は周りから察知されないよう囁くような小声だったが、その声にはただならぬ迫力が込められていた

 

 

「・・・見て…それからどうするの?」

 

「状況にもよるが、俺はここから離れる。お前を攻撃したりはしない!」

 

「私が背中から狙撃するかもよ…!?」

 

「それならそれで仕方がない。了解してくれ…もう始まる!」

 

「仕切り直せば…今度はちゃんと戦ってくれる!?」

 

「ああ、約束する」

 

「・・・分かった。じゃあ何もしないから退いて」

 

スッ…ザッ!

 

 

そう言うと上条はシノンの上から退き、岩陰に隠れて望遠鏡を取り出してこれから橋で起こる戦闘を観察する態勢を整えた。一方のシノンもヘカートを持ち直し、スコープを覗き込んで戦闘を観察しようと決めた

 

 

「来た…!」

 

コッ…コッ…コッ…

 

 

そして2人が見届ける橋の先に、青い迷彩柄のスーツに身を包んだプレイヤーが現れた。頭部には黒いシールド付きのヘルメットを装着している為顔は見えず、武装はショットガンのみだった。恐らく彼がダインを追い続けていたペイルライダーに間違いないだろうと2人は確信していた

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話 Player Kill

 

バアアアアアァァァァンッッッ!!!

 

「ぎゃあああああぁぁぁっ!!!」

 

ドサッ…[Dead]

 

 

「・・・信じられないくらいに強いわね、彼…ペイルライダー」

 

「・・・ってかむしろアレにどう銃弾を当てろと…?」

 

 

その後ダインとペイルライダーの戦闘を観察していた2人が目の当たりにしたのは、ペイルライダーの見事なアクロバティック技術だった

 

 

「アンタの場合は当てるのは銃弾じゃなくて拳でしょう」

 

「ま、まぁそうとも言う…」

 

 

ダインはペイルライダーのアクロバティックスキルを前に為すすべ無く彼のショットガンで撃ち抜かれ、HPがゼロとなりBoB本選から敗退した

 

 

(でも…何か違う気がする…あのペイルライダーが例のボロマントの中身とは思えない…だとしたら…)

 

「・・・とりあえずあの青いヤツ、撃つわよ」

 

「・・・ああ、分かった」

 

・・・ドサッ…

 

「「!?!?」」

 

 

ダインを手早く討伐し、一息ついていたペイルライダーを狙撃しようとシノンがスコープを覗き込んだところ、ペイルライダーはいきなり誰かの銃弾を横から喰らい、その場に仰向けになって倒れた

 

 

「今の…シノンが狙撃したのか?」

 

「・・・そう思えるんならまずこの距離で銃声が聞こえなかった自分の耳をどうにかしなさい」

 

「え?それってつまり…」

 

「でも、裏を返せばそれは私にも言えること…私が…銃声を聞き逃したってこと…?」

 

「いや、間違いなく聞こえなかった…一体どういうことだ?」

 

「考えられるのは…作動音が小さなレーザーライフルか…実弾銃ならサイレンサー付きだったかになるけど…まだ死んでいないはずなのに、なんで動こうとしないのかしら…」

 

「近くの森の方から撃ったように見えたぞ?」

 

「ううん。もっと遠距離からの狙撃だと思う。さっき橋まで確認した時には、周囲1キロ内には誰もいなかったから」

 

「そうか……ん?あれは…」

 

「なに?どうかしたの?」

 

「いや、ペイルライダーの右肩に何か刺さってるなぁ…って」

 

「…右肩?」

 

 

上条にそう言われ、再びスコープを覗き込んで照準をズームさせると、確かに上条の言う通り仰向けに倒れたペイルライダーの右肩に何やらバチバチと静電気のようなものを纏った杭が刺さっていた

 

 

「あれは…スタンバレット!?道理で…動けないはずだわ…でもあんな高性能な銃弾を装填できるなんて一体どんなライフルを…」

 

「!?し、シノン!アイツ!橋の真ん中辺りの柱!」

 

 

上条が指差した先には、立橋の柱の影にゆらりと不気味に佇むボロボロのマントに身を包むプレイヤーがいた

 

 

「!?い、いつからあそこに…!」

 

「分からない…でも、まるで気配すらなかった…」

 

ガチャ…

 

「ッ!?あれは…『沈黙の暗殺者』!?」

 

 

ボロマントの姿を認識し、彼が肩に掛けているスナイパーライフルを見るなり、シノンは血相を変えて驚愕した

 

 

「サイレントアサシン?あのライフルの名前か?そんなにすげぇライフルなのか?」

 

「そう…サイレンサー標準装備の…高性能狙撃銃…GGOに存在するって噂は聞いてたけど…私も初めて見たわ。あんな銃を扱えるなんて…アイツ何者なの?」

 

ザッ…ザッ…ザッ…ザッ…ガチャッ…

 

 

ボロマントのプレイヤーは、ゆっくりと歩きながら麻痺しているペイルライダーに近づいた。すると、おもむろにマントの中に右手を突っ込むと、一丁のハンドガンの銃口をペイルライダーに向けた

 

 

「!?」

 

「・・・?ハンドガンなんかでトドメを差すつもり…?」

 

スッ…スゥーッ…

 

 

そして右手のハンドガンをペイルライダーに向けたまま、ボロマントのプレイヤーは左手でその身体に仰々しく十字を切り始めると、それを見た上条の顔がどんどん色を失い始めた

 

 

「・・・シノン…撃て…」

 

「・・・え?どっt…?」

 

「あのボロマントの方だ!頼む!撃ってくれ!早く!アイツが撃つ前に!撃った後じゃ何もかも手遅れかもしれないんだ!!」

 

「ッ!!」

 

ドゥンッ!!!

 

 

上条の声と表情があまりにも焦ったように見えたシノンは、もはや只事ではないと感じ取り、彼に言われるがままヘカートの引き金を引いた。しかし…

 

 

ザッ!ドオオオオオオォォォンッ!

 

「!?か、かわした!?この距離でほとんど見てもないのにヘカートの弾を!?」

 

ユラリ…ギロッ…

 

 

そして弾丸を避けたボロマントは、ゆらりと弾丸を飛ばした方に向き直った。そしてフェイスマスクの赤い眼光がシノンのスコープの視点と重なった

 

 

「間違いない…アイツ私に気付いてたんだわ…」

 

「えっ!?嘘だろ!?一体どうやって…!」

 

「どこかで私を目視してシステムに認識させてたのよ…じゃないと私の弾丸をかわした説明がつかない…!」

 

「ッ!!」

 

ザッ…ガチャッ…

 

 

ボロマントのプレイヤーは弾丸が飛んできた方を数秒凝視していたが、まるで興味がないように目を逸らしペイルライダーの方に向き直ると、再度右手に握ったハンドガンを構え彼に照準を合わせた。そして…

 

 

バンッ!!

 

「「!!!!!」」

 

「う、撃ったわよ…?」

 

「ど、どうだ…?」

 

ピクッ…バッ!!

 

 

ハンドガンの銃弾はペイルライダーの心臓を捉えたが、結果的にはゲーム的にそのHPを減らしただけだった。すると、スタンバレットの麻痺時間が経過したのか、ペイルライダーは軽やかに飛び起きるとボロマントのプレイヤーの目の前にショットガンを構えた

 

 

「!!よしっ!!もらった!!」

 

・・・ガシャッ…ドサッ…

 

「・・・え?」

 

 

しかし次の瞬間、ペイルライダーはショットガンを地面に落とし、仰向けになって地面に倒れた。そして、まるで何かに苦しむように胸を抑えるとそのまま動かなくなり…

 

 

シュウウウウウゥゥゥゥゥン………

 

[DISCONNECTION]

 

 

彼の姿が電子の波となって薄れていき、その姿がやがて完全に消えて無くなった。後に残されたのは『通信切断』を意味する表示だけだった

 

 

「・・・何?今の…」

 

「!!!!!!」

 

 

上条当麻はその光景を目の当たりにするなり、目を丸くして驚愕していた。そしてその表情は次第に怒りに燃えたように眉間に皺が寄っていき、ギリギリと歯を食いしばっていた

 

 

「オレと、この銃の、真の名は」

 

「『死銃』」

 

「オレは、いつか貴様らの前にも現れる。そして、この銃で、本物の死をもたらす。オレには、その『力』がある」

 

「忘れるな、まだ、終わっていない。何も、終わっていない」

 

「『幻想殺し』」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話 共同戦線

 

「・・・シノン、お前は逃げろ」

 

「えっ?あ、あんたはどうするのよ?」

 

「俺はアイツと戦う」

 

「はぁ!?ちょっ、本気!?」

 

「シノン、聞いたことあるか?『死銃』の噂を」

 

「デス・ガン?あの撃たれたプレイヤーは2度とGGOにはログインして来ないって妙な噂の…?」

 

「ああ。おそらくあのボロマント…アイツがその死銃だ」

 

「はぁ!?冗談でしょ!?」

 

「本当だ。アイツは『ある方法』を使って、現実のプレイヤーを本当に殺すことが出来る」

 

「ま、まさか!そんなの…」

 

「既に現実世界では2人死んでる」

 

「!?!?!?」

 

ザッ…ザッ…ザッ…

 

 

しかし、2人がそう話している内にボロマントのプレイヤーは橋の影へと消えていった

 

 

「ッ!?クソッ!逃すか!」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「シノン!俺はアイツの後を追う!お前は出来るだけあのプレイヤーとは接触するな!」

 

「はーー…もうアンタバカなの?わざわざ今すぐ足で追わなくても、サテライト・スキャンで一度アイツの名前を見てこれから行く先を確認しといた方が確実でしょ?」

 

「あ…それもそうだな」

 

「ちょっと待ってて」

 

ピコンッ!

 

 

そう言うとシノンは立ち上がってベルトポーチからサテライト・スキャンを取り出し、フィールドの立体映像を展開し、プレイヤーの輝点をクリックし始めた

 

 

「コレとコレがアンタと私だから…おそらくこの辺りに…えっ!?」

 

「?どうしたシノン?」

 

「消えてる…コレはそこで死んでるダインのポイント…さっきのボロマントのポイントがどこにもない…!」

 

「なっ!?そんなバカな…!」

 

「・・・多分アイツ、あのまま川の中に入ったんだわ。だからサテライト・スキャンの衛星監視に引っかからなかったんだと思う」

 

「なるほど…よし、そういうことならあの川を辿ればいいんだな。ありがとうシノン、俺はこれで…」

 

ガシッ!

 

「・・・おう?」

 

「バカね。そんなことしなくても、川に武装しながら飛び込んだらあっという間に沈むわよ。だからきっと今あいつは武装を全解除してるはず。だから逆に隙だらけなのよ。川から上がってきたところを私が狙い撃つ」

 

「でも…ハンドガン一丁ぐらいなら装備出来るんじゃないか?」

 

「別にそれぐらいなら余裕で押しきれ…」

 

「ダメだ!!!」

 

「ッ!?」

 

 

シノンが考察を語り続けていたところに、上条が大きな声で彼女を怒鳴りつけた。そのあまりもの気迫にシノンは思わず口を閉じた

 

 

「お前も見ただろ?アイツの撃った銃弾が、本当にペイルライダーを殺したんだ。一発でも撃たれたら、それで本当に死ぬかもしれないんだぞ!?」

 

「・・・そんなの…私は認めない。PKじゃなくて…本当に現実の人を殺すプレイヤーがいるなんて…」

 

「それでもやったんだ。アイツは撃たれたプレイヤーが本当に死ぬと分かっている上で引き金を引いたんだ。アイツは危険すぎる」

 

「・・・本当に…そんなヤツが…GGOに…」

 

 

そしてシノンの脳裏に蘇ったのは、『ある記憶』だった。そして、その光景が脳裏によぎる頃には、彼女の表情はどんどん色を失っていった

 

 

「・・・ぁ…ぁぅ…」

 

「シノン!シノン!」

 

「はっ!?」

 

「・・・大丈夫か?お前、今一瞬で顔が真っ青になったぞ?」

 

「・・・大丈夫。ちょっと驚いただけ」

 

 

そう言うと彼女はいつものクールさを取り戻し、自分を心配して肩に手をかけた上条の手を戻させた

 

 

「正直、アンタの話はにわかには信じ難い。でも、全部が嘘や作り話だとは思わない」

 

「ああ、ありがとう。それで十分だ」

 

「とにかく、私たちもここからすぐに動かないと…私たちが戦闘中だと思ったプレイヤーが漁夫の利を狙って近づいてくる」

 

「分かった。じゃあここで別れよう。俺は死銃を追う。シノンは極力ヤツに近づかn…」

 

「ちょっと、移動するとは言ったけど別れるとは一言も言ってないわよ?」

 

「・・・はい?」

 

「忘れたとは言わせないわよ?私との約束。もしアンタが死銃に負けたら、その約束守れないじゃない。アイツは危険なんでしょ?だったら一時的に共同戦線を結ぶ。2人であのボロマントをこの大会から叩き出す。どう?」

 

「いやどうって…本当に危険なんだぞ?やっぱりシノンは…」

 

「死銃がどこに行ったか分からないんだから、一緒にいようがいまいが危険度は同じでしょ?それに、アンタにこのゲームをレクチャーしたのはどこの誰だったかしら?」

 

「・・・はあ〜〜〜…なんで上やんさんの周りにはこう…頑固すぎる子が多いんですかね…」

 

「決まりね。じゃあ一先ずよろしk…」

 

「シノン!退がれ!」

 

ドンッ!

 

「えっ!?きゃあっ!?」

 

ブォンッ!!

 

 

シノンが握手を求めようと右手を差し出しかけたが、上条はその手を取らずにシノンの肩を突き飛ばした。そして、シノンが呆気に取られる中、上条は左腰につけたビームシールドの取っ手を掴みレーザーの盾を展開した。すると次の瞬間、何本もの弾道予測線が2人に向かって襲いかかった

 

 

ダダダダダダダダダダダダダッ!!!

 

カンカンカンカンカンッ!!カンカンカンカンカンッ!!

 

「ふっ!やっ!はっ!だっ!らっ!でやっ!ぜあっ!おらっ!」

 

カァンッ!!!

 

「ウッソォ!?」

 

 

しかし、上条は弾道予測線が示した道を辿るようにビームシールドを振り回すと、火花を散らしながら自分達に襲いかかる弾丸の悉くを叩き落とした

 

 

「はー…まぁ防ぎきれたとはいえ心臓に悪りぃなこれマジで…ともかく、まずはアイツからだな、シノン」

 

「え?え、えぇ…」

 

「それじゃ、俺がシノンを守る。シノンは前だけを見てアイツを狙撃してくれ」

 

「ッ!!/////」

 

(こ、こいつ…!無自覚で言ってんだったら…!///)

 

「・・・シノン?」

 

ドサッ!ガチャンッ!

 

「ふんっ!了解!」

 

 

シノンは少し不機嫌そうに上条の指示に同意すると、地面に腹這いになりヘカートの銃口を敵に向け直し、スコープを覗き込み照準を定めた

 

 

「くっ!!!」

 

ダダダダダダダダダダダダダッ!!!

 

カンカンカンカンカンッ!!カンカンカンカンカンッ!!

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 

敵がマガジンを装填し終わると間髪入れずに第ニ射が上条とシノンに襲いかかる。しかし、またしても上条は弾道予測線をなぞるように光の盾を導くと、高熱のレーザーで一弾も余すことなく弾丸を弾き続けた

 

 

「今だ!撃てシノン!」

 

「ッ!!」

 

ドゥンッッッ!!!

 

「・・・うっそぉ…」

 

[Dead]

 

 

上条がそう叫んだ瞬間、シノンはほとんど反射的にヘカートの引き金を引き絞っていた。弾丸は見事に敵の腹部を貫き、驚愕の声とともに真っ二つになった死体が地面に転がり落ちた

 

 

「はぁ…なんとかなったわね…」

 

「よっ。ナイスアシスト」

 

「そっちこそ、よく気づいたわね」

 

「んー…なんでだろうな?前やってたゲームじゃ索敵スキル上げてたから…身体に染み付いちまったのかな?」

 

「ま、なんでもいいけど行きましょ。今の戦闘音で他の誰かが気付いてこっちに来るかもしれないわ」

 

「了解。じゃあ一先ず死銃のヤツを追って水面を注視しながら川沿いを歩いて行こう。と言っても上流に行くか下降に行くかなんだが…シノン、お前の意見が聞きたい」

 

「え?ど、どうして私に?」

 

「どうしても何も、シノンの方が圧倒的にベテランだし、何より死銃と同じスナイパーだ。アイツの行動を先読みするならシノンに間違いはない」

 

「・・・そうね、いくら妙な力があると言っても、死銃は基本的には狙撃手だわ。遮蔽物の少ないオープンスペースは苦手のはずよ。でも、ここから北に行くと、川の向こうの森もすぐに途切れる。その先は島中央の都市廃墟まで、ずっと見通しのいい野原よ」

 

「なるほど…じゃあヤツが次に目指す場所はその島中央にある廃墟エリアに間違いないと?」

 

「ええ」

 

「よし、じゃあ俺たちもそこを目指そう。川岸を走れば左右からは見えないはずだ」

 

「わかった」

 

 

そう言ってシノンは上条に少し頷くと、2人は川岸に降りて走り出した

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話 黒星54式

 

「・・・これは…」

 

「・・・追いつけなかったのね」

 

 

その後、川岸から都市廃墟まで走り続けた2人は川の一番端まで辿り着いていた。川が暗渠となって都市地下に流れ込んで降り、その入り口には頑丈そうな鉄格子が設置されており、プレイヤーのこれ以上の進行を阻んでいた

 

 

「ここで行き止まりってことはそれぐらいしか…それともまさか私たちがどこかで追い越しちゃったとか…?」

 

「いや、それはないな。走りながらずっと水中をチェックしてた」

 

「そう…ならヤツはもうここから上がってこの都市のどこかに身を潜めているはずね」

 

「・・・よし、じゃあ次のスキャンで場所を特定して次の被害者が出る前にアイツを強襲しよう」

 

「それはいいけど…一つ問題があるわよ」

 

 

そう言ってシノンは右手の人差し指を立て、それをまざまざと上条に見せつけた

 

 

「も、問題…?」

 

「デス・ガンはアイツの正式なキャラネームじゃないこと、忘れてないでしょうね?」

 

「あっ…忘れてた…」

 

「ったく…しっかりしてるようで変なとこ抜けてんだからアンタ…」

 

「えと…確か初出場のヤツでシノンが知らないのは3人だったな。その内ペイルライダーは死銃じゃなかった…てことは残ったのは…銃士Xとスティーブンのどっちかだな」

 

「もしスキャンでその2人ともが都市にいたら迷ってる暇はないわよ?」

 

「だよなぁ…どうしたもんか…」

 

「・・・あのさ、今ふと思ったんだけど…」

 

「何だ?言ってみてくれ」

 

「『銃士』をひっくり返して『しじゅう』。『X』は『クロス』。あいつがやってた十字を切る動作…ってのは流石に安易すぎ…よね?」

 

「んぁー…まぁいやどうかなぁ…オンラインゲームのキャラネームなんて基本みんな安易だと思うけどな俺の知り合い含めて…俺なんて高校時代のダチから呼ばれてたあだ名そのまんまだし…シノンは…って聞くまでもないな。本名の『詩乃』に『ン』つけただけか…」

 

「う、うるさいわね…別に名前なんてなんでも…って議論が逸れたわね」

 

「あ、そうか…よし、じゃあ廃墟に両方いた場合は銃士Xの方を優先しよう。もし俺がペイルライダーと同じようにスタン弾に撃たれて麻痺しても、慌てずその場で狙撃体勢に入ってくれ」

 

「え?」

 

「アイツは必ず、最後はあのハンドガンで止めを刺そうとするはずだ。そこを撃ってくれ」

 

「な、なんでそこまで…私が死銃じゃなくてアンタを背中から撃つかもしれないのに…」

 

「?」

 

 

シノンの言葉に上条は大層不思議そうな表情で首を傾げた後、少し微笑んでシノンの頭を二回軽く撫でた

 

 

ポンッ…ポンッ…

 

「なっ!?///」

 

「シノンがそんな風に俺を撃たないことぐらい、もう分かってるさ。もうシノンのことはとっくに信頼してる。頼りにしてるぜ、相棒」

 

「〜〜〜ッ!?///うっさい!早くこの手を退けなさいこの変態!///」

 

「おおっと!はは、吹寄の世話好きが移ったかもな。さ、早く行こう!」

 

(惑わされてんじゃないわよ…!コイツは私が倒すべき敵!それ以上でも以下でもない!)

 

 

そう言うと2人は、河床から市街地に上がるための階段を登り始めた。シノンは撫でられた頭に妙な熱と疼きを感じながら、上条の背中を追った

 

 

タッタッタッタッタッ……

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「よし、シノン。サテライト・スキャンを使う。俺は廃墟の北側からプレイヤーの名前を確認する。シノンは南側から順に頼む」

 

「分かった」

 

ピコンッ!

 

 

廃墟都市の丁度中心部へと移動した2人は、周囲に気を配りながらサテライト・スキャンを起動させた。フィールドの立体映像が展開され、2人はその中の廃墟都市に潜伏している輝点に触れ、敵の名前を順に確認していった

 

 

ピッ!ピッ!ピッ!ピッ!

 

「!!!いたわ!銃士X!」

 

「よし…全部確認した。てことは、スティーブンはこの街にはいないな…つまり、この銃士Xが死銃ってことだ」

 

「よし…じゃあ銃士Xのいるこのスタジアムに急ぎましょう」

 

「ああ」

 

タッタッタッタッタッ……

 

 

そして二人は廃墟都市エリアの中にあるまるで野球場のようなドーム型のフィールドの近くまで辿り着いた。そして、シノンが視力強化スキルの補正を受け、スタジアムの屋上あたりを注意深く見つめた。するとその視線の先に、キラリと一瞬光る銃口を発見した

 

 

「・・・いたわ。あそこ」

 

「よし、まだ動く気配はないな。今のうちに後ろからアタックしよう。シノンは通りを挟んだ向かいのビルから狙撃体勢に入ってくれ」

 

「え…?いや、そんな面倒なことせずに私もスタジアムに…」

 

 

そう言いかけたシノンの口を、上条は鋭い目線で塞いだ

 

 

「いや、これがシノンの能力を最大限に活かす作戦なんだ。ピンチの時はお前がその銃で援護してくれると信じているから、俺は怖れることなくあのボロマントと戦える。相棒ってそういうもんだろ?」

 

「・・・・・」

 

「よし。それじゃ俺はシノンと離れてから30秒後に敵に殴りかかる。その時間で足りるか?」

 

「うん、多分…」

 

「OK。それじゃ、よろしくな」

 

タッタッタッタッタッ……

 

 

そう告げて段々と小さくなっていく彼の背中をシノンは見つめていたが、やがてその姿が見えなくなると、自分も指示された狙撃ポイントに向かって走り始めた

 

 

タッタッタッタッタッ……

 

(・・・死銃を倒せば…アイツはまた敵に戻る…アイツを撃って、倒して…そして…忘れればいい…)

 

(アイツとは…きっともう2度と会うことなんてないんだk…)

 

プシュッ!

 

(・・・え?)

 

ドサッ………

 

 

不意に横から何かがシノン目掛けて飛来した。そしてシノンの体にはまるで雷に撃たれたかのような電撃が走り、全身の痺れとともに身体の力が抜けていき、地面にうつ伏せになって倒れていた

 

 

(・・・なに?身体が、動かない…一体なにが…?)

 

バチッ…バチバチバチバチバチッ!!

 

 

自分に降りかかった事態も上手く飲み込めていないまま、異物感を感じた右腕を見つめると、青白い光を発する細い針のような物が刺さっているのが分かった

 

 

(すっ!?スタンバレット!?一体誰が!?死銃は今スタジアムにいるはずなのに…!)

 

ジジッ…ジジジジジジッ!!

 

「ッ!?」

 

 

次の瞬間、シノンの耳にブラウン管テレビの砂嵐のような音が聞こえた。かと思えば、目の前で透明な人影が電子の波の中に形を作っていき、一人のプレイヤーがその姿を現した

 

 

「上やん、お前が本物か、偽物か、これで、ハッキリする」

 

「仲間が、守るべき物が、何よりも大切だと言うお前が、この女を殺されて、怒り狂えば、お前は本物だ」

 

 

(こっ!?殺す!?私を…!?何とか…何とかしないと…!)

 

「うっ…!くうっ…!」

 

 

 

シノンは麻痺で痙攣の止まらない体に無理を言わせて左腕を懸命に動かし、自分の腰に装備した小機関銃を掴もうとする。しかし、目の前に現れたボロマントのプレイヤーはゆっくりと自分に向かって近づいてきていた

 

 

「上やん、さぁ、見せてみろ。お前の怒りを、あらゆる幻想を殺す、その右手の力を、もう一度、見せてみろ」

 

ジャカッ!

 

「!!!!!」

 

(そ、その…その拳銃は…!)

 

 

死銃がそのマントの中から一丁の拳銃を取り出し、そのグリップをわざとシノンに見せつけるように掲げた。その拳銃のグリップには、怪しく輝く『黒い星』が彫られていた

 

 

(『黒星54式』…!?)

 

 

その拳銃を見るなり生唾を飲み込んだシノンの脳裏にはある記憶が鮮明なまでに蘇った。自分が無我夢中で拾い上げ…実際にその引き金を引いた「鮮血の記憶」…その記憶の中心にあった拳銃が、なんの因果か再びシノンの前に現れたのだ

 

 

(なんで…なんで…!なんで…今ここにあの銃が…!)

 

「・・・クククッ…」

 

ガシャッ!

 

 

シノンは衝撃のあまり完全に萎縮してしまい、手の届いていた小機関銃を取り落としてしまった。だが死銃は無慈悲にも黒星のスライドを手前に引き、弾丸を装填すると、その銃口をシノンに向けた

 

 

(・・・強さ…意味…戦うことの意味。上やんを見てれば…いつか、きっと分かると思ったのに…)

 

 

そして、死銃が左手を上げ、まるで神を冒涜するかのようにその身体に十字を切った

 

 

(嫌だ…諦めたくない…諦めたくない!)

 

ダンッ!!!

 

「やめろテメエエエエエエエエエエエエエエエエエェェェェェ!!!!!」

 

「「!?!?!?」」

 

 

刹那、シノンは銃声が聞こえたのかと思い反射的に目を瞑った。しかし、それは銃声ではなかった。上条がスタジアムの屋上からジャンプするために地面を思いっきり踏み切った音だった。死銃も思わずその方向へと振り向き驚愕していた。上条はその表情を怒りで歪め、叫びながらこちらへ飛び降りてくる。そして…

 

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!!」

 

ドゴオオオオオォォォォォンッ!!!

 

 

上条は落下していく速度をそのままに右の拳を地面に思い切り叩きつけた。するとたちまち、上条の拳を中心としてまるでグレネードが爆発したかのように周囲を濃い砂煙が包んだ。そしてその煙に乗じて上条はシノンの元へと駆け寄った

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話 チェイス

 

「シノン!大丈夫か!?無事か!?」

 

「か、上やん…」

 

「抱き上げるぞ!今はハラスメントコード押すとかいう冗談はマジでいらないからな!」

 

 

そう言うと上条はシノンのヘカートを右肩に背負い、彼女の身体を二本の腕で抱え上げ、砂煙の中を走り始めた

 

 

タッタッタッタッタッ!!

 

「はぁっ!はあっ!はぁっ!」

 

 

上条は死銃を撒くことだけを考え懸命に走り、スタジアムの方を離れメインストリートへと走っていく。しかし、いくら上条が筋力スキルを最優先で上げているとは言っても、右肩にヘカートをぶら下げ脱力しきったシノンの体重を持ち上げながら速度を保って走り続けるのは不可能だった。次第に息が切れ始め、その苦しそうな表情から上条の必死さがシノンに痛いほど伝わってきた

 

 

「もう、いいよ…上やん。私を…置いていって…」

 

「はぁっ!はあっ!断る!…ッ!?」

 

プシュン!!!カァンッ!!

 

「クソッ!もう追いついて来たってのかよ!?」

 

 

シノンの懇願を即答で否定するやいなや、背後から飛んで来た一発の銃弾が上条の頬を掠め、通りの商店のネオン看板に命中した。ほとんど無音で撃ち出されたその弾丸は、間違いなく死銃の「沈黙の暗殺者」による狙撃に間違いないと上条は確信していた

 

 

「何か…何かないのか…!もっと早く逃げる方法は…!……あっ!あれなら!!」

 

 

逃走方法を模索する上条の目に止まったのは、ストリートの道端にあるレンタル乗り物屋だった。そこには数台の朽ち果て現役を引退した三輪バギーと、その中でも辛うじてまだ動きそうな一台のバギー、そして馬を型どった四足の機械仕掛けのロボットホースが置かれていた

 

 

「馬は…無理よ。踏破力が高いけど…扱いが難しすぎる。でも、かといってその三輪バギーも乗りこなせる人なんてほとんど…」

 

「舐めんなよ、俺が何度吹寄の操縦する暴走車に乗ったと思ってんだ!それに比べりゃこんな三輪車!可愛く見えるぜ!」

 

ピコンッ!!

 

 

そう言いながら上条はシノンをリアステップに降ろし、その隣にヘカートを置いた。そして運転席に跨るとタッチパネルに右手を乱暴に押し付けた。するとその瞬間、クレジット決済が完了し三輪バギーのエンジンがかかった

 

 

ブルルルルルルンッ!!!

 

「よし!行くぞシノン!しっかり捕まっt…!?どわああああああ!?!?」

 

ギュロロロロロロロ!!!!!

 

 

しかし、エンジンをかけるやいなや、三輪バギーは車輪の摩擦熱で煙を上げながらスタートダッシュし、上条はバギーのハンドルの暴れっぷりに必死に抵抗していた

 

 

「クッソ!言うこと聞けっ!このやろっ!」

 

ギキキュッ!ギュリリッ!ブウウウウウウウウンッ!!!

 

 

バギーは上条の言うことを聞かずに暴れ回り、車体が右往左往する度にタイヤが道路と擦れ合う甲高い音が鳴り響く。上条が暴走するハンドルを力で押さえ込むと、ヨロヨロと頼りなく揺れながらバギーは辛うじて真っ直ぐ走っていると言えるレベルになり、上条はそこで一度ブレーキをかけた

 

 

「よし、このままだぞ…このまま…シノン!お前の狙撃で馬を壊してくれ!そしたら死銃はもう俺たちに追いつけない!」

 

「!!!わ…解った…やってみる…」

 

 

未だに震えが残る両腕で、隣に置かれたヘカートを抱えると、その銃口を30メートルほど先の金属馬に向けた。そして、トリガーに指をかけると緑色の着弾予測円が表示され、馬の横腹にフォーカスさせる。そして、そのまま引き金を……

 

 

ガチッ…

 

「・・・え?」

 

ガチッ…ガチッ…

 

「な、なんで…なんで…!?」

 

 

しかし、引き金を引こうとしたシノンの指には固い手応えがするだけだった。シノンは間違いなく引き金を引いているつもりだった。しかし、彼女の思いとは裏腹に彼女の指はトリガーを引くのを拒んでいた

 

 

「・・・引けない…トリガーが…引けない…!」

 

 

その固い手応えは自分の指がトリガーの先で硬直する感覚そのもの。シノンの指は、トリガーに触れてすらいなかった。例え指先にどれほどの力を込めようと、その指とトリガーの隙間は埋まらなかった

 

 

タッタッタッタッタッ!ギラン!

 

「「!!!!!」」

 

 

そして、ストリートの曲がり角から黒いマントが飛び出してくると、赤い眼光で二人を睨みつけた。もはや上条とシノンには一刻の猶予も残されていなかった

 

 

ガシッ!!

 

「あっ!」

 

「シノン!掴まれ!振り落とされるぞ!」

 

ギャリリリ!ブオオオオオンッ!!!

 

 

上条は死銃の姿を視認するなり、シノンを前向きに座り直させ、バギーのハンドルを懸命に手前に絞り、エンジンを蒸した。そして唸りを上げるようにタイヤから摩擦による白煙が上がると、二人を乗せたバギーはそのまま走り出した

 

 

ブロロロロロロロロ!!!

 

「・・・逃げ…切れる…」

 

「まだだ!気を抜くなよ!」

 

「えっ………ッ!?」

 

パカラッ!パカッ!パカラッ!

 

 

上条は手元のミラーで死銃がこちらを追いかけて来るのが見えていた。しかし、彼に何が見えているのかシノンは分からない。そして後ろに振り返った彼女が見たのは、扱いが難しすぎてほとんど乗れる者がいないという馬を見事に乗りこなし、自分たちを追従してくる死銃の姿だった

 

 

「なんで…なんで!?…追いつかれる…!もっと…もっと早く!逃げて!逃げてぇぇぇ!!!」

 

「クッソ!早すぎだろアレ!こっちはまだ満足に真っ直ぐにすら走れねーってのに!つーか馬がバイクより早いって理屈的におかしいだろ!?」

 

ブロロロ!キキッ!ギャリ!ブルン!

 

パカラッ!パカラッ!パカラッ!

 

 

シノンは上条の背中に抱きついて目を瞑り、震えるような声で彼に逃げるよう叫んだが、死銃の乗る馬の踏破力は上条のおぼつかない運転で走るバギーとは比べ物にならず、どんどんその距離を詰めていった

 

 

スッ……ガチャッ!!

 

「!!!ぁ…あぁ….ぁぁぁ…!」

 

 

後ろを気にして振り返ったシノンが見たのはあり得ない光景だった。なんと死銃はただでさえ扱いの難しい馬に乗っているにも関わらず、手綱から片手を離し、死をもたらすハンドガンの銃口をシノンに向けてきたのだ

 

 

パシュンッ!!

 

「!?嫌あああっ!?」

 

バンッ!フォンッ!

 

 

シノンのに頬に向かって赤い弾道予測線が伸びた。シノンは恐怖で硬直する身体をなんとか動かし、数秒と間を置かずに襲いかかってきた死の銃弾を紙一重で避けた。しかし、死銃の追撃はそれだけでは終わらなかった

 

 

バンッ!カンッ!バンッ!カンッ!

 

「あっぶね!?こっちはただでさえ下手クソな操縦で車体が左右に不規則に揺れてんだぞ!?それで車体に銃弾当てるってどういう命中率してんだよ!?」

 

「やだ…やだよぉ…助けて…助けて…!」

 

 

立て続けに死銃の放つ銃弾が上条達に襲いかかる。その弾は上条達自身には掠りもしないが、彼らの乗る不規則に揺れる三輪バギーの車体には必ず命中していた。そして上条の背中に縋り付くシノンは、まるで赤子のように身体を縮こませながら震えていた

 

 

「・・・シノン…聞こえてるかシノン!」

 

「・・・ぇ?」

 

「このままだと絶対に追いつかれる!お前がアイツを狙撃してくれ!」

 

「む、無理だよ…出来っこない…」

 

「当たらなくてもいい!牽制してくれればそれでいいんだ!」

 

「・・・無理…あいつは…あいつは…!」

 

「なら運転を変わってくれ!俺がその銃を撃つ!」

 

「!!!そ、そんな…ヘカートは…もう一人の私…私の分身…私以外の…誰にも扱えない…」

 

 

そう言うとシノンは、上条の身体から手を離し再び自分の分身であるヘカートを構えた。そしてその銃口を追従してくる死銃に向け、スコープを覗き込み、狙いを定める。しかし…

 

 

「・・・撃て、ない…」

 

 

シノンは掠れた声でそう囁いた。どうしても彼女の指はヘカートのトリガーに届かなかった。まるでヘカートの方が怯える彼女を拒んでいるかのようだった

 

 

「撃てない…撃てないの。指が…動かない…私もう…戦えない…」

 

「いや!撃てる!戦えない人間なんかいない!戦うか、戦わないか、その選択があるだけだ!!」

 

 

シノンが最大のライバルと認めた上条が叫ぶ声は、どこまでも真っ直ぐだった。彼の言葉はいつも、まるで弾丸のように人々の心を撃ち、多くの人の在り方を変え、救ってきた。しかし、そんな彼の言葉でさえも、今のシノンの心の壁を撃ち砕くことは出来なかった

 

 

「なら…私は戦わない方を選ぶ…だって…もうこれ以上辛い思いはしたくない…この世界でなら強くなれると思ったのは…ただの幻想だった…」

 

バシッ!!

 

「!?!?!?」

 

 

突然、シノンの凍りついた右手を、あらゆる幻想を殺す右手が包み込み、シノンは思わず閉じかけた瞼を見開いた。バギーの運転シートに座っていたはずの上条は身体を反転させ、左手だけでハンドルを取りながら右手を懸命に伸ばしてシノンの右手を強く握っていた

 

 

「なら、俺がその幻想を壊してやる。俺が一緒に撃ってやる。シノンは1人で戦ってるんじゃない。だから頼む…一度だけでいい!この指を動かしてくれ!」

 

「!!!!!」

 

 

真っ直ぐな眼と真剣な表情でシノンにそう訴えた。一丁の銃を二人で撃つなどシステム的にどうなのかと迷うシノンだったが、彼の右手は凍りついたシノンの指をゆっくりと動かしていき、ついにその指がトリガーに添えられた

 

 

ギュロロロ!ブゥンッ!ギャリッ!!

 

「だ、駄目…こんなに揺れてたら…照準が…それに…このままじゃバギーごと横転して…」

 

「それでいいんだよ」

 

「・・・え?」

 

ブワッ!!!

 

 

瞬間、シノンの身体が宙に浮かび上がった。いつの間にか唯一ハンドルを握っていた上条の左手は、シノンの腰回りを優しく抱き抱えていた。そして上条は二本の足にその身体に宿る全ての筋力を集中させ、思いっきり運転シートを後ろに蹴ってシノンと共に宙へと飛び上がった

 

 

ガゴォン!バァンッ!ガラァンッ!!

 

「!?!?」

 

 

ハンドルを握っていた主と氷の狙撃手が飛び去ると、制御を失ったバギーが派手に横転し、轟音を立てながら後ろに転がっていった。当然彼らの背後を追従していた死銃は自分に襲いかかってくるバギーをマスク越しの赤い目で認識するなり、目に見えて動揺していた

 

 

(・・・なぜ、この状況でそんなにも冷静でいられるの…?)

 

 

身体が浮いた刹那、シノンは自分の右手を取り、自分を抱えて飛ぶ少年に心の中で問いかけた。しかしすぐに、その問いを自分で否定した

 

 

(・・・違う。冷静とか、そういうことじゃない。この人はただ全力なんだ。自分に言い訳せず、『誰に教えられなくても、自身の内から湧く感情に従って真っ直ぐに進もうとする』…それが…そんなこの人の在り方こそが…この人の強さなんだ…)

 

(私が上やんと同じように出来るとは到底思えない…でもせめて、今は…今だけは…!!!)

 

「撃て!シノン!!!」

 

「!!!!!」

 

ドゥンッッッ!!!!!

 

 

シノンの指が今度こそ間違いなくヘカートのトリガーを引いた。上条は右手を添えただけだった。最後にはシノンが自らの意志でその引き金を引いた

 

 

カンッ!!

 

 

『冥界の女神』の異名を持つヘカートから放たれた銃弾は死銃に掠りもせず、無情にも先ほどまで2人が乗っていた三輪バギーに命中した

 

 

「・・・・・外した…」

 

 

シノンは口中で小さく呟いた。しかしそう呟いた直後、弾丸が命中し三輪バギーに空いた穴から、小さな炎が見えた。そう、ヘカートが放った銃弾は先ほど上条達が乗り捨てた三輪バギーの燃料タンクに風穴を開け、鉄の擦れ合う火花を散らしたのだ。そして死銃の馬が転がりながら襲いかかる三輪バギーを飛び越えようとしたその瞬間…!!

 

 

ボウッ…!ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話 守りたいもの

 

ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!

 

 

ヘカートが撃った弾がバギーの燃料タンクに引火した瞬間、周囲を猛烈な爆炎が包み込んだ。爆発の中心にいた死銃と馬はそのまま爆炎に飲み込まれ、その姿が炎の中に消えていくのをシノンは見ていた。しかし、その視界は突如として失われた

 

 

「ふぇっ!?わぷっ!?」

 

「ッ!!!」

 

 

その原因は上条にあった。上条はシノンを自分の胸に抱き寄せると、彼女の右手から手を離し、そのまま彼女の後頭部を守るように自分の右手で覆い、彼女の身体をキツく抱きしめた

 

 

ドガッ!!!

 

「あぐっ!!」

 

「かっ!?上やん!!!」

 

ドサッ!ゴロゴロゴロ…ズシャッ…

 

 

上条はシノンを抱きしめながら、空中で姿勢を変え、地面を背にすると、そのまま落下していき、その身体が思い切り叩きつけられた。それだけでは爆風で煽られ飛ばされた2人の勢いは止まらず、跳ねながら地面を何度も転がりつつも上条は最後までシノンの身体を守り抜き、2人の身体がやっとのことで静止した

 

 

ガバッ!!!

 

「上やん!大丈夫!?ねぇ!ねぇったら!!」

 

「痛てっ…痛てててててっ…ははは、高いところから落ちんのは慣れてるからな…これぐらい平気だ…」

 

「はぁ…良かった…」

 

 

シノンは上条の腕の中から抜け出すと、懸命に彼の身体を揺らした。そして彼が無事だと分かると安堵の息を漏らし、上条はゆっくりと膝に手を置きながら立ち上がった

 

 

「倒した…のか…?」

 

「いや…多分生きてる…爆発の瞬間、アイツがロボットホースから飛び降りるのが見えたわ。でも無傷じゃないはずよ…かなり時間は稼げるはず」

 

「・・・そうか…なら一先ずここは逃げよう。このままやっても確実にこっちが勝てるとは限らない」

 

「分かった。行きましょ」

 

タッタッタッタッタッ……

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「はぁ…ここまで来ればまぁ安心だな…」

 

 

上条とシノンは一先ず死銃を撃退した後、廃墟都市を抜け出し一面の広大な砂漠地帯を歩いていた

 

 

「しっかし…こうも見晴らしがいいと隠れようにもなぁ…」

 

「待って。あそこ、多分洞窟がある」

 

「え?あ、あの周りよりちょっと盛り上がってるとこか」

 

「あの中なら、衛星スキャンも避けられるわ」

 

「よし、じゃああそこに行くか」

 

ザッザッザッザッザッザッ…

 

 

そして2人は砂地を踏みしめながら歩くと、そこそこ広い洞窟の内部へとたどり着いた

 

 

「は〜〜〜…とりあえずここで次のスキャンをやり過ごそう…流石の上やんさんも少し疲れた…」

 

「・・・そうね」

 

 

そういうと2人は洞窟の地に腰を下ろし、壁に背中を預けた

 

 

「・・・ところで、アイツはさっきいきなりシノンの前に現れたよな?もしかしてあのボロマントは自分を透明化する能力があるのか?ペイルライダーを撃った橋のところで消えたり、衛星に映らなかったのは傍の川に潜ったんじゃなくてその能力で…」

 

「・・・多分、そうだと思う。『メタマテリアル光歪曲迷彩』っていう能力だと思う。元々ボスモンスター専用の能力だけど…その効果がある装備があったとしても不思議じゃないと思う…」

 

「そうか…これで…全部…なにもかもが繋がった…」

 

「?」

 

 

シノンの話を聞くと、上条が何かを呟いたが、シノンの耳にはそれがなんなのか聞こえなかった

 

 

「・・・まぁともかく、ここなら大丈夫だと思う。下が荒い砂だし、透明になっても足音は消せないし足跡も見える。いきなり近くに現れるのは無理よ」

 

「なるほど…じゃあ最低でも耳を澄ませてないとな…」

 

「ねぇ。さっきスタジアムのとこで、どうやってあんなに私を早く助けに来られたの?アンタ確かスタジアムの外周の上にいたんじゃ…」

 

「あーいや、俺たちが死銃の正体だと踏んだ『銃士X』が人違いだってのは、一目で見りゃ分かったからな」

 

 

上条はなぜか少し照れ臭そうにポリポリと自分の頬を掻いて苦笑いしながらそう答えた

 

 

「え?ど、どうして?」

 

「どっからどう見ても女の人だったからだよ。それも割と露出多くてセクシー系の…いやー、戦う時どこに目を向けたらいいか正直迷っt…」

 

ガチャ…

 

「」

 

 

笑いながらそう話す上条のこめかみに、ヘカートの銃口が向けられ、ギギギッ、と錆びた機械のような音がしそうなほどぎこちなく首を曲げその先に視線を向けると、鬼のような形相でこちらを睨むシノンがいた

 

 

「次は撃つわよ」

 

「す、すみませんでした…」

 

「ったく…で、どうしたの?」

 

「ああ…それで、俺たちは何か重要な見落としをしてるんじゃないかって思った。それでシノンの方に死銃のヤツが行くかもしれないと思ったらモタモタしてらんなくてな。堂々と名乗ろうとした銃士Xさんを問答無用でぶん殴った」

 

「・・・うわぁ…」

 

「いやまぁ後で謝るって…それで、こっちもちょっと攻撃食らったけど何とか倒した。ちなみに名乗りによると本当は『ジュウシエックス』じゃなくて、『マスケティア・イクス』って読むらしい」

 

「へぇ…」

 

「それでスタジアムの上から南の方を見たら、シノンが道路に倒れてるのを見つけてさ。もう我も忘れてドームの屋上から飛び降りてた…ってことだ」

 

「・・・私がもっとしっかりしていれば…」

 

「そんなに自分を責めなくていい」

 

「・・・・・」

 

「俺だってアイツが隠れてることに気づかなかったんだ。もし役割を逆にしていたら麻痺弾を喰らっていたのは俺の方だ。そしたらその時はシノンが自慢の狙撃で俺を助けてくれる。そうだろ?」

 

 

上条の穏やかなその声は、そう言った本人の思いとは裏腹に、シノンの胸に鋭い痛みと疼きをもたらした

 

 

(・・・私…なぐさめられてるんだ…ライバルだと思っていた相手に…挫けて、弱気になってるのも全部見透かされて…子どもみたいにあやしてもらってる…)

 

 

焦燥や無力感、そして迷いと混乱に惑わされながら、シノンはただ自分の膝を抱えて俯いた。そのまま何十秒かが経過した後、再び彼女の耳に上条の声が聞こえてきた

 

 

「・・・よし、じゃあ俺は行くよ。シノンはここでもう少し休んでてくれ。本当はログアウトしてほしいとこだが…大会中はできないからな」

 

「・・・え?」

 

 

シノンは反射的に俯いていた顔を上げ、上条の方を見る。視線の先に映った上条は自分で開いたウインドウを操作し、シールドのバッテリー残量をチェックしていた

 

 

「1人であの男…死銃と…戦うの…?」

 

「・・・ああ。アイツは強い。正直なとこ、あの銃の力を抜きにしても、姿を消す装備やあのライフル、そしてステータス…どれを見ても周りより頭一つ以上抜けてる…さっき逃げ切れたのだって半分は奇跡だ。次にあの拳銃を向けられたら…流石に物怖じしないってのは無理だ…シノンを見捨てて逃げちまうかもしれねえ。だから、これ以上シノンを巻き込む訳にはいかない」

 

「・・・あなたでも、アイツが怖いの?」

 

「怖くないって言ったら…それは嘘になるな。『あの時』の俺なら…あるいはあの銃で撃たれたら本当に死ぬ可能性があるとしても、戦えたと思う」

 

「・・・あの時?」

 

「でも、今は違う。BoBが終わったらALOにとっとと帰るってみんなに約束したからな…守りたいものも、帰りたい場所も、俺には多すぎる。死ねないし、死にたくない」

 

「守りたい…もの…?」

 

「ああ。仮想世界にも、現実世界にも」

 

「・・・なら、このまま洞窟に隠れていればいいじゃない。BoB中は自発的ログアウト不可だけど、大会が進んで残りが私たちと誰か1人になれば、その時点で自殺でもすれば、残った1人が優勝になる。それで大会を終わらせればいいわ」

 

「・・・確かに、それもアリにはアリだ。でも、そういう訳にはいかねぇんだ。このまま大会が終わるまで死銃を野放しにしてたら、後何人にあの銃を向けるか分からないからな」

 

「・・・そう」

 

(やっぱりあなたは強いよ…守りたいものがあると言いながら、命の危険を冒してまであの死神に立ち向かえる…)

 

 

そしてシノンは上条から目を逸らすと、呟くように消え入るような声で言った

 

 

「私、逃げない」

 

「・・・え?」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話 血塗られた手

 

「逃げない。ここに隠れない。私も外に出て、あの男と…死銃と戦う」

 

 

俯いた顔を上げたシノンは、静かな声でそう告げた

 

 

「ダメだシノン。アイツに撃たれれば本当に死ぬかもしれないんだ。俺は完全な近接戦闘タイプで、身を守る盾もある。でもお前は違う。姿を消せるあの男にゼロ距離から不意打ちされたら、危険度は俺の比じゃない」

 

 

シノンは静かに瞳を閉じた後、その胸に秘めたただ一つの結論を口にした

 

 

「死んでも構わない」

 

「・・・え…?」

 

「・・・私、さっきすごく怖かった。死ぬのが恐ろしかった。5年前の私より弱くなって…情けなく悲鳴あげて…」

 

「・・・5年前…?」

 

「そんなんじゃ、ダメなの。そんな私のまま生き続けていくぐらいなら、死んだほうがいい…」

 

「・・・死ぬのが怖いのは、そりゃ当たり前だ。死ぬのが怖くないヤツなんていない」

 

「嫌なの、怖いのは。もう怯えて生きるのは…疲れた…別にあなたに付き合ってくれなんて言わない。一人でも戦えるから」

 

ガシッ!

 

 

虚脱していた体に力を入れ、立ち上がろうとしたシノンの腕を、すぐ隣まで身を乗り出していた上条が掴んだ

 

 

「一人で戦って、一人で死ぬ…とでも言うつもりか?」

 

「そう。多分…それが私の運命だったんだ…」

 

グイッ…

 

「・・・離して。私、行かないと」

 

 

上条はその要求を無言で拒み、シノンの腕を掴みながらそのままゆっくりと立ち上がった

 

 

「お前は間違ってる。確かに人はいつか必ず死ぬ。だけど、どう死ぬかなんて運命まで決められて生まれた人間なんて誰もいない。もしもそんな運命があるっていうんなら、そんな幻想は俺がぶち殺す」

 

「それに、人が一人で死ぬ…なんてことは絶対にあり得ない。人が死ぬときは他の誰かの中にいるソイツも同時に死ぬ。俺の中にはもう他のヤツに代えられないシノンがいる!!」

 

「・・・そんなこと頼んでない。私は…私を他の誰かに預けたことなんてない!」

 

「もうこうして関わりあってんだろうがっ!!!」

 

「ッ!」

 

ガッ!!!

 

「なら……」

 

 

シノンの左手が上条の襟首に勢いよく掴みかかった。そして、絞るような声の後、燃え上がるほどの熱量を込めた視線を上条に向け、心の底から彼に向かって叫んだ

 

 

 

 

 

 

 

「なら、あなたが私を一生守ってよ!!」

 

 

 

 

 

 

突然シノンの視界が歪んだ。頬から何かが地面に滴り落ちていた。それは紛れもない自分の涙であることに、彼女はしばらく気がつかなかった

 

 

「何も知らないクセに!何も出来ないクセに!勝手なこと言わないで!」

 

 

自分の右腕を掴んでいた上条の右手を無理やり振り払うと、彼の肩を2度、3度と怒りの感情を込めて力任せに打ちつけた。上条はそんな彼女の拳を無抵抗で受け続け、彼女の心の叫びをも、その一身で受け続けた

 

 

「これは私の…私だけの戦いなのよ!たとえ負けて、死んでも、誰にも私を責める権利なんかない…!!」

 

 

彼女の声はとても弱々しく、震えた声だった。瞳からはとめどなく涙が溢れ、声だけでなく、その小さな肩も小刻みに震え始めていた

 

 

「それとも、あなたが一緒に背負ってくれるの!?この………」

 

 

震える自分の右手の拳を動かす。それはかつて、血に塗れたトリガーを引き、一人の人間の命を奪った手……

 

 

「この…ひ、人殺しの手を!あなたが握ってくれるの!?」

 

ガシッ!!

 

「!!!!!」

 

「ああ、握ってやる」

 

 

震える彼女の手を、上条の右手が力強く握った。シノンの願いにも似た問いかけに答えた上条の言葉は、瞳は、どこまでも真っ直ぐだった

 

 

「俺は、シノンの過去にどんなことがあったのか知らない。シノンのことを…何も知らない俺が、こんなことを言うのは無責任かもしれない」

 

「でも、権利ぐらいあるだろ。泣きながら一人で、孤独に戦ってる女の子の盾になって、その手を握って救い上げる権利ぐらい俺にもあるだろ」

 

「!!!!!」

 

「何が正しくて、何が間違ってるかなんてどうでもいい。正しいだけで女の子の一人も安心させられない生き方なんて、俺は認めない」

 

「約束するよ。たとえどんな罪を背負ってても、たとえどんなに自分を悪人だと言っても、俺は絶対にシノンを見捨てない」

 

「だから、俺がお前を助けてやる。たとえ世界と戦ってでも、俺がシノンを守る」

 

「だから…もう泣くなよ。シノンはもうとっくに、俺にとって守りたい誰かの一人なんだからさ」

 

「・・・うっ…ううっ…うああっ…」

 

 

そう言われても、もうシノンの涙は止まるところを知らなかった。彼の言葉は今まで聞いた誰の言葉よりも優しく、暖かく、安心した。もう限界だった。氷で覆われた彼女の心の壁は、もう溶けきっていた。溶けた氷の水分は彼女の涙となって溢れ出し、そして……

 

 

「うわああああああああああああああああああああああ!!!!!わあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

「あっはは…流石にダメか…全く…世話のかかる後輩だな」

 

 

シノンは上条の胸に飛び込むと、そのまま幼い子どものように泣き喚いた。上条はそんな彼女の体を受け止めると、その頭を優しく撫でた

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話 人殺し

 

「・・・あのー、シノンさん?もう大丈夫でしょうか?」

 

「・・・もう少し…このまま…」

 

「はいはい…」

 

 

あの後ひたすら泣き喚いたシノンはようやく溢れ出る涙が止まり、足を投げ出して洞窟の地べたに座った上条の膝あたりに横たわっていた

 

 

(・・・いやしかしまぁ、よっぽど辛かったんだろうな…あのクールなシノンがここまで…これは多分その反動なんだろ…せめて今ぐらいは大目に見てやるか)

 

 

そう思いながら、上条はため息を吐いて脱力しながら洞窟の天井を仰いだ。目線だけを周囲に配り、衛星スキャンがまだ近くにないことを確認すると、再び視線をシノンの方へと戻した。すると、しばしの沈黙の後、シノンが口を開いた

 

 

「・・・上やん…私ね、現実で…」

 

「・・・ん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人を、殺したの…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・」

 

 

上条自身もそんな気はしていた。なにしろシノン本人が「自分は人殺しだ」と、そう言っていたからだ。何かの間違いであって欲しかったとは思っていた。しかし上条自身も彼女を全く信じず、何も考えず、何も受け止めずに、泣いていた彼女の手を握った訳ではない

 

 

「・・・五年前、東北の小さな街で起きた郵便局の強盗事件で…報道では銃の暴発で死んだってなってるけど…本当はそうじゃない。その場にいた私が、無我夢中で強盗の拳銃を奪って…犯人を撃ち殺した」

 

 

そしてシノンは、今日まで自分の脳裏に焼き付いて、ひと時も頭から離れず、誰にも語ったことのなかった『鮮血の記憶』を語り出した

 

 

「・・・シノンが口にしてた五年前ってのはそのことか…」

 

「うん。私が11歳の時だった。私それからずっと、銃を見たら吐いたり倒れたりしちゃうんだ。テレビや漫画とか…手のジェスチャーでピストルの真似をされるだけでもダメ…銃を見ると…目の前に私があの時撃ち殺した男の顔が浮かんできて…怖いの…ものすごく怖い…」

 

「それに…あの死銃が持ってたハンドガン…あの『54式黒星』が…実際に私が撃った拳銃と同じなの…だからどうしようもなく…何よりも怖いと思った…」

 

(・・・そうか…それがきっと…シノンの…朝田詩乃のPTSDの原因…)

 

「・・・でも、この世界でなら大丈夫だった。シノンでいる間は、銃を見ても、手に持って撃っても、発作は全く起きなかった」

 

「だから思ったんだ。この世界で一番強くなったら、きっと現実の私も強くなれる。あの記憶を、忘れることが出来るって……」

 

「なのに…さっき死銃に襲われた時、発作が起きそうになって…現実の私に戻ってた…だから、私は戦わないとダメなの…アイツと戦って、勝たないと…シノンがいなくなっちゃう…」

 

「死ぬのは、そりゃ怖いよ…でもね、それと同じくらい、怯えたまま生きるのも辛いんだ。死銃と…あの記憶と戦わないで逃げたら…私きっと前より弱くなっちゃう。だから…だから…」

 

 

記憶を蘇らせ、彼らの狂気の沙汰を思い出し、不意にシノンの身体を寒気が襲った。深く身震いした。すると、上条が自らの口を開いた

 

 

「俺も…シノンと同じだ…」

 

「・・・え?」

 

「俺も1人、人を殺したことがある」

 

「!!!!!」

 

 

暗い顔でそう告げた上条に、シノンは驚きを隠せなかった。先に自分に救いの手を差し伸べた彼も、自分と同じだったのだ。そして暗い顔をそのままに、上条は独白を続けた

 

 

「俺は…ある男と戦った。そして激闘の末に…勝った。そしてある世界を…ゲームを終わらせた…そのゲームの名前は…」

 

「『ソードアート・オンライン』」

 

「・・・知ってたのか」

 

「VRMMOをやってるプレイヤーの中じゃまず知らない人はいないわ。それに、小萌先生が言っていたずっと高校に通ってなかったっていう諸事情…思い浮かべてみたらそんなの簡単だったわ」

 

「・・・ああ。そして俺は、SAOから生還して、あの世界で生き残った全ての人を解放した…」

 

「だけど、それは一人の男の命と引き換えなんだ。SAOを作った茅場晶彦を影で操っていた真の黒幕…『アレイスター=クロウリー』を…俺は倒して…殺した」

 

「・・・・・」

 

「確かに聞こえはいいだろうさ。黒幕を倒して、残る全ての人を救った。でも…俺がアレイスターを殺したことに変わりはない」

 

「それはなにもその時に限った話じゃない…俺はずっと…ずっとそうして来た…現実でも仮想世界でも…敵がいれば…目の前に何かが立ち塞がれば、この右手を闇雲に振り回して…相手をぶん殴って…強引に道を開いて来た」

 

「他にやり方なんていくらでもあったはずだ…なのに俺は…その方法しか選んで来なかった…」

 

「その右手の拳だけで敵味方問わず片っ端から救い上げる俺を、根っからのヒーローだって言うヤツもいた…だけど、そんなのは一方的な見方でしかない。やってることは所詮はただの喧嘩だ。それが本当に正しいかどうかなんてのは、火を見るよりも明らかだ…」

 

「・・・そ、そんな…それじゃあ…私は…私…」

 

 

それでは自分の今までの努力の意味がないと、上条の言葉を聞いていたシノンはそう感じてしまった。これからもずっと、あの記憶に怯えながら生きるしかないのかと、そう思っていた。再びシノンの心を冷たい闇が包み込もうとしていた。しかし、その闇を祓うかのように、上条の真っ直ぐな目がシノンを見つめ、彼女の心を照らした

 

 

「でも、それでも俺は…俺の在り方を変えないし、変わらない」

 

「!!!!!」

 

 

ヒーローという自分を否定してなお、上条当麻はその道を曲げなかった。それこそが紛れもない彼の強さだ。上条当麻は「ヒーロー」だからその強さがあるわけではない。変えたくないものが、変わらないものが彼の中にあるから、自分の信じた道を突き進むことができる

 

 

「アイツは…死銃だけは絶対にぶん殴ってでも止めないとダメだ。殺してでも止めるとか…そういう話じゃないんだよ」

 

「終わらせなきゃいけないんだ…もうこれ以上、仮想世界で誰かが死ぬなんてのは誰も望んじゃいない。あの悲劇はSAOで終わったんだ」

 

「だから、俺がこの手で決着をつけなくちゃならないんだ…それがあの世界を…SAOの世界をこの右手で生き抜いた…俺のやるべきことだ」

 

「・・・上やん…」

 

「・・・シノン、聞いてくれ。お前に話しておかないといけないことがある…なんで俺がこのゲームを始めたのか、なんで俺が死銃を追っているのか…その全てを、シノンに話す」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話 見えざる魔の手

 

「・・・そんな…確かに災誤先生のことは夏休み明けから見てなかったけど…まさか…亡くなっていたなんて…」

 

 

その後、上条はシノンに対し自分が黄泉川に依頼されこの世界に来たこと、そして死銃が関連していると思われる事件、死銃のプレイヤーはSAOで殺人ギルドに属していたメンバーであることについて説明し終わっていた

 

 

「じゃあ…死銃はSAOでやってたPKをまたやりたくなったから…今度はこのGGOに来たってことなの?」

 

「ああ、おそらくな…」

 

「でも、だとしたらどうやって犯行を…死銃はどうやって現実世界の人間を殺しているの?」

 

「そこだ、そこが問題なんだ。まず、死銃は複数犯に間違いない」

 

「・・・ふ、複数?」

 

「ああ。まず死銃…あのスティーブンってアバターでログインした人間が仮想世界でプレイヤーに向けてあの拳銃を撃つ。そしてそのタイミングとほぼ同時に、現実世界にいる死銃の仲間が撃たれたアバターを操作してる…現実世界の本人に薬物を注入して殺す」

 

「!!!!!」

 

「実際、アミュスフィアをつけてダイブしてる本人は現実じゃ覚醒状態じゃない上に無抵抗だ。そんなほぼ寝たまま起きてこない人を殺すなんて赤子の手を捻るより簡単だ」

 

「ま、待ってよ!そ、そんなの…そんなの出来るはずない!確かにその方法なら殺害は可能かもしれない。仮想世界のプレイヤーを撃つのもGGOなら造作もない…でも!現実世界は話が別のはずよ!?どうやってプレイヤーのリアルの住所を割り当てるの!?その上で住居に侵入するなんて…!」

 

「あの『マントの能力』だよ」

 

「・・・え?」

 

「総督府で俺たちはBoBにエントリーする時、リアルの個人情報を入力したはずだ。あの端末が置かれてた場所は個室じゃなくて完全なオープンスペースだった」

 

「ま、まさか…そんな…!!」

 

「そう。死銃はあのマントで透明になって後ろから入力した情報を盗み見ていたんだ」

 

「そして現実の学園都市でなんらかの方法でアプローチして被害者の自宅の電子ロックを解除したんだ。被害者は全員1人暮らしだし、ログインしてる間は寝たきりだ。解錠に多少時間がかかっても他の住民にさえ見られなければリスクはない」

 

「そして準備が整ったら、仮想世界で死銃がプレイヤーを撃つ。そしてそこで時間を合わせて現実世界と時間を合わせるための手段が、あの十字を切る仕草なんだ。あれを合図に、きっと死銃はタイミングを合わせてるんだ」

 

「・・・ま、待ってよ…それって…」

 

「ああ、だから俺はシノンにこの話をしたんだ。危険だってのは分かってる。でももう未然には防げなかった。だからシノン、聞かせてくれ…」

 

「シノンは…一人暮らしか…?」

 

「・・・・・」

 

 

上条の小さな声の問いかけに対し、シノンはその血の気の引いた生気の無い顔で、コクン…と、静かに頷いた

 

 

「・・・やっぱりか…だから死銃はあの銃をシノンに向けたんだ…もう現実で準備が整ってるから…クソッ!!」

 

 

上条は死銃に対する怒りの感情を込めて右手を岩壁に叩きつけた。ゴツゴツとした岩の表面が右手に当たったことでその拳がジンジンと痛むが、そんなことなどもはやどうでも良かった

 

 

「い、嫌…嫌ぁっ!そんな…そんなの…!」

 

バクバクバクバク!ドッドッドッ!!

 

「ああ…ああああああああああああああああ!!!!!」

 

ビーッ!ビーッ!ビーッ!

 

 

恐怖…などという生易しいものではなかった。シノンの体を激甚な拒否反応が駆け巡り、全身が抑えようもないぐらいに震えていた。呼吸ができなくなり、背筋に悪寒が走り、呼吸を求めてその口が喘ぐ。次第にその心拍数が高まっていき、アミュスフィアに安全機能として備えられている『自動切断』のアラートが鳴り始めた

 

 

ガシッ!!

 

「ダメだシノン!!!」

 

「ッ!?」

 

 

しかし、彼女の震える両手をきつく握った上条が叫んだ。そのありったけの叫びが彼女の耳の中で反響した

 

 

「今自動切断したら危険なんてモンじゃない!気をしっかり保って落ち着け!まだ大丈夫だ、アイツらは無条件に誰でも殺す訳じゃない!!」

 

「そ、そんな…でも…怖い…怖いよぉ…」

 

ギュッ…

 

 

子どものように恐怖を訴えながら、シノンは上条の胸の中に顔を埋めた。そして、上条はそんな彼女を優しく諭すように、その両腕で彼女の体を包み込んだ

 

 

「・・・落ち着いたか?」

 

「・・・もう少しだけ…」

 

「・・・分かった」

 

「・・・あんたの手…あったかい…」

 

「はは…まぁ仮想世界だけどな…いつか似たようなことを言った女の子が他にもいたよ」

 

「・・・その女の子とはどういう関係なの?」

 

「え?どう…ってもな…うーん…まぁ友達だよ。じゃじゃ馬なところはあるけど…頼りになる。そんな女の子だ」

 

「・・・ふーん」

 

「ど、どうしたんだよ…」

 

「別に…自分で考えたら?」

 

「?」

 

 

そう言うとシノンは何やら不機嫌そうな顔を浮かべて再度上条の胸の中で自分の体を埋めたが、なにしろ上条はシノンの顔すら見えないので、その真意は読み取れなかった

 

 

「・・・ねぇ上やん、どうしたらいいか…教えて」

 

「・・・死銃を倒す。そうすればまずそもそも仮想世界でプレイヤーに向けて銃を撃つって大前提が崩せる。死銃の仲間も何も出来ずにシノンの部屋から姿を消すはずだ。でも、シノンはここに待機してくれてればいい。俺が戦って死銃を倒す」

 

「本当に…大丈夫なの…?」

 

「ああ。俺は総督府で自分の個人情報を打たなかったし、ダイブしてる俺の身体のすぐ近くに人がいる。だから俺は大丈夫だ。ゲームのルールに則って、全身全霊でアイツをぶっ飛ばす」

 

「でも、『黒星』抜きでもアイツの腕はかなりのものよ。たった100メートル足らずの距離からヘカートの銃弾を避けたの、あなたも見たでしょう?」

 

「確かに絶対の自信はない。でも、このままじゃ被害者が他にも増えるかもしれない」

 

「・・・でも、多分私たちもこのままここに隠れてはいられなくなる。そろそろ私たちがこの砂漠の洞窟に隠れてることを他のプレイヤーも気付き始めているはずよ。むしろ30分もっただけいい方だわ」

 

「・・・そうか…」

 

 

では次にシノンにはどこに隠れていてもらおうかと、上条は考え込んでいた。しかし、そんな風に考えている彼にシノンが自分の決意を吐露した

 

 

「どうせここまでコンビを組んだんだもの。最後まで、二人で戦いましょう」

 

「・・・え?で、でもシノンがもしあの銃で撃たれたら…」

 

「あんなの所詮は旧式のシングルアクションだわ。それに、仮に私が撃たれても、あなたがその盾で、簡単に弾き返してくれるでしょ?」

 

「・・・ああ。シノンを撃たせはしない。だけど、そうする為にもやっぱりお前は死銃の前に身を晒さない方がいい」

 

「そんな…!」

 

「分かってる。シノンのその気持ちはありがたく受け取る。でもお前は本来スナイパーだろ?だったら遠距離からの狙撃が真骨頂だろ?」

 

「そ、そりゃそうだけど…」

 

「だからこうしよう。次のスキャンで俺だけがフィールドに出てわざとマップに場所を表示させて死銃をおびき出す。アイツはライフルで俺を遠くから狙撃しようとするはずだ。その射撃でアイツの位置を割り出して、そこをシノンが撃つ。どうだ?」

 

「・・・自分から囮になるってわけね?」

 

「そうだ」

 

 

二人は数秒の間見つめ合い、お互いの覚悟、そして信頼を確かめ合う。そして数秒の沈黙が流れた後、シノンが口を開いた

 

 

「分かった。それでいきましょう。でも言っとくけど、死銃の最初の一発で一撃死とかやめてよね?」

 

「あ、あはは…努力は致しますが…生憎あの銃本当になんの音もしないからなぁ…上やんさんでも咄嗟に避けれるかどうか…」

 

「予測線を予測するんじゃないの?」

 

「・・・無茶言えよ…」

 

 

悪戯っぽく上条にそう言ったシノンだったが、そんな彼女の視線の先には宙に浮く赤い丸型の表示があった

 

 

「うわっ、やっば…油断した…」

 

「え?油断したって何を?」

 

「アンタの頭の上、見てみなさい。アレはライブ中継カメラよ。普通は戦闘中のプレイヤーしか追わないんだけど…残り人数が少なくなってきたからこんなとこまで来たのね」

 

「・・・え?ま、まさかさっきの俺たちの会話…」

 

「ううん、それは大丈夫だと思う。大声で叫ばない限りは声は拾わないから」

 

「・・・でもこの光景を全国の不特定多数の人に見られているのには変わりはないと?」

 

「何よ?この映像を見られたら困る人でもいるの?」

 

「・・・アイツら見てませんように…」

 

「?」

 

ピコンッ!

 

 

そうこうと二人が話していると、頭上に浮かんでいたライブ中継カメラは他の中継対象を見つけたのか、一瞬でその場から転移した

 

 

「あ、消えたな…」

 

「ふぅ…そろそろ時間ね…次のサテライト・スキャンまであと2分…」

 

「ああ。じゃあ俺は外に出てくる。このまま洞窟にいたらスキャンされないけど、自分がスキャンを使えないからな」

 

「ええ。でも、例え少しの時間だけとは言えど気をつけてね」

 

「ああ、じゃあちょっくら行ってくるよ」

 

ザッ…ザッ…ザッ…

 

 

そう言うと上条は月明かりが差し込んでくる洞窟の穴から外へと出ると、砂地を踏みしめながら歩き始めた

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話 相棒

 

「・・・おかしい…」

 

 

上条は洞窟でシノンと離れた後、砂漠を少し歩いたところでサテライト・スキャン端末を行使して残りの敵とその現在位置を確認していた。しかし、そのスキャンされた現状を確認するなり、一つの違和感に気づいた

 

 

「この本戦の参加者総数は30人…残りは俺とシノン、『闇風』と死銃の4人…」

 

「そしてフィールドに死体がそのまま残ってる敗退者が24人…そして死銃に撃たれて通信が切断されたペイルライダーを入れても…25人…」

 

「・・・1人…足りない…」

 

(一体なんで…さっきの俺たちと同じようにどこかの洞窟に隠れてるのか?それとも死銃と同じ光学迷彩か…川に潜ってるか?それとも…)

 

「死銃に…撃たれたのか…?」

 

(いやでもそれはないはずだ…死銃の共犯者は今はシノンの家でその時を待ってるはずだ…)

 

(一体なんだ…まだ何か足りない気がする…ひょっとしたら俺はまだなにか…決定的な見落としをしてるんじゃねぇか…?)

 

フォンッ…

 

(・・・いや、まさかな…)

 

 

嫌な予感が上条の頭をよぎる。そして彼の心の中に再びぶ厚い暗雲が立ち込め始める。そして彼の不安を煽るかのように、サテライト・スキャンの表示した立体映像が静かに消えた

 

 

「・・・ここでうだうだ考えても狙われるだけだな。一先ずシノンのとこに戻るか…」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「どうだった?」

 

 

砂漠から洞窟へと戻ってきた上条を見るなり、シノンは開口一番で彼にそう尋ねた

 

 

「・・・残りはおそらく5人。俺とシノン、闇風に姿を消してる死銃。それと…誰かもう1人、俺たちと同じように洞窟に姿を隠してる」

 

「残り5人…か…まぁ1時間45分経ったしね…前回のBoBが2時間で決着だったから…ペースは大体同じね。誰もここにグレネードを投げに来なかったのは不思議だけど…」

 

「・・・あぁ。もしかしたら死銃のヤツが俺たちを探してうろついてる間に、目についたヤツを片っ端からあのライフルで撃ったのかもな…」

 

「だとしたら『MAXキル賞』は間違いなくアイツね…それはそうと、問題は『闇風』の方よ。彼のスキャン端末に表示されたのはあなた1人なんだから…きっと追ってくるわ」

 

「えっと…どんぐらい強いんだ?」

 

「前回の準優勝者。バリバリのAGI型一極ビルドで『ランガンの鬼』とか呼ばれてる」

 

「ら、らんがんとは?」

 

「『Run&Gun』走って撃って、また走るってスタイルのこと。この前の大会はゼクシードのレア防具とレア武器に競り負けて二位だったけど、実力なら闇風の方が上って言うヤツもいる」

 

「そ、それってつまり…GGOサーバー内じゃ最強かもしれない…ってことでせうか…?」

 

「ふっ、何を今さら。このBoBは最強を決める大会なのよ。最強の名前を恐れるなら、自分が最強になればいいだけのことよ」

 

「その底なしの元気はどっから溢れてくるんだよ…」

 

「・・・あのさ、アンタの推測が正しければ死銃が今殺せるのは私だけってことになるわよね?だって共犯者は私の家に貼り付いてないといけないんだから」

 

「・・・・・」

 

「つまり、闇風が死銃に撃たれても本当に死ぬ可能性はないってことよね?なら、闇風には悪いけど、この際彼にも囮になってもらえばいいんじゃない?死銃が闇風を撃てば位置が分かるから…そこを狙う。まぁ考えようによっては、私だって似たようなことやってる訳だし…」

 

「・・・強いな、シノンは」

 

 

上条はシノンに向かってそう呟くと、もはや先ほどと違って恐怖に負けていないのを見ると、安心しているかのように微笑んでみせた

 

 

「別に…ただ考えないようにしてるだけ。それよりどう?今の作戦。もう使えるものはなんでも使うべき状況だと思うんだけど…」

 

「ああ…そうだな。基本的には俺も賛成…なんだけど…」

 

「?なによ?なんかあるの?」

 

「・・・さっきのスキャンで生存者と敗退者を数えたんだけど…28人しかいなかった。1人は通信切断されて存在自体が無いものとして扱われたペイルライダーを入れても…29人。1人足りない」

 

「ッ!?まさか…死銃が誰かをまた殺したっていうの…!?」

 

「その可能性があるとしたら、さっき俺が言ってた洞窟に隠れてるかもしれないヤツだ」

 

「そ、そんなの不可能よ!だって共犯者は私を狙ってるはずでしょ!?」

 

「ああ、そうだ。だから考えてみたんだけど…ちょっと不自然なところがいくつかあると思わねぇか?」

 

「ふ、不自然…?」

 

「死銃がペイルライダーを撃ってから次にシノンを撃とうとするまで、30分とかかってない。それはつまり、シノンの家から現実のペイルライダーの自宅が30分の圏内ってことになる。となるとちょっと出来過ぎだと思わねぇか?」

 

「でも…そうとしか考えられないでしょ。総督府で参加者の住所を盗み見て、同じ学園都市に住んでて移動に都合がつく私とペイルライダーをターゲットにして今回の犯行に望んだとか…!」

 

「それもあり得る。だけど、死銃の共犯者が『1人だけ』とは限らない」

 

「!?」

 

「もし現実の実行する仲間がいるなら、今現実でシノンの部屋に待機してるヤツの他にも仲間がいたら、他のプレイヤーが殺されることもあり得る」

 

「つまり…闇風もまた、死銃のターゲットになってる確率も、否定はできない」

 

「そ、そんな…!こんな恐ろしい犯罪に3人以上が関わってるって言うわけ…!?」

 

「俺も詳しくは知らねぇけど…クリア当時のままなら、元ラフィンコフィンの生還者は少なくとも10人以上はいるはずだ。まさか全員が関わってるとは思わねぇけど…共犯者が1人だけだと断言できる根拠もない」

 

「どうして…どうしてそこまでプレイヤーキルにこだわるの!?折角デスゲームから解放されたのに…!」

 

「・・・多分、アイツらは認められないだけなんだ。真実を…自分から受け入れられないだけなんだ」

 

「・・・え?」

 

 

上条が暗い顔で俯きながら何かを呟いた。それはあまりにも小さな呟きで、あっという間に砂漠の風に掻き消されたため、シノンにはなにも聞こえなかった

 

 

「・・・ともかく、そんなヤツらには負けられない。さっきはPKって言ったけど、取り消すわ。アイツらがやってることはPKなんかじゃない。フルダイブ中の意識のない人間に毒薬を打ち込んで殺す…ただの卑劣な犯罪者…人殺しだわ」

 

「・・・ああ、これ以上ヤツらの好きにはさせられねぇ。この戦場で死銃をぶっ飛ばして、本人の情報を割り出して捕まえてやる」

 

 

そう言うと上条は自分の前で右拳を握り、左手の平に打ち込み、パァン!という音ともに自らの闘志に気合いを入れた

 

 

「なら闇風は私が相手をする。死銃には殺させない」

 

「えっ!?」

 

「あの人は強い。たとえあなたでも瞬殺はできないわ。それにあなたが闇風と交戦してるところを死銃に狙撃されるかもしれない」

 

「そ、そりゃそうかもしれねぇけどさ…」

 

「どうせあなたのことだから、私を守らないと、とか考えてたんでしょ?」

 

「うっ…」

 

「そんなの冗談じゃないわ。そもそもあなたが言ったんでしょ?私は『狙撃手』。あなたはスポッターとして、敵のいる位置を割り出してくれれば、あとは全員、私が仕留める」

 

「・・・よし、それなら任せるよ。もう闇風も死銃もかなり接近してるはずだ。まず俺が砂漠に飛び出すから、シノンは後からここを出て、狙撃ポイントに向かってくれ」

 

 

上条がそう言うと、シノンはそれにこくんと頷き、自分の分身であるヘカートを両手に持った

 

 

「よろしく、相棒」

 

「ああ、頼りにしてるぜ。相棒」

 

ゴツンッ!

 

 

そして二人は差し出した拳を軽くぶつけ合うと、互いに微笑み合った。そして上条は砂漠へと飛び出していき、少し時間を置いてからシノンも狙撃場所へと向かい始めた。そして、来るべき最終決戦に近づくにつれて戦場は妙に静まりかえっていた

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話 大混戦

 

「上やん、頼んだわよ」

 

 

上条と別れたシノンは、砂漠に無造作に突き刺さっている廃ビルの屋上に陣取って、暗視モードに変更したヘカートのスコープを覗き込んだ

 

 

(西からは闇風が接近中だから…死銃が撃ってくるとすればおそらく東…頭か心臓を狙撃されたら…ほぼ即死…しかもアイツはマントで透明になったまま撃ってくる)

 

(でもきっと…あなたなら…なんとか出来るわよね…上やん…)

 

(私のやるべきことはまず闇風を速やかに排除すること。じゃないと上やんが死銃と闇風に板挟みにされてまず殺られる。その後で死銃は私を殺すはず…)

 

(そう…この1弾には…私の『本物の命』が懸かっている!あの時と同じように…!)

 

(『ヘカートII』!弱い私に力を貸して!ここからもう一度立って…また歩き出すための力を!)

 

 

自分の唯一無二の分身にそう願うと、シノンはヘカートのトリガーに、そっと指を当てた

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「・・・はぁ、やるしかないか」

 

 

月夜が照らす広大な砂漠に、上条は佇んでいた。遮蔽物がなく次々と吹き荒れていく風に装備の服やそのツンツンと尖った髪を揺らしながら、ゆっくりと目を閉じ、意識を集中しはじめた

 

 

タッタッタッタッタッ…

 

(・・・南西。これは闇風のヤツだな…闇風はシノンがきっと止める…)

 

 

遠く聞こえている闇風の足音がどんどんと自分に迫ってくる。しかし上条は彼のことは気にも留めなかった。シノンを信頼し、自分の感じるべきもう1人の居場所を探す為に意識をさらに集中させる

 

 

(考えろ…音もなく襲いかかってくる銃弾…それをどう防ぐか…)

 

(俺が死銃ならこの状況…砂漠の中央に突っ立ってる標的を確実に撃ち抜くには…)

 

(南西には闇風…だがヤツの標的は俺だけ…つまり南の方には絶対にいない。かといって真っ正面から撃つほどバカ正直にはなれない)

 

(そしてこのゲームの最も重要な点、弾道予測線。これが相手の視界に見えた時点で、遠距離射撃なんてまず実現しない)

 

(この全てを考慮して、俺を狙うとしたら狙う場所はただ一つ…!)

 

ブォンッ!!

 

「ここしかねぇだろっ!!!」

 

カァンッ!!!

 

 

上条は左腰にぶら下げたビームシールドを展開すると、そのまま自分の本能に従ってシールドを導いた。真東からやや南にズレた方向。それを上条は見事に予測し、死銃放った銃弾を後方へと弾き飛ばした

 

 

「行くぞっ!!!」

 

ダッ!!!

 

 

そして上条は勢いよく砂を蹴ると、そのまま死銃が示す赤い弾道予測線が伸びてくる方向へと突っ込んでいった

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

カァンッ!!ヒュウンッ!!

 

「はっ!?はぁっ!?どおわぁぁぁ!?!?」

 

 

そして上条が後方へと弾き飛ばした死銃の弾丸はなんの運命の巡り合わせなのか、そのまま闇風の方向へ導かれるように直進した。闇風は何とか自分の方へ飛んできた弾丸をかわしたが、スピードが自慢の彼がついに立ち止まった。そして…

 

 

「捉えたっ!!!!!」

 

ドゥンッ!!!!!

 

ズドオオオオオォォォォォッ!!!!

 

「ぎゃああああああああああああああああああああああ!?!?!?」

 

[DEAD]

 

 

闇風が銃弾をかわして立ち止まった一瞬の隙をシノンは見逃さなかった。着弾予測円の導くままに引き金を絞ると、ヘカートの銃口から標的を冥界へ送る弾丸が放たれた。その弾丸は闇風の胸に特大の風穴を開け、アバターの体を数十メートル以上吹き飛ばし、ついにBoB本戦から叩き出した

 

 

(上やん!!!)

 

 

心で叫びながらシノンは相棒の名を胸に刻んだ。そして即座にヘカートの銃口の向きを彼の延長線上にいる死銃の方へと変えた

 

 

(これで…!!!)

 

ガチャッ!ガチャッ!

 

(ッ!?)

 

 

死銃を横から狙撃しようとトリガーを引きかけたシノンだったが、その先の死銃はなんと、シノンが狙撃しようとしていることに気づいたのか、サイレントアサシンの銃口を上条からシノンの方へと変えたのだ

 

 

(負けられない!!上やんのためにもここで私は…死銃!あなたを撃ち抜く!!!)

 

ドゥンッ!!!プシュンッ!!!

 

 

ヘカートから発せられる轟音。それとほぼ同時に死銃のライフルからも沈黙の弾丸が飛び出す。二つの弾丸はよもや空中で衝突し合うかに思えた。しかし、ごく僅かに互いの銃弾はそれぞれの軌道に干渉しあい、その弾道をズラした。そして音速をも超えた弾丸がすれ違った次の瞬間……!

 

 

ガシャアンッ!!!

 

「くっ!?」

 

ガシャアンッ!!!

 

「ッ!?!?!?!?」

 

 

死銃の放った銃弾がヘカートの大型スコープを跡形もなく吹き飛ばした。しかし、シノンの撃った銃弾は『沈黙の暗殺者』をバラバラに破壊し、スナイパー対決は僅差ながらもシノンとヘカートIIに軍配が上がった。フェイスマスクのせいで死銃の素顔は見えないが、その仮面の奥の表情は屈辱で歪んでいることは想像に容易かった

 

 

「後は頼むわよ…上やん…!」

 

 

そう言ってシノンは死銃へと立ち向かっていく上条に願いと希望を託した

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

(やったぜシノン!!後は俺がなんとかする!!)

 

ダダダダダダダダダダッ!!!

 

 

上条はひたすら砂を蹴って死銃へと向かっていく。ライフルをシノンによって破壊された死銃はゆっくりと亡霊のように立ち上がった。そして上条は彼に引導を渡すため、その右手の拳を強く握った

 

 

「うおおおおおおおおおおお!!!」

 

 

上条は一際強く脚に力を込め、思いっきり砂を蹴って跳躍した。そして握り締めたその右拳を振りかぶり、死銃に向かって殴りかかった。しかし…

 

 

ヒュンッ!…ズドスッッッ!!!

 

「ッ!?がっ!?」

 

 

上条の左肩で赤いエフェクトが迸り、その奥に鋭い痛みが迸走った。そこには長細い金属の針のような物が突き立てられていた。そう、死銃はまるで上条の右拳の軌道を分かっていたかのように回避すると、その冷たい『刺剣』を突き刺したのだ

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話 軋轢

 

ズザザザッ!!

 

「・・・へぇ、珍しい武器だな、ソレ」

 

「・・・フンッ」

 

 

左肩を刺された上条は咄嗟に後ろに跳んで死銃の追撃を逃れた。刺された左肩を右手で抑えながらゆっくりと立ち上がり、死銃の持つ長細い針のような剣を一瞥した

 

 

「というより、このGGOの世界にも金属で出来た剣があるなんて驚いたな。しかも『エストック』なんて変わった趣味してんな、アンタ」

 

 

上条はあくまでも平静を装い、少しの笑みを浮かべながら死銃に向けてそう言い放った

 

 

「これは『銃剣作成スキル』で作れる。長さや重さは、この辺が限界だがな」

 

「そうかよ…生憎上やんさんは盾にしか興味がなくてな。剣なんてSAOの第一層でしかマトモに使わなかった」

 

「相変わらず、盾と右手に頼った、お前だけの戦法を使うようだな。それではさぞかし、銃の攻撃範囲の広さに悩まされただろう。もっとも、俺の持つこの剣を掻い潜って、お前の攻撃の間合いに入るのも、一苦労だろうがな」

 

「へっ、どうかな…なんだかんだ言っても今までどうにかなったからな。このビームシールドでお前の剣を防いで間合いに入り込めれば俺の勝ちだ」

 

「ふっ…威勢が、いいな。出来るのか?貴様は現実世界の、腐った空気を吸いすぎた。さっきの生ぬるい拳を以前の貴様が見たら、失望するぞ」

 

「んなの知るかよ。上やんさんだって中身はもう大学生だ、高校生の時ほど無茶できるわけじゃない。それに、それはお前も同じなんじゃないのか?その刺青。まさかとは思うが、お前だけはまだラフィンコフィンのメンバーでいるつもりとか言うんじゃねぇだろうな?」

 

 

そう言って上条は右手の人差し指で、ちょうど包帯がほつれている死銃の右手首あたりに彫られている『笑う棺桶』の刺青を指差した

 

 

「・・・ほぉ、そこまで理解したのなら、分かっている、はずだ。オレは本物のレッドプレイヤーだが、お前は、違う」

 

「違うのはテメエもだろうが」

 

「・・・なに?」

 

「知ってんだろ。殺人ギルドとして恐れられていたラフィンコフィンは、最終的にはSAOの裏で暗躍してたアレイスター達の計画を見抜いた。本来100層で終わるはずだったあのデスゲームを75層で終わらせ、あれ以上の被害者を出さなかった、そして俺たちが75層以降の強敵と邂逅せずに済んだ一因を作った。SAOから目覚めた後、世間はリーダーのPoHを含め、その功績を讃えるヤツもいた」

 

「・・・・・」

 

「まぁ認めたくもないだろうな。自分たちは殺人鬼だと信じて疑わずにPKを繰り返していたお前らの行為は現実世界に戻るなり、あまりにも輝かしすぎる最後の功績に埋もれていった。そりゃそうさ、人間みんな暗い事件よりも明るい功績を共有したくなるもんだからな」

 

「だからこそお前たちは現実を受け止められなかったんだ。自分たちは本物の殺人鬼だと信じて疑わなかったのに、実際のラフィンコフィンの行動は曲がりなりにも大義だったと世間が認めたんだ。お前らは自ら悪を演じて、狂気に走った自分とその周囲の恐怖を楽しんでいたのに、その行為を世間は大して見向きもしなくなったんだ。そりゃ現実受け入れるのに苦労もするだろうな」

 

「でもって、なんで改まって面も向けたことのねぇ俺をそこまで知ってるかって、そりゃ俺がお前らのボスと一緒にSAOのクリアに一役立てた張本人だからだ。だからお前らは…」

 

「黙れ」

 

 

荒くマスクで息を吐きながら、冷酷な赤い眼光を光らせ、死銃は上条のそれ以上の追求を阻止した

 

 

「・・・へっ、そうかよ。だが生憎、お前の拳銃じゃ俺は殺せない。ここで諦めて自首するんだな。お前らの行為はもう、仮想世界のPKじゃ済まされない。歴とした犯罪だ」

 

「ふんっ…精々、吠えておけ。お前が何をしようが、お前は、オレの殺戮を、止められない。お前はここで俺に切り倒され、無様に転がり、オレがあの女を殺すのを、ただ見ていること以外には……」

 

「何も、できない!!」

 

ビュンッッッ!!!

 

「ッ!?」

 

キィンッ!ズブリッ!!

 

 

まるでバネが跳ねるような速さで死銃はエストックを突き出す。その剣先は上条がシールドを構えるよりも遥かに早く、上条の胴を突き刺した

 

 

「フフフフフフッ……」

 

「あがっ!?クソッ!」

 

フォン!キィン!シュンッ!ガキィ!

 

 

これ以上会話をする気はないと語るかのように、死銃は次々にエストックで突きを繰り出してきた。上条はその目にも留まらぬ連撃を何とか盾でいなしていく。しかし、それでも何とか防ぐだけで限界なのは明白であり、死銃はさらに畳み掛けるように上条へと剣を突き立てて襲いかかった

 

 

ビュビュビュビュビュビュッッッ!!

 

「なっ!?どわあぁぁぁっ!?」

 

ズドドドドドドドッ!!!!!

 

 

死銃の右手はもはや霞むほどの速さで動いていた。次々に振るわれるエストックの切っ先が上条の視線に残像を残していく。その剣技、SAOで広く親しまれていた八連撃ソードスキル『スター・スプラッシュ』は上条の身体を無数赤い切り傷で染め上げていった

 

 

「クソッ!追いつけねぇ…!」

 

フォン!キィン!シュンッ!ズバッ!

 

(強え!剣のスピード、攻撃のバランス、タイミング…全てが完成されてやがる!これじゃ拳一発ぶち込むどころか俺の盾で防ぎ切ることさえも…!)

 

(だけど…一瞬でいい…一瞬だけでもこのラッシュを止められれば…!)

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「上やん…!」

 

 

上条と死銃が戦闘している場所から約700メートル離れた岩山で、シノンは膝立ちになりながら何もできない苛立ちに歯噛みしていた

 

 

「スコープさえ無事なら…!」

 

 

彼女のヘカートは本体こそ無事であったが、死銃の狙撃によってスコープを失っていた。おかげでその照準は彼女の言うことを聞かなかった。銃弾を撃つことそれ自体は可能だが、いかんせん上条と死銃の距離があそこまで詰められていると、上条に銃弾が当たってしまう可能性も否定できず、その引き金を引くまでには至れずにいた

 

 

(上やんは今、自分の言葉を行動に変えようとしている!SAO世界の闇を引きずる死銃という犯罪者を、自分なりの手で止めようとしている!)

 

(それが出来るのは、上やんが強いからじゃない!自分のしていることがただの喧嘩の延長線にすぎないと分かっていてそれでもなお、その拳を握り締めて前を向いていられるから!)

 

「何か…私にできること…」

 

 

シノンがその頭脳をフル回転させ思考を巡らせる。岩山からあちらに近づくのは逆効果だ。シノンが黒星で撃たれれば現実で死ぬことに変わりはない。かといってここで引き金を引こうものなら、上やんに風穴を開けかねない

 

 

「何か…他に手段は………ッ!!」

 

 

その瞬間、まるで雷に打たれたかのような衝撃がシノンの頭を駆け抜け、光明が差し込んだ

 

 

「・・・ある。たった一つだけ…」

 

 

瞬間、シノンは全身を震わせた。考えついた今の自分がたった一つ、今も戦っている彼のために取れる戦術を頭の中でシミュレーションした

 

 

「・・・どこまで効果があるかは分からない…でも…やってみる価値はある!」

 

 

大きく息を吸い込み、奥歯を噛み締めながらヘカートを握りしめると、シノンは相棒が死闘を繰り広げる戦場へと視線を向けた

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話 幻影の一弾

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

「コォー…コォー…」

 

 

上条は攻めあぐねていた。先程から戦況はさして変わらず防戦一方だ。HPは危険域に差しかかり始めているにも関わらず、逆転の一手を生み出せずにいた

 

 

「ッ!うおおおおおおおお!!!」

 

ダンッ!ブォンッ!!

 

「クソッ!」

 

「無駄だ。そんな非力な拳は、オレには届かない」

 

ガキィン!!!!

 

「チェック・メイト」

 

 

絶え間無く突きを繰り出す死銃のエストックが、上条のビームシールドの丁度中心に突き刺さった。謂わゆるそこは攻撃を防ぐ為のレーザーが展開する中心であり、ただの機械仕掛けの鉄の塊だった

 

 

バキイイイィィィンッッッ!!!

 

「どわあああああぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

死銃のエストックがビームシールドの中心を一際強く押し込み、上条は後方へと突き飛ばされた。エストックに突かれた黒い円盤には特大の穴が空き、中の電子構造ごと抉り取った。たちまちシールドは本来の機能を失い、薄い光の盾は跡形もなく消失し、残された黒い破片が砂漠に散らばった

 

 

「クソッマジかよ…!固すぎだろそのエストック…!」

 

「クク、ク。こいつの、素材は、このゲームで手に入る、最高の金属、だ。宇宙戦艦の、装甲板なんだ、そうだ。ク、クク」

 

「ちきちょう…ここまでかよ…!」

 

「さぁ、これで、終わりだ」

 

 

死銃の掲げたエストックの鋼の切っ先が怪しく光る。もうダメか、と。最悪のシナリオが上条の頭の中で描かれたその瞬間…

 

 

「ッ!!!」

 

 

上条の頭の中で何かが閃いた。上条の両手はシールドを失った今手持ち無沙汰であり、右腰に装備した拳銃を握るという選択肢が浮かぶ。しかし、彼の腕前ではその銃弾が必ず当たる保証はない。だからこそ、彼の脳裏に浮かんだのはつまるところその逆転の発想………

 

 

「死ねっ!!!」

 

「うおおおおおおおおお!!!!!」

 

ギギギギギギギギギィィィ!!!!!

 

「!!!!!」

 

 

上条は分かっていた。確かに自分の立場は窮地であることに変わりはない。しかし、彼のエストックではまだ4分の1は残る自分の体力をその一撃だけでは削りきれない。だからこそ死銃はそれに続いて連撃を繰り出す。では、その連撃を防ぐために最初の一撃で攻撃の手を止めるにはどうするか。答えは一つ。自分の胸を貫く最初の刺突を下手に避けようとせず、突き立てられたエストックを『両手で掴む』だけだ

 

 

「なにぃっ!?」

 

 

上条の予想外の行動に死銃も動揺を隠しきれなかった。そしてエストックを引き抜くかこのまま押し込んで切り裂くか決断しかねていた彼の左肩を…

 

 

 

 

 

 

 

赤い弾道予測線が照らした

 

 

 

 

 

 

 

「!?!?!?!?」

 

「ッッッ!!!!!」

 

ダンッ!!!

 

 

『弾道予測線』。それは銃のトリガーに手をかけた瞬間に発生する。その予測線見た死銃は、次に襲って来るであろう銃弾をかわそうとエストックから手を離して飛び退いた。しかし、そんな彼の行動を含めて上条は一瞬で全てを悟っていた。今こうして自分と一緒に戦っているシノンの意図を理解した時には、彼が手離したエストックを砂地に投げ捨て、飛び退いた死銃を追って砂を蹴っていた

 

 

(この予測線による攻撃は…シノンが経験と閃き…闘志のあらん限りを注ぎ込んで放った…『幻影の一弾』!!)

 

 

それは『予測線そのもの』による攻撃。この予測線に従って飛来してくる弾丸はない。しかし、この赤い死線の後には必ず自分に銃弾が飛んで来るという『幻想』を標的に見せる。それはありとあらゆる心理をフル活用し、シノンが放った最後の一弾

 

 

(このラストアタック!『ファントム・バレット』を無駄にはしない!)

 

 

この機を逃せばもう2度と予測線によるフェイントは通用しない。これが正真正銘、最初で最後のチャンス。一歩、また一歩と砂を蹴って上条は後ろに飛び退いた死銃を追う

 

 

ジジッ!ジジジジジジ!!!

 

「くくっ、くくくくくっ…」

 

 

しかし、死銃は追撃を逃れようとその黒いマントが持つ『光歪曲迷彩』でその姿を消していく。彼がマスクの下で勝利を確信しほくそ笑んでいるのは想像に難くなかった

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっっっっっ!!!!!」

 

 

しかし、上条当麻は止まらない。死銃の身体は透明になっても、足場が砂地である限り、足跡はどう足掻いても消せはしない。その軌跡の唯一の手がかりである足跡を懸命に追い続ける。そして、その右の掌を限界まで伸ばし横薙ぎに振るった

 

 

ピキイイイィィィィィン!!!!!

 

「!?!?!?!?!?」

 

 

あらゆる幻想を殺すその右手が死銃の光学迷彩マントに触れたその瞬間、死銃の姿が再び鮮明になった。そして上条はもう一度強く固く、その拳を握りしめた

 

 

「いいぜ…テメエらが自分以外の誰かを殺すことでしか…自分の存在を証明出来ないって言うなら…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずは、そのふざけた『幻想』をぶち殺す!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

バッキイイイイィィィィッッッ!!!

 

「おおおおおおおらあああああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!」

 

ベキバキボキベギィッ!!ドゴッシャアアアアアアアアン!!!

 

 

上条のありったけの力が込められた幻想殺しが死銃の顔面を捉えた。バキバキと音を立てながら死銃のフェイスマスクに亀裂が走る。そして、雄叫びと共に全身全霊の闘志を込めたその右手の拳を振り抜き、死銃の身体を砂地に叩き伏せた

 

 

「はあっ…はあっ…はあっ…」

 

「・・・まだ…終わら、ない…終わらせ、ない…」

 

「オレ達は…必ず、お前を…」

 

[DEAD]

 

 

上条の渾身の右拳を喰らった死銃はついにそのHPが底をつき、バキバキに割れたフェイスマスクの赤い眼光が色を失い、死を宣告する表示がその身体の上に浮かんだ

 

 

「・・・いいや…終わりだよ死銃…もうあの世界は終わったんだ…もしもまだ諦めないって言うなら、俺は必ずお前達の前で戦う。そして…何度だってその幻想をぶち殺してやるさ」

 

ザッザッザッザッ…

 

 

上条は死銃の死体に向けてそう言い残して彼に背を向けると、月明かりに照らされる砂漠へと踵を返して歩き始めた。そして彼の視線の先では、自分と共に最後まで戦ってくれた最高の相棒が自分を目指して歩いてきていた

 

 

ザッザッザッザッ…ザッ…

 

「ふふっ…」

 

「あははっ…」

 

ゴツッ!!

 

 

自分にとっての相棒が目の前に迫ると、二人はどこか気恥ずかしくなったのか、少しだけお互いに微笑み合うと、軽くその拳をぶつけ合った

 

 

「・・・終わったな、シノン」

 

「うん。ありがとう、上やん」

 

「ははっ。なに、こちらこそ。さて…そろそろ大会の方も終わらせないとな…」

 

「うん、そうだね」

 

 

すると上条はBoBのライブ中継カメラに自分達の音声が拾われないようにとシノンに顔を寄せ、彼女の耳元で静かに話し始めた

 

 

「死銃が倒れた今、シノンの部屋にいた死銃の共犯者も今頃はどこかに行ってるはずだ」

 

「・・・うん」

 

「だからログアウトしてももう危険はないはずなんだけど…念の為すぐに警備員に連絡した方がいい」

 

「え?で、でも…警備員に連絡してなんて説明するの?」

 

「あ゛っ…えーっと…黄泉川先生…が今も警備員の支部で仕事してるとは限らないし…まぁ俺が個人的に連絡するってのも手だけど…でもまさかここでシノンの住所とか聞くわけにはいかないしな…」

 

「・・・いいわ、教えてあげる」

 

「えっ?い、いやでも…」

 

「だってなんかもう今更って感じするもの。私自分から昔の事件のこと他の誰かに話したの、上やんが初めてだったから…」

 

「・・・それもそうだな…俺もあんな風に話したのは…シノンが初めてだった」

 

 

少しだけ笑いながら上条がそう言うと、心に迷いが生まれない内にと思い、シノンは一歩踏み出して上条の耳元で囁いた

 

 

「私の住所は…第七学区の………」

 

 

アパート名から部屋番号まで自分の住所を教え終わると、シノンは上条の耳元から顔を離した

 

 

「なんだ、あの高校の女子寮に入ってるわけじゃないんだな…ってそりゃそうか。まぁともかく第七学区だってんから都合がいいや。俺も同じ第七学区からダイブしてんだ。あのデカい病院なんだけど…分かるか?」

 

「えっ!?ほ、ほとんど目と鼻の先じゃない!」

 

「ああ。だからいっそ、ログアウトした後に俺がそっちに行くよ」

 

「えっ!?い、いや悪いわよ…それは…いざって言うときはシュピーゲル…新川君も近くに住んでるから…黄泉川先生に連絡してくれれば…」

 

「・・・・・」

 

「・・・上やん?」

 

「んっ?あ、いやなんでもない。分かった。そういうことなら俺はとりあえず黄泉川先生に連絡するよ。すぐに警備員を向かわせっから」

 

「うん。分かった」

 

「さって…ともかくログアウトするならBoBを決着させないとな…どうするシノン?元々そういう約束だったけど…」

 

「って言ってもあなたもう全身ボロボロじゃない。そんな人に勝っても全然嬉しくないわよ」

 

「お、おっしゃる通りで…」

 

「まぁ、そういうことだから。次のBoB本大会まで勝負は預けておいてあげる」

 

「あ、あはは…でもじゃあどうやって終わらせんだ?どっちかのHPが0になんないと大会は終わらないんだろ?」

 

「第一回BoBは、二人同時優勝だったんだって」

 

 

そう言うとシノンは腰につけたベルトポーチに手を突っ込み、ゴソゴソと中から何かを探し始めた

 

 

「同時?相討ちってことか?」

 

「まぁ…そんなとこかしらね」

 

「?????」

 

 

シノンの言葉に首をかしげる上条など気にも留めず、シノンは彼の右手を掴んでそのまま手の平を開かせた

 

 

「その理由は、優勝するはずだった人が油断して『お土産グレネード』に引っかかったから」

 

「お、オミヤゲグレネード…?」

 

「はいこれ」

 

ポスッ…ピッ!ピピピピピピピ…

 

「・・・What's!?!?」

 

 

上条が聞きなれない単語を復唱していると、シノンの手から何か黒い球体が手渡され、そのスイッチが押された。いかにも爆弾らしき起動音とカウントダウンの音から、それがプラズマ・グレネードだと察知するのに時間はかからなかった

 

 

「ちょ!?えっ!?おっ!?く、クソッ!こ、こんな不幸があってたまるk…!」

 

「んふふ〜♪わあああああ〜!!♪」

 

「・・・へ?」

 

「んふふ〜♪」

 

 

手渡されたグレネードを投げ飛ばそうとした上条を見ると、そうさせまいとシノンは上条の身体に抱きついて、両腕を彼の背中でしっかりと固定した

 

 

「・・・不幸d」

 

DOOOOOOOOOOON!!!!!☆

 

 

[第三回 バレット・オブ・バレッツ

WINNER Sinon & Kamiyan!」

 

 

お決まりのセリフが口にされるほんの数秒手前でグレネードが大爆発を引き起こした。そして二人の優勝者を祝うテロップが銃と鋼鉄の仮想世界を駆け巡った

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話 狂人

 

「もう…馬ッ鹿みたい…」

 

 

BoBを終え現実世界へと帰還したシノンこと朝田詩乃は、自分の部屋に侵入していたであろう死銃の潜入者が自分の部屋に侵入していないものかと部屋中を探し回ったが、それらしき痕跡が見られないのが分かると、深いため息を混ぜながらそう呟いた

 

 

ピンポーン!

 

「ひゃっ!?」

 

 

妙に古めかしいチャイム音が鳴り響き、詩乃は自分の心の中の不安がまだ拭い切れていないこともあり、その音にビクリと肩を震わせた

 

 

『朝田さん、居る?僕だよ、朝田さん!』

 

「・・・新川君?」

 

『あの、どうしても優勝のお祝いが言いたくって、駅前でケーキ買って来たんだ』

 

「ほっ……」

 

 

訪問者の正体が自分が信頼を寄せる数少ない友人であるシュピーゲルこと新川恭二だと分かると、シノンは安堵の息を吐いてドアのロックを外した

 

 

ガチャッ!キイッ!

 

「ごめんね、ちょっと色々あってすぐに出られなくて。さ、入って」

 

「お、お邪魔します…」

 

 

最初は初めて入る詩乃の部屋に気恥ずかしそうに上がった恭二だったが、そのまま玄関にいるのも筋違いだろうと、詩乃は恭二をリビングへと招き入れた

 

 

「あの…BoB優勝、本当におめでとう。凄いよ朝田さん…シノン。とうとうGGO最強のガンナーになっちゃったね」

 

「でも、僕には分かってたよ。朝田さんならいつかそうなるって。朝田さんには、誰も持ってない本当の強さがあるんだから」

 

「あ、あはは…ありがとう…」

 

 

詩乃は恭二の言葉をどこかくすぐったく感じ、照れ隠しに縮めた首を小刻みに動かしてそう答えた

 

 

「でも、まぁ一位タイだし…アイツがいたからこその結果って感じでもあるから…」

 

「・・・あんな男のことなんか気にする必要ないよ、朝田さん」

 

「・・・え?し、新川…君…?」

 

 

そう呟いた直後、恭二が纏う空気が露骨なまでに豹変した。恭二の顔は下を見て俯いているためその表情を伺うことは叶わない。しかし、不気味すぎるにも程があった。目を合わせている訳でもないのに、ただ彼と同じ空間にいるというだけで、詩乃は背中から冷や汗が噴き出して止まらなかった

 

 

「言ってよ…アイツのことなんてどうでもいいって…嫌いだって…」

 

「きゅ、急にどうしたの新川君…?」

 

「あ…朝田さんは、優勝したんだから…もう十分強くなれたよ。もう発作なんて起こらない。だからあんな奴は必要ないんだ…僕が、ずっと一緒にいてあげる。僕がずっと…君を、一生守るから…」

 

ガバッ!!!

 

 

恭二はうわ言を言うように口を動かすと、まるで亡霊のようにゆらりと立ち上がった。そしてそのままベッドに腰掛ける詩乃に歩み寄り、突然両腕を広げると、容赦のない強さで詩乃を抱き竦めた

 

 

「ひっ!?」

 

 

たまらず詩乃は鋭く息を呑んだ。彼の抱きしめる強さに息を呑んだのではなく、ただただ彼の腕の中が気色悪いと感じたからだ。言葉にできない喉の渇きが詩乃を襲い、全身の血の気が引いていくのが自分でも感じ取れた

 

 

「し、しん…か、わ…く……」

 

「朝田さん…好きだよ。愛してる。僕の、朝田さん…僕の、シノン…」

 

ギュウウウウウウウ!!!

 

「や…やめっ…やめてっ!」

 

ドンッ!

 

「うわっ!?」

 

 

恭二が詩乃の耳元でまるで呪うようにそう囁きながら、詩乃を抱く腕の力を強める。息苦しさと得体の知れない彼への恐怖からたまらず詩乃は彼の身体を突き飛ばした

 

 

「・・・ダメだよ、朝田さん。朝田さんは僕を裏切っちゃダメだ。僕だけが朝田さんを助けてあげられるのに、他の男なんか見ちゃダメだよ…」

 

「し、新川君…」

 

 

恭二は再びのらりくらりと立ち上がった。そして未だ衝撃が抜けずにへたり込む詩乃に近づいていき、おもむろに自身を包む上着のジャケットに手を突っ込んだ。するとその手には、奇妙な白銀の『何か』が握られていた。そして、それを詩乃の脇腹に突きつけた

 

 

「ッ!?し、新川…君…コレ…!?」

 

「動いちゃダメだよ、朝田さん。声も出しちゃいけない。これはね、『無針高圧注射器』って言うんだ。中身は『サクシニルコリン』っていうお薬なんだ。これが体内に入ると、筋肉が動かなくなってね。すぐに肺も心臓も止まっちゃうんだよ…」

 

(!?!?…そ、それは上やんが言っていた現実にいる死銃の共犯者の犯行方法と…同じ…!)

 

「でも大丈夫だよ朝田さん…怖がらなくていいよ。これから僕たちは…一つになるんだ。出会ってからずーっと溜め込んできたこの気持ちを…今、朝田さんに全部あげる。優しく注射してあげるから…だから、何も痛いことなんてないよ…心配しなくていい…僕に朝田さんの全部を任せてくれれば…」

 

(確かに、新川君なら…病院の息子だから薬を入手出来ないわけじゃない…でも、それは…つまり…)

 

「新川君が…もう一人の…死銃…?」

 

 

脇腹に押し付けられた注射器の冷たい感触を肌に感じ取りながら、詩乃は震えた声で恭二に問いかけた

 

 

「・・・へぇ、すごいね。流石は朝田さんだ。その通り、僕が死銃の『銃弾』だよ」

 

「!!!!!」

 

「とは言っても、大会前は僕が『ステルベン』を動かしてたんだけどね…」

 

「ステル…ベン…?」

 

「朝田さんも見たでしょ?あの『54式黒星』を扱ってたアバター名…『Sterben』。アレはドイツの医療用語なんだ…その意味は…」

 

「『死』だよ…患者さんが亡くなった時に使う言葉なんだ…」

 

「!!!!!」

 

 

恭二は嬉々とした表情でそう告げた。まるでその『死』を目の前にいるシノンへともたらすように、怪異に満ちた瞳で彼女を見つめていた

 

 

「でも、今日だけは現実側の役をやらせてもらったんだ…だって、朝田さんを他の男に触らせる訳にはいかないもんねぇ…いくら兄弟だとは言っても…」

 

「きょ、兄弟…?昔SAOで殺人ギルドに入ってたっていうのは…新川君のお兄さん、なの…?」

 

「・・・ははは、流石に殺人鬼の兄弟だって分かれば少しは怖くなっちゃうよね。でも、安心して…朝田さんを独りにはしないから…」

 

 

もはや狂気の沙汰などという範疇ではなかった。歪んだ愛も理性も何もかもが狂った恭二の腕が、詩乃の着ているトレーナーの中に侵入し腹部に触れると、その生温かい手の平で彼女の腹部全体を撫で回し始めた

 

 

「ひゃっ!?ま、まだ間に合うよ新川君…!やり直せるよ…予備校行ってるんでしょ…お医者様に…なるんでしょう…?」

 

「・・・医者ぁ?」

 

 

詩乃はもうとっくに水分を失い渇ききった舌と喉をどうにか動かして恭二に問いかけた。しかし、その問いに対し恭二は朦朧とした声で自分の夢だと語った職業の名を呟くと、次第にその語気を荒げ始めた

 

 

「そんなの…そんなのもうどうだっていい!親も学校の奴らも…あの目障りな教師共も…どうしようもない愚か者ばっかりだ!!僕はGGOで最強になれれば…それで良かったんだ!!なのにあのゼクシードのクズが!AGI型最強なんて嘘を…クソがッ!GGOは僕の全てだったんだ!現実の全てを犠牲にしたのに!!それを…それをアイツはぁぁぁぁぁ!!!」

 

「だ、だから…だからゼクシードを殺したの…?」

 

「ああそうだよ…死銃でGGO…いや、全VRMMOで最強の伝説を作るための生贄に…アイツ以上に相応しいヤツはいなかったからねぇぇぇ!!!」

 

「これでもう…こんな下らない現実に用はないよ…」

 

 

荒くなっていた恭二の声が再び囁くような不気味な声に戻る。そして詩乃の顔に自分の顔を更に近づけた

 

 

「さぁ、朝田さん…一緒に『次』に行こう。二人でさぁGGOみたいな…ううん、もっとファンタジーっぽいやつでもいいやぁ。そういう世界でさぁ、生まれ変わって夫婦になって、一緒に暮らそうよ!一緒に冒険して、子供も作ってさぁ!楽しいよきっと!さぁ…僕と一つになろう朝田さん…」

 

サワ…サワサワ…

 

「ひうっ!?」

 

「ああ、朝田さん…あぁ綺麗だ。すっごく綺麗だよ…僕の、僕の朝田さん…ずっと好きだったんだよぉ〜…」

 

「やだ…嫌だ…やめて…お願い…」

 

 

恭二の左手が詩乃の横髪に触れ、そして生々しい手つきで彼女をサワサワと撫で始めた。ここまで醜い愛情表現があり得るのかと疑うほど、恭二の詩乃に対する愛情表現は一方的だった

 

 

「学校で朝田さんの話を聞いた時からずっと…ずっと好きだったんだよ…」

 

「・・・・・ぇ?」

 

「好きだった…憧れてたんだ…本物のハンドガンで悪人を射殺したことのある女の子なんて…日本中探しても朝田さんしかいないよ…!本当にすごいよ!言ったでしょ…朝田さんには本当の強さがあるんだって」

 

「じゃ、じゃあ、君は…あの事件があったから…私に声をかけたの…?」

 

「ああ、そうだよもちろんじゃないか…だから僕は死銃の伝説に『54式』を選んだんだ。朝田さんは僕の憧れなんだ…愛してるよ…誰よりも…」

 

「そ、そん、な…」

 

「ふふふっ…ふふふふふふふふふふふふふふ…あはは、あはははは!あははははははははははははは!!!!!」

 

 

眼前に死を突きつける少年は、かつて詩乃が唯一が心を許せる友人であった。過去の出来事とPTSDに悩まされていた自分に、学校で優しく声をかけてGGOを勧めてくれた恩人だとも思っていた。しかし、それすらも見透かされ、こうなる未来を当時から予見していたのだと思うと、シノンの純真な心は汚濁で染っていき、その瞳は色を失っていった

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話 朝田詩乃

 

(もう…疲れた…何も見たくない…何も感じたくない…)

 

(きっと…こんなのは現実じゃない…)

 

 

詩乃は氷のように凍りついた心の奥で、そう呟いた。凍りついた心の世界にいる詩乃は、自分以外に誰もいない世界で独り。膝を抱えて蹲り、自分を囲む現実から、ただただ目を逸らしていた

 

 

(上やん…せっかく私を助けに来てくれたのに…私の血に濡れた手を握って…暗闇にいた私を救ってくれたのに…無駄にしちゃって…ゴメンね…)

 

 

彼女の脳裏をよぎるのは、どこまでも真っ直ぐで、諦めの悪いツンツン頭の少年だった。自分を助けてくれた、自分の心の氷の壁を溶かしてくれた、たった一人の少年。再び詩乃の凍りついた心の中に、彼はもういない

 

 

『ならいっそ、ログアウトした後に俺がそっちに行くよ』

 

(!!!も、もし本当にウチに来たら…今度は上やんも危ない!)

 

 

彼の素顔が脳裏によぎった直後、彼が自分の身を案じてかけてくれた言葉が鮮明に蘇る。そして彼の身の危険を予期する。しかし、自分に出来ることがあるかどうかと言われれば、それは…

 

 

(・・・でも、だからってもうどうにもならないよ…私…私ッ…!)

 

『そんなことないよ』

 

(・・・え?)

 

 

蹲る彼女の肩に優しく手を置いて話しかけたのは、もう一人の自分だった。銃と鋼鉄が支配する仮想世界で戦う、サンドイエローのマフラーがトレードマークの少女『シノン』だった

 

 

『私たちは、今までずっと自分しか見てこなかった。自分の為にしか戦わなかった…』

 

『でも、もう遅すぎるかもしれないけど…せめて最後に一度だけ!誰かの為に戦おうよ!』

 

 

そう言ってシノンは、詩乃に自分の手を差し出した。そして詩乃はその手を一瞥し、もう一度考える

 

 

(そうだった…私は…いつも誰かの為じゃなく…自分の為だけに…戦っていたんだ…)

 

(でも上やんは…そんな私と一緒に戦ってくれたんだ…)

 

(私も彼と同じになれるなんて…到底思えない…でも…)

 

(せめて!彼と同じであろうとすることぐらいは…!私にも出来る…!)

 

(まだ私は戦う選択が出来る…!自分のためじゃない…彼のために…!)

 

 

詩乃は決心した。向き合い続けることを、戦うことを決心した。己を蝕み続ける過去と、眼前に迫る恐怖に再び目を向け、シノンの腕を取った

 

 

『「さあ、行こう!!」』

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ぅぁ…うわああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

ドスッ!!ドゴォッ!!

 

「がっ!?ぐげぇっ!?!?」

 

 

詩乃は自身の心の底に眠った勇気を奮い立たせ、無我夢中で暴れまわった。一度強く彼の腹部に膝を入れ、彼の腕の中から滑り抜けると、右の掌で彼の顎を強く押し退けた

 

 

ドタッ!ドゴッ!ダンッ!

 

「あっ!があっ!このっ!くそっ!」

 

「やっ!きゃあ!やぁっ!!」

 

バタンッ!ドサッ!ゴトゴトッ!

 

 

再び恭二は逃した詩乃を捉えようと躍起になって彼女に襲いかかる。しかし、詩乃もまた彼の腕から逃れようと懸命になって暴れまくる。気づけば二人の身体はベッドから滑り落ちており、詩乃は一目散に玄関を目指した

 

 

ダダダダダッ!!

 

「はあっ!はあっ!はあっ!」

 

ガチャッ!ガチャガチャ!

 

 

リビングを飛び出し、玄関まであまりにも近すぎる廊下を走り抜けると、ドアに手をかけた。しかし、開かない。普段も防犯のため鍵は掛けている。しかし、その時に限ってチェーンまでかかっていた。おそらく恭二の仕業だろう。彼女が簡単には逃げ出せぬよう、こんなところにまで気を配っていたのだ

 

 

「いやっ!このっ!」

 

「ああああああああ!!!!!」

 

「ッ!?きゃあっ!!!」

 

ガシッ!ズルッ!

 

「はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!はあっ!はあっ!」

 

ズリズリズリズリズリズリズリ……

 

 

そして詩乃が解錠に手こずっていたところを、恭二が再び襲いかかった。詩乃の足を掴み、自分の元へと引きずり込んだ。たまらず詩乃は腹ばいになりながら床に転けた。そしてその背丈には似合わぬ程の腕力で詩乃の体を引き摺り戻すと、詩乃の体に圧しかかった

 

 

「アサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサン」

 

「!?!?!?!?!?」

 

 

まるで趣味の悪いホラー映画のようだった。恭二の口から発せられる怨念じみた音が自分の名前だと理解するのに時間がかかった。口元はだらしないほど唾液が飛び散り、焦点を失った虚ろな目がさらなる彼の狂気を演出していた

 

 

「嫌っ!嫌っ!嫌ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

「アサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサン!!!」

 

詩乃は彼の腕と狂気から逃れようと精一杯抵抗する。しかし、どうにも高校生ほどとなると男女の力の差は歴然だった。叫んで、踠いて、足掻いて、もうダメかと諦めかけた次の瞬間…

 

 

バッキイイイイイィィィィィッ!!!

 

「いぎゃああああぁぁぁぁ!?!?」

 

「・・・え?」

 

 

不意に詩乃の目の前を横切ったのは、豪快の一言に尽きる右ストレートだった。急に開け放たれたドアから突風のように吹き込んできたその拳は、まるで吸い込まれていくかのように恭二の顔面に突き刺さると、彼の図体をリビングの手前までぶっ飛ばした

 

 

ガタッ!ガタガタッ!ドゴドゴッ!

 

「逃げろシノン!!!」

 

「!!!!!」

 

 

部屋に上がり込むなり恭二をぶっ飛ばした誰かがリビングでそのまま恭二と取っ組み合いになっていた。そして恭二を一際強く押し飛ばすと、自分の方に振り返って叫んだ。真っ直ぐな瞳とツンツンに尖った頭、数多の幻想を殺してきたその右手。それを見た瞬間、それが誰なのか詩乃は一目で分かった

 

 

「上、やん…?」

 

ドガッ!!!

 

「うおわっ!?」

 

「誰だよお前ぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

恭二は上条の襟首に強引に掴みかかると、そのまま力任せに彼の身体を床へと押し倒し、ベッドの側面に押し付けた。そして彼の強烈なまでの絶叫が上条の耳をつんざき、思わず彼の身体が萎縮した。そしておもむろに自分のポケットに手を突っ込むと、先ほど詩乃に押し付けた注射器を取り出し、頭上へと振りかぶった

 

 

「お前…!お前だなぁぁぁぁぁ!!!僕の…僕の朝田さんに…近づくなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

「ぐっ!クソッ…!」

 

「上やあああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」

 

「死ねえええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

ガチッ!プシューーーーーッ……

 

「・・・・・ぁ………」

 

 

詩乃の部屋に何かが抜けていくような嫌な音が響き渡った。それは詩乃と恭二がほぼ同時に叫んだすぐ後に、上条の胸へと突き立てられた注射器から発せられた音だった。それが何を意味するか気づいた時には、もう既に詩乃は床を蹴ってリビングへ走り出していた

 

 

ダダダダダッ!ガシッ!!!

 

「うわあああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

ドッゴオオオオオオオオオオッ!!!

 

「あああああああああああああああああああああああああっ!?!?!?」

 

 

リビングへと走り込んだ詩乃は机の上にあるラジカセを持ち上げ、彼目掛けて叩きつけた。しかし、ラジカセは目測を誤り、彼の肩に炸裂したのみで彼の狂気を鎮めるには至らなかった

 

 

「!!!!!………ぁ………」

 

「痛い…痛いよ朝田さん…そんなに…そんなにこの男のことが好きなのかあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

「ひっ!!!」

 

 

恭二は立ち上がると、詩乃目掛けて注射器を手放した右拳を向けた。襲いかかってくるであろう衝撃と恐怖に、詩乃は思わず腕で顔を覆い、目を瞑ってしまった

 

 

バシンッッッ!!!

 

 

しかし、その衝撃がいつまでたっても伝わってこない。そう思って薄目を開くと、もう2度と立ち上がれないはずの少年の背中があった。その少年の右手が、自分に襲いかかろうとしていた右拳を弾き上げていた

 

 

「・・・ぇ…?」

 

「そんな…汚ねぇ手で詩乃に…触ってんじゃねぇよ…いい加減そこを退け…もうこれ以上…詩乃の歩く道を…塞いでんじゃねぇ!!!!!」

 

ドッゴオオオオオォォォッッッ!!!

 

「・・・・・ぁ…朝田、さん……」

 

ドタッ!ドタッ!!

 

 

絞り出すような声の後に、上条の右拳がペキペキと細かいものが砕けていくような音ともに恭二の顔面へと埋まっていき、自身の体がまだ許す最後の力を振り絞って恭二を殴り飛ばした。そして彼の意識を根こそぎ掠め取り、その身体が床に沈むのとほぼ同時に、上条もまた床に倒れこんだ

 

 

「ッ!上やん!!!!!」

 

 

慌てて詩乃は上条の元へと駆け寄り、彼の肩に手をかけ、力の抜け切ったその身体を抱き起こした

 

 

「・・・うぐっ…やられた…まさかアレが…注射器だったなんて…」

 

「どこ!?どこに打たれたの!?」

 

「ははは…現実世界じゃ喧嘩なんてもうほとんどご無沙汰だったとはいえ、パンピーに負けるとはな…こんな体鈍ってんならもっと…スキルアウトとか魔術師と殴り合っときゃ…良かったかな…」

 

「!!!!!」

 

 

詩乃が彼の胸にふと視線を向けると、上条が着込んでいた薄い青がかかったワイシャツに染みが出来ていた。それが注射器から発射された薬液であることは嫌でも伝わってきた

 

 

「悪い…詩乃…お前を守るって約束したのに…その約束…守れそうに…ない…」

 

「やだ…嫌だ…こんなふうに死なないでよ…お願い…お願いだから…」

 

ポタッ…ポタッ…

 

 

掠れた声と嗚咽が詩乃の口から漏れ始め、その瞳から涙が溢れ出た。とめどなく流れていくそれは、上条の胸へと落ちていき、薬液とは別の染みをいくつも作った

 

 

ドタドタドタドタドタドタドタ!!!

 

 

「朝田!!!」

 

「!!!黄泉川先生!!」

 

 

またもや部屋の中に誰かが上がり込んでくる音がしたかと思えば、そこにいたのは、自分の通う高校で体育の教師を勤め、警備員として学園都市の悪を敷く黄泉川愛穂だった

 

 

「怪我は!どこかに怪我はないかじゃん!?」

 

「わ、私は大丈夫です…でも…上やんが…新川君に…薬を…」

 

「ッ!?一方通行!!」

 

チャッ…チャッ…

 

「ったくよォ…わざわざ家からこンなボロアパートまで超特急で飛ばさせたかと思ったら…次はお医者さンごっこですってかァ?」

 

 

黄泉川がその名を呼ぶと、杖をつきながら赤い瞳をした白い少年が廊下からリビングへと上がり込んできた。するとその少年は詩乃の膝の上で眠る上条の胸に手を当てた

 

 

「・・・ハッ、日頃不幸だ不幸だっつってる割には悪運が強ェじゃねェか。最悪の急所は避けてやがる。まァ『死なねェ不幸』とでも言うンですかねェ?」

 

「えっ!?た、助かるの!?」

 

「はァ?オマエ、俺を誰だと思ってやがンだァ?俺にとっちゃ体の中いじくり回すぐれェ…朝飯前なンだよォォォォォ!!!」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話 幕引き

 

「まったく…君、本当にこれで何回目だろうね?」

 

「い、いやぁ、あはは…今回は直接的には先生の手を煩わせてないわけで、結果的にも入院は1日の検査入院なわけでありまして…そこんとこ踏まえましてノーカンにしてくれると上条さん的にも助かると言いましょうか……」

 

「そンじゃあ術式を担当した俺に手術代っつーことで報酬でも払ってくれよォ?まァ、レベル0の庶民様の懐事情をいたわって特別プライス40万円っつーことでェ!」

 

「お前分かって言ってるよな!?」

 

 

BoB本戦終了から既に一夜が明けていた。昨夜、詩乃のアパートで起こった騒動にて恭二に薬液を注射され万事休すかと思われた上条だったが、その後現場に駆けつけた一方通行が能力により体内の薬物を抽出したおかげでなんとか一命を取り留めた

 

 

「しかしまぁ、現場に彼が駆けつけていたから良かったものの、もしそうでなかったら今ごろは確実に三途の川を渡り切っていただろうね?」

 

「怖いこと言わないでくださいませ!?」

 

「しかしまァ、奇しくもやったことは『妹達の時』とは真逆だったけどなァ」

 

「ああ、ありがとな。一方通行」

 

「しかしよォ、オマエの場合右手から先はどうやってもアプローチ出来ねェからてっきりそこは壊死するもンだと思ってたンだが…右手から先は全く影響なしってェのはどういう了見なンですかァ?もうオマエの右手から先は別の生き物なンじゃねェのか?」

 

「ははは…まぁ案外間違ってないかもな。吹っ飛んでも勝手にくっついたり生えたりするぐらいだし…」

 

「まぁいざとなったら僕も右手から先だけ切り落として生えるのを待つという方法に頼っただろうね」

 

「だから怖いこと言わないで先生!?」

 

ガラガラガラガラッ!!

 

「おーっす、調子はどうじゃんよ上条」

 

 

病室のドアが開く音が聞こえたかと思えば、病室内に不躾な態度で入ってきたのは、件の依頼主である黄泉川だった

 

 

「調子はどう?じゃないですよ黄泉川先生。今回ばっかりは本当に運の尽きかと思いましたよ」

 

「まぁでも、それは病院から朝田の家に走りながら私個人の連絡先に電話を入れたのが功を奏したじゃんよ」

 

「あ、そうだ。詩乃の方は?」

 

「彼女の場合は命に別状はないね。擦り傷と軽い打撲程度だね」

 

「ほっ…良かった…」

 

「ほら、噂をすればなんとやらじゃん?」

 

ガラガラガラガラッ!!

 

「上やん!!!」

 

 

もう一度ドアの開く音がしたかと思えば、詩乃が病室に駆け込んで来た。そしてそのまま上条のベッドの元へと駆け寄った

 

 

「大丈夫!?どこか怪我とか…!」

 

「え?あーいいや、大丈夫さ。どっちかっつーと俺は怪我じゃないからな。詩乃の方こそ大丈夫だったか?」

 

「もうっバカ!本当にバカなんだから!!もしもあなたが死んだら私は…私は…!」

 

「おーおー、見せつけてくれちゃってェ?お熱いですねェお二人さァン?」

 

「ッ!?/////」

 

 

一目散に上条の元へと駆け寄った詩乃を見た一方通行が彼女をニヤついた顔で茶化すと、詩乃の頬がみるみる内に紅潮していき上条の体から飛び退いた

 

 

「・・・?どういう意味だよ一方通行?」

 

「君は少しは自分でそれを理解する努力をした方がいいね」

 

「?????」

 

パンパンッ!

 

「さて、まぁ役者も揃ったことだし事後報告といくじゃんよ」

 

 

和やかムードなところを申し訳なさそうに、黄泉川はその手の平を2度と叩いて話を切り出そうとした

 

 

「あァ?おい黄泉川、俺それ関係あンのか?」

 

「まぁ一方通行を役者として数えていいか微妙だとは私も思ったじゃん。でも一応は元ラフコフのメンバーなんだし、完全に切り離すのも良くないから聞くか聞かないかは自分で決めてほしいじゃん」

 

「なっ!?こ、この人も元殺人ギルドのメンbッ…!」

 

「大丈夫だ詩乃。この一方通行は確かに元ラフコフのメンバーだったけど、結果的には途中で脱退したし、SAOをクリアまで導いたメンバーの内の一人だ」

 

「へ?あ…まぁ、そういうことなら…」

 

「・・・チッ、今さらあの組織がどうかしたところで俺は興味ねェな。っつーことだ、俺は帰る」

 

チャッ…チャッ…ガラガラガラガラ…

 

 

そう言い残すと一方通行は杖を突きながら病室のドアに向かって歩き出し、そのままドアを開け病室を後にした

 

 

「わ、私があんな反応したから機嫌悪くしちゃったのかな…」

 

「え?あっはっはっは!違うじゃんよ朝田」

 

「・・・え?ち、違うってどういうことですか?」

 

「アレが一方通行なりの気の遣い方じゃんよ。だから決して朝田のせいじゃないから気にすることないじゃん」

 

「・・・え?ていうか…今、黄泉川先生…それに上やんもあの人のこと『一方通行』って…」

 

「ん?ああ、言ったじゃんよ」

 

「えっ!?えええええええええええええええええええ!?!?!?じゃ、じゃああの人が学園都市第1位!?」

 

「まぁ、そうなるじゃん」

 

「へ、へ〜…あんな人だったんだ…ちょっと意外…」

 

「さて、それじゃ事後報告といくじゃんよ」

 

「・・・・・」

 

 

黄泉川がそう言うと、病室内の全員の雰囲気が一変した。各々話すのをやめ、真剣な眼差しを当事者へと向けた

 

 

「昨日のアパートでの一件の後、新川恭二、並びに恭二の兄である新川昌一を逮捕したじゃん。昌一に行った取り調べの供述で共犯者が判明。3人目の死銃と語る『金本敦』は現在逃走中だけど、捕まるのは時間の問題じゃん」

 

「死銃が生まれた原因は、昌一がリアルマネー取引で透明化できるマントを手に入れたことがきっかけだったじゃんよ。そのマントの能力を使っていたある日、総督府で他のプレイヤーが操作していた情報端末を試しに双眼鏡で覗き込んだところ、そこにはプレイヤーのリアルの情報がズラリ。それからGGO内のプレイヤーの現実の情報を集め始めていたらしいじゃん」

 

「つまり…情報を得るためにマントを入手したんじゃなくてその逆…先にマントありきだった…ということですね」

 

「まぁ、MMOじゃ『隠れ身』ってのはそれこそ定番スキルだ。ない方が珍しいとも言える。SAOでもハイディングは街中でも使えたし、俺も中層で一度それを駆使した事件に遭った。でもそれは別にズルってわけじゃない。当時の情報屋の奴らもかなり重宝して使ってた。その点、今回の事件は現実と密接な関わりがあるGGOだからこそ起きた事件だとも言えるな」

 

「そして、恭二はGGOでアバターの育成に手間取っていたじゃん。理由は…まぁ私にはよく分からないんだが、ゼクシードがプレイヤーに嘘の育成論みたいなのをばら撒いておいて、自分はそれに該当しないステータスを育成してたのを酷く恨んでたみたいじゃん」

 

「・・・はい、新川君も昨日そんなことを言ってました」

 

「ああ。それでその話を聞いた昌一が恭二にゼクシードの現実の氏名と住所を教えたところ、まぁウチの高校の教師である災誤先生であることが発覚、話はすぐに彼をどう粛清するかって段階に移ったらしいじゃん」

 

「最初は本気にしてなかったみたいだったじゃん。でも連日議論している内に計画が現実味を帯びてきて、ついに昌一と恭二は計画を実行するために第13学区で父親が経営する病院から緊急時に電子キーを解錠するマスターコードと薬物を盗み出す算段を整え、それを実行したじゃん」

 

「そして昌一は最初の犠牲者、ゼクシードこと災誤先生の自宅にマスターコードで侵入し、事前に恭二と示し合わせていた時間に先生を殺害し、恭二は兄のアバターであるステルベンでログイン。死銃と名乗ってテレビ画面越しにゼクシードを銃撃したじゃん。そして二人目の被害者である薄塩たらこも同じ手口で…」

 

「・・・・・」

 

「しかし、GGO内のプレイヤーは死銃の噂に怯えるどころかデマ扱いしたじゃんよ。それに業を煮やした昌一達はBoBで一挙に3人を殺害すると計画したじゃん。そのターゲットになったのが、ペイルライダー、ギャレット、そして…」

 

「シノン…朝田だったじゃんよ」

 

「・・・・・」

 

 

分かっていたことだったがやはり事実を知った衝撃は隠せなかった。詩乃は少し顔を俯かせると、どこか悲しげな表情を浮かべていた。そんな彼女を気遣ってか冥土帰しは黄泉川に疑問を投げかけた

 

 

「・・・だけど、複数人をそんな短時間に殺害するには、どうしても障害が生まれてくるね?」

 

「そうじゃん。死銃の共犯者も、犯行のタイミングに合わせてターゲットの自宅に移動しないとならないじゃん」

 

「・・・そこで、3人目の共犯者として金本敦を新たに引き入れた…ということですか?」

 

「そ、上条の言う通りじゃん。金本は昌一の古い友人…というよりも、SAOで同じギルド…ラフィンコフィンに属していた身として関わりがあったらしいじゃん」

 

「ちなみに昌一のSAO時代のキャラネームは『ザザ』、金本は『ジョニー・ブラック』。聞き覚えは…?」

 

「・・・いや、本当に情報屋の情報とか巷の噂程度に聞いたことがあるぐらいですね。俺自身が実際に会ったことはないです」

 

「そうか…まぁそれで金本は互いの家が近いという条件を満たしたペイルライダーとギャレットの殺害依頼を引き受け、恭二はシノンの殺害を引き受けたじゃん。今までは昌一が現実側の実行役だったらしいけど、今回は恭二が実行役に固執していたみたいじゃん」

 

「・・・あ、あの…」

 

「ん?どうしたじゃん朝田?」

 

「そういうことは、新川君…恭二君が話したんですか?」

 

「いや、これらは兄の供述に基づいた話じゃん。恭二は頑なに黙秘を貫いてるじゃんよ」

 

「そ、そうですか…」

 

「ちなみに新川昌一は幼い頃から病気がちだったじゃんよ。父親は早々に見切りをつけて、弟の恭二を跡継ぎに決めたじゃん」

 

「まぁそれで兄弟仲が悪化するとかそういうわけじゃなかったんだけど、昌一はネットゲームにのめり込むようになり、二年半前にソードアート・オンラインに囚われたじゃん」

 

「・・・・・」

 

「本人の供述によれば生還した昌一は恭二にだけ色々語ったらしいじゃん。いかにあの世界で自分が血も涙もない殺戮者だったか…そんな昌一が、恭二にとっては英雄に見えていたらしいじゃん」

 

「・・・でもその反面、弟に英雄として見られれば見られるほど、自分の耳に入ってくるラフィンコフィンに対する世間の評判が気に食わなかったみたいじゃん」

 

「自分たちは紛れもない殺人鬼のはずだった。しかしその実、ラフィンコフィンはSAOに曲がりなりにも75層で終止符を打つ一因を作った『正義の集団』だったと…そう思われるのがどうしても許せなかったらしいじゃん」

 

「言うなれば、昌一や金本はそうした理想と現実の違いで生まれた狭間で踠き苦しんで出来てしまった『膿』みたいなものじゃん」

 

「まるで『仮想世界のダークサイド』…だな…」

 

 

黄泉川の話を聞いた上条は苦虫を噛み潰したような顔で静かにそう呟いた。一方の詩乃はそんな彼の顔を一瞥すると、黄泉川に視線を向け問いかけた

 

 

「あの、恭二君はこれからどうなるんですか?」

 

「んー…まぁ一概には言えないけど、第10学区の少年院に入ることは避けられないじゃん。なんせ二人は仮想世界に囚われてすぎて現実を見失っちまったじゃんよ」

 

「・・・黄泉川先生…私、彼に会いに行こうと思います」

 

「・・・え?ど、どうしてじゃん?昨日あんなことがあったばっかりじゃんよ?」

 

「・・・伝えたいんです。私が…彼が誘ってくれた仮想世界で…彼が生きがいにしていた仮想世界で…何を見て、何を感じていたのか、今何を考えているのか、話したいんです」

 

「・・・なるほど…ある意味じゃ二人は似た者同士…だったのかもな。仮想世界に自分の強さを求めて、そして戦い続けた。きっと、今の詩乃の言葉は恭二のこれからの糧になるはずだ」

 

「・・・うん。ありがとう」

 

 

上条は詩乃の目を見つめてそう言うと、最後に少し笑った。彼の笑顔を見て、詩乃もまた自分の考えは間違っていなかったのだと感じ、彼に笑顔で礼を返した

 

 

「・・・朝田は強くなったじゃん。そういうことなら拒否する理由はないじゃん。面会が出来るようになったら、ウチの学校で朝田に伝えるじゃんよ」

 

「ありがとうございます、黄泉川先生」

 

「さって…私もまだ仕事を残してきたからそろそろお暇するじゃんよ」

 

「あ、すいませんわざわざ手間を取らせてしまって…」

 

「いやいや、朝田たちにはもちろん知る権利があるじゃん。それにお前たちを危険な目に合わせてしまったのは私の落ち度もある。これぐらいしないと教師として生徒に顔向け出来ないじゃん」

 

「あ、黄泉川先生…それで報酬の件は…」

 

「え?あっはっは!心配しなくても後で上条の口座に振り込んどいてやるから安心するじゃんよ!」

 

「そ、そすか…安心した…」

 

「それじゃ朝田、上条の看病よろしくじゃ〜ん♪」

 

「よっ、黄泉川先生!///」

 

ガラガラガラガラ…バタンッ!

 

 

そう詩乃に言い残して面々に別れを告げると、巨乳系体育教師は上条の病室のドアから去っていった

 

 

「???黄泉川先生となんかあったのか詩乃?」

 

「べ、別に!アンタの病室に来るまでは先生に手当てしてもらってたからそこで色々と……ごにょごにょ…/////」

 

「?????」

 

「い、いいでしょ!アンタには関係ないことなの!///」

 

「そ、そんな怒ることかよ…てか今に始まった話じゃないけど仮にも先輩にアンタって呼ぶ女の子が最近多すぎやしませんかね…詩乃に限らず…」

 

「あっ…そ、そうね…え、えっとじゃあ、か、上やん…は本名じゃないし…上条…先、輩…?」

 

「ん、んーーー…な、なんか詩乃にそう呼ばれんのむず痒いからやっぱり上条でいいかな…」

 

「な、何よそれ!///ていうかなんでか、上条……の方こそ私のこと下の名前で呼んでんのよ!?」

 

「え?だって『シノン』から『ン』取るだけだし、その方が楽だし呼びやすいかなって。なんだったら別に詩乃だって俺のこと名前で呼んでいいんだぜ?」

 

「〜〜〜〜〜ッ/////べ、別に上条でいいわよ!バカ!」

 

「なんでそれだけでバカとまで言われにゃならんのでせう!?」

 

「ははは。さて、どうやらここにいてもお邪魔虫になるようだし、僕もお暇することにしようかね」

 

「あ!すいませんお世話になりました!」

 

「いやいや、僕は朝田さんには特に何もしてないからそこまで気を遣わないでくれたまえ」

 

「先生、ありがとうございました」

 

「それじゃ、毎度の事ながら君はくれぐれもお大事にね。出来ることならもうこの病院の世話にならないことを祈っているよ」

 

スタスタスタ…ガラガラ…バタンッ!

 

「・・・・・」

 

「・・・・・」

 

 

冥土帰しも病室から退室し、二人残された上条と詩乃。急に人がいなくなった静けさが二人を包み、秋の訪れを予感させる少し涼しげな風が病室の窓から吹き込んできた

 

 

「・・・ねぇ上条、リンゴ食べる?」

 

「ん?剥いてくれんのか?」

 

「一人暮らししてるんだからリンゴぐらい剥けるわよ」

 

「そっか…じゃあ頼む」

 

「・・・ありがとう、上条」

 

「はは、俺もありがとな、詩乃」

 

「・・・どういたしまして」

 

 

どこかくすぐったさを覚えるお礼の言われ方に思わず笑ってしまった上条だったが、頬をポリポリと掻いてそれを誤魔化しながら礼を返した。リンゴの皮を剥く音が心地良く耳に残りながら、心地よい秋の風が二人の肌をなぞった

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話 小さな一歩

 

「よぉ〜朝田〜、待った〜?」

 

「・・・そっちから呼び出しておいたクセに待たせないで」

 

 

死銃事件解決から一週間が経った。ここ、とある高校の体育館裏では今、朝田詩乃と彼女をいじめのターゲットにしている遠藤を含めた3人の女子が待ち合わせていた

 

 

「あぁ?朝田さぁ〜、最近マジ調子乗ってなーい?」

 

「本当、ちょっとヒドくない?」

 

「ははっ、別にいいよ。私達は『トモダチ』なんだから。そんかしさぁ〜私達が困ってたら助けてくれるよなぁ?そういう訳だからとりあえず二万でいいや、貸して?」

 

「・・・・・」

 

スチャッ…

 

「んぁ?」

 

「・・・前にも言ったけど、あなたは友達なんかじゃないし、あなたにお金を貸す気はない」

 

 

遠藤はまるで詩乃を嘲笑うかのように詩乃を見下しながらそう言ったが、詩乃は毅然とした態度で彼女の言葉に応じず、ゆっくりと眼鏡を外し、真っ直ぐな瞳でそう告げた

 

 

「チッ、おい朝田ぁ?今日はマジで兄貴から『アレ』借りてきてんだからな?」

 

(・・・逃げない…私は…戦うことを選択する…それを上条から学んだ)

 

「好きにしたら?」

 

「へっ!」

 

ガサゴソ!ガチャッ!!

 

「!!!!!」

 

 

遠藤がバックに手を突っ込み、その中から取り出したのは一丁のエアガンだった。そしてその銃口が詩乃へと向けられ、彼女は思わず鋭く息を呑んだ

 

 

「これ、兄貴には絶対人に向けるなって言われてんだけどさぁ…朝田は平気だよなぁ?慣れてるもんなぁ?」

 

「・・・・・ッ!?」

 

「ほら、泣けよ朝田!土下座して謝れよ!!」

 

「「キャーーーーーッ!!」」

 

・・・・・カチッ…

 

「・・・え?」

 

 

遠藤は間違いなくエアガンの引き金を引いた。しかし、弾が出ないどころか引き金自体がビクともせずプラスチックの軋む音がするだけだった。予想外の展開に遠藤はエアガンを一瞥して思わず素っ頓狂な声を上げた

 

 

カチッ!カチッ!カチッ!

 

「ん?なっ!ちょっ!?な、なんだよ…コレッ!…ッ!?」

 

「・・・はぁ〜…ちょっといい?」

 

ガシッ!

 

「痛っ!?」

 

バッ!クルクル…カシャンッ!

 

 

詩乃はまず最大限の腕力でエアガンを持つ遠藤の右手を握り、彼女の握力が弱まったところをGGO仕込みの所作であっという間にエアガンを奪い取り、トリガーガードに指をかけ少し空中で遊ばせてからその右手でグリップを握った

 

 

「んー、『1911ガバメント』か。お兄さん渋い趣味ね、私の好みじゃないけど」

 

「・・・へ?」

 

「ちなみにガバメントはサムセーフティの他にグリップセーフティもあるから、その二ヶ所のセーフティを解除しないとうんともすんとも言わないわ」

 

カチッ!カチッ!

 

「それにシングルアクションだから最初は自分でコッキングしないとダメ」

 

ガチャッ!!スッ…

 

「・・・ふぅ〜…」

 

 

詩乃は手慣れた手つきでエアガンの二つのセーフティを解除し、ハンマーを起こすと、誰が置いたかも知れぬバケツの上にある一本の空き缶へと照準を合わせた

 

 

「ッ!!」

 

プシュッ!!カァンッ!!!

 

 

詩乃がエアガンの引き金を引くと、強烈な空気の音ともにBB弾が飛び出した。BB弾はそのまま真っ直ぐに空き缶へと向かうと、見事命中し空き缶を凹ませた。そして詩乃はゆっくりと遠藤の方へと向き直った

 

 

「ッ!?や、やめっ…!」

 

「確かに、人には向けない方がいいわねコレ。結構威力強いし。はい」

 

ガチャッ…ポン…

 

「あ、あああああああ……」

 

「じゃあね」

 

(・・・これが私の…最初の一歩…)

 

 

恐れおののく遠藤にセーフティをかけ直してエアガンを手渡すと、遠藤はヘナヘナと地面にへたり込んだ。そして詩乃は鞄を持ち直し、勝ち誇ったように3人に別れを告げ、決意を新たにその場を後にした

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「???」

 

ザワザワザワザワザワザワ……

 

 

遠藤をあしらった詩乃は正門へと向かって歩いていた。しかし、進行方向の正門には、およそ遠目から見ても分かるほどの人だかりが出来ており、辺りは異様なほどザワついていた

 

 

「あっ、朝田さん。今帰り?」

 

「うん。ねぇ、何かあったの?」

 

「ほら、アレだよアレ」

 

「・・・ん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

カシャコカシャコカシャコッ!!!

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?!?」

 

ドドドドドドドドドドドドドド!!!

 

「待てぇコラそこのツンツン頭ー!」「ぶっ殺したるわー!」「死に晒せー!」「待たんかボケー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「」

 

 

なんかいた。ここ第七学区を根城にするスキルアウトの集団を背にしながら、学園都市で普及している電動補助付き自転車、通称『アクロバイク』に跨り、そのペダルを全力でこいで爆走するツンツン頭の不幸な大学生、上条当麻その人。実は詩乃は今日、上条に用事があると言われ学校の正門で待ち合わせようとしていたのだが、こんな豪勢なお出迎えになるとは思いもせず言葉を失っていた

 

 

キキーーーーーッ!!!

 

「おおっ詩乃!良かった!待たせて悪かったな!」

 

「べ、別に待ってないけど…ところであの追ってきてるスキルアウt…」

 

「説明は後だ!とにかく早く後ろに乗って俺と一緒に逃げてくれ!!」

 

「ッ!?///」

 

「キャー!駆け落ちよー!」「いやーーん!だいたーーん!!」「朝田さんやっるー!」「ひゅーひゅー!いいぞいいぞー!」「持ってけドロボー!」

 

 

上条は校門の前でアクロバイクに急ブレーキをかけて止まるなり詩乃を見つけ、まるでドラマのワンシーンのようなセリフを口にした。それを聞いた途端詩乃の顔はみるみる赤くなっていき、校門の前に溜まっていた野次馬の声援が二人を囃し立てた

 

 

「ちょっ!ちょっと待ってみんな!こ、これはその!ち、違くて!///」

 

ガシッ!

 

「なにモタモタしてんだ!ほら!」

 

「ふぇ!?///ちょっ、ひゃあっ!?」

 

グイッ!ストンッ!!

 

 

上条は狼狽える詩乃の手を強引に握り、自分の元へと引き寄せると、詩乃をアクロバイクの後輪の上に設置された平たい荷台の上に座らせた

 

 

「よし!乗ったな?乗ったよね?乗りましたよね!?じゃあ行くぞ!振り落とされないようしっかり掴まっとけよ!!」

 

「ひゃあああああああ!?!?///」

 

カシャコカシャコカシャコ!!!

 

 

詩乃の承諾を得ぬまま再び上条はアクロバイクのペダルを漕ぎ始めた。詩乃は明日学校で事情を根掘り葉掘り聞かされるのを覚悟し、もうどうにでもなれと思いながら彼の腰周りに腕を回し、振り落とされまいとキツく抱きついた

 

 

「おいヤロー女の子と二人乗りしてやがんぞ!」「自転車の二人乗りは違反だぞー!」「舐めてんのかー!」「その子寄越せおんどりゃー!」「テメー愛の逃避行とか抜かしてんじゃねーぞコラー!」

 

ドドドドドドドドドドドドドド!!!

 

「あーもうしつこすぎだろ!こっちは自転車であっちは走りだぞ!?走れメロスって案外やれば出来るもんなのか!?」

 

「ね、ねぇ!なんでスキルアウトに追われてるの!?」

 

「あー!?黄泉川先生から報酬も貰ったし通学用に自転車買おうと思ったんだけど、自転車屋のおっさんがこのアクロバイクがお買い得だし、これが最後だっつーからコレ買ったんだよ!したら同じようにコレが欲しかったスキルアウトが俺に八つ当たりしてきて気づいたらどんどん人数が増えてこの有様ですのことよ!?」

 

「不幸にも程があるわよ!?」

 

「はっはっは!もうそんなの上条さんは慣れっこですよ…さて、じゃあちょっとここいらでコイツの本気を見せてもらいましょうかね…」

 

「え?ほ、本気って…?」

 

「ああ。って言ってもコイツの電動補助を借りて全力で漕ぐだけさ…でも人力だけで50km/hは出るってさ」

 

「ご、50キロって…!ちょっ…!?」

 

「さて!目指すは15学区のエギルの店だ!飛ばすぞっ!!」

 

ビュオオオオオオオオオオオオ!!!

 

「いやああああああああ!?!?」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

キキーーーーーッ!!!…ガシャン!

 

「ふぃー、無事到着…」

 

 

その後、詩乃を荷台に乗せアクロバイクで爆走し、何とかスキルアウトを振り切った上条は、第15学区にある木造のカフェの前でアクロバイクにブレーキをかけ停車した

 

 

「全ッ然無事じゃない!前にも言ったでしょ!?女の子は下から吹きこむ風に敏感なの!今ので何人の不特定多数の人に私のスカートの中が晒されたと思ってるわけ!?体育用のスパッツ履いてなかったら今頃自殺してるわよ!?」

 

「そ、そういう問題なのかよ…まぁそりゃ美琴の短パンよかマシだけどよぉ…やっぱり上条さんには女心は理解出来そうにないな……」

 

「少しは理解しようと努力しなさいよ!そうじゃないと!…その…私が…上条のこと……///」

 

「え?なんか言ったか?」

 

「う、うるさい!なんでもない!///」

 

ガタンッ!!

 

「おおっ!?ととっ!」

 

 

詩乃は上条に向けて怒鳴りながらそう言うと、アクロバイクの荷台から強引に降りた。無理やり力の方向を変えられたために車体が激しく揺すられ上条は危うく転倒しそうになったが、アクロバイクの電子制御式サスペンションが衝撃を吸収し転倒を防いだ

 

 

「おおお…便利だなぁ…何やっても転倒しないって売り文句は伊達じゃないな。こりゃ不幸な上条さんにはもってこいの代物だ」

 

 

アクロバイクの利便性と安全性を改めて実感すると、上条はアクロバイクから降車し、目指していた一軒のカフェの前で立ち止まった

 

 

「で?このお店は何?」

 

「ん?ああ、俺の友人…友人?まぁよく言えばそんな感じのヤツがやってる店でさ、『ダイシーカフェ』って言うんだ。まぁ本人曰く夜は繁盛してるらしいが…しかしこの学生だらけの街でこんな酒場染みたカフェなんてやってて儲かんのかって感じだが…」

 

ガチャッ!!カランカラン!

 

「聞き捨てならないな、確かにウチはしがない店だが料理、スイーツの腕もピカイチなんだ。ランチと間食の期待に応えるのはもちろん、食後のコーヒーもその辺の半端なカフェなんかにゃ引けをとらねぇぞ」

 

「わっ!?」

 

 

急に店のドアが開き、ドアに取り付けられたベルがなったかと思うと、およそカフェの店員とは思えないほど大柄で屈強な肉体をした黒人が姿を現した。あまりにも強面の男性に詩乃は驚いてしまい、咄嗟に上条の背中に身を隠した

 

 

「お、なんだエギル。珍しくお出迎えか?」

 

「バカ言え、ウチはそういう店じゃねぇよ。店の前でお前の立ち話が聞こえたんで開けてやっただけだ。それにそう言う手前、お前だって未成年の分際でここで酒飲んでんだろうが。誰が黙認してやってると思ってんだ?」

 

「いやアレはクラインが無理やり俺に酒飲ませてるだけだからな!?」

 

「あ、あの…」

 

「おっ?君が上条の言ってた詩乃ちゃんか?待ってたぜ。さ、中に入ってくれ。ソフトドリンクとスイーツぐらいならご馳走するぜ。あ、上条は自腹でな」

 

「そこは俺も奢れよ!?普段少しは店の売り上げに貢献してんだろうが!」

 

「へっ、馬鹿にすんな。弱貧相のお前の支払いなんぞなくたってウチは痛くも痒くもねぇよ」

 

「そこまで言うなら逆に奢れよ!?」

 

「あっはっは!まぁソフトドリンクぐらいならサービスしてやってもいいかもな。ほら、そんなことより入った入った」

 

「ったく…」

 

カランカラン!!

 

 

エギルに言われるがままドアを押し込んで上条と詩乃はカフェ内へと入っていった。そんな二人を出迎えたのは業務挨拶ではなく、一人のお転婆少女の文句だった

 

 

「おっそーい!待ってる間にアップルパイ二切れも食べちゃったじゃない!太ったら上条のせいだからね!」

 

「そ、それどう責任取れと…いや違うんだよ、途中でスキルアウトのヤツらに追われてだな…」

 

「まーたアイツらと追いかけっこしてたわけ?物好きねーアンタも」

 

「いや別に好きではねぇよ!?」

 

 

バーカウンターのスツールに座りながら上条に悪態をつく女性が二人。篠崎里香と御坂美琴は上条よりも一足先に来店していたようで、二人の周りには食後の皿と空になったコップが置かれていた

 

 

「そんなことより、早く紹介しなさいよ」

 

「ん?ああ、そうだった。この子がバレット・オブ・バレッツの三代目チャンピオン、シノンこと朝田詩乃だ」

 

「や、やめてよ…」

 

「え?いやだって事実だろ?」

 

「そ、そりゃそうだけど……」

 

 

上条の思わぬ紹介の仕方に気恥ずかしさを覚えたのか、詩乃は小声でそう抗議したが、一先ず里香と美琴に会釈したので、上条は続けて里香に手を差し向けた

 

 

「んで、こちら3人とも俺のSAO時代の友人なんだけど…まずこちらが『ぼったくり鍛冶屋リズベット』こと『篠崎里香』」

 

「あ゛あ゛んっ!?」

 

「ひいっ!?な、なんでもないでございますのことよぉ!?」

 

「ったく…はい次!」

 

「え、ええっと…それでそちら里香様の隣にいらっしゃいますのが『常盤台の電撃姫』こと『御坂美琴』様でございます」

 

「よろしく、朝田さん」

 

 

自分に向けて笑顔で会釈する美琴を見るなり、詩乃は自分の目をパチクリと瞬きさせそして現状を飲み込むなり目をまん丸にして驚愕の声を漏らした

 

 

「・・・ふぇ?…ちょっ!?えっ!?ええっ!?御坂美琴って…あの学園都市序列第三位の!?常盤台の超電磁砲!?」

 

「え、ええ。まぁね…」

 

ガシッ!!!

 

「うわー!本物だー!お、お会いできて光栄です!私ずっとあなたの大ファンだったんです!」

 

「え?…え?そ、そりゃどうも…」

 

 

美琴がかの有名人である御坂美琴だと気づくなり、彼女の手を握り熱烈なまでの羨望の眼差しを彼女に向け、戸惑う彼女を余所に、まくし立てるように問いかけ始めた

 

 

「あの!よろしければお聞きしたいんですけど!あの超電磁砲ってどういう仕組みで撃ってるんですか!?今実際に撃ってもらうことって出来ますか!?」

 

「え、ええと…アレはゲーセンのメダルを電気を応用したローレンツ力で加速して音速の三倍で撃ち出すって代物で…まぁここで撃てないこともないけど…撃ったら撃ったでエギルさんの店が跡形もなくなってもいいなら…」

 

「おい冗談でもやめろよ!?」

 

「ね、ねぇ上条…詩乃ってもしかしてそういう子…?」

 

 

詩乃の美琴に対する熱意を見るなり、里香は上条の方へ近寄り、二人には聞こえぬように耳打ちで囁いた

 

 

「い、いや多分そういう訳じゃねぇんだけど…ま、まぁ仮にも銃ゲーやってた身だし…『超電磁砲』って能力と響きに憧れてたんじゃないか?」

 

「アレを銃と形容していいかは怪しいところだけどね…」

 

「あぁ…どっちかっていうと大砲だよな…てかそもそも本人の性格がアレだし…」

 

「コラそこ!聞こえてるっつーの!」

 

「あ、あはは…んで、最後にコレが『店のエギル』」

 

「誰が店だ!?俺の存在意義はそれだけか!?っつーか俺だってお前に本名教えただろうが!」

 

「えー、だってお前の名前なげーじゃねーかよ…『アンドリュー・ギルバート・ミルズ』。長いからエギルでいいぞ詩乃」

 

「え?が、外人さん…なんですか…?日本語お上手ですね…」

 

「お褒めに預かり光栄だぜ、お嬢さん」

 

「まぁこんな女たらし紛いなことを言ってるが一応既婚者だ」

 

「お前は本当に一言余計だ!というか天然女たらしのテメエに言われたかねぇ!」

 

「さっきのお返しだ。俺が女たらしじゃねーのは彼女が出来ないのがその証拠だっつの。ま、その辺りに適当にかけてくれ詩乃」

 

「あ、うん…」

 

 

上条にそう言われ、詩乃は四人がけの円卓テーブルに備えられた椅子に座り、上条と美琴と里香も同じ円卓の椅子に腰掛けた

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話 会うべき人、聞くべき言葉

 

「・・・以上がここ数日俺がGGOにログインしてた理由と、GGOで何が起こったかについてだ」

 

 

円卓に着席した後、上条と詩乃はお互いに話を補填しあいながらここ数日の出来事をダイジェスト版で説明した。しかし事柄が事柄だったので、それでも事の全容の説明にはかなりの時間を要した

 

 

「・・・なんか上条って…つくづく巻き込まれ体質よね」

 

「まぁ不幸の申し子だからな…と言いたいとこだけど、今回ばかりは一概にはそう言い切れないな。俺が自分から首突っ込んだワケだし、SAOから続いてた因縁ってのもあるからな」

 

「・・・まぁ、ラフィンコフィンのメンツがそうなるのも納得よね…急にゲームが終わって現実戻って蓋開けてみたら、自分達の誇りにしてた悪事が霞んでたんじゃ…そんな気も起こすわ」

 

 

美琴はそう言いながら二年前に自分が生きていた仮想世界を思い出し、神妙な面持ちで一度下へと顔をうつむかせたが、その後すぐに詩乃の方へと向き直った

 

 

「改めてごめんなさい朝田さん。私たちが自分でケリをつけられなかったばかりに危険な目に遭わせてしまって…」

 

「俺もだ、悪かった詩乃」

 

「え?い、いやいやそんな!」

 

 

心からの謝罪の意を込めて頭を下げる上条と美琴だったが、その先にいる詩乃はとんでもないと言いたげに両手を振った。そしてすっかり気まずくなってしまったムードを切り替える為に里香が両手を叩いた

 

 

「ま!なにはともあれ、女の子のVRMMOプレイヤーとリアルで知り合えたのは嬉しいな!」

 

「ふふっ、そうね。改めて友達になってね朝田さん」

 

「えっ!?ぁ…うん…」

 

 

美琴の誘いに対し、詩乃は気まずそうに答えることしか出来なかった。かつて、自分を『友達』と呼び、自分が『友達』と呼んでいた人が、気づけば自分の周りからどれほど消えていっただろうか。その記憶を思い返すと、易々とその誘いに応えることは出来なかった

 

 

(この人たちも…私の過去になにがあったか知れば…きっと…)

 

「・・・それで詩乃、俺はもう一つ…お前に謝らなきゃならない」

 

「・・・え?謝る…って…」

 

「あのね朝田さん…詩乃さん。今日この店に来てもらったのには、ある理由があるの」

 

「り、理由?」

 

 

美琴が詩乃にそう告げると、続いて上条は詩乃に対して深々と頭を下げた。そして真剣な表情を浮かべ、申し訳なさそうに口を開いた

 

 

「俺、詩乃の昔の事件のこと、美琴と里香に話した。どうしても…二人の協力が必要だったんだ」

 

「・・・えっ!?」

 

「詩乃さん、実は私たち3人は三日前、学校を休んで、以前あなたが住んでいた街に行ってきたんです」

 

「!!!!!な、なんで…そんな…ことを…」

 

ガタンッ!

 

 

詩乃は美琴から告げられた信じられない言葉にショックを隠せなかった。そしてその場から逃げ出そうと、何度も首を振りながら席を立った時、その右手の裾を上条が掴み待ったをかけた

 

 

「待ってくれ!それは詩乃が…まだ会うべき人に会ってない!聞くべき言葉を聞いてないと思ったからだ!」

 

「あ、会うべき人?聞くべき…言葉…?」

 

「今から起こることは、詩乃を傷つけるかもしれない…それでも俺は!どうしてもそのままにしておくのは嫌だったんだ!」

 

「い、一体…何を…?」

 

「・・・里香、お願い」

 

「了解」

 

 

美琴に何かを頼まれた里香は席を立つと、そのままバーカウンターの奥のドアへと歩いていった。そして詩乃は離れかけた座席にもう一度腰掛けると、それとほぼ同時にドアの向こうから一人の女性と、一人の幼稚園児ほどの少女が顔を見せた

 

 

「・・・?」

 

 

一体誰だろう?と詩乃が考えている内に、一人の女性と少女は先ほどまで美琴と里香が座っていた円卓の椅子に座った。そして女性が詩乃に一礼すると、それに続くように少女も頭を下げた

 

 

「あ、あの…あなたは?」

 

「初めまして。朝田…詩乃さん、ですね?私は『大澤祥恵』と申します。この子は『瑞恵』。四歳です」

 

「・・・ぇ?」

 

 

自分が記憶している名前の中では、そんな名前は聞き覚えがなかった。それに、少女に関しては自分とはるかに歳が離れている。であるのに、詩乃の脳裏には、なにかが疼いて仕方がなかった。その原因を追究する前に、女性がその答えを告げた

 

 

「この子が生まれる前は、郵便局で働いておりました」

 

「!!!!!」

 

 

詩乃の中にある途切れた糸のような記憶が、その瞬間に全て繋がった。そう、今自分の目の前にいる女性は、あの郵便局の事件で強盗に銃口を向けられた女性であった

 

 

「・・・ごめんなさい、ごめんなさいね。詩乃さん」

 

「・・・は、はい?」

 

 

不意に祥恵がその瞳から涙を流した。何を謝られ、何に対して涙しているのかわからぬ詩乃に対し、祥恵は振り絞るような声で続けた

 

 

「本当に、ごめんなさい。私…もっと早くにお会いしなきゃいけなかったのに…事件のことを忘れたいがばかりに…夫の転勤をいいことに学園都市に出てきてしまって…あなたがずっと苦しんで暮らしてるなんて、少し想像すれば解ることなのに…謝罪も…お礼すらも言わずに…」

 

「そ、そんな…そんなことは…」

 

 

謝罪を続ける祥恵にかける言葉が見つからず詩乃が戸惑っていると、祥恵は涙を拭き取り、隣に座る瑞恵の頭を撫でた

 

 

「実は私、あの事件の時、お腹にこの子がいたんです。だから詩乃さん、あなたは私だけでなく…この子の命も救ってくれたの。本当に、本当に…ありがとう…」

 

「命を…救った…?」

 

 

詩乃は思わず自分の耳を疑った。自分はあの事件で命を『奪った』だけだと、そう思い込んでいたからだ。しかし目の前の祥恵は、その対極に位置する言葉を詩乃に向けたのだ

 

 

「詩乃、お前はずっと自分を責め続けてきた。自分を罰しようとしてきた。それが間違いだとは言わない」

 

「でも、それと同時に詩乃は、自分の行動が救った命があることを知ってほしかった。自分が救った命のことを考えて、自分自身を赦す権利がある。俺はそれを、詩乃に教えたかったんだ」

 

「自分が救った命…自分を…赦す権利…」

 

とんっ!とことこ…

 

「?」

 

 

詩乃が上条の言葉を頭の中で反芻していると、祥恵の横に座っていた瑞恵が椅子から飛び降りて詩乃の元へと近づいてきた。そして斜めがけの小さなバッグへと手を入れ、四つ折りになった小さな画用紙を広げ詩乃へと差し出した

 

 

「しのおねえさん、ママとみずえを、たすけてくれて、ありがとう」

 

「!!!!!」

 

 

画用紙にはある絵が描かれていた。一番上に不器用な字で『しのおねえさんへ』と宛先が書かれたそれは、瑞恵が自分の家族を描いた絵だった。その絵を見て、瑞恵のお礼を聞いた詩乃の瞳は既に涙で溢れていた

 

 

「えへへっ…」

 

「・・・ふふっ…」

 

 

そして瑞恵が震える詩乃の手を握った。そして屈託のない優しい笑顔を向けると、詩乃も涙を拭き取り、瑞恵に笑顔を向けた。そんな2人を包む空気も、彼女たちの手も、優しい温かさに包まれていた

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「と、言うわけでみんな。俺たちの呼びかけに応じて新しくALOを始めてくれたシノンだ。仲良くやっていこう!乾杯!」

 

「「「かんぱーーい!!!」」」

 

「よ、よろしくお願いします…」

 

 

そして数日後、ALOにある上条達のパーティーが拠点とするホームでは、新たにALOを始め上条達のパーティーに参加したシノンを歓迎する宴会が開かれていた

 

 

「ほらシノン、自己紹介」

 

「あ、そうね。初めまして。上やんやミコト、リズからの誘いもあってALOを始めたシノンです。種族はケットシーです。よろしくお願いします」

 

「よろしくねーシノのん!」

 

「し、シノのん…?」

 

 

簡単な自己紹介を終えたシノンをいきなりアスナが妙なあだ名で呼んだため、シノンはその特徴的な耳を揺らしながら小首を傾げた

 

 

「うん!シノンだからシノのん!可愛いでしょ?」

 

「う、うん…そうね…」

 

「さて…それじゃシノン、早速なんだけどぉ〜…」

 

ガシッ!!

 

「・・・へ?」

 

「んふふ〜♪」

 

「み、ミコト…?」

 

 

美琴が急にシノンの肩へと腕を回し、不気味な笑みをシノンへと向けた。それはまるで、上司が部下に下世話な尋問でも始めようとしているかのような構図だった

 

 

ガシッ!!

 

「いや〜あたしもさ〜、シノンとは仲良くやってけると思うんだけど、その前にやっぱり腹割って話しときたいって言うか〜?」

 

「り、リズ…?」

 

ガシッ!!

 

「いや〜あれは上やん君の特性が悪いとも思うんだけど、やっぱり具体的にどういう雰囲気であの洞窟の出来事につながったりしたのかな〜って気になったりしてさ〜?」

 

「り、リーファ…?」

 

ガシッ!!

 

「まぁ後は〜、大会の最後上やんさんに抱きついた理由ですとか?なにやら風の噂で上やんさんとアクロバイクで二人乗りなさったとか?あとシノンさんの本音ですとかその辺りを聞かせて下さると嬉しいな〜…と」

 

「し、シリカ…?」

 

 

何が何やら分からぬままあっというまにシノンの四肢をアスナ以外の女性陣が拘束した。そして4人全員が何やら底の知れぬ不気味な笑みを浮かべていた

 

 

「まぁ〜、夜も長いことだし?存分に語り明かそうよ〜。色々積もる話もありそうだし〜?」

 

「「「ふふふふふふふ……」」」

 

「い、嫌…嫌ぁっ!上やん助けて!なんかみんな怖い!なんでか分かんないけどみんなの笑顔が怖い!」

 

「じゃそういうわけだからアンタ、とりあえずアンタは後回しにしとくから最初にシノン借りていくわね?文句ないでしょ?」

 

「あ、あの美琴様…顔が異様に怖いんですが……え?上やんさんが後回しってのは…それはつまり後々上やんさんも同じ目に合うってk…」

 

「 文 句 な い わ よ ね ? 」

 

「・・・はひ」

 

「よし、みんな行くわよ」

 

「「「はーい」」」

 

ズルズルズルズルズルズル…

 

「いやあああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!上やん助けてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!私まだ死にたくなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………!!!」

 

ギイッ!バタンッ!!

 

<いやあああああぁぁぁぁぁ!!!

 

 

そしてそのまま女性陣はシノンを引きずりながら別の部屋へと連行して行った。そしてしばらくして閉じられたドアの向こうからシノンの断末魔が聞こえてきた

 

 

「・・・あー悪いみんな、俺ちょっと急に大学の課題があったの思い出したから先にログアウt…」

 

ガシッ!!

 

「おいおい俺たちがオメーをみすみす逃すと思ってんのか上の字よ?」

 

「ひいっ!?」

 

ガシッ!!

 

「いや〜俺も前々からちょろ〜っと話が聞きたいと思ってたんだよな〜。お前にはスグというものがありながらどうしてあそこまで女子をはべらせてるのかなぁ?そうだろ上やん?」

 

「そ、その理論はおかしいと思うんですがぁぁぁぁぁ!?!?」

 

 

ありきたりなセリフでその場から逃げようとした上条の肩にクラインとキリトが掴みかかりその逃げ場を塞いだ

 

 

「まぁまぁ上の字よ、洗いざらい吐いてもらおうか。どうやったらそこまでモテんのかとか洗いざらいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

「ま、こっちも男同士仲良くやろうぜ上やん」

 

「いや課題があるのは本当のことでありまして!?ぎゃあああああああああああああああああああ!!!エギルゥゥゥゥゥ!!!アスナァァァァァ!!!助けてくれぇぇぇ!!!」

 

「自業自得だ。後で女性陣の説教もあんだからとりあえず男に絞られてこい」

 

「あ、あははははは……」

 

ズルズルズルズルズルズル……

 

「こ、こんなの…あんまりだああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

ギイッ!バタンッ!!

 

<不幸だああああああああ!!!!!

 

 

なにはともあれ、今日も今日とて上条が仮想世界で築いた絆は、どんな世界の垣根すら超えて、様々な人へと繋がっていく。その絆と繋がりこそが、紛れもない自分たちの『強さ』なのだと実感しながら、シノンと上条は夜通し尋問され続けたのであった

 

 




読者のみなさまどうもこんにちは、作者の小仏トンネルです。

以上でファントム・バレット編は完結となります。読者のみなさま、御一読並びに応援ありがとうございました。読者のみなさまのご協力があったからこその完結であったと作者は思っております

次回よりとある魔術の仮想世界[3]はキャリバー編へ突入いします。同スレ内にて新しく章を作って始めていきたいと思います。SAO再放送を見て一念発起した作者の急な思いつきのため、事前の告知などがなかったことをお詫びいたします。次回からのキャリバー編も全力でやっていきますので、ぜひよろしくお願い致します!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

キャリバー編
第1話 発端


 

「・・・『エクスカリバー』ねぇ…」

 

 

死銃事件解決から1ヶ月が過ぎた10月のある日、もっぱら彼らの集合場所となっているALOの『イグドラシル・シティ大通り』に看板を構える『リズベット武具店』の工房にて、上条当麻は世界中の誰もが知る聖剣の名を軽薄そうに呟いていた

 

 

「だから言ってんでしょ、エクス『カ』リバーじゃなくて『エクスキャリバー』。このALOやってる人全員がこぞって欲しがる『伝説級武器』よ?」

 

 

そんな彼に対して水妖精であるウンディーネに扮した御坂美琴は、呆れたような口調でこの世界の聖剣の名を訂正した

 

 

「あーあー、誰も彼も口を開けば武器だ装備だと。盾と素手で戦う上やんさんには聖剣も銅剣も一緒ですよーだ」

 

 

現在の時刻はおよそ学校の放課後ほどまで経過していた。良き学生として毎日勉学に勤しむ彼ら、上条を中心として組まれたパーティーの8人は、今話題の渦中となっている『エクスキャリバー』獲得を目指して集まっていた

 

 

「でも、なんでまた急に取りに行こうっていう話になったんですか?」

 

 

武器がなんだとゴチる上条の横で、ケット・シー特有の猫耳をピコピコと動かしながらシリカはリーファに尋ねた

 

 

「ん〜…まだお兄ちゃんがアスナさんを探してる時にたまたま一緒になって少しだけ一緒に冒険してたんだけど、その時に色々あってヨツンヘイムに落っこちちゃってね。その先でクエストやったらたまたまエクスキャリバーのあるダンジョンに入れるようになって試しに私とお兄ちゃんだけで挑んだんだけど、どうにもダンジョンの難易度が高すぎてクリアできなくて一回潜っただけで後は放ったらかしだったんだよ」

 

「ところが、今朝の『MMOトゥモロー』のエクスキャリバー発見の記事に焦ってアタシたちに白羽の矢が立てられた…ってことね」

 

 

リーファがおおよその状況を説明した後に、そこから予想できた答えをリズベットが皆が腰掛けるテーブルから少し離れた鍛冶場から答えた

 

 

「ああ、すまないなみんな。俺のワガママに付き合ってもらっちゃって」

 

「ううん、私は気にしてないよ。レアな武器を追い求めるのもVRMMOの立派な楽しみ方の一つだもんね。それに私はこの前キリト君から同じ伝説級武器の『世界樹の枝』貰ったからお返ししなくっちゃ」

 

 

ホームの柱に寄りかかりながら申し訳なさそうに言うキリトに対し、アスナはこれからの冒険を楽しみにしているような明るい口調でそう返した

 

 

「あ、じゃあ私もアレ欲しい。『光弓シェキナー』」

 

「きゃ、キャラ作って二週間でもう伝説級武器をご所望でせうか…」

 

 

まるで自らも便乗するかのように軽々しく伝説級武器を求めたシノンに対し、上条は頭を抱えて呆れたようにため息を吐いた

 

 

「ん〜、リズが造ってくれた弓も素敵だけど、出来ればもう少し射程が…」

 

「あ、あのねぇ…このゲームの弓ってのは、せいぜい槍以上魔法以下の距離で使うモンなの。100メートル離れたところから狙おうとするのなんてシノンぐらいよ…」

 

「そうね〜贅沢は言えないわね〜。私の超電磁砲だって射程は50メートルしかないんだから」

 

「ミコトのアレはもはや魔法でも武器でもないからな!?」

 

「む、むしろアレこそ一種の伝説級武器だと思いますけどね…」

 

 

ミコトの不満そうな呟きにキリトが鋭いツッコミを返すと、それに続いてシリカも苦笑しながら言った

 

 

「で?今回のそのダンジョンに挑むのはこのメンバーでいいのか?仮にも伝説級武器ゲットのためのクエストなんだからパーティー全員が揃う日にすりゃいいじゃねぇか」

 

「いやでもそれは難しいんじゃないかな?今日一応平日だからクラインさんは会社あるし、エギルさんもお店あるし。それにもう発見されてるって事情を鑑みるとモタモタしてたら別の誰かに取られちゃうかもよ?」

 

「ま、それもそうか…」

 

 

上条の提案に対しアスナは、このホームにいるメンバーは揃うべくして揃っているのだと説明した

 

 

「それにダンジョンに連れてってくれる『トンキー』に乗れるのは丁度8人が限界だしね」

 

「・・・?と、トンキー?ドンキーじゃなくて?」

 

「シノンさん、それゴリラよ…」

 

「あー、あながち間違いじゃn…」

 

「むーー!!」

 

「いいっ!?いや違うんだスグ!今のは言葉の綾みたいなものというかなんと言うか…!」

 

「ふんっ!私のトンキーがいなきゃお兄ちゃんだってエクスキャリバー取りに行けないんだからね!」

 

「じ、重々承知しております…」

 

「「「???」」」

 

 

シノンと美琴の会話に割って入ってきたキリトの言葉に対し、リーファがあからさまに頬を膨らませ、機嫌を損ねていたのを見てキリトは慌てて謝罪したが、そのやりとりの意図を他のメンバーは汲み取ることが出来なかった

 

 

「ていうか8人乗れるって言ったけどパーティーの上限人数は7人だろ?1人余ってねぇか?」

 

「それが、そのエクスキャリバーの眠ってるダンジョンだけは特別に編成が8人に変更出来るの。だから乗れるのも8人ってわけ」

 

「へぇー、やっぱそんぐらいしないと勝てないダンジョンってことか…」

 

「でもさ、なんで急にエクスキャリバーの場所が判明したわけ?キリトさんとリーファさんと同じ方法で誰かが見つけたってことなの?」

 

「いいえ、それがどうやら今回は私たちが発見したトンキーさんのクエストとは別種のクエストが見つかったようです。そのクエストの報酬にNPCが提示したのがエクスキャリバーだった、ということらしいです」

 

 

美琴の質問に、今度はキリトの頭にちょこんと座ったプライベートピクシーのユイが答えた

 

 

「でもね、そのクエストなんだかあんまり平和なクエストじゃなさそうなのよ。お使い系や護衛系じゃなくて、モンスターを何匹倒すってスローター系。おかげで今、ヨツンヘイムはモンスターのポップの取り合いで殺伐としてるって」

 

「そ、それはなんとも平和とは程遠いですね…」

 

 

不安そうに新たに湧いたという別種のクエストの説明をアスナが終えると、それを聞いたシリカが眉を細ませながら言った

 

 

「・・・だけどよぉ、ちょっと変じゃねぇか?」

 

「へ、変ってなにが?」

 

 

ほんの一瞬だけ訪れた沈黙を破るように上条が口を挟むと、キリトが上条の言葉の意図を問いただした

 

 

「その『聖剣エクスキャリバー』ってのは、普通じゃ太刀打ち出来ねぇようなおっそろしい邪神系モンスターがウジャウジャいる空中ダンジョンの一番奥に封印されてんだろ?それをただの一介のNPCが報酬に提示するか?」

 

「い、言われてみれば…そうね…」

 

 

上条の言葉にシノンも右側のサイドテールを指でいじりながら首を捻った

 

 

「ダンジョンの移動手段までが報酬…なら分かりますけど…」

 

「キュイ…」

 

 

シリカもまた膝の上に座らせたテイムモンスターである『ピナ』の頭を撫でながら不安げに言い、ピナもどこか不安そうに静かに鳴いていた

 

 

「それこそ、私とお兄ちゃんが受けたクエストで仲間になってくれたトンキーがそれに当てはまるけど…」

 

「ま、行ってみれば解るわよ。きっとね」

 

 

パーティーを包み始めた不穏な空気を取り払うように美琴が笑顔で言うと、各々がその意見に頷き、それに続いて鍛冶場にいるリズベットが声を上げた

 

 

「ぃよーっし!全武器フル回復ぅ!」

 

「ほんじゃま、今日も上やんさんご一行はボチボチ行きますかね」

 

 

上条のそんな言葉を尻目に、上条とリズを除いた6人はそれぞれリズベットに預けていた武器を受け取り、クエスト開始のためのアイテム準備を始めた

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 出発

 

「しっかし、相変わらず脳筋ばっかのパーティーだよなぁウチは」

 

「い、一番脳筋の上やんにだけは言われたくないなぁ」

 

 

各々が武器を装備し、アイテム準備を終えたところで周りを見回した上条がふとそんなことを呟くと、すっかり彼と出会ってからツーカーの仲になったキリトが返す刀で反論した

 

 

「俺だって好きで脳筋なんかやってねぇよ。魔法が使えたら光の速さで『魔法使い』になってる自信がある」

 

「いやぁ、そういえば今思い出してみると、上やん君と出会って間もない時にルグルー回廊で本気で魔法唱えたのにうんともすんともエフェクトが出なかったの面白かったなぁ…」

 

「俺は何も面白くねぇよ…」

 

 

リーファが懐かしそうに以前に起こった自分の記憶を語っていたが、その話は場を和ませるどころかより一層上条の不満を抉っていった

 

 

「でも本当に不便よねアンタ。最近ALOでもついに実装された『ソードスキル』も使えないし」

 

「いや別に片手剣は装備出来るから使えねぇわけじゃねーんだけどさ…」

 

「でも上やんはほとんどスキル熟練度上がってないから与えられるダメージなんて雀の涙ほどじゃないか?」

 

「いやわざわざトドメさすかね…そんなに上やんさんのことが嫌いですかみなさま…」

 

「確かに上やんさんはお気の毒ですが、この新生ALOでも先月のアップデートでソードスキルが実装され戦闘にも色々な幅が出来てきましたね」

 

「ユイちゃんまでフォローしてくれないんでせうか…」

 

「アンタは別に知ってても素手を選ぶんだから関係ないでしょ」

 

「せめて少しは励ませよシノン!?」

 

 

すっかり解説が板についているユイの説明を聞いて上条はがっくりと肩を落としたが、シノンが追い打ちをかけるように言った

 

 

「さらに、このALOでの上級ソードスキルの仕様は物理属性の他に、『地』『水』『火』『風』『闇』『聖』の魔法属性を備えています」

 

「ほら、ユイちゃんの言う通り魔法属性があるソードスキルもあんだから、上やんにソードスキルなんて豚に真珠よ」

 

「ひ、ひっでぇ言い草だな…」

 

「せ、せめて猫に小判にしてあげようよリズ…」

 

「それ大して意味変わってませんよアスナさん…」

 

「んっ!んんっ!」

 

 

苦笑いしながらシリカが指摘し終わったところでキリトが2、3回咳払いすると全員が今回のクエストの仕切り役であるキリトの方へと向き直った

 

 

「さて、みんな。今日は急な呼び出しにも関わらず応じてくれてありがとう。このお礼は、いつか必ず精神的に。それじゃ、いっちょ頑張ろう!」

 

「「「おーーーー!!!」」」

 

 

キリトの掲げた拳に続いて7人全員が元気な掛け声と共に工房の天井に向かって拳を掲げた。そしてキリトがくるりと振り向いて工房の扉を開くと、世界の垣根を超えて編成された8人のパーティーは『地下世界ヨツンヘイム』に繋がる秘密のトンネルへと歩き始めた

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「・・・あ゛ーーーーー!!も゛ぉぉぉぉぉ!!一体何段あんのよコレェェェェェ!!!」

 

 

リズベット武具店を出た一行はリーファがトンキーから譲り受けたヨツンヘイム行き直通の秘密のトンネルを駆け下りていたのだが、そのあまりの長さに美琴がついに痺れを切らして怒声を上げた

 

 

「えーっと…アインクラッドの迷宮区タワー丸々一個分くらいはあったかなぁ〜…」

 

「じょ、冗談だろ…」

 

 

パーティーの先頭を走りながらリーファが答えると、攻略において毎度の如くアインクラッド迷宮区で迷子になっていた上条がため息まじりに呟いた

 

 

「あのなぁ、ノーマルなルートでヨツンヘイムに行こうと思ったら、まずアルンから東西南北にそれぞれ何キロも離れた階段ダンジョンの一つに移動して、モンスターと戦いながら奥に進んで最後に守護モンスターを倒してようやく到着出来るんだぞ。一介のパーティーなら最速でも二時間かかるところを、ここを降りればたったの五分だぞ!俺がリーファならここにいる全員分の通行料を取るまである!」

 

「おお、そりゃいい商売になりそうだな」

 

「あのねぇお兄ちゃんに上やん君。言っておくけど、ここを降りてもトンキーが来てくれないと、ヨツンヘイムの中央大空洞に落っこちて死ぬ以外ないよ」

 

「そ、それじゃあ詐欺もいいとこですね…」

 

「きゅる」

 

「まぁ、ここに調査協力費なんて名目で教師から40万も巻き上げたヤツがいるけd…」

 

「どわーーーーーっ!?!?やめろシノンそれだけはーーーっ!?!?」

 

ムギュッ!!

 

「!?〜☆$%$€♪@/&〒〆+!?」

 

「あ……」

 

 

シノンがGGO事件解決を経て上条が黄泉川から報酬を受け取ったことをバラそうとしたため、上条は咄嗟にシノンの口を塞ごうとしたところ、目の前でふりふりと揺れる尻尾を鷲掴みにし、その瞬間にシノンは声にすらなっていない叫びを上げた

 

 

「んにゃっ///!それダメ…///ダメェェェ…///」

 

「わ、悪い!シノn…いいっ!?」

 

「アンタはそうやっていつもいつもぉぉぉぉぉ…」

 

「かぁ〜みぃ〜やぁ〜ん〜くぅ〜ん?」

 

「そろそろアンタも節操持って行動した方がいいと思うんだけどぉ〜?」

 

 

慌ててシノンの尻尾から手を離して謝罪した上条だったが、いささかその時にはもう手遅れであり、彼の視線の先には美琴とリーファとリズベットの3人が鬼のような形相で仁王立ちしていた

 

 

「俺は知らないぞー上やん(棒)」

 

「私もー(棒)」

 

「パパとママが知らないなら私も知らないですー(棒)」

 

 

一方のキリト一家はこの状況をむしろどこか楽しむような意地の悪い笑顔で白々しく続けざまに上条を不利な立場へと追い込んでいった

 

 

「お、お前ら…!?た、頼むシリカ!お前なら分かってくれるよな!?」

 

「・・・す、すいません上やんさん…今回は流石の私も上やんさんが悪いと思います…」

 

「キュイ」

 

「そ、そんなぁーーーーー!?」

 

 

上条は藁にもすがる思いでシリカに救済を求めたが、最後の頼みの綱も虚しく彼女の頭の上に乗ったピナの頷きがトドメとなった

 

 

「さぁ〜、覚悟は出来てるんでしょうねぇ〜?」

 

「ち、違う!これは事故であってだな!決してわざとじゃn…!」

 

「問答無用!真っ黒焦げになりなさい!」

 

「鼻の穴に火矢ぶっ込むからね!」

 

「þeir slíta fimm grǿnn vindr!」

 

「不幸だーーー!!!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「うっわぁ…すっごい…」

 

「本当に一面の銀世界ね…」

 

 

大よそ予定通り5分ほどで上条一行はヨツンヘイムに続くトンネルを抜け終わり、分厚い雪と氷に大地が覆われた文字通りの白銀の世界が彼らを出迎えた

 

 

「さ、さぶい…だ、誰でもいいからこのボロボロの上やんさんの体を労ってくれる心の優しい人はおらんのか…」

 

「だからそれは自業自得だろ…」

 

 

そして当然の如く、そこは白銀の世界の見た目に恥じぬ極寒の地であり、仮想の空気は氷点下を下回り、上条は歯をカチカチと音を立てながら全身で震えていた

 

 

「アスナさん、『凍結耐性上昇支援魔法』お願いできる?」

 

「うん、もちろん。Oss sér rauðr vind, burt hálka stórhrið」

 

 

美琴の願いを二つ返事で聞き入れたアスナは、流暢な発音で呪文を詠唱し、ヨツンヘイムの寒気から身を守る凍結耐性上昇支援魔法を唱えた

 

 

「ふおおおお、あったか〜い。ありがとうアスナ〜」

 

「どういたしまして、リズ」

 

「まぁ例によって上やんさんは寒いままですけどね…」

 

 

各々が魔法によって暖をとる中、あらゆる異能の力を打ち消す『幻想殺し』を持つ上条だけは、アスナの唱えた魔法の恩恵を受けられず未だ止まぬ寒さに凍えていた

 

 

「上やん君はホッカイロでもお腹に貼っておけば?」

 

「俺は何歳だ!?つーかリーファはこのメンツの中で一番古参なんだからこのファンタジーの世界にホッカイロなんてねぇこと知ってんだろ!?」

 

「別に凍結耐性ポーションあるんだからそれ飲めばいいじゃない…」

 

「ううっ、上やんさんも支援魔法が欲しいよう…回復も何もかも自費は辛いよう…ゴクッ…あぁ〜VRとは言えコレは五臓六腑に染みるなぁ〜」

 

「どっちかって言うとおっさんですよねその反応……」

 

「し、シリカってたまに直にディスりにいくわよね…」

 

 

メソメソと泣き言を言いながらも、上条はベルトポーチから一本のポーションを取り出し、体内に流し込むと皆と同じく凍結耐性が上昇した

 

 

「でも、これから先はどうするの?確かヨツンヘイムってフィールド全体に飛行制限がかかってて私たちの翅じゃ1ミリも飛べなかったわよね?」

 

「そこでトンキーの登場なんだよ」

 

 

美琴がヨツンヘイムの仕様であるフィールド全体にかけられた飛行制限について尋ねると、キリトが少し口角をあげながら答えた

 

 

「よしっ!それじゃあ!」

 

フィーッ!!

 

 

リーファは皆の準備が完了したのを見計らうと、右手を唇に当て、高らかな音の指笛を鳴らした。するとその数秒後、風の音に混じって聞いたことのない動物の鳴き声のような音が聞こえてきた

 

 

<くぉぉぉぉぉー…ん

 

「・・・?なんだぁ?なんか変な声が聞こえてきたぞ?」

 

「それがトンキーの鳴き声だよ、上やん君」

 

「え?トンキーってリーファが言ってた乗り物のことだろ?乗り物の鳴き声ってどういうこった?」

 

「見れば分かるよ」

 

「???」

 

 

アスナにそう言われ、一先ず納得して上条はヨツンヘイムの寒空へと視線を戻すと、目を凝らした先に何やらこちらに向かってゾウとクラゲが合体したような、左右で合わせて8枚の羽を生やした白い邪神が宙を泳いできていた

 

 

「な、なんだアレ…キm…」

 

「キモくない!!」

 

「うおおっ!?なんだよリーファ脅かすなよ」

 

「あはは、まぁあたたかい目で見てやってくれ上やん。スグにとってはアレが可愛いらしいんだ」

 

「あ?ってことはアレが…トンキー?」

 

「くぉぉぉぉぉーん!」

 

 

上条がそう尋ねると、トンキーはまるで返事をするかのように一際大きな声で啼いた

 

 

「お、おおデケェなぁ…ひょっとして俺らこのまま食われるんじゃ…」

 

「平気だよ、トンキーはああ見えて草食だから」

 

「でも、こないだ地上から持ってきたお魚あげたら一口でペロッといったよ?」

 

「そ、その魚のサイズは聞かない方が身のためね…」

 

 

リーファの話を聞いた美琴が顔を引きつらせながらトンキーを一瞥すると半歩ほど後ずさりした

 

 

「さ、みんな背中に乗って乗って!」

 

「ま、マジで?本当にコレに乗んの?」

 

「どうせトンキーに乗らないとダンジョンまで行けないんでしょ。いいからいさぎよく腹括って飛び乗りなさいよアンタらしくもない」

 

「し、シノンは相変わらずいい度胸してるな…」

 

 

こうしてトンキーの主であるリーファが最初に彼の背中に飛び乗ると、それを参考に全員が彼の背中に飛び乗った。そしてトンキーは大きく啼き声をあげるとその巨大な八枚の翅を広げ、白銀の世界を悠々と泳ぎ始めた

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 湖の女王

 

「・・・うおおぉぉ…落ちたら死ねるなぁコレは…」

 

 

トンキーの背中から少しだけ上半身を乗り出しヨツンヘイム中央にぽっかりと空いた『グレードボイド』と名付けられた大穴を覗いた上条は、自分が初めてこの世界にログインした当初のことを思い出しながら振り絞るような声でそう呟いた

 

 

「でも上やん君高いところから落ちるの慣れてるでしょ?なんだったら実験してみれば?」

 

「別に慣れてねぇよ!ていうかスイルベーンで柱に激突したのは一応リーファのせいだからな!?」

 

「あ、高いところから落ちるならネコ科動物の方が向いてるんじゃないか?」

 

「・・・へぇ?キリトも鼻に火矢ぶっこまれたいクチ?だったら喜んでぶち込んであげるけど」

 

「めっ!?めめめ、滅相もございませんシノン様!」

 

 

キリトの提案に対して氷点下の寒さを誇るヨツンヘイムにも劣らぬほどの冷たい視線と口調でシノンが言うと、キリトは慌てて頭を下げた

 

 

「あははは!ウチのパーティーは本当に女尊男卑よね〜、クラインさんも含めて」

 

「・・・ミコトも十分なくらいその役目を果たしてると思うんだけどな…」

 

「ん〜?何か言ったかしらキリト君?」

 

バチバチバチッ!!

 

「ひぃぃぃぃぃ!?!?」

 

「キリトも恐れを知らねぇなぁ…美琴の普段の俺に対する仕打ちを見てねぇわけでもねぇのに…」

 

 

キリトのその声は囁くほどの大きさであったにも関わらず、美琴の耳にはその囁きがなぜか聞こえたらしくその額に紫電が迸った

 

 

「みんなー、そろそろ備えた方がいいよー」

 

「?備えるって?もうダンジョン着くのか?」

 

「ッ!?やっべ!!」

 

「「「???」」」

 

 

リーファの警告を聞くなり頭の中で何かを思い出したかのようにキリトがトンキーの背中の羽毛にしがみついた。彼とリーファを除く6人は何が起こるのかと互いに視線を合わせ首を傾げていた次の瞬間

 

 

「くおおおおおおーーん!」

 

「・・・へ?」

 

ゴオオオオオオオオオオ!!!!!

 

「「「いいっ!?いいいいいいいいやあああああぁぁぁぁぁ!?!?」」」

 

「いやっほーーーう!!」

 

 

トンキーが雄叫びをあげた途端、全ての翼を畳みこむと、寒空の空気を裂きながら急降下し始めた。そのあまりもの風圧に虚を突かれた6人は縋るようにトンキーの背中の毛を掴んだ。上条の野太い悲鳴と女性陣の甲高い悲鳴が続けざまに上がったが、はしゃぐような声をあげていたのはリーファのみだったのは言うまでもない

 

 

「し、死ぬかと思った…今までで乗ったどんなジェットコースターよりもタチ悪りぃぞ今の…」

 

「き、キリトく〜ん、なんで教えてくれなかったの〜」

 

「ご、ごめんアスナ…俺もすっかり前回来た時のこと忘れてたから…」

 

「あ、シリカが息してない」

 

「」

 

「きゅるぅ〜」

 

 

急降下が終わった時には一行はヨツンヘイムの大穴ボイドの南の縁あたりに着いていた。メンバーはそれぞれやつれたような顔を浮かべ、どっと疲れてしまっていた

 

 

「・・・ん?お、お兄ちゃん!アレ見てっ!!」

 

「ん?どうしたスグ…ッ!?な、なんだアレ…」

 

 

途端、一行の遠く前方で鋭いライトエフェクトが立て続けに炸裂した。それは無数のプレイヤーが放った魔法とソードスキルの閃光であり、トンキーと同じ姿をした動物型邪神に襲いかかっていた。しかし、問題はそれだけには収まらず…

 

 

「な、なんで人型邪神はプレイヤーに攻撃しないでトンキーの仲間を襲ってんだ…?」

 

「グオオオオオオオオ!!」

 

 

そう、その側には動物型邪神とは別の四本の力強い腕とその手に巨大な剣を握った人型邪神がいるにも関わらず、その太い腕から振り下ろされる刃は一方的に動物型邪神へと向けられていた

 

 

「ま、まさか…誰かがあの人型邪神をテイムしたっていうの…?」

 

「そ、そんな!あり得るはずありません!邪神級モンスターのテイム成功率は最大スキル値に専用装備でフルブーストしても0%のはずです!」

 

 

にわかには信じられないと震えた声で呟いた美琴に対して、ビーストテイマーであるシリカが彼女の疑問を強い口調で否定した

 

 

「いや、アレはテイムしてるってよりも、なんつーか便乗してるって感じだろ。四つ腕の巨人が象クラゲを攻撃してるところに他のプレイヤーも乗っかって攻撃してるって感じが…」

 

「でも、そんなに都合よく『憎悪値』を仕向けられるものかしら?私はまだALOを始めて間もないからどういう仕様で動いてるのかよく分からないけれど」

 

「い、いやまぁそう言われると…」

 

 

人型邪神の行動パターンを眺めてそんな考察を立てた上条だったが、その考察を崩すようにシノンがまた新たな疑問を抱いた

 

 

「もしかして、さっき上でアスナが言ってたヨツンヘイムで新しく見つかったスローター系のクエってヤツじゃないのこれ…?人型邪神と協力して動物型邪神を殲滅する…みたいな…」

 

「「「!!!!!」」」

 

 

その惨状を見たリズベットの放った答えに残りの7人は揃って目を見開いた後に、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた

 

 

「・・・こりゃとうとう穏やかな話じゃなくなってきたな。報酬がエクスキャリバーを提示してる時点で、それこそ同じくアスナが言ったようにヨツンヘイム全域がここと同じように殺伐としてるって考えてもおかしくない」

 

「で、でも待ってよお兄ちゃん!前にエクスキャリバーが奥にあるダンジョンに潜った時は人型邪神がうじゃうじゃいたんだよ!?」

 

「つまり、エクスキャリバーを入手するには、その道を妨げる人型邪神を避けては通れない…」

 

「でも、このクエストは人型邪神と闘うどころか共闘関係にある…」

 

「訳が分からn……でッ…!?!?」

 

 

各々が現状の考察に思考を巡らせるなか、ふと自分の頭上に広がる曇り空を見上げた上条が驚嘆の声をあげた

 

 

「え?なによアンt……デッ!?!?」

 

「「「デッカァ!?!?!?」」」

 

 

上条の見上げた視線の先には、水を象徴したような青いローブを着飾り、背中から足元まで揺れる金髪をした、優雅で三メートル以上はあろうかという長大な背丈の美女が佇んでいた

 

 

『私は、湖の女王ウルズ』

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 クエスト開始

 

『我らが眷属と絆を結びし妖精達よ、そなたらに、私と二人の妹から一つの請願があります。どうかこの国を、『霜の巨人族』の攻撃から守ってほしい』」

 

 

突如として上条達の前に現れた巨大な美女は、少しエコーがかかったいかにも荘厳な声でそう告げた

 

 

「け、眷属…?あ、トンキーのことか?」

 

「じゃあ、霜の巨人族ってのはあの人型邪神のこと?」

 

「じゃあこの人が言いたいのは要するに、動物型邪神モンスターを人型邪神モンスターから守ってほしいってこと?今から私たちはまた別種のクエストに巻き込まれそうになってるってわけ?」

 

 

一行は突然のことに戸惑いながらも一旦はウルズの話を飲み込むと、ウルズは真珠のような輝かしい右手をヨツンヘイムに向けて続けざまに言った

 

 

『かつてこの『ヨツンヘイム』はそなたたちと同じように世界樹イグドラシルの恩寵を受け、美しい水と緑に覆われていました。我々『丘の巨人族』とその眷属たる獣たちが穏やかに暮らしていたのです』

 

 

そう淡々と語るウルズの右手の先には、まるでホログラムのように景色が映り始め、昔のヨツンヘイムと思わしき緑に覆われた豊かな大地が映し出されていた

 

 

「ま、マジかよ…こんな極寒の地下世界がかぁ?」

 

『ヨツンヘイムのさらなる下層には氷の国『ニブルヘイム』が存在します。彼の地を支配する霜の巨人族の王『スリュム』は、ある時オオカミに姿を変えてこの国に忍び込み、鍛治の神『ヴェルンド』が鍛えた『全ての鉄と木を断つ剣』を、世界の中心たる『ウルズの泉』に投げ入れました』

 

「全ての鉄と木を断つ剣!それがエクスキャリバーってことね!」

 

「まぁ多分ミコトのその想定で合ってるんだろうけど…でもどういうこと?正史だとエクスカリバーはアーサー王に命じられたベディヴィエールが湖に投げ入れたって話なのに…」

 

「きっと北欧神話の世界観に合わせて運営側がストーリーをちょこっと弄ってるんだよ」

 

 

ウルズの話を聞いてそんな疑問を抱いたシノンに、アスナがそう答えた

 

 

『湖に投げ入れられた剣は世界樹のもっとも大切な根を断ち切り、その瞬間、ヨツンヘイムからイグドラシルの恩寵を失ってしまいました』

 

「なるほど…それでこんなクソ寒い殺風景な土地になっちまったわけだ」

 

 

するとウルズは、今度は虚空へ左手を差し向けた。その手の先には再び新しい光景が浮かび上がり、現在の雪原となったヨツンヘイムが映し出され、世界樹と切り離された湖はヨツンヘイム中央の大穴『ボイド』へと様変わりしており、その遥か上空に巨大な逆ピラミッド型の氷塊が浮かび上がっていた

 

 

『王スリュム配下の霜の巨人族は、ニブルヘイムからヨツンヘイムへと大挙して攻め込み、多くの砦や城を築いて我々丘の巨人族を捕らえ幽閉しました。王は、かつてウルズの泉だった大氷塊に居城『スリュムヘイム』を築き上げ、この地を支配したのです。私と二人の妹は凍りついたとある泉の底に逃げ延びましたが、最早かつての力は残っていません』

 

「つまり、俺がリーファと挑んだあのダンジョンは元々はウルズさん達がいた泉で、あのダンジョンがそのスリュムヘイムなわけか」

 

『しかし、霜の巨人族はそれだけには飽き足らず、この地にも今生き延びる我らが眷属の獣たちをも皆殺しにしようとしています。そうすれば私の力は完全に消滅し、スリュムヘイムを上層のアルヴヘイムまで浮かび上がらせることが出来るからです』

 

「「「!!!!!」」」

 

「んぁ?なんだよみんなそんな顔して?あのデッカい氷の塊がまた上に浮かんだら困ることでもあんのか?」

 

 

ウルズの話を聞き、それが現実となった時を想像するなり、上条を除く全員は驚愕のあまり生唾を飲み込んだが、上条はその意味が掴めず呆けた顔でそう尋ねた

 

 

「いい、上やん君?このヨツンヘイムのちょうど真上には、アルンの街があるの」

 

「別にそれぐらい分かってますのことよ?」

 

「考えてもみてよ、元々はあの氷塊がグレードボイドを開けたんだよ?つまり、あの氷塊がここからさらに浮かび上がってその上にあるものを壊しながら進むとしたら…」

 

「!!!アルンの街がなくなっちまうってことか!?」

 

「その通り」

 

 

リーファの説明を聞いてようやっと話の全容を飲み込んだ上条もまた先の7人と同じように驚愕の反応を示した

 

 

『王スリュムの目的は、そなたらのアルヴヘイムもまた氷雪に閉ざし、世界樹イグドラシルの梢にまで攻め込み、そこに実るという『黄金の果実』を手に入れることなのです』

 

「ね、ねぇ?これ一介のクエストにしては話が出来すぎてない?他のクエストの事情まで巻き込んでその上にまた新しい王がどうのこうのって…挙句の果てにはこれクエに失敗したら事実上アルンが崩壊するってことでしょ?」

 

「いや、一旦考えるのは後にしようミコト。まだ話に続きがあるみたいだ」

 

 

このクエストの作り込みの深さに何かあるのではと勘ぐった美琴が皆にそう問いたが、ウルズの眉がさらに悲しげにひそめられたのを見たキリトが美琴に手の平をかざして待ったをかけた

 

 

『我が眷属を中々滅せないことに苛立ったスリュムと巨人族の将軍たちはとうとう痺れを切らし、ついにそなたたち妖精の力をも利用し始めました。エクスキャリバーを褒美に与えると誘いかけ、眷属を狩りつくさせようとしているのです』

 

「それが例の出回り始めたクエストで間違いなさそうですね」

 

「きゅる!」

 

『しかし、スリュムがかの剣を余人に与えるなどあり得ません。スリュムヘイムからエクスキャリバーが失われる時、再びイグドラシルの恩寵は戻り、あの氷の居城は溶け落ちてしまうのですから』

 

「えっ!?じゃ、じゃあエクスキャリバーが報酬ってのは全部嘘ってこと!?そんなクエストありぃ!?」

 

 

リズベットが素っ頓狂な声をあげ、ウルズはそれにコクリと静かに頷くと、それに応えるべくもう一度その口を開いた

 

 

『おそらく、鍛治の神ヴェルンドがかの剣を鍛えた時、槌を一回打ち損じたために投げ捨てた見た目はエクスキャリバーと似通った『偽剣カリバーン』を妖精に与えるつもりでしょう。それも充分に強力な剣ですが、それはエクスキャリバーとは別の、真の力を持たない剣です』

 

「そ、それじゃ本当にインチキじゃねぇか!不幸とか運の問題じゃねぇぞソレ!」

 

『その狡さこそがスリュムのもっとも強力な武器なのです。しかし彼は、我が眷属を滅ぼすのに焦るあまり一つの過ちを犯しました。配下の巨人のほとんどを、巧言によって集めた妖精の戦士たちに強力させるため、スリュムヘイムから地上に降ろしたのです。今、あの城の護りはかつてないほど軽薄になっています』

 

「なるほど!それならなんとかいけるかもしれない!」

 

 

ウルズのその言葉を聞いたキリトは自らの手の平と拳を打ち合わせ、その口角を少しだけ緩ませた

 

 

『妖精達よ、どうかお願いします。彼のスリュムヘイムに侵入し、エクスキャリバーを『要の台座』より引き抜いて下さい』

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 神々の黄昏

 

「正直もうこれは只事じゃないわね」

 

 

ウルズから提示されたクエストをキリトが承認すると、トンキーはスリュムヘイムへと向かって上昇を始め、その背中に乗りながら美琴はそう言って話を切り出した

 

 

「そうだな…さっき美琴が言ってたように普通のクエストにしては話がどうにも大がかりすぎるというか…それに動物型邪神を殲滅したら今度は地上まで占領するって言ってたよな?」

 

「・・・言ってたな」

 

 

そこから話はもう一度この大がかりすぎるクエストに関する考察へと移り変わり、大雑把に話を思い返した上条の疑問にキリトが静かに答えた

 

 

「でも、運営側がなんのアップデートもイベント告知もなしにここまでするかな?他のMMOでも『街をボスが襲撃するイベント』はあるけど、最低でも一週間前には告知があるはず…」

 

 

顎に手を当てながらそう語ったアスナだったが、彼女の肩にいるユイが突然浮かび上がり、何やらバツの悪そうな顔で口を開いた

 

 

「あの、みなさん…これは100%の確度はない推測の話なんですが…」

 

「ん?なんだよユイちゃん、遠慮せずに言ってくれ。ユイちゃんの言うことで間違ってることなんてほとんどないんだからさ」

 

 

上条がユイに優しく諭すと、ユイは一度静かに頷いて自分の言う推測の話を始めた

 

 

「・・・この新生ALOには、『カーディナル・システム』が採用されているのは皆さんもご存知だと思います。しかし、新生ALOが旧ALOと異なる点はそのカーディナルが旧ALOで採用されていた機能縮小版ではなく、『ソードアート・オンライン』で使われていたフルスペック版の複製だという点です」

 

「え、えっと…それは俺たちの世界のSAOの?それとも上やん達のSAOとどっちなんだユイ?」

 

「これはおそらく上やんさん達のいる世界のSAOで使われていたカーディナル・システムだと思われますが、そもそも設計した本人が同一の茅場晶彦であるせいなのか、私たちの知る二つのSAOのシステムにそこまで大きな差はないんです」

 

「へぇ…でも、そのカーディナルがなんの問題になるの?」

 

「今回問題にすべきなのは、『クエスト自動生成機能』です。ネットワークを介して世界各地の伝説や伝承を収集し、それらの固有名詞やストーリー・パターンを利用、翻案してクエストを無限にジェネレートする機能がカーディナルには備わっているんです」

 

「へぇ、ってことは俺たちが散々アインクラッドでパシらされたあのクエは全部コンピュータが自動的に作ってたってことか…」

 

「なるほどねぇ、妙に多すぎると思ったのよ。75層時点で情報屋のクエスト・データベースに載ってるだけでも一万件は軽く超えてたわよ」

 

「それに話が時々妙ちくりんだったのよねぇ…30何層だったかしら、変なマスクをつけてノコギリを持ったオーガを倒すクエがあってさ、殺しても殺しても翌週にはまた掲示板に出てんのよ、全くなんの伝説を元にしたんだか…」

 

「あ、そのクエ俺たちのSAOにもあったよリズ」

 

「あれは十中八九ジェイソンですよねぇ…私もピナと一緒に頑張ったんですけど気味が悪かったです…」

 

「まぁつまるところ、今回のクエストもまたカーディナルが自動生成したクエストってことなのかユイ?」

 

「先ほどのNPCの挙動からして、その可能性が非常に高いですパパ。もしかしたら、運営側から何らかの操作によって、今まで停止していた自動クエスト・ジェネレータが起動したのかもしれません。だとすれば、ストーリーの展開のいかんでは、行き着くところまで行き着く可能性もあり得ます」

 

「行き着くところって…アルンの崩壊のその先…ってことだよね…」

 

 

ウルズの話で語られていたその全貌を想像し、囁くような声で聞いたリーファにユイは静かに頷き、何かを怖れるような顔で語り始めた

 

 

「・・・私がアーカイブしているデータによれば、当該クエスト及びALOそのものの原形となっている北欧神話には、いわゆる『最終戦争』も含まれているんです。ヨツンヘイムやニブルヘイムから霜の巨人族が侵攻してくるだけでなく、更にその下層にある『ムスプルヘイム』という灼熱の世界から『炎の巨人族』までもが現れ、世界樹を焼き尽くす…という…」

 

「・・・『神々の黄昏』」

 

 

昔話や神話などが好きで、現実世界の自室にその手の本を貯蔵しているリーファが北欧神話で語り継がれる最終戦争の名をぽつりと呟いた。そしてその直後に強い口調で続けざまに言った

 

 

「でも!そんな…!いくらなんでもゲームシステムが自分の管理してるマップを丸ごと崩壊させるようなマネ出来るはずが…!」

 

「それが出来るんです。オリジナルのカーディナル・システムには、ワールドマップを全て破壊し尽くす権限があるんです。なぜなら、大元のカーディナルが担っていた最後の役目は、『浮遊城アインクラッド』を崩壊させることだったんですから…」

 

「「・・・・・」」

 

 

ユイのその言葉を聞いて、75層を生き延びてその最後の光景を目の当たりにしたキリト、アスナの2人はその時を彷彿とさせたような暗い表情を浮かべていた

 

 

「・・・もし仮に、そのラグナロクが起こったとして、運営側の意図せざる結果ならデータの巻き戻しは可能なんじゃないの?」

 

 

SAOの話に関しては何が何やらと思い口を閉ざしていたシノンだったが、そう思い至ったままに口を開いた。当然の処置といえば当然の処置といえるシノンの意見だったが、あろうことかユイはその問いにすら首を振った

 

 

「運営サイドが、手動でバックアップデータを取り、物理的に分割されたメディアに保管していれば可能です。ですがカーディナルの自動バックアップ機能を利用していた場合は、設定次第では巻き戻せるのはプレイヤーデータだけでフィールドは含まれないかもしれないんです…」

 

「「「・・・・・」」」

 

(・・・まぁな〜…旧ALOを作った当のオティヌスでも完全に元には戻せないって言ってたからな…それで新しくこのALOが始まったわけだけど…今度は二つの世界のALOが一つになってんだからそれこそ綺麗に元通りなんて話にはならねぇだろうな…おいおい本当にこのゲーム大丈夫なのかよオティヌス…)

 

 

一行は自分たちが事態の重大さを思い知り2秒ほど沈黙し、上条はその間に内心でかつて激闘を繰り広げた魔神の顔を思い浮かべ溜め息を吐いた。すると、お目当ての氷の逆ピラミッドは目前へと迫っており、トンキーはその入り口でホバリングし、一行の出発を促した

 

 

「・・・こうなったらやるしかないよお兄ちゃん」

 

 

内に秘めた決意を露わにしたリーファの胸元には大きなメダリオンが輝いていた。湖の女王ウルズより託されたそのメダリオンにはめ込まれた石は、すでに六割以上が光を失っており、闇に沈んでいた。この石が全て闇に呑まれた時、ヨツンヘイムの動物型邪神は全て狩り尽くされたことを意味し、ウルズの力が失われ、スリュムヘイムがアルヴヘイムへと侵攻を始めてしまうのだ

 

 

「・・・そうだな、元々今日はエクスキャリバーを取りに来たんだ。クエストクリアしなきゃ始まらない!城の護りも手薄になってるんなら願ったりだ!ついでにこの世界も救っちまおうぜみんな!」

 

「「「おおーーーっ!!!」」」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 二刀流

 

「衝撃波攻撃来ます!2秒前!」

 

「みんな!俺の後ろに!」

 

「グオオオオオオオオッ!!」

 

 

その後、ダンジョンの奥へと侵入した一行は、バトルアックスを持つ巨大な金色の雄牛と激闘を繰り広げていた。もはや一種のチートとも言えるユイのサポート機能を今回ばかりはとキリトが解禁を許し、そのサポートに導かれるままに各々は動いていた

 

 

「2!1!ゼロッー!」

 

「グオオオオオオオオッ!!」

 

「ッ!!!」

 

ドバアアアアアァァァァァッッッ!!

 

「ナイスだ上やん!」

 

「どんなもんだい!」

 

 

これでもかと豪快に振り下ろされたバトルアックスは地面に突き刺さるなり地を揺るがすほどの衝撃波を発生させ、その衝撃波が後衛のアスナ、シノンを除く前衛の6人に襲いかかったが、持ち前の防御術と盾を持つ上条がタンク役を買って出たため、上条の盾が衝撃波を分断し、自分の後ろで身を固めた皆を守り切った

 

 

「でも正直守ってばっかりじゃ勝てないよ!金色のヤツ物理耐性が高すぎてロクにダメージ通ったモンじゃない!」

 

「仕方ねーだろ!ウチのパーティーには攻撃魔法一点特化のメイジなんて雇ってねぇんだから!」

 

「あのねぇ、メイジがいたところで今度は奥で回復し終わった黒い牛の方が出てくるだけよアンタたち…」

 

 

上条とリーファの言い合いにリズベットが溜め息を吐くのももっともであった。一行はスリュムヘイムに侵入した初戦から苦戦を強いられていた。今こそ戦っているのは金色の雄牛のみだが、最初は相対する金色の雄牛の奥で瞑想し体力を回復している黒い雄牛と戦っていたのだ。その黒い雄牛は物理耐性こそ低いが、魔法耐性がべらぼうに高いのだ。つまりこの二体の雄牛は互いに対を成しており、物理耐性の低い黒い雄牛を仕留めきれず、上条たちは金色の雄牛に手を焼いていた

 

 

「クッソ!なぁ美琴の電撃じゃどうにかならないのか!?」

 

「あのねぇ!確かに私の能力はレイピアとは比べ物にならないくらいダメージもデカイけど、アレは厳密に言えば呪文を唱えないから魔法扱いされないの!つまり属性はついててもただの打撃!コイツには意味ないのよ!」

 

「クソッ!もうこうなったらやる事は一つだ!みんな聞いてくれ!」

 

 

そう高らかに宣言したキリトはアイテムストレージから今装備している片手剣とはまた別の片手剣をオブジェクト化し左手で強く握ると、雄々しく二本の剣を構えた

 

 

「へぇ…キリトが『ソレ』を使うってこたぁよっぽどだな…なら俺たちも腹を括らねぇとな!」

 

「みんな!もうリーファのメダリオンも七割以上が黒く染まってる!もう死に戻りしてる時間はない!一か八か魔法属性を併せ持つ『ソードスキル』で金色を倒しきるしかない!」

 

「「「了解ッ!!!」」」

 

 

『ソードスキル』。かつてのSAOをSAOたらしめていた最も象徴的なゲームシステムである。しかし、そのゲームシステムが意味するのは、超接近型のシステムであるということ。ことALOにおいては遠距離攻撃魔法とは比べ物にならないほどのリスクがある。しかし、それを承知の上でパーティーは即座にその作戦を受け入れた

 

 

「シリカ!カウントで『泡』頼む!2!1!今ッ!!」

 

「ピナ!『バブルブレス』!」

 

「キュイッ!!」

 

 

シリカの指示を受けたピナはその口から虹色の泡を発射させた。空気中を滑るように敵へと襲いかかった泡は金色の雄牛の鼻先で弾け、キリトの狙い通り、バブルブレスの幻惑効果で動きが鈍った

 

 

「行くぞッ!!!」

 

「「「でやあああああっっ!!」」」

 

ズバァンッ!ドゴオォッ!!キュアァンッ!ズドオォッ!ズバババババッ!

 

 

キリトの絶叫と共に剣で戦わない上条以外の前衛の面々の剣とシノンの弓矢が次々に激しいライトエフェクトを放った。リーファの刀から風が吹き荒れ、リズベットのメイスが雷光が迸り、シリカのダガーから水飛沫が飛び散り、シノンの弓矢が凍てつく氷となって敵を貫き、美琴のレイピアが閃光となって敵に襲いかかった。そして…

 

 

「うおおおおおおおおおおっ!!!」

 

ザンッ!ズバンッ!ズバババッ!!ボゴウッ!!

 

 

キリトが放つその剣技の名は『ハウリング・オクターブ』。燃え盛る火炎を剣に纏い、敵を8連続で斬りつける。片手剣スキルの中でも上位に位置するソードスキルである

 

 

「グオオオオオオオオッッ!!」

 

 

しかし、金色の雄牛は、6人の総攻撃を以ってしても未だ健在であった。元よりソードスキルは魔法属性を兼ね備えているだけであり、物理属性がどうしても混じってしまうため、金色の雄牛のHPを削り切ることは叶わなかった

 

 

「ッ!?ちょっとなにやってんのよアンタ!呑気に突っ立ってないで硬直解けるまでの時間一番前のキリトさんのフォローを…!」

 

「いや、それじゃ俺がキリトの邪魔になっちまうんだよ」

 

「・・・ぇ?」

 

 

ソードスキルの使用後には必ず一定の硬直時間が存在する。その仕様はSAO時代からALOでも変わってはいない。使用したソードスキルが大技であればあるほど硬直する時間は長く、次のソードスキルが使用できるまでの間隔は長い。それは常識中の常識。しかし、彼のSAOで茅場晶彦を下した『黒の剣士』はその常識さえもぶち破った

 

 

(ここだっ…!)

 

キュイィィンッ!!

 

「「「ッ!?!?!?」」」

 

 

その瞬間、上条を除く全員が目を疑った。キリトの右手の剣から燃え盛る炎が消えたのとほぼ同時に、左手の剣が蒼いライトエフェクトを放った。普通ならばスキル使用後の硬直が発生するためそんな現象はあり得ない。システムの枠組みすらも超えたその光景は、ALOには決してあり得ない『二刀流』の存在を全員に予感させた

 

 

「ぜぇああああああっ!!!!!」

 

ズバンッ!ドスッ!!バキィンッ!!

 

 

『サベージ・フルクラム』。氷属性を付与した剣を横一直線の水平切りの後、モンスターの腹わたに刃を押し込み、そのまま直角に切り上げる三連斬撃。そして左の剣の輝きが消える直後、もう一度キリトの右手の剣が燃えるように輝いた

 

 

「ふんっ!でいっ!ぜあっ!だあああああああああっっっ!!!」

 

ズバンッ!ザンッ!ザシュッ!ドゴオオオオオォォォォォッ!!

 

 

キリトの気迫の叫びと共に繰り出されたのは高速の4連撃『バーチカル・スクエア』。三度にも及ぶ連続のソードスキルの合計斬撃数は15にも及んだ。ALOにおいては前人未到の斬撃数であるのは自明のこと、SAOにおける二刀流スキルの上位スキルにも迫る手数であった。そしてバーチカル・スクエアの最後の一撃が決まる頃には、仲間の硬直時間が解けていた

 

 

「「「うおおおおおおっっ!!!」」

 

 

キリトを除く6人のソードスキルによる猛攻の第ニ波が金の雄牛を襲った。間髪いれずに襲いかかる渾身の剣技の数々は雄牛に反撃を許さずHPをガリガリと削っていった

 

 

「うおおおおおおおおおっっ!!!」

 

ズガアアアアアアァァァンッ!!!

 

 

そしてキリトの最後のソードスキル『ヴォーパル・ストライク』が金の雄牛の腹に突き刺さった。轟音と同時にキリトの体も今度こそ仲間と同様にスキルの硬直によって固まった。金の雄牛のHPゲージはみるみる内に減少していき、全員がそのゲージが0になることを渇望しながら……ゲージは残り2%を残して停止した

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

万事休す、という言葉がこれほどまで似合う状況もそうないだろう。金色の雄牛はニヤリとほくそ笑みながらバトルアックスを振りかぶった。広範囲にその斧を振られれば前衛は文字通り壊滅。ゲームオーバーの文字が脳裏をよぎった瞬間……

 

 

「「でやああああああっっ!!!」」

 

 

ズドオオオオッ!!ドゴオオオオッ!!

 

「グオオオオオオオオ!?!?」

 

ガシャアアアアァァァァァン……

 

 

キリトの左横を青い閃光が、右横を黒いツンツン頭が駆け抜けた。アスナが放ったのは最速の細剣ソードスキル『ニュートロン』。そして上条がほとんど抜いたことのない初期の片手剣で放ったソードスキルは、SAOで初、中級者の片手剣使いに広く親しまれたソードスキル『バーチカル・アーク』。二人の息の合った連携攻撃により、ついに金色の雄牛のHPは底を突き無数のガラス片となって霧散した

 

 

「雀の涙ほどのダメージが役に立ったなキリト」

 

「ははっ、言っとけ。どうせアスナだけでも倒せてたさ」

 

「グオオオオオオオオ!!…………?」

 

 

そして金色の雄牛が消えたのとほぼ同時に黒色の雄牛が瞑想を終え、HPが満タンになりバトルアックスを高々と掲げたが、その状況を見るなり呆然と立ちつくした

 

 

「よっしゃーー!みんなフルボッコだー!!」

 

「「「おーーーーーっ!!!」」」

 

 

ドカバキドゴグシャドカバキドゴグシャドカバキドゴグシャドカズガズガ…

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 絶世の美女

 

「ちょっとキリトさん!さっきの『アレ』一体なに!?私はコイツから話の片手間に聞いた程度だけど、ALOに二刀流スキルは存在しないんじゃなかったの!?」

 

 

その後、上条一行は黒い雄牛を全員でタコ殴りにして秒殺していた。そして二頭の雄牛を倒し落ち着いた直後に、美琴がキリトに詰め寄りながらそう聞いた

 

 

「えっと…言わなきゃダメ…かな…?」

 

「真っ黒焦げになりたい?」

 

「滅相もございません!『システム外スキル』です!『剣技連結』です!」

 

「す、スキルコネクト…?」

 

 

目の笑っていない笑顔で美琴に脅されたキリトはあっさりと白状したが、その名前を聞いてもイマイチ理解出来ずにアスナが首を傾げた

 

 

「ああ。ALOには上やんや美琴みたいな例外こそあれど、まだ二刀流や神聖剣みたいなユニークスキルは実装されなかったからな」

 

「で、でもお兄ちゃんさっき両手で…」

 

「アレは二刀流じゃないよスグ。片手剣ソードスキルを左右交互に発動させただけなんだ。ディレイなしで繋げられるのはいいとこ3、4回が現状の限界だけどな」

 

「て、てゆうか上やん、アンタ知ってたクチよね?さっきもまるで分かってたみたいにキリトのフォロー入らなかったし…」

 

 

キリトの発想に驚く面々の中で、唯一特に何も驚く素振りを見せず平然とキリトの話を聞いていた上条をリズベットが問いただした

 

 

「まぁな。俺はずっとキリトの練習に付き合ってたからな。キリトのソードスキルをもう数えきれないほど盾で受け止めて…まぁ…思い出すのも嫌なほど練習したなアレは…」

 

「まぁ今のはたまたま上手くいったけど、本当は一回目から二回目に繋げられる確率自体が五分五分だ。感覚的には脳みその右脳と左脳で別々のこと考えながらやってる感じだからな」

 

「うっわぁ…でもそれ剣道で例えるなら不正軽量竹刀の百倍ひどいアドバンテージだよね…」

 

「例えがマニアックすぎて逆に分かんねぇよリーファ…」

 

「ま、ともあれのんびり話してる暇はないぞ。ユイ、確かこのダンジョンは四層構造だったな」

 

「はい!現在私たちがいるのが第二層で、続く三層の広さは二層の七割程度で、最終層はほとんどボス部屋しかありません」

 

「ま、ダンジョン自体が逆ピラミッドだもんね。下っていけば狭くなっていくのは当然っちゃ当然よね」

 

 

現状をこと細かにナビゲーションしてくれたユイの話を聞いた美琴は納得したようにレイピアを自分の腰に据えた鞘へと納めた

 

 

「リーファ、残り時間は?」

 

「えーっと…今のペースのままだと一時間はあっても二時間はなさそう」

 

 

キリトに残り時間を聞かれたリーファは胸に下げたメダリオンへと視線を落とし、黒く染まった部分を不安そうに見つめてそう答えた

 

 

「そうか…ますますゆっくりはしていられないな…ユイ、次の層の地図データにアクセスして俺たちのナビを頼む。普段ならズルはしないけど今回ばかりは解禁だ」

 

「了解しましたパパ!ギミックの攻略もお任せ下さい!」

 

「頼りにしてるよ、ユイちゃん」

 

「はい!大船に乗ったつもりでお任せ下さいママ!」

 

「よーっし!じゃあみんなHPとMP回復したら次の層はサクサクっと攻略しちまおうぜ!」

 

「「「おおーーっ!!」」

 

 

それから上条一行は難なく第三層のフロアボスを討伐し、20分足らずで第三層を踏破した。そして、第三層からダンジョン内最終層の第四層へと続いていく階段を全員で駆け下り始めたの矢先……

 

 

「んっ?アレは…なんだ?」

 

 

その時偶然パーティの一番先頭を走っていた上条が前方にある何かに気がついた。狭い一本道の壁の一部分に妙なスペースが出来ていた。目を凝らしてよく見てみるとそれは鋭いツララで隔てられた氷の檻だった

 

 

「檻?中に誰か……!?!?」

 

 

上条がおそるおそる氷の檻の中を覗くと、現実ではあり得ないほどに整ったら顔立ちの、白い肌に金茶色の長い髪をしたスタイル抜群の絶世の美女が囚われていた。その美貌に上条は己の目を疑うほどに仰天したが、手足を鎖で繋がれた美女は大きく見開かれた上条の目を真っ直ぐに見つめて綺麗に澄んだ声で言った

 

 

「お願い…私を、ここから出して」

 

「えっ?あ、おう。分かっt…」

 

「ちょっと待ちなさいアンタ。多分罠よ」

 

「アンタねぇ、お人好しにも程が過ぎるわよ。こんなの第一に疑ってかかるべきシチュエーションでしょうが」

 

美女の懇願にあっさりと応じ檻に右手をかけた上条の右肩を美琴が掴み待ったをかけ、上条の危機管理のなさをリズベットが咎めた

 

 

「ユイ、どうだ?何か変わったところはあるか?」

 

「はい、パパ。拝見してみたところ、この人はNPCです。ですが普通のNPCとは変わっている点が二つあります。この方はカーディナルの備える『自動応答言語化モジュール』に接続しています」

 

「自動応答が…つまり…一定の会話しか…固定された会話しかできないNPCじゃなくてAIってこと?」

 

「そうですシノンさん。それともう一点。この人にはHPゲージがあります」

 

「HPゲージがあるってことは…戦闘になるかもしれないってことだよな」

 

「罠だよ」

 

「罠ですね」

 

「罠だと思う」

 

「キュル」

 

 

ユイの説明を聞いたキリトの推測にアスナ、シリカ、リーファの順で口々に心中を吐露した。最後のピナの鳴き声も罠だと思うことに賛成しているように聞こえた

 

 

「お、お前らなぁ…いや俺も罠なんじゃねえかとは思うけどそんな話も聞かずに頭ごなしに否定するってのも…」

 

「そりゃ勿論罠じゃないかもしれないけど、私たちにはその話を聞く時間はないの。今は寄り道してる暇なんてないんだから。一秒でも早くスリュムの所に辿りつかないと何もかも手遅れになるかもしれないわよ?」

 

「い、いやそりゃそうかもしんねぇけどさ…」

 

「・・・?上やんにしてはヤケに食い下がるじゃないか。なにかこのNPCから感じることがあるのか?」

 

 

美琴に釘を刺されるように言われてもなお引き下がろうとしない上条に疑問を抱いたキリトが不思議そうに上条に尋ねた

 

 

「いや…なんていうか…その…この人は…」

 

「この人がどうしたのよ?」

 

「この人は…前に俺が…俺が目の前にいたのに助けられなかった人みたいな…そんな感じがするんだ」

 

「・・・はぁ?」

 

 

文脈もままならずなんの確証もなく呟くようなか細い声でそう言った上条とは対照的に、ワケが分からんと言わんばかりに美琴が素っ頓狂な声をあげた

 

 

「・・・そうか、そういうことならこの人を檻から出してあげようぜ」

 

「・・・ええっ!?いいのキリト君!?キリト君だって疑ってたのに急にそんな…!」

 

 

急にガラリと意見を変えたキリトに驚いたアスナは少しその表情に焦りを見せながら聞いた

 

 

「う〜ん、まぁ俺も上やんと同じで確証はないことなんだけど…ここにいるみんなは何かしら上やんに助けてもらったことがあるだろ?」

 

「そ、そりゃあ…まぁ…」

 

「ここにいるみんなは…上やんさんを中心に集まったと言っても過言ではないですからね」

 

 

それぞらが自分の記憶へと思いを馳せ、リーファが多少どもりながらもキリトに賛同し、シリカも柔らかい表情で皆の顔を覗きながら言った

 

 

「じゃあ、その上やんがこと人助けにおいて、一度でも間違えたことはあったか?」

 

「キリト……」

 

「・・・まぁ、あるわけないわよね」

 

「ないね」

 

「なかったわね」

 

「ありません!」

 

「なかった!」

 

「そうね」

 

 

そう仲間へと問いかけたキリトに、美琴、アスナ、リズベット、シリカ、リーファ、シノンの順で自信満々に答えた

 

 

「よし!満場一致だ!そういう訳だから上やん、彼女を頼むよ」

 

「・・・ああ、ありがとなキリト」

 

ググッ!バキィンッ!!!

 

 

キリトにそう言われ肩を叩かれた上条は檻のツララの二本に両腕で掴みかかり、自身の筋力ステータスが許す限りの力の力を込め、思いっきり檻を粉砕した

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 巨人の王

 

「ありがとうございます、妖精のみなさま」

 

「えっと…大丈夫か?このダンジョン大分広いけど出口まで1人で行けるか?」

 

 

檻を破壊し、自分を救ってくれたことに金髪の美女は礼を言って上条に笑顔を向けた。そして上条は、膝をついて女性に視線を合わせてそう聞いた

 

 

「いえ、お気遣いは大変助かりますが…私はこの城から逃げるわけにはいかないのです。巨人の王スリュムに盗まれた、一族の宝を取り戻さなければならないのです」

 

「一族の宝?エクスキャリバーのこと?」

 

 

二人の会話ごしに話を聞いたリズベットがそう聞くと、美女はそっと目を閉じて静かに首を横に振った

 

 

「いえ、あの聖剣は元より私たち一族の物ではありません。しかし、私たち一族の宝もあの聖剣に勝らずとも劣らない至高の宝なのです。あの宝を取り返さずして戻ることは出来ません。どうか、私を皆様と一緒にスリュムの部屋まで連れて行っていただけませんか?」

 

「だ、そうだけど…みんなそれでいいか?」

 

「それでいいもなにも、元はアンタが決めた分岐ルートなんだから最後までアンタが責任持って決めなさいよ」

 

「ま、そりゃそうか」

 

「でも、なんだか少しキナ臭い展開だよね…」

 

「だなぁ…」

 

 

上条と美琴がそんな会話を交わす横で、アスナとキリトは耳打ちでそんな呟きを漏らしていたが、待ったをかける暇もなくパーティーリーダーである上条の元にNPCのパーティー加入を認めるかどうかを訪ねるウインドウが表示された

 

 

[NPCからの加入申請を承認します。よろしいですか?]

 

「[Yes]っと…」

 

 

上条が間髪なくYesボタンを押すと、パーティーのHPゲージの一番下に新たに加入したNPCのHPとMP、そして名前が表示された

 

 

「『Freyja』…フレイヤさん?」

 

 

パーティーに表示されたNPCの名前を読み上げるなり、リーファはその名前をもう一度復唱して首をかしげた

 

 

「どうかしたのリーファ?この人の名前になにか気になるところでも?」

 

「ああ、シノンさん。いえ気になるってほどじゃ…ただ…どこかで聞いたことがあるような…ないような…」

 

「それよりもスグ、残り時間は?」

 

「あっ!えっと…!?や、ヤバイよお兄ちゃん…もう九割近くが黒く染まってる…!」

 

「いよいよ時間がないな…みんな、ダンジョンの構造からして、この階段を降りたらラスボスの部屋だ。多分相手はそのスリュムに間違いない。今までのボスより更に強いだろうけど、後はもう小細工なしでぶつかってみるしかない」

 

「よしっ!それじゃみんな!ラストバトル、全開で飛ばしていこうぜ!」

 

「「「おおーーっ!!」」」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

そして上条一行が一分半ほど階段を全速力で駆け下りた先にいかにも重厚な鋼の扉がその姿を見せた。その扉はパーティーの先頭の上条が手前5メートルほどに近づくと自動で動き出し、深淵に染まった大口を開くのと共に、大量の冷気を吐き出した

 

 

ズゴゴゴゴゴゴゴンッ!!!

 

「うぅおぉっ!?寒っ!?」

 

「どうやらここがボス部屋で間違いなさそうだな。アスナ、頼む」

 

「Þeír fylla skína hugr hogg margr illt」

 

 

恋人であるが故の阿吽の呼吸でキリトの意図を掴み取ると、アスナは防御力上昇支援魔法を詠唱し、パーティー全員の防御力を上昇させた

 

 

「まぁ、例によって上やんさんにはそんなもの効きませんがね…いやもう別にいんだけどさぁ…」

 

「Oss náða fjor regin, tynada vályndr jotunn」

 

 

すると今度はアスナの支援魔法に続くようにフレイヤがコンピュータ仕込みの滑らかな口調で呪文を詠唱した。光のヴェールがパーティーの皆を包み込むと、それぞれのHPゲージがみるみると増えていった

 

 

「これって…HP上昇支援魔法?」

 

「MAXHPが増える魔法なんて…初めてです!」

 

「まぁ例によって上やさんには!(ry 略すな!」

 

「なに一人でコントやってんのよ…」

 

「ううっ…やっぱり補助魔法が恋しいよう…全部自己負担は辛いよう…」

 

 

などと上条がメソメソと泣き言を言いながらも一行は扉の奥へとおそるおそる侵入していった。いっこうに晴れる気配を見せない闇の中を進む一行を最初に出迎えたのは、部屋を覆いつくさんばかりの金銀財宝の数々だった

 

 

「・・・総額何ユルドだろ…」

 

「これを現実に持って帰って換金できたらなぁ…ちなみにアイテムとして持って帰れんのかコレは…」

 

 

今回のパーティーの中で唯一商店を営むリズベットがそんなことを呟くと、上条もそれに便乗するように財宝へと手を伸ばした。するとその指先が財宝へと触れる寸前に部屋全体に重苦しい声が響き渡った

 

 

『小虫が飛んでおる』

 

「「「!?!?!?」」」

 

『ぶんぶん煩わしい羽音が聞こえるぞ。どれ、悪さをする前に、一つ捻り潰してくれようか』

 

「とっ!とんでもございません!上やんさんはただ少しだけ触ってみたいと思っただけでありまして持って帰ろうだなんてこれっぽちも…!」

 

ズシン!ズシン!ズシン!

 

「別に謝る必要なんてないのよバカ!私たちはどっちにしろコイツを倒さないとお話になら…ないん……だか………ら…………」

 

ズシン!ズシン!ズズゥンッ!

 

 

上条に怒鳴っていた美琴でさえも思わず上を見上げて言葉を失った。巨木のように太い足は、その一足で部屋全体を揺らし、その全長は見上げても何メートルに届くかなど皆目見当もつかないほどにバカでかい巨人だった

 

 

「ほほぉ?この儂、霜の巨人の王スリュムを倒そうなどとは…いささか面白い冗談を言う小娘がおるではないか」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 激戦 スリュムヘイム

 

「で、でかっ!?なによコイツ!?運営は本当に倒せるように設計してるんでしょうね!?」

 

 

深淵の奥から姿を現したスリュムを全員が視認するなり、我先にとリーファが驚きの声をあげた

 

 

「ぬっふっふっ、アルヴヘイムの羽虫どもが、ウルズに唆されてこんなところまで潜り込んだか。どうだ、いと小さき者どもよ。あの女の居所を教えれば、この部屋の黄金を持てるだけ呉れてやるぞ?ンン?」

 

「・・・へっ、そりゃありがたい話だけど断らせてもらうぜ。流石にALOがなくなったら上やんさん的にも困るんでな」

 

「よく言うわね…さっき一番最初に宝に手を出そうとしたクセに…」

 

 

上条がニヤリと笑いながらスリュムに向かって啖呵を切って左手に盾を構え、それに続いて7人がそれぞれの武器を構えたが、シノンだけは溜め息まじりに呟いて武器を構えた

 

 

「・・・ほう?ほぉ!?そこにおるのはフレイヤ殿ではないか!檻から出てきたということは、儂の花嫁となる決心がついたのかな?ンン?」

 

「えっ?ふ、フレイヤさんってこういうタイプの人が好みなわけ?」

 

 

なんとも醜い笑いを見せながら喋るスリュムのセリフを聞いた美琴は、その頬をヒクつかせながらパーティー後方にいるフレイヤへと視線を向けた

 

 

「そうとも。その娘は、我が嫁としてこの城に輿入れしたのよ。だが宴の前の晩に、儂の宝物庫をかぎ回ろうとしたのでな。仕置きに氷の獄へと繋いでおいたのだ。ぬっふっふ」

 

「誰がお前の妻になど!かくなる上は、妖精様たちと共にお前を倒し、奪われた宝を取り戻すまで!」

 

「・・・ねぇ、お兄ちゃん。あたし、なんかこんな話本で読んだことあるような…スリュムとフレイヤ…盗まれた宝…あれは…えーっと…」

 

 

フレイヤがその美貌には似つかわしくないほど声を荒げてスリュムに向けて啖呵を切る他所で、リーファはキリトの横に擦り寄って耳打ちで話していたが、記憶が曖昧なのか言葉が途切れた瞬間にスリュムがもう一度その重苦しい声を響き渡らせた

 

 

「ぬっふっふっ、威勢のいいことよ。流石はその美貌と武勇を九界の果てまで轟かすフレイヤ殿。しかし、気高き花ほど手折る時は興深いというもの…小虫どもを捻り潰した後、念入りに愛でてくれようぞ」

 

「おいおい流石にモテない上やんさんでもそこまではしねぇよ…いい歳こいてそれはみっともねぇぞおっさん」

 

「上やん君がモテない理由はその鈍感ぶりにもあると思うんだけどなぁ…」

 

「おうおう、ぶんぶんと羽音が聞こえるわい。どぅーれ、ヨツンヘイム全土が儂の物となる前祝いに、まずは貴様らから平らげてくれようぞ」

 

 

アスナが上条に対してツッコミを入れたところでスリュムが重低音の声の後にもう一歩前へと踏み出し、そのHPゲージが視覚化され戦闘が開始された

 

 

「来るぞ!!ユイの指示に従って序盤はひたすら防御!後半一気に削り切るぞ!」

 

「「「了解っ!!」」」

 

「ぬおおおおおおっ!!!」

 

ゴオオオオオオオッッッ!!!

 

 

キリトが叫んだ直後、スリュムはその剛腕を一気に振りかぶり、青い冷気をまとった拳を上条達めがけて振り下ろした

 

 

「パンチ撃ち下ろし!注意して下さい!」

 

「任せろっ!!」

 

ドッゴオオオオオオオオオオ!!!

 

(ッ!?重すぎだろっ!?!?)

 

 

ユイの指示の直後、上条は皆を守るために隊列の前に躍り出て盾でスリュムの拳を受け止めたが、そのあまりの衝撃に威力を殺しきれずHPを少し削られてしまった

 

 

「ぬうんっ!!」

 

「次!左パンチが来ます!」

 

「くそっ!間に合わn…!!」

 

ヒュンッ!!ボゴウッ!!

 

「ぬおおおっ!?」

 

 

一瞬の隙も与えまいとスリュムが左腕を振りかぶった直後、狙い澄ましたかのような精密な火矢がスリュムの目元に直撃しスリュムを怯ませた

 

 

「気をつけなさい上やん!防御だけじゃなくて回避も頭に入れなさい!」

 

「すまねぇシノン!助かった!」

 

「「でやあああああああ!!!」」

 

ジャキィン!バキィンッ!!!

 

 

そしてそれに続くようにシリカとリズがソードスキルを使いスリュムに切りかかった。三本ある膨大なHPゲージの内の一本がわずかではあるが初めて減少していると実感できるほどのダメージを与えた

 

 

「二人同時のソードスキルでもあの程度か…こりゃ長期戦になりそうだ…スグ!俺たちも行くぞ!」

 

「分かった!」

 

「美琴!お前も遠慮なんてしなくていい!隙があったら電撃でもなんでもお見舞いしてやれ!」

 

「アンタに言われなくてもこちとら最初っからそのつもりよ!!」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 雷神降臨

 

スリュムとの戦闘開始から約20分が経過した。戦いはより一層熾烈を極め、ボス部屋には絶えることなく轟音が鳴り響いていたが、上条たちは未だに明確な勝利の糸口を掴めずにいた

 

 

「右足ストンプ!二秒前!」

 

「ミコト!!」

 

「言われなくてもっ!!!」

 

バチバチバチバチバチィッ!!!

 

「ぐおおおおおっ!!」

 

 

ユイの指示もさることながら、SAO時代からの旧友であるリズベットと美琴はALOでもそのコンビネーションを確固たるものにしていた。攻撃が来る直前で美琴はスリュムに強力な電撃を浴びせ、その攻撃を無力化させた

 

 

「お兄ちゃん!今ならスキルコネクトいけるんじゃない!?」

 

「ああっ!」

 

「あまり調子に乗るなよ小虫どもめが…!」

 

ヒョオオオオオオオ……!!

 

 

二本の剣を構えて走り出したキリトを見たスリュムは、その分厚い胸板がより一層膨らむほど息を吸い込み、部屋全体にヒヤリとした冷気が漂った

 

 

「ダメですパパ!氷ブレスが来ます!」

 

「ぶぅわあああああああ!!!!!」

 

ビュオオオオオォォォッッ!!!パキパキパキパキパキパキ!!!!

 

「ッ!?クソっ!」

 

 

耳をつんざくような雄叫びの直後にスリュムの口から氷ブレスが放たれた。周囲の床を凍らせるほどの冷気と嵐のような風がキリトに襲いかかる直前、キリトとスリュムの間に上条が割って入った

 

 

バッ!!!

 

「うおおおおおっ!!!」

 

パキィンッ!!

 

 

そして上条は極寒の冷気に向かって真っ直ぐに自分の右手を伸ばした。その瞬間、スリュムの氷ブレスは嘘のように勢いを失い、冷気は氷の結晶となって四方に散った

 

 

「うっひょー!なんとか打ち消し切れたけどこりゃ右手に滲みる!」

 

ピィンッ!

 

「お返しよ!その髭面燃やし尽くしてやるわ!!!」

 

ズドオオオオオオオオオオ!!!

 

「ぬがあああああああ!?!?」

 

 

轟音と共に、ユルド銀貨を弾丸にした美琴の超電磁砲がスリュムに直撃した。これまでの攻撃の積み重ねがついに実を結び、スリュムの一本目のHPゲージを削りきった

 

 

「ぬぅおおおおおおお!!!!!」

 

「攻撃パターン変わるぞ!注意!」

 

ヒュウウウウウウウウウ!!!

 

 

キリトの叫びの直後、スリュムは掃除機のように周りの空気を吸い込み始めた。その勢いに前衛の6人の体はスリュムの方へと吸い寄せられていった

 

 

「みんな!防御姿勢!ダメージをできるだけ減らすんだ!上やんは前方で…!」

 

「言われずとも!!!」

 

ブオワアアアアアアァァァッッ!!!

 

 

それは今までの氷ブレスとはケタ違いの範囲に広がるダイヤモンドダストだった。皆を守るべく青白く光る猛吹雪の前に躍り出た上条はその右手をダイヤモンドダストに差し向けたが……

 

 

パキパキパキパキパキッ!!!

 

(ッ!?殺し切れな…!?!?)

 

パキパキパキパキ…パキィンッ!!

 

 

その猛吹雪は幻想殺しが無効にできるスキルの許容範囲を上回っており、上条の右手が徐々に凍りつき始め、防ぎ切れずに漏れ出した冷気が6人に襲いかかり、その身体を氷でガチガチに固められてしまった

 

 

「ぬううううううんっ!!!」

 

ズゴゴゴゴゴゴゴ!!ガシャアアアアアァァァンッッ!!!

 

「「「うわああああああ!!!」」」

 

 

太い雄叫びの後、スリュムは全体重を右足に乗せ部屋全体を揺るがすほどのストンプを繰り出した。そのストンプの衝撃波は広範囲に波となって広がって上条達を覆った氷を砕き、全員のHPを一気に危険域まで減らした

 

 

「þú fylla heilaqr austr brott sudr bani!」

 

キュイイイイイン!!!

 

 

それを見たアスナはすぐさま6人のHPを回復するべく上位回復魔法を唱えた。しかしそれでも全快とはいかず、回復魔法の効かない上条に至っては未だに予断を許さぬ状況だった

 

 

「消え去れいっ!!」

 

「まずい!みんな逃げてっ!!!」

 

「やっ!!!」

 

ヒュンヒュンヒュンッ!ドウッ!ボウッ!ボゴウッ!!

 

「ぬああああああ!!!」

 

 

またしても絶妙なタイミングと正確無比な射撃でシノンの火矢がスリュムの顔面に炸裂した。その射撃の影響か、スリュムは窮地に陥っていた6人を見向きもせずにシノンへと標的を変更した

 

 

「悪いシノン!30秒頼む!」

 

「了解!」

 

 

上条の懇願とシノンの短い返事の後、上条達は一気に回復ポーションを口に流し込みHPを回復させた。そしてHPが8割以上回復したところで前線に戻ろうとしたところ、フレイヤがキリトと上条に声をかけた

 

 

「剣士様、このままではスリュムを倒すことは叶いません。勝利への臨みはただ一つ。この部屋のどこかに埋もれているはずの我が一族の秘宝だけです」

 

「えっと…わ、分かった。宝物って一体どんなのだ?」

 

「これくらいの『黄金の金槌』です」

 

「か、カナヅチ?」

 

 

キリトに尋ねられたフレイヤは両手を30センチほどの幅に広げてそう言い、金槌という美女には似つかわしくないワードに上条は首を傾げた

 

 

「つってもなぁ…この部屋ただでさえ黄金だらけだし…この山のように積み上げられた宝ん中から金槌なんて探しようが…」

 

「・・・あーーっ!!思い出した!!ミコトさん!部屋のお宝に手当たり次第に電撃浴びせて下さい!」

 

 

すると突然キリト達の会話を横聞きしていたリーファが大声をあげ、美琴に意味不明な指示を出した

 

 

「は、はぁ!?それってどういう…!?」

 

「いいから早く!!!」

 

「ええいもうっ!お望み通りにいいっ!!」

 

ビシャアアアアアアンッ!!!!!

 

 

美琴を中心にして部屋全体に雷撃が迸った。波紋となって広がった電撃は全ての財宝にあますことなく伝播していった。ガチガチと音を立て宝物同士が互いにぶつかり合う中、宝の山の中でまるで美琴の雷に共鳴するかのように何かがキラリと眩い光を放った

 

 

「そこかっ!?」

 

ガシャン!ガリガリ!!ガシャン!!

 

 

キリトは一筋の光を放った何かを探し当てるべく宝の山を乱雑に荒らし始めた。すると財宝の中から顔を出したのは、細い黄金の柄と白金の頭を持つ文字通りの金槌だった

 

 

「コレだよな!よっと…ッ!?お、重っ!?」

 

 

しかし、その金槌はパーティーで上条に次ぐ筋力を誇るキリトでさえも楽に持ち上げることの叶わない激重の金槌だった。全身に力を入れ直しやっとのことで金槌を持ち上げたキリトはそのまま金槌をフレイヤに投げ渡した

 

 

「ふ、フレイヤさん!コレを!!」

 

ブオンッ!!パシッ!

 

「・・・へ?」

 

 

すると驚くことに、キリトがやっとのことで持ち上げた金槌を、女性であり魔法使い型のステータスであるはずのフレイヤはいとも簡単に受け止めた

 

 

「・・・久々だなぁ、ちったぁ楽しませろよベイビー」

 

ビシャアアアアアアン!!!!!

 

「「のわあああああああ!?!?」」

 

 

フレイヤの音のない囁きの直後、彼女の頭上から一筋の雷光が降り注いだ。その眩しさと衝撃に思わずフレイヤの近くにいた上条とキリトは尻餅をついた。そして眩い光が晴れた先に立っていたのは、中性的な顔立ちにスラリと伸びた長い髪と黄色い服、黒いズボン、そして首元にストールを巻いた見覚えのある少年だった

 

 

「一先ずは…『雷神トール』…とでも自己紹介しておこうかね」

 

 




みなさんどうもこんにちは。作者の小仏トンネルです。

この度後書きに顔を出させていただいたのは、まぁ平たく言えば宣伝のためです。結論から言いますと、今やっているキャリバー編が終わった後、続編としてマザーズ・ロザリオを書こうと思っています。理由と致しましては先日再放送のSAO2期のアスナとユウキのデュエルを見たのがきっかけです。詳しいことはまた後日記載しますので、これからも何卒「とある魔術の仮想世界」をよろしくお願いいたします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 共同戦線

 

「とっ!?トールゥ!?」

 

「よっ!久しぶりだな上条ちゃん!」

 

「いやさらっと俺のリアルネームさらされても困るんだが!?」

 

「どうせパーティー全員に身バレしてんだからいーだろー?」

 

 

フレイヤという化けの皮を剥ぎ取ったトールは、キリトから受け取った金槌を右手で遊ばせながらなんとも軽い口調で言った

 

 

「えっ!?ていうか、おまっ!?お前あの時オティヌスに消されたはずじゃ…!」

 

「まぁまぁ細かいこたぁ気にしなさんな。どうせウチの魔神さんには出来ねーことのが少ねーんだから。逆に余計な詮索を入れる方が野暮ってモンだぜ上条ちゃんよ」

 

 

まるで以前まで敵対していたとは思えないほど無邪気な笑顔をトールは上条へと向けた

 

 

「と、トール…?雷の神か?上やんは彼と知り合いなのか?」

 

「知り合い…ってより…いやまぁ宿敵というか…でもそれは過去の話で今は一周回って敵とは言えないというか…」

 

「ま、頼りになる助っ人とでも思っといてくれ。今はその認識で十分さ。それよりも…」

 

 

相変わらずひょうきんな口調を崩さないトールは、長い髪を揺らしながらその視線を目の前の巨人に差し向けた

 

 

「あーーー…まぁ物語的に俺はお前を倒さなきゃなんねーんだけどよぉ…なーんか経験値にならなそうっつーか盛り上がりに欠けるっつーか…その自覚アンタにある?スリュムのおっさん」

 

「黙ぁれい小汚い神め!よくも儂をたばかってくれたな!その手癖の悪さを叩き直してアースガルズに送り返してくれようぞ!」

 

「あーあーこれだから年寄りは説教臭くて面倒でさぁ…セリフも臭くてたまんねーよ…おっ、よく見たらみこっちゃんもいんじゃん!」

 

「え?わ、私?」

 

「何も事情を知らないと思うがとりあえず前に顔を借りたこと謝っとくぜ。それと微力ながらみこっちゃんの恋路も応援してるぜ♪」

 

「なっ///なっ!?///」

 

 

からかっているのか本気で言っているのか分からない態度でトールが言うと、みるみる内に美琴の顔が紅潮していき、頭から湯気が出そうなほど赤面していた

 

 

「さて、そんじゃまぁボチボチやらせてもらおうかねー。あ、みんなはソードスキルなりなんなりボコボコ殴っといてもらっていいぜー!回復役のお姉さんもなー!あのおっさんのタゲは全部俺が取るからー!」

 

「え、えーっと…上やん君、このトールさんは頼りにしていいの?」

 

「あ、あー…まぁリーファが知ってる北欧神話の雷神さんに比べたら大分軽薄に見えるかもしんないけどとりあえずは大丈夫のはず…」

 

「あ、それと上条ちゃんは俺の助手よろしく。離れないでくれよー?」

 

「さっきからお前仕切りすぎじゃない!?」

 

「よっしゃー!!みんな張り切ってくぞーっ!!」

 

「「「お、おーーーっ!!!」」」

 

「あーもう!どうとでもなりやがれチキショーーッ!!!」

 

 

トールの号令の直後、全員が四方八方に散開した。回復役のアスナもレイピアを手に取り、スリュムの目の前に残されたのはトールと上条のみとなった

 

 

「ところでトール、勝算はあんのか?いくら神様同士とはいえどっからどう見ても体格差的に不利だと上やんさんは思うんでせうが…」

 

「いやぁ俺もどうなんだろうなーとは思うんだよ。なにしろモノホンの『雷神の槌』なんて扱うのも初めてだし」

 

 

そう言いつつもトールは見た目よりも何倍も重い金槌を、まるで野球少年のバットように軽々と担ぎ、肩の上でミョルニルを二、三度バウンドさせた

 

 

「それよりも上条ちゃんの方こそ、あの時俺に見せてくれた『竜王の顎』は使わねーのか?アレ使えばそこのおっさんもイチコロだろ?」

 

「いやだってアレはあまりにもズルすぎるというか…強すぎて使ってるコッチもいたたまれなくなるというか…」

 

「でもそれでこの戦いに負けてALOがなくなったら元も子もないぜ?」

 

「お喋りもそこまでにせい小虫どもめが!!」

 

「うるっせぇな!こっちは大事な喧嘩の話してんだよこのハゲ!!!」

 

ドッゴオオオオオオオオ!!!!!

 

「ぎゃあああああああ!?!?」

 

 

ついに痺れを切らしたスリュムがトールと上条に殴りかかったが、トールは自分の体をひねり込み、自分の数倍の体躯を誇るスリュムの拳を一蹴し、スリュムを仰向けにぶっ飛ばした。トールの規格外の一撃はスリュムのHPをみるみる減らしていき、先の一撃のみで二本目のHPゲージを半分まで減らした

 

 

「・・・今何したのお前?」

 

「何って別にただ蹴っ飛ばしただけだぜ?」

 

「・・・ひょっとしなくてもこの前俺と戦った時よりも全然強い?」

 

「いんやぁ?『力帯』を加味してもステはあん時とさほど変わんねぇぜ?だから言ってんだろ上条ちゃん。上条ちゃんのアレならそもそもステータスなんて問答無用にひっくり返っちまうんだよ」

 

「ていうか大事な喧嘩の話ってお前まだ俺と殴り合いする気なの?」

 

「そりゃもちろん。じゃなきゃこうしてここにいる意味もないし。あーまぁとりあえずこの場はこの髭面をぶっ飛ばすために戻ってきたんだもんなぁ…とりあえずは使命を全うしますかねぇ…俺が上条ちゃんとマトモに喧嘩できるのなんざこのALOぐらいしかねぇワケで。そのALOがなくなったら困るしなぁ」

 

 

トールはボリボリと不満そうに自分の後ろ頭を掻くと、一歩足を前に踏み出して剥き出しの戦意を露わにした

 

 

「・・・にしてもまぁ、いつの間にこんなに小さくなっちまったんだろうなぁ、俺の敵ってやつは」

 

「ほざけ青二才が!!!!!」

 

ビュオオオオオオオオオ!!!!!

 

「先ほどのダイヤモンドダストがもう一度来ます!!!」

 

「オラアァァァッッ!!!」

 

ズドオオオオオォォォォォッッ!!!

 

 

ユイの忠告の直後、先に幻想殺しをも打ち破ってみせたスリュムのダイヤモンドダストが再び上条達に襲いかかろうとしたが、トールが雄々しい咆哮と共に地面に叩きつけた雷神の槌によって生じた激しい雷光と衝撃波が大地を揺るがしながらダイヤモンドダストをいとも容易く搔き消した

 

 

「ぬ、ぬぁにぃ!?」

 

「ひゅ〜、マリアンも中々いい仕事してるじゃねぇか。ま、上条ちゃんの気持ちも分からんでもねぇな。圧倒的すぎる力ってのはどうにも扱うのは気が引けるねぇ……っつーわけだ、こっから先は俺本来の領分でやらせてもらうぜ!」

 

ブオオオンッ!!!

 

 

心の底から闘争を楽しむような笑顔を見せたトールはミョルニルを乱雑に放り投げ、空になった右手の指先から五本の雷光ブレードを噴出させた

 

 

「おう上条ちゃん!ここは助手らしく一丁踏み台になってくれ!」

 

「もう勝手にしやがれクソッ!!」

 

「とうっ!!」

 

ダンッ!!!

 

 

トールの指示を飲み込んだ上条は、片膝をついて左手の盾を頭上に持ち上げると、助走をつけたトールがその盾を踏み台にして高く跳躍し、スリュムの眼前へと飛び出した

 

 

「ほぉらよぉっ!!!」

 

ガリガリガリガリッッ!!!

 

「ぎぃやあああああああ!?!?」

 

 

スリュムの眼前へと躍り出たトールは50メートルにも及ぶ五本の溶断ブレードを横薙ぎに振るった。溶断ブレードはスリュムの顔面にガリガリと痛々しい赤いライトエフェクトの傷痕を残し、スリュムの視界を奪った

 

 

「ここだっ!みんな一気にたたみかけるぞ!ソードスキルも遠慮なく使ってくれ!」

 

「「「でやあああああっっ!!」」」

 

キュイン!ズバンッ!ドゴォッ!ザシュッ!ズガァンッ!ズドオォッ!!

 

 

キリトの叫びに応えるように上条以外の全員の武具が激しい光を放ちながらスリュムの身体へと叩き込まれていった。スリュムのHPゲージはみるみる減少していき、最後の一本になったHPゲージの半分ほどを残して停止した

 

 

「はい!じゃあみこっちゃん最後デカイの一発よろしく!」

 

「えっ!?わ、私っ!?」

 

「ほれっ!」

 

 

そう言うとトールは狼狽える美琴に構うことなく部屋に無造作に転がっていた金の宝箱を美琴に向けて放り投げた

 

 

「!!!そう、なるほど…食らいなさい!これが私の全力だあああああああああああああっっっ!!!!!」

 

ドッゴオオオオオォォォッッッ!!!

 

「ぎぃやああああああああ!?!?」

 

 

金の宝箱を弾丸にした超電磁砲が美琴によって放たれた。まるで大砲のような爆音を轟かせながら渾身の超電磁砲はスリュムへと直撃し、ついにそのHPが底をついた

 

 

「・・・ぬっふっふ…今は勝ち誇るがよい小虫どもよ…だがな、アース神族に気を許すと痛い目を見るぞ…彼奴らこそが真の…しん」

 

ガシャアアアアアン!!!!!

 

 

そこまで言いかけたところでスリュムの体はオブジェクト破砕音と共に粉々に砕け散った。それを見届けた上条たちは深く肩で呼吸をし、各々の武器を鞘へと納めた

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 聖剣

 

「やれやれやっと決着か…まぁ一先ずはお見事だ上条ちゃん。あっこの檻からフレイヤだった俺を出してなきゃ今頃ルート分岐ミスってALOは跡形もなくなってたかもな」

 

「いやそりゃそうなんだけどよ…今のお前にそう言われても素直に喜べねぇよ…」

 

「はっはっは!まぁそんな寂しいこと言うなよ。それとこれは俺の退屈しのぎに付き合ってくれたほんの餞別だ。使う時があったら使いな」

 

[雷槌 ミョルニル]

 

「・・・いや俺こんなモン寄越されてもハンマー系のスキル1ミリも上げてないんでせうが?」

 

「おいおい仮にも伝説級武器をこんなモン扱いかよ。まぁそう言うの分かってて渡したんだけどな」

 

「じゃあ最初っから渡すなよ!?」

 

「ま、そういうわけだ。俺はもうお呼ばれみたいだからとっとと行くぜ。こっから先も精々頑張れよ。言っとくがまだクエストは終わりじゃねーよ?」

 

「・・・は?それってどういう…」

 

「バイビー♪」

 

シュンッ!!

 

 

神の名を冠する者には似つかわしくないほど軽い別れと共に、トールの身体は眩しい光に包み込まれ、一瞬の明滅の後にその場を立ち去った

 

 

「・・・なんとも気さくな雷神だったな」

 

「運営側はもっとこう…威厳のある感じの神様を作ろうとしなかったんですかね?」

 

「フレイヤの時はあんなにビジュアル良かったのに…」

 

 

トールが去ったのを見届けたキリトが開口一番に言うと、それに続いてシリカとリズも呆れながらため息を吐いた。すると…

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ!!!!!

 

「「「うわあああっ!?!?」」」

 

「こ、今度は一体なに!?なんの揺れ!?」

 

「動いてる…いや、浮いてる!?」

 

 

突如として地震のような激しい揺れが起こり、上条達はたまらず悲鳴と共に体勢を崩した。新たな事象の予兆にいち早く気づいた美琴が叫ぶと、その感覚を肌で感じたシノンが答えた

 

 

「お、お兄ちゃん!これ、クエストまだ終わってない!」

 

「な、なにぃ!?」

 

「トールの言ってたことは本当だったのかよ!?」

 

「た、確かに考えてみればそうだよ!ウルズさんから言われたクエストの目的はスリュムを倒すことじゃない!エクスキャリバーを台座から引き抜くことだもの!」

 

 

首にぶら下げたメダリオンがまだ光を残しているのを確認したリーファが言うと、完全にクエストクリアの気分に浸っていたキリトと上条が驚愕の声を上げたが、アスナが現実に引き戻すようにクエストの目的を叫んだ

 

 

「パパ!スリュムの玉座の後ろに新らしく下り階段が形成されています!」

 

「よし!ありがとうユイ!みんな行くぞ!」

 

ダダダダダダッ!!!

 

 

そしてユイの指示通りに一行は新たに形成された下り階段を一気に駆け下りると、広さはさほどではないが、壁がかなり薄く透けており、ヨツンヘイムを一望できる部屋へたどり着いた。そしてその部屋の中央に、黄金の光を放つ一本の剣が台座に突き立てられていた

 

 

「これが…聖剣エクスキャリバー…」

 

「・・・綺麗…」

 

 

その場にいる誰もが思わず息を呑んだ。その神々しさに言葉を失った。黄金の刀身は一切の汚れを許さず、その佇まいはまさに後世に語り継がれし伝説を象徴していた

 

 

「・・・さぁ、抜けよキリト」

 

「ああ、いよいよだ」

 

ガシッ!グッ!

 

「ッ!?」

 

 

キリトがエクスキャリバーの柄を掴み引き抜こうとしたが、エクスキャリバーは微動だにしなかった。そこでキリトは柄を両手で持ち、自身の筋力パラメータが許す限りの力を込めた

 

 

「ぬっ!ぐっ!ああっ!うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

「いけ!キリト!」

 

「頑張ってキリト君!」

 

「根性見せて!」

 

「あっ!ちょっと動いたよお兄ちゃん!」

 

「ファイトです!キリトさん!」

 

「くるるるぅ!」

 

「ほら!もう一声!」

 

「後ちょっとです!パパ!」

 

「ぬぅおおおおおおおお!!!!!」

 

バキバキバキバキッ!バリィンッ!!

 

 

雄叫びを上げながらキリトはついに氷の台座からエクスキャリバーを引き抜いた。するとその瞬間、猛烈な光が皆の視界を金色に塗りつぶした。そしてその直後に、丁度エクスキャリバーが刺さっていた凹みから小さな木の根が生えて来たかと思えば、みるみる内に成長し、部屋の天井へと伸びていった

 

 

ウニョウニョウニョ……ズゴゴゴゴゴ!!

 

「ちょ、ちょおおおっ!?こ、これ流石にマズイんじゃないの!?」

 

 

世界樹の根が生えてくるのとほぼ同時に、先ほどまで治っていた地鳴りが再び一行を襲った。しかし今度の地鳴りは前回とは比べ物にならないほど激しく揺れていたため、リーファは動揺を隠しきれなかった

 

 

「す、スリュムヘイム全体が崩壊しています!このままでは10秒後にこのスリュムヘイムごと垂直落下します!パパ!脱出を!」

 

「って言ってももう階段が世界樹の根に覆い被さってて…!」

 

「ちょっと世界樹ぅ!そりゃあんまりにも薄情ってもんじゃないの!」

 

「そうよアンタ仮にも私たち妖精を守る世界樹でしょうがーっ!!」

 

 

リズと美琴が世界樹に向かって右拳を上げながら懸命に抗議するが、いかに世界樹と言えど所詮は樹木。いくら呼びかけてもうんともすんとも言わず、その太い根を伸ばし続けていた

 

 

「ちょっと上やん!これアンタの不幸体質のせいなんじゃないの!?」

 

「いくらなんでもその疑いは酷すぎやいたしませんかシノンさん!?」

 

「と、とか言ってる内にもう…!これ以上は保たないよ!」

 

「み、みんな掴まれーっ!!」

 

「「「何にーーーっ!?!?」」」

 

バキバキバキッ!!ガシャアアアァァァァン!!

 

 

アスナの状況判断が耳に入ったキリトが皆へと呼びかけたが、一同の満場一致の返答を叫んだ直後に薄い透明な壁にヒビ割れが走り、数秒と保たずに壁が崩壊し落下が始まった

 

 

「「「ひぃやああああああ!?」」」

 

 

女性陣はもちろんのこと、男性陣2人も可愛い悲鳴をあげながら落下していく足場の氷塊にへばりついてた。一行を乗せた氷塊はその勢いが落ちるどころか、下で大口を広げるグレードボイドに向かって一直線に加速しながら落下していった

 

 

「・・・とりあえず落っこちるのを前提で聞くんだが、一体あの下ってなにがあるんでせう?」

 

「うーん、というかこのゲームのペインアブソーバーはどれくらいの衝撃を私達に味わわせてくれるのかしら?」

 

「知らないわよそんなの!とりあえずコレは死ぬわよ!?誰がどんだけ防御系バフかけても絶対死ぬわよ!?」

 

「シリカなんてもう既に息してないわよ!?」

 

「」

 

「きゅるぅ!?」

 

「り、リリ、リーファさん!?メダリオンの方はどうでしょうか!?まだ丘の巨人族の皆様はご存命でおられますか!?」

 

「えっ!?あっ!まだ一つだけ光が残ってる!間に合ったよお兄ちゃん!」

 

「そ、そっかそりゃ良かった!俺たちも無駄死にじゃないな!ああいいよいいよ!みんなが無事ならエクスキャリバーなんてどうでもいいさ俺は!大体俺にこんな金ピカ武器は似合わないね!あぁむしろ手放せて清々するまであるね!」

 

「言ってる場合ーーーっ!?!?」

 

「「「ぎゃああああああ!!!」」」

 

 

珍しくアスナが全力でキリトにツッコミを入れると、もう一度一際大きな悲鳴が上がった。地面はもうかなり近づき、グレードボイド到達までは残り60秒かといったところで、謎の唸り声が聞こえ、リーファがそれに気づいた

 

 

<くぉぉぉぉぉ…

 

「・・・?何か聞こえた?」

 

「おおっとついに幻聴かなリーファさん!?上やんさんも絶望の足音が聞こえてきたところでございますのことよ!?」

 

「ちょっと上やん君静かにして!」

 

<くおおおおおーん…!

 

「!!!こ、この声は…!」

 

<くおおおおおぉぉぉぉぉん!!!

 

「「「トンキー!!!」」」

 

 

次第に大きくなる謎の啼き声の方向へ視線を向けると、そこには上条達をスリュムヘイムへと送り届けたトンキーが彼らを迎えに飛んで来ていた

 

 

「た、助かった…みんな、トンキーに乗り移ろう」

 

「あはははは…運が味方したって言ったら逆にトンキーに失礼だなこれは」

 

 

トンキーが上条達の元へ到着すると、皆次々にトンキーの背中へと飛び移っていき、最後に上条とキリト、そしてユイが氷塊に残った

 

 

「さぁ!私達も行きましょうパパ!」

 

「・・・ああ、そうだな」

 

「・・・パパ?」

 

 

笑顔で声をかけたユイとは対照的に、キリトはエクスキャリバーを握りしめたまま眉間に皺を寄せ、しかめ面で黄金の聖剣を見つめていた。よく見てみると、聖剣を握るその手は小刻みに震えていて、聖剣とキリトの重量がのしかかった氷塊には既にヒビが入っており、そのままの状態でトンキーに飛び移るのが不可能であることは火を見るより明らかであった

 

 

「はははっ…今の俺には重すぎるか…まったくカーディナルってのは…!」

 

ブオッ…!!

 

 

ついに苦渋の決断を下したキリトはエクスキャリバーを投げ捨てようと大きく後ろに振りかぶった。そしてそのまま遠心力を利用してエクスキャリバーを放り投げようとしたその瞬間……

 

 

バシッ!!

 

「・・・え?」

 

「おいおい、何もそんくらいで投げ捨てるこたぁねーだろキリト」

 

 

後ろまで振りかぶった先でキリトの手が止まった。なぜかと思い後ろを振り返ると、そこには投げ捨てようとした聖剣の柄を右手で掴んだ上条がいた

 

 

「い、いやそうは言っても今の俺じゃこれ持ったまま向こうには飛び移れないんだ。仕方ないけどこうするしか方法は…」

 

「それは『今の』キリトなら、だろ。別にウルズはいつ、誰が持って来いなんて言わなかったじゃねえか」

 

「!!!!!」

 

「だからまぁ、今は俺が持って帰っておいてやるよ。キリトがコイツに相応しい力を身につけた時に、改めて俺のストレージからコイツを引っこ抜けばいいさ」

 

「・・・へっ、カッコつけやがって」

 

「最初に俺に頼ろうとせず投げ捨てようとしたキリトだって十分カッコつけてただろ」

 

「私に言わせればパパも上やんさんもお互い様です!」

 

 

ユイがそう言うと上条とキリトは互いに笑い合い、キリトがエクスキャリバーの柄から手を離し、パーティの中でも頭一つ抜けた筋力を持つ上条がエクスキャリバーを肩に担いだ。そして2人とユイは無事にトンキーへと乗り移り、ヨツンヘイムがグレードボイドの底へと沈んでいく様子を見届けた

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話 祝賀祭

 

「はい!というわけで!祝!『聖剣エクスキャリバー』とついでに!『雷槌ミョルニル』ゲットを祝しまして!かんぱーい!」

 

「「「かんぱーい!!!」」」

 

 

その後、無事にウルズからクエストクリアのお達しを受け、エクスキャリバーの所有権を得た上条達はその足並みのままALO内でエギルが経営する『ダイシーカフェ』で祝賀会を開いていた

 

 

「くーっ!まさか本当にゲットしてきちまうとはなー!おい上の字にキリの字!今度は俺の『霊刀カグツチ』取りに行くの手伝えよなー!」

 

「えーっ、あのダンジョンくそ暑いじゃんか…」

 

「おい上やん、使い道がないんだったら雷槌ミョルニルは俺が貰ってやってもいいんだぞ?」

 

「あー!ちょっとエギル!元から私がメイス使いなんだから譲渡の話なら私が最優先でしょうが!」

 

「へっ、商人としては担い手のない上級武具ほど良い商材はないんだよ」

 

「いや誰もあげるなんて一言も言ってねぇからなお前ら!?」

 

 

予定が合わずクエスト不参加だったエギルとクラインも各々の予定をクリアし、ALOにログインして皆と一緒に祝賀ムードを堪能していた

 

 

「それにしても、さ」

 

「ん?どうしたのシノのん?」

 

「どうして『エクスキャリバー』なの?」

 

「ど、どうしてと言いますと?」

 

 

シノンの質問の意味が分からず小首を傾げながら聞いたキリトに対し、シノンはケーキを食べ進めるフォークを器用にくるくると回しながら補足して質問し直した

 

 

「普通は…っていうか大抵のファンタジー小説とかマンガなら表記は『カリバー』でしょ。『エクスカリバー』」

 

「ん〜!がっ!mgmg…あぁ、それは俺も思ってた。俺もさしてそういう話に知識があるわけじゃないけどアーサー王伝説はやっぱ有名だからな」

 

「上やんさん!食べながら喋ると行儀が悪いです!」

 

「も、申し訳ねぇ…」

 

 

シノンの質問を追うようにして、骨つきフライドチキンに齧り付いた上条がその疑問に同意したが、その子どものような有様をユイがすかさず注意した

 

 

「へぇ〜、あたし達と上やん君達の世界は別々でもアーサー王伝説は共通してあるんだね。不思議な感じ」

 

「まぁ多少の差異はあると思うけどな。アレイスターのこととか」

 

「でもそれを言うなら今回のクエでやたらと絡んできた北欧神話もそうじゃない?ウルズさんといい、スリュムといい、フレイヤさんといい…まぁあの軽薄すぎるトールさんはゲーム的な別物と考えた方がいいんだろうけど…あたしたちの世界の北欧神話とほぼ全く同じだったよ?」

 

「や、まぁそれはなぁ…この新生ALOの売り文句はプレイヤーが北欧神話を自由に冒険することであってそこに差異があったら流石になぁ、うん」

 

「でもそしたらこの新生ALO運営してるのって一体どこの誰?ってかなんて企業?ALOだけと言えど別世界線の仮想世界繋げちゃうし、題材にしてる北欧神話だって二つの世界で語られてる北欧神話が同一の物だって分かってなきゃそもそも題材になんてできないよね?」

 

「それは私達の世界でも分からないんですよね。『レクト・プログレス』っていう会社が元あったALOのソフトウェアを配信したデータでアップデートして私達の世界の仮想世界をくっつけたみたいなんですけど、肝心の社長の須郷さんっていう人もそんな別世界に繋がってるすごい人にはとても見えませんでしたし…」

 

「きゅる」

 

(まぁそりゃ当然だよね!なんたってこのゲームを本当の意味で管理してるの北欧神話の最高神ご本人様だもんね!死んでも言えないけど!)

 

「まぁその話は一旦置いといて。シノンさんってその手の小説よく読んだりするの?」

 

「ちゅ、中学の時は図書室のヌシだったから。アーサー王伝説の本も大体は制覇したかなぁ…」

 

ダイシーカフェ名物である『やたらと辛いジンジャエール』の注がれたグラスを弄びながら美琴がそう聞くと、シノンは恥ずかしげに頬を掻きながらそう答えた

 

 

「それに、『キャリバー』って聞くと私には別の意味に聞こえちゃうし」

 

「別の意味と言いますと?」

 

「銃の口径のことを英語でキャリバーって言うのよ。例えば私のヘカートIIは50口径だから『フィフティ・キャリバー』。まぁ英字の綴りとかは違うだろうけどね」

 

「へぇ〜…50口径ってのは大きさ的にはそれなりに大きいの?」

 

「まぁな。一般的な拳銃の口径の大半は38ミリ口径だからヘカートは中々デカイ方だぞ。その分威力も折り紙付きだ」

 

「ほげー、やっぱGGO組はその辺の知識がちげーなおい。俺にはさっぱり分かんねーわ」

 

 

シノンの説明を聞いたアスナの疑問に対し、GGOを始めた頃からは想像できないような丁寧な説明で上条が答えると、クラインがあんぐりと口を開けて言った

 

 

「まぁ上やんさんはシノンさんに既に次のBoBで再戦を申し込まれてますからね…手を抜けばどうなるか分かったもんじゃない以上そこらへんとこも本気出して臨まねば…」

 

「後はそこから転じて『人の器』って意味もあるの。『a man of high caliber』で『器の大きい人』なんて言ったりもする。まぁ元のエクスカリバーを持ってたアーサー王も器の大きい人だったから、エクスキャリバーでもあながち間違いじゃないのかもね」

 

「へぇ〜、覚えておこっと」

 

「多分テストには出ないかな」

 

 

シノンの説明に唸るほど興味を引かれたリーファは感心しながら言ったが、シノンはそんなリーファを見て笑いながらそう言った

 

 

「ってーことはつまり?エクスキャリバーの持ち主はデッカイ器がないとダメってことよね。そりゃーそんだけの人なら極寒の大地を歩いて超極悪難易度のクエストをやってのけたあたし達に労いの意味もこめてご飯の一回や二回奢ってくれるわよね〜?」

 

「ウッ………」

 

「「「じーーーーー………」」」

 

 

テーブルの端の方に座るリズが悪戯っぽく笑いながら言うと、キリトに今回のパーティーのお代を期待するような視線が向けられ、キリトは数秒視線をあちこちに泳がせた後に口を開いた

 

 

「いや、実際のところ今のエクスキャリバーの所有者は上やんだし。奢るなら上やんが奢るべきだよな」

 

「はぁーーーっ!?ちょっ、おま、それは卑怯だろキリト!?第一俺だってクエスト手伝った側だぞ!?」

 

「はっはっは!聞いてなかったのか上やん!?手伝ったか手伝われたのかは今は問題じゃないのさ!リズはエクスキャリバーの『持ち主』って言ったんだ!そこんとこはき違えるなよ!」

 

「モノは言いようだな!?」

 

「言っとくがこの人数でこの食い物の量だ、そんなに安くねぇぞ。現実の俺のカフェと違って予めシステムの数字で決められた値段である以上マケることもできねぇからな」

 

「・・・まぁここは一つ雷槌ミョルニルで手を打とうぜエギル。なに、双方にとって悪い話じゃないだろ。どっかのプレイヤーに高額で売りつけてその儲けを半分に分けてそっから今回の飯代引いても上やんさん的にはお釣りが来ると言いますか…」

 

「結局売るのかよ!?しかもその発想人間としての器極小だぞ!?」

 

「人に責任転嫁させたキリトに器の大きさについてだけは言われたくねぇ!!」

 

「「「あははははははは!!!」」」

 




どうも、作者の小仏トンネルです。

今回をもちまして「とある魔術の仮想世界 キャリバー編」は終了になります。これまでご覧になって下さった読者の皆様、ご読了ならびに応援まことにありがとうございました。

つきましては次回より、とある魔術の仮想世界[3]は「マザーズ・ロザリオ編」に突入いたします。予定になにも変更がなければ早速明日にでも第1話を投稿していきたいと思います。少しでも興味があれば是非お読みになって下さい。これからも「とある魔術の仮想世界」シリーズをよろしくお願い致します!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マザーズ・ロザリオ編
第1話 絶剣


 

「御坂さんはもう聞きました!?今巷で最もホットな『絶剣』の噂!」

 

 

学園都市の街にも少し早めの冬休みが訪れ、すっかりクリスマスムードに包まれた12月のある日、放課後に集まったファミレスでそう話を切り出したのは何かと噂話や都市伝説には目がない佐天涙子であった。ソフトドリンクの注がれたグラスに負けないほど目を輝かせながら身を乗り出した彼女は、目の前の御坂美琴に新たな噂話を持ちかけた

 

 

「ゼッケン?体育で上に着るやつ?」

 

「ズコーーーッ!?」

 

「違いますよ御坂さん。カタカナじゃなくて漢字ですよ。絶対の『絶』に真剣の『剣』と書いて『絶剣』です。ALOプレイヤーの間で今すっごい噂になってるんですよ?」

 

 

美琴の天然ボケに思わずズッコケた佐天の代わりに、隣でいつもと変わらずスイーツを笑顔で頬張る初春が付け足して説明した

 

 

「絶剣かぁ…新実装のレア装備か何か?」

 

「いえ、人の名前なんです。絶対無敵の剣…空前絶後の剣…まぁそんな意味合いだと思います」

 

「はーっ、そんな胡散臭い名前を自分で付けるとは…所詮はその腕前も人としての程度もたかが知れますわね」

 

 

ことVRゲームの話になると、いつも興味なさげな態度を取る黒子がグラスに注がれた紅茶をティースプーンでかき回しながら皮肉を込めて言った

 

 

「のんのん!自分が付けたんじゃなくていわゆる『通り名』なんですよ白井さん!その人があんまりにも強すぎて誰が呼んだかついたあだ名が『絶剣』ということらしいです!」

 

「ぐっ、そう言われると先の発言の弁解の余地はありませんわね…」

 

「それもプレイヤーキラーじゃなくてデュエル専門!一対一の真剣勝負師!突如としてMMOトゥモローの掲示板に『対戦者求む!』の書き込みを入れたかと思えば初日に30を超えるプレイヤーを全て返り討ち!しかもその日HPを3割以上削った人は一人もいなかったって話です!」

 

「・・・ふ〜ん…」

 

 

そう熱弁する佐天とは対照的に、美琴も黒子と同様に興味がまるでないような態度であった

 

 

「・・・?珍しいですわねお姉様。VRゲームである上にこの手の話はいつもであれば飛びつくような大好物ではありませんの?」

 

「う〜ん、なんていうか…最近思うのよね。張り合いがない…っていうか…こう…血湧き肉踊る戦いがないっていうか…」

 

「一体どこのラスボスですの…」

 

「まぁつまるところ、超強力なMobくらいしか私と対等に渡り合える相手がいないってことよ。多分きっとその絶剣さんも、私の全力を見れば別ゲームの相手だと思うわよ、きっと」

 

「まぁ御坂さんの場合は『超電磁砲』のスキルがありますからね〜。そんじょそこいらの人じゃ戦いどころかチャンバラにすらならないでしょうし」

 

「まぁプレイヤーに限った話になれば『アイツ』の場合は話が別だと思うけどね。でもアイツとは今更『いざ!尋常に勝負!』って感じにはならないし、例え勝負したところでさっき私が言ったような、思わず自分も昂ぶる勝負にはならないと思うわ」

 

 

美琴は自分の脳裏にある一人の少年の面影を浮かべながらそう言った。その表情はどこか憂いに満ちていて、ふと吐いたため息には哀愁が漂っていた。強さ故の孤独。『超能力者』になってからそれを嫌というほど味わった。それは彼女にとって現実も仮想も変わらなかった

 

 

「・・・なら、別に使わなければいいではありませんの」

 

「・・・は?」

 

 

さも簡単なことであるかのように美琴の隣に座る黒子は言った。あまりにも返す言葉が単調すぎたため、美琴は思わず素っ頓狂な声をあげた

 

 

「実際がどうかは知りませんが、お姉様はかのSAOでは75層にたどり着くまではほとんどユニークスキル抜きのレイピアで戦っていたのですわよね?であれば無理に能力を使う必要もないのではありませんの?」

 

「い、いやまぁそりゃそうだけど…」

 

「わたくしから言わせてみれば、お姉様は少し仮想世界に現実を照らし合わせすぎではありませんの?確かに現実と同じ能力を有していて、SAO生還者であるなどの諸事情もあるとはいえ、今のお姉様の遊び方はいささか『VRゲーム』と言えるんですの?」

 

「・・・・・」

 

「大方、SAOで煮えきらない日々を過ごした影響や経験もあって全力でかからなければ仲間や相手に失礼。とでもお考えになっているのでしょうけれど、そもそも全力なんて尺度は様々ですのよ?」

 

「・・・あぁ、なるほど…つまり白井さんが言いたいのは、『本来の御坂さんの全力』ではなくて『剣士としての御坂さんの全力』で戦ってみたらどうか?ってことですよね?」

 

 

黒子の言ってることに納得した佐天は、言葉足らずだった黒子の言葉を補填して黒子に答え合わせを求めた

 

 

「まぁ概ねそのような感じですわ」

 

「私の…剣士としての…本気…」

 

「まぁそれは確かに言えているかもしれませんね。現実世界とは違う、仮想世界の御坂さんもいるんですから、それを追求するのも一つの楽しみだと思いますよ」

 

「まぁ、わたくしも今の初春のソレと同じような意見ですの」

 

「へぇ〜、白井さんも中々良いこと言うなー。この中じゃ一番ログイン率低いくせにー」

 

「そもそもあんなゲームなど淑女の嗜みではありませんの。目を瞑っていればやれ狩りだの、やれ銃撃だ決闘だなどと。仮想世界に紅茶や料理スキルなどがなければ今頃もうとっくに足を洗っているところですの」

 

「えー、それを言うんだったらこの前のクエで一番張り切ってモンスター狩ってたの白井さんじゃありません?」

 

「あ、あの時はそもそも初春が……」

 

ワイワイワイワイワイ………

 

(仮想と現実を照らし合わせすぎ…か…言われてみればそれもそうね。アイツが言うには『仮想世界ももう一つの現実』。私は多分、それを追い求め過ぎてたのかしら…)

 

(思えば私、SAOじゃ周りから浮くのが怖くて能力使ってなかったのよね。今じゃもうバンバン使ってるからすっかり忘れてたっていうか…今あんまり周りから浮いてる感じもしないし、私の考えすぎなのかしら?どちらかと言うと今は私が自分から気を遣い過ぎてるような感じも否めないし…)

 

 

他の三人が談笑に盛り上がる中、頬杖をついて窓から学園都市を行き交う人々の喧騒を眺めながら美琴はそんなことを考えていた

 

 

(・・・絶剣…ね…ひょっとしてその人もSAOに…って、そんなの私には関係ないか。そんな噂になるほど強い人がいたら絶対どこかで関わってたハズだもんね)

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 11連撃

 

「ねぇ、ミコトはもう聞いた?『絶剣』の話」

 

「・・・まぁ分かってはいたけど…やっぱりこっちでもその話なのね」

 

 

あの後、特にとりとめもない世間話をして四人それぞれ解散し、ファミレスを後にした美琴はいつも通りALOにログインし、キリトとアスナたっての希望でパーティーのホーム用に購入した新アインクラッド22層のログハウスに来ていた

 

 

「こっちでもってことはもうどこかでその話を聞いて来たんですか?」

 

「ついさっきリアルでね。めっちゃくちゃに強い人なんでしょ?その絶剣って人は」

 

「いやもう強いなんてもんじゃありませんでしたよアレは…いやぁ、空中戦には自信があったんだけどなぁ…」

 

 

膝の上でピナをあやしながらシリカが美琴に話しかけたところをまるで何かを彷彿として感嘆しているような口調でリーファが割って入った

 

 

「強いなんてモンじゃありませんでしたって…リーファさんはもうその人と戦ったの?」

 

「それこそつい数時間前の話ですけどね。それにあたしだけじゃないですよ。元々私より先にリズさんの方が食ってかかったんですから」

 

「へぇ、リズもやったんだ。それで結果は?」

 

「もし勝ってたらそこかしこに言いふらして、超美人で最強の鍛冶屋がいるって噂になってるわよきっと」

 

「そうなってないってことは負けたのね」

 

「い、いちいち言わんでよろしい!」

 

「シリカさんは戦ってないの?」

 

「まさか!デュエルを観戦してただけで勝てないのは確信しましたし。まぁリズさんとリーファさんはそれでも立ち合ったんですけどね。本当にチャレンジャーですよ」

 

「じゃあアスナさんは?」

 

「私もやめておいた」

 

 

美琴の質問に対し、彼女らしからぬかなりあっさりとしている返事でアスナは答えた

 

 

「あれ?アスナさんにしてはやけに淡白じゃない?私的にはアスナさんも割と戦闘狂…とまではいかなくても強敵との戦いに疼くタイプだと思ってたんだけど」

 

「ま、そりゃ目の前で愛しの恋人さんがあんなカッコよく負けたら不貞腐れちゃうわよねぇ」

 

「うるさいなぁもう…」

 

「でも私もママに戦って欲しかったですー」

 

 

対戦しなかった理由を尋ねた美琴に対して返答したのは、当の本人ではなくリズベットであり、意地悪そうにアスナをからかうと、アスナが面倒くさそうに呟く肩の上でユイも便乗した

 

 

「・・・愛しの恋人がカッコよく負けたって……え、ええっ!?キリトさんも勝負したの!?ってか負けたの!?それ本当に!?」

 

「アンタよくそんな勢いで傷口に塩塗りにいくわね…」

 

「あ、ごめんなさいアスナさん…」

 

「ううん、へーきへーき。勝ち負けなんて気にならないくらいすっごいデュエルだったし」

 

「そうですよ!戦った後のパパもすごい清々しい顔をしてました!」

 

「へぇ〜、でもそうなるといよいよ本物ねその絶剣さんは…でもそんな皆仲良くこぞって対戦する理由は?デュエルって少なからず罰則あるでしょ?そんな強いならよっぽどの勝負師じゃなきゃ挑まないと思うけど」

 

「それがそうでもないんです。それに見合うだけの『賭けネタ』が振るってあるんですよ」

 

 

美琴の至極真っ当な疑問に、重要な「賭けネタ」という単語を強調してシリカが口を開いた

 

 

「ふぅん?なんかすごいレアアイテムでも賭けてるの?」

 

「それがアイテムじゃないんですよ。なんと、『オリジナル・ソードスキル』を賭けてるんですよ!それもすっごい強い必殺技級のやつ!」

 

 

リーファの言うオリジナル・ソードスキル、通称『OSS』とは最近ALOに実装された新しいシステムである。プレイヤー本人が自力でソードスキルを考え、それを実践して初めてシステムに登録できる。その名の通り『独自の剣技』である

 

 

「OSSかぁ〜。何系?何連撃?」

 

「多分見たとこ片手剣系汎用ね。連撃数は聞いて驚け見て驚け!なんと驚異の11連撃!」

 

「じゅ、じゅーいち!?」

 

 

説明だけ聞けば自分で連撃を考えるのなんて簡単だろう、と思われガチだがこれがそうもいかなかった。既存のソードスキルに勝るとも劣らないものを完成させなくてはいけない上に、その一連の動きに無理が生じてはいけないのだ。つまり本来システムアシストなしには実現不可能な連続技をシステムアシストなしで一から実行していくのだから、それは当然骨が折れる。だからこそ美琴はリズベットの口から飛び出した連撃数に素直に驚いた

 

 

「確か現時点で発覚してる最多連撃数はユージーン将軍の『ヴォルカニック・ブレイザー』の8連撃よね…そこからさらに+3連撃…末恐ろしいわね…そりゃみんな挑むわけね。その人の種族と武装は?」

 

「『インプ』ですよ。武器は片手直剣。レイピアに近いくらい細いですけどとにかく早いです。通常攻撃もソードスキルに迫るほどの速さで、アレを見切るのはまず無理ですね」

 

「スピード系かぁ。リーファさんが空中戦で競り負けるなら私も骨が折れそうね…ところでキリトさんは本気でやったの?」

 

「どうかなぁ…キリト君は二刀じゃなかったしそう言う意味じゃ本気じゃなかったんだろうけど、もうあのレベルまでいくと本気とか本気じゃないかとかは正直分かんないなぁ」

 

「アスナさんでもそんな感じかぁ…こりゃ私の出る幕はないかなぁ…」

 

「えー!ミコトさんと絶剣さんなら後世に残る名勝負になると思ったのに…」

 

(ちっちっち、ミコトを乗り気にさせるにはそういう謳い文句じゃないわけよアスナ)

 

(り、リズ…?)

 

 

美琴からは見えないように目線だけでリズとアスナがそんな会話をすると、2、3と咳払いをしてリズが場を仕切り直した

 

 

「いやー!まぁでもそりゃミコトがそう思うのも無理ないわよねー!あたしが思うに多分あれは『上やん』でも無理だと思うわー!」

 

「・・・ほぉ?」

 

(((く、食いついたーーー!?!?)))

 

 

白々しいほどに演技がましくリズベットが言うと、美琴にとってある意味因縁ともいえる相手の名前が出たことにより、美琴の興味が持ち直した

 

 

「いやー、上やんも今日は予定が合わなくて実際に絶剣を見たわけじゃないけどアレを見たらきっとビビるわよねー。でもそれに勝ったやつがいたらもっとビビるだろうなー」

 

「・・・リズ、ちなみにそれいつどこでだったらその人とデュエルできるの?」

 

「新アインクラッドの24層にでっかい樹が生えた小島があるじゃない?あっこの根元に午後3時になると颯爽と現れるのよ」

 

「・・・いいわね、望むところよ」

 

「「「おおおーーーっ!!!」」」

 

(はい、一丁上がり)

 

 

その言葉を皮切りにアスナ、リーファ、シリカの三人は目を輝かせ驚嘆した。しかし一方でリズベットは計画通り、と言わんばかりに口角を吊り上げ不気味に笑っていた

 

 

「にしても午後3時か…ギリ間に合うかしら…」

 

「え、なによ?せっかく乗り気だと思ったらなんか予定でもあるわけ?」

 

「違うわよリズ。私が言ってるのはデュエルするまでにOSSの登録が間に合うかどうかってことよ」

 

「えっ!?OSSの登録って…ミコトさん自分のOSS作るつもりなんですか!?」

 

「まぁ一応ね。前々からこんな感じーってやつは考えてたし。目には目を、歯には歯を、OSSにはOSSを。ってことよ」

 

「へぇー、ミコトの考えたOSSかぁ…これはますます明日が楽しみになってきたわね」

 

「・・・まぁ厳密に言えば私が考えたわけじゃないんだけどね」

 

「え?何か言ったミコトさん?」

 

 

リズベットが興味深々な表情を浮かべている前で、密かに美琴が何かを呟いたのが見えたアスナがそう聞いたが、それに対し美琴は静かに首を横に振った

 

 

「ううん、なんでもない。ねぇ、あと一つ聞きたいんだけど、ひょっとしたら…っていうか話聞いた時にも思ったことなんだけど、その人のアバターってコンバートだったりしないの?もし仮にコンバートだったとしたら…まぁ私たちの世界じゃ噂にならなかったから私たちの世界の方のSAOではないとして、アスナさん達の世界の元SAOプレイヤー…っていう可能性は?」

 

「アバター自体はコンバートしたものみたいですよ。でもSAOプレイヤーの線はそれこそ絶対にないってお兄ちゃんが言ってました」

 

 

美琴としてはファミレスで佐天達に話を聞いた時から一番に懸念していた事案だったのだが、その可能性はリーファによってものの数秒で一蹴された

 

 

「えっ?な、なんでまた?」

 

「あたしもまずそれを疑ったんですよ。それで絶剣と戦った後のお兄ちゃんに聞いてみたら…『絶剣がSAOプレイヤーだった可能性はまずないだろう』って。なぜなら…」

 

「な、なぜなら…?」

 

「なぜなら『もし絶剣があの世界にいたなら『二刀流』スキルは俺じゃなくてアイツに引き継がれていたはずだ』って…」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 美琴VS絶剣

 

キン!カンッ!キィンッ!

 

「ま、参った!降参!リザイン!」

 

ザワザワザワザワザワザワ……

 

「相変わらずすげーな」「おいおいもうこれで67人抜きだぜ…」「誰か止められるヤツはいねーのかよ…」

 

 

翌日、昨日の夜に談笑していたメンバーをそのままに美琴達は噂の絶剣がいるという小島を訪れていた。しかし既に先客が勝負を挑んでおり、そのデュエルを観戦していた観客もざわつき始めた

 

「・・・ねぇ、ちょっとリズ」

 

「ん?なによミコト」

 

「絶剣って女の子だったわけ!?」

 

 

そして例外なく美琴もその強さ…もとい、容姿に驚愕していた。見惚れるほど白い肌に、長く伸びた紫のストレートの髪、おまけに下半身の装備はロングスカート。どこからどう見ても可愛い女の子である。美琴としては昨日の話を伺った限りでは、当の絶剣が女の子だとは思いもしなかった

 

 

「あ、あれ〜?言ってなかったっけ…?」

 

「ええ!一言もね!…ひょっとしてキリトさんが負けた理由って…」

 

「ち、違うよ。女の子だからって手加減したわけじゃないよ。本当に真剣だったよ。少なくとも途中からは」

 

 

美琴の想像を先読みし、昨日キリトの試合を間近で観戦していたアスナがそう答えた

 

 

「へぇ、世の中広いもんねぇ…」

 

「えーっと、次に勝負する人いませんかー?」

 

 

自分の体力を回復させると、紫の少女はクルリと周りを見回しながら無邪気な声で次の対戦相手を探し始めた

 

 

「ほら、次お前行けよ」「やだよ、どうせ即死だよ」「お前今日挑むんだって言ってたろ?」「負けんの分かっててわざわざ挑むかよ」

 

 

ガヤガヤガヤガヤガヤガヤ………

 

「ほーら、行きなさいよミコト」

 

「いや、まさか女の子だと思わなかったからちょっと心の準備が…」

 

「なーに寝ぼけたこと言ってんのよ!同性なんだからなにも気にすることなくどーんと行って来なさいって!」

 

「うわっ!?ちょっ、リズ!?」

 

 

どん!と背中を押され、美琴は数歩つんのめりながら前へと出た。転びかけたところを立て直し顔を上げたところで、たまたま絶剣と目が合ってしまった

 

 

「あ、そこのウンディーネのお姉さん、やる?」

 

「えーっと…じゃあやりましょうか…」

 

「オッケー!そうこなくっちゃ!」

 

「ところでルールは?」

 

「全損決着モード!お姉さんは魔法もアイテムもなんでもバンバン使っていいよ!ボクは『コレ』だけだけどね」

 

 

ボクという一人称がよく似合う少女はそう言いながら自分の得物としている紫の片手直剣の柄を左手で小突いた後、美琴へとデュエル申請を送った

 

 

[Yuuki からデュエルが申請されました。承認しますか?]

 

(ユウキ?本当一人称から名前まで男の子みたいね…まぁ『男の子』っていうより『男の娘』って感じだけど…あれ?その場合逆だったかしら?まぁどうでもいっか、そういうのよく分かんないし)

 

 

そう心の中で呟きながら美琴はポップアップウィンドウの[YES]をタップし、そのまま『全損決着モード』へと指を動かした

 

 

[10…9…8…]

 

「うん!スタートだね!お姉さん空中戦と地上戦どっちがいい?」

 

「あら?選ばせてくれるの?」

 

「うん!ボク両方得意だし!」

 

「・・・じゃあ地上戦で」

 

「オッケー。ジャンプはあり、でも飛ぶのはなし、そんな感じでよろしく。もう一回言うけどお姉さんは本当に何してきてもいいからね」

 

 

そこまで余裕綽々で言われると、流石の美琴も戦闘意識にカチリとスイッチが入った

 

 

「・・・へぇ…『なんでも』ね…」

 

 

美琴は無意識のうちに口角を少し上げほくそ笑んでいた。「なんでも」が自分にとってなにを意味するのかは、彼女自身が最もよく分かっていたからだった。しかし、そう考えた直後に昨日ファミレスで自分を心から慕う後輩に言われた言葉を思い出した

 

 

(『今のお姉様の遊び方はいささか『VRゲーム』と言えるんですの?』)

 

「ッ!!」

 

(・・・そうだったわね黒子。ここにいるのは仮想世界の私….私が思い描くように戦えればそれでいいわよね…たとえそれで思いっきり負かされようと、自分の心が踊る戦いが出来たなら…!)

 

(少しは自分が好きになれるわ!)

 

シャキインッ!!

 

 

美琴はこれまでの自分に言い聞かせるように心の内側で己を鼓舞すると、腰に据えた鞘から光り輝くレイピアを引き抜き、その切っ先を絶剣の二つ名を冠する少女へと差し向けた

 

 

[3…2…1…DUEL Start!]

 

「ッ!!」

 

ダンッ!!

 

 

デュエル開始の合図の直後、美琴はダンッ!という音と共に思いっきり地面を蹴り飛ばした。7メートルほどあった距離を一瞬で埋めて絶剣へと肉薄すると、彼女のアーマー目がけて突きを繰り出した。ソードスキルを発動していないので早さはさほどでもないが、それでも常人に見切れるレベルの動きではなかった

 

 

カアンッ!!

 

(・・・ま、そりゃこんくらいは弾いてくるわよね)

 

 

しかしその初撃を絶剣は、美琴の予想通りあっさりと自分の片手剣で弾き返した。そして美琴は弾かれたレイピアを自分の胸元で搾り直し、同じく胴のアーマーに向けて、今度は二連続で突きを繰り出した

 

 

キンッ!キィンッ!

 

(上等ッ!だったらその守りが崩れるまで押し通す!!!)

 

キィンッ!キィンッ!キィンッ!キィンッ!キィンッ!キィンッ!キィンッ!ヒュンッ!

 

 

美琴はそのまま負けじと連続で斬撃を見舞った。そして最後の一閃、絶剣はその一閃を弾くのではなく体を少し右に逸らして回避した。その動きのせいもあってか、絶剣の右手に握られた剣は腰あたりまで下がっていた

 

 

(もらった!!)

 

フォンッ!!!!!

 

(・・・は?)

 

ズバンッ!!!

 

「なっ!?チィッ!!」

 

 

完全に予想外の攻撃だった。絶剣が無防備になったところを切りかかったかと思えば、逆に攻撃にばかり気がいって冷静さを欠いていた自分に絶剣が切り返してきたのだ。絶剣の斬撃は美琴の脇腹を切り裂き、HPを少し削った。美琴は絶剣のさらなる追撃を避けるため、地面を後ろに蹴って絶剣から距離を取った

 

 

(なるほど…右手が下がったのは私の攻撃に気圧された訳じゃなくて、単純に攻撃の予備動作だったってことね。私の攻撃の緩急を予測して、しかもそれを的中させたと…参ったわね。思わず舌打ちしちゃったわ。常盤台の先生にバレたら生徒指導室直行ね)

 

「ふふっ!」

 

「・・・ふっ…」

 

(でも逆に言えばそれは、私が無意識のうちにそこまで熱くなってたってことよね。こんな感覚いつぶりかしら)

 

 

相変わらず持ち前の笑顔を崩さない絶剣を見て、美琴もまた苦し紛れに笑みを返したが、その心の内側は歓喜に打ち震えていた

 

 

「ひぇぇ〜…相変わらずとんでもなく早いわね…」

 

「でも、ミコトさんも負けてない。あの状況からそれ以上の追撃を許さなかった。並大抵の反応速度で出来ることじゃないよ」

 

「悪いみんな、遅くなった」

 

「おっ、美琴のヤツやってんな〜」

 

 

二人の試合を観ながらリズベットとアスナが話している横に、少し遅れてキリトと上条が観戦に到着した

 

 

「今どっちが勝ってるんだ?美琴の方………が勝ってたとしたらあんなひでえ顔してねぇか」

 

「はい、まだ一合しかしてないですけど、上やんさんの言う通り絶剣さんの方が一歩リードです。でも、その一合を見る限りはお二人に圧倒的な差はありませんでした」

 

「お、そうか。じゃあ見どころはこれからだな。ありがとなシリカ。間に合ってよかった」

 

「あっ!見てお兄ちゃん!上やん君!ミコトさんがまた動くわ!」

 

「ふぅーーーーー………ッ!!」

 

「!!!!!」

 

ダンッ!!ダンッ!!!

 

 

美琴は一度力を抜いて深く肩で呼吸をすると、もう一度地面を強く踏み抜いて絶剣へと迫った。しかし、今度はそれに合わせて絶剣の方も美琴に向かって飛び出してきた。二人の間合いは1秒としない内になくなり、絶剣は右斜め上から黒曜石の剣を振り下ろしたが、美琴はその一閃にレイピアを真正面からぶつけて押し返した

 

 

カッッッ!!!キィンッ!!!!!

 

「わっ!?」

 

「うぉっ!うるせっ!?」

 

 

両者の剣がぶつかり合った衝撃で凄まじい金属音が辺りに響き渡り、上条含めリズベット達は思わずその音に耳を塞いだ

 

 

「ーーーッ!」

 

キィンッ!キィンッ!キィンッ!キィンッ!カァンッ!キンッ!キンッ!キィンッ!カキィンッ!

 

 

絶剣は己の剣が押し戻されたのに驚くのも束の間、即座に体勢を立て直し美琴に切り返した。しかし美琴も負けじとその剣を弾き、絶剣の身体全体の動きを見て次の一手を先読みし弾く、避ける、弾くを切り返していく内に気づけば両者の剣戟は目で追うのも困難な領域にまで達していた

 

 

「は、早っ!?昨日あたし達とデュエルした時とは比較にならないぐらい早いわよ!?」

 

「それだけ絶剣も本気を出さなきゃいけない相手だと認識したんだろ。でも肝心のミコトは防戦一方だ、このままじゃそのうち…」

 

「いや、あの調子ならアイツは多分大丈夫だ」

 

「「「???」」」

 

 

キリト達が固唾を飲んで見守る中、なぜか上条だけはその表情に笑みを浮かべながら目まぐるしく剣をぶつけ合う二人を眺めていた

 

 

キィンッ!キィンッ!キィンッ!キィンッ!カァンッ!キンッ!キンッ!キィンッ!カキィンッ!

 

(・・・なるほどね、大体この子の要領は掴めてきたわ)

 

 

その刀身がぶつかり合う度に火花を散らし、熱を帯びていく自身の細剣とは対照的に美琴の精神は冷静さを取り戻していた。絶剣の動きを読みながら、段々とその動きに見切りをつけ始めていた

 

 

(この子の剣筋は良くも悪くもバカ正直すぎるのね。フェイントも搦め手も何もあったもんじゃない。でも、それならやり方はいくらでもある!)

 

 

バカ正直、と言えばそれは普段の美琴の言動にも当てはまるところはあるだろう。しかし、彼女の戦闘スタイルにそれは必ずしも当てはまらない。学園都市序列第3位『超電磁砲』の名を冠する彼女の長所はその応用の幅にある。砂鉄の剣、雷撃の槍など様々な攻撃方法を持つゆえに、彼女の戦闘における柔軟な思考こそが彼女の一つの長所なのだ

 

 

キィンッ!キィンッ!キィンッ!キィンッ!カァンッ!

 

(ここっ!!)

 

「ふっ!!」

 

ドゴォッ!!

 

「ッ!?うぐっ!?」

 

絶剣の動きに対応し始めた美琴は、自分の本能がここだと叫んだ瞬間、思い切って絶剣の懐へと一歩踏み込んだ。そして細剣を握る右手…ではなく、何も持っていない空虚な左手を握りしめると『拳術』スキルによるショートパンチを絶剣の腹部に見舞った。たまらず絶剣は後方にノックバックし、微量ではあるがスタン効果が発生した

 

 

「ミコトが初めて絶剣の連撃をブレイクした!?」

 

(そうさ、こういう多彩で一定の型に囚われないところが美琴の長所だ。学園都市でお前を見てた時もSAOで隣で戦ってた時から変わってない。お前の真骨頂はスキルだけじゃねぇってところを見せてやれ!!)

 

(いけるっ!!)

 

 

そう考えた瞬間、既に美琴のレイピアは眩く輝いていた。『カドラプル・ペイン』。SAO時代にも使い込んでいた四連撃のソードスキル。もうこの距離ならば防ぎようがないと美琴は確信していた。システムアシストに導かれるままに剣を伸ばした先で……

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!!!!!」

 

 

その全てを防ぎきった絶剣に驚愕した

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!キィンッ!キンッ!カァンッ!

 

(なっ!?ま、まさか防いだって言うの!?この至近距離でカドラプル・ペインの四連撃全部を!?)

 

 

派手なライトエフェクトが迸り、豪快なサウンドが美琴の耳に突き刺さったが、その効果に見合うことなく、絶剣のHPは微動だにしていなかった。絶剣はまるで分かっていたかのように、美琴が放った渾身のソードスキルを防ぎきった

 

 

(ーーーッ!やばい!硬直が!!)

 

 

そして、ソードスキル使用による一定時間の硬直が美琴の体を制止させた。これだけはいかな強さを持つプレイヤーといえども逆らうことはできない。そして、その隙を絶剣が見逃すはずもなく……

 

 

「やぁーーーーーっ!!!」

 

 

絶剣がこのデュエルで始めて気合いを入れて吼えた。そしてその声に応えるように握られた剣が青紫の鮮やかなライトエフェクトを放った

 

 

ザンッ!ズバンッ!ドスッ!スピンッ!シャキィンッ!!

 

 

息つく間もないほどの超高速の五連撃。その全てが美琴の身体に襲いかかった。身体に切り傷を刻まれたからこそ分かった。それは今まで自分が見たことのない剣技であり、これは絶剣が編み出したOSSであると。美琴がそう実感してなお、絶剣の片手剣は青紫のライトエフェクトを失わぬまま次のアクションへと移行した

 

 

(こ、これが絶剣の11連撃!?このまま全撃貰えば私のHPは絶対に残らない!かと言ってそれを防ぎきれる確証はない!!!)

 

 

絶剣のソードスキルが次の五連撃に移行する時には美琴のスキル硬直は既に解けていた。そして、次の一手が美琴の勝敗を分けることも理解できていた。1秒もない迷いの末、御坂美琴が選択したのは………

 

 

(だったら今ここで!勝負を決める!!)

 

 

美琴はノックバックした身体を無理やり起こし、僅かに出来た間合いを詰めるために力強く一歩を踏み込んだ。そしてその刹那、彼女のレイピアが稲妻のような蒼い輝きを放った

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 オリジナル・ソードスキル

 

「ねぇ、アンタだったら一体どんなの作る?オリジナル・ソードスキル」

 

 

オリジナル・ソードスキル実装初日、御坂美琴と上条当麻は新アインクラッド21層の迷宮区タワーを練り歩いてた。道を遮るモンスター達も今の彼女達からすれば片手間で倒せる雑魚ばかりで退屈した美琴が自分の後方を歩いていた上条に話題の新システムの話を持ちかけた

 

 

「お前それ俺がソードスキル使わないの分かってて言ってんだろ…」

 

「そりゃもちろん」

 

「少しは気遣えよ!?」

 

「でもアンタも一応SAOやってたんだし、最初の方は片手剣振り回してソードスキルも使ってたわけじゃない?なら自分が思い描く最高の技みたいなのもあるのかなー?って思ってさ」

 

「・・・まぁ、ないこたぁないけど」

 

 

美琴にそう言われた上条は顎に手を当てて少しだけ唸ると、何かを思うように右上に視線を泳がせて小さく呟いた

 

 

「へぇ〜あるんだ。ない前提で質問してたとこもあったのに」

 

「そりゃ俺だって憧れくらいは持つさ。普段から剣使わないならなおさらな」

 

「で?どういうやつがアンタの理想なの?」

 

「えっとだな『……………』」

 

 

美琴に聞かれた上条は、自分が胸の内で考えたオリジナル・ソードスキルを迷宮区を歩きながら美琴になるべく自分のイメージのまま分かりやすく伝えた

 

 

「とまぁ、俺ならそんなソードスキルを作るかな」

 

「・・・ふぅん、ちょっと意外ね」

 

「意外と申しますと?」

 

「男の人ってもっとこう、ド派手な演出とかそういう感じのが好きなんだとばかり思ってたわ」

 

「んー、まぁ美琴は持ってる能力も派手だからそう考えちまうのも納得だろうけど、俺も前までだったらそういうソードスキルを考えたと思うぜ」

 

「は?じゃあなんで?今は違うわけ?」

 

「いやほら、紆余曲折はあったけどなんだかんだで色んなVRゲームを経験してさ、分かったっつーか実感したんだよ。わざわざ相手倒すのに派手である必要はねーってな。GGOがいい例えさ、急所一発撃たれただけで即死だぜ?派手も何もあったもんじゃねーよ」

 

「そりゃそうかもしれないけど…でもGGOって元からそういうゲームなとこあるんじゃないの?なにもALOにまでそんな……」

 

「じゃあ例えば、疲れ切ってる美琴がある相手とデュエルするとしよう。でもそのデュエルを見てる人は誰もいない。デュエル形式は自分で決められる。この状況で美琴だったら初撃、半減、全損決着のどの形式でデュエルを受ける?」

 

「・・・そりゃ初撃よ。疲れてんならなおさらとっとと終わらせたいわ。てかデュエルなんて見ず知らずの相手とやる時に特に理由なんてなきゃ大半は初撃で受けるわよ」

 

「つまりそういうとこなんだよ。俺は別になにも戦闘狂じゃない。普段から殴りかかってばっかの俺が言っても説得力ねぇだろうけど、なんだったら無駄な戦いはしないに越したことはないと思う」

 

「・・・なるほどね。アンタが言いたいことはつまるところ『………………』ってことね」

 

「ま、具体的に言葉にするとそうだな」

 

「・・・確かに普通じゃ出来ないことだけど面白そうね。それに私の運動神経と日頃の演算で鍛えられた脳の伝達速度ならやってやれないことなさそうだし…いいわ、そのアイデア私が貰ってあげる」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

上条当麻は決して武術の達人ではない。もしも上条当麻が空手等の格闘技や武術の大会に出れば、さぞ笑い者になるだろう。しかし、そんな彼でも数多の戦場を乗り越えて武術の達人と同じ極致に至った。古来より武術、剣術、ありとあらゆる『技』において重要なのは、どれだけ派手であるかでも、どれだけ手数の多い連撃であるかでもない

 

 

『・・・なるほどね。アンタが言いたいことはつまるところ、『いかに最少限度の労力で相手を倒すか』ってことね』

 

 

それ即ち『一撃必殺』。それこそが多くの『技』の原点にして頂点。上条当麻はそれが分かっていた。派手で連撃数の多い剣術が是とされ、様々な銃火器が火を吹く仮想世界でも拳を握り続けた彼だからこそ、勝つために最も重要とされることは何であるかが理解出来ていたのだ

 

 

『えっとだな…『相手が避けられないぐらい早くて、確実に相手を一発で倒せる』……とまぁ、俺ならそんなソードスキルを作るかな』

 

(今なら嫌というほど分かるわよ!アンタの考えも、それがいかに正しいかってこともねぇ!!)

 

 

それは絵空事のような、空想の域を出ない剣技かもしれない。そもそも、斬撃と刺突の単発技はほぼ全てのバリエーションが既存のソードスキルとして登録済みである。しかしOSSの登録システムには一つの抜け道が存在する。ソードスキルは元来、一度ソードスキルに設定された初動から技の出終わりまでシステムが最大速度でアシストしてくれるものである

 

 

(そこが分かれば後の話は簡単。初動から技の終わりの速度がシステムアシストの最速を超えればそれは新しい技として認定される!!絶剣のOSSが私のHPを減らし切るのが早いか!私のOSSが絶剣に届くのが早いか!それだけの勝負ッ!!!)

 

「やあああああああああああああああーーーーーーーーっっっ!!!!!」

 

 

その剣技の名は『閃光』。相手に向かってただ真っ直ぐに伸びていく光のような斬撃。かつてアインクラッドで美琴が冠した二つ名であり、その剣技の速さを言葉のままに表した

 

 

ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォッッッ!!!

 

「「「うわあああああああああああああああああああっっっ!?!?」」」

 

 

凄まじい爆風と轟音が辺り全体を包み込み、観客は誰一人漏らすことなく悲鳴を上げた。もはや最後の両者のソードスキルの交錯は誰の目にも見えていなかった。そして勝負の行く末を見届けるために、皆巻き上げられた砂煙が晴れるのを待った

 

 

ザワザワザワザワザワザワ………

 

「け、決着…ついたんですよね?」

 

「きゅ、きゅる〜?」

 

「う、うん…だと思う…」

 

「ど、どっちだ…?どっちが早かったリズ?」

 

「上やんに分かんないならあたしに分かるわけないでしょーが!」

 

「き、キリト君はどっちが早かったか分かった?」

 

「・・・流石に無理だ、分からない」

 

 

観客の騒めきの中で上条達も同じように騒めきの一端になりながら煙が晴れるのを待った。そして段々と時間が経ち、少しずつ去っていった砂煙の向こう側で待っていたのは………

 

 

「・・・っちゃー、流石にスピード補正に頼った一発じゃこんなモンよね…一撃必殺も形なしだわ…こりゃしばらくの目標は筋力底上げかしら…」

 

[WINNER! Yuuki!]

 

 

煙の先にあったのはHPが底をつき、敗北の後1ポイントだけHPを与えられた美琴と、HPゲージを4割ほど残しイエローゾーンで留めた絶剣の姿があった

 

 

「「「おおおおおおおお!!!」」」

 

パチパチパチパチパチパチ!!!

 

 

そしてその直後に観客の割れんばかりの拍手と喝采が二人に向けて送られた。美琴はそれを見て照れ臭そうに自分の頬を掻いたが、対戦を終えた絶剣は自分の剣を鞘に収めると足早に美琴の方へと駆け寄ってきた

 

 

「いやーーー!お姉さんすっごいよ!今まで戦った人の中で一番!最後のソードスキルなんてダメージ入るまで自分が切られたんだって分かんないぐらい早かった!!」

 

「う、ううん。すごいのはあなたの方よ。早さと威力だけじゃない、言葉にできないくらい綺麗な11連撃だったわ。アレだけの技を目の当たりに出来たこと、誇りに思うわ」

 

「うーん!いいねいいね!ずーっとピピッと来る人を探してたんだー!ぃよーっし!お姉さんに決ーめた!」

 

「・・・ふぇ?」

 

 

絶剣は納得したように何度も首を縦に振り、底なしの笑顔を向けると、美琴の肩の上に手をポンと置いて言った

 

 

「あ、今デュエルで貰った勝ち分お姉さんに全部返すね。ボクには必要ないものだし」

 

「え?え、ええ…ありがとう…」

 

「お姉さん、この後時間ある?」

 

「な、ないことはないけど…ど、どういうこと?私さっぱり理解が追いついてないんだけど…」

 

「じゃ!ボクにちょっと付き合ってよ!」

 

「・・・はい?」

 

フワッ!ビュンッ!

 

「うわっ!?ちょっ!?」

 

 

あまりにも突然すぎる誘いにレベル5の頭脳を持ってしても理解が追いつかず混乱している美琴を他所に、ユウキは美琴の手を取って背中から薄紫の翅を出して空へと浮き上がったため、美琴も慌てて自分の翅を出した

 

 

「ちょーっ!?ミコトー!?どこ行くのよー!?」

 

「え、えっと…あ、後で連絡するわリズー!」

 

 

地上から慌てて手を振る親友にそう告げると、手を引かれるままにユウキについていくと、島から少し離れた場所で急に立ち止まった

 

 

「えっと…改めまして、ボクはユウキです。お姉さんの名前は?」

 

「え?わ、私の名前はミコト…ってそんなのデュエルで名前見えてたんだから今さら名乗る必要なんて……」

 

「お願いしますミコトさん!僕たちに手を貸して下さい!!」

 

「・・・手を、貸す…?」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 スリーピング・ナイツ

 

「それじゃあミコトさん!紹介するよ!ボクのギルド、『スリーピング・ナイツ』の仲間たち!」

 

「は、はぁ……」

 

 

デュエルの後、一先ずユウキの後ろについていった美琴は、新アインクラッド27層主街区の『ロンバール』の酒場へと連れてこられ、見知らぬ五人が囲んでいた酒場のテーブルの席に着いた

 

 

「ボクは『ジュン』!種族はサラマンダー!ミコトさん!よろしく!」

 

「わ、わたくしはそのえっと…た、『タルケン』と申します…種族はレプラコーンです…よ、よろしくお願いしm…痛っ!?」

 

「いい加減そのアガリ症を治しなさいよタルはー。女の子の前に出るとすぐこれなんだからさー。あたしは『ノリ』!種族はスプリガン!会えて嬉しいよ、ミコトさん!」

 

「初めまして、私はシウネーです。種族はミコトさんと同じウンディーネです。ありがとう、来て下さって」

 

「自分は『テッチ』と言います。種族はノーム。どうぞよろしく」

 

「そしてボクが、一応ここのギルドリーダーの『ユウキ』です!」

 

「え、えっと…私の名前は『ミコト』です。それでユウキさん、私をここに連れて来た理由は一体…」

 

 

一先ずテーブルに着いている6人全員の自己紹介を聴き終わると、きちんと自分も名乗った美琴は、自分の隣に座っているユウキに自分がここに呼ばれた理由を聞いた

 

 

「あのねミコトさん…ボクたち、この層のボスモンスターを倒したいんだ。ミコトさんを含めたここにいる7人で」

 

「・・・はあっ!?」

 

 

この層、つまりここ27層は現在の新アインクラッドにおける最前線であり、まだ未攻略の層である。要するに現在のアインクラッドの頂点の中でも一番強いフロアボスをこの7人だけで倒そうと言うのだ、流石の美琴も驚かないはずがなかった

 

 

「えっと……普通フロアボスってのは7人パーティー×7の49人レイドで挑むのがセオリーだから…いくら腕がたっても7人だけで挑むのはちょっと無理かなぁ…って思うんだけど…」

 

「あはは…うん、全然無理だった。実は25層と26層のボスにも挑戦したんだ。ここにいる6人で」

 

「・・・ええっ!?6人だけで!?」

 

 

もはや度肝を抜かれた。7人でも無謀だと分かっているのに、この人たちはそれよりも少ない6人で挑んだと言うのだ。旧アインクラッド攻略の最前線に立っていた美琴からしてみれば、自暴自棄になっているのではないかと思ってしまった

 

 

「ボクたちなりに頑張ったつもりなんだけどね〜。あれこれ創意工夫している内に2層ともデッカいギルドに先を越されちゃった…」

 

「いや当然っちゃ当然だけど……一体なんでそんな無茶を……」

 

 

そんな美琴の疑問に対して、彼女と同じ種族であり、ギルドの中で最も大人びた雰囲気を醸し出しているシウネーが口を開いた

 

 

「私たちは、とあるゲームのネットコミュニティーで出会って、すぐに意気投合して友達になったんです。そして色々な仮想世界で冒険を共にして来ました。でも、私たちがこうして一緒に冒険出来るのも、多分この12月までなんです。みんなそれぞれに忙しくなってしまいますから」

 

「はぁ、なるほど……」

 

(まぁ受験シーズンだし、大学生からしてみたら就活始まる時期だものね。6人寄れば何人かはそんな人がいてもおかしくはないわよね)

 

「そこで私たちは、一つ絶対に忘れることのない思い出を作ろうと決めたんです」

 

「それがボス攻略ってこと?」

 

「はい。正確には、ボスモンスターを倒せば第1層の始まりの街にある『黒鉄宮』あそこにある『剣士の碑』に名前が残りますよね?」

 

「ええ、確かに残るわね」

 

「それで、その…自己満足もいいところなんですけど、私たちどうしてもあの碑に名前を刻んでおきたいんです。でも一つ問題があって……」

 

「・・・ボスを攻略したのが1パーティーならパーティーメンバー全員の名前が残るけど、パーティーが複数になると、碑に名前が刻まれるのはパーティーリーダーのみになるってことね」

 

「はい、ミコトさんのおっしゃる通りです。だから私たちスリーピング・ナイツ全員の名前を刻むには、1パーティーのみでボスに勝利しなければならないのです」

 

「そこでみんなと話し合って決めたんです。パーティーの上限人数は7名。なので私たちの中で最強のユウキと同じか、それ以上に強い人を探してパーティーに加わってもらえないかお願いしてみよう、って」

 

「・・・なるほどね。だからあんな勝負をしてたのね。自分の腕試しじゃなくて、逆に私たちの腕を試していたと」

 

「えへへ、まぁそういうことかな。ボクはちっとも自分が最強だなんて思ってないんだけどね」

 

 

美琴に言われたユウキは、少し照れ臭そうに後ろ頭を掻くと、その表情も照れ臭そうに笑っていた

 

 

「引き受けてはもらえませんか?十分なお礼は出来ないかもしれませんが…」

 

 

そう言いながらシウネーは自分が開いたウインドウを操作し、ミコトに自分達が出せる限りの報酬金を提示した

 

 

「え、ええっ!?こ、こんなに受け取れないわよ!?むしろボスに挑むなら経費は山ほどかかるから、このお金はそっちに回した方がいいわ。報酬はボスのドロップしたアイテムを少し分けて貰えればそれで」

 

「じゃ、じゃあ!引き受けて下さるんですか!?」

 

 

美琴の言葉を聞いたシウネーは、一目見れば分かるほどその瞳をキラキラと輝かせ、他の5人も満面の笑みを浮かべて美琴の返事を待っていた。そこまで分かりやすく期待されてしまっては今さらNOとは言えまいと、美琴は意を決して深く息を吸って答えた

 

 

「・・・そうね。私で良ければやれるだけやってみます」

 

「「「いやったーーー!!!」」」

 

(・・・ここは、もう昔のアインクラッドじゃないのね。私はどうしてもデスゲームだった頃の安全マージンや勝算ばかりを意識した攻略に縛られてしまう。安全な攻略、計算された勝利、それだけがこのゲームの楽しさじゃない。純粋に挑んでいく楽しさを…きっとここにいる人たちは知ってるのね)

 

「ありがとうミコトさん!本当にありがとう!」

 

「ううん、これからはよろしくね。私のことはミコトって呼んで?」

 

「うん!じゃあボクのことはユウキって呼んで!改めてこれからよろしくね!ミコト!」

 

「うん。じゃあそう呼ばさせてもらうわね、ユウキ」

 

(・・・正直、少しだけ羨ましいと思ってしまった。出来るなら私も一緒にその楽しさを味わいたいと思った。でも、それはきっと叶わない。だって私たちはきっとこれっきりの関係でしかないから。これはスリーピング・ナイツの人たちの輪に混ざった、私だけのエゴイズムかもしれない。でもそれ以上に…この人たちが私を頼ってくれたことが…嬉しかった)

 

 

デュエルの時には決して見せなかった、これ以上ない満面の笑みを浮かべながらユウキは美琴の手を握った。その手の熱を感じながら、かつての思い出、そして自分を必要としてくれた心の暖かさを噛み締めながら、美琴は新たな仲間の名前を呼んだ

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 葛藤

 

「へぇ〜、そんなことがあったのね」

 

「まぁね。でもアットホームな感じのいいギルドだったし、たまには違うメンバーで攻略してみるのも悪くないかなって思って引き受けてみたわ」

 

 

あの後、スリーピング・ナイツのメンバーと、今後の方針と明日の待ち合わせを決めた美琴は一先ず自分たちのホームに戻り、デュエルの後に置き去りにしてしまったリズたちに事情を説明した

 

 

「そうか〜じゃあそういうことなら今回の層の攻略はミコトたちに譲って、たまには俺たちものんびり過ごすとするか」

 

「ごめんなさいねキリトさん、それにみんな。本当ならいつも通りここのメンバーと攻略したかったんだけど…」

 

「ううん!気にしない気にしない!別にこのアインクラッドはどうせ100層もあるんだからそんなに気にすることないよ。てかそれよりもお兄ちゃん、今日の食事当番お兄ちゃんだよ。あたしもうお腹ペコペコだし確か今日お母さん早く帰ってくるんじゃなかった?」

 

「ゲッ!?そうだった今日は母さんが珍しく早く出張から帰って来るんだった!すまんみんな!また明日!」

 

「あ!待ってくださいパパ!私もお休みしたいですー!」

 

「それじゃまたね!ミコトさん明日は頑張って!」

 

「う、うん。ありがと」

 

シュンッ!シュンッ!

 

 

そう言うと桐ヶ谷兄妹は足早にログアウトの手順を踏み、短い挨拶の後ユイがキリトの胸ポケットに入り込んだところで2人の体が光のベールに包まれ、ALOからログアウトした

 

 

「キリト君たちも落ちちゃったし、私もそろそろ落ちるね」

 

「あ、すいません私も今日は用事があるのでそろそろ失礼します」

 

「そっかー、アスナもシリカも落ちるならあたしも今日は落ちようかな。上やんとミコトはどうする?」

 

「俺はもうちょい残るよ。どうせ落ちても暇だし」

 

「私も少し残るわ。参加するって言った手前、ユウキ達に迷惑かけられないもの。少しステータス見直したり装備整えたりするわ」

 

「おほ〜?それじゃあお二人とも間違っても夜更かしして一夜の過ちを起こさないようにね〜?」

 

「ッ!?リズ!アンタちょっと待ちなさいっ!」

 

「ばーいばーい☆」

 

シュンッ!

 

「あ、あははは…じゃあまたね、2人とも」

 

「あはは…私もお先に失礼します」

 

シュンッ!シュンッ!

 

 

自分の一言に頬を赤く染めた美琴を嘲笑うような表情でリズベットはログアウトし、それに続いて苦笑しながらアスナとシリカもログアウトした

 

 

「クソッ!あのアバズレ女!」

 

「あなた最近毒舌が加速してやいませんかね美琴さんや……」

 

「うるっさい!大きなお世話よ!」

 

 

美琴はふんっ!と荒く鼻を鳴らすとソファーに勢いよく座り直し、そのまま机にテーブルに置かれているティーカップに残された紅茶を一気に飲み干した。そして深呼吸をして気持ちを鎮めると、ようやく先の怒りが収まってきた

 

 

「はぁ〜、折角の紅茶がマズくなったわリズのやつ…」

 

「あ、あははは…でも、なんだかんだお前とこうしてダンジョン以外で2人になるの結構久々じゃないか?」

 

「え?あー、言われてみればそうね…今は仲間がたくさんできたし、そう言う意味じゃそもそもアンタに限らず誰かと2人きりになったのなんてすごい久々ね」

 

「SAOの時からは考えらんねぇよな〜こうやってみんなで心の底から楽しみながらVRゲームやってるなんてよ〜」

 

「・・・・・そうね」

 

「・・・?美琴?」

 

 

上条の言葉を聞いたミコトは不意にその顔を俯かせた。いつもの天真爛漫な彼女らしくないと思った上条は俯いた彼女の顔を覗き込んだが、その直後に美琴はゆっくりと顔を上げて目線を上条に合わせて口を開いた

 

 

「ねぇ、アンタならどう思う?」

 

「あ?どう思うとは?」

 

「ユウキ達…スリーピング・ナイツのみんなとのことよ」

 

「えっ?いや別にいいんじゃないか?ここのみんなは自由に遊んでるんだし面倒な制約もないしそんな気にすることも……」

 

「違うの、そういうことじゃない」

 

「・・・・・」

 

「アンタなら分かってんでしょ。確かに建前上、フロアボスなんて7人で挑むもんじゃない、なんて言ったけど本当はそうじゃない。私が『本気』でやれば多分7人でも勝てる。ううん、多分じゃない。今の新アインクラッドと旧アインクラッドは違うとは言え、27層なんて低層のフロアボスなら、本物のデスゲームを生き抜いた私なら全開でやれば1人でも勝てる」

 

「スリーピング・ナイツの願いはフロアボスを倒して黒鉄宮の剣士の碑に名前を刻むこと。それは私からしたら造作もないことだわ。でも、『剣士としての私』ならそうはいかない。7人で勝てる確率は千に一つか、悪ければ万に一つ。それに、もし仮にこの層まで他のギルドに先越されたら次の層のフロアボスは当然もっと強い。勝てる確率はどんどん薄くなる」

 

「でもかといって私が本気でやったとして、スリーピング・ナイツのみんなは喜ぶのかしら…確かに碑に名前を刻むことは出来る。でも、それはあまりにも簡単すぎる。そんな圧倒的すぎる勝ちに、あのギルドのみんなは心から喜べるのかしら……」

 

「だから、アンタならどうするか聞きたいの。ぽっと出の自分が、仲間に見せていない本当の力を出して確実に碑に名前を刻むことを選ぶか。それとも一か八かの勝負に出て、自分を頼ってくれた仲間を後悔させてしまうかもしれないけれど、見せかけの力だけで戦うか、アンタならどっちを………」

 

「はぁ?そんなの簡単だろ。何をそんなことでそんなに悩んでんだよ」

 

 

苦悶しながら自分の胸中を吐露していく美琴とは裏腹に、上条はあっけらかんとした態度で美琴の言葉を遮った

 

 

「・・・は?そ、そんなことって…!あのねぇ!私これでもかなり真剣に悩んd…!」

 

「ユウキはお前に一度でも『本当の力で戦ってくれ』とか『本当の力は出さないでくれ』なんて言ったのか?」

 

「!!!!!」

 

「俺はユウキと手合わせしたわけじゃないし、実際に喋ったこともない。でも、ユウキはそんなこと言うヤツじゃない。お前と戦ってたところを見ればそんなのいくらでも分かるさ。ユウキはきっと、最後まで諦めずに戦ってくれたお前を『人として』好きになってお前を自分のギルドに誘ったんだと俺は思う」

 

「・・・・・」

 

「だからユウキにとってお前が本気なのかそうじゃないか、なんてのは問題じゃないんだよ。最後まで諦めずに自分たちと一緒に戦ってくれれば、きっとそれでいいんだと思うぜ」

 

「それに、ユウキの雰囲気からして『違う』って美琴も思っただろ?アイツはデスゲームのVRゲームを知らない。ゲームは心の底から楽しむものだと思ってるはずだ。そりゃ確かに碑に名前を刻むのも重要かもしれねぇ。でも今のVRゲームじゃ、みんなで楽しむっていうのが根底にあるべきなんじゃねぇのか?きっとユウキ達もそう思ってるさ」

 

「・・・そうよね。言われてみればシウネーさんは『一つ絶対に忘れることのない思い出を作りたい』って言ったんだもんね。私がそんな悩み抱えたまま例え本気だろうとなかろうと、今の中途半端なままで戦ってたら、勝っても負けても、いい思い出にはならないわよね」

 

 

そう言うと美琴は少しだけ口角を上げて、ささやかに笑った。今までの自分は他人から距離を置かれてしまっていた。だが逆に仮想世界に来てからは、知らず知らずの内に自分から距離を取ってしまっていた。そんな自分のことを分け隔てなく受け入れてくれたスリーピング・ナイツのことを思い出すと、思わず笑顔がこぼれた

 

 

「・・・まぁそう言う手前、俺も自分の本当の本気出したのなんてトールの時と世界樹の時ぐらいだったけどな」

 

「・・・え?なんか言った?」

 

「いーや、別になにも。ほらお前は自分の装備点検するんだろ。早くしねーとプレイヤー武具屋は閉まっちまうぞー」

 

「あ、そうだった。ごめん。じゃあちょっと行ってくるわね。おやすみ」

 

「おう、おやすみ」

 

ギィ、バタンッ!

 

「・・・で?いつの間に再ログインしてたんだよキリト」

 

スッ……

 

「なんだ、気づいてたのか」

 

 

美琴がドアから外に出た後、上条は誰もいないキッチンの方へと話しかけたかと思えば、キッチンの奥から先ほどログアウトしたはずのキリトが姿を現した

 

 

「あんな猿芝居見せられた後じゃ何かあるのかと疑うのが普通だろ」

 

「さ、猿芝居とはひどいな…後で付き合ってくれたスグに謝らないと…」

 

「ほんで?わざわざ再ログインしてまで上やんさんになんか言いたいことでもあんのか?」

 

「・・・具体的には二つ。悪いけど二つともミコトとユウキに関わる話だ」

 

「・・・と言うと?」

 

「一つ目は俺が絶剣…ユウキとデュエルした時、あることに気づいた」

 

「あることってのは何だ?」

 

「・・・あの子は…ユウキは言うならば『完全にこの世界の住人』ってことだ」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 暗躍

 

「えーっと…まぁざっくり言うと、ボクとジュン、テッチが近接前衛型、タルケンとノリが中距離型、そしてシウネーが後方支援型ってとこかな!」

 

 

翌日、約束通り午後の1時に昨日と同じロンバールの酒場にスリーピング・ナイツと美琴の面々が集まると、早速フロアボス攻略のための作戦会議が始まった

 

 

「うーん、支援役と回復役が薄いわね…中距離のタルケンとノリはどれくらいまでカバーできる?」

 

「あたしは支援魔法ならそれなりにできると思うよ。タルもこう見えて結構気配りできるからマメに回復も使ってくれるし。まぁそりゃ性能はシウネーには敵わないけどね」

 

「こう見えては余計だよノリ!」

 

「あはは!ごめんごめん!」

 

 

美琴は自分の役回りが数値的な戦力の向上よりも、皆を活かすための戦術の提供だと分かっていた。スリーピング・ナイツのメンバーは単純な強さだけを比べれば美琴と同等かそれ以上だ。しかし、血盟騎士団の元副団長としての統率力と柔軟な思考と多彩な戦術、そして土壇場の頭のキレ具合は決して引けを取らないであろうと自負していた

 

 

「なるほどね…中々バランスのとれたいい陣形ね。となると私は遊撃手ってところかしら…確かに本職は近接戦闘だけど支援魔法も回復魔法も使えないことはないし…」

 

「大丈夫、そこはミコトに合わせるよ。ミコトが一番やりやすいと思う位置にいてくれればOKだから!」

 

「うーん、そういうことならお言葉に甘えさせてもらうわ。でもそうなるとジュンとテッチはそれなりに殴られてもらうから覚悟しておいてね?」

 

「おおっ!?お、おう任せとけ!」

 

「あ、あははは…お手柔らかに…」

 

「それじゃ、一丁ボス部屋を覗きに行きますか!」

 

「「「おおおおーーーっ!!!」」」

 

 

勢いよくテーブルを立った美琴がそう掛け声をかけると、ユウキ達も拳を天井向けて突き上げると、その勢いのまた酒場を出て27層の迷宮区タワーへと歩き出した

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「やああああああっ!!」

 

「ギキイイイイ!?!?」

 

ガシャァァァァン!!!

 

「「「イェーイ!!」」」

 

 

迷宮区のボス部屋を目指す途中、もちろん行く手を阻む通常モンスターともエンカウトするものである。余計なダメージを負わないためにも極力無視して進むのが定石なのだが、スリーピング・ナイツのメンバーは抜群のコンビネーションで次々に行く手を阻む敵をなぎ倒していた

 

 

「・・・これ私本当に必要なのかしら?」

 

「いえいえ、とんでもない。ミコトさんの指示のおかげでトラップは一度も踏みませんでしたし、前の二回は遭遇する敵全てと正面から殴り合いだったのでボス部屋に着く頃には大分疲弊してしまって…」

 

 

半分引き笑いのようになりながら呟いた美琴だったが、それを聞いたシウネーが前回と前々回の苦い思い出を彷彿とさせて恥ずかしそうに言った

 

 

「そ、それはそれですごいけどね…今回だって一般プレイヤーに比べればかなり戦ってると思うし」

 

「あ!見てよミコト!アレがボス部屋だよ!」

 

 

パーティーの先頭を歩くユウキが指差した先には、少し開けたスペースの先に、旧アインクラッドでもはや見飽きたと言っても過言ではない二枚の重厚な扉が待ち受けていた

 

 

「よーっし!みんな準備OKだよね?それじゃさっそk…」

 

「ごめんユウキ、ちょっとストップ」

 

「・・・へ?ミコト?」

 

 

そのままボス部屋に突撃しようとしたユウキだったが、何かを察知した美琴が彼の前に手を差し向け、その足取りを止めさせた

 

 

「ちょっと、そこにいる3人。なんのためにこんなとこでハイドしてるわけ?この部屋に入ろうとする人に奇襲でも仕掛けようって魂胆なのかしら?」

 

「・・・・・?」

 

 

すると美琴は部屋の隅の方に睨みを聞かせながら言った。しかしその先には人影一つなく、ユウキ達は総じて目を合わせて首を傾げていた

 

 

「いいわ、私がこれから3秒数える。それまでに姿を見せなかったらこっちも問答無用でぶった切るわよ?」

 

「・・・・・」

 

「3…2…1…0…」

 

「・・・・・・・」

 

「あっそぉ、忠告はしたわよ。そっちがその気なら仕方ないものね、じゃあ遠慮なく……」

 

パッ!

 

「すっ、ストップストップ!戦う気は無い!」

 

 

美琴がレイピアを抜剣しかけたところで美琴がずっと視線を向けていた場所から焦った声が聞こえるのと同時に、隠蔽魔法で隠れていた3人のプレイヤーが姿を現した

 

 

「なら、その手に持ってる武器を仕舞いなさい」

 

「わ、分かった分かった!」

 

「シウネーさん、連中がもう一度抜剣する素振りを見せたら、すぐにバインド系の魔法を唱えて」

 

「わ、解りました。うわぁ、私これでもALOの対人戦初めてなんですよ…!ドキドキしますねぇ…!」

 

 

美琴は3人のプレイヤーに武器を納めさせると、横にいるシウネーに囁くように耳打ちし、シウネーは初めての対人戦というシチュエーションに目を輝かせていた

 

 

「PK目的じゃないなら何が目的でハイドしてたわけ?」

 

「待ち合わせなんだ。仲間が来るまでにモンスターにタゲられると面倒なんで隠れてたんだよ」

 

「・・・解った。私たちボスに挑戦しに来たの。そっちの準備がまだなら先にやらせてもらうけど文句ないわね?」

 

「ああ、もちろん。俺たちはここで仲間を待ってるから、まぁ頑張ってくれや」

 

 

ハイドしていた3人のうちの1人がそう言ったが、その表情は口にしているセリフとは裏腹に何かを企んでいるようにほくそ笑んでいた

 

 

「・・・そりゃご丁寧にどうも。みんな、行きましょ」

 

タッタッタッタッ……

 

「・・・ひええ〜すごいねミコト。ボクが尋問される方だったら怖すぎて思わずチビってたかも。でも、なんで気がついたの?」

 

 

先の3人を横目にボス部屋へと歩き出すと、美琴の隣にユウキが歩み寄ってきて不思議そうに尋ねた

 

 

「んー…なんでって聞かれると説明しにくいんだけど…私の体質?みたいな感じでね。どこに何があるかとか、誰がどこにいるかとか見なくても分かっちゃうのよ。そりゃ範囲は限られてるけどね」

 

「へぇ〜、すごいなぁ〜」

 

(まぁ現実の能力で培ったレーダー体質のせいなんだけどね)

 

「まぁとりあえず、予定通り中の様子を見に行きましょうか」

 

「うん!いよいよだねミコト!」

 

「様子見と言わずぶっつけ本番で倒しちゃうくらいの気合いでいこうぜ!」

 

 

先ほどのやり取りにも特に臆した様子のないジュンは、ボス部屋の扉を前に威勢良く声を張り上げた

 

 

「あはは、まぁそれが理想だけどね。でも無理に高いアイテム使ってまで回復しなくていいからね。あくまでも支援役と回復役がカバーできる範囲内で頑張るって感じ」

 

「死んでもすぐに街には戻らないでボスの攻撃パターンをしっかり見ておいてね。全滅したらロンバールのセーブポイントに戻るってことで!」

 

「「「了解っ!」」」

 

 

美琴が今回の目的と要点を伝え終わると、前衛役のユウキ、ジュン、テッチの3人が元気よく返事を返し、そのままボス部屋の扉に手をかけ、ゆっくりと押し開いた

 

 

ギイイイイイイィィィッッッ!!!

 

「グオオオオオオオオオッッ!!!」

 

 

扉を開けた先で待ち構えていたのは、異形の黒い巨人だった。まず目を引くのは首に繋がる二つの頭。そして様々な鈍器を握る凶悪な四本の腕。そして二つの口からおぞましいほどの咆哮をあげると、部屋全体がビリビリと震え上がった

 

 

「みんな行くわよっ!!」

 

「「「おおおおーーーっ!!!」」」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 情報戦略

 

「うわあああーー!!負けた負けたー!なんだよあの攻撃ー!反則だよなそう思うよなタルー!」

 

「ちょ、ちょっとノリ痛いってば!」

 

 

そう言って愉快に喚きながらノリがタルケンの背中をバシバシと叩いた。勇敢にも7人でフロアボスに挑んだユウキ達は、善戦も虚しくロンバールの転移門広場に送り返されていた。

 

 

「ガードも固かったですしねぇ…あの防御行動ってランダムなのでしょうか?」

 

「感心してる場合かよテッチ!まぁ確かにアレは固かったなぁ…ボクの両手剣でも大してHP減らなかったし…」

 

「ううん、頑張ったんだけどなぁ…」

 

ダダダダダッ!バシッ!

 

「うぇ?ミコト?」

 

 

思い思いに感想を述べながらガックリと肩を落として歩いていたスリーピング・ナイツの面々だったが、最後に転移門をくぐり終わるなり走ってきた美琴が、訝しげな顔をするユウキの腕を掴んだ

 

 

「みんな、集まって。悪いけど本気で勝ちにいく以上、のんびりしてる暇はないわよ」

 

「「「???」」」

 

 

その後、状況が上手く飲み込めずぽかんとしているジュン達もユウキと美琴の後について行き、街はずれの広場に到着すると美琴が口を開いた

 

 

「早速で悪いけど話を始めさせてもらうわね。ボス部屋の前にいた3人、覚えてる?」

 

「え?うん。ミコトがハイドしてるのを見破ったあの3人でしょ?」

 

「あの人たちは多分、ボス攻略専門ギルドの斥候隊だわ」

 

「せ、せっこうたい…?」

 

 

ALOをプレイしていて聞きなれない単語を聞いたジュンは、首を傾げながらその単語をぎこちなく復唱した

 

 

「要するに本格的に戦う前に相手のことを視察する連中よ。あの様子からして自分たちの同盟ギルド以外のプレイヤーがボスに挑戦するのを監視してるのよ。多分、前の層もその前の層もみんながボス部屋に入るところをハイドしながら見られてたに違いないわ」

 

「えっ…ま、まるで気がつきませんでした…」

 

「おそらく仲間と待ち合わせしてたっていうのは嘘ね。ボス攻略の邪魔…とまではいかなくても、目的はボス攻略のための情報収集。スリーピング・ナイツみたいな小規模ギルドを…言い方は悪いけど、露払いみたいに利用してボスの攻撃パターンや弱点を把握したんだと思う」

 

「「「!!!!!」」」

 

 

美琴の話を聞いたスリーピング・ナイツのメンバーは、思わず全員揃って目を見開いて驚愕していた。そして美琴が言葉を切るのとほぼ同時にタルケンが口を開いた

 

 

「で、でも、わたくし達がボス部屋に入った後すぐに扉が閉まったんですよ?情報収集といっても内部の戦闘はほとんど見られなかったのでは?」

 

「・・・そこは、完全に私の油断だったわ。私が特に見なくてもどこに何があるか分かる体質だって言ったの、覚えてる?」

 

「え、ええ…最初にボス部屋の前にハイドしてた三人を見つけてくれた時の…」

 

「最初は戦闘に夢中で全く気がついてなかったんだけど、ボス部屋の地形とかみんなとの間隔がある程度分かった中盤あたりで、ジュンの足下を小さなトカゲみたいなのがうろちょろしてたのに気がついたの。あれはきっと闇魔法の『盗み見』だわ。他プレイヤーに使い魔をくっつけて視界を盗む呪文。きっとアレで情報収集してたんだわ」

 

「そ、それはつまり!25層と26層でボクたちが全滅したあと、すぐに攻略されたのも…!」

 

「・・・そうね。多分同じ手口に嵌められてたんだわ。ユウキ達が決死の頑張りでボスの手の内を白日の下に晒したから、あのギルドの人たちも攻略に踏み切れたんだと思う」

 

「ということは…今回もまんまと噛ませ犬役を演じさせられてしまったのですね…」

 

「・・・なんてこった…」

 

 

シウネーが肩を落としながらそう呟くと、ユウキも流石の元気っぷりを発揮できずに、顔を俯かせて小さく囁いた

 

 

「でも、諦めるのはまだ早いわ」

 

「・・・え?」

 

 

美琴は顔を俯かせていたユウキの頭を慰めるように優しく撫でると、明るい口調でスリーピング・ナイツのみんなに向き直って言った

 

 

「現時刻は午後2時半。こんな時間に何十人も集まるのはいくら大規模ギルドでもそう簡単にはいかないはずよ。少なく見積もっても1時間はかかるはず。だから私たちは今からあと5分でミーティングを終えて30分でさっきのボス部屋まで戻る!」

 

「「「ええええーーーっ!?」」」

 

 

強者揃いのスリーピング・ナイツのメンバーも、流石に今回ばかりはこぞって驚愕の声をあげた。そんな彼らを見た美琴はふっと少しだけ笑うと、一息置いて付け足すように言った

 

 

「大丈夫、私たちなら出来る。それにこの人数でもきっと、ボスも倒せる」

 

「えっ!?そ、それ本気で言ってるのミコト!?」

 

「もちろん本気よ。確かに連中は先の一戦である程度の攻撃パターンと弱点を把握したはずよ。でも、それは私たちも同じ。きっちりと冷静に弱点を突けば絶対に勝てないことはないわ」

 

「例えばジュンとテッチは重要な時以外の鎖攻撃は無視していいわ。あれは範囲だけでダメージはタルケンとノリの補助でカバーできる。ひたすらハンマーの攻撃だけを食らわないように注意して」

 

「おうっ!任せろ!」

 

「了解しました!」

 

「そしてそのハンマーの攻撃、盾で受けたりしないで空振って床を叩かせるの。そうすることで0.7秒ぐらいだけどボスが硬直したのが分かったわ。その隙を逃さずに前衛は強攻撃、スピードのあるユウキは隙の大きい背中に回り込んでソードスキルを叩き込んで。いけると思ったら私も加勢する」

 

「うん!分かった!」

 

「シウネーは戦況をよく見ながらHPが多い時も慢心せず、チャンスが来ると思ったらみんなに攻撃系の支援魔法をかけて。タルケンとノリもチャンスが来たら臆さず前に出て一気に畳み掛けて。そしたら後は私が…………」

 

「・・・ミコト?私がどうしたの?」

 

 

そう最後に言いかけたところで美琴は口を噤んだ。そして目を閉じて密かに笑うと、急に口を噤んだ自分を不思議そうに見つめていたユウキに視線を合わせて言った

 

 

「・・・ううん。なんでもないの、ごめんなさい。そこから先は見てのお楽しみってことで」

 

「・・・そっか、分かった。やっぱりボクの勘は間違ってなかったよ。ミコトに頼んで良かった。もし攻略がうまくいかなくても、この気持ちだけは変わらないよ。ありがとう、ミコト」

 

「本当にありがとうございます。ユウキが連れて来てくれたあなたこそ、私たち全員が待ち望んでいた人だと、今改めて実感しています」

 

「あはは、そこまで言われると照れたちゃうわね…よし!何はともあれミーティング終了!アイテムの準備ができ次第もう一回乗り込むわよ!次にこの街の転移門は祝勝会のためにくぐること!異論は!?」

 

「「「ないっ!!!」」」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 通行止め

 

「おっしゃ!後ちょっとだ!おっ先ー!」

 

「あー!コラー待てー!」

 

 

その後、電光石火の速さで迷宮区を突破したミコト達は、ボス部屋を目前にまで迫っていた。そしてボス部屋直前の開けた空間が見えて来たところでジュンがゴールスプリントを始めると、ユウキも無邪気にその後を追った

 

 

「あはは、ユウキ達ってば本当に楽しs…ッ!?」

 

「・・・な、なにこれ?」

 

 

しかし、その先で待っていたのはボス攻略専門ギルドの面々だと思われるプレイヤー達だった。まさかこんなことになっているとは思わず、ユウキ達は思わず自分の目を疑った

 

 

「16…18…大丈夫、まだ20人くらいしかいないわ。一回ぐらいなら先に挑む余裕はありそう」

 

「ほ、本当ミコト!?」

 

「ええ。ちょっとごめんなさいそこの人、少しいいかしら?」

 

「ん?俺か?」

 

 

そう言って美琴は集団の手前の方にいた体格の良い大柄なノームの男性に話しかけ、話しかけられたプレイヤーは仲間との会話を打ち切って美琴の方に向き直った

 

 

「ええ。私たち、ボスに挑戦したいの。悪いんだけどそこを通してくれないかしら?」

 

「・・・ふぅ…悪いな、ここは今通行止めなんだ」

 

「・・・え?は、はぁっ!?通行止めってどういう了見よ!?」

 

 

美琴にそう言われたノームのプレイヤーは腕を組んだまま眉を上下に大袈裟に動かすと、一息つきながら言った。予想だにしなかった一言に、思わず美琴は声を荒げて問いただした

 

 

「これからウチのギルドがボスに挑戦するんでね。今その準備中なんだ、しばらくそこで待っててくれ」

 

「し、しばらくってどのくらいよ?」

 

「んーまぁ、一時間くらいかな?」

 

「はぁ!?そんなに待ってる暇ないわよ!そっちがすぐに挑むなら話は別だけど、それが出来ないなら私たちに先にやらせなさいよ!」

 

「はぁー、そう言われても俺にはどうにも出来ないんだよ。上からの命令なんでね。文句があるなら本部に行って交渉してくれよ。イグドラシル・シティにあるからさ」

 

「そんなとこまで行ってたらそれこそ一時間経っちゃうわよ!いいわよ、そっちがその気ならここの部隊率いてるリーダー呼んで話しつけs…!」

 

「いいよ、ミコト」

 

「・・・え?ユウキ…?」

 

 

傲岸なノームのプレイヤーの態度に美琴の堪忍袋の緒が切れそうになった直前で、ユウキが彼女の肩に手を置き静止させると、ユウキはつかつかと何の気なしに歩きながらノームの男の前に立った

 

 

「ねぇ君、つまりこれからボク達がどうお願いしようと、そこを退いてくれる気はない…ってことなんだよね?」

 

「・・・まぁ、ぶっちゃければそういうことだな」

 

「そっか、じゃあ仕方がないね」

 

「ああ、悪いな。物分かりがよくて助かr…」

 

「戦おっか」

 

「・・・えっ!?」

 

ザワザワザワザワ……

 

 

ユウキの思い切った一言に、美琴は無意識のうちに素っ頓狂な声をあげた。そしてそのやり取りが聞こえていたのか、攻略ギルドのメンバー達もざわつき始めていた

 

 

「ちょっ!?ゆ、ユウキ…いくらなんでもそれは…」

 

「ミコト。ぶつかり合わないと…伝わらないことだってあるよ。例えば、自分がどれくらい真剣なのか…とかね♪」

 

「・・・ユウキ…」

 

「ま、そういうことだな」

 

「じゅ、ジュンまで…」

 

「封鎖してる彼らだって、覚悟はしてるはずだよ。最後の一人になってもこの場所を守り続けるって。ね、そうだよね?キミ」

 

「い、いやなにも俺たちはそこまで…」

 

シャキィンッ!

 

「さ、剣を取って」

 

「うっ……」

 

カチャ…

 

 

腰に据えた鞘から紫紺の剣を解き放ったユウキは、真っ直ぐな目でそう言った。するとノームの男性もそのペースに飲まれたのか背中のバトルアックスを両手で握り、ふらりと切りつけたところに突風が吹き込んだ

 

 

「やぁっ!!」

 

キィン!キィン!キィン!キィンッ!

 

「ぎゃあああああ!?!?」

 

 

『バーチカル・スクエア』。対象を垂直に全力で切りつける四連撃ソードスキル。鮮やかなその剣技はノームの男性の斧を見事に弾き上げ、その細い剣とは比べものにならないほど大柄な男と斧を吹き飛ばした

 

 

「き、きったねぇ…!不意打ちしやがって…!」

 

「えー、マナーを守らない不届き者はそっちの方だとボク思うんだけどなー?」

 

「・・・ふっ。そうね、そうよね。」

 

シャキィンッ!

 

(ぶつかり合ったから、私たちは分かり合えたんだもんね。ユウキ!)

 

 

美琴はまるでユウキを真似るように、腰の鞘からレイピアを引き抜くと、そのままユウキの隣に立ち、彼女に笑いかけた。そしてユウキも美琴に返事をするように笑顔を返した

 

 

タッタッタッタッ!タッタッタッタッ!タッタッタッタッ!タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ!

 

「や、やばっ!?ちょ、ちょっとアレ見て!」

 

「ッ!?ここのギルドの増援部隊か…私がくよくよ迷っていなければ…!」

 

 

洞窟に反響しながら聞こえる足音に気づいたノリが振り返ると、そこには前にいるのと同じだと思われるギルドの集団が走ってきており、美琴はノームの男性とのやり取りでユウキと同じ選択が出来ずにこの事態を招いた自分の唇を噛んだ

 

 

「ごめんねぇミコト、ボクの短期に巻き込んじゃって。でもボク後悔はしてないよ。だってさっきのミコト、出会ってから一番いい顔で笑ったもん!」

 

「・・・あはっ。ううん、私の方こそ肝心なとこで役に立たなくてごめんねユウキ。この層は無理かもしれないけど、次の層は絶対にみんなで倒そう!」

 

「「「おうっ!!!」」」

 

 

美琴のセリフの最後を合図に、スリーピング・ナイツのメンバーの皆も抜剣して各々の敵に向けて構えた

 

 

「へっ、往生際が悪いヤツらd…」

 

バオオオオオオオォォォッッッ!!!

 

「「「うわあああああ!?!?」」」

 

 

後方から走り来る増援部隊の中で、戦意を失わぬ彼らを見たケットシーの男性がそう呟いた直後、突如として暴風が吹き荒れた。その暴風は集団の中央に無理やり一本道を開け、その道から風に乗りながら一つの人影が現れ、美琴たちと増援部隊の丁度中間地点で着地した

 

 

「えっ?だ、誰あれ?」

 

「・・・はぁっ!?」

 

 

最初にそれに気づいて呟いたのはノリだった。その言葉につられるように後ろを振り返った美琴は真っ先に驚愕の声をあげた

 

 

「あ、アイツは…まさか…!?」

 

 

集団をかき分けて颯爽と現れた誰かは、一目では男性なのか女性なのか判別のつかない中性的な出で立ちだった。手やその周りには何の武器も持たず、普段着を連想させるほどの軽装備。さらに一際目を引くのがその白い髪。そしてサラマンダー由来なのか、鋭く光る赤い瞳。おそらく少年と呼ぶのが相応しいであろう彼はニヤリと笑うと、奇しくも先のノームの男性が美琴に対して放ったセリフと酷似したセリフを口にした

 

 

「悪りィが!こっから先は一方通行だァ!」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 増援

 

「一方通行!?なんでこんなところに!?」

 

 

増援部隊を掻き分けて現れたその少年は、かつてSAOで共闘した一方通行だった。予想だにしていなかったというレベルの話ではなく、もはや美琴は自分の目の前の光景を疑っていた

 

 

「おいおい何してくれてんだよ飛び入りさんよ。まさかそっちの味方するために俺らのギルドに飛び入ったとか言うんじゃねぇだろうな?」

 

 

そう言ったのは増援部隊の前列の中央にいるリーダーらしき長髪のサラマンダーの男だった。そう聞かれた一方通行は呆れたような口調で返答した

 

 

「あァ?この状況でそれ以外考えらンねェだろ、頭湧いてンのかオマエ。ンな簡単な状況整理なンざママのおっぱい吸ってるガキでも分かンだろ」

 

「そうかいそうかい、ほんじゃたっぷりと味わってくれ。メイジ隊、焼いてやんな」

 

「「「Ek verpa einn spjót, smjúga sterkur óvinr!!!」」」

 

ヒュンッ!ドウッ!ギュンッ!!

 

「や、やばいっ!!」

 

 

サラマンダーの男の指示の直後、たちまち後方から3人の呪文詠唱が聞こえたかと思えば、魔法の弾丸が一方通行に襲いかかり、ユウキが彼の身を案じて叫んだ次の瞬間………

 

 

ピキィィィンッ!!!

 

「ふぅ、なんとか間に合った」

 

「遅ェぞ三下。声かけた方が遅れるってのはどういう了見だ」

 

「悪いな、少し道に迷った。おっす美琴、無事でよかった」

 

「なっ!?なんでアンタまでここに来てんのよ!?」

 

 

増援部隊の唱えた魔法が跡形もなく崩れ去った。その事象の原因は上条当麻の特異な右手によるものだと彼を理解するものは既に察していた。そして美琴はまたも颯爽と現れたもう一人の救援に度肝を抜かれた

 

 

「キリトが昨日教えてくれたんだ。最近大規模ギルドの独占的な攻略が進められてる傾向があるってな。だから一方通行にも頼んだんだ。美琴がピンチだから助けてくれってな」

 

「え?一方通行が…私を…?」

 

「おい言葉が足りてねェぞ三下。俺はただ暇だから行くっつっただろうが」

 

「ま、本人はこう言ってるけどSAOのデータをコンバートして能力が使えるのが分かった時は結構ご機嫌だったんだぜ。多分これからは呼べば一緒にクエストにも行ってくれるかもな」

 

「行くわけねェだろうが。俺はそンな暇じゃねェンだよ」

 

「暇だったから来たってお前今自分で言ってたぞ?」

 

「・・・今日はたまたま暇だったンだよ」

 

「素直じゃねぇなぁ…」

 

「それぐらいにしとかねェと本気で殺すぞクソ三下」

 

「おいお前ら!勝手に裏切っておいて挙句この人数前にして談笑たぁいい度胸だな!まさかたった2人でここの30人食えると思ってねぇだろうな!?」

 

「あァ!?たったの30人!?少ねェな少ねェよ少なすぎンだろ舐めてンのか!?この俺を倒したけりゃなァ…230万人いても足ンねェよォ!!!」

 

「うっ…!?じ、陣形を整えろ!」

 

 

他愛のないやり取りを続ける上条と一方通行に痺れを切らしたサラマンダーの男が怒鳴ったが、直後一方通行の気迫に気圧され生唾を飲みながら自分の部隊に指示を出した

 

 

「そういうわけだ。ここは俺たちに任せて美琴たちはボス部屋に行ってくれ。お互い悔いの残らないように、全力でやろう」

 

「・・・分かった、ありがとう。正直助かったわ。一方通行、アンタも…」

 

「勘違いするンじゃねェ。借りっぱなしは性に合わねェだけだ。完済するつもりはねェが返済するつもりはあンだよ。分かったらとっとと行けクソが」

 

「・・・ふんっ、やっぱりアンタとはどこまでいっても馬が合いそうにないわ。顔も見たくない。だからもう後ろは振り返らないことにするわ」

 

「そォかよ。生憎俺もオマエみてェな顔は見飽きてンだ、振り返るつもりは毛頭ねェ。こっちが片付いて目当てを横取りされる前に精々そっちも片付けておくこったな」

 

「・・・ありがとう」

 

 

最後の美琴の一言は、誰にも聞こえないような小さくか細い囁きだった。その言葉を最後に美琴はユウキ達の隣へ歩み寄り、ボス部屋を塞ぐ20人と向かい合った

 

 

「さァ!お片付けだ!1分で終わらせてやンよォ!!」

 

「ひ、怯むな!相手はたったの二人だぞ!」

 

 

 

「みんな、あっちはあの二人に任せておいて大丈夫。私たちのやるべき事は、この20人を全員ぶっ飛ばしてボス部屋に入ることよ」

 

「うん!解った!」

 

 

美琴がそう言ってスリーピング・ナイツのメンバーに微笑みかけると、彼らを代表してユウキが歯切れの良い返事を返し、全員武器を構え直した

 

 

「全力でいくわよっ!!」

 

「「「おおおおおーーっ!!!」」」

 

ダダダダダッ!!!!!

 

 

気合いの込められた返事とともにジュン、テッチ、ユウキ、タルケン、ノリの順に敵陣へと切り込んでいった

 

 

「やあああああっ!!」

 

「うおおおおおっ!!」

 

ドゴオッ!ズバンッ!!

 

「うわぁっ!?」

 

「はあああああっ!!!」

 

ドスドスッ!ドスドスッ!!

 

「きゃあああああ!?」

 

「せえええええいっ!!」

 

ドッゴオオオンッ!!

 

「いぎゃああああっ!?」

 

「あはははは!とうっ!ていっ!」

 

キィン!キィン!ズバンッ!ザシュッ!

 

 

五人は自分の目の前に迫る敵を見境なくバッタバッタと殴り、切り倒していき道を開こうとしていく。しかし、その攻勢も長くは続かなかった

 

 

「「「þú fylla heilaqr austr brott sudr bani!!!」」」

 

キュイイイイイ!!!

 

「えーっ!?ずるーいっ!」

 

 

20人いる敵陣の1番後方で回復魔法を唱える魔法使いがいた。ユウキ達の攻撃も虚しく、全員の減らしたHPをほとんど回復されてしまった

 

 

「そりゃ向こうも攻略しに来たんだから回復役の一人や二人はいるわよね…シウネーさん、回復は一人で間に合う?」

 

「は、はいっ!大丈夫だと思います!」

 

「それじゃあ少しだけお願い…って言ってもまぁ、本当に少しで終わると思うけど」

 

「・・・はい?」

 

「本当はボス戦の楽しみに取っておくつもりだったんだけどね。まぁアイツらにここまでお膳立てされちゃ仕方ないか」

 

ピィンッ……!

 

 

呟きの直後に聞こえたのは、美琴の指で弾かれたコインが奏でた小さな金属音だった。弾かれたコインは宙を泳ぎながら非対称の軌道を描き、やがて持ち主の手元へと帰っていき………

 

 

「ユウキ!避けてっ!!」

 

「・・・ふぇ?」

 

バチッ!バチバチバチッ!!

 

 

美琴の身体を事象の中心として紫電が迸った。その一撃は彼女が誇る異名にして最高峰の一撃。その身に余る膨大な電力はやがて彼女の親指の先へと集約していった

 

 

「吹っ飛べ!!!!!」

 

ズドオオオオオオオオオッッッ!!!

 

「うわあああああっ!?」

 

「「「ぎゃあああああ!?!?」」」

 

ボウボウボウボウボウッッッ!!!

 

 

美琴の指先から渾身の超電磁砲が放たれた。美琴に注意を促されたユウキは間一髪でかわしたが、音速をも超える雷撃の弾丸はあっという間にボス部屋を塞ぐ20人をまるごと薙ぎ払い、メラメラと燃えるリメンライトとなった

 

 

「う、うっそぉ……」

 

「あはは…『吹っ飛べ』だって。無意識だったとはいえ、こりゃ本格的にアイツも言ってたように口悪くなってきたかしら…常盤台の先生に聞かれないようにしなきゃ」

 

「み、ミコトさん!?今一体何を…!?」

 

「んー、まぁ魔法みたいなものよ。ともかく今は話してる時間もない。ボス戦が終わったら詳しく話すわ」

 

「そ、そうだった!みんな行こう!」

 

ズゴゴゴゴゴンッ!!

 

「・・・アイツらは…」

 

 

地面を響かせるほど大きな音を伴いながらボス部屋の扉をユウキとテッチが協力しながら押し開いた。そしてそのまま暗闇が口を開いて待つ空間に吸い込まれるようにスリーピング・ナイツのメンバーは潜り込んでいった。もちろん美琴もその後をついていくが、振り返らないと約束した手前、自分の目的が果たせたことを伝えようと自分の救援にかけつけた二人の方へ振り返ったところ………

 

 

「ひっく…やだぁ…もう許してぇ…」

 

「ううぅ、もう無理だぁ…こんなヤツに勝てっこない…」

 

「オラオラァ!どしたどしたァ!?泣いてねェでさっさとその辺の炎みてェなの蘇生して回復しろボケェ!諦めンな諦めンな!俺を倒せるかもしれねェぞコラァ!」

 

「テンション高ぇな…ていうか1分で終わらせるんじゃなかったのかよ…」

 

「ンなの知るかよ!無限プチプチと同じだっつゥの!潰し始めたら止まンねェだろうがアレはよォ!!」

 

「こちとら人間をプチプチに例えたヤツ初めて見ましたよ…これ本当に上やんさんは必要だったんですかねぇ…いやまぁコイツ呼んだの俺なんだけどさ…」

 

「・・・・・ふっ、なにやってんだか」

 

 

もはや違う意味で地獄絵図と化していた光景に美琴は絶句していた。涙声で蘇生呪文と回復呪文を唱えるメイジ隊に、泣きながら蘇生され武器を取るプレイヤー達。それを笑いながら見下ろす魔王と呆れながら首を振る傍観者。そんな可笑しな光景を見ている内にくすりと笑ってしまった美琴は、安心したように振り返るのをやめボス部屋へと入っていった

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 ボス戦

 

「ね、ねぇミコト。あの2人、ボク達を助けに来てくれたんだよね?だとしたらやっぱり2人で30人なんて…ごめん…ボク、ミコトにもミコトの仲間にも迷惑かけてばっかりで…」

 

「へっ?ああ、多分大丈夫よあの2人なら。逆に言えばあの2人だけは大丈夫。むしろアレを相手にする30人の方に同情するわ」

 

「え?そ、そんなに強いのあの2人?」

 

「そりゃもうね。でも、あの2人が勝つかどうかはこの際二の次よ。私たちはこのボス戦に勝つために来たんだから。みんな!HPとMP全快にしておいて!序盤は攻撃パターンも単純だからなるべく攻撃を食らわないように!隙ができたら一気に畳み掛けるわよ!」

 

「「「了解ッ!!」」」

 

 

相変わらず元気の良い返事をすると、スリーピング・ナイツのメンバーは持参してきた回復ポーションを一気に喉に流し込み、丁度全員のHPとMPが回復しきったところで、ボスの出現を意味する咆哮が響き渡った

 

 

「グオオオオオオオオッッッ!!!」

 

「みんな!ここが正念場だよ!気合い入れてこうっ!」

 

「「「おうっ!!!」」」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「グオオオオオオオオオッッ!!!」

 

ドズウウウウンッ!!!

 

「空振った!動き止まるわよ!」

 

「でやあああっ!!!」

 

「はああああっ!!!」

 

ズビシッ!シャキンッ!!

 

 

フロアボスである二つの頭と四本の腕を持つ巨人との戦いは熾烈を極めていた。7人のみでの戦闘、というのももちろん理由に含まれるだろうが、なにより大きいのが決定的な一打を与えられず、ボスへダメージを少しずつしか与えられず、HPバーはまだ半分ほど残っていた

 

 

「シウネー!回復は後どれくらい保つ!?」

 

「MP回復のポーションはもう3つだけ!余裕はあまりなさそうです!」

 

「あ〜!くっそ〜!せめて何か明確な弱点があれば…!」

 

 

ボスの攻撃を華麗な身のこなしでかわしながら声を張り上げるノリにシウネーが答える。そしてそのやり取りを聞いていたユウキが歯噛みしながらボスのHPバーを睨みつけた

 

 

(・・・おかしい。こっちの攻撃に対してあのボスのHPの減り方は明らかに少ない。きっとどこかに弱点があるはず…でも一体どこに…)

 

「ふんぬっ!!」

 

「グオオッ!」

 

ガキィンッ!!

 

「ぬうっ!相変わらずそのガードは固いですねぇ…!」

 

「!!!!!」

 

 

頭の中で今の戦況を分析する美琴の前方で、テッチがボスの胸元にメイスを振るった。しかし、その一撃は胸元を守るように腕をクロスさせるボスの防御行動によって阻まれた。そしてその行動を見た瞬間、美琴の脳裏で迸る電撃のように何かが閃いた

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

『ガードも固かったですしねぇ…あの防御行動ってランダムなのでしょうか?』

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「・・・なるほど…そっか、そういうことだったのね!前衛のみんな一旦退いて!確かめたいことがあるの!」

 

「えっ!?お、おお、おうっ!」

 

「ゴガアアアアアッッ!!」

 

(ここだ!!)

 

ドズウウウウウンッッッ!!!

 

 

一際大きく咆哮しながらボスがハンマーを振り下ろすが、美琴はその一撃を完璧にかわし先の戦いで得た情報通り、ハンマーを床に打ち付けたことでボスの行動がほんの一瞬止まった

 

 

(普通ならあんな高いところ、弓や魔法みたいな遠隔攻撃でしか届かない。だけどあのボスは攻撃範囲が低い私たちの攻撃でも胸元に来る攻撃だけは執拗にガードしていた!つまるところそこにはきっと何かある!そして私はどんなに高いところだろうと『コレ』がある限り直接狙える!!)

 

「はあっ!!!」

 

バリバリバリバリィッッッ!!!

 

「グオッ!?グオオオオオオオオオオオオオオーーーーー!?!?!?」

 

「なっ!?」

 

キランッ!

 

「ッ!やっぱりあった!!!」

 

 

美琴が突き出した左手の掌から雷撃が放射され、それはボスの胸元にある『何か』に直撃した。するとボスは今までにないほどノックバックしHPが目に見て分かるほど減少したため、タルケンが驚愕の声をあげた。そしてその瞬間、ボスの胸元に埋め込まれた宝石のようなものがキラリと光った

 

 

「みんな今の見えてた!?ボスの胸元にある赤色の宝石!アレがボスの弱点よ!!」

 

「えっ!?アレが!?で、でもあんな高いところにあるのどうやって…!」

 

「ジュン!キツイとは思うけどボスのヘイトを稼いで!テッチ!私が合図したらユウキの足元に盾を投げて!同じようにユウキは合図したらテッチの盾に飛び乗って!」

 

「へっ!そんなのキツくもなんともねぇやい!」

 

「りょ、了解!」

 

「ボクはいつでもOKだよミコト!」

 

「タイミングは次にボスがハンマー振り下ろしを空振って動きが止まった瞬間よ!みんな後少しだけ頑張って!」

 

「「「上等ッ!!」」」

 

 

「グオオオオオオオオッ!!」

 

ジャラジャラジャラジャラッ!!

 

「左!鎖なぎはらい攻撃来ます!」

 

「タル!ジュンに防御バフを!!」

 

「Þeír fylla skína hugr hogg margr illt!」

 

 

ボスが四本腕の内の鎖を持つ腕を振りかぶったのをシウネーが見計らうと、それを聞いたノリがタルケンに指示を出した時には既に呪文の詠唱が終わっていた

 

 

「ナイスアシストだぜタルケン!」

 

ガリガリガリガリッ!!!

 

 

タルケンの防御支援魔法を受けたジュンは両手剣を縦に構えると、荒波のように襲い来る鎖を見事に受け流し切った

 

 

「グオオオオオオオオッ!!」

 

ブォンッ!!

 

「バトルアックスが来るぞ!!」

 

「させませんっ!Ek skýt fjórir ískaldur ör!!」

 

キンッ!パリィンッ!パキィ!カァンッ!

 

「ゴガアアアアアッ!?」

 

 

ジュンが叫んだ直後、シウネーがこれ以上ないほどの早さで氷属性の攻撃魔法を詠唱した。その呪文に導かれるように何もない空間に四つの氷の槍が現出し、ボスが振り下ろしかけたバトルアックスを迎撃した

 

 

「うっそぉ!?シウネー攻撃魔法も唱えられたの!?」

 

「ひゃーーーっ!!初めて攻撃魔法を唱えてしまいたしたぁーーーっ!!」

 

(は、初めての攻撃魔法であの命中精度!?さっきの完璧なコンビネーションと言い、本当にどうなってるのかしらこの人たちのゲームセンスは…!)

 

 

これまで支援魔法と回復魔法しか唱えたことのなかったシウネーが攻撃魔法を唱えたことに衝撃を隠せなかったユウキが叫ぶと、シウネーは1回目のボス戦に挑む前に初めて対人戦を経験した時のように、目を輝かせて飛び跳ねて喜んでいた

 

 

「グオオオオオオオオッ!!!」

 

「来たわよ!お待ちかねのハンマー攻撃!みんな絶対に避けて!ユウキ!テッチ!行くわよ!」

 

「「おうっ!!!」」

 

ズドゴオオオオオオッッッ!!!

 

「今よっ!!」

 

「せいっ!!」

 

ブォンブォンブォンブォンッ!!

 

「そいやっ!!」

 

カァンッ!!

 

 

美琴の合図にタイミングを合わせ、テッチは自前の盾をユウキの足元に滑り込ませるように放り投げると、ユウキもまた絶妙なタイミングでジャンプし、見事に盾の上に飛び乗った

 

 

「いっけえええぇぇぇっっっ!!!」

 

バチィッ!!バァンッ!!!

 

 

美琴が気合いの叫びと共に雷光を帯びた両手を地面に叩きつけると、その電撃は鋼鉄の地面を伝ってユウキの乗る盾まで伝播していき、美琴が能力の応用で磁場を発生させ盾を磁力で反発させると、ユウキごとボスの頭上へと打ち上げた

 

 

「思いっきりぶちかましてきなさい!ユウキッ!!」

 

「任せて姉ちゃんっ!!」

 

(・・・・姉ちゃん…?)

 

「やああああああああっ!!!」

 

 

美琴はユウキからの思いがけない呼ばれ方に戸惑いながらも、次の瞬間にはソードスキルの力を得て美しく光を放ったユウキの剣にその目も心も魅了されていた

 

 

ザンッ!ズバッ!ザクッ!ビシュッ!ドスッ!キィンッ!ズバンッ!ザンッ!ドシュッ!ドスッ!

 

「グオオオオオオオオッ!?!?」

 

「せぇやああああああっっっ!!!」

 

ドッバアアアアアアアンッ!!!!!

 

 

ボスの弱点の宝石にALOの絶対無敵の剣が誇る11連撃全てが吸い込まれていくように叩き込まれた。そのソードスキルはボスの残されたHPを根こそぎ掠め取り、ボスの肢体は爆発的なオブジェクト破砕音とともに飛び散った

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 剣士の碑

 

[Congratulations!]

 

「・・・か、勝ったんでしょうか?」

 

「・・・ノリ、わたくしの頬を思いっきりつねってみて下さい」

 

「ほい」

 

「痛あっ!?ペ、ペインアブソーバーも感度良好ですね…夢でもバグでもないようです…」

 

「ということは、つまり……」

 

「ほ、本当に倒したんだ…」

 

「やった…ボクたち…ついに……!」

 

「「「いやったぁーーー!!!」」」

 

 

自分たちの勝利を告げるメッセージが現れたことに実感が湧かなかったスリーピング・ナイツのメンバーだったが、やがてその勝利は胸の内で確信に変わっていき、心の底から歓喜に打ち震えた

 

 

「ふぅ。なんとかなったか…我ながら上出来っちゃ上出k…ぐえっ!?」

 

「あはははは!やったよミコト!勝ったよミコト!ありがとーミコトー!」

 

 

背後からもの凄い勢いでユウキに飛びつかれた美琴は、少し大げさな声を上げながらユウキと共に地面に倒れこみお互いの頬を擦り合わせた

 

 

「ゆ、ユウキ…お、重い…!」

 

「えーっ!?お、重いとは酷いなー!ボクだって一応女の子なんだからねー!?」

 

「あはは、ごめんごめん。でも本当にすごかったわよ。攻略おめでとう」

 

「うん!ありがとう!」

 

「よーっし!みんな街に戻って打ち上げだーー!!」

 

「「「イェーーーイッ!!」」」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ではではーーーっ!?」

 

「我らがスリーピング・ナイツとご功労者ミコトさんのーーーっ!?」

 

「アインクラッド第27層ボス討伐を祝ってーーーっ!?」

 

「かーんぱーーーいっ!!」

 

「「「かんぱーーーいっ!!!」」」

 

ガチャンガチャンガチャンッ!!

 

 

その後、スリーピング・ナイツと美琴たちは、ロンバールで大量の食材と酒を買い込み、美琴たちのパーティーがプレイヤーホームにしている22層のログハウスにて祝勝会を上げていた

 

 

「本当にすいませんミコトさん、攻略を手伝っていただいた上にわざわざホームまで借りてしまって…その上食事まで用意してもらって…」

 

「ううん、気にしないでシウネーさん。私の仲間も使ってほしいって言ってたし。料理まで用意されてるのは流石に予想外だったけどね」

 

「うんまっ!?なにこの料理ミコトの友達が作ったの!?ボクこんなちょー美味い料理食べたの初めてだよ!」

 

「うん。アスナさんっていうのよ。料理スキルがカンストしてて私も初めて食べた時は感動したわ。もちろん今もね」

 

「お〜い〜♪私にょ酒が飲めないって言うにょかタル〜♪」

 

「めちゃめちゃ酔ってないノリ!?」

 

「ノリがおかしいな、ノリだけに」

 

「テッチのダジャレ寒っ!?」

 

「「「あははははは!!!」」」

 

「・・・あああああああああーーーーーーーっ!?!?!?」

 

 

皆が一頻り笑い転げた後、ワンテンポ置いてシウネーが全身に冷や汗をかきながら凄まじい形相で絶叫した

 

 

「えっ?ど、どうしたのシウネー?この世の終わりみたいな顔して……」

 

「す、すっかり忘れてしまいました!ミコトさんがボス攻略のお手伝いを引き受けてくれた時にボスのドロップした素材を渡すという約束でしたのにこんなに色々買い込んでしまって…!」

 

「うわ!ボクもすっかり忘れてた!」

 

「ジュン!売らずにとっておいてある素材は!?」

 

「・・・・・もうほとんどない」

 

「そ、そんなーーーーーっ!?」

 

「あーううん、気にしないでいいのよみんな。私別になにもいらないから」

 

「そ、そんな!それでは私たちミコトさんにご迷惑しか…!」

 

「その代わり、一つお願いがあるの」

 

「・・・え?お願い?」

 

 

美琴の突拍子もない発言に困惑しながらユウキが聞くと、美琴は一呼吸置いて少し恥ずかしそうに口を開いた

 

 

「あのね、約束はもうこれで終わりなんだけど…私、もっとユウキと一緒に話したい。聞きたいことも、一緒にやりたいことも一杯あるの」

 

「・・・・・ぁ……」

 

「私を…スリーピング・ナイツのメンバーに入れてもらえないかしら?」

 

 

美琴の言葉は、染み渡るようにログハウスへと溶け込んでいった。そして数秒の沈黙の後、振り絞るような声でユウキが口を開いた

 

 

「・・・ごめんミコト…ボクたちスリーピング・ナイツは多分もう近い内に解散するんだ…それからはみんな中々ゲームには入れないと思うから……」

 

「ええ、分かってるわ。でもそれまでの時間でいいの。私、みんなともっと仲良くなりたい。友達になりたいと思ってる。それくらいの時間はあるでしょ?」

 

「・・・ごめん、ミコト…ダメなんだ…ボクは…実はボクたちは…!」

 

「ユウキッ!!」

 

「ッ!?」

 

 

ユウキが意を決してなにかを言いかけたところに、自身の酔いまで冷めるような張りのある声でノリが叫んだ。その声の大きさに思わず美琴はビクリと肩を震わせた

 

 

「・・・ごめん、みんな。これはボクだけの問題じゃないもんね…今言うべきことじゃなかった。ミコトもごめん…」

 

「う、ううん。全然気にしてないわ。そりゃそうよねみんなは色んな仮想世界を一緒に旅して来たんだもん。そこに土足であがりこむのは良くなかったわ。それにギルドに入らなくても仲良く出来るし、私はそれで大丈夫よ」

 

「ミコト………」

 

パンパンッ!!

 

「はいはい、みんな1番大切なものを忘れてるぜ。景気づけも兼ねてそろそろアレ、見に行こうぜ」

 

 

沈みかけた場の雰囲気を取り直すようにジュンが二度軽く手を叩いて注目を集めると、にししという擬音が似合いそうな笑顔でそう言った

 

 

「い、1番大切なこと?なにそれ?」

 

「本当に肝心なことをお忘れだなユウキは。きっともう更新されてるはずだぜ?始まりの街にある黒鉄宮の……」

 

「あっ!」

 

「「「『剣士の碑』!!!」」」

 

 

ジュンがそこまで言いかけると、ユウキも皆も何かを思い出したような表情になり、声を揃えて当初の目的であった場所の名を口にした。そしてそれから7人は我先にと美琴たちのホームを飛び出し、アインクラッド第1層を目指し走り始めた

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「いっちばーん!」

 

「くっそーっ!負けたーっ!」

 

「ぜぇ…ぜぇ…ほ、本当に元気ね子どもってのは…」

 

「別にノリも変に張り合わなきゃいいのに。お酒飲んで走ればそりゃ当然そうなりますよ」

 

 

ユウキ、ジュン、ノリ、タルケンは一足先に剣士の碑へとたどり着いており、テッチ、シウネー、美琴の三人はその四人を後ろから見守るように剣士の碑へと続く廊下を歩いていた

 

 

「すいませんミコトさん、どうか気を悪くしないで下さい。ユウキも内心ではきっとミコトさんにああ言ってくれたことを喜んでいるはずです」

 

「ううん、気を悪くすることなんてあり得ないわテッチさん。ボスを7人で倒すなんて貴重な体験できただけでも私は満足だから」

 

「でもまさかミコトさんがあんな特別なスキルを持っているとは思いませんでした。こう、手の平から電撃が…ぶわー!っと」

 

「あはは、まぁ最初のユウキとのデュエルでは使わなかったんだけどね。でもおかげで、自分の中にあったわだかまりみたいなのがすっきり無くなった気がするの。本当にユウキはすごい子だわ」

 

「・・・或いはそれは…ユウキも同じで…ミコトさんに…」

 

「え?何か言ったシウネーさん?」

 

「い、いえ!なんでもありません」

 

 

シウネーが俯きながら何かを呟いていたが、廊下に反響する自分たちの足音にかき消され美琴の耳には届かなかったため聞きなおした。しかしシウネーがなにもないと言ったのでそれ以上の追及は野暮だと思い、ユウキ達の方へと歩み寄った

 

 

「あ、あった…ボクたちの名前だ…」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

[Braves of 27th floor]

 

<Yuuki>

<Siune>

<Jun>

<Tecchi>

<Talken>

<Nori>

<Mikoto>

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「よっしゃー写真撮るぞー!みんな並べ並べー!」

 

 

そう言うとジュンは『スクリーンショット撮影クリスタル』を取り出し、10秒後にタイマーをセットした。メンバーはそれを見ると名前の刻まれた碑の前に横一列で並び、思い思いのポーズでシャッターが切られるのを待った

 

 

「ほら、笑ってユウキ!」

 

「うん!ミコトも笑って!にー!」

 

「にー!」

 

カシャッ!

 

「オッケー!」

 

 

そう言うとジュンはクリスタルを回収しにいき、美琴は隣のユウキと一緒にもう一度振り返り、自分たちの名前が刻まれた碑を見上げた

 

 

「やったね、ユウキ」

 

「うん…ボク、ついにやったよ。姉ちゃん…」

 

「ふふっ、ユウキまた言ってる」

 

「ふぇ?」

 

 

ユウキの言葉を聞いて思わず笑いがこぼれた美琴だったが、対するユウキはなんのことだか分からないと言った表情で美琴を見ていた

 

 

「私のことお姉ちゃんだって。ボス部屋の時も言ってたわよ?まぁ無理もないわね。私も数えきれないぐらいの妹を抱えてるs………ッ!?」

 

「・・・ぁ………ぁ………」

 

 

なんとなく言いかけたところで美琴は自分の言葉を呑み込んだ。なぜならユウキは口元を両手で多い、その綺麗な瞳からは大量の涙が零れ落ちていたことに驚きを隠せなかったからだ

 

 

「ゆ、ユウキ!?ど、どうしたの!?私なにか知らない内にひどいこと…!」

 

「ミコト…ぼ、ボク…」

 

 

不意にユウキは俯くと、溢れた涙を右腕で拭い取った。そして震える左手の指先でロクに目も通さずウインドウを操作すると、ログアウトのボタンを押し、その体が光のベールに包まれた

 

 

「ユウキ…………ッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ごめん、さよなら」

 

 

その言葉を最後に最強の剣士は、妖精の世界から姿を消した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 紺野木綿季

「・・・・・」

 

「・・・ミコトさん、ここ三日ぐらいずっとあの調子ですね」

 

「そうね…ユウキさんが突然ログアウトした後、スリーピング・ナイツのメンバーとも連絡が取れなくなったって…一体どうして………」

 

 

昼下がり、いつものようにホームで紅茶とお菓子を嗜むシリカとリーファであったが、その視線の先には窓の近くにある椅子に腰掛け、窓の桟に寄りかかりながら特になにをするわけでもなく、ぼんやりと外を眺めている美琴がいた。その姿はまるで魂のない抜け殻のようで、ユウキと突然の別れを経て3日、ALOにログインしてからずっとそんな調子だった

 

 

「ちょっと上やん、そんなとこでぼけっと座ってないで励ましてあげなさいよ。ミコトもアンタだったらなんか話すかもしんないし、なにより腐れ縁みたいなもんでしょ?」

 

「それ言うならリズも同じだろ。リズでも無理なら俺でも無理さ」

 

「そ、そりゃそうかもしんないけどさ…」

 

「それに、そろそろだと思う」

 

「・・・は?そろそろ?一体なんのことよ?」

 

シュンッ!シュンッ!

 

「あ、お兄ちゃんにアスナさん」

 

「こんにちはリーファちゃん」

 

 

リズが上条にそう聞いたところで二つの光のベールが現れ、ALOにキリトとアスナがログインしてきた。そして挨拶を交わすリーファとアスナを横目に見ると、キリトは美琴の方へと歩いていった

 

 

「・・・?キリトさん……」

 

「ミコト、話したいことがあるんだ。ちょっといいか?」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「それで?話ってなにかしら?」

 

 

それからキリトとアスナ、そして美琴の3人はログハウスから少し歩いた先にある湖のほとりにあるテーブルに着いていた

 

 

「・・・紺野木綿季」

 

「・・・こんの、ユウキ?」

 

「それが彼女の…ユウキの本当の名前なの」

 

「!!!!!」

 

 

キリトが話の皮切りに発した人の名前らしき言葉を美琴が聞き返すと、キリトの横に座るアスナが口にした言葉に、美琴は思わず目を見開いて驚愕した

 

 

「な、なんでキリトさんたちがユウキの本当の名前を…!!」

 

「実は俺たちは昨日、俺たちの方の現実世界のある病院を訪れていたんだ」

 

「びょ、病院?…………ッ!?」

 

「・・・ああ、どうやら察しはついたみたいだな。木綿季のいた病院は『横浜港北総合病院』。そこは俺たちの世界の日本で唯一『メディキュボイド』の臨床試験を行ってる病院なんだ」

 

 

美琴はスリーピング・ナイツのメンバーを初めて見た時に直感していた。あのギルドのメンバーは皆、常人と比べて明らかに『VR慣れ』していることに。何気ない仕草、表情、挙動、その全てが現実の人間そのものであった。そしてその理由が今、キリトの一言によって嫌でも分かってしまった

 

 

「・・・ずっとメディキュボイドでダイブしっぱなしなのね」

 

「ええ」

 

「その…具体的にはどれくらい?」

 

「・・・三年間」

 

「さんっ!?!?」

 

 

アスナが口にした年月に美琴は思わず喉を詰まらせた。自分がSAOにいたのは2年と約半年。つまりユウキはそれよりも長く、仮想世界で生き続けていたのだ

 

 

「・・・キリトさんはなんでユウキがそうだって分かったの?」

 

「きっかけはあのデュエルだ。俺はあのデュエルの中でユウキの完成された動き、圧倒的な反応速度、そして何より常軌を逸した強さ、それを肌で感じて分かった。ユウキはきっと、途方も無い時間をこの世界で過ごしていたはずだって。だったら可能性はそれしかないだろう…ってな」

 

「そう…まぁ私でも分かったんだもの…キリトさんに分からないはずないわよね。それで…ユウキは一体なんの病気なの?」

 

「・・・『後天性免疫不全症候群』」

 

「・・・は?え、AIDS?そ、そんな…!エイズなんてもうとっくのとうに処方される薬を飲めば完治する病気じゃn……ッ!?」

 

 

美琴が言いかけた言葉の先が分かったキリトとアスナは、静かに首を横に振った。そしてそれを見た美琴も、冷静に考え直し自分の発言の間違いに気づいた

 

 

「そっか…それは私の住んでいる世界が…超能力を科学で解明できるほど…技術が…文明が発達してるから…」

 

「ええ。残念だけれど、まだ私たちの世界の医療技術ではAIDSは進行を遅らせたり、症状を和らげることは出来ても、完治させることまでは出来ないの」

 

「で、でも!だからっていくらなんでもそんな…!メディキュボイドを医療転用できるほどの技術があるならエイズだって処方される薬を飲んで健康管理を徹底してれば感染前とほとんど変わらない生活を送れるはず…!」

 

「違うんだミコト。不運なことにユウキが感染したエイズウイルスは薬の効きづらい『薬剤耐性型』だったんだ」

 

「!!!!!」

 

「それに、メディキュボイドだってミコト達の世界と違って一つの医療法として確立されたわけじゃないんだ。あくまでもまだ臨床試験段階。日の目を見るのもきっと…まだ先の先だ」

 

「じゃ、じゃあなんで…なんでユウキはメディキュボイドの治療を…」

 

「『日和見感染症』を防ぐためよ」

 

「ひ、日和見感染症?」

 

「身体の免疫力が低下して、普通では容易く撃退できるはずのウイルスや細菌に冒されてしまうことを日和見感染症というんだ。木綿季は小学四年の頃にエイズが発症し、それが原因でニューモシスティス肺炎という感染病を発症して入院生活が始まった。それが三年と半年前の話だ。そしてそれから病院の中で他の感染症にも感染した」

 

「・・・だからメディキュボイドに頼ったのね。メディキュボイドは精密機械である上に予め長期運用を見越した構造だから普段から空気中の塵や埃、細菌やウイルスなんかも排除された滅菌室に入れるから……」

 

「ええ。木綿季君の担当の『倉橋先生』もだからこそメディキュボイドの運用を打診したって言ってたわ。それにメディキュボイド仮想世界に行っている間は現実の痛覚が遮断される。日常的な苦痛からも解放される。そのことを医療用語で『クオリティー・オブ・ライフ』と言うの」

 

「・・・でもそれは詰まるところ…」

 

「そう。治らないことを前提として、残された日々をいかに充実させるかに重きを置いているということ。メディキュボイドによる治療もいわば『ターミナル・ケア』…終末期医療の一環よ」

 

「・・・ユウキはもう長くないのね。だからあのギルドは解散…スリーピング・ナイツの『スリーピング』…『寝たきり』って…きっとそういう意味だったのね…」

 

 

美琴は自分が疑問に思っていた全てに納得がいくと、悲しげな表情のままに俯いた。そしてそんな美琴を一瞥するとキリトは深く息を吐いてもう一度口を開いた

 

 

「それでミコト、俺たちは主治医の倉橋先生からユウキのミコトに対する伝言を預かって来ているんだ」

 

「で、伝言?」

 

「今から預かってきた未開封のメールをそのままミコトさんに転送するわ」

 

ピロリンッ!

 

 

アスナは自分のウインドウを開いて操作すると、倉橋から受け取った未開封のメールをそのまま美琴に宛てて転送し、美琴は即座にそのメールを展開した

 

 

[ ミコトへ

 

この前は急にいなくなったりしてごめんなさい。

 

ミコトさえ良ければ今日の午後4時、ボクたちが初めてデュエルしたところに来てください。そこで改めてお話しよう

 

Yuuki ]

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「やっ。来てくれたんだね、ミコト」

 

「・・・・・」

 

 

ユウキのメールを読んだ美琴は、そのメールの指示通り、夕暮れの日差しに包まれた孤島に二人きりで落ち合っていた

 

 

「いやー、ビックリしちゃったよ。急にボクの病室の前にミコトの知り合いの二人が来てたんだもん。もうバレてるんじゃないかと思ったら肝が冷えたよ。あはは」

 

「・・・ユウキ…その、私…」

 

「ボクの両親はね、2年前に他界したんだ。お姉ちゃんも、一年前に…病気で死んじゃった」

 

「!!!!!」

 

「お姉ちゃんはスリーピング・ナイツの初代リーダーだったんだ。それはもうすっごく強かったよ。ボクなんか目じゃないくらい」

 

「それに、スリーピング・ナイツは最初は9人のギルドだったんだ。でも、もう今はボクを入れても6人…3人もいなくなっちゃった」

 

「だからね、シウネーたちと話し合って決めたんだ。次の一人の時には、ギルドを解散しよう、って。でもその前に最高の思い出を作って、姉ちゃんたちに胸を張ってお土産にできるようなすごい冒険をしよう、ってね」

 

「・・・・・」

 

 

夕暮れに照らされたユウキの横顔は、言葉では形容しきれないほど綺麗で美琴は思わず見惚れていた。しかし、横顔の輪郭だけで分かるほどその表情は憂いに満ちていて、悲しみが隠しきれていなかった

 

 

「ボクたちが最初に出会ったのは、『セリーンガーデン』っていう医療系ネットワークの中にあるVRホスピスなんだ。病気はそれぞれでも大きな意味では同じ境遇の人同士でVRの世界で話し合ったり、遊んだりして最期の時を過ごそう、っていう目的で運営されてるサーバー……」

 

「ごめんねミコト…本当のことを言えなくて。ボクたちのギルドが解散する本当の理由は、みんなが忙しくなるからじゃない。長くても三ヶ月って言われてるプレイヤーが二人もいるんだ。だから…だからどうしても、ボクたちはここにいたんだっていう証を残したかったんだ」

 

「・・・・・」

 

 

ユウキの話を聞いていて、いつでも笑顔を絶やさなかったスリーピング・ナイツのメンバーが美琴の脳裏に浮かんだ。そして、話している様子から嫌でも分かってしまった。もう長くない二人のうちの一人が、紛れもなく自分の目の前にいることを

 

 

「でも中々上手くいかなくってね。1人だけ手伝ってくれる人を探そうって相談したんだ。反対意見もあったよ。もしボクたちのことを知ったらその人に迷惑をかけちゃうからって。あはは、今思えば本当にその通りになっちゃったよね…本当にごめんねミコト。もしよかったら、今からでもボクたちのことは忘れて……」

 

ガバッ!

 

「・・・ふぇ?み、ミコト?」

 

 

それ以上ユウキの口から言葉を紡がせまいとするように、美琴はユウキを優しく抱きしめた。そしてそのまま深く自分の胸元に抱き寄せると、静かに、しかしそれでいてとても重い願いの込められた一言を発した

 

 

「そんなの無理よ」

 

「!!!!!」

 

「迷惑なんて私一言でも言った?嫌な思いになったことなんてこれっぽっちもないわ。私、ユウキ達と出会って、その手伝いが出来てすごく嬉しかった。だから今でも私の気持ちは変わらないわ。スリーピング・ナイツのメンバーになりたいって…そう思ってる」

 

 

まるでどこかの平凡な少年のようだった。美琴の目と言葉は、彼にも負けないほどにどこまでも真っ直ぐでユウキの心に突き刺さった。ユウキは美琴の気持ちを思い知らされると、心から安心したように笑った

 

 

「ああ…姉ちゃんと同じ匂いがする…暖かいお日様の匂い。ボクこの世界に来てミコトと出会えて…本当に嬉しいよ。今の言葉でもう十分…十分すぎるよ。これでもう…ボクは何もかも満足だよ」

 

「・・・本当にそう思ってる?もっとワガママ言っていいのよ?」

 

「そんなワガママなんて…みんなに迷惑だよ」

 

「何言ってんの。たったの一度しかない人生じゃない、少しくらいワガママ言ったって誰も怒らないわよ。もし怒る人がいるとしたら私が黒焦げにしてあげるから安心しなさい」

 

「えへへっ、変わらないなぁミコトは」

 

「ふふっ、お褒めの言葉として受け取っておくわ」

 

「本当に…本当になんでもいいの?」

 

「ええ、なんでも言って」

 

「じゃあボク…もっといっぱい友達が欲しいな。ホスピタルネットワークの人たちだけじゃなくて…両手の指じゃ数えきれないくらいの…最高の友達をいっぱい!」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 繋がること

 

「と、言うわけで!今日はみんな楽しく飲んで食べて!仲良くなって下さい!かんぱーい!!」

 

「「「かんぱーい!!!」」」

 

 

そして数日後、約束通りミコトは上条やキリト達にも頼み呼べるだけの人数を呼びまくってホームの庭でパーティーを開き、実に30人以上のプレイヤーが集まった。中には各種族の領主などのトッププレイヤーも集まっていた

 

 

「うわぁ〜!本当にいっぱい集まったねミコト!ボクすっごく嬉しいよ!」

 

「あはは、そりゃ良かったわ。ほら、私とはもう友達なんだから、色んな人と話してきなさい」

 

「うん!」

 

「ほぅ、貴様が辻デュエルで60人切りをやってのけたという絶剣か」

 

「おろ?そう言う君はユージーン将軍だね。ALO最強プレイヤーと名高い将軍の噂は聞いてるよ」

 

「なに、連続負けなしで60人を本当に真正面から倒せるかどうかは分からんがな。どうだ、その腕を見込んでサラマンダーに転生するというのは?貴様ほどの腕前の剣士ならばすぐにでも上級階級に推してやるぞ」

 

「おっと、抜け駆けは困るな将軍。彼女は今後シルフ領の傭兵として雇うことが決まっているんだ」

 

「いやいやそれはないでしょサクヤちゃん。ユウキ君には私の側近になる予定なんだヨ。三食おやつに昼寝付きでネ」

 

 

始めにユージーン将軍がユウキに声をかけると、その会話を聞きつけたサクヤとアリシャ・ルーがすかさずユウキを自分の種族へとスカウトしてきたが、ユウキは半歩後ろに下がりたじたじとした様子で口を開いた

 

 

「い、いやぁ遠慮しておくよ。ボクは剣に興味はあっても権力に興味はないから。それに最強のユージーン将軍と組んだらその最強と戦う機会がなくなっちゃうもの」

 

「ふむ、そうか残念だ。だがそう言ってくれる手前、この場においては最強を名乗る資格は俺にはないがな」

 

「ふぇ?」

 

「時に、貴様が切った60人の中にあそこにいるスプリガンの彼は入っているのかい?」

 

「あそこにいるスプリガン?キリトさんのこと?うん、入ってるよ」

 

「違う違う。その隣にいるあのウニのようにツンツンと頭が尖った子だヨ」

 

「えっと…ミコトの友達で上やんさんって言ったっけ…彼は入ってないけど…一体なんで?」

 

「俺たち3人はヤツのツテでここに来たんだ。まぁ知っている者は少ないが、ヤツは初めて俺の不敗神話に泥を塗ってくれた男だ」

 

「・・・へ?うぇぇ!?ユージーン将軍に勝ったの!?上やんさんが!?」

 

「ああ、とても変わった人でね。そして何より知らぬうちに人を惹きつける何かを持った面白い人だよ、彼は」

 

「それに結構ウブで可愛いんだヨ。ユウキちゃんみたな可愛い子に迫られたら一瞬でメロメロになっちゃうかモ♪」

 

「へー、ちょっと面白そう。ありがとう3人とも!今度ボクとデュエルしようね!」

 

「ああ、いつでも受けて立とう」

 

「気が変わったらいつでもシルフ領に来てくれ。もちろん遊びに来てくれてもいい、歓迎するよ」

 

「まったネー♪」

 

 

ユウキは別れの挨拶代わりに3人に手を振ると、そのままALOのいつものメンバー達と話している上条の方へと走っていき、そのままの勢いで抱きついた

 

 

「かーみーやーんーさんっ!」

 

ガバッ!

 

「うぉ!なんだユウキか、ビックリしたぞ。上やんさんになんか用か?」

 

「ねーねー!上やんさんってあのユージーン将軍と勝負して勝ったんでしょ!?ってことはものすごく強いんだよね!?」

 

「えっ!?上やんアンタいつの間に将軍と戦ってたのよ!?ていうか勝ったってどういうこと!?」

 

 

ユウキの話を横で聞いていたリズベットは驚愕を隠せず、思わず目を丸くして上条に問いただした

 

 

「ええ、本当ですよ。あの時は本当にすごかったんですから。特に上やん君が地面に拳を叩きつけたら地割れが起こって砂煙がぶわーー!ってなった時とか」

 

「へぇ、リーファさんはその時一緒にいたんですね〜。私も見てみたかったです」

 

 

リーファが上条と共に旅をしていた当時の記憶に思いを馳せながら話すと、肩に乗せたピナにご飯をあげながらシリカが羨ましそうに言った

 

 

「いやまぁ確かに勝ったことには勝ったけどユウキみたいにデュエルで決着つけたわけじゃないし、あれはむしろ俺自身の全力ではないからなぁ…」

 

「全力じゃない!?余力を残したままユージーン将軍に勝ったの!?やっぱりすごいや上やんさん!今度ボクとデュエルしてよ!」

 

「え?あ、いやそういうわけじゃ…なんというかあの時は美琴たちを助けるためにも世界樹までたどり着くまでは絶対に負けられなかったというか…」

 

「どぉりゃあああぁぁぁぁぁ!!!」

 

ドゴォッッ!!!

 

「あべしっ!?」

 

 

上条はユウキに差し迫られて半歩ほど後ずさりしたところ、音楽妖精であるプーカに扮したプレイヤーに後頭部へ見事なフライングキックを見舞われた

 

 

「い、痛ってぇな!?急に何すんだよ『シロコ』!」

 

「お黙りなさいこぉの類人猿めが!一体何度言えば分かるんですの!?わたくしのお姉さまを下の名前で呼ぶなとあれほど…!!!」

 

「誰がアンタのじゃコラーーー!!」

 

バリバリバリバリ!!!!!

 

「あbbbbbbbbbb!?!?!?」

 

「あ〜!見つけましたよシロコさん!やっぱり上やんさんに突っかかってましたね!」

 

「ごめんなさいミコトさん…私と『ハツハル』でちゃんと見張ってたんですけど翅出して飛んで行っちゃって…」

 

「ううん、気にしないで『トレーネ』さん。この変態は後で私が絞り上げとくから」

 

「な、なんでわたくし毎度こんな扱いばっかりなんですの……」

 

「あははははは!やっぱりミコトの周りには面白い人が多いね!」

 

「おやおやっ!?さては君がALO都市伝説になっているユウキ君だね!?どれ、一つお姉さんに噂の11連撃をぶちかましてご覧よ!さぁカモン!」

 

「うぇ?た、確かにボクがユウキだけど…いつの間に都市伝説になってたの?ていうかOSS撃っていいの?多分お姉さんに死亡罰則入っちゃうけど…」

 

「あの!私個人的に11連撃のソードスキルをどう作ったのかすごい気になってるんです!VRの運動システムによっぽど理解がないと出来ない技ですよね!?良かったら見せていただけませんか!?」

 

「えっ?い、いやちょっt…」

 

「一応釘を刺しておきますけれどユウキさん!一度お姉さまを倒したからと言って図に乗らないで下さいまし!お姉さまが本来のお力をお出しになればもうあなたなんてケチョンケチョンでしてよ!?」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ〜〜〜!?」

 

ワイワイガヤガヤワイワイガヤガヤ

 

 

佐天、初春、黒子の3人を皮切りにユウキの周りにはどんどん人が密集していき、ユウキがてんてこ舞いになる頃にはユウキは人の波に呑まれていた

 

 

「あはは、ユウキってばすっかり人気者ね」

 

「こんにちはミコトさん」

 

「あ、シウネーさん。久しぶり」

 

「はい、お久しぶりです。すいません連絡もなしにいきなりいなくなってしまって…」

 

「ううん、事情が事情だもの。そんなの全然気にしてないわ。むしろこうしてまた顔を合わせられて嬉しいわ」

 

「ユウキがミコトさんに全てを打ち開けたと聞いた時は本当に驚きました。ありがとうございます、わざわざユウキのためにこんな盛大なパーティーを開いて下さって」

 

「わざわざなんてとんでもない。他でもないユウキと約束したんだもの、破るわけにはいかないわ。まぁそう言う手前、ここまでの大人数を集められたのは私個人の人脈じゃないんだけどね。みんなのツテも借りて呼べる限りの人数を集めてもらったの」

 

「・・・きっとこうして、世界は繋がっていくんでしょうね」

 

「・・・ええ、きっと。それは仮想世界も現実世界も変わらないと思うわ」

 

 

大勢のプレイヤーに囲まれ、その中心で誰よりも幸せそうな顔で笑うユウキを見つめていると、ミコトもシウネーも自然と笑顔が溢れた

 

 

「ところでミコトさんも当然『ALO統一デュエルトーナメント』に出場なさるのですよね?」

 

「え?ALO統一デュエルトーナメント?」

 

「ええ。ユウキもとても楽しみにしてましたよ。『絶対に優勝するぞー!』って意気込んでました」

 

「・・・なんで私には誰も言ってくれなかったのよーーーっ!?」

 

「お前がここ最近ずっと塞ぎ込んでたからだろうが」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話 ALO統一デュエルトーナメント

 

『レディース・アーンド・ジェントルメーン!ついにやって来ましたー!ALO統一デュエルトーナメント!ついに今宵!真のALO最強プレイヤーが決まるぞー!!!』

 

ワアアアアアアアアアアアアア!!!

 

『本大会は毎度お馴染み!MMOストリームによるライブ中継でお送りしていきます!さぁみんな!手に汗握る最高のデュエルを見せてくれー!!!』

 

ワアアアアアアアアアアアアア!!!

 

 

ユウキのために開かれたパーティーの数日後、イグドラシルシティのコロシアムにてALO統一デュエル・トーナメントが開催された。中央に設置された円状のフィールドをぐるりと囲む客席では、種族を問わず数えきれないほどの妖精が未だかつてないほどの盛り上がりを見せていた

 

 

「いやー始まりましたね、ALO統一デュエルトーナメント!」

 

「きゅる!」

 

「この盛り上がり方はBoBよりずっとすごいわね。今日はこっちに来て良かったわ」

 

「もー、そんなこと言うならシノンも出場すれば良かったのに」

 

「冗談やめてよリズ。私は遠距離は得意でも接近戦はからきしなんだから」

 

「結局俺たちの中で出場したのは上の字とキリの字とミコトとアスナとリーファの5人かぁ。もし優勝賞金ぶん取ってきたら新しい武器でも買ってもらっかなー」

 

「そんなに言うなら自分で出場して自分で優勝して買えよクライン」

 

「けっ!俺より確実に強えーのがいる時点でやってられっかよ。ボロボロに負けるの分かっててわざわざ出るかエギルよ?」

 

「ははっ、そりゃそうだな。もし上やんのヤツと当たろうもんなら日頃の憂さ晴らしも兼ねて確実にボコボコにされるだろうな。こと俺たち2人は」

 

 

もちろんながら上条達のパーティーもこれから始まるトーナメントを観戦しようと客席の一角に陣取っていた。しかし、その中でもトーナメントに参加する5人は既に選手控え室にいるためその姿はなかった

 

 

『さぁー皆の衆準備はいいかー!?第1試合の始まりだー!!盛り上がっていこうぜーーー!!』

 

ワアアアアアアアアアアアアア!!!

 

『OK!OK!じゃあさっそく行くぞ第1試合!『黒の剣士 キリト選手』VS『空の妖精 リーファ選手』!』

 

「はは、まさか一回戦の相手がスグだとは思わなかったよ」

 

「それこっちのセリフだよー。まさかお兄ちゃんが最初なんてツイてないなー、上やん君の不幸が移ったのかな?でも戦うかぎり手加減はしないよ!お兄ちゃん!」

 

「ああ!俺も全力で行くぞ!」

 

『さぁみんな!カウントダウーン!』

 

「「「3!2!1!」」」

 

[DUEL Start!!!]

 

「「「デュエルスタート!!!」」」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ううっ、お兄ちゃんの人でなしぃ…少しぐらい手加減してくれてもいいじゃない…」

 

「いやぁごめんって、まぁ俺もこうして綺麗に負けてきたんだから許してくれよ」

 

「ううん、悔しいなぁ。強かったなぁミコトさん。後ちょっとだったのに」

 

「パパもママも負けてしまって悲しいです…でも!上やんさんとミコトさんにも頑張って欲しいので一生懸命応援します!」

 

 

その後トーナメントは着実に進んでいった。そしてリーファは初戦でキリトに、アスナは準々決勝でミコトに、キリトは準決勝でユウキに負け、皆と共に客席に腰掛けていた

 

 

「でもこれで、西の山を勝ち抜いたユウキさんが決勝に進みましたね」

 

「きゅる」

 

「東の山で準決勝を戦うのは上やんとミコトか…この試合で勝った方が決勝でユウキと戦うのね」

 

「そうね、あたしはアイツら2人とはなんだかんだ長い付き合いだけど、2人のデュエルを見るのは初めてかも」

 

 

トーナメント表を見ながら言うシノンの横で、ついにフィールドで合間見えた美琴と上条を見ながらリズベットが高揚感から生唾を飲みこんだ

 

 

『さぁお次は準決勝第二試合!これまで破竹の快進撃を続けてきた2人の対決だぁー!『閃光のミコト選手』VS『右腕の上やん選手』!!』

 

ワアアアアアアアアアアアアア!!!

 

『さぁみんな!Let'sカウントダウーン!!』

 

「「「10!9!8!7……」」」

 

「ははは、まさかこんな風にお前と戦うことになるなんて思いもしてみなかったよ。なんだかんだ初めてなんじゃないのか?ALOで戦うのは」

 

「・・・・・」

 

「み、美琴?」

 

 

大勢の観客に見守られる中、上条は気さくに笑いながら美琴に話しかけたが、上条とは対照的に美琴の口角はピクリとも動かず、真剣な眼差しで上条を見つめながら口を開いた

 

 

「いい?よく聞きなさいアンタ。私はこのデュエル『全力』でやる。この意味、アンタなら分かるでしょ?」

 

「!!!!!」

 

「でも所詮、これは私の中の決意みたいなもんよ。当然アンタが付き合ってくれる必要なんてない。アンタの尺度はアンタに任せる。だけど、手抜いたりしたら承知しないから」

 

「ははっ、分かった。ちょっと見ないうちに変わったな美琴。今、すげえいい顔してんぞ」

 

「そうかしら?だとしたらそれはきっと…私の中にいるユウキがそうしてくれるんだと思う。だからこそ…」

 

「ああ、俺も遠慮なく…」

 

「「全力でいくわよ(いくぞ)!!」」

 

「「「3!2!1!」」」

 

[DUEL Start!!!]

 

「「「デュエルスタート!!!」」」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話 超電磁砲VS幻想殺し

 

「「オラオラオラアアアッ!!!」」

 

ズドオオオッ!ピキィンッ!キィンッ!ガァンッ!バキィィィッッ!!!

 

「「「・・・・・・・・・・」」」

 

『・・・Oh…』

 

 

フィールドではまるで二つの巨大な嵐がぶつかり合っているかのような激戦が繰り広げられていた。お互いの気迫のままぶつかり合う2人に、驚愕を通り越して観客はおろか実況すらも既に言葉を失っていた

 

 

「「うおおおおおおおおお!!!」」

 

ズドオオオッ!ピキィンッ!キィンッ!ガァンッ!バキィィィッッ!!!

 

 

戦況はまさに一進一退の攻防であった。美琴の電撃は上条の幻想殺しによって悉く打ち消され、レイピアの斬撃は鉄壁の盾によって防がれる。一方の上条も自分から仕掛けていけば美琴が距離を取り、右腕の攻撃範囲を確実に脱し、盾による投擲も電撃で跳ね返され、動き回りながらそれを拾う。試合制限時間の5分は既に1分しか残されていないにも関わらず、両者のHPは8割をキープしていた

 

 

(ったく相変わらず硬いわねぇコイツは!味方として戦ってくれてた時はこの防御に何度も救われたけど、敵にするとここまで厄介だとは思ってもみなかったわ!えぇいもう時間がほとんど残ってないじゃない!)

 

(あぁもうやり辛ぇったらねぇな!全ッ然攻撃の間合いに入れねぇじゃねぇかクソッ!流石に美琴のやつ俺の戦い方を熟知してるな…これじゃHP削りきるのは無理だ!時間切れの優勢判定で勝ちをもぎ取るしかねぇ!)

 

 

上条と美琴の両者共々、内心ではこの戦況に痺れを切らしていた。そして撃ち合う度に燃え上がっていく思考の中で理解していた、ここからは選択を先に誤った方が敗北を喫すると。そんな中、先に行動を起こしたのは上条の方だった

 

「ふんぬっ!」

 

シュルルルルル!!!!!

 

(また性懲りもなく盾の投擲ね。だけどこの局面で考えるアンタの戦略はおそらく…!)

 

ガキィンッ!!

 

(盾の投擲はブラフ!盾に気を引かせている間に私との間合いを詰め切ること!!)

 

キュイイイィィィンッ!!

 

「お見通しよ!食らいなさいっ!」

 

「やっば!?」

 

 

美琴は投げつけられた盾を頭上に弾き飛ばした直後、一つのソードスキルを発動させた。ユウキとのデュエルでも使用した四連撃の細剣ソードスキル『カドラプル・ペイン』。完全に自分の動きも読まれ自前の盾も宙を泳いでいる上条にこれを防ぐ術はなかった

 

 

ピタッ!

 

「なんてな」

 

フォンフォンフォンフォンッ!!!!

 

「なっ!?!?」

 

 

しかし、美琴のレイピアにはなんの手応えもなく、その刃は寂しく虚空を切り裂いただけであった。上条はこの先の一手を読み、敢えて全ての間合いを埋めず一定の間隔を空け、美琴のソードスキルを空振りさせたのだ

 

 

(やばいっ!完全に読み違えた!!これじゃスキル使用後の硬直のせいで防ぎようがないっ!!)

 

ダンッ!!

 

「おおおおおおおおおっっっ!!!」

 

バッキイイイイイイイッッッ!!!

 

「いぎぃっ!?!?」

 

 

上条は今度こそ美琴との間合いを埋めるために、これ以上ないほど地面を強く踏みしめた。そしてありったけの力を込めた右アッパーを美琴の下顎に見舞った。美琴のHPは3割ほどまで削られ、その視界が激しく揺さぶられながら身体は空中へと投げ出された

 

 

「こんなところで…負けてっ…たまるもんですかああああああ!!!!!」

 

バチィッ!ガァンッ!!

 

「いでぇ!?」

 

 

美琴は背中から翅を展開し、空中で体勢を立て直すと、先の攻防で弾き上げた盾を磁力で操り、そのまま上条の頭に叩きつけた。これには上条もたまらず仰け反り、その衝撃に顔を歪めた

 

 

「貰った!!!」

 

バヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂ!!!!!

 

「どわあああああああ!?!?!?」

 

 

当然その隙を美琴が見逃すはずもなく、上条の土手っ腹に投擲された雷撃の槍が突き刺さった。しかしそれでも決定打にはならず、上条のHPは5割ほどを残して停止した

 

 

(浅かった!でもまだ終わったわけじゃない!この状況で私が取るべき選択は、回避不可かつ防御不可の一撃!でも私のOSSのネタはアイツに割れてるから最悪カウンターを食らう!だったらもう私には…っ!)

 

「これしかないっ!!!!!」

 

バヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂ!!!!!

 

 

再び美琴の身体の周りを鮮烈な紫電が覆った。勝負の土壇場で極限にまで研ぎ澄まされた思考の末、美琴は自分のレイピアを逆手に持ち、槍投げのように振りかぶった

 

 

「いっけえええええええええ!!!」

 

ズドオオオオオオォォォッッッ!!!

 

 

美琴の腕からレイピアを弾丸にした渾身の超電磁砲が放たれた。思考の末に条件に上げたガード不能の要素はそのレイピアにこそある。普段の美琴が弾にしている銀貨では上条の右手によって電撃を消されてしまえばダメージは通らない。しかし、その弾丸がレイピアならば電撃がかき消された後でもその刃が対象を貫く。まさに美琴にとっては最良の選択であった

 

 

(勝っt……!?!?!?)

 

バオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッッ!!!!!

 

「「「うわあああああ!?!?」」」

 

 

そして突如、上条と美琴のいるフィールドを中心に、コロシアムを莫大な衝撃と爆風が覆った。観客は1人も余すことなく悲鳴をあげてひっくり返った

 

 

ザワザワザワザワザワザワ……

 

「な、なんか…あたしの記憶が正しければミコトとユウキの時もこんな感じだったわよね?」

 

「は、はい…でも少しあの時とは違います。あの時の2人は『どっちが早かったか分からなかった』だけですが、今回は『最後に何が起こったか』すら分かりませんでした」

 

「私もミコトが超電磁砲を撃ったところまでは見えてたけど…その先は分からなかった」

 

「俺もだ。だけどあまりにも衝撃がデカすぎなかったか?観客が全員吹っ飛ばされるなんてミコトの超電磁砲だけじゃ無理だ。ミコトの超電磁砲と同等かそれ以上の何かをぶつけ合わねぇと正直ここまでの爆風と衝撃は…」

 

「ま、まさか上の字の野郎がそれをやったっつーのか?でも右手しか取り柄のねぇアイツにそんな芸当できっかぁエギル?」

 

 

この展開には2人の知人であるリズベット達にも驚きを隠せず戦慄していた。その光景を目の当たりにしてなお自分たちの目を、耳を疑い、背筋は凍りつき額からは冷や汗が止まらなかった

 

 

「・・・ねぇ、キリト君」

 

「ああ、多分俺も今アスナと同じことを考えてた。今のは十中八九、上やんの『アレ』だ」

 

「じゃあ今のはやっぱり…お兄ちゃんとのデュエルの最後と世界樹攻略の時に見せた…」

 

 

そしてかつてALOで上条と旅を共にした3人は、それが何であるかおおよそ理解していた。それは『見えざる何か』であること、そしてそれは他でもない上条当麻の力であるということを

 

 

「はぁ…やっぱ癖ってのはよくねーな…ついつい右手で受けたせいで『出ちまった』」

 

「あ、アンタ本当なんなのよ…レイピアが右手に刺さって手首から先ごと切り飛ばしたと思ったら…次の瞬間には訳の分かんない力で私の身体ごと吹っ飛ばされて…もしかしてSAOで一方通行と闘った時に出たのと同じカラクリなわけ?」

 

「ま、まぁ企業秘密だ」

 

「ったく…いい?次やる時は自分からその訳わかんないのを使わせてやるから覚悟しときなさい」

 

「・・・今のでも十分ビビったのに肝が冷えるぜ本当に…」

 

[WINNER!Kamiyan!]

 

 

そして晴れていく煙の先で待ち受けていたのは、底をついた美琴のHPゲージと、かろうじて1割ほど残った上条のHPゲージ。そして激戦の勝者を高らかに宣言する豪快なサウンドとテロップだった

 

 

『き、決まったぁーーー!!まさに大接戦!大混戦!超激戦!白熱の準決勝第二試合!その右手で勝利をもぎ取ったのは上やん選手だーー!!』

 

ワアアアアアアアアアアア!!!!!

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話 絶剣VS幻想殺し

 

「よぅミコト、お疲れさん。ここ席空いてるぜ」

 

「ありがとうクラインさん。もうヘトヘトで参ったわ」

 

「いやー、惜しかったわねー。あたし最後てっきりミコトが勝ったもんかと思ったわよ」

 

「お褒めの皮肉をどうもありがとうリズ」

 

「べ、別に皮肉のつもりはないわよ…あはは…」

 

「どうだか…」

 

 

先の準決勝で惜しくも上条に敗れた美琴は自分の仲間が待つ客席に向かい、クラインとリズベットから労いの言葉を受けていた

 

 

「でも、なにはともあれいよいよ決勝戦ですね」

 

「きゅる」

 

「俺からしたらある意味1番見てみたかったカードが出揃ったよ」

 

「あたしもお兄ちゃんと同じかなー。絶剣の噂に釣られて負けた後、最初に上やん君ならどう戦うんだろうって考えたもん」

 

『さぁさぁついにALO統一デュエルトーナメントも大詰め!待ちに待った決勝戦!めくるめく激闘を繰り広げ決勝まで駒を進めたのはこの2人!『絶剣 ユウキ選手』VS『右腕の上やん選手』だーーー!!!』

 

ワアアアアアアアアアアアアア!!!

 

『さぁ用意はいいか皆の衆!Let'sカウントダウーン!!』

 

「「「10!9!8!7……」」」

 

「ミコトが開いてくれたパーティーの時からこの日をずっと楽しみにしてたよ上やんさん。上やんさんみたいな強い人と戦えてボク本当に嬉しいよ」

 

「はは、ALO最強の剣士からそこまで褒められるなんて光栄だな。その胸を借りて全力でやらせてもらうぜ」

 

「上やんさーん、女の子に胸を借りるなんて言ったらセクハラだよー?ハラスメントコード押してもいいかな?」

 

「いやそういう意味じゃねぇよ!?」

 

「あはは!冗談冗談!アリシャさんのいう通り結構ウブなんだね」

 

「年上をからかうもんじゃねぇよ…」

 

「でも、手を抜いたりしたらミコトに言いつけて黒焦げにしてもらうからね」

 

「そ、そりゃ恐ろしいな…でも、ミコトと仲良くしてくれてありがとな。上やんさん的にはそれが1番嬉しいぜ」

 

「もちろん。ミコトはボクにとって大切な人だもん。でもそういう意味じゃちょっと上やんさんには嫉妬しちゃうな。そのミコトから大切に思われてるんだもん」

 

「ははっ、そりゃ命を賭して一緒に戦った2年由来の戦友だからな」

 

「・・・はぁ〜、ミコトに聞いてた話以上だなぁ…普通今の聞けば理解するでしょ…」

 

「???」

 

「と、いうわけで!その愚鈍さを叩き直すつもりでいくから覚悟してよね上やんさん!」

 

「なんかいきなり罵倒されたんでせうが!?」

 

「「「3!2!1!」」」

 

「正々堂々と!行くよ!」

 

「ああっ!来いユウキ!」

 

[DUEL Start!!!]

 

「「「デュエルスタート!!!」」」

 

ダンッ!

 

「やっ!」

 

「させるか!」

 

カァンッ!!

 

 

デュエルスタートの合図の後、先手を仕掛けたのはユウキだった。持ち前の脅威的なスピードで上条に肉迫し上段から黒曜石の刀を振り下ろしたが、その一刀は上条の盾に阻まれた

 

 

「流石だね!どんどんいくよっ!」

 

カンッ!キンッ!ガキッ!キィン!カァンッ!キィンッ!カキィン!ガキィン!ガァンッ!

 

(・・・ふぉー、すごい…ボクのスピードについてきてる。防御の動きに一切の無駄がない。これは一発当てるのにも骨が折れそうだなぁ…)

 

(・・・いやすげぇな、片手剣でこのスピードかよ。キリトの二刀流と同等かそれ以上じゃねぇか?60人切りと絶剣の異名は伊達じゃねぇってことか…こりゃちっとも気ぃ抜けねぇな)

 

カンッ!キンッ!ガキッ!キィン!カァンッ!キィンッ!カキィンッ………

 

「と、とんでもねぇな上の字の野郎…あの絶剣のスピードについてってやがるぜ?」

 

「そりゃそうよ。斬撃なんて相手の身体の動き見てたら大体読めるもの。ただでさえ挙動の少ない拳銃の弾道を予測できて、対物ライフルの弾丸よりも初速が劣る剣をアイツが防げないハズないわ」

 

「し、シノンが言うと重みがあるわね…」

 

 

客席で試合を眺めている上条をよく知る面々も2人の試合に釘付けになっていた。クラインは開いた口が塞がらず、一方のリズベットは上条がGGOで得た経験を知るシノンの言葉に苦笑いしていた

 

 

「だが、あの調子じゃ上やんに反撃の隙がねぇ。ただでさえアイツは素手で戦うせいで攻撃のリーチが短けぇからな。このまま一方的に防御に徹してても勝ち目はねぇぞ?」

 

「『攻撃は最大の防御』とも言いますからね。このままだと流石の上やんさんも押し切られてしまうかもしれませんし…」

 

「いや、そうとも言えないさエギル、シリカ」

 

「「???」」

 

「そうとも言えないってどういうこと?キリト君」

 

 

エギルとシリカに反論したキリトの言葉の意味が理解できず首をかしげた2人の代わりに、アスナがその言葉の意味を問いかけた

 

 

「シリカの言葉を裏返すなら『防御は最大の攻撃』ってことさ。VRゲームの運動能力は基本的に本人の運動神経と精神力に依存する。いかに四六時中ダイブしていてVR慣れしているユウキと言えど、そのスタミナに限界はある。それにそこに関しては重要な問題がある。はい、リアルで剣道全中ベスト8の実力を誇るリーファ選手」

 

「・・・そうね…『相手を切る』っていうのは身体全体でする運動だもん。ずっとあのペースで攻撃を続けていられるはずないよ」

 

「正解だスグ。よくできました」

 

「・・・それともう一つ、アイツには攻撃のリーチが短いなりの圧倒的なアドバンテージがある」

 

 

そして先ほどから齧り付くように2人の試合を見ていたため口を閉じていた美琴も、耳に入ってきた話に反応してその沈黙を破った

 

 

「お、ミコトも気づいてたか」

 

「そりゃキリトさんと違ってアイツとは2年以上の付き合いだもの。でも、正直に言うと気づいたのはさっきのデュエルよ。多分そのアドバンテージはアイツと直接やり合わないと分からないわ。こと今のALO事情からしたらね。それをアイツ自身も理解してるんだからよっぽどタチが悪いわ」

 

「まぁ俺たちSAO生還者はひたすら『ソレ』を使ってきたからな。ここまで言えばリーファとシノン以外のみんなも分かったんじゃないか?」

 

「「「!!!!!」」」

 

「・・・なるほどね。私たちにとってはそれがあることが当たり前だったけど、上やん君にとってはそれがないことが当たり前。メリットとデメリットは表裏一体。上やん君と違って私たちには攻撃のリーチとシステムアシストによる連撃が約束される代わりに、それに見合う絶対の『制約』がある」

 

「ああ、その通りだアスナ。今ごろ絶剣もそれに気づいて歯噛みしているはずさ」

 

カンッ!キンッ!ガキッ!キィン!カァンッ!キィンッ!カキィン!ガキィン!ガァンッ!ギィンッ!

 

「やっ!はっ!せいっ!てやっ!くっ…!はぁっ…!やぁっ!」

 

「ほっ、はっ、よっ、とっ、おっと」

 

(〜〜〜ッ!!くっそ〜そんなネタがあったのか…道理で素手なんて圧倒的に不利な戦法を取ってるのに勝っていけるわけだ…ソードスキルがない上やんさんには、スキル使用後の『硬直』がない!!)

 

 

そう、それこそがプレイヤー戦闘において上条に約束された絶対的なアドバンテージ。ソードスキルを使わない上条には謂わゆる『スキル硬直』が存在しない。それは上条が自ら生み出す隙が皆無であることを意味している

 

 

「ほえ〜、それは盲点だったなぁ…でもだったらこっちも使った後に硬直がない魔法を使えば………あっ!」

 

「はは、自分で言って自分で気づいたなスグ。そう、上やんにあの右手がある限り魔法は効かない。アイツ自身は右手以外に撃たれれば効くらしいけど、不測の事態がほとんど起こり得ない1対1のデュエルにおいて、デカイ隙が出来なきゃまずあの右手に阻まれないわけがない。それにシノンの言葉を借りるなら、どんな高速魔法も対物ライフルの弾丸よりは遅いからな」

 

「・・・それ考えると上やんの強さって結構反則じゃない?」

 

「私も先のデュエルでそれを実感したわ。ことあるごとにアイツは補助魔法は効かないわ、魔法は唱えられないわ、リーチは短いわ弱点だらけだって言ってるけど、逆に言えば1対1なら弱点なんてリーチぐらいしかないのよ。おまけに言うと、そのリーチも大した問題にならない。だって魔法が効かないなら接近してアイツの間合いに飛び込むしかないもの。でもこっちが攻撃しても大抵あの鉄壁の盾に防がれる」

 

「そして下手にソードスキル使って硬直しようもんなら、問答無用であのトンデモ威力の鉄拳が飛んで来る。本当反則もいいとこだぜ…」

 

「上級ソードスキル並みの威力しといて硬直なしだもんねぇ…いや本当に効くよあの拳は…マトモに食らった身だから分かるけど…」

 

「女の子相手でも本気で殴れるもんねぇ上やん君は…あの時のリーファちゃん痛そうだったなぁ…ある意味本当にデュエルじゃ弱点ないよ」

 

カンッ!キンッ!ガキッ!ギィン!カァンッ!…キィンッ!…カキィン!

 

「はぁ…はぁ…!ぜぇ…ええいっ!くそっ!」

 

「どうしたユウキ!スピード落ちて来てるんじゃないか!?」

 

「あぁもうっ!このままじゃ埒があかない!やあっ!」

 

キュイイイッッッ!!!

 

 

上条の鉄壁の護りを崩しきれないユウキは半ばヤケクソになりながら、ソードスキル『バーチカル・スクエア』を発動させた。ユウキの剣が紫のライトエフェクトを伴いながら、疾風怒濤の四連撃が織り成された。しかし、その四連撃は全て上条の盾に弾き落とされた

 

 

キンッ!カァン!ギィン!ガキィン!

 

「いいっ!?ヤバッ!?」

 

「勝ちを急いだな!貰ったぜ!」

 

バッキイイイイイッッッ!!!

 

「ッ!?!?」

 

 

セオリー通り全身が硬直したユウキの左頬に、上条の右拳が突き刺さった。その一撃だけでユウキのHPは残り三割近くまで減らされ、その華奢な身体が宙に浮かんだが……

 

 

ブワッ!!バシンッ!!

 

「なっ!?」

 

「いぎぎぎぎぎぎ…!!つ〜か〜ま〜え〜たぁぁぁぁ!!!」

 

 

しかし、ユウキは自分の身体が吹っ飛ばされる瞬間、背中から咄嗟に出した翅を力強く羽ばたかせ、強引に身体を前に押し戻した。そしてその左手で自分の頬にへばりついていた上条の右腕をがっちりと掴み取っていた

 

 

「ま、マジかよ!?この状況で咄嗟にホバリングなんて…!」

 

「『肉を切らせて骨を断つ』ってね!さぁ〜もう逃げられないよ!嫁入り前の15歳の乙女の顔に傷をつけてくれたお仕置きだ!」

 

「く、クソッ…!?」

 

キュイイイイイイイイッッッ!!!

 

「さぁいくよ!10倍返しだ!!!」

 

「詳しくは11倍なんですがそれはーーーっ!?!?」

 

「でやーーーーーっ!!!!!」

 

ズバババババババババッッ!!!!!

 

 

とても女の子とは思えない凛々しい気迫の直後、ユウキの黒曜石の刀が再び眩いばかりの光を放った。そしてその剣が描くのは、ユウキが『絶剣』と呼ばれ足りうる最強の11連撃。その連撃は一つも余すことなく上条の身体に切り刻まれていき、連撃を締めくくる最後の一閃が放たれた

 

 

「はああああああああっ!!!!!」

 

ズドオオオオオオオオッッッ!!!!

 

「どわああああああああ!?くっ!」

 

ブワッ!!

 

(ッ!?ボクと同じことを…!)

 

 

絶剣の11連撃全てをマトモに受けた上条の身体が空中に投げ出されたが、上条もまたユウキと同じように、背中から咄嗟に出した翅を羽ばたかせ、その勢いを相殺させた

 

 

「うおおおおおおおおお!!!!!」

 

(〜〜〜〜〜ッ!!スキル硬直が解けてない!やられるっ!!)

 

ビーーーーーッ!!!

 

[Time UP!]

 

「・・・ほぇ?」

 

「あっちゃー、時間切れか…俺の負けだな」

 

[ALfheim Online DUEL TOURNAMENT Champion Yuuki!]

 

 

ユウキの眼前まで上条の右拳が迫った瞬間、甲高い電子音が鳴り響いた。デュエルの制限時間終了を意味するそのゴングの直後、HPが二割しか残っていない上条に対し、ギリギリ3割のHPをキープしたユウキを勝者だと宣言するデジタル文字が出現した

 

 

『コングラッチュレーーーショーーーン!!!参加者総数128名!並み居る強豪を切り倒し!ALO統一デュエルトーナメント頂点の座に輝いたのはーーーっ!!ユウキ選手だーーー!!!』

 

ドワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!

 

「・・・勝った。ボクが優勝したんだ…ぃやったーーーーー!!!!!」

 

「おーい!やったなユウキー!」

 

「やっぱりアンタ最高だよー!」

 

「ジュンー!ノリー!あははは!!みんなー!やったよー!ボクやったよー!」

 

 

そしてユウキの勝利を祝して、スリーピング・ナイツのメンバーがユウキの元へ駆けつけ、彼女を胴上げした。A最強剣士ユウキの名はまたたく間にALO内外に知れ渡り、仮想世界全てが彼女の比類なき強さを賞賛していた

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話 マザーズ・ロザリオ

 

「・・・平和ねぇ…」

 

 

ALO統一デュエルトーナメントからおよそ一ヶ月が経った。もう長くはもたないと言われていたユウキは奇跡的とも言える頑張りを見せ、その後もミコトを含めた7人で29層を攻略するなどの目覚ましい活躍を見せていた

 

 

「・・・ずっとこんな日々が続いてくれればいいのに…ね」

 

 

御坂美琴は第七学区の公園でヤシの実サイダーを飲みながら、ゆっくりと流れていく雲を眺めていた。しかしその頬には一筋の涙が伝っており、まるでこれから訪れる何かが分かっているかのようだった

 

 

「あ゛っ!おい美琴探したぞ!今さっきALOにダイブしたらキリトから連絡があって…って…な、泣いてんのか?お前…」

 

「うん…大丈夫。なんとなく、そんな感じがしてた」

 

「・・・そうか…っし!とにかくだ!俺ももう一回家に戻ってダイブし直す!お前も急いでALOにダイブしろ!場所は分かってんだろ!?」

 

「うん、大丈夫」

 

「よ、よし!じゃあ後でな!」

 

ダダダダダッ!!

 

 

それだけ言い残すと、上条は美琴に背を向けて全速力で走り出した。そしてその後ろ姿を見届けると、缶に残ったヤシの実サイダーを一気に飲み干し、自分の頬の涙を拭った

 

 

(ええ、決意はもう予め決めてたじゃない。絶対に涙は見せない。ユウキに負けないくらいのとびっきりの笑顔で…次の世界への旅立ちを見送るんだって…ユウキにもそう宣言したもの、間違ってもこんなところユウキには見せられないわ!)

 

「スゥーッ……黒子ぉーーー!!!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「やっ、ミコト。約束、覚えててくれたんだね」

 

「忘れるわけないじゃない。でも、本当によかったの?せめて最期の時くらい…機械の外で…」

 

「もぉーっ、何度も言わせないでよ。ボクにとってここは機械の外も同然だし、なにより…ボクはここから次の旅に出たいって思ったんだ」

 

「・・・そっか」

 

 

その後、美琴は全速力で自分の寮へ戻りALOにログインした。そしてユウキとの約束の地である24層にある小島の大きな樹の下でユウキに会った

 

 

「・・・ねぇミコト、会ってすぐでなんなんだけど、少し横になってもいいかな?」

 

「・・・もちろん。なんだったら私の膝でも使う?ほら、おいで」

 

「んー、じゃあお邪魔しようかな」

 

ポスッ……

 

「・・・はぁ、やっぱりミコトの身体はあったかいなぁ…姉さんと同じ…お日様の匂いがする」

 

「ふふっ、お日様の匂いって…ユウキ本当にお日様の匂いなんて嗅いだことあるの?」

 

「う、うるさいなぁ!そういう表現だってば!水差さないでよもう!」

 

「あははは!ごめんごめん」

 

「もう…あっ、そうだボク渡さないといけないものがあるんだった」

 

「渡すもの?私に?」

 

「うん。コレ、受け取って」

 

 

そう言ってユウキが差し出したのは、筒のように丸められた一枚の紙だった。その紙を美琴が受け取った瞬間、まるで美琴の掌に染み込んでいくように一枚の紙は薄くなっていき、やがて消えていった

 

 

「・・・ユウキ、これ…」

 

「うん。それがボクのオリジナル・ソードスキル。その名前は…」

 

[マザーズ・ロザリオ]

 

「『マザーズ・ロザリオ』…その技はきっと…ミコトを守ってくれるから…」

 

「・・・ありがとう、ユウキ…約束するわ。いつか私がこの世界を離れる時が来ても、その前にこの技は誰かに伝える。あなたの剣は…ずっとこの世界で生き続けるわ」

 

「うん…ありがとう…なんだか変だな…痛くも苦しくもないのに…なんか力が全然入らないや…」

 

「・・・・・」

 

 

美琴は段々と安らかな表情に変わっていくユウキを見て、思わず目頭が熱くなった。しかし、涙腺に伝わっていく熱を、必死で唇を噛みしめる痛みでなんとか誤魔化した。仮想世界では涙を堪えることは出来ないと分かっていても、意地でもユウキの前で涙は見せまいという美琴なりの決意の表れだった

 

 

「ううん、大丈夫よユウキ。きっと少し疲れただけ。休めばすぐによくなるわ」

 

「そっか…じゃあ少し…目を…」

 

「「「ユウキ!!!」」」

 

 

ユウキが美琴の膝の上で静かに目を閉じようとした瞬間、スリーピング・ナイツのメンバーがバタバタと足音を立てながら2人に駆け寄っていき、ユウキの周りに座り込んだ

 

 

「・・・なんだよ…みんな、最期の見送りはしないって…約束だったじゃんか…」

 

「勘違いすんな、見送りじゃねぇよ。喝入れに来たんだよ」

 

「ジュン…」

 

「あんまウロウロしてねぇで待ってろよ。俺たちもすぐに行くからな」

 

「・・・ふふっ、何言ってんの…すぐ来たら怒る…からね…」

 

「・・・うっ、くっ…くそっ…」

 

 

あまりにも弱々しい声でそう言うユウキを見たジュンの頬を、一筋の雫が伝った。そして掌で必死に涙を拭う彼の表情を隠すようにノリが身を乗り出し、ユウキに話しかけた

 

 

「ダメダメ、ユウキはあたしらがいなきゃなんにも出来ないんだから!ちゃんと大人しく…ま…まって…ひっく…待ってて…ね…ぐすっ…」

 

「・・・ダメですよ、ノリさん。泣かないって…約束…したじゃ…ないですか…」

 

 

そうノリを叱るシウネーの声にも嗚咽が混じっており、その瞳には涙がたまっていた。しかしそれは他のメンバーも全員同じで、もはや美琴以外の誰一人として涙を我慢できていなかった

 

 

「もう、仕方ないなぁみんな…ちゃんと待ってるから…なるべくゆっくり…来るんだよ…」

 

 

目を閉じながらその表情に笑みを浮かべた言ったユウキの頬にも、同じように涙が伝っていた。妖精の大地に吹く風がその涙をさらい、新たな草木の養分になるように、ユウキの涙を遠くへと運んでいった

 

 

「・・・ねぇユウキ…空、見て?」

 

「・・・空?」

 

ゴオオオオオオオォォォォォォ………

 

「・・・うわぁ…すごい…」

 

 

美琴にそう言われ、夕暮れに染まった空を見上げたユウキが目の当たりにしたのは、広大な空を埋め尽くす無数の妖精達だった。上条たちのパーティーを始めとし、各種族の領主が各々の種族の妖精を引き連れながらこちらへ飛んで来ており、その数は数百、数千にすら及び、我先にとユウキ達のいる小島に降り立っていった

 

 

「すごい…本当にすごい…妖精たちがあんなにたくさん…」

 

「ごめんね、ユウキは嫌がるかもしれないって思ったんだけど…私がみんなにお願いして呼んでもらったの」

 

「嫌だなんて…そんなことないよ…でもなんで…なんでこんなにたくさん…夢でも見てるのかな…ボク…」

 

「・・・ユウキ。あなたはこの世界に降り立った最強の剣士よ。あなたほどの剣士はもう2度と現れない。そんな人を寂しく見送るなんて出来るわけないじゃない。だからここにいるみんな、心の底から祈ってるのよ。ユウキの新しい旅が、ここと同じくらい素晴らしいものになりますように、って」

 

 

小島に降りることのできた妖精は、世界最強の剣士を前に跪き、その項を垂れた。空に佇む妖精も胸の前で手を組み、心からの祈りを捧げていた

 

 

「・・・嬉しいな…ボク。すごく嬉しいよミコト…」

 

「そう…よかった」

 

「ずっと…ずうっと考えてた。死ぬために生まれたボクがこの世界にいる理由はなんだろうって…沢山の薬や機械を無駄遣いして周りの人を困らせて…自分も悩んで苦しんで…その果てにただ消えるだけなら…今この瞬間にいなくなりたいって…ボクはなんで生きているんだろうって…何度も何度も…そう思った…」

 

「でもね、ようやく答えが見つかった気がするよ」

 

 

そう答えたユウキの瞳には、誰よりも輝かしい光が宿っていた。その底なしの笑顔は、見ている人全ての心を暖めてしまうほどに柔らかな表情だった

 

 

「意味なんてなくても…生きていていいんだって…だって、最後の瞬間がこんなにも満たされているんだから…こんなに沢山の人に囲まれて…大好きな人の腕の中で…最高の旅を…終えられるんだから…」

 

「・・・ユウキ。私、必ずもう一度あなたに会いに行くからね。どこか違う場所、違う世界できっとまた巡り会うから…その時には教えてね。ユウキが見つけたものを…約束だからね」

 

「・・・うん。ボク、がんばって…生きた…ここで…生きたよ…」

 

 

そうしてユウキはその笑顔を崩すことなく、ミコトの腕の中でゆっくりと目を閉じ、安らかな眠りについた

 

 

「・・・ねぇ、アンタ」

 

「・・・どうした、美琴」

 

「ユウキは…もう眠った?」

 

「・・・ああ、気持ち良さそうに眠ってるよ」

 

「もう…目を開けたりしない?」

 

「・・・ああ、大丈夫。もう見てない」

 

「じゃあ…もう…泣いてもいい…?」

 

「・・・・・ああ」

 

「・・・ひっく…んくっ…うわあああああああああああああん!!!わああああああああああああああああああああああああああ!!!!!…………」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「あら、ミコトさんもここにいらしてたんですか」

 

「あっ、シウネーさん」

 

 

数日後、美琴は再び24層の小島にある大樹の元を訪れていた。そしてその大樹の先を見上げながら今は亡き最強の剣士に思いを馳せていたところ、同じく小島を訪れたシウネーに声をかけられた

 

 

「あれからなんだか、ログインして時間があるとどうしてもここに来ちゃうんですよね」

 

「ふふっ、実は私もなんですよ」

 

「あはは、でも正直に言うと、ユウキはああいった性格だし、しつこく来すぎるときっと困っちゃうだろうから普段は控えてるんです」

 

「では、今日はどうして?」

 

「力を貰いに来ました」

 

ビュオッ!!

 

 

美琴がそう言った直後、一際強い風が吹き込んだ。小島に咲いた花弁が舞い上がり、シウネーは思わず目をふさいだ。そして次にその視線を上げた時には、見覚えのある顔ぶれが空に佇んでいた

 

 

「おい美琴ー!早くしろ置いてくぞー!」

 

「他の奴らに乗り遅れちゃうわよー!」

 

 

そこにいたのは、美琴と馴染みの深いパーティーメンバーだった。文字通り世界の垣根すらも超えて集まった仲間たちであり、美琴にとってもユウキ達にとっても大切な仲間たちが空を泳いでいた

 

 

「ああ、なるほど…確か今日は次の層の攻略に行かれると…」

 

「はい。ボスに挑むつもりです」

 

「大丈夫ですか?かなりの強敵で大手ギルドが連敗していると聞きましたが…」

 

「はい。だからそのために少しだけ力を貰いに来たんです」

 

「なるほど、そういことでしたか」

 

「じゃあ私、そろそろ行きますね。あんまり長居すると置いてかれちゃうし…なによりユウキに怒られちゃうから」

 

「・・・ええ。頑張って下さい」

 

「はい、それじゃあ」

 

ブワッッッ!!!

 

 

(ユウキ…私、あなたから数えきれないほど多くのものを貰ったわ…ううん、今でももらってる。だからその分、多くの人に伝えていくわ。私たちが見たものを、私たちが得たものを。そして、いつかきっと…ユウキにも届けに行くから…待っててね)

 

 

春の訪れを感じる風を切りながら、妖精の世界に降り立った最強の剣士に託された技の名前を胸に刻み、美琴は誰よりも真っ直ぐな目で、これ以上ないほど清々しい笑顔を浮かべながら、背中の翅を広げ、ユウキのいる道へと続いて行く大空に飛び立っていった

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オーディナル・スケール編
第1話 オーグマー


 

時は桜の蕾ができ始めた三月の初頭。ここ学園都市の街角に設置された大型テレビには、昨今の世間を騒がしているニュースが放送されていた

 

 

『すいません、その耳につけている物ってなんですか?』

 

「はぁ〜〜〜……」

 

 

日付に基づいて考えるのならばそれ即ち、当時の時代の先端であると騒がせた「フルダイブ型VR技術」の実現から3年と半年の月日が経ったということでもある。それだけ月日が経てばまぁ、次なる話題が生まれても当然といえば当然である。そして目の前のテレビはまさに、その新たな時代の到来を宣言していた

 

 

『『オーグマー』です』

 

「いいなぁ…『オーグマー』…」

 

 

そう、テレビで報道している学園都市を新たに賑わせた代物とは、次世代ウェアラブルマルチデバイス『オーグマー』であった

 

 

「おーっす、お待たせ〜」

 

「おぉ美琴、相変わらず楽しそうだな」

 

「そういうアンタは相変わらず寂しそうな耳元してるわね。結局まだ『コレ』買えてないわけ?」

 

 

そう言いながら上条当麻と所用があるため待ち合わせをしていた御坂美琴は自分の左耳につけたオーグマーを指先で小突いた。そう、このオーグマーは利用者を仮想世界に誘うVRとはまるで違い、現実でそのまま利用するという所謂『拡張現実』と称される『AR技術』に特化した端末である

 

 

「いやーしかしこれは便利よ本当に。どこでもテレビは見られるし、ナビは携帯より使いやすいし、天気予報は役に立つし」

 

「それ俺に自慢するの何回目だよ…あー俺も正直喉から手が出るほど欲しいですよそれは…でも金がないんだからしゃーねぇだろうが…」

 

カチャッ…

 

「ま、そういうわけだから。はい」

 

 

そう言うと美琴は自分の耳に装着したオーグマーを外し上条の方へと差し出した

 

 

「?なんだよ?試しにつけてみろってか?」

 

「違う違う。これアンタにあげるって言ってんの」

 

「・・・なんですと!?」

 

ガサゴソ!スチャッ!

 

「じゃーん!おNEW!」

 

 

そう言うと美琴は満面の笑顔で新たにカバンから取り出したオーグマーを左耳に装着した

 

 

「えっ!?ええっ!?わざわざ二台も買ったのかお前!?」

 

「違う違う。今朝学校が授業にオーグマーを取り入れるってんで生徒全員に無料配布したのよ。でも私はその前にもうオーグマー買っちゃってたから、一台余っちゃったわけ。だからその一台はお古だけどアンタにあげるわ」

 

「ほ、本当か!?本当にいいんでせうか!?このオーグマーの所有権は上条さんにあるとですか!?」

 

「ま、いつものSAOからのメンバーでオーグマーつけてないのアンタだけだしね。いつも物欲しそうな顔で見られんのもこっちが困るし、存分に使いなさい」

 

「ありがとうございます!本当にありがたいです美琴大明神様!このご恩はいつか必ず!では、早速」

 

スチャッ!ピコンッ!

 

『ようこそ!オーグマーへ!』

 

「うおおおおおおお!!!」

 

 

上条は美琴に手渡されたオーグマーを早速自分の左耳に装着した。すると上条の視界には、たちまち様々な電子表記が駆け巡り、天気、気温、時間などの私生活をサポートするための情報が表示されていた。しかし、その中で一際目を惹く数字の表記があった。

 

 

[ Ranking 2269232 ]

 

「・・・ん?美琴、このランキングってのはなんだ?」

 

「ああ、それは『オーディナル・スケール』のランキングよ」

 

「オーディナル・スケール?」

 

「そ。オーディナル・スケールってのは、つまるところオーグマーに搭載されたゲームよ。ゲームをプレイするプレイヤーにはそれぞれ『順位』を示すナンバーが与えられてて、ゲームをプレイするごとにそのランキングの数字が上がってくのよ」

 

「へーーー…オーグマーにもゲームがあったのか…にしても220万位か…学園都市の人口から言ってほぼビリだな…まぁ贅沢は言えねぇけど…」

 

「ほら、そんなことより早くセブンスミストに行きましょうよ。リズとシリカさんが待ってるわよ?」

 

「ん?ああ、そりゃいんだが…お前篠崎と綾野の呼び方がプレイヤーネームになってんぞ?」

 

「え?ああ、これはいいのよ。視界の左上の方見てみなさい」

 

「ん?あれ?俺のプレイヤーネームだ」

 

[Name : Kamiyan]

 

「初期設定は色々と面倒だからそっちに入ってたデータを全部私の新しいオーグマーに移して、そっちのお古のはアンタのユーザー名で登録しておいたわよ。ま、おかげでランキングはほぼビリも同然だけどね」

 

「おおそっか、サンキューな。まぁ大丈夫だよ、上条さんは元からレベル0だしビリには慣れてる」

 

「まぁそう言う手前、流石にプレイしてる人口が多すぎて第三位にはなれないんだけどね。まぁでも、ビリに甘んじてるの勿体無いと思うわよ?順位が上になればなるほど使えるクーポンとか、割引サービスもどんどん増えてくみたい。一位になった日にゃどんな特典がつくやら…」

 

「なっ!?割引サービスだと!?そりゃこの上条さんが黙ってないぜ!生活が楽になるってんなら喜んでオーディナル・スケールにのめり込んでやる!」

 

「はーいはい、いいからセブンスミストに行くわよ。リズ達ももう授業終わる頃だから、きっと待ってるわ」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ピコピコピコピコ…テッテレー!

 

[CLEAR!]

 

 

「やりました!クリアです!」

 

「おっしゃあ!いっただきぃ!」

 

「おおっ!ケーキ無料サービスだって!ラッキー♪」

 

「て、てかべらぼうに上手かったわねアンタ」

 

「正直上条さん一人でもいけたんじゃないですか?」

 

「いやぁ、こういうアナログ系ゲームは長いこと家にファミ○ンしかなかった上条さんの得意分野ですのことよ?」

 

「逆によくファミ○ンなんて持ってたわね…」

 

 

その後第七学区のセブンスミストへと移動した上条と美琴はリズとシリカと合流し、ファミレスに入り、オーグマーでファミレス側から提供したパック○ンのゲームをクリアしていた

 

 

「いやーしかしまぁ、こういうポイント抜きにしても本当便利よね〜」

 

「本当ですね。通信規制緩和の為に学園都市中に通信機能を追加実装した清掃ロボットが新たに配備されて街中もさらに綺麗になりましたし」

 

「まぁ私としては能力が使いづらくなってそこだけは良しと出来ないんだけどねぇ…」

 

「いやお前の能力はそもそもやたらめったら使うもんじゃねぇかんな!?一回俺ん家の家電全滅させてんだぞ!?」

 

「でも、上条さんもようやくオーグマーが手に入ってよかったですね」

 

「まぁ私のお古だけどね」

 

「本当だよ。ウチの大学ケチだからなぁ…流石にリズ達の帰還者学校とか常盤台みたく無料配布とはいかねぇよ」

 

 

そう言いながら上条は少し気恥ずかしそうに左耳につけたオーグマーを二、三回ほど掻いた。すると一人のファミレス店員が四人の座る席に一礼して寄ると、四種類のケーキを置いた

 

 

「お待たせ致しましたー。こちらクリアボーナスセットです。ごゆっくりどうぞー」

 

「ああっ!あたしこれ!」

 

「私はこれがいいです!」

 

「私これ!」

 

「「「あっ…あははは…」」」

 

 

机に置かれたケーキを見るなりリズ、シリカ、美琴がそれぞれ好みのケーキをほぼ同時に指差した。普通ならば誰か一人ぐらい希望が重複するのだろうが、見事なまでに当人達の好みはバラバラだった

 

 

「へぇ、それがAIが好みまで把握するっていう『ディープ・ラーニング』ってやつか…じゃあ上条さんは最後に余った一つをもらいますかなっと」

 

「あーむっ!んぐんぐ…ん〜っ!美味ひ〜!」

 

「ま、上条じゃこうはいかないわよね〜?」

 

「ただの人間である俺と機械を比べますかそうでせうか…」

 

「もぐもぐ…あ、そう言えば聞きましたか?例の話」

 

「・・・例の話?」

 

 

ケーキを頬張りながらフォークを片手にシリカが3人にそう尋ねた。しかし上条には何のことやらさっぱりで小首を傾げて聞き返した

 

 

「あ、聞いた聞いた。オーディナル・スケールのイベントの話よね?」

 

「あ、それならあたしも聞いた」

 

「ふーん、俺は知らねぇなぁ…そのイベントがなんだって?」

 

「実はそのイベントで…出たそうなんです」

 

「で、出たってなにがでせう?」

 

「・・・SAOのフロアボス」

 

「・・・なっ!?」

 

 

上条の問いかけに対し美琴が静かな声で答えた。上条はそのにわかには信じ難い話に思わず自分の耳を疑った。三年前の自分が何度その類いの敵と死闘を繰り広げたことか。上条の脳裏では、今まで倒してきたフロアボスの面影が鮮明なまでに蘇っていた

 

 

「つい一週間前から昨日までの間に、1層から9層までのフロアボスが出現したらしいわ。まぁ何かのプロモーションとかなんじゃないかって噂は飛び交ってるけど…実態は定かじゃないわね」

 

「それに!なんとそのフロアボスとの戦闘では高確率で『ユナ』のライブイベントが入るみたいですよ!」

 

「・・・ユナ?」

 

「ほら、あの子よ」

 

「ん?」

 

『みんなー!私のファーストライブ!第三学区の新国立競技場でやるから見に来てねー!』

 

「「「うおおおおおおお!!!」」」

 

ワイワイガヤガヤワイワイガヤガヤ…

 

 

美琴がファミレスのガラスの向こう側を指差すと、その指の先にはセブンスミストのイベントホールに設置されたステージで踊る黒を基調にした服に白い髪、そしてアイドルらしい可愛い顔とその手にマイクを持った少女とそのファンの声援があった

 

 

「ああ、確か…オーディナル・スケールのイメージキャラクターっつーARアイドルの…」

 

(そう言えば俺…あのイベントホールでやってた抽選でナーヴギアとSAO当てたんだっけ…懐かしいな…)

 

「そ。あのユナって子がバトルサポーターとして歌ってくれるイベントが起こりやすいって話なのよ」

 

「まーでも、出てくる場所と時間がギリギリまで分からないから足がないあたし達には難しいのよね〜」

 

「・・・よし、行ってみるか」

 

「え!?い、行くってオーディナル・スケールの例のイベントに行くってことですか上条さん!?」

 

 

不意な上条の呟きに対し、ALOではケットシーの中でも一際可愛らしく大きな耳を持つシリカがいち早く反応を見せた

 

 

「え?聞こえてたのか?まぁオーディナル・スケールの上位ランキングでもらえるサービスは俺にとっちゃありがたいし、噂を確かめるって意味でも試しに行ってみっかなって…足に関しちゃ俺はこの前買ったアクロバイクがあるし…」

 

「「「えっ!?」」」

 

ガシッ!ガシッ!ガシッ!

 

「乗せて下さい上条さん!」

「あたし後ろ乗ってっていい!?」

「私後ろに乗っていく!」

 

「・・・はい?」

 

 

上条の最後の一言に驚愕するなり、3人が一斉に上条の肩に掴みかかり、ほぼ同時に同じような問いかけを上条へと向けて言い放った

 

 

「ちょっとミコト!アンタには黒子っていう足があるでしょうが!」

 

「はぁ!?後輩を足に使えってわけ!?」

 

「え、美琴さんあなたいつも散々足に使ってる気がするんでせうg…」

 

「 な ん か 言 っ た ? 」

 

「なんでもないですすいませんごめんなさいでした 」

 

「そ、それにしても!ミコトさんは能力使って磁力であっという間に飛んでいけるじゃないですか!」

 

「ぐっ…!そ、それはアレよシリカちゃん!私が能力使うと清掃ロボの通信機器に異常が生じるからそんなやたらめったら使うのはよくないかなって!」

 

「い、いや美琴さんあなた普段から能力どころか超電磁砲までぶっぱn…」

 

「 な ん か 言 っ た ? 」

 

「なんでもないです申し訳ございません生きててごめんなさいでした 」

 

「で!?上条!誰を乗せてくの!?」

 

「私ですよね!?そう言って下さい上条さん!」

 

「私よね!?さっき私が一番早かったんだから!」

 

 

3人の女性陣はより一層上条へと詰め寄るとファミレスにいる周囲の客も引くほどの勢いで問いかけた。しかし、そんな3人の問いかけに対し上条は極めて冷静に返答を告げた

 

 

「い、いや…別に誰も乗せねぇぞ?」

 

「「「・・・は?」」」

 

「いやねぇ、三人ともなにも当然なことのように聞いてますけど、アクロバイクはどんなに高性能でも所詮はただの自転車。知っての通り自転車の二人乗りは違反ですからね?そんなんで風紀委員とか警備員にしょっぴかれるなんざ俺は真っ平ごめんだ」

 

「「「・・・たしかに」」」

 

「でしょう?だから上条さんは誰も後ろに乗せる気はありませんよ〜」

 

「で、でも!じゃあ詩乃の時はどうして乗せたのよ!?」

 

「いやあの日はスキルアウトを撒くためもあったし、後の予定もあったし仕方なかったんだよ。祥恵さんとか瑞恵ちゃんを待たせるわけにゃいかなかったし」

 

「うぐっ……」

 

「いいなぁ詩乃さん…上条さんと二人乗り…」

 

「・・・はぁ、まぁそういうことなら今回はもういいわ。でも、オーディナル・スケールをやるなら色々と準備をしないとね」

 

「・・・準備?」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 オーディナル・スケール

 

「・・・っとここか…意外と近かったな」

 

 

時刻は既に夜の9時前。学園都市の街中は数多の電灯で光り輝き、頭上には月が望む夜の街へと様変わりしていた。そして上条当麻は夜に覆われた学園都市をアクロバイクで駆け抜け、放課後に話題となったオーディナル・スケールのイベントバトルの指定場所へとたどり着いていた

 

 

ザワザワザワザワザワザワ…

 

「しかしどこの会社が運営してるか知らねーけど手込んでるよなぁ…ちゃんと邪魔にならないように清掃ロボットが一区画ちゃんと交通規制敷いてくれんだからよ…」

 

シュンッ!!

 

「のわあっ!?」

 

 

上条は清掃ロボットが綺麗に整列し交通規制を敷く様子や、イベントのために集まって来た他の学生を含めたプレイヤーを興味深く見つめていた。すると急に目の前に上条のよく知る電撃姫とツインテールの高校生が現れた

 

 

「ふー、ありがと黒子」

 

「まったく…いくら流行りのこととは言えど程々にして下さいですの」

 

「分かってる分かってる」

 

「お、なんだ美琴達だったのか。ってか結局白井を足に使うのなお前…」

 

「あ、アンタもう来てたのね」

 

「なっ!?まぁたこの憎き類人猿ですの!?今日という今日こそはその脳天にこのお姉様と私の普遍の愛を象徴した鉄の矢をぶち込んでやりますのぉぉぉ!!!」

 

「やめんかコラァァァァァ!!!」

 

バッチコーーーーーン!!!

 

「ぶべっ!?」

 

 

いつもの調子で白井黒子が上条に飛びかかろうとしたのを見ると、美琴は自身の能力を上乗せした電撃の平手打ちを白井に見舞った

 

 

「まったく…今日は周りに清掃ロボットもいるからビンタで勘弁してやったけど、次はこうはいかないわよ」

 

「ぐ、ぐふっ…あんまりですの…ま、そういうことでしたら黒子はこの辺にて失礼致します」

 

「あれ?白井はやってかねーのか?」

 

「ご冗談を。あなたのような暇で暇でどうしようもない大学生とは違うんですのよ?それと、私にはまだ風紀委員の仕事が残っておりますの。オーグマーやオーディナル・スケールが流行してからというものの色々と交通規制などの面倒が付いて回りまして…こっちの身にもなってほしいですわ。妙な事件も頻発しているようですし…」

 

「妙な事件…?」

 

「あらあら、もうこんな時間でしたの。それでは、ごめんあそばせ」

 

シュンッ!!

 

 

最後にそう一言だけ断りを入れると白井は再び能力を使用し、その姿はあっという間にその場から消失した

 

 

「なんだ?妙な事件って…SAOのフロアボスが出現するようになったことについて言ってんのか?」

 

「お、なんだ?上の字とミコトも来てやがったのか?」

 

「あら、クラインさん」

 

「ん?おお、クライン。飲み以外で会うのは久しぶりだな」

 

「お?だったら今日もこの後飲んでくか?」

 

「断る!」

 

 

白井がいなくなったかと思えば、次に背後から二人に呼びかけた男はSAO時代からの仲間であるクラインだった。そして彼の後ろには、彼をリーダーに置き、中年層の男性を集めたアインクラッド攻略ギルド『風林火山』のギルドメンバーが集合していた

 

 

「んだよツレねーなぁ…ところでやっと上の字もオーグマーを手に入れたのか?」

 

「ああ。美琴のお古だけどな」

 

「かーっ!いいねいいねぇモテる男は!女子からのプレゼントなんてそんなの一つもねーよ!おおーしオメェらぁ!今日は上の字から愛しのみこっちゃんを奪還するぞぉ!!」

 

「「「うおおおおおおお!!!」」」

 

「いや何度も言うけど俺は別にモテてねーよ…モテてたらとっくに彼女ぐらい作ってるって言ってんだろが」

 

「・・・ミコト、お前さん頑張れよ」

 

「みなまで言わないでクラインさん。クラインさんに言われるとなぜか余計色んなものに対して腹が立ってくるわ」

 

「辛辣ぅ!?」

 

「???」

 

ザワザワザワザワザワザワ……

 

 

クラインと美琴の会話の訳が分からず頭をひねらせる上条だったが、街のビルに取り付けられた巨大な電子時計が9時丁度に近づくにつれ、周りのざわつきが大きくなり始めた

 

 

「っとそろそろね…起動の仕方とゲームの所作はさっき教えたから分かってるわよね?それと、さっき買って来たやつ忘れたとか言わないでよね?」

 

「まさか、流石の上条さんだってそんなミスはしねーよ。ほら」

 

 

そう言って上条はポケットから右手しかない真新しい手袋を取り出した。右手の甲の骨格に合わせて銀色のラインが引かれ、わざと指先が外に出る指抜きグローブと同じデザインを採用しているそれは『ARグローブ』なる代物であり、上条が放課後に美琴達のアドバイスで購入したオーディナル・スケールの為の専用グッズだった

 

 

「コイツを手に着けて…オーグマーを着けて…準備OKだな。これでどんな相手が来ても心配せずに殴れる」

 

「全く今さらながらアンタも物好きよねぇ…AR戦闘でも拳にこだわることないのに」

 

 

そう言いながら美琴が手の平で転がしている純白のペンライトのようなものは、オーディナル・スケールで『剣』などの役割を果たす専用のコントローラーだ

 

 

「そう言う美琴こそ、相変わらずの細剣じゃねぇか。お得意の能力と超電磁砲は使わなくていいのか?」

 

「アンタねぇ…分かり切ってること聞くんじゃないわよ。実体のないただの現実を拡張した映像に能力が効くわけないでしょうが」

 

「ははは、冗談だって」

 

キーン!コーン!キーン!

 

 

そんな軽口を叩きあっていると、街中のデパートに取り付けられたデジタル時計が9時になったことを知らせる電子音を響き渡らせた

 

 

「お、とか言ってるうちにもう9時か。そいじゃ、いってみますか」

 

「そうね」

 

 

そう言うと上条と美琴は一呼吸置き、目を閉じて深く息を吸うと、閉じた瞼を一気に開き、たった一言のフレーズで現実世界を前人未踏の異世界で塗りつぶした

 

 

「「オーディナル・スケール 起動!」」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 AR戦闘

 

上条と美琴が言語エンジンによりオーディナル・スケールの起動を宣言すると、瞬く間にまばゆい光が全身を包み込んだ。そして目を開けると学園都市の街並みは怪しげな赤黒い雰囲気の色に包まれた城下町に一変していただけでなく、今まで着ていた私服は白と黒を基調とした近未来風のスタイリッシュなデザインの服に様変わりしていた

 

 

「おおお…昼にも試しでやったけどやっぱすごいなコレ。本当に着替えたみてぇだ」

 

「そんな呑気なこと言ってる暇ないわよ。ほら、見てみなさい。早速お出ましみたいよ」

 

ゴゴゴゴウッ!!!

 

「グオオオオオオオオッッッ!!!」

 

 

美琴が指差した先で燃え盛る炎を切り裂きながら姿を現したのは、真紅の鎧を身に纏い、その右腕に刀を携えた巨大なトカゲのモンスターだった

 

 

「ッ!?あ、アイツは…!名前なんだっけ?」

 

「ズコーッ!あ、アンタねぇ…アイツはアインクラッド第10層ボスの『カガチ・ザ・サムライロード』よ!」

 

「ああ、10層のか。道理で知らねぇわけだ。俺は1層以外は25層まで攻略に参加してなかったからな」

 

「言っておくけどかなりの強敵よ。素直に勝ちたいならアドリブで戦おうとせずに、一度戦ってヤツの攻撃パターンを覚えてる私やクラインさんの指示に従うことね」

 

「へへっ、そういうことならお言葉に甘えさせてもらうぜ」

 

『みんなーっ!準備はいいー?ミュージック・スタート!』

 

「うおーっ!ユナちゃんだーっ!」

 

「ユナちゃーん!」「可愛いーっ!」「こっち向いてくれー!」「愛してるー!」「俺のためだけに歌ってくれー!」

 

 

イベントに集まった皆がカガチ・ザ・サムライロードを目の前に戦闘態勢を整えたところで、街並みの一角に先のセブンス・ミストのイベントホールで見かけたユナが紫の光を浴びながら登場すると、プレイヤーの耳元にBGMが流れ始めた

 

 

「あぁなるほど…これがシリカの言ってたユナのイベントってやつか…お、攻撃力上昇バフかけてくれてんのか。そりゃ上やんさん的にはありがたいな」

 

「ちょっとアンタ!もうそんな流暢に構えてる暇なんてないわよ!」

 

「おっと!そうだったな!よろしく頼むぜミコト!」

 

「グオオオオオオオオッッッ!!!」

 

「来るわよ!SAOと違って10分の制限時間つきだから様子見と言わず最初っから全開でいくわよ!」

 

「おうっ!!」

 

ダンッ!

 

 

上条はそうアドバイスした美琴に勢いよく返事をすると、その返事の勢いのままにサムライロードの懐へと飛び込んでいったが、それを見たサムライロードは右腕の刀を上条めがけて振り下ろした

 

 

「グオオオオオオオオオッ!!!」

 

「ちょっ!?バカじゃないのアンタ!?折角さっき装備に設定した盾出さないで特攻なんt…!」

 

「そんぐらいちゃんと分かってるさ!俺がここ何年ずっと拳と盾を握り続けたと思ってんだよ!」

 

(確かこんな感じで左手首から先を捻れば…!)

 

ブオンッ!ガキィンッ!!!

 

 

サムライロードの刀が襲いかかる直前、上条は予め装備として登録していた純白の盾を左腕に展開し、見事にサムライロードの一閃を防いでみせた

 

 

「どりゃああああああっ!!!」

 

ドッゴオオオオオオッッッ!!!

 

「グォゴゴゴオオオオ!?!?」

 

 

そして上条はそのまま盾にのしかかった刀を押し退けると、自慢の右拳をサムライロードの土手っ腹に叩き込んだ。するとその威力に押し負けたサムライロードは思わず二、三歩後退した

 

 

「おお〜、現実でこんなに思いっきりなんか殴ったのは詩乃の一件以来か。やっぱ高校ん時に比べると少し衰えたかぁ…とりあえず今ので感覚は掴めたし、一丁リハビリがてら体張ってみるか!」

 

「あ、アイツ…相変わらず無茶してくれるわね。これが当時の10層だったら頼もしい限りだったんだけど…!」

 

「うおー!俺たちも上の字に負けてらんねー!ユナちゃんにいいとこ見せんぞー!」

 

「「「うおーーーっ!!!」」」

 

 

その光景を見ていた美琴はアインクラッドを攻略していた当時を思い出したのか武者震いし、クラインもまた風林火山の面々を引き連れながらサムライロードへと突撃していった

 

 

「グオオオオオオオオオッ!!!」

 

「その攻撃貰い受けた!」

 

ガキィンッ!ゴォンッ!!

 

「ナイスタンク!!」

 

ズバンッ!!スピンッ!!

 

 

迫り来る風林火山をサムライロードは刀の二連撃で迎えうったが、大盾を装備した風林火山の1人にその攻撃を防がれ、その隙を逃さずクラインともう1人に斬撃を見舞われた

 

 

ダダダダダッ!!バンバンバンッ!!

 

「その隙に俺たちもポイントを貰うぜー!」「弾ある限り撃ちまくれー!」「ひゃっはー!」

 

「へー、銃とか遠距離系の武器もあんのか…でもあんまダメージ量は期待できそうにねぇな…」

 

「次、遠距離攻撃来るわよ!」

 

「いぃっ!?ヤバっ!?」

 

ギュルンッ!ズドオオオオオッッ!!

 

 

美琴がそう注意を呼びかけると、サムライロードは白銀のヘビが巻きついた左腕を突き出した。すると白銀のヘビが周囲を薙ぎ払いながら暴れ回った。上条は美琴の指示もあり咄嗟に盾で攻撃を防いだが、一線を置いて射撃していたプレイヤー達は見事に一掃され、ゲームオーバーを宣告された

 

 

「あちゃー、やっぱ遠距離じゃこんなもんかぁ」「意外とペナルティーきついなぁ…」「でもやっぱ接近戦はこえーよ」

 

「うげ、負けたらランキング下がんのかよ…アレ?でも俺もうビリ同然だからこれ以上下がんねーのか?それとも本当にビリに…」

 

「うおっしゃー!この攻撃の後はしばらくヤツは様子見だー!風林火山突撃ー!」

 

「「「よっしゃーーー!!!」」」

 

「おっ!クラインのやつやってんなー!俺も負けていられn…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・風林火山…か。流石は攻略組の一翼を担っていただけはある」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 不穏な影

 

「・・・え?」

 

 

不意に誰かの呟きが耳に入り、上条はその場に立ち止まり周囲を見回した。しかし、周りには面白おかしく騒ぎながらサムライロードに向かっていくプレイヤーばかりで、とても流暢にそんなことを呟いていたように見える人間はいなかった

 

 

「・・・今誰か…風林火山が…攻略組がどうのって…気のせいか…?」

 

「お生憎様!ボーッとしてると私がトドメ貰っちゃうわよ!」

 

「はい?あっ!?おい美琴…!」

 

「せぇいっ!!」

 

スピンッ!シャキンッ!ドスッ!ズバンッ!!キィンッ!!!

 

「グオオオオオオオオオ!?!?」

 

「これで!お終いよっ!!」

 

ズバアアアアアァァァァァンッ!!!

 

「・・・グォ…」

 

ドッパアアアアァァァァァンッ!!!

 

 

美琴がサムライロードにトドメの斬撃を放つと、サムライロードは短い断末魔の後、ド派手なサウンドを伴いながら身体が四方八方に散り散りになるエフェクトが発生し、その姿が木っ端微塵に砕け散った

 

 

「「「イエーーーィッ!!!」」」

 

ワイワイガヤガヤワイワイガヤガヤ…

 

「あっちゃー…余計なことに気取られちまったか。こりゃまた綺麗に見せ場取られちまったな…」

 

『みんなー!今日はおつかれ様ー!ポイントサービスしておいたよー!』

 

「ユナちゃーん!俺の活躍見ててくれてたかーーーっ!?」

 

「く、クラインのやつ…やってること仮想でも現実でも変わんねぇな…」

 

『そ・れ・と〜っ…』

 

 

今回のバトルに参加したプレイヤーを労うために道路へ降りてきたユナは、思わせぶりにそう一言付け足すと、人混みをかき分けながら美琴の元へと歩み寄った

 

 

「へ?わ、私?」

 

チュッ♡

 

「「「・・・んなっ!?!?」」」

 

 

するとARアイドルことユナは、なんとこともあろうに美琴の頬に優しくその唇を押し付け、その光景を目の当たりにした面々は揃って驚愕の声を上げた

 

 

『今日の主役はあなた!おめでとーっ!それじゃあみんな!またねー!』

 

シュウウウウウ……

 

 

流行りのARアイドルはそう言い残すと、口づけをした美琴に追加のポイントを付与して紫色の電子エフェクトとともに姿を消してしまった

 

 

「ず、随分とマせたことするアイドルだなぁ…アイドルのルール的にアレはアリなのか?」

 

「ゆ、ユナちゃんが…ちっす…ミコトに…女の子に…接吻…」

 

「ん?おーいクライーン?戻ってこーい。おぉ美琴、お疲れさん」

 

「はいはい、お疲れ」

 

「あ、あれ?オメー意外と平気そうな顔してんなミコト」

 

「まぁね…毎日度を超えた同性愛者の相手でもしてれば正直あんなの序の口だわ。それより良かったじゃないアンタ、さっきまでビリ同然だったのにかなり順位上がってるわよ」

 

「ん?おおっ!いきなり30000位かよ!クーポンもこんなに!こりゃ味を占めそうで後が怖えな…」

 

「まぁ、なんだかんだで開幕一発目は上の字だったかんな。それにこのSAOボスは他と比べてポイントが多いからなおさらだな」

 

「ん?その口ぶり…クラインはこれが初めてじゃねぇのか?」

 

「まぁな。たしかに最初は面食らったが、いざ戦ってみればそーでもなかったし、なによりあん時と違って死んでも死にゃしねぇからな。やっとかなきゃ損ってもんだろ」

 

「・・・まあ、人それぞれか」

 

 

クラインの話を聞いた上条は一言そう呟くと、耳に装着したオーグマーと、右手のARグローブを取り外した

 

 

「つーか、あのユナって子は本当にAIなのか?なんか動きが自然すぎるっていうか…本当はどっかの誰かが動かしてるんじゃねーのか?」

 

「まぁ確かにその手の噂はしょっちゅう出てるけどね。でも確かめようがないからみんなそれ以上はなにも言ってないのが現状よ」

 

「ほーん。美琴はキスされた時になんか感じなかったのか?なんか人の温度を感じたとか」

 

「そ、そんなの分かるわけないでしょーが!まして現実で誰かからキスされたわけでもあるまいし!」

 

「ま、そりゃそーか」

 

「だ、だから…その…アンタがキスしてくれればそういうのも分かるかもしれないっていうか…えっと…」

 

「んぁ?なんか言ったか?」

 

「ゴォラァ!テメー上の字!今日という今日は許さねーぞぉ!?どんだけ都合のいい耳してんだチキショー!」

 

ゴチンッ!

 

「痛ってぇ!?なんだよクラインいきなりゲンコツってのはどういう了見だ!?ここ仮想世界じゃねーんだから少しは手加減しろよ!」

 

「うるせぇこの朴念仁!」

 

「・・・はぁ…もういいわ。私もう帰るから。そろそろ帰らないと黒子からも寮監からもお叱りが来るわ」

 

「おっと、もうそんな時間か。そんじゃー今日はこの辺でお開きにすっか。気をつけて帰れよ未成年ども」

 

「その未成年に酒勧める犯罪者はどこのどいつだー?」

 

「うるっせぇ!早く帰れ天然女たらし!」

 

「うるっせぇ!一生独身野武士ヅラ男!」

 

「う、うわーーーん!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「さてさーて、どっかに掘り出し物はないかな〜」

 

 

そう言いながら夜も更けた学園都市の街中を徘徊する小太りしている中年の男は、先の戦闘を風林火山の一員として活躍した男だった。かつてデスゲームと化したSAOを曲がりなりにも最前線で生き抜いた猛者の一人である彼は、オーディナル・スケールをプレイしながら帰路に着いていた

 

 

「おっ?この反応は…おおっ!レアアイテムじゃん!ラッキー!」

 

「まったく…こんな単純な手に引っかかるなんて…これがもし『あの世界』のダンジョンのトラップだったら、君は今頃無数のモンスターに串刺しにされる見るも無惨な最期を迎えてたんだろうけど…やっぱり元攻略組とは言えたかが知れてるな。それともただの平和ボケか…」

 

「・・・あ?」

 

 

そこは丁度、モノレールが通る橋の下だった。風林火山の男がアイテムに夢中になっていたところ、気づけば背後の暗がりから耳元に流行りのARガジェットを付け、その首に右手を当てた一人の少年がゆらりと姿を現していた

 

 

「なんだぁ?対人戦かぁ?こんなアイテムで人を釣り上げて気に入らねぇなぁ。お前一体ランキングは…」

 

[RANK 2 ]

 

「・・・へぇ、2位かぁ…ファッ!?ランク2位だぁ!?へっへっへ!今日は運がいいぜ…ここでお前をぶった切って俺がその座を手にできるんだからな!!」

 

「やれやれ、相変わらず首の関節は鳴らないままか…無個性なのを気にして始めてみたはいいけどここまでうんともすんとも言わないとは。まぁ…『コレ』を差し置いて無個性と定義づけるのは流石に教授に対して失礼か…」

 

「元SAO攻略組の強さ!その身をもって思い知れぇぇぇ!!」

 

 

そう叫びながら剣を振り下ろした風林火山の男に対して、月影に佇む少年は首元に当てていた右手を差し向け、小さな声でぽつりと呟いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 新 た な 天 地 を 望 む か ? 」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 予兆

 

「いやー、ARで戦うフロアボスも本家同様の行動パターンとはいえ、生身で動きまくったから身体バッキバキだぜぇ〜」

 

 

その後、現実で解散した上条達は家に着くなり今度はアミュスフィアでALOにログインし、新アインクラッド22層のログハウスで談笑に浸っていた

 

 

「いや正直なとこ上やんさんも少し肩が張っててな…ここ最近ゲームばっかやってたから身体鈍りきってんなぁ…」

 

「しかし、よくそんな調子とその場にいる人数だけで倒せたな?当時のアインクラッドからしたら有り得ねぇ功績だぞ?」

 

「まぁ私とかクラインさん達は一回アイツとやり合ったことがあったからね。それでもみんな集団戦未経験者ばっかりで戦場はしっちゃかめっちゃかだったわよ」

 

「うーん、AR戦闘かぁ…俺はちょっと遠慮したいなあ…」

 

「もうキリト君ってば。それは単にキリト君が身体を動かしたくないだけでしょう?」

 

「そーそー。もっと言ってやって下さいよアスナさん。お兄ちゃんってば私が料理作らない日はほとんど冷凍食とパスタしか食べないんですから」

 

「べ、別にいいだろ簡単で美味いんだから…」

 

「あぁ、それとシリカが言ってたようにやっぱりフロアボスとの戦闘にはユナが応援に来てたぜ」

 

「ええっ!?本当ですか上やんさん!?はー、見てみたかったなぁ…ユナの生ライブ…」

 

「ああ。BGMかけたり補助かけてくれたり、最後にはご褒美に美琴の頬に…」

 

「んっ!んんっ!」

 

「あはは、まぁそりゃそうだな」

 

「分かってるなら最初から言おうとすんじゃないわよバカ」

 

「へいへい」

 

「「「???」」」

 

 

美琴の謎の咳払いと、その後の上条と美琴の主語のない会話に一同は首を傾げたが、その空気を遮ってシノンがなにかを思い出したように口を開いた

 

 

「あ、そうそうユナと言えばオーディナル・スケールの登録キャンペーンで第三学区でやるファーストライブのペアチケット当たったんだった」

 

「あ、それ俺も当たったぞ」

 

「な、なんだとーっ!?おいそれ一枚寄越せエギル!いや一生のお願い!頼む!マジで!頼むぅぅぅぅぅ!!!」

 

「わ、分かった一枚はお前にやるから離れろ!オッサン同士が抱き合う構図なんて誰も求めてねーって!」

 

「うおー!恩に着るぜ心の友よー!」

 

「ゲンキンなやつだ…」

 

「あたしとシリカは元から帰還者学校に特別招待券が来てるからなんの苦労もせずにチケット取れたのよねー。ほんと、なに考えてんだか分かんないわよあの学校は」

 

「あぁ…となると困ったわね…ミコトか上やんのどっちかが置いてけぼりに…」

 

「ううん、大丈夫よシノンさん。私もコイツももうチケット持ってるから」

 

「なっ!?あの万年不幸を貫いてる上の字が抽選に当たったってのか!?」

 

「早とちりすんなよクライン。厳密に言えば抽選当てたのは美琴だよ。俺にお古のオーグマー渡すために、俺のユーザー登録したときに当たったんだと。正直俺はそんなに興味ねーけどチケットは当たったオーグマーに自動反映されて、もう一枚は通信で相手に渡すってんで俺のペアチケットはとっくに美琴のオーグマーに反映されてんだよ」

 

「下手な鉄砲数撃ちゃ当たるってことか」

 

「ふふっ、GGOじゃ数撃っても当たらないけどね」

 

「キリトもシノンも一言余計だ!」

 

「「「あはははははは!!!」」」

 

「でも、一体どういうことなの?旧SAOのボスが別のゲームで出現するなんて…」

 

「う〜ん、特にタイアップの告知とかはされてなかったわよね?」

 

 

一頻り笑い終えると、アスナがポットに追加の紅茶を淹れながらふと浮かんだ疑問をそのまま口にすると、それに乗っかるようにリズベットも問いを投げた

 

 

「タイアップって言ってもSAOを作った『ARGUS』はもうなくなっちゃってるし…イベントバトルに参加してた他のプレイヤーもSAOのフロアボスだって気づいてる様子もなかったし…」

 

「でもそれは、あくまで俺や美琴のいた今日の場所での話だ。他のとこでもイベントはやってたかもしんねーし、このまま続けば気づくやつも増えてくるだろ。貰えるポイントも結構多いし、ユナのライブと重なって学園都市内外から人が集まってきて、偶然参加したら…なんてのもあるかもしれねぇ」

 

「現実世界でアインクラッドを再現しようとしている…ってか?」

 

「でもそれ所詮は現実世界の話なんでしょ?ナーヴギアみたいに命の危険はないんだし考えすぎじゃない?」

 

「そうだな。まぁ少し俺たちの方でも思い当たる何かがあったら調べてみるよ。ユイ、頼んでもいいか?」

 

「了解です!パパ!」

 

「じゃ、夜も遅いし今日はここでお開きにしましょ。みんな、おやすみー」

 

「「「おやすみー」」」

 

シュンシュンシュンッ!!!

 

 

美琴が発した一日の終わりを告げる言葉を皮切りに、全員がそれぞれログアウトしていく中、上条がクラインに声をかけた

 

 

「なぁ、ちょっといいかクライン?」

 

「ん?改まってどーしたんだよ上の字よ?俺もお前も体バッキバキなんだからはえーとこ寝ようぜぇ?」

 

「あーーー……」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

『・・・風林火山…か。流石は攻略組の一翼を担っていただけはある』

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「・・・そーだな、やっぱなんでもねぇや。お前の言う通り早く寝たいしな」

 

「へっ、なんだそりゃ。まーいいや、俺とお前の仲だしな。早く寝ろよ老体ジジイ」

 

「うるせぇ。俺より年上の加齢臭漂わせるオッサンが何言ってんだ」

 

「おまっ、それ気にしてんだから言うんじゃねーよ…」

 

「ははっ。じゃあまたな」

 

「おう、またな」

 

シュンッ!シュンッ!

 

 

この時、上条は全く知る由もなかった。これがSAOで二年の時間を共にした自分とクラインの、最期の別れの挨拶になるということを………

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 未曾有の恐怖

 

シュンッ!!

 

「悪いわね黒子、昨日に引き続いてお願いしちゃって」

 

 

時刻は午後の9時前。一般の学生ならばとうに家でくつろいでいるであろう時刻に美琴と黒子は、第七学区にある公園の前に来ていた。つい先刻、クラインから今日のオーディナル・スケールのイベントバトルはここで行われるというタレコミ情報を聞いた美琴が、昨日と同じように無理を言って聞かせたためだった

 

 

「まったく…お姉様、ひょっとしてわたくしがお姉様のお願いを断らないのをいいことに味を占めてるんじゃありませんの?」

 

「まさか。自分が学内で一番心を許してる後輩にそんなこと思うはずないじゃない」

 

「にょわーーーっ!!!そのお言葉だけで黒子はーーーっ!!!お姉様ーーーっ!!!どこぞのARアイドルのキスなど忘れてしまうほどよ熱いキスをどうかこのわたくしとーっ!…と、冗談はこの辺にいたしまして…」

 

「やめんかーーーっ!…へ?冗談?アンタってこういう時大体本気で…っていうか、急にそんな冷静になってどうしたのよ?」

 

「・・・お姉様、先のお言葉が本心であろうとなかろうと、一体どうなさいましたの?急にそんなことを仰るなんて…それにいつもと少し様子が違うような…」

 

「・・・まぁ、そうね。少し今日は嫌な予感がするというか…あはは、それだけで見抜くなんて流石ね黒子。長い付き合いは伊達じゃないのかしら?」

 

「恐らくは女の勘というものですの。かく言うわたくしも風紀委員という仕事柄そういう予感は多かれ少なかれ感じる時はありますので…。それで、本当に大丈夫なんですの?もしもの事を考えて今夜はお辞めになった方が…」

 

「ううん、まぁきっとなんでもないわ。この一連の出来事は少し私的に気になるところがあるんだけど…多分いらない取り越し苦労に終わると思うわ。たまには本音を言いたくなる時もあるじゃない?さっきのはそれが少し漏れただけよ、きっと」

 

「・・・まぁお姉様がそう仰るのでしたら…ですが気をつけて下さいまし?帰りもご連絡を下さればお迎えに上がりますの」

 

「うん、分かった。ありがとね黒子」

 

「それでは、一旦失礼致しますの」

 

シュンッ!!!

 

(・・・ああ言った手前、実際は自分で分かってる。さっきのは私の本音に間違いない。でも、それを実際に口にした原因は……)

 

(思い…出してる…?あのSAOで戦っていた頃の記憶を…あの始まりの日、黒子に何も言い残せずに後悔したことを…だから今度は…それをちゃんと言葉にして残していこうと…でもそれは…つまり…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・私が…死ぬ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(・・・はっ。我ながら何をバカげたことを…今さら思い出したからってなによ。あんな日々の記憶忘れる方がどうかしてる。昨日実際にフロアボスを見て少しフィードバックしてるだけ。そうよ、これはどこまでいっても所詮……)

 

「ただのゲームなんだから……」

 

「タダのゲーム?今時のゲームは大半が課金制でその気になりゃ最後まで無料で遊べんのばっかだぞ?」

 

「えっ?あ、クラインさん…それに風林火山の人たちも…」

 

 

美琴がポツリと呟いたのが聞こえたのか、いつも通りの軽い口調のままにクラインが美琴に話しかけた。そんな彼の後ろには、昨日と同じく風林火山の面々が集まっていた

 

 

「うっす!まさか本当に来るとはな。順調に非行少女への階段を上がってるんじゃねーのかミコトよ?」

 

「こんばんは、クラインさん。生憎だけど私自分のこと別に優等生だなんて思ってないし、むしろ非行少女側だって自負してるわ。それに私一応高校生よ?夜の9時に出歩くなんて別に普通よ」

 

「ははっ、そりゃ悪かったな。しかし上の字のヤロー、俺が折角誘ってやったのに大学の飲み会なんかでパスしやがって…俺と飲むのはあんなに嫌がるってーのによぉ…」

 

「・・・あれ?私の記憶が確かなら今日一人少なくない?」

 

「ああ、さっきからソイツと連絡つかなくってな。合流したら俺たちも参戦すっから、先に行っててくれよ」

 

「あら、いいのかしら?あんまりノロノロしてると私が全部ポイント持ってっちゃうわよ?」

 

「そ、そりゃねーよ!」

 

「あはは、軽い冗談よ。それじゃまた後でね」

 

ザワザワザワザワザワ………

 

「クラインさんの言う通りアイツの姿はなし…か。まぁいいわよね。どうせアイツは25層までのボスとの戦闘経験はないんだろうし」

 

ゴゴゴゴウンッ!!!

 

「キキキィィィィィ!!!」

 

 

美琴が上条を探して辺りを見回していると、突如公園の中心から炎が燃え盛り、その中から四足歩行になった鷲のようなモンスターが出現した

 

 

「あれは11層の『ザ・ストームグリフィン』か…ちょっと懐かしいわね」

 

『さぁみんな準備はいい?戦闘開始だよー!ミュージックスタート!』

 

「うおーユナちゃんだー!」「きゃーこっち向いてー!」「今度俺とデートしてくれー!」

 

「・・・ったく。ミーハーってのはどうしてこうなのかしら…まぁいいわ、宣言通り、私が全部ポイント掻っ攫ってやるんだから!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「げえっ!ユナちゃんのステージ来てんじゃん!」

 

「クソッ!あいつメッセも電話も返さねぇぞ!」

 

「早くしないと折角の獲物が…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、威勢のいいところ悪いけど、残念ながら今日の獲物は君たちなんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ?」

 

ゴゴゴゴウッ!!

 

「ウガアアアアアアッッッ!!!」

 

 

どこからともなく声が聞こえ、風林火山の面々が辺りを見渡すと、丁度背後から炎が湧き立ち、おぞましく巨大な棍棒を持ったゴーレム型のモンスターが姿を現した

 

 

「こ、コイツ…!第11層ボスの『ゼーギ・ザ・フレイムコーラー』じゃねぇか!?二体同時出現もあり得るってことかよ!?」

 

「チッ!仕方ねぇ!お前ら気合い入れてくぞっ!!」

 

「「「おうっ!!!」」」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ギキキイイイイィィィィィッ!!」

 

 

一方、美琴たちとザ・ストーム・グリフィンの戦いは中盤戦を迎えており、グリフィンが周囲に響き渡る雄叫びを上げると、その身体から青白い雷光が迸った

 

 

「ッ!あのモーションは…!広範囲攻撃が来るわ!タンクの人はボスを引きつけて!」

 

「えっ?お、おう…」

 

「もうすぐ大技出してホバリングするから遠距離系の人は羽根を狙って撃ち落として!」

 

「え、あ、ああ…!」

 

「撃ち落とした後がチャンスよ!みんなで一斉に攻撃して仕留めるわ!」

 

「任せろ!」

 

 

美琴は戦場を駆け回りながら、見ず知らずのプレイヤー達に的確に指示を出していた。それはまるで、SAOで血盟騎士団を統率していた頃を思い出しているかのようだった

 

 

「おっしゃー撃ってこーい!」「俺の盾に敵うと思ってんのかよー!」「テメーなんか焼き鳥にしてやんよー!」

 

「ギィエエエエエエエエエ!!!!」

 

バチバチバチバチ!!!ガァンッ!!

 

「撃って!」

 

「「「うおおおおおお!!!」」」

 

ババババッ!!ダダダダダンッ!!!

 

「キュアアアアアァァァァ!?!?」

 

「今よ!一斉攻撃!」

 

「よっしゃー!」「食らいやがれー!」「殺ったりぃぃぃ!!!」

 

ズバァンッ!ドゴォッ!シャキン!

 

「・・・ィィィキキキキキ!!!」

 

ダンッ!ドドドドドドド!!!!!

 

「くそっ!仕留め損ねた!」

 

 

近接プレイヤーの総攻撃を受けてなお、グリフィンのHPは健在だった。すぐさま体勢を立て直すと、ところ構わず暴れ出し、フィールドを縦横無尽に駆け回った

 

 

「悪いけど、その行動パターンも…お見通しよっ!!!」

 

ガリガリガリガリガリガリッ!!!

 

「ギィエエエエエエエエエ!?!?」

 

ドッバアアアアアァァァァァン!!!

 

 

しかし、グリフィンが暴れ回る先にはレイピアを構えた美琴が立ち塞がり、その切っ先に吸い込まれるようにグリフィンが突撃していき、その身体を自らガリガリと引き裂いていき、大音量のサウンドとライトエフェクトを伴い、跡形もなく消え去った

 

 

「「「いやったーーー!!!」」」

 

「ふぅ、疲れた。結局クラインさん来ないまま終わっちゃったわね…」

 

『またあなたね!おめでt…』

 

「待った。ポイントだけくれればそれでいいから。AIが出過ぎたマネするんじゃないわよ」

 

『あら残念』

 

 

美琴が一息ついてレイピアを鞘に納めると、先ほどまで歌っていたユナが美琴の前に降り立ち、昨夜と同じように頬に唇を近づけたが、美琴はそれを片手で制した

 

 

『でも、またね。ミコトさん』

 

「・・・え?」

 

シュンッ!!

 

 

そう言い残しながらヒラヒラと手を振ると、ユナは電子の波となってその姿を消してしまった

 

 

(・・・今の、名前を呼んだだけ…よね?それに『またね』って…次に会うのを確信してるってこと?いくらAIだって言っても…普通そんなこと言うものかしら…)

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ドッバアアアアアアアンッ!!!

 

「やりぃー!ボーナスゲットー!」

 

「ナイスファイトだったぜリーダー!」

 

 

そして美琴たちがグリフィンと対峙している間、クラインたち風林火山も突如出現したゼーギ・ザ・フレイムコーラーを見事に討伐していた。メンバー全員がその歓喜に湧く中、なんとも軽薄な拍手の音が聞こえてきた

 

 

パチパチパチパチ……

 

「いやぁ、流石のチームワークと言ったところかな。昨日は一人だけだったし当人が余りにも間抜け過ぎて君たちを過小評価していたみたいだ」

 

「あ?いきなり何だぁ?てか誰だオメー?」

 

「『どこにでもいる平凡な大学生』だよ」

 

「・・・え?」

 

「 新 た な 天 地 を 望 む か ? 」

 

バツンッ!!!!

 

 

自らを平凡な大学生と名乗る人物は、実際より大きく見えるわけでもなく、かといって小さく見えるわけでもない異質な雰囲気を漂わせる少年だった。頭部にはオーグマーが装着してあり、白のワイシャツに紺のブレザーと灰色のズボン、そして首にはネクタイ。一見すれば高校生にしか見えない少年は、クライン以外の四人が集まっている方へと右手を差し向け、静かに謎めいた言葉を呟いた。すると短く歪な音が聞こえ、クラインの視界から一瞬にして四人の姿が消失した

 

 

「・・・は?き、消え…!」

 

「あぁなに、気にしないでくれ。コレは『こういう仕様』なんだ。なにも別に本当に消えたわけじゃない。耳についてるやつを外せばちゃんとその辺に転がってるよ」

 

「テンメェェェェェ!!!何してくれてんだーーー!!!」

 

ガシャンッ!ダンッ!!

 

 

その光景を目の当たりにしたクラインは激昂し、耳につけたオーグマーを乱雑に地面に叩きつけ、地面を蹴り飛ばすと少年に向かって殴りかかった

 

 

「うりゃ!でりゃっ!うおりゃあ!」

 

ブンッ!ブオンッ!グワッ!

 

「おやおや、馴染みの深い『彼』の真似事かい?だとしたら興醒めだな。君は『適材適所』という言葉を知らないと見える。そんな脆弱な拳をいくら僕に向けても無駄だよ」

 

「ええいっ!クソッ!」

 

バシンッ!

 

「だから無駄だって言ったろ」

 

ボギィッ!!!

 

「うぎあああああああ!?!?!?」

 

 

少年はクラインの握り拳を右手で受け止めると、クラインの肘から先を普通では有り得ない方向へと捻じ曲げた。クラインはあまりの激痛に絶叫し、地面に倒れこんだ

 

 

「あぁ…これは少し強すぎるな…というか今の僕には不要な物だな。コレは後で教授にお返ししよう」

 

「うぎ…いぎぎぎ…痛ってぇ…」

 

「ほら、君の忘れ物だよ」

 

カチャッ……

 

 

地面に這いつくばりながら折れた腕を抑えるクラインに、少年は先ほどクラインが投げ捨てたオーグマーを拾い上げ、そのまま持ち主の耳へと装着させると、地面に這いつくばるクラインへ右手を差し向けた

 

 

「さて、これから君もお仲間と同じ末路を辿ることになるわけだけど…何か言い残すことはあるかな?」

 

「あっ…ぁぁぁぁぁ………」

 

「なに、そう怯えることもないさ。二年ちょっと過ごした場所にもう一回戻すだけで別に殺してやろうって話じゃない。もっとも、君がもう一度生き残ればの話だけどね」

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?」

 

「 新 た な 天 地 を 望 む か ? 」

 

バツンッ!!!………………

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 悪夢の再来

 

カシャコカシャコカシャコカシャコ…

 

「あ〜、ちっと時間早すぎたかもな〜」

 

 

上条当麻は自前のアクロバイクをこぎながら、様々な商業施設が建ち並ぶ第15学区の街中にある時計を見るなりそう呟いた。その時計はちょうど午後4時を示していた

 

 

「ん〜4時か。エギルの店もう空いてっかなぁ…まぁランチもやってるって言ってたし開いてないことはねぇか。ったくクラインのやつ…前からの約束だとはいえ、なんで相変わらず未成年の俺を飲みに誘うんだよ…ま、奢りに釣られて誘いに乗った俺も大概か…」

 

キキーーッ!!

 

 

今日上条がエギルの店を訪れた理由は、数日前に悪友であるクラインから酒飲みに誘われたからであった。上条があまりにも嫌そうに誘いの話を聞く様子を見たクラインが今回は全額奢ると宣言したため、しょうがなく付き合いの長いダメなオッさんの誘いに乗ったのだった

 

 

「さて到着っと…お、よかったやっぱ開いてるもんだな」

 

カランコロンカランコロン!

 

「おーっすエギルー」

 

・・・シーーーーーン……

 

「・・・おろ?誰もいねぇな。いや客がいねぇのはいつものことか。エギルは裏にいんのか?おーいエギルー!上条さんだぞー!お客様だぞー!」

 

・・・シーーーーーン……

 

 

店のドアを開け上条は店内に入ったが、店には客の姿はおろか店主であるエギルの姿も見えず、少し声を張り店の裏にも聞こえるように呼びかけたが、上条の声は店内に虚しく響き渡っただけでなんの返事もなかった

 

 

「いねぇな…なんか買い出しでも言ってんのかアイツ?にしてもだったらcloseの看板ぐらい下げろよな。まだ俺だからいいけど普通の客とか強盗きたらどうすんだこれ」

 

ピリリリリ…ピリリリリ…

 

「ん?電話か?」

 

 

静寂とする店内を見回しながら呆然と立ち尽くしていた上条だったが、突然ポケットのスマホから着信音が鳴り響き、スマホをポケットから取り出し相手を確認した

 

 

「なんだエギルかよ。どうせ店閉め忘れたみたいなこと言うんだろ。一丁貸しでも作ってそのうちタダ飯でも食わせてもらうか」

 

ピリリリリ…ピッ!

 

「はいはーい。もぬけの殻になったダイシーカフェから上条さんがお受けいたしまーす」

 

『あっ!やっと繋がったか!おい上条!さっきから何度も電話してたんだぞ!』

 

「え?あ、おう。ちょっとチャリ漕いでたから出れなかった。つか今お前の店にいるんだけどよ、これいいのか?鍵開けっぱなしなんだけど…」

 

『なにっ!?マジかよ!?悪りぃがカウンターの裏に合鍵があるからそれ使って閉めてくれ……って!んなこたぁどうでもいんだよ!大変なんだ上条!』

 

「た、大変?なにが?」

 

『クラインのやつ!昨日の夜、意識不明で病院に緊急搬送されたらしい!』

 

「・・・え?」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「まさかいつもベットで寝てる君が、今回は見舞いとして来るとはね。ひょっとしてこれが始めてなんじゃないかね?」

 

「それよりも先生、クラインの容態はどうなんですか?」

 

 

エギルの電話を受けた上条は第七学区にトンボ帰りし、夜から店が始まるエギルと入れ違う形でクラインの病室に駆けつけた。そして彼の容態について聞くため、一先ず寝たきりのクラインの様子を確認すると、カエルのマスコットによく似た名医の部屋を訪れた

 

 

「クライン?あぁ、オンラインゲームではそう呼んでいるだけかな?まぁその前提で話をするとして彼は…壷井遼太郎君は昨晩、数名の男性と一緒に倒れていたところを通りがかりの警官が発見し、この病院に緊急搬送された。しかし搬送時から今も変わらず意識は戻らないままだね」

 

「原因は一体なんなんですか?」

 

 

冥土帰しにそう聞いた上条は、胸の内ではなんでもないものであってほしいと願っていた。なにせ目の前にいる名医は、これまで幾度となく大怪我を負った自分を何度も救ってくれたのだ。生半な病気は治せないはずがないと思っていた。しかし、その名医の口から出た言葉は、そんな上条の幻想をいとも簡単にぶち壊した

 

 

「それが、分からないんだ」

 

「・・・は?わ、分からない?」

 

「ああ。壷井君を含む、昨日搬送された五人全員ね。身体に目立った外傷はない、壷井君は例外として腕の骨が折れているが、それもなんともないただの骨折だね。心拍、脈拍、血圧、どれを見ても正常値そのもの。正直どうやったら意識を失うのか理解に苦しむよ」

 

「そ、そんな…!」

 

「・・・ただ、少し気がかりなことがある」

 

「気がかりなこと?」

 

「実はここ最近、壷井君たちと同じように原因不明のまま意識を失っている患者が学園都市各地で報告されているんだ。そして、その患者の脳のCTスキャンを撮影したところ、全員に似たような症状が見られたんだね」

 

「そ、それは一体どんな…」

 

「・・・ふむ。まぁ医学の知識がからっきしの君に分かるように説明すると、人間の大脳には人間の五感を司る部位がそれぞれあるわけだね。ところが、この謎の意識不明の患者たちは揃いも揃ってその部位に『ある変化』が見られている」

 

「ご、五感を司る?……………ッ!?!?」

 

「・・・どうやらその顔、察しはついているようだね。まぁ君は紛れもなくその当事者の一人だったからなおさらかもね」

 

「そ、それってやっぱり…!」

 

「ああ。先に言った『ある変化』…この意識不明の患者達は、ナーヴギアもアミュスフィアもなしに、大脳がフルダイブ下と同じ状態になっている」

 

「そっ!?そんなの有り得ねぇよ先生!絶対なんかの間違いだ!」

 

「僕としてもそう思いたいところなんだけどね。こんなのははっきり言って異常だ」

 

「もし本当にクライン達がフルダイブしてるとして!その意識は一体どこ……に……」

 

 

語気を荒げながら冥土帰しに訴える上条だったが、まるで何かに気がついたように声量が小さくなっていった。そしてそれに比例するようにその顔は血の気が引いていき、みるみるうちに青ざめていった

 

 

「・・・その察しの良さはある種災いかもしれないね。君の考えは概ね僕も理解している。これを結論づけるのはいささか早計かもしれない。だが、この意識不明の患者たちは全員SAO生還者であり、オーディナル・スケールのイベントバトルに参加していた。正直これは無視できるものではないね」

 

「ッ!?先生!今何時ですか!?」

 

「え?い、今かい?あと5分足らずで7時になるけど…なにか急用でも思い出したのかい?」

 

(この前俺が参加したイベントバトルは9時!昨日クラインに誘われたイベントバトルも開始は9時だって言ってたよな!ならまだ間に合うか!?)

 

「すいません先生!ありがとうございました!クラインのことよろしくお願いします!」

 

ガタンッ!ガラガラガラッ!ピシャン!

 

 

上条は捲し立てるように冥土帰しに別れを告げると、勢いよく椅子から立ち上がり部屋を飛び出した。そして全速力で病院から外に出ると、ポケットからスマホを取り出し御坂美琴に電話をかけた

 

ピリリリリ…ピリリリリ…

 

「出ろ…頼むから出てくれよ美琴…!」

 

ピリリリリ…ピッ!

 

『もしもし?どうしたのよ急にアンタの方から電話かけてくるなんて』

 

「美琴か!?今お前のそばに誰かいるか!?」

 

『・・・は?そばにって…リズとシリカさんと私の三人でいるけど…』

 

「!!丁度良かった!二人にも伝えてくれ!今日は早く家に帰ってALOにログインしてくれ!話したいことがある!間違ってもオーディナル・スケールのイベントバトルには参加したりするなよ!?」

 

『・・・はぁ?イベントバトルには参加するなって…んなこと言われても…』

 

『さぁみんな準備はいーい!?戦闘開始だよ!ミュージックスタート!』

 

「「「イエーーーイ!!!」」」

 

『・・・もう始まっちゃったわよ?』

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 消失

「・・・もう始まっちゃったわよ?」

 

『んなっ!?』

 

 

上条の電話を取った美琴は今、第七学区の大型ショッピングモール『セブンスミスト』前の開けた道路にいた。その場所こそが今回のイベントバトルの指定場所であり、時間的にも場所的にも第七学区に住まう彼女たち三人にはうってつけだったため、急いで駆けつけたのだった

 

 

ドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴッッッ!!!

 

「キキキキキキキィィィ!!!」

 

「ちょっとミコトー!?なに呑気に電話してくれてんのー!?いくらタンクがいないからってこの役しんどいわよーーー!?!?」

 

 

美琴が上条との電話にかまけている一方、リズベットはヤドカリ型のモンスターの殴打をバックラーで受け続けており、その背後に隠れているシリカも悲鳴を上げていた

 

 

「ひゃあああああ!?!?ミコトさん助けて下さーい!?!?」

 

「あ、ヤバいこのままだとリズとシリカさんが死にそう。とりあえずそういうことだから切るわね。場所はセブンスミストの前だからアンタも急げば間に合うと思うわよー」

 

『あっ!おいちょっt…!』

 

プツンッ!

 

「せぇいっ!!!」

 

ズバァンッ!!!ドッゴォォォッ!!!

 

「フシャアアアアアアアア!?!?」

 

 

そう言って美琴はスマホの通話を切ると、矢継ぎ早にリズベットを殴りまくっていた旧アインクラッド第12層ボス『ザ・ストリクトハーミット』を切り飛ばした

 

 

「OKOK。大方作戦通りね」

 

「いやどこが!?アンタが余計な電話してなけりゃもっと早く今の一撃入れられたでしょうが!てか本当にこの役しんどいわよ!?」

 

「ひええええ…怖かったぁぁぁ…」

 

「うおー!俺たちも負けないぜー!」「ボーナスは俺のものだー!」「いけいけー!」

 

「おっと、悠長に話してたら先越されちゃいそうね。それじゃあ続きいくわよ!」

 

「「おおおーーーっ!!!」」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

カシャコカシャコカシャコッッッ!!!

 

「あーもうクソッ!なんで毎度のようにこうなるんだよ!!」

 

 

上条は美琴に電話を切られた後、病院からセブンスミストまでの道をアクロバイクで爆走していた。力の許す限りペダルを漕ぎまくった成果もあり、わずか五分足らずでイベントバトルが行われているのであろう人だかりを発見した

 

 

「あそこか!頼むから三人とも無事でいてくれよ!オーディナル・スケール起動!」

 

ガシャンッ!!ダダダダダダッ!!!

 

 

人だかりを見つけた上条は道端に乱雑にアクロバイクから飛び降りると、即座にオーディナル・スケールを起動させ、人だかりへと飛び込んでいった

 

 

ザワザワガヤガヤワイワイザワザワガヤガヤ

ワイワイザワザワガヤガヤワイワイ…………

 

「ちょっ!?人多すぎんだろこれ!?わ、悪い通してくれ!ああクソッ!時間がねーってのにこんな人混みどうやっt…!」

 

『〜♪〜〜♪〜♪〜〜〜♪』

 

「・・・あれ?」

 

 

人混みを掻き分けながら進む上条の耳に聞こえてきたのは、透き通るような歌声だった。その歌声は、戦場という不相応な場にも関わらず、唯一歌い続けているユナのものに他ならなかった

 

 

「この歌声と曲…っていうか俺…あのユナって女の子を…どこかで…」

 

 

そしてその歌声を聞いた上条の脳裏に、何かが蘇りつつあった。そして自らの視線の先にいる少女の面影にもまた、見覚えがあるような不思議な感覚にとらわれていると、その直後に穏やかに聞こえる歌声とは対照的な、背筋も凍るほどおぞましい咆哮が聞こえてきた

 

 

「ギャオオオオオオオオッッ!!!!!」

 

「ッ!?い、今の…ドラゴンの鳴き声か…?嘘だろ…今日出現するのなんて精々10層そこらのハズだろ…当時の情報屋の攻略情報でもその段階でドラゴン系のフロアボスなんていなかったはずじゃ…!」

 

「うわあああ逃げろぉぉぉ!!」「誰か助けてー!」「あんなの勝てっこねー!」「こんなんでポイント取られてたまるかー!」

 

 

するとドラゴンの咆哮に怖気付いたのか、はたまた戦況があまりにも悲惨だったのか、戦場にいたプレイヤーや人混みの前の方にいる集団がこぞって戦場に背を向けて逃げ惑い始めた

 

 

「おわっ!?ちょっ!?しめた!一先ずこれで前に出れる!」

 

ダダダダダダダダダダダダッッッッッ!!!

 

「美琴ー!リズー!シリカー!どこだー!?」

 

「ご、ごめんなさ…きゃあっ!?」

 

「ッ!?シリカ!!!」

 

 

ようやっとイベントバトルの戦場にたどり着いた上条は馴染みの三人を大声を上げて探していると、周囲を見回した視線の先で、ある一人の少年か逃げ惑うシリカの肩を突き飛ばし、シリカが尻餅をついたのを見た瞬間、上条は地面を蹴って走り出した

 

 

「悪いね。君に別段の恨みはないけれど、それでも貴重な一つのピースなんだ。『彼女』のために『あの世界』に戻ってくれ」

 

「・・・・・ぇ?」

 

「シリカさぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」

 

バッ!!!

 

 

そして尻餅をついたまま状況の整理が追いつかず戸惑うシリカに構わず、少年はその右手をすいっと差し向けた。すると次の瞬間、シリカを助けに走っていた美琴が二人を遮るように割って入った

 

 

「 新 た な 天 地 を 望 む か ? 」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・ぇっ?」

 

バツンッ!!!!!

 

「・・・・・は?」

 

「おっと、少し予定が狂ったな。まぁいいか、どうせこうなる運命だったんだから」

 

 

その異様な光景を、上条は目の当たりにしてしまった。少年がなにかを呟いた直後、その右手の先にいた美琴の体が、跡形もなく消え去ったのだ

 

 

「アイツ…!アイツかっ!!!」

 

 

それを見て直感した。あの少年こそが全ての元凶であると。クラインと美琴の仇であると。そう気づいた上条は怒りに我を忘れそうだったが、その感情を奥歯で嚙み殺し、まだ安全とは言えないシリカの元に駆け寄った

 

 

「み、美琴さん…?美琴さん!美琴さん!」

 

「シリカ!無事か!?」

 

「か、上やんさん!美琴さんが…美琴さんが…美琴さんがぁ…!!」

 

「ッ!?まさか…いるのか…?そこに…美琴が…?」

 

 

上条はシリカの元へと駆け寄ると、シリカは泣きながら『見えない何か』を抱きながら、うわごとのようにある少女の名を何度も繰り返していた。そしてその様子から嫌でも分かってしまった。シリカが抱いている『見えない何か』は、間違いなく先ほどまでそこにいた御坂美琴であると

 

 

「こらー!プレイマナーを守れー!」

 

「ッ!それ以上こっちに来るなリズ!」

 

「え?か、上やん…?」

 

「おや?これは少し驚いたな。まさかSAOを終わらせたヒーロー様にこんなところで出会えるなんてね」

 

「お前ッ!!美琴に何をした!?」

 

ガボンッ!!!!!

 

「ッ!?!?」

 

 

いよいよ怒りが限界に達しきった上条は謎の少年に掴みかかろうとしたが、少年が右手を前に突き出すと、上条の真横を通るように地面がぼっかりと抉られ、上条は思わずその場に立ち止まり生唾を飲み込んだ

 

 

(・・・い、一体なんなんだコイツの右手?俺の右手と同じ…いや、違う。具体的になんなのかは全くもって分かんねぇ…いや分かりたくもねぇよこんなもん!ただコイツの右手を見ただけなのに悪寒が止まらねぇ…!)

 

「・・・おや?君、本当にあの上やんかい?たかだか見知らぬ一般人の右手を見ただけで萎縮するとは他愛ないな。SAOに終止符を打ったヒーロー様も、所詮はただの腑抜けか」

 

「ッ!?んだとテメッ…!!」

 

「おっとその辺にしておきなよ。僕はこう見えてもそんなに気が長くはないんだ。こちらとしてもまだ『未完成』の君を向こうに送りたくはないからね。今日はこの辺で退散させてもらうよ」

 

「・・・は?ど、どういう意味だ!?」

 

「僕の名前は『上里翔流』。君とはそう遠くない日にきっとまた会うことになる。せめてそれまでに死なない程度に思い出しておくことだね上やん…いや…『上条当麻』」

 

「お、おい待t…!」

 

「ギオオオオオオオオオオッッッ!!!」

 

ボゴオオオオオオオオオオッッッ!!!

 

「どわっ!?」

 

 

上里と名乗った少年の後を追おうとした上条だったが、突如その眼前に先の咆哮を放っていたであろう黒く禍々しいドラゴンが立ち塞がり猛炎を吐き出し上条は行く手を阻まれてしまった

 

 

ビビビビーーーッ!!!

 

[00:00 TIME UP!]

 

『ざーんねーん!お疲れ様ー!』

 

シュウウウウウウ………

 

「えーっ!?」「うっそーーーん!」「そりゃないよー!」「ボーナスはー!?」

 

 

そして突然周囲に一際大きなブザー音が響き渡った。それはイベントバトルの時間終了を知らせる合図であり、その音を皮切りに二体のフロアボスはその場から姿を消し、ユナも立ち去ってしまった

 

 

「上やん!シリカ!大丈夫!?あーもうなんだってのよさっきのヤツ!美琴もどっか見当たらなくなっちゃうし…!」

 

「・・・いえ、リズさん…美琴さんはちゃんと…ここに…」

 

「・・・え?ここにって…」

 

カチャッ…

 

「・・・美琴…」

 

 

上条は意気消沈しながら耳に付けていたオーグマーを取り外した。その瞬間からオーディナル・スケールのフィールドとなっていた景色がガラリと変わり、未だに喧騒が止まない学園都市の街並みとその人々と、静かに目を閉じた御坂美琴がその目に映った

 

 

「くそっ…くそっ…!ちっくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 協力

 

プルルルル…プルルルル…ピッ!

 

『あっ!?ちょっと上条!貴様大学はどうしたのよ!?今日は新学期に向けたガイダンスと履修登録よ!?』

 

「・・・ああ、吹寄か。悪い…今日の大学の予定全部お前に任せる。今そんなこと考えられるほど頭回らねーんだ…それと今病院でさ…またかけ直す」

 

『はぁっ!?ちょっt…!」

 

ガチッ!ツー…ツー…

 

 

上条は沈んだ声のままスマホの向こう側にいる吹寄に応答すると、そのまますぐに通話を切ってスマホをポケットにしまった

 

 

「さて、行くか」

 

ガラガラガラ…スタッ…スタッ…スタッ…

 

「・・・もう来てたのか、白井」

 

ピッ…ピッ…ピッ…

 

「・・・あなたの方こそ、一体どのツラ下げてこの場にいらっしゃったんですの?」

 

 

昨夜、美琴がオーディナル・スケールのイベントバトルで意識を失った後、いつも上条が世話になっている第七学区の病院へ美琴は搬送された。その彼女が眠っている病室を上条が訪れたところ、平日の午前中であるにも関わらず既に白井の姿があった

 

 

「・・・正直、この光景だけは二度と見たくないと思っていましたの。わたくしはSAOにお姉様が囚われていた二年間、ロクにお姉様のお見舞いに行かず風紀委員の仕事に没頭していましたの。心配して下さった周りの皆様には、お姉様がなき今こそわたくしがお姉様が退治していた分の輩も取り締まらないといけないと…そう言っていましたの」

 

「ですが、本当はそうではありませんの。話しかけても返事をなさるのは脈拍を伝える電子音だけ。泣いても喚いてもお姉様は目を開けて下さらない。その辛さに耐えられなくなったわたくしは、この病室に通うのをたった一ヶ月程度でやめてしまいました。眠り続けるお姉様の姿を見たくないと…自分からこの病室を遠ざけてしまいましたの」

 

「・・・・・」

 

 

上条は独白を続けていく黒子の顔にふと視線を向けた。するとその目元は、いつもの端麗な彼女の容姿からは想像できないほど赤く腫れ上がっていた。一体いつからそこにいたのか、彼女の足元にはそこだけ雨が降ったのかと思えるような大きな水たまりが出来ていた。それが彼女自身の涙であることは想像に難くなかった

 

 

「それもこれもわたくしが…二年前も一昨日の夜も…もっと言ってお姉様を止めてさえいればこんなことには…」

 

「白井…」

 

「・・・どうして…どうしてお姉様を守ってくれなかったんですの!?目の前にいたというのに!SAOでもあなたはお姉様を支えてくれていたのではありませんの!?」

 

「・・・・・」

 

「・・・だんまりとはいい度胸ですのね…いえむしろ当然と言えば当然でしょうか。ええ!所詮あなたのような人に分かるはずありませんわよ!あの二年間!わたくしが一体どのような煩悶な気持ちを胸に秘めて風紀委員の仕事に明け暮れていたかなんて!あなたに分かってたまるものですかっ!!」

 

「・・・悪い」

 

「そんな薄っぺらい謝罪なんて聞きたくもありませんっ!!」

 

「ッ………」

 

「あなたが口にするべきなのはそんな薄っぺらい謝罪ではありませんの!何が起ころうともお姉様を救い出すと…どうしてそう言って下さらないんですの!?」

 

「!!!!!」

 

「・・・本当は…本当はこんなのただの八つ当たりだなんて分かっているんですの。あなたが孤独にSAOから解放され、どれだけ思い悩んでお姉様の病室に通い続け、どれだけ懸命に足掻いてお姉様を救って下さったのかのも分かってるんですの…わたくしには到底成し得なかったことを…わたくしが目を背けてしまったことを…あなたは正面から受け止めて立ち向かった…」

 

「だからもう一度…お姉様を助けて下さい。わたくしも出来る限りを尽くします。あの時出来なかったことを…今回も目を背けてしまってはもう二度とお姉様に顔向けできません。そして出来ることなら、あなたもどうか無事に戻ってきて下さい。たとえお姉様が目を覚ましても、あなたがいなければ……」

 

「そんなの当たり前だ。約束する」

 

 

言われなくても分かっているというように、上条は黒子にそう言い切った。それを聞いた黒子は心の底から安堵したように笑った

 

 

「・・・まったく、本当に世話の焼ける殿方ですのね。女子高生にこんな風に背中を押されて恥ずかしくありませんの?」

 

「ははっ、誰かの背中を押すのも、誰かに背中を押されんのにももう慣れてるからな。じゃなきゃSAOはクリア出来てないし、俺はここにいない」

 

「・・・どうやらそのようですわね。お姉様もSAOから戻って以来、そのようなことを口にしている機会が増えましたから」

 

「まぁあの二年間、ある意味俺も美琴も持ちつ持たれつだったからな。さて、それじゃあもう俺は行くよ。何かあったら言うし、何かあったら言ってくれ。きっと力になる」

 

「ええ、承知いたしましたの。それではお互いにご武運を」

 

「ああ」

 

ガラガラガラ…ピシャ…

 

 

「さて…とは言ったもののオーディナル・スケールのイベントバトルは基本的に夜中だし…まぁ日中は地道に情報収集だな。そうと決まれば…」

 

「お久しぶりです。丁度あなたを探していました。と、ミサカは二年ぶりに再会したあなたに声をかけます」

 

「えっ?あっ…ああっ!御坂妹か!?」

 

 

上条が美琴の病室を出た矢先、横から誰かに声をかけられそちらを振り向くと、そこには見舞いをしていた少女と瓜二つの顔をした『妹達』の一人が立っていた

 

 

「はい。正確に言うならばこのミサカははあなたに救われたミサカ10032号です。と、ミサカは自分とあなたの繋がりを提示しながら自己紹介を終えます」

 

「久しぶりだな!GGOの時以来か!元気に…ってそんな暇じゃないな…この状況、それに探してたって、お前も美琴の事情を分かってて俺に声をかけてきたんだろ?なにか俺に……」

 

「はい。先生があなたを呼んでいます、付いてきて下さい。と、ミサカはあなたを案内します」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「すまないね上条君。受付の名簿に君の名前があったものだからついお呼びだてしてしまってね」

 

「いやいや、これからの行動に向けて先生のとこでどっちにしろ話は聞こうと思ってたんでむしろありがたかったです」

 

 

美琴の病室の前でミサカ10032号と再会した上条は、そのまま彼女の後をついていき冥土帰しの部屋にたどり着き、対話の席に着いていた

 

 

「それで、俺を呼び出した理由ってのはなんなんですか?」

 

「ふむ…そうだね。では一先ず彼女の報告を聞くといい。僕からの話はその後でいいかな?」

 

「はい、分かりました。と、ミサカは先生の指示を承諾し説明を開始します」

 

 

そう言うとミサカ10032号はタブレットを取り出し、それを自分の手元で操作した後、画面をそのままにして上条へと手渡した

 

 

「これは…学園都市の地図?」

 

「はい。衛星で撮影した学園都市全体の地図です。この図にこれまでのオーディナル・スケールのイベントバトルが起こった場所を表示します。と、ミサカは改めてタブレットを操作します」

 

ピンッ!

 

「・・・うん、分からん。これに何か関連性があるのか?」

 

「これで終わりではありません。最後にこの地図に旧アインクラッドの迷宮区の平面図を重ねます。と、ミサカは最後の証明を実行します」

 

ピンッ!

 

「・・・ッ!?こ、これ…!」

 

「ご覧の通り。オーディナル・スケールでフロアボスが出現した場所は、旧アインクラッドの迷宮区タワーと多少の誤差はあれど、ほぼ完全に一致しています。今夜からはこの法則に従い、ボスの出現位置を予測しあなたをサポートします。と、ミサカはあなたの助手に立候補します」

 

「なるほど、これがあれば…って…え?サポートする?御坂妹が俺を?」

 

「はい。必要とあればオーグマーの通話機能を駆使してリアルタイムであなたをナビゲートします。加えて過去のSAOの攻略情報を元にボスの行動パターンを分析し戦況に応じて最善策を伝えていきます。これでもまだ何か不満がありますか?と、ミサカは尋ねます」

 

「いや…いいのか?そんな俺がいたれりつくせりって感じで…」

 

「???私達を救ってくれたあなたやお姉様の一大事に私達が協力するのがそんなに不思議ですか?と、ミサカはどうせあなた一人では追いきれないのだから手伝わせろと暗に伝えます」

 

「・・・ははっ、そっか。分かった、じゃあサポートよろしく頼むぜ御坂妹」

 

「本来であれば戦闘の方もお手伝いしたいのですが、都合の悪いことに今は先生の調整期間中です。期間中は激しい運動が禁じられているのでサポートしか出来ないのが心苦しいです。と、ミサカは調整の日取りの悪さを少し悔やみます」

 

「いやいや、サポートしてくれるだけでも十分ありがてぇよ。戦闘は俺が自分でなんとかするから大丈夫だ」

 

「さて、では次は僕の番だね。上条君、これを君に」

 

 

そう言うと冥土帰しは、四つ折りにした白い紙切れを上条に手渡した。そこには住所と電話番号らしき数字と、聞いたことのない人物名が書かれていた

 

 

「・・・?えっと、これなんすか先生?なんかのメモ?『学都工業大学電気電子工学科教授 重村徹大』?」

 

「そう。そこに書いてある彼とはメディキュボイドの開発で知り合ってね。今日の午後にアポを取ってある。彼の元で知りたいことを聞くといい」

 

「え?知りたいことを聞けって…こ、この人一体何者なんですか?」

 

「その重村教授はね、ARデバイス『オーグマー』の開発者で…とまぁ、それはあくまでも建て前だ。僕の記憶が確かなら…」

 

「・・・確かなら?」

 

「話に聞いた上里翔流という少年は、この重村教授の今の教え子だよ」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 理想送り

 

「・・・ここか…」

 

 

上条は今、第九学区にある学都工業大学のとある一室の前にたどり着いていた。その扉に明記されている人こそが、先に冥土帰しに紹介をもらった重村教授であった

 

 

コンコンッ!

 

<どうぞ

 

ガチャ!キィッ…バタンッ!

 

「・・・失礼します」

 

 

上条が軽くドアをノックすると、少し低めの渋い声で返答があった。それを聞いた上条はドアノブを回し部屋へ入ると、対面するように置かれた椅子に座っているメガネを掛けたスーツの男性に頭を下げ礼をした

 

 

「君が上条当麻君だね?話は先生から聞いているよ。そちらに腰掛けるといい」

 

「いえ、こちらこそすいません。わざわざ時間をもらった上にお話を聞いていただけるなんて」

 

「いやいや、先生にはメディキュボイドの開発でお世話になったからね。その先生の頼みとあっては断れないさ。さて上条君、先生からは君がオーグマーについていくつか聞きたいことがあるとのことだが、具体的にはどんなことが聞きたいのかね?」

 

「・・・では単刀直入に。最近オーグマーを用いたオーディナル・スケールで多数の意識不明者が出ている事実をご存知ですか?」

 

「・・・ほぉ?それは初耳だな」

 

「俺の友人も被害に遭いました。その被害者を患者として診てる先生も頭を抱えてます。何か原因をご存知なら教えて下さい」

 

「そう言われても心当たりはないね。ARデバイスのオーグマーにはVRのような危険性は伴わない。なにより私は世に出したものにそれ以上の追及はしない主義でね。結果に慢心せず常に先を見据えて新しい技術を発明していく、それが研究者の本望だからね」

 

「・・・そうですか。では質問を変えます。上里翔流という生徒をご存知ですか?」

 

「・・・・・」

 

(・・・少し怪訝そうな顔したな。やっぱりこの人、なんか知ってんな…多分、意識を失う仕組みについても何か知ってるはずだ…そうじゃなきゃ辻褄が合わない)

 

 

上条にそう問われた重村教授は、ほんの少しだけ眉をひそめた。注意して見ていなければ気づかない程度の微細な変化だったが、それに気づいた上条の中では、抱いていた疑念が確証に変わり始めていた

 

 

「・・・上里君か。ああ、彼は僕の担当しているゼミの生徒でね。まだ君と同い年だがVR、AR技術の両方に深い理解があり、非常に頭の切れる生徒だ。君は彼の友達かね?」

 

「いえ、彼は明確な敵です」

 

「・・・敵?」

 

(・・・ちょっとカマかけてみるか。いつもアルゴが俺にやるみたいに)

 

「俺は昨日彼に会いました。そして彼から全ての真相を聞いてここに来ました。本当のことを話してくれませんか?重村教授」

 

「・・・全く。どうしてこうSAO生還者というのは勘が鋭いのかね。君といい上里君といい…しかし彼から全ての真相を聞いたのなら今さら私から何を聞こうと言うのだね?先に言っておくが意識不明者のことは何も…」

 

「やっぱり知ってるんじゃないですか教授」

 

「・・・何?」

 

「俺はたしかに上里から全ての真相を聞いたとは言いましたが、何についての全てを聞いたかは言ってませんよ」

 

「・・・なるほど。まんまと嵌められた訳か。考えてみれば上里君は自分からベラベラと全てを話す人柄ではないか…」

 

「これでもう下らない駆け引きは終わりにしましょう教授。こんなことをする目的は一体なんだ!?上里のあの『右手』はなんだ!?どうやったらみんなの意識は戻るんだ!?」

 

 

重村が納得した様子を見せると上条はソファから立ち上がり、今にも掴みかかりそうな勢いで、その語気を強めながら重村を問いただした

 

 

「・・・ふむ。ではまず二つ目の質問に答えよう。そうすることで一つ目の質問の答えに繋がる」

 

「・・・答えてくれるなら俺はそれでいいです」

 

「彼の右手は『アインクラッドそのもの』だ」

 

「・・・は?」

 

「私は元ARGUSの社外取締役でね。事件解決後SAOサーバーを調査している時に、茅場が隠していたデータファイルを発見した」

 

「そこにあったのは、アレイスターに利用されていた茅場が自身の最後の望みのために作ったもう一つのアインクラッド…それがオーディナル・スケールで彼の右手に宿っている力…『理想送り』だ」

 

「・・・理想…送り…?」

 

「茅場にとっては謂わゆるユニークスキルの一つのつもりだったんだろうが、その効果は至って単純だ。対象をアインクラッドに送る…ただそれだけだよ」

 

「ッ!?」

 

「おそらく茅場はアレイスターと対峙し自身が本懐を遂げた後、それを使って今度こそは他人に介入されることなく自分の理想の城を築こうとしていたんだろう。理想送りの中には文字通りアインクラッドの全てがある。オーディナル・スケールのイベントバトルに出現しているフロアボスは全て上里君の理想送りの内側から出現させているものだ」

 

「じゃ、じゃあまさか…!」

 

「そうだ。私が理想送りにアレンジを加えオーディナル・スケールに組み込み、それを上里君に託した。そしてSAO生還者を再びアインクラッドに飛ばしているんだよ」

 

「そんなことして一体なんになるんだ!?あのデスゲームの続きでもやるつもりなのか!?」

 

「・・・私には、娘がいた」

 

「・・・娘?」

 

 

そう言うと重村は自分のデスクの方へと目をやった。その視線を追うように上条もまたデスクの方を見ると、そのデスクの上には一枚の写真立てが飾ってあり、その中には高校生くらいの少女の写真があった。その写真を見た上条は、一目見ただけでその少女が誰か分かった

 

 

「・・・あの子は…ユナ…?」

 

「『重村悠那』。君の言っているARアイドル『YUNA』のモチーフであり、私の一人娘だった」

 

「・・・一人娘…『だった』?」

 

「悠那は二年前、SAOで命を堕とした」

 

「!!!!!」

 

「そして上里君は悠那がSAOにいた時、同じギルドで悠那と共に過ごしていたらしい。そして彼は悠那を守り切れなかった罪悪感から私の元を訪れ、わざわざ頭を下げに来た。悠那を殺したのはあの日、娘のワガママを断り切れずコネでナーヴギアを与えた私であるのも同然だと言うのに、彼は決して頭を上げようとしなかった」

 

「ってことは上里は…SAO生還者の一人…」

 

「ああ、その通りだよ。そんな必死な彼を見てなんとか出来ないものかと思い悩む日々の中、ARGUS本社で理想送りの存在に気づいた私は決意した。この手で悠那を蘇らせると」

 

「ユナを…蘇らせる…?」

 

「記憶だよ。オーディナル・スケールでフロアボスとの戦闘を通して、SAO生還者に当時の記憶を思い出させた後で理想送りを発動し、対象をアインクラッドへと飛ばす。オーグマーで変換しているプレイヤーの電子構造とフルダイブに必要な五感を支配することでね」

 

「そうしてアインクラッドに集めたプレイヤーの記憶をスキャンし、ディープ・ラーニングを用いながら照合していくことで悠那を再びアインクラッドに蘇らせることができる。そして私と上里君もアインクラッドに飛び、悠那と再び会う。それだけが私たちの目的だ」

 

「じゃ、じゃあ…今意識を失っているみんなは…」

 

「今頃はアインクラッドの中だろう。もっともゲームオーバーになった後の意識の行き先は私の知るところではないがね」

 

「ッ!お前ッ!!!」

 

「私が悪魔に見えるかね上条君?それはそれで結構。この計画を決意した時から既に私は人道を外れている。悠那のためならば、私は悪魔にも魔王にもなろう」

 

「・・・なら最後に聞かせてくれ。俺が『未完成』ってのは一体どういう意味だ」

 

「・・・『幻想殺し』。SAOで君の右手に宿っていた特殊な力。君はそれを取り戻さなければならない。フロアボスとの激闘を経て、SAOの記録を取り戻せば、ディープ・ラーニングによってその力が再び君の右手に宿るはずだ」

 

「・・・なるほど。おおよそ察しはついた」

 

「そう。全てはアレイスターと茅場の理論と同じだ。アインクラッドはAIM拡散力場が基盤になっている異世界だ。そこに君の幻想殺しがあれば、風斬氷華のような集合意識が生成されその方向性を持たせることができる。そうすれば完全に近い形でアインクラッドを解析し、その記録から完璧な悠那を蘇らせることができる。そのためにも君はフロアボスと戦わなければならない。もっとも、仲間を救いたくないのならば話は別だかね」

 

「・・・そうかよ。言っとくが、俺はアンタらに負けるつもりはねぇ。利用されてやるつもりもねぇ。絶対に、なにがあろうとみんなを助け出す。それだけだ」

 

「・・・健闘を祈るよ」

 

ガチャッ!ギイッ!バタンッ!

 

「・・・これでよかったのだろう?上里」

 

「ええ、わざわざすいません教授」

 

 

上条が部屋から遠ざかっていくのを確認すると、重村は誰もいないデスクの方に話しかけた。するとそのデスクの陰から、上里翔流が立ち上がった

 

 

「良かったのか?全て話してしまって」

 

「知ったところで結果は覆らないですよ。僕にこの右手がある限りはね」

 

「・・・君はつくづく計算高いな」

 

「この計画だけは万が一にも失敗できませんからね。……あぁ、それと教授。実は僕のオーグマーに搭載されている『行動予測プログラム』に若干の不具合がありまして…少し見ていただけませんか?」

 

「む?そうかね。では少し貸してみなさい」

 

「はい、お願いします」

 

 

そう言うと上里は自分の耳からオーグマーを外し、重村に手渡した。そしてそれを受け取った重村はオーグマーを起動し、プログラムの確認を行った

 

 

「・・・ふむ…あまり大きな不調は見られないな。具体的にどういう時にどういった不具合があったのかね?」

 

「ええ、オーディナル・スケールのプレイ中です。予測と実際の動きに少しズレがありまして…実際に見てみた方が早いかと」

 

「なるほど。では一度起動してみようか。オーディナル・スケール起動」

 

ガボンッ!!!!!

 

「・・・・・は?」

 

 

重村がオーディナル・スケールを起動した直後、彼の右腕は肩口から先ごとぼっかりと消えて失くなっていた。重村は突然の事態を飲み込めず、動揺しながら失くなった片腕の直線上に視線を受けると、自分が与えた異質な右手を伸ばす上里の姿があった

 

 

「なるほど、対象にSAOの記憶がないとこういうことになるのか。これはこれで面白い」

 

「なっ!?ど、どういうつもりだ!?どうして理想送りが!?アレは二つとないモノ…!君のオーグマーは今私が付けているはずでは………ッ!?」

 

 

[RANK 2 Kakeru]

 

 

「ええ、お察しの通りです。そのオーグマーは僕が用意しておいた身体予測機能をコピーしただけのダミー。今僕がつけているこちらが教授にいただいた理想送りの宿っているオーグマーです」

 

 

重村はまだ現実では繋がっているにも関わらず、自分の視界では肩口からごっそりと失くなっている右腕に経験のない異物感を覚えながら上里を睨みつけた。するとその頭上には彼が装着しているオーグマーが、自分の与えた物である何よりの証拠が表示されていた

 

 

「な、何故だ上里ッ!?なぜっ!?」

 

「なぜ?そんなの聞かなくても分かるでしょう。教授はSAOに行った後は僕とユナを一緒にいれるようにすると仰いましたが、まぁそんなハズはないでしょう。教授が欲しているのは『悠那』であって『ユナ』じゃない。そもそも教授はアインクラッドに行く気がないからARのオーグマーを作り出したんでしょう?自分が愛した娘と現実で過ごすために」

 

「ッ!?き、貴様いつからそれを…!?」

 

「だったらSAOで最も長く一緒にいた僕の記憶を利用しないはずがない。そしてその後で、アインクラッドにあるユナの情報だけをサルベージしてARで人工知能としての悠那を蘇らせる。僕も教授の立場ならそうします。ですから教授………アンタもう用済みだ」

 

「待っ…!!」

 

「 新 た な 天 地 を 望 む か ? 」

 

バツンッ!!!!!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 真夜中の激闘

 

ザワザワザワザワザワザワ……

 

「この辺りでいいんだよな?御坂妹」

 

『はい。情報通りならば後五分ほどでイベントバトルが始まるハズです。と、ミサカは報告します』

 

 

学都工業大学を後にした上条は、アクロバイクを漕ぎ丁度8時ごろに第六学区のとある広場を訪れていた。その場所が今回のイベントバトルの発生地と予想され、上条はミサカ10032号のナビ通りに到着していた

 

 

(上里はSAO生還者を探すためにこのイベントバトルを仕掛けてる。だったらこのイベントに参加してる生還者をアインクラッドに飛ばすためにアイツはもう一度姿を見せるはずだ)

 

「リズ達はいないな…よし。エギルに根回しを頼んでおいて正解だっt…」

 

「へぇ、みんなには危ないからイベントには参加するなって言っておいて、自分は例外なのね」

 

「んぁ?げっ!?し、シノン!?どうしてここに!?」

 

 

上条は広場を見回して自分の知人がいないことを確認していた矢先、自分に喋りかけながら向かってくる少女がいることに気づいた。その少女はプレイヤー名をシノンと名乗る狙撃の名手、朝田詩乃だった

 

 

「『げっ』とは随分な言いようね。アンタの考えそうなことだし、場所も近かったからサポートしに来てやったのよ」

 

「さ、サポートって…本当に危険なんだぞ!クラインや美琴だってもう…!」

 

「大丈夫。被害が出てるのはSAO生還者でしょ?私はSAO生還者じゃないから心配いらないわよ」

 

「えっ…あ、確かに…いやでもどうなんだそれ…」

 

「そんなに心配ならちゃんとアンタが私を守ってよね。BoBの洞窟での約束、忘れたとは言わせないわよ?たとえ世界と戦ってでも私を守ってくれるんでしょ?」

 

「・・・はぁ〜、分かった分かった。黒子に背中を押されるのは慣れてるって言った手前だもんな…今回はシノンの力を貸してくれ」

 

「了解。この借りは学舎の園でケーキね」

 

「それは御免被る。第一あそこ男子禁制だろうが。俺の牛丼クーポンで手を打とう」

 

「そ、そんなのいらないわよ。じゃあせめて帰りはアクロバイクの後ろに乗せてって」

 

「いやそれは違反…っと、そろそろだな」

 

「あっ、そうね」

 

「「オーディナル・スケール起動!」」

 

 

上条とシノンはオーグマーにそう指令を出すと、オーディナル・スケールが起動し見える景色が一変した。広場は異様な雰囲気を放つヒビ割れた地面に変わり、目の前には無数の針が飛び出た異形の火山が現れた。そしてその山の麓から巨大なイノシシ型のモンスターが出現した

 

 

「ゴルルルルルル……」

 

「やっぱ見たことねぇモンスターだな…御坂妹、あのモンスターの名前は?」

 

『はい。今お2人の前に出現しているのは、旧アインクラッド第18層ボス『ザ・ダイアータスク』です。と、ミサカは分析します」

 

「・・・え?じゅ、18層!?今日は13層のはずじゃないのか!?」

 

『確認したところ、現在学園都市の各所で合計10体のボスモンスターが出現し、それに伴いボスの出現場所がシャッフルされています。と、ミサカは他のミサカ達からの伝達に追われ、てんてこ舞いになりながら報告します』

 

「随分と大盤振る舞いね…って上やん、アンタ誰と電話してんの?御坂妹って…ミコトって妹がいたの?」

 

「えっ!?い、いやまぁ妹っつーかなんつーか義理の妹みたいもんなんだけど顔がめっちゃ似てて俺がそう呼んでるだけでさ!ネットにすげー詳しくて、美琴が眠っちまった今は俺の手助けしてくれてんだよ!おう!」

 

「そ、そう…よろしくね、ミコトの妹さん」

 

『はい。朝田詩乃さんですね。お姉様から話は伺っております。今回の戦闘を最大限サポートさせていただきますのでよろしくお願いします。と、ミサカはデキル女風に挨拶します』

 

「あ、ありがとう…なんだか少し変わった妹さんね?」

 

「いやぁーやっぱレベル5って変わり者が多いって話だろ!?やっぱ妹になるとその血も受け継いでるんだろうなー!あははは!」

 

「え?アンタさっき義理の妹って…」

 

「ぎくっ!?い、いやそれは…」

 

『お二人とも盛り上がりのところ申し訳ありませんが、ボスによる斧の投擲が来るので避けて下さい。と、ミサカは横転による回避を推奨します』

 

「ブギイイイイイイイイッッッ!!!」

 

ジャラジャラジャラジャラ!!!

 

「え?どわぁぁぁぁぁ!?」

 

「くっ!!」

 

 

上条とシノンが話している間を遮るように、ダイアータスクが投擲した鎖に繋がれた斧が通り過ぎた。ミサカ10032号のアシストもあり何とか転がって避けたが、後少し遅れていれば間違いなく真っ二つになっていただろう

 

 

「あークッソもう終わりかよ…」「いや今のは反則だろ〜」「山から鎖を引っ張ってたのはそういう仕掛けだったのか〜」

 

 

「野郎ッ…!あの見た目して遠距離持ちなのかよ!?『猪突猛進』って言葉を知らねぇのかあのイノシシ!」

 

『いえ、ここからは今のアクションは滅多に起こしません。左手に巻かれた鎖による波状攻撃と右手の斧の攻撃に注意して下さい。と、ミサカはボスの攻撃パターンを伝えます』

 

「!!よし分かった!シノン!俺が接近してアイツをぶん殴る!援護してくれ!」

 

「言われなくても!」

 

ダンッ!!

 

「うおおおおおおおおっっっ!!!」

 

「グオオオオオオオッッッ!!!」

 

『右から斧振り下ろしが来ます。少し左に避けて直撃を避け、衝撃を盾で防いで下さい。と、ミサカは指示します』

 

「おうっ!!」

 

ドッ!ゴオオオオオオオォォォッッッ!!

 

『今が攻撃のチャンスです。と、ミサカは肩に力を入れます』

 

「オオオオオオラァッ!!!」

 

バキイイイイイッッッ!!!

 

「ギイイイイイイッッッ!?!?」

 

 

ミサカ10032号の指示通りにダイアータスクの斧を防いだ上条は、その隙に接近しダイアータスクの土手っ腹に右拳を叩き込んだ。ダイアータスクはその攻撃に少し後退すると、今度は鎖を巻いた左腕を振りかぶった

 

 

『次、鎖による断続的な攻撃が来ます。攻撃が止むまで動かずに盾で防ぎ続けるか、または距離を取ってください。と、ミサカは防御を促します』

 

「任せろっ!!」

 

「ギイイイイイイッッッ!!!」

 

ジャラジャラジャラジャラジャラ!!!!!ガアンッ!ギィンッ!ガギィンッ!!

 

「「「うわああああああ!?!?!?」」」

 

 

するとダイアータスクは振りかぶった左腕を振り回し、その腕に巻かれた鎖がまるで竜巻のように渦を巻いて暴れまわった。周りにいたプレイヤーは立ち所に吹き飛ばされ、接近もままならなかった

 

 

ガガガガガガガガガガガガ!!!!!

 

「ちょっ!?いくらなんでもこれ攻撃間隔長すぎだろ!?も、もう盾が…!御坂妹これいつ止むんだ!?」

 

『旧SAOではこの行動をキャンセルさせるための特別なギミックがボス部屋に設置されていたのですが、このオーディナル・スケールでそのギミックは見受けられませんね』

 

「は、はぁ!?じゃあこんなんどうしたって…!?」

 

『ので、今回は彼女にお願いしました。と、ミサカはあなたに人の話を最後まで聞けよと暗に伝えます』

 

バァンッ!!!ガギィンッ!!!

 

「ブギイイイイイイイイ!?!?」

 

「ッ!鎖が切れた!?」

 

「攻めすぎよ上やん!盾に頼りすぎないで距離取れる時は距離取りなさい!」

 

『シノンさん、寸分の狂いもない見事な狙撃でした。と、ミサカはミサカの指示以上の狙撃を見せてくれたシノンさんを褒め称えます』

 

「すまねぇ!助かったシノン!」

 

 

突如として緑の閃光が上条の横を通過し、ボスの持つ鎖の根元に命中し、千切れた鎖の竜巻は空中分解した。その緑の閃光はシノンのスナイパーライフルの弾丸だったことに気づいた上条は、彼女の注意を聞きながら礼を言い、再びボスの懐に飛び込んだ

 

 

「うおおおおおおっっっ!!!」

 

「ゴォアアアアアアッッ!!!」

 

ブォンッ!!!

 

 

しかし、左腕の鎖を失ってもなお、ダイアータスクの戦斧は健在だった。拳を握りながら向かってくる上条を迎え撃つべく、その斧を思い切り振りかぶっていた

 

 

(ッ!?クソッ!間に合わn…!)

 

『大丈夫です。何があろうとそのままボスに突っ込んで下さい。と、ミサカは突撃指令を出します』

 

「!!!ああっ!信じるぞ!」

 

ダンッ!!

 

 

ダイアータスクの斧が振り下ろされるまでに自分の拳が届かないと判断した上条は、盾を構えその場に立ち止まりかけたが、オーグマーから聞こえたミサカ10032号の指示を聞くと、もう一度ボス目がけ強く駆け出した

 

 

『シノンさん、狙撃をお願いします。斧が振り下ろされるギリギリに目を狙ってボスの視界を…』

 

バァンッ!!!

 

「ごめん、指示の前にもうやっちゃったわ」

 

『・・・いや、もうすごすぎます。と、ミサカはもはや呆然とします』

 

ドッゴオオオオオオォォォッッッ!!!!!

 

 

シノンは狙い通りダイアータスクの片目に弾丸を命中させ、その視界を奪った。するとダイアータスクの斧を振り下ろす手元が狂い、そのまま真っ直ぐ突っ込んだ上条は、紙一重でその一撃を避け、空を切った斧が地面に突き刺さり地割れを起こした

 

 

「これでトドメだっ!!!」

 

ドッゴオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!!

 

「ギイイイイイイッッッ!?!?!?」

 

ドッバアアアアアァァァァァンッ!!!

 

 

そして隙だらけのダイアータスクに飛び込んでいった上条の拳が、不細工なイノシシの顔面へと突き刺さった。規格外の威力を誇る右拳はダイアータスクのHPを減らし切り、その体は無数の光の塵となって消えた

 

 

『目標の沈黙を確認しました。お疲れ様です、ミサカのアシストとあなたの見事な勝利です。と、ミサカは自慢げに胸を張ります』

 

「・・・最後の一発…明らかに威力が強かった…ってことは…これが…」

 

 

しかし、ボスを討伐した上条本人は、耳元から聞こえてくるミサカ10032号の言葉にも耳を貸さず、自分の右手を握りしめていた。そして実感した。摩耗し始めていたアインクラッドの記憶が鮮明なまでに脳裏に蘇り、彼の世界で握り続けた右拳もまた、同じように自分の右手に宿ったことを

 

 

「流石ね。 すっかりAR戦闘もお手の物って感じかしら?」

 

「ああ、悪いシノン。助かったよ」

 

(上里のやつ…今日はここには来てなかったのか…)

 

『・・・こっち』

 

「・・・?」

 

 

戦闘を終えた上条は周りを見渡して上里の姿を探したが、彼の姿はどこにも見えなかった。しかしそんな中、彼の耳に囁くようなか細く、それでいて綺麗に透き通った声が聞こえたが、その声の主は見当たらなかった

 

 

「・・・シノン、今なんか聞こえたか?」

 

「え?ううん、別に何も?」

 

「おっかしいな…今たしかに誰かの声が…」

 

『こっちに来て、上やん』

 

「ッ!?」

 

「うわぁっ!?な、なによ急にそんな怖い顔して…ビックリしたじゃない!」

 

 

不思議に思いながら後ろ頭を掻いてもう一度周囲を見渡した上条の背後から、再び同じ声が聞こえてきた。そして振り返った先には彼の顔に驚くシノンがいたが、上条が気にかけたのはそこではなく、奥にいる白い服を着てフードを深く被って顔を隠す少女だった

 

 

「・・・誰だ?俺に話があるんなら…」

 

フッ…

 

「!?!?なっ!?」

 

 

上条はその正体を確かめるべく、10メートルほど先にいた白い装束の少女に話しかけようと口を開いた瞬間、その少女との間合いは一瞬にしてなくなっていた。そしてその少女は呆然としている上条のオーグマーに触れると、口中で小さく呟いた

 

 

『大丈夫、すぐに終わるから』

 

「ーーーッ!?」

 

バツンッ!!!!!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 YUNA

 

「・・・ここは…一体どこだ?」

 

 

上条が目を開けると、そこには貴族が住む家のの庭園を思わせるような情景が広がっていた。しかし、そんな中でも異彩を放っている赤い宮殿があった。その情景を目の当たりにした上条は、なぜかひどく懐かしい雰囲気だと感じていた

 

 

(・・・なんだこの感じ…?俺はここを知ってんのか?前にここに来たことがある?いやそれとも…俺は『ここに来るはずだった』…そんな気がしてならない)

 

『〜♪〜〜♪〜〜〜♪』

 

「・・・?歌か…?いや、この歌は…」

 

ザッ…ザッ…ザッ…ザッ…ザッ…

 

「・・・あの子はさっきの…いや、そういうことじゃない」

 

 

ここがどこなのかを考えていた上条の耳に、とても優しく、しかしそれでいてどこか哀愁に満ちた歌が聞こえてきた。その歌に導かれるように歩き出した上条の先には穏やかに流れる小川と、その小川に架かる石橋に寄りかかる白い服を着た少女がいた

 

 

「・・・お前は…ユナなのか…?」

 

「・・・・・」

 

 

上条にそう問われてもなお、白い服を着た少女は一向に口を開こうとしなかった。その様子を見た上条は一度息をつくと質問を変えた

 

 

「ここはどこなんだ?夢なのか?それとも仮想世界の中なのか?」

 

「夢も仮想世界もどっちも同じようなもの。目が覚めれば、なにもかも泡沫の記憶になるだけ」

 

「・・・う、うたかたとは…?」

 

「・・・あなた…どうしようもなく頭が悪いのね」

 

「ほっとけ!!」

 

「泡沫っていうのは、泡のように消えてしまうってこと。つまり、夢を見ることも仮想世界で生きたことも、目が覚めてしまえば泡のように消えてしまう記憶だということ…」

 

「・・・記憶…?お前は一体…」

 

「もしかしたら、全部夢かもしれないよ。デスゲームをクリアしたのも、現実世界に戻ったのも。目が覚めたら、まだアインクラッドに囚われたままなのかも…そう思ったことはない?」

 

「思ったことはあるが、そうあってほしいと望んだことはない。その口ぶり…やっぱりお前はSAOにいたなんだな?」

 

「正確には、少し違う」

 

「・・・なに?」

 

「私はお父さんと翔流によってSAO生還者のライフログから生成されたデジタルゴースト。言うならば残留思念のようなもの。SAOにいた私とも、オーディナル・スケールで歌っている黒い私とも、少し違う」

 

「・・・お前の望みは一体なんだ?やっぱり自分が生き返ることを望んでるのか?」

 

「・・・空を照らす星よ〜…丘に吹くゆるい風よ〜…古の都市を征く〜…旅人にどうか過去を〜…」

 

「・・・!この歌…」

 

 

上条の問いに答えることなく、白いユナは歌い始めた。それは朝日に照らされる庭園の花々が、より一層凛と咲いていくような澄み渡った歌。上条はその歌と『同じ曲』を記憶の内側で彷彿とさせていた

 

 

「・・・忘れもしねぇよ、その曲。アインクラッドで実際にBGMとして流れてた…その曲に歌をつけたんだな」

 

「私はただ、歌っていたいだけ。それが…それだけが私の望み」

 

「俺はどうすればいい?どうすればみんなを救えるんだ?」

 

「・・・再びアインクラッドに囚われたみんなの意識を取り戻したいのなら、今のあなたのランキングナンバーではまるで足りてないわ。翔流は2位…今のあなたでは足元にも及ばない」

 

「ランキングなんてどうとでもなるだろ。そんなもんに頼らなくたって俺は…」

 

「それがそうもいかないの。学園都市の序列とは違う。『オーディナルシステム』のランキングは、順位の数字が強さそのものになる」

 

「・・・オーディナル…システム?」

 

「基数によってアインクラッドを管理していた『カーディナルシステム』に対して、序数で支配するのが『オーディナルシステム』。No.1になった者には不死が与えられる…そう設計されているのよ」

 

「あ?奇数に対してって…奇数の反対は偶数だろ?序数ってなんのことだ?」

 

「・・・あなた本当に大学生?」

 

「大きなお世話だ!!」

 

「・・・だから私の名前はユナ…ラテン語の『1』。蘇った私が、本当の意味で不死になるために…」

 

「え?い、今なんて…」

 

「はぁ…もういいわ。とにかく私から言えることは一つだけ。翔流に勝ちたいのなら、最低でも10位以内には入りなさい。二日後のライブに間に合わないとなにもかもが手遅れになる。それじゃ…健闘を祈るわ」

 

パチンッ!

 

「ッ!?」

 

 

そう言うと、ユナは軽く指を鳴らした。小さく渇いた音が上条の頭の中で何度も反芻していき、それに比例して段々と景色が遠くなっていった

 

 

「なっ!?ま、待ってくれ!話はまd………」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「待っt……!」

 

「私まだアンタに好きって伝えてn……!」

 

ゴンッ!!!

 

「「痛ったあああああああ!?!?!?」」

 

 

次に目覚めた時、上条は現実へと戻ってきていた。そして目を覚ました直後に襲ってきたのは、頭部へのあまりにも強烈な鈍痛。その痛みは、自分を膝枕で寝かせていたシノンと頭をぶつけ合ったことによるものだと気づくのに時間はかからなかった

 

 

「い、痛ててて…し、シノン…?なんでお前膝枕なんt…むぐっ!?」

 

「もうこのバカッ!心配させるんじゃないわよ!急に意識失ってぶっ倒れたりしないでよ!上条がこのまま起きて来ないんじゃないかって思ったら…私…私っ…!」

 

 

激突したおでこを摩る上条に、覆いかぶさるようにして詩乃が抱きついた。その瞳からは既に涙が溢れており、上条が気を失っている間もずっと泣いていたであろうことは一目瞭然だった

 

 

「・・・あー、詩乃さん?お気持ちは大変嬉しいんでせうが…その、周りの視線が…」

 

「・・・ふぇ?」

 

 

「うわー、カップルかな?」「いやいやドラマの撮影かなんかだろ」「チッ、爆ぜろリア充」「彼女さん可愛いねー」「男死ね」「私もあんな大胆に抱きついてみたいなー」

 

 

「////////」

 

 

周りを見渡して自分たちの置かれている状況を把握した詩乃は、茹でダコのように顔を真っ赤にし、静かに上条から離れた

 

 

「・・・あー、とりあえず帰るか。後ろ乗るか?自転車だけど」

 

「あ、アンタさっき自分で違反って言ってたじゃない…」

 

「じゃあ逆にこの雰囲気の中一人で帰れると?」

 

「無理」

 

「だろ。だから今回は違反も目を瞑ろう。『赤信号、みんなで渡れば怖くない』ってな。二人乗りも二人で乗りゃ怖くねぇだろ」

 

「二人乗りは元から二人で乗るからそう言うのよ!!」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 仮想と現実

 

「で?弁明の余地があるならば先に聞こうかしら?それとも懺悔?どちらにせよ貴様の処罰は決まっているわけだけれど」

 

「い、いやこれはその…何といいますか人命救助の一環ということもありまして…そこのところ加味して考えていただけると上条さん的にはとてもありがたいんですが…」

 

「だからって二年に向けてのガイダンスと履修登録を人に任せるバカがどこにいるかこの大バカーーーッ!!!」

 

「不幸だーーー!!!」

 

 

翌日、上条は吹寄にとあるカフェのテラス席に呼び出され説教を受けていた。それもそのはず、特に理由も話さず昨日の大学側で組まれていた予定を全て吹寄に一任したのだから、もはや殴られても文句は言えなかった

 

 

「・・・って、殴れる状況でもなさそうね」

 

「・・・あれ?」

 

 

一発は殴られるのを覚悟し、身構えて目をつぶった上条だったが、いつまでたっても衝撃が来ないため薄目を開くと、その先には落ち着いて席に座りなおした吹寄がいたため思わず目を疑った

 

 

「またなんかあったんでしょ?顔には出るほど酷くはないけど、正直今の貴様の目はあの時と…SAOから一人戻ってきた時と酷くダブって見えるわ」

 

「・・・はぁ〜…吹寄には敵わねぇなぁ…」

 

「話して。じゃないと私これ以上協力できないし本気で貴様の顔面を殴るわよ」

 

「・・・実は……その…」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「・・・そう…オーディナル・スケールでそんなことが…」

 

 

吹寄に言い迫られた上条は、もはや包み隠すことなくオーディナル・スケールを巡って起こった事件を全て話した。話を聞いている最中の吹寄は自分の話ではないにも関わらず酷く落ち込み、時折悲しげな顔を浮かべていた

 

 

「その、ごめんなさい上条。さっき私、なにも聞かないで怒って…貴様はずっと悩んで頑張ってたっていうのに…」

 

「えっ!?そ、それは違ぇよ吹寄!なにも話さずに昨日の大学の予定を全部お前に任せちまったのは一方的に俺が悪いし!えっと…!」

 

「私が気に病むことじゃないって?どうせSAO生還者じゃない私には、なにも関係ないことだから気にするなって?」

 

「ッ!ち、違っ…!」

 

ギュッ…

 

「・・・え?」

 

 

必死になって反論しようとした上条の右手を、吹寄が両手で覆うようにそっと握った。予想外の出来事に呆けてしまった上条は全身の力が抜けていき、立ち上がりかけていた椅子に腰を落とし、握られた右手をテーブルの上へと置いた

 

 

「・・・ねぇ、上条。私、怖いのよ…いつかまた知らないうちに上条が寝たきりになってたらなんて…そんなこと考えたくもない」

 

「吹寄…」

 

「どうして私には、そんな大事なことでも私から聞かないとなにも言ってくれないの?私ってそんなに頼りないの?」

 

「違う…俺は、そんなつもりじゃ…」

 

「SAOで一緒にいた人達には危険だってちゃんと話したんじゃない」

 

「そ、それはアイツらは同じSAOにいたから…!」

 

「いい加減にしてっ!!」

 

「ッ!?」

 

 

吹寄の口から怒号が飛び出した。自分の右手を握る彼女の両手には、彼女の感情の高まりが伝わるほど力が込められていた。その目尻からは涙が伝い、唇の端はキツく絞られ、鼻腔から漏れ出す息は普段の彼女からは想像出来ないほど荒々しくなっていた

 

 

「SAOがなによ!仮想世界がなによ!そりゃ貴様がその世界で過ごした二年間は大層ご立派なモノかもしれないけど…上条が今生きてるのは仮想世界だけじゃない!ちゃんと現実世界でもこうして生きてるじゃない!」

 

「ッ!?」

 

「少しは私のことも気にかけてよ!上条の周りにいるのは仮想世界で関わった人だけじゃないんだから!仮想世界はからっきしの私だって心配するんだから!ずっと寝たままの上条を見てるだけなんて嫌よ…私だってなにかの力になりたいって思うんだから…何も知らないままなんて嫌なのよ…」

 

「・・・その、悪かった吹寄。俺も人を頼れってことあるごとに言われてはいるんだが…どうしても今回の事件は、守れなかったらって不安の方がデカくなっちまうんだ。それぐらい今回の事件は底が知れない…俺も吹寄と同じように、寝たきりになる誰かの姿が頭から離れねぇんだよ…」

 

「・・・そうね、どこまでいっても私と上条は立場が違う…感じる恐怖も不安も違って当然だわ。でも、これだけは覚えておいて上条。誰かを大切に思いすぎることは、時にその誰かを傷つけることもあるの。守ってばかり、守られてばかりの人なんていない。上条も見えないところできっと誰かに守ってもらってるの。だからもっと…自分を大切にして」

 

「・・・ごめんな吹寄…そんな簡単なことにも気づかずに俺は…」

 

ピリリリリ!ピリリリリ!

 

「っと電話か…あれ?オーグマーから?ってことは………悪い吹寄、ちょっと出てくる」

 

「ん、分かった」

 

カチャッ!ピッ!

 

 

バックの中から聞こえた着信音は、オーグマーから発せられていたことから通話相手に察しがついた上条は一度席を立つと、頭部にオーグマーを装着して通話を開始した

 

 

「もしもし?御坂妹か?」

 

『もしもし、こちらミサカ10032号です。今あなたの側に吹寄制理さんはいらっしゃいますか?と、ミサカは確認を取ります』

 

「え、吹寄?今一緒にいるけど…でもどうしてだ?お前ら面識あったのか?」

 

『はい。医学部である彼女はよく病院の施設見学に来るので、その一環で知り合いました。と、ミサカは自分のコミュニケーション能力の高さをアピールします』

 

「へー、そうだったのか。で?吹寄になんか用があるのか?」

 

『昨日のあなたからの報告で受けた、明日のユナのファーストライブまでにオーディナル・スケールのランキング10位以内に入りたい。という要望から今後の方針を考えました。結果、やはりポイントボーナスの多いSAOボスとの戦闘は不可欠であり、ライブまでそう日も残っていないため、1日にそれなりの連戦をこなすことも覚悟しなければなりません。と、ミサカはあなたの要望は困難を極めていることを伝えます』

 

「・・・・・」

 

『しかし、連戦とは言ってもオーディナル・スケールのイベントバトルは場所が離れているので、どうしても移動しなければなりません。もし仮にあなたのアクロバイクを移動の足に使おうとすれば、移動の度に体力を消費しAR戦闘に支障をきたします。と、ミサカはいくら高性能なアクロバイクといっても、所詮は自転車だという事実を突きつけます』

 

「・・・おい待て、それってつまり…!」

 

『なので、イベント発生地への移動の際は………』

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「うおおおおおおおおおおっっっ!!!」

 

ドッゴオオオオオオォォォォォッッッ!!!

 

「グオオオオオオオッッッ!?!?」

 

ドッパァァァァァンッッッ!!!!!

 

『目標、沈黙しました。オーディナル・スケールのランキング、2117位から562位にアップしました。と、ミサカは報告します』

 

「っしゃ!次!」

 

ダダダダダダダダダッ!!!

 

 

その夜、上条は再びオーディナル・スケールのイベントバトルに参加していた。しかし今夜の上条には昨夜と違う点が二つあった。一つは昨日は一戦だけであったのに対し、今日は既に二戦目を終え、次の戦場に向かって駆け出していること。そして、もう一つは……

 

 

ガチャッ!バンッ!!

 

「吹寄!次に行く!出してくれ!」

 

「OK!ちゃんとシートベルト締めるのよ!」

 

ブウウウウンッ!ブオオオオオオンッ!!!

 

「ひいいいいいいい!?!?!?」

 

 

そう、もう一つは移動手段。上条がカフェで受けたミサカ10032号の通話の内容は、大方予想通り、吹寄に車を運転してもらってイベントバトルの戦場へ移動しようというものだった。その提案を快く引き受けた吹寄は、ミサカ10032号のナビに従って学園都市の道路を軽自動車で爆走していた

 

 

『昨晩と同じように学園都市各所で旧SAOのボスモンスターが次々に出現しています。昨晩が合計10体だったので今夜もそれと同数かそれ以上の出現が見込まれます。次の目的地は第九学区の美術館前です。吹寄さん、よろしくお願いします。と、ミサカは最短距離でのナビゲートを開始します』

 

「おい御坂妹ぉぉぉ!?これ本当に人選合ってんのかあああああ!?!?」

 

「なにを言っているのよ上条当麻!これ以上なく最高の人選でしょうが!」

 

『はい、全くもってその通りです。初心運転者とは思えないほどのドライビングテクニックに、法定速度を守る心意気を微塵も感じないスピード…まさにうってつけの人材です。と、ミサカは自分の人選を絶賛s…あ、次の交差点を右折です』

 

「任せなさいっ!!」

 

ギャリリリリリリッ!!!!!

 

「軽自動車でドリフトォォォ!?!?」

 

「こら上条!ちゃんと何かに掴まっときなさいよ!いくら酔い止め飲んだとはいえシートベルトなんて気休めにしかならないわよ!てか交通事故ってのは運転席よりも後部座席の方が負傷率高いんだから!」

 

「そう思うなら少しは減速しろやぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

『吹寄さん、ここは先行車両も対向車両も少ないのでギアを3速から5速に変えて今の速度から30km/hほどの加速が可能です。と、ミサカは軽自動車のスピードの限界に挑戦します』

 

「了解ッ!!」

 

「もう嫌だこの二人ぃぃぃぃぃ!!!」

 

ガチャガチャンッ!グオオオオオオンッ!!

 

「ひゃっほーーー!!ミサカさんのナビゲート最ッ高!今ついてるカーナビと取り替えたいぐらい!」

 

『お褒めに預かり光栄です。ミサカの、ミサカによる、ミサカのためのカーナビゲーション、『ミサカーナビ』が商品化したあかつきにはぜひご契約をお願いします。あ、次の角を左です。と、ミサカは絶叫しているバカを気にすることなくナビゲートを断行します』

 

「不幸だーーーーー!!!!!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ガルルルルル…ガウッ!!」

 

『突進しながら噛み付いてきます。右に飛んで避けて下さい。と、ミサカは指示します』

 

「おうっ!!」

 

 

その後もSAOボスを倒し続けた上条は、最後に残された第28層ボス『ワヒーラ・ザ・ブラックウルフ』との戦闘を繰り広げていた。出現した10体のうち、3体は他のボスと戦っている間にすでに消えてしまっていたため間に合わなかったが、上条はこの夜だけで実に7体のSAOボスを相手取っていた

 

 

「うおおおおっ!!」

 

ドガァッ!!!

 

「ガウッ!?アオオオオオオッッッ!!」

 

 

「すげぇなアイツ…」「さっきからほとんど一人でダメージ与えてるぜ?」「てか戦ってんの素手だぜ?」「化け物かよ…」

 

 

『このモンスターは実体を持たない黒煙になったり、実体を持つオオカミの姿になりながら攻撃してきます。黒煙になっている間は基本的にどんな物理攻撃も効きませんが、あなたの右腕ならば…』

 

「ああっ!コイツとはアインクラッドで一回やりあったことあるから覚えてるぜっ!」

 

「ガオオオオオオオオオオッッッ!!」

 

ズドドドドドドドッッッ!!ピキィンッ!!

 

「この黒い針の範囲攻撃が俺の右手で消せるってこともな!!」

 

「ガアアアアアアアアッッッ!!!」

 

『突進が来ます。少し体を左に捻ってかわし、腹部に右アッパーでトドメです。と、ミサカは勝利の方程式を完成させます』

 

「オラァァァァァッッッ!!!」

 

「アォォォォォォ!?!?!?」

 

ドッパアアアアアァァァァァンッッッ!!!

 

 

オーディナル・スケールで発現した幻想殺しを駆使して、ワヒーラ・ザ・ブラックウルフの攻撃を悉く防いだ上条は、ミサカ10032号の指示通り最後の一撃を叩き込み勝利を収めた。そしてその瞬間、ついに上条のランクが目標へと到達した

 

 

[Kamiyan Rank 47→9]

 

「ついに10位以内まで来たか…これで後は…」

 

「おや?しばらく見ない間に随分とオーディナル・スケールに心酔していたようだね。お得意の仮想世界から拡張現実に鞍替えでもするつもりなのかい?」

 

「ーーーッ!?」

 

 

戦闘を終え一息ついた上条は、背後から聞こえて来た不気味な声に思わず勢いよく振り返った。振り返ったその視線の先にいたのは、相変わらず高校生と見間違いそうな装いをした少年、上里翔流が立っていた

 

 

「上里っ…!お前!!」

 

「おっと、人の話は最後まで聞いてくれないか?そこは君の悪い癖だ」

 

「何っ!?」

 

ピコンッ!

 

[新国立競技場の地下駐車場に来い。そこで全ての決着をつけよう From K ]

 

「・・・お前を倒せばみんなは元に戻るのか?」

 

「それを知ってどうする?SAO生還者が目覚めようとそうでなかろうと君は僕に拳を向ける。違うかい?」

 

「・・・じゃあ一つ聞かせろ。なんで今ここで決着をつけない?なんでわざわざユナのライブなんだ」

 

「ユナのライブは第三学区の新国立競技場で行われる。ライブは学園都市内外どころか、日本の内外を問わず多くの人が集まる。もうここまで言えば分かるんじゃないか?」

 

「日本の内外……ッ!?!?」

 

「そう、文字通り『全員』集まるんだよ。世界各地にいるSAO生還者がね。そして会場にSAOのフロアボスを解き放ち、彼らの記憶を呼び覚ます。そして最後には僕の右手で全員まとめて…」

 

「テンメエエエェェェ!!」

 

「あと、ここで決着をつけない理由はもう一つ。映像なんて殴っても別に面白くないだろ?」

 

シュンッ!!

 

「・・・立体映像だったのか……いいぜ上里…もしもお前が、これからも現実を否定し続けて誰も望んでいないアインクラッドを創り上げるつもりなら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして全ての役者は出揃い、舞台の準備は整った。『上里翔流』と『上条当麻』。全ての始まりとなった仮想世界の宿命は、現実世界へと舞台を移し、まだ見ぬ真実と物語の幕開けを告げるように、最後の朝陽は昇っていった

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 相対

 

「・・・なんでじゃ」

 

「なんでってなにがよ?どこかおかしいところでもあんの?」

 

「おかしいとこしかねぇだろうが!?なんで昨日俺が『ライブには行くな』って全員に言っておいたにも関わらず、見事に一人も漏らさず出席してるんでせうか!?つかなんで席までこんな固まってんだよ!?」

 

「よかったわね上条。珍しくツイてるじゃない」

 

「いや一周回って不幸ですのことよ!?」

 

 

上里との邂逅による興奮も冷めやらぬまま翌日を迎えた上条は、ユナのファーストライブが開催される第三学区の新国立競技場に来ていた。そして係員に誘導されるままに席に着くと、そこには昨晩に、身を案じて『ライブには来るな』という趣旨の電話を送ったエギル、シリカ、リズベット、シノンが勢ぞろいしていた

 

 

「そりゃなんたってユナのファーストライブですから!折角学校からチケットを貰った以上、ファンとしては上条さんの注意喚起ぐらいで諦めるつもりはありません!」

 

「私は当たったチケットを無駄にしたくなかったから来ただけ。それにアンタに言われて行かないってのもなんか癪だったから」

 

「いつから上条さんの周りにはこんな反抗期真っ盛りの不良少女しかいなくなってしまったんだ…」

 

「おい、誰が不良少女だって?」

 

「誰もテメーには言ってねーよこのガチムチ兄貴め!つーかどーなってんだよエギル!この前だって危ないからみんなにイベントバトルに来ないように根回ししといてくれって言ってたのに詩乃は来ちまうし、今回に至っては全員集合って!?」

 

「はぁ…俺だってちゃんと言ったさ。だけどコイツら全くもって聞く耳持たねぇんだよ。この前のイベントバトルには危ないから参加するなはともかくとして、『ユナのライブに来るな』は理由が分からない。きっと何かあるはずだ…ってよ。これは理由を話さなかったお前の方に非があると俺は思うんだが?」

 

「ぐっ……」

 

「さぁー白状してもらおうかしら上条!?私たちには危険だから参加するなって言っておいて自分だけイベントバトルに行ってた理由とか、私たちが見てないところでどんだけ無茶してたとか、今日のライブに来ちゃいけない理由とか洗いざらいねぇ!」

 

「そうですよ上条さん!このままだと私も納得できません!」

 

「さてどうするのかしら?もうアンタとっくに詰んでると思うんだけど?」

 

「い、いやだからそれは…えっとですね…」

 

バツンッ!バツンッ!バツンッ!!!

 

「「「!!!!!」」」

 

 

上条が女子3人から尋問を受けて言葉に詰まっていると、急に会場の電気が全て消え、周りが全く見えなくなるほどの暗闇になった。そしてその事態に驚くのもつかの間、会場に設置されたスピーカー全てからアップテンポの曲が流れ始め、会場全体はあっという間に熱狂に包まれた

 

 

「〜♪〜〜♪〜〜〜♪!!!!!」

 

「「「ワアアアアアアアア!!!!!」」」

 

(しめたっ!!)

 

「わあああああ!!!ライブ始まっちゃいましたよ〜〜〜!!さぁリズさん歌って歌って!」

 

「ちょっ!?シリカ少し落ち着きなさいって!いい上条!?アンタ後で根掘り葉掘り聞き出すから覚悟しなs…」

 

「上条ならもういないわよ。今暗くなった瞬間に走り出してどっか行っちゃった」

 

「え?ま、マジィ!?てか気づいてたならなんでシノンは止めてくれなかったのよ!?」

 

「だってこんな暗くなると思わなかったんだもの。この人混みだし手伸ばしたら誰かに当たっちゃいそうだったし、アイツ速すぎて止められなかったのよ。逆にどうやったらこの暗闇と人混みの中あんなに全力疾走できるんだか…」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「悪りぃ御坂妹!ナビゲート助かった!」

 

『オーグマーを付けていることが前提になるこのライブの特徴に救われましたね。と、ミサカは自分の察しの良さと咄嗟のことにも動じない完璧なナビゲートぶりを自慢します』

 

 

会場が闇に包まれた瞬間、上条はオーグマーから聞こえてきたミサカ10032号のナビゲートに従い、会場を飛び出してリズ達の追及を逃れ、そのまま競技場の廊下を走り抜けていた

 

 

『次の角を左に曲がるとエレベーターがあります。そして地下二階のボタンを押すと先方から指定されている地下駐車場に到着します。と、ミサカは道案内します』

 

「そうか、分かった。ありがとな御坂妹。でももうここから先は大丈夫だ。オーグマーの通信を切らせてくれ」

 

『・・・?一体どうしてですか?と、ミサカはあなたに問いかけます』

 

「こっから先は多分、正真正銘の対人戦だ。いくらAR戦闘とは言っても、オーグマーつけてない奴から見たらただの殴り合いだ。今までのフロアボスとの戦闘とは訳が違う。ミサカ妹のナビは多分役に立たないし、上里との戦いは…ある意味、SAOの延長線上にある問題だ」

 

「だからアイツとの戦いは、俺自身が、俺の手でケリを付けなくちゃいけねぇんだよ」

 

 

そう言い放った上条の言葉は、芯のある、強い言葉だった。走りながらも握られた右手もまた、その言葉に負けないほど強く硬い拳へと変わっていた

 

 

『分かりました。いささか不本意ではありますが、今回はあなたの指示に従いましょう。と、ミサカは最大限まで譲歩し、あなたの要求を呑みます』

 

「悪いな、終わったらちゃんと連絡するから待っててくれ」

 

『約束して下さい。必ず、無事に終わらせてすぐにミサカに連絡して下さい。と、ミサカは心からの願望を口にします』

 

「・・・ああ、約束する」

 

『・・・ありがとうございます。ご武運をお祈りしています。と、ミサカは言い残しながら通信を切断します』

 

ピッ!………

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「・・・やぁ、約束通り来たみたいだね。一先ずは逃げずにここに来たその勇気と愚かさを褒めておくよ」

 

 

その後ミサカ10032号との通信を切った上条は指示通りエレベーターに乗り、新国立競技場の地下駐車場へと向かい、上里翔流と相対していた

 

 

「逃げる訳ねぇだろ。お前とは背負ってるモノの重みが違うんだよ」

 

「・・・それはつまり、ユナ一人の命の重みは6000人余りいるSAO生還者の命に劣る…と?」

 

「・・・そもそもの論点が違うんだよ上里。もうユナは…重村悠那はこの世界にいないんだ。生きてる人と死んでしまった人を救う救わないで天秤にかけることなんて出来ねぇんだよ」

 

「・・・なんだと?」

 

 

今の上条の一言が気に障ったのか、上里はクールな表情を崩して上条を睨みつけ食いしばった奥歯がガリッ!と音を立てた。しかし上里はその変化に自分で気づくと、自分を落ち着けるように呼吸を置いてもう一度平静を取り繕って話し始めた

 

 

「・・・まぁ君みたいなヤツに分かるはずないだろうな。救えるものはどんな形であれ全て救って来た。今も大切な誰かがそばにいて、日々を笑って過ごすことのできる君に…目の前で大切な誰かを失う悲しみと自分だけが生き残ってしまった後悔が分かるはずがない」

 

「・・・目の前で?」

 

「ああ。僕とユナがSAOにいた頃、同じギルドにいたのは教授から聞いているだろう?だけど本当はそれだけじゃない。彼女が消えてしまうその瞬間も…僕は彼女と一緒にいた」

 

「・・・・・」

 

「今さらになって同情かい?はっ…止してくれないか?反吐が出そうになる。いくら同情したところで僕と君は戦う羽目になるんだ。だったら同情なんてしてもされても意味なんてない」

 

「・・・ならせめて話せよ。お前は俺のことを攻略組だなんだでよく知ってるみたいだけど俺はお前やユナのことをよく知らない。たしかに俺とお前は敵同士かもしれない。だけど事情を知らないで殴り合ったんじゃ、それはただ考えてる感情をぶつけ合うだけのガキの喧嘩だ。俺はそんなの望んじゃいない」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話 上里翔流

 

「・・・SAOが始まった当時、僕は高校一年生だった。学園都市のどこにでもあるような高校に通う、なんの特徴もない無能力者の『どこにでもいる平凡な高校生』だった」

 

 

上条に言われた上里は、静かな口調で話し始めた。その表情は見るからに悲しげで、話すことが苦痛で仕方ないのだと見ているだけで分かった。しかし、それでも上条は話を止めることはせず、上里もまた口を開き続けた

 

 

「いつもと変わらない日々を過ごす中で、僕はテレビでSAOとナーヴギアのニュースを見た。そしてそのニュースを見て思った。『これをやれば平凡な僕も、少しは変われるかもしれない』…ってね」

 

「そしてダメ元で抽選に応募して…当たった。それはもう飛び跳ねて喜んで学校の友達に自慢しまくったよ。SAOとナーヴギアが世に出るその日を今か今かと待ち詫びた」

 

「そしてサービス開始の初日、僕は君らと同じようにゲームの中に囚われ、次の日から僕は始まりの街に引きこもった。なにがあろうと開放される日を待つと決めこみ、一歩も街から外には出なかった」

 

「そして始まりの街に穴蔵を決め込んで約1ヶ月が経った。君ならこれがなにを表す月日か分かるだろう?」

 

「・・・アインクラッド第1層の攻略か」

 

「そう。僕も情報屋の発行してる新聞を読んでアインクラッド第1層の攻略の事実を知った。そしてその記事を読んでいて思ったんだ。『この死んだら終わりの世界でも、強く戦って生きている人がいるんだ』ってね。そして僕は『平凡な自分を変えるためにこの世界に来たんだ。だったらせめて、この世界では強くあろう』と思い立ち、始まりの街を出る決意をした」

 

「始まりの街から出た僕はモンスターと戦いまくった。そしてアインクラッドの攻略が第10層に到達した頃には、最前線の攻略組と肩を並べられるまでに強くなった」

 

「そして最前線が20層まで進んだ時、当時まだソロだった僕は情報屋から手に入れた情報をツテに、アイテムを求めて11層のダンジョンを練り歩いていた」

 

「そこで10頭ほどのモンスターに襲われているプレイヤーの集団を発見した。見るからに覚束ない戦闘で、見かねた僕は助太刀に入った。下層のモンスターだったこともあって、特に苦戦せずに気づけば全部片付いていた」

 

「そして助けた五人組は僕を命の恩人だと言って、街に戻って食事を一度奢ってくれた。

その五人組は現実で同じ高校のパソコン研究会のメンバーで、SAOでは『月夜の黒猫団』というギルドを結成していた」

 

「そのギルドのリーダーは、僕にギルドに参加しないかと持ちかけてきた。でも彼らとのレベル差は歴然だった。だけど僕は彼らのアットホームな雰囲気を羨ましいと思い、自分が爪弾きにされないようにレベルを偽り、自分が攻略組の一人であることも隠してギルドへの参加を決めた」

 

「そしてギルドのメンバーは僕の加入もあって、着実に強くなっていった。僕もあっという間に彼らの輪に打ち解け、みんなと仲良くなっていった。そしてその中でも特に仲が深まったのが……」

 

「・・・ユナか」

 

「ああ。ユナは範囲内全てのプレイヤーにバフを掛ける『吟唱』スキルを使っていた。毎晩どこかの層の転移門に行っては自分の歌を披露していた。僕はたまたま、彼女と出会う前に第8層で彼女の歌を聴いていたんだ。とても綺麗な歌声だったことを覚えていた。忘れられるはずがなかった。死んだら終わりのあの世界で、他のなによりも美しいと感じた彼女を忘れられるはずがない。そしてその彼女がとなりにいてくれることが…なによりも幸せだった」

 

(・・・そうか、だから俺も聞き覚えがあったのか…きっとどこかの層の転移門で…ユナの歌を聴いてたのか…)

 

「元気で優しくて、いつでも可愛い笑顔で歌っていた彼女に…僕は恋をした。でも、他のギルドのメンバーもいる手前、それを伝えることはできなかった。だけど僕の気持ちは変わらず、彼女を好きなままだった」

 

「それから月日が経ち、僕たちのギルドは攻略組に勝るとも劣らないほど強くなっていた。加えて僕たちのギルドがずっとホームを買うために貯めていた貯金が、ついに目標金額に到達した」

 

「そしてリーダーが始まりの街でホームを買いに行っている間、残った僕たち五人で狩りに出て少し稼ごうという話になった。だけどそこで、当時の最前線の28層の一つ手前の27層の迷宮区に行こうという話になった。僕は少し反対の意はあったが、今の彼らのレベルなら大丈夫だろうと思い、五人で27層の迷宮区へと入った」

 

「案の定、僕らは特に問題もなく迷宮区を進むことが出来た。月夜の黒猫団に入った後も、フロアボスとは戦ってはいなかったけれど、こっそり夜中に抜け出して最前線のダンジョンで密かに上げていた僕のレベルも一役買い、迷宮区のモンスターを手当たり次第に狩っていった」

 

「そしてメンバーの一人が、迷宮区のとある隠し扉に気づいた。攻略組である僕ですら知り得なかったその隠し扉には、一つのトレジャーボックスがあった。嫌な予感がして止めようとした時には既に、メンバーの一人がボックスに触れていた。そしてその瞬間、部屋に仕掛けられたトラップが発動し、出入り口の扉を塞がれ、無数のモンスターが湧き出した」

 

「僕らはすぐに転移結晶による脱出を試みた。だけどその部屋は『クリスタル無効化エリア』だった。仕方なく僕らは武器を取って応戦したが…まるで終わりの見えないモンスターの数に押され始めた」

 

「そして…死んだ。一人、また一人…もう一人と死んでいった。そこで僕は初めて誰かが死ぬ瞬間を見た。初めて間近で見た『死』に、僕は恐怖でどうにかなりそうだった」

 

「最後に残されたのは僕とユナの二人だけだった。ともかくどうにかしてユナを守り抜くために彼女のそばに行こうとしても、無数のモンスターが肉壁となって僕の行く道を塞いだ。そしてモンスターたちの隙間から僕が垣間見たのは…HPが尽きて光の粒となって消えた…ユナの最期だった」

 

「・・・・・」

 

 

俯きながらユナの最期を語った上里は、両手の拳を強く握りしめていた。その肩は抑えきれなくなった感情とともに震え、瞳からは一筋の涙が溢れ落ちた

 

 

「僕が見ている目の前で…ユナは無数のモンスターに囲まれながら、斬られ、刺され、穿たれ、殴られながら…死んでいった。どれだけ痛かったか、どれだけ怖かったかなんて想像できなかった。形容できないほどに惨たらしく、まるでその命を弄ばれるように彼女は…死んだ」

 

「僕は大切な人を失った怒りと悲しみで我を忘れ、ただ闇雲に剣を振り回しまくった。そして気づけばモンスターはいなくなり、部屋には僕だけが残されていた。僕だけが…生き残ってしまった」

 

「そして町に戻ってギルドのリーダーにみんなの死を伝えた。リーダーはありったけ僕を罵倒すると、アインクラッドの外壁から飛び降りて…彼らの後を自ら追った」

 

「そして僕は本当に一人になった。その日から再び安全地帯に引きこもって、SAOが終わるまで戦場に出ることはなかった」

 

「毎晩寝ようとしたけど、どうにも寝られなかった。いつも目を閉じて頭に甦るのは、黒猫団のみんなとユナの最期ばかり。みんなと過ごした楽しかった時間なんてものは…後悔と懺悔の気持ちでいつからか思い出せなくなった」

 

「自殺もほぼ毎日のように考えた。夕暮れ時には必ずアインクラッドの外壁の上に立った。でも、出来なかった。後一歩で死ねるのに、どうやってもその一歩が出せなかった。このまま惨めに後悔と罪の念を引きずりながら生き長らえろという、みんなの怨念のようなものが足を引きずって……いや、違うな。それもあったとは思うが、死ぬのがどうしようもなく怖かった。みんなを見殺しにしておいてなお、僕は自分の命が惜しかった」

 

「そうして生きる屍となって二年を過ごして気づけばSAOは終わっていた。後は今日になるまで成すがままさ。僕はSAOでユナとお互いに教え合った本名を頼りに、彼女の父親である教授の元へ行った。そして教授のコネで大学に入り『ユナ再生計画』を実行に移した」

 

「これが僕の過ごしたSAOだよ。今思えばなんとも愚かだった…変わりたいと思って始めたVRゲームは、筆舌に尽くしがたい後悔を僕に残しただけだった。誰も救えない…誰も救われない…こんなことだったら僕はずっと始まりの街に…いや、それ以前にSAOを始めることもなく、今まで通りの『どこにでもいる平凡な高校生』のままでよかったんだ……」

 

「・・・・・」

 

 

上条はただひたすらに上里の辿ったSAOを頭の内側で想像していた。そして彼の辿った軌跡を思い浮かべた末に、一つの結論にたどり着いた。『或いは自分が、彼と同じ道を辿っていたかもしれない。そして或いは彼こそが、ソードアート・オンラインという物語の主人公になっていたのかもしれない』と

 

 

「・・・やっぱりお前は間違ってるよ、上里翔流」

 

「・・・は?」

 

 

だからこそ上条は、彼が間違っていると言うことができる。上里翔流が辿った物語は他人からすれば、失ってしまった大切な人を取り戻すために闘う悲劇のヒーローの物語に見えるだろう。だが上条当麻は、彼が悲劇のヒーローであることを善しとすることはできなかった

 

 

「具体的には二つ。俺は救えるものはどんな形であれ全て救ってきたって言ったな。それは違う。俺にもあの世界で救えなかった人はいた。第一層のボス戦で…俺の腕の中で死んでいったヤツがいた。ソイツは俺に、ゲームを必ず終わらせてくれと願って、死んだ」

 

「だけど本当は…俺が最初っからこの右手を隠さずに戦っていれば、もっと簡単にボスを倒して、ソイツは死なずに済んだかもしれない。その事実を突きつけられた俺は、お前と同じように戦場を離れ、安全地帯に引きこもった」

 

「だけど25層で多くの人が死んだと聞いた時、怖くなったよ。自分が死ぬことがじゃなく、自分の知らないところで自分の大切な人が人知れず死ぬのがな。だから俺は、自分の守りたいものを自分で守るために、もう一度街を出た。SAOを終わらせてくれと…そう俺に願って死んだやつとの約束を守るために」

 

「・・・もう一つの間違いはなんだ?」

 

「お前はユナを失った。だけど間違いなく、お前はユナを助けたんだ。お前の話ならその11層でモンスターに囲まれた時、お前はユナを助けた。死んだら終わりのデスゲームで、自分の命の危険を顧みずに月夜の黒猫団を助けた。ユナ達にとって、その時のお前は紛れもなくヒーローだったんだよ。そしてその結果は、お前に勇気があったから起こった結果だ」

 

「はっ、そんなの…あの時の僕はユナ達を取り囲んでいたモンスターより僕の方が一回り強かっただk…」

 

「そういう意味じゃねぇよ」

 

「ならどういう意味だって言うんだよ!?僕はただ、あの時は助けられると思ったから助けただけだ!一番肝心な最期の時に彼女を助けようと伸ばした手は、僕が弱くて臆病だから届かなかった!それ以上でも以下でm…!」

 

「お前が始まりの街を出てモンスターと戦う勇気があったから、お前は強くなって最初に出会ったユナを助けられたんだろうが」

 

「!!!!!」

 

「確かにユナを助けた時のお前は強かったかもしれない。でも、初めはみんな等しくレベル1の弱虫から冒険を始めるんだ。お前だって始まりの街で引きこもってた頃から強かったわけじゃないだろ。お前は自分が変わりたいと思ったから、自分も強くなって、SAOに囚われたみんなを助けたいと思ったから始まりの街を出たんだろ!!」

 

「いいかよく聞けルーキー、一つ教えておいてやる。『どこにでもいる平凡な高校生』ってのはな、困っているヤツを見ちまったら最後、たったそれだけでいつでもヒーローになれるヤツの事を言うんだよッッッ!!!」

 

 

それは当たり前の感情なのだろう。人を助けたいなんて、誰もが思わず考えることなのだ。それができない。やろうともしない。そんなのはもう平凡ですらない。始まりの街を出たその時から、上里は間違いなく誰かにとってのヒーローになっていたのだ

 

 

「だから上里、今のお前は間違ってる。お前はユナのヒーローじゃない。ユナはこんな形で助けなんて求めてると思うのか?違うだろ。ユナはお前に、誰かを守るためのヒーローであってほしいと願ってるんじゃねぇのかよッッッ!!!」

 

「・・・笑わせるなよ、上条当麻」

 

 

上条の言葉は確実に、上里の心に突き刺さり、彼の心を揺らした。しかしそれでもなお上里の在り方は変わらなかった。渇いたように笑いながら上条を見据え『世界を手放す右手』を彼に見せつけた

 

 

「そんなのは所詮、感情論だ。そんな綺麗事を並べてもユナは帰ってこない。僕がユナを死なせてしまったのは、あの時の僕に…どこまでいっても『平凡』の域を出なかった僕に力がなかったからだ。もう一度立ち上がってからは何もかもを守り抜いた君のような『特別な力』がなかったからだ」

 

「だけど今は違う!ここにその『力』がある!今度こそユナを守るための力が…彼女を救えるだけの『力』がある!僕はSAOに囚われたみんなのヒーローである必要はないのさ。僕はユナさえ助けることが出来れば、どれだけ生きる人を犠牲にしようが構わない!それこそが『理想送り』を手にした僕の出来る、最大限の彼女への救いと贖罪だ!!!」

 

 

上里の悲劇は確実に、上条の心に突き刺さり、彼の心を揺らした。しかしそれでもなお上条の在り方は変わらなかった。どこまでも真っ直ぐな眼で上里を見据え『世界に縋りつく右手』を彼に見せつけた

 

 

「・・・なら、やっぱりお前は悪だよ上里。今のお前は平凡でもなんでもない。誰かの犠牲の上に成り立つ救いなんて、そんなのは誰も求めてなんかない!その目でよく見ておけよ上里翔流。誰もが笑って終われる最高のハッピーエンドってやつを、今から俺が見せてやる!!!」

 

 

バギリッッッ!!という小気味のいい音が地下駐車場に反響した。それは上里の右手が当てられた首の関節が、思いっきり鳴らされた音だった。今まで決して鳴ることのなかったその音は、上里の剥き出しの敵意を表していた

 

 

「・・・ああ、それは結構。善か悪かなんてのはどちらか一方から見た時のものでしかないからね。君からしたら僕は悪でいいし、僕としても君は悪にしか見えない。それに、もちろん僕は君が嫌いだ。だって嫌いじゃないはずがない。反吐が出そうになるほど押し付けがましい理想論を掲げて、シミったれたこのクソみたいな世の中に満足しているかのような顔でヘラヘラと笑う。気色の悪いヒーロー像を気取って、汚らわしい右手を無闇やたらに振り回すだけの偽善者である君を、殺したくなるぐらい嫌いだ。まぁそういうことだからさ……」

 

「もう、小細工はナシだ」

 

「ああ」

 

「「オーディナル・スケール 起動」」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話 理想送り VS 幻想殺し

 

「 新 た な 天 地 を 望 む か ? 」

 

「ーーーッ!?」

 

ガボンッッッ!!!

 

 

最大のイレギュラー同士の戦いは、上里の常套句を合図に火蓋が切って落とされた。上条は咄嗟の判断で左に飛んで上里の右手の直線上から身を逃し、上条が立っていた地面はごっそりと抉られていた。従来の異能の力であれば幻想殺しで打ち消していただろうが、そうしないのにはそれなりの理由があった

 

 

「おっと、いきなり尻尾を巻いて逃げる気かい?なんともヒーローらしくない」

 

「へっ、言っとけ。だったらテメエもそんな離れて戦ってないで男らしく拳で語れってんだ」

 

(たしかにアイツの理想送りは俺の右手で消せるかもしれねぇ…だけどその可能性に賭けるのはとんでもねぇ博打だ。もし消せなかったらそれだけで俺の意識はアインクラッドに飛ぶ…正真正銘の一撃必殺!どうにかしてあの右手の有効範囲を掻い潜って接近するしかねぇ!)

 

「 新 た な 天 地 を 望 む か ? 」

 

「おおおおおおっ!!」

 

ドッパァァァァァンッッッ!!!

 

「避けるだけで精一杯か…だけどそれが賢明な判断だと思うよ。この右手はSAO生還者にとっては脅威だ。まぁもっとも、生還者でない者にとってもこの右手が脅威であることには変わらないけどね」

 

「ッ!?その口振り…まさかお前SAO生還者の他にも…!」

 

「ああ。この理想送りをオーディナル・スケールに組み込んだ張本人である、重村教授ご本人をアインクラッドに飛ばさせてもらったよ。でも今君が気にするのはそこじゃないんじゃないかな?」

 

「・・・は?」

 

「考えてもみなよ。僕は君を片付けた後で今ユナのライブを観ているSAO生還者をアインクラッドに飛ばすつもりだ。確かに今この会場には全てのSAO生還者が揃っている。さて問題だ。一万人で始まったSAOに、一万人を集めたこの会場にいる人間。その一万人が全員揃ってSAO生還者だと思うかい?」

 

「ーーーッ!?お前ッ!!」

 

「僕としても総数1万人いる観客からSAO生還者だけを選り好みできるほど器用に右手が使えるわけじゃないんでね。まぁなんの因果か、生還者も一般人も全員合わせて1万人いるんだ。これを機に新しい物語を始めるのもいいんじゃないか?今度は全員で仲良く攻略したら一人も死なずに済むんじゃないかなぁぁぁ!?!?」

 

バキバキバキバキッッッ!!!

 

 

今度はその特異な右手が横薙ぎに振るわれた。まるで暴風が吹き荒れたように地形が変わり、オーグマー越しに見える駐車場はもはや原型を保っていなかった。万が一食らえばHPを無視し対象を必ず屠る『究極の一撃』が猛威を振るい続けた末の光景がそこには広がっていた

 

 

(・・・ああ、皮肉だな上里。俺はそんな簡単なことまで忘れちまってたのか…)

 

 

上条はほんのスレスレでその攻撃を回避していた。しかしそれは上里との間合いを詰めることで理想送りの有効範囲を逃れるというなんとも危険な避け方だった。しかし上条の表情には一抹の迷いも、焦りも見て取ることはできなかった。解けかけていた右の拳を握り直し、歯を食いしばり、眼光は鋭くなり剥き出しの敵意を露わにし、その精神は未だかつてないほどに研ぎ澄まされていた

 

 

(わざわざ敵のお前に言われて思い出すなんてな…いや、お前もSAO生還者だからか…なんにしたっていい。もしも食らったら一瞬で終わり?今ここにいる一万人の命運は俺に懸かってる?確かにそりゃ絶望的な状況だな…けどな…)

 

 

「 そ れ が ど う し た ? 」

 

「ッ!?」

 

「一撃食らったら終わり!?そんなのアインクラッドでも似たような状況はいくらでもあった!一万人の命運!?ああ事あるごとに実感したさ!そしてそれを背中で背負った!俺だけじゃない!あの世界にいたみんなで背負ってきた!ああそうさ!あの世界を乗り越えた俺たちが、お前の右手なんかに負けるハズねぇだろうが!!!!!」

 

ダンッ!!

 

「ーーーッ!?」

 

 

上条の踏み出した一歩は、まるで地球の大地がまるごと震撼しているような力強い一歩だった。眼前に迫ってくる上条を前に、上里はその鬼神のような気迫に気圧され半歩後ずさった。その僅かな隙さえも、上条は見逃さなかった

 

 

「うおおおおおおっっっ!!!」

 

ブンッ!

 

 

上条は左手の手首を捻り空虚だった掌の上に円形の盾を出現させると、そのままそれを上里に向かって投擲した。しかしその投擲は、フリスビーのように横回転ではなく敢えて上里の視界を塞ぐように縦向きの投擲だった

 

 

「小細工をっ!!」

 

 

オーディナル・スケールに、ひいてはAR技術に精通する故に上里は分かっていた。この盾は実体を持たない、避ける必要もない、拡張現実が視覚的に生み出したただの映像に過ぎないことを。だからこそ上里は自分に向かってくる盾に臆することなく右手を伸ばした

 

 

「 新 た な 天 地 を 望 む か ? 」

 

ボゴウッッッ!!!

 

 

上里が右手を伸ばした縦一線に理想送りが放たれた。駐車場のコンクリートは一直線に抉られ、投擲された盾も呆気なく消え去り、その先にいた上条当麻の姿もなくなっていた

 

 

(勝っt………!?)

 

 

上里は自分の勝利に確信したところで、一つの違和感に気づいた。それは自分の視界が少しだけ薄暗くなっていることだった。自分達が戦っている場所は、多くの電灯に照らされる地下駐車場。太陽を阻む雲がある屋外ならばいざ知らず、この場においては電子機器の異常でもない限りそんなことは起こり得ない。残された可能性はただ一つ、人為的に作られた『影』がある場合のみだ

 

 

「なんっ!?上にっ…!?」

 

「うおおおおおおおおおっっっ!!!!!」

 

「ッ!!ああああああああああああ!!!」

 

 

盾を囮にし、上条はありったけの力を脚に込めて飛び上がっていた。そして地球からの引力に身体を任せ、落下するままに右の拳を振り抜いた。しかし、上里もまた間に合わないと判断してか、理想送り本来の使い方を捨て、その右手で拳を作り、上条の拳に真っ向から迎え撃った

 

 

グゴギイイイィィィッッッ!!!

 

 

両者の拳が重なり合ったその瞬間、およそ拳同士がぶつかり合っただけとは思えないほどの轟音が鳴り響いた。両者の指骨の何本かには確実にヒビが入っていた。コンマ一秒にも満たない激突の末、勝利の軍配が上がったのは…

 

 

バツンッ!!!

 

「ーーーーーーッ!?!?」

 

「・・・やはり君の負けだよ、幻想殺し」

 

 

理想送りの方だった。両者の拳がぶつかり合った瞬間、上里の右腕は健在であったのに対して、上条の右腕は肘から先が消失していた。それはあくまでもオーグマー越しに見える拡張現実の映像であり、現実の右腕はそうなっていないと分かっている。しかし右腕があるようでないような混沌とした感覚に、上条はその表情を歪めていた

 

 

「今度こそゲームオーバーだ。僕の理想のために消えてくれ…上条当麻」

 

「新たな天地をのぞm………」

 

 

今度こそ勝ちを確信した上里は、宙を泳ぐ上条に右の掌を差し向け呪いにも似た台詞を口にした。だが、その口は自分でも気づかぬ内に止まっていた。差し向けた右手の指の間から垣間見えたのは、見るのも嫌だった上条当麻の顔。言いようのない異物感で歪んでいた彼の表情は、ほんの一瞬で……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

背筋も凍るほどの不敵な笑みに変わっていた。それはきっと、上条の右手の奥にある『何か』の表情だろう。底知れぬ空腹を満たすための獲物を見つけたような、嬉々とした表情だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーーーーーーッ!?!?!?」

 

「ギオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

上里翔流は不思議でならなかった。自分が無意識に口を閉じたことがではない。自分が未だに息をしていることが、不思議で仕方なかった。上条の右手の奥にある『何か』の咆哮を耳にして連想したのは、自身の明確なる破滅。もはや『死』という概念すらも可愛く感じた。瞳は光を失い、足腰は震え、動悸は乱れ、歯はガチガチと悲鳴を上げ始めた

 

 

「ギオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!」

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?!?!?」

 

 

その瞬間、世界は無へと回帰した。上里の眼に映る世界は、遮蔽物が一切無い純白の世界へと塗り替えられていた。上条の右手の奥に潜む見えない『何か』は、ただ一度啼いただけで拡張現実という概念そのものを蹂躙した。そして同時に上里の右腕は、肩口からゴッソリと抉り取られたように無くなっていた。実際の痛みはほとんどなく、右腕が繋がっている感覚は確かにあった。しかし上里の痛覚はうるさいほどに、本当に右腕を失ったかのような痛みを訴え続けた

 

 

「逃げるなよ、上里翔流」

 

「!!!!!」

 

 

そして幻覚的な痛みで薄れゆく意識の中で上里が最後に見た上条当麻は、表情から不気味な笑みが消え、素の彼の顔に戻っていた。誰よりも必死で、誰よりも真っ直ぐな目をした、困った人を見たが最後、片っ端からその右手で救い上げてきたヒーローの顔があった

 

 

「自分の物語の結末からも、ユナの死からも逃げてんじゃねぇよ…しっかり向き合えよ。自分の都合のいい逃げ道作ってんじゃねぇ。お前がやるべき事はなんなのかハッキリ見ろ!今から俺がお前をもう一度だけ救ってやる!しっかりテメエの人生見直して来い!!」

 

(・・・あぁ、君はそういうヤツなんだな。上条当麻…)

 

「いいぜ、テメエのその身勝手な理想で…本当にユナを救えると…自分が許されると思ってんなら…」

 

(人の気持ちも考えずに、土足で上がり込んで来て…その人の全てを理不尽に救ってしまう。ああ、そうだな…出来るなら僕は君と…もう少し違う形で………)

 

「テメエの『理想』は!この右手でぶち殺す!!!」

 

(出会ってみたかった………)

 

ドゴオオオオオォォォォォッッッ!!!………

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話 第100層

 

「・・・んっ…」

 

「目ぇ覚めたかよ」

 

 

上条が放った最後の一撃は、上里のこめかみに直撃し、彼の意識を刈り取るとともに、装着していたオーグマーを粉々に破壊していた。そして数分後、意識を失っていた上里は目を覚まし、自分の左頬に手を当てると全てを理解した

 

 

「・・・僕は、負けたんだな」

 

「ああ」

 

「そして全ての人が解放された…か。これで全ては水の泡…いや、全てということはないか。こんなボロボロになってやっと…答えを得た」

 

「・・・俺はお前とはもっと違う形で出会ってみたかった。そうしたらきっと…善悪関係ない、いい友達になれたと思う」

 

「・・・はっ、本当に酷い話だ」

 

ピリリリリッ!ピリリリリッ!

 

 

地べたに寝そべりながら上里は呆れたように笑うと、上条のオーグマーが着信音を発した。発信相手を見ずともミサカ10032号であると分かった上で上条は電話に応答した

 

 

ピッ!

 

「ああ、御坂妹か?こっちは今片付いた。そのうち意識を失ったみんなも…」

 

『緊急事態です。完全に想定外の異常事態です。と、ミサカは今起こっている非常事態を報告します』

 

「き、緊急事態?一体どうしたんだ?」

 

『先程、ユナのファーストライブが終わった瞬間、大量のフロアボスが出現しました。ライブ会場は完全に封鎖され、一万人が缶詰状態になり現場は大パニックです。と、ミサカは現在判明している情報を伝えます』

 

「は、はぁ!?冗談だろ!?」

 

「な、なんだって!?そ、そんなはず…!」

 

「おいどうなってんだ上里!SAOのフロアボスはテメエの理想送りから出現してるんじゃなかったのかよ!?」

 

「ぼ、僕が知りたいぐらいだ!現に理想送りは君が僕のオーグマーごと破壊した!第一、僕はこのライブにはSAO生還者が全員いるから、ライブが終わったらフロアボスを会場に放てと教授に…!………ッ!?」

 

 

口走る途中で、上里は重大な欠点に気づいてしまった。この状況を生み出したのは誰なのか、誰がこの状況を一番都合よく思えるのか。そんなのはもちろん、『こうなるように仕向けた本人』以外はいないだろう

 

 

「・・・まさか…教授が…!?」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ワアアアアアアアアアアアアアア!!!!!

 

「ギイイイイイイ!」「逃げろー!」「グオオオオオ!」「かかってこいやぁ!」「アアアアアア!」「ここから出せー!」「ギャォォォォォ!!」「いやぁーーー!!!」

 

ワアアアアアアアアアアアアアア!!!!!

 

 

「まったく…まさかこんなゴタついた状態で仕上げに移ることになろうとは…ともかく、これでなにもかもが私の計画通りだ」

 

 

そこは新国立競技場のVIP用観覧席の一室だった。観覧に適したガラス張りの部屋の下では、逃げ惑う一万人の観客とSAOのフロアボスが入り乱れる混沌とした光景が広がっていた。そしてまるで望んでいたかのように、重村の姿を模した立体映像がその光景を見下ろしていた

 

 

「これで後は『エモーティブ・カウンター』の平均値が10000に達しさえすれば…」

 

「お父さん!こんなことはもうやめて!」

 

「!?悠那…!」

 

 

そして重村の立体映像に話しかける少女が一人。彼の娘である重村悠那を再現して作られた、人工知能である白いユナが彼を説得しようとしていた

 

 

「・・・いや、まだ悠那ではない。まだ記憶の収集が足りていないな。待っていてくれ、あと少しでお前を蘇らせるに足る記憶を彼らから集めることができる」

 

「私は生き返ることなんて望んでない!」

 

「それは今はまだ、AIのレベルにあるお前の自己保存プログラムが言わせている言葉に過ぎない。もう少しだから大人しく待っていなさい」

 

「お父さん……」

 

「データの収集は、ARアイドルである方のユナのAIクローラーの方に任せてある。丁度仕上げの段階だ。スクリーンに表示されているプレイヤー全員の『エモーティブ・カウンター』の平均値が10000に達した時、高出力スキャンが行われ、プレイヤー全員のSAO時代の記憶を読み取ることができる」

 

「なっ!?ダメよお父さん!こんな専用の設備もないところで高出力スキャンなんてしたら、共鳴効果で記憶を読み取るどころかみんな死んでしまう!」

 

「黙りなさい!!!」

 

「ッ!?」

 

バァンッッ!!

 

「重村教授っ!!」

 

「か、翔流!?」

 

 

VIPルーム中にドアが乱雑に開け放たれる轟音が鳴り響いた。そのドアの向こうには、息を切らしながら教授の立体映像を睨みつける上里翔流の姿があった

 

 

「・・・上里か…よく私がここにいると分かったな。いや、当然といえば当然か…こんな大それたことができるのは、共にユナ再生計画を立案したお前と私ぐらいのものだからな」

 

「これは一体どういうことですか!?いや、一体どうやったんですか!?僕の理想送りがなくなり教授の意識が戻ったのはまだ分かります!だけど理想送りのないままこんな大量のフロアボスを一体どうやって…!」

 

「おや?お得意の勘の良さはどこに行ったんだ上里?お前だって『最初から』私が裏切ると分かっていたから邪魔者になる私を理想送りで飛ばしたんじゃないか」

 

「!?じゃあまさか最初から…!」

 

「その通り。私はユナのファーストライブを予定していた当初からこうなるように仕組んでいた。まぁお前に理想送りで飛ばされたのは流石に想定外だったが、予めプログラムを実行に移すだけで済むように準備しておいたのが功を奏した。意識さえ戻れば後は造作もない」

 

「もう辞めにしましょう教授!僕はたしかにあなたの計画に加担した!ですがユナはもうこんなこと望んでいません!一緒に罪を償いましょう!彼女の死と向き合って、僕たちは僕たちの道を歩まないといけないんです!」

 

「翔流…」

 

「はっ…もう遅いよ上里。なにもかもがね。一度実行に移した以上、もうAIクローラーは止まらない。それに、悠那が望んでいるかどうかなんてのは、所詮誰にも分からないさ。そこにいるユナも君も、結局は悠那ではないのだからね。だが一つ確かなのは、望む者もいるということだ。他でもないこの私自身が!誰よりも悠那との再会を望んでいるのだ!そのためならば私は喜んで悪魔に魂を売ろう。たとえその結果、私の教え子だった『あの男』と同じ道を辿ることになったとしても、私はかけがえのないあの時を取り戻したいだけなんだ」

 

「ッ!このっ!!」

 

バッ!!

 

「翔流、待って」

 

「・・・ユナ…」

 

 

上里は重村を見ながら歯噛みしていた。つい先ほどまで、自分は目の前の人間と同じ思想を抱いていたのかと思うと、どうにもやり切れない感覚に囚われて仕方がなかった。そして目の前の重村が映像と分かりながらも殴りかかろうとしたところに、白いユナが手を差し出して待ったをかけた

 

 

「・・・翔流、後のことをお願い。私は、今私にできることをする」

 

「・・・ごめん。僕はずっと君を…」

 

「ありがとう、嬉しかったよ。私の気持ちを理解してくれたこと」

 

「!!!…ははっ、お礼なら僕でなく『彼』に言ってやってくれ。彼がいなきゃ僕は、どうしようもない馬鹿のままだった」

 

「ふふっ、やっぱり翔流は変わらないままだね。そうやっていつも自分を放って他人のことばかり…分かった。そういうことなら彼のところに行ってくる。話はまた今度ね」

 

「ああ、気をつけて」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ミサカ妹!俺はこれからどうすればいい!?」

 

『少々お待ちください……分かりました。最初に会場を出たゲートと同じゲートに向かって下さい。ミサカの能力の応用でそのゲートのみを一点集中でハッキングしてゲートの電子ロックをこじ開けます。と、ミサカはここが正念場だと言わんばかりの張り切りを見せます』

 

「分かった!出たとこと同じゲートだな!頼む!」

 

ダダダダダダダダダッッッ!!!

 

 

一方、地下駐車場で上里と別れた上条はエレベーターを使い上の階層に行き、国立競技場の廊下を奔走していた。ここぞというミサカ10032号のアシストに感謝しながら、一万人が閉じ込められているライブ会場へと急いだ

 

 

「着いたぞミサカ妹!そっちはどうだ!?」

 

『・・・申し訳ありません。どうやらかなり厳重に厳重を重ねたロックが敷かれているようです。ミサカのハッキングではどうしようも…』

 

「ッ…クソッ!一体どうしたら…!」

 

ピーッ!ガシャン!

 

「・・・あれ?あ、開いた…?御坂妹、解除できたのか?」

 

『いえ、ミサカではありませんが確かにロックは解除されています。と、ミサカはこの状況に首を傾げます』

 

『あーあー、聞こえるか?上条当麻』

 

「上里!?」

 

 

上条が厳重な電子ロックを掛けられた扉に拳を打ちつけると、急に扉の錠が解除されたような音がした。訳の分からない状況に戸惑っていると、立て続けに廊下のスピーカーから上里翔流の声が聞こえてきた

 

 

『今制御室にいてね。君の姿が監視カメラで見えたんでその扉を手動で開けた。だけど開けられたのはその扉だけだ。教授め、僕がその扉を開けた瞬間に、そこ以外のゲートを手動で開かないようにしてくれたようだ。多分そこもすぐに閉められる。今のうちに早く中に入れ』

 

「分かった!すまねぇ!」

 

ガチャッ!ワアアアアアアアアア!!!!!

 

 

「ギイイイイイイ!」「うわぁー!」「ガアアアアア!」「ここを開けろー!」「ガルルルルル!」「トイレに行かせてくれー!」「ギャォォォォォ!!」「いやぁー誰か助けてー!!!」

 

 

「ッ!?なんだこれ…!めちゃくちゃじゃねぇか!」

 

「か、上条!アンタどこ行ってたのよ!?」

 

「リズ!それにみんな!無事だったのか!」

 

 

ゲートを通過した先では、会場を埋め尽くす数々のフロアボスと一万人の観客が入り乱れ、もはや事態は収拾がつかなくなっていた。そんな周囲に目を配る中で出会ったのは、先ほどライブが始まる直前に別れたリズベット達であった

 

 

「おおっ上条!無事だったか!」

 

「エギル!こっちは一体どうなってる!?」

 

「ああ、訳分かんなすぎてこっちが聞きたいぜ。ライブが終わったと思ったら大量のフロアボスが出てきてドアは締め切り…おまけにスクリーンには訳の分からねぇ数字…まぁオーディナル・スケール関連って時点で大方ロクなことじゃねぇんだろうけどな…!」

 

「な、なんで分かっててみんなオーグマーを外さねぇんだよ!?」

 

「無理よ。私たちも何度か呼びかけてみたけど、みんなパニクって聞く耳持たないのよ。戦ってる人はフロアボスのポイントの多さを知ってるから自ら進んで戦ってる。正直お手上げよ」

 

「クソッ!何か方法は…!」

 

「キキキキキキキィィィ!!!」

 

「みなさん危n…きゃあっ!」

 

「ッ!?シリカッ!!」

 

ブオンッ!ガキィンッ!!

 

 

上条達が会話に夢中になっているところに、死神を象ったモンスターが鎌を振りかざしてきたのをいち早く反応したシリカが注意を呼びかけたが、声をかけた時には既に遅く、注意を呼びかけた彼女に鎌が襲いかかりそうになったところを上条が庇った瞬間、巨大な盾が死神の鎌を防いだ

 

 

「お、お前はユナ!助けに来てくれたのか!?」

 

「上やん助けて!このままじゃここにいるみんなが危ない!」

 

「そ、そんなの見りゃあ分かるよ!だけど何がどう危ねぇとか、どうしたらいいかとかこっちはさっぱりなんだよ!」

 

「あそこのスクリーンの数字!アレはここにいるみんなのエモーティブ・カウンターの平均値を表してるの!あの数値が10000に達した時、オーグマーを通してここにいるみんなに高出力の記憶スキャニングが行われるの!正直ここにいる全員の記憶をいっぺんに読み取るほどのスキャンをしたら、みんなの脳は保たないわ!」

 

「い、10000って…今もう8000ちょいじゃねぇか!このスピードの上がり方だとほとんど時間ねぇだろ!」

 

「だから上やん!私と会った場所…旧アインクラッド100層に行ってボスモンスターを倒して!そうすることで今度こそアインクラッドは終わる!ここにいるフロアボスもみんな消えるハズだわ!」

 

「お、おう分かった任せろ!……ってアミュスフィアも何もねぇこの状況でどうやって仮想世界に行けっつーんだよ!」

 

「分かってる!今オーグマーのフルダイブ機能をアンロックするからそこに座って!」

 

「なっ!?お、オーグマーにフルダイブ機能が!?」

 

「オーグマーはナーヴギアの機能限定版でしかないもの!理想送りでみんなの意識をアインクラッドに飛ばせたのはそういう意味なのよ!分かったら早く!」

 

「よ、よし!やってくr…」

 

バシッ!!

 

「ちょっと、今度は逃がしゃしないわよ」

 

 

そう言って肩を叩いたのはリズベットだった。そしてその周りには、仲間が揃いも揃って上条の周りの席に着いていた

 

 

「俺はこれでも元攻略組だったんだ。100層のボスと聞いて黙ってるわけにゃいかねぇなぁ上条」

 

「私はそんなに強くないかもしれないですけど、それでもみんなを助けるために何かできることがあるなら…!」

 

「突撃するしか能がないアンタには、私みたいな狙撃手が必要だと思うけど?」

 

「み、みんな…ありがとな。ユナ!始めてくれ!」

 

「分かった!お願いみんな!」

 

 

そう言うとユナは巨大な盾の能力を使い、ドーム型の防護フィールドを貼ると、座席に座った上条達に向けて手を伸ばし意識を集中させた。そしてそれを合図に上条達は、二年前の全ての始まりとなった言葉を口にした

 

 

「「「リンクスタート!!!」」」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話 最終ボス

 

「これがアインクラッド第100層…『紅玉宮』」

 

「まさか二年も経って、ここに来る羽目になるとはな」

 

 

仮想世界へと意識を飛ばした上条達は、アインクラッド上空から球状のバリアに包まれながら、アインクラッド100層の内部へと到達していた

 

 

「いよいよだな。そんでここの…ボス………は…………」

 

・・・・・ゴゴッ………

 

「ひっ!?」

 

「ちょっ…!?」

 

・・・ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 

「・・・嘘でしょ…」

 

「・・・まさに100層に文句ねぇ面構えだな…」

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!

 

「で、デカすぎるにも程があんだろ!?」

 

 

そしてそこで待ち受けていたのは、全長はゆうに50メートルは超えているのではないかと思うほどの巨大なモンスターだった。白くも禍々しい服を身に纏った身体の大半は、血のような赤で染め上げられ、悪魔のような赤い瞳、赤い宝石が光る白い鬣。そしてその巨躯に見合うだけの槍と剣が両手に握られていた。もはや目にしただけで威圧で押し潰されそうになっていた上条達に向けて、ボスモンスターは無言で槍で一閃した

 

 

ドッゴオオオオオオオオッッッ!!!!!

 

「ッ!?エギルッ!!」

 

ギリギリギリギリッッ!!

 

「こ、これが…!SAO本来のラスボスか!」

 

 

ボスの放った槍はエギルに直撃したかに思われたが、エギルは寸手のところで槍を斧で受け流し事なきを得ていた。そしてシノンか宮殿の上層部分に、上条達四人がフィールドに降り立ったところでボスの名前とHPバーが表示された

 

 

「『An Incarnate of The Radius』…」

 

「・・・具現化する…世界…」

 

「HPバーが合計10本…へっ、タフじゃねぇか。一本分けろって感じだぜ」

 

「・・・・・行くぞっ!!!!!」

 

「「「!!!!!」」」

 

ジャキィンッッッ!!ダンッッッ!!!

 

 

上条の叫びとともに、フィールドの四人は武器を抜き放ちボスの懐へと飛び込んでいった。ボスもそれを迎え撃つように鬣の宝石から歪曲する無数の光線を放った

 

 

ドドドドドドドドドドドドッッッ!!!

 

「早っ…!?」

 

ピキィンッ!!ズドォッ!ドドドドォッ!

 

「きゃあああああ!!!」

 

「うわあああああ!!!」

 

「ッ!?リズ!シリカ!」

 

「このっ!!」

 

バァンッ!バァンッ!

 

「!!!!!」

 

ブオオオオオオンッ!!ドドドドドド!!!

 

「きゃああああああ!!!」

 

 

襲いかかる七色の光線を上条はなんとか右手で無力化したが、リズとシリカは防ぐことが出来ず壁に打ち付けられた。お返しとばかりにシノンがボスを狙撃したが、ボスは平気な顔でその紅い眼を光らせ二本の極太のレーザーを発射し、上の階層ごとシノンを焼き払った

 

 

「この野郎っ!うおおおおおおおっっ!!」

 

ガアンッ!!!

 

(ッ!?なんだこれ…バリアか!?俺の右手じゃ無効化できn…!)

 

グオオオオオオオンッッ!!!

 

「どわあああああああ!?!?」

 

 

右手で拳を握り突撃した上条だったが、その拳はボスに届くほんの数センチ手前で透明な壁に阻まれた。そしてそのままボスに体ごと押し飛ばされ、勢いよく壁に叩きつけられた

 

 

「おらああああああああッッ!!!!!」

 

ガアンッ!!ギリギリギリッ!!!

 

「上やん!スイッチ!!!」

 

「おおおおおおおおおおおおっっっ!!!」

 

ビキビキビキビキッッッ!!!

 

「スイッチ!!!」

 

「「でぇりゃあああああああ!!!!!」」

 

ドッゴオオオオオオオオォォォッッッ!!!

 

 

続いてエギルが特攻し、ボスの槍を防いでる間に上条がもう一度拳を叩き込むと、ついにボスのバリアにヒビが入った。そしてダメ押しと言わんばかりにリズベットとシリカがスイッチで割って入り、ボスのシールドを破りダメージを与えた

 

 

「!!!!!」

 

メキメキメキッ!ポチャンッ!シュウウウ!

 

 

しかし、次に待っていたのは上条たちを絶望の底に突き落とす光景だった。ボスの紅い瞳が一際怪しく煌めいたかと思えば、地面を裂きながら巨大な樹木が出現した。そして、その葉先から滴った露がボスの鬣の宝石に落ちると、ボスのHPがみるみると回復していった

 

 

「んなっ!?」

 

「・・・え、HP全快の上にもう一本ゲージ追加かよ…少しは苦しい顔するか声ぐらい上げろってんだ…!」

 

「こんなの…倒せっこないわよ…」

 

「おい茅場…お前本当に俺たちにゲームクリアさせる気あったのかよ…!」

 

「!!!!!」

 

ベキベキベキベキッッッ!!!

 

「ッ!?みんな避けろっ!!!」

 

ドドドドドドドドドドドドッッッ!!!

 

「ぐっ!?くそっ!!

 

「シリカッ!!」

 

ドンッ!!

 

「きゃっ!?リズさん!!」

 

 

上条が目の前のボスを考案したSAOの創始者に向かって悪態を突いていると、巨大な樹木の根が意思を持っているかのように畝りながら上条達に襲いかかってきた。そして回避が遅れたエギルと、シリカを庇ったリズベットがその大木に身体を絡め取られてしまった

 

 

「このっ!二人を離しなさいっ!!!」

 

バァンッ!バァンッ!バァンッ!!!

 

「!!!!!」

 

ビイイイィィィッ!!ガラガラガラッ!!!

 

「うわああああっっっ!?」

 

 

体勢を立て直したシノンが再び狙撃を開始すると、ボスはもう一度瞳から紅い光線を発射し、上の階層を焼き払った。その結果、天井と壁が崩れ落ち、シノンは瓦礫の下敷きになり身動きが取れなくなった

 

 

「やめてっ!!」

 

「!!!!!」

 

グオンッ!ゴゴゴッ!!バァンッッ!!!

 

「ぁぐっ!?!?」

 

 

そして次にシリカがボスへと攻撃を仕掛けようとしたが、ボスが周囲に睨みを利かせただけでフィールドの瓦礫が念能力によって動き、シリカを板挟みにした

 

 

「シリカッッ!!!」

 

「!!!!!」

 

グオンッ!ドゴオオオオオォォォッッッ!!

 

「ぐはっ!?」

 

 

そして上条がシリカを救出しようとボスに攻撃仕掛けたが、ボスのカウンターを喰らい、剣を手放した豪腕で握り潰されながら壁に叩きつけられた

 

 

「上やん!!」

 

「シリカーッ!!」

 

「銃が…届かないっ…!」

 

ゴリゴリゴリゴリッッッ!!!

 

「いやああああああああ!!!!!」

 

ブオンッ!!!

 

「クソッ…!」

 

 

全員が身動きを封じられ、シリカを板挟みにしている岩盤の引き合う力がより一層強まり、堪らずシリカは悲鳴をあげた。そしてボスの視線からは紅い眼光が迸り、上条はなんとか右手だけでもボスの腕から出そうと試みたがどうにも身動き出来ず、もうダメかと諦めかけたその瞬間…

 

 

「吹っ飛べっ!!!」

 

ズドオオオオオオオオォォォンッッッ!!!

 

「アアアアアアアァァァァ!?!?!?」

 

 

雷光が閃いた。その最大出力たるや10億ボルトを自らの細剣に上乗せして放たれた一撃はボスの片目を抉り取り、その痛みにボスはたまらず甲高い悲鳴をあげた

 

 

「!?こ、この電撃…んでもって常盤台のお嬢様とは思えないこの野蛮な言動は…!!」

 

ジャキィンッ!!!

 

「誰が野蛮だコラァ!!!」

 

「「「美琴(さん)!!!」」」

 

 

ボスの顔面へ降り立ち、上条に反論しながらその眼から細剣を抜いたのは、かつてこのアインクラッドで『閃光』の名を轟かせた御坂美琴だった

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話 最終決戦

 

ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!

 

「ふぅ…みんな、お待たせ」

 

 

美琴の強烈な一撃もあり、ノックバックしたボスの超能力や大樹は力を失い、自由になった上条達が水妖精に扮した美琴の元へ駆けつけると、美琴は清々しい笑顔でそう言った

 

 

「美琴!お前意識は…!」

 

「えぇ、ちゃんと現実の方で戻ってるわよ。そしたら白いユナちゃんが急に病室に来て『助けて!』って言われるがまま、すぐさま黒子を呼び寄せて寮に戻ってアミュスフィアでダイブしたのよ」

 

「ミコトさん、ごめんなさい…そのっ…全部私のせいなのに…」

 

「ううん、いいのよシリカさん。誰が悪いなんてないんだから。シリカさんの方こそ無事でいてくれて、本当に良かったわ」

 

「ミ、ミコトさん…!」

 

「よし、そんじゃあミコトも加勢に来てくれたことだし、アイツを何とかするとしますか!」

 

「何とかするって6人でか?正直ミコトが来てくれたのは心強いが、一人増えたところで多分そんなに戦況は変わんねーぞ?」

 

「ぐっ!せ、折角熱入ってきたところなのにいきなり冷やしてくれんじゃないわよエギル!」

 

「でもまぁやるしかねーだろ。俺たちがアイツを何とかしなきゃ、競技場にいる一万人は助けられねーんだ」

 

「・・・そうね。それじゃ行くわy…!」

 

ビュオオオオオオオッッッ!!!

 

「ッ!?これって…ALOの風魔法?ってことは…!」

 

『御坂さーん!みなさーん!お待たせしましたー!白井さんから報告を受けて皆さんをお呼びしてきましたー!』

 

「う、初春さん!?」

 

「皆さん…ってことはやっぱり今のは…!」

 

 

 

五人がボスに向き直り、走りかけた瞬間、背後から強烈な風が吹き付け、ボスを風の檻に閉じ込めその動きを封じた。そして紅玉宮に初春の音声が鳴り響き、その言葉に導かれるように背後へ振り返った先で待っていたのは…

 

 

「上やんくーん!お待たせー!」

 

「上やんにしては珍しく苦戦してるんじゃないのかー!」

 

「おっしゃー!VRじゃ無敵だぜー!」

 

「みんなー!助けに来たよー!」

 

「私もお手伝いします!」

 

「リーファ!キリト!クライン!アスナ!それにユイちゃんも!」

 

『それだけじゃありませんよー!』

 

「ふっ、楽しんでるな!」

 

「おっと、遊びじゃないぞ将軍」

 

「そーそー、たまには領主らしい実力派も見せないとネー」

 

「ミコトさーん!私たちもお手伝いしますー!」

 

「「「おおおおおーーーっ!!!」」」

 

「ユージーン将軍にサクヤさんやアリシャさん…それにスリーピング・ナイツのみんな!」

 

バババババッッ!!ドドドドドドドッッ!!

 

「俺たちも忘れてもらっちゃ困るぜ!」

 

「ダイン!それにGGOの…!」

 

 

初春が呼びよせた援軍は錚々たるメンツだった。VRの重鎮とも呼べる顔ぶれが世界を超えて紅玉宮に集結し、上条達は全員でボスに立ち向かうその光景に歓喜した

 

 

「時間がないぞ!」

 

「畳み掛けろっ!!」

 

「大丈夫です皆さん!これを使って下さい!」

 

ギュイイイイイイインッッッ!!!

 

 

ユイの可憐な声が響き渡ると、どこからともなく現れた光の粒子が上条達に覆いかぶさっていき、上条達の装いがみるみる内に変わっていった

 

 

「こ、これって…俺たちのSAO時代の装備じゃねぇか!」

 

「きゅる!」

 

「ピナ!」

 

「えっ!わ、私も!?」

 

「このSAOに残っていたデータサーバーから皆さんの分をロードしました!シノンさんの分はGGOからオマケで持ってきました!」

 

「・・・ははっ、そうだよなぁ…俺たちの始まりはここからだったんだよなぁ…それが今じゃ、こんなに多くの仲間が出来た。あぁ…負けるはずがねぇ!!!」

 

ダンッッッ!!!!!

 

「よしっ!みんな行くぞっ!!!」

 

「「「おおおおおおおおっっっ!!!」」」

 

 

上条の叫びに呼応するように、集まった全員の叫びが紅玉宮全体へと響き渡った。そしてそれを合図に、各々が武器を構え、ボスへと突撃していった

 

 

バァンッ!バアンッ!バァンッ!!

 

「今よ!アスナ!キリト!上やん!」

 

「はぁっ!!!」

 

「おおおおおおおっ!!!」

 

「オラアアアアアアァァァッッッ!!!」

 

ズバァンッ!ガリガリガリッ!ズバンッ!ドゴオオオオオオオオオオオォォォ!!

 

「ァァァァァァァァ!?!?」

 

 

シノンがGGOの装備であるへカートIIを連発し、ボスの注意を引いている間に、アスナ、キリト、上条の三人が攻撃を仕掛けた。三人の攻撃をモロに受けたボスのHPはガリガリと削れていき、ボスの表情も苦痛で歪み始めた

 

 

「喰らえ!俺様のオリジナル・ソードスキル!『ヴォルカニック・ブレイザー』!!」

 

「うおおおおお!俺だって!!」

 

「アアアアアアァァァァッッッ!!!」

 

ガアンッ!!ドガァンッッッ!!!

 

「ぬぅおっ!?」

 

「ぎゃあああああああ!?!?」

 

「!!!!!」

 

グオンッ!ドゥンッ!ドドドドドドド!!!

 

「「「うわああああああああ!?!?」」」

 

 

三人に続いてサラマンダーであるユージーンとクラインが突撃したが、体勢を立て直したボスの斬撃と槍の薙ぎ払いより吹き飛ばされた。続いて遠距離で銃撃を続けていたGGOプレイヤーも、足場を念動力で崩され身動きが取れないところを光線で焼き払われた。やはり数で勝ろうとも相手はSAOのラスボスということか、一筋縄ではいかなかった

 

 

「みんな気をつけて!手数はこっちの方が多いけど相手は攻撃の範囲が広い上に一発のダメージが大きい!気を抜かないd…!」

 

ブオンッッッ!!!

 

「ミコトっ!危ないっ!!」

 

「ッ!?やばっ!?」

 

(クソッ!俺の右手じゃ間に合わn…!!)

 

ビシャァンッッッ!!!

 

 

周りに指示を出す美琴に狙いを定めたボスが、鬣の宝石から彩色のビームを発射した。いち早くリズベットが声をかけたが、もはや回避できるタイミングではなく、上条の右手によるフォローも間に合わないと思った瞬間、ボスの光線はまるで力の向きを変えられたように、見当違いの場所へ飛んでいった

 

 

「ったく、オマエは俺がいねェと満足に反射も出来ねェのかよ」

 

「一方通行!?」

 

「ッ!ったく一方通行のヤツ…毎度のことながらカッコつけやがって…!」

 

「あたしたちもさっきのお返しに行くわよシリカ!」

 

「はい!リズさんっ!!」

 

「「でやああああああっっっ!!!」」

 

ドガアアアァァァンッッ!!!

 

「アアアアァァァァ!?!?」

 

「おっし!俺もいくzッ…!」

 

「『雷神の鎚』!!!」

 

ドゴオオオオオオオォォォォォッッッ!!!

 

 

シリカとリズベットが一糸乱れぬ完璧なコンビネーション攻撃を決めるとボスにノックバックが発生し、その隙にかこつけたエギルが渾身の一撃を叩き込もうとした瞬間、神話の武具の名を叫びながら雷撃を落とす誰かの姿があった

 

 

「おいおい上条ちゃん、水臭ぇじゃねぇか。こんな楽しいケンカになんで俺を呼ばねぇんだよ」

 

「トール!」

 

「いや俺の活躍は!?」

 

「!!!!!」

 

メキメキメキメキッッッ!!!

 

 

トールの雷撃を喰らい、ついにそのHPが半分以下に差し掛かったところで、ボスはもう一度地面から大樹を生やし、回復行動に移ろうとしていた

 

 

「アレを防いでっ!!」

 

「飛ばすぞ三下ァ!」

 

「おう!…は?と、飛ばすって…!?」

 

「ウルァァァァァァァァ!!!!!」

 

ギィンッ!ドゥンッッッ!!!

 

「どわああああああああああ!?!?!?」

 

 

アスナが張りのある声で指示を出すと、いち早く反応した一方通行が上条に指示を出した。そして呆けてる彼を他所に地面を踏みつけると、力の向きが変換され上条の足場がまるでバネのように反発し、大樹から零れ落ちかけている雫に飛んでいった

 

 

ピキィンッ!!!

 

「!?!?!?」

 

「ざァンねェン!今日の天気は雨のち三下ってなァ!ミスミス回復させっと思ってンのかラスボスさンよォ!」

 

「これ着地はぁぁぁ!?!?」

 

ゴロゴロゴロ!!!ゴチィンッ!!

 

 

一方通行によって飛ばされた上条の右手が雫に触れ、生命の起源となる雫は跡形もなく崩れさった。そして一方通行は目に見えて動揺したボスを嘲笑っていたが、弾丸となった上条はそのまま制御を失い壁に激突した

 

 

「いででで…おい一方通行!俺の扱い雑すぎだろ!?」

 

「アァ!?結果オーライだろォが!」

 

「ったく…行くぞ美琴!」

 

「言われなくても行くわよ!!」

 

「アアアアアァァァァァッッッ!!!」

 

バキバキバキバキメキメキメキメキ!!!

 

 

ついに怒りの琴線に触れたのか、ボスは甲高い咆哮と共に槍を地面に叩きつけ、その衝撃で砕けた地面から巨木が発現し、立ち向かう上条と美琴へと襲いかかった

 

 

「þeir slíta fimm grǿnn vindr!」

 

「ッ!!!」

 

ビュオオオオオオッ!!!バァンッッ!!

 

 

それを見たリーファとシノンが援護に回り、リーファが唱えた風魔法の風刃が大樹を切り裂き、シノンのへカートから放たれた弾丸が大樹を撃ち落とした。しかし、大樹の勢いはそれだけでは止まらず、残された一本の大樹が上条と美琴を薙ぎ払うべく襲いかかった

 

 

「ッ!逃したっ!!」

 

「こんぐらい避けられるよな美琴!」

 

「アンタの方こそ!ビビって盾で弾こうとして押し負けるなんてお粗末なことすんじゃないわよ!」

 

「上等ッ!!」

 

ズドドドドドドドドドドドドドドドド!!!

 

「アアアアアアアァァァァァッッッ!!!」

 

ギィンッ!ガリガリガリガリッッッ!!!

 

「二人とも!スイッチ!!!」

 

「流石だぜキリト!」

 

 

みるみる内にボスへと肉迫する上条と美琴に向けて、ボスは槍による迎撃を試みたが、その一撃はキリトが持つ二本の剣によって防がれ、ついに上条と美琴はボスの前へとたどり着いた

 

 

(お願いユウキ!もう一度だけ私に力を貸して!!)

 

キュイイイイイイインッ!!!

 

 

美琴はSAO時代の愛刀『ランベントライト』を強く握りしめ、今は亡き最愛の親友へと思いを馳せた。その瞬間、美琴のランベントライトは色鮮やかな紫の閃光を放った。そして彼女の面影には、ALOに降り立った最強の剣士の面影がピッタリと重なって見えていた

 

 

ズバババババババババッッッ!!!

 

「はああああああああああっっ!!!!」

 

ズドオオオオオオォォォォォッッッ!!!

 

「アアアアアアアアァァァァァ!?!?」

 

 

前人未到の11連撃ソードスキル『マザーズ・ロザリオ』がボスの巨躯へと刻み込まれた。ボスのHPはガリガリと削れていき、間髪入れず今度は上条がボスの前に躍り出た

 

 

シャキィンッ!!!

 

「・・・おい見てるか茅場。今度こそ終わりにしてやるよ…これで正真正銘!アインクラッド完全攻略だ!!!」

 

ビキビキビキビキッ!!パリィンッ!!

 

 

上条が右手で背中の鞘から抜いたのは、かつてリズベットが彼の為を思って鍛った片手剣『ダークリパルサー』。彼の手に取られたその剣はいくつものヒビが入っていき、その内側から黄金に輝く神話の剣が顔を見せた。

 

 

「これがSAOの…いや、この世界全ての仮想世界に夢と願いを抱いた俺たちの力だあああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

曰く、その剣の名は『天叢雲剣』。『神浄の討魔』と謳われた『素戔嗚尊』の生まれ変わりである上条当麻にのみ握ることを許された、人々の願いが集結し一つの形を成した剣

 

 

「「「いっけええええぇぇぇぇ!!!」」」

 

バオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッッ!!!!!

 

「アアアアアアアアァァァァァ!?!?」

 

ドッパアアアアアァァァァァンッッッ!!!

 

 

上条がみんなの叫びを背に受けながら黄金の剣を振るうと、極太の光の柱がボスに向かって真っ直ぐに伸びていき、ボスの全身を灼き尽くした。そしてついに、底なしかと思われたHPが0になり、その四肢が無数の光の粒となって砕け散った

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話 贈り物

 

「まったく、本当に一時はどうなることかと思ったわよ」

 

「それ美琴が言うのかよ…こっちだって色々と大変だったんだぞ?順位を上げるためにイベント発生地点まで吹寄の暴走車に死ぬほど振り回されて…あんなのは二度とゴメンだ」

 

 

大荒れになったユナのファーストライブの翌日、事件は思いのほかあっさりと解決した。上条達が100層のボスを打倒したことで会場に溢れたSAOボスは全て消え、目立った死傷者はなく、被害者は全員意識を取り戻した

 

 

「ねぇ、ていうか本当にここで合ってるんでしょうね?私からしたら全部似たような石にしか見えないんだけど?」

 

「お前なぁ、んなこと言ってっと呪われるぞ?でも確かにこりゃ探すの大変だなぁ…黄泉川先生の話だとここで合ってるはずなんだけど…」

 

 

そして上条と美琴は今、第10学区にある墓地を訪れていた。上条は右手に一枚のメモ、左手に水桶と柄杓を、美琴は両手で花束を持ってある人物の墓を探していたのだが、どうにも眼前に続くのは似たような光景ばかりなため、文字通り墓地を彷徨い歩いていた

 

 

「さてこりゃどうしたもんか……あっ…」

 

「ん?どうしたのよ急に止まっt…あっ!ちょっと!」

 

スタスタスタスタ…ザッ…

 

「よぉ、上里」

 

「・・・なんだ、妙に騒がしいと思ったら君だったのか」

 

 

上条が周りを見渡すと、一つの墓の前で膝まづいて手を合わせる少年、上里翔流がいることに気がついた。彼が手を合わせていた先には『重村家之墓』と彫られた御影石で作られた墓があった

 

 

「ちょっとアンタ!勝手に行くんzy……あぁ、なるほどね。そりゃコイツ見れば目的地にたどり着くわね」

 

「御坂美琴か…君たちも悠那の墓参りに?」

 

「ああ、黄泉川先生に場所聞いてな。でもいいのかよお前?確か昨日警備員に連れられて拘置所に…」

 

「見張りをつけることを条件に一日だけ外出許可を貰ったんだ。まぁせめて墓の前には一人で行きたいって言って、見張りの警備員には墓地の手前で待ってもらってたところに君らが来たんだよ」

 

「なるほどね…あっ、お花お供えしてもいいかしら?」

 

「えっ?あ、あぁ別に構わないけど…」

 

「ん?なによ、歯切れの悪い返事ね。なんか不都合でもあるわけ?学びの園で人気の花屋さんに見繕ってもらった選りすぐりのお花なんだけど?」

 

「い、いや…いいのかい?だって僕は以前君に…」

 

「あぁ、まぁそりゃ確かに面食らったわよ。目開けたらいきなりアインクラッドの始まりの街にいるんだもの。でもそれはもう過ぎたことじゃない?アンタだって反省してるみたいだし、なにより悠那さんのお墓の前でそんな不粋なことする気にもなれないわよ」

 

「・・・そうか。とても綺麗な花をありがとう。きっと悠那も喜んでくれるよ」

 

「どういたしまして」

 

 

そう言うと美琴は上里に花束を渡し、上里はそれを受け取ると花を包んでいた紙を外し、墓石に備えてある花瓶へと花を丁寧に刺した

 

 

「ところで教授の方はどうなったんだ?国立競技場の方にはいなかったみたいだけど…」

 

「ああ、僕が理想送りで意識を飛ばした後は先生の自宅に押し込んでおいたんだけど、どうやら意識が戻ってからすぐにSAOサーバーのあるARGUS本社跡地に移動していたらしい。だけどあの後すぐに不法侵入の足がついて捕まったみたいだ。僕に関わってくれてる警備員の話しだと罪を認めてはいるってさ。まぁ実刑は避けられないだろうけどね」

 

「じゃあお前の方は…」

 

「まぁ実際どうなるかはまだ分からないけど、期間はどうであれ学園都市の少年院に入ることになるんだろうね。まぁこうして外に出られただけでも儲けものだけどね」

 

「そうだったのか…前から悠那の墓にはよく来てたのか?」

 

「いや、こうしてちゃんとお墓の前に来るのは今日が初めてなんだ。以前にもこの墓地を訪れたんだけど、どうにも行くのが怖くなってね。入り口で引き返したんだ。だけど今日は悠那の死を受け入れたのを伝えるためと、僕の誠意と顔をちゃんと見せに行こうと思ってここに来たんだ」

 

「・・・ねぇ、昨日も言ったけど本当に良かったの?初春さんにお願いすれば、人工知能の白い方のユナさんはもう一度……」

 

「いや、大丈夫さ。あのユナもきっとそれは望んでない。それに、目に見える形で側にいてくれるよりも、目に見えなくても心に寄り添うことが出来れば、今の僕は十分だよ」

 

「・・・そうね。ユナさんもきっと、どこかであなたを見守ってくれてると思う」

 

「あぁ、ありがとう。それに昨日は丁度、悠那の誕生日だったんだ。だから計画が成功すれば新しい悠那の誕生日になる…はずだったんだけどね。だから今日は、少し遅めの誕生日祝いを届けに来たんだ」

 

「なるほどな、いいじゃねぇか。なにを贈ったんだ?」

 

「あぁいや、まだ贈ったわけじゃないんだ。僕がユナに贈るのは…」

 

ガチャッ…

 

「「!!!!!」」

 

「『僕自身』だよ」

 

 

そう言うと上里は自分の腰あたりに右手を回し、ベルトに挟んでおいた黒い何かを手に取った。彼の手に収まったそれは、一丁の拳銃だった。そして上里は拳銃の銃口を自分のこめかみに押し当て、セーフティを解除して親指でハンマーを起こした

 

 

「悠那、僕も今からそっちに行くよ……」

 

「ッ!?待t…!!!」

 

(磁力を使って弾丸の軌道を逸らせば!!いや銃口があんなにピッタリついてたらそれは出来ない!だったら拳銃ごと引き寄せて…!)

 

 

上条は無我夢中で地面を蹴り飛ばし、美琴は即座に思考を巡らせ、能力発動のための演算を開始した。しかし時は既に遅く、無情にも上里の人差し指が引き金を引いた

 

 

カチンッ!!

 

「上里ーーーっ!!………え?」

 

「嘘に決まってるだろ。ただでさえ特別に外出を許された身分の僕が本物の拳銃なんて持ってるわけないだろ。これはその辺で拾ったただのエアガンだよ。どんだけビビってるんだ君は」

 

 

そしてトリガーを引いた瞬間、乾いた空気の音が鳴った。明らかに拳銃が火を吹いた音には聞こえず上条は思わず呆けた顔で立ち止まり、そんな彼を小馬鹿にするように上里はエアガンを指で回し始めた

 

 

「いやビビるわ!展開的にあり得すぎだっつーの!!」

 

「はぁ〜〜〜なるほどねぇ……道理で能力で引き寄せられないわけね。所詮エアガンなんてプラスチックだもの…こりゃ一本取られたわ…」

 

「そういうことだ。まぁ少し早めのエイプリフールだと思ってくれ」

 

「タチ悪過ぎんだろ!?四月まであと二週間以上あるんでせうが!?」

 

「まぁ細かいことはいいじゃないか」

 

「細かくねぇ!むしろ雑すぎるわ!」

 

「それで?今のが冗談だとして誕生日プレゼントには何を贈るの?」

 

「ん?あぁ、それも嘘だ。実はもうあげたんだ。ほら、御坂さんがくれた花とは違う方の花瓶」

 

「えっ?……あぁ〜なるほどね。意外と見た目によらずロマンチストじゃない。とってもいいプレゼントだと思うわ」

 

「ははっ、流石は常盤台のお嬢様だ。見ただけでこの花の意味を理解するなんて」

 

「???なんだお前ら、主語もなしに会話しやがって。美琴が買ってきたのとは違う方の花瓶って…なんだこれ?『ヒヤシンス』?」

 

「はーいはい、これ以上いても私たちはお邪魔だからとっとと帰るわよー」

 

「あっ!お、おい!ちょつ、俺まだなにも分かんねーんだけど!?」

 

「アンタも常盤台の華道の授業受ければ分かるわよー」

 

「だー!別に手引かれなくても歩けるから離せって!」

 

「ははっ、まったく騒がしいったらないな…」

 

 

そう言いながら上条と美琴はおぼつかない足取りで墓地を後にした。そんな彼らの後ろ姿を見送ると、上里は悠那の眠る墓へと向き直りった。そして彼の横顔をなぞりながら春の風が吹き、彼が据えた春の花に秘められた想いを遠くへ運んでいくように、どこか遠い空へと一輪の花弁が舞った

 

 

「悠那、その花は今の僕の気持ちだ。今度はちゃんと自分の罪を償って、月夜の黒猫団のみんなのお墓を回ってから、もう一度ここに来ようと思う」

 

「今回の一件では、本当に君に迷惑をかけてごめん。思えば僕は君に迷惑をかけてばかりだった。君の歌を聴いている途中でいびきをかいて寝てしまったり、君の歌に合わせて歌おうと思ったらハモってしまって邪魔をしてしまったり、赤鼻のトナカイとジングルベルを間違えて歌って君を怒らせたり…あれ?これ歌のことばっかりだな?あはは、ごめんよ」

 

「でも僕としては、迷惑をかけたことよりも一緒に笑った記憶を、君が歌った歌を、悠那やみんなと過ごした日々を、大事にしていきたいと思う。今日までは蓋をしていた思い出だけど、これからはきちんと記憶に刻みつけておくよ。そして少しずつ歳を取って…もうお腹いっぱいだって思うぐらい幸せを噛み締めたら、君のところに行くよ」

 

「そしてまた君に出会えた時には、君がもっと喜んでくれるプレゼントを贈ると約束するよ。だから今は……………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕の『変わらぬ愛』を君に贈るよ。悠那」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

作者より読者の皆様へ

みなさんどうもこんにちは、大変お久しぶりでこざいます。作者の小仏トンネルです。

 

日頃より「とある魔術の仮想世界」シリーズをお読みくださっている読者の皆様、および今回の投稿をお読みくださっている読者の皆様、誠にありがとうございます。

 

早いもので、とある魔術の仮想世界[3]のオーディナル・スケール編の最終話を投稿してから一年が経とうとしています。いや、本当に長いこと音沙汰なくてすいませんでした(汗)

 

この一年、私は何をしていたのかと簡潔に申し上げますと、一年前に読者の皆様から感想や直接のメッセージでオススメさせていただいた様々なアニメ、マンガ、ラノベ、ゲーム作品に目を通していました。オススメしていただいた物の8割型には手を出したと思います。読者の皆様がオススメしてくださるだけあり、とても面白い作品ばかりで私としても色々と楽しむことが出来ました。

 

そして、本題なのですが…結論から言うとこの一年はそれを踏まえてSSを初期まで書いては筆を置き、設定を考えては筆を置き…の連続でした…(汗)軽いスランプ(スランプなんて言えるほど書いてるわけではありませんが)と言いますか、簡単に言うと書けない状態が続いていたわけです…期待して待っていて下さっていた読者の皆様、並びに直々にオススメの作品を紹介して下さった読者の皆様、誠に申し訳ありませんでした。

 

そこで最近、初心に戻るべく気ままに私自身の書いた『とある魔術の仮想世界』を読んでいて、最終更新から一年経とうとしていることに気づいた私は『このままではいけない!』と思い立ちました

 

自分に拍車をかけるべく、無理やりにでも何か書いてモチベーションを上げようと決心しました。しかし、新しい題材で書こうとしても中々筆が進まないのも事実でしたので、今まで書いたことのある題材ならなんとかなるだろうと思いました

 

そこで今回は『とある魔術の仮想世界[4]』と題打ちまして、兼ねてより多くの読者の皆様が希望なさっていた、昨年秋より放送されていたSAOの『アリシゼーション編』を書こうと決意しました。

 

ただ、先に謝罪させていただきたいのですが、今回の作品では前回までほどの作者が唯一誇れる更新速度を発揮できないと思います…。試しに5話ほど書いてみたのですが、大した文字数でもないのに1話に一週間かかってしまうようなレベルでしたので、今後もそれくらいのペースになってしまうのではないかと思っています…。

 

『お前から更新速度取ったら何が残るねん!』とお思いの読者の皆様が、多数いらっしゃると思います。本当に申し訳ありません…(汗)ただ、やると決めた以上は最大限の速度で、どんなに遅くとも最後までやり抜く所存です!

 

また、アリシゼーション編はアニメでは途中までしかやらなかったので、原作未読でアニメのみの視聴に留まっている読者の皆様も多くいらっしゃると思います。その事情を鑑みて、ネタバレ防止のために今秋放送開始予定のSAOアリシゼーション2期でやる予定の内容はまだ書きません。(そもそもそこまで追いつくなんてことは夢にもないでしょうが…)

 

大変長くなってしまいましたが、私からご報告したいことは以上です。そもそもこの投稿をお読みになって下さる方が何人いらっしゃるかも分かりませんが、少しでも興味をお持ちになって下さる方がいらっしゃいましたら、お読みになって下さると作者といたしましては幸いです。これからも何卒よろしくお願い致します。

 

長文のご挨拶、大変失礼致しました。先ほど既に書いておいた5話までを『とある魔術の仮想世界[4]』で投下致しましたので、お次はそちらのスレッドでお会いできますことを、作者として心の底から願っております。本投稿をお読みになって下さった読者の皆様、誠にありがとうございました。

 

とある魔術の仮想世界[4] ページURL↓

https://syosetu.org/novel/195745/

 




[4]を投稿するにあたって色々と手順をミスりました。変な話と通知が何度か行き交ったと思います。申し訳ありません(汗)
ちなみに、本日よりとある魔術の禁書目録のスマホアプリ『とある魔術の禁書目録 幻想収束』がリリース開始の運びになっています。私も事前登録を済ませてありますので、少しでも興味がおありの方は、是非ダウンロードしてプレイしてみてはいかがでしょうか


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。