首なしデュラハンとナザリック (首なしデュラハン)
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【第一章】新しい冒険の始まり
第1話 終わりの日


仮装世界を現実のように体感し、ゲームの中を冒険できる、DMMO-RPG『ユグドラシル』。

創作の自由度の高さから、多くの人が夢中になった。
しかし、10年以上続いたそのゲームもサービス終了の日を迎えていた。

サービス終了の時間が迫る中、ある1人のプレイヤーがまだ、そのゲームにログインしていた。

そのプレイヤーは、とあるギルドの入り口にある見張り小屋、ログハウスの中で、自分の製作したNPC達と最後の時間を過ごしていた。部屋の中のベッドを椅子代わりにしながら、自分の目の前に並んでいるNPC達の頭を順番に優しく撫でる。

そのプレイヤーは呟いた

『まだ別れたくない』

そのプレイヤーは言った

『もっと一緒にいたい』

そのプレイヤーは願った

『私から、この子達を奪わないでくれ』

そのプレイヤーは思った

『また、1人になるのは嫌なんだ』

言葉も願いも、もう叶わない事だと
彼は知っている。
だからこそ、せめて最後ぐらい、たっぷりと、
愛情をそそぐ。
もう会えなくなるであろう、大切な彼女達に。

そして、そのプレイヤーは、
終わりの時間を迎えたとき、
自分の意識が遠のくのを感じた…


ユグドラシルの中でも、異形種のみで構成されたギルド『アインズ・ウール・ゴウン』。メンバーはたったの41人。少数ながら最も強大で豪華な拠点『ナザリック地下大墳墓』を構え、一時期は約1500人ものプレイヤー達からの侵攻を防ぎ、防衛に成功したギルドである。ユグドラシルのプレイヤーなら、もはや知らない人はいないとまで言われた悪名高いギルドである。

 

しかし、その有名なギルドですら、今ではギルドメンバーのほとんどが引退し、残ってるメンバーも長期間ログインしない人達が多く、頻繁にログインしていたのは2人だけだった。

 

1人は、ギルド長の「モモンガ」

異形種「アンデッド」で魔王のような衣装を着ている骸骨の魔術師(マジックキャスター)である。

ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』を運営し続け、くせ者揃いだったギルドメンバー達をまとめあげていた。

引退したメンバーが、いつ戻ってきてもいいようにと、装備品を保管してあげている仲間思いな人である。

 

そしてもう1人が、41人のギルドメンバーのうちの1人

(かつ)

異形種「アンデッド」で、グレーのドイツ軍服のような格好をした『首なしデュラハン』である。彼がデュラハンなのは、生まれつきの障害により声が出せず、会話ができない事をアピールしやすくするためである。会話の際は、チャット文と表情アイコン、ジェスチャーを使って成り立たせていた。

 

モモンガと勝は、「現実」の世界では親友であり幼なじみであった。実家が隣同士であり、小中高と同じクラスで、高校を卒業するまでほぼ毎日一緒だった。

会話ができない勝に、モモンガはとても親しくしてくれていた。

高校卒業後は、モモンガの仕事の都合でお互い離れ離れになり、気軽に会いに行けなくなってしまったが、ユグドラシルを通じて会えていたので問題無かった。

 

しかし、そのユグドラシルも、もうじき終わる。

ユグドラシルサービス終了日、2人はギルドにあるメンバー専用の会議室にいた。

 

ギルド長のモモンガがギルドメンバー達にメールを送信し、久しぶりにみんなで最後を迎えようと計画したのだが、メール読んでログインしてきたのは2〜3人ほどだった。しかも、ログインしてきた彼らも、「現実」の都合もあってか、少し会話しただけで帰っていったのだ。

今は、約2年ぶりにログインしてきたギルドメンバー、スライム種の「ヘロヘロ」と、ギルド長と勝が談笑している。

 

だが、ブラック企業に勤めているヘロヘロは、かなり疲労しているようで、今にも寝落ちしそうである。

 

「ヘロヘロさん、大丈夫ですか?」

 

「……え、あ!ハイ。すみません、仕事の疲れが酷くて…。昨日もあまり寝れてないんです。」

 

「そんな状態でわざわざ来てくださってたんですね。すみません、無理させちゃいましたか?」

 

「モモンガさんが悪いわけではないですよ。ウチの会社、あきらかにブラックですから。」

 

【ヤバイらしいですからね。アソコは。】

 

チャット文が勝の頭の上に表示される。

 

「一応、私はサービス終了時間までログインし続けるつもりで居ますが、お二人はどうします?後、約20分ぐらいありますけど…」

 

「私もそれくらいなら、ログインしたままでいようかな。もしかしたら、まだ誰か来るかも知れませんし。まぁ、先に寝落ちする可能性もありますが。その時はすみません。」

 

「そうですか。わかりました。勝さんは?」

 

【私は…】

 

「?……勝さん?」

 

【最後に自作のNPC達に会いに、表層のログハウスに行こうかなと、思います。いいですか?モモンガさん。】

 

ナザリック地下大墳墓の表層には、見張り小屋と呼ばれるログハウスがある。勝のNPCは、そこの警備員として役割がふってあり、待機している。

 

「構いませんよ。勝さんにとって、彼女達がどれだけ大切な存在かは理解してますから。」

 

【ありがとうございます。では、行ってきます。】

 

デュラハン姿の勝が席を立ち、一瞬で消える。

 

[リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン]

その指輪は、ナザリック地下大墳墓の全ての階層にワープできる、ギルドメンバー専用の指輪である。

 

モモンガは、勝が居なくなった事を確認したあと、ヘロヘロが寝息をたてて寝ている事に気付く。

 

声をかけて起こそうかな

 

と考えたがすぐやめる。疲れているヘロヘロを起こすのが申し訳なく感じたからだ。

 

「(まぁ、まだ時間もあるし、大丈夫かな。最後にみんなで、玉座の間に集まって終わろうと思ったけど、この人数で集まっても仕方ないか…)」

 

モモンガは席を立ち、ギルドの象徴である杖を持って玉座の間に向かう。疲れて眠っているヘロヘロを、モモンガはそのままにしておくことにした。

 

 

一方そのころ、勝は…

 

指輪のワープでナザリックの入り口に移動していた。

そこから歩きながら、目的のログハウスを目指す。

 

見張り小屋という名前の割には、しっかりとした家であり、見た目の割に中は広い。

家具も充実しており、ベッドまで置いてある。

 

勝はログハウスに入り、部屋の奥に置いてあるベッドに座り、自分の製作したNPC達の名前を呼ぶ。

正確には、チャット文で指示を出したのだが、NPC達は当たり前のようにやってくる。

 

そして、勝の目の前にくると、「おすわり」と呼ばれる待機ポーズになる。

続いて、服従を示す「服従のポーズ」をして、勝が主人であることを示す。

このモーションはNPC製作時にヘロヘロが組み込んだものだ。

 

両手を地面に付け、足はM字開脚という。

まさに「待て!」をされた犬のようなポーズがおすわり。

 

両手を地面に付け、膝は伸ばし、尻を高く上げ、頭を両手の上にのせるポーズが服従のポーズである。

 

その光景を眺めながら、勝は思う。

あらためて見ると、かなりエロい。

最初は、運営の規定にひっかかり、アウト認定されると思っていた。が、ヘロヘロさんがうまい具合にギリギリラインを攻めているので、なんとかセーフで済んでいる。

 

勝が作ったNPCは三体。

全部、異形種「竜人」の三姉妹である。

 

1人目は三姉妹の長女

名前は「ブラック」

 

人型形態の身長は約170cm。

2本の短い角が頭にある。

黒い長髪でツインテール。

日本人に近い顔つき。

目の色が黒

肌の色は肌色。

 

全身が竜の鱗でできており頑丈。

アダマンタイト級鎧より硬い。

鱗を変色&変形させて、人に近い形に見えるようにしている。

 

胴体は黒を基調としたレオタードのようなピッチリスーツを着ているように見えるが、鱗の色を変色させているだけ。

(*例えるなら対魔忍みたいなヤツ)

 

肩から腕、太腿から足先まで黒を基調とした甲冑を付けてるように見せている。

ところどころの関節部に白のラインが入っている。

手の爪はそこそこ鋭い。

足の部分は足袋を履いている。

 

普段は隠してるが、背中に羽も生やせる。

 

竜人特有の長がく太い尻尾が生えている。

尻尾の先がトンガっており、串刺しもできる。

尻尾の鱗は刃物のように鋭く、硬い。

 

首に、赤くて長い布を巻いていて、口元をかくしている。

 

 

2人目は次女の「ブルー」

 

人型形態の身長は200cm

2本の短い角が頭にある。

金色の長髪でツインテール。

イギリス人に近い顔つき。

目の色が青

肌の色は白人に近い。

 

全身が竜の鱗でできており頑丈。

アダマンタイト級鎧より硬い。

鱗を変色&変形させて、人に近い形に見えるようにしている。

 

胴体は白を基調としたレオタードのようなピッチリスーツを着ているように見えるが、鱗の色を変色させているだけ。

(*例えるなら対魔忍みたいなヤツ)

 

肩から腕、太腿から足先まで黒を基調とした甲冑を付けてるように見せている。

ところどころの関節部に青のラインが入っている。

手の爪はそこそこ鋭い。

足の部分は足甲を履いている。

 

普段は隠してるが、背中に羽も生やせる。

 

竜人特有の長がく太い尻尾が生えている。

尻尾の先がトンガっており、串刺しもできる。

尻尾の鱗は刃物のように鋭く、硬い。

尻尾の真ん中に青いナイトシールドを括りつけている。

 

 

3人目は、三女の「レッド」

 

 

人型形態の身長は200cm

2本の短い角が頭にある。

金色の長髪。

イギリス人に近い顔つき。

目の色が赤

肌の色は白人に近い。

頭だけ赤いフードで隠している。

 

全身が竜の鱗でできており頑丈。

アダマンタイト級鎧より硬い。

鱗を変色&変形させて、人に近い形に見えるようにしている。

 

胴体は白を基調としたレオタードのようなピッチリスーツを着ているように見えるが、鱗の色を変色させているだけ。

(*例えるなら対魔忍みたいなヤツ)

 

首に手の平サイズの赤い水晶をネックレスのようにぶら下げている。

 

肩から腕、太腿から足先まで黒を基調とした甲冑を付けてるように見せている。

ところどころの関節部に赤のラインが入っている。

手の爪はそこそこ鋭い。

足の部分はブーツを履いている。

 

普段は隠してるが、背中に羽も生やせる。

 

竜人特有の長がく太い尻尾が生えている。

尻尾の先がトンガっており、串刺しもできる。

尻尾の鱗は刃物のように鋭く、硬い。

 

 

3人ともドラゴン形態になることができる。

鱗の色も、黒、青、赤

と、分かれている。

 

勝にとって、彼女達三姉妹はとても大切な存在なのだ。

 

勝は、「現実」世界では動物園の飼育員の仕事をしていた。子供の頃から動物が好きで、将来家で動物を飼いたいと思っていたのだが、現在1人で住んでいるアパートは動物禁止の住居だった。

なので、動物と触れ合える職業を探した結果が動物園の飼育員の仕事だった。

数年間やり続け、動物園の動物達にも懐かれ、毎日エサをやるのが楽しかった。

 

しかし、経済の悪化が原因で、勝が働いていた動物園が閉園になったのだ。愛着が湧いていた動物達は、違う動物園へと移送され、勝の飼育員の仕事も無くなった。今は、コンビニのアルバイトをしている。

 

動物が居なくなり、悲しくなった気持ちをゲームの中でモモンガに言うと、

 

「なら、動物系のNPCでも作ってみます?現実で飼えないならゲームの中で飼いましょう!少しは気が晴れるかもしれませんよ。」

 

という流れで、NPC製作が始まったのだが、初めての製作だったので勝手がわからず、モモンガに教えてもらいながら作っていた。

すると、たまたま居合わせた、タブラ、ヘロヘロ、ペロロンチーノまでもが混ざり、賑やかになり始めたのだ。

 

「やっぱ美少女要素は入れるべきでしょ!竜人なら、ドラゴン形態にもなれるのでダブルでお得ですよ!」

 

「任せて下さい!勝さん好みのキャラ設定にしますから!」

 

「ペット系彼女ですか?なら、モーションは私がつくりますよ!」

 

など、かなり盛り上がりをみせ、完成したのが

「ブラック」だった。

 

(どうしてこうなった…。でも、これはこれで悪くないな。)

 

当初の予定とは比べられないほど見た目や設定が盛られているが、作ってしまったものは仕方ない。

 

しかし、タブラさんが私の希望にそった設定を元に、いろいろ付け足して作ってくれた設定なのだが、あるワードを見て質問する。

 

【タブラさん。ここに〈三姉妹の長女〉って設定があるんですけど……まさか、あと2体作るんですか?】

 

「そうですよ。でも、残りの2体は勝さんが1人で作って下さい。」

 

【ファッ!?】

 

「ブラックを参考に、勝さんだけで作って下さい。勝さんがどんなキャラつくるのか、気になるのでw」

 

【ペロロンチーノさんのシャルティアよりヒドイ結果にならないようにしなきゃ…】

 

「ヒドイとはなんだ!あれは、自信作なんだぞ!」

 

「モーションは、プログラムをコピペするだけで移せますから。」

 

【皆さん、手伝ってくれてありがとうございます。】

 

皆「どういたしまして。」

 

 

そんなこんなで三体のNPCを作ったのだ。

思えば、あの日から毎日ログインするようになったんだっけ。彼女達に会うために。

彼女達と一緒にいると、家族が増えた気持ちになれた。

一人暮らしの寂しさを紛らわす事ができたのだ。

 

だが、それももう終わる。

サービス終了時間まで、後約15分。

 

(そうだ!画面設定弄って、表示全部消して見やすくしよ。)

 

勝がコンソールを開き、ゲーム画面の設定を開く。

一括操作で、体力ゲージなどの表示が全て消える

 

(これで見やすくなった。残り5分になったら、玉座に転移して、モモンガさん達と別れの挨拶をしよう。)

 

今後の計画をたてた勝だったが、リアルタイムを表す数字の表示まで消してた事に気づかなかった。

彼は、時間も忘れてしまうほど、NPC達を撫で続けた。

 

そして、もうひとつ、彼は気づかなかった。

画面設定でログの表示まで消していた彼は、

そのすぐ後に表示されるはずだったものが見えなかった。

モモンガのメールを読んでやって来た、3人のギルドメンバーのログインの知らせに。

 

 

 

一方そのころ、

 

玉座の間にて、アルベドの設定を見ていたモモンガは、突如現れた表示に驚く。慌ててアルベドの設定を閉じる。

 

表示されたログは、たっちさんとウルベルトさんとペロロンチーノさんのログインの知らせである。

 

すると、賑やかなメッセージが届く。

 

「ギリギリ間に合った!モモンガさん、聞こえますか?」

 

「モモンガさん、まだ居ますか!?遅れてすまな…うお!?ウルベルト!お前も来たのか」

 

「モモンガさん、アップデートで遅くなりました。…って、たっちさんが来るなんて意外ですね。」

 

「お久しぶりです!皆さん!もう、誰も来ないかと思いましたよ。あ!皆さん、今会議室ですか?僕、玉座の間に居るんですが…」

 

「そこに居るんですね。じゃあ、すぐそっちに向かいます。」

 

「ヘロヘロさん、起きて下さい。寝てる場合じゃないですよ!」

 

「んがっ!?あ!皆さん来てたんですか!」

 

「最後はやはり玉座の間で集まる方がいいですもんね。モモンガさん、他にギルメンは来てないんですか?」

 

「あ!勝さんも来てますよ。今は、ログハウスのNPCに会いに行ってます。」

 

「あー!あの子達か!それは仕方ないですね。俺も、シャルティアに会いに行こうかなー。」

 

「勝さんらしいですね。まぁ、私も最後にメイド達に会いに行こうかな。」

 

「私もデミウルゴスに会いにいこうかな。」

 

「私もセバスに会いに行きたいが、残り10分も無いぞ?流石に今からでは…」

 

「あ!プレアデスなら、玉座の間まで連れて来てますよ!セバスもここに。」

 

「ホントか!流石モモンガさん!」

 

「たっちさんだけずるいですね。どうせなら、NPC全員呼びつけたらどうです?」

 

「間に合うかなぁ…近い階層なら大丈夫かもしれませんが、シャルティアはギリギリかも。とりあえず呼んでおきますね。えーと、第一階層から…ここまでの…」

 

「あれ?表層は呼べないんですか?というか、勝さんに教えたほうが…」

 

「皆さんのログインの表示みて、勝さんがコッチにくるのでは?」

 

「たしかに。なら、玉座の間で談笑しながら待ちますか。」

 

 

皆が玉座の間に移動し、楽しく談笑を始める。

途中、呼びつけたNPC達がぞろぞろとやってくるが、勝がいっこうに来ない事に気付く。

 

「勝さん、来ませんね。」

 

「たしかに。もう、来てもおかしくないが…」

 

「ログアウトしたのでは?私達のログインの知らせを見たのなら、気付くはずですし。」

 

「寝落ちの可能性は?」

 

「たぶん、寝落ちの可能性は低いかと。まだ、ログインしてるなら、たっちさん達のログイン表示を見逃すはずありません。あの人、会話でチャット使いますから、ログはこまめに見る人ですから。」

 

「ですね。来ないのはログアウトしたからでしょう。」

 

「残念だ。彼とも会っておきたかったが…」

 

「もう残り1分です。私達だけで締めくくりましょうよ。」

 

「……そうですね。では!皆さん、玉座の前に並びましょう。」

 

 

玉座に居るギルドメンバー達が、まるで記念撮影をするかのように並び、集まってきていたNPC達に向かって、最後の決めゼリフを言う。

 

「「「「「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!」」」」

 

 

表示される数字が全て0になる。

ユグドラシルが終わりを迎える。

しかし、彼らはまだ知らなかった。

これから先に待つ、新たな冒険の始まりに。




ハイ!というわけで、私の初二次創作が始まります。
いろいろミスやわかりにくい部分があるかもしれませんが、初心者なので許して☆ね!



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第2話 目覚め

モモンガ達は困惑していた。

なぜ、ゲームが終わらない?サービス終了時間は、もうとっくに過ぎてるのに。

なぜ、NPC達が勝手に動いている?まるで、魂が入ったかのように。

なぜ、コンソールがでない?これでは、運営に連絡もできない。

なぜ、自分の身体全体に、感触や触感などの感覚があるのか?まるで、自分の身体がゲームの身体と合体したような感じに。

そして…

なぜ、NPC達は、自分達にしがみつきながら泣いているのだろうか?皆、必死に自分達を引き止めようとしている。

行かないで下さい。
ログアウトなんて言わないで下さい。
私達を置いて行かないで下さい。
私達、もっと頑張りますから、見捨てないで下さい。


モモンガもたっちもペロロンチーノもヘロヘロもウルベルトも、自分達の置かれている状況に理解が追いつかない。

だが…
1つだけ、理解できる事があった。それは…


自分達はまだ、このナザリックに居る



「状況を整理しよう。」

 

ギルド長は、NPC達が居なくなった玉座の間でギルドメンバーに言った。

皆、いろいろありすぎて疲れている。

 

先程まで、NPC達を落ち着かせるのに奮闘していたからだ。

 

 

〜1時間ほど前〜

 

 

ギルド長であるモモンガがNPC達をなだめ、説明する。

 

「ナザリックに異常事態が起きた事を察知したため、帰るのは中止にする!」

 

と。

 

すると、NPC達の表情が変化する。

主人達が居なくならないですんだ喜びの顔と、

異常事態という言葉に緊張の顔をする。

 

「セバス!」

 

「はっ!」

 

「ナザリックの外にでて、周囲の偵察を命ずる。なるべく、戦闘は避けるように。」

 

「畏まりました。では、行ってまいります。」

 

セバスが玉座の間から退出する。

 

「そして、アルベド、シャルティア、アウラ、マーレ、コキュートス、デミウルゴスはここに残れ。少し話がある。話が終わるまでは、代理でプレアデス達が各階層の守護。他の者は持ち場に戻り、警戒レベルを最大にして警備にあたれ!」

 

「「「「「はっ!」」」」」

 

名前を呼ばれた、各階層の守護者達だけが残り、他の者達は玉座の間から退出する。

 

守護者統括の役割をもつアルベドが代表して質問する。

 

「それでモモンガ様、異常とはどのようなものですか?」

 

「う…うむ。それはだな…」

 

返答に困るモモンガ。

自分ですら、その異常を把握できていない。

チラッとギルドメンバーを見るが、皆も同じ状況だ。

すると…

 

「モモンガさん、ちょっといいですか?確認したいことがあるんですが…」

 

ウルベルトが少し前にでて言う。

 

「何でしょうか?」

 

すると、ウルベルトが後ろにいた、たっちの方を向く。

 

「たっちさん、盾はもってますか?」

 

「盾?たしか…ランクの低いやつならもってるが…」

 

と、さも当たり前のように、何もない空間に黒い穴があき、そこにたっちが手を突っ込んで盾を取り出す。

みんなが驚く。

 

「え!?たっちさん、今のなんですか!?」

 

「どうやったんです?教えて下さい!」

 

みんなの驚く顔を見て、たっちも自分がしたことに驚く。

 

「なんだコレ!?今、どうやった!?」

 

至高の御方達のやり取りをNPC達が不安気に見ている事も気づかず、彼らは続ける。

 

ウルベルトも少し驚いていたが、すぐに冷静になり、空間に手をかざす。すると、ウルベルトの手の前にも黒い穴があき、ウルベルトが手を突っ込んでポーションを取り出す。

 

「なるほど。こうゆう仕組みですか。」

 

「ウルベルトさんどうやったんです!?」

 

モモンガが問う。

 

「あー…モモンガさん。ポーション持ってます?」

 

「え?あっ、ハイ。持ってますよ。」

 

「どうしてわかるんです?見たところ、モモンガさんの衣装にポケットらしいものが見当たらないのですが。」

 

「ん?あれ!?なんでわかるんだろ?……まさか…わ!できた!アイテムが取り出せました!」

 

モモンガも成功する。

モモンガ曰く、どうやら何を所持しているかが頭の中に鮮明に出てくると言う。

所持しているアイテムを想像しながら手をかざすと、そのアイテムを取り出せる仕組みらしい。

ペロロンチーノとヘロヘロも、モモンガの説明を受けて実践する。

 

「お!出た!武器も取り出せましたよ!」

 

「素材アイテムもOKみたいですね。」

 

「とりあえず、自分の所持品が取り出せる事がわかりました。えーと、話が逸れましたが、たっちさん。盾を構えて下さい。」

 

「え…こ、こうか?」

 

たっちが盾を構えて防御の姿勢にはいる。すると…

 

「ファイヤーボール!!」

「えっ!?」

「なっ!?」

 

突如、ウルベルトがたっちに向かって魔法を唱える。

出てきた火球がたっちの盾に当たって飛び散る。

 

「熱ぅ!?アツアツアツっ!?おい!ウルベルト!何の真似だ!?殺す気か!貴様ぁ!」

 

「熱つっ!たっちさん、大丈夫ですか!?」

 

「ウルベルト様!?どうなされました!?お気を確かに!」

 

ギルドメンバーとNPC達が慌てる中、ウルベルトだけが冷静だ。

 

「やはり…そういう事ですか…」

 

「ウルベルト!どういうつもりだ?わけをはなせ!…っ…少し火傷した…」

 

「たっちさん!?大丈夫ですか!?火傷、見せて下さい。」

 

「ん?ああ…ココだよ。」

 

モモンガがたっちの身体に触る。

 

「アダだだだぁっ!?ちょっと!?モモンガさん!?あなたが触れると痛いぞ!?」

 

「えっ!?そんな強く触ってないですよ!?」

 

「…もしかして、ネガティブタッチ発動してません?あれって、触った相手に継続ダメージを与えるスキルでしたよね?」

 

「そんな!パーティー設定をした味方には効かないハズです!FF(フレンドリファイア)なんて、ユグドラシルにはありせんよ!?」

 

「ひとまずたっちさん。さっきはすみませんでした。火傷、痛みますか?」

 

「あ…ああ。少しだけな。」

 

「これ。使って下さい。」

 

ウルベルトがたっちにポーションを投げる。

 

ギルドメンバー達が驚く。

たっちと仲が悪いあのウルベルトが、たっちにポーションを渡したのだ。しかも謝りながら!

 

「え!?あ!す…すまん。ウルベルトさん。」

 

「なに驚いてるんですか?私達、仲間でしょ?」

 

「お、おう…」

 

たっちは、ウルベルトの意外な一面を見て、不思議そうに思いながら、ポーションを飲む。

たっちの火傷がみるみる治っていく。

それを見たモモンガが安心する。

 

「良かった。ポーションはちゃんと効くようですね。」

 

「そのようだ。もう痛みはない。助かったよ、ウルベルトさん。」

 

「いえいえ。元はと言えば、私のせいですから。」

 

「そういえば、なぜたっちさんにファイヤーボールを撃ったんです?」

 

ヘロヘロが、皆が思ってる疑問を問う。

 

「なぜって、異常事態の原因を探るためですよ。そして、その原因がわかりましたよ。」

 

「え!?ホントですか!ウルベルトさん。」

 

「本当でございますか!?ウルベルト様!」

 

ウルベルトは、NPC達の居る方向を見ながら言った。

 

「どうやら私達は、[弱体化]してしまっているらしい!」

 

「ええっ!?」

「んなっ!?」

 

皆が驚く。とくにNPC達は、ありえないとばかりに狼狽えている。

 

(至高の御方達が、弱体化!?)

 

「ウルベルト様!弱体化とは、どれほどまでなのでしょうか?」

 

「まず、防御面かな。今までは、どんなに威力の高い攻撃でも、痛みは感じなかった。第3位階魔法のファイヤーボールなんか、なんとも思わないほどに。だが今は、そのファイヤーボールですら、危険だと感じてしまった。たっちさんの慌てぶりをお前達も見ただろう?」

 

「なんと!そこまでヒドイ弱体化を…」

 

「あっ!ウルベルトさん!まさか私を実験台がわりに試したのか!?」

 

「そうですよ。」

 

「どうりで優しかったわけだ!実験台にするなら、最初から言って下さいよ!」

 

「あれは自然な流れでしょう?回復ポーションが効くか、確かめる事もできましたし。」

 

「効かなかったら、どうするつもりだったんだ?」

「回復魔法とか、他の手段を試すつもりでしたよ。」

 

「ああ…そうか!私の感じた違和感はそれか。」

 

今度はモモンガが喋り出す。

 

「弱体化と同時に我々は記憶の一部も弄られたようだ。」

 

「本当でありんすか!?モモンガ様!」

 

「ああ…。道具の出し方や使い方などの基本的な事が上手くできないし、忘れかけていたりするのだ。」

 

本当は、この異常事態のせいでいろいろ仕様が変わったせいなのだが、NPC達に説明しても理解できないので、誤魔化すための嘘をつく。

 

「なるほど…先程からいろいろ試されてるのは、忘れた事を思い出すためだったのですね!」

 

デミウルゴスが納得する。

アルベドや他の守護者達も、今までの至高の御方達のやり取りの原因を知って安堵する。

 

「下僕たちよ。見苦しい所を見せてすまなかったな。」

 

「と、とんでもごさいません!むしろ、至高の御方の皆様がそのような状態になっていた事に気づけなかった私達の失態でもあります。この失態、統括である私の命で償いを!」

 

「ま!?待てアルベド!お前の忠義の高さは理解した。お前の全てを許そう。それに、私以外のギルドメンバー達も察知できなかったのだ。お前達は悪くないぞ。」

 

「なんと!?私達、守護者達の失態をお許しになってくださるのですか!?なんと、お優しい…。我ら守護者一同、全霊をもって忠義に励みます!」

 

「お、おう。よろしく頼むぞ。」

 

「「「「「「はっ!」」」」」」

 

「モモンガ様、ただいま戻りました。」

 

いいタイミングでセバスが帰還してきた。

 

「セバス。調査の結果はどうだ?なにか、見つけたか?」

 

「はっ!申し上げます。ナザリックの周囲に異変が(しょう)じておりました。草原が広がり、沼地がなくなっております。わかりやすく言えば、ナザリックそのものが別の場所に転移した。というのが1番しっくりくるかと。」

 

「草原だと!?」

「ナザリックごと転移とか、ヤバすぎじゃね!?」

「外にまで異常が起きてたのか…」

「なにがなんだか…わからなくなってきましたね。」

「もうなんでもアリな感じですね。」

 

ナザリックが別の場所に転移したという事実に、皆が困惑する。

 

「とりあえずだ。今はもう深夜だ。周囲の状況がわからない以上、迂闊に行動するのは危険だ。どんな敵がいるかもわからんしな。明日の昼、皆で集まって相談するとしよう。守護者達は全員持ち場に戻り、最大警戒レベルで警備に当たれ。アルベド、プレアデスを呼び戻し、9階層の警備にあたらせろ。私達も少し疲れたので、後で自室に戻る。よいな?」

 

「はっ!畏まりました。後で警護の者を呼び、そちらにむかわせます。」

 

NPC達が玉座の間を去る。

モモンガ一行は、ようやく落ち着ける時間を得たのだった。

 

 

そして、現在。モモンガ達プレイヤーは、得られた情報を整理していた。

 

1.魔法やスキル、アイテムは問題なく使える。

2.FF(フレンドリファイア)が可能である。

3.自分達の身体に痛覚がある。

4.ナザリックがまったく知らない土地に転移している。

5.NPC達は、自分達に絶大な忠誠を誓っている。

 

「これって、やっぱり…ゲームが現実になった。という事なんでしょうか?」

 

モモンガが、誰もが考えた事を言う。

 

「……」

 

誰も答えない。信じられないと思うのが当然である。

すると、ウルベルトがとんでもない事を言う。

 

「皆さんは…現実に戻りたいと、思いますか?」

 

「……!」

 

それはモモンガにとって気になる質問だった。

1人暮しの自分は、このままナザリックに居てもいいと考えていた。

しかし、他の皆はどうなんだろうか?

 

「私は残りますよ。ナザリックやNPC達を見捨てるなんてできませんよ。」

 

「流石モモンガさん。私も同じ考えです。現実に戻っても、クソッタレな人生しかありませんし。」

 

「僕もです。現実に戻ってもブラック企業に通うだけの男ですし。それに、コッチならメイド達に囲まれながら、社長気分が味わえるんですから!」·

 

「エロゲができないのが残念ですが、俺も残ります。だってシャルティアとイチャイチャできますから!」

 

それぞれが自分の思いを言う。

 

「たっちさん。あなたはどうなさるんです?たしか、奥さんと子供がいるんでしょ?」

 

ウルベルトが遠慮なく聞く。

 

「残るよ。」

 

たっちが言う。

 

「意外です。たっちさんは、帰るつもりかと思ってたんですか…」

 

「本来なら、帰ると言ってたでしょうね。でも、生憎今、妻とケンカして帰りづらいんですよ。仕事と家族、どっちとるの?って聞かれて…」

「あちゃー。仕事って言っちゃったんですね。」

 

「フッ!ざまぁwwww」

 

「ウルベルト!貴様ァ!さっきから私に恨みでもあるのか!?」

 

「まぁまぁ、まぁまぁ!二人とも落ち着いて!みんなが残ってくれるだけで私は嬉しいですよ。ナザリックに活気が戻った感じがして。」

 

皆が残る。それだけでもモモンガにとっては最高だった。

 

「さて、皆さん残るという事ですし。明日から忙しくなりますよ!明日に備えて、今日はもう寝ましょう。」

 

「そうですね。俺もなんとなく眠くて。」

「僕もですね。」

「私も。」

 

と、ペロロンチーノ、ヘロヘロ、たっちが言う。

皆で歩きながら、玉座の間の出入り口に向かう。

 

「睡眠かー。モモンガさん、眠気あります?私、眠気も食欲もあまり感じないんですよねー。」

 

「あー…実は私もです。食欲も眠気も感じないんですよねー。…アンデッドだからかな?」

 

ウルベルトは悪魔、モモンガは骸骨という、睡眠や疲労感を感じない種族である。

 

「そういえば、モモンガさんって骸骨なのに声とか出せるんですね。不思議です。仕組みが気になりますね。」

 

ヘロヘロさんがコチラを見る。

言われてみれば、ここにいる皆は異形種だ。

現実世界では人間なのに、身体に違和感を感じない。

最初からこの身体で産まれたかのように、馴染んでいる。

皆に聞くと、皆も同じ感覚だった。

 

「ヘロヘロさんが1番、人間離れした身体ですけど、スライム種って、どうなんです?」

 

「んー…なんと言うか、僕の場合、身体全部が動かせる気がします。慣れれば、変形できる気がしないでもないですね。」

 

「ペロロンチーノさんはバードマンだよな。背中の羽は、うごかせるのか?」

 

「ええ。慣れれば、飛行できる気がします。そういうたっちさんも、昆虫系の異形種ですよね?羽はあります?」

 

「バッタ種だから、飛べるといえば飛べる…のか?」

 

「ウルベルトさんは、頭がヤギ?だから、角って寝転ぶのに邪魔なんじゃぁ…」

 

「あー、そうだった。角の存在忘れてた。横向きで寝れないな。これじゃあ。」

 

皆、自分の異形種の特徴や特性を調べつつ歩く。

今まで気にしてなかったせいか、気付くと気になって仕方ない。

 

「そういえば、勝さんってデュラハンでしたよね。頭が無い感覚ってどうなるんでしょうね。」

 

モモンガの発言で話題が勝とデュラハン種の話になる。

 

「頭が無い…それってヤバくね?」

「目の位置とかどうなるんでしょうね。」

「鼻も耳もないから臭いも音も感じないんじゃあ…」

「プレアデスのユリ・αは頭ありますけど…」

 

いろいろ言いながら、玉座の間のドアに近づく。

すると、ドアが開き、アルベドが慌てて入って来た。

後少し遅かったらぶつかってたかもしれない。

 

「これは!し、失礼をモモンガ様!」

 

「あ!いや!アルベドこそ大丈夫か?何やら慌ててたようだが?」

 

「はっ!?そうです!皆様にご報告が!」

 

「なにかトラブルでも?」

 

「それが…ログハウス勤務のユリ・αから連絡があり、ログハウスで勝様を発見しましたと報告が!」

 

「えっ!?勝さんが居たの!?」

「ログアウトしてなかったのか!」

「まさかずっとログハウスに居たなんて!」

「なら、すぐに呼びましょうよ。」

「NPC達も勝さんが来たこと聞いたら喜びますよ。」

 

と、歓喜の声を上げる。

しかし、アルベドの顔が暗い。

アルベドが恐る恐る言う。

 

「恐れながら勝様は今、声をかけても反応が無く、意識不明の状態だそうです!」

 

「なんだって!?それは本当か!?」

 

「はい。ユリ・αが、寝ていた勝様に声をかけて起こそうとしましたが、ピクリとも動かず。近くに居たブラックに聞いたところ、深夜の0時頃から急にベッドに倒れ動かなくなったと…」

 

「深夜0時…!私達が異常を感じた時からか!」

「まずい!早く行きましょう!ログハウスへ!」

 

指輪の力でナザリックの表層の入り口まで転移する。

アルベドは指輪が無いため、ついて来れない。

ログハウスまで急いで行くと、玄関の所にユリ・αが立っていた。

 

「コチラです、モモンガ様!」

 

ユリ・αがログハウスの扉を開ける。

中に入ると、部屋の奥のベッドに勝が倒れている。

勝のNPC達が、起きない主人に必死に呼びかけている。

 

「ご主人様!起きて下さい!ご主人様!」

「ガウッ!ガウウゥ!」

「ガウガウッ!ガウーッ!」

 

勝のNPC達には、ある共通の設定がある。

それは、勝と以心伝心し、言葉無しでも連携がとれるという。要は、勝の意思がわかるのだ。

ただ、ブラックだけが人語を話せ、他の2人は話せない。という設定になっている。

 

モモンガとペロロンチーノが勝に駆け寄る。

 

「勝さん!勝さん!しっかりして下さい!」

「勝さん?大丈夫ですか!?」

 

その2人の後ろから、たっち達が心配そうに見つめる。

 

「勝さん、大丈夫ですかね?」

「意識不明ですか…まさか…頭が無いせい…とか?」

「まさか!?ユリ・αだっけ?勝さんが意識不明だと、言ってたそうだが、なぜわかる?」

 

たっちがユリ・αに問う。

 

「はい。勝様は私と同じデュラハンでアンデッド種です。アンデッド種は睡眠を取らないため、寝る必要がありません。しかし、頭が存在するデュラハンは、気絶などをする事はあります。声をかけても反応が無いという事は、勝様が何らかの原因で気絶状態になってると思われます。頭が無い勝様が気絶する、というのは些か謎ですが、至高の御方の御身体、私達とは仕組みが違うのかもしれません…」

 

「気絶か…頭の感覚が無くなったのが原因ですかね?」

「可能性はありますね。0時という時間は、私達の身体に異常が出たタイミングでもありましたし…」

 

「至高の御方の身体に異常…ですか?」

 

ユリ・αは[弱体化](仮称)の話を知らない。

すると、アルベドとデミウルゴスがログハウスに入ってくる。息を切らしているとこを見ると、走って来たのだろう。

 

「勝様が意識不明とは、本当ですか!?」

「やはり、勝様も弱体化の影響を!?」

 

アルベドとデミウルゴスも加わり、事態解決のための方法を模索する。

 

「魔法や呪いによる状態異常の可能性は?」

「解除系の魔法やアイテムを使用してみたが、特に変化はないな。」

「電気ショックはどうかしら?身体に刺激をあたえてみては?」

「勝様はアンデッドです。心臓が動くのとは訳が違うと思いますが…」

 

いろいろ案を出し、試せるものはできるだけ試すが効果はない。

すると、後ろで様子を見ていたブラックがモモンガに話しかけた。

 

「モモンガ様。あの、少しよろしいでしょうか?」

「何だ?ブラック。」

「勝様が…ご主人様が気絶する前、気になる事を言っていたのですが…正確には、ご主人様の心の意思なんですが…」

「気絶する前…か。なにを言っていた。」

 

 

ブラックは言う。

勝さんがもう時期ユグドラシルに居られなくなる事。

ずっとナザリックに居たい、と言っていた事。

皆と別れたくない、と言っていた事。

1人になりたくない、と言っていた事。

 

 

ブラックが言った事に、プレイヤー一同は沈黙する。

モモンガにとっては、全てに賛同できる思いである。

しかし、モモンガ以外の4人にとっては、賛同はできても口には出せない。

彼らは一度、ココを離れたから。

あるいは捨てたからだ。

もしくは、もう終わるものだと、見限りをつけていたからか。

 

ブラックは涙を流しながら問う。

 

「勝様は…ご主人様はもう…戻って来ないのですか?」

 

少し前に、玉座の間でNPC達に言われた事を思い出す。

行かないで…

置いて行かないで…

見捨てないで…

 

「違う…違うぞ、ブラック!勝さんは絶対戻って来る。お前達を残して去る人じゃないぞ!」

「モモンガ様…でも勝様は…」

「そうだ…勝さんが、こんな可愛いブラックちゃん達を置いて行くわけない!」

「勝さんは毎日ログインして会いに来てたんだろ?なら、絶対帰ってくるさ!」

 

皆がブラック達を励ます。

そして、未だ目を覚まさない勝に言う。

 

「おい!勝さん!いつまで寝てるつもりだ!アンタの可愛いNPCが、主人であるアンタの帰りを待ってるんだぞ!いい加減起きろ!戻って来い!」

「勝さん!こんなに可愛いブラックちゃんやブルーちゃんやレッドちゃんを放ったらかしにするなんて許さないぞ!」

「ご主人様!私達、ご主人様が私達の事をだいじにしてくださってた事覚えてます!だから、戻って来て下さい!ご主人様!」

 

 

 

 

 

 

 

………。

…………………。

…………………………………。

……誰かの声が聞こえる……

懐かしい声も聞こえれば、あまり聞いた事がない声もする。

だれの声だろう。でも、何度も会っている気もする。

モモンガさん?ペロロンチーノさんも居る?

でも、時折聞こえる女の子の声は…誰だ?

わからない…わからない…が、これだけはわかる。

この子には会わないといけない気がする。

忘れてはダメな気がする。

会わないと…起きないと…

……………………………………。

 

 

 

「モモンガ様!勝様の手が!?動いています!」

「起きたのか勝さん!?」

 

勝の手が少し上がり、ブラックの方に動く。

なにかを掴むような動きをしているが弱々しい。

が、手以外は以前動かない。

 

「ブラック!勝さんの手を握って呼び続けるんだ!」

「ブルーちゃんとレッドちゃんも!反対の手を!」

「ご主人様!起きて下さい!私達はココにいますよ!」

 

 

 

………………………………。

さっきよりも声が強く感じる。

女の子の声は1人だが、他にも感じる。

後2人…そう、後2人いるはずだ。

忘れてはいけない大切な存在。

毎日会うのが楽しみだった。

毎日接するのが嬉しかった。

 

会えなくなるのが嫌だった。

別れるのが辛かった。

もう1人になりたくない。

 

みんなに会いたい

もう一度、みんなに!

 

 

…………………………。

 

 

デュラハンの身体がムクリと起きる。

周りをキョロキョロと確認するような動作をする。

次に自分の身体を見つめたり、ぺたぺた触っている。

 

「勝さん…?」

「ご主人様…?」

 

皆が心配しながら見つめてくる。

状況がわからない。

しかし、これだけはわかっている。

みんなが自分の事を心配してくれていた。

そしてまた、みんなに会えたのだ。

 

ゆっくりと、ブラックの頭に手を乗せ、優しく撫でる。

それだけで彼女は理解する。

涙を流しながら、嬉しそうに言う。

 

「おかえりなさいませ、ご主人様。」

 

その瞬間、側にいた三姉妹が勝に抱きつく。

みんな、嬉しそうに喜びあっている。

しばらくの間、ログハウス内は感動に満ちていた。

 

 

 

目覚めた勝は、モモンガから今まで起きた事を説明された。

 

たっち、ウルベルト、ペロロンチーノがサービス終了直前に来た事。

サービス終了時間を過ぎても強制ログアウトにならなかった事。

ゲームが現実になった事。

ナザリックが知らない場所に転移した事。

NPC達が勝手に動くようになった事。

今まで勝が意識不明だった事。

 

あまりに信じ難い事だらけだが、実際に動き回るブラック達を目にして、その全てが本当だった事が知れる。

 

「ご主人様は混乱なさってますね。一度休まれた方が良いのかもしれませんね。」

「そうだな。いろいろありすぎて、私も少しつかれた。みんな、そろそろナザリック内部に戻ろうじゃあないか!」

 

そう行って皆、ログハウスを出る。

 

【とりあえず、私も自室に戻ろう…】

 

みんなに続いて自分も外にでる。

そして見る。空に浮かぶ、綺麗な夜空を。

あまりの美しさに、となりにいたモモンガの袖を引っぱりながら、空を指さす。

 

「すごく綺麗だ。これが、ブループラネットさんが作ろうとしていた夜空なんだな。」

 

他のギルドメンバーも空を見上げ驚きの表情をする。

モモンガ達が住む現実世界では、環境汚染が原因で綺麗な夜空は見れないのだ。

 

すると、勝がブラックに、こっちにくるように手招きする。

 

「なんでしょうか?ご主人様。…えっ!?ドラゴン形態ですか?わかりました。」

 

突如、ブラック、ブルー、レッドが大きなドラゴンへと変身する。

 

「勝さん!?何してるんですか!?」

「ご主人様は私達の上にのって、夜空を飛び回りたいそうです。それに、今ならモモンガ様達も一緒に乗せて飛び回りたい、とご主人様は言ってます。」

「ドラゴンに乗るんですか!?大丈夫ですか、勝さん!?」

「ご主人様は、私達に乗れる気がする!と、自信がお有りのようです。」

 

NPC達が動くという事実を聞いて、密かに夢に思っていた事が実現できる!

そう、ドラゴンの背中にのって一緒に飛ぶという夢が叶う。

勝はウキウキしている。

 

「うそぉ、マジで!?じゃあモモンガさん、レッドちゃんに一緒に乗りましょう!」

「僕もドラゴンに乗りたいけど、スライムだからなぁ…」

「なら、私が支えましょう!勝さん!ブルーに乗せて下さい!私もドラゴンに乗ってみたいです!」

 

ブラックに勝が、ブルーにたっちとヘロヘロが、レッドにモモンガとペロロンチーノが乗り、空へと飛び上がる。

みんな子供のように、歓喜の悲鳴を上げて喜んでいる。

ドラゴン達がくるくると空を旋回する。

 

その様子を地上からウルベルトとNPC達が見上げている。

 

「ウルベルト様は、ドラゴンに乗らなくてもよかったのですか?」

「ん?私かい?そうですねぇ…もう少し、この光景を眺めてたいですねぇ。みんなが子供のようにはしゃぐ姿を綺麗な夜空と共に見る機会なんて、そうそうありませんからねぇ。」

「ウルベルト様が……いや、至高の御方の皆様が望むのなら、この宝石箱のような空を、すべてを!ナザリックの全戦力をもって手にいれてごらんにいれますが?」

「ハハッ、それではまるで、世界征服じゃあないか。…しかし、世界征服か…。ここがもし、ユグドラシルとは違う世界であるなら…それも面白いかもな…」

 

ウルベルトの言葉に、デミウルゴスが嬉しそうに顔を上げる。

 

「ま、それはまだ先だな。この世界について、いろいろ調べる必要があるからな。世界征服はその後にでもするさ。おーい、勝さーん。私もブラックに乗せて下さーい。」

 

6人の至高の御方達が、嬉しそうに飛び回ってる光景をNPC達が見上げる。

 

(至高の御方の皆様が、お喜びになるのなら、この世界を欲するのなら!私達の手で叶えて差し上げなければ!全ては、至高の御方達のために!)

 

NPC達がそんな決意を固めてるとも知らずに、

プレイヤー達は美しい夜空の下ではしゃいでいるのだった。

 

 




いよいよ主人公が目覚めました。
ここから本格的にストーリーを盛り上げていくつもりなので!たぶん(笑)

更新はやや遅めです。
なぜなら私も社会人だからね。
特に忙しくなる時期だからね!

のんびりとストーリーを追加していくつもりです。


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第3話 初めてのナザリック生活

「モモンガ様、アルベド様、勝様から護衛の人員について相談があるそうです。」

「ん?なんです?勝さん。」
「なんでしょうか?」

ドラゴンに乗って遊び疲れた後、ようやく落ち着きを取り戻した一同は、マイルームで休む事になった。
アルベドが用意した護衛は、プレアデスのメンバーだった。
モモンガにはナーベラル、
ペロロンチーノにはエントマ、
ウルベルトにはルプスレギナ、
ヘロヘロにはソリュシャン、
たっちにはシズ、
勝にはユリ。

しかし、ブラックがいないと他の人と会話できない勝は、護衛のメンバーを三姉妹に変更して欲しいと頼んだ。

「たしかに…勝さんには三姉妹の方がいろいろ都合が良いですね。会話ができないと、一般メイド達も困るでしょうし。アルベド、問題は無いな?」

「はい。問題ありません。ログハウスには適当な下僕を
配置し警備させます。では…ブラック、ブルー、レッドの3人を勝様の専属護衛とします。3人とも勝様の事、よろしく頼むわよ。」

「はっ!」
「ガウッ!」
「ガウッ!」

勝の専属護衛に任命された三姉妹は嬉しそうに返事する。
反面、ユリは残念そうな顔している。

「ユリ、気持ちはわかるけど、そんなに残念がらないで。勝様以外の護衛は交代制にするつもりだから、貴方にもチャンスはあるわ。」
「はい…お気遣いありがとうございます。」

ちょっとだけユリが可哀想に思えたので、ユリの頭に手をのせ、優しく撫でる。

「あっ……その、あ、ありがとうございますっ…」

顔を真っ赤にしながらユリが言う。

「よかったわね、ユリ。至高の御方である勝様に撫でてもらえるなんて、とても光栄な事よ。」
「はい!」

ユリの顔が明るくなる。

「ご主人様、そろそろご主人様の部屋へ向かいましょう。」

ブラックは、早く勝のマイルームに行きたくて仕方ないようだ。
三姉妹に囲まれる形で、勝はマイルームを目指す。


ナザリック地下大墳墓9階層「ロイヤルスイート」

 

白亜の城を彷彿とさせる荘厳と絢爛さを兼ね備えた世界。見上げるような高い天井にはシャンデリアが一定間隔で吊りさげられている。広い通路の磨き上げられた裕香は大理石のように天井からの光を反射して輝いている。

 第九階層はギルドメンバーの住居としてギルドメンバーの私室やNPCの部屋だけではなく、客間、応接室、円卓の間、執務室等で構成されている。

 また、この階層には他にも様々な施設がある。大浴場や食堂、美容院、衣服屋、雑貨屋、エステ、ネイルサロン等々多種多様。ユグドラシルでは意味のない施設だったが、現在は実際に稼働している。

転移後の影響でNPC達が動き回るようになったせいか、あちこちでメイド達が仕事をしている。

 

ここでは41人の一般メイド達と10数名の男性スタッフが働いており、

この9階層の掃除を含む様々な場所で活動している。

また、至高の御方に仕える当番メイドまで用意してあり、プレイヤー一同にも1人ずつメイドが配置されている。

豪華な家に様々な施設、オマケに護衛とメイド付き。

まるでどこかの王様か貴族にでもなったような気分になる。

 

「本日、勝様の担当メイドをやらせていただく、フィースともうします。よろしくお願いいたします。なんなりとお申し付け下さい。」

 

丁寧に挨拶するフィースに優しく手を振る。

 

【よろしく、フィースちゃん。】

「ご主人様が "よろしく" だそうだ。」

「はい!ありがとうございます!」

 

軽く挨拶しただけでこの喜びよう、どうやらメイド達も忠誠度MAXのようだ。

 

自分の私室の前に着くと、フィースがわざわざ扉を開けてくれた。至高の御方という存在である自分は、わざわざ自分で扉を開ける必要がない。そう思わせるほどの手際の良さである。

 

部屋の中に入る。今までは、道具や装備の入れ替え程度に使う部屋という認識だったが、改めて見るとその広さ、内装の豪華差と設備に驚かされる。

入り口から見て、正面奥にベッド、右側にクローゼット、左側に道具箱がある。ベッドの両脇の壁の隅に扉があり、片方がシャワールーム、もう片方がトイレである。

高級ホテル顔負けの部屋を雑に使っていたと考えると、少し怖くなる。

その部屋が、いまでは正式な私室として好きに利用できるのだ。

 

「ここがご主人様の部屋ですか。すごいです。ログハウスとは比べ物になりませんね。」

「私も入るのは初めてです。至高の御方達の部屋に入れるなんて、しかも至高の御方である勝様にお仕えできるなんて!はぁぁ…」

 

ブラック達が部屋の凄さに見惚れ、フィースにいたっては顔が蕩けそうなくらいうっとりしている。

勝は自分の部屋の物をチラッと確認する。

 

まずは道具箱。ユグドラシル時代にGETして保管していたアイテムや装備が綺麗に並べられている。

よく見ると、魔法の力かなにかでフワフワと浮き、自然と綺麗に並び直す仕組みになっているようだ。

 

次にクローゼットを見る。

こちらも綺麗に衣装が並べられている。

イベントやガチャで入手した様々な衣装があり、懐かしさを感じる。

ちなみに現在、勝が着てる軍服は、モモンガからプレゼントされた物だ。パンドラズ・アクターの制作に没頭していたモモンガから"余ったから"と貰った衣装である。

 

当時のモモンガは、軍服をかっこいいと思っており、自作のNPC用にデザインした様々な軍服と同じものを親友である勝にプレゼントしていたのだ。

 

パンドラズ・アクター制作時に余った軍服数着を勝さんにも着てもらおうという、モモンガの策略だったのだが、無駄に強化しすぎたせいで防御力がレジェンド級アイテムよりちょっと強いぐらいの性能になっていた。

無論、こんな凄い性能の軍服数着をプレゼントという形で渡されたら、だれでも喜ぶ。

当時の勝は、あまりレジェンド級装備を持ってなかったので、モモンガの軍服は有難かった。

ついでに、

 

【この軍服に似合う武装ってガチャにありますか?】

 

という勝の質問に対して、

 

「ありますよー!軍刀に軽機関銃、ライフルに、あとは……」

 

と、軍服を装備した勝に似合う武装をわざわざ選んで持って来てくれたのだ。しかも全てレジェンド級である。

勝が自分で当てるつもりだったのに、

モモンガが、

"マジックキャスターの自分には装備できないので"

という理由で所持していた装備をプレゼントしてくれた時は、

 

【こんなに貰っちゃっていいんだろうか…】

 

と、ちょっと罪悪感にとらわれそうになった。

なお、渡された装備を装着してモモンガに見せると、

「とても似合ってますよ!」

と、喜んでくれたので罪悪感はなくなった。

 

 

♦ーーーーーーーー①ーーーーーーーー♦

 

【あ、服が汚れてる。】

さっき外ではしゃいでいた時に、地面を転がったりもしたから、軍服のところどころに土汚れが付いている。

よく見ると、ブラック達も土汚れが付いている。

ああ、鱗の隙間にも。洗ってあげたいなぁ…そうだ!

 

【ブラック達も汚れてるぞ。】

 

「そう言えば、ご主人様も私達も汚れてますね。」

「お風呂なら、スパリゾートでいつでもご利用できますよ。」

 

【お!なら、みんなで入りに行くか。】

 

「本当ですか!ご主人様、お風呂に行きましょう!」

ブラックの言葉に合わせて親指を立ててGoodポーズをする。

 

【そうだ、お風呂に入ってる間に、ベッドの大きさを変えてもらおう!ブラック、フィースにベッドを大きくするように頼んで。】

 

「…フィースさん、ベッドの大きさを変えることできます?例えば、今より大きくとか…」

「え?大きくですか?できますが…どれくらいの大きさにしますか?」

 

【四人が余裕で寝れるくらいかな。】

 

「四人が余裕で寝れるくらいで。」

「えっ!?よ、四人ですか!?はい、かしこまりました…。」

 

【あれ?もしかして、四人が寝れるサイズは無理があったかな?】

 

「四人が寝れるサイズは無理でしたか?フィースさん。」

「あ、いえ、1人で取り換えるのが大変だなぁ、と思いまして。で、でも!手の空いたメイド達を数人よんでやりますので。だ、大丈夫です!」

「そうですか。よかった。さぁ、ご主人様!お風呂に参りましょう!」

 

勝とブラック達がお風呂場に向かう。

その姿を見送ってからフィースは思った。

 

「四人が余裕で寝れるサイズか…ブラックさん達って、意外と大胆だなぁ…。至高の御方である勝様のまえで、"自分達も一緒に寝る"こと前提のベッドサイズにするよう頼むんだから。しかもお風呂にまで誘っちゃうし。」

 

さあ、ここまでの会話で、勝さんのセリフだけ省いてみましょう。フィースの勘違いの原因がわかりますよ?

 

 

♥ーーーーーーーー①ーーーーーーーー♥

 

[スパリゾートにて]

 

スパリゾートの入り口まで来る。

ここには様々なお風呂が設置してある。

今回は男女混浴の露天風呂を選ぶ。

 

【よし。一緒に入るぞ、みんな。】

「ほ、ホントにご一緒してよろしいのですか?」

 

ブラック達は、畏れ多いとばかりに躊躇している。

しかし勝は諦めない。そう!勝はブラック達の身体を洗ってあげたいのだ。自分の手で。

 

【実はな…お前達に私の身体を洗って欲しいのだ。】

「な!?なんと!私達が、至高の御方であるご主人様の身体を洗うなど…」

【嫌…だったか?】

「そんな!嫌なはずありません!我ら三姉妹、全身全霊をかけて、ご主人様の身体を洗わせていただきます!」

【よし!その意気だ。】

 

ブラック達がヤル気になり始めたので、脱衣場で服を脱ぐ。ブラック達が手足の装備を外しているのをチラッと確認した後、彼女達より先に浴場に入る。

 

とても広い露天風呂が目の前に広がる。だが、天井にある空は偽物だ。

入り口から見て、左側の壁に蛇口やシャワーが並び、右側の広い露天風呂が正面奥まで伸びてL字に曲がっている。

 

ナザリックで露天風呂に入る日が来るなんて、ユグドラシル時代では想像もしていなかった。ここまで作り込んだギルド仲間に感謝する。誰かは知らないが、貴方の作ったものが、今まさに役立ってます!

 

そんな事を考えていたら、ブラック達が入ってきた。3人とも、手足の装備を脱いではいるものの、身体の部分はスク水かレオタードのようなものを着ているかのように鱗を変色させたままだ。

 

【じゃあ、早速洗ってもらおうかな!】

 

シャワーの前に置いてあった椅子に座ろうとした瞬間、ブラックに呼び止められる。

 

「ご主人様、コチラを使いませんか?コッチの方が、よりご主人様の身体を洗いやすくなりますよ。」

 

【それは、ビニールマットかな?名前がよくわからないけど、それに寝そべった方が洗いやすくなるね。】

 

ブラックが風呂場の隅に置いてあった物を持ってきた。

ソープマットとも呼ばれる、ベッドに敷くマットレスのような感じの形をしている。ご丁寧に、頭を乗せれる膨らみまで付いている。

 

【まずは背中からやってもらおうかな。】

 

「では、ご主人様。ご主人様の身体を我ら三姉妹が、洗って差し上げますね。」

 

【あ、今更だけど、1番洗い方が上手だった子には、ご褒美として私がソイツの身体を洗ってあげるよ。】

 

「ほ、ほんとですか!それはとても魅力的です!しかし、至高の御方に身体を洗ってもらうなど…」

 

【だから、ご褒美だっていってるじゃん。私の身体を健気に献身的に洗ってくれた子へのご褒美だよー。誰も責めたりしないって。そもそも、私がそうしてやりたいのさ。さあ、だれが1番上手に洗えるかなぁ?】

 

「っ!!1番は私です!妹達には譲りません!」

「ガウッガ!(私よ!)」

「ガウガウッ!(まけるもんか!)」

 

三姉妹は、我こそ1番と言わんばかりのヤル気を出す。

ボディ用のスポンジにボディソープを付け、勝の身体を洗い始める。

 

3人の優しく丁寧な洗い方に、勝はうっとりする。

 

【ヤバっ…。すごく気持ち良い。他人に身体を洗ってもらう感覚って、こんな感じなのか〜…】

 

背中、腕、お尻、太腿、足先などを3人が別々に洗う。

まるで練習でもしてたのかと、疑いたくなるような手際の良さである。

 

「ご主人様、気持ちいいですか?」

 

【ああ…とてもいいよ。すごくいい…】

 

「お褒めに与り光栄です!」

 

【このまま、前側もやってもらおうかな。】

 

「ふぇっ!?ま、前側もですか!?」

 

ブラック達が硬直する。

ご主人様の前側…つまり、[アレ]がある部分も洗うという事。

3人が生唾をゴクリと飲む。

 

勝が、ゴロンと仰向けになる。

至高の御方である勝様の[アレ]が堂々と姿を現す。

3人の目線が1箇所に集まる。

 

【いいよ、洗って。】

 

「は、はい!では…あ、洗います…ね。」

 

ちなみに、勝はアンデッドのため、性欲が無くなっている。ブラック達に対して性的欲求はない。ただ純粋に、ブラック達に身体を洗ってもらえるのを喜んでいるだけである。

 

ブルーとレッドが勝の両脇に膝立ち状態でいて、勝の身体を洗っている。

ブラックは、勝の股の間の所に膝立ちしている。当然、ブラックの目の前には勝の[アレ]があるが、敢えて意識しないようにして、勝の身体を洗いはじめる。

 

 

フィースと五人のメイドが、勝の部屋のベッドの取り換えを終える。

やや、部屋の半分をベッドが占領する感じになったが、希望の大きさのベッドを設置できたので大丈夫だと判断する。

 

「みんな、協力ありがとう。」

「至高の御方の1人である勝様のためですもの。遠慮はいらないわ。」

「しかし、ブラックさんも大胆ねぇ。四人が寝れるサイズって、勝様と一緒に寝るつもりでいるって事よね?」

「勝様も喜んでたんでしょ?なら、最初からそのつもりだったかもよ?」

「問題は、いざ寝始めてからじゃない?フィース、大丈夫?もしかしたら、勝様とブラックさん達が…その、あれよ。あれを始めちゃうかもしれないわよ?」

「むしろ、貴方も交ざるか?とか誘われたりしてw」

「も、もう!流石にそれはないでしょう。…たぶん。」

「ブラックさん達がいるいじょう、玉の輿展開は無いかもだけど…ご寵愛ぐらいはあるかもよ?」

「ば!馬鹿な事、言わ、いわないでよ!?一般メイドである私が、至高の御方のご寵愛をいただくとか、畏れ多いわ!」

「それよりフィース、報告はどうするの?みんなで行く?勝様達はお風呂なんでしょ?」

「私1人で行くのが無難だけど、みんなに手伝ってもらったわけだし…みんなで行けば、みんなも褒めてもらえるかもよ?」

「…みんなで行かない?運が良ければ、勝様の裸体を見れるかも…」

「ちょっwそれは失礼じゃない?私も見たいけどぉ。」

「そっかー…勝様お風呂に入ってるのかー…なんか、1人で行くのが怖くなってきたわぁ。脱衣場で着替え中の勝様とバッタリ出会ったら、私、興奮して気絶しちゃうかも…」

「仕方ないわね。フィースのために、みんなで行きましょう。べっ、別に、私が勝様の裸体を見たい訳じゃないわよ?か、勘違いしないでね?」

「ハイハイ。わかりやすい反応ね。さあ、行きましょう。」

 

フィースと他五人のメイドがスパリゾートまで移動する。

 

「そう言えば、勝様達はどの種類のお風呂に入ってるのかしら。ブラックさん達は竜人だし、溶岩風呂かしら?」

「一緒に入ってる可能性を考えるなら、混浴が認められてる露天風呂じゃないかしら?」

「…有り得るわね。ベッドの件を考えると、一緒に入る可能性が高いわ。もしかしたら、もうお風呂でイチャイチャしてるかも。」

「まさかー。」

 

 

そのまさかが露天風呂で行われていた!

露天風呂の脱衣場にて、メイド達は耳をすましていた。

浴場から、ブラックさん達の声が聞こえてくるからだ。

メイド達は、ベッドの交換が終了した事を報告しようと、浴場の扉を少し開けていた。

しかし、その隙間から見えた光景に、硬直しながら覗く形になってしまったからだ。

 

「気持ちいいですか?ご主人様。」

 

【ああ。気持ちいいよ。みんな上手だね。】

 

「喜んで頂けてるようでなによりです。」

 

【3人に任せて良かったよ。】

 

「我ら三姉妹、ご主人様が喜んで頂けるなら、これくらいやりこなしてみせますよ。」

 

 

 

メイド達がヒソヒソ声で会話する。

「フィース、イチャイチャどころか、ソーププレイが行われているわ!」

「どうしよう!声をかけづらいわ!」

「ああ…あんな大胆に、勝様のアソコを!」

「ブラックさんで見えないけど、位置的に、ブラックさんは勝様の[アレ]を洗っているのかしら?」

「湯けむりで見にくいけど、ブルーさんやレッドさんもガッツリ触ってるような…」

「フィース、ほら。早く報告しなさいよ!これじゃぁ私達、ただの覗き魔よ!他の人に見られたら、怒られるわ!」

「無茶言わないでよ!むしろ、邪魔しちゃうわよ!勝様達がお風呂から上がるまで、待つという手段も…」

 

 

「誰!?覗いてるヤツ、出て来なさい!」

 

ブラックがようやく脱衣場の気配に気付く。

メイドが慌てて返事を返す。

 

「わ、私です!フィースです!ベッドの取り換えの終了報告に来ました!」

「あら?フィースさんでしたか。御報告どうも。後ろに居るのは、取り換えに協力してくれたメイド達ですか?」

「そ、そうです!」

「それはご苦労さま。勝様に代わり、お礼を言うわ。みんなありがとうね。」

「あ、ありがとうございます!」

「で、では、私達はこれで…」

 

【あ!ブラック。フィースに着替えを持ってくるよう頼んでくれない?なるべく寝やすい服装のやつ。】

 

「フィースさん、ご主人様が着替えを持って来て欲しいと、言っているわ。寝やすい服装をご希望よ。」

「は、はい!すぐに持ってきます!」

 

浴場の扉を閉める。

メイド達は安堵の息を吐く。

ブラックさんにバレた時は、怒られると思ったからだ。

 

「あー、びっくりした。ヒヤヒヤしたわ。」

「コッチに気付いた時のブラックさんの気迫が凄かったわね。」

「殺されるかと思った…」

「と、とにかく!みんなありがとね。私、着替え取りにいってくるわ!」

「フィース、頑張ってね。応援してるわ!」

「ええ、ありがとう。じゃあね。」

 

 

 

【ふー…すごく気持ち良かったよ。】

 

「お褒めに与り光栄です。それで…1番上手だったのは誰でしたか?」

 

【みんな上手だったよ。という事で、3人とも洗ってあげる。さあ、ブラック。まずはお前からだ。】

 

「そ、そんな!まだ心の準備が!」

 

【問答無用!頭から、足先、尻尾の先まで洗ってやる!鱗の隙間まで、丁寧にな!】

 

 

 

フィースは再び硬直していた。

着替えを持ってきた事を報告しようと、浴場の扉を開けると、異様な光景に言葉を失ったからだ。

 

手前にブルーさんとレッドさんがくっつくように座っている。

その向こうに、勝様の上半身が見える。

下半身は隠れているが、ブラックさんの姿が見当たらない。しかし、勝様の方からブラックさんの声がする。

きっと、ブルーさん達のせいで見えないだけで、勝様の側に居るのだろう。

しかし、この状況を見たフィースは興奮と高揚を隠せなかった。

 

 

「ご主人様…そこは…んっ…敏感なので…あっ…もっと優しく…」

 

【尻尾のつけ根部分の鱗の溝にも汚れがあるんだ。くすぐったいかもしれないけど我慢して。】

 

「あっ…くっ…そんなにしなくても大丈夫ですから…ひぅ…」

 

【大丈夫。すぐに取れるから。鱗の溝に詰まった汚れを取るために、歯ブラシ持って来てて良かった~。それ〜ジョリジョリジョリ~。】

 

「ひあっ!そんな(鱗の溝の)奥まで入れなくても…はうっ!気持ち良すぎて、力が抜けそうに…」

 

【おっと!ブラック頑張って!後少し!後少しで終わるから!ホラ、尻尾掴んで固定しといてあげるから。】

 

倒れそうになるブラックの尻尾を脇で挟んで、腕を回して固定する勝。

しかし、溝の汚れを取ろうと擦るたびに、ブラックが快感にビクビク震えるため、尻尾もビクビク動く。

 

【ちょっと!ブラック!尻尾動かすと洗いにくい。】

 

「だ…だめです、ご主人様。そんなに触られると…はんっ!敏感に感じて…」

 

 

 

 

「あばばばばっ!戻って来たら、攻守交代してる!というか、あれ、バックよね!?バックから攻めよね!?よく見えないけど、勝様がブラックさんを後ろから"ヤッチャッテル"のよね!?ああ!尻尾を掴んで逃げられないようにして強引に!すごい、すごすぎるわ!」

 

フィースの妄想が暴走する。ブツブツと独り言を呟く。

 

「きっと、ブルーさんもレッドさんも、『次は自分達が同じ目にあうのね』的な事を考えて、震えているんだわ!2人でくっつくように座ってるのは、そのせいなんだわ!でも、私も報告しないと…ああ〜!でも無理ー!この状況で報告なんて無理よ〜!」

 

「だ、誰か居るの!?もしかして、フィースかし…らっんっ!」

 

ブラックがフィースに気付く。

 

「ひゃあっ!は、ハイ!私です。着替えを持ってきました!」

 

「そ、そう!ありがとう…はんっ!フィース、下がっていいわよ…んあっ!」

 

「はい!失礼します。」

 

ブラックを洗うので夢中な勝は、メイドに見られても気にせず洗いつづける。

その様子を見たフィースは脱衣場を出てから思った。

 

「勝様、私に見られても気にしないなんて、流石至高の御方だわ!こうゆうことには、慣れてるって事なのね。やはり、上に立つ人は違うのね…」

 

と、勝手な勘違いで納得していた。

 

 

 

 

30分後、勝様とブラックさん達が脱衣場から出てくる。

みんな、スッキリとした顔立ちをしている。

やや、ブラックさん達の顔が赤い。

脱衣場の出口の横で待機していたフィースは、お風呂で起こっていた出来事を思い出しながら思う。

 

「(無理もないわ!あんな激しいプレイをされて、感じないわけない!ブラックさん達は、何事も無かったかのようにしたいでしょうけど…バレバレだわ!)」

 

「…フィース。」

 

「ひゃい!?」

 

いきなり声をかけられたのでビックリしながら返事を返すフィース。

 

「すまないけど、勝様の汚れた服の洗濯をお願いしてもいいかしら?」

 

「は、はい!かしこまりました!」

 

何も注意されなかった事に安堵するフィース。

 

「私達は勝様と一緒に、勝様の私室に先に行ってるわね。じゃ、また後で。」

 

 

勝がブラック達を連れて私室に向かう。

すると、異様な光景が見える。

ギルドメンバーの私室の扉がいくつも並ぶ長い廊下に、護衛であるプレアデス達と付き添いの一般メイド達が立っていたからだ。

理由を聞くと、

 

たっち、ペロロンチーノ、ヘロヘロからは、

1人で集中して寝たいから部屋の外に待機して、

と、強引にお願いされたらしい。

 

モモンガとウルベルトからは、

種族特性ゆえ寝れないので、ふたりでアイテムのチェックをするので、外に待機していて、

と言われたらしい。

 

メイドの1人がブラックに話し掛ける。

 

「ブラックさん、フィースはどうしましたか?」

「フィースは、ご主人様の汚れた服を洗濯場に持っていってる最中よ。すぐに戻ってくるわ。」

「そうですか。ありがとうございます。」

 

フィースが居ない事を気にかけたのだろう。

理由を知って納得している。

 

勝がブラック達にベッドの話題をふる

 

【そう言えば、フィースに取り換えてもらったベッド、どれくらい大きくなったかな?】

 

「ベッドは、四人が余裕で寝れるサイズにと、フィースに注文しましたからね。」

 

【楽しみだなー。まさか、ブラック達と一緒に寝れる日が来るなんて。夢のようだ…】

 

「ご主人様と我ら三姉妹が一緒に寝れる日が、ついに来たんですよ!」

「ガウー!」

「ガウー!」

 

嬉しそうにする三姉妹。

通り過ぎる三姉妹を、廊下で待機しているプレアデスやメイド達が羨ましそうに見る。

 

勝が自分の部屋の前までくると、ブラックが扉をササッと開ける。

 

 

開いた扉から、大きなベッドが見える。部屋の半分ぐらいを占領するほどの大きさだ。ベッドの四隅には細い柱が立っており、天蓋とピンクの薄いカーテンが付いている。豪邸や宮殿などにあるような見事なベッドである。

そのベッドを見た勝は…

 

【うぉぉぉでけぇー!これはダイブしたくなっちまうぜー。ヒャッハーー!】

 

廊下からダッシュしてベッドに飛び込む。

バフっと大きな音がするが、ベッドはビクともしない。

大の字に寝ながら、勝はブラック達に言う。

 

【お前達も入っていいよ!遠慮はするな。さあ、飛び込んでこい!】

 

「ガウー♪」

「ガウー♪」

 

ブルーとレッドが廊下からダッシュして、ベッドの空いているスペースに飛び込む。

 

【ハハッ!良い飛び込みっぷりだ!】

 

「あー!ブルー、レッド!ずるいわよ!も〜!」

 

バタン。

勝の部屋の扉が閉まる。

 

さっきまで騒がしかった廊下が静かになる。

 

 

プレアデスとメイド達が静かに語る。

 

「ブラック達、とても嬉しそうだったわねぇ。」

「そのようですね。勝様も楽しそうでしたし。」

 

「至高の御方とぉ〜一緒に寝れるとかぁ〜羨ましいわぁ〜」

「部屋に居ていい、という状況だけでも羨ましいです。」

 

「エッチとかやっちゃうんすかねぇ?というか、ヤル気マンマンだったりするんすかねぇ?フヒヒ。」

「勝様はアンデッドですし、性的欲求は無い、と思いますが…」

 

「私なら、ヘロヘロ様を眺めてるだけでも充分満足なのだけれど。」

「わ、私も、至高の御方の姿を見るだけでご飯が何回もいけちゃいます!」

 

「部屋の、外で待機も、立派な仕事。」

「いつ呼ばれてもいいように、気をつけて起きましょう!」

 

「ペロロンチーノ様やヘロヘロ様、たっち・みー様はご就寝中ですが、モモンガ様とウルベルト様はまだ起きていますからね。いつ呼ばれるか、わからな…おや?」

 

「誰か来ましたね?あ、あれはフィースですね。」

 

フィースが小走りでやって来る。

 

「ハッハッハッハッ…フゥ…洗濯物は終わったから、早く勝様のお部屋に向かわないと。」

 

「フィース、お疲れ様。勝様達はもう部屋の中よ。」

 

メイド達がフィースに声をかける。

フィースも笑顔で答える。

 

「みんなもお疲れ様。プレアデスの皆様もお勤めご苦労さまです!」

 

「フィース、頑張ってるわね。」

 

「はい。勝様が仕事を適度に下さいますので、とてもやり甲斐があります。」

 

「でも気をつけなさい。勝様はもうご就寝されてるかもしれないわよ。勝様はアンデッドなので寝る必要はないかもしれませんが、静かにお過ごしになりたい、という事も有り得ますからね?」

 

「はい!」

 

フィースが勝の部屋の扉の前に行き、小さく2回ノックする。

 

………返事がない。もうご就寝なさったのだろうか…。

少し扉を開けて、中を確認する。

 

 

 

 

「ご主人様、キツくありませんか?」

 

【大丈夫だよ。ブラックが上に乗っかるくらい、全然平気さ。】

 

ブラック達は勝と一緒にねていた。

ブルーとレッドが勝の両脇に添い寝し、手足にガッチリ抱きついている。尻尾を勝の足に絡め、固定するかのように。

 

そして、1番小柄なブラックが、勝の身体の上に乗っかり、抱きついている。

ブラックは特にリラックスしているのか、尻尾がダランと降りている。

 

 

「ご主人様は優しいのですね。私達への気遣いとご寵愛、感謝致します。」

 

【え?そ、そうか?お風呂も添い寝も、私が半ば無理矢理誘ったようなもんだし…。正直に言うとな…ただ私がお前達と、一緒に『やってみたかった』、というのが本音なんだ。】

 

 

いつまでもこの世界に居られるとは限らない。そう考えると、今のうちにできる事をしておきたい。だから、ブラック達に不快な思いをさせてでも、強引にいろいろしたかったし、させたかった。

 

そう言う自分勝手な願望を、ブラック達に無理強いさせた…だから、自分を『優しい』とは、思う事はできなかった。

 

しかし…

 

 

「私達三姉妹も、ご主人様と『やってみたかった』と、思っておりましたよ。」

 

 

意外な事を言う。ブラック達も独自の意思を、願望を持っていってる?

 

【本当に?一緒に風呂に入るのも、一緒に寝るのも、全部私がお前達とやりたいと思った自分勝手な願望なんだぞ?】

 

「それが、私達の望みだったんです。ログハウスに居た頃から、ご主人様にいろいろしてもらいたいと。それと同時に、いろいろして差し上げたいとも。」

 

【それは…私の自分勝手な要望に対して不快感や不満は無い…自分達もいろいろしたいと思っていた。だから気にしないで下さい。と、言うことか?】

 

「はい。ご主人様が望まれるなら、私達は喜んでします。何でもします。ご主人様のためなら、私達は全てを捧げます。」

 

 

ナザリックのNPC達の忠誠心の高さを思い出す。

きっと、ブラック達も同じ忠誠心をもってるのだろう。

至高の御方達が『喜んでくれるなら、望むなら、それに応えよう』と。『死ね』と命じたら、彼らNPCは喜んでそれを『実行』する程に。

だから、どんな命令でも受け付ける。不快感も不満も全て、至高の御方の不敬にあたる。

だから、口が裂けても言えない。不快感も不満も…そのような感情を。

 

 

【そ、そんなに重く受け止めなくても…】

 

「ただ…1つだけ、嫌だと思う事はあります。」

 

【!?…そ、それは?】

 

 

心がドキッとする。やはり、NPCにも嫌がる心はあるんだなと。いくら至高の御方達の命令でも、嫌だと思う事があるなら知りたかった。

 

 

「ご主人様が居なくなる事です。」

 

【……………】

 

長い沈黙だった。ブラックの目に涙が垂れる。必死に泣くのを堪えようと、歯を食いしばっている。

今まで言いたくて仕方なかったのだろう。

 

 

「ご主人様が居る事が…ご主人様と『一緒に』居られる事が私達の喜びなんです。」

 

 

その一言が、ブラック達の1番の『望みであり願い』だとわかった。

自分が居なくなる事が、ブラック達にとって最も嫌な事であり、

自分が居る事が、ブラック達にとって最も嬉しい事なのだと。

 

 

『いつまでも一緒に居たい。』

 

 

なんだ…私だけじゃなかったのか。

ブラック達も同じだったのか。

なら、言ってしまおう。

ブラック達には言うべきだと、確信する。

 

 

【私と一緒に居たいか?3人とも。】

 

「居たいです。」

「ガウ。」

「ガウ。」

 

【私も一緒に居たい。世界が私を奪う日がいつかくるとしても、時間が許す限り、私はお前達と一緒に居たい。】

 

 

いつまで居られるかはわからない。

そんな不安を打ち消すために言う。

 

 

【だから、私が世界に奪われないように、護ってくれ。手を離さないでくれ。】

 

「絶対に離しません。奪わせません。ご主人様は私達のものです。誰にも渡しません。」

 

【私自身が知らずにどこか行かないように見張ってくれ。0時の意識不明のように、気絶して私の魂がフラフラ行かないように。】

 

「行かせません。ご主人様が勝手に行こうとしても、私達がいかせません。意識がなくなっても、私達が起こして差し上げます。」

 

【そうか。なら安心だ。私もお前達を離さない。誰にも奪わせない。お前達は私のものだ。勝手に離れるのも許さんからな。私が納得できる理由がない限り、問答無用で連れ戻す。首輪を着けてでもな!】

 

「初めから私達はご主人様のものです。ご主人様のためならば、私達は一緒に行きます。付いて行きます。」

 

【本当か~?私はかなり我儘だぞ?次からお前達にいろいろさせて、あちこち連れ回すぞ?それこそ犬のように。】

 

「行きますよ!犬のように首輪を着けても構いません。ご主人様に付いて行きます。」

 

【そうか。なら、改めてよろしくな。ブラック、ブルー、レッド。】

 

「はい!」

「ガウ!」

「ガウ!」

 

ブラック達との絆を改めて認識し、安心する。

これからの人生がどんな道行になるかはわからない。

それでも、ブラック達と一緒に居られるなら、どんな困難にも立ち向かうと、決意をいだく。

 

【では、寝るか。私は本来寝る必要はないが、お前達の寝顔が見たい。だから、お前達も安心して寝るといい。】

 

「はい。では、休ませていただきますね。」

 

ブラック達は勝に抱きついたまま、初めての添い寝を堪能し始めた…

 

 

 

 

「どうしよう……勝様とブラックさん達がお風呂場の続きやってる…。入っても大丈夫かな?せっかくのお楽しみを邪魔しちゃうかな?あわわ…どうしようぉ…。」

 

フィースが勝の部屋の扉を少し開け、覗き込みながら苦悶している。

 

「あれは、ヤバいッすよ!ヤッチャッテルッすよ!イチャイチャムード全開ッすよ!」

「まさかぁ〜ブラックちゃん達があんなにぃ〜積極的だったなんてねぇ〜。」

「あらあら、うふふ。大胆ね、あの子達も。羨ましいわ〜。」

「ブラック…勝様に初めてを捧げたのね。尻尾で隠れて見えないけど、『痛いです。』と言いながら涙を堪えてあんな必死に…。」

「ブラックは攻め。勝様相手に、イカせない、離さない、意識を失っても起こす、ここまで言ってのけるブラックは、確実に『ドS』と、私は判断する。」

 

プレアデス達もフィースと同じように覗き込み、ヒソヒソ話ている。

 

「フィース、何してるッす!早く中に入るッす。フヒヒ。」

「そ、そんな!無理ですよー!あの状況で部屋に入るなんて、勝様を不快にさせるかもしれません。」

「あらあら、うふふ。私達は部屋の外で待機するよう言われたから仕方ないけど、あなたは言われた訳ではないのでしょう、フィース?」

「うっ……わ、わかりました…」

「静かに入れば問題ない。頑張れ、フィース。」

 

 

フィースが意を決して部屋に入る。

邪魔しないように、静かに入ろうとした瞬間、ブラックが反応した。

 

 

「あら?フィースさん、戻ったのね。」

「ひゃっ!?は、はい!」

 

気付かれた事に驚くフィース。

 

「勝様はもうおやすみになるそうよ。」

「か、かしこまりました。では、私はそこの椅子に座って待機しておりますね。」

 

フィースがメイド用の椅子に座ろうと、入り口から移動しようとする。

 

【ブラック、フィースも一緒に寝させようか。朝まで椅子に座って待ってるのは可哀想だと思うんだ。ベッドも無駄にスペース余ってるしさ。】

 

「そうですね。フィース、勝様が、貴方もベッドで寝るようにおっしゃってるわ。」

 

「ふえぇぇっ!?よ、よろしいのですか?しかし、私のようなメイドが、至高の御方の寝具で寝るなど…」

 

【ブラック、めんどくさいから、無理矢理引っ張りこんでいいよ。早く寝よ。】

 

「フィースさん、勝様が早くしろ、とのご命令よ。ほら、寝る寝る。」

 

「はわわっ!?」

 

フィースを後ろから押しながら、ブラックが部屋の扉を閉めた。

 

 

廊下で、盗み聞きしていたプレアデス達がヒソヒソと話す。

 

「コレって、フィースもご寵愛をもらっちゃう流れッスかね?」

「羨ましい…勝様は、護衛もメイドも受け入れて下さるのね。ああ!羨ましいわ!」

「後で、フィースに聞きましょう。楽しい夜を過ごせたかしら?と。ふふふ。」

 

 

後日、勝とブラック達のイチャイチャ話が、ナザリック全体に広まる事となった。

無論、勝とブラック達は、まったく自覚がないのだが(笑)。

 

 




というわけで、少しエッチなストーリーでした。
後、更新遅れてすみませんね。

いろいろ仕事が忙しくて、続きが書けない日が続きまして…

いやー、社会人はツラいよ。なんてね。


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第4話 最強の召喚士爆誕!?

朝九時・第六階層闘技場にて。

「どうです?たっちさん、ウルベルトさん、ペロロンチーノさん、いつもの装備に戻った感じは?」

「ギルド長のモモンガさんに感謝ですね。私達の装備を保管して置いてくれてたとは。」

「オレのゲイ・ボウ、売却されてなくて良かったぁ!てっきり全装備処分されてるかと。」

「またこの鎧を着る日が来るとは、思わなかったですよ。ありがとうございます、モモンガさん。」

「いえいえ!お気になさらずに。皆さんがいつ戻って来てもいいように、保管して置いて正解でした。」


引退前に身につけていた装備を3人が着ていた。
モモンガさんが嬉しそうにしている。
勝もパチパチと手を叩いて拍手している。
昔のナザリックの雰囲気に戻った気がしたからだ。


「はぁん…ペロロンチーノ様のゲイ・ボウを身に付けた姿が素晴らし過ぎて、とろけてしまいそうでありんす。」

「ウルベルト様のそのお姿!このデミウルゴスも、歓喜極まりそうです!」

「やはり、たっち・みー様はワールドチャンピオンのお姿が1番素晴らしく思います。」


シャルティア、デミウルゴス、セバスが自分の創造主達をべた褒めする。


「やっぱ、この姿の俺が1番かっこいいかな?なんちゃってw」

「やはり、私はこの姿でないと。魔術師や悪魔は見た目も重要ですからねぇ。」

「やはり、いつもの装備が1番しっくりきますね。」


ウルベルトさんが何やらフフフ…と不敵な笑いをしながら『かっこいい?』決めポーズをキメる。
ペロロンチーノさんは調子に乗って弓を構えている。
たっちさんは武器を軽くブンブンと振って試し振りしている。


「そう言えば、ヘロヘロさんは?」

「ヘロヘロさんは、同じスライム種のソリュシャンと秘密の特訓をしているそうですよ。」

「え?何ソノ気になる特訓。まさかいやらしい事でも!?」

「違いますよw『弱体化』の影響でスライム種としての『戦い方を忘れてしまった』から、ソリュシャンから学んでいるんですよ。ただ、上手く出来ずに失敗するのを他の人やNPC達に見られるのが恥ずかしいから、他の場所でやるそうです。」

「なんだ。そう言う事か。」

「特訓次第ではヘロヘロさんも、ソリュシャンみたいな人型になれるかもしれませんよ?」

「ほう…それは気になりますねぇ。ところでモモンガさん。我々を闘技場に呼んだのは何故ですか?何人かの守護者達やNPCまで呼んでるみたいですが?」


現在、闘技場には、
モモンガ、ペロロンチーノ、ウルベルト、たっち、勝の5人のプレイヤーと、
シャルティア、コキュートス、アウラ、マーレ、デミウルゴスの5人の階層守護者と、
セバス、ユリ、ナーベラル、シズ、エントマ、ブラック、ブルー、レッドの8人のNPCが集まっている。


「何故って…私達も『戦い方を忘れてしまった』から、特訓して、『思い出す』んですよ。」

「「「【え?】」」」




ユグドラシルの世界では、コンソールに表示されるスキルや魔法をタッチする事で、ゲーム内の自分のアバターがその技のモーションを自動で行ってくれていた。

 

しかし、転移後の世界ではコンソールは出ない。

魔法職であるモモンガとウルベルトは、魔法さえ唱えれば『勝手に魔法が発動』してくれる。

それは既に実証済みなので問題ない。

が、戦士職はどうだろうか?

 

「例えば、ペロロンチーノさんの弓で説明しましょう。ペロロンチーノさん、手始めにあそこの的を弓で撃ってもらってもいいですか?」

 

「あの藁人形を撃てばいいんですね。ホイッ!」

 

的替わりの藁人形の頭にペロロンチーノが放った矢がアッサリ当たる。

バキョッ!と、矢が当たった瞬間、藁人形の頭が弾け飛んだ。

 

「うおっ!?威力高過ぎでしょ!?まさか弾け飛ぶなんて…」

 

「お見事です、ペロロンチーノ様!流石、ペロロンチーノ様のゲイ・ボウ!あれなら人間の頭も木っ端微塵でありんすねぇ。」

 

NPC達が拍手する。

ただ的を撃っただけで、このべた褒めである。

 

「あー…えーと、ゴホン!見事な狙撃だ、ペロロンチーノさん。それでペロロンチーノさんに質問したいんだが…」

 

「何でしょうか、モモンガさん? 」

 

「ペロロンチーノさんは弓道とか習っていましたか?『リアルの世界』の方で。」

 

「弓道?いや、弓を持った事すら無いけど?」

 

「それにしては、『完璧なフォーム』と『見事な狙撃』でしたが?」

 

「え?……あれ?なんでオレ、弓の射法を自然にできたんだ?」

 

ペロロンチーノが不思議に思う。

 

「おそらくですが…『弱体化』の影響で、私達は『今までの戦い方』を忘れてしまった。だが、『身体は覚えてる』という状態なのでしょう。」

 

モモンガの仮説にプレイヤー達が納得する。

藁人形に剣で試し斬りをしていた、たっちが振り向く。

 

「身体が覚えている…か。確かに、剣を振る際の動きが、ユグドラシルのときのアバターがやっていた基本モーションと同じ動きに近いですね。慣れれば、多少のアレンジも可能みたいです。」

 

「勝さんはどうですか?銃の扱い方や狙撃のフォームなどに問題はありますか?」

 

モモンガが勝に問いかける。

勝は軽機関銃とライフルを取り出すと、ライフルをブラックに預け、軽機関銃を藁人形に向けた。

 

ダララララララララララッ!!

 

10発程乱射する。片手撃ちで狙いも雑だったにも関わらず、全弾が藁人形に命中する。

藁人形がぐちゃぐちゃになって崩れる。

 

【うわぁ…全弾当たっちゃったよ。手ブレで数発はハズレると思ったのに。手ぶれ補正や自動照準機能でも付いてるのか、と疑いたくなるよ。リアルの世界じゃ、銃を持った事すらないのに。】

 

「…と、ご主人様はおっしゃってます。」

 

「やはりですか…。ちなみにブラック、君は銃を扱えるかね?」

 

「弓なら扱えますが、銃は自信がありません…」

 

「試しに撃ってもらってもいいかな?」

 

「かしこまりました。では、スコープで藁人形の頭に狙いをつけて…エイッ!」

 

ダァンッ!

 

藁人形の右肩に命中。

もう一度言う。右肩に命中。

 

【……ブラック?頭を狙ったんだよね?】

 

「右肩に命中したな。」

 

「……銃は初心者ですので…」

 

【スコープで狙いまでつけたのに?】

 

「弓なら的確に狙撃できるんですぅ!本当ですぅ!」

 

「慣れない武器での狙撃だったんだ。上手くいかない事もあるさ。気にするな、ブラック。」

 

【試しに弓で撃ってみて、ブラック。】

 

「では、弓で狙撃してみます。…エイッ!」

 

放った矢が藁人形の頭に当たり、藁人形の頭が吹っ飛ぶ。

 

「どうですか!言った通り、当たりましたよ!」

 

【銃より威力が上がってるってスゲーなw】

 

「勝さんが弓を使ったらどうなりますかね?」

 

【む…私が弓でか…自信ないなー。】

 

「ご主人様の弓さばき、気になります。」

 

 

勝がブラックの弓を借りて構える。

 

【こんな感じで…あ。】

 

バインッ!と、情けない音を出して、矢が目の前で落ちる。

 

「ブフッw勝さんw下手くそ過ぎるでしょw」

「ご主人様…ドンマイです。」

 

ギルドメンバーにクスクス笑われる。

NPC達からの視線がツラい…。

 

【…弓は初心者だから…銃なら当たるんだよ。銃なら…】

 

「ご主人様が私と同じ言い訳してます。」

「慣れない武器での狙撃ですからw仕方ないwですよwぷっくくくw」

 

【モモンガさん、笑いすぎですよー!もー!くそぅ。見てろよー…】

 

「ご主人様?何をなさるつもりで?」

 

勝が再び弓を構える。

 

【スキル発動!『必中』&『ピンポイント』!】

 

バシュッ!

今度は見事に藁人形の頭に当たる。

藁人形の頭にプスッと矢が刺さる。

 

【どうだァァ!当てたぞぉぉ!】

 

勝がガッツポーズをキメる。

 

「お!流石勝さん。2回目で当て…」

 

「流石です!ご主人様!スキルで上手く当てましたね。」

 

「え?スキル使ってたんですか?」

 

【ちょっwなんでバラしたしw】

 

「勝さーん!ズルはダメですよー!」

 

 

なんだかんだで楽しく会話しながら、モモンガが他のギルドメンバー達にも、いろいろな事をさせる。

そして、得た結果や情報から、ある推察を話す。

 

 

「えー…まず、みんなにいろいろ実験のような事をさせて、すまなかったと謝ろう。それで、私なりの仮説を発表してもいいかな?」

 

「どうぞ、モモンガさん。話して下さい。」

 

モモンガの仮説はこうだ。

 

①『リアルの世界』で経験した事がない事でも、『ゲームの世界』で経験していれば、転移後の世界でもできる。

 

例→ペロロンチーノが『リアルの世界』では弓を持った事すらないのに、『ゲーム世界では名手』

 

②熟練度のようなシステムが存在し、全ての武器を最初から上手に扱える訳では無い。

 

例→銃の扱いが上手い勝でも、弓の扱いは下手。

 

③ユグドラシルでは役職や職業によって装備できなかった装備が転移後の世界では装備できる。

 

例→魔法職のモモンガでも、戦士用の鎧や武器が装備できる。

 

④弓矢や銃弾が撃ち放題なのはユグドラシルの時と同じだが、撃った弓矢や銃弾はそのまま残る。

 

例→空薬莢が消えない。当たった相手に弓矢や弾丸が残ったままなど。

 

 

「こんなところですかね。まだいろいろ不明な部分も多い状態なのは変わりませんが。」

 

モモンガがざっくりとした意見をまとめる。

 

『リアル』と『転移後の世界』、

『ユグドラシル』と『転移後の世界』、

 

この2つの違いの差を見つけるのも、今の我々の今後課題となった事は間違いない。

 

 

「ひとまず各人グループ毎に自由に特訓を続けましょう。」

 

 

という事で、各グループ毎にわかれて相談したり、技をぶつけあったりする作業が始まった。

グループは3つ、

 

モモンガ、ウルベルト、マーレ、デミウルゴス、ナーベラル、レッドの魔法職系グループ。

 

たっち、シャルティア、コキュートス、セバス、ユリ、ブルーの近距離&戦士職系グループ。

 

ペロロンチーノ、勝、アウラ、シズ、エントマ、ブラックの遠距離&支援系グループ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ここで、プレイヤー『勝』のレベルとステータスの設定を紹介しよう。

 

 

[レベル]

種族レベル

 

デュラハン 15Lv

 

職業レベル

 

闇騎士《ダークナイト》 15Lv

竜騎兵《ドラグナー》 15Lv

将軍《ジェネラル》 5Lv

 

銃士《ガンナー》 10Lv

狙撃手《スナイパー》 5Lv

 

竜使い《ドラゴンテイマー》 15Lv

魔獣使い《ビーストテイマー》 5Lv

 

召喚士《サモナー》 15Lv

 

 

種族Lv15

職業Lv85

合計Lv100

 

属性 中立 カルマ値 0

 

[ステータス]

 

HP 90

MP 50

物理攻撃 80

物理防御 80

素早さ 60

魔法攻撃 30

魔法防御 80

総合耐性 75

特殊耐性 85

 

※ステータスは最大値を100とした場合の数値です。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

こんな感じになっている。

補足として、

 

竜騎兵《ドラグナー》

 

竜騎士《ドラグーン》

竜騎士《ドラゴンライダー》

 

との違いを説明しよう。

 

竜騎士は、ドラゴンに乗って戦う『騎士』の事。

竜騎兵は、ドラゴンに乗って戦う『兵士』の事。

 

竜騎士は近距離重視の近接戦闘向け、

竜騎兵は遠距離重視の射撃戦闘向け、

 

の職業となっている。覚えられるスキルにも違いがあったりする。

 

 

まとめると、勝は意外と前衛も後衛もやれるプレイヤーではあるが、本人のプレイスタイルは遠距離重視である。

わかりやすく例えるなら、

シャルティアとアウラを混ぜ合わせたステータスで射撃メインといった感じ。

 

それに加え、

 

竜使い《ドラゴンテイマー》

魔獣使い《ビーストテイマー》

召喚士《サモナー》

 

の職業により、様々なモンスターを召喚&使役できる。

 

まず、召喚士《サモナー》の召喚魔法に関してだが、

勝は、第1位階~第10位階までの内、

 

ドラゴン系全階位

アンデッド系全階位

ビースト系第1位階~第7位階

 

まで習得している。

ビースト系が第7位階で止まっているのは、

魔獣使い《ビーストテイマー》がLv5というのが原因だ。

 

まず、勝の種族がアンデッドなので、

召喚魔法(スキルも含む)で召喚したアンデッドは全て使役可能である。

 

次に、

竜騎兵《ドラグナー》Lv15と、

竜使い《ドラゴンテイマー》Lv15

の職業を修めているので、ドラゴン系も全て使役可能。

 

しかし、ビースト系に関しては

魔獣使い《ビーストテイマー》がLv5なので、

第7位階までの召喚モンスターは使役できても、それ以上の階位のモンスターは使役できない。

 

(※ただし、召喚するだけなら第10位階までのビースト系の召喚魔法を習得することはできた。が、ユグドラシルでは、使役できないモンスターは、ただ敵に突っ込むだけの経験値になるだけだったので、勝は習得しなかった。代わりに、使役するモンスターを強化させたりするスキルや魔法を習得している。)

 

そして、勝の切り札ともいえる召喚魔法が、

 

超位魔法の1つ、

 

竜王召喚(サモン・ドラゴンロード)

 

である。

 

この召喚魔法は、ユグドラシルに存在したワールドエネミーの『八竜』と呼ばれる8種類のドラゴンと、定期的に行われていた、数あるイベントのレイドボスで出現するドラゴンを召喚できる魔法である。

 

むろん、召喚できるようにするための条件がいくつかあり、それを達成しないと召喚はできない。

勝は、ドラゴンを召喚できるようにするために、ドラゴン系のイベントには全力を注いだ。

現状、勝が召喚できるのは、

 

①イベントのレイドボスドラゴンは全て召喚可能。

 

②『八竜』は、8種類の内5種類が召喚できる。

 

ただし、超位魔法は魔力を必要としないかわりに、1日4回までしか発動できないため、勝が1日に召喚できるのは4匹までである。

しかも、召喚した竜王は、バトルが終了すると消滅する仕様だった。

超位魔法は、詠唱中はその場から移動できず、防御力まで低下するので、かなり隙が大きい。おまけに詠唱も長い。詠唱後のクールタイムも長いので、超位魔法を連発することもできない。

 

ただし、発動できれば戦況をひっくり返せるほど、勝にとって有利になる事ができる。

(※全ての超位魔法が有利になるとは限らない。)

 

召喚された竜王はかなり強く、カンストレベルのプレイヤー6人のパーティーですら、竜王を倒すのに時間がかかるほど。

しかし、勝1人では竜王を足しても、カンストレベルのプレイヤー6人パーティーには負ける。

 

だか、勝側もパーティーを組んでいたら?

それがアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーだったら?

言わなくてもわかる。敵の絶望する顔が予想できる。

竜王を相手にしながら、アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーと戦うなど自殺行為にも等しいのだ。

 

今、勝達がいる転移後の世界に何人のプレイヤーが転移して来ているかは不明だが、

少なくとも、一体一の戦いならまず勝は負けない。

敵側がワールドアイテムを所持していない限りはだが。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

みんなと射撃の特訓を行った後、

勝は、アウラとエントマと一緒にテイマー系職業と召喚魔法についての特訓を始める。

 

アウラは魔獣使いの職業を持ち、エントマは蟲使いの職業を持つ。

 

アウラは既にナザリック内で魔獣を飼い慣らしているため、問題はない。

 

エントマは符術師の職業を使って、符の中に蟲達を入れて持ち運んでいるらしい。

試しに1符使い、蟲を召喚させてみたが、問題無く使役できた。しかも、再び符に収納できるという。

 

勝の番が来る。

召喚魔法は魔力を消費するわけだが、勝の魔力はそこまで高くない。

全ての階位魔法を試す余裕はない。

ひとまず、ビースト召喚魔法の第7位階を召喚してみる。

 

魔獣召喚(サモン・ビースト)!いでよ、スピアニードル!】

 

勝の目の前の地面に召喚の魔法陣が現れる。

その魔法陣から魔獣スピアニードルが出現する。

高さ2mの白いアンゴラウサギに似た魔獣。Lv.67で戦闘態勢に入ると毛が鋭く尖る。普段はモフモフしている。

 

勝が手を伸ばす。スピアニードルの頭を撫でる。

スピアニードルが嬉しそうに甘えてくる。そのまま体の方も撫でてみる。

 

【うぉぉぉぉぉ〜!なんてモフモフの毛だ!すげー癒される!】

 

感動のあまり、体ごと抱きつき、身体全体でモフモフを味わう。

 

「ご主人様がスピアニードルのモフモフ具合に感動してますね。」

 

「勝様!私にも触らせて下さい!」

 

アウラが触りたそうにお願いしてくる。

 

【良いよ。】

「ご主人様が触って良い。と、おっしゃってます。」

 

「本当ですか!ありがとうございます!…うわぁ〜…このモフモフ具合、たまりませんねぇ〜。」

 

勝とアウラがモフモフしているのを見て、ペロロンチーノとブラックがやってくる。

 

「勝さん、オレも触りたいです!」

「ご主人様、私も触りたいです。」

 

【テイマー職持ってない人でも触れるのかな?】

 

「アウラ様、テイマー職を持ってない私達でも触れるでしょうか?」

「どうなの?アウラちゃん?」

 

「んー…どうでしょうか?私の魔獣ならしっかり躾てるので大丈夫だと思いますが…召喚した魔獣までは…」

 

【…良し!ブラック、まずお前から触って見よう。ブラックなら、スピアニードルが凶暴化しても、鱗で耐えれるだろ?】

 

「私から触って試して見よう。と、ご主人様がおっしゃってます。安全性を考慮して、だそうです。」

 

「なるほど。ブラックちゃんが大丈夫なら、オレでも触れると。」

 

【よーし…スピアニードル、暴れたらダメだからなー。】

 

勝がスピアニードルの頭を撫でながら、スピアニードルに言い聞かせる。

 

思いが届けばいいが……

 

ブラックがスピアニードルにゆっくり手を伸ばす。

 

今!

 

ブラックの!

 

手が!

 

スピアニードルの!

 

頭に!

 

頭にぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!

 

 

 

 

 

乗ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 

撫でているぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!

 

ブラックの手が、スピアニードルの頭を撫でている!

 

勝が喜びのままにガッツポーズしている。

 

ブラックの手が、スピアニードルの身体を触る。

 

「すごい…これがモフモフの感触ですか!とても気持ちいいで……」

 

ブラックの手がスピアニードルの身体を撫でているぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!

 

 

「ご主人様、感動の声がうるさいです。撫で撫でに集中できません。」

 

【あ、聞こえてた?ごめんね。】

 

「勝さん、ずっと叫んでたんですかwww」

 

ペロロンチーノが笑いながらスピアニードルの身体を撫でる。

 

「オレも大丈夫みたいスっね。てか、超気持ちいい!」

 

ペロロンチーノが撫で始めると、他のギルドメンバーやNPC達も休憩がてら、触りにくる。

しばらく、スピアニードルがみんなにモフモフされまくった。(笑)

 

 

 

【よーし。次はアンデッド召喚するぞー!】

 

「ご主人様が、次はアンデッドを召喚するそうです。」

「私もスキルでアンデッドを召喚できますが、召喚魔法だとどうなるかは気になってるところです。」

 

召喚準備に入る勝を見ながら、モモンガは考える。

 

先程のスピアニードルは、勝さんが『消えろ』と命じると、幽霊のように消滅した。

召喚したモンスターは勝さんの意思で自由なタイミング で消せるようだ。

しかし、逆に考えると、消さない限り居続けるという事になるのだろうか?

スキルで召喚できるアンデッドの数には制限があった。1日に召喚できる個数は召喚するアンデッドの種類で違う。

 

モモンガがスキルで召喚できる1日のアンデッドの数は、

 

上位が4体、中位が12体、下位が20体である。

しかも、一定時間経つと勝手に消滅する。

 

しかし、勝さんの召喚は、スキルではなく魔法である。魔力がある限り、召喚し放題ということになるが…

魔獣の召喚は1体だけだった、

もしかして、召喚できるモンスターは1回の召喚で1体だけが基本なのか?

消費する魔力量を増やせば、1回の召喚で複数体の召喚が可能なのか?

 

そんな事を考えていると、勝がアンデッドを召喚する。

 

 

アンデッド召喚(サモン・アンデッド)いでよ!死の騎兵(デス・キャバリエ)!】

 

魔法陣から現れたのは、Lv30前後の中位アンデッドの1種。

赤い目が煌煌と輝く漆黒の一角獣に跨った黒い鎧の騎士達だった。

着用している全身鎧は生きているかのように脈打っており、かぎ爪のようなガントレットを着用している。

 

それが20体も召喚されている。

 

「(うそぉ!?私のスキルより多いじゃん!?)か、勝さん。この騎兵達は、召喚魔法1回分の魔力で召喚したんですか?」

 

尋ねると、勝がGoodポーズで返す。

ちょっと負けた気がしたモモンガである。

 

が、勝が何やらブラックに語りかけている。

ブラックがコクコクと相槌をうつ。すると、

 

「レッドー!ちょっとこっち来てー。」

 

と、呼ばれたレッドが勝達の方へ走って行く。

 

勝とレッドが何やら話している。

勝は無言、レッドはガウガウと竜人語?を話していてわからない。

唯一わかるのは、2人の会話を聞いているブラックの言葉だけだが、

 

「なるほどー。」「そうだったんですねー。」

 

と、いってるだけである。

しばらくして2人の話が終わる。

 

すると、ブラックがモモンガとウルベルトに話しかけ始めた。

 

「モモンガ様、ウルベルト様、闇球(ダークボール)の魔法を唱えたとき、1回でどれだけの数をだせますか?」

 

闇球(ダークボール)なら、1回で8個くらい出せるぞ。」

 

「私も同じくらい出せますが…それがどうかしましたか?」

 

「私は魔法についてはあまり理解力がないのでわからないのですが、レッドの説明によれば、魔術師の力量の高さで魔法の質も上がるそうですね。同じ闇球(ダークボール)でも、魔術師の力量が低いと、1回の魔法で出せる数も変化するとか。」

 

「そうですよ。魔術師の力量が高ければ高いほど、よりたくさんの闇球(ダークボール)が出せます。」

 

「えーと…ご主人様が言うには、召喚士の召喚魔法も召喚士の力量次第で1回の召喚魔法で出せるモンスターの数も変わるのでは?と、おっしゃってます。」

 

「ああー!なるほど、そう言う事か!勝さんの召喚士としての力量が高いから、死の騎兵(デス・キャバリエ)を20体も召喚できたのか!」

 

モモンガとウルベルトが納得する。

 

「魔法は、アイテムや敵側の魔法で封じられたりして妨害を受ける事もあります。それに対して、スキルは安定して使えますからね。それを考慮するなら、釣り合いをとるために、召喚魔法の方が若干強くされているのかも知れません。召喚魔法に限らず、魔力は様々な魔法で消費しますからね。1回分の効果が高くなりやすいんでしょうね。」

 

ウルベルトさんが冷静に解析を言う。

 

モモンガさんとウルベルトさんが、スキルによる召喚と召喚魔法との違いについて、いろいろ話ながら盛り上がっている。

 

 

その一方で、勝は召喚した死の騎兵(デス・キャバリエ)達から話しかけられていた。

 

「我が主人、此度は召喚して頂き感謝します。我ら騎兵隊、勝様のご命令あらば、敵の殲滅から勝様の護衛など、なんでも致しましょう。」

 

【うおっ!?君達喋れるんだ。】

 

「これは申し訳ありません。驚かせてしまいましたか?」

 

【え?もしかして、私の心の声が聞こえてる感じ?】

 

「はい。我ら騎兵隊は勝様の魔力により召喚されました。ゆえに、魔力による『パス』が繋がっているので、勝様の意思が伝わって来るのです。」

 

【そうなのか!それはありがたい。直接会話ができる相手が増えるのは私的には嬉しいからね。】

 

「そうでしたか。我ら騎兵達の皆も、勝様と会話ができて嬉しく思います。」

 

【お、おう。そうか。それは良かった。あー…えーと、今回は召喚魔法が使えるかどうかのテストをしていたんだ。だから、今お前達に対して与える命令はないんだ。すまないな。】

 

「勝様が謝る必要はありません。我ら騎兵隊、勝様に召喚して頂いただけでも嬉しいのです。」

 

【そ、そうか。ところで、1つ聞きたいんだが、私がお前達に『消えろ』と命じない限り、お前達は消滅しないのか?】

 

「はい。我々に限らず、召喚魔法によって召喚されたモンスターは、勝様が『消えろ』と命じない限り、消滅せず存在し続けられます。」

 

【そうか。それはありがたい情報だ。感謝するぞ。】

 

「感謝など恐れ多い!勝様はただ、我らにご命令して下さるだけで良いのです。」

 

【あー…うん。お前達のその忠義心、しかと理解したぞ。次は、ちゃんとした仕事を与えよう。それまでは、消えてもらってもよいかな?】

 

「はっ!かしこまりました。では、失礼致します!」

 

死の騎兵(デス・キャバリエ)達が消滅する。

 

【まさか、召喚したモンスターまで忠誠心MAXとは…。しかし、これで召喚したモンスターが裏切る可能性はなくなったかな?】

 

「はい。そのようですね。」

 

【よーし。次はいよいよドラゴンの召喚だ!】

 

「皆さん、ご主人様がドラゴンの召喚に挑戦するそうです。」

 

「お!いよいよドラゴンですか!いきなり超位魔法の方を召喚するんですか?」

 

【とりあえず、様子見で第10位階のドラゴンを先に召喚してみますね。】

 

「先に第10位階の召喚魔法を行うようです。」

 

【よし!ドラゴン召喚(サモン・ドラゴン)!いでよ!氷竜(ブリザードドラゴン)!】

 

勝の目の前の地面に、大きめの魔法陣が出現する。

現れたドラゴンは氷竜(ブリザードドラゴン)

ユグドラシルでは、雪エリアの中ボスぐらいの強さで知られている、体が氷でできた雑魚モンスターである。レベルはおよそLv80前後。体格は、ドラゴン形態のブラック達より若干小さいサイズだった。

 

勝が氷竜の頭を撫でる。氷竜が嬉しそうに勝にじゃれていたが、しばらくすると消滅した。

 

「あれ?氷竜(ブリザードドラゴン)が消えましたよ?」

 

「ご安心を、モモンガ様。ご主人様が氷竜を消しただけですから。」

 

「え?そんなアッサリ消滅させちゃうの?」

 

【普通のドラゴンは、ブラック達で間に合ってるからね。】

 

「普通のドラゴンは、私達だけで間に合ってるそうです。」

 

「あー、そう言う事か。なるほど。」

 

「第10位階召喚魔法の氷竜《ブリザードドラゴン》でも問題ない事が確認できましたので、次はいよいよ超位魔法の竜王召喚だそうです。」

 

「ついに竜王召喚ですか。ちなみに、どの竜王を召喚するんですか?」

 

【んー…やっぱり、誰もが知ってる竜王ファフニールかな?】

 

「竜王ファフニールを召喚するようです。」

 

「ユグドラシルプレイヤーなら誰もが最初に挑む竜王ですね。竜王ファフニールを倒せないと他の八竜にも挑めませんからね。」

 

「竜王ファフニールですか。そう言えば私、竜王ファフニールには1回しか挑んでませんでしたね。名前すら久しぶりに聞きましたよ。」

 

「竜王ファフニールのドロップ素材で作れる装備って、そこまで高性能じゃないから、誰も狩りに行かないですからね。」

 

「1回倒したらもう会わなくてもいい竜王、とか言われてましたよね。」

 

 

ほぼ、竜王戦のチュートリアル的な立ち位置の竜王ファフニールは誰もが戦える竜王である。レベルもそこまで高くなく、Lv80と良心的で属性攻撃も少ない。

 

竜王戦は難易度を選択でき、

EASY、Normal、HARD、very HARD

と4つ存在し、難易度で竜王の攻撃力、防御力、素早さ、身体のサイズなどが変わる。

特に、very HARD級はかなり難易度が高く、チュートリアル的な立ち位置のファフニールでも強敵になる。

ドロップ素材の量や質も変化し、難易度が高い方がレアドロップ素材が出やすくなる。

 

その代わり、ドロップ素材で作れるものはあまり高性能ではないので、余程の物好きでもない限り、竜王ファフニールの素材集めをするものはいない。

竜王ファフニールを倒せるほどのプレイヤーならば、この時点で高性能な防具を所持しているからだ。

 

 

【では、竜王ファフニール、召喚するぞー。】

 

 

勝が超位魔法の発動準備に入る。

勝の周りに立方体の魔法陣が現れる。

超位魔法特有の演出だ。

この詠唱中は身動きできず、防御力も低下する。

しかも一定ダメージを食らうと詠唱が中断されてしまうなど、発動にかなりのリスクを伴うのだ。

 

皆が勝の詠唱を見守る。

勝が片手を出し、召喚の儀を唱える。

 

竜王召喚(サモン・ドラゴンロード)!いでよ!竜王ファフニール!】

 

 

勝の周りの立方体の魔法陣が消え、突如、勝の目の前の空間に大きな魔法陣が現れる。

白く光る巨大な魔法陣がくるくる回転しながら、さらに大きくなっていく。

 

「ちょっ!?デカすぎません!?闘技場よりデカいサイズだったらヤバいですよ!?」

 

「このサイズ、まさかのvery HARD級では!?」

 

「はぁー!?ムリムリ!?very HARD級だと、それなりの防具つけとかないと、ワールドチャンピオンの私でも苦戦しますよ!?」

 

「勝さーん!オレ、Normal以上の竜王と戦った事ないんっスよー!?」

 

【私もvery HARD級は1人じゃ無理だー!!HARD級がギリギリ倒せるぐらいなんですがー!?】

 

「ご主人様でも、HARD級がギリギリ倒せる、ぐらいだそうです。」

 

「ええぇー!?very HARD級だったらマジヤバじゃないですかー!?」

 

 

皆が慌て出すが、もう召喚は止まらない。

巨大魔法陣の手前の空間が、バリバリッと凄まじい音をたてながらヒビ割れて行く。

 

そして…

 

割れた空間の裂け目から、竜王ファフニールの姿が徐々に現れる。

ひと目でわかる。

顔のサイズだけで、ドラゴン形態のブラック達よりデカいと。

ドラゴン形態のブラック達を1口でバクリと食べてしまえるほどの巨大な竜王が、巨大な空間の裂け目から顔だけ出している。

身体全てを出そうものなら、闘技場が押しつぶされるであろう。

 

【わぁぁぁ!?デカすぎる!!それ以上は出て来られたら、困るぅぅぅ!!】

 

「ぁゎゎ…ご主人様!なんてサイズを召喚してるんですか!?これじゃ、私達皆ぺちゃんこですよぉぉ!!」

 

「ストップ!ストップ!これはマズイ!全員退避ぃぃぃぃぃ!」

 

【竜王ファフニール!顔を出すだけにしてくれぇ!】

 

皆が逃げようとしたその時、目の前の竜王から声が発せられた。

 

「わかりました、我が主。我が主の命に従い、顔だけ出しましょう。」

 

 

【……へ?】

 

「「「「え?」」」」

 

皆がキョトンとしている。

 

…今、竜王ファフニールが喋った…?

 

【…もしかして、今喋ったのファフニール?】

 

「はい。私ですが…。驚かせてしまいましたか?」

 

【あ、いや!大丈夫だ、問題ない。しかし、顔だけ出現させるとか、器用な事できるんだな。てっきり、身体全て出現するのかと思ってた…】

 

「本来であれば、身体全てを出現させますが、我が主の命令でしたので、今は顔だけです。もし、我ら竜王の身体の一部のみを召喚したい場合は、つぎからは簡易召喚魔法を唱えると良いと、助言致しましょう。簡易召喚であれば、他の竜王も顔だけ出すなどの状態で出現するでしょう。」

 

【簡易召喚とかできたんだ…知らなかった。】

 

「ちなみに、簡易召喚でも超位魔法1回分と判定されますので、ご注意を。まあ、我が主であれば問題ないですが…」

 

【え?なんで?私なら問題ないって、どういう事?】

 

「我が主、貴方様はワールドアイテムによって、超位魔法を何回でも使える状態なのでしょう?」

 

【はぁぁああ!?何ソレ!?というか、ワールドアイテムとか持ってないんだけどぉ!?】

 

「勝さん、ワールドアイテム持ってたんですか!?」

 

【いやいやいやw持ってないって!】

 

「ご主人様は、ワールドアイテムなんか持ってないとおっしゃってます。」

 

「それはおかしいですね、我が主。…もしやワールドアイテムを作成した事に気付いていないのでは?」

 

【ふぁっ!?ワールドアイテムって作成できるの!?というか、私が作ったって…そんな記憶無いが…】

 

「竜王ファフニールよ、そのワールドアイテムの名は!?どんな形をしている?指輪みたいな物か?」

 

モモンガが少しでも情報を得ようと聞き出す。

 

「ワールドアイテムの名は、『竜覇の証』という名の勲章アイテムです。我が主が胸に付けてるソレですよ。」

 

皆の視線が勝の軍服に付いている勲章に集中する。

そこには、金色に輝く、ドラゴンの顔を模したような形の勲章が飾ってあった。

 

【え!?これがワールドアイテム!?まさか!これは聖遺物《レリック》級のアイテムだったはず!】

 

「我が主、それはワールドアイテム『竜覇の証』のレプリカです。本物の『竜覇の証』も貴方様が所持しているはずですが…」

 

【レプリカ!?いや、しかし!それなら、このレプリカと一緒に作成した、もう一個があったはず!】

 

勝が所持道具を漁り出す。

 

【あった!これだ!】

 

勝が取り出したのは、同じ形をした銀色に輝く勲章だった。

 

「おお!我が主よ、それがワールドアイテム、本物の『竜覇の証』になります。」

 

「勝さん、どうしてそれを身に付けてなかったんですか?」

 

【えーと…ユグドラシルのサービス終了日の2日程前に、自室の道具箱の整理をしてたんだけど、その時無駄に余ってた素材達で何か作れないかなー、と思ってアイテム作成リストを眺めてたのよ。】

 

ブラックが勝の心の声を代弁しながら話す

 

【そしたら、竜覇の証っていうアイテムが作れそうだったから、金色の竜覇の証を最初に作ったんだけど、とくに効果とか書かれてない聖遺物《レリック》級の勲章アイテムだったのよ。でも、軍服に似合うかなーと思って付けたら、なんかカッコよくて。そのノリで銀色の竜覇の証も作ったんだけど、灰色の軍服だとあまり目立たないなって、思って。調べもせずに所持道具箱に入れちゃった…ははは…】

 

「…だそうです。」

 

「何やってるですかwマヌケにも程かあるでしょ!」

 

【だってー、ユグドラシルもサービス終了する間近だったしー。今更ワールドアイテムなんか所持したところで、なんにもならないと思うでしょうがー。】

 

ブラックが勝の言い訳を代弁する。

 

「はぁー…まあ、わからないでもないですが…。それで?そのワールドアイテムの効果は?」

 

【…わかんにゃい…】

 

「ご主人様も知らないようです。」

 

「うわぁー…とんでもない効果だったらどうするんですか。もー。」

 

「もし、よろしければ、私がワールドアイテムの効果を教えますが?」

 

竜王ファフニールの発言に皆が驚く。

 

「ファフニールは、このワールドアイテムの効果を知ってるのか!?是非、教えてくれ!」

 

「あくまで、我が主が付けた場合の効果になりますが、よろしいですか?このワールドアイテムは、身に付けたプレイヤーの習得職業によって、効果が変化するので。」

 

「習得職業で効果が変わるワールドアイテムとは珍しいな。」

「ワールドアイテムの効果を説明する前に、前提条件について話しても良いですか?」

 

「前提条件?」

 

竜王ファフニールがワールドアイテム『竜覇の証』の前提条件について話始める。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

このワールドアイテムはユグドラシル世界では特定の条件と素材を用意する事で『作成可能』なワールドアイテムである。

 

特定の条件とは、

 

①ドラゴンライダー、ドラグーン、ドラグナーのいずれかの職業を身につけており、Lv15にしている事。

 

②ドラゴンテイマーを身につけており、Lv15にしている事。

 

③ユグドラシルに存在するドラゴン系ボスモンスターを5種類以上撃破している事。

 

作成するための素材は、

『竜の涙石』という素材で、ドラゴン系ボスモンスターのみがドロップする希少素材アイテムである。

しかも、上の特定条件①の職業を修めたプレイヤーにしかドロップしないうえ、他人に渡す事もできない。

各ドラゴンによってデザインが違う。

これらをなんでもいいので5種類必要となる。

 

作成後の竜覇の証は、他人には譲渡不可。作成者本人しか装着できない。

しかも、装着するのも、先程の特定条件を達成してないと装着できない。

 

つまり、最低でも、①と②の職業が必要である。

と、言うことになる。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「つまり、勝さんは、その前提条件を知らない間に達成していて、『竜覇の証』がワールドアイテムであることも知らずに作成し、所持していた。ということになるんですね。すっごい確率の奇跡ですねww」

 

【竜の涙石、竜覇の証の作成以外に使い道なかったから、これ専用のアイテムだったのか。というか、竜の涙石は、他のみんなにもドロップするアイテムだと思ってたが、違ったのか。】

 

今明かされる衝撃の事実に、皆が唖然する。

勝がレプリカを外し、本物を装着する。

 

 

【それでファフニール。このワールドアイテムの効果ってなんなの?】

 

「我が主の場合ですと、以下の効果が発揮されます。」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

①闇騎士《ダークナイト》

物理防御力が2倍にアップ&闇属性耐性が2倍にアップ

 

②銃士《ガンナー》

射撃武器の攻撃力が2倍にアップ

 

③狙撃手《スナイパー》

急所を攻撃したときに確率で即死させる。

 

④将軍《ジェネラル》

指揮下(配下)の味方のステータスが全て1.5倍にアップ

 

⑤魔獣使い《ビーストテイマー》

全ての魔獣を使役&支配可能

 

⑥竜使い《ドラゴンテイマー》

全てのドラゴンを使役&支配可能

 

⑦竜騎兵《ドラグナー》

全てのドラゴンに騎乗可能

 

⑧召喚士《サモナー》

全ての召喚魔法を『ノーコスト』『ノーリキャスト』『ノーリスク』で発動可能。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「以上が、我が主がワールドアイテム『竜覇の証』を装備した際に得られる効果となります。」

 

【ぶっ壊れ過ぎるだろぉぉぉぉ!!】

「ぶっ壊れ過ぎるだろぉぉぉぉ!!」

 

勝とモモンガが同時に叫ぶ。

 

ユグドラシルでは、ワールドアイテムのほとんどは無茶苦茶な性能ばかりで、俗に言うバランスブレイカーアイテムである。1回、もしくは3回使うと壊れるものがほとんどだが、装備する事で効果を発揮する物も多い。

モモンガのギルドでは、ギルドメンバーの頑張りもあって11個のワールドアイテムを保管している。

しかし、今回のを含めると、12個になる。

 

 

【え?じゃあなに!?私は、下手すると、超位魔法の召喚魔法を何回も連発で使用できるって事?】

 

「はい。我が主は、超位魔法の召喚魔法を何回も使用でき、連発も可能となります。」

 

「はぁあ!?超位魔法を何回も連発で使用可能とか、ヤバいでしょう!竜王を呼び出し放題じゃないですか!」

 

【モモンガさん、私、自分が恐ろしい存在になった気分です。】

 

「モモンガ様、ご主人様が、あまりの衝撃の事実に、自分自身が怖い、とおっしゃってます。」

 

「だ、大丈夫ですよ!使い方さえ、間違えなければ。…たぶん…」

 

「勝さんがとんでもないプレイヤーになってしまいましたね。」

 

「ワールドチャンピオン大会に、このワールドアイテムを付けた勝さんが参加してたら、大混乱待った無しですよ。」

 

「急所を狙撃すると、確率で即死ってヤバいッスよ!体力や防御力に関係なく、相手を殺せるって事ッスよね。ヤバ…」

 

皆がワールドアイテムを所持した勝について語り出す。

 

「我が主よ、少し試して頂きたい事があるのですが…よろしいでしょうか?」

 

【な、何?】

 

「召喚可能な全ての竜王を、簡易召喚で召喚して頂けませんか?」

 

【……は?】

 

「な、何だって!?」

 

 

あまりにもぶっ飛んだお願いに、皆が驚く。

勝が召喚可能な全ての竜王を、この場に召喚する。

その光景を想像するだけで恐ろしい。

 

【…何故、全ての竜王を召喚して欲しいんだ?】

 

「はい。実は、昨日まで確認できていた我が本体とのパスが切れていまして。そのせいで、他のエリアにいた竜王達との念話ができない状態なのです。」

 

 

竜王ファフニールが言うには、ユグドラシルのサービス終了をきっかけに、ボスエリアで待機していた自分の本体との情報供給ができなくなった。

彼らの本体は、念話を使って、他のボスエリアにいる竜王達と念話をする事ができるらしい。暇な時間は談笑する事で時間を潰して過ごしていた。

という事らしい。

 

 

「竜王達同士で談話をしていたという事実に驚きですね。」

 

「はい。最初の頃は、多くのプレイヤーが我ら竜王に戦いを挑みに来ていて、退屈しない日々でした。しかし、次第に挑戦しにくるプレイヤーが減っていき、終いには、1日誰も来ない日々が続く事が多くなりました。」

 

竜王ファフニールの言葉に、プレイヤー達が視線を落とす。

引退したり、ログインすらしなくなったプレイヤーが増えていき、MMORPGユグドラシルの衰退が進んでいたのは事実だ。

 

「しかし、ただ1人、八竜達の談話で名前が上がるプレイヤーがいました。それが、我が主、勝様です。」

 

「え?何故、勝さんの名前が?」

 

【え?私!?】

 

意外な発言に、皆が勝を見る。

 

 

「勝様だけが、たまに我ら竜王に戦いを挑みに来て下さっていたのです。おかげて、八竜達の会話では、今日は誰の所に例のプレイヤーが来たーと、そう言う話がちょこちょこ出る感じになっていました。昨日なんて、全ての八竜と戦って下さったのでしょう?我が主よ。」

 

【あーはははw日替わりで八竜を『見に言ってた』だけなんだけどね。昨日は、思い出残しも兼ねて、朝から戦い挑んでただけだったんだけどね。】

 

「…ご主人様は、日替わりで八竜に戦いを挑んでいたようです。」

 

「勝さん、ドラゴン好きすぎでしょwww」

 

【いや!1番好きなのは、ブラック達だし!そこは譲らないし!】

 

「ハハハ。ブラック達が羨ましいですなー。竜王より愛されるとは。良き主を持てて良かったな。ブラック達よ。」

 

「竜王様にそう言われると、複雑な気持ちになります…いえ!ご主人様と出会えた事は嬉しい限りですが!」

 

ブラック達が照れながら言う。

 

「おっと、話がそれましたね。他の竜王達がどうなったか心配なのです。それで、他の竜王達に会いたくと思い、我が主にお願いしているのです。」

 

【…よし!せっかくだから、全ての竜王を簡易召喚するか!】

 

「え!?ご主人様!本当に召喚するんですか!?ぁゎゎ…竜王様達がたくさん現れるとか、恐れ多くて心の準備が!」

 

【いや!もう我慢できん!竜王ファフニールにお願いされて断るなんぞできるか!竜王簡易召喚《サモン・ドラゴンロード》!いでよ!我が召喚に応じし全ての竜王達よ!】

 

 

勝の周りに立方体の魔法陣が現れるが、一瞬で消える。そして、闘技場にいる皆を囲むように、巨大な魔法陣が幾つも出現する。

 

 

ナザリックの魔法職達が絶叫する。

 

「ちょっ!?詠唱時間すらカットされるとか、マジチートでしょ!?」

 

「ノーリスクって、『詠唱時間の隙』すら無くすんですね。これは酷い性能ですねw」

 

 

竜王ファフニールの召喚の時と同じ現象がおき、空間に亀裂が入って割れる。

そして現れる。

勝が超位魔法で召喚可能な残りの竜王達が。

ぐるりと自分達を囲み、顔だけ出し、コチラを眺める竜王達の光景に、闘技場に居る全員が息を呑む。

 

 

「では、改めて…我が名は、第一の八竜!無の竜王ファフニール!我が主の召喚に応じ参上いたしました!」

 

「同じく、第二の八竜!火の竜王バハムート!我が主の召喚に応じ参上いたしました!」

 

「同じく、第三の八竜!土の竜王ナーガ!我が主の召喚に応じ参上いたしました!」

 

「同じく、第五の八竜!風の竜王ヤマタノオロチ!我が主の召喚に応じ参上いたしました!」

 

「同じく、第七の八竜!毒の竜王リヴァイアサン!我が主の召喚に応じ参上いたしました!」

 

 

5種類の八竜達の紹介が終わる。

第四、第六、第八の竜王は召喚条件を達成できてないので現れない。次は、イベントのレイドボスの竜王達だ。

 

 

「「ではまず、我らから!春イベントのレイドボスを担当した、雷の竜王!青龍と黄龍!我ら二竜、我が主の召喚に応じ参上いたしました!」」

 

春イベントのレイドボス、珍しい双子?の竜コンビ。

2人が繰り出す雷撃と巧みな連携に苦戦したプレイヤーが多くいた。片方を倒すと、残った方の竜が怒り、フィールド全体に雷撃を落とす、という初見殺しで有名だった。

 

 

「夏イベントのレイドボスを担当した、水の竜王!ティアマトよ。ご主人様の命により、召喚に応じ参上いたしました!」

 

夏イベントのレイドボス、普段は美しい人型の美女の姿をしている竜。頭に大きく曲がった角がある。

水色のスクール水着のようなピチピチボディスーツは多くの男性プレイヤーを魅了させた。

 

エロに厳しいはずのユグドラシルにしては、なかなかサービス旺盛な竜だった。

 

が、戦闘中に体力が半分を切ると、美女の姿から、恐ろしい姿へと変わる。

角が羽のような形に変わり、口が横に広がり首元まで大きくなるのだ。

わかりやすい例えを出すなら、

エリマキトカゲと口裂け女を足した姿、かな?

その姿は、多くの男性プレイヤー達を泣かせた。

ある意味、初見殺しの竜である。

 

 

「冬イベントのレイドボスを担当した、雪の竜王!白竜だ!我が主の召喚に応じ参上したぞ!」

 

冬イベントのレイドボス、全身真っ白のスノードラゴンとも呼ばれる竜だ。

高い氷山の一角に陣取り、足元が滑る氷のフィールドを作り出し、縦横無尽に動き回る。

その滑る床に、対策を施してないプレイヤー達が次々と深い谷底に落とされトラウマとなった。

ボスよりフィールドの仕組みが怖い、ということで有名だった。

 

 

「年末イベントのレイドボスを担当した、闇の竜王!ウロボロスだ。我が主の召喚に応じ参上いたしました。」

 

年末の最後をくくるレイドボス、禍々しいオーラと紫色に輝く鱗が特徴で、厨二心をくすぐる竜だ。

瀕死にすると、即死魔法を連発してくるという鬼畜なAIで有名だったが、アンデッド系などの即死耐性持ちプレイヤー達にはカモだった。

 

 

「新年及び年始のイベントのレイドボスを担当した、光の竜王!神竜《ゴッドドラゴン》だ。我が主の召喚に応じ参上いたしました!」

 

 

新年を飾るレイドボス、天使の羽のような翼を幾つも持つ竜だ。

真下から見上げると、神が舞い降りたかのような錯覚に囚われる。

一部のプレイヤー達が、本気で神様として崇めたりするほどだった。

神聖魔法を幾つか習得しており、アンデッド系などのプレイヤー達を苦戦させた。

瀕死にすると、回復魔法で体力を回復するため、長期戦になるプレイヤーもいるほどだった。

勝さんが1番苦戦した竜でもある。

 

 

八竜とレイドボス達の名乗りが終わると、竜王達が息を合わせて、同じセリフを言う。

 

「我ら竜王、召喚者である勝様の下僕であり、絶対の忠誠を誓う存在なり!我が主よ。我ら竜王、いかなる命令にも従い、いかなる強敵からも貴方様をお守りしましょう!」

 

 

竜王達が主人の指示を待つかのように、勝を見つめながら、見下ろしている。

 

【…やべぇ…あまりの迫力と、あまりにも高い忠誠心に、押しつぶされそう…】

 

「ご、ご主人様。何か言わないと…私達では、どうしようもありませんよ?」

 

「か、勝さん。竜王達が勝さんに絶対の忠誠を誓ってくれてるんです!主人としての威厳を示さないと!」

 

 

モモンガとブラックが勝に状況改善を求める。

 

 

【よ、よし!竜王達よ!此度は、私の召喚に応じてくれて感謝する!】

 

と、嬉しさを伝えようとするが、

 

「な!なんと!感謝などとんでもない!我ら竜王、勝様のためならば、いかなる状況でも召喚に応じましょう!貴方様は、ただ我らに命令を下すだけで良いのです!」

 

 

やはり忠誠心MAXである。

しかも、明らかに勝より強い竜王達が、勝に絶対の忠誠を誓っている。

ありえない事であるが、現実だからどうしようもない。

 

しかし、勝は納得できない。自分より強い存在である竜王達が、自分に忠誠を誓うことが。

 

【あー…1つ聞くが、お前達竜王は、私が見た限りでは、私より強い存在のはずだ。なのに、何故私に忠誠を誓ってくれるんだ?】

 

「それは、我が説明しよう。」

 

神竜が代表で説明する。相性的に、今の神竜に勝が勝てる見込みはない。絶対的な強者である神竜が、勝に対して、丁寧に説明をする。

 

「我ら竜王が勝様に忠誠を誓うのは、我らが勝様無しでは存在できない状態になってしまったからだ。」

 

【はぁ!?私無しでは存在できない状態!?】

 

「どういう事です?竜王神竜。」

 

「昨日まで、我ら竜王達には、ユグドラシルの世界に本体がありました。しかし、日付が変わった瞬間、我らの本体の肉体が、なんらかの問題で消滅してしまったのです。こうなっては、我らの存在を維持するためには、我らを召喚できるプレイヤーに頼るしかないのです。昨日の段階で、我ら竜王を召喚できるプレイヤーは、『勝様ただ1人』でした。他の召喚士はもう…ユグドラシルに存在していないのです。」

 

ユグドラシルのサービス終了の時間と共に、竜王達の肉体が消失。今現在、竜王達を召喚可能なのは、勝だけという状況らしい。

 

「故に、我ら竜王は、勝様無しでは存在できないのです。仮に勝様が、我らを完全召喚したとしても、勝様が死んでしまった場合、魔力のパスが切れ、我らも消滅してしまうのです。逆に、勝様が生きてる限り、我らは何度でも蘇らせてもらえるのです。」

 

【そうだったのか…。だから、私の事を守る、と言っていたのか。】

 

「はい。我ら竜王、勝様のためならば、我が命に替えてでもお守りしましょう。邪魔な敵は全て排除致しましょう。なのでどうか!」

 

竜王達が勝に必死に請う。

 

「なのでどうか!我らのためにも生き続けて下さい。この世界から居なくならないで下さい。勝様が居なくなったら、我らも生きていけませぬ。どうか!どうか!」

 

竜王達の言葉に、モモンガ達の胸が締め付けられる。前にも似た展開を味わっていたからだ。

 

【…居なくならないで…か。】

 

モモンガ達が言っていた事を思い出す。

ナザリックのNPC達に、

『居なくならないで』

『去らないで』

など、そんな事を言われたと。

 

私がこの世界に残り続けたのは、ブラック達と離れ離れになるのが嫌だったからだ。

だが今では、私という存在に頼らなければ生きていけない者達まででてしまった。

 

【まったく、世界というヤツは、どれだけ私をこの世界に居させたいのだ。これでは、ますますこの世界から消えるのが嫌になってしまうじゃないか!】

 

「ご主人様?」

「我が主よ、どうなされた?」

 

【わかった!安心しろ!私とて、死ぬのは嫌だからな。お前達のために、この世界で生き続けよう。】

 

「ほ、本当ですか!ありがとうございます!我ら竜王、勝様のためならば、全身全霊をもって、貴方様にお使い致します!」

 

【そ、それにな!私にはブラック達が居るからな!ブラック達を置いて先に死ぬなんて、嫌でもしないからな!無論、ブラック達を置いて去るなんて事もしないさ!】

 

「ご主人様、その言い方は、その、少し恥ずかしいです…♥」

 

【と、とにかく!竜王達にお願いされたからな!意地でも死なないからな。私は!ブラック達だけでなく、お前達竜王の事も、私が護ってやるよ!約束する!】

 

「おお!ありがたきお言葉!我が主よ、これからよろしくお願いしま…」

 

「キャー!ご主人様素敵ー!ハグしたくなっちゃうぅ♥」

 

竜王ティアマトが巨大な手で勝をワシ掴み、巨大な胸にギュウギュウと押し付ける。

 

【ぬぅぅおおぉぉぉぉぉぉあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?胸がぁぁぁぁ!!】

 

「あー!ご主人様がティアマト様の胸にー!」

 

「勝さーん!ズルいッスよ!オレにもハグしてーティアマトさーん!」

 

「残念ながら、私の胸は勝様専用でぇーす♥諦めて下さーい、ペロロンチーノさーん!」

 

【だ、誰かたすけてぇぇぇぇぇぇ!圧死するぅぅぅ!】

 

 

この後、ティアマトにモニュモニュされまくった勝だった。




念の為、ブラック、ブルー、レッドのレベルとステータス設定も書いときますね。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ブラック

[レベル]
種族レベル

竜人 15Lv

職業レベル

弓兵《アーチャー》 5Lv
修行僧《モンク》 5Lv
ならず者《ローグ》 5Lv
剣聖《マスターソードマン》 5Lv

暗殺者《アサシン》 15Lv
上位暗殺者《マスターアサシン》 10Lv
忍者《ニンジャ》 15Lv
仕掛忍《シカケニン》 5Lv


種族Lv15
職業Lv65
合計Lv80

属性 悪属性 カルマ値-100

[ステータス]


HP 60
MP 40
物理攻撃 50
物理防御 60
素早さ 90
魔法攻撃 10
魔法防御 60
総合耐性 60
特殊耐性 70

※ステータスは最大値を100とした場合の数値です

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ブルー

[レベル]
種族レベル

竜人 15Lv

職業レベル

戦士《ファイター》 15Lv
騎士《ナイト》 15Lv
剣使い《ソードマスター》 10Lv

修行僧《モンク》 15Lv
気使い 《キ・マスター》 15Lv


種族Lv15
職業Lv65
合計Lv80

属性 善属性 カルマ値+100

[ステータス]

HP 95
MP 15
物理攻撃 70
物理防御 80
素早さ 55
魔法攻撃 0
魔法防御 65
総合耐性 65
特殊耐性 70

※ステータスは最大値を100とした場合の数値です

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

レッド

[レベル]
種族レベル

竜人 15Lv

職業レベル

修行僧《モンク》 5Lv

魔法使い《メイジ》 15Lv
大魔法使い《アークメイジ》 10Lv
賢者《セイジ》 5Lv

白魔術師《ホワイトマジシャン》 10Lv
黒魔術師《ブラックマジシャン》 10Lv
治癒術師《ヒーラー》 10Lv


種族Lv15
職業Lv65
合計Lv80

属性 中立 カルマ値0

[ステータス]

HP 50
MP 70
物理攻撃 40
物理防御 50
素早さ 65
魔法攻撃 75
魔法防御 60
総合耐性 60
特殊耐性 55

※ステータスは最大値を100とした場合の数値です

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基本的には、この三姉妹だけでもパーティーが成立します。
これに勝様が加わると最強になるんです!
何故なら、私達三姉妹のモチベーションがMAXになるからです!(ドヤァ)(*-`ω´-)9 ヨッシャァ!!


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第5話 顔のない救世主

午前11時30分 闘技場通路にて

「それにしても、勝様の召喚なさった竜王《ドラゴンロード》達の迫力は、凄かったでありんすねぇ。」
「私も竜人ではありますが、やはり真なる竜王様達の貫禄にはかないません。」

シャルティアとセバスが歩きながら、先程のでき事の感想を言う。

「いや〜、私も数々の魔獣達を従えさせてるけど、やっぱりドラゴンって良いなぁ〜。勝様が羨ましく思っちゃうよ。」
「僕も、ドラゴン2匹飼ってるけど、勝様の召喚する竜王に比べたら、全然かなわないと思う。」

アウラとマーレが嫉妬にも似た感想を言う。

「アレガ竜王ト呼バレル存在カ。機会ガアレバ、闘ッテミタイモノダ。」
「それは無理があるのではないかね、コキュートス。至高の御方達でさえ、かなり警戒なさっていたようだし。berryHARD級?という言葉から察するに、かなり倒すのが難しい存在なのでしょう。」

武人魂を滾らせるコキュートスをデミウルゴスがさりげなく諌める。

「私も驚いたわ。闘技場に訪れたら、見たこともない竜が闘技場いっぱいに居たんだもの。何事かと焦ったもの。」
「ご主人様が竜王様達を全部召喚するとおっしゃった時は、肝を冷やしました。私達竜人にとって、竜王様達はドラゴン界の頂点に立つ存在と認識しているので。ご主人様が近くに居なかったら、あの場から逃げていたかもしれません。」
「ええ、私も少し、あの場から走り去りたい気分になったもの。だって…だって!」

アルベドがふるふると震えながら言う。

「勝様がティアマト様の豊満なバストに包み込まれ、モミクチャにされてる光景を見せつけられて、敗北感を感じるなんて!ああ!羨ましい!私にも、あんな豊満な胸があれば!」
「あれは身体そのものの大きさが違うので…アルベド様も、人間サイズのなかでは、既に立派な胸かと。」
「ガウー…(それ以上デカくする必要ないよね?)」
「ガウー…(もう充分デカいと思うけどね。)」

ブラック、ブルー、レッドが呆れながら、アルベドの後に続いて歩く。

「ところでブラック?貴方、勝様と一緒に居なくていいの?他の至高の御方は自室にお戻りになられたけど、勝様はまだ闘技場にいらっしゃるんでしょ?」
「竜王様達と少し会話してから自室に戻るとおっしゃってました。私達は、12時の会議までは自由にしてて良いと言われましたので。」
「そう。なら良いのだけど。それにしても、勝様も大変ね。竜王様達からお願いされて、あのような重荷を背負い込む形になってしまわれたのだから。」
「ご主人様ご本人も、竜王様達の存在を保つ、という役割を引き受ける事になるとは思ってもいなかった。と、おっしゃってました。」
「まあ…でも、私達も似たようなお願いを至高の御方達にしちゃったから、人のことは言えないけどけどね。」
「それを言うなら私達三姉妹も同じです。だから、少しでもご主人様のお役に立てるように頑張るつもりです!」

気合いたっぷりのブラック達を見て、アルベドが微笑む。

「やけに気合い入ってるわね、貴方達。なにか良い事でもあったの?」
「ご主人様が先程言ってたんです。会議の内容次第にもよりますが…会議が終わったら、偵察も兼ねて外に散歩に行こう!と、言ってくださったんです。楽しみだなぁ、散歩。」

目をキラキラさせるブラック達。

「散歩がそんなに嬉しいの?」
「当たり前じゃないですか!ご主人様と散歩ですよ!?ユグドラシルでは出来ませんでしたが、私達の夢の第一歩、『ご主人様との散歩』が実現するんですよ!嬉しくてたまりませんよ!」

熱く語るブラックの気迫に、アルベドが少し押される。

「そ、そうなのね。まあ、私も、至高の御方との二人っきりのデートとかなら夢見ている事もないけど…」
「欲を言うなら、私達三姉妹の夢の理想の最終散歩形態!『首輪付き散歩』が実現すればよいのですが…」

とんでもないブラックの言葉にアルベドが興奮する。

「く、首輪!?それって…奴隷とかが付けるヤツかしら?」
「違いますぅ!奴隷用の首輪なんて付けませんよ!私達の理想は、『ペット用』の首輪をご主人様に付けて頂いて、ご主人様に引っ張られながら散歩する事です!」

あまりにもマニアックなプレイに思える事を恥ずかしげもなく言うブラックに、ある意味尊敬ささえ思え始めたアルベドは、さらに興奮する。

「そ、そんな、飼い犬のような事をされて、嫌とは思わないの!?」
「嫌だなんてとんでもない!むしろバッチコイです!だって、ご主人様に首輪を付けてもらえると言うことは…」

『お前達の事を離さない。』
『私のそばから離れるな。』
『お前達は私の所有物だ。』

「と言う、ご主人様のさりげないアピール!いや、もはや告白に近い!そんなアプローチをされて断れるとでも!?無理ぃ〜!絶対無理ぃ〜!」

三姉妹がほっぺに手をあて、アヘ顔に近い顔をしながら妄想している。
アルベドは思った。

「(この子達、マジだわ!!)」

だが、アルベドも同じシチュエーションで妄想する。
例えば、モモンガ様に首輪を付けて散歩させられたら?
欲を言うなら、飼い犬らしく全裸で野外を歩かせられたら?
そんな事されたら…私…

そんな妄想を始めたアルベドに、トドメの一撃とも呼べるセリフをブラックが言う。

「そしてご主人様が最後にいつものアレをするんです。首輪を付けられ、おすわりのポーズもしくは服従のポーズをした私達に、トドメの頭ナデナデ!これをされたらもう、私達は理性を保てません!もっともっとと、おねだりして、全身を撫で回してもらうまで落ち着かないかもしれませんね!」

アルベドの妄想が爆発した。
フフ…フフフ…と、不敵な笑いを発しながら歩く守護者統括。
その姿に、ブラック達以外のメンバーがドン引きしている。

「な、なんかアルベドがおかしくなってるんだけど…」
「アウラ、あれはそのままにした方が良いかと。守護者統括様は、しばらく妄想の世界に入るみたいですから。」

アルベドがビッチである事を知ってるメンバー達は、いつもの感じで受け流した。

┣これも全部、タブラさんが悪いんだ!┫


午後1時

 

会議は割とアッサリ終わった。

 

①[ナザリック地下大墳墓の隠蔽工作]案

②[羊皮紙などの資材調達]案

③[周辺地域偵察&調査]案

④[今後の方針について]案

 

これらの案件が掲示されたが、

 

①隠蔽工作はマーレが担当

 

ナザリックが草原に転移しているため、

外部の者達からの発見を防ぐという事で、ナザリック周囲の地形を変え、土の壁や丘を作る計画だそうだ。

 

②資材調達はデミウルゴスが担当

 

ゲーム時代とは違い、日用品などの消耗品が調達できてない現状を改善すべく、それらを確保、あるいは生産するための計画だ。デミウルゴスが独自に行う、という事で計画が進んでいる。

 

③偵察&調査は勝が担当

 

散歩に行きたい!…以上。

 

④今後の方針については、

ひとまず、

ユグドラシルのプレイヤーを探す。

この世界の調査。

 

という事でまとまった。

 

会議で『正式』に周辺地域の偵察&調査を任命されたからには、周辺地域を『散歩』するしかない。

という事で!

 

【よし!周辺地域偵察隊!出るぞー!】

「おーー!」

「ガウー!」

「ガウー!」

 

やる気まんまんの勝達を見て、見送りに来たモモンガが言う。

 

「勝さーん!あ・く・ま・で、偵察&調査が目的ですからねー!交戦だけは控えて下さいよー!」

「わかっておりますよ、モモンガ様!」

【行ってくるぜ!モモンガさん!ヒャッハー、散歩だぁぁぁぁ!】

 

竜騎兵のスキル《騎乗魔獣召喚》にて召喚したワイバーンに乗り、空へと飛び立つ勝。

それに続くように飛び立つブラック、ブルー、レッド。

隠密性を重視し、ドラゴン形態ではなく人型での飛行である。

 

ナザリックの周囲は草原で、さらにその周囲を森で囲まれているため、空からの調査で調べる事となった。

 

「それでご主人様、どのぐらい遠くまで行きますか?」

【んー…とりあえず森が途切れるまで進んでみるか。遠くに行き過ぎても、レッドの魔法『転移門《ゲート》』でナザリックに戻れば大丈夫だろうし。万が一、魔法がふうじられても、私のデュラハン種族のスキル『騎乗魔獣召喚』で召喚できる、『首なし馬《コシュタ・バワー》』に乗れば問題ないし。】

 

勝には、2つの《騎乗魔獣召喚》というスキルがある。

1つは、勝の職業・竜騎兵のスキル。

一人乗りの移動用のワイバーンを召喚できるスキルで、飛行が可能である。

戦闘中でも乗れるが、耐久度は低い。

 

もう1つは、勝の種族・デュラハンのスキル。

二人乗りできる首なし馬(コシュタ・バワー)を召喚できるスキルで、転移の機能がついた魔獣である。

また、馬車やチャリオットを付けることもできる。

唯一、水の上を走れない、という欠点がある。

 

馬車の場合は、馬に2人、馬車に4人、合計6人を乗せて移動や転移ができる。

移動が遅くなるが、大勢を運べるのが利点だ。

ただし、馬車部分は脆く、敵に破壊されるリスクがあるので、戦闘中に出すのは危うい。

 

チャリオットの場合、馬に1人、チャリオットに3人、合計4人運べる。

こちらは主に戦闘用で、鎧を来た馬に、頑丈なチャリオット、両方の車輪に鋭い棘が付いている。

チャリオットの方に、狙撃手などを乗せれば、移動要塞のような感じで暴れ回る事ができる。

馬に乗らず、チャリオットの方に乗っても運転可能である。

ただし、転移機能が失われるが、いつでも取り外しできるので特に問題はない。

 

《コシュタ・バワー》の転移機能は、どこにでも転移できる訳では無い。

転移できるのは、

 

①ギルドなどの拠点

②国や街、村などの入口

③地名やエリア名が判明している土地の出入口(境界線)

 

と、限られている。

ただし、魔法での転移ではないので、妨害を受けにくいという性質を利用し、緊急時の脱出装置代わりにもできる。

 

 

【村とかが見つかればいいなー。人間が住んでるなら、ブラックを侵入させて、この世界についての情報を得る事ができるかもしれないし。】

「私には隠密スキルがありますから、バレずに侵入するのは得意ですよ。」

【油断は禁物だぞ、ブラック。最悪な展開を予想し、常に警戒しろ。ここはユグドラシルではない、未知の場所だ。どんな敵が居るか、わからないからな。】

「はい。心得ています。」

 

空の上を飛んでるとはいえ、狙撃スキルを持ったプレイヤーなら容赦なく撃ち落としにくる可能性はある。

勝は周囲を最大限に警戒し、森を調べる。

ブラック達も、怪しいものがないか、竜人としての野生の勘を働かせる。

 

しばらく飛び続ける。

 

【しかし、かなり広い森だなぁ。】

「かなりの距離を飛びましたが、村1つ見えませんね。」

【少し、方向を変えるか?ナザリックを中心に、円状に飛行するか。】

「そうですね。一応、ナザリックの周辺地域の偵察が目的ですし。」

【よし!ワイバーン、進路変更だ!】

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

一方そのころ…

 

「やあ、モモンガさん。お疲れ様です。」

「ヘロヘロさんもお疲れ様です。」

 

執務室にてモモンガが鏡ようなアイテムを弄っていた。隣にはセバスが立っている。

入室してきたヘロヘロが質問する。

 

「モモンガさん、何してるんです?」

「あ!これですか?遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)でナザリックの外を見ようと思いまして。」

 

遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)

 

指定したポイントを距離に関係なく映し出す直径1メートルほどの鏡。一見非常に便利だが、低位の対情報系魔法で簡単に隠蔽され、攻性防壁の反撃を非常に受けやすいため微妙系アイテムとして考えられている。

通常は室内などまでは見られないが、《フローティング・アイ》と併用することで室内の観察も可能(魔法による障壁がある場合は不可)。

 

「あー!ありましたねぇ、そんなアイテム。」

「ユグドラシルだと、コンソールで簡単に操作できたんですか、こっちだと扱いにくくて…もう30分くらい苦戦してますよw」

 

モモンガが鏡の前で手を動かしている。

いろいろな動きをやってるが、なかなか上手くいかないようだ。

 

「ちょっと、私にさせてもらえませんか?」

「良いですよ。どうぞ。」

 

モモンガが席を譲り、ヘロヘロが鏡の前に座る。

 

「ヨッ!ハッ!ソリャアァ!!」

 

ヘロヘロが鏡の前で手を動かすが、変化はない。

 

「くそーw何故上手くできない!」

「私もいろいろ試したんですが…」

 

鏡の前で手を動かしまくる2人。まるで素人のダンサーが踊ってるかのようだ。

すると、執務室に他のギルドメンバー達がやって来た。

 

「モモンガさん、ヘロヘロさん、お疲れ様ッス。2人して、鏡の前で何してるんッスか?ダンスの練習?」

「2人ともお疲れ様です。これは…外の映像ですか?」

「遠隔視の鏡…でしたか?なにか情報は得られましたか?」

 

ペロロンチーノ、たっち、ウルベルトの3人がモモンガ達が鏡の操作で苦戦している現状を聞く。

すると、ペロロンチーノが言う。

 

「オレがやってたエロゲーの1つに、画面にタッチして操作するヤツがあったんスよ。これも案外、そういう操作だったりして。」

「画面をタッチですか?」

「そうッス。こう…画面をなぞる感じて、指でスライドさせるんッスよ。」

「どれどれ…よっ!あ!動いた!」

 

ようやく鏡の操作方法を理解し、テンションが上がる。

 

「画面を拡大する時は、指2本で画面の中央から外側に。縮小する時は逆ですね。」

「おおー!ペロロンチーノさんのエロゲー知識が、こんなところで活躍するとは!」

「エロとは全く関係ないけどねw」

 

鏡の操作に慣れたモモンガが、ナザリック周辺の地域を調べていく。

 

「あ!皆さん見て下さい。村を見つけましたよ!」

「お!どれどれ!」

 

皆が鏡に映る映像をみる。

小さな村が映っていた。

田舎にある、のどかな農村をイメージさせる村だったが、村の中で小さな黒い点のようなものが激しく動いている。

 

「祭りかなにかですかね?」

「…いや、モモンガさん!拡大して下さい!」

 

妙に慌て出すたっちの反応に、モモンガが不思議に思いながら拡大する。

黒い点は人間だった。

しかし、見えた映像はとんでもないものだった。

 

「村人が…襲われてる!?」

「鎧を着た兵士…ですかね?村人を殺しまわってるようですが…」

「あ!ここ。村人達が集められてます!人質ですかね?」

「そこ以外は、抵抗してる村人を躊躇なく殺してますね。」

 

鎧を来た兵士の部隊が農村を襲撃している。

どこかの国の兵士だろうか?

と、すると、この世界には軍隊を所有する国家があることになる。

 

「モモンガさん!助けに行きましょう!」

 

たっちが言う。

しかし、それをウルベルトが止める。

 

「待って下さい、たっちさん。お気持ちは理解できますが、今はやめておくべきだと、私は判断します。」

「何故だ!?ウルベルトさん!」

 

「村を襲ってる奴らの格好を見る限り、野盗の様には見えません。どこかの国に属する軍隊と予想します。まだ、この世界について何も知らないのに、村人達を助けるために、いきなり国家を敵に回すつもりですか?」

 

「しかし…!私達には、助ける力がある!罪もない村人達が一方的に殺されるのを見過ごすなんて、私にはできない!」

 

「仮に助けに行ったとして、どうするんです?私達は『異形種』ですよ?バケモノが現れた!と、さらにパニックを起こすだけですよ!村人達が素直に従ってくれるとは思いませんがね。」

「ぐっ…!み、皆はどう思う?皆の意見を聞きたい!」

 

たっちがギルドメンバー達に意見を求める。

 

「私は反対です…。まだ情報が足りない状況で目立つ行為は危険かと…。」

 

ヘロヘロさんは反対のようだ。

 

「オレは行くッスよ!ほら!女性と幼女が兵士達に追いかけられてます!あんな可愛い子達が殺されるのは、オレは耐えられないッス!」

 

ペロロンチーノさんは賛成だが、理由が少し不純だ。

 

「2対2…残りはギルド長…モモンガさんはどうします?」

「モモンガさんは賛成ですよね?」

「……………。」

 

しばらく考えるモモンガ。そして…

 

「見捨てる。」

 

「なっ!?モモンガさん!」

「すまない、たっちさん。ナザリックが危険に巻き込まれる可能性を考慮した結果の判断です。襲われてるからといって、見ず知らずの村をリスクを背負ってまで助ける必要はありません。許して下さい…」

「そんな…だって!」

「諦めて下さい、たっちさん!ギルド長の指示なんですから。」

「セバス!お前はどう思う!?」

「私は…」

「やれやれ、たっちさん!NPCに意見を求めるのは卑怯でしょう。仮に、セバスが賛成だったとしても、モモンガさんの決定に逆らえるわけないでしょう?」

「ウルベルトさん!たっちさん!お、落ち着いて下さい!」

 

言い合いになる2人。

ヘロヘロもペロロンチーノも止められない。

2人の対応に困るモモンガ。

どうすれば…

 

「1つよろしいですか、ウルベルト様?」

 

急にセバスがウルベルトに質問する。

 

「なんだい?セバス。創造主たる、たっちさんの味方でもするつもりかい?」

「ウルベルトさん!その言い方は…!」

「勝様の意見を聞いてみるのは…ダメでしょうか?」

 

この場に居ない、ギルドメンバーの勝の意見を聞くことをすすめられる。

 

「悪いがセバス、勝さんはこの場に居ないだろう?それに、伝言《メッセージ》を飛ばしても、喋れない勝さんから返事はこないぞ?」

「勝様に同行しているブラックに繋げば、連絡は取れるとは思いますが…」

「ちっ…!仮に勝さんが賛成だったとしても、3対3です!ギルド長の決定が優先されます!そうですよね?モモンガさん。」

「それは…まあ…」

 

モモンガの返事の歯切れが悪い。

モモンガ本人も、本当は助けに行きたいのだろう。

 

「ですが…ウルベルト様。おそらくですが、この村は助ける流れになると、申し上げます。」

「は?それは、どういう意味だ?セバス。」

 

皆がセバスの言葉に首を傾げる。

 

「モモンガ様。鏡をご覧下さい。私の言葉の意味が理解できるかと。」

 

モモンガが鏡を見る。そこに映っていたものは…

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

とある女性が妹と一緒に森の中を走っていた。

名前は、エンリ・エモット

妹の名前は、ネム

 

彼女達は、カルネ村という田舎の農村で暮らしていた農家の娘達だ。

しかし突如、彼女達の村に鎧を着た兵士の集団が襲撃して来た。

エンリの両親は、娘達を逃がすための時間を稼ぐために、兵士達に立ち向かって行った。

両親から、「逃げろ!」と言われ、森へと逃げたのだが、後ろから兵士達が追いかけて来ていた。

 

「待ちやがれ、女!」

「いやぁぁぁ!」

 

このままでは追いつかれる。

捕まったら殺される。

早く逃げないと!

せめて、妹だけでも!

 

「キャッ!?」

「ネム!?」

 

妹のネムが躓いて倒れる。

急いで駆け寄って起こそうとしたところで、兵士達に追いつかれてしまった。

 

「このっ!」

 

ザシュッ!

妹を守るために庇ったエンリの背中を兵士の剣が斬る。

 

「あぐぅっ!?」

「お姉ちゃん!」

 

エンリの背中から血が滲み出る。

もう、エンリに逃げる力はない。

せめて、妹だけでも逃がさないと!

だが、妹は震えていて、とても逃げれる状態ではない。

 

「クタバレ!女!」

「誰か!誰か、助けて!神様ぁぁぁぁ!」

 

エンリは死を覚悟した。

なにか大きな音がした気がしたが、もはや目を瞑るしかなかった。

 

しかし…兵士の一撃は来なかった。

恐る恐る目を開けたエンリの目に映ったのは…

 

 

 

首のない人間が、デュラハンが、

兵士の頭を銃で撃ち抜いた光景だった。

 

【よし!間に合った!危なかったー。木が邪魔で狙撃できなかったから、咄嗟にワイバーンから飛び降りて正解だった!危うく女性を守りきれないところだった。】

 

エンリは目を疑った。

バケモノであるデュラハンがいきなり現れて、自分達を襲おうとした兵士を殺したのだ。

 

「(助けてくれた!?いや、でも!まだ私達が襲われないという保証はない!)」

 

エンリは目の前のデュラハンを警戒した。

 

「バ、バケモノ!」

 

エンリを追いかけていた兵士がデュラハンを見て叫ぶ。

 

【さて…咄嗟にライフルで撃ち抜いたが、威力の低い軽機関銃はどうだ!?】

 

ガチャ!

デュラハンが軽機関銃を取り出し、兵士に向ける。

 

「ひっ!?た、助けてくれぇぇぇ!」

 

兵士が逃げ出す。

 

【逃がすか!】

 

ダララララララッ!!

軽機関銃を乱射する。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁ──!」

 

兵士が蜂の巣になり、絶命する。

 

【よし。軽機関銃でも問題なし!銃が効かなかったら、即撤退も視野にいれてたが、大丈夫そうだ!そう言えば、女性は無事かな?】

 

デュラハンがエンリの方を向く。

スタスタと、歩み寄って来る。

 

「ひっ!?」

 

いよいよ、自分達の番か…。

エンリは再び死を覚悟する。

 

しかし、デュラハンは襲って来なかった。

エンリの前に片膝をついて、なにかこちらに渡そうとしている。

赤い液体がはいった小瓶だ。

まさか、血!?

 

【あれ?怪我してるから、ポーションを渡そうと思ったのに、受け取ってくれないなぁ…。まさか、これがポーションだって理解できてない!?】

 

エンリは戸惑っている。

そこへ、ブラック達が空からやって来た。

 

「ご主人様!ご無事ですか!?」

【ブラック!丁度良かった!この人間に、ポーションの説明をして、飲ませてあげて。怪我してるんだ。】

 

「了解しました。おい!そこの人間!」

「は、はい!?」

 

エンリは、いきなり現れたブラック達に驚いている。

一見、人間に見えたが、手足の鱗や羽、尻尾で人間ではない事が理解できた。

この3人は、デュラハンとなにか関係があるのだろうか?

 

「人間、これは治癒のポーションだ。飲めば傷が治るぞ。早く飲め。」

「え!?で、でも…」

「飲まねば死ぬぞ?お前が死んだら、誰がその小娘の面倒をみるんだ?」

「わ、わかりました!飲みます!」

 

意を決して飲む。

すると、傷がみるみる回復していく。

 

「ほ、ほんとにポーションだった!」

 

エンリはさらに驚いている。

女性の傷が治ったのを見届けた勝は、ブルーとレッドに指示を出す。

 

【ブルー、レッド!村を襲ってる兵士達を殺せ!村人は傷つけるなよ!できるなら、何人か兵士を生け捕りにしろ!どこの国の兵士か、尋問したいからな!】

 

「「ガウ!(了解!)」」

 

2人が獣の如く速さで村の方に走って行く。

 

【さて…いい機会だ。ちょっと女性に質問するか。ブラック!ちょっといい?】

「何でしょう?ご主人様。」

 

ブラックに質問したい事を伝える。

 

「おい、人間。いくつか質問するが、大丈夫か?」

「は、はい!」

 

エンリは緊張する。

どんな質問をされるか予想がつかない。

 

「と、その前に自己紹介をしておこうか。私の名はブラック。竜人族だ。そして、こちらが私達のご主人様である、デュラハンの勝様だ。私達は、旅をしていてな。お前達が襲われてる現場にたまたま居合わせたので助けたのだ。」

 

「あ、ありがとうございます!私の名はエンリ・エモット。こっちは妹のネムです!」

 

いきなりの自己紹介だったが、相手の素性が知れて少し安心するエンリ。

 

「で、1つ目の質問だ。お前は魔法を知ってるか?」

「魔法…ですか?はい、知ってます。私の友人が薬師で…魔法が扱えるんです。」

 

【魔法の存在が認識されてる世界か。なら、レッドが魔法を使っても不審がられずに済むな。】

 

「2つ目、お前はドラゴンを知ってるか?」

「ドラゴンですか?実際に見たことはありませんが、カルネ村の北にある、トブの大森林のさらに北にあるアゼルリシア山脈にドラゴンが居るという伝説なら知ってますが…」

 

【おお!?こっちの世界にもドラゴンが生息してるのか!なら、これを隠れ蓑に使わせてもらおう!】

 

クイックイッと、指で合図をする勝。

ブラックが勝の方に顔近づける。

フムフムと、なにか頷いている。すると、

 

「人間よ、先程私達は旅をしていると伝えたな。実は、竜人族である私はドラゴンでもあるのだ。その証拠を見せよう。」

 

ブラックがドラゴン形態に変化する。

エンリが目を丸くしながら驚く。

 

「ほ、本当にドラゴンになった…」

「私達竜人族は人間の姿になれるからそう呼ばれている。私達はアゼルリシア山脈からやって来たのだ。」

「じゃあ、ブラックさんが山脈にいる、伝説のドラゴンなんですか?」

「いや、それとは別だ。先程いた竜人も違う。あれは私の妹達でな。ブルーとレッドという。」

「そ、そうなんですか。わかりました。」

 

ブラックが再び人型に戻る。

 

「ご主人様が、村までお前達を護衛して下さるそうだ。」

「ほ、本当ですか!?」

 

勝がスキルでチャリオットを召喚する。

 

「す、凄い…」

「さあ、人間。乗れ。」

「は、はい!」

 

勝がエンリの手をとり、チャリオットに乗せる。 続いてネムも乗せる。

 

【よし!ブラック。ブルー達が心配だから、お前もブルー達と合流して援護してやってくれ。】

「了解しました。では、人間。大人しく乗ってろよ!」

 

ブラックがシュッ!と、消える。

三姉妹で1番足が早いブラックは、もはや人間の視力では追いつけない程のスピードで移動できる。

 

【じゃあ出発するよ。】

 

勝が、エンリが落ちないように、片腕で抱き寄せる。

エンリは、その優しい動作にドキッとする。

 

「ひゃあ!あ!すっ…すみません。」

 

ネムが勝とエンリの足をつかんでバランスをとっている。

安心しているのか、ネムの顔が笑顔になっていた。

 

「(このデュラハンさんは、悪い人じゃなさそう。)」

 

【コシュタ・バワー!進め!】

 

チャリオットが発進する。

勝が片腕でエンリを支えてるため、エンリがバランスを崩さずに済んでいる。

 

「……………」

 

エンリが静かに勝を見る。

顔がないせいか、少し見る場所に困る。

でも、このデュラハンから敵意を感じる事はなかった。

兵士に追いかけられ、さっきまで恐怖でいっぱいだったのに、今では安心感すら感じる。

 

すると、勝が抱き寄せていた手で、エンリの頭を撫でた。

エンリは、その優しい手つきと暖かさをかんじる掌に、つい身を任せたくなってしまいそうになった。

 

【まだ未成年なのに、最後まで妹を護ろうとするなんて。この女性は、絶対良い人だ。異形種である私を恐れてないっぽいし。これなら村人達とも友好的な関係になれるかも!】

 

勝は、村人との友好的な接し方を模索しつつ、村の方へとチャリオットを進ませた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

一方そのころナザリックでは、ギルドメンバー達が勝の活躍を遠隔視の鏡で見ていた。

 

「流石勝さん!村人を助け、怪我まで治療するとは!」

「何か会話してますね。情報収集でもしてるんでしょうか?」

「凄いですねー、勝さん。デュラハンなのに、村人の女性と打ち解けてますよ。」

「予想外でしたね。異形種でも問題ないとは…」

 

ギルドメンバーが次々と感想を言う。

 

「すみませんが皆さん、私もこの村に行きます。勝さんだけでは心配なので。」

 

モモンガがスタッフを手にとり、立ち上がる。

 

「セバス、ナザリックの警戒レベルを最大限に引き上げろ。それと、アルベドに完全武装で来るように伝えてくれ。」

「はっ!」

 

モモンガが転移門《ゲート》を開く。

 

「じゃあ皆さん、行ってきます。」

 

ギルドメンバー達が『お気を付けて』と、声をかける。

モモンガが転移門《ゲート》に向かって進み始めた。

 




今回はちょっと短めでしたかね。
更新はぼちぼちやって行きます。


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第6話 カルネ村

その2人は突然現れた。
村をあらかた占領し、村人を集めて殺す予定だった我々の前に。

その2人は問答無用だった。
立ち向かう者、
逃げる者、
恐怖に怯える者、
目の前の真実を受け入れられずにただ立ち尽くす者。
だが、そんなの関係無いと言わんばかりに、
兵士だけを淡々と殺していく。

その2人は人間ではなかった。
鱗のような手足、竜のような尻尾。
その2つが、彼女らが人間ではないことを教えていた。

その2人は美人だった。
人間のような容姿に美しい顔立ち。
綺麗な金髪と抜群のスタイルは、この世の全ての男が魅了されてしまうのではないか、と言っても過言ではない。

その2人は強かった。
ある者は、頭を殴られ一撃で粉砕された。
ある者は、鋭利な爪で首を切断された。
ある者は、尻尾で鎧ごと貫かれた。


「な、なんなんだ!?コイツらは!?」
「兵士だけを的確に殺してるぞ!」
「駄目だ!剣が効かねぇ!見えない鎧でも着てるのか!?」
「こんなのどうしろってんだ!?」

兵士達が混乱している。
突然現れた2人に次々と仲間が殺されていく。

「お、お前達!何してる!あの怪物を倒せ!」

兵士の隊長が叫ぶ。
しかし、無駄だった。
誰も戦おうとしない。
当然だ。前に出れば確実に殺される。
殺されていく兵士は怪物の近くにいた者達だ。

「お、俺は、こんな所で死んでいい人間じゃあないんだ!誰か!俺を守れ!」

周りを見渡す隊長。
だが、残ってる味方はあとわずか。
せいぜい、8人程だ。
村人を見張らせていた4人の兵士、怪物に剣を構えてる3人の兵士と副隊長のみ。

勝てない

すぐに予想できた。
たくさんいた兵士達が、あの2人の怪物に殺られたのだ。
これだけの戦力で勝てるはずがない。

「ぎゃああっ!?」
「がふっ!?」
「た、助け…!あがっ!?」

兵士3人が殺された。
それを見た隊長は

逃げ出した

部下を見捨て、馬が止めてある場所に走りだす。

「隊長!?待って下さい!隊長ぉ!」

副隊長の声がしたが、もはや構ってられない。
一刻も早く逃げたかった。助かりたかった。

「ひっ!?来るな!来るなぁぁぁぁ!うわぁぁ!」

副隊長の声が聞こえた。
走りながら振り返ると、副隊長の首が無くなり、血が吹き出ていた。
副隊長を殺した怪物の目と自分の目が合う。

次は自分が殺される!

隊長はそう思った。
だが、怪物は隊長を見るのをやめ、村人達の側にいる兵士達の方へと歩いていく。

助かった!まだ、助かる!

隊長はそう思った。
しかし、その思いはすぐに消えた。

「情けない人間め。仲間を見捨てるか。」
「え?」

突如、背後から声がした。
確認しようと正面を見ようとする。
が、できなかった。
なぜなら…

隊長の首が地面に落下したからだ。
血を吹き出しながら、隊長の身体が倒れる。

「貴様のような最低な上司は、頭も最低な位置にある方がお似合いだぞ?」

死に行く意識の中、首だけになった隊長は見た。
黒いツインテールの女の怪物が、血の付いた刀を持ってこちらを見下ろす姿を。




ブラック、ブルー、レッドの3人は、

村を襲撃していた兵士4人を捕らえて、残りは殲滅した。

 

ブラックが集められていた村人に言う。

 

「村人達よ、聞け!この村を襲撃していた兵士達は、我々が撃退した。この村はもう安全だ。それと、我々はお前達村人に危害を加える気はない。だから安心してほしい。」

 

村人達の安堵する声がする。

 

「この村の村長は居るか?」

「わ、私ですが…」

「お前が村長か。(じき)に我々の主人がここに来る。我々の主人は、貴様との対話を望んでおられる。問題ないな?」

「は、はい…。」

 

村長も村人達も、まだブラック達に怯えている。

 

「そう言えば、我々の主人が女性と子供を先程森で助けていたな。名前は確か…エンリとか言う名前だった。この村の住人か?」

「そ、そうです!よかった!あの子達も無事だったか!」

「我々の主人はとても優しい御方だ。そう怯えなくて大丈夫だぞ?」

 

ブラックなりに気を遣ったつもりだったが、口調のせいで威圧感が残っている。

村長が恐る恐る聞いてくる。

 

「あの、貴方がたのお名前をお聞きしても?」

「私の名前はブラック。あちらの2人は妹のブルーとレッド。我々は竜人族という種族で、人型に変身できるドラゴンだ。」

「ど、ドラゴン!?」

「我々はアゼルリシア山脈からやって来た。主人と旅をしている途中、この村が襲われていたので助けに来たのだ。」

 

村人達がザワザワと話だす。

ブラック達の素性を知って、恐怖が安らいだのだろう。

 

「む?村長、我らの主人が到着したようだ。」

 

ブラック達の視線の先を見る。

村長も村人達も、ブラック達の主人がどんな人物か気になっていたからだ。

 

やって来たのは、首無し馬のチャリオットに乗ったエンリとネム、そして…

 

「あ、あれが…あの方がブラック様達の主人なのですか?」

「そうだ。我らのご主人様である、デュラハンの勝様だ。」

 

首の無い人間、いやアンデッドのデュラハンが、チャリオットを止め、エンリ達を優しくチャリオットから降ろしている。

 

「あ、ありがとうございます。」

 

お礼の言葉に対し、Goodポーズで返す。

 

「村長さん、みんな、無事ですか!?」

 

エンリ達が村人達の方に駆けて行く。

 

「おお、エンリちゃん。無事でよかった。こっちは何人か死人が出たが、村人の大半は無事だよ。」

「私達は、兵士達に殺されそうになっていたところを

このデュラハンさんに助けていただいたんです。」

 

エンリの言葉に合わせるように、勝がお辞儀をする。

 

「そうか…。あの、勝様…でよろしかったでしょうかか?私達の村を救っていただき、本当に感謝しております。ありがとうございます。」

 

村長と握手をする。

 

【いえいえ、お構いなく。当然の事をしたまでです。】

「ご主人様が、当然の事をしたまでだ。と、おっしゃってる。」

「え?あ、そうなのですか?」

 

勝が喋らない事に疑問を抱いているのだろう。

 

「言い忘れていたが、ご主人様はこの通り頭がなくてな。他人と会話ができぬのだ。妹達も、人語を理解できるが人語を話せない、という欠点がある。私が代弁者を務めている。」

「な、なるほど。そう言う事だったのですね。」

 

エンリ達も、勝が喋らない理由がわかって安堵していた。

チャリオットに乗ってるとき、ずっと無言で会話がなかったからだ。

 

「えーと、それで勝様。村を救っていただいたお礼に、なにか差し上げたいのですが…なにぶん、小さな村ですので、たいした額のお金はお渡しできません。」

 

村長はお礼代わりに金銭を渡してくれるようだ。

しかし、襲撃にあって多少被害がある村から金銭を貰う気にはなれなかった。

 

「村長よ。ご主人様はこうおっしゃってる。お金は要らない。村の修繕費にでもまわしてくれ、と。」

「それは、私達にとってはありがたい事ではありますが…」

 

お金を貰わないどころか、村の事を気遣ってくれている勝に、村長達は感動する。

しかし、村を救ってくれた人物にお礼もしないのは気が引ける。

 

「では、代わりに情報が欲しいそうだ。我々は、アゼルリシア山脈に引きこもって居たせいか、今の世界情勢を知らないのだ。知っている範囲、わかる範囲の情報を提供して貰えると助かる。と、ご主人様はおっしゃってる。」

「そうですか!わかりました。では、私の家でお話しましょう!」

 

村長の家へと歩き出す。すると…

 

「よろしければ、私達も交ぜていただいてもよろしいかな?」

 

突然、空から声がする。

全員が見上げると、そこに居たのは2人の人物だった。

 

「貴方々は?」

「これは失礼。私達はそこのデュラハンの知り合いです。私の名前は、『アインズ・ウール・ゴウン』。アインズとお呼び下さい。」

「私はアルベドと言います。アインズ様の護衛です。」

 

完全武装状態のアルベドと、嫉妬マスクを付けたモモンガが浮遊した状態で挨拶をしている。

村長が本当に知り合いかどうかコチラに視線を送る。

 

【素顔を隠し、ギルド名を偽名代わりに使ってるって事は、正体を隠す流れか。ブラック、モモンガ…いや、アインズさんの芝居に合わせて!】

 

ブラックがコクっと頷く。

 

「これは、アインズ様。アインズ様もおいでになられるとは。ご主人様が心配で、来てしまわれたのですか?」

「ん?ああ、そんなところだ。勝さんだけでは、会話が難しいと思ってな。」

 

ゆっくりと降りて来るアインズ。

 

「村長さん。私は山奥に居を構えているマジックキャスターでして、勝さんとは友達なのです。私も勝さんと同じで世界情勢が知りたく思っています。同行してもよろしいですか?」

「は、はい。私達は構いませんが…」

「なら、一緒に行きましょうか、勝さん。」

 

勝とアインズが一緒に並んで歩く。

その後ろにブラック達とアルベドが続いて歩く。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

アインズのおかげで、村長との話し合いはスムーズに進んだ。

村長や村人達も、いきなり現れたアインズに警戒心をあまり抱かず、普通に話せていた。

 

世界情勢に関して得た情報をシンプルにまとめると、

3つの国家が争いあってるらしい。

 

村長が見せてくれた地図によると、

カルネ村の近くに『エ・ランテル』という大都市がある。この『エ・ランテル』が地図の真ん中にある。

 

まず、エ・ランテルの北西側がリ・エスティーゼ王国。

カルネ村とエ・ランテルも、この王国の領土らしい。

 

次に、北東側がバハルス帝国。

王国と戦争を続けてる国だ。

 

最後に、南側にあるスレイン法国。

王国と帝国のあいだにあり、この法国も戦争に加わっているが、積極的な戦争はしていないらしい。

 

北側には、トブの大森林という森が広がり、さらに北にはアゼルリシア山脈がある。

この山脈があるおかげで、王国と帝国の大激突が防がれている。

 

南東側に、王国と帝国の戦争がよく行われていたカッツェ平野が存在する。

戦争跡地という事もあってか、アンデッドがよく現れるそうだ。

そして、そのカッツェ平野のさらに南東側に竜王国という国が存在するという。

 

【竜王国かー。気になるなー、その国。ドラゴンとなにか関係あるかな?】

「竜王《ドラゴンロード》が支配しているという可能性は?」

【この世界にも竜王《ドラゴンロード》がいるなら、是非会いたいものだ。】

 

 

 

次に、この世界には『冒険者』と呼ばれる職業が存在する。

冒険者には誰でもなれるらしいが、異形種も冒険者になれるのだろうか?

 

冒険者の職業は、冒険者組合から依頼を引き受け、達成した内容で報酬が貰えるらしい。

また、冒険者にはランクが存在し、ランクの高い冒険者には同ランクの依頼が来る。

ランクが高いほど危険度が上がるが、報酬も上がる。

 

冒険者のランクは、

 

《カッパー》

《アイアン》

《シルバー》

《ゴールド》

《プラチナ》

《ミスリル》

《オリハルコン》

《アダマンタイト》

 

の8つのランクがある。

1番高いランクのアダマンタイトは、もはや伝説と呼ばれるほどの実力者達がなれるランクらしい。

 

 

【冒険者か。私もなれるかな?】

「ご主人様なら、すぐにアダマンタイト級冒険者になれますよ。」

【私もお前達も異形種だぞ?まず冒険者として認めてもらえるのかどうかが問題じゃないか?】

「う…。それもそうですね…」

 

【それに、どう頑張っても最初は最低ランクのカッパーからだ。最低ランクの依頼なんて、人間達の荷物運びや薬草採取などの地味でつまんないものばかりだぞ?私は平気だが、お前達はどうだ?威厳あるドラゴンが、人間達にアゴで使われるんだぞ?耐えられるのか?】

 

「ご主人様が耐えるのなら、私達も耐えます!」

【本当か〜?『人間の分際で、私達のご主人様に荷物運びをさせるつもりかー!』とか、言ったりしそうw】

「うー…それは、やってしまうかもしれません…。」

 

【頑張って耐えろよw冒険者という職業は、信頼性が1番響くんだ。カッパーの依頼もろくにできない冒険者に高いランクの依頼は任せられない、という感じでな。トラブルばかり起こす冒険者も同様だな。】

「はい…できる限り頑張ります…。」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「だいたいの情報は得られましたね。」

 

アインズと村長の会話に一通りの区切りがついた。

 

「他になにか聞きたい事はありますか?」

 

村長が訪ねてくる。

すると、勝が手を上げる。

 

「何でしょうか?」

「村長、ドラゴンに関する情報はないか?過去の歴史や伝説など、なんでもいい。ご主人様はドラゴンに関する情報が欲しい、とおっしゃっている。」

 

少し考える村長。

 

「そうですね…約500年程前に、竜王達が支配していた時代があった。という歴史ならありますね。」

 

【おお!?そんな過去が!】

 

「ですが、八欲王なる者が現れ、竜王を含むドラゴン達をほとんど狩り尽くしたそうです。」

 

【な、なんだとぉー!?竜狩りか何かか?ソイツ!】

 

 

村長の話によれば、

八欲王とドラゴン達はなんども殺し合い、八欲王も死んでは復活を繰り返しながらドラゴンをほとんど殺し尽くしたそうだ。

ただ、八欲王との戦いに参加しなかったドラゴンが今も生き残っている、という噂もあるらしい。

 

「なるほど。私達の先祖は、八欲王との戦いから生き延びたドラゴンという事になりますね。」

 

アゼルリシア山脈から来た事にしている勝達は、少しでも信用してもらうために、ドラゴンの逸話や歴史を組み込んでおく必要がある。

勝が召喚する竜王《ドラゴンロード》との辻褄を合わせる意味も兼ねている。

 

【竜王《ドラゴンロード》を召喚できる理由としては、今の情報でなんとか下地はつくれそうだな。私がどういう存在なのか、という設定を作っておけば、聞かれたときに役立つしな!】

「設定?ですか?」

【ああ。例えばだ…。】

 

 

①勝が何者か聞かれたとき。

 

私は500年前の人間の身体から生まれたデュラハンだ。

 

②君が500年前の人間だという証拠は?

 

500年前に存在した竜王達を召喚できる。

 

③500年前の出来事を話して欲しい。

あるいは、生前の記憶でも構わない。

 

デュラハンとして蘇った時に、過去の出来事や記憶が喪失したため、ほとんど覚えてない。

 

④過去の伝承や逸話などを調べたが、『勝』という竜騎兵の英雄や人物は発見されていない。

 

大量に居たドラゴンの内の1匹に、私が乗ってたなんて、昔の人達が気付くとでも?

八欲王との戦いに参加していたにしても、

ドラゴンの活躍ばかり目立って、私の活躍なんて歴史書にすら載らなかったんだと思います。

 

 

【…という言い訳ができるだろ?】

「なるほど!流石ご主人様。」

【後は、召喚した竜王達に、500年前の滅んだ竜王達のフリをしてもらえれば完璧だ。私の事を、500年前に一緒に戦ってくれた人間である、と竜王達が証言すれば、誰も疑わないだろ?】

「上手い作戦です!それで行きましょう!」

 

少々強引な設定ではあるが、これでゴリ押しするしかない。

 

【後でアインズさんにも話しておくか。】

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

村長から最低限必要だった情報は得られた。

村長の家から出て歩きながら、勝がアインズに話しかけた。

先程考えた『竜騎兵・勝の偽プロフィール設定』を教える。

 

「…という設定なんですが、どうでしょうか?アインズ様。」

「うーん…悪くはないですが、500年前の竜王が今も生き残ってて、『勝という人物は知らない』とか、言われたらアウトでは?」

「知らないのは貴様が八欲王との戦いに参加しなかったからだろう?と、切り返すつもりらしいです。」

「うわーwホントに強引ですね、それw」

 

アインズが笑う。

 

「あ!勝さんに言い忘れてた事がありました。」

【ん?】

「何でしょうか?アインズ様。」

「私達が村に現れる少し前、勝さん達は村長と会話してましたよね?実は、あの時にブラック達が捕まえた兵士達をにがしたんですよ。」

「え!?捕まえた兵士達を逃がしたのですか?」

【…もしかして、宣伝目的かな?】

 

アインズが兵士達を逃がした理由をすぐに察する勝。ブラック達はまだ理解が追いついていない。

 

「どういう事ですか?ご主人様。」

【あれだよあれ。わざと逃がす事で兵士達の上司に、我々の存在を教えるためさ。『この村は我々、アインズ・ウール・ゴウンの領地だ!再び手を出せば、次は貴様達の国に死を送るぞ!』的な脅しを添えれば、さらに効果的だ。敵はアインズを恐れて迂闊に攻撃して来ないし、敵の軍勢にアインズの噂が流れるだろ?】

 

「なるほど!流石アインズ様!」

 

先程の兵士達が所属する国家にプレイヤーがいる可能性もあるが、アインズ・ウール・ゴウンの恐ろしさはユグドラシルプレイヤーなら誰でも知っているはず。敵対は避けると思うが…。

 

【というか、人には戦闘避けろとか言ってたくせに、アインズさんが真っ先に国に喧嘩売ってるじゃんw】

「言われてみれば、そうですね。アインズ様が誰よりも先に敵国に喧嘩を売った形になりますね。」

「は!?私とした事が、なんて些細なミスを!」

「しかも、村にいた兵士達を捕まえたのが私達で、兵士達を逃がしたのがアインズ様なので、逃げた兵士達はご主人様の事を知りませんよね?ご主人様の情報は一切流れないのでは?」

【えー!?私が1番最初に村人助けたのにー。】

「まあ、カルネ村の人達が勝さんの情報を流すでしょ。むしろ、敵側に勝さんの情報が行かなかったぶん、良かったのでは?」

【それはそうだけどさー……ん?】

 

話しながら歩いていると、村人達が墓を作って埋葬していた。襲撃で殺された人達の墓なのだろう。

村人達が墓のまえで葬儀を行っており、その中にはエンリとネムもいた。

沢山ある墓の1つに花をお供えしている。

恐らく、エンリ達の家族の墓だろう。

エンリもネムも墓の前で泣いている。

 

【…彼女達も、大切なものを失ってしまったのか…】

「え?ご主人様、それはどういう…」

【いや、気にするな。私の独り言だ。】

 

動物園が閉園になったときに会えなくなった動物達の事を思い出す。

会えなくなる悲しみと、

大切なものを奪われ、失う辛さを。

 

自分はまだ良い方だ。死に別れた訳では無いのだから。

しかし、エンリ達は違う。

彼女達はもう、どんなに頑張っても…家族には会えない。

 

【大切なものを奪われるのも、大切なものを失うのも、もう二度とゴメンだ。奪われるなら…失うくらいなら、全てを敵にまわしてでも守り抜く。ナザリックの全てを!そして…】

 

勝がブラックの手を握る。

 

【お前達3人もな。】

「…ご主人様…」

 

ブラック達が照れる表情をする。

何がなんでも、この3人は守るんだ。私の手で。

 

勝が、ブラック達を連れてエンリ達の元に近寄っていく。

持ち物から、『しあわせ草』を取り出す。

 

ユグドラシルのアイテムの1つ、しあわせ草。

見た目は、とても美しい花がついた薬草型アイテムだ。

使用するとレベルが上がるレベルアップ用アイテムだが、既にLv100のプレイヤーには不要なアイテムでもある。

 

しあわせ草をエンリの家族の墓にお供えする。

村人達が勝のとった行動を不思議そうに見る。

 

「あ…ありがとうございます。勝様。」

【すまない…助けてあげられなくて。私がもっと早く来ていれば…】

「ご主人様が気に病むことはありませんよ。」

「え…?ブラックさん、どういう意味ですか?」

「ご主人様は、こうおっしゃってます。自分達がもっと早くカルネ村に来ていれば、被害が少なくすんだのでは…と。」

「そ、そんな!勝様達が来て下さって…村を救って下さっただけでも感謝しています!村人達全員がそう思っているはずです。」

「…そうですか。そう言って頂けるなら、ご主人様も安心できます。」

【ホントに優しい方達だ。できる事なら、この村の人達がまた同じ被害にあわない事を祈ろう。】

 

 

村人達の優しさを実感した矢先に、アインズが勝の名前を呼ぶ。

呼んだ理由を聞くと、

 

「先程村人達から報告がありました。騎士風の1団が、コチラに向かってきてるそうです。」

「村を襲撃していた奴らの仲間でしょうか?」

「わかりません。ひとまず、私達と村長が外で待ち受け、村人達は倉庫に集まって避難する方針で行く予定です。」

【襲撃犯と同じ兵士達なら、捕まえるか、最悪皆殺しかな。】

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

夕方・カルネ村

 

騎士風の1団が馬に乗ってやって来た。

1団のリーダーらしき人物が近づいて来る。

 

東洋人を思わせる顔つきに、鍛え上げられた屈強な肉体が目立つ。

 

出迎えたのは、村長とアインズ&アルベド、勝&ブラック達だ。

勝はあえて村長の隣に立っている。

村長が、隣に居る勝さんに警戒心を抱いていない事を知ってもらうためだ。

 

「私はリ・エスティーゼ王国の王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフだ。」

「王国戦士長!?」

 

村長が驚いている。

 

「王の命により、国境付近を荒らし回っている者達を討伐するため、村々を回っている。貴方が村長か?」

「はい。私がカルネ村の村長です。」

「それで…其方の方々は?」

 

戦士長がアインズ達に目を向ける。

アインズが一歩前に出て挨拶をする。

 

「初めまして、王国戦士長殿。私は、アインズ・ウール・ゴウンといいます。アインズと呼んで下さい。山奥の辺境住んでいる、しがないマジックキャスターです。この村が兵士達に襲われていましたので助けた者です。」

「それは本当か!?」

 

戦士長が下馬して頭を下げる。

 

「村を救っていただき、感謝する!」

 

まさか王国の戦士長が頭を下げ、感謝の言葉まで言うとは!意外と好感が持てるぞ!この戦士長さんは!

 

「あー…申し訳ありませんが、実際に村を救ったのは私ではなく、そちらのデュラハンのメンバーです。私は後から駆けつけただけなんですよ。」

「こ、これは失礼した。えーと…そちらのデュラハン殿、本当に感謝する!」

 

戦士長が勝の前でお礼を言う。

勝は、返事の代わりに戦士長と握手をする。

 

「ガゼフさん、少しよろしいですか?」

 

ブラックが戦士長に話しかける。

 

「何かな?」

「私の名前はブラックと言います。コチラは妹のブルーとレッドです。私達は竜人でドラゴンに変身できる種族です。」

「ドラゴン…ですか?」

「ええ。それと、そちらのデュラハンが、我々のご主人様である勝様といいます。」

 

勝がお辞儀をする。

 

「これはどうも、ご親切に。貴方々も、村を救って下さったのかな?」

「ご主人様が最初に村人を助けました。その後、ご主人様の命でカルネ村を襲撃していた兵士達を我々が殲滅しました。」

「そうでしたか。ブラック殿達にも礼を言おう。感謝する。」

 

何度も礼を言ってくれる戦士長を見て、アインズと勝は、ガゼフ・ストロノーフという人物が信用できる相手と判断した。

 

すると、王国兵の1人がやって来てガゼフに報告している。

 

「戦士長、周囲に人影があります!村を等間隔に包囲しているようです。」

「何だと!?」

 

【今度こそ、敵の援軍か?いろいろ起きすぎて、独断で動く訳にもいかんしなぁ…】

「そうかもしれませんね。どうなさいますか?アインズ様。」

 

状況が状況なだけに、ギルド長に判断を仰ぐ。

 

「全員、建物に入って様子を見ましょう。攻めてくるなら迎撃しますが、攻めて来ないなら別の作戦を考えましょう。それでいいですか?戦士長殿。」

「ああ。ひとまずゴウン殿の指示に従おう。」

 

次から次に起こる状況変化に勝は思った。

 

【偵察(散歩)から始まった外出が、とんでもない展開になったなぁ…】

 

 




チビチビと更新していきます。
しばらくは、細かいストーリー展開になるかもしれませんね(笑)


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第7話 闇と光

「獲物は檻に入った。汝らの信仰を神に捧げよ。」

25人程の部下に指示を出しているのは、
陽光聖典の隊長、ニグン・グリッド・ルーイン。

スレイン法国神官長直轄特殊工作部隊
六色聖典の一つ『陽光聖典』
亜人の村落の殲滅などを基本任務としている部隊である。

陽光聖典に今回与えられた任務は、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの抹殺である。

都市エ・ランテルの周辺の村々を、バハルス帝国の鎧を着たスレイン法国の兵士達に襲わせて偽装工作を行い、王国の王都からガゼフ・ストロノーフの部隊を派遣させ、誘き出す作戦は成功した。

ガゼフ・ストロノーフの部隊は襲われた村々の生き残りの村人達を救助し、医療施設に輸送するための部隊の編成をするなどを行ったせいで少しずつ人数が減っている。
今では約20人程の数しかいない。

陽光聖典の兵士達は第3階位の魔術が扱える。
さらに、炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)の召喚も行える精鋭部隊だ。
しかも、味方の天使を強くする、監視の権天使(プリンシパリティ・オブ・ザ・ベーション)まで従えさせている。

ガゼフ・ストロノーフを確実に抹殺できる戦力だと、ニグンは確信していた。
それに、ニグンには切り札もある。
神官長から直接頂いた、魔封じの水晶だ。
最高位の天使が封じ込めてあり、第7階位の魔法が使える、最高戦力だ。

負けるはずがない。

ニグンの心は自信に満ちていた。

だが、1つだけ問題がある。
村を襲わせていた囮部隊が襲撃されたそうだ。
生き残った部下達からの報告によると、
アインズ・ウール・ゴウンと名乗るマジックキャスターが現れ、怪物三体を使役して襲ってきたそうだ。
部隊はほぼ壊滅。
謎のマジックキャスターは警告を発し、『村を襲うな。従わぬなら貴様達の国に死をもたらす』、という。

自分達の狙いはあくまでガゼフ・ストロノーフだ。
ヤツが村の外に出た所を襲えば問題ない。

が、アインズ・ウール・ゴウンなるマジックキャスターの存在は無視できない。
念の為、自国に連絡用の兵士を送る。
今後の事を考え、自国の諜報機関にアインズ・ウール・ゴウンについて調べてもらうとしよう。

「ニグン隊長、村に動きがありました。ガゼフ・ストロノーフが村を出るみたいです。」

「きたか…」

ニグンが部下達の方を向く。

「では、作戦を開始する。」



ー時間は少し遡るー

 

「恐らく、村を囲んでいる部隊はスレイン法国の精鋭部隊、陽光聖典だろうな。あれだけの天使を召喚できる魔術師はスレイン法国ぐらいしかいない。」

 

外の様子を窺いながらガゼフは言う。

村の外には、村を等間隔で囲むように兵士達と召喚された天使が見張っている。

 

「では…村を襲撃していた部隊もおそらく…」

「スレイン法国の偽装だな。ゴウン殿が逃がした兵士達のタイミングからして、まず間違いないだろう。」

 

アインズと戦士長が状況確認をしている。

勝も外の様子を窺いつつ、ブラック達にヒソヒソ話しかける。

 

【あれは、、炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)だな。とうとう、ユグドラシルのモンスターまで出てきたか。】

「スレイン法国にはプレイヤーがいるのでしょうか?」

【んー…たぶん違うな。もし、スレイン法国にプレイヤーが居て、アインズ・ウール・ゴウンの名前を聞いて部隊を派遣したにしても、『割にあってない』。】

 

勝の言葉に、ブラック達が首を傾げる。

 

「割にあってない。とは、どういう意味でしょうか?」

【私達のギルドは有名なんだ。無論、その強さもな。我々を打倒するために寄越した部隊にしては、あの天使は『弱過ぎる』んだよ。あんな雑魚天使では、プレアデスでも余裕で倒せる。対プレイヤー用の部隊ではないって事さ。】

「な、なるほど。流石ご主人様。」

【敵が村に攻めて来ないのは、アインズの警告が効いてる証拠だ。が、敵が撤退しないと言う事は、何か別の目的があるからだろうな。】

「その、別の目的とは?」

【戦士長だよ。さっき村長から聞いたんだけど、あのガゼフって人、王国で最強の人物らしいよ。】

「あの人間がですか!?」

 

ブラックは驚いている。無理もない。

最強と呼ばれているガゼフ・ストロノーフは、どうみても弱いのだ。

少なくとも、ユグドラシルから来た我々からしてみればだが。

あの戦士長の強さで王国最強なら一般の兵士達は『さらに弱い』のだ。

 

逆に考えると、ガゼフの強さは、外にいる天使より少し強い程度と言える。

陽光聖典なる部隊が王国最強の戦士長を誘き出し、抹殺しようと考えていたとすれば、外に展開されている天使達を総動員すれば、ガゼフを殺せる戦力になるだろう。

 

【つまり、外にいる部隊は戦士長を抹殺するための部隊って事さ。戦士長の強さをこの転移世界の基準にして換算すると、外の部隊が精鋭と呼ばれるのも納得できる。】

「なら、そこまで警戒する必要はないのでは?」

【それは短慮がすぎるぞ、ブラック。我々以外のユグドラシルプレイヤーがスレイン法国に居るかもしれないからな。プレイヤーからワールドアイテムや武器・武具などを友好の証として、スレイン法国の兵士達が借り受けてる可能性もありえる。常に警戒はして置くべきだぞ。】

「し、失礼しました、ご主人様!」

【それに、奴らは天使を召喚できる。外にいるのは雑魚だが、スレイン法国内部には最高位の天使を召喚できる魔術師が居ました、みたいな事もありえるからな。最高位の天使、熾天使(セラフ)とか召喚されたら、私もアインズも本気を出して対応しなきゃいけなくなる。】

「ご主人様やアインズ様ですら本気を出さないといけない敵がいるかもしれないとは…」

【ユグドラシルでは、私より強いプレイヤーやモンスターは山ほどいたからな。ギルドメンバー41人で強さを競ったら、私なんてせいぜい真ん中ぐらいだよ。たぶん…。】

 

ワールドアイテムを所有している今の自分なら、もう少し上に行けるかもだが、アイテムの力に頼った時点で負けのようにも思える。

 

勝が考えこんでいた時、急にガゼフから声をかけられる。

 

「ゴウン殿、勝殿、私に雇われないか?」

【え?】

「ふむ…」

 

突然の誘いに、理解が追いついていない勝。

 

「つまり、協力してくれないか?という事ですか?」

「ああ。報酬は王国に帰ってからになるが、それなりの額を用意しよう。」

【なるほど。そう言う事か。うーむ…】

 

これはまたとないチャンスではないか?

王国に恩を売れば王国の後ろ盾を得られるし、王様から感謝されれば、我々が悪い集団ではないと認めて貰えるかも!

 

「どうだろうか?ゴウン殿。」

「お断りさせていただきます。」

「…そうか。それは仕方ないな。」

 

アインズは断るのか。まあ、他国同士のいざこざにあまり関わって、面倒事が増えるのも問題ではあるが…

 

「勝殿は?」

【雇ってもらおうかな。】

「戦士長に協力するそうです。」

「そ、それは本当か!?ありがたい!」

「ええ!?勝さん、どういうつもりですか?」

 

理由を尋ねるアインズに、少し考えてから自分の意見を伝える。

 

「えーと、ご主人様はこうおっしゃってます。」

 

①王国に恩を売れば、王国の後ろ盾を得られる可能性がある事。

 

②戦士長と行動をともにすれば、異形種である自分達が怖がられずに済む事。

 

③ドラゴンを連れて行動したら必ず目立ってしまうので、王国の協力を得て広報してもらう事で、自分達の信頼性と安全性を伝えてもらえる事。

 

「以上が、ご主人様の考えです。」

「うーむ…確かに勝さん達はどうしても目立ってしまいますから、怖がられるよりはマシかも知れませんが…」

 

悩むアインズをしりめに、勝が戦士長と取り引きを始める。

 

「戦士長、ご主人様から報酬の件でお願いがあるそうです。」

「何かな?勝殿。」

「国王公認の冒険者にしてもらいたい。との事です。」

「冒険者…ですか?」

「はい。冒険者として、王国で活動したいと言えば、王様も王国の国民も安心するのでは?と、ご主人様はお考えです。異形種である我々が冒険者になれるかどうかはわかりませんが、ドラゴンを連れた異形種が王国の領土内をフラフラするよりは、冒険者として活動させて監視する方が楽でしょう?」

「それは…そうだな。一理ある。」

「それに、王国は帝国と戦争をしているらしいですね。ご主人様が帝国側に雇われたら、王国にとってかなりの痛手になるかもしれませんよ?」

「!!…それも、そうか。わかった!王の決定次第だが、私もなるべく強く進言してみよう!」

「では、交渉成立ですね。」

 

勝と戦士長が握手する。

 

【なら、私達の実力を戦士長の前で見せる必要があるか。】

「そうですね。スレイン法国の精鋭部隊をぶっ潰しましょう!」

「「ガウー!」」

 

勝達がヤル気満々になる。

 

「はぁー…仕方ありませんね。勝さん、気を付けて下さいね。」

 

アインズが諦め顔で言う。

勝がGoodポーズで返す。

 

「戦士長殿、私とアルベドはこの村に残り、村を守ろうと思います。それでいいですか?」

「構わない。ゴウン殿にも感謝する。この村を救って頂いて、本当に。」

「お気になさらずに。乗りかかった船というヤツですよ。せっかく助けた村が、また襲われるのは後味悪いですから。」

 

戦士長がアインズとも握手する。

 

「では勝殿、この後の作戦に関して、なにか妙案があるなら聞きたい。」

 

少し腕を組み、考える。

本来なら、戦争すらした事がない勝に戦略など無理なのだが、何故かいろいろな作戦が思いつく。

自分の職業の1つである『将軍(ジェネラル)』の影響だろうか?

とにかく、最も効果的な作戦を選ぶ。そして

 

「では、ご主人様の作戦を伝えます。」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーそして現在ー

 

ガゼフ・ストロノーフの部隊がカルネ村を離れ、都市エ・ランテルへ続く道を馬に乗って走っていた。

カルネ村を包囲していた部隊は、ガゼフの部隊の出発を確認するやいなや何処かに消えた。

しばらく走っていると、前方にスレイン法国の精鋭部隊、陽光聖典が現れる。

先回りしてガゼフの部隊を待ち伏せしていたようだ。

 

「よし!ここまでは作戦通りだ!後は勝殿達が来るまで持ちこたえられるかどうかだ!全員、武器を持て!奴らをできる限り、俺たちに引きつけるんだ!」

「「「了解!」」」

 

勝の作戦は実にシンプルな内容だった。

戦士長もアインズも納得の作戦だった。

 

ガゼフ隊が天使の群れに突っ込む。

スレイン法国の部隊は、天使を前面に出し、後方から魔術で攻撃してガゼフ隊を迎撃する。

 

ガゼフ隊と天使達が乱戦状態になる。

ガゼフの隊員は防御で固め、ガゼフが懸命に天使を切り払って行く。

 

「武技・四光連斬!」

 

ガゼフが武技を発動させ、天使4体を横薙ぎで切る。

それを見た王国兵達が歓声を上げる。

 

「凄い!流石が戦士長だ!」

「我らが戦士長は無敵だ!」

 

ガゼフの戦いぶりを見た陽光聖典の魔術師達がガゼフに集中攻撃を浴びせる。

 

「ぐっ…!?流石に魔法の集中攻撃は避けきれん!くそ!」

 

ガゼフが怯んだ隙に、魔術師達が天使を再召喚させ、戦力を補充する。

敵の見事な連携に、ガゼフ隊がどんどん劣勢になる。

 

「フッ…哀れだな、ガゼフ・ストロノーフ。仲間を守るために無駄に体力を消耗し、自分を窮地に追い込むとはな。」

 

陽光聖典の指揮官らしい男がガゼフに語りかける。

 

「ハッ!それはどうかな?窮地に立たされてるのは、むしろお前達かも知れんぞ?」

「フン!強がりはよせ、ガゼフ・ストロノーフ。既にボロボロのお前達に何ができる!」

 

ガゼフ隊は負傷者だらけで、今にも全滅する寸前だった。

かく言うガゼフも、天使の攻撃や魔法で傷だらけだ。

 

「…スレイン法国の指揮官に問う!俺を殺した後はどうするのだ!?あの村も襲うのか!?」

 

ガゼフが敵の指揮官に質問をする。村が襲われる可能性を知りたかったからだ。

 

「この状況で村の心配か?本当に哀れだな、ガゼフ・ストロノーフ。安心しろ。お前を殺した後は、あの村も壊滅させる。」

 

すると、ガゼフがニヤリと笑う。

敵の指揮官、ニグンが不思議そうな顔をする。

 

「何がおかしい、ガゼフ・ストロノーフ。」

「…あの村には、私より強い御仁がいるぞ?」

「ほう?それは、アインズ・ウール・ゴウンとか言うマジックキャスターの事か?」

「それもあるが、それとはさらに別だ。」

「何!?」

 

王国最強のガゼフ・ストロノーフすら認める強者が他にもいる?

一瞬、焦りを見せたニグンだったが、すぐに冷静に戻す。

 

「それがどうした!どうせ貴様はここで死ぬ運命なのだ。その強者も、お前を殺してから処理してやる!天使達よ、ガゼフ・ストロノーフを取り囲め!」

 

天使達がガゼフを取り囲む。

ガゼフ隊と戦っていた天使達も混ざっている。

戦士長を助けようと、隊員達が動こうとするが、ケガのせいで走れない。

 

「さらばだ、ガゼフ・ストロノーフ。無駄な足掻きを止め、そこで大人しく横になれ。せめてのもの情けに苦痛なく殺してやる。」

 

天使達がガゼフにトドメを刺そうと、動き出す。

 

 

その瞬間、天使達に銃弾の雨が降り注いだ。

天使だけを綺麗に撃ち抜き、ガゼフにはかすりもしない。

ガゼフを取り囲んでいた天使達が全滅する。

その状況に、陽光聖典の魔術師達は動揺する。

 

「何だ!?今のは!?天使達が一瞬で…!」

「ようやく来てくれたか、勝殿!」

 

ガゼフが空を見上げるのを見て、戦場にいた全員が空を見る。

夕空には黒い点が4つ。その内の1つが急降下して来て、ガゼフ隊と陽光聖典の間に落下して着地する。

現れたのは、軽機関銃を持ったデュラハンだった。

 

「アンデッドだと…?こいつが天使達を撃ち抜いたのか!?」

「それだけではないぞ!見ろ!」

「なっ!?」

 

上空から突如聞こえた声に、再び全員が空を見る。

3体のドラゴンが空から急降下し、デュラハンの後ろに並んで着地する。

ズシン!と、その巨体に似合った音が響く。

 

「ドラゴン!?馬鹿な!?何故、ドラゴンが三体も…」

「なんて大きさだ…あんなの初めて見る。」

 

突然現れたドラゴン達に戸惑いを隠せない両軍。

 

「お待たせした、ガゼフ・ストロノーフ殿。」

「ブラックドラゴンに、ブルードラゴンとレッドドラゴン…まさか、ブラック殿達か!?」

「そうだ。この姿をお前達に見せるのは初めてだったな。」

「本当にドラゴンに変身できるとは…!」

「信じてなかったのか!?貴様ら!?」

 

ドラゴンと平然と会話するガゼフに、ニグンは驚く。

 

「どういう事だ!?ガゼフ・ストロノーフ!このドラゴン達は何故お前に従っている!?」

「黙れ!スレイン法国の愚かな人間ども!我々はガゼフ・ストロノーフに従っているわけではない!」

「ひっ!?」

 

ドラゴンに怒鳴られて、ニグンは怯む。

 

「聞け!スレイン法国の者達よ!我々は『アインズ・ウール・ゴウン』という組織に属する者だ。私の名前は、ブラックドラゴンのブラック、隣にいるのは妹のブルーとレッド。そして、貴様らの目の前にいるデュラハンこそ!我々のご主人様である、勝様だ。」

 

「あのデュラハンがドラゴン達の主人だと!?」

 

信じられないという顔をするニグン。

 

「スレイン法国の者達よ、お前達は愚かにも、ご主人様が助けた村をまた襲撃するつもりらしいな?なら、村を守るために、今ここで貴様達を殺してやろう。」

 

ドラゴン達から殺意のこもった視線をぶつけられる。

あまりの威圧感に、ニグンが耐えられずに部下に指示を出す。

 

「お、お前達!天使を再召喚するんだ!あのドラゴンを討て!」

 

ニグンの命令に、固まっていた兵士達がハッ!?として動き出す。

天使を再召喚しようと、するが…

 

【隙だらけだな。】

 

勝がスナイパーライフルに持ち替え、再召喚された天使達を一撃で撃ち抜き消し去って行く。

 

「そんな!馬鹿な!?天使達があっさり全滅だと!?」

 

「凄いな勝殿は…予想以上だ…。」

「あのデュラハン、強すぎだろ!?」

「おまけにドラゴンまで味方なんだ。もう負ける気がしねぇ!」

 

 

王国兵達からは歓声が上がり、もはや勝った気でいる。

スレイン法国の兵士達が焦り出す。

手当り次第に魔法を撃ち始める。

しかし、どれも第3位階の魔法でたいしたダメージにはならない。

勝もブラック達も、全く防御せずに立っている。

 

【ウハハw全然痛くねぇwウルベルトさんの火球(ファイヤーボール)の方がまだ痛いやw】

「我々ドラゴンに、そんなちっぽけな魔法が効くとでも?」

 

ブラックが煽り出す。

 

「くっ!?監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)!行け!奴らを殴り殺せ!」

 

ニグンの隣にいた権天使がメイスを取り出し、勝の方に近づいていく。

 

【さてさて、どれぐらいの威力かな?】

 

勝はゆうゆうと立っている。

権天使が勝にメイスを振り下ろす。

が、アッサリ片手で受け止められる。

 

「なっ!?素手でだと!?」

「片手で受けるか…あの一撃を…!」

【全然痛くない。こんなんじゃ、私は殺せないなー。】

 

勝が手に力を込め、メイスを離さない。

権天使が引き剥がそうとするが、ピクリともしない。

 

【ブラック、ブルー、レッド!ブレスをかましてやれ!】

「了解」

 

ブラック達が口を開ける。そこから、高密度のエネルギー球のような球体が生成される。

ブラックは黒、ブルーは青、レッドは赤の球体が出来上がる。

そして、ある程度まで大きくすると、その球体を権天使に向かって放つ。

 

「「「竜の息吹(ドラゴン・ブレス)」」」

 

勝がメイスから手を離す。

引き剥がそうとしていた権天使が後ろによろめく。

そこに、ブラック達のブレスが直撃した。

 

ズドォォォォン!!

 

大きな爆発と激しい爆風が両軍を巻き込む。

が、王国兵士達はブラック達の巨体のおかげで、ほとんど被害がなかった。

逆に、スレイン法国側は、激しい爆風のせいで、砂ぼこりを浴びながら倒れていた。

よろよろと体を起こし、咳き込みながら状況を確認している。

勝は、ブラックが尻尾で庇ったおかげで何ともない。

 

「ニグン隊長!我々はどうしたら!?」

 

陽光聖典の隊員達は、隊長であるニグンに助けを求める。

 

「落ち着けお前達!これを見よ!最高神官長から頂いた『魔封じの水晶』だ!これには、最高位の天使が封じられている!これを召喚し、奴らを一掃する!」

「最高位天使…!それだ、それなら勝てる!」

「おお!勝てるぞ!最高位天使なら、ドラゴンだって怖くない!」

 

スレイン法国の兵士達から歓声が上がる。

王国兵達が不安な気持ちになる。

 

「最高位の天使って、相当やばいんじゃないか?」

「わかんねぇよ。でも、スレイン法国の奴らの態度を見ると、相当強いのかも…。」

「勝殿…どうなさるのだ…。」

 

 

一方、勝は超焦っていた。

 

【ヤベーって!最高位天使を召喚とかやばいって!魔封じの水晶持ってるとか反則だろ!?アレ、ユグドラシルのアイテムだぞ!?なんでアイツが持ってるんだよ!】

「ど、どうするんですか!?ご主人様!?」

【奴らが本当に最高位天使を召喚した時は、ブルーは全力で防御系スキルを発動させて皆を守れ!レッドも防御系魔法と闇魔法の準備だ!ブラック、逃走用の忍術を考えとけ!場合によっては竜王達も召喚する!それでも駄目なら、撤退も視野に入れる!】

 

 

ワタワタしだしたデュラハンとドラゴン達の様子を見たニグンは自信を取り戻す。

 

「さあ!最高位天使のその尊き姿をみるがいい!」

【くっ来るか!?熾天使(セラフ)級が!】

 

ニグンの手にある魔封じの水晶が光だす!

夕日が沈み、暗くなり始めていた戦場に光がほとばしる。

 

「いでよ!最高位天使!威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)!!」

 

 

スレイン法国の兵士達の上空に、それは現れた。

 

光り輝く翼の集合体。

両の手で笏を持っているが、それ以外の足や頭などは一切ない。

外見的には異様とは言え、周囲の空気を清浄になものへと変化させてしまう。

聖なるものだと誰もが感じる至高善の存在。

 

威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)

 

スレイン法国の兵士達の上空だけが、光り輝く。

スレイン法国の兵士達から、「おおお!」歓声が一気に上がる。

 

王国の兵士達も、ガゼフさえも、その天使の姿に見とれる。

 

「あれが…最高位天使…」

「やべぇよ!絶対やばいってアレ!」

「勝てるわけねぇ…」

「勝殿…アレをどう倒すのだ…」

 

最高位天使を召喚し、意気揚々なニグン。

ニグンはデュラハンの方を見る。

すると、デュラハンが膝をついて、地面に手を当てている。

ブラックドラゴンが膝をついたデュラハンの様子に戸惑っている!

 

「フハハハハハッ!流石のアンデッドも、あれにはかなわないか!フハハハハッ!」

 

ニグンは心から思った。

勝った!私達の勝利だ!醜いアンデッドが調子にのるからだ!

 

「さあ、最高位天使よ!あのアンデッドに、善なる極撃(ホーリースマイト)をぶち込んでやれ!」

 

威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)が笏を割り、砕け散った破片が円を作り出す。

そして…

 

デュラハンのいる地点に、光の柱が降り注いだ。

デュラハンが光の柱に包まれる。

 

「ご主人様ーー!!」

「勝殿!」

 

ブラック達と王国兵士達が、光に包まれる勝を見て、驚愕する。

普通のアンデッドなら間違いなく浄化される究極の一撃だった。

 

そう…普通のアンデッドなら。

 

 

ニグンは勝ち誇りながら言う。

 

「哀れなアンデッドめ!我ら陽光聖典に歯向かうからそうなるのだ!フハハハハ──────」

 

【フザケるなァァァァァァァァ!!】

 

デュラハンが光の中で起き上がっていた。

それどころか、デュラハンから衝撃波のようなものが発生し、光の柱が吹き飛び掻き消える。

 

「なっ!?馬鹿な!ありえん!何故生きている!?」

「ご主人様!?」

「あれで無傷なのか!?」

 

デュラハンが仁王立ちしている。

何故か、体から赤と黒のオーラが湧きだっている。

禍々しいそのオーラに、その場にいる全員が恐怖する。

ブラック達ですら、見たことない自分達の主人の恐ろしい姿に恐怖している。

 

怒りのオーラ。ユグドラシルの課金アイテムの1つで、赤と黒の禍々しいオーラが出せるようになるエフェクトアイテムである。

エフェクトの設定欄には、

 

『周囲無差別に圧倒的な殺意を感じさせ、恐怖を与える。』

 

と、書いてあった。

勝が怒っている時に、みんなに伝わりやすいようにと思って購入していたのだが、転移後の世界だと本当に設定が反映されてしまっている。

 

【最高位天使を召喚するって言うから!セラフ級を警戒したのに!こけ脅しを食らっちまった!なんだよ!威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)って!ただの雑魚じゃねーか!よくも騙したなァァァ!!】

 

勝の周りに、超位魔法の立体的魔法陣が現れる。

しかも、わざと詠唱時間を短縮せずに、見せつけるかのように。

 

「なんだ!?あの魔法陣は!あんな大きな魔法陣、見たことがないぞ!?」

「勝殿!?どうしたのだ!?」

 

スレイン法国の兵士達が、ありえないとばかりに狼狽えている。

王国兵士達も、突然の勝の変化に動揺が隠せない。

 

「王国兵達よ!今すぐ我らの後ろに隠れよ!ご主人様が竜王(ドラゴンロード)を召喚するぞ!巻き込まれる前に早く!」

 

ブラックに言われ、慌てて隠れる兵士達。

スレイン法国の兵士達は恐怖で怯え、考えることすらやめている。

 

勝の超位魔法の魔法陣が消え、勝の真上、はるか上空に巨大な魔法陣がクルクル回りながら現れる。

バリバリと激しい音を出し空間に、空にヒビが入る。

 

スレイン法国の兵士達は、この世の終わりを感じるかのような出来事に絶望感すら感じ始めていた。

王国兵士達も同じだった。

 

が、次に現れたものをみて、本当に絶望に落とされた。

 

闇の竜王、ウロボロスが完全な姿で召喚され、ブラック達を跨ぐように現れた。

そのあまりの大きさに、全ての者達が息を呑む。

ウロボロスから湧き出る禍々しいオーラは、まるで上から押しつぶすかのようなプレッシャーをミシミシと与えてくる。

 

「闇の竜王!ウロボロス!我が主人の命により参上した。貴様らが、我が主人にたてつく愚かなスレイン法国の人間達か?」

 

スレイン法国の兵士達は、もはや答える気力すらなかった。隊長のニグンすら、その圧倒的竜王の存在感に、言葉が出なかった。

 

【ウロボロス、命令だ。目の前の天使を消し飛ばせ。】

「御意。」

 

それは一瞬だった。

ウロボロスが天使を尻尾で真上に弾き飛ばし、真上に巨大な闇のブレスを放った。

 

巨大な闇のブレスは、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を貫き、雲に風穴を開け、はるか彼方まで伸びて行った。そして…

 

はるか彼方の上空で、闇のブレスが爆発し、巨大な紫の球体を作り出した。

その大きさは間違いなく国すら崩壊させる威力と範囲だった。

 

爆発が静まり、静寂が訪れる。

誰も言葉を発しない。

静かな時間が永遠に続くかのように。

 

だが…

ウロボロスがゆっくりと、勝の近くまで顔を下ろし、スレイン法国の兵士達を睨む。

 

「それで、我が主人よ。次は、スレイン法国の人間を殺せばよいのか?」

 

竜王の発言に、スレイン法国の兵士達が恐慌状態になる。

神に祈りを捧げ、必死に助けを求め始めた。

 

「神よ!お助け下さい!我らをお救い下さい!」

「神様ァァァ!死にたくない!助けて下ぁぁぁさい!」

「命だけは!どうか!神よぉぉぉ!神様ァァァ!」

「嫌だァァァ!助けてぇぇ!我らが神よぉぉ!」

 

ニグンは必死に土下座しながら勝に助けを請う。

 

「デュラハンよ!いや!デュラハン様!我らが悪うございました!どうか命だけは!どうかァァァ!」

 

助けを請い始めたスレイン法国の兵士達を見た王国兵士達が同情する。

無理もない、あんなの見せられたら自分達ですら命乞いをするだろうと。

 

「どうするのだ?我が主人よ。」

 

ウロボロスが勝の判断を待つ。

勝は考えた。

そして少し冷静さを取り戻す。

怒りに任せ、ウロボロスを召喚したが、少しやり過ぎたと反省する。

何より、スレイン法国の兵士達が可哀想に見えてきたからだ。

それに、王国兵士達に怖がられるのも後味が悪い。

今後の自分の印象に悪いイメージがつくかも知れない。

そう思い始めた勝から、オーラが消える。

 

【ウロボロス、ちょっといいかな?貴方の登場でブラック達も怯えてるから、代弁役頼むわ。】

 

ウロボロスが頷く。

 

「スレイン法国の人間達よ、貴様らに問う。素直に答えよ。」

 

ウロボロスに尋ねられ、スレイン法国の兵士達に緊張が走る。

ニグンも冷や汗をかいている。

 

「お前達は神を信仰しているようだが、神そのものを見たことはあるか?」

 

ウロボロスの質問にスレイン法国の兵士達全員が首をふる。

 

「では、我が主人が神を召喚できると言ったらどうする?」

 

スレイン法国の兵士達の思考が止まる。

神を召喚する?無理だ!ありえない!

 

「で、できるのですか?神の召喚を…?」

「貴様らが崇める神とは違うかもしれんが、できるぞ。少なくとも、先程の天使より凄い存在ではあると、言いきれる。」

 

ウロボロスの言葉に嘘があるようには思えなかった。

 

「我が主人はこうおっしゃっている。神に助けを求めるなら、神の判断を聞こうじゃないかと。」

 

勝が再び超位魔法を発動する。

ウロボロスのはるか彼方の上空に、巨大な魔法陣が現れる。

バリバリと空に亀裂が入り、そこから優しい光がさし始める。

まるで、絶望の中に降り注ぐ希望の光のように。

 

ゆっくりと、それは舞い降りた。

天から眩しい光を浴びながら、何枚もの白く美しい大きな羽を広げながら。

 

光の竜王、神竜(ゴッド・ドラゴン)が静かにゆっくりと、ウロボロスとスレイン法国の兵士達の間の上空に滞空する。

 

その姿を真下から見上げる形になっている両軍の兵士達は、空から降り注ぐ光の逆光で神竜の黒いシルエットしか確認できない。

唯一、羽だけが綺麗に見えている。

下から見上げて見る神竜の姿は、まるで羽の生えた人型にしか見えない。

 

スレイン法国の兵士達は、本当に神が舞い降りたと本気で誤解した。

現れた神竜を本物の神として崇め始める。

 

「神よ!我らをお助け下さい!」

「神の慈悲を我らに!」

「神よ、我らの罪をお許しください!」

「命をお護り下さい!」

 

スレイン法国の兵士達が神竜に助けを乞う。

 

「神よ!我らは神を信仰し、神にお使いする信者です!どうか、我ら信者に神の御加護をぉぉ!」

 

ニグンすら、狂乱状態に陥るほど、神竜を神と思ってしまっている。

 

「スレイン法国の信者達よ。面をあげ、我が姿をよく見るのだ。」

 

神竜が優しい声でスレイン法国の兵士達に語りかける。

 

「私は神ではあるが、お前達の信仰する神とは別の存在だ。それでも、我に助けを乞うか?」

 

スレイン法国の兵士達が藁にもすがる思いで神竜に助けを乞い続ける。

 

「よかろう。だがその前に、お前達に理解して欲しい事がある。我は神ではあるが、我より偉い存在がこの場にいるのだ。」

 

スレイン法国の兵士達がどよめき出す。

神より偉い存在がいる!?

そんな事が有り得るのだろうか?

 

「それは、貴方達信者の前にいるデュラハンだ。さあ、我が主人よ、貴方の尊き姿をお見せしましょう。そうすれば、信者達も納得するでしょう。」

 

デュラハンがスレイン法国の兵士達の前に出る。

スレイン法国の兵士達が息を呑む。

 

このデュラハンの本当の姿!?

先程のオーラを放つ姿ではないのか!?

あのアンデッドに何か秘密が?

 

神竜がさり気なく、優しい円状の光をデュラハンに当てる。

すると、デュラハンの背中から天使のような羽が8翼生え、ゆっくりと羽ばたきながら、舞い上がる。

グレーの軍服が、光のせいか白く見え、まさに神の使いのような服に様変わりして見える。

 

神竜の魔法、熾天使の翼(セラフ・ウイング)

 

対象者に天使の翼を生やし、飛行できるようになる魔法で、神聖領域すら普通に入れるようになる。

対神聖属性も上がり、神竜が近くにいればいるほど神聖属性攻撃がアップするオマケ付き。

本来なら、対アンデッドなどと戦うときに使う魔法である。

 

「我が主人こそ、本物の神なのだ。我が主人は、人間達の苦しみや悲しみ、嬉しさや楽しさを己の体で体験するために人間となり、その生涯をまっとうした。その後、デュラハンとして再び蘇り、今に至るのだ!生と死、その両方を体験した我が主人こそ、全てのものを平等に見る事ができるのだ!」

 

神竜の力説を、スレイン法国の兵士達は疑わなかった。

デュラハンに向かって手を合わせ、祈りを捧げだす。

 

「では、スレイン法国の信者達よ。我が主人のお言葉を聞かせよう。」

 

スレイン法国の兵士達が、デュラハンを見る。

 

「喜べ信者達よ。我が主人は、お前達を見逃してくれるそうだ。」

 

スレイン法国の兵士達が歓喜する。

あまりの嬉しさに、泣き出す兵士までいる。

ニグンすら、涙を流しながら感謝している。

 

「おお!我らが新しき神よ!貴方の慈悲に感謝します!」

 

スレイン法国の兵士達に戦意などなかった。

自分達が生き残れた事に奇跡すら感じているからだ。

 

「ただし!今から言う約束を守って欲しいと、我が主人は言っている。」

 

「や、約束とは?」

 

デュラハンが掲げた約束は以下の内容だった。

 

①罪もない村や村人を襲撃したり、殺したりしない事。

たとえ、敵国の領土だったとしても。

 

②デュラハンの事やドラゴンについて調べたり、監視したりしない事。

 

③アインズ・ウール・ゴウンの組織活動の邪魔をしない事。

 

「これらの約束を、お前達の自国であるスレイン法国が破った場合…そこの闇の竜王が、お前達の国に死と破滅をもたらすだろう。」

 

 

神竜の言葉を心に刻みつつ、

スレイン法国の兵士達は、とある噂を思いだす。

スレイン法国にとって、もはや伝説のように語られている話だ。

 

スレイン法国には、神人と呼ばれる神の血を引いた者達がいるのだが、

 

神人と呼ばれる存在の情報が外に漏れた場合、『真なる竜王』との決戦が始まり、スレイン法国は巻き添えを食らって消滅する。

 

という噂話が流れている。

さらに上層部が、

 

破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の復活を危惧している。

 

という情報もあった。

 

この闇の竜王は、そのどちらかなのでは?

と、スレイン法国の兵士達は考え始めた。

となれば、この闇の竜王が自分達の国にやってくるのはまずいと。

確実にスレイン法国が消滅すると。

 

ニグンとスレイン法国の兵士達は、

 

『約束を絶対破らないようにしなくては!』

 

と、心から誓った。

 

「そうか。約束を守るか。なら、この場から早く去れ!そして、お前達の国にも伝えるがよい。」

 

「は、はい!神の慈悲に感謝致します!」

 

ニグンとスレイン法国の兵士達が感謝の言葉を述べ、祈りのポーズをしだすが…

 

「サッサと行かぬか!踏み潰されたいのかァァァ!」

 

ウロボロスに怒鳴られ、スレイン法国の兵士達は慌てて逃げていった。

 

スレイン法国の兵士達が見えなくなるまで待つ。

そして、姿が消えたのを確認すると、デュラハンの羽がなくなり、着地する。

 

「我が主人よ、言われた通りに『演技』したが、これで良かったでしょうか?」

 

ウロボロスの言葉に、勝がGoodポーズをする。

 

「神の演技は疲れる…我はもっと粗暴な性格なのだがなぁ。しかし、あんなに崇められたのは久しぶりじゃった。」

「スレイン法国の兵士達が涙を流しながら崇めておったの。」

「半分はお主のせいじゃろ、ウロボロス。お主の禍々しいオーラに、あやつら押しつぶされそうな雰囲気じゃったぞ?」

「何を言う!私なんて、召喚されたときの我が主人の怒りのオーラが怖すぎて、逃げたくなったほどだぞ!何事かと思ったわ!」

 

2匹の竜王が仲良く会話している。

 

勝はブラック達の元に駆け寄る。

 

【ブラック達、すまなかった。怖かった?】

「当たり前ですよ!ご主人様!めちゃくちゃ怖かったですよ!ご主人様が怒りのオーラを発した辺りから、震えが止まりませんでしたよ!」

「ガウ…ガウ…(怖かった…ご主人様、めっちゃ怖かった。)」

「ガウウウ…(あとちょっとで漏らすところだった…)」

 

ブラックが勝に文句を言う。

流石にブラックも怒っちゃうか…

やはりやり過ぎたかな。

と、後悔する。

 

【自分でもやり過ぎたと、反省してる。いや、割とマジで。】

「どうするんですかー!王国兵士達もビビってますよ?」

 

ブラックの言葉を聞いて王国兵士達の方を見る。

 

「戦士長…我々は生きて帰れるのでしょうか?」

「やべぇよ…俺、小便チビっちゃったよ…」

「あんなの見せられたら、もう友達感覚であのデュラハンに話かけれねぇよ…」

「私も、勝殿との会話するのが、少々怖くなってしまった…」

 

完全にまいってるーー!?

 

勝がガゼフの前に行き、土下座する。

 

【すみませんでした…だから怖がらないでー!】

 

土下座する勝に、ガゼフも土下座する。

それを見た兵士達も土下座する。

 

「勝殿!いや、勝様!顔を上げて下さい。私達は貴方に逆らいませんから、どうか!」

「勝様!我々の無礼をお許しを!」

 

【やめてー!私、そんな偉くないし、怖くないからー!】

 

 

この後、ブラックを通じて、勝が謝罪している事を必死に説明し、誤解はとけたが…

 

王国兵士達からの勝への視線や態度が少し変わったのは言うまでもなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

一方そのころ、アインズ達は、上空から不可視化の魔法をかけた状態で勝達を見守っていた。

 

「勝さんが怒るところ、久しぶりに見た気がする。あんなに怖くなるとは…。空からみていたが、勝さんの殺気がここまで届くとはな…。勝さんを怒らせないよう、用心しなくてはな。」

「流石、至高の御方。私達では想像もできないような事ばかり…。勝様を怒らせないように、下僕達にも通達しておかなくてはなりませんね。」

 

コッチもこっちで、評価が変わっていた。




いよいよ、主人公がハッチャけ始めました(笑)

普段は温厚。
キレると怖い。
でも、根は優しい。

という、カルマ値0の主人公らしさ?が出せていたような気がします。
…たぶんね。(笑)

ニグン達が生きたまま生還するストーリーもアリだよね?ね?

*ようやくルビの使い方がわかったぞー(笑)


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第8話 首『無し』の会議

【あー…私の印象がボロボロだぁ〜…】

陽光聖典との戦いの後、王国兵士達に恐れられてしまった事に、勝はショックを受け、落ち込んでいた。

「怒りのオーラに、竜王召喚に、神の召喚、からの天使の真似事…ハッキリ言います。やり過ぎましたね、勝さん。」
「敵どころか、味方まで恐怖に落とすとは…流石、至高の御方である勝様です。私達にはとても真似できません。」

カルネ村に戻る道中、先の戦いの事をアインズとアルベドにいろいろ言われている。

今が夜という事だったので、ガゼフの部隊は先に馬に乗ってカルネ村に帰った。
明日、都市エ・ランテルに出発するそうだ。

「で、この後どうするんです?勝さん。」

この後の予定を思い出す。
少なくとも、ガゼフ戦士長とともに出発するのは確定なので、それまでは自由だ。

「ご主人様は明日、ガゼフ戦士長と一緒に出発するそうです。」
「んー…やっぱりですか。この世界の世界事情や情報がそこそこ手に入ったので、明日皆で会議を開こうかと思ったのですが…」
「現場を共にご覧になられたアインズ様が居れば、ご主人様が直接報告する事はないのでは?」
「それもそうなんですが…。実は、ある計画を考えているんです。」
「その計画とは?」
「ギルドメンバーで冒険者チームを作ろうかな、と検討しているんです。」
【おお!それはそれは!いい考え……か?】

勝としては、ギルドメンバーで冒険者チームを作るのは賛成だ。
だが問題は、異形種である自分達が冒険者としてやっていけるのか?
という問題だ。

既に自分とブラック達は、王国戦士長を通じて、『異形種のまま』冒険者になる段取りを作ってしまっている。
このままでは、冒険者チームを2つ作る事になるが…。

「勝さんのチームと、私達のチーム、2チーム作る考えです。もちろん、勝さんのチームは、今の四人で。」

自分とブラック達の異形種のみのメンバーか…。
王国での冒険者デビュー計画が失敗すれば、冒険者になれる可能性は低い。少なくとも、王国側では不可能になるだろう。

「アインズ様のチームメンバーは、どのようになっているのでしょうか?」
「現段階では、私とペロロンチーノさんとウルベルトさんの3人です。いわゆる、(元)無課金同盟メンバーですよ。装備や魔法を駆使して人間のフリをして冒険者になる計画です。ちなみに私は戦士のフリをする予定です。」


アインズ、ペロロンチーノ、ウルベルトの3人か。
優秀な魔法職2人がいれば、幻術などで誤魔化すのも容易くできるだろうな。
アインズが戦士の格好をするのなら、ペロロンチーノさんは弓、ウルベルトさんが魔法を担当すれば、バランスの良いチームになるが…。

問題はNPC達だ。
ナザリックでの出来事を考えれば、至高の御方のみで旅するなんて、アルベドやデミウルゴス辺りが許さないだろう。
何がなんでも護衛を付けたがるハズ。

「至高の御方のみでチームを組まれるのですか?我々のように、護衛をお付けになられては?もしも、至高の御方の身に何かあれば、大問題になります。」
「護衛を付けるか付けないかを明日の会議でNPC達と相談しながら決めるんですよ。潜入チームの人選も相談しないといけませんし。」
【潜入チーム?他にもあるのか?】

いったいどこに潜入するのだろうか?

「潜入チームとは?と、ご主人様が気になさってます。」
「ヘロヘロさんとたっちさんの王都潜入チームのメンバー決めですよ。勝さん達が王都に向かう以上、もしものときの援軍を用意しておくべきだと、判断したんです。無論、王都の情報収集も兼ねてますがね。」

たっちさんは鎧のおかげで人間にも見えなくもない。
が、ヘロヘロさんはどうするんだ?
身体を変形させて隙間から建物に侵入する、などはできるだろうから潜入には向いてるが…人間のフリをするのは、些か無理があるのではなかろうか?

「コッチのチームはまだ調整中なんです。ヘロヘロさんの準備に数日かかる予定なので。勝さん達が先に王都に着く事になりますが…」
「会議でチーム編成が決まったら、伝言(メッセージ)で知らせて欲しい、だそうです。」
「わかりました。そうしますね。」

会話しながら歩いていると、カルネ村が見えてくる。

「そう言えばご主人様、スレイン法国の兵士達を追い返しましたが、またカルネ村に攻めてくる可能性はないのですか?」
【んー…大丈夫だと思いたいが…】
「あ!それなら大丈夫だぞ、ブラック。エンリという女性に『小鬼将軍の角笛』を渡しておいたからな。アレがあれば、ゴブリン達が村を守ってくれるぞ。」
「そうでしたか!お気遣い感謝します、アインズ様。」
【流石がギルド長!】

アインズの油断しない采配と配慮に感服する。

カルネ村に着くと、エンリとガゼフが出迎えてくれた。
エンリに手を振りつつ、ガゼフと明日の予定について相談を始める勝達であった。


翌日・昼

 

「では…これより、ナザリック地下大墳墓・定例報告会議を行う。」

 

玉座の間にて、勝とブラック達以外のナザリックの面々が集合していた。

 

アインズ((モモンガ))

ウルベルト

ペロロンチーノ

ヘロヘロ

たっち

 

のギルドメンバー

 

アルベド

シャルティア

コキュートス

アウラ

マーレ

デミウルゴス

 

の階層守護者

 

プレアデスと宝物殿守護者のパンドラズ・アクター、

そして、ナザリック内でも実力がある下僕達が集まっていた。

 

「皆よくぞ集まってくれた。お前達の忠義に感謝する。」

「感謝など、とんでもございません。我ら下僕一同、至高の御方の命令とあらば、いついかなる時も馳せ参じます。」

 

アルベドが下僕代表として、圧倒的な忠誠心を示す。

 

「う、うむ。わかっているぞ。あー…ゴホン!それでだな、まず始めに皆に伝えておく事がある。私は名前を変える事にした。」

 

下僕達がざわざわと騒ぎ出す。

 

「私の新たな名前は、アインズ・ウール・ゴウンだ。アインズと呼ぶがよい。」

 

おお!、という声がいくつもこだまする。

 

「では、報告会議を始める。まず、ナザリックが転移した、この異世界に関する情報だ。」

 

アインズがカルネ村で入手した情報を説明していく。

 

「…というわけで、勝さんとブラック、ブルー、レッドの計4名が、現在王国兵士達とリ・エスティーゼ王国に向かっている。途中、物資補給のため都市エ・ランテルに寄っていくため、王都へ到着するのに、数日はかかるそうだ。」

 

勝チームに関する現状報告が伝えられる。

下僕達から、勝チームが冒険者になるための活動に関しての賛否両論が飛び交う。

 

特に、反対寄りな意見の方が多かった。

 

異形種のみのパーティーは問題になるのではないか?

敵になりうる存在である人間の本拠地に行くのは危険ではないか?

会話ができるのがブラックだけでは不安だ!

 

など、勝達を心配している意見がほとんどだった。

すると、ウルベルトが手をあげて話し出す。

 

「皆さんが勝さんを心配する気持ちは痛いほど理解しています。私も心配のあまり、勝さんに内緒でシャドウデーモンを仕込んじゃったくらいです。」

 

と、さも当然のように言い切った。

 

「いや何勝手な事してるんですか、ウルベルトさん!」

 

「いいじゃないですか、たっちさん。シャドウデーモンを仕込むくらい。勝さんの事が心配なんじゃないんですか?勝さんは、未知の人間の国に1番最初に入っていくんですよ?どんな国なのか、どんな組織が存在するのか、どんな人物がいるのかを、シャドウデーモン達に探らせるくらいのサポートをしてもいいでしょう?」

 

ウルベルトがもっともらしい理由を言っていく。

 

「それに、勝さんは人間の国の王様に謁見するために、王城に入るという滅多にない大チャンスを今後するんですよ?王城内部にシャドウデーモンを仕込めれば、リ・エスティーゼ王国を裏から操る事だってできるかも知れないでしょう?」

「…ウルベルトさん、単刀直入に聞きますよ?」

「なんです?モモ…じゃなくて、アインズさん。」

「王国を裏から操る、が本命でしょ?」

「…フッ…情報は、多い方が有利に事を進められますからね。どの道、必要になってくると思っていますよ。」

 

正直なところ、情報が欲しいのは皆同じではあった。

アインズ達も、後々冒険者として人間の街に行く予定なので、あらかじめ情報を持っておきたい気持ちではあったのだ。

 

「まあ、もう既に勝さん達は出発しているからな。止めようがないだろう。勝さんへのサポートになる事を祈ろう。では次の案件だ。」

 

ギルド長が話を次に移したため、ウルベルトのシャドウデーモンの話は終わった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「次に、王都潜入チームのヘロヘロさんとたっちさんに同行する下僕の件だが、セバスとソリュシャンを任命する。それと、武技使い捜索隊としてシャルティアを任命する。途中までは、ヘロヘロさん達のチームと一緒に行動させる予定だ。」

 

アインズが言い終わると、今度はたっちが前に出る。

 

「王都潜入チームの選抜理由だが、理由は2つある。1つは人型であること。もう1つは、貴族らしい振る舞いができること。を、理由にえらんでいる。で、役柄の説明なのだが…ヘロヘロさん、『例のアレ』はもうできるのですか?」

「ん?ええ。まだ調整の段階ですが、『形だけ作る』なら…」

 

そういうと、ヘロヘロが体をウニョウニョと変形させる。

すると、ヘロヘロの身体が人型になり、ナザリックの一般メイドの姿に変化した。

下僕達が驚きの声をあげる。

 

「う…くっ…まだ、歩いたり物を掴んだりすると、身体の形が保てなくなり崩れてしまうのですが、後数日練習すれば大丈夫な状態になるかと。」

「最初は人間の男性の姿を真似る予定だったのだが、上手くできず、何故かメイドの姿だと上手くいくという結果になってしまった。ヘロヘロさんのメイドへのこだわり高すぎでしょ!」

「仕方ないじゃないですか!メイドの事なら、プレアデスを含む全ての一般メイド達について語れるほど記憶に残ってるんですから!真似しやすいんですよ。」

 

一般メイドの姿で反論するヘロヘロ。

ペロロンチーノが

「ちょっと可愛く見えてきた」

と、ボソッとつぶやく。

アインズとウルベルトが

「確かに」

と、頷いていたのは誰も気づかなかった。

 

「えー…というわけで、ソリュシャンが貴族の娘役、セバスとヘロヘロさんが執事とメイドの役、私が護衛の騎士役という形で王都に潜入する事になっている。我々と同行する時のシャルティアも貴族の娘役が一応できますからね。」

「王都への潜入目的は、第1が、王都で活動する勝さんチームのサポートです。勝さん達の緊急時に援護できる部隊という意味もかねてますね。第2が、王都での情報収集です。シャドウデーモンでは得られない情報を集めるためです。」

「バハルス帝国やスレイン法国にも潜入チームを送りたいが、危険すぎるのでな。下手に薮蛇をつつくよりは、ナザリックが存在するリ・エスティーゼ王国領土の情報を最優先して集めたいのだよ。というわけで、ヘロヘロさんチームの説明は以上だ。」

 

ヘロヘロ、たっちの説明が終わり、アインズが締めくくる。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「さて、王都組に関する報告は終わった。本題の会議に移るとしよう。実は、私とペロロンチーノさんとウルベルトさんの3人で冒険者チームを作ろうと計画しているのだが…我々3人だけでチームを作ろうと考えている。が、お前達NPCはどう思う?護衛を付けさせて欲しいとか、至高の御方だけでチームを作るなど危険だ。という意見が出る事を覚悟してはいるのだが…?」

「アインズ様、どうしても護衛を付ける訳にはいかないのでしょうか?」

「人間に対して友好的な態度で接する事ができるのかね、君達は?私達は旅慣れてるから問題ないけどね。」

「少なくとも、コキュートスとエントマは連れて行けないっスね。ゴメンね。人間のフリができる事が最低条件なんだ。」

「致シ方アリマセン。我々ニハ、人間ノ真似事ハ、出来マセンノデ。」

「残念ですわぁ〜…」

 

コキュートスとエントマが残念そうな顔する。

 

「そうですねぇ。先に、残ってる人員でチームに参加できないメンバーを言っておきましょうか。」

 

ウルベルトが参加不可のメンバーと理由を言っていく。

 

①アルベド

守護者統括として、ナザリックの警備に必要不可欠な存在のため。

 

②デミウルゴス

スクロール用の素材、その他消耗品調達の任務があるため。

 

③アウラ、マーレ

見た目が子供なので。

 

④コキュートス、エントマ

見た目が蟲なので。

 

⑤パンドラズ・アクター

影武者役をやってもらうときの代役要員なので。

 

「という事は、ユリ、ルプスレギナ、ナーベラル、シズの四人から護衛役兼冒険者候補を選ぶ事になるが…」

「よし!なら、四人に聞いてみましょう。無理矢理連れ回す訳にもいかないっスからね。この中で冒険者になりたい人!」

 

ペロロンチーノが四人に向かって質問する。

 

「ハイ。」

「ハイッす!ハイッす!」

「ハイ!」

「ハイハイハイハイハイ。」

 

ユリが普通に手をあげ、

ルプスレギナが元気よく手を振る、

ナーベラルがキリッと手をあげ、

シズが小刻みにジャンプしながら小さく手をあげている。

 

「全員かよ!困ったな〜…」

 

アインズが頭をかく。

できれば護衛は付けず、ギルドメンバーだけで冒険がしたいのが本音だ。

下僕達を連れていくと、支配者としての振る舞いをしなくてはいけなくなる。

ギルドメンバーだけならば、気軽な会話と冒険ができるので息抜き感覚で旅ができるのだ。

しかし、話の流れ的に護衛を付ける流れになりつつある。

 

「仕方ないですねぇ…なら、ルプスレギナとナーベラルを同行させましょうか。」

「ウルベルトさん、何故その2人なんですか?」

「ルプスレギナは近接戦闘と回復の両方ができますし、ナーベラルは優秀な魔法職です。万が一、ギルドメンバーである我々が冒険者家業をできないような事態になったとき、2人だけでやっていけるからですよ。」

 

理由は意外とまともだった。

 

「ユリとシズを省いた理由はなんスか?」

「シズの武装は、オーパーツすぎるので違和感があります。ユリは……」

 

今まで軽快に喋っていたウルベルトさんの口が止まる。

しかし、顔が何やらニヤニヤしてるような感じになっている。

 

「勝さんチームが冒険者になったときに、勝さんのパートナー役ができる気がするんですよねぇ…」

「パートナー…ですか?」

 

ウルベルトさんの意味深な発言に、皆が首を傾げる。

 

「ウルベルトさん、それはどういう意味ですか?」

「我々のチームは、あくまで人間として冒険者活動をする予定です。しかし、勝さんチームは異形種の姿のまま冒険者活動をするんですよ?勝さんチームが有名になり、王都の人間達に馴染んでもらった場合、『知り合いの異形種を呼んでみました』と、我々異形種が『そのままの姿』で王都を出入りできるようになるかも知れませんでしょう?」

「それは…流石に怪しまれるのでは?」

「だからこそ、ユリに先陣を切ってもらうんですよ。勝さんと同じデュラハンのユリなら、例えば、『勝様にお使いするデュラハンメイドのユリさんです。』と、ブラックがユリの紹介をすれば、王都の人達は特に怪しんだりしないと思うんですよ。」

「上手くいくのでしょうか?」

「大丈夫ですよ、ユリ・アルファ。ブラック達も、勝さんの事を『ご主人様』呼びしてますから、ユリが勝さんの事を『勝様』と呼んでも違和感はないよ。既に勝さんは、王国戦士長から『凄い存在』みたいな扱いで見られてますから。部下の1人2人増えても問題ない。」

 

ウルベルトさんが説明すると、どことなく筋が通ってるように聞こえてしまう。

これが、悪魔の囁きとでも言うのだろうか。

皆が納得し始める。

 

「それに、ユリが勝さんチームで馴染めれば、シズも勝さんチームに合流できるからね。勝さんは銃器を扱うから、シズのオーパーツな武器も意外と怪しまれない感じになると、私は思うんですよ。これなら、プレアデス全員に活躍の場が来るので、不公平差がでなくなると思うんですよ。勝さんチームで会話ができるのはブラックのみ。しかし、ユリとシズが合流すれば、会話の幅が広がり、冒険者活動が楽にもなるでしょう?」

「うーむ…確かに。それはそれでアリかな…?」

「では、最終確認をしますが…異論がある者は、いるかね?」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

会議終了後、ギルドメンバー達は円卓のある部屋に集まっていた。

 

「結局、護衛が付く事になっちゃいましたね。」

「大丈夫ですよ、アインズさん。その内、3人で活動できるようになりますから。」

「それは…どうやって?」

「冒険者活動がある程度波に乗ったら、ルプスレギナとナーベラルに別の冒険者依頼を任せればいいんですよ。『我々はコッチの依頼をやるから、お前達はソッチの依頼を頼む』とか言えば、自然と別行動できるでしょ?」

「なるほど!その手がありましたか!」

「それに、メンバーに女性が居た方が怪しまれる可能性も低くなるという利点もあります。あまり素顔を見せない男冒険者3人なんて、信頼性が得にくいと思ったんですよ。」

「確かに!メンバーに女性が居た方が、華があって良いっスからね。ルプスレギナもナーベラルも美人ですし。案外、男の人間達から口説かれたりして。まぁ、そんな輩がいたら、オレがぶっ飛ばしますがw」

「そんな事言ってますが、ペロロンチーノさんは大丈夫なんですか?」

「え?何が?」

「おや?エロゲー脳のペロロンチーノさんにしては、察しが悪いですねぇ。」

「だから、何が?」

「冒険者チームとして活動する以上、宿屋では同じ部屋で寝るんですよ?私とウルベルトさんは、睡眠欲とか性欲とかがあまりないので問題ありませんが、ペロロンチーノさんは睡眠欲と性欲、どっちもあるんでしょ?ルプスレギナとナーベラル、2人と同じ部屋で問題なく過ごせるんですか?」

「ハッ!?これはなんというエロシチュ!だが!しかし!オレにはシャルティアという嫁が…あれ?コレって浮気とか思われたりしないっスよね?」

「ルプスレギナとナーベラルという、美女達と共に寝るという状況に、性欲が我慢できれば、問題ないかと。」

「ンンンンンンンンンンンンンンンwww静まれーオレの欲望ぉぉ!」

「wwwペロロンチーノさん、ホントに大丈夫ですか?www」

「ベストを尽くします。(`・ω・´)bキリッ」

「アインズさん。ペロロンチーノさんが暴走したときは、2人で殴ってでもとめましょうか。」

「そうですね。羽でも毟りますか。」

「それはヤメテェ!(゚o゚;」

 

 

「ヘロヘロさん、ソリュシャンとの特訓の成果がでてますね。あそこまで綺麗に一般メイドの姿を真似できるなんて。」

「メイドの姿なら、一般メイドとプレアデス全員の姿に化けれますよ!」

「そこまでできて、『自分自身の姿』は無理だったんですかwww。」

「それは言わないで下さい…。私自身、恥ずかしいんですから。はぁ…女性メイドの振る舞いも練習しなきゃ。」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ー一方コチラは下僕達ー

 

「いやはや、ウルベルト様の采配には驚いたよ。まさか、あそこまでお考えとは。」

「勝様ノチームマデ心配ナサッテイタトハ。」

「それに、プレアデスの分け方も、適材適所な分け方だったよ。まさか、ルプスレギナとナーベラル、ユリとシズを綺麗にわけたんだからね。」

「ン?ソレハ、ドウイウ意味ダ?デミウルゴス。」

「人間に対する危険度だよ。ルプスレギナとナーベラルは、人間を玩具や汚物程度に考えているからね。それに対し、ユリとシズは人間に対しても割と対等な接し方をするからね。人間の村を救った勝様と性格の相性がいいのさ。」

「ナルホド、ソウイウコトカ。」

「そう言う事だったのね。最初、ウルベルト様がユリを勝様のパートナー役と言ったときは、恋人役でもさせるのかと思っちゃったわ。」

「ブラック達がいる以上、それは無いだろう。演技としてならありうるかもだけどね。同じデュラハン同士にくわえ、ユリは美人だ。勝様のガールフレンドというポジションに、人間達から思われる可能性はあるね。」

「そ、そんな!私ごときが勝様のガールフレンドなど!恐れ多いです。」

「それは…勝様次第だがね。フフフ…」

 

 

「ねぇ?ナーちゃん。冒険者って、何するんすか?」

「え!?ルプ姉さん、知らないで手をあげてたの!?」

「うん。あ!でもでも!至高の御方と一緒にいたい、という気持ちはあるっすよ!」

「まぁ、アインズ様達と行動を共にできるだけ、役得と思うべきかもね。」

「ユリ姉も、勝様と一緒になれる予定っぽいからいいっすね。同じデュラハンとして、イチャイチャ出来ちゃうんじゃないっすか?」

「そ、そんな事、思ってないもん!そういう考えは不敬よ!ね?シズ。」

「勝様と一緒に、早くパンパン撃ち合いたい。」

「シズ!?誤解をうむ言い方はやめなさい!」

「?。何か、変な事、言った?銃撃戦がやりたい、と思ってる、だけなんだけど。」

「ユリ姉の方が不敬っすね!フヒヒ。」

「ち、違うもん!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、陽光聖典が逃げ帰って来た、と。」

「はい。皆、衣服が汚れており、精神に異常をきたしている者もおりました。神を見た、竜王(ドラゴンロード)を見た、とわけのわからない事ばかり口にする程で。」

「うむ…。もしや、破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)を見たのやも知れんな。」

「デュラハンのアンデッドが両方を召喚したそうです。先に帰還した連絡兵の情報と照らし合わせると、アインズ・ウール・ゴウンなる人物と何か関係があるかも知れませんね。」

「早急に、そのデュラハンに関する情報を探すのだ。奴らの忠告は無視して構わん。『スレイン法国』だとバレなければ、我が国が滅ぼされる危険性はないのだからな。」

「万が一、そのデュラハンと接触した場合は、どうすればよろしいですか?神官長様。」

「うむ。できるならば『捕獲し、無力化して我が国に連れてくるのだ。』我らには、神すら従わせられる、至高のアイテムがあるのだからな。」

「はっ。かしこまりました。」

「まかせたぞ。漆黒聖典の隊長よ。」

「では、行って参ります。」

 

 

 

………………………。

 

 

 

 

 

 

 

「…神と竜王(ドラゴンロード)を召喚できるアンデッドねぇ。どれだけ強い奴なのかしら?私を満足させられる、男だといいんだけど。うふふ…」




仕事忙しい…
誰か、私に休みをくれ…

これじゃぁ、執筆中に寝落ちしちゃ…Zzz。

ちなみに、今回のタイトルは、

会議に勝さんが欠席という意味の首『なし』
と、
勝さん(デュラハン)に関する会議なので首『無し』(勝さん)の会議

という意味です。


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第9話 都市エ・ランテル

「恩にきる、勝殿。陽光聖典との戦いで死んでしまった馬が数頭いて困っていたのだ。」

現在、勝は馬車(コシュタ・バワー)に乗っている。
カルネ村に戻る際は、ケガした隊員を背負うなどして無理矢理運んだガゼフ隊だったが、レッドの魔法の治療により、ガゼフ隊全員が無事復帰した。
しかし、肝心の馬が数頭殺されてしまっていたので、長距離の移動が困難だったのだ。
そこで、勝が馬車(コシュタ・バワー)で運ぶ事にしたのだ。

馬車内には、勝とブラック、戦士長ガゼフと副隊長が乗っている。馬車を引いてる首なし馬に、ガゼフ隊の兵士が二人乗りしている。
ブルーとレッドは、馬車の上を人型で飛びながら追従している。

「もうすぐ都市に着く。都市エ・ランテルに着いたら、兵士達に物資調達のため買い出しに行かせる。エ・ランテルから王都までは3日ほどかかりますので、食料などを買い込んでおかなくてはならないのでね。エ・ランテルで1泊し、翌日の朝、王都へ出発する予定だ。」
「3日もかかるのですか…馬で3日なら、我々ドラゴンのスピードなら、半分以下の時間で到着しますが?」
「ハハハハハッ!それは頼もしいが、私達はドラゴンに乗った経験がない。落っこちてしまうかも知れませんぞ?」
「フッ…我々は、ご主人様を快適に乗せて移動できるよう特訓済みだ。素人のお前達でも、落とさず運搬できる自信があるぞ?」
「ほほう?そう言われると、乗りたくなってしまいますな。」
「期待していていいぞ。それよりも、都市についてからだが、我々はどうすればいい?1泊するのは構わんが、ご主人様も我々も異形種だ。下手にブラつく事も出来んのだが?」
「エ・ランテルの軍事施設に宿泊する予定だが、そこで少し休憩した後、私と共にエ・ランテルの街の主要な施設を歩いていきませんか?ある程度の案内はできますぞ。」
「なるほど。では、それでいきましょうか。戦士長と一緒ならば、街の住民もあまり警戒しないと思いますから。ご主人様もそれでよろしいですか?」
【うん。それで良いよ。】

Goodポーズで返す。

「では、勝殿。しばらくの間、よろしくな。」

ガゼフと握手する。

【よーし!新世界初の人間の都市街だ!心が弾むぞー!】


都市エ・ランテル

 

エ・ランテルは三重の城壁に守られた城塞都市である。

 リ・エスティーゼ王国の国王直轄地であり、毎年恒例となったカッツェ平野でのバハルス帝国との戦争では軍事拠点として利用されている。そのため、他の都市とは違い食料関係と武器関係の商人がかなりの権力を有している。また、戦死者の死体が運ばれてくる関係上、墓地の広大さは類を見ないほどである。

 

『外周部 軍事関係エリア』

王国軍の駐屯地として利用されるため、軍事系統の設備が整っている。

 

[城壁塔]

都市で最も高い場所にあり、遠くまで見渡すことができる。

 

[共同墓地]

外周部の城壁内のおおよそ四分の一、西側地区の大半を占めている。墓地は常時満杯のため白骨化した遺体を粉々にして場所を空けている。時折アンデッドが発生するため、周囲は壁で取り囲まれ衛兵が見張りをしている。

 

 

『内周部 市民のためのエリア』

 

[中央広場]

この区画に点在する広場の中で最も大きく、幾人もの露天商が店を開いている。

 

[冒険者組合]

中央広場に隣接する五階建ての建物に入っている。

 

 

『最内周部 行政関係のエリア』

都市の中枢機能たる行政関係。兵糧を保管しておくための倉庫等も立ち並び厳重な警備が行われている。

都市長パナソレイの館もここに存在する。

 

[貴賓館]

この都市で最も立派な建物であり、王やそれに準ずる地位の人間のみが使用する。

 

 

城塞都市エ・ランテルについては、概ねこのような都市らしい。

 

 

勝達は、都市の入口が見え始めた辺りから馬車を消し、歩きながら門の前に来る。

 

「やあ、門番兵のみんな、お勤めご苦労。」

「これは!戦士長様!お勤めご苦労様です!」

「すまんが、軍施設に1泊したい。構わんかね?」

「はい!すぐに軍施設に連絡しておきます!」

「それと…そちらの異形種達は、『ワケあり客』だ。彼らも私達と共に宿泊するが、大丈夫かな?」

「…ワケあり、ですか…承知しました。」

「では勝殿、行きましょうか。」

 

エ・ランテルの門を潜る。

行きゆく人々が珍しいモノを見るかのように視線を向けてくる。

 

【やっぱり…スゲー見られてるな。】

「軍人達に交ざって異形種が歩いているせいでしょうか?視線が集まってますね。」

「申し訳ない、ブラック殿。しばらくは、このような事が続くと思う。耐えて頂きたい。」

「お構いなく。ドラゴンの姿のほうが、より視線が集まると思うので。これぐらいなら問題ありません。」

「そうか…なら良いのだが。」

 

しばらく歩いていると、軍施設が見えてきた。

中に入り、施設関係者に挨拶と紹介を済ませる。

困惑気味な表情をされたが、戦士長が隣にいてくれたおかげか、割とスムーズに受け入れてもらえた。

戦士長に案内された部屋で休む。

 

【戦士長がエ・ランテルの軍上層部に報告しに行ってる間、軍施設内を見て回ってもいいと言ってたけど…大丈夫かな?】

「一応、施設内の人間達にも、我々の事を伝えておくと言われましたし、大丈夫なのでは?」

【なら、ちょっと行ってみたい場所があるんだよね。】

「どこに行きたいのですか?」

【練兵所だよ。この国の兵士達の訓練風景を見ておきたいんだ。】

「どうして練兵所を見たいのですか?」

【んーー…私が将軍(ジェネラル)だからかな?】

 

 

練兵所ではエ・ランテルに駐屯している兵士達が戦闘訓練をやっていた。

練兵所の訓練敷地はかなり広く、たくさんの兵士が訓練に励んでいた。

木で作った人形に、剣や槍で攻撃する者も居れば、兵士同士で稽古している者もいる。

場の雰囲気もよく、活気がある良い仕事場のように感じる。

よく見ると、ガゼフ隊の兵士達も何人かいる。

買い出し組に参加していないメンバーだろうな、と察する。

 

「これは勝殿!ここには何用で?」

「ご主人様が、エ・ランテルの練兵所の風景を見てみたい、とおっしゃってな。」

「そうですか!どうぞ、ゆっくり見ていって下さい!」

 

ガゼフ隊の兵士達が勝達と普通に会話しているのを見たおかげか、他の兵士達もあまり警戒していないようだ。

 

【そうだ!ブルー!せっかくだし、私と『じゃれつく』か?】

ガウ!?ガウガウガウ!(ウソ!?やりますやります!)

【よーし!なら、『訓練用武器』でやるか。ほら、どの武器がいい?】

ガウガーウ。(ハルバードで。)

 

勝が取り出したのは、ユグドラシルの武器アイテムの1つ、『訓練用武器セット』である。

これは、ユグドラシルでの戦闘チュートリアルで使用する武器で、

 

当たってもケガしない、

ダメージは0、

切られたところから少し痛みが発生する。

 

という、リアル模擬戦向けの武器である。

リアルな戦闘に慣れてもらうための初心者用なのだが、知り合いや友達とじゃれ合いをしたり、はたまたRP(ロールプレイ)を好むプレイヤー達には重宝されており、遊び道具感覚で持ち歩くプレイヤーも多かった。

 

勝は刀、ブルーがハルバードを持って、訓練敷地の空いてるスペースに行く。

兵士達が、気になってチラチラ見ている。

 

【よーし!さあ、来いブルー!】

ガウ…ガウガウ!(では…行きます!)

 

ブルーが勝に全力疾走する。

そのスピードは凄まじく速く、常人なら一瞬で間合いをつめられたと、感じるだろう。

ブルーがハルバードを横薙ぎに振る。

勝が、それを刀でアッサリ受け止めから、

 

激しい斬り合いが始まった。

 

常人には見えない、見きれないほどの速さで互いに攻撃し、防御し、反撃する。

ギギギギギギギギギギッ!!と、激しい音が連続でなる。

両者の武器がぶつかるたびに幾つもの火花が飛び交い、小さな衝撃波のようなものまでおきている。

 

「凄い…こんな激しい斬り合い、見たことねぇ!」

「ガゼフ戦士長でも、こんなに速く攻撃できねぇよ!」

「避けれる自信がねぇよ…」

 

兵士達が、信じられない、とばかりに観戦している。

 

およそ1分程、互いに激しい斬り合いをしていた両者だったが、唐突に勝が身体を回転させ、下から振り上げるようにブルーのハルバードを打ち上げた。

キンッ!と甲高い音がして、ブルーのハルバードが宙を舞う。

 

ガッ…ウッ!?(あっ…しまっ!?)

【もらったぁぁぁー!】

 

すかさず勝がブルーの喉元に刀を突き刺した。

 

ウガッ!?(うげぇ!?)

【私の勝ちだ!】

 

ハルバードが地面に落ちる。

勝がゆっくりと、ブルーの喉元から刀を引き抜く。

すると、それを見ていたブラックとレッドが、何かブツブツと相談している。

 

「0と12だと思う。レッドはどう?」

ウガッウガガッウガウガウ?(0と11だと思ったけど?)

 

「ブラックさん、何の数字を言ってるのですか?」

「ん?ああ、ご主人様とブルーが相手に何回攻撃を当てたかの数だ。」

「ええ!?最後の突き以外にも当てていたのですか!?」

「私の数では、ご主人様が12回、ブルーを刀で切っている。逆にブルーは1回も当たらなかった。」

「マジかよ…。」

 

兵士達が驚きの声を上げる。

 

ガウガァ…ガウガッガウ…(1回も…当てれなかった)

【いや、1回だけ喰らったぞ。】

ガッ!?ガウガッ!?(えっ!?ホントに!?)

【私が身体を回転させて、刀を下から振り上げるとき、ブルーのハルバードの突きをしゃがんで避けてただろ?】

ガウ。ガウッガウガガウッウガガウ?(はい。でも、ご主人様の身体の上でしたよ?)

【うん。あの突きな、私に頭があったら完全に串刺しにされてたわ(笑)。だから、あれは1回当てた判定になるぞ。私の一瞬の隙を貫くとは…ブルーもなかなかだぞ?】

ガウウッ!?ガウーー!(ホントですか!?ヤッター!)

 

ブルーがガッツポーズをして笑顔になっている。

 

「ブラックさん、なぜブルーさんは笑顔なんです?」

「ん?ああ、ご主人様から褒められたからだぞ。」

「あっ…そうだったんですか。」

「ご主人様!次は私とお願いします!」

【いいぞー。】

「っしゃぁぁ!なら、私は忍刀でやらせてもらいますね。」

 

ブルーと入れ替わり、ブラックが勝の正面に立つ。

 

「では…行きますよ、ご主人様!」

【おっしゃァ!来やがれ!】

「次はブラックさんか。いったいどうなるんだ?」

 

兵士達がワクワクしながら観戦モードになる。

しばらく睨み合っていた勝とブラックだったが…

 

「フッ!」

 

ブラックが小さな声を上げたかと思った瞬間、ブラックの姿が一瞬で消える。

それと同時に、勝が刀を振る。

キィン!

という、刃と刃がぶつかる音がして、勝の目の前で火花が散っていた。

そして…

何もいない空間に、勝が刀を高速で斬り続ける。

ギャリリリリリリリリリッ!

という、複数の金属が触れ合うかのような凄まじい音を出しながら、勝の周りで火花が散り始める。

 

「なんだ!?何が起こってるんだ!?」

「まさか、ブラックさんと斬り合ってる!?」

「ブラックさんの姿が見えねぇのに!?」

「どうして、あのデュラハンは見切る事ができるんだ!?」

「ブルーさんとレッドさんはどうですか?どっちが勝ってるんです?わかりますか?」

 

ガウウガウガ?(ブルー、わかる?)

ガウガ?ガウウ。(私が?無理よ。)

 

わからない、というジェスチャーをする2人。

兵士達も納得の返答だった。

 

キィン!

と、高い音がしたかと思うと、勝の刀が空に打ち上げられていた。

誰もが勝の敗北を想像した。

が、次の瞬間、

勝が少し身体を斜めに傾けながら、『何か』を避ける動作をした瞬間、勝の手が、忍刀を突き出していたブラックの手首を掴んでいた。

そのまま、ブラックの手首を捻り、組み倒す。

 

【捕まえたぞ、ブラック!】

「アダダダッ!?バカな!?見切られた!?」

 

兵士達が驚きの声を上げる。

 

「スゲー!捕まえやがった!」

「勝さんが負けたかと思った!」

「最後の一撃を待ってたのか!?」

「あのスピードに対応するのかよ!」

 

「うぐぐっ…降参です、ご主人様。」

【ブワッハッハッハー!見たか!私の凄さ…】

 

勝がガッツポーズを決めた瞬間、

 

 

 

宙を舞っていた勝の刀が、勝の首に突き刺さった。しかも割と深く。

 

【ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!】

 

「ぷっwwwご主人様、大丈夫で…ブワッハッハッハwww」

ガガガガガwww(ハハハハハwww)

グガガwwwガガガガウガウwww(ブハハwwwご主人様ったらwww)

 

ブラック達が大笑いしだす。

 

「マジかよwwまさかの逆転!?ww」

「こんなのアリかよwww」

「カッコよかったのになー勝さんwww」

「これはなかなかにwww良い試合だwww」

 

兵士達にも笑われながら、勝が必死に突き刺さった刀を抜こうともがく姿が、さらに場を明るくさせた。

 

【誰か抜くの手伝ってくれー(泣)】

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「勝殿、部下達から聞きましたぞ。なかなか良い訓練試合をブラック達殿とやったとか。」

 

街の中を歩きながら、ガゼフ戦士長が練兵所での事を聞いてくる。

 

【(つд⊂)】

「ご主人様、そんなに泣かないで下さい。充分カッコよかったですから。」

ガウガウ、ガウガガ?ガウッガウ?(ご主人様、大丈夫?おっぱい揉む?)

ガウガー!ガッガウー!ガウ、ガウガウ。(ファイトー!イパッーツ!です、ご主人様。)

【(·︿· `)】

 

勝の気分の回復はまだ少しかかるようだ。

 

「あ!ここだぞ、勝殿。エ・ランテルで唯一のポーション製造所である、バレアレ薬品店だ。」

【お!ポーション製造所か!こっちの世界には、どんな効果のポーションがあるのか、調べるておく価値はあるからな。アインズ達への良い報告にもなる!】

「中に入っても大丈夫なんでしょうか?」

「勝殿達がいきなり入ると、少々騒ぎになるかもな。先に私が入って、バレアレ親子に言ってこよう。」

【親子?家族で経営してるのか。】

 

そこそこ大きな一軒家に、ガゼフ戦士長が入っていく。

親しげな会話が聞こえてくる。

顔見知りなのだろう。

 

「勝殿、入って大丈夫だぞ。」

【では、失礼しまーす。】

「失礼します。」

 

中に入る。

入るなり、広い部屋が現れる。

広い部屋の中央には作業台スペースがあり、その周囲を陳列棚が幾つも並んでいる。

棚に置いてある物は、ポーションの材料だろうか?

ところどころは書物で溢れている棚もある。

 

作業台の所に、2人の人間がいた。

1人は、背の低い老婆。

もう片方は、10代半ばか、後半ほどの青年で、おかっぱ頭のせいか、顔が確認しづらい。

 

「戦士長、そ奴らがさっき言っていた異形種かい?」

「ああ、そうだ。こちらのデュラハンが、リーダーの勝殿で、後ろにいる3人が竜人族のブラック殿、ブルー殿、レッド殿だ。」

 

戦士長の紹介に合わせ、お辞儀する。

 

「どうも。私がブラックだ。チームの代弁役を務めている。私の妹達とご主人様は会話ができないのでな。」

「ん?そうなのかい?それはご苦労なこったねぇ。私の名前は、リィジー・バレアレ。そっちは孫のンフィーレアだ。」

「ど、どうも。ンフィーレアです。」

「私と孫の2人だけで、ポーションの製造と研究をやってるんだよ。」

「この2人は、エ・ランテルでも屈指の薬師でな。右に出る者はいない、とまで言われている。」

 

2人の紹介がおわる。

その時、勝がある事を思い出す。

 

【薬師?どっかで聞いた事あるような?】

「ご主人様、あれですよ。カルネ村で助けた人間の…エンリという名前の女性が言っていた、『魔法が使える薬師の友達』という奴では?」

【ああー!思い出した!よく覚えていたな、ブラック。】

「忍者として、聞き出した情報はしっかり覚えるようにしてますので。」

【偉いぞー!頭ナデナデしてやろう。】

「んにゃぁぁ…」

 

勝がご褒美代わりに頭を撫でる。

ブラックの顔が緩んで、にこやかになる。

 

「ところで戦士長、こヤツら異形種と一緒にいるのは、何故なんじゃ?」

「この方達はな、バハルス帝国の兵士に偽装した、スレイン法国の兵士達に襲撃されていたカルネ村を救って下さった方達なのだ。」

「なんと!異形種が人間の村を救ってくれたのかい!?そりゃあ、凄いじゃないか!」

「あの!カルネ村にエンリという女性が居ませんでしたか?えっと…僕の知り合いの…その…友達なんですけど…」

 

ンフィーレアが尋ねてくる。

 

「安心するがいいぞ。エンリという女性なら、勝様が最初に助けた人間だ。妹のネムという子供も一緒だったぞ。」

「本当ですか!良かった…」

「だが、ご両親が亡くなり、悲しんではいたな。勝様も、その事で心を痛めておいでだ。我々が後少し、早めにカルネ村に来ていれば、襲撃による被害を減らせたのだが…」

「そうだったんですか…。」

「勝殿達はベストを尽くした。過ぎた事を悔やんでも仕方がないさ。勝殿達がいなければ、カルネ村の被害は、より酷いものになっていた可能性もあるのだからな。」

 

少し、場の雰囲気が暗くなった気がした。

気分を変えるために、話題を切り替える。

 

「そう言えば、ご主人様が怪我したエンリという女性に、ポーションを渡そうとして警戒されたのだが、この辺で普及しているポーションは、どんな物なのだ?」

「ポーションかい?それなら、そこに置いてある小瓶がそうじゃよ。」

 

棚に置いてある、青色の液体の入った小瓶を見る。

 

「ご主人様が持ってるポーションとは、色が違いますね。だから、警戒されたのでしょうか?」

「勝殿達が持っているポーションは、違うタイプなのか?私は、この青色のポーション以外、見た事ないが…」

「ご主人様のは、赤いポーションだ。」

 

ブラックの言葉に合わせて、勝がポーションを取り出す。

 

「ちょっとアンタ!それはなんだい!?見せておくれ!」

 

リィジーが目を見開きながら、迫ってくる。

あまりの気迫に圧倒され、勝がポーションを渡す。

すると、リィジーが鑑定の魔法を唱え、勝さんのポーションを調べ始める。

 

「これは凄い!こんなポーション、見た事がないよ!これこそが恐らくは真なる神の血を示すポーションかもしれない!」

「本当なの!?お婆ちゃん!」

「まず、回復量が違う!それに、ウチのつくるポーションは、時間が経てば劣化するが、このポーションは劣化しないんじゃよ!こんなポーション持ってるなんて、アンタ何者だい!?」

 

リィジーが詰め寄ってくる。

全て話さないと、生かして帰さない、とばかりな表情をしている。ちょっと怖い。

 

「ご主人様は、元人間のアンデッドだぞ。生前が100年以上前なのは確定しているが、ご主人様本人が生前の記憶がなくてな。正確な時代はわかってない。」

「そうなのかい?せめて、ポーションについて、なにか覚えてないかい?」

【まさか、ユグドラシルの序盤のアイテムである、下級治癒薬にここまで興奮するとは…。お店でも安値で購入できるアイテムなんだがなぁ…。】

「あー…ご主人様にとっては、このポーションですら、下級品らしぞ。」

「下級品じゃとぉ!?このポーションだけで、金貨32枚分の価値はあるんじゃぞ!?ウチらの作るポーションで金貨8枚の価値しかないんじゃぞ!」

 

 

時間が経つと腐る1番安い青いポーションが金貨1枚に銀貨10枚。

バレアレ薬品店で扱う、1番高い青いポーションが金貨8枚。

ユグドラシルの下級治癒薬(マイナー・ヒーリングポーション)で金貨32枚。

イマイチ、価値の差がわからん。

よし、聞き出すか。

 

「戦士長、1つ聞きたい。金貨8枚は、割と高い値段なのか?」

「ああ、かなりの値段だな。少なくとも、カッパーの冒険者達ではとても買えない値段だ。ミスリルの冒険者でも、買うのには勇気がいる値段だと、言っておこう。」

【あ、高いわ、コレwww】

 

普通のゲームなら、初心者冒険者でも、回復薬ぐらい普通に買える。クエストをいくつか達成すれば、1個ぐらい余裕だろうに。

この世界では、回復薬ですら高級品のようだ。

なんてハードな世界なんだ。

 

「ご主人様、この赤いポーションは、かなりの高級品という事になるみたいですね。戦士長でも、金貨32枚は躊躇う値段か?」

「躊躇うな。赤いポーションより、青いポーションを3つ買う方が安上がりで済むと判断するくらいだ。」

【マジかよww赤いポーションなんて、それこそ腐る程所持してるぞwww】

 

勝が、コッコッコッと、赤いポーションを幾つも出す。

 

「ぉぉぉぉ!?お主、本当に何者じゃ!?こんな凄いポーションを幾つも持っておるのか!?」

【ホイ。サンプルに3つあげるよ、お婆ちゃんw後、戦士長にもお裾分け。】

「ご主人様がサンプルとして差し上げるそうだ。光栄に思え。後、戦士長にも1個あげるそうだ。」

「ぬおおお!お主は神じゃぁぁ!これさえあれば、ワシの研究も、かなり進展するぞー!」

「よ、よいのか、勝殿。貰ってしまっても…?」

 

Goodポーズをする勝。

 

「では、ありがたく頂戴しよう。」

 

戦士長がポーションをポーチに入れる。

すると、リィジーが部屋の奥に移動し、何かを漁って戻ってくる。

 

「お主!こんな凄いポーションを3つも貰ってタダで帰すのは、バレアレ家の名が泣く!せめてもの礼じゃ!受けとってくれ!」

 

リィジーが小さな麻袋を渡してくる。

受けとって中を見ると、この世界の金貨が入っていた。

 

「赤いポーション3つ分と少しサービスして金貨100枚じゃ!」

「金貨100枚だと!?かなりの大金だぞ、リィジー殿!」

「別にご主人様は、お金が欲しくてポーションを渡したわけでは…」

「いや!頼む!受けとっておくれ!生きてる間にポーションを完成させて、貰った分を返すという方法もあるじゃろうが、ワシが死ぬ前に完成するかどうかの保証もないからの。恩を返さず死にとうはない!」

「…ご主人様、貰ってしまえば良いではないですか。よい活動資金にもなりますよ?」

【うーむ…仕方ない、自分で巻いた種だ。】

 

必死に金貨を渡そうとしてくるリィジーに、勝も根気負けしたのか、渋々受け取る。

 

下級治癒薬(マイナー・ヒーリングポーション)でこの騒ぎか…こりゃあ、上のランクのポーション出したら、お婆ちゃんがとんでもない雰囲気になりそうだなー。】

 

ユグドラシルのポーションは全部で4種類ある。

 

下級治癒薬(マイナー・ヒーリングポーション)

中級治癒薬(グレート・ヒーリングポーション)

上級治癒薬(ハイグレート・ヒーリングポーション)

全治全能薬(エリクサー)

 

の4種類だ。

 

【エリクサーは超レアアイテムだから、流石に渡せんな。…鑑定だけさせるか…】

「おい人間…ご主人様が特別に、鑑定だけ許してあげるそうだ。」

「ん?何をじゃ?」

 

勝が緑色と黄色のポーションを取り出す。

 

「にゅおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!なんじゃ、それはぁぁぁ!?」

 

目玉が飛び出すんじゃなかろうか…と、言いたくなるほど、リィジーの顔が破顔する。

 

「緑色が中級治癒薬(グレート・ヒーリングポーション)、黄色が上級治癒薬(ハイグレート・ヒーリングポーション)だ。」

「まさか、さらに上のポーションが存在するとは!……鑑定結果も嘘偽り無し!なぁーお主ー頼むぅー!そのポーションもサンプルでくれぇー!」

「まずは下級治癒薬(マイナー・ヒーリングポーション)が製造できるようになってからだ。それが作れないなら、それより上のランクのポーションを渡したところで無意味だろう?」

「ぐっ…!た、確かにそうじゃが…そうなんじゃが…」

 

まだ諦めようとしないリィジー。

 

「なあ、勝殿。貴殿はポーションの作り方を知ってたりするのか?それだけたくさんの種類のポーションを持ってるのは不思議でならないのだが…」

「はっ!?そうじゃよ!何故お主は、こんな凄いポーションを幾つも所持しておるんじゃ?」

【そんな事言われてもなー…。私はポーションを買ってた側だしなぁ…。】

「あくまでご主人様は購入者側だそうだ。」

「なんと!つまり、このポーションを売ってた店や製造していた者が居た、という事じゃな?」

「聞かれても答えられないぞ。ご主人様は覚えてないそうだ。」

 

ユグドラシルのポーションは、ユグドラシルの店なら何処でも売っていたし、下級治癒薬(ヒーリングポーション)にいたっては、倒したモンスターからドロップする事があったくらいだ。

材料さえ揃えれば、誰でも製造する事だってできた。

 

しかし、コチラの異世界では、存在すら希少ときた。

そもそも材料すら手に入らないのでは?

 

おまけに、下級治癒薬(マイナー・ヒーリングポーション)なんて、自分で作るより店で買ったほうが手っ取り早いし、一気に買える。

そのため、下級治癒薬(マイナー・ヒーリングポーション)を自分で製造した事なんて1度もない。

ユグドラシルなら、製造時に必要な材料が表示されたので、どんな材料が必要なのか判断できたが、

コチラの異世界ではメニュー画面すら出ない。

 

今更、下級治癒薬(マイナー・ヒーリングポーション)の製造材料を聞かれても、答えられないのだ。

 

【アインズだったら知ってそうだが…】

「アインズ様は、ポーションの材料を知っていらっしゃるんですか?」

 

ブラックが、勝の呟きに反応する。

その瞬間、リィジーの顔色が変わったのを、瞬時に理解する。

 

【バカッ!アインズの事を喋ったら…】

「誰なんじゃ?そのアインズというのは!そヤツがポーションの材料を知っておるのか?」

「えっと…だな。アインズ様と言うのはだな…」

 

ブラックが咄嗟に誤魔化そうとするが…

 

「アインズ・ウール・ゴウン殿だな。勝殿と一緒に、カルネ村を救ってくれたマジックキャスターの御方だ。」

 

ガゼフ戦士長があっさり喋る。

戦士長、空気読んで!

 

「そヤツはまだ、カルネ村におるのか?」

「我々が勝殿と一緒にカルネ村を出発する時には見送りに来てくれていたな。もしかしたら、まだカルネ村にいるかもしれんぞ。」

「ふむ…マジックキャスターなら、ポーションの作り方も知っておるかもしれんな。ンフィーレアよ!明日、薬草採取の時にカルネ村に寄って、アインズという奴に会ってきてくれんか?」

「わかったよ、お婆ちゃん。」

「んふーー!アインズ・ウール・ゴウンとやら、絶対捕まえて、ポーションの材料を聞き出してやるぅー!」

 

リィジーの顔が悪い事を考えたときのウルベルトさんのような顔になる。

ゴメンよ、アインズ。

悪く思わないでくれ。

 

【ポーションに関する情報は得た。ひとまず、全員外に出るぞ!これ以上ココに居たら、お婆ちゃんに何されるかわからん。】

「そうですね。ブルー、レッド!退避ー退避ー!」

「「ガウ(了解)」」

 

コソコソと外にでる勝達。

 

「あ!待っておくれ!まだ、さっきのポーションのサンプルを貰ってないぞ!置いて行っておくれよ!」

 

お婆ちゃんに気づかれた!

 

【逃げろぉぉぉぉぉぉ!】

「すまんな人間!諦めろ!じゃあな!ほら、戦士長!行くぞ!」

ガウ!(来い!)

「あ!ブルー殿!そんなに引っ張らなくても…というか、凄いパワーだな!?」

 

戦士長がブルーに引っ張られながら、無理矢理外に連れ出される。

 

「待つんじゃ!待たぬなら、ワシの第3位階魔法が炸裂するぞぉぉぉ!」

【空だ!空に逃げろ!】

「ちょっ…!?待ってくれブルー殿!まさか!あああああ!」

 

勝がブラックに抱えられながら飛び立つ。

レッドも続いて飛び立つ。

ブルーも強引に戦士長を引っ張りながら、飛び立つ。

 

「待っておくれぇー!夢のポーショォォォォン!」

 

リィジーの悲痛な叫びが空に響いた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ー 夜・軍事施設・勝チーム自室にて ー

 

 

【今日は酷い目にあった。】

「そうですね。」

「「ガウガウ〜(疲れた〜)」」

 

バレアレ薬品店から逃走後、エ・ランテルの冒険者組合に行き、どのような雰囲気なのかを確認しに行った。

戦士長と一緒に中に入り、冒険者組合に関する説明や紹介を受けたのだが、周りにいた冒険者達からの注目度が凄まじかった。

特に、男冒険者達の視線が、ブラック達のお尻や胸にいってるのはモロわかりだった。

 

もう一度説明しておくが、

ブラック達の格好は中々エッチなのだ。

手足こそ、人間ではない肌の色や形に鱗が変形しているが、身体の部分だけは人間そっくりな形をしている。

 

おまけに、ピッチリレオタード姿に、尻が丸出しになるほどに、レオタードがくい込んでいるのだ。

尻尾で少し隠れてはいるものの、男達の視線を集めるには充分なエロさだ。

 

さらに、ブルーとレッドは中々の巨乳。

ブラックもそこそこバランスのよい胸の大きさなのだ。

それがピッチリレオタードのせいでさらに強調されている。

 

 

そのせいなのだろうか…

欲情を抑えきれなかったスケベ野郎達が、ブルーやレッドの尻をペチペチと触ってきたのだ。

 

「貴様ぁ!妹達に何をする!この、変態がぁぁぁぁ!!」

 

ブキギレたブラックと、イラついたブルーとレッドがスケベ野郎達と大乱闘、次々とノックアウトしていったのだ。

殺されなかっただけでも幸運と思うべきだと、私は言いたい。

 

「この、女の敵め!思い知ったか!我々、竜人族を舐めてかかるからだ!」

 

と、ブラックが決め台詞を言った瞬間、女冒険者達から拍手がおきた。

 

「我々にお触りしていいのは、ご主人様である勝様だけだ!」

 

という台詞に、その場にいた冒険者達の視線が自分に集まったのは恥ずかしかったが…。

 

まさか、この出来事で有名になったりしないよな?絶対にないよな?な?

 

 

【ひとまず、今日得た情報をアインズ達に知らせようか。ブラック、伝言(メッセージ)のスクロール渡すから、報告お願い。】

「かしこまりました。」

 

 

ブラックがポーションに関する報告を伝える。

 

劣化したポーションしかない異世界。

そのくせ値段が高いという現状。

 

正直に言えば、あまり良い情報とは言えない内容だ。

そしてさらに、悪い情報があった。

冒険者組合に行って、初めて理解したが…

 

「はい。コチラの異世界では、ご主人様ですら読めない文字が使われていました。私の忍術スキル、『暗号解読』によって、なんとか読めるようになる事はわかりましたが…」

 

日本語だけでなく、外国語ですらそこそこ勉強して理解していたはずの勝ですら読めない文字が使われていたのだ。

これは大きな誤算だった。

普通に会話ができるから油断していたが、冒険者活動する上で、依頼書類が読めないのは欠点だ。

いや、冒険者活動に関係なく、文字が読めない時点で色々不便である。

 

アインズ達も対策を考えると、返事がきた。

現状、自分達はブラックの『暗号解読』スキルに頼るしかないようだ。

メガネがあれば、解読魔法を使って読めるようになったかもしれないが、だれもメガネは持ってないのだ。

 

【ひとまず、一件落着という形か。明日はいよいよ王都に向けて出発だ。】

「移動方法はどうするんですか?我々だけでは、ガゼフ隊全員を乗せて飛ぶのは無理があるのですが…」

【なら、全員乗せて飛べるヤツを召喚するだけさ。】

「え?」「「ガウ?(え?)」」

【竜王ファフニールでも召喚して、王都まで運んでもらおう。】

 

 

勝の頭の中では、ガゼフ隊のみんなと仲良く空の旅をするイメージが湧いている。

無論、ガゼフ隊の皆が

涙を流しながら、空の旅をするハメになるなど、誰も想像していなかった。

 




リィジーの性格はWeb版のを参考に書きました(笑)

少しネタバレなるかもしれませんが、
アインズチームは原作ストーリーと同じ道順を辿る感じになりますが、
勝さんチームがいろいろ裏でやらかす感じの二次創作物になっていく。

と、思います。(あくまで予定ですがw)


後、誤字脱字や以前のストーリーとの設定ミス(過去に書いた設定との食い違い)などがあればご指摘して下さるとありがたく思います。

また、原作オーバーロードとの設定の違いなどがありますが、改変などや独自解釈などで書いてるものもあります。
そこは、二次創作だと言う事を理解したうえで、寛大な心でスルーして頂けたら嬉しいです。


ー補足ー

ポーションに関する細かい説明

異世界の青いポーションは4種類あり、

薬草を材料にした、1番安い青ポーションが金貨1枚と銀貨10枚。
(原作オーバーロード、ブリタという冒険者が持っていたポーションの値段)

薬草と魔法を組み合わせた青ポーション
(値段不明)

錬金術溶液と魔法を組み合わせたポーション

第一階位の効果で金貨2枚
第二階位の効果で金貨8枚

総じて、青ポーションは時間が経つと、腐る設定らしいです。

赤いポーションは、回復効果は金貨8枚の青ポーションと同じ。
腐らないという利点で金貨32枚という価値になっています。


というのが、原作オーバーロードで判明してる情報です。


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第10話 昔の話

「勝殿?まさか、この竜王に乗って王都に行くのか?」

Goodポーズ!

「私の部隊員全員乗せてか?」

Goodポーズ!

「落下防止のベルトか何かは付いてるのか?」

Goodポーズ!

「この竜王の上に登るには、このバカデカい尻尾をよじ登って行けばよいのか?」

Goodポーズ!

「もうこの方法しかないんだな?」

Goodポーズ!

「………。」

【………。】

「よし。皆、サッサと尻尾登って出発するぞ!」

「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」」

Goodポーズ!



その日の朝、エ・ランテルの西門前に巨大なドラゴン(竜王)が現れた。
近くにいた王国兵士達の説明で、巨大のドラゴン(竜王)が都市を襲う事がない、安全なモンスターである事が伝えられた。
見物がてら集まった大衆の前で、デュラハンを先頭に王国戦士長とその部下達がビクビクしながら、ドラゴンの尻尾を登って行った、という情報が流れた。
そして、巨大なドラゴン(竜王)は、大きな咆哮を1回すると、黒と青と赤のドラゴンを引き連れて飛び立った、という。



 

 

─城塞都市エ・ランテル─

 

「いや〜、危なかったっスね。まさか、冒険者登録を行う際に、個人情報を記入して下さい、とか言われたらどうしよう、と思ったっス。」

「受付嬢が質問して、我々が答えた情報を、受付嬢が記入する方式でたすかりましたね。」

「いきなり字がかけない事がバレるかと思いましたねぇ。最悪、支配(ドミネート)の魔法でやり過ごそうかと、考えていたのですが。」

 

現在、アインズチームはエ・ランテルの街を見て回っている。

冒険者登録をしたものの、最低ランクを示すカッパーのプレートが渡されるのは昼になるという。

 

「ナーちゃん、大丈夫ッすかー?アインズ様に教えられた振る舞いや仕草、言葉使いとか、ちゃんとできるっすかー?」

「だ、大丈夫よ、ルプ姉さん。アインズ様のお言葉通り、下僕としてではなく、仲間として振る舞わなきゃいけないのよね。理解してるわ。」

「さっそく、私の名前を忘れてないかー?2人とも。」

「「ハッ!?申し訳ありません、アインズさ…」」

「モモンだ!後、様もつけるな!言葉使いも、くだけた感じでと言っただろう!」

「ハッ!申し訳…」

「ナーちゃん、今、注意されたばかりっすよ!すまないっす!モモンさん。私達、つい癖で暴発しちゃうんすよー。」

「まあ…昨日今日の事だからな。仕方ないのも無理ないか…。」

 

ルプスレギナとナーベラルには、冒険者活動中は下僕としての振る舞いではなく、対等な冒険者仲間として接するように指示をだしている。

無論、「恐れ多い」と2人から言われたが、家来地味た者を従えさせた冒険者なんぞ、『偉い奴』だとすぐにバレてしまう。

あくまで、『少し腕のたつ冒険者チーム』という印象から始めたいのだ。

 

ルプスレギナは、それなりにくだけた感じの仕草をやれてはいる。

ナーベはまだまだといったところ。

意識すれば大丈夫なのだが、油断すると2人とも下僕としての態度や仕草をついついやってしまうのだ。

 

 

「というか、モモンさんに限っては、元々の名前の『モモンガ』からの『アインズ』からの『モモン』だから、余計にややこしいんですよ。ついうっかり、『モモンガさん』って呼びたくなりますよ。」

「そうっスよ。ルプちゃんもナーベちゃんも悪くないっス!いままで呼んでた名前を急に変えろって言われても、癖になっててつい呼んじゃうんスよ。」

「うぐぐっ…。それもそうですね。『ウルベルさん』と『ペロロンさん』の言う通りですね。」

 

アインズチームは人間として潜入するために、装備と名前を変え、幻術を駆使して人間になりすましている。

 

アインズは、

全身に漆黒の鎧、赤いマント、2本のグレートソードを装備した、

戦士『モモン』

 

ウルベルトは、

黒いタキシードに黒いマント(裏面が赤)、黒いシルクハットにメガネ、白い手袋に黒いステッキを装備した、

魔術師『ウルベル』

(マジシャンもしくはタキシード仮面に近い格好)

 

ペロロンチーノは、

白い忍袴に黒い忍装束、黒い手甲と足袋、黒い胴鎧と黒い鴉の羽、黒くて長い鉢巻、飛行(フライ)の魔法が施されたネックレスを装備した、

アーチャー『ペロロン』

(例えるなら、鴉天狗)

 

と、やたら黒い衣装が多い。

近くを通る人達は、見慣れるぬ3人に目を向けるが、立ち止まる程の興味はないようだ。

 

ルプスレギナは、

聖印のような巨大な武器を背中に背負い、

いつもの姿をややシスター風に見えるようにした、

魔法戦士『ルプ』

 

ナーベラルは、

腰に片手剣を装備し、

白い服に茶色に近いズボン、ローブを身に纏った、

魔術師『ナーベ』

 

2人を見る周りの人間達の視線は明らかに違った。

その2人はあまりにも美しく、男性の視線を釘付けにし、通り過ぎた人達でさえ振り返って見直す程。

 

 

今のところ、見慣れるぬ5人組にチラチラと視線が来るぐらいであり、異形種である事はバレていないようだ。

 

 

「適当に街の中を歩いて見ましたが、これと言って問題はないようですね。」

「オレ、大丈夫ですかね?鴉天狗の衣装って、めちゃくちゃ街の雰囲気から浮いてる気がするんスけど。」

 

ペロロンが背中の羽を見ながら、みんなに問う。

幻術で姿を人間に見せていても、背中の羽の判定までは消せないので、鴉の羽に見えるようにしているのだ。

 

「大丈夫だと思いますよ。昨日は勝さん達が街をブラついたり、冒険者組合で乱闘しても問題なかったみたいですし。異形種だと一目でわかる勝さん達と違い、私達は人間だとわかる格好してます。仮にペロロンさんの鴉の羽について聞かれた際は、衣装の装飾品だと誤魔化せばいいんですよ。」

 

上手い言い訳をスラスラというウルベル。

しかし、モモンがある部分を気にする。

 

「冒険者組合で乱闘…って、言いました!?それ、昨日のブラックの報告にはなかったですよ!?」

「あー…大丈夫ですよ、モモンさん。私のシャドウデーモン達の報告ですから。冒険者組合で、男性冒険者達にセクハラされたブラック達がブチ切れして暴れただけですから。女性冒険者達に拍手されていた、と報告を受けてますよ。」

「うわー…やっぱいるんスね。美女にボディタッチしてくるヤツ。ルプちゃん、ナーベちゃん、気をつけてね。」

「ご安心を、ペロロンさ…ん!そのような輩は、私がたたっ斬ります。」

「手ごとブッチギるっすよー。」

「できれば、殺さないようにな。いろいろ問題が増えてしまう。」

 

ルプとナーベが問題を起こすような予感しかしないモモン。

できる限り、人間に優しくするように教育して置こうと、心に刻む。

 

「ところでウルベルさんに質問っす!」

「おや、何かな?ルプさん。」

「この都市にも、シャドウデーモンは仕込んだんすか?」

「もちろんだとも。どこに何があるか、くらいの情報を探らせてるだけさ。ホントだよ?」

「そのニタニタ顔が、全てを物語ってますよ!まあ、別に、私達にとってはありがたい事ではありますが。」

 

隙あらば街中に悪魔を潜ませるウルベルの遠慮のなさは、種族特性の影響によるものなのか、元々そういう性格だったのかわからなくなり始めるモモン。

 

「ところでモモンさん、昼までどうします?時間を潰すにしても、コッチの世界のお金、ないんですよね?」

「ナザリックに帰るのもアリなんですが、街の視察もしておきたい、という気持ちもあります。」

「ついでに、どこかの店で、ルプちゃんとナーベちゃんと一緒に食事でもしたかったっス。」

「あまーい物が食べたいっすねー。ナーちゃんはどうっすかー?」

「私は別に…」

「なら、シャドウデーモン達に、その辺にいる金持ちから財布でも盗ませましょうか?バレずに盗ませるくらいなら、余裕ですが…。」

「物騒な事をサラッと言っちゃうウルベルさん、マジパネェっス!」

「バレなければいいんですよ。バレなければね。」

 

流石、悪をこよなく愛するウルベルさんである。

しかも、ターゲットを金持ちに選ぶあたりが憎めない。

これ以上、ウルベルさんが何かやらかす前に対策を考えないと!

と、考えていたモモンの前に…

 

「あの…少しよろしいでしょうか?」

「はい?」

「む!?何奴!!」

 

全身、騎士風の鎧で身を包んだ男に声をかけられる。

顔まで隠しており、皮膚が見える部分が一つも無い。

咄嗟に、ナーベが剣を抜く構えをとる。

 

「ナーベ落ち着け!コホン。えーと…どちら様で?」

「勝様の使いの者です。モモン様でよろしかったでしょうか?」

「勝さんの?…ん?お前、まさか…アンデッドか?」

「流石モモン様。すぐに見破るとは!」

 

目の前の全身騎士鎧の男は、勝さんが召喚したアンデッド、死者の鎧(リビングデッドメイル)だった。

 

「それで、用件はなにかな?」

「勝様から、コチラをお渡しするように、と命令されております。どうぞ、お受け取り下さい。」

 

小さな袋を渡される。

中身はそこそこ重く、ジャラジャラと音がする。

 

「これは?」

「コチラの世界のお金、金貨30枚になります。」

「おお!ありがたい!勝さん、気が利いてるぅ!」

「このお金は、バレアレ薬品店でのヤツかね?」

「そうでございます、ウルベル様。よくご存知で。」

「シャドウデーモンから報告を受けていてね。しかし、あの時貰った金貨は100枚だったはずでは?まさか、残りの金貨は全て勝さんが持っていたり?」

 

少しだけ、ウルベルの機嫌が変わったような感じがする。

死者の鎧(リビングデッドメイル)にぐいぐい詰め寄り、質問を浴びせるが、死者の鎧(リビングデッドメイル)は平然としている。

 

「手に入れた金貨100枚の内、30枚をモモン様チームに。50枚を『貴族チーム』に。残りの20枚は勝様が所持しています。」

「む…勝さん本人が1番少ないのですか…」

「勝様がおっしゃるには、『貴族チーム』が1番出費が高そうだから、ちょっと多めにした。という事だそうです。」

 

3チームの内、貴族としての振る舞いが要求されるヘロヘロチームは、宿屋や食事も高級な物を使うだろうという、勝なりの配慮である。

 

「謙虚ですね、勝さん。こういうの、勝さんが1番多く貰っても良い気がするんですが…」

 

金貨100枚という臨時収入を得たのは勝である。

なら、1番多く貰う権利は勝にある。

 

「それならご安心を、ウルベル様。勝様から、ちゃんとした理由を聞いております。」

「ほう?その理由とは?」

 

「ユグドラシルの金貨は、『ゲームの金貨だから』いくらでも所持できた。しかし…」

 

『ゲームの金貨だから』

というのは、ゲームの世界の金貨、という認識なので、いくら所持しようが、気にせずにいられた。

という事なのだろう。

 

「コッチの世界の金貨では、『リアルのような金貨だから』、金貨100枚という大金を持ってるのが怖くなった。一般庶民の私には恐れ多い金額なので、みんなに差し上げます。だそうです。」

 

『リアルのような金貨だから』

というのは、リアルで考えれば、大金になる。という認識だ。

そして勝は、リアルの世界ではただの一般人である。

そんな一般人が、いきなり大金を得たらどうなるだろう?

大喜びする人間が大半だ。

しかし、中には、大金を所持している、という現状を『怖い』と感じる人間もいるのだ。

 

 

「なるほど。納得の理由ですね。」

 

大金を持ちたくないという感覚から、仲間に分け与えるという発想をした勝の仲間思いな気持ちをくみとるウルベル。

 

「ねぇ、ナーちゃん。勝様が一般庶民ってどういう事っすか?至高の御方である勝様が一般庶民っていうのはおかしい気がするんすが…」

「そうねぇ…ナザリック地下大墳墓の至高の御方である勝様が一般庶民など、ありえないのですが…」

「それは私も同意見です。我が召喚主である勝様が一般庶民というのは、理解できないのですが…」

 

下僕達が一般庶民というワードに疑問を抱いている。

すると、モモンがわかりやすく説明しだす。

「それはだな、我々も勝さんも元々はただの異形種に過ぎなかったからだぞ。ユグドラシルに来た時の私は、骸骨の魔法使い(スケルトン・メイジ)という、下級アンデッドだった。それが今では死の支配者(オーバーロード)にまで上り詰めた存在となった。」

 

プレイヤーは、誰しもが最初は弱い存在だ。

種族レベルや職業レベルを試行錯誤しながら上げていき、ようやく高みの存在となれるのだ。

 

「勝さんなんて、最初から今までずっと首無し騎士(デュラハン)のままなのに、同じ種族のユリとは比べものにもならないくらい実力に差があるだろう?それでも、勝さん本人は自分が凄い存在になってるという自覚を持ってない、あるいは持たないようにしてるのさ。」

 

そうだ。自分達プレイヤーは、『偉くなる』ためにゲームをしていた訳ではない。

『楽しい』から、あるいは『楽しむ』ためにゲームをしていたのだから。

まあ、その『楽しむ』過程に、悪のギルドというRP(ロールプレイ)はしていたが。

 

「つまりだな、我々も勝さんも、最初は弱くてちっぽけな存在だったと言うことだ。それが勝さんが言う、一般庶民の意味だ。」

「なるほど、そういう意味でありましたか。」

「至高の御方達も最初は弱かった、なんて信じられないっすが、アイ…じゃなくて、モモンさんに言われたら信じるしかないっす。」

「我が召喚主である勝様も、最初から強い訳ではなかったのですね。とても勉強になりました。」

 

至高の御方達の深い話が聞けて、下僕達はとても喜んでいる。

 

「フッ…我がギルドの一員であり、竜王(ドラゴンロード)まで召喚できるくせに、あの人は自分自身をナザリックの中で弱くてちっぽけな存在だと、今でも思っているんだろうな。」

「そもそも勝さんが、悪のRP(ロールプレイ)してるところを見たことないっス。」

「それどころか、異形種狩りを行っていた人間種側からも襲われない中立な立場を確保してましたよね?」

竜王(ドラゴンロード)狩りの功績のおかげですよ。勝さんは、人間種であろうが亜人種であろうが異形種であろうが関係なく助っ人として頼られていましたから。その評判のおかげで、異形種狩りのリストから外されてたみたいですし。あそこまで趣味に走って、いろんな種族から信頼を得たのは勝さんぐらいですよ。」

 

高難易度の竜王(ドラゴンロード)戦に、勝が助っ人として呼ばれる事はよくあった。

勝本人も、『任せろ!』と、意気揚々で参加していたので、様々な人達から信頼されていたのだ。

 

 

「たしか、ナザリックが敵プレイヤー達の大侵攻を受けたとき、勝さんだけ騙されて人間種達と竜王(ドラゴンロード)狩りに行ってたんっスよね?」

「ああー、ありましたねーw勝さんが助っ人依頼を受けてナザリックから出撃したのを見送った後、ナザリックが大侵攻を受けたんですよ。勝さん本人は、戦いから帰ってきてからビックリしてましたよ。『え!?何、この荒れよう!?襲撃でもあったの!?』ってwww」

「勝さんの竜王(ドラゴンロード)召喚が厄介だったから遠ざけたかった、という理由もあったでしょうが、勝さんはいっさい襲われてなかったという辺り、かなり人間種側からも気を使われていたのが、分かりますね。」

「勝さんから助っ人断られたら、竜王に勝てない、って人達いっぱいいましたからねぇ。」

 

昔、ギルドがあるナザリック地下大墳墓が1500人もの討伐隊に襲撃されるという事件があった。

ギルドメンバーにより襲撃者達は返り討ちにあい、その戦いの映像を撮った動画は、視聴者達からチート行為を疑われる程だったのだ。

 

だが、その事件当日、勝は竜王(ドラゴンロード)狩りの助っ人を人間種プレイヤー達から頼まれており、留守だったのだ。

しかも、仲間との通信を妨害する裏工作までされており、ギルドメンバーからの襲撃連絡を受け取れなかったのだ。

 

しかも、勝が制作したNPCが守護するログハウスには、討伐隊が攻撃どころか侵入すらしておらず、ブラック達は無傷という結果だった。

 

恐らく、勝が大切にしているNPCの情報が、勝自身の普段の会話から知られていたからだろう。

もし、ブラック達が倒されていたら、勝がブチ切れてとんでもない事態になっていたかも知れない。

とまで言われていた程だった。

 

「だからなんでしょうかね。勝さんが人間達とも仲良くしようとするのは。我々と違い、勝さんはあまり人間達を憎む理由も毛嫌いする理由もないんですよね。」

「今だと、ブラックちゃん達さえ無事なら、大抵の事は気にしないんじゃないっスか?」

「それはないでしょう、現に、我々に活動資金を持って来てくれているんですよ?ナザリックの仲間達の事も、ちゃんと気にかけてくれてますよ。」

「それもそうっスね。自分達と違って、モモンさんと同じく、最後までギルドに通ってた仲間ですからね。」

 

過去がどうあれ、勝は『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバーである。

そして、最後まで在籍した仲間である。

そんな人物が、仲間を蔑ろにするはずがないのだ。

 

「いろいろお話が聞けて、ありがたく存じます。では、私は『貴族チーム』に活動資金を渡してきます。皆様方、冒険者活動頑張って下さい。」

 

死者の鎧(リビングデッドメイル)が去っていく。

 

「では、我々もカッパーのプレートを入手したら、冒険者活動を始めましょうか。」

一同「おー!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ーそのころ、勝チームは…ー

 

 

 

 

 

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」

 

「か、勝殿ー!高い!高過ぎますぞー!それに、この風圧!強すぎて、立つ事さえできぬ!なのに!何故、貴方は仁王立ちできるのだぁぁぁ!?」

 

竜王ファフニールの背中の上で悲鳴を上げるガゼフ隊。

 

現在、雲の上のはるか上空を移動している。

 

【うひょーー!ファフニールの背中の上から見る景色は絶景だぜー!】

 

ファフニールの背中や頭、尻尾の先などを移動しては、はしゃぎ回るデュラハンがそこにいた。

風圧をものともせず、好き勝手に移動するデュラハンを見て、ガゼフ隊の皆は確信する。

 

「「「やっぱり勝さんはまともじゃねー!」」」

 




今回は短いお話になっちゃいました。

仕事の帰りや、休日に書いてるので、どうしても長い話を書く暇が作れなくて。

場面展開って難しいですね…ホント。
(:3[▓▓]


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第11話 王都と蒼の薔薇

「ガゼフ戦士長、この夜食とても美味しいですね。」
「ああ。こんな上手い料理は食べた事がない。」

現在は夜。
とある建物の食堂で、ガゼフ隊の皆が夜食を食べている。

「料理を作ってくれたブラック殿達の話では、和食という料理らしいぞ。」
「ジャパン…とかいう国の料理らしいですね。特にこの『スシ』という料理が美味しいですね。」
「コッチの『ミソシル』というスープも中々の美味しさだ。」

今、ガゼフ隊が食べている料理は、ブラック達の手作りである。
嫁修行している、という設定をブラック達に書いていたおかげで、ブラック達3人は料理が作れるのだ。
いつ嫁修行をしていたのかは謎である。

「ところで戦士長、質問してもいいですか?」
「なんだ?副隊長。」
「私達って今、空の上にいるんですよね?」
「そうだ。正確には、竜王ファフニールの上、だな。昼にも同じ事を言っただろ?」
「はい。しかも夜食を食べています。」
「昼飯の時もそうだったぞ。」
「普通の人が聞いたら、ありえないって言われますよね。」
「そうだな。だが、私達は今、それを実体験している。ありのまま起こった事を…我々は言ってるだけだぞ。」


『グリーンシークレットハウス』
拠点作成系アイテムの名前である。
ポイポイカプセルのような物に入っており、様々な種類の建物が収納されている。
これを投げることで、建物が一瞬で出来上がるのだ。
しかも、魔法で作られているため、外見の大きさに比べて、中はかなり広い。
オマケに、人間より大きい生き物が入ろうとすると、入口などの大きさが変化してくれる機能付きである。

勝が建てたのはコテージだった。
それを竜王ファフニールの背中に設置したのだ。
魔法で出来た建物なので、激しい突風や揺れにもビクともせず、建物内部にある家具が動くことも無い。

内部の家具や設備も充実しており、
ベッドとソファ付きの寝室に、
広い食堂に遊戯室まである。
無論、トイレと風呂まである。

「まさか、ドラゴンの背中で宿泊する日がこようとは…夢にも思いませんでしたよ。」
「私もだ。ブラック殿の話では、明日の早朝には王都に到着する予定だそうだぞ。」
「ファーーwww3日かかるはずの帰路が、半分以下とは…。ブラックさん達の言うとおりでしたね。」
「勝殿達には、後何度驚かされるのかわからんな。」

ガゼフにとって、自分達の常識を超える事ばかりやる勝の行動は理解し難い。
だが、興味をそそられるのも事実である。
次はどんな事をするのだろうか、という期待の気持ちすらある。

「私達もですよ。ホント、勝さんて何者なんでしょうかね?」
「ブラック殿の話では、勝殿は元々人間だったそうだ。100年以上前の人間らしいぞ?」
「100年以上前!?ホントですか、ソレ!?」
「私の知る歴史が正しければの話だが…私の予想では、500年前の年代の可能性が高い。」
「500年前…というと、八欲王が竜王達と戦ったという歴史が残っている年代ですね。根拠は?」
「まさにその竜王の上に乗ってる…では駄目か?私が見た限りでは、この竜王ファフニールで三体目だぞ?巨大な生き物を勝殿が召喚するのは。」
「八欲王との戦争に参加しなかった生き残りの竜王と契約した、という可能性は?」
「竜王を倒す程の御仁だぞ?そんな強さの者がいれば、名前くらい残っているはずだ!だが、勝殿の名前はどこにもない。200年前の十三英雄の歴史でも、勝殿の名前はないのだぞ。」
「それもそうですねぇ…ホント、謎ですよね。」

誰も勝の正体がわからない。
手がかりとなる情報はたくさんあるのに、その全てが曖昧で確たる証拠にならないのだ。

「唯一可能性があるとすれば、勝殿が召喚する竜王(ドラゴンロード)と、アーグランド評議国のドラゴン達に繋がりがあるかどうか、という部分だ。もし、アークランド評議国のドラゴン達が、勝殿の事を知らなかったり、勝殿が召喚する竜王(ドラゴンロード)を知らなかったなら、勝殿の正体は不明のままになる。」
「ドラゴンの事はドラゴンに聞け、って事ですか?」
「まぁ、そうなるな。」
「ちなみにですが…勝さんの正体がわからないままだと、どうなるんです?」
「逆にわかった場合はどうするのだ?勝殿の生前が、歴史に残る大英雄だったとしても、今の勝殿はアンデッドだぞ?英雄の死体が動き回っている、という事実しか残らんぞ。」
「そうでしたね。ついつい忘れてしまいますが、勝さんはアンデッドでしたね。なんか、存在が凄すぎて、死体だという感覚で見れないんですよね。」
「アッハッハッハッハッ!安心しろ、私もだ。あんな生き生きしたアンデッドは見た事がない。勝殿は…なんというか…今のこの世界を、楽しんでる気がするのだ。そう、まさしく冒険者のようにな。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ー同時刻・竜王ファフニールの頭部ー

【それで、モモンチームからの報告の内容は?】
「昼に冒険者としてのカッパーのプレートを入手、そのまま冒険者組合に行き、冒険者活動を始めたそうです。」
【むー…先をこされたか。】
「ただ、少し問題が生じたそうですよ。」
【問題?どんな?】
「例のバレアレ親子にマークされたらしいです。」
【はぁ!?あの親子、いきなりモモンの正体に気付いたの?】
「いえ、ポーションが原因らしいです。」
【え?ポーションが…?】
「はい。プレートを受け取りに行く前、宿屋の確保に向かったらしいのですが、そこで見知らぬ男冒険者達と揉めたらしいのです。」
【うわー…モモン達に喧嘩ふっかけるとか、命知らずだなーソイツら。】
「結果、モモン様がお1人で事態を解決なさったのですが、近くにいた女冒険者のポーションを割っちゃったらしいのです。それで、弁償を要求され、ペロロン様がすかさず赤いポーションをお渡しになったそうです。」
【ペロロンチーノさん、相変わらずだなぁw】
「その後、モモン様達がプレートを受け取りに行ってる間に、その女冒険者がバレアレ薬品店にて赤いポーションの鑑定を依頼、それで赤いポーションを所持している事がバレてしまったそうです。」
【つまり、アインズという事はバレてないが、私の知り合いだと言う事がバレた、という事か。】
「はい。そうなります。結果的に、ンフィーレア氏の名指しの依頼を受ける事となり、現在、カルネ村近くの森まで薬草を採取しにいく仕事をやっているそうです。」
【最初の仕事としては、中々良い仕事じゃないか?】
「それが、モモン様のチームがカッパーの冒険者であり、最初の仕事という事もあってか、経験豊富なシルバーの冒険者チームも同行してるらしいです。」
【あー、先輩冒険者達が一緒なのか。でも、モモン達の実力を知れば、デカい態度をとったりはしないだろう。】
「中々、良い関係を築けてるらしいです。」
【ほほう。良いスタートをきった、という事か。私達も負けてられないな。】
「そうですね。私達も頑張りましょう!」

【ところでブラック。前から気になってた事を聞いてもいいか?】
「なんでしょう?ご主人様。」
【人間と会話する時、偉そうな態度と言うか、上から目線な態度になってないか?】
「ああ、それですか。はい。私は、人間相手には見下すような態度で接してます。ドラゴンですので。」
【あれか?ドラゴンとしての威厳を保つためか?人間に舐められたくない、という感じの。】
「はい。その通りです、ご主人様。」
【んー…ブラック、先に言っておくが、王城で王様に謁見するときは、その態度は自重しておいてくれないか?せめて、もう少し優しい感じで言えるようにして欲しい。】
「そ、そんな!?ご主人様の方が偉いのですよ!?」
【いやwそれは、人間の王様相手に失礼だよ。冒険者にしてもらえるように頼みに行くんだぞ?相手より偉そうな態度とってどうすんだよw】
「ですが!至高の御方であるご主人様が、人間に(こうべ)を垂れるなど、あってはなりません!人間達の方こそ、ご主人様に頭を垂れるべきなのです!」
【ブラック?私の言った事が理解できないのか?】
「うっ…しかし…」
【仕方ない。私の命令が聞けないなら、今日からブラックだけ、頭ナデナデは無しな。】
「そんなぁぁぁ!?わかりました!わかりましたから、そんな酷い事言わないで下さいぃー、ご主人様ぁぁぁ!」
【よーしヨシヨシヨシ。わかればいいんだ、わかれば。ん〜、お前は可愛いなぁ〜w】
「んにゃぁ〜…」







ー早朝、ロ・レンテ城内ヴァランシア宮殿ー

 

「なんという事だ。本当に、ドラゴンがいるではないか…」

「いかが致しますか?国王陛下。」

 

宮殿のルーフバルコニーから外を眺めているのは、リ・エスティーゼ王国の国王、ランポッサ三世と、

六大貴族の1人、レエブン侯爵である。

 

現在、ロ・レンテ城がある王都では、いきなり現れたドラゴンでパニック状態に陥っていた。

城内では、兵士達が激しく動き回り、事態の収拾にあたっている。

 

「国民への被害はでているのか?」

「今のところ、被害の報告はありません。ドラゴンも、王都の東側近くに現れはしましたが、そこから動いた形跡はありません。」

「国民や冒険者に、あまりドラゴンを刺激しないように伝えてあるか?」

「はい。ですが、普通の冒険者にドラゴンの相手は不可能かと…。念の為、アダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』にドラゴンの監視をするようには伝えてあります。」

「こんな時、ガゼフ・ストロノーフがいてくれれば…」

「…国王陛下、お気持ちはわかりますが、王国戦士長は今、エ・ランテル近郊への任務に行っており、戻って来るには後数日はかかるかと…」

 

ランポッサ三世にとって、ガゼフ・ストロノーフは最も信頼できる人物であり、頼れる存在でもあった。

王国最強と呼ばれる王国戦士長であれば、この事態を早急に解決できたであろう、と。

 

だが、ガゼフ・ストロノーフは現在、王都の外に出撃しており不在である。

そのはずだった。

 

「御報告申し上げます!王国戦士長様がご帰還なさいました!」

「なんと!?それは本当か!?」

 

ガゼフの帰還の知らせに、喜ぶランポッサ三世。

しかし、兵士の次の報告に、ランポッサ三世もレエブン侯爵も驚く事になる。

 

「王国戦士長様は…あのドラゴンに乗って帰って来たそうです!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

【さて、先に戦士長が王都に入り、事情を説明してくる事になったわけだけど…】

「やっぱり、ファフニール様に乗って王都に降りるのは、まずかったのでは?」

【うーん…やっぱりそう思う?】

「王都の人間達が、ずっとコチラを様子見している状態ですよ?あれ、めちゃくちゃ警戒してますよ、絶対。」

 

現在、勝達は王都の東側から少し離れた場所にいる。

ファフニールを安全に着地させるためのひらけた場所が必要だったからだ。

 

一緒に来た戦士長とガゼフ隊は、

「先に王都に入って国民達に事情を説明してくる。」

と言って、王都に入っていった。

 

戦士長達が帰ってくるまで、ファフニールの前で待機する事になったのだが、

しばらくすると、武装した冒険者風の者達がやって来て、遠くから勝達を監視しているのだ。

 

アンデッドのデュラハン1人と、

竜人が1人

2体のドラゴン、

巨大な竜王ファフニール。

 

誰もが警戒して当然の組み合わせだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「なぁ、ラキュース。あの1番バカでけぇドラゴンが噂の竜王(ドラゴンロード)って奴か?」

「たぶんそうじゃないかしら?手前にいる2体のドラゴンより大きいから、普通のドラゴンではないと思うけど?」

「マジかよ…。イビルアイ、お前の見立てでは、あの中で1番強いのはどれだ?」

「あくまで私個人の目安だが…強さで言えば、あのデカいドラゴンだな。その次がデュラハンだ。だが、偉さで言うなら…おそらく、デュラハンが1番だな。そして、私達より強い。確実に。」

「あの首無し(デュラハン)が?まったく信じられねぇが、イビルアイが言うなら確かなんだろうな。」

 

勝達を監視しているのは、王国に2つしかないと言われている、

 

アダマンタイト級冒険者チーム

『蒼の薔薇』

 

メンバーが全員女性で構成された珍しいチームだ。

 

リーダーは、黒い大剣を持った金髪美女の神官戦士、

『ラキュース』

 

男性冒険者よりガタイの良い女戦士

『ガガーラン』

 

仮面とボロボロのローブを被った魔術師少女、

『イビルアイ』

 

そして…

 

「鬼ボス、今戻った。」

「情報収集に手間取った。」

「おかえり、ティア、ティナ。」

 

双子の女盗賊のティアとティナ。

 

計5名が蒼の薔薇のメンバーである。

 

「それで、あのドラゴン達に関する情報は?」

「王国戦士長の話によれば…」

 

①リーダーはデュラハン。

②ドラゴンに変身できる竜人3人を連れている。

③巨大なドラゴンはデュラハンが召喚したもの。

④スレイン法国の偽装部隊から村を救った。

⑤陽光聖典を撃退し、ガゼフを救った。

⑥ブラックという名前の竜人が代弁役。

⑦デュラハンは元人間。生前が少なくとも100年以上前。だが、生前の記憶がない。

⑧アインズ・ウール・ゴウンという、何らかの組織に属する。

 

「…得られた情報はこれぐらいだった。」

「少なくとも、人間を無差別に襲う輩ではないんだな。」

「それなら、会話を試みてみる?王国戦士長様と一緒に居たなら大丈夫だと思うけど?」

「…それなら、私が行ってこよう。」

 

イビルアイが前に出る。

 

「大丈夫なのか?イビルアイ。」

「問題ない。昔、知り合いにドラゴンがいたからな。それに、相手がアンデッドなら、私のほうが都合がいいだろう。」

「イビルアイ、もしもの時は言ってね。すぐに助けに行くから。」

「フッ…私を誰だと思っている?もしもの時は、転移の魔法ですぐ逃げるから安心しろ。じゃ、行ってくる。」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「我が主人よ、私は消えていた方がよろしいのでは?」

【そのままでいいよ。私が竜王(ドラゴンロード)を召喚できる、あるいは従えさせてる事を事前に知っていてもらった方が都合がいいんだよ。こういうの、大概信じてもらえないから疑われるんだよね。それに、隠す必要性もないしね。既にバレてるし。】

 

戦士長の前でいろいろド派手にやらかした後である。

今更取り繕っても意味が無い。

なら、コチラの力量と戦力を知ってもらったうえで、冒険者にするかどうかの判断を決めてもらった方がいいと判断したのだ。

それに、最初から竜王を召喚しておく事で、王都の人間達にも慣れてもらったほうが、パニックを抑えられると考えた。

 

「なるほど。ご主人様の凄さを先に教えておく事で、人間達が舐めた態度をとらないよう、牽制する意味もあったのですね。流石、ご主人様です。」

【エッ!?イヤ…ソコマデハ…ま、まあな。そういう意味も込めてはいるぞ。そ、それに、竜王を従えさせてるのでそこそこ広い土地が欲しいと、お願いできるかもしれないしな!】

「何故、土地が欲しいのですか?」

【仮拠点を作るためさ。地表部分は普通だが、地下部分はナザリック用の活動支援拠点を作成し、王国王都近辺での活動をしやすくしようかな、と考えている。】

「流石ご主人様!素晴らしいお考え…む、ご主人様!誰か来ます!仮面をつけた子供のようですが?」

【子供…か?にしては、格好が変だな。】

 

仮面とボロボロのローブ…あきらかに、普通の子供がする格好ではない。なにより、ドラゴンを従えさせた自分達に接触させるのを、周り人間達が止めなかったのが変だ。

つまり、アソコで監視している人間達の代表的な存在なのだろうが…何故、よりにもよってこんな子供みたいな人間を…?

 

「すまない。ちょっといいか?」

「何かようか?」

「私は、アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』のメンバーの1人、イビルアイという者だ。」

【アダマンタイト級だって!?こんな少女が最高位冒険者って…にわかに信じられん…。】

 

イビルアイという仮面の少女は、自分がアダマンタイト級冒険者だと言う。

こんな少女でもアダマンタイト級冒険者になれてしまうのか、と驚くが、すぐに考えを改める。

 

ユグドラシルでも、子供の姿をしたプレイヤーは居た。

なによりナザリックにも、アウラやマーレ、シャルティアなど、見た目が子供の強いNPCがいる。

なら、この少女が強者でもおかしくはない。

見た目が子供だからと、甘く見るのはよすべきか…。

 

「そうか。私はブラックドラゴンのブラック。竜人族だ。後ろは、妹のブルーとレッド、そしてこちらが、我々のご主人様である、デュラハンの勝様だ。」

 

ペコリとお辞儀する。

 

「我は、我が主人によって召喚された、竜王(ドラゴンロード)のファフニールだ。よろしくな。」

「そ、そうか。これはご丁寧にどうも。それで、失礼を承知で聞くが、ここへは何しに来た?」

 

率直な質問だった。

むしろ、堂々と質問してくる少女の度胸の凄さに感心する。

 

「国王公認の冒険者になりに来た…というのが目的、では駄目か?」

「冒険者に…?何故、冒険者になりたい?」

「資金集めのためだ。」

「何の為に?」

「…何故そこまで言わないといけない?自分で稼いだお金をどう使おうが、我等の勝手であろう?」

「む…それもそうか…。すまなかった。」

 

それっきり会話が終わる。

気まずそうにしているイビルアイを見かねて、勝がブラックにヒソヒソと語りかける。

 

「なら、こちらから質問してもよいか?イビルアイさん?」

「な、なんだ?」

「我々をどう思う?」

「え?」

 

意外な質問にキョトンとするイビルアイ。

 

「我々の事は…信用ならないか?」

「それは…今はまだ…と、言ったところだな。出会ったばかりの相手をすぐに信用するのは無理だ。」

「そうだな。我々も、お前を信用してはいない。」

「……っ!」

「だからこそ、唯一信用しているガゼフ戦士長に頼っているのだ。我々は全員が異形種…人間達に信用してもらう為には、まず国のトップに信用してもらう必要がある…と、ご主人様はお考えになられたのだ。」

「だから、国王公認の冒険者に?」

「そうだ。ただの冒険者では、人間達が怖がって依頼どころではないからな。なにより、街に入るだけでパニックになろう?」

「それも…そうだな。」

「ま、まず冒険者になれるかどうかが問題だ。そのへんは、ガゼフ戦士長の手腕に任せるしかない状態だ。」

「もし、冒険者になれなかったら、お前達はどうするんだ?」

「その時は…潔く諦める…と、ご主人様は言っている。」

「そうか…」

「だが…もし、我々が冒険者になった暁には…」

「…?」

「先輩である蒼の薔薇の皆さんに、いろいろ教えて欲しい…と、ご主人様は言っているぞ。」

「私達にか?何故だ?」

「信用を得るため…では嫌か?親睦を深めるのが、互いを信用できる、良い方法だと思ったのだがな。」

「フッ…そうきたか。中々、面白い事を言うご主人様だな。」

「ご主人様は真面目に言っているぞ?」

「いや、理解しているぞ。そちらの事情はわかった。いろいろ質問して悪かった。」

「コチラも、いろいろ話せて良かった…と、ご主人様は言っている。」

 

勝が前に出て、手を出す。

握手だと気付き、イビルアイも手を出して握手する。

 

【ありがとう。】

「ありがとう…だそうだ。」

「…あなたのようなアンデッドは初めてだ。冒険者、なれるといいですね。」

 

最後の口調が妙に優しく感じた。

すると、握手をしたまま、イビルアイが質問してくる。

 

「最後に聞きたい。ツアー、もしくはリグリット、という名前の人物に心あたりは?」

【ツアー?リグリット?知らない名だなぁ…】

「ご主人様は、どちらも知らないそうだ。」

「そうか。なら、いい。今の質問は気にしないでくれ。」

 

そう言って離れようとしたイビルアイだったが、勝が手を離さない。

 

「あの…もう離していいぞ?」

「最後に…ご主人様からアドバイスだそうだ。」

「アドバイス?」

「むやみに握手はするな。強者なら、握手だけであなたの種族を見破るぞ。だそうだ。」

「…!?…まさか、握手だけで…!?」

「手に脈がない。次からは、厚手のグローブか手甲でもはめて誤魔化すといい、だそうだ。仮面を付けて誤魔化すだけでは甘い、という事だな。」

 

ようやく手を離す。

 

「…参考にしよう。ありがとう。」

 

去っていくイビルアイを見送る。

 

「ご主人様、よくあの小娘がアンデッドだと気付きましたね。」

【うん。だって…】

「…?」

【めちゃくちゃ冷たかったもん、あの子の手。薄い手袋じゃありえないくらい。あれなら他人にもバレる。指輪か何かで、アンデッドの気配は誤魔化してはいたみたいだけどね。】

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「イビルアイ、どうだった?大丈夫だったか?」

「ああ。問題ない。」

「どう?話してみて。信用できそう?」

「悪い奴らではない…という事は確かだな。」

「なら、問題はなさそう?」

「それは、これから次第だな。ただ…」

「ただ…なんだ、イビルアイ?」

「フッ…フフ。」

「どうしたの、イビルアイ?」

「アイツらは国王公認の冒険者になりに来たそうだぞ。」

「はぁ!?冒険者ぁ!?それホントかよ!?」

「少なくとも、あのデュラハンは本気らしいぞ。しかも…フフフ…アハハッ!」

「なによ、イビルアイ。何がそんなに面白いの?」

「まさか!あのデュラハンに何かされたか!?」

「違うんだ、フフッ…。あのデュラハンが言っていたんだがな…もし、冒険者になった暁には、先輩である蒼の薔薇の皆さんに、いろいろ教えて欲しい…と。おかしな話だ。私達よりも強い、あのデュラハンが後輩としてやってきたら、私達はどうすればよいのか、なんにもアイデアがでてこないんだからな。」

「ハッ!そういう事かよ。確かにな。ドラゴン連れた奴にアドバイスすることなんて、なんにも思いつかねぇな!ラキュース、リーダーとして後輩の指導、よろしくな!」

「ちょっと!私にだけ押し付ける気!?無理よ!私達より実力上なんでしょ、あのデュラハン達。」

「いよいよガガーランが覚醒してドラゴンと張り合う日が来たか…」

「人間やめるなら今だぞ、ガガーラン?」

「ふっざけんな!ティア、ティナ!お前らは俺をなんだとおもってんだ!?」

 

「あー…いいかな?蒼の薔薇の諸君?」

 

楽しく会話していた蒼の薔薇のメンバーに話しかけたのは、ガゼフ・ストロノーフだった。

 

「これは、王国戦士長様!な、なんの御用でしょうか?」

「ラナー王女に君達を呼んでくるよう、頼まれてな。護衛をお願いしたいそうだ。」

「護衛…ですか?」

「ああ。アソコにいる勝殿達が、国王陛下に謁見するために王城に行くのだが、もしもの時のために護衛として護って欲しい…と、ラナー王女が言っていた。」

「わかりました。引き受けましょう。」

「恩にきる。では、勝殿達と一緒に行こう。アダマンタイト級冒険者チームである蒼の薔薇が一緒なら、民達もあまり怖がらないだろうからな。」

「そ、それもそうですね。でも、流石にドラゴンを連れていくのは…」

「それなら問題ない。私の兵士達が竜王を見張っておく。むやみに近づく者がいないようにな。」

「わ、わかりました。それなら、安心です。」

「では…勝殿ー!国王陛下のいる王城に行くぞー!」

 

勝達の元へ走っていく王国戦士長。

それを見た蒼の薔薇のメンバーは思った。

 

「(完全に打ち解けてる!)」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「そうか、わかった。勝さんも気をつけて…と、伝えてくれ。」

「ブラックからですか?」

「ええ。今から王城に入るそうです。」

「なら、私のシャドウデーモン達にも言っておきましょう。」

 

現在モモンチームは、

カルネ村のすぐ近くまできていた。

昨日エ・ランテルを出発し、道中でゴブリンの群れを撃退、夜は道中で野宿、早朝再び出発を開始したのだ。

 

モモン達は、薬草採取を行うンフィーレアの護衛として付き添っている。

それと一緒に、シルバーのプレートを付けた冒険者チーム『漆黒の剣』が同行している。

 

リーダーは、革鎧の戦士『ペテル・モーク』

レンジャーの『ルクルット』

マジックキャスターの『ニニャ』

ドルイドの『ダイン・ウッドワンダー』

 

の計四人。

チームとしては良好で、モモンの見立てでも、将来中々の冒険者になるだろう、と思われている。

 

ンフィーレアの荷馬車を囲む感じで、漆黒の剣のメンバーと、ペロロンとルプとナーベが歩きながらおしゃべりしている。

それを少し離れた位置から、モモンとウルベルとが歩いている。

 

「懐かしさを感じますね、彼らを見ていると。」

「ええ。昔のユグドラシル時代を思い出します。」

「ギルドメンバー41人で、いろいろやってた時を思い出しますね。」

 

今は亡き、全盛期のギルド時代を思い返す。

それが今では、たったの6人である。

 

「そう言えばモモンさん、1つ聞いてもいいですか?」

「なんでしょうか?ウルベルさん。」

「私達が…その…ナザリックを留守にしている間、勝さんと2人でギルドを保っていたんですよね?」

「ええ。とは言っても、私はギルドの維持費集めをしていたぐらいです。勝さんは毎日ドラゴン退治していたみたいですが。確か、ナザリックがある『ヘルヘイム』以外の世界にも足を運んで、その世界のイベントに参加したりもしていましたよ。」

「1人で他の世界にまで!?流石勝さん、というべきでしょうか。人間種や亜人種から嫌われてないぶん、堂々と出入りできてたんですね。」

 

ユグドラシルの世界には、『九つの世界』と呼ばれる世界があり、ナザリックはその内の1つであるヘルヘイムという世界にあった。

世界によって違うイベントがいくつも開催されていたのだが、世界によっては異形種が不利な世界もあったのだ。

 

「勝さんがたまに、イベントの交換ポイント報酬でがっぽり金貨を稼いできたり、イベントでしか入手できないアイテムとかを宝物殿に預けに来たりしてましたよ。おかげで、私ですら把握してないアイテムがログインしてない時にいつの間にか預けられてたりしてて、ビックリですw」

「そうだったんですかw」

「ええ!ホントですよ!とくに、拠点作成系アイテムのポイポイカプセルがたくさんはいったカプセルケースを見つけた時はビックリしましたよw城、墓地、砦、屋敷、牧場、コテージ、ログハウス、学校、その他etc…どんだけ集めたの!?って感じなくらい。あれだけで国が作れますよ。たぶんw」

「へー…悪魔城とかありました?」

「………」

「…?…何です、モモンさん?」

「勝さんに頼んで、悪魔城の拠点作成系アイテムを貰おうとか考えてません?」

「ちっ!バレたかw」

「ウルベルさんなら、やりかねないなと思いましたよ!」

「イイじゃないですか〜、モモンさ〜ん。」

「はぁ〜…魔王城のカプセルなら見た事ありますよ。悪魔城は…どうだったかな?」

「魔王城……フフフフ…!」

「ウルベルさーん?…ウルベルさーん!?…悪のRP(ロールプレイ)の妄想から帰ってきて下さい!」

「はっ!?私とした事が!つい魔王として、魔王城の玉座の部屋にて待ち構える自分を想像してしまっていました。アハハ。」

「ラスボスか何かですか!?アンタは!」

「残念ですが、ラスボスはモモンさんで。私は、ラスボスより強い中ボスのポジションで我慢しますよw」

「それ、もっとタチが悪い奴じゃないですかwww」

 

「モモンさーん、ウルベルさーん。そろそろカルネ村に着くそうっス。」

 

「わかりましたー。…とりあえず、勝さんが戻ってくるまでは、我慢して下さいね、ウルベルさん。」

「魔王城…楽しみにしておきますね…フフフ…。」




今回は会話文ばかりでしたね。
文章構成など気をつけてますが、
なにぶん私も初心者なので、
いろいろミスがあるかもしれません。
特に、場面展開が難しい…。


これからも頑張って書くので、よろしくお願いします!


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第12話 自己紹介が伝説

─王城・とある一室にて─

「なぁ、ラナーよ。何故あのデュラハン達を冒険者にする事に賛成したんだ?父上とバルブロ兄さんが賛成したからか?」
「それは、私も気になっておりました。私達は様子を見るという意見をだしましたが、国王陛下は、王国戦士長を助けてくれた礼として、冒険者になる事をお認めになりましたし、バルブロ王子は、巨大なドラゴンが帝国への圧力になる、などの理由で賛成の意見を言っていましたが、ラナー様まで賛成を出した理由に関しては、わからないままでしたので。」

第二王子ザナックと六大貴族の1人、レエブン侯爵が椅子に座って話している。
話し相手は、向かい合って座っている第三王女のラナーである。

「理由はいくつかあります。1つは、国民を安心させるためです。ドラゴンを連れたアンデッドが王国領土内を彷徨いているという状態を放置するのは国民を不安にさせます。ならば、冒険者という枠組みに置く事で、行動方針をある程度決めさせ、監視しやすくした方が安全だと判断したからです。」

ザナック王子もレエブン侯爵も、この考えは予想できていた。
危険なものを監視できる状態にしておけば、いざという時に対処しやすいからだ。
例えるなら、人を襲う獣に首輪を付け、一定範囲から出ないようにするのと同じである。

「2つ目は、あのデュラハンが普通のアンデッドではないという事です。私達の知らない魔法や未知のアイテムを所持しており、それを賢く使い分けています。生前が人間だった、という情報もある以上、あのデュラハンを見逃すのは『おしい』と判断したのです。」

冒険者になれなかった場合、あのデュラハンは王都を去る予定だったらしい。
しかし、未知のアイテムや高度な魔法を保有する、あのデュラハンの存在は非常に興味深いものがある。
アレをみすみす見逃すくらいなら、手元に置いて観察したい、というのがラナー王女の目論見である。

「3つ目は、『アインズ・ウール・ゴウン』という組織に属しているという点です。その組織が、どのようなものなのかは不明なままですが、何らかの力ある組織の後ろ盾を持っているデュラハンを無下に扱うのは危ないと判断したのです。」

謎の組織の一員であるデュラハンをおい返せば、その組織から報復される可能性もある。
なら、味方として友好関係を築きつつ、その組織の正体を探るのが賢明な判断だと、ラナー王女は考えたのだ。

「なるほど。流石が、私の妹だ。お前の頭の中は、私やレエブン侯では追いつけないほどの未来を見ているのだな。」
「ええ、まったくです。ラナー様との知恵比べで勝てる者など、この国には居ないでしょう。」
「そんな事ありませんわ。私の考えなんて、頑張れば誰かが思いつくであろう考えにすぎませんわ。」

クスクスと笑って言うラナー王女。
その姿に、ザナック王子とレエブン侯は寒気を感じながら苦笑いする。

「ところで…もう1つ質問してもよろしいでしょうか?ラナー様。」
「なんでしょうか?レエブン侯。」
「あのデュラハン達をミスリルの冒険者にするべきだとおっしゃったのは、何か理由が?」
「ああ、それですか。その理由はごく簡単なものです。1つは、ミスリルに匹敵する実力が証明されている事です。」

スレイン法国の精鋭部隊の撃破の実績は、王国戦士長の報告であがっている。
さらに、巨大なドラゴンを召喚できるという事も。

「2つ目は、あれだけの力を持った存在を、カッパーから始めさせるのは、『効率が悪い』と思っただけです。モンスター討伐から要人の警護など、様々な依頼が多いミスリルの方が、あのデュラハン達も冒険者活動がしやすいし、仕事を選びやすいと思ったのです。本当は、アダマンタイト級にしても良かったのですが…異形種を国の英雄クラスとして扱うには、彼らはまだ無名すぎます。」

王国で1番仕事の種類が多いのが、ミスリル前後の依頼である。
デュラハン達が様々な依頼をこなしつつ、王都の人間達に馴染んでもらい、国民達に知ってもらう事が優先だと、ラナー王女は判断したのだ。

「なるほど。冒険者として、とことん使い回すつもりでいるのだな。」
「ええ。あのデュラハン達には、この王国の繁栄のため、たーくさん頑張っていただくつもりです。」
「まったく、つくづく恐ろしい妹だ。な、レエブン侯もそう思わないか?」
「まったくです。ええ。本当に。」





彼らは思いもしないだろう。
3人しかいないはずの会話を盗み聞きしている、影の悪魔の存在に。
今の会話、これからの会話もすべて盗み聞きされる事に…



「すまないな、勝殿。ドラゴンを飼えそうな広い土地が、ここしか思いつかなかったのだ。」

【マジかぁ…よりにもよって、ここかー…】

 

勝達が案内されたのは共同墓地だった。

王都最奥に位置するロ・レンテ城の裏側にある、そこそこ広い墓地。

王城に隠れるように存在するため、ほとんど人が近づかず、手入れもろくにされていない。

埋葬されている遺体は、きちんと弔ってあるためアンデッドは湧かないものの、それでも墓地全体に不気味な雰囲気が漂っている。

 

「この共同墓地は王家の管理下なので、国王陛下の許可により、『勝殿専用の土地』として認められた。」

「つまり…好きに使って良い、という事か?」

「まぁ、そうなるな。」

【好きに使って良いって言われてもなぁ…】

 

墓地ですよ!?

他人の遺骨が埋められた場所を掘り起こしたり、荒らしたりするなんて、罰当たりもいいところですよ!?

絶対、問題になるでしょ!

というか、埋葬されてる人の遺族に許可とってんのか!?

この国の王様、会った時はめちゃくちゃ良い人に思えたのに!

ちょっぴり評価下がったよ!

 

【墓を荒らしたら、遺族の方とかが困る気がするのだが…】

「戦士長よ、墓の遺族達から苦情などは来ないのか?」

「問題ない。」

【ないのかよ!】

「本当に大丈夫か?」

「実は、数十年前に、王都から少し離れた場所に、新しい墓地が作られていてな。最近の死者はそちらに埋葬するようになったのだ。で、コチラの古い方の墓地があまり使用されなくなってな。遺族の者も、ほとんどいない状態なのだ。」

「なるほど。それならば、あまり問題ないかと思いますよ、ご主人様。」

【うーむ…仕方ないか。埋葬されてる人達、恨まないでね!】

 

かく言う自分もアンデッドである。

他人の遺体をどうこうしようが、今更気にして何になるというのか。

 

「ところで勝殿、ここで何をするの予定なのだ?」

「ここに拠点を置く。そこそこ大きい物を建てる予定だ。」

「あの、魔法で作る建物か。了解した。では、私は用事があるので失礼する。」

 

戦士長が去っていく。

それを見届けてから、拠点作成を始める。

 

【最初に…スキル発動!領域支配下(レギオン・アンダー・ザ・ルール)。】

 

指定した場所を自分の支配下にする事で、今後POPモンスターが自然発生した場合、そのモンスター達が自分の下僕として扱えるようにできるスキル。また、指定した場所が墓地などだった場合、負のエネルギーのコントロールも可能にできる。

 

【よし!拠点作成始めるか。召喚(サモン)・アンデッド!】

 

監視兼探索用の集眼の屍(アイボール・コープス)

墓標運搬用の死の騎士(デス・ナイト)

発掘作業用の腐肉漁り(ガスト)

遺体回収用の屍収集家(コープスコレクター)

整地用の死者の鎧(リビングデッドメイル)

 

をそれぞれ適切な数だけ召喚し、作業を開始させる。

最後に死の支配者の将軍(オーバーロード・ジェネラル)を召喚し、現場の指揮を任せる。

 

死の支配者(オーバーロード)

 

アンデッドの魔法詠唱者となった存在の中でも最上位の種族。ユグドラシルの最高位難易度のダンジョン内の配置モンスターとして時折見かけられ、最高位の凶悪な魔法を使う。モンスターとしては最低でも80レベル以上にもなる。

勝が召喚できるアンデッドの中でも上位級。

今回、召喚したのは将軍(ジェネラル)なので、Lv85前後の強さである。

アンデッドの軍勢を指揮する力に長ける。

 

【整地が完了したら、伝言(メッセージ)で連絡してくれ。】

「了解致しました。我ら一同、至高の御方のご命令に恥じぬ働きを致しまする!」

【お、おう。頑張ってね。】

「はっ!」

 

死の支配者(オーバーロード)ですら忠誠心MAXかよ!

アンタ、アインズと同じ最上位種族だろうに!

と、心の中で思った勝。

 

いろいろ指示を出したところで、勝はブラック達に問う。

 

【さて…整地が終わるまでどうする?】

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

【ここが王都の中央部か。なかなか良い雰囲気じゃないか!】

「そうですね。周りの人間達の視線が刺さるのは仕方ないとして、都市としては申し分ない立派差です。」

 

現在、勝達は冒険者組合のある、王都の中央部を目指しながら歩いている。

 

早朝のドラゴン騒ぎが勝達の仕業である事は、既に冒険者達からクチコミで広がっている。

勝達が国王公認の冒険者になった事は、王国兵達を通じて民達には知らせてあるものの、まだ王都全域に広がるほど有名になったわけではない。

 

王都の中央通りを歩きながら、目的の建物を探す。

 

[王都中央通り]

 

王城から続く通り。

石畳でしっかりと舗装され道幅も広い。

立ち並ぶ家屋も大きくて立派なものが多く、活気に満ちている。

 

【確か、この辺にあるって、戦士長が言ってたけど…あの建物かな?】

「冒険者のような格好をした者達が出入りしてますし、あの建物だと思いますが…」

 

[王都中央部]

 

冒険者組合本部。

広々とした敷地内に、三つの五階建ての塔を二階建ての長細い建物で取り囲む、という外観をしている。

 

建物の敷地内に入る。

 

「お!来たな、首なし!待ちくたびれたぜ!」

「来たか…デュラハン。遅いぞ。」

 

敷地内に入るなり、蒼の薔薇のメンバーのイビルアイと男性のようにガタイのよい女性に声をかけられる。

2人とも、王城内でラナー王女の護衛をしていたので、2人が仲間同士であるのは知っている。

 

「確か…王女を護衛していた、アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』のイビルアイさん…だったか?コチラの方は?」

「戦士ガガーラン、私の仲間だ。」

「よろしくな。首なし!」

 

ガガーランにバンバン、と背中を叩かれる。

あまりにも男らしいその言動から、本当に女性なのか疑いたくなる。

 

「それで…何か用か?」

「お前達が冒険者の仕事をしっかりできるか、先輩冒険者として確認して欲しい…と、ラナー王女からの指示でな。」

【は?王女様からの指示?】

「ん?つまり…どういう事だ?」

「お前達が引き受けた依頼に同行するって意味さ!先輩冒険者として、新人に『いろいろ教える』のは当然だろ?」

【あー…そういう事か。】

 

先輩が後輩や新人に仕事を教えるのは当然の事である。カッパーから始まったアインズ達に先輩冒険者チームが指導に付くのは理解できる。

しかし、ミスリル級の実力があると認められた自分達にも先輩冒険者チームが指導しにくるとは…

しかも、アダマンタイト級冒険者チームが指導してくれるとは!

まぁ、こちらから『いろいろ教えて欲しい』と言ったものの、まさか依頼にまで同行するとは思わなかった。

せいぜい、同じミスリル級冒険者チームからいろいろ教わり、依頼を達成し功績を積み上げ、同じアダマンタイト級冒険者になってから、蒼の薔薇と交流を深める、みたいな流れを想像していたのに!

でも、王女様からの名指しのお願いじゃぁ、蒼の薔薇の人達も断れないか…

 

「まさかこんなに早く、蒼の薔薇と親睦を深める事になろうとはな。」

「まったくだ。ドラゴンを従えさせたアンデッドに、私達アダマンタイト級冒険者が指導をおこなう日が来ようとはな。」

「嫌ならやめても良いのだぞ?」

「嫌ではないさ。お前達に興味がある。逆に、嫌でも付いていくぞ?」

 

何故か張り合い出す2人。

蒼の薔薇のイビルアイさんはともかくとして…何故ブラックはあんなにムキになってるんだ?

 

【ブラック、どうした?そんなにムキになって。】

「…っ!すいません、ご主人様!私より小さい小娘が、偉そうな態度でご主人様に接するのが許せなくて…」

「なっ!?なんだと!」

【バカ!先輩冒険者の目の前で悪口言ったら駄目だろ!】

 

ペチッ!と、ブラックの頭を叩く。

 

「アイタっ!?」

【謝るんだ!ブラック!】

「しかし、ご主人様!この小娘の態度は…!」

【私が、この娘の態度に対して不満感を抱いたように見えたか?】

「あ…いえ、それは…」

 

言い訳をしようとするブラック。

このままずっとこんな態度では、相手を不快にさせてしまう。

冒険者としての評価を下げないように態度を改めさせねば!

 

……………。

……………………。

調教するしかないか……。

 

【ドラゴンとしての威厳を保ちたいという、お前の気持ちはわかるが、お前の、周りの人間達に対する態度のせいで、私のチームとしての評価が下がるのは頂けないな。】

「…!!申し分ありません!ご主人様!」

【罰として、今日の頭ナデナデは無しだ!】

「そ、そんな!」

【無論、今後もさっきのような失礼な態度は控えるように。私の言いつけを守れないようなら…最悪、拠点でお留守番ということも考え…】

「そ、それだけはどうかご勘弁を!守ります!ご主人様の言いつけを守りますから!どうかそれだけは!」

 

服従のポーズで謝りだすブラック。

それを見たイビルアイが慌て出す。

 

「お、おい、デュラハン!何を言ってるかわからんが、ここで叱るな!周りの連中から見られてるぞ!」

【ハッ!?しまった!つい、ブラックを叱るのに夢中に!】

 

敷地内を見渡すと、他の冒険者達からバッチリ見られている。ヒソヒソと喋りながら見ている者もいる。

 

【ミスったぁぁぁ!いきなり変な印象を持たれてしまった!カッコ良く冒険者デビューするはずがぁぁー!】

 

膝を折り、両手を地面についてガックリとしだす勝。

 

「ちょっ!?お前までどうした!?」

「うははっ!なんだコイツら、おもしれぇw」

 

困惑するイビルアイと笑い出すガガーラン。

すると、冒険者組合の出入り口から蒼の薔薇の残りのメンバーが出てくる。

 

「何の騒ぎなの、これ?」

「よう!ラキュース。それにティアとティナ!あれを見てみろよ!」

 

3人が敷地の真ん中に目をやる。

両手両膝を地面についたデュラハンと、狼が威嚇するポーズのような姿勢をした竜人がいる。

竜人の方は、何故か必死に謝罪の言葉を言い続けている。

 

「何、アレ…」

「謝り方の練習…ではないな。」

「主人を襲う1歩手前…ともちがうな。」

「この首なしが、この竜人を叱ってる最中なんだよ。」

「「「は?」」」

 

イビルアイと同じく、困惑する3人。

ますます訳がわからなくなった、という顔になる。

3人が困惑していると、おもむろに勝が立ち上がる。

 

【ブラック…】

「どうかご主人様、留守番だけはご勘弁を…」

【許すから、ちょっとドラゴン形態になって。】

「え…あっ、はい。」

 

ブラックがドラゴン形態に変化する。

周りにいた冒険者達が驚きの声を上げる。

冒険者組合の敷地内がそこそこ広いとはいっても、身体の大きさが約15㍍くらいあるブラックドラゴンが急に現れれば、ビックリするのは当然である。

 

「うお!?マジでドラゴンに変身できるのかよ!」

「驚いたわ…変身できるって聞いてたけど、目の前で実際に変身されたら信じるしかないわね。」

 

ガガーランとラキュースも驚いている。

 

「王都に来た時には居なかった色だな…」

「という事は、後ろの2人が青と赤か。」

 

ティアとティナが驚きつつも冷静な分析を出す。

 

ブラックドラゴンがイビルアイの方を向き、頭を下げる。

そこにデュラハンが移動し、ブラックドラゴンの鼻先を撫でながら、身体をイビルアイに向ける。

 

「イビルアイさん…先程は失礼しました。」

 

ドラゴン形態のまま、ブラックが謝罪する。

それに合わせて勝もお辞儀する。

 

「えっ!?いや…えっと、大丈夫だ。もう気にしてないぞ。コッチも少し悪かったと思っている。すまなかった。」

 

イビルアイも、ドラゴンに謝られて気圧される。

それを見たガガーランが、やれやれという感じで話し出す。

 

「落ち着いたか?なら、改めて自己紹介をしようじゃないか。なぁ?ラキュース。」

「え、あ!そ、そうね。えー…コホン。では、改めまして、アダマンタイト級冒険者チーム、蒼の薔薇のリーダーで、神官戦士のラキュースよ。よろしくね。」

「じゃぁ、俺も改めまして、戦士ガガーランだ。」

「盗賊のティアと…」「同じくティナだ。」

魔術師(マジックキャスター)のイビルアイだ。」

 

蒼の薔薇の自己紹介が終わる。

 

「では、コチラも。まず私は竜人族であり、ブラックドラゴンのブラックだ。チームの代弁役だ。後、忍術を使った偵察や斥候もこなせるぞ。」

「「忍術!?」」

 

ティアとティナが、ブラックの言った『忍術』という言葉に反応する。

 

「貴方も『イジャニーヤ』の教えを受けてるのか!?」

「もしそうなら、技を見せて欲しい!」

「イジャ…なんだ?もう一度言ってくれ。」

「「イジャニーヤだ。」」

 

ブラックも勝も、聞きなれない単語に首を傾げる。

(※デュラハンの勝に首はありません。)

 

【イジャニーヤ?…まさか、伊賀忍者の訛りか?うーむ…】

「よくわからんが、忍術は使えるぞ。」

「「やって見せてくれ!」」

 

ティアとティナがお願いしてくる。

 

「お、おう。わかった。ご主人様もよろしいですか?」

 

Goodポーズをする勝。

ブラックが人型に戻る。

 

「では…忍法!影技分身の術!」

 

ブラックの影が、にょにょにょ〜と伸び、影が人型になったかと思った矢先、影がブラックの姿になる。

再び、周りから驚きの声が上がる。

 

「おお!本当に忍術が使えるのか!」

「私達も同じ忍術が使えるぞ!」

 

ティアとティナが喜ぶ。

そして、ちょっとしたライバル意識を持ったのか、同じ忍術を使い、2人も分身を作る。

同じ姿をした4人の人物が並ぶ形になる。

また周りから驚きの声が上がる。

 

「ライバル登場か…同じ忍術使いとしては、負けられんな!」

「それはコチラのセリフだ、ブラック。」

「後輩が忍術使いなら、先輩として負けられない。」

 

忍者職の3人が向き合う。

もしこれが漫画やアニメなら、目線の火花が散ってるだろう。

 

【ブラック~…他のみんなの自己紹介がまだなんだが?】

「ハッ!?申し分ありません、ご主人様!えっと、ティアさんとティナさんだったか?同じ忍術使いとして、いろいろ技を披露したいところだが、他のメンバーの自己紹介がまだなので、今回はこれぐらいで許してくれ。」

「む。そ、そうだな。」

「すまない…続けてくれ。」

 

3人が分身を消す。

 

「では次に、私の双子の妹のブルーとレッドだ。」

ガウウ!(ブルーだ!)

グルッウ。(レッドです。)

 

紹介と同時に軽く手を上げる2人。

 

「「双子ぉ!?」」

【またかよw】

 

また、忍者双子が反応する。

 

「またライバルが現れたわね、ティア、ティナ。」

「ティア、ティナ。先輩として負けられない相手が増えちまったな。」

「今回の後輩は恐ろしいな…」

「私達よりも大きいし、存在感もある。」

 

ティアとティナがブルーとレッドを見上げる。

2㍍も身長があるブルーとレッド。

ガタイの良いガガーランがようやく張り合えるかどうかの身長である。

 

「ブルーは格闘戦士、レッドは魔術師(マジックキャスター)だ。」

「格闘戦士ぃ!?」

魔術師(マジックキャスター)!?」

【おいおいwまたかよw】

 

今度は、戦士ガガーランと魔術師(マジックキャスター)のイビルアイが反応する。

 

「ブルーは格闘を好むが、剣術や槍術もこなせるぞ。」

「ほほう~…こりゃぁ、俺の刺突戦鎚(ウォーピック)も本気を出さねぇといけねぇなぁ!」

 

ブンブンと巨大な刺突戦鎚(ウォーピック)を振りだすガガーラン。

ブルーも負けじと、ナイトシールドが括りつけられた尻尾を振る。

 

ブラックが紹介を続ける。

 

「レッドは、多くの魔法を習得している。」

「だいたい、どれぐらいだ?」

 

イビルアイが食いつく。

 

「レッド、いくつくらい?」

ウー…グルウッグルル?(んー…200個くらい?)

「約200個ぐらいだそうだ。」

「なんだと!?200個もか!?1番高い魔法の階位は?」

ガウウググルルウ(第10位階)。」

「第10位階、だそうだ。」

 

その瞬間、周りから一気にどよめきが上がる。

 

「馬鹿な…ありえん!第6位階の魔法を使える魔法使いならしってるが、それ以上はありえない!私ですら、最高位の魔法が第5位階なのに!」

 

イビルアイの言葉に、魔法職らしき冒険者達も頷く。

 

勝は驚く。

この異世界では、第6位階魔法を扱える人物が最高の魔術師らしい。

アインズやウルベルトなどの魔法職プレイヤーが聞いたら驚愕する事実である。

この世界の住民にとって、第6位階以上の魔法は『ありえない存在の魔法』に近いのだろう。

なら、超位魔法を発動できる自分は?

どんな評価になるか予想すらできない。

最悪、あえて発動できる事を隠す必要が出てくるかもしれない。

ひとまず、レッドが本当に第6位階以上の魔法を使えるのか、疑われたままなのは見過ごせない!

 

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を召喚するか。】

「ご主人様が、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を召喚して、証明してあげるそうです。」

「召喚できるのか!?」

 

イビルアイが興奮しだす。

何故なら、スケリトル・ドラゴンは魔術師(マジックキャスター)殺しで有名なモンスターだからだ。

魔法に対して耐性を持っており、第6位階とそれ以下の魔法では倒せないからだ。

逆に、スケリトル・ドラゴンを魔法で倒す者がいた場合、その人物は第6位階以上の魔法を使えると言う事になるからだ。

 

アンデッド召喚(サモン・アンデッド)!いでよ!骨の竜(スケリトル・ドラゴン)!】

 

勝が召喚魔法を唱える。

すると、冒険者組合の建物上空に、2匹のスケリトル・ドラゴンが召喚される。

冒険者達が空を見上げながら、驚きの声を上げる。

 

「本当に召喚したのか!?しかも2体…!」

「今の、デュラハンが召喚したの!?」

「ご主人様は召喚魔法が扱える。」

 

周りの驚きをよそに、一体のスケリトル・ドラゴンが降りて来て、建物のギリギリの高さまでやって来る。

すると、勝が高く飛び、建物を登ってスケリトル・ドラゴンの頭に乗る。

スケリトル・ドラゴンが再び高空まで上昇する。

 

【レッド、上空でやるぞ!】

ガウル!(了解!)

 

レッドが人型のまま、羽を生やして上昇し、スケリトル・ドラゴンと同じ高さまで上がる。

レッドとスケリトル・ドラゴンが少し距離をあけて、向かい合う。

勝が乗ったスケリトル・ドラゴンは、少し離れた場所で見ている。

 

【よし。まずは、第7位階魔法だ。】

魔法最強化(マキシマイズマジック)焼夷衝撃(ナパームショック)!」

 

レッドが魔法を唱えると、上げた片手から半径2.5㍍ほどの巨大な火球が現れる。

 

見ている人達が騒ぎ出す。

イビルアイも息を呑む。

 

巨大な火球をレッドがスケリトル・ドラゴンに向かって投げる。

巨大な火球は高速で一直線に飛んでいき、スケリトル・ドラゴンに命中し爆発した。

その瞬間、スケリトル・ドラゴンの居た場所から上空に向かって大きな火柱が出る。

火柱が一瞬でスケリトル・ドラゴンを包み込み、あっという間に塵に変える。

 

大勢の前で、レッドが魔法でスケリトル・ドラゴンを倒した事により、拍手と喝采が上がる。

 

【よし!次はいよいよ、第10位階魔法だ。】

 

勝がスキルでワイバーンを召喚し、飛び移る。

スケリトル・ドラゴンがさらに高い場所に上昇する。

自分の主人が隣に来たのを確認したレッドは、スケリトル・ドラゴンに向かって魔法を放つ。

 

魔法最強化(マキシマイズマジック)隕石落下(メテオフォール)!」

 

レッドが魔法を唱えた瞬間、遥か彼方の上空から、スケリトル・ドラゴンに向かって何か落ちて来る。

巨大な石…そう、隕石である。

それが、スケリトル・ドラゴンに命中し、巨大な爆発を起こす。

強烈な爆風が冒険者組合の建物上空を中心に、周囲を襲う。

周りにいた冒険者達は、怯えながら爆風に耐えた後、再び上空を見る。

 

ワイバーンに乗った勝とレッドが、悠々と滞空している。

誰もが言葉を失くす。

アダマンタイト級冒険者チームの蒼の薔薇ですら、呆然と立ち尽くす。

 

「嘘だ…信じられない…あんな魔法が実在するのか…!?」

「格が違い過ぎるわ…あんなの…」

 

レッドがゆっくりと降りてきて、着地する。

ブラックが周りに確認をとる。

 

「人間達よ、大丈夫だったか?少し、私の妹が気合いを入れすぎてしまったらしい。」

「は…はは…もはや、言葉も出ないほど驚いたぞ…。」

「そうか。だが…まだあるぞ。」

「まだ何かあるのか!?アレ以上の何かが!?」

「あるとも。私に…ブルーに…レッド…。後1人…まだ紹介してないお方がいる。誰かは…既にわかっているだろ?」

「……デュラハンか!」

 

イビルアイの言葉に、その場の全員が、上空に居る勝に目を向ける。

 

「では聞け!人間達よ!我らのチームの最後の1人、我らのチームリーダーであり、我らのご主人様である、デュラハンの勝様の最強の魔法を!」

【遂に来たぜ!私の番が!】

 

待ちに待った自分の番。

なら、やる事は1つだ。

もはやパニックが起きようと関係ない!

やるなら…

 

 

今でしょ!(๑• ̀ω•́๑)キリッ✧

 

【超位魔法発動!竜王召喚(サモン・ドラゴンロード)!】

 

勝が超位魔法を発動する。

立体的で豪華な魔法陣現れる。

そして、勝を中心に、デカい魔法陣がいくつも現れる。

 

その魔法陣に、冒険者組合にいた冒険者達どころか、さっきのレッドの魔法の騒ぎで集まった人間達まで集まり、騒ぎ出す。

 

「なんだよ!?アレ!」

「あんな魔法陣、見た事ないぞ!」

「あんなすごい魔法を…何故デュラハンが!?」

「何を始める気なんだ!?」

 

勝の周囲にある魔法陣が、より一層光だしたかと思った矢先…バリバリと音をたてながら、空間に亀裂が起こる。

その光景は、青空という窓ガラスに穴が開くようなものだったであろう。

 

そして…

 

その窓ガラスをぶち破るが如く、10体の竜王(ドラゴンロード)達が颯爽と現れる。

 

「「「我が主人の命により、召喚に応じ参上した!我ら竜王(ドラゴンロード)!我が主人に絶対の忠誠を捧げ、我が主人のために戦う下僕である!我ら数多の竜王(ドラゴンロード)を従えせし、我が主人よ!我らにご命令を!!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「ペロロンさん、ウルベルさん、見てください!ジャンガリアンハムスターを捕まえましたよ!」

「おお!?ホントにハムスターだ!しかもデカいwすごいじゃないっスか!モモンさん!」

「これが、森の賢王…。期待ハズレですが、ハムスターは良いですね。」

「まさか、森の賢王がジャンガリアンハムスターだったとは。勝さんが見たら、大喜びですよ!」

「そういえば、勝さん達、冒険者になれたんですかね?」

「昼間のシャドウデーモンの報告では、ミスリル級冒険者になったそうですよ。」

「マジっスか!?」

「ウソッ!?もうミスリルに!?」

「ええ。スレイン法国の精鋭部隊の撃退や竜王を従えさせていた事が理由らしいですよ。」

「なら、ウチらも!この森の賢王で有名になれるんじゃないっスか!?」

「でも、大丈夫ですかね?王国の王都のど真ん中で、竜王召喚したら、パニック不可避ですよ。」

「流石の勝さんも、そんな事しないでしょう。」

「そうっスよー。おかしな事言わないで下さいっスよ、モモンさん。」

「それもそうですね。」

 

「「「ハハハハハハハッ!!!」」」

 

 







一応、念の為に書いておきますが、主人公はデュラハンです。
なので、基本的に主人公を中心に話が進みます。



え?
折角、他のギルドメンバーが居るのに存在感が薄い?


大丈夫です。全員に活躍する場面を考えてますから。
とは言っても、まだまだ先の話ですが(笑)


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第13話 死の騎士(デス・ナイト)の山

─午後二時頃・各チームの状況─

 

 

①モモンチーム

 

ンフィーレア・バレアレの薬草採取に同行。

カルネ村近くのトブの大森林にて、『森の賢王』と呼ばれていたジャンガリアンハムスターを捕獲、従えさせる。

今日はカルネ村に宿泊予定。

 

②ヘロヘロチーム(貴族チーム)

 

城塞都市エ・ランテルの最高級宿『黄金の輝き亭』に宿泊。

今日の夕方、王都に出発予定。

 

 

③勝チーム

 

王都の冒険者組合建物上空に竜王10体召喚。

王都の住民が一時的なパニック状態に。

王国兵緊急出動。

ガゼフ戦士長、現場に急行。

勝、土下座しながら戦士長の説教を聞く。

その間に、ブラック達が蒼の薔薇から冒険者の基本知識と依頼の受注の仕方を教わる。

ブラック、ミスリル級の最高難易度の依頼を受注。

勝、ガゼフ戦士長の説教から解放される。

ブラック達に乗って依頼先に急行。

現地に着く。(←今ココ)

 

 

──────────────────

 

 

 

「ここが依頼場所だ。」

 

 

 

勝達が訪れたのは、王都から北東に位置する金鉱山である。

鉱山のさらに北東には、

六大貴族の1人、ブルムラシュー侯が治める

大都市リ・ブルムラシュールがある。

この鉱山も、ブルムラシュー侯の所有地である。

 

今回の依頼内容は、

数日前、採掘中に発見された、複数の未知の洞窟内の調査である。

 

最初は、カッパーやアイアンの冒険者チームに依頼したのだが、

 

洞窟の蝙蝠(ケイブ・バット)

洞窟の長虫(ケイブ・ワーム)

洞窟の毒蛇(ケイブ・ヴァイパー)

洞窟の熊(ケイブ・ベア)

鉱山の狼(マイン・ウルフ)

鉱山の猪(マイン・ワイルド・ボア)

鉱山の豹(マイン・レパード)

鉱山の虎(マイン・タイガー)

 

などの、大量のモンスターに行く手を阻まれ、進行不可能だったらしい。

また、月の狼(ムーン・ウルフ)という

オリハルコン以上の冒険者でないと倒せないモンスターまで目撃されている。

なので、ランクの高い冒険者チームに調査依頼するように変更されたのだ。

 

「私達の担当は、この洞窟らしいぞ。」

「既に他の洞窟には、別の冒険者チームが調査しに行ってるらしいぜ。」

 

今回の依頼は、別の冒険者チームも複数引き受けているらしく、あちこちで他の冒険者チームを見かける。

皆、ミスリル級やオリハルコン級の冒険者ばかりである。

 

【よし!私達の最初の仕事だ。皆、頑張るぞ!】

「はい!張り切って行きましょう。ご主人様!」

「「ガー!(オー!)」」

 

洞窟は半径5㍍ほどの高さと幅があり、奥に行くほど暗闇が濃くなっている。

 

青の星明かり(ブルー・スターライト)

 

レッドが暗闇を照らすための魔法を唱える。

青白く光る小さな球体が複数現れ、勝達の周りを照らす。

 

「あら!綺麗な明かりね。」

「おお!自動で付いてくるとは!助かるぜ!」

 

先頭は勝とブルー、

その後ろに、ブラックとレッドが続く。

さらに後ろから、蒼の薔薇のメンバーがついてくる。

 

妖精女王の祝福(ブレス・オブ・ティターニア)

三足烏の先導(リード・オブ・ヤタガラス)

 

レッドが2つの魔法を唱える。

小さな妖精と三足鳥が現れる。

 

「レッド、この魔法はなんだ!?教えてくれ!」

 

イビルアイが、自分の知らない魔法に興味を示す。

レッドがブラックに向かって魔法の説明を言う。

 

「えーと…まず、妖精の方の魔法は、危険なルートを避け、安全なルートに導いてくれる魔法らしい。」

「三足鳥の方は、ダンジョンの心臓部への最短ルートを教えてくれるらしいぞ。」

「それは便利な魔法だな。階位は?」

「第9位階だ。」

「ぐっ…!そんなに高位の魔法なのか…。低い階位魔法なら教えてもらおうと思ったのだが…」

 

残念がるイビルアイを尻目に、ガガーランが、とある疑問をぶつける。

 

「なぁ、なんでレッドは、魔法を唱える時だけ普通に喋れるんだ?」

「基本的に、ブルーとレッドは人語を話さない。が、どんなスキルや魔法を唱えたか、『味方に知らせる』 必要があるため、わざわざ言えるように特訓したのだ。」

「へぇ~。」

 

本当は、勝の考えた設定によるものなのだが、蒼の薔薇の人達にNPCの設定の話をしても通じないだろう。

それっぽい言い訳で乗り切るしかない。

 

しばらく進むと、分かれ道がチラホラでてくるようになってくる。

レッドの魔法のおかげで道に迷う事はないが、探索してないルートも気になってしまう。

寄り道すると、アイテムや宝箱があったりするのがRPGゲームのお決まりだからだ。

 

【そうだ!アンデッド達に探索させよう!アンデッド召喚(サモン・アンデッド)!】

 

自分達が行けないなら、他の人員に行かせればいい。

その発想に到った勝は、死の騎士(デス・ナイト)を複数召喚する。

 

「なっ、なんだ!?こりゃ…」

「召喚魔法か!?」

 

蒼の薔薇のメンバーが警戒する。

 

「安心しろ。ご主人様が召喚したアンデッド、死の騎士(デス・ナイト)だ。」

 

死の騎士(デス・ナイト)

 

防御能力に長けた35レベルのアンデッドモンスターである。

 どんな攻撃でもHP1で耐えるスキルを持っているため、アインズ愛用の盾役モンスターでもある。

 

外見は、身長2.3メートルのアンデッドの騎士。

 右手に 赤黒いオーラを纏わせた1.3メートルのフランベルジュ。左手には体の3/4を覆えそうなタワーシールドを持つ。

 黒色の全身鎧には、血管のような真紅の紋様があちこちにあり、鋭いトゲが所々から突き出しており、ボロボロの漆黒のマントをたなびかせている。

 顔の部分が開いた兜は悪魔の角を生やし、顔は腐り落ちた人間の顔で、ぽっかり開いた眼窩の中には、生者への憎しみと殺戮への期待が煌々と赤く灯っている。

 意外と臭くなく「墓場に漂う大地の匂い」をしている模様。ただ、マントは少しツーンとするらしい。

 

「この死の騎士(デス・ナイト)達に、他のルートの探索と調査、モンスターの殲滅をやってもらうらしいぞ。」

「ひ、人は襲わないのか?」

「ご主人様が、『他の冒険者や人間は襲うな』と指示を出した。だから大丈夫だ。」

「そ、そうか。なら、一応大丈夫か…。」

【よし。死の騎士(デス・ナイト)達よ、行動を開始せよ!】

 

勝が死の騎士(デス・ナイト)達に命令する。

ドシン!ドシン!と、死の騎士(デス・ナイト)達が三体ずつ、他のルートへと進行していく。

 

【ひとまず、これでいいかな。じゃぁ、先に進むか。】

 

その後、分かれ道に遭遇する度に死の騎士(デス・ナイト)を三体ずつ召喚し、他のルートの探索をさせていった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

─とあるミスリル冒険者チーム─

 

 

「ちっ…また行き止まりか…」

「さっきの分岐地点まで戻ろう!あっちが先に続いてるかも。」

「先に進んで大丈夫なの?私、帰り道のルートがわからなくなったんだけど?」

「私も。さっきのモンスター達から逃げるとき、がむしゃらに逃げたから…」

 

戦士、レンジャー、魔術師(マジックキャスター)神官(クレリック)の男女2人ずつの4人組のミスリル冒険者チームが鉱山内で迷っていた。

洞窟内を探索しながら、かなり奥深くまでやって来たのだが、遭遇したモンスターの群れから逃げている内に道に迷ったのだ。

 

「ひとまず、さっきの分岐地点まで戻るぞ!行き止まりでモンスターの群れに囲まれたら終わりだからな。」

 

来た道を引き返す。

カーブ状の長い一本道を歩くと、分岐地点のY字路に戻ってくる。

すると、先頭を歩いていた男性レンジャーが何かに気付く。

 

「…!。ちょっと待って。何かいる…。明かりを消して、暗視の魔法をかけてくれ!」

 

壁に身体を引っ付け、暗視の魔法をかけた状態でコッソリと覗き込む。

先程のモンスターの群れがY字路の中心に陣取っている。

 

「クソッ!アイツら、俺らを待ち伏せてやがった!」

「私達の逃げた道が行き止まりってわかってたのかしら?」

「いや…俺達がどっちに逃げたか探ってるんだろうな…。逃げる時に一応、臭い消しのアイテムを使ったから、俺達の臭いは消えてるはず…。」

 

よく見ると、ウルフ達が地面に鼻を擦りつけ、必死に臭いを嗅ぎまわっている。

 

「どうする?アイツらが別の道に行くまで待つか?」

「コッチに来たら…覚悟を決めるしかないな…」

「暗闇でも、近くに来たら臭いで位置がバレる。倒すか、強行突破して逃げるか、だな。」

 

チーム皆で戦略を練る。

メンバーの健康状態、所持している武装と回復アイテムの数、逃げるタイミングや順番の打ち合わせを手早く済ませる。

 

「よし…3、2、1で行くぞ。皆、準備はいいか?」

 

チームメンバーが頷く。

 

「行くぞ…3!」

 

武器を構え、息を整える。

 

「2!」

 

全員が走り出す構えをとる。

 

「い─」

「グオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」

 

突然、洞窟内に大きな雄叫びが響き渡る。

ミスリル冒険者チームとモンスター達が慌て始める。

 

「な、なんだ!?なんなんだ!?」

「…!見て、アレ!」

 

Y字路の中心に陣取っていたモンスター達に、ミスリル冒険者チームがまだ探索していないルートから死の騎士(デス・ナイト)達が襲いかかっていた。

暗闇からの突然の奇襲に、モンスター達がパニックになる。

 

「なんだ!?アレは!?」

「アンデッド…かしら?でも、あんな巨体の…恐ろしいアンデッドは見た事ないわ!」

「あんなのに襲われたら、俺…怖くて逃げれねぇよ…」

「あ!モンスター達が逃げて行くわ!」

 

ミスリル冒険者チームが居るルートとは違う方へと、モンスター達が逃げて行く。

1匹のウルフが、ミスリル冒険者チームの横を通り抜けて、奥へと逃げていく。

三体の内、二体の死の騎士(デス・ナイト)がモンスター達を追いかけて行く。

残った1体が、ミスリル冒険者チームが隠れているルートにやってくる。

 

「ウソッ!?コッチに来るわよ!」

「奥に逃げろ!見つかるぞ!」

 

慌てて奥に逃げるが、すぐに行き止まりの壁にたどり着く。

1匹のウルフが、ビクビク震えながら縮こまっている。

ドシン!ドシン!と、死の騎士(デス・ナイト)が近づいてくる。

 

「どうするのよ!もう逃げ場がないわ!」

「殺される!私達も殺されるんだわ!」

「嫌だ!そんなの嫌だぁぁぁ!」

 

ミスリル冒険者チームの戦士以外のメンバーが恐怖に駆られる。

ウルフと同じく壁側に張り付き、ビクビク震える。

 

「…くっ来るなら来い!俺が相手になってやる!」

 

戦士が盾と片手剣を構えて、メンバー達の前に出る。

死の騎士(デス・ナイト)がゆっくりと歩み寄ってくる。

その巨体に、冒険者達が息を呑む。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

戦士が雄叫びを上げながら死の騎士(デス・ナイト)に走って行く。

 

「無茶だ!殺されるぞ!」

「ダメよ!逃げて!」

 

戦士が死の騎士(デス・ナイト)に向かって剣をふる。

が、死の騎士(デス・ナイト)は、黒い煙のような姿になり、一瞬で戦士の背後に回り込む。

そのまま、行き止まりの方にいる仲間達に向かって走って行く。

 

「なっ!?待て!やめろォォォ!」

 

完全に無視された驚きと、仲間達のピンチに戦士が焦る。

死の騎士(デス・ナイト)が剣を振り上げる。

その瞬間、ミスリル冒険者達の暗視の魔法の効果がなくなり、視界が真っ暗になる。

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「神様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

真っ暗な世界で、仲間達の悲鳴と、ザシュッ!ザシュッ!と、何かを切る音が聞こえる。

 

「み、みんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

戦士が必死に呼びかける。

が、返事が返ってこない。

ドシン!ドシン!と、近くを何かが通り抜け、離れていく。

足音がなくなり、静寂が訪れる。

 

「お、おい…皆、無事なのか…?」

 

仲間達が殺されているかもしれない最悪な光景を思いながら、それでも一途の希望を持って、仲間達に呼びかける。

 

「……無事よ…」

「……俺、生きてる?死んでない?」

「……た、助かった…の?」

 

仲間達全員の声がする。

戦士がホッとする。

 

「良かった、皆無事なんだな。すまんが、暗視の魔法を唱えてくれ。暗くてランプに火が灯せない。」

「う、うん。ちょっと待って。今、暗視の魔法をかけるわ。」

 

魔術師(マジックキャスター)が暗視の魔法をかける。

視界が明るくなったとたん、目の前に血だらけの壁が現れる。

 

「ひっ!?」

「なによ…これ!?」

 

壁の下の床に、血溜まりと肉片が散らばっている。

 

「たぶん、ウルフの血…だと思う。」

「もう嫌だ!早く外に出よう!ここに居たら、またアイツらに襲われるかもしれない!」

「お、落ち着けって!とにかく、来た道を戻るのは危険だ。逃げたモンスター達を、あの化け物達が追っていったからな。」

「そうね。そうしましょう。ほら、皆立って!先に進むわよ!」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

─とあるオリハルコン冒険者チーム─

 

 

 

「大丈夫か!?歩けるか?」

「歩くぐらいならなんとか…でも、走るのは…無理ね…。」

「無理しないで。ほら、肩貸してあげる。」

「くそ!月の狼(ムーン・ウルフ)め!次見つけたら必ず仕留めてやる。」

 

男の戦士四人、女の神官二人、計六人で構成された冒険者チームが、洞窟の奥深くのT字路で休憩していた。

洞窟に入ってから、何度もモンスター達の奇襲を喰らい、怪我を負いつつも回復アイテムや回復魔法を使用して洞窟内の調査を行っていた。

が、連戦に次ぐ連戦で、回復アイテムは全て使い切り、神官二人の魔力も底をついた状態になってしまったのだ。

流石に、これ以上の調査は危険だと判断し、出口へと引き返そうとしたのだが、その状況を狙ったかのように、月の狼(ムーン・ウルフ)がいきなり背後から現れ、女性神官の1人の足に噛み付いたのだ。

 

月の狼(ムーン・ウルフ)は逃亡、チームメンバーに怪我人が出た事でチームの移動速度も低下という最悪な状況に追い込まれてしまっていたのだ。

 

「もしもの時は…私を囮にして、皆は逃げて…。」

「何言ってるの!そんな事、できるわけないじゃない!」

「そうだぞ。俺達みんな、そうやって今まで頑張ってきたじゃないか!」

「それにな、俺達はお前の回復魔法に何度も助けられてきたんだ。こんな時くらい、俺達に頼れよ。」

「皆の言う通りだ!それに…君が死んじまったら、俺らみんな泣いちまうぞ。」

「みんな…ありがとう。」

 

怪我をした女性神官が涙を流す。

 

「もう少し休憩したら出口のルートに向かおう。」

「それまでゆっくり休んでな。」

 

出口までのルートは長い。

できる限りチームの被害を少なくし、移動速度が落ちないようにするのがベストだと判断する。

 

月の狼(ムーン・ウルフ)はどっちに逃げた?」

「正面のルートだ。あっちは洞窟の奥に進むルートだからな。出口に向かうなら、鉢会う事はないだろう。」

「また背後から奇襲されるかもしれないぞ!ヤツはウルフ種の中でも足が速い。油断はするな。」

「なら、俺が後ろを守るよ。」

「油断して、ケツ噛まれんなよ?」

「ば、バカやろう。そんなミスしねぇよ!ったく。」

「あはは。悪ぃってwそんな怒んなよw」

「うるせっ!お前は豹に顔でも引っ掻かれてろ!」

「こ~ら~、真面目にしなさい、アンタ達!こんな状況で悪ふざけはやめてよね。モンスター達が集まって来たらどうす──」

 

「グオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」

 

突然の雄叫びに、戦士達が一斉に武器を手に取り、臨戦態勢をとる。

女性神官二人が慌てて立ち上がる。

 

「今のは何だ!?」

「近かったな…魔獣でもいるのか?」

「わからねぇ…でも、虎や熊の鳴き声ではないな!」

「皆静かに!松明の明かりを照らして周囲を警戒!何処から来るかわからないぞ!」

 

ドシン!ドシン!と、T字路の左右から足音が響いてくる。

戦士四人が二手に別れる。

すると、暗闇からモンスターの群れがやってくる。

 

「モンスターの群れ!?」

「いや…違う!何かから逃げてるんだ!見ろ、俺達を無視して、洞窟の奥に逃げていくぞ!」

 

モンスター達は冒険者達に目もくれずに逃亡していく。

ドシン!ドシン!という足音がさらに近くなる。

 

「左右から何かくるぞ…。」

「俺達がモンスターの注意を引く。ヤバいモンスターだったら、神官二人は正面のルートに走れ!」

「でも!コッチのルートは洞窟の奥に向かう道よ!月の狼(ムーン・ウルフ)がいるかもしれない道に、私達だけで逃げろなんて無謀よ!」

月の狼(ムーン・ウルフ)よりヤバいモンスターだったらって意味だ!月の狼(ムーン・ウルフ)の噛み付きなら、まだなんとか耐えられるが、それよりヤバい奴なら一撃が致命傷になりかねん!」

「でも!私達だけじぁ──」

「来たぞ!」

 

暗闇から、巨体な恐ろしいアンデッドが姿を現す。

それを見た瞬間、オリハルコンの冒険者達は自覚する。

 

あのモンスターはヤバイ。

確実に自分達より強い存在だと。

神官二人の女性は、その恐ろしいアンデッドを見て恐怖に怯える。

 

戦士達が、仲間を助ける為ならば、せめて足止めくらいには!と、

勇気を振り絞り、剣を構える。

いざ、アンデッドに向かって走り出そうとした瞬間だった。

 

目の前のアンデッドの後ろから、同じアンデッドがさらに現れ始めた。

数がどんどん増し、軽く10体を超え始める。

反対側のルートも同じ状況だった。

 

その光景を見た瞬間、怪我をしていた女性神官の心が砕けた。

 

自分が怪我をしている事、

戦闘能力が1番低い事、

そして何より、逃げきれずに殺される事がハッキリと予想できた事が原因だったのかも知れない。

 

「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

怪我の事も忘れ、甲高い悲鳴を上げながら、女性神官が味方を置き去りにして走り出した。

 

「あ!ちょっと!」

「マズイ!皆、走れ!このモンスターはヤバイ!みんな逃げるぞ!」

 

全員が洞窟の奥に向かって走り出す。

怪我をしていた神官女性が信じられない速度で走ってチームメンバーを置いてけぼりにし、走り去っていく。

 

「なんで怪我してるあの子が1番速いのよ!?」

「恐怖で痛みがなくなったんだろ。それに、アイツは『元戦士職』だったんだ!あの足の速さは元からだぞ!」

「ヤバイ!後ろから、あの恐ろしいアンデッド達が追いかけてくる!」

「逃げろぉぉぉ!全速力だぁぁぁ!」

 

ドシン!ドシン!ドシン!ドシン!と、死の騎士(デス・ナイト)達が走ってくる。

 

「見ろ!横道からも来るぞ!」

「あっちからも来る!どうなってんだ!?この洞窟はぁぁぁ!?」

 

あちこちの探索を終えた死の騎士(デス・ナイト)達が、まだ未探索のルートへと集まってきてるのだ。

 

「奥だ!奥からは来ない!全力で奥に逃げろぉぉぉ!」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

─洞窟最深部近く─

 

 

 

月の狼(ムーン・ウルフ)の心の声]

 

俺の名は月の狼(ムーン・ウルフ)

この洞窟で1番足が速く、強い!

今日も間抜けな人間達を襲って、腹を満たすつもりだ!

しかも、今日はいい獲物が来ている!

若くて、肉の締まりがいい人間の女だ!

さっき噛み付いて味見したが、中々の食感だった!

 

今頃、俺の部下達が挟み撃ちにして、コチラのルートに追い込んでる頃だろう。

他の人間達は、自分の命欲しさに、怪我をした人間を見捨てるだろう。

それを俺達が美味しく頂く!

なんて素晴らしい作戦だ!

 

あー…楽しみだ。

まず、あの人間の女の身体を舐め回して、人間の女の汗の味を堪能する。

特に脇下!

後、足裏!

へそ回りも中々いい味が出るんだよなー…

そうやって舐め回していると、人間の女ってヤツは、股の間からさらに美味しい『蜜』をだすんだよなぁ~…。

俺はアレを密かに『聖水』と呼んでいる!

アレだけは俺の物だ!絶対に部下達には飲ません!

 

「嫌ぁぁぁ─」

 

…と、噂をすれば、獲物が来たか!

しかも俺が目をつけた女の声だ!

恐らく、他の人間達が先に怪我した女を逃がしたのだろう。

…好都合だ。

モンスターの群れから逃げて来たら、先に逃げた女がモンスターに囲まれている。

そんな状況を見れば、大抵の人間はソイツを囮にして逃げて行く。

残された人間を、俺達が好きにシャブれる!

ってわけだ!

ヒャッハー!ヨダレがとまらねぇ!

 

 

 

 

 

…って、あれ?

何故、部下達が先に逃げてくるんだ?

しかも一目散に逃げていく。何故だ?

まぁいい。俺が女を捕まえればいいだけの話だ。

俺に1度噛まれた人間は、俺を見てビビるはずだ。

その一瞬をガブリ!

完璧じゃないか!

さあ!俺の女!俺の姿に目を奪われ──

 

月の狼(ムーン・ウルフ)の心の声終わり]

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「どけえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!

 

女のステッキが月の狼(ムーン・ウルフ)の脳天に直撃する。

月の狼(ムーン・ウルフ)、気絶する。

怪我した神官女性が再び猛スピードで逃げて行く。

その後を冒険者仲間達が追う。

 

月の狼(ムーン・ウルフ)の部下達、横道に逃げるも、鉢合わせた死の騎士(デス・ナイト)に狩られる。

冒険者チーム、ひたすら奥に逃げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月の狼(ムーン・ウルフ)、気絶から目覚め、起き上がろうと踏ん張っているところを、冒険者達の後ろからやって来た死の騎士(デス・ナイト)達に踏み殺される。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

─再び勝チーム─

 

 

勝達は、洞窟の最深部の十字路まで来ていた。

レッドの魔法のおかげで、迷うことなく安全に来れた。

妖精と三足鳥は正面のルートに導こうとしている。

 

【そろそろ最深部か。時間は…なんだ、そんなに経ってないな。割と早かったね。】

「そうですね、ご主人様。もっと時間がかかると思いましたが、簡単な依頼でしたね。」

 

腕時計を見る。時刻は4時半過ぎを表示している。

 

「まぁ、ミスリル級でも受けれる依頼なんて、お前達には楽勝だろう。」

「ここまでの道中、襲いかかって来たモンスター達をアッサリ倒してたもんな。」

 

アンデッドである勝は、暗闇でもハッキリ見えるパッシブスキル、『闇視(ダーク・ビジョン)』を持っている。

なので、近づいて来るモンスター達が丸見えなのだ。

しかも、音をあまり出さないサプレッサー付きの拳銃で処理しているので、他のモンスター達にバレずに一方的に狙撃する事ができた。

 

モンスターの数が多い時は、ブルーが格闘技で手早く処理し、他のメンバーが後方から援護する、という感じで進んで来た。

 

「そろそろ洞窟の最深部だ。何事も無く、終わればいいが…」

 

イビルアイがそう言った瞬間、右側の暗い通路から声がする。

 

「誰か居るのか!?冒険者なら返事をしてくれ!」

「居るぞ!我々はアダマンタイト級冒険者チームの蒼の薔薇だ。」

「蒼の薔薇だって!?本当か!助けて下さい!俺達、ミスリル級の冒険者チームなんですが、道に迷って帰り道がわからず困ってるんです!」

 

声がする右側のルートの両壁に、イビルアイとガガーランが立つ。

 

「おい!お前ら、明かりはどうした?」

「あ、私達、暗視の魔法かけてるんです。」

「コチラからじゃ姿が見えん。明かりを点けてくれ。」

「待って下さい、すぐに明かりを点けます!」

 

本当はイビルアイも闇視(ダーク・ビジョン)で見えているため、明かりを灯す必要はない。

が、仲間達を安心させるために、わざと嘘をつく。

 

【他の冒険者チームか…私達の事も教えておくべきかな?】

 

そうブラックに呟きながら、勝がイビルアイとガガーランの間に立った時だった。

 

「そうですね。我々の事も教えてあげ──」

「死ねぇぇぇぇ!アンデッドォォォォォォ!!」

 

突如、左側のルートから猛スピードで走って来た女性神官に、背後からドロップキックを喰らい、勝がぶっ飛ばされる。

 

【ごはぁぁぁぁ!?】

 

完全な不意打ちに対処できなかった勝が、ミスリル級冒険者チームの目の前までぶっ飛ぶ。

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?アンデッドだぁぁぁ!?」

「首なし!?デュラハンよ!殴打武器が無い人は足で踏み殺して!」

「くたばれ!アンデッドぉぉぉ!」

 

ミスリル級冒険者チームに、足やステッキで殴られ始める勝。

 

【いだっ!?待って!?私はモンスターじゃない!だから攻撃しな、ゴフッ!?】

「あ!待て、お前ら!そのデュラハンはモンスターじゃないぞ!?」

「「「「え?」」」」

 

ミスリル級冒険者チームがポカンとした顔になる。

 

「そっちの人も!あのデュラハンは味方だから、落ち着いて。」

「ゼー…ハー…ゼー…ハー…。ごめんなさい!私、アンデッドのモンスターに追いかけ回されて、気が動転してて…」

 

ラキュースが、神官女性を落ち着かせている。

すると、左側のルートから神官女性の仲間達がやってくる。

 

「あ!貴方達はアダマンタイト級の冒険者チーム、蒼の薔薇ですよね!?助けて下さい!俺達、オリハルコン級の冒険者チームなんですが、みんな危ない状況で…」

「わかったわ!わかったから、みんな一旦落ち着いて!」

「ご主人様!大丈夫ですか!?」

【身体のあちこちが痛い…】

 

勝がヨロヨロと起き上がる。

 

「皆、何があったのか、詳しく説明してくれる?」

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「オメーの召喚したアンデッドが原因じゃねーか!」

【す"み"ま"せ"ん…】

「他の冒険者チームの人達を怖がらせるとはな。まったく…恥をしれ!デュラハン。」

【申し訳ございません…】

 

今度は蒼の薔薇から説教を喰らう勝。

当然正座だ。

 

「まぁまぁ。勝さんが召喚したアンデッド達のおかげで、洞窟内のモンスター達はだいたい処理できたみたいだし、本人も悪気はなかったみたいだから、許してもらえないかしら?」

「まぁ…結果的に私達は助かりましたし…」

「俺達も、月の狼(ムーン・ウルフ)から逃げきれたんで…まぁ…」

 

ラキュースの説得のおかげで、他の冒険者達も許してくれた。

 

「でも、同行はさせて下さい。あんな怖い思いをした後だと、俺達だけでは怖くて…」

「私達もです。お願いします。」

「私達は大丈夫よ。勝さん、それでいい?」

 

Goodポーズで返す勝。

 

「じゃ、皆で行きましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

一気に賑やかになった状態で、洞窟の最深部に到達する。

 

「広い空間だな。レッドの明かりでも、天井や部屋の奥まで明かりが届いてないな。」

 

竜王をたくさん召喚出来そうな広い空間にでる。

全員が部屋に入った瞬間、部屋全体に声が響く。

 

「よく来た、人間達よ。我がねぐらに足を踏み入れるとは…死にに来たのか?」

「誰だ!?」

 

イビルアイが尋ねる。

すると、通ってきた通路が真っ黒な壁で塞がれる。

 

「出口が!?」

「逃がすものか。よく聞け人間達よ。我が名は…」

 

全員が身構える。

まだ見えぬ敵に、警戒する。

 

 

「影の竜王!シャドウナイトドラゴンである!」

 

 






最後がちょっと早足過ぎた感が(笑)
眠気に耐えながら執筆するのツラい。
(:3[▓▓]


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第14話 血のデュラハン

─前書き・更新報告─


1話から10話までを少し修正しました。
これでよりわかりやすくなったかな?
後、ルプスレギナの台詞を原作風に変えました。
「──ッスよ」→「──ッすよ」

「ス」を「す」に変更しました。
これで、ペロロンチーノとの区別がつきやすくなったかと思います。



─洞窟最深部─

 

 

「影の竜王!シャドウナイトドラゴンである!」

暗闇から聞こえる声は、威厳があり、自信に満ちた女性の声だった。

 

【ドラゴンだと!?】

「ドラゴンだと!?」

 

勝とイビルアイが同時に反応する。無論、勝の声はブラック達にしか聞こえない。

闇視(ダーク・ビジョン)で勝とイビルアイが周囲を見渡すが、ドラゴンらしき生き物の姿はない。

 

今いる広い空洞は、天井を支える石柱が数本ある以外は何も無いのだ。巨大なドラゴンが隠れられるような場所など存在しない。

唯一、目を引くものがあるとすれば、勝達が入って来た通路とは反対側の壁に存在する、巨大な石扉ぐらいである。

しかし、声は確実に、この空洞内から聞こえていた。なら、声の主が此処にいるのは間違いないはずなのだ。

 

「何処にいる!姿を現せ!」

 

「イビルアイ、貴方の目でも見えないの!?」

 

他の冒険者達も周囲を見渡しているが、暗闇が濃すぎて遠くの方までは確認できずにいる。

暗視の魔法使っても、ドラゴンは発見できていない。

 

「悪いが…ドラゴンらしき姿の生き物は見えない。」

 

「ただのハッタリかぁ!?ドラゴンさんよ、出てきたらどうだい?それとも…俺達にビビって、出てくる自信がないのかい?」

 

ガガーランが煽る。声の主が本当にドラゴンなら、死に物狂いで戦うか逃げるかを選ぶしかない。

しかし、ドラゴンの名を語る偽物の弱いモンスターだった場合、そんなヤツにビビって逃げたと、アダマンタイト級冒険者として恥を晒す事になる。

 

「言うではないか、人間よ。よかろう。お前達の前に、我が偉大な姿を見せてやろう。そして…我が姿に、恐れ慄くがよい。」

 

おそらくではあるが、普通の視覚を持つ人間からすれば、暗闇から巨大な赤い目と口がいきなり現れたように見えただろう。

だが、闇視(ダーク・ビジョン)で見ていた勝とイビルアイからすれば、部屋全体から黒い影のようなものが現れ、1箇所に集合し、黒くて巨大なドラゴンの形に変身したように見えた。

 

大きさは、ドラゴン形態のブラック達よりは大きく、ファフニールより若干小さい程だった。

色は完全な漆黒…という訳ではなく、薄い霞かかった黒と言った感じであり、向こう側が透けて見えている。

幽霊(ゴースト)死霊(レイス)のような、アストラル系の非実態モンスターのドラゴンバージョンだと言ったほうがわかりやすいかもしれない。

シャドウナイトドラゴンの身体からは、ユラユラと黒い炎のようなオーラが滲みでている。

 

 

「グルゥゥアァァァァァァァァァ!!」

 

暗闇から現れたシャドウナイトドラゴンが、翼を広げ、冒険者達を見下ろしながら咆哮を上げる。それは正しくドラゴンの鳴き声であり、大陸の最強種として君臨するに相応しい威圧感を与えてくる。

 

「我がねぐらに勝手に入り込んだその無礼、貴様らの命で償うがよい。さあ、選べ。無様に死ぬか、勇敢に戦って死ぬか、どちらでもよいぞ。」

 

ミスリルとオリハルコンの冒険者達が後退る。

こんな化物地味たモンスターと戦うのは無理だ、さっきのアンデッド(デス・ナイト)の方がまだマシだったと、そんな表情をしている。

 

蒼の薔薇のメンバーも武器を構えながら、最大警戒の守りを作る。

本当は自分達も後退したいが、アダマンタイト級冒険者として、下のランクの冒険者達の前で無様な姿はみせられない。

 

すると、ミスリルの冒険者チームのレンジャーの男と魔術師(マジックキャスター)の女が、塞がれた通路へと走りだした。

ドラゴンから逃げようとしたのだろう。

しかし、入ってきた通路は、黒い壁のような物で塞がれていて逃げられない。

黒い壁を武器や魔法で壊そうとするが、黒い壁はビクともしない。

 

「開けてくれ!此処から出してくれ!」

「ドラゴンと戦うなんて無理よ!誰か!助けて!」

 

必死に叫ぶが、助けなど来るはずがない。

その様子を見た他の冒険者達も、同じように通路に逃げようとしたその時─

 

「騒がしい。戦う気概がない者は死ね。」

 

シャドウナイトドラゴンがそう言った瞬間、レンジャーと魔術師(マジックキャスター)の周りの暗闇から、赤い目をした蛇のような影達が現れ、二人に襲いかかり始めた。

 

「開け──あぎぃ!?ぐあぁぁぁぁ!!」

「助け──ぎぃう!?あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」

 

蛇のような影達は、二人の冒険者の手や足に噛みつき、

ブチッ!ブチッ!とあっさり噛み千切る。

千切れた手足の断面から大量の血が吹き出る。

二人の冒険者が悲痛な叫び声を上げる。

が、影達がさらに噛みつき、二人の身体をバラバラに引き裂く。

ブチブチという音が何回かすると、影達がいなくなり、人間だったはずの肉片だけがそこに散らばっていた。

まさに、一瞬の出来事であり、助けにいく猶予すらなかった。

 

「ひぃ!?」

「そ、そんな…!」

 

そんな光景を見せられた冒険者達が愕然として動けなくなる。

 

「逃げる者は即殺す。当然だろう?人間どもよ。」

 

シャドウナイトドラゴンが容赦ない言葉を言う。

その言葉のせいで、冒険者達は『逃げる』という選択肢を選べなくなってしまった。

ガガーランがブラックに小声で話す。

 

「おい、ブラック!あのドラゴンはお前達の知り合いじゃねぇのか!?」

「悪いが、初めて会う方だ。ご主人様は?」

【私も初めてだな。】

「ご主人様も初めてだそうだ。」

 

ユグドラシルでは出会わなかったドラゴンである。

そもそもユグドラシルに存在していたドラゴンかどうかもわからない。

ドラゴン好きの勝ですら発見できていないドラゴンの可能性もあるからだ。

 

「せ、説得はできねぇのか?ブラック。」

 

ガガーランが問う。

同じドラゴンであるブラック達なら、シャドウナイトドラゴンと話し合いができるのでは?

という考えである。

 

「説得か…ご主人様、どうします?」

【やるだけやってみよう。】

「わかりました。」

 

どんな能力や耐性、技や魔法を使用するかわからない相手であったとしても、勝達だけなら強引な方法でドラゴンを退治できただろう。しかし、今回は他にも人間がいる。

彼らを守る必要がある以上、何もわからない状態でのドラゴンとの戦闘はなるべく避けるべきだろう。

 

「影の竜王よ!少し話がしたい!私は竜人族、ブラックドラゴンのブラックと言う者です!」

 

ブラック達がドラゴン形態に変身する。

ミスリルやオリハルコンの冒険者達が驚く。

 

「あらカワイイ!……じゃなくて…ほーう、竜人族…我と同じドラゴン種か。暗くてわからなかったぞ。」

 

一瞬、口調が女性らしい感じになった気がした。

同じドラゴン種の存在を知ってか、シャドウナイトドラゴンの殺気が弱まる。

 

「貴方のねぐらに勝手に入り込んだ事は謝ります。すみませんでした。こちらも、貴方のねぐらだと知らなかったのです。すぐに出ていくので、見逃してもらえないでしょうか?」

「うむ…」

 

シャドウナイトドラゴンが考えている。

せめて、人間達だけでも見逃してもらえれば、後はどうとでもなるのだが…と、勝は願うが…

 

「よかろう。同じドラゴンであるお前達は見逃してやろう。だが…人間達とそちらのアンデッドは駄目だ。」

 

やはり、そう上手くはいかないようだ。

 

「それは困ります。全員を見逃してはくれませんか?」

「それは異なことを言う。お前達は、人間を助けるつもりなのか?人間なんぞ、見捨てればよかろう?」

 

人間を見下す傾向があるドラゴン種らしく、人間は助ける価値無し、という考えなのだろう。

 

「此処にいる人間達を殺されると、私達のご主人様が困るのです。」

「ご主人様だと!?」

 

シャドウナイトドラゴンが少し動揺したような反応を示し、考え始める。

「まずいな…」とか、「迂闊だった…」などのセリフを小声で呟いている。

勝が、シャドウナイトドラゴンの妙な反応を不思議に思う。

ブラック達を従えさせている、上位の存在が居るとは思っていなかったのだろうか?

もしや…同じ竜王でも、実力に差があったりするのだろうか?

 

【スキルで調べてみるか…】

 

 

 

────────────────────

 

 

一方、シャドウナイトドラゴンは焦っていた。

シャドウナイトドラゴンの見立てでは、

ブラック達は、ドラゴンの年齢からして若年(ヤング)青年(アダルト)くらいに見えた。

 

しかし、シャドウナイトドラゴンは一目でわかった。

ブラックと名乗ったブラックドラゴンが『自分より強い』ドラゴンだと。そして、そのブラックドラゴンと一緒にいる、ブルードラゴンとレッドドラゴンも強いと。

 

そのブラックドラゴン達を従えさせている主人がいるのなら、長老(エルダー)古老(エインシャント)のドラゴン、最悪竜王(ドラゴンロード)クラスのドラゴンだと考えたからだ。

 

「お前達より強いのか?その…ご主人様と言うのは?」

「はい。私達よりもはるかに強い御方です。」

 

シャドウナイトドラゴンの焦りが高まる。

もし、自分より強いドラゴンがブラック達の主人だった場合、人間達を殺した事で報復される事も考えねばならなくなるからだ。

何故ブラック達が人間を助けようとするのか謎だったが、主人の命令なら納得できる。

 

「どこの竜王だ?アゼルリシア山脈の霜の竜の王(フロスト・ドラゴン・ロード)か?それとも、常闇の竜王(ディープダークネス・ドラゴンロード)か?さぞや名のある竜王なのだろう?」

 

自分より強いと認識している竜王達の名前を言ってみる。

ブラック達の主人が強いドラゴンなら、人間達も見逃してやろうかと、考えていたが…

 

「いえ…こちらのデュラハンが私達のご主人様です。」

「えっ!?」

 

ブラック達の言葉にシャドウナイトドラゴンが唖然とする。

 

「(このデュラハンが主人!?)」

 

てっきり、ブラック達の主人がドラゴンだと思っていたシャドウナイトドラゴンにとっては、予想外の答えが帰ってきて、驚きのあまり言葉を無くす。

 

シャドウナイトドラゴンには、目の前にいるデュラハンが『強者』だとは思えなかった。

後ろにいる人間達とほぼ変わらない体格で、勇者のような鎧を着込んでいる訳でもない。

武器も、腰に下げている刀のような物と、手に握っているのは小さな銃という貧弱ぶり。

人間の女達の方が、まだ強力そうな武器や鎧を身に付けている。

 

「本当に…そのデュラハンがお前達の主人なのか?」

「はい。私達よりも偉大でお強い、至高の御方です。」

 

ブルーとレッドも頷いている。

 

シャドウナイトドラゴンは、ブラック達よりデュラハンの方が強いという言葉を信じられなかった。

が、ブラック達が嘘を言っているようには見えない。

もし本当に、このデュラハンが強かったら…

 

シャドウナイトドラゴンがそんな事を考えながら、デュラハンを見つめていると、ある物に気付く。

 

「(アレは…まさか!?)」

 

デュラハンの胸にある、竜を象った勲章、それを見たシャドウナイトドラゴンは驚愕する。

 

「(竜覇の証!?なんでこのデュラハンが持っているのよ!?)」

 

シャドウナイトドラゴンにとって、竜覇の証を持っている者は、『竜王殺しの英雄』という認識だった。

少なくとも、そう言うふうに教えられたのだ。

シャドウナイトドラゴンがまだ若年(ヤング)だった頃、自分よりも強い大人のドラゴン達が言っていたのだ。

 

竜覇の証という、竜を象った勲章を付けた者に気をつけよ、と。

その者は竜王殺しの英雄であり、何体もの竜王を殺した恐ろしい存在だ、と。

決して、竜覇の証を付けた者と『闘うな』と。

 

まるで、恐ろしいおとぎ話のように聞かされて育ったシャドウナイトドラゴンは、ブラック達がデュラハンに付き従っている理由をようやく理解した。

竜覇の証を付けた、この『弱そうなデュラハン』を恐れ、闘わない道を選ぶしかなかった『可哀想な若娘達』なんだ、と。

そう思い始めた瞬間、シャドウナイトドラゴンは決心する。

 

「(あの子達を助けなきゃ!今の私は竜王よ!大人である私が、いつまでもおとぎ話を怖がっていてどうするの!そう!闘うのよ、私!この子達を救えるのは私だけよ!)」

 

シャドウナイトドラゴンがデュラハンを睨む。

すると、デュラハンがおかしな行動をしていた。

 

デュラハンが頭の位置に両手を上げ、両手の人差し指と親指同士をくっ付ける仕草をする。例えるなら、双眼鏡のような形だ。

 

「え!?ご主人様、それは本当ですか!?」

 

ブラックドラゴンが何かに驚いている。

デュラハンと会話したのだろうか?

 

「どうした、ブラック!デュラハンは何と言ったんだ!?」

 

仮面を付けた子供のような人間がブラックに確認をとる。

 

「ご主人様はこうおっしゃっている。この竜王…めちゃくちゃ弱い!と。」

「「「はぁぁぁ!?」」」

 

人間達が驚いている。

竜王である私が弱い!?

どう考えればそんな結論がでるのだ!?

竜王だぞ!お前達より、はるかに大きく、強い竜王だぞ!

それを弱いだと!

このデュラハン、殺してわからせてやる!

 

「ふざけるな!竜王である私の前で、なんと愚かなアンデッドだ!死んで後悔するがいい!」

 

シャドウナイトドラゴンの足下から大量の影が現れ、デュラハンに食らいつく。

全身を噛み千切り、バラバラにしてやるつもりだった。

 

 

 

───────────────────

 

 

 

「ご主人様!?」

「勝さん!?」

「首なし野郎!?」

「しまった!デュラハンが!?」

 

ブラック達と冒険者達が一斉に叫ぶ。

シャドウナイトドラゴンが突如怒りだし、影蛇達を使って勝を攻撃し始めたからだ。

 

ガブッ!ガブッ!っと、影蛇達が勝の全身に食らいつく。

人間の身体をあっさり噛み千切る顎を持った影蛇達によって、勝の身体が持ち上がり、身動きできない状態にされ、さらに影蛇達に噛みつかれている。

 

「くそ!唯一ドラゴンを倒せそうだったデュラハンが真っ先に襲われたぞ!」

「そんな!勝さん以外に竜王を相手にできそうな存在なんていないのに!」

「首なし!今助けてやるぞ!ティア、ティナ、行くぞ!」

「了解した…」「影達を処理する!」

 

蒼の薔薇達が勝を助けようと、行動を開始しようとした矢先だった。

 

「馬鹿な!?こんなのありえぬ!デュラハンよ、貴様何をした!?」

 

シャドウナイトドラゴンが困惑している。

 

「なんだ…?」

 

イビルアイが不思議に思い、シャドウナイトドラゴンを見上げる。

すると、ブラックが言った。

 

「人間達よ、焦らなくてよいぞ。ご主人様は無事だ。」

 

冒険者達がデュラハンを見る。

噛み付かれたはずのデュラハンは無事だった。

それどころか、影蛇達が必死に食いちぎろうと引っ張っているが、デュラハンの身体はビクともしていない。

 

「まさか…あの攻撃が平気なのか!?」

「ウソ…勝さん、大丈夫なの!?」

「とんでもねぇ奴だな…」

 

蒼の薔薇や冒険者達が、勝の頑丈な身体に感心する。

ただでさえ物理防御力が高い勝は、ワールドアイテムの効果により、更に防御力が2倍になっている。

 

 

 

♦─────────────────♦

 

 

 

今の所、この異世界で物理で勝にダメージを与えられる存在は、ギルドメンバーと100LvのナザリックのNPCぐらいであろう。

魔法防御力はそこそこなので、魔法職に特化した者でもなんとかなる。

 

アンデッドである勝は種族の特性上、炎と神聖に弱い。

勝は対ドラゴン対策のため、炎に対する耐性を完備している。唯一の弱点は神聖のみである。

 

さらに付け加えると、勝が召喚できる竜王で、勝に勝てる見込みがあるのは神竜だけである。

勝本人は、HARD級の竜王を倒すのがやっとである、と明言していたが、

それはワールドアイテムを『装備する前の話』である。

(※勝本人は、その事に気付いていません。)

 

ワールドアイテムを装備した今の勝であれば、very HARD級の竜王の物理攻撃にも普通に耐えれる状態なのである。

唯一弱点を突けるのが、神聖魔法持ちの神竜だけなのだ。

 

 

 

♦─────────────────♦

 

闇の爆裂(ダークネス・バースト)!!】

 

勝が第5位階の闇魔法を発動する。

勝を中心に球体状の闇の波動が発生し、一瞬で影蛇達を飲み込み掻き消した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

闇の爆裂(ダークネス・バースト)

使用者を中心に球体状の闇の波動を発生させる魔法。

弱い敵なら掻き消せるが、そこそこ強い敵の場合は吹き飛ばす効果になる。

主に、周囲を敵に囲まれた際に使われる。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

闇騎士(ダークナイト)の職業を修得している勝は、いくつかの闇魔法も扱える。

無論、本業の魔法職に比べれば、修得できる魔法の階位は低い。

せいぜい修得できる魔法は、攻撃に特化した闇魔法か、闇系のエンチャント魔法ぐらいである。

 

 

 

影蛇達を掻き消し、地面に着地する勝。

その瞬間を、シャドウナイトドラゴンが尻尾で弾き飛ばそうと、横から巨大な尻尾を振るう。

普通の人間なら、まず回避できない速度で迫り、シャドウナイトドラゴンの尻尾が勝に直撃する。

重たい衝撃音と土煙があたりを包む。

 

流石に今の攻撃を耐えるのは無理だろうと、冒険者達が思う。

 

が、土煙が晴れると、尻尾を片手であっさりと受け止めた勝が立っていた。

 

「我が尻尾を受け止めただと!?」

「なんて奴だ!あのデュラハン、正真正銘の強さだぞ!」

 

シャドウナイトドラゴンも冒険者達も驚きの声をあげる。

 

 

 

だが、此処から先は、驚きから恐怖へと変わる事に、冒険者達もシャドウナイトドラゴンもブラック達も知らなかった。

そう、勝の竜狩り方法は特殊なやり方であり、ユグドラシルでは、誰も真似しないやり方だったのだ。

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

首なし騎士デュラハンの伝承には、このような説がある。

 

デュラハンは、夜中に神出鬼没に現れ、街の中を首なし馬(コシュタ・バワー)に乗り、徘徊してまわるという。

そして、出くわした人間に、どこからともなく大量の血を出現させ、ぶっかけるという。

血を浴びた人間は、近い内に首を切られ、死をむかえる。

 

そう言う伝承がデュラハンにはある。

そして、それを擬似的に再現したスキルがユグドラシルには存在する。

 

 

───────────────────

 

 

 

 

 

【種族スキル発動・首無しの血(デュラハン・ブラッド)

 

デュラハンの首の部分から、大量の血が噴水のように噴き出し始め、デュラハンの灰色の軍服を真っ赤に染め上げる。

そのまま血が、デュラハンの周りにドプドプと流れ、血の池を作り出す。

そして…恐怖の狩りが始まる。

 

【種族&テイマーの複合スキル発動・血の鞭鎌(ブラッド・ウィップサイス)

竜騎兵(ドラグナー)スキル発動・竜殺し(ドラゴンキラー)付与】

【種族スキル発動・血の鎖槍(ブラッド・チェインスピア)

【種族スキル発動・首狩りの儀式(ネックハンティング・セレモニー)

 

 

まず、第1のスキルにより、血の池からデュラハンの手元に鞭のような武器が作り出される。

鞭は、持ち手から先端に行く程太くなっていき、鞭の先端には巨大な血の鎌が出来上がっていた。

その武器が、まるで命あるかのようにウネウネとデュラハンの周りを蠢いている。

 

第2のスキルで、その血の鞭鎌(ブラッド・ウィップサイス)に竜特攻属性が付与される。

 

第3のスキルと第4のスキルにより血の池から、血でできた大量の鎖槍が出現する。

デュラハンが血の鞭鎌(ブラッド・ウィップサイス)をシャドウナイトドラゴンの首に巻き付かせ、デュラハンの目の前にシャドウナイトドラゴンを引き摺り倒す。

 

倒れると同時に、シャドウナイトドラゴンの尻尾や翼、手や足を鎖槍が貫き、巻き付きながら、鎖槍の先端が壁や地面に突き刺さり、シャドウナイトドラゴンを逃げられないように固定する。

 

「グアァァァァッ!?」

 

シャドウナイトドラゴンが全身の苦痛に悲鳴を上げる。

首に巻き付いた血の鞭鎌(ブラッド・ウィップサイス)の先端にある鎌が、シャドウナイトドラゴンの首の真上に掲げられる。

 

それはまるで…

 

 

 

 

 

 

 

 

ギロチン台に乗せられ、処刑の時間を待つ罪人のような状態であった。

 

 

 

 

「待ってくれ!降参する!命だけはどうか──」

 

シャドウナイトドラゴンが命乞いをするが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【悪いな。この儀式…途中で止められないんだ。】

 

 

血の鎌が容赦なく振り下ろされた。

シャドウナイトドラゴンの首が切り飛ばされる。

大量の血が噴き出し、デュラハンに降りかかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その光景を…

 

蒼の薔薇も、

他の冒険者達も、

ブラック達でさえも、

 

 

 

ただ恐怖に震えながら、見ている事しかできなかった。

 





FGOのイベントやってたせいで更新遅くなりました。
沖田オルタの育成に時間取られてました(笑)


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第15話 絶対者

·


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.

.

ピチャッピチャッという足音が響く。

真っ赤な血の池を真っ赤に染まった軍服を着たデュラハンが歩いている。

 

デュラハンのそばには、血の鞭鎌(ブラッド・ウィップサイス)が複数いる。

鎌の部分を高く上げ、鞭の部分をクネクネと動かしながら、デュラハンの周囲を動き回っている。

その動きはまるで、頭を上げて動く蛇のようだった。

 

デュラハンは、首を切られ絶命したシャドウナイトドラゴンの死体を調べていた。

手には、ユグドラシルのアイテムの1つ、

百科事典(エンサイクロペディア)

が握られており、デュラハンが何かを書き込んでいる。

 

───────────────────

 

百科事典(エンサイクロペディア)

ゲーム開始時、プレイヤー一人一人に配られるアイテム。持ち主が放棄をしない限り無くなることが無い。

モンスターなどの戦闘能力や数値を除く名前や外見画像・神話出典データなどが自動で記載されていく。自分で書き込んでいく事が可能なのでモンスターの戦闘能力や弱点など書き込んでいくのが有効活用に繋がるアイテムである。

 

───────────────────

 

 

その様子を、血の池から離れた場所で見ている者達がいた。

蒼の薔薇、竜人三姉妹、ミスリルとオリハルコンの冒険者達だ。

人間達は、先程の戦いを見てからというもの、デュラハンに近寄るのが怖くなっていた。

 

人間達がデュラハンを恐れてしまうのも仕方なかった。

首から大量の血を噴き出したかと思ったら、その血でドラゴンをあっさり切り殺したのだから。

オマケに、ドラゴンの殺し方やその時のデュラハンの姿があまりにも不気味だった。

 

勇者のように剣で戦う、魔術師のように強大な魔法で戦う、そう言った戦い方なら英雄として見る事ができたであろう。

しかし、このデュラハンの戦い方は違った。

あまりにも『作業的』であり、『感情が無かった』からだ。

まるで、『毎日の日課の作業』だと言わんばかりの…あるいは、ドラゴンはこうやって殺すのが『当たり前』だと、そう思わせる戦い方だったのだ。

そしてなにより…あのデュラハンは、人間達が怖がっていることに『微塵も気がついていない』。

むしろ、人前であの戦い方をしても怖いと思われるなんて思ってもいないのであろう。

 

当然だ。何故なら、ユグドラシルで竜王討伐の助っ人をしていた勝を怖がるプレイヤーなど、『存在しなかった』からだ。

 

ユグドラシルは自由度の高いRPGゲームであり、プレイヤーによって独自の戦い方がたくさん存在する。かっこいい戦い方をするプレイヤーもいれば、間抜けな戦い方で勝利するプレイヤーもいた。

勝の戦い方もその内の1つにすぎず、『見慣れて』しまえば、一種のショーであり、『見世物』の1つになってしまう。

無論、勝自身は『真面目』に戦っていただけである。

だが、周りのプレイヤーからは、『勝さんのドラゴン処刑ショー』という見世物として親しまれていた。

周りのプレイヤー達が怖がるどころか、楽しそうに見て盛り上がっているので、勝自身も自分の戦い方が怖がれるとは全然思わなかったのである。

 

ユグドラシルでは、

人間種であろうが、

亜人種であろうが、

異形種であろうが、

互いに中身は同じ人間であり、ゲームの世界に入り込んだプレイヤーという『共通認識』があるからこそ、相互理解も簡単であった。

体力がなくなり死亡しても、それは『仮の死』であり、『本当の死』ではない。

死への恐れも、相手に対して抱く恐怖も、些細なものでしかない。

 

だが…

 

この異世界では違う。

この異世界で産まれた人間にとって、デュラハンである勝は『本物の異形種』であり、人間として認識される事は決してない。

無論、この異世界での死は『本当の死』であり、誰かに復活魔法を使われない限り、『タイムアウト』による自動復活も行われない。

 

故に、デュラハン以外の、この場にいる者達は恐れた。圧倒的な強さを誇るデュラハンに。

このデュラハンが少しでも人間達に敵意を向け、攻撃してきた場合、誰も太刀打ちできない。

先程のシャドウナイトドラゴンと同じように瞬殺される事は明白だった。

 

だからこそ、

今、この場での『絶対者』であるデュラハンの行動を邪魔する者はいなかった。

 

 

「ブラック、あのデュラハンは何をしているんだ?」

 

イビルアイがずっと気になっていた疑問を問う。

 

「おそらくだが、先程倒したシャドウナイトドラゴンの情報を百科事典(エンサイクロペディア)に書き込んでいるのだろう。」

「えんさいくろぺでぃあ?それはなんなんだ?」

 

聞き慣れない単語だったのか、イビルアイが首を傾げる。

 

「図鑑のような物だ。ご主人様は、初めて出会ったモンスターや倒したモンスターの情報収集や分析を小まめに行う御方なのだろう。」

 

ブラックとしては、単純な説明をしたつもりだった。

しかし、アダマンタイト級冒険者として数々の経験を積んでいるティアとティナが忍者としての素質を発揮させる。

 

「─なのだろう、という言い方はおかしくないか?ブラック。お前達は、あのデュラハンとは長い付き合いじゃなかったのか?」

「それに、先程のデュラハンの戦いぶりを、お前達も怖がっていたように見えたが?」

 

危険な存在になりうるデュラハンと、そのデュラハンに付き従うブラック達の情報を少しでも入手したいと考えていた2人は、些細な矛盾や疑問点を確かめにくる。

 

「………………」

 

ブラックが黙ったまま、質問をしたティアとティナを見る。

ブラックとて忍者であり、情報の大切さは理解している。

交渉術や読心術を使った情報採取、自分達の情報の保護や漏洩防止は、忍者にとって基本中の基本である。

 

ブラックは、自分と同じ忍者であるティアとティナが探りを入れてきているのは理解していた。

 

「…長い付き合いなのは本当だぞ。ただ─」

 

一旦言葉を切り、間をあける。

チラリと、主人である勝の方を見る。

自分達の主人が聞いているかも知れない、という考えが一瞬わいたからだ。

 

「─初めてだったのだ。竜王と戦うご主人様の『あの姿(デュラハン・ブラッド)』を見るのが。」

 

慎重に言葉を選んだ。

長い付き合いなのは本当だ。

しかし、ナザリックのログハウスを守護し続けていた自分達が、ナザリックの外に出たのは数日前だ。

無論、外でのご主人様の戦い方を直接見るようになり始めたのも数日前。

竜王(ドラゴンロード)を召喚して戦うご主人様の姿を見たのも、つい最近だ。

そして、あの姿(デュラハン・ブラッド)も…。

それを人間達に知られないようにするため、与える情報を最小限に抑えた答え方をしたつもりだ。

 

「普段、あんな戦い方はしないのか?」

「お前達は、ここまで来る道中のご主人様の戦い方を見ていなかったのか?軍刀と狙撃武器による射撃、それと召喚。それがご主人様の普段の戦い方だ。」

「あれが普段の戦い方なら、先程のはなんなんだ?」

「竜王といった、強敵相手に行う戦い方…だと思う。我々も見るのは初めてだったので、少し怖いと思ってしまっただけだ。」

 

自分達が知るご主人様は、ログハウスに来て自分達の頭を撫でてくれる優しい主人というイメージだった。

だが、この数日間で優しい主人とは逆の、怖い主人を見る機会が二度もあった。

陽光聖典との戦いの時に見せた怒りのオーラ、

首無しの血(デュラハン・ブラッド)による竜狩り、

どちらもユグドラシルでは1度も見た事がなかった。

 

だが、この二つを見て納得できた。

ご主人様が、ナザリック地下大墳墓の支配者の1人にして、至高の御方々に並ぶに相応しい実力の御方であること。

ご主人様が召喚する竜王(ドラゴンロード)様達が、ご主人様に従い忠誠を誓うのも、あの強さと恐ろしさを身をもって経験してきたからだと。

 

「ブラック達でも、怖いと感じるのか?」

「ああ。ご主人様は我々より強い御方だ。その強さにひれ伏すのは当然だろう。ご主人様に勝てる可能性がある者など、我々が知る限りでも片手で数える数ぐらいしかいない。」

 

ナザリック地下大墳墓に在籍している至高の御方々ぐらいしかご主人様に対抗できる存在はいない。

階層守護者の方達が相手でも、1対1の戦いならご主人様が勝つに決まっている。

 

「ブラック達は、アインズ・ウール・ゴウンとか言う組織に属してるんだったよな?あのデュラハンより強い奴もそこに属しているのか?」

「それは…答えられない。ご主人様の許可が必要になる。」

 

流石に、自分達以外の情報を教えるのはまずいと判断し、話題を切る流れを作る。が…

 

「居るか居ないかだけでも言えないのか?」

 

ティアとティナが食い下がる。

 

「…ティアさん、ティナさん。」

「な、なんだ?ブラック。」

「………何?」

 

突然ブラックに名前を呼ばれて動揺する2人。

 

「我々についていろいろ知りたいのはわかります。が、我々は組織の一員にすぎず、組織として行動する以上、守秘義務というものが発生します。その意味…わかりますよね?」

 

丁寧な口調で言いつつ、守秘義務という言葉をわざとらしく入れる。

これで、自分達にも言えない情報がある、という事をわからせる狙いだ。

そして、それは狙い通りの結果になった。

 

「…すまない。」

「…しつこく聞きすぎた。」

 

2人がようやく諦めたのか、謝ってくる。

 

「気にするな。我々にも、お前達にも、他人に言えない秘密の一つや二つはあるだろう?そう言うものだと思ってくれ。ところで、お前達はどうなんだ?お前達も、ご主人様の事を怖いと思ったか?」

 

今度はブラックが蒼の薔薇に問う。

 

「正直に言うと…怖いわね。」

「俺も流石に…あんなの見せられたらねぇ…」

「ガガーランと同じだ。」

「私も同じく。」「私も。」

 

念の為、ブラックが他の冒険者達にも確認をとるが、反応は皆同じだった。

 

 

 

 

───────────────────

 

 

 

 

【(やはり、怖く思われていたか…)】

 

勝は、百科事典(エンサイクロペディア)を見るフリをしながら、周りの様子を確認していた。

頭が無いおかげか、今の所人間達やブラック達にもバレていない。

 

シャドウナイトドラゴンに関する情報は書き込み終わっていたのだが、ブラックと蒼の薔薇達の会話が気になった勝は、シャドウナイトドラゴンの死体を観察しているような動きをしつつ、聞き耳を立てていた。

(※勝に耳はありません。)

 

【(声をかけてくれるどころか、近づいてさえ来ないとは…)】

 

ユグドラシル時代では、竜王との戦いで共闘したプレイヤー達から、「ありがとうございました。」などのお礼を言われたりしたものだ。

しかし、蒼の薔薇や他の冒険者達は完全にドン引きしている。明らかに、化け物を見るような目をしている。

 

【(ユグドラシルでは、あんまり怖がられなかったのになー…。あんなにドン引きされるなら、首無しの血(デュラハン・ブラッド)は使わない方がよかったか…。というか、シャドウナイトドラゴンの首がぶっ飛ぶとは思わなかったなぁ…。)】

 

ユグドラシルでは、頭や首、心臓やその他弱点となる部位を攻撃すると、『クリティカル判定』となり、ダメージが増加する仕様だった。

 

しかし、異世界では部位破壊に近い仕様になっており、急所となっている部分を攻撃、もしくは破壊すると、ほぼ致命傷、最悪死ぬ。

現実世界とほぼ同じ仕様と言った方がわかりやすいかもしれない。

 

【(ドラゴンの鱗は硬いから、耐えれると思ったんだけどなぁ。シャドウナイトドラゴンが弱過ぎたのが原因か?」】

 

竜使い(ドラゴンテイマー)の職業スキルには、ドラゴン系モンスターのステータスを確認できるものがある。

それらのスキルを使用し、シャドウナイトドラゴンのレベルが40Lv前後であるという事が確認できていた。

勝の攻撃のダメージが高過ぎて、一撃で死んでしまった可能性を考える。

 

【「いや…私の場合だと、竜覇の証の効果で死んだ可能性もあるのか?えーと…確か、急所を攻撃すると確率で即死判定になるんだっけ。)】

 

最初の一撃目で偶然即死が発動した、という事もありえる。

 

【(シャドウナイトドラゴンを殺すつもりはなかったんだけどなぁ。ギリギリまでダメージを与えて、『死にたくなかったら、私と契約して、召喚魔獣になってもらおうか。』と、脅す…いや、交渉するつもりだったのになぁ…。)】

 

何を言おうが後の祭りである。

シャドウナイトドラゴンは死んでいるため、召喚契約をするためには復活させる必要がある。

 

【(まぁ、いいや。とにかく、皆を安心させる事を優先するか。)】

 

勝が百科事典(エンサイクロペディア)を閉じる。

その音と仕草に皆が反応し、勝を見る。

ピチャッピチャッと、血の池を歩きながら勝が呼びかける。

 

【レッド〜。】

ガウ。(はい。)

【さっきシャドウナイトドラゴンに殺された2人の人間がいたよね。アレ、復活させてあげて。】

ガッ!(はっ!)

 

レッドが人間の死体に近付き、復活の魔法を2回唱える。

 

真なる蘇生(トゥルー・リザレクション)!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

真なる蘇生(トゥルー・リザレクション)

 

死者を復活させる魔法。<蘇生(リザレクション)>よりも高位の復活魔法であり、復活時のレベルダウンをより緩和できる。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

復活魔法の効果により、人間の死体が瞬時に再生し、冒険者2人が元の姿になる。

 

仲間の冒険者達が喜びの声を上げならがら、復活した2人に駆け寄る。

復活した2人は、最初は困惑していたが、シャドウナイトドラゴンの死体と仲間達からの状況説明を受け、なんとか冷静差を取り戻した。

 

ラキュースとイビルアイが、復活魔法を使用したレッドに、<真なる蘇生(トュルー・リザレクション)>について詳しく聞こうとしたが、第9位階の魔法だと言われた途端、諦めた。

2人が言うには、王国で復活魔法が扱えるのはラキュースだけらしい。

 

死んだ人間を復活させた事により、若干ではあるが、皆の勝への恐怖心が下がった。

そのタイミングで、シャドウナイトドラゴンを復活させる話を始める。

 

 

·

·

·

 

 

「さて、人間達よ。先程説明した通り、シャドウナイトドラゴンを復活させる。覚悟は良いか?」

 

 

頭に勝を乗せた、ドラゴン形態のブラックが最終確認をとる。

冒険者達が頷く。

召喚契約を成立させるため、シャドウナイトドラゴンを復活させるという事を事前に伝えておいた。

シャドウナイトドラゴンが暴れだした場合は、人間達を守ってやる、という約束を交わしている。

話の展開次第では、竜王召喚を行う事も言ってある。

 

【よし!レッド、頼む。】

 

レッドが復活魔法を唱え、シャドウナイトドラゴンが再び生き返る。

 

シャドウナイトドラゴンが目を開け、周囲を見渡す。

そして、目の前のブラックドラゴンとデュラハンに気付くと、先程自分が殺された事を思い出したのか、震えだす。が、勇気を振り絞ったのか、胸を張って頭を高くし、自分の方が偉いぞと言わんばかりの見栄を出す。

 

「私を…いや、我を生き返らせてどうするつもりだ?言っておくが、もう命乞いはしないぞ!殺すなら殺せ!」

 

誇り高きドラゴンとして、威厳ある態度を崩さないようにしているのか、命乞いや媚び諂う態度をする様子はない。

 

「ご主人様が、貴方様をいたく気に入られておりまして、召喚契約をしたいとおっしゃっています。」

 

ブラックが丁寧な言い方をする。

普通のドラゴンと竜王では、扱いや接し方に格差があるようで、弱いとわかってもそれは変わらないようだ。

 

「我は、誰にも従わない!我は偉大な竜王であり、あらゆる生物の頂点に君臨する種だ!人間やアンデッドに、こうべを垂れるなど死んでもするものか!」

 

反抗的な、あるいは傲慢な態度をやめようとしないシャドウナイトドラゴン。

そのドラゴンとしての誇りを貫こうとするシャドウナイトドラゴンの姿に、勝が感動する。

 

【(素晴らしい!これだよ!これこそドラゴンとしての態度だ)!】

 

竜種は、自分が最強の種族だと信じ、疑うことをしない存在である。

あらゆる生物の頂点に立つ存在として振る舞い、あらゆる生物を見下すのが彼らであり、竜種以外のあらゆる生物は自分達が管理すべき下僕であると思っている。

 

つまり…

ブラック達や勝が召喚する竜王達が、勝に従っていること自体が『異常』な事であり、ありえない事なのだ。

無論、勝自身は、竜王達が自分に従ってくれること自体は嬉しく思ってはいる。

ただ、あの忠誠心MAXな態度で接してくる感じがドラゴンらしくないため、違和感が半端ないのだ。

 

「ご主人様、どうなさいますか?シャドウナイトドラゴンは、召喚契約に応じる気はないようですが…」

【ハッ!?あー…えーと…じゃあ仕方ない。竜王に説得してもらうか。】

 

ブラックの呼びかけに、感動に夢中だった勝が正気に戻る。

 

【問題は、どの竜王に説得させるかだ…】

 

実は、バハムートやティアマトなどの竜王は、一部のドラゴン族から崇拝されており、神にも等しい存在として扱われている。

 

ドラゴンには5つの主要なドラゴン族がある。

 

クロマティック

カタストロフィック

メタリック

スカージ

プレイナー

 

である。

 

その内の3つのドラゴン族には、ある特殊な傾向がある、

 

ブラック達のように、色が特徴的なドラゴンはクロマティック・ドラゴンの種類に入る。

クロマティック・ドラゴンはティアマトを崇拝しているドラゴン族である。

 

カッパー、アイアン、シルバー、ゴールドなどの金属系のドラゴンがメタリック・ドラゴンと呼ばれ、バハムートを崇拝しているドラゴン族になる。

 

カタストロフィック・ドラゴンは、災害竜とも呼ばれている存在で、ティアマトやバハムートを裏切ったドラゴン達と言われている。

 

【メタリック・ドラゴンじゃなさそうだし、ティアマトかな。竜王召喚(サモン・ドラゴンロード)!来い!ティアマト!】

 

勝の召喚に応じ、魔法陣からティアマトが姿を現す。

 

「水の竜王!ティアマトよ。ご主人様の命により、召喚に応じ参上いたしました!」

「ティ、ティアマト様ですって!?」

 

シャドウナイトドラゴンが信じられないとばかりに驚いている。

蒼の薔薇以外の冒険者達も、ブラック達やシャドウナイトドラゴンより大きいティアマトに息を呑む。

 

【ティアマト、このシャドウナイトドラゴンを説得して──】

「きゃあぁぁぁ♥ご主人様ー!」

【──うぼぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?】

 

ガシッと勝を掴み、いつもの?ように勝を巨大な胸にギュウギュウと押し込み始めるティアマト。

ブラック達は苦笑い、シャドウナイトドラゴンと人間達は呆気にとられている。

ティアマトは、勝を何度かモミモミすると、頬を赤くしながら、勝を左薬指に乗せる。

ティアマトの薬指にしがみつく勝を見ながら、眼をうっとりさせる。

 

「愛しのご主人様〜♥この世界に1つしかない、財宝より貴重なご主人様〜♥今日は2度も呼んでくれるなんて!しかも私だけなんて!いよいよ、私の結婚指輪(夫&宝石)になる覚悟を決めて下さったのですか~?」

【その例え方はいろいろおかしいよ!】

「うふふ…。なーんて、冗談ですよー。ご主人様が、ブラックちゃん達を一番愛してるのは知ってますから〜。」

【そ、そっか。それはよかっ──】

「私は4番目で我慢しますから♥」

【もう予約済み!?】

「ティアマト様!ご主人様が困ってますから、お戯れはそこまでに…」

「えー。いいじゃない!貴方達は毎日ご主人様と一緒に居るんでしょー。たまには私にもイチャイチャさせてよー!」

「き、気持ちはわかりますが、今だけはどうか…!」

「むぅーー…」

 

ティアマトがほっぺを膨らませながら不貞腐れる。

 

【ティアマト、このままじゃただの痴女だよ。人間達の目もあるし、竜王としての存在感を出してもらわないと…。】

「むぅ〜…わかりました。ご主人様がそこまで言うなら仕方ありません。ご主人様を幻滅させる訳にいきませんし、召喚して頂いた事を後悔させないよう頑張ります。」

 

ティアマトのあんまりな言動に、召喚しない方が良かったのではないかと、勝自身も思い始めていたところではあった。

 

 

冒険者達も、ティアマトの言動を見て、勝の気苦労を察する。

 

「ところで、今回呼び出した御用はなんでしょうか?」

【目の前に居るシャドウナイトドラゴンと召喚契約をしたいのだが、死んでもするか!と、拒否されててね。】

「なるほど!ご主人様の召喚契約に応じない、この『クソ生意気な小娘』をぶっ殺せば良いんですね?」

「ひぃ!」

 

物騒な物言いをするティアマトに、完全に恐怖するシャドウナイトドラゴン。

 

【違うぞ、ティアマト!殺しちゃ─】

「大丈夫ですご主人様。ご主人様が何をしたいか、ちゃんとわかってますから。ちょっと失礼しますね。」

【えっ】

 

ティアマトが勝を胸の谷間にズプッと刺すと、シャドウナイトドラゴンの首根っこを掴んで、顔を無理矢理向かせ、自分の胸に刺さっている勝の目の前に持ってくる。

 

「いいかしら、小娘!1度しか言わないからよく聞きなさい!私のご主人様は偉大で強くて優しくて素晴らしい御方なの!この世界中にある、どの宝石や財宝よりも高価で貴重な存在なの!それが理解できてないなんて、アンタ、ドラゴン失格よ?」

「ドラゴン失格!?」

 

シャドウナイトドラゴンを小娘呼ばわりするティアマトの理不尽極まりない言い分に、シャドウナイトドラゴンが困惑する。

 

「アンタ、メタリックでもクロマティックでもなさそうだけど、私の事は知ってるのでしょう?」

「は、はい!知ってます!ティアマト様がドラゴン族の始祖のお一人であるという事を!それに、現在、富、強欲、嫉妬を司る悪の神として君臨していた御方である事も!」

「なら話が早いわ。私はね、私を侮辱する存在を許せないの。私を侮辱する存在は誰であれ始末する。地の果てまで追いかけて血祭りにするわ!あ!ご主人様は別ですよ?遠慮なく私を罵って下さっても構いませんから♥」

【そんな事しないから!】

「踏んづけて組み伏せて、『この雌犬め!犬は犬らしく靴でも舐めてろ!』とか罵倒しても構いませんから。ご主人様の身体なら、遠慮なく全身舐めまわして綺麗にする事も─」

【わかった!わかったから!話を戻して!お願いだから!】

 

やめてくれティアマト!恥ずかしい!恥ずかしいから!ほら、人間達が『うわぁ…』みたいな顔をしてドン引きしてるから!

 

勝の心労は、もはや限界を超え始めている。

 

「ハッ!?…コホン。つまり、私の愛しのご主人様を弱いと見下すのは、ご主人様に従う私を弱いと侮辱してるのと同じという事よ?それ、わかってるのかしら?」

「そ、そんなつもりでは…」

 

あくまで、勝が一番偉いという事を主張するティアマトに、シャドウナイトドラゴンはただただ困り果てる。

 

「アンタみたいな竜王になりたてホヤホヤの小娘なんか、私の敵じゃないの。私の愛しのご主人様の召喚契約に応じないなら、アンタの命はないわよ?」

「そ、そんな!『ドラゴン』でもない、『ただのアンデッド』に従うなど、ドラゴンの私には…」

「ただのアンデッド…ですって?」

 

ティアマトの雰囲気が一瞬変わったのを、勝は感じた。

 

「ならいいわ。私の説明が理解できないなら─」

 

 

 

 

 

 

 

「─死ね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冷たい、背筋が凍る一言。

シャドウナイトドラゴンが今まで味わった事のない恐怖を感じるまえに─

 

ティアマトがシャドウナイトドラゴンの頭を空洞の側面の壁に叩きつけた。

凄まじい衝突音とともに、シャドウナイトドラゴンの頭が壁にめり込む。

そのままシャドウナイトドラゴンの頭を壁に押し付けながら、ガリガリと壁を抉りながらティアマトが奥に向かって突き進む。

シャドウナイトドラゴンが悲鳴を上げるが…

 

 

「キシャァアアアアアアアア!!」

 

 

ティアマトの上げる咆哮に掻き消される。

 

【ティアマト!やめるんだ!落ち着いてくれ!】

 

勝が呼びかけるが、ティアマトは止まらない。

シャドウナイトドラゴンをぶん投げ、空洞の柱に投げつける。

柱があっさりと砕け散り、シャドウナイトドラゴンが空洞の中央に倒れる。

 

ブラック達や冒険者達は、2匹の竜王の戦いを傍観する事しかできない。

 

ティアマトが倒れたシャドウナイトドラゴンにゆっくりと歩みよる。

 

「ご主人様の素晴らしさを理解できない愚か者は、恐怖を味わいながら、後悔と共に死になさい。」

「あ─あああ──待って─従います!従いますから、命だけは──お許しを─」

「許さないわ!ドラゴンの世界は弱肉強食。弱い竜王なんて、ご主人様のそばにいる資格すらない事を思い知りなさい!」

 

ティアマトがシャドウナイトドラゴンにトドメを刺そうと構える。

 

 

 

 

 

 

 

【いい加減にしろ!ティアマト!】

 

 

 

 

 

 

 

勝が再び<首無しの血(デュラハン・ブラッド)>を発動させ、ティアマトを血で縛り拘束する。

 

「─グッ!?─」

 

全身を血で縛られ、仰向けに倒されたティアマトの上に、血が浮遊し大きくなっていく。

 

【お前ならシャドウナイトドラゴンを説き伏せられると思っていたが、俺が間違いだった!】

 

勝が怒りのオーラを発動させる。

普段は出さない『俺』という一人称が怒りと共に無意識に出る。

ティアマトの上に貯まった血がゆっくりとドラゴンの形に変わっていく。

その大きさは、勝が血を出せば出すほど大きくなり、ついにはティアマトより大きくなる。

空洞の天井に到達するのではないかと思うほどの巨体になり、ティアマトを見下ろす。

 

血の竜(ブラッド・ドラゴン)の口から血が伸びてきて、ティアマトの胸に挟まっていた勝を引きずり出す。

そのまま勝が飲み込まれていき、血の竜(ブラッド・ドラゴン)の頭部に移動する。

血の竜(ブラッド・ドラゴン)の頭部の額部分に、上半身だけでた状態で勝が合体している。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

血の竜(ブラッド・ドラゴン)

 

勝がユグドラシルで編み出したオリジナルの複合スキル技。

種族スキルと竜使い(ドラゴンテイマー)のスキルと竜騎兵(ドラグナー)のスキルを合わせる事で実現したスキル技である。

 

血で作製したドラゴンなので、あらゆる形に変形可能であり、物理攻撃は効かない。

また、吹き飛ばしや凍結などで欠損しても、勝が血を出す事で再生が可能という恐ろしい技である。

 

ドラゴンの身体から、あらゆるブラッド技を繰り出す事ができるため、頭部の勝を攻撃しようと飛び掛って来た相手を、血の鞭鎌(ブラッド・ウィップサイス)血の鎖槍(ブラッド・チェインスピア)で迎撃する事が可能。

 

弱点は雷属性の攻撃であり、血の竜(ブラッド・ドラゴン)のどこかに雷属性の攻撃が当たると、全体に感電するため、勝自身もダメージを喰らう。

 

ただし、血の竜(ブラッド・ドラゴン)の周囲には血の池が出来上がるため、血の池に入った状態で雷属性攻撃をすると使用者も感電する。

しかも、雷の竜王である青龍と黄龍対策で、勝自身が雷属性攻撃に対する耐性を完備しているため、そこまでダメージを期待できないという対策ぶり。

 

遠距離からの攻撃が適切だが、勝が狙撃武器を扱えるため、狙撃職や魔法職の相手にも対応してくる。

 

①召喚魔法でモンスターを召喚し、相手を足止め。

②超位魔法で竜王召喚。

③相手が竜王と戦っている間に、血の竜(ブラッド・ドラゴン)を形成する。

 

が、ユグドラシル時代の勝の凶悪コンボだった。

 

その凶悪コンボが、異世界仕様&竜覇の証で簡単に再現可能で、さらに凶悪になっているという事態になっている。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

縛られた状態で倒れているティアマトの喉元に、血の竜(ブラッド・ドラゴン)化した勝が爪をたてる。

 

【ティアマト、まだ暴れるか?】

 

怒ってはいるが、ティアマトを傷つける気はない。

精一杯の脅しをかけたつもりだ。

これで駄目なら、無理矢理魔力のパスを切って消滅させるしかない。

 

【大人しくしないなら、無理矢理に──】

「……うぅ…ぐすっ…」

【──あれ?ティアマト?】

 

先程まで怒り狂っていたティアマトが泣いていた。

眼から涙を流し、ポロポロと涙を流している。

 

【お、おい、ティアマト。なんで泣いてるんだ?まさか!私が怖くて泣いてるんじゃ…】

 

ブラック達が何度か自分を怖がっていた事を思い出し、ティアマトも自分を怖がっているのでは?と、思い始める。

 

「ぐすっ…うぅ…うぅぅ!」

【す、すまない!泣かせるつもりは──】

「いえ、怖くて泣いてる訳ではないのです。」

【なら、何故泣いているんだ?】

「もちろん!ご主人様のそのお姿を久しぶりに見る事が出来たからです!」

【え?】

「ああ!愛しいご主人様の逞しいお姿!こんな間近で見れるなんて!私、嬉しくて涙が…」

 

嬉しくて泣いてる?

そういえば、ティアマトとの戦いでは、海の上だったから、常時血の竜(ブラッド・ドラゴン)状態で戦っていたっけ。

 

「縛って無抵抗にされた状態の私を一方的に攻めて、あーんなことやこーんなことを無理矢理するのですね。さあ、ご主人様!私はいつでも大丈夫ですので、遠慮なく私の初めてを奪って──」

【しねーよ!】

 

あれ?という事は、ティアマトが私に惚れているのは、この血の竜(ブラッド・ドラゴン)のせいだったのか!

 

【まったく!てっきり、怖くて泣いてるかと思ったよ!】

「何を言いますか!ご主人様のそのお姿を怖がる雌ドラゴンなんて居ませんわ!ね?ブラック達もそう思うでしょ?」

 

ブラック達の方を見る。

すると、目をキラキラさせた3人がいた。

 

「これが、ご主人様の真のお姿!か、かっこいいです!」

ガウガガウゥ〜(一生見ていたい。)

ガウウ!(濡れるぅ!)

【えぇぇえぇぇぇぇぇ!?】

 

怒りのオーラまで発動していたのに、怖がるどころか凄い眼差しで見てる!?

ドラゴン基準だと、かっこいい感じなの?

私、もう訳わかんないんだけどぉ!?

 

「申し訳ございません、ご主人様。シャドウナイトドラゴンを納得させるため、わざとご主人様を怒らせるような真似をしました。しかし、これでシャドウナイトドラゴンも納得したかと思います。」

【納得?】

「はい♥シャドウナイトドラゴンは言いました。『ドラゴンでもない、ただのアンデッドには従わない』と。でも、今のご主人様のお姿なら……ねぇ、シャドウナイトドラゴン?貴方の感想を聞かせてくれない?」

 

シャドウナイトドラゴンの方を見る。

シャドウナイトドラゴンが頭を下げ、勝をキラキラした眼で見ている。

 

「はい!とても素晴らしいお姿です。『真の竜王様』!先程の私の無礼をお許し下さい!お詫びに、私の貯めていた財宝を全て差し上げますので、貴方様と召喚契約をさせて下さい!お願い致します!」

【コッチもかー!というか、全部捧げてきたー!?】

 

結果的に、召喚契約に応じてくれたのは嬉しいが、

人間達からの反応を想像すると、悪い結果しか想像できず、もはや頭が痛い思いになる。

 

【とにかく、召喚契約をすませるか。ティアマト、お願い。】

「はい♥ご主人様!」

 

ティアマトの拘束を解き、シャドウナイトドラゴンの目の前に移動する。

 

「では、シャドウナイトドラゴン。汝に問います。私のご主人様である勝様に、汝の全てを捧げますか?」

「はい。私の全てを捧げ、新しき主人への忠誠を誓います。」

「では、勝様に、汝の魂を捧げなさい。」

「はい。我が魂、新しき主人である勝様に捧げます。」

【ここに契約は完了した。汝の魂は我が魂と同化し、我が力となろう。】

 

シャドウナイトドラゴンの姿がゆっくりと消え、1つの白い球体になる。

その球体が高く舞い上がると、勝の胸に吸い込まれ消えた。

 

【よし!早速呼び出すか。竜王召喚(サモン・ドラゴンロード)!来い!シャドウナイトドラゴン!】

 

契約したばかりのシャドウナイトドラゴンを召喚する。

 

「影の竜王!影夜竜(シャドウナイトドラゴン)!召喚に応じ、参上しました!」

【やっほー!シャドウナイト。私の声が聞こえる?】

「こ、これが勝様のお声ですか!なんと優しく、暖かみのあるお声なのでしょう!」

【さっきはいろいろゴメンね。】

「いえ!勝様が謝る必要はありません。全ては私のせいです。本当に、申し訳ありませんでした。先程も言いましたが、勝様に私の貯めていた財宝をお詫びに差し上げます!」

【いや、財宝よりも先に、シャドウナイトにお願いがあるんだけど。】

「なんなりと!私にできることならなんでも致します!勝様と契約したおかげか、前よりも強くなりましたから!なんでもできる気がします!」

【え?マジで?どれどれ…】

 

スキルで調べると、Lv40だったシャドウナイトがLv90という凄まじいステータスになっていた。

契約した竜王は超位魔法に登録されるから、その分の補正が入ったのだろうか?

 

【ヤバっ!めちゃくちゃ強くなってるじゃん!】

「はい!やはり、勝様は凄い御方だったのですね!私がこんなに強くなれたのは、勝様のおかげです!さあ、なんなりと、お申し付けください!」

【じゃあ、シャドウナイトの身体を触らせて!】

「え!?わ、わかりました。私の身体をお求めなのですね。」

「ハァァ!?ご主人様、早速浮気ですか!?」

【違うよ!?撫でさせて欲しいだけだよ!?】

「ずるいです!私も撫でて下さい!」

【わ、わかったよ!このままじゃ、撫でれないから…スキル解除!】

 

空洞内にあった全ての首無しの血(デュラハン・ブラッド)が消える。

勝の軍服も、元の灰色に戻る。

 

【よし!じゃあ、シャドウナイト。頭から触らせてくれ!】

「あ!このままですと撫でにくいですね。今、人型形態になりますね。」

【え?】

「じゃあ、私も。」

【えぇぇえぇ!?】

 

ティアマトとシャドウナイトが小さくなり、ブルーやレッドより少し高いぐらいの身長の竜人になる。

ティアマトは大きい時と同じ姿だった。

 

シャドウナイトは、ブラック達と同じスク水のようなレオタードのような焦げ茶色の服をきており、手足の構造まで全く同じだった。

肌が褐色で黒い長髪、鱗は焦げ茶色だった。

 

【お前ら、小さくなれるのかよ!ていうか、ティアマトは先に教えてくれよ!小さくなれるなんて知らなかったよ。】

「私以外の竜王達も形態変化できますよ。」

【マジで!?全く知らなかった…】

 

衝撃の事実に驚く勝。

今後の冒険者活動に大いに影響を与える情報である。

 

「どうぞ、勝様。私の身体、満足するまで撫で下さって構いません。」

「いいなぁ〜…私もご褒美として撫でて欲しいですぅ。」

【いや!これなら、2人同時に撫でれそうだ。おいで、ティアマト。】

「本当ですか!?」

 

ティアマトとシャドウナイトの頭に手を乗せる。

 

「念願のご主人様のナデナデだわ〜…」

「これが勝様の手…優しい触り心地です…」

【そうだ。テイマースキル発動!<愛撫で>!これをご褒美代わりにしよう!】

 

テイマー職のスキルである<愛撫で>は、従えさせた動物やペットの好感度をあげる技である。

 

撫でられているティアマトとシャドウナイトの目がトロンと落ち、その場に膝をつくと仰向けに倒れ、甘え出した。

 

「ご主人様〜、もっと〜!」

「あっ─そこが─とても気持ちいい─ですぅ!」

【よーしヨシヨシヨシ!これが気持ちいいのか!】

 

勝がティアマトとシャドウナイトを撫で回すのに夢中になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな光景を、ブラック達が羨ましそうに眺めている。

そして、さらに後ろにいる冒険者達は、ある感情を抱きながら傍観を続けていた。

 

「(私達は、いったい何を見せ付けられているんだ?)」

 

デュラハンが竜王2人を撫で回す光景を、ただただ邪魔しないように見ているしかできない彼らであった。

 

 




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リアルの事情により、更新遅くなりました。
話が進んだようで進んでない感が半端ない気がするw


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第16話 正妻争い

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─午後六時過ぎ・王都─

 

夕日が沈み始めた、王都の街外れの平地に人集りができていた。

人々の視線の先にある物のは3つ、

 

①鋭い歯がならんだ口を大きく開け、舌をだらりと垂らして横向きに転がっているシャドウナイトドラゴンの生首。

 

②夕日の明かりに負けないほどキラキラ輝く金・銀・財宝の山。

 

③財宝を守るように守護している竜人2人と、財宝の山に寝そべっているデュラハン&デュラハンに上から抱きついてニマニマしているティアマト

 

だった。

 

「すげぇ…なんだよアレ!?」

「昼間見たドラゴンと同じくらいデカいぞ!」

「あのデュラハンが仕留めたらしいぞ。蒼の薔薇のメンバーが言ってたそうだ。」

「あの財宝の山は、あの死んだドラゴンが集めてた物だって聞いたよ!」

「マジかよ…信じられねぇ…」

 

人々がざわざわと騒いでは、後から来た人々に伝えていく。

 

 

 

【はぁ〜…早く皆戻って来ないかなー…】

 

現在、勝とブルーとレッドは、冒険者組合に報告に向かったブラックと蒼の薔薇、他二チームの冒険者達の帰りを待っていた。

依頼達成の報告と『回収物』の報告を伝える必要があったのだが、人間達と会話できない勝とブルーとレッドの3人は付いて行っても無駄なので、『回収物』の見張りとして残ったのだ。

ティアマトは、勝とイチャイチャしたいという強引な理由で残った。

 

【生首と財宝を置いてたら、街の人達が集まって来ちゃったよ…。おまけにティアマトが抱きついてるし…。また、変な噂にならなければいいけど…】

 

シャドウナイトドラゴンを召喚し、宝物庫の石扉を開けさせ、中にあった財宝を確認。

同行していたミスリルとアダマンタイトの冒険者達に、さんざん迷惑をかけた詫びとして、財布がいっぱいになるだけの財宝(金貨)を渡した後、残った財宝とシャドウナイトドラゴンの生首を回収、ブラック達に輸送させ、現在に至る。

 

レッドの蘇生で、身体から頭が生えて生き返ったシャドウナイトドラゴンを召喚契約で魂化させたので、切り飛ばした頭が現場に残っていたのを利用し、ドラゴン討伐の証拠として持ち帰ったのだが、置く場所に困ったため、王都の街外れの平地に、財宝と一緒に置く形になってしまったのだ。

 

昼間の反省を活かし、ティアマトは人間サイズのままにしたのだが、上から抱きついて離れない。

頭の大きな角が邪魔なせいで、添い寝ができないのだ。

大きな胸を、デュラハンの胸に押し付けながら、尻尾をフリフリと動かしている。

 

「ご主人様〜♥この後の予定はどうするのですか〜?」

 

【ん?予定?えーと、墓地の整地をするように命令していたアンデッド達から整地終了の知らせをもらったから、この後特に問題がないなら、整地した場所に拠点を作る予定だよ。】

 

「どんな拠点をつくるのですか?」

 

【ん〜…いくつか候補はあるんだが、決められなくてね。迷ってるんだ。】

 

「ハイハーイ!竜宮城!竜宮城にしましょうよ、ご主人様♥」

【ソレ、ユグドラシルでお前が住処にしてた場所じゃねーかwまあ、一応、拠点製作用のポイポイカプセルの中に竜宮城はあるけどさー…】

 

「私とご主人様の『愛の巣』を作りましょう!そうしましょう!」

 

【ダーメ!絶対ダメ!皆と相談して決めるんだ!というか、竜宮城はバハムートが嫌がると思うぞ?】

 

チッ!…あの炎バカの事なんて気にしなくていいのに…

 

【え?今、なんて言──】

 

「いえ!なんでもありません♥」

【?】

 

「それよりも、ご主人様?拠点製作をする前に聞いておきたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」

 

【何かな?】

 

「その…かなり先の話になるかもしれないのですが、重要な事でもあるので…」

 

【やけに真剣な表情だな。そんなに重要な事か?】

 

「はい!それは…そ・れ・は・!」

 

【それは?】

 

「か、仮の話ですよ?私とご主人様が、こ…こ!」

 

【こ?】

 

子作りして赤ちゃんを産んだときに、赤ちゃんが安全に暮らせる住処にするべきだと思うのです!」

 

【こ、子作りって、お前…気が早くないか?まぁ、将来的な考えの1つとしては、一理あるが…】

 

「バハムートは、住処は火山が良いとか言うに決まっています!しかしですよ?産まれた赤ちゃんが溶岩に落ちて火傷したりするかもしれません!雪山や毒沼も然りです!ですが竜宮城なら、地表に作れば溺れる事もありませんし、城壁に囲まれているので赤ちゃんが逃げる心配もない!一石二鳥なんですよ!」

 

【それを言うなら、地下洞窟や古代遺跡、古城なんかでも条件に当てはまるぞ?】

 

「ぐぬぬっ…あ!アレです!拠点にはご主人様も住むのでしょう?なら、暗い洞窟や古ぼけた遺跡やサビれた古城だと、ご主人様の品位が上がりません!立派な装飾!豪華な家具!人間の王城にも負けない広い土地!それらも必要かと思いますよ?」

 

【う〜む…確かにそうかもしれないが…そんな立派な建物を『人間の王城の真後ろ』に建てていいのか?王族や貴族達から文句言われそうなんだが…】

 

「よし。そいつ等全員ぶっ殺す。」

 

【やめろ!マジで!お前が言うとシャレにならないんだよ!】

 

「てへっ♪」

【はぁ〜…早く皆帰ってきてく──】

 

そう言いながら、ティアマトから視線を外し、視線を真上に向けた時─

ブラックが、しゃがんだポーズで側に居た。

ちょうど股の所をローアングルからアップで見る形になってしまっていた。

 

【うおっ!?ブラック!?いつの間に戻って来てたんだ!?】

 

勝が慌てて身体を起こす。

 

「はい。ティアマト様の『子作りして─』のあたりから、帰って来てました。かなり将来的なお話をしていらっしゃったようで─」

 

【ま、待て!誤解だ、ブラック!子作りはあくまで、仮の話で─】

 

「わかっております。ティアマト様のお戯れに、お付き合いなさっていただけですよね?」

 

【そ、そうだ!よかった、誤解が解け─】

 

「あら?私は真剣に子作りするつもりで、相談していたけどぉ〜?」

 

【ちょっ!?ティアマト!?掘り返さないでく─】

 

「ティアマト様。いくら竜王(ドラゴンロード)である貴方様でも、順番くらいは守って下さい。貴方様は4番目の妻なんですから。」

 

【ブラック!?どうしたお前!?いつもと雰囲気が違っ──】

 

「はぁああぁぁ!?いい度胸してんじゃない小娘が!私と張り合うつもりぃぃ!?」

 

「ご主人様の正式な正妻は私達なんです。押し掛け女房のティアマト様は下がっていて下さい。」

 

「ムキィィィィ!!小娘の分際でぇ!アンタがご主人様のお気に入りじゃなかったら、血祭りにしているところよ!?」

 

「ご主人様に気に入られてない時点ですでに敗北してると思いますが、ナ・ニ・カ・?

 

「キィィイィィィ!!!!オニョレェェエエ工!!!!」

 

ティアマトとブラックの醜い正妻合戦が始まる。

二人とも両手を合わせ、勝を挟んでグギギッと押し合いをしている。

 

【あー…思い出したー。確か、ブラックの設定に、

 

『自分が主人の正妻であり、1番愛されていると疑わない。だが、浮気は許す。』

 

とか、

 

『妹達には優しいが、主人に寄り付いて正妻の座を奪いにくる女には、どんな相手でもとことん張り合う。だが、自分が1番の妻なら一夫多妻でも平気。』

 

とか書いてあった気がする。この辺の設定、確かタブラさんが書いたんだよなぁ…。ギャップ萌え好きのあの人らしい設定だけど、めんどくせぇ設定にし過ぎでしょ!】

 

勝を挟みながらギャーギャーと言い合う二人を、やれやれといった感じで、ブルーとレッドがため息をついて見ている。

 

「だったらこうしましょう?どっちが1番、ご主人様を気持ち良くできるか。これで決めない?」

 

「残念ですがティアマト様、私はすでにご主人様とお風呂で洗いっこした関係なんです。ご主人様がドコをどうすれば気持ち良くなるか、既に知ってるんです。」

 

なん……だと……!?チッ!なら、拠点製作にお風呂を追加して、私もご主人様と二人っきりで…!」

 

「そうはさせませんよ?どうせ、皆で仲良く入る形になるかと思いますが?」

 

「ぐぬぬぅ〜!!」

 

勝が、2人の言い合いに口を出さずに聞いていると、街の方からゾロゾロと誰かがやってきている事に気付く。

 

【お!あれはガゼフ戦士長じゃん。それに、蒼の薔薇と…あれは確か、レエブン侯だったかな?】

 

「勝殿〜。報告があるのだがー!ちょっとよいかー?」

 

ガゼフ戦士長に呼ばれたので移動しようとすると、ティアマトとブラックが勝の腕掴み、組んだまま付いてくる。

仕方なく、そのまま移動し、ガゼフ戦士長達の前まで移動する。

 

「勝殿。実は、国王陛下からの報告で──」

「じゃあ、これは?ご主人様と子作りして、どっちがたくさん卵を産むか。これで決めましょう。」

「──今回のドラゴン討伐の成果を讃え、明日──」

「わかりました。まぁ、私の方がご主人様と子作りする回数が多くなると思うので、たくさん、たーくさん!産むと思いますが!」

「──アダマンタイトのプレートの授与式を行う予定──」

「私がたくさん産むの!」

「いえ、私です!」

「私よ!」

 

 

【お前ら、黙れぇぇ!!】

 

 

勝が、ティアマトとブラックにゲンコツをかまし、黙らせる。

 

「アダッ!?」

「痛ぁ〜〜い!?」

 

2人が頭を押さえながら、しゃがみこむ。

勝が、どうぞどうぞ、というジェスチャーをして、ガゼフに会話の続きをするよう促す。

 

「あー…ありがとう、勝殿。」

 

ガゼフ戦士長が礼を言う。

蒼の薔薇が苦笑いを浮かべ、レエブン侯が不安そうな顔をする。

 

「では、改めて…今回の依頼達成の際に、ドラゴンを討伐し、アダマンタイトを含めた冒険者チーム3つを助けた功績を讃え、勝殿達にアダマンタイトのプレートを授与する式を明日行う事を、国王陛下がお決めになられた、という事を伝えに来た。凄いな勝殿!冒険者活動初日にアダマンタイト級の資格を手に入れるとは!」

 

ガゼフを含めた他の皆が拍手をする。

 

【ウソ!?アダマンタイトだって!?マジかよw】

 

勝が嬉しさのあまり、しゃがんで頭を押さえていたブラックとティアマトの腰に手を回し、持ち上げてクルクルと回りだす。

 

【イヤッッホォォォオオォオウ!!╰(‘ω’ )╯】

「ぅーー目が回りますぅー!」

「イャ───(*ノдノ)───ン♥」

 

勝が喜んでいる事が伝わったのか、ガゼフと蒼の薔薇のメンバー達の顔が笑顔になる。

 

「それでだ、勝殿。本来であれば、昇格試験のような事を行って冒険者のランクを上げるのが普通なのだが、ラナー王女の計らいでオリハルコンのプレートを事前に渡しておく事になった。理由は、異形種で構成された冒険者チームが、ミスリルからアダマンタイトに上がる事が異例すぎて問題になるかもしれないから、という理由だ。授与式の時に、これを付けて来て欲しい。」

 

オリハルコンのプレート4つが渡される。

勝がお辞儀をしながら受け取る。

 

【ブルー、レッド、受け取れぇ!】

 

勝がプレート2つを二人に投げ渡す。

ブルーとレッドが華麗にキャッチする。

 

【ソレ、今着けてるミスリルのプレートと入れ替えといて!】

「「ガウガウ!(了解!)」」

 

【さて、ブラック。お前にも──】

 

勝がブラックにプレートを渡そうとすると、ティアマトが奪おうと手を伸ばしてくる。

 

「ご主人様ぁ〜♥私もドラゴン討伐に協力したので、プレート下さいぃー!」

 

「なっ!?ティアマト様!貴方様は冒険者組合にメンバー登録していませんから、貴方様のプレートはありませんよ!だいたい、討伐したのではなくて、シャドウナイトドラゴンを脅しただけじゃないですか!」

 

「何よ!アンタなんか、ただ見てただけでしょう!1番頑張ったのは私よ!ワ・タ・シ・!

 

【あーもう!どっちもうるさい!なら、今からこのプレート投げるから、先に拾った方が勝ちな!】

 

「スピード勝負ですか!足の速さなら負けませんよ!」

 

「あら?竜王(ドラゴンロード)である、私の身体能力を舐めないで欲しいわね。」

 

【よーし…行くぞ?ソレ!】

 

勝がブンッ!と、プレートを投げる。

ブラックとティアマトがもの凄い速さで走りだす。

が…

 

「む?あれは…」

 

ブラックが何かに気付いたのか、足を止める。

 

「フハハハハハ!どうしたのブラック!私の方が速くて負けを認めたの?プレートは頂きよ!」

 

ティアマトがプレートめがけて猛ダッシュする。

 

「プレート、私が頂いたわ!」

 

ティアマトがプレートを掴んだのを確認した直後、勝が叫ぶ。

 

【ブラック!コッチだ!ホラ、これ!】

 

勝が手の平の上からオリハルコンのプレートを見せる。

ブラックが再び猛ダッシュで走り、受け取る。

 

「しゃぁぁぁあ!プレートGETォォォ!」

 

ブラックがガッツポーズしながら勝ち誇る。

 

「ウソォ!?じゃあ、コッチは!?」

 

ティアマトが、掴んだプレートを確認する。

それは、勝のミスリルのプレートだった。

 

「だ、騙されたぁぁー!?」

「ザマァァwwwアーハッハッハッwww」

 

ブラックが、ティアマトを指さしながら笑っている。

ティアマトが悔しがる。

 

「そんなー!?ご主人様!酷いですーぅ!」

 

【許せ、ティアマト。かわりに、それやるから。】

 

その場で身体を崩し、びえーん!と泣きじゃくるティアマト。

 

【ブラック、スマンが代弁役頼む。】

 

「はい!あ、皆さん。アチラで泣いている痴女はほっといて下さい。」

 

ブラックが、人間達の方を見ながら容赦ない事を言う。

 

【(女の戦いって、怖いなぁ〜…)】

 

ブラックの変貌ブリには、ブラック自身の設定が大きく関係している、という事は確かだ。

だが、それだけでなく、ブラックのドラゴン族としての本能も関係していると、勝は予想する。

 

何故なら、ブラック・ドラゴンはおそらく最も悪意に満ちたクロマティック・ドラゴン(色彩竜)だからだ。

レッド・ドラゴンの方が気性が荒いかもしれない。

欺きと支配に関してはグリーン・ドラゴンの方が野心家かもしれない。

だがブラック・ドラゴンほど残酷なドラゴンは他にほとんどいない。

 

ドラゴンは、基本本能として財宝を欲しがり、財宝を守る習性があるのだが、ブラック・ドラゴンは特にそれらが色濃くでる。

自分の所有する財宝を、他のドラゴンや生き物が盗んだ場合は、必ず取り返そうとする。

また、自分の財宝を、他のドラゴンや生き物から死守しようとする。

例え、相手が格上の相手だったとしてもだ。

ブラックが、主人である勝を財宝のように大切に思っているのなら、押し掛け女房のティアマトから守ろうとするのも頷ける。

 

「勝殿、後1つよろしいか?」

 

「なんだ?戦士長。」

 

「勝殿に…その…失礼を承知して、お願いがある。」

 

そう言うと、ガゼフ戦士長が1歩下がり、レエブン侯が咳払いしながら前に出てくる。

 

「では、ここからは私がお話します。勝さん…でよろしかったですね?貴方様に、今回の『回収物』である財宝の件でお願いしたい事があり、相談に来ました。」

 

「相談とは?」

 

「大変申し訳にくいのですが、財宝の『半分』を国に『寄付』して頂きたいのです。」

 

【寄付か…。(-_-)ウーム…】

 

「ドラゴンである我らに、財宝を寄越せと!?そう言うのか人間!いい度胸だ!死にたいらし──」

 

【だ・ま・れ・!】

「アタタッ!?」

 

勝が、レエブン侯に向かって怒鳴っていたブラックに、ビシビシとチョップをかまし、黙らせる。

レエブン侯がホッとしている。

勝が再び考える仕草をしていたが、しばらくすると、ブラックに向かって何か伝える。

 

「え!?硬貨の2/3を人間に寄付するのですか!?」

 

その言葉に、人間達が驚く。

半分どころか、さらにちょっと多く寄付してくれたからだ。

 

勝がさらにブラックに何か伝える。

ブラックが頷きながら、勝の言葉を受け取る。

 

「財宝の件について、ご主人様はこうおっしゃっている。」

 

①財宝の中にある、硬貨の2/3を王国に寄付。残りは、勝達が所属する組織、アインズ・ウール・ゴウンの活動資金にする予定。

 

②財宝の中にある、武具、王冠(クラウン)、ティアラ、イヤリング、ネックレス、ブレスレット、アンクレット、ペンダント、ブローチ、指輪(リング)、仮面(マスク)、鏡(ミラー)、香水(パフューム)、お守り(アミュレット)、護符(タリスマン)、印章(シール)などの、『身体に身に着ける』可能性があるものに関しては、竜王(ドラゴンロード)達が調査&査定を行い、竜王(ドラゴンロード)達が『安全&要らない』と判断した物だけ寄付する。

 

③その他宝石、芸術品、マジックアイテムなどは、勝と竜王(ドラゴンロード)達の気分次第。

 

という、3つである。

 

「何故、そのような判断をしたのか、理由をきいても?」

 

「危険物がないか、調査するためだそうだ。」

 

ひとくちに財宝と言っても、ドラゴンの財宝は別格である。

ドラゴンの好み次第で財宝の中身が変わるからだ。

 

財宝と言えば、銅貨、銀貨、金貨といった貨幣の山を想像するだろうが、それだけではない。

うずたかく積み上げられた硬貨の山に混ざるように、きらきらと光る宝石や魔法のアイテムなどがチラホラ入っていたりする。

ドラゴンの好み次第では、食器や絵なども財宝扱いになる。

 

しかし、それら財宝が全て『安全』とは限らない。いわゆる『呪われた』物や『後遺症』を与える物もあったりするのだ。

 

万が一、勝達が寄付した財宝の中に危険な物があった場合、勝達が仕込んで『暗殺』を目論んだと疑われる可能性があるからだ。

 

「という訳なのだが、異論はあるか?」

 

「いえ、ありません。財宝を寄付していただけるだけでも、我々はありがたいので。」

 

「なら、話はまとまったな。我々が今から財宝を分別する。硬貨を入れる袋でも持ってくるがいい。」

 

「了解した。本当に感謝する。勝殿。」

 

「あ!レエブン侯爵と戦士長に1つ、ご主人様からお願いがあるそうだ。」

 

「なんでしょうか?」

「何かな?勝殿。」

 

「スレイン法国に襲撃されたカルネ村や近隣の村々に、援助金を持っていきたいと、ご主人様がおっしゃっている。」

 

「おお!本当か、勝殿!」

 

「しかし、大量の金貨をいきなり渡されたら、カルネ村の人々が怪しんで受け取りを拒否する可能性もある。そこで、『国からの正式な援助金』という事にしたいので、国王陛下に書文を書いて頂きたいのだが、頼めるだろうか?」

 

「そう言う理由なら、国王陛下も賛成して下さるかと。」

 

「では、よろしく頼む。」

 

 

 

 

【さて。いよいよ拠点製作ができるぞー!】

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

 

 

「ソリュシャンお嬢様、シャルティアお嬢様、馬車の用意ができました。」

「上出来よ、セバス。では、『護衛』と『メイド』を呼んできてちょうだい。」

「畏まりました。席の場所は、いかがなさいますか?」

「私達が、『護衛』と『メイド』の隣に座るなど、『ありえると思う』でありんすか?」

「では、私が座りましょう。『護衛』の方も、私であれば大丈夫かと。」

「ええ。それと、『例の男』が盗賊団に関わりがあるようなので、場合によっては、『殺戮』が起きる事も『護衛』と『メイド』に伝えておきなさい。」

「畏まりました。」

「フフ。アインズ様のご希望どおり、人間の死体の回収ができれば良いのでありんすがねぇ…」

 

 



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第17話 竜王と拠点と真実

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─王城裏・元共同墓地─

 

【おおー!綺麗に整地されてる!】

 

アンデッド達の頑張りにより、共同墓地は平地に変わっていた。

墓石は撤去され、埋まっていた棺桶と遺骨は、屍収集家(コープスコレクター)腐肉漁り(ガスト)が処分してくれていた。

どう処分したのかは気になるが、考えても時間の無駄のような気がしたのでやめる事にした。

 

【さてさて、竜王(ドラゴンロード)達を呼び出すか。ティアマトの話だと、他の竜王(ドラゴンロード)達も人型形態に変身でるんだよね?】

 

「はい。私と同じように、人間と同じくらいの大きさの人型形態に変身できます。召喚時に『命令』すれば、人型形態で召喚できますよ。」

 

【それ…王都でお前らを召喚する前に聞いておきたかったよ…】

 

知っていたら、最初から人型形態で召喚していた。あわよくば、竜王(ドラゴンロード)達も冒険者登録させて、一緒に冒険者活動をさせていたかもしれない。

 

【よし。人型形態で来い!竜王(ドラゴンロード)達!】

 

いつものように超位魔法を唱え、竜王(ドラゴンロード)達を召喚する。

 

目の前に、ティアマト以外の竜王(ドラゴンロード)達が人型形態で召喚に応じて現れる。

 

が、勝ですら予想していなかった現象が起こる。

 

勝は今まで、ティアマト以外の竜王(ドラゴンロード)達は、全員()だと思っていたのだ。

何故なら、ティアマト以外は全員、男性のような声だったからだ。

しかし、召喚に応じて現れた人型形態の竜王(ドラゴンロード)達の内、何人かには()が交じっている。

 

雄雌(男女)の共通点として、

 

身長は約2㍍20㌢

手足の構造はブラック達やシャドウナイトとほぼ同じ。

 

しかし、肝心のボディ部分の衣装やカラーリングが違う。

 

勝は驚きつつも、雄雌(男女)に分けて自己紹介させる。

名前を確認し、人型形態の特徴を調べていく。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

まずは、(男性)側から。

 

共通点として、

肩、胸、太ももの衣装(鱗)が騎士を思わせる鎧のような形になっている。

それに、皆ムキムキボディであり、鍛え抜かれた腹筋を見せつけるかのように、腹筋部分が露出している。

そして何より、イケメンばかりである。

顔の部分は、セバスと同じように人間の顔つきであり、20代後半30代前半の年齢を思わせるイケメンである。

目の色が鱗と同じで、髪の長さは、皆短髪。

ブラック達と同じように頭に角がある。

が、本人達曰く、角や鱗などは隠せるとのこと。

簡単に言えば、セバスと同じように人間のフリができるらしい。

 

 

こんな騎士風のマッチョボディイケメン達がズラリと並ぶと、通り過ぎる女性達からの注目がヤバイ事になるだろうと、勝は思った。

 

アンデッドである自分ですら、、

こんなムキムキボディのイケメンに声を掛けられたら、『一瞬で惚れてコロッと堕ちちゃう』、

と『少し』思った。

そう、『少し』だけ。

 

 

 

①無の竜王・ファフニール

 

肌の色は、日本人風の肌色。

髪の色は、白髪。

鱗の色は、灰色。

 

②火の竜王・バハムート

 

肌の色は、日焼けしたような小麦色。

髪の色は、生え際が黄色。毛の先が真紅。

鱗の色は、真紅。

 

③土の竜王・ナーガ

 

肌の色は、黒人風。

髪の色は、茶髪。

鱗の色も、茶色。

 

④毒の竜王・リヴァイアサン

 

肌の色は、褐色。

髪の色は、黄緑。

鱗の色も、黄緑。

 

⑤雷の竜王・青龍&黄龍

 

双子で顔つきも瓜二つ。

肌の色は、日本人風の肌色。

髪の色は、金髪。

鱗の色は、青色。

 

⑥闇の竜王・ウロボロス

 

肌の色は、白人。

髪の色は、紫。

鱗の色も、紫。

 

計7名である。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

次に(女性)側。

 

基本的には、ブラック達とほぼ同じ格好である。

スク水のようなレオタードのような姿(鱗)をしている。

が、胸の大きさが少し違う。

 

後ろ姿が半端なくエロい。(主に尻。)

そして美人美女だらけである。

彼女達も人間のフリが可能らしい。

 

彼女達が冒険者組合に立ち並べば、スケベ野郎達が群がってくる事間違いなし!

と、自信を持って言える。

 

 

 

①水の竜王・ティアマト

 

肌の色は、日本人風の肌色。

髪の色は、水色の長髪。

鱗の色も、水色。

1番胸がデカい(Jカップ)

 

②光の竜王・神竜(ゴッドドラゴン)

 

肌の色は、白人。

髪の色は、金髪の長髪。

鱗の色は、白と金の入り交じった色。

2番目に胸がデカい(Hカップ)

 

③風の竜王・ヤマタノオロチ

 

肌の色は、日本人風の肌色。

髪の色は、緑のショートヘアにポニーテール。

鱗の色も、緑。

3番目に胸が大きい(Gカップ)

 

本人曰く、8人に分身可能。(頭のせい?)

 

④雪の竜王・白竜

 

肌の色は、白人。

髪の色は、白の長髪。

鱗の色も、白。

4番目(Fカップ※ブルーとレッドと同じ。)

 

⑤影の竜王・影夜竜(シャドウナイトドラゴン)

 

肌の色は、褐色。

髪の色は、黒の長髪。

鱗の色は、こげ茶色。

5番目(Eカップ)

 

計5名である。

 

 

 

(※オマケ)

 

身長も胸も1番小さい竜・ブラック

身長170cm。

肌の色は、日本人風の肌色。

髪の色は、黒の長髪でツインテール。

鱗の色は、黒。

胸の大きさは、

見事な最下位(Dカップ!)

 

「何故、私を紹介に交ぜたんですか!?」

【ノリで(笑)】

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

人型形態の竜王(ドラゴンロード)達の自己紹介と特徴を確認し終わった勝は、ファフニールに近づくと、ムキムキの腹筋を突っつく。

鍛え抜かれた筋肉は、なんとなく触りたくなる。

 

【うわぁ〜…すげー。】

 

「私の自慢の『ドラゴン筋』の触り心地はどうですか?我が主人よ。」

 

【ド、ドラゴン筋!?……あー、このムキムキボディは、ドラゴンの筋力を人間形態でわかりやすくした感じのやつなのか。】

 

「いかにも。まぁ、バハムートの方がもっと凄いかもしれませんが…」

 

ファフニールの言葉を聞いて、バハムートの方を見る。

チラッチラッと、バハムートがコチラを伺いながら、筋肉をピクピクさせてアピールしている。

 

他の()達も勝にピクピクアピールをさり気なくしている。

 

いや、バレバレだよ、お前ら!そんなに筋肉アピールしなくていいから!どんだけ自慢したいんだ!

 

【いや、まぁ、うん。みんな凄い筋肉だよ。私の身体よりも。】

 

仮初の身体、ゲームのアバターで作られたデュラハンの肉体である、自分の身体と見比べる。

 

【私の肉体なんて、お前達の筋肉の前では自慢にもならないなぁ…】

 

軍服の上着をめくって自分の身体を確認する。

腹筋こそ割れてはいるが、所詮は細マッチョ。

ゲーム世界で真剣に鍛えたわけでもない肉体は、ゲームを始めた時に作成した時の状態設定のままだ。

ドラゴン筋なるムキムキボディにはかなわない。

 

が…()達からすれば違うらしい。

 

「何をおっしゃいますか!ご主人様の身体こそ、最高の玉体です!」

「我が主人の引き締まったお体こそ、我らの好む肉体なのです。」

「あんな分厚いだけの筋肉なんぞ、飾りみたいなものですから。」

「暑苦しくない、冷たいアンデッドの主人の身体は、寒さを好む私にとって、最高の相性。」

「私をあっさりと殺せる御方の身体なのですから、見た目ではわからない凄い肉体なのだと、思っております!」

 

()の竜王達がベタ褒めしてくる。

人型形態になった彼女達の声は、ドラゴン時の男性声ではなくなり、ちゃんとした女性の声に変わっている。

 

最高の玉体!?

いやいやいやいや!そんなに褒められた肉体じゃないよ!?というか、ファフニール達が悲しい顔しながら筋肉アピール止め出したから!そんなに悪く言わないであげて!あれはアレで良い肉体だから!

 

【そ、そうか?まぁ、竜王達はみんな私より身体がデカいから、私の体が細く見えてるだけ…とかかもしれないな。】

 

くそぉぉぉ!

何故見栄を張った私ぃぃ!

そのままファフニール達の肉体を褒めてあげて、元気づける流れにするところだろう!

なんで、『同じ体格なら、自分の肉体も負けてない!』みたいな感じにしたんだ私ぃぃ!

いや、まだだ!まだフォローできる!

 

【いや、逆かな?私の身体が小さいから、ファフニール達の肉体が太く見えているのかもな。】

 

「いえ、我が主人の肉体が素晴らしいのは事実です。我々の肉体なんぞ、ただ太いだけの筋肉にすぎません。主人のような、しなやかで柔軟で…それでいて我らを組み伏せる筋力と、我らの鱗の装甲すら貫く剛力を発揮できる肉体を、我らは羨ましく思います!」

 

結局お前達も褒めるのかよー!

フォローするどころか、逆にフォローされちゃったよ!

というか、こんな褒め方されて、実際は大したことなかったらどうすんの!?

 

我らを組み伏せる筋力?

どう見てもお前達のほうが筋力上でしょ!?

 

我らの装甲すら貫く剛力?

そんなパワーねぇよ!ドラゴンと張り合える筋力持ったアンデッドとかいないから!

 

【いやいやw流石に褒めすぎだぞ、お前達。アンデッドである私が、私よりデカいお前達を持ち上げたりとかできないって。ほら、試しにファフニールを持ってみても、持ち上がらな──】

 

軽い気持ちで、ファフニールの腰に手を伸ばし、持ち上げてみたところ、あっさり持ち上がる。

 

「うおっ!?主人よ!凄い力ですね!私をあっさり持ち上げるとは!やはり、我が主人は凄い御方だ!」

 

え?嘘でしょ?普通に軽いんですけど…。

ファフニールさん、中身入ってます?

実は空洞?ハリボテかなんかですか?

 

「流石がご主人様!その力こそ、私達竜王(ドラゴンロード)を支配し従えさせ、私達の頂点に君臨するのにふさわしいという証拠にほかなりません!」

 

ヤバイ。何かすればするほど評価が上がっていく!

これは、さっさと話題を変えてしまわねば!

ひとまず、ファフニールを降ろそう。

 

【そ、そうか。お前達がそう言うなら、そうなのだろうな!ハハハ!おっと。すっかり夢中になってしまった。そろそろ、拠点製作の話に移らないか?暗くなる前に拠点を設置したいんだが。】

 

「そう言えば、そうでしたな。それで、どのような拠点にするのです?」

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

─王城内─

 

「ラナー様の機転により、寄付金の話がスムーズに済んで良かったです。あのドラゴン娘が怒って向かって来たときは焦りましたが…。」

 

「勝殿のドラゴン討伐と回収物である財宝の一件の報告を聞くなり、寄付金とアダマンタイトのプレートの授与式の立案をなさるとは…。」

 

「先に、プレートの話をふって様子を伺い、喜んでいるようなら寄付金の話をすれば、向こうも断ったりはしないでしょう…って言ってたけど、本当にラナーの言う通りになったわね。」

 

レエブン侯、ガゼフ、ラキュースが歩きながら会話している。

ラキュースは貴族令嬢の立場でもあり、ラナーとは友達なので、王城内を堂々と歩ける。

 

「王国はただでさえ、帝国との小競り合いで疲弊してますからね。我が国の穀物の収穫を帝国が邪魔するせいで、税は上がり国民達は苦しむ一方。それに対して、貴族派閥は私腹を肥やす政策ばかり…。噂では、王国の裏組織『八本指』も関わっているとか。おかげで王派閥の政策資金は貴族派閥の根回しで不足しがちです。今回の財宝を寄付していただけたのは、我々にとって非常に助かる事でした。予定していた額より多く貰えたのは予想外でしたが、ラナー様はお喜びになるでしょう。」

 

「勝殿は優しい御仁だからな。カルネ村とカルネ村の近隣の村々に援助金を送りたい、とまで言い出すとは。」

 

「正確には『義援金』と言うべきでしょうが、まさか辺境の村の事まで気にかける異形種がいるとは…私は思いもしませんでした。アインドラ様はどうでしたか?」

 

「私も驚いたし、驚かされっぱなしだったわ。」

 

「そう言えば、ラキュース殿は勝殿と一緒に依頼に同行したのだったな。ドラゴン討伐の様子を聞きたいのだが…。」

 

「難しい質問ね…。私達の常識を超える強さを持った人物、としか言えないわ。たぶんだけど、私達『蒼の薔薇』とあの異形種チームでは、比べものにならない程の差があるわ。」

 

「やはり、か。私も、陽光聖典との戦いの際には、同じ気持ちだった。勝殿に勝てる人物など…この世に存在しないのでは…とさえ思ってしまった。」

 

「そんなに凄いのですか!?あの異形種チームは。」

 

「私達のメンバーの1人、イビルアイが言っていたのだけれど、

『アレは、世界を滅ぼすか、あるいは世界を支配できる力を持っているにもかかわらす、肝心のデュラハンにはその気が全くない。』

という事を言っていたわ。実際、勝さんの様子を伺っていたけど、優しい異形種なのは間違いないわね。」

 

「その根拠は?」

 

「だって、王国戦士長様の説教は真面目に聞くし、私の仲間の説教だって真面目に聞くのよ。オマケに、一般の冒険者達にアンデッドと間違われてボコボコにされても反撃さえしないのよ。アンデッドは生者を憎むって聞くけど、ドラゴンに殺された冒険者達を生き返らせるし、財宝も分けてくれるし。アンデッドの法則から、良い意味で逸脱しすぎてるのよ。」

 

「生前が人間だったという情報もありますし、人間の心を持ったままアンデッドになった、という可能性もありえるのでしょうか?」

 

「勝さんはいろいろ秘密が多すぎるのよねー。聞き出そうにも、組織として活動している忍者のブラックちゃんが上手く隠しちゃうのよね。勝さん自身が話せる人物だったら、本人と個人的に話ができたのだけれど。」

 

「私もラキュース殿と同じ気持ちだ。…と、レエブン侯、そろそろ国王陛下に『例の書文』の件の話を…。」

 

「そうでしたな。では、アインドラ様。我々はこれで。」

 

「ええ。私も、ラナーに報告しなきゃいけないしね。じゃあ、また。」

 

 

───────────────────

 

 

【話し合いの結果、拠点は闘技場(コロッセウム)に決定しました!】

 

「「「「おおー!」」」」

 

竜王達とブラック達が拍手する。

 

全員の意見を参考に、条件に1番合うのが闘技場(コロッセウム)になった。

試合場は頑丈な作りなので、ドラゴン達が暴れても安心である。

それに、武器庫に食堂、会議室に来賓用の部屋まであるので、客人をもてなす事もできる。

 

ドラゴン達の勇姿を見ながら会食…実に良い!

(まぁ、頭がない私は食事ができないけどな!)

 

【では、設置するぞー。ソレ!】

 

ポイポイカプセルを投げ、元共同墓地だった場所に闘技場(コロッセウム)が設置される。

 

とは言っても、与えられた土地の面積はせいぜいそこそこ。設置された闘技場(コロッセウム)の大きさは、目の前の王城より圧倒的に小さい。

だが、闘技場(コロッセウム)内部は、魔法の効果で空間をいじることが可能であり、見た目よりもはるかに広くできる。

 

【よし。では、お前達はしばらく待っててくれないか ?】

 

「何故です?ご主人様。」

 

【今から、闘技場(コロッセウム)内部を

金銀財宝で埋め尽くす

からだ!】

 

「埋め尽くす…ですか!?」

 

【例えばだ。闘技場(コロッセウム)と言えば、どんな建物を想像する?】

 

「えーと…まず丸い形ですね。中央に砂が敷き詰められた試合場があって─」

 

「それを囲むように高い壁があり、壁の上に観客席がズラリと並ぶ感じが一般的ね。」

 

「試合場を囲む壁の向こうは、闘う戦士達の控え室や武器庫、猛獣の檻に奴隷部屋、あとは王族などが利用する豪華な部屋と観覧席じゃな。」

 

【そうそう!それそれ!まず始めに、試合場の砂を撤去し、砂金あるいは金貨を敷き詰める!宝石を交ぜるのもアリかな?】

 

「砂金や金貨の試合場…素晴らしいですね。」

 

ドラゴン達が頭の中で想像し、うっとりする。

 

【次に、試合場の壁周辺に、財宝の山を作り、観客席も宝石や財宝だらけにする!まるで、上から金貨や宝石達が零れ落ちてるかのように!】

 

「しかし、ご主人様!肝心の金貨や財宝はどうするのです?」

 

【そんなの、『貯金箱』を叩き割るに決まってるじゃん。】

 

「貯金箱!?」

 

【あ。そっか。『アレ』を『貯金箱』って呼んでるの、私だけか。まぁ、とりあえず待ってて!20分くらいすれば、敷き詰め作業終わるから。それまで、シャドウナイトの財宝の鑑定でもしてて。】

 

そう言うと、勝が闘技場(コロッセウム)の中に入っていく。

 

「ご主人が何をするか気になるが、待っていても仕方ない。言われた通り、鑑定をしておこう。」

 

ドラゴン達は、言われた通り、シャドウナイトの財宝の鑑定を始める。

竜王(ドラゴンロード)クラスともなれば、宝石等の財宝の価値を一瞬で見分ける事など容易である。

ましてや、強欲を極めたティアマトなどの竜王(ドラゴンロード)達の手に掛かれば、鑑定の魔法すら使わずに、本物偽物の区別を一瞬でやってのけれる。

 

全員が財宝の山を囲み、一つ一つ鑑定していく。

価値ある物、そうでない物に分けていく。

次に、必要な物か必要じゃない物か、判断して分けていく。

 

「ちょっと、シャドウナイト!コレ、アメジストの宝石かと思ったら、ただのガラス細工じゃない!」

「こっちのティアラのルビーも偽物じゃな。価値無しじゃ!」

「この高級そうな香水、入れ物のガラスに色が塗ってあるだけで、中身がただの水ですね…」

「このイヤリングの真珠、よく見たらただの白いビー玉だぞ!?」

「この金のインゴット、鉄のインゴットに金箔貼ったパチモンでした!」

「アンタ、どんな目してたら、こんなガラクタ拾ってくるのよ!?」

 

意外にも、シャドウナイトが集めていた硬貨以外の財宝は、偽物などのガラクタが多かった。

竜王達が次々に文句を言う。

 

「スミマセン!私、キラキラした物なら何でも良いという価値観でして…」

 

「「お前はカラスか!!」」

 

シャドウナイトの答えに、竜王(ドラゴンロード)達が一斉にツッコム。

シャドウナイトがしょぼん、とした顔になる。

 

「なるほど。ようやくわかったわ…」

 

「何がじゃ?ティアマト。」

 

「ご主人様が人間達に硬貨だけ先に渡した理由よ!おそらくだけど、ご主人様は硬貨以外の財宝のほとんどがガラクタだってわかっていたのよ!私とイチャつくフリをしながら、こっそり財宝を確認していたに違いないわ!」

 

「なんと!?そうなのか!?」

 

「たぶんね。だから、『安全か確かめる』とか言って鑑定を理由に引き渡しを遅らせたのよ!偽物を渡して、人間達から文句を言われるのを避けるために!」

 

「そう言えば、財宝に寝転がりながら、ご主人様がため息をついてましたね。アレは、財宝のほとんどが偽物とわかって落胆し、気分が乗らなくて退屈な状態で私達の帰りを待っていたのかもしれませんね。」

 

「やっぱりね!私とブラックちゃんが喧嘩してるときも、人間達がやって来るまでは黙って静かにしてたし。子作りの話を振ったときも、あんまり興奮してくれなかったし!」

 

「それは、単純にご主人様がアンデッドで性欲がなかっただけかと…。」

 

「「「うんうん。」」」

 

ティアマト以外の全員が頷く。

 

「それは…そうかもしれないけど──」

 

ティアマトが何か言おうとした時、勝が闘技場(コロッセウム)から出てくる。

 

【敷き詰め作業終わったよ〜。そっちはどう?鑑定終わった?】

 

「後少しで終わります。ご主人様。」

 

勝が、分別された財宝の状況を見る。

 

どれどれ〜?ふむふむ。

綺麗に置いてある物が、価値があるヤツか?

乱雑に置いてある物が、価値がないか、人間達に寄付しても良い物なのかな?

私には、財宝の目利き能力なんて、あんまりないからね。ドラゴン達に任せたほうが、早く済むし。

 

そんな事を考えながら見ていると、ファフニールが尋ねてくる。

 

「我が主人よ。主人から見て、何か気になる物はありますか?」

 

【気になる物〜?どれどれ。】

 

勝が、まだ未鑑定の財宝を見る。

勝自身は、宝石の種類を見分ける知識はあっても、その宝石の価値まで判断できる技量はない。王冠などのアクセサリーも同様だ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ユグドラシルでは、アイテムのランクを見て、そのアイテムの価値を判断するのが普通だった。

 

ランクは最下級から始まり、

下級、

中級、

上級、

最上級、

遺産級(レガシー)

聖遺物級(レリック)

伝説級(レジェンド)

神器級(ゴッズ)

 

と九つに区分される。

これらは、ダンジョン内での入手やイベントの報酬、敵からのドロップ品等で入手できる。

また、自分で作成する事でも入手可能である。

 

しかし、神器級(ゴッズ)アイテムだけは別格である。

神器級(ゴッズ)アイテムを作るとなると、ハイレアドロップ品と呼ばれるデータクリスタルが複数必要となる。さらに器を作るのに超がつくほどの希少金属が必要となる。そのために100レベルになっても神器級(ゴッズ)アイテムを一つも持っていないプレイヤーも珍しくはない。

 

 

余談ではあるが…

 

現状、ユグドラシル(ゲーム)を長期間プレイしていた勝自身も、神器級(ゴッズ)アイテムの『装備品』は片手で数える程度の数しか入手できてない。

 

しかも、それらを全て『身に着けていない』。

なぜなら、手にいれた神器級(ゴッズ)アイテムの装備品は、ほとんどブラック達に装備させているからだ。

大切な存在であるブラック達を守るために、装備品はできる限り高ランクの物にしておきたかったのだ。

 

イベントで入手した装備品のほとんどは伝説級(レジェンド)どまり。

神器級(ゴッズ)アイテムを入手するとなると、ガチャで当てるか、希少アイテムを使って作成するしかないというのが普通だった。

 

今着ている、お気に入りの『灰色のドイツ風軍服』は、モモンガことアインズからの貰い物であり、聖遺物級(レリック)を限界まで強化した一品だ。その防御力は、伝説級(レジェンド)に匹敵する。

他にも、種類や(カラー)違いの軍服をアインズから貰っているが、強化が中途半端で終わっている。

 

武器に関しても、アインズからプレゼントされた伝説級(レジェンド)武器が主武装であり、イベント等で入手した武器は、ナザリックの自室のアイテムボックスや宝物殿に保管してある。

 

しかし、今のはあくまで『装備品』の話であり、通常のアイテムに限っては、勝は神器級(ゴッズ)アイテムを大量に所持している。

 

が、それはまた別の機会にでも話としよう。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

勝は悩む。

ユグドラシルとは違って、メニュー画面が表示されない異世界では、鑑定の魔法無しではアイテムの価値がわからない。

財宝の山を漁り、自分でも判断できそうな物を探す。

 

【お?これは?】

 

すると、キラキラした物しかないと思っていた財宝の中から、『黒い大剣』と『金箔を水玉模様のように貼った黒い玉手箱』を発見する。

 

【この黒い大剣…蒼の薔薇のリーダー、ラキュースさんが持ってた大剣に似てるね。】

 

「そう言えば似てますね。同じ物でしょうか?」

 

【レッド〜。この黒い大剣と玉手箱、鑑定して。】

 

レッドに鑑定させると、黒い大剣の名前が、

 

『邪剣ヒューミリス』

 

という名前である事がわかった。

 

特殊効果があるようだが、使用するまではわからない、

と、レッドが言う。

 

玉手箱の方は、

 

夢と過去の現実(ドリーム・アンド・ペスト・リアリティ)

 

という名前の箱だと言う。

 

こちらも、何らかの特殊効果があるようで、24時間後に再び特殊効果が使用可能らしい。

しかも、特殊効果を消すには、再び24時間後に箱を開けないとダメという、めんどくさい仕様との事。

 

【黒い大剣はともかくとして、玉手箱はスゲー怪しい名前だなw玉手箱の中身の特殊効果はなんだ?ティアマト、何かわかる?】

 

「ん〜?私の知ってる玉手箱とは柄が違いますね。私が知ってるのは、トラップなどに使われる黒い玉手箱のヤツで、開けた者を一時的に老人にして、ステータスを弱体化させるデバフ効果ですが…」

 

【竜宮城に仕掛けてあるトラップか。懐かしいなぁw】

 

「シャドウナイト、貴方は知らないの?」

 

「残念ながら、そちらの黒い大剣も含め、この玉手箱自体に見覚えがありませんね…。かなり昔に集めた物かもしれませんが、記憶に無いです。」

 

【ふーん。よし。開けてみるか。トラップの可能性も考えて、皆は離れて。竜宮城のヤツと同じなら、老化のデバフはアンデッドの私には効かないからね。仮に違うヤツだったとしても、即死も毒も効かないし、他は耐性が整ってるから大丈夫なはず!】

 

皆が離れたのを確認し、玉手箱を閉めていた紐を解き、開いてみる。

 

その瞬間、玉手箱から爆発するかのように、白い煙が現れ、勝を包み込む。

 

「ご主人様!大丈夫ですか!?」

 

【うん。今のところ、なんにも──】

 

勝の言葉が途中で止まり、次の瞬間…

 

「─ゴホッゴホッ!?けむっ!?ゴホッケホッ!」

 

煙の中から、むせて咳き込む『声』が聞こえる。

 

「ご主人様…?」

 

ドラゴン達が不思議がる。

聞こえてくる声は主人の声。

だが、ありえない。

主人は声が出せないはずだ。

しかし、心の声ではなく、耳から聞こえる声は確実に主人の声なのだ。

 

煙が薄れて、勝の姿が見えるようになる。

 

「ご主人様!?そのお姿は…」

 

「ケホッ!えっと、何!?」

 

姿を現した主人は、首無しデュラハンの姿ではなかった。

 

「私とそっくりな…人間?」

 

ブラックが呆然とする。

 

「え?何?何か私に変化でも…え?え!?」

 

勝が自分の顔をペタペタ触る。

 

「あれ!?頭がある!?何がどうなんってんの!?」

 

自分の身体に起きた変化を確かめる。

 

「えっと…あった!手鏡!」

 

財宝の中にあった、キラキラした装飾の手鏡を取る。

そして、鏡を見た勝は驚愕する。

 

「嘘…私…人間の姿になってる!?」

 

そこに居たのは、ブラックと顔も身長も、胸のサイズも同じ、人間の女だった。

 

そう、彼こと彼女は、現実世界の自分の姿、しかも若い頃の姿になってしまっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

 

 

 

 

※ここまで読んで頂いた読者の方に、先にわかりやすく説明しておきましょう。

 

この作品の主人公である『勝』というプレイヤーは、

男性プレイヤーのフリをした人間の女性だったのだ。

 

 

[プロフィール紹介]

 

本名は、『竜之勝 (りゅうの かつ)』

 

両親のミスで、男っぽい名前になってしまった、声が出せない不幸な女。

 

ユグドラシルで、勝が女である事を知っているのは、親友であり幼馴染のアインズことモモンガこと、

 

本名『鈴木悟(すずき さとる)』

 

だけである。

 

二人は子供の頃から仲がよかった。

 

勝は、中学時代に男っぽい名前をからかわれないように、筆記で『俺』という一人称を使っており、声は出せずとも、男子生徒顔負けの活発差を発揮していた。服装や髪型も男っぽい感じにして、中学時代では普通に馴染めていた。

バレンタインデーに、勝の事をあまり知らなかった後輩の女子生徒からチョコを貰う事があったりするほど、男っぽい格好をした勝は美形だった。

 

が、高校時代に、『俺』という一人称を使わないように親から言われ、『私』という一人称に変える事になった。男っぽい服装も禁止され、本当に『女子』として生活する事になった。禁止の理由は、これから社会人になるのに、男っぽい事を続けるのは駄目だ、という両親の考えによるものだった。

 

気が合っていた男友達とは疎遠になり、唯一幼馴染で家が隣同士だった(さとる)とは、友好関係が続いていたが、高校を卒業した際に、それぞれ別の就職先になり、(さとる)が一人暮らしのため、遠くに移ったので会えなくなった。

 

社会人として生きていくも、声が出せないのが原因で友人は増えなかった。

寂しい気持ちを紛らわすため、就職先の動物園の動物達の世話を熱心に取り組んでいた。

そんな時に、(さとる)から、ユグドラシルというゲームに誘われた。

それが、主人公の始まりだった。

 

しかし、ユグドラシルのキャラ作成時に、喋れない事をアピールするため、頭がないデュラハンを選んだが、頭が無いバージョンが男性しかなかった。

 

仕方なく、男性バージョンで始めたが、男性アバターだった事をきっかけに、中学時代の性格のノリでプレイしたいと、(さとる)ことモモンガに打ち明け、了承を得る。

 

その結果、誰も勝が女性だとは思わなかった。

ペロロンチーノのエロゲ話にもノリノリで参加していた勝を、女性だと疑うものはいなかったのだ。

モモンガも、男性として振る舞う勝の方が、学生時代のノリで親しみやすかったので、ギルドメンバーに打ち明ける事はなかった。

 

もし、勝が声を出せていれば、誰もが女性だと気付いただろう。

 

NPC作成の際に、完成したブラックの姿が学生時代の勝に似せて作ってあった事も黙っていた。

周りの皆は、ペット系彼女を勝が作ったと勘違いしたが、勝自身は自分をモデルにして作っただけという。

 

ペロロンチーノやタブラが作成に加わっていなければ、

ブラックに竜人族性や変な設定を盛られずにすんでいたかもしれない。

 

それが主人公の過去である。

 

余談ではあるが、

 

ブラック達と混浴する事に躊躇いがなかったのも、勝自身が女性だったから。

 

また、異世界転移により、本当に男性デュラハンの肉体になってしまったため、男っぽい振る舞いがさらに固着してしまった。

 

そんな、なんかいろいろめんどくさい過去を持った主人公が、今更現実世界の姿になってしまった!

 

次回!『勝、モモンガに逢いに行く!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

え?ネタバレじゃないのかって?

こういうのはノリが大事なんだよ!

な!(さとる)

 

うん。ソダネ。

 

 

[後書き報告]

 

この話の追加とともに、性転換タグを追加します。

一応、念のため。



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第18話 ブラックデュラハン【前編】

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──午後七時半頃──

闘技場(コロッセウム)内部にて。

 

砂金が敷き詰められた試合場中央に、勝達は集まっていた。

 

 

「なるほど。ご主人様の『人間』である姿が、そのお姿なのですね。」

 

「ああ…。すまない…騙すつもりはなかったんだ。ただ、ユグドラシルではデュラハンの姿でしか活動できなかったんだ。」

 

ブラック達には、全てを話す事にした。

 

現実世界の自分の事、

ブラックのモデルの事、

デュラハンの姿で活動してた事、

他、質問された事全てを。

 

勿論最初は、誤魔化そうとした。

『玉手箱のせいで人間の姿になった。』

これだけなら、誤魔化す事もできただろう。

 

ただ、後からいろいろ質問され、必死に誤魔化そうとしている事をあっさり見破られた。

当然だ。

忍者であるブラック相手に、『顔がある状態』で嘘をつけば、即バレる。

 

特に、ブラックと瓜二つの姿である事を尋ねられたら、上手い誤魔化し方が思い浮かばなかった。

 

人間の自分と同じ姿でブラックを創造した。

それしか言いようが無かった。

 

その後は、自分の事を話続けた。

ブラック達がどの程度のところまで理解してくれたかはわからない。

だが、嘘をつくよりは、本当の自分を受け入れて欲しい、という思いが強かったのだ。

 

「幻滅したか?私が、本当は人間だった事に…」

 

人間を見下す傾向があったブラックに尋ねる。

 

仕えていた主人が人間だった。

これだけでもショックに違いない。

きっと、私の事が嫌いなったかもしれない…

 

 

 

「いえ。どうでもいいですね、そんなこと。」

 

「え?」

 

「ご主人様が人間だった。それがなんだと言うのですか?」

 

「いや…ブラックは、人間を見下す傾向があったから、人間になった私を嫌がるんじゃないかなって、思っていたんだが…」

 

「では、嫌いになった方が良いのですが?」

 

「え!?いや、そんなことはない!できるなら、嫌いにならないでいて欲しい!」

 

「なら、どうしてほしいのですか?

 

「どうしてって─」

 

「どうしてほしいのですか?」

 

「えっと…このまま私を…好きでいて…ほしい。」

 

「はい。大好きです。ご主人様。」

 

「──────。」

 

あまりにもストレートな告白に、ポカンっとなってしまう。

 

「ご主人様も私の事、好きですよね?」

 

「も、もちろん。」

 

「大好きですよね?」

 

「えっ!?す、好きだぞ。さっきから、そう─」

 

「世界で1番大好きですよね?」

 

「世界で1番大好きです!」

 

ブラックが勝ち誇ったような表情でコッチを見ている。

 

「えっと…ホントにいいのか?」

 

「はい。ご主人様が私を…いえ、私達を愛して下さるだけで、私達は嬉しいのです。例え、ご主人様が『どの様なお姿』になろうとも、ご主人様が私達のご主人様であり、私達はご主人様が大好きですから。」

 

「……そっか。そうだよな。私は、お前達を『そういう存在』として、創造したんだもんな。」

 

 

ブラック、ブルー、レッドの三人の共通設定である、

 

『勝の事が大好きであり、絶対の忠誠を誓っている。』

 

この設定がある限り、この三人は絶対私を『嫌いにならない』。

自分が人間だからとか、そうじゃないとか、そんな

 

『くだらない小さな悩み』

 

をいつまでもする必要などなかったのだ。

 

竜王(ドラゴンロード)達、お前達はどうなんだ?」

 

念の為、竜王達にも聞いてみる。

彼等の答えは予想がついてるが、それでも、彼等の口から聞いてみたかった。

 

「はい。私達も同じです。我が主人が、人間であろうがなかろうが、どうでもいい事です。」

 

やっぱりか。そうだもんな。だって…

 

「私の存在なくして、お前達は存在できないものな。」

 

「はい。貴方様が存在して生きて下さるだけで、我々は良いのです。」

 

「そうか。なら、改めて!今は人間の姿だが、この姿の私を受け入れてくれたお前達に!感謝の言葉を言おう。ありがとう。

 

「我らに感謝の言葉など!勿体無きお言葉!」

 

「いや!折角喋れるようになったんだ!この嬉しい気持ちを伝えないなんて、それこそ勿体ない!だからさらに言おう!先程ブラックにも言ったが、私はな!皆も大好きだぞ!

 

素直な気持ちを伝えた。

私の事を、こんなにも思ってくれる『可愛い奴ら』を嫌いになる事などできない。

 

「おお!我が主人よ!そんなにも我らの事を…」

 

竜王(ドラゴンロード)達が涙を流しながら感動している。

このままだと、一生泣き続けるんじゃないかと思ったので、話題を変える。

 

「さて!みんな。これからの事を考えないか?」

 

「そうですね。まずご主人様、人間の身体になって、不都合はありますか?」

 

「有りまくりだな。アンデッドの時は不要だった、食事や睡眠が必要になる。疲労感も感じるから、たまに休憩や休養をはさまないといけなくなるな。後、毒や即死の耐性なども無くなってるだろうな…。あれ?私…人間になって得した事って、喋れるようになっただけじゃね?」

 

こう言うと、アンデッドの肉体の方が良かったと、いう風にしか聞こえない。

 

「確かに…そうかもしれませんね。」

 

「強いて言うなら…あれだな。」

 

「何でしょうか?」

 

「人間になって…頭ができた事で、ブラック達の手料理が食べれるな!後できるのは…キスぐらいか?」

 

「キス!?」

 

竜王達やブラック達が静まり返る。

 

あれ?私、変な事言ったかな?

てっきり皆、喜ぶかと思って──

 

「主人よ!」

 

突然、男性竜王達が大声をだしながら、勝の周囲に集まり出す。

突然の事に、勝が驚く。

ムキムキボディのイケメン達に囲まれた勝は、あまりにも小さく見え、一瞬、幼女の拉致現場のような雰囲気にさえ見える。

 

「な、何?皆。なんか、鼻息が荒いけど…」

 

「主人よ!我に…我に!」

「いや、我にだ!」

「我にお願いする!」

 

7名の男性竜王達が、何かを求めてくる。

 

「わ!?わ!?何なんだよ!?」

 

「主人の…主人の!」

 

「私の…なんだ?」

 

「主人の初めてをくれ!

 

男性竜王達の放った言葉に、勝は首を傾げる。

 

「……は?初めて?何、初めてって?」

 

訳が分からず困惑していると、男性竜王達が私を抱え出す。

 

「ちょっ!?」

 

「そうか…主人は男性として生きていたから、わからぬのだな。だが!安心して欲しい。我らが優しく教えますので!」

 

「だから!何をだよ!というか降ろしてくれないか?この抱え方は、恥ずかしいんだが!?」

 

ファフニールが勝をお姫様抱っこしながら、男性竜王達と一緒に歩き出す。

彼等が向かっている先は、王族用の寝室がある方だ。

 

すると、ブラック達を含めた女性竜王達八名が行く手を塞ぐ。

なんか皆、顔が凄い怖い。

 

「ちょっとアンタら…ナニしようとしてるの?」

 

「べ、別に!我が主人を寝室にお連れして、休ませようかと…」

 

「あら、そう。なら、それは私達がやるから、ご主人様を離しなさい。」

 

「いや!我らが連れていく!」

 

男性と女性で睨み合っている。

 

あれ?これってまさかの奪い合い?

私をめぐっての?

どうしてこうなった?

いや、その前に!

 

初めてについて詳しく教えてくれー!

 

「こら!お前達!ナニをしようとしてるのかわからんが、争いはするなよ!」

 

「大丈夫です、ご主人様。ご主人様の貞操は、私達が護りますから!」

 

ティアマトが言った言葉、『貞操』というワードを聞いて、ファフニール達の目論見を察する。

 

「貞操!?…ま、まさか!ファフニール達は、私を寝室に連れ込んで、性行為でもするつもりだったのか!?」

 

「誤解です!我が主人よ!」

 

「なら何なんだよ!」

 

「交尾です!」

 

「同じだよ!!」

 

「やらせないわ!ご主人様の貞操は、私達が奪う!

 

「さっきと言ってる事逆じゃねーか!」

 

 

 

『初めて』の意味をようやく理解する。

そして思い知った。

流石、強欲なドラゴン達だ!

この世に1つしかない『主人の初めて』を皆で奪いにくるとは!

 

「ご主人とは、我らが!」

「ご主人様とは、私達が!」

 

両軍が同時に言う。

 

 

(つがう)のだ!」

(つがう)のよ!」

 

「もう隠す気ねーな!?お前ら!」

 

 

ドラゴン達が自分の事を好きでいてくれるのは嬉しいが、流石に男女が激突するのは避けたい。

 

「仕方ない。少々荒っぽいが!」

 

勝は、アイテム空間から手のひらサイズの赤い石のようなアイテムを取り出すと、

 

「ファフニール!」

 

「なんでしょう?ご主じ──」

 

「許せ!」

 

ファフニールの顔に、思いっきり赤い石を叩きつけた。

その瞬間、割れた赤い石から、まるで水風船が割れたかのように砂金がドサッーと溢れ出した。

 

「ゴハッ!?」

 

ファフニールが砂金の波に飲まれ、同時に勝が素早く脱出する。

突然の事に、周りの竜王達が驚き、動きを止める。

スタッと、着地した勝が、身体に付いた砂金を払いながら言う。

 

「そう言えば、まだお前達に説明してなかったな。『貯金箱』の事。」

 

勝が再び赤い石を取り出し、竜王達に見えるように持つ。

 

「コレ、なんだと思う?」

 

竜王達が首を傾げる。

どうやら知らないようだ。

 

「コレは、『賢者の石』だ。名前ぐらいは、聞いた事あるだろう?」

 

「確か、黄金が湧き出る石だと、聞いた事があります。」

 

「そうだ。しかし、ユグドラシルでは少し違う。この石はな、金貨や宝石を吸い込んで貯める事ができるんだ。ただ、吸い込まれた物を取り出すには、石を破壊しないと取り出せない仕様なんだがな。」

 

そう言うと、アイテム空間からジャラジャラと赤い石が大量に出てくる。

 

「主人よ!ま、まさか、その石全てに!?」

 

「当然!他のギルドメンバーと違って、私はユグドラシルに毎日ログインして、竜王(ドラゴンロード)の誰かと闘い、メタリックドラゴンやクロマティックドラゴン達と戯れ、退屈しのぎにイベントやレイドボス戦に行ってたんだ!そりゃあ、ドロップ品や金貨がバンバン貯まって、所持限界までいくのもしょっちゅうだったさ!」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

ゲーム内の通貨(金貨)はアイテムの購入や鑑定、ギルド拠点の維持管理費、自動POPしないモンスターの召喚用、一部魔法を発動するための媒介、アイテムを製作するための費用、死んだNPCの復活費用など様々な用途がある。

 

ユグドラシルの世界設定として、

世界を探索して欲しいという製作サイド(運営)の願いがある為、モンスターがばんばんお金をドロップする設定になっている。これは製作系の職が充実しており、巻物(スクロール)やスタッフ等の魔法詠唱者が使うアイテムの作成にも使用する事にも起因している。資金不足により魔法詠唱者が消費アイテムが足りず激しい戦闘が予想される冒険へ参加が難しいという状態を防ぐためである。

 

 

 

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「来る日も来る日も冒険に行ってはモンスターを狩り、ダンジョンに潜る!そしてアイテムや金貨がたまり、宝物殿に預け、出撃してはまたアイテムが貯まる!そして預ける!貯まる!預けるの繰り返し!最後には、宝物殿の守護者である『パンドラズ・アクター』から、『勝様の宝物庫がいっぱいです!アイテムを整理するか、減らして下さい!』とメッセージウィンドウで言われる始末!」

 

さらに、ジャラジャラと賢者の石が出てくる。

 

「預け場所に困った私は、『賢者の石』や『サンタさんのプレゼント袋』、『盗賊の財布』といった『収納アイテム』に目を付け、ひたすら詰め込んだ!例えば宝石!アクアマリン、アメジスト、エメラルド、オニキス、オパール、ガーネット、琥珀、サファイア、ダイヤモンド、トパーズ、ターコイズ、トルマリン、翡翠、ペリドット、ムーンストーン、瑪瑙、ラピスラズリ、ルビー、後その他いろいろぉ!」

 

勝が息を切らしながら喋る。

賢者の石やサンタさんの袋、盗賊の財布などの収納アイテムがドサドサと、勝のアイテム空間から出てくる。

 

「ゼー…ゼー…他にも、金(ゴールド)、銀(シルヴァー)、銅(カッパー)、鉄(アイアン)、鋼(スティール)、白金 (プラチニウム)、青銅(ブロンズ)といった貴金属!さらにさらに!超々希少金属である七色鉱と呼ばれた、アポイタカラ、ヒヒイロカネに続き、他のギルドに占領されていた土地にこっそり侵入して、その土地にあるセレスティアル・ウラニウムまで集めた!」

 

勝が、設置型のセントリーガンを幾つか出すと、セントリーガンの後ろから伸びているチューブを、サンタさんのプレゼント袋や盗賊の財布に突っ込んでいく。

それと同時に、大量に出した賢者の石を、ギュム!ギュム!と、1つの塊のように圧縮させる。

 

「ご主人様…?何をなさって…」

 

「ゼー…ハー…ゼー…ハー…つまり!何が言いたいかと言うと、そろそろ所持品を大解放しないと、アイテムが持てなくて困るのさ!だから!今!ここで!お前達に!くれてやる!

 

「「「え?」」」

 

「人を勝手に(つがい)に選びやがって!私には既に先約がいるんだ!勝手に決めるんじゃねーよ!!セントリーガン!竜王達に『宝石(ジェム)弾』をお見舞いしろ!それと!竜騎兵(ドラグナー)スキル発動!私の熟練された、投擲技術による!爆撃投げを喰らいやがれぇぇ!」

 

セントリーガンが、サンタさんの袋や盗賊の財布から宝石や金貨を吸い上げ、それを弾丸のように撃ち始める。

それと同時に、スキルで圧縮された賢者の石を、竜王達の居る方角に、勝が投げた。

圧縮されていた賢者の石に、セントリーガンの弾丸が命中し─

 

中身が一斉に弾けた。

 

竜王達に、宝石や金貨が雪崩のように押し寄せる。

 

「ギィヤァァァァァァァ!?」

 

宝石、金貨、砂金、その他貴金属が大量に降り注ぎ、竜王達が生き埋めになる。

 

 

「ザマァァwwアーハッハッハッww」

 

 

勝が、財宝に埋もれた竜王達を見ながら笑う。

流石がブラックの産みの親、というべきだろうか。

 

強欲で知られる竜王(ドラゴンロード)達を、宝石や財宝で撃退できる人物が、はたしてこの世に存在するだろうか?

 

居ます!今、ココに誕生しました!

 

 

「フー…フー…フハハ!久しぶりに笑った…アンデッドの状態だと、ここまで楽しい気持ちにはならないからなー。チョー新鮮だわw。その財宝はお前達にくれてやるから、後片付けお願いな!私は汗かいたから着替えてくる。」

 

竜王達を大人しくさせた勝は、試合場から出ると王族用の部屋に移動する。

シャワーを浴び、着替える軍服をどれにするか考える。

 

その間、生き埋めになっていた竜王達と、巻き込まれたブラック達が這い出て、試合場を整地し始める。

 

「さ、流石が我らの主人…財が桁外れじゃ!」

「宝石って、弾丸になると痛いのね…」

「金貨や財宝に恐れを抱く日が来ようとは…」

 

竜王達がめちゃくちゃになった試合場の整地をしていると、ブラックが何かに気付く。

 

「皆様!外から人間の気配です!」

 

竜王達の動きが止まる。

全員が目で合図を送り、臨戦態勢をとる。

どんな敵が来てもいいように身構えるが─

 

「勝殿ー!例の書文ができたので、持ってきたぞー!」

 

「あの声は…王国戦士長か。」

 

「勝殿ー?居ないのかー?せめて、ブラック殿だけでも着て欲しいのだがー?」

 

「コッチだ、王国戦士長!私達は闘技場(コロッセウム)の中だ!」

 

闘技場(コロッセウム)の外から試合場に続く通路の扉は、頑丈な鉄柵で出来ており、外から丸見えなのだ。

ちなみに、王国の王城からなら、闘技場(コロッセウム)を上から覗き見る事も可能である。

何故なら、屋根がないからね!

 

ガゼフが通路を通り、試合場前の鉄柵扉まで来る。

 

「おおおっ!?す、凄いな!これは!」

 

ガゼフが、闘技場(コロッセウム)内の財宝の多さに驚く。

 

「全て、ご主人様の財だ!凄いだろう?」

 

「勝殿の!?それは本当なのか!?」

 

試合場の鉄柵扉を挟んで、ガゼフとブラックが話す。

 

「それが例の書文か?」

 

「ああ。国王陛下の直筆の書文だ。勝殿に渡して貰えないか?」

 

「了解した。ご主人様に渡しておく。」

 

「ところでブラック殿。後ろの御仁達は誰なのだ?」

 

「ん?あー、この方達は竜王様達だ。人の姿になっている。」

 

「な!?ファフニール殿やウロボロス殿達か!?」

 

「やあ!王国戦士長。我の背中の乗り心地はどうだったかな?」

 

「陽光聖典との戦いの時に、神竜(ゴッド・ドラゴン)と共に居たのが我だ。」

 

「戦士長。あの時はどうも。」

 

ガゼフが竜王達と挨拶を交わす。

 

「驚いた…皆、人の姿になれたのだな。」

 

「昼間は王都の民を驚かせてすまなかった。我が主人が、我々が人の姿になれる事を知らなかったのだ。」

 

「なるほど、そうであったか。しかし、昼間の1件は既に解決しているので御安心を。勝殿が私の説教を素直に受け入れてくれていたせいか、周りの人達も、そこまで勝殿の事を怖がらずに済んでたようだったしな。」

 

ガゼフと竜王達が談笑していると、王族用の部屋へと通じている扉がガチャリと開き、『何も知らない』勝が戻ってくる。

 

「ジャーン!ブラックに合わせて、黒い軍服にしてみた!どう?似合ってい──」

 

勝とガゼフの目が合う。

 

ガゼフは、一旦ブラックを見て、再び勝に目を向ける。

 

「えっと…ブラック殿?あの…ブラック殿にそっくりな女性は…」

 

ガゼフが困惑している。

 

「ブラック。」

「え?あ!ハイ!」

 

ニコッとした笑顔で、勝がブラックに指示を出す。

 

「王国戦士長を捕まえて。」

 

その瞬間、鉄柵扉越しにいたはずのブラックが、一瞬でガゼフの背後に移動し、ガゼフを後ろから捕まえる。

竜王達が鉄柵扉を開け、そこにスタスタと歩きながら、勝が笑顔で近づいてくる。

 

「み〜〜た〜〜な〜〜?

 

「ブラック殿!?これは!?待ってくれ!私は何も見てない!見なかった事にしてく─あああああ─!」

 

 

 

────────────────────

 

 

 

─とある馬車内にて─

 

「それでセバス?これからの予定は?」

 

「はい、たっち・みー様。予定通りいけば、3日で王都に着く予定になっております。予定通りいけば、ですが。」

 

「ソリュシャンの報告通りなら、今、我々の馬車を運転している男が盗賊団の仲間で、我々の馬車を仲間達と襲撃するかもしれない、との事らしいが?」

 

「はい。約2、3時間後に襲撃ポイントに到達します。そこで私達の馬車を停め、待ち伏せていた盗賊団の仲間達が襲撃、物品あるいは人間を攫う予定のようです。」

 

「盗賊団が襲撃して来た際は、私が相手をするでありんす。たっち・みー様とヘロヘロ様は、そのまま座ったままで大丈夫でありんす。」

 

「うん。ありがとう、シャルティア。でも、ちょっと怖いですね。この異世界に来て、『初めての戦闘』になるかもしれない訳ですし。」

 

「私とセバスは戦士職ですし、戦闘メイドのソリュシャンに、階層守護者のシャルティアまで居るんです。大半の敵は大丈夫だと思いますよ。ヘロヘロさん。」

 

「たっちさんは…その…平気なんですか?人を殺す事に、恐怖は無いんですか?」

 

「……平気ではありません。慣れているだけです。警官という職業は、荒事が付き物ですから。」

 

「そうですよね…。私は怖いです。人間を殺す事に、なにも罪悪感を抱かなかったらどうしようって。」

 

「ヘロヘロさん。気持ちはわかりますが、何の罪もない人間を殺す訳ではないんです。これから会う相手は悪党です。他人を平気で殺し、相手の人生を平気で奪う。そんな奴らを相手にするんです。何も躊躇う必要なんてありませんよ。」

 

「そうですよね…悪い奴ら、なんですよね…」

 

「御安心をヘロヘロ様。私、このソリュシャンが、ヘロヘロ様をお守りいたしますわ!」

 

「私もいるでありんす!至高の御方の1人であるヘロヘロ様には、人間達を指一本触れさせないでありんす!」

 

「みんな…」

 

「ヘロヘロ様。今の貴方様は『メイド』の姿でごさいます。無理に戦う必要はごさいません。戦闘は、私やソリュシャン、シャルティア様におまかせすれば大丈夫かと。」

 

「うん…ありがとう。みんな…」

 

「大丈夫ですよ、ヘロヘロさん。何とかなりますって。」

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

 

 

「なるほど。財宝を鑑定中に、うっかり『呪われた箱』を開けてしまい、人間の姿になってしまったと…」

 

「そう言う事なんだ。まさか、安全を確かめるとか言ってた自分自身が呪われて、しかも人間の姿になってしまうとは…情けないにも程がある。」

 

王国戦士長には、財宝の鑑定中にトラブルが起きて人間になった。という感じで説明した。

 

「しかし、元は人間だったという事は、既に勝殿達から聞いてはいたが、まさか勝殿が女性だったとは…世の中、分からない事だらけだな。」

 

「ガゼフさん。できれば、私が人間になっている事は、誰にも話さないでくれないか?」

 

「それは構わんが…明日の授与式はどうするのだ?」

 

「明日の授与式には参加します。呪いをどうにかして解除して、元の姿に戻りますから。」

 

「人間の姿のままでは駄目なのか?」

 

「駄目だな。私は首無し騎士デュラハンです。人間の姿は、あくまで一時的なもの。また直ぐに、デュラハンの姿に戻っちゃうのに、人間の姿で授与式にでたら、いろいろ誤解が発生して、ややこしくなりますから。」

 

「そうか…それは少し残念だ。勝殿とは、こうして今後も直接会話したいと思っていたのでな。蒼の薔薇の皆も、勝殿と直接会話したいと、言っていたぞ。」

 

「そうですか。なら、たまに人間に戻るのも、アリかもしれませんね。ところで戦士長。」

 

「何かな?勝殿。」

 

「いろいろ説明するために拠点内に連れ込んだが、時間は大丈夫か?」

 

「む!確かに。では、私はこれで。」

 

「いろいろ感謝しているぞ、王国戦士長。貴方には、世話になりっぱなしだな。」

 

「何を言う!勝殿。貴殿は私の命の恩人だ。異形種だろうと人間だろうと、そこは変わらない。」

 

「そうか。では、また。明日の授与式で。」

 

「ああ。また明日会おう。」

 

王国戦士長が立ち去る。

それを見届けたブラックが、勝に質問する。

 

「ご主人様、明日の授与式はどうするのですか?」

 

「『代役』を使う。アインズに連絡して、パンドラズ・アクターをコッチに来させよう。ブラック、お願い。」

 

「えっと…ご主人様。」

 

「ん?何?ブラック。」

 

「今のご主人様なら、ご自分で連絡できるのでは?」

 

「あ!そうか!そうだよな!なら…えっと…伝言(メッセージ)!」

 

初めて伝言(メッセージ)を使う。

そもそも、現実世界では電話すら使った事がない。

メールでやり取りして連絡をもらっていた自分には、電話に近い伝言(メッセージ)でのやり取りは、新体験の1つだった。

 

「えっと…も!もしもし!ア、ア、アインズさんですか!?」

 

「うん?ブラックか?どうかしたのか?落ち着きがないようだが?」

 

繋がった!どうしよう!?本当に繋がった!

 

「べべべ、別に!大した事じゃねーよ!気にすんな!」

 

「ちょっ!?本当に大丈夫か?なんか、いつもと様子が変だぞ!?」

 

「うるせぇ!コッチは初めての伝言(メッセージ)で、テンパってるんだ!」

 

「はぁ!?」

 

「ああ!もう!気付けよバカ!私はブラックじゃないんだよ!」

 

「え?それはどういう──」

 

「私は竜之勝だ!理由あって、人間の状態で話てるんだよ!」

 

「はぁ!?」

 

「うるせぇなぁ!!とにかく、ナザリックに連絡して、パンドラズ・アクターをコッチによこせ!事情はその後話すから!」

 

「え!?でも本当に、勝さんなんです──」

 

「早くしろ!鈴木悟(すずきさとる)!」

 

「はい!わかりました!」

 

伝言(メッセージ)を一方的に切る。

しばらく、深呼吸をして、呼吸を落ち着かせる。

 

「やった…遂にやった!私は悟と会話したんだ!(๑•̀ •́)و✧ヨッシャァァァァァァ!!

 

ガッツポーズしながら叫ぶ。

人生初の体験に、興奮せずにはいられなかった。

 

 

 

───────────────────

 

 

 

「お待たせしました!お久しぶりです!勝様!」

 

「おお!パンドラズ・アクター!久しぶり!ナザリックが異世界に転移してから、初めてじゃないか?こうして面と向かって話の。」

 

パンドラズ・アクターと勝が敬礼する。

両者とも軍服なので、とても違和感がない。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

パンドラズ・アクターとは、

ナザリック地下大墳墓、宝物殿の領域守護者であり、財政面の責任者でもある。

 

外見は、

顔はピンク色の卵のようにツルリと輝いており、毛は一本も生えていない。

 顔にはペンで丸く塗りつぶしたような黒い穴が3つあるだけ。

 

衣服は、

アインズ・ウール・ゴウンのギルドサインの入った帽子を被り、欧州アーコロジー戦争で話題になったネオナチ親衛隊の制服に酷似した軍服を着用している。

 

性格は、

「アクター(舞台役者)だからオーバーアクションを取るべき」

 製作当時のアインズ(モモンガ)が格好いいと思って「そうあれ」と設定したため、一々仰々しいオーバーなアクションとポーズを取る。

 

頭脳は設定上ナザリックトップクラスであり、保有する能力(後述)も非常に応用力が高く、場合によっては守護者全員分の働きができるほど優秀である。

 

マジックアイテムフェチであり、宝物殿に1人でいても可笑しくないように、マジックアイテムに関することだけでご飯が食べれるという設定を持っている。

 

強さは、

ドッペルゲンガーの能力で、「他者をコピーし、その能力の80%の力で使用できる」。

パンドラズ・アクターはその能力で、アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバー全員の外装をコピーしている。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「アインズ様から聞いた情報どおり、人間のお姿になっているのですね。」

 

「ああ。コイツのせいでな。」

 

玉手箱を見せる。

 

「おお!?またしても珍しいアイテムをお見つけになったのですね!ふむふむ…確かに。これはユグドラシルにはなかった代物かと。」

 

「マジで!?異世界産のアイテムかよ。」

 

「あ!そうでした。勝様に、言わねばならない事がありました!」

 

「ん?何?」

 

「大変、申し上げにくいのですが!勝様の宝物庫がいっぱいです!中身を減らしていただかないと、私が勝様の宝物庫の整理ができません!」

 

「わかった、わかった!今度やるから!今ようやく、所持品枠が空いた所だから!」

 

「早めにお願いします。勝様の宝物庫には、私ですら把握していないアイテムが山ほどありますからね!早く鑑定したくてウズウズするんですよ!」

 

「ハイハイ。で?本当に、私に変身できるのか確かめたいんだが?」

 

「(ロ_ロ)ゞカシコマリマシタッ!!では、少々失礼して…」

 

パンドラズ・アクターの身体がグニョグニョと変形し、首無し騎士デュラハンの姿になる。

 

「おお!凄い!私の姿になった!」

 

「お褒め与り光栄です!」

 

「よし!パンドラズ・アクターよ!お前に重大な任務を与える!」

 

「はっ!」

 

「明日、アダマンタイトプレートの授与式が行われる。その授与式に、私の代わりに出席して欲しい。理由はもう、言わなくてもわかるよな?」

 

「ハイ!わかっておりま──」

 

「パンドラズ・アクター!私の姿の時に喋ったりするな!了解や賛成の時は、Goodポーズだ!間違いや否定は、腕をクロスして×ポーズだ!わかったか!」

 

「ハイ!わかって──」

 

「だから喋るなって!」

 

なんだか不安になって来た。

本当に大丈夫か!?

大勢の人間達の前で、変な事しでかさないか、超不安なんだが!

 

「はぁー…とにかく、私の演技指導は、ブラック達や竜王達に任せてある。私はカルネ村に行き、義援金の配達と、モモンチームに直接会ってくる。ブラック達を連れていくと、カルネ村の人達にバレちゃうからな。ブラック達も留守番だ。すまないがパンドラズ・アクターをよろしく頼む。」

 

「はい。ご主人様。お気を付けて!」

 

「ああ。コシュタバワーで転移後、一角獣(ユニコーン)に乗り換えてカルネ村に行く。では、行ってくる。」

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─カルネ村から数十キロ離れた森─

 

 

 

森の中を、ある部隊が進軍していた。

12人程度で構成される部隊。隊員全員が英雄級の実力を持ち、非常に強力な装備で身を固めている、スレイン法国最強の部隊。

 

その名を『漆黒聖典』。

 

彼等は、陽光聖典を撃退したというアンデッドを探しに、カルネ村を目指していた。

 

隊長の『第一席次』

武装の割にみすぼらしい槍を持つ男性。

 

『第二席次』

レイピアを持った男性。

 

『第三席次』

魔術師のような格好の男性の老人。

 

『第四席次』

天使のような雰囲気を感じさせる格好をした女性。

 

『第六席次』

大剣を持った男性。

 

『第七席次』

学生服のような女性。

 

『第八席次』

両手に盾を装備したガタイの良い男性。

 

『第九席次』

足に短剣、腕に鎖を巻いた男性。

 

『第十席次』

斧を持った戦士の格好の男性。

 

『第十一席次』

デカい魔女帽子を被った、露出過多な女性。

 

『第十二席次』

覆面を被った、全身アーマータイツの男。

 

そして、彼らに護られながら一緒に行動している、

 

『カイレ』

チャイナ服をきた老婆。

 

 

 

「本当に確かなんですか?『第七席次』。貴方の占いの結果は?」

 

「確かよ。首無し騎士デュラハンは必ず現れる。そう、占いの結果がでてる。」

 

「数日経過したのに、まだ同じ村に居るって事は、その村が住処なんじゃねーのか?」

 

「それは分かりません。ですが、もしデュラハンが現れた場合は…わかっていますね?カイレ様。」

 

「ああ。わかっておるぞ。デュラハンがドラゴンを召喚する前に操れば良いのじゃろ?」

 

「ええ。デュラハンが破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)を召喚すれば、我々スレイン法国はお終いです。召喚するまえに、操るか、殺さねば。」

 

「村人はどうすんだ?巻き込んでOKなら、派手に暴れるが?」

 

「アインズ・ウール・ゴウンなる味方、あるいは組織がいるらしいので、目立つ行為は避けましょう。深夜に村に侵入し、デュラハンを探します。それで良いですか?」

 

「もし、村人に見つかったら?」

 

「場合によっては、尋問する。奴らの仲間なら、拷問してでも居場所を吐かせるさ。」

 

 



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第19話 ブラックデュラハン【後編】

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カルネ村防護柵・門前

 

時刻は夜八時半頃

 

 

「うわっ!?暗い!」

 

 首無し馬(コシュタバワー)に乗って、カルネ村近くまで転移してきた勝は、街灯が1個もない道に出る。

 当然、真っ暗である。

 

「そっか!今の私は人間だから闇視(ダーク・ビジョン)が使えないのか。えっと〜…ランプとかなかったかな〜。今までアンデッドだったせいか、明かりを灯せるアイテムって、あんまり持って無いんだよなー。」

 

 所持品を漁り、明かりになるようなアイテムを探す。

 

「ヨッシャ!銃に取り付ける用のフラッシュライトがあった!これで夜道を歩けるぞ!」

 

 フラッシュライトを2個取り出し、1個の明かりを付け、口に咥える。

 ついでにD·E(デザート・イーグル)を取り出し、そのままもう1個のライトをD·E(デザート・イーグル)に装着する。

 D·E(デザート・イーグル)は、拳銃の中でも威力の高い銃である。

 

「さて、首無し馬(コシュタバワー)を消して、ユニコーンを召喚──」

 

 そこまで言って、ある事に気付く。

 

「あれ?なんで首無し馬(コシュタバワー)を召喚できたんだろ?今の私は人間だから、種族スキルが使えるのはおかしくないか?それとも、ワールドアイテムのおかげか?」

 

 首無し馬(コシュタバワー)は、デュラハン専用の種族スキルによって召喚する騎乗魔獣だ。

 現在、人間である勝が、デュラハンの種族スキルを使用できるのは、あまりにも変である。

 しかし、ワールドアイテムの効果により、召喚系のスキルや魔法のみ使用可能になってた可能性もある。

 

「ひとまずユニコーンに、義援金の入った宝箱を移さないと…。」

 

魔獣召喚(サモン・ビースト)』を使用し、ユニコーンを召喚する。

 一角の白くて逞しい馬が現れる。

 ライトを口に咥え、照らしながら取り替え作業を始める。

 首無し馬(コシュタバワー)から宝箱を降ろし、ユニコーンに荷物運搬用のベルトを取り付ける。

 取り付けたベルトに、宝箱を装着する。

 

「これでよしっと。首無し馬(コシュタバワー)でカルネ村に行くと、デュラハンの関係者だってすぐバレちゃうからなぁ。」

 

 今の勝は、カルネ村の人達に正体がバレないように服装を変えている。

 いつもの『灰色の軍服』ではなく、今の勝の服装は『黒色の軍服』である。軍帽までしっかり被っている。

 軍刀も、先程手に入れた黒い大剣『邪剣ヒューミリス』と入れ替えてある。

 

「あ。武器の方も、パンドラズ・アクターに鑑定してもらえば良かった…。」

 

 未だに謎が残っている黒い大剣を持ち歩くのは不安だが、蒼の薔薇のリーダーが所持していた物と同じなら、そこまで危ない物ではないだろう。

 

「流石に暗過ぎて、ライト1個では危険だな。騎乗しながら行くのはやめておくか…。」

 

 ユニコーンに乗ると、バランスをとるために片方の手は手綱を握る事になるので、片手で銃かライトを持つ事になる。

 モンスターの群れでも現れたら、すぐに対処ができない。

 仕方ないので、ユニコーンに追従するよう指示を出し、自分が前を歩く。

 

 数分進むと、木材で作られた防護柵と、簡易的な入口門が見えてくる。

 

「あれ?カルネ村に防護柵なんてあったけ?前、上空から見た時は、なかったような…」

 

 エンリという村娘を助けた時を思い出す。

 あの時、カルネ村近くの上空を飛行中に、兵士に追いかけられているエンリと、その妹ネムを発見したのだ。

 

「襲撃があったから、それに備えて村の防衛を高めているのかな?」

 

 門の前までやってくる。

 見張りや警備の人は、一見すると見当たらない。

 門と防護柵の周囲には、人が隠れられそうな高さの茂みがある。

 門を潜らず、立ち止まって気配を探ってみる。

 

「………居るな…。」

 

 防護柵に隠れるように、複数の気配。

 道の両脇の茂みからも、複数の気配を感じる。

 殺気があまりないため、こいつらが門を見張っている警備の者達だろうか?

 

「あのー…隠れている人達、出てきてくれませんか?私、争うつもりはないので。」

 

『女性っぽい』雰囲気で語りかけてみる。

 コチラに争う意思がない事を告げると、何やらヒソヒソと会話する声が聞こえる。

 

(仲間同士で相談でもしているのだろうか?)

 

「夜分にすみません。冒険者の者です。カルネ村に入れてもらいたいのですが…」

 

 身分を明かすと、代表者なのだろうか、1人の人物が現れる。

 

「ちょっとお待ちを、お嬢さん!」

 

「え!?ゴブリン!?」

 

 出てきたのはゴブリンだった。

 てっきり人間が守ってると思っていた勝は、予想外の人物に驚いてしまった。

 

「攻撃しないで下さいよ。仲間もいるんで…」

 

「あ…えっと、ごめんなさい。人間じゃなかったので、驚いただけです。」

 

「それは良かった。今、『姐さん』を呼んでくるんで!もうちょっと待ってもらえませんか?」

 

「姐さん?」

 

 彼等のリーダーか何かだろうか?

 ひとまず、『姐さん』とやらが来るまで、警備の者達と話してみる。

 

「この防護柵は、最近作られたんですか?」

 

「そうっすよ。俺達が作ったんでさ!」

 

「へー、凄いですね。でも、何故防護柵なんかを?猛獣対策ですか?」

 

「ちょっと違ぇやす。カルネ村は数日前に、軍隊の兵士の襲撃を受けたんでさ。それで、村の防衛力を高めるために、姐さんによって『俺達が呼び出された』んでさぁ。」

 

『呼び出された』という言葉が引っかかる。

 

(うーん…何か忘れている気がする。)

 

「襲撃!?大丈夫だったんですか!?」

 

「それが、たまたま通りかかったデュラハンと竜人の三姉妹に助けてもらったらしいんですよ。特に姐さんが、嬉しそうに語るんでさ、その時の事を。あの人達は、『命の恩人だ』、ってね。」

 

 少し顔がニヤニヤしそうになった。

 自分のやった事を語られるのは、嬉しい反面恥ずかしくもある。

 

「へー。デュラハンと竜人達が。へー。その人達、名乗ったりしてましたか?」

 

「デュラハンの名前は、勝さんって言うらしいですよ。竜人達は…えっと、ブラック、ブルー、レッド、という名前だったと思いやす。」

 

「ほうほうほう!それはそれはきっと、優しい人達だったんでしょうね。凄いなー。憧れちゃうなー。」

 

「俺達もでさぁ!だからこうして、村の警備をしつつ、村人達にも弓の使い方とか教えながら、毎日特訓してるんですぜ!姐さんも、『あの人達みたいに、私も強くなって村を守りたい!』と言って、毎日仕事を頑張ってるんでさ!」

 

(くっそォォオォォォお!名乗りてぇ!私があのデュラハンだって!チョー名乗りてぇぇぇ!)

 

「それは良い事です。それをデュラハンの人が聞いたら、かなり喜ぶかも知れませんよ。」

 

 ニヤニヤしている勝に、ゴブリン達が首を傾げる。

 すると、門の向こうから、人間の女性がゴブリンに連れられてやってくる。

 その女性は、勝の知っている人物だった。

 

「あのー、冒険者の人って、貴方ですか?」

 

「エンリさん!?貴方がゴブリンを呼びだしたんですか!?」

 

 勝が最初に助けた女性、エンリ・エモットだった。

 

「え!?あ、ハイ。そうです。この笛を使って…。」

 

「それは、『小鬼将軍の角笛』!あー!思い出した!アインズさんが、エンリさんに渡したって言ってたわ!」

 

 陽光聖典を撃退し、カルネ村に帰還中にアインズが言っていた事を思いだす。

 

「何故、私の名前を知ってるんですか!?それに、アインズ様の事まで!?」

 

「しまった!うっかり、口を滑らせてしまった!」

 

 ビックリした拍子に、心に思った事をに出して言ってしまっていた事に気付く。

 今まで声が出せなかった影響か、声が出る状態に慣れてないのだ。

 

「姐さん!下がって!コイツ、怪しすぎるぜ!」

 

 ゴブリン達が武器を構え、勝を囲みだす。

 

「お嬢さん、何者ですかい?」

 

「あー…そのー…実は…ですね…」

 

 エンリを見る。

 

(エンリさんなら、真実を打ち明けても大丈夫な気がする。)

 

「エンリさん。貴方、デュラハンに助けてもらった時、ポーションを渡されたでしょ?」

 

「な!?何故、それを知ってるんですか!?」

 

「魔法やドラゴンについても質問されたでしょ?」

 

「そこも!?」

 

 エンリが驚いている。

 あの瞬間の事は、エンリと妹のネム、デュラハン達以外知らないハズだからだ。

 

 勝が軍帽を脱ぐ。

 

「私の顔に、見覚えありませんか?」

 

「……あ!ブラックさん!?ブラックさんですか!?」

 

「ブラックって、カルネ村を救った竜人の名前じゃねぇか!姐さん、どういう事です!?」

 

「うん、まぁ、半分正解かな。」

 

 勝がポーションを取り出し、片膝をつく。

 それは、エンリにポーションを渡そうとした時のポーズだ。

 

「そのポーションは…」

 

「エンリさん。私はブラックではなく、首無し騎士デュラハンの方です。今は、人間の姿なんですよ。」

 

 「「「えぇぇぇ!?」」」

 

 エンリとゴブリン達が驚く。

 

(まあ、当然ですよね。)

 

「勝…様なんですか?」

 

「はい。今は、『リュウノ(竜之)』と名乗ってます。できれば、リュウノと呼んで下さい。」

 

「本当に、カルネ村を救ったデュラハンなんですかい?」

 

「あー、なら!これを見せれば、証明できるかな?」

 

 リュウノが、チャリオット付きの首無し馬(コシュタバワー)を召喚する。

 

「この馬とチャリオット!間違いありません!勝様が、私とネムを運んでくださった乗り物です!という事は、本当に勝様なんですね!」

 

 その瞬間、周りにいたゴブリン達が武器を下ろし、平伏する。

 

「申し訳ありませんでした!俺達の無礼をお許し下さい!英雄様!」

 

「英雄様!?そんな大層な者じゃないから!今の私は、リュウノ!普通の冒険者として扱って!お願いだから顔を上げて!」

 

「お前ら!英雄様のお帰りだ!皆を起こしにいくぞ!」

 

「起こさなくていいから!もう夜九時近いから!」

 

「歓迎会の準備だ!急げ!食いもんと酒も用意するんだぁ!」

 

 「エンリさん!アイツら止めてぇぇ!」

 

 

 

 

 

 ───────────────────

 

 

 

 

 

───とある馬車内───

 

 

 

「じゃあ、シャルティアがアウラと仲が悪い感じなのは、ペロロンチーノさんの設定に従っているだけで、本当はそこまで嫌いじゃないんだ!?」

 

「そうでありんす。ペロロンチーノ様とぶくぶく茶釜様はご姉弟でありんした。なので、ぶくぶく茶釜様によって作られたアウラの事は嫌いではないでありんす。ペロロンチーノ様が、アウラを嫌うよう、私に設定なさったので、からかっているだけでありんす。」

 

「へー。てっきり、シャルティアはアウラの事を本当に嫌ってるのかと、思っていたよ。」

 

「アウラの方は、私の事を良い友人のように思ってくれているみたいでありんすからねぇ…そこまで酷く嫌いにはなれないでありんす。」

 

 たっちとヘロヘロは、NPC達と談話しながら様々情報を得ていた。

 

 1つ目は、NPC達が、ナザリックが異世界に転移する前の出来事を覚えているという事。

 

 シャルティアが、ペロロンチーノとアインズが、エロゲ話やぶくぶく茶釜の声優の仕事について語っていた事を覚えていたからだ。

 

 2つ目は、NPC達は自分に与えられた設定を守っているが、設定に無い部分は創造主の性格に似る、あるいは真似する傾向がある、という事だ。

 

 シャルティアは、ペロロンチーノによって細かく設定が盛り込まれているため、ペロロンチーノの性格が入り込む隙がない。

 

 が、あまり設定が細かくされていないセバスは、創造主である、たっち・みーの真似をする事を良しとしており、『困っている人が居たら、助けるのは当たり前』という、たっち・みーと同じ考えをもって行動するらしい。

 

 3つ目、NPC達は、自分の創造主を1番慕っており、創造主のためならば、至高の御方とすら戦うつもりで居るという事だ。

 

 例えば、シャルティアに、

 アインズとペロロンチーノ、どちらかに味方しろ!

 と、命じた場合、シャルティアは躊躇なく創造主のペロロンチーノの味方につく、という事だ。

 

 一通り会話を楽しんでいると、ソリュシャンがヘロヘロに質問する。

 

「ヘロヘロ様。以前からお聞きしたかった事があるのですが、質問してもよろしいでしょうか?」

 

「う、うん。いいよ。」

 

「その…気分を害してしまう質問かもしれません。それでも構いませんか?」

 

「わかった。言ってみて。」

 

「では、ご質問します。ヘロヘロ様は、約2年程、お姿がお見えになられませんでしたが、どちらに行かれていたのでしょうか?

 

 ソリュシャンの質問は、ユグドラシルに約2年程ログインしていなかったヘロヘロが、どこで何をしていたのかについての質問だった。

 

「それは…」

 

 言葉に詰まる。現実世界の話をNPCにして良いのか迷ったからだ。

 

 シャルティアもセバスも真剣に見ている。

 二人も気になっているのだろう。

 

「説明してあげたいけど…えーと…これって話してもいいんですかね?たっちさん。」

 

 咄嗟に、たっち・みーに意見を求めるヘロヘロ。

 同じプレイヤーであるたっち・みーの意見次第で話そうか判断しよう、という考えなのだろう。

 

「え!?そ、そうですね…うーむ…」

 

 たっち・みーも悩む。

 NPC達が、現実世界の事を理解できるのかどうかも問題ではあるが、

 1番の問題は、自分達が現実世界で人間として生活している事を話す必要がでてくる事だ。

 

 仕事のため、あるいは生活のために現実世界に行っている、とNPC達に説明した場合、

 

 ナザリックで生活すれば良いのでは?

 仕事は我ら下僕がやりますから!

 と、言い出すに決まっている。

 

 勿論、NPC達は現実世界に行けないので無理だ。

 それに、現実世界での生活には、『家族』と暮らす、という意味も含まれる。

 

 独身の者でも、親や兄弟くらいは居るだろう。

 結婚してる者なら、妻と子供もだ。

 無論、NPC達は、至高の御方々に家族、特に親がいるなんて思っていないだろう。

 ペロロンチーノさんとぶくぶく茶釜さんのように、姉弟であるという情報が『事前に』あるなら話は別だが。

 

 

 NPC達からすれば、至高の御方々は、

 

 『ユグドラシルから現実世界へ仕事に行っている。』

 

 という考えが多いだろう。

 しかし、プレイヤーという存在である自分達は、

 

 『現実世界からユグドラシルに遊びに来ている。』

 

 という立場なのだ。

 

 だがら、ユグドラシルの事が全て遊びだったなんて、言える訳が無い。

 勿論、遊びに本気で取り組んでいた者や、それこそ人生の生き甲斐にしていた者もいたかもしれないが。

 

「し、仕事に行ってたんですよね。ヘロヘロさんは。」

 

「そ、そうだよ、ソリュシャン。私は仕事に行ってたんだ…。」

 

 適当な理由で誤魔化すしかなかった。

 

「それは…現実世界に…という事なのでしょうか?」

 

「そうだ。ソリュシャンは、現実世界について知ってるのか?」

 

「いえ、詳しくは知りません。ただ、至高の御方々がよく、『ログアウト』という方法を使って現実世界に帰る、という事をしているところを何度が目撃した事はあります。そうですよね?セバス様。」

 

「はい。私も何度か目撃しております。」

 

「私も何度か目撃しているでありんす。」

 

 NPC達の目の前で、現実世界に関する会話をしたり、ログインやログアウトを行ったプレイヤーがいたのだろう。現実世界の情報を聞かれてしまうのも当然である。

 

「そうか。私達としては、現実世界について説明してあげたいという気持ちはある。が、現実世界に関しては、極秘事項が多くてな。他のギルドメンバーの許可無しでは語れないんだ。特に、ギルド長であるモモンガさ…じゃなくて、アインズさんの許可が絶対必要なんだ。すまないな、ソリュシャン。」

 

 詳しく話すのはやめておこう。

 自分達だけで勝手に判断して、現実世界の事を話す訳にはいかない。

 ギルドメンバーとよく相談してからの方が良いだろうし。

 

「いえ!こちらこそ、答えづらい質問をしてしまい、申し訳ありませんでした。」

 

 NPC全員がお辞儀する。

 

 すると、タイミング良く馬車が停止する。

 

「おっと…どうやら盗賊団のお出ましでありんすね!」

 

「では、ソリュシャン。シャルティア様と一緒に出撃しなさい。異世界での初めての戦闘です。どのような敵がいるか分かりませんので、我々が先に様子を見て、至高の御方々の安全を確保しましょう。」

 

「畏まりました、セバス様。」

 

「たっち・みー様とヘロヘロ様も、それでよろしいでしょうか?」

 

「構わないぞ、セバス。」

「う、うん。大丈夫だよ。」

 

「では、私から行くでありんす。」

 

 シャルティアが扉を開けると、10人ほどの傭兵のような格好をした男達と一緒に、馬車の運転をしていた男、ザックが交じっていた。

 

「へへっ、可愛い嬢ちゃんじゃねーか。」

「俺達と遊ぼうぜー?」

「見ろよ、金髪美女とメイドもいるぜ!」

「男は邪魔だから殺すか…」

「そろそろ新しい女が欲しかったんだよ!」

「拠点のヤツらも喜ぶぜ!」

「あ、後で俺にもヤラせて下さいよ、ふひひっ!」

 

 明らかに悪党らしい奴らばかりである。

 

「さて、誰から来るんでありんすか?」

 

 シャルティアが一瞥し、余裕の表情を浮かべる。

 1人の男がシャルティアに手を伸ばして触れようとする。

 すると、たっち・みーがいきなり立ち上がり、シャルティアを手で優しくどかし─

 

「気が変わった。すまんが、死んでくれ。

 

 シャルティアに触れようとしていた男の腕を切り、相手が悲鳴を上げる前に首を切った。

 ドサリッと、切られた男が倒れる。

 あまりの一瞬の出来事に、シャルティア達は見ている事しかできなかった。

 

「コイツ!殺りやがったな!」

 

 盗賊団達が武器を構える。

 

「た、たっち・みー様…?」

「たっちさん!?」

 

 セバスもヘロヘロも、たっち・みーの突然の行為に驚く。

 

「シャルティア達に殺らせるつもりだったが、お前らのあまりのゲスぶりに腹が立った。」

 

「な、なんだと!?」

 

「盗賊団と聞いていたので、金目の物を盗むだけかと思っていたが、女子供にも容赦ないとはな!」

 

 たっち・みーの言葉を聞いて、ヘロヘロはすぐに察した。たっち・みーには、現実世界に妻と子供が居る。女性や子供にも危害を与えようとした盗賊団達に、怒りが爆発したのだろう。

 

「おい。他にも仲間が居るんだろう?何処にいるんだ?答えろ!」

 

「うるせぇ!皆、この騎士を殺せ!」

 

「そうか。なら仕方ない。シャルティア、ソリュシャン、こいつらからアジトの情報を吐かせるんだ。」

 

「「はっ!」」

 

 シャルティアとソリュシャンが外へと飛び出し、盗賊団達を、あっという間に半殺しにしていく。

 

「セバス、ヘロヘロさんの警護を頼む。」

 

「畏まりました。」

 

「ヘロヘロさん、少し予定を変更します。」

 

「え!?」

 

「私は、シャルティアと共に盗賊団のアジトに行きます。ヘロヘロさんは、セバス、ソリュシャンと馬車で先に行って下さい。」

 

「わ、分かりました。」

 

 その間に、シャルティア、ソリュシャンが盗賊団達を尋問しながら殺していき、情報を入手して帰ってくる。

 殺された盗賊団達は、皆酷い有様で死んでいる。

 盗賊団に情報を流したザックは、ソリュシャンに丸呑みにされたため、死体は無かった。

 

「たっち・みー様、アジトの位置が分かりましたでありんす。」

 

「よし。シャルティア、私と行くぞ。つまらない盗賊団を、ここで壊滅させておく!」

 

「はっ!」

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 

──再びカルネ村──

 

───夜九時前───

 

 

 

「こ、これは!?」

 

「カルネ村への復興支援として、国王様からの義援金です。お受け取り下さい。」

 

 エンリと一緒にユニコーンに乗りながら、カルネ村に着いたリュウノは、王都から来た『冒険者の配達人』として村長に名乗り、義援金の入った宝箱を渡していた。

 宝箱の中身は当然金貨だ。

 箱いっぱいに詰まった金貨を見て、村長も村人達も腰を抜かしている。

 エンリとゴブリン達は、リュウノの正体を知っているため、ニヤニヤしている。

 エンリの隣にはンフィーレアも居る。

 彼もエンリからこっそり教えてもらったのか、ニヤニヤしている。

 

「ほ、本当に受け取っても良いのですか!?」

 

「こちらに、国王様の直筆の書文があります。ご確認を。」

 

「国王様からの書文!?あ、ありがとうございます。どれどれ…」

 

 村長に書文を渡し、村長がそれを読む。

 

「な、なんと!?皆聞いてくれ!この義援金は、王都で冒険者活動を始めた、勝様から頼まれた物だそうだ!わざわざカルネ村のために、義援金を用意して、国に送って欲しいと頼んで下さったそうだぞ!」

 

 カルネ村の村人達が驚きの声を上げる!

 

「なんと!私達のために、義援金を!」

「村を救って下さっただけでなく、復興支援まで考えて下さるとは!なんと優しい方なのだ!」

「国王陛下からも信頼されるようになってるなんて!やっぱり凄い御方なんだな!英雄様は!」

 

 どうやら書文には、国からではなく、あくまで勝が用意した、という風に書いてあったらしい。

 村人達が、英雄様こと勝に感謝の言葉を呟いたりして歓喜している。

 

 

(あの国王!国からの正式な義援金にするって話を忘れてないか!?

 完全に私からの援助金みたいな感じになっちゃってるじゃねーか!)

 

 

「コホン。えっと、渡す物は渡しました。ご満足頂けたようでなによりです。」

 

「ありがとうございました。もし、王都に帰られる際は、皆が喜んでいたと、勝様に伝えて下さいませんか?」

 

「ハハハ!伝えたら、きっと大喜びするでしょう。」

 

(そのメッセージ、既に届きましたよw)

 

「あの!リュウノさん。宜しければ、村に1泊して行かれませんか?もう、夜遅いですし。」

 

「そうですぜぇ!泊まって行った方が良い!夜食も用意しますぜ?」

 

 エンリ達が必死に引き止めようとしてくる。

 正体を知っているからだろう。

 すると、遠くから見ていたモモンがやって来て、同じように引き止めてくる。

 

「リュウノさん、でしたか?夜道は危険です。女性が1人で帰るのも危ないでしょう。どうでしょうか?私達のチームには、女性が二人いるので、私達と同じ宿泊小屋で寝るというのは?」

 

「えーと…貴方も冒険者ですか?」

 

 互いに初対面を装う。

 ポーション繋がりでモモンと知り合いである事は、ンフィーレアにはバレているだろうが、

 あくまで、リュウノとモモンは初対面という事にしておく。

 

「はい。ンフィーレアさんの薬草採取に同行して、カルネ村に滞在しています、モモンと言います。長旅で疲れているのでは?休まれていった方が、安全ですよ。」

 

「そ、そうですね。では、お言葉に甘えて1泊させて頂きますね。丁度、お腹がすいてて、夜食を頂きたいなと、思っていたところなんです。」

 

 エンリ達が嬉しそうな顔をする。

 

「では、夜食を作ってきますね。」

 

「ありがとうございます。わざわざすいません。」

 

「いえいえ、お気になさらず。では!」

 

 エンリ達が夜食をつくるため、家の中に入っていく。

 エンリ達が去ったのを確認すると、モモンと一緒に、宿泊小屋に入る。

 中では、変装したペロロンチーノとウルベルト、ルプスレギナとナーベラルが待っていた。

 

「…では、勝さん改め、リュウノさん。詳しい事情を聞かせていただきましょうか?」

 

「お、おう…。実は──」

 

 人間になってしまった経緯を話す。

 証拠の玉手箱もついでに出す。

 

「──という訳です。」

 

「これが例の玉手箱ですか。…デュラハンに戻るには、24時間後に再び開ける必要があると。」

 

 ペロロンチーノが蓋を開けようとするが、カタカタと音がなるだけで、開く気配がない。

 

「蓋が開かないっスねー。24時間経たないと開かない仕組みなんスかね?開いたら、オレも人間になっちゃう可能性があるんスかね?」

 

「即何度も使用可能なら、私達も人間と異形種の姿を好きなタイミングで入れ替えできたのでしょうが…不便なアイテムですね。」

 

「とにかく、この玉手箱はリュウノさんがまだ持っておくべきでしょう。お返しします。」

 

 玉手箱を返される。

 リュウノが自分のアイテム空間に、玉手箱を放り込む。

 

「しかし、勝さんこと、リュウノさんが女性だったとは…思いもしなかったっス。」

 

「私もです。悪魔である私すら欺くとは!リュウノさんもギルド長も人が悪いですね…。」

 

「リュウノさんの強い希望だったんです。すみません…皆さん。」

 

「モモンさんは悪くねぇよ…私が内緒にして欲しいって頼んだんだ。だから…悪いのは全部私だ。ペロロンチーノさん、ウルベルトさん、ごめんなさい!」

 

 騙していた事を謝る二人。

 ペロロンチーノとウルベルトは、少しの間黙っていたが、顔を見合わせると、クスッと笑う。

 

「顔を上げてほしいっス、リュウノさん。女の子が土下座なんてしたら、R18っぽくなっちゃうじゃないですか。気にしてないから、大丈夫ッス。」

 

「ええ、そうですね。私達が悪者みたいになるじゃないですか。そんなに謝らなくてもいいんですよ。」

 

「ペロロンチーノさん、ウルベルトさん…ありがとう…。」

 

「ルプスレギナとナーベラルはどうなんだ?勝さんこと、リュウノさんが人間である事に、不満はあるか?」

 

 1番気になっていたNPC二人に質問がいく。

 ブラック達は受け入れてくれたが、他のギルドメンバーによって創造されたNPC達は、どう思うのだろうか?

 

「ん〜…不満はないっすね。至高の御方々が、リュウノ様を勝様だとお認めになった時点で、どんな姿でも、勝様は勝様っす。」

 

「私もルプ姉と同じです。それに、リュウノ様の人間の姿は、ブラックと瓜二つなので嫌いではありません。」

 

 NPC二人も受け入れてくれるようだ。

 特に、人間を虫扱いするナーベラルと、人間を玩具のように思っているルプスレギナに受け入れてもらったのは、とても良い結果だ。

 これなら、ナザリックの他のNPC達にも受け入れてもらえる事だろう。

 

「良かった~…ナーベラルは人間蔑視の設定があるから、私の事を虫けらとか、『このゴミめ!』とか言うんじゃないかと思ってたよ。」

 

「さ、流石に、至高の御方である勝様に、そのような事は致しません。たとえ、人間の姿であったとしてもです。」

 

「そっか。なら、ナザリックの皆に話ても大丈夫そうだな。」

 

「そのようですね。ところで、リュウノさん。今日1日の冒険者活動はどうだったんですか?教えて下さいよ。」

 

「えーと…王都の冒険者組合で──」

 

 今日1日の出来事を話す。

 特に印象強く覚えてる部分を中心に話した。

 

 ①蒼の薔薇との自己紹介でやらかした竜王一斉召喚

 ②鉱山でやらかした、死の騎士(デス・ナイト)大量召喚

 ③アンデッドと間違われて、出会った冒険者達にドロップキックされたり、踏みつけられたりした事

 ④ティアマトとブラックの正妻争い

 ⑤竜王達の主人争奪戦

 

 それらを話した。

 

 

 「ぶっはっはっはっww」

 「ダハハハハハハwww」

 「ぷっwwくっwはっww」

 

 まず、3人に大笑いされた。

 それから色々言われた。

 

(恥ずかしい…誰か、私から頭を取ってくれぇぇ!)

 

 

 

「いやいやいやいやwおかしいですよ!自己紹介で竜王(ドラゴンロード)を一斉召喚ってw」

 

「仕方ねーだろ!第六位階より上が有り得ないとか、言われたんだぞ!レッドが第十位階魔法を使った後にブラックが、『ご主人様はもっと凄い』とか言うんだぜ?もう、超位魔法使うしかないじゃん!竜王1匹召喚とか、しょぼく思われるかもしれないと思ったんだよ!」

 

 

 

 

「私でも、死の騎士(デス・ナイト)を大量召喚とかしませんよwww」

 

「効率を考えたんだよ!行ってないルートとか、めちゃくちゃ気になるじゃん!というか、気にならないの!?」

 

 

 

 

「女冒険者からドロップキックされて、踏まれた感じはどうだったっスか?痛気持ちい感じだったっスか?」

 

「痛かっただけだったよ…。なんなら、試してみるか?ペロロンさん。今なら軍服で女子というオプション付きだぞ?」

 

「ちょっ!?リュウノさん!ペロロンさんにそんなセリフ言っちゃダメですよ!」

 

「え!?いいんですか!?ど、どうぞ遠慮なく踏んでください!」

 

「いいのかよ!?」

 

「軍靴とソックス、どっちで踏まれたい?」

 

「ダメです!リュウノさん!ペロロンさんを刺激しないで!」

 

「ぬぅぉぉぉ…!究極の選択ぅ…ぬぅぅぅ~!ソックスで!」

 

「あ。お風呂入ってないから、臭うかも。やめとこ。」

 

「(゚ロ゚)それを洗うなんて!?勿体ない!」

 

「ペロロンさん、いい加減にしないと、羽毟りますよ?リュウノさんも、ペロロンさんをあまり興奮させないで下さい。」

 

「てへっ☆」

 

 

 

 

 

「竜王であるティアマトにブラックが突っかかって行ったんですか!?というか、ティアマトって、第二のアルベドみたいな感じですね…」

 

「アルベドもそんなにヤバイの!?」

 

「どっちが早く結婚するかどうか、シャルティアと言い争いしてましたよ。」

 

「シャルティアと!?ペロロンさんが居るのに!?」

 

「アルベドは…その…ビッチ設定なんですよ…。」

 

「マジで!?やばいな。私のブラックの設定作成には、タブラさんやペロロンさんも参加してるからなー。変な設定とか、なければいいんだが…大丈夫ですよね?ペロロンさん?」

 

「(ง゜ω゜)ว」

 

「オイコラw逃げようとするなw」

 

 

 

 

「ところでリュウノさん。さっき言った、蒼の薔薇のメンバーについて教えて欲しいっス!」

 

「やっぱり食いついて来たな!エロゲーマスター!」

 

「フッ…当然っス。」

 

「こんな時のために、メンバーの情報をメモっといてやったぜ!と言っても、今日の鉱山探検中に得た情報だけだけど。」

 

「マジッっスか!?サンキューっス!」

 

「まず、蒼の薔薇のリーダー!金髪美女で貴族令嬢のラキュースさん!」

 

「いきなり高得点っス!(゚∀゚)」

 

「だが!」

 

「だが!?」

 

「仲間からの話を聞くかぎり、ラキュースさんは厨二病の疑いがある。」

 

「うわぁ…マジっスか〜…」

 

「次に、双子の盗賊忍者、ティアとティナ。髪はオレンジに近い金色。スラリとした肢体をしており、全身にぴったり密着するような服装をしているぞ。」

 

「こっちもなかなか高得点っスね!」

 

「だが!」

 

「だが!?」

 

「ティアはレズ、ティナはショタ好きらしい!」

 

「なん…だと…!?」

 

「次に、魔術師(マジックキャスター)の金髪仮面少女、イビルアイさん。」

 

「少女来たー!リュウノさん!その子について詳しく!」

 

「その子は、蒼の薔薇の最後に加入したメンバーらしい。なのに、態度が一番デカいというw」

 

「ほうほう!」

 

「だが!」

 

「だが!?こっちにもなにかあるの!?」

 

「シャルティアと同じ、アンデッドなんだよ。」

 

「そんな!?」

 

「しかも!」

 

「まだあるの!?」

 

「ペったんこ。」

 

「うわあぁぁぁぁぁ──!神よ!何故貴方はオレを苦しめるっスかぁぁぁぁ!!_| ̄|○ 」

 

「絶望するほどかよwww」

 

「だって!アンデッドじゃ、成長しないじゃないっスかー!」

 

「最後は、ガガーラン!ゴリラウーマンの戦士。」

 

「あ、もういいっス。美女幼女しか興味ないっスから。」

 

「ペロロンさん、サラッと酷い事いいますね…。」

 

「安心しろ。私も、『ゴリラウーマンの戦士』しか、特徴書いてないから。」

 

「貴方もサラッと酷いですね!?」

 

 

 

 

「竜王も人型になれたんですね。」

 

「ファフニール達が、人間になった私を(つがい)にしようと暴走してさ〜。本当に困っちゃってw」

 

「リュウノさん!ハーレムと逆ハーレムを同時に味わうなんて!うらやまけしからんっス!」

 

「ふっ…ドラゴンに愛されて困っちゃうぜ!」

 

「∑(O_O;)満更でもない!?」

 

「最後は、宝石で生き埋めにして黙らせてやった。」

 

「ドラゴンを宝石で埋める…え?埋める!?どゆこと?」

 

 

 

「シャドウナイトドラゴンと契約を!?初依頼でドラゴンって、ある意味凄すぎません?」

 

「そっちは?」

 

「『森の賢王』とか言う、雌のジャンガリアンハムスターですよ…」

 

「はぁぁあ!?めっちゃイイじゃん!どこに居るの?ソイツ!」

 

「宿泊小屋の裏ですよ。」

 

「ちょっとハムってくる。(`・ω・´)」

 

「ええっ!?今からですか!?」

 

 勝が猛スピードで宿泊小屋から出て、裏側に走っていく音がする。

 そして、外から声が聞こえてくる。

 

「うおおおおぉ!?デケェじゃん!揉みがいがありそう!」

 

「ぬぅお!?なんでござるか、お主!いきなり来て、拙者の眠りを妨げるとは!」

 

「私の名はリュウノだ!いきなりで悪いが、も・ま・せ・ろ・!」

 

「ひぃい!?殿!この人間、めちゃくちゃ強いでごさる!拙者を掴んで離さない、凄い腕力の持ち主でごさる!」

 

「うわっ!?毛がゴワゴワじゃん!抜け毛も酷い!アンタ、ちゃんと手入れしてるのか!?毛の手入れは女にとって命なんだぞ!毛の手入れをちゃんとしないと、雄達にも嫌がられるよ?」

 

「ほ、本当でごさるか!?拙者、子孫を残したいので、雄を探しているのでごさる。」

 

「任せろ!どんな雄でも魅了できる、最高の毛並みにしてあげるぜ!えーと…動物用の毛洗いセットと、お風呂セットと──」

 

「ぬぅお!?なんか色々出てきたでごさるよ!?」

 

「大丈夫!安心しろ。何処に出しても恥ずかしくない、最高のジャンガリアンハムスターにしてあげるから!では、私も──」

 

「なぜ、リュウノ殿まで脱ぐでごさるか!?」

 

「脱がないと、服が濡れるじゃん。さあ!入った入った!」

 

「ちょっと!リュウノさん!?丸見え!丸見えですから!隠して!」

 

「RECっス!誰か、カメラ持って来て!リュウノさんの貴重な裸シーンを録画して──」

 

カーテン設置!ふふん♪覗きなんてさせねーよ!というか、レディの裸を覗いてんじゃねーよ!この変態ども!これでもくらえ!」

 

「うわぁ!水鉄砲が!というか痛い!?水鉄砲なのに!?」

 

「アダダダダダダッ!?痛いっス!でも!カーテンごしに映るシルエットというのもなかなか魅力的!(๑•̀ •́)و✧」

 

「リュウノさん!せめて壁を!壁を作ってー!」

 

「…騒がしいですね…まったく…フフッ。」

 

 

 

『森の賢王』を洗った後、リュウノはエンリの作った夜食をご馳走になった。

 

 大麦と小麦のオートミール

 野菜炒め

 干し果実

 干し肉の切れ端が入ったスープ

 黒パン

 豆のスープ

 

 ナザリックの者達からすれば、

 良質な素材をふんだんに使ったナザリックの料理に比べれば、どれも見劣りする食材と料理に思えただろう。

 

 だが、異世界に転移してから、1度も食事をした事が無かったリュウノにとっては、これが久しぶりの食事だった。ゆえに、普段自分が現実世界で作っていた料理よりも、美味しく感じた。

 

「美味い!こんなに美味しい料理を食べたのは、久しぶりだ!」

 

 そう言いながら、パクパク料理を食べるリュウノを見て、エンリとンフィーレアは微笑んでいた。

 

「リュウノさんが元人間だったって話、本当だったと…今なら信じるよ。」

 

「ええ。そうね。あんなにも美味しそうに村の料理を食べてくれるなんて、相当長い間アンデッドのままだったんでしょうね。」

 

 一方、リュウノは食事をしながら、別の宿泊小屋で寝泊まりしていたシルバーの冒険者チーム『漆黒の剣』と会話していた。軽い自己紹介を終わらせ、モモンチームに対する感想や冒険者になった経緯など、いろいろ話した。

 ちなみにだが、彼等はリュウノがデュラハンである事は知らない。王都から来た、オリハルコンの冒険者だと、本当に信じている。

 

「へー。十三英雄の1人、『黒騎士』または『暗黒騎士』と呼ばれている英雄の『4本の剣』を探すのが、君達の目的なのか。」

 

「はい。でも、4本ある剣の内、1本は既に見つかっているんです。アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』のリーダーが、その剣を持ってるという情報がありまして──」

 

「ブフォwww!?ゴホッケホッ!」

 

「どうしたのですか、リュウノさん!?」

 

「今、蒼の薔薇のリーダーが持ってる剣って言った!?」

 

「はい。言いましたけど…。『魔剣・キリネイラム』と言う剣です。」

 

「じゃあ、『邪剣・ヒューミリス』って剣も、その英雄の剣だったりしない?」

 

「よく知ってますね!はい、そうです!その剣も、4本の内の1本ですよ。」

 

「私、持ってるよ。ホラ。」

 

 お風呂に入った際に仕舞っていた邪剣を取り出して、漆黒の剣のメンバーに見せる。

 

「えぇぇぇえ!?」

「マシで本物じゃん!流石、リュウノちゃんだ!」

「2本目が既に見つかっていたとは!驚きであ~る。」

「本物を間近で見れるなんて…」

 

 漆黒の剣のメンバー、

 リーダーの『ペテル・モーク』、

 ナンパ野郎の『ルクルット・ボルブ』

 髭もじゃの『ダイン・ウッドワンダー』

 女の子っぽい『ニニャ』

 

 が、驚く。

 

「これをどこで見つけたのですか!?」

 

「ドラゴンの巣穴からだよ。いやー、あのドラゴンは強かったよー。」

 

「ドラゴンと戦ったのですか!?」

 

「そうだよ。ヒポグリフの背中に乗って──あ!私ね、召喚士なんだ。グリフォンとかも召喚できるんだよー。ホラ!」

 

 魔獣(ビースト)の召喚魔法を使って、ヒポグリフ

 やグリフォンを召喚する。

 

「す、凄い!」

 

「この子達の背中に乗って、ドラゴンのブレスを掻い潜り、空中から飛び乗っての接近戦!いやーヤバかったよー。」

 

「おお~!」

 

 本当はシャドウナイトドラゴンなのだが、デュラハン関係に繋がるので、戦いの内容自体はユグドラシルでの経験話にすり替えた。

 

「他にも、ハーピーやミノタウロス、それとそれと──」

 

 その後も、ユグドラシルでのモンスターとの戦いを、こちらの異世界でやったかの様に話、漆黒の剣のメンバーに語り聞かせた。

 

 いつの間にか、ゴブリン達まで来て、

「スゲー!」

「ヤベぇ!」

「英雄みたいな強さだ!」

「もう、英雄様呼びでよくね?」

「英雄だな。」

「英雄様だ!」

 と、さり気無く褒め、サラッと英雄様呼びを馴染ませていったのは内緒である。

 

 その日の夜のカルネ村は、特に騒がしい夜となった。

 そして深夜12時前、ようやく皆が眠る準備のため、各々の家や持ち場に帰っていった。

 

 リュウノも宿泊小屋に戻り、皆と談笑していた。

 まだ眠気はなく、他の皆も、ペロロン以外は眠るつもりがなさそうだ。

 すると、モモンがリュウノに言う。

 

「あのー、リュウノさん。ちょっといいですか?」

 

「ん?何?モモンさん。」

 

「その…まだ眠くないなら…えっと…その…」

 

 何故か、落ち着きがないモモン。

 ペロロンやウルベルの方をチラチラ見ている。

 

「なんだよ。ハッキリ言えよ。」

 

「その!私と!散歩に行きませんか!」

 

 意を決した様に、モモンが言う。

 

「二人で?」

 

「二人で!」

 

「ふーん……いいぜ!二人で散歩デートだな!」

 

「ちょっ!?その言い方は!」

 

 モモンが焦る。

 ペロロンとウルベルがニヤニヤし始める。

 リュウノが、笑顔で言う。

 

「ちょっと、その辺を、モモンと二人で散歩してくるぜ!ペロロンさん達、着いてくるなよ~。」

 

「え!?あれ?誘ったの私なのに!」

 

 グイッと、リュウノがモモンの腕を引っ張り、強引に連れ出す。

 バタンッ!

 と、扉が閉まる。

 

「……ウルベルさん、どうします?アレ、マジデートですかね?」

 

「さあ?でも、着いてくるなと言われると、行きたくなるじゃないですか。フフッ。」

 

「私も気になるっす!ナーちゃんはどう?」

 

「私は…べ、別に…」

 

「フフッ。なら──」

 

 皆の反応を確認したウルベルが、不敵な笑みを浮かべながら言う。

 

「完全不可視化の魔法でもかけて、皆で隠れて見に行きますか。」

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

 

「これで最後ですか?」

「ああ。しかし、なんでゴブリンが此処に陣取ってるんだ?」

「わかりません。もしかしたら、村の人間達を逃がさないために、ゴブリン達に柵を作らせたのかも。」

「とにかく、予定どおり村に侵入するぞ。」

 

スレイン法国の特殊精鋭部隊、漆黒聖典が、村の防護柵を守っていたゴブリン達を皆殺しにしていた。

増援や助けを呼ぶ暇もなかったのだろう。

最後まで生き延びた者でも、門から15m程離れた位置で、後ろから刺されて死んでいた。

 

「村人への被害は最小限に抑えて下さい。少なくとも、デュラハンが見つかるまでは。」

「もし、村人がまだ起きてたらどうするの?隊長。」

「冒険者を装いましょう。冒険者のフリをして近づき…」

「油断したところをブスリ!か?」

「殺すかどうかは、各々の判断に任せます。ただし、拷問したゴブリンから聞き出した人物は例外です。見かけ次第、殺します。」

「じゃあ行くか。俺達、スレイン法国に喧嘩を売った、愚かなアンデッドをぶっ殺しに!」

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 一方、モモンとリュウノは、村の広場まで移動していた。広場の中央にある木製の長椅子に座り、二人並んで夜空を見る。

 

「で?私を散歩に誘った理由は?」

 

「えっと…その…」

 

「なんだよ!わざわざ二人でって言うから、なんか話でもするのかと思ったのに。」

 

「いや、二人で話をしたかったのは本当ですよ?だって、異世界に転移してからのリュウノさんは、デュラハン状態では1人で会話できないでしょ?」

 

「まあな。ブラックか、竜王達か、アンデッドでも召喚しないと、会話できないな。デュラハン状態で、お前と二人で会話なんてできない。いちいち文字で書く手間が増えるからな。」

 

「はい。だから、リュウノさんが人間になってる今なら…二人で会話できるかなって思って…。」

 

「まさか!誘うだけ誘って、会話する話題を用意してなかったのか!?」

 

「うっ…はい。ごめんなさ──」

 

「アッハッハッハッハッwwwお前ってヤツはwwwハッハッハッハwww」

 

「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか!」

 

「フフッwwなら、私が話題を作ってやるよ。(さとる)。」

 

 いきなり、モモンの本名を言い出すリュウノ。

 

「え?」

 

「なんだよ?二人っきりなんだから、別にいいだろ?」

 

「まあ…はい。そうですね。」

 

「ん~…そうだなぁ〜…悟はさ、このままナザリック地下大墳墓の支配者として君臨し続けるつもりか?」

 

「そうですね。NPC達が、それを望んでいるみたいですし。」

 

「やれるのか?お前は確か、サラリーマンだったろ?サラリーマンから異形種の蔓延る墳墓の支配者だぞ?格が違いすぎるだろ。」

 

「それを言うなら、リュウノさんだって同じじゃないですか。オマケに竜王(ドラゴンロード)とか凄い存在まで従えさせて。動物園の飼育員から…その…ドラゴンの飼い主じゃないですか!」

 

「飼い主も飼育員とほとんど変わんねーよww」

 

「仕方ないでしょ!いい例えが思いつかなかったんですよ!」

 

「あるぞ。いい例えが。」

 

「どんな?」

 

「ナザリックで一番の『強欲者』だよ、私は。動物園の飼育員から、ナザリック(いち)の強欲者になったのが私。」

 

「強欲…ですか?とてもそんな風には…」

 

「いや、強欲だよ。といっても、人間の強欲とは違うものだと思うけどね。どちらかと言うと、ドラゴンの強欲に近いかもしれない。」

 

「どういう意味ですか?」

 

「ユグドラシルにいた時の私は、欲しいものを集めるだけ集める、それだけの人間だった。それが人間の強欲。なら、ドラゴンの強欲とはなにか。答えは1つだよ。それは──」

 

「それは?」

 

「──『宝』さ。」

 

「宝?財宝の事ですか?」

 

「ドラゴンにとっては財宝であってる。なら、私にとっての宝とは何か。答え、わかる?」

 

「ブラック達…ですか?」

 

「ん~半分正解かな。」

 

「じゃあ、残り半分はなんなんです?まさか!親友の私ですか!?」

 

「ブッwwハッハッハッハwww違ぇよ!まったくw」

 

「なら、なんなんです?残り半分の宝は。」

 

「そんなの、ナザリックに住む皆に決まってるだろ。ブラック達もギルドメンバーもNPCも…そして──」

 

 リュウノがモモンを見つめる。

 

「──お前()も。」

 

 笑顔で言う。

 

お前()も私の宝だ。

 

「リュウノさん…」

 

「だから、私の宝を奪うヤツがいたら、どんなヤツだろうと容赦しない。私の宝が、この異世界に移動したなら、私も異世界で宝を守る。」

 

「なら、リュウノさんは現実世界に戻るつもりは無い、という事ですか?」

 

「現実世界に帰るとか帰らないとか、どうでもいいね、そんなこと。」

 

「え?」

 

「だって、帰りたいって願っても帰れないじゃん?なら、考えるだけ無駄。今の私達が考えるべきなのは、今をどう過ごすかだと思うぞ。」

 

「今をどう過ごすか…ですか…。」

 

「私は楽しく過ごしてる。やりたい事やって、ブラック達や他の皆と楽しく過ごせれば、それでいい。たったそれだけの理由で、私は満足だよ。と言っても、異世界に来たばかりで、いろいろ上手くいかない事の方が多いけどな。」

 

「そうですか…。」

 

「だからお前もさ!皆が望むから支配者になるんじゃなくて、お前の目指す支配者になればいい。今更カッコつけても無駄だぞ?NPC達は、ナザリックが異世界に転移する前の出来事も覚えてるみたいしな。支配者モードじゃない、お前の姿も見ちゃってるだろ。」

 

「えぇぇぇえ!?それ、本当ですか!?」

 

「気付いてなかったのか!?私が初めて竜王(ドラゴンロード)達を召喚した時を思いだせよ!あの時、竜王(ドラゴンロード)達は、私が八竜の竜王(ドラゴンロード)達に戦いに行ってた事を覚えてただろうが!」

 

「あ。そう言えば、そうでしたね…」

 

「とにかくだ。話題は考えてやったんだ!次はお前が考えろ!」

 

「ええっ!?そんな!」

 

「誘ったのはお前だろうが!」

 

「だって!リュウノさんが、散歩デートとか言うから!緊張しちゃって…」

 

「なら…本当にデートするか?私は構わんぞ。」

 

「な、何を言ってるですか!?そもそも私達、現実世界でも付き合ってないじゃないですか!」

 

「……………。」

 

急に黙り出すリュウノ。

モモンが気になってリュウノの方を見ると、リュウノがモモンを睨んでいた。

 

「な、なんです?リュウノさん。」

 

「……この鈍感……」

 

「え?今、なんて言──」

 

「あーー!思いだした!悟、テメー!高校3年のホワイトデーで、私に手作りチョコ渡しただろ?メッセージカード入りの!」

 

「えーー!?なんで今になって、その話題が出てくるんですか!?」

 

「思い出して来たぞ…。そうだ!そのメッセージカードに、『俺と付き合ってくれませんか?』って書いて告っただろ!」

 

「うわぁぁ!?やめてください!それ、黒歴史なんです!」

 

「なんでだよ!?」

 

「だって、リュウノさん…返事くれなかったじゃないですか。てっきり、フラれたと思って…」

 

「当たり前だろうが!」

 

「何故です!?」

 

「あのな、手作りチョコまで渡しておいて、なんで『俺と付き合ってくれませんか?』なんだよ!そこは、『俺と付き合え!』とか、『俺の女になれ!』ぐらいの勢いで書けよ!」

 

「そ、そんなの無理ですよ!」

 

「……………。」

 

リュウノがまた黙り出す。

モモンが不安そうに様子を伺う。

 

「リュウノ…さん?」

 

「…気付けよバカ。ここまでやってわかんねーのかよ…」

 

「え?今──」

 

「うるさい。少し黙れ。」

 

下を向き、不貞腐れた子供のような態度になるリュウノ。

モモンが、ますます困惑する。

 

そんな二人を、4人の人物が見ていた。

完全不可視化の魔法と、音消しの魔法まで使い、二人のやり取りを目の前で見ている。

 

「モモンさん!気付いて!リュウノさんは、貴方からの告白を待ってるんっスよ!」

「もどかしいですねぇ…リュウノさんが告れば解決でしょうに…」

「何言ってるんっスか!ウルベルさん。乙女心というヤツっスよ!」

「そうっす!こうゆうのは、モモン様から告られた方が嬉しいっす!ね!ナーちゃん。」

「それは、まぁ…そうだけど!」

「仕方ないですね…少し、助け舟でも出しましょう。伝言(メッセージ)。モモンさん。黙って聞いて下さい。」

 

モモンがピクっと反応する。

 

「ペロロンさんが、告白するなら今ですよと、仰ってますよ。エロゲーマスターからの助言ですよ?フフッ。」

 

モモンがキョロキョロしている。

見られていた事にようやく気づいたのだろう。

 

「あー…リュウノさん。」

 

「…なんだよ。」

 

相変わらず下を向いたまま、リュウノが返事を返す。

 

「その…ですね…私と…」

 

 

「ガンバレっす!モモン様!」

「ああ!至高の御方々同士が!ついに!」

「行けっス!モモンさん!言っちゃうっス!」

「ここで言うのが男ですよ!モモンさん。」

 

 

「私と…その…」

 

「……………。」

 

「……………。」

 

モモンが何かを言いかけて、そのまま黙る。

リュウノも一切声を出さず、下を向いたままだ。

 

「何やってるっスか!まどろっこしい!」

「くぅ~もったいつけてくれますねー。」

「言うっすよ!モモン様!言わないなら、私が!」

「駄目よ、ルプ姉さん!至高の御方々に失礼よ!」

 

4人が焦れったそうにし始めた時、モモンがリュウノの軍帽を取る。

 

そして──

 

「リュウノさん。ちょっと失礼しますね。」

 

「お?」

「おや?」

「これは…」

「なんと…」

 

 

モモンがリュウノの頭を撫でていた。

リュウノが顔を真っ赤にしている。

 

「な!なんだよ。急に…」

 

「ほら、昔、子供の頃に、リュウノさんが悲しい顔してる時、私がこうやって撫でると、嬉しそうな笑顔になってたじゃないですか。だから…今回も喜んでくれるかな、って思って。」

 

「……ずるい。このタイミングでこれをしてくるなんて…」

 

「嫌ならやめましょうか?」

 

「嫌…じゃない。続けていいから、私の顔は見るな。」

 

「わかりました。」

 

モモンが正面を向いたまま、隣にいるリュウノの頭を撫でる。

その光景を見た4人は、ある事を思う。

 

「似てるっスね。ブラックちゃんに。」

「リュウノさんに頭を撫でられてる時のブラックですね。あれは。」

「そっくりっすね。」

「ええ。本当に。」

 

しばらく撫でた後、モモンが手を下ろす。

リュウノのが少し、名残惜しそうな顔をしている。

 

「リュウノさん。今更かもしれないですけど…」

 

「……何?」

 

2人が見つめ合う。

 

「いよいよっス!」

「ようやくですか!」

「この目に焼き付けるっす!」

「モモン様!リュウノ様!」

 

「私…リュウノさんの事が好き───」

 

そこまで言った時だった。

 

「すみませーーん!」

 

突然、遠くから声が聞こえた。

 

モモンとリュウノ、そして隠れている4人も、声がした方を見る。

 

十二人程の冒険者風の集団が、そこにいた。

 

「チッ!誰っス?アイツら。せっかくの告白シーンが台無しっス。」

「ペロロン様、ご命令いただければ、即奴らを始末しますが!」

「雰囲気が台無しっすねー。最悪っすねー。殺したくなってきたっす。」

「殺せと命じたいところですが…落ち着きなさい、二人とも。今はまだ抑えて。」

 

 

「すみませーん!この村の方ですか?私達、冒険者の者なんですがー。」

 

謎の冒険者集団の1人がモモン達に呼び掛ける。

 

「今、そっちに行きます!」

 

リュウノが立ち上がり、帽子を深く被りながら、冒険者集団の方に駆け出す。

 

「あ、リュウノさん!」

 

「スマン!また、後でな!」

 

モモンの呼び掛けに、笑顔で手を振りながら、走って離れていくリュウノ。

モモンは、その後ろ姿をただ見つめる事しかできなかった。

 

 

リュウノが冒険者集団と合流する。

冒険者集団のリーダーらしい男が話す。

 

「お話中、すみませんでした。」

 

「いいえ!お気になさらず!私は、オリハルコン冒険者のリュウノと言います。」

 

「これはどうも。私達、冒険者なのですが、この村に泊めて頂けないかと思っていまして。村長さんとかいらっしゃいますかね?」

 

「あー、もう寝てるかもしれませんね。今から起こすのも…うーん…そう言えば、ゴブリン達に会いませんでしたか?」

 

「ええ。途中までゴブリンさんが案内してくれまして 。今は、『姐さん』という方を呼んでくると、どこかに行かれてまして、待ってる状態なんです。」

 

「そうでしたか。なら、私も同行して案内しましょう。コッチです。」

 

「ありがとうございます。」

 

 

一方、

リュウノと冒険者集団のやり取りを遠くから眺めているモモンに、ウルベルとペロロンが伝言(メッセージ)を飛ばしていた。

 

「残念でしたね。」

 

「はい…」

 

「そう落ち込んじゃ駄目っス!こういう、告白に邪魔が入るエロゲーもあるっスから!オレのエロゲー知識で挽回できる方法を探すっス!」

 

「でも、ペロロンさん。こうゆう、告白が失敗するヤツって、映画とかだと片方が死んだりしません?」

 

「告白してヒロインが死ぬ作品もありますよ!関係ないっス!」

 

「そ、そうですよね。挽回できる日が来る事を祈って──」

 

その時だった。

 

「リュウノ様!危ない!」

 

ナーベが叫んだ。

しかし、音消しの魔法のせいで、遠くにいたリュウノには聞こえなかった。

 

全員の視線が、リュウノに向けられる。

 

「が──は──ッ」

 

冒険者集団の1人が、背後からリュウノの心臓に向けて槍を突き刺していた。

 

「リュウノさん!」

 

モモンが叫ぶ。

 

槍がリュウノから引き抜かれる。

刺傷から血がドバドバ吹き出し、リュウノが倒れる。

 

「ゴボッ─ゲボッ─」

 

リュウノの口から大量の血が溢れてくる。

 

「申し訳ありません。私の槍は、どんな硬い装甲でも貫く特殊効果付きなんです。」

 

槍を持った男が、倒れたリュウノに向けて言う。

リュウノの周囲にドンドン血が流れ、血溜まりができる。

 

「お前達!何者だ!?リュウノさんを何故刺した!」

 

モモンが武器を構えながら走り寄る。

 

「カッパーの冒険者ですか…丁度いい。質問に答えてもらいましょうか。」

 

冒険者集団が武器を構えながら言い放つ。

 

「首なし騎士デュラハンは何処にいる?この村にいる事は知っています。もし拒否するなら…この女のように、殺します。」

 

冒険者集団の1人、学生服のような衣装の女が笑いながら、リュウノの頭に足を乗せ、グリグリと踏みつけている。

リュウノはピクリとも動かなくなっていた。

 

「リュウノさんに触れるな!」

 

「答えて下さい。デュラハンは何処です?」

 

「まず、お前達が何者か、それを聞かない限りは話せないな。」

 

モモンが相手の素性を問いただそうとしていると、ペロロンから伝言(メッセージ)が入る。

 

「気をつけて下さいっス!そいつ等の仲間の老婆が来ているチャイナ服はワールドアイテムっス!」

 

「(何っ!?ワールドアイテムだと!?)」

 

「ネットで見た事あるっス!それは、『傾城傾国』!相手を操れる、精神支配系のアイテムっス!そいつ等、プレイヤーかも!」

 

「(プレイヤーだと!?言われてみれば、コイツらの服装や武装には統一性がない!クソっ!何故もっと早く気づかなかった!気付いていれば、リュウノさんを…!)」

 

焦るモモンに、ウルベルからも伝言(メッセージ)が入る。

 

「モモンさん!時間を稼いで下さい!その間に対策を考えます。モモンさんは、リュウノさんを助けだし、復活させる事を第一優先に!そいつ等は、私達が処理しますから!」

 

ウルベルさん達の策が成功することを祈るしかない。

相手は十二人。全員が100Lvプレイヤーだった場合、モモン1人では到底勝てない。

モモンが必死に時間を稼ぐ。

 

「デュラハンなら、先程王都に帰りましたよ。ドラゴンに乗って。」

 

「嘘ですね。ドラゴンに乗って行ったなら、私達も気付きます。それに、先程始末したゴブリン達の1人が言っていたんですよ。」

 

「何を?」

 

「英雄様が、お前達を返り討ちにする!って。この女性ですよね?英雄様と呼ばれていたのは。ゴブリンを拷問して聞き出した情報と一致しますし。」

 

「だから殺したのか!?」

 

「はい。殺しました。で、この女性と親しそうに話していた貴方なら、何かご存知かと思ったのですが…期待ハズレでしたかね?」

 

「くっ…!どうすれば…!」

 

最早、万事休すという瞬間──

 

「ぎあぁ──」

 

一瞬、誰かの悲鳴のような声と、ザシュッ!という音がした。

 

全員が音の発生源を見る。

 

ワールドアイテムを身に付けていた老婆が、縦に真っ二つにされていた。

 

「なっ!?」

 

全員が驚く。

モモンも、何が起きたのか分からなかった。

 

すると、全員の視線が老婆に移った瞬間──

 

「ぎぁァァァァ!」

 

今度は、リュウノを踏みつけていた女の足が切り飛ばされていた。

切られた足を抑えながら、女が悲鳴を上げている。

 

全員が、正体不明の攻撃を警戒する。

怪我をした女が叫ぶ。

 

「痛い痛い痛い!誰か、治癒魔法を!私の足が、切り飛ばされて──」

 

「必要ない。お前は死ね。」

 

「──え?」

 

怪我をした女の首が切り飛ばされた。

冒険者集団の全員が、一斉に距離をとる。

何故なら──

 

「リュウノ…さん?貴方、まだ生きて──」

 

心臓を刺されて殺されたはずのリュウノがゆっくり立ち上がったからだ。

傷口からは、まだ血が垂れている。

口からも、血がボタボタと垂れている。

 

でも、リュウノはまだ動いている。

手と首をダラリと垂らし、まるでゾンビのように立っている。片手には、邪剣を握っている。

その邪剣で、怪我して叫んでいた女の首を切り飛ばしたのだ。

 

「馬鹿な!?確実に殺したはずです!何故生きてる!?」

 

冒険者集団のリーダーが驚愕の表情で言う。

 

「さっきの質問に、私が答えよう。」

 

リュウノが顔を上げる。

その顔は、死人のように青ざめているが、目だけは生気があった。

 

「私が、首なし騎士デュラハンだ。」

 

 



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第20話 血死戦

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──盗賊団アジト──

───夜九時半───

 

 

盗賊団がアジトの洞窟の奥に立て篭り、シャルティア達を待ち伏せる作戦をとっていた。全員が武器やクロスボウを手に取り、防護用の簡易な柵を盾代わりに設置している。

 

「本当なのか?アンデッド複数と騎士が、アジトに侵入したと言うのは?」

 

「本当だ!しかもかなり強いらしい。アジトの入口を見張っていた奴らを一瞬で殺したそうだ!」

 

「だが、あの方にかかれば、侵入者もおしまいだろうさ。なんてったって、あのガゼフ・ストロノーフと互角に渡り合った剣士だからな。」

 

「用心棒として雇ったかいがあったぜ。」

 

「念の為、侵入者をいつでも攻撃できるようにしておけよ。」

 

「おう!」

 

 

一方、シャルティアとたっち・みーは、盗賊団アジトの洞窟内最奥を目指して歩いていた。

 

シャルティアの部下である、<吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)>が2名も付き従っている。

白蝋じみた血の気の完全に引ききった肌にルビーのごとく輝く真紅の瞳を持ち、やけに赤い唇からは鋭い犬歯が僅かに姿を見せている、非常に美しい成人女性の外見をしている。

 

「ふふふっ!人間共は、洞窟の奥で待ち構える気でありんす。如何なさいますか?たっち・みー様。」

 

「シャルティアは盗賊団の殲滅を。私は、囚われている人達の救出を優先させてもらうよ。」

 

「畏まりましたでありんす。」

 

「それと、部下を1名、アジトの入口に置いておけ。見張り役兼、逃走しようとした盗賊団の人間を始末するためにな。」

 

「了解でありんす。おい、お前。聞いていたでありんしょう?お前は入口で待機でありんす。」

 

「はっ!」

 

部下の1人が入口へと引き返そうとしたとき、たっち・みーが声をかける。

 

「あ!それと、外から人間が来たときは報告しろ。盗賊団以外の人間は、なるべく殺したくない。」

 

「はっ!」

 

「では、行くぞシャルティア。誰一人、盗賊団を逃がす訳にはいかない。」

 

「はい!でありんす。」

 

「ところでシャルティア。その<鮮血の貯蔵庫(ブラッドプール)>は、ブラッドドリンカーの職業の能力か?」

 

たっち・みーが、シャルティアの頭上に浮いている、血の水球を指さす。

 

「はい、でありんす。殺した人間の血を貯め、MPの代用やその他様々な物にも代用可能でありんす。」

 

「そういえば、勝さんも似たような技を使ってた事があるような…」

 

「勝様の種族スキル、首無しの血(デュラハン・ブラッド)でありんすね。模擬戦で勝様と戦った時に、見た事があるでありんす。」

 

「模擬戦?そんなの、いつの間にやってたんだ?」

 

「ナザリックが異世界に転移する1週間程前でありんす。思い出作りに…と言って、アインズ様と御一緒に、私と模擬戦を行っていたでありんす。でも、何故思い出作りなのでありんすかね?」

 

「思い出作り…か。勝さんと戦ったのは、その時が初めてだったのかい?」

 

「そうでありんす。」

 

「なら、シャルティアと戦っておきたかったんじゃないか?君との戦闘も、時間が経てばいい思い出になるからね。」

 

「そうかもしれませんが、勝様はとても悔しがっていたでありんす。私に勝てなかったからだと思いますが…」

 

「勝さんは、シャルティアに勝てなかったのか?」

 

「アインズ様が、『10対0で勝さんの負け、と言ってもいいくらい相性が悪い』と評価を出していたでありんす。」

 

「ええ!?そんなに!?」

 

「勝様の首無しの血(デュラハン・ブラッド)は、鮮血の貯蔵庫(ブラッドプール)で吸い上げて無効化できるでありんすからね。MPがモリモリ回復するようなものでありんす。勝様の、頼みの召喚魔法も、私のスポイトランスで、召喚したモンスターから体力を吸い取れるので、体力が減らないでありんすから、勝様の決め手がなくなるのでありんす。」

 

「となると、正面からの殴り合いしかない訳か。スポイトランスを所持している分、シャルティアが圧倒的に有利と。」

 

「はい、でありんす。ただ、私と勝様が共闘した場合は、最強コンビになる!と、アインズ様が仰っていたでありんす。」

 

「あ、そうか。勝さんの血で、シャルティアが常にMPが回復状態、体力も召喚モンスターを狩れば回復できる状況になるのか。確かに、厄介だな。」

 

「そういえば、勝様が気になる事を仰っていたでありんす。」

 

「気になる事?」

 

「はい。確か、『【Lv100じゃなければ、竜王合体でシャルティアに勝てた。】』と、仰っていたでありんす。どういう意味でありんしょうか?Lvが下がっていれば勝てたという意味に聞こえるのでありんすが…。」

 

「竜王合体!?そんな技やスキルが存在するのか!?めちゃくちゃ気になる。よし!今度、勝さんに見せてもらって──む?」

 

三人が奥に向かって進んでいると、1人の男が待ち構えていた。

外見は、ほっそりとした体躯だが、肉体が鋼鉄のように引き締まり、筋肉トレーニングではなく戦の中で鍛え上げた身体をしている。

髪は適当に切っているため、ボサボサに四方に伸びている。

鋭い瞳は茶色。顎には無精髭がカビのように生えている。

 

服装は鎖着チェインシャツと、ベルトに武器の刀と、陶器のポーション瓶が入った皮のポーチを下げている。

アクセサリーに、防御魔法の込められたネックレスと指輪を装備している。

 

「誰だ?」

 

たっち・みーが、相手に問う。

 

「俺の名は、ブレイン・アングラウス。用心棒をしている者だ。」

 

「剣士…か?もしや、武技が使えるのかな?」

 

「俺の名前を知らないのか?あの最強の戦士とまで呼ばれた、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフと互角に渡り合った人物として、有名な筈なんだがなぁ…。」

 

「ほう。それは良い事を聞いた。シャルティア。」

 

「はい。」

 

「この男は捕獲する。武技とやらを扱えた戦士長と互角なら、こちらも武技が使えるのだろう。念願の武技使い、アインズさんが調査したいと言っていたからな。」

 

「了解でありんす。という訳で、人間。大人しく捕まるでありんす。」

 

 

 

────────────────────

 

 

 

──カルネ村──

──深夜0時頃──

 

 

「私が、首なし騎士デュラハンだ。」

 

リュウノが言い放つ。

口からは血が垂れており、時折刺された胸からも血が吹き出している。

剣を杖代わりにして、身体を支えている。

 

「心臓を失っても、こうやって活動しているのが、何よりの証拠だろ?」

 

さも当然、と言った感じで語り続けるリュウノに、謎の冒険者集団は警戒を強める。

 

「なるほど。貴方がデュラハンだったとは。人間のフリをしていたのですね。まんまと騙されました。」

 

「それはコッチのセリフ。まさか、私を狙っていたとは思わなかった。おかげで、後ろから刺されてこのザマだ。死にかけの1歩手前だよ。一応、奇襲作戦は成功した様だし、喜べば?スレイン法国の皆さん?」

 

「何!?スレイン法国だと!?」

 

リュウノが言った、スレイン法国という言葉に、モモンは驚き、謎の冒険者集団は表情がかわる。

 

「何故、我々がスレイン法国だと?」

 

「ちょっと考えればわかる。私が王都に着いたのが今日の朝、転移を使用してカルネ村に着いたのが数時間前、時間的に辻褄が合わないんだよ。私が今日、カルネ村に行く事は誰にも伝えてないんだぜ?」

 

例え、王都の冒険者が追ってくるにしても、行き先が分からないのでは追ってこれないはず。

エ・ランテルの冒険者でも同じだ。エ・ランテルからカルネ村までは、徒歩だと1日かかる。彼らが馬などを連れている形跡もないため、たった数時間で追ってくるのは不可能なのだ。

 

「なのに、アンタらは私を探してカルネ村まで来た。という事は、首無し騎士デュラハンがカルネ村に居ると思いこんでたって事じゃん?王国以外で、カルネ村とデュラハンの共通点を知っているのは、スレイン法国ぐらいだからな。」

 

「なるほど。バレたのなら仕方ありません。ここで貴方を確実に殺しておきましょう。全員、戦闘態勢!」

 

スレイン法国の冒険者集団のリーダーらしき男が命じる。仲間達が武器を構える。

 

「第三、第四、第十一は後方支援。第十二はカイレ様の遺体を確保。第二、第六、第八、第九、第十はデュラハンへ。」

 

「隊長、あっちのカッパーの冒険者はどうします?」

 

「あちらは、私が殺します。みんなは、デュラハンと思われる女の始末を優先に。」

 

「了解。」

 

隊長と呼ばれた男がモモンの前に移動し、他の仲間達五名がリュウノを半円状に囲みだす。

他三名は後方から魔術か何かで支援する態勢をとる。

そして、覆面を付けた男がカイレと言う名の老婆の遺体に近づいていく。

 

「リュウノさん!逃げて!」

 

モモンが必死に叫ぶが、リュウノが首を振る。

 

「(逃げれるならすでに逃げてたさ!立ってるだけがやっとなんだよ!コッチは心臓を破壊されて、首なしの血(デュラハン・ブラッド)で血液動かして無理矢理生命活動を維持してんだぞ!下手に動くと、血の操作が上手くできなくなるから、逃げる余裕すらないんだぞ!)」

 

そもそも心臓は、血を動かし、全身に血を流すためのポンプのような機能をもつ臓器である。

本来、普通の人間は、心臓が停止すると血流が止まり、全身に血が巡らなくなり死亡する。

 

が、リュウノは首なしの血(デュラハン・ブラッド)を発動させ、自力で血を生み出し、血を動かしているのだ。

無論、かなりの集中力を必要とするため、治療もしていない状態での戦闘行為はかなり辛い。

少しでも力加減を誤ると、傷口から体の外に血が吹き出したり、口から漏れ出たりして、血が上手く流れず、意識が落ちそうになるのだ。

せいぜい、立ったまま体外に漏れ出た血を操りつつ、防衛するのがやっとな状態である。

 

「(我ながら迂闊だった…。チャイナ服がワールドアイテムである事は知っていた。あのチャイナ服に編み込まれたドラゴンの刺繍は、良く覚えてたから、一発目で見抜いたのに…。案内をするフリして、隙を見てモモン達に知らせるつもりが、いきなり刺してくるとは思わなかった。)」

 

リュウノは、自分の胸に空いた傷口を見る。

 

「(というか、私の自慢の防御力を貫通する槍とか、絶対神器(ゴッズ)級だろ!私の黒軍服は、聖遺物(レリック)級を若干強化した防具だし、武器は伝説(レジェンド)級どまり…。コイツらの装備が全て神器(ゴッズ)級だとしたら、かなりツラい戦いになるじゃねーか!)」

 

相手がプレイヤーなら、尚更勝ち目がない。

しかし、勝算がない訳でもない。

 

「(邪剣で学生服の女は切り殺せた。老婆は、私の血の鞭鎌(ブラッド・ウィップサイス)で暗殺できた。もしや、1番強いのは隊長で、後は雑魚なのか?いやしかし、そう思い込むのはまずいか?老婆にワールドアイテムを装備させてたから、老婆が後方支援タイプでたまたま弱かった可能性もある。邪剣が実は強いランクの武器だった可能性も…とにかく、常に最悪の状況を考えて動くべきか…。)」

 

リュウノは改めて、自分の正面に立っている5人の敵を確認する。

 

レイピアを持った小柄な男。

大剣を持った青年の男。

両手斧を持った髭を生やした大男。

片手に大盾、片手に殴り盾を持った屈強なガタイの男。

腕に鎖を巻き、片足に短剣を装備した男。

 

リュウノが邪剣を構える。

 

「(鎖の男以外は近距離タイプ、さあ、どう来る?)」

 

リュウノが様子を見ていると─

 

「何の騒ぎですか!?」

「姐さん!英雄様が怪我してますぜ!?」

 

ゴブリン達を連れたエンリが現れる。

リュウノが慌てて叫ぶ。

 

「エンリさん!来ちゃダメだ!コイツら、スレイン法国の連中だ!」

 

「ウソ…まさか、スレイン法国!?」

「何だって!?姐さん!下がって!」

 

「チッ!余計な奴らが来ましたか…だが、まずはデュラハンの始末が先です。」

 

スレイン法国の隊長が合図を出す。

 

「攻撃開始!」

 

合図が出るなり、5人が一斉にリュウノに走り出す。隊長も、モモンに向かって走る。

 

「カッパーの冒険者!悪いが死んでもらう!」

「カッパーだからと、舐めてもらっては困る!」

 

モモンのバスターソードと隊長の槍が、ぶつかり合い、激しい攻防を始める。

 

「なるほど!確かにカッパーのランクではない身体能力と強さです。しかし、戦士としての技量がなってないですね!」

 

隊長がモモンの一瞬の隙をつき、槍がモモンの胸に突き刺さる。

 

「ぐっ!?この!」

 

突き刺さった槍をものともせず、モモンがバスターソードを振る。

 

「─っ!?武技・回避!」

 

隊長が驚きながらも、バックステップで攻撃を躱す。

 

「馬鹿な!貴方も刺されて平気なのですか!?」

 

「悪いが私には、刺突武器に耐性があるんでね!」

 

「まさか、貴方もアンデッドか!?」

 

「答える義理はない!手早く片付けさせてもらう!」

 

 

一方リュウノは、必死に防衛に徹していた。

 

レイピア、大剣、両手斧の三人が、先に攻撃するため接近してくる。

 

「スパイクシールド!」

 

リュウノが、棘付きの赤い盾を血溜まりから三つ、瞬時に出現させ、凝血させる。

 

「シールドアタック!」

 

出現した棘付き盾が、三人に向かって突撃していく。

 

「うお!?」

「ぬぅ!?」

 

大剣と両手斧の二人が、突然現れた盾を避けれず、持っていた武器で防ぐ。が、耐えられずに突き飛ばされる。

すると─

 

「援護します!リュウノ様!」

「斧野郎は任せるっす!」

 

魔法で姿を消していたのだろう。突き飛ばした二人に、いきなり姿を現したルプとナーベが向かっていく。

 

「武技・流水加速!」

 

レイピアの男が、棘付き盾を横に躱し、信じられない速度で、リュウノにレイピアを突き刺そうと迫る。

 

「ッ!?パリー!」

 

リュウノが咄嗟にスキルを使用し、邪剣を振り上げ、レイピアを弾く。レイピアの男が大きくよろめく。

そのまま斬り伏せようとした瞬間、リュウノの両手に鎖が巻き付き、グイッと引っ張られる。

突然引っ張られたせいで、一瞬だけ集中力が切れる。

 

「ぐっ!?ガハッ─ッ!?」

 

リュウノが、口から血を漏らしながら、必死に踏ん張る。

 

「今だ、セドラン!ヤツを殴り殺せ!」

 

鎖を持って、リュウノを縛り付けている男が叫ぶ。

殴り盾を振りかぶった、セドランと呼ばれた男が、雄叫びを上げながら近づいて来る。

 

「うぉぉぉォォおおおお!」

「守りを─いや、その前に!」

 

リュウノは、レイピアの男の方を向く。

 

「(確実に1人殺す!)」

 

「武技・──」

 

盾男が武技を発動させながら、目の前に迫る。

 

血の投槍(ブラッド・ジャベリン)!!」

 

レイピアの男に、リュウノが血溜まりから槍の形状をした赤色の血の塊を放つ。

 

「──盾強打!!」

 

レイピアの男に血の投槍(ブラッド・ジャベリン)が突き刺さるのと、リュウノの頭部を盾男が武技で殴るのが、ほぼ同時だった。

スイカをバットで殴ったような、重い音が鳴る。

 

「─ガッ──ハッ─」

 

殴られた瞬間、意識が真っ白になるような感覚に襲われる。

リュウノの頭からプシュッと血が出血する。殴られた衝撃で体が仰け反る。しかし、両手を鎖で縛られ、引っ張られていたせいか、後ろに倒れず、ガクリと膝をつく。邪剣が、リュウノの手から落ちる。

 

「(ああ──くそ──今のは効いた─頭が痛い───)」

 

瀕死の状態で戦っていたリュウノにとって、今の頭部への攻撃は、トドメを刺されたレベルの衝撃だった。

盾男の装備もそこそこ高いランクの物だったのだろう。

 

「チッ!俺の自慢の盾にヒビが!この女、どんだけ石頭なんだ!?」

 

殴り盾の殴った部分が破損していた。

低ランクの武器だったならば、リュウノにダメージすら与える事もできずに、粉々に砕け散っていただろう。

 

「こいつめ!」

 

盾男が、リュウノに蹴りを入れる。

リュウノが小さなうめき声を出しながら力なく倒れる。

ルプとナーベが振り向く。

 

「リュウノの様!?」

「よくも至高の御方を!」

 

二人がリュウノを助けに行こうとするが─

 

「行かせるか!」

「俺の相手が先だァ!」

 

大剣と両手斧の男二人が邪魔をする。

離れた位置からモモンが、倒れたリュウノに呼びかける。

 

「リュウノさん!しっかり!今、助けに─」

 

「戦闘中に仲間の心配ですか?余裕があるんですね!」

 

隊長が、行かせないとばかりに立ちはだかる。

 

「─ぐぅぅ!邪魔をするなぁぁぁ!!」

「デュラハンの元へは行かせません!」

 

「あ──ぐ─ゴフッゴホッ─」

「手こずらせやがって。だが、もう終わりだ!」

 

口から血を吐きながらも、必死に生命活動を維持しようと足掻いているリュウノに、盾男が近づいて、最後のトドメを刺そうとする。

それを見たエンリが、ゴブリンに指示を出す。

 

「ジュゲムさん!リュウノさんを!」

「了解です!姐さん!皆、いくぞぉ!」

 

ジュゲムと呼ばれたゴブリンを筆頭に、ゴブリン達が武器を構えながら、盾男に走りより、殴りかかる。盾男が、盾を使って応戦する。

 

「くそ!邪魔するな!ゴブリンが!」

「英雄様に手出しはさせねぇ!」

「この、うぜぇんだよ!」

「ぐあぁ!?」

「野郎!よくも仲間を!」

 

ゴブリン達が、盾男に殴り飛ばされながらも、果敢に挑み続ける。

 

その時、大剣と両手斧の男二人の背中に、弓矢が突き刺さり、二人が倒れる。

 

「ルプちゃん、ナーベちゃん!リュウノさんを助けるっス!」

 

「「はっ!」」

 

家の物陰から狙撃していたペロロンが、次の矢を装填しながら叫ぶ。

ルプとナーベが走りだすが─

 

「リュウノ様!今助けに──」

「転移の魔法を──」

 

「させぬ!石壁(ウォール・オブ・ストーン)!!」

転移阻止(テレポーテーション・ブロック)!!」

聖なる光線(ホーリー・レイ)!!」

 

魔術師の老人が、リュウノと盾男と鎖男の三人を、みんなから分断するように、魔法の石壁を作り出す。

魔女帽子の女がナーベの転移を妨害する。

天使のような女が、神聖属性の魔法攻撃をペロロンに向かって撃つ。

 

「危ねぇっス!」

「チッ!虫ごときが、小癪な真似を!」

「コイツら、なんでリュウノ様ばかり狙うっすか!?」

 

スレイン法国の、デュラハンへの異様な殺意に、ルプが不思議に思う。

 

「デュラハンだけでも殺さねば、我々の国が危ないのだ!」

破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の召喚は、絶対にさせない!」

「国の未来のためには、あのデュラハンには死んでもらわねば困るのです!」

 

後方支援組三人が、さらに魔法を唱えようとした時─

 

「それ以上はさせませんよ!」

 

魔術師の老人の前に、ルプ達と同じように突然現れたウルベルが、老人に向かって魔法を放つ。

 

「地獄の炎よ、敵を焼き尽くせ!獄炎(ヘルフレイム)!!」

「ぬぅぐぁぁ──」

 

老人が黒い炎に包まれ、一瞬で灰になる。

 

「地獄の炎!?まさか、悪魔!?なら!天使の歌(エンジェル・ソング)!!」

 

天使のような女が、突然現れたウルベルに向かって、歌を歌い出す。

 

「聖歌ですか…耳障りですねぇ…。少し、黙れ!」

 

ウルベルの指が、何かを摘むような形を作って、横に移動させる。

すると、天使のような女の口が、チャックのように閉まる。

 

「ムグッ!?ん──ンンン!?」

「そのまま、我が力に溺れるがいい。溺死(ドラウンド)!!」

 

ウルベルが魔法を唱えると、天使の女の肺に水が溜まり、女が呼吸できなくなる。

 

「ンンッ!?──ンゴゴ!──ンゴ!」

 

女が必死に目を見開きながら、鼻から水を出そうともがく。

その時の女の顔は、もはや天使のような面影はなくなっていた。

 

「いい顔です♪その天使のような顔が壊れる瞬間を見たかったんですよ!」

 

苦しんでいる女をよそに、ウルベルがとても満足そうな顔をする。

 

「苦しいですか?なら、今、楽にしてあげましょう。破裂(エクスプロード)!!」

 

苦しんでいた女の頭がはじけ飛ぶ。

それを見た、魔女帽子の女の顔が恐怖に歪む。

 

「さて…次は、貴方の番ですね?」

「ひぃ!?」

 

ウルベルがゆっくりと、魔女帽子の女の方を向く。

その顔は、邪悪な笑みに溢れていた。

 

「あ、貴方、何者なの!?」

 

「そうですねぇ…強いて言うなら──」

 

ウルベルが喋りながら魔女帽子の女に近づいて、女の顔を手で掴む。

女が、絶望の顔になる。

 

「私は悪魔ですよ。そう、この世界で最強の、ね。フフフッ。」

 

「こ、殺さないで、下さい…降伏しますから…」

 

顔を掴まれた状態で、涙を流しながら魔女帽子の女が命乞いを始め出した。

 

「ンンン〜?仕方ありませんねぇ。まあ、貴方には色々聞きたい事もあるので、生かしておきますか。」

 

「あ、ありがとうございま──」

 

「大丈夫ですよ。後でたっぷり拷問して、死んだ方がマシだった、という気持ちにしてあげますから!」

 

笑顔で残酷な事を言うウルベルに、女は底知れぬ恐怖と凶悪さを感じ、殺されてた方が良かったと、後悔する。

 

 

「セドラン!何してる!?早くトドメを刺せ!」

 

鎖男が、リュウノの両手を縛った状態で叫ぶ。

 

「お前がやれ、ボーマルシェ!俺はゴブリンを片付ける。」

 

盾男がゴブリン達を殴り飛ばしながら、鎖男に言い返す。

鎖男がリュウノを引っ張り、石壁の近くまで移動する。

 

「ここなら、弓矢も飛んで来ねぇはず!」

 

鎖男が、片足の短剣を引き抜き、リュウノを跨ぐ。

 

「顔を串刺しにして、終わらせてやる!」

 

短剣を構え、鎖男が振りかぶる。

 

「(頭が痛い─体もきつい──もう──眠くて仕方がない──)」

 

体は、もはや限界をむかえていた。

 

「(ああ──私は、ここで終わるのか。すまない─皆──)」

 

朦朧とした意識の中で、リュウノは死を覚悟する。

 

 

 

その時だった。

 

 

「ご主人様。聞こえますか?」

 

 

伝言(メッセージ)が来た。

 

 

「(──ブラック──?)」

 

 

朦朧としていた意識が、一瞬で覚める。

 

「深夜に申し訳ありません。ご主人様が心配で─」

 

「(そうだ。何あっさり死のうとしてるんだ私は!ブラック達と約束したじゃないか!竜王達とも、死なないって約束をしていたのに!私はまだ──)」

 

「死ねぇぇぇ!」

 

短剣が振り下ろされる。

 

「─ご主人様?もしや、もう寝てしまって──」

 

「(──死ぬ訳にはいかない!)」

 

リュウノが縛られたままの両手で、短剣を防ぐ。

手のひらに短剣が食い込むのも気にせず、力の限り押し返す。

 

「死んでたまるかぁぁぁぁ!」

「お前!?まだ動けたのか!?」

 

必死に抵抗する。もはや雀の涙程度の力しか残っていないはずだが、気力を振り絞って耐える。

 

「ご主人様!?どうなされたのですか!?」

 

ブラックの心配する声がする。

 

「ぬぅぅあああああっ!」

 

叫ぶ。ひたすら叫びながら、押し返す。

短剣が顔スレスレの所を上下する。

鎖男も、リュウノに短剣を刺そうと、上から体重をかけ、必死に押し続ける。

 

「セドラン!手を貸せ!後少しなんだ!」

「わかってる!今、いく!」

 

盾男がゴブリンを引き剥がしながら、リュウノに向かって移動し始める。が──

 

「リュウノ殿!助太刀するでごさる!」

 

『森の賢王』が現れ、盾男に突進する。

そのまま、爪や尻尾、体当たりなど、怒涛の攻撃を繰り出す。

 

「今度は魔獣かよ!?次から次へと、邪魔ばかりしやがって!」

 

盾男が『森の賢王』の攻撃を盾で防ぐ。

 

「セドラン!早く来てくれ!」

「今は無理だ!そっちに行こうとしたら、背後から殺られる!」

「いいから早く!」

 

鎖男が必死に叫ぶ。

盾男は、『森の賢王』に気をとられ、鎖男を見る余裕がない。

 

「頼むから、早く!このままだと─」

「この魔獣を倒すのが先だ!」

「このままだと、俺が殺されてしまう!」

 

鎖男が必死に叫ぶのは理由があった。

何故なら─

 

首なしの(デュラハン)──(ブラッド)!」

 

リュウノの両手の傷口からでた血が、鋭い針のような形になって、少しずつ伸び始めていたからだ。

上から体重をかけて押し続けている鎖男は、押すのをやめないと、避ける事ができない状況なのだ。

 

「セドラン、頼む!早く!」

「だから待てって!」

「お願いだ!死にたくないんだよ!」

 

血の(ブラッド)──」

 

「俺もだ!だからもう少し待て!」

「セドラ──」

 

「──(ニードル)!!」

 

ブシュッという音とともに、鎖男の顔に針が刺さる。鎖男がバタリッと倒れる。

 

「ハァ……ハァ……ざまぁ見やがれ…ハァ…ゴフッゴホッ!」

 

リュウノが咳き込みながら呟く。

リュウノの両手には短剣が刺さったままである。

鎖が巻きついた状態では、自分で外すことができないのだ。

 

「ボーマルシェ?ボーマルシェ!?」

 

盾男が、ようやく仲間の異変に気付く。

 

「くそぉ!デュラハンめ!よくも!」

 

盾男が、リュウノに向かって走ろうとするが──

 

「そこまでよ!」

「動くなっす!」

 

壁を飛び越えて来たルプとナーベに武器を突きつけられ、動きを止める。

 

「くっ…!」

「盾を捨てなさい、ゴキブリ。」

「武器を捨てないと、叩き潰すっす。」

 

盾男が、両手の盾を捨て、手をあげる。

すると、魔法の効果が切れたのか、石壁が崩壊し、消えていく。

 

隊長とモモンが、戦況を確認する。

 

「そんな!仲間達が…!」

「フッ…残念だったな!お前の仲間は全滅したようだな!形勢逆転、というやつだな。」

 

モモンが勝ち誇る。

 

8人が死亡、2人が生け捕り。

残るは──

 

「後は、お前だけだな!さあ、どうする?」

 

「そうですね。なら──」

 

追い詰められたはずの隊長は、まだ笑みを浮かべている。

 

「──人質を取ります。」

 

「何?」

 

意味が分からない、と首を傾げるモモン。

その時──

 

「お前ら、動くな!」

 

突如、声が響く。

全員が、声のした方を見る。

 

「少しでも、妙な真似をしたら、この女を殺す!」

 

覆面男が、リュウノの首元に刃物を突き付けていた。

後ろから羽交い締めにして、逃げられないようにしている。

 

「あぐっ──ゴフッゴホッゴホッ!」

 

リュウノが苦しそうな声を出す。

強く締められたせいで、血流が悪くなる。口から、血が漏れる。

両手を鎖で縛られ、おまけに短剣が突き刺さった状態のリュウノには、もうほとんど抵抗する体力も気力もない。

 

「アイツ、いつの間に!」

「しまった!もう一人、かくれていたっスか!?」

 

モモンとペロロンが、突然現れた覆面男に驚愕する。

 

「俺達の仲間を、解放してもらおうか?」

 

覆面男が言う。

 

「こちらにも人質がいる事を忘れてませんか?」

 

ウルベルが、魔女帽子の女を鷲掴みにした状態で言い返す。

 

「こっちの人質は、『死にかけ』だぞ?お前達に、交渉をする時間の猶予があるとでも?死にかけの女が、後どれだけ生きていられるかを考えろよ。言っておくが、この女が死んでも、俺達は困らない。元々、殺す予定だったんだしな!」

 

「チッ…モモンさん。どうしますか?」

 

ウルベルがモモンに確認をとる。

 

「うぐぐ…」

 

モモンは悩んでいる。

 

「さあ?どうします?モモンという名の人。あの女性とは親しい間柄なのでしょう?あのままだと、本当に死にますよ?」

 

隊長がモモンを急かす。

 

「…仕方ない。ウルベルさん、ルプ、ナーベ!その二人を解放しろ。」

 

ウルベルが女から手を離し、ルプとナーベが武器を下ろす。

 

「二人とも、こっちへ!」

 

隊長が、仲間を呼ぶ。

盾男と魔女帽子の女が隊長の元へ走る。

 

「さあ!人質は解放したぞ!リュウノさんを解放してもらおうか?」

 

モモンが隊長に向かって言う。

 

「残念ですが、まだです。『第十二席次』!人質と一緒にこっちへ!」

 

「了解。さあ、立て女!移動するぞ!」

 

覆面男が立ち上がろうとするが、リュウノが全く動かない。

 

「おい!女!聞いてるのか?言う事を聞かないと、痛い目に……まさか!」

 

覆面男がリュウノの顔を見る。

リュウノがピクリとも動かなくなっていた。

揺さぶっても、咳すらしない。

 

「まさか…もう死んだのか…そんな!まだ仲間と合流していないのに!」

 

覆面男が焦る。

本来ならば、仲間達と合流してから殺す予定だったのだ。しかし、この状況では、孤立した自分が助からない。

 

「お前…リュウノさんを…死なせたな!」

 

モモンの声が、怒りに満ちている。

 

「た、隊長!助けてくれ!」

 

覆面男が隊長に助けを求める。

隊長は、しばらく何か考えていたが─

 

「…目的は達成しました。『第十一席次』、転移の魔法を。」

「…了解しました。魔法上昇(オーバーマジック)!」

「なっ!?待ってくれ、みんな!」

上位(グレーター・)転移(テレポーテーション)!」

 

隊長、盾男、魔女帽子の女が、覆面男を置き去りにして転移する。

 

「そ、そんな!」

 

覆面男が絶望する。

 

「…仲間思いかと思ったが、最低な隊長だったようだな。まあ、我々に勝てないと判断した上での行為としては、最適ではあるがな。」

 

モモンが冷たく呟く。

 

「ルプ、ナーベ。そいつを捕まえろ!」

 

「「はっ!」」

 

覆面男が取り押さえられる。

 

モモン達が、リュウノの側に歩み寄る。

 

「リュウノさん…助けられなくてすみません…」

 

「仕方ありませんよ…モモンさん。むしろ、あの瀕死の状況で、ここまで頑張ったリュウノさんを褒めるべきかと。」

 

「そうっス。俺たちも、最強装備じゃない状況で戦ってた訳ですし。今回の相手の装備が高ランクばっかりだったという、悪い状況でもあったんっスから。」

 

皆がモモンを慰めていると、エンリと『森の賢王』、ゴブリン達も駆けつけてくる。

 

「殿!リュウノ殿は死んでしまったでごさるか!?」

「そんな…リュウノさん…」

「英雄様が…死んじゃうなんて…」

 

皆、悲しい顔をする。

すると─

 

「ご主人様!ご主人様はどこです!?」

「主人よ!助けに来たぞ!」

「勝様はご無事ですか!?」

 

ブラック達と竜王達、パンドラが駆けつけて来た。

 

「ブラック!すまない…リュウノさんが…」

 

「ご主人様!?ご主人様!しっかりして下さい!ご主人様!」

「主人よ!なんて酷い傷だ!レッドよ、早く回復魔法を!」

 

レッドが、リュウノに回復魔法をかける。

 

「レッド…リュウノさんは死んでるんだぞ…回復魔法なんかかけても──」

 

 

「ハァー!死ぬかと思った!」

 

リュウノが何事も無かったかのように起き上がる。

 

「「「工工工エエエエェェェェ(゚Д゚)ェェェェエエエエ工工工!!??」」」

 

駆けつけて来たブラック達以外の全員が驚く。

 

「いや〜wマジ死ぬ1歩前だったわ。ありがとう、レッド。それと、心配かけて皆ゴメンな!」

 

「リュウノさん…死んでなかったのですか!?」

 

「勝手に殺すな!まあ、『死んだフリ』をしていたのは事実だけど、体が動かせないぐらいギリギリの状態だったし、あんまり変わんねーか。」

 

「なんて無茶苦茶な女だ!あの状況で死んだフリとか、常識外れにも程がある!」

 

覆面男が、信じられないとばかりに文句を言う。

 

「黙れ覆面男!てめぇがキツく羽交い締めにするから、マジキツかったんだぞ!まあ、お前が派手に『私が死んだ』って騒いでくれたおかげで、スレイン法国の隊長を欺けたから、チャラにしてやるがな!」

 

「まさか!その為に、死んだフリを!?」

 

「あのままだと、『私を人質にした状態のまま逃げる』つもりだって思ったんだよ。だから、人質としての役目が果たせない状況を作ったのさ。」

 

「なるほど。でも、何故ブラック達は、リュウノさんが生きてるってわかったんだ!?」

 

「えっと…竜王様達がいらっしゃるなら、ご主人様がまだ死んでない、という事になるので…」

 

「あー…なるほどね。確かにそうか。」

 

「とにかく!私は疲れた!超眠い!後の事は、モモンさん達に任せるから!私は休む!」

 

「あの、リュウノ様?1つ、聞いてもよろしいですか?」

 

「何?ナーベ。」

 

「大変、言い難いのですが…」

 

「?」

 

「ポーションを飲む余裕くらいは、あった気がするのですが?」

 

「あ。そっか。私、今人間だからポーション飲めるのか!全然気づかなかったわ。ワハハハw」

 

「リュウノさん…何やってるっスか。も〜。」

 

「ゴメンゴメンwでも、スレイン法国には困ったな〜。王都で冒険者活動し始めたら、私が生きてる事がバレるしなー…。」

 

「主人よ、我々がスレイン法国を壊滅させてきましょうか?」

 

「モモンさん〜、どうする?」

 

「おまかせしますよ。竜王達なら、ワールドアイテムの影響を受けない設定だったと思いますし。」

 

「ん〜…なら、滅ぼしてこい!…と、言いたいが、奇襲がまだあるかもしれないから、今夜はカルネ村の警護を頼む!とにかく眠い。私が安眠できる環境をお願いするぞ、竜王達!!」

 

「「「はっ!」」」

 

「パンドラ!お前は闘技場(コロッセウム)に帰れ!私の代理で、留守番しとけ!」

 

「(ロ_ロ)ゞカシコマリマシタッ!!」

 

「ブラックゥゥ!ブルーゥゥ!レッドォォ!せっかくだし、お前達も一緒に寝るぞぉ〜!私の身の安全を守ってくれー!」

 

「はっ!」「「ガウ!」」

 

「という事で、後はよろしくな!」

 

「はいはい、分かりましたよ、リュウノさん。エンリさん、お騒がせしてすみませんでした。」

 

「いいえ!こちらも村を助けて頂いた身ですから!」

 

「ありがとうございます。それと、今夜の事はご内密にして下さい。村の人達を不安にさせたくないので。」

 

「はい。分かりました。では、皆さん。おやすみなさい。」

 

「はい。ゆっくり休んで下さい。」

 

エンリ達とリュウノ達が去る。

 

「よし。まずはナザリックに連絡するか。覆面男には、いろいろ聞きたい事が山ほどあるからな。覚悟しておけよ?」

 

 

 



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第21話 動き出した悪達

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「お待たせ致しました、ウルベル様、モモン様。」

 

空からゆっくりと、モモン達の前に着地したデミウルゴスは、片腕を胸に当てながら、ウルベルとモモンにお辞儀する。

 

「わざわざ呼び出してすまないな、デミウルゴス。」

 

スクロールの素材集めで忙しいはずのデミウルゴスに、モモンがねぎらいの言葉を言う。

 

「何をおっしゃいますか、モモン様!至高の御方のご命令であれば、何処へなりとも馳せ参じるのが、我々守護者の務めでございます。モモン様は、ただご命令するだけでよろしいのです。」

 

ナザリックの守護者全員が同じ事を思っていると、言わんばかりの忠義を込めてデミウルゴスが言う。

その忠誠心の高さに未だに慣れてないモモンは、若干戸惑いながらも、その忠誠心を受け取る。

 

「そ、そうか。お前のその忠義、私は嬉しく思うぞ、デミウルゴス。」

 

「勿体なきお言葉でございます!それでモモン様、今回はどのような用件でごさいましょうか?」

 

「うむ。この覆面男をナザリックに連行してもらいたい。後、死体の回収もな。」

 

モモンがそう言いながら、転がっている死体と捕まえた覆面男を指さす。

 

「畏まりました。ところでモモン様、この人間と死体は、どのような物で?」

 

「愚かにも、勝さんの暗殺を企て、襲撃してきたスレイン法国の者達だ。」

 

「な、なんと!?勝様の暗殺を!?」

 

デミウルゴスが驚愕した表情をする。

 

「ああ。人間のフリをしていた勝さんこと、リュウノさんを背後から刺し、重症を負わせたのだ。こいつ等は。」

 

「リュウノ様が重症!?リュウノ様はご無事なのですか!?」

 

「落ち着きなさい、デミウルゴス。リュウノさんなら大丈夫ですよ。」

 

ウルベルが、狼狽したデミウルゴスを落ち着かせる。

 

「も、申し訳ございません。ウルベル様。」

 

デミウルゴスが姿勢を正す。

 

「3人程逃げられてしまったが、この覆面男を尋問して情報を得るつもりだ。第五階層の氷結牢獄に入れておけ。」

 

「畏まりました、モモン様。この人間の尋問は、私が?」

 

「いや、私とウルベルトさんとでやる予定だ。私達がナザリックに帰還してから尋問を行うつもりでいる。それまで、覆面男は絶対に死なせるな。あと、パンドラズ・アクターを一時的にナザリックに帰還させるので、回収した装備品は、パンドラズ・アクターに渡して欲しい。」

 

「はっ!では、下僕達を呼んで参ります。」

 

デミウルゴスが立ち上がり、後ろを向く。

すると、モモンが呼び止める。

 

「おっと、言い忘れるところだった。このカルネ村の住民達は、一部を除いて眠っているので、こっそりやる必要はない。襲撃された時にウルベルトさんが、村人達が起きてパニックにならないように、眠りの魔法をかけていたらしくてな。まだ起きていた一部の者達以外は、朝まで起きないそうだ。」

 

「承知致しました。ですがモモン様、1つ質問が。」

 

「なんだ?デミウルゴス。」

 

「その、まだ起きている者達に見られても大丈夫なのでしょうか?」

 

「安心しろ。そいつ等は、リュウノさんが自ら正体を明かすほど信頼している人物達だ。お前達を見ても、『リュウノさんの…首なし騎士デュラハンの知り合い』というふうに認識してくれるだろうさ。回収が全て終わったら、次の指示があるまでデミウルゴスもナザリックの守護をするように。」

 

「畏まりました。では、作業を始めさせていただきます。」

 

「うむ。さて、ウルベルトさん。パンドラズ・アクターがナザリックに帰還している間、リュウノさんの新拠点にガーゴイルを手配してもらえませんか?」

 

「構いませんが、理由は?」

 

「スレイン法国は『首なし騎士デュラハン』を狙っていました。という事は、()()()()()()()()()()()()という新しい情報を基に、再び暗殺部隊を派遣するかもしれません。或いは、既に派遣済みの可能性もあります。そんな時に、拠点を留守にするのは危ない気がするんです。」

 

スレイン法国の集団が襲撃してきた時、時間稼ぎの為とはいえ、首なし騎士デュラハンは王都に帰った、という()()()()()()()の情報を、敵に与えてしまった事を、モモンは思い出す。

 

人間化していたリュウノが、首なし騎士デュラハンを名乗ったものの、敵がそれを完全に信じたと判断するのは早計だ。何より、明日のプレート授与式でバレる事が確定している。

 

「リュウノさん自身の召喚モンスターに守らせればいいのでは?というか、まずリュウノさんに確認するべきだと思いますが?」

 

「う…うむ。そ、そうですね。先にリュウノさんに確認を取るべきでしたね。」

 

バツが悪そうな態度のモモンを見て、ウルベルがニヤニヤする。

 

「もしかしてモモンさん、告白まがいなことをした後だから、リュウノさんと会話しづらいんですか?」

 

「ち、違いますよ!?何言ってるんですか!」

 

図星だったのだろう。モモンが慌てて否定してくる。

 

「フフッw仕方ないですねぇ。私からリュウノさんに、後で確認を取っておきますから、安心して下さい。ギルド長。」

 

「お、お願いします…。私、竜王達と一緒に、周囲の巡回をしてきますね。」

 

「わかりました。気をつけて下さいね、モモンさん。まだ、油断はできませんから。」

 

「わかっています。では。」

 

モモンが立ち去ってから、ウルベルはリュウノに伝言(メッセージ)を繋げる。

すると、繋げた瞬間に、リュウノの声が聞こえる。

 

「──スレイン法国をどうするかって?そんなの──」

 

リュウノが誰かと会話しているようだ。ウルベルは、気付かれないよう、その会話を盗み聞く。

 

「──滅ぼすに決まってるじゃん。私の忠告を無視して、私を殺そうとしたんだ。自業自得ってやつさ。」

 

スレイン法国を滅ぼす。

リュウノがそう宣言したのだ。

 

「──え?───ん〜どのように滅ぼすか、か。…手始めに、大量のアンデッドで攻めて、プレイヤーが居るかどうかの確認と、相手の実力や防衛力を測って見る感じかな。召喚で生み出した戦力なら、失っても私には問題ないし。」

 

ワールドアイテムのおかげで、リュウノは召喚モンスターを出し放題という状態だ。リュウノが本気を出せば、大量の軍勢を召喚し、国を滅ぼす事など朝飯前である。それどこらか、世界すら制覇可能かもしれない。

 

「――む!?ダメダメ!!お前達が出撃するのは無しだ。ドラゴンの軍勢だと、首なし騎士デュラハンの仕業ってバレるだろ!王都の異形種の冒険者が召喚したモンスターが国を滅ぼしたなんて噂が流れたら、冒険者業ができなくなる!」

 

ウルベルは、自分達が冒険者登録をした時に、受付嬢から説明された事を思い出す。

 

冒険者組合は人々を守るために活動しており、国から独立した機関である。

組合は、国の政治や戦争には加担しない規約があり、それを守ることで国家を越えて活動が可能になっている。

 

スレイン法国に軍勢を送って滅ぼすのは、完全な戦争行為であり、冒険者であるデュラハン()がそれを行うのは規約違反なのだ。

 

「──ただでさえ、王国に財宝を寄付したり、カルネ村に義援金を送ったりして、規約違反スレスレの事をしてるんだぞ?王国の政治に影響を与えるような事をしている私が問題ならないのは、国王に認可してもらい、あくまで『国が行った』という状態を作ってもらってるからなんだぞ。」

 

ウルベルは、リュウノが話していた王都での出来事を思い出す。

 

寄付金の話は王国側からお願いしてきた事。

規約違反にならないように、王族が手を尽くしてくれる予定らしい。

 

義援金の話は勝側から持ちかけた話だが、義援金は『国から送られた』という形にする事で、こちらも問題にはならないはずである。国王の直筆の書文まであるので、証拠にもなる。

 

「アンデッドの軍団なら、首なし騎士デュラハン以外の勢力の可能性も有り得ると、思ってくれるかもしれないだろ?──え?タイミング的に、スレイン法国にはバレる?」

 

逃亡したスレイン法国の三名から、首なし騎士デュラハンに関係する人物を襲った事が、スレイン法国に報告されているはずである。

その後すぐにアンデッドの軍勢が来れば、首なし騎士デュラハンが送って来た部隊だと思うだろう。

 

「そこで組織、アインズ・ウール・ゴウンの出番さ!『よくも我が組織の仲間を襲い、我らの活動を邪魔したな!滅ぼしてやる!』と、組織がアンデッドを送ってきたようにすれば、デュラハンのせいにはならない!どうよ?」

 

ウルベルはほくそ笑む。国にケンカを売る、大義名分ができたからである。

 

「──え?いつ攻めるのかって?うーん…アインズさんや他のギルドメンバーと相談して決めないといけないから、すぐには攻めないかな。ウルベルトさんとか、世界の1つを支配したいとか言ってたから、即OK出してくれそうだけど、たっちさんが反対しそうでねー…。」

 

ウルベルも、たっちが反対するだろうなと、思う。

『スレイン法国で暮らす、罪の無い民達まで襲うのは間違っている!』とか、言うだろう。

 

(なんともくだらない正義感だ。)

 

悪魔という体になったウルベルにとって、人間に対する感情はほとんどなくなっている。

知りもしない赤の他人の人間がどうなろうと、気にしないで良い、という考えが、当たり前のように出てくるのだ。

 

「──というか、国を滅ぼすにはどれだけの数が必要なんだろ?ドラゴンなら、数匹で余裕なんだろうけど…うーむ…デミウルゴスに聞いてみるか。知将という設定があるデミウルゴスなら、いい戦術を教えてくれ──む?どうした?バハムート。ああ、モモンさんが来たのか。なら、この話はまた今度な。皆お休み。」

 

どうやら、リュウノは伝言(メッセージ)を使って竜王達と会話していたようだ。

おかげで、ウルベルの伝言(メッセージ)が繋がっていた事に気づかなかったようだ。

 

ウルベルが、一旦伝言(メッセージ)を切り、また繋ぐ。

 

「リュウノさん。寝ているところすみません。」

 

「ん〜?ウルベルさんか…。どうしました?」

 

寝ていたと言わんばかりの演技をしてくるリュウノに、ウルベルはニヤニヤしながら伝言を伝える。

 

「──という訳なんですが…」

 

「ああ、それなら大丈夫です。石竜(ストーン・ドラゴン)を数匹配置してるんで。石像に化けて、侵入者を追い出すように指示してますから。」

 

意外にも、拠点の防衛はしっかりやっていたらしい。

 

「そうでしたか。ところで、今回、スレイン法国に狙われた訳ですが、リュウノさんはあの国をどうするつもりでいます?アンデッドの軍勢でもけしかけるつもりで?」

 

「え!?いや…それはまだ考え中かな。プレイヤーが居るかもしれないのに、そんな迂闊な事、できませんって。ははは。」

 

「本当ですか〜?ま、私で良ければ、デミウルゴスと一緒にいつでも相談に乗りますよ。フフッ。」

 

「あ、ありがとうございます。で、では、私は眠いので、失礼します!お休みなさい!」

 

伝言(メッセージ)が切れる。

 

「フフッ。これは…なかなか、いい流れですねぇ…。デミウルゴスに、『世界征服を本格的に行う』事を伝えておきましょうか。スレイン法国には、その礎になってもらう事も…フフフ…。」

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

──カルネ村防護柵外周──

 

 

「ご主人様は優しすぎる。そう思わない?ウロボロス。」

 

「まあ、それがご主人様の良いところなんだろ。」

 

ティアマトとウロボロスが一緒に歩きながら、村の外周を巡回している。

 

「私だったら、怒りにまかせてスレイン法国をぶっ潰しに行ってるわ!」

 

ティアマトがシャドーボクシングのような動きをする。

 

「ははは!悪を司る、お前らしい発想だな。」

 

「でも、ご主人様にご迷惑をかける訳には行かないし…。」

 

「なら、『姿を見せず』にぶっ潰せばいいだろう。」

 

「はぁ!?どういう意味よ?」

 

「お前の魔法、<竜の大津波(ドラゴニック・ダイダルウェーブ)>なら、わざわざデカい姿にならんでも、国の1つや2つ、潰せるだろ?」

 

「できるけど〜、私を見た人間達が慌てふためきながら逃げ惑う光景を間近で見たいのよ。」

 

「くははははは!だろうな!わかるぞティアマト。我も同じだ。人間達を踏み潰しながら、我が闇のパワーで恐怖させ、さんざん弄んだ後、最後は即死魔法で一瞬で終わらせたい!そう思ってしまう。」

 

「わかるわかる!私の水圧で潰れていく人間達の哀れな姿を見ながら、人間達の宝を奪う!正しく、私達ドラゴンにのみ許された行為よねぇ。人間なんて、ご主人様以外アリ以下だわ。」

 

悪属性のドラゴン、特にティアマトといったドラゴン達から見れば、人間はドラゴンに宝を貢ぐだけの存在でしかない。宝を貢げない人間なんぞ、生きてる意味すらないと判断し、容赦なく殺すのだ。

 

「ああ!でも…逆に、ご主人様は何故あんなにも()()()()なのかしら!人間になっても、その価値がいっさい変化しない…いいえ!さらに尊い存在になった気さえするわ!」

 

ティアマトが、神にお祈りするシスターのようなポーズをする。

 

「それは我も同意する。ああ!我が主人を、()()()()()()にできたら、どれだけ嬉しいか!」

 

「あら…私の目の前でそんな事を堂々と言うだなんて…殺されたいの?ウロボロス。」

 

ティアマトの言葉には、途中から殺意が混じっていた。

 

「おっと!口が滑っただけだ。気にするな。というか、お前も同じ思いではないのか?ティアマトよ。」

 

「愚問ね。私は()()()()()()()()()よ。ご主人様は私だけのもの。他のドラゴンにも、人間にも、異形種にも渡さない。私だけのご主人様よ。」

 

「くははははは!言うではないか、ティアマトよ!しかし、主人の意に反すれば、お前は消されてしまうぞ?」

 

竜王同士の争いは、主人であるリュウノが禁止している。問題を起こすようであれば、強制的に魔力のパスを切り、消滅させるから。と、言われている。

 

「そこなのよねー。ご主人様が絶対的すぎて、逆らえないというか、ついつい従っちゃいたくなるの!ご主人様の命令なら、どんな事だってやっちゃうわ!」

 

「我もだ。いいや、我らだけでなく、他の竜王達も同じだろうさ。逆らおうと思えば逆らえるのに、何故か主人の命令に()()()()()()のだ。主人に命令されると、何故か嬉しい気持ちになる。」

 

ウロボロスの言うとおり、リュウノの命令に『強制的な支配力』はない。だが、リュウノに命令されると、その命令に従う事に『喜び』を感じてしまうのだ。

 

「でも〜、そんな大切なご主人様を殺そうとしたスレイン法国は許せないし〜…。」

 

「なら、ご主人様が寝てる間に滅ぼしに行くか?」

 

「命令に反するわよ?私達は、カルネ村を警護して、ご主人様を安眠させるのが目的なのよ。」

 

「ああ。だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それなら命令に反してないだろう?スレイン法国を滅ぼせば、主人は安心して寝れるのだから!」

 

「なるほど。アンタ、考えるわね!」

 

「だろう?ここからスレイン法国までなら、カッ飛ばせば片道約3時間で着く。スレイン法国を滅ぼしてから、朝までに戻ればバレず済むさ!」

 

「いい考えね!でも、スレイン法国に行くのは私だけよ。アンタは、スレイン法国に存在を知られているから、ご主人様の仕業だとバレるわ!」

 

「大丈夫か?王都の人間達に1番姿を見られておるのがお前なんだぞ?お前がスレイン法国を滅ぼしたなんて噂が流れて見ろ!大問題になるぞ!」

 

「大丈夫よ、ウロボロス。私には秘策がある!」

 

「まさか…第二形態になるつもりか!?」

 

「当たりー!第二形態なら、誰にもバレないわ!それに、スレイン法国の人間を『全て殺せ』ば、私の姿を見た者はいなくなるし。じゃあ、早速いって来るわ!」

 

「朝までには戻ってこいよ。ティアマト。お前の不在は、我がテキトーに誤魔化しておくから。」

 

「ええ、感謝するわ、ウロボロス。さあ、待っていなさい!スレイン法国!この水の竜王たる私が、貴方達を海の藻屑にしてあげるわ!」

 

ティアマトが翼を広げ、スレイン法国の方角へと飛んで行く。

それを見送ったウロボロスは、ニタニタと笑いながら眺めていた。

 

「あーあ。行ってしまったか。悪いがティアマト、我も悪竜の一人だと言う事を忘れてないか?」

 

ウロボロスが巡回の続きを始める。

 

「ライバルは一人でも少ないほうが楽だからな!主人を我が物にするのは、我だ。お前はせいぜい、主人の敵を少しでも殺して、暴れた罰として主人に消されるが良いさ。」

 

同じ主人に仕える者同士であっても、欲しい物のためならば容赦なく蹴落としていく。

 

それが悪竜である。

 

それはウロボロスだけに限った話ではない。

ティアマト、ウロボロス、ファフニール、リヴァイアサン、青龍・黄龍、シャドウナイト…

 

そして、ブラック。

 

これら悪竜達にとって、自分の欲しい物を奪いに来る奴は全て敵である。

一時的に協力関係を築く事はあっても、最後は自分の事しか考えない。

 

主人であるリュウノが命令しない限りは、彼らは蹴落とし続けるだろう。

 

「さて…バハムートに報告でもしようか…。善を司る奴なら、ティアマトを止めに行くだろう。ティアマトがスレイン法国を滅ぼし始めるタイミングで止めに入るのがベストか。アイツら2人が争えば、それこそ周辺が更地になるからな。どっちにしろ、スレイン法国は滅ぶし、争いあった2人も消える!一石二鳥だな。クハハハハハハッ!!」

 

 

 







FGOのイベントやってたら、投稿が遅くなってしまった。
(:3[▓▓]


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第22話 悪い夢

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──スレイン法国──

──午前四時頃──

 

 

まだ国民のほとんどが寝ている時間だった。

起きている人間は、見回りの兵士やお店の営業前の下準備している店員、後は軍関係の施設で働く人間ぐらいである。

 

スレイン法国のとある市街地にある家で、ある男が寝ていた。寝室の寝具で横になり、睡眠をとろうと頑張っているが、寝つけずにいた。

 

カルネ村にて行われた、

 

『首なし騎士デュラハンの暗殺作戦』

 

その作戦から帰還した漆黒聖典の隊長だ。

彼には国から、つかの間の休息を与えられていた。

 

隊長は、スレイン法国でも貴重な『神人』と呼ばれる存在なのだが、その存在は秘匿されており、隊長は身分を偽り、一般の国民と同じ生活をして、誤魔化している。

 

暗殺作戦では、多くの仲間の犠牲を出したものの、首なし騎士デュラハンを名乗る人物の殺害に成功した。その事を、最高神官長に報告した。

 

「これで、我がスレイン法国が破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)に滅ぼされる事はなくなった!」

 

と、最高神官長は喜んでいた。

 

たが…

 

隊長はそう思わなかった。

 

あの『リュウノ』という女が、()()()()()()()()確かめてないからだ。

それに、疑問も残っている。

 

①心臓を刺したのに動いていた。

②口や傷口から出血した血で戦っていた。

③『第八席次』の盾が破損する程の頑強な肉体。

 

アンデッドなら、心臓を刺しても動けるだろう。

血を操るタレント能力なら、血も操れるだろう。。

破損した盾は、防御系あるいは装備破壊系の武技や魔法を使っていたのだろう。

 

いろいろ説明はつく。しかし、あの『リュウノ』という女が()()()()()()()()()()()()()()()であるという確証は何処にもない。

 

生還した陽光聖典の情報では、

 

①首なし騎士デュラハンには()()()()()()

②ドラゴンを三体連れていた。

竜王(ドラゴンロード)を召喚できる。

威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)の第七階位の神聖魔法で無傷だった。

⑤赤と黒の禍々しいオーラと凄まじい殺気を放つ。

⑥神を召喚できる。

⑦神より偉い。

⑧天使の羽が生える。

 

という沢山の情報があったが、リュウノという女はどれにも該当しない。

 

「やはり、『番外次席』の言うとおり、首なし騎士デュラハンではない人間の女を殺害したのでしょうか?」

 

そんな事を呟いた直後だった。

 

 

大きな衝撃音と振動が起き、隊長の家がガタガタと震えた。

 

「い、今のは!?」

 

隊長は、慌てて起きて、窓のカーテンを捲って外を見た。

空から、数個の巨大な水の球体が降ってきて、地上に着弾する光景が見えた。着弾した球体は、着弾地点の建物を跡形も無く全て破壊し、大きなクレーターを作る程の威力だった。

 

「これは、いったい!?」

 

隊長が驚愕しながら見ていると、周りの家の住民も同じように窓から覗いて、外の光景に驚いている。

 

すると、敵襲を知らせる警鐘がなり始める。

それを聞いた隊長は、素早く戦闘装備に着替え、身支度を整えると、外に出た。

 

大勢の人間達がパニックを起こし、逃げ惑っていた。

 

「逃げろ!逃げるんだ!」

「必要な物だけ持って、外に出ろ!いそげ!」

「息子を知らないか!?はぐれたんだ!」

「兵士は何やってる!状況を教えてくれ!」

 

寝間着のまま飛び出した者、貴重品だけでも持って行こうとする者、家族や知り合いの名前を叫ぶ者、近くにいる兵士に状況を聞く者など、大混乱な状態である。

 

「落ち着いて皆さん!避難所へ!避難所に逃げて下さい!」

 

隊長は、逃げ惑う人々に、指定の避難所に逃げるよう伝えつつ、軍本部目指して走っていた。

 

が、隊長が走っていた軍本部へ続く道の数メートル先を、空から突如現れた、水でできた光線が横切っていく。その瞬間、光線が横切った地面が捲り上がるかのように、大量の水が地面から噴き出し、建物や道を呑み込み破壊していく。軍本部へと続く道が崩壊し、瓦礫で通れなくなる。

 

「今のは何だ!?」

「見ろ!空からまた、何か降って来るぞ!」

 

逃げ惑う人間達が空を指さし叫ぶ。

隊長が目を凝らし、空を睨む。

まだ日が昇っていない暗い空から、雲煙を纏いながら降ってくる11個の物体が見えた。

 

「アレは…魔獣!?」

 

11体の様々な魔獣が、スレイン法国の各地に降り立ち、手当り次第に暴れ始める。建物を破壊し、逃げ惑う人間達や兵士、召喚された天使に襲いかかっていく。

 

隊長の近くにも、魔獣の1匹が降り立ち、人間や兵士を襲い始める。

 

「クソ!何がどうなっているんですか!?まるで、悪夢でも見ているようだ!」

 

隊長は槍を構え、魔獣へと向かって行った。

 

 

 

────────────────────

 

 

 

大パニック状態のスレイン法国を、遥か彼方の雲より高い上空から見下ろす者がいた。

 

「さあ!私の可愛い子供達(眷族達)!スレイン法国を破壊し尽くしなさい!」

 

ティアマトが命令を下す。

水の竜王(ドラゴンロード)・ティアマトが召喚したのは、

 

『ティアマトの11の怪物』

 

と呼ばれる、11体の子供達(眷族達)である。

 

・双貌の獣『ラフム』

・知恵者『ギルタブリル』

・7つの頭の蛇たち『ムシュマッヘ』

・水蛇『ウシュムガル』

・獅子『ウガム』

・獅子犬『ウリディンム』

・悪霊『ウム・ダブルチュ』

・魚人『クルール』

・人牛『クサリク』

・炎の竜頭蠍尾獣『ムシュフシュ』

・竜獣『バシュム』

 

60Lv前後の強さを持つ。

 

子供達が地上に降り立ち、近くにある物や生き物を手当り次第に襲っていく姿が見える。

スレイン法国の兵士や天使は、ティアマトの子供達の処理に忙しく、遥か上空にいるティアマトまで手が回らないでいる。

 

「貴方達がご主人様を殺そうとしたのが悪いのよ。ま、自業自得なんだし、当然の報いよ!フハハハハハハ!」

 

ティアマトが、高笑いをしながら愉悦に浸る。

 

「さて…もう少し荒らしましょうか。水切(ウォーター・カッター)!!さらに、水砲(ウォーター・キャノン)!!」

 

ティアマトの片方の手の指先から、細いビームが射出され、スレイン法国の領土に直線の切り込みを入れる。切り込みが入った地面から水が噴き出し、周囲の物を破壊していく。

もう片方の手の平から、巨大な水球が射出される。着弾地点の建物が水圧で押し潰され、周囲にある物は吹き飛ぶ。地面には大きな穴が出来上がる。

 

それらを何度か繰り返す。スレイン法国の街並みは、ぐちゃぐちゃに散らかった大量のドミノのような光景になりつつあった。

 

「やはり最高だわ!為す術なく逃げ惑う人間共を眺めるのは!んー…でも、そろそろ時間も危なくなってきたし、終わりにしましょうかしら。」

 

ティアマトが、スレイン法国にトドメを刺すための魔法を唱え始める。唱え始めたのはもちろん、超広範囲魔法である、<竜の大津波(ドラゴニック・ダイダルウェーブ)>だ。

この魔法の威力がどれ程なのかを、分かりやすく説明するならば──

 

砂浜に作った砂の城に、波が当たって一瞬で溶けるように崩れさる。

 

──このような例えが分かりやすいだろう。

 

そして今まさに、スレイン法国の北側正門前に、巨大な水の壁が…いや、巨大な水の山が生まれはじめていた。

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

一方スレイン法国では、ティアマトの攻撃と、ティアマトの子供達の被害によって、軍の指揮系統は崩壊していた。

各々の兵士達が独自の判断で対応していた。

 

漆黒聖典の隊長も、他の兵士達と協力しながら、目の前の魔獣を追い詰めていた。

 

しかし、そんな戦いの最中、逃げ惑う人々が法国の北側を指さし叫ぶ。

隊長が視線を向けた先には─

 

「なんです…アレは!?」

 

どんどん巨大化していく、水でできた山が見えた。

いや、もはや崖ともよんでもよいような水の壁だった。それが今にもコチラに倒れてくるような、そんな光景だった。

 

隊長は悟った。アレは我が国を崩壊させるものだと。アレが我が国を襲えば、国の全てが呑み込まれるだろうと。

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

「さあ!海の底に沈みなさい!竜の大津波(ドラゴニック・ダイダルウェーブ)!」

 

山のような高さの水の壁──巨大な大津波が、スレイン法国を呑みこもうと倒れてくる。

 

しかし──

 

突如、ティアマトの背後から、巨大な火球が飛んできて大津波に命中し、大津波を吹き飛ばした。大量の水蒸気を発生し、スレイン法国全体が霧に包まれたような状態になる。

 

「なっ!?私の魔法が相殺された!?」

 

ティアマトが後ろを向く。

 

「ティアマトォォ!」

 

ティアマトの後を追ってきたバハムートが現れる。

 

「見つけたぞ、ティアマト!主人の命令に反して、何勝手な事をしている!」

 

「げっ!?バハムート!?何故アンタがココにいるのよ!?」

 

ティアマトが、心底嫌そうな顔をする。

 

「ウロボロスが教えてくれたぞ!スレイン法国へ、ティアマトが単騎で出撃したとな!」

 

「アイツ、裏切ったわね!」

 

「馬鹿者か、貴様は!ウロボロスもお前と同じ悪竜だぞ!信用し過ぎだ!」

 

「だって!ご主人様に召喚された仲間同士よ!?ウロボロスが私を騙す理由なんて、ご主人様の奪い合い以外無いわよ!?」

 

ティアマトの言葉に、バハムートがため息をもらす。

 

()()()()()()()()()()()()()()()からこそ、ウロボロスの奴はお前をスレイン法国にけしかけたんだぞ!私にだけ教えたのも、私とお前を争わせてスレイン法国を巻き込むためだ!」

 

バハムートの説明を聞いて、ティアマトがしばらく考え、ようやくウロボロスの企みに気付く。

 

「じゃあ…ウロボロスは、私とバハムートが勝手な行動に出たと、ご主人様に教えて、命令違反で消させるために!?」

 

「だろうな。だが、主人がまだ寝てる今なら、まだ間に合う!我々は主人に召喚された身、召喚者の側に帰還するスキルを使えば一瞬で主人の元に戻れる!」

 

「でも!あと少しでスレイン法国を滅ぼせるのよ!このまま滅ぼさずに引き下がったら、またご主人様が狙われるわ!」

 

バハムートがスレイン法国の現状を見る。

 

「いや…大丈夫だろう。あれだけ被害が出れば、自国の修復に追われ、しばらくは外にまで手は回らないはずだ。幸い、霧のおかげで我々の姿は見られてない。プレイヤーが出てくる気配もないので、スレイン法国はそこまで脅威にはならんさ。」

 

「だといいけど…」

 

スッキリしない、といった表情を浮かべるティアマト。

 

「それにだ。我々竜王の制御が難しいと、主人が判断した場合、他の竜王全てが消される可能性もある。それでは、我々竜王が主人を守るという事すらできなくなるぞ!」

 

バハムートの言葉に、ティアマトは今一度自分の行動を考え直す。主人を守るどころか、自分が消されてしまったら、()()()()()野望すら破錠する。

 

「それもそうね…。わかったわ。戻りましょう、バハムート。」

 

2人がスキルを発動させ、転移する。

もしウロボロスの企み通り、ティアマトとバハムートが争っていたらどうなっていたか。

 

それを知る者は…少なくとも、スレイン法国の者達が知る事はなかったであろう。

 

 

 

────────────────────

 

 

 

「ハァ…ハァ…ようやくおさまったようですね。しかし、先程の水の壁と巨大な火球はいったい…。魔獣も急にいなくなりましたし…。」

 

隊長は、周囲を見渡す。

濃い霧がスレイン法国全体を包むかのように、広がっている。

視界は悪いが、国のあちこちから聞こえていた悲鳴はなくなっていた。

 

「魔獣の襲来…ですか。まさか、首なし騎士デュラハンの差し金?…なら、『番外次席』の予想通りと言う事に…」

 

隊長が考え混んでいると、兵士達が駆けつけてくる。

 

「隊長!此方におられましたか!至急軍本部に来るようにと、神官長様達が!先程の襲来に関する、緊急会議を開くそうです!」

 

「わかりました。すぐに行きます。」

 

隊長が兵士達と共に歩き出す。

 

「(首なし騎士デュラハンに関しては、要注意案件になるかも知れませんね。)」

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 

これは夢の世界だ。

そう、一目で理解できた。

 

だが──後から思い出すなら、これは過去の記憶だったかもしれない。

 

今いる自分の状況を把握する。

自分の家であり、自分の私室。

そう、現実世界の自分の部屋だ。

私は今、自分の部屋の中に立っている。

 

そして目の前には、()()()()()()がいる。ホワイトデーのメッセージカードを読む私が。

 

鈴木悟からの『俺と付き合ってくれませんか?』という告白文が書かれたメッセージカード、それを読んでニヤけている私が居る。

 

「思い出した…私、最初は嬉しかったんだっけ…」

 

悟に告白された事を、私は嬉しく思った。

目の前の過去の私は、メッセージカードを手に持ちながら、ベッドの上に移り、寝そべりながら足をバタバタと動かして照れている。

 

「そして…そう、デートするならどんな服にしようか考え始めたんだっけ…」

 

過去の私がベッドから起きてクローゼットを開ける。

 

「…あ…」

 

思い出す。クローゼットの中にあるのは、全て()()()()()()()()()()()()だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()は1つも無い。高校に進学した時に、親に全て捨てられたからだ。

 

そのクローゼットを開けた過去の私の表情が曇る。

 

「…ここで疑問に思ったんだっけ…」

 

悟は、いつから私の事が好きだったのか。

 

中学時代の、男装して男っぽい雰囲気を出していた頃からだろうか?

 

それとも今の、正真正銘の女として、女性らしい格好をするようになった私を好きになったのだろうか。

 

「でも…この時の私は、高校時代の姿…女性らしい格好をしている自分が嫌いだったんだよね。」

 

だから困った。もし悟が、

女性らしい格好している私を好きになったのなら、悟の告白にYESと答えた場合、『女性として生きていく覚悟』を()()()()()()()事になる。

 

言い方を変えるならば、

『本当の自分を()()決意』だ。

 

それは嫌だった。やはり悟とは、『本当の自分』で接したい。

 

逆も然りだ。

男っぽい私を好きになったのなら、今の女性らしい私はどうでもいい、という事になる。それはそれで複雑な気持ちだ。

 

「で…この辺りから、悟の告白の仕方に対する文句の言葉が、心の中で出始めるんだっけ。」

 

そうだ!だいたい、告白をメッセージカードでするのはおかしくないか!?せっかく悟は喋れる口を持ってるのに!こういったものは、直接言うべきだろ!

 

それに、『俺と付き合ってくれませんか?』もおかしい!なんで弱気なんだよ!なんで私に『付き合う、付き合わない』の判断を求めるだよ!

『俺と付き合え!』とか『俺の女になれ!』的な、もっとこう…()()()()()()()感じのドンッ!って感じで強気で来いよ!

 

だから次の日の学校で聞くことにした。

何が何でも、悟の口から言わせてやる!

 

 

そう言う決意を抱いていた。と、過去の自分を見ながら思い出す。

 

すると、全てが消えて、一瞬白い空間になる。

次に場面が切り替わり、学校になる。

 

席に着いた過去の私に、悟が歩み寄ってくる。

 

「竜之さん。ちょっといい?」

 

悟が竜之に語りかけている。

竜之は、小さなホワイトボードを取り出し、水性ペンで、【なに?】と、書いて返事をする。

 

「昨日の…ホワイトデーのやつの…その…メッセージカード読んでくれた?」

 

竜之は首を振る。

悟が困った顔を浮かべる。

 

「え…読んでないの?」

 

【昨日は、他の男子からもお返し貰ってて─】

 

【─そっちを先に開けた。悟のは─】

 

【─最後の楽しみにとってる。今日開ける。】

 

と、書いて返事をする竜之。

すると、悟の表情が明るくなる。

 

「あ!そ、そうだったのか!なら、メッセージカードの返事は、明日でも良いよ!」

 

【急ぎの内容だったりした?】

 

「いや…そういう訳でもないっつーか、なんと言うか…」

 

【なんて書いたの?()()()()。】

 

「ふぇっ!?えっと…その…!」

 

よし!上手くいった!これで、悟がメッセージカードの文章を口で言ってくれれば!私は!私はぁぁ!

 

「よーし、お前ら席に着けー。朝礼始めるぞー。」

 

先生が入ってきた。

悟が慌てて席に戻った。

 

くそぉう!タイミング読めよ先生ぇ!せっかくのチャンスがぁぁぁ!

 

そういう思いのこもった舌打ちをする過去の私。

 

その光景を見た私は、懐かしい気持ちになりつつ、苦笑いをする。

 

また、全てが消えて、白い空間だけになる。

そしてまた学校…おそらく、次の日だ。

 

また悟が歩み寄ってくる。

 

「竜之さん!見ましたか!?メッセージカード!」

 

過去の私が、首を縦に振る。

 

「そ、それで!その!…返事は…?」

 

竜之は、予め用意していた3枚の小さな紙を取り出す。

その紙には、こう書いてあった。

 

【悟が好きになったのは──】

 

と、書かれた紙を机に置き、

 

【─私か?】

【─俺か?】

 

と、書かれた小さな紙を両手に持つ。

 

『私』は、女性らしい雰囲気の竜之、

『俺』は、中学時代の男っぽい竜之、

 

を意味する。

これは、おそらく悟も気づいていたはずだ。

 

両手に片方ずつ持った状態で、悟に向かって突きつける。

 

『選べ』という意味だと、悟も理解する。

 

「……っ!」

 

悟は迷っていた。紙を取ろうとする手が右往左往している。

 

何故迷う?私が好きなんだろ!俺が好きなんだろ!なら、両方取れよ!私の全てを好きになれよ!

 

怒りが込み上げくる。

だが、それを表情に出す事はなかった。

 

結局、朝礼が始まるまでに、悟がどちらかを選ぶ事はなかった。

 

それ以来、告白に対する返事をする事はなかった。

次の日から、普通に親友としての振る舞いに切り替え、悟と接していた。と、記憶している。

 

 

この時のやり取りを客観的に見て、私は自分を酷い女だと思った。

勇気を振り絞って告白した悟に対して、なんてわがままで、なんて酷い仕打ちをしたんだろう、と。

 

素直に『好き』と言えなかった自分…それを見て、後悔と苛立ちが募る。

 

カルネ村でのあの時…モモンが言っていた、『振られたと思って─』という言葉を思い出す。

 

─ああ。私はなんてわがままで酷い女なんだ。2度目の過ちを繰り返した事を、今になって気付くなんて──

 

でも──やはり──思ってしまう。

 

これが乙女というやつなのだろうか。

悟から、悟の口から、告白の言葉を言って欲しい。

そう思ってしまう。

 

やはり──私は──わがままで──酷い──

 

 

───強欲な女なんだな───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めた。

腕時計を見る。

時間は朝四時を過ぎていた。

 

「ご主人様、大丈夫ですか?」

 

ブラックが添い寝しながら、コチラを心配してくる。

反対側には、ブルーとレッドが同じように添い寝している。

 

「ん…大丈夫…うん…」

 

元気のない返事で返す。

 

「本当に大丈夫ですか?ご主人様、涙が流れてますよ?」

 

「え?」

 

目元に指を持ってくる。ブラックの言う通り、私は涙を流していた。

 

「本当だ。嫌な夢を…見ちゃったせいかな。」

 

「嫌な夢…ですか?」

 

「うん。わがままで─酷くて─強欲な私が─自分の欲しいものを得ようとして、大切な人を傷つける夢。」

 

「そうですか…欲しかったものは、手に入れたのですか?」

 

「うーん…ダメだった…かな。なかなか上手くいかなくてね。」

 

「ご主人様でも苦労する、その欲しいものとはなんなのですか?」

 

「うん。それはね──」

 

ブラックに向かって言う。自分と瓜二つの存在であるブラックなら、わかってくれるだろうと。

 

「──私の全てを好きになって、奪ってくれる存在──かな。」

 

言った。素直に言ってみた。

 

「なら!私が適任です!私はご主人様の全てが好きですから!」

 

「うん。知ってた。」

 

クスクスと笑うリュウノ。

ブラックも同じように笑う。

 

「だが、油断してはダメだぞ、ブラック。」

 

「何故でしょうか?」

 

「私が逆に、お前の全てを奪うからだぁ〜、コチョコチョԄ(¯ε¯ԅ)」

 

「あ!ご主人様、ずるいですよ!クフッアハッwwくすぐったいですw」

 

ブラックとじゃれつく。

朝早くから何やってんだ私は!と、一瞬思ったが、先程まで心にあった暗い感情がなくなったので、まぁいいか、と気持ちを切り替えた。

 

「ブルーとレッドも奪ってやるぅ〜、コチョコチョコチョコチョ〜」

 

グゥッ!ウガガッ!(クフっ!アハハッ!)

グルルゥルゥ〜!(くすぐったい〜)!」

 

四人でじゃれつき始めて夢中になる。

 

「ご主人様〜♥私もコチョコチョして下さ〜い!」

「主人よ、我もくすぐって欲しいぞ!」

 

いつ間にか、ティアマトとバハムートが部屋に居た。リュウノ達が寝ているベッドのすぐ脇に立っていた。

 

「うおっ!?」

 

リュウノが驚いて跳ね起きる。

 

「ティアマト様とバハムート様!?」

 

ブラック達も驚いている。

 

「お前らいつの間に!?」

 

「今ですね。」

「たった今です!」

 

「そ、そうか…。いや!何故、ココに居るんだよ!」

 

「主人が心配になってな。」

「ご主人様が心配で〜。」

 

ティアマトとバハムートが、まるで打ち合わせでもしてたかのような反応を示す。

 

「本当か〜?善と悪の両極端のお前らが2人揃ってるのが、ものすごく怪しいんだが〜?」

 

リュウノが激しく怪しむ。

ティアマトとバハムートは冷や汗をかいている。

さっきまで、スレイン法国上空に居たなんて言えないのだ。

 

すると──

 

「主人よ!ティアマトとバハムートが命令を無視して──」

 

ウロボロスが部屋の扉を開けて慌てて入ってくる。

が、部屋の中にいたティアマトとバハムートを見て黙る。

 

「どうした!?ウロボロス。」

 

「あ、えーとですね…ティアマトとバハムートの姿が見えなかったので、主人の命令を無視してどこかに行ってしまったのではと、思って知らせにきたのですが、ココにいたのか2人とも。心配したぞ?クハハハ…。」

 

ウロボロスの態度が妙に怪しい。

リュウノが声をかけようとした矢先、ティアマトとバハムートが移動し、ウロボロスの肩に手をかける。

 

「心配をかけてすまなかったな、ウロボロス。」

「ええ。ごめんなさいね、ウロボロス。」

「お、おう…。」

 

ウロボロスの顔が引きつっているように見える。

 

「?」

 

リュウノが、3人の行動を不思議そうに眺めている。

 

「主人よ、我々は見張りに戻ります。ごゆっくりお休みを。さあ、ウロボロス。我らと共に、警備に戻るぞ!」

「ええ!そうね。ゆっくり休んで下さい、ご主人様。ほら、ウロボロス、行くわよ。」

「えっ!?ちょっ!?まっ──」

 

ウロボロスを強引に引っ張り、部屋の外に連れ出す二人。

部屋の扉が閉まる。

 

「何だったんだ?あの3人…」

「私にもわかりません…」

「「グルッルガウルル。(ブラックに同じ。)」」

 

リュウノとブラック達は、首を傾げるしかなかった。

 

 



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第23話 授与式で並んだペット達

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──カルネ村・朝六時頃──

 

 

リュウノとペロロンは、ブラック達が作った朝食を食べていた。向かい側には、モモンとウルベルが座り、ウルベルはコーヒーを啜っている。

 

「んー!やっぱり嫁達の作る料理は最高だぜ!」

 

「久しぶりに和食を食べた気がするッス!やっぱり、故郷の味が1番ッスね!」

 

「ありがとうございます。ご主人様、ペロロン様。」

 

食材は、リュウノのポイポイカプセルから取り出した『和食材セット』から選んだ物を使用している。

 

「ホント、リュウノさんってアイテム豊富ですよね。」

「何処ぞのネコ型ロボットみたいですねw」

 

モモンが感心し、ウルベルが比喩的な例えを言う。

 

「毎日ログインしてたし、結構いろんな所へ出歩いていたからな。無駄にアイテムが溜まってて、バンバン使っていかないと、所持品枠が空かなくて困るんだよ。」

 

パンドラズ・アクターから、宝物庫の整理をお願いされているので、使えるアイテムはさっさと消費したいのだ。

 

「ズズー…あ〜味噌汁が上手い!ブラック、おかわり!」

 

「はい、ご主人様。」

 

「あ!俺もいいッスか?ブラックちゃん。」

 

「畏まりました。」

 

空っぽになった器に、ブラックが新しく盛っていく。

ウルベルがコーヒーが入ったカップを持ちながら質問を続ける。

 

「ナザリックが存在するヘルヘイム以外の世界にも出歩いていたんですよね?」

 

「まぁね。サービス終了日の半年前ぐらいから、プレイヤーの数が激減して、普通に出歩いても襲われなくなってたよ。昔の、盛んに行われてたPK(プレイヤー・キル)が嘘みたいだったよ。ま、私は元からPKの被害には、あんまりあってないけどね。」

 

サービス終了のお知らせを聞いて、去っていくプレイヤーが増えていくなか、残り続けるプレイヤー達もいた。リュウノこと勝は、他のプレイヤーとの交流を積極的に行なっていたプレイヤーだったため、あまりPKの対象にはならなかった。首なし騎士デュラハンであり、頭が無いアバターなのに、他のプレイヤー達に『顔パス』が利くという、なんとも不思議な対応をとられていた。

 

「出会ったプレイヤーと挨拶して、チャットで会話してたら、ふらっと来た他のプレイヤー達も交じって世間話や過去イベントの思い出話とかしてたぜ。ほのぼのしてたよ、ホント。」

 

たくさんのプレイヤーが居た時代では、集団によるPK(プレイヤー・キル)が盛んだったが、さすがに人数が減ると活動力も弱まり、プレイヤー1人でキル活動なんぞ馬鹿らしくなって、やってられないのだ。

最終的には、ユグドラシルに残っている親しいプレイヤーと会話するためにログインしているプレイヤーばかりになってしまっていた様な気さえする。

 

「私みたいな物好きぐらいだよ。ユグドラシルが終わりに近づく中、穏やかに冒険活動していたのは。ま、私はドラゴンの契約目的でドラゴン狩りに奔走していただけなんだけどね!」

 

ドラゴンもとい、通常モンスターと契約するためには、規定の数の同じモンスターを狩る必要があるのだ。ただし、八竜といったワールドエネミークラスのモンスターは、特定の条件を達成しないと召喚契約が実行できないのだ。

 

「ドラゴンとの契約のために他の世界に行くって、どんだけドラゴン好きなんですかwドラゴン好きにも程がありますよw」

 

「そう言うウルベルさんだって、魔法好きじゃん!」

 

「私は魔術師(マジックキャスター)ですから、いいんですよ。魔法の習得は、多いに越したことありませんし。」

 

「…そう言えば、ウルベルさんが、自分より習得魔法の数が多いモモンさんに嫉妬してるって、ギルメンの誰かが言ってたような気がするんだけど、ホントなの?」

 

「え!?本当なんですか、ウルベルさん?」

 

ウルベルにとっては、『魔法の習得数の多さ=強さ』という独自の概念があり、自分より魔法の習得数が多いモモンに嫉妬しているのだ。

 

「はい。嫉妬してますよ。羨ましく思うほど。」

 

ウルベルがニッコリ笑って言う。

その表情と対応の仕方に、モモンが少し引き気味になる。

ウルベルがコーヒーを啜る。

 

「火力重視の魔法職でなければ、もっと習得できてたんですよ。」

 

「私は火力というか、攻撃力が高い方が良い気がするけどな。私の場合、相手がドラゴン以外だと、火力があんまり期待できないからな。むしろ、竜王達の方が火力高い可能性すらあるし。」

 

相手がドラゴンなら、スキル<竜殺し(ドラゴンキラー)>で火力が跳ね上がり、超絶有利になる。逆にドラゴン以外だと平均的な火力しか出せないので、レベル相応の相手だと倒すのに時間がかかるのだ。

 

「我々魔術師(マジックキャスター)にとって、魔法の数は強さなんですよ、リュウノさん。確かに、火力も大事ではありますが、それは戦士職の理屈です。たっちさんのような、力と技術でゴリ押しは通用しないんですよ。そうですよね、モモンさん。」

 

「まあ、『魔法が多い』という事は、こちらの使える『手札も多くなる』という感じになりますからね。手札が少ないと、敵に対策され、なにもできなくなりますから。」

 

魔法職の二人に論破される。

生粋の戦士職のたっち・みーなら何か反論したかもしれないが、リュウノはあまり強く反論するつもりはない。

 

「そういうもんなのか、魔法職ってのは。私は、魔法も戦士も中途半端だから、あんまり強く言える立場じゃないからなー…。魔法は第五位階までの闇系魔法と召喚したモンスターを強化する魔法ぐらいしか使えないし。狙撃職を習得しているおかげで、遠距離にも対応はできるけど、ここぞという火力はだせないし。自慢できるのは、ワールドアイテムで強化された召喚魔法と防御力くらいか。」

 

自分の職業構成を改めて確認するが、

 

闇騎士《ダークナイト》

竜騎兵《ドラグナー》

 

の騎士職二つ。

 

将軍《ジェネラル》

 

の指揮職一つ。

 

銃士《ガンナー》

狙撃手《スナイパー》

 

の狙撃職二つ。 

 

竜使い《ドラゴンテイマー》

魔獣使い《ビーストテイマー》

 

の調教職二つ。

 

召喚士《サモナー》

 

の魔法職一つ。

 

という中途半端な構成であり、イマイチどれもこれもが火力不足感があるのだ。一応、シャルティア以外の階層守護者には勝てるものの、強力な一撃技といえば、対ドラゴン用の<竜切り(ドラゴン・スラッシュ)>ぐらいである。

 

「召喚に頼らないなら、騎士職らしく盾もって敵に殴られながら、ヘイトを集めるのがお似合いかもしれないなー、今の私は。ぶくぶく茶釜さんには劣るけど。」

 

「ねーちゃんのヘイトコントロールはヤバイレベルなんで、真似しない方がいいッスよ!」

 

「そうですよ!だいたい、昨晩は敵のヘイトを集め過ぎて、大ピンチだったでしょ!」

 

モモンの発言で、話題が昨晩の戦闘の話に変わる。

 

「敵の装備は立派な物ばかりでしたが、使用者達が中途半端に弱かったおかげで、なんとかなった、という感じでしたね。敵が完全な100Lvプレイヤーの集団だったら詰んでましたよ、私達。オマケに、敵側はワールドアイテムまで所持していましたし。というか、私は最初、リュウノさんが死んだと思ってましたからね。」

 

ウルベルの言う通り、敵が弱かったからこその勝利であったし、自分自身の油断から始まった窮地でもあった。

 

「うっ…ご、ごめんなさい…。」

 

夜の戦いを思い出す。

不意打ちを食らってからの瀕死状態、さらに、数人に囲まれてからの集中攻撃、よくもまあ生き残れたものだと、自分でも思う。

仲間達の援護がなかったら、自分は確実に死んでいたであろう事は明白だ。

 

「リュウノさんが死んだという前提で作戦を考えてたら、リュウノさんが立ち上がり始めたせいで…私の時間停止魔法からの高火力範囲魔法で一掃作戦が実行できなくなってしまったんですよ?」

 

「死んでて欲しかったみたいに言うんじゃねぇ!しかもそれ、私の死体も巻き込むよねぇ!?」

 

「大丈夫ですよ。モモンさんなら、バラバラの死体からでも完全復活してくれますから。むしろ、リュウノさんが死んでようが生きてようが、実行するべきでしたかね?」

 

「ふざけんな!ウルベルさんの高火力魔法なんて、体力フルでも喰らいたくないよ!」

 

「私も、仲間の死体なんて見たくないですよ、ウルベルさん。仲間が仲間を殺す光景なんて、もっと見たくないです。」

 

流石のモモンも、ウルベルの発言を見過ごせなかったのか、口を出し始める。

 

「冗談ですよ、二人とも。時間停止魔法といった、移動を阻害する魔法は、100Lvプレイヤーなら対策してるのが当たり前ですからね。時間停止中は、コチラも攻撃できませんので、自力で逃げられないリュウノさんが取り囲まれて、魔法の効果が切れた瞬間に袋叩きにあうのがオチです。」

 

「冗談で殺される私の身にもなって欲しいよ!」

 

「まぁまぁまぁ、私も少し言いすぎました。すみませんでした、二人とも。どうも、悪魔という種族のせいか、そういう言い回しをしちゃうんですよ。許して下さい。」

 

口では謝っているが、どうみても反省している雰囲気がない。悪魔という種族がそういう性格なのかもしれないが、仲間にまでそういう接し方をされると、気分が悪くなる。

 

「種族ゆえの特性か…。まぁ、仕方ないか…。」

 

スッキリしない表情でリュウノが言う。

 

「おや?許してくれるんですか?リュウノさん。」

 

「うん。私も、アンデッドから人間になって、色々身体や精神の変化を実感してるからねー。むしろ、人間になるまで、その変化に気付いていなかった気さえする。ウルベルさんが、あくまでも種族特性によるものだと言うのなら、仕方ないものとして、私は許すよ。」

 

「一応聞きますが、1番実感したものは?」

 

「勿論、この頭だよ。」

 

リュウノが頭を指さす。

 

「そうッス!前から聞きたかったんですが、頭が無い感覚ってどんな感じなんッスか?」

 

「んー…何も感じないね。」

 

「何も?何も感じない…ッスか?」

 

「うん。例えるなら…ほら、懐中電灯とかを目に向けられると、眩しくて目を細めるでしょ。ああいう感覚が無いから、眩しい!とか全然思わないんだよね。」

 

「なるほど。感じる感覚がないから、まず気にすらならないんですね。」

 

「そうそう!眠気も頭痛もしないし、呼吸すら必要ないから、頭が無いという事になんも違和感を感じないんだよ。むしろ、人間の身体に不満を漏らしたくなるね。人間になって得した事は、会話ができる事と食事ができるようになった事ぐらいで、デメリットの方が増えてるし。モモンはどうなの?」

 

「私も同じですね。骨だけという身体に違和感は感じません。疲労はしないし、食事と睡眠は不要。ハッキリ言えば、とても楽ですね。」

 

「だよな!アンデッドの肉体って、マジ良いよな!あー、私も早く元のデュラハンに戻りてぇ〜。昨日の戦闘の疲れが残ってて、疲労感が半端ないんだよねー。」

 

「デュラハンに戻りたいってセリフ、普通なら異常な発言ですけどね。フフッ。」

 

不死者(アンデッド)に戻りたいという、普通ではありえない言葉を言うリュウノを見て、ウルベルが笑みを浮かべる。

 

狂った発言は、悪魔を楽しませてしまうのだろうか?

 

「そうかな?んー、いや、確かに変か。でも、戻りたいものは戻りたいんだよ〜。あー、早く夜にならないかなー。」

 

「まだ朝の六時過ぎですよw」

 

「おっと、もうそんな時間ですか。そろそろ村人達が起きる時間ですよ。」

 

「よし。ブラック達は王都に戻って授与式に備えて待機だ。後から私も見に行くから、先に王都に帰った竜王達にも伝えておいてね。」

 

「畏まりました。では、私達は先に帰りますね。」

 

レッドが転移門(ゲート)を開き、ブラック達が入っていく。

ブラック達を見送ったリュウノは、食器を片付け、外に出ようとする。

 

「リュウノさん、どちらへ?」

 

「ちょっとエンリちゃん達の所へ行ってくる。昨晩は、彼女達にも助けられたからね。御礼を行ってくるよ。」

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

──朝七時頃──

 

 

「あれ?モモンさん、リュウノさんはどうしたんです?」

 

漆黒の剣のリーダーのペテルが、リュウノの姿が見当たらない事を尋ねる。

 

「彼女なら朝早くに出発しましたよ。ヒポグリフに乗って行ったので、急ぎの用でもあったのでしょう。」

 

リュウノは首なし馬(コシュタ・バワー)で王都にとっくに帰っている。ルクルットがガッカリした表情をする。

 

「残念だなぁ〜。リュウノちゃんとは、もっとお喋りしたかったんだけどなぁ…。」

 

「ルクルットは相変わらずだなぁ、はははw」

 

「まったくなのであ〜る。」

 

漆黒の剣のメンバーのニニャとダインが、ルクルットの肩を叩いて励ます。

 

「では、私達もエ・ランテルに出発しましょう。」

 

「はい。エ・ランテルまで再び護衛をお願いしますね、モモンさん。」

 

「わかっていますよ。」

 

身支度を終えたンフィーレアと漆黒の剣とモモンチームが村を出発する。すると、防護柵の門の所でエンリとゴブリン達が見送りに来ていた。

 

「エンリさん、昨日は色々ありがとうございました。」

 

モモンが礼を言うと、エンリがとんでもないですと言わんばかりの表情とお辞儀をする。

 

「いえ!私は特になにも!皆さんやリュウノさんにも色々助けて貰いましたから。」

 

「そうですか。」

 

「そう言えばモモンさん。森の賢王を連れ出して大丈夫なんスか?生態系とか崩れたりしないッスか?」

 

「あ、それなら大丈夫ですよ、ペロロンさん。リュウノさんが、森の賢王の代わりになるモンスターを召喚して、森に待機させてるそうです。これで、生態系が維持できるから安心して、と仰ってました。」

 

朝、エンリとゴブリン達に御礼を言いに行ったリュウノは、ゴブリンのリーダーのジュゲムから、死んだゴブリン達の話を聞かされたのだ。

デュラハンを狙ってやってきたスレイン法国の奴らに殺されたのだから、『自分のせいで迷惑をかけてすまない』と、リュウノはゴブリン達に謝罪した。

村の安全のために、森の賢王の代役を召喚し、カルネ村を守護させる事を、エンリとジュゲム達に約束したのだ。

 

代役として召喚したモンスターは、森林竜(フォレスト・ドラゴン)であり、森の賢王より若干強いレベルである。

 

「そっか、なら大丈夫ッスね!」

 

「じゃあね、エンリ。」

 

ンフィーレアがエンリに手を振る。

 

「ンフィー、またいつでも村に来てね。」

 

「うん!」

 

モモン達が門を潜り、エ・ランテルに向けて歩き出した。

 

 

 

────────────────────

 

 

──午前10時・王都──

 

王城の城壁正門前の広場に特設ステージが作られ、そのステージの前には大勢の観客が集まっていた。王国で3つ目になるアダマンタイト級冒険者チームのプレート授与式が行われるからだ。

 

その観客達の中に、リュウノは居る。黒い軍服の上から魔導師のローブを羽織り、軍帽とガスマスクを被った姿で人混みに紛れていた。

人間時の姿を王国戦士長に見られているため、バレないようにした変装だ。

リュウノが周りに視線を向ける。周囲にいる人々が、「なんだ!?コイツ!?」と、言わんばかりの視線を飛ばしている。

だが、リュウノは気にしてない。そういった視線で見られるのは、デュラハンの姿の時にたっぷり経験済みだからだ。

リュウノは再びステージに視線を戻す。

 

ステージに上がる為の階段がステージ中央とステージ横に設置されてある。ステージ中央の階段前にはレッドカーペットが敷かれており、観客達を左右に割っている。

 

ステージ上の両脇のスペースには、丸テーブルと椅子が幾つも並べられており、上座には王族を始め、王城にいた貴族、その他関係者達が席に着いている。下座には、王国が誇る二つのアダマンタイト級冒険者チームの『蒼の薔薇』と『朱の雫』、他にオリハルコン級の冒険者チームが幾つか座っている。

 

アダマンタイト級冒険者チームの『朱の雫』のリーダーは、アズスという名前であり、『青の薔薇』のリーダーであるラキュースの叔父にあたる人物らしい。

 

もう既に、司会進行役のレエブン侯が、授与式の開会の挨拶を始めている。

 

「──では、国王陛下の挨拶の前に、今回の受賞者を紹介致しましょう。冒険者チーム『竜の宝』の皆さんです。どうぞ!こちらへ!」

 

レエブン侯の合図とともに、首無し騎士デュラハンを先頭に、竜人三名がレッドカーペットを歩いてくる。首無し騎士デュラハンが、『どうもどうも』と言わんばかりに、片手を軽く上げて手を振っている。

 

貴族や観客達から、とくに感情のこもっていない拍手が送られる。真面目に拍手をしているのは、国王と王国戦士長、蒼の薔薇ぐらいである。

 

観客達の顔には、困惑や戸惑いなど、不安そうな表情が多く見られる。当然だと思う。昨日現れたばかりの異形種達を、ほとんど何も知らない国民達が心の底から祝う事など出来るわけがないのだ。

 

しかし、全ての人間が、悪いイメージを持っている訳でもなさそうだ。

 

「おい、アレ、後ろの竜人って娘達可愛くね?」

「めちゃくちゃ美人だよな。」

「ああ。アレが人間だったら最高だったのに。」

 

ブラック達の容姿に見惚れ、その美しさについて語り合っている男衆がチラホラいるのだ。

 

(ブラック達の容姿は確かに美しい。そう!私が言うのもなんだが、美しいのだ!特にブラックが可愛いだろ?な!人間の男達よ!)

 

自分と瓜二つの姿のブラックが1番人気だろう、そう予想するリュウノだったが──

 

「金髪の2人が好みだわー、胸もデカいし!」

「あの黒髪の竜人って子供か?後ろの2人がデカい身長だから、余計小さく見えるぜ!」

「あの子も胸がデカければなぁ〜…。」

 

どうやら、ブルーとレッドの方が人気のようだ。

 

(ちくしょう!身長も胸も小さくて悪かったな!)

 

ブラックが余り人気ではなかった事に、リュウノは残念な気持ちになる。

 

チーム『竜の宝』が、ステージに上がり、観客達に向かって正面を向き、横1列に並ぶ。

 

「えー…ご覧のとおり、チーム『竜の宝』は人間ではない種族のみで構成されたチームでございます。国民の皆様方の中には、彼等が人間でない事に、不安や戸惑いを感じていらっしゃる方もいらっしゃるでしょう。」

 

レエブン侯が、観客達の反応を見て、アドリブで言葉をかえて話していく。少しでも、国民を安心させる雰囲気を作るためだ。

 

「ですが、ご安心下さい。彼等は我々人間に対し、友好的な行動を幾つもとってくれています。国王陛下が、彼等を冒険者として活動する事を許可なさったのも、その善意ある行動をお認めになったからなのです。」

 

チーム『竜の宝』が、レエブン侯の話に合わせ、国王陛下の方にお辞儀する。国王陛下も、笑顔で軽いお辞儀を返す。

 

「では、彼等が冒険者となった経緯を、我らが国王陛下が、挨拶と同時に説明したいとの事なので、国王陛下の挨拶へと、移らせて頂きます。国王陛下、どうぞ前へ。」

 

国王陛下こと、ランポッサ三世が、王国戦士長ガゼフを伴い、首無し騎士デュラハンの隣に立つ。

すると、チーム『竜の宝』が全員、国王陛下に向かってかしづく。

 

その行動に、正面に立っているランポッサ三世を含め、会場にいる人間達全員が驚く。

 

「(よし!効果バツグンだ!)いいぞ!そのまま私の()()()()に動けよ、お前達!」

 

何故チーム『竜の宝』が、国王陛下にかしづいたのかと言うと、観客席から見張っているリュウノが、伝言(メッセージ)で指示しているからだ。会場の雰囲気や動きに合わせ、適切な行動やセリフを指示し、ブラック達をサポートしている。

ガスマスクを装着したのも、伝言(メッセージ)を近くにいる人達に聞かれないようにする為と、口の動きを悟られないようにするためだ。

観客達に紛れたのは、会場での会話をしっかり聞くためだ。遠くから見張っていては、ステージ上での会話が聞き取りにくくなるからと判断したのだ。

 

「(国王陛下にかしづく事で、異形種である我々が、人間の国王陛下に敬意を持っている事が皆に伝わったはず!礼儀正しい姿勢を見せれば、王都の人達も安心してくれだろうからな!)」

 

人間とは違う存在であり、恐ろしいイメージを持たれやすいアンデッドの在り方を根底から変えるのがリュウノの狙いである。

 

生者を憎み、殺戮を楽しむ。それが一般的なアンデッドの特徴であり、人間がアンデッドを恐れる最も大きな原因となっている。ならば、その前提を塗り替えてやれば、人間達も受け入れてくれるだろう。と、リュウノは思っている。

 

ドラゴンも同じだ。普通の人間では太刀打ちすらできない存在であるドラゴン、それが人間に敬意を示すだけでも、イメージチェンジになるだろう。

 

「デュラハンの勝殿、そして…竜人のブラック殿、ブルー殿、レッド殿だったか?そうかしづかなくても良い。貴殿らは、我が国の民を守り、私が最も信頼する王国戦士長の命を救った恩人でもあるのだからな。」

 

国王陛下に言葉に反応し、デュラハン達が立ち上がる。

 

「ありがとうございます、国王陛下。陛下の慈悲深いお心に感謝致します。そして、私達を受け入れて下さった事に、ご主人様を含め私達一同嬉しく思っております。」

 

ブラックがチームを代表して発言し、敬意を示す。

 

「そうか。そう思ってもらえて、私も嬉しい。では、貴殿らのこれまでの経緯を国民達に語り聞かせよう。」

 

そこからは、国王陛下と王国戦士長がデュラハン達の話を長々と喋った。

 

カルネ村の事、陽光聖典との戦いの事、王都を訪れた時の事、冒険者組合での竜王召喚での説教などを語り、次に鉱山での話になる。

何故か、蒼の薔薇も語りに交じりだし、鉱山探索中に起きた事をリアルに語り出す。

 

蒼の薔薇と冒険者活動したという報告が安心材料になったのか、観客達から笑みがこぼれ出す。

 

「──という訳で、彼等のドラゴン討伐、冒険者救助などの功績を讃え、アダマンタイトのプレートを授与する事を宣言する。」

 

観客達から、拍手が送られる。最初の拍手に比べると、少しだけ活気があるように感じられた。

 

「では、プレートの授与に移ります。『竜の宝』の皆さんは、国王陛下の前に並んで下さい。」

 

並んだデュラハン達に、国王陛下が1人1人に「おめでとう」と、声をかけてプレートを渡していく。

 

プレートを渡し終わったのを確認したレエブン侯が、式の進行を始める。

 

「では、受賞者代表の挨拶に移らせて頂きます。えー…チーム代表者は、ブラックさんでよろしかったでしょうか?」

 

「はい。私がチームを代表して挨拶をさせて頂きます。」

 

ブラックが、観客側に一歩進みでる。

 

「今回、このような形でアダマンタイトのプレートを授与して頂き、とても嬉しく思っております。ご主人様も妹達も、人間の皆様とは会話ができないため、いろいろ迷惑をかける事もあるかと思いますが──」

 

ブラックが挨拶を続ける。

この挨拶の内容は、リュウノが予め考えた大まかな文章をブラックに暗記させたものだ。忍者職をもったブラックが、一瞬で文章を暗記したのは驚きだったが。

 

「(さて…ここまでは順調。しかし、次がどうなるか…アイツらは、『我々にお任せを!』と、言っていたけど、何をやるつもりなんだか…)」

 

本来なら、チーム挨拶で終わりなのだが、竜王達から懇願され、彼等の紹介もここでする事になったのだ。リュウノ個人は反対だったのだが、竜王達が必死にお願いしてくるので、渋々了承したのだ。

 

「──という事で、私達、チーム『竜の宝』の挨拶を終わらせて頂くところではありますが、実は…まだご紹介したい方々が居ます。国王陛下、よろしいでしょうか?」

 

「ふむ?紹介したい者達とは?」

 

「昨日、ご主人様が王都の上空で召喚した、竜王(ドラゴン・ロード)様達です。」

 

竜王(ドラゴン・ロード)という言葉に、会場が一気にざわつき始める。

 

「昨日の巨大なドラゴン達か!?」

「あれか!?俺も見たぞ!」

「私もよ!突然現れたからビックリしたわ!」

「まさか、またココに現れるのか!?」

 

会場の観客達から不安そうな声が上がり始める。

 

「皆さん、落ち着いて下さい。昨日のような事にはなりませんので!ご主人様も、昨日の事は反省していますから!」

 

観客達を落ち着かせる為、ブラックが説明を続ける。

 

「昨日の夜、竜王様達が私達と同じような人型に変身できる事がわかったのです。」

 

「マジかよ!?アレも人型に変身できるのかよ!?」

「信じられないわ!」

「あのドラゴン達が人型になるなんて想像つかねぇぞ…。」

 

観客達は、竜王(ドラゴン・ロード)達が人型に変身できるという事に驚きを隠せないでいる。

すると、観客達の最前列にいたリュウノが喋り出す。

 

「まぁまぁ、皆さん、一旦落ち着きましょう。もしかしたら、本当に変身できるかもしれないでしょ?それに、昨日一度ドラゴン達を見てるんですから、巨大なままだったとしても、そこまで怖くはないでしょ?」

 

そのまま、ブラック達の方を向く。

 

「ブラックさん…でしたっけ?竜王(ドラゴン・ロード)達は、襲って来ないのでしょう?」

 

「はい。ご主人様が、『人間を襲うな』と、命令していますので、大丈夫ですよ。」

 

「なら、いろいろ文句を言うのは、人型に変身したという竜王(ドラゴン・ロード)達の姿を見てからでも良いのではないですか?皆さん。もしかしたら、案外美人だったりイケメンだったりするかもしれませんし。」

 

「そ、そうだな。見てからでも遅くはないか。」

「そ、そうね。それがいいかもね。」

 

観客達は、リュウノの意見に納得したようだ。

 

「では、皆さん。よろしいですか?それでは!竜王(ドラゴン・ロード)の皆様、どうぞコチラに!」

 

ブラックの合図を、待っていましたと言わんばかりの速さで、羽の生えた人影が11体、建物の影から飛び出してくる。その人影達は、授与式会場の上空を、1列に並んでぐるりと一周すると、レッドカーペットの上に、綺麗に並んで同時に着地する。

観客達から「おおっ!?」と歓声が上がる。

着地した姿勢から、竜王達がゆっくり立ち上がる。全員が胸を張り、自信たっぷりの顔で立っている。

 

男性竜王7名、女性竜王4名が授与式会場に現れた事で、観客達から様々な感想が出る。

 

まず、男達からは、

 

「おいおいおい…あの4人、美人すぎるだろ!」

「見ろ!昨日見た、巨大な人型の奴と同じ女が立ってるぞ!」

「胸デカすぎだろ…!魔乳かよ…。」

「くそぅ〜…揉んでみてぇ〜。」

「人間だったら、躊躇いなく口説きに行ってたぜ…」

「太ももがエロ過ぎだろ…」

「何言ってんだ!ケツが1番やばいだろ!あんなエロいケツ、初めて見たぜ!」

「やべぇ…犯してぇ…1発やりてぇ…。」

 

などなど、スケベな意見ばかりである。

 

女達からは、

 

「やば!顔がめちゃくちゃ好みなんだけど!」

「ウチの旦那よりカッコイイわ!」

「あの筋肉凄すぎ!惚れちゃいそう!」

「あんなイケメンに抱かれたいわ…。」

 

と、まるで魅了(チャーム)でも食らったかのような反応ばかりである。

ちなみに、竜王達の主人であるリュウノはと言うと─

 

「(やべぇ…ちょっとカッコイイと思ってしまった!だが、観客として見るなら大丈夫なんだが、()()()()()()()としては、ちょっぴり恥ずかしいよ!)」

 

と、複雑な気持ちでいた。

 

「竜王の皆様、ご主人様の前までお願いします。」

 

ブラックの呼びかけに反応し、竜王達がステージに上がり、横1列に並ぶ。

 

「では、手短に竜王様達のご紹介をさせて頂きます。まずは──」

 

ブラックが、順番に竜王達を紹介していく。紹介時に、竜王達がポージングをとり、その度に観客達から歓声が上がる。

 

ちなみに、シャドウナイトドラゴンは闘技場(コロッセウム)でお留守番である。

 

「(さて、竜王達の紹介もそろそろ終わるし、特に問題もなさそうだな。やれやれ…これで一段落かな。)」

 

「──以上で、竜王様達のご紹介を終わらせて頂きます。」

 

観客達から、そこそこ好感が上がったような拍手が送られうる。

 

「(良かった〜、特に何事もなく終われそうで──)」

 

「──ありがとうございました。では、次は──」

 

レエブン侯が、次に移るセリフを言い出し始めた事に、リュウノが安心した、その時だった。

 

「ちょっとお待ちを。」

 

次の式目に移ろうとしていたレエブン侯の言葉を、ティアマトが遮ったのだ。

 

「えっ!?あ、ハイ!どうかしましたか?」

「(なんだ?なんだ?)」

 

突然の事に、レエブン侯がたじろぐ。

リュウノも困惑する。

 

「少し、お話したい事があります。よろしいでしょうか?」

 

「え…ええ、構いませんが…」

 

ティアマトは、一歩進み出ると、観客達に向かって喋り出す。

 

「私達竜王は、ご主人様に忠誠を誓う、忠実な下僕です。これは、昨日の騒動でも言っています。ですが、人間の皆様方の中には、このように思われてる方々もいらっしゃるのではありませんか?私達のご主人様こと、首無し騎士デュラハンが、私達竜王を本当に制御できるのかどうか…気になっている方々がいらっしゃると思います。」

 

ティアマトの質問に、観客達がざわざわとしだす。

 

「確かに、アンデッドのデュラハンにドラゴンが従うって、信じられないよな…」

「でも、あのデュラハンが召喚したドラゴンなんだから、従うのは当然なんじゃないか?」

「そもそも、あのデュラハンがドラゴンを召喚できるのが謎だしなぁ…」

「それを言うなら、あのドラゴン達が、喋れないデュラハンとどうやって意思疎通をしているかも大きな謎だぞ!」

 

観客達に紛れているリュウノには、観客達がヒソヒソと話している言葉がよく聞こえる。

 

「(ぐっ…!説明しづらい謎が幾つかあるな。今後のために、適当な理由を考えておく必要があるか…)」

 

そんな事を考えながら、リュウノはステージに立つ竜王達を見る。

 

「なので、私達がどれだけご主人様に忠誠を誓っているか、実際に見せようと思います!」

 

ティアマトがそう言うと、ブラック達が竜王達の列に加わる。

 

「(はぁ!?アイツら、何するつもりだよ!?)」

 

リュウノは、竜王達がこれから何をするのかまったく予想できないでいた。

 

「では、ご主人様!例のアレをお願いします!」

 

「(例のアレ!?アレってなんだ?)」

 

困惑しているリュウノを後目に、パンドラが化けたデュラハンが、1列に並んでいる竜王達の前に立つ。

ステージ上に並んだ竜王達とブラック達の後ろ姿が観客達に見える形になる。

 

リュウノを含め、観客達も王族も貴族も冒険者達がざわつきながら様子を見守っていると、デュラハンが片手を上げる。その動作に、会場が一気に静まり返える。全員が息を呑んで見ていると──

 

デュラハンが、カッ!と両足を合わせ、敬礼のポーズをとる。すると、ブラックが大きな声で「敬礼!」と叫ぶ。それに合わせて竜王達も、「ハイ!」と返事をしながら一斉に敬礼のポーズをとる。

 

リュウノは、竜王達の行動を見て、現代にある『集団行動』を思いだす。リーダーが指示を出し、隊列を組んだ仲間達が、リーダーの指示した行動をとる。確か、そんな競技のようなものだったなー…と、記憶を思い返していたのも束の間、次の彼等の行動を見て唖然とした。なぜなら──

 

デュラハンが片手を前に出した瞬間、ブラックが──

 

「おすわりのポーズ!」

 

と叫び、ブラック達と竜王達が『おすわり』のポーズをしたからだ。

 

男性の竜王が『おすわり』のポーズをすると、違和感が半端ないのだが、それが気にならなくなる程の別のものがそこにあった。

 

女性の竜王とブラック達の、露出したお尻だった。ただでさえ際どい格好の彼女達が、『おすわり』のポーズをすれば、ケツに『アレ』が食い込み、超エロい感じになってしまうのだ。

 

当然、観客の男性から、「おおぉぉぉぉぉぉ!?」と、歓喜の声が上がる。

 

いつもは正面に立って『おすわり』のポーズを見るリュウノにとって、『おすわり』のポーズをしたブラック達を後ろから眺めるのは初めてだった。しかも、今の自分は人間であり、アンデッドではない。なので──

 

「(ぶはっwwアイツら何してんだ!というか、やっぱりめちゃくちゃエロいな、そのポーズ!ヤバすぎでしょww)」

 

と、興奮と動揺の混じった気持ちになり、落ち着く事ができなくなっていた。

だが、リュウノはすぐに思いだす。

 

「(待てよ!?『おすわり』をしたって事は、次は…まさか!?)」

 

リュウノが予想した次の展開が、ステージ上ですぐに実行された。

 

「服従のポーズ!」

 

ブラック達と竜王達が、『服従』のポーズをとった。ただでさえエロい尻が、突き出す形になり、さらにエロくなる。観客達からは、ややローアングルな感じに見える分、さらにやばい。

 

「やべぇよ!エロ過ぎだろ、あれ!」

「いやらしくケツ出しやがって…誘ってんのか?アレは!」

「ちくしょうぉぉ…犯してぇ〜!」

「揉んだらぜってぇ気持ちいいぜ、あれ!」

 

人間の男達が、興奮しまくりである。

 

展開が予想できていたリュウノにいたっては、手で目を覆い、もはや直視できない程恥ずかしい気持ちになっていた。あのポーズを、ブラック達以外にもやる奴らが居るとは思っていなかった分、竜王達が『服従』のポーズをしながら立ち並ぶ光景は強烈だったのだ。

 

「(お前ら!もう充分だから!そこまでにしとけ!)」

 

パンドラを含め、ドラゴン達に伝言(メッセージ)を飛ばし、止めさせる。

 

「「「ハッ!」」」

 

と、いきよいよく返事をしたドラゴン達が、ポーズを止めて観客達の方を見る。

 

「以上が、私達の私達による、ご主人様への忠誠の証です。ご納得頂けましたでしょうか?」

 

観客達(特に男性)から、活気のある拍手が送られる。

 

「と、とても素晴らしい演技でしたね!では、次の式目に移らせて頂きます。」

 

レエブン侯が授与式を進行させていく。最終的に、その後はスムーズに進み、授与式は終了した。

最後に、再び大きな拍手を観客達がしている。

 

「(授与式で1番目立ってたのが、尻って!恥ずかしいにも程があるぞ!はぁ〜…。)」

 

リュウノがため息をついていると、誰かから伝言(メッセージ)が届く。

 

「リュウノさん、今大丈夫ですか?」

 

「お?モモンさん?何?」

 

「たっちさんがエ・ランテルで困った事態に巻き込まれたらしいんですよ。少し様子を見に行って貰えませんか?」

 

「え?たっちさんが?」

 

変だな…たっちさんはヘロヘロさん達と馬車で王都に向かって来ているハズでは?

 

「わかった。転移門(ゲート)でエ・ランテルに向かってみる。」

 

「よろしくお願いします。たっちさんは、冒険者組合に居るそうです。」

 

「了解〜。」

 

伝言(メッセージ)を切ってから、リュウノは思う。

 

「行ったり来たり、私だけ忙しいスケジュールばっかりだよ!まったく!」

 



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第24話 十三英雄の生き残り

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──時刻11時過ぎ──

 

 

「お前達、私は()()急用ができたので、エ・ランテルに行く。お前達はまた留守番だ。」

 

授与式終了後、リュウノとブラック達は、城壁の正門前広場から少し離れた場所で落ち合っていた。

 

「主人よ!待つのだ!主人は昨日、襲撃されたばかりだ!護衛をつけるべきでは!?」

「そうです!ご主人様はスレイン法国に狙われたばかり!1人で行動するのは危険です!」

「それに、他の勢力からも襲われる可能性もあります!我らを護衛に!」

 

カルネ村での一件があったばかりなため、流石の竜王達も、主人であるリュウノの単独行動は危ないと思ったのだろう。自分達に護衛させて欲しいと訴えかけてくる。

 

「うーん…私も失態を晒したばかりだしなぁ…どんな危険がいつ来るかも分からない状況だし…うーむ…。」

 

リュウノ自身も、一部の国組織に狙われている身である事を理解している。ましてや、モモンやウルベルなどの、優秀な魔術師(マジックキャスター)が近くにいた状況で死にかけたのだ。いくら自分が強いといっても、完全無欠という訳ではない。それを大いに思い知ったばかりなのだ。

 

「よし。護衛につく事を許す!」

 

竜王達の顔に活気がやどる。

 

「だが!全員は無理だ。」

 

「どうしてです!?主人。」

 

「今の私が、首無し騎士デュラハンと同一人物だとバレるのはまずい。護衛につく面子を限定させてもらうぞ。」

 

そう言うとリュウノは、護衛につかせるメンバーを選んでいく。

 

「バハムート、ナーガ、ヤマタノオロチ、リヴァイアサン、白竜、青龍・黄龍は護衛候補な!悪いが、残りのお前らは留守番だ。」

 

省かれたのは、ファフニール、ティアマト、神竜、ウロボロスである。

 

「何故です!ご主人様!?私達も護衛に──」

 

「無理だ。ファフニールはエ・ランテルで住民達に一度姿を見られてる。ティアマトは王都の連中にデカい方もバッチリ見られてるしな。」

 

「確かに…エ・ランテルで王国戦士長を乗せたので、住民達には見られてしまっていますな。ティアマトは、大きさに関係なく姿が一緒だから即バレるじゃろ。諦めろティアマト。」

「そ、そんな…しょんぼり(´・ω・`)」

 

ティアマトがガックリと地面に突っ伏す。

 

「ウロボロスと神竜はスレイン法国の兵士に見られてるからな。連れていく訳にはいかん。すまないな。」

 

「とんでもございません、ご主人様。ご主人様は何も悪くございません。私もご主人様の護衛に付きたかったのですが、ご命令であるなら仕方ありませんね…。」

「そうだな。諦めるか…。」

 

ウロボロスと神竜も納得してくれたようだ。

 

「では、護衛候補の内2名を護衛につかせる。さて、誰を私の護衛にしようかな〜?」

 

リュウノがニタニタ笑いながら、竜王達の様子を伺う。

 

「主人よ、我を護衛に!」

「私を!」

「我等を!」

 

当然の如く、竜王達がせがんで来る。

 

「ハイハイ。皆やりたがると思ったよ。なら、ジャンケンで勝ち残った2名が護衛な。」

 

リュウノの言葉を聞いて、竜王達が闘志をやどらせる。

 

「本当か、主人よ!なら、負ける訳にはいかんな!」

「絶対勝つわ!」

「我等が主人の護衛につくのだ!」

 

竜王達が輪っかを作り、ジャンケンの構えをとる。

 

「「「最初はグー!ジャンケンポン!」」」

 

結果はあいこ。

 

「チッ!お前達、チョキを出せ!私はグーをだすからな。」

「そんな口車には乗らないわよ!」

「遅出しもズルもナシじゃぞ!」

 

竜王達が『あいこでしょ!あいこでしょ!』と、言いながらジャンケンを続ける。

 

「お前らー早く決めろよ〜。」

 

リュウノが、竜王達の決着を待っていると、パンドラが話しかけてくる。

 

「リュウノ様、コチラのアダァマァンタァァイトのプレェェートをお受け取り下さぁい!」

 

「ん。ありがと、パンドラ。お前もお疲れ様。」

 

「私まで労って下さるとは!んー!ありがたき幸せぇぇ!」

 

「バカ!まだ近くに人間が居るんだそ!デュラハンの姿で叫ぶんじゃねぇ!」

 

周囲を見渡す。一般人を除けは、遠くで『蒼の薔薇』達がガゼフ・ストロノーフと会話している光景が見えた。

 

「ひとまず、ブラック達と留守番組は拠点に移動しとけ。パンドラも拠点に一旦帰ってから、ナザリックに帰還していいぞ。」

 

「「「ハッ!」」」

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

「で、何なのイビルアイ?勝さんに違和感を感じるって言ってたけど…」

 

「ああ。あのデュラハンから、アンデッドの気配を感じなかった。昨日のアイツは、凄まじい程の負のエネルギーを放っていたのに、今日のアイツからは、微塵も感じなかった。まるで、()()()()()()()()()感じに思えたんだ。」

 

「そ、そうか?いつもの勝殿だったと思うが…」

 

蒼の薔薇とガゼフがヒソヒソと話していた。

イビルアイ曰く、デュラハンの雰囲気がおかしかったという。

 

「それに、観客達の中に居た、あの仮面の魔術師(マジックキャスター)も怪しかった。アイツから、負のエネルギーがバリバリ漏れ出てたからな。」

 

「今、その仮面の奴がデュラハン達と一緒に居るぞ。奴らの知り合いなのだろうか?」

 

さり気ない仕草で、デュラハン達の様子を観察しているティアが言う。

 

「つまり、何が言いてぇんだ?」

 

ガガーランが首を傾げながら尋ねる。

 

「今日の授与式に参加していたデュラハンは偽物で、観客達に紛れていた仮面の人が本物…という事?」

 

ラキュースの考察にイビルアイが頷く。

 

「可能性はある。しかし、問題が1つある。それは──」

「頭か?」

 

イビルアイの言葉を先読みして答えたガガーランの推察にイビルアイとティア、ティナが頷く。

 

「あのデュラハンには頭が無い。頭が無いデュラハンがどうやって人間に化けてるのかが説明つかない。幻術を使ったり、帽子や仮面もやりようによっては誤魔化せるだろうが…1番の疑問は声だ。」

「あのデュラハンは声が出せない。でも、あの仮面の奴は普通に喋っていた。しかも──」

「ブラックの声に似ていた。影技分身の術を使っていたとしても、負のエネルギーが謎だ。」

 

ますます分からないという表情をする『蒼の薔薇』のメンバー達。それとはうって変わり、冷や汗をかいている人物がいた。

 

「ううむ…」

 

「王国戦士長様?顔色がすぐれませんが、具合でも悪いのですか?」

 

難しい表情をしていたガゼフに、ラキュースが問いかける。

 

「えっ!?いや、なんでもないぞ!なんでも…」

 

明らかに動揺しているガゼフを『蒼の薔薇』のメンバーが怪しむ。

 

「おい!ガゼフ・ストロノーフさんよぉ…なんか俺達に隠し事してないか?」

「怪しいな、王国戦士長。」

「いや、その、だな…」

 

ジリジリと『蒼の薔薇』の皆に詰め寄られたガゼフは、深い溜息の後、ついに呟いた。

 

「見てしまったのだ…」

 

『蒼の薔薇』のメンバー達が見つめる。

 

「昨日の夜、勝殿が…ブラック殿にそっくりの人間の女性に変身していたところを…」

 

言ってしまった。

 

「すまん…勝殿に、誰にも話さないでくれと、言われていたのだ。」

 

「そうだったのか!それなら、仮面の奴の正体は──」

 

「「「人間の勝さん!!」」」

 

『蒼の薔薇』のメンバーの表情が明るくなる。

 

「こうしちゃ居られねぇ!早く、あの仮面野郎に会いに行くぞ!」

「待て!ブラック達とデュラハンが動き出した!拠点の方に行くみたいだぞ。」

 

デュラハンとブラック達、数名の竜王達が拠点の方に歩いていく。残った仮面女と数名の竜王がなにやらしていたようだが、しばらくすると、仮面女と竜王達も別れ、仮面女だけになる。

 

「よし!絶好のチャンスだ!行くぞ、おめぇら!」

 

『蒼の薔薇』が移動しようとした、その時だった。

 

「相変わらず楽しそうな事をしておるのぉ~お主ら。わしも交ぜてはもらえんかのぉ?」

 

 

 

────────────────────

 

 

 

「さて、適当にブラついてから、拠点に戻るか。アイツらと一緒に戻ると、仲間だと思われるだろうし。」

 

リュウノはそう言いながら、拠点とは逆方向に歩き出す。広場から、人通りの激しい道へと抜け、人混みに紛れながら歩く。

 

「ふんふんふーん( ˊᗜˋ) ~♪」

 

鼻歌を歌いながら、歩く。チラッと後ろを確認すると、『蒼の薔薇』の盗賊忍者が1人、あとを追ってきている事がわかった。ティアかティナのどちらかだろう。

 

「(追跡か?やはり怪しまれたのだろうか?)」

 

試しに、お店を見るフリをしながら立ち止まると、盗賊忍者の足も止まる。再び歩き出しては止まるを繰り返すと、盗賊忍者も同じように止まる。自分の後をついてきている事は明らかだった。

 

「よし。なら、何処まで私について来れるか、ちょっとからかうか。」

 

リュウノは、人気の少ない路地に入る。そのまま歩きながら、盗賊忍者が同じように路地に入ってきたのを確かめると、路地の曲がり角を曲がってすぐに、大きくジャンプして二階建ての建物の屋上に飛び乗った。そのまま屋上を走り出し、建物から建物へ飛び移りながら、先程までいた広場の方向に向かう。

 

すると、リュウノの突然の行動に慌てたのか、盗賊忍者が屋上に上がってきたのが見えた。そのまま、必死にリュウノの後を追いかけてくる。

 

「くそ!あの仮面女、なんて身体能力だ!」

 

ティアは驚きを隠せない。生粋の戦士やブラックのような忍者なら、あの足の速さも納得できる。しかし、魔術師(マジックキャスター)の姿をした者が、魔法も使わずにあのスピードで走るのは不可解だ。

 

そう考えながらひたすら追いかけるが、まったく追いつけないでいた。

逆に、リュウノは涼しい顔で、逃げ回る。

 

「(どうせ私の事をつけ回すつもりなのなら、コチラから出向いてやるか!)」

 

広場まで戻ってくると、老婆と話している『蒼の薔薇』のラキュースとガガーラン、ガゼフの3人がいた。イビルアイやもう1人の盗賊忍者が見当たらない。もしかしたら、追跡組に交じっていたのかもしれないが、そんなのはもう関係ない。

広場に飛び降りると、ラキュース達の1番近くのベンチに座る。

 

ラキュース達がコチラを見ているのがわかる。自分が走ってきた建物の屋上を見ると、盗賊忍者二人とイビルアイが立っていた。やはり、3人で追跡していたようだ。

 

「(さあ、どうする?『蒼の薔薇』よ!)」

 

リュウノは待つ。『蒼の薔薇』達が接触してくるのを。しかし、近づいて来たのは『蒼の薔薇』ではなく、ガゼフに()()()()()()()を渡していた老婆だった。

 

老婆が、リュウノが座っているベンチのすぐ隣に座る。それを見た『蒼の薔薇』のメンバー達が集合し、リュウノのすぐ近くまでやって来たときだった。

 

「なあ?お主。」

 

隣に座った老婆が、こちらを見ながら話しかけてきた。リュウノが、老婆の方を向く。

 

老婆の外見は、髪は白一色。

年齢に似合わず顔には悪戯っ子のような活発さが感じられる。腰から立派な剣を下げている。

冒険者なのだろうか?

 

「お主が()()()()()か?」

 

初対面の相手が言うセリフではない。だが、コチラの正体を知っているのは確かである。

 

「お前は誰だ?『蒼の薔薇』の仲間か?」

 

「元仲間じゃ。わしの名はリグリット。リグリット・ベルスー・カウラウという名前じゃよ。」

 

「アンタもアンデッドなのか?それとも、死霊使い(ネクロマンサー)なのか?」

 

アンデッドについて理解しているのなら、この二つのどちらかだろう。と、リュウノは予想する。

 

「ふむ?(わしの名前を聞いても無反応か…)」

 

リュウノが質問を続けたのが不思議だったのか、リグリットがキョトンとした顔をする。が、すぐにニヤついた顔に戻る。

 

「…どちらかと言えば、後者じゃな。お主から溢れ出る負のエネルギーに興味が湧いての。」

 

カカカと笑いながら言う。老婆の言った言葉に、リュウノは驚きを隠せなかった。

 

「(嘘!?人間になってるのに、負のエネルギーは溜まったままなのかよ!)」

 

モモンは何も言って来なかったのに──という考えが出た瞬間、それをすぐに否定する。

リュウノが元デュラハンだと言う情報を既に知っているモモンからすれば、リュウノが負のエネルギーを纏っている事になんら疑問を持つ訳がないのだ。

 

「負のエネルギーか…こいつは盲点だった。」

 

「お主が何者なのか、教えてはもらえんかのぉ?あ奴らも、気になっておるようじゃぞ?」

 

リグリットが『蒼の薔薇』を指さす。

 

「おい、蒼薔薇(あおばら)!コッチに来い。王国戦士長もだ!」

 

リュウノは『蒼の薔薇』とガゼフを呼びつける。リュウノの周りに皆が集まる。

 

「まずは…だ。王国戦士長、お前…コイツら(蒼の薔薇)に、昨日の私の姿をバラしただろ?」

 

「すまぬ、()殿()…」

 

ガゼフが仮面女を『勝』と呼んだ瞬間、『蒼の薔薇』達の表情が変わる。

 

「困るんだよ、王国戦士長。私のこの、仮初の人間の姿は1日しかもたない。今日の夜には、私はまたデュラハンの姿に戻るんだぞ?」

 

「そうなの!?ずっとそのままでは居られないの?私、貴方とは直接対話したいと、ずっと思っていたのだけれど…」

 

ラキュースが悲しそうな顔をしながら言う。

 

「私としても、『蒼の薔薇』の皆さんとお喋りしたいという気持ちはあるが、今は無理だと言っておこう。スレイン法国が、私を始末しようと暗殺部隊を動かしていてな。昨日、カルネ村で奇襲されたばかりなんだ。」

 

「それは本当か!?勝殿!」

 

「ああ。昨日の夜、王国戦士長から書文を受け取った後、転移の魔法を使って、カルネ村に義援金を届けに行ったんだ。まさか、スレイン法国の暗殺部隊が待ち伏せているとは思わなくてな。かなりの深手を負ったよ。まぁ、村人に被害がなかったのは、不幸中の幸いだったがな。」

 

「そうか、それは安心した。あの村の者達には、世話になったからな。」

 

「とにかく、スレイン法国に狙われている現状では、素顔を晒す訳にはいかんのだ。授与式で偽物のデュラハンを用意したのも、逃走した暗殺部隊の連中に、顔を見られてしまっていたからだ。ここまで用心しているんだ。素顔を見せろ…なんて言わないで欲しい。」

 

素顔を晒せない理由を告げる。

『蒼の薔薇』もガゼフもリグリットも、難しい表情を浮かべている。リュウノの顔を見たいという気持ちはあるが、理由が理由なだけに、素顔を見たいと言えなくなったのだろう。

 

「ところで…リグリット…と、言ったか?死霊使いだと言っていたが、1つ聞きたい事がある。」

 

「何じゃ?」

 

「生者を憎まないアンデッド…あるいは、人間と共に歩もうとするアンデッドである私は、異常なのだろうか?」

 

死霊使いの視点から見て、デュラハンという存在である自分の行動はどう思われるのか気になったからゆえの質問だった。

 

「また難しい質問じゃな。だが少なくとも、おまえさんだけという訳ではないぞ?」

 

老婆の視線がイビルアイに向く。

 

「(あ、そう言えば、イビルアイもアンデッドか。)」

 

目の前に、人間と冒険者をやっている大先輩(アンデッド)がいた事を思い出す。

 

「イビルアイさんもアンデッドでしたね。忘れてました。」

 

「アッサリ見破っといて忘れるな!まったく…」

 

「あ。よくよく考えると私、イビルアイさんの真似をしていましたね。」

 

「真似だと?」

 

「ほら。」と、言いながら、リュウノが今の服装を見せつける。

魔術師(マジックキャスター)風の格好に、マスク(仮面)で顔を隠す姿は、イビルアイとほぼ同じだった。

 

「カカカ!確かに、インベルンのお嬢ちゃんと同じじゃな。」

「たはーwこれは気づかなかったぜ!確かにイビルアイと同じだな。」

「ホントにお揃いね。まるで姉妹みたい。」

「どっちが姉かな?」

「身長ならイビルアイが妹だな。」

 

イビルアイの仲間達がからかい始める。

 

「あーもー!お前!私と同じ格好を今すぐやめろ!」

 

イビルアイが恥ずかしくなったのか、リュウノのマスクを剥ぎ取ろうとしてくる。

しかし、リュウノが余裕で躱す。

 

「わー、イビルアイお姉ちゃんがイジメルぅ〜。助けて〜。」

 

「なっ!?お姉ちゃんだと!?お前まで私をからかう気か!」

 

「カカカカカカ!面白い奴じゃのぉ〜!」

 

逃げ回るリュウノと、仮面を剥がそうと必死になって追い回すイビルアイを見て、周りの皆が笑いだす。

 

「そう言えば、リグリットが王都に来たのは王国戦士長に指輪を渡すためだったの?」

 

ラキュースが、王都に来訪した理由をリグリットに問う。

 

「久方ぶりにツアーに会いに行こうと思っておってな。ここに寄ったのは、ただのついでじゃよ。ま、のんびり行くつもりじゃ。」

 

「ツアーか!アイツは!今!何を!して!いるんだ?くそ!逃げるな!」

 

ツアーという名前を聞いて、いまだリュウノのマスクを剥がそうと追い回すイビルアイが尋ねる。

 

「(ツアーって、私が初めて王都に来た時に、イビルアイが私に知ってるかどうか質問してきた時に言っていた名前だな。どんな奴だろうか?)」

 

リュウノが逃げ回りながら、ツアーという人物について考えていたときだった。

 

「あ奴か?たぶんじゃが──」

 

次のリグリットの言葉に、リュウノは硬直した。

 

「──今もユグドラシルについて調べておるのではないかの?」

 

「(なっ!?今、ユグドラシルって──)」

 

「取ったぁぁぁぁ!」

 

リュウノが硬直した瞬間、イビルアイがマスクを剥ぎ取った。周りにいた皆が、イビルアイの言葉に反応し、リュウノの素顔を見ようとする。イビルアイが嬉しそうに飛び跳ねて自慢する。

 

「見ろ!アイツからマスクを剥ぎ取ったぞ!」

「おお!ホントにブラックと同じじゃねーか!」

「本当ね!瓜二つだわ!」

 

『蒼の薔薇』のメンバーがリュウノの素顔を見ているにも関わらず、リュウノがリグリットを見つめたまま固まっている。

 

「ユグドラシル…ユグドラシル…だと…」

 

「…勝殿?どうしたのだ?」

 

先程までとは雰囲気が違うリュウノを見て、ガゼフが心配して声をかけるが、リュウノは反応しない。

 

「お、おい。どうしたんだ?首なし。」

「勝さん?大丈夫?」

 

『蒼の薔薇』のメンバーも、棒立ちのリュウノを心配する。イビルアイがオロオロし始める。

 

「す、すまん!仮面を剥ぎ取られたのが、そんなにショックだったのか?なら、これは返すから──」

 

「ツアーとは誰だ!答えろ!!」

 

周りにいた人間達がビックリして、リュウノの方を向く。それほど大きな声でリュウノが叫んでいた。

 

「答えろ!!リグリット!何故ソイツはユグドラシルを知っている!?」

 

睨みつけるかのような表情で、リュウノがリグリットを見みながら尋ねる。

リグリットも、リュウノの反応を見て、信じられないという表情をしている。

 

「お主、まさか!」

 

リグリットが立ち上がる。

 

「お主もユグドラシルから来た者か!?」

 

リグリットの言葉を聞いて、リュウノはハッと我にかえる。周囲を見て、イビルアイからマスクを奪いとり装着すると、『蒼の薔薇』のメンバーから離れ出す。

 

「(ナザリックの皆に知らせないと!)」

 

「待つんじゃ!お主!ユグドラシルについて知っておるのなら話を──」

 

「スキル・<竜脚>!!」

 

衝撃波を放ちながら、リュウノがその場から一瞬で離脱した。放物線を描くような軌道で、拠点の方角に飛び上がり、凄まじい速度で消えていった。

周囲にいた人々が、「なんだ?なんだ?」と騒いでいる。

 

「リグリット!あのデュラハンは──」

 

「ああ。恐らくじゃが…ユグドラシルから来た者かもしれんな。」

 

「でもアイツは、100年以上昔から存在したという情報があるぞ。しかも、過去の記憶が無いとか…」

 

「ふむ?益々興味深いのぉ〜。なら、お主らが知っている情報をわしにくれんか?あ奴は、何者なんじゃ?」

 

イビルアイ達が、知りうる限りのデュラハンの情報を伝える。

 

死の騎士(デス・ナイト)を召喚したじゃと!?あの伝説のアンデッドをか!?」

 

「ああ。何体も召喚して、使役していたぞ。それに、500年以上前の竜王も召喚できるぞ。」

 

「なんと!?しかし、昔は人間だったという情報が確かなら、あ奴はアンデッド化してからかなりの時間を過ごしておる事になるの。」

 

「ますます謎が増えたわね。」

 

『蒼の薔薇』とリグリットがしばらく考えこむ。

 

「すまぬがお主ら、わしはこの事をツアーに伝えに行く。あのデュラハンはお主に任せてもよいか?」

 

「でも、どうすれば…」

 

「とにかく仲良くするんじゃ!敵に回すのだけはなんとしても避けろ!ユグドラシルから来た者達は、信じられない程強い存在になるからの。」

 

「わかったわ!頑張ってみる。」

 

リグリットが『蒼の薔薇』と別れ、歩き出す。

 

「…ツアーよ、百年の揺り返しが、また起きようとしているかもしれんぞ」

 

 

 



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第25話 がらんどう

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「くそがぁ!」

 

リュウノが同じ言葉を繰り返しながら怒っていた。闘技場(コロッセウム)のアリーナ内に置いてあった宝箱を蹴り飛ばす。金貨がたっぷり詰まった宝箱が、壁に激突しバラバラになる。常人が見れば、それだけでリュウノの身体能力の凄さを理解できたであろう。

 

離れた場所では、ブラック達と竜王達がビクビクしながらリュウノを見ていた。先程まで上機嫌だった主人が、拠点に帰ってくるなり不機嫌になり、ガスマスクを放り投げ、物にあたって怒りをあらわにしているからだ。

 

リュウノが怒っている原因は、『蒼の薔薇』に素顔を見られたから─ではない。リグリットという老婆がユグドラシルの関係者と知り合いだった─からでもない。単純に、マヌケを晒した自分自身に怒っていた。

 

竜王達と別れ、仲間だと思われないよう行動して拠点に帰る。たったそれだけの事を自分はできなかった。一時の感情で『蒼の薔薇』の皆と戯れた結果、素顔を見られ、ユグドラシルから来た人物だと知られてしまった。しかも、ユグドラシルから来た人物と関わりがある連中にだ。最悪と言ってもよい結果だった。もしこの場にアインズが居れば、アインズから罵声を浴びせられたかもしれない。

もう何度目だろうか。ナザリックの皆を危険に晒すような失態を犯したのは。リグリットから出たユグドラシルという言葉に、過剰に反応したのは本当に失態だった。あそこは聞き流し、「ユグドラシルとは何ですか?」と、知らないフリをして情報を聞き出すべきだったのだ。

 

「くそがぁぁぁぁぁ!」

 

怒りに任せて地面の砂金を蹴り上げる。その拍子に、舞った砂金が呼吸の邪魔をし、むせる。今の自分が人間である事を、これ程後悔した事はなかった。

 

「あーもう!こういう時、デュラハン状態なら冷静に考える事ができるのに!何故人間化している時に限ってプレイヤーと関係ある奴と出会うんだよ!」

 

アンデッド化している時は、怒りや興奮もすぐ冷める。落ち着いた思考で対応策を練られたはずなのだ。

 

「いや…元々私は囮役みたいなものだ。アンデッドの姿で注目を浴びれば、私達と同じように、この異世界に来たプレイヤー達の目にとまるのはわかっていた事だ!アインズ・ウール・ゴウンという組織の一員という情報も、ユグドラシルのプレイヤーなら理解できる情報だし。この私がユグドラシルから来た存在だとバレる事は、最初からわかっていた事だし!」

 

言い訳にも等しい事を言って、自分の失態をなかった事にしようとする。

 

「むしろ、他のプレイヤーが居ることがわかったんだし、ユグドラシルについて調べてる奴の名前がわかった分、得したと思うべきだな!」

 

他のプレイヤーに自分の情報が知られる事は大前提だった。むしろ、それをきっかけに、他のプレイヤーと接触するのが目的だったのだ。今回のリグリットとのやり取りで、他のプレイヤーに関する情報が得られたのは良かったと思うべきかもしれない。

 

そう思うと、少しではあるが苛立ちがおさまった。近くの宝の山に座り、落ち着いてから今後の対応策を練る。

 

「まずは、あの老婆だな。今からでも捕まえるか?いや、いっそ殺すか?」

 

他のプレイヤーの手がかりである人物を捕まえて尋問する。あるいは、こちらの情報が他のプレイヤーに渡る前に殺して口封じするか。

 

「無理だな。確実に疑われる。」

 

あの老婆に何かあれば、真っ先に疑われるだろう。下手をすれば、他のプレイヤーから怒りを買い、争う流れになる。何より自分達は冒険者だ。人間を襲えば、冒険者としての活動に問題が生じる。世界中の人間達を敵に回すのだけは避けたい。

 

「…やはり、ギルドメンバー全員に報告するのが先だな。私の独断で何かやってヘマしたらヤバいし。となると、まずは情報収集系魔法などに対する対策からだな。」

 

他のプレイヤーと関係ある人物と接触したのだ。なら、警戒を強めるのは当然である。どんな所で情報が漏れ出すかわからない。既に他のプレイヤーが、自分達の情報を盗み出そうとしている可能性もありえる。

 

召喚(サモン)・アンデッド!」

 

呼び出したのは、死の支配者の賢者(オーバーロード・ワイズマン)10体。異世界の強さを基準にするなら、これだけでもヤバい戦力である。だが、今回は遠慮なしの全力警戒モード、これぐらいしないと安心できない。正直なところ、アインズやウルベルトといった熟練の魔術師(マジックキャスター)が相手だと、これでも突破してくる可能性はあるのだが、魔法の知識が浅い自分にできる対応策はこれが限度である。

 

「ワイズマン達よ、これから私はギルドメンバーと伝言(メッセージ)で会話する。できる限り、外部に情報が漏れないように、魔法で守ってくれ。」

 

「「「はっ!我等一同、全身全霊で取り組みます!」」」

 

ワイズマン達が、情報収集系魔法を妨害する魔法を唱えていく。一通りの準備ができたのを確認すると、リュウノはブラック達と竜王達を呼ぶ。緊張した面持ちで近づいて来た彼等に、優しい口調で語りかける。

 

「さっきは取り乱して悪かった。」

 

主人の怒りが収まった事を確認できて安心したのか、ブラック達が少しほっとした表情になった。が、すぐに真面目な表情へと切り替わる。

 

「これから何があったのか、報告を兼ねた連絡をギルドメンバーとする。お前達も聞いておけ。」

 

「か、畏まりました。ご主人様。」

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 

 

 

「──という訳で、ブラック達はナザリックに帰還させる。代わりに竜王達を引き連れて、たっちさんのところに行くから。何か問題ある?」

 

ギルドメンバーに、授与式後に起きた事を話した。

 

リグリットという死霊使い(ネクロマンサー)の老婆、ツアーという名前のユグドラシルについて調べている人物の存在。そして、自分がユグドラシルから来た存在だという事がバレた事を報告した。

 

負のエネルギーが原因で正体を見破られたのは、アインズが事前に気付いてリュウノに教えてあげていれば対策できたかもしれなかったという事で、ギルドメンバーから特にお咎めはなかった。

ユグドラシルを知る人物達を特定、あるいは存在を知る事ができた事はアインズに褒められたが、自分がユグドラシルから来た事がバレた事は叱られた。が、ウルベルトさんが「勝さんが目立つのは当然では?ユグドラシルのプレイヤーなら誰でもわかってしまうでしょう。」という、さり気ないフォローのおかげで、強く責められる事はなかった。

 

「リュウノさん、しばらくナザリックに避難した方が良いと思いますが?状況が状況ですし、無理して私のところに来る必要はありませんよ?」

 

たっちがリュウノの心配をするが──

 

「いや、行くよ。」

 

と、避難を拒否する。

 

「スレイン法国はともかく、ユグドラシルについて調べている奴とは敵対したわけではないし。向こうが私の事を知っていれば、まだ友好的な展開になれる可能性もあるかもしれないだろ?」

「(これでも自分は、ユグドラシル時代は他のプレイヤーと交流を盛んに行っていたプレイヤーの1人だ。PKの標的に選ばれない程、友好的に思われていたし!他の大勢のプレイヤー達から恨まれる程の悪名名高いギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバーの中でも、唯一の例外みたいな存在だったし!全てのプレイヤーが敵になったと思い込む必要はない!)」

 

リュウノとしては、自分達と同じように異世界転移してきた他のプレイヤーと、友好的な関係を築く方が良いと思っている。しかし──

 

「リュウノさんだけなら友好的な関係になれるかもしれませんが、私達まで居ると知ったら、向こうは警戒すると思いますよ。スレイン法国のように、ワールドアイテムまで持ち出してリュウノさんを殺そうとするかもしれません。『敵対される事を前提』に行動するべきです!」

 

アインズを含むギルドメンバー達は、かなり用心を重ね、警戒の姿勢を示している。

 

「リュウノさん、スレイン法国の暗殺部隊がエ・ランテルに潜んでる可能性があります。軍服以外で変装した方が良いのでは?」

 

ウルベルトさんの心配はもっともだ。敵になりうる存在が増えた以上、趣味が中心の装備をしている場合ではないのかもしれない。

 

「軍服以外だと、私の最強装備『黒竜の騎士鎧』装備ぐらいしかまともな装備ないんだけど…私、鎧系の装備着ると、アレが発動しちゃうかもしれないんだよ。」

 

「あー…デュラハン種のパッシブスキル、『がらんどう』ですか?」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

がらんどう─『伽藍堂』とも呼ばれるパッシブスキル。体が透明になり、物理判定が消失するスキルである。ただし、装備している鎧や武器は透明にならない。また、透明といっても黒い霧のようなモヤがかかるので、まったく見えないという訳でもない。

 

元は、首無し騎士デュラハンの伝承の1つを再現する為に作られたスキルである。

伝承に載っているデュラハンの姿の1つが、首なし馬(コシュタ・バワー)に乗った、中身が空っぽの鎧と片手に頭装備を持った姿のデュラハンだからだ。

しかし、『片手に頭を持つ』という仕様が、プレイヤー側のシステム上では再現不可能だった。(※敵として出現するデュラハンは、頭を片手に持ってる種類が居ます。)

 

ユグドラシルでのメリット効果は、

 

①胴体部分の鎧が壊れない限り、肉体へのダメージを受けない。

 

という効果であり、防御力と耐久度の高い防具を付けている程恩恵が高い。

 

デメリット効果は、

 

①胴体部分の鎧が破壊されると、スキル『がらんどう』が解除される。

②スキル『がらんどう』が発動している時に、手足の鎧を破壊されると、武器やアイテムが持てない。足の判定も消える。(※移動は可能)

③神聖属性と光属性の武器や魔法のみ、スキル『がらんどう』が発動していても肉体にダメージを受ける。

④スキル『がらんどう』が発動している時は、頭装備が1〜2㌢程フワフワ浮く

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「そう!でも、今の私は人間だよ?頭装備がフワフワ浮く仕様が異世界でどう変化しているのかさえ、まだ確認できてないんだよ?頭の無いデュラハンだった私は、頭装備が要らなかったからユグドラシルでも頭装備してなかったけど!もう一度言うよ?今の私は人間だよ?」

 

スキル『がらんどう』によって、肉体が消えるのはまだ良い。だが、人間になってしまっているリュウノにとって、頭がフワフワ浮くのは首が外れるのと同意である。下手をすれば、即死する可能性もある。

 

「良いじゃないですか。試してみる価値はありますよ。どんな風に仕様が変化してるか、Let's tryです。フフッwww」

 

「ウルベルトさん、絶対笑ってるでしょ!?他人事だとおもって!」

 

「未知を未知のまま放っておくのはいけませんよ?wwそれに、頭装備を装着しないとデュラハンだと1発でバレますよ?wぷっwwくくww」

 

「テメェ!笑ってんじゃねー!コッチは死ぬかもしれねーんだぞ!」

 

あの悪魔!絶対楽しんでるだろ!他人の不幸を喜びやがって!

 

「そう言いながら、既に鎧を着ているのでは?リュウノさん。」

 

「うっ…まあ、鎧までは着てみたよ。スキル『がらんどう』も発動して、体が透けて黒い霧のようなモヤに変化してるけど…まだヘルム(頭装備)は装着してない。」

 

伝言(メッセージ)をしながら軍服を脱いで、『黒竜の騎士鎧』を装着してみた結果、ユグドラシルの時と同じ効果が確認できた。冒険者モモンの鎧と同じく、全身真っ黒のフルプレートなので外から肌が見えない。だが、頭装備の仕様は、ヘルムを装着するまでわからない。

 

「良し!被りましょう!リュウノさん。今のリュウノさんは人間ですから、死んでもレッドが蘇らせてくれますよ。www」

 

「軽い感じで言うんじゃねぇ!コッチは心臓バクバクしてるんだぞ!ぬぅ〜…レッド、私が死んだら復活魔法をお願いね。」

 

ブラック達がとても心配そうな目で見ている。

初死にが自分のスキルのせいになるかもしれないとは…。これで本当に死んだらバカ丸出しだ!

 

「良し!被るぞ…ヘルムを!」

 

勇気を振り絞り、覚悟を決める。

 

「リュウノさん、やっぱりやめた方が…」

 

アインズが心配する。

 

「うっ…でも、もしかしたら浮かないかもしれないし!」

 

「首が外れたら、リュウノさんが死んじゃうんッスよ!?」

「リュウノさん!やっぱりやめるべきです!」

「メッセージごしに、仲間が死ぬ声なんて聞きたくないですよぉ…」

 

他のギルドメンバーも心配してくる。

 

「なんで人が覚悟決めた後から止めにくるんだよ、お前ら!もういい!被るぞ!」

 

ヘルムを上にかかげ、装着の準備をする。

 

「行くぞぉ!そりゃあああああああああああああああああぁぁぁ!!

 

絶叫しながらヘルムを首部分にガチョリ!とはめる。

 

「はめたぞヘルム!まだ両手で押さえてるけど!」

 

「良し!両手を離しましょう、リュウノさん!」

 

ウルベルトから容赦ない言葉が発せられる。

 

「うわぁー怖い!手を離したくない!」

 

「大丈夫です!リュウノさんならきっと!」

 

「何の根拠もない応援なんかいらねぇよ!」

 

ウルベルトさん、絶対首が外れる事期待してるだろ!

 

「あー!死にたくない!死にたくないよぉー!でも、もう装着しちゃったし…ゆっくりと手を──」

 

そろ〜と、手を離す。

 

「どうだ!?ブラック!私の頭、浮いてる?浮いてない?どお!?」

 

「大丈夫です!ご主人様。浮いてません!」

 

「マジ!?浮いてない?首とれてない?よっしゃぁぁセーフ!」

 

首が外れなかった。これは、自分が人間になってるせいなのか?よく分からんが、とにかく死ななくて良かった良かった!

 

「まだです!リュウノさん!お辞儀やジャンプで外れる可能性もありますよ?」

 

「怖い事言うんじゃねぇ!この悪魔!」

 

「確認は大事ですよぉ?さあ、早く!フフッww」

 

「ちくしょう!やってやらぁ!そい!ほい!おりゃぁぁ!」

 

お辞儀、ジャンプ、オマケの回転ジャンプをやってみた。

 

「よっしゃぁぁ!とれなかった!私の首は安泰だ!」

 

「チッ…つまらないですねぇ…首がポーンって外れるのを期待したんですが…」

 

「てめぇ!ぶん殴るぞ!コッチは涙目でやってんのに!」

 

「フフッwすみません、冗談ですよ〜。本気にしないで下さい、リュウノさん。」

 

「ウルベルトさん!冗談がすぎますよ!」

 

ウルベルトの悪ふざけをたっち・みーが注意し始める。

 

「なんです?たっちさん。貴方には関係ないでしょ。」

 

「関係あるなしの問題ではなく、仲間に対してそういう言い方はどうかと思いますが?」

 

「ちゃんと謝ったじゃないですか。なにか問題でも?」

 

「だいたいウルベルトさんは、いつもそうやって──」

 

伝言(メッセージ)ごしに、ケンカが始まる。

 

「ちょ!ウルベルトさん!もうちょっと声を小さく!『漆黒の剣』の皆さんに聞かれますよ!」

「たっちさん!メッセージごしにケンカはダメッス!」

 

ギルドメンバーが二人のケンカを止めようとしている声が届く。

 

「はぁ〜…鎧装備を装着するのに、なんでこんなに緊張しなきゃいけないんだよ!まったく!汗ビッショリだよ…1回ヘルム脱ご…」

 

ギルドメンバー達のメッセージを無視して、ヘルムをとる。その瞬間──

 

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あぁぁぁ──!!」

 

また絶叫してしまった。

ギルドメンバー達が悲鳴にビックリして、会話がとまる。

 

「首がとれた!首がとれたぁぁー!死ぬぅー!」

 

「リュウノさん、どうしたんですか!?」

「ご主人様、どうなされたのです!?」

 

「ヘルムを取ろうとしたら、頭と一緒に首がとれたぁぁー!ほら見て、ブラック!頭が浮いてるでしょ!」

 

両手を離すと、頭がフワフワと浮いた状態で滞空している。

 

「ホントに浮いてます!」

 

「やっぱりー!しかも、浮いた頭がちゃんと体の動きに合わせて動いてくれるし!けど…うっ…頭がフワフワしてるせいで気持ち悪い…またくっつくかな?お!?くっついたぁー!良かったぁー!」

 

頭は着脱可能である事がわかった。ユリのように、チョーカーで止める必要はないようだ。

首がとれたのに死なないのは、体が『がらんどう』状態だからだろうか?謎だ…。

 

ギルドメンバー達の安堵の声が聞こえる。ウルベルトとたっちも、リュウノの悲鳴でケンカが止まったようだ。

 

「でも、どうやってヘルムを脱げば…」

 

「鎧を脱いで、『がらんどう』を解除すればよいのでは?」

 

「その手があったか!サンキューヘロヘロさん!」

 

言われた通りにすると、ヘルムを脱ぐ事ができた。これで、問題が解決し、安心してエ・ランテルに行く事ができる!

 

「良し!これで第三の変装姿ができた!アダマンタイトのプレートは外しておくか。…では!今からそっちに行くからな!たっちさん!」

 

 

 

 

 

 



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第26話 謎の竜騎士集団

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城塞都市エ・ランテル──その都市にある冒険者組合の建物内1階の暖炉前の長椅子に、ある純白の鎧を着た男が座っていた。

 

ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルドメンバーのなかでも最強を誇る男──たっち・みー、である。

 

『コンプライアンス・ウィズ・ロー』

たっち・みーがユグドラシルのワールドチャンピオンになった際に選んだ装備である。全身を覆う鎧のおかげで、たっち・みーは異形種である事がバレていない。

 

たっち・みーの隣には、ブリタというアイアン級冒険者が座っている。

 

ブリタの外見は──

髪は赤毛、動きやすい長さに乱雑に切っていて、与える印象は鳥の巣。

顔立ちは悪くないが、目付きが鋭く、化粧は一切していない。

肌は日焼けしており、健康的な小麦色をしている。

筋肉が隆起し、手には剣だこがある。

女というよりも「戦士」という雰囲気。

 

装備は、武器が剣。

防具に帯鎧(バンデッド・アーマー)を着ている。

 

「まだ続いてるわね、()()()()()()()()()。」

 

「そうですね。朝方到着して、冒険者組合にヴァンパイアの1件を報告してから、ずっとですからね。」

 

二人は、吹き抜けになっている二階の会議部屋を見つめている。そこから、ヴァンパイアに関して討論を行っている人達の声がするからだ。

 

現在、冒険者組合では、エ・ランテルで最高クラスであるミスリル級冒険者チームを集合させ、冒険者組合長の『プルトン・アインザック』と共に、盗賊団がアジトにしていた場所に出現したヴァンパイアに関する会議を行っていた。

 

プルトン・アインザック組合長が報告書を読んでいる。

 

組合長の外見は──

若くはないが屈強な体付きをしており、ひと目で歴戦の強者とわかる雰囲気を出している。

白いヒゲを生やし、白髪のアフロという見た目だ。

 

「午前中に、シルバーとゴールドの冒険者チームに、ヴァンパイアが出現した場所の調査を依頼したが、彼等の調べではヴァンパイアは発見できなかったそうだ。」

 

シャルティアが殺した盗賊団の人間は、既にナザリックに移送されている。発見できるはずがない。

 

「ただ、盗賊団のアジトには死体は無かったものの、大量の血痕が発見されている。()()()()()()の意見と照らし合わせると、あそこにヴァンパイアが出現したのは、まず間違いないだろう。」

 

生還した者達というのが、たっちとブリタの冒険者チームの事である。しかし、ブリタのチームの仲間数名が、シャルティアが連れていた吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達に殺されたため、メンバーが減ってしまっている。

 

何故こんな事態になったか。それは──盗賊団を全滅させ、ブレイン・アングラウスを捕縛した後の事であった。

たっちは、シャルティア達に死体とブレインをナザリックに運ぶよう指示を出し、盗賊団に捕まっていた女達を助け、入口まで運んでいた。その時、盗賊団の調査に来たブリタの冒険者チームと出会ったのだ。

 

「貴方、誰!?その女の人達は何!?」

 

ブリタのチームに、たっちは咄嗟に嘘をついた。

 

「私の名前はたっちと言います。旅をしている者です。野宿するために洞窟に入ったら、中に死体の山があって、奥を調べたら、この女性達を発見したので救助していたところです!手を貸して下さい!」

 

「それはいいけど…ここは盗賊団のアジトよ!?」

 

「それは捕まっていた、この女性達から聞きました。盗賊団の奴らに酷い仕打ちを受けてたらしいです。でも…少し前にヴァンパイアが攻めてきて、盗賊団達は皆殺しにされたらしいんですよ。」

 

「本当に!?なら仕方ない、手を貸すわ。アンタ達は、奥を調査して来て!」

 

「「「おう!」」」

 

そうやって何とか誤魔化したものの、奥を調べに行ったブリタの仲間数名が、死体運びが終わった事を報告しに来たシャルティアと吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達と遭遇、殺されてしまったのだ。ヴァンパイア達の仲間だと知られるのを避けるため、たっちは嘘の演技を続ける。

 

「貴方達は、捕まっていた女性達を連れて外へ!私が時間を稼ぎますから!」

「わ、わかったわ!」

 

「あら?これはどういう状況でありんすの?たっ──」

「ヴァンパイアめ!動くなよ!さあ早く逃げて!」

「だから、これはどういう──」

シャラァァァップ!!(黙ってくれシャルティア!頼むから!)」

 

そうやってブリタチームを先に行かせ、後からシャルティアに事情を説明し、撤退させた。あとは、生き残ったブリタのチームと協力して、捕まっていた女性達を運びつつ、エ・ランテルに帰還した。

 

そのため、ブリタのチームが冒険者組合にヴァンパイアの事を報告、今に至るのだ。

 

「殺されたのはアイアンの冒険者だろ?ミスリル級の俺達なら、ヴァンパイア程度でギャーギャー騒いだりしないっつーの。」

「そう言うな、イグヴァルジ。生還者達の報告では、リーダーと思しき、恐ろしい見た目のヴァンパイアも居たそうだ。油断するべきではないと思うが?」

 

「死体が無くなっていたという事は、ヴァンパイアの根城が何処かに存在する可能性がある、という事ですかな?組合長。」

「可能性はある。目撃場所を中心に、周囲を探索する必要があるかもしれん。」

 

「エ・ランテルの共同墓地は?あそこにヴァンパイアが現れたという報告はありますか?」

「今のところはない。定期的に冒険者に依頼し、アンデッド狩りをさせているが、ヴァンパイアを目撃したという報告はきてない。防護壁の兵士達からも、ヴァンパイアの報告はない。」

 

組合長とミスリル級冒険者チーム『クラルグラ』『天狼』『虹』のリーダー三人が、それぞれの意見を出し、今後の方針を練っている。

 

ブリタがたっちに尋ねる。

 

「アンタの知り合いが来るって話だったけど…まだ来ないの?」

「そろそろ来るはずなんですが…」

 

たっちがそう言った時、冒険者組合の扉が開き、全身フルプレートの竜騎士風の集団が入ってきた。

 

「あ!あれですよ。」

 

たっちが指さす。

 

「あれが…アンタの知り合いなの?」

 

ブリタは眉をひそめながら、入ってきた騎士集団を観察する。

 

先頭を歩くのは、全身黒いフルプレートの竜騎士鎧の人物。背中に黒いマントに黒い大剣を背負っている。首には、ドラゴンの顔を模したような形の銀色の勲章を下げている。顔がわからないが、目の部分が赤く光っているように見える。以前出会ったモモンという冒険者と比べると、あまり威圧感が感じられない。歴戦の戦士のような雰囲気を感じさせるものの、どこか油断できない気配を漂わせている。ただ、後ろに並んでいる竜騎士達より身長が低いせいか、子供のように見えてしまう。

 

黒の竜騎士の後から入ってきた竜騎士達は、全員の身長が高く、2㍍を超えているのは確実だった。

全員、顔を竜騎士ヘルムで隠しているが、体格の違いから男女が複数居ることがわかる。

 

まず、男性と思しき竜騎士達は、灰色、真紅、茶色、黄緑、青色が2名、紫の鎧を着た計7名。

 

女性と思しき竜騎士達は、水色、白と金が入り混じった色、緑、白、こげ茶色の鎧を着た計5名。

 

それぞれが背中や腰に、見たことも無い程の価値が高そうな剣や槍を装備している。

 

黒の竜騎士を足して、計13名の竜騎士の格好をした人物達が、ぞろぞろと入ってきた。アイアン級の冒険者であるブリタでも、今入ってきた全員から、『ただものでは無い雰囲気』がでているのがわかった。

 

冒険者組合の施設は、出入口から入ってすぐが、受付や依頼書が貼られた掲示板がある広い部屋である。依頼書が貼られた掲示板の前には、長椅子がいくつも並べられており、様々なランクの冒険者達が屯っている。掲示板の裏が階段になっており、吹き抜けの二階にある会議室へと続いている。二階に上がる階段の下に、受付が設置されている。

 

掲示板の前に屯している冒険者達が、異様にカラフルな竜騎士達に目をやる。

 

「何だよあれは…王国の兵士か?」

「冒険者ではないようだな。」

「御大層な鎧だな。金持ちのボンボンか何かか?」

 

見世物感覚で見物している冒険者達をよそに、黒の竜騎士が辺りを見渡す。そして、目的の人物を発見し、近づいていく。

 

だが──

 

歩いていた黒の竜騎士の動きがピタリと止まり、足元を見ている。ハゲ頭のアイアン級の冒険者が、短い足を精一杯伸ばし、黒の竜騎士の進路を妨害していた。

 

「あ!アイツ!また懲りずに『洗礼』なんかしちゃって…」

 

「どうしました?ブリタさん。」

 

「あの冒険者、前にも同じ事してぶん投げられてるのよ。えーと確か、モモンとか言う漆黒のフルプレートの人にアレやって、ぶん投げられたの。」

 

「ああ…。なるほど。」

 

あの冒険者、モモンさんにケンカ売ったのか。度胸があるのか、バカなのか…。

 

「『洗礼』というのは?」

 

「新参者に対して実力を測るためにやる、言わば挨拶みたいなものよ。」

 

「そういうのもあるんですね。」

 

「さぁて、あの竜騎士様はどうするのかしら?」

 

一方、黒の竜騎士は──まあ、正体はリュウノなのだが、自分の進路を妨害する冒険者に戸惑っていた。

 

「(何だコイツ!?これはあれか?ケンカを売られてるのか?でも、無理矢理退かすのもアレだし…)」

 

リュウノが戸惑っていると、灰色の竜騎士・ファフニールが前に出て、進路を妨害している冒険者に突っかかる。

 

「おい。足を退かせ、人間。我等の主人が歩けないだろ。」

 

「ああん?跨いで行けばいいだろ?これぐらい…」

 

ハゲ頭の冒険者は、足を退かす気がないらしい。

 

「貴様ぁ…!」

 

明らかにイラついた態度を見せるファフニールに、リュウノが咳払いをする。ファフニールが「失礼しました!主人。」と言いながら、小さくお辞儀をして下がる。

 

「(なるべく騒ぎにしたくないし、これぐらい跨げば良いだけだ。)」

 

冒険者の足を踏まないように、リュウノが高めに足を上げ跨いで通ろうとしたが──

 

「ぬぉっ!?とととっ!?」

 

ガッ!と、後ろの足を引っ掛けられ、バランスを崩し──

 

「あいたっ!」

 

ガシャン!と音をたてて転んでしまった。

周りにいる冒険者達から、クスクスと笑い声が上がる。

 

「あの黒騎士、コケやがったw」

「見掛け倒しかよw」

「御大層な鎧は飾りか?ww」

「今の声…女だったよな?」

「ああ。男かと思ったぜ。」

 

倒れたリュウノに、ナーガとリヴァイアサンが駆け寄る。

 

「主人!大丈夫ですか!?」

「お怪我は!?」

「だ、大丈夫だ!問題ない。」

 

リュウノは立ち上がりながら、足を引っ掛けたハゲ頭の冒険者をヘルム越しに睨む。

 

「(コイツ!わざとやりやがったなぁ!)」

 

「ああ〜…すまねぇアンタ。退かそうと思って足上げたら、アンタの足に当たっちまった。」

 

悪びれる様子もなく、足を引っ掛けた冒険者が言う。その態度に、竜王達が怒る。

 

「貴様ぁ!わざと主人の足を引っ掛けただろ!」

「コイツ、殺しましょう。」

「誰にケンカ売ったのか、わからせるべきだな。」

「主人に対する無礼、死で償え!」

 

今にもハゲ頭の冒険者を殺しそうな雰囲気を出す竜王達。それを見たリュウノは慌てて止めに入る。

 

「よせ!お前達。今のは私の不注意だったんだ。ソイツは悪くない。」

 

「しかし、主人!この人間は──」

 

「私の指示に従え!問題を起こすな!」

 

主人であるリュウノが強く命令する。それを見た冒険者達が、リュウノがどこかの貴族の令嬢のような偉い人物ではないか?という予想や、偉い役職に就いている人物の娘ではないか?という予想をし始める。

 

「申し訳ございません、我が主人。」

 

ファフニールが代表して謝る。流石の竜王達も、主人に命令された以上、従うしかない。スッキリしない面持ちでハゲ頭の冒険者の前を通り過ぎる。

 

「主人が優しい人で良かったな。」

「命拾いしたぞ…お前…。」

「次やったら殺すから。」

 

竜王達が捨て台詞を吐く。ハゲ頭の冒険者は、まるで気にせず椅子に座っていた。

 

ハゲ頭の冒険者とリュウノのやり取りを見ていたブリタが、やれやれと言わんばかりの表情でたっちに語りかける。

 

「あちゃー…あれは舐められたねぇ…」

 

「新参者の対応次第で扱いが変わるのですか?」

 

「多少はね。今の感じだと、あの黒騎士ちゃんが1人で居る時は、周りの冒険者達の態度がデカくなるだろうね。」

 

「なるほど…勉強になります。」

 

ブリタとたっちが話していたところに、リュウノが合流する。

 

「たっちさん!おまたせ!」

 

リュウノが片手を上げ、明るい声で駆け寄ってくる。それだけで、リュウノとたっちが親しい関係である事が伝わる。

 

「リュウノさん、わざわざ来てくれてありがとうございます。」

 

椅子から立ち上がり、たっちが会釈する。

 

「そりゃあ、ギルメ──ゴホン!─友達が困っているとなったら助けるのは当たり前だろ?」

 

「それ私の決めゼリフですよwww」

 

「良いだろ〜、私が使っても!で、そちらの方は?」

 

リュウノが椅子に座りながら、たっちの隣に座っていた人物について尋ねる。

 

「アイアン級冒険者のブリタと言います。」

 

「よろしく、ブリタさん。私はリュウノと言います。コッチは私の部下達です。」

 

竜王達がお辞儀する。竜王達は、リュウノを警護するかのように、周りを囲んでいる。その状況に、ブリタは戸惑いながらもお辞儀を返す。

 

「で、たっちさん。困った事って何?」

 

「はい。実は──」

 

たっちから事情を説明される。むろん、ブリタという冒険者がいるため、ナザリックに関係ある話の部分は省かれたが、リュウノは概ね理解できた。

 

「──なるほど。つまり、簡単に言えば、このヴァンパイア騒動を鎮めてほしい訳だ。」

 

「はい。できますか?リュウノさん。」

 

「ん〜…()()()()()()()()だな。」

 

「というと?」

 

「それは後で説明する。それより──」

 

そこで一旦言葉を切ると、リュウノはブリタの方を見る。

 

「ブリタさん、今日の夜はどうする予定で?」

 

「え?宿屋に一泊するつもりだけど…なんでそんな事聞くのよ。」

 

「ヴァンパイアの姿…見たんでしょ?」

 

「ええ。見たわよ。恐ろしい姿のヴァンパイアを…」

 

「それは逆に言えば、向こう(ヴァンパイア達)にも見られたって事になるな。だから、今日の夜にも奴らが貴方を殺しに来る可能性もあるぞ。」

 

「え!?本当なの、それ!」

 

途端に不安そうな表情になるブリタ。余程怖かったのだろう。

 

「ああ。だから宿屋は危険すぎる。今日の夜は、できる限り冒険者組合に居た方がまだ安全だぞ。ま、ヴァンパイアに襲われたいなら、宿屋でも構わないが。」

 

「そんなの嫌に決まってるでしょ!わ、わかったわよ!今日はココに大人しく居るわ。」

 

「よろしい。さて…できる限りのアドバイスはしたし!じゃあ、私は下見を兼ねた調査に行ってくるから。たっちさん、行こ!」

 

「ええ。」

 

リュウノとたっちが立ち上がる。

 

「では、ブリタさん。また後で。」

 

「ええ。アンタらも気をつけてね。」

 

ブリタと別れ、入口に向かって歩きだす。たっちとリュウノ、その後に竜王達が続いて歩く。

たっちがリュウノに話しかける。

 

「リュウノさんの鎧姿、久しぶりに見ましたよ。いつもは軍服姿ですから、なんか新鮮です。」

 

「滅多に着ないからねーこれ。銃が似合わないのと、頭がないせいか、『さまよう鎧』と勘違いされるんだよね。」

 

「あーwそんな事もありましたねー。初めてその姿でダンジョン探索してる時に、ばったり出会ったギルドメンバーにエネミーと勘違いされて神聖魔法かけられたりしてましたよねww」

 

「あー!あったあった!あれマジ酷かったよ。チャット打ってる間にどんどん攻撃され──でぇぇ!?」

 

突如、リュウノが何かに躓き、再びガシャン!と倒れる。周りに居た冒険者達がまたクスクスと笑い出す。

 

「見ろ!また()()()()()()!あの黒騎士。」

「二回も引っ掛かる奴、初めてみたぜw」

 

竜王達が慌ててリュウノに駆け寄る。

 

「主人!大丈夫ですか!?」

「大丈夫だ!いちいち駆け寄るな!それより──」

 

リュウノは起き上がり、足を引っ掛けた犯人を見る。あのハゲ頭の冒険者を。

 

「またお前かぁ…」

 

「貴様ぁ!また主人の足を!」

「アンタ、何様のつもりよ!?」

「主人に謝ってもらおうか!」

 

竜王達が口々に文句を言うが、ハゲ頭の冒険者は意に返さない。

 

「よそ見してるアンタらが悪いんだろ〜。これぐらい避けろよなぁ。まったく。足が折れたらどうすんだ?ああん?」

 

まったく悪びれる様子がないハゲ頭に、ついにリュウノの怒りが爆発する。

 

「おい。お前達…ちょっと下がれ…。」

 

鎧の隙間から、赤と黒のオーラを静かに噴き出しながらリュウノが言う。その瞬間周囲にいた冒険者達が、突然襲ってきた恐怖に震え出す。リュウノから発せられる圧倒的な殺意を感じ取ったからだ。

 

「ひっ!?なんだよありゃ…」

「なんかやべぇって!あれ!」

「あの黒騎士、もの凄くヤバイ奴なんじゃないか!?」

 

リュウノが一歩一歩、ハゲ頭の冒険者に近付いていく。

 

「ひぃぃぃ!」

 

ハゲ頭の冒険者は、リュウノの殺気に恐れをなし、椅子から転げ落ちながら後ずさりしている。

 

「まずい!主人がお怒りだ!」

「ああ…あの人間、終わったわね。」

「仕方ないさ。むしろ、主人はよく我慢した方かもしれん。」

 

竜王達が、リュウノが『怒りのオーラ』を発動した事を察し距離をとる。が、ただ一人、恐ろしい殺気を放つリュウノに立ち塞がる人物が居た。たっち・みーである。

 

「リュウノさん!落ち着いて!気持ちは分かりますが、殺しては駄目です!」

「わかってる!だから、どいて下さい。」

 

片手でたっちを押しのけながら、リュウノは近くにあった長椅子の端っこを掴むと、その長椅子を片手で悠々と持ち上げ、高々と掲げる。大人でも片手で持ち上げるのは無理そうな長椅子を余裕で持ち上げるリュウノ。その光景を見た冒険者達が驚きの声を上げる。

 

「おいテメェ。私が何故こんなに怒ってるか、わかるか?」

 

「ひぃ!?」

 

「わかるかってきいてんだよ!」

 

リュウノが、持ち上げていた長椅子を力強く床に叩きつけた。長椅子が激しい音を発しながらグチャグチャになり、破片が飛び散る。冒険者達から小さな悲鳴が上がる。

 

「ひゃぁぁぁ!?」

 

ハゲ頭の冒険者がより一層震え上がり、尻もちをつきながら後ずさりする。

 

「おい!何の騒ぎだ!」

 

二階に居た組合長やミスリル級の冒険者達が、上から下の様子を覗き込んでいる。

リュウノは懐からハンドガンを取り出すと、ハゲ頭の冒険者の足元ギリギリに向かって乱射する。

 

「私が怒っているのは、足を引っ掛けられたからじゃない!」

 

「ひぁぁ!許して!」

 

ハゲ頭の冒険者が、乱射されるハンドガンの弾にビビりながら後ずさりし、どんどん壁側に追い詰められる。

 

「皆の前で恥をかかされたからでもない!」

 

「ごめんなさい!すみませんでした!」

 

謝り続けるハゲ頭の冒険者がついに壁に到達する。

 

「仲間との楽しい()()を邪魔されたからだぁぁぁ!!」

 

リュウノが、ハゲ頭の冒険者の頭スレスレの高さの壁に向かって拳を叩きつけた。凄まじい音と衝撃が建物全体を揺らす。その衝撃はあまりにも強く、冒険者組合の壁にとても大きなヒビ割れができていた。

 

その場にいた全ての人間が愕然とする中、ハゲ頭の冒険者だけが蹲り、ガクガク震えながら小声で謝罪していた。

 

「いいか?私はな、少し前まで声が出せず喋れなかったんだ!今は訳あって喋れるようになったから、仲間と直接会って会話するのは、私の数少ない幸せなんだよ!テメェはそれを邪魔したんだ!」

 

「ひぃ──あああああ──」

 

もはや、ハゲ頭の冒険者は悲鳴すら上げられず、ビクビクと震える事しかできなかった。

 

「ふん。雑魚が…」

 

もう興味がなくなったと言わんばかりの様子で振り返ったリュウノは、早歩きで受付に向かう。

 

「おい、受付の女!」

 

「ひっ!?な、何でしょうか…?」

 

明らかにビビっている受付嬢にリュウノは質問する。

 

「壊した長椅子と床と壁、修理代はだいたいいくらぐらいになる?」

 

「は、はい!えっと…概ねこれぐらいかと…」

 

受付嬢が金額を言うと、リュウノがゴソゴソと懐をまさぐる。すると、言われた金額の2倍の金貨が入った袋を取り出し、受付嬢に投げ渡す。

 

「アンタが言った金額の2倍入ってる。これだけあれば余裕だろ?」

 

「に、2倍ですか!?」

 

受付嬢が驚き、聞き返すが─

 

「何か問題でも?」

 

「いえ!な、何もごさいません!」

 

「よろしい。」

 

完全にリュウノに気圧され、それ以上何も言えなかった。

 

「たっちさん、早く外に行きましょう。こんな最低な場所、とっとと出ましょう。」

 

「え、ええ…。」

 

依然として『怒りのオーラ』を放つリュウノに、流石のたっちも素直に従う。リュウノ達が入口の近くまで来た時、階段の方から呼び止める人物が居た。

 

「待ちたまえ、君達。」

 

「誰ですか?貴方…。」

 

「わ、私はここの冒険者組合の組合長、プルトン・アインザックと言う者だ。」

 

リュウノが放つ殺気に、必死に耐えながら名乗るアインザック。組合長としての立場上、引き下がる訳にはいかない!という気合いを感じさせる。

 

「何か御用でも?修理代なら、受付嬢に渡してますが?」

 

「いや…それはいいんだ。ただ、君達が何者か気になってね。先程の腕力といい、資金の潤沢さといい、よほど名のある方なのでは?」

 

アインザックは、謎の竜騎士達の素性を知りたかったのだ。

 

「そうですね…。貴方、竜人三人を連れた首無し騎士デュラハンはご存知ですか?」

 

「あ、ああ。知っている。王国戦士長と共に、この組合に訪れたとか。なんでも、王国の冒険者になる予定で、冒険者組合がどういう所なのか下見に来ていたと言う情報も入っているが…」

 

「なら話が早い。そのデュラハン達、今日アダマンタイトの冒険者になりましたよ。チーム名は『竜の宝』と言うらしいです。数日後には、王都から噂が流れてくるでしょう。」

 

「それは本当かね!?しかし、そのデュラハンと君達に何の関係があるのかね?」

 

「その前に、貴方の組合を荒らしてすみませんでした。少々イライラしていたもので…」

 

突然の謝罪に、アインザックは困惑する。

 

「それは別に構わんが──」

 

「ですが!」

 

アインザックの言葉を遮り、リュウノは続ける。

 

「ですがご安心を。今貴方達が抱えているヴァンパイア問題を解決したら、もう二度とこの組合には顔を出さないので。」

 

「それは…どうしてかね?」

 

リュウノは懐からアダマンタイトのプレートを取り出し、アインザックに見せる。

 

「それは!アダマンタイトのプレート!」

 

アインザックを含む周囲の冒険者達から驚きの声が上がる。

 

「あの黒騎士…アダマンタイト級の冒険者だったのか!」

「マジかよ…初めて見た…」

「どうりで凄い訳だ…」

 

全員が理解する。黒騎士が何故こんなに強いのか、恐ろしいのか。その理由がアダマンタイト級の冒険者というだけで納得できるのだ。

 

「まさか!君は、さっき言っていた──」

 

「では!アインザック組合長…私達はヴァンパイアについて調べに行くので、これで失礼します。」

 

アインザックの言葉を再び遮り、リュウノが一礼し、出入口に向かおうとするが、再びアインザックが呼び止める。

 

「待ちたまえ!ヴァンパイア問題を解決してくれるのはありがたいが、二度と顔を出さないという理由を教えてくれないか!?」

 

リュウノは、たっちと竜王達に外に出るように、手で合図する。そして、皆が外に出ていったのを確認すると、アインザックの方を向いた。

 

「ああ…それですか。簡単な理由ですよ。何故なら──」

 

「何故なら?」

 

リュウノはゆっくりと、ヘルムに手を伸ばす。ガチャッ!という音と同時にヘルムが持ち上がる。

 

「なっ!?」

 

頭のない鎧がヘルムを片手で持ち上げていた。

アインザックとその場にいた冒険者達が唖然とする中、首無し騎士は言った。

 

()()()()()()からですよ。」

 

ヘルムを元の首に装着し、リュウノが入口の方を向く。

 

「では、失礼する。」

 

そう言い残し、立ち去った。

 

圧倒的な殺気が無くなり、周りにいた冒険者達が深く呼吸を繰り返す。あの黒騎士が放つ殺気のせいで、ずっと首を絞められているような感覚に囚われていたからだ。でも、その感覚からようやく解放された。しかし、誰も言葉を発しなかった。ただ一人を除いて。

 

「あれが…アダマンタイト級冒険者…いや、そうじゃない…あれは──」

 

アインザック組合長だけが不敵な笑みを浮かべ、リュウノが出ていった出入口を見ていた。

 

「あれは──英雄を超えた…恐ろしい何かだ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああああああああぁぁぁ!!私のバカ!馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ぁぁぁー!!」

 

「リュウノさん…」

「主人よ…」

「ご主人様…」

 

「なんの為に変装したのよ私ぃ〜!ただでさえヴァンパイアというアンデッドの騒ぎが起きてるのに〜〜!もうダメだぁーー!絶対冒険者クビになるぅ〜!ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!もうお終いだぁーー!」

 



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第27話 変身

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◇昼・3時頃

 

城塞都市エ・ランテルから馬車で2〜3時間はかかる距離にある洞窟──元盗賊団のアジトだった洞窟から数km離れた森の中を、鎧を着た者達が歩いていた。

森と言えば、鳥や獣、モンスター達の鳴き声で溢れるのが普通だ。しかし─今の森には()()が無い。聞こえるのはガチャガチャという鎧特有の音と話し声だけである。

 

では──それは何故か?理由は簡単だ。

 

最強の生物──ドラゴンが居るからだ。しかも竜王(ドラゴンロード)と呼ばれる存在が12体。その12体の()()()竜王達が、2人の人物を護るように付き従って歩いている。

動物達には、人間には分からない独自の気配察知能力がある。人間より鋭い気配察知能力によって動物達は即座に理解する。『自分達より圧倒的に強い存在』が来たと。ならば、動物達が次に取る行動は限られる。

1つ目は──息を殺し隠れる事だ。自分の住処でもいい。木の上や岩の隙間、地面の穴──とにかく自分の体が隠れられる場所に身を隠す。そうやって強敵が過ぎ去るのを待つのだ。そうやって相手を刺激せず、自分に興味を持たれないようにする事で、少しでも生存率を高めようとする。

2つ目は──逃走だ。隠れる術がない動物──特に体が大きい動物はどうしても目立ってしまう。ならば、相手の視界に入らない距離──あるいは気配察知に引っ掛からない距離まで逃げるしかない。それもまた、生存率を高める1つの方法だと、動物達は学習している。

『弱肉強食』の世界で生きる彼等にとって、弱者が取る行動とはそういうものであると学んで生きてきたからだ。

 

──そして

 

『圧倒的強さ』を誇るドラゴン達にも、『弱肉強食』は存在する。力の強いドラゴンは、己より弱いドラゴンと戦い、脅したり殺したりして宝や縄張りを奪う。それが普通だ。

 

 

──だが…

 

 

今この場にいる12体の竜王達は違う。彼等は知っている。『絶対的な強者』の存在を。自分達では絶対に勝てない相手であり、実際に()()()()()()()経験もある。そして何より─その人物の気分次第で自分達が消されてしまう可能性がある事も理解している。

 

──しかし

 

彼等は逃げない。『絶対的な強者』であるそれは、同時に『絶対に護りとおさないといけない宝』でもあるからだ。その宝を失えば(死なせれば)、自分達も完全に死んでしまうからだ。自分の身を犠牲にしてでも護らなければいけない。

 

故に──竜王達は周りに知らせる。

 

『ここが我等の縄張りだ。』

『我等の主人に近づくな。』

『近づいた奴は焼き殺す。』

 

その知らせ(殺気)を感じた動物達は逃げる隠れる等して気配を消すだろう。

 

故に──敵の接近を感知するのに役立つ。

 

生物最強種であるドラゴンの殺気から逃げない者の正体は、次のどれかになるからだ。

 

ⓐ気配察知能力が劣った、ゴブリンや人間といった下等生物

 

ⓑドラゴン見たさに、好奇心で近付いて来た愚か者

 

ⓒドラゴンに対抗できる強者

 

そのどれかになる。特に、最後に該当する人物は危険だ。この世界の生物の平均レベルは30Lv以下が一般的だ。アダマンタイト級の冒険者チームでようやく30Lv前後という『弱者だらけの世界』なのだ。80〜90Lvの強さを持つ竜王達の殺気から逃げない人物となれば、それは…

 

──それだけの強さを持った人物

 

になるという事だ。となれば、竜王達は決死の覚悟で主人を護る盾となり、敵を討ち滅ぼす矛になるだろう。

 

──しかし

 

そんな覚悟を決めている竜王達をよそに、肝心の竜王達の主人であるリュウノはというと──

 

「はぁ〜…またアインズに怒られるぅ〜…絶対怒られるぅ〜…はぁ〜…死にたい…。」

 

生きる事に辛さを感じていた。頭を──上半身をガックリと下ろし、ゾンビのようなヨタヨタ具合で歩いている。

 

「そ、そこまで落ち込む事ないじゃないですか、リュウノさん。」

 

たっちが励ますが、リュウノは依然として落ち込んでいる。

 

「だってさぁ〜…自分の正体をバラしたんだぜ?『自分、アンデッドです!』って、皆のまえで告白したも同然だよ!冒険者組合の人達…絶対警戒してるだろうなぁ…」

 

ただでさえ、ヴァンパイア騒動が起きている状況で、『がらんどう』状態の姿を晒したのだ。しかも、冒険者組合長の目の前でだ。少なくとも、人間とは思われなかっただろう。

 

「何か、上手い言い訳を考えないとなぁ…」

 

アンデッドではない事を証明してヴァンパイアとは無関係である事をわかってもらう事が最低条件だ。そこからどうやって友好的な関係にもっていくか…

 

「それとも全て正直に話して、信頼してもらうべきかな?」

 

「それは…がらんどう状態を解除して素顔を見せるって事ですか?」

 

「アンデッドではないと証明するには、それが1番手っ取り早いと思うんだ。」

 

スキルや魔法による効果で肉体が消えていた、という言い訳なら、案外信じてもらえるのではないか?と、リュウノは考える。

 

「スキルとか魔法の効果だって言えば、納得してもらえるような気がするんだけどな。この世界には、『タレント』という特殊な能力を持った人達が存在するらしいし、私のがらんどうもタレントの能力だって言えば、案外大丈夫なんじゃ?と、思うんだけど?」

 

『タレント』という能力は、カルネ村に居た冒険者チーム『漆黒の剣』から聞いた情報だ。

『漆黒の剣』のメンバーの1人であるニニャは、『魔法適性』という魔法の習熟が早まるタレントを持っており、通常なら8年かかるところを4年でマスターできるらしい。

薬師のンフィーレアも『どんなマジックアイテムでも使える』というタレント能力者だと言う事で有名らしい。

エ・ランテルだけで、既に2名のタレント能力者が存在しており、両者ともエ・ランテルでは有名人だった。

 

──ならば

 

私のがらんどうもタレント能力だと言えば、冒険者組合の連中を納得させられる可能性もなくはないのだ。

 

「既に、冒険者組合の連中には、私が首無し騎士デュラハンかもしれないって疑われてるだろうし。あんな目立つ事をしでかした私が言っていい事じゃないけど、もうスレイン法国の奴らの目を気にして隠れる必要性が無いと思うんだ。」

 

噂はすぐに広がる。自分が、中身ががらんどうの鎧を着たアンデッドだと言う情報が、口コミで広がるのを阻止するのは不可能である。むろん、エ・ランテルの住民を皆殺しにすれば、他国に噂が広がるのは阻止できるかもしれないが…。

 

「いっその事、王都の『首無し騎士デュラハン』と、エ・ランテルの『首無し騎士デュラハン』は別物という雰囲気を出せば、スレイン法国の目を欺ける事もできるんじゃね?」

 

「えっ!?どういう意味ですか?」

 

訳が分からないという感じのたっちに、リュウノがわかりやすく説明する。

 

「王都で活躍しているアダマンタイト級冒険者チーム『竜の宝』の首無し騎士デュラハンは、頭がない本物のデュラハン──」

「──エ・ランテルに現れた『黒騎士』の首無し騎士デュラハンは、タレント能力でデュラハンになりすました人間のデュラハン──って事にするんだよ。」

 

「つまり、軍服を着たアンデッドのデュラハンと、黒い竜騎士の鎧を着た人間のデュラハンの『二役』を作る。という事ですか?」

 

正確に言うなら、『勝』と『リュウノ』という二役を演じる訳なのだが。

 

「そうそう!そうすれば、カルネ村で陽光聖典を撃退したのは本物のデュラハンで、スレイン法国の暗殺部隊と戦闘したのは、デュラハンになりすました人間だったという事にできると思うんだ。」

 

陽光聖典と戦った時はドラゴン化したブラック達を連れていたが、暗殺部隊の時にはドラゴンを連れていなかったので、別物のデュラハンをでっち上げる事は可能ではある。

モモンが暗殺部隊の隊長に言った『ドラゴンに乗って王都に帰った』発言も、『黒騎士デュラハン』を護るために、王都で活躍している『首無し騎士デュラハン』の情報で撹乱しようとした、と言い訳可能なのだ。

 

「それは──少し強引すぎませんか?それに、リュウノさんとブラックは同じ顔ですよね?そこはどうやって誤魔化すんですか?」

 

「そこは、私とブラックの顔が似てるという事を利用して、私とブラックが家族や姉妹という事にするんだよ!」

「そうすれば、この2人のデュラハンは知り合いで、互いに情報交換をしていたという事にできる。スレイン法国の情報を知っていた事も、『私が首無し騎士デュラハンだ!』と名乗ったのも、これで誤魔化せると思わない?」

 

我ながら悪くない案だと思ったのだが──

「1つ問題がありますね、その設定。」

というたっちさんの言葉で返される。

 

「どこが問題なんです?」

 

「リュウノさんは人間、ブラックは竜人です。家族や姉妹という設定だと、種族の違いをどう説明するんです?」

 

「んー…例えば──私がブラックの母親で、ブラックが私の娘っていう設定はどう?一応私、ブラックの生みの親みたいなもんだし。」

 

ブラックを創造したのは自分だ。であるなら、母親もとい父親のような存在に近いと言えるだろう。

 

「それだと、リュウノさんはドラゴンと結婚した事になりますよ?」

 

「まぁ、そうなるね。設定上は─だけど。となると──」

 

リュウノはそう言いながら、付き従って歩いている男性竜王達の方を見る。

 

「夫役は誰になるんだろうな〜」

 

ニンマリした表情でリュウノが言う。

途端に男性竜王達がずずずいっと近寄ってくる。

 

「主人よ、我が適任では?」

「いや我だ!」

「我こそふさわしいでしょう!」

「主人よ、我をお選びを!」

「我の方がよいですぞ?」

「青龍より我の方が!」

「黄龍より我の方が!」

 

もはや分かりきっていた反応だが、リュウノはクスクスと笑って正面を向く。

 

「夫役には困らずに済みそうだぜ、たっちさん。」

 

「そ、そのようですね。」

 

その光景を見たたっちは、苦笑いするしかなかった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

◇エ・ランテル冒険者組合1階

 

 

「プヒー…それで…何故今回はここで会議を行うのかね、プルトン?」

「はい。理由はあれです、都市長殿。」

 

組合長であるプルトン・アインザックは、1階のとある場所を指さす。都市長と呼ばれた男──パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアは、組合長が指さした箇所を見る。

 

「ふむ…あれは?」

 

「アイアン級の冒険者と()()()()()()()級の冒険者との喧嘩でできた破壊痕です。」

 

組合長の説明を聞いたパナソレイは、もう一度破壊痕を注意深く観察する。床にできた大量の小さな穴はともかくとして、1番目につくのが壁の傷だ。明らかに、砲弾でも叩きつけたようなヒビが入っている。

──喧嘩で武器か魔法が使用された?──パナソレイが真っ先に思い浮かんだ答えがそれだった。

 

「いつもでしたら…4階にある会議室を使うのですが…現在、4階に上がるための階段通路の壁にも()()が入ってるため、近づくのは危険と判断しました。最悪、建物が崩壊する可能性もありえますので。」

 

「うむ…確かに。1階の壁にヒビが入ってる状況で上の階で話し合い等はできんな。」

 

納得した、そう言う表情をしながらパナソレイは組合長の方に向き直す。

 

都市長──パナソレイ

肥満型ブルドックと称されるほど肥えた体つきをした男。

腹部にはたっぷりと脂肪がつき、顎の下にもこれでもかと言わんばかりに肉がついている。

頭髪は光を反射するほど薄く、残った髪も白くなっている。

 

服装は平民ではとても着れないような仕立てのいいベルベットのジャケットを着用し、指輪も衣服も財産が豊かであることを表している。

 

「それで、あれが…ただの喧嘩でできた破壊痕かね?」

 

「恐れながら──床の傷は武器によるものですが、壁の傷は──」

 

組合長が一呼吸置いて口を開く。

 

「──アダマンタイト級冒険者が殴ってできた傷です。」

 

パナソレイは一瞬、『ありえない』と考えたが、それをすぐに逆にする。アダマンタイト級の冒険者なら、あれくらいやってもおかしくない、そう考えたからだ。

 

アダマンタイト級の冒険者は、冒険者組合にとっては『切り札』的存在であり、まさに英雄と呼ばれるにふさわしい実力をもった者達の事をさす。組合によっては、『是非、私達の組合で働いて欲しい!』と頭を下げてお願いしたく成程の存在にもなるのだ。

 

現に、エ・ランテルにはアダマンタイト級の冒険者が居ない。王国─帝国─法国という三つの国の中間に位置する都市であるにもかかわらず、エ・ランテルの冒険者組合には最高でミスリルまでの冒険者しか存在しないのだ。

 

「それは本当かね?」

 

パナソレイがそう尋ねながら、自分とおなじように座っている者達に目をやる。

 

1階の中央には、一辺に三人ずつ座れそうな机が設置されていた。上座の中央には都市長のパナソレイ、両隣に組合長のプルトンと魔術師組合長の『テオ・ラケシル』が座っている。

パナソレイから見て、机の右側サイドにはミスリル冒険者3チームのリーダー達が座っている。机の左側には、エ・ランテルで最も有名な薬師のリィジー・バレアレと、高位な神官として有名な『ギグナル・エルシャイ』が座っている。

 

「詳しく説明してもらっても構わんかね?」

 

組合長から事情を聞いたパナソレイは、手元にあるヴァンパイアに関する報告書を一通り読むと、ため息をもらす。

 

「敵か味方かも不明か…。厄介ではあるが、一応ヴァンパイア退治に協力してくれる姿勢は見せてくれていたのだろう?」

 

「はい、都市長。アダマンタイト級の冒険者が協力してくれるのはありがたいですが──」

「味方と判断するのは、ちょっと早いんじゃねーか?」

 

プルトンの言葉を遮って発言したのは、ミスリル冒険者チーム『クラルグラ』のリーダー──イグヴァルジだ。

 

「何故かね?イグヴァルジ。」

 

「アンデッドだぞ!組合長も目の前で見ただろ!アイツのヤバさを!あれがヴァンパイアの仲間じゃないって言いきれるのか?俺達を騙そうとしてるかもしれないだろ!」

 

イグヴァルジの意見は最もである。生者を憎むアンデッドが必ずしも人間に協力的とは限らない。だが──

 

「わからんぞ、お主。ワシは以前、王国戦士長が連れていた首無し騎士デュラハンから、神の血のポーションをサンプルで貰ったからの。それに、あやつは村まで救ったらしいからの。王国戦士長が嘘をつくとは思えん。」

 

リィジーがイグヴァルジの意見を否定するような発言をする。イグヴァルジは不服そうな顔をする。

 

「それにだ、組合長!冒険者組合の建物内で武器を使用するような奴だぞ!普通なら摘発されるべき案件だろ!アダマンタイトだからって、あれは許される行為じゃない!」

 

「確かに摘発されるべき案件だが…話に聞くと、あのアンデッドは最初は喧嘩を回避しようとしたらしいぞ。流石に2度目はキレていたが…。王国戦士長が連れていたデュラハンも、竜人が痴漢を殴り飛ばす中、喧嘩には参加しなかったという話だ。」

 

「でも──」

「とりあえずだ!」

 

イグヴァルジがまだ何か言おうとしたが、都市長が言葉を遮って話し出す。

 

「その黒騎士達については、彼等がヴァンパイアの調査を終えて帰って来てから話し合うべきだろう。今はヴァンパイアに対して、我々ができる対策を考えようではないかね?」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「これで良し!っと。」

 

「リュウノさん、これは…洋館ですか?」

 

「そうだ。ヴァンパイアのアジトという設定のね。さしづめ『吸血鬼の館』ってやつさ!」

 

リュウノが森の中に設置したのは、拠点作成用のアイテムから取り出した『古い洋館』だ。三階建てのやや大きめの建物であり、ところどころにヒビ割れや破損箇所があるなど、かなりの年月が経った感じになっている。

 

「後はこれを設置すれば終わりだよ。」

 

「それは?」

 

リュウノの手に握られていたのは、丸い石に大量の御札を貼ったようなアイテムだった。

 

「結界石だよ。これを洋館の最上階に設置すれば、洋館の周囲100㍍に結界が貼られるんだ。この結界は、外からだと洋館が見えないようにできるんだ。この結界のせいでこの洋館が今まで発見されなかった、という事にするのさ。」

 

「なるほど…。」

 

「じゃあ、私は結界石を洋館内に設置してくる。ついでにヴァンパイアの召喚やってくるぜ。」

 

リュウノはそう言うと、洋館内に入っていった。

残されたたっちは、竜王達と何か話そうかと考え、竜王達の方を見る。男性竜王達は夫役を誰にするかでまだ言い合いを続けている。その時、竜王ファフニールのいった言葉に、たっちが反応する。

 

「我はユグドラシルで主人と『竜王合体』した事があるぞ!お前達は無いだろう!だから夫役は我が適任だと思──」

 

「竜王合体だって!?ファフニール!それについて教えてくれ!」

 

変身ヒーローや特撮ヒーローが大好きなたっち・みーは、合体という言葉を聞くと興奮してしまうのだ。

 

「竜王合体か?我が主人のスキルの1つだ。召喚可能な竜王と合体して、合体した竜王の特性と技が使えるようになる。後、見た目も変化するぞ。」

 

「どんな風に変わるんだ?」

 

「例えば、バハムートなら赤い鱗の竜人になり火の特性と技が使えるようになる。神竜なら、白と金が入り交じった鱗の竜人になるな。しかも、神竜と同じ翼にもなる。後は神聖の特性と技が使える、といった感じだな。」

 

「そうなのか!?竜人にもなれるなんて!でも、なんでリュウノさんはそのスキルを自慢しなかったんだろ?」

 

変身系のスキルを手に入れたなら、皆に見せびらかしても良かった気がするのに。と、考えたたっちに、ファフニールが補足する。

 

「竜王合体はLv100になると無意味のスキルになるのだ。竜王合体をするなら、プレイヤーのLvは85Lvあたりが適正だからな。元々人間向けのスキルゆえ、異形種には扱いづらいスキルではある。まぁ、今の主人なら、人間化の影響で種族Lvがなくなり適正Lvになっておるから、竜王合体するには1番なんだが…。」

 

「Lv100になると無意味になる?そう言えば、シャルティアが言ってたんだが、『Lv100じゃなければ竜王合体でシャルティアに勝てた』と、勝さん…いや、リュウノさんが言ってたらしいが、どう言う意味なんだ?」

 

「ああ、それはだな、竜王合体した際に種族Lvと職業Lvを合体した竜王から得るからだ。しかし、Lv100になると、竜王合体の恩恵が得られなくなるのだ。」

 

Lv100になった時点で竜王合体は死にスキルになる。

ユグドラシル時代、勝が竜王合体のスキルを手に入れて試しに行ったのがファフニールと契約した時だったのだ。しかし、他の竜王と契約した時にはLvが100になってしまったため、竜王合体をしても変化がなかったのだ。

 

「得られる種族Lvと職業Lvには、どんなものがあるんだ?」

 

「我の場合だと、最大で竜人Lv15が得られる。我は竜王合体のお試し版みたいな位置づけだから得られる恩恵は少ないがな。他の竜王の場合だと、竜人Lv5から様々な職業Lvが得られるぞ。」

 

「へー。他の竜王だとどうなるんだ?」

 

(神竜)の場合ですと、ご主人様が女性ですので、竜人Lv5、戦乙女(ヴァルキリー)Lv5、光の魔術師(ホーリー・マジシャン)Lv5が得られます。シャルティアさんに勝つなら、この方法しかないかと。」

 

「なるほど!それがリュウノさんがシャルティアに勝つ為の手段だったのか!」

 

(ウロボロス)だと、竜人Lv5、不浄の聖騎士(アンホーリーナイト)Lv5、闇の魔術師(ダーク・マジシャン)Lv5が得られるな。」

 

「神竜と真逆なのか!」

 

(ナーガ)なら、竜人Lv5、精霊使い(エレメンタリスト)(アース)Lv5、上位森祭司(ハイ・ドルイド)Lv5ですな。」

 

「やっぱり自然系が中心なんだな。」

 

(リヴァイアサン)でしたら、竜人Lv5、毒使い(ポイズン・メーカー)Lv5、薬剤師(ケミスト)Lv5だ。毒を扱う以上、解毒に関する知識も必要になるからの。」

 

「リュウノさんが薬剤師…想像つかないな…。他はどうなるんだ?」

 

 

◇バハムート

竜人Lv5、

拳闘士(ピュージリスト)Lv5、

火の魔術師(フャイヤー・マジシャン)Lv5。

 

◇ヤマタノオロチ

竜人Lv5、

(サムライ)Lv5、

精霊使い(エレメンタリスト)(エア)Lv5。

 

◇青龍&黄龍

竜人Lv5、

魔法戦士(メイジウォリアー)Lv5、

精霊使い(エレメンタリスト)(エア)Lv5。

 

◇ティアマト

竜人Lv5、

破壊の略奪者(ラヴィジャー)Lv5、

水の魔術師(ウォーター・マジシャン)Lv5。

 

◇白竜

竜人Lv5、

槍の踊り手(ランス・ダンサー)Lv5、

氷の魔術師(アイス・マジシャン)Lv5。

 

「──という感じだな。」

 

「聞き慣れない職業がいくつかあるが、戦術が広がるのはリュウノさんにとっても良い事ではあるな。ところで、シャドウナイトが竜王合体した場合どうなるんだ?」

 

「わかりません。私はユグドラシルという世界で生まれた訳ではありませんから。リュウノ様からある程度ユグドラシルに関する知識は得ていますが、ユグドラシルのシステムもイマイチ理解できていません。ただ、影を中心とした技が多いので、アサシンか忍者のような職業になるかと。」

 

「なら、リュウノさんが帰って来たら、竜王合体を試して確認するのも──」

「おーい。おまたせ〜。」

 

会話の途中でリュウノが洋館から出てきた。すかさずたっちがリュウノに竜王合体の話をする。

 

「そっか!今の私なら、竜王合体が可能なのか!まだ試してなかったし、いい機会だ!ファフニール、竜王合体やるぞ!」

 

「畏まりました、我が主人。」

 

リュウノがファフニールの胸に手をあてる。

 

「一体どうなるんだ?(ワクワク)」

 

たっちがウキウキしながらリュウノの変身を見守る。

 

「スキル発動!竜王合体!」

 

リュウノがスキルを発動させた瞬間、ファフニールが光の球体に変化し、リュウノの体に吸い込まれる。その瞬間、ピカッと眩しい光が一瞬リュウノの体から発せられたが、特にリュウノの体が変化した様子はない。

 

「あれ?もう終わりですか?」

 

「テレビのヒーローみたいに、長々と変身セリフ言いながら変身する訳ないじゃん。変身が終わるまで待ってくれる敵とか普通居ないから。そんな事してたら敵に狙われて終わるっつーの。」

 

「た、確かにそうですけど!それは変身のお決まり展開ですから、ヒーロー好きの夢を壊さないで下さい!」

 

「とりあえず鎧脱ぐわ。鎧着てたら、変身の変化がわからないし。」

 

そう言ってリュウノが鎧を全部外す。鎧が一瞬で消え、リュウノの体があらわになる。

 

「おお!?凄い!本当に竜人になってますよ、リュウノさん!」

 

変化したリュウノの姿は、頭に角、背中に羽、お尻の上に尻尾が生えていた。鱗が灰色で、ボディの衣服が黒のタンクトップに黒のスパッツという以外、ほとんどブラックと同じ姿だった。

もし、リュウノの格好がブラックと同じ黒の鱗でレオタード姿でツインテールなら、アインズですら見分けがつかなくなるのでは?と、思う程だ。

 

「これが竜人か…。不思議な気分だ…。」

 

リュウノが変化した自分の姿をまじまじと見る。人間から竜人という種族に変化した自分の姿に、戸惑いが隠せないでいると──

 

「美しい…」

 

どこからか聞こえた声にリュウノが目をやると、男性竜王達が兜の鼻の部分から血を流していた。

 

「どうしたお前ら!?」

 

「いや、主人のあまりに美しい姿に鼻血が!」

 

どうやら竜人化したリュウノの姿に興奮して男性竜王達が鼻血を出していたらしい。リュウノの今の姿は、同族の竜王からしてみれば、最高に美しい雌ドラゴンの理想形態なのだろう。

 

「エロい目で見るんじゃねーよ、お前らww」

 

「「「す"み"ま"せ"ん"!」」」

 

男性竜王達が騎士兜の鱗の変身を解き、必死に鼻血を拭う。

 

「リュウノ様、私とも竜王合体していただけませんか?私はユグドラシル生まれではないので、竜王合体でどのような能力が得られるかわかりませんので。」

 

「確かに、シャドウナイトとはこっちの世界で契約したもんな。お前と竜王合体して得られる能力を確認するか。」

 

リュウノがシャドウナイトの胸に手をあて、スキルを発動して変身する。すると、シャドウナイトと入れ替わるようにファフニールが現れる。

 

「ンハァ〜♡…主人との竜王合体は最高だった…」

 

そう呟きながら余韻に浸っているファフニールを無視してリュウノが自分の姿を確認する。

 

「おお!肌が褐色になった!」

 

鱗の色が焦げ茶になり、肌が褐色に変化した姿のリュウノが立っていた。

 

「どうです?シャドウナイトの能力の具合は?」

 

「んー?私の見立てだと、竜人Lv5、上位暗殺者(マスターアサシン)Lv5、影の使い手(シャドウ・マスター)Lv5かな?色合いも含めるとブラックとほぼ同じ感じになっちゃうな。どうかな?たっちさん。ブラックにそっくりな感じに見える?」

 

リュウノがたっちに尋ねる。すると、その姿を見たたっちがある事を思いつく。

 

「リュウノさん、良いアイデアが浮かびましたよ!」

 

「良いアイデアって?」

 

「その姿なら、ブラックの双子のお姉さんという設定ができるのでは?ブルーとレッドが双子ですし、悪くないアイデアだと思うんですけど!」

 

たっちのその言葉に、リュウノはニヤリと笑う。

 

「たっちさん、そのアイデア、採用!」

 

 

 



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第28話 ズーラーノーン

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◇夕方

 

──エ・ランテル共同墓地──

 

外周部の城壁内のおおよそ1/4を使った巨大な墓地。西側地区のほとんどがこれで、衛兵隊や冒険者が毎夜巡回して弱いアンデッドのうちに退治している。

墓地の使用率は100%で、新しい死者が出た場合は古い墓を掘り返して骨を粉砕して墓の空きを作っている。

 

そんな巨大な墓地の真ん中に、黒い鎧を身につけた人物が立っていた。

 

「──という設定と作戦でいくから。モモン達も問題ない?」

 

現在リュウノは伝言(メッセージ)を使って、ヘロヘロ以外のギルドメンバーと会話している。

 

『──ええ。リュウノさんの設定事情は理解しました。しかし、その作戦、たっちさんが反対しませんか?──』

 

「うん。反対された。だから、市民は襲わず冒険者だけ襲うって条件で何とか納得してもらったよ。冒険者はモンスターとの戦いも多いし、モンスターに襲われて死んでも仕方ない職業だからって事で。」

 

『──まぁ、理屈で言えばそうですが…。念の為確認しますが、たっちさんもそれで良いですね?』

 

たっちの性格を理解しているモモンが、ギルドメンバーを代表して最終確認をとる。

 

『──はい。私のミスでヴァンパイア騒動が起きた訳ですし、協力してくれてるリュウノさんに我儘を言いすぎるのも悪いですから。──』

 

『──ほう?意外ですね。たったそれだけの条件でアナタが納得するとは。異形種化の影響で、人間に対しての感情が薄くなりました?──』

 

『──………ッ!──』

 

リュウノが考えた作戦には、少なからず死人が出るのだ。それを考えると、今回の作戦にたっちが賛同するのが、ウルベル個人の思いでは納得いかなかった。

そのため、少し意地の悪い質問をしたのだが、たっちからの返事がすぐに返って来なかった。

 

『──たっちさん?大丈夫ですか?──』

 

ウルベルがたっちを心配するという奇妙な事態に、他のギルドメンバー全員が僅かに動揺するが、何も喋らずにたっちの返事を待つ。

 

『──モモンさん…──』

 

『──何です?たっちさん。──』

 

『──ユグドラシルで、私がアナタを助けた時の事、覚えてますか?──』

 

『──ええ。もちろん。一生忘れませんよ。人間種のプレイヤーからPKを受けて、引退を覚悟しそうになった時、アナタに助けられましたから。──』

 

『──では、皆さんに質問します。私がモモンさんを助けた事を、この異世界で再現した場合…私は人殺しになるんでしょうか?──』

 

全員が息を呑む。

ユグドラシルの世界ならば、人間種のプレイヤーをキルしても罪悪感などなかった。何故ならゲームだからだ。

しかし、ここは異世界。人を殺せば本当に死ぬ。

ましてや、自分達は異形種になってしまっている。

たっちがモモンを助けた場面を再現した場合、モンスター(たっち)が人間を殺してモンスター(モモン)を助けた、という形になってしまうのだ。

 

『──今でも迷ってるんです。私は、人間を助ける存在になるべきなのか、異形種を助ける存在になるべきなのか…──』

 

重苦しい雰囲気が続く。

誰も返事が返せない、そう思った矢先──

 

『──くだらないですね。──』

 

沈黙を破ったのはウルベルだった。

 

『──なに?──』

 

『──くだらないと言ったんですよ、たっちさん。アナタ、自分の決めゼリフを忘れていませんか?──』

 

『──わ、忘れる訳無いだろ!──』

 

『──だったらしっかりして下さい。今、エ・ランテルの冒険者組合はヴァンパイアの脅威に困っています。それを理解していますよね?』

 

『──もちろんだとも!──』

 

『──リュウノさんの作戦で少なからず死人が出るのも理解していますよね?』

 

『──ああ…──』

 

『──だったら、少しでも死人が出ないように努力するのがアナタではないんですか?』

 

『──·──ッ!──』

 

『──救える人間には限りがあります…アナタ1人で世界中の人々を救える訳ではないんです。なら、せめて自分の手が届く範囲の人助けをして下さい。わかりましたか?』

 

悪を強調していたウルベルからのたっちへの励まし、誰もが信じられないという気持ちになるが、ウルベルの言葉に嘘やイタズラめいた雰囲気は感じられなかった。

 

 

『──ああ。すまなかった皆…相談して良かったよ。ウルベルさんも、その…ありがとう。──』

 

『いえいえ。ギルドメンバー同士で助け合うのは当然ですから。そうでしょう、ギルド長?』

 

『──そ、そうですね。ウルベルさんの言う通りです。──』

 

『──ハハ。ウルベルさんこそ大丈夫ッスか?何か悪いもんでも食べました?』

 

『──いえいえ。私はいつも通りですよ?ただ、私のライバルがうじうじ悩んでいるのが気に食わなかっただけです。──』

 

『──もっと良い言い方があるでしょう、ウルベルさん。まぁ、なんです、いろいろ気持ちに整理がつきました。リュウノさんには申し訳ありませんが、できる限り人命救助させてもらいますよ?』

 

「構わないよ。元々、私も大勢殺すつもりはないし。」

 

『──そうですか。なら、私は先に冒険者組合に行ってきますね。──』

 

「はーい。私も後から行くから。」

 

そう言うと、たっちの伝言(メッセージ)が切れたのが伝わる。しばらく待って、リュウノが口を開く。

 

「…で?ウルベルさん、正直なところどうなの?」

 

『──決まってるでしょう?たっちさんが悪に堕ちたら…──』

 

『──だれが悪の私を止めるんです?──』

 

『『「やっぱり」』』

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「さて…では作戦を実行する前に、()()()をどうするか考えるか…」

 

リュウノの目線の先にいるのは、共同墓地の最奥にある霊廟の地下神殿を隠れ家にしていた組織『ズーラーノーン』の人間達だ。リーダーらしき魔術師の男が1人、その弟子と思われるローブを纏った魔術師ふうの人間の男が6人、同じくローブを纏ったビキニアーマーっぽい装備の女が1人。全員、リュウノが大量に召喚したアンデッドに取り囲まれて身動き出来ない状況にされている。

 

ズーラーノーンとは、強大な力を持つことで名の知れた盟主を頭に抱き、その下に十二高弟と、高弟に忠誠を誓った弟子たちによってなる邪悪な秘密結社である。死を隣人とする魔法詠唱者からなり、アンデッドを使い過激な行動をとる為、近隣国家から敵と見られているカルト集団でもある。

 

そして、ここエ・ランテルを活動拠点としていた組織のリーダーの名は──

 

『カジット・デイル・バダンテール』

 

外見は、頭髪も睫毛も眉毛も体毛らしいものは一切ない。

目はくぼみ、体は痩せ細り、生きていることが不思議なほどに顔色は悪く、土気色という言葉が相応しい。

 

カジットは、まるで血のような黒い赤のローブを纏い、小動物の頭蓋骨をつなげたネックレスを首にしている。

骨と皮しかないような腕の先には、黄色の汚い爪の生えた手があり、その手で黒い杖を握っている。

 

リュウノから見て、カジットという男は人間というよりアンデッドモンスターのような姿に見えた。

 

リュウノが彼等を見つけたのは、本当に偶然だった。

とある理由で、エ・ランテルの墓地にシャドウナイトの能力で侵入し、アンデッドを大量召喚したものの、召喚したアンデッド達が生者の反応を感知、それがリュウノに伝わったのだ。

感知した場所を探索すると、霊廟の奥にあった地下神殿を発見、そこにいた彼等を見つけたのだ。

 

こんな陰気な場所で何をしていたのか問いただそうとしたら、魔法で攻撃してきたため、やむを得ず召喚したアンデッド達で無理矢理取り押さえたのだ。

 

そして現在、霊廟の外へと担ぎ出されたカジット達は、外に大量召喚されていたアンデッド達にビビり、リュウノの質問に素直に全て答えてしまっていた。

 

リュウノは頭を掻く。

 

「(まさか、アンデッドを使ってエ・ランテルを滅ぼそうと考えている奴がいるとは…)」

 

リュウノにとって、彼等の計画は作戦の邪魔になる。彼等を殺してしまうのが手っ取り早い解決策なのだが──

 

「ねぇ?アンタらさ…私に協力してくれない?」

 

「なぬ!?協力だと!?」

 

「うん。私さぁ、アンタらと同じ事をやろうと思っててさぁ…いろいろ下準備してる最中なんだ。けど、1人だと大変なんだよね。だからさ!協力者になってくれない?」

 

絶対的強者からのまさかの誘いだ。断る理由がない。

 

「も、もちろんだ!協力しよう!」

 

案の定、カジットも弟子達も藁にもすがる思いでリュウノの誘いにのる。

 

「本当に!?ありがとー!いや〜助かるよ〜!」

 

リュウノはカジットと握手する。

 

「我々も、貴方のような凄腕の魔術師(マジックキャスター)に会えて嬉しく思っております!」

 

その場で思いつく限りの褒め言葉を、カジットは言ったつもりなのだろう。

 

「(魔術師(マジックキャスター)ねぇ…。私は召喚に特化してるだけなんだけどなぁ…)」

 

優秀な魔術師(マジックキャスター)は他にいるのだが、カジット達からして見れば、大量のアンデッドを従えさせているだけでも凄いらしい。

 

「いやだなぁ〜、そんなに褒めないでよ〜。まぁ、もし私の誘いを断っていたら──」

 

そう言いながら、リュウノはヘルムを取り小脇に抱える。

 

「──全員、腐肉漁り(ガスト)のエサにしてたよ〜。」

 

と、軽い口調で言い切った。

凍りついた彼等を見て、リュウノはわざとらしく質問する。

 

「どうしたの?私の顔に何かついてる?」

 

意地悪な質問だ。顔が無い奴から、顔について質問されたのだから。

当然、カジットの顔が困惑した表情になるが、すぐに引きつった笑顔を作って返答する。

 

「い、いや!何も!なんでもないぞ!…ないです…。」

 

「そう?まぁいいや。なら、協力者としてカジットさんには教えておこうかな。」

 

そう言うと、リュウノはメモ帳を取り出す。先程尋問して聞き出した情報をメモを見ながら確認する。

 

「えーと、『死の螺旋』だっけ?アンタらが実行しようとしてた計画は。この『死の螺旋』を使って、表向きは強力なアンデッドを作り出すという目的で活動しているんだよね?」

 

アンデッドが集まっている場所にはより強いアンデッドが生まれる傾向があり、そしてより強いアンデッドが集まればさらに強いアンデッドが生まれてくる。その螺旋を描くように、より強いアンデッドが生まれてくる現象から名付けられた都市壊滅規模の魔法儀式が”死の螺旋”である。

 

「しかし、本当の目的は、そうやって集まった負のエネルギーを己に封じ、自分自身を強大なアンデッドにするのが目的と…うーむ…。」

 

リュウノはカジット達の目の前で胡座をかきながら、カジット達から押収したアイテムを並べる。と言っても、大したアイテムはなく、せいぜい興味をそそられた物は2つだけであった。

 

1つは、カジットが『死の宝珠』と呼んでいた黒い鉄のような輝きを持つ無骨な珠。

磨かれてもいないし形も整っていない為、珠というより原石に近い見た目である。

河原にでも行けば似たようなものがありそうなほどで、到底価値があるようには見えない。

が、ユグドラシルにはない『知性ある(インテリジェンス・)アイテム』というレアアイテムだったため、コレクター欲が高いアインズにプレゼントすれば喜ぶかもしれないという単純な理由で押収した。

 

押収時に死の宝珠がリュウノを操ろうと精神支配の魔法をかけてきたが、シャドウナイトと合体して竜人化していたリュウノには効果がなかった。

 

もう1つは、ビキニアーマーの女が持っていた『叡者の額冠』という蜘蛛の糸のような金属糸の所々に小粒の宝石がちりばめられた蜘蛛の巣のようなサークレット。中心部分には黒い水晶のような大きな宝石が埋め込まれている。

こちらは、リュウノと合体しているシャドウナイトの物欲精神の影響か、大して欲しくもないはずなのにキラキラした物だったからという理由だけで押収したアイテムだ。

 

リュウノは彼等の持ち物を見てため息をつく。

 

「(自分自身を強大なアンデッドに変えるという目的を持ってた奴等だから、人間をアンデッドに変えれるアイテムでも持ってるかと期待したのにな〜…。)」

 

人間とアンデッドの種族を入れ替えるアイテムが玉手箱以外にも存在するかもしれない、と期待していたのだ。だが、現実はそう甘くはなかった。

 

リュウノは彼等の持ち物を改めて確認して考える。

アンデッドになりたいという彼等の気持ちには大いに共感できる。なんせ、自分も早く本当のデュラハンに戻りたいからだ。

しかし、彼等の持ち物を踏まえても、彼等のやり方ではアンデッドになれない。それは間違った方法だからだ。

 

「このやり方だと、アンデッドになるのは無理だよ、カジットさん。」

 

「そ、そんなバカな!?この計画のために、5年間もの月日を費やしたのだぞ!それが、無意味だと言うのか!?」

 

「残念ながら。アンデッドの私が言うんだから。嘘じゃないよ。」

 

「そんな…そんなバカな…。」

 

カジットはガックリと項垂れている。当然だ。信じていたやり方が5年間も費やして無意味だと知れば、誰でもそうなる。

 

「なんでそんなにアンデッドになりたいのさ?」

 

「新しい蘇生魔法を研究するためだ。人間のままでは時間が足りぬのでな…。」

 

「蘇生魔法の研究?誰か生き返らせたい人でもいるのか?」

 

「…ワシの母だ。しかし、現存する信仰系魔法では復活させる事は不可能なのだ。」

 

「母親の復活ねぇ…ふーむ…。」

 

理由は素晴らしいが、その為に大勢の人間を殺すのは間違いだ。とても良い事ではない。

 

「(ギルドの皆なら、どうするかなぁ…)」

 

アインズさんやウルベルトさんなら、面倒事を避けるために彼等を殺すだろう。そのほうが、余計な気苦労もせず楽だからだ。

なら、たっちさんならどうするのか…。

 

秘密結社ズーラーノーンの活動そのものは悪行だ。カジットの組織がやろうとしていた事も、エ・ランテルを壊滅させる規模を予定している悪行ではある。

しかし、目的さえ解決すれば実行する必要はないハズだ!なら──

 

「カジットさん、アンタが言う現存する信仰系魔法って、第6位階までの復活魔法の事?」

 

「そ、そうだが…。」

 

「なら…コレならアンタの母親も復活できるんじゃない?」

 

リュウノが取り出したのは1枚の巻物(スクロール)

 

巻物(スクロール)とは、

事前に魔法を込めて作成しておくことで、一度だけその魔法を行使することができる。しかし、使用するには自身がその魔法を使うことができる、もしくはそのクラスで習得できる魔法リストに載っている必要がある。

 

「それは?」

 

「ドラゴンハイド…簡単に言えば竜の皮で作った巻物(スクロール)だよ。込められている魔法は、第9位階の信仰系の復活魔法だ。」

 

異世界では第6位階以上の魔法はありえないと言われている。当然、カジットの反応はと言うと──

 

「な!?そんな馬鹿な!第9位階だと!ありえぬ!そんな魔法は存在しないはず!」

 

──まぁ、信じてもらえないか。──

 

「嘘だと思うなら、鑑定の魔法で調べて見ろ。魔術師(マジックキャスター)ならそれくらいできるだろ?」

 

カジットが恐る恐るといった感じで、リュウノが手に持つ巻物(スクロール)に手を向け鑑定の魔法を唱える。

 

「──おお─おおおおっっ!?そんな馬鹿なぁぁぁ!?」

 

「(うわ〜…この反応、ポーションの婆ちゃんと同じ反応だぁーww)」

 

ただでさえアンデッドみたいな顔をしているカジットの目が見開き、飛び出んばかりの表情になっている。

 

「私の計画に協力するなら、この第9位階の復活魔法が込められた巻物(スクロール)を渡すけど?」

 

「協力する!いや、させて下さい!」

 

「よしよーし!なら、私の計画を教えるね。と言ってもアンタ達にやらせる仕事は簡単な事だから。」

 

「何をすればいい?」

 

「陽動だよ。私が召喚したアンデッドを使って、墓地で待機していればいいから。」

 

「待機していれば良いのか?」

 

「そうそう。私が今から冒険者組合に人間のフリをして、ズーラーノーンとか言う組織が墓地にアンデッドを大量召喚してるー!って報告して、大量の冒険者達を墓地に送らせるから。」

「私の召喚したアンデッド達が冒険者と戦うから、アンタらは奥で高みの見物でもしておけばいいよ。で、冒険者達が墓地でアンデッド達と悪戦苦闘してる隙に、私がエ・ランテルの中心部でヴァンパイアを大量召喚して街の市民をヴァンパイアに変える!」

「墓地のアンデッドとヴァンパイア化した市民に挟まれた冒険者達は補給も出来ずにあっという間に壊滅する。エ・ランテルは死の都になる。どうよ?完璧な計画でしょ?」

 

「なるほど!それなら、王都や帝国、法国からの人間の増援も間に合わんな!素晴らしい作戦だ!」

 

カジット達も納得している。

 

「(まぁ、半分は嘘だけどな!中心部でヴァンパイアとか召喚しないし。)」

 

エ・ランテルをアンデッドで攻め落とす気など元からない。ヴァンパイアの1件も含め、ズーラーノーンに全て押し付ける事にしただけである。

 

「よし。なら、もう少しアンタらが安心できるように、戦力を強化するか。」

 

リュウノが先に召喚していたアンデッド達は、

 

骸骨(スケルトン)(Lv1)/500体

骸骨弓兵(スケルトン・アーチャー)(Lv2)/300体

骸骨騎兵(スケルトン・ライダー)(Lv2)/200体

骸骨の魔法使い(スケルトン・メイジ)(Lv4)/100体

 

動死体(ゾンビ)(Lv1)/500体

食屍鬼(グール)(Lv1)/300体

腐肉漁り(ガスト)(Lv5)100体

 

合計2000体のアンデッドだ。

 

そこから更に追加で、

 

骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)(Lv16)/300体

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)(Lv16)/40体

死者の大魔法使い(エルダーリッチ)(Lv22)/150体

死の騎士(デス・ナイト)(Lv35)/10体

 

合計500体のアンデッドを召喚した。

 

「(これだけあれば十分かな。たっちさんにモモンチーム、さらに私と竜王達が参戦するんだ。全然余裕で倒せる範囲だ。後で追加した戦力は、エ・ランテルの冒険者達では苦戦は必至!モモンチームや私達に頼るしかない!これでモモンチームも一気に冒険者のランクが上がるはず!)」

 

召喚を終えたリュウノは、カジット達に確認する。

 

「どうだ?これなら、エ・ランテルの冒険者共を相手に負ける気がしないだろう?」

 

「なんという事だ…お主は何者なんだ?」

 

「ん〜…スレイン法国に恨みを持つアンデッド…かな。私が強大なアンデッドを作りたいのは、スレイン法国を滅ぼしたいからなんだよね。」

 

「──っ!」

 

スレイン法国というワードを口にした際に、ビキニアーマーの女がピクリと反応した気がするが、ただの偶然かと思い、無視する。

 

「スレイン法国を滅ぼす…それが貴方の目的なのか?」

 

「そうだよ。アイツらには散々殺されそうになってね。うんざりしてるのさ。」

 

「………。」

 

スレイン法国の話をし始めてから、ビキニアーマーの女がこちらをじっと見てる気がしてならない。

 

「(もしかしてこの女、スレイン法国の人間か?もしやスパイ!?)」

 

ビキニアーマーの女の反応を気にしつつ、リュウノは話を続ける。

 

「今回の計画が成功すれば、私は強大なアンデッドが手に入る。アンタらズーラーノーンは、『これが我等の力だ!』と、近隣国家に知らしめる事ができ、ズーラーノーンという秘密結社をさらに強大にできる。互いに得する話でしょ?」

 

「た、確かに!」

 

「スレイン法国さえ滅ぼせれば、後はどうでもいい。死の都になったエ・ランテルにも興味ないから、その後はアンタらが好きにアンデッドを使いなよ。」

 

「おおお!それはありがたい!貴方は本当に素晴らしい!」

 

「ンフフー!よーし!今の私は機嫌が良いから、カジットさんには友好の証として、コレをプレゼントしよう!はい、あげる。」

 

リュウノは懐から巻物(スクロール)をもう一個取り出し、カジットに投げ渡す。

 

「これは?」

 

「第7位階の復活魔法『蘇生(リザレクション)』だよ。私の計画の前払い報酬だよ。」

 

「第7位階だと!?」

 

「ただ、第7位階でもカジットさんの母親の蘇生に失敗する可能性が高い。ただの村人だったかもしれないアンタの母親だと生命力が足りなくて灰になるかもね。」

 

蘇生に失敗する可能性がある。そう言われただけで、カジットの顔に不安な表情が浮かび上がる。

 

「コッチの第9位階の『真なる蘇生(トゥルー・リザレクション)』なら確実に蘇生できる。まぁ、コッチは私の計画が成功した場合の報酬にするつもりだけど…どうする?計画の途中で私の事が信頼できず、今アンタに渡した巻物(スクロール)だけ持って逃げる事もできるけど?」

 

途中で逃げようものなら、召喚したアンデッド達に始末させれば良いだけだ。

 

「いや、最後までやらせてくれ!第9位階の魔法なぞ、ワシでは二度と手に入らないかもしれないからな!」

 

カジットは即答した。

 

「よし!交渉成立だね!なら、私は冒険者組合に行ってく──」

 

そこまで言った時、ビキニアーマーの女が立ち上がる。

 

「待って!」

 

「はい?(来たな!ビキニ女!)」

 

「どうした?クレマンティーヌ。」

 

クレマンティーヌと呼ばれた女がリュウノに歩み寄る。

 

「私、アナタに付いて行ってもいいかな?」

 

「どうして?理由は?」

 

「私もスレイン法国に追われているの!アナタに押収されたティアラ、あれスレイン法国から盗んだ物なんだよね。ね~お願~い♡。私も~連れてって~。」

 

「(うわ〜気持ちワル!何この女!しかも…)」

 

リュウノは初めて気付く。女の着ていたビキニアーマーには、大量の冒険者プレートが付いていたからだ。1番下のカッパーからオリハルコンのプレートまでがたくさんあるが、アダマンタイトのプレートだけがない。

 

「アナタ、そのプレートなんなの?」

 

「あ!コレ〜?ハンティングトロフィーだよ〜。今まで殺して来た相手から奪ったんだ〜。凄いでしょ〜!」

 

「アナタ、殺し屋かなんかなの?実力はあるみたいだけど…」

 

「あながち間違いじゃないけど〜…元スレイン法国の特殊部隊『漆黒聖典』に所属してたんだ〜。だから、実戦経験は豊富だよ〜。それに、スレイン法国の内部情報にも詳しいわよ〜!ねぇ〜良いでしょ〜。」

 

「本当!?スレイン法国の情報はメッチャ欲しいわ!」

 

「(思わぬところからスレイン法国に関する情報をゲッチュ!こういうの棚からぼたもちって言うのかな?まぁいいや。)」

 

「でしょでしょ〜!」

 

「よし。分かった!アンタ、私について来て良いよ!」

 

「ありがと〜う!じゃあ、ガジッちゃん。後は頑張ってねー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと!コレ何!?アナタの影が私に絡みついて解けないんだけど!?ねぇ!」

 

「デミウルゴスー!大至急来て!スレイン法国に関する情報持った人間捕まえたから!早くぅぅぅ!」

 

 

 



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第29話 エ・ランテルの危機

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──エ・ランテル共同墓地──

 

 

「──という訳で、リュウノ様に関する報告は以上でございます。」

 

『──ふむ。報告感謝しますよ、デミウルゴス。フフッ、お前をエ・ランテルに向かわせてリュウノさんの監視につけておいて良かった。──』

 

「はい。リュウノ様も、私がすぐに現れた事に驚いておられました。」

 

『──そうか。それはそれはww。それで、例の女は?──」

 

「はい。部下に輸送させてます。」

 

『──よしよし。ズーラーノーンの方は?()()()()()()()怪しまれないよう、対策はしましたか?──』

 

「はい。ズーラーノーンの人間達全員に精神支配系の魔法を施しました。彼等の記憶から、リュウノ様の事を忘れさせました。リュウノ様が召喚したアンデッドは、自分達が召喚したと思いこませてます。これで、安心かと。」

 

『──上出来です、デミウルゴス!ああ…お前に直接会って褒めてあげられないのが残念だよ。──』

 

「な、何を仰いますか!ウルベルト様はお忙しい身!今回の件が片付きましたら、私の方から伺いますので御安心を!」

 

『──そうですか。なら、引き続きリュウノさんの監視を。彼女は今、多くの敵に狙われている1番危険な立場ですからね。彼女が危ない橋を渡らないよう、お前が守ってあげなさい。──』

 

「はい!畏まりました!」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

◇午後7時

 

──冒険者組合1階──

 

「なるほど。盗賊団のアジトから数km離れた森の中にヴァンパイアの屋敷が…」

 

「はい。結界魔法のようなものが使われていて、アンデッドの気配を探れるリュウノさんでなければ見つけられない程、巧みに隠されていました。」

 

「念の為、我々の方からも明日の朝に調査隊を派遣しても良いかね?君やリュウノ殿の事を疑っている訳ではないが、どの程度の冒険者に依頼させるべきか、査定する必要があるのでね。すまないね。」

 

「いえいえ、お構いなく組合長さん。私は冒険者ではありませんが、冒険者は信用が大事だと聞いています。リュウノさんはその…怒りっぽい方ですが、決して悪い人ではないんです。そちらの調査で、リュウノさんが信用に値する人物だと思っていただければ嬉しいですが…。」

 

現在、冒険者組合では、たっちが持ち帰ったヴァンパイアの調査報告に関する議論が行われていた。1階には、カッパーからミスリルまで冒険者達が集まっており、全員で情報を交わし、ヴァンパイアに対する対策案を練っている。

 

「しかしだ…要注意のヴァンパイアとして報告されたヴァンパイアは、どちらも過去のデータにないモンスターという事に驚きが隠せんな…。」

 

「オリハルコン級の冒険者を圧倒する吸血王(ヴァンパイアロード)・『串刺し公ヴラド』、第3位階の魔法を扱える吸血姫(ヴァンパイアプリンセス)・『姫騎士エリザベート』…名前を聞くだけでもヤバそうだな…。それが部下30名を率いているとは…。」

 

「まさか第3位階の魔法を使えるヴァンパイアが屋敷にいるとは!これは、最低でもミスリル級の冒険者じゃなければ無理じゃないか?」

 

「王都に応援を要請するべきだ!エ・ランテルの冒険者だけじゃ太刀打ちなんて無理だ!」

 

「その前に奴等が攻めて来たらどうする!?王都からエ・ランテルまで応援が来るまで約六日はかかるんだぞ!」

 

「帝国や法国にも応援を要請しましょう!帝国なら、アダマンタイト級の冒険者を1チームくらい派遣してくれるんじゃないか?」

 

「神殿勢力にも力を貸してもらえないか頼んでみよう!」

 

冒険者組合長のプルトン、魔術師組合長のラケシル、神殿に縁がある高位神官のギグナルらを中心に、それぞれ自分達が出来うる限りの対策案を出していく。

 

しかし、半ば混乱状態になり始めているのは、誰が見ても分かる状況だった。

 

だが──

 

「皆、静かに!」

 

その混乱状態をある人物が一声だけで静める。都市長のパナソレイが重々しく口を開く。

 

「それで…たっち君。他に何か報告はあるかね?」

 

「はい。リュウノさんがヴァンパイアの屋敷にアンデッドのフリをして侵入して得た情報によりますと、エリザベートが今夜にでもエ・ランテルに奇襲を仕掛けにくる可能性があると言っていました。」

 

「なんと!それは本当かね!?」

 

「はい。エリザベートは普段美しい貴族の娘の姿をしているらしいのですが、たまに凶暴な醜い姿に変化するらしいです。そして…その姿を人間に見られるのを極度に嫌うらしいです。見た人間は、必ず殺す程らしいですよ。」

 

そう言うと、たっちはブリタとブリタの生き残りチームメンバーの方を見る。

 

「私とブリタさんのチームは、それを目撃しました。エリザベートが、私やブリタさん達を殺すためにエ・ランテルに来る可能性が高いと、リュウノさんは言っていました。」

 

「そ、そんな!冗談でしょ!?」

 

ブリタの顔が恐怖に歪む。ブリタのチームメンバーも不安な顔をしている。

 

「それと、リィジーさん。貴方も狙われる可能性があると、リュウノさんは言っていましたよ。」

 

「ワシもか!?何故じゃ!?」

 

「ポーションですよ。ヴァンパイア達はポーションを警戒していたそうです。エ・ランテルにあるポーションの破壊工作を匂わせる発言をしていたそうですよ。なら、ポーションを作っているアナタも狙われる可能性が高いかと…」

 

「なんという事じゃ!おお…恐ろしい…!」

 

自分も狙われるかもしれないと知り、リィジーが身を震わせる。

 

「なあ、アンタ、ちょっといいか?」

 

イグヴァルジがたっちに語りかける。

 

「はい。何でしょうか?イグヴァルジさん。」

 

「あのおっかねぇアンデッドのねぇちゃんとその部下達はどうしたんだ?」

 

「リュウノさん達なら、『エ・ランテルの共同墓地を調べに行く。』と言って途中で別れましたよ。」

 

「何故墓地なんか調べる?」

 

「さあ?ヴァンパイアから得た情報から、何か気になる事があったのでは?」

 

「気になる事ねぇ…、それで?いつになったら、あのバケモノ女は帰ってくるんだ?」

 

バケモノ女──それがリュウノの事を言っている事はたっちにもすぐに理解できた。

 

「イグヴァルジさん、そんな言い方しないでくれますか?彼女が聞いたら怒りますよ?」

 

実際は、自分の方が苛立っている。ギルドメンバーをバケモノ呼ばわりされるのは嫌だったからだ。

 

「バケモノをバケモノと言って何が悪い?組合の施設内で平然と武器を使うような奴だぞ?あんな非常識なアンデッドが英雄と称されるアダマンタイトなんて、俺は信じないぞ!」

 

「イグヴァルジ!失礼だぞ!」

 

プルトンが注意するが、イグヴァルジは無視する。

 

「きっと、ヴァンパイアの情報も俺たちを怖がらせるために、あのアンデッドが作ったデマだ!もしかしたら今頃、ヴァンパイア達に情報を流して手助けしてるかもしれないだろ!」

 

「イグヴァルジ!いい加減にしろ!」

 

魔術師組合長のラケシルも注意するが、イグヴァルジはさらに続ける。

 

「みんなはどうだ!?あのアンデッド野郎の事を信用するのか!?みんな、あのバケモノを信頼できるのかよ!」

 

「静かに!」

 

都市長のパナソレイが注意し、ようやくイグヴァルジが静かになる。

 

「イグヴァルジ、そこまでにしておけ。それ以上言うと、たっち君が剣を抜くやも知れんぞ?」

 

パナソレイがとある所を指さす。

 

「──ッ!」

 

それを見たイグヴァルジがたじろいだ。

 

何故なら──

 

たっちが腰の剣に手を伸ばしていた。体がカタカタと震えているのを見るに、必死に怒りを抑えているのだろう。

 

「イグヴァルジさん…アナタの不安は理解できます。しかし、リュウノさんはアダマンタイト級冒険者です。それだけの資格があると、認められた人なんです。そんな私の友人を、バケモノ呼ばわりするのだけは止めて下さい!」

 

仲間の事でたっちがここまで怒るのには理由がある。それは、ユグドラシルで行われていたP(プレイヤー)K(キル)が原因だ。

 

ユグドラシル時代、異形種だからという理由で気味悪がれ、人間種のプレイヤー達から攻撃された者達が大勢いたのだ。中には、モモンのように引退を考えた者や実際に引退したプレイヤーもいた。

 

もちろん例外もいた。悪名名高きギルドのメンバーでありながら、様々な種族のプレイヤーと共闘した人物が。

 

だが、今はその人物──リュウノですら、人間から警戒されている。第一印象が悪かったという部分があるかもしれないが、元々リュウノが怒った原因も人間側がちょっかいを出したからだ。あの時、人間がちょっかいを出さなければ、リュウノがバケモノ呼ばわりされる事もなく、エ・ランテルの冒険者達と上手くやれていただろう。

 

しかし、既にリュウノの正体がアンデッドであるという情報が広まっている以上、最低でもリュウノが人間に害を与えない存在であると認識してもらいたいのだ。

 

だが、イグヴァルジという男は、種族が違うという理由だけでリュウノを差別し、信用できないと言う。

 

─お前にあの人の何がわかる─

─リュウノさんは仲間思いの良い人なんだ─

─あんな良い人がバケモノと言われるなんて─

 

異形種を敵視する目の前の男を切り殺して黙らせたい──そのような気持ちが湧き出てくる。しかし その衝動を必死に抑える。

 

ここはゲームの世界ではない。殺せば本当に死ぬ世界だ。

 

リュウノさんがハゲ頭の冒険者ともめた際、リュウノさんの雰囲気は明らかに相手を殺す勢いがあった。

その時、殺しては駄目と自分は注意した。

 

なら、自分も我慢しなくては。リュウノさんに面目が立たない。

 

「お願いです…イグヴァルジさん…。」

 

剣から手を離し、頭を下げるたっち。

しかし、彼の周りからは、『二度とバケモノと言うな』という気迫を感じさせるプレッシャーが漂っていた。

 

「わ、分かったよ。悪かった。だが、俺はあのバケ──じゃなくて、黒騎士女を…俺は信用はしないからな!」

 

たっちのプレッシャーに根負けしたのか、イグヴァルジが椅子に座る。

流血沙汰にならずに済んだ事で、その場にいた皆がホッとする。

 

 

 

そう、ここまでは──

 

 

 

「誰が信用出来ないって?」

 

 

 

突如聞こえた声に全員に緊張が走る。

 

──怖い奴が帰って来た──

 

誰もがそんな思いで、声が聞こえた方へと全員が顔を向ける。

 

ヘルムを小脇に抱えたリュウノが、()()()()()()いた。

 

「なっ!?」

「あれは!?」

「黒騎士!?」

「リュウノさん!?」

 

全員が気付いたのを確認すると、リュウノはたっちの隣に飛び降りて着地する。振り向きながらヘルムを首にはめると、組合長の方を向く。

 

「組合長、緊急の知らせだ!」

 

「緊急?何があったのかね?」

 

「エ・ランテルの共同墓地にアンデッドが大量発生している!」

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

◇共同墓地・西地区防護壁門◇

 

 

「おいおいおい!何だよありゃ!?」

骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)!他にもうじゃうじゃいるぞ!」

「こっちにゆっくり向かって来てます!どうします!?警備長!」

 

墓地と都の境界線にもなっている、3m程の高さと厚みのある防護壁、その壁の上から見下ろすように監視しながら警備していた衛兵達は、大量のアンデッド達が墓地から歩いてくるのを確認してパニック状態に陥っていた。

 

「すぐに冒険者組合と駐屯基地に連絡して応援を呼ぶんだ!それまで、我々でアンデッドの進行を少しでも遅らせるんだ!」

 

「「「はい!」」」

 

全員が槍や剣などの武器を持ち、迎撃の準備を始める。壁の上に等間隔で陣取り、討ち漏らす隙間が少なくなるようにしているが──

 

「百…二百…ダメだ多すぎる!」

「千はいるんじゃないか!?コレ!」

「こっちの人数は百もないんだぞ!?」

「こんなの、俺達だけで防ぐなんて無理だ!」

 

衛兵の数が少ない事と、防護壁下に集まり出したアンデッドの数に気圧され、衛兵の士気がどんどん下がる一方であった。

 

「狼狽えるな!」

 

警備長が部下に喝を入れる。

 

「三十分もすれば、応援がやって来るはずだ!それまでは我々で食い止めるしかない!我々の後ろには、守るべき多くの市民の命があるんだぞ!」

 

「警備長…!」

 

警備長の励ましが効いたのか、部下達が武器を構える。

 

「防護壁を乗り越えようと登ってきた奴だけを狙って攻撃するんだ!固まって来たら、先頭を押してまとめて落とせ!いいな!?」

 

「「「はい!」」」

 

防護壁下に溜まりだしたアンデッド達を、後から来た他のアンデッド達が踏み台にしながらよじ登って来る。

衛兵達が懸命に迎撃するが、数分もすると疲労が見え始め、動きが鈍くなる。

その反面、疲労しないアンデッド達はどんどん登ってくるため、次第に処理が間に合わなくなってくる。

 

「くそぉ、このぉ!」

「誰かぁ!こっちを手伝ってくれぇ!」

「無理だ!どこもかしこもアンデッドだらけで手が離せない!」

 

劣勢になり始めた衛兵達。流石の警備長も、大事な部下達を死なせないために、撤退を視野に入れ始めた時だった。

 

「大丈夫か、お前達!加勢に来たぞ!」

「手伝いに来たわ!」

 

11人の全身フルプレートの竜騎士達が駆けつけてきた。

 

「アンタらは!?」

 

「主人の命令で加勢に来た護衛兵だ。」

 

「主人?主人って誰だ!?」

 

「話は後だ!今はアンデッドを食い止めるのが最優先だろう!」

 

そう言うと、竜騎士達はそれぞれの武器を構えながら、防護壁の上からアンデッドの群れの中に飛び込んでいく。

 

「ちょっ!?アンタら!そんな事したら危な──」

 

衛兵達が驚きながら、アンデッドの中に飛び込んだ竜騎士達の安否を確認するが、すぐにそれが無駄だと知る。

 

灰色の竜騎士(ファフニール)は、堅実な動きで地味ではあるものの、大剣を1振りする度にアンデッド数体を確実に狩っていく。

 

真紅の竜騎士(バハムート)は、炎を纏った拳でアンデッド達を殴り飛ばしながら、周囲にいるアンデッドも焼き払っていく。

 

茶色の竜騎士(ナーガ)は、地面から土を吸い上げ、巨大な手を形成し、アンデッド達を叩き潰す。

 

黄緑の竜騎士(リヴァイアサン)は、毒沼のような水溜まりを自分の周囲につくり、生者の気配に釣られて寄ってきたアンデッド達を誘い込み溶かしている。

 

青色の竜騎士2人(青龍・黄龍)は、足からバチバチと火花のような電気を発しながら、目にも留まらぬ速さで移動しつつ、レイピアでアンデッドを串刺しにしていく。

 

紫の竜騎士(ウロボロス)は、狂戦士のような荒々しい動きで薙刀を振るい、アンデッドを切り払っていく。薙刀の刃の部分には、闇の炎の付与(エンチャント)がかかっているのか、切られたアンデッド達が黒い炎に包まれて焼け死んでいく。

 

水色の竜騎士(ティアマト)は、水の壁を作り、そこに入り込んで動きが鈍くなったアンデッドの頭を拳で破壊していく。

 

白と金が入り交じった竜騎士(神竜/ゴッドドラゴン)は、

神聖魔法<聖域(サンクチュアリ)>を唱えて、自分の周囲に神聖な領域を作って味方の安全地帯を確保している。その領域に入り込んだアンデッド達は、一瞬で浄化され消えていく始末である。

 

緑の竜騎士(ヤマタノオロチ)は、刀を1振りする度に風の斬撃が巻き起こっており、攻撃範囲内にいるアンデッド達が見えない斬撃によって切り刻まれて薙ぎ払われている。

 

白の竜騎士(白竜)は、地面を滑りつつ、アンデッド達を凍りつかせながら、踊るように白い槍を振るい、アンデッド達を叩き割っている。

 

竜騎士達が次々と、アンデッド達をなぎ払い、屠っていく。その姿を見た兵士達が驚愕しながら歓声をあげる。

 

「すげぇ!何なんだアイツら!」

「アンデッドの群れをものともしねぇ!」

「心強い!これなら何とかなるぞ!」

 

竜騎士の1人が衛兵達に向かって指示を出す。

 

「我等が防護壁の下でアンデッド達を引きつける!アンタらは、我等が討ち漏らした敵を倒してくれ!」

 

「わかった!だが、無理はするなよ!」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

◇冒険者組合◇

 

 

「墓地にいたアンデッドの数は、私の見立てでは二千はいたと思う。」

 

「二千だと!それは本当かね!?」

 

二千という数を聞いて、その場にいた冒険者達からどよめきが上がる。

 

「本当だ!嘘だと思うのなら、誰か手の空いてる冒険者を調査に行かせたらどうだ?まぁ、後十数分もすれば、墓地の衛兵が知らせに来るだろうが。」

 

その場にいた冒険者達がざわざわと話出すなか、1人だけリュウノに疑いの目を向ける人物がいた。

 

「もっとマシな嘘をついたらどうだ?黒騎士女。あそこの墓地にアンデッドが大量に出現した事なんて1度もない。毎日定期的に冒険者が見廻りしてアンデッド達を駆除して──」

 

「アンデッドが大量発生したのは、ズーラーノーンという組織が原因だ。」

 

リュウノはイグヴァルジに突っかかる事なく、組合長に向かって報告を続ける。

 

「ズーラーノーンだと!?確か、アンデッドを使って悪さをするテロ集団だったな。」

 

「奴らは今、共同墓地奥にある霊廟前でアンデッドを大量に召喚する第7位階魔法『不死の軍勢(アンデス・アーミー)』を発動させる大儀式を行っているんだ!」

 

驚愕の情報に、その場いる皆のざわつきがより一層酷くなる。しかし、イグヴァルジはまだ信じない。

 

「第7位階だぁ!?とうとう頭がおかしくなったか?第7位階の魔法なんて存在するわけ──!」

 

「こうしてる間にもアンデッドがどんどん増えていく。早く手をうたないと、被害がさらに広がるぞ!」

 

リュウノは強く訴えかけるが、組合長は迷っている。

 

「黒騎士女、いい加減にしろ!そんな話、誰も信じる訳──!」

 

「それに、奴等はヴァンパイア達とも手を組んでる!私達冒険者がズーラーノーンと墓地でやり合ってる隙に、ヴァンパイア達がポーションの破壊と市民を襲う計画を企ててる!駐屯基地の軍兵と一致団結しなければ、エ・ランテルはお終いだぞ!」

 

俄然、イグヴァルジの文句を無視しながら、リュウノは真剣な雰囲気で言い続ける。そんなリュウノの様子を、プルトンは注意深く観察するが、彼女が嘘をついてるようには思えなかった。

 

「…どうしますか?都市長。」

 

「う、ううむ…」

 

パナソレイが決定を出せずに悩んでいる様子を見たイグヴァルジは、ニヤケながらリュウノに向かって言う。

 

「ハッ!見ろ!組合長も都市長も、アンタの話が信じられないってよ!」

 

リュウノは周囲を見る。周りにいる人間達全員も、リュウノの報告に半信半疑といった表情をしている。

 

イグヴァルジがトドメと言わんばかりに捲し立てる。

 

「誰もアンデッドであるアンタの言葉なんか信じないんだよ!アンデッドはアンデッドらしく、墓にでも入って死んでろ!」

 

「お前ぇぇ!」

 

頭に怒りが上り、剣を抜こうとするたっち。しかし──

 

「やめて、たっちさん。」

 

リュウノが手で制す。

 

「別に私、怒ってないから。」

 

「でも!あんな事言われて──!」

 

「いいから!」

 

リュウノに強く言われ、たっちが剣から手を離す。それを確認したリュウノは、イグヴァルジの方を向く。

 

「私がアンデッドだから…信じられないのか?」

 

「当たり前だろうが!生者を憎むアンデッドの言葉なんか、信じられる訳ないだろ!」

 

「なら…アンデッドでなければ信じるんだな?」

 

「はぁ?それはどう言う──」

 

困惑しているイグヴァルジをよそに、リュウノは鎧を全て外した。一瞬で鎧が消え、焦げ茶色の鱗をした褐色肌の竜人の姿を皆に曝け出す。

 

「なっ…!?」

 

リュウノの正体を知った人間達が驚きの声を上げる。

 

「私はアンデッドではなく竜人だ。この見た目、見覚えある奴等も居るんじゃないか?特にリィジー・バレアレ、アンタは良く知ってるだろ?」

 

「お主、あのデュラハンが連れていた竜人の知り合いか?」

 

「ブラック達だな。アイツらは私の妹達だ。」

 

「なんと!それは本当かい!?」

 

「ああ。だが、今はその話をしている暇はない。アンデッドではない事を証明したんだ。これで信じてもらえるか?」

 

リュウノはイグヴァルジの方を見ながら確認をとる。

 

「待て!お前、頭がなかったろ?あれはどう言う事だ!」

 

「ん?ああ…あれは私のタレント能力さ。ほら、胴体に鎧を着ると体が消えるだろう?幽霊(ゴースト)みたいに。」

 

鎧を着けたり外したりする度に、リュウノの体が消えたり現れたりする。

 

「私は鎧を着ると、体が幽霊(ゴースト)化するタレント能力なんだ。」

 

幽霊(ゴースト)化のタレント能力だと!?」

 

まさかの事実に、その場にいた全員が驚く。

 

「誤解を招いた事は謝ろう。あの時は、皆になめられるのが嫌で、ちょっと怖がらせるためにやった悪ふざけだったんだ。すまなかった。」

 

リュウノは頭を下げて謝る。

そして頭を上げると、プルトンの方を向く。

 

「今、私の部下達が必死にアンデッドの群れを抑えている。私もこれから墓地に向かい、部下達と合流します。」

 

そう言うと、リュウノは出口の方を向く。

 

「伝える事は全て伝えた。後はアンタら次第だ。たっちさん、行くぞ!」

 

「はい!行きましょう、リュウノさん!」

 

リュウノとたっちは、外へと走り去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

─冒険者組合・屋上─

 

 

「──はい。たった今、リュウノ様とたっち様が冒険者組合を出て、墓地の方へ向かわれました。」

 

『──そうですか。今、私達もエ・ランテル内に入ったところですよ。人間達の様子は?──』

 

「半信半疑といった感じでございます…。リュウノ様は真実を告げていらっしゃったのに、それを信じないとは!ましてや、下等生物ごときがリュウノ様にあのような無礼を振る舞いを!やはり人間は皆殺しにした方がよいのでは?ウルベルト様。」

 

『──駄目ですよ、デミウルゴス。それは()()()()。今は、リュウノさんとたっちさんが()()()()()事が大事ですから。──』

 

「か、畏まりました、ウルベルト様。」

 

『──あ!そうだ!デミウルゴス、お前に追加でやってもらいたい仕事があるのですが?──』

 

「お任せ下さい!このデミウルゴス、どのような任務でも全身全霊でやらせていただきます!」

 

『──そうかい?なら、仕事の説明だ。と言っても凄く簡単な仕事だよ?お前には、この世界に魔王を生み出してもらいたいのさ!──』

 

「─ッ!」

 

『──もちろん、魔王は私だ。さあ、デミウルゴス…ここまで言えば、お前ならば理解できるだろう?私の期待通りの働きをしてくれると信じているよ、デミウルゴス。──』

 

「はい!お任せを!このデミウルゴス、この命にかえましても、任務を果たさせていただきます!」

 

『──フフッ。ええ…期待してまっていますよ。では…──』

 

悪魔であるデミウルゴスは笑っていた。

─自分の創造主から、圧倒的な期待を持っていただけている。─

ならば、その期待に答えるのが下僕としての喜びだからだ。

 

建物の屋上から悪魔が見下ろす。今まさに、最悪の知らせを伝えに来た衛兵が冒険者組合に入って行ったところだった。

 

「さあ、冒険者の皆さん。仕事の始まりですよ。精々リュウノ様達を英雄として崇めて下さいね。」

 

 



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第30話 悪魔の企み

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◇エ・ランテル・夜◇

 

 

リ・エスティーゼ王国有数の巨大な城塞都市エ・ランテル。その日、都市の各地に設置されていた警鐘が鳴り響いた。都市に住む人々は、王国と敵対している国家による襲撃だと最初は予想した。

しかし、駆けつけた兵士達から、『西地区の墓地にアンデッドの大軍が現れた』と説明を聞いて、都市に住む人々は即座に避難を開始した。

相手が人間なら殺されずにすむ可能性もあるだろう。だが、相手がアンデッドなら確実に殺される未来しかないからだ。

兵士の避難指示に従い、人々は西地区から最も遠い東地区の避難所へと移動する。皆、不安な表情を浮かべているものの、人々は希望的観測を期待していた。

 

─事態が収束するまでの一時的な避難─

─冒険者や兵士達が解決してくれる─

─自分達は安全な場所で待てばいい─

 

誰もがそんな気持ちで居たであろう。

 

しかし──

 

人々の期待はあっさりと裏切られた。

大半の市民の避難が完了し、市民を守る為に配備された兵士達とカッパーとアイアンの冒険者達が警護していた避難所は、安全な場所から一転して最も危険な場所と化したからだ。

 

 

何故なら──

 

 

「申し訳ありませんが、ココは我々悪魔が包囲させていただきました。抵抗するものは容赦なく殺しますので…どうか大人しくしていて下さいね?」

 

悪魔の軍勢により、避難所は包囲された。

警護の兵士や冒険者達は、悪魔の放った『平伏したまえ』という言葉だけで一瞬で無力化された。

避難した人々は逃げる事も助けを呼ぶ事もできず、ただ従うしかなかった。人々は、悪魔を率いるリーダーらしき人物を見つめる。

 

自分を悪魔と語る人物は、仮面で顔を隠しているため表情は窺い知れない。

服装は南方で着用される服の一種であるスーツを身に纏っている。着用するスーツは遠くからでも仕立ての良さが分かり非常に高い技術で製作された物だと見てとれた。

腰の後ろから尻尾が出ている事が、その人物が人間ではない事を証明していた。

 

「私の名は…『ヤルダバオト』と言います。魔王と呼ばれた魔神によって作り出された悪魔でございます。以後お見知りおきを。」

 

ヤルダバオトは丁寧な一礼をすると、避難所にいた市民達に言った。

 

「では、手始めに女と子供を攫わせていただきますが…構いませんよね?」

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

─時は少し遡る─

 

 

「まさか、墓地にアンデッドが大量発生するなんて!」

「今までこんな事、なかったのにな…」

「まったくであ〜る。」

「とにかく、僕達も支度を整えて、墓地に向かいましょう!」

 

エ・ランテルに帰還したチーム『漆黒の剣』は、冒険者組合に来ていた。住民に避難指示を出していた兵士から、エ・ランテルで起きている異常事態について教えてもらったからだ。

冒険者組合に到着した『漆黒の剣』は、同伴していたモモンチームと一緒に組合の受付嬢から『対アンデッド対策』に関する説明と指示を受け、墓地へと向かう準備をしていた。

 

現在、エ・ランテルの冒険者達のほとんどが出撃しており、カッパーとアイアンのクラスの冒険者は後方支援、それ以上のクラスは墓地でアンデッドの迎撃を行うよう指示が出されていた。

 

「帰ってくるなりアンデッド騒動とは…。」

「穏やかじゃないっスね…。」

「まぁ、私達は後方支援組ですから、アンデッドはランクの高い冒険者の皆さんにお任せしましょう。」

「残念っす〜…暴れたかったのにな〜。ねー、ナーちゃん。」

「私達が出れば、すぐ終わってしまうもの。」

「皆さんお強いでござるからな〜。」

 

モモンチームはカッパーランクのため墓地に向かう事ができなかった。代わりに、ンフィーレアから、護衛の依頼を続行してもらえないかと頼まれている。

 

「すみません、モモンさん。私達、ここで一旦お別れです。あなた方にも来ていただけたら心強かったのですが、組合の指示では仕方ありませんから。」

 

「お構いなく。私達は、バレアレさんの護衛につく事になってますので。」

 

「そうですか。では、私達は墓地に行ってきます!」

 

「ええ。気をつけて行って下さい。またお会いできた時は、『十三英雄』の御伽噺の続きを聞かせて下さい。」

 

「はい!」

 

『漆黒の剣』のメンバーは冒険者組合を出て墓地へと出発した。それを見送ったモモン達は、ンフィーレアとの再会を喜んでいたリィジーの元に向かう。

モモン達が来た事を確認したンフィーレアは、リィジーにモモン達を紹介する。

 

「お主らが孫を護衛してくれたのか。すまないのぉ〜…オマケに、引き続き護衛をしてくれるとは。」

 

「はい。お孫さんにお願いされましたから。」

 

「お婆ちゃんがヴァンパイアに狙われる可能性があるらしいとの事で、僕の方からお願いしたんだよ。」

 

「安心して下さい。ヴァンパイア程度、私達の敵ではありませんから。」

 

モモンが自信たっぷりに言う。無論、モモン達がこんなに余裕な態度なのはヴァンパイア達の強さを事前に知っているからだ。

 

そんな自信たっぷりに答えるモモン達を見て、ンフィーレアはモモンの言葉に嘘偽りがないと確信している。

理由は、薬草採取の依頼での旅でモモン達の実力の高さを実際に確認できていたからだ。

 

旅の途中、ゴブリンとオーガの群れに遭遇した事があり、その時の戦闘は凄いものであった。

 

所持している二刀のグレートソードでオーガを次々と斬り倒したモモン。

神官でありながら、オーガを殴り飛ばしたルプ。

的確な射撃で近づくゴブリン達を狙撃したペロロン。

圧倒的な魔法でゴブリンやオーガを迎撃したウルベルとナーベ。

 

その戦いぶりは、とてもカッパーの冒険者とは呼べないものであり、ミスリル以上のランクの冒険者だと誰もが思ってしまう程であった。シルバーのランクの『漆黒の剣』ですら、頭が上がらなくなる程だったのだ。

 

「ですがモモンさん、本当に申し訳ありません。カルネ村から帰ってきたばかりなのに、引き続き護衛をお願いする事になってしまって。」

 

「いえいえ。元からそういう依頼でしたし。最後までお供しますよ。」

 

「本当ですか!ありがとうございます!モモンさん!」

 

ンフィーレアの顔が明るくなる。モモン達の実力の高さをしってるンフィーレアは、モモン達が護衛についてくれた事を心強く思っているのだろう。

 

「では、早速で悪いんじゃが、まずはワシ等と一緒に店に行って荷降ろしを手伝ってくれぬか?荷物を降ろした後、荷馬車にありったけのポーションを積んで墓地にまで運ぶ予定じゃ。戦いで傷ついた奴らを治療してやる必要があるかもしれんからのぉ。」

 

「わかりました。では行きましょうか、バレアレさん。道中、ヴァンパイアが襲って来たら返り討ちにしてあげますよ。」

 

「ふぉっふぉっふぉっ!それは頼もしいのぉ!」

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

この異世界には、たくさんの『御伽噺』が存在する。その中でも『十三英雄』の御伽噺は有名であり、多くの若者達が憧れる伝説となってもいる。

 

──『十三英雄』──

二百年ほど前に活躍した御伽噺で語られる英雄達である。

かつて、悪魔の王的存在「魔神」が配下の悪魔を引き連れ世界を滅ぼしかけた。魔神との戦いは種族の垣根を越えた戦いであったために数多くの人間以外の英雄が存在していた。最終的には十三英雄が天界から9体の女神を降臨させ滅ぼしたということになってはいる。(封印したとも言われている。)その戦いの傷跡が、今なお残る場所もある。

人間を重視する者達からすればあまり多種族が活躍したという英雄譚を流されたくなかったので、人間以外の英雄たちが英雄譚の中に名前が上がらなくなっている。そのため、本来は13人以上の英雄が居たとも噂されている。

十三英雄の最後は、『神竜』との戦いであり、相打ちとも敗北したといわれている。戻ってきた13英雄は黙して語らず、真相は闇の中となっている

 

その十三英雄の中でも、子供達に人気なのが『黒騎士』または『暗黒騎士』と呼ばれている英雄だ。『四大暗黒剣』の所持者で、『悪魔との混血児』と言われているが、英雄譚では故意に隠されたりしているので、謎が多い英雄でもある。

四大暗黒剣の名前は、邪剣・ヒューミリス、魔剣・キリネイラム、腐剣・コロクダバール、死剣スフィーズという。

 

『黒騎士』が人気の理由は色々あるのだが、王国有数のアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』のリーダーが四大暗黒剣の一つを所有している事による影響が1番デカい。御伽噺の英雄の武器が実際に存在する。それだけで、その英雄が実在したという証明になるのだから。なにより身近に感じるおかげで受け入れやすいというのもあるかもしれない。

 

そんな英雄の『御伽噺』に影響を受ける冒険者も少なからずいる。例えば──そう──とある四人組の冒険者チームもそうだった。

 

 

 

 

シルバー級冒険者チーム『漆黒の剣』は墓地へと急いでいた。

カルネ村から約1日かけて歩いて帰還したばかりであり、本来なら宿屋などで旅の疲れをとっているはずだった。

しかし、今は街中パニック状態であり、ゆったりできる状況ではない。

 

 

──『漆黒の剣』──

エ・ランテルを拠点に活動している、銀級冒険者チームのチーム名である。

チームの名前の由来は、13英雄の1人、『黒騎士』または『暗黒騎士』と呼ばれていた人物が持っていた4本の魔剣をメンバーのニニャが「欲しい」と言いだしたことで決まり、これをメンバー全員で持つことを夢見ている。

しかし、既に4本の内の2本が他の人によって見つかっており、彼等の夢が叶う可能性はほとんどなくなった。

 

1本目は『蒼の薔薇』のリーダーが。

 

そして──2本目の剣である『邪剣・ヒューミリス』は、ドラゴンとの戦いで得たと自慢していた女性が。

 

エ・ランテルに帰るまでの道中、一緒に行動していたモモンチームと会話しながら、『十三英雄』の御伽噺と、新たに見つかった『暗黒騎士』の2本目の剣と、それを所有していた人物『リュウノ』に関して色々話す機会があった。

 

モモンさんやペロロンさんはあまり話に乗ってこなかったが、ウルベルさんだけは興味津々であり、『暗黒騎士』が「悪魔との混血児である」と教えると、ものすごく嬉しそうだったのだ。

しかし、ウルベルという人物は、やたら細かい部分を気にする性格だったらしく──

 

「その暗黒騎士は悪魔の血が入っていたにもかかわらず、英雄側に味方したのですか?」

「魔神側は悪魔を従えていたのに、暗黒騎士が敵対する理由がわかりません。」

「暗黒騎士の剣が1箇所にまとめて保管されてないのも気になりますねぇ。」

 

など、『暗黒騎士』に関して細かく質問してきたり、疑問を投げかけたりしていた。

そんなウルベルさんと会話している中で、話の話題がリュウノさんの事になったとき、ウルベルさんが妙な事を言ったのだ。

 

「暗黒騎士の正体がリュウノさんだったらどうします?」

 

という質問だ。

最初は即座にありえないと否定した。

十三英雄の御伽噺は200年も前の話であり、それに対してリュウノという女性は18歳前後に見えた。年齢的に無理がある。

しかし、見た目の年齢は当てにならないとウルベルさんは言う。

 

「暗黒騎士の娘という可能性もあるのでは?悪魔の血が混ざっているのなら、エルフ族のように長寿の可能性もありますよ?」

 

今度は否定しにくかった。暗黒騎士が子孫を作る可能性をまったく考えていなかったからだ。それに、長寿という可能性は大きくありえる。

バハルス帝国には、200年以上生きてる大魔術師(マジックキャスター)の人間が現存している。なら、リュウノという女性が暗黒騎士の子孫という可能性もありえるのだ。

 

「オリハルコン級の冒険者であり、ドラゴンを倒せる程の実力者であるリュウノさんが無名の冒険者というのも変です。昨日の夜、彼女は自慢気にいろいろ武勇伝を語っていましたが…よく考えればおかしな部分だらけです。あれだけの活躍を1人で行っておきながら、彼女はオリハルコン級止まりの冒険者です。アダマンタイト級冒険者なら納得できる武勇伝ではありますがね。召喚士としての才能もあるのに、矛盾する部分が多すぎると思いませんか?」

 

ウルベルさんの疑問、それに自分達も同意したくなる。リュウノという女性が何者なのかわからなくなってきたからだ。

 

「彼女は、国王陛下の直筆の書文と義援金をカルネ村に届けに来ましたが、そもそも冒険者に依頼するのも変では?国王陛下の顔を立てるのなら兵士に輸送させるはずです。無名のオリハルコン級冒険者に依頼する理由がわからないのですよ。」

 

深まる謎。リュウノという女性の正体は何なのか。チームのメンバーで予想し合っても答えは出ない。

だが、ウルベルさんは既に理解したと言わんばかりの表情をしている。

 

「ただ、逆に言うのであれば、彼女は国王陛下からそれだけの信頼を得ている人物とも言えます。そこで私は思いました。彼女は、暗黒騎士と王族の間にできた隠し子ではないかと!」

 

流石にその可能性は低いだろうと思った。

王族の血が混ざっているのなら、自分達では想像がつかない程の贅沢な生活をしてきているはずだ。そんな女性が、カルネ村の貧相な食事を美味しそうに食べる訳がない。

 

「そうですか…ありえないですか…」

 

自分の予想を否定されたのがショックだったのか、ウルベルさんが少しだけ落ち込んだ表情をしていた。

しかし、すぐに立ち直り、こう言ったのだ。

 

「まぁ、リュウノさんとはまた何処かですぐ会える気がします。その時、本人に直接聞くのが1番でしょう。」

 

何故すぐ再会できると思ったのかは謎だった。でも、ウルベルさんの言うとおり、また彼女に会えたら自分達からも質問してみよう。その時はそう思った。

 

まさか──

 

向かっていた墓地にて、彼女と再び再会できると誰が予想できただろうか。ましてや、彼女が黒い甲冑を見に纏い、『邪剣・ヒューミリス』を振り回しながらアンデッドの軍勢に果敢に切り込んで行く姿を見る事ができるなんて。

 

無論、最初は誰かわからなかった。防護壁の上から観戦していた冒険者達に尋ねると、皆が『リュウノ』という名前を出したのだ。しかも、その『リュウノ』という人物とその仲間達が、アンデッドの軍勢のほとんどを蹴散らしていき、集まった冒険者達のほとんどが無傷で済んでいるという状況まで教えられた。

 

その時、ウルベルが言っていた言葉を思いだしたニニャが仲間に質問する。

 

「暗黒騎士の正体がリュウノさんかもしれないって話、ホントだったらどうする?」

 

ニニャの言葉に、ペテルもルクルットもダインも返事を返す事ができなかった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

そして現在──リュウノ達は、二千ものアンデッドの軍勢のほとんどを倒し、残り百体程の骸骨(スケルトン)の弓兵、騎兵、魔法使いの残党を処理している最中だった。

 

「オラァァ!」

 

黒騎士装備のリュウノが、騎兵の群れに正面から突撃して薙ぎ倒していく。その突進の速度は凄まじく、イノシシや馬、下手をすれば──人が手懐けられる陸上にて最速の馬──スレイプニールより速いと誰もが感じただろう。

 

騎兵の後ろに陣取っていた弓兵や魔法使い達がリュウノを攻撃するが、リュウノの足元から伸びた影がリュウノを覆いアンデッド達の攻撃を全て防ぐ。そのままリュウノがその軍勢に飛び込み切り払って一掃していく。

 

薙ぎ倒された騎兵達は起き上がる間もなく、リュウノの部下達にトドメを刺され倒れていく。

 

まさに圧勝と言うべき戦いであった。

 

 

「こんなものか。大体は掃除できたかな。」

 

墓地にいたアンデッド達の軍勢はほぼなくなり、後は散りじりになった生き残りのアンデッドがいるだけとなった。

 

「主人よ!残りは我等が片付けますゆえ、主人はゆっくりお休みを。」

 

竜王達が自分を気遣ってくれるのは、私が疲労を感じる肉体になっているからだろう。先に戦いを始めていたのは彼等のはずだが…せっかくの気遣いだ。甘えても良いだろう。

 

「ん…わかった。後は頼む。たっちさん、私達は休憩しよっか。」

 

「え…っと、良いんですか?」

 

「大丈夫だよ。」

 

墓地にいるアンデッド達は自分が召喚したものだ。襲撃のタイミングも自由にできる。なら、少しくらい間をあけても大丈夫だろう。

 

「手伝ってくれた冒険者の人達に、一応礼を言わないとね。」

 

「ほとんど私達で片付けてるんですが…」

 

衛兵から知らせを受けて駆けつけた冒険者達は、防護壁の上に陣取ってアンデッドの軍勢を迎撃する作戦をたてていたが、リュウノ達が墓地内でアンデッド軍勢を相手にしたため、彼等の所にまで到達できたアンデッドは少数という結果に終わっている。

組合長のプルトンとラケシルまで参戦したにもかかわらず、彼等の出番はほぼなく、リュウノ達の戦いを防護壁の上から眺めるだけとなってしまっていた。

 

「なら、恩着せがましい態度をとってもいいんじゃね?これからやってくる追加の軍勢はちょっとだけ強くしてるし。」

 

たっちと共に、防護壁に向かって歩く。そして、防護壁の上で防衛に専念していた冒険者達に向かって言う。

 

「皆さん、ご協力感謝する。おかげでアンデッドの処理がだいぶ楽になった。」

 

「何を言う、リュウノ君。君達が居なければ、我々だけでは防ぎきれなかったかもしれない。こちらからも礼を言わせてもらうよ!」

 

冒険者達を代表して、組合長であるプルトンが礼を言ってくる。

組合長がわざわざ礼を言うという事は、少しは私の評価が上がったか、信用してくれているという事だろう。

 

リュウノは近くにあった墓石に腰掛け、胴体と頭の装備を外し、竜人の姿を晒しながら一息つく。

 

「少し休憩したら、墓地の最奥にいるであろうズーラーノーンの奴らを捕まえに行きましょう。彼等の計画は、ほぼ防げたようなものでしょうから。」

 

「そ、そうだったな。ズーラーノーンが今回の件の首謀者だったな。」

 

アンデッドの軍勢を退治して安心していたのだろう。組合長は、元凶であるズーラーノーンの事を忘れていたようだ。

 

無理もないか…そう納得しながら休んでいると、防護壁の門が開く。

 

「おい、黒騎士女。」

 

「む?」

 

イグヴァジルを筆頭に、3つのミスリル冒険者チームが防護壁の門を潜り、リュウノの前にやってくる。相変わらずイグヴァジルはリュウノを睨みつけ、敵視するような姿勢をしているが、少しだけ申し訳なさそうな表情も混ざっている。

 

組合での出来事を知っている組合長達は、イグヴァジルがリュウノに近づくのを心配そうに眺めている。

 

イグヴァジルはリュウノの前に立つと、少し悔しそうにしながら頭を下げた。

 

「アンタが言ってた事…本当だったのに…疑ってすまなかった。」

 

謝られた。あれだけ疑いまくっていた人物が謝るという事は、冒険者達からの信用を得ていると判断してよいのだろう。

 

「別に。謝る必要はないよ。えーと…」

 

気さくに返事を返そうとして気づく。

 

「(コイツの名前なんだっけ?確認してなかったー!)」

 

そもそも組合長のプルトン以外と自己紹介をしていない。アンデッド出現の報告でも、組合長の隣に偉そうな人物が2人くらい座っていたが…片方は都市長という言葉が出たぐらいで名前を全く確認していなかった。

 

──後で確認しておこう──

 

そう考えながら、リュウノは尋ねる。

 

「そう言えば、アンタの名前を聞いてなかったな。私はリュウノ。いい加減、互いに名前で呼ぶようにしないか?黒騎士女とか言われるの、そろそろ嫌になってきたところだし。」

 

「そ、そうだな。俺の名はイグヴァジルだ。リュウノさん…その…あれだ…。」

 

イグヴァジルが何か言い難い事を言おうとしてるのが伝わるが、だいたい察しがつく。

 

死ねとか言われた事は気にしてない。」

 

「───ッ!」

 

図星だったのだろう。イグヴァジルの顔が一瞬強張るが、リュウノの言葉の意味を知って、安堵する表情になる。最初は睨み顔だったイグヴァジルの表情が、今では申し訳ないという雰囲気に変わっている。

 

「酷い事言いまくったのに…責めないのか?アンタは…。」

 

「イグヴァジルさんが私達と一緒にエ・ランテルを救うために戦ってくれるって言うなら、責めないが?」

 

意外な返事に戸惑いを見せるイグヴァジルに、リュウノは笑いながら言う。

 

「もう既にアンタは謝った。なら、これ以上言う事はないさ。後は行動で示してくれればいい。それだけ。」

 

「そうか…わかった。じゃあ、俺達も手伝わせてくれ。アンタらの休憩が終わったら、一緒にズーラーノーンの奴らを捕まえに行く。それでも良いか?」

 

「ああ。構わないさ。なら、改めてよろしく、イグヴァジルさん。」

 

「ああ、よろしく。」

 

イグヴァジルと握手を交わす。

親睦を深める事ができて、内心安堵しているのは自分の方だ。人間にバケモノと言われるくらいなら耐えられるが、死ねとか言われるのは流石に不快にはなる。デュラハンの状態だとまた違う気持ちになるかもしれないが、今の自分はアンデッドではないのだ。

 

イグヴァジル達が立ち去るのを眺めていると、たっちさんが待っていたかのように話しかけてくる。

 

「リュウノさん…意外にあっさりしてますね。根に持たないのですか?」

 

傍に居たたっちが不思議そうに言う。それに対して、リュウノは暗く悲しそうな雰囲気の表情をする。

 

「言葉の重みは理解してる。私にはそれがわかる。言いたい事を直接伝えられない辛さを…私は知ってるから。だから、今まで行動で示してきた訳だし。」

 

喋る事ができない、謝罪の言葉が言えない。そんな時、自分はいつも相手に頭を下げて謝罪の意思を伝えてきた。イグヴァジルも1番最初に頭を下げて謝ったのだ。なら、これ以上責める事はできない。

 

「イグヴァジルさんが本当に謝る意思があるのなら、私達と一緒に戦ってくれるだけでいいんだよ。それだけで、私達の事を受け入れてくれているという意味になるからな。」

 

「ユグドラシルでも…そういう感じで?」

 

「どうかな。あっちとコッチじゃ、いろいろ条件が違うからな。その場その場で自分なりのやり方をやってるだけ。」

 

「そうですか。リュウノさんは凄いですね。羨ましく思いますよ。人間ではない姿で、人間達から受け入れてもらえるんですから。私は未だに正体を隠したままなのに…」

 

ギルドメンバーの中で唯一異形種の姿で活動しているのは未だに自分だけである。人間の姿になっておきながら、結局竜人という設定で人前で活動してしまっている。ギルドメンバーから許可を得ているものの、この先どうなっていくかは予想がつかない。

デュラハンの勝、人間のリュウノ、竜人のリュウノという三役を演じてしまった以上、上手く誤魔化していくしかない。

 

「たっちさんもその内、正体を明かしても大丈夫な時が来ると思うけどな。」

 

「そうでしょうか…昆虫系の異形種ですよ、私。リュウノさんより人の形をしていない種族ですよ?」

 

「アンデッドよりはマシだと思うけどな〜。人間を襲う存在ではないとアピールすれば──ん?」

 

たっちと会話している最中に、門のほうから走って来た人物達がいた。その人物達に、リュウノは見覚えがあった。

 

「リュウノさん!」

 

「げぇ!?漆黒の剣!」

 

カルネ村で出会った冒険者達だ。

 

「(まずい!漆黒の剣の皆には、人間の姿を知られているし、今の姿を見られるのもまずい!組合長達に私が人間だったという情報が伝わるのは、ややこしい事態を招く結果になりかねない!)」

 

慌てて鎧を着込む。竜人の姿を隠すつもりでやったが、もしかしたら見られていた可能性が高い。

 

「リュウノさん!リュウノさんですよね!?」

 

「や、やあ。ペテル君だっけ?カルネ村からエ・ランテルに帰ってきてたのか。」

 

「はい!リュウノさんの戦いぶり、防護壁の上からたっぷり見させていただきました。とても凄かったです!」

 

目を輝かせながら言うペテル。後ろにいるペテルの仲間達も同じような目をしている。

 

「そ、そう?あんまり大した事してないけどなぁ、私は。」

 

「よく言うよリュウノちゃん。流石、ドラゴンを倒すだけの実力者だ。惚れちゃいそうだったよ。」

 

「やだなぁ〜ルクルット君。そんなに褒めないでよ〜。」

 

「流石はオリハルコン級の冒険者…おや?リュウノ殿のプレートがアダマンタイトのプレートに…」

 

「ウソ、本当に!?あ!本当にアダマンタイトのプレートになってる!」

 

ダインがプレートの違いに気づいてしまい、漆黒の剣の皆がリュウノに殺到する。

 

──意外に目敏いな、コイツら!──

 

カルネ村の時との種族の違いやプレートの違い、格好の違いをどう説明しようか悩むリュウノに、さらに追い討ちがかかる。

 

「君達はリュウノ君と知り合いなのかね?」

「漆黒の剣、お前らリュウノさんを知ってるのか?」

 

漆黒の剣と顔見知りである組合長とイグヴァジルを筆頭にしたミスリル冒険者チーム達が集まってくる。

 

──組合長とイグヴァジルさん達まで来ちゃたよ!どうしよう…説明がさらに困難に!──

 

「主人よ、残党処理が終わりました。」

「ご主人様、次の指示をお願いします。」

 

──竜王達まで!くっそー!今それどころじゃないのに!───

 

「リュウノさん、カルネ村の時と、その…格好が違いますね。」

「リュウノちゃん、顔を見してくれよー。またリュウノちゃんの可愛い顔が見たいなー。」

「リュウノ殿、いつの間にアダマンタイト級冒険者になったのであ〜る?」

「リュウノさん、あの騎士達は?それに主人とかご主人様とか言われてますが…」

 

1番説明に困る部分ばかり気にしてくる漆黒の剣に、リュウノは焦りまくる。

 

「(くそ!ヤバイヤバイヤバイヤバイ!ますますややこしい事態になっていく!こうなったら、追加のアンデッド達を登場させるしかないか!?)」

 

モモンチームがバレアレ家親子と共に墓地を目指しているのは、ヴァンパイア達を通じて確認済みだ。できる事なら、モモンチームが到着してから計画の第2段階を開始したいのだ。

 

「えっとね…今はいろいろ事情があって…そのー、あのー…」

 

言葉を濁して誤魔化そうとした時だった。

 

「おやおやおや?黒騎士様、正体を明かさないのですか?」

 

少し離れた上空から、聞いた事がある声がした。見上げると、デミウルゴスが悪魔を思わせる仮面を付けて上空に居た。

 

「(デミウルゴス!?何故ココにいる?というか、悪魔のお前が人前に姿を現すのはまずいだろ!)」

 

リュウノは困惑する。デミウルゴスが現れた理由が全くわからないからだ。

たっちも困惑しており、リュウノに小声で確認をとってくる。

 

「何故デミウルゴスが居るんです!?」

「私が知るか!私も困ってる!」

 

デミウルゴスの登場なんぞ、計画の内にはない。

 

──まさか、ウルベルトさんの指示か?──

 

ありえるのはギルドメンバーの誰かがデミウルゴスに指示を出した可能性だ。なら、間違いなくウルベルトさんが第一候補に来る。

 

思考を張り巡らせていると、周りがざわざわと騒ぎ出した事に気づく。

 

「あれは何かね?リュウノ君の知り合いかね?」

「いえ…知りませんね。たっちさんは?」

「えっ!?いや、私も知りません!」

 

とりあえず、組合長にウソをつく。ここであれを仲間だと言うのは絶対やってはいけない流れだと感じたからだ。たっちにも理解できているあたり、そういう流れなのだろう。

 

周りにいる組合長や冒険者達も、突然現れた人物に困惑している。

 

「誰だ!お前は!?」

 

イグヴァジルが尋ねると、デミウルゴスが丁寧なお辞儀をする。

 

「私は悪魔でございます。名前をヤルダバオトと言います。今回のアンデッド騒動の黒幕…と、言っておきましょう。」

 

「何だと!?悪魔だって!?」

「黒幕とはどういう事だ!ズーラーノーンではないのか!?」

 

──ますますわからん!デミウルゴス、お前は何がしたいんだよ!?──

 

いろいろな事が起こりすぎて、状況を整理する事ができない。なら、向こうの狙いを探るしかない。

組合長や冒険者達を掻き分け、1番前に出てから悪魔に質問する。

 

「おい、悪魔。黒幕といったな?私の調査では、お前の存在は確認できなかった。ズーラーノーンとはどういう関係だ?説明してもらえるかな?」

 

最後の部分を強調させて言う。要は説明してくれと訴えかけたのだ。デミウルゴス──ヤルダバオトも理解したのか、ペラペラと喋りだす。

 

「ええ、構いませんよ。今回、ズーラーノーンとヴァンパイア達を組ませたのは私なのです。彼等を操り、この都市を我がモノにしようと企んだのですが…まさかアダマンタイト級冒険者がエ・ランテルにいるとは、思いもしませんでした。おかげで、私の計画が台無しでございます。」

 

──ふむ?悪役を買って出てくれている感じか?──

 

「それはすまなかったなぁ!私達のせいでお前の企みは無駄になった訳か。で?先程、私の正体をどうたらこうたら言っていたが、お前は何を知っている?」

 

「ハハハ!黒騎士様はとぼけるのがお得意のようですねぇ。流石、十三英雄の生き残り、自分の正体を隠すのが上手いようで!」

 

「リュウノさんが、十三英雄の生き残り!?」

 

漆黒の剣が驚いている。私も驚いている。

 

──何?十三英雄?生き残り?どうゆう事!?──

 

「十三英雄?私が?何故そう思う?」

 

「おやおや?違うと仰るのですか?なら、悪魔である私が説明してさしあげましょう。 貴女様は、十三英雄の一人である『暗黒騎士』では?その黒い甲冑、その黒い大剣はまさに『暗黒騎士』の装備でしょう。そして何より、その人間離れした身体能力!流石、悪魔との混血児!200年という時代を生きてなお衰えない肉体は素晴らしい!」

 

──はぁ!?なんで私が暗黒騎士になるんだよ!いろいろ無理があるだろ、デミウルゴスぅ!──

 

「私が暗黒騎士ぃ?というか、悪魔との混血児だと!?勘違いもいいとこだ。私は…その…竜人という種族なんだからな!」

 

竜人という種族を言った瞬間、漆黒の剣が驚いた声を出したのが聞こえた。人間ではなかったと理解したがゆえの驚きだろう。

 

「おや?悪魔との混血児ではないと?御伽噺でも、貴女は悪魔との混血児だと言われているのに?」

 

「そもそも私は暗黒騎士じゃない。勝手な思い込みはよしてもらおう。」

 

「ふむ…申し訳ありませんが、お姿を拝見しても?」

 

「ああ、構わんとも。そら、どうだ?」

 

鎧を全て脱ぎ、シャドウナイトと合体した竜人の姿を晒す。組合長達は1度見ているため驚かないが、漆黒の剣は目を丸くして驚愕している。

 

「リュウノさんが…人間じゃない!?」

「リュウノちゃん、背中から翼が…」

「驚いたのであ〜る!」

「竜人って、人の姿をしたドラゴンだって聞いた事が…」

 

──こんな形でばらすハメになるとは…ゴメンな、漆黒の剣の皆──

 

「どうだ、悪魔。納得したか?」

 

「ふむ、なるほど。そういう事ですか…」

 

ヤルダバオトはしばらく考え込むと、「わかりました!」と大きな声をだす。

 

「恐らくですが、暗黒騎士を悪魔との混血児だと勘違いした誰かが、御伽噺を作ったのでしょう。貴女が胴体と頭の鎧だけを脱いでる姿を見て、角と翼で悪魔だと思われたのでは?」

 

ヤルダバオトはどうあがいても私を暗黒騎士にしたいらしい。もしかして、私が暗黒騎士じゃないと困る流れなのか?

 

「ありえなくもないが…うーむ…」

 

試しに、胴体と頭以外の鎧を着用する。角と翼だけが見える姿になってみるが、これだけで悪魔と思われるだろうか?百歩譲ってサキュバスならありえなくもないが…

 

「人間と男とサキュバスの間にできた子供…とか言わないだろうな?ヤルダバオトよ。」

 

「御伽噺を作った人物がサキュバスを知っていれば、可能性はあります。」

 

「サキュバスねぇ…もしかして、あの姿が原因か?」

 

あえてデミウルゴスの策にのってみる事にする。

 

「あの姿とは?」

 

ヤルダバオトも興味津々に聞いてくる。

 

「私を悪魔と勘違いする可能性が1番高い姿だ。」

 

「その姿、すぐに見る事は可能ですか?私も勘違いしたままでは恥ずかしいので。」

 

「わかった。おい!お前、ちょっと来い!」

 

ウロボロスに向かって手招きする。リュウノが考える悪魔に近い姿は、ウロボロスと合体した姿だろうと判断したからだ。

 

「主人よ、お待たせしました。」

 

ウロボロスが近くに来た事を確認すると、リュウノはウロボロスの胸に手を当てながら、組合長達の方を向く。

 

「皆聞いてくれ。実は私、もう1つタレント能力があるんだ。」

 

思い切って、タレント能力2つ持ちというとんでもない設定をぶち込んでみる。

 

「何だって!?本当かね、リュウノ君!」

 

組合長達が、信じられないと言わんばかりに驚いている。

 

「ああ。1つは、鎧を着るとアンデッドになるというタレント能力。もう1つは──」一旦言葉を切り、一呼吸置いて「──他の竜人と合体できるタレント能力なんだ。」

 

「合体!?」

 

聞きなれない言葉だったのか、組合長達が首を傾げている。

 

「私の部下も竜人でして。私は部下達と合体する事で様々な姿と能力を使えるようになるんです。それを今からお見せしましょう。」

 

もうヤケクソに近いが、自分の能力を晒すだけなら自己責任で済む!

 

リュウノがウロボロスと合体を始めると、入れ替わるように、竜騎士姿のシャドウナイトが飛び出してくる。

 

「リュウノ様との合体…素晴らしい時間でした…」

 

「あの焦げ茶色の騎士、居ないと思ったら合体してたのか!?」

 

イグヴァジルが飛び出してきたシャドウナイトを見て、驚きの声を上げるが、それはすぐに違うもので塗りつぶされた。何故なら──

 

「これが…(われ)悪魔と勘違いされた原因かな?」

 

──む?ウロボロスの影響か、一人称が…まあ、いいか。──

 

ウロボロスと合体したリュウノの姿は、シャドウナイトの時よりも禍々しい姿になっていた。

 

手足の色が紫色になり、褐色の肌は白人に近い色に変わっている。人間の部分と鱗の部分の境目には、血管のような赤い模様が現れている。

翼はドラゴンと言うよりコウモリに近い形になり、角の形もドラゴンと言うより悪魔に近い形に変形している。

 

なにより──

 

眼球が黒くなり、瞳の色が紫に変わっている。オマケに、体全体から紫色の禍々しいオーラが溢れ出ている。

 

どこからどうみても、サキュバスと悪魔の魔王を混ぜたような姿になっており、竜人ようには見えない。

 

「どうかな、ヤルダバオト。これが悪魔と勘違いされた原因かな?我自身、この姿をするのは久しぶりなのだが?」

 

リュウノ自身も内心、自分の体のあまりの変化に戸惑っている。だが、それっぽい演技をやり通す。

 

ヤルダバオトは、その姿を見るやいなや、片膝をつき忠義の姿勢をとる。

 

「ちょっ!?ヤルダバオト、どうした──」

 

「ぉぉお!その姿、まさしく悪魔の女王にふさわしい姿でございます!」

 

「何ぃ!?」

 

──女王だと?コイツは何を言って──

 

「リュウノ様にお願いがございます!私の主、魔王様の妻になって頂けませんか!」

 

「えっ?……えっ!?妻!?」

 

──デミウルゴスぅぅ!?お前は何を言ってるんだァァ!?──

 

「貴女様であれば、我が魔王様も妻として喜んで下さるかと!」

 

「か、勝手に決めるな!だいたい、お前の主人とやらは何処にいる!?そいつの意見も聞かず、勝手に結婚相手決めるのは、向こうも困──」

 

困るだろう!と、言うつもりだった。しかし、その言葉は、次に現れた人物によってかき消された。

 

「素晴らしい!私の妻にふさわしい女性を見つけるとは!流石が私の優秀な下僕です!」

 

「えっ!?」

「なっ!?」

 

もはや驚き以外の言葉が出なかった。目の前に現れた人物が予想外すぎて、私もたっちさんも驚愕するしかなかったのだから。

 

「あ、申し遅れました。私、ヤルダバオトの主、アレイン・オールドと言います。以後、お見知りおきを。」

 

ウルベルト・アレイン・オールドが、スーツにシルクハット、そしてマントを身につけたバフォメットの顔をした、悪魔の姿で現れたのだ。

 

 



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第31話 後を継ぐ者

[前書き]
今回の話は少し試験的な意味で、『視点』にこだわった書き方をしています。小説創作に対する私の技術向上を兼ねた取り組みのようなものだと、読者の皆様に事前にお知らせしておきます。

後、更新が遅くなって申し訳ありません。


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では、皆様には説明しておきましょう。この私…ヤルダバオトの計画を。

 

まず第一に、リュウノ様とたっち・みー様を英雄にするのが目的でございます。

正体を未だ隠していらっしゃるたっち・みー様は人間だと思われているので問題ないでしょう。このまま計画通りに行けば、たっち・みー様は英雄という立場を確立なさることでしょう。

しかし、竜人という正体を明かし、人間ではない事を証明してしまったリュウノ様は、英雄として扱われない可能性がありました。

 

ウルベルト様の情報によれば、200年程前……この異世界には『十三英雄』という存在が居たそうです。ですが、『人間ではなかったから』という理由だけで歴史から抹消された異形種の英雄も数多く存在したそうです。であるならば、竜人であるリュウノ様も英雄として認められない可能性があった訳です。

 

そこで、ウルベルト様がある提案をなさいました。それは、御伽噺として語られている『十三英雄』の『暗黒騎士』にリュウノ様を当てはめて、人間達に認知させるという提案でした。実際、リュウノ様の防具は『十三英雄』の1人である『暗黒騎士』と思わせるような部分が多く、オマケに『暗黒騎士』が使用していた武器まで入手なさっていました。外見だけなら文句無しの『暗黒騎士』が出来上がっていた訳です。

『暗黒騎士』が人間と悪魔との混血児という情報も、200年程前の人間達がリュウノ様の竜人の姿を悪魔と見間違えた──という事にしてしまえばいい。そうする事で、リュウノ様を『暗黒騎士』に仕立て上げる条件が見事に揃った、という訳です。

 

ですが…まさか──

 

リュウノ様御自身が、悪魔のような姿に変身なさるとは夢にも思いませんでした。そのあまりに美しい姿に、このヤルダバオト……不覚にも見惚れてしまいました。そして思ったのです!

 

リュウノ様こそ、我が創造主たるウルベルト様の子を孕むにふさわしい女性だと!

 

私は、ある事を危惧していました。それは──ウルベルト様やアインズ様といった──至高の御方々であらせられる皆様がナザリックから居なくなってしまうのではと!現に、41人居た至高の御方々のほとんどがナザリックに姿を現さなくなり、お隠れになられました。

 

今ではたったの6人……いえ、つい最近まではアインズ様と勝様だけがナザリックを毎日訪れて下さるくらいで、他の至高の御方々──ウルベルト様やたっち・みー様、ペロロンチーノ様にヘロヘロ様──はまったく姿を現さない日々が続いておりました。

 

いずれは、アインズ様も勝様も……──ナザリックから姿を消し、お隠れになられてしまうのでは?──と、私は思ってしまうようになっていました。

 

無論、いつ帰って下さるかもわからない至高の御方々の帰りを待ちながらナザリックを守護するのも守護者としての務めの1つである事は理解しています。

ですが、そうなると残された私達はいったい誰に忠義を尽くせばよいのでしょう。主の居ない住居を、ナザリックを守り続ける事に意味があるのでしょうか?

 

ですのでせめて子供を──至高の御方々の──子孫を残して欲しい。

後継ぎとなる子供を残して頂ければと、私は思っておりました。

 

最終的に、お残りになられた至高の御方は6名、全てが男性でした。つまり、子供を作るには女性が必要となります。

至高の御方の妻になるにふさわしい存在は、ナザリック内部では──まず守護者統括であるアルベド、次にシャルティア、次にアウラが候補にあがるでしょう。残りは──ブラック達にプレアデスくらいですか。

後は、至高の御方々が気に入られた女性でしょうか。

 

現状のナザリック内部において、ペロロンチーノ様がシャルティアと結婚し、シャルティアを妻にするとおっしゃっていたため、後継ぎ候補となる子供ができる可能性は高くなっております。勝様も、ブラック達三姉妹を部屋に連れ込み、ブラック達にご寵愛をお与えになったと、メイド達から聞いております。

後は、ソルシャンがヘロヘロ様の妻候補になる可能性が高いという情報がナザリック内で噂されている程度であり、アインズ様やたっち・みー様に関しては未だ妻候補をお決めになられた様子はありませんでした。

 

──が!なんと!

 

少し前にアインズ様からナザリックの全守護者に通達がありました。勝様が人間に変身可能な手段を見つけたと。しかも女性に変身したと!

 

私としましては、これはまたとないチャンスが来たと思いました。何故なら、子供をお作りになられるのでしたら、至高の御方同士の間にできた子供が望ましいと、私は思っていたからです。

ですので、できる事なら勝様……いえ、リュウノ様に、現存する至高の御方の誰かの子供を身篭って欲しいと思いました。

 

すると!なんという事でありましょう!

 

先程ウルベルト様から、アインズ様とリュウノ様がお二人でデートしていたという情報をお伝えして下さったのです!至高の御方のまとめ役であらせられる最高支配者たるアインズ様と、ナザリックに最後まで残って下さったリュウノ様が結婚し、リュウノ様がアインズ様の子供を身篭って下されば!私としては万々歳でした。

 

しかし…ここで我が創造主たるウルベルト様がおっしゃったのです。

 

『同じギルドメンバーの仲間として、アインズさんとリュウノさんが付き合う事は応援したいですね。ですが、アインズさんはスケルトンのアンデッド…あの骨だけの身体ではリュウノさんを孕ませる事はできません。子供が作れないのでは二人が可哀想です。何より、アインズさんは性欲がないので子作りまでしようなどとは思わないかもしれませんね。』

 

ウルベルト様のおっしゃる通りでした。このままでは、至高の御方同士の子作り計画が台無しになります。せめてリュウノ様に、至高の御方の誰かとの子供を身篭ってもらえないか相談するべきかと、私は思考を張り巡らせました。

 

すると、ウルベルト様がおっしゃいました。

 

『ですので……悪魔として私は思うのです。私が彼女の夫になって、代わりの子供を作ってあげるべきかなと。アインズさんはアンデッドですから性欲がありません。上手く交渉すればアインズさんから一時的な協力を頂く事ができるかもしれません。』

 

『アインズさんが協力してくれれば、隙を見て私が人間化したリュウノさんに精神支配の魔法をかけて、私をアインズさんと思い込むように操作してリュウノさんを孕ませる事ができます。そのまま操り続けて、デュラハンに戻らないようにしつつ、妊娠してできた子供をアインズさんとの間にできた子供であるとリュウノさんの精神を操って誤認させるのも1つの手段ではありますね。』

 

『妊娠して子供を産んだ後は、記憶を消してから再びアインズさんとのラブラブな関係に戻してあげれば、アインズさんも許してくれるのではと、私は思うのですよ。産まれた子供は私達でこっそり育てましょう。リュウノさんには申し訳ない事ではありますが……悪魔である私には、このような背徳的なやり方でしか、あの二人の幸せを叶えてやれないのですよ。わかってくれますね?デミウルゴス。』

 

なんと()()()()()()()()()()()なのでしょう!流石私の創造主たるウルベルト様です!なんと紳士的で、なんと()()()なやり方!愛し合っている2人の間に、御自身の子供を仕込むとは!

確かに、アインズ様とリュウノ様には申し訳ないやり方ではありますが、ナザリックの真の後継者を作るためには仕方のない事だと…私も涙ながらに言わせていただきます。

 

『ですが……万が一の可能性を考え、念の為私もリュウノさんに妻になってくれと言ってみましょうか。彼女の返答次第では、こちらも少々やり方を変える必要があるかもしれませんからね。という訳でデミウルゴス、私が告白しやすいシチュエーションを頼みますよ。では、私はパンドラと交代する用意がありますので…では──』

 

私は考えました。ナザリックを防衛する時に使用する知能の数倍は考えたかもしれません。結局、やや強引なやり方になってしまいましたが、リュウノ様が私の考えの意図を理解なさって下さったおかげで、スムーズな流れでウルベルト様が登場できる流れが出来上がりました!

 

しかし、本当に美しい……リュウノ様があの様なお姿になって下さるとは、本当に…本当に思いもしませんでした。

闇を表現する紫色の鱗。

サキュバスを超える美しい肉体美。

インキュバスすら敵わない大きな翼。

デーモン顔負けの逞しい角。

何ものも寄せ付けない禍々しいオーラ。

 

そして──誰もが震え上がるであろう──奈落に引き込むような黒い眼球と絶望を与える紫色の瞳。

 

どれもこれもが素晴らしい!リュウノ様、どうか我が創造主であるウルベルト様との間に子供を!後継ぎを!ナザリックの真なる後継者を!私に下さいませ!このデミウルゴス、全身全霊をもって産まれた子供を育てますゆえ!

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

いやはや、私が創造した我が子(デミウルゴス)のやんちゃっぷりには困ったものです。私達の結婚相手や子供、ナザリックの後継者の事まで考えているとは。少し賢く作りすぎてしまったのが原因なのでしょう。私でも想像つかないような計画をぽんぽん思いつくのですから。

でも、我が子が嬉しそうにはしゃぐ姿を見ていると、創造した親としていろいろしてやりたくなってしまうのですよ。

例えば、スクロール(羊皮紙)の調達に伴い牧場を作りたいとデミウルゴスが言ってきたのですよ。

表向きは、スクロール(羊皮紙)の原料となる動物の養殖です。

では、裏は?

密かに『交配実験』を行う為の実験場にしたいと、デミウルゴスが言っていたのです。交配実験の目的は、人間種・亜人種・異形種の3種類の種族達を交配させて、新たな生命を誕生させたいという。

 

ああ──私はなんと最高な子供を創造してしまったのでしょう!人間では思いつかないであろう非道の数々……私ですら引いてしまいたくなる悪行……嫉妬したくなってしまう程の悪魔的アイデア。どれもこれもが素晴らしい!

 

そして我が子(デミウルゴス)は言いました。

 

『至高の御方同士の間に産まれた子供をナザリックの後継ぎにしたい。』と。

 

ですが、私達ギルドメンバーの中で女性なのはただ1人。アインズさんと幼馴染みであり親友のリュウノさんだけ!しかも2人は両想いですよ?他の男が入る余地なんて無い……そう思っていました。

 

しかし!アインズさんはスケルトンのアンデッド、リュウノさんは人間、これでは子供は作れません。アインズさんが例の玉手箱で人間になれば子作りも可能でしょうが、ナザリックの後継者が人間の子供なのは頂けない事態だと私は思ったのです。人間種は弱く、寿命も短い。対して異形種は種族次第で永遠に近い人生を歩めます。何よりナザリックそのものが、人間にとって住みづらい環境が多いのです。ナザリックのNPCのほとんどが人間を見下す設定になってますからね。

 

という訳で、デミウルゴスを納得させる為に私がリュウノさんと子供を作るという『嘘』をつきましたが……

 

まさか──

 

リュウノさんがあんな禍々しい姿になるとは……正直に言います。ずるいですカッコイイです羨ましいです!何ですか、あの禍々しいオーラは!?私もああいうエフェクトをユグドラシルのショップで購入しておけば良かった!それにあの目!いかにも悪魔的で魔王的で絶対的で、素晴らしい!

 

なのに──

 

リュウノさんは悪逆な性格ではありません。なので魔王のような振る舞いや非道な行為を好んでしないのがもったいない。悪の道を辿れば、リュウノさんは立派な悪の女帝として君臨できるのに。本当にもったいない。

 

もったいなさすぎて──悪の道に引きずり込みたくなります。というか引きずり込みたい。彼女に悪の素晴らしさを伝えるには、悪に染めるのが手っ取り早い──私という悪で染めてあげたい。そう思ってしまうのです。

 

最初は、リュウノさんにそこまで興味はありませんでした。ですが、ひたむきに頑張り続ける彼女を見ていたら、なんだかほおっておけなくなってきてしまったのですよ。だってほら彼女……基本的に誰かに頼らずに自分の力で解決しようってする人じゃないですか。

 

スレイン法国の暗殺部隊に狙われた時は自力で凌ごうとしてましたし、たっちさんの件も召喚魔法を駆使して解決しようとしてますからね。

アインズさんとの恋愛もそうです。アインズさんがスケルトンという性欲がない種族だと知っていながらリュウノさんは猛アプローチしてましたからね。無論、子作りもできないのに。

何よりリュウノさん自身も、ブラック達という結婚候補を自ら作っています。最終的には、人間の女性ではなくデュラハンの男性として生きて行かなくてはならないでしょう。

 

そう!つまり!リュウノさんとアインズさんの恋愛は、所詮恋愛止まり。子作りも結婚もできないのです。

 

ああ…なんと悲しい二人なのでしょう。あの二人がどんなに頑張っても、あの二人の幸せはこの異世界では叶わない夢なのですから。

 

現実世界であれば問題ないかもしれませんが、その場合リュウノさんはブラック達と離ればなれになりますからね。リュウノさんは、必然的に片方の幸せを自らの判断で捨てなければいけない。

 

さて……彼女はどちらを取るのでしょうか?

 

デュラハンの姿でブラック達との結婚人生を取るか、

人間の姿でアインズさんとの結婚人生を取るか、

 

それとも……どちらも諦めるのか。はたまた、何かしらの方法で両方を取る事を可能にするのか。実に楽しみです。彼女の生き様は、見ていて飽きないのですよ。彼女がどんな未来を目指すのか、勝ち組になるのか負け組になるのか、その結末を見てみたいものですねぇ…。

 

私は思うのです。この世界は生まれた段階で二極化されすぎていると。産まれた時から勝ち組と負け組に分かれていると。

不公平だと思いませんか?貴族や王族は裕福な生活が当たり前、面倒な作業は他人にやらせて何の苦労もなく偉ぶる事ができる。

 

それに対して、平民に産まれた者は貧しい生活を余儀なくされます。毎日汗水ながして得た少ない給料でやりくりしないと生きていけない。場合によっては仕事すらもらえず、最悪の場合寝泊まりする家すらない者もいるでしょう。貧しい生活から脱出するには、何かしらの功績を作って出世しないと駄目なんですから。

しかし、中にはどんなに頑張っても功績すらだせず、貧しい生活のまま終わる者もいます。

 

私達のギルドメンバーにも似たような経験をしてきた者達がいます。

 

まずアインズさん。

現実世界では、ただただ毎日会社に出勤して帰るを繰り返すサラリーマンの日々であり、ゲームであるユグドラシルでのプレイ中が楽しい時間であると、本人が言っていました。

 

ペロロンチーノさんも、現実世界ではエロゲを満喫するばかりで、リアル彼女は無し。オマケに、ペロロンチーノさんのお姉さんであるぶくぶく茶釜さんがエロゲ声優であり、自分の姉が声優をやってるエロゲが多くて嫌だと言っていました。最終的に、ユグドラシルで自分の理想の幼女(シャルティア)まで作るという残念っぷり。

 

ヘロヘロさんが1番酷く、ブラック会社に勤めているせいで毎日社畜のように働く日々が続いていたそうです。

 

それに対して勝ち組なのが、たっちさんです。

ユグドラシルでは、ほぼ負け無しのチャンピオンであり、現実世界では警察官というエリート職に勤めながら、美人の奥さんと子供までいるリア充です。ゲームの世界でも現実世界でも成功している、まさに勝ち組。

なんで現実世界でリア充してるのにゲームなんかしてるのですかね?そんなに余裕なのでしょうか?ムカつきますよね?

 

では、勝さんことリュウノさんはというと……

まぁ、負け組と呼べるでしょう。

産まれた時から声がだせない。これだけでもかなりの苦労です。さらに親の都合に振り回され、高校時代は自分らしさを殺して生きていたそうですし。さらには、アインズさんとの恋愛も上手くいかず、大好きな動物園での仕事も廃園を理由に無くす始末。最終的に、ペロロンチーノさんと同じく、自分の将来の彼女と動物をかき混ぜたNPC達まで作ってしまう。

 

ホント、世の中って不公平ですよね。何故、皆が等しく幸せになれないのでしょうか?神様は残酷な存在だと私は思っています。

 

 

ですが──

 

 

この異世界に飛ばされた瞬間、今の私達は全員が勝ち組となりました。現状、この世界に飛ばされた私達は、異世界の住民達からすれば最強に近い存在であり、神のような存在にすら見えるようです。

オマケに、ナザリックのNPC達が私達に忠誠を誓って尽くしてくれるおかげで、王様のような暮らしができるようになりました。

努力すれば上に行ける、そう言う言葉はデマだと思っていましたが、今回ばかりは信じる価値がありましたね。ナザリック地下大墳墓は、ギルドメンバーと協力しながら苦労して得た場所です。その後も『遊び』とは言え、私を含むギルドメンバー達の熱意や思いを試行錯誤して形にしたものが、今こうやって具現化されたのですから。

 

アインズさんはナザリック地下大墳墓の最高支配者になり、疲労や睡眠、寿命とは無縁のアンデッドになりました。私もほぼ同じ状態になりました。

ペロロンチーノさんは、理想を具現化した存在たるシャルティアとイチャイチャして幸せそうです。

ヘロヘロさんは、ブラック企業に勤める必要がなくなり、自由な時間が増えましたし。

 

たっちさんは…まぁ、相変わらずですかね。現実世界の奥さんと不仲になった事は、私的には嬉しい情報でしたが。

 

 

しかし──

 

 

リュウノさんは微妙ですね。

デュラハンという姿で人間達から受け入れてもらえるように努力したり、

人間になって喋れるようになったのに、念願のアインズさんとのデートを邪魔されただけでなく、瀕死の事態にまで追い詰められたり。

 

何より、彼女の努力が報われない未来が待っているのが実にわかりやすい。

アンデッドのアインズさんと結婚しても子供が授かれない。玉手箱で一時的に人間になったアインズさんとなら子供を授かれますが、ブラック達の事も考えるならリュウノさんはデュラハンの姿で過ごす時間の方が多くなるでしょう。

 

つまり──

 

仮に、人間のアインズさんと子作りした場合、産まれてくるのは人間の子でしょう。それに対して、アインズさんとリュウノさんはアンデッドという寿命がない種族です。すなわち……産まれた子供が先に死ぬ悲しみを背負う事になります。

 

ああ──なんと悲しい運命なのでしょう。ギルドのNPC達の事を考えるなら、アインズさんもリュウノさんも簡単に死ぬ訳には行かないので、人間の姿のままで暮らす事はできないでしょう。

デミウルゴスが言っていたナザリックの未来を考えるのなら、リュウノさんは私との間に子供を作るしかないのです。

 

アインズさんはスケルトンの姿では性行為が不可。

ヘロヘロさんも人間との性行為ができる気はしません。 ペロロンチーノさんはシャルティアが居ますし。

たっちさんは……現実世界に奥さんがいるので、プレイヤーであるリュウノさんとの子作りは望まないでしょう。

 

となると、残るは私だけです。

 

私としましては、本当に──本当に不本意ではありますが!ナザリックの未来の為に、リュウノさんには私の子供を産んでもらいましょうか……

 

これも、我が子(デミウルゴス)の為ですから、この異世界での作業がいろいろ終わりナザリックが落ち着けるようになったら、リュウノさんが子育てできる環境を作ってあげるとしましょう。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

最初は信じられなかった。リュウノさんが暗黒騎士かもしれない、暗黒騎士の子供…あるいは後継者かもしれない、という話に。

暗黒騎士は悪魔との混血児だ。でもリュウノさんは、どこからどう見ても普通の人間だった。だからリュウノさんが暗黒騎士やその後継者というのはありえないはずだ。

 

そう──思っていた。

 

しかし、墓地に来て見てしまった。

彼女が黒い甲冑を身につけ、戦う姿を。

その時私は──ウルベルさんが言っていた、『暗黒騎士の正体がリュウノさんだったらどうします?』という質問を──思い出す。

 

「(リュウノさんが暗黒騎士……いや、そんなまさか……)」

 

別人なのでは?と、最初は思った。別人だと思うのは当然だ。カルネ村で出会った時と、リュウノさんの格好がまるで違ったからだ。けど、鎧を来た彼女に話かけて本人だと確認がとれた。

 

カルネ村でのリュウノさんは、仕立てのいい黒い服に黒い帽子、オリハルコンのプレートを付けていた。

 

墓地でのリュウノさんは、黒い甲冑に黒いマント、アダマンタイトのプレートを付けていた。

 

どうしてリュウノさんがカルネ村の時と違う服装をしているのかを考えたが、カルネ村の時は普段着で黒い甲冑は戦闘用の装備だろう、という予想しかできなかった。

 

問題はプレートだ。何故リュウノさんがアダマンタイトのプレートを持っているのかがわからなかった。

 

1日で昇級試験を終えた?ありえない。私達が今まで受けた昇級試験でも、1日で終わるような試験内容はなかった。ましてやアダマンタイトの昇級試験なら、より難しい内容のハズだ。

それに、王国にアダマンタイト級冒険者チームは二つしかない。3つ目のアダマンタイト級冒険者が現れたという噂は聞いた事がない。なら、他国のアダマンタイト級冒険者である可能性が高い。バハルス帝国?それとも、王国の隣国であるアークランド評議国の可能性もある。

となると、カルネ村でオリハルコンの冒険者を装ったのは身分を隠すためだったと予想できる。アダマンタイト級の冒険者だと数が限られるため特定されやすいからだ。

 

しかし、ある1つの疑問が生まれる。それは義援金の配達だ。国王が他国の冒険者に義援金を運ばせたりするだろうか?

 

いや、ありえない。わざわざそんな手間のかかる事をするハズがない。でも、国王陛下の直筆の書文まで持っていたし……いや、待てよ?そもそも国王陛下の直筆の書文が偽物だったのでは?カルネ村の人々が国王陛下の字を見たところで、それが本当に国王陛下の直筆かどうかなんてわかるはずがない。

 

仮に書文が偽物だとして、あの大量の金貨はどうやって用意したのだろうか?あれだけの金貨を冒険者が村に無償で寄付するなどありえない。余程金銭に余裕がなければ無理だ。貴族や王族のような身分であれば、あれくらいの額も用意できるかもしれないが……。

 

『暗黒騎士と王族の間にできた隠し子ではないかと!』

 

ウルベルさんの言っていた言葉を思いだす。

リュウノさんが本当に王族の子だったのなら、あれくらいの金貨がだせるのも納得行く。

まさか、憧れの暗黒騎士が王族との間に子供をつくった?そこから産まれたのがリュウノさん!?……駄目だ!それは私が許さない。

 

私が旅を始めた理由は、タチの悪い領主に妾として連れて行かれた姉を救うための力を求めたからだ。それゆえに私は貴族や王族が大嫌いだ。

だからこそ、あんな気さくで優しいリュウノさんが貴族や王族の血縁者であって欲しくない。

 

そう願った。けど、後からリュウノさんを主人と呼ぶ騎士達が近付いて来た。リュウノさんの周りには騎士鎧を来た部下らしき人物がたくさんいる。あんな立派な鎧、エ・ランテルでは見た事がない。買うにしても、かなり高額な部類に入る。高額な鎧を部下に与え、主人と呼ばれるリュウノさん……まさか、本当に王族なのだろうか…。

 

そんな事を考えていた時だった。

私達の前に悪魔が現れた。そして言う。リュウノさんが『暗黒騎士』だと。リュウノさん自身が『暗黒騎士』であり、200年前──御伽噺で語られている時代から生き続けていると。

 

リュウノさん自身が暗黒騎士……でも、リュウノさんは人間だ。悪魔との混血児ではない。200年以上生き続けるなんて無理だ。

そう思ったが、そんな思いをリュウノさん自身があっさり打ち砕いた。鎧を脱いだ彼女の姿は人間ではなかったからだ。

角に翼、鱗のような手足、褐色の肌。カルネ村で出会った時のリュウノさんとは違う姿……その姿の彼女が、『自分は竜人』だと悪魔に言い返したのだ。

 

リュウノさんが人間じゃなくなっていた、あるいは人間ではなかった、という事に大いに驚いたが、暗黒騎士は悪魔との混血児なので竜人であるリュウノさんは暗黒騎士ではないという事になる。

 

しかし、悪魔は食い下がった。暗黒騎士が悪魔との混血児ではなく、勘違いによるものだと言い張ったのだ。

 

そんなはずない。あの暗黒騎士が悪魔との混血児ではないなんて……そう否定したい気持ちを、再びリュウノさんが打ち砕いた。

 

彼女が第二のタレント能力で悪魔のような姿に変身したからだ。

 

『これが悪魔と勘違いされた原因かな?我自身、この姿をするのは久しぶりなのだが?』

 

悪魔に対して言ったリュウノさんの言葉の意味……それは、過去にも同じ姿で過ごしていた事を意味する。しかも、最初は暗黒騎士ではないと否定していたリュウノさんが、後から暗黒騎士である事を否定しなくなったのだ。

 

『悪魔の血が混ざっているのなら、エルフ族のように長寿の可能性もありますよ?』

 

再びウルベルさんの言っていた言葉を思い出す。

 

まさか本当にリュウノさんは十三英雄の1人、暗黒騎士なのだろうか。それとも、暗黒騎士と王族の間に産まれた子供であり、暗黒騎士の後を継いだ後継者なのだろうか?

 

いろいろ聞きたい事が山ほどあるが、今は──目の前の悪魔、アレイン・オールドとその部下ヤルダバオトをどうにかしなくてはならない。

 

しかし、私達はこの後思いしった。実感した、体験した、目撃したのだ。英雄の領域……伝説に謳われる価値があるであろう、激戦を。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「そこの悪魔のような姿をした最高に美しい竜人の方、私の妻になっていただけませんか?」

 

「はぁぁああ!?」

 

魔王アレイン・オールドから突然告白された。というかこれ、結婚を前提にした告りだよな?妻ってそう言う事だよな?いや!落ち着け私!冷静になれ!前にも似たようなシチュエーションがあったはずだ!そう、あれは……竜王達から(つがい)になってくれ、と言われた時!つまり、魔王は私を欲している!

 

リュウノは一旦咳払いをすると、魔王に問う。

 

「あまりに急だな、魔王よ。そんなに我が欲しいのか?」

 

「ええ。貴方を私の妻にして、貴方との間に子供を作りたい。」

 

「( °≡°)ファッ!?」

 

ド直球過ぎだろぉぉぉ!?結婚だけでなく子供まで作る予定かよ!?そんな──いや、待てよ?落ち着け私。きっとこれはウルベルトさんの演技に違いない。いわゆる悪ふざけの類いだろう。なら!

 

「そ、そうか、子供まで作るつもりなのか。しかし、我はそう安い女ではない。我が欲しいのなら力づくで奪うしかないぞ!魔王よ。」

 

ドラゴン的に言うなら、この条件が一番しっくりくるだろう。ドラゴンという種族にとって、『欲しいのなら奪え!』精神が当たり前だし!

 

「ほう?そうきましたか……」

 

リュウノの意外な返事に、しばらく考え込む魔王。しかし、すぐに顔をあげると、魔王はニタリと笑う。

 

「わかりました。では、そこの邪魔な純白の鎧の騎士を倒し、貴方を奪い去りましょう!」

 

「えっ!?」

 

いきなり矛先が自分に向けられた事に驚くたっち。今までの流れで魔王がピンポイントでたっちだけを指名するのはおかしいのだが……リュウノには察しがつく。ウルベルトとたっちは昔から仲が悪い。今回もきっと、ウルベルトの個人的な思念によるものだろうと。

 

「そこの純白騎士!さっさとそこの美しい竜人を私に渡しなさい。そうすれば……命までは取りませんが?」

 

「な、なんだと!?」

 

「貴方と彼女では不釣り合いだと言ったのです。貴方のような正義気取りの男に彼女はもったいなさ過ぎます。彼女にふさわしいのは、魔王であるこの私なんですよ。」

 

「ふざけるな!リュウノさんを……お前のような悪魔には決して渡さない!渡すものか!彼女は私の大切な人なんだ!」

 

あれー?なんかこの流れ、たっちさんも私が好きでした見たいな雰囲気になってるんだけどぉ!?なに、私、ヒロインポジションなの!?こんな悪魔チックな見た目なのに!?

 

「美しい竜人の方!この悪を司る魔神である私が、そこの正義を気取る純白騎士をはっ倒して差し上げましょう!」

「リュウノさん!正義の騎士であるこの私が、貴方を最後まで守りきります!あの悪魔は私が退治しますので!」

 

「お、おう…」

 

いや、どうするのさ、この状況!私が一番対応に困っているんだが!?か弱いヒロインならともかく、私も戦闘可能なんですけど!?

 

リュウノが困惑していると、イグヴァルジを筆頭にしたミスリル冒険者達が武器を構え出す。

 

「え?イグヴァルジさん達、何を──」

 

「おい、悪魔!」

 

イグヴァルジが魔王に向かって怒鳴りながら剣を突きつける。

 

「はい?なんです?」

 

「さっきから聞いてりゃ、訳の分からねぇ事ぬかしやがって!てめー見たいなヤギだがヒツジみたいな顔をしたヤツなんざ怖くねーんだよ!行くぞぉ、お前ら!」

 

「(*゚ロ゚)(*゚ロ゚)(*゚ロ゚)ォォォオオ!!!!!!!!」

 

イグヴァルジの言葉を合図に、ミスリル冒険者の3チームが一斉に魔王とヤルダバオトに向かって走り出した。

 

「ちょっ!?お前らじゃ無理だ!戻って来い!」

 

リュウノが止めるが、もはや彼らにはリュウノの声は届かない。

 

「仕方ありませんね……ヤルダバオト。」

 

「はい。何でしょうか、魔王様?」

 

魔王に名前を呼ばれたヤルダバオトがスッと立ち上がる。そして──

 

「殺ってしまいなさい。」

 

「かしこまりました。では、馬鹿な人間の皆様方、さようなら。」

 

そう言いながら、ヤルダバオトは魔法を唱えだす。ヤルダバオトの背後に、黒炎でできた長くて巨大な壁が現れる。

 

「やばい!」

 

いち早く察知したリュウノが、漆黒の剣と組合長の近くに素早く移動する。

 

「お前ら固まれ!早く!」

 

リュウノが漆黒の剣と組合長に向かって指示を出した直後、ヤルダバオトの魔法が発動する。

 

<ヘルファイヤーウォール/地獄の壁>

 

ヤルダバオトの背後に出現した黒炎の壁が凄まじい速さで移動を始め、イグヴァルジ達を黒炎に包み込んだ。イグヴァルジ達は叫び声すら上げる間もなかった。何故なら一瞬で灰になったからだ。

 

「イグヴァ──くそっ!」

 

イグヴァルジ達も助けようかと思ったが、位置的無理だと判断したリュウノは即座に諦める。いくら竜王と合体したとしても、できる事には限界がある。なら、できる範囲で最善を尽くすしかない。

 

イグヴァルジ達を一瞬で灰にした脅威の黒炎はなおも移動を続ける。そのまま黒炎の壁はリュウノ達に迫る。黒炎がリュウノの目の前に来た瞬間、リュウノが魔法を発動させる。

 

<ダークプロテクション・ウォール/闇の加護障壁>

 

ドーム状の黒い半透明の障壁が現れ、リュウノ達を黒炎から守る。リュウノと漆黒の剣、組合長は黒炎の被害にあわずに済んだ。

皆の無事を確認し、安堵したリュウノは通り過ぎた黒炎を目で追う。

 

黒炎はなおも移動し続け、竜王達に迫るが、竜王達は各々のやり方で黒炎を凌ぐ。

 

ファフニールは黒炎の壁に向かって大剣を振り下ろし、その衝撃で裂け目を作ってくぐり抜ける。

 

バハムートは元から炎に対して完全耐性を有しているため仁王立ち。

 

ナーガ、ティアマト、白竜は、それぞれ土、水、雪でできた球体状の殻を作って守りの姿勢に。

 

リヴァイアサンは火炎耐性の高い酸膜を張る。

 

青龍・黄龍は黒炎が通り過ぎるのに合わせて一瞬姿が消え、再び同じ位置に現れる。

 

神竜は魔法である

<ホーリープロテクション・ウォール/光の加護障壁>

を唱えて自身を守る。

 

ヤマタノオロチは得意の風魔法で自分の目の前の黒炎を吹き飛ばした。

 

シャドウナイトは自身の影に潜り込み、黒炎をやり過ごした。

 

そうして竜王達を通り過ぎた黒炎は墓地の防護壁にぶつかり、強烈な火花を散らせながらようやく消える。

黒炎が消えたのを確認したリュウノは、灰になったイグヴァルジ達の遺体を再び見る。最早動かない彼等を見つめながら、リュウノは漆黒の剣と組合長に向かって言う。

 

「お前達、お前達もあんなふうになりたくなかったら、防護壁の向こうまでにげるんだな。」

 

漆黒の剣と組合長は、イグヴァルジ達のあられもない姿を見て恐怖する。そして、リュウノの言う通り、悪魔に最大限警戒しながら後退していった。

 

それを確認したリュウノは、たっちの方を見る。防御系のスキルを使用して乗り切った様子のたっちが、悪魔に向かって怒鳴る。

 

「悪魔!お前、罪のない人達を平然と殺すなんて……何を考えている!?」

 

「罪のない?冗談は止めてください。今死んだ彼等は冒険者ですよ?彼等が冒険者である以上、モンスターに殺されても仕方ない職業のハズですが?」

 

「ぐっ……!それはっ…!」

 

「それに人間達を殺されたくないのであれば、貴方が頑張って守ってあげるべきだったのでは?そちらの美しい竜人の女性は、見事に人間達を守ってあげてましたよ?なのに貴方は自分自身を守る事しか考えてなかった。貴方の正義なんて所詮、その程度ものだったのですね!」

 

「───ッ!悪魔、貴様ぁぁぁ!」

 

魔王に馬鹿にされたたっちさんが、怒りをあらわにする。

 

「魔王アレイン・オールド!貴様はこの私が倒す!」

 

「やれるものならどうぞ。貴方の正義、私が真正面から踏み砕いて差し上げます。」

 

リュウノは焦る。ウルベルトとたっちが本気で争った場合、この墓地そのものが無くなる程の被害になりうるからだ。リュウノは、近くに人間達が居ない事を確認すると、ヤルダバオトに尋ねる。

 

「ヤルダバオト、1つ質問していいか?」

 

「何でしょうか?」

 

「あの2人、止めなくていいのか?」

 

「はい。大丈夫かと。」

 

「本当の本当に?」

 

「………さあ?私にも分かりません。」

 

「やっぱりかー!」

 

 



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第32話 英雄への(あゆみ)

[前書き]
更新が遅くなりました。申し訳ないです。

エランテル編を書いてる途中なのに、先のストーリーばかり思いついて、アイデアノートに書き込む作業ばかりして続きが書けなくてイライラしてました。ああ……早く、ジルクニフ皇帝とのやり取りを書きたい。王国編も書かないといけないのに、帝国編ばかりアイデアが生まれてくるぅぅぅ!
闘技場に、ワーカーに、魔法学院での……!くっ!帝国はネタの宝庫かよ!まったく!







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「危ねぇー!今の炎の攻撃は何だったんだよ!?」

「魔法だろうな……。動く炎の壁とか、防ぎようが無いだろ!」

「あの……翼の生えた人間みたいなヤツと隣のバケモノは何なんだ!?」

「知るかよそんなの!それより、ミスリルの冒険者チームが丸焼けにされて全滅した事が一番ヤバイだろ!」

 

先程起きた事を語り合っているのは、墓地の防護壁に隠れながら様子を伺っているミスリル以下の冒険者達である。彼らは、ヤルダバオトが放った魔法でミスリルの冒険者達が丸焼けにされた光景と迫り来る炎の壁に恐怖し、防護壁の裏に逃げ込んだのだ。

 

「エ・ランテルの最高クラスの冒険者チーム3つが……たった1つの魔法で……一瞬で全滅だなんて……いったい、あの人物は何者なんだ!?」

 

魔術師組合長のラケシルは恐怖と興味の入り交じった視線で、今の魔法を使った人物を見ていた。恐怖は実力の違いに対して、興味は魔法の方だ。

自分の知らない魔法や高位の魔法が存在し、それを扱う者が居る。なら、それに関わりたい、できる事なら学びたい、未知の魔法を手に取りたい、そう思ってしまうのだ。

 

 

「見ろ!あの竜騎士達は無事だぞ!」

「オマケに、リュウノとか言う黒騎士の姉ちゃんが、組合長と漆黒の剣を守ってるぞ!?」

「でもよ……あの姉ちゃんも、途中から姿変わったような?」

「ココからじゃ暗くてハッキリとは……おい、あれ!組合長と漆黒の剣の奴らがこっちに戻って来るぞ!」

 

漆黒の剣のメンバーが組合長を守りながら防護壁へと撤退してくる。防護壁の門を潜り、防護壁裏までやって来た彼等は、まるで死地から生還した兵士のような安堵の表情を浮かべていた。

 

防護壁裏に隠れていた冒険者達が組合長達に群がり、まずは無事だった事を喜び合う。次に、何があったのか詳細をラケシルが聞き始める。冒険者組合長のプルトンの話を聞いて、ラケシルは驚愕する。

 

「魔神の悪魔・魔王アレイン・オールドと、その部下ヤルダバオトだと!?」

 

「ああ……アレはヤバイ。リュウノ君が私達を守ってくれたおかげで助かったが、あれは人間が勝てる相手とは思えん!」

 

「ならどうする!?王都から応援を呼ぶか?」

 

「そんな時間はない!今は──」

 

組合長は防護壁の閉ざされた門を見つめる。門の向こうでは、リュウノ達が悪魔と睨み合っているに違いないだろうと予想しながら。

 

「──今は、アダマンタイト級冒険者であるリュウノ君と彼女の仲間に頼るしかない。現状、彼等が私達の唯一の希望だ。彼等が悪魔を倒してくれる事を祈るしか──」

 

誰もがそう思った時、漆黒の剣のメンバーの1人、ニニャがポツリと呟いた。

 

「モモンさん達が入ればなぁ……」

 

その呟きに、即座にプルトンが反応する。

 

「その…モモンというのは?」

 

「えっと……私達と依頼に同行してくれた冒険者チームの方々です。ランクはカッパーなんですけど、実力はかなり高い人達でした。最低でもミスリルの冒険者チームくらいはあると保証します。」

 

「それは本当かね!?で、彼等は今何処に?」

 

「ポーション職人のバレアレさんの護衛についています。予定では、そろそろコチラに来る予定だったかと──」

 

そこまで言ったとき、防護壁とは反対の方角から声が響いた。

 

「おーい、お主ら無事か?ポーションを持って来たぞーい!」

「怪我をしている方はいますか?支援物資を持って来たました!」

 

バレアレ親子がポーションを大量に乗せた荷馬車に乗って現れた。その周囲にはモモン達が護衛する形で付き添っている。

回復薬の登場に歓喜の声を上げる冒険者達をよそに、漆黒の剣の皆がモモン達との再開に喜び合う。

 

「良かった!モモンさん達が来てくれた!」

「組合長、あの人達です!」

 

「ふむ?彼等がそうかね?」

 

プルトンはモモン達を一瞥する。フルプレートの高そうな鎧を来た男、不思議な格好をした二人組の男性、そして美女の二人組に恐ろしい魔獣。

明らかに異色な組み合わせの冒険者チームだが、連れている魔獣の強さを考慮するなら、カッパーの冒険者でおさまる人物達ではない事が見てとれた。

 

「はい!あ、ご紹介します。コチラがリーダーのモモンさんです。」

 

ペテルの紹介に合わせ、「どうも。」と言いながら軽くお辞儀をするモモン。

 

「モモンさん、コチラが冒険者組合のプルトン・アインザック組合長さんです。」

 

「どうも。君がモモン君かね?」

 

「はい。こんなところで冒険者組合長にお会いするとは思いませんでした。」

 

そんな形で互い挨拶を交わし、チームの紹介を手短に済ます。そして、組合長が現在の状況をモモン達に説明する。

 

「なるほど……悪魔ですか。とんでもない強敵が現れましたね。」

 

モモンはそう言いながら隣に立つウルベルに視線を向ける。

 

「ええ!まったくです!リュウノさ──っん!を妻にしようとは!その悪魔は許せません!このウルベル、リュウノさ──っん!の為に全身全霊をかけて戦いましょう!」

 

あまりにテンションの高いウルベルに漆黒の剣が不思議そうな目線を送っている事に気付いたモモンは、若干恥ずかしそうにしながら慌てて言葉を続ける。

 

「そ、そうですね。悪魔に彼女を差し出す訳には行きません。皆さん、私達もリュウノさん達に加勢しましょう!」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「リュウノさーーん!ご無事ですかぁー!?」

 

「お!ついに来たか!」

 

防護壁の上からコチラに声をかけている人物を確認したリュウノは、ヤルダバオトとアレイン・オールドに聞こえるように、わざとらしい演技に移る。

 

「悪いが悪魔達、コチラも援軍が来たので、そろそろ行動させてもらうが、()()()()()?」

 

「ええ、構いませんよ。コチラも()()()()()()()もらいますから。」

 

ヤルダバオトの返事の意味を理解し、リュウノは残りのアンデッド軍団とヴァンパイア部隊に指示を送る。

 

「さて、第二フェイズ開始だ!」

 

 

◆◇◆

 

 

モモン達の登場と回復薬の存在により、若干ではあるが士気が上がった冒険者達。彼等は再び防護壁の上に登り、墓地の状況を確認しながら警戒を開始していた。

バレアレ親子の周囲には、ルプとナーベが警護についており、モモン、ウルベル、ペロロンの3人と漆黒の剣が防護壁の上に上がっていた。

防護壁の上から墓地の状況を見たモモンが、プルトンに問いかける。

 

「敵は二体だけですか?」

 

「墓地に居たアンデッド達は、リュウノ君達がほとんど片付けてくれたよ。」

 

「そうですか。しかし、肝心のズーラーノーンの組織の者達が確保できていないのですよね?それだと、かなりまずいですよ。」

 

「どうしてかね?リュウノ君達が入れば、大丈夫だと思うのだが?」

 

プルトンは敢えてモモンに質問を投げかけた。カッパーの冒険者であるモモン達の真の実力を測るためだ。

漆黒の剣のメンバー達の評価が正しいのであれば、エ・ランテルの次期主力候補になりうる存在として、冒険者としてのランクアップも検討しなくてはならない。

 

幸い、ここには冒険者組合長である自分と魔術師組合長のラケシル、その他大勢の冒険者達が居る。この墓地での出来事を評価材料にすれば、モモン達を即座にミスリル級の冒険者くらいにまで引き上げるのは容易である。次期主力として優遇し、彼等にエ・ランテルで冒険者活動を続けて貰えるよう頼む事もできるかもしれない。

 

何より、アダマンタイト級冒険者であるリュウノと知り合いだと言うのが1番デカい。彼等を通じて、彼女にもエ・ランテルで冒険者活動をやってもらえないか相談したいのだ。今回の件が終われば、リュウノは二度とエ・ランテルに来ないと宣言していた。来たとしても、冒険者として活動してくれる保証はない。

 

「モモン君の意見を聞きたいね。」

 

「では…まず、あの悪魔達ですが、かなりの強さであると予想します。アダマンタイト級冒険者であるリュウノさんが警戒を示す程の相手ですからね。」

 

「うむ。それは私達も先程実感したよ。我が冒険者組合の自慢のミスリル級冒険者達が一瞬で殺されたのだ。恐ろしい奴らであるのはわかりきっている。」

 

「次に、ズーラーノーンが追加のアンデッドを召喚する可能性があります。おそらくですが、最初の軍勢より強力なヤツを。」

 

モモンの予想に、魔術師組合長のラケシルが反論する。

 

「まさか!あれだけ大量のアンデッドを召喚した後だぞ!魔力が持つ訳ない!その上、強力なアンデッドを召喚するなんて!もしそんな事が可能なら、ズーラーノーンには余程優秀な魔術師(マジックキャスター)が居る事になるぞ!?」

 

モモンはヘルムの下でほくそ笑む。アンデッドを大量召喚した黒幕はリュウノであり、そのリュウノが自分の手でアンデッドを処理しているのだから。

 

「そうですね。だからこそ、リュウノさんは悪魔と睨み合っているのです。下手に敵陣に突っ込むと、分断され、防護壁の防衛ができなくなる事を警戒していると、私は予想します。」

 

「分断?まさか、我々と彼女達の間にアンデッドが割り込んで来ると?」

 

「その可能性は充分──」

 

そこまで言った時、弓を構えていたペロロンが大声を出す。

 

「気をつけるっス!何かコッチに飛んで来るっス!」

 

その言葉に、冒険者全員が上空を見つめる。

 

そして──

 

「嘘だろ……。アレは──」

 

上空から飛来した巨体──その数は20体。それが、リュウノ達の目の前に現れ、着地する。そして一斉に咆哮を上げる。

 

「スケリトル・ドラゴンだぁぁぁ!」

 

冒険者の誰かが大声で、現れた巨体の名前を叫ぶ。

 

「馬鹿な!魔法に絶対の耐性を持つスケリトル・ドラゴンが20体もいるぞ!?」

「ありえん……あれもズーラーノーンが召喚したアンデッドだと言うのか!?」

 

組合長達が驚きの声を上げる。無論、他の冒険者達も同じだった。

 

「無理だ!一体だけなら俺達が一斉にかかれば倒せるかもしれないが、20体なんて……」

「ミスリル級の冒険者チームが全滅したのに、もっとヤバイのが来るなんて……」

「勝てる訳ねぇよ……」

 

最早戦意喪失に近い状況に追い込まれた彼等に、さらに追い討ちがかかる。

 

「まだまだ来るっスよ!アレを見るっス!」

 

ペロロンがリュウノ達の右側を指さす。その方向から松明の明かりが等間隔に移動しながら並んでいるのが見えた。そして現れたのはアンデッドの軍勢、しかも今度はしっかりと武装をした骸骨戦士(スケルトン・ウォーリアー)の隊列だった。

円形の盾とシミターを持つ骸骨の戦士の大軍、それらが全て立派な胸当て<ブレスト・プレート>を纏っている。

 

「おいおいマジかよ……あっちからも来たぞ!」

 

レンジャーのルクルットがリュウノ達の左側を指さす。そちらの方からも同じ数の軍勢がリュウノ達目がけて走って来ていた。

 

「くそ!リュウノさん達を挟み撃ちにするつもりか!ペロロンさん、数は分かりますか?」

「両方合わせて約300体っス!」

「これはいけません!すぐにリュウノさ──っん!達を助けにいきましょう!」

 

モモン達がリュウノ達に加勢しようとした時、背後からバレアレ家の悲鳴が上がった。

 

「ヴァ、ヴァンパイアじゃあぁぁぁ!」

「あわわわ!助けて下さいぃ!」

 

「二人とも下がるっす!」

 

ルプの指示に従い、ポーションの荷馬車から慌てて離れ、冒険者達の方へと逃げ出す2人。

荷馬車の背後にヴァンパイアの集団が出現していた。そして、その先頭には2人の人物が立っている。

 

「ふーむ……そう逃げ出さなくてもよいではないか、薬師の人間よ。」

「そうです。貴方達は遅かれ早かれ、この(わたくし)に殺されるのですから。」

 

1人は老人を思わせる雰囲気の男。髪の色は白の長髪、着ている服は色褪せボロボロだが、元は仕立ての良い服だったのだろう。その佇まいは王族を思わせる風格に満ちていた。手には3m程の長さの血錆だらけの槍を持っている。

 

もう1人は12歳くらいの年齢に見える少女。蝙蝠の形をした仮面上の金属の眼鏡、夜会巻きの真っ赤な髪に、血塗れた白いドレスという格好をしており、手には真っ赤に染まったレイピアを握っている。

ペロロンから見れば、シャルティアのプロトタイプ、もしくは劣化版という感じに見えた、という評価だ。

 

「余はヴァンパイアの王、ヴラドである。余に串刺しにされたい者は前に出よ。」

「私はヴァンパイアの姫、エリザベート。さあ、人間達よ、私に血を下さいな?」

 

たっちからの報告にあった要注意のヴァンパイア。その2人を確認した冒険者達は恐怖におののく。

 

「オリハルコンクラスの冒険者を圧倒するヴァンパイアに、魔法を使うヴァンパイアだ!気をつけろ!」

「どうすんだよ!ポーションの荷馬車が!」

「逃げ場がねぇよ!前はアンデッドの軍勢、後ろはヴァンパイア、俺達も挟まれてんじゃねーか!」

「そこのカッパーの嬢ちゃん達、アンタらも下がれ!死んじまうぞ!」

 

ルプとナーベがヴァンパイア達の正面に2人だけで立っている光景を、冒険者達が防護壁の上から見下ろしていると、モモンがナーベ達に指示を出す。

 

「ルプ、ナーベ!それに『ハムスケ』!ヴァンパイア達は任せるぞ。」

 

「ハッ!」「ハイっす!」「任せるでござる!」

 

ヴァンパイアの集団をあの2人と魔獣だけに任せるという判断を下したモモンに、周りの冒険者達は信じられないという顔をする。

 

そんな彼等の思いをよそに、ルプとナーベがヴァンパイア達に向かって走り出す。遅れてハムスケも走りだす。

 

「ふん。まずは小手調べと行こうか。お前達、あの人間の女を捕らえよ。なるべく()()()()()()()()な!獣も捕まえられるならそうしろ!」

 

ヴラドの指示に従い、下僕のヴァンパイア達がルプとナーベを捕まえようと動き出す。

 

「あら、捕まえますの?」

「ハハハッ!美しい美女の生き血が欲しくてね。獣も手懐ければ、番犬変わりになるからな。」

 

ルプとナーベ達が、群がって来たヴァンパイア達を攻撃している光景を見ながら、プルトンはモモンに忠告する。

 

「モモン君!いくらなんでも、彼女達だけでは無理だ!」

「いや、そうせざるを得ない状況です。組合長、あれをご覧下さい。」

 

そう言ってモモンは墓地の方を指さす。

 

「なんだ!アレは!?」

 

組合長も他の冒険者達も、墓地の状況を見て目を疑う。

 

墓地では、竜騎士達がアンデッドの軍勢に突撃し、乱戦状態になっていた。リュウノはヤルダバオト、たっちはアレイン・オールドと対峙しており、周囲をスケリトル・ドラゴンに囲まれた状況で激しい戦いを繰り広げている。空にはいつ間に現れたのか、さらに20体のスケリトル・ドラゴンが羽ばたきながら滞空している。

 

普通に考えれば絶望的な状況である。仮にミスリル級の冒険者達が健在だったとしても、今の状況ではどの道全滅していただろうと誰もが予想できた。

 

まさに地獄のような戦況にもかかわらず、リュウノ達は果敢に戦っている。いや、むしろリュウノ達の方が勢いがあり、骸骨戦士(スケルトン・ウォーリアー)は竜騎士に次々と屠られ、リュウノとたっちにいたっては悪魔と対峙しながら、ついでのようにスケリトル・ドラゴンを斬り伏せ、殴り倒している。

 

この調子なら、リュウノ達だけで充分だと思うだろう。しかし、問題はそこではない。

 

「今はリュウノさん達が押していますが、その内疲れが溜まるでしょう。ズーラーノーンが再びアンデッドを召喚し長期戦になった場合、リュウノさん達が不利になる可能性があります。悪魔達はそれを狙っているのかもしれません。」

 

モモンの予想に、冒険者としての経験が豊富な冒険者組合長のプルトンも同意する。

アンデッドは疲労を感じないモンスターであり、どんな強敵に対しても恐怖を感じる事なく向かってくる習性がある。だからこそ、集団で現れるアンデッドの脅威は凄まじいのだ。

 

「つまり、ズーラーノーンをどうにかしなければ、この状況を打開できない、そう言う事だね?」

 

「おっしゃる通りです、組合長。現状、やって来るアンデッド達はリュウノさん達で防げています。なら、敵の本陣まで切り込める別働隊が必要になります。」

 

「それが君達だと言うのかね?」

 

「現状では。」

 

プルトンは背後の戦況を確認する。

ナーベとルプの戦闘能力は意外に高く、既に半分以上のヴァンパイアを倒している。

ヴァンパイア達の何人かが防護壁上の人間を狙っていたが、ペロロンの弓とウルベルの魔法であっさり妨害された事で諦めている。

 

余談だが、トブの大森林の森の賢王は、新しい名前『ハムスケ』という名前を与えられた。ハムスケは、ルプとナーベの攻撃で倒れたヴァンパイアにトドメ刺す役割をやっている。

 

女性2人と魔獣の活躍、ペロロンの弓捌き、ウルベルの熟練された魔法、これだけでモモンのチームの実力の高さが理解できた。なら、そのリーダーであるモモンの実力も相当なものであるだろう。

この状況で頼れる存在は、アダマンタイト級冒険者であるリュウノとその仲間達、実力未知数のモモン達だけである。

なら、どうするか。答えは1つしかない。自分達の持てる自慢のカードは全て()()()()()のだ。ならば、()()()()()()()()()しかない。

 

「わかった。君達に任せよう。」

 

「ありがとうございます。」

 

「組合長として君達にお願いしよう。ズーラーノーンを打倒し、この都市を救ってくれ!」

 

組合長は真っ直ぐモモン達を見据える。新たな英雄になるかもしれない勇敢な者達を目に焼き付けるために。

 

「ええ。もとよりそのつもりです。」

 

そう言うと、モモンは墓地の方を向く。

 

「では、行きましょう!二人とも!」

 

そう言って墓地の方へと飛び降りたモモンに合わせて──

 

「はいっス!」

「Wenn es meines Gottes Wille!(我が神のお望みとあらば!)」

 

──ペロロンとウルベルも飛び降りた。

 

「ドイツ語はやめろ!」

「あ、ハイ。」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「真空の刃よ!全てを切り裂け!」

 

無駄に凝った前唱の後に、魔王がたっちに向かって魔法を放つ。

 

<現断/リアリティ・スラッシュ>

 

魔法的防御のほぼ全てを完全無効化して放たれる第十位階の中でもトップクラスの破壊力を持つ攻撃魔法。ただしMP消費の燃費が悪い。

 

「うおぉ!?危ねぇ!」

 

当たったら確実に致命傷になりうる魔法を、アンデッド達を華麗に捌きながら躱すたっち。

いや、アレだけは食らう訳にはいかないという必死さとプライドも感じられるが、どの道1番危険な攻撃であるのは間違いない。

ユグドラシル最強のワールドチャンピオンにしてナザリック最強の男が、低レベルのアンデッド達の攻撃で傷付く訳がないのだ。なら、魔王の攻撃にだけ注意していれば良い状況なのだが──

 

「ちょ!?待て、魔王!たまに<現断/リアリティ・スラッシュ>を混ぜてくるのやめろ!危ないだろ!」

「臨場感を出すためですよ。それに、撃つ時にわかりやすい詠唱を唱えてますから、避けるのは簡単でしょう?」

「ふざけるな!殺す気か!?」

「では、演技はやめて、()()()()()()()()()()()よろしいと?」

「違う!演技だ、演技!演技の方をやってくれ!」

「では、()()()()()()()()()()()()いただきますね。」

「ああ、もう!そう言う意味じゃないですよ!」

 

相変わらず口論が絶えない2人が戦いあっている横で、ヤルダバオトと戦闘しているリュウノは笑っていた。

 

「クハハハハ!懐かしいなぁ!あの2人は相変わらずで何よりだ!」

 

ウルベルトとたっちの喧嘩は昔からである。では、仲が悪いのかというとそうでもない。ギルドメンバー全員で目的を達成したときには、あの仲が悪い2人が、肩を叩きあいながら互いの武勲を祝った事もある。

 

単に『相性が悪い』のでそりが合わない。というのがしっくりくる答えだ。

善を良しとするたっちと、悪を良しとするウルベルト。

戦士職最高クラスのたっちと、魔法職最高クラスのウルベルト。

対極に位置する存在同士であるが故に意見が合わずに言い合いなるのは、作戦会議やギルド会議ではもはや恒例行事とも言っていい程であった。

 

だからこそ、リュウノには懐かしい。

ギルド長であるアインズと一緒に2人の喧嘩を止めに入る事も何度かあった程に。

 

「さてぇ?ヤルダバオト。ここから先、我達が押し切って良いのか?それともまだ何かあるのか──ナァ!」

 

ヤルダバオトに向かって()()()邪剣を大振りに振り下ろす。避けるか防ぐかの対応が可能な猶予を与えているのは、ヤルダバオトを本気で襲うつもりはないからだ。

ヤルダバオトの攻撃も、致命傷になるような攻撃はほとんどない。控え目な──嫌がらせに近いような妨害攻撃ばかりしかしてこない。

 

「もう少しお待ちを。せめて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()現状維持でお願いします。」

 

「別に構わんが、あっちの2人が大人しくしてくれるかはわからんぞ?」

 

こっちは完全に遊びだが、魔王とたっちの方はいつガチの殺し合いなってもおかしくない。あの2人が本気で殺し合いになれば、エ・ランテルが崩壊する可能性が凄まじく高くなるのだ。

 

「そうですね。死者の大魔法使い(エルダーリッチ)部隊を動かしていただけますか?少しだけ防護壁側にも送って人間を殺して怖がらせていただければ、さらに良いかと。」

 

「クハハハハ!流石は悪魔だ!人間に容赦ないな!」

 

ヤルダバオトの発言と同じ指示をアンデッド達に送る。無論、最低限残っていて欲しい人材だけは殺すなという指示も混ぜて。

目的の為なら何人もの人間を犠牲にできる。いや、躊躇いがなくなったと思うべきか。

悪竜ウロボロスと合体しているせいか、人間達に対する忌避感が薄くなっているのかもしれない。

 

イグヴァルジ達が燃やされた時もそうだ。あれだけ関わり合いがあった人物が殺されたのに、彼等の為にかたきをとろうという気持ちなど一切無い。助けてあげられるなら助けたかったが、死んだのなら()()()()()と、興味がなくなった。

 

そんな今の自分の人間に対する思いを一言で表すなら

 

──人間は所詮道具という存在にすぎない──

 

という考えだ。

 

ドラゴンという最強種の中には人間を言葉巧みに騙し、使い魔のように利用する者もいる。そうやって宝石や宝等の高価な物を自分の巣穴へと配達させるのだ。無論、自分の方が得するように仕向けておいてだ。

道具(人間)というのは、使い方次第でどうにでもなり、壊れた瞬間棄てれる。無論、大切に扱うかどうかは道具(人間)の価値次第で決まるが。

 

「んー……役に立たない者も燃やすか。モモン達の希少性を上げるなら──いや、減らし過ぎも問題か?低ランクの冒険者しか居ないからなー、エ・ランテルは。」

 

リュウノは考える。どうすればモモンチームの価値が上がるかを。今、集まっている冒険者達の戦力を『自分の軍勢』と仮定した場合の戦略分析を行う。

 

将軍(ジェネラル)の職業はこういう時に便利である。軍事系スキルを使用する事で、敵味方の状態を把握し、攻める・守る・補給・戦線維持などで必要になる人材や物資の計算が可能だからだ。

 

特に、今のリュウノの頭脳はウロボロスとの融合のせいか性能が格段に上がった状態である。

ウロボロスが保有する特殊スキルは3つ。

 

──死と再生・永劫回帰・全知全能Lv2──

 

死と再生は、即死魔法の使用と耐性の獲得、肉体の高速治癒の能力を得るスキル。

 

永劫回帰は、回数制限があるアイテムやスキルを無限に使用可能にできるスキル。

(※例えるなら、使用すると無くなってしまう1回限りのスクロールを何度も使用可能になる、など。)

 

そして、全知全能Lv2──本来なら全知全能とは、『知らないことは一つもなく、できないことは何もないということ。すべてのことを知り尽くし、行える完全無欠の能力のこと。』という意味だ。

もし、この全知全能がLv5だったなら、リュウノはこの異世界の全てを理解できたであろう。

 

全知全能Lv2は、『他人ができる事は自分もできる。他人が理解できている事は自分も理解できる。』という能力になっている。

例えば、この異世界の住民の能力を参考にすれば、リュウノは異世界の文字を読む事が可能になる。料理人の能力を参考にすれば、リュウノは料理ができる。

 

ならデミウルゴスという──ナザリック地下大墳墓 第七階層の階層守護者であり、防衛時のNPC指揮官という設定を与えられた悪魔──悪魔的叡智の持ち主であり、軍略、内政、外政などの国家作用すべてに極限の才能を持つ者を参考にしたらどうなるか。

 

すぐさま最適な案が浮かぶが、リュウノは舌打ちをして取り消す。

 

「人質でも居れば、もう少し楽な展開にできたんだがなぁ……」

 

戦えない大勢の市民を人質にとり、戦場へと連行。市民達の前で激しい戦いを行えば、悪魔への恐怖と冒険者への期待を同時に体感させられただろう。そうすれば、ズーラーノーンの連中を撃破したモモンチームも多少は評価を得る事ができるだろう。

 

そんな事を考えていると、モモン、ペロロン、ウルベルがアンデッド達の攻撃をくぐり抜けながらやって来る。

 

「リュウノさん、大丈夫ですか!?」

 

「当たり前だろ!我が召喚したアンデッドだぞ。」

 

「あ……いや、それはそうですけど、なんかリュウノさんが悪魔っぽい姿になってたので……」

 

「あーそっか。皆、我のこの姿を見るのは初めてか。」

 

リュウノが竜王合体というスキルを所持している事をモモンは知ってはいたが、そのモモンにも見せた事がないウロボロスとの合体の姿だ。モモンが心配するのも無理はない。

 

「リュウノさ──っん!なんと美しきお姿で!この私も見惚れてうっとりしそうでぇす!」

 

「リュウノさんがサキュバスみたいになってるっス!めちゃくちゃエロいっス!」

 

「あーはいはい、わかったから、舐め回すような視線を送るなー2人とも。」

 

興奮気味の2人を適当にあしらいながら、リュウノはモモンに指示を出す。

 

「モモン、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の部隊を動かしたから、もうそのまま突っ切れ!さっさとズーラーノーンにトドメを刺して、この墓地での戦いを終わらせるぞ!」

 

「分かりました。しかし、あの悪魔達はどうするんですか?」

 

「ちょっと不利な状況にもっていけば、転移の魔法で逃げるだろ。今回は、魔王登場の宣伝みたいなもんだろうしな。」

 

「なるほど。では、最奥にいるであろうズーラーノーンをとめてきますね。2人とも、行きましょう!」

 

「はいっス!」「YES!」

 

近づいて来るアンデッド達を蹴散らしながら最奥へと目指すモモン達を見送ったリュウノは、ヤルダバオトの方を向く。

そのリュウノの表情に、ヤルダバオトは仮面越しに笑う。

 

「さて……たっちさんには本気で悪いが──」

 

そう呟くリュウノの表情は、まさに──

 

「──人間達には地獄を見てもらおうじゃないか。」

 

悪魔のごとく、人間を苦しめる事を楽しむ表情であると、ヤルダバオトにも思えた。

 



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第33話 悪魔の戯れ

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「嘘だろ……ありゃマジかよ!」

「すげぇ…あの2人、本当に強ぇ!」

 

冒険者達が見惚れていた。彼等が見ている先にいるのは、強敵ヴァンパイア2名と戦闘している美女2人。

無論、その2人は確かに美人だ。男なら、1度は抱きたいと思う程。

しかし、彼等冒険者達が見とれているのは彼女達の美貌ではない。彼女達の戦いがあまりにも凄かったからだ。

 

エレクトロ・スフィア(電撃球)!!」

ファイヤーボール(火球)!!」

 

ナーベの放った魔法とエリザベートの放った魔法がぶつかり合う。互いの魔法が接着した瞬間、まるで爆発のように互いの魔法が拡散する。

炎は吹き上がり、電撃が弾け飛ぶ。

炎の熱気と雷撃の光が周囲を照らす。

 

そんな第3位階の魔法を扱える者同士の戦いを、魔法職の冒険者達が少しでも見逃さないよう注意深く観察している。今後の魔法戦闘の参考になれば、という思いで。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

炎と雷撃が消え、爆発がおさまった直後、エリザベートの笑いが響き渡る。

 

「喰らいなさい!おんなァァァ!」

 

エリザベートが爆発後の煙を吹き飛ばしながら突っ込んでいく。人間の身体能力を遥かに上回る脚力による突進、そのスピードはぶつかるだけで人を殺せる程の速さだ。

手に握り締めたレイピアを構え、ナーベを一撃で仕留めようと迫る。だが──

 

ディメンジョナル・ムーブ(次元の移動)。」

 

エリザベートのレイピアが空を切る。先程まで目の前にいたナーベが消えていた。一瞬驚いたエリザベートは、慌ててナーベの行方を探す。

 

「どごだ!?逃げたか?」

 

ナーベが使用した魔法は転移系の移動魔法。本来なら、戦いから離脱するための逃走用に使われる事が多い魔法である。しかし──

 

「こっちよ、どこを見ているのかしら?」

 

真上から聞こえる声、それに反応したエリザベートが顔を向けた瞬間、エリザベートの顔に何かがぶつかる。

パリンッというガラスが割れる音、そして飛び散る液体、それを顔に浴びたエリザベートが絶叫を上げる。

 

「ぎぁあああああ!!顔が!私の顔がぁぁあ!」

 

自分の顔にかけられたのがポーションの液体だと理解したエリザベートが、激痛に耐えようと両手で顔を押さえる。

アンデッドに対して回復アイテムは武器にもなる。ポーションをアンデッドに投げつけたり、ぶっかけたりできれば、それだけで浄化して倒す事も可能なのだ。

 

「痛がってるところ悪いけど……たくさんある事忘れてない?」

 

エリザベートはハッと我にかえる。そして思い出す。バレアレ家特製のポーションの荷馬車がすぐ傍にある事を。

 

「怪我してるようね。ポーションで治して(殺して)あげるわ。」

 

「ひっ…!」

 

先程上空から聞こえたはずの声が地上から聞こえ、エリザベートは最悪の予想を考える。が、もう遅い。

次の瞬間、自分の身体めがけてポーションが次々と投げつけられる。投げつけられたポーションが、エリザベートの身体をゆっくりと浄化し始める。

 

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」

 

耐え難い苦痛に悲鳴をあげならがエリザベートがもがく。しかし、触れるだけでダメージを受ける液体を防ぐ方法が避ける以外ない彼女に──

 

ライトニング(雷撃)!」

 

容赦ない魔法の追撃が撃ち込まれる。身体を怯まされ、逃げる機会を与えられない。

 

「貴方、醜い姿を見られるのが嫌いだそうだけど──」

 

ポーションを投げつけながら、ナーベが冷たい視線を送る。消えかけ寸前のエリザベートに、トドメと言わんばかりの言葉を言い放つ。

 

「──今の姿も充分醜いわよ?」

 

それが、エリザベートが最後に聞いた言葉だった。

 

 

 

◆◇◆

 

 

「ぐっ…!お、おのれぇぇ!」

「あちゃ〜…流石の再生能力っすねぇ。()()()()()()()()回復するのは。」

 

ひしゃげた手足を再生させながら、ヴラドはルプを睨めつける。

 

「余を相手にここまでやるとは!女、何者ぞ!?」

 

「ルプって言うっす。か弱い美女シスターっすよ?」

 

「嘘をつくな!余を愚弄するのは許さんぞ!」

 

槍を構え、ヴラドは得体の知れない女、ルプに飛びかかる。

 

「ぬんっ!」

「よっ!」

 

吸血鬼の王ヴラドの槍とシスター風の格好のルプの持つ聖印を象ったような巨大な武器が激しく何度もぶつかり合う。ヴァンパイアの身体能力と互角に張り合うルプに、ヴラドは驚きを隠せない。

 

「女!ただのシスターではないな?そのような大きな獲物を軽々と振り回すなど、普通の小娘にはできぬ!」

 

「いや〜バレちゃあしょうがないっすね!」

 

ヴラドの問いかけに、まったく隠す気のなかった雰囲気で言い返すルプ。

 

「そうっす。私は、戦うシスターなんっすよ。」

 

「それは見ればわかる!その力、貴様は人間ではない──」

 

ヒール(大治癒)!」

 

ヴラドが言おうとした言葉を察したルプが慌てて治癒魔法をヴラドにかける。

 

「──ぐぅああああ!」

 

突如襲ってきた激痛に、ヴラドが顔を歪ませる。

 

本来、治癒系魔法は傷を治し、身体を治療するための魔法である。しかし、アンデッドの場合は逆であり、治癒系魔法や復活系魔法をかけられるとポーション同様ダメージを受ける。

アンデッドモンスターの傷を癒す場合は、即死系魔法を使用しなくてはならない。

 

「それ以上喋るなっす。」

 

そう呟くと、ルプが容赦なく武器を振り下ろし、ヴラドを叩き潰す。何度も容赦なく振り下ろされる武器により、ヴラドの身体が潰れていく。

 

「ぐっ──あっ──」

 

「そろそろ終わりにするっす。楽しかったっすよ。」

 

グチャグチャになった状態から再び再生しようとするヴラドに、ルプが魔法をかける。

 

<ヴロウアップフレイム/吹き上がる炎>

 

ヴラドの足元に現れた魔法陣から巨大な火柱が現れ、ヴラドを包み込んでいく。

 

「──ぐっ──ぉぉおおおおああぁぁ──!」

 

絶叫を上げながら燃えていくヴラドに、ルプは笑顔で言う。

 

「神の名の元に浄化されよ、悪しき魂よ。なんちゃって☆」

 

炎が消えた頃には、ヴァンパイアは灰へと変わっており、そこにヴァンパイアの王の姿はなくなっていた。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「凄い!あの2人、ヴァンパイア達を全滅させましたよ!」

「流石、ルプちゃんとナーベちゃんだ!」

「君達の言う通り、モモン君のチームは凄いなぁ!」

 

ルプ達の戦いの一部始終を見ていた冒険者達が、彼女達の勝利を賞賛する。

一つの脅威が去った事、退路が確保された事に安堵する冒険者達。

 

しかし、その安寧が一瞬だった事を、冒険者達は思い知らされた。

それは──墓地の方が急に明るくなったのと同時に起きた。

 

「ぎゃぁぁぁぁ──!!」

「うわぁぁぁぁ──!!」

 

突如上がった悲鳴。それは──悲鳴が上がる直前に飛んできた大量の火球。それが防護壁の上に居た冒険者数十名に命中し──火だるまになった者達の悲鳴だった。何故大量の火球が飛んで来たのかそれを確認し始める冒険者達。

 

「馬鹿な……」

「おい、あれ……」

「嘘だろ……こんなのってありかよ…。」

 

ヴァンパイア達に夢中になっていた者達が、墓地の状況を見て絶望する。

 

「下がれ下がれ!たっちさんも早く!」

「わかってます!後ろに気を付けて下さい!」

「守りを固めろ!アレはちとヤバいぞ!」

 

たっちを含むリュウノ達全員が、防護壁手前まで下がって来る。

 

何故彼等が後ろに後退したのか。その原因を見た冒険者達は目をうたがった。それは──

 

「何だよあの数!ありえねぇだろ!」

「30…40…50…!駄目だ!ありゃ100超えてる!」

「まさか!?信じられるかよ!プラチナ級冒険者でも苦戦する死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が100以上だと!?」

 

──墓地の奥、三方向から50ずつ、合計150体の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の大軍が現れたからだ。

 

 

死者の大魔法使い(エルダーリッチ)──邪悪な魔法使いが死んだ後、その死体に負の生命が宿って生まれるというモンスター。知性の無いアンデッドモンスターとは違い、宿した英知は常人を凌ぐほど。豪華な、しかしながら古びたローブで骨と皮からなる肢体を包み、片手には捻じくれた杖を持つ。骨に皮がわずかに張り付いたような腐敗し始めた顔に邪悪な叡智を宿している。

 

モンスターとしての強さは22レベルで、冒険者チームなら白金(プラチナ)級では少々厳しいが、ミスリル級ほどの強さがあれば勝算は十分にある。

しかし、それはあくまで一体だけの場合だ。

 

仮に、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が約7体も居れば、1つの小都市を攻め落とすことすら可能かもしれない戦力となる。

そんな存在が100体以上。しかも、全員が第3位階魔法の範囲魔法<ファイヤーボール/火球>を100m先から連発できるのだ。

 

リュウノ達が後退するのも頷ける。100発以上もの火球が一斉に飛んでくればひとたまりもない。

実際、先程飛んで来た火球がそうなのだろう。墓地を埋め尽くさんばかりの爆炎と熱気が防護壁周辺を中心に燃え広がっている。

 

「こんなの…どうしろと言うのだ……」

「地獄だ…俺達は、地獄を見てるんだ!」

「もう、エ・ランテルはお終いだ……」

「勝てっこなぇよ……」

 

冒険者達はもはや諦めかけている。戦意を失い、防護壁へと迫ってくるアンデッド達を眺めるしかなかった。

 

「流石のリュウノ君達でも、アレは無理か……」

 

冒険者組合長のプルトンも敗北を確信した。あれには勝てないと。アダマンタイト級冒険者が数チーム居たとしても、アレには勝てないだろうと。

 

「くそ!どうすれば……!」

「せめて、防護壁より向こうに行かせるな!」

 

リュウノとたっちが真ん中に陣取り、左右一列にリュウノの部下達が並び、防護壁前に最後の防衛ラインを築く。

 

死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の大軍の内、50体が右側、反対側にも50体が移動し、リュウノ達を輪っかのように包囲しだす。

中央部分の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)達がやや遠い所で待機している。

 

完全包囲網──それができた段階で、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)達の攻撃が止まる。

それを合図に、悪魔2人がリュウノ達の目の前にやって来る。

 

「さあ、遊びはここまでです。もはや打つ手は無いでしょう?冒険者の皆さん。」

 

「くっ……!」

 

冒険者組合長であるプルトン・アインザックは必死に打開策を考える。しかし、何一つ思いつかない。エ・ランテルの戦力だけでは到底無理だと思うしかない戦況である事は明白だ。

死者の大魔法使い(エルダーリッチ)達が手に火球を生み出し、いつでも発射可能な状態を維持している。あれが一斉にリュウノ達に発射されたならばどうなるかなど、考えたくもない。

 

冒険者達がどうする事もできない状況であると理解した魔王は、不敵な笑みをうかべながら「取り引きしませんか?」と人間達に言い始めた。

 

「そちらの美しい竜人を引き渡せば、()()()()退()()()()が?どうします?」

 

思いがけない提案に、冒険者達の視線がリュウノに集まる。

リュウノを悪魔に差し出すのは非道な行為だ。何故ならリュウノはエ・ランテルを守ろうと奮闘した人物だ。アンデッドの軍勢を墓地に押しとどめ、さらには組合長などの人命まで救った恩人である。

そこまでしてくれた人物を悪魔に引き渡す。それは恩を仇で返すような行ないに近い。

 

だが、この絶望的な状況を変えられるかもしれない唯一の方法でもある。

しかし──リュウノに、取り引きに応じるよう頼む者は居ない。そんな残酷な事を最初に言いたくないのだ。もし、そんな事を言える者が居たとしたら、それは血も涙もない悪魔のような心の持ち主だろう。

彼等冒険者にとって理想なのは、リュウノ本人が自ら取り引きに応じてくれる事だ。

しかし、肝心のリュウノは悪魔を見つめたまま沈黙したままだ。

 

その時、「騙されるな!」とたっちの声が響く。

 

「どうせ嘘に決まっている!撤退するのは()()()()()で、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)はそのまま残していくつもりだろう?」

 

たっちの言葉を聞いた冒険者達が我にかえる。そして、リュウノを引き渡せば助かるかもしれない、と少しでも考えていた事を後悔する。

危うく悪魔の言葉に乗せられてしまう所だったと。少し考えれば想像できた事だったと。

そして悪魔に対する認識を改める。悪魔は人を騙し、弄ぶ存在だと。

 

「む?──」

 

人間達が取り引きに応じる気配がなくなった。そう感じ取った魔王は顎に手をあて、どうしようかと思案する。

それを見たヤルダバオトが魔王に声をかける。

 

「魔王様。ここは私にお任せを!」

 

「ほう?何か策があるのですか?ヤルダバオト。」

 

「はい。英雄(ヒーロー)なら必ず応じるであろう、策がございます!」

 

「ふむ。では、貴方に任せますか。」

 

「ありがとうございます!」

 

ヤルダバオトは深々と一礼すると、耳に手をあて、誰かに伝言(メッセージ)を飛ばす。

 

()()を連れて来なさい。」

 

その直後、悪魔二人と後方に距離を置いて待機していた死者の大魔法使い(エルダーリッチ)達の間に転移の魔法陣が現れる。

そこから現れた集団を見て、たっちと冒険者達は息を呑んだ。

 

「あれは、人間?」

「大勢の女と子供……と数匹の……悪魔?」

 

突然現れたそれ等を眺めていた冒険者達が訳がわからず困惑していると、今まで沈黙していたリュウノが口を動かす。

 

「なるほど……そうか。人質まで用意していたか。」

 

人質──その言葉を聞いた冒険者達がようやく事態を理解する。

 

魔法陣から現れたのは、大勢の人間の女性と子供、それを見張っている悪魔数体だった。

 

人間達は、周りを囲っている悪魔達に怯えているようだったが、転移後に突然目の前に現れた死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の軍勢を見て、さらに怯えている様子だった。子供をしっかりと抱き寄せ、何とか子供だけでも守ろうと勇気を振り絞っている母親らしき存在が多く見える。

 

今の状況を観察したリュウノは、得た情報を整理する。

まず、人質が女と子供な理由──至極単純だ。力の弱い女や子供なら、反抗されても対処しやすいからだ。それに、子連れの母親なら子供の命を優先し、敵に攻撃を加えるような行為を避けるはずだ。

 

次に悪魔だ。見張りの悪魔はそこまでレベルが高くない種類であり、倒すだけなら一瞬で可能な範囲だ。

人間を転移させたのは見張っている悪魔達だろう。なら、再び人間達を何処かに転移させる事も可能という状況でもある。

 

つまり──この人質は交渉用の道具という事だ。

 

「避難所に居た民間人を人質として確保させていただきました。」

 

ヤルダバオトがそう告げると、魔王が拍手をしながら賞賛する。

 

「素晴らしい!流石、私の忠実な下僕だ。こんな時のために、人質まで確保していたとは驚きです!」

 

「ありがとうございます、魔王様。」

 

ヤルダバオトが──仮面で顔がわからないが、おそらく──嬉しそうにお辞儀をする。

そして顔を上げると、冒険者達に向かって話し出す。

 

「という訳で、そちらの暗黒騎士と人質を交換……という事にしませんか?」

 

いきなりすぎる身勝手な取り引き、当然冒険者達は悪魔達に憎悪を向ける。人質を取られた以上、取り引きに応じないと人質が殺されてしまう可能性がでてくるからだ。

しかし、どうする事もできない。あの敵軍に勝てる戦力がいないのだから。

 

「魔王!関係ない市民にまで手をだすのか!?」

 

たっちの質問に対して、魔王が呆れたような態度で言い返す。

 

「当たり前でしょう?この都市を我が物にするんですよ?当然市民も巻き込まれるでしょうに。」

 

「モンスターと戦う事を生業としている冒険者が殺されるのは仕方のないことだと理解できる!しかし──」

 

まだ何か言おうとしたたっちをリュウノが手で制す。

 

「おい、悪魔。その取り引きに応じてやる。」

 

リュウノがハッキリ言い切った。たっちや冒険者達が驚きの声を上げる。

先程の取り引きでは何も言わなかったリュウノが、人質が絡んだ途端、自分の身を差し出す決断をしたのだから。

 

「リュウノさん、何を──」

 

「ただし、条件が二つある。」

 

リュウノは真っ直ぐ魔王を見据えて言う。リュウノの迷いない雰囲気に、魔王が興味をそそられたと言わんばかりの「ほう?」という声を出す。

 

「条件とは?」

 

「大人か子供……できれば子供を先に解放しろ。それが第一の条件だ。」

 

リュウノが出した第一の条件、それを聞いた冒険者達がリュウノの意図を理解する。

悪魔は平気で人を騙す。リュウノを確保した後、悪魔がアンデッド達に用済みになった人質を皆殺しにするよう指示する可能性だって充分ありえるのだ。

なら、せめて半分の子供だけでも安全を確保しておきたい。それがリュウノの狙いなのだろうと、冒険者達は察する。

 

「二つ目は?」

 

「都市と住民の安全。取り引きが終わったら、エ・ランテルから完全に手を引け。悪魔もアンデッドも全て撤退させろ。これが二つ目だ。」

 

「おや?それだと、貴方を諦めるか都市制圧を諦めるかの二択になるのですが?」

 

「当然。ほら、よくこう言うことわざを聞くだろう?『二兎追うものは一兎も得ず』って。」

 

このことわざは、二匹の兎を同時に捕まえようとして結局二匹とも捕まえられなかったマヌケな猟師の話が元になっている。

 

魔王登場の宣伝をするのは構わないが、市民にまで手を出すのは()()()()()だ。ましてやエ・ランテルの征服なんぞ、元から計画に無い。なにより、たっちさんが絶対に許さないはず。なら、せめて私だけの犠牲で抑えるのが妥協点だろう。

 

まぁ、ぶっちゃけた話……連れ去られても問題ないし。エ・ランテルの冒険者組合にも『二度と顔を出さない』みたいな事言っちゃったし。

 

「最初の取り引きだと、そちら(悪魔)ばかり得して、こっち(人間)は損ばかりだったからな。対等に取り引きするなら、そちらも多少のデメリットは背負うべきだろ。違うか?」

 

「理屈は分かりますが、嫌ですねぇ。人間と対等に取り引きなどしたくありません。」

 

「ならこちらも()()()()()()()が、いいのか?さっきも言ったが、力づくで奪うしかなくなるぞ。我は大人しく捕まる女ではないからな。」

 

「人質がどうなっても良いと?」

 

「お前達悪魔がきちんと約束を守ってくれる保証が無いからな。取り引きに応じた後、人質を皆殺しにされる可能性も充分ありえる。取り引きに応じようが応じまいが結果的に人質が殺されるのなら、我は抵抗する。だから選べ!我か都市、どちらかをな!」

 

リュウノは胸を張って魔王の返事を待つ。

魔王は両腕を組みながらしばらく考えこんだ後、横に待機していたヤルダバオトに視線を向ける。

 

「ヤルダバオト、貴方ならどうします?」

 

魔王に話しかけられたヤルダバオトは、顎に手をあて思案を張り巡らせてから答える。

 

「確実を狙うのであれば、彼女の取り引き条件にのるべきでしょう。私はそう判断します。」

 

「なるほど。では、まず子供だけ解放しましょう。悪魔達よ、人間の子供を解放しなさい。」

 

魔王の命令により、人質に向かって悪魔達が指示をとばす。

 

「子供ダケ移動ダ。早クシロ。」

 

悪魔に言われて、大人の女性達──特に母親達──は安堵する。

 

──これで子供達だけでも助かる──

 

そう思い、母親達は自分の子供に言い聞かせる。

 

「坊や達、早く避難しなさい。」

「やだよ、ママ!ママと一緒じゃなきゃヤダ!」

「大丈夫。大丈夫だから、早くお行き。」

 

必死に母親達が子供を説得し、半ば無理矢理ではあったものの、子供達を防護壁の方へ行かせる。

子供達が移動を開始したのを確認したリュウノが、防護壁の上にいる組合長に言う。

 

「組合長!子供を頼む!」

 

そう告げるリュウノの迷いない表情を見た組合長は、リュウノが英雄としての度量の持ち主であると改めて認識する。

 

──同じような見た目でも、こうも違うのだな──

 

いくら市民を助ける為とはいえ、自分自身を犠牲にする行為は並大抵の覚悟ではない。ましてや、相手は悪魔だ。どのような扱いをされるかなど想像もできない。少なくとも、良い扱いをされるはずがない。にも関わらず、リュウノの顔に後悔しているような雰囲気はなかった。

だからこそ、認識を改めたのだ。最初、冒険者組合で感じていた恐ろしい印象が、今の彼女からは微塵も感じない。それどころか、残虐非道な悪魔と似た姿をしているリュウノを信頼すらしている。

 

「わかった。」

 

リュウノの言葉に頷きながら答える。

リュウノが自分の身を犠牲にする事で得たチャンスである。何としても子供達だけは守らないといけない。

そう決意したプルトンは、周りに居た冒険者達に指示を飛ばす。

 

「みんな、門を開けて子供達を入れるんだ!」

 

開かれた門に向かって子供達が走っていく。泣きじゃくりながら、母親を呼びながら、それでも走る。きっと母親も助かると、再び再会できると信じて走る。

 

子供達が避難するのを見届けた魔王が催促する。

 

「さあ、子供は避難しましたよ。次は貴方です。私の嫁となる女よ!」

 

「ああ、わかっている。今そっちに行く。」

 

リュウノは手に持っていた邪剣を地面に突き刺すと、武器を所持していない事をアピールしつつ、竜騎士鎧を全身に装着する。

 

「何故鎧を着るのです?せっかくの美貌が台無しではありませんか。嫁となる女よ。」

 

「鎧はあくまで保身の為だ。ただでさえ、露出が多いんだ。どさくさに胸でも揉んでくるんじゃないかと心配でな。後、嫁とか言われても反応に困るからやめろ。」

 

「おやおや。照れ隠しですかぁ?」

 

「否定はしない。」

 

そう言うと、リュウノは魔王に向かって歩きだす。

 

ニタニタと笑う魔王に1歩ずつ歩み寄るリュウノを、他の冒険者達が為す術もなく見つめる。自分達の住む都市を守ろうと奮闘した人物が悪魔の手に渡ってしまう。それを阻止できない自分達の無力差を悔やむ。

だが、それと同時に嫉妬に近い感情も湧いている。誰もが憧れる英雄という存在、そう呼ばれるに等しい行いを迷いなくやれる彼女に対して。

 

──英雄という存在は、正しく彼女ような行動を平然やれる人物の事を言うのだろうと──

 

 

 

リュウノが魔王の前まで来ると、ヤルダバオトがリュウノの腕を後ろに回し、手枷をはめる。そして手枷から垂れていた鎖を魔王に手渡す。

 

「ご苦労。」

 

魔王はヤルダバオトを労いながら満足気に受け取ると、リュウノを見つめる。

 

「さて、ようやく私の物になりましたね。」

 

「うるさい。早く、女達を解放しろ。」

 

冷たい反応を返すリュウノに、魔王の顔の笑みがますます大きくなる。

 

「おやおや。つれないですねぇ。まぁ、安心して下さい。すぐに解放しますとも。でも、その前に確認しなくては!」

 

「確認?」

 

何の事か分からないという雰囲気のリュウノに、魔王が笑いながら言う。

 

「申し訳ありませんが、もう一度身体と頭の鎧を()()()もらえますか?魔法が込められた鎧なら、拘束されたままでも脱げるでしょう?」

 

何故また鎧を脱がないといけないのか。不思議に思いつつもリュウノは胴体と頭の鎧を外す。

 

「脱いだぞ。一体なにを──て、ちょ!?」

 

突如、魔王がリュウノを片手で抱き寄せた。片手でしっかりリュウノの身体を掴み、自分の身体に密着させる。もう片方の手をリュウノの顎にあて、無理矢理自分の方に向かせる。そして──

 

「──むぅ!?」

 

魔王がリュウノにキスをした。いや、正確にはリュウノの口の中に無理矢理舌をねじ込んだと言ってもいいくらいの強引なディープキスだった。

 

それはあまりにも不意打ちであり、リュウノもたっちも竜王達でさえも予想できなかった。

 

魔王の舌が容赦なくリュウノの口の中を這いずりまわる。予想以上にザラザラした長い舌が、リュウノの舌を──リュウノの喉の奥まで犯しつくす。口を閉じようとしても、バフォメットの顔をした魔王の分厚い舌が強引にこじ開けてくるのだ。

 

「おぶっ──んっ──!」

 

リュウノは突然の出来事に茫然とする。

分からないまま、されるがままにされる。抵抗を──拒絶の意思を見せるべきである事はわかっているのに、思考が追いつかない。

 

 

1分程──いや、もっと短かったはずではあったが──ディープキスをした魔王がようやく口を離す。長い舌がリュウノの口からズルリと這いずり出て、元の主人の口に収まっていく。

 

「はぁ〜……美味ですねぇ。」

 

魔王はまるで、美味しい飲み物でも飲んだ後のように、舌で口元を舐め回しながら味の感想を言う。

そして、身体を力なく仰け反らせて茫然としているリュウノに言う。

 

「いやー、最高でした。素晴らしい味でしたよ。」

 

そう言いながら、魔王はリュウノの身体を撫で回す。お腹や胸、首元を撫でながら、リュウノの頬を舌で舐める。

 

「良いものですねぇ。綺麗な物を目の前で汚す行為は!」

 

満足気に言うと、魔王はたっち達の方を向く。

 

「ところで、貴方達の大事な人が私に好き勝手されている訳ですが──」

 

「魔王……貴様は──貴様は!」

「我らの主人に、なんて事を!」

 

今にも怒りが爆発する。そんな雰囲気の彼等を見て、魔王は愉悦に浸る。

 

「──彼女は既に私の物です。」

 

ギリリッと歯ぎしりする音が竜王達から聞こえる。悔しさを堪えているのだろう。

当然だ。今、悪魔達を攻撃すれば、リュウノの頑張りが無駄になる。主人の顔に、自分達から泥を塗るような真似をする訳にはいかないのだから。

 

魔王ことウルベルトにとって、今の行為は悪魔として最高の演出であったと自負している。

たっちにとってリュウノは大切なギルドメンバーであり、ぞんざいに扱われていい存在ではない。竜王達にとっても同じだ。大切な主人が悪魔に好き勝手されるのを黙って見過ごすような性格ではない事も理解している。

 

そんな大切な存在であるリュウノを彼等の前で思うがままに扱かう。実に悪魔らしい振る舞いか。悪として、これ程素晴らしい行いがあるだろうか。

 

必死に耐えているたっち達に魔王は嘲笑う。

 

「何か文句でも?」

 

その言葉で、たっち達は理解する。

あの悪魔はわざと自分達の目の前でリュウノの身体に手を出したのだ。それを見た自分達の表情を確認するために。

 

「魔王!貴様ぁぁぁ一!」

「許さぬ!許さぬぞ、悪魔め!」

 

たっち達の怒りに満ちた声が響く。各々が武器を構え、今にも斬りかかりそうな雰囲気である。

 

「おっと!少しからかい過ぎましたか。安心して下さい。人質は解放しますので。」

 

魔王が悪魔達に命じて、人質の女達を解放する。

その時、魔王が手を耳にあてる。そして、何か頷くような仕草をすると、たっち達の方を向く。

 

「さて、これで取り引きは終了ですね。では、私達は撤退しましょうか。」

 

「かしこまりました。」

 

「では、皆さん。彼女は貰っていきます。ですがご安心を。彼女には立派な我が子を産んでもらう予定ですので、大切に扱いますから。では、さようなら。」

 

悪魔達とリュウノが転移魔法により姿を消す。

 

「待て、悪魔!アンデッドが消えてな──」

 

そう言いかけたとき、周りにいたアンデッド達が突如霧状になり、一瞬で姿を消滅させた。

 

「これは!?」

 

たっちが驚いていると、墓地の奥からモモン達が走って来た。

 

「皆さーーん!ズーラーノーンの連中を倒してアンデッドの召喚儀式を止めました!これでもう安心ですよ!」

 

そう言いながら、モモンは周囲を見渡し、ある人物が居ない事を確認する。

 

「たっちさん、リュウノさんは?」

 

「モモンさん……」

 

とても明るい雰囲気ではない事を察したモモンが状況を察する。何より、リュウノが所持していた邪剣が、地面に突き刺さったまま放置されている事も決定的な証拠だった。

 

「まさか、リュウノさんは……」

 

「はい。悪魔に連れて行かれました。」

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

「いやー、すいませんでした、リュウノさん。」

 

「…………」

 

ナザリックの玉座の間にて、ウルベルトがリュウノに謝っている。

理由は当然キスの事である。

 

リュウノは、デミウルゴスが用意した──様々な動物の骨で作られた──椅子に座りながら、ブスッとむくれていた。

 

墓地からナザリック表層部に転移して、ようやく頭が動きだしたリュウノにより、墓地のアンデッド達は姿を消した。

残された竜王達とたっちさん、モモンチームが上手く冒険者組合に話して、後処理を行っておくという事らしい。

 

「モモン達が帰って来るまで、ウルベルトさんとは話したくない。」

 

「おやおや。困りましたねぇ。あんなに熱いキスをした者同士ではありませんか。」

 

「ああ、もう!その話をNPC達の目の前でするな!恥ずかしいだろうが!」

 

「何故です?ナザリックの未来に関する大事な案件で──」

 

「もういい。私は自室に引きこもらせてもらう。」

 

そう言うと、リュウノはギルドの指輪で転移していった。

 

「ふむ……やはり、少しやりすぎましたか…。」

 

残されたウルベルトとデミウルゴスに、守護者統括の役職を持つアルベドが興奮気味に話しかける。

 

「ウルベルト様!私で良ければ、何人でも子作りいたしますが?」

 

サキュバスであり、ビッチ設定があるアルベドがグイグイと迫って来る。

 

「あー……すまないアルベド。私から見て、貴方からは魅力が感じられないのですよ。」

 

「───ッ!?そ、そんな!やはり、殿方は『最終決戦装備・裸エプロン』のほうが好みだと言うのでしょうか!?では、今すぐ着替えてきます!」

 

走り去って行くアルベドを見ながら、ウルベルトはヤルダバオトに言う。

 

「私も自室に戻ります。モモンさん達が帰ってきたら、教えてください、デミウルゴス。」

 

「ははっ!」

 

ウルベルトがギルドの指輪で転移して姿が消える。それを見送ったデミウルゴスは、玉座の間で1人笑う。

 

「後継者計画は順調、と。……少し、ウルベルト様がやり過ぎてしまった部分はありましたが、問題ない範囲です。ああ、楽しみです!ウルベルト様がリュウノ様と共に子供をお作りになられる日が!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、バフォメット(山羊)とキスする日がくるとは思わなかった。動物のヤギや羊とキスしたり、顔を舐め回されたりする事はあったけど、ディープキスされたのは初めてだった……。百科事典(エンサイクロペディア)に書いとこ!えーと……バフォメットの舌はザラザラしている──と。後、意外に長い。────よし。記入終わり。」

 

リュウノは百科事典(エンサイクロペディア)を閉じる。

 

「はっ!?そうだ!今の流れなら、ウルベルトさんに裸になってもらえるんじゃね?バフォメット(山羊)の身体の構造や生殖構造を知る事ができる、大チャンスじゃないか!?」

 

先程までむくれていたのが嘘のように、リュウノは興奮する。

キスぐらい、いくらでもするし、させてもよい。さすがに()はそう簡単に差し出せないが、現実世界に存在しない動物の交尾が見れるなら、我が身を犠牲にしてでも調べる価値が──

 

「いや、さすがに不味いな。アインズに怒られる。動物愛も程々にしておくか。しかし、バフォメット(山羊)のディープキス、中々に良かったな。それとも、ウルベルトさんがテクニシャンだったのだろうか?」

 

そんな事を考えながら、リュウノはデミウルゴスに伝言(メッセージ)を飛ばす。

 

「デミウルゴス、今暇か?」

 

「はい。何か御用でございますか?」

 

「ああ。私の人間の姿を、各階層守護者及び領域守護者達に知らせておきたい。スマンが、同行してくれないか?私だけでは不安でな。」

 

「かしこまりました!すぐにそちらに向かいます!」

 

 





次の話で、第一章は終わります。
第二章からは、ストーリーのオリジナル要素が高くなると思います。


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第34話 報告会

更新遅れてすみません。
年末が忙しくて書く時間があまりなかったのです。



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──ナザリック・玉座の間──

 

 

「では、これより近況報告会を行う。」

 

玉座に座ったアインズの──支配者に相応しい──声が玉座の間に響く。

 

「なお、ヘロヘロさんとセバス、ソリュシャンは、任務中で欠席の為、今いる我々だけで報告会を行なう。」

 

アインズの前には、片膝をついて忠義の意を示したNPC──階層守護者や領域守護者、その他高レベルの者──達が勢揃いしており、誰もが真剣な表情で玉座に座ったアインズを見ている。

 

そんな光景を、アインズの隣に設置された玉座──デミウルゴス手製の椅子──に座りながら、リュウノは恐る恐るといった感じで眺めている。

 

アインズの座る玉座の横には、アインズの左手側に2つ、右手側に3つの玉座──これもデミウルゴス手製の骨で作られた玉座──が設置されており、至高の御方ことギルドメンバー達が座っている。

私の席はアインズの左手側で、私のさらに隣はウルベルトさんが座っている。

反対側には、たっちさんとペロロンチーノさんが座っており、空席はヘロヘロさんの席だと言う事がわかる。

 

デミウルゴス手製の玉座は、様々な動物の骨で作られた椅子だったのだが、たっちさんだけが座るのを拒否した。その為、たっちさんだけがアインズの魔法で作られた、漆黒の大理石の椅子に座っている。

デミウルゴスの椅子に座るのを拒否した理由は大体察しがつく。たっちさんの趣味に合わなかったのだろう。

 

正直に言うと、私も遠慮したかった。デュラハンや竜王合体した時の肉体と精神状態なら平気だったかもしれない。が、ただの人間の状態だと、骨で作られた椅子に座るというのがなんとも快くない。オマケに骨が硬すぎてお尻が痛くなってしまうのだ。

 

──後でクッションを敷くか、椅子を変更しよう──

 

と、いつもの状態なら考えていたであろう。

だが今の私には、そんな事を考えている余裕がない。今は、自分の周りに人間じゃない者達がたくさんいるという状況に、慣れる事に必死だからだ。

 

それは何故か?答えは、今の私が人間だからだ。

 

ナザリック地下大墳墓のほとんどのNPCは、人間を見下す設定が多い。中には人間を食料にする者まで居る程だ。

 

今の私からしてみれば、ナザリック地下大墳墓にいるほとんどのNPCが恐怖の対象に見えている状態なのだ。わかりやすく言うなら、化け物が蔓延る魔王城に1人の人間が入りこんで取り囲まれた、という感じが1番しっくりくる状況だ。

 

安心できるのは、人間種であるアウラやマーレ、人の姿に近いプレアデスのメンバーの何人かであり、他のNPC達に関しては平気ではない。

 

特に恐怖公は見るだけでも気持ち悪い。ユグドラシル時代から苦手ではあったが、リアルに動くようになってさらに気持ち悪るさがアップしている。

先程、デミウルゴスを連れて挨拶に行った時、配下のチビゴキブリがワラワラと寄ってきたときは悲鳴を上げた程だ。うん。もう一生、恐怖公の部屋には行かない。行きたくない。

 

 

─────────────────────

 

 

恐怖公とは、ナザリックにいる直立する30センチのゴキブリである。

ナザリック地下大墳墓の第二階層にある、黒棺(ブラック・カプセル)の領域守護者という役職であり、同時に「五大最悪」の一人でもある。

第二階層なのでシャルティアの部下でもあるが、ナザリック女性陣からは外見的にかなり嫌われている。

 

 

─────────────────────

 

 

「(これが、人間視点から見たナザリックの恐ろしさか。でも、皆を恐れてるなんて、口が裂けても言えないしなぁ。それに、これは私側の心の問題であって、皆は悪くない訳だし。報告会が終わるまで耐えれば良いだけだ。報告会が終わるまでの辛抱だ。)」

 

そう思いながら、リュウノは必死に恐怖を抑え、ギルドメンバーに心配されないよう、恐怖を感じている事を隠す。

 

だが怖い。今まで平気だったのが嘘のように怖い。

──ユグドラシルの時には感じなかった。

──デュラハンの時でも感じなかった。

──竜王合体している時でも感じなかった。

 

見慣れたはずのナザリックの玉座の間に、見慣れているはずのNPC達が自分の前に勢揃いしている光景が、今は何故か──ただただ恐ろしい。

ぶっちゃけると、さっさとデュラハンの姿に戻って気持ちを楽にしたい。しかし、報告会が終わるまでは人間の──会話が可能な──状態で居て欲しいとアインズにお願いされたのだ。

 

「(あー……くそ…報告会が始まるまでは何ともなかったのに……何故だ?)」

 

リュウノはギルドメンバーを改めて一瞥する。

 

玉座に座り、最近の出来事に関する情報や報告を淡々とNPC達に伝えていくアインズ──何故か<スキル/絶望のオーラ>を発動させ、オーラを纏っている状態──と、それを聞いているギルドメンバー達が目の前に居る。

見慣れているはずのギルドメンバーの異形種の姿。それらも、身も心も人間に戻ってからはひと味違うものに見える。

 

たっちさんは鎧で全身を隠している為、さほど恐怖は感じない。というか、たっちさんが1番安心できる存在である。

 

ペロロンチーノさんはバードマンという種族のせいか、見た目が鳥っぽいので──自分が動物好きな性格が幸をそうしている補正もあってか──こちらも大丈夫。ただ、顔が鳥なので、素顔でも表情がわかりにくい。

 

ウルベルトさんも悪魔ではあるものの、バフォメット(山羊)という動物的要素が多いおかげか、こちらも何とか大丈夫である。しかし、その悪魔という種族である事が不安であって……あれ?ここは異世界に来てからずっと感じてたやつだから、変わらないか。

 

問題はアインズだ。アインズに関しては少しばかり恐怖を感じている。冒険者モモンの姿の時は平気だったが、いつもの死の支配者(オーバーロード)の姿は怖いと思ってしまう。元人間だと言うのは理解していてもだ。

 

「(絶望のオーラのせいで、そう見えてるのかな?)」

 

悪役ロールプレイの一環で、アインズが絶望のオーラを発動させて魔王みたいな演出をする事は、ユグドラシル時代でも何度か目撃している。

おそらく今回も、NPC達の前でわざとオーラを発動させて、支配者らしい振る舞いや雰囲気をだそうという見栄を張っているのだろう。

 

「(おかしいな…自分で召喚したアンデッド達は平気だったのに……何故アインズを怖いと思ってしまうんだろう?)」

 

アインズを見つめながら、王都の拠点で召喚した死の支配者の賢者(オーバーロード・ワイズマン)の事を思いだしていると、アインズが私の視線に気付いたのか、顔をこちらに向ける。

 

「どうかしましたか、リュウノさん?」

「──ッ!?」

 

ただ尋ねられただけだった。すぐ隣に居るアインズと視線が合っただけだった。でも、目の前にいるアンデッドと目が合った、それが怖いという感覚をさらに増幅させ、その感覚が体を走り抜ける。思わずビクリと体が跳ねる。

 

──なんで私はアインズを怖がっているんだ?いつもの見慣れた相手じゃないか──

 

「あ、いや……えっと──」

 

アインズの視線が──骸骨の頭の窪みに収まっている血のような赤い光を放つ目が──こちらを見つめて来る。それだけで、容易く相手を呪い殺せるのでは?と、思える程の恐怖を与えてくる。

 

──落ち着け、私!目の前にいるのはギルドメンバーだ。恐ろしいアンデッドじゃない──

 

「──なん…でも………ない。」

 

震える唇を動かし、ようやく絞り出した言葉。その歯切れの悪さを自分でも実感する。

 

「リュウノさん、どうしました!?顔色が悪いですよ?」

「ふぇっ!?」

 

骸骨のアンデッドが心配そうに伺ってくる。たったそれだけなのに、体が寒く感じるほど震えが止まらない。

 

──おかしい。軍服を着ているはずなのに、寒いし汗が止まらない。何でもないはずなんだ。ただ私の心が、精神性が人間に戻っただけだ。それ以外なんにも──

 

「リュウノさん?大丈夫ですか!?」

「リュウノさん、寒いっスか?体が震えてるっスよ?」

「………変ですねぇ……?」

 

ギルドメンバーが心配してくる。

 

「リュウノ様!?お身体に問題でも!?」

「ゾンビのように青ざめているでありんす!?」

「お姉ちゃん、リュウノ様どうしたのかな?」

「わからないけど、何だか怯えているようにも見えるけど……」

「リュウノ様。イカガナサイマシタ!?」

「尋常ではないご様子だね。もしや、毒の類いでも受けておられるのでは!?」

 

人間である私を、様々な異形種達が自分を心配してくる。

 

──やめてくれ。寄らないでくれ。私は大丈夫だから。ただ、皆が怖いだけだから。だから、だから!──

 

「あ──あ──」

「リュウノさん!?本当に大丈夫ですか?どこか具合でも──」

 

アインズの心配する手が私に向かって伸びてくる。骨の手だ。アンデッドの手だ。私を──私の首を絞め殺そうとするかのような──

 

──来るな、触るな、やめろよ、やめてくれよ…──

 

「やめろぉぉ!」

 

叫んでいた。そんなつもりはなかったのに。恐怖のあまり、叫んでしまった。身をよじり、アインズの手から逃れるような仕草までして。

 

ビクリと、アインズの手が止まり、静止する。私の叫び声に驚いたのだろう。周りに居た皆も動きを止め、こちらの様子を伺っている。

 

「リュウノ……さん…?」

「あ……」

 

──何をしてるんだ私は!謝るんだ、早く。皆を怖がる必要なんてないんだ!──

 

「──ごめん……そんなつもりじゃ……」

 

沈黙が流れる。私の荒い息づかいだけが、玉座の間に響く。歯がカチカチと鳴り、体の震えが止まらない。逃げたい。全力でこの場から、アインズから逃げたい。

 

──もう駄目だ、人間の身では耐えられない──

 

わからない。わからないが、私は椅子から立ち上がった。

わからない。わからないが、玉座の間の扉の方へ歩き出す。

わからない。わからないが、とにかく逃げたかった。

 

「リュウノさん!?どうしたんですか!?」

 

皆の不思議そうな、困惑したような視線が、私に集まるのがチクチクと感じる。でも逃げたい。そんなのどうでもいい。早く、アインズから距離を──

 

「リュウノさん、待って!」

 

玉座から立ち上がったアンデッドが──魔王が──死を具現化したような存在が、歩み寄って来る。その光景が、もはや心の最後の支えを壊した。

 

「いやあぁぁぁぁぁぁ!」

 

悲鳴を上げた。追いつかれたら死ぬ。殺される。そう思った。だから、走った。

 

──逃げないと!アレから逃げないと!──

 

一心不乱だった。NPC達──いや、化け物の群れを突っ切ってでも、あの死から逃れたい。もはやそれしか考えられなかった。

 

「あうっ!」

 

足がもつれた。コケてしまった。

 

──立て!早く!追いつかれる!死が、死神がやって来る!殺される前に!──

 

「リュウノさん!何故逃げるんです!?訳を話して──」

 

「嫌ぁぁぁ!」

 

死に追いつかれた。もうお終いだ。

 

──死にたくない!死にたくない!殺さないで!殺さないで!──

 

「死にたくない!死にたくない!」

 

叫びながら、もはや立ち上がる事もできず後ずさる。

 

「リュウノ……さん!?」

 

「殺さないで!殺さないで!」

 

涙を流し、失禁までしながら必死に懇願した。命乞いをせずにはいられなかった。

 

「落ち着いて下さい!何もしませんよ!?だから──」

 

──ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい──

 

「──ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい──」

 

もはや私の心が、精神が、まともでいられる訳がなかったのだ。

 

何故ならそれは───

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「──ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい──」

 

必死に命乞いを懇願し謝り続けるリュウノに、アインズは困惑していた。

 

「一体 、何が──?」

 

何故リュウノがこのような状態になったのか、理解できない。ただ、自分を怖がっており、自分から逃げようとしている事は理解できる。

 

アインズは周囲を見る。この状況を理解できる者がいないか、確かめるつもりで。

しかし、リュウノの異常な行動に、周りにいる皆が困惑していた。どうすれば良いのか、誰もわかっていない。

 

「どうすれば──」

 

対処に困ったアインズが、再びリュウノに問いかける。

 

「リュウノさ──」

 

名前を呼んだだけで、リュウノはビクリと身体を震わせ、再びアインズから逃れようする。

 

「助けて!誰か!私を助けて!殺される!化け物に殺される!誰かぁぁ!」

 

遂に、アインズを化け物呼びしながら、リュウノが助けを求め出した。周りから──NPC達からのどよめきが更に増す。すると──

 

「ご主人様!」「主人よ!」

 

ブラック達と竜王達がリュウノに駆け寄り始めた。主人を守ろうと、竜王達がアインズの前に壁のように並び、ブラック達がリュウノを抱き寄せる。

 

「ご主人様!大丈夫ですか!?」

 

ブラック達に抱かれるやいなや、リュウノが泣き始める。子供のような泣き方ではなく、恐ろしいものから命からがら逃げてきたような、悲鳴に近い泣き方だった。

 

「レッド!ご主人様に精神異常を治す魔法を!」

 

ブラックに指示され、レッドが魔法を唱える。

 

《竜のごとき心/ドラゴンズ・ハート》

 

レッドが唱えた魔法は、恐怖を癒やし、完全な耐性を与える魔法《獅子のごとき心/ライオンズ・ハート》より更に効果の高い魔法だ。

魔法をかけられた者は、ドラゴンのような威厳と強い自信を得る事ができ、何者にも屈しない精神状態になる。

 

魔法の効果により、リュウノが次第に落ち着きを取り戻す。深呼吸を繰り返し、自分の状態を確認し終わると、ブラック達に支えられながら立ち上がる。

 

「リュウノさん、大丈夫ですか?」

 

「ああ。大丈夫だアインズ。取り乱してすまなかった。」

 

リュウノが正常に戻った事に安堵する。周囲から、皆の安堵する声が聞こえてくる。

 

「やべぇ…漏らしちまった。床とズボンが台無しだぜ…。」

 

自分の失禁した痕跡を見て、恥ずかしそうにしているリュウノを、少しだけ可愛いと思ってしまう。

 

──って、そんな事考えている場合じゃない!──

 

下僕に床の掃除を指示する。いち早く、シャルティアの配下の吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライト)達が動き出し、床の掃除を始め出す。

 

その間、リュウノに事情を聞く。

 

「リュウノさん、何故私から逃げようとしたんですか?」

 

リュウノの不可思議な言動の原因を知ろうと、本人に確認をとるが、リュウノ自身も首を傾げている。

 

「わからん。最初はなんともなかったのに、途中から段々アインズが怖くなって……次第に周りの皆も怖い感じがしてきてな……。最後はパニック状態だった。」

 

リュウノが、自分の身に起きた事を順序通り言っていく。その時、リュウノの説明を聞いたバハムートがある事に気付く。

 

「主人よ、まさかとは思いますが……アインズ殿の絶望のオーラが原因の可能性は?」

 

まさか!──という声が下僕達から聞こえてくる。至高の御方がその様なミスをするはずがない──という声まで上がる程だった。しかし──

 

「あー……わかった。これは私のミスだ。すまん、アインズ。」

 

リュウノが全てを理解したという雰囲気でアインズに頭を下げる。

 

「どう言う事です?リュウノさん。」

 

「今の私が人間だと言う事は理解しているよな?アインズ。」

 

「ええ。それが何か?」

 

「今の私にはアンデッドの基本特殊能力の『精神作用無効』がないんだよ、きっと。だからアインズの絶望のオーラの影響を受けてしまったんだと思う。」

 

リュウノの説明に誰もが納得する。種族変更による基本特殊能力の変化なんぞ、リュウノ本人以外に確認が取れる訳ないのだ。

実際、アインズ本人もそうだ。ナザリックが異世界に転移し、身体がアンデッドそのものになってから、『精神作用無効』の能力を強く実感している。感情が昂ったり、下がりすぎたり、羞恥心などが強くなると、勝手に『精神作用無効』が発動し、平常時の感情に強制的に戻されるのだ。

 

「ユグドラシル時代から、精神異常とか食らった事なかったから全然気にしてなかったぜ。中途半端にデュラハン時のスキルとかが使えるから、余計に油断してた。これは装備の見直しが必要だなぁ……。デュラハン時と人間時で耐性や対策関係の装備品の付け替えをやらないとな。」

 

指輪やネックレス、腕輪などの装備品を確認し始めるリュウノ。しかし、すぐに顔を上げる。

 

「というかアインズ、いい加減ソレ止めてよ。また精神異常になりたくないんだけどぉ?」

 

「あ、すみません…。」

 

リュウノに指摘されるまで、絶望のオーラを発動し続けていた事に気付かなかった。すぐさまOFFにする。

 

「とりあえず、服を着替えてくる。ブラック達、付いてきてくれ。アインズ、すまんが先に報告会を進めといてくれ。」

 

「あ、はい。」

 

アインズは項垂れながら答える。

リュウノは自分のミスだと言っていたが、本当は自分が悪いのだ。

カルネ村でリュウノは言っていた。

 

『今更カッコつけても無駄だぞ?NPC達は、ナザリックが異世界に転移する前の出来事も覚えてるみたいだしな。支配者モードじゃない、お前の姿も見ちゃってるだろ。』

 

その言葉通りなら、多くのNPC達の前で支配者らしくない言動を見せていたに違いない。なら、そんな人物が偉そうに支配者面をしているのを気に食わないと思うNPC達が居るかもしれない。

だからこそ、下僕達から少しでも支配者らしく思われるように、絶望のオーラを発動させて玉座に座っていたのだ。

しかし、まさか隣に座っていたリュウノの精神を絶望のオーラでガリガリ削っていたとは思いもしなかったのだ。

 

『今更カッコつけても無駄だぞ?』

 

リュウノの言葉が重くのしかかってくる。

 

「(リュウノさんの言う通りだったなぁ……)」

 

普段通りのまま報告会をすれば良かったと、自分の行ないを後悔していると、リュウノが何か思い出したかのような感じで振り向く。

 

「なあ、アインズ。ついでにデュラハンに戻ってもいいか?それなら、装備の付け替えの手間も省けるんだが……」

 

「えーと…すみません。報告会後にギルドメンバーだけで話たい事があるので、そのままでお願いします。」

 

「えーマジか。人間の身体は喋れる以外、色々不便だからデュラハンに戻りたかったんだけどなぁ……。」

 

そうリュウノが呟いた時、デミウルゴスがニヤリと笑った事に気付く者はいなかった。

 

「まぁ。仕方ないか。……わかった。んじゃ、着替えてくる。」

 

リュウノがブラック達を連れて玉座の間を出ていくのを見届けると、アインズは自分の玉座に戻り、ため息を漏らす。

 

ギルド長という立場の自分が、大切な仲間を──わざとではなかったにしても──傷付けてしまった。

自分が絶望のオーラを発動している間、彼女は必死に耐え続けていたはずだ。耐えに耐え続け、耐えきれなくなって、逃げようとした。最終的に命の危機を感じさせる程、彼女を追い詰めてしまった。

もはやギルド長として、ナザリックの支配者として、見栄を張るどころの問題ではない。

 

「なんという事だ……。私はリュウノさんになんて酷い事を……。」

 

「アインズさん……」

 

落ち込んでいる自分を、ギルドメンバーが何度か励まそうしてくれるが、気持ちが晴れない。

 

「(こういう時、『精神作用無効』の能力が発動してくれればありがたいのだがなぁ……。)」

 

肝心な時に発動しない能力に苛立ちを感じていると──

 

「アインズ様。アインズ様が落ち着かれるまでの間、私が話をしてもよろしいでしょうか?」

 

デミウルゴスが手を上げ、許可を求めてくる。

ナザリック内でも一二(いちに)を争う頭脳を持つデミウルゴスの話とは何なのか。少しばかり興味が湧く。

 

「……構わん。好きにせよ。」

 

「はっ!ありがとうございます。」

 

デミウルゴスがNPC達の前に立ち、話始める。

 

「まず始めに、これから話す事はとても重要な事なので、(みな)心して聞いてほしい。」

 

デミウルゴスの言葉に、ナザリックのNPC達の視線が真面目なものに切り替わる。

 

「今から私が話す内容は、人間になられたリュウノ様がいかにどれほど大切な存在なのか、という内容だ。リュウノ様次第で、この偉大なるナザリックの未来が変わる。そう言ってもいい程にね。」

 

リュウノの存在が、ナザリックの未来に関わる。そう言われては、NPC達もアインズ達も無視できない。皆が注目する中、不敵な笑みを浮かべたデミウルゴスが、メガネをクイッと上げ、ウルベルトの方を向く。

 

「ウルベルト様。例の話……ここで話ても構いませんでしょうか?」

 

ウルベルトは即座に『後継者』の話だと分かり、「好きにしなさい。」と、OKサインを出す。

 

「ありがとうございます!では、ここに集まりし諸君よ!しばらく私の話にお付き合い願いたい。このナザリックの!いずれ産まれでる新しき支配者に関する話を!」

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

──勝(リュウノ)のマイルーム──

 

 

「(はぁ……人生最大の黒歴史だ。皆の前で小便漏らすとか……)」

 

リュウノはシャワーを浴びながら、先程の出来事を振り返っていた。

アインズにビビって、逃走して、スっ転んで、命乞いして、混乱して、失禁して、謝罪して、泣きじゃくった。

 

恥ずかしさと情けない言動のオンパレードを、NPC達の前で盛大にやらかした。

 

「やべぇ…ますますデュラハンに戻りたい。穴があったら隠れたいレベルだぜ……。」

 

シャワー室から出て、タオルで体を雑に拭くと、タオルを首にかけた状態で自分の部屋へと戻る。無論、裸のまま。

部屋には、本日、私の担当の一般メイドのデクリメントとブラック達と竜王達が待機していた。男性竜王達が私の体を舐めるように眺めているのがハッキリ分かる。竜王達がどんな反応をするか分かりきっていた私は、それを見なかった事にする。

 

「デクリメントは下着を取ってくれ。ブラック達は私の髪を整えてくれる?」

 

指示を出すなり、デクリメントが棚から下着を取り出す。ブラック達が素早く髪を整えるための小道具の準備を始める。

デクリメントから下着──男女共通タイプの物──を受け取り、身につける。椅子に腰掛けると、ブラック達が慣れた手つきで髪を整えてくれる。

その間に、リュウノは目の前の机に、様々な指輪などのアクセサリー系の装備品を置いていく。どれもこれも、耐性や状態異常などの守りに関する物だ。

 

「炎の耐性は確定として、対毒、対阻害、対精神……ううむ……人間時用の装備品の調整は、かなり手間がかかるなぁ……。というか、人間という種族の基本特殊能力がわからん。てか、そもそも基本特殊能力なんてあるのか?」

 

口ではそう言ったが、頭の中ではアインズの事でいっぱいで、人間の基本特殊能力なんぞ考えていない。

装備品を見直しているのは、今後同じミスを犯さないように──アインズ達に迷惑をかけないようにする為だ。

 

「(アイツの事だ。今頃玉座に座ってウジウジ悩んでいるに違いない。あまり引きずらないように、元気づけてあげないとな。)」

 

玉座の間に戻ったらどう振る舞おうか──そんな事を考えているうちに、ブラック達が作業を終える。

 

「ありがと。さて、衣装と防具もどうするか……。」

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

「結局、『黒竜の騎士鎧』を着てきてしまった……。」

 

灰色の軍服の上から騎士鎧を身に付け、ヘルム無しの首無し騎士スタイルで玉座の間の大扉の前にやってくる。

 

「(はぁ〜……玉座の間に入るのが、こんなに嫌だと思う日が来るとは……)」

 

盛大にお漏らした現場に──下僕やNPC達がまだいる状況で──戻るのだ。顔を隠すという些細な抵抗はしてみたものの、やはり恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

 

「(何を怖気付く必要がある!私はナザリックのギルドメンバーの1人!至高の御方と崇められている存在だ!堂々としていればいいんだ!そう、堂々と!)」

 

自分で自分に喝を入れ、大扉の前に進み出る。

自動で開き始めた扉の隙間から、部屋の中にいる者達の──これはデミウルゴスだろうか?──声が聞こえてくる。それと同時に、扉の開いた音に反応した下僕達──身体が大きいせいで前の方に並べなかった者達──の視線が一気に自分に集まる。

 

「(やべぇー!どっからどう見ても魔物の巣だよ!人間が立ち入っていい場所じゃねぇって!)」

 

一度、『恐怖状態』にさせられたせいか、その時感じた恐ろしさがフラッシュバックのように記憶から蘇る。

だが、思い出すだけで怖さは差程感じない。

 

しかし、実力差があるという部分では多少の怖さと警戒心は持ってしまうものだ。

 

例えばだ。

竜王合体をしていない状態の自分のレベルは85Lvだ。それに対し、玉座の間にいる下僕達の中には90Lvや100Lvといった者がチラホラ居る。

その中に飛び込めと言われて、死を覚悟しない者がいるだろうか?

ユグドラシルでは、10Lvの差があるだけで一方的な勝負になる事が多かった。100Lvのプレイヤーからしてみれば、90Lvのモンスターですら雑魚扱いできる者が居たりする程だ。

無論、竜王達のようなボスモンスターは例外ではあるが。

 

「(味方だと分かっていても、安心できねぇ……)」

 

意を決して玉座の方へまっすぐ歩む。

私が歩んで来るのを確認した下僕達が、私の邪魔にならないよう脇に寄って道を開けるのを確認して少しだけ安堵する。人間になった私に対しても──(醜態まで晒した後にも関わらず)──上下関係はしっかり保持されているようだ。

 

ガシャ、ガシャ、と私の歩く鎧の音が玉座に響く。

通り過ぎる私を見つめてくるのは、シャルティアの配下のアンデッド達、コキュートスの配下の蟲達、アウラ&マーレの配下の魔獣達、デミウルゴスの配下の悪魔達、その他ナザリックの下僕達だ。

 

そんな下僕達(彼等)の横を通りすぎ、並んでいた階層守護者達の横まで来る。守護者達も皆、歩いて来た私に深々と忠義の姿勢を維持しながら道を開ける。

Lv100の守護者達までが忠誠の意を示している以上、私の立場に変化があった、という事はないらしい。

 

そのまま歩いて守護者達の横を通り過ぎる。その途中、背後にあったブラック達や竜王達の気配が動かなくなるのを感じる。おそらく、下僕達の列に加わったのだろう。

つまり、ここからは1人である。心から安心できる存在がそばを離れた事で、少しばかり不安な気持ちになるが、いつまでも甘えてばかりはいられない。

足を止めず、そのまま玉座に向かって歩く。

 

守護者達の列を抜ければ、玉座はもう目の前だ。

デミウルゴスが玉座の近くで跪いているが、理由はわかる。先程まで皆の前で何か発言していたからであろう。

そのデミウルゴスが何も言わず忠義の姿勢をとっているという事は、私が玉座に座るのを待っているか、私が何か発言するかもしれない事を察して待機しているのだろう。

ならば、言う事は1つだ。

 

「すまない、デミウルゴス。演説の邪魔をしてしまったかな?」

 

「いえ、問題ございません。それよりもリュウノ様がお戻りになられた事に我ら下僕一同、嬉しく思っております。」

 

デミウルゴスの言葉に合わせ、下僕達が微笑みを私に向けて来る。1部、顔の変化がわからない者がいるが、とりあえず皆が微笑んでいるという事にしておく。

 

「そ、そうか。皆には心配をかけてしまったな。私はもう大丈夫だから、皆安心してくれ。」

 

下僕達から安堵する声がざわざわと上がる。が、すぐにおさまる。

私はデミウルゴスから目を離し、玉座に座るアインズに目を向ける。

 

骨の顔、骨の手、骨の胴体。これらを見て、アインズが元人間だと誰が理解できるだろうか。アインズの事をよく知る私でさえ、目の前のアンデッドが私の知る『鈴木(すずき)(さとる)』と同一人物なのか疑いたくなる。

死の支配者(オーバーロード)というスケルトン系のアンデッドの最上位種、その姿を見て恐怖を感じるなというのは、人間という種族に変化した私にはあまりにも辛い要求だ。

しかし、そのアインズと私は親友であり、幼なじみであり、対等な仲間である。ゆえに私は信じるしかないのだ。目の前のアンデッドが、アインズ(鈴木悟)であると。

 

「待たせてしまったかな?アインズ。」

 

軽く片手を上げ、明るい感じでアインズに語りかける。

 

「いえ、そんな事は──」

 

アインズの返事がかなり暗い。いや、元気がないと言うべきか。やはり、先程の『絶望のオーラ』の件を気にしているのだろう。と、判断する。

というのも、骨の顔のアインズの表情は変化しないのだ。なので声の雰囲気でアインズの感情を読み取るしかない。

 

「──それよりリュウノさん。一応確認の為聞きますが、本当にもう大丈夫なんですか?」

 

「ああ。私のミスで迷惑をかけた。すまなかった。」

 

「何を言ってるんです!悪いのは私です!私が『絶望のオーラ』なんか発動したばっかりに、リュウノさんに酷い事を……」

 

『絶望のオーラ』の件をアインズはかなり負い目に感じているらしい。なら、こちらがいくら『自分のせいだ』と言っても、アインズは引き下がらないだろう。という事なら、この場を収める方法は1つしかない。

 

「なら、両方悪かった。という事にしようぜ。」

 

「ですが……」

 

アインズは納得できていないようだ。

これは話題を無理矢理変えた方が良さそうだ。

 

「私もアインズも、コッチの世界に来てから色々あったんだ。小さな事をウッカリ忘れる事もあるだろうさ。だから気にするな。それよりも、今は1番気にするべき事を確認するべきだろ。違うか?」

 

話題を変える方向に持っていく。

 

「気にするべき事?」

 

「ああ。他のプレイヤーが存在しているかも知れない情報が幾つか見つかったろ?それにどう対処するか、話し合おうぜ。」

 

「あ、ああ。そうですね。」

 

話題が切り替わった事で、アインズも気を取り直した様だ。

問題が1つ解決した事に私は安堵しつつ、アインズの隣にあるデミウルゴス製の玉座に座る。

スキル『がらんどう』のおかげで、身体の物理判定が消えている状態なので、玉座の硬さも鎧の硬さも気にならない。が、やはり骨で作られた玉座はあまり快くない。

 

ちょうど近くにデミウルゴスが居る状況なので、改善するように頼むか。

 

「デミウルゴス。」

 

「はっ!なんでございましょう、リュウノ様。」

 

名前を呼ばれた事が嬉しいのか、デミウルゴスが元気良く返事を返してくる。

 

「その…お前の作ってくれた玉座なんだが…人間の状態の私には硬すぎてな。長く座っているとお尻が痛くなってしまうんだ。」

 

デミウルゴスがわざわざ手間暇をかけて製作した物なのに、骨でできた玉座が『気にいらない』から、なんて言える訳がない。あくまで『お尻が痛くなるから』を理由にした。

 

のだが──

 

そこまで言った時、デミウルゴスの表情が変わる。慌てている、あるいは焦っている様な感じの表情だ。

 

「申し訳ありません!リュウノ様のお体の状態に合わせて作るべきでした。そこまで頭が回らなかった、この私をお許しください!」

 

かなり真剣に謝罪してきた事にビックリする。そこまで慌てる様な事だろうか?とりあえず、落ち着かせるか。

 

「あ、いや…コホン。わざわざ玉座を作ってくれた事は感謝しているぞ、デミウルゴス。デュラハンの時の私であれば、文句のない逸品と思っていたかもしれない程だ。ただ、人間になった私には少しばかり相性が悪かったというだけさ。」

 

「左様でございますか…。では、別の物を用意致しましょう。」

 

「そうしてくれると助かる。できれば、ソファの様な柔らかい素材の物に変えてもらえると嬉しいのだが。後、背もたれのところに穴を開けてもらえるとさらに助かる。」

 

「穴…ですか?」

 

デミウルゴスが不思議そうな表情をする。アインズ達や他の守護者達も小首をかしげているあたり、穴の意味を理解できていないのだろう。

 

「ああ。背もたれに穴があれば、竜人の姿の時に尻尾が邪魔にならなくて座りやすいからな。」

 

私の説明を聞いて大半の者が『理解した』という頷きを見せる。1部、守護者達の方から「竜人?」という呟きが聞こえた気がするが、私が竜人に変身できる事を知らない者が居たのかもしれない。

 

「なるほど!畏まりました。今すぐ新しい玉座の用意を──」

 

デミウルゴスが立ち上がり、どこかに行こうとする。今すぐ玉座を交換してほしい訳でもないので慌てて止める。

 

「ま、待て、デミウルゴス!今すぐ変える必要はない!それに、お前は演説の途中だったろ?先にそちらを済ませた方が良いのではないか?」

 

「ですが、至高の御方であらせられるリュウノ様に不快な思いのまま報告会を進める訳には──」

 

「アインズ達をこれ以上待たせる訳にもいかないだろ?それに、手短に済ませればお尻が痛くなる前に終わるかもしれないからな。」

 

「か、畏まりました…。では、演説を続けさせていただきます。」

 

デミウルゴスが下僕達の前に立ち、姿勢を正した状態で喋り出す。

 

「──諸君、先程話した通り、至高の御方の皆様は謎の弱体化により以前の強さを発揮できない状況が続いている事は理解してもらえたと思う。それに加え、リュウノ様は人間という脆弱な種族に変化なさっているので更に弱体化が激しくなっている状態だ。」

「現に、スレイン法国が寄越した暗殺部隊により、リュウノ様は心臓を刺され、生死の境をさまようほどの重症を負う事態にまで追い詰められた程だ。」

 

下僕達からザワつく声が上がる。至高の御方が殺されそうになった、死にかけたという事実に、怒りをあらわにする者や、死なずに済んだ事に安堵する者など、様々な反応を示している。

 

「諸君の、至高の御方の命を狙った愚か者達に対する怒りは大変理解できる。しかし、安心したまえ。至高の御方の命を狙った愚か者達は12人居たが、逃げて生き延びたのはたったの3人なのだ。残り9人の内、1人は生け捕り、後は至高の御方々によって始末されたよ。」

 

「おおー!」という事が玉座の間に響く。「流石、至高の御方々だ!」という賞賛するような言葉を言う者達も居る。

 

「しかも驚く事に、殺された8人の内、2人はウルベルト様が。同じく2人をペロロンチーノ様が。そしてなんと!残り4人は、心臓を刺され瀕死の状態であったリュウノ様が始末なさったのだ!しかも、戦闘が始まった時はリュウノ様が敵に囲まれた状態だったという絶体絶命な状況からの逆転劇なのだよ。これ程の事を弱体化した状態でもやり遂げられるのが、至高の御方の皆様なのだよ。」

 

デミウルゴスの演説を聞いて、下僕達が拍手喝采する。

 

「だが!凄いのはここからだよ、諸君。」

 

デミウルゴスが不敵な笑みをより一層強くしながら語る。

 

「人間の脆弱さを理解したリュウノ様は、なんと!それを克服する為に新たなお姿に変化なさったのだ!そう!先程リュウノ様自身がおっしゃっていた、竜人の姿に!」

 

下僕達から、リュウノが竜人に変身できる事に対しての驚きや困惑の声が上がる。

 

「リュウノ様。もしよろしければ、下僕達にウロボロス様と合体したお姿を見せていただけないでしょうか?」

 

「あ、ああ。別に構わんが……」

 

いきなりのお願いに少々戸惑いを隠せないが、この機会に皆に竜王合体の事を説明しておくのはアリだと判断する。

ウロボロスを手招きで呼び、例のごとく竜王合体を行う。

 

「では、諸君!刮目して見たまえ!これが、リュウノ様の新しきお姿だ!」

 

デミウルゴスの言葉に合わせるように立ち上がり、鎧を全て脱ぐ。

灰色の軍服を着ているせいで頭と手と生えた尻尾ぐらいしか変化した部分が見えない。なので、袖をめくって変化した腕をよく見えるようにする。

すると、ウロボロスと合体した姿を見せた途端、守護者達から驚きと賞賛の声が怒涛のように押し寄せる。

 

「はぁ〜♡なんと素敵なお姿でありましょうか!」

「あの翼、私の翼より立派でありんす!それに、あの目……はぁ♡あの目で睨まれたら漏らすのを我慢できる自信がないでありんす!」

「リュウノ様の手がブラックと同じドラゴンみたいになってるー!?」

「はわわぁ〜…とても、かっこいい、ですぅ〜。」

「何ト禍々シイオーラ!マサニ王者ノゴトキ風格…!」

 

下僕達からもまったく同じ反応がやってくる。特に、デミウルゴスの配下の悪魔達の反応が凄い。サキュバス達や女性悪魔は頬を赤らめ、うっとりしている。逆に、男性悪魔達は大興奮であり、鼻血を出しながらガッツポーズまでしている。

 

「(喜び過ぎだろ、アイツら!)」

 

竜王達とまったく同じ反応をしている悪魔達を見て、何時ぞやの竜王達のように、悪魔達が自分に交尾を求めてくるのではないかと不安になる。

 

「諸君、気持ちはわかるが落ち着きたまえ。至高の御方々に失礼ですよ?」

 

デミウルゴスの注意でようやく静かになる。

 

「ご覧の通り、リュウノ様は竜王様達と合体する事が可能なのだ。このような事を、その辺に居る脆弱な人間達ができるだろうか!無論、できないだろう。同じ人間という種族でも、その辺の人間とリュウノ様では圧倒的な差があるという事を理解してもらえたかな?」

 

下僕達がウンウンと頷く。中には、『自分達が仕える至高の御方なのだから普通の人間と違うのは当然の事だ。』と言いきる者達までいる。

 

「(なんか、さっきから我の事ばかり話すなぁ…)」

 

デミウルゴスの演説を聞きながら、リュウノは演説の内容にやたら自分の事を褒めたたえる内容が多い事に疑問に思う。

1つの可能性としては、先程の『絶望のオーラ』での件で、下僕達の前で醜態を晒した我の面目を取り戻そうとデミウルゴスが気を使ってくれている、という可能性だ。

となれば、もう充分な結果を得ているはずだ。これ以上褒めたたえられると、かえって恥ずかしい気持ちでいっぱいになってしまう。という訳で──

 

「デミウルゴス、もういいんじゃないか?みな、我のこの姿の良さを充分理解していると思うのだが…。」

 

──ブレーキをかける。私の素晴らしさを下僕達に伝えてくれるのはありがたいが、今優先してやる事ではない。というか、さっさと報告会を終わらせてデュラハンに戻りたい、というのが本音だ。

 

「……そのようですね。つい、熱が入り過ぎていたようです。申し訳ありませんでした。」

 

「謝る必要はないさ。お前の言う通り、人間という種族は脆弱だ。その弱さを実際に体験してみて、その脆弱さを理解し思い知ったからな。腹は減る、疲労をかんじる、眠くなる、頭が痛くなるなど、デュラハンの時には感じなかったものが、今の我にはかなり辛い。」

 

そこまで言うと、リュウノは玉座に座りため息をつく。

 

「思えば…人間になってから、暗殺されそうになるわ、王都で授与式に出るわ、エ・ランテルでアンデッド騒動を解決するわ等で、身体を休める時間があまりなかった。今の我は、初めて味わう過労に倒れてしまいそうだ。」

 

わざとらしく目元に指をあて、疲れてますアピールをする。これで、皆にも私が疲れている事が伝わるはずだ。現に、自分の演説で時間をとらせたデミウルゴスが申し訳なさそうな顔をし始めている。

 

「アインズ、早く報告会を終わらせようぜ。時間的にも、我の眠気が増す時間帯だ。寝ぼけながら報告を聞く訳にもいかないからな。」

 

「そ、そうですね。わかりました。」

 

 

そこからは割とあっさり話が進んだ。

 

まず、ユグドラシルについて調べまわって居るという『ツアー』という人物に関しては──正体が不明の為、ツアーやリグリットと知り合いと思われる『蒼の薔薇』と良好な関係を築いて、友好的な立ち位置での接触を試す方針になった。

 

 

次に、リュウノが置いてきた邪剣だが、組合長達と相談した上で、アインズが預かるという流れになった、という事らしい。アインズが暗黒騎士に間違われないか心配だ。それに、あの邪剣の能力も不明のままだが、アインズの事だ。自分で鑑定でもするだろう。

 

 

次に、スレイン法国に関しては──現状では滅ぼす方針がリュウノの口から発せられた。その為、捕らえた暗殺部隊の隊員とクレマンティーヌから情報を聞き出す事が最優先となった。情報を吐かせるだけはかせた後、攻める時期や投入する戦力などの戦略を練るという。

 

国を滅ぼす事に、たっちが反対意見を呟いたが、それに対してリュウノがさらに反論する。

 

「我は忠告まで出していた。にも関わらず、スレイン法国は暗殺部隊を差し向けてきた。つまり、ドラゴンを従えさせている我に国を滅ぼされる覚悟をしていたと言う事になる。そして奴らは愚かにも、我を仕留め損ねた。なら、ドラゴンを従えた我に報復されても文句は言えないだろ?自業自得さ。」

 

「しかし、市民まで襲うのは──」

 

食い下がろうとしたたっちに対してリュウノは──

 

「黙れ!」

 

たっちを睨みつけながら怒鳴り返した。リュウノの身体からは、リュウノの怒りに反応し発動した赤と黒の怒りのオーラがユラユラとにじみ出ている。それが、元から出ていた紫のオーラと混じり、さらにリュウノを怖くしている。

 

守護者達や下僕達が、リュウノの放つ殺気に恐れを抱く。怒鳴り声にビクついたり、オーラに包まれたリュウノを見て震えたりしている。

無論、彼等にも精神異常に対抗する耐性は備わっている。では、何故彼等が恐れを抱くか?理由は明白だ。至高の御方が怒りをあらわにしている。それが彼等にとっての恐怖だからだ。

 

「───ッ─」

 

リュウノの圧に、たっちがたじろぐ。他のギルドメンバーもリュウノの放つ気迫に何も言えないでいる。

 

「襲われたは我だぞ!」

 

玉座の間にリュウノの怒鳴り声が響く。

 

「後ろから槍で心臓をブスりと刺されて死にかけたんだぞ!?」

 

リュウノの言葉を聞いて、守護者達が唇を噛む。

 

至高の御方が襲われる、ましてや怪我をするなど、あってはならない事だ。

もし──自分達守護者が側に仕えて居たのならば、自分自身を盾にしてでも至高の御方をお護りしていただろう。

 

「しかもその後、追い討ちまでされて、トドメを刺されそうになって、人質にまでされたんだぞ!ここまでされて殺り返すなと言うつもりか!?」

 

リュウノの言葉を聞いていた下僕達の心には、静かな怒りが燻り始めていた。

至高の御方の命を狙った愚か者共に与えるべきは、死──あるいは滅びしかない、という怒りだ。

至高の御方に対して無礼を働いた者達がいる。しかも、その者達は国に属しており、国の命令で動いてた。ならば、その国──スレイン法国は明確な敵である。生かしておく道理はない。

 

「我には奴等に殺り返す権利がある!違うか?!」

 

リュウノの言った言葉に「そうだそうだ!」「おっしゃる通りだ!」と声を上げ、全ての下僕達が立ち上がり賛同の言葉を言い始める。

 

「至高の御方に手を出した人間達には死を与えるべきだ!」

「我々の至高の御方に手を出した愚かさを教えて上げるべきだ!」

「人間達を皆殺しに!」

「人間達に地獄を見せてやるんだ!」

 

下僕達から次々に声が上がる。全てが人間達に対する憎悪の言葉だ。

 

リュウノが片手を上げる。それだけで下僕達が騒ぎを止め、元の姿勢に戻る。

 

「アインズ──いや、ギルド長。」

 

「な、何でしょうか?リュウノさん。」

 

「下僕達も我の意見に賛同してくれている。ゆえに、もう一度問う。スレイン法国は我の好きにして良いのだよな?」

 

アインズは思案する。このまま『好きにして良い』と言った場合、スレイン法国の結末がどうなるかなど決まったも同然だ。

しかし、止める事などできない。リュウノがスレイン法国と争うきっかけになったのは、カルネ村という弱い存在に味方したからだ。『困っている人がいたら助けるのは当たり前!』という、弱者救済に近い行為を善とするたっちですらも、こればかりは止められないだろう。

 

「え、ええ。そういう約束ですから。」

 

「よし。ギルド長の許しも得た。」

 

リュウノは立ち上がると、守護者達の前に移動する。

 

「聞け!我が下僕達よ!」

 

リュウノの演説に、全ての守護者及び下僕達が視線を向ける。

 

「これより、スレイン法国を敵と見なす。本来なら、我自身が滅ぼしに行きたいが、今の我は冒険者という立場だ。我や我のドラゴン達が国を滅ぼしたという噂が出回るのは避けたい。敵が増えてしまうからな。それに、ドラゴン達に命じれば、スレイン法国が跡形も無くあっさり消し飛んでしまう。それは些かつまらんからな。ゆえに……お前達下僕にスレイン法国を滅ぼす機会を与えてやろう。」

 

下僕達の顔が一気ににやける。この時を待っていたと言わんばかりに。

 

「だが!ナザリックの警備もまた重要だ。だからだ……スレイン法国を攻めるメンバーを今から決める。選ばれなかった者は、すまないが諦めてくれ。」

 

選ばれた者だけが、人間の国を陵辱できる。下僕達の顔に緊張が走る。

 

「まず、デミウルゴス!」

「はっ!」

「スレイン法国を攻める軍勢の全指揮をお前に任せる。」

「ありがとうございます!」

「お前を選んだのはウルベルトさんの魔王軍の宣伝も兼ねている。魔王アレイン・オールドを総大将とし、魔王アレイン・オールドの忠実な部下、ヤルダバオトとして活動しろ。スレイン法国に地獄を見せてやれ!」

「ははっ!このヤルダバオトにお任せ下さい!」

 

 

「次に、シャルティア。」

「はい!」

「お前はエ・ランテルで人間に姿を見られるという失態を犯した。そのせいで、我とたっちさんが尻拭いをするハメになったのは理解しているな?」

 

シャルティアの顔が一気に暗くなる。彼女にとっては、失態を犯した事よりも、至高の御方に迷惑をかけた事の方が重大であった。

 

「そ、それは…もちろんでごさいます…。」

「ゆえにチャンスをやる。ヤルダバオトの指揮下の元、スレイン法国の戦力を叩き潰せ。あそこにはプレイヤーがいる可能性があるのでな。ナザリックの守護者のなかでも高スペックなお前は必要不可欠だ。期待しているぞ?」

「ははっ!お任せ下さいでありんす!このシャルティア、失敗をより大きな成功で打ち消してみせます!」

 

 

「次に、コキュートス。」

「ハッ!」

「未だ活躍の場が少ないお前にも、戦う機会をやろう。ヤルダバオトの指揮下の元、シャルティアと共にスレイン法国の戦力を叩き潰せ。」

「ハハッ!ナザリック初ノ進軍!必ズヤ成功サセテミセマス!」

「うむ。だが、あまり突撃し過ぎないようにな。お前達守護者は、本来なら自陣の拠点を守る立場の存在だ。自分達から敵陣に攻め込むのは初めてであろう?」

「ハイ。」

「敵はあらゆる策を講じてくるだろう。ヤルダバオトがいる以上、大丈夫だと思いたいが、我とて死にかけるような目にあったのだ。くれぐれも気をつけよ!」

「ハッ!肝ニ銘ジテオキマス!」

 

 

「残りの守護者達は、申し訳ないが留守番だ。許せ。次に下僕達だが──ヤルダバオトが出る以上、ヤルダバオト配下の悪魔達には出撃してもらう。期待しているぞ?お前達。」

「「「ははっ!」」」

「残りの下僕達の選抜はヤルダバオトに任せる。ただし、ドラゴン系の下僕は避けろよ?」

「承知致しました。」

 

ここまで指示した後、リュウノは一度、たっちの方を見る。たっちと視線が合うと、リュウノが「フッ…」と笑う。

 

「それと、スレイン法国を滅ぼせと言ったが、人間を全て殺す必要はない。」

 

今までとはうって変わり、優しい口調になったリュウノに、その場にいる全員が不思議な思いにかられる。

 

「それは何故でしょうか?」

「退屈しのぎの玩具が欲しいからだ。この意味、悪魔であるお前なら理解できるだろ?」

 

真面目な顔をしていたデミウルゴスの顔に不敵な笑みができあがる。無論、ウルベルトも同じ表情に変わる。

 

「はい。もちろんでございます。」

「クハハ!なるべく壊さずな。我が調教し、アインズ・ウール・ゴウンを神と崇める家畜……いや、奴隷にするのでな。」

「おお!なんという……素晴らしいお考えでございます!」

「うむ。後、お前が担当していた巻物(スクロール)の件だが、我の宝物庫にドラゴンハイド──竜の皮が大量に保管してある。しばらくは代用できるし、いざとなれば補充も可能だ。安心するが良い。」

「はっ!ご配慮感謝致します!」

 

 

「行軍の日時は、捕まえた捕虜からの情報を聞き出してから決める。ヤルダバオトよ、我が捕まえた女、クレマンティーヌから情報を聞き出せ!無論、ありとあらゆる拷問を行って構わんが、死なせないようにな?」

「畏まりました。」

「あの女には、まだ利用価値がある。試してみたい事がいくつかあるのでな。で、他に何かあるものは居るか?……無いようだな。では、報告会を終わりにする。アルベド。」

「はっ!」

「ヤルダバオトと一緒に選抜の手伝いをしてやれ、残った下僕達でナザリックの警備体制を整えよ。良いな?」

「畏まりました、リュウノ様。」

「ギルド長、何か問題はあるか?」

「いえ、問題ありません。」

「よし。では下僕達よ、行動を開始せよ!」

「「「ハッ!」」」

 

 

 

──下僕達が去った後──

 

 

 

「はぁ……言っちゃった。スレイン法国にムカついていたとはいえ、我は取り返しのつかない指令を出してしまった。」

 

リュウノが玉座に力なく寄りかかりながら呟く。先程まで見せていたカリスマが嘘のように消えている。やはり、軍勢の前だと『将軍(ジェネラル)』のクラスの能力が発揮できるが、そうでない場合は素の自分がでてしまうようだ。

 

「ペロロンチーノさん、先に謝っておきます。シャルティアを選抜してすみません。」

 

ウロボロスと合体しているリュウノが、やけに優しい口調でペロロンチーノに話しかける。

対するペロロンチーノは、動揺しつつも、リュウノの謝罪の意味がよく分からないでいた。

 

「どういう事っス?」

「シャルティアを魔王軍に入れたのは、対プレイヤー用です。コキュートスもそうですが……。ギルドのNPC達が万が一敗北しても、金貨で復活できるので、敵プレイヤーの実力を測るには丁度良いかと思ったんです。ただ……NPC達が復活できるかどうか試してないので、復活できなかったら……」

「そういう事っスか……。」

 

異世界に来てから最も気になる問題──蘇生に関連する問題は保留のままだ。。NPCの復活、もといプレイヤーの復活もできるかどうか確認できていない。ここは今後の課題になるだろうが、調べるには犠牲が必要となる。しかし、蘇生の実験をしたいから死んでくれなど、例え相手が命を捧げる気が満々のNPCだったとしても言いたくない。

 

「問題ないっス。」

「えっ?」

 

リュウノとしては、ペロロンチーノの反応は意外だった。てっきり、シャルティアの出撃をやめて欲しい、と言ってくるか、怒るものだと思っていたからだ。

 

「本当に…良いの…か?」

「大丈夫っス。ユグドラシルでも、シャルティアやコキュートスを倒して第六階層まで上がってくるプレイヤーはたくさん居たっスから。だから……」

 

それだけシャルティアが倒されてきたのを見てきたと言う事だ。無論、復活させるところもだ。しかし──

 

「ペロロンチーノさん、我が言うのもなんだが、ユグドラシルでは蘇生できても、コッチ(異世界)で蘇生できるかはわからない状況なんですよ?」

「そうっスね。」

「万が一蘇生できなかったら、永遠の別れになるかも知れないんですよ?」

「そうかも知れないっスね。」

「……シャルティアは、ペロロンチーノさんの理想の嫁ではなかったのですか?死んだら嫌なのでは?」

「嫌っスね。」

「なら──」

 

リュウノは理解している。自分とペロロンチーノのNPC作成の理由がほぼ同じだと言う事を。自分の手元にない理想の物をユグドラシルで再現した者同士だと。なら、それを失うのは嫌なハズだ。

 

「言いたい事はわかるっス。でも……あんな真剣に──嬉しそうにしてるシャルティアを見ちゃったら、止められないっスよ。」

「えっ?」

「リュウノさんから指令をもらった後、玉座の間を去る時のシャルティアが、とても真面目な雰囲気を出しつつ嬉しそうな顔をしていたのを見たっス。自分の理想の嫁が、あんな嬉しそうにしてるのに、今更中止なんて言えないっス。」

「ペロロンチーノさん……」

 

リュウノは思わず脱帽したい気持ちになった。

自分の気持ちよりも、シャルティアの気持ちを優先するペロロンチーノに、リュウノは尊敬の念を抱いたからだ。

命令すれば何でもやってくれるハズであろうNPC達。それを自分の都合で縛ろうとしないペロロンチーノの行為は、それだけシャルティアを大切に思っているという意味でもある。

 

「だから、俺はもう決めてるっス。リュウノさん。」

「何を?」

「スレイン法国との戦いにシャルティアが行く前に、()()()()()()()()()()()?」

「えっと…何を?」

()()()()()()()()()()()()?」

「だから何を!?」

「エロい事っス!!」

 

「──( 'ω')ファッ!?」

 

ギルドメンバー全員が呆れたような、けれども逆に安心したような表情になり、笑顔が零れる。つまり、いつものペロロンチーノさんだったという事だ。

 

「シャルティアと、できればブライト(花嫁)達とサキュバス達も交えてハーレムしてもいいっスか!?」

「いやwww我に聞くなwwギルド長にwwwクハハハハハハハ!」

 

リュウノは大爆笑である。

 

「アインズさん、どうなんっスか!」

「シャルティアとブライトは構いませんよwwサキュバスはアルベド以外のタイプならOKですww」

「マジっスか!イヤッホォォォォイイ‼︎」

 

走って行こうとするペロロンチーノの首根っこをリュウノが掴む。

 

「グゥエッ!?」

「待て待て待て待てwww気持ちはわかるが、まだやる事あるからな!」

 

 

 

 

「そう言えばリュウノさん。何故デミウルゴス達を選んだんです?」

「んー?わからないのか?アインズ。ウルベルトさんのせいだよ。」

「おや、私のせいですか?」

「神を信仰する国が悪魔の軍勢によって滅ぶのだ。世界に魔王の存在を知らしめるにはよい結果になるだろ。なぁ?魔王・アレイン・オールド?」

「フッ…そういう事ですか。リュウノさん、貴方も中々の悪なのでは?」

「……ふん、()()()()()()。エ・ランテルであんな事したんだ。我なれに魔王軍の一員としてやらせてもらうぞ?私を魔王の妻として拉致した事、後悔させてやりますから。」

「どういう事です?」

「クハハ!決まっている!魔王が現れた以上、それを倒す勇者も必要だろう。RPGゲームにはお決まりの世界設定だからな!そうは思わないですか?たっちさん。」

「そうですけど……え!?まさか、私が勇者役ですか?」

「他に誰が居るんだよ!魔王の妻に無理やりさせられた我を助けにくる役目、嫌でもやってもらいますからね?」

「そ、それはまぁ、やりますけど……」

「おやおや…それは大変です。私も、相手がたっちさんだと手抜きができませんねぇ……フフフッ!」

「程々にして下さいよ、ウルベルトさん!」

 

 

 

その後、ギルドメンバー達はメンバー専用の会議室に移動し、スレイン法国の暗殺部隊が所持していた装備品の確認を、談話しながら行っていた。

 

「これがワールドアイテム・『傾城傾国』ですか……見事に真っ二つですね。」

「リュウノさんが着用者ごとたたっ斬りましたからねぇ……。」

「スマン…。けど、使用されるよりは良いだろ。それに、こんな危ないアイテムは壊れていた方が安心だろ?使用した人物に絶対服従してしまうアイテムなんて、誰かに使われたら危険だしな。」

「そうですね。壊れていた方が安心です。」

「これをヨボヨボの婆さんが来てたと思うと、想像しただけで吐き気がするっス。」

 

結果的に、暗殺部隊が所持していた装備品やアイテムのほとんどが高ランクの物ばかりだった事が判明した。

と、ここでたっちが疑問に思う。

 

「しかし、ワールドアイテムまで持ち出していた割には、着用者の人間達が弱いというのはどういう事でしょうか?」

「可能性はいくつかあるが、聞くか?」

「わかるんですか?リュウノさん。」

「ああ。」

 

たっちを含むギルドメンバーがリュウノの意見を求める。ウロボロスと合体し、なおかつ『将軍(ジェネラル)』のクラスを持つリュウノの頭脳の性能はデミウルゴスに匹敵する事がわかっているからだ。

 

「1つは、スレイン法国に居るプレイヤーから譲り受けた、もしくは奪った可能性だな。」

「そんな事ありえるのですか?」

「ないとは言えんだろ。例えば、この世界の住人と仲良くしようとしたプレイヤーと仲良くなった異世界の住人が居たとする。親睦の証としてユグドラシルの武器を譲り受けたソイツが、仲良くなって油断していたプレイヤーを騙し討ち、その後アイテムを根こそぎ奪ったというパターンもあるかもしれん。」

「な、なるほど…。」

「親しくなった相手には気が緩むからな。国に属する者なら、上司の命令で騙し討ちをする可能性もあるかもしれん。」

「親しくなったのに……殺すのですか?」

「国に、家族や友人を人質にとられ、『プレイヤーを殺せ』と命じられた……という線もある。プレイヤーのような、強大な力の持ち主を恐れる人間はどこにでもいるからな。今後、我も王国や帝国から恐れられ、命を狙われる可能性があるかもしれん。」

 

リュウノの予想は間違いではない。人間達が協力してリュウノを倒そうとする可能性は十分にあるからだ。

 

「2つめは、暗殺部隊の人間が、スレイン法国に居るプレイヤーが所有するNPCだったという可能性だ。」

「NPC!?…にしては弱すぎません?」

「ウチにもいるだろ、恐怖公みたいにLv30前後のNPCが。自分の作ったNPCに強い武装を付けたがるプレイヤーも結構居るからな。」

「なるほど…確かにありえそうです。」

「今思いつくのは、このぐらいだな。」

 

 

 

「あ!アインズ、これ渡すの忘れてたわ。」

 

リュウノが所持品から2つのアイテムを取り出し、机に置く。

 

「それは!?」

 

見た事が無いアイテムに、アインズの目が輝く。

 

「ズーラーノーンの奴等が持ってたアイテムだよ。コッチの丸いのが『死の宝珠』。」

「死の宝珠!?」

 

ウルベルトがもの凄く興味を持つ。

 

「コッチが『叡者の額冠』という名前だったかな。我が知る限り、このアイテムはどっちもユグドラシルになかったハズだ。」

「どのようなアイテムなんですか?」

 

アインズがアイテムの効果を聞いてくるが、鑑定の魔法を所持していないリュウノにわかる訳がなく──

 

「スマン、我もよく知らん。『死の宝珠』が知性ある(インテリジェンス)アイテムだと言う事はわかるんだが、コッチの『叡者の額冠』はよくわかってない。鑑定してくれアインズ。」

「任せて下さい!未知のアイテムを鑑定する時ほど、ウキウキする瞬間はありませんから!」

 

アインズが調べた結果、『死の宝珠』は負のエネルギーを貯める事ができるアイテムらしい。しかも会話が可能らしい。

『叡者の額冠』は装備者の自我を無くし〈魔法上昇/オーバーマジック〉を発動する媒介へと変えるアイテムだと言う事が判明した。ただし、女性しか装備できないアイテムだと言う事も判明した。

 

「『叡者の額冠』の〈魔法上昇/オーバーマジック〉が気になるが、使用時のデメリットがヤバイな。使い捨てが可能な人材でテストする必要があるな。」

「そうですね。で、ウルベルトさん。『死の宝珠』が欲しいとか言ってましたが、大丈夫ですか?」

 

アインズが、死の宝珠を片手に持ち、死の宝珠と念話で会話しているであろうウルベルトに質問する。

 

「はい、大丈夫です。今、死の宝珠が服従を誓いました。コレ、私が貰っても良いですか?魔王活動に役立てたいので。」

「我は構わんぞ。アインズも別に構わんだろ?」

「たいしたアイテムではなさそうですし、私も構いませんよ。」

 

 

 

「さて…リュウノさん。長く付き合わせて申し訳ありません。もう夜も遅いですし、部屋でゆっくり休んで下さい。」

「ああ。じゃ、明日の朝、我はデュラハンに戻る。会話ができなくなるのが残念だが、まぁ……いつもの日常に戻るだけだし……」

「あ……そうですよね。リュウノさん、喋れなくなるんでしたね。」

「大丈夫だ、アインズ。我は喋れなくなるが、ブラックが我の声で喋るから差程変わらんさ。」

「そうですね。では、リュウノさん。また明日。」

「ああ。また明日。」

 

 

次の日の朝、リュウノは再びデュラハンの姿の『勝』に戻った。そして王都にて、アダマンタイト級冒険者チーム『竜の宝』として冒険者活動を続ける事になる。

 

しかし──勝はまだ知らない。

 

『竜の宝』の噂が広まり始めた数日後に、噂を聞きつけた周辺国家が動き出し始めた事に。

 




あけましておめでとうございます。
これからもよろしくお願いします!


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【第二章】王都編
第EX1話 とある冒険者チームのお話:その1


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※『漆黒の剣』ではありません。
キャラクターの名前の元ネタは、『フロントミッション1st』のキャラクターです。

【登場人物紹介】

銀級冒険者チーム『キャニオンクロウ』

『ロイド・クライブ』

·チームのリーダー
·身体・23歳・186cm・75kg・ 男性
·平民出身
·戦士〈ファイター〉

《主武装》
·帯鎧〈バンデッド・アーマー〉
·片手剣〈ショート・ソード〉(メイン武器)
·短剣〈ダガー〉(サブ武器)
·円盾〈ラウンド・シールド〉



『リュージ・サカタ』

·リーダーと親友
·身体・28歳・175cm・65kg ・男性
·貴族出身(サカタ商会の社長の息子だが家出中)
·軽戦士〈フェンサー〉

《主武装》
·革鎧〈ハード・レザー・アーマー〉
·刺突剣〈レイピア〉(メイン武器)
·短剣〈ダガー〉(サブ武器)
·小盾〈バックラー〉


『ナタリー・ブレイクウッド』

·リーダーに片想い中
·身体・21歳・168cm・55kg ・女性
·貴族出身(冒険者になる際、父親から勘当された)
·魔術師〈マジックキャスター〉

《主武装》
·革鎧〈ハード・レザー・アーマー〉
·魔術師のフード付きマント
·スタッフ(メイン武器)
·魔道書(メイン武器)
·ナイフ(サブ武器)


『カレン・ミューア』

·ロイドの婚約者
·身体・174cm・58kg ・女性
·平民出身
·野伏〈レンジャー〉

《主武装》
·鋲革鎧〈スタテッド・アーマー〉
·強化弓〈ラップド・ボウ〉(メイン武器)
·大型ナイフ〈サクス〉(サブ武器)



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【第EX1話:とある冒険者チームの話】

〔─消えた婚約者の行方─〕

 

 

リ・エスティーゼ王国の王都には、広々とした敷地内に、三つの五階建ての塔を二階建ての長細い建物で取り囲む、という外観をしている冒険者組合がある。

 

そこの内部には、広いダイニングルームがある。そこには、幾つも並べられたダイニングテーブルとダイニングチェアが設置されており、多くの冒険者達が利用している。冒険者達の交流を深める場としても重宝されており、そこで食事をしながら談話を楽しむ者や次の新しい依頼が張り出されるのを待つ者もいる。

 

ダイニングルーム以外にも、武器や防具の修理をやってくれる鍛冶屋、武器や防具等を売ってる武具店、ポーションの販売を行う薬品店等の店が、冒険者組合内部に設けられている。

 

 

時刻は10時。そんな冒険者達が行き交う賑やかな場所にはそぐわない雰囲気で、ダイニングチェアに腰掛けている男が居た。

銀級冒険者チーム『キャニオンクロウ』のリーダーの『ロイド』という男だ。

彼の居るテーブルの上には、酒の入ったジョッキが置かれているが、飲んだ形跡は無い。

当然だ。今の彼は、とある理由で悲痛に暮れており、酒を飲む気分ではなかったからだ。

 

周りにいる冒険者達も、彼が悲痛に暮れている理由を知っているため、声をかける者はいなかった。

 

ロイドはため息を漏らす。

 

「カレン……無事で居てくれ…。」

 

ロイドが悲痛に暮れている理由、それは──同じチームの仲間であり、婚約者でもあった──『カレン』という女性が行方不明になったからだ。

 

 

 

 

──事は昨日から始まる──

 

 

 

王都から差程遠くない場所にある鉱山近くの森、そこに出没するゴブリンとオーガの討伐の依頼を達成するのが俺達の目的だった。

 

チーム『キャニオンクロウ』のメンバーは全部で4人。

戦士(ファイター)でありリーダーの自分(ロイド)

軽戦士(フェンサー)であり親友のサカタ、

魔術師(マジックキャスター)のナタリー、

そして──野伏(レンジャー)であり婚約者のカレン。

 

この4人で朝から討伐に向かったのだ。

討伐の依頼自体は簡単に終わった。討伐したゴブリンやオーガの死体から体の一部を切り取る作業に移る。

討伐したモンスターの体の一部を組合に提出すると報奨金が貰える。討伐したモンスターによって報奨金の額が変わるシステムなので、低級冒険者でも倒せるゴブリンやオーガの報奨金はあまり高くない。無いよりはマシ、という程度だ。

 

「今日はゴブリンが7体にオーガが2体か。」

「どうする、ロイド?もっと稼ぎに、森の奥に行くか?」

 

討伐したモンスターの一部を切り取りながら仲間のサカタと会話を交わす。

 

「ナタリーの魔法次第かな。ナタリーの魔法の援護があった方が安全だろ?おーい!残りの魔力はどうだ?ナタリー。」

 

同じように、ナイフでモンスターの一部を切り取っている仲間のナタリーに尋ねる。

 

「微妙ね。モンスターの数が少ないのなら問題ないのだけど?」

「なら危険だな。オーガより強いモンスターに会う可能性もある。それに、最近ここいらでは()()()()()()()()()()()って組合の受付嬢も言ってたし、今日はこれで切り上げて、ベースキャンプに戻るか。」

「そうね。ねぇ、カレン!」

 

ナタリーが、遠くにいるカレンに呼びかける。

カレンは、自分の弓矢で仕留めたゴブリンの体の一部を切り取りに行っていた。

 

「ロイドがベースキャンプに戻るって!」

「わかったー!コレ切り取ったらそっちに行くわ!」

 

カレンからの返事を確認した時、サカタが質問を投げかける。

 

「ロイド、その行方不明者が多発してる事件、いつからなんだ?」

「えーと…3週間ぐらい前かららしいぞ。チームの仲間の1人が急に行方不明になって、帰って来なくなるって。捜索しても見つからないのだとか。」

「私達と同じ討伐依頼を受けたシルバーやゴールドの冒険者チームが幾つも被害にあってるらしいわ。」

「薬草採取の依頼を受けた下のランクの冒険者チームも幾つか被害にあってるって聞いたぞ。」

 

サカタの顔が険しくなる。

 

「それ、ヤバくないですか?」

「ああ。3日程前に、捜索願いの依頼がミスリル以上の冒険者でも受注可能になった程だからな。組合の方も、事態を深刻に考え、アダマンタイト級の冒険者チームに依頼を受けてもらえないか、相談しようか迷ってるって話だ。」

「なら、さっさと帰りましょう!僕達も被害にあう可能性もある訳ですし。」

「そうだな。じゃあ早くカレンを呼び戻して──」

 

その時だった。

突如、強烈な突風が轟々と吹き始め、俺達はなぎ倒された。風に押され、地面をゴロゴロ転がる。

 

「うおっ!?何だ、この風は!」

 

突風はかなり強く、風が止むまで立つ事すらできない程だった。

 

「いやぁぁぁ!」

 

遠くでカレンの叫び声がした。

 

「カレン!?」

「嫌!離して!ロイド、助けて!」

「カレン!どこだ!?くっ!風が強くて…!」

 

彼女の叫び声に、すぐさま駆けつけたかったが、この風の強さでは立ち上がるのは無理だった。

ようやく風が止み、急いでカレンが居た場所に向かったが、彼女の姿はなかった。

モンスターに攫われたのでは?と思い、周辺を探すが発見できなかった。

その後、必死に探し続けたが、カレンが見つからないまま夕方になった。

カレンが自力で帰って来る可能性を考え、夜をベースキャンプで過ごしたが、朝になってもカレンは現れなかった。

 

自分達だけで森を捜索するには危険だし、そもそも手が足りないと判断し、王都に帰還してからすぐさま冒険者組合にカレンの捜索願いを頼んだのだ。

 

すると──

 

「今朝、アダマンタイト級の冒険者チームが、あの森で行方不明になった人達の捜索の依頼を受注し、出発致しましたよ。」

 

と、受付嬢が教えてくれたのだ。

しかし、森から王都に帰る道中で、他の冒険者チームに会った記憶はない。

 

詳しく尋ねると、そのアダマンタイト級の冒険者チームは、昨日アダマンタイトに昇格した『竜の宝』という名前の冒険者チームだと言う。しかも、アンデットとドラゴン──一昨日に王都に現れた()()連中──だそうだ。

 

「大丈夫なんですか?そんなチームに捜索なんかさせて!?」

「私達もなんとも……。一応、アダマンタイト級の冒険者ですし、信じて待って見ては?『竜の宝』の皆さんも、人助けの依頼がしたいと仰って、この依頼を言い値で引き受けて下さいましたし。」

 

そんな訳で今の俺は、アンデットとドラゴンで編成されたアダマンタイト級冒険者チームが、行方不明者の手がかりを持って帰ってくるのを待っている状態だ。

サカタとナタリーは、依頼で消耗した物資の補充のため買い出しに行っている。

 

 

1人でダイニングチェアに座っていると、受付に『蒼の薔薇』がやってくるのが見えた。

受付嬢に、『竜の宝』について尋ねている様子だった。

 

「嘘!?勝さん達、今朝依頼を受けて出発しちゃったの?」

「何だよ、居ねーのかアイツら。」

「昨日の事、謝ろうと思っていたのが……」

 

蒼の薔薇のメンバーは、『竜の宝』に会えなくて残念そうにしている。

 

「ねぇ?今朝の『竜の宝』のメンバー達の雰囲気は、どんな感じだったか覚えてる?」

 

ラキュースが受付嬢に質問する。『竜の宝』に関して、何か探っているかのようにも見てとれる。

 

「はい。『竜の宝』の皆さんは、アダマンタイト級冒険者としての初仕事が待ちきれなくて早く来てしまった!と、ブラックさんが仰ってました。気合いたっぷりな雰囲気でしたよ。」

「そう。それは良かったわ。」

「てっきり、もう顔を出さないかと思ったが……どうやら杞憂だったみてぇだな、ラキュース。」

「ええ、ホントね。」

 

会話を聞く限り、『蒼の薔薇』は『竜の宝』に関して、何か心配事でもあった様子に見えた。

『蒼の薔薇』と『竜の宝』の間で何かあったのだろうか?

 

「なぁ、デュラハンは居たかい?」

「え?あ、はい。いらっしゃいましたが…」

「そうかい。てーことは、()()()()()()()()()()()()()()って事だな、ラキュース。」

「そう…みたいね。」

「?」

 

悲しそうな表情をするラキュースに、受付嬢が不思議そうな顔をしている。

 

どういう意味だろうか?あのアンデットはデュラハンだったハズだ。最初から首がないのは当然のはずだが…。

 

「ロイド。」

 

突如、背後から名前を呼ばれ、慌てて振り向くと、サカタとナタリーが立っていた。

 

「な、なんだ。2人とも、今戻ったのか?」

「ああ。」「ええ。」

 

2人が同じ席に腰掛ける。

 

「買い出しついでに調べたが、被害にあった人間は10人以上居るらしいぞ。」

「そうなのか?」

「行方不明者の捜索を受けた冒険者チームからも被害者が出てたみたいよ。」

「ミイラ取りがミイラに……ってヤツか。」

 

たった3週間で10人以上も行方不明になるなんてありえるだろうか?

 

「カレンが攫われた時、強い風が吹いてただろ?あれ、被害にあった冒険者チームも、同じ現象が起きてたみたいだぜ。」

「つまり、偶然じゃないって事か?」

「ああ。確実に、その突風とカレンを攫った何者かは関連がある。」

「でも、肝心の手がかりが何も無いのよね…。」

 

完全に手詰まり状態の自分達に残された手は、信頼していいかもわからないデュラハンがリーダーのアダマンタイト級冒険者チーム『竜の宝』からの調査報告だけである。

 

「なぁ、ロイド。お前、()()()()()()()()のか?」

「いや、まだだ。今回の依頼の達成報酬でようやく買える額になるから、本当なら今日買う予定だったんだ。でも、カレンが居ないと、買う意味が無い…。」

「アレって、何の事?」

 

『アレ』の意味が理解できていない様子のナタリーがサカタに質問する。

 

「何って、結婚指輪だよ。ロイドは今日、依頼達成で得た報酬で、カレンに渡す結婚指輪を買うつもりだったんだよ。」

「そ、そうだったの……それは…その、残念ね。」

「最悪だ……こんな事なら、カレンを冒険者になんか誘うんじゃなかった。」

「ロイド、そんな事言うな。カレンだって、楽しそうにしてただろ。」

「だけど……」

「自分を責めるな。誰も悪くない。それに、死んだなんて決めつけるな。もしかしたら、まだ生きてるかも知れないだろ?」

 

親友であるサカタに励まされ、少しだけ前向きな気持ちになる。

 

「そうだよな。まだ死んだ訳じゃないもんな。スマン。ネガティブな事ばかり考えてた。」

「気にするな。とりあえず、『竜の宝』が帰って来るのを待とう。」

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

──昼12時頃──

 

 

『竜の宝』の帰りをダイニングルームで待っていると、突如ズンッ!という地響きが起こる。

 

周りの冒険者達が何事かと騒いでいたが、中庭を見ていた冒険者達が大きな声を上げる。

 

「見ろ!ドラゴンがいるぞ!

「『竜の宝』が帰ってきたぞ!」

 

普通、冒険者組合の中庭──いや、王都にドラゴンが現れたなら一大事なのだが、一昨日の一件で既に経験済みの冒険者達にとってはパニックまでにはならなかった。

 

「3体のドラゴンと──」

「──デュラハンを確認した。」

 

『蒼の薔薇』の双子の盗賊忍者が、窓から中庭の様子を伺いながらつぶやく。

 

「帰って来たのね!」

「ようやく来やがったか!」

「まったく…静かに降りれないのか、アイツらは。」

 

いち早く、『蒼の薔薇』が組合の敷地内にある中庭に飛び出していく。

自分達も後に続くように飛び出す。

すると、丁度ドラゴンが竜人形態に変化する最中だった。ただ、1匹の青いドラゴンだけが、そのままの形態で居る。足元に何か巨大な物を掴んでおり、押さえつけている。

 

「よお!お前ら!すげー獲物を持ってきたな。」

 

ガガーランが、なんの躊躇いもなくドラゴンに近づいていく。

 

「む?蒼の薔薇か。」

「こんにちは、ブラックちゃん達。それと…勝さんも。」

 

ラキュースが挨拶をすると、真っ先にデュラハンが手を振って挨拶を返してくる。

 

「こんにちは。と、ご主人様が言っているぞ。」

 

チームで唯一、会話が可能と言われているブラックがデュラハンの言葉を代弁する。

挨拶を返された事が余程嬉しかったのか、ラキュースを含む『蒼の薔薇』のメンバーが『竜の宝』のメンバーと握手を交わしながら会話を始め出す。と言っても、『竜の宝』で会話が可能なのは1人だけなので、ブラックだけが対応してるように見えてしまう。

 

「勝さん、昨日の事はごめんなさい。私達──」

「よい。ご主人様も、昨日の事を謝るつもりでいたそうだ。いきなり逃げて、すまなかったと、仰っている。」

「本当!?良かったわ!なら、これからもよろしくね。」

 

『蒼の薔薇』と『竜の宝』が会話する光景を、他の冒険者達が取り囲むような形で眺めている。ドラゴンだけでも注目の的なのだ、人を襲わないデュラハンや竜人という要素が加われば、誰でも気になるのは当然だ。

 

「(すげぇ…。『蒼の薔薇』は、もうあんなに打ち解けてるのか…)」

 

俺は、『竜の宝』にカレンの手がかりがないか質問したかった。しかし、冒険者として信頼も評価も高い『蒼の薔薇』が会話してる最中に割って入る勇気はなかった。とりあえず人混みに紛れながら、2つのアダマンタイト級冒険者チームの会話を盗み聞く事にした。

 

「それで首なし、ブルーが掴んでるモンスターは何なんだ?」

「これか?これは行方不明者が多発していた森の近くにある鉱山に居た『ハルピュイア』だ。」

 

周囲の目がブルーの掴んでいるモンスターにいく。動いていない様子から、既に死んでいるのだろう。

 

『ハルピュイア』は大型の飛行動物だ。わかりやすく言うなら〈ハーピー(半人半鳥)等に分類される怪物〉である。

 

「ハルピュイア?何でそんなもの持って帰って来たんだよ?」

「決まっている。このハルピュイアが、今回の行方不明者多発事件の犯人だからだ。」

「何だと!それは本当か!?」

 

集まっていた冒険者達からどよめきが起こる。

 

「証拠となりうる物も発見したからな。」

 

ブラックの声に合わせ、デュラハンがポケットから皮袋を取り出す。袋の中からジャラジャラと金属が擦れる音がしている。

 

「それは?」

「ハルピュイアの巣から発見された冒険者のプレートだ。ランクは様々、プレート全てに血糊や血痕がべっとり付いている。間違いなく、このハルピュイアが人を襲って、巣で食べた証拠だ。」

 

デュラハンが皮袋の口を開け、中身が皆に見えるようにする。

ブラックの言う通り、血で錆びたようなプレートから、まだ新しい感じの血が付いたプレートなど、様々なランクのプレートが入っていた。無論、銀ランクのプレートもだ。

 

「受付嬢、すまないが行方不明の冒険者達のプレートかどうか照合してくれ。」

「は、はい!畏まりました!」

 

プレートを受け取った受付嬢が建物に入っていく。

プレートの裏には登録番号が刻み込まれている。それを、組合が保管している冒険者の個人情報と一致するか調べるのだろう。

もし、あのプレートの中にカレンのプレートがあった場合、それは──

 

「ロイド、そう暗い顔をするな。な?」

 

サカタが肩に手を置きながら、元気づけようとしてくれる。

 

「(そうだ。まだ確定した訳じゃない。)」

 

俺は再び、アダマンタイト級冒険者チームの会話に耳を傾ける。

 

「何でハルピュイアが犯人だと思ったの?」

「それがだな……」

 

ブラックが言いにくそうにデュラハンを見る。

 

「どうしたの?」

「……実はだな、最初は私達も森を探索していたのだ。行方不明者の手がかりを見つける為にな。」

「ふむふむ。それで?」

「たまたま遭遇したゴブリンやオーガの群れと交戦していたら、強い突風が吹いてな。」

 

強い突風──俺達や被害にあったチームが言っていた現象だ!

 

「その直後、ご主人様がいなくなってしまったのだ。」

「えっ!?それってつまり──」

「首なし、オメーも攫われたのかよ!ダハハハハハww」

 

ガガーランが腹を叩きながら大笑いしだす。

ブラックが言いにくそうにしていたのは、デュラハンもおなじ被害にあったからだと、周囲の人達もさりげなく納得する。

 

「ここからはご主人様の体験談になる。ご主人様が言うには、突風を起こしたのも、ご主人様を連れ去ったのも、このハルピュイアらしい。ハルピュイアは、狙った獲物以外を吹き飛ばす〈突風/ガスト〉の魔法を使用し、ご主人様を捕獲。そのまま巣のある鉱山に連れていかれたそうだ。」

「その後は!?どうしたの?」

 

ラキュースは続きが気になるようだ。

 

「巣は鉱山の岩場にあってな、巣には3体のヒナがいたそうだ。親であるハルピュイアが巣に近づくにつれて、ヒナ達が興奮し始めてな。ご主人様曰く、とても可愛い──え?」

 

そこまで言ってから、ブラックがデュラハンの方を向く。予想するなら、デュラハンに声をかけられたのだろう。もちろん、私達には聞こえないが。

 

「──コホン。すなまい。ご主人様曰く、ヒナ達は大人の人間と同じくらいの大きさだったらしい。親がご主人様を巣に落とすと──あ、落とされた高さは、人間なら骨折する高さだったらしいぞ。」

「骨折……獲物を逃がさない為だな。」

 

イビルアイの解答に、ブラックが頷く。

 

「巣に落ちたご主人様にヒナ達が群がって、一斉につついてきたそうだ。ご主人様はなんともなかったので平気だったが、人間なら地獄のような苦痛が始まっていただろう。目は啄まれ、耳や唇は引きちぎられる。手でガードしても、ヒナ達のクチバシが容赦なく肉を抉ってきただろうな。」

「うっ……!」

「マジか……」

「被害者達は……いや、すなまい。言わない方が良いな…。」

 

誰もが想像したのだろう。暗い表情が多くなる。

 

「ご主人様はハルピュイアとヒナ達を駆除した。ヒナが大きくなると、また同じ被害が起きるかもしれないからな。」

 

ブラックの言葉に、その場にいた全員が納得する。

 

冒険者の規約の1つに、市民の安全を脅かすようなものや、犯罪に関わることや、生態系を崩すような仕事は受け付けない、という規約がある。

 

今回デュラハンのとった行動に間違いはない。人間を攫って食べるハルピュイアの駆除は必然だ。被害を抑えるという意味では、ヒナの駆除も筋が通る。どの道、親が居なくなれば、ヒナ達に待つ運命は飢え死にだけである。

 

むやみに生態系を崩した訳ではない為、デュラハンに悪い部分はない。

 

「ご主人様は巣の中や周辺を調査した。そこで見つかったのが──」

「プレートだった、って事ね。」

「そうだ。プレートは金属だ。人間ごと食べられても、消化されないからな。鎧等の防具や武器は──おそらく剥がされて巣の外に落とされたのだろう。それを、鉱山に住むゴブリン達が持ち去ったのだろうな。奴らが持ち去った時の足跡があったと、ご主人様が言っている。」

「どうりで手がかりが見つからない訳だ。」

「まさか鉱山にまで運ばれていたとは……」

 

行方不明者多発事件の全貌が明らかになった事は良い事だ。しかし、まだカレンが無事かどうかは不明なままだ。生きてる可能性は低いが、巣に運ばれる前に逃げる事ができたかもしれない。

 

「(馬鹿か俺は……カレンが生きてる可能性なんて、これっぽっちも無いのに……)」

 

カレンが死んだと思いたくない。それが今の自分の心境だ。

 

「後は、私達が駆けつけて、ご主人様に事情を聞いたのち、親であるハルピュイアを証拠として持って帰ってきたのだ。」

「なるほどね。これは勝さんじゃないと解決できない依頼だったわね。」

「そうかぁ?イビルアイなら魔法で飛べるし、捕まった後も問題ねぇだろ?」

「おい!それ、私が捕まる前提の話じゃないか!」

「ハルピュイアの足は、人間の肩や腕を容赦なく折る握力だぞ。イビルアイのような幼い体では、流石に耐えられんだろうな。」

「何をー!誰が幼いだ!誰が!」

 

クスクスと蒼の薔薇から笑いが起こる。

すると、受付嬢が建物からでてくる。

 

「ご報告します。『竜の宝』の皆さんが持ってきたプレートですが、1()()()()()()行方不明者全員といっちしました。」

「1人だと?その見つかってない1人は誰だ?」

 

ブラックが詳細を受付嬢に尋ねる。

 

「銀級冒険者の『カレン』という女性の方です。1番最後に行方不明届けが出た方ですね。情報では、行方不明になったのは昨日という事ですが……」

 

受付嬢の視線が俺に──いや、俺達に向けられる。事情を知っている他の奴らの視線もだ。

俺は受付嬢に最終確認をとる。

 

「カレンのプレートが、『竜の宝』が持ってきたプレートの中に無かったという事ですか?」

「はい。」

 

カレンのプレートが無い。それはつまり、ハルピュイアにカレンが襲われなかったという事だ。少なくとも、巣まで連れていかれた訳ではない。

 

「ロイド!カレンが生きてるかも知れねぇ!直ぐに森に行こう!」

「待って!昨日、ベースキャンプで待ってたのに帰って来なかったのよ!?怪我でもしてたのなら、ゴブリンやオーガに襲われた可能性も──」

「それでも行くんだよ!カレンの死体があれば、蒼の薔薇のリーダーのラキュースさんに蘇らせてもらえるかもしれないだろ!」

「そうだ。皆で探しに行こう!きっとカレンの手がかりが──」

 

「待て。」

 

ロイド達を呼び止めたのはブラックだった。

 

「お前達はカレンという冒険者の知り合いか?」

「仲間だ。しかも、俺の婚約者なんだ。」

「婚約者?」

「ああ。」

「そうか……婚約者か。」

 

ブラックがデュラハンの方を向く。

デュラハンも──おそらくだが、何か考えているような仕草をしているように見える。

そして──

 

「よし。私達も、そのカレンという冒険者を探すのを手伝おう。」

「本当ですか!」

「ご主人様がそう仰った。それに元々、行方不明者を探すのが私達の依頼だからな。まだ見つかっていない人間がいるのなら、それも私達の仕事だ。」

「ありがとうございます!」

 

人手が多いにこしたことは無い。それに、行方不明者の手がかりを見つけた冒険者チームの協力を得られるのだ。デュラハンでもドラゴンでも、今は一緒に探してもらえるだけありがたい。

 

「ただ、探しに行くのはもう少し待て。」

「何故です?」

「まだ調()()()()()()()があるからだ。」

「それはどこです?」

「あそこだ。」

 

ブラックが見つめる先──そこには、ハルピュイアの死体の隣に立つデュラハンが居た。

デュラハンが、ハルピュイアをトントンッと叩いている。

 

「まさか──」

「そのまさかだ。私達はまだ、ハルピュイアの()()()()()()()()のだ。」

 

ブルードラゴンが、ハルピュイアに爪を突き立て、お腹の辺りを抉っていく。そして、中から胃袋の様な物を引っ張り出す。

それをデュラハンが、持っていた刀でスパッ!と切る。切られた胃袋から、ドロドロに溶けた──元は何かの生き物だったであろう──肉片がこぼれ落ちた。

 

「うっ!…臭い。」

「オエッ……首なし、ヒデェもんブチまけんなよ。」

 

肉片が放つ異臭に、周りにいた奴らが顔をしかめる。俺達も、正直臭いと思った。

 

「ご主人様、どうですか?プレートか何か、ありますか?」

 

アンデットであるデュラハンは、異臭を気にする事なく、散らばった肉片を掻き分けている。アンデットが死体を掻き分ける光景を、冒険者組合の中庭で見る日がくるなんて、誰が想像できただろうか。

 

「どう?勝さん。何か見つかった?」

 

ラキュースが鼻を押さえながら尋ねる。

すると──

 

チャラッ──という金属音が、肉片を掻き分けていたデュラハンの手元から聞こえた。デュラハンが丁寧に肉片をまさぐり、音の発生源を探す。

 

そして──デュラハンがゆっくりと、何かを拾い上げた。それを布で擦り、付いていた血糊を拭い取る。そして、私達に見えるように、それをこちらに向ける。

デュラハンが拾い上げた物、その手の中にあったのは、銀のプレートだった。

 

「ああ──そんな──」

「マジかよ……」

「カレン……」

 

俺達の希望は潰えた。最初からカレンは死んでいたのだ。連れ去られた、あの時から。

 

「まだ、カレンさんのだと決まった訳ではないでしょ!勝さん!ソレ渡して!」

 

ラキュースがデュラハンからプレートを受け取ると、受付嬢に手渡す。

 

「受付嬢さん、調べてもらえる?」

「あ、はい!畏まりました!今すぐ──」

「──必要ない。」

 

止めたのは俺だ。出てきたプレートを照合する必要なんて無いのだ。何故なら──

 

「何故!?カレンさんのかどうか、調べるべきよ!」

「その必要はない。それは……カレンのだ。」

「どうしてわかるの!?」

「アレです。」

 

俺はある場所を指さした。周りにいた人達が、その場所を見る。

 

デュラハンが、溶けかけの──人間の手を拾い上げていた。骨が剥き出しのボロボロの手。その手の指に、指輪がはまっていた。

 

「俺がカレンに渡した婚約指輪です。俺も、同じ物を付けてますから。」

 

自分の手に付けていた指輪を見せる。それだけで、ラキュースの表情が暗くなったのが見てとれた。

 

「ラキュースさん、お願いがあります。カレンを復活させてもらえないでしょうか?金ならありますから。」

 

俺は懐から皮袋を取り出す。

冒険者の規約の1つ、規定の金銭を受け取らず、無料で第三者?を治癒等をしてはいけない、という規約の為だ。

冒険者が無料で治癒等を行うと、神殿が儲からなくなるので、その対策の為の規約だ。この規約に納得できず、冒険者からワーカーにドロップアウトする人間も居たりする。

 

─────────────────────

 

※神殿とは、人間の健康を司る施設の事。国家所属ではなく多くの国で独立機関。神官が統べる。周辺国家は基本的に地、水、火、風の四大神を信仰。スレイン法国は光(生)と闇(死)の2つを加えた六大神を信仰している。寄付金や独自製品の販売、治癒魔法による治療の代金を取って運営している。病院も兼ねるし特定の村へ移民の募集の張り出しをしてくれるなど幅広く活動している。

 

─────────────────────

 

 

「結婚指輪を買う為に貯めていた金です。お願いします!」

「そんな大切なお金、いただけないわ。」

「お願いします!俺にとって、カレンは大切な人なんです!どうか!」

 

俺は地面に頭をつけながらお願いした。

死者の蘇生をお願いするのだ。それ相応の対価になるだろう。だが、金ならまた稼げはいい。それに、カレンが居ないのなら、買う意味が無いのだ。

 

「なぁ、ラキュース。仮の話だが、復活させる事自体は可能なのか?」

 

「難しいわね。私の魔法──第五位階信仰系魔法である〈死者復活/レイズデッド〉は、復活時に膨大な生命力を消失させてしまうわ。鉄クラス以下の冒険者はほぼ間違いなく灰となってしまう。蘇生させる際には、死体がないと難しいけど、死体の損傷が激しいと蘇生が難しくなるのよ。」

 

「カレンは銀クラスだ!蘇生の条件は満たしてるのでは!?」

 

「わからないわ。酷な事を言うようで悪いけど、貴方達チームの総合力が銀クラスなのであって、カレンさんが銀クラスに匹敵する生命力の持ち主かどうかはまた別なのよ。それに、カレンさんの死体の損傷度は絶望的よ。下手をすれば、蘇生できずに灰になる可能性もあるわ。」

 

「そんな!」

「正直に言うわ。今回の蘇生は、失敗する確率の方が高い。それでもやるの?」

 

失敗したら、二度とカレンの蘇生はできなくなる。俺は悩んだ。

しかし、そんな悩む俺に、声をかけた者がいた。

 

「アンデットであるご主人様がこう仰っている。」

「──え?」

「レッドなら、失敗せずに蘇生可能だと。」

「本当ですか!?」

「私の妹、レッドは第十位階魔法まで扱える魔術師(マジックキャスター)だ。信仰系魔法の中でも上位に位置する魔法──〈真なる蘇生/トゥルー・リザレクション〉であれば、ほぼノーリスクで蘇生が可能だぞ?」

「そんな凄い魔法が!?」

 

ドラゴンは叡智にあふれる存在だと聞いた事がある。なら、人間を超えた、凄い魔法を使えても不思議じゃない。

 

「お願いします!カレンを!俺の大切な人を蘇らせて下さい!」

「良いだろう。しかし、対価は貰うぞ?」

「いくらぐらいでしょうか?」

「全部だ。」

「え!?」

「結婚指輪を買う資金、その全てを寄越せ。」

「なっ!?全額ですか!?」

 

周りからどよめきが上がる。

 

「流石に全部はないだろ!」

「そうよ!酷すぎるわ!」

「足元見やがって!」

「血も涙もないの!?」

 

「黙れ!」

 

ブラックの大声が響く。一瞬で周りが静かになる。

 

「私達はこの男に聞いている!外野は黙っていてもらおうか!」

 

周りを睨めつけながら、ブラックが話を続ける。

 

「さあ人間。決めるがいい。全額支払って、失敗のない私達に頼むか──金をケチって、失敗する可能性の高い蒼の薔薇に頼むか。どっちだ!」

 

俺は、すぐに答えを出す事ができなかった。ただ、仲間であるサカタとナタリーに頼ってはいけない、ということだけはわかる。

そう、これは俺自身の問題だからだ。

 

「別に構わんぞ?蒼の薔薇に頼っても。それで婚約者が灰になっても、私達のせいにはならんからな。無論、蒼の薔薇のせいでもない。その婚約者の生命力が足りなかったという結果になり、その女のせいになるのだからな。ただ、お前がどちらを選んだかで、お前の愛の強さが変わるがな。」

 

「愛の強さ!?どういう意味だ!?」

 

「せっかくだ。お前達人間に教えといてやる。私はご主人様を愛している。」

 

ブラックの突然のカミングアウトに周りが騒然となる。

 

「私だけじゃない。妹達もご主人様を愛している。ご主人様の為なら、自分の命すら捧げる程にな。」

 

「命すら…!?」

 

「そうだ。それ程の覚悟で私達はご主人様を愛している。なのに、お前はちっとも婚約者を愛してないな!」

 

「そんな事はない!俺はカレンを──」

 

「なら何故迷う?たかが銀級冒険者が稼げる程度の金だぞ?その程度、好きな相手の為に何故放り投げぬ!」

 

「それは──」

 

「大切な金である事は理解している。が、お前の1番大切な物は婚約者だろう!指輪より、婚約者の命を何故優先しないのだ!お前の婚約者は、金をケチっていい程度の女なのか?なら、そんなちっぽけ愛、捨ててしまえ!」

 

ブラックの言葉には重みがあった。本当に愛している者にしか言えない程の重みが。

 

「ブラックちゃん、言い過ぎよ!」

「コイツの婚約者は死んでるんだぞ!少しは言い方があるだろ!」

 

ラキュース達がブラックを注意するが──

 

「私達のご主人様も()()だぞ!」

 

「───ッ!!」

 

一蹴される。

 

「貴様らに何がわかる!ご主人様は元々人間だった!そのご主人様の今の姿を見ろ!心臓は止まり、体温も無い!おまけに顔まで無いのだぞ!私達は二度とご主人様の体の温かみを体感出来ぬのだ!ご主人様の本当の顔すら拝めないのだぞ!生者として生きる事を諦めたご主人様の行き着いた先が、このお姿だ!」

 

全員がデュラハンを見る。

 

愛した男の体温を感じる事ができない。

愛した男の顔も見れない。

そんな悲しい運命を──この3人は背負って生きてるのか。

 

「それでも私達は、ご主人様がそばに居て下さる事を嬉しく思っている。例え、ご主人様がどの様なお姿になったとしてもだ。失う辛さに比べれば安いものだ。失ったら、もう二度と手に入らないのだからな。」

 

──ああ。俺は馬鹿だ。本当に大切な事が何なのか。今になって理解するんだからな──

 

「『竜の宝』の──デュラハンさんにお願いします。俺の──俺の最愛の人を蘇らせて下さい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

「カレン!カレン!目を開けてくれ!」

「──ん──ロ──イド──?」

「──!!カレン!良かった!カレンが生き返った!」

「わたし──ナニが──?」

 

俺はカレンに事情を説明した。

カレンは、ハルピュイアに連れ去られた時の記憶がなくなっていた。地獄のような苦しみを味わったかもしれない。だが、それを覚えていないのは、不幸中の幸いと言っていいだろう。

 

「カレンを助けてくれてありがとうございます!」

「礼はよい。対価はすでに貰っているからな。」

 

指輪を買う為の資金を失ったものの、カレンの命には変えられない。それに、たった金貨数枚と銀貨がそこそこの資金だ。また集めればいい。

 

「それよりお前達、結婚するそうだな。ご主人様がお祝いしたいそうだ。」

 

デュラハンがポケットから皮袋を取り出すと、俺に向かって放り投げてきた。

 

「受け取れ。」

「えっ!?でも、これは──」

「私達が助けた人間に、地味なパーティーをさせる訳にはいかんからな。それで必要な物を買ったら、余った金で豪華な宴会でもするがいい。では、私達は失礼する。受付嬢、報酬を受け取りたいのだが?」

 

『竜の宝』が受付嬢と共に歩いていく。それを見送りながら、俺は渡された皮袋を開く。その中身を見て、俺は自分の目を疑った。大量の金貨が入っていたからだ。

すぐにお礼を言おうとしたが、すでに『竜の宝』は受付嬢と共に、建物内に入っていった後だった。

 

『蒼の薔薇』に、デュラハンから渡された皮袋の金貨を見せると、ガガーランが大笑いし始める。

 

「どうした?ガガーラン。」

「ん?そりゃあオメー、笑うに決まってるだろぉ。デュラハンのヤツ、結婚指輪の資金を全部寄越せとか言っておいて、それを倍以上の額で返したんだぜぇ?ありゃ、最初からそうするつもりだったんだろうよ。」

「そうなのか!?」

「ああ。俺にはわかるぜ。ま、ブラックが言っていた事はマジだったみてぇだがな。」

「ブラックが言っていた事……デュラハンの事が好きだ、って言った事か?」

「それもあるが、首なしの為なら命すら捧げるってぇのもマジだな。ありゃ、本気の顔だった。」

「そうか。まぁ、私は恋愛には縁のない女だからな。そう言うのはよく分からん。」

「そうかぁ?意外とあっさり──」

「ない!絶対にない!ありえないからな!」

 

 



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第1話 王都─その1〔散歩〕

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次の日の朝、勝は拠点であるアリーナ中央にブラック達と竜王達を集合させていた。

 

【よし!みんな集まったな。】

「はい!ご主人様。それで、今日は何を?」

【今日は天気も良いし、みんなで王都を散歩しないか?】

「さ、散歩ですか!」

 

散歩と聞いた途端、ブラック達の目がキラキラと光り出す。余程嬉しいのだろう。

 

【そ!散歩だ。最近いろいろあって、のんびりできなかったからな。今日は冒険者活動もやめにして、みんなで王都を散策しようじゃないか。】

 

最高位であるアダマンタイト級冒険者になった以上、冒険者活動は自由なタイミングで受注できる状況になった。

本来なら、上のランクを目指す為に依頼を積極的に受け、チームの実力や信頼を上げようと、普通の冒険者達はするだろう。

あるいは、生活の為の資金を稼ぐ為に依頼を受けるかだ。

 

しかし、『竜の宝』は違う。資金は豊富にあるし、わざわざ依頼を受けなくても金を稼ぐ手段は幾つもあるからだ。

冒険者組合から名指しの依頼や緊急の依頼でも来ない限り、依頼を無理に受ける必要はない。せいぜい暇を持て余した時に、退屈しのぎで受けるぐらいでも構わないのだ。

 

第一、冒険者活動を毎日やる必要はない。たまに休暇を作ってもバチは当たらないだろう。

 

「主人よ、我々も同行して良いのですかな?」

【良いぞ。ただ、お前達の姿はどうする?竜人形態で行くべきか、人間形態でいくべきか…どちらが良いだろうか?】

 

竜人形態の場合、ブラック達と同じように、手足は甲冑を着けているような形状をした鱗であり、頭に角、腰から尻尾が生えた姿になる。

 

人間形態は言うまでもなく、鱗、角、尻尾が無くなり、まさに人間という姿になる。

 

勝としては竜人形態の方が好きだ。ドラゴンの雰囲気もとい、動物らしい雰囲気がでるからだ。反面、王都の人間達からは少しばかり警戒される可能性はある。

逆に人間形態だと、ドラゴンらしさも動物らしさもない代わりに、人間達の警戒心は薄くなる可能性が高まる。

 

「主人の好きな方で、我々は構いませぬが?」

 

それが1番困る返答だ。できれば竜王達の意見を聞きたかったのだが──仕方ない。

 

【なら自由で。】

 

丸投げした。だが、あえて両方の姿をした者達が交じっている状態で歩くのもアリかもしれない。

 

「ご主人様、1つ質問が!」

【何だ?ブラック。】

「く、首輪はつけますか?」

【首輪?……あー、首輪かー…。】

 

首輪というワードに一瞬疑問がわくが、ブラック達の設定を思い出し納得する。

ブラック達の設定の1つに、『主人から首輪を着けてもらって散歩させてもらうのが夢』という、ペットらしい設定を書いたのだ。当然、ブラック達が自我を持ち、自力で動く事など想定していなかった時に考えた設定だ。

 

ドラゴン形態なら違和感がない為問題ない。凶暴な動物に首輪をつけて、どこそこ勝手に行かないようにしているように見えるからだ。

しかし、竜人形態で首輪をつけて歩かせた場合、どの様にみえるだろうか。

答えは1つしかない。奴隷だ。奴隷に首輪をつけて、連れまわしているように見えるだろう。

だが、それは少々まずい。

 

ここ王国では、かつては国民の奴隷売買が一般的に行われていた。しかし、第三王女であるラナーの働きで表向きは廃れた事が、王国戦士長からの情報でわかっている。

そんな国で、人型の生き物に首輪をつけていれば、間違いなく奴隷と思われるだろう。

 

【首輪をつけて散歩したいのか?】

「はい!だ、駄目でしょうか?」

【うーむ…スマンが首輪は無しだ。】

「何故でしょうか?」

 

ブラックの問いに対し、素直に理由を述べ説明する。

 

「奴隷に見える…ですか?私達は奴隷ではなく、ご主人様のペットですよ?」

 

ペット、というのもどうかと思うが、ブラック達は納得がいかないという雰囲気である。

そもそもブラック達に首輪をつける気などなかった。あくまで設定上のものであり、本当に首輪をつける日が来るとは思ってもいなかった。

それだけではない。自分とそっくりなブラックに首輪をつけるという行為自体が恥ずかしいのだ。

だが、首輪をつけてみたいという気持ちもない訳ではない。

 

【なら、試しに着けてみようか?】

 

実際に首輪を装着させて確認するぐらいなら良いだろう。そう!あくまで確認の為に!外に出なければ良いだけの話だ。

 

「は、はい!お願いします!」

 

ブラック達の顔が一気に明るくなる。

 

所持品からテイマー職御用達(ごようたし)のペット用の首輪を取り出す。現実世界ならどこにでも売ってある、何の変哲もない犬用タイプの首輪だ。首輪の色はブラック達と同じ色に合わせている。

 

【ブラック、首の赤い布を外してくれ。】

「はい!」

 

ブラックが、マフラーのように首に巻いていた赤い布を外す。

 

【じゃ、じゃあ、つけるぞ?】

「は、はい!ああ…ついにこの時が…♡」

 

何でそんな嬉しそうな顔をしているんだ!?まるで結婚式で指輪をハメる時のような雰囲気じゃないか!

しかも、ブルーとレッドは羨ましそうに見つめているし!ティアマトは悔しそうな顔してるし!他の奴らは自分達もつけてもらえるかもみたいな期待の顔してるし!

 

ブラックの首に首輪をはめる。首輪には、装着された者が自分では外せないようにするための小さな南京錠が付いている。ソレに鍵をかけてロックする。これでブラックは、首輪を壊さない限り首輪を外せない状態となった。

 

「あ〜…♡ご主人様の愛の証が、ついに私の首に……♡」

 

やばい。ブラックの顔が破顔している。そんな顔はやめてくれブラック。お前は私と瓜二つの顔なんだぞ?お前がそんな顔ができるという事は、私もそんな顔ができるという事になるんだぞ?

 

「ご主人様!妹達にも首輪を!」

私も下さい(ガッガウガーガウ)!」

私も私も(ガッガウガッガウ)!」

【わ、わかったわかった!装着させてやるから!】

 

同じように、ブルーとレッドにも首輪を装着させる。

予想通り、2人が嬉しそうな笑顔になる。

 

「ご主人様!リードもお願い致します!」

【リ、リードもか!?ちょ、ちょっと待ってくれ。うーと……】

 

テイマー職である以上、勿論リードも持っている。しかし、ユグドラシルの仕様上の都合で、所持しているリードは鎖タイプのリードだけだ。

ユグドラシルでは、連れて歩くペットのレベルに応じたリードが必要となるのだ。

例えば、レベルの低い犬や猫、(オオカミ)等のモンスターであれば、レベルの低いリードでも安心して連れて歩く事ができる。

しかし、ペットのレベルがリードのレベルより高いと、リードが破壊されて(千切れて)逃げてしまうのだ。

となれば、テイマー職の誰もがレベルの高いリードを購入するだろう。

では、レベルの高いリードとは何か?無論、硬い鉱石によって作られた鎖タイプだ。頑丈な鎖のリードなら、ドラゴンタイプのペットでも安心して連れ回せる。

 

ジャラッ──という重々しい音がする鎖を取り出す。

 

【これで良いか?】

 

ブラック達の好みに合うかどうかを確認するつもりだったのだが──間髪入れず、ブラック達が目の前に来て『おすわり』のポーズになる。そして、早く首輪を着けてと言わんばかりに顔を紅潮させながら、首の部分を無防備にさらけ出して待っている。

 

つまり、リードに文句はありません、早くつけて下さい。という事だ。

 

【よ、良し。つけるぞ!】

 

鎖のリードの先端に付いているラッチロックフックを首輪に近づける。ブラックの顔がますます紅潮する。

 

──良いのか私!?このままブラック達にコレを着けたら、一線を越えてしまうぞ!?ペロロンチーノさんのエロゲじゃあるまいし!ましてや自分そっくりの相手に首輪をつけるなんて!しかし、元は自分が設定した事、つまり自分でまいた種だ。ならば、創造主としての責任を負わなければ!──

 

ブラック達の首輪にリードが繋がれる。ジャラリッという音とともに、3つの鎖がブラック達と勝の間にダランと垂れる。

 

まずい、ますます本格的に奴隷っぽくなってきた。

 

【ど、どうだ、お前達?奴隷っぽく見えて嫌じゃないか?嫌ならすぐ外して──】

「全然大丈夫です、ご主人様!さあ、このまま散歩に行きましょう!人間達に、ご主人様の飼い主としての凄さを見せてあげましょう!」

 

首輪とリードを装着されて興奮状態になっているのか、そのままの姿で外に行こうとするブラック達。当然、リードを握っている勝がグイグイと引っ張られる。

 

【ま、待て、お前達!外には行かないとさっき言ったよな!?】

「ご主人様と散歩!ご主人様と散歩!ご主人様と散歩ォォォォ!」

「「散歩ォォォォ!(グゥロォォォォ!)」」

【止まれぇ、お前達!止まってくれぇぇ!】

 

ブラック達は、早く散歩に行きたくて仕方ない犬の様な状態であり、勝の言葉を無視して闘技場の外へと通じる鉄格子に四つん這いの姿で向かっていく。

 

ズルズルと引きずられる勝。いくらレベル100の勝でも、ドラゴン三体が同じ方向に向かって歩こうとする力にはかなわない。

 

【そ、そうだ!竜王達!ブラック達を止め──】

 

竜王達に助けを求めようと視線を走らせる。

しかし、その視線の先にあった光景を見て、勝は固まる。

 

「「「主人よ!我々にも首輪を!」」」

「「「ご主人様!私達もご主人様に繋がれたいです♡」」」

 

竜王達全員が──竜人形態と人間形態の両方の姿をした竜王達が交じりながら──四つん這いの姿になりながら、後から付いて来ていたのだ。

 

ブラック達も含め、女性竜王達の格好はレオタードの様なエッチな格好であり、四つん這い姿はいろいろとエロ過ぎてやばい。特に、2m越えという女性にあるまじき体格のため尻が目立つ。人間形態なら、なおさらやばい。

続く男性竜王達の絵ヅラもやばい。2m越えのマッチョのイケメン達が、四つん這い姿で歩きまわるのだ。異様な光景であるのは間違いない。

 

そんな竜王達が、四つん這いになりながら勝に首輪をお願いしながらついてくる状態だ。

 

【駄目だぁぁ!コイツらもその気満々だぁぁ!】

 

このままでは、大勢の人間達の前で醜態を晒す事になる!なんとしても阻止せねば!

 

【止まれぇぇぇぇぇ!!】

 

ブラック達を外に行かせないように、リードを腕に絡めながら必死に引っ張るが、アリーナ内の床には砂金や金貨が敷き詰められているため滑って踏ん張れない。どんどん引きずられていく。

 

逆にドラゴンであるブラック達は、財宝等の歩きにくい場所を歩く事に慣れているのか、ガンガン進んでいく。

 

【やめろぉぉ!私の冒険者としての威厳がなくなるぅぅ!変な趣味の持ち主と思われるぅぅ!】

 

必死の抵抗も虚しく、ガチャリと鉄格子が開く。地面が歩きやすい、硬くなったレンガ床になった瞬間、ブラック達のスピードが上がり、凄まじい速さで駆け出し始めた。

 

【ちょっ!?マジで待って!お願いだから待って!?】

「ご心配はありません!さあ、ご主人様!まずは冒険者組合に行き、蒼の薔薇や他の冒険者達に見せてあげましょう!ご主人様の飼い主としての勇姿を!」

【やめでぇぇぇ!ホントにやめでぇぇぇ!】

 

引っ張るどころか速すぎるせいで体が浮き、宙に浮いた状態で引っ張られる。オマケに、先程リードを腕に絡めていたせいか、ブラック達3人のリードが絡まって腕から外れなくなるという事態になる。こうなったらもはやどうしようもない。

 

引っ張られた状態で、勝の体が闘技場の通路から外にでる。当然、そこからは王城の敷地となる。

 

ロ・レンテ城には、20の円筒形の巨大な塔が防衛網を形成した城壁によって囲まれた、外周1400メートルの広い土地がある。

その広い土地を、ブラック達は城下町目掛けて駆けて行く。

為す術なく引っ張られる、情けない勝の後を、同じく四つん這いの竜王達が追従してくる。無論その顔は、主人との散歩を楽しむ犬の様な顔であった。

 

「主人との散歩だ!みな、我等の主人が立派にドラゴンを躾ているという証を見せつけてやるのだ!」

「「「応ッ!!」」」

「皆、私達がご主人様にちゃんと調教されているという証を人間達に知らしめるのよ!」

「「「はい!!」」」

【見られるぅぅぅ!街の人達に見られてしまうぅぅぅ!】

 

デュラハンが竜人達に首輪を着けて散歩させている、という状況は、絶対良からぬ噂を生むに違いない!少なくとも、飼い主である自分の評価が──恥ずかしい意味で──悪い方向に行く事は間違いない。

 

 

「心配いりません、我が主人よ!我等(われら)竜王、主人の顔に泥を塗るような真似はいたしません!」

()()()に泥を塗る顔なんてねぇよ!】

「大舟に乗ったつもりで──いや、ドラゴンに乗ったつもりでいて下さい!ご主人様♡」

【今まさに泥舟になりそうだよ!?】

 

それならドラゴン形態になってくれよ!という、勝の悲痛な叫びを理解できる者は居ないだろう。

これはあくまでペットとの散歩なんだ!と、周りに主張する勝の言い訳を理解できる者も居ないだろう。

 

ただ1つ、幸運だと言える事はと言えば──

恥ずかしさのあまり、勝が羞恥に悶えている事を理解できる者も居ないだろうという事だ。

 

頭の無いデュラハンの表情を理解できる者など居る訳がないからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

リ・エスティーゼ王国、王都。その最も奥に位置し、城壁によってかなりの土地を包囲しているロ・レンテ城。

 

その城に勤務する大勢の王国兵士の大半は、一代貴族位を得た者たちがほとんどである。剣の腕が重視されるため、コネでなることができない。

 

しかし、そんな王国兵士の中に、とある奇妙な人物が存在する。

 

その人物の名は『クライム』

 

少年と青年の境にある男。眉は太く吊り上がった三白眼、金髪は短く切り揃えられ、顔には鋼の様な強い意志が感じ取れる。肌は日に焼けている

主人から与えられた純白の全身鎧を装備している。

年齢に似合わず声はしわがれている。

 

一代貴族位を得ているわけではない彼は平民である。だが、戦士としての技量はその辺の王国兵士よりは高い。わかりやすい言い方をするならば、戦闘能力は金級冒険者に匹敵する程度の実力である。

 

平民である彼が何故、王国兵士に──しかも城内の勤務に就く事ができたのか。それにはちゃんとした理由がある。

 

それは──主人に拾われ、気に入られたからだ。

 

 

 

昼時の王城のとある一室の扉の前にクライムが立つ。昼食を終えた彼がここに向かったのは、主人に呼ばれた為だ。緊張したおもむきで、扉のドアノブに手をかける。本来なら、ノックするのが礼儀だ。しかし、部屋の主から『しなくてもいい。』と何度も言われた為ノックはしない。扉を開ける前の部屋の中からは、微かに声が聞こえてくる。誰かが談話している状況である事が感じられる。

 

「失礼します。ラナー様。」

 

扉を開けると、中から楽しげな女性二人の会話が聞こえてくる。

会話を邪魔する形になったとクライムは思ったが、話している女性は気にせず会話をつづける。

それを聞いているのは部屋の主だ。部屋の主は、中に入ったクライムに一度顔を向け、ニコリと笑うと、再び会話に耳を傾ける。

 

「──でね、驚く私達の前でブラックちゃんがこう言ったのよ。『私達はご主人様のペットだ!』って。自信満々に、嬉しそうに主張するの!」

「本当なの!?ラキュース。」

「本当よ、ラナー。ブラックちゃんが言うには、『凶暴な動物に首輪を着けて散歩する様なものだから、間違っても奴隷っぽい等と言うなよ?』ってまで言ってたわ。そう言われると、反論できなくてww」

「まぁ!でも、ドラゴンに首輪を着けていると主張されたら、確かに何も言えないかもしれないわ。」

「そうなのよ!で、そのまま王都を散策するってブラックちゃんが言うから、私達気になって勝さん達に同行したの。もう街じゅうで注目の的よww」

 

会話の内容──特に、名前から察するに、最近アダマンタイト級冒険者になったという『竜の宝』に関する話だろうと予想しながら、クライムは部屋の主であるラナー王女の隣の席に座る。

 

クライムの様な平民出身の者が、王女であるラナーと同じ机の席に座る事は本来ありえない。そもそも、王女の部屋に、男性であるクライムが入る事すらありえない事なのだが。

しかし、この王女は違う。クライムをいたく気に入っているのか、クライムに対しては優しいのだ。

 

この特別扱いが、王城内でのクライムの立場をあやふやにしている。

 

1:クライムが平民であるという事で下に見る者達がいる。

2:ラナー王女のお気に入りという事で上に見る者達がいる。

3:クライムをラナー王女から引き剥がそうと嫌がらせをしてくる者達がいる。

 

──である。

 

1つ目は身分の違いによるもの。貴族ではないクライムが自分達と同じ空間にいる事が許せないと考える貴族達は多い。ラナー王女が近くにいない時、クライムと廊下をすれ違ってもお辞儀を返さないどころか、汚い物を見たくないという意味で顔をそらす者までいたりする。

 

2つ目はラナー王女を恐れての行動によるもの。クライムはラナー王女のお気に入りである。そんなクライムに対して丁寧な対応をしてくる者達も居るのだ。もし誰かがクライムに対して粗暴な事をした場合、そしてそれが

ラナー王女の耳に入った場合、ラナー王女の機嫌を損ねる結果になるかもしれないからだ。そんな危険を冒したくはないという保身に走る行動である。

 

3つ目は、クライムに嫌がらせをする事でわざと怒らせるのが狙いの者達だ。クライムが何か揉め事を起こした場合、ラナー王女の身辺警護を任せる事に適していないという事で、クライムをラナー王女から遠ざける事が可能なのだ。なお、クライムに対する嫌がらせは地味なものばかりであり、相手側も強くでられない事はクライムも自覚している。わかりやすく言うなら、それ以上の事は相手側も怖くてできない、という事だ。

 

そんなクライムの立場を知ってか知らずか、ラナー王女はクライムを特別扱いしてくるのだ。ラナー王女の隣に座るという行為も、ラナー本人から幾度もお願いされた事が理由だ。

 

「それでラキュース、その後どうなったの?」

 

続きが気になるのか、かなり上機嫌な──ウキウキした雰囲気でラナーが尋ねる。

 

「その後も凄いのよ!えっとね──」

 

その後のラキュースの話はかなり奇天烈ものばかりであった。

 

『竜の宝』を『蒼の薔薇』がよく利用する、行きつけの鍛冶屋に案内したら、希少金属であるミスリルやオリハルコン、アダマンタイトのインゴットをデュラハンが取り出して、店長に物価を尋ねていたという。

 

無論、希少金属はかなり高額であり、インゴットにするという行為自体がもったいないと言われる程だ。しかし、デュラハンは希少金属のインゴットを大量に取り出していたという。

 

店長が何気なく、どこで希少金属を手に入れたのか『竜の宝』に尋ねていたが、『メタリックドラゴンの鱗から希少金属を剥いだ。』と、あっさり返答されたという。

 

次に、『竜の宝』を魔術師組合に案内した、とラキュースは言う。そこで、王都の魔術師組合で販売されている魔法のスクロールが第一位階までしかないと知った『竜の宝』は驚いていたという。

 

そこからがさらに奇天烈であり──

デュラハンがスクロールの販売員に第三位階や第七位階のスクロールを見せつけ、泡を吹かせる程驚かせていたというのだ。

 

即座に魔術師組合の組合長がやってきて対応を交代、高位のスクロールをどの様に手に入れたのか、羊皮紙の皮はどんな素材なのか等の質問を『竜の宝』に投げかけた。

すると──『竜の皮と金貨さえあれば、魔法のスクロールをレッドが作製できる。』『竜の皮なら、第一位階から第十位階までの魔法のスクロールの作製が可能。』等と、丁寧に説明したらしい。

しかも、組合のロビーで実際にスクロールを作製するところを見せたという。出来上がったスクロールは第九位階の物であり、組合長はショックで気絶、ラキュースの仲間の魔術師(マジックキャスター)は驚きのあまり固まっていたそうだ。

 

オマケに──魔術師組合のカウンター横には警備員としてウッドゴーレムが立っているのだが、これは組合の高位の魔術師達が1年以上の歳月をかけて召喚した人造物(コンストラクト)である。

しかし、デュラハンが魔導書のような物を取り出したかと思うと、そこからあっさりウッドゴーレムやアイアンゴーレムを召喚してみせたという。

魔術師組合が騒然となったのは言うまでもない結果だったという。

 

「強さでも魔法でも規格外、オマケに物資も豊富……ホント、『竜の宝』の皆様には驚かされますわ!」

「ええ、ホントね。今日の午前中だけで驚きの連続よ!」

 

クライムは二人の会話を静かに見守る。もちろん、会話の内容に驚き、何度か表情を変えてしまってはいたが。

 

「それでラキュース、その後何かあった?」

「いいえ。私は用事があったから、途中で──ね?」

 

用事──つまり、ここへ来る予定だったから、という意味だとクライムは予想する。

 

「ガガーランが道案内の続きを引き受けてくれたけど……大丈夫かしら?『俺に任せとけ!』って、かなり自信満々な感じだったけど……」

 

クライムは苦笑いをする。あのガガーランがまともな道案内などする筈ない、という意味で。きっと良からぬ事を『竜の宝』に教え込む気がしてならない。

 

「まぁ──それはさておき……ラキュース、『例の件』の話なんだけどね──」

 

ラナーが放った『例の件』というワードに対し、先程まで笑顔だったラキュースの表情が真剣なものになる。

 

「──もし、あのデュラハン様が『あの姿』になっているのを見かけたら、是非私の元に連れてきてもらえるかしら?」

 

ラナーが言う、『あの姿』という意味に、クライムは小首を傾げる。デュラハンと聞いて想像するのは、『竜の宝』のデュラハンである。

 

──デュラハンが変身でもするのだろうか?──

 

「頑張ってみるけど…1人の方が良いの?」

「できれば。あのデュラハン様とは、面と向かって話し合いたいの。」

「危険ではないでしょうか、ラナー様?」

 

ここで初めて会話に交ざる。身辺警護をしている身としては、王女であるラナーにアンデッド(デュラハン)を近づけるのは、危険だと判断したからだ。

 

「心配してくれてありがとう、クライム。でも大丈夫よ。ラキュース達も一緒に来てもらう予定だから。だから安心して?」

「しかし!まずラナー様の部屋に入る許可がくだるかどうか……」

 

アンデッド(デュラハン)が王女の部屋に入る、という事態を王や貴族達が許すとは思えない。あまりにも危険な行為だからだ。

 

「大丈夫よ、クライム。問題ないわ。」

「ですが──いえ、わかりました。」

 

部屋の主であるラナーが『問題ない』と言い切る以上、これ以上何か言うのは不敬だと判断したクライムは口を閉ざす。

 

「──という訳で、引き続き『竜の宝』の様子見をお願いするわ、ラキュース。」

「ええ、わかったわ。」

 

ラキュースが立ち上がり、退室の準備を始める。

 

「それとクライム、貴方に言伝をお願いしたいの!」

「何でしょうか?ラナー様。」

「王国戦士長に伝えてもらいたい事があるの!」

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

ラキュースとクライムが立ち去った部屋で、ラナーは椅子に座り、紅茶をすする。

 

「羨ましいですわ、デュラハン様。私も、一度でいいからやってみたいものですわ。」

 

部屋に置かれた自分の全身を映せる程の大きさの鏡を見つめながら、誰かに聞かせる訳でもなく、ラナーは呟く。

 

「自分を愛してくれている者に首輪を着けて連れ回す……なんて素敵な愛し方なのかしら。これ以上の──素晴らしい愛情表現が他にあるかしら?」

 

そう呟くラナーの顔が──今まで美しかった、『黄金』と呼ばれる程の美貌を保っていた表情がみるみる変貌し、不敵な笑みを浮かべ始める。

 

「きっと──」

 

まるで──初めて理解者を得たような──自分と同じ考え(性癖)を持った仲間を得たような──そんな雰囲気で、ラナーの顔が破顔していく。

 

「──きっと、デュラハン様とは、素晴らしいお話ができるような気がするわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 




ラナーに目をつけられた勝。
しかも同類と判断される!
はたして、勝の運命はいかに!?
そしてクライム君の運命もいかに!?


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第2話 王都─その2

今回は短め。


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王女の部屋から退室したクライムは、目的としている王国戦士長──ガゼフ・ストロノーフを探していた。

探すと言っても、ガゼフの居る場所は概ね見当がついている。王の近くか訓練場に居る事が多いと知っているからだ。

 

王の近く──つまり、王の身辺警護をやっている場合だと、気軽に会いに行く訳には行かない。ましてや王の居る場所で、緊急事態でもないのにガゼフに言伝だけを言いに行くなど、王に失礼である。

 

そう言う理由もあり、クライムは訓練場へと足を向けた。

 

 

 

幸運な事に、訓練場にガゼフは居た。バスタードソードを素振りしながら鍛錬に励んでいる。おそらく、休憩時間か、王の傍にいる必要がなくなった時間を利用しているのだろう。

 

「お?クライムか。どうした、何か様か?」

 

クライムに気がついたガゼフは鍛錬を中断し、気さくに語りかけてくる。

 

クライムにとってガゼフは似た境遇を持った人物である。

 

ガゼフは、平民の出身で王国の御前試合に出場し、決勝戦でブレインを倒し優勝、その後、国王の懐刀である王国戦士長に任命される、という経緯の持ち主だ。

 

簡単に言えば──ガゼフは王に気に入られ、クライムはラナーに気に入られた、と言えばわかりやすいだろう。

 

つまり、同じ平民から特別な立場になった者同士なのだ。

しかし、平民という身分がゆえに、貴族達からはあまり好ましく思われていない事もクライムと同じである。

 

「ラナー様から言伝を預かって来ました、ガゼフ・ストロノーフ様。」

 

クライムにとって、王国最強の戦士長であり、実力も上であり、王の傍で仕える存在であるガゼフは尊敬に値する人物であり、様付けで呼ぶようにしている。もちろん、ガゼフだけでなく、ガゼフと同じように尊敬に値する人物や目上の人物には様付けで呼ぶ事にしている。

 

「ラナー殿下から?」

 

意外な人物からの言伝に、首をひねるガゼフ。

 

「──内容は?」

「はい。それは──」

 

ラナー王女からの言伝をガゼフに伝え終わると、クライムはガゼフに質問する。

 

「ストロノーフ様、どういう意味なのですか?」

 

どうしても知りたかったのだ。ラナー王女の言伝の意味が。

 

「む。むぅ……」

 

ガゼフは気まずそうな表情をした後、周囲を見渡し、誰もいない事を確認すると、「誰にも言うなよ?」とクライムに釘を刺した。

そして語りだす。『竜の宝』のリーダーであるデュラハンが、人間の女性に変化していた事を。

 

クライムは驚きを隠せなかった。これは、デュラハンに対してではなく、ラナー王女に対する驚きだ。

アンデッドが人間の振りをして王都を歩き回っているかもしれない、そう考えると、デュラハンが人間に化けれる事も驚く話ではある。

が、何より王女が言っていた『デュラハンを呼んで話し合いたい』という、一見無茶にしか見えない事をやろうとした理由を理解できたからだ。

デュラハンが人間の女性に化けれるなら、ラキュースと同じように『友人』という事で部屋に招き入れやすくなる。王女はソレを実行するつもりでいるのだ。

 

これが、ラナー王女の身辺警護を任されているクライムにとって大問題にならない訳がない。

 

「危険ではないのですか!?」

「問題ないと思うぞ。勝殿は優しい御仁だ。それは私が保証する。」

「ですが──!」

「──気持ちはわかる。」

 

食い下がるクライムに対し、ガゼフは視線を遠くに向ける。

 

「私も──最初はデュラハンである勝殿やドラゴンであるブラック殿達を、王に会わせるのは危険だと思った。しかし──」

 

そう言いながら、ガゼフはクライムに視線を合わせる。

 

「王みずからが『会う』とおっしゃったのだ。『他国の策謀から民を救い、王国戦士長まで救った者達を無下にはできぬ。私から直接、礼を言いたい。』と。なら、王の決意に応え、なおかつ守りとおすのが私達の役目だと思わないか?」

 

自分が仕えている主人の意志を尊重する。それを当たり前だと言わんばかりに言い切るガゼフ。

 

「────ッ。」

 

クライムは言葉がでなかった。

 

──これが、王国最強と言われる男なのか──

 

クライムは自分の過去をふりかえる。

 

ラナー王女に拾われた日から、自分の人生は変わった。暗くて寒い、家とも言えないボロ家から、温かくて明るい王城での暮らしになった。

それ以来、いつからかラナー王女の事を密かに好きになった。平民である自分が、ラナー王女と結婚できない事は理解している。理解しているが、せめてラナー王女の隣にいても問題ない、ふさわしい男になろうと努力した。

 

来る日も来る日も鍛錬を続けた。ガゼフやガガーランと言った、歴戦の戦士に指南や稽古もつけてもらった。魔法すら学ぼうとしてみた。

 

だが、目指す高みは大きい。今、目の前にいる人間──ガゼフ・ストロノーフこそ、自分が憧れ、目標とする理想の戦士である。

そのガゼフと同じ領域に立ちたいと努力するも、周りからの評価は良くない。ハッキリ言うと、自分には『才能がない』という事らしい。

 

それでも諦めずに努力しているのが今の自分なのだ。

 

「クライム──」

 

ガゼフに名前を呼ばれるまで、自分の思考の世界に入っていたクライムは、慌てて返事を返す。

 

「お前が勝殿を信用できない気持ちを理解できない訳ではない。だからどうだ?明日、私と一緒に勝殿に会いに行かないか?会って話してみたら、印象が変わるかもしれんぞ?」

「それは構いませんが──」

 

デュラハンの正体を掴みに行く、という言い方はおかしいかもしれないが、敵を知るなら敵を調べるしかないのは道理である。しかし──

 

「──何故明日なのですか?」

 

率直な疑問を投げかける。

 

「うむ。明日、六大貴族の大貴族達が王城に集まり会議を行う事は知ってるか?」

「はい。ラナー様から聞いております。」

 

六大貴族──リ・エスティーゼ王国において、国王ランポッサⅢ世に次ぐ領土を持ち、軍事力や財力など何かの分野で王を凌ぐほど力のある大貴族達。

王国では、ランポッサⅢ世が全領土のうち3割、大貴族が3割、それ以外の4割をその他の貴族が所有している。

 

しかも厄介なことに、現在の王国では、王派閥と六大貴族の半数以上を含む大貴族派閥による権力闘争が起きているのだ。

麻薬や戦争で国力がドンドン低下している王国の現状を顧みない下らない争いだが、貴族派閥にとっては「国力の低下=王家の権力の低下」なので喜ばしい状況であるらしい。

 

王や王女によって今の地位につけているガゼフやクライムにとって、貴族派閥の連中は厄介な存在である。何かとつけて嫌味や不満を言ってきては、ガゼフ達に嫌がらせをしてくるのだ。ガゼフ達を怒らせ、失脚させようと企んでくる者達もいる。

 

なので、六大貴族が王城にいる時の二人の肩身は狭く、あまりいい気持ちで居られないのだ。

 

「その六大貴族の内の何名かが──おそらく、ボウロロープ侯は確定だろうが、私兵を連れてくるそうだ。理由は言わなくてもわかるな?」

 

クライムは少しだけ考え、1つの答えを導き出す。

 

「『竜の宝』ですか?」

 

ガゼフは「やっぱりわかったか。」と呟くと、話を続ける。

 

「そうだ。王城の真後ろにドラゴンが居る現状に、安心できないらしい。それで、明日の王城の警備は貴族達の私兵がやる事となった。私達のような戦士は、非番になるそうだ。無論、訓練場も貴族達の私兵が貸し切る予定なので、私達は使用できなくなる。」

「それは──困りましたね。」

 

訓練場はクライムも毎日利用している。別に訓練場以外でも鍛錬はできるものの、武器を扱う鍛錬を使用する際には周りの目を気にしなくてはならないのだ。

 

訓練場以外で武器を振り回していると──

 

「平民が王城内で武器を振り回している!なんと野蛮なのだ!」

「王城の品位が落ちますな…」

「我々貴族も同じ事をする、等と国民に思われたらどうするのだ!」

「まったく、平民はこれだから──」

 

と、嫌がらせの種が増える可能性が高い。そうなると、王や王女にも迷惑がかかるのだ。

 

「それにいつもなら、私は王の傍に居るのだが……今回ばかりは私が居るのはまずいからな。陛下もそれを気にしておられるようだ。」

「──と、言いますと?」

「私が『竜の宝』を連れてきたのだぞ?間違いなく、貴族達の話題に出るだろう。その時、本人である私が現場に居ると、批難の雨に晒される。王はソレを嫌ったのだろう。」

「な、なるほど…。」

 

となると、『竜の宝』を冒険者として認めた王と、アダマンタイト級冒険者まで上がらせたラナー王女にも文句がでるのは間違いない。

今まで以上に気まずい状況になるのは明白だ。

 

「だから考えたのだ。明日、勝殿達の闘技場を利用させて貰えないか、頼んで見ようとな。鍛錬をするなら、あそこ程ふさわしい場所はなかろう?」

「……そう言えば、彼等の拠点は闘技場でしたね。」

 

王城の真後ろ、元共同墓地だった場所に、いつの間にか現れた闘技場に、王城に住む者達全員が驚いたのは言うまでもない。実際に実物を見るまで、知らせに来たガゼフの言葉を信じられなかった程に。

 

「しかし、当日に頼みに行くのは流石に失礼では?あちらの予定や都合もあるとは思いますが?」

「むぅ…確かにそうだな…。」

 

クライムの言う事は最もだ。アポイントメントも取らずにいきなり拠点を使わせて欲しいなど、図々しいにも程がある行いだろう。

 

「わかった。では、仕事終わりに確認しに行こう。」

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

──その日の夜──

 

 

「ご主人様は留守だぞ。」

 

『竜の宝』の拠点を訪問したガゼフとクライムに対し、鉄格子の扉越しにブラックの言った言葉がこれである。

ブラックの背後には、ブルーとレッド、竜王達がズラリと並んでいる。

 

「いつ戻ってくるかわかないのか、ブラック殿?」

「わからんな。ご主人様の気分次第だ。」

「むぅ……困ったな。」

「そもそも用件はなんだ?」

 

ガゼフは、明日の事情を話し、闘技場で鍛錬をさせてもらえないか聞く。

 

「うーむ……ご主人様の返事次第だな。我々だけの判断で勝手な事はできないのでな。」

 

「やはりか……」とガゼフは呟くと、暗い表情になる。すると、クライムがブラックに問いかける。

 

「あの……ブラック様に1つ聞きたいのですが…」

「何だ?人間。」

「勝様だけで大丈夫なのですか?あなた方のリーダーは、会話ができぬと聞いていますが…?」

「大丈夫だ。今のご主人様は──」

 

そこまで言ったところでブラックの言葉が止まる。何かを感じとったのか、ガゼフ達の背後に視線を向けている。

 

「──おい、隠れているヤツ!10秒以内に姿を見せろ!見せねば容赦なく殺す。」

 

ガゼフは振り返り、外へと続く通路を見渡すが、誰もいない。クライムも同じようだ。

 

「………後5秒だ。」

「──ま、待て、私だ!」

 

突如、何も無い場所から声がし、何者かが姿を現す。

 

「貴殿は──」

「──『蒼の薔薇』のイビルアイ様!?」

 

姿を見せたのはイビルアイだった。不可視化の魔法で姿を消していたのだろう。

 

「や、やあ、ブラック。それとクライムと王国戦士長も。」

 

ブラックにあっさり察知された事に動揺している雰囲気のイビルアイが、二人に挨拶を交わす。それを見届けたブラックが口を開く。

 

「──で、何用だ?」

「デュラハンは居るか?伝えたい事があって来たのだが……」

 

どうやらイビルアイもデュラハンに用事があったらしい。

 

「ご主人様なら留守だ。言伝なら、私達が預かるが?」

 

イビルアイは一瞬迷うような仕草を見せ、ガゼフ達を見る。しかし、「仕方ないか…」と、諦めた雰囲気で喋りだす。

 

「午前中、ガガーランが紹介した銭湯の事で、説明し忘れた事を伝えに来た。」

「説明し忘れた事?何だ?」

「あの銭湯、夜になるとな、その……」

「…?どうした、イビルアイさん?」

 

言いにくそうしているイビルアイに、ブラックが首を傾げていると、そこにクライムが割って入る。

 

「イビルアイ様。ガガーラン様が紹介した、その銭湯とは、『裸羅売(ララバイ)』という名前では?」

「知っているのか、クライム?」

「はい、ガゼフ様。一度、ガガーラン様に無理やり銭湯の目の前まで連れて行かれた事があります。」

「どんな銭湯なんだ?」

「はい、あの銭湯は…その…夜になると──」

 

イビルアイを除く、全ての者達がクライムの言葉を待つ。そして、クライムの口から出た言葉は、ブラック達──特に、男性竜王達には衝撃の一言だった。

 

「──混浴になるんです。」

 

「な──な──何だとぉぉぉぉぉ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いた。ガガーランの言っていた『裸羅売(ララバイ)』…だったか?オススメの銭湯らしいが、はてさてどんな内装とサービスなのか、気になるぜ!」

 

勝は玉手箱を使用してリュウノの姿に変身していた。服装は、午前中に立ち寄ったファッションショップで購入した、そこそこ仕立ての良い庶民服を着ている。首には、ブラックがいつも巻いている赤い布を巻いている。

 

軍服ではなく、この服装で街に赴いたのには理由がある。それは──イビルアイに見つからないようにする為である。

 

アンデッドの特徴である負のエネルギー、それを隠せるアイテムをリュウノは所持していないのだ。ギルドメンバーに相談してみたものの、負のエネルギーを隠せるアイテムは1つしかなかったのだ。しかも、アインズが冒険者活動中に使用しているという事で、リュウノは諦めたのだが──

 

「まさか、ブラックのマフラーに、ここまでの隠蔽機能があったとは!流石、神器級(ゴッズ級)アイテムだ!」

 

たまたま首輪の一件で預かっていたブラックの装備。それの効果を再確認した結果、負のエネルギーまで隠す事が可能である事が判明したのだ。

 

現在、ブラックは首輪を身に付けている為、その首輪が見えなくなるマフラーの装着を嫌がっている。なので遠慮なくリュウノが使用している、という状況である。

 

イビルアイに見つからずに済んだ事に安堵しつつ、リュウノは銭湯へと入る。

 

リュウノが銭湯に来た理由は、この異世界の銭湯が自分の知る現実世界の銭湯と同じなのか気になったからだ。

 

入ってすぐ、番頭の居るカウンターが見え、左右に分かれた通路がある。おそらく脱衣場へ向かう通路だろう。

 

番頭の男がリュウノを一瞥する。直後にニコリと笑い「いらっしゃいませー」と営業スマイルに切り替えた。

 

「お客様お一人でしょうか?」

「ああ。私1人だ。」

「では、入浴料金として金貨1枚頂きます。」

 

銭湯の入浴料金にしては高い──のだろうか?少なくとも、この異世界基準なら金貨1枚は高値の方だが。

ラキュース曰く、貴族が購入するような香水が金貨3枚の値段だそうだ。つまり、3日連続で通えば金貨3枚分の香水を買ったのと同じという事になる。金銭に余裕がある者──それこそ、貴族のような身分でもなければ、毎日通うような真似はできない。

 

金貨を1枚取り出し、支払う。すると──

 

「お嬢さん、ここは初めてですかい?」

 

番頭の男が質問してくる。別に嘘をつく必要もないので、素直に「はい。」と返す。

 

「なら、こちらのサービスはいかがですかい?銀貨3枚になりますが。」

 

番頭の男が取り出したのは2つの小瓶。中には、片方は白い液体のような物、もう片方は透明な液体のような物が入っている。

 

「これは?」

「こっちの白いヤツは体につけるヤツで、こっちの透明なヤツは──使って見てのお楽しみってヤツですわ。」

 

一瞬、番頭の男の対応を怪しく思ったが、不特定多数の客が利用する銭湯で変な物を売るとは思えない。

 

「(ボディソープとシャンプーみたいな物か?)」

 

怪しい物を売っていたなら、先に利用した利用客がクレームを言うはずだ。しかし、番頭の男は堂々と売っている。気にし過ぎだろうか?

 

「じゃあ、それ下さい。」

「毎度ぉー!」

 

銀貨を支払い、小瓶を受け取る。

 

「へへっ、ごゆっくり〜。」

 

番頭の男は、受け取った小瓶の中身を怪しそうに見つめながら脱衣場に向かうリュウノを見送る。リュウノが脱衣場に入ったのを確認すると、店の入口に行き、扉に看板をかける。

 

看板には『閉店』の文字。

 

番頭の男は、入口付近の明かりを暗くし、いかにも閉店してます、という雰囲気を作ると、男性側の脱衣場に向かい、扉を開ける。

 

中には裸の男達、ざっと10名。

 

番頭の男は笑みを浮かべながら男達に言う。

 

「出番ですぜ、旦那方(だんながた)。へへへっ」

 

 

 



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第3話 王都─その3〔ルベリナ〕

※注意事項
ちょいエロ、ちょいグロ?な表現があります。

後、今回も短め。


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「ショボイな。いや、ナザリックのが凄すぎるだけか。」

 

全裸&『竜覇の証』とタオルを首に掛けた姿で浴場に入り、浴場の内装や設備を一瞥して思ったリュウノの評価がこれである。

 

「ナザリックの浴場が王宮クラスなら、ここはホテルクラスぐらいかな。しかし、この色分けは面白いな!」

 

脱衣場から浴場に入ったときに最初に目についたのが、青と赤のタイルである。その二色が部屋を左右に割るような配色で塗られている。

その部屋の両サイドに浴槽があり、脱衣場の扉とは反対側の壁にシャワー等の設備や木の椅子、木の桶などが設置されている。

 

もし──ここの銭湯が混浴だとリュウノが知っていたなら、『青側の浴槽に男性が、赤側の浴槽に女性が入るんだろうな〜』といった事を思ったかもしれない。

 

「まずは体を洗うか。」

 

脱衣場に背を向ける形で木の椅子に座り、シャワーを浴びる。

全身にシャワーを浴びてから、番頭の男から買った小瓶の1つ、白いヤツのフタを開ける。

 

世間では、中身がわからない謎の液体が入った小瓶を開けた際、臭いを嗅ぐ癖を持つ人間がいる。これは、臭いを嗅ぐという行為が一種の安全確認になるからだ。腐った臭いといった不快な臭いだった場合、危険な物と判断しやすくなるのだ。

 

リュウノは臭いを嗅ぐ。感じたのは薔薇の香り。

 

「大丈夫そうだな。」

 

白い液体を手に垂らし、手で擦ると、すぐに泡ができあがる。泡立つ事を確認したリュウノは、首に巻いていたタオルに液体を垂らす。充分泡立たせてから体を洗い出す。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 

「ルベリナさん、女が風呂に入りましたぜ!」

 

番頭の男が、スタッフルームでくつろいでいた女──ルベリナに報告する。

 

「ん〜?あっそう。わかった〜。」

 

ルベリナは軽い口調で返事をすると、机の上に乗せていた足を下ろし、椅子からスッ─と立ち上がる。

女性なのに、服装は男物(おとこもの)を着ているため、人によっては男性だと思うかもしれない。

 

「確認だけど、ターゲットはアレを買ったの?」

「はい。ボディソープと一緒に。」

「じゃあ、いつものプランAで大丈夫そうだね〜。」

 

ルベリナは机の横に立て掛けてあったレイピア──『心臓貫き<ハート・ペネトレート>』を手に取る。

 

この剣は、刺突ダメージの上昇と急所命中時のダメージ量を大幅増大させる魔法が付与された、かなり強い武器だ。生半可な鎧であれば紙のように貫いてしまうだろう。

 

握った剣を眺めながら、つまらなさそうな雰囲気でルベリナは呟く。

 

「あーあ、つまんないな。女がアレを買わないでいてくれたらなー。プランBの──男達で乱暴に捕まえる作戦ができたのに。その時抵抗するようなら、私のレイピアで手足を滅多刺しにして、大人しくさせれたのになー。」

 

そんな事を呟くルベリナに、番頭の男は顔を引きつらせる。

 

「やめて下さい、ルベリナさん。()()()()()()()の女ですよ?綺麗な状態の方がいいんですから。」

 

一応、釘を刺すが、番頭の男は強く言う事ができない。ルベリナが、見た目とは裏腹に残虐な女だと知っているからだ。下手な対応をすれば、自分が殺される危険性もある。

 

「ハイハイ。わかってますよ〜。()()()()の獲物を傷付けたりしないって。」

 

ルベリナはそう言うと、女性側の脱衣場へと向かって行く。

 

「ゼロに注意されたからね〜。『殺しも程々にしろ』って。だから、()()で我慢するよ。」

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 

洗い終わり、体についた泡をシャワーで流す。全ての泡を洗い落としたリュウノは、透明な液体が入った小瓶を手に取る。

 

「さて、気になるこいつは何なのか、確かめるか。」

 

リュウノがフタに手を伸ばしたその時、ガラリッと背後で扉が開く音がする。

気になったリュウノが扉の方を見ると、脱衣場から1人の女性が入って来たところだった。

 

女の特徴は、中性的な美貌を持つ人物。その顔は優しげな微笑を浮かべている。裸体にタオルを巻き付けている。手には、リュウノが購入した物と同じ小瓶が2つ。

 

女はスタスタと一直線に歩いてくると、リュウノの隣に座り、白い液体で体を洗い始めた。迷いがない雰囲気から、この銭湯の常連客なのかもしれない。

 

「(チャンス!この透明な液体が何なのか、尋ねてみよう!)」

 

常連客で、なおかつ小瓶の使用者なら、液体の正体を知っているかもしれないと判断したリュウノは、思い切って女に声をかける。

 

「あの…すみません。」

「んー?何かな?」

「コレ、何かわかりますか?」

 

透明な液体が入った小瓶を女に見せる。女は視線を一瞬だけ小瓶に向ける。しかし、「ウフッ」と笑うと、女は私の方に視線を向けてくる。

 

「もしかしてアナタ、ここ初めて?」

 

質問したのに、質問で返される。

 

「あ、ハイ。そうです。」

「本当に?だったら気をつけなよ。」

「え?それはどういう──?」

「ここ、夜だと混浴になるから。」

「はっ!?混浴!?」

 

驚きを隠せなかった。この銭湯を紹介してくれたガガーランは一言もそんな事言ってなかったのだ。

 

「そ!混浴。ほら、男性客がやって来たよ。」

 

女が指さした方角──女性側の脱衣場へ続く扉とは別の扉から、客らしき裸の男達がワラワラと入ってくる。

 

「いやー兄貴、疲れましたね。」

「そーだなぁ!疲れた体を癒すには、お風呂が1番だよな!」

「そんな事言って、お目当てはアレでしょう?」

「ば、バカ!大声で言うんじゃねぇ!女性客に聞こえるだろ。」

「「「ハハハハハッ!」」」

 

10人程の男達。全員が仲良く会話している雰囲気から、仕事仲間と言った感じだろう。会話をしながら、かけ湯を済ませた男達は、それぞれちりじりになる。

2名が青側の浴槽に入り、同じく2名が赤側の浴槽に入っていく。2名が脱衣場の扉の前で会話するかのように立っている。そして、残りの4名は──

 

「よっこいしょ。」

 

リュウノと女の隣に2名座り、リュウノ達のすぐ背後に2名が立っている。

状況的に、男達に囲まれ、さらに各ポイントを抑えられた、といった感じだろう。

 

「嬢ちゃん、可愛いね。どこから来たの?」

 

間髪入れず、隣に座った男がリュウノに質問してくる。

 

「え!?え、えーと……」

 

リュウノは焦る。見ず知らずの男から質問され、対応に困ったからだ。

 

「(こう言う場合、どうすればいいんだ!?素直に答える?それとも無視?だぁーー!もう!)」

 

嘘でもいいから何か答えるべきかな?と判断したリュウノは、思いついた単語をとりあえず言う方法に出る。

 

「エ、エ・ランテルから……」

「へー、あんな遠いところから。職業は何をしてるのかな?」

「冒険者……です。」

「そりゃあ凄い!1人でやってるの?」

「ま、まあ……」

「そうかー。1()()なのかー。」

 

『1人』という単語を、何故か強調して喋る男。明らかに、周りにいる男達に情報を与えている。

 

「彼氏とか居るの?知り合いは?」

「宿屋は何処を利用してるの?」

「よく行く店は?」

 

他の男達も質問を重ねてくる。リュウノが対応に困っていると、隣に居た女性が「ハイ、ストーップ!」と言いながら止めに入った。

 

「アンタら、やめなって。この子、ここが混浴って知らずに来た子なんだから。あんまりしつこいと、店の人呼ぶよ?」

 

女が注意すると男達が大人しくなる。何人かの男が舌打ちをしてはいたが。

 

「ごめんね〜。コイツら、しょっちゅうこうゆう事してるの。アナタみたいな可愛い子を見つけるとね。」

「あ、いえ……助かりました。」

 

隣の女性に男達が声をかけない事に疑問を感じていたが、常連客だからこそ、混浴風呂で何度も男達と遭遇していたのだろう。

 

「お礼なんていいよー。ホラ、この化粧水を顔に塗って、さっさと上がった方がいいよー。」

 

女が透明な液体の小瓶をちゃぷちゃぷ鳴らしながら言う。

 

「(コレ、化粧水だったのか!)」

 

透明な液体の正体がわかった事で安心したリュウノは、女性にもう一度礼を言うと、臭いすら嗅がずに液体を手に垂らす。そして、顔にペチャペチャと塗った。

 

 

その瞬間──リュウノの意識が落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「眠りましたね、ルベリナさん。」

 

男に話かけられた、リュウノの隣に居た女──ルベリナは、床に倒れたリュウノを見つめながら笑う。

 

「馬鹿な女。透明な液体が睡眠薬とも知らずに、顔に塗っちゃうなんてね。」

「見事な演技でしたよ!この女、何の疑いもなく液体を塗ってましたもんね。」

「そりゃあ、何度も同じ事やってるからねー。」

 

ルベリナにとって──いや、この集団にとって、この作業は手慣れたものであった。

 

1人で来た女性客を拉致するのが彼等の目的である。

無論、誰構わず拉致する訳ではない。入念な下調べを行い、王都に住む女性の情報をかき集めている。その上で正体不明の人物が現れた場合、それは王都に住む住人ではないという証拠になる。

 

冒険者、旅人、ワーカー……様々な理由で王都に来る人物は多い。しかし、その人物に仲間がいない──つまり、よそ者が1人だった場合、その人物が行方不明なった時、誰がそれを気にするだろうか?

 

旅人なら、『まだ旅をしている。』と思われるだろう。

冒険者やワーカーなら、『依頼ための仕事をしている。』『モンスターに襲われ命をおとした。』と思う者が多いだろう。

少なくとも、捜索願いが出るまで時間がかかるのは間違いない。あるいは捜索願いすら出ないかもしれない。

 

では、今回の獲物はどうだろうか?

 

黒い長髪に黒い瞳、王国ではあまり見ない珍しい容姿ではある。つまりよそ者。しかも1人で冒険者をやっている事から、王都に知人がいる可能性も低い。

 

結論──絶好のカモである。

 

風呂場に居た男達が、床に転がりスヤスヤと寝息を立てているリュウノの周りに集まってくる。

 

「へー、まあまあ可愛いじゃん。」

「18歳くらいかなぁ?超食べ頃じゃん!」

「胸もそこそこあるし、今回の獲物は上玉だなぁ!」

 

久しぶりの獲物を目の前にし、舌舐めずりを繰り返す。

 

「ルベリナさん、この女を娼館に連れて行くまえに、俺達で味見しちゃあだめですかい?」

「んー?あーなるほどー、久しぶりの獲物だから、たまってるんだー?」

「そうなんすよー。これもあの、ゴリラ女のせいなんすー。」

 

ゴリラ女──その言葉が男から発せられた途端、他の男達が愚痴をこぼしだす。

 

「ここ2週間ぐらい、あのゴリラ女に邪魔されて収穫無しだったからなぁ…。」

「そうだぜー。童貞食いだか何だか知らないが、ここが混浴なのをいい事に、頻繁に通って来やがって。」

「だよなー。俺達も何度絡まれた事か。」

「コッチは可愛い女の子を狙ってんのに、『どうだい?暇なら俺とやるかい?』とか。誰があんなゴリラとやるかっての!」

「「ハハハハハww」」

 

ルベリナはリュウノを見つめ、どうしようか迷う。だが──

 

「いいんじゃない?傷さえつけなければ。どうせ娼館で客に好き勝手されるんだし。娼館で犯されるのも、ここで犯されるのも一緒でしょ。」

 

ルベリナの許可を得た男達が「ヒューー!」と歓喜の声を上げる。

 

「さすがルベリナさん!わかってるぅー!」

「じゃあ、俺が最初な!」

「何でだよ!お前、この前捕まえた女とやってただろうが!」

「俺なんか、3週間以上前から我慢してたんだ!早くヤラセてくれよ!」

「馬鹿野郎、俺が先だ!」

 

「仕方ねぇ!ジャンケンで決めるぞ!」

 

盛り上がる男達を尻目に、ルベリナは脱衣場へと歩み出す。

 

「終わったら教えなよー。じゃあ、私は先に休んでくるねー。」

 

脱衣場で体についた水滴を拭き、服を着る。置いてあったレイピアを腰に下げると、ルベリナはリュウノの服を漁り出す。

 

「服はその辺に売ってるヤツだねぇ…。そこそこ上物だから裕福な家庭の出かな?もしかして貴族の子だったりするのかな?」

 

金貨が大量に入った小袋、オリハルコンのプレートがポケットから見つかるものの、それ等以外、他に持ち物がない。

 

「んー?おかしいなー?番頭が言うには、赤いマフラーをしていたとか言ってたのにー。持ち物がこれだけー?オリハルコンの冒険者なら、もっと良いもの持っててもおかしくないけどなぁー。」

 

女の持ち物が少ない事を怪しんでいた時、ルベリナはある事に気づく。

 

先程まで騒がしかった浴場から声がしない。普通なら、女を犯しながら騒ぐ男達の声がするハズなのに。

 

「………ねー?何かあった?」

 

扉越しに声を投げかける。しかし、返事がない。

 

ルベリナは即座にレイピアを抜き、警戒態勢をとる。レイピアを構えたまま浴場の扉に手をかけ、少しだけ開ける。

男達の姿がない。女の姿も消えており、まるで最初から誰も居なかったのでは?という気さえする程、静寂が支配していた。

 

この異様な事態に、ルベリナは思考を張り巡らす。

女が魔法使いで、何らかの魔法を使用したか。はたまた男達が場所を移したのか。ではどこへ?

 

分からない問題を一旦忘れ、ルベリナは次の行動をどうするか考える。

逃げて仲間にしらせる?

異常の原因を調べる?

 

考える事数秒──

 

「はっ!このルベリナ様が逃げる?ありえないじゃん。これでも(もと)『六腕』の序列三位である私が負けるハズないし!」

 

逃げて仲間に知らせるという選択肢を排除する。それは彼女が持つ、己の実力が高いからこその判断だった。

 

「出てこい、黒髪女!」

 

浴場に向かって警告を発する。応答は──無い。

ルベリナは浴場の扉を開け、中を捜索しようとする。

その時、背後から──正確には後ろの足元から声がした。

 

「ほう?では、お前も奴らの仲間か?」

「───ッ!?」

 

すぐさま飛び退き、脱衣場から浴場へと転がり出る。

 

「──誰!?」

 

声のした方角を見ると、先程まで自分の居た場所の床から黒い影のような物が現れる。人のような形になった影から、女性の声が発せられる。

 

「お前らごとき人間がリュウノ様に手を出すとは、愚かの極み。その無礼、しかとその身に刻むがいい。」

 

そう告げた影が床に沈んだかと思うと、ルベリナを囲むように分裂し、黒い穴のような形になる。

 

「<影穴/シャドー・ホール>発動。さあ、竜王の皆様の登場だ。」

「な、何?何なの!?」

 

困惑するルベリナの周囲に出来た穴から、ゆっくりと浮上して姿を現したのは、人間の姿をした竜王達。しかも男性のみ。

 

ファフニール、バハムート、ナーガ、リヴァイアサン、青龍&黄龍、ウロボロス、計7名が完全に穴から出現すると、先程影からした声と同じ声がどこからともなく聞こえてくる。

 

「竜王様、私はリュウノ様を連れて帰還します。後はお好きに。」

「ああ、ご苦労、シャドウナイト。」

 

ルベリナは、ただただ驚くしかなかった。しかし、すぐに正気を取り戻すと、突然現れた──身長2mを軽く超える男達にレイピアを向ける。

 

「アンタら誰?何者なの!?」

 

ルベリナの質問に対し、真紅の髪の男──バハムートが答える。

 

「貴様らが捕まえようとした女のボディガードさ。」

「ボディガード!?」

 

──仲間がいたのか!くそ!──

 

舌打ちをするルベリナ。それを見た紫髪の男がニタニタ笑う。

 

「貴様の仲間の男達なら、もういないぞ。シャドウナイトの<影穴/シャドウ・ホール>で、無理やり我らの拠点に送られたからな。今頃、ティアマト達にめちゃくちゃにされてる頃だろうな。クハハ!」

 

「燃やす、潰す、食べる。どんな目にあってるか、想像するだけで怖いな。」

と、白髪の男が言う。

 

「ま、主人に手を出すって事は──」

「──我らの宝に手を出すのと同意。」

と、金髪の2人組が言う。

 

「生きては返さぬ。」

と、茶髪の男が言う。

 

「さて?貴様はどうしようか?」

と、黄緑の髪の男が言う。

 

 

「───っ!」

 

このままではまずいと判断したルベリナが、即座に出口である脱衣場への扉へと全力疾走する。

 

しかし──

 

「逃がさぬ。」

 

瞬時に移動した金髪の2人組──青龍&黄龍に行く手を阻まれる。

ルベリナはレイピアを構えると、片方の男の心臓目掛けて突き刺した。

 

自身が持つ最大の武器、『心臓貫き<ハート・ペネトレート>』による渾身の一撃。これでどんな相手も屠ってきた。殺してきた。耐えた者などいなかった。

 

だが、ルベリナが次に見たのは、己のレイピアに刺されて死ぬ男の姿ではなかった。

パキッ──という細い金属が折れ曲がる音と共に、自分のレイピアがあっさり折れた光景が、目に飛び込んでくる。

 

「そんな針では倒せんよ、人間。」

 

攻撃された金髪の男がルベリナに手を伸ばした瞬間、ルベリナに強烈な電撃が襲う。

 

「──がああぁぁぁ!?」

 

全身を駆け巡る様に激痛が走る。ルベリナは意識が飛びそうになるのを必死に堪えるものの、体に力が入らず、その場に倒れる。

 

「──ぎ──ひ──くっ──」

 

「おっと、少し強すぎたか?まあ、死んでいないなら大丈夫だな。」

 

倒れたルベリナは、自分に群がってくる男達が自分より格上の相手であると理解する。しかし遅すぎた。逃げられない事を悟り、せめて殺されないようにしなくてはと、思考を切り替える。

 

「──ま、待って!──いの──ち──だけは──」

「ふむ。死ぬのは嫌か?」

 

必死に頭を縦に動かすルベリナに、バハムートが優しく語りかける。

 

「では取り引きだ。貴様が何者なのか、貴様の仲間は他にいるのか、いろいろ全て話せ。さすればその命、助かるかもな。」

 

ルベリナは全てをはいた。

 

自分が『八本指』という裏組織に属している事。

『八本指』にある、様々な部門の事。

これまで自分が関わった事全てを話した。

 

「ふむ、なるほど。しかし、貴様が真実を話しているかどうか、確認ができぬな。」

「───そ、んな!──うそ──なんて──!」

「クハハ!仕方ない。念の為、体にも聞くか。こう言うのは、拷問とかで吐かせるものだからなぁ!」

 

紫髪の男がルベリナの衣服をビリビリと剥ぎ取る。

 

「さて女。痺れて動けないと思うが、悪く思うなよ?これも全て貴様が悪いのだからな。クハハ!」

「──な──に──を──?」

「決まっている。貴様らが我らの主人にしようとした事を、貴様にする。」

「──な──!?」

「貴様らは主人をレイプしようとした。なら、同じ事をされても文句は言えんよな?」

 

裸にされるルベリナ。竜王の1人──紫髪の男がルベリナの股を強引に開く。

 

「言っておくが、我らは主人の裸を見たせいで興奮気味だ。」

「我らのは大きいぞ。人間の腕くらいはあるかもな。」

頑丈な主人なら耐えれるだろうが、貴様の体では耐えられずに壊れるかも知れんな。」

「必死に耐えろよ女。ま、我らにレイプされて死ぬのも、目を覚ました主人に殺されるのも同じ事だ。」

「クハハ!では始めるぞ?せいぜい雌として、派手に鳴け。」

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

番頭の男はスタッフルームで内務の仕事をしていた。今頃、ルベリナを筆頭にした男達が、風呂に入った女で盛り上がっているに違いない。

 

聞き耳を立てると、浴場の方から微かに男達の声と女性の声が聞こえてくる。

 

「ありゃあ、しばらく続くな。俺も混ざれたらなぁー。」

 

 

2時間後、仕事を終えた番頭の男が浴場を覗きに行くと──

 

そこには見るも無惨な姿で死んでいたルベリナの姿があった。

 

股の肉がパックリ裂け、(あご)の骨が砕けて死んでいるルベリナの体には、白いベタつく液体と無数のレイプ痕があったという。

 

 

 




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『石橋を叩いて渡る』ということわざを聞いた事ありますか?これは古くなった石橋が崩れないか確認する為に、棒などで叩きながら安全を確認して渡る。

つまり『用心する』という意味です。

アインズ様は、用心に用心を重ねる性格なので、石橋をキチンと叩いて渡る人なんですが、石橋を叩く威力が高すぎて、石橋を自分で壊してしまい、仕方なく『飛行/フライ』の魔法で飛んで行くタイプです。

言い換えるなら、敵の仕掛けた地雷を丁寧に1個1個にぶっ壊した上で、最も安全な飛行魔法を使うのがアインズ様です。

では私の作品の主人公はというと──

『勝』──叩いて渡りません。というか、先にドラゴン達が橋を破壊します。
『ウチのドラゴン達が橋を壊してしまってすみませんでした。』と、近隣住民にペコペコ謝った後、『新しい橋を作りましたので許して下さい!』と、崩壊寸前だった橋を頑丈で立派な橋にして建て直します。

これを言い換えると、敵の地雷をドラゴン達が破壊するが、破壊痕がヤバすぎたので『勝』がわざわざ土地を整地して元に戻した上で道を歩いていく、という感じになります。


『リュウノ』──同じく叩いて渡りません。しかも、自分から堂々と突っ込んで橋から落ちます。川に落ちてズブ濡れになりながらも、対岸まで進んで行くのがリュウノです。
その後、リュウノが落下した原因である橋を、キレたドラゴン達が破壊して去ります。

これを言い換えるなら、敵の地雷原に知らずに突っ込んで自爆したリュウノを見たドラゴン達が、地雷原を仕掛けた敵国を破壊して回る。という感じですね。



つまり、スレイン法国も八本指もそのうち───

あー、おそロシアおそロシア。


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第4話 王都─その4

更新が遅くなって申し訳ありません。



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「そうか……昨日そんな事があったのか。」

 

翌朝の早朝、起床後にブラック達から昨夜の事を報告された。

 

人攫い地味た連中に眠らされ、睡姦されかけた。それを竜王達に助けられた。我ながら迂闊だったと言う他ない。

 

主人として情けない、という気持ちと同時に、そんなの対処できるか!、という感情も湧き上がる。

 

初めて訪れた銭湯で拉致レイプの被害にあうなんぞ、想像できる訳が無い。ましてや、あの時一緒に居た女性まで拉致グループの仲間だなんて分かるわけがない。

 

イビルアイがブラック達に教えに来なかったら、自分はどうなっていた事か。ひとまず、イビルアイには借りができてしまった事になる。いつか借りを返す事を考えねばいけない。

 

だがその前に──

 

「お前達には礼を言わないとな。私を助けてくれてありがとうな!」

 

素直に礼を言うと、ブラック達の顔が明るくなる。

──が、すぐに元の表情に戻る。

 

「いえいえ、礼など勿体ないお言葉です、ご主人様!」

「左様。我らが主人を守るのは当たり前の事。礼など不要ですぞ、我が主人。」

 

ブラック達や竜王達が取るこの対応はナザリックでは当たり前に見られる行動だ。

特にデミウルゴスがよくやる。先程のブラック達が言ったセリフの後に──

 

『○○○様はただ、下僕である私達にご命令するだけで良いのです!至高の御方である○○○様にお仕えする事こそが、私達の喜びでございます!』

 

──と言うのだ。

 

なので、至高の御方ことギルドメンバー達は、常に下僕達に対する接し方に四苦八苦している。

 

その原因の一つが、下僕達からの『高評価』である。

・至高の御方はミスをしない

・至高の御方は何でもお見通し

・至高の御方は常に(未来)を見ている

 

等など、下僕一人一人が違う『高評価』を出して来るのだ。となれば、下僕達をガッカリさせないように、その『高評価(イメージ)』を保ち続けなければ!と、頑張るハメになっている。

 

 

例えば料理だ。アインズとウルベルトさん以外のギルドメンバーは空腹を感じるため食事を必要とする。だが、異世界に転移してからというもの、ナザリックの下僕達が腕によりをかけて美味しい料理を毎日作ってくれるので、ギルドメンバー達が自分で料理を作った事は1度もない。

いや、正確に言うなら──料理をするのが()()()()()()、というべきだろう。

 

実は、アンデッドであるアインズが、夜の寝れない時間を利用し、厨房で調理を試そうとした事がある。料理人(コック)の職業を持っていないアインズでも、肉を焼くぐらいならできるかもしれない、という思いで実験を試みようとしたのだが───

 

『アインズ様が料理を!?いけません!お召し物が汚れてしまいます!調理は料理長が致しますので、ご安心を!』

 

と、下僕達に全力で止められたらしい。

 

ただ、『厨房で調理をしてみたい』と、下僕達に言っただけなのに、下僕達が騒然となり、慌てふためき出したのだ。

特に、料理長が1番取り乱してしまい──『私はクビになるのでしょうか!?』と、ナザリックには不要だと判断されたと勘違いし、『精進しますので!頑張りますので!』と、アインズに土下座して懇願までしたという。

 

最終的に、アインズは調理ができるかどうか分からないままで終わった。無論、アインズは料理人ではない為、仮に料理ができたとしても、一般家庭レベルの料理が限度である。

ただ、料理長の慌てぶりから、下僕達はアインズが素晴らしい料理を作れる人物であると言う『高評価』な判断をしている事がわかってしまったのだ。

なのでアインズは、調理が出来ない事をバレないように隠し通すハメになってしまったのだ。

 

そんな話を聞かされたギルドメンバー達は、ナザリックではなるべく雑務は下僕達に任せるようになった。うっかり『自分でやる』なんて言おうものなら、下僕達がまた慌てふためく事になりかねないからだ。

 

そんなこんなで、ただの一般人である自分達が至高の御方と呼ばれ、王族のような高貴な扱いを受ける事になった結果、庶民的な振る舞いがやりにくくなったのだ。

 

しかし──いきなり王族のような振る舞いなどできる訳がない。

ロールプレイの一環で魔王のような演技をしていたアインズやウルベルトさんはなんとかやり過ごせているのだが、元の性格が優しいペロロンチーノさんやヘロヘロさんは偉そうな態度が苦手らしく、ついつい『ありがとう。』や『すまないね。』という言葉を言ってしまうのだ。その度に、『礼など勿体ないお言葉──』『下僕である私達に気遣いなど──』云々のやり取りが発生する結果になっている訳である。

 

 

だが、自分は違う。ナザリックで情けない醜態を晒した事が功を奏し、下僕達からの『高評価』を気にせず様々な事にチャレンジできる精神が身に付いている。

 

例えば、先程の料理の話。アインズ達は調理できないという事実を隠そうと必死だが、自分はいつか厨房で料理を試す気でいる。

現実世界では一般家庭レベルの料理を作れる自分だが、異世界では料理人の職業ではないせいで調理ができない可能性もある。しかし、今更調理ができないという醜態を晒しても、玉座の間での醜態に比べれば可愛いものだと、気が楽でいられるからだ。

なので、料理長が慌てふためく事になっても──

 

『主人として、ペットの食事ぐらい自分で作ってみようかと思っただけだ。ただ、私は料理人ではないので、料理長が作る素晴らしい料理には勝てないだろうな。』

 

と、自分自身に低評価をくだし、さり気なく部下に高評価を与え、褒めるやり方を堂々と実行しようと考えている。

 

まぁ、それはいつかナザリックに帰った時に実行するとして───

 

 

 

「しかし、『八本指』か……。そんな裏組織が存在するとはな。どこにその『八本指』の息がかかってるか分からない以上、気軽に1人で散歩もできんな。」

 

銭湯という施設以外にも、奴らの魔の手がある可能性はありえる。

まず服屋──1人できた客が、試着室で服を脱いだところを拉致するという事もできる。

次にレストラン。1人で来た客の食事に睡眠薬を混ぜて拉致というやり方も可能だ。

次に路地裏。人気のない場所で無理やり拉致している可能性も充分ありえるのだ。

そう考えると、1人で出歩くのが怖くなる。

 

「ご安心を、ご主人様。私が昨夜、調査を行ない、『八本指』に関する情報を入手済みです。」

「お!本当か、ブラック!」

 

忘れがちだったが、ブラックは忍者だ。敵地に侵入し、情報を盗むのはお手のものなのだろう。

 

「はい。こちらに、『八本指』に関する情報をまとめた資料を作成しております。ご確認ください。」

 

驚いた。なんという手際の良さだ。たった一夜で資料まで作っているとは!流石はブラック!仕事が早くて助かる。

 

「でかした!早速読ませてくれ。」

 

リュウノはブラックから資料を受け取り、中に目を通す。

 

「なになに……ふむふむ……」

 

『八本指』には8種類の部門があるそうだ。

 

・麻薬取引部門

・奴隷売買部門

・警備部門

・密輸部門

・暗殺部門

・窃盗部門

・金融部門

・賭博部門

 

各部門に(おさ)がいて、長ごとに本拠地も違うという。

しかも、平民はもちろん、一部の王国貴族も取り込み済みで、裏で情報の揉み消しや裏取引を平然と行ない、自分達が有利になるような状況を作り出しているという。そのせいで、王国の警察機構はあまり役に立たず、『八本指』は好き放題しているという事らしい。

 

「ご主人様を狙った男達は、奴隷売買部門の奴らです。拉致された女性は、王都内に3つある娼館のどれかに連れていかれる様です。そこで従業員として働かされるようですが、実際は奴隷のような酷い扱いを受けているようです。」

「マジか……聞いてて胸クソ悪い気分になる情報だな…。」

 

娼館で奴隷のように扱われている──この情報だけで、拉致された女性達がどんな目にあっているか、容易に想像できる。

男性客の性癖次第では、暴力に晒されている女性従業員もいるかもしれない。

 

「それと、ご主人様を騙した女ですが、あの銭湯では用心棒として雇われていたようです。名前はルベリナ。警備部門に属する人物で、元『六腕』のメンバーでもありました。『六腕』は、警備部門の中で最も強い上位六名の事を言います。ルベリナの『六腕』内の強さは序列で第三位だったようです。」

「待て──」

 

ルベリナに関する説明を聞いていたリュウノが首を傾げる。

 

「──序列で第三位なら、かなり上の実力者のはずだ。そんなヤツが何故『六腕』のメンバーから外れたんだ?」

 

リュウノの疑問に、バハムートが口を開く。

 

()()()に、ルベリナ本人から情報を聞き出しました。あの女が言うには、自分の容姿を馬鹿にした仲間をレイピアで刺して惨殺した事で、『六腕』のトップから注意を受けた、と言っておりましたな。しかし、その注意を何度も破り、仲間を何人も惨殺したため、問題ありとして『六腕』のメンバーから外された、との事らしいですぞ。」

「うわー……そのトップの人に同情するわー。そんな問題児を抱えて大変だっただろうに。仲間に容姿を馬鹿にされたぐらいで殺すとか、信じられないわー。」

 

私なんて、頭がないデュラハン姿で過ごしているのだ。無論、周囲から奇異な目で見られたり、気持ち悪い物を見るような視線を何度も向けられた事もある。それでも、無闇に殺害をするような真似をした事はない。

 

「ですな。ですがご安心を。あの女は、我々が交代しながら、たっぷりと()()()()()()殺しましたので。」

 

そう言いながら、バハムートが他の男性竜王達に顔を向けると、揃って皆で頷いている。

 

「お、おう?……そ、そうか。」

 

──何故そんなに念入りに?それに刺しまくって?──

バハムートの言葉に違和感を感じたが、ひとまず武器で刺して殺した、という意味だと思っておく事にする。

 

「それでご主人様、この『八本指』をどうなさいますか?ご命令あれば、私達が排除しますが?」

 

ブラック達や竜王達はやる気満々の様子だ。命じれば、すぐさま飛び出し、『八本指』の各拠点を潰しに行くだろう。

 

しかし、例え相手が悪者の拠点だろうと、()()()()()()()()()()()という事実は残る。ブラックは大丈夫だろうが、他のドラゴン達が暴れれば必ず目立つ。王都に知れ渡るのは防げない。

 

ならば──

 

「いや──()()()『八本指』に手を出す必要はない。」

 

リュウノの決断に、竜王達が感心する様な表情を、ブラック達が不思議そうな顔をする。

 

「そのまま放置で良いと?」

「違うぞ、ブラック。他にやらせるのさ。」

 

自分達が『八本指』に関わると、厄介な事になりかねない。なので、誰にも注目されていない別働隊にこっそりと『八本指』を始末してもらう。そうすれば、『竜の宝』の悪い噂も発生しない。

 

自分としては、安全牌を切ったつもりだったのだが──

 

「やはりそう考えましたか!」

「流石です!ご主人様!」

 

竜王達から賞賛の声が上がる。竜王達は最初から、リュウノがそういう決断をすると、わかっていた様である。

当然、ブラック達は訳が分からないと言った様子で竜王達に尋ねる。

 

「どういう事なのですか、竜王様?」

「うむ。若いお前達には教えておくべきか。よろしいですか、我が主人?」

 

──いや、いきなり問われても……いや、待てよ?──

リュウノは困惑する。だが、竜王達も自分と同じ考えに達していたのでは?という考えがよぎる。なので──

 

「あ、ああ。ブラック達に教えてあげてくれ。」

 

任せてみる事にした。仮に自分の考えとは違うものだったとしても、竜王達がどの様な考え方をしているのか調べれる良い機会だと思ったからだ。

 

「では、良いか?お前達。本来、竜王という存在は、自分より下等な生き物相手に自分から出向いたりしないのだ。」

 

ドラゴンという竜種は、あらゆる面で最強の種である。そんな最強のドラゴンが、自分より下等な生き物達が起こした問題に対して気にかける事はまず無い。

人間で言うなら──歩いて移動する際に、地面を這う蟻を踏まないように気を使う者が居るだろうか?それと同じである。

巣を荒らされる、宝を盗まれる等、自分の物に手を出された場合は別だが。

 

では、今回の件はどうなるか。

竜王達にとって、リュウノは特別な存在であり、主人であり、宝でもある。当然、リュウノに手を出そうとする者がいれば、竜王達は黙っていない。即座に、その愚か者を殺すだろう。

しかし、リュウノに手を出そうとした当事者達は既に始末している。

ならば、『八本指』という組織の拠点を潰すのは、地面を這う蟻達の巣穴を探して潰しに行くのと同じである。だが、そんな真似を、最強種であるドラゴンがする訳にはいかない。最強種であるドラゴンが、蟻ごときに躍起になる等、みっともないからだ。

 

「下僕や奴隷に命令を与え、そヤツらに問題を片付けさせる。そうやって自分自身は巣穴に籠るのだ。ドラゴンにとって、何より大事なのは巣と宝だからな。」

 

バハムートの話を聞いていたリュウノは、実にドラゴンらしい考えだと、納得する。それと同時に、ようやくドラゴンらしい振る舞いをする様になったかと、安心するが──

 

「そうそう。邪魔者は下僕にやらせて、私達雌ドラゴンはご主人様の身の回りの世話と交尾による子作りに専念していれば良いの!」

 

というティアマトの言葉に目眩がし、

 

「……まぁ、主人の命令であれば、我等は喜んで実行するがな。」

 

というバハムートの最後の一言に、「デスヨネー」というガッカリした気分に戻される。

 

「とにかく、『八本指』は他にやらせる。レッド、スマンが、この資料を魔法でもう一個複製してくれ。それとブラック、複製した資料を別働隊に渡しに行って欲しい。」

「わかりました。して……その別働隊とは?」

 

ブラックの質問に対し、リュウノは笑みを浮かべながら告げる。

 

「悪者退治の専門家さ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──朝9時頃──

 

 

「おいおい、話と違うぞ。2人だけじゃなかったのか?」

 

リュウノが面倒くさそうな雰囲気で言う。

 

「スマンな、勝殿。偶然そこで、彼女達と鉢合わせてしまってな。良ければ、彼女達も鍛錬に加えたいのだが……」

 

申し訳なさそうにガゼフが言う。

 

「はぁ……好きにしろ。」

 

リュウノはため息をつきながら、しぶしぶ許可を出す。

 

ガゼフの後ろには、ガゼフと一緒に鍛錬をする予定だったクライムと、クライムの肩にガッシリと手を回すガガーラン、そのガガーランに隠れるようにティアとティナが立っており、その横にイビルアイが立っていた。

 

「ど、どうも、勝様。お邪魔します。」

「悪ぃな首なし!ウチのリーダーが王女様に呼ばれててよ、俺達も暇なんだよ。」

「邪魔するぞ、デュラハン。」

「ここが『竜の宝』の家……」

「凄い財宝の山……」

 

どうやら『蒼の薔薇』は、ガゼフ達が『竜の宝』の拠点で鍛錬をする事を知って便乗しに来たらしい。

 

「宝には触れるなよ。盗もうとしたら──」

 

リュウノはそう言いながら、広い闘技場の観客席を指さす。

 

「──ドラゴン達が怒るからな。」

 

観客席には、ドラゴン形態に変化した竜王達が居た。観客席に敷き詰められた財宝の上に寝そべり、来客達をじっと眺めている。

 

これはリュウノが考えた防犯対策である。

ガゼフ達が宝を盗む可能性は無いとは思うが、絶対とは言いきれない。

財宝の中には、ガゼフやガガーランといった戦士が好む名刀や名剣が乱雑しているし、イビルアイのような魔術師(マジックキャスター)が欲しがるような魔導書や杖も混じっている。

無論、リュウノからしてみれば、盗まれても大丈夫な装備や品物ばかりであり、仮に盗まれたとしても痛くも痒くもない。

だが──この世界の住人からしてみれば、どれもこれもが伝説級の代物に匹敵する程の価値ある物である。それが乱雑に置かれていたら、手を伸ばしたくなるだろう。

 

しかし、ドラゴンが見張っている状況で宝に手を出すのは自殺行為に等しい。それが理解できない人物達ではない事を見越した上での防犯対策である。

 

実際、ガゼフやガガーランは、乱雑に置かれている武器に興味深そうに視線を飛ばしているが、それ等に触れる()振りは見せない。

イビルアイにいたっては、『鑑定魔法』を杖や魔導書に勝手にかけ、「ひぇ」とビクついたり、「馬鹿な…ありえん!」と、驚きの声を何回も上げている。が、やはり触れようとはしない。

 

唯一、クライムという青年が他とは違う反応をしている。武器や財宝を一瞥すると、すぐに興味をなくしたかのように視線を外し、観客席に居るドラゴンを眺めている。その目は、遥か高みに存在する者へ向ける憧れのような目であると、リュウノは感じた。

 

勇者に憧れる子供は多い。大抵そう言う子達は、自分がドラゴンを倒して英雄になる妄想をするものだ。

しかし、クライムという青年からは、単純に強さを求めている様な雰囲気が感じられる。

結論から言うと、ドラゴンを強者と認識し、その強さに到達したいという欲望がある。それがクライムという青年を見た時に感じた、リュウノの第一印象だ。

 

いや──実際はそれより前、ガゼフと一緒に現れ、自己紹介を互いにした時から感じていた。

クライムという青年は、最初は私が人間の姿をしている事に驚きを見せてはいた。

しかしすぐに、自分に向けてくるクライムという青年の視線が、強者を見る目に変わったのだ。

敵として見ながらも、自分より強い存在であると、わかっている目だった。

あれは、強くなる為なら、例え正体不明の相手であろうと、「弟子にして下さい!」とか「技を伝授して下さい!」とまで言いそうな雰囲気を出していた。

 

リュウノはそう思いながらも、アリーナ内の中央に、ガゼフ達全員を案内する。

 

「さて、鍛錬をするのが目的なのだろう?アリーナ内ならどこを使っても構わんぞ。」

「感謝する、勝殿。」

「ありがとうございます、勝様。」

 

ガゼフが会釈、クライムが敬礼をする。

 

「ガガーラン達も鍛錬をするのか?」

「俺はクライムに付き合うつもりだが……イビルアイはどうすんだ?」

「私は単なる付き添いだ。鍛錬をするつもりはない。ただ……『竜の宝』の拠点に興味があっただけだ。」

「私も」「同じく」

 

鍛錬をするのはガゼフとクライムとガガーラン。

イビルアイとティア、ティナは見学という事らしい。

 

「ブラック。」

 

名前を呼ぶと、すぐさま目の前にブラックが、片膝をついた状態で現れる。

 

「お呼びでしょうか、ご主人様。」

「あっちの見学組に、お客様用の飲み物と菓子を出してやってくれ。」

「はっ!」

 

ブラックが一瞬で消えた──と思った時には、イビルアイ達の前に現れていた。飲み物と菓子をのせたお盆を持った姿で。

 

「うわっ!」

「いつ間に……」

「まったく見えない…」

 

驚く3人をよそに、涼しい顔でブラックが片手で、財宝に埋もれていた──黄金と色とりどりの宝石で装飾された机を引っ張り出すと、その机の上に飲み物等を置いていく。

 

「椅子はその辺に埋まっているやつから好きな物を選んで座るといい。」

「わ、わかった。」

 

ブラックに言われるがままに、イビルアイ達が椅子を探し始める。

 

「どれも高そうな物ばかりだな……」

 

イビルアイの言葉に、ティア達も頷く。

 

用意された机と同様に、金でできた椅子、クリスタルでできた椅子、宝石のような輝きを放つ椅子など、普通の椅子が何処にもないのだ。

適当に、近くにあった椅子を選んで座る。もちろん、傷がはいらない様に慎重にだ。

 

椅子に座ったイビルアイ達は、机の上にある物に目を向ける。

用意された飲み物はミルクティー。菓子は、皿に大量に入ったクッキーやビスケットだった。

 

真っ先にイビルアイがクッキーに手を伸ばし、味見をする。アンデッドであり、毒に耐性のあるイビルアイが毒味をするのは当然の流れである。仲間の為にも、イビルアイがしっかりと確認しなくてはいけないのだが──

 

「う、美味い……なんだこのクッキーは!美味すぎて手が止まらない!こっちのビスケットも!それにこのミルクティーも!」

 

ムシャムシャと菓子を食べ、飲み物をゴクゴクと豪快に飲む幼女アンデッド。本来なら、腹が空かないイビルアイは遠慮し、人間であるティアとティナに菓子を譲るのが正しい行為だ。

だが、肝心の菓子が、食べても食べても皿から新しく出現してくるのだ。それも相まって、あまりの美味しさに、子供のように菓子を口に運んでいる。

 

「イビルアイ食いすぎ……」

「でも可愛い……」

 

ティナは呆れているが、ティアはニコニコしながらイビルアイを眺めている。

そして、菓子を一口食べた途端、イビルアイと同じ状態になるのだった。

 

 

 

──◆一方、こちらは鍛錬組◆──

 

 

ガゼフ達は鍛錬用の武器を手に握り、素振りをしている最中である。

途中、ガガーランがクライムに指南やアドバイスを飛ばしている。

 

その光景を、何もせず眺めていたリュウノに、クライムが素振りをしながら質問する。

 

 

「勝様は普段、どの様な鍛錬をしているのですか?」

 

クライムの何気ない質問。その質問にリュウノがどう答えるのか、ガゼフとガガーランもそっと聞き耳を立てる。

 

「私か?特に何も。」

「えっ!鍛錬をしていないのですか!?」

「ああ。せいぜい、初めて使う武器を試し振りする時くらいだな。」

 

クライムは信じられなかった。

ドラゴンを従えさせている人物であり、シャドウナイトドラゴンを倒したという人物なのだから、相当過酷な鍛錬をしてきたのだろうと思っていたからだ。

 

「では、勝様はどの様にして、お強くなられたのですか?」

「ん〜……どの様にって言われてもな〜。ひたすらモンスターと戦って強くなった、としか言えないのだがなぁ……。」

 

ユグドラシルはゲームの世界だ。厳しい筋トレや過酷なトレーニングなどする必要はなかった。

モンスターを倒した時に得る『経験値』、それをひたすら稼いでレベルアップするだけで強くなれたのだ。

 

しかし、そんな話をしたところで、異世界の住人であるクライム達に説明しても理解はできない。

クライム達でも納得できる、それっぽい内容で誤魔化すしかないのだ。

 

「モンスター……ですか?」

「言い方を変えるなら、常に実戦で強さを磨いた、と言うべきかな。模擬戦だと、本気を出して戦えないだろ?」

「それは──確かにそうですが……」

 

クライムも少しだけ理解できる。誰かと模擬戦──例えるなら、ガゼフと模擬戦をやったとしても、本気で相手を殺す攻撃はできない。そんな事を味方同士でする訳にはいかないからだ。

それに、互いに互いを殺さないようにした戦闘が、いざ実戦で役にたつかどうかなど、本当に実戦にでるまでわからない。

 

「だから、私の経験から言うなら、モンスター相手に戦いを挑み、実戦経験を積んだ方が効率的だぞ。こんな風にな。」

 

リュウノが指をパチンッと鳴らす。

すると、アリーナ内に大量の召喚陣が現れる。

 

「これはっ!?」

 

クライム達が驚く中、現れた召喚陣から次々と、全身を鎧で身を包んだ者達が出現する。

 

召喚したのは、死者の鎧(リビングデッドメイル)死者の重装鎧(リビングデッドヘビーアーマー)の2種。

 

死者の鎧(リビングデッドメイル)は、体を全身鎧で覆ったアンデッドである。

鎧はやや薄汚れており、整備されていない錆び付いた武器や盾を持ち歩いている。

鎧の中身は無い。なのでゾンビ系ではなく、アストラル系に属するが、鎧が破壊されると消滅する。

 

死者の重装鎧(リビングデッドヘビーアーマー)は、死者の鎧(リビングデッドメイル)の強化版である。

全体的に鎧と武装が強化されており、武器は大剣やメイス、盾はタワーシールドを使用する。その分、移動が遅い。

 

それ等が、ざっと合計100体程。

 

「こいつ等相手なら、本気で武器を振れるし、実戦に近い形で鍛錬できる。それこそ、例年の戦のようにな。そうだろ?王国戦士長。」

「確かに……しかし、私やガガーラン殿は構わんだろうが、クライムにはちと荷が重いかもな。」

 

ガゼフの言うとおり、今いるメンバーで1番弱いのはクライムである。王国最強の戦士やアダマンタイト級の冒険者を基準とした難度に、クライムが対応できる訳がない。

 

「王国戦士長、クライム君は冒険者で例えるなら、どれぐらいの強さなんだ?」

「金級に届くかどうか……ぐらいだな。」

「弱いなぁ……」

 

リュウノがさり気なく呟いた言葉に、クライムが唇を噛む。

クライムが弱いのは紛れもない事実。ガゼフやガガーラン、イビルアイといった猛者達からも同じ事を言われている。

それでもまだ──強くなれる可能性はないかと模索しているのがクライムという人間だ。

 

「勝様……一つ、お聞きしてもよろしいですか?」

「何かな?クライム君。」

 

何人もの強者達にやった、同じ質問を投げかける。

 

「私が──今より強くなれる可能性はありますか?」

 

今までクライムの質問に対して、皆の答えは──『無理』──だ。毎度同じ解答をされてきたクライムには、聞き慣れた解答である。なので今回も同じだろうとタカをくくっている。しかし──

 

「どんな風に強くなりたいか。それで答えが変わるのだが?」

 

リュウノの解答は違った。

 

「どんな風に……ですか?」

 

「例えば──」

 

そう言いながら、リュウノが目の前のリビングデッドメイルを刀であっさり袈裟斬りにする。

リビングデッドメイルが、鎧の軋む音を立てながら倒れる。

 

最低でも鉄製であるはずの鎧。それを難なく斬るという事は、リュウノが只者ではない事を示唆している。そんな事ができるのは、王国が管理している宝剣を手にした王国戦士長ぐらいだ。

 

「──戦士のように、誰かを倒す為に強くなりたいのか。それとも──」

 

まさに一瞬。クライムの正面──少し離れた場所にいたはずのリュウノが、いつの間にかクライムの真横に居た。

 

目で追う事すらできない。反応すら間に合わない。常識外れのスピード。それすらリュウノは難なくやりこなす。

 

リュウノが移動した事に、クライムが気付いて顔を動かそうとした瞬間、ガキンッ!という金属音が響く。

見れば、クライムの近くまで忍び寄っていた死者の重装鎧(リビングデッドヘビーアーマー)の大剣の攻撃をリュウノが防いでいた。

 

鎧を着た敵が近付いて来ていたにも関わらず、気付けずにいた自分を恥じるクライム。しかし、夢中になってしまう程、リュウノの動きに注目し、観察してしまっていた事も事実である。

 

「──騎士のように、誰かを護る為に強くなりたいのか。それとも──」

 

死者の重装鎧(リビングデッドヘビーアーマー)を蹴り飛ばすリュウノ。

蹴り飛ばされた死者の重装鎧(リビングデッドヘビーアーマー)が、仲間に激突し共に砕け散る。

 

重い鎧を着た人間サイズの生き物を、蹴りだけで何メートルも吹っ飛ばすなど、人間では到底ありえない脚力のはずである。

 

「──破壊者のように、何かを壊す為に強くなりたいのか。それとも──」

 

リュウノがクライムを正面から見据えながら言う。

 

「──強欲者のように、何かを得る為に強くなりたいのか。目的によって強くなる為の方法は違うんだよ、クライム君。」

 

周りにまだアンデッドがいる中、リュウノがその場に座り込む。あぐらをかきながら、納刀した刀を隣に置く。

それが合図だったかのように、周りに居たアンデッド達の動きが止まる。

 

「君は確か、ラナー王女の専属の近衛兵……なんだよな?なら、騎士のように誰かを護る為の強さが欲しいのか?」

「それは──」

 

クライムは答えに迷う。他人を守りながら戦う訓練は、近衛兵であるクライムにとっては基礎中の基礎であり、何度も鍛錬している。

故に、自分がまだ身に付けていない技や技術を獲得したい、という思いがあった。

 

迷っているクライムに、見兼ねたリュウノが助け舟を出す。

 

「目標でもいいぞ。王国戦士長のような強さを目指しているとか、御伽噺の十三英雄の──例えば、暗黒騎士のような強さを目指している、とかな。」

 

リュウノとしては、この異世界で自分が知りうる、有名な人物の名を言ってみただけである。

そもそも、異世界の住民のレベルアップがどの様な仕様になっているのかさえ不明なのだ。

ただモンスターを倒すだけで強くなれるのなら、ユグドラシルと同じやり方で強くなれるはずである。

 

もしクライムがガゼフを目標にすると言うのなら、割と楽に済む。何故なら、そこそこ魔法で強化された鎧や武器を渡せばいいからだ。その装備を着て、強いモンスターでも倒し続ければ、自然とクライムは強くなれるはずだ。

クライム本人が強くなれない場合でも、渡した装備によって多少は強化される。その辺の兵士などには負けないだろう。

 

暗黒騎士を目標にすると言った場合は厄介だ。

暗黒騎士は普通の人間ではない為、人間であるクライムには真似できない部分が必ず出てくる。それをどう誤魔化すべきか、まったく考えが浮かんでこない。

 

一方、クライムはというと──勝という人物に対して抱いていた、危険なアンデッドという印象を改めていた。

自分の質問に対して、真剣になって聞いてくれている人物を悪く思うのが申し訳無くなったからだ。

 

それと同時に、クライムは新たな目標を見つける。

 

「──私は最初、貴女の事を危険な人物だと思っていました。アンデッドは人を憎むもの。もし、ラナー様に危害を加えようとするならば、私がその脅威からお守りしなくては、と考えていました。」

「それは、場合によっては私を倒すつもりでいた、という事かな?」

「──はい。私は……私の知りうる脅威の全てからラナー様をお守りしたいと思っています。そして、私の知りうる中での一番の脅威は──。」

「──私か、あるいはドラゴンか。……少なくとも、クライム君が何を欲しているかは理解したよ。」

 

リュウノが立ち上がる。それを合図に、周りに居たアンデッド達が、一斉にリュウノに向かって走り出す。先程までのノロノロとした動きが嘘のように。

 

突然の事にガゼフやガガーラン達が驚く中、リュウノは武器も構えず、ただ立っている。

 

「クライム君、よく見ておけよ。これが──お前が倒そうと目標にする、私の力だ!」

 

自分の力を見せる、そう彼女は言った。となれば、1秒でも見逃す訳にはいかない。彼女の戦い方を学び、少しでも自分のものにする。

そう心に決めたクライムは、リュウノを凝視する。

 

武器を携えた、総勢約100体のアンデッドの鎧の軍勢。それが、リュウノに向かって走って行く。ガゼフでもガガーランでも、倒すのに苦労するであろう数。

その軍勢の先頭にいたアンデッド達が武器を振り上げ、仁王立ちするリュウノに振り下ろそうとした刹那──

 

 

 

「スキル発動!クイックショット(早撃ち)!」

 

 

 

全てのアンデッドの頭が吹き飛んだ。リュウノを取り囲むように存在したアンデッド全てが、動かない死体となっていた。

 

ガゼフもガガーランも、そしてクライムさえも、あまりの一瞬の出来事に思考が追いつかない。

遠くから眺めていたイビルアイ達ですら、何がおこったのか理解できなかった。

 

クライム達は、今起こった事をもう一度思い返す。

リュウノが何かを言った事、リュウノの周囲が一瞬だけ光っていたような気がした事、という部分までは理解できた。

そこからアンデッドを倒すまでの動きがまったく見えなかった、という事も。

 

 

困惑しているクライム達に、ティアマトがニヤつきながら語りかける。

 

「アンタ達、何が起きたかわからないんでしょ?なら、教えてあげるわ。ご主人様は、狙撃武器でアンデッド達を倒したの。あのわずかな時間でね。まぁ、アンタ達には()()()()見えなかっただろうけどね。」

 

あまりに驚愕の事実に、クライム達は言葉が出ない。驚く部分が多すぎるからだ。

 

狙撃武器は遠くにいる敵を倒す為の武器だ。ソレをあんな近距離で──しかも包囲された状況で使用するなど誰も予想できない。

それに、あの数を狙撃武器で一瞬で倒す事も。

何より、撃つ姿すら見えなかった。

 

「ご主人様は私達ドラゴンの主人よ。そんな簡単に()()()()()()訳ないじゃない。」

 

技すら盗ませないのか、とガゼフは苦笑いをする。

しかし、仮にじっくり見せてもらったとしても、真似できる気がしないなと、ガゼフは思った。

 

「ま、ご主人様からしてみれば、大した事ない技なんだろうけどね。」

「あれ程の凄い技が……ですか!?」

 

約100人を秒単位で倒せる技が大した事ない、などと言われたら、さらに上の技を知りたくなる。

 

「ええ、そうよ。ご主人様が本気を出したら、2km離れた場所に居る敵すら撃ち抜くのよ。私達も、地上から何度も撃ち抜かれた経験があるから、本当よ。」

「──2km離れた場所からでも……ですか…。」

 

それでは守りようがない。ラナー王女が窓から顔を出しただけで命が危うくなる。

 

「とにかく、クライム君は頑張って私から技を盗むんだな。」

 

リュウノの無茶なもの言いに、『そんなのできる気がしない』とクライムは思うしかなかった。

 

 

 








ついにオーバーロードのアプリゲームが出ましたね。私もさっそく始めました。


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第5話 話題に事欠かないデュラハン─その1

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──午前10時・スレイン法国──

 

◇『竜の宝』の授与式から三日後◇

 

 

スレイン法国の中央部に位置する都市『神都』

その都市の中にある、とある神殿──スレイン法国で最も厳重な警備がなされた、スレイン法国最重要施設──そこで会議の準備が行われていた。

 

国のトップとして存在する最高神官長をはじめ、六柱の神からなる六つの宗派の最高責任者である六人の神官長達の内、五人が出席。

さらにこれに、司法、立法、行政の三機関長。魔法の開発を担う研究館長。軍事機関の最高責任者である大元帥の合計十二名──法国の最高執行機関に関わる人物が勢揃いしている。

 

その他、スレイン法国の中でも有力な力を持つ人物や、軍事機関の各軍団長や部隊長達を始めとした隊員達も参加している。

 

現在、出席予定である最高責任者である六人の神官長達の内の1人──水の神官長がまだ来ていない為、参加者全員が待機している状況となっている。

 

 

そんな状況の中、スレイン法国の中でも最高戦力として君臨する『漆黒聖典』──その隊長が、ある男と話していた。

 

 

 

「──という訳で、以上が国外で活動中の『風花聖典』からの報告だ。何か質問はあるかね、隊長?」

「いえ、問題ありません。」

 

隊長は渡されていた報告書を見る。

 

この報告書には特別な羊皮紙が使われている。

『伝言の羊皮紙(スクロール・オブ・レポート)』と言って、羊皮紙に書いた内容を相手に送る事ができる紙である。秘密の連絡手段として使われる事が多い。

現地で活動している者から、最新の情報を得る事ができる手段の1つである。

 

報告書に記載されている内容は、『風花聖典』の活動によって得られた、デュラハンに関する情報である。

 

『風花聖典』──スレイン法国の神官長直轄の特殊工作部隊群の1つであり、情報収集や諜報活動を得意とする部隊である。

『風花聖典』には、逃亡中の元『漆黒聖典』のメンバーであるクレマンティーヌの捜索を中断させ、デュラハンに関する情報を入手する指令がだされてある。

それにより、『風花聖典』は活動場所を王都に移動、デュラハンの監視を行っている。

 

その為、『風花聖典』のメンバーはまだ知らない。知らされていないのだ。自国が11体の怪物の襲撃を受け、ボロボロな状態であるという現状を。

もし、『風花聖典』が自国の現状を知れば、任務に集中できなくなる。場合によっては、自国の復興を優先し、任務を放棄する可能性もありえるのだ。

 

だが、それはスレイン法国にとってはまずい展開となる。自国が攻撃を受けた以上、襲撃犯達がコチラの戦力を調べている可能性は大である。

ならば、国外で唯一活動中の部隊を国に帰還させるのは避けたい。

万が一、なんらかの敵に国が包囲された時、包囲している敵の背後を突く事が可能な味方を残しておきたいのだ。

 

「ありがとうございました、レイモン神官長。」

「何、気にするな。今でこそ私は『六色聖典』のまとめ役ではあるが、かつて私が所属していた漆黒聖典……その隊長である貴方からのお願いとなれば話は別だ。無下にはできぬさ。」

「……感謝します。」

「……そうか。そろそろ会議が始まる。私も自分の席に戻らせてもらうよ。」

 

自分の席へと戻って行くレイモン。その姿を目で追っていた隊長の隣に座っていた男が口を開く。

 

「隊長、貴方が出くわしたというアンデッド……デュラハンでしたか?死んでいなかった様ですね。」

「そのようです。ですが、()()が本当にアンデッドだったとは思えません。それに、人間だったのなら蘇生魔法による復活も可能ですからね。」

「私が隊長達と一緒に出撃していれば、デュラハンにトドメを刺す事ができたかもしれませんね。」

「……そうですね。」

 

そう言いながら、隊長は隣の男と一緒に報告書に目を通す。そして絶句する。

 

まず報告書の出だしには──

 

『王都の住人や冒険者などから聞き込みを行って得られた情報』

 

──と、記述が載っている。

 

『風花聖典』が王都に潜入したのが今日の朝である。

いきなり調査対象に接触して情報を得るのは怪しまれる為、まずは近隣住民から情報を得るのは当然である。

 

記入されている情報には、聞き込みで得られたデュラハンやドラゴン達の個人情報が書かれているのだが、その内容が信じられないものばかりだったのだ。

特に、デュラハンとレッドという名前の魔術師(マジックキャスター)のドラゴンの情報が目を疑う。

 

ドラゴンの方は第10位階までの魔法を使用でき、デュラハンはさらに凄い召喚魔法を使用できるという。

 

『陽光聖典』の隊員達が言っていた、神を召喚する魔法だろうか?──と、隊長は思考を張り巡らせる。

 

他の情報として──

 

デュラハンが王都の王城の真後ろに闘技場を建てて住み着いた事、

デュラハンが『竜の宝』というチーム名で冒険者になった事、

シャドウナイトドラゴンを倒してアダマンタイト級冒険者に昇格した事、

オリハルコンやアダマンタイトの鉱石を大量に所有している事、

第10位階までの魔法のスクロールを作製可能な事、

瞬時にゴーレムの召喚ができる事、

 

などの、デュラハン達に関する情報が書かれてあった。

 

 

見れば見るほど信じられない情報ばかりである。しかし、それらの情報が王都の民達から得られた情報である以上、虚言と切り捨てる事はできない。

 

何より、デュラハンに関わってからというもの、自国の不運が連続している。

『陽光聖典』から伝えられた情報を含め、スレイン法国最強と言われている『漆黒聖典』の損害、自国を襲撃した謎の魔物達など、想定外の出来事ばかり発生しているのだから。

 

 

「『召喚魔法を使用する』ですか……。しかもドラゴンだけでなく、神の召喚まで可能とは……。」

 

隣で報告書を見ながらブツブツと呟く男に、隊長は視線を移す。

 

漆黒聖典第五席次

『クアイエッセ・ハゼイア・クインティア』

 

スレイン法国の漆黒聖典に所属するメンバーの一人であり、最強のビーストテイマー。

英雄級の実力を持つ上、殲滅という点では他の漆黒聖典の追随を許さない。

英雄級の存在でなければ倒すことが困難なモンスターを召喚する事ができ、最低でも十体は使役できる男。

 

そのモンスター達を使役し、圧倒的殲滅力を出す彼についた異名は『一人師団』。

 

そんな実績を持つクアイエッセですら驚き、顔を暗くさせるデュラハンの情報は、ある意味ではクアイエッセよりも実力が上かもしれないという事実を突きつけるような情報だったとも言える。

 

「クアイエッセ、もし貴方がこのデュラハンと戦った場合、勝てる見込みはありますか?」

 

隊長の質問に対し、クアイエッセは首を振る。

 

「アダマンタイト級冒険者でようやく倒せるギガント・バジリスクが10体と最高位天使を容易く屠る竜王が11体では、戦力差が違い過ぎます。10対1でも勝てる気がしませんね。」

 

クアイエッセの言葉に、隊長も異論はない。

ドラゴンにトカゲをけしかけて勝てると思う人間など、いるはずがないのだから。

 

「それに、このデュラハンは最高位天使の魔法を受けて平気だったらしいですね。しかも、恐ろしい殺気まで放つとか。」

 

「陽光聖典の隊員達の報告では、そうなっています。」

 

第7位階の天使の魔法を受けて無傷のアンデッド、通常ならありえない事である。

しかし、『陽光聖典』が自国に対して、その様な嘘をつくはずはない。しかも、実際に王都でデュラハンが活動している事がわかった今、『陽光聖典』がデュラハンと戦った事は、紛れも無い事実である事が証明された事になる。

 

「それで……隊長が出会った、デュラハンを名乗る女はどうだったのですか?」

 

「陽光聖典の情報とは、まったく()()()()()()でした。召喚魔法も使わず、恐ろしい殺気も放ちませんでした。何より、容姿も一致してません。」

 

名前も姿もまったく別。ドラゴンも従えさせていない。冒険者のような仲間が数名と、魔獣が1匹。

『陽光聖典』と『風花聖典』が調べた情報とも一致しない。なのに、あの女は自分をデュラハンだと名乗った。それがわからない。

 

「謎ですね……どういう関係なのでしょうか?この両者は。」

 

クアイエッセも、隊長と同じ疑問を抱く。だが、いくら考えてもわからないのが現状だ。

 

「それだけではありません。村を襲撃していた『陽光聖典』の別働隊の生き残りが見たという、『アインズ・ウール・ゴウン』という人物も謎のままです。」

 

帰還した兵士の話では、その人物は──漆黒のローブを身に纏い、光り輝く杖を持った仮面の男だったと言う。

 

漆黒聖典の隊長の脳裏に、不吉な考えが浮かぶ。

格好が似ている、と──そう思ったのだ。

自分達の部隊が信仰している、死の神の姿に。もし、仮面の下の素顔が骸骨だった場合──それはまさしく──

 

そこまで考えて、隊長は『ありえるはずがない』と、自分の考えを打ち切る。

そして再び報告書に目を戻す。

 

情報によれば、デュラハンは組織に属しているという。組織の名は『アインズ・ウール・ゴウン』

村に現れた人物と同じ名前である以上、村に現れた人物が組織のリーダーであると断定して良いだろう。

 

その人物から──

 

『村を襲うな。従わぬなら貴様達の国に死をもたらす』

 

と、警告を受けた後に解放されたという。

 

「もしかしてですが、隊長達が再び村に現れたから、その『アインズ』という人物が、警告を破ったと判断して、私達の国に怪物を送った、という事は考えられませんか?」

 

可能性としてなら、ありえなくもない話だ。

だが、それだと怪物が突然消えた事が説明できない。滅ぼすつもりだったのなら、怪物を消す必要がないのだから。

 

となると、怪物達も警告の1種──という可能性もある。

 

『お前達の国を滅ぼす事など、私には簡単にできる。』

 

という脅しを兼ねた意味で。

 

「可能性はありますが──」

 

 

そこまで言った時、会議室の扉が開いた。

 

最初に入ってきた人物は──地、水、火、風、闇、光の六大神殿の内の1つ──水の神殿に仕える神官衣をきた男。

その男に続く形で、同じ格好をした者達が数名入って来る。その人混みの中央に、年老いた老人の姿があった。

水の神官長──ジネディーヌ・デラン・グェルフィである。

 

だが、グェルフィが部屋に入るやいなや、グェルフィの姿を見た者達が驚きの声を上げる。

 

無理もない。数日前まで健康的であった彼の顔は、まるで病人のように痩せ細っていたからだ。

極度のストレス、あるいは恐怖を味わったかのような──それほど、グェルフィの身体の状態が一変していた。

 

それだけではない。グェルフィが、まるで何かに怯えるような、まだ恐怖から立ち直っていないような面持ちでいるのだ。

周りにいる部下達から支えられながら歩く姿が痛々しく思えてしまう程、グェルフィが衰弱している事が丸分かりであった。

 

グェルフィが席に着く。

最高神官長や他の神官長達が彼を心配するが、グェルフィは『会議を始めてくれて構わない。』と、言う。

 

仕方なく、最高神官長の合図で会議が始まる。

各代表者が、順番に報告を伝えていく。

 

「まず国が受けた被害ですが、兵士や天使、ゴーレム等を使用して復興作業を進めていますが、完了するまで半年以上はかかる予定です。」

 

「国を襲った怪物に関して調査を進めていますが、いまだに有力な情報は、入手できておりません。ですが、『陽光聖典』が戦ったデュラハンと、何か関連がある可能性があります。」

 

「『陽光聖典』が戦ったデュラハンとドラゴンですが、リ・エスティーゼ王国の王都にて冒険者をやっている事が『風花聖典』の調査で判明しました。しかも、我が国が怪物達に襲われた日に、王都でアダマンタイト級冒険者に昇格した事を証明する、プレートの授与式が行われていたそうです。」

 

「なんと!アンデッドが冒険者に!?しかもアダマンタイト級だと!?」

「王国は何を考えているのだ!」

「──待て待て!気にするのはそこではないだろう!我が国が襲撃を受けた日に、デュラハン達は王都に居たという事が重大だろう!」

「となると、怪物を差し向けた者は別にいる可能性がある訳か……」

「『漆黒聖典』の者達が出会ったという、デュラハンを名乗る女が関与していると考えるべきだろうか?」

 

「『漆黒聖典』の隊長が書いた報告書には目を通しましたが、女とデュラハンの関係性は未だ謎です。ですが、新たな情報が見つかりました。」

「おお!それは?」

「報告書によりますと、デュラハンを名乗った女の名前は『リュウノ』という名前だそうです。仲間らしき者達から、そう呼ばれていたそうです。」

「それがどうかしたのか?」

「はい。実は、我が国が怪物から襲撃を受けた日の夜、城塞都市エ・ランテルに魔王を名乗る悪魔が襲撃をかけていた事が分かりました。魔王の名は、『アレイン・オードル』、部下の名前は『ヤルダバオト』という名前らしいです。詳細は、後から配る報告書に書いてありますので、そちらを読んで下さい。」

「ふむ。それで、その悪魔達と女の関係は?」

「はい。実は、悪魔がエ・ランテルを襲った時刻に、『リュウノ』という名前のアダマンタイト級冒険者がエ・ランテルに居たそうです。その女は最初、アンデッドのフリをしていたそうです。」

 

どよめきが起こる。

 

「アンデッドのフリだと!?」

「はい。その『リュウノ』という女性はタレント能力を持っており、その能力でアンデッドに化ける事ができる事が分かりました。『リュウノ』という女性の正体は竜人であり、例の王都で活躍しているデュラハンが連れ回しているドラゴン達の姉であった事が判明しました。」

 

「おお!そんな繋がりがデュラハンと女にあったとは!」

「はい。おそらくですが、『漆黒聖典』が出会った女と同一人物である可能性が高いかと思われます。その女は、後にエ・ランテルを襲撃した悪魔達から、十三英雄の1人である、『暗黒騎士』と呼ばれていた事も判明しております。」

「む?何故『暗黒騎士』と呼ばれたのだ?」

「はい。実は、その『リュウノ』という竜人は──」

 

男がリュウノの特徴について説明する。

 

「悪魔の姿に似た竜人か……。」

「はい。その竜人は、後に悪魔達がエ・ランテルの住民を人質にとった時に──」

 

男が悪魔事件で起こった事の顛末を全て語る。

 

「自分の身を差し出して人質を解放させた、か。『リュウノ』という女性が人間だったなら、勇気ある英雄として語られ、伝説になっただろうに……もったいない。」

 

「ですが結果的に、『漆黒聖典』が仕留め損なったおかげで、悪魔達から大勢の人間を救う事ができたとも言えますな。」

「──ですが、それだと『リュウノ』という人物を殺そうとしたのは不味かったのでは?人間側に協力的な者を、我が国は敵に回した事になる訳ですから。」

 

 

「ああ。なんとも愚かな行為だ。」

 

突如、今まで黙っていた水の神官長のグェルフィが喋り出す。

それをきっかけに、会議室に居た全員が静かになる。

 

「あの女を……いや、あの方を敵に回したのは大変まずい。あの方を敵に回すような事は、避けるべきだったのだ。」

「何故かね?グェルフィよ。」

 

最高神官長の質問に、グェルフィは懐から何かを取り出す。

それは、魔法の力で映像を録画するアイテムだった。かの偉大な六大神様が残したアイテムの1つでもある。

 

それを机に置いたグェルフィが、静かに語りだす。

 

「我が国が怪物に襲われた日、緊急会議が行われた。その会議にて、『漆黒聖典』の情報をもとに、1番被害が少なかった我が水の神殿にて、デュラハンを探る為の高位の魔法を発動させる大儀式を行った事は、みな知っているな?」

 

全員が首を縦にふる。

あの日、水の神殿にて大儀式が行われた事は、この会議室に居る全員が知っている。

 

※『大儀式』とは、《オーバーマジック》で二つ上の位階を使用するための儀式である。

スレイン法国の聖域で行われる魔法儀式は叡者の額冠を使い、さらに上の位階が使用可能となる。周囲の高位神官達から送り込まれた膨大な魔力を巫女姫の叡者の額冠に纏め上げる事によって、一時的に膨大な魔力をその身に蓄えさせる事が可能となる。巫女姫は、己の限界(第5位階)を遥かに超えた魔法の発動《オーバーマジック・プレイナーアイ/魔法上昇・次元の目》第8位階魔法による占術を行うことができる。

 

※《オーバーマジック・プレイナーアイ/魔法上昇・次元の目》とは、占術の魔法である。

使用者の前に魔法の結果の投影映像が浮かぶ。目標が何らかの魔法的防御に守られていると黒い映像しか映らない。

 

水の神殿で大儀式が行われたのは、昼頃である。

しかし、夕方になっても、水の神殿から報告がない為、上層部が兵士を向かわせたのだ。

が、水の神殿で大儀式を行っていた部屋に入った兵士は、驚きの光景を目にしたのだ。

 

水の神官長以外の──儀式に関わった者達全員が死んでいたのだ。頭が爆発したような形で。

唯一生存していた水の神官長も、部屋の隅で丸くなり、ガタガタと怯えている状態だったという。

 

そして、その日から今まで、水の神官長は自室に閉じこもっていた訳なのだが──

 

「あの日、私は死の神を目にした。」

 

水の神官長グェルフィの言葉で、部屋全体の雰囲気が一変した。

 

グェルフィが言った『死の神』とは、スレイン法国が信仰する六大神の一神である。

『スルシャーナ』という名の死を司る神であり、命ある者に永遠の安らぎ、そして久遠の絶望を与える神と言われている。

 

スルシャーナは、教典によると──四大神や自身と同格である生の神アーラ・アラフよりも強大である──と、書かれてあり、四大神より上位の神として信仰されている。

法国の人間がスルシャーナを信仰する理由は「崇める事で邪悪な力を自らに振り下ろすのを避けて欲しい」ためである。

 

 

その死の神を見たというグェルフィの言葉は、法国の人間達にとっては「ありえない」では済まない問題となる。

 

それは何故か──理由は、死の神であるスルシャーナが、まだ存命している可能性が噂されているからである。

口伝によれば、500年前に現れた八欲王に殺害された。と、伝わっている。

しかし、一部の者達の間では、「大罪を犯した者達によって放逐された」と言う口伝を信じる者もいるのだ。

 

その口伝──すなわち、スルシャーナ存命を信じる者の1人がクアイエッセである。

クアイエッセは、『漆黒聖典』のメンバーの中で1番と言っていいほど、スルシャーナを信仰している人物である。

 

当然の如く、クアイエッセが食いつく。

 

「見た、というのは、どういう事でしょうか?」

 

クアイエッセの質問に対し、グェルフィは机に置いたアイテムを指さす。

 

「これを見れば分かる。」

 

そう言って、グェルフィが机に置かれた──金属でできた、手の平サイズの四角い箱の上の部分を押し──アイテムを起動させる。

 

 

最初に映し出されたのは、黒い服の上から魔導師のローブを羽織り、黒い帽子を被った女だった。

その後、女の周りに様々な金銀財宝が映し出される。

 

隊長はすぐさま気付く。例の村に居た、デュラハンを名乗った女であると。

 

「この女です!私達の部隊が遭遇した、デュラハンの女は!」

 

会議室に居る者達が、映像に映し出された女を凝視する。

 

女は何か、イライラした様子で、地面の砂を蹴り上げてむせている。

何か喋っている様子だが、何も聞こえてこない。

 

「音声は出ないのですか?」

 

隊長の質問に、水の神官衣をきた神官兵が対応する。

 

「申し訳ありません。映像だけです。ですが、映像に映っている人物の口の動きから、ある程度の解読ができております。映像に合わせて、口唇術を担当した者がセリフを読み上げます。一部、解読ができなかった部分がありますが、それはご容赦ください。」

 

神官兵の合図で、担当の神官兵がセリフを代読する。

 

 

『あーもう!こういう時、デュラハン状態なら冷静に──────できるのに!何故人間化している時に限って────と関係ある奴と出会うんだよ!』

 

 

デュラハン状態──人間化している──この情報だけで、この黒い服の女がデュラハンと同一人物である事が理解できた。

 

 

『いや…元々私は囮役──────だ。アンデッドの姿で─────れば、私達と同じように、この異世界に来た──────の目にとまるのはわかっていた事だ!アインズ・ウール・ゴウンという──の一員─────も、ユグドラシルの─────なら理解できる────。この私がユグドラシルから来た存在だと────は、最初からわかっていた事だし!』

 

 

異世界──ユグドラシル──六大神に関する書物でたびたび出てくる言葉であり、六大神が元々住んでいた神の世界の名でもある。

 

この黒い服の女が、神の世界から来た存在であるかもしれない可能性が出てきた事に、会議室に居る全員が動揺する。

 

 

『むしろ、他の─────が居ることがわかった───、ユグドラシルについて────奴の名前がわかった分、得したと思うべきだな!』

 

 

女にとって、誰かの名前を知った事が得する事に繋がった──という意味だろうか?

 

映像の女が歩くのを止め、宝の山に座る。

女の周囲には、キラキラと輝く金銀財宝と共に、たくさんの高そうな武器や杖なども交じっている。

 

 

『まずは、あの──だな。今からでも────か?いや、いっそ殺すか?

 

 

──いっそ殺す──いきなり物騒な言葉が出た事で、会議室に居た全員に緊張が走る。

 

 

『無理だな。確実に───る。』

 

 

『やはり、───メンバー全員に─────が先だな。私の独断で──やって──したらヤバいし。となると、まずは情報──────などに対する───だな。』

 

女が立ち上がる。

すると、グェルフィが青ざめながら告げる。

 

「来る……死の神が……死の神が現れるぞ!」

 

それは、何が出てくるかを知っているからこその恐怖。二度も見たくない、信じたくない、現実であってほしくない、そういう風に思おうとして──できなかった者のする恐怖の表情だと、グェルフィの様子を見た者達は思っただろう。

 

 

召喚(サモン)・アンデッド……』

 

 

映像の女は力強く召喚魔法を唱えているが、代読している兵士の声は僅かに震えてるいる。おそらく、兵士も先に解読する為に映像を見て、その先に映るものを見たのだろう。

 

女の周りに10つの魔法陣が出現する。

そこから現れたものを見た瞬間、クアイエッセが叫んだ。

 

「スルシャーナ様だ!あれは間違いなくスルシャーナ様です!」

 

スレイン法国の者なら誰でも知っている最も強き神の姿。

死を具現した姿は髑髏を基本として書かれる。それに僅かな皮を貼り付けた姿。漆黒のローブは闇と一体化するほど大きく、光り輝く杖を手にする。それが、経典に載る程語り継がれたスルシャーナの姿。

 

では、映像に映る髑髏はどうなのか?まさに語り継がれたスルシャーナの姿と同じである。

唯一違うのは、光り輝く杖を手にしていない事だが──召喚者である女の周りには、光り輝く財宝と様々な武器と共に──明らかに普通の物とは違う、豪華な装飾や宝石が組み込まれた杖が何本も交じっている。

 

 

最高神官長も、各神殿の神官長も、参加している六色聖典のメンバーも、その他様々の人物達──会議室にいた者達全員が息を呑んだ。

 

10体のスルシャーナ、即ち10体の死の神を──映像の女は容易く召喚した。

召喚された10体の死の神は、女に何か指示され、跪いて忠義の姿勢をとる。

そして──立ち上がると同時に、魔法を発動した。

 

そこで映像は終了した。

 

 

沈黙が流れる。

誰も何も発さない。

 

しばらく時が流れ──グェルフィが口を開く。

 

「この後、私の部下──大儀式を行っていた巫女姫と魔術師達、計25名が死んだ。頭が破裂してな……。第8位階の魔法による情報収集魔法をあっさり打ち破り、こちらに攻撃してきたのだ。向こうの魔法は第8位位階より上の魔法だと、判断してよいだろう…。」

 

そう言うと、グェルフィは再び黙った。

 

再び訪れた沈黙の中、隊長は再び報告書に目を通す。

報告書のある一行を再び確認する。

だが、それより先に、沈黙が破られる。

 

「デュラハンは神を召喚する──」

 

部屋の隅、そこにずっと、壁に寄りかかるように立っていた人物──その名は『絶死絶命』又の名を『番外席次』──スレイン法国で最強と言われている女。

 

番外席次が最高神官長の方へと歩み寄る。

 

「どうするの?この女……もしくはデュラハン?──は、神を召喚できる。そして従えさせてもいる。『陽光聖典』や『漆黒聖典』の戦闘記録、それに加えて怪物の襲撃……この全てがこの女の仕業なら、スレイン法国に勝ち目があるとは思えないけど?」

 

「なら、どうするのが1番良いのだ?」

 

問い詰められて困った最高神官長が、思わず聞き返す。

 

「決まっているじゃない。使者を送って味方に引きずり込むしかないんじゃない?向こうは冒険者をやってるんでしょ?まだ、人類の敵になった訳じゃないんだから、精一杯謝れば──機嫌を直してくれるかもよ?」

 

そう、まだチャンスはある。

国を存続させる為にはデュラハンと和解するしかない。

ドラゴンや魔獣、そして神を──この国にけしかけられたらスレイン法国は終わる。

それだけは回避しなければならない。

 

「す、すぐに使者の用意を──」

 

「要らないわ。」

 

番外席次が最高神官長の言葉を遮った。

 

「何故──」

 

「私が使者としていく。それと生き残りの『漆黒聖典』のメンバー全員と……貴方もよ、最高神官長。」

「わ、私もか!?」

 

「当たり前じゃない。国のトップと、デュラハンに迷惑をかけた当事者達が謝りに行かなければ、向こうは信じないわ。間違いなく、『自分達を国に呼び込んで始末しようという罠だ』と疑うわよ?」

 

番外席次の言葉は正論だ。

国のトップがわざわざ王都に来て謝りに来れば、スレイン法国が本気で謝罪しに来たという誠意が伝わるはずだ。

 

「そうなったら、デュラハンは怒るでしょうね。ドラゴンや神を国に差し向けられて、この国は終わり。」

 

最高神官長の顔が冷や汗で一杯になる。

 

「さあ、さっさと支度しましょ?時間は待ってくれないわ。フフフッ……」

 

そう言うと、番外席次は会議室を出る。

 

 

誰も気付かない。番外席次の本当の狙いを。

 

「待っていなさい、デュラハン。今、私から会いに行ってあげるから。そしたら──たっぷり殺し合いましょう。フフフッ…。」

 



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第6話 話題に事欠かないデュラハン─その2

※今回は、ちょっと短め。


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◇同時刻◇

 

リ・エスティーゼ王国の北西にある、無数の山脈が走る場所に亜人達によって築かれた都市国家が存在する。

 

その国の名前は『アーグランド評議国』

 

二百年前の魔神と十三英雄の戦いの後にできた複数の亜人種たちの国家である。

国民のほとんどが亜人種であり、この国に存在する冒険者組合に所属する冒険者達のほとんども亜人種である。

 

この国は、五匹から七匹のドラゴンと、各亜人種族から選ばれた評議員たちで管理運営されている。

 

 

そして現在、その評議員達が集まり、会議が行われていた。

会議を取り仕切っているのは、アーグランド評議国永久評議員の白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)と呼ばれる(ドラゴン)である。

 

その名は『ツァインドルクス=ヴァイシオン』

 

会議の議題は、リ・エスティーゼ王国に現れたデュラハンとドラゴンに関する事である。

 

デュラハンの情報がアーグランド評議国に伝わったのが今朝の事である。

情報提供者は、十三英雄の1人として名高い老人──リグリット・ベルスー・カウラウである。

 

ツァインドルクスとリグリットは、()()()()()で親しい友人となった関係である。

互いに信頼し合っており、思い出話を語り始めたら止まらなくなってしまう程の仲である。

 

その親友とも呼べる人物から伝えられた情報となれば、疑う余地はない。真実として受け入れるのは当然である。

 

では何故、会議を開くのか?

答えは1つ。デュラハンがドラゴンを連れているからである。

ただ、正確に言うのならば──デュラハンが連れているドラゴンが『問題のタネ』なのだ。

 

 

「──では、どうするか?最善案を言える者はいるかな?」

 

ツァインドルクスが、重苦しい雰囲気で周囲に意見を求める。

周囲の──ツァインドルクスを含む五体の──ドラゴン達が考え込む。

そんな光景を、各種族の亜人の評議員達が緊張した面持ちで静観している。

 

いつもなら、各評議員達が平等に議論し、意見を出し合うのが普通だ。

しかし、今回の会議に関してだけは、ドラゴン達が慌ただしく騒いでおり、亜人の評議員達は議論に交じれず蚊帳の外なのだ。

 

何より、亜人の評議員達は理解できていないのだ。何故ドラゴン達が慌てているのかを。

 

 

 

しばらく沈黙が続いた時、1人のドラゴンが口を開く。

 

「やはり、一度確かめてみた方が良いのではないか?そのデュラハンが本当に、かの偉大な竜王・ティアマト様を召喚できるのかを。」

 

最初に口を開いたのは、『青空の竜王(ブルースカイ・ドラゴンロード)』の異名を持つ(ドラゴン)──

『スヴェリアー=マイロンシルク』だ。

彼はクロマティック・ドラゴンの系統に属するドラゴン族である。その為、ティアマトを崇拝している。

 

「一理ある。もし本当なら、そのデュラハンはバハムート様も召喚できるのだろう?なら、盛大な持て成しでお迎えしなくてはならなくなる。」

 

スヴェリアーの提案に賛同したのは──

『オムナードセンス=イクルブルス 』だ。

金剛石の竜王(ダイヤモンド・ドラゴンロード)』の異名で呼ばれている彼は、バハムートを崇拝するメタリック・ドラゴンの系統に属するドラゴン族である。

 

「その通りだ。バハムート様を召喚できるだけでなく、他の偉大な竜王様達まで召喚できるのなら尚更だ。」

 

オムナードセンスの隣にいたドラゴン──

『ケッセンブルト=ユークリーリリス』 も賛同の意を示す。彼も、バハムートを崇拝しているドラゴン族である。

彼は『黒曜石の竜(オブシディアン・ドラゴン)』と呼ばれてはいるが竜王ではない。

 

「うむ……」

 

ツァインドルクスも、一度確かめてみたいという気持ちが強い。友であるリグリットが嘘を言う可能性は低いが、見ると聞くでは大いに違う。この目で見て、真実を見極める方が自分を納得させやすいのだ。

 

「貴方はどうです?ザラジルカリア。」

 

ツァインドルクスが、ずっと黙っているドラゴン──

評議国で1番若いワーム・ドラゴンの『ザラジルカリア=ナーヘイウント 』に尋ねる。

 

「……俺は信じられません。デュラハンが、かの偉大な竜王様達を召喚できるなんて。」

 

他と違って否定的な意見を言うザラジルカリアに、ツァインドルクスの目つきが変わる。

 

「私の友人の情報が信用できぬと?」

 

先程まで優しげだったツァインドルクスの口調が、やや高圧的なものへと変化する。

ツァインドルクスからしてみれば、友人であるリグリットの情報を疑われた事に、少しだけ腹が立ったのだ。

 

ツァインドルクスはアーグランド評議国のドラゴン達の中で1番強いドラゴンである。そのドラゴンから睨まれるのだ。ツァインドルクスの実力を知っている者なら、同じドラゴンでも怯んでしまうものだ。

 

「い、いえ……そうは言ってません。ただ、デュラハンがかの偉大な竜王様達を召喚できる事が不思議だと、そう思っただけ…です…。」

 

案の定、気圧されたザラジルカリアが釈明するが、ツァインドルクスの機嫌は変化しない。

 

「己の見識だけで物事を考えるのはやめた方が良いぞ、ザラジルカリア。世界は広い。ひ弱な人間が、最強の英雄になる事だってあるのだからな。」

 

600年以上生きているツァインドルクスの言葉には重みがあった。まるでそれを経験し、実際に見てきたと言うような。

 

何も言い返せなくなったザラジルカリアが押し黙まる。それを見たツァインドルクスは、再び優しい口調に戻る。

 

「──しかし、ザラジルカリアの言い分も認めなくてはならない部分があるのは確かだ。」

 

ザラジルカリアが伏せていた顔を上げる。

 

「この目で直接確認しないと分からぬ事もあるだろうからな。なので……ザラジルカリア、貴方に頼みがある。」

 

「な、なんでしょう?」

 

「私と共に、アーグランド評議国の使者として、王都に向かってほしい。」

 

「なに!俺が行くんですか!?」

 

「そうだよ。ドラゴンが一緒なら、アーグランド評議国の使者だと理解してもらいやすくなるからね。」

 

アーグランド評議国にドラゴンが居るという情報は、既に様々な国に知られている。使者がドラゴンなら、偽者かどうか疑われる心配もない。

 

「それに、貴方も真実が知りたいのであろう?なら、その目で直接見て確かめるべきではないか?」

 

これは一本取られたと、ザラジルカリアはため息をつきながら、情報を疑った自分を後悔する。

 

「わかりました……貴方は例の鎧で行くのですか?」

 

「無論だよ。私の本体は国から出る訳にはいかないのでね。」

 

 

 

 

 

 

会議が終わった後、ツァインドルクスはいつもの自分が守護する建物へ戻る。

そこには、昔とある理由で入手した、八欲王の武器が保管されている。

ツァインドルクスは、それを守護しており、頑なに離れようとはしない。離れる際は、特殊な力で操った鎧で守らせる程に。

 

「ユグドラシルから来た存在か……再び現れるとは思っていたが、やはりか。」

 

そう呟きながらツァインドルクスは、部屋の隅に飾ってある鎧に目を向ける。

 

 

200年程前、あの鎧を操作し旅をした事があった。

その過程で、様々な出会いをした。

特に思い出せるのが、十三英雄として一緒に冒険をした仲間達である。

その十三英雄のメンバーの内、リグリットとイビルアイは当時から生き残っている数少ないメンバーでもある。

 

ユグドラシルという異世界の存在を知ったのは、当時の十三英雄のリーダーがきっかけだった。

リーダーは、最初は弱い凡人だったが、傷つきながらも剣を振るい続けて誰よりも強くなった英雄として、語り継がれている。

 

リーダーは、自分がユグドラシルという異世界から来た存在であることを教えてくれた。

その世界には、第八位階を超える魔法を使う者達が当たり前のように存在しているという。そして、リーダーと互角──さらには、リーダーより強い戦士が山程存在していたとも言っていた。

 

しかも、ユグドラシルには様々なマジックアイテムが存在し、中には圧倒的な力を持つアイテムも存在するという。

 

 

私は驚いた。自分の住む世界が、ユグドラシルという世界に比べて、どれだけ劣った世界なのかを理解したがゆえに。

 

私は恐れた。ユグドラシルから来る存在が、どれだけ強い存在なのかを知ったがゆえに。

過去に世界を荒らし暴れた八欲王も、ユグドラシルから来た存在の可能性が高いと、リーダーは言っていた。

数多くのドラゴン──竜王達が八欲王に戦いを挑み、死んでいった。

今の時代に残るドラゴン達は、八欲王に戦いを挑まなかった者達である。

だが──過去に存在した竜王達の強さに比べれば、今の時代に残るドラゴンの強さは赤子レベルである。

ユグドラシルから来た存在と戦うには、あまりにも貧弱だ。

 

 

そして再び──ユグドラシルからやって来た者が現れた。

 

ドラゴンを従えさせたアンデッド、首無し騎士デュラハン。

村を救い、冒険者になり、人間達と共に歩もうする存在。

圧倒的な強さを持っていながら、八欲王とは異なり、世界を荒らすような真似をしない存在。

 

ツァインドルクスはほっとする。デュラハンが凶暴な存在ではなかった事に。

もしこのデュラハンが、その圧倒的な強さで暴れまわっていたら、今度こそこの世界は蹂躙されていただろう。

 

だが、このデュラハンはそれをしなかった。偉大な竜王達を従えさせておきながら、破壊をよしとしない心優しき人物だった事に、ツァインドルクスは胸を撫で下ろす。

 

ユグドラシルから来たデュラハンが危険な存在ではない事がわかった。なら、次はどうするか?

 

「リーダーと同じように、親しい関係になれれば良いのだが……」

 

リグリットがデュラハンと会った時、デュラハンは人間の姿だったという。

そして、自分が()()()()()()()()()()調()()()()()()()()事を知った途端、態度が一変したという。

その後、ユグドラシルから来た存在だとバレた途端、その場から逃げた、という事らしい。

 

「何故逃げたのか……それが解せないな……。」

 

リグリットの調べで、デュラハンが100年以上前から存在していたという事と、過去の記憶を失っていたという情報も入手している。

 

ツァインドルクスは思考の末、ある可能性を思いつく。

『記憶を失っていた事と頭が無いデュラハンという形状には、何か関係があるのでは?』と。

 

「(まさか──何者かに呪いの類いをかけられていたのか?それで、『ユグドラシル』という言葉を聞いて記憶が戻ったのか?)」

 

何らかの理由で頭と記憶を失い、『ユグドラシル』という言葉をきっかけに記憶を思い出すようになっていた。

そう考えれば、デュラハンが慌てて逃げたのも道理がいく。

 

(「復活した記憶からユグドラシルの事を思い出し、同時にユグドラシルに関する知識を持った者が気になった。が、ユグドラシルから来た存在だとリグリット達に知られた事で、おもわず逃げた……という感じか?」)

 

完全ではないにしろ、デュラハンが過去の記憶を思い出した可能性は高い。そして、より明確に記憶を思い出す為に、ユグドラシルの情報を欲しがっているという可能性を考える。

 

それならば、『ツアーとは誰だ!』『何故ソイツはユグドラシルを知っている!?』と、こちらの情報を欲しがったのも理解できる。

 

「ならば……ユグドラシルについて知っている人物を探している可能性は高いな…。」

 

なら、まだ交渉の余地はある。

 

『こちらが知りうるユグドラシルの情報を与えるので、私達と友好的な関係になりませんか?』

 

という形に持っていく事が可能かもしれない。

向こうが欲しがっている物をこちらが所持している以上、こちらが多少有利な状況に持っていく事ができる。

だが、向こうの実力が高い場合、情報入手の為に実力行使を行ってくる可能性も考えなくてはならない。

 

「殺し合いにならないように、重々気を付けねばな。」

 

ツァインドルクスは目を閉じ、神経を研ぎ澄まし、精神を集中させる。

目の前の鎧に意識を集中させ、目を開ける。

 

目の前には、目を閉じたドラゴンの自分がいる。

 

「さて、鎧を操るのは成功した。後はザラジルカリアの出立準備が終わるのを待つか…。」

 

 

 

 

 

 

ツァインドルクスとザラジルカリアが会議場を去った後、スヴェリアーとオムナードセンスが講義を開いていた。

正確には、亜人種の評議員の1人が発した質問に、2人が解説しているという状況である。

 

質問の内容は、会議中にサラリと出ていた、ティアマトとバハムートという名前の事である。

 

「よいか、お前達。ティアマト様とバハムート様は、我ら竜種の始祖として語り継がれている、神にも等しい御方達なのだ。このお二人のおかげで、我らドラゴン族が繁栄したとも言えるのだ。」

「この御二方は対をなす存在でな。バハムート様が善竜、ティアマト様が悪竜として君臨なさっていたと、言われている。」

 

スヴェリアーとオムナードセンスの話は続く。

 

 

 

ティアマトは、現在、富、強欲、嫉妬を司る悪の神として君臨していた、悪竜である。

水を操る事ができ、海すら作れる程の圧倒的な水量で全てを水底に沈める事ができる。伝説では、大陸を水で沈めて、そこを住処にしていたと、言われている。

 

ティアマトほど、遠慮会釈なく徹底して略奪と戦勝を望む者は他にない。歯向かう者や立ち向かって来る者に対して容赦はなく、その者達を殺した後──その者達の仲間や家族ですら皆殺しにする程であった。

ティアマトは、自分を崇拝する配下のドラゴンをそそのかして(中には人型生物の教団もある)、征服できる限りのものを征服させ、戦利品を山と積み上げさせる事もしていたという。

 

そんな悪逆非道なティアマトを崇拝する者達は、そんな彼女を──不遜、傲慢、強欲を体現した──強欲と嫉妬の神として崇めるようになったのだった。

 

 

 

バハムートは、未来、正義、名誉、守護を司る善の神として君臨していた、善竜である。

炎を操る事ができ、その火力は凄まじく、岩すら溶かす程。伝説では、周囲を灼熱地獄に変え、全てを灰にできると言われている。

 

バハムートは擁護精神を良しとしており、ティアマト勢力の脅威に怯える者達を、その危険から守っていた。

バハムートを崇拝する配下のドラゴン達(主にメタリック・ドラゴン等の善竜)も、自分達の縄張り内に人型生物の生活圏を治め、それを荒らす者達を許しはしなかったという。

 

そんな彼等に守られていた者達は、バハムートを崇拝し──公正さ、気高さ、強さを体現した──正義と秩序の神として崇めたのだった。

 

※ちなみに人型生物達は──善竜達に守ってもらうかわりに、定期的に彼等に貢ぎ物を捧げていた。

 

この考えには、ちゃんとした理由がある。

これは、ティアマト配下の悪竜達に襲われた場合、宝を全て奪われるだけでなく、街や国すら破壊されてしまう危険があったからだ。

それに比べれば、定期的に一定額の金品を支払う事で、安全を得られるのならば安いと、判断したからである。

 

 

 

他の竜王に関しても、スヴェリアーとオムナードセンスは簡単に語る。

 

①ファフニール〔属性:悪〕

どこかの国を滅ぼし、財宝を奪った竜王。伝説では、後に人間の英雄に、激闘のすえ倒された。と、伝わっている。

 

②リヴァイアサン〔属性:悪〕

アンデッドすら毒状態にする強力な〈屍毒ブレス〉を持つ竜王。周囲に毒ガスをばら撒き、ありとあらゆる生物を死滅させる。伝説では、一国を毒ガスだけで死地に変えたとも。

 

③青龍&黄龍〔属性:悪〕

雷の力を操る双子の竜王。光速の速さで動き、豪雨と雷を降らせ、相手を焼き焦がす。伝説では、一時期空を支配していたとも言われている。

 

④ウロボロス〔属性:悪〕

闇の力を操る竜王。強力な範囲即死魔法を有し、生物の命を容易く奪う。絶対的な悪性で、その残虐ぶりはティアマトに匹敵すると言われている。

また、神竜と対をなす存在とも言われている。

 

⑤ナーガ〔属性:善〕

土を操る竜王。自然と大地を豊かにし、豊穣をもたらす。善竜だが、その力は絶大。伝説では、大地を割って全てを奈落に落としたとも。

 

⑥ヤマタノオロチ〔属性:善〕

風を操る竜王。頭が八つあり、ヒュドラ系のドラゴンの究極体。八つの頭がそれぞれ思考し、ブレスを吐く。操る風は、全てを吹き飛ばす台風クラスから、物を切断する刃物クラスまでと自由自在。伝説では、国を吹き飛ばした、山を切った、とも言われている。

 

⑦白竜〔属性:善〕

極寒の地に住む雪のように白い竜王。氷のブレスを吐き、全てを凍てつく氷に変える。伝説では、山の一角に難攻不落の巣を作った事で、その山の周辺が常に吹雪に苛まれ、生物達が住めなくなったとか。

 

⑧神竜〔属性:善〕

光を操る竜王。その光は、太陽の如き輝きと光熱を発し、地表を焼き尽く程。

バハムートに匹敵する擁護精神の持ち主であり、あらゆる生物を受け入れ守護した存在。その善性故に、一部では宗教的な活動をしていた人型生物がいたとか。

伝説では、十三英雄が最後に戦った竜王として有名だが、その勝敗は不明。噂では、十三英雄が敗北、または引き分けたとも。

 

 

「以上が、そのデュラハンが召喚できる竜王様達の特徴だ。」

 

話を真剣に聞いていた亜人種の評議員達は、改めてデュラハンの凄さと異常さを認識する。

 

本来なら、生者を憎み、殺すアンデッドであるデュラハン。

それが、国を容易く滅ぼす竜王や天変地異を操る竜王を従えさせ、冒険者をやっているという。

 

そして、目の前のドラゴン──スヴェリアーとオムナードセンスは、そのデュラハンを国に迎え入れるつもりでいるという。

 

「あの!我々はどうすればよろしいのでしょう!?」

 

亜人種の評議員達の最大の問題がこれだ。

その恐ろしい竜王達を引き連れたデュラハンが国に来訪した時、自分達が取るべき行動はなんなのか。それを確認しなくてはならなかった。

 

スヴェリアーとオムナードセンスはしばらく考え──

 

「貢ぎ物だ。できる限りの、高品質で価値の高い貢ぎ物を用意しておくのだ。」

 

と、助言する。

 

「それは、かの偉大な竜王様達への捧げ物ですか?」

 

という、亜人種の評議員の質問に、スヴェリアーが「そうだ。」と答える。すると、別の評議員が質問する。

 

「では、デュラハンは?デュラハンの方には、何を捧げればよいのです?」

 

という質問を投げた。

 

が、スヴェリアーとオムナードセンスは困惑する。アンデッドのデュラハンに捧げるべき物を何にすれば良いか、全く分からなかったからだ。

 

思い切って評議員達全員に相談する。様々な議論が飛び交う中、ある1人の評議員が出した案に、全員が固まった。

 

「やはり、首を捧げるべき……なのでしょうか?」

 

相手はデュラハン(首無し騎士)である。ならば、捧げられて喜ぶのは、生者の首。そういう考えが、全員の中で共通する。

だが問題は、誰の首を捧げるかだ。

 

もちろん、全員が拒否する。首を捧げるのは、即ち死を意味するからだ。

 

「では仕方ない。評議員を除く各種族の中で、1番活きの良い者達の首を捧げる事にしよう。」

 

スヴェリアーが妥協案を出す。

 

「選別は各種族の評議員がするように。無論、選ばれた者達には内緒だ。デュラハンが来訪した当日に、デュラハンの前に選別された者達を立たせ、デュラハン本人に斬らせるという形する。これでどうかな?他に案がある者はいるか?」

 

スヴェリアーの妥協案に、全ての評議員が「異議なし。」と妥協案を認可する。

 

「スヴェリアー、我々はどうするのだ?デュラハンがドラゴンの首を欲したらどうする?」

 

オムナードセンスの意見に、スヴェリアーはしばらく悩む。そして──

 

「私達は年長者だ。活きの良い者を選ぶなら──」

 

スヴェリアーの視線の先──その場所は、ザラジルカリアがいつもいる場所である。

 

「──年寄りでは駄目であろう?」

 

オムナードセンスは、スヴェリアーが悪竜ティアマトを崇拝しているだけはあるな、と心の中で思ったのだった。

 

 



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第7話 王都─その5〔宮廷会議〕

更新が遅くなって申し訳ありません。
後、今回はいつもより長いかも。


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 ──昼・王都──

 

 リ・エスティーゼ王国、王都。その最も奥に位置し、城壁によってかなりの土地を包囲しているロ・レンテ城。

 

 その敷地内にヴァランシア宮殿がある。

 

 華美よりは機能性を重視したその宮殿の1室。

 そこで、六大貴族を含む貴族達と王族達が宮廷会議を行っていた。

 

 会議の内容は──言うまでもなく、『竜の宝』に関する話である。

 

 

 

 だが──その部屋は沈黙で満たされていた。

 喋る者はいない。全員が椅子に座り、緊張した面持ちで様子を窺っている。

 六大貴族も王族も兵士もメイドも他の貴族達も……全員が冷汗をかきながら、怯えていた。

 怯えている彼らの視線は全て、その部屋の窓へと向けられている。

 

 彼らが怯えている原因、それは──部屋の外、窓の向こう側から覗いている巨大な目である。

 巨大な目がギョロリと動き、()()()()が部屋にいる人物を一瞥する。

 その一連の動作に、目が合った者達が身を竦める。蛇に睨まれた(カエル)のように、身を固くしながら。

 

 巨大な目は、しばらく部屋全体を覗いていたが、不意に窓の上へとゆっくり移動し、人間達の視界から消えた。

 

 人間達に、束の間の安堵が生まれる。巨大な目が消え、睨まれずにすんだ事に。

 しかし、次に視界に入ってきた()()()、再び人間達は怯える事になった。

 

 窓の外でゆっくり動いていた()()()()()、その生物の緑色の鱗だけが見えていた窓に現れた物──

 

 それは巨大な口だ。強いて言うなら巨大な歯だ。

 

 その生物の歯は、鰐の歯に似ている。引き裂いたり穴を開けたりする犬歯、肉を骨から引き剥がす門歯、保持したりすり潰したりする一連の臼歯もあった。

 

 その、巨大な口──巨大な歯の()()()、その部屋の窓枠全体から姿を見せている。

 そう──見えている部分でも、その一部なのだ。それだけ、窓の外にいる生物が大きい存在である事を物語っている。

 

 そして窓の外から、部屋全体に──あるいは城全体を揺らしているような、地響きのように声が聞こえてくる。

 

「我らの主人の()()が聞こえたが……お前達か?」

 

 窓の外にいる生物はそう尋ねると、口を開け、ベロりと長い舌を出して口を──唇をひと舐めしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 30分前──この部屋では話し合いが確かに行われていた。

 二つの意見がぶつかり合い、激しい論争が起きていたのである。

 

「──ですから!異形種であるアンデッドを!王国の英雄にするなど間違っていると、何度も言っているではありませんか!」

「左様。『蒼の薔薇』ならともかく、アンデッドが国の英雄などと他国に知られたらどうなるか……」

「その通り!死体を英雄にした国だと馬鹿にされ、王国の品位を下げる結果にしかならないかと!」

 

 

「では、どうしろと?あのデュラハンに、『国から出ていけ!』とでも言うつもりですか?そんな事をすれば、怒ってドラゴンをけしかけて来る可能性が高いと思いますが?」

「向こうが冒険者になりたいと、協力的な要望を言ってきたんだ。それなら、冒険者として味方に置いておく方が安全だろう!」

「それに、ドラゴンを連れたアンデッドという危険な存在を野放しにする方も危険だ!万が一、帝国にでも行かれ、戦力にでもされてみろ!我々に勝ち目はない!」

 

 

 デュラハンを──『竜の宝』を英雄として国内に置いておく事に反対する派と──最低限、味方として協力してもらえるポジションに置いておきたい友好派に別れ、言い合いが起きていた。

 

「『竜の宝』が安全だと言う保証がどこにあるのです?!」

「リーダーはアンデッドなんだぞ!?生者を憎むアンデッドがリーダーである冒険者チームが、我々人間に危害を与えないという根拠はあるのか!?」

 

 

 反対派の主張は、主に3つ。

 

 ①デュラハンがアンデッドという、生者を憎む存在である為、安心できないという事。

 

 ②ドラゴンという強大な存在が近くにいる事が危険だという事。

 

 ③()()が英雄として扱われる事に納得できない、という事。

 

 

「『竜の宝』が辺境の村に義援金を届け、復興作業に助力したという報告があります。ご覧の通り、その村から王への感謝状が届いており、その文面には『竜の宝』への感謝の言葉も書いてあります。これは、あの冒険者チームが野蛮な存在ではないという証です」

「さらに!一部の他の冒険者達から、『竜の宝』に命を助けてもらった事があると、言っている者も確認できております!これは、デュラハンがむやみに命を奪う存在ではないという証明です!」

 

 

 友好派の主張も3つ。

 

 ①『竜の宝』が『実力』『財力』『権力』の3つを兼ね揃えてる、強大な存在であるが故に、敵にしたくないという事。

 

 ②未知の技術を持つ『竜の宝』を味方につける事で、国の発展に貢献してもらえる可能性がある事。

 

 ③他国の襲撃から村を救った謎の組織『アインズ・ウール・ゴウン』の存在──エ・ランテルの民を悪魔達から守った『リュウノ』という存在──この二つと『竜の宝』に繋がりがある為、『竜の宝』を無下に扱うのは不味いという事。

 

 

 ──である。

 

 まず『実力』に関して──デュラハンがドラゴンを倒し従えさせる程の実力者である事は、既に王都の住民に知れ渡っている。

 

 次に『財力』──これも、彼等の拠点にある財宝と、デュラハンが金銭及び希少金属を大量に所有している事が判明している。

 また、『竜の宝』が持つ未知のアイテムや技術──特に魔法技術に関してはバハルス帝国を上回る物であり、王国の技術発展の足がけに成りうるものでもある。

 

 最後に『権力』──一見すると、『竜の宝』が貴族や王族に対して打ち勝てるような『権力』はないように見えるだろう。しかし、それをものともしない存在を『竜の宝』は所持している

 

 それは何か───無論、ドラゴンである。

 

 相手が同じ人間ならば、法律や規則で縛る事が可能だ。それを破ろうものなら、罪人として──最悪実力行使で捕らえたり殺したりできる。

 しかし、ドラゴンに対して人間の法律や規則は意味をなさない。何故なら、彼らはいざとなったら全てを『破壊行動』で無かった事にできるからだ。

 破壊行動をされては貴族も王族をお手上げであり、逃げる事しかできないのだ。

 

 未知の技術については、向こう側(竜の宝)が丁寧に解説しながら教えてはくれるものの、今の王国の実力では真似できない領域ばかりである。

 無論、理解できない部分も多いが。

 しかし、魔術師組合からの報告では、バハルス帝国を上回る技術である事は確かであると報告されている。

 この技術を王国で独占できれば、他国より強い国にする事も夢ではない。

 

 

 そして──友好派が最も主張しているのが、デュラハンの人間関係である。

 デュラハンの後ろにはアインズ・ウール・ゴウンという人物と謎の組織があり、デュラハンはそこに所属しているという。

 ドラゴンを従えさせる程の実力があるデュラハンが所属し、従う程の組織──それがちっぽけなものだとは思えない。

 それだけの力を持つ、何かしらの組織の後ろ盾があるデュラハンを無下に扱うのは危険であると、判断しているのだ。

 

 また、最近起きたエ・ランテルの悪魔事件において、リュウノという人物が活躍したという報告が届いている。そのリュウノという人物の最後の結末は悲しいもので終わっているが、エ・ランテルの民達からの評判は高い。

 

 エ・ランテルの窮地を救った大英雄として、民衆からは感謝されており、悪魔に連れていかれた彼女を救出して欲しいと願う民まで出始めている、という始末である。

 

『竜の宝』のドラゴンの三姉妹が、そのリュウノという人物と血縁関係があるという事が報告された事がきっかけで、『竜の宝』を無下に扱う事はエ・ランテルの民衆からの()()()()()()()()()結果になりかねないのだ。

 

 貴族達にとって、民衆からの支持率は重要である。

 彼らは現在、権力争いの真っ最中であり、自分の評価を高める事に執着している。

 その為、国民からの評判を高めると同時に()()()()()()()()()()()()事にも熱心なのだ。

 

 その落とし合いは、貴族達を王派閥と貴族派閥に分ける程にまで肥大化させ、結果的に国力の低下を産んでいる。国力の低下は王家の権力の低下に繋がるので貴族派閥の貴族達には喜ばしい状況なのだ。なので、貴族派閥の貴族達は国力の低下を気にもしていない。

 

 国王を含む王派閥は、何とか国力を落とさないよう努力しているものの、王国の裏社会を牛耳る『八本指』の悪事によって、その活動はあまり良い結果を得られていない状況である。

 

 今はまだ、王派閥と貴族派閥の力が拮抗しているものの、それがいつまでも続く可能性は低い。

 王派閥を弱体化させる、何らかの決定打ができた場合、王派閥の力は一気に低下する危険性がある状態なのだ。

 

 

 

 現在、そんな王国で両派のバランスを上手く操り、何とか保たせようと頑張っている貴族が1人いる。

 

 その貴族の名は──エリアス・ブラント・デイル・レエブン。

 

 レエブン侯は、貴族派閥に属している人物である。が、それはあくまで表向きである。彼は、両方の派閥のメリットを求めて蝙蝠のように動くため、両派の貴族達に顔が利く。その為、六大貴族の中では最も力がある存在でもある。王派閥の貴族達ですらレエブン侯には協力的な姿勢をとる。

 

 彼は、それらの関係を上手く利用し、王派閥の影の盟主としても活躍。王派閥・貴族派閥間の微妙な均衡を維持するのに心を砕いている。

 

 権力闘争を繰り返す王国で、王派閥と貴族派閥の間をさまよう彼を『コウモリ』のようだと、一部の人間達は言うが、その実、国が崩壊しないように画策している一番の功労者なのだ。

 

 

 

 今回、レエブン侯は友好派に参加し、『竜の宝』をできるだけ王国に居させようとしている。

 理由は明白、帝国に行かないようにする為と王国を守る為である。

 

『竜の宝』の存在は、もはや国の存続に影響を及ぼす存在となりつつある。『竜の宝』の評判が広まれば、必ず他国が目を付けるはずだと、レエブン侯は判断している。

 王国と対立しているバハルス帝国が、何もしないはずはない。何かしらの手段を用いて『竜の宝』を自分達の物にしようとするだろう。そんな事をされない為にも、レエブン侯は『竜の宝』を王国にクギ付けにしたいのだ。

 

 

 

『竜の宝』に関して言い合いが続く中、レエブン侯は改めて状況を見直す。

 

 六大貴族は現在、友好派が4人、反対派が2人という、友好派が有利な状況で進んでいる。無論、他の一般貴族達も含めるなら、数は多くなるが。

 

 友好を主張しているのは──自分の他に──

 

 まず、ボウロロープ侯。

 

 バルブロ王子を次期王に推薦している人物で、貴族派閥の筆頭でもある。

 

 次に、ウロヴァーナ辺境伯。

 

 六大貴族で最も老齢な貴族。ボウロロープ侯と同じくバルブロ王子を推薦している。

 

 最後に、リットン伯。

 

 彼もバルブロ王子を推薦している。能力的に六大貴族では一段劣る人物である。

 

 

 彼らが友好派についたのは、間違いなくバルブロ王子のせいである。バルブロ王子が『竜の宝』に対して友好的な姿勢をとっている為、必然的にバルブロ王子の意見に賛成せざるを得ない流れになったのだろうと、レエブン侯は考えている。

 

 

 ボウロロープ侯は、最も広大な領地を持つ貴族であり、自分の娘をバルブロ王子に娶らせた人物だ。その為、バルブロ王子とはとても仲が良い。

 

 ボウロロープ侯は、顔に多くの傷跡がある。戦士のような風貌を持つ男である。

 その顔に恥じぬ、鍛え抜かれた体躯も今は過去の物になっているが、猛禽類を思わせる瞳や声の張りには戦士の残り香が見える。

 ガゼフの戦士団に触発されて5,000の精鋭兵団を作るなど、(貴族として)負けず嫌いな部分もある。

 

 今回の王城警備も、ボウロロープ侯の精鋭兵士がほとんどを占めている。

 

 

 ウロヴァーナ辺境伯は、王派閥の貴族である。

 髪は完全に白髪で、腕や体は枯れ木のように細い。そのかわり、長く生きてきた人間特有の威厳を併せ持つ人物である。王派閥の中で唯一まともな貴族だと、レエブン侯は認識している。

 

 リットン伯は、貴族派閥の貴族である。

 顔立ちは整っているものの、狐のような印象を与える人物である。

 リットン伯が友好派についたのは、バルブロ王子の件もあるだろうが、単純に友好派の人数が多かったので有利な方についただけだろうと、レエブン侯は判断している。

 

 その理由は、リットン伯は六大貴族の中では一段劣る貴族だ。そのため、なりふり構わず自身の価値を高めようとしているきらいがあるのだ。

 実際、自分の勢力拡大のためには他者がどんなに損害を受けても構わないという性格である事が知られており、他の貴族からの評判も悪い。

 なので、友好派の流れが悪くなった場合、あっさり鞍替えする人物だろうと、レエブン侯は睨んでいる。

 

 

 

 対する反対派2名は──

 

 1人は、六大貴族の中で、最も若い美青年のペスペア侯だ。

 王の長女を娶った王派閥の人物でもある。ペスペア侯が持つ貴族としての能力は未知数だが、彼の父親が優れた人格者という事もあり、派閥に関係なく多くの貴族から次期国王に推されている貴族だ。

 

 

 もう1人は、金に欲深い事で有名なブルムラシュー侯である。

 金鉱山とミスリル鉱山を所有する王国一の金持ちである彼の、その欲深さはかなりの筋金入りである。金の為なら家族すら裏切るだろうという悪評まで持っている程だ。

 

 今回彼が反対派に参加しているのも、自分の鉱山(財産)をドラゴンに盗られるかもしれないと、危惧しているからだろう。

 

 そして──これはまだ、誰にも知られていない情報だが、ブルムラシュー侯は帝国に情報を売り渡して金を得ている裏切り者でもある。

 彼が帝国と手を組んでいるという情報を貴族派閥に渡せば、すぐさまブルムラシュー侯は六大貴族から叩き出され、貴族としての力を失うだろう。

 

 しかし、そんな事をすれば、貴族派閥が一気に勢いを増し、王派閥はブルムラシュー侯が抜けた事で一気に弱体化する。

 

 そうなると、()()()()()()()()()()()()為、ブルムラシュー侯の裏切り情報はふせてある。

 もし貴族派閥が主権(しゅけん)を握ってしまった場合、平民達の事を──国の未来を考えない政策ばかり行い、リ・エスティーゼ王国は破滅するだろう。

 

 そうならない為にも、私がしっかり舵を取り、より良い方に流れをつくらなくては!

 

 レエブン侯が咳払いを1つする。それだけで、五月蝿く会話していた貴族達の口がとまる。

 

「──えー……皆様、少しよろしいでしょうか?」

 

 レエブン侯が喋りだすと、全員がレエブン侯に注目する。全員の視線が集まったのを確認したレエブン侯は、再び口を動かす。

 

「反対派であるペスペア侯とブルムラシュー侯、それとその他の貴族の皆様の気持ちも理解できないわけではありません。ドラゴンとアンデッドを脅威に思うのも無理はないでしょう。友好派の中にも、同じように思っている方々が少なからず居るのではと思われます」

 

 レエブン侯は周囲を見渡しながら様子を窺う。何人かの貴族が気まずそうに目を逸らすのが見える。

 

「……ですが…『竜の宝』に、国から出ていくよう伝えるのもまた危険な賭けです。そこで、1つの妙案があります」

 

 レエブン侯の発言に、周りにいた貴族達が興味深そうな表情に変わる。

 

「『竜の宝』の活動場所をエ・ランテルにしてもらう……というのはどうでしょうか?」

 

「エ・ランテルに…?」

「ほほう…なるほど……」

 

 周囲の人達がざわつき始める。

 ある者は困惑を、ある者は感心を、様々な声が小さく呟かれる。

 

「理由は?」

 

 椅子に座ったランポッサ国王の問いかけの声に、周囲が再び静かになる。

 

「理由は3つあります。1つは、エ・ランテルの冒険者組合の強化です。先日の悪魔事件により、エ・ランテルの冒険者組合は多数の冒険者を失ったと、報告にあります。しかも、エ・ランテルで1番ランクの高いミスリル級冒険者チームを全て失ったとも聞いています」

 

 レエブン侯は報告書をめくる。次のページに記載されてある内容を読んでいく。

 

「現在エ・ランテルでは、新しい冒険者チームの育成に励んでいるそうです。現状でのエ・ランテルに存在する高ランクの冒険者チームは……悪魔事件後にミスリルに昇格した1チームだけです。王都にはアダマンタイト級冒険者チームが3つもあります。なので、1チームくらい派遣してあげるべきだと、私は考えました」

 

「その派遣するチームを『竜の宝』にすると?」

 

「はい。悪魔事件で名があがっている『リュウノ』という人物とも繋がりはありますし、適任ではあると思います。それに、陛下がエ・ランテルの民達の為にアダマンタイト級冒険者を派遣した事にすれば、国民達からの評価も上がると思われます」

 

「なるほど……それで、二つ目の理由は?」

 

「はい。二つ目は、単純に『竜の宝』を王都から離す目的です。反対派の意見と友好派の意見……その両方を考慮するのであれば、『国から追い出さず、遠ざける』という形にするのが理想だと判断しました」

 

「ううむ……して、3つ目の理由は?」

 

「はい。3つ目は、先日バルブロ王子も仰っていた、他国への圧力です。エ・ランテルは、王国・帝国・法国とのあいだの丁度中心にあります。ここに王国所属のドラゴンが居れば、帝国も法国もドラゴンを警戒せざるを得なくなるでしょう。迂闊に攻めてきたり、ちょっかいを出してくるような真似をしなくなるのではないかと考えました」

 

「素晴らしい!」

「流石はレエブン侯だ!」

 

 貴族達から賞賛の声が上がる。

 ランポッサ国王も、レエブン侯の述べた理由に納得の表情をしている。

 

 しかし──

 

「──ですが、1つ問題があります」

 

 レエブン侯の声に、周囲が再び静かになる。

 

「問題とは?」

 

「はい。『竜の宝』が王国に来て、まだ1週間も経っていません。既に拠点まで作った彼らが、いきなりエ・ランテルに冒険者活動を移すように言われて納得するかどうか……それが問題なのです。私としては、もうしばらく日を経たせた方が良い気がするのですが……」

 

 周囲から、「たしかに……」「言われてみれば……」と、レエブン侯の不安に同意する呟きが漏れる。

 

「やれやれ……できれば早く移動してもらいたいものだ。いつあの野蛮なアンデッドやドラゴンが暴れ出すか、考えるだけで夜も眠れませんよ」

「ええ、ええ、私もです。薄汚いアンデッドがドラゴンと共に、私の領土の領空を飛んでるだけで、いつ私の鉱山が奪われるか、不安で不安で」

 

 ペスペア侯とブルムラシュー侯が冗談には見えない──割と本気でそう思っているような愚痴をこぼす。

 

 

 

 ──その時だった。

 

 

 

 突如、ズシンッ!という大きな揺れが起こる。城全体を揺らしたのではないかと思う程の揺れに、部屋に居た者達が慌てふためく。

 

「今のはなんだ!?」

「地震か!?」

 

 混乱する室内。兵士達が慌てて状況を確認していると、部屋の外──正確には、窓から出れる大きなバルコニーから悲鳴がなった。

 

「ひぃ!」

「うわぁぁああぁぁ!?」

「ひぃやぁぁぁ!?」

 

 バルコニーの所を警備していた兵士達が、血相を変えて部屋に飛び込んでくる。何事かと、室内にいた者達が驚くのも束の間、兵士達が部屋に飛び込んで来た瞬間──外から入っていた太陽の明かりが()()に遮られ、部屋が少しだけ暗くなる。

 

 部屋に居る者達が窓の外を見て、驚愕の表情を浮かべた時、その()()が喋った。

 

「ここら辺から聞こえたなぁ……」

 

 部屋に居る者達が、その()()の正体がドラゴン──ヤマタノオロチである事を把握した時、ヤマタノオロチの巨大な目が現れ、視線が彼らの部屋でピタリととまる。

 

 

 そして、話は冒頭へと戻る。

 

 

 ヤマタノオロチは、顔全体──8つある頭が全て見える位置まで、頭を後退させる。8つある頭がそれぞれ別々の動き──(表情と言ってもいいだろう)──をしながら、部屋に居る人間達を眺めている。

 

 貴族達が驚く中、巨大な口から出てきた舌、ソレをベロりとさせながら、ヤマタノオロチが再度質問を繰り返す。

 

「もう一度聞く。我らの主人の悪口が聞こえたが、お前達か?」

 

 全員が息を呑む。誰もがドラゴンを間近にして命の危機を感じているのだ。喋る心構えなどできているわけが無い。

 特に、悪口を言ったペスペア侯とブルムラシュー侯は顔面蒼白である。

 頼れる王国戦士長であれば、何とか対応できたかもしれないが、王国戦士長は国王の計らいで城に居ない状況である。

 

 ヤマタノオロチが人間達の返事を待つ。その間、8つあるヤマタノオロチの頭が、それぞれ会話を始める。

 

「さて、どいつかな?」

「きっと、礼儀の無い貴族だな」

「いやいや、馬鹿な貴族だろう?」

「もういっそのこと、全部潰すか?」

「焼いた方が派手だと思うが?」

「国王が居る、殺すのはまずい」

「ご主人様に抱かれたい♡」

「…………」

 

 恐怖で思考する余裕がない人間達は、順番に喋るヤマタノオロチを見つめる事しかできなかった。

 結局、数分待っても誰も喋らない事態に、黙っていたヤマタノオロチの頭が痺れを切らす。

 

「……では仕方ない。人間達よ、悪口を言ったヤツを指させ。それくらいならできるであろう?」

 

 ヤマタノオロチから放たれた残酷な言葉。人間達は近くにいるもの同士で互いに顔を見やる。要は、自分達で犯人を突き出せという事だ。

 

「さて、誰が指さすかな?」

「誰が指さされるかな?」

「全員が指さすかな?」

「誰も指さないのかな?」

「ほら、早くしろ人間ども」

「また待たせるつもりか?」

「ご主人様に撫でられたい♡」

「……………」

 

 ヤマタノオロチが再び待っている。人間達が犯人を突き出すのを。

 この状況に、レエブン侯も歯の根が合わない。一刻も早く、犯人を突き出して楽になりたいという気持ちが出てくるも、ぐっとそれを堪える。

 ここでペスペア侯やブルムラシュー侯を突き出した場合、この2人がどんな目にあうか想像しただけで怖いのだ。

 何より、自分の命の為に他人を犠牲にした貴族という汚名を被りかねない。そんな、自分の評価を下げるような真似は避けたいのだ。

 

 

 

 しかし──そんな事などお構いなしの貴族が、ここには居たのだ。

 

「そ、そいつらだ!」

 

 突如、リットン伯がドラゴンに向かって叫んだのだ。

 

「そこに居る、ペスペア侯と……ブルムラシュー侯が、デュラハンの悪口を言ってた!言ってました!」

 

 指をさされた2人が、「なんて事を!」と言わんばかりの表情でリットン伯を睨む。が──

 

「ほほう……貴様らか…」

 

 犯人を見つけたヤマタノオロチの目がギョロリと動き、自分達を見つめて来た事で、2人の表情が一気に恐怖の色に染まる。

 

「我らの」

「主人の」

「いったい」

「どこが」

 

 ヤマタノオロチの8つある頭が、順番に口を開け、鋭い歯を剥き出しにしていく。

 

「野蛮で」

「薄汚い」

「デュラハン」

「なのだ?」

 

 ヤマタノオロチが静かに威嚇する。同時にビリビリという痺れるような振動が窓から聞こえ、次の瞬間、開いた窓から強烈な風が入り込み、部屋の中にあった机や椅子を吹き飛ばした。

 

「「ひぃぃぃぃ!」」

 

 部屋に居る者達が転がりながら悲鳴を上げる。

 その様を見たヤマタノオロチの顔が優越に浸る。圧倒的強者としての振る舞いを心地よく感じ喜んでいるのだ。

 

「よく聞け人間ども」

「貴様らが我が主人の強さに威光し、恐れを抱くのは理解できる」

「しかし、ご主人様はとても優しく慈悲深い方だ」

「縁もゆかりも無い村を救い、村人達から感謝されている事は」

「既に貴様らも知っているのだろう?」

「なのに貴様らは」

「優しくて強くて逞しいご主人様を♡」

「野蛮で薄汚いと言うのか?」

 

 ヤマタノオロチの視線がペスペア侯とブルムラシュー侯に集中する。

 2人は、蛇に睨まれた蛙の如く、プルプルと震えながら必死に首を横にふる。否定の意味を込めて。

 それを見たヤマタノオロチの口がニヤリと歪む。

 

「そうか。理解したのならよい」

「でもまた悪口を言ったら」

「次はないと思え」

「他の奴らも同じく」

「次はないぞ」

「では、私達は」

「ご主人様の元に♡」

「帰るとしよう」

 

 ヤマタノオロチの巨大な頭が視界から消える。おそらく、拠点へ戻ったのであろう。

 

 レエブン侯を含めた、部屋にいた人間達の心から、見えない重圧が消え、みんなが安堵の深呼吸を繰り返す。

 

 しばらく無言の呼吸が続く。その時──

 

「申し訳ありません、皆さん。」

 

 突如聞こえた声に、再び人間達が硬直する。

 

「あー……その……大丈夫ですかね?」

 

 先程、ヤマタノオロチが覗いていた窓があるバルコニーから女が現れる。

 

 女の服装は白を基調とした服(提督服)であり、ボタンといった装飾品などが金色に輝いている。

 被っている帽子も白を基調とした物であり、帽子の正面にあるマークだけが金色だった。肩の部分には、白の将校用マントを身につけている。

 

 女は顔は、長い黒髪に黒い瞳という、王都では珍しい容姿だった。

 

 突然現れた女に、部屋にいた人間達が警戒するが、その女性の顔をレエブン侯は知っていた。

 

「……ブラック…殿ですか?」

「ん?あ!こ、これはレエブン様、大丈夫ですか?!」

 

 名前を呼ばれて反応した女は、慌ててレエブン侯の傍に駆け寄る。

 

「すみません、()()のドラゴンがご迷惑をおかけしたようで──」

「え?いや、お構いなく!」

 

 謝罪しながら自分を抱き起こす女性の態度に、レエブン侯は違和感を感じながらも、なんとか足に力を入れ立ち上がる。

 

「──本当に大丈夫ですか?」

「はい。それよりも──」

 

 体についた汚れや埃を払いながら、レエブン侯は女性に質問する。

 

「──貴方様は?」

 

 女性は一度、ペコリとお辞儀する。

 

「私は、『竜の宝』の皆さんを補佐する為に、アインズ様から派遣された者です。名は──シロ()と言います。」

「シロ殿……ですか…」

 

 ブラックとは違うという事を把握したレエブン侯は、さらなる疑問をぶつける。

 

「シロ殿は……その…ブラック殿と、お顔が似ていますが……」

 

 レエブン侯の質問に、少しだけ気まずそうな顔するシロ。しかし、すぐさま笑顔で答えた。

 

「私は──ブラック達の生みの親なんです」

 

 いきなりの衝撃的告白に、レエブン侯も、周りにいた人間達も驚きの声を上げる。

 

「あのドラゴン達の……──」

 

 兵士に抱き起こされたランポッサ国王が、ヨタヨタとシロに歩み寄る。

 

「──母親殿であらせられるか?」

「これは国王陛下…!」

 

 シロがランポッサ国王を発見するなり、慌てて国王の前に土下座する。

 

「先程はドラゴンが失礼を…喋れない勝様に代わり、謝罪致します!申し訳ごさいません!」

 

 ランポッサ国王の前で土下座して謝るシロに、皆が注目する。

 ランポッサ国王は驚きつつも、片膝をついて、シロの肩に手をのせる。

 

「よ、良い。我々にも多少の非があったのは事実……顔を上げられよ、シロ殿。」

「しかし、部屋がこんなにもめちゃくちゃに──」

「良いのだシロ殿。気になさるな。ささ、立ち上がられよ」

 

 ランポッサ国王に促され、シロがゆっくり立ち上がる。

 

「ありがとうございます、国王陛下。では、改めまして……本日付けで、アインズ様からご命令を頂き、『竜の宝』の補佐をする事になりました、シロと言います。よろしくお願いいたします、国王陛下」

「よろしくお願いする、シロ殿」

 

 国王と握手を交わすシロ。

 そこへ、バルコニーからブラックが姿を現す。

 

「シロ様!」

「ブラック!どうして来た?」

「勝様からの伝言を伝えにきました」

 

 ブラックがシロの隣に並び立ち、ごにょごにょとシロの耳元で喋っている。

 その様子を眺めたランポッサ国王とレエブン侯は、2人のそっくりな顔を見比べる。

 

「うむ……まるで双子だな」

「ええ、おっしゃる通りかと…」

 

 ランポッサ国王の言葉にそう返したレエブン侯だったが──

 

「(シロ殿が母親だというのは理解しましたが、いくらなんでも若すぎでは?)」

 

 ──という疑問が脳裏に湧く。

 シロの若さはブラックとほぼ同じであり、歳すら同じなのでは?と、思いたくなるほどだった。

 だが、ブラックはドラゴンである。流石に歳が同じというはずはない。可能性があるなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考える方が納得できる。

 

「──以上です、シロ様」

「あーはいはい。挨拶を済ませたらすぐ戻るよ」

 

 ブラックがシロに何を伝えたのか気になったレエブン侯だったが、それよりも重要な事があったので、それを後回しにする。

 レエブン侯は、シロの安全さを確かめる為に、己の疑問を再びぶつける。

 

「シロ殿に質問なのですが…貴方様も、ブラック殿と同じドラゴンなのでしょうか?」

「私ですか?いえ、人間ですが…」

「それにしては、かなりお若いようですが……」

 

 女性に対して、年齢に関する事を問うのは失礼な行為だという自覚はあったが、気になるものは気になるのだ。

 

「あー…そこ、気にしちゃいますかー……」

 

 案の定、答えづらい質問だったのか、シロが頭をかいている。

 

「んーとですねぇ……若さは魔法で保っている……という事でご納得していただければ嬉しいのですが……」

「魔法ですか……──」

 

 レエブン侯は魔法に詳しいわけではない。

 しかし、まったく無知という訳でもない。

 

 レエブン侯は王国貴族では異質な存在で、引退した元オリハルコン冒険者を部下にして、冒険者達からモンスターや魔法などの知識を集めている貴族なのだ。

 

 

 レエブン侯は、自身が持つ知識の中から最適かつ納得の行く答えを探し出す。

 

「(確か……バハルス帝国に居る大魔術師(マジックキャスター)も、魔法で若さを保っている、という情報がありましたな……つまり、シロ殿もそれと同じ魔法が扱えるという事か…)

 

 仮にシロが魔法を使えなかったとしても、『竜の宝』には第10位階の魔法が扱えるレッドというドラゴンがいる。そちらの協力を得る事で、若さを維持する事も可能なのだろう。

 

「──なるほど!理解しました」

 

 自分の中で納得の行く理論が既に完成したのだ。ならば、あまり年齢に関する質問を長引かせる必要はないと判断したレエブン侯は、そう言って話を終わらせようとした。のだが──

 

「え?!」

 

 と、何故かシロが驚いた表情をしていた。

 何か変な答え方をしただろうか?と、レエブン侯は疑問に思った。

 

「……えっと…どうかなさいましたか、シロ殿?」

「い、いえ、なんでもございません!そ、それよりも、今は散らかった部屋の後処理について話しませんか?」

 

 話題を逸らされた感じが強かったが、元々聞づらい話題だったのでレエブン侯もそのまま流す。

 

「──ええ、そうですね」

「…では…えっと……弁償代は幾らぐらいでしょうか?家財や皆さんの着ている服など、その他諸々の品も込みで構いませんので…」

 

 レエブン侯は周囲を見渡す。先程の強風で、部屋にあった椅子や机は吹き飛ばされ破損している。机の上にあったカップや皿も割れており、零れた飲み物は床に飛散している。

 起き上がった人達の服は、破片で傷が付いている物、床に飛散した飲み物で濡れてシミになっている物など、弁償するべき物品はかなり多い。

 しかも、ほとんどの物品が貴族や王族が使う高級品ばかりだ。支払う額は相当な額になるだろう。

 

 問題は、それらの物品の所有者達が、弁償代を跳ね上げる可能性だ。金に五月蝿いブルムラシュー侯は、少しでも金を得ようと、確実に額を上げようとするだろう。

 

「シロ殿…でしたか?わ…私はブルムラシューと言います。私の所有品も弁償していただけるのかな?」

 

 早速ブルムラシュー侯がシロに話しかけ始めた。ドラゴンが居なくなった余裕なのか、それとも自分達に一切非がないという立場に立っている余裕なのかは分からないが、笑みを浮かべながらシロに近づいていく。

 

「は、はい、もちろんです!」

「ですが……私の着ている服は、オーダーメイドの高級品ですぞ?額もそれなりに高い物なのですが…」

 

 わざとらしく服をシロに見せつけながら、ブルムラシュー侯が交渉を始め出す。

 周囲の貴族達は、ブルムラシュー侯が弁償代を高くふっかける気が満々であると察する。

 あんな目にあっても折れないあたりが、金に欲深い性格のブルムラシュー侯らしいな、という呆れすら感じながら。

 

「幾らぐらいでしょうか?…まさか!100……いや、1000金貨ぐらいする品ですか…?!」

 

 シロがオロオロしながら、弁償代を予想している。

 しかも、ブルムラシュー侯の服がかなり高い品だと思い混んでいる。

 レエブン侯の見立てでは、ブルムラシュー侯の服は高く見積もってもせいぜい20金貨程。これで100金貨を越える弁償代を請求すれば、完全なぼったくり詐欺である。

 

 ブルムラシュー侯はわざとらしく考え込むフリをした後──

 

「……まあ、500金貨程……でしょうか…」

 

 と、とんでもない額をふっかけた。

 周りにいた貴族達は、いくらなんでもやり過ぎだと、誰もが感じている。

 

「ご……ごひゃく……」

 

 シロの顔が険しくなる。

 無理もないと、周りの貴族達もシロに同情する。

 

「あの…ブルムラシュー様、ご相談が──」

「ええ、そうでしょうとも!500金貨なんていう大金、そう簡単に支払える額ではありませんからねぇ!」

 

 妙に強気なったブルムラシュー侯の態度に、周りの貴族はもはや言葉も出ない。むしろ、ブルムラシュー侯がこの後どんな要求をするのか気になってしまう程だ。

 

 レエブン侯は、ブルムラシュー侯がやりすぎるようなら止めに入った方が良いだろうと決心する。

 相手はドラゴンの母親、下手に機嫌を損ねれば、ドラゴン達の怒りを買いかねないのだから。

 

「しかし!私も鬼ではありません。ここは1つ……私の優しさも込めて……100金貨で許しましょう!」

 

「(そう来たかw)」

「(減額しやがったw)」

「(何が優しさなんだよw)」

「(ドラゴンにビビったかw)」

「(でもぼったくる気満々かよw)」

 

 貴族達は心の中で笑う。ブルムラシュー侯も考えなしで行動しているわけではないようだが、それでも強欲心が勝っている彼の行動は、ある意味で良い見世物である。

 

 しかし、次のシロの発言で、貴族達の笑いが止まる。

 

「──いえ、500金貨でも問題ありませんが?」

「……は?」

「……え?」

 

 ブルムラシュー侯が困惑、他の貴族は、何かの聞き間違いだと耳を疑った。

 

「今……なんと?」

「ですから……500金貨でも問題ありませんが?」

 

 すました顔でハッキリ言うシロに、ブルムラシュー侯も周りの貴族達も驚きが隠せない。

 500金貨はそこそこの大金だ。

 32金貨もあれば、一般的な3人家族が3年間も慎ましく暮らせる。その10倍以上の額を、平然と『問題ない』と言い切ったのだ。

 

「支払える……という事ですか?」

「ええ。大丈夫ですが?」

「……本当に?」

「本当に」

 

 驚きを浮かべていたブルムラシュー侯の表情が笑みに変わる。

 当然の流れだ。減額する必要がなくなったのだから、ブルムラシュー侯からしてみればラッキーな展開である。

 

「──で、では、500金貨を支払って頂けるという事でよろしいですかな?シロ殿」

「ええ。それで、ブルムラシュー様に聞きたい事があります。」

「何でしょう?」

「貴方様は鉱山をお持ちだとか。なら、鉱物資源の金額にも詳しいですよね?」

「ええ……まあ……」

 

 鉱物資源に関する話題が急に出てきて戸惑うブルムラシュー侯に対し、シロは淡々と話を続ける。

 

「仮にですが──」

 

 そう言いながら、転がっていた机を片手で立て直したシロは、懐から何かを取り出した。

 

「──このインゴットを売った場合、価格は幾らぐらいでしょうか?」

 

 ゴトリッという硬くて重そうな音を響かせながら、シロが机に()()を置く。

 

「こ、これは?!まさか…!」

 

 ブルムラシュー侯が目を丸くしながら驚く。

 

「ご覧の通り、ダイヤモンドでできたインゴットです。」

「あ、ありえない!私の持つ鉱山でも、ただでさえ採掘量が少ないのに!これだけの大きさのダイヤモンドが採れる鉱山なんぞ……しかも、それをインゴットにするなんて……!」

 

 わなわなと震えるブルムラシュー侯に、シロが追い打ちをかけるように、インゴットを次々と取り出す。

 目を疑う光景に呆然とするブルムラシュー侯に、シロがインゴットを差し出す。

 

「疑うのでしたら、詳しく調べていただいても構いませんが?」

 

 渡されたダイヤモンドのインゴットを注意深く観察するブルムラシュー侯だったが、それが本物だと即座に理解する。

 

「どうやって、このダイヤモンドを……?」

「あれですよ、あれ」

 

 シロが外を指さす。

 全員が視線を向けると、王城から少し離れた場所で、いつの間にかキラキラ輝くドラゴンが二匹、空を飛んでいた。片方は白っぽく透明度があり、もう片方は金色に輝く光を反射させている。

 

「勝様が召喚なさった、ダイヤモンドドラゴンとゴールドドラゴンから剥ぎ取った……と言ったら、ご納得していただけます?」

「召喚した…?剥ぎ取った…?まさか……」

 

 レエブン侯は、床に落ちていた報告書を拾うと、とあるページを開く。それは、『竜の宝』がもつ財力に関する記述が書かれたページである。

 

「(まさか……本当にドラゴンから剥ぎ取っていたとは!)」

 

 話を聞いた時は、何かの冗談だと思っていたレエブン侯だったが、今回の件で事実だったのかと、改めて『竜の宝』のむちゃくちゃぶりに驚く。

 

「馬鹿な……ありえない…」

 

 ブルムラシュー侯は信じたくなかった。毎日毎日、炭鉱夫達を大量に雇い、苦労させながら採掘させて得ていたダイヤモンドが、あんな方法で──しかもあんな容易に──大量に得られる事が。

 

 呆然とするブルムラシュー侯とは反対に、シロはニタニタと楽しそうにしている。

 

「──それで?ブルムラシュー侯。このインゴットの値段は、お幾ら程で?」

 

 ブルムラシュー侯は改めてダイヤモンドのインゴットを再確認する。

 大きさは手の平サイズ・重さは約1kg

 計算上──1ct(カラット)が0.2gなので、このダイヤモンドのインゴットは5000ctという事になる。

 

 破格の大きさである事は間違いない。

 品質も良く、アクセサリーとしての輝きも申し分ない。

 

「……通常のダイヤモンド……市場で出回っている一般的なサイズのダイヤモンドなら、50~90金貨程で取引されています。このインゴットは、市場で出回っているダイヤモンドの1000倍を優に越えますので──最低でも5万金貨はくだらない……かと……。」

 

 5万金貨という破格の値段に、周りにいる貴族達が騒然となる。

 通常の貴族が持つ、平均的な財産の総額が約2万金貨である。エ・ランテルの都市長クラスなら3万程はあるかもしれないが。

 とにかく、(いま)目の前にあるダイヤモンドのインゴットは、それを軽く凌駕する値段なのだ。

 

 そして、そのダイヤモンドのインゴットを幾つも所有している人物、シロは──王国一の金持ちであるブルムラシュー侯が全財産を投入しても勝てない程の金持ちである、という事が証明されたのだ。

 

「5万金貨!それは素晴らしいお値段ですねぇ!」

 

 シロが嬉しそうに笑顔でそう言うと、ブルムラシュー侯の手からインゴットを取り上げる。

 

「あっ!?」

 

 5万金貨のインゴットを取り上げられたブルムラシュー侯は、即座にシロに怒鳴る。

 

「待ちなさい!それは私の──」

「──いえ!まだ私のです。私はあくまで鑑定させる為に、貴方様に渡しただけですが?」

「──ぐっ!……」

 

 悔しそうにしているブルムラシュー侯を後目に、シロはインゴットを持ってレエブン侯に歩み寄る。

 

「レエブン様──貴方様は、王派閥と貴族派閥をコウモリのように飛び交っていると聞きました。それは本当でしょうか?」

 

 何だか嫌な予感がすると、レエブン侯は感じた。

 

「…ええ、まぁ…」

「では、このインゴット5つを貴方様に預けます。」

「なっ!?」

 

 あまりの出来事に、レエブン侯は言葉をなくす。

 

「貴方様でしたら、王族と両派閥の貴族の皆様と上手く相談しながら、このインゴットを処理して下さると思います。合計25万金貨分のインゴット──よろしくお願いしますね。」

 

 レエブン侯の前に、ピラミッド型の小さなインゴットの山が出来上がる。

 

「ま、ま、待って下さい!何故私なのでしょうか?!こ、国王陛下に渡した方がよろしいと感じますが?!」

 

 レエブン侯の意見は最もな意見であった。

 ここは王城であり、目の前にランポッサ国王もいる。状況的に、国王にインゴットを渡した方が平和的なのは言うまでもない。

 

 しかし、シロの返事は淡々としていた。

 

「皆様は権力争いの真っ最中だと聞いています。ここで私が王様にインゴットを渡した場合、王様は余った資金を国民の為に使うでしょう。そうなれば、王派閥が力を増します。私は仮にも、冒険者である『竜の宝』の補佐をする人物……冒険者が、国の政治に関わるような事をするのは規約違反になりますからね。なので……どっちつかずの貴方様に渡すのが、我々的には1番都合が良いのです。理解していただけましたか、レエブン様?」

 

 レエブン侯は言い返す事が出来なかった。

 相手が財力でものを言う資産家だったのなら、ある程度交渉できる自信はあった。上手い関係を築き、王国の政治に対して裏から資金提供してもらう、といった裏取り引きも可能にできた。

 

 しかし、シロは冒険者を補佐する人物。国に関する政治に手を出せない相手である。さらに、本気になれば国を破壊できる『破壊の権力』を所持している人物でもあるのだ。

 その相手から、争いが起きないよう気をつかわれたのだ。

 

「──…はい。ありがとうございます、シロ殿…」

 

「それはよかった!では、私は勝様の元に帰らせていただきます。国王陛下、今日は本当に申し訳ありませんでした!貴族の皆様も、本当に申し訳ありません。」

 

 常に礼儀正しくしながら、ペコペコと頭を下げた後、シロはバルコニーへ向かう。

 

「では、失礼します!」

 

 シロがバルコニーの手すりからジャンプする。

 飛び降り自殺にも等しい行ないをしたシロの行動に、部屋にいた人間達が驚いた瞬間、上からブラックが現れて、シロを両手で掴むと、そのまま飛び去っていった。

 

 静かになった部屋で、レエブン侯はしばらくダイヤモンドのインゴットを見つめた後、部屋いた皆に語りかける。

 

「ひとまず皆様、このインゴットの処理と『竜の宝 』の今後に関する話し合いを続行しませんか?もちろん、悪口は無しでお願いします」

 

 




ダイヤモンドのインゴット……値段を高くしすぎた感がするのは私だけですかね(笑)


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第8話 王都─その6

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──『竜の宝』の拠点・闘技場──

 

 

「ふー……やっと一息つける」

「お疲れ様です、ご主人様」

 

ブラックから手渡された飲み物を飲みながら、『竜の宝』の〔デュラハンの勝〕兼〔補佐役のシロ〕は椅子にもたれ掛かる。

 

午前中にガゼフ達の鍛錬に付き合い、昼にガゼフ達に昼食をご馳走、その時王城にちょっかいを出していたヤマタノオロチの後始末と貴族達への自己紹介を終えた後、ガゼフ達と『蒼の薔薇』にも新しい名前を説明した。そのまま再び鍛錬に付き合い、夕方になってようやくガゼフ達は去って行った。

 

「……まったく……ヤマタノオロチのせいで、またややこしい役を増やすハメになった」

「申し訳ございません……」

 

シロが零した愚痴に、ヤマタノオロチが8つの頭を地面スレスレまで下げながら謝罪する。

 

「私の悪口くらい聞き流して構わん。今はまだ、全ての人間達から信頼を得ているわけではないからな。私達の事を悪く言う輩がいてもおかしくないのは当然だろうに……」

「はい……早計でした……」

「……はぁ〜……」

 

シロが吐くため息に、ヤマタノオロチがますます頭を低くする。

 

「(しかし、ヤマタノオロチが貴族を脅したのは、貴族達が私の悪口を言ってたからだったな。それが許せなかったから、あんな行為をした……。『私の為』にした行為を叱るのも後味が悪い……)」

 

うなだれているヤマタノオロチが可哀想に思えて罪悪感を感じたシロは、ヤマタノオロチに手招きして近づくように指示する。そうして近づいたヤマタノオロチの頭に優しく片手を当てて撫でてあげる。

 

「……とは言えだ──」

 

少しだけ恥ずかしそうな表情をしながらヤマタノオロチの頭を撫でるシロ。ヤマタノオロチの頭の一つ一つを丁寧に撫でつつ、そっとヤマタノオロチに耳うちする。

 

「──私の為にありがとな、オロチ」

 

シロから囁かれた言葉の意図を理解したヤマタノオロチが、全ての頭の先っちょをシロの体に擦り寄せる。

ヤマタノオロチからしてみれば、シロの体はとても小さい。うっかり押し潰してしまわないように、細心の注意をはらう。

 

いつまでも撫でてもらいたい──そう思わずにはいられない程、主人の手で撫でられる感覚が心地よかったヤマタノオロチは、シロが撫でるのをやめるまで、その感覚を堪能した。

 

 

 

 

ヤマタノオロチを充分に撫でてやった後、今日の残りの時間をどうしようかと思案するシロ。その時、不意に〈伝言(メッセージ)〉が送られてくる。

送信者はデミウルゴスである。

 

「私だ」

『─リュウノ様、お忙しい時に失礼します─』

 

別に忙しくしていた訳ではなかったが、デミウルゴスなりの気遣いだったのだろう。そんな事を思いながら、デミウルゴスの会話に再び意識を向ける。

 

『─捕虜の尋問が終了しました。スレイン法国に関する情報がある程度集まりましたが……今後の予定はどの様になさいますか?─』

 

捕虜からスレイン法国の情報を入手してから、スレイン法国に攻める時期を決める、そう伝えていた事を思い出す。

 

「……そうだな……一度ナザリックに帰還してから、集まった情報を確認させてもらうとしよう。できれば、アインズやウルベルトさんも呼びたいが……」

 

集めた情報の内容しだいでは、スレイン法国に攻め込むのを中止する事も考えなくてはならない。そういった判断は、用心深いアインズに任せるのが1番良い。

しかし、アインズ達も冒険者として活動している身だ。こちらの都合で連れ回す訳にもいかないのだが──

 

『─それでしたらご安心を。アインズ様とウルベルト様は既に、今日の冒険者活動を終えて帰還なさってます─』

 

──いらぬ心配だったようだ。

あの二人も交えて話し合うか。

 

「そうか。なら、二人にも伝えておいてくれ」

『─畏まりました。では、後ほど……─』

 

デミウルゴスとの〈伝言(メッセージ)〉が切れる。

シロは飲み物を一気に飲み干すと、ブラック達に留守番を命じる。

 

「(……1日くらいのんびりしたいなぁ……)」

 

人間の時に限って、ゆったりしようとするとイベントが起きる──そうな風に思いながら、私はレッドに転移の魔法を使用するよう命令を出したのだった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

ナザリックに帰還したシロは、一旦体を洗う為に入浴を済ませ、黒い軍服に着替える。〔補佐役のシロ〕から〔人間のリュウノ〕へと切り替え、アインズの執務室に向かった。

 

アインズの部屋の前に着くと、伴っていた一般メイドが扉をノックし、部屋の中にいたメイドと確認を取り合っている。部屋の中に居るアインズに私が来た事を報告しているのだろう。そうして直ぐに扉がメイド達によって開かれる。

開かれた扉をくぐると、椅子に腰掛けたアインズとウルベルトさんが見えた。アインズの背後にはアルベドとシズ、ウルベルトさんの背後にはデミウルゴスとユリが立っている。

それと、部屋の扉の脇に当番メイドが2名。おそらく片方は、ウルベルトさんの担当のメイドだろう。

 

「お待たせー」

 

軽く手を振りながら部屋に入る。

 

「ご苦労様です、リュウノさん」

 

私が来た事を目視で確認したアインズは、普段の支配者らしい口調ではない、嬉しそうな声で労ってくれた。こっちも2、3日ぶりに会う為、アインズの声が懐かしく感じる。

一方、ウルベルトさんは、私と同じ仕草で返してくる。

 

一緒に入室した一般メイドと私の身辺警護に就いていたエントマは、扉の脇まで移動して待機状態になる。それを気配で感じ取りながら、アインズ達がいる場所へと移動する。

その時、部屋の天井や天井近くの壁から複数の気配が感じ取れた。姿は見えないが、数は7体。

 

天井に潜んでいる者達の正体は、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)と呼ばれる49Lvの虫のモンスターである。

人間大の大きさで、忍者服を来た黒い蜘蛛のモンスターであり、体を透明にする事ができる。

金貨消費の召喚で呼び出す事が可能で、ナザリックには15体がコキュートス配下で配置されている。そのうちの7体がアインズの身辺警護に就いている。

 

「(…毎度のことながら警備が厳重だな。アインズの部屋は…)」

 

そんな事を思いつつも、天井に潜んでいる者達を何事も無かったように無視しながら、アインズの方へ歩み寄る。

アルベド達やメイド達が、入室した私にお辞儀をするのを視界の端に捉えながら、アインズの隣に静かに腰を下ろす。

それを合図に、会議が始まる。

 

「では、デミウルゴス。捕虜から入手した情報を教えてくれ」

「畏まりました、アインズ様」

 

デミウルゴスが得たスレイン法国の情報は、主に軍部の戦力、国の社会、六大神に関する事などであった。

 

スレイン法国には、『六色聖典』と呼ばれる六つの特殊工作部隊が存在し、その部隊はスレイン法国が信仰する六大神と呼ばれる神達を信仰しており、神1人につき1部隊ごとで分けられている、との事らしい。

 

カルネ村で私を襲った部隊は、〔闇(死)を司る神・スルシャーナ〕を信仰している『漆黒聖典』と呼ばれる部隊であり、『六色聖典』の中では最強の部隊だったらしい。

漆黒聖典は本来、六大神が残した世界級アイテムの守護を基本任務としている部隊だそうだが、その世界級アイテムを使用して、世界の脅威になる存在の討伐・支配&確保も任務にしているという事らしい。

 

「世界級アイテム……これがもし、ワールドアイテムの事を指すのなら、『傾城傾国』以外のワールドアイテムもあるかもしれないな」

「その可能性は充分ありえますね。リュウノさんを狙った連中──漆黒聖典のメンバーが着ていた装備品も、かなりレア度が高いものばかりでしたし。ですが……──」

 

アインズが言おうとしている事は、なんとなく察しがつく。

 

スレイン法国はデュラハンを『世界の脅威になる存在』として認識し、漆黒聖典にデュラハンの討伐・支配を指示したのだろう。

しかも、世界級アイテム──ワールドアイテムを身につけた老婆を部隊に組み込んでまで。

 

これだけを見れば、スレイン法国がデュラハンをどうにかしようと本気で行動していたように見える。

しかし、拭いきれない疑問が一つある。それは──

 

「──…わざわざワールドアイテムまで持たせておいて、あの弱さが理解できません。私だったら、もっと強い下僕に装備させますね」

 

アインズの言う通りだ。ワールドアイテムを所持していた漆黒聖典は、100Lvのプレイヤーを相手にするには、あまりにも弱すぎたのだ。別の言い方をするなら、『装備品だけは強かった』である。

自分が重傷を負ったのも、奴らの隊長が持っていた武器の特殊性能によるものだ。

油断していたとはいえ、あそこまでダメージを受けるとは思ってもいなかった。

 

「同感ですね。あれをナザリックで例えるなら、プレアデスにワールドアイテムを持たせてる様なもの。みすみすワールドアイテムを敵に渡しに行くような……そんな馬鹿な真似をプレイヤーがするでしょうか?」

 

ウルベルトさんの疑念は最もである。

 

スレイン法国が神と崇める『六大神』──それが仮にプレイヤーだと考えるなら、スレイン法国には最悪6人のプレイヤーが居る事になる。集団で居る事から、我々と同じようにギルドごと転移した可能性が高い。

 

ワールドアイテムまで所持しているプレイヤー集団となれば、生半可な相手ではないはずだ。そんな奴らが、こんな間抜けな作戦をとるとは思えない。

 

「……その六大神ですが──」

 

ウルベルトの疑念に答えるべく喋りだしたデミウルゴスに、支配者3人の視線が集まる。

 

「──捕虜からの情報では、その六大神は600年程前に現れたそうです。そして、6つの神の内……5つの神は、500年程前の時代の時点で既に死んでいるそうです」

 

「「「500年前!?」」」

 

リュウノも含め、アインズとウルベルトが驚愕の表情を浮かべる。

 

「これはまた、厄介な情報が入ったなぁ……」

「六大神がプレイヤーなら、我々とは違う時間軸に転移したプレイヤーが他にも居るという事が……──」

「……なるほど。だから神として崇拝されて……──」

 

リュウノは天井を仰いで嘆き、アインズは顎に手を当て思考の世界へ、ウルベルトは腕を組みながらブツブツと呟く。

 

ナザリックの支配者達が独自の反応を見せていた時、アルベドがデミウルゴスに質問を投げかける。

 

「それでデミウルゴス、残りの1神はどうなったの?」

 

アルベドの質問の内容を聞いて、アインズ達は我に返り、再び会議に集中する。

 

「残りの1神ですが……なんでも、他の神々が寿命などで死にゆく中、その神は生き続けていたそうです。が、八欲王と言う者達によって500年程前に殺害された……あるいは放逐された等、諸説あるそうです」

「諸説ある?死んだかどうかハッキリしていない、という事か?」

「はい。捕虜の話では、最後の1神は〔死を司る神・スルシャーナ〕という名前のアンデッドだそうです。特徴としましては──」

 

デミウルゴスがスルシャーナの特徴を述べていく。

 

スルシャーナは、闇と一体化するほど大きい漆黒のローブを纏い、光り輝く杖を持った、髑髏に僅かな皮を貼り付けたような姿らしい。

 

その特徴を聞いた時、リュウノとウルベルトがアインズを見つめる。

 

「……いや…まさかね?」

「……ふむ…ないとも言えませんが……」

「……な、何でしょうか?二人とも私を見て……」

 

アインズを見つめた後、なんとも言えない表情で互いに見つめ合うリュウノとウルベルト。その二人の仕草を不思議に思うアインズは、困惑した雰囲気で二人を交互に見ている。

 

リュウノが想像したのは、スルシャーナがアインズと同じ『死の支配者(オーバーロード)』という種族なのではないか、という考えだ。

ユグドラシルにはたくさんのプレイヤーが居る。自分達と同じ種族のアバターでプレイしていたプレイヤーが居てもおかしくはない。

それだけではない。装備品も、用途や目的によってバランスや性能を重視していくと、同じ装備品になる場合もあるのだ。

 

アインズの装備品のほとんどは神器(ゴッズ)級であり、簡単に真似できる様なものではない。

しかし、外装のデータクリスタルを弄れば、性能はともかく外見だけでも真似る事は可能なのだ。

 

ギルド・アインズ・ウール・ゴウンは大手掲示板サイトに『DQNギルド』として載る程、ユグドラシルでは有名なギルドだった。ギルドメンバーのほとんどが、裏掲示板などに画像付きで装備品が勝手に晒されていたりする程だ。

 

それらの情報を元に、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーの種族や装備品を真似するプレイヤーも居たりしたのだ。

また、それを利用し、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーに、あらぬ罪をきせる模倣プレイヤーも居たりしたものだ。

無論、こちら側も似たような事をやって、敵ギルド同士を仲間割れさせたりする戦略もやってはいたが。

 

「その死を司る神がアインズさんと同じ種族かもしれない、そう思っただけですよ」

「な、なるほど……私と同じ……」

 

困惑していたアインズが、ウルベルトさんからの説明を受け、納得する。

その時リュウノが「あ、そうだ!」と声を上げる。

 

「いい事を思いついた!捕まえたスレイン法国の捕虜に、アインズの姿を見せればいいんじゃね?それでもし──」

「なるほど!」

「流石リュウノ様!」

 

頭の中で思い付いた事を語ろうとしていたリュウノの言葉を、デミウルゴスとアルベドの二人が突如、声を発し遮った。

アインズとウルベルトは、「また始まったよ…」と言わんばかりの様子でデミウルゴス達を見ている。

デミウルゴス達の反応に、リュウノは訳が分からないままである。

 

「──え?」

「リュウノ様の素晴らしきご推察…このアルベド、しかと理解しました」

「──は?」

「たったあれだけの情報で、そこまでお考えになられるとは……このデミウルゴス、感服せざるを得ません!」

「──ちょ、何を言って……!──」

 

勝手に深読みし、勝手に納得するNPC二人。二人がどんな考えに至っているのか、まったく分からないリュウノは、二人に質問してどんな風に解釈したのか尋ねたかった。のだが──

 

「ほう!お前達も、私達と同じ考えに至ったか!流石はナザリックの知恵者二人だ!」

「──は?!」

「デミウルゴス、アルベド、お前達が辿り着いた考えが、私達と同じものかどうか確認したい。念の為、説明してくれるかな?」

 

アインズとウルベルトの華麗な連携プレーが炸裂する。

 

アインズとウルベルトにとって、デミウルゴスやアルベドが勝手に深読みして、とんでもない考えに至るのは、最早いつもの事となりつつある。

その際、至高の御方であるアインズ達も同じ考えに至っていると、デミウルゴス達は勝手に解釈するのだ。当然、支配者として君臨しているアインズ達は、その評価を落とさないように振る舞わないといけない。

自分達が理解できていない事を悟られないように、知ったかぶりを演じる技術を鍛えたアインズ達は、毎回この手で切り抜ける技を身につけたのだ。

 

今回も、支配者としての評価を落とさないように知ったかぶりを演じ、NPC達のリュウノへの評価を保持&デミウルゴス達の考えを探るという華麗な技を瞬時にやりこなしたのだ。

 

だが、肝心のリュウノは理解できていない。

スルシャーナがアインズとそっくりなのかどうか、スレイン法国の捕虜に確認したかっただけという、単純な思い付きを言いたかっただけだったのだが、アインズ達のせいで勝手に話が進んでしまったのだ。

しかも、自分だけが置いてけぼりにされているような感覚を味あわされた気分である。

最早聞き返すタイミングを逃したリュウノは、仕方なく話の流れに合わせる事にした。

 

「では、失礼ながら言わせていただきます。(わたくし)の考えとしましては──」

 

デミウルゴスの考えを短くまとめると、スレイン法国が信仰している〔死を司る神・スルシャーナ〕をアインズに置き換え、そのまま神に仕立て上げるという考えであった。

アインズがこの異世界で神として認知されれば、多くの人間達がアインズに平伏すだろう。そうデミウルゴスは思っているらしい。

 

アルベドも似たような考えに至っており、アインズが神として認知されれば、スレイン法国の神として、スレイン法国を支配できるのではないかと思っている。

 

「フフッ……流石、ナザリックの知恵者二人──」

 

ウルベルトは、自分に妙な役が舞いおりずに済んだ事にホッと安心する。そのまま話を流して、知ったかぶりを演じる。

 

「──私とアインズさん、そしてリュウノさんの我々3人の考えを即座に理解するとは!」

 

褒め称えるウルベルトの言葉に、「ありがとうございます」と言いながら頭を下げる知恵者二人。

 

「oh......」

 

対して、とんでもない大役をやらされる事を理解したアインズは、知ったかぶりを演じた自分を後悔していた。知ったかぶりを演じた事で、自分自身もその考えを実行するつもりでいたと、NPC達の前で宣言したのと同じ状況をつくってしまったのだ。

無論、スレイン法国の人間達の前で神の演技をやる自信も覚悟もなかったアインズは、不安な気持ちでいっぱいいっぱいである。

 

一方リュウノは、そんなアインズの気持ちなんぞそっちのけで真面目に話を進める。

 

「アインズを神にするのは別に構わんが──」

 

リュウノの言葉に、アインズが「(えっ?!構わないの?!)」という驚きを見せるが、骸骨の顔だった為、誰にも気づかれない。

 

「──スレイン法国の捕虜の反応をまず確かめるべきだろ?デミウルゴス、捕虜の様子はどうだ?覆面男と…えーと、そう!クレマンティーヌだったか?あの二人は無事なんだろうな?」

 

覆面男の尋問はアインズとウルベルトがやる事になっていたので、問題はないだろう。

しかし、クレマンティーヌの尋問はデミウルゴスに任せてある。悪魔であるデミウルゴスがまともな尋問をするはずがないと、リュウノは理解している。

拷問など、痛みをともなうやり方で吐かせたに違いないと予想していた。

 

だが、結果は意外な結末だった。

 

申し訳なさそうにアインズが報告したのは、覆面男が尋問中に死亡したという結果だった。

何故死んだのか問うと、覆面男には対尋問用の魔法が施されており、特定の条件下──例えば、拘束状態や支配の魔法などで無理やり情報を聞き出そうとした場合、三回質問に答えると即死する魔法が付与されていたのだ。

 

これにより、覆面男からの情報引き出しは不可能になった。だが、もう1人の捕虜──クレマンティーヌには、対尋問用の魔法は施されていなかった。その為、クレマンティーヌからスレイン法国の情報を聞き出す事になったらしい。

 

つまり、今まで出たスレイン法国に関する情報のほとんどは、クレマンティーヌから聞き出した情報という事だ。

 

デミウルゴスが、クレマンティーヌに関する結果を報告し始める。

 

「あの人間ですが……拷問部屋に飾ってあった様々な拷問器具を見て怖気付いたようでして、拷問前からありとあらゆる情報を吐いてくれました」

「そうか。なら、クレマンティーヌは拷問を受けてないのか?」

「いえ、嘘をついている可能性もありましたので、全ての情報を喋ってもらったのち、拷問にかけました」

「(やっぱり拷問したのかw)」

 

予想はできていたが、デミウルゴスの判断は間違いではない。

あらゆる作戦において、情報はとても大切である。どれが真実で、どれが偽物かを見極める必要がある。嘘の情報に踊らされない為にも、念入りに情報を集める必要がある。

 

「どんな拷問をしたのかな?教えてくれ、デミウルゴス」

 

デミウルゴスの拷問内容が気になったのか、ウルベルトが詳細を聞きたがる。

 

リュウノとしては、あまり聞きたくない内容ではある。

しかし、そのリュウノの気持ちに反して、悪魔二人の顔は、まるで面白い話を聞くような笑みで満ちている。

 

「はい。まず1日目ですが、女性用拷問・初級コースから始めました」

「拷問に女性用とかあるの!?」

 

いきなりやばそうなワードが出てきた事に、リュウノは嫌な思いにかられる。

 

「まず、爪を剥ぎ取る拷問から開始しました。人間には爪が20個あります。1枚剥ぐ度に、『やめて、やめて』と泣き叫ぶ彼女の顔はとても素晴らしいものでした」

「うわぁ……」

 

拷問の様子を想像する。きっとデミウルゴスは、泣き叫ぶ彼女を見て、楽しそうな笑みを浮かべていたに違いない。

 

「爪を剥いだ後、熱湯に指先を浸す拷問、指先を火で焼く拷問、指先をハンマーで叩き潰す拷問などを行いました」

「指先ばかり攻め過ぎだろ!しかも、だんだんエグくなってるし!」

「初級コースですので☆」

「初級って、そういう意味かよ!」

 

 

 

「それでデミウルゴス、中級コースはどんな拷問なのかな?」

「聞かなくていいよ!」

「はい。2日目の中級は、指先だけではなく、身体全体に痛みを与える拷問になります」

「うわぁ……ここから本格的なヤツか…」

 

「まず──熱々に熱した鉄棒の先端を、うち太もも、二の腕の内側の肉などに押し付ける拷問から始めました」

「いきなりエグい!」

 

「次に──脇や膝裏、脇腹や下乳にも押し付けました」

「痛い痛い!絶対痛い、それ!」

 

「最後は、女性器に差し込み──」

「やめてぇぇ!それ以上は言わないでぇぇ!」

 

 

 

 

「それでデミウルゴス、3日目の上級コースはどんな拷問なのかな?」

「なんで嬉しそうなんだよ!お前は!」

「はい。肉体へのダメージだけでなく、精神にもダメージを与える拷問になります。」

「精神にも……?」

 

「まず、エントマと恐怖公に協力を仰ぎ──」

「あー、もうダメだ。予想ついた……」

「──ゴキブリ、ムカデ、ゲジゲジ、ヒル、ミミズなどの害虫がたっぷり入った大きな箱の中に、捕虜を縛ったまま放り込みました」

「ヒェェー……私だったら、これで精神が壊れてるわ……」

「捕虜には、気絶と睡眠防止の魔法を付与してから放り込みましたので、1秒たりとも無駄なく虫地獄を味わってくれた事でしょう!」

「なんという……」

「あ!物理的にも味わえるように、口が勝手にムシャムシャする魔法も付与しました。」

「いや、酷すぎでしょ!」

「いやぁ〜……彼女の口が虫達を噛み潰す時の音と、その感触を感じて絶叫する彼女の悲鳴は……はぁ〜……最高の芸術でした……」

「最早、情報を聞き出すつもりがねぇよ、この悪魔!」

 

 

 

「──という訳で、一応捕虜は無事です☆」

「いや、精神的に死んでるでしょ、それ?!」

 

おぞましい程の数々の拷問に、捕虜が耐えきったとは思えない。逆に、それだけの拷問を受けて耐えていたら、クレマンティーヌの精神が凄まじく強い事になる。

 

「ひとまず、捕虜は無事という事ですし、後でアインズさんと会わせましょう。拷問の結果、得られた情報はありましたか?デミウルゴス」

 

拷問の話を楽しそうに聞いていたウルベルトが、結果の報告を尋ねる。

 

「はい。スレイン法国には、最強と呼ばれる女が居るそうです。名を──『絶死絶命(ぜっしぜつめい)』と、言うそうです」

「ぜっしぜつめい?何だか中二病臭い名前だな……」

「プレイヤーか、もしくはNPCである可能性が高いですね。要注意人物にしておくべきでしょう」

 

その後、スレイン法国に関する情報が幾つも報告されたが、目を引く内容はあまりなかった。

話し合いに夢中になっていたせいか、気付けば時刻は夜の9時。三時間以上も語り合っていた。

 

アインズやウルベルトと違い、人間であるリュウノは疲労する。それに夕飯もまだである。

 

「すまん、腹が空いた。私はもう抜けるから…二人とも、後の事は任せていいか?」

「ええ。大丈夫ですよ、リュウノさん」

「デミウルゴスの魔王軍の強化も、もう少し時間が欲しいですし。焦る必要もありませんから、のんびりしてていいですよ」

「ありがとう。んじゃ、お疲れ様」

「「お疲れ様です」」

 

 

部屋から出て、欠伸をしながらナザリックの食堂を目指すリュウノ。

時間的に遅いが、ナザリックの支配者の1人である自分が空腹だと言えば、料理長は喜んで作ってくれるだろう。

 

そんな事を考えていたリュウノに突如、ブラックから〈伝言(メッセージ)〉が入る。

 

『─ご主人様、来客が来ました。いかが致しましょう?─』

「相手は誰だ?」

『─昼間訪れていた、クライムという人間です─』

「用件は?」

『─ラナー王女が、()()()に会いたいとの事で、王城に来て欲しいと……─』

「ラナー王女が?」

 

こんな時間に何故?という疑問符を浮かべながら、リュウノは考える。

 

「(行くべきだろうか?罠という可能性も…。しかし、よりにもよって王女からの申し出……断る方が失礼か……」)

 

返事を待つブラックに、リュウノは告げる。

 

「わかった、すぐ行く」

『─畏まりました─』

 

お腹が食事を要求してくるが、王女を待たせる訳にもいかない。

リュウノは渋々と、レッドに〈転移門(ゲート)〉を繋げるように命令するのだった。

 

 



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第9話 王都─その7〔会談1〕

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「……おい、あれ…昼間の……」

「……ああ…『竜の宝』のところの……」

 

警備している兵士達のヒソヒソと話す声が聞こえる。

常人では聞き取れないくらいの、呟きにも等しい囁き。しかし、普通の人間ではない私には聞こえてしまう。

 

テイマー(調教)職を身につけている私は、森などに住む様々な動物やモンスターの鳴き声を聞き分ける事に長けている。小鳥や小動物の鳴き声でさえ、私の耳は捉えるのだ。人間が放つ声など、まるでイヤホンを付けて聞いてるのと同じくらいはっきり聞こえる。

 

しかしだ。こういう行為は、レンジャー(野伏)職やアサシン(暗殺)職を身につけた者でも可能だろう。

簡単に言えば、周りの音を聞く事に敏感な者なら、彼らのヒソヒソ声もはっきりと聞こえるのだ。

 

 

そしてまた、別の声が聞こえる。今度はおそらく貴族だろう。

 

「……何故また、()()()が来ているのかね?」

「……ラナー殿下がお呼びになられたそうだ…」

「……王は知っているのか?誰か知らせるべきでは?」

「……よせ、()()やめたほうがいい。今回はレエブン侯も関わっているらしいぞ。余計な真似はしない方が…」

「……そうですね。()()関わらない方が良さそうですね……」

 

明らかに、私を避けようとする声が聞こえる。

 

「(デュラハンの時より酷くないか?!そこまで嫌われるような事をした憶えはないのだが……)」

 

いくらドラゴンに脅されたとはいえ、ここまで避けられるとは思わなかった。

 

「(それとも…彼らが貴族だから、こういう反応なのだろうか?)」

 

一般人と貴族では、在り方が違うのは理解している。物や人物に対する価値観や見識も違うだろう。学んできた知識や教育も違うだろう。

 

──だから()()も違う。

 

では──元々一般人である私は、どう振る舞うべきなのだろうか?

 

偉そうにするべきか?──違う。

では、畏まるべきか?──それもちょっと違う。

 

相手が王女なら?尊大に接するのは失礼だ。

──はたして本当にそうだろうか?

 

相手は王女だ。謙虚に接して機嫌を取る方が良い。

──はたして本当にそうだろうか?

 

 

私はアダマンタイト級の冒険者(の補佐役)だ。

──しかし、身分は平民と同じだ。

 

私はドラゴンの母親だ。(という事になってしまっている)

──しかし、子供(竜)の方が(雰囲気的に)強い。

 

周りに居る貴族達が羨む程の金持ちでもある。

──しかし、全てが金で解決できる訳ではない。

 

 

では、もう一度最初に戻る。

 

私はどう振る舞うべきなのだろうか?

 

 

 

 

ラナー王女の近衛兵──クライムに連れられて案内された場所は、王城内にある広い会食会場だった。

 

いくつもの豪華なラウンドテーブル、豪華な椅子、そして豪華な食事に沢山の貴族達。

そんな──まるでパーティーでもしている様な状況の中、私は椅子に座り、王女が来るのを待っている。よりにもよって、1番目立つ中央のラウンドテーブルの席でだ。

 

オマケに──念の為、また白い軍服に着替えたのが仇となった。明らかに目立ちすぎている。周りに居る貴族の服とは浮いている格好の為か、あちらこちらの人間達の視線を集めてしまっている。

 

「(普通、話し合いをするなら部屋だろ!何故こんな目立つ場所なんだ!というか、早く王女か誰か来てくれないものだろうか。1人だと気まずいのだが……)」

 

直ぐにラナー王女に会えるものだと思っていたのだが、案内されたのは会食会場であり、しかも王女本人は支度にまだ時間がかかるとの事。

案内したクライムも──『ラナー様が来るまで、まだお時間がありますので、食事でもしながらお待ちください』と、言ったっきり会食会場を出ていって帰って来ない。

 

周りを見れば、ワイングラスを片手に立ったまま会話している貴族ばかりで、私を除けば席に着いている者は1人も居ない。まさしく私だけが浮いている。

 

「(今さら立ち上がるのもなぁ……気まずいしなぁ……それに、私はあまり酒が飲めないし……)」

 

目の前のテーブルの上に視線を伸ばす。自分が座っている席のテーブルの上には、高価そうなワインやお酒などの酒瓶が幾つも置いてある。

 

現実世界でもそうだったが、私は酒に弱いのだ。故に、お酒はできる限り飲みたくない。

対毒耐性を備えているので、仮に酒を飲んでも酔わずに済む。しかし、それでも飲みたくないのだ。

 

原因は私の酒癖だ。飲むとすぐに酔っ払ってしまい、タガが外れて暴走する。具体的に言うと、喋れない私は他人に絡む事ができない。故に、それを払拭する為に、酔っ払った勢いで暴飲暴食に走る傾向がある…らしい。

ちなみに、私の酒癖の悪さを指摘したのは──当時、私が務めていた動物園の職員達だ。

閉園直後、当時の園長による計らいで行われた飲み会。動物園に務めていた職員達を集めて、今まで頑張って働いて動物園を支えてくれた事などを労う為の飲み会だった。

しかし、動物園が閉園して、大好きだった動物達と触れ合えなくなった私はやさぐれていた。それも相まって、暴飲暴食じみた行為にでてしまったのかもしれない。

 

とにかく、その時のイメージが強く残っているせいか、あれ以来、酒は避けている。

どのみち今の私の体は未成年だ。体に悪い飲み物である事に違いはない。

 

 

という訳で、私はラナー王女を待ちつつ、テーブルにあった果実水(ジュース)をチビチビ飲んでいる。

ここがナザリックなら、豪快に飲んでいただろう。しかし、他人の家で、しかも貴族達の居る場所でそんな下品な真似もできない。

 

というか、私は貴族流のマナーや格式を知らないのだ。自分が知らず知らずのうちにみっともない真似をして周りから笑われたりしてないか心配で仕方がないなのだ。だからこうして大人しくしている。

 

 

待ち始めてから30分──未だに誰も来ないし、話しかけても来ない。

 

空腹なお腹がさらに食事を求めてくる。

目の前には、食べてくれと言わんばかりの豪華な料理があるのだが、怖くて手が出せない。

これから王女が来るという事は、自分と同じテーブルで食事をするかもしれないという事。であれば、目の前の料理も、王女の為に用意された物であるかもしれないという事だ。

その料理を私が先に食べるのはマナー違反というか、貴族や王族の流儀に反する気がするのだ。

 

それに、女の子が支度に時間がかかるのは当たり前だ。着ていく服や髪型で悩んだり、化粧で時間がかかる事だってある。

ラナー王女も年頃の女の子、そういう事に時間がかかっても仕方のないはずだ。ましてや王女なら、なおさら時間がかかってもおかしくない。

それに、王女が平民の機嫌を考えるはずがない。

どれだけ時間がかかろうとも、平民側は我慢しなくてはならないのだから。

 

だが──呼び出したのは向こう(王女)だ。

こっちにだって我慢の限界というのがある。

 

ちょうど、貴族に飲み物を運んでいたメイドが近くを通ったので、声をかけてみた。

 

「…あの──」

「は、はい!な、なんでしょうか…?」

 

やけにオドオドした雰囲気で返事を返してくるメイド。もしや、私を恐れているのだろうか?

 

「──…あー…ラナー王女はまだ、準備に時間がかかるのでしょうか?」

「は、はい!まだ少々、お時間がかかります!も、もう少しお待ち下さい!」

 

私の質問に対し、早口で返すメイド。

その様子は決定的だった。このメイドは、私を完全に恐れている。

 

「…そ…そうですか…わかりました」

「も、申し訳ありません!で、では、失礼します!」

 

そう言って、逃げるように立ち去るメイド。

もしや、昼間の騒ぎの現場に居たメイドだったのだろうか?だとしたら、私から逃げるのも納得がいくのだが。

 

そう思いながら、周りを眺めていた時だった。

先程のメイドが、会食会場から出ていくのが見えた。そして、入れ替わるように別のメイドが入ってくる。

 

「(交代の時間か?……私を恐れて逃げた……という訳じゃないよな?……まさかな…)」

 

退屈すぎて、ついついそんな事を考えしまうが、改めて考え過ぎかなと、自分に自問自答する。

 

「(…よし!後30分……後30分だけ待とう。それで誰も来なかったら帰ろう。いくらなんでも待たせ過ぎだ!向こうが呼び出しておいて準備ができてないなんて、いくら王女様だからってワガママ過ぎる!)」

 

シロはそう決意し、再び待つのだった。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「ラナー殿下、そろそろ行った方が良いのでは?」

 

不安気に口を開いたのは、ラナー王女の部屋で席に着いていたレエブン侯である。

レエブン侯の隣の席には、既に支度を終え、ゆったり果実水を飲んでいるラナー王女の姿と──

 

「私もレエブン侯と同じ意見よ。流石に待たせ過ぎよ…」

 

──レエブン侯と同じく、不安気な表情をしたドレス姿のラキュースの姿があった。

 

「大丈夫ですわ、二人とも。私の予想通りなら、そろそろメイドが来るはずですわ」

 

特に焦る様子もなく、まるで全てが想定通りだという面持ちでいるラナー。

逆に、その様を見ているレエブン侯の額からは、彼が落ち着いていられない様子を表すように、汗が滲み出ている。

ラキュースも少しだけ落ち着きがなくなり始めており、姿勢を何度も入れ替えている。

 

「しかし、相手はドラゴンの母親です。普通の人間と同じと思うのは……」

「危険だと……そう思うのですか、レエブン侯?」

「いえ……ですが、わざわざ余計なリスクを背負う必要もないかと思いますが?」

「そうよ。普通に会って話せば良いだけじゃない。いくらシロさんが優しいからって、これはあんまりじゃない?」

 

ラナーの説得を試みる二人だが、ラナーは依然として動こうとしない。

 

すると──ノックの後、部屋の扉が開き、メイドが入ってくる。

 

「失礼します!王女様、お客様が──」

「──言わなくて大丈夫ですわ」

「──え?」

 

先程までの真剣な表情とはうって変わり、優しげな笑を浮かべた──いつもの王女としての表情に変えたラナーが、メイドの言葉を遮る。

 

「それよりも、聞きたい事がありますの」

「──え、あ、はい!」

 

報告を途中で遮られた事に、報告に来たメイドは困惑するものの、慌てて返事を返す。

 

「お客様は食事をお食べになったのかしら?」

「……いえ、果実水だけをお飲みに…」

「……そうですか…では、仕方ありませんわね…」

 

少しだけ、考える仕草をするラナーだったが、直ぐに元の姿勢に戻す。

 

「お客様をこちらに案内して下さる?」

「か、畏まりました!直ぐにお呼びいたします!」

 

メイドが退室するのを見届ける一同。

メイドの足音が遠ざかるのを確認したラナーの表情が、再び真剣なものへと切り替わる。

 

「……多少、お酒を飲んでくれていれば、口が軽くなってくれたかもしれませんが……意外に手堅い方ですわね」

「まさか…その為に、シロ殿を待たせたのですか?」

「少しでも、()()()()()()()()()()なればと思っただけです。特に深い意味はありませんわ」

 

"情報を聞き出しやすくする為"と、言い放つラナーに、レエブン侯は眉を顰める。

 

ラナーは王女である。そして、これから会う相手は冒険者の仲間であり、ドラゴンの母親でもある。通常なら、第三王女であるラナーが対面して話すような相手ではない

しかし、王女には、貴族であり、アダマンタイト級冒険者でもあるラキュースと友人である事が周囲の人間達には知れ渡っている。

それに加え、冒険者に対する報奨金の支払い政策の立案をしたのも王女であり、『竜の宝』を冒険者として認める手続きにも率先して王女が関わっている。

 

簡単に言えば、王族の中で1番冒険者と関わりを持っている人物である、という事だ。

 

しかしである。貴族として品があるラキュースはともかく、冒険者と関わりを持とうとする王女に対する周りの貴族達からの評価は悪い。

基本的に冒険者の身分は平民がほとんどである。王族や貴族達からしてみれば、下品な者達の集まりにしか見えない。そんな者達と関わりを持とうとする王女を、『変人』に例えたり、何を考えているか分からないと、後ろ指を指す者達も居たりするのだ。

 

なので、本来なら王女は冒険者達との関わりを持つべきではないのだ。

だが、そんな事を気にしない王女の言動に、レエブン侯は頭を悩ませるのだ。

しかし、頭を悩ませる原因は他にもある。

 

「……ですが殿下、酔った者を殿下の部屋にお連れして万が一の事が起きた場合──」

 

そう言いながら、ラナー王女の背後に立つクライムに視線を送る。

 

「──殿下の護衛に就いているクライム君に責任が行く危険性もありますが?」

 

クライムの表情が暗くなる。万が一の事態を想像したのだろう。

ラナー王女も、クライムの方を見て、心配そうな表情に変わる。

 

「……そうですわね。そう考えれば、シロ様がお酒を飲んでいなかった事に感謝するべきですわね」

 

これなのだ。王女は、護衛であるクライムをやたら優遇する。そして、クライムが負うリスクをなるだけ減らそうともするのだ。

国や国民達にとって、どれだけ重要な案件があったとしても、クライムが関わる事で問題になる案件は全て無かった事にする程である。

 

冒険者とクライム、どちらも貴族達にとっては下膳な者達に過ぎない。そんなものに関わりを持ち続ける王女の悪評は、メイド達まで囁く程になっている。

 

 

だが──それも今日までの出来事に過ぎない。本日をもって、冒険者と関わりを持とうとする王女の陰口を言う者は居なくなった。むしろ、王女が居てくれて良かったと思う者達が増えたのだ。

 

それは何故か?答えは『竜の宝』のせいである。

 

貴族達から、危険な集団として認知されていた『竜の宝』の印象は、補佐役のシロ殿の登場で一変したのだ。

 

昼間──シロ殿が置いていったダイヤモンドのインゴットの件で、宮廷会議が盛り上がったのは言うまでもない。

と言っても、分配金の話で盛り上がった訳ではない。ダイヤモンドをインゴットにするという、凄まじくもったいない行為をしていたシロ殿に関する話題で盛り上がったのだ。

 

──例えばである。

本来、ダイヤモンドは掘り出した時の原石の状態の方が良い。そこから専門の職人の手で加工を施し、さらに輝きを増した商品にするのだ。

 

それをわざわざインゴットの形にする。それは──そんなもったいない行為を平然とできる程のダイヤモンドを貯蔵している、という事なのではないか?

という話が出たのだ。

しかし、貯蔵という言葉には語弊があった。

何故なら、あのダイヤモンドはドラゴンから剥ぎ取った物だからだ。そして、そのドラゴンはデュラハンが召喚したもの。()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

デュラハンが召喚魔法でダイヤモンドドラゴンを召喚すれば、いつでもダイヤモンドを入手可能なのである。それに、ダイヤモンドだけでなく金も同じ方法で入手可能なのだ。

 

となれば──あのデュラハンは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である、という事になるのだ。

そんな存在に、興味を引かれない貴族はいない。誰もが手中に収めようとするだろう。

 

しかし、喋れないデュラハンと対話による交流はやりづらく、肝心の通訳者はドラゴンである。一部の者達を除き、誰もが怖くて近付けない存在であったのは言うまでもない。

 

 

その問題を解決したのがシロ殿だ。

 

着ている衣服は清楚感バッチリであり、仕立ても良い。

美しさは──王女には引けを取るが、及第点よりは高い。

さらに、ドラゴンの母親であり、人間なのだ。

 

人間である以上、自分達と同じ感性を持った人物である事は間違いない。アンデッドのように生者を憎む可能性も、ドラゴンのように人間を見下す事もない。

 

貴族達にとっては、これほど安心して話せる相手ができた事は嬉しい事なのだ。

今後、彼女を通じて『竜の宝』と交流を深めようとする貴族が増えるのは間違いない。

 

特に、『竜の宝』を国から追い出そうとしていた反対派のブルムラシュー侯が、昼間の出来事をきっかけに友好派に鞍替えしたのが、貴族達に大きな影響を与えた。ブルムラシュー侯の鞍替えを機に、それに続くように、中堅の(くらい)に位置する反対派の幾つかのグループの貴族達が友好派に移ったのだ。

 

ブルムラシュー侯の鞍替え理由は至ってシンプル──自分の鉱山(財産)が狙われていない事が分かったからだ。

ドラゴンの主人であるデュラハンは、召喚魔法を使用する事で金や宝石を得られるのだ。わざわざ他人が所有している鉱山を奪う必要がない。

 

他の貴族達の鞍替え理由は──(表向きはブルムラシュー侯の鞍替えに便乗したという形をとっているが)──本音はドラゴンを恐れてだろう。

 

シロ殿のおかげで、『竜の宝』に対する悪い印象──もしくは、怖い印象がある程度薄らいだものの、それでもドラゴンに対する恐怖がなくなった訳では無い。

 

王城で──しかも、王の目の前でも平然と威嚇してくるドラゴンと一緒に居るシロ殿と、どの様に接すればよいのかわからない現状では、話しかけても間が持てない。

 

もし、うっかり──シロ殿を不快にさせてしまったら──

 

そう考えると、怖くて話しかけられない者達もいるのだ。

 

 

そんな貴族達が様子を窺いながら手をこまねいている状況の中、自分達が先陣を切ってシロ殿と対話しようとしているのだ。貴族達にとっては、まさに渡りに船だ。

話し合いが終わった後、貴族達から──『どんな話をしたのか教えてくれ』と、殺到されるのは間違いないだろう。

 

とにかく──貴族達の心が傾き始めた今だからこそ、今回のシロ殿との話し合いはとても重要なのだ。

 

 

話し合い──と、一言で片付けたが、実際はかなり真面目な内容を話し合うのであって、貴族達が望む──(例えば、シロ殿の趣味など)──情報を得るつもりはない。

今回の話し合いの目的は3つ。

 

1つ目は、エ・ランテルでの冒険者活動のお願いである。

昼間の宮廷会議で話したとおり、有力な冒険者が不足しているエ・ランテルには増援が必要なのだ。それを『竜の宝』にお願いするという目的。

 

2つ目は、他国との関わりに関する話だ。

『竜の宝』が有名になれば、必ず他国も動き出す。他国からの勧誘や依頼が来た時、それを我々に報告してもらえないかどうか相談する目的だ。

『竜の宝』が他国に取り込まれる危険性をできるだけなくす為には、やはりまず情報が必要になる。他国が『竜の宝』にどんな依頼や勧誘を送ってきたのか分かれば、対処法の考えを絞りやすくなる。

 

そして3つ目……これが最も重要だ。

『竜の宝』のバックに居る存在──アインズ・ウール・ゴウンの組織の情報を聞き出す事だ。

『竜の宝』が有名になれば、当然アインズ・ウール・ゴウンという人物や組織の存在にも注目が行く。

いろんな目的で各国の有力者達が、アインズ・ウール・ゴウンとの接触を図るだろう。アインズ・ウール・ゴウン側も、いつまでも引きこもる事はできないはずだ。いつか必ず表舞台に出てこないといけなくなる。

 

そもそも、アインズ・ウール・ゴウンという組織に関する情報はほとんどない。唯一あるのは、カルネ村でアインズ・ウール・ゴウンと名乗る人物と出会ったという、戦士長の情報だけである。

 

「(なんとしても、組織に関する情報を得なくては!)」

 

レエブン侯は、そう決意を固め、腹を据えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

王城の廊下をメイドに案内されつつ歩くシロは、後悔の念に囚われていた。

 

「(せめて少しくらい食べておけばよかった)」

 

そういう後悔である。

 

腹ペコ状態で待たされ、ようやくメイドから、王女の準備が整った事を伝えられた。それは良い。

しかし、話し合いを行う場所が部屋なら、最初からそう言って欲しかった。そうだと知っていたなら、あの会食会場にあった料理をたらふく食べていた。

 

『…グゥゥ〜~……』

 

お腹が鳴いている。メシをくれ!と、鳴いている。

 

「(今のうちに何か食うか…)」

 

前を歩いているメイドに悟られないように、自分のインベントリの中を漁る。

食べ物系のアイテムは豊富にある。自分でも呆れるほどに。無駄に持ち歩く癖は、整理整頓を面倒くさがる自分の性格の表れだ。『とりあえず拾っておけ精神』である。でも仕方ないのだ。

 

インベントリの中に入れてある食べ物は、ユグドラシル世界と同様に、何故か腐らないのだ。菓子類から肉や魚といった生物(なまもの)まで全てだ。どういう原理でそうなってるのかはわからないが、自分にとってはありがたい仕様だ。

無論、インベントリに入れずに放置すると、時間の経過とともに腐る。これはまぁ…当然と言えば当然なのだが。

 

「(そうだ!確か、ユグドラシルのショップで買いまくった、ドラゴン饅頭があったはず!)」

 

目的の物を探し、取り出す。

パッケージに堂々と『ドラゴン饅頭』と描かれた菓子箱。中身は──簡単に言えば、ひよこ饅頭のドラゴン版である。

ユグドラシルでは、単に空腹を満たす為の食料アイテムにすぎない物である。

腹が空かないデュラハンである私には不必要なアイテムだったが、ドラゴンという名前に興味を惹かれ、ギルドメンバーに配るつもりで大量購入したのだ。

 

……結局、ギルドメンバー全員に配る事は叶わなかったが。

 

 

それを食べようと、箱を開けようとした時、メイドが口を開いたので慌てて後ろに隠す。

 

「着きました──」

「あ、はい!」

「──こちらがラナー王女様のお部屋でございます」

 

有無を言わさず部屋の扉をノックするメイドを見ながら、ドラゴン饅頭を食べ損なった事に心の中で舌打ちをする。

 

「し、失礼します…」

 

開かれた扉から部屋に入って最初に飛び込んで来た光景は、中央に置かれたテーブルに座る3人。左にレエブン侯、中央にラナー王女、右にラキュースである。私の座る所には、既に飲み物が入ったティーカップが置かれてある。

王女の後ろには、護衛であるクライムが。ラキュースの背後──部屋の隅に双子忍者の片割れが。レエブン侯の背後の壁にガゼフが。入ってきた扉の脇にメイドが2名。

 

他は、寝具に化粧台、タンスなどの家具が数個置かれてある程度。

王女の部屋ときいて、かなり豪華な部屋を想像していたのだが、白を基調とした割とシンプルな部屋だった事に拍子抜けする。

 

「こちらへ、どうぞお座りになって」

 

ラナー王女に促され、空いていた席に座る。

 

「すまないけど、今からお客様と、大切なお話をするの。あなた達は下がってもらえる?」

 

ラナー王女の指示により、部屋に居たメイド2人が退室する。それを見届けてから、王女が自己紹介を始める。

 

「ようこそシロ様。(わたくし)が、リ・エスティーゼ王国第三王女の『ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ』ですわ。よろしくね!」

「こ、これはどうも…よろしくお願いします…」

 

割とフレンドリーな王女の接し方に、シロは困惑する。もっと威厳のある喋り方をするものだと想像していたからだ。しかし、目の前にいる王女は、歳相応の純粋な女の子のような笑を浮かべながら話しかけてくる。

 

よくよく考えれば──王女の部屋に案内され、王女と会話するなど、凄い事であり、貴重な経験だ。ゲームの世界の王女ではなく、リアル(現実)な生の王女と会話を始めようと言うのだ。

 

「(やばい……凄い緊張する!)」

 

そもそも、王女との接し方を私は知らない。どうやって場を凌げばよいのか、全然頭に思い浮かばない。

 

「……?──どうかされました?」

「い、いえ!その、王女様との会話に……緊張してしまいまして……」

 

ついそのまま思っていた事を口にしてしまった。

すると、ラキュースがクスリと笑う。

 

「大丈夫よ、()さん。そんなに緊張しなくても」

「そうですわ、楽にしていただいて構いませんわ」

「そ、そうですか…」

 

ラキュースのフォローのおかげで、詰まりそうになっていた息が軽くなり安堵する。

しかし、今何か──違和感というか、とてつもないミスをおかした気がした。そしてそれは、レエブン侯の言葉によって知らされる。

 

「ラ、ラキュース殿…?」

「何かしら、レエブン侯?」

「今、()さんと…おっしゃいましたか?」

 

オドオドした雰囲気で発したレエブン侯の疑問。それを聞いて、自分が()という名前で呼ばれて、すんなりしていた事に気付く。

 

「──あ」

 

ラキュースもようやく気付いたのか、口元に手を当て、"しまった"という顔をしている。

私は思わず、ラキュースを睨みつけ、小声で怒鳴る。

 

「お前!なにサラッとバラしてんだよ!」

「ご、ごご、ごめんなさい!ついうっかり…」

 

手を合わせ、"ごめんなさい"という姿勢で謝ってくるラキュースに、私はため息をつく。

レエブン侯は困惑の表情を浮かべているが、反対にラナー王女はクスクスと笑っている。

この反応から察するに、ラナー王女は私の正体を事前に知っていたのだろう。

 

「ラキュースったら、うっかりさんねw」

「……うー…貴方に言われたくわないわ。ラナーだって、たまにうっかり大切な情報を喋るじゃない?」

「そんな事はないわ。もー!ラキュースったらー!」

 

王女とラキュースが可愛いやり取りをしているが、こっちとしては笑い事ではない。

 

「──おい」

 

今までとは違い、殺気を込めた言い方で2人の会話を無理やり終わらせる。

2人も、こちらの機嫌が悪い事を察したのか、喋るのをやめ、表情を固くし始めた。レエブン侯も不安気な表情で固唾を呑んでいる。

 

「…楽しく会話してるところ悪いが──」

 

背もたれに体を預けるように座りながら、もはや相手の意見や機嫌など意に介さないとばかりの態度で睨む。

 

「──こっちは正体をバラされて不快なんだが?」

 

ガゼフとクライムが、腰の剣に手をかけ始める。いつでも抜剣し、守れるように。

視界の端で、盗賊忍者が立ち上がったのが見えた。彼女も臨戦態勢をとったのだろう。

楽しげだった部屋の雰囲気が一転し、一触即発の場へと切り替わったのが肌で感じとれる。

 

「ラナー王女…それとレエブン侯──」

「な、何でしょう…?」

「………」

 

沈黙を貫く王女と不安気なレエブン侯──その2人の表情を交互に見ながら、ゆっくりと口を開く。

 

「──改めて自己紹介しておきましょう。私の本当の名は勝……『竜の宝』のリーダーのデュラハンです。今は……人間になっていますので、補佐役のシロという事でお願いします。よろしいですか?」

「…ほ、本当に……か、勝殿なのですか……?」

 

ラナー王女の表情に変化はない。むしろ、余裕があるようにすら見える。それとも、この状況を理解できていないからなのだろうか?対して、レエブン侯は普通に驚いて息を呑んでいる。

 

「今は"シロ殿"ですよ、レエブン侯。間違えないで下さい。次、間違えたら──」

 

レエブン侯の顔が青ざめていく。きっと、悪い想像でもしているのだろう。

 

一拍置いて、言いかけたセリフを呑み込む。

争いに来た訳では無いのだ。あくまで話し合いだ。短慮な行動をして、取り返しのつかない事態になっては意味がないのだ。

 

「──いや、失礼。今回は穏便にいきましょう。お互いの為にも、その方がそちらも嬉しいでしょう?」

「……そ、そうですね。そうしましょう!よ、よよ、よろしいですか、皆さん?」

 

レエブン侯が汗を拭いながら、必死に周りの護衛に呼びかける。

こちらに争う意思がない事を理解したガゼフ達が、臨戦態勢を解除する。しかし、警戒はまだしているようで、依然として武器に手をかけている。

 

「(さすがに脅し過ぎたか……何か、場の雰囲気を和ませる方法を考えなくては……)」

 

一触即発の雰囲気を消すため、何か良い手はないかと思案する。

 

──その時だ。私のお腹が再び『…グゥゥ〜~…』と、お腹の音を響かせた。しかも、沈黙の部屋の中でだ。全員に聞こえたのは間違いない。

案の定、皆の張り詰めていた気が少しだけゆるいだ。

 

私は、少しだけ恥ずかしそうにしながら、先程食い損ねたドラゴン饅頭を取り出す。

 

「すまん。実は私、夕飯を食べていなくてな。腹ペコだったんだ。オマケに、ご馳走の前で待たされてイライラしていた。だから少々気がたってた。許して欲しい。」

 

そう言いつつ、ドラゴン饅頭をテーブルの上に置き、蓋を開ける。ついでに、茶菓子用のクッキーが大量に盛られた大皿と、茶菓子用に切り分けられたケーキセットまでインベントリから引っ張り出す。

 

完全に、今からティータイムに入りますという雰囲気にする。

次々に出された品物の数々に、レエブン侯やラキュース、ラナー王女までもが目を丸くしている。

 

私は我慢できず、ドラゴン饅頭を手に取り頬張る。初めて食べたが、やはりユグドラシルの食品は美味い。あまりにも美味しいその味に笑がこぼれる。

 

「…モグモグ…ところで──皆さんも食べます?…モグモグ…」

 

いきなり食事を始めた私に、全員が戸惑いを見せたのは言うまでもなかった。

 

 




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更新不定期ですみません。リアルが忙しくて、平日だと小説書く時間がなかなかとれなくて……(基本、1、2時間ぐらい)


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第10話 王都─その8〔会談2〕

※更新報告:王都編の一部の各話に、内容をわかりやすくするためのサブタイトルを付け加えました。


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 白亜の城を彷彿とさせる荘厳と絢爛さを兼ね備えた世界──ナザリック地下大墳墓の第九階層

 

 その名は『ロイヤルスイート』

 

 見上げるような高い天井にはシャンデリアが一定間隔で吊りさげられている。広い通路の床はナザリックの一般メイド達によって綺麗に磨き上げられており、大理石のように天井からの光を反射して輝いている。

 

 その廊下を急ぎ足で歩く人物がいた。

 

 急いでいるなら走ればいい──誰もがそう思うだろう。しかし、その人物は()()()()()()()()はしない。横の通路から突然、誰かが飛び出してくるかもしれないからだ。

 

 ロイヤルスイートの廊下では、常にメイドや他の下僕たちが忙しく掃除や作業を行っている。だが、その人物が近くを通る時は作業をやめ、道をあける。

 

 理由は明白──その人物が至高の御方の1人だからだ。

 

 何人たりとも道を塞ぐ者はいない。その人物の歩みを止められる者はただ一つ。同じ、至高の御方のみである。

 そんな人物がわざわざ──ナザリック内で、名称がある場所ならどこでも転移可能な指輪をしているにも関わらず──廊下を移動するのは、単純な理由だ。

 

 美女がみたい──それだけである。

 

 ナザリックで働く一般メイド達は皆美女揃いだ。誰もがその美しい顔で微笑み、奉仕してくれるのだ。その人物にとってはまさに天国である。

 そんなメイド達をわざわざ見る為に、その人物──ペロロンチーノは廊下を歩いている。

 

 彼にとって、美女は宝だ。ゆえに優しく、大切にする。

 急ぎ足で歩くのも、そんな美女達とぶつかって怪我をさせたくないからだ。

 本心では──わざとぶつかって、ちゃっかり美女の体に触れるラッキースケベを狙いたいと思っているが、あまりやり過ぎると()()()()()()()()()が嫉妬するので控えめにしている。

 

 廊下で作業をしているメイド達に労いの言葉を優しくかけながら、ペロロンチーノは目的の場所に到着する。

 ノックもせず、急ぎ足の勢いのまま扉を開ける。

 

「王女様と蒼の薔薇のリーダーを見れると聞いてきたッス!!」

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 突然、大声で部屋に入って来た鳥人間(バードマン)に、面倒くさそうな仕草で顔を覗かせる悪魔が居た。

 

 

「………どこで聞いてきたんです? ペロロンチーノさん」

「シャルティアの部屋で、シャルティアとクレマンティーヌちゃんと3人でネコちゃんごっこしてたら──」

「──あーわかったわかった」

 

 ぶっきらぼうにペロロンチーノの言葉を遮りながら、ウルベルトはため息をつく。

 

 スレイン法国の情報を聞き出す為に、リュウノによって捕虜にされたクレマンティーヌは、もはや用済みな存在となった。殺すか下僕にするか、はたまた下僕たちの玩具にするか、といった価値しかない。

 しかし、リュウノがクレマンティーヌで何か実験したがってる事を思い出したアインズ達は、ひとまず殺さずに幽閉していた。

 

 それを知ったペロロンチーノにより、クレマンティーヌはペロロンチーノの玩具になるという栄誉(笑)を得たのだ。

 具体的に言うと、主にエッチな事に利用する、そうペロロンチーノは言っていた。そして今、先程までそれを行っていたのだろう。

 

「そこにアインズさんが来たのでしょう? そしてこの部屋で、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を使って()()()()()()()()()()()()()()()()()事を聞いてスッ飛んで来た、そんなところですか?」

「当たりッス!」

 

 ペロロンチーノの相変わらずさに、やれやれと呆れ顔をしつつも、ウルベルトは横長のソファの端に寄り、ペロロンチーノを座らせる。

 

 鏡には、王女達と向き合って会談──正確には、ティータイムをしているリュウノの姿が映し出されている。

 

 ウルベルトが鏡で覗いているのは、リュウノからアインズに伝言(メッセージ)が来たからだ。"─王女が私との会談を求めているらしいので王城に行く。気になるなら覗いてもいいよ─"と。次いでに、"─場合によっては、伝言(メッセージ)でアドバイスも頂戴! ─"と、ちゃっかりお願いされたのだ。

 

 

「ひゃわぁああぁ!! チョーカワイイじゃないッスか〜♡」

「……うるさいですよ。会話が聞こえなくなるじゃないですか……」

 

 奇声を上げて喜ぶ鳥人間と、それをウザそうにあしらう山羊頭の悪魔が仲良く並んで鏡を見る。

 

 今回、鏡には〈フローティング・アイ〉が使用してある。さらに、室内を覗けるようにした状態の鏡に、ウルベルトが追加魔法を併用させ、鏡に映し出された場所の音声を拾えるようにしてある。これで、鏡の向こう側にいる人間達の会話を盗み聞きできるのだ。

 

 鏡の向こう──会談の場では、リュウノが取り出した食品をラキュースが試食していた。味見をし、その美味しさに舌を打つラキュースの声が鏡から聞こえてくる。

 

『何コレ美味しい!』

『だろう! ちょー美味いんだよこれが!』

 

 ユグドラシルの食品アイテムであるドラゴン饅頭を頬張りながら、仲良くうっとりしている女性2人。

 それを見た王女と貴族の男も、その美味しさが気になったのか、ドラゴン饅頭を手にとり、一口食べて笑をこぼしている。

 

「ユグドラシルの食品アイテムって意外と美味しいんッスよ〜。これはみんな、虜になっちゃうかもッスね」

「ふむ……そうなのですか? 私も今度、何か食べてみますか…」

 

 ウルベルトが感慨深そうに呟いた言葉、その言葉にペロロンチーノが興味深げに尋ねる。

 

「そう言えば…ウルベルトさんの好きな物ってなんなんッスか?」

 

 ペロロンチーノの何気ない質問。

 しかし、それにピクリと反応を示す者がいた。アルベドとデミウルゴスである。2人は、ウルベルトの好みを聞けるチャンスとばかりに聞き耳を立てている。

 

「……そうですねぇ…私の好きな物は──」

 

 ウルベルトは自分の好きな食べ物を言おうと口を動かすが、下僕たちが近くにいる事を思いだし、思い止まる。そして──

 

「──…人間…と言ったら、どうします?」

 

 あえて食べ物ではない、悪魔らしい答えを言ってみた。ここで素直に好みの食べ物を言うのは、悪魔である自分の種族的にらしくないな、という思いに駆られたのだ。

 

「人間…それは、()()()人間ッスか?」

「どんな?」

 

 話の流れ的に──好きな食べ物について聞きたがっていたと思われるペロロンチーノ。しかし、ペロロンチーノのこの返しに、ウルベルトは意表を突かれた。

 少しくらい引いて、「え…人間を食べるのが好きなんスか!?」と、驚くのを期待していたのだが、意外にもペロロンチーノが冷静だったからだ。

 

 もし期待通りの反応なら「冗談ですよ」と、言うつもりだったのだが、ペロロンチーノに質問を返されたせいで、言い難い流れになってしまった。

 

「……そ、そうですねぇ…この王女のように…世の中の穢れを知らず、自分が不幸な目に遭うなんて想像もしていない人間が好きですね。こういう真っ白なイメージの女性は、私の手で汚したくなります」

 

 思わずとっさに言った本音混じりの回答。生まれながらの勝ち組に対する、日頃自分が感じている憎悪な感情。

 それを聞いたペロロンチーノは、何故か嬉しそうな雰囲気で頷く。

 

「あーわかるッスわかるッス! そう言った綺麗なお姫様を攫って牢屋に閉じ込めて調教とかするやつは、陵辱系では王道ですもんね!」

 

 本音が混ざっていたとは言え、自分なりに悪魔らしい考えを混ぜて言ったつもりだったのだが、エロゲー脳のペロロンチーノは違う意味で解釈したようだ。

 まあ、どっちにしろ似たようなものだ。綺麗な人間が色んな意味で汚されるのだから。

 

「ちなみにオレは、くっ殺系も好きッスね! このラキュースちゃんとか、正にくっ殺系女子に見えるッス! あー…縛られて涙目なラキュースちゃんに睨まれたいッス。そしてあわよくば……ふへへ…」

 

 何やら良からぬ妄想をするペロロンチーノに対し、ウルベルトはため息を吐きながら鏡に視線を戻す。

 

 

 リュウノがワインボトルを取り出し、レエブン侯のグラスに中身を注いでいる光景が映っている。

 

『シロ殿、それは?』

『酒だ。ワインだと思うのだが…味見をした事がなくてな。美味しさは保証できん』

 

 レエブン侯が、注がれた酒を注意深く観察している。おそらく、本当に酒なのかどうか疑っているのだろう。

 ワインボトルのラベルの文字を真剣に見つめているが、レエブン侯には読めない文字で書いてある為、より疑いの目が強くなっている。

 

『一つお尋ねしますが、これはどのようなワインでしょうか?』

『…ブルゴーニュワイン……だったかな? かなり昔に存在した国で作られた品だったと思うぞ』

『昔の……なるほど…』

 

 昔の国が何なのか疑問を抱きつつも、レエブン侯はワインボトルを机の上に置くと、今度はグラスの酒を入念に調べ始める。

 注がれた酒の匂いを嗅ぎ、その芳ばしい匂いに酔いしれたのであろう。レエブン侯の口から、酒に対する感嘆の言葉が告げられる。

 その言葉に、リュウノは満足気に頷いている。

 

『私は酒が苦手なんだ。普段から酒を嗜まない私には、きちんとした評価などできない。是非、レエブン侯のような理解ある方の感想を聞きたい』

 

 リュウノのそんな言葉に、グラスを握っているレエブン侯の表情が緊張したものへと変わっていく。

 ドラゴンを従えさせている強者から、突然差し出されたワインの味を評価してくれと頼まれたのだ。現実世界で言えば、社長から差し出された品の感想を聞かれるのと同じだ。誰でも緊張するに決まっている。

 

『で、では、お言葉に甘えて、テイスティングさせていただきます』

 

 おどおどとした雰囲気で、ワインの入ったグラスに口をつけるレエブン侯。だが、その表情がワインを飲んだ瞬間──一瞬で、驚きと感動の表情になる。

 

『な、なんという素晴らしい味わい……今まで飲んだ、どのワインよりも美味しい味です! これはとても良いワインです!』

『そうか?! なら……他にも幾つか、別のワインもある。後で、会食会場の貴族達にも分けてあげて、飲み比べてみるとよろしいのでは?』

 

 たくさんの種類のワインが入った小綺麗な袋を、リュウノがレエブン侯に差し出す。

 

『これはこれは! ありがたく、そうさせていただきます!』

 

 レエブン侯が嬉しそうに受け取って、袋のワインを確認している。他のワインがどんな味なのか、気になっているのだろう。

 

「リュウノさん、割と大胆に行くッスよね。相手は貴族や王族なのに」

「そうですね。もの怖じしない性格なんでしょうかね?」

 

 リュウノの言動に関するペロロンチーノの言葉に、ウルベルトも同意見であった。

 

 この間まで、リュウノは喋れない人生を歩んでいた人物だ。人との会話によるコミュニケーションには慣れていないはずである。ましてや、目上の人物との接待などの経験もほとんどないはずだ。

 仮に、本などで知識を得ていたとしても、いきなり実践で上手くやれる人間は少ない。少なくとも、多少の緊張はあるはずだ。

 しかし、今のリュウノにはそれがみられない。丁寧な言葉もあまり使わず、対等な存在のように振る舞っている。少し前まで、ガチガチに緊張していたのが嘘のように。

 

 

 その時、脳内で状況分析をしていたウルベルトの耳に、デミウルゴスとアルベドの声が飛び込んでくる。

 

「流石はリュウノ様…と、言えましょう。相手側に正体がバレた瞬間、自分こそがこの場の強者である事を人間達にわからせるとは!」

「ええ、ホントね。ドラゴンを従えさせている自分に、人間達が強く出られない事を良く理解なさっていますわ」

「それに、所持している品が人間達の物より上物である事を理解させ、格の違いをさり気なく見せつけている。しかも、その品を惜しみなく分け与え、自分の器の大きさまで理解させる手腕っぷり!」

「私達では到底真似できない……素晴らしい手際だわ」

 

 リュウノの知らないところで、下僕たちがまたもや勝手にリュウノの評価を上げている。

 そんな──もはや見慣れたやり取りを聞いていると、部屋の主であるアインズが戻ってくる。

 

「アインズさん、クレマンティーヌはどうでしたか?」

「あれは駄目ですね。精神が半分壊れてます。私を見るなり、恐怖で怯えてばかりで。スルシャーナ云々どころではありませんよ」

 

 落胆の言葉を発するアインズに、デミウルゴスが申し訳なく謝罪するが、アインズは寛容にそれを許す。

 

 ウルベルト達が座る長椅子に腰掛けると、3人で仲良く鏡を覗く。

 

「──で、どうです? 何か進展はありましたか?」

「いえ、絶賛ティータイム中ですよ」

「え!? あれから30分くらい経ってますよ。話し合い、まだ始まってないんですか?」

「ええ。まったく」

「えぇ……」

 

 アインズが呆れた表情──もとい、態度を見せた時、鏡の向こうの状況が動きだす。

 

『──ところで王女様、私を呼んだ理由は何なのでしょうか?』

 

 まるでアインズが来るのを待ってましたと言わんばかりのタイミングで、リュウノが話題を切り替えたのだ。

 アインズも、「お! ナイスタイミングです、リュウノさん!」と、喜びを露わにする。

 

『そうでしたわ! つい、美味しい食べ物に夢中になってしまいましたわ!』

『わ、私も!』

『私もです! 少々お待ちを!』

 

 ワタワタと慌て出す現場。机の上をざっと整理し、書類を幾つか取り出すと、王女達は気を取り直して話だす。

 

『では改めて…今回お呼びした理由は、()()()にご相談したい事が幾つかあったからです。ではレエブン侯?』

『はい、畏まりました殿下』

 

 レエブン侯が書類を手に取り、語り出す。

 

『まず、先日エ・ランテルで起きた悪魔事件はご存知ですか?』

『……知っている。リュウノという竜人が連れ去られた件だな』

 

「わ! いきなりヤバイ話題がきたッスよ!」

「ですね。あの事件はリュウノさんが原因ですから──」

「いや、貴方が原因ですよ! なにさり気なく、リュウノさんのせいにしてるんですか!」

「フフ、冗談ですよ」

 

『その事件により、エ・ランテルの冒険者組合はかなりの戦力を失いました。それでご相談なのですが──』

『わかった! エ・ランテルの支援に行って欲しいという相談だな?』

『そ、その通りです!』

『それなら、私達の噂がある程度エ・ランテルに広まった頃合いを見て行くつもりでいるが?』

『それは本当ですか!?』

『ああ。私達が王都に現れた時は、王都がパニック状態になったからな。王都の二の舞いを避ける為にも、1週間か2週間くらい経って、私達の存在が知れ渡ってから赴くつもりだ』

『な、なるほど。確かに、その方が良いかもしれませんね』

 

 竜の宝がエ・ランテルに来る。或いは、来る予定でいる──という情報は初耳である。

 しかし、エ・ランテルの状況を考えるなら、ありえない話ではない。

 確かに、エ・ランテルの冒険者組合は人手不足である。特に、高ランクの冒険者チームが一気に減った為、現在1番ランクの高いモモンのチームに依頼が殺到している。

 仕事が多い事は喜ばしい事であるし、達成できない仕事でもないので、やりがいはある。だが、いかんせん5人のメンバーで依頼をこなすには限度がある。

 

 自分達のチームは、あくまで人間という設定で冒険者をやっている。となれば、人間に可能な範囲内で依頼をこなさなくてはならないのだ。

 本気を出せば30分もかからず終わる依頼でも、わざわざ1、2時間かけたり、1日から数日かけて、人間らしい速度で依頼の達成報告を行うなど、かなり気をつけている。

 

「リュウノさんのチームがエ・ランテルに来てくれたら、冒険者組合が明るくなる気がするッスよ!」

「私も、リュウノさんと一緒に冒険とかやりたいですねぇ」

 

 ペロロンチーノとアインズは、リュウノ達がエ・ランテルに来る事を望んでいるようだ。

 かくいう自分も、彼女のチームがエ・ランテルに来てくれればと思っている1人ではあるが。

 

『だが、エ・ランテルに活動場所を移すと、私達の噂を聞きつけた…他国からの使者などが会いに来やすくなってしまうぞ。バハルス帝国の使者とかが来て、"我が国に来て冒険者活動をして下さい"とか言って来たらどうするのだ?』

『その時は、我々に報告していただけますか? 王国内の各冒険者組合と相談し、竜の宝が抜けても大丈夫なのかどうかの確認を取らなければいけませんので……』

『報告ねぇ…ふむ…』

 

 リュウノが手を顎に当て、考えこんでいる。

 

 

 リュウノが悩むのも無理はない。アインズ達ですら、その手の話題は後回しにしている段階なのだ。

 もちろん、自分達のチームが有名になった場合、同じ境遇に立たされるとは理解している。

 しかし、やる事が多すぎて、そんなまだ──アダマンタイト級の冒険者にすらなっていない段階で──先の事を考える余裕がないのだ。

 

 この異世界の一般常識の調査、

 強力な力を持つ存在の調査、

 王国を含む他の国々の調査、

 などなど、他にもたくさんある。

 

 そういった、諸々の情報収集をある程度おこない、こちらが有利なるような有益な情報を手に入れると同時に、こちらが不利にならないように対策を考えておかないといけないのだ。

 

「アインズさん、こういった王国以外の国からのアプローチ対策はどう考えています?」

「そうですねぇ…私達にとって、有益な取り引きや交渉であるなら、他国にも手を伸ばすつもりですが……この感じは、王国側が何らかの妨害工作を企むでしょうね…」

「やはりですか。…デミウルゴス」

「はっ!」

「貴方から見た、王国側のこの行動──どう予測します?」

「……王国側は、リュウノ様の冒険者チームを他国に行かせたくない様に感じられます。特に、バハルス帝国は魔法に力を注いでいる国です。リュウノ様達が持つ強大な魔法技術を、帝国が無視するはずがありません。リュウノ様の冒険者チームが帝国に行く事で、帝国の魔法技術が向上する可能性がある場合、その危険性を少しでも回避させようと、裏工作をする時間が欲しいのだと思います」

「──なるほど。時間稼ぎが目的ですか」

 

 冒険者は、国の政治や戦争には加担しない規約があり、それを守ることで国家を超えて活動が可能になっている。チームの評判が広まれば、王国以外の──他国からの依頼や協力要請が来る可能性も高くなるのだ。

 

 他国との関わりはかなり重要だ。冒険者としての活動が貢献すれば、その国から"定住してくれ"と、お願いされる場合もある。モンスターの襲撃などが定期的にくる国なら尚更だ。

 そういった国は、モンスターの襲撃から国を守ってくれる冒険者を、ある程度優遇する措置などを行ない、より定住してもらえるような政策をしてくれるかもしれない。

 

 では、そういう国に活動場所を移住すれば良いかと言われれば、そう簡単に割り切れるものではない。

 

 他国からの依頼や協力要請に応じる行為は、チームの評判を高めると同時に他国を助ける行為となる。

 仮に例えるなら──王国にとっては、戦争相手であるバハルス帝国の領地が冒険者の活動によって安寧になるのは好ましくない。むしろ、乱れたまま、荒れたままでいてほしいと考えるだろう。

 となれば、自国の冒険者チームを他国に行かせないよう、様々な手段を用いて阻止しようとするだろう。或いは、自国の領地の安寧を優先するよう頼みこむかだ。

 

 

『…すまないが、それは約束できない。もし他国から、何らかの取り引きや相談を持ちかけられた場合、その内容を私達が真っ先に報告する相手はアインズ様だ。アインズ様に報告した上で、あなた方にも報告するべきかどうかの判断をアインズ様に決めてもらう』

『つまり…場合によっては、(わたくし)達に報告をしない場合もある…という事ですか? シロ様』

『そう言う事だ、王女様。アインズ様の決定は絶対だからな。私の意思では変えられない。無論、エ・ランテルに活動場所を移す件も、アインズ様が駄目だと言えば無意味になる』

『そうですか…。では、(わたくし)達にも考えがあります!』

 

 王女が、両隣りに居るラキュースとレエブン侯に視線を送り、小さく頷き合う。

 おそらく、次が本命なのだろう。

 

『シロ様が属していらっしゃる組織──アインズ・ウール・ゴウンの場所を教えて下さいます?』

『──っ!』

 

 リュウノの表情が硬くなる。

 恐れていた──或いは、いつか来るであろうと分かってはいた質問だ。何らかの組織に属した者が有名になれば、必ずこういった出来事が起こりうる。

 

「どうするんッスか!? これ、ナザリックの場所を教えてくれって意味ッスよね?」

「アインズさん、何か対策は? リュウノさんとは打ち合わせ済みなのでしょう?」

「それが……まだなんです…」

「えっ!? どうしてです?」

「実は、トブの大森林の中に偽のナザリックを建設中なんです。ですが、まだ未完成なので、建設が終了するまでは場所を公開できないんですよ」

「なるほど…完成する前に場所を特定されて人間達に来られるのは不味いという訳ですか…」

「何故、未完成のナザリックを見られるのが不味いんッスか?」

 

 理解できていないペロロンチーノに、ウルベルトがデミウルゴスに説明させるように促す。

 

「未完成のナザリックを人間達が発見した場合、二つの展開が予想されます。1つは、本物のナザリックが何処かに存在すると考え、探索範囲を広げる可能性です。もう1つは、リュウノ様が"嘘をついていた"と疑われる可能性ですね。アインズ・ウール・ゴウンという組織は存在しない──そう思われてしまうと、人間達が強気になり、リュウノ様を軽く見るようになる危険性があるのです」

「──っ! じゃあ、言っても言わなくても不味い状況ってことッスか!?」

「そうなります…」

 

 アインズ達は、リュウノがこの状況をなんとか打破してくれる事を祈るしかない。

 しかし、鏡の向こうに居るリュウノの立場は悪くなる一方である。

 

 

『──くっ……!』

『何故教えていただけないのです? 組織に属している事を堂々と公開なさっていたという事は、悪い組織ではないのでしょう?』

『それは…そうなのだが…』

『なら、場所も教えて下さっても良いはずでは? それとも、そんな組織は、実は存在しないのでしょうか? シロ様とアインズという人物、お二人によるでっちあげの嘘だったのでしょうか?』

 

 ぐいぐいと攻めてくる王女の詰問。見ているアインズ達ですら、冷や汗が湧き出てくる感覚に襲われてくる。

 だが、黙り込むリュウノに、王女が更に攻め込む。

 

『そこまで黙秘なさるのなら仕方ありません。実は、あなた様の組織の位置はだいたい把握済みなのです』

『なに!? どうやって……』

『少し考えれば誰でもわかりますわ』

『そんな馬鹿な事が──!』

『何故なら、あなた様のお仲間であるアインズ様が、組織の場所を教えてくださいましたから』

『──はぁ!?』

 

「はぁ!?」

 

 リュウノと同じタイミングで同じセリフを叫ぶアインズ。

 鏡を見ていた者達が驚愕する中、王女の言葉が続く。

 

『アインズ様はカルネ村を助けに来たそうですね。しかし、スレイン法国が焼き払った村落は一つや二つではありません。スレイン法国は、エ・ランテル周辺の村々を襲撃する作戦を行ない、王国戦士長を誘い出して殺すつもりだったのでしょう。しかし、それはあなた様とアインズ様によって阻止された。ですが、ここである疑問が出ます。何故、アインズ様はカルネ村にだけ現れたのか、という疑問です』

『それは──私が偶然、騎士達に襲われていた村を発見したからであって──』

『それでも不自然です。王国戦士長の報告では、アインズ様は山奥に住んでいらっしゃるという話でした。山奥に住んでいらっしゃる魔術師が、何故わざわざ村までやって来たのでしょうか?』

『私達だけでは村人が怖がると思って──』

『アインズ様の住居が近くにあったからでは?』

『───っ!』

 

 リュウノの焦りっぷりが答えを丸出しにする。

 王女の顔が余裕に満ちる。このまま話し合いを続ける事で、リュウノから情報を聞き出すのが容易いとわかっているのだろう。

 

「まずいですねぇ……。アインズさんの行動が裏目に出てしまい、ナザリックの位置が特定され始めています!」

「なんという事だ…! たったあれだけの事で、こちらの位置を把握されるなんて思いもしなかった!」

「アインズ様、ウルベルト様! もしやこの王女……見た目以上に頭のキレる人間なのかも知れません! このままではナザリックの位置が特定されます。今の内に始末するべきです!」

「待ちたまえアルベド! 今殺すと、リュウノ様が殺したように思われてしまう! それはあまりにも愚策です!」

「じゃあ、このままナザリックの位置を人間に教えろと言うの!?」

 

 ナザリックでも1位2位を争う知恵者の2人ですら、今の状況に手が打てない。アインズ達も、もはや見守る事しかできない状況だった。

 

 

『スレイン法国の部隊が村を襲った後、今度は自分の住居にもやってくるのではと考えたアインズ様は、スレイン法国の部隊を追い返そうとあなた方を派遣した。その後、やって来た王国戦士長の部隊が、スレイン法国の残党が居ないか捜索するのを防ぐ為に、あなた方を同行させ、王都に帰るのを急がせた。違いますか?』

『───っ』

『……黙秘なさるのですね。私達は、あなた方が他国に引き込まれるのを避けたいだけなのです。その為に、アインズ様とどうしても交渉したいのです。場所を教えて下さらないのなら、冒険者や請負人(ワーカー)に調査を依頼して、アインズ様の居場所の特定を──』

『やめろっ!』

 

 リュウノが拳銃を構えながら席を立つ。

 その瞬間──王国戦士長が剣を抜き、リュウノの首元に剣を向ける。ラキュースも立ち上がり抜刀の構え、盗賊忍者がリュウノの背後に回る。

 クライムが王女を引き寄せ、庇うように前に立つ。

 

 現場の一触即発な雰囲気に、アインズ達が息を呑む。

 ガゼフ達の完全な臨戦態勢。リュウノが少しでも暴力行為に出るなら、切り殺すつもりでいるのだろう。

 

『動かないで、()()()! お願いだから!』

『頼む()殿()! 手荒な真似はしたくない!』

 

 ラキュースとガゼフが必死にリュウノを説得しようと試みている。2人はリュウノの実力を知っている。リュウノが暴れれば、自分達では止められない事も理解しているはずだ。

 

『……私に武器を向けるな。特に後ろの奴、近付いたら殺すぞ…!』

 

 リュウノの体から怒りのオーラが噴き始める。その凄まじい殺気は、見えない壁を生み出し、ガゼフ達の動きを止め、戦慄させる。背後に回った盗賊忍者は、顔こそ睨んでいるが恐怖で足が震え、動けなくなっている。

 

『──ひぃぃ!』

『──っ!』

 

 レエブン侯は完全に怯えてしまい、壁の方へと逃げ、丸くなる。流石の王女も不安気な表情をしながら、クライムの後ろに隠れている。

 

「おやおやおや! 面白い展開になってきましたねぇ!」

「何言ってるんッスか、ウルベルトさん! 大変な状況ッスよ!?」

「そうですよ! 笑ってる場合ですか!」

 

 状況は最悪──リュウノが矛を収めても、死人が出ないだけ。リュウノが抱える問題は解決しない。まさに八方塞がりな状況である。

 

 せめて最悪な展開だけは防ごうと、アインズ達はリュウノに〈伝言(メッセージ)〉を送る。

 

「リュウノさん! 聞こえますか? それだけは絶対やってはダメです! 冷静になって下さい!」

「そうッス! 王女様を撃つのはダメッス!」

「ほら、ペロロンチーノさんも同じ事を──」

「せめて隣の貴族の男を撃つッス!」

「──えっ!? いや、駄目に決まってるでしょ!」

「リュウノさん! 撃つなら王女の顔を! 原形が無くなるくらいハデに!」

「ウルベルトさんも、おかしな事を言わないで! とにかくダメですからね、リュウノさん!」

 

 アインズが必死に説得を試みる。

 しかし、リュウノは相変わらず、王女を睨みながら銃を向けている。

 

『……お願いよ、勝さん。ラナーは私の大切な友人なの。殺さないで…』

『……勝殿、私からもお願いする! こちらに非があったのなら私が謝る! だから…武器を下ろしてくれ…』

 

 ラキュース達の額から汗が滲み出る。

 下手をすれば自分が死ぬかもしれないという極限状態。

 自分達を押しつぶさんとする程の殺気。

 それらが自分達の全身に叩きつけられて来る。そんな中、勝てるはずのない相手に武器を向ける。それがどれだけ勇気がいる行ないかは言うまでもない。

 

 しばらく、沈黙の睨み合いが続く。

 しかし、この後のリュウノの行動で、事態は誰も予想できなかった意外な結末をむかえた。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 長く続いた緊迫した睨み合いは、リュウノが怒りのオーラを消した事で終わりを迎える。

 

『……王女様、アンタが余計な探りを入れたせいで、私の計画が台無しだ』

『…計画?』

『エ・ランテルで連れ去られたリュウノ…彼女を助け出すチャンスを逃した。上手くいけば…悪魔達の居場所を突き止める事ができたのに、アンタがアインズ様の居場所を喋ったせいでできなくなった』

『それはどういう……?』

 

 場が困惑する。誰もリュウノの言葉の意味を理解できないでいる。鏡で覗くアインズ達も同様だった。

 

「何をするつもりなのだ、リュウノさんは?」

「……デミウルゴス、貴方はわかりますか?」

「……これは……いや、まさか……?」

 

 創造主であるウルベルトの期待に応えようと、デミウルゴスの頭脳がリュウノの謎の行動の真意を掴もうと思考する。が、はっきりとした確証が得られず答えが出せないでいる。

 

 リュウノの謎の行動は更に続く。

 

 

『クライム君』

『……な、何でしょうか、勝様?』

『王女と一緒に、レエブン侯から離れるんだ』

『な、何故です?』

『王女の安全の為だ』

 

 クライムと呼ばれた青年は、リュウノとレエブン侯を交互に見つめ、迷っている。

 リュウノの言葉を信じてよいのか、無視するべきか、判断がつかないでいるのだろう。

 

『いいから早く離れろ! ラキュース、王女を護れ! 他は武器を構えたままでいい』

 

 わけがわからないまま、クライムが王女と共にラキュースの傍に移動する。それを確認したリュウノが、拳銃をレエブン侯に向ける。

 

『なっ!? 何故、私に武器を向けるのです、勝殿!?』

『殺す為だ』

『何故です! 何故私だけ!?』

『動くな。狙いがそれる』

『や、やめて下さい!』

 

 両手を小さく上げながら壁際で丸くなっているレエブン侯は、怒りのオーラを発して武器を向けてくるリュウノに完全に怯えてしまっている。

 

『わ、私には子供が……か、家族がいます! どうか…』

 

 涙目で必死に、しぼりだすような声で命乞いをするレエブン侯。しかし、リュウノはレエブン侯に銃口を向けたまま、静かに引き金に指をかける。

 

 

 

 その時──デミウルゴスが叫んだ。

 

「その手がありましたか!」

 

 デミウルゴスの声に、鏡を見ていた者達の視線がデミウルゴスに動く。

 アインズが、デミウルゴスの理解した事を聞こうと、名前を呼びかけた瞬間──

 

 

 

 ──リュウノが容赦なく引き金を引いた。

 

 

 

 けたたましい銃声が王城内に鳴り響く。

 それに続くかのように、悲鳴が上がる。

 

 アインズ達は、すぐさま視線を鏡に戻す。

 あってはならない出来事──王女の部屋での武器の使用。それがついに起きてしまった。

 

 

 だが、悲鳴を上げたのはレエブン侯ではなかった。

 

『グギャァァァァアアアァァ!!』

 

 リュウノが放った銃弾は、レエブン侯の影に命中した。その途端、レエブン侯の影がのたうちまわりながら悲鳴を上げたのだ。

 

『なっ!?』

『なに、あれ!?』

 

 ガゼフとラキュースが驚愕の表情を浮かべ、目の前の状況にクライム達も驚いて眼を見開いている。

 

『ひぃぃい!?』

 

 レエブン侯は、のたうち回る自分の影に驚き、慌てて影から逃げ始める。

 

 リュウノに撃たれた影は、悲鳴を上げながら隣にある侍女室へと続く扉を壊し、部屋へと逃げ込んでいく。

 突然現れた、影のような何かに驚いたメイド達の悲鳴が響く。

 

『逃がすか! 退け、邪魔だ!』

 

 ガゼフの剣を押しのけながら、リュウノが隣の侍女室に駆け込んでいく。そして再び銃声が鳴り響く。

 数回の銃声の後、何かが家具を壊しながら倒れる荒々しい音が鳴る。

 

 ガゼフ達が慌てて侍女室に移動し、そこで見た光景は──部屋の中央にあった、小さな丸いテーブルを押し倒して死んでいる影だった。

 リュウノが影に近づき、足で死体を転がす。

 

『……死んでいる。もう安心だぞ』

 

 部屋の隅で怯えていたメイド達に、優しく語りかけながら、リュウノはガゼフ達を呼ぶ。

 剣を構えたまま、ガゼフ達が死体を確認しに集まってくる。

 

『勝殿、これはなんだ…?』

『……痩せこけた人型、背中には蝙蝠のような羽、途中から鋭利な爪と化している指……たぶんだが──影の悪魔、シャドウ・デーモンだと思う。隠密に特化した悪魔だ』

『悪魔ですって!? そんなのが何故レエブン侯の影に?』

『レエブン侯は王派閥と貴族派閥の両方と関係がある人物だからな。両派閥の情報を手に入れるのに1番適している。悪魔達は王城内部の情報が欲しかったんだろうな』

『それでレエブン侯の影に悪魔が潜んでいたのね…』

 

 リュウノの説明に誰もが納得した時、廊下から慌ただしく走る音が聞こえ、王族や貴族、兵士達がやってくる。

 

『何事かね!?』

『ご無事ですか!? 何やら、大きな音がしたが…?』

『ラナー、無事か!?』

 

 心配そうに駆けつけた人達に、リュウノが簡潔に状況を説明する。

 

 悪魔がレエブン侯の影に潜んでいたのを自分が気づいて処理した、と言った具合に。

 

『なんと! その様な事が!?』

『おそらく、エ・ランテルに現れた悪魔達が、次は王都をターゲットにするつもりでいたのだと思います』

『悪魔達が王都を…!? なんという事だ…』

 

 倒れている悪魔の死体を眺めながら悲観している国王と貴族達。

 しかし、そんな彼らをよそに、リュウノが王女に詰め寄る。

 

『王女、貴方が余計な事を言わなければ、この悪魔を餌に、魔王の根城を突き止める事ができたのです! そうすれば、連れ去られた私の娘、リュウノの救出と王都襲撃を防げたかも知れません。ですが、貴方がアインズ様の居場所のヒントを言ったせいで、この悪魔を殺さなくてはいけなくなった! 全てが台無しです!』

 

 王様が目の前に居るにも関わらず、ラナーに罵声を浴びせるリュウノ。

 誰もが畏れ多いと感じるであろう行為に、周りの人間達が驚愕した目でリュウノを見ている。

 

 一方、ラナー王女は涙を流しながらクライムに抱き着く。

 

『私はただ、あなた様を他国に取られたくなかっただけで……』

 

 一見すると、リュウノにキツい事を言われて泣いたように見える。しかし、先程までの態度を考えると、演技だろう。

 ドラゴンの母親兼デュラハンだと知っていながらリュウノにあそこまで質問攻めを繰り出した王女がこれぐらいで泣く訳がないのだ。

 

 そして、王女が演技上手というのは、リュウノも理解できたようだ。

 

『……はぁ…ひとまず、今回の話し合いの内容はアインズ様に報告します』

 

 ため息をつきつつも、優しい口調に切り替えて話す。

 

『エ・ランテルの件、他国との関わりの件、アインズ様との交渉の件……以上でよろしいですね、レエブン侯?』

『……え? …あ、はい、よろしくお願いします…』

 

 悪魔の死体に夢中だったレエブン侯が慌てて返事を返す。元気が無いのは、先程までの状態を考えれば仕方のない事ではあるが。

 

『国王陛下。今日は大変、失礼な事ばかりして申し訳ございませんでした…』

 

 国王に向かってお辞儀をするリュウノ。

 王女に対する謝罪も含んでいるのだろう。

 

『何を言うシロ殿。そなたは王城に潜伏していた悪魔を退治してくれたのだ。感謝を言うべきなのは私の方──』

 

 そうやって、何度か国王や貴族達と会話したリュウノは拠点へと帰宅した。

 それを見届けたアインズは、部屋に居る者達に向かって相談を始める。

 

「今回のリュウノさんの行動で、王国側の動向が知れた。至急、対策を考えねばな…」

 

 




ようやく更新できました。
今は、仕事(リアル)が忙しい時期の為、続きの投稿は遅くなるかも知れません。
本当に申し訳ございません。


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第11話 悪魔は夜空でため息を吐く

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「……はぁ〜……今日はとことんついてないなぁ〜……」

 

 そんな愚痴を零しながら、リュウノは王都の上空を飛んでいた。

 

 時刻は深夜。

 どんよりとした雲に覆われた王都の上空。

 下を見れば、王都の街灯が星のように見える程の高さ。

 

 何故そんな所に居るのかと問われたら、答えは1つ。

 

 ──1人で考え事がしたかったからだ。

 

 一度拠点に戻り、王女達との会談ででた案件をどうするか検討しようとした。だが、竜王達が周りに居ると、何故か気が散ってしまい、集中して考え事ができなかったのだ。

 なのでウロボロスと合体し、王都の上空で考える事にした。空の上なら、静かに考え事に徹する事ができると思ったのだ。

 軍服を脱いで夜風にあたれば気持ちいいかもしれない──そんな思いを胸に抱きながら空へと飛んだ。

 

 しかし、王都の空は生憎の曇り空。しかも、今にも雨が降りそうな雰囲気である。

 雲の上に行こうか迷うが、ユグドラシルでの経験を思い出し、やめる。

 

 地上から空にいる敵を狙撃する行為は、狙撃系の職種を持ったユグドラシルのプレイヤーなら朝飯前の事だ。

 たとえそれが濃い雲に隠れた対象であっても、100Lvのプレイヤーならそれを悠々と撃ち抜く技量を持っている。

 

 だからこそ、撃たれる側は見通しの良い状態で飛行し、狙撃してきた相手の位置を把握しなくてならない。少なくとも、同じ狙撃職を持つ自分はそう考える。

 

 例えばだ。

 君が森の上を飛行していたとしよう。

 すると突然、地上から狙撃されてしまった。

 

 すると君は、次にある行動を取るはずだ。

 

 1つは敵の捜索だ。撃ってきた相手の位置を特定し、応戦する。もしくは防御行動に移り、敵の攻撃に耐えながら突破を試みる。

 

 二つ目は、身を隠すなどの回避行動を取る事。

 下降し森に降りる。上昇し雲に隠れる。

 

 森に降りるのはアリだ。敵もこちらを見失う。しかも障害物が増える事は、自分を守る盾が増える事にも繋がる。

 しかし、雲の上は危険だ。既に敵に見つかっているのに、何もない空に上がるのは恰好(かっこう)(まと)になるのと同じだ。

 

 雲に隠れれば大丈夫? それは間違いだ。

 狙撃系の職種には、スキルで相手の位置を特定するものや、常にターゲティングを行えるスキルが存在する。雲に隠れた程度では防げない。

 しかも、雲に隠れた側は、相手の位置が見えなくなるというデメリットを背負う事になる。

 その為、そのデメリットを理解した時にはもう遅い。転移の魔法か、何らかの対狙撃用の防御手段を持っていない限り──地上の森に降りる前に撃ち抜かれて終わる。

 だからこそ、森に隠れた方が安全だ。

 

 狙撃職にとって、狙撃対象の前に障害物があるのは大変困る。

 特に森は非常厄介である。形が決まっていない、位置も決まっていない、そんな大量の木々が対象を隠すのだから。

 ハッキリとした場所を把握せずに銃を乱射すると、銃声で自分の位置を相手に教えてしまう危険性がある。

 また、場所によっては敵に近付こうとしていた味方を背後から撃ってしまう事もありえるのだ。

 

 そういった──狙撃手が迂闊に手を出せない──状況を作り出す。狙撃手を相手にする者達はコレを心掛けるべきなのだ。

 

 狙撃手には二種類のパターンがある、

 

 ①待ち伏せタイプ

 

 特定のポイントに身を潜め、獲物が来るのを待ち、気付かれる前に仕留める戦法だ。

 これの大前提は、獲物に自分の気配を覚らせない事だ。ある意味暗殺と同じだが、距離が遠い分、発見されにくい。相手がこちらを発見していないなら、更に継続して狙撃が可能なのが利点だ。

 

 欠点としては、頼れる味方が近くに居ない、相手が集団だと囲まれる、と言った部分だろう。

 

 

 ②援護・後方支援タイプ

 

 前衛の味方とチームを組み、前衛の背後から敵を狙撃する戦法だ。

 前衛に気をとられた敵を狙い撃つ。或いは遠くの敵から撃ち抜き間引く事で、前衛の負担を減らす。という、パーティー戦術でよく見られるやり方だ。

 同じ支援系の魔法詠唱者(マジックキャスター)が居れば、更に安全な狙撃が可能なのも強みだ。

 

 欠点としては、チームで移動するので速度が遅い、仲間が居るせいで隠れる戦法が使えない、と言った部分だろう。

 

 

 では、この異世界──王都ではどうだろうか? 

 まず、100LvのプレイヤーやNPCの存在は、現時点では確認できていない。無論、相手側が巧みに隠れている可能性もあるし、こちらがまだ見つけていないだけという事も有り得る。

 

 仮に居たと想定した場合、今のように空を飛ぶ行為は危険ではないか? と、思うだろう。

 油断している訳ではない。ただ単純に──狙撃されても大丈夫だから飛んでいるのだ。

 理由は明白。ウロボロスが持つ特殊スキル〈死と再生〉と〈全知全能Lv2〉があるからだ。

 即死耐性に肉体の高速治癒能力──少なくとも、一瞬で死ぬ可能性はない。時間さえ稼げればこっちのもの。敵を探す、身を隠す、どちらも実行可能になる。

 そして、自分も同じ狙撃職を持つ者だ。最適な狙撃ポイントなど、即座に理解できる。

 それに加え、ドラゴンという種族が持つ基本スキル〈ドラゴン・センス〉により、より正確な位置特定が可能なのだ。

 敵の場所が判明すれば、モンスターを召喚して盾にするなり攻撃するなり、様々な戦術が使える。

 

 

 

 だが──しかしである。

 今の自分は竜王と合体した存在だ。つまりドラゴンだ。

 そんな自分に──ドラゴンという存在に攻撃する者は二種類しかいない。

『ドラゴンを恐れない強さと勇気を持つ者』か、『死ぬ覚悟がある者』か、この二つだ。

 前者は実力の話。後者は──心の話だ。

 

 弱い生き物達はドラゴンに手を出したりはしない。勝てないと理解しているし、何より死にたくないからだ。

 なのにドラゴンに手を出す。その行為は──ドラゴン達からしてみれば、『殺してよい』という意味で解釈される。

 

 そう──相手が自分をドラゴンだと認識して攻撃した場合ならばだ。

 

 では、そうでない場合は? 

 

 そう──例えば、悪魔と勘違いして攻撃してきた場合はどうなるか? 

 

 悪魔となった自分は、どう解釈すれば良いのだろうか? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「相変わらずお美しい……」

「……そうですね。私も少しばかり羨ましく思ってしまう程です」

 

 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を覗きながら、ゆったりと椅子に座るウルベルト。その背後にはデミウルゴス。

 2人は鏡に映る人物──ウロボロスと合体したリュウノを見ていた。

 

 リュウノと王女達との会談が終了した後、ペロロンチーノは再びクレマンティーヌ達とネコちゃんごっこを楽しむ為に退室した。

 部屋の主──アインズは、自分のデスクでナザリックの執務をやりつつ、アルベドと今後の方針に関する話し合いをしている。

 

 そしてウルベルトはというと、焦る様子もなくゆったりと飲み物を飲みながら、デミウルゴスとスレイン法国をどう蹂躙するか話し合っていた。

 のだが──つけっぱなしにしていた遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)に、ウロボロスと合体したリュウノが映った事で、話し合いは脱線していた。

 王都の曇った夜空で、紫色の禍々しいオーラを身体から噴き出しながら、1人で浮遊し考え込むリュウノの姿を見ながら悦に浸る悪魔の二人組。

 

「そう言えば……ウルベルト様、リュウノ様に()()をお渡ししてもよろしいでしょうか?」

 

 そう言いながらデミウルゴスが取り出したのは、デミウルゴスがヤルダバオトを演じた時に装着していた仮面だった。

 

「おやおや……奇遇ですねぇデミウルゴス」

 

 何か閃いた──と、言わんばかりの雰囲気を出すウルベルトの様子に、デミウルゴスは興味をそそられる。

 

「実は私も、リュウノさんに渡したい物があるんですよ」

「それはそれは! どの様な物なのでしょうか?」

「……秘密です☆」

 

 ニンマリと笑いながらはぐらかす自分の創造主に、デミウルゴスは感激せずにはいられない。

 自分の創造主が見せる邪悪な笑み、それを間近で見る事ができて喜ばない下僕がいるだろうか? 

 

「リュウノさんに渡す物を用意してきます。デミウルゴス、貴方はリュウノさんを見ていて下さい」

「畏まりました、ウルベルト様!」

「アインズさん、私は少し用事ができたので失礼します」

「あ、はい! お疲れ様です、ウルベルトさん」

 

 友人に話しかけられてうっかり支配者モードを忘れ、素の口調で返すアインズ。

 

 本来なら、ギルド長であるアインズは1番偉い立場である。しかし、アインズはどんな時でもギルドメンバーに対しては対等な存在──友として、仲間として接してくれる。

 そんなアインズだからこそ、ウルベルトはアインズがギルド長である事を嬉しく思う。

 どこまで行っても、何年経っても、この人は変わらない。そういう安心感があるのだ。

 

 そんな事を思いながら、ウルベルトはアインズの部屋を出て行くのだった。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 約15分後、再び部屋に戻ってきたウルベルトを待っていたのは、仮面をつけたデミウルゴス──ヤルダバオトと三魔将だった。

 

「おや? 何故、三魔将まで居るのですか?」

 

 三魔将はウルベルトが金貨召喚で生み出した悪魔達の事である。全員Lv80台であり、普段はナザリックの第七階層──デミウルゴス直轄の親衛隊として、赤熱神殿の周辺警護させている。

 

 ①強欲の魔将〈イビルロード・グリード〉

 腹部の開けた鎧を纏い、頭部には二本の角、後背部には翼がある。

 

 ②嫉妬の魔将〈イビルロード・エンヴィー〉

 烏の頭部にボンテージを纏った女の肉体をしている。

 

 ③憤怒の魔将〈イビルロード・ラース〉

 悪魔のイメージそのままの炎を身に纏ったモンスター。体は鱗に覆われ巨腕には鋭利な爪がある。

 

 

 親衛隊を引き連れている事に疑問を感じたウルベルトに、ヤルダバオトは深くこうべを垂れながら理由を説明する。

 

「念の為でございます。王都にも、プレイヤーと関係を持つ者達が居ます。それに、リュウノ様が瀕死の重症を負うという事態もありましたので、もしもの時の用心にと思いまして」

 

 つまり護衛という事か──そう納得したウルベルトは、今からリュウノに会いに行く事をアインズに告げる。

 

「構いませんが……問題を起こさないで下さいね、ウルベルトさん」

「デミウルゴスが居ますから大丈夫ですよ」

 

 不安そうに心配するアインズに対し、気楽な調子で返したウルベルトは〈転移門(ゲート)〉の魔法を発動し、〈転移門(ゲート)〉を潜った。

 

 

 (ゲート)を潜った直後、目の前に広がったのは王都の上空……ではなく──

 

「動くな!」

 

 拳銃を構えたリュウノの姿だった。突きつけられた銃口は、ピタリとウルベルトの頭に狙いを定めている。

 

「──おっと……!」

 

 突然の事に驚いたウルベルトは身体を硬直させ、自然な動きで両手を上げる。

 背後から、同じかたちで(ゲート)を潜って顔を出したヤルダバオトの息を呑む声が聞こえた直後、リュウノが武器を下ろした。

 

「……まったく、いきなり目の前にゲート(転移門)を出現させるな。驚くだろうが! せめて一言、伝言(メッセージ)くらい送って来い!」

 

 敵ではない事に安堵する表情をしたのも束の間、イライラした雰囲気に変わったリュウノがウルベルトに文句を言う。

 

 確かに、連絡が何もないまま、いきなり目の前に転移門(ゲート)が出現したら、警戒するのは当然の成り行きだ。リュウノが武器を構えるのも頷ける。

 

「これはこれは! すみません、リュウノさん。うっかりしてました」

 

 これっぽっちも悪いと思っていなさそうな謝り方で謝罪するウルベルトに、リュウノは方を落とす。

 

「……はぁ〜……。我が一度、奇襲にあって死にかけた事はウルベルトさんも知ってるだろ? もう少し、こちらの気持ちも考えて行動してほしいものだ」

「そうでしたね。()()()()努力してみます」

「なんでだよ! 今しろ! 今!」

 

 自分のおふざけに的確なツッコミを容赦なく繰り出してくれるリュウノを見て、ウルベルトは心が踊る。

 下僕達に同じようなおふざけをしても、おふざけだと理解してもらえなかったり、ありのまま受け入れたりしてつまらないのだ。

 

「……で? 何しに来たんだ、()()()?」

 

 おそらくだがリュウノは、デミウルゴスがつけている仮面、後から(ゲート)を潜ってやって来た三魔将を見て、ウルベルトの立ち位置を把握したのだろう。ウルベルトの呼び名をさらりと言い換えた。

 

「渡す物がありましてね」

「渡す物?」

 

 ヤルダバオトがリュウノに仮面を渡す。

 

「今後の()()()()にご使用ください。顔を隠す事で正体がバレにくくなるでしょう。それと! 装着した際に、多少ですが声が変化する魔法を付与してあります」

「ふーん……」

 

 受け取った仮面を裏表にクルクル回すリュウノ。仮面を怪しんでいるのか、装着しようとしない。

 

「……装着したら洗脳されたり呪われたりしないだろうな?」

「大丈夫ですよ、リュウノさん。装着したら、人を殺したくなる呪いとか、自我を失い狂戦士になる呪いとか、仮面が外れなくなる呪いとか、私の事が好きになる呪いとか、そんなお茶目な呪いは付与してませんから」

「最初の二つをお茶目と言い切るな! 後、ほとんどが洗脳する気まんまんじゃねーか!」

 

 やはり楽しい──無論、リュウノをからかう事が楽しい訳ではない。

 リュウノもそれを理解しているのか、なんだかんだ言いながら仮面を装着している。

 

「……どうだ?」

 

 少しだけ声が低くなったリュウノが感想を求めてくる。言い方次第では男にも思える声質だが、今のリュウノの格好では女性だと丸わかりである。

 黒のタンクトップとスパッツのみ──そんな格好で野外にでれば、人間の姿なら痴女だと勘違いされるだろう。

 しかし、ウロボロスと合体した竜人形態でなら話は別だ。悪魔の様な見た目であれば、その格好も違和感がほとんどない。

 これでタンクトップではなくボンテージを身につけていれば、嫉妬の悪魔(イビルロード・エンヴィー)と並んで、いい絵になった事だろう。

 

「……目が見えなくなるのが少し残念ですが、悪魔らしさは増したと思いますよ」

「ホントかー?」

「はい。実に似合っております、リュウノ様」

「……うむ。まぁ、ヤルダバオトが言うなら大丈夫か……」

「おやおや……私だけでは信用ならないのですか?」

 

 ウルベルトの問いかけに対し、まるで仮面の下でニヤついているように感じられる雰囲気でリュウノが答える。

 

「悪魔の言葉は半信半疑で聞けと言われているからな。それにヤルダバオトは我に向かって冗談を言う様なヤツじゃないし」

「ヤルダバオトも立派な悪魔ですよ? 悪魔を信用し過ぎるのは危険ですよ、リュウノさん?」

「我は忠誠を誓う部下を信用しただけだぞ? 逆に、忠誠を誓う部下を信用するなとは、酷い魔王様だな」

「……おっと、そうきますか。ふむ……」

 

 皮肉を言われ、何か自分も言い返そうかと考えこむウルベルトに、リュウノがおいうちをかける。

 

「残念だが……"ギルドメンバーを信用しないのですか? "は意味がないぞ? そもそも我に悪魔らしさなんぞ必要ないからな。似合っていようが似合っていまいが、どっちでもいいしな」

 

 これは敵わないな──と、ウルベルトは知略戦を諦める。

 ウロボロスの所持スキルである全知全能を持つリュウノの前に、創り出した自分でさえ驚く程の知略を持つデミウルゴスが居るのだ。

 リュウノがデミウルゴスを参考にして知略を得ているのであれば、頭脳戦で勝てる訳がないのだ。

 

 

「──それで? まだ何かあるのだろう、魔王様?」

 

 既に見透かされているのか、リュウノはウルベルトの目的もわかっているようだ。

 

 ウルベルトがポケットから数枚の書類を取り出し、リュウノに渡す。

 渡された書類を開き、書かれた内容に目を通していく。

 

 1枚目は──『ソロモン72柱の悪魔』

 

 というタイトルが書いてあり、用紙いっぱいに悪魔の名前と悪魔達の特徴がズラズラと書いてある物だった。

 

 

 2枚目は──『魔界と地獄の住人』

 

 というタイトルであり、有名な悪魔や邪神、堕天使に魔神に死者などの名前が書いてある。

 

 3枚目は──『オリジナル』

 

 というタイトルで──おそらくだが、ウルベルトが個人的に考えた名前と、その名前に似合った細かい設定がビッシリと幾つも書いてある。

 

 それらに目を通しながら、リュウノが発した第一声が──「何これ?」──である。

 

「悪魔活動の際に、リュウノという名前では色々とまずいかなと思いまして。リュウノさん用の"悪魔っぽい名前"と設定を考えてきました。参考にでもなればと思いましてね」

「参考にって……要するに偽名と(やく)を考えろって事か?」

「そうですね。仮面と偽名を使う事で、後々、いろんな言い訳ができますからね」

「言い訳ねぇ……」

 

 

 悪魔に連れ去られたリュウノが悪魔達の悪事に加担した場合、例えどんな理由があろうと、被害にあった人達や国から後々責められる可能性は充分ありえる。

 

 しかし、仮面と偽名を持つ事で、リュウノが悪事に加担した証拠を減らせるのだ。場合によっては、洗脳されていたという言い訳も可能になる。

 

 しかしだ。参考にしようにも、どれもしっくりくるものがない。特に、ウルベルトの『オリジナル』の名前とキャラ設定は、あまりにも厨二臭いものばかりであり、正直に言うなら破り捨てたいくらいだった。

 

「ヤルダバオト、お前ならどれをオススメする? 私にピッタリな名前を選んでくれ」

 

 手っ取り早く決める方法としてヤルダバオトに尋ねる。

 自分自身は悪魔ではない為、本物の悪魔に選んでもらう方が効率がいい。

 

 書類を受け取ったヤルダバオトが、ざっと目を通していく。

 

「どれも素晴らしい名前ではありますが……やはり私はウルベルト様のお考えになられた『オリジナル』の中にある──」

「(よりにもよって『オリジナル』の方かよ!)」

 

 デミウルゴスに選ばせたのはマズかったか!? ──と、後悔の念が募る。

 よくよく考えれば、ウルベルトによって創造されたデミウルゴスが、自分の創造主と同じ趣向になるのは当然の成り行き。つまり、ウルベルトがカッコイイと感じたものは、デミウルゴスもカッコイイと思ってしまうのだ。

 

「──『マドュニオン』が1番のオススメでしょうか?」

「『マドュニオン』? そんなのあったか?」

「はい。こちらに……」

 

 リュウノが、デミウルゴスが指さす項目を閲覧する。

 

 

『マドュニオン』〔魔王の花嫁〕

 

 魔王と交わりし魔女。もしくは、魔王と契りを結んだ魔女の事。

 魔王への賛辞となる花束(マッドブーケ)と、魔なる魅力を放つその素顔を覆い包む聖布(ブラックヴェール)、そして貞操帯を身に付けた格好をしている。

 

 しかし、貞操帯を身に付けているとはいっても、彼女たちには性別と呼ばれるものは無い。魔王との契約の代償として、性別(性器)を奪われているからである。

 それ故に、彼女たちは「ロストセクス」とも呼ばれたが、悪なる魔女の持つ、性的な魅力や欲望は決して衰えることはなく、それどころか、なお一層の強まりを見せるのである。それは、彼女たちが得た力と共に、魔王の加護と恩寵の為す業であろうが、それ以上のものを彼女たちに感じる。「彼女」と呼ばれることもはばかられる身に置きながら、それ以上に感じられる「女」の性。女性の魅力を「魔性」と呼ぶことがあるが、これこそ正にそれであろう。

 

 

「花嫁……貞操帯……ロストセクス……魔性……」

 

 読めば読む程、狂った設定が目に飛び込んで来る。よくこんな設定を思いつくものだ。他の候補にも似たような設定がビッシリ書いてあるあたり、1日や2日で考えたものではないのだろう。何日も、或いは何ヶ月も前から考えていたものなのかもしれない。

 

「魔王の妻──というポジションにピッタリな名前かと!」

「いやいやいや! ちょっと待て! キャラ設定が濃すぎないか!?」

 

 リュウノが嫌そうな反応を見せているのに対し、ウルベルトは拍手をしながらヤルダバオトを褒め始める。

 

「さすがは私の子! なんとピッタリなものを選んで──」

「ストップ、ストォォップ! 待て、マジで待て! なんだよこの貞操帯って! まさか、ありえないと思うが! この『マドュニオン』の設定と同じ格好をしろとか言わないよな? マッドブーケやブラックヴェールはともかく、貞操帯とかそんなのは絶対つけないからな!?」

 

 必死に抗議するリュウノだが、この抗議が更にヤルダバオトを暴走させていく。

 

「貞操帯をつけない……つまり女性でありたい……つまり魔王の子を……ハッ!? つまりはそういう事ですね!? マドュニオン様!」

「待て、ヤルダバオト! そういう事とは何だ!? 今、何を連想した!? それと、すんなりマドュニオン呼びするな! まだその名前にするなんて言ってないぞ!」

 

 勝手に深読みし、妙な勘違いを始めるヤルダバオトをリュウノが慌てて止めようとする。が、ヤルダバオトの脳内では既に、魔王とマドュニオンのラブラブな展開が浮かび上がっている。

 

「ご安心をマドュニオン様! このヤルダバオトが、スレイン法国を制圧後、立派な式場を作り上げ、奴隷にした人間達の前で、華々しい最高の結婚式を開いてご覧にいれ──」

「うぉぉい!? 待てヤルダバオト! 早まるな! 誰も結婚するなんて言ってねぇからな!」

「クククwwwハハハハハwww」

 

 ヤルダバオトの暴走と、それを必死に止めようとするマドュニオンのやり取りがあまりにも面白いウルベルトは、必死に笑いを堪えようとしてできないでいる。

 

「何笑ってやがる!」

「いやwwこれを笑うなとはwww無理がwww」

「だから笑うな! とにかく、ヤルダバオトを説得しろ! コイツ、我とウルベルトさんを結婚させようとしてるんだぞ!?」

「いいじゃないですか。かたちだけの偽造結婚という事にすればww」

「いや、絶対それだけで終わる気がしないぞ! あの様子、本気で結婚させる気だと思うぞ!? 妙な事になる前にやめさせろよ!」

「え〜……(嫌そうな顔)」

「お前、アイツの創造主だろうが! ウルベルトさんがハッキリ言わないと止まらないから!」

 

 仕方ありませんねぇ……と、ボヤキながら、ウルベルトはヤルダバオトに声をかける。

 声をかけられ、意識を妄想の世界から現実に戻したヤルダバオトがウルベルトに顔を向ける。

 

「──し、失礼しました、魔王様!」

「ヤルダバオト、貴方は少しばかり気が早すぎます。結婚だのなんだの、そう言った行事を貴方1人の判断でやっていい訳がないでしょう?」

「そ、その通りでございます……。出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ございません……」

 

 ホッ──と、胸を撫で下ろすリュウノ。これで結婚の話はなくなった、そう安堵する。

 しかし、そんなリュウノの安心は──

 

「それに、結婚するのは世界征服が終わってからですよ」

 

 ──というウルベルトの言葉であっさり打ち砕かれた。

 

「はぁっ!?」

 

 何かの聞き間違いかと、リュウノがウルベルトに顔を向けると、舌を出しながらお茶目な表情で笑う悪魔の顔がそこにあった。

 

 いつ達成できるかもわからない世界征服。故に、結婚式もいつ行われるかも不明。ただ、魔王とマドュニオンの結婚の約束だけはしておく。そういう流れにしておこうという目論みなのだろう。

 

「(アイツ、わざとあんな言い方しやがったな!)」

 

 恨むような視線を送るリュウノに対し、ヤルダバオトは先程のウルベルトの言葉に喜びをあらわにしていた。

 

「おおおぉぉお! 魔王様の仰る通りでございます! やはり祝い事は勝利を刻んでこそ! 世界を征服した魔王様に寄り添うマドュニオン様……ああ……なんと素晴らしき光景でしょう! このヤルダバオト、より一層の忠義と共に、魔王様とマドュニオン様のより良き未来の為に誠心誠意務めさせていただきます!」

 

 ヤルダバオトのこの喜び様。最早、"結婚は冗談でした"とも言えない。

 リュウノは、もうどうにでもなれ──という気分になり、ヤルダバオトの説得を諦めた。

 

「……はぁ……ひとまず、そちらの用件は済んだという事で良いんだよな、魔王様?」

「ん〜……そうですね」

「では、我からもプレゼントだ。貰いっぱなしというのも嫌なのでな」

 

 リュウノがインベントリから何かを取り出し、ウルベルトに放り投げる。

 それを受け取ったウルベルトが、渡された物を見る。

 カプセルのような形のアイテム。どこかで見たことがあるような気さえするが、ハッキリとは思い出せない。

 

「これは?」

「拠点作成系アイテムを収納する、ぽいぽいカプセルだ。ちなみに、中身は『魔王城』だ」

「──! ……ほう、これが……」

 

 念願の魔王城──それが、こんな形で手に入るとは想像もしていなかった。故に、内心では歓喜の喜びで満ちてはいるが、魔王である自分が喜びはしゃぐ訳にはいかない。

 平静を装い、なんでもない様に振る舞う。

 

「ありがたく受け取っておきましょう」

 

 心の中で、この魔王城をどう有効活用しようか──という妄想を膨らませながら、ウルベルトはポケットに入れる。

 

「ヤルダバオト、お前には『悪魔城』をやろう」

 

 そう言って、リュウノがぽいぽいカプセルを渡そうとすると、ヤルダバオトは畏れ多いと言わんばかりな態度をみせた。

 

「私のような下僕が、至高の御方であらせられるリュウノ様から褒美を頂くなど──私は対価が欲しくて仮面を渡した訳ではありません! お気持ちだけで構いませんので!」

 

 気軽な感じで渡そうとしていたリュウノは面食らう。ここまで受け取りを拒否されるとは思わなかったからだ。

 しかし、ここで引き下がる訳にはいかない。()()()()()()()リュウノの頭脳が、即座に別の手をうつ。

 

「勘違いするなヤルダバオト。これは褒美ではない。悪魔活動に利用する為の物だ」

「──と、言いますと?」

「スレイン法国を制圧後、他国に知らしめる為の城を建てる必要があるだろう? 無論、本命は『魔王城』の方だがな」

 

 そう言うと、流石のヤルダバオトも理解したらしく、表情に笑みが浮かび始めていた。

 

「なるほど! 仮初(かりそめ)の城を作り、我々悪魔の脅威を世に知らしめるのですね! そして──仮に城が攻め滅ぼされたとしても、悪魔を退治したと喜ぶ人間達に真の魔王城の存在を教える事で再び絶望に叩き落とす……そう言う事でございますね? マドュニオン様」

「フッ……そう言う事だ。魔王が城を複数所有してはいけない、などというルールはないからな。落とされても構わない悪魔城を目立つ所に建て、やって来る強者ども迎え撃つ。城を陥落させる程の実力者が居た場合、城を犠牲にしてそいつ等の情報を入手できたと思えば儲けものだ。魔王様もそう思うだろ?」

「ええ、なかなか良い作戦かと」

 

 ウルベルトも納得した事を確認したので、ヤルダバオトに悪魔城を渡す。

 頭を下げながら、ヤルダバオトは悪魔城を受け取り、感謝の言葉を述べる。

 

「ありがとうございます! このヤルダバオト、より一層の忠節を貴方様に捧げます!」

「うむ。期待しているぞ、ヤルダバオト。さて……そろそろ雨が降りそうだ。濡れる前に帰らないか?」

 

 ウルベルト達が空を見上げる。

 どんよりとした雲がより一層濃くなっており、雲の中からも雷の音が響き始めていた。

 

「そうですね……では、私達は帰りましょうか」

「畏まりました。ではマドュニオン様、私達はお先に失礼させていただきます」

 

 ヤルダバオトと三魔将達がリュウノに一礼している間に、ウルベルトが〈転移門(ゲート)〉を開く。

 そして、ウルベルトが門を潜ろうとした時、リュウノが呼び止めた。

 

「一つ言い忘れていた。スレイン法国への攻撃の件だが……悪魔軍の戦力が整い次第、攻撃して構わないぞ」

「おや? 私達のタイミングで良いのですか?」

「ああ。私もいろいろ忙しい身になってしまってな。逐一、相談にのる余裕がない。全ての段取りは二人に任せるよ」

「では、そうさせていただきますね」

 

 ウルベルト達は門を潜り去っていった。

 自分も拠点に帰ろうと、一人残されたリュウノは拠点の方角にゆっくり下降していく。

 

 そして、王城の屋根と同じ高さまで降りた時だった。

 突如、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「少し外を見てくる」

 

 そんな声が聞こえ、黒い何かが王城の窓から飛び出し、屋根の上に登って来たのだ。

 

 王城内の気配は全て把握していた。見張りの兵士の位置も確認済みで、彼らの視界に映らないよう気をつけていた。

 だが、まさか窓から飛び出して来るヤツが居るとは予想外だった。

 しかも、よりにもよって、あの魔術師(マジックキャスター)と遭遇するとは。

 

 その黒い何かの正体が何なのか理解したリュウノは、気付かれないよう静かにその場を去ろうとしたのだが──。

 

 この日──リュウノは再び、ため息を吐く事となった。

 二度あることは三度ある、ということわざが正にピッタリくるような展開が待っていたからだ。

 

 一度目は、カルネ村で。二度目は銭湯で。どちらもリュウノが単独で行動している時に限ってやってきた災難だったが。

 

 では、三度目はというと──

 

「待て! 貴様、何者だ!?」

 

 力強い声で発せられた女性の声。リュウノはビクリと体を震わせ、声がした方へ身体を向けた。

 

 王都で屈指の実力者である──蒼の薔薇のイビルアイがそこに居た。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 王城に悪魔が潜んでいた──その情報を仲間から聞いたイビルアイ達は、即座に王城へ出向いた。

 待っていたリーダーのラキュースから事の顛末を聞く。

 

 人間に化けたデュラハンが悪魔を見つけ、始末した。

 結果だけ聞けば、デュラハンが善行を成したという事で終わる。

 しかし──それより前の出来事の方が衝撃的だった。

 

「ラキュース! お前、アイツ(デュラハン)を怒らせたのか!? なんでそんな危険な行為を!」

「わ、私じゃないわよ!? ラナーが攻め込み過ぎたというかなんというか……」

「……はぁ……まったく……」

 

 イビルアイは、侍女室に横たわる悪魔の死体に目を向ける。

 

 デュラハンが悪魔と対立する理由──リュウノ救出を目論んでいた事が分かった事は良い結果だったが、そのチャンスを台無しにしてしまった、という結果は良くなかった。

 もし万が一、リュウノの救出が上手くいかなかった場合、今回の件を理由にデュラハン達から恨まれる可能性ができてしまった。

 

「おそらくだが、『竜の宝』はこの悪魔をあえて泳がし、上司か魔王に報告に行くタイミングを狙っていたんだろう。後をつけて、根城の場所が判明したら、ドラゴン達で一気に攻め落とす算段だったのかもな」

「……やっぱり?」

 

 ラキュースもだいたい予想できていたらしく、今回のミスの重大さを実感しているようだった。

 

「とにかく、悪魔がコイツ1匹とは限らない。お前達は王城内を調べてくれ」

「イビルアイ、貴方はどうするの?」

「私は──」

 

 イビルアイは近くの窓を開けると、〈飛行(フライ)〉の魔法を唱え、外に出る。

 

「──少し外を見てくる」

 

 そう言って王城の屋根へと登ったのだ。まさか──いきなり()()()()()()()とは想像もしていなかったが。

 

 後ろ姿から見て──サキュバス風の悪魔が()()()()()()()()()()

 元から居たのか、仲間が死んだ事を察知して探りに来たのかは不明だが──向こうはまだこちらに気付いていないらしく、背を向けた状態で何処かに行こうとしている。

 人が居る場所に行かれるのはマズいと直感し、声をかけて呼び止める。

 

「待て! 貴様、何者だ!?」

 

 一瞬、身体をビクリと反応させ、ゆっくりと振り返った悪魔は仮面をつけていた。

 

 不気味さを醸し出す悪魔を象った仮面に加え、コウモリのような翼、悪魔だと証明するかのような角と尻尾、()()()()()()()()()()()()()。そこから浮き出た血管。そして、その悪魔から噴き出す紫色の禍々しいオーラ──間違いなく人間ではない。

 

 なにより、その悪魔から放たれる圧倒的プレッシャーが物語っている。この悪魔は自分より強い化け物だと。

 

 振り返った悪魔は返事も返さず、こちらをじっと眺めている。

 得体が知れない。ますます不気味さが増す。

 

 しばらく睨み合いが続く。

 すると、空から雨がポツポツと降り始めた。

 目の前の悪魔は、降り出した雨が気になったのか、空を見上げ始める。

 雨は次第に強さを増し、激しい豪雨へと変わり始める。

 

 アンデッドである自分は雨にうたれても平気だ。風邪なんかひかないし、体温も無い。

 しかし、目の前の悪魔は嫌なのか、大きなため息をつき始めた。

 痺れを切らし、再び質問する。

 

「もう一度聞く! 何者だ!?」

「……悪魔だ」

 

 男か女かもわからない声だった。そしてやはり悪魔だった。

 なら、遠慮はいらない。向こうが襲い掛かってくるならば、全力で対抗するのみ。──いや、全力を出さないと死ぬ。それがわかってしまう。

 なら、せめて情報だけでもできるだけ入手し、みんなに伝えなくては! 

 

「ここで何をしていた?」

「……散歩」

 

 ありえない。このタイミングで王城の上を散歩していたなど。何か悪さを企んでいたに違いない。

 

「城の中に居た悪魔は、お前の仲間か?」

「……魔王様の部下」

「魔王だと!? まさか……エ・ランテルに現れた魔王、アレイン・オードルの事か!?」

「……他に魔王が居ないのなら」

 

 ラキュース達から聞いた話では──エ・ランテルに現れた悪魔達は、次なるターゲットとして王都を襲撃するかもしれないと、デュラハン(シロ)が言っていたらしい。

 その予想が当たっていたという事か? 

 

「お前達悪魔は……王都を襲撃するつもりなのか?」

「…………さぁ?」

 

 やはり、そこははぐらかすか……。

 そもそも相手は悪魔だ。こちらの全ての問いに、正直に答える訳がない。だからこそ、どこまで信用すればいいかわからない。

 しかし、少しでも可能性を得られるのなら、情報は得るべきだ。

 

「お前達はエ・ランテルの街でリュウノという女性を攫ったはずだ。そいつは生きてるのか?」

「…………生きてはいる」

 

 殺されてはいない! なら、まだ助け出すチャンスはある! 後は、魔王の根城さえわかれば! 

 

「…………けど──」

「ん?」

「──魔王の花嫁、マドュニオンに選ばれた」

「は、花嫁だと!?」

 

 え!? 結婚するの!? その為に攫った? 

 いやしかし──これが本当なら、リュウノが殺される危険性はなくなったと思って良さそうだ。

 なら、デュラハン達──『竜の宝』にも教えなくては! 

 

「…………魔王様、結婚式を挙げる予定。どこかの国を制圧して、奴隷にした人間達の前で盛大に式を行う……とか言っていた」

「国を制圧……! やはり、王都を狙っているんだな?」

「…………はぁ〜……」

 

 返ってきたのはため息。

 もう答える気がないのか、それともこのやり取りに飽きたのだろうか。

 

 そんな不安に駆られたイビルアイに、悪魔は最後の一言を放つ。

 

「……残念だが時間切れだ。我は帰る」

 

 悪魔はそう言うと、突如、イビルアイに向かって突っ込んでいき、イビルアイに拳を叩きつけた。

 目にも留まらぬスピードに、対応できなかったイビルアイが腹部を思いっきり殴られ、殴り飛ばされる。

 

「──ぐぁ──ぁ──」

 

 呻き声を上げながら、殴り飛ばされたイビルアイは王城の塔の様な作りの建物の壁に激突する。

 そのまま倒れ込み、屋根の上を転がり落ちていく。屋根の上から空中に転がり出たイビルアイは、再び〈飛行(フライ)〉の魔法を唱えて体勢を整えようとするが──

 

「迂闊だな。撃ち落とされたいのか?」

「──!!」

 

 いつの間にか、イビルアイの真上にいた悪魔が追撃を放つ。

 身体を回転させながら放つ強烈な回転蹴りがイビルアイの顔面に直撃する。

 

「──がっ!? ──」

 

 顔面を蹴られたイビルアイは、そのまま王城の窓へと蹴り飛ばされ、ガラスが割れる激しい音と共に王城内の廊下の壁に激突する。

 

「…………うっ……ぐっ……!」

 

 全身を襲う痛みに耐えながら、イビルアイはなんとか身体を起こし、悪魔の追撃に備えるが──悪魔は姿を消していた。

 

「くそ……どこに……!」

 

 行方を探そうとイビルアイが立ち上がった時、異常を知った王城内の者達が駆けつけてきた。その中にはラキュースの姿もあった。

 

「イビルアイ! 何があったの!?」

 

 びしょ濡れで傷だらけのイビルアイを見て、慌てて駆け寄るラキュース。

 

「悪魔に襲われた……しかもかなり強い……」

「悪魔に!?」

 

 ラキュースが壊れた窓から外を見るが、そこには既に何もいない。見えるのはどしゃ降りの雨だけである。

 

「やつは逃げた。しかし、いろいろと情報も得られたぞ」

 

 イビルアイは、先程の出来事をラキュースに語る。

 リュウノが生きている事、魔王の花嫁にされた事、どこかの国が襲われる事、魔王がリュウノと結婚式を挙げる事──その全てを語った。

 

「どこの国が襲われるか、それが問題ね」

「……王国しかないだろう。エ・ランテルの襲撃に、王城への潜伏……そしてさっきのヤツ……これだけの事をしていて、他国が狙われる理由が思いつかない」

「けど、相手な悪魔よ? 全てを信用するのは……」

「わかっている……ひとまず、王様と冒険者組合……それと竜の宝にも報告しないとな。ラキュース、頼めるか?」

「わかったわ。任せてちょうだい!」

 

 ラキュースとの打ち合わせが終わった時、ガガーラン達も合流。『蒼の薔薇』のメンバーは、ひとまず、事態の収拾を行う方針を決める。

 

 そこへ──

 

「おい、蒼の薔薇、何があった?」

「ブラック!」

「ブラックちゃん!」

 

 割れた窓の外から、飛行しながらやって来たブラックが廊下に降り立った。

 ブラックの姿を確認したラキュースとイビルアイは、何故か安心感をおぼえた。自分達より強い味方が現れた事に、恐怖が和らいだのだろう。

 ラキュースがブラックに駆け寄る。

 

「ちょうど良かったわ! ブラックちゃんに伝えたい事があるの!」

「ふむ……詳しく聞かせてもらおうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(  >д<).;':ハックショーーン!」

 

「主人よ、風邪ですか?」

「我らが暖めて差し上げましょうか?」

「ベッドの中でなら、さらに効率良く暖めて差し上げられますが?」

 

「お前ら、ぶん殴るぞ( º言º)」

 

「「「すみません!!」」」

 

 




休日に一気に書きました。
誤字脱字がありそうで怖い(笑)


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第12話 王都─その9

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 ──翌日──

 

 昨日の深夜から、激しい豪雨が王都を襲っていた。

 

 王都リ・エスティーゼは首都であるにもかかわらず、本通り以外はろくに舗装もされていない。

 舗装されていない道は雨風にさらさたせいで酷く荒れ、水溜まりが当たり前のようにできてしまっている。

 

 そんな──ただでさえ出歩きたくない天気の日であるにもかかわらず、冒険者組合には多くの冒険者達が集められていた。

 

 召集された理由は、昨晩──王城に現れた悪魔の件についての会議を行う為。

 

 冒険者組合長を筆頭に、魔術師組合本部の関係者、軍部の関係者などの、多くの重鎮が集まっており、その中にはレエブン侯とガゼフの姿もあった。

 集まった冒険者達の中には、当然のように蒼の薔薇のメンバーの姿もあり、そして──

 

「皆さん、初めまして。此度、竜の宝の補佐役を承ったシロと言います。今回は、竜の宝のリーダーである勝様の代理で参加させていただきます。どうぞよろしくお願いします」

 

 という自己紹介をして、ブラックと並んで椅子に座ったシロの姿もあった。自己紹介の後──『あ、言い忘れてましたが、私はブラック達の母です』という補足を入れ、会議に参加していた人々を驚かせた。

 

 

 会議では、どのようにして王都を悪魔達から守るか、という議題で話が進められた。

 しかし、対悪魔に関する有効的な防衛方法などはほとんど無いに等しかった。相手をする悪魔が弱ければ、まだ幾つかの対抗策を思いつけただろう。だが、イビルアイが戦った悪魔の強さが、アダマンタイト級冒険者でも歯が立たない強さとなれば、具体的な対抗案を言える者は少なかった。

 

「そんなに強い悪魔だったのか、イビルアイ殿?」

 

 ガガーランと肩を並べる、

 戦士として最高峰の男──ガゼフ・ストロノーフですら、イビルアイからの情報を聞き、手も足も出せず敗北したという言葉に驚いていた。

 

「ああ。……あれは……人の領域を超えた人外、バケモノの中のバケモノだった……。あれはこの世に居てはいけない存在だ……」

 

 イビルアイは静かに語る。その悪魔の脅威を。自分が味わった戦慄を。

 イビルアイが、悪魔の恐ろしさを一つ一つ告げるごとに、周囲に居る人間達の絶望が色濃くなっていく。

 

 そんな中、違う表情を浮かべる人物が二人。

 1人はシロ。遭遇した悪魔について語るイビルアイから目を逸らし、気まずそうにしている。

 何故ならイビルアイを襲った張本人だからだ。多少の後ろめたさは感じてはいる。

 しかし、自分が恐ろしい存在としてバケモノだの人外だのとボロクソに言われ、『(そこまで言うか!? そんなに酷い事してないだろ!)』と、怒鳴りたい気持ちをぐっと抑えている。

 

 もう1人はブラック。遭遇した悪魔について語るイビルアイを睨みつけている。が、周りからはイビルアイの話を真剣な表情をして聞いていると思われている。

 ブラックからしてみれば、主人の悪口を言われているのと同じである。主人の悪口を言いまくるイビルアイに怒りが積もるが、自分の主人が我慢している状況なので、その怒りをぐっと抑えている。

 

「よもや、そこまで強い悪魔とは……」

「信じたくねぇが、イビルアイがそう言うのならそうなんだろうなぁ……」

「ええ、頭が痛くなってくるわね……」

 

 イビルアイが語り終え、悪魔の恐ろしさを改めて聞いたガゼフ達が感想をこぼす。

 王国の実力者達ですら頭を悩ませる問題。普通の冒険者達にはどうする事もできない。しかし──

 

「ご安心を! 我々『竜の宝』のリーダーである勝様なら、その程度の悪魔なんぞ、ちょちょいのちょいです! ですよね、ブラック?」

「はい! ご主人様であれば、()()()()()()()()()()()()()()悪魔でも、あっさり倒してしまう事でしょう!」

 

 と、これっぽっちも負ける気がしないという雰囲気で言い張るシロとブラック。そんな二人の言葉に僅かながら勇気づけられ、明るい表情に戻る冒険者達。

 ガゼフや『蒼の薔薇』のメンバー達も、『竜の宝』の実力と凄さを知っている分、シロ達の自信気な態度に頼もしさを感じていた。

 

「では──悪魔の話はそれぐらいにして、次に移りませんか?」

 

 これ以上、酷い事を言われるのを避けたかったシロは、区切りの良いタイミングで話を切り替えるのだった。

 

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

 

 

 防衛に関する案で、最終的に──

 

「冒険者や兵士の皆さんで、定期的な街道警備や巡回などをするしかないかと具申します。王都上空は、我々『竜の宝』が定期的にドラゴンを見張りに立たせようかと思っていますが……どうでしょうか?」

 

 というシロの提案が採用された。

 

 議題の解決案が出た事で会議は終了──となる予定だったが、シロのとある質問が冒険者達を悩ませた。

 

「王都の防衛案はでましたが、エ・ランテルはどうするのです? あちらも悪魔達に再び狙われる可能性はありますが? 無論、他の都市が狙われる可能性も無いとは言えませんが……」

 

 王都だけを守るという行為は、他都市を見捨てると宣言しているようなもの。下手をすれば、"国王が民より自分の身の安全を優先した"と思われ、民達からの信用を失う結果に繋がるのだ。

 しかし、現状他の都市が狙われるかどうかもわかっていない状況で戦力を分散させるのは危険な行為でもあるのだ。

 

「それに……我々『竜の宝』は昨日──レエブン侯から、エ・ランテルに加勢に行って欲しいという相談を受けている身です。王都が悪魔に狙われているかもしれない状況で、我々がエ・ランテルに移動しても良いのか? ……という事も気になっているのですが……いかがいたしましょうかレエブン侯?」

 

 尋ねられたレエブン侯は堅い表情を浮かべる。

 

 レエブン侯にとっての難問であり、自分がまいた最大のミス。

 ──竜の宝をエ・ランテルに派遣する──

 貴族達が大いに賛成した解決案が、まさかの裏目にでる結果になってしまったのだ。

 

 

 悪魔の襲撃に怯える王都の民達からしてみれば、『竜の宝』の存在はとても重要だ。味方として考えるなら、これほど頼もしい存在はいない。

 勿論、ドラゴンという存在は恐ろしい。しかし、人間に対して害をなさないドラゴンと人間に害をなす悪魔、この両者を天秤にかけるなら間違いなく悪魔の方が恐ろしい。

 故に、王都の民達にとって『竜の宝』は頼もしい存在としてなりつつある。

 

 

 だが、王都にはアダマンタイト級冒険者チームが3つ存在する。対して、エ・ランテルや他の都市には存在しない。

 自分達の住む都市に悪魔が襲ってくるかもしれないと知った民達はどう思うだろうか? 無論、強力な冒険者チームに来てもらい、自分達の住む都市を悪魔達から守って欲しいと思うだろう。

 

 しかし、それは王都も同じ。王国の心臓とも言える王都の守備戦力を下げるような事は避けたいのが本音だ。強力な戦力は近くに置いておきたい、誰もがそう思うだろう。かく言う自分もそうだ。

 だが、王都にアダマンタイト級冒険者を集中させるのは、先程と同じく国王を優先し、民をないがしろにする行為と同義である。

 

 なら、アダマンタイト級冒険者チームの一つを他所にやればいいのだが──『朱の雫』『蒼の薔薇』は、民や貴族勢力からも信頼されており、実績も評判も良い。この2チームが王都にいるだけで、民達には安心感が湧くのだ。

 

 では、『竜の宝』はというと──実力は規格外なのだが、メンバーが人間ではない事が問題である。また、活躍し始めたばかりなので民達からの認知も多くなく、実績も少ないので信用や信頼もまだまだ得られておらず、王都とエ・ランテル以外では不安があるのだ。

 

 

 昨日の宮廷会議にて、『竜の宝』をエ・ランテルに派遣するという案を出し、貴族達の多くが賛成した。それゆえ、『竜の宝』をエ・ランテルに送る為の裏工作を密かに実施する段取りを行う予定だった。

 

 だが、そんな時に王都に悪魔が出没した。しかも王城にだ。

 自分達の身が危ないと知った一部の貴族連中は、『竜の宝』をどうするか考えを改め始めているだろう。

 

『竜の宝』を王都に残すか、エ・ランテルに派遣するか。

 

 レエブン侯にとって、この問題は派閥同士で再び争いが始まるきっかけになる事が予想できている。

 

 まず貴族派閥の貴族勢力は、『竜の宝』を王都に残そうと考えるだろう。

 表向きは王国の心臓たる王都を守るべきだと、もっともらしい主張を言い張り、『竜の宝』に王都を守らせる。その裏で、他国の冒険者組合に協力を要請し、エ・ランテルを守護してもらうように頼むのだ。他国の冒険者チームがエ・ランテルを守護してくれているなら、わざわざ『竜の宝』をエ・ランテルに派遣する必要はなくなる。

 そうすれば、王都を守りつつ、国王の評判を落とす事が可能になる。

 それに王都は、貴族派閥が王権を握った際に支配する重要都市だ。悪魔達に王都を奪われる訳にも、破壊される訳にもいかない。故に、貴族派閥の連中は王都を守る為に必死になるだろう。

 

 

 王派閥の貴族勢力は、ランポッサ国王の評価を高める為に『竜の宝』をエ・ランテルに行かせようとするだろう。なら、『朱の雫』『蒼の薔薇』を他所に行かせないようにする裏工作が始まるだろう。

 例えば、貴族達が口裏合わせをひっそりと行い、[エ・ランテルに派遣する冒険者チームは『竜の宝』が1番だ!]と推薦、強引に太鼓判を押させる状況をつくる、といった具合に。

 

 どちらにせよ、王国では前代未聞の悪魔の襲撃──王族や貴族達がどのような対処に移るのか、調査する必要がある。

 

 

「私も、そこを気にしておりました。今回の悪魔の件で、あなた方『竜の宝』のエ・ランテルに派遣する話をどうするか……改めて、国王陛下や貴族の皆さんと合議したいと思っております」

「……そうですか。私も……まだアインズ様に、昨日の件をご報告していないので、我々『竜の宝』の行動方針は決まっておりません。今日の昼……アインズ様にご報告する為に、王都を出立するつもりでいます。返事は明日以降になるでしょう」

「……左様ですか。かしこまりました」

「……ただ──」

「──ただ?」

「──ただ、アインズ様が我々をエ・ランテルに行かせる可能性の方が高い……とだけ言っておきましょうか」

「──ッ! そ、それは何故ですか?」

「エ・ランテルは、私の娘『リュウノ』の件以外にも、カルネ村やアインズ様など……様々な接点がありますので……」

「な、なるほど……」

 

 言われてみれば──昨日のラナー王女の話が本当なら、アインズ・ウール・ゴウンの住居はエ・ランテルの近郊にある事になる。なら、『竜の宝』をエ・ランテルに行かせるのは、自分の住居を守らせる結果にも繋がる。アインズ・ウール・ゴウンが『竜の宝』をエ・ランテルに移動させる可能性は充分ありえる。

 そこに、王派閥の裏工作が加われば──もしくは国王陛下が直々に『竜の宝』にエ・ランテルに行くようお願いしたら──『竜の宝』がエ・ランテルへの移動を断る理由がなくなってしまう。

 

「あとは悪魔の襲撃場所ですが……我々『竜の宝』の動きに合わせて襲撃場所を変えてくる……なんて事がなければいいですね。我々がエ・ランテルに移動した途端、王都を襲撃するつもりでいるとかだったら最悪ですが……」

 

 シロの発した悪い予想──それが、集まっていた人間達の不安を煽る。

『竜の宝』の行動が悪魔達の動きに影響を与え襲撃場所が変わるとなると、悪魔が襲撃してきた際『竜の宝』に頼る事ができない。

 

「まさか……悪魔達が、お前達『竜の宝』を警戒して、王都から出るのを待っている……そう言いたいのか?」

「その通りですよ、イビルアイさん。悪魔達はレエブン侯の影に斥候を潜ませていました。最も情報が飛び交うレエブン侯なら、我々『竜の宝』の情報も入手しやすいと踏んでいたのでしょう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そんな感じがするのです。イビルアイさんが戦った悪魔もブラックの接近を感じて逃げたようですし、さすがの悪魔達もドラゴンとの戦闘は嫌なのでしょう」

 

 悪魔達が『竜の宝』を避けている──そう言いきるシロの考えに、レエブン侯やイビルアイ達は少しだけ疑問を感じた。

 しかし、強力な相手との接触を避けるという行動は、理屈で言えば間違っていない行動だ。臆病にも見える考え方だが、勝てない相手との戦闘を避けるのも、生き延びる為の立派な戦術だ。

 

「となると、『竜の宝』がエ・ランテルに移動した後、悪魔達が王都に襲撃をしかけて来た場合──」

「──王都に残る私達で……どうにかするしかない、って事ね……」

 

 冒険者達の不安がさらに高まっていく。

 王城に現れた悪魔は、王国が誇るアダマンタイト級冒険者チームの1人──イビルアイが全く歯が立たない相手だったという。

 だとしたら、そんな恐ろしい悪魔に対抗できる存在は『竜の宝』ぐらいである。

 

「一応、レッドが高位の転移魔法を扱えますので、王都で異常が起きても即座に駆けつける事はできます」

「本当か!?」

 

 冒険者達の暗い雰囲気を察したシロが、気休め程度の情報を伝える。

 やや興奮気味な反応を示したイビルアイの言葉と共に、冒険者達の暗い雰囲気が僅かに薄れた。

 

「はい。ただ……我々がエ・ランテルに移動する事なった場合は、現在の我々の拠点も撤去し、完全にエ・ランテルに移住する考えでいます。なので王都に悪魔が現れた際に、その事をエ・ランテルに住む我々に報せる為の連絡手段を考えなければいけません。レエブン侯──すみませんが、この後お時間を頂いても?」

「ええ! 構いませんとも。伝える情報は、なるべく早いに限りますからねぇ」

 

 このままいけば、『竜の宝』がエ・ランテルに派遣されるのは時間の問題だ。それまでに、できる限りの手を打っておこう。

 そう心に決めたレエブン侯は、『蒼の薔薇』とガゼフに一緒に残るように薦め、より綿密な話し合いを行うのだった。

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

 

 

 ──冒険者組合・入口──

 

「という訳で、お前と一緒にエ・ランテルに行く。よろしくな」

 

 話し合いの結果──王都の冒険者で唯一、転移の魔法が使えるイビルアイが連絡要員として選ばれる事になった。

 

「別に構わんさ。転移魔法の転移先を記憶するだけなんだろ?」

「そうだ」

 

 転移魔法──〈転移/テレポーテーション〉は、ゲーム時代では転移先に転移する方法はマーカーや目印を使う方式だった。しかし、転移した世界では転移先を記憶することで可能となっているらしい。

 

 イビルアイはエ・ランテルに一度も行った事がないらしく、転移先を確保する為にエ・ランテルに行く必要があった。

 そのため、丁度よくアインズに会いに行く()()()()()()()シロと一緒にエ・ランテルに行き、転移先を記憶し即帰る──という事になった。

 

「ところで……レッドは呼ばないのか?」

 

 エ・ランテルに行くのなら、転移魔法が扱えるレッドは必須である。なのにレッドの姿が見当たらない事に、イビルアイは首をかしげている。

 

「ん? ああ……アイツらなら、緊急の依頼に行かせたぞ」

「緊急の依頼?」

「建築組合と商業組合からの依頼だ。昨日から降り続いてる大雨のせいで、王都とエ・ランテルを結ぶルートで問題が発生したんだとか」

「具体的には?」

「建築組合からは、川の洪水で石橋が崩壊したので、残骸を撤去する作業の手伝いの依頼。商業組合からは、土砂崩れで埋まった道の整備の依頼だ。どちらも人間がやるには──今日は最悪な環境だろ?」

 

 イビルアイは空を見上げる。夜から降り続いている雨は、とどまる様子はなく、一日中降り続く気さえ感じる。

 こんな天気の中、洪水状態の川での作業など人間には無理である。土砂崩れで埋まった道も、整備中に再び土砂崩れが起きる危険性もあり、危険を伴うのは確実である。

 

「しかし、ドラゴンであるアイツらならこの天気でも平気だし、すぐに終わるからな。依頼料も、依頼主の言い値で構わないという事にしてあるので問題ない」

「言い値で!? それはさすがに……」

 

 本来、依頼者が冒険者組合に依頼を申し込むと、組合はその依頼の調査団(裏取り)を派遣し、適正なランクに振り分けた後、ランクに応じた冒険者がその依頼を受ける方式になっている。

 冒険者への依頼料はランクで大きく変わる為、アダマンタイト級冒険者への依頼となれば、その分高額となるのが常識だ。

 組合は所属する冒険者を守るのと同時に、依頼の失敗が無いようにするため、非常事態の依頼はランクを高めに設定して、高位の冒険者に任せるようにしている。

 

 冒険者の本来の主な仕事は『脅威となるモンスターの討伐』だ。

 だが、今回のような特例と呼ばれる類いの依頼も舞い込んでくる。これは、二次被害を防ぐのが目的だ。

 

 道や橋など、人が移動する為に利用する物が破壊された場合、当然それを利用する者達が足止めをくらう。特に、食料品などを運ぶ行商人達にとっては大問題だ。

 大量の食料品を抱えた状態でモンスターが出没する場所で立ち往生していれば、臭いを嗅ぎつけたモンスターが集まってきてしまう。

 勿論、そういったモンスターに襲われる事態に備える為に、行商人達は冒険者やワーカーを雇って護衛させる。

 モンスター退治は冒険者に任せ、行商人達は町に引き返す。そうやって自分の命と出費や損失をできる限り減らすのだ。

 

 しかし、それができない場合も存在する。

 今回は2箇所で問題が発生している。となれば──仮にその問題地点に挟まれた者達がいた場合、王都にもエ・ランテルにも避難できないのだ。

 

 行商人達にとって、売り物である商品を失うのは大きな損失となる。場合によっては馬車や馬まで失う可能性すらある。

 その損失を嫌がる行商人達は助けが来るまで粘る傾向がある。荷物を捨てて逃げれば、人間だけは助かるかもしれない状況でもだ。結局、絶え間なく襲ってくるモンスターの群れに冒険者達が耐えられなくなり、なくなく撤退したり、そのまま襲われ死亡するケースは幾度となくあったものだ。

 

 無論、そういった行商人や食料品の配達が減れば、経済面に与える被害も馬鹿にならない。

 故に、強力な力や魔法を保有する冒険者に災害関係の緊急依頼が舞い込んでくるのだ。

 

「依頼主は二人……建築組合と商業組合の組合長からだった。緊急事態という事でかなり慌てていた。特に商業組合の方は深刻でな、物資配達途中の馬車隊が土砂崩れで足止めを食らってるという状況なんだと」

「それは大変だな……」

「──で、商業組合は馬車隊を救助する為に土砂崩れで塞がった道を修復しようとしたらしいんだが、巨大な岩が邪魔で組合だけの力じゃ無理なんだと」

「なるほど……なら、ドラゴンであるブラック達にはうってつけの依頼か……」

 

 人間にできない力仕事もドラゴンなら容易くやりこなせるだろう。無論、魔法でどうにかできる可能性もなくはないが、人的費用を考慮するならドラゴンにやらせた方が少ない人数で早く済む分手っ取り早い。

 

「次に建築組合だが、崩壊した橋の建て直しをしたいが川の流れが酷すぎて最初の瓦礫の撤去作業ができないんだと。川の流れがおさまるまで交通不可になる訳なんだが、商業組合側がなんとかできないかと無理を言ってきたらしい。そこで、私が依頼内容を聞いて、『埋まった道の整備と壊れた橋の修理、両方請け負いますが? しかも今なら言い値でやってあげますが?』と言ったら、飛びついて来たよ。向こうさんからしてみれば、これ以上ない程の得する条件だしな。すんなり了承してもらえたよ」

 

 橋の修理まで請け負った事にイビルアイは驚いたが、レッドのような高位の魔術師(マジックキャスター)なら、そういった事も可能なのだろうと納得する。

 

「だが……良いのか? そんな安値で請け合いして……」

「問題ない。金は腐る程あるからな」

 

 イビルアイは『竜の宝』の拠点を思い出す。

 山のように積まれた金銀財宝の数々。あれだけあれば、一生遊んで暮らせると言っても過言ではない。

 

「我々『竜の宝』に今必要なのは、冒険者としての信頼や信用といった名声だからな。顔を売っておく事が最優先さ」

「なるほど。納得がいく答えだな」

 

 本来ならカッパーから始まり、依頼達成の実績を積みつつ、順々にランクを上げながら評判を高めるのが普通の冒険者だ。その積み重ねが名高い評判となり、さらに多くの依頼が来るようになる。

『竜の宝』は、その圧倒的な強さだけでアダマンタイトに飛び級した冒険者チームだ。

 実力はあっても実績がない、名声がない、信頼がない。それらを手にする為には、多少相手側が喜ぶ条件で依頼を受けるしかないのだ。少なくとも、今の状態では──だ。

 

「ま、顔を売ると言っておいて、リーダーの()()()()()()()()()()()んだけどな!」

「フフッ……まったくだ」

 

 シロの──(割と狙って放った)──自虐ネタにイビルアイも思わず笑みをこぼす。

 自分の自虐ネタがウケた事に、シロは心の中でガッツポーズを決めるのだった。

 ──その時、背後から声をかけられる。

 

「んで、どうやってエ・ランテルに行くんだ? お二人さん」

 

 シロとイビルアイの脱線した会話を、背後から静かに眺めていたガガーランが元に戻した。

 

コシュタ・バワー(首なし馬)を使うのさ」

 

 なんだソレは? という顔を浮かべる『蒼の薔薇』のメンバー達。その気持ちに答えるようにシロが指を鳴らすと、冒険者組合の入口前にある通りに、アンデットの馬が引く馬車が現れた。

 

 今回、シロが召喚したコシュタ・バワー(首なし馬)は少しだけ見た目を変更した特別仕様である。本来は首がないはずのコシュタ・バワー(首なし馬)にうっすらとした半透明の頭が生えており、普通の軍馬のように見える仕様が施されていた。さらに、馬車の部分も仕様変更されており──本来ならボロい雰囲気を醸し出す見た目の馬車が──高貴な貴族が乗るような色鮮やかな装飾や配色がされた豪華な馬車に変わったいた。

 

 これは、召喚士(サモナー)のスキルの一つ、〈カスタマイズ〉の効果によるもの。スキルの効果は、召喚するモンスターの色や装備、見た目の変更を行えるようになる、というもの。

 例えば──召喚した死の騎士(デス・ナイト)の鎧の色を赤色にしたり、フランベルジュとタワーシールドを変更して大弓を持たせたりなどができるようになる、といった具合に。

 

 

 突然現れた豪華な馬車に『蒼の薔薇』のメンバー達は驚きの表情を浮かべている。

 

「こ、これに乗るのか……?」

「もちろんだが?」

 

 戸惑いを隠せないイビルアイとは裏腹になんの躊躇もなく馬車の扉を開けて乗り込んだシロは、"早く乗れ"と言わんばかりにイビルアイに手招きをする。

 イビルアイは恐る恐る扉の位置から馬車の内部を確認する。白を基調とした内装、金色模様の装飾、綺麗に澄んだ窓、柔らかそうな赤い椅子。どれもこれもがイビルアイが今まで見てきた馬車よりも豪華であった。

 

 同じくラキュース達も、その馬車の圧倒的な華美具合に感嘆な声をもらす。

 

「おいおい、馬車だとエ・ランテルまで三日はかかるぞ?」

「大丈夫だガガーラン。この馬車には転移機能があってな、1分もかからずエ・ランテルに着くぞ」

「はぁあ!? それホントかよ?」

「信じられないか? まぁ見てろ。ほら、さっさと乗れ、イビルアイ」

「あ、ああ……」

 

 イビルアイが座席に座るのを確認するとシロが馬車の扉を閉めた。そしてゆっくりと馬車が走りだす。

 ラキュース達が馬車を見届けようと、走り出した馬車を目で追っていると──突如、馬車の前に転移のゲートが出現し、馬車がそれに突っ込んで吸い込まれるように消えてしまったのだった。

 

「えっ!? 消えたわよ! ホントに!」

「あんな事もできるのか……」

「ホント、なんでもあり……」

 

 驚愕の表情を浮かべるラキュースとティナ達。その時、ガガーランが呟いた。

 

「イビルアイのヤツ、地獄に連れて行かれたりしねぇよな?」

 

 ガガーランが放った不吉な言葉に──

 

「ちょっと! 縁起でもない事を言わないでよ、ガガーラン!」

 

 ラキュースが慌てて言い返した。

 ガガーランも冗談のつもりで言っただけで、本気でそんな事を思っている訳ではない。

 

「悪ぃ悪ぃ、ちょっとした冗談だよ」

「……もう……」

 

 ガガーランの冗談のせいで、ラキュース達はイビルアイが無事に帰ってくるかどうか不安になってしまった。特に、イビルアイの帰りを心配するラキュースは、自分も付いて行った方が良かったかもしれないとさえ思い始めた程だ。しかし──

 

 そんな心配していた彼女達の前に、イビルアイが転移の魔法で戻ってきたのだ。

 

「ウソ! もう帰ってきた!?」

 

 出発してから五分も経っていない。あまりにも早すぎる帰還に、ラキュース達はただただ驚くばかりである。

 

「転移先の登録は済んだ。これでいつでもエ・ランテルに行けるようになったぞ!」

 

 帰ってきたイビルアイは、ラキュース達に明るい声でそう報告する。

 心配していた事を後悔してしまう程のあっさりとした帰還に、ガガーランは大笑いする。そして──ひとしきり笑った後、帰ってきたイビルアイに疑問をぶつける。

 

アイツ(デュラハン)はどうした?」

「ん? ああ、アイツなら"馬車で行く所がある"とか言って別れた。たぶん、アインズとか言うヤツに会いに行ったんじゃないか?」

 

 イビルアイが立てた予想に──そういえばそうだったなと、ガガーランはつぶやきながら納得する。

 

 ラキュースはイビルアイの帰還に安堵しつつ、今後の先の未来について考える。

 

 デュラハン(シロ)がアインズ・ウール・ゴウンの元に向かったのなら、いよいよ『竜の宝』の冒険者活動がどこになるのか、はっきりとした答えが出てしまうという事だ。

 

「さぁ、ここからは運に任せるしかないわね」

 

『竜の宝』が王都に残るのか、エ・ランテルに行くのか──未来はまだわからないが、いざと言う時の備えと覚悟はやっておくべきだろうと、ラキュースは気を引き締めるのだった。

 




*ここまでの流れを簡単に表記しておきます。

[王国]

・王派閥
『竜の宝』をエ・ランテルに行かせようと計画中。

・貴族派閥
『竜の宝』を王都に残そうと計画中。


[法国]

・最高神官長
『竜の宝』に謝罪する為に、現在──法国からエ・ランテルに向けて移動中。

・番外席次
『竜の宝』と殺し合うつもりで、最高神官長達と共に移動中。


[評議国]

・ツァインドルクス(ツアー)
国の代表として、『竜の宝』を自国に招待する為に仲間のドラゴンと共に王都を目指して移動中。

・その他の議員達
貢ぎ物を準備中。デュラハン用に、首を捧げる活きの良い者達の選別も執行中。


[帝国]

・不明
(既に『竜の宝』の噂は届いているが、はたして…?)


[魔王軍]

・魔王様&ヤルダバオト
悪魔の軍勢を準備中。整い次第、法国を攻撃予定。


[竜の宝]

・勝&シロ
激流に身を任せ同化する…(どうにでもなれ〜☆)

・リュウノ(悪魔)
どうしてこうなった……?(とりあえず法国は潰す)








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第13話 実験

更新が遅くなって申しわけありませんでした。

*今回の話での注意事項

①ブレインとクレマンティーヌが割と酷い目にあいます。ファンの方には不快な話かもしれません。
②やや下品というか、エロい?部分が出ます。

これらの要素が含まれる話になりますので注意して下さい。


 ・

 ・

 ・

 エ・ランテルでイビルアイと別れたシロは、そのままコシュタ・バワーに乗ってナザリックに帰還した。

 

 外の天気は大雨である。出歩くような気分にはなれず、かといって王都の拠点に引きこもっているのも退屈で仕方ない。という訳で、ナザリックなら暇潰しになるだろうと考えたのだ。

 ブラック達に〈伝言(メッセージ)〉を送り、自分がナザリックに戻っている事を伝えた後、どのように時間を潰すか考える。

 

 自分と同じように帰還しているギルドメンバーと戯れる。

 下僕達と戯れる。

 図書館で本を読む。

 闘技場で運動でもする。

 スパ・リゾートでくつろぐ。

 

 様々な過ごし方を考えていたとき、ある事を思いだす。

 

「そういえば……クレマンティーヌはどうなったのだろうか?」

 

 エ・ランテルで捕まえた女──デミウルゴスにかなり酷い拷問を受けたというクレマンティーヌの様子が気になった。

 

「死んでないといいが……」

 

 クレマンティーヌには、ある実験を試すつもりでいる。なので──最悪生きてさえいればいい。

 

「まずは着替えるか」

 

 とりあえずギルドの指輪でマイルームへと転移し、いつもの軍服に着替え、シロからリュウノに切り替えよう。

 そう決めたシロは、インベントリからギルドの指輪を取り出すと、なんの迷いもなく指輪で自室に転移する。そして──

 

 

 ──見てしまった。

 

 

 ベッドの上で自慰行為に耽る──全裸の守護者統括のあられもない姿を。

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

「も、申し訳ございませんでした……」

 

 顔を赤らめ、恥ずかしそうに謝罪するアルベドに、リュウノは苦笑いを浮かべながらアルベドの罪を許した。

 

 アルベドの種族はサキュバスである。さらにアインズ曰く、アルベドにはビッチ設定が書いてあったとの事。ならば、このような行為に及ぶことはむしろ必然だったと思うべきである。

 かのエロゲーマスター・ペロロンチーノですら、ハーレム実行時にアルベドを省いていたのだ。アルベドの性的欲求の我慢が限界にくるのも時間の問題だったと言えよう。

 

「ま、まあ、アルベドにも色々事情があったんだろ? サキュバスって元々そういうエッチな事をする種族なんだし……。むしろ、よく今まで我慢できていたなと思うぞ?」

 

 アルベドの気持ちを少しでも軽くさせようと慰めの言葉をかけてあげるが、アルベドの表情は明るくならなかった。どうすれば良いか困り果てていると、アルベドが涙を流しながら自分の心情を吐き出し始めた。

 

 アルベド曰く、このような行為に及んだのは今回が初めてではなかったとのこと。数日前から、暇を見つけては日替わりで至高の御方の誰かの部屋で自慰行為に耽り、抱かれている事を想像して、その余韻を味わっていたらしい。

 ちなみに私の部屋は四番目だったとの事。一番目はアインズ、そこからウルベルトさん、ヘロヘロさん、そして私の部屋、という流れだったらしい。

 

 補足すると、たっちさんの部屋のドアには鍵がかけられていて、ギルド長であるアインズ以外誰も入れないようにしてあったらしく、アルベドは断念したとの事。これはおそらくだが、ウルベルトさんがたっちさんの部屋に悪さをしないようにする為の対策か何かだろう。

 ペロロンチーノさんの部屋は、シャルティアに気を使って忍び込むのを遠慮していたという。

 しかも、ウルベルトさんの部屋で自慰行為をしているところをデミウルゴスに見つかり、部屋から追い出された挙句、二度とウルベルトさんの部屋でやらないよう注意されたりもしたらしい。

 

 アルベドがこのような事をやり始めたきっかけは──シャルティアがペロロンチーノさんと毎晩、一緒にハーレムを催しながら寝ている事を本人が自慢げに話していた事が原因。

 さらに、至高の御方の誰からも、まだ一度もベッドに呼んでもらえていなかった事など、シャルティアとの扱いの差に嫉妬していた事も理由の一つであったらしい。

 

 さらに──何人かの下僕が至高の御方(特にペロロンチーノ)と一緒に寝ている姿を目撃した事がある、と言うメイド達の会話を立ち聞きしたという。

 何人かの下僕とは、おそらく──ペロロンチーノさんのハーレム常連メンバーのヴァンパイア・ブライトやサキュバス達の事だろう。もしかしたら、私と一緒に寝たブラック達も含まれているかもしれない。

 

 ただでさえ、アルベドはナザリック内部の業務に追われ忙しい毎日をおくっている。そんな中、至高の御方から溺愛や寵愛をもらっている同僚や部下がいる。オマケに夜はアインズの執務に付き従う事が多い割に、ベッドに呼ばれる事がない。

 サキュバスという種族でありながら、さらにビッチな性格でもあるのに──アルベドは仕事に徹し、己の欲望を我慢していたのだ。

 

 地獄のような苦しみだったであろう。自分のやりたい事が何一つできない環境に置かれるというのは。アルベドの辛さを考えるならば、自慰行為くらい許してやっても良いだろう。

 

「その、なんだ、今回の事はアインズには内緒にしておいてやるよ」

「──え?」

「私の部屋で自慰行為をするのも見逃してやる」

「ほ、ホントですか?」

「ただし! 自慰行為をするなら私の部屋だけにしろよ? アインズとかヘロヘロさんの部屋ですると、いろいろ大問題になりかねんからな」

「あ、ありがとうございます!」

 

 ようやくアルベドに笑顔が戻る。

 オマケにサキュバスであるアルベドが()()()()()()でエッチな行為をしないように牽制する事もできた! 我ながら見事な手腕だったなと自負する。

 

「──ところでアルベド。お前に聞きたい事がある」

「はい、なんでしょうか?」

「私が捕まえた女、たしか……クレマンティーヌだったか? アイツはまだ生きてるか?」

「はい。今は──シャルティアのペットとして飼われています」

「は?」

 

 一瞬耳を疑った。しかし、アルベドが冗談を言っているようには見えない。

 

「(──ペット? 人間をペット!? いや、そうか!)」

 

 よく考えれば納得がいく結末だ。ナザリックの者達からして見れば、人間は下等種族という認識だ。家畜や玩具といった見方をする者達すらいたりする。捕虜であるクレマンティーヌも、スレイン法国の情報を入手する為に捕らえた存在だ。私が生かしておくよう指示を出していたから生かされているだけで、用が済めばそれまでの価値しかない。クレマンティーヌが死のうが拷問されようが、誰も気にしないのだ。

 

「じゃあ、クレマンティーヌはシャルティアの部屋に?」

「はい。あ、ですが──」

「ですが……なんだ?」

「今の時間なら、シャルティアがペットを散歩させている時間かもしれません」

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 ナザリック第六階層にある闘技場、そこである男が刀を振るっていた。何度も何度も刀を──目の前の武人に叩きつけるが、全て弾かれ、躱され、最後は刀を弾き飛ばされる程の衝撃を受けてぶっ飛ばされる。地面に倒れては痛みに苦しむものの、数分経てば何事もなかったかのように立ち上がって、再び刀を握りしめて武人に切り込んで行く。その繰り返しが何度も続いている。

 

「はぁぁあ!」

「……遅イ」

 

 男が繰り出す剣戟は──けして素人が出すような生半可なものではなかった。少なくともアダマンタイト級冒険者と互角に渡り合える程の技量はあった。あの王国最強の戦士ガゼフ・ストロノーフとすら渡り合える程の。

 だが、目の前の武人──コキュートスからしてみれば、全く脅威すら感じないものであった。現に、コキュートスは男の繰り出した攻撃を容易く弾いている。

 

 刀を振るう男──ブレイン・アングラウスにとって、自分の技が全く通じない事は屈辱であった。果てしない程の努力を行い、ようやく高みに辿り着いたと思っていた自分の強さ。それが、目の前の武人からしてみれば高みですらなかった。それどころか──目の前の武人こそ、高みそのものだと教えられたのだ。

 

 圧倒的な強さを持つ人物──ブレインの人生では、これで三人目である。

 目の前にいる──蟲の武人コキュートス。

 ブレインをヴァンパイアにして眷属にした──シャルティア・ブラッドフォールン。

 その二人が『二人ががりでも勝てない』と断言する人物──盗賊団の住処だった洞窟で、シャルティア・ブラッドフォールンと共に現れた純白の鎧を着た男──たっち・みー。

 少なくとも、この三人の実力は実際に戦って経験済みなのでブレインは知っている。

 

 あの日、ブレインは己の弱さを実感した。野盗共が住処にしていた洞窟で──(楽しそうに野盗共を殺す吸血鬼の少女と、悪者だからという理由だけで情け容赦なく野盗共を切り殺す騎士に出会った。用心棒として雇われていたブレインの技や武技は全く通じず、「武技が使えるから」という理由だけで生け捕りにされた)──地獄を見て、地獄を味わったのだ。

 

 生け捕りにされたブレインは、このナザリック地下大墳墓にある拷問部屋でいろいろな拷問を受けながら、ありとあらゆる情報や知識を無理やり吐かされた。武技に関しても、たっち・みーやコキュートスの前で実演を強制させられた。

 下手に口答えしたり、関係ない事を口にすると容赦なくボコボコにされ、傷を癒され、また拷問部屋送りにされる。そんな日が数日続いたのだ。最終的にブレインはヴァンパイアへと作りかえられ、実験体としての役目を与えられた。

 

 

 そんな地獄のような日々の中、ブレインでも学習できた事はあった。まず目の前の武人、コキュートスという名前の戦士は比較的優しい人物であるという事を理解した。鍛錬時は厳しい言葉を言われる事もあるが、後の二人に比べればマシなほうだった。──正直に言うと、他の二人の方が怖かった。というのがブレインの思いである。

 

 たっち・みーは、ブレインが悪党共とつるんでたくさんの人を不幸にしたという理由で『終身刑』という罰を与え、死ぬまでナザリックの為に働くよう命令したのだ。しかもシャルティアにブレインの身体をヴァンパイアに作りかえるよう伝えた上でだ。

 

 それ以降、シャルティアがブレインの主人となった。

 

 ブレインの主人であるシャルティアは酷い性格の持ち主だった。何かイライラする事があると、イラつく度にブレインや他のヴァンパイアに八つ当たりをするのだ。八つ当たりされた被害者達の腹や腕、足の骨を折られた回数は数えきれない程だ。ヴァンパイアという種族が持つ能力──〈自然治癒〉のおかげでケガは治るものの、痛みまでは消せない。苦痛に苦しむ姿を眺めるのが、主人であるシャルティアの趣味なのだと理解するのにブレインもそう時間はかからなかった程である。

 

「ソノ程度カ、ブレイン?」

「いいえ! まだやれます!」

 

 何度刀を弾かれようが、躱されようが、峰打ちを喰らおうが、何度も立ち上がってはコキュートスに向かって必死に刀を振る。ブレインがここまで必死になるのには理由がある。

 それは、少しでも自分が役に立つ事を証明する為。そうしなければ殺される、或いは()()()()()()()()にさせられてしまうと知っているからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つい最近──ご主人様(シャルティア)がペットを飼い始めた。ご主人様が新しくペットにした人間の女……確か名前はクレマンティーヌだったか? そいつが来てからというのもの、ご主人様はその女の調教にご熱心になり始めた。女を裸にひん剥き、獣の耳や尻尾などを模した玩具を装着させ、性的な行為を何度も行うのがご主人様の日課になりつつあった。

 

 特に昨日の夜は酷かった。至高の御方のお一人であり、俺のご主人様であるシャルティア・ブラッドフォールン様が敬愛しているという人物──ペロロンチーノ様が、ご主人様の部屋でクレマンティーヌを調教する光景を見せつけられたのだ。いや──正確に言えば、単にご主人様の部屋の警護を他の女性ヴァンパイア達と共にやっていた時に、そういう事が部屋で行われていただけだったのだが。

 女は最初こそ、拒絶や抵抗の意思を僅かに見せてはいたが、ご主人様の指テクやペロロンチーノ様の思いつく様々な性的プレイに屈服した。最後はただただ媚びるだけの雌になっていた。

 

 ペロロンチーノ様から調教を受ける女を羨ましそうに眺め、唇を噛み締めながら悔しそうに嫉妬していた女性ヴァンパイア達とは違い、俺は女を哀れんだ。

 女の体つきは戦士を思わせる鍛え方をしていた。俺と互角か、あるいは──だが、仮にあの女が俺より強かったとしても、もう戦士として戦う事はできないだろう。女が培った強さもプライドも、ご主人様とペロロンチーノ様相手には無意味であり、必要ないものだった。それらを全てを砕かれ捨てられた女に残ったものは、雌としてご主人様達を喜ばせる事だけ。

 本当に哀れだ。手に入れたものを全て奪われ、人間としても扱ってもらえなくなった、あの女は本当に。

 

 自分はあんな風になりたくない。人間をやめこそはしたが、獣に落とされるぐらいなら俺は化け物でいい。その為ならどんな命令にも従うし、何人でも殺してみせる。

 人間では到達できない高みにいる()()()()()()()の元で、俺は強くなりたいのだ。どんなに辛い修行でも鍛錬でも、この化け物の体でやり遂げてみせる。

 そして見せつけてやるのだ。下等種族である人間達に。お前達人間は遅れているのだと。劣っているのだと。

 

 その為には強くならなければ。まだまだ俺は強くなれるはずだ。だからこそ、今は惨めで無様な姿を晒す事にも抵抗はない。努力すればきっといつか辿り着けるはずなのだから。

 

 

 

 何度目だっただろうか──コキュートスの刀で峰打ちをくらったブレインが地面に倒れ込んだ時だった。

 

「ム……?」

 

 コキュートスの視線が闘技場の観客席の方へと動いた。その方向にブレインも視線を向ける。見れば、真っ黒な全身鎧を着た人物が闘技場に降りてくる所だった。

 黒竜を思わせる見た目の鎧を着た人物は、闘技場の試合場まで降りてくると気さくな態度でコキュートスに話しかけ始めた。

 

「よっ! コキュートス」

「コレハ……リュウノ様……」

 

 相手が何者か理解した途端、コキュートスが跪いて忠義の姿勢を見せた。

 

 その行動に、ブレインは驚愕しながら様子を伺う。

 

「(コキュートス様が跪く程の相手となれば──このナザリック地下大墳墓に居る六人の支配者、至高の御方達と呼ばれる存在以外ありえない!)」

 

 

 シャルティア・ブラッドフォールン様から、至高の御方達の紹介──もとい、その素晴らしさについては何度も教えられた。その凄さは、直接会った御方達だけでも、その姿を見ただけで理解できた。

 

 どう頑張っても俺では勝てない存在だと。

 

 ナザリック地下大墳墓の最高支配者であり、死の支配者でもあるアインズ・ウール・ゴウン様。

 全ての悪魔の頂点に君臨し、あの恐ろしい拷問悪魔──デミウルゴス様すら従わせている、魔王ウルベルト・アレイン・オードル様。

 我がご主人様──シャルティア・ブラッドフォールン様の将来の旦那様であり、ナザリックの全ての女達を虜にする魅力の持ち主、ハーレム王ペロロンチーノ様。

 ナザリック最強の騎士であり、チャンピオンでもある、純銀の聖騎士たっち・みー様。

 

 直接会った事があるこの四人だけでも、目の前に立たれた瞬間──自分との格の違いの差を思い知らされた。理解できてしまった。

 

 それにまだ後二人──会った事はないが、先に上げた四人と同格の支配者がいる。

 一人がヘロヘロ様。このナザリック地下大墳墓で働く全てのメイド達が最も尊敬している人物として名が上がっている。

 

 もう一人が勝様。この方の話は特に多く、憶えるのが大変だった。

 まず、守護者統括のアルベド様曰く──このナザリック地下大墳墓で怒らせたら最も怖い人物であるらしい。怒った時の勝様の恐ろしさは半端なく、勝様から放たれる殺気で全ての下僕達が震え上がってしまった程だと言う。あのナザリック最強と言われているたっち・みー様ですら、怒った勝様に『黙れ!』と怒鳴られた事があるとか。

 また、コキュートス様の話では──勝様は竜王(ドラゴンロード)を何匹も従えさせており、その竜王達の強さはアインズ様達ですら苦戦する程と言われている。

 さらにさらには、デミウルゴス様曰く──勝様は優れた智謀とカリスマをお持ちであり、わずかな情報から大きな成果に繋がる結果を導き出すという。

 他にも──心臓を刺されても死なないとか、頭がない時がイケメンだとか、ペットになって仕えたい支配者No.1等々、理解し難い情報まであった程である。

 

 では、目の前の黒鎧の人物は何だ? 

 コキュートス様は『リュウノ様』と言っていた。様付けで呼ぶ以上、コキュートス様より上位の存在である事は確かだろう。

 しかし、至高の御方達の名前とは一致しない。気さくな態度でコキュートス様に話しかけているあたり、向こうも自分自身がコキュートス様より偉い事を自覚しているようだが……。

 

「こんな時間から鍛錬か?」

「ハイ。コノ者ヲ鍛エルヨウ、アインズ様カラ仰セツカッテオリマシテ……」

 

 リュウノという人物の視線が、倒れた姿勢で見上げる俺に向けられる。珍しいものを見るような、そんな雰囲気が感じられる視線だ。

 

「お前名前は?」

「ど、どうも……俺は──」

 

 起き上がり、体に付いた砂をはたきながら自己紹介をしようと話始めたその時、コキュートス様が唸り声を上げながら武器で地面を叩いた。その動作に俺は思わず怯んでしまう。

 

「リュウノ様ノ御前デソノ態度ハナンダ、ブレイン・アングラウス!」

「──も、申し訳ございません!」

 

 うっかりしていた。コキュートス様が跪く程の相手に対し、頭も下げずに普通に話そうとしていた。コキュートス様が怒るのも無理はない。

 俺が慌てて跪くと、コキュートス様が非礼を詫びる言葉を言い始める。しかし、リュウノ──様はそれを片手を上げて制した。

 

「構わん。二人とも立っていいぞ。先程の無礼も許す」

「──シ、シカシ……」

「二度も同じセリフを言わせるなよ、コキュートス?」

 

 

 有無を言わせぬ態度──強者として君臨する者が見せる態度だ。これにはコキュートス様も従わずにはいられなかったのだろう。コキュートス様が立ち上がるのに合わせて自分も立ち上がる。

 俺達が立ち上がるのを確認してから、リュウノ様は再び気さくな態度で話始めた。

 

「ブレイン・アングラウス……確か、たっち()()が捕まえた人間の名前だったな。お前がそうか?」

「は、はい!」

「何故アンデッドになってるんだ? しかも鍛錬までしているようだが?」

「えっと……それは──」

 

 片方はシャルティア様の眷属にされた、で説明がつく。もう片方は──至高の御方の一人であらせられるアインズ様から命令されたからだ。

 

「ソレハ私ガ説明致シマス」

 

 リュウノ様の疑問に対し、コキュートス様が丁寧に説明を述べた。

 

 俺がアンデッド──ヴァンパイアにされた理由は二つ。一つは、ナザリックの外にいる人間を眷属にした場合、恭順するのかどうか調べる為。もう一つは、眷属化した者がレベルアップ? するかどうか調べる為、という内容だった。レベルアップの意味がよくわからないが、要は強くなるかどうか知りたいという事なのだろう。

 

「なるほど。()()()()らしい考え方だ……」

 

 俺は不思議に思った。

 目の前の鎧女──リュウノ様は、至高の御方達の一人であるたっち・みー様を『さん』づけで呼び、さらにはナザリック地下大墳墓の最高支配者であるアインズ様を呼び捨てしたのだ。にも拘らず、コキュートス様は何も言わなかった。つまり、普段もこの調子なのだろう。

 

「(この方は……どれぐらい偉い人なんだ?)」

 

 至高の御方達を様付けで呼ばないという事は──まさか、それ以上に偉い人物なのだろうか? 

 

「お前、武技は扱えるのか?」

「はい。扱えます……が……」

「どんな武技だ?」

「えーと……」

 

 俺は迷った。習得している武技が複数あったからだ。

 

「どうした?」

「そ、その、どんな武技を知りたいのでしょうか? 私の習得している武技はたくさんあるので……」

「なるほど……」

 

 リュウノ様は少しだけ考える仕草をする。そして──

 

「なら、お前がよく使う武技で頼む」

「でしたら──『虎落笛(もがりぶえ)』ですね」

「もがりぶえ?」

「はい。俺が……いえ、私が編み出したオリジナルの必殺技でして、複数の武技を複合させて放つ特殊な技なんです」

「ほう……詳しく聞いても?」

 

 俺は『虎落笛(もがりぶえ)』について説明した。

 絶対必中の〈領域〉と神速の一刀〈神閃〉を併用し、対象の急所”頸部”を一刀両断する。頸部から吹き上がる血飛沫の音から名付けた必殺技──それが『秘剣(ひけん)虎落笛(もがりぶえ)』である。

 

「ふむ……要は居合斬りか……」

 

 一言で言えばそうなのだが、そのへんの雑魚がやる居合斬りとはけっして違う。しかし、コキュートス様やシャルティア様のような──頂点に君臨する化け物級の強さを持つ人達からしてみれば、俺が放つ必殺技もただの居合斬りにしか見えないのかもしれない。

 

「よし……その必殺技、私に対して使って見ろ。直接見てみたい」

「よ、よろしいのですか?」

「構わん。遠慮なく、本気で頼む」

 

 "本気で"──と言われても困る。相手はコキュートス様より偉い存在だ。万が一、怪我でもさせたら、あるいは殺してしまったら──そう思うと踏ん切りがつかない。

 悪い予想が頭の中を飛び交う。しかし、尻込みしていても仕方ない。必殺技を使うように言ってきたのは向こうだ。

 それに、俺の本気の『虎落笛(もがりぶえ)』はもう既に何度か防がれている。この必殺技をシャルティア様やコキュートス様に使用したが、シャルティア様は素手で掴み、コキュートス様は武器で難なく防いでいた。なら、このリュウノ様もきっと、何らかの方法で躱すに違いない。

 とは言っても、俺の技が通用しないという実力差と、それを正面から見せつけられるのは……正直に言うと、俺のプライドをズタボロされるというか、ツラいのだ。

 

「では……行きます!」

 

 俺は覚悟を決めた。

 武技──〈領域〉と〈神閃〉を同時に発動させ、抜刀の構えをとる。狙うは頸部。仁王立ちしているリュウノ様の鎧と兜の僅かな隙間に意識を集中させる。

 思えば、この必殺技を使うのはヴァンパイアになってからは初めてだ。ヴァンパイア化の影響で人間の時より筋力や握力が高くなっている。今なら、人間の時よりも強力なものが出せるかもしれない。

 

「秘剣──虎落笛(もがりぶえ)!!」

 

 俺は抜刀した。神速の一刀が、寸分たがわず狙い済ました頸部を斬り裂いた。相手が普通の人間なら──このままいけば、首から大量の血が噴き出し、首が落ちるはずだ。

 

 でも、そうなるはずがない。相手はコキュートス様が跪く相手、きっと平然と立って───え? 

 

「───がっ──ふっ──」

 

 俺は自分の目を疑った。目の前に立っていたリュウノ様の首から血が噴き出していた。噴水のように、真っ赤な血が大量に。そしてそのまま首が胴体から外れ、地面に拡がる血の上に落ちたのだ。後に続くかのように、首を失ったリュウノ様の体が脱力し、仰向けに地面に倒れて──それ以降、全く動かなくなった。

 

 沈黙が闘技場を満たす。聞こえるのは──リュウノ様の死体から噴き出す血の雫の音だけ。

 

 俺は困惑した。まさか、こんな事になるなんて想像していなかった。リュウノ様を斬った。斬り殺した。それは当然の結果であり、()()()()()()()()

 

「こ、ここ、コキュートス様!」

 

 俺は救いを求めた。殺したくて殺した訳ではないと。全てを見ていた武人に助けを求める視線を送った。しかし、コキュートス様は無言を貫いた。ただ何もせず、じっとリュウノ様を見つめているだけ。

 

 ──その時だった。

 

「おんやぁ? これはどういう状況でありんすかぇ?」

 

 背筋に寒気が走った。最も恐ろしい人物の声が、最悪な状況で聞こえてきた。きっと幻聴だ。そう信じて、声がした方へと視線を送る。

 

「これは──貴方の仕業でありんすか?」

 

 恐怖が立っていた。ペットを連れた我がご主人様が観客席の入口から、こちらに向かって歩いて来ていた。夢ではない。夢では──なかった。

 

「ブレインガ、リュウノ様ノ首ヲ武技デ斬ッタノダ」

「──ッ!!?」

 

 コキュートスの無慈悲な言葉に、ブレインは自分の人生の終わりを悟った。状況的に──確かにブレインが斬った。ブレインが斬り殺したのだ。コキュートスの発言に全くの嘘はない。しかし、逆に言えば──全くのフォローもないのだ。

 

「ちが───こ、これは──」

「おやおや、それはなんと恐れ多い。ブレイン、御主(おぬし)はなんと罪深い事をしてくれたのかぇ?」

 

 ご主人様が俺の方に向かって歩いて来る! 残酷な程美しい笑顔で。

 冷や汗が止まらない。動かないはずの心臓がバクバクと音をたてている様な錯覚さえ感じる。

 俺は殺される──間違いなく殺される! 

 恐怖のあまり足から力が抜ける。尻もちをついた状態で──それでも目の前の恐怖から逃げようと──後ずさる。

 

 シャルティア様の視線が俺の背後──おそらく、リュウノ様の方へと移る。その瞬間、シャルティア様が「フフッ」と笑う。

 きっと、俺をいたぶる理由が──もしくは殺す理由ができた事を喜んでいるのかもしれない。

 

 ピチャリという音がして、手に冷たいものが触れる。気付けば俺は、リュウノ様の死体のすぐ側まで後ずさっていた。血溜まりに触れた手がリュウノ様の血で汚れていく。

 

「ブレイン──」

「は、はい!」

 

 名前を呼ばれ、すぐさま返事をする。どちらかと言えば条件反射に近かった。

 名前を呼んだシャルティア様はクスクスと笑いながら俺を指さした。だが、その後すぐ俺は、シャルティア様の指さしたものが俺以外のものであった事を理解した。

 

「──後ろ」

「え?」

「後ろを見るでありんす」

 

 意味がわからず、言われた通りに後ろを向く。真っ先に見えたのは──リュウノ様の兜だった。

 

「やあ! ブレイン」

「うあああぁぁぁあ!!」

 

 ブレインは悲鳴を上げた。目の前にあった物から全力で距離をとった。距離をとり──まだ冷静さを取り戻していない状態ではあったが──改めて目の前の物を確認する。

 

 リュウノ様の兜が──頭が──首の切断面から血を垂らしながら浮いていた。いや違う──血が頭を()()()()()()()? 

 ありえない。リュウノ様の頭は地面に転がっていたはず。というか、喋っていたような──

 

「びっくりした?」

 

 間違いない! やっぱり喋った! 頭しかない状態で、リュウノ様は普通に喋っている! 

 

「リュウノ……様? ……これは、いったい……」

「んー……一言で言えば、()()()は首を切られた程度じゃ死なないってだけ」

「首を切られた程度……って……」

 

 それはもう人間じゃない。いや、そもそもリュウノ様を人間だと勝手に思い込んでいた俺の考えが甘かったのかもしれない。

 

 

 唖然としているブレインをよそに、リュウノとシャルティアは楽しそうに会話を始める。

 

「リュウノ様は意地悪ですねぇ」

「えー、どこが?」

「ブレインが私の方を向いてる時、小さく手を振ったりピースサインしたりと……ブレインに気づかれない程度のアピールをしていらっしゃったではありませんかぇ?」

「私がコイツの武技で死んでない事をアピールしただけだよ。──よいしょ」

 

 頭の無いリュウノの体がムクリと起き上がり、血に支えられながら浮いていた兜──頭を掴む。そのまま頭と体の切断面をくっつける。それだけで首を切られる前と同じ状態に戻る。

 流れていた血や血溜まりもいつの間にか消失しており、ブレインがリュウノの首を斬ったという痕跡は何一つ残っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もはや空気と化したブレインには目もくれず、リュウノはシャルティアに会いにきた理由を告げる。

 

「──さてシャルティア。さっき〈伝言(メッセージ)〉で伝えた通り、クレマンティーヌに用があるんだ」

「はい、ここに──」

 

 シャルティアの背後から、四つん這い姿の哀れな女──クレマンティーヌが姿を現す。裸同然の格好をした彼女は、頭には獣の耳を模した飾り、お尻には──おそらく挿入タイプの──獣の尻尾を模した飾りを着けている。

 そして最後に首輪だ。頑丈そうな金属でできた首輪には鎖が付けられていて、シャルティアの白くて細い手がその鎖の先端を握っている。

 

「(これが人間をペットにした姿か……ペロロンチーノさんがよく言っていたエロゲーをリアルに再現するとこんな感じになっちゃうのか……)」

 

 鎖の首輪に繋がれたクレマンティーヌの姿は──正に奴隷にしか見えない。それに、人間っぽい生き物に首輪を着けて散歩させる光景を客観的に見るのは初めてだ。他人視点から見た状況を初めて理解し、以前──王都でブラック達を散歩させた時の光景を思い出す。

 今思えば、あれも相当酷いというか、よい見世物になっていた可能性が高い。そう思うと羞恥心が湧き上がる。

 ブラック達も割と人間っぽい部分が多い。尻尾や角がある分、人間ではない事を理解してくれる人がいるのでまだマシかもしれないが──それでも、ブラック達を奴隷のように思った市民がいたかもしれない。

 

「どうかしましたか、リュウノ様?」

「いや……何でもない」

 

 己の中の羞恥心を振り払い、リュウノは改めてクレマンティーヌの状態を見直す。少なくとも廃人状態ではなさそうだ。シャルティアの指示に従順に従っているあたり、デミウルゴスの拷問による恐怖が効いているのだろう。

 

 クレマンティーヌが、このナザリック地下大墳墓から逃亡できる可能性はゼロだ。各階層には守護者達が待機しており、その上アダマンタイト級冒険者でも敵わない化け物達が蔓延っている。さらに、不眠不休で活動を続けるシャルティアに管理されているのだ。

 シャルティアは自身が管理している階層を巡回する際、ついでにペットの散歩を行っているらしい。故にシャルティアが部屋に居ない間に逃げるという事は不可能だ。無論、仮にシャルティアがクレマンティーヌを部屋に置き去りにしたとしても、配下のヴァンパイア達が部屋に待機しているので監視の目も当然ある。何らかの理由でシャルティアがクレマンティーヌを放置したとしても、クレマンティーヌが逃げようとすれば即バレるだろう。

 

 この第六階層にクレマンティーヌを連れていく理由は──アルベドの話では『野外プレイの一環』という事らしい。野外プレイがどの様なものなのかは、ペロロンチーノとのエロゲ話でだいたい予想はつく。要は家の外でペットを散歩させている感をだしたかったのだろう。

 ペロロンチーノが指示した事なので、シャルティアはその命令に忠実に従いクレマンティーヌを散歩させている──のだが、この第六階層をよく知らないクレマンティーヌは、本当に野外に連れ出されたと思いこんでいるかもしれない。

 

「さあ、リュウノ様に挨拶をするでありんす」

「ご、ご主人様の──シャルティア・ブラッドフォールン様のペット……クレマンティーヌ……です」

 

 笑顔でそう言うクレマンティーヌ。この笑顔もシャルティアに仕込まれたものだろう。至高の御方の前で失礼な事にならないよう、調教を施されたに違いない。

 しかし、クレマンティーヌ自身も媚びを売る事で、ナザリックに住む者達を不快にさせない事が長生きできる方法だと理解できているはず。ならば、遅かれ早かれこの様な態度になっていたはずだ。

 

「……哀れな姿になったな、クレマンティーヌ。あの頃の──ナザリックに連れて行く前の残忍そうな顔はどこにいったのやら……」

「デミウルゴスの拷問でこっぴどく心を折られたらしいでありんす」

「ふーん……ま、そっちは私には関係ない事だし。さっさと()()を終わらせる」

 

 四つん這いのクレマンティーヌの正面に立つと、リュウノはクレマンティーヌの頭に手を伸ばす。伸ばされた手と実験という言葉に恐怖を感じたのか、クレマンティーヌの笑顔が恐怖に引きつっている様に見えた。

 しかし逃げられない。クレマンティーヌは首輪で鎖に繋がれており、その手綱はシャルティアが握っている。

 

「先に言っておくが、いくら媚びを売っても無駄だからな。私はお前に慈悲をかけない。お前はたくさんの人を殺しているんだ。そのツケが回ってきたと思って諦めろ、クレマンティーヌ」

 

 クレマンティーヌの笑顔に恐怖が混じっていた事を察したリュウノからの残酷な言葉。クレマンティーヌを絶望させるには充分な言葉だっただろう。

 

 リュウノの手がクレマンティーヌの頭に触れる。

 

「さてと、まずはスキル〈愛撫で〉を発動させてと──」

 

 クレマンティーヌの頭を優しく撫でる。慈悲をかけないとは言ったもぬのの、こればっかりは優しく撫でないと意味がない。先程の私の言葉と今の言動の差に、撫でられているクレマンティーヌ自身も困惑した表情をしている。

 

 しばらく撫で続けてみた。しかし、クレマンティーヌがシャドウナイトドラゴンのように、甘えるような仕草を始める事はなかった。むしろ、私に撫でられているクレマンティーヌを見て、シャルティアの方が羨ましそうに眺めている始末だ。

 

「うーむ……やはり人間相手には効果なしか? それとも私が従わせている訳ではないからか? いや、シャルティアのペットだからか? うーむ……」

 

 特に何も変化は起きないと判断して撫でるのをやめる。単純に、テイマー職のスキルは人間種には効果は発揮されない、と考えるのが妥当なのかもしれない。

 もしテイマー職のスキルが人間にも効果を発揮できていたのなら──友好度を高めて敵対心を無くし、こちらにとって都合のいい操り人形にできたかもしれない。そうなれば、冒険者活動も楽になって良かったのだが。

 

「仕方ない……次だ」

 

 

 

 

 

 

「(いったい何が始まるんだ?)」

 

 ブレインは空気と化している事が1番安全だと理解した。故に、これから起こる事を間近で見る事ができた。

 

「スキル発動──〈竜王合体〉・ティアマト!」

 

 一瞬リュウノ様の体が発光した。鎧の隙間から光が漏れるのが見えた。

 その瞬間、リュウノ様から得体のしれない邪悪さを感じた。よくわからないが、リュウノ様の雰囲気がガラリと変わったように思えたのだ。

 

「ふむ……これがティアマトの力か……。初めて合体したが……ああ……これがティアマトの欲望の凄さか……今になってようやく理解できた。これ程の欲望が溜まっていたら、私に抱きつきたくなるのも道理だな。しかし、これはあまりにも……ククク……フハハハハハ────ッ!」

 

 ゾクリッと寒気が走った。先程(光る前)までのリュウノ様には邪悪な雰囲気はあまりなかった。だが、いま目の前で笑っているリュウノ様は──明らかに別人になったとハッキリ感じとれる程の邪悪さがあった。

 

 突然笑い出したリュウノ様に、周りにいた守護者の方々が不思議そうに首を傾げている。

 

「リュウノ様、如何ナサイマシタカ?」

「ああ──なんでもない……私は大丈夫だ。少しだけ……ティアマトの欲望に飲まれそうになっただけだ」

「竜王ティアマトの欲望でありんすか?」

「ああ。ティアマトのヤツ、気に入った物は何でも手に入れたがる性格らしい。そのティアマトと合体すると、今の私が1番欲する物への執着心が湧き出てきてなぁ……まぁ、なんとか抑え込みはしたが……」

 

 至高の御方の一人であるリュウノ様が欲する物。それが何なのか気になった俺の心を代弁するかのように、ご主人様が尋ね始めていく。

 

「リュウノ様が1番欲する物とは……どんな物でごさいんすか? ご命令いただければ、この私──シャルティア・ブラッドフォールンがとって参りしんすが?」

「いや結構だ。私が欲する物は私じゃないと手に入れられない物だからな。それよりもクレマンティーヌ──」

 

 再び矛先が自分に向いたクレマンティーヌがビクリと身を震わせる。

 

「は、はい……」

「──お前はシャルティアのペットだよなぁ?」

 

 明らかに先程までの口調と違う。優しさが一切ない邪悪に満ちた雰囲気を纏った口調へと変わっている。反論は許さない──そういう圧がこもっている。

 

「そ、そうです……!」

「なら、もう戦士として戦う事もない──という事だよあ?」

「……え? そ、それは──」

 

 女の口が途中で止まる。たぶんだが、同じ質問をされたら俺も同じように口を止めていただろう。あの女がどのような理由で戦士になったかはわからないが、強くなる為の努力ぐらいはしただろう。しかし、リュウノ様の質問に『そうです』と答えるのは、己の努力を否定する行為になってしまう。

 

 リュウノ様は、口を開かない女からご主人様へと視線を移す。

 

「シャルティア、コイツが戦士として外で戦う可能性はあるか?」

「現状ではありません。ペロロンチーノ様が、この女をそういう目的でお使いになる可能性も低いと思いんす」

「──だ、そうだがッッッ!!」

 

 突然、リュウノ様が足を上げて──四つん這いになっていたクレマンティーヌの頭を踏んづけた。クレマンティーヌの頭が地面に叩きつけられる。

 

「──ガッッ!? ──ぁぐぅ──!」

 

 顔面を地面に押さえつけられ、ジタバタともがくクレマンティーヌ。しかし、次のリュウノ様の一手でそれすらも封じられる。

 

「クレマンティーヌ、『抵抗するな!』」

「──ぐぅぅ!?」

 

 もがいていたクレマンティーヌの動きがピタリと止まる。先程まで、あんなに苦しそうにしていた動きが、まるで何か──見えない力によって縛られているかのように。それでも、何かに抗うような表情をしたクレマンティーヌの顔から、自分の意思でやっている訳ではない事が理解できる。

 

「『服従のポーズをしろ!』」

 

 リュウノ様の言葉に合わせ、クレマンティーヌの腰が上がっていく。頭は低く、腰は高く、手は頭の横に、足は股を開いたVの字状態でピンと伸ばした姿勢になる。なんというか……こんな状況でなければ、全裸で獣っぽい格好をした女があんな姿勢をしていたら、間違いなく俺は性欲を抑えられなかっただろう。

 

「よしよし。私の将軍(ジェネラル)職のスキルは通じるようだな」

「これは……! なんと羨ましいお仕置き──ではなく、見事な服従のポーズでありんす!」

 

 自分のペットが踏みつけられているというのに、ご主人様はまったく気にしていない様子だった。

 

「コレハ……デミウルゴスノ〈支配の呪言〉ト似タ効果デショウカ?」

「相手に命令させた事をやらせる、という点では同じたな。だが、デミウルゴスの〈支配の呪言〉は40レベル以下の相手にしか効果を発揮しない。それに対して私のやつは違う。私のは、私よりレベルの低い相手になら誰にでも効果を発揮する!」

 

 自信満々に自分のスキルについて語るリュウノの言葉をブレインは必死に頭に叩き込む。相手を能力を事前に知っておく事は、戦いで自分を有利にする。これは戦いを生業としている者にとって常識的の事だ。だが、知る事で絶望を味わうパターンもある。そう──今のようなケースがそうであるように。

 

「ナント……!」

「流石はリュウノ様でありんす! 弱者が強者に従うのは当然の理……至高の御身であらせられるリュウノ様には、あって当然のスキルでありんす」

「ありがとうシャルティア。しかし、抗いようはあるぞ?」

「──!」

 

 ブレインはチャンスとばかりに聞き耳を立てる。弱点(対抗策)があるのなら聞いて損はないからだ。

 

「まず、精神系や支配系に耐性のある者には効果が薄くなる。無論、私とのレベル差が少なくなればなるほど効果も弱まる。精神支配系に耐性があるアンデッドなどにも当然効果は発揮されない」

「(つまり、俺には効かない──という事か?)」

 

 ブレインは安堵する。自分がヴァンパイアに変えられていた事に。

 

「だが──()()()()()()()()()()()()()()()()()けどな!」

「耐性に意味がない──とは、どういう意味でありんす?」

「ティアマトが持つ職業スキルさ。『破壊の略奪者(ラヴィジャー)』には、相手のスキルや魔法、耐性などを破壊、略奪できるスキルがあるのさ」

「破壊ダケデナク、略奪モ可能ナノデスカ?」

「もちろんだとも。というか、こういう事をできるヤツはユグドラシルでも割と居たぞ?」

 

 相手の技や魔法を一時的に封じて使用不可にする、相手の耐性の一部を無効化する、相手の技をコピーして真似る──などなど、ユグドラシルの戦術はプレイヤーの数だけ存在した。それぞれが独自の戦術を作り上げ、自分に合った戦術を編み上げていくのだ。

 

 だがしかし、いくら独自の戦術を編み出したとしても、その戦術を撃ち破る戦術──わかりやすく言えば、相性の悪い相手が居たりするのだ。

 ユグドラシルの膨大で幅広い職業やスキル、魔法、そしてアイテム。それらを巧みに扱い、相手を打ち負かす。これもまたユグドラシルというゲームの楽しみ方の一つだったのだから。

 

「私は今、スキルを使用してクレマンティーヌの支配系に対する耐性を破壊している。故に、この女は私の命令に抵抗できないのさ」

「耐性を破壊する……それはアンデッドにも可能なのでありんすか?」

「試してみるか?」

 

 リュウノの視線がブレインに移動する。その瞬間、ブレインの背筋に寒気が走る。

 

「(まさか! 俺で試すのか!?)」

 

 ブレインは再び恐怖に身を竦める。先程までの安堵感はすっかり無くなっていた。

 

「ブレイン・アングラウス……こっちに来い」

「は、はい!」

 

 指示通り目の前にやってきたブレインの肩にリュウノが手を置く。その瞬間、まるで何か──自分の中の何かが無くなったような感覚をブレインは感じた。

 

「よし、ブレイン。命令だ──『その女のアソコを舐めろ』」

 

 身体が勝手に動いた。服従のポーズをしているクレマンティーヌの陰部に顔を近づけ、躊躇なく舐め始める自分の舌。まるで自分の身体が別の誰かに操られているかのように勝手に動くのだ。抗おうと抵抗してみてもまったく意味がなかった。

 

「フハハハハハ! 見ろシャルティア! ブレインが一心不乱にクレマンティーヌのアソコを舐めてるぞ!」

 

 リュウノは心底楽しそうにブレインを指さしながら笑っている。

 

「す、凄いでありんす……」

「ほらシャルティア、試しにブレインにやめるよう言って見ろ。今のブレインは私に操られているから、お前の指示は受けつけんぞ」

「では……ブレイン、今すぐ舐めるのをやめるでありんす」

 

 ブレインはやめなかった。シャルティアの言葉など聞こえていないとばかりに舐め続けている。

 

「ブレイン! やめろと言っているのが聞こえていないでありんすか!?」

 

 シャルティアが少しだけ圧のこもった口調で再び命令するが、結果は同じだった。

 

「な? 私の言った通りだろ? シャルティア」

「まさか、アンデッドまで支配可能とは……」

「流石ハ、リュウノ様……ト言ッタトコロカ……」

 

 シャルティアもコキュートスも、リュウノの実力を疑うような事はしない。至高の御方なら、このような事も容易くできてしまうのだろうと、予感していたからだ。

 

「さて……シャルティアの指示を無視したブレインには罰を与えないとな!」

 

 悪そうな笑みを浮かべるリュウノ。他人が嫌がる事を無理やりやらせて楽しんでいる彼女の姿は──正に悪そのものであった。

 

「ブレイン──『服を脱ぎ、全裸でブリッジをしながらシャルティアに謝罪しろ』」

 

 ブレインの誇りはズタボロにされた。裸になって、シャルティアの目の前でブリッジのポーズをしながら謝罪の言葉を述べる。

 

「申しわけありませんでした、ご主人様! このブレイン、いかような罰も受けますので、どうか私の失態をお許しください!」

 

 土下座よりも酷い格好で、恥部を隠すこともできない。

 ガセフと渡り合った剣士──ブレインの今の姿を見て、哀れに思わない人間がいるだろうか? 

 

 リュウノの高笑いが闘技場に響き渡る。

 

「シャルティア。ブレインがこれだけ必死に謝罪しているんだ。先程の無礼を許してやれ」

「は……はぁ……畏まりましたでありんす……」

 

 許すも何も、ブレインは一切悪くない。そもそもの原因もリュウノのせいである。ブレインの主人であるシャルティアも、これには少々困惑を隠せなかった。

 

「では、仕上げだ」

 

 ブリッジ状態のブレインの逞しい腹筋の上にリュウノが腰を下ろす。恥ずかしい格好のまま椅子代わりにされたブレインだったが、人間と同じ位の重さの人物を腹の上に乗せた状態でのブリッジ維持自体は苦ではない。ヴァンパイアであるブレインは疲労しないからだ。だが、恥ずかしい格好によって受ける──羞恥心による心のダメージは倍増したのは言うまでもない。

 

「リュウノ様! 椅子にするならブレインではなく、この私を椅子にしてくんなまし!」

 

 シャルティアが必死に懇願するも、リュウノは軽く手を振りながらシャルティアの願いを断った。

 なぜ我がご主人様は、自分から椅子になりたがるんだ! ──と、ブレインは不思議でならない気持ちでいっぱいだった。

 

「さてクレマンティーヌ。改めて聞くが……今の──ペットへと成り下がった『貴様に武技は必要か?』」

「いいえ、必要ありません」

 

 即答だった。しかし、クレマンティーヌの表情を見れば一目瞭然だ。クレマンティーヌの顔は困惑した状態のままだった。クレマンティーヌの意思に関係なく、クレマンティーヌの身体がリュウノに指示に従っただけであり、先程の言葉も無理やり言わされただけだったのだ。

 

「必要ない……か。なら、お前の武技は私が頂こう!」

 

 リュウノがクレマンティーヌを傍にくるよう命令すると、やって来たクレマンティーヌの頭に手を置く。その瞬間、クレマンティーヌの表情が一変する。

 

「あ……あ……あああ! ダメ、盗らないで! 私の……私の武技がぁぁ!!」

「フハハハハハ! 諦めろ! 貴様には既に不要なもの! 宝の持ち腐れは良くないからな! 貴様の代わりに私がお前の武技を使ってやる!」

「あああぁぁぁ──……」

 

 クレマンティーヌの表情が絶望に染まっていく。自分が持っていた物全てを奪われ、何も無くなったクレマンティーヌの顔にはもはや……希望という名前の明るさは一切無かった。

 そんなクレマンティーヌを見て、リュウノはさらに嬉しそうに笑う。

 

「さてさて〜? 奪ったは良いが……問題は、この武技を私が使いこなせるかどうかだ。すまんがコキュートス、少しはがり私の練習に付き合ってもらっても構わないか?」

「フシュー……構イマセン!」

「そうかそうか。ではシャルティア。その女はもう用済みだ。好きに扱え」

「畏まりましたでありんす。さあ、行くでありんすよ、クレマンティーヌ」

 

 シャルティアに首輪を引っ張られながら、クレマンティーヌは連れて行かれた。2人の姿が見えなくなった後、リュウノはコキュートス相手に武技の練習を行うのだった。

 

 




[後書き]

ついにティアマトと竜王合体しちゃいました。
この状態のリュウノは、かなり嗜虐心が強くなっています。わかりやすく言えばシャルティアの性格(残虐方面の)に近いです。

相手を馬鹿にしたり、見下したりして、相手の嫌がる事をやりたがる性格でもあり、相手を辱めて楽しむという感じですね。


また、ティアマトとの合体で得た職業
破壊の略奪者(ラヴィジャー)』は、相手のスキルや魔法、耐性や装備などを破壊したり、奪って利用できたりする事に特化した職業です。
この職業について、幾つか説明しましょう。

スキル①能力破壊

スキル、魔法、耐性などを破壊し、一定時間効果を無効化にするスキル。スキルの使用回数は無限。ただし、相手1人に対し破壊できる個数には限度があり、全てを破壊するのは不可能。

スキル②武具破壊

相手が装備している物を問答無用で破壊し、破損状態にするスキル。1日に1回だけ使用可能。破壊された物は、鍛冶屋に一定の料金を支払えば簡単に修理可能。

スキル③略奪

相手が持つスキル、魔法、耐性、武具を奪い、一時的に自分のものにする。スキルの使用回数は無限。ただし、相手1人に対し奪える回数には限度があり、全てを奪うのは不可能。また、一定時間経つと奪ったものは相手に返却される。


以上が、『破壊の略奪者(ラヴィジャー)』の職業の特徴の一部です。そう!あくまで一部です!
ちなみに、これはあくまでユグドラシルでの効果です。異世界の世界では──些か仕様が変更されているものもあります。それは……今後、作中で語られる……かもしれません(笑)


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第14話 来訪者─その1

*まずは評議国のターン


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 ・

 ──二日後──

 

 

『竜の宝』のシロの提案により、悪魔への対策として──王都の上空をドラゴンが飛行し巡回する事が提案され、その提案は王様を含む貴族達に認可された。よって王都の上空では、色鮮やかなドラゴン数匹が編隊飛行をしながら巡回する光景が当たり前のように見られるようになった。王都の人々は物珍しい光景に足を止め、食い入るように空を旋回するドラゴン達を眺めた。

 

 しかし、それも二日も経てば人々はごく自然のように受け止めるようになった。ドラゴンが上空を旋回していても、視界の端でチラリと確認する程度にまで落ち着いたのだ。言うなれば慣れである。

 

 

 王城の敷地を囲む城壁を警護する兵士達にも同じ現象が起きていた。

 王城の城壁には、一定間隔で見張り台のような高い塔が設置してある。王城の敷地と城下町がよく見える見張り台、そこから侵入者がいないか監視している兵士達も飛行するドラゴン達には目を奪われた。だがそれも最初だけで、今では鳥と同じような──当たり前の風景の一つとなってしまっていた。

 

 それだけではない。『竜の宝』のリーダーであるデュラハンからの提案──王城の近辺にもドラゴンを数匹、警護につけたいという話がでた。理由は王城への悪魔の侵入を防ぐ為。しばらく貴族と王族達が話し合った結果、城壁に配置するなら──という事で許しがでた。よって、王城の敷地を囲む城壁の上にもドラゴンが配置されたのだ。

 配置されたドラゴンは金竜(ゴールドドラゴン)銀竜(シルバードラゴン)が数匹。城壁の上に、まるで羽を休める鳥のように陣取るドラゴン達が朝日に照らされた時の煌めきは、城壁を警護する兵士達に高貴さや神々しい印象を与えた程だ。最初こそ、城壁を巡回する兵士達はドラゴン達を怖がっていたが、今では会話しながらドラゴンの目の前を通れる程に慣れてしまっている。

 

 

 ドラゴンが日常的に居る状況──この状態を、王都の住民達に受け入れてもらえた事は『竜の宝』のリーダーである勝にとって嬉しい結果であった。少しでも自分達の存在に慣れてもらう。そうなれば、怖がられる事もなくなり、堂々と外を歩けるようになるだろうと考えたのだ。

 

 まぁ……それ以外にも、王都の人々に慣れてもらいたかった理由があった訳なのだが──。

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

【散歩の時間か……】

 

 やや嫌そうな雰囲気で勝は腕時計を見て呟く。冒険者活動をしない日に──しかもデュラハン状態の時にやると決めた日課の散歩。その時間が来たからだ。奴隷のように見られる可能性がある首輪つきの散歩──勝としてはできればやりたくない。しかし、ブラック達にとっては至福の時間だ。主人としてペット達へのケアも大事な仕事。恥ずかしいからという理由でやめる訳にもいかない。というか──断りにくい──というのが1番の答えだろう。

 

 外へと通じる通路の前では、早く散歩に行きたいと言わんばかりに尻尾を振りながら、ウキウキ顔で待っている三匹──いや、三人の竜人が居る。そんな期待の眼差しで見つめられたら、嫌だと誰が言えようか。

 

【よし、行くぞ!】

 

 勝は気持ちを入れ替える。

 そう、慣れてしまえばいいのだ。奴隷と思われないような対策をキチンと気を付けていれば大丈夫なはず。

 

 

 散歩の内容は以下の通りだ。

 

 ①まず、ドラゴン状態のブラックに騎乗した状態でブラック達を引き連れ、王都の中心部──広場に降り立つ。そこから、ドラゴン状態のブラック達に首輪をはめ、鎖を握る。この工程を終えてから、ブラック達を人型にする。

 

 これで、ブラック達がドラゴンである事を人間達に印象付け、非人間──つまりペットに首輪をはめたという認識を与えるのだ。奴隷だと思われないようにする為には必要な行為である。

 

 

 ②なるべく人が多い場所を歩く。

 

 間違っても人気のない場所や貧民街などには入ってはいけない。そういった場所に行くと、ブラック達の格好の都合上問題が生じるのだ。人気のない場所だと、私がブラック達にエッチな行為をさせているように見える可能性がある。また、不埒な輩が寄ってきて、ブラック達にスケベな事をしてくるかもしれない。断じてそのような事になってはいけない! 

 

 特に貧民街──王都には貧民街と呼ばれるスラム街のような場所があるのだが、そこの治安はあまり良くない。金に困った者達が屯している場所ゆえに、スリや犯罪がしょっちゅう起こるらしい。中でも性犯罪が多く、貧民街に連れ込まれた女性が行方不明になる事件がよく報告されている。そして数日後に、貧民街の入口付近の裏路地で裸で倒れているのを発見されるのだ。しかも、レイプされた痕跡や暴力を受けた傷跡が色濃く残っており、中には死んでいる者もいたりする。

 噂では──女性を捕まえて売り渡す事で資金を得ようとしている者達が居て、その裏では八本指の奴隷売買部門や窃盗部門が絡んでいるのでは? とさえ言われている程だ。

 そんな場所にブラック達を連れていけば、性に飢えたケダモノ達が群がって来るに違いない! だから絶対に連れていかない! 

 

 

 ③散歩ついでに買い物をする。

 

 まず飲食店で食べ物を買ってブラック達にエサを与えているように見せる。と言っても、実際はテーブル席に座り、三人分の食事(大量)を注文して、私がブラック達に食べさせてあげるという、まるで恋人同士がやるような事をするだけである。どんな料理でも、私が【あ〜ん】と言いながら差し出せば、ブラック達は嬉しそうに食べるのだ。まぁ、私が食事ができず、退屈な時間を凌ぐ為の手段でもあるのだが。

 店側はというと──昨日の時点では良好な結果だった為、問題はないだろう。私達の食事風景を物珍しく思った客やブラック達のエッチな格好に惹かれた男性客が入店して来て繁盛する為、割とウケが良かったのだ。その為入店を拒否される事はないだろう。

 

 次に武器、防具、薬品、雑貨店などで消耗品の購入を行う。これらの店に立ち寄るのは冒険者として当たり前の行動だ。

 しかし、人間ではない我々には少々難しい事である。入店するだけで店内の人達の目を引くのは当然として、来店していた客の反応次第で結果の善し悪しが変わるのだ。私達の入店で客足が悪くなれば、店側からの印象も悪くなる。

 私が人間(シロ)の状態で買い物に行けば問題ない事なのだが、八本指に騙された経験が尾を引いており、1人で出歩くのは余りしたくない。というか、私が人間の状態で1人で外を彷徨くと、必ず何か悪い事が起こるというジンクスがあるのだ。

 

 

 ④取り引きを行う。

 

 これも散歩のついでにやっている(やり始めた)事だ。むしろ、こっちが本命と言ってもいい。取り引きを行う相手は──武器や防具を売っている店。鉱石を必要とする鍛冶屋と宝石店。珍しい魔法や高位の魔法、技術に興味津々な魔術師組合の組合長。そして──神殿の神官達である。

 冒険者の中には、旅先で手に入れた物を売って資金を手にいれる者もいる。大抵は魔法のスクロールやマジックアイテムが主だ。そういう珍しい物に目をつける商人も少なくない。故に、冒険者と品を取り引きする者もいるのだ。

 この異世界では──ありがたい事に、第3位階から第5位階程度の魔法や、それらの魔法が付与された品々を高値で売る事ができる。ユグドラシルでは第8位階以上の魔法やそれに匹敵する程の品じゃないとゴミ扱いされるアイテム類が、こちらの異世界では伝説級のアーティファクトとして扱われるのだ。

 

 昨日は各お店や施設に出向き、取り引きしたい物品の見本を持って相談を持ちかけた。

 武器防具の店には魔法を付与した装備品を──

 鍛冶屋と宝石店には純度の高い鉱石を──

 魔術師組合長にはスクロールや魔術書、魔道具などを──

 神殿の神官には治癒系の魔法が込められた杖やポーション類を──

 

 全てがユグドラシルではゴミ扱いされる低位の物ばかり。だが、取り引き相手達は目を丸くし、慌てふためく程に興味津々であった。

 

 今日は、その相談の返事をもらうつもりでいる。無論、数日待って欲しいと、返事を先延ばしにして時間を稼ぐ輩もいるかもしれないが。少なくとも、私達『竜の宝』の貴重性と存在価値がバク上がりしたのは言うまでもないだろう。噂が広まれば他国からも、取り引きしたいという相談が来るかもしれない。そうなれば、他国に歓迎されやすくもなるかもしれない。

 

 もちろんアインズにも、私の考えた経済的取り引きのメリットとデメリットをしっかりと説明し、確認をとり、『低位の魔法や物品だけなら』と許可をもらっている。さらにデミウルゴスにも問題ないか確認をとった上での行動だ。この二人が大丈夫だと言ったのだ。仮に何か問題が起きた場合でも、私だけの責任にはならない──はずである! 

 この経済的取り引きが上手くいけば、ナザリックにこの異世界の貨幣がジャンジャン入るようになる。ゴミアイテムを高く売って資金調達、おまけに冒険者モモンのチームの負担も減る。まさに一石二鳥である。

 

 

 さあ──楽しい取り引きの始まりだ。

 

 

 闘技場からデュラハンを乗せた黒い竜が飛び立ち、それに連なるように青い竜と赤い竜も続く。三体の竜は王城より高い位置まで浮上した後、ゆっくりと下降しながら王都の中央広場へと向かう。

 途中、城壁に居た金竜と銀竜達が上空を通る三体の竜達に向かって遠吠えを出す。竜達にとっては挨拶のようなもの。しかし、近くに居た人間の兵士がビックリしていた事に、上空を飛び去る竜達は気付きもしなかったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 一方、そのころ。

 王都の北側──少し離れた場所にある森の中で、とある使節団が隠れて様子を伺っていた。

 

「見ろ! 王都の上空を飛んでるの、やっぱりドラゴンだ!」

「それだけじゃない。城壁の上のキラキラしたヤツ、あれもドラゴンだぜ!」

「本当だったんだ……ドラゴンを従えさせてるって話……」

 

 全員が息を飲み、王都の今の状況を受け入れる。ドラゴンが人間達と当たり前のように暮らしている世界が実現しているのだ。そして自分達が──今からそこへ使者として、外交官として赴かなくてはならないのだ。

 

「皆落ち着くのだ」

 

 緊張していた仲間達に、使節団のリーダーらしき男──純銀の、竜を象ったような鎧を着た人物──が声をかける。

 

「我々は今から王都に入る訳だが、今回は王国との外交が目的ではない。(いま)君達が見た、ドラゴンの(あるじ)……デュラハンに会う事が目的だ。──だが注意したまえ。彼らは冒険者ではあるが、万が一怒らせてしまうと……我々の国が滅ぼされかねない相手でもある。話し合いの場では……私が前に立ち交渉する。君達の出番はほとんどないので安心してくれたまえ」

 

 緊張をほぐすつもりだったのだろう。しかし、仲間達の不安気な表情は相変わらずであった。鎧の男もため息をこぼす。

 

「(無理もないか……。相手はアンデッド……しかも竜王様達を従えさせているかもしれん相手だ。人間と比べれば、天と地の差か……)」

 

 正直に言うと、リーダーの男も不安で仕方なかった。なにせ鎧の男にとっても初めての経験だからである。

 

 鎧の男は森の奥に視線を向ける。

 使節団の一員でもあり、自分達の国の顔、アーグランド評議国の看板と言っても過言ではない存在であるドラゴン──その内の一人、ザラジルカリア=ナーヘイウントが、体を低くして森に身を隠している。

 ザラジルカリアが森に隠れているのは、パニック回避の為である。いきなりドラゴンが王都の上空に現れれば人間達が慌て出す。それにもし、『竜の宝』が──王都を自分達の縄張りのようにしているのなら、他地域から来た他のドラゴンに警戒を示す可能性が高い。ドラゴンは縄張り意識が高い生き物だ。縄張り争いで殺し合う事は、大昔ではしょっちゅうの事だった。これから交渉する相手を不機嫌にさせない為にも、ザラジルカリアには後から登場してもらうしかない。

 

 通常なら──そのままザラジルカリアと一緒に赴き、ドラゴンの存在感を見せつけ人間達を威圧、自分達の国との争いをさけさせる抑止力として活用できた。

 しかし、今回はそういう訳にはいかない。自分達の最大の切り札であるドラゴンの存在──アーグランド評議国が他国への威圧として利用できる存在──それが、今から会いにいくデュラハンには一切通用しない。むしろ自分達の方が威圧されてしまっている。

 

「まずは人間達の王様に会い、ここに来た理由を告げねばな……」

 

『竜の宝』に会いに来た事を伝え、人間達の王様に公式なものとして認めてもらう事。これは重要だ。なんの許可も無しに評議国の者が国の代表として『竜の宝』に会いに行き対話した場合、それは密談と同義だ。冒険者である『竜の宝』が密かに他国と関係を持った、という情報が広まれば、組合の規則に引っかかり問題になりかねない。

 

「皆、出発するぞ」

 

 リーダーの合図に、使節団を乗せた馬車数台が動きだす。先頭の馬車には評議国に所属する人間達が。あとの馬車には亜人達が乗っている。主に身なりを良くした獣人(ワー)族が中心であり、

 犬人族(ワードック)猫人族(ワーキャット)狐人族(ワーフォックス)と、人間受けが良い種族が選ばれている。一応、蜥蜴人(リザードマン)蛇人(ラミア)も何人か交じってはいるが。多種多様な亜人が住んでいる国というイメージをわからせる為にも、複数の種族が交じって仲良くしている事をアピールしなくてはならない。

 

 使節団の馬車は王都に向かっていき、そして王国の検問所へと到達する。馬車を調べる為にやって来た兵士に御者が幾つかの書類を出して告げる。

 

「私達はアーグランド評議国から来た使者です。王様に会わせていただきたい」

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 そんな都合の良い展開なんて、そうそうくる訳ではないのは──まぁ、なんとなくわかっていた。

 勝は渋々と神殿から外に出る。

 

【交渉って難しいな〜……。やっぱ一筋縄ではいかないか】

 

 交渉の結果はイマイチであった。だが、全く成果がなかった訳でもない。

 

 まず武器防具の店だが──魔法が付与された武器と防具を数種、サンプルとして店頭に並ばせ、客が買ってくれるかどうか調査する必要があると言ってきたのだ。無論、売る時の値段も調整しなくてはならないので、まずは第3位階の魔法が付与された物品から試したいとの事だった。あまりに高性能の物品──第4位階以上の魔法が付与された物は、売れ行き次第で検討するとの事。

 要するに最初の品々が注目され、買いたい者達が殺到し始めた時に、より性能の高い物をチラつかせて売りたいという事なのだろう。

 

 

 次に鍛冶屋と宝石店だが──鉱山を所有するブルムラシュー侯との関係もあり、交渉にはかなり慎重になっていた。店側はできる限り安く鉱石や宝石を仕入れたいという思いはある。勝側もたくさん売りたいのでブルムラシュー侯より安い値段にするまでは当然の流れ。しかしここで、長い付き合いをしてきたブルムラシュー侯から新しい購入相手にあっさり切り替える事ができないのが、信頼や信条というものだ。故に──最初の方は少な目で購入し、少しずつ量を増やしていきたいとの事。

 勝達は冒険者であり、商人ではない。王国にずっといるかもわからない相手との取り引きの為に、長年付き合ってきた相手との契約を切るのは、店側にとってかなりのリスクとなる。今回の店側の行動も、『竜の宝』と長く付き合い、互いに離れられない関係を築くという、店側の長期的視野な考えなのだろう。

 

 

 魔術師組合が一番良い結果だった。彼らは直ぐに魔術書やスクロールに飛びついた。彼らは、自分達では到底実現不可能な領域の魔法が目の前にやって来た事に歓喜し、勝達を貴賓室に案内した。組合長がすぐさま現れ、金貨を取り出し、購入する意思を見せたのだった。

 

 組合長の話では──王国では魔法はそこまで重要視されておらず、魔術師組合への予算は少なかった。まともな研究費用が得られていなかった魔術師組合にとって、私達が持って来た魔法は──魔術師組合にとっては貴重な品々であり、中々入手できない研究材料である。これら第3位階以上の魔法が書された書物を読み、解き明かせば、いずれ自分達も扱えるようになるかもしれない。そうなれば自分達の必要性が上がり、国の魔法への関心も高まる。魔術師組合の立場をより強くする事ができるかもしれない。との事だった。

 

 

 そして最後に立ち寄った神殿では──魔術師組合長とは逆に、神殿の神官達は恐ろしい事を言い出した。

 

『治癒系の魔法が付与された杖や魔法書、ポーション類を寄付していただく事はできませんか?』

 

 と尋ねてきたのだ。

 

 神殿は独自製品の販売や治癒魔法による治療の代金を取って運営している独立機関である。神殿で働く人のほとんどが神官であり、四大神なる神達を崇拝している。

 働いている者達が神官である以上、彼らはアンデッドや悪魔といった存在には容赦がない。いや、優しくない──と、言い換えるのが妥当だろう。昨日もそうだったが、初めて私が神殿に立ち寄った時の彼らの視線は、明らかに気色悪い物を見る目であった。対応してくれた女性の神官も笑顔で応対してはいたが──私から一定の距離をとって、近づく事はなかった。

 なので今回は、神殿を訪れる前に神竜を召喚しておいた。もちろん人間の姿にさせてだ。背中から天使の羽を出した神竜は、まさに聖女のような──というか、もはや本当に天使か女神では? と見間違う程の美しさの美女であった。これなら神官達も少しは警戒を緩めるだろうと考えたのだ。

 予想は的中。神官達は男女共に神竜の姿に見惚れてくれた。

 

 案内された応接室で、昨日見せた品々に対する返事を聞くと神官達は寄付を要求してきた。アインズならば取り引きを中止するであろう返事だったが、念の為理由を尋ねた。

 神殿の運営費の中には人々からの寄付金も混ざっている。寄付金は言わば人々の感謝の印のような物。間違っても私腹を肥やす為に使ってよい物ではない。神官達は、その金が私達──アンデッドの手に渡るのが嫌だと主張したのだ。

 

 なんとも勇ましい。ドラゴンを連れたデュラハン相手に、彼らは自分達の信念を貫く姿勢を見せたのだ。

 しかし、タダでやる程こちらも優しくはない。向こうからすれば貴重な品々であるアイテム類だ。あっさり渡せば、向こうは調子に乗るだろう。

 なので、寄付する品を第3位階までに限定した。残りの高位──(と言っても最高で第7位階までだが)──の品々は鑑定だけさせ、目の前にチラつかせるだけチラつかせて引っ込めた。その時の彼らの物欲しげな顔──あるいは悔し顔が、唯一の私の勝利だっただろう。

 

 だが、よく考えてほしい。誰でも扱える第7位階の復活系魔法が込められた短杖──蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)をタダで渡すなんてできる訳がない。

 この杖は誰でも扱える。戦士ですら扱える特別な短杖だ。リザレクションは第7位階の魔法であり、初心者や低Lvのプレイヤーでは扱えないパターンが多い魔法だ。それを可能にし、ヒーラーが倒れたパーティーの全滅を回避する唯一の手段として用いるのがこの杖の役目だ。戦闘でヒーラーが一番最初に狙われ倒される事はよくある事である。序盤では中々高額な為、ホイホイ買える物ではないが──それなりの古参プレイヤー達なら腐る程所持するのが当たり前な品である。あのアインズですら大量に所持しているくらいだ。

 

 悔しかった神官達は、私に慈悲の心がないのか問うてきた。苦しむ人々への優しさはないのか? とか、貴方の寄付で救われる命があるのですよ? など。

 

 ──はっきり言おう。クソ喰らえである。

 

 神官達の言いたい理屈はわかる。が、第3位階の重傷治癒(ヘビーリカバー)が込められた魔法の杖にスクロール、腐らないポーション……どれもが現時点で神官達では作れない物品ばかりであり、それを少しとはいえ無償で寄付してやったのだ。文句を言われる筋合いはないはずである。

 

 神官達の態度にブラック達が業を煮やしそうになった時、神竜が前に出て神官達に話しかけ始めたのだ。というか振り返ってみれば、あれは説教に近かった。神に仕える身でありながら、欲深い心を見せた神官達に神竜の語る内容は痛く刺さり、最後は神竜の言葉に心をうたれ、感動して泣き出す神官が出た程であった。最終的に、神官達はこちらに礼を述べて寄付された品々を受け取ってくれた。望んでいた結果には届かなかったが、両者に禍根が生まれなかっただけマシだと思う事にした。

 

 

 神殿から出ると、蒼の薔薇が待っていた。

 

「やっと出てきたか、デュラハン」

「貴方達が出てくるのを待っていたのよ!」

 

 妙に慌てている雰囲気の蒼の薔薇に用件を尋ねる。すると──

 

「貴方達に会いたいと、アーグランド評議国から使者が来てるのよ」

「しかも、ドラゴンまで連れてな」

【なに!? ドラゴンだとぉ!!】

 

 アーグランド評議国──5匹から7匹のドラゴンが居るという国。その国からの使者が来た。しかもドラゴンの()()()()()である。無類のドラゴン好きの勝にとって、この情報は吉報である。

 

【どこだ! どこにいる!?】

「ちょちょちょッ!? か、かか、勝さん!?」

 

 今すぐにでも使者に会いたい勝は、聞こえない声で尋ねながらラキュースの肩を揺さぶる。ガクガクと揺さぶられながら、勝の突然の行動にラキュースはビックリしている。

 見かねたブラックがすぐさま勝の言葉を代弁すると──ティナが王城を指さす。

 

「……あそこ」

【王城か! ヨシ、行くぞ! お前らぁぁぁ!】

「あ! お待ちを、ご主人様!」

 

 場所を聞くなり、王城に向かって突っ走って行く勝。それをブラック達が慌てて追いかけていき、あっという間に見えなくなる。蒼の薔薇のメンバー達は呆気にとられた後──

 

「はっ!? いけない! 私達も追わないと!」

 

 ラキュースの言葉に他の仲間達も我に返り、慌てて後を追いかけ始めたのだった。

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 ──夕方──

 

「お主ら、待たせたの」

「やあ、イビルアイ。さっきは挨拶ができなくてすまなかったね」

 

 蒼の薔薇が宿泊している宿屋の1階・酒場にて、とある人物二人が蒼の薔薇と合流していた。

 

「リグリット!? お前、ツアーと一緒だったのか?」

 

 意外な人物の登場に、蒼の薔薇のメンバー達は驚きつつも、二人を歓迎し卓を囲む。

 

「なんじゃあ、気付いておらんかったのか? カカカッ!」

「リグリットは私の使節団の人間に紛れて居たんだよ。正体を隠してね」

「どうしても会話が聞きたくてな。それよりも──お主らは、ツアーと会うのは初めてじゃろ?」

 

 リグリットの隣に立つ、竜を思わせる全身鎧の人物に、ラキュース達は目を向ける。

 

「どうも。君達とは初めましてだね」

「貴方がツアーさんね? イビルアイから名前だけは、度々聞いていたわ」

 

 リーダーであるラキュースがツアーと握手を交わす。

 

「私も、君達の事はリグリットから聞いているよ。イビルアイをリグリットと協力してボコボコにして仲間にしたのだっけ?」

「なっ!? リグリット! お前、あの話をツアーにしたのか!?」

「はて? なんのことやら。最近物忘れが激しくてのぉ〜……お主の泣きべそしか思いだせんの〜。カカカッ!」

「わあぁぁ! それを言うなぁ〜!」

 

 いたずら顔で──それでいて笑っているような表情でからかうリグリットに対し、自分の情けない部分を語られ、恥ずかしながら文句を言うイビルアイ。その光景を、懐かしく思いながらツアーも笑うのだった。

 

 

 

 ──しばらくして──

 

 

「そうだったの……。私達は立ち入りを許可されなかったから……」

「仕方ないよ。今回は国絡みだからね。君達がいくら王国で有名なアダマンタイト級冒険者チームだとしても、冒険者は冒険者だ。国同士の話し合いに交ざるには王族の許可がいる」

 

 使節団は王国の王族貴族達と共に、『竜の宝』の拠点に入場した。王族達を守る為の兵士達は入場できたが、ラキュース達は冒険者という立場だった為、入場を認められなかったのだ。

 本来ならば、使節団と『竜の宝』のみで話し合いをするのが当たり前なのだが、王国側も話し合いに参加したいと『竜の宝』に頼んだのだ。『竜の宝』はそれを承諾。王国の人間達も交ぜて話し合いに応じたのだ。

 

「それで……どうだったの二人とも?」

「いやはや……噂以上に凄かったの!」

「私も驚いたよ。『竜の宝』の拠点に入るなり、信じられない程の宝の山の絶景が広がったからね。王国の人間達も驚いていたよ。しかも観客席から見下ろす竜王様達の姿……流石の私もすくみあがったよ」

 

 ツアーは今一度思い出す。

 (うずたか)く積まれた財宝、高位の魔法が記された魔導書、凄まじい魔力を秘めた武器、高度な技術で製作された調度品……どれもこれもがユグドラシルのアイテムであり、ツアーが欲しくてたまらない物ばかりであった。

 しかし、観客席から静かに見下ろす竜王達の姿を見た瞬間、その大きさに圧倒された。特に、デュラハンの真後ろで仁王立ちしていた竜王ティアマトの鋭い視線は、ツアーを含めた使節団の団員達を震え上がらせるのには充分なものだった。

 

「ツアーと一緒にいたドラゴン──ザラジルカリアという名前だったかの? あ奴なんか竜王達に恐れおののいてずっと頭を下げておったしの!」

「あれは……竜王様達の主人である()()に、やたらと気に入られてたからだよ。ザラジルカリアが頭を撫でられている時、竜王様達が羨ましいそうな表情で睨んでいたからね」

 

 

 その後も、リグリットとツアーは自分達が『竜の宝』の拠点で体験した事、感じた事を蒼の薔薇の皆に聞かせた。

 

「それでよぉ……結局、話し合いの結果はどうなったんだ?」

「うむ……断られたよ。王国で悪魔騒動が起きているので、他国に行く余裕はない──という理由でね……。間が悪かったようだ」

「そう……。それはそれで、私達にとっては嬉しい結果だけど……」

 

 悪魔に対抗する為の最高戦力である『竜の宝』が他国に行くような結果にならずに済んで、ラキュースは安堵する。おそらく、王族貴族達も同じような気持ちになったはずである。

 

 

 しばらく取り留めのない会話が続き、話のネタが尽き始めた頃には、日は完全に沈み、宿屋にはランプの光が広がりはじめていた。

 

「なぁ、ツアー……お前はこの後どうするんだ? 国に帰るのか?」

 

 まるで別れを惜しむような雰囲気で尋ねてくるイビルアイに、その心中を察したツアーが返事を返す。

 

「いや、私はしばらく残るよ。久しぶりに君達と時間を共にしたいし、『竜の宝』とも親睦を深めたいしね」

「本当か!?」

 

 ツアーの返事に嬉しそうに反応するイビルアイに、リグリットも顔を緩ませる。

 

「使節団の他の仲間達は?」

「明日、ザラジルカリアと共に国に帰国させる予定だよ」

「宿は確保しているのか?」

「使節団の人間達は王都の宿屋に宿泊、亜人のみんなは『竜の宝』のリーダーのご厚意で彼らの拠点で宿泊する事になってるよ」

「えっ!? あの闘技場で寝るのか?」

 

 あんな財宝だらけの場所で寝れる訳がない。寝れるのはドラゴンであるザラジルカリアぐらいだと、誰もが思った。しかし、ツアーは笑いながら否定し、みんなに説明した。

 

 デュラハンは亜人達の為に闘技場に新しい地下を増築したという。

 闘技場はマジックアイテムによって建てられた魔法の建築物であり、所有者であるデュラハンが自由に改築できる機能が備わっている。デュラハンは亜人達のそれぞれの種族に意見を聞き、細かい要望に応えて部屋を作ってくれた、との事。

 

「へぇ〜、すげぇ優しいじゃねぇか、首なしのヤツ」

「こちらとしては大変助かる事だったよ。亜人の子達は人間と同じ環境で暮らせる訳ではないからね。人間の宿屋に、亜人向けのサービスなんてほとんどないだろう? 宿屋の主人にわがままを言う訳にもいかないからね」

「王族貴族達にとっても助かる行為よ。人間と亜人のトラブルを避けられる訳だし」

 

 ましてや亜人達は他国の使者である。もし国の使者ともめ事や争いが起きた場合、国同士の戦争に発展しかねない。ただでさえ王国はバハルス帝国と争いあっている。そんな中、悪魔騒動の処理に追われている状況なのだ。他の国と争っている余裕などない。

 

「ザラジルカリアにも宿泊できる場所ができて良かったよ。予定では、彼だけ王都の外で野宿させる予定だったからね」

「しかし……大丈夫なのか? あのドラゴン、竜王達にビビっておったじゃろ?」

「うむ……」

 

 ツアーも少しだけ心配になってきた。イビルアイ達に会いに行く直前でのザラジルカリアの様子は特に問題はなさそうであった。

 しかし逆に言えば、強大な力を持つ竜王様達の前に彼1人を置いてきた事になる。偉大な竜王達にたった1人で囲まれ続ける状況は、精神的に辛いのでは? と、思えたからだ。

 

 心配になったツアーが、一旦『竜の宝』の拠点に戻ろうか考え始めたその時──

 

 酒場の入口から、誰かが慌てて飛び込んできた。

 突然の事に、酒場に居た者達が、息を切らしならが飛び込んできた人物に目を向ける。その人物は、蒼の薔薇のメンバーがよく知る人物であった。

 

「クライム!?」

 

 名前を呼ばれたクライムは息を整えながら、蒼の薔薇のメンバーが座る卓へと駆け寄る。

 

「皆様、こちらにいらしたのですね!」

「おう! 童貞じゃねーか! そんなに慌ててどうしたんだよ?」

「皆様に、大至急でお知らせしなくてはいけない事がありまして!」

 

 クライムの慌てぶりに、ツアーは真っ先に使節団絡みのもめごとを想像した。

 

「何かトラブルでも?」

「実は先程、スレイン法国の使者を名乗る人物達が王城にやって来まして、『竜の宝』に会わせてもらいたいと……」

「スレイン法国!?」

 

 まさかの国の名前に、蒼の薔薇だけでなくツアーも驚きの声を上げる。

 

「まさか、あの国まで動いたと言うのか!? こーしちゃいられない! スマンが皆、私は一旦『竜の宝』の拠点に戻らせてもらうよ。あの国と私達の国は犬猿の仲でね。亜人達に手を出されないか、見張っておかないと!」

「待って、ツアーさん! 私達もいくわ!」

 

 ツアーが慌てて酒場から出ていく。それを追うように、蒼の薔薇のメンバー達は再び王城へと走るのだった。

 




次回はモモンチームがメインになる予定です。


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第15話 来訪者─その2

*法国のターン


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 評議国の使節団が来てから翌日の昼前。

 エ・ランテルに存在するそこそこ立派な宿屋、その一室にて──六色聖典のまとめ役の男──レイモン・ザーグ・ローランサンが、魔法の〈伝言(メッセージ)〉で連絡をとっていた。

 

「そうか……わかった。最高神官長様に伝えておく」

 

 レイモンは〈伝言(メッセージ)〉を切ると、先程の──王都に潜入させていた風花聖典からの報告内容を改めて確認する。

 

 昨日、風花聖典から連絡があり、王都に評議国の使節団が来た事が報告された。その後、しばらくしてから評議国の目的が『竜の宝』を自国に招待するつもりでやって来た事が、二度目の報告で判明した。

 

『竜の宝』に謝罪する目的でスレイン法国を出立した使節団の当初の予定では──まずエ・ランテルに行き、そこから王都に使者を派遣、自分達がエ・ランテルに居る事を王国の王に伝え、王都への進行が許可されるのを待つ。という予定だった。

 

 しかし風花聖典からの報告で、評議国の使節団が『竜の宝』に会いに来ている事を知った法国は慌てて予定を変更した。エ・ランテルから使者を送ったのでは、使者が到着する前に『竜の宝』が評議国の招待に応じ、評議国へと移動する可能性があった。そうなれば、自分達の謝罪の機会が失われ、ここまで来た意味がなくなってしまう。なので、本来なら隠し通すはずだった風花聖典に使者としての役割をやらせ、自分達の存在を早めに知らせたのだ。

 

 結果、王国では『竜の宝』をエ・ランテルに行かせるかどうかの会議が行われた。

 貴族派閥の貴族達は、謝罪する側である法国の使節団が王都まで来るべきであり、『竜の宝』がわざわざ行く必要はない、と主張。対して王派閥の貴族達は、なんとか『竜の宝』をエ・ランテルに行かせようと意見を主張したが──

 

『我々が自分から出向く道理はない』

 

 と、竜王達全員が貴族派閥の意見を認めた為、法国の使節団は王都へと向かう事になった。

 

「王都に向かう際はエ・ランテルの冒険者を警護に付ける事──か……」

 

 王国側からの指示で、王国側の冒険者を同伴させる事を義務付けられた。つまりは監視役を付けろという事だろう。

 

「(ただでさえ、エ・ランテルの冒険者の人数は減っている。なのにエ・ランテルの冒険者を同伴させろとは……)」

 

 王国側のあまりに酷い指示に、レイモンは頭が痛くなる。おそらく、貴族派閥側がエ・ランテルの戦力を削ぐために仕組んだものだろう。愚かな事である。国が悪魔に狙われているのにも拘らず、貴族達は派閥争いの方が大事らしい。

 

「さて……最高神官長様に報告した後、組合に行って冒険者を見繕うか……」

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 昼時の賑やかなエ・ランテルの通りを、モモンチームの一行が冒険者組合を目指しながら歩いていた。時折、通りを歩く人や見知った人物に声をかけられた時の挨拶も欠かさずに。

 モモン達が組合に向かっている理由は──少し前に、アインザック組合長が呼んでいると、組合から連絡が来たからである。

 

「まさか、このタイミングで召喚要請が来るとはな。……楽な仕事だったらいいんですけど」

 

 モモンが気だるい雰囲気を出すのは当然だった。

 既に、他国から来た使節団に関する情報を勝チームから受け取っている。その対処法を考えている時に、組合からの呼び出しを受けたのだ。組合長からの呼び出しがなければ、本日の冒険者業は休むつもりでいた。

 

「いっそ、ナーベとルプに任せる、という手もアリですよ?」

「そうですねぇ……。しかし、ブラックからの報告では、エ・ランテルにスレイン法国の連中が居る訳ですし、ナーベ達だけにするのも危ない気が──」

「じゃあ俺がナーベちゃん達と一緒に残るっスよ?」

 

 いろいろ相談し合うが、最終的に依頼の内容を聞いてから考えるという事になり、ひとまずモモンチームは冒険者組合を目指して歩く。

 

「おや? あれは──」

 

 冒険者組合の近くまで来たモモン達は、とある光景に足を止める。

 冒険者組合の前に5台の馬車が並んでいた。普段見かける馬車より豪華な作りであり、引いてる馬もかなり立派な馬である。誰が見ても、上級階級の貴族などが乗る馬車だと理解できる。

 

 しかし、モモン達が足を止めた理由は()()()()()()()

 

 馬車の周囲にスレイン法国の兵士達の姿があった。等間隔で並び、馬車を警護している。兵士達の顔は、ヘルム──と言って良いのか分からない独特なデザインではあるが──に隠されていて、表情を窺う事ができない。

 カルネ村でモモン達は法国の特殊部隊の1つと交戦した。であれば、法国が自分達の事を警戒していてもおかしくはない。モモン達は警戒しつつ、組合の入口に向かう。

 

 すると、入口のすぐ脇に女が立っていた。見た目は10代前半の少女。長い髪は片方が白銀、もう片方が漆黒の色をしている。髪と同様瞳の色も左右で異なっている。

 女は手にルービックキューブを持っており、色を揃えるのに夢中なのか、こちらをチラリと見ただけで、直ぐに玩具弄りに戻る。

 

 普段なら素通りするモモンだったが、女が持っていたルービックキューブを見て、足が止まる。

 ルービックキューブ──現実世界の玩具であり、こちらの異世界では初めて目にした玩具である。とは言っても、現実世界でルービックキューブを見たのは、子供の頃のリュウノがルービックキューブで遊んでいた時ぐらいである。どんなに色がバラバラでも、1分以内に全面の色を揃えてしまうくらい、リュウノが夢中になって遊んでいた。そんな記憶が甦る。

 

「何か用?」

 

 女から声をかけられ、モモンが慌てて過去から意識を戻す。見れば、女がこちらに視線を向けている。感情が一切感じられない無表情でだ。

 

「いや……その──」

 

 隣で見つめながら立ち止まっていれば、女が不審に思うのは当然だった。モモンは自分の浅慮な行動に心の中で舌打ちしつつ、言い訳を考えようとするが、とっさには出てこない。すると──

 

「この辺じゃあまり見かけない可愛い子だったから、つい見蕩れちゃったっだけスよ~」

 

 まるで女が自分に声をかけたかのように、ペロロンが代わりに答えた。モモンは心の中でペロロンのとっさの対応に感謝しつつ、女の様子を窺う。

 

「──……そう……」

 

 女はキョトンとした表情をうかべはしたものの、直ぐにまた無表情になり、興味を失ったと言わんばかりに玩具を弄り始めた。

 すると、女に興味のない雰囲気のウルベルが急かし始めた。

 

「皆さん、邪魔するのはよくありませんよ。それに組合長を待たせるのもよくありません。早く行きましょう。()()()さん」

 

 ウルベルがモモンの腕を引きながら無理やり組合の中に引っ張り込む。ウルベルの強引な行動に、モモンは疑問を感じながらも大人しく従う。すると、女が視界から消えたのを確認したウルベルがモモンに囁く。

 

「あの女、現実世界の玩具を持っていましたね」

「え? ええ……」

 

 それがどうかしたのか? といった反応を返すモモンに、ウルベルは呆れながら会話を続ける。

 

「エ・ランテルの店でルービックキューブが売られているのを見た事はありません。なのに、あの女は現実世界の玩具を持っていたのですよ? 警戒するべき相手かと思いますが?」

「───!」

 

 モモンもようやく事態を把握する。

 エ・ランテルは王国、帝国、法国の中間に位置する大都市だ。様々な国の商人達が行き交う、この都市の店の品揃えはかなり豊富なのだ。

 様々な商品の中には現実世界の物を模した商品も並んでいたりする。噂では、とある人物が発案した品々らしいが、作り方までは知らなかったらしく、その発案者に付いた異名が『口だけの賢者』という名前らしい。

 品揃えが豊富なエ・ランテルの店でも売られていない現実世界の玩具を持ち歩く女──ましてや、昨日まで見かけなかった人物である。警戒するべき相手であるのは言われるまでもなかったはずだ。

 

「そ、そうですね……。すみません……」

「どうかしましたか? モモンさんらしくありませんね」

「大丈夫です。ただ、あのルービックキューブを見て、少しだけ昔の頃の──リュウノさんとの思い出を思い出していただけですので……」

「……そうですか」

 

 ウルベルはなんとなくではあるがモモンの心情を察し、それ以上の詮索はしなかった。モモンもそんなウルベルの対応に感謝を感じつつ、気を取り直して受付へと足を向けた。

 

 

 そんな受付へと向かうモモン達を、先程の女が入口から少しだけ顔を覗かせて観察していた。

 

「へぇ~……あれがモモン……デュラハンとつるんでいたお仲間なのねぇ~……フフフッ」

 

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 組合長からの話の内容は護衛の依頼だった。言うまでもなく、護衛の依頼人はスレイン法国の人物であり、レイモンという名前の男であった。

 モモンは断ろうか迷ったが、組合長から『今回の依頼を達成したら、君達のチームのランクをオリハルコンに昇格させる事を約束しよう』と言われ、引き受けてしまった。現実世界で社畜としての経験を持ったモモンは、昇格という言葉に弱かったのだ。

 

 依頼人が待つ応接室に行くと、なんと『漆黒の剣』のメンバーも居た。詳しい事情を聞くと、今回の依頼には彼らも参加する事になっているらしく、組合長から昇格の話を受け、引き受けたとの事。おそらく、私達と最も関わりのある冒険者チームを組合長がわざと組ませたのだろう。

 

「よろしくお願いします、モモンさん!」

「こちらこそよろしくお願いします。ペテルさん」

 

 慣れた様子でリーダー同士で挨拶を交わす。既に何度も協力し合った関係であり、チーム同士の距離感や接し方のはかり具合も分かり合っている。

 

「ナーベちゃん、ルプちゃん! また一緒に仕事ができて、俺は感激だよ~!」

「近寄らないで、ゴミムシ」

 

 美女二人にいち早く接近し挨拶をしてくるルクルットの行動はいつもの事であり、それを冷たい一言で罵倒するナーベの行動もいつもの事である。

 

「ありがとうございます!」

「罵倒されて喜ぶとか、ルクルットくんは相変わらずっすね~。キモイっす!」

 

 ルクルットの反応に、棘のある言い方を本心なのか冗談なのかわからないような笑顔でルプが言うのもいつもの事である。

 

「よろしくお願いしますね、ウルベルさん」

「ペロロン殿も、よろしくお願いするのであ~る」

「どーも」

「よろしくっス!」

 

 ニニャはウルベルに対し、自分よりも実力の高い魔術師としての尊敬の念のこもった挨拶を──

 ダインはペロロンに対し、仲間を脅威から守り合う者同士としての信頼のこもった挨拶をする。(とは言っても単純に、後方支援向きのルプとナーベという美女を、ペロロンが積極的に守ろうとしているだけなのだが)

 

『漆黒の剣』との挨拶をすませ、モモンチームも席に着く。

 依頼人のレイモンから、スレイン法国の使節団の王都訪問の理由がデュラハンへの謝罪である事を知らされる。その謝罪の為にスレイン法国のトップである最高神官長が出向いており、その神官長が乗った馬車隊の警護が依頼内容だと説明された。

 

 モモンは一通り説明を受けた後、簡単な打ち合わせに入る。

 

「私達以外に、使節団の警護についている方達がいるようですが……私達はどこを警護すれば良いのでしょうか?」

 

 守備する範囲を予め決めておく事は重要だ。要人警護──とくに上級階級の貴族と言った存在を警護する場合、自分達が近付いて良い範囲というものが存在する。少なくとも、一般市民に等しい冒険者を自分達の馬車に乗せる貴族はいない。

 

「モモン殿のチームには1番前の馬車の警護をお願いしたい。『漆黒の剣』の皆様には二番目の馬車をお願いします。最後尾は我が国の特殊部隊の1つ、陽光聖典が守護します」

 

 聞き覚えのある部隊名に、モモンは思考を走らせる。

 陽光聖典──リュウノがガゼフと共に戦ったスレイン法国の部隊だったはず。あの部隊は『竜の宝』の脅威をよく知っている。なら、『竜の宝』にいきなり戦いを挑むような事はしないだろう。

 

「最高神官長の身辺警護は?」

「そちらはご安心を。我が国の最強の部隊が警護いたしますので」

 

 最強の部隊──おそらく漆黒聖典だろうとモモンは予想した。

 カルネ村でリュウノを奇襲した部隊……現時点でリュウノを殺せる武装を持った最も危険な集団、それがリュウノに謝罪する為に会いに行こうとしている。

 油断していい相手ではない。再びリュウノに襲い掛かる可能性だってありえるのだから。

 

 ある程度の情報を入手したモモン達は、最終確認として出立の日時を確認する。

 

「我々としては早い方が助かるのだが……其方は大丈夫かね?」

「……そうですね……1、2時間程、準備する時間をいただければ、今日にでも出立は可能です」

「私達も問題ありません」

「おお、そうかね! なら……二時間後に出立しよう。それで良いね?」

「ええ。構いません」

「わかりました」

 

 レイモンとの打ち合わせを終わらせたモモン達は、そのまま組合の外に行き、警護の部隊と顔合わせと軽い挨拶を交わす。案の定、カルネ村でリュウノを奇襲した部隊の生き残りの三人が居た。三人はモモン達の姿を見るなり動揺していたが、隊長らしき人物が一礼するのに合わせて部下達もモモン達に一礼した後、最高神官長が乗る馬車へと姿を消した。例の三人以外にも、漆黒聖典のメンバーが居たが、同じく馬車へと乗り込み姿を消す。自分達とはなるべく接しないようにしているのだろう。

 

 警護部隊との挨拶を終わらせたモモン達は、一旦宿に引き返し、『竜の宝』に〈伝言(メッセージ)〉で情報を渡す。

 

「かしこまりました。ご主人様にお伝えしておきます」

「よろしく頼むぞ、ブラック」

「はっ! では……──」

 

 ブラックとのやり取りを終え、モモン達は自分達のやった事を整理する。できる事はしたはずだ。後は王都に着くまで何事も起きなければいい。

 

 そう考えていたモモン達は、(のち)に自分達の考えが甘かった事を思い知った。

 

 

 

 予定通りの時間に冒険者組合へと足を進めていたモモン達の前に、血相を変えた『漆黒の剣』のメンバーがやってきたのだ。どうしたのか、理由を尋ねると──

 

「先程、エ・ランテルの東門を警備している門兵から組合に連絡があって、バハルス帝国の使節団がやって来たと……」

 

 まさかの展開である。法国に続き、帝国まで使節団がやって来てしまったのだ。しかもスレイン法国がまだエ・ランテルに逗留している最中にだ。

 

「しかも帝国の皇帝と、かの有名な大魔術師(マジックキャスター)・フールーダ・パラダインまで来ているそうです!」

 

 帝国のトップと最高戦力まで出張って来ている。となれば、目的は1つしかないだろう。

 

「なんという事だ……」

「これって、あれっスか? 帝国も『竜の宝』に会いに来たとかっスか!?」

「タイミング的に……可能性は充分ありえますね」

「どうしましょう、モモンさん。法国の皆さんに知らせるべきでしょうか?」

 

 不安そうにしているペテルがモモンに判断を仰ぐ。モモンは落ち着いた態度で返す。

 

「既に法国の方達にも伝わっていると思いますよ。むしろ、出立の時間に変更が出る可能性が高いです。ひとまず、私達は法国の方達と合流しましょう」

「わかりました」

「ウルベルさん、先にみんなを連れて法国の方達と合流を! 私は買い忘れた物があるので!」

 

 モモンはウルベル達の方を見ながら片手を耳元に当て、電話の動作をする。『連絡をとる』という合図だと理解したウルベル達は、『漆黒の剣』達と一緒に組合の方へと走りだした。

 

 モモンは人気(ひとけ)の少ない路地に入ると、〈伝言(メッセージ)〉をブラックに繋ぐ。すると、すぐさまリュウノから〈伝言(メッセージ)〉がかかってきた。

 

「何だ、アイ──じゃなくてモモン! 今クソ忙しいんだぞ!」

「あれ? 何でリュウノさん、人間になってるんですか!? デュラハンじゃないとまずいのでは?」

「今、いろいろと準備中なんだよ! それで? 用件は何だ!?」

 

 モモンは、エ・ランテルにバハルス帝国の使節団が来た事を伝える。

 

「はぁ──!? 皇帝に大魔術師(マジックキャスター)だとぉぉ! あ──もう! 次から次へと何なんだよ!」

 

 リュウノはかなり慌てているらしく、モモンから情報を受け取るなり、そのまま誰かに指示を飛ばし始めた。

 

「お前ら! すぐにソコの財宝をどかせ! 来客が増えたから、スペースを確保しろ! ブラック、すぐに王城に行って王様に伝えろ! 帝国の連中まで来ているってな!」

「──? リュウノさん、何をそんなに──」

「──モモン!」

「は、はい!?」

「いいか、よーく聞いとけよ? 今からそっちに迎えを行かせる。お前達は法国と一緒に来い! 場合によっては帝国も一緒だからな!」

「──え? どういう事なんです!?」

「決まっているだろう! お前達を、私を殺そうとした連中と王都に着くまで一緒に居させるなんてできる訳ないだろうが! お前達が襲われたらと思うと、こっちは安心できねぇんだよ! だから、馬車での移動はカットして、エ・ランテルから直接〈転移門(ゲート)〉で移動してもらう!」

「な、なんですって! 本気ですか!?」

「本気も本気だ! ひとまず、お前は法国の連中と合流しろ!」

 

 そう言うと、リュウノは連絡を一方的に切ってしまった。

 自分達を心配しての行動なのだろうが、些か大胆すぎるリュウノの手段に、モモンは不安な気持ちを隠せずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 モモンが法国と合流した時には、既に帝国の馬車隊が組合の前に停車していた。法国の馬車隊から少し距離をとってはいるものの、乗っていた者達は既に下車しており、それどころか法国と帝国の要人達同士で会話が始まっている。

 

「まさか、法国まで来ているとはな。其方も『竜の宝』に?」

「……まあ、そんなところだ、帝国の皇帝よ」

「それは丁度いい! どうかね? 私達と一緒に王都に行くというのは? その方が、王国側もそれなりの対応をしてくれると思うが?」

「我々は既に入国の許可をもらっているが、其方はまだであろう? こちらは王都とすぐに連絡をとれる手段を得ているが、帝国はどうなのかね? 今から使者を送っても、返事が届くのは六日後……そんなに待てんぞ?」

「大丈夫だとも。私達帝国も、王都と連絡をとれる手段を確立させていてね」

「……なるほど。既に仕込み済みか……」

 

 法国の最高神官長はかなり高齢の老人であるのに対し、帝国の──おそらく皇帝と思われる人物はかなり若かった。

 帝国の皇帝の見た目を一言で言うなら眉目秀麗。すらりと長い足、髪は金髪、濃い紫で切れ長の瞳をしている。

 そんな人物が、法国の最高神官長を前に堂々している。

 

 

 そんな光景を見ながら、モモンは先に到着していたウルベル達と合流する。状況を尋ねると、『ご覧の有様ですよ』と言わんばかりの仕草でウルベルが返した。

 仕方なく、モモンはレイモンの元へと確認をとりにいく。が、『しばらく待って欲しい』と返され、その場で待機する事になった。

 

 しばらく、最高神官長と皇帝の会話が続く。

 

「──なるほど。そちらは謝罪の為に……。しかし、謝罪だけで終わらせる訳ではないのだろう? 他にも目的があるように見えるが? どうなのかな?」

「悪いが、それは『竜の宝』に直接言うつもりだ。そちらこそ、『竜の宝』を引き抜きにでも来たのではないかね?」

 

 互いに腹の探り合いを行い、相手から情報を聞き出そうとしている。

 

 気付けば──エ・ランテルの冒険者組合前の広場で帝国と法国が会話している珍しい光景を見ようと、野次馬が集まっていた。

 

 

 ──その時だった。

 

「おい! あれを見ろ!」

 

 見物客の1人が空を指さした。広場にいた人々が、指された空に視線をやる。

 

「なにあれ!?」

「何なんだあれは!」

 

 空に現れたソレを見た人々が、不安気な様子でどよめきを上げ始める。

 

 バハルス帝国の皇帝も初めて目にするのか、隣に立つ大魔術師(マジックキャスター)に説明を求めている。それどころか帝国の者達だけではなく法国も、空に現れた謎の現象に動揺している。

 

「あれは何だ!? (じい)! 魔法か? あれは魔法なのか!?」

「おお……おおお……おおおおおっ!」

 

 帝国の大魔術師(マジックキャスター)は、空に起きている現象を見つめながら叫び声を上げている。まるでこの世のものとは思えない出来事に出会えて、嬉しくてたまらないと言わんばかりに打ち震えている。

 

 

 昼間のエ・ランテルの上空に、巨大な穴が開いていた。その穴──正確には、円状の波打つ水面のようなもの──は、エ・ランテルの広場と同じくらいの大きさで浮いていた。

 上空に現れた穴を見たモモンは、即座にそれが〈転移門(ゲート)〉である事を理解した。

 

 人々が不安気に見つめる中、空のゲートから次々と何かが飛び出して来た。しかも大量にだ。人々は、ソレが即座にドラゴンの群れである事を理解する。

 ドラゴン達はエ・ランテルの広場の上空を埋め尽くすかのように、円形に飛行しながら滞空し始めた。まるで巨大な竜巻の中に入ったかのような、そんな錯覚を与えてくる光景である。

 

 数匹のドラゴンが広場に降りてくる。威嚇するような声を発しながら、人々を広場の端へと追いやっていく。ある程度のスペースを確保すると、広場へ降りたドラゴン達が等間隔で並び、円陣を作り出す。広場の中央に誰も近寄らせない、そんな雰囲気を感じさせる。

 

 

 渦巻くドラゴン達の中心を、さらに大きなドラゴン──竜王・ファフニールがゲートを潜って現われ、ドラゴン達が確保したスペースに着陸する。

 着地の衝撃でズンっという音と共に揺れる大地。抉れて破損する広場の床。

 何もかもが桁違いの迫力に、『漆黒の剣』は恐怖を感じつつも、ドラゴンという存在を身近で見れた事に、僅かながら興奮を感じていた。

 

「よく聞け! 人間達よ!」

 

 巨大なドラゴンの出現に呆気にとられている人間達に向かって、竜王・ファフニールが話かける。

 

「我は竜王・ファフニール! 『竜の宝』のリーダー、勝様によって召喚された竜王である! 此度は主人の使いとして来た! スレイン法国の使節団は何処にいる!」

 

 竜王からの呼び出し。スレイン法国の使節団の者達が、恐る恐るといった面持ちで進みでる。

 

「わ……私達がスレイン法国の者だ」

 

 最高神官長を前に出す訳にもいかず、代わりにレイモンが代表して竜王に声をかける。

 ファフニールがスレイン法国の人間達を一瞥する。

 

「……貴様らがそうか。我が主人に謝罪する為、ここまでご苦労。我が主人も貴様らの謝罪を首を長くしながらお待ちだ。故に、ここからは──」

 

 ファフニールがそこまで言ったとき、空に現われていたゲートが消え、ファフニールの背後に再出現する。

 

「──このゲートを潜り、王都にある我が主人の拠点まで転移してもらう。無駄な時間は少ない方がいいからな」

 

 戸惑うスレイン法国の人間達。移動時間が短くなるのは嬉しいが、得体の知れない未知に挑むのには勇気がいるものである。

 

 するとそこへ、帝国の皇帝がファフニールの前に進み出た。部下達が慌てふためきながら制止の声をかけたにも拘らずだ。

 

「竜王・ファフニールよ! 私はバハルス帝国皇帝──ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスである。貴殿の主人に用があり、私達も会いに来た! 我々も貴殿の主人に会わせてもらえないだろうか?」

 

 堂々した振る舞い。まるでドラゴンを恐れていないかのようにすら感じられる皇帝の様子に、ファフニールも興味げに視線を向ける。

 

「ほう? 貴様らもか。……よかろう! 会わせてやる。ただしこれだけは言っておく。貴様らの用がなんなのかは知らぬが、話し合いの場では、王国、評議国、法国の代表達と一緒に話し合う事になる。何か問題はあるか?」

「ない。むしろ、各国の代表がいる場で話し合える方が話も早く進むので都合がいい」

 

 皇帝の表情は余裕を漂わせる面持ちだった。余程自信があるのだろう。

 

「そうか。では……そこの冒険者達!」

 

 ファフニールがモモン達の方を見る。この広場は冒険者組合の目の前にある。当然、見物客の中には冒険者達もたくさん居た。そんな中からファフニールがモモン達の方に視線を送る。

 

「試しに貴様らがゲートを潜り、安全性を証明しろ」

 

 竜王からのご指名、これが意図的なものだとモモン達は察する。リュウノがモモン達を連れてくる為の策だろう。竜王からの命令で仕方なくゲートを潜ったと思わせる為の。どの道、ミスリル級の冒険者であるモモン達がドラゴンの命令に逆らうような、そんな馬鹿な真似はできない。そんな行動をすれば怪しまれるからだ。

 

「貴様らもだ」

 

 ファフニールの視線が『漆黒の剣』にも向く。モモンのチームだけを選抜すれば違和感が出る。それを避ける為なのだろう。

 

 指名された『漆黒の剣』のメンバーがゴクリと唾を飲み込む。そして仲間達同士で顔を見合わせる。

 これから自分達は未知の世界に飛び込む。本来なら恐怖や戸惑いを感じるものの筈が、不思議と自分達は興奮しワクワクしている。それが実感できている表情を全員がしていた。

 

「竜王様からの指名では拒否する訳にもいきませんね。皆、覚悟はいいですか?」

 

 モモンが『漆黒の剣』に視線を向けながら確認をとる。モモンのチームメンバーも『漆黒の剣』も、全員が頷く。

 モモン達はファフニールの隣を通りすぎ、ゲートの目の前に立つ。

 

 

 そして──最初にモモンチームがゲートに手を触れ、沈むように中に入って行ったのをきっかけに、『漆黒の剣』、帝国、法国の者達も後に続いてゲートを潜っていく。最後に残ったファフニールがくるりと振り向き、広場にいる人間の方を見る。

 

「エ・ランテルの人間達よ、騒がせてすまなかったな。では私も失礼する」

 

 そう言った瞬間、ゲートと一緒にファフニールの姿が消える。周りにいたドラゴン達も、上空に居たドラゴンも含め、全てが消える。

 エ・ランテルの人々は、まるで夢か何かを見ていたかのような様子で呆気にとられるしかなかった。

 



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第16話 来訪者─その3

*ついに帝国のターン


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 バハルス帝国皇帝──ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス

 

 彼は今、驚きで満たされている。

 

 こんな場所が存在したのか。

 こんな魔法が存在したのか。

 こんな人物が存在したのか。

 こんな不条理が存在したのか。

 

 見るもの全てが人智を超えている。人間が一生をかけても到達できない世界。それは正に、神と呼ばれる存在のみが許される領域だろう。

 それを──そんな当たり前ではない事を──当たり前のように感じ、当たり前な様子でやりこなす者達がいる。皇帝である自分ですら味わった事がない世界を独占した者達が──今、目の前に存在する。

 

 彼は今、驚きで満たされている。

 

 こんな──未知が存在したのかと。

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 エ・ランテルの冒険者チームが魔法でできた〈転移門(ゲート)〉に入っていくのを見届けたジルクニフは、部下達に馬車に乗り込むよう命じた。そして己自身も馬車に乗り込むと、ゲートへ進むよう御者に命じる。

 ジルクニフの部下達の中には、あのゲートへと進む事に不安気な表情を浮かべる者も居た。しかし、ひとたびジルクニフが命じると、全員が文句も言わずに準備に取り掛かる。

 部下達にとって、帝国の皇帝たるジルクニフの存在は強大であり、逆らう方が恐ろしいとさえ言う者がいる程だった。

 

 

 ジルクニフはバハルス帝国の若き皇帝であり、歴代最高の皇帝と謳われている人物である。彼は様々な改革を行い、国を繁栄させた。よって民達からの尊敬は厚く、多くの人々の人望も集めている。

 

 一方で、彼は『鮮血帝』と呼ばれ、近隣諸国から恐れられている。理由は、改革の為に多くの貴族を粛清したからである。その粛清は、彼の身内まで巻き込んでいる。邪魔な家族を殺し、反対勢力の貴族を処刑し、無能な貴族達から(くらい)を剥奪した。最後は皇帝に忠誠を尽くす者だけが残り、彼は完全な中央政権を確立した。彼の行った改革で、彼の国は封建国家から専制君主制になり、国として生まれ変わった。

 

 それだけではなく、彼は軍事力においても抜かりはなかった。

 帝国では、専業軍人の育成を行っており、魔法を使えるものを騎士として採用、教育している。精鋭には魔化された鎧などを支給させており、帝国の兵たちだけでモンスター討伐が行える程である。その分、帝国での冒険者達の地位は低くなってしまってはいるが。

 

 優秀な軍隊に加え、第6位階の魔法を使用できる最強の大魔法使い──帝国主席宮廷魔術師──フールーダ・パラダインを有している。フールーダの強さは帝国全軍に匹敵し、その名を出すだけで他国の威圧が可能なのだ。

 さらにフールーダには弟子たちがおり、第3位階を使える者や、フールーダの高弟「選ばれし30人」には、第4位階が使える者がいる。

 

 バハルス帝国の帝都アーウィンタールには帝国魔法省という、先代皇帝以来最も力の注がれている重要機関が存在する。

 帝国における魔法の真髄であり、魔法武具の生産、新魔法の開発、魔法実験による生活レベルの向上研究などが執り行われている。

 

 故に、そんな(ジルクニフ)が今、最も力を注いでいるのが魔法である。

 先々代の皇帝が、才能ある子供が貧困などで教育を受けることが出来ないという不利益を解消するために、大魔法使いのフールーダに協力を仰いで作り上げた帝国最大の教育機関──『帝国魔法学院』

 魔法の才能や年齢にかかわらず入学することが可能で、優秀であれば学費の免除や、場合によっては報奨金もでる。

 魔法は日々の生活に密接に結びついており、魔法の才能が無くても知識は必要になるため「魔法」と付いている。魔法知識は必修科目。

 ここで様々な知識を習得して卒業した生徒たちは、就職や大学院への進学、非常に優秀なものだと帝国魔法省などに進む。そのため、帝国の国民のほとんどが魔法に関する知識を持っている。

 無論、皇帝たるジルクニフも魔法に関する知識を持ち、その重要性を理解している。

 

 

 故に──故にである。『竜の宝』の噂を耳にしたジルクニフは大いに興味をそそられた。

 

 デュラハンがドラゴンを従えさせている事

 そのドラゴンの内の1体が第10位階までの魔法を酷使できる事

 デュラハンが凄まじい魔法で複数の竜王を召喚できる事

 それ等が王国で冒険者をしている事

 

 

 これらの情報を聞き、何故王国をえらんだのだ! と、悔しい思いに駆られた。だが、後からさらに追加された──『竜の宝』が、自分達の持つ貴重な品々や魔法技術を王国に提供している──という情報を聞いて、その悔しさはさらに高くなってしまった。『竜の宝』が王国より先に帝国に来ていれば──そう考える日々が続くようになった。

 

 もちろん他にもいろいろ情報はあった。しかし、だからこそどれもこれもがもったいなかった。

 あの手この手を使い、『竜の宝』と友好関係を築き、帝国に取り込む。そして『竜の宝』が持つ物を提供してもらう。そうすれば、帝国は無類の強さと発展を得られたかもしれない。

 

『竜の宝』が王国に定着してしまえば、こちら側に引き込むのが難しくなる。臣下達にはやめるよう言われたが、幸い(じい)も『竜の宝』に興味津々であり、私よりも会いに行きたがっていた。だからこそ今回、危険を承知で敵国である王国に出向くという行為に出たのだ。

 

 

 ゆっくりゲートへと進む馬車の中でジルクニフは悩んでいた。どうすれば『竜の宝』を自分側に引き込めるのかを。様々な手を考え、用意をしてきたつもりだった。

 しかし、その手段の内の2つ──軍事力と権力がいきなり砕かれ事に、ジルクニフは焦りがで始めたのだ。

 

(まさか──いきなり竜王クラスを出迎えに寄越すとは……)

 

 ドラゴンとは本来、自分の住処の最奥に鎮座し、宝を守っている姿が普通である。ジルクニフもそうだと思っていた。そんな存在であるはずのドラゴンを使いとして派遣するなど、通常ではありえない事だ。ましてや大群のオマケ付きで。

『竜の宝』のリーダーであるデュラハンはドラゴンを従えさせていると聞いてはいたが、あれ程巨大な竜王すら従わせているとなれば、その実力は計り知れない。少なくとも、ドラゴンより権力が上であるのは確からしい。

 

(力では無理……権力も……ドラゴンが居る以上、通じる訳がない……)

 

 となれば次の一手を行うしかない。とは言っても、残る手は3つ。

 

 金銭、地位、そして異性だ。

 

 まず金銭──ドラゴンが居る以上、貢ぎ物として金銭を欲しがる可能性は高い。こちらで用意できる物は──宝石などの金品は当然として、次に土地だ。無能な貴族達を大量に排除した今の帝国には、空き家と化した一等地が山ほどある。無論、殺した貴族達が所有していた財貨も一緒に。

『竜の宝』は王都に拠点を置いている。つまり、王族か貴族達の領土を貰い受けたと言う事だ。ならば、こちらはさらに質の高い物を提供するしかない。

 

 次に地位──現状、王国に潜り込ませているスパイの報告では、『竜の宝』はアダマンタイト級冒険者という地位しか得ていないらしい。ならば、こちらがより良い地位を与えると言えば欲しがるかもしれない。さしずめ貴族位──辺境伯ぐらいが妥当か。部下になってくれるのであれば、四騎士と同等の地位を持つ役職を新たに創ればいい。

 

 最後に異性──仮に、リーダーであるデュラハンが男と仮定した場合だが、美しい美女に興味をいだく可能性もないとはいえない。それにドラゴンが美女を攫うおとぎ話はよく存在する。ドラゴン達が興味を持てば、デュラハンの心を動かすきっかけになるかもしれない。

 

 だがもし、それら全てをもってしても通用しなかったら──

 

 そこまで考えた時──馬車が停止する振動がジルクニフを現実に引き戻す。馬車が止まった事に、同乗していたフールーダと秘書官のロウネ、四騎士の1人のバジウッドも困惑している。

 

 ジルクニフが乗っている馬車は特別仕様の特注品であり、対襲撃者用に頑丈な作りになっている。その為窓が設置されておらず、外の様子が確認できないのだ。

 通常なら外にいる兵士が、何かしら報告に来るはずなのだが──

 

「……何かあったんですかねぇ?」

 

 バジウッドがいつも通りの砕けた口調でジルクニフに話かける。

 

「外を確認しろ」

 

 ジルクニフの命令に従い、バジウッドが扉を開ける。

 その瞬間、眩い光が馬車内に差し込んできた。その光の正体をバジウッドが目で確認した途端、驚きの声を上げる。

 

「陛下! 見てください!」

「これは──!」

 

 ジルクニフが見たもの、それは──一面に広がる金世界だった。

 

 敷き詰められた砂金の地面、山のように積まれた金貨の山々、金貨に埋もれるように混ざっている高価そうな財宝達。夢のような光景が目の前にあった。

 

 ジルクニフは愕然とした。こんな光景を見せられては、兵士達が見蕩れるのも無理はない。現に、馬車から降りて外の状況を知った法国の者達も同じ状態になっていた。

 

 金銭による説得──ジルクニフはそれを排除した。勝てるはずがないと。

 帝国にも闘技場はある。そして今いる場所が闘技場である事も理解した。だからこそ勝てない。何故なら、帝国が誇る闘技場、その3倍はありそうな広場を金銀財宝が埋めつくしていたからだ。これだけの財を上回る額を帝国だけでは用意できない。国中の貴族達から金品を巻き上げたとしてもだ。

 

 ジルクニフは薄く笑う。余裕からではない。今から会うデュラハンとの交渉が、今まで経験してきた中で最も手に汗を握る事になるだろうと予感したからだ。

 

「皆様方、お待ちしておりました」

 

 財宝から声の主に視線を移す。本当は最初から見えていたのだが、周りを囲む財宝が凄すぎたせいで後回しにしていた。

 

 声の主は白人の美女だった。白い瞳に雪のように白く長い髪、そして純白の鎧──まるで雪そのものが人の形をしている、という表現が似合う女性である。着ている純白の鎧はかなり精巧な作りであり、帝国でも見たことがないほど立派な物であった。仮に値段をつけるとするならば、帝国で売られている魔法の鎧の数十倍の値段になるだろう。

 

 女性の後ろには、メイド服を着た20人の女達。これまた美しい顔立ちの女達ではあるのだが、こちらは些か違和感を感じる事ができた。一人二人程度であれば気にしなかったかもしれない。しかし、女達全員が、白蝋じみた血の気の完全に引ききった肌にルビーのごとく輝く真紅の瞳を持ち、やけに赤い唇からは鋭い犬歯が僅かに姿を見せていれば、誰でも不自然に思う。

 

 私の──いや、私達の警戒する雰囲気を感じた白人の女が、優しく微笑みながら一礼し、自己紹介を始める。

 

「私の名は白竜(はくりゅう)と言います。帝国の皆様方を案内するよう、ご主人様から承っております」

「これはご丁寧に──」

「──お返事は結構。ちなみに、後ろのメイド達はご主人様が召喚したヴァンパイア・メイド達ですので、下手に刺激しますと牙をむくのでご注意を」

 

 ジルクニフの返事を冷たい表情でバッサリ遮り、彼らがメイド達に感じていた違和感をあっさり説明する白竜に、一同が動揺する。

 だが、1人だけ──

 

「──待ちなさい」

 

 バジウッドと同じ四騎士の1人であり、馬車の警護についていたレイナースが白竜に声をかけた。

 対する白竜は、面倒くさそうな表情でレイナースに顔を向ける。

 

「……何か?」

「私達の陛下に対して、案内役の癖にその態度はなに? 少し失礼なのでは?」

 

 ジルクニフは止めようか迷った。ここは下手(したて)に出て相手の機嫌を損ねないのが無難な所だとわかってはいる。わかってはいるが、自分達を低く見られるのも避けたいところではある。

 

 しかし、白竜という女に注意した人物がレイナースというのが問題だ。彼女は昔、モンスターから呪いを受け、顔の半分が醜いものへと変化した。呪われた顔の半分を髪で隠している彼女は、自分より美しい女を見ると嫉妬する性格になってしまっている。

 おそらくだが、レイナースは白竜の美貌に嫉妬している。それゆえ私情を混じらせた注意でマウントを取りたいのだろう。

 

「謝っていただけます?」

 

 レイナースが睨み顔で白竜に謝罪を要求した。自分よりも遥かに体格がデカい女相手に、一切物怖じせずにだ。

 

「──今なんと言った?」

 

 ジルクニフは何か嫌な予感を感じた。地雷を踏んだ、あるいは触れてはいけない領域に触れたような──例えるならば、竜の逆鱗に触れたような、そんな感覚がした。

 

「(やはり止めるべきか!)いや、私は気にしてなど──」

「──人間風情が! この竜王たる私に! 謝罪を要求するかァァッ!」

 

 遅かった。

 白竜の表情が一気に豹変し、姿が変わる。巨大な生物の姿へと。真っ白な巨竜が姿を現し、レイナースの目の前に巨大な顔を向ける。

 

「ひっ!」

 

 レイナースの怯える声が横から聞こえるが、目を向ける事ができない。目の前の存在から目を離す事ができない。

 変身した白竜に、少し離れた位置にいた法国の人間達も恐れおののく声を上げている。

 

()()()()人間の分際で! 我は竜王であるぞ! 貴様の方が分をわきまえろ!」

 

 巨竜から凄まじい冷気が溢れ出し、周囲の財宝を凍らせていく。

 寒さに耐性のあるヴァンパイア達は平気そうに立っているが、圧倒的な恐怖と白竜の吐き出す冷気による寒さに、人間達は誰もが動けなくなる。

 

(まさか、この女もドラゴンだったとは!)

 

 ジルクニフは必死に思考を走らせる。目の前の竜王は激怒している。なんとかしないと全員が殺される──それだけは理解できた。だが、理解できても体が動かない。目の前の恐怖に足がすくんで動くことすらかなわない。体からでているはずの冷や汗がピキピキと音をたてながら一瞬で凍っていく感じが肌から伝わってくるのが、より一層ジルクニフを焦らせる。

 

「この我に命令した事……謝罪せぬなら死を持って償ってもらう事になるが……どうする人間?」

 

 竜王からの質問──謝罪を拒否すれば、死しかない。

 ジルクニフは必死にレイナースに命令した。

 

「レ、レイナース! 謝罪だ、謝罪するんだ!」

「──ッ! も、申し訳──ございません──でした……」

 

 言われてようやく我に返ったレイナースが、凍える寒さに耐えながら謝罪をする。

 帝国の人間達が白竜の様子を伺う。

 謝罪しただけで本当に許してくれるのだろうか? 殺されたりしないだろうか? など、寒さと恐怖のせいで考える事がどんどんマイナスな思考になり、誰もが皆、不安でいっぱいになり始める。

 

 冷たい息を吐きながら、白竜がレイナースに顔を近づける。白竜の吐く冷気により、レイナースの体から体温がどんどん奪われていく。

 

 このままでは凍死する──自身の身体がレイナースに訴えかけてくるが、どうすることもできず、ひたすら耐えるしかなかった。

 

 しばらく、レイナースをじっと眺めていた白竜がドラゴン形態をやめ、人間の姿に戻る。

 目の前から恐ろしいドラゴンが消えた事で、人間達はホッと胸を撫で下ろす。

 

「……ご主人様の所へ案内します。ついて来なさい」

 

 白竜は冷たくそう言うと、寒さでまともに歩けない人間達がいるにも関わらず先に歩いて行き始めた。

 

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 闘技場の中央に到着した帝国と法国を待っていたのは、豪華で温かな料理だった。肉、野菜、果実、その他様々な高級食材をふんだんに使った料理の数々に、帝国も法国も目を疑い、そして舌を踊らせた。特に温かいスープと飲み物は、冷えきっていた彼らの体を回復させるのにはうってつけであり、充分な癒しを与えた。

 

 文句の無い料理の数々に満足しながら、ジルクニフは今の状況を整理する。

 

 黒、青、赤、白、灰色──それぞれ別の色のテーブルクロスを敷かれた円卓が配置され、国ごとに分けられていた。青が王国、白が法国、灰色が評議国、そして赤が帝国である。座っている人物はどの国も、権力が上位の者達だ。

 

 警護の者達は、各国の円卓の後ろに配置された複数の黒の円卓から自由に料理を取って食べるフリースタイルになっている。これは、仕事に従事する者達にも配慮された形式だった。

 テーブルに座らされ料理を出された場合、『仕事中なので』という理由で食事を拒否する行為がやりにくくなる。相手の厚意に水を差す事になるし、出された料理がもったいないからだ。

 しかし、自分の意思で食事をするかどうか決めれるのであれば、その心配がいらなくなる。食事が必要な者だけが、必要な分だけ食べる事が可能になるのだから。

 

(『竜の宝』のリーダーは人の心を理解し、その配慮も心得ているようだな)

 

 デュラハンへの評価を一段上げながら、ジルクニフは正面の上座に置かれた──金で作られた、幾つもの宝石が埋め込まれた──高級な円卓に座するデュラハンに視線を向ける。

 

 竜を象ったような黒い全身鎧、円卓の上に置かれた黒いヘルム、椅子に座る首なし鎧──あれが『竜の宝』のリーダーであるデュラハンだと認識する。

 

 デュラハンの傍には、竜のような手足をもつ……おそらく竜人と呼ばれている存在である女が1人。人間サイズの忍びを思わせる格好の黒髪の竜人。デュラハンのすぐ脇に立っており、秘書のような立ち位置を見せている。

 

 黒い竜人とデュラハンの両サイドには青と赤のドラゴンが二匹。そしてその背後には、仁王立ちするさらに巨大な竜人が存在し、我々を見下ろしている。

 それだけでなく、円卓が置かれたこのエリアをぐるりと囲むように、たくさんのヴァンパイア・メイド達が取り囲んでおり、食事をする者達に飲み物を注いだり、料理を運んだりしている。

 

 円卓エリアの外は財宝の山があり、その財宝の山の上から、巨大なドラゴンが数匹こちらを観察するように眺めている。先程の白竜に加え、灰色、真紅、黄緑、緑のドラゴン。デュラハンの近くにいる青と赤のドラゴンより遥かに巨大である。きっと、あれらも竜王クラスなのだろう。

 

 だいたいの戦力分析を終わらせ、ジルクニフは各国に視線を移す。

 

 まずはデュラハンの円卓の1番近くにある王国から。

 出された料理に、王国の王族貴族達は夢中であり、うまい! うまい! と、舌鼓を打っている。あまりにも貴族としてはしたない。

 賢い行動をとっているのは──六大貴族に1人、王族に2人。ランポッサ国王は当然として、第二王子のザナックと貴族のレエブン侯……だったか? この者達は食事を程々に済ませ、礼儀正しくしている。

 第一王子のバルブロは肉料理にかぶりつき、上機嫌に酒を飲みまくっている。なんとも無様である。

 第三王女のラナーは、護衛に着いている『蒼の薔薇』と食事をしながら談笑している。周りの状況に危機感を感じていないのだろうか? 

 

 警護の兵士──ガゼフはランポッサ国王の傍で警護に従事しており、ガゼフの部下達も同じように警護にあたっている。貴族の私兵達は……こちらはマヌケも同然か。警護もほったらかして料理に夢中だ。

 

 次に評議国。

 代表者と思われる鎧の人物は、料理に一切手をつけていない。静かに鎮座し、様子を見守っている。背後にいる評議国のドラゴンも、食事をせずに静かに見ているだけである。他の亜人の要人達は普通に食事を行っており、まるで危機感がない。

 それどころか、彼らの席の料理だけやたら種類が豊富であり、デュラハンが評議国に対して優遇しているような節が見受けられる。

 

 

 次に法国。

 最高神官長を含め、法国の人間達は料理にはあまり手を出してはいない。1人だけ──無表情でパクパクと料理を食べる白黒の髪の女がいるぐらいである。

 ……まあ、これは仕方ないだろう。彼らは謝罪しに来た身だ。笑顔で食事なんぞできる訳がない。

 警護として同行した冒険者はというと、片方の銀級冒険者達は料理に夢中。もう片方──ミスリルの冒険者達は全員が警護に集中しており、料理に一切触れていない。かなり有能なチームのようだ。

 

 最後に我ら帝国。

 皆、私をお手本にしているのか、礼儀正しい姿勢で食事をしており、声を上げて賛美するような輩はいない。

 唯一フールーダのみ、取っても取ってもお菓子が生まれてくる菓子皿に興味津々であり、興奮しながら菓子を食べている。

 

 

 そうして時が経ち、料理に手を伸ばす者が少なくなり始めた時、黒髪の竜人が手を叩き合図をおくる。

 

「皆様、食事は気に入ってくださいましたでしょうか? 宜しければ、そろそろ談議を始めたいと思います」

 

(──ようやくか……)

 

 ジルクニフは気を引き締める。自分達の目的──『竜の宝』を帝国に引き込む為の舌戦がいよいよ始まる。

 国の未来をかけた話し合い……他の国々がどうでてくるかわからないが、それはそれでやり甲斐がある。

 

「では、飲み物だけを残し、料理は下げさせていただきます」

 

 メイド達が一斉に動き、料理の皿を片付けはじめる。あっという間に皿がなくなり、飲み物とグラスだけが乗った綺麗な円卓ができあがる。

 

「それでは談議を始めさせていただきます。まず初めに、皆様にお知らせがございます。本来なら、我らのリーダーであるご主人様は会話ができません。いつもなら、私がご主人様のお声を代弁し、皆様にお伝えします。ですが今回は各国の要人がいらっしゃるという事で、ご主人様が特別なマジックアイテムを使用し、ご主人様本人が会話なさるそうです」

 

 どよめきが巻き起こる。特に王国の面々の反応が強い。この場にいる国々の中で1番『竜の宝』と接しているのが王国だ。デュラハンが直接喋るという事態に驚きを隠せないでいる。

 

「ではご主人様、どうぞ」

「うむ。では皆さん改めまして、私が『竜の宝』のリーダー、首無し騎士デュラハンの勝でございます。以後お見知りおきを」

 

 黒い竜人とまったく同じ声が闘技場に響く。一瞬、黒い竜人が喋っているのでは? と疑ったが、黒い竜人の口はまったく動いていない。

 

「──……困惑なさっている方もいらっしゃるようなので補足しますが……私の声は、こちらのブラックの声を参考にしています。実を言うと、私のチームでまともに会話が可能なのが彼女だけなので、彼女の声を参考にするしかなかったのです」

 

 情報によれば、『竜の宝』の正式メンバーは4人であり、リーダーのデュラハン以外はドラゴンに変身できる竜人の三姉妹だそうだ。黒い竜人娘が代弁者をになっているらしく、他の3名は会話が不可能だという情報も入手済みだ。

 

「ついでに、私のチームの紹介を簡単に行いますね。先程も言いましたが、こちらの黒い竜人がブラックという名前です。三姉妹の長女であり、我がチームの代弁者です」

「皆様よろしくお願いします」

 

 ぺこりとお辞儀をするブラック。

 

「そしてこちらの青と赤のドラゴンがブラックの妹である戦士ブルーと魔術師のレッドでございます」

 

 青と赤のドラゴンが人型に変化する。2mくらいの身長の金髪の美女の双子であり、片方は戦士の格好、もう片方は魔術師のような格好をしている。

 

 おそらく、あの魔術師の格好をしたレッドという竜人が噂の第10位階の魔法を使う魔術師なのだろう。フールーダが最も会いたがっていた人物でもある。

 チラリと覗けば、フールーダがウキウキした目でレッドを見ている。隙あらば、レッドの目の前にすっ飛んでいき、地面に頭を擦りつけながら『私を弟子にしてください!』と叫ぶ。そんな様子が容易に想像できる。

 

「こちらの双子は、人間の言葉は理解できますが、人間の言葉を喋る事ができません。なので私を含め、我がチームでまともに会話できるのがブラックのみという、やや面倒なチーム構成となっております」

 

 厄介な事だ。要約すると、通常時はあのブラックとか言う竜人を間に挟まないとチームリーダーであるデュラハンや双子と会話ができない──という事になる。それは、メンバーの誰かを1人だけ呼び出して、いろいろと裏工作を施す機会が得られないという事だ。

 

 ジルクニフは隣にいるフールーダにチラリと視線をやってみた。案の定、難しい表情をしている。会話ができない事を知って落胆しているのだろう。

 フールーダが魔法の探求に勤しんでいるのは知っている。自分を超える魔術師がいると知って、子供のように喜びはしゃいだ姿を見せたのは久しぶりだった。それ程、あのレッドという魔術師に期待していたのだろう。

 

 

 その後、デュラハンは順々に()()()()()()()の紹介も行った。ティアマト、ファフニール、バハムート、リヴァイアサン、ヤマタノオロチ──そして白竜。どれもこれも、帝国の過去の文献に載っていない竜王の名であり、はっきり言って未知である。だが、実際に現物を目にしたのだ。ならば、全て事実として受け入れるしかない。

 

「では──チームの自己紹介も終わりましたし、本題に入りましょうか」

 

 得られた情報を整理し、頭に叩き込んだジルクニフは、いよいよ始まる談議に向けての有効な話を考え始める。

 

(力では勝てない。権力は無意味。金銭では動かない。異性は──既に嫁候補の竜人を用意済み。残るは……地位のみか)

 

 たった1つしかない手札。これの価値をどこまで引き上げる事ができるか。

 今までにない不利な状況の中、ジルクニフは談議に挑むのだった。

 



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第17話 談議─その1

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 コッ、コッ、コッ──という、軽い金属同士がぶつかる音が一定のリズムで鳴り響く。高級な金属の円卓をガントレットの指で叩く音だ。

 その動作をしている人物……首無し騎士ことリュウノは、無い頭を捻りながら思考していた。

 

 豪華な椅子に足を組みながら座り、肘掛けに寄りかかりながら考え事に没頭するその姿は、一種の支配者がするにふさわしい姿である。だが実際、この場に置いては彼女は支配者同然の権力を持っており、そんな彼女の態度や仕草に文句を言う者はいない。それどころか違和感なく受け入れてしまっているのが現状だ。

 

 しばらく思考したリュウノは、姿勢を正すと口を開く。

 

「ふむ……困りましたね。帝国も評議国と同じ目的だったとは……」

 

 法国、評議国、帝国の三国の来訪の理由を質問した結果──

 

 法国は謝罪、帝国は評議国と同じく『竜の宝』を自国に招き入れたいという事だった。

 評議国には既に返事を返している。なら、帝国にも同じ返事を返すしかない。そして法国だが──リュウノ個人としては、さっさと帰らせたいのが本音である。

 

(さっさと謝罪させて帰らせたい……あいつらには私の人間の姿も見られているし、リュウノという存在について聞かれるのもマズイし……。でもなぁ……)

 

 法国を帰らせた場合、護衛として同行しているモモン達も帰る事になる。できるだけモモン達には談議の内容を直接聞いておいてもらいたい。今後の為にもだ。

 法国をこの場にとどめるためには最後まで残す必要がある。

 

「ジルクニフ皇帝陛下には申し訳ありませんが……今、我々が貴方の国に行く事はできません。理由は……わかりますよね?」

「悪魔が王国を狙っている、という情報は入手している。貴殿らが王国を動けないのも理解している。しかし、悪魔問題が()()()()()はどうかね? 貴殿らも他国での活動を視野に入れるようになると、私は予想しているのだが……」

 

 そう来たか──と、その場に居た者達のほとんどが同じ思いを抱いた。リュウノ自身も同じであり、それと同時に帝国の皇帝が、()()()()自分よりは賢い人物であると理解した。

 

「さすが皇帝陛下、あなたの仰る通りです。私達の噂が他国に広がり、ある程度認知された頃を見計らってから他国へ──例えば観光……にでも行く予定を立てていました。特に、評議国や竜王国にはとても興味があり、いつか行ってみたいなぁー、という気持ちはありましたよ」

 

 ここは素直に思っていた事を話した。あくまで個人的な予定に過ぎない事だが、この異世界の国々の情報収集も大切な活動である事は確かである。アインズも()めはしないだろう。

 

「ちょっとよろしいかな? デュラハン殿」

 

 いきなり発せられた声に、全員の視線が集まった。

 挙手したのは評議国の代表である鎧の男──ツァインドルクスだった。

 

「……何でしょうか? ツァインドルクス殿」

「私達の国に来る予定でいる……そう仰いましたね?」

「ええ、そう言いましたが?」

「実は……私達の国にあなた方『竜の宝』を招待しようとしたのは、とある理由の為なのです」

 

 ついに攻めたか──とジルクニフと最高神官長は目を光らせる。

 評議国が何かしらの取り引きじみた話を持ち出すつもりでいるのだろう、という予想は既にしていたからだ。

 

 リュウノ自身も、評議国に何かしらの目的がある事は察していた。自分達をわざわざ国に呼ぶだけの、それなりの理由があるのだろうと。故に、評議国の真の目的を聞けるチャンスを逃す理由はない。

 

「ふむ? 理由とは?」

「はい。本当は、『竜の宝』の皆様を我が国にお招きしてから話そうと思っておりましたが……──」

 

 そこまで言ってから、ツァインドルクスはザラジルカリアに視線を移す。

 元から打ち合わせ済みだったのだろう。ザラジルカリアが引き継いで語り出す。

 

「──実は、我々評議国のドラゴンは、あなた方『竜の宝』の皆様に、再びドラゴンの時代を作ってもらいたい……そう思っているのです!」

 

 ザラジルカリアのとんでもない話に場が一斉にざわつく。特に法国はより一層ざわついていた。

 法国は人間至上主義の国家である。そんな彼らにとって、人間以外の種族が力を持つ事は大変困る事であり、ましてやドラゴンが地上を支配するなど言語道断である。何がなんでも阻止すべき案件である。

 

「500年以上前の──八欲王にドラゴンが狩り尽くされる前の状態に戻したい……そういう事かな? ザラジルカリアよ」

 

 バハムートの問いかけに、ザラジルカリアが頷く。

 

「その通りです、バハムート様。500年以上前、八欲王が現れるまでは、この地上は我々ドラゴンが支配しておりました。多くのドラゴンが自由に空を駆け、縄張り争いを繰り返す……あの懐かしき日々を、八欲王達は奪い去りました。今の時代を生き残っているほとんどのドラゴンは、八欲王に戦いを挑まなかった弱い者達ばかりなのです」

 

 リュウノはなるほどと頷く。以前戦ったシャドウナイトドラゴンの強さを基準にすれば、評議国の話は充分納得がいく話だったからだ。

 

「なるほどね……だからあなた達は群れを作って暮らしているワケね。単独で居たら殺られちゃうから」

「その通りです、ティアマト様。我々は八欲王との戦いで群れる事を学びました。もし、我々ドラゴンが一致団結して群れで戦っていれば、ここまでの被害を出さずに八欲王達を打倒できていたかもしれません」

 

 リュウノ自身も不思議に思っていたのだ。なぜ評議国にドラゴンが集まっているかを。しかし、今回のザラジルカリアの話を聞き、評議国にドラゴンが群れでいた理由の謎が理解できた。

 ドラゴンは基本群れない。だからこその敗北。それを反省した結果が、集団になって暮らすという今に繋がったのだろう。

 

「ご主人様、評議国の提案をのんではどうです?」

「ふむ……」

 

 魅力的な提案だな──と、リュウノも思った。世界中をドラゴン達が闊歩する世界を想像し、それもアリかな──などと思い始める。

 

「ドラゴンが支配する世界か……悪くないかもなぁ……」

 

 ボソリと呟いた言葉。しかし、闘技場という広い空間で呟いたリュウノのその言葉は、静かな響きで全員に聞こえてしまっていた。

 

 人間達が一斉にざわつき、慌て始めたのは言うまでもない。

 それに合わせ、主人の言葉を聞いた竜王達が勝手に話を進め始める。

 

「ええ、その通りです、ご主人様! もとより世界は我々ドラゴンのもの! そして我々ドラゴンはご主人様のもの! 世界の全てがご主人様のものになる! たいへん素晴らしい事だと思うわ!」

「左様。全ての土地が主人のものであり、その土地に住む全ての生命が持つ所有物も主人の物!」

「我らが主人が支配者になったあかつきには、全ての生き物に貢ぎ物を捧げるように命令しなくてはな!」

「従わない奴らは皆殺しに、貢がない者たちからは略奪する!」

「全ての生き物はご主人様の奴隷……ああ! なんて素晴らしい事なのかしら!」

 

 竜王達の発想は全て主人であるデュラハンが中心であり、デュラハンの為に行われる事柄ばかりであった。無論、人間達にとっては許されざる事であり、たまったものではない。

 リュウノも流石にそこまで酷な事をするつもりはない。そんな事をすれば全ての人間を敵に回す事になる。

 だが、主人であるリュウノを第一に考える竜王達の頭の中に、他種族への気遣いや配慮などはまったくない。

 

「──ねぇ、ツァインドルクス?」

 

 邪悪な笑みを浮かべたティアマトに視線を向けられ、ツァインドルクスが身をすくめる。

 悪竜の頂点たるティアマトが邪悪な笑みを浮かべる……それは、ティアマトがどういった存在なのか理解している者にとってはあまり良くない未来を想像させる。きっと、悪い事を思いついたのだろうと。

 

「な、何でしょうか? ティアマト様」

「新しいドラゴンの時代で、ご主人様が支配者として君臨する……その事にあなた達も賛成よね?」

「も、もちろんです。異論などありません」

「なら、ご主人様を評議国の最高評議員とか、あるいは最高支配者という位置に置いてもらえるのかしら?」

「───ッ!?」

 

 ティアマトのド直球な提案。ハッキリ言えば、評議国の支配権を寄こせという意味だ。

 ツァインドルクスやザラジルカリアなど、評議国の者達が息を呑むのが感じられた。流石のリュウノも、これには驚きと焦りが出た。

 

「ティアマト! 流石にそれは──」

 

 あまりにも無体な要求である。さすがの評議国も、この要求は受け入れられないだろう。いくらティアマトが悪を象徴する神だとしても、やっていい事にも限度というものがある。

 ティアマトの発言を取り消そう。そう判断し、リュウノが口を開きかけたその時だった。

 

「わかりました」

「──え?」

「他種族にあまり酷い事をしないという事を約束していただけるなら、我々評議国は勝殿を支配者として容認するつもりでいます」

 

 ツァインドルクスからのまさかの返答だった。各国からも驚きの声が上がる。

 評議国がデュラハンを国の支配者として容認する。その事を確約したことが、現時刻をもって証明されたのだ。

 

「──はぁ!? マジで!?」

 

 リュウノもこれには思わず声に出して驚いた。

 無理難題とは言えないあっさりとした条件。それさえ守れば、自分は一国の主になれる。あまりにも破格な取り引きである。

 

 無論、ツァインドルクスも考え無しにこんな事を言った訳ではない。

 前日のデュラハンの行動──突然やって来た自分達に対し、デュラハンは親身になって自分達の要望に応えてくれた。これほど優しい人物なら酷い結果にはならないだろう、という確信をもって判断をしたからである。

 

 ツァインドルクスの返答に、ティアマトや他の竜王達はすぐさまリュウノに確認をとる。

 

「ご主人様! 評議国がご主人様を支配者として認めるそうです! 王国とか帝国とかは無視して評議国に行きましょう! 悪魔に攻められた国は、ご主人様が支配者として君臨してからでも取り返せますし、問題ないかと」

「左様。人間の国なんぞ見捨てて、主人の為の新しい支配地作りを行いましょう!」

 

 次々と竜王達が同じような意見を言い始め、最後は「ご主人様!」「主人よ!」と、リュウノに判断を求めてくる。リュウノはどうしようか悩み、円卓をコツコツと指で叩きながら思案する。

 

 悩んでいるデュラハンのその姿に、各国の人間達はもはや黙って聞いている場合ではないと決心する。もしデュラハンが評議国の提案をのめば、人間達はドラゴンに支配され、ドラゴンに怯える日々を送る事になる。デュラハンが何か言う前に止めなければ! 

 

「お待ちを!」

「待ってほしい!」

 

 ほぼ同時に、最高神官長とジルクニフが声をかけた。

 竜王達の視線が人間達に向く。特にティアマトは、話の邪魔をしやがって、という不愉快そうな表情を人間達に向けている。

 

「……何よ? 割って入ってこないでくれるかしら? それとも、竜王である私の意見に文句でも──」

 

 ティアマトが圧をかけて黙らせようとするが──

 

「ティアマト、よせ!」

 

 主人であるリュウノが口を開き、力強い口調でティアマトを止める。主人に止められたティアマトは、すぐさま大人しくなる。

 

「事を急ぎすぎだ。もう少し冷静になれ」

「……申し訳ありませんでした、ご主人様」

 

 巨大な竜王ティアマトが、自身の指先程の大きさしかないデュラハンに頭を下げながら謝罪する。これだけで、デュラハンの権威が絶対である事が理解できる。

 あれほど巨大な存在を従えさせる事ができるデュラハンの実力がまったく予想できない事に、各国の者達は歯がゆい気分でしかない。

 

()()()()が失礼をしました。申し訳ございません」

 

 軽く頭を下げながら、リュウノは一度咳払いをして改めて聞き返す。

 

「それで、何でしょうか?」

「私達帝国も、貴殿と取り引きしたい事がある!」

「我々法国も同じく、あなた様と話たい事があります!」

「ふむ? どのような内容でしょうか?」

 

 ジルクニフと最高神官長の目が合う。どちらが先に口火を切るか、という視線だ。だが、「では、そちらからどうぞ」というセリフとともに、ジルクニフが最高神官長に先を譲り、席に着いた。

 

 ジルクニフの切り札は少ない。

 先に法国に話をさせて内容を知る事で、その内容次第で自分達の話の内容を整理、または変更する作戦に出た。

 

 譲られた最高神官長は、恐る恐るといった雰囲気で話だす。

 

「まず、我々の当初の目的である謝罪からさせていただきとうございます!」

「あ、それもういいよ」

「──えっ?」

 

 最高神官長は、何かの聞き間違いかと疑う程困惑している。

 漆黒聖典の隊長も同様であり、何かしら文句や苦言を言われる覚悟をしていただけに、デュラハンのこの対応に驚きを隠せない。

 

「別に私達がそちらに謝罪を要求した訳ではないし、こちらもいろいろ迷惑かけてしまった部分がありますからね。互いに痛み分けという事で謝罪は結構です」

「──さ、左様ですか……?」

「うん」

「そ、そうですか……」

「だから、さっさと本題に入っていいよ」

「わ、わかりました……」

 

 この一連の流れに、少し離れた黒の円卓の席に座って見守っていたルプとナーベは理解できず、こっそりモモンに疑問を投げかけた。

 

「モモン──さん、少しよろしいでしょうか?」

「どうした? ナーベ……」

「何故、勝様は法国の人間達に謝罪をさせなかったのですか?」

「……カルネ村での奇襲の件が理由だろうな」

「どういう意味っす?」

 

 モモンは丁寧に説明した。

 

 今回の法国の謝罪には、カルネ村でリュウノを背後から奇襲した一件も含まれているはずである。

 法国はリュウノの()()()姿()を目撃しており、カルネ村でリュウノは自身を首無し騎士だと名乗ってしまっている。

 

 対して王国と帝国が持つリュウノという人物に関する情報は、エ・ランテルで悪魔達に連れ去られた竜人という、あの事件ぐらいしかない。

 その為、リュウノ自身が考え暴露した二つの情報──『リュウノはブラックの姉』『リュウノは二つのタレント能力が使える』という情報ぐらいしか出回っていないのだ。

 

 つまり、リュウノとデュラハンが同一人物である事を知っているのは法国だけであり、リュウノが法国と戦闘したという情報を他の国は知らないのだ。

 

 だが──ここで法国がカルネ村の一件を謝罪しようとリュウノの話をした場合、矛盾が発生するのだ。

 現在、リュウノは悪魔に連れ去られ不在である。少なくとも世間ではそういう事になっている。なので()()()()()()()()()は、心臓を刺された事についてしつこく攻める事ができない。自身の正体を明かせば納得されるだろうが、その次に来るであろう質問が鬼門なのだ。

 

『なぜ悪魔に連れ去られた貴方がここにいるのですか?』

 

 この質問が出るのは間違いない。そうなってくると、今度は魔王との関係性を疑われる。万が一、魔王と協力関係にあるような疑いを持たれると、『竜の宝』の立場が危うくなる。

 仮に協力関係を否定できたとしても、魔王の嫁に選ばれた一件がある以上、今後も魔王と接触をする可能性があるとして危険視される。そうなれば、冒険者活動ができなくなり、他国への訪問という情報収集もできなくなるのだ。

 

 ハッキリ言って、デメリットの方がデカいのだ。

 

 なので、できるだけリュウノに関する話題を法国に出させないようにする。それが勝の狙いなのではないか──そう説明した。

 

「──という訳だ。理解できたか?」

「な、なるほど……そういう事情が……」

「そこまで考えていらしたとは、さすが勝様っすね!」

 

 モモンの説明を聞いて感心する二人に、近くに居たウルベルがこっそり語りかける。

 

「どのみち法国は私の悪魔の軍勢に攻め滅ぼされるのです。今更謝罪したところで無意味ですからね〜」

「……そう言えばそうでしたね。至高の御方に無礼を働いた虫風情には、お似合いの最後です」

「もうじき自分達の国がめちゃめちゃにされるなんて、アイツら全然思ってなさそうっすもんねwww」

「──おっと? また何か、とんでもない内容が飛び出たッスよ」

 

 ペロロンの言葉に、ルプとナーベは表情を素早く切り替え、ポーカーフェイスに戻る。

 表情の動きや変化で相手に情報を与えないようにする為、特定の言葉に反応しないように心がけるよう言われているのだ。

 

 一方、リュウノの方はというと──

 

 場が静まり返っていた。

 法国以外の誰もが頭の上でクエスチョンマークを浮かべている。

 それは先程、最高神官長が発した言葉の意味を理解できていなかったからだ。

 少し経って、困惑している人間達を代表するかのようにリュウノが質問を返す。

 

「……えっと、すまん……もう一度言ってくれ。私を何にしたいって?」

「ですから、あなた様には我々の国で新しい神になっていただきたいのです!」

「──は?」

 

 再び訪れる静寂。

 何言ってんだこいつ。という困惑。

 誰もが納得いく答えを導きだせない。

 

 唯一、リュウノには心当たりが1つある。

 陽光聖典との戦いの折、神の演技をした事だ。

 だが、あれはあくまで自分で神を名乗ったに過ぎず、公式的に認められた訳ではない。だからこそ、法国が神を名乗ったデュラハンを正式な神として公認しようとする理由がわからないのだ。

 

「……えっと、なぜ神になってほしいのだ?」

 

 一番の疑問をぶつける。

 神になってほしい理由を尋ねれば、何かわかるかもしれないという単純な考えで。

 

「あなた様が、我が国が信仰している六大神の内の一人、死を司る神! スルシャーナ様を従えさせているからです!」

 

 最高神官長は堂々と言い切った。嘘ひとつ無い、そう思わせるほどの迫力でだ。

 

「──スルシャーナ?」

 

 聞き覚えのある名前だった。

 あれは確か、捕虜を尋問して得られた情報をデミウルゴスから聞いた時だ。

 スルシャーナがどういう存在だったか思い出す。

 

 だが、思い出してみて矛盾に気付く。

 スルシャーナは既に死亡したか、最低でも行方不明になった神だったはずだ。そのスルシャーナを私が従えさせていたとはどういう事だろうか? 

 

 チラリと、私はモモンを見る。モモンの本当の姿、『死の支配者(オーバーロード)』の方のアインズを思い浮かべながら。

 スルシャーナとアインズは姿が酷似しているらしい。法国の言うスルシャーナとやらがアインズの事を指しているのなら納得がいく。従えさせていると思われているのは些か語弊ではあるが。

 

 しかし、アインズと会っていたのは毎回ナザリックの内部だったはず。

 

 仮に、法国が魔法を使用して監視を試みたとしても、ナザリックの魔法防壁を突破するのは100Lvのプレイヤーでも至難の技だ。簡単には破られない。

 

 また、魔法防壁が何らかの魔法的攻撃を受けた場合、ナザリックがそれを探知しているはずだ。

 だがそんな知らせは受けていない。つまり、法国はナザリックに監視を試みていないという事になる。

 

 ──では、どうやって知った? 

 いや、それ以前に、法国はアインズの正体を知っているのか? 

 

 様々な可能性を考える。

 

 カルネ村で捕縛した兵士をアインズが逃がした時、アインズが正体を隠していなかった? 

 そこから、法国にいるかもしれないプレイヤーがアインズの正体を見破った? 

 或いは、アインズが単独で勝手に行動していた? 

 

 様々な理由が出てくるが、考えても考えても埒が明かない。

 

 仮に法国がアインズの正体を知っているのなら一大事だ。アインズがアンデッドであるという事をバラされる危険性が伴う事になる。

 

 ならば、まずすべき事は確認だ。

 

「……すまないが、貴方の言う『スルシャーナ』という名前の神に心当たりがない。どのような人物なのかな?」

 

 あえてアインズの名前は伏せた。最高神官長の口からアインズの名前が出れば、法国はアインズの正体を知っている事になる。

 

「──? ……スルシャーナ様をご存知ではないのですか?」

 

 意外だったのか、ポカンとした表情で尋ねてくる。

 

「あなた方が言うスルシャーナなる人物が、私の前で同じ名前を名乗っていたとは限りません。別の名前──偽名を使っていた可能性もありえますからね。それにあなた方と私達とでは、スルシャーナなる人物の呼び方が違う可能性もあったりするかもしれませんし」

「な、なるほど……」

 

 私の言い分に最高神官長はとりあえず納得したらしく、スルシャーナの特徴を語ってくれた。

 結果、私達の知るスルシャーナの特徴とほとんど同じであり、事態に進展はナシ。

 

 ならばと、攻めるポイントを変える。

 

「あなた方は……私がスルシャーナなる人物を従えさせている所を見ていたようですが、それはいつの事で?」

「貴方様が我が国を襲撃した日でございます!」

「はあぁ!?」

 

 言っている言葉の意味がわからなかった。

 スレイン法国を襲撃した覚えなどない。厳密に言えば()()である。現段階では、のちのち魔王軍が攻める予定になってはいるが。

 

「国を襲撃だと……!?」

「冒険者が国家を襲うとは……」

 

 最高神官長の言葉に、周囲にいた各国の人間達も驚きの声を上げ始めている。

 このままでは、在らぬ罪を着せられかねない。

 

「ま、まて! 私がお前達の国を襲撃しただと!? 何かの間違いでは? 私はお前達の国に襲撃などしていない!」

「それは本当でございますか!? ……で、では、貴方様が所属していらっしゃる組織──アインズ・ウール・ゴウンが襲撃をかけた可能性は?」

 

 最高神官長の言葉を聞き、モモンの方に視線をやる。

 ウルベルとペロロンに視線を向けられ、「私じゃありませんよ!」と、小さく手を振りながら首を左右に振るモモンの姿が見える。

 

 確かに、アインズが下僕を差し向けた可能性は否定できない。

 幼馴染であり、数少ない残ったギルメンである私が殺されかけたのだ。アインズが怒りを抱いてもおかしくない。

 

 だがあの様子だと、法国に襲撃をかけたのはアインズでもないらしい。

 

「申し訳ありませんが、アインズ様からその様な知らせは受けていません。もしよろしければ、あなた方の国を襲った存在に関して教えていただけませんか? 何か手がかりが見つかるかもしれませんよ?」

「か、かしこまりました。襲って来たのは11体の魔物でした。特徴は──」

「──ご、ご主人様!」

 

 突如、ティアマトが声を張り上げて会話に割って入ってきた。

 

「どうしたティアマト?」

「えっと、その……──」

 

 よく分からないが、ティアマトは焦っているような表情をしており落ち着きがない。時折チラチラとバハムートの方に視線をやっているようにすら見えるのは気のせいだろうか? 

 試しにバハムートの方を見るが、特に変化はない。

 バハムートの表情にも変化はなく───というか、ドラゴンの表情は判断しにくく、今のバハムートがどのような心境でいるのか、表情で読み解くのは難しい。ティアマトは人間顔なのでわかりやすいのだが。

 

「えーと、えーと……そ、そう! あれです、ご主人様!」

()()とは?」

「ご主人様は陽光聖典の人間達を逃がす際、忠告をしましたよね?」

「ん? ……んー……確かにしたな。確か……『罪もない村や村人を襲うな』とか『私達について調査や監視をするな』とか『アインズ・ウール・ゴウンの組織活動を邪魔するな』だったか?」

「そ、そう、それです! ご主人様! コイツらはご主人様の3つの忠告を内、二つを無視しています! これは立派な私達に対する敵対行為です!」

 

 言われてみれば──カルネ村で私が襲われた時、あの場にはモモン達がいた。モモンや私の計画を狂わせるような行為をやった時点で、アインズ・ウール・ゴウンの組織活動を妨害したと見なされても文句は言えない。

 それに先程、最高神官長は私達の事を覗いていたような発言をした。つまり、何かしらの方法で私達を監視していた事になる。

 

 私の忠告をまったく気にしていない──つまり、私達を恐れていない。そういう事になる。ティアマトはそれを言いたかったのだろう。

 

「ご主人様、こんな無礼な奴らに慈悲など与える必要はありません。今すぐ始末するべきです!」

 

 ティアマトの発言を聞き、法国の人間達から怯える声が上がる。

 国相手に躊躇なく殺害予告をする存在に恐怖しない者がいるだろうか? ましてや、それが凄まじい強さを持つと理解している者ならなおさらだ。

 

「ご主人様、皆殺しの許可を! ご命令していただければ、この私がスレイン法国の奴らを国ごと破壊してさしあげます!」

 

 正直なところ、ティアマトの意見には賛成したい。

 しかし、今彼らを殺せば、様々な問題が発生する。モモン達にも迷惑がかかってしまう恐れもある。

 

「よせティアマト! 今回、彼らは私達に謝罪を目的にやって来ているんだ。先程私が謝罪をしなくてよいと断ったが、もしかしたらその事も謝罪に含まれていたかもしれん」

「しかしご主人様! コイツらは、ご主人様を──!」

「いい加減にしろ!」

 

 デュラハンの怒号と机に拳を叩きつける音が闘技場に響いた。

 ティアマトを含め、周囲にいた竜王とアンデッド達が一瞬怯んだ。周りにいた人間達にすらわかる程に。

 

「いいかティアマト。確かにコイツら私達に対して無礼な事をしたかもしれない。お前えの言う通り、コイツらを国ごと皆殺ししたい気持ちも確かにある!」

「で、でしたら──!」

「だがな、当の本人たるこの私が我慢しているんだぞ! それなのにお前は、この私の顔に泥を塗るつもりか!?」

「──っ!」

 

 泥を被る頭なんて無いが、(いま)彼らを殺すのはまずい。

 ティアマトには申し訳ないが、強引にとめさせもらう。

 

「そ、そんなつもりは──」

「黙れ! それ以上何か言えば……()()()?」

 

 その瞬間、ティアマトの表情が一変した。

 激しく怯え、慌てたように服従のポーズをとり、謝罪し始めた。

 

「も、申し訳ございません、ご主人様! ご主人様を不快にさせてしまった事を謝罪いたしますので、どうか! どうか、消すのだけはご勘弁下さい!」

 

 巨大な身体を持つ竜王ティアマトの必死の謝罪。

 こんな光景を見る日が来るなど、評議国の者達は思いもしなかっただろう。

 だがこの、ティアマトを脅して謝罪させるという事を他国の人間に見せつける行為は、人間達にデュラハンの絶対的な強さを理解させるには充分な事であった。あれ程の存在を脅し謝罪させる。それは、デュラハンがティアマトより強くなくてはできない事であると。

 

「……わかればよろしい」

「ご主人様の慈悲に感謝いたします!」

 

 リュウノは手でティアマトに下がるよう指示すると、法国の方に向き直る。

 

「お見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした」

「い、いえ! こちらこそ、あなた様をご不快にさせるような事をして申し訳ございませんでした」

「──で、話の続きですが……私はまだ、あなた方を信用できておりません。ですので申し訳ありませんが、あなた方の国の神になるつもりはありません」

「さ、左様でございますか……」

 

 最高神官長はガックリと腰を下ろした。

 その仕草は、安堵と落胆、両方が混ざっているように感じられた。

 

「では、次は帝国の皆さんの話を聞きましょう。ジルクニフ皇帝、よろしいかな?」

 



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第18話 談議─その2

*今回はちょっと長め。約二万文字あります。
誤字脱字があるかもしれません。
(寝ぼけながら書いた部分もあったので)





 ・

 ・

 ・

 ジルクニフは焦っていた。

 今回の交渉は失敗に終わる確率が高い。そう思わずにはいられなかったからだ。

 

 周辺国家の中で最も強い法国からの提案である『我が国の神になってほしい』という願いを、『竜の宝』のデュラハンは断ったのだ。

 しかも『信用できない』という理由だけでだ。

 

 ある意味、神という立ち位置は王より偉い存在とも言える。

 その社会的位置をデュラハンはあっさり手放した。私利私欲で動くタイプではないのだろう。

 

 オマケに忠告を無視した法国に対し、デュラハンは『滅ぼしたい気持ちを我慢している』とまで言い放った。

 もし、デュラハンが本気で竜王達に命じれば、あの竜王達は遠慮なく国を滅ぼすのだろう。

 つまり、あのデュラハンを不機嫌にさせるのはまずいという事だ。

 

「では、次は帝国の皆さんの話を聞きましょう。ジルクニフ皇帝、よろしいかな?」

「もちろんだとも。だがその前に、貴殿らに渡しておきたい物がある」

「渡したい物?」

「ああ。お前達! アレを持ってこい」

 

 指示された部下達が複数ある馬車の1つから沢山の袋を担ぎ出し、運び始めた。

 運ばれる袋からは、ジャラジャラという硬くて小さい物同士が擦れ合う音が聞こえてくる。袋の中身が宝石の類いであると、誰もが理解できた。

 

「貴殿らが所有する財の量に比べれば、あまり多く感じられないかもしれないが……私からのほんの気持ちだ。受け取って欲しい」

 

 屈強な兵士達が二人がかりで重たそうに運んだ袋──それがズラリと並べられ、袋の口が開かれる。

 開かれた袋の口から見えた物は、やはり宝石の類いであった。袋にずっしりと入った宝石達が、自分の存在を主張するがごとく、それぞれの輝きを放っている。

 

 艶やかで官能的な華やかさも持つ、宝石の女王──赤の輝きを放つ宝石ルビー

 

 凛とした気品溢れる艶やかさを持つ──青の輝きを放つ宝石サファイヤ

 

 人目を惹きつける鮮やかな色で魅了する──緑の輝きを放つ宝石エメラルド

 

 憧れる女性はいないほど鮮烈で美しい輝きを放つ──誰もが知っている宝石の王様ダイヤモンド

 

 宝石類のなかでも特に価値の高い四大貴石──ジルクニフが宝石商人に命じ、厳選に厳選を重ねて選び抜かれた最も質の良い宝石達が、それぞれ3袋ずつ入れられていた。

 

 並べられた貢ぎ物に、竜王達が感心の声を漏らす。

 

「ほう……自ら貢ぎ物を持ってくるとは。殊勝な心がけだな、帝国の皇帝よ」

「……お褒めいただき感謝する」

 

 バハムートに褒められ、ジルクニフはお礼の言葉を述べながら頭を下げた。

 

 まずは貢ぎ物で機嫌を取る。

 最初の一手が上手くいった……そう思いたいジルクニフだったが、肝心のデュラハンの機嫌まで上げる事ができたかどうかはわからない。

 

 様子を伺うジルクニフに対し、デュラハンは冷静に指示を飛ばす。

 

「……ティアマト、白竜、オロチ、ニセモノが混じっていないかチェックしろ」

「「「はっ!」」」

 

 指示された三体の竜王がみるみる小さくなり、美しい人間の美女に変わる。

 周囲の人間達から、驚きと欲情に燃える声が漏れるのがわかった。ジルクニフですら、その美女達を美しいと思った程だ。

 強いて言うならドラゴンでなければ──2mを超える巨躯でなければ、妾として即採用していただろう。

 

 3人の美女が、並べられた袋を1つ1つチェックしていく。

 袋の中身を砂金の地面にぶちまけると、宝石を数個手に取っては2〜3秒間手の中で転がし、袋に戻していく。その繰り返しだが、その手際は素早く、あっという間にルビーの袋が終了し、次のサファイヤの袋に取りかかっていく。

 

 宝石を頻繁に取り扱う商人ですら、宝石のチェックには時間をかける。あんな雑なチェックの仕方ではなく、1つ1つを丁寧に調べていくのが普通だ。

 ダイヤモンドだけでも、カット(Cut)・カラー(Color)・クラリティ(Clarity)・カラット(Carat)という4つの評価基準があるくらいなのだから。

 

 カット(Cut)はカットされたダイヤモンドの形・研磨・仕上がりの評価

 カラー(Color)は透明度の評価

 クラリティ(Clarity)はキズや内包物の量の評価

 カラット(Carat)は重さの評価である。

 

 一般的にダイヤモンドの原石は1カラット未満がほとんどだ。大粒の原石はとても希少価値が高いと言える。そして今回用意したダイヤモンドは、ほとんどが1カラット以上の大粒物ばかり。

 

 決して悪い評価にはならないはずだ。

 

 美女達が最後のダイヤモンドのチェックを終わらせる。

 そして調べ終えた袋をデュラハンの足元近くに置くと、美女達は整列して待機する。

 

「結果は?」

「ニセモノはゼロです、ご主人様」

 

 ヤマタノオロチの報告に、ジルクニフは胸を撫で下ろす。

 ニセモノなんて混ぜるはずがない。もし仮にニセモノが混じっていたとすれば、帝国の者がすり替えた可能性しかありえない。だが、私の部下がそんな真似をするはずがない。

 

「お前達から見て、貢ぎ物の評価は?」

「……そこそこですね。仮に冒険者のランクで例えるならば、プラチナ級程度かと」

 

 白竜の言葉に、ぞわりと寒気が走った。

 あれ程厳選した宝石達が、冒険者の八段階あるランクの内の五段階目だと言われたのだ。あまりにも厳しい裁定である。

 帝国の貴族達が羨む程の、高ランクの宝石達がプラチナ級程度……では、最高峰のアダマンタイト級の宝石とは、どれほどの物になるというのか? 

 

「なぜプラチナ級なのだ? 明確な理由を言えるか?」

 

 デュラハンの問いかけに、白竜とヤマタノオロチがティアマトに視線を向ける。

 おそらく、一番正確な評価を下せるのが彼女なのだろう。

 

「カットは特に問題ありません。ですが、残りのカラー、クラリティ、カラットが、ご主人様が所有する宝石と比べて劣っています」

「え、マジで?」

 

 気になったのか、デュラハンが何もない空間から同じ宝石を4種類取り出し、見比べ始めた。

 その自然な程、当たり前な仕草でやった行為に騙され、そのまま流しそうになったが、何もない空間から宝石を取り出すなど普通な事ではない。

 

「(どういう事だ! あの宝石は何処から取り出した!? それに、デュラハンの持つ宝石のデカさはなんだ!? あまりにも大きすぎだろう! 手の平サイズの宝石など、私も初めて目にするぞ!)」

 

 手の平サイズのダイヤモンド──推定でも約3000カラットはありそうな大きさのダイヤモンドを、デュラハンは恐れる事もなく握っている。

 

「……ジルクニフ皇帝、念の為、見比べていただいても?」

「──え?」

「我々だけの判断では、そちらが納得しないかもしれませんので。どうぞ」

 

 信じられなかった。

 事もあろうにデュラハンは、あの大きなダイヤモンドを砂金の砂の地面に放り投げたのだ。ボフッという小さな音が、ダイヤモンドの落下地点から聞こえた。

 

 大変希少価値が高いであろうダイヤモンドを放り投げる。ましてや、それを他人の手に触れさせるなど、普通の人間ならしない事だ。

 国宝級の宝石として、丁重に保管するのが正しい。

 

 冷や汗をかきつつも、落ち着いた雰囲気を崩さないよう気をつけながらジルクニフは尋ねる。

 

「……触っても?」

「どうぞどうぞ、ご自由に。それはそのまま貴方に差し上げますので」

「──は? えっ!?」

 

 最初は言われた意味がわからずに出た言葉、次に言われた事を理解して驚いた言葉。

 これにはジルクニフも驚かずにはいられなかった。

 

「よ、よろしいのかな?」

「欲しいのなら」

「─────」

 

 言葉を無くすというのはこういう事か。

 そう思いつつ、ジルクニフは目の前の地面に落ちている宝石を見る。

 

「ロウネ、拾ってこい」

「──え? あっ……はい!」

 

 いきなり命じられて油断していた秘書官が、慌てて宝石を拾いにいく。

 宝石の前で膝をつき、ポケットから手袋とハンカチを取り出し、手袋をはめた手で優しく掴み、ダイヤモンドの底をハンカチで包みながら拾い上げる。

 そのままジルクニフの卓の上に優しく置く。

 

「ど、どうぞ、陛下」

「ああ」

 

 置かれたダイヤモンドのその圧倒的な大きさに、思わず息を呑む。

 手に取り、触り、そして実感する。

 これは負けて当然だと。

 カラー、クラリティ、カラットだけではない。カットですら、帝国の職人では勝てないと。

 認めざるを得ない出来の良さである。

 

「それはカリナン級ダイヤモンドと言いまして、加工されたダイヤモンドの中ではトップクラスの価値を誇ります。素敵でしょう?」

「あ、ああ。確かに素晴らしい一品だ……。私達が用意した宝石が勝てないのも納得がいくよ……」

 

 カリナン級──そんな名前の宝石は聞いた事がない。しかし、なんだか美しい響きの名前である事は間違いない。

 

「本当にいただいても?」

「ええ。たくさんありますから」

 

 そう言いながら、デュラハンは何もない空間から同じ大きさのダイヤモンドを幾つも取り出し見せびらかしてくる。

 

 耳を疑い、目を疑う。

 デュラハンと我々では住む世界が圧倒的に違いすぎる。

 規格外の竜王達を従わせる実力──それを納得させてしまう程の桁外れな言動に、出たしから敗北感を味合わされ続けている。

 

「あ、あの──!」

 

 突如、王国側の席から声が上がる。見れば、1人の貴族が手を上げていた。

 

「わ、私にも、そのカリナン級ダイヤモンドを恵んではいただけないでしょうか……?」

 

 まさかのお強請(ねだ)りである。

 周囲にいた貴族達がオロオロしながら、お強請りをした貴族に注意を始める。

 

「何を考えいる、ブルムラシュー侯!」

「死にたいのですか、あなたは!?」

「欲張りにも程があるぞ!」

 

「お、お願いします、デュラハン殿!」

 

 周囲に止められても屈しない、王国一の強欲者──ブルムラシュー侯の願いに、デュラハンは小さく笑いを漏らす。

 

「素晴らしい強欲ぶりですね、ブルムラシュー侯。……良いでしょう。欲しいのならあげますよ」

 

 デュラハンが指を鳴らす。

 すると、王国側の卓から少し離れた位置に、金剛石──ダイヤモンドで覆われたドラゴンが召喚される。

 

 召喚されたダイヤモンドドラゴンは、尻尾で自分の体の表面をバシバシと叩き始めた。尻尾も体もダイヤモンドで覆われている為、尻尾で叩く度に、大中小の様々な大きさのダイヤモンドの原石が飛び散り、砂金の地面に落ちていく。落ちたダイヤモンドの中には、1mを超えるダイヤモンドの原石すらある。

 数回、体を叩いたダイヤモンドドラゴンは、何事もなかったかの様に消滅した。地面に大量のダイヤモンドを残したまま。

 

「さあ、ブルムラシュー侯。好きなだけ、卑しく拾って下さい」

「ほ、本当かね!?」

 

 もはや周囲の目などお構いなく、ブルムラシュー侯は席を立ち、落ちているダイヤモンドめがけて走り出した。

 落ちているダイヤモンドを喜びながら拾い続けるブルムラシュー侯の惨めな姿に、同じ貴族達が目を逸らす。

 あんなのと同じ貴族だと思われたくないのだろう。

 これにはジルクニフも哀れみの目を向けたくなった。

 

 ポケットがいっぱいになる程ダイヤモンドを拾い集めたブルムラシュー侯は、重くなった足を引きずりながらも満足気に席に戻る。

 周囲の貴族から向けられる視線を、宝石を狙っていると思いこんでいるのか、必死にポケットを押さえ、こぼれないようにしている。特に──胸のポケットに詰め込んだカリナン級ダイヤモンドは、意地でも離さないという雰囲気でだ。

 ますます惨めである。

 

 だが、こんな()()()()()()を見せる為に宝石をばらまいた訳ではない事を一部の者達はわかっている。

 一番重要なのは、先程のやり方を繰り返せば、魔力が続く限り宝石を入手可能だとわからせる事にあったのだと。

 

「ご覧の様に、私はメタリック・ドラゴンを召喚する事で宝石を簡単に入手できます」

 

 再びデュラハンが指を鳴らす。

 帝国側の卓の近くに、三種類のドラゴンが召喚された。

 召喚されたドラゴンの特徴を見て、ジルクニフは理解できた。

 宝石を渡す行為は無駄だったのだと。

 

「こちらはルビードラゴン、サファイヤドラゴン、エメラルドドラゴンです。先程のダイヤモンドドラゴンも含め、メタリック系ドラゴンのほとんどを召喚できます。なので──」

 

 デュラハンが手を叩くと、ヴァンパイアのメイド達が一斉に動き出す。

 帝国が持ってきた貢ぎ物の袋を担ぐと、帝国側の卓の前に綺麗に並べ始めた。

 まるでそれは──

 

「帝国の方々には申し訳ありませんが……宝石はお返しします」

「か、返す……だと──」

 

 ありえないはずの予想が的中した。

 国の使者──ましてや国のトップである皇帝からの贈呈品を返却する。このような行為は失礼以外の何物でもない。

 だが、冷静に考えれば、彼らは人間ではないのだ。

 人間にとっての礼節など、彼らには関係ない。

 自分に似合わない物は身に付けない。或いは貴族が貧民を毛嫌いするのと同じく、自分に近付けたくない。そういう思考と同じなのだ。

 

 元はドラゴンの機嫌をとる為に用意した物。だが、デュラハンの"返す“という結論に異議をとなえるドラゴンは1匹もいない。

 

主人に釣り合わない物は自分達もいらない

 

 そう考えているのか。或いは、既に最上級の物を所有しているからこそ、劣化した物に興味を抱かないのだろうか。

 

 なんにせよ、1つだけ理解できた事がある。

 彼らが欲する物を、今の自分達では用意できない。

 たったそれだけ。たったそれだけなのだ。

 

「わざわざ持ってきていただいたのに、この様な形になってしまって申し訳なく思っています。なにか、お詫びしなくてはいけませんね……。ジルクニフ皇帝、なにか欲しい物はありますか?」

 

 圧倒的な財を持つ者からの質問。この世の誰もが羨む財を保有する者からそんな質問をされては、正直困るというものだ。

 

 欲しいもの? そんなの決まっている。

 山のように積まれた財宝も、

 その中に埋もれている武器や魔導書も、

 そして──それらを所有している本人も。

 

 全てが欲しい。それが本心だ。

 

 ジルクニフは先程の貴族──ブルムラシュー侯の行動を思い出す。

 あの強欲な貴族のように、己の欲をさらけ出せたらどれだけ楽だろうか。

 しかし、一国を預かる自分が、そんな欲まみれな言葉を言える訳がない。

 

 試されているのだろう。この圧倒的な財を見た我々が何を欲するのかを。

 

「どうしたのです? ジルクニフ皇帝。あるのでしょう? 貴方にも……欲しい物の1つや2つくらいは」

「──いや……急に言われても困るよ。すまないが、今すぐには思いつかないな」

「おや? そうですか。私はてっきり──」

 

 時間を稼ぐつもりだった。なにか恥ずかしくない物を考え、それでやり過ごそうと考えていた。

 だが──今思えば、最初から見透かされていたのかもしれない。

 

「──私達が欲しくてここまで来た。……そう思っていたのですが、私の思い違いでしたかね?」

「───ッ!」

 

 図星だ。バレていた。いや、見抜いていた。そう言うべきなのだろう。

 

 私の反応を期待していたのだろう。見抜かれた事に驚く私の表情を見て、デュラハンは満足気な雰囲気を出している。

 

「やはりそうでしたか。……わからないとでも思いましたか?」

「──バ、バレてしまっていたのなら仕方ないな。そ、その通りだよ。いやはやいつからバレていたのやら……」

「最初からですよ。考えても見てください。王国と敵対している帝国の皇帝が、危険を犯してまで敵対国の領土に趣き、尚且つ貢ぎ物まで用意してきている。私達をスカウトする気満々だとバレバレですよ」

「た、確かにそうだな。少し考えればわかる事だったな……」

「それで? 貴方は私達の為に何を捧げ、何を犠牲にしてくれるのでしょうか。教えていただけますか? ジルクニフ皇帝」

 

 ジルクニフは確信する。

 “このデュラハンは賢い"──と。

 そして“シンプル"でもあると。

 完全に我々を自分のペースに乗せている。確実にこちらの主導権を握り、こちらから質問をするチャンスを与えない。

 その癖、こちらが言いたい事を言いやすくするチャンスを作ってくれる。余計な言葉は飾らず、核心だけをだ。

 

 巧みな話術によって、相手の腹を探り合うのが日常的だったジルクニフにとって、手札を隠さず真っ直ぐ突き進んでくるデュラハンの会話の流れは新鮮だった。

 舌戦ならなんとか勝てるかもしれないと期待していたジルクニフ自身が、そんな自分をバカらしく感じる程だ。

 

「では、遠慮なくいわせてもらうよ」

 

 ジルクニフは諦める事にした。少しでも『竜の宝』の情報を仕入れたかったが、その必要が無い事がわかったからだ。

 

 向こうは最初から隠す気がない。

 自分達ができる事を全て公開した上で、デュラハンは待っているのだ。我々が本心を告げるのを。

 

「貴殿ら『竜の宝』を……私は欲している! 私の部下になる気はないか!?」

 

 周囲の国々──人々がざわざわとざわつきながら様子を見守る。

 評議国の支配者、法国の神、帝国の皇帝の部下。

 集まった国々が出した(くらい)の中で、1番低い(くらい)である。断られるな──という予想を誰もが思い浮かべた。

 

「むろん、私の部下になってくれるというのなら、それに似合うだけの対価を差し上げる事を約束しよう!」

「……具体的に、どのようなものをいただけるので?」

 

 ジルクニフは、予定していた土地、地位の話を持ち出した。

 異性の話も出そうか迷ったものの、既にデュラハンの手元には美しい美女に変身するドラゴンがいる。女を駆け引きにだしても勝てないだろうとなんとなく察し、異性の話は出さなかった。

 

「……なるほど。帝国の一等地に、屋敷と財貨……おまけに四騎士と同等の新しい役職に……辺境伯という貴族位までいただけるとは……」

「悪くない条件だと私個人は思っている。王国は派閥争いの真っ最中だ。国王個人でやれる裁量には限度があるだろうからね──」

 

 話している途中、チラリと王国の方を見た。

 国王・ランポッサ三世が難しい表情を浮かべながら悩んでいる様子が見えた。

 他の貴族達も、ひそひそと何か相談し合っている。

 王国側も、このままではマズイとわかったのだろう。

 

「──いくら王国の国王でも、流石にここまでの条件を個人で出す事はできないだろう」

 

「……ふむ……」

 

 デュラハンが腕を組み、思案を始める。

 

 こちらの手札は可能な範囲で出した。

 後はデュラハンの判断次第である。

 

 しばらく、思案しているデュラハンの返事を待っていると──不意にドラゴン達がピクリと反応し、コクコクと頷きあい始めた。

 不思議に思い、気になった所で、デュラハンが声を上げる。

 

「お前達はどう思う? お前達、竜王の意見を聞いてみたい」

 

 ここへきて、ドラゴン達に意見を聞くという判断。

 先程でもそうだったが、ドラゴン達の出す意見はとんでもないものばかりである。

 自分達にも無茶な要求を出してくるのでは? と、ジルクニフは冷や汗をかきながら想像する。

 

「主人よ、よろしいかな?」

「いいぞ、バハムート。言ってみろ」

「はっ! では、恐れ多くもながら言わせていただきます。先程の帝国の条件では不十分かと」

 

 “不十分”という言葉に、ジルクニフの心臓が跳ね上がる。

 あれだけの条件を出したのに、不十分という結果。

 いったい何がダメなのか? 

 

「何が不十分なのだ?」

「はい。まず土地ですが……帝国の一等地にある屋敷と財貨がいただけるという話でしたが、所詮は人間達を基準にした建物と敷地。我々ドラゴンが一緒に住むには狭すぎるかと」

「……ふむ。それはそうかも知れんが……ではどうするのだ?」

「はい。そこでなのですが──」

 

 バハムートはそこまで言うと、ジルクニフの方に顔を向ける。

 

「人間の皇帝よ、我々にカッツェ平野の土地を譲る気はないか?」

 

 比較的優しい口調でバハムートがジルクニフに尋ねた。

 

「カ、カッツェ平野を……かね?」

 

 ジルクニフは驚きと困惑の表情を浮かべ、思案する。

 

 カッツェ平野は帝国と王国の間にある土地であり、両国の例年の戦場として使用されている平野である。

 

 この平野はアンデッドの多発地域であり、スケリトルドラゴンなどの強力なアンデッドが出現することがある。

 常に薄霧に覆われており、霧自体は無害だがアンデッド反応を持っているため、アンデッド探知が無効化されて、奇襲を受ける冒険者が数多くいる。

 その為、呪われた土地とも呼ばれているのだ。

 唯一、両国が戦争をする時だけ、薄霧がなくなるという現象が起こる謎があるが。

 

 それゆえに、このカッツェ平野には領主がおらず、事実上国家の所有地でもないのだ。

 一応、例年の戦の為に、帝国が数年かけて築いたカッツェ平野駐屯基地が平野の丘陵地域に存在はするが。

 

『竜の宝』がその土地を欲しがる理由とくれば、割とわかりやすいものがあがってくる。

 

「た、確かに……あの広い土地ならば、貴殿らの様な巨大のドラゴンが歩き回っても安全ではあるし、アンデッドであるデュラハン殿にもピッタリではある。しかし、なぜ私に許可を求めるのかね?」

「カッツェ平野が国の所有地ではない事は知っている。だが、帝国の駐屯基地がある以上、一応最高権力者である貴様に許可を求めるのは自然な成り行き。それに、辺境伯という地位を貰うのであれば、やはり国境付近に居を構えるのが普通であろう? それに、戦争の場として使われている土地ならば、我々が暴れて荒しても問題はない。帝国だけでなく、王国も困らない。ならば、カッツェ平野は貴様が出した条件にピッタリな場所だと、我々は判断したのだが?」

 

 そうきたか! 

 私の出した条件を利用し、自分達に都合がよい場所を要求してくるとは! しかも、自分達の主人も得する場所をだ。

 オマケに両国の所有地ではない為、自分達の領地にしても問題にはならない点まで考慮してある。王国側からも異論は出にくい。

 

「……なお、これはまだ序の口であり、我が主人が冒険者という立場で移り住む事を前提としている。この状態であれば、王国も異論はなかろう? アダマンタイト級冒険者が、アンデッドの多発地域である場所に定住するのだ。アンデッドからの防衛費の削減にもなるし、エ・ランテルにも近い。王都からは遠のくが、緊急時の連絡手段も既に確立できた今であれば、悪魔問題にも対処は可能。問題はないように思うが?」

 

 バハムートの問いかけに、王国の王族貴族が一斉にひそひそと話を始めた。

 どう対処するか相談し合っているのだろう。

 王国側の対応次第では、『竜の宝』の考えに変化が生じてもおかしくはない。

 

「主人よ、主人はどう思いますか?」

「悪くない。あそこであればアインズ様の拠点にも近いからな。だが……私達の独断で勝手に居を構えるわけにはいかない。まずはアインズ様に相談せねばな。それに……ジルクニフ皇帝陛下の意見を聞かないとな。どうでしょう? 何か問題はありますか、ジルクニフ皇帝陛下?」

 

 ジルクニフ個人としては問題はない。

『竜の宝』の提案は合理的であり、自国への被害も少ない。

 それに万が一、『竜の宝』が危険な存在と化した時、王国の軍隊と協力してカッツェ平野で討ち取る、という事もし易い。

 倒せるかどうかは、また別問題になるが。

 

「……私としては問題はない。基地の兵士達にも話を通しておくよ」

「そうですか。ならばここからが本題です。本来ならば、王国側の意見を聞くところではありますが、今は置いておきましょう。これから話す内容はあくまで仮の話であり、アインズ様に報告した後、最終的にアインズ様が決定を下すまでは実行されない話ですからね」

 

 王国側への釘刺しをしっかり行うあたり、やはり油断ならない。

 今行われている話は全てが仮の話。実行するかどうかの最終的な判断はアインズ・ウール・ゴウンという人物が決めるのだから。

 

「ジルクニフ皇帝陛下、私達が貴方様の部下になる為の最低条件をお伝えしましょう。それは──エ・ランテルの支配権です」

 

 王国側からどよめきが上がる。

 エ・ランテルはランポッサ国王の直轄領である。

 そこを奪われるのは、王派閥には大打撃であり、王国にとっても大損失に繋がるのだ。

 

「私達が帝国の戦力として参加する以上、例年の戦のような小競り合いで済ませるつもりはありません。エ・ランテルまで進軍し、これを占領。一旦帝国の支配下におきます。その後、エ・ランテルを占領した功績としてエ・ランテルの支配権をアインズ様に譲っていただきたい。無論、アインズ様にも貴族位を与えてもらう事が前提です。さしずめ、私が辺境伯なので、アインズ様はさらに上の──侯爵の(くらい)を与えていただけるなら、1番嬉しいのですが」

 

 なんという事だ! 

 あのデュラハンはかなりの策士だ! 

 自分達の立場を最大限活用しつつ、最適な結果を作ろうとしている。

 

 ジルクニフは舌を巻くしかなかった。

 要求としてはかなり我がままに見えるだろう。だが、よくよく考えれば、中々に計算された作戦なのだ。

 

『竜の宝』が帝国の軍部に所属した場合、王国の領土内にあるアインズ・ウール・ゴウンの拠点が王国に狙われるのは時間の問題となる。

 となれば、後々と問題として上がる事は確実。私自身も、アインズ・ウール・ゴウンの拠点を王国から守る為に策を講じる必要性がでてくるのだ。

 

 だが、『竜の宝』が冒険者としてカッツェ平野に居座れば、王国側の行動を抑制できる。しかもアインズ・ウール・ゴウンの拠点を周辺の国家から守れるポジションを獲得できるのだ。

 後は、秘密裏に我々帝国と連絡を取り合い、戦争開始直前に『竜の宝』が帝国側に加担、エ・ランテルを占領すれば、王国はアインズ・ウール・ゴウンの拠点に手出しできなくなる。

 

 カッツェ平野を欲しがったのも納得がいく! 

 

「……わかった。貴殿らの要求を呑もう! 戦争でエ・ランテルを占領できたあかつきには、功績としてアインズ・ウール・ゴウン殿に侯爵の(くらい)とエ・ランテルの支配権をやろう。それを今この場で約束するとも」

「ありがとうございます。では、今の内容で、アインズ様にご報告させていただいても?」

「構わないとも。アインズ・ウール・ゴウン殿によろしく伝えておいてくれ。それと! できる事なら直接会って話たい、とも」

「……了解しました。アインズ様にお伝えしておきます。ところで──」

 

 デュラハンが王国側に体を向ける。

 

「王国からは何か、言いたい事はございますか? このままですと、私達が帝国側に加担する可能性が高くなるのですが?」

 

 やはり策士だ。

 我々帝国とのやり取りを王国に見せつけ、王国側にも行動を起こさせようとしている。

 デュラハンの見事な扇動、その影響を受けた王国の人間達が慌て出す様を、ジルクニフは静かに見守る事にした。

 きっとデュラハンは、この場で最も都合の良い提案をした国の要求に応えるつもりでいる。だからこそ、王国の出方を見ておく必要があった。

 

 

 

 

 

 一方──王国側は酷くざわついており、特に貴族派閥の貴族達が国王に殺到していた。

 

「陛下! このままでは『竜の宝』が帝国に移ってしまいます!」

「エ・ランテルの支配権と貴族位をアインズという人物に差し上げましょう! そうすれば、『竜の宝』が帝国に加担するのを防げます! 領土と貴族位だけで王国の敗北がなくなるのならば、安いものでしょう!」

 

「……し、しかし、国民が納得するかどうか……」

 

 貴族派閥の者達からすれば、王の直轄領が減る事は何の問題にもならない。むしろ、今回の一件で領土が讓渡され、王が国民から批難されれば、とさえ思っている者もいる。

 

 その時、第一王子のバルブロが国王に詰め寄った。

 

「父上! 私に妙案があります! 妹のラナーを、アインズ・ウール・ゴウンなる人物に嫁がせるのです!」

「──! バルブロよ、今なんと!?」

「王子、それはあまりにも──!」

「バルブロお兄様、その様な事を勝手に──」

「──素晴らしい!」

 

 バルブロの提案にランポッサ国王は驚愕を、ガゼフとラナーは動揺の表情を浮かべ、納得がいかない様子を見せた。

 しかしそれは、貴族達の賛辞の声に押しつぶされた。

 

「素晴らしいご提案だ!」

「その手がありましたか!」

「さすがは王位継承権1位の王子!」

 

「父上、アインズ・ウール・ゴウンなる人物にラナーを嫁がせ、その流れでエ・ランテルの領土を讓渡するのです! 貴族位も予め与えておけば、国民達は納得するでしょう! 王が娘の婿に領土を分け与えたと!」

 

 バルブロの提案は中々(すじ)が通っており、貴族達にも納得できるものであった。

 元々バルブロは自分が王権を握ったあかつきには、ラナーを高く買取る人物に嫁がせるつもりでいた。

 なので、妹の人生がどうなろうと気にするつもりがないのだ。

 

「む、むう……!」

 

 しかし、愛する娘を得体の知れない人物に嫁がせる事に抵抗を感じた国王は、すぐには返事を返す事ができなかった。

 そこへ、ラナーがバルブロに異議の声を叫ぶ。

 

「私は嫌です! 好きでもない方と結婚するなど……私は絶対にしません!」

「わがままを言うな! ただのお飾りであるお前には、充分すぎる程の役目だろう!」

「絶対に嫌です!」

 

 ラナーはクライムの後ろに隠れ、必死に抱きつき始めた。

 

「私は……私はクライムの事が好きなの! 私、クライム以外の殿方と結婚する気はありません!」

「ラ、ラナー様──!」

 

 顔を真っ赤にしながら驚きの表情を浮かべるクライムに、ラナーは必死に思いをぶつける。

 

「クライム、私はあなたが好きよ。あなたも私の事を愛しているわよね?」

「そ、それは──」

 

 無論、自分もラナー王女の事を愛している。

 だが、立場上、平民であるクライムにラナーと結婚できる権利はない。

 口に出したくても──出せない。

 それを言えば、自分は王女の護衛として相応しくないと判断され、王女の傍に居られなくなってしまう。

 

「ね? クライム! 好きよね?」

「───ッッッ!」

 

 激しい葛藤に悩むクライムに、バルブロの声が轟く。

 

「バカを言うな! 平民であるコイツに……王族と結婚する権利などある訳ないだろう!」

 

 バルブロがラナーに手を伸ばし、無理やり引き剥がそうとする。

 

「痛い! 痛いわ、お兄様!」

「ええい! 離れろ!」

「おやめ下さい、王子!」

 

 痛がるラナーの様子に耐えかねたクライムが、バルブロを制止しようと止めに入るが──

 バルブロの鋭い睨みが、逆にクライムの動きを止める。

 

「……なんだ貴様……邪魔をするつもりか? 平民の分際で、第一王子であるこの私に楯突くつもりか?」

「い、いえ! そのようなつもりは──」

「なら引っ込んでいろ! これ以上邪魔をするなら、反逆罪で牢屋にぶち込むぞ! なんなら、近衛の分際で我が妹を弄んだ罪で追放──或いは処刑にする事だってできるんだぞ!」

 

 半分は脅し。だが、場合によっては本当に実行される可能性のあるものだ。

 クライムにはどうしようもなかった。

 それはガゼフやラキュース達も同じ。

 王族同士の問題に、たかが兵士や貴族が首を突っ込む事はできない。身分の弱い者が王族相手に立ち向かうなど無謀な行為なのだ。

 圧倒的な権力に勝つ為には、それ以上の権力者でなければいけない。

 

 クライムは、無力な自分が悔しくてたまらなかった。

 自分に強さがない事が、権力がない事が悔しかった。

 愛する人物の幸せを、自分では叶えられない。

 その非力さが。

 

 だがせめて──今だけでも守ろう。

 今の自分の立場を捨ててでも。

 愛する人物の盾になろう。

 

 クライムの拳が握られる。

 ラナーを無理やり引き剥がそうとしているバルブロ王子の顔に、せめて一発。お見舞いしてやろうと。

 

 だが、クライムのそんな覚悟は、ある人物によって徒労に終わる。

 

「──ぐっ!? あがっ──」

 

 突如、バルブロの腕が誰かに掴まれ、ラナーから引き剥がされた。そのまま抑え込み、バルブロを身動きできない状態にする。

 

「──な、何をする!」

「いけませんよ王子。女性に乱暴するのは」

 

 バルブロの手を握っていたのはデュラハンだった。

 いつの間に移動したのだろうか? 移動した気配すら感じさせなかった。

 

「か、勝様……」

「わ、私は、この国の第一王子だぞ!? こんな事をして、ただではすまんぞ!?」

「私は王女の安全を優先しただけですが?」

「……ぼ、冒険者である貴様が、政治に口を出すのか!? 規約違反になるぞ!」

「それが何か? 私に口なんてありませんし、何よりその政治の関係者ですが?」

「ぬ……ぐっ……! 私を敵にまわすと後が怖いぞ!」

「ほう……ならばどうする? 戦争か? 構わんぞ」

 

 デュラハンが指を鳴らす。

 その瞬間、闘技場に大量のアンデッドが召喚された。

 巨大で広いアリーナ内には死の騎士(デス・ナイト)が、

 観客席には死の支配者(オーバーロード)賢者(ワイズマン)が召喚され、埋め尽くしている。

 

「どぉひゃああぁぁぁああ──!?」

 

 突如響き渡る悲鳴。

 周囲の人間達が視線を送ると、帝国で最高の魔術師であるフールーダ・パラダインが目を大きく見開きながらわなわなと震え、驚愕していた。

 

「ば、馬鹿な! ありえん! あれはデス・ナイト! いや、そんなはずは……」

 

 フールーダにとっては信じられない事だった。

 目の前に召喚された存在──デス・ナイトは、フールーダが魔法で支配しようと試みているアンデッドであり、未だに支配できていない存在だったからだ。

 帝国魔法省の最奥、地下深くにて厳重に拘束しているデス・ナイトを支配しようと研究を重ねて約5年──デス・ナイトをカッツェ平野で捕獲してから何度も試行錯誤を繰り返した。

 未だに成功できていない、果てしない努力。

 その努力を嘲笑うかの様な光景──何百というデス・ナイトを一瞬で召喚するデュラハンの姿を見て、フールーダが力なく膝をおる。

 

 フールーダが連れてきた弟子達も、デス・ナイトを使役する事がどれだけ凄い事なのか理解している為、彼らもフールーダと同じくらいの衝撃を受けていた。

 

 そして──衝撃を受けていたのは帝国だけではない。

 

「スルシャーナ様だ!」

「死を司る神を……これほど……やはり貴方様(デュラハン)こそ、新しき神!」

 

 法国の人間達も同様に、デュラハンが召喚したアンデッド──死の支配者(オーバーロード)賢者(ワイズマン)を見て、恐れおののいていた。

 

 大陸全土に4人しかいない、英雄の領域を超えた逸脱者の一人であるフールーダが膝をおる姿を見て、動揺しない帝国民はいない。

 法国の人間達の慌てふためく様子に興味を抱きつつも、ジルクニフはフールーダに駆け寄る。

 

「爺! どうした!? あれはいったい何なのだ!?」

 

 デス・ナイトの恐ろしさを知らないジルクニフは、脱力しているフールーダを心配する様子を周囲に見せつつ、アレについて説明するようフールーダに命令する。

 

 覇気のなくなった声で、フールーダはしぶしぶと話だす。

 

「……陛下、あれはデス・ナイトという名前のアンデッドでして、かつてカッツェ平野で出現した事がある伝説のアンデッドでございます……」

「伝説だと……? その様な話は聞いた事もないぞ」

「情報を統制する必要があったのです。あのアンデッドはたった一体で、帝国の兵士で編成された一個中隊を惨殺、撤退に追い込んだ恐ろしいアンデッドでございます。その強さは四騎士全員でも抑えらるのがやっとかどうか……それを私は弟子達と協力して捕獲。魔法省の地下深くに拘束して封印しました。それゆえ、アンデッドの情報を漏らさない為に……」

 

 そこまで言って、フールーダは口を閉ざす。

 外部にデス・ナイトの存在を知られないようにする為に内緒していたという事なのだろう。

 

 それほどの強さのアンデッドを国の内部に持ち込んだと民に知られれば、不安の声が上がるに違いない。

 また、国を窮地に追い込もうと企む者達が封印を解こうと暗躍する可能性もでてくる。

 デス・ナイトの存在を隠匿するのも頷ける。

 

 ”帝国魔法省の最奥に封印されたアンデッドがいる“という情報くらいはジルクニフも知っていたが、実際に実物を見た事はなく、実態を掴めてはいなかった。

 

 だからこそ、目の前にいるデス・ナイト達をジルクニフは凝視する。

 

「(たった一体で一個中隊を壊滅させる伝説のアンデッドを、あれだけたくさん召喚するとは……)」

 

 帝国一の魔術師であるフールーダでも、上位喰屍鬼(ガスト)を10体操るのが限界だと聞いている。それ以上は支配制御が難しいらしい。

 

 アリーナ内をざっと見回しても軽く数百を超える数が召喚されており、その全てがデュラハンによって統御(とうぎょ)されている。

 観客席にいる死者の大魔法使い(エルダーリッチ)のようなアンデッドも含めれば、もはや軍隊クラスに匹敵する。

 このデュラハンはそれを容易く成せるのだろう。

 

「(やはり味方につけ、敵に回すのだけはなんとしてでも避けねば!)」

 

 より一層の決意を胸に、ジルクニフはデュラハンを味方に引き込む為の策を練り始める。

 

 

 

 一方リュウノは、法国や帝国の反応に困り果てていた。

 アンデッドを大量に召喚できる事をアピールし、バルブロ王子を脅して大人しくさせるつもりだったのだが──

 

「(まさか、死の支配者(オーバーロード)賢者(ワイズマン)死を司る神(スルシャーナ)と誤認するとは。法国が言っていた“従えさせていた”という意味がようやく理解できた。それに、デス・ナイトが伝説のアンデッドだと!? ありえないだろ!」)

 

 法国と帝国があそこまで取り乱すとは思っていなかった。

 だが、遅かれ早かれバレる事だ。

 

 帝国に加担する事になった場合、戦争で大量のアンデッドを召喚する事になるのは明白。皇帝にもその事を話さねばならなかっただろう。結局は知られるだろうし、知らせる事でもあった。それが少し早まったにすぎない。

 

「さて、バルブロ王子。どうします? 法国や帝国があれほど取り乱す程のアンデッドを、私は大量に召喚できるんですよ。そんな私と真っ向から勝負しますか? 私はいつでも構いませんが?」

「──ぐっ! 私を……いや、王国を脅すつもりか!?」

「王子が大人しく引き下がれば、私も大人しく引き下がりますよ? ただ、これでも引き下がらないなら、私は冒険者をやめて帝国に移るだけですが? ジルクニフ皇帝はさぞ、大喜びなさるでしょうねぇ……」

「…………ッ!」

 

 王子が怯んだのがわかった。

 私が権力に屈しないと、ようやく理解できたのだろう。

 なら、最後のひと押しを加えるだけ! 

 

 王子の耳元に口を近づけ、小さな声で囁く。

 

「お前が八本指から金を受け取っている事をバラしてもいいんだぞ?」

「───ッ!? どうしてそれを……!」

 

 私自身も驚いた情報だった。まさか第一王子が八本指と手を組んでいたとは。

 ブラックの調査で発覚した情報だったが、八本指の手際の良さはなかなかのもの。余程、王族貴族を取り込むのが上手い人材がいるのだろう。

 案外、八本指は協力関係にある王族貴族を脅すのに便利かもしれない。

 

「王位継承権を失いたくないなら大人しく引け。さもなくば──!」

「わ、わかった! お前の──いや、貴殿の指示に従おう……!」

「わかればよろしい」

 

 バルブロ王子の抵抗する力が弱まる。

 立場が逆転した事を悟ったのだろう。

 

 王子の手を離し解放する。

 

「手荒な事をして申し訳ございませんでした、王子」

「……いや、私も悪かった。私の無礼を許して欲しい……」

「では……仲直りの握手をしましょう」

 

 王子と握手をする。

 やや不満げな表情を王子は浮かべていたが、どう転んでも自分が不利だとわかった今、こちらを刺激するような行動はしないだろう。

 

 王子が席に戻るのを見送り、次にラナー王女に声をかける。

 

「王女様、お怪我はありませんか?」

「いえ、貴方様のおかげで助かりましたわ。ありがとうございます」

「私からもお礼を! 勝様、ありがとうございます!」

「いえいえ、感謝などもったいない。それよりも王女様、クライム君の事が好きだと仰っていましたが……それは本当で?」

 

 途端に王女が顔を赤くし、モジモジしだす。

 なんだかちょっとだけだが、こちらも初々しい気持ちになる。

 

「…………は、はい……」

 

 照れながら小さく返された返事。

 

「(これはマジだ!)」

 

 リュウノには理解できた。いやわかったのだ。

 つい最近、自分自身も同じ経験をしたばかりだ。

 ならば、好きな人物と一緒に居させるのが1番である。

 

「そうですか! それはそれは良き事です。クライム君の気持ちがどうなのかは知りませんが、私は貴方様を応援致しますよ!」

「ほ、本当ですか!?」

「か、勝様──!」

 

 クライムが酷く顔を真っ赤にして慌てている。

 間違いない! これはクライムも王女の事が好きに違いない! 

 

「ええ、本当です! 王女様、もし貴方様の恋愛を邪魔する輩が居たら、即、私にご連絡を! 相手がバルブロ王子だろうが敵国の皇帝だろうが、容赦なく排除致しますのでご安心を!」

 

 バルブロ王子が顔を引きつらせるのが見えた。

 ジルクニフ皇帝の方は──イマイチ反応が薄い。

 むしろ帝国の兵士達の方が顔を引きつらせている。

 だが、少なくともこれでもう、王女様の恋愛を邪魔する者はいないだろう。

 

「まあ! ありがとうございますわ!」

「そういう訳だから、頑張れよ少年!」

「は……はい……」

 

 笑いながらクライムの方をバシバシと叩く。

 少しだけ顔を強ばらせながら、クライムは躊躇いがちに返事を返した。

 王女様がクライムに向けて笑顔を向け、微笑んでいる光景が羨ましい。

 

 自分も早く、(アインズ)とこんな風に──

 

 そこまで考えてから気持ちを切り替える。

 

「さて……という訳で王国の皆様! 私はラナー王女の恋愛を強く応援致します。それと、アインズ様には既に嫁──或いは妃となる女性候補が存在していますので、王女を嫁がせる方法は無意味ですのでお諦めを」

 

 ラナー王女を嫁がせる案が無意味だと知り、貴族達の顔色が悪くなる。

 

「なんだかいろいろありすぎて、皆様熱くなられているご様子。ここで一旦休憩を挟みましょう。それぞれの国の者達だけで話すも良し、国と国で話し合うも良しです。周りに聞かれたくない場合は、別室を用意致します。飲み物が欲しい方はメイドにお申し付けください」

 

 休憩という言葉を聞いて緊張の糸が切れたのか、安堵の吐息が漏れた後、あちこちからザワザワと喋り出す人間が増え始めた。

 

「──あ!」

 

 何か思い出したと言わんばかりに上げたリュウノの声に、周りが一瞬で静かになる。

 

「──言い忘れましたが、くれぐれも国同士で争い事はしないで下さい。トラブルが起きた場合は、喧嘩両成敗として両方の国を潰しますから」

 

 あくまで表面上の忠告だが、敵対している国や不仲な国同士が集まっているのだ。しないよりはマシ、な程度な気持ちで注意を呼びかけた。

 

 “両方を潰す”という物騒な言葉を堂々と口にするデュラハンの忠告に、全ての国が『冗談ではないな』と悟る結果になってしまった事に、リュウノは気付きもしなかったが。

 

「それと、個人的に私達と話したい方はいらっしゃいますか?」

 

 多分いないだろうとタカをくくって発言した言葉。

 すると──

 

「あの! 少しよろしいでしょうか?」

 

 手を上げたのはモモンだった。

 きっと情報のすり合わせや今後の方針などを相談するのが目的なのだろう。

 

「わかりました。ではあちらの別室にて話を──」

「待って欲しい! 私も相談がある!」

「──へ?」

 

 すぐさま上がった別の声──視線を向ければ、帝国の女兵士が一人手を上げていた。

 

「私は帝国四騎士のレイナースと言います。私も個人的に『竜の宝』の皆様方と話たい事が!」

「でしたら私も──」

 

 続くようにフールーダが手を上げる。

 皇帝が何か言いたげだったが、無駄だと諦めた様子がチラリと伺えた。

 

「ならワシも」

「私も」

「僕達も!」

 

 さらに続くように手が上がる。

 評議国から一人──というかあれは、いつぞやのババア(リグリット)! 

 法国から一人──恐らくプレイヤーかもしれないルービックキューブ女! 

 そして『漆黒の剣』──お前らとは1番絡みたくない! だが、この流れで断るのは不可能! お願いだから、リュウノの話だけはしないでね! 絶対だから! 

 

「い、いいでしょう……。皆様、別室にて順番にお相手致します。では……まずは遠路はるばる来ていただいている帝国の方々から話を伺いましょう」

 

 ひとまず、モモンや『漆黒の剣』は最後にしよう。彼らは冒険者という立場なので身分も低い。順番的に最後に回すしかない。その方が怪しまれないし、他国を差し置いて1番に相手をすれば目立つだろうしな。それに、個人的な話をしたがっている他のヤツらの会話の内容も知りたがるだろうし。

 

 まずは他国の方々から話を聞くべきだろう。

 帝国を最初に、リグリットはその次──となると、ルービックキューブの女は最後から二番目にするか。

 というか、あの女が1番得体が知れない。

 

「(談義が始まってから、ずっとつまらなさそうにルービックキューブをカチカチしやがって! しかも一面揃えた後は全然揃えられてないし! ついでにルービックキューブのやり方のコツでも教えてやるか!」)

 

 そんな事を考えていたリュウノに、突如声がかかる。

 

「待って欲しいデュラハン殿」

 

 声をかけたのは、まさかの皇帝だった。

 まさかコイツもか!? と、警戒したリュウノだったが、その心配は徒労に終わる。

 

「すまないが仲介人を立ててくれ。私の部下があなた方と裏取引をしていない事を証明する為にね」

「な、なるほど。確かに……しかし、誰を仲介人にすれば──」

「私達が仲介人になるわ!」

 

 まさかの立候補者として名乗り出たのは、まさかまさかの『蒼の薔薇』である。

 

「(よりにもよってアイツらかよ! めんどくせぇぇぇ!」)

 

 王国以外の国と会話する以上、王国から仲介人を選ぶのは当然なのだが、彼女達が居るとモモンとの会話がややこしい事になる。

 だが──

 

「うむ! 王国で名高い冒険者チームである『蒼の薔薇』であれば、私は異論はないよ」

「我々も異論はない」

「私もだよ」

 

 あっさり他国のトップ達が了承してしまった! 

 

 ちくしょうぉぉぉもう引き返せない! 

 

「で、では! 『蒼の薔薇』の皆様を仲介人としまして、一緒に別室に来ていただきましょう」

 

 どうか、ややこしい事になりませんように! 

 リュウノは切にそう願った。

 

 



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第19話 面談

更新が遅くなって申し訳ございません。
それと遅くなりましたが、明けましておめでとうございます!


 ・

 ・

 ・

 仲介人として立ち会った蒼の薔薇は、デュラハンに個人的な相談をしにやって来た人物達の会話を聞いていた。

 特に、メンバーの中で1番長い時を過ごしているイビルアイは、己が持つ知識には無い事ばかりするデュラハンが、どのような対応をするのか興味を抱いていた。

 

 

「呪いを解いていただけませんか?」

「はい、解呪のポーション!」

「あ、ありがとうございます!」

 

「魔法の深淵を覗かせて頂きたい!」

「はい、第7位階の魔法《チェイン・ドラゴン・ライトニング/連鎖する龍雷》の魔法が記された魔導書!」

「ヾ(*゚ο゚)ノオォォォォーーー!! あ、ありがたき幸せぇぇぇえ! _|\○_」

 

 深刻な表情で相談に来た帝国の四騎士──レイナース・ロックブルズは、自身の顔の半分を覆う呪いについて、デュラハンに相談を持ちかけた。

 

 レイナースの呪いはイビルアイにも解く事ができない程の強力なものだった。

 レイナース自身も、藁をも掴む想いで『竜の宝』に頼ってみたとの事。

 

 しかし──

 

 レイナース・ロックブルズの顔の呪いをデュラハンはあっさり解決。デュラハンはレイナースに、呪いを解いた見返りとしてある約束を交わした。

 それは、デュラハンが帝国の貴族になった際に貴族のしきたりやマナー等を教えるというものだ。

 元々デュラハンは貴族ではない。貴族に必要な知識を得る為の人脈の構築という事ならば、この約束は特に問題はない。

 何よりデュラハンがやった事は()()()であり、これを咎める事などできなかった。

 

 呪いを解いてもらったレイナースは、泣きながら笑顔で約束を承諾。デュラハンに感謝の言葉を述べながら退室した。

 

 次の人物は──

 

 部屋に入るなり、開幕土下座をしながら懇願を始めた人物──帝国の主席宮廷魔術師であり、三重魔法詠唱者(トライアッド)の異名でも有名な大魔術師──フールーダ・パラダイン。

 

 イビルアイですら第6位階の魔法には到達しておらず、自身より高い位階の魔法を酷使するフールーダには、魔術師としての格の違いを認めていた。

 そんな人物がいきなり土下座を始めるのだ。沸き上がってくる困惑の気持ちを抑えることなどできなかった。

 

 デュラハンは何も言ってもいない。しかし、フールーダは土下座しながら己の全てを捧げると言い出した。

 自身よりも高位の魔法を酷使する魔術師が土下座している光景に、イビルアイは驚きを隠せなかった。

 あまりの迫力に流石のデュラハンもたじたじであり、立ち上がるようフールーダを促したが、フールーダは平伏をやめなかった。

 

 結局そのまま会話を進める事になった。

 デュラハンは、フールーダから帝国の魔法に関する技術や教育体制などを詳しく聞き、特に帝国の魔法学院に関してとても興味を抱いていた。

 フールーダの権力を利用し、魔法学院の見学や入学は可能か? という質問を投げかけ、可能だと返事をもらうとデュラハンは大層喜び。

 フールーダに第7位階の魔法──《チェイン・ドラゴン・ライトニング/連鎖する龍雷》が記された魔導書を機嫌よく渡していた。

 

 対するフールーダも大喜び。

 魔導書を受け取ると、平伏しながらデュラハンの足にキス(正確に言えばレロレロ)をして、涙を流しながら感謝の言葉を述べ、退室して行った。

 

 もしもの場合として、デュラハンは自身が学院に訪問する機会があった際に、学院側のパニックを避ける策としてフールーダの協力を得る事を考えたらしい。フールーダを同行させれば学院の生徒や先生達と関係を持てやすくなると、私達に説明した。

 魔法学院の入学には年齢や種族の規制がないらしく、入学時のテストなどを達成すれば入学は可能だとの事。

 デュラハンが学院への入学を希望した場合、正当な手段で入学するとなれば、我々はそれを止める事はできない。

 

 さらに、人間達との友好的な関係を築く方法だと言われてしまうと、こちらも咎める事ができず、不正な取引という扱いにはしづらかった。

 結局、これも黙認するしかなかった。

 

 ちなみにだが(イビルアイ)も──第7位階の魔法が記された魔導書が欲しくてたまらず──先程の魔導書を欲しいとデュラハンに強請ってみたが、あっさり断られた。

 

 まったくもって納得がいかない。

 何故私は駄目なんだ! 

 …………読みたかったなー……あの魔導書……。

 

 

 次の人物──

 

 リグリットは陽気な雰囲気で入室し、私達に手を振った。そしてデュラハンに改めて挨拶をし、自身の自己紹介を始めた。

 

 デュラハンはリグリットが十三英雄のメンバーであり、200年以上生きている人間であると知って驚いていた。

 

「まさか……十三英雄の生き残りがいたとはな……」

「驚いたかの? カカカッ!」

「それでリグリットさん、貴方の要件は?」

「……そうじゃな……()()()()()()()()()()語り合う、というのはどうじゃ?」

「───ッ!」

 

 いきなりその話題を出すのかと、イビルアイは僅かに緊張する。

 

 デュラハンがユグドラシルという世界から来た存在である事は明確だ。

 200年以上の時を生き、様々な出来事を体験した自分が保有していない知識や魔法、様々なアイテムを、デュラハンは惜しげも無く披露している。

 未知の塊であるデュラハンが、自分と同じ世界の存在だとは思えなかった。

 

 現に──リグリットから発せられたユグドラシルという言葉に──デュラハンが警戒心を高めた様子が感じられた。

 

「……なぜ貴方は、ユグドラシルについて知っているのです?」

「ある人物に教えてもらったんじゃ。そやつは、自分はユグドラシルという世界から来た者だと言っておった」

「その人物とは?」

「わしの質問に答えたら教えてやる」

 

 リグリットの表情が真剣なものに変わる──知りたければ、そちらも情報を渡せ──という意味だろう。

 

「……チッ……そういう事か……仕方ない──」

 

 デュラハンもリグリットの思惑を理解したのだろう。

 若干面倒くさそうに指示を飛ばす。

 

「──レッド、部屋の扉に鍵をかけて音を消せ」

 

 指示を受けたレッドが素早く扉に鍵をかけ、魔法を発動させる。

 これにより、この部屋の会話は外部に漏れなくなった。

 

 様子を眺めていたラキュース達の不安気な表情を察し、デュラハンが説明する。

 

「今、この部屋での会話が外部に聞こえないよう遮断した。よって、ここでの会話で得られる情報を知っているのは私達とお前達だけだ。この意味がわかるか?」

「……ここで得た情報を他人(そと)に言うな……そういう事じゃな?」

「そうだ。ただし、ツアーという人物だけには話ていい。それ以外の人物には言うな。特にお前達! あの王女には絶対喋るなよ。この前のように、うっかりバラされたら困るからな!」

 

 デュラハンがこちらを指さしながら──どちらかというとラキュースを──注意してきた。

 ラキュースが以前犯した失敗……人間に化けたデュラハンの正体(名前)をレエブン侯や王女の前でうっかり喋ってしまった件。きっとその時の事を根にもっているのだろう。

 ラキュースが苦笑いを浮かべている。

 

「さて……で、質問というのは?」

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 評議国の老婆──リグリットが入室してからかなりの時間が経過した。

 未だに彼女が出てくる様子はない。

 待合室では、順番待ちしているもの達で談話が繰り広げられていたが、雑談のネタも尽き始め、最初の活気はなくなりつつあった。

 

「長いですね……」

「そうですねー……あの老婆──いや、リグリットさんはなんせ200年以上生きている方ですからね。『竜の宝』に質問したい事が山ほどあったのかもしれません」

「あるいは、十三英雄時代の過去話で盛り上がっているか……ですかね……」

 

 退屈そうに呟くウルベルに、同じ雰囲気で応えるモモン。

 かなり深い話し合いが行われているのだろう──二人はそう予想しながら、老婆が出てくるのを今か今かと待っている。

 そんな二人とは裏腹に、ペロロンとルプは漆黒の剣のメンバー達と、先程まで待合室で一緒だったリグリットについて語りあっている。

 

 

 帝国の二人が『竜の宝』と面会している時、リグリットが自己紹介を交えながらエ・ランテルで起きた悪魔騒動に関して尋ねてきたのだ。

 リグリットの名前を聞き、リグリットが十三英雄のメンバーの内の1人である事を知った漆黒の剣のメンバー達は驚き、御伽噺の有名人に会えた喜びと感動の声を上げまくったのだ。

 

 モモン達と漆黒の剣のメンバーはリグリットに悪魔騒動の事を話した。

 その途中、ヤルダバオトがリュウノを暗黒騎士と呼んでいた事を話すと、リグリットの表情が著しく変化したのだ。そして、その時の事をより詳しく教えて欲しいと言ってきたのだ。

 

「本当に、そのヤルダバオトとか言う悪魔は、リュウノと名乗っていた竜人を暗黒騎士と呼んだのかの?」

「ええ。……リュウノさん本人は、最初は否定してましたが──」

 

 途中からリュウノが悪魔っぽい姿に変化し、自身が暗黒騎士と認めるような言動をしていた、という事がペテルの口から語られた。

 それを聞いたリグリットは腕を組み、何やら考え込み始めた。

 

 不思議に思ったモモンが声をかける。

 

「どうしました、リグリットさん?」

「……う〜む……実はな……わしもあ奴の──暗黒騎士の種族を正確には把握しておらんのじゃよ」

「え!?」

 

 全員が驚く。

 同じ十三英雄のメンバーであるリグリットですら、仲間であった暗黒騎士の種族を知らなかったのだ。

 

「何故です? 御伽噺では、暗黒騎士は悪魔との混血児だと言われていますが……?」

「それなんじゃが……あ奴(暗黒騎士)の鎧を脱いだ姿を目撃したのはイジャニーヤの奴でな。わしらはイジャニーヤから聞いただけなんじゃよ」

 

 そういう事かと、皆が納得する。

 イジャニーヤは十三英雄の中で隠密に特化した人物であったと、御伽噺で語られている。その人物から得た情報であり、リグリット本人が目撃した訳ではなかったという事実が判明した。

 

「次の日の出発に備え、夜中に水を汲む為に野営地近くの川に行ったところ、水浴びをしている人物を見つけたらしくてな。後ろ姿しか見えず、夜だったせいかハッキリと姿を確認する事ができなかったそうじゃ。唯一わかったのは、頭に角、長い黒髪、紫に似た色の尻尾と蝙蝠のような翼だったそうじゃ」

 

 モモン達と漆黒の剣のみんなが顔を見合わせる。

 リュウノの特徴と見事に合致する。

 モモン達は、「(こんな偶然はありえるのか?)」と、半信半疑の状態だが、漆黒の剣のメンバーはリュウノが本当に十三英雄の暗黒騎士だったのでは? と、確信を強めていく。

 

「では、それ等の特徴から暗黒騎士の種族を悪魔かも知れないと?」

 

 リュウノの事情をよく知っているモモンは、冷静に話を整理していく。

 

「まぁの。あ奴は自分の種族を頑なに話そうとしなかったからの。結局、覗き見がバレて水浴びをしていた奴には逃げられたそうじゃ。水汲みから戻ったイジャニーヤからその話を聞き、仲間の誰かでは? という話になったのじゃが……──」

「その時居なかったのが、暗黒騎士だったと?」

「その通りじゃ。あ奴はちょうど見回りに行ってた最中でな。戻ってきたあ奴に仲間達が詰め寄ったが、あ奴はシラを切ったんじゃよ」

 

 話を正しく並びかえると──見回りに行くフリをして水浴びに行っていた暗黒騎士が、仲間の1人であるイジャニーヤに水浴びを目撃された。暗黒騎士は自身の素性を隠し続けたが、覗き見で得た情報を仲間の誰かが世間に漏らし情報が拡散。最終的に──

 

「その時の事が、御伽噺として広まったと?」

「おそらくな。じゃが、人間以外の種族の英雄を気にくわない連中が、あ奴の素性を作りかえてひろめたんじゃよ。悪魔と人間の混血児とな」

「なるほど……悪魔では印象が悪く思われる可能性もあり、英雄として扱いずらかった。だから、人間の血が混じっている混血児という存在にされた……そんな感じでしょうか?」

 

 リグリットが頷く。

 おそらくだが、暗黒騎士の情報改変にはスレイン法国出身の者達が一番関わっている可能性が高い。

 神を信仰しているスレイン法国にとって、悪魔は邪悪なる存在そのもの。英雄として扱う事じたいに抵抗を感じるはずだ。

 

 その後もモモン達は十三英雄に関する事をリグリットに尋ねた。が、途中で彼女が呼ばれた為、話は一旦打ち切りとなった。

 

「──やっぱりリュウノさんは暗黒騎士なんでしょうか?」

「んー……どうッスかね〜……リグリットさんも、暗黒騎士の性別に関してはわからないって言ってたッスからねー……」

「声色も、性別の判断が難しい声色だったって言ってたっすからね。せめて性別だけでも判別してれば、判断材料になったっすけど……」

「俺は女だと思うね! 水浴びをしてたって事は身体を洗っていたって事だ。旅の途中で女が身体を洗いたがるのはよくある事だって聞くし、暗黒騎士は女に違いない! つまり! リュウノちゃんは暗黒騎士で決まり!」

「ルクルット、それは少し安直すぎるのであ〜る!」

「でもでも、オレっちも女だと思うッス! そっちの方がこう……なんというか、華がある──的な?」

「流石ペロロンさん! やっぱ俺達ウマが合いますね〜!」

 

 

 相変わらず、ペロロン達と漆黒の剣のメンバーが『暗黒騎士が女ではないか?』という議論で語り合っている。

 漆黒の剣のメンバーは真剣なのだろうが、ペロロンは完全にエロゲー路線に持っていこうとしている。

 

 そんなペロロンの──ある意味恥ずかしい──言動を懐かしく思いながら、モモンは気付かれないようにしながらヘルムの中の視線を別の場所へと移す。

 その場所は待合室の隅にいる人物。

 無表情でルービックキューブを弄る女。彼女もまた異質だった。

 美女に目がないルクルットやペロロンが話しかけてもまったく動じす、『……集中の邪魔』と冷たく突き放したのだ。

 ルービックキューブは1面が揃ってはいるが、それ以降はまったく進行がなく、揃えられていない。

 

 彼女のルービックキューブを弄る姿が子供時代のリュウノを思い立たせるせいで、どうしても気になって見てしまう。

 だが、彼女を見ていると複雑な気分も滲み出てくる。

 モモンが思い出す子供時代のリュウノの姿は楽しげに遊ぶ姿である。

 しかし、今、目の前でルービックキューブを弄る女の表情は無表情だ。

 リュウノと彼女を重ね合わせようとしてもまったく合わない。

 そんな些細なズレが、モモンをスッキリさせてくれないのだ。

 

 ──せめて……もう少し笑ってくれれば……──

 

 そんな事を考えた時だった。

 女の視線が動き、部屋の中央へと動いた。

 そして──

 

「失礼します」

 

 ──突如、部屋の中央から声が聞こえた。

 ビックリしたモモンが目を向けると、いつの間に待合室に入ったのか、ブラックが立っていた。

 てっきりリュウノ本人が現れたのかと、少しだけ焦ったモモンだったが、現れたのがブラックだった事に安堵する。

 

 待合室にいた者達がブラックに目を向けた事を合図に、ブラックはモモン達の方にお辞儀しながら丁寧な口調で言葉を告げる。

 

「長時間お待たせして申し訳ございません。ただいまリグリット様とご主人様の会話が長引いており、この後まだお時間がかかります。もう既に夕方の時刻になりますが、問題はございますか? ないのであれば御夕食などを用意致しますが?」

 

 もうそんな時間なのかと、誰もが時間の感覚を忘れていた事に気付く。

 

 漆黒の剣のリーダーであるペテルは、モモンにどうするか尋ねた。

 通常なら、両チームが時間を気にする必要はない。冒険者という立場である彼らは、宿泊する宿さえ確保できれば基本的に自由である。

 しかし、今回は法国の護衛として付き添っている立場である。法国が別の場所に移動する場合は同行しなくてはならない。

 

 モモンが法国の人間に確認を取りに行く(むね)を伝え、立ち上がろうとした時──

 

「必要ないわ」

 

 ──部屋の隅にいた女が呼び止めた。

 モモンが理由を尋ねると、女はブラックに歩み寄る。

 

「私が此処にいる限り、法国は移動しないわ。そして、私は最後まで残るつもりよ。たがら貴方達も最後まで残る事になるわ」

「残る──とは、どういう事でしょうか?」

「貴方の主人に試合を申し込むからよ」

 

 女を怪しげに見つめながら尋ねるブラックに、女は無表情で言い放った。

 試合を申し込む──つまり、彼女がデュラハンに戦いを挑むつもりでいる。部屋にいた全員がそう理解し驚愕した。

 

「ご主人様が試合を断った場合は?」

「引き受けてくれるまで帰らないわ。それでもダメなら──コッチから仕掛ける」

 

 キッパリと言い切った。

 下手をすれば自国すら巻き添えになるかも知れない強行手段。それを行うと、彼女はそう明言したのだ。

 ブラックの顔が敵を見る目へと変化すると、女の口元が初めて笑った。

 

「そんな事をすればタダではすまないぞ、女」

「国がどうなろうと構わないもの。()()()()()()()()()()()()()のだから」

 

 笑みを浮かべながら躊躇無く言う女に対し、ブラックの表情は変わらない。

 代わりに、漆黒の剣のメンバーの表情が険しくなる。平凡な力しか持たない彼らは、女の言動が異常すぎて理解できないのだろう。

 

 ブラックは一度、モモン達に視線を移す。

 自分の主人以外の至高の御方が目の前に三人いる。この女の申し出にどう応えるべきか、判断を仰ぎたい気持ちだったが、グッと堪える。

 

 自分の主人が負けるなど()()()()()

 それにもし万が一の事態になろうものなら、自分達が全力で主人を護ればいい。逃げる時間を稼ぐぐらいはできるはずなのだから。

 

「良かろう。主人に伝えてくる」

「……そう。じゃあ私はもう用済みだから戻らせてもらうわ」

 

 女が待合室から退室しようと扉に歩き出す。

 それをブラックが呼び止め、最後の確認を取る。

 

「待て! 貴様の名は?」

「……あ。言い忘れてたわ。私の名は『番外席次』──スレイン法国最強の女よ」

 

「(こいつが!?)」

 

 そう言って女──『番外席次』は立ち去った。

 女がスレイン法国最強と言われている存在だと知り、モモン達が驚愕する。自分達は今までその様な存在と一緒の部屋に居たのか、という驚きも含めて。

 

 ユグドラシルのプレイヤーやNPC、或いはそれに匹敵するかも知れない実力を持っている可能性を持つ存在からの試合の申し出。しかも断わる方が面倒な事になるオマケ付き。

 引き下がるなど不可能な状況に追い込まれた。

 

 ブラックは一度、モモン達の方に向かってお辞儀をすると、「主人に報告してきます」と告げ、待合室を出ていった。

 

 モモン達はそれを不安げに見つめる事しかできなかった。

 

 




オバマスに番外席次が実装されて、ある程度、彼女の戦い方が参考にできる様になって嬉しいです。
(どうしよう……彼女、光属性の攻撃するんだ〜……ヤバイな〜……リュウノの耐性的に、光はアウトなんだがなぁ〜……)
_( ┐「 ﹃ ゚ 。)__


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第20話 御前試合──前編

久々の更新です。
注意として──
今回の番外席次さんの設定は、原作準拠ではなく、私の想像によるオリジナル設定が多く含まれています。


 ・

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 闘技場内にいた各国に、ブラックの口から今後の予定が変更される旨が伝えられた。

 

 夕食後に行う予定だった談議を中止し、御前試合を行う──と。

 

 当然の如く、各国から詳細を尋ねる声が上がる。が、ブラックはそれを無視。淡々と言葉を続ける。

 

「試合を申し込んだのは法国の番外席次という方です。この申し出に、我らがご主人様は応じると仰いました。よって夕食後、試合場の準備を行います。真に申し訳ございませんが、夕食後は皆様は観客席の方へ移動願います。ご報告は以上です。──では、夕食を用意致しますので、しばらくお待ち下さい……」

 

 伝える事を伝えると、ブラックは瞬時に姿を消した。

 

 騒然とする各国。

 特に法国は混沌と化した。最高神官長が慌てながら、番外席次に詰め寄っている。

 

「何を考えているのだ! 我々は謝罪に来ているのだぞ!?」

「……なによ、別にいいじゃない。私が勝てば、法国は安泰。恐れる必要もなくなるじゃない。それに……あのデュラハンが、本当に神に相応しい力を持った存在なのか、確かめる必要もあるでしょ?」

「ぐっ……それは、そうなのだが……」

「なら、問題ないわね? 私、試合に向けていろいろと備えなきゃいけないから、失礼するわ」

 

 相変わらずの無表情で応えた番外席次は、法国の馬車へと歩いていった。

 法国最強相手にどうする事もできず、最高神官長は不安と苛立ちの表情を浮かべながら、頭を掻きむしるしかなかった。

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 しばらくして、チーム・漆黒の剣とモモン達が面談を終わらせ、法国の陣営に帰還。それと同時に蒼の薔薇の面々も王国陣営に戻っていく。

 リーダーであるラキュースは最初と同じ場所──ラナーの横に座る。

 

 帰って来るのを首を長くして待っていたであろうラナーが、ラキュースを笑顔で迎える。

 

「待っていたわラキュース」

「待たせて申し訳ないわね、ラナー」

「ううん、別に構わないわ。それよりも──」

「ええ、わかっているわ。何があったのか、知りたいんでしょ?」

 

 ラキュースはひと通りラナーに説明した。

 帝国と法国の内容は全て語り、無論、リグリットとデュラハンの会話の内容は全てを言う訳にはいかず、幾つかは口止めされた事を正直に伝える。

 

「……そう。少し内容が気になるけど、念押しされてしまっているなら仕方ないわね……」

「ごめんなさい、ラナー。……本当は全て話したいけど、私達にもいろいろ事情があるのよ……」

「いいのよ、ラキュース。私も無理に聞くつもりはないわ。それより続きをお願い」

「わかったわ。えーと──」

 

 ラキュースは残りの2つの冒険者チームの内容について語った。

 

 漆黒の剣の内容は、エ・ランテルの悪魔事件にて、悪魔達に連れ去られた竜人・リュウノの救出を『竜の宝』に嘆願しに来た、というもの。

 彼らは悪魔事件発生時に現場に居た当事者達であり、悪魔に殺されそうになったところをリュウノに助けてもらった恩があるとの事。一刻でも早くリュウノを悪魔の手から救い出して欲しいと、『竜の宝』にお願いしたかったらしい。

 

 チームリーダー・モモンを筆頭とする冒険者チームは、リュウノが所持していた四大暗黒剣の1つ──邪剣・ヒューミリスを『竜の宝』に渡しに来た、というものであった。

 

「最初見た時は驚いたわ……まさか暗黒騎士の剣がもう1本見つかっていたなんて。私、思わず『触らせて!』って叫んじゃって──」

 

 楽しそうにその時の事を語るラキュース。

 

 同じ四大暗黒剣の所持者として、『竜の宝』や他の冒険者チームから剣の管理や扱い方などを質問され、ある程度の助言などを与えたりしたとの事。また、元々の剣の所有者である暗黒騎士が十三英雄の一員だったという事もあり、十三英雄の生き残りであるリグリットに剣を返却するべきかどうか、デュラハンが尋ねたりもしていた──など。

 最終的に、その剣はデュラハンが受け取り、一時的に管理する事となった。

 

 結果、特に気にするべき事はなかったと、ラナーは結論付けた。

 個人的には、十三英雄のリグリットとの会話内容が気になる所ではあるが、それはいつかラキュース達から聞き出せば良いだけで、現状は焦る必要はない。強いて言うなら、虎視眈々と『竜の宝』が帝国との関係を築いている事が、王国にとって問題となるぐらいだろう。

 

 ラナーがラキュースに礼を言ったその時、タイミング良く夕食が運ばれてきた。二人は再び、美味しい夕食を楽しくいただくのだった。

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 夕食後、試合場は今、多くのドラゴンやアンデッド達によって掃除が行われていた。試合場を埋めつくしていた財宝を地下へと運ぶ作業が行われている。後数分もすれば、砂金と金貨だけが残った試合場が出来上がる事だろう。

 

 それに合わせるように、闘技場内にいる者達の話題は、この後行われるであろう試合の事でもちきりである。

 スレイン法国最強の女とデュラハンの戦い、誰もが気になる試合である事は明白である。試合の内容や結果次第で、ここに集まった国々からの

 評価が大きく変わる事だろう。

 

 特に──『竜の宝』と鍛練を行った事がある者達──クライムを始めとする、ガゼフ、蒼の薔薇のメンバー達は、試合を観戦し参考にすることで、自身の戦術向上や対デュラハンへの対抗策を編み出そうと真剣だった。

 

 

 そうして10分後──

 

 

 整地が終わった試合場に、既に準備が整った番外席次が入場し、試合開始を待っていた。彼女の手には、十字槍に似た戦鎌(ウォーサイズ)が握られている。

 

「あれが勝殿の対戦相手か。クライムと同い年くらいに見えるが……」

「そ、そうですね……。もっと、イカつい方が戦うのかとばかり……」

 

 自分と同じくらいの年齢の少女が試合場に現れた事に、クライムは驚きを隠せない。

 遠くから見てもわかる程、あの少女には戦士として鍛えられた様な雰囲気が感じられなかった。何より、格好も戦士らしくない。左手と右足に重厚そうな黒っぽい鎧を身に付けてはいるが、それ以外は布地でできた衣服を纏っているだけであり、とても戦闘向きの格好には見えない。

 

 所持している武器も、少女が持つにはあまりにも不釣り合いだった。

 少女が手に持っている戦鎌の刃の形は、敵を殺す事にこだわったかのような殺意の高い形をしており、刺す、切る、引き刈るなど、全ての状況に対応できる形をしている。

 そんな恐ろしい武器を、少女が何食わぬ顔で持っているのだ。あれを振り回して戦うのだろうが、正直に言うと、少女があの武器を扱えるようには見えない。

 

 しかし──

 

 デュラハンに試合を申し込んだという事は、あの少女にはなんらかの勝算があるという事だ。だが、全く想像はできなかった。彼女がデュラハンに勝てる姿が。

 

 

 その時、闘技場の扉が開く。

 観客席から各国の者達が見ている中、デュラハンがドラゴンに乗った状態で入場してきた。のしのしと歩きながら入場してくる黒いドラゴン。

 その頭の上で仁王立ちしているデュラハンの姿は、先程と同じく、頭の部分を除いた黒の全身鎧であり、手には剣と盾を装備している。

 

 盾には赤い竜の顔の浮き彫りが大きく刻まれており、口の部分から火が出てもおかしくないほど精巧に作られている。

 そして──

 

「勝殿が手にしているのは剣か……いつもの刀ではないのだな」

「そのようですね……しかし、あのような剣は初めてです」

「……確かに。あの剣の刃は、些か不思議な形だな」

 

 デュラハンの持つ剣は不思議な形をしていた。

 一見すると形はレイピアに近い。

 だが、レイピアにしては刃の形が変なのだ。

 まず先端が鏃のような形をしている。その先端から一定間隔で同じ形のギザギザした刃が続いている。具体的に言えば、コップを逆さまにして同じ物を幾つも重ねたような、そんな形状の刃である。

 とてもではないが、実戦向きの武器には見えない。

 

「ストロノーフ様、参考までに聞きたいのですが……」

「何だ?」

「以前、御前試合の決勝で戦った相手であるブレイン・アングラウス様と勝様では、どちらが強いですか?」

 

 ブレインはガゼフと互角の勝負を繰り広げた人物として有名な刀使いである。比較する対象としては、クライム的には一番わかりやすい人物である。

 

「ふむ……比べるまでもない。勝殿の方が圧倒的に強い」

「ほ、本当ですか!? ……根拠は?」

「ブレインと勝殿とでは、動きと武器の振りの速さだけでも圧倒的な差がある。ブレインの動きは、ある程度までなら私も見切れる自信がある。が、勝殿は無理だ。あれは速すぎる」

 

 確かに、とクライムも同意する。

 離れた場所から目の前まで一瞬で移動し、フルアーマーの相手を悠々と切り裂く。

 それ程の事をいとも容易くやりこなす腕前を持つ人物が、普段から身に付けている刀を試合で使わないのだ。となると、刀は単なる趣味であり、本気の時は剣を使うという事になる。

 

 そんな事を考えている間にも、試合場の状況は進む。

 デュラハンを試合場に降ろした黒いドラゴンが、竜人形態になって王国側の観客席へと移動。そして平然とクライムやガゼフ達の近くに座る。

 

「失礼するぞ、お前達」

「ブラック殿、何故こちらに?」

「私達もここで、ご主人様の戦いを観戦する」

 

 そういうと、試合場の端にいたブルーとレッドの二人を呼び、自分の横に座らせた。

 これにより、試合場は番外席次とデュラハンの二人だけとなった。いつ試合が始まってもおかしくない状況である。

 

 二人の距離は約30m程。クライムなら、接敵するのに数秒はかかる距離だ。

 

「いよいよ始まりますね……」

「そのようだな」

 

 高鳴る気持ちを抑えるクライムとガゼフ。

 試合場にいる両者がどのような戦いをするのか、気になって仕方がないのだ。

 

 

 ──一方、その頃。

 

 観客席から来る多くの視線に、試合場に立ったリュウノは僅かながら緊張していた。別に闘技場での戦闘が初めてだからとか、そういう訳ではない。ナザリックにも闘技場はある。観客は皆ゴーレムである為、情けない負け方をしても問題はないが。

 

 しかし、今回は違う。

 各国の首脳や警護の兵士、はたまた冒険者……そういった、(なま)の人間達に見られているのだ。立場は違えど、彼ら観客達の目的は共通している。試合場に立った自分と対戦相手──この両者の戦いの見物だ。無様な戦いをしようものなら、その恥ずかしい醜態が世間に伝わる。しかも、周辺国家のトップ達が見物人なのだからタチが悪い。

 

 かっこ悪い戦いにだけはならないようにと、リュウノは祈る。

 しかし、相手は未知の相手であり、しかも最強を名乗る相手である。どんな戦いになるかなど、予想もつかない。

 

 なにより対人戦闘に関しては、おそらくアインズよりも経験がない。リュウノが対人戦をやる機会など、ユグドラシルではあまりなかった。

 PK(プレイヤーキル)が当たり前と化していたユグドラシルでは、人間種と亜人種、異形種の三勢力が争う光景は盛んにあった。そんな状況の中で、PKの被害にほとんど会わなかったリュウノは本当に奇跡である。

 

 それは幸運か? あるいは環境に恵まれていたから? それとも両方? 

 

 ──いや、多分両方だったのだろう。

 カンストレベルのプレイヤー達が束にならないと勝てない難易度の竜王がいるエリアでPK行為をやるプレイヤーなんて現れるわけがないのだ。そんな事をすれば……最悪、自分が竜王にキルされる。

 そんな場所に、リュウノはしょっちゅう通い詰めていた。ましてや、移動手段が転移可能な首なし馬(コシュタ・バワー)である。自然とPKの被害に会うリスクが減っていたのは事実である。

 

 無論リュウノにも、PK目的のプレイヤーと遭遇し戦闘になった経験は僅かにある。指で数える事ができる程度の数でしかないが。それでも、まともな戦闘になった事はない。

 当時のリュウノはドラゴンに夢中であり、敵対的なプレイヤーと遭遇した時は適度に戦闘行為をやり、途中で戦闘をやめて逃げるという、些か卑怯な手段をやっていたのだ。プレイヤーとの戦いで体力を消耗したくなかったから、というのが最大の理由だ。

 

 アンデッドは治癒魔法やポーションによる回復行為ができない。アンデッドの体力回復は、負のエネルギーを吸収するか、即死系の魔法かスキルを自身に使用するという方法が主な手段である。

 これからドラゴン達と戯れる予定なのに、敵対プレイヤーに体力を減らされてはたまったものではない。戦闘の途中でモンスターを召喚し、敵対プレイヤーがそれらを処理してる間に首なし馬(コシュタ・バワー)で逃走。それがリュウノにとって、一番効率の良いやり方だったのだ。

 

 だからこそ、今になってリュウノは悔やむ。ある程度は対人戦闘の経験を積んでおくべきだったと。

 だが、今更悔やんでもどうしようもない。

 今の自分にできる──カンストレベルのプレイヤーがやってきそうな事に対する──対策はやってはみた。即死対策、時間対策は必須。これはアインズから教わっているので当然やった。他のデバフ対策も、思いつく限りの事をやった。

 

 唯一不安なのは……神聖と光に対する対策ができていない事。

 

 対ドラゴン用に炎耐性は完璧にしている。故に、炎属性のダメージは無力化できる。他の属性──雷や毒、氷に水、風や闇など──に対する耐性も、ダメージを激減させる程の耐性は施している。

 しかし、神聖及び光属性に関しては無理だった。ハッキリ言って脆弱だ。相手が神聖や光属性の攻撃を多用してきた場合、自分の勝率は格段に下がる。

 

 だが、これは仕方のない事なのだ。アインズもウルベルトさんも、チャンピオンであるたっちさんも、全ての属性に対して完全耐性を備えるなんて事はできないのだ。

 ユグドラシルというゲーム自体、プレイヤーが全ての耐性を獲得できないよう調整を施して対策していた。完全無敵のキャラを作れないようにする為に。

 

 故に、どうしても耐性に穴が開く。その弱点を、いかに早く見つけるかが、勝利への鍵でもあり、ユグドラシルというゲームでの対戦の醍醐味でもあった。

 

 だがしかし──

 

 この異世界において、これから戦う相手がユグドラシルのルールや法則に従っているという保証はない。タレントという謎の能力持ちが存在したりする世界だ。完全無敵の存在がいないとは断言できない。

 

 仮に完全無敵ではないにしても──

 

 魔法に対して無敵

 物理に対して無敵

 遠距離に対して無敵

 

 ──などというとんでもない耐性を持っていたりする可能性もありえるのだ。

 

 

 リュウノは目の前に立つ対戦相手──『番外席次』に目を向ける。

 

 無表情で物騒な武器を持って立っている彼女は、こちらを恐れている様子がまったくない。

 自分の強さに自信があるからだろうか? 

 それとも、装備品が高ランク且つ高性能であり、耐性が万全だから? 

 

 ──駄目だ、まったくわからん。

 

 だが戦う前に、一番重要な事を聞く必要がある。

 

「あのさぁ、ちょっといいかな?」

「……なにかしら?」

「これから貴方と私は戦う事になるんだけどさ、一応ルールの確認をしてもいい?」

「ルール?」

「うん。まず勝利条件はどうする? どちらかが死ぬ、又は敗北を宣言するまで、というシンプルな感じでいい?」

「ええ。それで構わないわ」

「オッケー……なら次。私と貴方による1VS1の戦いになるわけだけど、召喚魔法を使うのってアリ? 私としては、アリの方が本領発揮できるんだけど……」

 

 アリであれば、竜王を一斉にけしかけて数の暴力で圧勝できる。この戦術ならば、どんなプレイヤーでもねじ伏せられる。あのたっちさんですら。

 

「……そう。私は別に構わないわ」

「(しゃァァ! 私の勝ち確定!)」

 

 心の中でガッツポーズを決める。

 召喚魔法がアリならば、数の暴力で攻め続け、自分は遠距離攻撃に徹するという安全な戦術が行える。

 

 

 そのはずだったのに──

 

「待って欲しい! 流石に1VS1の戦いでモンスターを多用するのは卑怯だと私は思うのだが……皆さんはどう思う?」

 

 帝国の皇帝──ジルクニフが抗議の声を上げた。それどころか、他国に意見まで求めている。

 

「(あの野郎ぉ! 余計な事ぉぉ!)」

 

 心の中で湧き上がる苛立ちを、リュウノは必死に隠す。

 そして冷静に考える。おそらくだが、ジルクニフ皇帝は私個人の戦闘能力を知りたいのだろう。これから部下として迎える身なのだ。少しでも私の実力を知っておき、手網を握れるかどうかを把握しておきたいのだろう。

 

 しかし──

 召喚魔法を封じられると、自分の戦術──手数が大きく減る。これでは一種の縛りプレイと同じだ。1VS1である以上、接近戦は避けられない。近づかれる前に仕留める事ができれば問題ないのだろうが、そんな上手く事が運ぶわけがない。

 

 だが、今のリュウノにはどうしようもない。

 国という存在が自分を評価しようとしている戦いで、批難されるような勝ち方をするわけにもいかない。

 周りが出す意見を見守り、従うしかないのだ。

 

「……そうだな、その通りだ! 1VS1の戦いならば、やはり本人達が戦うべきだ。そう思うだろう? ボウロロープ侯よ」

「え、ええ! その通りでございます王子! 真剣勝負に召喚魔法を持ち込むなど言語道断でございますなぁ!」

 

 王国でも一二を争う脳筋達がなにやら喚いている。

 たぶんだが、バルバロ王子は私に負けて欲しいのだろう。あるいは『殺されてしまえ!』とすら思っているのかもしれない。

 

「(クソぉぉ……アイツら……)」

 

 あんな事を言われたら、もはや数の暴力戦術は使用できない。卑怯なヤツ呼ばわりされるのがオチだ。冒険者としてのメンツだけは保持しなくては。

 

「──王国はあのように申していますが、法国の皆さんはどうです?」

「……我々としても、卑怯な手段による勝ち方はあまり……」

 

「(────ぐっ……)」

 

 駄目だ……これは駄目な流れだ。

 召喚魔法は多用できない。となれば、竜王合体で凌ぐしかない。

 

「──わかりました。他国の皆様がそうおっしゃるなら、召喚魔法は控えましょう。申し訳ありませんね、番外席次さん」

「私は別に問題ないのだけど……」

 

 残念そうな表情を僅かに浮かべる対戦相手。

 それでもコッチには問題があるんだよ! 

 と、心の中でツッコムが口にはだせない。

 

「……では、試合を始めましょう。ブラック! 銅鑼(どら)を鳴らしてくれ」

「畏まりました」

 

 闘技場に設置されていた、チャイム代わりの銅鑼の前にブラックが瞬時に移動する。

 

「……ではこれより、我らがご主人様と番外席次様の試合を開始します! 試合──開始!」

 

 ブラックによって銅鑼が叩かれた。銅鑼特有のけたたましい音が鳴り響く。

 こうして、戦いの火蓋が切られたのだった。

 

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 試合開始の銅鑼が闘技場に鳴り響く。

 

 最初に動いたのは──番外席次だった。

 彼女は手に持つ戦鎌を振りかぶりながら、もの凄いスピードでデュラハンへと接近した。

 30m程先にいたデュラハンへと一瞬で距離を詰めた彼女のその速さは、クライムやガゼフといった者たちからは転移魔法を使用したのではないか、と疑う程の速さであった。

 ユグドラシルのカンストプレイヤーであるモモン達すらも感心する程。

 

 急接近した番外席次は、デュラハンの胴体を切り裂こうと一撃を繰り出す。

 戦鎌の鋭利な刃がデュラハンの胴体に触れる刹那──その刃は空を切った。

 

 ──躱した。

 

 クライム達がそう知覚するよりも速く、デュラハンが番外席次の背後に回り込み、持っている剣を振りかざしていた。

 

 ──やはり速い! 

 ──前とは違う! 

 

 蒼の薔薇のメンバーの中でも、特に高い強さを持つイビルアイですら、デュラハンの動きを目で追う事ができない。正面に居たデュラハンが瞬く間に後ろに回り込んだ、という結果しか理解できなかった。

 

 以前、カルネ村でデュラハンを名乗る女──リュウノと戦闘した事がある漆黒聖典のメンバー達も、その圧倒的な動きの違いに驚愕する。

 

 番外席次は攻撃した直後のため、応戦体勢は整っていない。そんな状態の番外席次の背中目掛けて、デュラハンが容赦なく剣を振り下ろす。

 

 番外席次の背後を完全にとったデュラハンの攻撃。

 どうあがいても回避できないタイミング──そのはずだった。

 

 しかし──

 

「──武技・即応反射──」

 

 突如、番外席次の姿勢が攻撃する前の姿勢に戻ったのだ。通常ではありえない、まるで不可思議な力が働いたかのような挙動でだ。

 体勢を整えた彼女は、デュラハンの攻撃を武器で受け止めようとする。

 

 そして──

 

 武器同士がぶつかり合った瞬間、凄まじい衝撃波が起こった。その衝撃は、二人の足元にあった金貨や砂金を周囲に吹き飛ばした。観客席にいた人間達にすら、その余波が伝わるほど強力であった。

 観ていた名だたる戦士や騎士達が背筋を凍らせる。自分達では、あの衝撃を受け止めるのは不可能だっただろうと。呆気なく吹き飛ばされるか、両腕を失うのが目に浮かぶ。

 

 だが──

 

 それほどの一撃を、あの少女は受け止めたのだ。

 それだけでも、少女の持つ戦闘能力の高さが理解できる。

 

 しかし、観客達の少女への関心は、束の間できえる。

 

 デュラハンの攻撃を受け止めた少女は、数秒程耐えてはいたものの、その想像以上のパワーに耐えきれずに後ろに飛び退いた。

 

 その瞬間を待っていたと言わんばかりに、デュラハンが間髪入れずに追撃を放つ。

 

 その追撃に、観客席いた人間達は瞠目する。

 

 デュラハンの持っていた剣が、鞭の様に伸びたのだ。

 蛇の様にうねる剣の剣先が、距離を取ろうとしていた番外席次の心臓目掛け、矢の如く伸びていく。その長さは5mを軽く超え、脱兎のごとく下がる番外席次に瞬時に追いつく。

 

 誰もが少女の死を想像した。デュラハンの追撃で、呆気なく心臓を刺される未来を。

 しかし、その予想はあっさりと裏切られる。

 

「──武技・要塞──」

「──むっ!?」

 

 見えない何かによって、デュラハンの追撃が弾かれた。まるで、透明な盾によって防がれたような、そんな感じだ。

 クライムやガゼフと言った戦士達には馴染みがあるが、そうでない者たちからしてみれば摩訶不思議な現象に見えた事だろう。

 

『武技・要塞』── 相手の攻撃を跳ね返す防御系の武技だが、発動のタイミングが非常にシビアとなっている。剣や盾でなくては発動できない、というわけではなく、やろうとすれば手だろうと鎧だろうと発動できる。

 

「──ちっ!」

 

 追撃で仕留められなかった事に、舌打ちを零すデュラハン。

 相手が自分の攻撃に対応できる──それは、相手が弱い敵ではないという証明であり、強敵かもしれないという証明になるからだ。

 

 対して、番外席次は笑っていた。それはまるで、新しいオモチャを見つけた子供のような笑みだった。

 

 

 

 

 

 

「……やるじゃない。私の背後をあっさり取るなんて……驚きだわ。しかもその桁外れなパワーに容赦ない追撃……私の想像以上の強さだわ……」

「なら降参する?」

「まさか、これからじゃない! 楽しみましょう……この、殺し合いを」

 

 にんまりと笑う番外席次の表情を見て、「満面な笑みで言う事かよ……」と、(いと)わしい気分を吐露する。

 だが、そんな心情をすぐさま切り替え、リュウノは目の前の敵に集中する。

 

 次の一手をどうするか。

 自分から仕掛けるのも良し。

 魔法で牽制するも良し。

 竜王合体は──()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 脳内で様々な戦術を考える一方、念を入れて100Lvの状態にしておいて正確だったと、リュウノは自分の判断を褒めていた。

 

 初めこそ若干舐めてはいた。

 ──しかし、今なら言える。

 この異世界で出会った相手の中で、この少女はダントツの強さだと。

 実際、竜王合体無しの状態だった場合、最初の攻撃を躱すのは難しかったかもしれない。

 リュウノがそう考えてしまう程、番外席次の身体能力は高かったのだ。

 

 

 大雑把な推測ではあるが──相手のLvは、低く見積っても90Lv前後相当はありそうである。動きの速さ、こちらの攻撃を受け止められるだけの筋力、反応速度……等などを総合的に考えて出した結論だ。

 高く見積もる場合、仮に装備品のランクが最高ランクの物だと推定するならば、95Lv前後相当になってもおかしくない。

 相手が本気を出している様には見えない為、この予想より高い可能性もないとは言えないが。

 どちらにせよ、人間の状態だったら対応できなかったかもしれない相手だった可能性が高い。

 流石は最強を名乗るだけの事はある。これ程の強さがあれば、法国で最強と呼ばれるのも無理はない。

 

 だが、レベルだけで考えるならば、そこまで苦戦はしないであろう相手であるはずなのは確かなのだ。

 では、なぜ簡単に倒せないのか? 

 それは、ユグドラシルには存在しなかった二つの要因のせいだ。

 

 1つは武技だ。

 クレマンティーヌが習得していた武技については、ある程度把握済みなのだが、それでもまだ未知の武技は山ほど存在する。それを目の前の相手がどれだけの数を習得しているのか、調べなくては安心できない。

 

 2つ目はタレント能力だ。

 相手がタレント能力を持っているかはわかってないが、何らかのタレント能力を持っていると想定して行動した方がいいだろう。

 一発逆転の大ダメージを放つ、と言ったタレント能力が存在する可能性だってありえるのだから。

 

 そのような思考を張り巡らせながら、リュウノは間合いを計る。

 こういった未知の力を持つ相手に無策で突っ込む程、リュウノは脳筋ではない。頭は無くとも思考する頭は持っているのだ。

 自分の武器の射程が活かせる適切な距離を計算しながら、相手の出方も探っていく。

 

 相手は近接武器しか使わないのか? 

 魔法を習得しているのか? 

 耐性に穴はあるのか? 

 

 などなど、こういった相手の情報を様々な手段を用いて探っていきたい。そしてそれをモモン──アインズに知ってもらうのだ。

 万が一、自分が負けた時……あるいは死んだ時、アインズ達に仇をとって貰う。そのためにも、できる限りの相手の情報を集めておく必要があるのだ。

 

「──さて、今度はこっちから仕掛けるか……」

 

 

 

 

 

 

 両者が間合いを取りつつ、互いの隙を伺っている頃、観客席では──

 

「先程の少女の不可解な体の動きは──」

「──即応反射だ」

 

 番外席次の姿勢が急に変わった事に対して、疑問を感じていたクライムにガゼフが丁寧に解説していた。

 

「即応反射?」

「武技の一種だ。攻撃した後、バランスの崩れた体を無理やりに攻撃する前の姿勢に戻す武技でな。俺も習得している武技だ」

「そのような武技も、存在するのですか……」

「武技の種類は豊富だぜ、童貞。特に、優秀な戦士である程、攻撃に防御、移動に補助に自己強化とか、様々な武技を使い分けたりするからな」

 

 王国で最も名高い戦士である二人の言葉に真剣に耳を傾けるクライム。

 自分が強くなれないにしても、あらゆる脅威への対策を練る事ぐらいはできる。経験を培うとは、まさにこの事なのだろう。

 

 突如、金属同士がぶつかる音が響く。

 見れば──デュラハンが相手に向かって剣を伸ばし、攻撃を何度も繰り出している。鞭の様にしなる剣先の速さは尋常ではなく、自分ごときではまったく反応できない速度である。

 

 そんな攻撃を、少女は平然と凌いでいる。

 右から、左から、真上からと、様々な角度から来る攻撃を避けたり防いだりしている。

 焦っている様子がない以上、反撃のチャンスを伺っているのかもしれない。

 

「しかし、首なしが持つあの剣、あれはなんだぁ?」

「鞭の様に伸び縮みする剣みたいだけど……」

「似たような武器を持つヤツなら六腕にいるけど……」

「それ以前に、伸びた時の長さがおかしいだろ。最初の剣の状態からではありえない程伸びているぞ! いったいどんな仕組みだ……?」

 

「──あれはフレキシブルソードという類いの剣だ」

 

 突然、ブラックが喋りだした事で、デュラハンの武器に関して議論していた蒼の薔薇の会話が止まる。

 

「……フレキシブルソード?」

「違う言い方をするなら『蛇腹剣』とも言う。刃の部分がワイヤーで繋がれつつ等間隔に分裂し、鞭のように変化する機構を備えた剣だ。剣としての剛性と、鞭の柔軟性、節々に分かれた刀身部の切削を鞭の打撃に加える事が出来、さらに剣と鞭の状態では倍程度間合いに差が出るため交戦距離を自在に変化させることが出来る。という代物だ 」

 

 ブラックの説明に、何人かは納得の意を示した。が、ガガーランやガゼフ、忍びの双子といった上級の戦士系や盗賊系の者たちは、まだ納得いかない部分があり、疑問をぶつける。

 

「しかしよぉ、ああいった武器は強度に問題があるんじゃねぇのか?」

「ご主人様が使用している武器にはドラゴンの体から採取した素材がたくさん使われている。しかも竜王級のな。その辺の通常の金属とは比べ物にならない程の強度を得ているので、強度に関しては問題ないぞ」

「マジかよ……そりゃすげぇ……」

「ちなみにだが……ご主人様の使用している剣の名は、テール・オブ・ドラゴンロード──『竜王の尾』という名前だ。その名の通り、ドラゴンの尻尾をイメージして作られている」

「なるほどな……言われてみれば、確かにドラゴンの尻尾にも見えるな」

 

 彼女の言う通り、剣のデザイン、伸び縮みする際の靱やか差など、様々な部分でドラゴンの尻尾を彷彿させる要素がたくさんあるのが理解できた。

 

「ああいった武器の基本戦術は……いや、私が言わなくてもお前達ならば、ご主人様の動きを見ればだいたいわかるだろ?」

 

 こくりと頷くガゼフ達。

 クライムもある程度は把握している。

 

 基本戦術は──

 

 1.相手が迫ってくれば剣で迎撃

 2.相手が引けば鞭で追撃

 3.さらに変形時の「伸び」を利用した射突攻撃

 4.鞭状態での柔軟な斬撃

 

 これぐらいだろうか? 

 だが、自分ごときが理解できる以上の事を、ガゼフやガガーランと言った上級者達は理解しているのかもしれない。

 

 そしてそれはすぐに訪れた。

 

「───ふっ!」

「───ッ!?」

 

 デュラハンが突然、攻撃パターンを変えたのだ。

 鞭の様に伸びていた剣がさらに伸び、ちょうど真ん中辺りが少女に命中。武器でガードしていた少女の身体に、余っていた鞭の先がグルグルと巻き付いたのだ。

 巻き付きは少女の上半身から片方の足へと伸びていく。そして最後に、鞭の先端が巻き付いていない方の足へと命中。少女の片足を跳ね飛ばした。

 一言で言えば、『足払い』だ。

 

 足払いを受けてバランスを崩した少女。そのまま倒れるのかと思いきや、巻き付いていた鞭が強く引っ張られ、少女がデュラハンの目の前へと強引に連れていかれる。しかも強烈な回転を加えた上でだ。

 

 普通の人間であれば、あんな状況から攻勢に出るなど不可能だろう。

 しかし、少女は違った。

 身体に巻き付いていた鞭がはずれるや否や、戦鎌を構え、回転を利用してデュラハンを切り裂こうとしたのだ。

 

 対して、デュラハンは冷静に盾を構えてこれを防ぐ。更に、そのまま盾を前に突き出し、少女をおもいっきり殴り飛ばす。

 後ろへと吹き飛ぶ少女に──いつの間に持ち替えたのか──デュラハンは筒状の武器を向けていた。

 

 モモン達ならそれが、片手でも扱えるショートタイプのダブルバレルショットガンだと理解できただろう。

 しかし、クライム達には未知の武器である。

 デュラハンは躊躇なく引き金を引いた。

 射出された二発の弾丸は、拡散しながら少女へと真っ直ぐ飛んでいき──

 

 ──当たる直前に全ての弾丸が逸れた。

 

「──くそっ! 対策済みかよ!」

 

 狙撃武器が効かないとわかるや否や、デュラハンは再び剣へと武器を替える。

 

 デュラハンが少女に足払いを行ってから狙撃武器を扱うまで、それがたった数秒の出来事だ。

 あれだけの攻防がたった数秒で行われたのだ。

 クライム達には、状況を一つ一つ理解するだけで手一杯である。

 

 少女は受け身を取りながら着地すると、笑いながらデュラハンへと向き直る。

 

「最高だわ! 本当に最高だわ! 貴方なら、私に敗北を教えてくれるかもしれない!」

「……けっ! そうかよ。こっちは自信がなくなってきてるって言うのに……」

 

 笑う少女に対し、不機嫌そうに愚痴を零すデュラハン。

 両者の機嫌は正反対だ。

 だが、どちらも継戦の意志はあるらしく、再び間合い取りが始まる。

 

「……じゃあそろそろ、本気で行こうかしら」

「な〜んだ、本気じゃなかったんだ。てっきり最初から本気かと思ってたのに」

「ふふふっ、言ってくれるじゃない」

 

 あれだけの攻防があってなお、両者の試合はまだまだ始まったばかりなのだ──。

 



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第21話 御前試合──後編

 ・

 ・

 ・

「じゃあそろそろ、久々に本気をだすわ」

「おう、やってみろ」

「武技・限界突破……──」

 

 番外席次が戦鎌を上に構えた姿勢で武技を発動させる。

 すると、彼女の体全体から漆黒のオーラが出現する。

 鎧を着ているにもかかわらず、肌から伝わってくるオーラのその感覚は、闇属性に近いものである事をこちらに教えてくる。

 

 武技の名前からして、身体能力の上限を上げるタイプと予想したのだが、漆黒のオーラとの関係性がわからない。単なるエフェクトではない事は確かなのだろうが。

 

「──能力向上、能力超向上、流水加速──」

 

 番外席次が次々と武技を発動させていく。

 その光景を眺めるリュウノの脳裏によぎったのは、番外席次が武技によって得られるバフを使って自身を最大限まで強化してから攻撃してくるのでは? という予想だ。

 

 “強敵と戦う”という場面に於いて、自身を強化するという方法は定石だ。特にボスキャラが待ち構えているエリアに入る等の時などは。あのアインズですら、ありったけの強化魔法を使用してバフをかける。無論、私もだが。

 

「──肉体向上、痛覚鈍化、知覚強化、可能性知覚──」

 

(おいおいおい……どんだけ発動する気だ!? いくらなんでも、やりすぎだろ!)

 

 ブレインから武技の知識は得ている。

 武技は発動する際、使用者は集中力を消費するらしい。また、使用後にはある程度の肉体負荷も発生するとか。なので、武技の使いすぎはかえって自分を追い詰める事にもなりかねないので、使い所を考える必要があるとのこと。

 ブレイン曰く、あのガゼフですら、武技の同時使用は六つが限界だったらしいが……。

 

「──戦気梱封、素気梱封、縮地改、疾風加速──」

 

 どうやら、目の前の女は違うらしい。

 彼女は平然と武技を重ねがけしている。つまり、彼女にとっては問題ないのだろう。

 ガゼフと彼女とでは、実力──レベル差があまりにも大きい。故に、武技の使用できる差も大きいのかもしれない。或いは──相手を殺せる自信があるからこそ、肉体負荷で動けなくなっても構わない、という考えでいるかだ。

 

「──急所感知……ふふふ……」

 

 強化の作業が終わったようだ。

 戦闘中に、相手の強化作業を見守るなど愚行であると理解している。アインズならば、すぐさま妨害して中断させてただろう。

 

 だが、今回は“あくまで試合”だ。

 互いの実力を他国に知らしめる必要がある為、ある程度は相手側にも花を持たせる必要がある。ダンジョンでばったり遭遇したボスモンスターと戦っている訳ではないのだから。何もさせずに倒すという行為は許されない。

 それに、相手の戦闘能力を探る意味合いも兼ねているのだし。

 

「そろそろ準備できたか?」

「……優しいのね。わざわざ待ってくれるなんて。それとも、強者としての余裕……なのかしら?」

「いいや。単純に、そっちの方が面白そうだから、かな?」

「あら、それは僥倖。私と同じ考え────だったなんてッッ!」

 

 最高の笑みを浮かべる彼女。その瞬間、彼女はこちらへと突撃を開始した。

 肉薄するなり放たれた斬撃。

 咄嗟に盾で防ぐ。今まで以上に重たく、最高に速い一撃だった。衝撃で腕が弾かれないよう、力を込めて耐える。

 

 その直後、彼女の怒涛の攻撃が始まった。

 強化された身体能力、ホバー移動にも似た高速移動、魔法と闇属性が込められた武器──ありとあらゆるステータスが底上げされた彼女が放つ連撃。己が持つ戦鎌のリーチを活かした絶妙な距離を保ちながら、反撃する猶予すら与えないという勢いで、武器が振るわれる。

 戦鎌が盾を切りつける度にギャリリッという音が鳴り響く。あまりに早すぎて、金属を丸鋸で切っているかと、耳を疑ってしまう程だ。

 

 だが、攻撃の速さで言えばブラックの方が速い。なので防ぐ事自体は楽だ。

 しかし、一撃一撃が軽かったブラックとは違い、目の前の女の攻撃は、戦士職がメインのブルーより重い。

 

 さらに、剣では届かず、鞭では攻めにくい間合い。

 懐に潜り込もうにも、戦鎌の特有のリーチと高速の連撃がそれを許さない。さらに、彼女を守るかのように、戦鎌の幅の広い十字の刃が行く手を阻むのだ。

 はっきり言って、攻撃する隙が少なすぎて反撃できない。

 情けなくも、盾を構え続けて耐える事しかできない。

 

 …………と、周りの観客達は思っている頃だろう。だが──

 

「おっっらァァッ!」

 

 盾を構えた姿勢のまま前方に思いっきり踏み込む。

 相手の攻撃なんぞ知ったこっちゃないと言わんばかりに、スキルを発動させながら強引に盾を押し込む。

 

 同時に発動したスキルは3つ。

 

 まず、自身の防御力を上げつつ、盾を構えたまま攻撃できる〈シールドアタック〉

 

 次に、相手をよろめかせ、一瞬だけ行動不能にさせる〈シールドスタン〉

 

 最後に、相手を吹き飛ばしながらダメージを与える〈メガインパクト〉

 

 これらはヘイトコンボと呼ばれる連係スキル技だ。

 ギルドメンバーの1人──ぶくぶく茶釜さんもよく使っていた技だ。

 どのスキルも敵のヘイトを集めてしまうという欠点があるものの、茶釜さんは相手のヘイトを管理する能力に長けていた。なので、敵のヘイトを上手く操り、場の流れをコントロールしていた訳だが。

 敵が多い集団戦で使うと集中砲火を受ける危険性も高まる技だが、相手が1人なら、なにも問題はない。

 

 

 盾が戦鎌を押しのけ、相手の胸元にめり込む感覚が伝わってくる。それと同時に聞こえる、相手の呻き声と肉が金属にぶつかる音。いや、肉を叩く音……が正しいかもしれない。

 相手の体重が一番のしかかるタイミングで相手を殴り飛ばす。

 

 凄まじい衝撃音と共に、強烈な衝撃を受けて吹き飛ぶ少女。

 常人ならミンチになっていてもおかしくない程の衝撃を受けたにもかかわらず、戦鎌を手放していない。

 戦士として流石だと褒めたくなる。

 

 相手が宙を舞いながらアリーナの壁へと吹っ飛んでいく。

 だが、それを見守る程優しくはない。

 相手がまだ宙を舞っているうちに、素早く狙撃銃(スナイパーライフル)を取り出し、片膝をついて構える。

 

 先程、相手に飛び道具(狙撃)が効かない事は、私も含め全員が把握している。なのに再び銃を構えた私を見て、『馬鹿なアンデッドめ』と思っている者達もいるかもしれない。

 

 ならば、馬鹿なのはそいつ等だ。

私だって対策くらい用意している。

 

 相手はおそらく、()()()宿()()()()()()飛び道具を無効化する装備品を身に付けている。故に、いくら()()()()()を撃っても当たりはしない。

 だが、逆を言うなら……魔力を宿した弾丸──『魔弾』までは無効化できないという事だ。

 

 宙を舞っている相手に、容赦なく魔弾を撃つ。

 狙った箇所は両肘、両膝の4つ。相手を殺さずに無力化する為だ。

 放たれた魔弾が、相手に命中する。

 

 その後すぐ、相手がアリーナの壁に激突した。

 通常の人間なら、潰れて肉片が飛び散っていてもおかしくない衝突音がアリーナに響く。

 少女の身体が壁にめり込んでる姿は、壁に飾られた十字架を見ているようだった。

 

 防具を装着している2箇所を撃ち抜けたかは、現時点ではわからない。

 しかし、残りの2箇所は確実に撃ち抜いたはずだ。

 その証拠として、撃ち抜かれた箇所から鮮血が噴き出している。あれなら、撃ち抜いた片腕と片足は動かせないはず。

 

 しかし、まだ警戒は怠らない。

 ユグドラシル(ゲームの世界)なら、相手はまだまだ体力が残っており、何事もなく余裕で立ち上がってくるはずだ。

 体力が0になるまで、プレイヤーは問題なく活動できる。とは言っても、痛みを感じないからこそできる事なのだが。

 

 異世界の仕様──と言うより、現実的に考えて、銃で撃たれた人間が痛みを気にせず冷静に行動するなど不可能だ。痛みで動けない、それが()()()()()()()()だ。

 

 女が壁から剥がれ落ちるのを見届ける。

 

 砂金の地面へと落下する女。

 手足から流れる血が、周囲の金貨を真っ赤に染めていく。

 

 そのまま相手が戦意を失ってくれれば良いが……。

 そんな淡い期待の言葉を心の中で呟く。

 しかし、ヨロヨロと立ち上がり始めた女の姿を見て、やっぱありえないか、と淡い期待を投げ捨てる。

 

 相手の性格的に、自分から負けを認めるような女ではないだろう。何より、この試合は彼女からの申し出なのだから。

 完全なる敗北を、身に染みて理解するまで諦めないだろう。

 

 戦鎌を杖代わりにしながら立ち上がった女を見ながら、次はどうするかと思案を始め出す。

 

 だって相手はまだ──()()()()()立っているのだから。

 

 

 

 

♦♦

 

 

 

 

 初めてだった。

 

 自分の身体が吹き飛ばされた。

 自分の身体が宙を舞った。

 自分の身体が撃ち抜かれた。

 自分が身体が壁に叩きつけられた。

 自分の身体が地面に倒れ伏した。

 

 全てが未知の体験だった。

 

 これまで戦ってきた相手で一番強かった隊長ですら、私に対してそんな事はできなかった。逆に、ボコボコにして馬の小便を浴びせてやった程だ。

 

 でも、今戦っている相手は違う。

 速さもパワーも、隊長とは段違い。おまけに、武技で強化された私の猛撃ですら、大したダメージを与えられなかった。

 

 驚きが私を包んでいる。

 歓喜が私を包んでいる。

 期待が私を包んでいる。

 

 何もかもが自分より弱くて、つまらないと感じていた私を目の前の存在は楽しませてくれる。

 ならば──と、思ってしまう。

 

 周りより()()()()()()()()()()私に、目の前の存在……デュラハンは教えてくれるかもしれない。

 今まで戦ってきた相手が、隊長が──体験したであろう、敗北という経験。まだ経験した事がない未知(敗北)を教えてくれるかもしれない。

 

 

 戦鎌を杖代わりにしながら立ち上がる。

 幸い、防具を装着していた左腕と右足は軽傷で済んでいる。

 右腕と左足は関節部分を飛び道具で撃ち抜かれたせいでまともに動かせない。対飛び道具用の魔法が付与された防具を身に着けていたのに、相手は堂々と撃ち抜いてきた。

 対策をされたのだろう。しかし、いったいどうやって? 

 

 …………いくら考えても埒が明かない。

 

 思考を捨て、武器を握り、立ち上がる。

 どちらかの行動をするだけで、本来なら激痛が襲ってくるはずだ。

 しかし、〈武技・痛覚鈍化〉のおかげで、()()無理やりながら動かす事はできる。

 

 なら戦える。まだ戦える。

 武技の連続使用により、精神力もかなりすり減っている。

 正直に言えば辛い。これ以上の武技の使用は、肉体にも負担が出る。いや、負担どころではない。体のどこかの血管が破裂してもおかしくない。だが──

 

「おーい、大丈夫か?」

 

 またデュラハンが待ってくれている。

 私が立ち上がるのを、何もせずにだ。

 少し前にデュラハンは言った。“面白そうだから”と。待ってくれる理由はそれなのだろう。

 

 自分相手にこんな事をする相手はいなかった。今まで戦ってきた相手はみんな必死だった。私に勝とうと一心不乱に攻撃してくるか、逃げるかだった。

 

 嬉しくてたまらない。こんな好敵手に出会えた事に。

 そして思った。

 

 まだ終われない。

 終わりたくない。

 終わらせたくない。

 

 こんなにも楽しい時間を。

 いや、こんなにも楽しい時間なのだから。

 だから終わらせたくない。

 

「まだやる? それとも降参する?」

「まだよ……まだ、戦えるわ……」

「……そっか。なら、はいコレ」

 

 何かを放り投げられる。

 目の前に落ちたそれは、赤いポーションだった。

 法国の人間達が居る観客席がざわつき始めたのが聞こえた。デュラハンの投げたポーションを見て、ソレがなんなのかわかったからだろう。

 私もソレを知っている。

 法国の宝物庫に保管されている──六大神が所持していた──“神の血で造られている”、と言われている腐らないポーション。それと酷似していたからだ。

 

「……これは?」

「傷を癒すポーションだよ」

「なぜ私に?」

「全快したあなたを叩き潰して、完全敗北させる為」

 

 やはりだった。このデュラハンは私を楽しませてくれる。私が欲しているものを理解してくれている。

 闘技場での決闘の最中に相手を治癒させる者はいない。そんな行為は自分を不利にするだけだ。

 だが、このデュラハンにとっては不利にすらならないのだろう。

 

「……そう。なら頂くわ」

 

 ポーションを飲む。完全回復とまではいかなかったが、手足の傷が癒えただけでも充分だ。

 

「……よし。傷は癒えたな。じゃあ私からの提案、互いに大技をぶつけ合って最後まで立っていた方が勝ち、って勝負はどう? ちまちました攻撃をぶつけ合うよりはマシな気がするんだけど?」

「……良いわねそれ。のったわ」

「オッケー! ならそちらからどうぞ」

 

 本当に面白い。デュラハンの行動の一つ一つが予想できない事ばかりだ。

 あれだけ武技で強化した私の猛撃を『ちまちました攻撃』程度にしか思っていない。

 さらに、大技勝負で私に先を譲ってくる。

 本当に、あのデュラハンはどこまで強いのだろうか? 

 

 ならば確かめるしかない。

 

 武技の過剰使用で精神力もかなりやばいが……それでもいい。この後放つ大技で動けなくなっても構わない。あのデュラハンの強さを確かめる為なら。

 それ程なのだ。それ程、あのデュラハンの強さに惹かれてしまった。

 

「……(ニグル)──(アルブム)……」

 

 己が持つ最大の武技を発動させる。

 精神力がごっそり持っていかれる。鼻から血が垂れ、脳の血管が幾つか破裂したような、そんな感覚が伝わってくる中、集中力を高め、指を鳴らす。これが、この武技の始まりだ。

 

「私より強いか、確かめさせてね」

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

「あれは!?」

 

 観客席から戦いを見ていたモモン達は、リュウノの対戦相手である少女が起こした異変に驚愕していた。

 

 少女の立っている場所から、闘技場全体を包むかのようにドーム状の特殊な結界が広がり始めたのだ。結界は闘技場全体に広がり、当然のように観客席に居る人間達も飲み込んでいく。迫りくる結界に、怯えるような仕草をした人間達が飲み込まれた瞬間、彼らは動かなくなる。

 

「まさか、《時間停止/タイムストップ》の魔法か!?」

 

 第10位階の魔法であり、その名の通り時間を止める魔法だ。どの程度の範囲止められるかはっきりしていないので不明だが、時間停止中はダメージを与えたりする魔法は発動できない。魔法遅延化(ディレイマジック)を併用して時間停止解除後即座に魔法を発動できるようにすれば攻撃は可能だ。また、時間停止中はダメージを与えたりしない一部の魔法は発動できる。70Lvになる頃には時間対策が必須となる脅威の魔法である。

 

 結界の影響を受けた空間は灰色に染まっており、まるで石化の魔法で石にされたかのような錯覚すら与える。これは、《時間停止/タイムストップ》の魔法を使用した時の演出と似ている。

 

 闘技場全体が結界に包まれ、灰色の世界となる。

 時間対策を行っていたリュウノが周囲を確認し、少女に質問する。

 

「……これは……時間を止めたとか、そんな感じ?」

「ああ……やっぱり。貴方は動けるのね。そんな気がしていたわ」

 

 少女の言葉から、時間停止系の効果である事が証明された。

 

(やはりか……)

 

 モモンは自分の考えが当たっていた事を知り、周囲を確認する。

 自分は時間対策をしているので問題なく動ける。ウルベルもぺロロンも問題無し。ルプとナーベも同様だ。

 

 王国側では、ブラック達三人も問題なく動けている。ナザリックの勢力は、この結界の影響を受けていないと考えていいようだ。その証拠に、動ける者は灰色になっていない。

 

 他に動いているのは──

 

「リグリット! 大丈夫かい、リグリット!?」

 

 なんと! 評議国の代表であるツァインドルクスも動けている。ツァインドルクスは、隣に座っていた老婆が動かなくなっている事を心配し、必死に呼びかけている。

 只者ではないと思っていたが、タイムストップの影響を受けていないという事は、時間対策を施すアイテムか装備品、スキルなどを持っているという事だ。

 

 そしてもう1人、灰色になっていない人物が居た。

 カルネ村でリュウノを背後から刺した漆黒聖典の隊長だ。彼も動けるようだ。

 他をざっと確認するが、ツァインドルクスと法国の隊長以外で動いている者はいない。

 

「驚いた……彼らも動けるのね」

 

 時を止めた張本人である少女……番外席次がこちらに視線を向けている。同じく隊長もだ。

 少女の言葉に、ツァインドルクスも老婆から私達、そして周囲へと視線を動かしている。

 

 カルネ村の一件で、リュウノことデュラハンと連んでいた事は法国にはバレている。よって、自分達が停止した時間の中で動ける事が知れたとしても大した問題ではない。唯一、評議国のツァインドルクスにバレた事は問題かもしれないが。

 

「そんな事、今はどうでもいいじゃん。早く来いよ」

「……そうね。じゃあ、行くわよ?」

 

 私達の事を追及されないよう気を遣ってくれたのか、リュウノが急かしたおかげで戦いが再開される。

 

 少女が戦鎌を再び上に構える。

 それと同時に、少女の体全体から漆黒のオーラが出現し始める。ここまでは前と同じだ。

 

(さっきの猛撃をまたやるのか?)

 

 そんな考えがよぎったが、少女の戦鎌に闇属性らしきオーラが出現、その刃に沿うように大きくなっていった事で、その考えを破棄する。

 明らかに先程の猛撃とは違う。オーラはどんどんデカくなり、少女の身体の倍以上の大きさへと肥大していっている。もはや、少女の持つ戦鎌は巨大な船の錨と同じぐらいの大きさへと変貌している。

 

 まるでエネルギーを溜まるのを待っていたかのような、そんな様子を見せていた少女が、突然、跳躍して高く飛び上がった。

 

「──さあ! 死になさい!」

 

 少女が戦鎌を振りおろす。

 武器に溜まっていたオーラ、それが三日月の如く形態で射出された。

 放たれた、高濃度の闇の斬撃がリュウノへと迫っていく。

 

 威力はありそうだが、攻撃自体は単調。避けるのは簡単そうだ。

 本来ならば、時が止まった状態からの攻撃なので、時間対策をしていない相手に放つ事が前提の技なのだろう。攻撃を受けた相手は、自分がどんな攻撃をされたのか、把握できずに困惑することだろう。

 

 

 向かってくる闇の斬撃に対し、リュウノは避けずに仁王立ちしている。避けようとする意思が感じられない為、敢えて攻撃を受けるつもりなのだろう。

 攻撃を敢えて受けるのは、被弾時に付加される効果を確認する為だと予想できる。

 未知の攻撃、未知の魔法、未知のスキル──どんな威力でどんな効果があるのか、実際に被弾しないとわからないものもあるのだ。

 

 一瞬、リュウノの身体が発光するようなエフェクトが出たのが見えた。おそらくだが、念を入れて属性防御系のスキルを発動したのかもしれない。

 

 敵の攻撃は属性の塊なので、物理的な防御では防げない。

 属性ダメージを軽減する耐性を備えた装備品や魔法でなければ無理だ。

 これは魔法にも言える事だ。

 一般的な魔法攻撃は回避、防御、物理装甲で軽減できない。耐性が無い限り、分厚い鎧や皮があっても純粋なエネルギーによる魔法攻撃は通用する。

 

 だからこそ、属性防御系のスキルや魔法が存在する訳だが……。

 

 斬撃がリュウノの上半身のど真ん中に直撃する。

 その瞬間、攻撃を受けたリュウノを中心に、灰色になっていた空間に斬撃と同サイズのヒビが入る。まるで空間ごと斬ったかの様に見えるヒビの中は黒く、何も見えない。ヒビはすぐさま全体に広がり、灰色の空間が砕け散った。

 

 灰色の空間が砕け散り、元の色鮮やかな闘技場に戻ると、周りにいた人々の停止も解除されたようだ。

 停止を解除された人々は、何があったか理解できず困惑している。

 

 しかし、困惑していた人間達の意識は──突然響いた絶叫によって一点に集中した。

 

「いっっってぇぇぇえッ────!!」

 

 リュウノが絶叫していた。

 両腕をわちゃわちゃと動かし、無い頭を掴もうとしている。

 おそらく、頭にダメージが入り、負傷でもしたのだろう。傷口を押さえようとしたが、物理的に触れず、両腕が空を切っている。

 

 着ている鎧には何も変化が見られない。だが、リュウノが痛がっているという事は、内部のリュウノの体に属性ダメージが入った、という事だ。

 現に、鎧の隙間から血のような液体が垂れている。

 

 だが、おかしい。

 敵の放った攻撃は闇属性の攻撃だったはず。あそこまで痛がるような大事にはならないはずだ。

 リュウノが持つ職業の一つ──闇騎士(ダークナイト)は、レベルを上げていくと闇や()への耐性が高くなる職業だ。

 おまけに、ワールドアイテム(竜覇の証)のおかげで闇耐性が2倍になっている……はずだ。

 

 簡単に言えば、計算的に()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 無論、相手の攻撃が桁違いに強力だったならば話は別だが。

 

「──ぐぁぁ……っってぇえ……!」

「……凄い。最高位天使である威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)の放った《善なる極撃/ホーリースマイト》を受けてなお、無傷だったあのデュラハンにダメージを与えるとは!」

「……あの方であれば、デュラハンに勝てるかもしれないぞ!」

 

 負傷して痛がるデュラハンの姿を目にし、興奮と驚きを隠せなかったのか、試合を観戦していたスレイン法国の兵士達から声が上がる。

 リュウノが以前戦った、陽光聖典の隊長ニグンですら、兵士達と一緒に観戦に夢中である。

 

 しかし、歓喜の声だけが場を満たしていわけではない。

 先程の攻撃をデュラハンが耐え抜いた事に、信じられないという表情をしている者たちもチラホラいる。

 

「……てめぇ……! さっきの攻撃に、小細工してやがったなぁ!」

「何の事かしら? ふふ……」

「とぼけてんじゃねぇ! 闇属性の斬撃の中に、光属性の斬撃を隠してただろ!」

「あら、バレちゃった。そうよ。よくわかったわね」

 

 そういう事か、とモモンは納得する。

 光属性の斬撃を、さらに大きな闇属性の斬撃で覆い隠す。単純だが、事前に知っておかないと見た目に騙されて痛手を喰らう技であった事は間違いない。

 

 PVP(プレイヤー対決)で、会話や仕草で相手を騙す行為は上級テクニックの一つだ。弱点である火属性の攻撃を敢えて平気そうに受け、耐性を積んでいる光属性の攻撃を痛そうに受ける。それで相手に、光属性が弱点であるように誤認させる。そういった騙し手を、自分自身もユグドラシルではよく使っていたものだ。

 

 よくよく考えれば、先程の攻撃で叫び声を上げたリュウノは、完全に悪手をうった事になる。光属性が弱点だと、周りに教えたも同然だ。

 対人経験が少ない彼女には仕方のない事かもしれないが、ああいう行動は対人戦ではやらないようにと、後でレクチャーしておくべきだろうか。

 

「……まあ、いいさ。今度はこっちの番だ」

 

 リュウノの両手に握られていた武装が消える。

 デュラハンが武装を解いた事に、困惑するような人間達の声が微かに聞こえる。対して、番外席次の表情に変化はない。

 

「せっかくだ……見せてやろうじゃないか。神の力ってやつを」

 

 神の力──その言葉に、スレイン法国の人間達に緊張が走る。

 

 リュウノの漆黒の鎧が一瞬だけ発光する。

 その瞬間、リュウノの背中に大きな翼が出現する。

 現れたのは天使の羽のような翼。それが8翼。体より大きいその翼を、背中の黒いマントの隙間から羽ばたかせて、漆黒の首無し騎士が宙を舞う。

 

 一瞬、何が起こったのか理解できず、観ていた人間達の思考が止まる。無理もない。

 漆黒の首無し騎士から天使の翼が現れるなど、誰も想像できるはずがない。

 

 だが、リュウノの変化はそれだけではない。

 本来、頭がある位置の少し上に、金色の天使の輪っかが出現。

 さらに両手首と両足首に、金色に光る文字でできた輪っかのエフェクトまで出現している。

 

 そんなエフェクトを身にまとった漆黒の首無し騎士が黒いマントを揺らめかせ、宙を羽ばたく姿は、さながら堕天した天使を表すかのようであった。

 もしも──リュウノの着ている鎧が漆黒ではなく、白や金の装飾がなされた聖騎士の鎧だったら、間違いなく誰もが神と崇めただろう。或いは、神の使いだと。

 

 各国の観客席から驚きの声が上がる。

 特にスレイン法国の観客席は、一際騒がしくなっていた。

 

「あれです! あれが、我々が見たデュラハンの神のごとき姿です!」

 

 ニグンがリュウノを指さしながら叫んでいる。

 彼にとっては二度目の出来事だ。

 無論、以前よりも、神っぽいエフェクトが追加され、神様度が上がったデュラハンに、ニグン自身も驚愕していた。

 カルネ村での戦いの後、本国に帰還し、己が体験した事を報告したが、報告内容を半信半疑に受け止められでもしたのだろう。でなければ、あんなに必死に叫んだりはしないはずだ。

 

「あれが……神をも超えし存在……」

 

 最高神官長を含め、スレイン法国の人間達が惚けている状況の中、羽ばたきながらリュウノは番外席次を指さす。

 

「さあ、いくぞ。覚悟はいいか?」

「ええ。いつでも」

 

 薄く笑いながら身構えた番外席次に、リュウノは片手を頭上に上げ、魔法の詠唱を始める。

 

「《ウラヌス・アニュラス/天王星の円環》」

 

 リュウノの掲げた片手に光輝く球体が生まれる。金色に光る球体は次第に大きくなっていく。最終的に直径10m近い大きさになった。

 それはまるで、小さな太陽を思わせた。アリーナ内全体を照らすが如く、眩い光を放っている。

 

 それだけではない。

 大きくなる途中、球体の周囲にさらに小さい白く光る球体が無数に出現。金色の球体が大きくなるのに合わせて、小さい球体達も大きくなっていく。

 大きくなり終え、完成したそれは、(まさ)しく小さな惑星(天王星)だった。周囲の白い球体達は、惑星の周りを囲む輪っかのようであり、それが金色の球体の周囲を高速で回っている。

 

「おお! おおおぉぉぉ! ……なんという神々しさ! あれは、第六位階を上回る程の高位の魔法に違いない! 素晴らしい! 素晴らしい!」

「じい! あれは何の魔法だ!? 答えろ、じい!」

 

 初めて見る高位の魔法に、フールーダが涙を流しながら興奮の声を上げる。その傍らではジルクニフが、デュラハンが発動させた魔法の詳細をフールーダに必死に尋ねている。

 

 彼らだけではない。イビルアイもリグリットも、魔法の知識を有する全ての人間達が、自分達の知らない魔法をデュラハンが扱えている事に驚き見入っている。

 

「光よ、降りそそげ」

 

 リュウノの言葉に合わさるように、高速で回転していた白色の球体達が一斉に動いた。

 金色の球体を中心に、水平に散らばって行く球体達。

 夜空にひろがる星のように散らばった球体達に、観覧している人間達が息を飲み、番外席次が警戒の構えをとる。

 

 突如──光の雨が降り注いだ。

 

 流れ星のように、光線が何度も球体達から発射され、地上に向かって落ちていく。それはもはや、光の爆撃だ。

 その範囲はアリーナ(試合場)全体。容赦のない圧倒的な範囲攻撃が、スレイン法国の最強の少女を巻き込みながら、地上を破壊していく。

 

 ユグドラシルでの仕様で、竜王との接敵時には、それぞれの専用戦闘フィールドが出現し、その中で戦うシステムが組まれている。

 そして大抵の竜王達は、そのフィールドの六割を攻撃できる魔法やスキル、ブレスを持っているのが当たり前だ。

 

 今回、リュウノが使った魔法は、ユグドラシルにて神竜が猛威を振るった範囲攻撃魔法の一つ──

 

《ウラヌス・アニュラス/天王星の円環》

 

 神竜専用の、広大な戦闘フィールドの半分以上を攻撃できる神聖属性魔法である。

 広範囲に神聖属性の光線を降らす魔法ではあるが、誘導性能はない。なので、光線の落下場所はランダムである。

 

 転移魔法や瞬時に安全地帯に避難できる者ならば、魔法の範囲外に逃げる方が無難ではある。だが、それらを持たない者たちは、無闇に走るより、その場に留まり、直撃弾だけ避ければ良いと判断してしまう。

 しかし、中央にある金色の球体から、強力な極太の光線による精密射撃が飛んでくる為、敵は常に逃げ回る事が要求される。その為、ランダムに落下してくる大量の光線に、かえって被弾しやすくなってしまうのだ。

 

 

 豪雨の如く降ってくる光線に対し、番外席次は動かずに戦鎌を正面に構え、盾代わりにして凌ごうとしていた。

 光線はアリーナ全体に落下している。どこに逃げようと同じ結果だ。ならば、少しでも被弾を減らそう、という考えに至ったのだ。

 

 しかし、飛んでくる大量の光線が、自身の身体にダメージを蓄積させていく中、中央の金色の球体が光りだした事に気付く。

 

 番外席次は戦士の勘で理解する。

 動いて回避しないとマズイ攻撃が来ると。

 

 直後、球体からビームが発射される。

 寸前で直撃を避けた彼女に、バラまかれていた光線が次々と直撃していく。

 このままではジリ貧になると判断した番外席次は、ダメージ覚悟で反撃する。

 

黒白(ニグルアルブム)!!」

 

 再び闇の斬撃を放つ。

 放たれた斬撃が、バラまかれている光線を打ち消しながらデュラハンへと飛んでいく。

 

 迫り来る斬撃をリュウノは悠々と迎え撃つ。

 

不浄衝撃盾(ふじょうしょうげきたて)

 

 使用したのは防御系のスキル。

 自分の周囲に赤黒い衝撃波を発生させるスキルだ。吹き飛ばし効果があり、相手の攻撃魔法もかき消す事ができる。

 一日の使用回数が二回しかないスキルではあるが、今回は惜しみなく使っていく。

 

 リュウノのスキルにより、番外席次の斬撃はあっさりと掻き消された。

 しかし、番外席次は構わずもう一撃を放つ。

 だが、結果は同じで終わる。

 その間にも、番外席次に次々と光線が降り注ぎ、体力を奪っていく。

 そして──

 

「───っ!!」

 

 いつの間にか、身体が鉛のように重くなっていた事に番外席次は気付く。

 だが、気付いたときには遅かった。

 次第に動きが遅くなり、ついには足がもつれ、地面に倒れこむ。

 

 降りしきる攻撃の中、番外席次は自分が何故こうなったのか考えた。

 第一の原因は、武技を使い過ぎた事だろう。それが災いしたのか、身体の負担が限界をむかえてしまったのだ。

 よく良く考えれば──先程、デュラハンからポーションを受け取り傷を癒す事はできたが、すり減った精神力と身体に溜まった負担まで癒せた訳ではなかった。

 

 精神力の管理を見誤った。周りからみれば、そう判断されるだろう。

 しかし、これは仕方ない事だったのだ。

 なぜなら──ここまで自分が疲弊する戦いを、一度も経験した事がなかったからだ。

 大抵の相手は自分より弱く、あっさりと勝負に決着がつく。

 自分より強い存在と戦った経験は、今回が初めてだったのだ。

 

 故に全力を出した。

 武技を、ありったけの精神力を、攻撃にまわした。

 その為、もはや走り回る力など残っていなかった。

 

 番外席次は、倒れ伏した状態から上を見上げる。

 手を掲げ、眩い光の追撃を降らそうとしている、デュラハンの姿が目に映る。

 

 自分より強い存在。

 自分が追い求めていたものを与えてくれた存在。

 それが、目の前に居る。

 

 眩い光に包まれた時──番外席次は、ようやく答えにたどり着く。

 

「──そう……これが、敗北なのね……──」

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 目が覚めた。

 首を動かし、周囲を確認する。

 どこか、宿屋の一室を思わせる内装の部屋だった。

 そして自分は、その部屋の寝台に寝かされていた。

 身体を起こそうとするが、身体に力が入らず、結局おこせなかった。

 

「目が覚めましたか」

「……何があったの?」

 

 寝台の横で、椅子に座って自分が起きるのを待ってくれていたであろう人物に質問する。

 

「目覚めて、開口一番がそれですか……」

「いいから話して」

 

 呆れたような仕草で、男──第一席次は話し出す。

 

 簡単に言えば、自分はデュラハンに敗北したとの事。

 その後、デュラハンも負傷した為、傷を癒すという名目で、話し合いは二日後に延期になった事も報告された。

 神官長達は、完全にデュラハンを神の類いであると、判断した事も。

 

「どうですか? 初めての敗北を味わった感想は……」

「……よくわからないわ……」

「そうですか? 屈辱や怒り、悔しさなどは感じませんでしたか?」

「……不思議と、それはないわね……」

 

 自分自身、初めて味わう感覚なのだ。どちらかというと、戸惑いすら感じている。

 

「そうですか……。いやしかし、あの方は凄いですね。流石は、私達が信仰している神を召喚するだけはあります。貴方を負かしただけでなく、アレすら容易く扱えるとは」

「アレ? アレって何の事?」

「コレですよ」

 

 自分の手の中に、何かが乗せられる。

 それはルビクキューだった。

 暇な時に自分が弄っていた、神の玩具。

 たった一面しか揃えられず、苦戦していた玩具は、全面が綺麗に揃えられた状態になっていた。

 

「倒れた貴方から、あの方が抜き取り、綺麗に揃えてから返却しました。ちなみに、全面揃えるのにかかった時間は、たったの三十秒程でしたよ。まるでルビクキューが、あの方の手の中で生きているように感じてしまう程の早さでした」

「……そう。何もかも、私より優れているのね……」

 

 遠くを見つめるような仕草で、番外席次は思い返す。

 戦いで見た、デュラハンの姿を。

 

「……あの方との間にできた子供って、どうなっちゃうのかしら?」

 

 一瞬、驚いたような顔を、第一席次が浮かべる。が、すぐにまた元の顔に戻る。

 

「……さあ? 私にも分かりません。しかし、結婚を考えているのでしたら、なかなか難しいかもしれませんよ? あの方には、何人もの女性のドラゴンが居ますから……」

「まあ……それは大変。どうすれば気に入られるかしら? ……ペットにでもなれば良いのかしら?」

 

 自分の問いに、第一席次は苦笑する。

 

「……はぁ……聞かなかった事にします。とりあえずは、体調を治して下さい。その後、神官長様が今後の事で話しあいたいと」

「……面倒ね……」

「我慢して下さい。とりあえず、私は朝食を取ってきます」

 

 第一席次が部屋を出ていく。

 番外席次は、朝日が差し込む窓を見つめながら、自分に敗北を与えてくれた人物を想う。

 

「ああ……早く、あの方の子供を孕みたいわ。さぞかし強い子が誕生するのでしょうね……」




コロナの影響で仕事場の環境が大きく変わるなど、様々なトラブルが発生し、更新が遅くなってしまいました。
申し訳ございません。


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第22話 閑話─その1

御前試合が行われた日の翌日の話。



 ・

 ・

 ・

「困ったものだ」

 

 朝日が差し込む部屋の中で呟かれた一言。

 その言葉の意味を、様々なかたち、様々な想像で受け取る大勢の人間達がいた。

 そして、一人の男……帝国四騎士の一人──バジウッドが、周囲の想いを代表するかのように尋ねる。

 

「何がです? 陛下」

「何もかもさ」

 

 ソファーに寝そべりながら、気楽な雰囲気で、帝国の皇帝──ジルクニフは答える。

 

「皇帝として……皇太子として産まれた時から、私は常に最高の物で囲まれて生きてきた。最高の家具、最高の芸術、最高の衣服、そして最高の異性。何もかもが、誰にも負けない物であった。それがどうだ? 今、私は敗北を感じているよ」

 

 まるで演説でもしているかのように、ジルクニフは片手を広げる。

 この部屋にある物を見ろと言わんばかりの動作に、部下達は改めて部屋を見渡す。

 

「これほどの建築物──これほどの華美な調度品を前に、敬意を示さない人間のほうがどうかしている」

「ああ……そういう事ですか。確かに、ここに置かれている家具全てが、陛下の城にある物を売っぱらっても足りない程の高級品ですね」

「そのとおりだとも。今座っているソファーも、昨日使ったベッドも、今飲んでいる紅茶も、全てが私の物を超えている。できることなら、全て持ち帰りたいぐらいだ」

 

 この場に居る全ての部下達が、ジルクニフの言葉に肯定の意味の頷きを返す。

 

 事実、この館は『竜の宝』が用意した物であり、王国に宿泊する帝国と法国の人間達の為にそれぞれ宛てがわれた建物である。

 外見は普通の館なのだが、内部の無数にある部屋には、美しい装飾が施された家具が充実していたのだ。

 

 それだけではない。

 部屋の壁も天井も、廊下でさえも、信じられない程の高度な技術によって造られた物である事が見てわかる。

 これほどの技術を、はたして人間が身につけられるだろうか? 

 ドワーフなら可能かもしれない。だが、そんな考えは即座に破棄される。人間に化けたドラゴンが造ったと言われた方が、今の自分達なら信じてしまうからだ。

 

 そんな豪邸のような建物を、デュラハンが魔法か何かの力で、軽くポンッと生みだしてしまうのだから驚きだ。

 法国の人間達ですら、言葉を失う程だった。

 

 法国はデュラハンを『神に匹敵する存在』として容認する事を決めたようだが、昨日の戦いを見た今、ジルクニフ自身もデュラハンへの評価を改めていた。

 デュラハン自身がドラゴンを従わせる事ができる力量の持ち主であると知ったからだ。そして、デュラハンが(けっ)してドラゴンに頼っただけの存在ではないと思い知らされた。

 

 数々の偉業、数々の破天荒な行動をやっておきながら、デュラハン自身は昨日まで己の力を自重し、隠していた。しかも、昨日見せた実力ですら、まだ全てではない事をほのめかしている。

 本当に恐ろしい存在である。

 

 そして、そんな存在を部下として自分の元に招こうとしている自分が恐ろしく感じてしまってもいる。

 

 そういう意味も込めて、最初の発言に繋がる訳なのだが。

 

「──そう言えば、じいとレイナースの姿が見えないが?」

 

 本来なら居るべきはずの二人の姿が見当たらない事に疑問をもったジルクニフが部下達に尋ねると、フールーダの高弟たち数名が困った顔を浮かべる。

 

「それが……我が師であるフールーダ様は、昨晩から部屋に籠り、魔導書の解読に没頭している状況でして……」

「デュラハンから貰った……たしか、第七位階の魔法が記された魔導書……だったか?」

「はい。今朝もお声をかけたのですが、『深淵を覗いている最中だ。邪魔をするな』と、おっしゃいまして……」

「まったく、じいのヤツにも困ったものだ……」

 

 フールーダは、新しい魔法に関する事案に関わると、それに没頭するクセがある。

 それを知っているジルクニフは、フールーダの事を大した事ではない雰囲気で受け流す。

 

「魔力が切れれば部屋から出てくるだろう。……で、レイナースは?」

「陛下……その……なんと言えばよろしいのか……」

「ん? ……どうした? 何かあったのか?」

 

 秘書官であるロウネが歯切れを悪くしながら、気まずそうな雰囲気で机に何かを置いた。

 それは一枚の紙。

 

「これは?」

「レイナースの置き手紙です……」

 

 嫌な予感を感じながら、ジルクニフは手紙を手に取ると、内容を読む。

 

 始めに『突然の事で申し訳ありませんが──』という文面から始まる手紙の内容を要約すると、『竜の宝』との約束を果たす為、帝国四騎士を辞めて一足先に帝国に帰ります、というものだった。

 

 帝国の騎士でありながら、皇帝の許可なく仕事を辞め、護衛対象である皇帝を置き去りにし、先に帰国するなど、通常ではありえない行為である。

 職務の怠慢、あるいは放棄と見なされ、罰せられるのが普通だ。

 

「……困ったものだ」

「どうします? 追いかけますか? 陛下」

 

 命令違反を行ったレイナースを放置すれば、皇帝の威厳に傷がつく可能性がある。それなりの対処を行なうのが必然だ。

 

 しかし──

 

「よい。放って置け」

 

 ジルクニフは慌てる事なく冷静に告げる。

 

「よろしいのですか?」

()()とはそういう契約だったからな。顔の呪いが解けた今、あの女が四騎士の座にこだわる理由はない。それよりも、『竜の宝』を出迎える準備をしていてくれた方が、こちらとしても都合がいい」

 

 レイナースの処分なんぞ、後からどうとでもなる。

 今は『竜の宝』をスムーズに迎える為の活動をやらせておくべきだろう。

 

 それに、今のレイナースは『竜の宝』の道具だ。レイナースに何かした場合、『竜の宝』の怒りを買う可能性もありえるのだから。

 

「では、この後のご予定はどうなさいますか?」

 

 ジルクニフは頭の中で予定を組む。

 現状、『竜の宝』は帝国との関係を築こうと動いてくれている。ならば、こちらが下手に動くのは不味い。

 他国が何らかの行動を起こすまで、静観しておくのが吉であろう。

 

 だが──

 

「……何人かに変装させて王都の市場に行かせろ。『竜の宝』が王国に提供した技術やアイテムを調べておく必要がある」

「はっ!」

「場合によっては購入しても構わん。こちらには、()()()()()がたんまりある。質屋で売って換金すれば問題はなかろう」

「了解しました。部下達に命じ、対応させます」

 

 王国に先を越されはしたが、ある意味これは良い目安にもなっている。

 王国と同じだけの提供を、帝国も貰える可能性がある訳なのだから。交渉次第では、更に高い提供を受けられるかもしれない。

 

「……あとは、欠けた四騎士の座をどうするか……」

 

 レイナースの代わりとなる、バジウッドやニンブルに匹敵する人材を確保する必要がある。

 強さだけで言えば帝国内に候補となる男が一人、いるにはいるが。

 

「……帰ってから考えるか」

 

 ジルクニフは現実逃避をするかのように、美味しい紅茶を飲むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王都の最奥に位置する王城── ロ・レンテ城。

 

 その城の領地の一角に、()()()()()()()()()()()二つの館が存在する。『竜の宝』のリーダー──デュラハンによって建てられた館である。

 向かい合うように建てられた館の片方には帝国が、もう片方には法国が宿泊している。

 

 館には、それぞれの国が自国の兵を配置し警護させている。

 帝国にとって、ここは敵対している国の、しかも王城の敷地内である。警戒を強めるのは当然の行為である。

 法国にとっても同じである。王国とは明確に敵対はしていないものの、裏で様々な工作をしていた事は王国にもバレている。

 故に、王国の兵も館から離れた位置から監視している。

 

 一切の油断を許さない緊張感が場を満たし、いつでも異常を察知できるよう、兵士一人一人が精神を集中させる。

 

 

 

 

 ───そうなるはずだった。

 

 

 

 

 しかしである。

 帝国も法国も、そして王国も……警備についている兵士たち全員が、上を見上げていた。

 彼らの視線の先にあるのは、館の周囲を浮遊しながら巡回している巨大な存在だ。

 

 王国と帝国からはモンスターとして認識されてはいるが、法国にとっては神の使いとして認識されている。

 それは天使──中でも最高位の天使として知られている存在。

 

 威光の主天使《ドミニオン・オーソリティ》

 

 それが四体。

 デュラハンの意向で、館の警護に宛てがわれているのだ。

 

 法国の人間達にとって、かの天使は切り札的存在だ。召喚する場合、優秀な魔術師を何人も動員し、数日間にもわたって魔力を枯渇させる程の勢いで大儀式を執り行う必要がある。

 そうする事で、やっと一体召喚できるのだ。

 

 だがしかし、デュラハンは違う。

 デュラハンは何も無い空間から一つの魔導書を引っ張り出すと、法国の人間達が苦労して召喚させる最高位天使を指パッチン一つで簡単に召喚させたのだ。しかも複数。

 そしてそれを、デュラハンは単なる警備兵として扱っているのだ。

 

『デュラハンは神である。あるいは、神と同等の力を持つ存在である』

 

 最高神官長が告げた言葉。

 それに異論を言う法国の者はいない。少なくとも、この場に居る者たちはだ。

 天使の召喚や扱いに長けている陽光聖典……その部隊長であるニグンですら、神の領域にいるデュラハンならこれぐらいできて当然なのだろうと信じて疑わない。

 日課としている祈り時間では、 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)に向かって膝をつき、祈りを捧げる程に。

 

 

 そんな異質な警備体制が敷かれた──ある意味では区画と呼んでもよい場所を、鋭い眼差しで睨む人物がいた。

 

 評議国の代表── ツァインドルクスである。

 彼にとって、法国や帝国が『竜の宝』に会いに来た事は迷惑に近かった。この両国が来なければ、悪魔問題が解決した後、『竜の宝』をスムーズに自国に招く段取りが取れていたはずだったのだ。

 

 だが、『竜の宝』は帝国を優先した。

 彼らが仕える存在──アインズ・ウール・ゴウン。

 その人物に捧げるエ・ランテル周辺の土地を、手っ取り早く得るという手段の為に。

 

「どうしたのじゃ? ツアーよ」

 

 後ろから語りかけてきた古くからの友人に、ツアーは振り返りながら優しい口調で返事を返す。

 そこには、先程までの睨み顔はない。穏やかな表情をしていそうな……そんな口調があるだけだ。

 

「なんでもないよリグリット」

「……ふむ? そうかい。なら、早くあヤツらの所に向かうかの」

「ああ。そうだねリグリット」

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

「凄かったよな〜! こう……光がバッーってさ!」

「僕の人生を振り返っても、あんな凄い魔法は見た事ありません!」

「その前の剣戟も、凄まじいものでしたよね!」

「うむ! もはや伝説の戦いの一端を垣間見たと言っても過言ではないのである!」

 

 王都のとある酒場にて、先日の御前試合の感想を述べ合う『漆黒の剣』のメンバー達。

 昨日の出来事とはいえ、彼らの興奮は未だ下がっていない。

 ドラゴンに金銀財宝、国家同士の交渉に御伽噺の十三英雄にも匹敵する戦い等、一日でありえない程のものを観たのだ。その全てを語るには、一日では足りない程だと思う程に。

 

 そんな彼らの周りには、酒場に集う冒険者達でごった返していた。

 普段、この酒場がこれほどの賑わいを見せる事はない。

 しかし、話題が『竜の宝』に関する事となれば、誰もが食いついて当然である。

 

 特に先日、評議国の一団が王都に来た事は王都全体に知れ渡っている。その評議国の一団の目的が『竜の宝』である事も知られている為、どんな内容だったか誰もが気になっていたのだ。

 だが……フタを開けてみれば、帝国と法国まで絡んでいたという事実に誰もが驚愕した。

 

 無論、『漆黒の剣』だけでは信憑性を疑われただろう。彼らは王都では無名に過ぎないのだから。

 冒険者たちが彼らの話を信じるきっかけになったのは、彼らと並んで同じ話題で盛り上がっている『蒼の薔薇』のメンバー達のおかげである。

 さらに、元十三英雄のリグリットまで加わっていれば、話題に関係なく人が集まってしまうものだ。

 

 昨日の出来事を語る彼らの話を、聞き耳を立てながら聞く冒険者たち。その内容は瞬く間に広がり、さらに詳しい話を聞こうと集まってきた結果が今の賑わいである。

 

 二つの冒険者チームの会話により、『竜の宝』の拠点で国家同士の話し合いが行われた事、御前試合が行われデュラハンが勝利した事が語られ、その詳しい内容が多くの冒険者たちに知れ渡った。

 

 明日明後日には、王都中に知れ渡る事だろう。

 

 

 そんな活気をみせている酒場の賑わいを、とある二人の人物が物静かに聞き入っていた。

 

「いいのかいイビルアイ。戻らなくても?」

「……しばらくはあのままでいいだろう。私が戻ったところで、話題が変わる雰囲気でもないしな」

「……そうかい。君がそれでいいなら別に構わないのだが……」

 

 酒場の屋上に設けられたバルコニーで、手すりに寄りかかるように立ち、立ち話をするイビルアイとツアー。

 十三英雄として活躍していた時代、その時から知り合いである二人は人ではない身だ。

 故に、少しだけ人間達から距離をおくクセが身についてしまっている。

 

 というのも──両者とも、通常の人間がむかえるであろう寿命を遥かに超えて生きている。当然、長く生きている以上、死に別れも多く経験している。

 イビルアイにとって、今の仲間達は大切な存在だ。無論、昔も含めてだが。

 しかし──いつかは失われる。

 それを理解しているからこそ、ツアーは気遣ったのだ。

 

「それよりも、お前から見て……『竜の宝』はどうだった?」

 

 その質問がくる事をツアーは予想していた。

 イビルアイが『話がある』と言って屋上に移動した時から予測していたからだ。

 互いに、ユグドラシルという異なる世界から来た人物──十三英雄のリーダーとの交流を持つ自分達にとって、新たに現れたユグドラシルからの来訪者に関する情報や意見交換は大事な事である。

 

「……リーダーであるデュラハン本人は悪い人物ではないと思えるね。それとあの三匹も、デュラハンの命令に忠実ではある。しかし──」

「──ドラゴン……竜王達が悪い方へと導いている?」

 

 イビルアイの言葉に、ツアーはコクリと頷く。

 

「そう言わざるをえないね。私が言うのもなんだが……良くも悪くも、ドラゴンの本能に忠実すぎていて、文句の言いようがないよ」

「……どういう意味だ?」

 

 小首を傾げるイビルアイ。

 

 ドラゴンの本能──それは、突き動かされる欲望だ。

 

 ドラゴン達──特にティアマトのようなクロマティック・ドラゴン達は、自分には“この世の富をすべて我が物とする権利がある”と信じている。ドラゴンの財産を“横領している”人型生物や他の生き物どもの事情など無視して、自分の財産を“取り返そうと”する。金貨と銀貨、きらめく宝石、そして魔法のアイテムが山と積み上げられたドラゴンの財宝は、まさしく伝説の主題にふさわしい。だがクロマティック・ドラゴンは、商売にはまったく興味がなく、ただ所有するためだけに富を蓄えるのだ。

 

 故に、元人間であるイビルアイには理解できないで当然だ。

 

「要するに自分本位なのさ。ドラゴンは基本的に、“自分こそ最強の存在だ”という考え持つ者が多いんだ。だからこそ──」

 

 ツアーの言うとおり──クロマティック・ドラゴン等は、我らこそ定命の存在の中で最も強く最も偉い存在だと思いこんでいる。彼らの同族意識もこういった優越感に由来している。彼らが他のクリーチャーと関わる際には、自分の利益を増やすことしか考えない。彼らは自分が生まれつきの支配者だと信じており、この信念がすべてのクロマティック・ドラゴンの人格やものの見かたの根本にある。クロマティック・ドラゴンを慎み深くさせようとするのは、風に止まれと言うに等しい。この種のクリーチャーにとって、人間は動物と変わらず、獲物や家畜として使役すべき存在であり、人間に尊敬を抱く余地はみじんもないのである。

 

「──悪いドラゴンは問答無用で相手から宝を奪う。良いドラゴンは交渉や物々交換などをする事もあるがね」

 

 善竜として名高いメタリック・ドラゴンは、人間と言った知性ある弱者を守護し、その見返りとして対価を要求する事が多い。

 かくいうツアーも、どちらかといえばそちら(善竜)側だ。

 

「だが、()()()()()()の場合は根本が違う」

「根本?」

「ああ。あの竜王様達は自分の為に行動していない。何もかもがデュラハンを中心に置いてるんだ。わかりやすい言い方をするなら、『この世にある宝は全てデュラハンの為にある』……そう考えているように見えたね。だからこそ恐ろしいのさ。竜王様達は、最終的にデュラハンそのものを自分の懐に収めようと企んでいる。私はそう予想したね」

 

 通常のドラゴンは、『自分こそ最強の存在だ』という考えを当たり前としているが、あの竜王達は違う。

 彼らにとって最強なのは、自分達を召喚しているデュラハンだ。

 そのデュラハンが、いわゆる移動する宝物庫と化している。

 

 竜王達にとって、これほど都合の良い環境があるだろうか? 

 

 彼らのような偉大で強大な存在たる竜王達を召喚できるのは、あのデュラハンだけ。それは、視点を変えて見れば()()()()()()()()()()()()と例えてもいいだろう。

 デュラハンにとって竜王様達は、己が騎乗する騎獣のような存在なのだろうが、竜王様達にとってデュラハンは、自分と鎖で繋がった宝そのものという認識だろう。

 

 ババムート様を筆頭とする善竜はデュラハンを守護し、ティアマト様を筆頭とする悪竜はデュラハンに近づく外敵を滅ぼす。

 一見、バランスがとれているように見える。が、それは竜王様達が協力し合っているからだ。少しでも、デュラハンという最高の宝を竜王達が奪い合う形になれば、周辺は地獄と化すだろう。

 竜王様達が互いに争わずに済んでいるのは、奇跡的にデュラハンが上手い具合に手綱を握れているおかげだろう。

 

「確かに……特に、一番デュラハンを狙っているのはティアマトだな。あの竜王の言動はビックリする程わかりやすいぞ」

「そうなのかい?」

「ああ。この間、『竜の宝』と一緒に鉱山の依頼を受けた時なんだがな──」

 

 イビルアイが、シャドウナイトドラゴンとの遭遇時に見た、ティアマトの言動をツアーに説明する。

 

 ①召喚されるなり、デュラハンを自分の胸に抱きしめた事

 ②四番目の妻を予約している事

 ③ティアマトがデュラハンを偉大で強くて優しくて素晴らしい人物だと思っている事

 ④デュラハンをどの宝石や財宝よりも高価で貴重な存在だと明言した事

 ⑤デュラハンに雌犬扱いされても喜ぶ事

 ⑥デュラハンが血の竜(ブラッド・ドラゴン)になった時、頬を赤らめて欲情していた事

 

 その他etc.

 

「……それ、事実なのかい?」

「ああ。事実だ」

「………………」

 

 ツアーは文字どおり絶句する。

 自分達が崇拝しているババムートと対をなす存在であるティアマトが、そこまで酷い有様を晒していた事に。

 いくら何でも、ドラゴンとしての誇りを捨てすぎである。

 

 しかし逆に言えば、ティアマトがそれだけデュラハンのことを欲しているという事になる。他の竜王様達も同じようならば、近いうちに奪い合いが起きるのは確定か。

 

 だが、疑問が一つある。

 何故それ程──竜王様達はデュラハンを欲しがるのか。

 

 金銀財宝を大量に持っているから? 

 デュラハンが自分達より強いから? 

 実は、デュラハンの『えぬぴーしー』だから? 

 それとも、先程イビルアイが言っていた血の竜(ブラッド・ドラゴン)が関係している? 

 

「あ」

「ん?」

 

 頭の中で様々な考察をしていたツアーは、イビルアイの声によって現実に戻される。そして彼女の視線を辿る。

 

 多くの人が行き交う大通り、その道路の向こうから何かがやってくる。

 屋上の手すりから身を乗り出しつつ、ツアーは持ち前の気配察知により、肉眼で確認するより早く知覚する。

 

 

 この気配は──『竜の宝』だ。

 しかもそこそこ速いスピードで近づいて来る。

 

 

 そして──その光景を目撃したツアーは、またもや絶句する。

 それは異様な光景だった。少なくともツアーにとっては。

 だが、イビルアイを含め、王都に住む人々にとっては当たり前になりつつある日常だった。

 

 三匹の竜娘……まるで犬のように四つん這いで走る彼女たち。それだけならよかったのだが───。

 

 彼女たちの首にはリードがついており、その先端をデュラハンが握っている。まるで犬の散歩のように。

 しかし、よく見れば誰でもわかる。いや、よく見なくてもわかる。

 

 嬉しそうに走り回る三匹の竜娘の力に抗えず、荒々しい砂ぼこりを巻き起こしながら引きずられる情けないデュラハンの姿がそこにあった。

 

 時刻は昼を大きく過ぎた昼間。

 多くの人々が、暴走したペットを制御できずに引きずられる哀れな死体(アンデッド)を眺め、もはや見慣れてしまった光景だと言わんばかりの表情で見送っている。

 

 酒場の前の通りを『竜の達』が走り抜けていく光景を見届け、やっとツアーは我に返る。

 

「あ、あれは……!?」

「本人達いわく、散歩だそうだぞ」

「さ、散歩……」

 

 あれだけ凄まじい実力を見せていたデュラハンが、ああも情けない姿を衆目に晒すのかと、ツアーは驚きを隠せない。

 

 そしてますますツアーは不思議に思う。

 あのデュラハンが、よくもまあ竜王様達を手懐け、手綱を取る事ができているなぁと。

 

「ホント……世の中には、私の知らない不思議がいっぱいある」

「ふふ。アイツらに関しては、不思議しかないがな」

「はは。そうだね」



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第23話 仮面の女悪魔の正体

更新が遅れて申し訳ありません。


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 酒場から、いつもの宿屋に帰った『蒼の薔薇』のメンバー達。それぞれに割り当てられた部屋に戻り、寝る支度を始めていた。

 ガガーランは部屋に帰るなり鎧を脱ぎ、寝巻きに着替えてベッドのある寝室に直行。酒場で飲みまくったせいもあってか、泥酔していた彼女はあっさり眠りについた。

 同じ部屋で寝泊まりしているラキュースは、ガガーランを起こさないようにしつつ荷物整理を行う。

 急ぎの依頼や緊急時に備えて、いつでも出発できるようにしておく為だ。

 

 だいたいの整理を終わらせたラキュースは、自分の手荷物から一冊の手帳を取り出す。

 そして周囲を伺う。

 これは彼女にとって必要な行為だ。できる事なら、誰の目にも触れられないようにしたいのだ。それが例え、苦楽を共にした仲間であっても。

 周りに知られてはいけない……正確に言えば、知られて欲しくない事なのだ。

 

 ガガーランのいびき以外の音は聞こえない事を確認したラキュースは、手帳を開く。

 そこに書いてあるのは、ラキュースがこれまで思いついた夢……俗に言う妄想だ。もし、ユグドラシルのプレイヤーがこの手帳を見たら、誰もが理解するだろう。この手帳はラキュースの黒歴史──中二病の塊であると。

 ラキュースは手帳に書かれた内容を黙読すると、新しいページに何かを書き込む。

 

 

 そして──

 

 

『フハハハハ! 感じるぞ……闇の根源たる我の友、ヒューミリスの存在を! 貴様が愚かにも、我が友ヒューミリスに触れたせいで、またひとつ我が封印が解けてしまったようだぞ!』

「くっ……! 私とした事が迂闊だったわ。けど負けない! 私の命を削ってでも、貴方の復活を食い止めてみせる! 戦乙女の指輪よ、我に加護を!」

 

 手帳に新しく書き留めたセリフを、迫真の演技で声に出す。

 そして言い終わると、満足気に座る。

 

「いい感じだわ。ヒューミリスのせいでキリネイラムの呪いが活性化した、という設定は。なかなか良いアイデアだわ」

 

 その後も、思いつく限りの中二設定を考えては、それを実際に演技しながら実践していくラキュース。

 

『我が呪いで貴様の体を支配し、闇の魔剣の力を解放してやる!』

「ぐぅぅ……! そんな事はさせない! 我が内にやどる神聖なる力よ、我に力を!」

 

 最後の演技をやりきる。そして、満足したラキュースは手帳をしまう。

 

「おや、もう終わりか?」

「ひゃっ!?」

 

 いきなり聞こえた声に、ラキュースは驚きの声を上げ、声がした方へと視線を向ける。

 

 先程まで閉まっていたはずの両開きの窓が開いていた。

 その窓枠にヤンキー座りをしながら、こちらを見つめる者がいた。

 

 そこには仮面をつけた人物がいた。

 いや、人物という例え方は間違っているかもしれない。

 そいつは人間ではなかった。

 

 部屋にはランプが一つある。

 その明かりは部屋全体を照らせる程の強さではなかったが、それだけでも充分判別はできた。

 

 仮面をつけた人物には──翼があったのだ。

 それも、鳥の様な翼ではなく、コウモリの様な暗黒の翼が。

 

 ラキュースは驚きつつも、即座に警戒の体勢をとった。

 自分の目の前に現れた、そいつのその見た目は──以前、イビルアイが言っていた──王城で仲間を襲った女の悪魔と合致したからだ。

 

 悪魔が窓枠から部屋の中へと飛び降りる。

 ラキュースは魔剣を構え、いつでも攻撃できる体勢を取った。

 

 それを見て、悪魔はおどけるような仕草で両手を上げると、男か女かもわからない様な低い声で会話を始める。

 

「そう警戒するな。お前をどうこうしようなどとは思ってはいない」

 

 その言葉をまるまる信じる程、ラキュースはマヌケではない。

 悪魔は平気で嘘をつく。と言うより、悪魔が人間に味方するはずがないのだ。疑ってかかるのが自然だ。

 

「じゃあ、何が目的なの?」

「ちょっとした知らせを持ってきただけさ」

 

 そう言いながら、悪魔は部屋の隅にあった椅子を手に取ると、わざわざラキュースの前にまで持ってきて腰掛ける。

 ラキュースは警戒しつつも、特に何もする事なく悪魔の一連の動作を見届ける。

 

「知らせ?」

「魔王様が悪魔の軍隊を動かす事をお決めになられた。どこかの国を滅ぼす為にな」

「なんですって!?」

 

 その情報が真実ならば一大事である。すぐさま、王城や組合に連絡すべき案件である。

 しかし、疑問も残る。

 

 ラキュースは逸る気持ちを抑えつつ、冷静に目の前の悪魔に尋ねた。

 

「いくつか質問しても良いかしら?」

「……いいぞ」

「まず一つめ。襲われる国はどこ?」

「さぁ? 王国かもしれないし、帝国かもしれない。法国や評議国の可能性もあるかもな」

「……なら2つめ。何故その情報を私に教えるの?」

「さぁ? なんでだろうな……」

 

 やはり、真面目に答えるつもりはないようだ。

 聞くだけ無駄かもしれない。という気持ちになりつつも、ラキュースは最後の質問を投げかける。

 

「じゃあ最後の質問。貴方の本当の目的は何?」

「本当の目的?」

「ええ。味方の情報を流すなんて、裏切りに等しい行為よ。そんな危険を冒してまで、貴方にどんなメリットがあるのかしら?」

「別に。お前ら人間が慌てふためく姿を眺めたいだけさ」

 

 たったそれだけの為に同じ悪魔を裏切るというのか。

 ラキュースには、目の前の悪魔の思考を理解できなかった。

 だが、そもそも人間と同じ思考を期待する方が間違っている。そういう結論にはいたっている。

 

「それに──まだ裏切りという段階にはなっていないしな」

 

 悪魔が立ち上がる。そしてこちらに歩み寄り始めた。

 ラキュースは警戒を強くしながら後退る。

 

「来ないで!」

 

 魔剣を突きつけて威嚇してみるが、悪魔は怯まない。

 

「だってそうだろ? この情報を知っているのはお前だけ。なら、お前が死ねば……なんの問題にもならない訳だし」

「────ッ!」

 

 自身の身の危険を察知したラキュースが、悪魔に魔剣を振るう。

 横薙ぎに振るわれる魔剣。それは、確実に相手を両断する事ができる攻撃だった。

 

 しかし──

 

 あっさりと、悪魔は片手でラキュースの魔剣を防いだ。剣の刃は悪魔の腕にくい込んですらいない。

 

「嘘……」

 

 ラキュースの顔に驚愕の表情が浮かぶ。そして少しずつ絶望に染まる。

 圧倒的な実力差。それを今になって自覚したのだ。

 

 悪魔の手がラキュースの首へと迫る。

 

 その刹那──

 

 雄叫びが部屋に響き渡った。

 

 隣りの寝室で寝ていたはずのガガーランが、寝室のドアを突き破りながら現れたのだ。

 ガガーランはそのまま悪魔に突貫。様々な武技を発動させながら、渾身の戦鎚を連続で叩きつけた。一撃一撃が剛腕から放たれる全力の攻撃。その怒涛の連撃が、悪魔の側頭部に直撃する。

 

 十回は超える連撃を受けた悪魔は、最後の一撃を受けると、大きく体を仰け反らせながら仰向けにたおれた。

 

「大丈夫か、ラキュース!?」

「ええ。助かったわ。ありがとう、ガガーラン」

 

 倒れた悪魔に警戒しながら、ガガーランはラキュースの元へと駆け寄った。

 ラキュースは礼を言いながら、倒れた悪魔の様子を伺う。

 

 倒れた悪魔が動く様子はない。しかし油断はできない。

 ガガーランの怒涛の連撃を受けたにもかかわらず、悪魔の頭部に変化はない。顔につけていた仮面の一部が砕け、片目があらわになってるくらいである。

 死んだのではなく、気絶したと考えるのが妥当な状況だ。

 

「こいつはなんだ?」

「……たぶんだけど、王城でイビルアイを襲った悪魔だと思うわ」

「こいつが!?」

「イビルアイの言っていた特徴と一致するもの」

「なるほど。──で、どうするよ。こいつ……」

 

 気絶しているとは言え、相手は悪魔だ。放置すれば、再び脅威となりえる。答えは一つだ。

 

「始末するしかないわ。今のうちに──」

「おい! 何事だ!?」

 

 仲間の異常を察したイビルアイ達が、部屋へと駆け込んで来る。

 倒れた悪魔を見て、イビルアイが驚愕の声を上げる。

 

「──こいつは!?」

「よう、遅かったじゃねぇか! 先に倒しちまったぜ」

「お前がやったのか? ガガーラン」

「おう! 頭に俺の戦鎚を叩き込んでやったぜ!」

 

 自慢げに胸を叩くガガーランを無視して、イビルアイが悪魔の状態を確認し始める。

 

「死んで……はいないな。気絶か?」

「たぶんね」

「よし。今のうちにトドメを刺すぞ」

 

 仲間からの合図を受けた双子が短刀を取り出し、慎重に悪魔に近寄る。

 その様子を眺めていたイビルアイは、ふと、ある違和感に気づく。

 

 以前、悪魔に遭遇した時だ。この悪魔は体から紫色のオーラの様なものを出していた。しかし、この悪魔は()()が無い。

 

(気絶しているからか?)

 

 そんな事を思った時だった。

 悪魔の体に変化が起き始めた。角や尻尾が消え、体全体が人間の姿へと変わり始めたのだ。

 

「おい! 見ろ!」

「こ、これは!?」

 

 18歳前後の人間の女の姿へと変化した悪魔に、ラキュース達は驚きを隠せない。

 

「どうなってんだ!?」

「わからないわ。イビルアイはどう? 何かわかる?」

 

 ラキュースに問われ、イビルアイは暫く考え込む。そして──

 

「……ありえないとは思うが……元は人間なのかもしれない……」

「なんですって!?」

「おいおい……流石にそりゃねぇだろ……」

 

 イビルアイの呟きに、信じられないという表情をするラキュース達。

 悪魔が人間のフリをして人を騙すのなら納得がいく。しかし、人間が悪魔に化けて人を襲うとなると、話が違ってくる。

 

「確証はないからなんとも言えないな。仮にこいつが人間だとしたら、ラキュースを狙う理由がわからない」

 

 人を襲うのなら、もっと襲いやすい弱い人間を狙うはずだ。

 だが、相手にとって、自分達が弱者に見えていたのなら──

 

「まずい」

「起きた」

 

 悪魔が上半身をムクリと起き上がらせていた。

 割れた仮面の部分から見えている片目がパチリと開かれる。

 

「…………」

「…………」

 

 人間になった悪魔は、どこか虚空を見つめているような仕草をしているだけで、特に何も動きを見せない。

 警戒しつつ、ラキュース達も様子を窺う。

 

 しばらくして、痺れを切らしたイビルアイが声をかける。

 

「おい」

「…………?」

 

 ようやくイビルアイ達の存在に気付いたのか、悪魔がラキュース達に視線を向ける。

 

「……誰だ?」

 

 悪魔から投げかけられた質問に、ラキュース達は顔を見合わせる。

 先程までと様子がまったく違う。まるで自分達に初めて会ったかのようである。

 もちろん、演技で騙そうとしている可能性だってありえる。

 だが、先程まであった殺意じみた気配がまったくないのだ。

 

「我々はアダマンタイト級冒険者、『蒼の薔薇』だ」

「貴様らが? ……というと、ここは王都か?」

「そうだ。……何も覚えてないのか?」

「……よく分からん。頭の中がいろいろ混濁していてな。だが、アンタらに迷惑をかけたのはなんとなくわかる。すまなかった」

 

 何故か謝罪を言われ、困惑する『蒼の薔薇』のメンバー達。

 その様子を察した悪魔は自分の事情を語り出す。

 

「私はリュウノ。アンタらと同じ、アダマンタイト級冒険者だ」

「貴方が!?」

 

 信じられないという表情をする『蒼の薔薇』に、リュウノは竜人の姿に変身する事で、一同を納得させる。

 焦げ茶色の鱗の手足に褐色の肌──先程の悪魔然とした姿よりは、幾分かはブラック達と同じ竜人らしさが出ている。

 

「エ・ランテルを悪魔の危機から救った竜人……だったか?」

「もうそこまで情報が広がってるのか……」

「まぁな。悪魔に連れ去られたアンタを助けてくれって言う奴が現れるほど、アンタは英雄になってるぜ」

「そうなのか? 困ったなぁ……私、そこまで目立つつもりはなかったのだが……。まぁ、そんな事より、私にかけられた洗脳を解いてくれた事には礼を言わせてくれ。ありがとう」

「そ、そんな……」

 

 リュウノが丁寧なお辞儀をする。

 やはり、先程までの殺意や悪意が一切感じられない。

 

「で……だ。洗脳ってどういう事なんだ?」

「悪魔達に連れ去られた後、私はこの仮面を無理やり装着させられた。ご丁寧に、私では外せない……強力な魔法が込められた仮面をな。その後、精神支配の魔法を使用された……と、思う」

「む? ……なぜ曖昧な言い方をする。操られていても、記憶は残るはずだ。……まさか、操られてからの記憶がないのか?」

 

 コクリと頷くリュウノ。

 

 通常、チャームなどの精神操作系の魔法を受けた場合でも、その効果中に起こったことを、受けた者は覚えている。さらに、そういった精神操作系の魔法に対抗する為の魔法やアイテムも、世の中には存在する。故に、口封じが可能な立場の者でもない限り、おいそれと精神操作系の魔法を乱用する魔術師はいないのだ。

 

「記憶がなくなってる原因は?」

 

 当然の疑問をイビルアイが口にする。

 記憶が無くなっている以上、なんらかの細工をされていた可能性が高い。無論、記憶が無いフリをリュウノがしている可能性も有り得るのだが。

 

「……おそらくだが、《記憶操作/コントロール・アムネジア》を使われたのだと思う」

「コントロール・アムネジア? なんだそれは?」

「第十位階の魔法だ」

「だっ、第十位階だと!?」

 

 第十位階──イビルアイ達にとっては、神話や伝説の領域……或いはそれすらを超えるランクである。はっきり言って、第十位階の魔法なんぞ存在しない、とまで言っていい程だ。そんな荒唐無稽な話を信じるような人間は、通常ならいない。信じてもらえないのがオチだ。

 しかし、すでに『竜の宝』という存在を知っている者達ならば、第十位階の魔法を使用されたという話を信じざるを得なくなる。ましてや、相手はその『竜の宝』の身内かもしれない存在なのだ。信憑性を疑う理由にすらならない。

 

 それともう一つ。

 リュウノの言葉を信じるのならば、魔王は第十位階の魔法を行使できる存在という事にもなってしまう。

 

「《記憶操作/コントロール・アムネジア》は、対象の記憶の閲覧・操作・消去を行うことができる魔法だ。魔王は、自分達の情報が外部に漏れないよう、私の洗脳が解けた時に魔法が発動するよう仕込んでいたのかもしれない」

 

 一見、都合の良い作り話に聞こえる理由に思えた。

 しかし、先程リュウノが目を覚ました時、ぼっーとしていた理由がソレならば、辻褄が合う。

 であるならば、悪魔に関する内部情報を聞き出すのは不可能と考えるべきだろう。しかし、情報を共有して損はない。

 ラキュース達は、リュウノに、与えて大丈夫な情報を提供した。

 

 リュウノが連れ去られてからの出来事や、今の王都の状況を伝える。

 

「ふむ……そうか。エ・ランテルは無事か。それに、アイツらが私を探してくれていたとは……」

「私達の得た情報では、貴方はブラックちゃん達の姉という事らしいけど?」

「四姉妹である事は確かだ。ただ、私は妹達とは別の環境で育った。正直、私に妹という存在の実感はない」

「どうしてそんな事に?」

「ドラゴンは基本的に群れない習性の種族である事は知っているな? 私の父であるドラゴンは、人間の女を孕ませ、四人の子供を授かった。しかし父は、最初に産まれた卵だけを受け取り、遠い巣へと持ち帰ったのだ」

「それが貴方だった……」

「そうだ」

 

 長女のリュウノだけが別行動だった──卵の時期に、親に別の場所に移送されたから、という──理由は、ラキュース達には自然なかたちで納得できる内容であった。

 人間の世界でも、赤ん坊を取り違える事件があったりする。その場合、成長した子供は、本当の親を受け入れる事ができず、育てた偽親を信じてしまうというケースがよくあるのだ。

 卵の段階で妹達と引き離されたのならば、姉妹の実感が湧かないのも道理である。

 

「父によって育てられた私は、妹の存在なんぞ知りもしなかった。私が妹や母の存在を知ったのは、私が成長し、一族の長として選ばれてから半年程経ってからだった。その時すでに、百年以上の月日が流れていたがな」

「じゃあ、貴方の母親は、もう……」

 

 普通に考えれば、寿命で死んでいる可能性が高い。延命できる手段にさえ手を出していなければだが。

 

「ところがどっこい、私の母は生きている。それどころか、お前達ならすでに会っているかもな」

「まさか……」

 

『蒼の薔薇』には心当たりが一つある。そしてそれは的中する。

 

「私の母の名は……カツ・リュウノ。今はデュラハンで有名になってるがな」

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、アンタは母親の名字を名前代わりに名乗ってただけか?」

「そうだ。私は父に名付けをしてもらってなくてな。名前はないんだ」

 

 人間社会の中でなら、名前がある事が常識だ。

 だが、人里離れた自然界で、しかも極小数で暮らす部族となると話は違ってくるのだろう。ましてやドラゴンともなると、人間の常識はまったく通用しない。

 

「仲間達からは、どんな風に呼ばれていたの?」

「幼い頃は姫だった。今は──我が主人……とか、族長……とかかな。名前がなくても不便はなかった」

 

(デュラハンと一緒な感じか)

 

 イビルアイが真っ先に思い浮かんだのは『竜の宝』のリーダーであるデュラハンだ。何かと、あのデュラハンは名前で呼ばれる事が少ない。デュラハンの名前を呼ぶのは、礼儀を重んじる者……クライムやガゼフと言った者達ぐらいだ。しかし──

 

「ウチのリーダーも同じだよな」

「え? 何が?」

「「鬼ボス」」

 

 ガガーランの言葉に合わせるように、双子がラキュースの異名を口ずさむ。

 

「二人とも」

 

『鬼』と呼ばれる所以である、恐ろしい微笑みを双子に向けるラキュースだったが、そうなる事を予期していた二人は視線を外して素知らぬフリで乗りきる。

 いつもの調子で悪ふざけをする仲間達に、イビルアイは呆れた様子でため息を吐いた。

 

「ところで、操られている時の貴方が言ってたのだけど……悪魔達が襲撃する国に心当たりはない?」

「すまない、そこまでは……。だが、予想ならできる」

「本当!?」

「ああ。奴らは、エ・ランテルに隠れて活動していた秘密結社ズーラーノーンとヴァンパイア達を手駒にして、わざわざアンデッドに都市を襲わせていた。その隙に悪魔達は、避難所に集まっていた市民を人質にする為に動いていた──」

 

 ここまではラキュース達も知っている情報だ。

 アンデッド達を表に出す事で、冒険者達の目をそちらに向けさせ、その隙に市民を拉致するのが、悪魔達の狙いだったのでは? と、予想されている。自分達の悪行をズーラーノーンらになすり付け、自分達の罪をもみ消し、彼らに全ての責任を背負わせるのが目的だった。というのが事件の真相だと。

 

「──なら、今回も同じ手を使うはずだ」

「まさか、八本指を利用するのか?」

 

 イビルアイの予想にリュウノが頷く。

 

 王都の裏社会に蔓延る犯罪組織と言えば、八本指しかない。

 ズーラーノーンと比べれば、組織としてのデカさは圧倒的である。そんな組織が悪魔に唆されて活動すれば、王都の被害は甚大になること間違い無しだ。

 

「八本指を利用して王都で騒ぎを起こす。その黒幕を私にすれば、『竜の宝』は私に固執して王都から離れようとしないはずだ。その隙に他の国を──」

 

 

「──ここにいたのですか」

 

 

 突然聞こえた謎の声。

 リュウノも『蒼の薔薇』も、即座に声のした方に視線を向ける。

 

 部屋の中に、誰かが立っていた。

 その人物がどうやって侵入したのかは理解できない。考えられるのは、リュウノが入った時に利用した、開きっぱなしの窓だ。だが、後から思えば、あれは転移の魔法だったと予想できただろう。

 

 謎の侵入者に、先に正体を理解したであろうリュウノが驚きの声を上げる。

 

「お前は──魔王!」

 

 エ・ランテルで目撃された存在──悪魔達の総大将である魔王が、自分達の前に現れた事に、ラキュース達は驚愕の表情を浮かべる。

 

「探しましたよ、我が妻よ」

「……その呼び方はやめろ」

「おや、何故です? 毎晩、ベッドの上で何度も体を重ね合わせた仲ではありませんか」

「なんだと……!?」

 

 明らかな嫌悪感を態度に出すリュウノ。

 

 当然だろう。操られていたのなら、リュウノの体をすきに弄ぶ事も、魔王には簡単だったはずだ。思い通りに操り、あらゆる恥辱をリュウノにやったに違いない。

 唯一の幸運は、リュウノの記憶が消されている事だろう。それを幸運と言って良いかはわからないが。

 

「私が……お前と……」

「そうですよ。貴方も、私との子作りに夢中だったではありませんか。愛している。貴方に全てを捧げます! とまで言っていましたよ?」

「ふざけるな! 人を操っておいて、何が愛だ!」

 

 怒りをあらわにするリュウノに、魔王は楽しそうに笑う。

 

「記憶を失った貴方に、私がどんな恥辱をやったか語り聞かせたい気持ちはありますが、今はとても大事な時期。とにかく貴方には、再び私の元に戻ってもらうとしましょう」

 

 魔王が懐から、黒い鉄のような輝きを持つ無骨な珠を取り出す。

 そして、その珠から暗黒に光る光線が、リュウノへと放たれた。

 どす黒い光がリュウノを包む。

 

「ぐっ……ああ! ──ああアァァァ──!」

 

 苦しそうな悲鳴を上げながら蹲るリュウノ。

 咄嗟にラキュース達が助けに入ろうとする。が、彼女達の行動は、突如聞こえた別の声によって阻害される。

 

『動くな』

 

 リュウノに駆け寄ろうとしていたイビルアイ以外のメンバー達の動きが止まる。動きが止まったラキュース達は、自分達の身に何が起きたのか、理解できずに困惑する。

 唯一動けるイビルアイが目にしたのは、魔王の背後から現れたもう一人の──スーツを着た仮面の悪魔だ。

 

「おや? 貴方は動けるのですか」

 

 イビルアイが動ける事が意外だったのか、スーツを着た悪魔が身構える。しかし、狼狽している彼女達の様子を見て、再び残酷そうな笑みを零す。

 

「お前がやったのか!? 仲間達に何をした!」

「『支配の呪言』で操っただけです。今の貴方のお仲間は、私の言葉一つで自害すらやってしまいますよ。殺されたくないなら、大人しくしていて下さい」

「くっ……! 卑劣な奴らめ……」

 

 仲間を人質にされたイビルアイには為す術がない。

 相手を倒す事で、状況を打開する手段もあるが、イビルアイは直感で理解する。目の前の敵達が、自分よりはるかに強い存在であると。

 

 苦しむリュウノに、魔王が言葉を重ねる。

 

「さあ、我が妻よ。私の支配を受け入れなさい」

「ぐうぅぅぅ──グァァァアアア───!」

 

 苦しみながら蹲るリュウノの姿が、悪魔の姿へと変貌していく。

 

 このままではリュウノが再び洗脳されてしまう。

 ラキュース達は必死に足掻く。だが、悪魔の支配の力は圧倒的であり、体を動かそうとすると、凄まじい力で押さえつけられる。

 

 止めないといけないのに。

 阻止しなくてはならないのに。

 苦しむ彼女を助けないといけないのに。

 どうする事もできない自分達。

 

 自分達の無力差を、ラキュース達は噛み締める事しかできない。

 

 魔王の支配を拒んでいるのか、リュウノが叫びながらもがいている。床の上でジタバタともがく彼女の姿が、その必死さを物語る。

 

「我が加護と恩寵を受け入れるのです、我が妻よ。そして生まれ変わるのです。我が暗黒の力によって、貴方は魔界の女王──マドゥニオンへと変貌する……」

 

 魔王の言葉とともに、リュウノの抵抗が弱まっていく。そして──

 

「──おかえり。我が妻」

 

 魔王は完全にリュウノを支配下に治めてしまった。

 

「さあマドゥニオン。私に忠義の言葉を」

「……はい。我が魔王様。私は貴方の下僕です。何なりとご命令を」

 

 魔王の前に片膝をつきながら答えるリュウノ。

 その声には力がこもっていない。いかにも操られている事がわかる声質だった。

 

「よしよし。では……そうですねぇ……そこにいる人間達を殺してもらいましょうか」

「────ッ!?」

 

 ラキュース達に戦慄が走る。

 リュウノの強さは未知数だが、噂通りならば圧倒的だ。それに加えて動けない体。まさに絶望的な状況である。

 

「魔王様の仰せのままに」

 

 リュウノが立ち上がり、ラキュース達の方を向く。

 黒い眼球に紫色の瞳という、いかにも悪魔らしい目が、砕けた仮面の隙間から(あらわ)になっていた。

 

 ゆっくりとした足取りで、『蒼の薔薇』に歩み寄るリュウノ。

 

「やめろ!」

 

 イビルアイが即座にあいだに立ち、リュウノの前に立ちはだかった。

 

『青い忍者、自分の首を斬って自害しなさい』

 

 迷いが一切ない、容赦ない言葉が悪魔から放たれた。

 

 その直後、双子の片割れが自分の短刀を首に刺し、斬り裂いた。

 大量の血が噴出し、部屋を真っ赤に染める。

 自分の首を斬り裂いた双子の片割れ──ティアは、そのままバタリと倒れた。

 傷の位置、零れた血の量からして、あれはもはや助からない。間違いなく死んだだろう。

 

「ティア!」

 

 仲間が殺された事に、イビルアイが仮面越しに悪魔を睨む。

 

「貴様!」

「『動くな』と言ったはずです。次また動けば、こんどは赤い方が死にますよ?」

「くっ……」

 

 仲間の命を危険に晒す事ができず、身動きができなくなるイビルアイ。

 だが、このままでは結局、悪魔達に弄ばれて全滅するだけである。それを回避するには──

 

「イビルアイ、逃げて!」

「───!」

 

 ラキュースの言葉と、イビルアイの思考が一致する。

 そう──自分だけ動けるイビルアイは、この場から逃げるという手段ができる。仲間達を見捨てればの話ではあるが。

 

「ラキュース──」

「お願い! 私達の事は気にしないで!」

「でも──」

「貴方だけでも逃げて! そして『竜の宝』に助けを求めて!」

「────ッ!」

 

 絶対的な状況の中、イビルアイだけでも助けようとしてくれているのだろう。かけがえのない仲間達を見捨てる勇気を持てずに迷っているイビルアイに、悪魔が囁く。

 

「逃げても構いませんよ? 仲間達を見捨てて、自分だけ助かりたいならば、ですが」

 

 イビルアイの心を抉る言葉ではあった。

 だが──

 

「俺たちの事は気にすんな。こんな奴らに負けはしねぇよ!」

「……行って」

 

 ガガーランとティナの言葉と決意ある表情に、イビルアイはようやく覚悟を決めた。

 

「必ず助けに戻る」

 

 仲間達にそう告げ、イビルアイは転移の魔法を唱え、姿を消した。

 ラキュースに言われた通り、『竜の宝』の拠点に転移したのだろう。

 

 無論、ラキュース達は自分達が助かるとは思っていない。ただ、全滅するよりはマシ、という判断をしたまでである。

 

「残念です。ツラいですねぇ、出会ってそうそう別れる事になろうとは……。しかし、まさか本当に見捨てるとは……彼女にとって、貴方がたはその程度の存在だった、という事ですかね?」

 

 これっぽっちも残念に思っていない雰囲気で、仮面の悪魔が嘲笑う。

 それが気に障ったのか、ラキュース達の表情が険しくなる。

 

「違うわ! イビルアイは私達を見捨てた訳じゃない!」

「イビルアイは必ず助けに戻る」

「お前ら悪魔にはわからねぇだろうが、絆ってやつが俺たちにはあるんだ」

 

「絆……ですか」

 

 何か思う事でもあったのだろうか? 魔王が少しだけ考えこむ仕草をする。

 しかし、魔王はすぐに顔を上げ、なんでもないと言わんばかりの不敵な笑みを浮かべる。

 

「まぁ、そんな事は置いといて……ヤルダバオト」

「はっ! 《次元封鎖/ディメンジョナル・ロック》」

 

 ヤルダバオトと呼ばれた仮面の悪魔が使ったのは、周囲一帯の転移魔法を封じる魔法だ。

 イビルアイは転移魔法でこの場から逃げた。ならば、再び転移魔法で戻ってくる可能性がある。それを潰すのが目的なのだろう。

 

「では、私も念の為……《転移延長/ディレイ・テレポーテーション》」

 

 魔王が使用した魔法は、使用者周辺への転移を一時的に阻害し、転移者が消えてから現れるまでに数秒のタイムラグを発生させる。のみならず、どの辺りにどれだけの数が転移してくるかを教えてくれる魔法である。

 

『竜の宝』が、先程の《次元封鎖/ディメンジョナル・ロック》の魔法の効果を打ち破る手段を持っていてもおかしくはない。それに対する備えだ。

 

「これで逃げる時間が稼げましたね。それではヤルダバオト、仕上げを」

「畏まりました。では君たち。申し訳ないが時間がないので手早く済まさせてもらいます。───ラキュースさん」

「───!」

「仲間の二人を殺しなさい」

 

 即座にラキュースの手に持つ魔剣が二度振るわれる。

 ラキュースの絶叫も虚しく、二つの赤い噴水ができ、ドチャリという音が二回、部屋に響いた。

 

 仮面の悪魔の歓喜する笑いが、静かに部屋に木霊する。

 

 仲間の血で汚れ、絶望の表情をするラキュースの顔を、魔王が覗き込みながら囁く。

 

「貴方には闇の素質がある。私達と共に来てもらいますよ。きっと貴方も、我が妻のように満足してくれるはずですよ」

 

 

 

 

 数分後──イビルアイが『竜の宝』とツァインドルクス、リグリットを連れて戻って来たが、全てが終わった後であり、その場にラキュースの姿はなかった。

 

 

 

♦♦♦♦

 

 

 

 

「ご苦労さまです、パンドラ」

「いえいえ、こちらこそありがとうございました! 私なりに、中々の演技が出来たと自負しております!」

「ええ、中々の演技でしたよ。あれなら、人間達を上手く欺く事ができたと思います。後は、リュウノさんが上手くやるでしょう」

 

 とある上空にて、魔王、ヤルダバオト、そしてパンドラと呼ばれた軍服の人物の三者が並んで浮いていた。

 先程まで、王都で魔王活動の為の陽動作戦を(こな)してきたばかりである。にも関わらず、魔王もヤルダバオトを気分は上々であり、活気に溢れている。

 ある一つの問題を除けば、だが。

 

「しかし……あの正義のヒーロー気取りのチャンピオンは何をしているんだか。八本指の娼館で働いていた女達を助けて屋敷に匿うなんてバカな真似をすれば、八本指に目をつけられて当然でしょうに」

「おっしゃる通りです。ましてや、セバスまで同じ事をやらかしていたとは……。アインズ様のご命令をなんだと思っているのか……」

「まあ、あちらはアインズさん達とリュウノさんが、上手く処理する予定らしいので、私達は目の前の事に集中しましょう」

「畏まりました。ではパンドラズアクター、貴方は当初の予定通りの行動をお願いします」

「畏まりました! では、私はこれで失礼させていただきます!」

 

 パンドラが去り、二人だけになった魔王とヤルダバオト。その二人の眼下には、とある国の中心都市が広がっていた。

 

「ところでヤルダバオト」

「はい。なんでしょうか? 魔王様」

「先程連れ去った人間ですが、死の宝珠による支配で操るとの事でしたが、上手くいくのですか?」

「たぶん大丈夫でしょう。念の為、彼女の能力を下げる首輪を装着させたので、抵抗力も弱まっているはずです」

「確か…… 習得経験値が増大するかわりに能力が激減する首輪……でしたか?」

「はい。首輪から鎖が垂れ下がっているので、王都に用意した隠れ家に拘束するのも簡単でした。他にも色々、支配しやすくするための装備品を身につけさせたので、彼女が死の宝珠の支配下に入るのも時間の問題かと思われます。それに、見張りの悪魔も待機させていますので、支配が完了すれば、連絡が来ると思います」

「そうですか」

 

 今回の陽動作戦は、ヤルダバオトとカツの計画のもと実行されたものだ。

 

 事の発端は、自分達がリュウノに会いに、王都上空に転移した日だ。

 王都で極秘活動を命じられていたセバスが、八本指の管理している娼館にちょっかいを出したのだ。そして、そこで働かされていた女を救助した事から始まる。

 

 たっちは、救助された女のありさまを見て激怒。セバスからの報告を受け、八本指の娼館を襲撃した。襲撃した娼館から、働かされていた女達を救助後、彼女達を哀れに思ったのか、怪我などの治療を行い、保護していたのだ。

 

 問題は、その事をアインズ達に報告していなかった事。

 

 救助され、元気を取り戻した女達はひとまず、屋敷のメイドとしてヘロヘロさん達の指導のもと、メイドとしての技術を教えられていた。

 

 しかし──本日午後、任務に忠実なソリュシャンの説得に負けたヘロヘロさんが、アインズ達に密告。事の真相を知ったモモンチームがたっちチームの活動拠点に訪問する形となったのだ。

 

 おまけに、その後の調べで、八本指に場所を特定されてしまっており、法的手段で圧力をかけられ、法外な慰謝料まで請求されている段階になっている事も判明した。

 この事を知らされたカツは、八本指の情報を与えた自分の責任だと主張。たっち達の現状を解決する為に、八本指を潰す作戦を立てる事となった。

 その際、デミウルゴスの知恵を借りる形になったのだ。

 

「さて、ヤルダバオト。国攻めの計画は終わっていますか?」

「はい、魔王様。すでにシャルティアとコキュートスも準備が完了しています。軍勢の配置も、全て完了済みでございます。後は──貴方様の命令を待つだけです」

「フフフッ……そうですか」

 

 魔王──ウルベルト・アレイン・オードルは歓喜の表情を浮かべる。

 待ちに待ったイベントが来た事に、喜びを隠しきれないでいる。

 隣りにいるヤルダバオトも、仮面の下では、自分の創造者が喜んでいる事に、喜びを感じていた。

 

「では、始めるとしましょう。世界征服の最初の一歩を」

 

 ウルベルトの言葉に合わせるかのように、今まで何も存在していなかった上空に、隠れていた悪魔の軍勢が姿を現した。

 高レベルの各イビルロードを筆頭に、悪魔の軍勢が夜空を真っ黒に染め上げる。

 

 ウルベルトがユグドラシルで夢見た世界──空を埋め尽くす程の悪魔の軍勢が、そこに揃っていた。

 

 悪魔達が見下ろす都市──スレイン法国の中心都市『神都』。

 そこに住む人々はまだ知らない。絶対的な魔の手が、間もなく自分達に襲いかかる事を。

 



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