生きる時間 (滝翔)
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特別授業一時間目 磨兒子義子

進学校【椚ヶ丘中学校】に通う引きこもりの中学三年生 磨兒子義子(みがにしよしこ)

理事長浅野學峯(あさのがくほう)に呼び出されていた

 

「君は二年の後半から学校に来ていないみたいだね……」

 

「…………」

 

「大事な時期を無駄にしているとは思わないのかい?」

 

「…………思いません」

 

その一言を聞いて理事長は軽く溜息を吐く

 

「本来この時期にE組に行かせたくないのだが 成績は目を疑う結果

競争社会に置いての挽回させる為の言葉が何一つ浮かばない酷さだ」

 

浅野は席を立ち

磨兒子を素通りして背後に立った

 

「なのに君の目は死んでいない 引きこもりだった自分が強者だとでも思っているのかね?」

 

「…………」

 

その真っ直ぐに自分を見つめる磨兒子に浅野は冷たい目線で見つめ返す

 

「是非教えて頂きたいものですね

学ばなければいけない 人生で二度と無い中学という学業を怠りながらも見せるその眼差しの意味を

私はあなたを貶める気は無い だが………」

 

「もう結構ですよね?! 失礼します」

 

そう言ってE組行きの書類を手に取ってその場から出て行こうとした

そこに浅野のトドメの一言が飛ぶ

 

 

「入学当初からの君を 私は名前しか知らない

そして今の会話が第一印象とするならば 君はただ逃げているだけの敗者だ」

 

「っ………!!」

 

「酸いも甘いも完璧に熟知してきた私にとって君が見せたその目は屈辱以外の何物でも無い

大人をそんな目で見るものではないよ

功績の一つも持ち合わせていない人間は社会で一番初めにつまみ出されることを覚えておくんだね」

 

扉を思いっきり閉められ

一人残された浅野は机の上に置かれた冷めたコーヒーを手に取る

その浅野の背後からうねる黄色い触手

 

 

「相変わらず理解出来ない趣味だ……」

 

「ヌルッフッフッフ~~~ これまた面白い問題生徒がいたもんですね~~」

 

「えぇ……… 同情しますよ

あの生徒は同学年のどの生徒よりも劣っています さすがのモンスターも手も足も出せないのでは?」

 

「ご安心を! 私は触手で語る教師ですので!!」

 

「相変わらずの斜め上からの返し文句ですね あの生徒と十分釣り合いますよ」

 

「それは良いことを聞きました 思いの他地球を一周するよりも早く馴染めそうですね~」

 

そう言って黄色い怪物は

さりげなく浅野の持っている冷めたコーヒーをイタリアから現地直送で取り寄せた

エスプレッソローストを挽いてミルクを注いだカフェ・ラッテにすり替えて出て行った

 

「…………スターバックスで適当に買ってくればいいものを 相変わらずおかしな生き物だ」

 

窓から見える景色を眺めながら 浅野は挽きたてのエスプレッソをすすり物思いにふけていた

 

 

 

 

 

校門を目の前に鞄を肩にかけて帰る磨兒子は

誰からも注目されず ただ一人寂しく帰っていた

 

ーーあぁムカつく…… ムカつくムカつくムカつく!!!

少し上手くいっただけの天才が 人種が違うだけの人間に偉そうに語ってんじゃねぇよ!!

 

ただ一点の憎悪だけを抱きながら駅へと向かう彼女は

駅の階段を無意識に駆け上がっていた

 

ーーだいたい私怠けてないし やりたいことに努力を費やしてきたし そこんところも理解してないのに大した口並べやがって……

 

理事長の顔を思い出しては妄想で罵き倒す磨兒子は

不運にも階段の段差を変に踏んでしまった

 

「えっ…… 」

 

そのまま後ろに倒れるのかと目を瞑る磨兒子の手を小さく暖かい手が掴まえた

 

「良かった…… 大丈夫?」

 

「…………」

 

その手が離れて初めて助けてもらった人の顔を見ることが出来た

 

「君も僕と同じ中学校だね」

 

「え?」

 

「制服同じ……」

 

「あぁ」

 

こういうときにはお礼を言わなければならないことなど解っている磨兒子

慣れてない 家族以外の人に久しぶりに気持ちを伝えようと口を開こうとしたとき

 

「渚くぅん 何してるのぉ?」

 

「業君! 今行くぅ! …………じゃぁ僕は行くから 気をつけてね」

 

 

「あぁ……… うん」

 

 

ーー言いそびれてしまった

でも同じ中学だし 本校舎で会えるだろう

 

助けてもらった男子生徒達とはあえて別の車両に乗り込み

電車に揺られながら家へと向かう磨兒子はふと気付いた

 

 

ーーあぁそうか……… 私 明日からE組に通うんだった

 

 

理由はただ出席日数を稼ぐだけ

部活も入らないでいいし 勉強もつまんない先生の話をただ聞いてればいい

周りもどうせ同じ低レベルの生徒が集まっている場所なんだから楽しくやれるだろ

気になるのは書類の最後に文字がびっしり書かれた意味不明な文だが 無視で

 

 

 

ーー今日はゼガキンが動画上げる日だから早く帰らなきゃ……

そういえば好きなゲームアプリの面白い対戦動画も昨日見つけたんだよな~~

 

 

 

向かう先に待っている実感できる楽しみに心を躍らせる

これから待ち受ける非現実的な暗殺教室が待っているなど想像もしていないだろう

 

 

 

 

 



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特別授業二時間目 初めまして殺せんせーです

 翌朝

 

久しぶりにクローゼットから制服を取り出し

鏡を前に着替える義子は何食わぬ顔で台所へと階段を下りていく

 

「おはよう義子」

 

「おはよ…… お父さんは?」

 

「もう会社に行ったわよ」

 

朝ご飯を食べようと 箸を持つ義子は不意に時計を見る

既に七時半を過ぎており 登校に間に合う為の電車が行ってしまっていたのだった

 

ーー学生の時間がもう忘れている

 

それでも別に焦るわけでもなく義子はマイペースに家を出る その時

 

「行ってきます……」

 

「義子!!」

 

玄関のドアから出て行こうとする義子を母親が呼び止めた

 

「はいお弁当!」

 

「………ありがとう」

 

目線を合わせることが出来ず 後ろ向きに弁当を受け取りそのまま学校へと向かった

 

 

 

E組の校舎がある山の入り口付近でとあるスーツ姿の男に呼び止められる

 

「磨兒子義子さんですね?」

 

「…………そうですけど」 

 

「防衛省の烏間だ これからE組で勉学に励む際に少々話しておかなければならないことがあります 少しこちらへお越し願います」

 

 

ーー底辺のクラス行くのに こんなのあるの?

 

 

私はただついて行き 外の景色を密閉した大きな車の中へと誘導された

 

「あの…… 何なんですか?」

 

座る義子のテーブルには昨日理事長から渡された書類と同じ書類が置かれている

 

「目は通して頂きましたか?」

 

「………はい見ました」

 

思いっきり嘘をついたが前に対になって座っている烏間の表情が

〝見抜いているぞ〟とばかりの澄まし顔だった

 

「一応の為最初から簡単に説明する

まず表紙にあるようにこれは国に関わる重要機密なので絶対に他言しないでもらいたい

我々はとある超生物を暗殺する為に動いている部隊

月が三日月に破壊されたのも知っているな?」

 

「生物……? 三日月の件は知っています」

 

日々ネットで刺激になるネタを捜している義子にとってそんな情報は朝飯前

むしろ知らない方がいないだろう

 

「その怪物はマッハ20のスピードを持ち

来年の三月には地球をもあの月と同じにすると脅しをかけてきた

その期間中に奴に世界を奔放されたら我々に打つ手はない」

 

「はぁ……」

 

 

ーーさっきから何の漫画の話してるんだろう……

 

 

烏間の話に興味を抱くものの 少々怖くなってきた義子は思い切って聞いてみた

 

「あの…… 話が見えないですが?」

 

「だが奴は 狙いは不明だがここ椚ヶ丘のE組の担任なら請け負うと自己申請をしてきた」

 

「…………」

 

「不快だがこれは絶好のチャンスと見た政府はそれを承諾し E組の担任として赴任してきた

ここまでで解る通り君は今からその怪物の授業を受けると共にその怪物を暗殺してもらう

怖かったら無理しなくともいい そのときは親御さんと磨兒子さん本人の同意しだいで転校の手続きをさせてもらう」

 

烏間の最後の一言に義子は怒りを覚える

 

ーー本校舎に戻る選択は無いんだ………

まぁあの理事長のことだから何言っても無駄だろうなんだけど

 

「ちなみにE組のクラスメイトは全員参加している

危害を加えない条件も出してあるから身の安全は心配しなくてもいい

暗殺成功の報酬は100億!!」

 

「やります!」

 

 

ーーこうして義子はE組のネットでは知り得ない裏の事情を受け止め……

 

 

「……られる訳がない!!」

 

義子は急に立ち上がり車から降りようとする

 

「待ちなさい!」

 

「帰ります! 今の話も聞かなかったことにしますので!!」

 

周りにいる黒服に手を握られ とうとう淀めいていたボヤけた恐怖が正直になって帰ってくる

 

「校舎近くだから狙い安いと思ったんですか?

頭良さそうなことを言って襲う危ない集団だって最初から気付いてたし!」

 

「違う! 我々は本当に……」

 

必死に説得する烏間の言葉も無視して暴れる義子

 

「嫌っ! 放して!! 誰かぁぁ!」

 

「大気圏から安全にムーンサルトぉぉぉ!! ヌルフフフ!!」

 

その黄色いタコのような姿をした怪物はいきなり義子の視界を触手で覆う

 

「ば…… 化け物……」

 

「にゅやっ!!」

 

その特徴の無いニコちゃんフェイスが義子の顔に急接近する

現実ではありえない存在がいきなり現れたことにより 義子は気絶してしまった

 

「どうしてくれるんだこのタコ!!」

 

「いえね せっかく飛べるってことでアクロバティックをテーマにした先生だけの〝神業〟を不破さんと岡野さんと一緒に研究してたんですよ

しかし…… 普通はよほどのホラーな物を見ない限り人は気絶しないんですがね~~

ましてやいろんなジャンルをネタにした作品が多く出回る世の中ですしね」

 

「………あえてやったのか?」

 

「さすが烏間先生!! 彼女はおそらく睡眠不足

今までの不登校生活が体に染み渡り今日登校ということもあまり意識していなかったのでしょうね

そんな状態でからの烏間先生の堅い堅い説明 少し興味でもあろうものなら疲労と負担がダブルアタックしてくるでしょう」

 

「それでお前の登場で現実に精神がついて来れなくなったわけか……」

 

「今彼女に必要なのは休養です 何か夢中になっていることでもあったのでしょう

後日また改めてお会いしてみて下さい」

 

「貴様に言われなくてもわかっている」

 

烏間は義子を黒服の女性部下に預ける

義子はそのまま自宅へと送られて母親に預けられ 本人が目を覚めたのは次の日の朝だった

 

 

 

ーーにゅ~~ 明日には元気に登校して欲しいですね~~

 

 

 

職員室で磨兒子義子の写真付きの書類に目を通していた殺せんせーは一人でニヤついていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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特別授業三時間目 試し撃ち

昨日の記憶がまるで覚えていない

今日は学校を休んだ私に母が自分部屋の扉越しに話しかけてくる

 

「体調はどう?」

 

「うん…… 大丈夫」

 

「昨日は初日だったから疲れたんでしょう……

担任の先生…… 烏間先生も心配していたわよ?」

 

「…………」

 

義子は何かを思い出しベッドから起き上がって制服に着替える

昼食を済ませて洗面台に行き 鞄を持って玄関へと向かった

 

「本当に今日行く? 先生からも無理をしないようにって言われているけど?」

 

「………本当に大丈夫だから」

 

「そっ…… はいこれお弁当!! 昨日と同じやつだから」

 

「行ってきます!!」

 

勢いよく飛び出す義子の顔にはいつも以上に楽しみにしてるネット関係とはまた別の

新しい何かが待っているような楽しさでいっぱいだった

 

 

山を駆け上がり 椚ヶ丘中学の旧校舎へと走る義子

次々と木々を通り過ぎて 一本の枝を除けると

 

「ハァ…… ハァ…… 旧校舎

あそこにあいつがいる 昨日一瞬見たあの黄色い……」

 

玄関で靴を脱ぎ

私の名前が書かれている下駄箱に靴を入れ

職員室まで早歩きで向かう

 

「ふぅ~…………」

 

深呼吸と共に扉を開ける義子に気付いたのは

パソコンを睨んでいた烏間だった

 

「先ほど君のお母さんから電話をもらった 座りなさい」

 

「はい…… あの……」

 

「あの怪物なら今授業中だ 君は六時間目から参加してもらうことになる」

 

周りを見ると机の上に見たことのない銃やナイフなどが置かれている奇妙な空間

烏間の入れた茶を啜っていると 隣にある意味新種の人種が座ってきた

 

「あらぁ? この時期に新入生?」

 

「え……」

 

その瞬間 柔らかい二つの砲弾が義子の顔面を覆った

 

「どこの殺し屋よぉ~!! ゲロんないと圧迫死させるわよぉ?!」

 

「~~~…………!!」

 

 

ーー死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅぅぅ!!!

 

 

「やめろイリーナ!! 彼女はまだ不調なんだ 物理的に吐くぞ」

 

烏間の一言で義子を解放するイリーナは笑って目の前の茶を飲んでいた

 

「先に紹介しておく そいつはもう一人の担任イリーナ・イェラヴィッチ

英語を担当しているが 一部の生徒には色仕掛けによる交渉術なども教えている」

 

「中学生に何を教えてるんですか……」

 

 

「あら外人を好きになったらどうするのよ?」

 

「うっ……」

 

会話が始まる度に寄ってくるイリーナのスキンシップに背筋が凍る義子は我慢できずに立ち上がる

 

「風紀って言葉知らないんですか!? 色仕掛けとかただのビッチじゃないですか!!」

 

「はぁぁ!!? 誰がビッチよ!!」

 

「名前もビッチだし!!」

 

「イェラ……ヴィッチ!! ヴィ!! ヴィィィ!!」

 

いがみ合う二人に火が付きそうな時 タイミング良くチャイムが鳴る

 

「ヌルフフフフ!! 随分と職員室が賑やかですね~~」

 

何処から現れたのかもわからない超生物はゆっくりと義子を見る

 

「…………すごい」

 

間近で見て義子は夢じゃないと確信する

 

「磨兒子義子さんですね?」

 

「はい!」

 

「ようやく初めましてですね~~ 私は3年E組の担任 皆から殺せんせーと呼ばれています よろしく」

 

そのニュルニュルとうねる触手の一本が義子の前まで伸びてきた

 

「よろしくお願いします ………本当にすごい」

 

握手した後の義子は不意に殺せんせーの懐に入り彼に抱きついた

 

「「……………」」

 

「にゅ~~………」

 

「生きてる…… 偽りでもヤラセでもない未知の生命体……」

 

「失礼な!! 私は列記とした地球生まれですよ!」

 

烏間とイリーナが見てる中 二人は楽しそうにやりとりを終える

 

「して磨兒子さん あなたさっきイリーナ先生の色仕掛けは風紀を乱しているとおっしゃいましたね?」

 

「はい…… というより先生を殺したりとか暗殺事態よくわかっていません」

 

「…………私が地球を滅ぼすことについては?」

 

「聞きました ………でも人を傷つけることが好きな先生には見えないんですが?」

 

「………」

 

沈黙が生まれた中 烏間が割って入ってくる

 

「どちらにせよ脅しをかけているのは事実だ

その脅しすら対応出来ていないのが政府の現状 実際に実行されてからは何もかも遅いんだ

ここにこの怪物が留まっていることが各国首脳達の間で一致したまたとない機会だと結論付けている」

 

義子の手元に特殊なナイフが渡された

 

「この怪物にだけ効く特殊ナイフだ」

 

「怪物ではありません 殺せんせーです」

 

「対先生物質と名付け国が開発した

こいつ以外の人間にはただの玩具動揺のゴムのような物だから危害はない」

 

「こいつではありません!! 殺せんせーです!!!」

 

 

「これから我々と共に地球の存亡をかけて超生物暗殺に協力してもらいたい」

 

 

ふとナイフをガン見する義子はナイフの刃先を先生に向けてみる

 

「おやぁ? 随分やる気ですねぇ~~」

 

「………」

 

一呼吸を終えてナイフを前に突き出す しかしあっさりと触手で腕を捕まれた

 

「ヌルッフッフッフ どこを狙って……」

 

そのナイフは義子の手元にはなかった 押さえられる瞬間に放したそのナイフは殺せんせーの胸部に向けて勢いまかせに飛ぶ

 

「にゅっ!!?」

 

殺せんせーは瞬時に三人の背後に移動する

 

「なんで背後に移動するんだろう……」

 

殺せんせーの視線の先には既に銃を構えた義子がこちらを見ており

銃弾が自分の心臓部間近へと迫っていた

 

 

ーーこれは……

 

 

義子の銃撃は確実に プロがよくいう手応えを感じた

 

 

 

 

 



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特別授業四時間目 落ちこぼれの中の落ちこぼれ

義子の銃弾が殺せんせーの心臓部を捉えたそのとき 窓ガラスが大きな音を立てる

それに気付いた教室にいる生徒達も駆けつける

 

「殺せんせー?!!」

 

第一声を出したのはあの生徒だった

 

「あ…… あのときの」

 

「潮田…… 渚だっけ?」

 

 

「何々? 渚の知り合い?」

 

 

と生徒達がそっちのけで騒いでいる中 黄色い生物が息を荒立てて壊した窓の向こうから入ってきた

 

「すごっ…… 当たってないんだ」

 

「ヌルフフフフ…… やりますねぇ磨兒子さん」

 

「100億貰えるとか言ってたので本気でやってみました」

 

どや顔する義子にその場にいた全員が驚いて見ている

 

「何故背後に奴が行くとわかったんだ?」

 

烏間が聞くと何の捻りもなく答える

 

「ゲームとかの敵キャラってどいつも死角を取ろう絶対背後に回るんですね~ シューティングとかだと大体そういう動きで鬱陶しいんですよ」

 

「っ…………」

 

 

「素晴らしいです磨兒子さん!! 見事不意を突かれましたよ」

 

「別にわかってたし 外れるって」

 

「にゅや?」

 

「これだけ生徒がいるのにこの半年であなたを殺せていない 私一人で殺せる訳ないじゃん」

 

「………」

 

 

意表をついただけで満足していいものを すぐに冷めた顔をしている彼女の表情を殺せんせーは見逃さなかった

義子は鞄を持つなり 廊下にいる生徒達に向けて改めて

 

「本校舎から落ちてきた磨兒子義子です よろしくお願いします」

 

すると一人の生徒が近づいてくる

 

「初めまして潮田渚です よろしく磨兒子さん!」

 

 

全員がクラスへと戻る中 教師三人はその場で度肝を抜かれていた

 

「見事に不意を突かれたな……」

 

「えぇ……! しかしもっと恐ろしいのは他にあります」

 

「??」

 

次の授業の為に教材を触手で持ち

いつも通りの陽気なスタイルで教室へと向かう殺せんせーは何処か嬉しそうだった

 

 

木製のドアを開くとクラスの生徒が磨兒子の席を中心に集まっている

その席に座っているのは当然磨兒子義子

 

「ヌルッフッフッフ! 早速人気者ですね~~ 磨兒子さん」

 

「アハハ…… ありがとうございます」

 

 

「義子さん頭よそうだよね!」

 

「うん! 初日から殺せんせーを焦らすとかすごいぜ!」

 

「烏間先生達も驚いてたし こりゃぁ有力な戦力ができたな……」

 

「アハハ…… ハハ……」

 

クラスの大部分に賞賛されている義子より離れた席に座る寺坂竜馬は 隣の席の堀部糸成越しに座る赤羽業と会話していた

 

「何だ? あぁいう調子乗ってる奴に言ってやる嫌味な毒は今回持ってないのか業さんよぉ!」

 

「馬鹿だねぇ…… 寺坂はぁ~~…」

 

「あぁん!?」

 

「…………」

 

その業の顔はいつもの人を見下す様なあざ笑い顔で義子を見ていなかった

 

 

ーーあんな豆腐のようなメンタルに俺が何か言ったら 即部屋に閉じ籠もっちゃうよねぇ

 

 

チャイムと同時に一斉に全員が席に座る ここで義子が恐怖に寄った疑問を抱く

 

ーー早………

 

生徒一人一人素早く教科書やノート 筆記用具を取り出すその光景はまさに

 

ーー………真面目かよ

 

一番後ろ 自立思考固定砲台略して律の隣に座る義子はそのときクラスを見下した

その表情を業は見逃さない

 

 

「えぇそれでは今日の数学は…… 抜き打ち!! 小テストをしてもらいます」

 

「「「「「 え~~~!! 」」」」」

 

周りのブーイングに義子は安心する そして自分もその空気に混ざってみた

 

「そうだよぉ! テストなんて無駄だから止めろぉ!」

 

 

その時だった

 

 

「磨兒子さん………?」

 

「え……?」

 

クラス全員が義子を注目していることに義子は 先ほどの賞賛とは全く別の圧力にかけられる

 

「まぁ…… テストは嫌だけどさ 期末控えてるんだから頑張ろうぜ」

 

「こ…… 殺せんせー……!! さっさとテスト配ってよ!」

 

 

「ヌルフフフ 今配りますよ」

 

 

ーー何この空気

 

 

彼女は一本の刃に刺された気分だった 何が起こったのかわからない義子に渡されたテスト用紙を見てさらに追い打ちを食らう

 

ーー………これが中学三年生の問題?!

 

義子はペンを取るまでもなく そのまま黙り込んでしまう

授業終了間近にテストは殺せんせーに回収され まるで元気が無い義子が見つめる机の上に早速とテスト用紙が返されてきた

 

ーー………早

 

「さすが期末テスト半月前だけあって皆さんの磨きは既に輝いていますねぇ……」

 

周りが個々の点数に手応えを感じ合っている中 一番後ろの義子だけが浮かない顔をしていた

 

「義子さん……」

 

教壇から彼女の席まで移動した殺せんせーは触手で義子の額に触れる

 

「…………」

 

「今の時期の環境はわかりましたね」

 

「っ………!」

 

柔らかい触手から伝わる重圧を実感する 自分が怠けていたという実感を

 

「ですが大丈夫です 勉強も暗殺もこれからの補習授業で先生と一緒に周りに追いついて行きましょう」

 

「……無理」

 

「にゅ?」

 

「無理に決まっているじゃないですか…… こんな訳のわからない問題… 私が解けるわけ……!」

 

俯く顔を上げる義子の目に入ってきたのは

 

「「「「「 ……… 」」」」」

 

全員が心配と哀れみの眼を向ける生徒達に義子はトドメを刺される

 

ーー何なの…… 皆のその顔……

私と同じ低レベルなんでしょ? 落ちこぼれなんでしょ?! エンドのE組じゃなかったの?!!

 

 

義子は震える手で机にかけてある鞄に手を付け そして

 

 

逃げ出す

 

 

「磨兒子さん!!」

 

 

勢いよく廊下を走って旧校舎から出る義子の前に殺せんせーが行く手を阻んだ

 

「ヌルフフフ 速いですね~~」

 

「………どいて下さい」

 

「駄目です」

 

「…………」

 

懐から銃弾の入った瓶を取り出し 蓋を開けて殺せんせーに投げつける

 

「どけって言ってるでしょ!!」

 

「にゅ……」

 

その無数のBB弾をかわす殺せんせーに隙を突いてはいないが義子は山を下った

そんな彼女を追うこともせず後から来た烏間に任せて頭を触手で掻きながら教室へと戻っていく

 

一方で山を下る義子は不意に目に涙を溜ながら

 

 

 

ーー理想と違った 楽しいことしか考えていなかった私は馬鹿だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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特別授業五時間目 自暴自棄

ーーまた逃げてしまった 何度目だろうか………

 

部屋に籠もる義子はひたすら画面の奥の敵を倒す事に夢中になる中で そんな言葉を録音しているかのように頭の中で流れている

昨日出会った場所に自分の居場所がなかったと自覚することが怖い彼女はただひたすら見慣れた怪物達を倒す

 

「………飽きた 新作ソフトまだかなぁ」

 

E組から逃げて三日が経ち

親の気遣いもあって学校に行かない義子は漫画とアニメとゲームをループする生活に戻っていた

 

ーー………たまにはゲーセンでも行こうかな

 

私服に着替えて外に出ようとする

まるで生気を感じない姿を台所にいる母親に見守られながら外に出る

 

ゲームセンターやビデオ屋は意外に近く 苦労しない

行く気力が湧いてくるまさに救いの聖地だった

 

入り口を入り 当たり前のように格ゲーの台に座り無意識に金を入れる彼女は慣れていた

使い慣れたキャラを使って退屈にいつも通りのCP対戦をつまんなくプレイしている

たまに反対側の台から挑戦者が現れるがこれもいつも通り勝ち越してCP対戦へと戻る繰り返し

 

繰り返しの筈だった

 

 

ーーあれ………? 負けた……

 

 

そのとき初めて夕刻だったことに気付く

 

「な…… なんで?」

 

最近負けたことのない彼女に画面越しの酔っ払いの酔拳スタイルの老人に一回も勝てなくなる

結局何百円使おうとも勝つこともなく

 

「っ………!!」

 

そのとき声がした

 

「相変わらずすごいねぇ神崎さんはぁ!!」

 

「えへへぇ そんなことないよ 茅野ちゃんも勉強の息抜きにやってみたら?」

 

「いやいや その手捌きは国宝級だよ神崎さん」

 

「大袈裟だよ杉野君」

 

義子は思わず反対の台を覗くと

 

「あ…… 磨兒子さん」

 

「っ…… E組の………」

 

そこにいたのは椚ヶ丘の生徒

しかもE組の渚 茅野 杉野 神崎の四人だった

私は訳わからずその場から逃げようとする

 

「待って!」

 

神崎が台を立ち上がって 義子を呼び止める

 

「この前はどうしたの義子さん?」

 

「っ………」

 

 

ーー逃げ出したい 逃げ出したい 逃げ出したい

 

 

拒否反応にも近い義子の感情はこのとき限界だった

その心拍数を神崎の近くにいた渚も気付く

 

「あれれぇ~~? こんなとこで何してるの磨兒子さん!」

 

そのときトイレから帰ってきた業も現れる

 

「もしかしてだけどさぁ~~ E組はもうちょっとヌルい場所って思ってたりしてた?」

 

「っ………」

 

 

「ちょっ…… 業君!」

 

 

渚が止めようとしているが業はニヤついた表情で率直に聞く

 

「どうせE組だから気軽に復帰できるとか思ってたんでしょ?

でも み~~んな真面目に勉強してる 本校舎の連中と同じくらいに

このクラスですら置いてかれてる感を味わいたくないから逃げたんだよねぇ?」

 

「…………」

 

何も言い返せない自分がいた

それに俯く自分をフォローしてくれている渚達にも正直イラついている

 

「大丈夫だよ義子さん! 皆も最初は君と同じだったんだから」

 

「そうだよ! これから追いつけば…… 私達もわからないところ教えてあげるし!」

 

渚と茅野から差し伸べられる手

しかし今の彼女にはまるでナイフに刺されている気分だった

 

「別に助けてもらわなくていいし……」

 

二人の手に背くように店を出ようとする

しかしまたもや義子の退路を断つ黄色い者がいる

 

「ヌルっフッフッフ~~!! こんなところにいたんですね磨兒子さん」

 

「ゲッ!!」

 

そこにいるのは当然殺せんせー もちろん渚達も近づいてくる

 

「殺せんせー! どうしてここに?」

 

「べっ…… 別に勉強の息抜きで神崎さんのゲームテクを見に来ただけだかんなぁ!!」

 

 

「ヌルフフフ! 大いに結構ですよ それよりも磨兒子さん」

 

 

殺せんせーは彼女の肩にそっと触手を置く

 

「この前の先生への暗殺…… とても素晴らしかったです またクラスに殺しに来てくれませんかねぇ?」

 

「あんなの……… ただの初見殺しですよ

先生の私への危機感を持ってしまった今 私にはもう手段がありません」

 

「そんなことはありません!」

 

触手を肩から頭へと移動する

 

「そこにいる杉野君は趣味の野球を生かして暗殺して来ます

茅野さんだって私の大好きなプリンを武器にされたのであのときは誘惑的に本気でヤバかったです」

 

「…………」

 

「それに神崎さんはオンラインゲームの達人の称号も持ち合わせています

人それぞれ自分だけの刃を研いで私を殺しに来てくれています

その個々の力を合わせて私にとっておきの技を使わせた程です

どうですか? あなたにも…… あなたが気付いていないあなただけの武器がまだ隠しているのではないですか?」

 

「っ………!!」

 

歯を食いしばる義子に渚が近づく

 

「磨兒子さん! 僕も暗殺の才能があるとか時代に合わない評価を受けているけど……

好きな映画とかいっぱいあるんだ また明日学校でさ そういう話もしながら一緒に頑張ろうよ」

 

 

 

ーー本当におかしい…… このクラスは普通じゃない

 

 

 

義子は殺せんせーの重く感じる軽い触手をハネのけて

 

「私は勉強の危機を感じているんです!! ………なんですか暗殺って!」

 

「にゅぅ…………」

 

「馬鹿にしないで……… 馬鹿にするな!! あんた達は椚ヶ丘の勉強に付いていける…… 結局付いていける秀才なんだ

私はその環境に出遅れた 寄って集って内心私のこと見下しているんでしょ?!

そうです私は勉強が出来ません 中学もこの先の高校もロクに成績に結果を残せない出遅れた落ちこぼれよ!!」

 

皆はただ黙って聞いていた

反論出来ようにもできないからだ 彼女の頬には既に涙が伝っていたのだから

 

ふと我に返る義子も格ゲーの台に置いてある鞄を持つなりその場を走り去って行った

 

 

「殺せんせー………」

 

 

「にゅ~~~~~~~~~~……」

 

 

 

 

 

 



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特別授業六時間目 今のE組達

ーー彼女の本音を聞いた

どうにもならない無能感 死にたくなるような絶望感

僕もそう思っていた時期がある このE組に来る前から……

 

帰り道を話しながら歩く五人と殺せんせー

話題は先ほどの義子の件だった

 

「それにしても業! さっきのは言い過ぎだよぉ!」

 

「何も言わない方が良かった? 茅野ちゃん

これから逃げないで勉学に取り組む奴なら何も言うまいって思うけどさぁ

磨兒子さんは一度全て投げ出して逃げちゃったんだから 自分が間違ってるんだってわからせてあげないと」

 

 

「全てを投げ出して?」

 

 

神崎が質問する

 

「多分彼女はもう〝学校なんて行く価値が無い〟って思考回路に植え付けている

言ってることだってテレビ見て取って付けたような自分の言葉を正当化してるみたいだからさぁ

だから他人の俺がその模索している心情をちゃんと言ってやって まず麻痺してる自分の現状を再認識させてやったの」

 

「どういうこと?」

 

 

「ヌルフフフ ですがさっきの発言は不正解ですねぇ業君!」

 

 

殺せんせーの言葉に業は立ち止まる

 

「じゃぁ何て言えば良かったの殺せんせー あのメンタル小動物のか弱い女の子に?」

 

「それは今考えています 何せ磨兒子さんには殺意の欠片もありませんからねぇ………」

 

「………殺意が無い?」

 

「そうです 殺意どころか何もかも無意味だと感じてしまい

逆を言えば興味にのめり込むことが怖くなってしまっているのが彼女です」

 

「つまり人生を諦めてるよねぇ それ」

 

 

「磨兒子さんを変えてしまう何かがあったのかしら……」

 

 

神崎の言ってることに正解の色を示す殺せんせーの表情は豊かだった

 

「あの生徒は本当に出遅れてしまった もう少し早く来ていればあのように堕落する必要はなかったのかもしれません」

 

「というと? 殺せんせー」

 

殺せんせーは懐からとある用紙を杉野に見せる

 

「え? ………これって」

 

「そうです 磨兒子義子の二年の一学期までの成績です」

 

そこには学年のトップ圏内に入るほどの テストの点数は見事なものだった

さらに当時の担任からの内心について書かれていることも

 

〝 何にでも興味を持って取り組む明るい生徒 〟

 

〝 友人を思いやる面が見られ 何かあれば助けようと教師に素直に頼る様な一面をも見せてくれた 〟

 

 

「………まるで今の磨兒子さんと正反対」

 

「そうなんです 彼女は元々人を気にかける優しさと活気に満ちていました

そしてこの成績表が最後 丁度二学期の後半から学校を離れてしまったことと一致します」

 

「………何か私と似てるな」

 

 

「神崎さんと?」

 

 

「うん…… 私も親が厳しくて逃げ出した時期があるって話したわよね?

でもこのクラスで…… 皆と出会って逃げてるだけじゃ駄目だって実感出来たから……」

 

神崎は前に立って皆に主張する

 

「やっぱり磨兒子さんを助けたい!! きっと彼女もそういう場所が必要なんだよ」

 

「………うんそうだね!」

 

 

「でもどうすんだよ…… 多分原因わからないと あいつの心開かせないぜ」

 

「杉野の言う通りだよ 助けるならその変わった何かを掴まないとねぇ

それに俺達は期末テストを控えている 残酷だけどそれを忘れないように」

 

 

「それに関してましては先生に一任を!!」

 

 

殺せんせーは自信満々に大声で言う

 

「大丈夫なの殺せんせー?」

 

「モチのロン!! 彼女も私の生徒です 必ず前を向かせてクラスに連れ戻します

なので君達はとりあえずテスト勉強を頑張って下さい」

 

「うん…………」

 

「大丈夫…… むしろ前を歩き出そうとしている彼女をそこから支えるのが友達になってくれるあなた方の役目です

よろしくお願いしますね 皆さん!」

 

 

「「「「「 はい!! 」」」」」

 

 

生徒と別れ 殺せんせーは一人別方向へと飛んでいく

 

 

 

「さて…… 手入れの準備を始めますかねぇ…… ヌルっフッフッフ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 



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特別授業七時間目 徒花此乃葉

夕日に背いて走る義子は気付いた時に見える手前の公園に足を踏み入れる

近くのベンチに座り 母親に手を握られて帰ろうとする子供を何の関心もなく見ていた

 

ーー我に返った後のシリアスな自分の発言が嫌になるなぁ……

 

陽も暮れて暗くなった公園でも義子は動くことなくただベンチに座っている

スマホが鳴るにもどうせ親だと無視する始末

 

ーー私…… これからどうするのかな……

 

ビジョンの見えない末の自分のことを考える自分に殺意を覚えるから

ただ何も考えようとしなくなる自覚の働きが今一番心地良かった

 

ただ一つの景色を傍観する中 そこに映る道路を知った顔が通る

 

 

「…………此乃葉(このは)?」

 

 

つい声を出してしまった そして聞かれてしまった

 

「…………義子」

 

「っ……………!」

 

義子は目を反らし 此乃葉も気まずそうにその場を立ち去って行った

 

 

ーー合わせる顔が無いな

 

 

すると突然ベンチの後ろから声がした

義子は振り向くが 普通驚く身なりをしたその人物を堂々と見る

 

「やぁ! 警戒しないんだね 自己紹介させてもらうと私の名前はシロ」

 

「……」

 

 

ーー瞬時に察せる こいつもあの超生物に関係している奴だ

 

 

「こんな時間に一人でいたらハイエース待ったなしって良く言うだろ?

それだけ都会は危険だって地元の君ならわかるだろうが 一応注意しとくよ」

 

「ご心配感謝します 如何にも怪しいシロさん」

 

そう言って鞄を持って帰ろうとする義子にシロは声を掛ける

 

「まぁ待って あの怪物を殺せる良い案件を持ってきたんだ」

 

「良い案?」

 

その言葉で義子はすぐに100億を頭に浮かべ 話を聞いてみることにした

 

「あぁ… 今とある集団で先生を殺せる計画を立てていてね もちろんE組の生徒ではないけどね

その計画に君のようなあいつが油断しない人材が欲しいんだよ」

 

「………私 もうあの先生に警戒されてますよ 嫌われているかも」

 

「はっはっは! それはない 生徒を嫌う先生はいないよ」

 

「………そんな偽善な慰めはいらないです」

 

「でも実際逃げる君を引き留めてくれる 良い先生じゃないか

そんな彼への見返りが暗殺…… 暗殺の上辺で築ける愛業だと思ってE組の生徒も本気で殺しにかかっているんだよ」

 

シロは対先生繊維で出来た白装束のローブと先生の触手の動きを鈍らせる光線銃を渡した

 

「これで君は他の生徒より有利に戦えるだろう 効率良くあいつを殺せるよ」

 

「あの怪物を殺せる……」

 

義子は受け取りローブを見ている シロもニコッと笑い義子の肩を優しく撫でていると

 

「何をしているんですか!!? シロ!!」

 

「おっと…… 邪魔者が来たようだ」

 

義子を担いで後ろに下がるは殺せんせーだった

 

「大丈夫ですか? 義子さん」

 

「え……… はい」

 

殺せんせーはシロに黒い皮膚で睨み付ける

 

「何もしていないよモンスター むしろ君の大好きな暗殺に目を向けてくれるよう彼女の背中を押していただけさ」

 

シロは笑いながらその場を去って行く

自分の身を地に下ろして一息つく先生を義子はじっと見ていた

 

「お怪我はありませんね」

 

「なんでここがわかったんですか?」

 

「ヌルフフフ!! あなたの家は把握してますからねぇ その付近をこのマッハ20で捜し回っただけですよ」

 

「さすが………」

 

「それよりさっきの女子生徒は友人ですか?」

 

 

ーーいつから居たのよ このタコ!!

 

 

「友達だった…… でも結構前からもう会ってすらいない」

 

近くにあるブランコに乗る二人は殺せんせーが持ってきたトマト牛乳パスタを頬張りながら話す

 

「美味しい…… もしかして本場イタリアから仕入れたり?」

 

「いえいえ…… 先生の手作りです これでも先生家庭科も教えているんですよ」

 

「………何でもできていいなぁ先生は 私なんか」

 

「それでも成績はトップ圏内と伺っていますよ」

 

「でも別に何かしたいとも思わなかったから 特進クラスにも行かなかったし

それが原因かなぁ 周りも友人も多分良い思いをしなかったのは 私はただ一時の暗記が出来るだけだったのかも」

 

「にゅ~~…… それで本校舎にいる〝徒花此乃葉〟さんとも疎遠に?」

 

「………知ってたんだ」

 

食べ終わった皿を回収して公園の水道で洗い終え コンビニのカップコーヒーを渡す

 

「先生もハマってるんだこのコーヒー」

 

「にゅやっ!! あなたもですか?! 気が合いますね~~」

 

 

ーーこんな話題 誰も盛り上がらないっつの

 

 

「私と此乃葉は小学校からの知り合いだったの

勉強もトップを競って頑張ってたっけ いつも一緒に遊んでこのままずっと隣で楽しくいれると思っていた」

 

「にゅ?」

 

「でも私は自分の常識の範囲内での行動ばかりで此乃葉の事を理解していなかったんだろうな………

先生は漫画やアニメとか好き?」

 

「えぇー好きですよ この前も渚君や業君と映画を見に行ったり

不破さんとはカフェで一対一で談義したりしています

それこそ今流行りのソニックニンジャなんてもう四人で放課後盛り上がりましたよ!!!!

業君と不破さんが話はベタだと言う反対で私と渚君で反論合戦も始まりましたしね!!!!

日本で言えばドレスパイレーツやMOYASIなど世界に進出するほどの漫画もどれも傑作で時間が足りませんねぇ!!!!」

 

「だよね!! やっぱり少年ジャンプはいつまでも切り離せないよねぇ!!?」

 

ついつい盛り上がる義子は話を脱線してしまったと我に返る

 

 

「そんな趣味だからかな…… 周りを見ようとしない真っ直ぐな正義からの偽善行為が此乃葉を傷つけてしまった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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特別授業八時間目 磨兒子と徒花の時間 友情

保育園を卒園と同時に私達家族は田舎から都会に引っ越してきた

慣れること自体難関の田舎者集団であった私も 追い打ちをかける小学校の新しい生徒達に困惑を隠せず

この歳から陰に隠れるポジションに着こうとしていた

 

そんなとき

 

「義子ちゃん 宿題見せてくれる?」

 

関東なら既にどこにでもいる密度の濃い大人びた生徒が一人近づいて来た

 

「…………うん いいよ」

 

彼女の名前は徒花此乃葉

クラスにも人気があるのは授業中も昼休みも放課後も一目瞭然

そんな彼女が話し掛けてくれることにもちろん当時の私は嬉しかった

 

その子はとても器用で 勉強や運動 人付き合いなどまるで超人だと思わざるを得ない

端から見てて忙しい彼女がそれでも自分のことも気に掛けてくれる迷いの無い憧れの存在

 

ーーそう…… まるでいつも楽しみに読んでいる少年ジャンプのヒーローのような

 

家が近所で通学路が一緒だった私と此乃葉は途中で別れる友達と違って最後には二人で帰るという自慢の時間

下校中を誇り いつも笑顔で家に帰っていたっけ

それを出迎える家族の安堵の表情も私の楽しみだった

 

 

とある昼休み中

私の趣味である絵を描いていると男子生徒達が寄ってきた

 

「うわっ……! 義子絵へったくそだなぁ!!」

 

絵が描かれた用紙を取り上げてクラス中に広めるかのように持ってる腕を掲げて馬鹿にされていた

 

「四年生でこの絵かよ! 俺でさえもっと上手く描けるぜ」

 

「返して…… 返してよぉ!!」

 

こうなったら小学生は相手が泣くまで止めない

その頃から弱さを見せなくなった私は必死で取り返そうとする

しかし男子の力には勝てず そんな時には

 

「止めなさいよ信太君! 長助君も!!

いくら義子さんのことが好きだからって」

 

「「 ち…… 違ぇよ! 」」

 

「そんなちょっかい出してしか好意伝えられないとか 王道過ぎるでしょ 恥っず!!」

 

「「 う…… うるせぇ!! 」」

 

二人は女の子走りで教室から逃げて行った

 

「絵描くの好きなんだ義子ちゃん」

 

「うん……… 漫画とか読んでるから」

 

「ふぅ~~ん」

 

すると此乃葉もノートを取り出して何やら描き始める

 

「此乃葉さん上手い!!」

 

その画力に賞賛の声を上げる

それに釣られて周りの女子も集まってくる

 

「小学生とは思えなぁい!」

 

「さすが美術Aの成績」

 

歓喜が湧く女子達の中に義子もいた

そんな義子を見る此乃葉はあからさまに自慢気の顔を向ける

 

「めっちゃ練習したからね! 努力の勝利って奴だよん!!」

 

「っ…………」

 

 

ーー嫌味に……… 聞こえなかった

 

 

〝 何読んでるの義子ちゃん? 〟

 

〝 え…… 少年ジャンプだよ 〟

 

〝 へぇ~~ 面白いんだぁ でも下校中に物買ったら駄目だよ 〟

 

〝 そう…… だね…… これからは買わなっ 〟

 

帰り道に通る二つ目のコンビニに此乃葉は不意に立ち寄った

扉から出てきた此乃葉が持っていたのは私の手に持っている物と同じ物だった

 

〝 先生に言わないでよね! 〟

 

帰り際に二人で歩きながら読む少年ジャンプ

同じ作品を読んでるときは盛り上がり 面白い話があればその作品に誘導させる

下校がまた一段と楽しくなるばかりだ

 

しかし本を買っていることが先生にバレて職員室で思いっきり怒られた

私は何冊も買っていたからだけど 此乃葉はまだ一回だけの行いなのにと不運を感じせざるを得ない

 

嫌な空気に見舞われる

廊下を前で歩く此乃葉を不快にさせたんじゃないかと

クラスに戻ると必然的に二人の下に生徒が集まる 彼女は何を言うのかと思ったら

 

〝 アハハ…… やらかしちゃったなぁ…… 〟

 

〝 此乃葉は馬鹿だなぁ…… 俺ならもっと上手く買っているぜ 〟

 

〝 はぁ?! 田口…… あんたが買っていることもバラしてあげようか? 〟

 

〝 っ……… なんだとぉ?! 〟

 

賑やかな空気

皆と話している中で彼女がこっちを見て繋がる二人だけの特別とも言える親密なアイコンタクト

つい数分前で抱いていた既視感はどこかへと旅立ち 私も抵抗なくその輪に混ざることが出来た

ついでに少年ジャンプを読んでたことはクラス中にもバレ 男子生徒ともよく話題にする機会が多くなる

 

此乃葉はまるで私の先生のような存在になっていた

 

 

「じゃぁ絵描くの教えてよ! 先生!」

 

 

「うんもちろん!!」

 

 

小学生という時間もあっという間で気付けば最後の一年である六年生に上がっていた

 

「私立受験?」

 

「そう! 椚ヶ丘中学校って進学校なんだけど受けてみない?」

 

この時点で成績は私と此乃葉は以前からのトップ争いを繰り広げているほどの優秀コンビだった

 

「うん いいよ! 同じ中学行きたいしね」

 

「義子ならそう言ってくれると思った!」

 

 

〝 自分が聞いてきた どうなりたいのか?

 

  徒花此乃葉の隣に見合う人になりたい 〟

 

 

結果は二人とも合格

来春からは並んで一緒の中学に通えることで祝い合っていた

 

そして卒業式を終え 卒業旅行を終えて四月

校門にベタベタに咲く桜に胸をときめく私の隣には此乃葉

椚ヶ丘中学の制服を着た生徒達に混じり校舎へと向かった

 

一年は何事もなく勉学に励んで遊んでいた

 

だけど 私は気付いていなかった

 

 

 

 

水面下から浸食されてる徒花此乃葉の変貌に

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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特別授業九時間目 磨兒子と徒花の時間 薄情

彼女の変化に気付いたのは二年に上がるときだった

 

「此乃葉! 放課後カフェで勉強しない?」

 

「………」

 

いつの間にか日常になっていたかのように 声を掛けても此乃葉に避けられていた

 

「ちょっと待ってよ此乃葉!」

 

前を塞いでも川を流れる木の葉が大岩を避ける様に彼女が日々遠くへ行ってしまう映像が流れ出ていた

私が何かしたのか考えるも見当もつかず 本来なら夏休みの予定を決める時期でもあるのに

 

ーーこんなことって……… なんで……?

 

成績においての競争が充実しているこの中学校で友達を作るのは難かった

多人数でいるグループは大体小学校からの付き合いが多い連中がほとんどだ

そんな中で私が信頼できるような友情を築いてきたのは此乃葉だけだった

 

 

もう一度 もう一度 もう一度 もう一度だけ

 

 

慣れた昼の一人弁当

箱を蓋した私はいつも屋上で決心して人知れず立ち上がる

 

「此乃葉!」

 

下校中の此乃葉の前には息を切らしながら仁王立ちする義子がいる

 

「先生に呼び出されて帰りが遅くなっちゃった…… ハァ… ハァ… 」

 

「…………」

 

「一緒に帰ろう…… お願い……」

 

 

「義子ってさ………」

 

 

最近見せない此乃葉の微笑む顔を見れた まだ離れてない 繋ぎ合わせられる

そう思っていたときだった

 

「っ………… え?」

 

そこは誰も通っていない住宅街を見ていた

後ろを振り返ると戻ってきて欲しい彼女の冷めた背中がまた小さくなっていた

 

 

「此乃葉…… なんで? …………なんで私を避けるの!!!」

 

 

 

此乃葉は顔だけを少し義子に向ける

 

 

「義子ってさ…… 周り全然見ないよね?」

 

 

それだけが彼女の返しだった そしてそのまま去って行った

 

「私が何したってのよ!」

 

その場に崩れ落ちる義子に誰も答えを教えてくれる人はいなかった

 

翌日から私は此乃葉と会うことを止めた

クラスも違って普段ならそうそう会えることもなかったのだが

何より また話しかけて突き飛ばされる様な彼女の態度が怖かった

 

ある日

一人で下校も慣れ 親に頼まれて店が並ぶ街中を歩いていた

メモの食材を求めてスーパーに訪れ買い物を済ます

帰ろうと駅まで行こうとしたそのとき 裏路地から数人の声と共に知った声も聞こえてくる

 

 

ーー此乃葉!

 

 

笑い合う恰も不良グループの中心には彼女がいた

それを受け止められなかった私は裏路地の入り口で硬直する

 

「なんだ? お前と同じ制服着た奴がいるぞ徒花」

 

「…………義子!」

 

 

「此乃葉…… 何してるの?」

 

 

挙動が安定していない焦る私とは反対に彼女は冷静に敵を見るような目で私と向き合っていた

 

「おい行くぞ徒花! 他校にバレたらやっかいだ」

 

ーーバレたら?

 

数人の不良生徒がその場から逃げようとする

無慈悲にも彼女もその生徒達に付いていこうとしていた

 

「待って此乃葉!」

 

絶対に今引き留めねば

確信もない 直感で見逃してはならないと思った

 

「おい何やってんだ徒花!!」

 

「うるさい!! これ以上此乃葉に近寄らないで!!」

 

 

「っ………」

 

 

そのとき此乃葉の表情に背いて前に出ていた私は見ることができなかった

 

「いい加減にしろガキ! その女はなぁ……」

 

不良はゆっくり近づいてくるなり 私の胸ぐらを掴んだ

その後の一瞬の後悔を覚えたくない私は咄嗟に奴の股間に蹴りを入れてやった

 

「アゥパッ………!!!!」

 

「何やってんだよアギト 自慢の尻顎隠してんじゃねぇか!」

 

「うっ…… うるせい! この野郎……」

 

ぞろぞろと女子二人を囲む不良達に臆することなく構える私

何せ空手習ってたから

 

「ほぅ…… この人数で良い度胸だな 高校生相手に勝てるとでも思ってんのか?」

 

義子の正面に立つは図体のデカいアギト

彼が襲いかかると同時に殴り合いの喧嘩が始まってしまった

 

 

数十分後

 

 

顔に傷を作りながらも一人立っている私はいた

後ろで見ていた此乃葉に近づき 私はそっと彼女に手を差し伸べてみる

 

「一緒に帰ろう此乃葉! そういえば此乃葉の鞄に入っている物ってスーパーに売ってるやつだよね?!」

 

「……………」

 

少しだけ気になっていたのは此乃葉の鞄にチャックが締め切れないくらいに詰め込まれていた商品

 

「このお菓子とか今流行っているよねぇ コンビニに売ってないから大変だよ~~」

 

「……………」

 

そんなに溢れそうならビニール袋でも貰えばいいものを

 

「そうそうコンビニといえば最近できたレジカウンターで販売しているコーヒー!! あれおいしっ……」

 

「ごめん義子……… 私帰るね」

 

 

ーーまただ

友人を不良達から守ってまたスッキリしていた自分がいる 自己満足ばっかで此乃葉のことを考えていない

 

 

「まっ…… 待って此乃葉!」

 

しかし彼女は振り向きもせずに 何かを考えていたこともわからずにただ見送るしかなかった

 

「………悪い奴倒したんだからお礼くらい言って欲しかったな」

 

 

 

「ちょっと君! いいかね?」

 

 

自分も帰ろうとしていたそのときだった

さっき買い物をしてきたスーパーのロゴが入っているエプロンを着た店員らしき人に声をかけられた

 

「何ですか?」

 

「ついさっきにね うちの店から万引きがあったと客の情報があったんだ

私達も気付かなかったよ…… いや気付かなかったで済まされない量の商品が盗られていた」

 

すると店員は義子の後ろにいる不良達の鞄に目がいく

 

「おい…… まさか」

 

その鞄の中身を義子も再確認する

 

 

ーー………

 

 

スーパーの商品がぎっしりと詰め込まれていた鞄を見て店員は急いで警察に連絡した

 

 

 

 

 

 

 



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特別授業十時間目 磨兒子と徒花の時間 苦情

「君がちゃんとレシートを持っていて助かったよ あいつらと共犯扱いせずに済んだ

しかしなぜあの場に君はいたんだね?」

 

「それは…… 絡まれていたんです! それで正当防衛で」

 

「…………やっつけたのか すごいな?! 警察には君は無関係 むしろ巻き込まれた被害者だと伝えておくよ」

 

「ありがとうございます」

 

そのまま私は店を後にした しかし心はすっきりしていない

 

 

ーー此乃葉の鞄に詰められていた あの……

 

 

考えたくなかった そうであって欲しくないと 家に帰っても眠れない

明日彼女にちゃんと聞いてみようと私は決心する

 

翌日の放課後

私は此乃葉を屋上に呼んだ 

不思議と彼女は来てくれた 本来ならそれが当たり前だと思いたいのだが

 

「用って何?」

 

「っ………… 昨日の事なんだけどさ」

 

久しぶりに会話ができた 嬉しいと感じたい筈なのに

 

「昨日の鞄に入ってた物…… どうしたの?」

 

「…………買ったんだから食べたに決まってるじゃん」

 

「っ……… はっきり言うよ 盗んだんじゃないの?」

 

「………酷いね義子 友達を疑うなんて」

 

「…………」

 

 

ーー此乃葉って意外に不器用だったんだ

 

 

「ここに来て友達発言 状況が違ってたら嬉しかったのになぁ………

聞くけどたまたま不良達に絡まれてたまたま双方の鞄が物でギッシリなんて状況そうそう無いよね?」

 

「そのたまたまだったどうすんのよ? 私が結構お菓子を食べることなんて義子でも知っているでしょ?」

 

「じゃぁなんで私が声をかけたとき 友達を見る目じゃなかったの? 助けを求める顔じゃなかったのよ!」

 

「……………」

 

此乃葉はほくそ笑んだ

 

 

「やっと私のこと考えてくれる義子に出会えた」

 

 

「何よそれ…… 周りが見えていないとかさ…… 此乃葉のことならいつも考えてるよ!! 友達だもん!!」

 

必死に訴える義子の下にとある本が投げ出された

 

「…………少年ジャンプ」

 

「私には目を覆いたくなるやつだから義子にあげる」

 

「え………」

 

「私さ 入学式のときから何食わぬ顔で義子の隣にいたけど実は落ちてたんだよね

枠が一つ…… いや二三個くらい空いたからギリギリ入れただけなんだ」

 

「……なんで なんで言ってくれなかったの?」

 

「当たり前じゃん だってアンタに見下されるのが死ぬほど嫌だったんだから

クラスにも馴染めなかった 私がいなきゃ何もできなかった義子にナメられたくなかった」

 

「…………」

 

ただただ呆然と聞いている義子 ドッキリだったら今にでも言って欲しい

 

「アンタは良いよね 単純だから

そんな漫画ごときで勉強もできて 絵も上達して 空手まで覚えてさ」

 

「それは…… 此乃葉のおかげで……」

 

「私がどんな気持ちだったか知ってた?!!

そんな本でどうにかなるほど世の中甘くないんだよ普通は!!

一年に義子以外のどの生徒にも遅れを取った 部活もままらない

きっとは私はあの〝エンドのE組〟に行くことになるなんて日が目に見えてる あなたにこの絶望がわかるの?

わからないわよね?!」

 

「そんなことないよ! 私も勉強教えるから!!」

 

「それが敗北なのよ! 昨日の事だって…… 漫画の主人公ごっこしてんじゃないよ そういうの偽善って言うんだよ?!

やって駄目だったときどうせ見捨てるんでしょ?! ここの教師達にみたいに…… 私の家族みたいにさぁ!!!」

 

「?!!」

 

初めて泣いてる彼女を見た

振り返ると私が彼女に相談したことはあったけど 彼女が私に相談して来ることはなかった

プライベートではいつも遊びの話しかしない 当然それが今までの日常だったのだから

それはいつの間にか此乃葉にとって嫌味に捉えられてしまっていたのだろう

 

本音を打ち明けられた私はもう何も言えなかった

扉の方へと去って行く彼女を呼び止めることができなかった

 

「万引きの主犯は私だよ」

 

「え……?」

 

 

〝 ちょろいぜ…… まったくよぉ…… 〟

 

〝 ホントホント…… しっかし徒花の作戦はいつもぶっ飛んでやがる まさか一度にこんなに万引きが出来るとはよう…… 〟

 

〝 別に…… 監視カメラの位置から映せない死角を教えただけでしょ

店員も面倒臭い態度の奴が多いから 場を動く数名を注意すればどのタイミングで盗めるかわかるし

………楽勝よ 〟

 

 

「ねぇ…… 義子には私どう映っていた?

心が強いジャンプのヒーローと重ねてたりしてた? ………ごめんね

私はそんなに強くないよ

もう私に関わらないでね 私なりに高校生活を楽しむから」

 

扉を閉められてもはっきりしない自分

辺りが暗くなって初めて帰ろうと口にした

 

二年の一学期の期末テストが終わり椚ヶ丘中学は夏休みに入った

自分のことを蔑んでるよとまで言われた此乃葉とは連絡を取る気にもなれず

休み中は勉強するか一人で遊ぶかに限られていた

 

万引きのことは誰にも言わなかった

これが正解なのかどうとか 今の私にはどうでもよくなった

街の方へ一人で出向くと必ず多人数の若者が自分を横切る

本来なら此乃葉とああいうことをしてたかもしれないと思うと何も考えたくなくなっていた

 

けして短くない夏休み それが地獄だった

友人は今何をしているんだろう そればかりを考えるも家から出ようとしない まるで出口が開いた檻の中にいるよう

 

頼る相手もいない

小学校で仲の良い相手は常に此乃葉だったから 此乃葉がいたから私の周りにも人が居た

だけど今となっては

 

ベッドの上で寝る前は必ず嫌悪してしまう 此乃葉の会話に出てきた友達に言わないような台詞が再生されてしまう

 

〝 クラスにも馴染めなかった 私がいなきゃ何もできなかった義子にナメられたくなかった 〟

 

〝 あなたにこの絶望がわかるの? わからないわよね?! 〟

 

〝 もう私に関わらないでね 私なりに高校生活を楽しむから 〟

 

窓に映る夜空と自分の顔を照らし合わせると月が泣いていた

 

そんなことを繰り返す私は

 

 

 

 

新学期には学校へ来なくなっていた

 

 

 

 

〝  自分が聞いてきた どうなりたいのか? 

 

   …………もうどうでもいい      〟

 

 

 

 

 



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特別授業十一時間目 親の心情

肌寒い夜風も忘れ

殺せんせーは義子に起こった出来事を打ち明けられた

 

「にゅ~~………」

 

「アハハ…… ごめんね先生 こんな長話に付き合わせて」

 

「謝る必要はありません ただ七時から見たいテレビがあったので録画してきたかどうか不安になってきましてねぇ」

 

「…………敵わないなぁ 先生には」

 

義子はブランコから飛び降り

殺せんせーの方を向いて手のひらを見せる

 

「じゃぁ私もう帰るわ! トマト牛乳パスタとコーヒーご馳走様でした」

 

「ヌルっフッフッフ! 夜道は危険ですから自宅まで送りますよ?」

 

「すぐそこだし大丈夫よ それに男に住所知られたくないしね」

 

手を振りながら帰っていく義子

それを見送る殺せんせーはただ無表情の黄色い顔だった

 

家に帰って来た義子を出迎えるは父親だった

 

「こんな遅い時間に…… 何処行ってたんだ?」

 

「別に…… ファミレスで勉強してただけだけど? 悪い?」

 

靴を脱いでそのまま二階へと真っ直ぐ向かう娘

 

「義子…… ご飯はぁ?」

 

「食べて来た」

 

足を止めずに上り続ける姿を二人は下から見つめることしかできなかった

 

「さっ! お父さん ご飯食べましょ?」

 

「…………」

 

当たり前になってしまった夫婦だけの夕飯

目の前にだけ座っている愛する者との食事はけして苦ではない

しかし いつしか生まれたもう一人の家族との楽しい夕飯を築いている

そしてそれが突如無くなったことで会話のない二人だけの冷めた食事になっていることに母親と父親は気付いていた

 

そんな中 気まぐれ中の気まぐれに父親が母親に会話を持ちだした

 

「義子は…… その…… 学校に行き始めたのか?」

 

「えぇ…… 復学してくれたわよ 久しぶりに作る弁当も新鮮でいいわ!」

 

「………噂に聞いたんだが 〝E組〟って場所に行ったらしいな 落ちこぼれが集まる」

 

「ちょっとあなた! 義子に聞かれたらどうするのよ!」

 

「俺は自分の娘を落ちこぼれなんて思っちゃいない! だが社会は正直だ 一度付いたレッテルを剥がすことなど父親の私でもできないことがある」

 

「あなた………」

 

「近い内に会社に退職願いを出してくる

私達は大人になってから都会に進出してきたから慣れることが出来たが 義子はそうじゃなかったのかもしれない

学生の間でも競い合う過酷な環境はむしろ都会では一般的だ しかも義子が通う学校はあの椚ヶ丘中学校

田舎に帰ろう…… 湖遙(こはる)!!」

 

「ちょっと待って! そんな急に」

 

「急じゃない! むしろ一年も様子を見てきたんだ 高校くらい真剣に取り組められるよう ちゃんと俺達が用意しようじゃないか」

 

義子の父親はネクタイを解いてバスルームに向かおうとしていた

 

「待って! 義子の意見を聞いてやって!」

 

「親に相談できないから部屋に逃げるしかできないんだろう?

俺はあいつのことならわかっているつもりだ ……父親だからな」

 

「そんな無責任な………」

 

「早いとこ転校の手続きをしといてくれ…… 帰ったら帰ったで田舎に慣れることも始めなきゃいけないしな」

 

風呂場の戸は閉められ湖遙は言い返すことを止めて台所へと戻っていった

二階の部屋にいる義子は扉を開けたままにしたせいで話の全てを聞いていた

 

「慣れとか…… そういうのじゃ……」

 

此乃葉の件とはまた別の新しい刃物に刺されそうになる義子は急いでヘッドフォンをかぶり

画面の奥の世界へと逃げていった

 

 

翌日

学校に行くことより行かないことが常識の義子は昼食を済ませてから即座に二階へと向かう

またいつのもの様に戻ってしまった母湖遙の顔からも笑みが失われる

 

ゲーセンに行くのも怖くなってしまった義子はただひたすら部屋の中で遊ぶことを考えていた

 

「ダウンロード~~ ダウンロ~~ゥド~~ 店行く必要無い無いナイン!! 今日はKTQ9をするんだよ~~」

 

ポテトチップスとコーラを手の届く場所に置き ゲームのダウンロードを待つ義子

気長に昨日録画していたバラエティ番組を見ながらポテチを頬張っていた

ふと立ち上がる彼女は部屋に配置されてる冷蔵庫からカップ麺を取り出して一階から沸いたお湯を注ぐ

 

「太るカップに太るポテトを入れたらどうなるの~~ プラスとプラスはプラスでお腹を満たすサプライズ~~ つゆが無くなる前にぃ ポテトをベッチャベッチャだ ぬらべっちゃ~~!!」

 

「ヌルっフッフッフ………」

 

 

「…………」

 

 

適当に歌って舞い上がる義子が見た窓には無数の黄色い触手が張り巡らされていた

 

「ギャァァァァァァ!!!」

 

「にゅやぁぁぁぁぁ!!!」

 

「ギャァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

「にゅやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

「義子?!!」

 

 

下にいる湖遙は義子の悲鳴と共に急いで二階を駆け上がった

ドアを何回もノックしてようやく義子が出てくる

 

「大丈夫義子?!」

 

「あぁうん! 大丈夫大丈夫! 不意打ちでゴキブリが出てきてびっくりしただけ」

 

「別の…… にゅやって声も聞こえたんだけど?」

 

「そ…… それはぁさ…… 映画だよ映画!! 先週の金曜に録画してた〝宇宙人(うちゅんちゅ)トレック!〟

沖縄出身の兄弟が宇宙に行ってゴキブリの怪人に襲われる名シーンに……

こう「()ぃやぁぁぁぁぁぁん」って叫ぶシーンがあってそれだよ……! それだね!!」

 

「ふぅん……… まぁ何も無くて良かったわ」

 

なんとか説得出来た義子は額の汗を腕で拭き取り 屋根にいる殺せんせーに声を掛ける

 

「私はゴキブリ扱いですか!!!」

 

「窓の向こうが黄色い世界でびっくりしたわよ!!!」

 

 

 

 

 

 

 



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特別授業十二時間目 義子のやりたいこと

屋根の上に待機していた殺せんせーを窓越しに迎え入れ

景色を覆う超生物の触手にはコンビニから買ってきた数袋を手当たり次第漁っていた

 

「それで…… 今日は何のようですか? っていうか授業は大丈夫なんですか?」

 

「今は昼です そして磨兒子さん…… クラスに戻ってくれませんかねぇ~~」

 

「やっぱそれか…… もういいよ先生 私には私なりにやりたこと決まったし それに……」

 

「ほぅ…… やりたいこととは?」

 

ガリガリ君ナポリタン味をバリバリ食いながら顔を寄せていく殺せんせーに

義子は引き気味だけど言葉を発するときはちゃんと彼との目を合わせて言った

 

「漫画を書くことよ……」

 

「ほほぅ…… 磨兒子さんの漫画への愛は昨日確認できましたからね」

 

「あとアンスタやハガレッタ-で急上昇ランキングとワードで一位を取ること あとラノベも書いてるし YOUTUBERも最近始めてみた」

 

「にゅっ! 随分と色んなことに挑戦しているんですねぇ………」

 

「まぁ全部中途半端で全然人気なんて取れてないんだけどねぇ」

 

俯く義子を見るガリガリ君シチュー味を頬張る殺せんせーは当たり棒に喜んでいる

 

「しかしどれも言ってしまえば博打ですからね 進み行く目的地に業界と名が付くなら誰しもその世界で必死に刃を磨くものです」

 

「……………」

 

 

「あくまで趣味…… されど自分の趣味です 中途半端なんて自身に思い込ませてはいけま…

おおっとぉぉ!!? 昼休みが終わりそうなのでまた放課後に来ます ではぁぁぁぁ!!!」

 

 

ガリガリ君コーンポタージュ味を口に咥えて颯爽と中学校がある方向へと飛んでいった

カーテンと共に髪が靡く義子は風の行方を追って後ろのゲームのダウンロード終了の文字が表示されたテレビ画面を見て

自然にコントローラーを握りしめてコーラを飲んでいた

 

 

ーー本気なんだけどなぁ…… でも正論か……

 

 

これから始まるストーリーを頭に入れることができない彼女はただ手を動かすだけで先生の言ったことについて考えていた

 

 

 

気がつくと時間も進み 窓の向こうは真っ赤な夕焼けに染まっていた

義子は両腕を前に伸ばしゲームの電源を切ってふと窓を見る

 

「また黄色い世界だ………」

 

窓を開けて殺せんせーを招き入れると

 

「ヌルフフフフ! 今日はななな なんと! 助っ人を呼んできました」

 

白い布で窓を覆い隠し 何処からともなく音楽が流れ出す

 

「ウフフ…… 〝この漫画は伊達じゃない!〟

そこにジャンプが落ちていれば 読まざるを得ないのが世の常よ

E組特殊キャラクターの一人 不破優月只今参上」

 

布の先には堂々と屋根の上に立つE組のクラスメイト不破がポーズを決めていた

 

「えっと………」

 

「昼間に自信なさげだった磨兒子さんによりやる気を出して貰うため その手の業界のスペシャリストに来て頂きました」

 

「スペシャリストって…… 中学生だよね?」

 

後ろに後ずさりする義子に不破は律儀に靴を脱いで部屋に入ってきた

 

「一度やってみたかったのよねぇ…… 窓越しの初登場

こんな狭い世界から始まる壮大なストーリー…… みたいな?」

 

「あ…… ちょっとわかる」

 

「てな訳で磨兒子さん さっそく載せてる動画見せてよ」

 

「えぇ…… 恥ずかしいなぁ……」

 

照れて目を反らす義子を見た不破は今までとはひと味違う雰囲気を醸し出した

 

「磨兒子さん……」

 

「は…… はい!」

 

義子は威圧に逆らわずに手際よくパソコンに自分の配信していた動画を見せる

 

「…………」

 

「…………」

 

「にゅ~~~………」

 

狭い部屋に三人もいるのにも関わらず沈黙が続く

不破は次々と動画を覗きこみ 気がつけば辺りも暗くなっていた頃にやっと不破の口が開く

 

「つまらないわ!」

 

「「 エー------!!!! 」」

 

「はっきり言うと前に見せて貰った殺せんせーの面白動画並につまんないわ 見てるこっちが恥ずかしくなるレベル!!」

 

「「 すごくはっきり言ってきたぁぁぁぁぁ!!!! 」」

 

驚く義子と流れ弾を受けた殺せんせーは致命傷を受けたが如く床に崩れ落ちる

 

「まず磨兒子さん! 今言ったけど〝見てるこっちが恥ずかしくなる〟というコメントは大体配信者自身が恥ずかしがってやっているからよ!」

 

「っ………!!」

 

「あなたはまだYOUTUBERとして日が浅そうだから仕方ない でも変な方向に手応えを感じてしまわない内に教えておきます」

 

「ハ… ハァ…… じゃぁ不破さんはもうプロレベルだったりするの?」

 

「私? プロってまではいかないけど………」

 

そういって不破は自分の上げている動画を検索して二人に見せた

 

 

タイトル:フワフワTV 無類の漫画好きが歴史上の様々な未解決事件を紐解いてみた

『フワフワハローユーチュ~~ブ!!

どうもフワフワ子でぇす!

今日はあのジャック・ザ・リッパーに関する未解決事件をこのフワ子探偵が謎を解いていきたいと思います

そうそうあの切り裂きジャックだよ~

まずは最初の被害者のメアリー・アン・ニコルズから』

 

 

そこには練習を重ねたであろう努力が滲み出てくる様な彼女のたゆまぬトークセンスと熱意が画面の向こうにあった

 

「いつも人気の配信者を見てるけど…… 改めてすごい……」

 

「にゅぅ! あまり目立たないですが不破さんはE組の中でも総合的に成績上位ランカーですからねぇ

この一本の動画の中でも探せば探すほど見つかる動画の工夫や台詞に魅力を感じますねぇ」

 

 

「作り込まれている漫画ほど面白いでしょ? 元ネタの関連性や読み返しを逆手に取る伏線なんてもう…… 完成が見えてくればくるほど燃えてくるのよぉ!!!!」

 

 

「「 も…… 燃えているぅ! 」」

 

 

「てか逆に先生はどんな動画上げてたの? 人より超人だし絶対大勢の人が興味湧くと思うんだけど」

 

「そっ…… それは義子さん…… あのですね……!」

 

 

殺せんせーがあたふたしている間にも不破は検索を始めていた

 

 

 

 

 

 

 

 



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特別授業十三時間目 まさかの寺坂

『どうも! ころせんむですぅ

やれ金だこだの お好み焼き広島風だのって 卵の面のチョイスがマニアック過ぎでわからんっちゅぅねん!!

広島弁ちゃうから! わし関西弁スタイルやねん!!

前置きはこの辺で今回は〝高速シリーズ傑作選〟さっそくいってみましょう!

 

高速(マッハ)でコーラの中にメントス入れてみた!!〟』

 

ーー結果的に有名な配信者と同じ反応が起きただけじゃん

 

〝高速で東京から北海道を往復してみた!!〟

 

ーーあれは普通の人間がやるからドラマがあるのであって……

 

〝高速でコンビニのお菓子を全種類食べるまで帰れません!!〟

 

ーー全部食べたけど 胃もたれてんじゃん 

 

〝高速で授業してみた!!〟

 

不破「いやただのいつもの先生!」 

 

〝高速クッキング~~!!!〟

 

「「 結局電子レンジの待ち時間や炒めている間が高速じゃない!! 」」

 

 

「ヌルっフッフッフ……… 結構頑張ったのになぜ再生数が伸びないのでしょうか……」

 

 

泣き崩れている殺せんせーを余所に不破と義子は苦笑いで動画を見ていた

 

「圧倒的なCG感が時代の進歩を感じさせるね」

 

「こればっかりはしょうがないよね~…… 視聴者は人間がやっていると前提で思っているから」

 

二人は見ている動画をそっと閉じ 義子の動画へと移る

義子も義子で不甲斐ない動画越しに話している自分に顔を覆った

 

「ごめんなさい ごめんなさい!」

 

「誰に謝ってるの? ………とりあえずコメントを気にせずドンと構えて話さないとね~」

 

「うぅ…… はい」

 

「磨兒子さんの動画って某有名YOUTUBERの動画丸パクリだよね? 自分がこれやりたいってネタ無いの?」

 

「…………あるにはあるんだけど 自分が書いた漫画の実写化とかね」

 

「まず原作何? ってコメントが来るわね

YouTubeは宣伝するサイトだから基本的には有名な漫画の実写をしてみたとかの方がアップされるんだよ

下手に自分の作品を押し売りすると 今の時代批判的な感想しか来ない」

 

「だよねー」

 

「批判を恐れないで活動を続けている人もいるけど 売れるかどうかは賭けだよね

稼ぎたいならパートナーにならなきゃいけないし 素人が宣伝の幅を広げる術は基本的にSNS利用の重複

確かハガレッタ-やアンスタもしているんだよね? まずはそこで作品を宣伝するのが良いと思うよ」

 

「やっているけど…… 伸びません」

 

不破がハッと気がついたときには四つん這いに落ち込む義子とタコが部屋中に負のオーラを充満させていた

 

 

日も暮れて 不破のアドバイスはこの辺で終了となる

 

「じゃあ磨兒子さん! また今度連絡するね!」

 

「あぁうん! またね!」

 

「っていうか今週の休日に動画撮ろうよ!」

 

「え?」

 

窓を越えて屋根に上がる不破は殺せんせーの服の裏に潜り込む

 

「うわー シュール」

 

「遠いから先生に送ってもらうのよ また明日連絡するからLINEに出てよね!」

 

「あぁ…… うん」

 

「磨兒子さん!」

 

「っ………!」

 

そこには真っ直ぐと自分を見つめる不破がいた

 

 

「変わろうとしているなら あのクラスはチャンスだよ!」

 

 

「………」

 

不破を覆う殺せんせーもニコニコと頷いていた

 

「それでは磨兒子さん さようなら」

 

「………さようなら」

 

物凄い風と共に二人は遠く彼方へと飛び去っていった

 

 

ーーあれ? 私今日 何してたんだっけ?

 

 

ふとゲーム機の上に置いていたパッケージを持ち上げる

 

「このゲーム… どんなストーリーだっけ?」

 

ソフトを棚に片付けて

パソコンの前に座る義子は今まで封印されていた感情を表に出しながら調べ物を始めた

 

 

 

休日に入り 義子は私服に着替えて家を出た

 

「行ってきます!!」

 

握りしめるスマホには

 

『アローハ!! 今度の休日に近くの河川敷で撮ることになったから!

メンバーは秘密 機材はこっちが調達 実写する原作は浦島太郎だから

磨兒子さんには監督補佐をお願いしたいから

不破監督に付いて来て!!』

 

 

ーー待ってた………

 

 

河川敷までは車で行く距離だが義子はひたすら走って行った

 

 

ーーこういうの…… ずっと憧れていた

 

 

土手を駆け上がった景色にはE組で見た数名のメンバーが既に準備を始めている

年の近い人間とまともに話すなんて何ヶ月振りか いざという時に胸が苦しくなる だが

 

〝変わろうとしているなら あのクラスはチャンスだよ〟

 

 

「磨兒子さーん!!」

 

 

ーー不破さんが呼んでいる 素直に答えよう そして変わろう

 

 

「おはよう!! 遅れてごめ……」

 

 

「厳つい高岡フェイスは伊達じゃない!」

 

 

「ん……?」

 

 

「メイドを愛し! 行きつけの喫茶を護る!

タコの暗殺者は寺坂竜馬 京都で暗殺されたのは坂本龍馬

E組特殊キャラクターの一人 〝高岡もどき〟只今参上!!」

 

 

突如現れた謎キャラに義子はそのままフリーズした

 

 

ーー初見で寺坂見たら磨兒子さん萎縮しそうだったからね 結果オーライ グッジョブ寺坂!!

 

 

後ろに控える不破達は爆笑していた

 

 

 

 

 

 

 



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特別授業十四時間目 うらしまたろう?

「ごめん! ごめん! 帰らないで磨兒子さん!!」

 

「…………」

 

周りが引くくらい全力で逃げる義子の片腕を不破は必死に引っ張り戻そうとしている

 

「寺坂が逆に変人になってしまったね」

 

「うぅっ……! うるせえぇ!!!!

なんだって俺がこんなことしなきゃいけねぇんだよ!!」

 

 

「磨兒子さんが怖がっているんだから 緊張を解く方法としてはこれが最善なのよ」

 

 

寺坂組のヒロイン狭間綺羅々が寺坂の陰で不気味な笑みを浮かべる

 

「とりあえず揃ったってことか?

時間も時間だし 昼飯作ってきたぞ」

 

村松拓哉が自分で作った全員分のラーメンを配りにやって来た

一緒に手伝う吉田大成 そして奥で既に作業を始めている堀部糸成

なんと竹林

そしてあの渚 茅野 杉野 神崎さんのメンバーもいた

 

「あっ……」

 

義子はつい目を反らす

 

「磨兒子さん!」

 

「………大丈夫なの?」

 

 

「「「「「 ………… 」」」」」

 

 

「期末テスト控えてるんでしょ? 皆こんなことしてていいの?」

 

 

こんな質問して結局傷つくのは自分だってわかっているのに

視線が集中する恐怖を受け止められない義子に杉野は

 

「バッカでぃ! 息抜きだよ 息抜き」

 

 

「えっ!?」

 

 

「磨兒子さん文化祭参加しなかったでしょ?」

 

「狭間さんの脚本半端なかったもんな」

 

 

『 観客の食いつきはある意味100%でしたね! 』

 

「うぉ!」

 

義子の懐から声がした

 

「スマホから………?」

 

『初めまして磨兒子義子さん! 私は自律思考固定砲台と言います 皆さんからは〝律〟と呼ばれています』

 

「え………? 会話が出来るの?」

 

『はぁい!! もしもお困りなときは全身全霊でサポートさせていただきます!!』

 

画面の奥で陽気に話しかける美少女 何気にテンションが上がる

 

「それじゃぁさっそく始めましょうか」

 

「最初って何やるの?」

 

義子が聞くと不破が台の上を指した

 

「そんな細かい段取りは無いよ! とりあえず台本あるから読んで!」

 

「わっ……! 本格的だ」

 

パッと見ただけでわかるプロの文体

台本から放たれる狭間のどす黒いオーラがシナリオの完成度の高さを物語っていた

 

「これって浦島太郎…… なの?」

 

「まぁ大体感覚は追々わかってくるから」

 

全員が素早く位置に付き 不破が監督のように座りメガホンを持って合図を出す

義子はカチンコを鳴らす

 

 

 

 

:浦島太郎

 

律『むかしむかし ある村に誠実な若者がおりました

いつもの釣り具を担ぎ 漁に出向く彼は今日の分の食料を確保して帰る途中』

 

「やめて下されぇ~~」

 

『亀(渚)です

大勢の子供のまま育った大人達(寺坂・村松・吉田・堀部)に虐められています』

 

「ちょいと君たち いい歳して…… おやめなさい」

 

『浦島(杉野)は自分が釣り上げた魚と現金を彼らに渡し 亀を救出』

 

「もう捕まるんじゃないよ」

 

「ありがとうございます ぜひ竜宮城へとご招待させて下さい」

 

 

ーーここまで順調だね

 

 

不破の隣で見守る義子

しかし 狭間の脚本は原作通りにはいかない

 

 

「いいえ…… 明日も仕事がありますので結構です」

 

『浦島は亀のお誘いを振り切り 家に帰って行きました』

 

 

ーーえっ?!

 

 

『亀は一人寂しく竜宮城に帰ります』

 

「あなたを助けた恩人をここへお連れできなかったと」

 

「はい…」

 

『乙姫(神崎)です せっかく助けてくれた浦島をなんとしても竜宮城へ招き入れようとします』

 

「………豪華な食事! 幻想的な内観! 何より美しい妾がいると伝え ここに連れてくるように!」

 

「はっ…… はい」

 

『強引で傲慢な乙姫の命により 亀は今一度陸に上がり浦島を捜します』

 

「おや亀さん! こんな所にいたら また悪い連中に酷いことをされますよ」

 

「浦島さん! この前の助けてくれたお礼に竜宮城へ来て頂けませんかね……」

 

「そんな昔の事を… 覚えててくれてたんですね ですが私は妻と子供を養わなければならない身ですので すみません」

 

『浦島はまたも亀のお誘いを断り 帰っていきました

このことを乙姫に伝えると乙姫は金切り声で叫び出します』

 

「あぁなんで…… なんであの人は来てくれないの?! 知りたい!! お話したい!! なんとしても連れてきなさい!」

 

『亀は何回も陸と竜宮城を往復することに不満を抱きながらも海を泳ぎ やっとの思いで陸に上がる』

 

「浦島さん……」

 

「亀さん?! どうしたんですか? 酷くやつれてますが……」

 

「浦島さんも老けましたね…… 乙姫さんのとこへ…… 竜宮城へ…… 来て頂けませんか?」

 

「…………ごめんなさい 明日は息子の大事な祝言なんですよ」

 

「そ……… そうですか……」

 

『またも断られました 亀はしぶしぶ帰ろうとすると』

 

「もしかして…… 今までずっと海を行き交いしていたのかい?」

 

「………」

 

『亀は泣きました 彼に伝えるために必死に海を泳いできたことを理解してもらえたことに

そして乙姫の理不尽な命令に不満を持っていたことを浦島に話しました』

 

「パワハラだ!!」

 

『浦島はとある箱を亀に渡しました 乙姫に届けるようにと

竜宮城へと帰った亀はさっそく乙姫に例の箱を渡しました

少しでも彼の事を知ることが出来るだろうと 乙姫は躊躇無く箱の蓋を開けると

そこには一通の手紙と手鏡が入っていました』

 

〝乙姫様へ

私にお会いになろうという気持ち とても嬉しかったです

ですが私とあなたは赤の他人 実際に会ったことも無い人間を想い続けるということは

最悪 一生会えないかもしれないということを分かって下さい

この長い年月で私は妻を娶り 子供を授かり この手紙を書いた明日にはその息子が祝言を挙げます

私は当分竜宮城には行けません 孫の顔を見るまでは

やるべきことを全て成し終えたら その時は 是非お会いしましょう

それまではお互い 目の前の大切な者を見守っていきましょうね〟

 

『手紙を読み終えた乙姫は箱に入った手鏡を手に取って覗く

そこには永年の月日を過ごした老婆の姿が映っていたのだ』

 

「いつの間にか…… こんなにお婆ちゃんだったのね」

 

『乙姫は我に返り 今までの空白の時間を嘆いた』

 

「亀…… あなたには随分酷い労働を課せてましたね」

 

「乙姫様……」

 

「今度は私が自分の力で会いに行きます あなたも私が連れて行きますので」

 

「はい!」

 

『乙姫は両手を広げるとその姿は鶴へと変わり 両足で亀を掴むなり海中から大空へと羽ばたいた

 

浦島太郎は家族に看取られて既に墓の下で永遠の眠りにつき

 

お盆の日には彼の墓の上で亀を乗せた一羽の鶴が大空を舞っていたという』

 

 

おしまい

 

 

 

 

 

 



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特別授業十五時間目 とりあえず前向きに

「竜宮城行かねーのかよ! 神崎さんと一緒にお話しする回とか普通あるだろぉ!」

 

「個人の思い通りにいかないのが演劇なのよ 片思い設定にしてあげただけありがたいと思いなさい」

 

本人がいるにも関わらず本音爆発の杉野に狭間は冷静に対処していた

そんなやりとりを見ていた私達は撮った動画を見直している

 

「やっぱり皆文化祭で経験積んだから スムーズに撮れてるね~ 後は編集してまとまった物語をアップするだけだね」

 

「不破さんのとこの登録者数すごいからいろんな人に見られるね」

 

 

「ヤバッ……! ちょっと緊張してきたかも…」

 

 

茅野があたふたし出すと同時に義子にも緊張が走ってきた

 

「結局慣れだよ 慣れ!!」

 

「茅野さんも小道具頑張って作ったからねぇ」

 

「茅野っちも演技上手なんだから出演すれば良かったのに~」

 

 

「アハハ…… 私はこういう地味な作業の方が向いてるからね」

 

 

どこからともなく風が吹き

生徒達の背景には殺せんせーが現れる

 

「ヌルフフフ! 何やら皆さん楽しいことをしてますね~」

 

「あっ…… 殺せんせー!」

 

「何をしていたのですか?」

 

「皆で演劇を撮ってYouTubeに乗せるんですよ」

 

「それはそれは…… それで先生の役は?」

 

 

ーー参加する気でいたのか?!

 

 

「あ~~…… 撮影は終わってもう載せるだけなん…… ですよね」

 

「…………」

 

一人川岸に蹲る殺せんせーを余所に 義子達は作品完成の祝杯を行っていた

 

「どうだった磨兒子さん!」

 

「こういうの初めてで…… 朝起きたときから心臓バクバクだったけど…… でもすっごく楽しかった!!」

 

「良かった…… 今の磨兒子さんすっごく良い顔してるよ」

 

「え……」

 

他の仲間も近寄ってくる

 

「この際だからあだ名も決めようぜ」

 

「え?!」

 

 

「あぁコードネームね…… 良い思い出ないな~」

 

 

杉野の提案に全員が頬を引きずる

 

「ちなみに皆のはどういう………」

 

不破「私は〝このマンガが凄い!!〟」

 

ーーうわっ 不破さんらしい……

 

杉野「俺は〝野球バカ〟」

 

神崎「私は〝神崎名人〟」

 

寺坂「俺様は〝高岡もどき〟」

 

ーー高岡って誰?

 

渚「僕なんて…… 〝性別〟」

 

茅野「私なんて〝永遠のゼロ〟よ!! 誰だよ付けたの!!」

 

ーーあぁ………

 

『ちなみに私は〝萌え箱〟です!』

 

ーーまんまだ!

 

 

各々のコードネームを聞くなり義子はあることに気付く

 

 

ーー私…… 皆のこと何も知らないなぁ~

 

 

「義子ちゃんって茅野ちゃんより背が低いよねぇ」

 

「あっホントだ! フフン!」

 

ーー茅野のドヤ顔が切ない……

 

「あとは空手やってるわよね」

 

「あっ…… うん 昔だけど」

 

女子陣が特徴を挙げる中 あの男が結論を申した

 

「ロリで戦士…… おまけに陰がある 需要全開だな」

 

 

ーーそういえば居たね 竹林

 

 

「じゃぁ〝幼女戦士〟に決まりだね」

 

シメの不破の一言で義子のコードネームは〝幼女戦士〟に決まった

 

「あぁ…… うん ありがとう……」

 

身長に影響出まくりのあだ名に困惑しながらも 義子は喜んでいた

 

「でも普段は義子ちゃんって呼ばせてもらうからね」

 

「えっ……」

 

「男子はともかく 私達は磨兒子さんよりも義子ちゃんって呼びたいな」

 

「うっ…… うん………!」

 

あんなに引き離してた神崎さんから そんなことを言われるなんて思いもせず

義子はこの前の不破の台詞を思い出していた

 

 

〝変わろうとしているなら あのクラスはチャンスだよ!〟

 

 

ーーこんなに…… 優しくて楽しいクラスだったんだ

 

 

義子は悟った

そして神崎や杉野達に頭を下げる

 

「あのときは酷いこと言ってごめんなさい!」

 

「ううん… 私もそういう時期があったから 義子ちゃんを見過ごせなかったんだ」

 

「神崎さん……」

 

和解の展開に誰もがほのぼのとした空気に乗じて 殺せんせーが割って入ってくる

 

「ヌルフフフ! ここで磨兒子さんに提案です!」

 

「…………授業を受けろ でしょ?」

 

「そんなことはあなた自身とっくにわかっているじゃないですか

一回周りの力を借りて 全力のあなたを私に見せて下さい」

 

「暗殺………」

 

「そうです もちろん学校に来てくれれば私もそれなりにサポートも出来ますよ」

 

「…………」

 

義子は皆の方を振り向く

 

「休日はオッケーだぜ」

 

「暗殺ってなると今日以上にやる気が出るよなぁ~」

 

「じゃぁ義子ちゃん! この一週間で計画を立てましょ」

 

 

「うん!」

 

 

「ヌンヌン…… 上手く馴染めましたね~ 磨兒子さん」

 

「………E組のおかげですよ ついでに殺せんせーもね」

 

「私はついでですか?!」

 

「アハハ!! でも学校の教師が暗殺を教えるってどうなんですか?」

 

「………」

 

殺せんせーは義子の頭に触手を置いた

 

「誰かを暗殺したいって相談されたときは 正直教えるべきかどうか私も迷ってます

先日あなたはイリーナ先生の交渉術は風紀を乱しているとおっしゃっていましたね?」

 

「はい……… というよりも今も考えは変わりません」

 

「ヌルフフフ! それは間違いではありません

ですが人から求められている 教えを請われているのも事実です

色仕掛けと一概に言いながらも社会ではそういう類いの術が役立っている必要なことだということを

あなたは知るよしも無いですよね」

 

「…………」

 

「人の役に立てるのは何か? 何をすれば役に立てるのだろうかと考えてみれば

大衆から嫌われるような行いに進んでしまう場合もあれば たった一人に感謝される場合もある

私は暗殺を通じてそれを毅然と教えていかなければいけない 堂々とね

ですから常に逃げだそうとしていた磨兒子さんを見過ごすことも出来る訳がない」

 

「でも私…… まだまともに授業受けたこともないんだよ 見ず知らずの人間になんでそんなに関われるの?」

 

 

「それでも私はあなたの担任です どんなときでも生徒の手を離さない せんせーは〝先生〟になるときそう決めたんです」

 

 

 

 

 

 



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特別授業十六時間目 ヴェルサス赤羽業

翌朝 制服に着替えた義子は再度鏡の前で自分の姿をジッと見つめる

 

「もう逃げないぞ……」

 

って言うと脳裏に浮かぶのは徒花此乃葉

首を横に振って今は思い出さないように 勢いよく階段を駆け下りる

 

「おはよう!」

 

「おはよう義子 今日は学校に行くの?」

 

「………」

 

自分の娘を諦めてくれていない母親の存在に義子の台所へ入る一歩は楽だった

 

「はいこれお弁当!!」

 

「…………ありがとう!」

 

いつも受け取っていたお弁当が 今日に限って貰うという言語に変換される

家を飛び出し 電車に乗ると次の駅で潮田渚と出会う

 

「おはよう! 義子さん!」

 

「おはよっ!」

 

休日の事で盛り上がる二人

義子にとって久しぶりの中学生らしさを自身に感じ取っていた

しかし次の駅で

 

「おはよう 渚君!」

 

「あっ…… 業君!! おはよう」

 

 

ーーこいつって確か

 

 

「あれぇ? 磨兒子さんじゃ~ん」

 

義子の回想

ゲーセンでこいつにとっても嫌なことを言われた 以上

 

「何々ぃ? 今日は登校するんだぁ 大丈夫ぅ?」

 

「ちょっと業君!」

 

 

「…………私もE組の生徒なんだけど 登校しちゃ駄目?」

 

 

朝に逃げないと決心した今の義子に 敵はいない 筈

 

「でもさぁ…… 皆期末テスト控えてて教室ん中殺伐としているよぉ? この前みたいなことやってまた変な空気作っちゃうかもよ~?」

 

「あ…… あのときは素直に悪かったわよ でも私も勉強しに行くんだから学年上位の赤羽さんには迷惑掛からないと思いますけど?」

 

「テスト期間の暗殺は二の次だからさぁ 磨兒子さんだけが暗殺に集中できるかもね~~ ねぇ渚君!!」

 

「私達今度の休日 一緒に殺せんせー倒そうって予定入れ合ったんだから

私だけが集中するわけでもないんだよね~~ ねぇ渚!!」

 

 

「えっ…… えと………」

 

 

渚を真ん中に互いの目に電撃が迸る

 

「へぇ…… 呼び捨てできるくらい仲良くなったんだ~」

 

「休日いろいろありまして親睦を深める機会があったんですよ~~」

 

電撃が宙を舞い スマホを見ている大学生や新聞を読んでいるサラリーマンを巻き込み 一気に場が重く沈む

そうこうしている内に椚ヶ丘中学校がある駅に着いた

 

「じゃぁ渚君 俺は今日一人で学校に行くから」

 

「あっ…… うん」

 

そう言って業は一足先に駅のホームを出て行った

 

「大丈夫? 義子さん」

 

「こ…… 怖かったぁ…… 私あの人苦手」

 

「うん…… 業君は少し特殊だから」

 

 

少し控えめな面持ちで山道を歩く義子は なんとか渚に引っ張られてグランドが見える場所まで着いた

 

「おっはよぅ 渚! あれ? 磨兒子さんどうした?」

 

「うぅん…… 何でもない」

 

 

「ちょっと電車の中で業君と会ってね……」

 

「あちゃ~~ それはついてないな……」

 

杉野と合流し 三人で教室に入ると業がこっちをニヤニヤと見ていた

 

「っ………!」

 

「義子ちゃんおはよう!」

 

「神崎さん!」

 

ついつい神崎の後ろに隠れる義子

 

「どうしたの?」

 

「いやぁちょっとね!」

 

チャイムと共に全員が席に着き 殺せんせーが入ってくる

 

「皆さんおはようございます! 全員出席は気持ちがいいですねぇ」

 

すぐに殺せんせーは義子の席の前に移動し 一枚のプリントを配布する

 

「これって……」

 

「磨兒子さんが初めて登校してきたときに言った 補習授業の予定表です

勉学の遅れた分の時間は授業以外で取り戻さなければなりません

ですので放課後 一緒に残って挽回しましょう」

 

「………分かりました」

 

「ヌルっフッフッフ! ではホームルームはこれで終了です 授業の準備の為に教材を取ってきます」

 

胸の内が楽になる

 

ーー赤羽がなんだ…… 私は変わるんだ!

 

 

 

昼ご飯を食べ終えたお昼休み

休日に集まったメンバーが合体した机を中心に集まる

 

「じゃぁさっそく義子ちゃんの意見を聞かせて!」

 

「わ…… わかりました」

 

一人立ち上がり視線が集中する中 目を泳がせながら義子は口を開いた

 

「こ…… ここ…… このたびゅいは… 集まマっていたタタタタだいて!」

 

「落ち着いて義子ちゃん!」

 

不破が必死にフォローする

深呼吸と共に義子は慣れを 話している中で掴んでいき

ある程度の作戦を伝えることができた

 

「〝磨兒子さんが一人で白兵戦に持ち込んでの私達で総攻撃〟かぁ…… 進んで囮になるってこと?」

 

「全体的に言ってそうだね でも暗殺ってよりは殺せんせーとサシで闘いたいなって気持ちがあるんだ 暗殺の経験もまだ無いしね」

 

「確かにそうだけどさ……」

 

 

「素直な暗殺して失敗した奴は結構いるぜ 磨兒子さんよぉ!」

 

 

寺坂がチラッと見た方向には赤面する科学大好き奥田さんがいた

 

「一応王道としては真っ向勝負したいんだよねぇ…… 暗殺するタイプじゃないんだよ私

だから隙を作るだけ作って トドメを皆にお願いしたいんだよね!」

 

「でも準備もかかるし…… トドメに最適な人材はこの中じゃ渚以外役不足だから まだまだ人手は必要だね」

 

「E組の即戦力は誰なの?」

 

「女子は岡野さんと片岡さんだね 男子は前原と磯貝 あと業

遠距離からの狙撃に長けているのは早見さんと千葉かなぁ?」

 

「赤羽……」

 

義子は恐る恐る奥の席に座る業を見る

 

「まぁ… あいつは戦力だよなぁ…」

 

「うっ……」

 

義子は嫌そうな顔をしつつも 決心して赤羽業の方へと足を引きずる

 

「磨兒子さん?」

 

渚達が心配する中 義子は席に座る業の前に立った

 

「殺せんせーを殺す作戦があるんだけど赤羽さん…… 手ぇ貸してくれない?」

 

顎を上げて見下す業がそこにいた

 

 

 

 

 



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特別授業十七時間目 装備万全

「次の授業小テストがあるからさぁ…… 点数の結果で勝負しようよ」

 

「テスト……」

 

「そっ…… 難易度高い条件でクリアしないと チートキャラは手に入らないよ~」

 

口角を上げて不気味な笑みを浮かべている業に義子は 内心怯んでしまう

 

「そんなの…… 無理だよ…」

 

そのとき義子は直感した こいつに試されているのだと

 

「………勝負は受けるから!」

 

振り返る義子は脇目も振らずに渚のところに直行する

 

「勉強…… 教えて下さい」

 

「うんいいよ ………でも次の授業までもう時間が」

 

「じゃぁ範囲だけ教えて!」

 

「え?」

 

義子は再度業の方を振り向き 目で立ち向かった

 

 

「そこだけを丸暗記する」

 

 

五時間目 社会

殺せんせーから配られたテスト用紙を一通り舐めるように見渡し ペンを取る

 

ーー範囲は第二次世界大戦

明治時代より日清戦争や日露戦争を始めとして複雑な知識が己の死角から迫ってくる

語彙力に加えて問題量が半端じゃない

前々から思っていたけど ここの中学の勉強量はイカれている 高校で習うんじゃないの?

あの理事長は何を考えているんだ

これでは全て解き終わるまでの時間が無いことは一目瞭然

多分だけどこの問題用紙の構成は殺せんせーのドS精神とは関係ない

あの理事長…… 上等だ

 

 

制限時間が過ぎて 殺せんせーは生徒達の用紙を回収し 光の速さで返却した

 

「うー…… 全然解けなかった……」

 

「問題量が多すぎるよ~」

 

 

「ヌルフフフ…… すみません皆さん 期末テストが近づいているということで 今回は本校舎の職員室より渡された問題用紙でした」

 

 

「マジかよ…… もしかして本番もこの量だったりすんのかよ 殺せんせー」

 

「えぇ…… おそらく………」

 

クラス中が怒濤の叫びを飛び散らせているのを余所に ドヤ顔の業が義子の席の前に立つ

 

「どだったぁ?! 磨兒子さ~~~ん!」

 

わざとらしく用紙をヒラヒラ見せつける彼に対して 義子も用紙を見せた

 

「79点……」

 

ちなみに業の点数は84点

 

「嘘だろぉ?」

 

生徒達が義子に注目する

 

「暗記だけなら誰にも負けないから! ………って点数で勝てたら言いたかったのに」

 

「っ………」

 

業は何も言うことなく 自分の席へと戻っていった

それと同時に何人かが義子の席を囲む

 

「すごいよ磨兒子さん!」

 

「クラス二位だね」

 

竹林の一言でさらにざわつく

 

「にゅ~~~ すごいですねぇ磨兒子さん これに関しては先生も驚きです」

 

「…………」

 

浮かない顔をして俯く義子 それを察した殺せんせーは皆を席に着かせる

 

「磨兒子さん」

 

「何ですか? 殺せんせー」

 

「これはあなたの実力です もっと喜んで良いんですよ」

 

「………はい」

 

 

素直に暗記力を認められない事情を知っている殺せんせーは気遣うも 義子は気を落としている

 

 

しかし放課後には気を取り直し

不破達と集まって自分を殺す計画を企てていた

 

「本当にこの作戦で行くのかよ?」

 

「うん…… 暗殺って一瞬じゃん? だから結局は一斉にトドメを刺した方がいいかなと」

 

「でも前半がねぇ…… 少し危ないよぉ」

 

 

「俺をそこに入れなよ………」

 

 

義子達の背後には赤羽業が立っていた

 

「俺なら遅れは取らないと思うよ~~ 戦闘能力もそこそこあるし~」

 

「………私は小テストで負けましたけど?」

 

「あ~~ あれねぇ…… 無かったってことで まさか勝負を受けるなんて思わなかったからさ~」

 

 

ーーうわっ…… 適当~

 

 

「なんか変わったね 磨兒子さん」

 

「え?」

 

「正直ナメてたよ俺…… でも今なら信用できる」

 

「………」

 

業は義子に手を差し出す 彼の性格上何かあると思うのは今となっては普通

彼の手のひらに引け目を感じながらも握手を交わした

 

「よろしくね 磨兒子さん!」

 

「う…… うん」

 

何事も無く手を離して近くの席に座る業に少し萎縮する義子だったが

赤羽業という大戦力を加えての殺せんせー暗殺計画はこの五日間でスムーズに着々と整え終えていった

 

 

 

金曜日の放課後

 

「殺せんせー!」

 

「はい磨兒子さん 何でしょう?」

 

「殺るよ 暗殺!!」

 

「堂々宣言とは…… 少し私を甘く見過ぎですよ?」

 

「アハハ…… 皆にも正直過ぎるって言われた でもこれが私だから」

 

義子は懐からナイフを取り出し 殺せんせーの顔を突き刺すように構えた

 

 

情報(カード)は全て晒け出した上で100%私が勝つよ! 殺せんせー」

 

 

「ヌルフフフ! いいでしょう 受けて立ちます!!」

 

 

 

 

 

 



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特別授業十八時間目 磨兒子義子VS殺せんせー

土曜日

空を飛ぶ殺せんせーは 義子に指定された場所へと向かう

上空より見えてくるのはミステリーサークルの如く円状に象られた跡地

囲まれた森の中ではジャージ姿の義子が一人で待機していた

 

「おはようございます磨兒子さん」

 

「おはよう先生!」

 

「………何人か潜んでますね~」

 

周りを見渡す殺せんせーに義子はナイフを向ける

 

「初見としてのハンデはこのサークルの中から出ないこと

協力してくれる生徒は

渚 茅野さん 神崎さん 杉野君 不破さん 寺坂君 村松君 吉田君 狭間さん 糸成君

そして昨日 烏間先生にも頼んだから」

 

「ほぉ~ 大戦力ですね~」

 

「武器はナイフと銃 そしてあの変質者から貰った白いローブと光線銃」

 

「シロから貰った武器ですね……」

 

「ちょっと不利になっちゃうかな?」

 

「いえいえ…… 私にしか害が無いので大いに結構ですよ」

 

「そして最後に…… 予想外の戦力 赤羽業があなたの背後に」

 

殺せんせーが後ろを振り向くと同時に一本のナイフが突き刺さる

紙一重で避けた殺せんせーに義子の上段蹴りが追撃する

 

「にゅ?!」

 

「あっれーー? 決まったと思ったのに~」

 

「チッ!」

 

体勢を立て直した殺せんせーは義子の足に付いたバラバラのナイフの欠片を見つける

 

ーー業君に教えてもらいましたね

 

赤羽業と握手を交わしたときに仕掛けた 手に付いた木っ端微塵のナイフを思い出す

不適に笑う殺せんせーを前に義子と業は一旦同じ位置に立つ

 

「先生に気づかれちゃってタイミングズレちゃったよ ごめんね磨兒子さん」

 

「全然! 殺せんせーのマッハを再確認したかっただけだから」

 

 

「初手で業君を出すとは賢明な判断ではありませんね~」

 

「そうですか? じゃぁプランBに〝順調〟に変更で!」

 

「にゅ?」

 

義子が片手でローブを広げて突っ込むやいなや 殺せんせーの視界を奪う

片方で業が草むらに隠してある縄を引っ張った

 

ーー死角を作らせて トラップを発動!?

 

殺せんせーは瞬時に上へと飛ぶ

しかしトラップの用途は上空にて効果を発揮する

 

木々に隠れた無数の対殺せんせーナイフを仕込ませたワイヤーが空中の一点を定めて発射された

 

ーー微量の火薬の匂いの正体はこれですね…… 

 

次々と避ける殺せんせーだが一瞬の体勢の崩れがプランBの真骨頂

 

『今です!』

 

どこからともなく聞こえる律の合図と共に

隠れていた生徒が飛び出した

 

「タイミングバッチリ!!」

 

一緒に木々まで登って飛び出す義子は殺せんせーにローブをかける

全生徒はそのローブごと竹槍で突き刺し地面に叩きつけた

 

「……………やった?」

 

「まったく…… 無茶な作戦だぜぇ 磨兒子さんよぉ!」

 

義子の肩を叩く寺坂に義子は笑顔を見せた そのとき

 

「ヌルフフフ…… まだ終わってませんよぉ?」

 

全員の前には殺せんせーが平然と立っていた

 

「まさか……」

 

不破は急いでローブを取ってみる

 

「脱皮……」

 

「良い連携でしたね~ ですがまだまだです」

 

 

「…………だと思った」

 

 

義子は懐に隠していた光線銃を放つ

 

「にゅ?!!!」

 

モロに受けて身体が固まる

そのとき殺気を感じた殺せんせーの背後には

 

「俺を忘れていただろ怪物?」

 

「かぁ!? 烏間先生ぇぇぇぇ?!!!」

 

「もう逃げられねぇぞタコ!!!!」

 

あのマッハ20で移動する超生物が まるで人間のように烏間からダッシュで逃げる

そして義子達も続く

 

「あと一息だ! 殺れるぜ!!」

 

「行こう!」

 

木々から木々へと飛び回る生徒達とは別に 殺せんせーと烏間のドロケーが勃発する

生徒達は銃で応戦し 一定時間義子が光線を浴びせる

それを繰り返して追い詰められた殺せんせーに突如壁が現れた

 

「お……… 落とし穴?!」

 

落ちた殺せんせーを囲む同僚の教師と生徒達

構えた銃は殺せんせーに絶望を 感じさせることは無かった

 

「ヌルフフフ! 私にはまだこれがあります!」

 

触手の一部を圧縮してエネルギーを取り出す

 

「!!? 皆離れろ!」

 

烏間の合図と共に生徒達は距離を取る

エネルギーが放出されたであろう光が消えるときには 空中には黄色い生物が浮遊していた

 

「お見事です皆さん! 先生も驚きの見事な暗殺…… よりもちょっと派手でしたがね」

 

「「「「「 …………… 」」」」」

 

全員はその場に崩れ落ちる

 

「疲れたぁ~~」

 

「やってみてだけど…… 結構ハードな計画だったなぁ~」

 

「でもここまで踏み込んだ戦闘すると気持ちいいね!」

 

「うん! てかここまで追い込めるなら前原君とか磯貝君とか千葉君誘えば良かったねぇ!」

 

 

「皆! 今日はありがとう!!」

 

 

疲れている全員に向けて頭を下げる義子

 

「楽しかったよなぁ?」

 

「あぁ…… 私有地でバイク乗るくらい楽しかったぜ」

 

 

「まぁもっと計算すればもっと優れた罠を張れたが 磨兒子のバカ正直な暗殺に参加して悪い気はしなかった」

 

「うるせぇ糸成 今言わなくていいだろ!」

 

寺坂組が賑やかにする空気に義子も安堵した

 

「スッキリしていますねぇ 磨兒子さん」

 

「!!?」

 

いつの間にか義子の隣にいた殺せんせー

 

「最初の暗殺のときは何処か陰を出していましたからねぇ

やり終えた今のあなたの顔は やりきったと生き生きした表情をしています」

 

「………そうかな?」

 

「これからもどんどん私を殺しに来て下さいね」

 

「………」

 

「?! どうしました?」

 

 

「私はもう…… 暗殺はしなくていいかな…」

 

 

 

 



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特別授業十九時間目 さよなら暗殺教室

皆と別れて家に帰ってきた義子は台所にいる母親から呼び出された

 

「義子…… 話があるの」

 

「………」

 

義子には分かっていた おそらく田舎に引っ越す話だろうと

そこには早めに帰ってきた父親も座って待っていた

 

「最近…… E組はどう?」

 

「…………楽しいよ」

 

「………そう」

 

 

「でも……… 田舎も良いと思うよ」

 

「え?」

 

義子の言葉に二人は驚く

 

「転校する話なんでしょ? 私は別に構わないよ」

 

「いいの? 義子」

 

 

「E組でも駄目だったのか?」

 

 

初めて口を開く父親に義子は大きめの声で否定した

 

「違う! E組の皆にはむしろ助けてもらったんだ……

趣味で盛り上がったり 同じ目標を持って立ち向かったり…… 本当に楽しかった」

 

「「 ……… 」」

 

「でも私はあの中ではやっていけないって思った

E組なんて言われているけど皆頑張ってたんだ

出遅れた私はなんか…… 場違いだってそう感じちゃったよ」

 

「そんなこと…… 義子だって頑張ってたじゃない!」

 

「お母さん…」

 

「動画とかSNSとか分からないけど 夜中遅くまであなたが何かしてたって知ってるのよ?」

 

ーー聞こえてたの?!!!

 

急に恥ずかしくなる義子だが

本題に戻そうと真面目な顔を崩さなかった

 

「田舎でも出来ることだし問題ない それよりも私は一からやり直したいと思う」

 

「此乃葉ちゃん…… だっけか? 友達と別れるのは辛くないのか?」

 

「………! …………別れは言ってくるよ」

 

 

「義子?」

 

 

様子が急変した義子を母湖遙は察した

義子は話が済んだかのように すぐに二階に上がっていってしまった

 

「やっぱり此乃葉ちゃんと何かあったのかしら?」

 

「高校に入ってから一度も家に来なくなったからな…… 何かあったとしたら無闇に聞けもしない」

 

「…………どうするの? あなた?」

 

「引っ越し準備は整ってるが?

友達の事か? それは私達にはどうにも出来ないさ!」

 

「そうね…… 難しいわね」

 

互いにお茶を啜る二人はただただ義子のことだけを考えるしかなかった

 

二階に上がった義子は部屋中を見渡した後 窓の方へと歩く

外から現れた殺せんせーやE組の仲間達のことを振り返っていたのだ

 

「思えば…… 不思議な体験だったなぁ~

黄色いタコの超生物なんてこの先二度と会えないな~

不破さんのような…… こんな私を助けてくれる人なんてそう現れないんだろうな……」

 

いつもならプレイするゲームも今日は興味が湧かず

風呂に入ってそのまま寝てしまった

 

 

ーー 本当に…… 楽しかった……

 

 

 

 

 

 

一週間後

引っ越し業者に荷物を預け終わると同時に 義子ら三人家族は永年住んでいた家を眺めていた

 

「これが見納めだ…… 出発するぞ義子」

 

「うん……」

 

ーー転校の話を聞いたとき

あの理事長は清々しく引き止めることすらしなかった

逆にE組では殺せんせーを始めとして一部の生徒達がお別れパーティーを開いてくれる始末

期末テストを控えている中 申し訳ないと思った

そして今日がその期末テスト当日である

 

「…………良かったなぁ! 義子!! テスト受ける前に引っ越せて!」

 

「えっ?」

 

普段の父親から らしくもない発言が飛んできた

 

「なんで?」

 

「ふふ! お父さんはこれでも昔は勉強が大っっ嫌いだったのよ」

 

「お父さんが?」

 

 

「ハッ八ッハ!! 田舎者(かっぺ)なんて覗いでも俺みてぇな奴ばっかだべず

勉強=青春なんて言う都会の連中みだいなわさぁ…… ほとんどいねぇべな!」

 

「うわっ! すんごいナマり」

 

「んだどもぉ 義子も羽伸ばせ」

 

「…………うん」

 

 

窓の外を眺め 今まで住んでいた街を横目で追い越す

父親の止まらない〝ん〟から始まる山形県のナマりを面白おかしく聞いていると

いつのまにか空港に着いていた

 

タクシーを降りて入り口に入り

父親からチケットを貰って荷物を預ける

乗り込みの時間まで待合室(ゲートラウジン)でようやく一息つける

 

「トイレ大丈夫?」

 

「あぁ…… 行ってくる!」

 

お手洗いを済ませ 戻ろうとする義子に声が掛かった

 

「磨兒子さん」

 

「え? 殺せんせー?!!」

 

そこには 多分 おそらく 烏間先生に成りすました殺せんせーがいた

 

「ヌルフフフ! 見送りです」

 

「期末テストは?」

 

「私が本校舎に出向いても生徒達の監視役も務まらないので 基本旧校舎で待機なんですよ」

 

「あぁ~ それで暇な時間が出来たからここへ来たと?」

 

「はいそうです!」

 

「アハハ…… でも来てくれてありがとう 殺せんせー」

 

「磨兒子さんにこれを……」

 

義子が殺せんせーから受け取った物は〝アルバム〟だった

中を見ると そこにはE組と出会ってからの良くも悪くもある写真がギッシリと詰まっていた

 

「またいつの間に撮ったのやら……」

 

「ヌルフフン!」

 

「でも私って E組に入ってそんなにいないよね? よく三年分くらいの厚みを作れたね」

 

「一つ一つが思い出ですからね 今のE組の生徒達の卒業アルバムとなれば〝アコーディオン〟レベルになるでしょう!」

 

ーーハハ…… 皆も大変だ

 

「それでね磨兒子さん」

 

「はい?」

 

 

 

「あなたは暗殺教室を卒業することは出来ませんでした」

 

 

 

「………」

 

はっきりと言った殺せんせーに義子も笑顔が途絶える

 

「でもね磨兒子さん

あなたは過去の後悔を受け止めて今ここに立っている

不破さんと会ったあの日からあなたは逃げなかった」

 

「………楽しかったからだよ 皆のおかげですね」

 

「ヌンヌン…」

 

殺せんせーは首を横に振った

 

「社会に出れば生きてるのが嫌になるくらいの現実が幾度となく訪れます

しかし いかに巧みに正面戦闘を避けてきた殺し屋でも 人生の中では必ず数度 全力で戦わなければならないときがあります

磨兒子さん…… あなたは〝友達から受けた裏切り〟を乗り越え

これからも出会うであろう新しい友達を裏切らなかった

逃げなかったあなたは立ち向かえたんですよ?」

 

「………」

 

ーーそうだ…… 私 友達なんて出来ないと思ってた どうでもいいと自分に言い聞かせてたっけ……

 

「今のあなたなら新しい場所でもやっていけるでしょう」

 

「大丈夫…… だと思います」

 

「えぇ 大丈夫です」

 

「………じゃぁそろそろ行くね さようなら」

 

「はい! さようなら」

 

義子の差し出す手を握ろうとした殺せんせーは 勢いよく後ろに下がった

 

「ヌルフフフ! 最後の最後にやってくれますねぇ~ 磨兒子さん」

 

「あちゃ~~~」

 

袖に仕込んでいた対殺せんせーナイフが見事に失敗した

 

「これはもう必要無いね 先生を刺す気にはなれないよ」

 

そう言ってナイフを殺せんせーに返す

布で受け取る殺せんせーはニヤニヤとした表情で挑発する

 

「ヌフフフ 負け惜しみですか?」

 

「うぅん…… 私は殺せんせーに〝生きて〟欲しいだけ」

 

「っ……………」

 

搭乗の合図と共に義子は殺せんせーに背を向ける

 

 

「ありがとう先生!!」

 

 

ーーバイバイ………

 

 

 

 



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特別授業二十時間目 年を越えて

「義子おはよ!!」

 

「おはよう」

 

古木の匂いがする下駄箱が並ぶ朝

登校してきた義子に声を掛ける同級生

 

あれから3ヶ月

田舎の中学へと転校した義子は 三学期を迎えた頃には今の同級生と馴染むことが出来ていた

 

「磨兒子さん…… 今から相談室へ来て下さい」

 

担任の先生に呼ばられて後を付いていく義子

おそらく留学の話だろうと踏んで歩いて行く彼女は落ち着いていた

 

「来年のことなんですが」

 

「はい…… 留年のことですよね?」

 

「いえ…… 特別に高校への受験を許可されたので そのお話を」

 

「え?!」

 

「とても異例ですが 義子さんの元いた椚ヶ丘中学校の浅野理事長から教育委員会に一報があったようです」

 

「え……」

 

「〝成績も申し分なければ 留年の原因は私し共教員に非がある〟とのことでした

三学期のこちらでの中間テストの成績は上位に位置してますので県内の上の高校への受験も可能ですが?」

 

 

ーー…………どうなってるの?

 

 

今では知り得ようのない冷酷理事長の行動にモヤモヤを隠せない義子

授業中も そして帰りの雪道をズボズボ歩いて行く中

変に見覚えのある黄色い雪だるまが田んぼの広がるど真ん中に存在していた

 

ーーえぇ……

 

おそるおそる近づく義子

その正体がハッキリわかる頃には

 

「にゅやぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「…………殺せんせー!! 久しぶり!!」

 

「やっと見つけましたよ磨兒子さん!!

おうちに寄ってもあなたのお婆さんから烏間先生の変装を見破られるが如く邪険に扱われましてね」

 

「……そんな格好で何しに来たの?」

 

「それはもちろん磨兒子さんの近況を確かめに来たんですよ

LINEは一回したんですけどね!! 立て続けに送るのはさすがに教師として越えてはならないと思いましてね!!」

 

「あぁ…… そういえば飛行機に乗った次の日から近況報告を求めてきましたね

あの時はバタバタしてたから返せなかったんでしたね」

 

「ニュヤ!! そこは何日遅れでもいいから送って欲しかったですぅ!!」

 

とりあえず義子は殺せんせーをなだめてから

近くのストーブが効いてる駄菓子屋へと暖を取りに行った

 

「悪いねおばちゃん!! ちょっとだけ囲炉裏場を借ります」

 

「構わねぇ!! 今じゃぁあの〝せぶんいれぶん〟っちゅう店もくつろげる場所あるって聞くべぇ?

うちも潰れねぇように都会もんのマネするがらねぇ!!」

 

奥から煎餅とお茶を取ってくる腰の低い駄菓子屋のお婆ちゃんがいなくなったところで

楽にする二人の内 会話を切り出したのは義子からだった

 

「ここ創業百年なんだって」

 

「ほぉ…… それはすごいですね 何代にも継いで来られたんですか?」

 

「いいや二代らしいよ? お父さんから始めたこの店をコンビニに負けないよう必死にやりくりしてるらしいよ」

 

「そうなんですか…… ニュ~~~

それにしても田舎という場所は不思議です マッハの私ですらもゆったりしてしまいます」

 

「今なら余裕で殺せるね!! 暗殺教室さえ卒業してなければな~~」

 

「ヌルフフフフ…… 私の弱点の一つが田舎とは考えもしませんでしたよ ここに来るまでは」

 

「ずっといると退屈する場所だから期間限定の弱点かもね!!」

 

久々に二人で笑い合えることに義子はどこか喜んでいる

奥から甘い煎餅〝冬の宿〟を持ってきたお婆ちゃんも久しぶりの賑やかなお客に喜んでいる

 

「名前にそぐわないエンドのE組はどうですか?」

 

「………それがですね」

 

シュレッダーのように頬張っていた殺せんせーの口が止まり

特に表情が変わるわけでもない顔から少し深刻なオーラを感じ取った義子

 

「実はE組の生徒達に私が人間だった頃の話をしました」

 

「えっ……」

 

「それは私が今の姿になるまでのお話です……… 磨兒子さんも聞きますか?」

 

「……先生って人間だったの? 宇宙人じゃないの?」

 

「そこから?!!!」

 

「えぇ…… なんかワクワクしてたものが()がれた感じ……」

 

「にゅ~~……」

 

なんとも言えない顔の殺せんせーはお茶をすする

 

「でも私は…… 殺せんせーの前世なんてどうでもいいかな」

 

「前世ではありません」

 

「私は暗殺教室から離れたんだし

もし聞いてしまったら必死に先生を殺そうとしていているE組の皆に失礼だよ」

 

「……そうですか」

 

「あれ? もしかして聞いて欲しかった?」

 

「べっ… 別にぃ! どうしても聞きたかったら教えてあげてもいいんだからね!!」

 

「ハハハ…………」

 

駄菓子屋のお婆ちゃんに挨拶してお店を出る二人は

義子の家までの道のりを歩いて別れることにした

 

「前から聞きたかったんだけどさぁ 殺せんせーって生徒から殺されたいと思ってるの?」

 

「とんでもない 今のE組の生徒を卒業させたら…… そうですね~~

船旅で世界一周でもしますかね~~」

 

「…………そうなんだ でもあと三ヶ月の内に自分が死んでもおかしくないって腹くくってるように見えるけど」

 

「……私が磨兒子さんに抱いていたことがあります」

 

殺せんせーは立ち止まった

気付かず歩き続ける義子に放った言葉は

 

 

「あなたは私と似てます とても大事な部分でね」

 

 

「えぇ? 私と先生の間で似てる所なんか無いよ!!

だって私の顔は黄色じゃないし!! 触手無いし!!」

 

 

「そこじゃありません!!!!」

 

 

 

 



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特別授業二十一時間目 複雑に似てる二人

純白の雪景色に腰を下ろす殺せんせーは

電信柱に凭れてる義子と対面になる

 

「私は多分ですが…… 死ねることを望んでいます

それは生徒達の暗殺が完遂することを意味し 彼等が胸を張って暗殺教室を旅立てる証明になるから」

 

「ふーん…… 私にはその暗殺される意味が未だにわからないけど 暗殺教室の生徒じゃないから?」

 

「……私があの旧校舎で教師をやる理由は

私を助け 私に大切なことを教えてくれた人が受け持っていたクラスだからです

雪村あぐりというその女性は……

どこか抜けてて一見頼りない〝弱さ〟を全面的に出した たった二週間のE組の教師でした

おまけに服のセンスもダサいんですが そこからはみ出るありふれた魅力がヌルフフフでしてね~」

 

「私情が出てますけど?」

 

「おっと失礼!!

………全てを分かっている気でいた私が外れた道を行こうとしたとき

身を挺して止めようとした彼女の姿は一瞬でした

振り返った時には私へ向けられた攻撃が彼女へ被弾してしまってね」

 

「…………」

 

「〝あの子達を教えてあげて…… 真っ直ぐ見てあげればきっと……

この手なら…… きっとあなたなら…… 素敵な教師に〟

この言葉が彼女の最後の言葉でした

雪村あぐりという人間を例えるなら丁度私達が見ているこの雪景色の様

人心掌握に努力を惜しまなかったそれは 生徒の全ての色を理解した者が見せる純白の色

私はその時に触手の声と共に誓ったのです

〝どうなりたいか?〟〝弱くなりたい〟

弱点だらけで親しみやすく どんなに弱いものを感じ取り 守り 

導けるそんな生物に そんな教師に

時に間違い 時に冷酷な素顔が出る事があるかもしれない

それでも彼女のやろうとしたことを精一杯やろう

私なりに…… そう思えたのです

自分が殺されてもいい人間なんてそう見つかるものではありません

その大切な時間を作ってくれたのが雪村あぐりという人間でした」

 

「殺されてもいい相手か……」

 

義子の脳裏に過ぎった遠い過去の人物

しかし今は口に出さなかった

 

「結局過去のことを話しちゃったね」

 

「すみませんねぇ~ どうしても私の生徒には話しておかなければならないと思いまして」

 

「そういうのは成長しつつ今も暗殺に励んでいるE組の皆にだから話す価値があるんじゃ……」

 

「もう話してしまったんですから仕方ないことですよ」

 

「……それで私と先生の似てるところって?」

 

両手に息を吹きかける義子は

電柱から垂れ下がる氷柱を取りながら殺せんせーに聞く

 

「私は〝死神〟と呼ばれた殺し屋でした

人は死ぬんだということを身近に感じる場所で育った私には天才と呼ばれるくらいの天職でしてね」

 

「殺し屋だったんだ…… どうりで……」

 

「その雪村先生に言われたんです

もしあなたが平和な世界に生まれていたなら

頭は良いのにちょっとエッチでどこか抜けてて

どこかせこかったり意地はったり 偽らない優しい笑顔ができるそんな人になっていたと

私が当時あなたのことを観察して思いました

物事の吸収力がズバ抜けて運動神経も悪くない 業君も嫉妬しそうな天才です」

 

「そ…… そんなことは……」

 

 

〝少年ジャンプ読んでどうにかなるほど 世の中甘くないんだよ!!〟

 

 

またもや浮かび上がる過去の人物

 

「しかしあなたと出会って雰囲気の違和感がすぐに襲ってきました

期待外れとはまた違う それこそ普通の人間が夏休みを越して殺し屋になった感覚です

あなたの目は死んでいました 大分印象が様変わりしているあなたを

私は過去の自分 そして私の弟子だった青年の裏切りが重なったのです」

 

「まぁ過去の事は公園で話した通りだよ」

 

「天才は時に周りを見失い

凡人は天才が眩しすぎて落ち度を体験してしまう

あなたと徒花さんが良い例でした

友達を失う怖さを知るというある意味特殊な挫折をした天才があなたでした 磨兒子さん」

 

「っ…………」

 

「おそらく友情を大切にする少年ジャンプが原因で起きたあなたの人生の一節になったのかもしれません」

 

「ちょっと!! ジャンプは関係ないでしょ!!」

 

「いいえ…… それは磨兒子さんがよく分かってることじゃないですか?

照英社代表として謝らせて貰います」

 

「ちょっとメタいです先生!!」

 

「私と磨兒子さんが似てるところは手順次第で簡単に暗殺者に化けるところでしたね

優れた殺し屋は万に通じる あなたの恐ろしい点は私に最も近しい星の下だったということです」

 

「どひぇ~~ マジすか?」

 

「大ジーマーです」

 

「……でもそれって渚と同じってこと?」

 

「そういうことですね

私達三人の違いは育った環境ですね

・私の場合は将来への選択が無かった されど逆にそれは何にでもなれる縛られない環境下

・渚君は母親に支配され 今まで自分の意見すら言えずに親御さんに育成されていた環境下

・義子さんの場合は掲げた理想に反発する現実に問い詰められて 眠る力が目覚められなかった環境下

この中で一番殺し屋に抵抗がなかったのは私だったってだけの話なんですがね」

 

「なんか私だけ…… 中二病臭いんですけど…… まぁ良いんですけどね」

 

「にゅ~~ その中二病の価値には個人差が生じているのであまり気にしないほうがいいですよ」

 

平らな田んぼに稲を植えるかの様に殺せんせーは小さい雪だるまを並べていく

義子はそんなことにツッコミを入れる暇なく 今聞いた話に淡い妄想を膨らます

 

「そっか…… 私って暗殺の才能あったんだ」

 

「その考え方は間違っています

大事なのは将来 自分がどうしたいかです

E組でも言いましたが〝第二の刃〟を身につけましょう

夢を追う道のりで磨いたスキルは必ず あなた自身の助けになりますから」

 

 

 

 

 



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特別授業二十二時間目 これで別れとも知らずに

雪壁の隙間に小道を発見する二人

足がぬかるむ雪路を競争していた義子と殺せんせーは義子の自宅の前で止まった

 

「にゅや~~ やはり今の時期の道は私にとって地獄道だったようです」

 

それもその筈 殺せんせーは裸足(?)なのだから

小道を進めば年季の入った木造住宅が出迎えてくれる

屋根で雪を下ろしていたスコップを持ったお婆さんが声を掛けた

 

「おぉ! お帰り義子ぉ!」

 

「ただいまお婆ちゃん!!」

 

「隣にいる黄色いタコはおめぇの知り合いか~~!!」

 

「そうだよ~~」

 

「余計なもん拾ってくんなよ~~!!」

 

「だいじょ~~ぶ~~!!」

 

 

「にゅ~ お婆さんは私を何だと思っているんですかね~?」

 

 

庭の方へ向かうとなんと白い和服姿の少女が出迎えてくれた

 

「あらお帰りなさい義子ちゃん!!」

 

「ただいま雪女さん!!」

 

 

「ニュヤッ!! ああ…… あなたは?!」

 

 

廊下から戸を開けて冷たいお茶を飲んでいる名前から妖しい彼女

 

「知り合いだったの殺せんせー?」

 

「えぇ…… 奴良組の方ですよね?」

 

 

「はい!! こっちに帰省していたんですけど 何故か義子ちゃんに発見されて仲良くなりまして~」

 

 

ニコリと笑う雪女の下に別の妖怪が現れた

 

「大変です雪女様!! 百物語組という勢力が影を見せています!!」

 

「えぇ!! すみませんが義子ちゃん!! すぐに帰らなければならなくなったので失礼します!!

リクオ様ぁぁぁぁ~~~~~~!!!!」

 

出会い頭の嵐に圧倒される義子と殺せんせーは

冬の季節だというのに外で呆然とさせられていた

 

「まさか別作品の人物に会えるとは思いませんでしたよ……

それより磨兒子さんは何も思わなかったんですか?」

 

「殺せんせーという謎の超生物がそれ言うのおかしくない?」

 

しばらくコタツで温まる殺せんせーに ホットコーヒーを淹れる義子がテーブルの上のカップに注いだ

 

「そういえば聞きたいことがあったの殺せんせー

なんか知らないけど浅野理事長のお陰で受験受けられました」

 

「にゅ~~ あの人も変わりましたからね~~」

 

「……あの支配者が変わったの?!」

 

「えぇ…… 理事長も私に似て立派な教育バカですからね

過去に何があったのか分かりませんが教育理念をねじ曲げる程の失敗が彼を変えてしまっていたんです

期末テストでE組が全員学年50位以内を勝ち取り 私とのサシで決闘した話もしましょうか?」

 

「相変わらずイベントが尽きませんな~~」

 

親が帰ってくる夕方には話も一段落に落ち着き

殺せんせーは外に出て帰る準備をしていた

 

「楽しかったよ殺せんせー たまにで良いからまた来てよ」

 

「……状況に応じてですかね

暗殺教室の行く先々で柔軟に仕事を終えたらまた来ます」

 

「……濁してるけど またひょっこり現れるんでしょ?」

 

「そう願いたいです

ですがご存じの通り私は暗殺教室の担任です

生徒達の暗殺対象はこの私

学んで苦しんで 任務を完遂し私を殺した暁には

小さな命を摘み取る彼等は命の尊さを知り 胸を張ってあの教室を卒業出来るのですから」

 

「…………」

 

 

ーー何でなんだろうな……

 

 

背中を向ける殺せんせーに抱きつく義子はありったけの思いをぶつけた

 

「生きてよ殺せんせー…… 何で死ぬことが望みなの? 昔たくさんの人を殺したから?」

 

「……」

 

「雪村先生が望んでいたことじゃないよね? ねぇなんで?!」

 

締め付ける義子の両腕は強くなる

そんな義子を殺せんせーは笑顔で振り返った

 

「ありがとう磨兒子さん…… あなたも立派なE組の生徒です

しかし暗殺を通して繋がれる絆が教師と生徒の間で繋がれた唯一の糸なのです

銃とナイフを身近に感じる様な場所で生まれた特別な時間が我々の青春と言ってみますかね?」

 

「それがおかしいよ!! 別に死ななくていいじゃん!! 私がおかしいの?!!」

 

「いいえ…… あなたの意見は正しいです 人間としてとても素晴らしいと思います

実は今クラスでも私を殺すか殺さないかで迷っている段階でしてね」

 

殺せんせーが話している途中で彼は触手で感じた

冬の冷たさに似合わぬ温かい涙が浸透していることに

 

「また元気に会いに来てくれるって約束して下さい お願いします!!」

 

「磨兒子さん……」

 

「先生と出会った期間なんてたった一ヶ月だったよ?

だけどいなくなったら悲しくなるのは当たり前のことなんだよね!!

そんなの嫌だよ!!」

 

ーーあぁそうか……

 

「困りましたね~~」

 

 

ーー私は誰かを助けたい人間だったんだっけ

 

 

ーーこれがあなたの一番の刃なんですね

 

 

殺せんせーは義子の身体を触手でくるませ

先っぽで彼女の頭を優しく撫でた

 

「私は今 あなたに救われました」

 

「え?」

 

「私はまた全て分かっている気でいたのかもしれません

自分のことを理解してくれる人間が…… 私以上の存在はこの世にいないとばかり思ってました

そんなどこか孤独を感じる自分に手を差し伸べてくれた人が雪村あぐりです

でも……」

 

触手を離す彼と義子の目が合わさる

 

「私を対等から慰めてくれる人と出会ったのはあなたでした

経験も無い 事情はもちろん知らない

だけど私とあなたは〝似た者同士〟

生まれた星は違えど海を越えて繋がることが出来たこれを私は…… 奇跡と呼んでもよろしいですか?」

 

「……やっぱり行っちゃうの?」

 

「えぇ…… まだ授業は終わってませんから」

 

そう言って義子と距離を置く殺せんせーは最後にお別れの挨拶を言った

 

「それでは義子さん さようなら」

 

「…………うん」

 

冷たくなった涙を嫌い 必死に袖で拭う義子は

必死に笑顔を作り なんてことのない時間を過ごしたと息撒いて

 

「どうせまた来るって信じてるから!! また今度ね!!」

 

「……はい」

 

マッハ20は辺りの雪を巻き上げ 軽く猛吹雪を作ってその姿は一瞬にして消えた

フンッと一息漏らす義子は何事もなかったかのように暖を求め 家の中へと入って行った

 

 

 

 

 



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特別授業二十三時間目 月が泣いた日

3月13日

卒業式を明後日に控える義子は 部屋で卒業ソングの練習をしていた

たった三ヶ月の田舎での中学生活だったけれども

同じ高校に進学する友達との新しい生活を前にワクワクが止まらない

 

そんな何でも無い日の夜

南の方角より 上空から放たれた赤い柱が義子の目に留まった

急いでテレビを点ける ネットを調べれば見覚えのある景色が報道されていた

 

『こちらは椚ヶ丘中学校前です

隠蔽されていた怪物の存在に近隣住民の方達が門の前に殺到しています!!』

 

ざわついているテレビが注目しているのは殺せんせーの事で間違いないだろう

しかし義子が気になったのは画面の隅に映るE組の旧校舎が建つ山の一帯が

半透明なシールドで覆われた部分が気になっていた

 

「おいこれって……」

 

父親も母親も釘付けになる中

義子は表情一つ変えずに部屋へと戻ろうとする

 

「義子……」

 

階段を上がろうとする義子と母親の湖遙

 

「……E組はどういう所だったの?」

 

「っ!!」

 

世論の説得よりも自分の娘の実体験に興味を持ってくれてた母親に

義子はつい顔がニヤける

 

「怪物はいなかったよ あの校舎には生徒と先生だけだった」

 

「……そう!」

 

部屋に戻るとたまに読み返す自分だけの特製アルバムが開いて置いてある机に向かう

アルバムを眺めるきっかけはいつだって〝ふとした瞬間〟 それが結構多かった

 

「大丈夫だよ そうだよね殺せんせー」

 

特に気にはせずに布団へ入る義子

たった一ヶ月の思い出を振り返りながら眠りに就く彼女は安らかだ

窓に映る夜空と自分の顔を照らし合わせると月が笑っていた

 

 

3月13日

この日はE組の生徒にとって暗殺教室のタイムリミットだった

国家の最終プロジェクトは宇宙より化学兵器を駆使し その矛先を殺せんせーへと向けられる算段

E組の生徒は全員現地へと向かい シールド内に予想外の刺客との激戦の末

一人の少女の命を助けた怪物の名にふさわしくない対象者(ターゲット)

望みである生徒全員の一丸となった暗殺により

 

その黄色い体は光となって宙に散ったのであった

 

卒業生は悲しみ 思い出に浸り 教室の各々の席でぐっすり眠る

卒業出来なかった義子は今は安心してぐっすり眠った

 

 

3月15日

雪国に桜の激励は虚しく

代わりに雪が積もる雪吊の木々が出迎えてくれた

 

「卒業おめでとう 義子!!」

 

「ありがとうお母さん!! お父さん!!」

 

 

「義子!! 写真撮るから来てぇ!!」

 

 

親から離れて同い年の仲間の集いに参加する娘を微笑ましく どこか嬉しく

そんなたくさんの思いが混ざる涙を母親は流している

 

「はい!! ずっ友!!」

 

 

「「「「「 イェーイ!! 」」」」」

 

 

卒業証書を握りしめた三月

それは殺せんせーという存在が生まれた月であり

殺せんせーが亡くなった月

義子にはまだ片方を知るよしがない

 

 

 

ーー若き暗殺者達よ

今から一つの命を刈り取る君達は

きっと誰より命の価値を知っている

たくさん学び 悩み 考えたはずだから

私の命に価値を与えてくれたのは君達だ

君達を育むことで 君達が私を育んでくれた

だから どうか今 最高の殺意で収穫して欲しい

この28人の未来の糧になれたなら

死ぬほど嬉しいことだから

本当に 本当に楽しい一年でした

皆さんに暗殺されて 先生は幸せです

旅立つ者から旅立つ者へ 命丸ごとの エールを

 

ただ…… 忘れてはいけないことがある

 

 

私にはまだ仕事が残ってることを もう一人の生徒を見捨てては旅立てない

 

 

 

 

 

 

 

 

東京某所

 

「こちら港前!! 〝対象者等《ターゲット》〟を見失いました!!」

 

「追い込んだと思ったのに…… どこに行った?」

 

警官が銃を構える緊張感漂う異様な現場

倉庫の屋根から飛び出る触手と月明かりに照らされた顔が警官達を見下ろしていた

 

「…………」

 

その少女は関わることなく姿を消す

ただの家出少女を追っている様には見えない防弾チョッキを身に纏う彼等の額からは微量の滝汗が

 

『まさか…… クソ… せっかく超生物の存在に終止符を打てたというのに』

 

通話の相手は国防省

 

 

 

 

『早急に多国籍犯罪組織に加入したと思われる

触手の力を手に入れた〝徒花此乃葉〟を捕獲せよ!!』

 

 

 

 

 

 



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特別授業二十四時間目 遠くにいる価値は

「ねぇこの服可愛くない?!」

 

「義子それメンズ!」

 

無事卒業を終えた義子は友達とショッピング

残り少ない中学生ライフの余韻を思う存分楽しんでいた

 

「次はどこいく?」

 

「あたしパンケーキ食べたい!!

あ!! あと朗報 近くでタピオカミルクティー飲めるようになったらしいよ!!」

 

「うっそマジ?! 行くしかないっしょ!!」

 

田舎の市内を駆け巡る義子は充実していた

まるで椚ヶ丘での出来事が悪い夢だったかのよう

 

「ねぇねぇこれ見て!!」

 

「ん?」

 

カフェで一息ついていると 店内のテレビに目を奪われる

 

『ご覧下さい!! 銀行が酷い有様です!!

今回の一件を含めた連続強盗が相次いで起きています!!

警察の調べによると 全て同一犯だということですが……

いやぁ…… もし犯人の方が聞いてるのであれば これ以上罪を重ねないで下さい

そして罪を認め 警察に出頭して下さい

現場から以上です』

 

「こっわ…… 義子ってあの近くに住んでたんでしょ? 都会こっわ」

 

「うん…… 何処でも事件は絶えないけど 都会は規模が違うからね」

 

本当に怖じ気づく訳でもなく

友達はガールズトークに移っているとき

義子だけはそのテレビから目を離さない

 

『情報によれば今回の実行犯 〝中学生〟って噂じゃないですか!!』

 

『正確には中学三年生がこの時期に多国籍犯罪組織に加盟しているので未成年ですね

原因が家庭環境なのか もしくは学校でのイジメ

どちらにしても犯人達を特定しない限り原因も闇の中ですがね……』

 

 

「……………!!!!」

 

 

ずっとテレビを見てる義子にさすがの友人も不思議に思い

 

「どうしたの義子? 顔真っ青だよ?」

 

「…………」

 

義子が注目しているのは監視カメラの実際の録画映像だった

ぱっと見て数人の犯人が店側を脅しているごく普通の強盗映像

だが彼女にははっきりと 見慣れていると言った方が正しいか

マッハ20には届かないスピードの光る線があちらこちらを飛び回っていたのだ

 

「触手……」

 

「「 触手? 」」

 

友人等と別れた義子は

帰り道にスマホを握りしめていた

 

「……やっぱり聞こう」

 

スマホ画面を開き ここ何度か連絡を取り合っていた相手に電話を掛ける

 

『もしもし?! 久しぶりだね義子ちゃん!!』

 

「うん…… 直に声で話すのは三ヶ月振りだね 不破さん!!」

 

『どぉったの?』

 

「今流れているニュースのことなんだけど……」

 

義子は何故か殺せんせーの名前は出さなかった

暗殺教室はとうに終わっている 気まずいのか それとも結果が怖いからか

とりあえず伏せる

 

『あぁ例の強盗事件でしょ? ありゃ触手だね』

 

「え…… あぁやっぱり?」

 

ーーあれ?

 

『私の考えでは柳沢…… あぁシロね あいつの仲間が関与してるかな~~って』

 

ーーもしかして……

 

『烏間先生にも聞いたんだけど その線で柳沢の回復を待ってるらしいし』

 

 

ーー殺せんせー生きてる?

 

 

『もしもし聞いてる?』

 

「あぁうん!! また地球存亡の危機なんだね」

 

『それで…… 犯人の目星なんだけどさ……

私達の中学校出身がいるらしんだ犯人の中に』

 

「同級生ってこと?」

 

『うん…… それでビッチ先生にこっそり機密情報を教えてもらったんだけどさ

義子ちゃんって〝徒花此乃葉(あだばな このは)〟って生徒知ってる?』

 

「…………!!!!」

 

震えた手がスマホを雪に落とす

聞き間違いと言いたいところだが 気になってた過去の記憶が蘇る

 

公園で此乃葉に会ったとき

彼女がいなくなった途端に出会ったシロ

シロが言っていたとある集団で殺せんせーを殺す計画

つまりそれが此乃葉を含めた集団なら

 

「ねぇ不破さん…… 触手を宿した人間はどうなるの? 殺せんせーみたいになるだけ?」

 

『……詳しくは知らないけど メンテナンス無しだと激痛を伴い

感情によって触手に支配され肉体が触手に浸され続けると……』

 

「……何?」

 

『最悪…… 死ぬわ』

 

「…………」

 

 

自分が聞いてきた

 

 

次の朝早く身支度を調えて新幹線に乗る義子がいた

母が作ってくれた弁当を食べながら一人 車窓を見つめ続けている

 

ーー此乃葉は私を裏切った人物 そして…… 私は此乃葉を守れなかった

 

 

自分が聞いてきた どうなりたか?

 

 

ーーわからない…… でも私はもう新幹線に乗っている

引き返せない 電車賃もったいないし

 

 

東京駅で待ってくれている不破と合流する為

義子はとりあえず もう一度 後悔を知ったあの椚ヶ丘へと戻った

 

 

 

 



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特別授業二十五時間目 集まってくれた仲間達

東京駅の改札口を通れば不破が出迎えてくれた

 

「久しぶり!! 義子ちゃん!!」

 

「久しぶり不破さん!! ……と?」

 

不破の後ろには忘れるわけないあの人達だった

 

「久しぶりだね義子さん!!」

 

「こっち来るなら私達にも一声掛けてくれれば良かったのに……」

 

 

「久しぶり渚!! それと茅…… 野さん?」

 

 

「そうだよ~~? ……もしかして私だけ忘れちゃったの?!」

 

「いやそういう事でもないんだけど…… 変わった?」

 

「うーんまぁね! いろいろあったけど 少し正直になったかな?」

 

至って前と変わらない茅野の風貌に頭の?マークが消えない義子

そんな義子の背後から赤髪のあいつが

 

「そりゃぁ変わったでしょ~~? はいこれ!」

 

突如として現れた業にとあるスマホの写真を見せられた

 

「えっ? ちょっとこれって? えぇぇぇぇぇ?!」

 

「「 んぎゃ~~~~!!!! 」」

 

それはご存じ二人のディーーーーーープな一枚だった

 

「茅野ちゃん……」

 

「こ…… これには!! じ…… ちゃんとした事情がありましてですね!!」

 

「おめでとうぉ!!」

 

「いや違うの!!!! 違くもないけどちゃんと話させて!!」

 

 

「そ・れ・に~~ 他にはいろいろと~~ ちゃぁんとやることやったんだよね~~

ねぇ!! な・ぎ・さ!!」

 

 

「「 やめい!! 」」

 

 

金髪の帰国子女 中村莉桜も加入

業を含めて口から発せられるアダルトで生々しいイロハは

渚・茅野コンビのカバンが二人の顔面にスパーキングしたことで一時を免れた

 

赤面の義子は

奥に居るもう一組に挨拶した

 

「久しぶり! 神崎さん 杉野君」

 

「久しぶり義子ちゃん すっごく明るくなったね!!」

 

「エヘヘ…… そうかな?」

 

「うん!! 前よりずっと生き生きしてるよ!!」

 

ここで不破が咳払いを一つ

それぞれで好き勝手している皆を一つにまとめた

 

「それじゃぁ作戦会議しますか!」

 

「作戦会議?」

 

「そう!! 今回の連続強盗事件についてはもう私達でいろいろ調べているの」

 

「もしかして……」

 

 

『はぁい!! 私です!!』

 

 

ポケットから聞こえる律の声で全てを察した

 

『敵のアジト・日本に滞在してる構成員の数・輸入された武器

それを基に侵入経路・人員の配置・捕獲プロジェクトなどなど 全て私のデータが管理しています!!』

 

「うわぁ… すごーい」

 

ーーそういえば田舎に行ってから一度も律と話していなかった……

 

不破は義子の手を取る

 

「助けたいんでしょ?」

 

「……うん 私も此乃葉の知ってることを話すね」

 

目に溜まる涙を拭き取り

八人は予約しているカフェへと向かう

 

「あ それとさ~~義子さん」

 

「え?」

 

業は耳元で

 

「渚君…… いよいよ取るらしいよ?」

 

「えぇ?!」

 

 

「業!!!」

 

 

「渚…… 茅野さんを泣かせたら許さないから」

 

 

「「 ホントそういうのじゃないから!! 」」

 

「てか取らないし!! なんでそこだけ察せるの義子さん!!」

 

賑やかな移動中は主に業と中村のツートップの独壇場だった

カフェに着くなり 皆の目の色が変わる

まるで暗殺教室の時を思い出されるかのように

 

「えぇ~~ それでは!!

烏間先生からも止められている多国籍犯罪組織のアジトにて徒花此乃葉さんの救出と

触手の種を発見された次第 速やかに回収する作戦を

ここに義子ちゃんがいることで再確認しようと思います」

 

「なんで皆やる気なの?」

 

「なんていうか~~」

 

 

「それは追々話すからね義子ちゃん」

 

 

神崎さんがそういうので義子は追求を止める 気にはなるけど

元E組と触手に関しては けして遠い場所の話ではないだろうから

 

「では律 お願い」

 

『了解しました!!

まず組織のアジトは海沿いにある椚ヶ丘港の第二倉庫

現在は使われていない廃港だとかで誰も近づきません

悪党が根城にするには持って来いです!!

ちなみに収入源は密輸入・賭博・覚醒剤・強盗です

納税は0 いけませんね~~

ちなみに徒花此乃葉は資金調達の強盗が担当のようです』

 

「此乃葉……」

 

『侵入経路は西側の使われてないタンカーが集まっている場所

倉庫裏に進めば非常階段や屋根に鉤縄(かぎなわ)を引っかける部分もあり屋根伝いからの侵入可能です』

 

不破はスマホをスクロールし

通話へと切り替える

 

「千葉君と速水さん!! そっちの状況はどう?」

 

『こちら偵察隊

外国人の出入りが激しいのと一隻の大型船が目の前にある』

 

『多分だけど大漁の密入国者のリストが事務所に置かれているから……

考えたくないけどクレーンで船から運ばれてくるコンテナの中身は戸籍を持たない外国人で間違いないわね』

 

 

「了解!! ……敵が増えるのか」

 

 

通信を切ろうとした千葉の背後に迫るしなやかな触手

それは事なきを得るに一瞬だった

 

『テステ~ス 聞こえてますか~?』

 

「……お宅は誰ですか?」

 

急に目の色が変わる業

それは場の空気が変わることを義子も知る

 

『まだガキみてぇだが…… お前ら…… 何者だ?』

 

「名乗るならまず聞いた方からが常識じゃない?」

 

『電話の向こうもガキみてぇだな…… 俺は〝アギト〟ってもんだ』

 

 

「っ……」

 

 

ーーアギト……

 

 

アギト…… アギト!! アギト!!!!

 

 

 

おそらくの予想でしかなかったが

義子の中で何故に徒花此乃葉という人間が犯罪集団に入ったのか

その経緯が繋がってしまった

 

「お前が此乃葉を……!!」

 

『あん? 誰だお前は?』

 

「お前が……!! お前が!!!! 此乃葉を返して!!

っ…… 返せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

 

「落ち着いて義子ちゃん!!」

 

 

それは勿論電話口でも聞こえる怒号だった

アギトの近くに居る千葉と速水を捕らえている少女はそれに反応する

 

「代わって……」

 

「ん? お…… おぅ」

 

代わった相手は此乃葉だった

 

『久しぶり義子』

 

「此乃葉!!? ねぇ無事なの此乃葉!!!!」

 

『義子も酷いよねぇ…… なんで教えてくれなかったの?』

 

「え?」

 

『シロって奴に話聞いたときは半信半疑…… というかほぼ信じてなかったんだけどさ~~』

 

「どうしたの? ねぇ?」

 

『この触手の力 すごい気持ちいいねぇぇぇぇぇ? アッハハハハハハ!!!!』

 

「……やめてよ やめてってば!!」

 

 

「やっぱり義子はあたしの友達には なれなかったんだね……

親友を欺くまで秘密を隠すなんて親友のすることなんかじゃないもんね~~ エヘヘ!!!」

 

 

 

 

 



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特別授業二十六時間目 ミッション開始

『見せしめにこの二人は始末しとくから あまりうちの組織に首を突っ込まないように』

 

此乃葉の冷たい一言で通話は途切れる

 

「ごめんなさい…… 私のせいで千葉君と速水さんが……」

 

「義子ちゃんだけのせいじゃないよ!! 私達も甘かった……」

 

 

「まだ二人が死んだわけじゃない 邪魔なだけなら見つけ次第すぐ殺すからね……」

 

 

希望の一声をかけたのは業だった

 

「つまり…… 相手は交渉を求めてるってこと業?」

 

「いや~~ わざわざ義子さんと会話したってことはさ

此乃葉って人は目立ちたがり屋かカマッテチャンだったりする?」

 

 

「……いや どちらかというと此乃葉は小学校のときには既に目立っていたから

逆に本人は嫌がっていたりしてたし」

 

「照れ隠しだったら笑えるけど 実はそういうの求めてたりしてたんじゃない?」

 

「…………」

 

そうじゃないとははっきり言えない ここでも彼女の知らないことが現れて胸が苦しくなる

とりあえず義子は改めて皆に謝罪した

 

「さっきは取り乱してごめんなさい!!

そしてこんなことになってあれなんだけど…… 千葉君と速水さんと共に

此乃葉のことも救って下さい!!」

 

深く頭を下げる義子を見ていた神崎と中村はクスクスと笑いながら

 

「はい義子ちゃん これ」

 

「??」

 

「一応E組に入って来たときに用意されてたんだと思うよ

軍と企業が共同開発した強化繊維でできた体育着 通称〝超体育着〟!!

フード内に目元保護用の極薄バイザーと通信機付きだよ」

 

「…………」

 

無言で受け取る義子の顔は覚悟の表れだ

 

「よし!! じゃぁ行こうかぁ!!」

 

「業…… 遊びに行くんじゃないんだから……」

 

「何言っての渚ぁ…… 俺の日本で好き勝手してるゴミ共を処理しに行くんだよ?

今年はオリンピックだってのに俺達日本人に変な外人のイメージ植え付けちゃってさぁ

もうブチブチにキレてるに決まってんじゃぁ~ん」

 

スマホを握りしめる業の殺意に誰もが冷や汗を流す

杉野は思わず渚の肩を叩く

 

「おい渚…… 業のやつ今…… 〝俺の日本〟って言わなかったか?」

 

「うーん…… はっきり聞こえたね」

 

 

「それじゃぁさっそく敵アジトに乗り込みますかぁ!!!!」

 

 

穏やかなブレークタイムを基本とし

時の話題や情報を交換する飲食店に似つかわしくない声が響き渡る

デパートの更衣室 公園のトイレなどで着替えを終える八人は

廃れた港へと赴く

 

汽笛音と共に流れるスチームサイレンが場の雰囲気を切迫させた

 

「うわぁ…… 刑事ドラマみたい」

 

「最近じゃぁスチームサイレンなんて聞かないからねぇ……

ここが当たりって言ってるようなもんだよ」

 

 

『データを基に今のは警告音だと思います』

 

 

「え? じゃぁバレたの?」

 

『バレたのであれば何らかの動きが少なからず見れる筈です

これはおそらく私達ではない別の存在に気付いたかもしれません』

 

「別の存在って…… まさか警察?」

 

コンテナが敷き詰められている場所に身を隠しながら前進する義子達は

気付かれない程度で目的地である第二倉庫を覗いた

 

「A班とB班は非常口 C班はここで待機だ

発砲の許可は許されている 中学生と言えど相手はあの超生物と同等だと思え!!」

 

入り口を塞ぐパトカーが数十台

機動隊の姿もあり 完全に倉庫一帯を包囲していた

 

一人前に出た警官は拡声器を片手に深く溜息を吐く

 

「こんなドラマみたいなこと…… 普通はしないぞ?」

 

「相手は未成年と言えど傷害を生む危険性があるとの上からの判断です」

 

「ハァ…… されど〝未成年〟だから説得に応じさせて若い芽への配慮って考えか……」

 

警官は少し照れる気持ちを抑えて 拡声器に声を当てた

 

『君達は完全に包囲されている!! 過ちを振り返り おとなしく出てきなさい!!』

 

反応は無し と誰もが思ったその瞬間だった

 

「はぁい出てきましたぁ!!」

 

先に二階の窓を突き破って出てきたのは数本の触手だった

その狙いはパトカーを全て破壊すること

一瞬にして戦場と化した現場を見渡した警官は

 

『突入!!』

 

機動隊への突撃命令 しかし時既に遅く

 

「「「「「 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 」」」」」

 

窓から放り出された人数は事前に伝わっていた機動隊の総動員

 

「狙撃犯はどうした?」

 

「それが…… 応答ありません」

 

数分足らずで混乱状態にさせられた触手の宿主がとうとう屋根にて姿を現わす

 

 

「此乃葉!!」

 

 

それは遠くで機を伺う義子達にもはっきりと見えた

 

着ている制服は紛れもなく椚ヶ丘中学校の柄だった

ブレザーを脱ぐ彼女は体温が上昇しているのか 体中汗だくの状態

 

「……なんか昔の茅野ちゃんを思い出すね」

 

「「「「「 うん 」」」」」

 

 

「ん? 茅野さん 何かあったの?」

 

「っ…… すんません……」

 

 

業と中村が茅野を見てニヤニヤあざ笑っている横で

義子の頭の上には??マークが浮かんでいた

 

 

 

 

 



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特別授業二十七時間目 面と向かって再開

銃も無意味 下手に近づこうものなら触手一本で一蹴される始末

連携も取れてない中 一人の警官は負傷して倒れている警官が持っていた拡声器を手に取る

 

『退却だぁ!! 退却しろぉ!!』

 

逃げ腰も見逃さない此乃葉の追撃は止まらない

 

「やめてよ……」

 

義子は現状の悲惨さを見るに堪えられなかった

何よりも 手を下している者は

 

 

「此乃葉ぁ!! もうやめてぇ!!!!」

 

 

のたうち回る警官達の地獄の足場を進み

義子は倉庫の目の前へと辿り着く

 

「久しぶり…… 義子」

 

「変わったね此乃葉…… そのおかしな触手は高校デビューの準備?」

 

「フフフ…… そうね

でも自分の価値を評価してもらうのは〝世界〟よ!!

あなたと違って私は…… あなたの手の届かないところで光り輝く準備をしているの」

 

「…………へぇ 世界征服ってこと?」

 

 

ーーなぁんだ……

 

 

「今からそっちに行くから……」

 

「どうぞどうぞ!! うっかり触手で八つ裂きにしちゃうかもだけど?」

 

「うん!! じゃぁ行くね!!」

 

 

ーー変わってないじゃん 昔と全然さ

 

 

階段を登る義子は 自分の頬を両手で軽く叩いた

 

 

ーーでも駄目…… それじゃまた繰り返すだけだと あの時 学んだんだから

 

 

非常口の重い扉を開くと

そこには此乃葉を含めた見知った構成員達が集まっていた

そして奥で宙に吊されている千葉と速水の姿

 

「千葉君…… 速水さん……」

 

「一応人質…… だけどさ

あんたに要求するような物は何一つないんだよね

だから消えて…… 私達もアジトを変えることになったからさ すぐにここを出て行くの」

 

「二人の人質はどうするつもり?」

 

「解放するわ ただ一つ

あなたも…… E組だった生徒も…… もし良かったら国の役員達にも私達の邪魔しないでと伝えてくれる?」

 

「…………わかったよ」

 

後ろの二人の命が最優先

交渉はリスク少なめであっさり終わろうとした その時だった

 

 

「なぁ徒花!! フヒヒ…… こっちの女だけでも貰っていかねぇかぁ?

この反抗的な目がよぉ……!! さっきから俺を興奮させるんだぁ……」

 

 

構成員の一人アギトは速水の髪を嗅ぐなり 呼吸を激しくさせていた

 

 

ーー外道に拍車が掛かってる……

 

 

「今回は無しだアギト!! 早々にずらかるぞ」

 

「なぁんだよ徒花~~ お前は〝そうゆうこと〟させてくれねぇんだからさ~~

今回は戦利品無しなんて…… 俺達が納得するとでも思ってんのかぁ?!」

 

「はぁ…… リーダーは私 だよね?」

 

「なに真面目になってんだお前…… そんな社会のルールに則るわけねぇだろぉがよぉ!!」

 

 

「…………逆らうっての?」

 

 

一瞬の触手で室内は残骸へと変わる

一本一本がアギト達にかするように壁にめり込んでいる

 

「っ……… 誰がお前なんかに付いていくかよ!!」

 

全員まとめて扉から出て行ってしまった

義子は伺うように此乃葉の顔を見ると

そこにはまだあどけない 昔の此乃葉の笑顔があった

 

「ねぇ義子…… 私の部下にならない?」

 

「……え?」

 

「触手があるから人手不足とかないんだけどさ…… やっぱり独りは寂しいの……」

 

「……何言って」

 

「お願い義子…… 昔みたいに隣にいてよ」

 

触手が二人の周りを覆い 二人だけの空間が出来る

義子は頭では冷静だったが選択肢があることを望んでいた

彼女を取り押さえるだけじゃない もしかしたら改心させられるのではないかと

 

 

ーー………これでいいの? また都合のいい方に流されるの?

 

 

頭では分かっていた だけど だけど 過ぎ去りし時を求めてしまう

 

 

 

 

 

 

一方 此乃葉の下から逃げ出していたアギトの懐から一本の電話が掛かってきた

 

「おぅ… なんだ?」

 

『      』

 

「……わかった」

 

アギトは通話を切るなり 笑いが込み上げてくる

 

「クク…… おい戻るぞ」

 

「ハァ?! ……何言ってんだよお前正気か?!」

 

「あぁ正気じゃねぇかもしれねぇ なんせ大金の匂いがしてならねぇからなぁ!!!!」

 

「その電話か? 上からか?」

 

「グフフフフ!! 今この時から…… 徒花此乃葉は裏の世界の〝賞金首〟となった!!

その額は当初シロとの計画によって頂く筈だった十億の倍だそうだ」

 

「……マジかよ まだ俺達の夢は終わってなかったのかよぉぉぉ!!!!」

 

急にやる気を出す下っ端達

 

「人生どう転ぶかわかったもんじゃねぇ…… さっそくあのガキをとっ捕まえに行くぞオラァ!!」

 

 

雲行きは日の沈みと同調して 暗く濁っている

遠い場所には数十台の黒く分厚い車両の群れが迫ってきていた

 

 

 

 

 



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特別授業二十八時間目 磨兒子義子VS徒花此乃葉

良くも悪くも温かい

此乃葉から伸びる触手の束に触れる義子はそんな心地良さだった

 

「ねぇどう? 私と義子が組めば最強だと思うんだけど?」

 

「そうだね…… 私と此乃葉が組めば敵無しだと思っていたよ

中学校に入ったとき 本気で思っていた」

 

「…………」

 

「でも…… 違った 一方的な片想いは相手を知らず知らずの内に遠ざけてしまうってわかったんだ

自分の抱く価値観もはっきり言葉にして伝えないと駄目なんだって当たり前のことに気付いたよ」

 

「っ……」

 

「此乃葉が今言ってることは真実じゃない!!

本音かもしれないけど それは触手なんてものを生やしていない いつもの此乃葉から聞く!!」

 

「……そう」

 

此乃葉は触手を引っ込めた

距離を置くように退く彼女の目からダラダラと涙が首筋に流れていく

 

「友達だと思っていたのに…… 友達を認めたくなかった……」

 

「……此乃葉」

 

「あんたに負けたくないのに…… あんたに認めて欲しかった……」

 

支離滅裂なのか それとも本音か

 

 

ーー触手が私に聞いてきた どうなりたか?

 

 

「義子ぉぉぉぉぉ!!!! 助けてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 

触手が発火を始め

少女の周辺に火花が散り始めた

 

駆けつけた渚達も前と同じ光景に即身構える

 

「ホント茅野ちゃんと同じになっちゃったねぇ!!」

 

「今それはいいでしょ業ぁ!!!!

……でもあのときとは違う メンテナンスをしてない私とは違って

つい最近まで誰かに施術されていたようだから まだ助けられるよ!!」

 

「そっか…… そういえば柳沢がいなくなってから まだそんなに日が経ってないね」

 

「でも触手が発火してるってことは触手が異常な速度で蝕んでいるっていう証拠

早くしないと僅か数分で死んじゃうよ!!」

 

互いに互いの邪魔にならないよう配置に就く七人は

用意してた濡れタオルを楯に構えた

 

「いつ用意したの? ってかそれ大丈夫なの?」

 

「まぁ少しくらいの火傷で済むかなってだけの即興作戦なんだけどね」

 

「それでどうしたら此乃葉を救えるの?」

 

「えぇと………… 茅野ちゃんのときは

渚のキスで憎悪を忘れさせて 殺せんせーがピンセットで根っこから引き抜いた」

 

「ヘッ… へ~~~ そうなんだ茅野さん」

 

 

「もう許してつかぁーさい 許してつかぁーさい!!」

 

 

義子は この際手段を選んでられないと踏んで渚にお願いする

 

「渚!! あなたは中性的だから許す!! 此乃葉の唇を奪ってきて!!」

 

「…………うぅ」

 

気が引ける渚は目を反らす

そんな渚に熱い触手が襲ってきた

 

「ウッ!!」

 

受け止めたのは義子

しかし素手だったことにより腕に大きな火傷を負ってしまった

 

「あっつ……!!」

 

「大丈夫義子さん!!?」

 

「平気平気!」

 

体勢を立て直す義子は此乃葉を見た

 

「義子…… 義子……」

 

彼女は まだ泣いてた

 

「皆下がって!! ここは私がなんとかする!!」

 

「秘策があるの?!」

 

「触手を抜き取る人と千葉君と速水さんを助ける人に分かれて欲しいの!!

私が此乃葉の気をそらしてみせる!!」

 

義子は軽くストレッチをし

助走を付けて一気に走り出した

 

「義子ちゃん!!」

 

「任せて!!」

 

触手がうごめく領域に入ったとき 義子に違和感を覚えさせた

 

ーーあれ? 襲ってこない?

 

義子が顔を上げると そこには

 

 

「ウァァァァアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 

奇声と断末魔が混同した叫び声を発する此乃葉の表情は人で無くなろうとしている

あまりの燃焼で触手の大半はチリチリに焦げ落ち 残った触手が発火する力を全て受け止めていた

 

「ここまで憎悪を? あなたに何があったっていうのよ?!」

 

「触手ノ全発火能力ヲ解除ダ……」

 

「ん?」

 

「ツイノヒケン…… カグツチ……」

 

「…………フフ」

 

 

ーーまだジャンプ好きなんじゃん 此乃葉……

 

 

襲ってくる触手にもはや勢いは無かった

それほど弱っている宿主の危機的状況を知らせてくれる

 

ーー此乃葉の気がそれるもの…… 考えるんだ!!

私だって此乃葉を全く知らないわけじゃない

小学校のときの此乃葉…… 親しくもない転校生の私に声を掛けてくれた

誰かからイジメられても助けてくれたし 困ったときは側にいてくれた

中学に入ってから上手くいかなくなって……

 

〝 義子ってさ…… 周り全然見ないよね? 〟

 

此乃葉は私に気付いて欲しかった…… 何を?

 

〝 ………悪い奴倒したんだからお礼くらい言って欲しかったな 〟 

 

私が此乃葉を守ったとき お礼を言ってくれなかった

 

〝 なんで私を避けるの!!! 〟

 

それは此乃葉が私の事を

 

〝 だってアンタに見下されるのが死ぬほど嫌だったんだから

クラスにも馴染めなかった 私がいなきゃ何もできなかった義子にナメられたくなかった 〟

 

下に見ていたから…… あれ?

 

 

ーーもしかしてミスリード?

 

 

義子はその場に立ち止まり深く考え始めた

 

「ちょちょちょ!! 義子さん?!」

 

「義子ちゃん危ないって!!」

 

周りの声が聞こえなくなるほど義子は思考回路を稼働させていた

しかし触手の攻撃はヒラリヒラリとかわしていく その姿はまるで

 

「……殺せんせー」

 

渚がそう呟いた

物思いにふけようとも相手の攻撃をものともしない

天性より授かりし才能が漏れ出していた それは渚をも圧倒する様

 

 

ーーもしも此乃葉の抱いていた感情が殺意による嫉妬ではなく…… アレだとしたら

 

……そしてそんなことを考える私もアレだとしたら 非常にマズい この先が

 

 

しかし一つの新しい秘策が思いついてしまった以上

今は実行するしかない

 

 

義子はいつの間にか此乃葉の目の前へと辿り着いてた

 

「正解かどうかわからないけど…… これしか方法が浮かばなかったから」

 

「ゥゥゥ……!」

 

「間違ってたらゴメンね」

 

そう言って義子は此乃葉の後頭部に手を回し

強めに押すように自分の身体を重ね 相手がよろけそうになった体勢で

 

 

義子は自分の唇を彼女の唇に押し当てた

 

 

 

 



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特別授業二十九時間目 裏と闇の恐ろしさ --XYZ--

「ン…… ンン!!」

 

力強い義子が手を離してくれない

身体が密着し 思わず彼女の胸を押し返そうとするも

 

ーー我慢して此乃葉…… すぐ終わるから……

 

「茅野!!」

 

「うん!!」

 

どこからともなくピンセットを取り出した茅野は

気が紛れている此乃葉の首筋に根付いてる触手を引っこ抜いた

 

此乃葉は気を失い その場に倒れた

抱きかかえる義子は此乃葉の頭をそっと撫でる

 

「辛かったね…… ごめんね此乃葉」

 

「ふぅ…… 一件落着でいいの?」

 

全員その場に座り込む

一瞬の出来事とはいえかなり労を多とした

 

「皆は怪我してない?」

 

「大丈夫だよ神崎さん 義子さんと徒花さんのベストショットに集中し過ぎてちょっとカスっただけ」

 

「相変わらず油断しないね業君」

 

業と中村はスマホ画面を義子に向ける

確認した義子は疲れてか もしくは耐性があるからか ただただ苦笑するしかない

 

「まさか二人がこんな関係だったとはね……」

 

「少なくとも私は今まで気付かなかったんだけどね…… そういうラノベとか読んでたのに」

 

「愛は盲目って奴?」

 

「こんな特殊ケース 普通は盲点でしょ?」

 

義子は此乃葉を担いで立ち上がる

 

「一応危険な場所だし 少しでも移動しよ」

 

「賛成!! でももうちょっと休ませてぇ!」

 

中村が大の字で寝そべった次の瞬間

窓を割って義子達がいる室内に催眠ガスが投げ込まれた

 

「何が起ったの?!」

 

「っ………!!」

 

一番窓の近くにいた業だけが一瞬見ることが出来た

非常口から避難する全員は 屋根の上へと駆け上がる

 

「全員ハジキは持ったか!?

〝集英組〟含め 余所の連中に獲られる前に俺達が報酬を受け取る!!」

 

ギリギリで下を確認した渚達は肝を冷やす

 

「あれって…… 〝モノホン〟さん?」

 

「どう見てもそうでしょ~~ 参ったね……」

 

 

『調べたところによると 連中の正体は日本ヤクザの最大組織【甲殻組】の構成員ですね

今この建物に長居するのは危険です 奴等は倉庫を吹き飛ばす程の武器の準備を確認』

 

 

すぐに奴等に気付かれぬよう隣の倉庫へと移動する しかし

 

 

「逃がさねぇぞ徒花ぁ!!」

 

 

此乃葉を担いだ義子が飛び移る 宙に浮いた時

背後より多く投げ込まれた手榴弾の爆風が二人を吹き飛ばした

 

「ウァゥ!!!!」

 

予定の着地地点が大きくズレた二人は そのまま二階の窓に放り入れられる

大破したガラスの破片から此乃葉を守る義子は負傷する

 

「話に聞いていたヤクザのお待ちかねかぁ…… ターゲットは隣の倉庫だぁ!!!!」

 

下に報告するアギトもまた隣の倉庫へと向かおうとする

 

「なんで徒花さんが裏社会の人間からも狙われてるの?!」

 

『奴等の素性を探ってる中で発見しました

どうやら彼女の触手の力を欲しがっている人間が懸賞金を掛けたようです

触手の認知度は殺せんせーが現れてからこの一年でかなりの人間に知れ渡ってる可能性がありますから』

 

「そんな…… とにかく二人を助けないと!!」

 

危険を顧みず救出しようとする渚達

しかしまたもや思い通りにさせてくれないのが

 

「おいおい…… 中学生だらけじゃねぇか どれが徒花此乃葉だ?」

 

別ルートで回って来た組員達が屋根を登って来ていたのだ

 

「こりゃぁ詰んだかねぇ?」

 

「っ………」

 

ーーどうすることも出来ない?!

 

 

「とりあえず全員半殺しでとっ捕まえろ!!」

 

 

前進してくる自分達より大きな怖い大人達

もうダメだと悟った渚は近くにいる茅野を庇う形で抱きしめた

 

前進に出て持ってきた廃材を構える業

ニヤニヤと死と隣り合わせな生活を送っている奴等に通用するも筈もなく

 

「やれぇ!!」

 

一斉に襲いかかる組員達にさすがの業も腹を括った そのときだ

 

「痛ってぇぇぇ!!!!」

 

どこからともなく乾いた銃声

音は小さく何処から撃ってきているのかも分からない

ただ自分達以外の人間が倒れていることだけは理解した

 

「あ…… 電話……」

 

懐から取り出したスマホから聞こえてきた声は

 

『皆!! 大丈夫か!!』

 

「「「「「 烏間先生!!!! 」」」」」

 

『まったく…… どれだけ危険過ぎる事をしたのかわかっているのか?!』

 

「「「「「 っ…………… 」」」」」

 

『それより そっちに徒花此乃葉はいるのか?!』

 

「少し遠くにいるんだ…… でも触手はもう抜いたよ」

 

『っ……!! ……そうか さすが私のクラスだな

そして非常事態なだけに君達を救出する許可が今出た

赤羽業!! 君が指揮を執れ

直ちに全員 その場から避難するんだ!!』

 

「僕達だけで逃げ切れる相手じゃないと思うけどね……」

 

『そうだ…… だから私も〝違法作業〟に手を染め ある人物に君達の保護を依頼した』

 

「え?」

 

一人銃を持った男が弾丸に当たらず突っ込んできた

 

「この野郎!!!!」

 

「業!! 危ない!!」

 

渚に言われ 振り向く業が見える相手は すぐ背後まで迫ってきていた

 

「っ!!」

 

太陽を遮り 自分達を影で包むその男は一人だった

組員を蹴り飛ばす動作と共にこちらを振り向く彼もまた 片手にリボルバーを掲げる

 

『法に則っては君達を助けられないと判断した俺は

知り合いの紹介でその男に助けを依頼した 彼は〝始末屋(スイーパー)〟と呼ばれ

 

 〝法で裁けぬ悪を撃つ〟 』

 

 

 

 

「俺を呼んだのは君達かい? 〝冴羽獠(さいば りょう)〟だ!!」

 

 

 

 

 



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特別授業三十時間目 最終決戦

「南西で待機していた野郎共は掃除しておいた さっさと逃げちまいな」

 

「シティー…… ハンター」

 

 

「中にまだ仲間がいるんです!! 助けて下さい!!」

 

 

一方義子と気絶している此乃葉はアギトと対立していた

 

「ヘヘ!! その女を渡して貰おうか?」

 

「……無理に決まってんでしょ? 久しぶりに友人に会ってあんたみたいなのが彼氏だったらショックだわ」

 

「いつまで経ってもムカつく女だなぁおい!!!! 数年前と同じ結果になると思うなよ?!!」

 

アギトはポケットから一本の注射器を取り出した

 

「……それって」

 

「そうだぁ!! 〝触手の種〟って言やぁ お前らわかるんだよなぁ?!」

 

右腕にぶっ刺し 狂喜に任せて笑いが止まらない彼の腕は早くも異変を見せる

 

「シロ曰く この触手は研究施設のセキュリティーに使われていた劣化版だそうだ

しかし投与した瞬間…… 効果が目まぐるしい即効性で現れる」

 

しなるアギトの右腕は裂け目を見せ 数本に分裂する

強面の顔に加えてあの腕になったらもう化け物としか言いようがない

 

「さぁどうする!! 磨兒子義子!!」

 

「…………決まってるだろクズ野郎」

 

抱いていた此乃葉をガラスの破片が散りばめる場所から移動し 近くのソファーに寝かせた

振り向いた義子の顔を見てアギトは絶句

 

「……またその生意気な面を見るとはな」

 

「悪党を前に怯むとでも思いました?!」

 

誰かを助けてたいと思った義子は触手を宿す相手でも前屈みに構える

 

「さぁ…… 悪夢も今日で終わり!!

此乃葉を連れ帰って 皆と一緒に私は高校へ行く!!」

 

「…………ハハ 俺の触手に勝てるか?!」

 

勢い付けて放たれるアギトの触手は散乱しつつも義子へと伸びていく

 

「徒花もろとも死ねぇぇぇぇ!!!!」

 

「死ねるかぁ!!!」

 

義子はあえて触手の懐に突っ込んだ

四方八方から襲いかかる触手を二刀のナイフで一つ一つ捌いていく

避けない理由は背後にいる此乃葉を守る為

 

「なんでそんな動きが出来る?!」

 

「これでもあの〝暗殺教室〟にいた生徒ですから!!」

 

片方を逆手持ちに切り替え 相手の懐に潜り込む

切り上げる義子の振り上げはアギト自慢の尻顎へ襲いかかる

 

「ぐぬぉ!!」

 

「かすった……」

 

すぐに距離を取るアギトは裂かれた触手を見て義子に畏怖を感じた

 

「人間技じゃねぇ…… 妖怪かてめぇは?」

 

「……? ………あぁそっか!!」

 

義子は短い期間でありながらも雪女と生活をしていた

 

「まさかあの人からのご加護があるとは…… 今度〝ぬら孫〟全巻買って読もう」

 

「なにブツブツ言ってんだぁ!!」

 

触手が絡みついて持ち上がった鉄柱で殴ろうとするアギト

義子は体勢を立て直し紙一重に避ける

だがスケールが違う分 微かに恐怖による動揺が自身の身体能力に影響を及ぼす

 

「頼むから…… もう少し持って!!」

 

足を摩る義子 しかし攻撃は待ってくれない

 

「オラオラどうした!!?」

 

「クッ!!」

 

 

ーー 一気に倒してやる!!

 

 

「あなたみたいな小物に!! 私達の人生狂わされて溜まるかぁ!!」

 

震えていた足に張りが戻り

真上から降る鉄柱をダッシュでかわした義子は

決着を付けるべく アギトとの間合いを詰める

 

「このぉ!! 戻れ触手!!」

 

アギトが身体ごと後ろに引っ張り鉄柱を引き寄せる

しかし先を読む義子はその鉄柱を避け横に身体を滑らせた

鉄柱は予想通りアギトを目指して飛ぶ

 

「うぉ!!」

 

アギトも避けるが触手が絡む鉄柱は壁にめり込む

もちろんこれも義子の思惑通り 触手は引っかかりアギトは行動を抑えられた

 

「戻れ!! 戻ってこい触手!!」

 

「フフン!! チェックメイトかしら?」

 

伸縮しようとする触手に身体が持ってかれそうなアギトは身動きが取れない

それを見下す義子を見て 彼が冷静でいられる訳もなく

 

「こんのぉぉぉぉ…… 女の分際でぇぇぇぇぇ!!!!」

 

「男だろうが女だろうが…… 訓練した凡人は天才を越えて 万に近づくの

あなたみたいなガキ大将の時代は終わって草食動物も肉食に化けるのよ」

 

義子は右足をブランブラン振り回し

何をしているのかと思えば 一気に頭上に振り上げた

 

「クソがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

「魚人空手奥義!!!!!(原作は奥義じゃないけど)

 〝 火華カカト落とし!!!!!!! 〟」

 

 

ゴチーーーーン!!と大きな音が駆けつけて渚達にも

表で組織を壊滅的に痛めつけている冴羽の所にも響き渡った

 

「義子ちゃん!!」

 

「…………勝ったぜイェイ」

 

自慢の顎を突き出しながら気絶しているアギトのそばで腰から崩れる義子の顔は晴れていた

 

「まさか触手がもう一つあったとは……」

 

「あいつが目覚める前に取り除ける?」

 

神崎に介抱される義子はぐったりしている触手を観ている赤羽に聞いた

 

「腕の全てが触手になってるからこの尻顎には酷だよね 切断するしかないかも」

 

「アハハ…… 保険にも入ってないだろうし ご愁傷様だね」

 

そんな気が抜けてる会話をしてる最中

アギトに寄生した触手がピクっと不穏な動きを見せた

 

「業!!」

 

本人も気付く前にそのマッハの速度を誇る凶器が牙をむく

 

「危ない!!」

 

業を押し退けたのは義子だった

 

「アァァ!!!」

 

触手は彼女の腹部を貫き

鉄柱に寄って開いた外へと追い込まれる

 

「っ!!?」

 

業もすぐに行動に移し義子を助けようとするが

予測不能な触手の暴走によって阻止させれる

 

「渚!!」

 

「うん!!」

 

近くに転がる対せんせーナイフを拾った渚は茅野の合図と共にアギトへと走った

 

「義子ちゃん!!」

 

触手の動きを避けて助けに来てくれる茅野の背後に迫る触手の一振り

 

「茅野ちゃん危ない!!」

 

義子も咄嗟に前に出る

襲われそうな人間を目の当たりにして自分の身など考えず

そして身を挺して茅野に覆い被さる

 

「うぁぁぁああああああああ!!!」

 

渚がアギトの右腕目掛けて飛びかかり その生えて変化した断面を両断する

しかし勢いを止めること叶わず二人は建物の外へと吹き飛ばされてしまったのであった

 

 

「義子ちゃん!! 茅野ちゃん!!」

 

 

そのまま海に落ちた二人

集まった裏社会の武装集団を全壊させて一服している冴羽は何かが飛んできたと驚く

 

 

「………なんてこった!!」

 

 

すぐに海に飛び込む冴羽に渚達は安堵しながらも建物を降りて駆けつけていった

 

 

 

 



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特別授業三十一時間目 よく頑張りましたね

〝 義子さん 〟

 

 

ーー声がする…… 誰の声だろう…… って言いたいけどこの声はあの人しかいない

 

 

「義子さん!!!!」

 

 

ーー!!?

 

 

目を開けても意識がはっきりしないような真っ白な空間

しかし起き上がるダルさも無く 負ってる筈の傷の痛みも感じない

 

「久しぶり!! …………殺せんせー」

 

「久しぶりです…… 磨兒子さん」

 

「……ハハ もう下の名前でいいよ

てか気付いてないかもしれないけどチョクチョク下の名前で呼んでたからね!!」

 

「ニュ~~ そうでしたかね~~」

 

黄色い触手で顔を掻く殺せんせーはすっとぼけの表情をしていた

 

「ここは何処なの?」

 

「さぁ…… 私もわかりません あなたがいるならあの世ではないと思います」

 

「私がいるからって…… 面倒臭がった自明が見え見えですよ?」

 

「ヌフフフ!! おそらくでしか確かめようがないですが

もしあなたが来たこの場所が死の世界であるのなら……

私は今の状況を悔やみきれませんからね~~

なのに私の心は…… とても居心地の良さを伝えてくれます」

 

「………ふぅん」

 

義子はその場に体育座りでくつろぐ

嬉しい筈なのに 確信していることを言い出せない

 

「……私は暗殺されましたよ 無事に」

 

「っ?!!!!」

 

信じたくない真実

だけど今のE組の生徒達の顔色を窺う程 受け入れなければならなかった

 

「今の殺せんせーは…… 何ですか?」

 

「素直に話せば多分ですが…… 茅野さんの一部です」

 

「……ハァ?!」

 

「二代目死神と呼ばれる元教え子と柳沢との決戦の際

茅野さんは私の負担を減らそうと二人に襲いかかりました……

結果は二代目死神の触手によって胸部を貫かれ 致命傷を負う私の不始末」

 

「……そんなことがあったんだ」

 

「そこで私は医療の力を駆使して茅野さんの身体を元に戻しましたとさ!!」

 

「ザックリとオチ持ってきたけど 普通に凄い!!」

 

義子が笑っている最中 殺せんせーは話を続ける

 

「不足した細胞を私の体内組織で補うことで茅野さんを無事生還させることが出来ました」

 

「つまり今の殺せんせーは茅野さん自身でもあるってこと?」

 

「そういうことになりますね…… 細胞一つ一つは常に短い命です

いずれ私という存在も…… 完全に消滅するでしょう」

 

「……悲しいこと言わないでよ」

 

膝を押さえていた両手が強く締め付けてくる

 

「本体はどうなったの?」

 

「見届けました…… 最後は生徒一人一人出席を取り天へと向かわれたでしょう

一足早く雪村先生に会いに行ったかと思うと…… 妬けますね~~」

 

「…………」

 

手は震えなかった だけど心は冷え込んでくる

 

「……もうすぐお別れだったりする?」

 

「はい! 長く居ていい場所ではありません」

 

「……もう少しくらい ……居られるのかな?」

 

「ここに居たいんですか?」

 

「……うん って言ったら?」

 

「にゅ~~…… 困りますねぇ

生徒を死に誘うなんて まるで死神ではないですか?」

 

「……フフ 怖れないよ 先生と一緒なら」

 

受け答えを止めなかった殺せんせーは沈黙の時間を作る

 

「あなたがここに留まっても…… 私を助けることは叶いません」

 

「っ!!」

 

「〝目の前の人を助けたい〟 それはあなたにとって長所であり短所でもある

とても脆く 危うく 謝った決断をした場合には取り返しのつかない諸刃の剣」

 

「…………何が悪いの?」

 

「義子さん……」

 

「先生が死んじゃったかもしれないって そんな確信もないこと……

私がどれだけ考えないようにしてたか分からないもんね!?」

 

「……」

 

「実際に真実だったけど…… 今私の目の前にいる…… 希望が見えたっていいじゃん!!

此乃葉だって救えた 次は殺せんせーを!!」

 

「無理なものは無理です…… すみませんが今はそれしか言えません

私はこの世の全てを見てきましたが人の死だけは倫理上の存在だと豪語します

それは何故か? 人が生き返った前例が全くと言っていいほど存在しないから」

 

「………生きてるじゃん 殺せんせー生きてるじゃん!!」

 

いつの間にか義子は殺せんせーの懐にいた

震えだした両手はしっかりと抱きついて離れない

涙ぐむ彼女に対して それでも彼は彼女の先生だ

 

「オカルトに走ろうともこの事実は免れない だからどうか……

その道には進まないで欲しいですね」

 

「なんで…… なんで……」

 

義子の身体が透けていく

 

「やだ!! まだ…… まだ駄目!!」

 

「さよならです義子さん」

 

「っ…… ぅぅぅ……」

 

義子は余す限り殺せんせーを抱きしめた

意識が遠のいていく感じが 目覚める時なんだと感じたから

今はただ 彼の温もりを感じる

 

「人が死ぬって…… こんなに怖いんだ……」

 

「……ですね あなたも立派な暗殺教室の生徒でしたね」

 

「一ヶ月の間でしたけど…… お世話になりました!!!!」

 

「はい…… ……どういたしまして!!」

 

「……ぅぅぅ ぅぅ…… 大好きだよ!! 殺せんせー!!!!」

 

「私もです」

 

 

 

ーーあぁ…… ようやく 最後の生徒も送り出すことが出来た

 

 

 

次に目を開けたときは 太陽の日差しだけが眩しかった

一緒に海に落ちた茅野は既に目覚めており

駆けつけた烏間とイリーナ にベタついているシティーハンター

 

「義子ちゃん!! 義子ちゃん!!」

 

「……おはようございます」

 

起き上がる義子は意識がはっきりしていない

だけどジョークが言える彼女にその場の全員は腰を抜かして安心の笑みを見せていた

 

ーーあれ?

 

義子は茅野の顔をじっと見つめる

 

「茅野ちゃん……」

 

「え? ……あれ? おっかしいなぁ!! ……涙が止まらないんですけど」

 

次々に流れるその綺麗な涙は茅野のものか それとも

 

 

ーーまだそこにいるんだよね 殺せんせー

 

 

いや

 

 

ーーそうだよね…… 殺せんせーは私達の 心の中に

 

 

 

義子は空を見上げ 手を胸に当て 静かに目を閉じ 恩師に感謝を込めた

 

 

 

 



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特別授業三十二時間目 春はもう始まっている

事件は幕を閉じた

私が入院してる間に不破さんが持って来てくれた後日談で盛り上がる

今回の触手の事件を終えて国防省は触手の種がまだ残っていないか調査を開始するようだ

柳沢からの情報を元に世界中に出回ってないか色々と大規模になるらしい

 

裏社会の組織はもちろんのことアギト達は逮捕される

今回は万引きなんてレベルではないから それなりの罪を思い知るだろう

 

此乃葉についても例外は無さそうだった

強盗をしちゃってることで さすがに庇えない

だから面会で仲を修復しようと思う

もう二度とすれ違わないように

 

此乃葉の真意だが 案の定百合成分があったらしい

私に劣等感を感じさせたくないのが当初の動機だったが

彼氏が彼女に弱みを見せない事例だと思って頂きたい

 

二十回目の面会で女性から告られる体験は新鮮でした

 

渚達は高校生活に向けていつもの日常に戻ったらしい

たまに業が私と此乃葉のキスの画像を持ってイジりに来るのだが

正直ヒマなのかなと思っちゃう

 

退院後は生徒全員が集まってくれて退院祝いを

そして半分怒られながら送別会に参加しなかった同級生からお叱りを貰う

 

寺坂が相変わらず苦手でした

 

 

 

そして春休みが明けて

私は山形県内のそこそこ難易度高い高校の門を潜った

 

「義子おはよう!!」

 

「おはよう!! これからまた一緒だね!!」

 

こっちの中学で出来た友人と共に始まる新しい高校生活

どっかで見てるのかぁ 殺せんせーは

それとも旧校舎で雪村先生とイチャついてんのかな

嫉妬しちゃうな

 

 

 

忙しくなる登校前に一度だけ

あの暗殺教室の舞台へと足を運んだ

 

「あっ……」

 

「おや?」

 

殺せんせーと烏間先生とイリーナ先生がいた職員室を覗くと

何故か浅野がいた

 

「久しぶりだね 磨兒子さん」

 

「お…… お久しぶりです…… 覚えててくれたんですね」

 

「アハハ…… 我が校の生徒を全て把握するのは教師の常識さ」

 

私も忘れませんがね

なにせ第1話であんっっっなこと言われましたから

 

「そういえば聞きたかったんです」

 

「何をだい?」

 

「…………今 何をしているんですか?」

 

違う 聞きたいことはそれじゃない

 

「私の好敵手がいた場所を見納めに来たのだよ」

 

「見納め?」

 

「実は学校の経営権を手放すことになってね 理由は分かるね?」

 

「はい……」

 

「次の事業を起こす前に一人の時間を楽しんでいたところさ」

 

「……」

 

相変わらず読めない

この人を理解するにはそれなりに難易度高い計算式が必要なのかと思わされる

 

「……ちなみに私の留年を助けてくれた理由も知りたいです」

 

「なぁに 私の力を持ってすればどうってことないよ」

 

「……怖っ!!」

 

「ハハハ! しかし現実はそう簡単じゃない

真実を言うと私は今ね 人生で稀に見ぬ民意による唯一の弱みを握られているのさ

もし君が留年のことで私と裁判で戦おうものなら 私は何割くらいの勝率だと思う?」

 

「そんなこと…… だって引きこもってたのは事実ですし」

 

「それを知るのはあなたと私と身近な関係者だけだ

世の中の私に対するイメージは〝怪物を飼っていた不審な人間〟

つまりこのネタを初手に出されただけで私の主張は皆無なのだよ」

 

「そんなことってあるんですね……」

 

「子供を虐待したり 政治家が汚職に手を染めれば

理由がどうあれ事実ならば許されないよね? そういうことだよ」

 

「ハァ……」

 

「……だけど一つ 同情される前に言っておきます」

 

なんでだろうと思ってます

席を立つ浅野理事長からは敗北した人間とは思えないくらい輝いてました

既に次の目的を見い出している人はこれ程までに強いんだと教えられました

 

「あなたが二学期の期末テスト前に出された抜き打ちテストに叩き出した点数を見ました

私は思ったのです 勉強が出来る選ばれし人間を潰していたのではないかと」

 

「あ ……ありがとうございます」

 

雰囲気がまるで違うから 正直気持ち悪いと思ってしまいました

 

「期待してますよ! 磨兒子義子さん」

 

「えっ……」

 

 

「あなたもあの殺せんせーの教え子なのですから 私は彼の敵としてあなたを信じます」

 

 

そう言って彼は出て行きました

ポツンと静かな場所に置いてかれた私は今日来たことを後悔する

何故なら誰も居ない旧校舎にあの人がいたことにより

静かで当たり前の場所に寂しさを感じてしまったのだから

 

 

 

 



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エピローグ

七年後 私は漫画家になりました

殺せんせーみたいな教師を主人公にする懐古の人間です

否定はしません

 

担当編集との喧嘩というイベントを日々繰り広げていると

暗殺教室が過去の思い出として徐々に遠い懐かしさとなっていきます

 

あの人がいなくなってから一人で歩くことはなくなった

恐ろしい川沿いの側を孤独に歩かなくて済んだ

私は今日も生きている あの頃とは全く違う この時を越えていける

 

そして今日は旧校舎を掃除しにE組のメンバーが集まると連絡を貰っていました

不破さんと合流し 女子少年院から出てきた此乃葉を引っ張ってあの場所へと向かいます

二人と思い出を振り返ってて思った

 

〝生きる〟って何なんだろうなって

 

殺せんせーは本当に暗殺されることが望みなのかと卑屈になるが

大切な人間を殺したも同然と言っていた罪滅ぼしを否定することは出来ない

罪は罪でも 自分で気付いた罪を否定できるわけもなく

 

此乃葉に取り付いた触手は

茅野ちゃんや糸成君 殺せんせーと同様で聞いてきたらしい

 

〝どうなりたいか〟

 

今思えば意思を持つ触手は悪ではなかったのかもしれない

人に人生を問う触手はとても人間味に溢れ 故に残酷だったのかもしれない

 

ちなみに此乃葉の返答は〝義子と仲直りしたい〟だったらしい

 

結果叶えてくれた触手は天使でも悪魔でもあるキューピットだったのかも

願い通りにしてくれたのは触手の力か 彼女の意思かは

今となっては確かめようもない

 

 

生きることとは結局のところ〝誰かの声〟が必要ということだ

 

 

私も此乃葉も触手に助けられる数奇な人生を経験した

もしも私が殺せんせーに出会わなかったら

もしも此乃葉が触手を宿さなかったら

そう思うとゾクッとする時が多々あります

 

二人で交わした凶器を持っていた手には箒と布きれが

触れれば傷を作ったこともあるその手と手は結ばれて

今はただ同じ道を共に真っ直ぐに

 

 

「あぁ! 来た来た!! 遅いぞー!!」

 

「ごめーん!!」

 

 

「久しぶり義子ちゃん!!」

 

 

友達が声で出迎えてくれる

そして私は 一度は失い欠けた友達の手を引っ張ってそこに向かう

一見普通だけど とても難しく繋がった一本の糸だってことを

儚さと研鑽を一旦置いて結び目を振り返ることの大切さを

 

この旧校舎で この暗殺教室で学んだ

 

 

 友情・努力・勝利

 

 

それらを勝ち取るのはとても簡単なことじゃない

現実は見切られて裏切られての連続だ

少年ジャンプを片手に己の信念を貫けずに目の前が曇ってしまうかもしれない

だけど一歩を旅してこういう偶然に巻き込まれたなら

 

 

 

「私は自分を 誰かを信じることを諦めたくないと そう思いました」

 

 

 

 完

 




:今作オリジナルキャラクター
 
磨兒子義子(みがにし よしこ)
 
今作の主人公であり実はヒロイン
田舎から都会に引っ越してきたことにより周りに上手く馴染めなかったが
少年ジャンプにより覚醒した才能により勉学も身体能力も様変わり
しかしメンタルお陀仏により此乃葉の猛攻に撃沈
救ってくれた暗殺教室という存在は何よりも大きかっただろう
 
 
徒花此乃葉(あだばな このは)
 
モブと思いきや重役を担うダークヒロイン
都会育ちの男勝りな性格の彼女はクラスを纏めるリーダーシップに長けていた
作者が思うにこの子は椚ヶ丘中学校じゃない学校に入ればこうはならなかったと思う
結果:百合に覚醒
義子に助けてもらいたかったのにすれ違いになったツンデレとも見れる
 
 
アギト
 
今作のクソ野郎
ということでただのラスボス
 
 
 
:作者から一言
 
この度は暗殺教室の二次創作【生きる時間】を読んで頂いてありがとうございます
この作品は作者のオリジナル強めの作品になってしまい
設定に遵守しましたが至らぬ点も多く発見されるやもしれません
これはこれで面白かったなどなど
感想をお待ちしております
 
 
それではまた
このサイトか別サイトで!!
 


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