Fate/Extra _rePlay  ~献身の巫女、烈火の化身~ (藤城陸月)
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零回戦目───RePlay───
1───Partner───


 来やがったな、EXTRAアニメ化の大波! 行くぞ読者諸君(相棒)!『Fate/EXTRAの二次小説投稿』ぅぅぃやっほうぅぅ!

 という訳で、EXTRAがアニメ化したので前々から構想を練っていたEXTRAの二次小説を投稿します。いまさらは禁句です。

 ───え?『お前、もう一つFate/の二次小説投稿してなかったか』って?『しかも、一年近く更新してなくないか?』
 ……な、何のことかなー(ダイマ)

 ──────ああ分かったよ!更新すればいいんだろ!どうせ時間は戻らねぇんだ、同時に更新すればいいんだろ!(ダイマ)


 尚、サモさんは持ってません(血涙)
 という訳で(どういう訳?)、どうぞ──────




 後頭部に衝撃を受ける。

 前後関係は分からない。

 

 正直な話、ここ数日(多分)の私は終日ぼうっとしている。

 ……目的意識がない、とでも言い換えるべきだろうか。

 

 

 ───いや、物事を深く考えることが出来ない、が正解だろう。

 

 

 激しい痛みの中───『誰か』が囁く。

 確かにその通りだ、と内心で肯定する。

 

 全てが曖昧なのだ。

 そもそもの話、私は───この月見原学園に通う私たちはどの様に暮らしているのだ?確かに、友人はいる。先生もいる。──────ならば家族は?帰るべき場所は?

 

 第一に──────()()()()

 

 

 ───先ほどから感じていた頭痛が酷くなる。

 

 ───喪失感と浮遊感が同時に襲い掛かる。

 

 

 だが、これは後頭部の痛みとも、失われていく温かいナニカとも関係ない。

 

 白熱し、白濁する意識が罅割れる──────

 

 それはまるで、袋とじを白刃で切り裂くようで──────

 

 

 

     †††††

 

 

 

 ──────放棄された研究施設。

 そんな風に形容するのが相応しいような、長い年月を感じさせる部屋だった。

 

 しかしながら、不思議と生活感があった。

 

「───いよいよだな、■■■。調子はどうだ?」

「ああ、全く問題ない。むしろ、普段よりもいいくらいだビリー」

 

 後ろから『私』に投げかけられる、老人の声。

 そして、応える男性の───『私』の声。

 

「しかし、今日まで長かったような短かったような、という感じだな」

「正確には、4年と6か月だな」

「そっか……。俺はもっと長い間一緒に居た気がするなぁ」

「お前は無責任に要求するばかりだったからな。私は逆に、あっという間に感じている」

「……まぁ、お互いに(あんま)し外見変わんないしな。長生きしろよドクター、俺がコフィンに入ってる間に、棺桶(コフィン)がもう一つ必要になる、なぁんてことになるなよ」

「余計なお世話だな」

 

 混乱する『私』を置いて二人は雑談を続ける。

 因みに、『私』老人『私』……の順だ。

 

 振り返りながら答えた『私』の目に入った老人───ドクターは白衣を着た、研究者然とした男性だった。

 年齢は少なくともを70歳を越したように思える老いた博士。しかしながら、その鋭い眼光から聡明さは老いとは無縁に見える。

 

 返って、『私』の外見は分からない。

 『私』自身が出している声なので自分の年齢も今一つ分からない。精々が、手術着のような物を着ている、という事ぐらい。

 それも、コフィン、と言いながら冷凍睡眠維持装置に似た機械を親指で示した時に僅かに袖が見えた事からの推測だが。

 

「既に、ムーンセルにダイブする準備は整っている。行けるか?相棒」

「あんたに相棒と呼ばれる日が来るとはなぁ。全く、改めて俺は4年半を長く感じるよドクター・ビリー。

 ──────いや、()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう言って、『私』は拳銃を突き付け、剣呑に告げる。

 ……不思議と戸惑いはない。むしろ、不思議と馴染むような、奇妙な感覚がある。

 

「……何のつもりだ?テロリスト」

「いや、これが最後だしな。今後の事を含めて、ハッキリさせないといけない事は済ませないとな。───全く、何がウィリアムだからビリーと呼べ、だ」

「一介の研究者に偽名のセンスを求められても困るな。生憎、専門外なのだ」

「そりゃそうだ。ロード・アニムスフィア───元、魔術協会の一角たる時計塔が一学部、天文科(アニムスフィア)君主(ロード)さん。全く、これから行く(ダイブする)ことになる(ムーンセル)について天文科(あんた等)より詳しい奴がどれ程いるのやら」

 

 全く、何処が一介の研究者、だ。最高位の専門家じゃねえか。ホントに食えない爺さんだよ。全く。

 そんな風に『私』はボヤく。全く関係ないが、『私』の口癖は「全く」らしい。

 しかし、テロリスト、か。先ほどの、自分ながら───『私』ながら、何処から出したか分からない拳銃の自然な使い方から、ある程度以上に使いこなしているように思える。

 

「さて、何が望みだ?」

「いや、特には。これは一種の儀式みたいな物だと思って欲しい。最後の会話なんだ、本名を明かしても良いだろう」

「全く、変わらんなお前は」

 

 口癖が移ってしまったな。4年と6か月は短くはなかったか。

 そう続ける博士に『私』は笑って、拳銃を───銃弾の入ってない拳銃を放る。ついでに、右ひざのサバイバルナイフも一緒に。

 ───呆れ返る老人博士と面白がる不良助手。

 その関係に、何処か名残惜しそうなものを感じた。

 

 

「さて、ハッキリさせたい事とはなんだ?」

「さっきも言った通り、今後の事さ」

 

 手術着(合ってた)を脱ぎ捨てる。

 その後、右手首から右ひじまであった謎の───恐らく拳銃を収納していた───バネなどの複雑な絡繰りを分解し、左ひだのサバイバルナイフを収納していたベルトを取り、その下に巻かれていた包帯を手早く解く。

 文字通りトランクス一枚になり、そのまま体を解す。

 その際、両腕・両足に無数の古傷が刻まれている事に気付く。

 

 積み重なった痛ましさを悲しく思いながら『私』は受け入れる。

 

「俺が死んだ後、研究成果を持って西欧財閥に投降しろ」

「そうすべきなのだろうな。今までの臨床試験データを持ち込めば、私は好条件で迎え入れられるだろう」

「そうする以外に選択肢がないからな。幼い娘さんもいるんだろう。

 俺が死んだなら、それを何かに役立ててくれ。今まで壊すことしか出来なかったからな、それくらいはしても良いだろう」

「───だが断る」

「……おい」

「お前の持ってきた漫画を読んで以来、言ってみたくてなぁ。許せ」

「全く、あんたと過ごした4年半、退屈したことは無かったよ。ドクター」

「私もだ。相棒」

 

 身体を解しながら。先ほどコフィンと呼んで指さした機械を見つめながら、そんな下らない事を言い合う。

 

「因みに、娘はお前より一回り下ぐらいだがな」

「マジか……思いっきり騙されてたな」

「勝手に勘違いしておいてよく言う」

「成長する前の話しかしてないでよく言う」

「年を取ると、昔の事ばかり思い出すものだ」

 

 そういうモノか。という呟きに、そういうモノだ、と返ってくる。

 

 こんなことを言い合える奴が出来るとは思わなかった。という独り言に、同感、と返す。

 

 友人とかいなさそうだしな。お前こそな。

 

 本当にくだらない言い争い。ありふれた、ありふれていた───もうすぐ終わる日常。

 

「───あ、娘はやらんぞ」

「それも言いたかっただけだろ……。んで、結婚してんの?」

「さて、どうだろうなぁ。私は死んでることになってるしなぁ」

「情報が入ってこないだけかよ……」

「私が知ってるのは精々が十代後半ぐらいまでだ」

「───そっか、あんたもか。ドクター」

 

 『私』が入るコフィン───()()()()()()()()()()()()()()。その中で眠る少女を見る。

 

 ──────■■(■■■)

 

 口の中で消えたソレはその少女の名前だろうか。

 

 

 

 コフィンの中に横たわる。

 

 元々、このコフィンは別の目的のために設計された物らしい。

 曰く、疑似霊子転移───より正確には疑似霊子変換投射───を行うための装置として設計されたが、魔術の衰退と共に計画は頓挫。今回、ムーンセルへの霊子ダイブを行うための装置として再設計したらしい。

 緊急時に備えた冷凍保存などの仕組みも組み込まれている。

 必要な電力は秘密裏に作られた海底油田基地から供給されているらしい。

 

 『私』が知らなかった───こと知るはずがない『知識』が頭の中に入ってくる。

 

 ──────いや、これは■が『此処』に来るために使った──────。

 

 

 ───ガラスが罅割れるような。そんな幻聴。

 ───脳髄が熱暴走するような。そんな幻痛。

 

 

「また会える日を楽しみにしている」

「そうだな、ドクター」

 

 『私』───『■』とドクターとの話声が、何処か遠くから聞こえる。

 

 ───まるで、深い水底から陸の声を聞くような。

 ──────まるで、夢から覚める直前のような。

 

「───もし、───ってこれな─ば」

「そんな───な……。まぁ、──ぐらいは─てやる。此処ごと──────がな」

「す──な、正直──」

「フン。それに、──────だしな」

「──────よ、ド──ー」

「おま─────。───じゃな───」

 

 ──────長生きしろよ、ドクター。

 ──────お前こそ、死ぬんじゃないぞ。

 

 

 全てが暗転する。

 

 

 

 ──────さあ、そろそろ起きる時間じゃないのかな?

 

 

 

     †††††

 

 

 

 ぼやけていた視界が焦点を結ぶ。

 

 ───初めに目に入ったのは0と1の青空だった。

 

 情報の海ならぬ、情報の空。

 あるいは情報の世界。

 すなわち霊子虚構世界。ムーンセル内に作られた、聖杯戦争の舞台となる仮想現実世界。

 

 ───頬が緩むのを感じる。

 

 コンクリート製と思われる壁でコの字に切り取られた、0と1の青空。

 どうやら自分は、腰をくの字に曲げた体勢で寝ころんでいるようだ。

 

 自分がいる場所は袋小路。

 先ほど後頭部に感じた激痛と出血。そして自分の体勢から、今、自分がどの様な状況に置かれているかを判断する。

 

 上を向いていた視線を正面───袋小路の出口に向き直す。

 目に移ったのは三人の男子生徒。三人の内一人が金属製の長物───古き良き鉄パイプを持っている。

 着崩された制服やアクセサリーなどをした典型的な不良。

 

 ───腕に力を籠める。

 

 色素の薄い細腕は想像以上にスムーズに動く事が()()()()()()()()分かる。

 それ以外に、身長や体重を始めとする体格。および、五感の鋭さなどの身体技能が全て把握できる。──────いや、自覚できる。

 

 ───そのまま、一気に立ち上がる。

 

 

 視線の低さに違和感を覚える(意識)

 それに反して、滑らかに動く(外殻)

 

 視界の端に移る長い黒髪に違和感と既知感を同時に自覚する。

 

 ──────精神(ソフトウェア)肉体(ハードウェア)の致命的な乖離。

 ──────唯一の救いはこの体に見覚えがある事か。

 

 

 

 さて。確認しなくてはいけない事が溢れているが、その前にやらないといけない事が有る。

 

 

 ───目の前で出口を塞いでいる三人の男子生徒。

 ───見た目は華奢な少女の体になっている自分。

 

 数分後の自分が辿るであろう末路は一瞬で理解できる。

 この状況では、じっくりと物事を考えることは出来ないでだろう。

 

 そして何より──────電脳空間とはいえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 それでは、久しぶりに兄としての責務を果たすとしよう。

 張りきって。

 喜び勇んで。

 肝心な時に守れなかった兄失格の男だけど──────いや、だからこそ今ぐらいは守りたい。

 

 そのために──────その為だけに、戦ってきたのだから。

 

 

 『自分』が、『俺』が立ち上がったのを見て、下卑た笑みを浮かべる不良───()

 

 倒すべき、乗り越えるべき、別に殺しても構わない。そんな明確な敵を確認する。

 

 重心移動から護身術、格闘技等の経験はなし。

 同じく比較的大柄だが、身体能力はそこまで高くない。

 服装は、着崩したブレザー。シルバーアクセサリーがいくつか。

 総合して、個人個人の危険度は極めて低い。

 まぁ、この学校(多分)が平和(だった頃)な日本の学校に似ており、再現されている生徒(NPC)も(比較的)平和ボケしているので当然かもしれないが。

 

 詰まるところ、群れなければ『ごくありふれた悪行』すら出来ない様な三下な雑魚。

 群れなくては何も出来ないくせに、結束も何もない烏合の衆。

 

 結論として、不意を付いた個別撃破に限る。

 

 

 意識が朦朧としているふりをして歩きより、油断して近づいてきた一人目の不良───不良Aの股間に膝蹴り。

 悶絶し、崩れ倒れる不良A。

 驚き、一瞬茫然としていた二人の不良。その内、鉄パイプを持っている不良Bが三歩の距離を一息に縮め、得物を振り上げる──────前に軌道から体を外し、鉄パイプを支柱にして不良Bの体勢を崩す。握力が緩んだ手から鉄パイプを奪い、後頭部にフルスイング。

 そのまま動かなくなる不良B。まぁ、正当防衛だろう。無罪無罪。

 

「おッ、お前……まさかッ、マスター、なのか!?」

 

 確かな手ごたえに内心満足していると、上ずった声で不良Cに折り畳みナイフ(ジャックナイフ)を向けられる。

 体勢をずらし、不良Cと向かい合う。

 しかし、マスターなのか、か。

 ()()()()()

 色々と聞かなくてはならない事が出来たが、どう誘導するべきか。

 さて──────。

 

「──────さて、どうだろうね」

 

 取り敢えず、余裕があるように振舞い誤魔化す。

 今更だが、自分が出している声が懐かしい。自分が出しているので、少しズレがあるが聞きなれた声。聞きなれていた声だった。

 

「ふざけるなッ!NPCに、AI風情にそんな事が出来るはずがないだろう!」

「そんな事、か」色々と突っ込みたいことが多いが飲み込もう。ここは──────煽るか。「どんなことだい?」

 

 ──────一歩、足を踏み出す。

 後ろに下がる、下がろうとした不良C。彼は自分が恐怖を抱いた、という事に気付く。

 

「──────っせぇんだよ!!」

 

 恐怖を感じて後ずさった。その事実に逆上して、あるいは恐怖を誤魔化すように吠える。虚勢を張る。

 

 ああ──────よく見た光景だなぁ。

 

「──────ヒッ」

 

 目を会わせる。こちらの表情に、彼が何を見たかには興味がない。

 ただ、何かが壊れたのを感じる。

 

 狂気を感じさせる甲高い笑い声。

 

「ああ、いいよ。教えてやるよ」

 

 不良Cの歪んだ笑顔。壊れてしまったのは、最低限のタガか。

 右手と握るジャックナイフの周りで活性化する霊子。

 

「教えてやるよ。教えてやるよっ。教えてやるよォッ。どんなことか教えてやるよォッ!」

 

 一つのフレーズを狂ったように連呼し、凶器を振り上げる。

 

「くらえッ!sla───」「遅い」投擲した鉄パイプが鼻面にぶつかる。「───ガッ!」

 

 急速に霧散する霊子。

 ジャックナイフは、不良Cの後ろに飛んで行った。

 低くしていた体勢から一足に間合いに入り込む。鼻血を出しのけ反る不良の襟首を両手で掴み、鼻面に頭突きをする。

 鼻が潰れ、気を失った男の顔面を片手で掴み、コンクリートの地面に叩きつける。

 

 痙攣していた男は、今まで見慣れた様に動かなくなる。

 

 

 

 今になって思い出したが、妹は剣道と合気道を習っていた。

 当時の自分にはどの位の実力だったかは詳しくは分からないが、魔術師の家系ゆえ無茶な練習が出来たので全国大会で好成績を取っていた──────ような覚えがある。

 

 

 

 ──────先ほどの自分は、妹が武道を嗜んでいたことを思い出せなかった。

 

 原因は不明だが、この『身体(アバター)』が妹の姿になっている事と無関係ではないだろう。

 

 …………正直、大分困った。

 只、自分の名前や経歴が思い出せないのは仕方ないと割り切れるが、妹のことをほとんど思い出せない事だけは残念だった。

 

 

 

 

 

 ここは地上を遥か月面。

 

 ──────やれやれ。思えば、遠くまで来たものだ。

 

 寂寥と共に吐き出された自嘲は、誰にも届かずに消えていく。

 

 

 

 

 

 †──────†──────†

 

 

 

 時は僅かに前後する。

 

 正道の武を身に着けた少女の体に、純粋な殺に慣れた悪鬼の精神が入り込んだ魔人は刃物を回収し立ち去った。

 残されたのは、気を失っている二人の不良と一つの死体。

 

「───く……ソが」

 

 ──────いや、訂正しよう。

 先の魔人が殺した、殺したと思っていた不良は──────サーヴァントと契約をしたマスターは、何らかの法則により意識を取り戻した。

 

 

「───ち、く生……」

 

 痛い。

 痛い。イタイ。痛い。イタイ。痛い。

 

「クソ、畜生……」

 

 痛みが引かない。

 

「ああァあああんのアマァぁあああ!!!」

 

 叫ぶ。

 恥も外聞もなく叫ぶ。

 

 怒りに任せ、使えない手下二人(ゴミ二匹)を処分する。

 

「──────おい、どうした。野良犬にでも噛まれたか?」

「あァ!?」背後からの声に振り返る。「───チ、()()()()か」

 

 羊毛と馬の皮で作られた民族衣装をした大男──────サーヴァント、ライダー。

 

「無様だが、随分と男前になったじゃないか」

「クソが……ッ。どうせ見てんたんだろうが、ライダーァッ!」

「ああ。見物させてもらったぞ」

「ならッ!どうして──────」

「どうして、手を貸さなかったのか、か?」

「ク……。ああそうだよ!お前だって、()()()()()()()()()()()()!」

「まぁ、お前が死んだら確かに困る。

 ───だが、これはお前の戦いだろう。お膳立てされた手に入れた女を抱いて何が楽しいんだ?」

 

 気迫に押され息を呑む。

 ライダーの声は此方を落ち着かせようとするものだ。

 

「そう、だな。ライダー……」

「何事も経験だ。死にさえしなければ何とでもなる。

 保険として、お前には(オレ)の宝具で強化してある。(オレ)が死なぬ限り、即死でなければ蘇る」

「そうか……」

「落ち着いたか」

「ああ……。済まなかった、ライダー」

「お前は小物の上に臆病者だ。自分に出来ることを考え、冷静に振る舞える状況を作り出せ。

 数で攻めるのは良い。こちらが優勢ならば、息を付けずに畳みかけろ。

 今回は質や量の問題ではなく、疾さが足りなかったな。状況を的確に把握して迅速に指示をしろ」

「……手厳しいな。頭が痛い」

「仕方ないだろう。お前には成長してもらわなくてはならんのだ。そうでなければ勝ち抜けん。()()()()()()()()

 

 頭に手を置かれ、そのまま乱暴に撫でられる。

 相変わらずな子ども扱いに抗議したいが、ライダーにとってはただのガキなのだろうと自分を納得させる。

 

「さて、いかに出来の悪い小僧でも(オレ)のマスターだ。奴めには相応の酬いを受けさせねばなるまい」

「ライダー……」

「お前とて、やられはなしになるのはご免だろう」

「ああ……。ああ、そうだ。そうだよライダー!

 さっきは、急な展開だったから失敗しただけだ。きちんと準備をして、正面からぶつかれば負けることは無い!」

「その意気だ。

 ──────ああ、もしかしたら、あの女めを逃がして正解だったかもしれんな」

「……ア?どういうことだよライダー?」

「どの様な結果であれ負けは負け。それは覆しようがない事実だ。

 あの女は其れをよく分かっている。故に、お前を殺した──────殺したと思い込んだ」

「───そうか。アイツを一泡吹かせるってことか」

「そういうことだ。それに──────」

「それに?」

 

「それに──────ただの女を犯すより、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ライダーは獰猛に笑う。

 生前の行いを表すような悍ましい笑みに頼もしさと、一抹の恐ろしさを感じた。

 

 

 

 †──────†──────†

 

 

 

 

 

 アイテム名───護身の仕込みナイフ

 コードキャスト:slash(16)

      効果:軌道に沿って、短い斬撃を飛ばす

 

 

「……ほぼゴミだな」

 

 ジャックナイフを回収し、そのスペックを確認する。

 最大射程は5m。切断力、破壊力は貧弱。射程ギリギリでは薄皮が切れる程度。……(魔)改造確定だな。

 

 ───さて、これからどうしてら良いのやら。

 

 メニューを開き、ジャックナイフを収納。そのままアイテム欄から回復系アイテムを取り出す。

 どうやら初めから持っていたらしい、回復系アイテムを利用し後頭部の怪我を完治させる。

 本来はサーヴァント用らしいが、少し調整して人体に使っても問題ないように加工した。

 

 

 辺りを見渡す。

 ここに居ても仕方がない。移動しよう。

 ここは袋小路。出口は目の前の一か所しかない。

 

 

 

 ──────袋小路から出る。

 

 ──────視界が白一色に染まる。

 

 

 

 上下左右が無数の、まるでガラスのような硬質で半透明な、正方形の板の連続で出来た通路。

 

 壁、床、天井の向こう側には一面幾何学模様。その上を無数のバイナリコードが流れていく。

 

 赤光に照らされた通路の世界に果ては見えず、只々、幾人の己と薄暗がりを写すのみである。

 

 

 ──────何処だここは。

 

 

 とっさに装備を確認すると、先ほどアイテム欄に放り込んだジャックナイフと何時の間にか入っていた鉄パイプ。後は日常品と回復アイテムが少し。

 ……以上。

 

 正直、心許ないのでジャックナイフと鉄パイプを使って、即興だが礼装を作成することにする。

 

 

 アイテム名───数打ちの打刀(うちがたな)

 コードキャスト:slash(32)

      効果:軌道に沿って、斬撃を飛ばす

 

 

 アイテム名通りの打刀。刀身が70cm程の抜刀しやすい、主に徒戦用の日本刀。

 コードキャストの斬撃の射程はおおよそ15m。霊子(MP)の消費と本体の消耗が速くなる代わりに、威力は申し分ない。

 二三分で作ったにしては上等だろう。元より、細かい作業は苦手だった──────ような気がする。

 

 左腰に刀を帯び、抜刀。数度の素振り、打ち込みの後納刀。

 

 正直なところ、まだ心許ない。

 だが、このまま此処で立ち止まっている訳にはいかない。

 後ろを振り返る──────前方と同じく、通路が続いている。

 

 どちらに進もうと同じ事だと思い、足を踏みだ──────

 

 

 ──────ガシャリ。

 足音。

 

 

 不意に背後に気配を感じ振り返る。

 其処には──────跪く人形(ドール)一体。

 

 ──────その姿勢は、これからの奉公を主に誓う騎士のようで──────

 

 

「──────俺と一緒に来てくれるかい」

 

 ──────ガシャリ。

 

 期待半分、思い付き半分の提案を人形(ドール)の騎士は動作で恭順を示し、右腕で前方を指し示す。

 

 何かの通路(パス)が繋がる感覚があった。

 

 

 

 

 歩く。

 歩く。歩く。歩く。

 

 カツカツという革靴(ローファー)の足音とガチャガチャという人形(ドール)の足音が連鎖する。

 

 

 歩き出して約10分。代り映えのしない通路を進む。

 時たま、球体の敵対プログラム───以下、エネミー───が現れるが、人形(ドール)の殴打の速撃(ATTACK)で、蹴撃の強打(BREAK)で、防御(GUARD)からのカウンターで鎧袖一触に倒していく。まぁ、コードキャストの遠距離斬撃でも十分倒せるので相手が弱い可能性も大だが。

 

 

 歩く。

 歩く。歩く。歩く。

 

 歩き出して約30分。距離にして、3㎞ほど。未だ通路の先は見えない。

 遠距離斬撃でエネミーを屠ると、僅かだが相棒が拗ねる様子を見せるので彼(?)に戦闘を任せている。先ほどからこちらがしているのは簡単な指示だけである。

 

 

 歩く。

 歩く。歩く。歩く。

 ……。

 走る。

 走る。走る──────立ち止まる。

 

 壁、天井と同様に床も半透明──────つまり、ある程度は反射することを思い出し、反射的にスカートを抑える。

 何があったかは描写しない──────が、短パンあるいはホットパンツ。若しくはスパッツの類をスカートの下に着用しようと思った。

 決して、白い布は見ていない。決して。

 

 

 

 ───コツコツ。

 ───ガチャガチャ。

 

 ───コツコツコツコツ。

 ───ガチャガチャガチャガチャ。

 

 ───コツコツコツコツコツコツ…………。

 ───ガチャガチャガチャガチャガチャガチャ…………。

 

 

 歩く事一時間。倒したエネミーは16体。

 目の前にあるのは──────平坦な道だった今までとは異なる上り坂。

 

 ──────たどり着いた。

 その実感があった。

 

 

 ──────振り向く。

 僅かな時間だが、ともに歩いた人形(ドール)の騎士。

 相変わらずの無機質さ。だが、その姿に確かな頼もしさを感じる。

 

 

「──────行こうか」

 

 足を踏み出す。

 ──────ガシャリ。

 初めは驚いた足音にも慣れた。

 背後の足音に頼もしさを感じながら、上り坂を上っていく。

 

 

     †

 

 

 石造りの闘技場(コロッセウム)

 目の前で立ちふさがるは──────こちらの従者と同型の人形(ドール)

 応じるように、主の身を護るために前に出る武骨な騎士。

 

 ──────完全なる対象性(シメントリー)

 違いを挙げるなら、背後に守る物が居るか、否か。

 

 

 正面から激突──────すると見せかけ、横っ飛び。一瞬たたらを踏んだ敵影に斬撃(slash(32))のコードキャストが直撃する。

 衝撃によろめく相手を強烈な蹴撃を見舞う。

 吹き飛んだ人形に追撃を与える人形。

 

 ──────どれほど力を持つ者でも、生存競争は避けられない。

 不意に、そんな事が───ごく当たり前の事実が───頭をよぎった。

 

 

 戦いは続き──────そして、片方の戦士が動きを止める。

 

 不意に、左手の甲に痛みが走る。

 三画の血色の入れ墨。その模様は海面から昇る朝日を思わせる。

 

 ──────決着は着いた。

 

 敗者は頽れ、その姿は風化し消えていく。

 勝者は驕らず、物静かに帰ってくる。

 

「──────お疲れ様」

 

 乾ききった口から出たのはその一言。

 傷だらけの騎士に回復を施す──────。

 

 ──────傷ついた従者は無言で回復を断り、主からの労いの言葉にのみ体を休める。

 

「お前──────そう、か」

 

 ここまで、なのか。

 

「今までありがとう人形の騎士(ドール・ナイト)。君に出会えて良かったよ」

 

 物言わぬ人形(ドール)騎士(ナイト)

 見ず知らずの相手に仕えることを良しとした誇り高い騎士。

 たとえそれが、予め定められたプログラムだとしても──────いや、プログラムに従った結果だと初めから気付いていたが、その姿は頼もしかった。

 

 

 何時の間にか現れていた光の階段を数段上る。

 

 ──────後ろ髪を引かれ振り返る。

 

 そこには棒立ちになり、こちらを見上げるかつての従者。

 

 ありがとう。さようなら。

 そんな気持ちを込めて小さく手を振る。

 

 前を向き直し、改めて階段を上る。

 コツコツという足音が重く響いた。

 

 ──────ガチャリ。

 

 弾かれたように振り返る。

 大きく右手をふる人形の騎士。

 

 …………全く。最後までこちらを立ててくれる良い従者だ。

 笑みと共に前を向き直す。

 足音は軽やかに。

 遥か前方の光を希望と信じ、駆けあがる──────。

 

 

 寡黙な騎士は、光に向かって走り続けるかつての主を見送り続けていた。

 

 

     †

 

 

 光の門をくぐる。

 

 

 そこは──────海の底だった。

 

 ほとんど光の届かない、暗い海底。

 だがそれは深海ではなく──────嵐の海。

 嵐の中、船から投げ出された船員が今際の際に見るような暗く、静かな海。

 絶望を感じる、陸の上でしか生きる事の出来ない命──────一秒後の死が確定した哀れな魂を海は優しく迎え入れる。

 

 

「──────問いましょう」

 

 

 背後からの声。

 冷たさを帯びた。静かな、落ち着いた女性の声。

 だが──────それは無慈悲なわけではない。

 その声は微かな柔らかさを残しており、こちらを試すような──────そして、何処か期待するような。

 

 ゆっくりと振り返る。

 顔を付した巫女装束の少女。

 

「あなたが──────」

 

 少女が顔を上げる。

 ──────目線が合う。

 腰まである濡羽。薄桜の肌──────そんな日本人を思わせる体色に反する天色(あまいろ)の虹彩と留紺(とめこん)の瞳孔。

 

「あなたが、私のマスターですか──────」

 

 大いなる海。母なる海。

 その姿は何処か海を連想させる。

 

「君は───」

「私のことはキャスターと呼んでください」

 

 キャスター(caster)

 唱えるもの。投げかける者。

 何かの役職の名前だろう、と当たりを付ける。

 

「そうか。じゃぁ、キャスター。

 君の問いに答える前に、幾つか質問をしても良いか?」

「構いません」

 

 目の前の少女───キャスターは冷たい声で機械的に返す。

 

「了解。では──────マスター、とは」

 

 話の順序を飛ばし、先ほどの問いかけで唯一分からなかった単語の意味を問う。

 

 マスター。

 先の諍いで叩きのめした不良からで聞いた言葉。

 恐らく、キャスターと同じく何かの役割を示す名なのだろう。支配する者、だろうか。

 

「己が願いを叶えるため、熾天の玉座を目指す者。

 そのために戦闘代理者たるサーヴァントを従える者。

 今現在、あなたはその資格を持つ者。左甲の令呪はその証」

 

 熾天の玉座とは聖杯の事と判る。

 鮮血の文様は令呪と言うらしい。

 

 そして、サーヴァント。

 読んで字のごとく従者。

 戦闘代理者という文言に、先の人形の騎士が思い浮かぶ。

 

「そうだ──────俺はマスターだ」

 

 宣言する。

 自分は前に進むのだと。

 

「俺のサーヴァントになってくれないか」

 

 依頼する。

 自分と共に戦って欲しいと。

 

「いいでしょう。ここに契約は成立した」

 

 一拍。軽く息を吸うのが聞こえた。

 

「──────サーヴァント、キャスター。あなたの期待に応えましょう!」

 

 花が咲いたかのような満面の笑み。

 一瞬前迄の硬い表情は跡形もない。

 その表情は、屈託のない純粋な、喜びを表すもの。

 

『──────お兄ちゃん』

 

「──────実幸(みゆき)

 

 一瞬のフラッシュバック。鮮明な幻覚。

 零れ落ちた名は、欠けていた妹の名前。

 

 顔は似ていない。

 似ているのは髪くらいだ。

 身長は近いが、強い母性を感じさせる目の前の少女とは体型は大きく異なる。

 しかし、輝かしさすら覚える笑みに、妹が──────人見知り故に普段は冷たいが、本当は気性は激しく、親しい人の前では本音をぶつけて来る。俺は、本心からの笑みを守ろうと誓った。その少女が──────実幸が思い浮かんだ。

 

「マスター!?どう、したのですか」

「大、丈夫だ。全く……問題ない」

「強がらないでください。

 単に綺麗ごとではなく、私たちは運命を共にする仲です。

 出会ったばかりで話しづらい事は察しますが、私に打ち明けてくれませんか」

 

 駆け寄り、あやすように頭を撫でる少女。

 封印したはずの凝り固まった感情が頬を伝い、僅かに解ける。

 

 

「実幸は俺の妹なんだ。

 そして同時に、この身体(アバター)の本来の名前でもある。

 

「俺は本当は男だった──────はずなんだが、気付いたら記憶を失った上に妹の姿になって彷徨っていたんだ」

 

 

 誤魔化し、取り繕う。

 心の底で押し固めた輝石。剥き出しのままでは、喪失感で歩く事すら覚束なかった。

 

「──────どんな妹だったんですか?」

 

 追撃にして止めの一撃。

 柔らかさで包まれた言葉の剣。

 心の欺瞞を暴くために振るわれる、刃を持たない斬撃。

 傷つけることの能わぬはずの一撃は古の城壁すら容易く切り裂くだろう。

 

 

 俺には勿体ない、出来た妹だった。

 

 人見知りが激しくて、基本的に無口で無表情。

 ある程度親しくないと世間話すらしてくれない。

 

 その割に、本当は感情の起伏に富んでいて、本当に親しい相手には本心をぶつけてくれた。

 

 時たま見せる心からの笑み。

 俺はその輝きを一番近くで見ていた。

 守りたかった。──────守れなかった。

 

 

「──────。

 俺は、守れなかったんだ」

 

 何時の間にかぼやけていた視線が、気が付いたら下がっていた。

 膝頭が冷たく、硬いものに触れていることに今更ながら気付く。

 

 

「──────そうですか」

 

 頭部を柔らかさに包まれる。

 抱きしめられているのだと気づくのに一瞬の時が掛かった。

 

「頑張ったのですね」

 

 掛けられたのは、同情でも慰めでもなく労いの言葉。

 

「──────キャスター」

「──────はい」

 

 何と無しに呟いた呼び名に律義に答えたキャスターはあやすように頭を撫でる。

 やめて欲しい。そう、言おうとした。

 

 ひぐっ──────と、しゃくりあげるような音が漏れた。

 

「我慢しなくても良いのですよ」

 

 こらえる。

 我慢する。

 そうしなければ、柔らかさと温かさに全てをぶちまけてしまいそうだった。

 

「あなたは痛みを抱きながら歩き続けた。

 その行いに、その日々に、私は敬意を表します。

 私には、その感情に共感する資格はありません。

 ですから──────いえ、だからこそ私はあなたを称賛します。

 改めて、よく頑張りましたねマスター」

 

 なぜ、この少女は見栄とかプライドとかいうものを砕きにくるのだろうか。

 俺は震える手でキャスターの背に手を回す。そして、そのまま豊かな胸に顔をうずめる。

 キャスターは、柔らかで温かな──────そんな当たり前の、傍らにいる誰かのような手で頭を撫でていた。

 

 

     †

 

 

 何時の間にか涙は止まっており、頭を撫でていた手はゆっくりとしたリズムで背中を叩いていた。

 このまま背を叩くリズムに身を任せ──────いや、このままだと眠ってしまう。

 

「キャスター。もう──────」

「──────マスター。いえ、実幸(みゆき)

 

 もう大丈夫、と言おうとしたのを遮られる。

 俺の名前は美幸ではなくて──────と訂正しようとして、自分の名前すら思い出せない事に気付く。

 

 

「あなたは私が──────この()()()()()()があなたを──────実幸を守ります」

 

 

「ですから、安心して身を任せてくれませんか」

 

 ……そうか。実幸を守ってくれるのか。

 そして、美幸を守ってくれるサーヴァントがかの有名な英雄、ヤマトタケルなのだ。

 

 ──────それなら安心だ。

 

 

 

 

 キャスターは出会って間もないマスターの状態を察している。

 その上で、こちらを安心させる為に、わざと名前を間違えた。

 

 ──────あなたの代わりに、あなたが守りたかったものを守る。だから安心してくれ。

 

 全てを背負う。

 その覚悟を持ってキャスターは宣言したのだ。

 ならば──────

 

 

 ならば──────()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 

 歪な関係であることは分かっている。

 ──────だからどうした。

 元より、今の自分はがらんどう。

 聖杯に託す願いすら思い出せないのだ。

 

 今、この瞬間。キャスターの宣言で俺の覚悟はできた。

 聖杯戦争をこの体で──────実幸として勝ち上がる。

 

 薄れる意識の中で、そう決意した。

 安心して眠りにつく、という当たり前の幸福を噛み締めながら。

 

 

 




 という訳で、詰め込み過ぎた感がある一話です。
 アニメの波に乗り遅れたけど、まだ致命的ではないと信じて。

 それどころか、今日(4/1。投稿予定日)の十話が最終回、なんて疑惑があるのだが……予約投稿なので確かめようがないのですが、違ったら魔力供給()の回数増やします。
 魔力供給を増やすことが目的ではありませんよ。念のため。





  【クラス】:キャスター
 【マスター】:──────/実幸(みゆき)
   【真名】:ヤマトタケル(?)
   【宝具】:?????
【キーワード】:ヤマトタケル
       :?????
       :?????
【ステータス】:筋力:E(?) 耐久:E(?) 敏捷:C(?) 魔力:A 幸運:B 宝具:EX
  【スキル】:陣地作成:A+(B) 道具作成:A+(B) 神性:A+(D) ?????
   【出典】:日本神話(古事記・日本書紀など)

 ヤマトタケル:日本神話に登場する英雄。
        古代日本の皇族であり、西征・東征を行ったとされる。
        キャスターの真名として伝えられた。少なくとも、関係者であると思われるが果たして──────。
        ??????????。



 ここまで読んでいただきありがとうございました。
 次回投稿は来月の予定です。


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2───Communication───

 大変お久しぶりです。
 五月中に投稿したかったのですが……。申し訳ありません、リアルが大変でした。

 さて──────Extraのアニメの終盤戦。楽しみですね♪
 公約は守ります。

 水着ガチャ引きました。
 サモさんは来ませんでしたが、槍玉藻は来ました(宣戦布告)。取り敢えず、槍ニキ(80)を聖杯×2を使って90にしてきます(sn過激派なみ感)。

 ──────あ、ついでにアナスタシアも引きました。


 今日からぐだぐだイベ。張りきっていきましょう。

 という訳で、メンテ中の暇な時間にでもどうぞ──────




『私のことは忘れて、幸せに生きて』

『……分かった。俺は、お前を──────』

『…………うそつき』

 

 ──────ばれてたか。

 

 

 

『──────妹さんの件ですが』

『アイツに、私のことは忘れて幸せに生きろって言われました』

『×××さん』

『ダメな兄ですね。最期まで妹に心配させてしまうなんて』

『×××さん』

『アイツは天国で幸せに暮らしているんだ。そう、思う事にします』

『──────×××さん!』

『? どうか、なさいましたか?』

『いえ……なんでもありません』

 

 ──────そんな風に、思えるわけがないだろう。

 

 

 

 雑音。

 

 

 

     †††††

 

 

 

 何時かと同じように、唐突に目が覚めた。

 

 コンクリート製の天井。

 少し硬めの白いシーツのベッド。

 

 見覚えがない。

 見覚えは無いが───何となく心当たりはある。

 

 ──────学校の保健室。

 

 微かに漂う消毒液の匂いや特徴的なカーテン。

 病室の可能性もあるが、施設の簡素さから除外した──────いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一瞬、違和感が紛れ込む。

 

 ──────記憶の錯乱。

 

 恐らく、()()()()()は『違和感の方の感性』なのだろう。

 今感じている『当たり前』は()()霊子体(アバター)()()()なのだろう。

 

 平和ボケは悪い物ではない──────だが、ここは戦場である。早めに切り替えなければならないだろう。

 

 

「──────起きましたか?実幸(みゆき)

 

 

 シャっとカーテンを開けて、顔を出す美女──────キャスターのサーヴァント。

 ヤマトタケルを名乗った、純日本人的な顔と濡羽の長髪をした巫女装束の少女。

 純和風、巫女──────そのイメージからは外れるが、不思議と調和している。深い海を思わせる深い青の双眸と目が合う。

 

「ああ、今さっき目が覚めた。迷惑を掛けたねキャスター」

「当たり前のことをしただけです。まして、貴女は私のマスターですから」

 

 そう言って微笑みを浮かべる。

 その笑顔は、人を安心させるものだった。

 

「──────ありがとう、キャスター」

「ええ。どういたしまして」

 

 思わず口から零れた感謝に、一瞬の間を開け、嬉しそうに応じる。

 恐らく、このサーヴァントは──────少女(ひと)は根っからの善人なのだろう。

 この笑顔で誰かを導き、誰かを救い──────そして、誰かのために死んだ。きっと、そんな英霊なのだろう。

 

 

 

「立てますか?」

「大丈夫。どうやら、エスコートは必要ないようだ」

「分かりました。それならば、私は霊体化して実体化を解いておきます」

 

 

 

「──────あ、実幸さん。体調は大丈夫ですか?」

 

 丸椅子に座った、制服の上に白衣を着た少女。

 地面に着きそうな淡い紫の髪をした大人しそうな娘だった。

 

『──────キャスター』

『この娘は大丈夫です。保健委員のNPCだそうです』

 

 キャスターとの念話を解く。

 

「今のところは大丈夫だよ。

 ところで、君の名前を聞いても良いかな?」

 

 心配そうな表情をした少女を安心させる。そんな力強い笑みで答える。

 そして情報収集。尚、強制ではなく任意である。

 

「自己紹介ですね、実幸さん。

 申し遅れました。私は保険委員をしている健康管理AI、1年B組の桜──────間桐桜です」

 

 立ち上がり、お辞儀をしながら。

 名前を聞いたからか、光の変化で紫の髪が桜色に見えた。

 

 ()()()()()自己紹介をするのは初めてなんです、と満面の笑みを浮かべる少女──────桜。

 

 自己紹介を当たり前だと思う感性。

 AIだからなのだろうか?それとも、自分の心が汚れているのだろうか?

 断言するが、恐らく後者だろう。

 

「そうか、桜さんか。髪の色を思い起こす良い名前ですね。

 ──────改めて、初めまして。ベッドを使わせてくれてありがとうございました。」

「髪の色みたい、ですか。そんな風に言ってくれたのは貴女が初めてです。

 自己紹介って楽しいですね」

「それならよかった。ところで、()()()()()()()()()()()()()()()?」

「え?名前ですか?それは()()()()A()I()()()()で──────」

 

 咄嗟に両手で口を塞ぐ桜。

 何かの禁忌に触れたのか。それとも、別の何かか──────

 どちらにせよ、新たなナニカが得られる可能性が高いだろう。

 

 

「ごめんなさいっ!

 実幸さんも自己紹介したかったんですよね!?」

 

 

 ………………天使かな?

 

 結論として、自分の心の汚れ具合と目の前の少女が天使だ、という事が分かった。

 

 

 そして、もう一つ。

 

 ──────健康管理AIの特権。

 

 どうやら、もう少し話を聞いたほうが良いようだ。

 

 

 

「ところで、さっきから桜と名前で呼んでいるけど、こんな名前で呼んで欲しい、とかあるかな?」

「いっ、いえっ。他に呼んで欲しい名前はないです。

 む、むしろっ、積極体に桜って呼んでくださいっ」

「わかったよ。よろしくね桜ちゃん」

「ちゃん付けですか……あう」

「頭なでなでされて、気持ち良さそうに目を細めちゃってる可愛い後輩はちゃん付けで良いと思うよー。

 ほれほれー、ここが良いのかにゃー?だらしないふにゃ顔が『もっと撫でてー』って言ってるよー」

「あ………あううー」

 

 

 

「──────私たち、上級AIの名字は参加者の名字の中から無作為に選ばれた一つ何ですよ」

「そうなのか。ということはマスターの中にマトウ某さんがいる、ということか。

 マトウ、という名前は何処かで聞いたことがある。確か、支配系の魔術の大家だったとか──────」

 

 抱き寄せて頭をよしよししたい系の上級AI保険委員後輩少女サクラちゃん───自分で命名してなんだが、属性盛りすぎである───に淹れてもらったお茶(美味しい)を飲みながら話を続ける。

 

「そういえば、桜ちゃん。今、着てるのとは違う制服とかある?」

「制服ですか?ありますよ。

 今の制服はブレザーですけど、昔の制服のセーラー服も一応ですがデータが存在しています」

「おおー。ありがとうサクラちゃん。やっぱり保健室には色々あるなぁ。

 むむっ、制服以外に体操服もあると見た。ブルマとかあったりする?」

「体操服はありますけど、流石にブルマは──────ありましたね……」

「……あるんかーい」

 

 

「──────さて、本題に入ろうか」

 

 自己紹介から話し続け、一時間ほど過ぎた頃。

 お茶(三杯目)を飲み終わったタイミングで切りだした。

 

 ほんだい?とキョトンとした顔で呟いてから。

 

「あっ、ほ、本題でしゅか!えっと、はい。なんでしょうか!?」

 

 慌てて聞き返してくる。

 直後、自分の慌て具合に恥ずかしくなったのか、顔を少し赤らめている。

 少し噛んでからのコレである。正直、可愛すぎないだろうか。

 

 ──────はっ。いかんいかん。

 

 聞かなくてはならないことを忘れていた。

 他言無用何だけど─────と、そんな風に前置いて。

 

 

 

「予選の頃からなんだが、記憶が曖昧なんだ──────」

 

 

 

     †††††

 

 

 

「──────なるほどね。つまり、本来ならばこれが正常な状態だ、と」

「はい、その通りです。

 確かに、予選の段階では記憶を封印して、仮初めの役割演技(ロールプレイ)を行ってもらい、マスターを篩に掛けていました。

 ですが、予選を突破したマスターの方々には記憶が返却されているされているはずなのです」

 

 予選の頃から続く記憶の違和感。齟齬。

 具体的に、月に来るまでの記憶がはっきりとしないのである。

 月に来るまで、と言ったが、月に来て自意識を取り戻したのは(体感で)つい先ほどである。

 

 結論として、原因は不明。

 世界五分前仮説という有名な仮説が真実ならば、俺だけ今までの記憶を植え付けるのに失敗したのかもしれない。

 

「そうか……。まぁ、嘆いてもしょうがない。原因が分からない事について悩んでも生産性がない。

 その時間があるのならば、自分に出来ることをやったほうが良い」

「……随分とあっさりしているんですね。

 その……怖かったりとか、不安だったりとかしないんですか?」

「してるよ。でも、どうしようもないからね。

 だからと言って、手を止めるべきではない──────()はそんな風に思っている」

「──────そう、ですか」

 

 一拍。

 

「でも、あまり無理はしないでくださいね」

「あまり、か。そんなに無理をするように見えたのかな?」

「見えます。危なっかしくて仕方ないです」

「即答か……参ったなぁ」

 

 

「ですから、何かあったら誰かを頼ってください」

 

「──────」

 

「先ずはキャスターさんに相談してください。

 キャスターさんでダメなら、仲のいいマスターや上級AI──────もちろん私でもいいですから」

 

「──────」

 

「私に出来ることは多くは無いです。

 上級AIと言えども権限に限りがありますし、所詮はAIでしかありません。

 ですが、私にも意地があります。健康管理AIとして、貴方たち──────マスターの方々の健康と安全を守るのが私の使命です。

 なので、私に出来ることがあれば何でも言って下さい。微力ですが、力になります──────力になりたいです」

 

「──────そうか。ありがとう」

 

 

 善性。聖性。

 そう言うべき美しいものを──────一人の少女の力強さを垣間見た。

 

「自分の名前は覚えてないけど、妹の事はキチンと覚えていた。多分だけど、妹の事だけは忘れたくなかったんだと思うんだ。

 だから、例え霊子体(アバター)とは言え──────いや、だからこそ妹の身体に無理をさせるわけにはいかないからね。

 困ったら頼らせてもらうよ。保健委員さん」

「お任せください。実幸さん──────そして、()()

 

 先輩、か。

 本当に良い後輩だ。

 

 ──────AI、NPC。

 彼らは、純粋な存在だ。

 穢れを知らない、とでも言うべきなのか。

 出会ってすぐの自称『記憶喪失の男』の少女に此処まで親切にしてくれる人間はいないだろう。

 

 ……さて、と。

 

 

「ところで、さっき何でもするって言ったよね」

「え?あ、はい。言いました、けど……あの、ちょっと怖いですよ」

「言ったよね」

「……言いました。言ってしまいました」

「簡潔に言おう。ブルマに着替えてくれないかな?」

 

 

 残念ながら、此方は悪い先輩なのだ。

 具体的には、可愛い後輩が居たらいじり倒したくなる性を持つ、質の悪い先輩である。

 

 真っ赤な顔で慌てる後輩に、スク水でも良いよ等と迫る先輩。

 着替えることのメリットを聞かれて元気になる、と即答。何処がとは言わないけどね、と平然と続ける。ただの変質者である。

 しまいには「女の子同士だから大丈夫」と妹の体を利用してセクハラをスキンシップで誤魔化そうとする変態。

 混乱して「そ……そうですよねっ!むしろ、女の子初心者の先輩に色々とレクチャーしないと……!」と暴走しだしてしまう女の子歴16年(設定)の中級者。

 

 戸惑う変態に、スカートの注意点の説明を始める保健委員。

 ……保健委員だけに表現がえぐい。

 怖い男に襲われる話とかしないで欲しいと内心震える変質者。

 AI故に一度暴走したら止まらないのかもしれない、そんな風に軽く絶望し始めたところで良識者の登場。

 

 安心と安全の包容力──────良識者、キャスターである。

 

 

 我に返った───返ってしまった赤面少女。

 先輩最低です、を喰らった燃え尽き不審者。

 

 うなだれる若人二人と呆れかえる先達(サーヴァント)

 

 三人とも美人なカテゴリーに入るだけに、ただひたすらに残念な光景だった。

 

「─────さて、落ち着いた?」

「「……はい」」

 

 軽い説教をされた二人は答える。

 

「さて、桜さん。照れ隠しが下手な可愛い主人の代わりに質問したいことがあるんだけど……良いですか?」

 

 ぬぐぁ、と謎の音を漏らしてうつむき具合を増す美幸。

 仕方ない人だ、と少し困った微笑を浮かべて応じる桜。

 

「端的に、これから私たちがすべきことは何ですか?」

 

 

「えっとですね──────

 

 マイルームの鍵と端末機の受け取りの為に言峰と言う名前の神父───聖杯戦争全体の監督役の上級AI。一階の掲示板の前に居ることが多い───に会いに行くこと。

 

 ──────ぐらいですね」

 

 

「ありがとうございます」

 

 謝辞は何処か突き放すように。

 

「さて、行きましょう美幸──────実幸?」

 

 何処か寂しそうな桜を置いて移動を促すキャスター。

 

「いや、もう少し話したいことがあるから」

 

「──────実幸?」「──────先輩っ!」

 

 花が咲いた、と見紛う様な桜。

 対して、不満げなキャスター。

 

「ごめんね。家のキャスターの嫉妬が可愛くて」

 

 ぐはぁ、と崩れ折れるキャスター。

 可愛い物を見た、という笑顔の桜。

 

「……二人とも可愛いなぁ」

 

「女たらしのようなことを言うのですね……」

「えっ……先輩、最低です」

「ぐぬぅあぁ……」

 

 

 

「──────それで、話す内容とは」

「えっと…………必勝法とか?」

 

 落ち着いたところで、閑話休題。

 気を取り直し、緊張した趣で訊ねた桜に『何も考えてません』と分かりやすく応じる美幸。

 

「えっと、必勝法……です、か」

 

 呆れ半分困惑半分な桜。

 

「いや、定石とかさ。ほら、キャスターのサーヴァントの特長とかね。どんな風に立ち振る舞えば良いのか、とかね」

 

 慌てて訂正する実幸。

 このままでは真面目な後輩と駄目な先輩という関係が定着してしまう、と既に手遅れな事を考えての行動である。

 

 

「なるほど」だが、真面目な後輩は素直に受け止め考え始める。「キャスターのクラススキルはご存知ですか?」

 

「いや、全く」

 

 ついさっきまで意識なかったし、と開き直る。

 

 

「それは私から説明しましょう──────

 

 キャスターのクラススキルは陣地作成と道具作成の二つ。

 前者は場を整え、後者は術を補う。

 どちらも『作成』が着くことから分かるように、何かしらの『材料』が必要。

 なので、その『材料』を集めるのが肝心。

 

 ──────というぐらいですか」

 

 

「……なるほどね。

 ところで桜ちゃん。保健室の備品の中で、マスターが持っていって良いものとかある?」

「そうですね……。保険委員が渡せるのは試合毎に回復アイテムを支給するだけです。それ以外の備品は保健室から持ち出すことは出来なくなってます」

「そうか、から仕方ないね」

「協力できなくてすいません……。

 売店で買うか、アリーナでの探索によって手に入れるのが基本ですね」

「なるほどね。……廃棄するものとかもダメ?」

「廃棄するもの、ですか?すいません、基本的にないですね」

「そりゃそうか、電脳世界だもんな。

 でも、ゴミって設定のモノなはないのかな?

 例えば、昔の制服のデータみたいに」

「なるほど、それならば校舎を探せば有るかもしれませんね……。

 言峰神父に会った時に、ついでにに聞いてみてください」

 

 

 …………。

 話が途切れてしまった。

 

「さて、とりあえず言峰神父に会いに行こうか」

 

 沈黙が気まずくなる寸前に切りだす。

 保健室は居心地が良いものと相場が決まっているが、一応は公共の場。

 用事の無い者、終わった者は早めに立ち去るべきだろう。

 

「ありがとう桜ちゃん。長い時間、無駄話に付き合ってくれて」

「いえ、こちらこそ。保健室に来る人はほとんどいないので退屈だったんです」

「そっか」

 

 頭に手を置く。

 

「じゃあ、また来るよ」

 

 軽く撫でた後、手を放す。浮いた手を振る。

 

 

「──────、ぁ」

 

 一瞬前まで感じていた温もりが失せた事への寂寥。

 その欠落を埋めようと口が動く。

 

「──────あのっ!」

 

 保健室のドアを開けていた人影が振り向く。

 

「えっと……せ、制服のデータは後で送ります」

 

 咄嗟に出たのは関係ない言葉で──────。

 

「そっか、ありがとう。君は親切だね」

 

 それじゃあ、また会おう。

 足を踏み出す。出て行ってしまう。

 

「また──────」

 

 声が小さい。言えずに終わりたくない。

 

「またっ──────またッ来てくださいッ!」

 

 ──────言えた。

 

 先輩は顔だけ振り向いて、一瞬、虚を突かれた顔で。

 

「もちろん。可愛い後輩に会いに行くのに理由はいらないだろ」

 

 そんな風に、当たり前のことのように言って、保健室から足を踏み出していった。

 

 

 

     †††††

 

 

 

 素敵な『人』に出会えた。

 

 先輩がここに居た余韻が残る保健室で一人思う。

 基本的にここは私以外誰もいない──────。

 誰かが足を運ぶだけでの珍しいのに、長話をしてくれる人は『今回は』今までいなかった。

 

 あの何処か温かい『人』の事を思うと心が少し暖かくなる。

 そんな些細な事を幸せに思う。

 

 さて、あの人のために制服を見繕おう。

 …………ほんの少しなら、過激なスキンシップの意趣返しをしても良いかな?

 

 

 

     †††††

 

 

 

『さて、教会に行こうか』

『掲示板前に行かないのですか?』

『まあね。監督役に会う前なら知らなかったで済むし』

『……本当に危なっかしいですね』

『いや~。神父なら教会に居ると思っただけなんだヨ。本当だヨ』

 

 霊体化したキャスターと念話をしながら。

 

 保健室を出て右へ。

 ドアノブを捻り、扉を押し開ける。

 僅かに錆び付いた様な感触を五感に受ける。

 

 

 ──────避難誘導の緑光をくぐる。

 

 

 始めに目に入ったのは噴水と花壇。

 視線を左に向けると物静かな教会。

 

 校舎の喧騒も此処までは届かない。

 NPC以外の人気はほとんどない。

 何処か寂れた雰囲気の隔地──────"中庭"。

 

「──────良い場所だ」

 

 そんな感想を呟く。

 

『積極的に来る理由はないけど、何となく時間を潰すには最適な場所だね。教会の石階段に腰掛けて本読んだりしたいな』

『それには共感できますよ実幸』

 

 中庭を歩く。

 頬を撫でる少し湿った風と靴越しに伝わってくる土の感触。

 何処か懐かしい風情。

(──────子供の頃、里帰りをした時に駆け回った森のようだ──────)

 一瞬だけ脳裏を過った風景は記憶の欠片か。

 

 

 教会の扉を開ける。

 木製の軽い扉。キィ、と微かに軋む。

 寂れて風化した、昔の空気を閉じ込めたままの教会。

 腐りかけた木材の匂いと嘗ての美しさを保つような見事なステンドグラス。

 管理する者がいない雰囲気が示すように、此処は無人である。ここにいるのは巣を張る蜘蛛くらいだろう。

 

 五分ほど教会内を歩き回り、目ぼしいものがない事を確かめてから教会を出た。

 

 

 

「──────見つけた」

 

 教会を出てから暫く。

 中庭を散策している途中で『それ』を見つけた。

 

 廃材置き場。

 

 校舎の影になる場所。

 件の"袋小路"だった。

 

「此処かぁ………」

 

 無造作に詰まれた木材や黒いビニール袋に包まれたゴミなど。

 何かに使えそうなもの等も一緒くたに。

 

「使えそうかい?」

「ええ、十分ですね」

 

 口頭での質問に、実体化したキャスターが答える。

 

「さて、監督役に会う前に見つけてしまったな」

 

 どうしようか、と悩む自分に───

 

「そうですねぇ。罠か使い魔でも配置しておきましょうか?」

 

 ───とキャスター。

 

「そうすべきだね」とその案に同意し、何をするかを話し合う。

 

 

 キャスターの持つ宝具の一つで狼を召喚するものがある。

 訳合って本来の召喚は出来ないらしいが、普通の狼を呼び出す程度なら可能らしい。

 

 相談の結果、廃材の目の前に大きめな狼を配置。──────そして、入り口にキャスターの宝具の一つ『気配遮断を付与する衣装』の切れ端を与えることで気配を絶った子狼を配置した。

 

 廃材の前の狼に気を取られた第三者を後ろから襲う構えである。

 えげつない発想にキャスターが引きつったような表情をしていた。

 

 責任感に溢れた凛々しい顔の狼を残して監督役のNPC、言峰神父を探すことにする。

 

 

 

     †††††

 

 

 

「──────失礼。貴方が言峰神父であってるかい?」

「ああ、間違いない。

 私は言峰。この聖杯戦争の監督役をしているNPCだ。年若きマスターよ。

 聞き慣れた祝辞かもしれないが、本戦出場おめでとう。これより君は正式に聖杯戦争の参加者となる」

 

 来た道を帰り、掲示板前にて。

 陰気な雰囲気を浮かべる神父に話しかける。

 

「素晴らしい祝辞をありがとう。

 必要な要素が効率よく揃っている。こういうタイプの答弁は好ましく思えるよ」

「お褒めに預かり光栄だ、とでも言おうか。

 さて、要件は何かね。私と話を早めに切り上げたいのだろう」

 

 図星。

「分かる?」と聞いてみると──────

 

「あからさま過ぎるな。隠す気のないことを態々聞くのは賢明ではないだろう。

 私としても、余計な時間は少ない方が助かる」

 

 ──────と辛らつに帰ってくる。

 出会った瞬間から分かっていたが、この神父とは馬が合わないらしい。

 

「全く同感だな。じゃあ端的に。

 一つ目に携帯端末とマイルームの鍵が欲しい」

「請け負った。

 余談だが、何処で聞いたのかね?」

「ん?保健委員の桜ちゃんからだけど」

「……なるほど。どうやら、君の性格はお見通しらしいな」

「うん?どういうことだい?」

「いや、この端末とマイルームの鍵をマスターに与えることは、どの上級AIでも出来ることだ」

「うわっ……。出会い損かよ」

「君は正直者だな。

 恐らくだが、私に合わなくてはならない理由を作ったのだろう。

 君は、面倒なタイプの人間との接触は避けるか、出来るだけ先延ばしにするだろう?」

 

 図星だよ畜生。はは、ざまぁ。

 

 悪態に遠慮が無くなっている。

 余りに嫌い過ぎて、一周回ってコミュニケーションが楽になっている。

 

「君の性格に桜君も気付いたらしいな。

 ……ふむ。彼女のような少女は好みなのかね?」

 

 嫌がらせに近い言葉。

 この神父、やりおるな……。

 

「そうだね、人間として好ましいよ」

 

 神父の吐き出した言葉の小針をかわすように誤魔化す。

 その一言を──────

 

 

「いや、()()()()()、という意味でだ」

 

 

 ──────神父の一言が突き穿つ。

 

 思考が一瞬停滞する。

 この神父、一体何だ?

 

 感じたのは言いようがない不快感──────そして、恐怖。

 

「周りの生徒には聞こえていない──────それ以前に、話しているとさえ認識されていないから安心すると良い」

 

 その言で、思わず後ずさる足を縫い付ける。

 

「アンタは──────()()()()()?」

「ふむ……身体のバランスが悪い、とでも言うべきかね?」

「肉体・精神・魂。その三つは深い関連性がある。

 魔術世界での常識だが、これと関係があるのか?」

「それは地上での常識だ。

 ムーンセルでの霊子体(アバター)においては、それは通用しない。

 何故なら、霊子体を形成する際、先の三要素の調律が自動的になされる。

 また、優れた魔術師(ウィザード)なら、三要素を自ら調整する事で霊子体をカスタマイズすることが出来る」

 

 霊子体を改竄した者にはその痕跡が残る。

 しかしながら、お前は違う。

 

「一見分かりずらいが、お前の霊子体は改善した形跡がないのに構造があやふやだ。

 例えるのなら、()()()()()()()()()()()()()()とでも言うべきか」

 

 私ではなくても、霊子体の改竄が行えるような優れた魔術師ならば、その奇妙さに気付くだろう。

 

 神父はそんな風に締めた。

 余りにあっさりとした、原因の発見である。

 

「対処法は?」

「ないな」神父はあっさりと否定した。が、「だが」と続け「時間の経過と共にその状態に()()()だろう。恐らくだが、そうなれば記憶の不都合はなくなるだろう」

「そうかい、何処までもお見通しってワケか」

「そういう事だ。

 なに、心配する必要は無い。その体でいても弊害はほとんどあるまい。

 精々が、そうだな──────

 

 肉体・精神・魂の調律が行われていない故に、精神が肉体たる霊子体の性別に寄せられる。

 

 ──────ぐらいのモノだ。大したことではないだろう」

 

「──────」

 

 普通に大事だった。

 

 

 

 混乱が収まるまでかなりの時間が掛かった。

 

 その後、神父から携帯端末とマイルームの鍵を受け取った。

 手に取った瞬間に霊子化して霊子体(アバター)に吸い込まれる。

 例えるのなら、魔術師というPCに接続された『メモリとCPUが内蔵された外部端末』だろうか。

 今後はこの『機能』にアイテム等の情報を押し付けることが出来るようになった。

 

 また、廃材については「自由に使ってよい」とのことだった。「素直に購買を使ったほうが良いと思うがね」という嫌味と共に。

 

 

 

「色々とありがとう。言峰神父。

 これからは余り迷惑を掛けないように気を付けるよ」

「ぜひとも善処し給え。素直に二度と会いたくないと言ってくれて構わんがね」

 

 …………。

 

 本当に二度と会いたくない。

 

 

 

     †††††

 

 

 

「よーしよしよし。

 良い狼だな。そっちのチビも。

 良い目と足と牙を持っている。

 毛並みも良いし申し分なしだ」

 

 なんか、むっちゃ戯れていた。

 

 つい20分前の、責任感に溢れた凛々しい顔は何処へやら。胡座を組んだ謎の美丈夫に気持ち良さそうに撫で回されている。

 

 目の前の光景に唖然としていると、もう一人の青年に気付く。

 肩に掛かる金髪に琥珀の眼、長身をタキシードで包む美青年。

 何と言うか、ザ・貴公子。

 住む世界が違うのだ、とはっきりと分かる貴人。

 魔術は滅びた。

 魔術協会は衰退した。

 だが、魔術師は姿を変えて生き残った。

 目の前の男こそ時代の変遷を生き残った、高貴なる魔術の幻想を保つ者。

 

 ──────魔術の造詣深い、西欧の大貴族。

 

 霊子体(アバター)の精密さが、廊下ですれ違った他のマスターとは段違いだ。

 そも、制服を着ていないマスターに出会ったのは彼が初めてだ。

 それだけて、彼のウィザードとしての実力が伝わってくる。

 

「えっと………はじめまして、かな?」

 

 と、王子様オーラ全開で話しかけてきた。

 

「ええ、はじめまして。

 私はそこの狼の使い手のマスターです」

 

 だが、此方の外見こそ美少女(兄バカ)だが、中身は四十路のセクハラ男である。

 イケメン貴族オーラに対して抱くのは憧れではなく嫉妬である。

 

「警戒させてしまったかな。

 私は───僕は───そうだね、僕のことはルヴィと呼んで欲しい」

 

 相も変わらずの雰囲気を纏いながら自己紹介をしてくる青年。ルヴィ。

 ──────ズキリと、頭の何処かが軋んだ。

 

「では私はユキと。

 そちらの彼は貴方のサーヴァントですか?」

「ええ、そうですよ」

 

 微かな霊子の揺らぎ。

 恐らくはルヴィとそのサーヴァントの間での念話だろう。

 

 後ろを向いていた男が立ち上がる。

 男とじゃれ合っていた二匹の狼はこちらに向かってくる。

 

「お疲れ様です。ですが、後でお説教ですよ」

 

 実体化したキャスターの足元に駆け寄り、申し訳なさそうな鳴き声を上げる。

 

「いや、そいつらは悪くないぜ」

 

 男が──────ルヴィのサーヴァントが弁明をする。

 

 青銅の軽鎧に身を包んだ血錆色の髪を持つ男。

 調和のとれた長身。光宿す紅蓮と目線が合う。

 

 全身の配色に一切含まれたいないが、黄金の気配を纏った戦士だった。

 

()()()()()()()()()()()()事に一瞬で気付いて、それでも足止めをしようとしていた」

「それで、気を引くことを選んだ、という事ですか」

 

 キャスターは膝を下ろし狼を撫で、何かを呟き、彼らを送還する。

 

「狼の気を引くのが得意なようで」

「悪いな、これはオレの性質でね」

 

 互いのサーヴァントの間での一発触発の空気。

 

「そこまでだよ。私にはここで戦うつもりはない」

「同感です。一回戦すらまだなのに、ペナルティを食らいたくはありません」

 

 それを抑えるのがマスターの役割だ。

 

「分かりました。マスターの指示ならば従いましょう」

「同感だ。確かにこの場でやり合う必要は無いな」

「そうですね。このような場所で『神殺し』の気配を持つサーヴァントと戦いあうのはリスクが大きすぎますからね」

「それはお前もだろう」

 

 互いに要件は済んだとばかりに霊体化する二騎のサーヴァント。

 後に残されたのはマスター二人。

 

「それでは失礼します。

 ユキさん。貴女とは長い付き合いになりそうな気がしますよ」

「またいつか、ルヴィさん。

 出来ることなら、貴方とは敵として巡り合いたくないですね」

 

 立ち去って行くルヴィを見送る。

 

 彼の姿が見えなくなり、大きく息を吐きだす。

 緊張の糸が一気に切れる。

 

『大丈夫ですか実幸』

「……あんまり大丈夫じゃなーい」

 

 コンクリートの地面に大の字に寝ころぶ。

 このまま眠ってしまいたかった。

 

 

 

     †††††

 

 

 

『──────さて、どう思ったマスター?』

 

 廊下。

 中庭から遠ざかるルヴィに彼のサーヴァント──────ランサーから念話が入る。

 

『──────分からない』

『あー……そりゃ、一番悪いなぁ……』

『その通り──────

 

 僕から見て、彼女───ユキの霊子体(アバター)は歪に見えた。

 恐らくは霊子体の形成過程で何かのアクシデントがあったのでしょう。肉体・精神・魂の関係に問題がある。

 だが、全く崩れていない。見るからに不安定なのに全く揺るがない。

 

 ──────文字通りの未知数。規格外。それが僕の下した評価です』

 

 

 本来ならマイルームでするべき話なのだが、今すぐに考えなくてはならない、という奇妙な焦燥感があった。

 

『君はどう思う?』

『さてね。ただ、あのサーヴァントはオレを殺せるだろう』

『──────!

 そう、ですか』

『ああ。正体は分からねぇがオレに攻撃を通すナニカを持ってるだろう』

『そうか、警戒が必要だね』

『そうだな』

 

 そう言って打ち切る。だが、念話は途切れてはいない。

 

 ユキと名乗った少女。

 その名前と顔つきから東洋人。おそらくは日本人だろう。

 露骨に警戒する姿に、初めは威嚇をする小さい黒猫のようだと思った。

 だが、此方がルヴィと名乗った時。

 

 ──────その一瞬だけ、『私』は死の恐怖を感じた。

 

 あの刹那の奥に棲むナニカ。その闇の深さを測りかねていた。

 

『そんなに怖がるな。

 相手が未知数なのが普通なんだ。戦う前から恐れていると、本番で失敗する』

『……ありがとうございます。ランサー』

 

 ランサーの念話で、深みに嵌まっていた思考から抜け出す。

 分からないから恐怖を感じるのであれば、かえって親密に付き合えばいい。

 

 積極的に人間関係を構築し、情報を集める。

 同時に、ランサーの不死身の条件を突破しうるナニカについての情報を集める。

 敵を知ると同時に自分自身を知れ(Know yourself as well as your enemy)。東洋──────日本では、彼を知り己を知れば百戦殆うからず、と言ったか。

 出来ることはいくらでもある。迷っている暇があれば、その半分でも努力に回すべきだろう。

 

『改めてありがとうランサー。すっきりしたよ』

『そいつはどうも。

 ああ、そうだ。どうでも良い事なんだが──────』

『何ですか?ランサー』

 

 

『いや──────念話でぐらい、口調を戻しても良いと思うがな』

『いや、止めておくよ。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

     †††††

 

 

 

 気がつくと、世界が黄昏に染まっていた。

 

「──────寝てた?」

「ええ、ぐっすりと」

 

 上下逆さのキャスターが答える。

 後頭部の軟らかさと弾力を加味すると、膝と平行な向きに膝枕をされているようだ。

 

膝枕ありがとう(胸大きいね)キャスター」

「──────まだ、寝ぼけているようですね」

 

 本音と謝辞が逆ですよ、と言いながら頬を突ついてくる。ひんやりとした指が寝起きで火照った顔に気持ちいい。

 

 いや、余りに見事な双丘だったのでつい。弁明になっていませんよ。ツンツンは良いけどムニムニは痛い。

 

 何時までも堪能していたいが、何時までもこうしているわけにはいかないので。改めて───と言うか正しく感謝を伝えた後、立ち上がる。

 

 ──────さてと。

 

 辺りを見回す。

 相も変わらずの"袋小路"。先程と変わっているのは、地面に浮かび上がる紋様───恐らくは、古代日本の魔術式───と地面に突き刺さっている『長剣』。

 

「結界はもういいですかね」

 

 そんな風に()()()()()()()()()()呟き、『剣』を引き抜く。

 結界は中心に会った支柱が抜けたことで弱まり、一気に外からの冷えた空気が入り込む。

 

 シンプルなデザインの『剣』。

 光がないのに燐光を放つ刀身──────その材質は明かに金属ではない。

 柄に巻かれた布には、日本という列島国家に大陸から文字が入ってくる前に使われていたであろう『紋様』が編み込まれている。

 

「キャスター、その『剣』は──────」

 

 

神子を守護れ、払暁の霊剣(草那芸剣(くさなぎのつるぎ))

 

 

「東征に於いて賜りし、英霊ヤマトタケルの象徴。

 数多の『祭ろわぬモノ』を屠りし刃にして、持ち主を災いから守る霊剣」

 

「所持するだけで、病や呪いから持ち主を守護する効果を持つ霊剣としての性質」

 

「また、祭ろわぬモノを討伐した経緯により、我らが祖先にして、高天ヶ原の主──────天照大神に従わぬ邪神や悪霊を滅ばす無慈悲な刃としての性質」

 

「様々な恩恵を持つ『現存する神器』。

 ヤマトタケルがどのクラスで呼ばれようとも保有している宝具です」

 

 だから──────。

 

「だから安心してください。

 例え、対戦相手が外国(とつくに)の神であろうと私は負けませんから」

 

「神に関係ない英霊であろうとも、暴風で、光矢で、稲妻で、病魔で、暗殺で、大嵐で、神獣で。そして、浄化の白炎で──────。

 私は誰にも負けませんから。

 先ほどの外国(とつくに)の英霊なんかは膨大な『神気』を纏っているので私の良い鴨です」

 

「改めて──────我が名はヤマトタケル。

 美幸──────貴女を熾天の座に導く者。

 だから──────だから、私がいるのに他のサーヴァントを見て不安になったりなんてしないでください」

 

 

「済まなかったキャスター。

 俺は君のことを信頼している。君に不快な思いをさせてしまった」

「──────実幸」

 

 強い視線と目が合う。

 

「君に倒せない英霊はいない。

 何せ、あのヤマトタケルだ。日本では知らない者のいない大英雄。

 仮に倒せない相手がいるのならば、その強さには理由があるタイプだ。そういう奴の倒し方を考えるのが俺の──────マスターの仕事だ」

 

 頼りにしてるよ大英雄。

 こちらこそ、マスター。

 

 満足げな笑みが浮かぶ。

 お互いに。

 

 

 

「さて、順序が色々と狂ったけど、使えそうなものを漁り終えたらマイルームに行こうかね」

「そうですね。マイルームの前に購買に行ってみるのも良いと思いますよ」

「確かになぁ。

 ところでキャスター。現代の食べ物に興味はあるかな?」

「ない──────と言ったら嘘になりますね」

「了解。今晩と明日の朝は無理だけど、それ以降は何か作ろうか──────設備があれば、だけどね」

「大丈夫です。クラススキル陣地作成で何とかして見ましょう」

 

 

 

 俺はこの時、日本神話の英霊───例えば、神武天皇などの高位の神性を保有するであろう英霊───が出てきたらどうするんだ、と聞くことが出来なかった。

 

 

 

     †††††

 

 

 

 ゴミ漁りを終え、購買で食料品や道具作成の材料などを買い込み、マイルームへ。

 

 

 

 教室の扉を開ければマイルーム──────というより空き教室。

 

 まぁ、これをハッキングして好みの部屋を作れ、という事なのだろう。

 そんな風に納得して、誤魔化すことにした。

 

 

 教室の景色が懐かしいから大規模な改造はしたくない、とキャスターに相談し、少しずつ内装を整えたり、私物を増やす方向で改造することに決めた。

 

 本当は今すぐにでも改造をしたいところだが、疲れているので本格的な改造は明日からに。

 差し当たって、40セットほどある机と椅子の内半分ほどを解体する。

 その後、購買で購入したパンなどを食べ、解体した机の天板を適当に並べ、その上に段ボールなどを敷き寝転がる。少し硬いが(慣れているから)問題ないだろう。

 

 目を閉じる前に、キャスターが潜り込んでくる。

 互いを抱きしめながら、深い眠りに落ちていく。

 

 

 

 意識が遠のく中、メールが届いたような気がしたが、穏やかな温もりに紛れていった。

 

 




 また長くしてしまったと後悔・反省中。

 初めての『また来てください』を盛り上げるために話を伸ばしたのが原因です。
 後は着々とフラグを混ぜたりとか……。

 シナリオ集を買って本当に良かったと思う昨今。
 ありがとう過去の自分!


 さて、イベントの準備で騎と殺の金種火を集めたし、ガチャのイメージトレーニングでもしますか。

 ──────フレポで以蔵来た。フレポで以蔵来た。(※来ません。注意)

 因みに、中二の頃に読んだ『竜馬がゆく』で知った人です。『龍馬伝』も懐かしいなぁ……。
 放送局で、武市先生よりも実装が早いといじられていたが、知名度を考えれば残当なんだよなぁ……。
(※個人的な土佐藩士の知名度:坂本龍馬>(越えられない壁)>岡田以蔵>後藤象二郎>武市半平太
 尚、分かりやすさのために入れなかったが、彼ら以外に沢村惣之丞や板垣退助などがいる。明治維新に直接的には関係ない人物ではジョン万次郎や岩崎弥太郎らも知名度が高いかと)


 ここまで読んでいただいてありがとうございました。
 次回更新は何時になるか分かりませんが、八月中には投稿したいな、と思っています。

 PU2に震えながら。
 マクスウェルの悪魔来ないかなー、なんて。





 マクスウェルの悪魔と言えば──────『ウィザーズ・ブレイン』のファンってどれくらいいるのだろうか?


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3───Naturalization(and more)───

 大っっ変お久しぶりです!
 原因は多くございますが、その全ては自身の至らなさが諸悪の根源でございます。お待ちしている方々には、誠に申し訳ない事を致しました。申し訳ございませんでした。

 さて、マスターの方々、CCCイベントは完走できたでしょうか?
 今回のCBCイベントは本格的なシナリオやクエストがあるようです。張りきっていきましょう。

 という訳で、メンテ中の暇な時間にでもどうぞ──────




 目の前の『問題』と向き合っていた。

 

 決して避けられない宿業。

 日常として熟すべき因果。

 

 『今までの自分』には縁がなかったこと。

 だが、今の──────これからの自分とは切れないこと。

 

 いま、自分の目線の高さにあるモノ──────『布切れ』。

 

 それは、身に着けるモノ。

 しかしながら、今までの自分には必要なかったもの。

 

 目の前の『問題』──────そう、着替えである。

 

 

 

 ──────女性用下着。

 

 男性にとっては追い求めるモノであり、崇拝の対象とする『極めた人』もいる。

 一種の『哲学』、あるいは『宗教』と表現しても過言ではないのかも知れない。

 

 しかし、今の自分の『体の性別』──────女性にとっては、ごく当たり前のモノでしかない。

 

 これが現実逃避だ、ということは分かっている。

 今の自分が『身に付けた状態』であり、着替えることは『脱ぐ行程』が増えるだけであり、精神的負担を軽減したいのなら着替えない方が良いことも理解している。

 

 だが、この電脳体(アバター)は妹の体と寸分違わず同じなのだ。

 

 前提として、電脳空間なので着替えなくても汚れることはないことは承知である。

 だが、兄として妹を着替えさせない、というのは問題があるのではないだろうか?

 逆に、兄が見ている前で、妹に着替えさせる、ということは問題が生じるのではないか?

 

 

 このような思考のループに囚われて、早20分──────。

 

 

 この場にいるのは、顔を真っ赤にして下着を見つめる少女と、霊体化して苦悩する少女を優しげな顔で見守る美女だけである。

 

 顔形は似ていないが、仲の良い姉妹と見紛う様な──────事情さえ知らなければ微笑ましさすら感じる光景だった。

 

 

 そして、自問自答すること合わせて四半時──────。

 

 少女の姿をした人物は、自分は美幸なのだ、と呟いてから──────きつく目を瞑った。

 

 その葛藤を見守っていた美女は己のマスターの決断を目守っていた──────他意はあったが。

 

 

  †

 

 

 目が覚めたのは一時間ほど前。

 

 疲れが今一つ取れていない事を微睡みの中で感じた。

 まぁ、段ボールの上で寝ていたのだから当然ではあるのだが。

 昨日の自分に、なぜ寝具を買わなかったのか、と問い詰めたい。

 確かに、慣れている、と思った。

 しかしそれは、慣れている体だった事が前提である。

 

 今日は寝具を調達しよう。

 そう思って、目を開ける。

 

 ──────海の青と目が合った。

 

「──────きゃす、ター?」

「はい、キャスターです。おはようございます美幸」

 

 おはよう、と返して。上体を起こして大きく背伸び。

 自分の出した声が少女のモノである事には、慣れるしかないだろう。

 

 昨日手に入れ、電脳体(アバター)に取り込まれた携帯端末を脳裏に呼び出し、チェック。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~

 

 名義──────??????

 /仮名義──────実幸

 時刻──────07:15

 アイテムリスト

 /アイテムファルダ──────

 /礼装ファルダ──────

 メール──────1件

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ──────メール?

 

 食事の前に、タイトルと差出人ぐらいは確認しておこう。

 

 添付データ付きのソレの差出人は間桐桜、タイトルは『制服の件について』。

 

 間桐桜──────。

 保健室の後輩の姿が浮かぶ。

 彼女の床につきそうな髪は、光の具合で桜色に見える事がある。

 思わずいじり倒したくなるような。そして、いじめた後に抱きしめて頭を撫でたくなるような。そんな、軽い加虐思考と重度の庇護欲を掻き立てる少女である。

 

 制服については心当たりがある。

 恐らく、データサーバを漁って探してくれたのだろう。

 

 急いで見たい気持ちもあるが、朝食を食べた後に、一端落ち着いてから見たいと思った。

 

 

 設備がないので、昨日購入した惣菜などで簡単に済ませる。

 購入した時から、半日近く経っているのに暖かさを感じる。──────携帯端末の中に収納した物は時間の経過がないのだろうか?

 

 そんな事を考えながらメールを開く。

 

 

 本文は簡潔に二行と短い。

 曰く──────

 

 ──────取り敢えず、先輩が希望していたセーラー服一式とその付属品を送ります。

 ──────セーラー服以外の制服のデータや制服以外の洋服についてのデータも送るので、こちらについてはリソースを消費して作成してください。

 

 

 それに添付されていたデータを開く。

 内訳はファイルが二つ。

 

 上がセーラー服その他。

 下が洋服データ。

 

 

 極めてシンプルな内容。

 単純明快で非常に見やすい。

 優等生らしいメールだが、単純にメールに慣れていないのかも知れない。

 

 セーラー服のファイルを丸ごと実体化させる。

 シンプルなハンガーラックと其れに掛った洋服類。

 

 紺色を基調としえんじ色のスカーフ。襟に二本、袖と胸ポケットに三本の白線。

 スカートの丈は……恐らく、膝よりも上だろう。短く感じるのは慣れていないからだろうか?

 そして……スキッパー(だったか?)襟が開いている白のブラウス。そして──────そして、下着。

 

 ………………下着。

 

 

 

 テセウスの船、という哲学的議論がある。

 

 これはギリシャの英雄テセウスが所有していたとされる船に由来している。

 立派な船であったが、この船は木製。長い年月が過ぎる内に、少しづつ朽ちていった。

 船の保有者(勿論、テセウスではない)は、朽ちた部品を新しい部品と少しづつ取り換えることで船のカタチを保っていた。

 

 さて、全てが新しい部品と置き換わった船は嘗ての船と同じなのだろうか?

 あるいは、古い部品を搔き集めて船を作った場合、どちらの船が本物なのだろうか?

 

 

 以上を踏まえて、だ。

 この身は──────電脳体(アバター)は死んだ妹のモノと全く同じである。

 そして、電脳体(アバター)を動かしているのは兄の意識(恐らくは、である。断言はできない)である。

 

 自分は誰なのだろうか──────という事については考えない、という結論でおちついた。

 自分──────俺は『美幸』だ。少なくとも今は、それ以外の誰でもない。

 

 だが、自分の性別はどちらなのだろうか?

 体である、妹のモノに合わせるべきなのか。

 意識である、『俺』に合わせるべきなのか。

 

 

 そんなことを考えながら、テセウスの船は思想の海へと出港した。

 

 

 

 結論として、体を装うものである以上、体の性別に従うべきだ、という結論に至った。

 

 その過程で、男性的な好奇心による明らかに潔白ではない意志による強権が発動したかどうか──────それは、本人にすら分からない。

 

 

  †

 

 

 着替えるには脱がなくてはならない。

 

 ──────摂理である。

 

 

 初めに制服の上半身──────紺のリボンタイの蝶結びを解き、ベージュのブレザーを脱ぐ。

 一番初めに、右が前、という事に戸惑う。

 

 ……そうか、こんなところから違うのか。

 まだ序の口の段階。些細なところですら少し感動すら覚える。

 

 

 続いて、制服の下半身──────ブレザーと同色のスカート。

 左腰にあるホックを外す。

 重力に従い、落ち行くソレを掴む。

 高が布切れなのに、ソレが太ももを撫でる感覚に体の芯が震える。

 

 今の痺れるような感覚は触れてはいけない様な気がした。

 

 

 そして、白のシャツ。

 ブレザーと同じく右前のボタンを外していく。

 少しづつ、地肌が外気に晒されていく。

 

 ……ボタンを一つずつ外していく。

 それと同時に、隠れていたナニカが少しずつ露わになっていく。

 

 

 さて──────。

 残るは本丸たる二枚。

 

 

「──────えいっ☆」

「ひぃゃぁッ!」

 

 つつっ、と。背筋に冷たさが走る。

 背筋を指でなぞられたのだと気付くのに数瞬。

 

「可愛らしい反応。ありがとうございます」

 

 ふふ、と怪しげな笑いを含めて。キャスターは背後からこちらを玩ぶ。

 

「ってキャスター!?いきなりなにをす──────」

「失礼。見ていて微笑ましかったので」

 

 何をするんだ、と言おうとするのを遮り、振り向くのを抱きついて防ぐ。

 上下二枚の下着しか身に着けていない体──────その背中に、キャスターの来ている巫女装束の生地が擦れる。

 

 ──────その感触に。

 

 ここまで初心だと色々とからかいたくなりますよ──────なんて言いながら、冷たさを感じる指が“私/俺”の手を優しく、だが確りと掴む。

 

 ──────その冷感に。

 

 貴方/貴女(あなた)だって、初心な少女が居たら愛でるでしょう──────耳元で囁く。

 

 ──────その吐息に。

 

 体の奥深く。大切な部分。

 そこに痺れが走るような。

 

 ─────この感覚に流されてはならない。

 

 

「例えば、そう」耳元で囁かれる「こんな風に」

 

 キャスターが手を動かす。

 ─────此方の掌を掴んだまま。

 

 ─────指を動かす。動かされる。

 

 白い腹に─────薄い脂肪の下に、鍛え上げられた腹筋が感じられる。

 

 へその辺りから。右手を下に、左手を上に。

 シミ一つない、なだらかな白陶磁の肌を滑らせていく。

 

 

 最後の防壁の前で掌の誘導が止まる。

 

 キャスターの手の掴み方が変わる。

 指と指を絡めていた持ち方から、手首だけを軽く支えるように─────ここからは自分の手でやるのだ、と言うように。

 

 

 手首の動きに釣られて、掌が動いていく。

 その僅かな力での誘導にすら、白熱した思考では抵抗することが出来ない。

 

 指先が生地に届き、布地と─────その奥にある柔らかさを感じ─────

 

「─────ここら辺にしておきましょうか」

 

 唐突に、手首の拘束が外れる。

 

「─────え」

「ですから、今日はここで終わりにしましょう。

 それとも─────続けて欲しいのですか?」

「え、あ、いや」

「それとも、自分でやりますか?─────あなたが今、自分を慰めようとしているように」

 

 一瞬の、思考の空白。

 白熱した意識のままキャスターを引き離し、先ほど脱いだブレザーを腕に抱えてキャスターを睨みつける。

 

 対してキャスターは蛇を思わせるような動きで距離を詰めながら、ふふ、と嗜虐的な笑みを浮かべつつ。

 

「その可愛らしい仕草、ミヤズちゃんを思い出させます」

 

 そんな風に、後退るこちらを更に煽る。

 その言葉に、今の自分の動作が嗜虐欲を煽るような行動であったことを自覚する。

 混乱と赤面がますますひどくなっている事を自覚しつつ、強引に話題を逸らすことに神経を傾ける。

 

「ミヤズちゃんって、ミヤズヒメの事か?」

 

 ミヤズヒメ。

 遠く神の血を引く天孫族の一人にして、走水の入水で有名なオトタチバナ以外にヤマトタケルと結ばれた女性である。

 

「ええ、その通りです。可愛くて、つい食べちゃいました」

 

 てへ、と笑うキャスターに背筋が冷える。

 もしかして、俺も食べられるのではないだろうか。

 

 

「──────まぁ、今日はここら辺にしておきましょう」

 

 

 突然そう言って、にじり寄るのを止める。

 理性は警告を続けているが、精神的に僅かだが余裕が生まれる。

 

「止める、と先ほど宣言していましたからね」

 

 本当に助かったのだろうか、そんな風に考えてしまう。

 そんなはずがないのに──────。

 

「それに──────楽しみは後に取っておいた方がいいですから」

 

 僅かに生まれた心の好きに入り込む宣告。

 分かっていた、分かっていたさ。

 

「やっぱりお前、俺もおいしくいただくつもりじゃないか」

「勿論ですとも」

「ちくしょうめ……。自分の身は自分で守るしかないか」

「妹の体の貞操を守ろうとする、妹の体に入った兄の精神。調教し甲斐が──────おっと」

「──────っ!令呪を以って」

「まぁまぁ、落ち着いてください」

「これが落ち着いていられるか──────!」

 

 

  †

 

 

 羽陽曲折(という一言に纏めるしかないような事が多数)あった後、ブレザーからセーラー服に着替る。

 それだけでは何となく心許なかったので、間桐桜からもらったデータを検索し、男性用制服から学ランを作成。キャスターと協力して学ラン風の黒いロングコート(俗に言う長ランのような物)に改造し、セーラー服の上に羽織る。

 

 

 結局、令呪は使わなかったが、後々の事を考えると使っておいた方が良かったのかもしれない。

 だが、聖杯戦争で勝ち抜かなくてはならない事を考えると、こんなところで使うのは得策ではない事は明かである。

 認めたくはないが、スキンシップにってマスターとサーヴァントの関係が深まるのならば、極めて過度な行為であるため遺憾ではあるが、この関係を推奨するべきなのかもしれない。

 

 そして、この行為で自分の──────今の『美幸』の体の状態について知ることが出来るのならば、全ての事柄よりも優先して行わなくてはならない。

 

 

「全く、儘ならないモノだ」

 

 腰まである濡羽とスカートの裾、そして学ランを改造したロングコートをなびかせ、マイルームを出る。

 目的は特にないが、最終的に保健室に着けば良い、という感じで校舎内を適当にぶらつく事にした。

 

 ぶらついている間、自分以外のマスターと何度かすれ違う。

 その全てが、ほとんど同じ霊子体である。顔と体格以外相違点がない。

 

 自然と、目線は指定の制服ではない生徒を探していた。

 

 

 ──────そして、出会う。

 

 

 角に身を隠し、即興のコードキャストで隠蔽しながら。『二人』の会話を遠くから見るに止める。

 

 一人は昨日話し合った青年。

 高貴な雰囲気を纏った彼は、ルビィと名乗った。

 

 

 そしてもう一人、彼と話している男。

 

 背の中ほどまであるの黄金の髪。

 力強い蒼穹の瞳。中性的な顔づくり。

 長躯を白い装備で全身を固めている。

 此方もルビィと似た、本来あるべき理想的な貴族を思わせる気品──────与えられた地位に胡座をかかずに築き上げた実力による自負からなる強い自信と意思を感じる。

 

 ──────この男には誰よりも玉座が相応しい。

 

 そんな畏怖すら感じる。

 

 

 事実、この二人は地上の覇者だったのだろう。

 

 ──────貴族、王族。

 

 彼らこそが、魔導の叡智を、神秘を独占し、研究し──────そして、辿り着いたのだろう。

 

 

 彼らの話はこちらには届かない。

 気付いているのかは分からないが、視線がこちらに向く事すらない。

 

 今この瞬間、彼らのどちらかと目が合わない事が幸運なのかは分からない。

 だが、聖杯戦争を勝ち抜くのならば、彼らのどちらか───或いは両方───が必ず障害として立ちふさがるであろうことだけは自明であった。

 

 

  †

 

 

「おや、ここで君に会うとは」

「ボクも驚いているよ」

 

「テロリストの日本人男性。恐らく、探している人物は同一のようだ」

「だろうね。もし、この聖杯戦争に参加しているのならば、間違いなしの優勝候補だ。彼に関しては、情報交換を重ねた方が良いだろう」

 

「噂によると、ハーウェイの殺し屋も参加しているらしい。彼についても警戒が必要だろう」

「名高い『死の沈黙』の黒天使だろう。私もその情報を掴んでいる。相変わらず、ハーウェイは人材が豊富だ。彼らには多くの友を殺された。私の恩師も行方をくらませたままだ」

 

「正直、テロリストや殺し屋といった手合に対して、我々は不利だ。出来る限り多くのマスターと協力して対処しなくてはならないだろう」

「極めて同感だ。聖杯戦争とは情け容赦のない生存競争だ。最終的に決裂することが定められているとしても、聖杯を渡してはならない相手がいる以上、彼らに対しては共同戦線を組むことが好ましいだろう」

 

「ここで、君のような優秀なマスターと協力関係を築けたことを喜ばしく思うよ」

「私もそう思うよ。最後に残るのは自分と君のサーヴァントがふさわしい」

 

 

 

  †

 

 

 会話を終えて、『偶然』一人で歩いてきたルビィ。

 廊下の角を通り、『偶然』知った顔に合った実幸。

 

「やぁ、一日ぶりだね」

「ああ、久しぶり」

 

 互いにワザとらしい挨拶を済ませる。

 そして「健闘を祈るよ」「貴方こそ」というありきたりの言葉で会話を切る。

 互いに話したい事、知りたいことが山ほどあるが、周囲に不特定多数の耳があることが推測される、ここで話すべきではないだろう。

 

 そして、最終的に決裂することが定められているとは言え、出来ることなら敵対したくない、という一種の暗黙の了解じみた認識があった。

 

『────貴方/貴女は───?』

 

 互いに共通している一番知りたい事柄。それを聞いてしまったら、この関係は即座に瓦解する。そんな予感を二人とも感じていた。

 

 

 

 ──────一体、貴方/貴女は誰なのだ?

 

 

  †

 

 

「桜ちゃーん……いやしてー……」

「どっっどうしたんですか?」

 

 保健室の机に、ぐたーっと状態を投げ出しながら。

 真摯な対応をしてくれる桜ちゃんを見るだけで癒される。

 やはり天使……!間違いない、誰がどう見ても天使。──────いや、女神なのでは?

 

「ボクと契約して、新興宗教の女神にならないかい?」

「…………本当に何があったんですか?」

 

 戸惑いながらも、お茶を出して丁寧に対応してくれる。

 この憩いの場に、他のマスターがいない事を嬉しく思う。

 

「ああ、そうだ。制服のデータありがとうね」

「いえいえ、お役に立てたなら何よりです」

「折角もらったのに、勝手に改造してゴメンね」

「それは大丈夫ですよ。私服の方もいらっしゃいますし、その制服も可愛くて個性的です」

「…………可愛いかぁ」

「──────急に震えだしてどうしたんですか!?」

「君は悪くないんだ……。悪いのは、そこで霊体化しているキャスターなんだ……」

「一体何をしたんですか?キャスターさん」

「ついつい、マイルームで可愛がってしまった」

「ダメですよキャスターさん。いくら可愛いとは言え、嫌がる人を強引に可愛がってはいけませんよ」

「ここに味方はいないのか……」

「そんな……!全てのマスターに対する公平性の範囲内ではありますが、私は何時でも美幸さんの味方なのに……!」

「ありがとうサクラちゃん……その気遣いだけで癒されるよ」

 

 そんな風に、のんびりした時間を過ごしていた。

 

 ──────唐突の電子音。

 

 そして、平穏な時に訪れるのがソレだ。

 

 ──────たった今、予選の終了を宣言。2階掲示板前にて、次の対戦者を発表する。

 

 

 ──────運命は突然現れるからこそ、運命と呼ぶのだ。

 

 

 

 さあ、仮初めの平穏を潜り抜け、ぬるま湯につかっていたマスター諸君。

 Sword or Death──────殺し、殺される覚悟は出来たかね?

 

 




 という訳で、三話でした。
 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


 さて──────

 ──────主人公……精神がおっさんの為、少女が好き。
 ──────キャスター……本人が少女好きを暴露。

 自分の性癖をぶつけ過ぎたような気がします。勿論、倍プッシュです。


 次回から新章──────第一回戦の予定です。
 肝心の次回更新がいつ頃になるかは分かりませんが、気長にお待ちいただけると幸いです。



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一回戦目───Beginner(s)───
1───First contact───


 お久しぶり──────でもないかな?
 どうも藤城です。


 さて──────今回から第一回戦が始まります。
 それにあたって、作品のタグを一部変更します。ご了承ください。


 また、今回から本格的に戦闘が始まります。
 ネタバレの心配がありますが、先んじて混乱しないように用語解説を行います。


 用語解説

・ 神州八島:日本の呼称(造語)。神州も八島も古来日本の呼び名である。
       また八島について──────より正確には大八洲国、あるいは大八洲と呼ぶ。国生みの神話に由来するが、元々、八とは聖数であり漠然と大きい事の意味なので、『多くの島からなる国』という意味になる。
       因みに、神州の言い方は古代中国のモノが先である。

・ 狼(眷属):太古の時代、狼は真神と(あるいは大口真神。御神犬とも)呼ばれ神格化された。
       一説には『狼は大神が由来である』というモノすらある。
       本作では天照大神の眷属として解釈している。


 それではどうぞ──────




 ──────たった今、予選の終了を宣言。2階掲示板前にて、次の対戦者を発表する。

 

 電子音と共に表示された、強い存在感を持つメッセージ。

 それは平穏というベールを切り裂き、役者を戦いの舞台に上げる開幕の宣言。

 全能の神を気取った人形遣いが、存在しない観客に向けた『惨劇』(グランギニョル)が始まる。

 

 

  †

 

 

「2階掲示板前にて、次の対戦者を発表する──────と言われて『はい、そうですか』とばかりに、真っ先に掲示板に向かう天邪鬼はいない」

「本当に捻くれてますね」

「今更何を言うのかね、相棒」

「えっと、自分で天邪鬼を宣言してるので、一周回って素直な感じさえしますね」

「捻くれた自分に素直なのさ」

 

 校舎一階、保健室にて。

 現在、この部屋にいるのは三人。

 

 一人は保健室の主、保健委員の役割(ロール)を持つ上級AI───カテゴライズ、健康管理AI───間桐桜。

 残りは保健室に入り浸っている一組の主従──────マスター、美幸。サーヴァント、キャスター。

 

 健康管理AIという役割上、全てのマスターに対する公平性が求められるが、積極的に保健室に来るマスターが居ないので、件の主従は実家のように寛ぎ、保健室の本来の主は珍客をのんびりともてなしている。

 まぁ、頻繁に保健室を訪れるマスターは、周囲に対して『自分たちは問題を抱えている』というアピールをしているのと同義なのだが……弱みを見せたマスターの結末については、わざわざ語る必要は無いだろう。

 

「と言っても、行かないワケにはいかんよな」

「それならばどうするのですか?」

「こういう時の鉄板は──────RPGなら寄り道だよな」

 

 

 掲示板は二階に上がった所すぐにある。

 ならば、掲示板を見る前に一階と地下で出来る事を探す。

 

 一階にある教室と保健室以外の施設は──────三つの出入り口。

 一つ目は階段そのもの。地下には購買がある。

 二つ目は保健室の向こう、教会及び中庭への扉。

 三つ目は階段の正面───玄関。その先には校庭。

 

 さて、どうするか。

 校庭を隅々まで探索する時間はない。

 階段付近で、強制的に二階に上がらさせられる仕組みがあったら面倒だ。

 消去法だが、教会と中庭に向かおう。ついでに、使い魔を放って校庭を探索させよう。

 

 

 ──────方針は決まった。

 

 以上の確認を終え、保健室を出ることにする。

 

「という訳で、お邪魔しちゃってゴメンね」

「次回の訪問は、時間のある時に」

「ええ、何時でもお待ちしています」

「ありがとう。また来るよ」

「──────はいっ」

 

 

 ガラリ──────パタン。

 

 

  †

 

 

「結局、ゴミ漁りですか」

「無駄遣いは厳禁です。使えるモノは何でも使ったほうが良い。特に、序盤はね」

 

 相変わらず無人の教会──────というより、校舎内に人がいない。

 恐らく、保健室を出た時点で隔離されたのだ、と推測される。

 この校舎にいるのは、自分達と対戦相手のみなのだろう。掲示板の前で鉢合せをしてしまったら、何かしらの問題が生じる──────正確には、その恐れが在ると判断したのだろう。

 

 つまり、やりたい放題。

 我ながら外道の判断である。

 

「と言っても、出来る事は限られているみたいだ」

 

 中庭の隅にある、コンクリートの壁がコの字型になっているゴミ捨て場。

 

 ゴミのリソースを確認すると、前回───昨日の夕方───確認した時より僅かに少ない。凡そ80%といったところだろうか。

 それらの全てを回収する。

 ここのリソースの回復ペースは恐らく一定で、一日で上限に達するのだろう。

 確証はないが。定期的な確認が必要となるだろう。

 

「狼たちの様子はどんな感じ?」

「もう直ぐ、全ての場所を探索し終えるだろう」

「了解。じゃぁ移動しようか」

 

 

 玄関付近で使い魔の狼たちと合流。

 曰く、校庭にも人影はなかったそうだ。

 

 階段に向かう前に、教室の様子を確認する。

 全ての教室は鍵が掛かっており、遮光カーテンが下りており、教室の中は見えなかった。

 

 その後、階段を下り地下に。

 購買の様子を見るが無人で、かつシャッターが閉まっていた。

 

 

「さて、掲示板に向かうか」

 

 

  †

 

 

「──────随分と待たせるのだな」

「うげ」

「淑女らしからぬ挨拶をどうも」

 

 階段を上がって直ぐ、見覚えのあるカソック姿が待っていた。

 

「御託は良いから、早く対戦相手を教えてくれないか?」

「では──────」

 

 神父が移動する。

 その刹那──────世界がズレた。

 

 少なくとも、そう表現するしか出来ない現象が起きた。

 恐らくは時間軸、空間軸をズラしたのだろう。

 ムーンセルの出鱈目さに驚くと共に、この世界の性質に思いを巡らせる。

 ここは量子虚構世界SE.RA.PH。全てがデータで表現された世界。

 それならば、時間の速さや空間の広さなどの時空間曲率すらも自在に操作できるのだろう。

 この性質を使用すれば──────

 

「──────ようも待たせてくれたなぁ!」

 

 突然の罵倒により、思考が中断される。

 

「ほう──────対戦相手は君か」

 

 ──────件の不良。

 

 対戦相手としては、随分とお誂え向きの相手だった。

 

 

  †

 

 

「──────ではまた」

 

 顔見せが終わったら、用事はもうないだろう──────そう判断して、背を向ける。

 

「待てや!」

 

 正直うっとおしい。

 

「神父。顔見せが終わったら帰っても良いだろう?」

「別に構わんが、注意事項を聞かないで余計なペナルティを食らっても良いのかね?それに、初対面ではないようだし、交友を深めるのはどうかね?」

「良い事言うじゃねえか。わざわざ待ってやったんだ。何の成果もなく帰れるかよ」

「神父。待った待ったと恩着せがましく言っているが、彼は体感時間でどれくらい待ったのだ?」

「おおよそ五分だな」

「自分が早く来たときは相手を責めるくせに、自分が遅れたら大目に見ろ、という類の相手のようだな」

「テメェ神父!どっちの味方なんだ!」

「どちらの味方でもないだろう。AIは役割上、全てのマスターに対する公平性が求められる」

「その通りだ。その上、私に与えられた人格は神父でね。ほら、神の下の平等、というだろう」

「流石は敬遠な神父サマ。博愛と迫害を軸とする教えを大切にしているのだな」

「なに、隣人を愛せよ、とは説いているが、隣人の妻を愛せよ、と解いている訳ではない。全ての人間関係には適切な距離感がある。例えば異教徒に対して我々が親愛と解いても、相手が剣を向けて来ることはある。その時、無抵抗で殺されろ、とは言えんよ」

「ものは良いようだな」

「その言葉はそのまま返させてもらおう」

 

「──────オレをのけ者にするんじゃネェ!」

 

「まだ居たのか。分からない奴だな」

「まぁ、落ち着き賜え──────では注意事項を伝えよう」

 

 

 この時刻──────10:00より、六日間の猶予期間(モラトリアム)を与える。

 これから君たちには、アリーナに赴いてもらう。

 アリーナは二階層で形成されている。

 初めは一階層のみを探索してもらう。後述する第二暗号鍵(セカンダリートリガー)の設置が完了する、四日目より二階層を開放する。

 階層には一つずつ暗号鍵(トリガー)が設置されている。一階層の第一暗号鍵(プライマリートリガー)と二階層の第二暗号鍵(セカンダリートリガー)と回収することで決戦に進むことが出来る。回収できなかった場合は──────言うまでもあるまい。

 また、アリーナを探索できる機会は一日に一度、六時間までとする。

 ここで言う一日とは、午前零時を以って区切るものとする。この時間をまたいだ場合、二回分とカウントされる上に、入っている時間は連続してカウントされるため、注意されたし。

 今回は特別に、第一暗号鍵(プライマリートリガー)の設置を終えている──────この意味は分かるな。

 何か、質問はあるかね?

 

 ──────よろしい。それでは解散だ。

 

 

 さて、移動しよう。

 

「待てや!」

 

 肩を掴まれ──────

 

「おっと」

 

 上体をズラす。そのまま空振りした手の慣性に従い、男は思い切りバランスを崩す。

 このタイミングで足を払うと、無様に転ばせることが出来るのだが、今回はそこまでする必要は無いだろう。

 たいして自分は滑るように体重移動。踊るように距離を取る。

 

「女性をダンスに誘う時は、もっと優雅に誘うと良い。少なくとも、無様に転ぶようでは格好がつかないぞ」

 

 羞恥と怒りの為に顔を上気させる男を更に煽る。

 こういった手合は、冷静さを欠かせる事で対処することが好ましい。

 

「──────落ち着け、小僧」

 

 男の側に揺らぎが現れる。

 霊体化を半ばといた、強大な存在感。

 ──────相手のサーヴァント。

 

「グ──────分かったよ、ラ──────」

「フン──────」

 

 あ、殴られた。

 

「何すんだよ!」

「それに気付かん内は半人前以下よ」

 

「──────同感だな」

 

 相手側の口論とも見えるやり取りに口を挟む。

 

「戦う前から相手に情報を渡してどうする」

 

 あ、と茫然とする対戦相手。

 

 

 ──────これでは、戦う前から結果が見えているようなものだ。

 

 例えキャスターと相手のサーヴァントの実力差の天秤がどれ程相手方に傾いていようとも、マスターが戦いに相応しくないのならば、戦う以前の問題なのだから。

 

 

「──────じゃあな」

 

 一瞥をくれて、その場から立ち去る──────

 

「──────おい、掲示板は見ないのかよ」

「掲示板に何かあるのかね?」

「対戦相手の名前だよ。それくらいは知っておいても良いんじゃないか?」

「──────それは必要ない」

「それはどういう意味だ」

 

 振り返り告げる。

 

 

「殺す相手の名前を憶えてどうする?」

 

 

 人気のない校舎に、ひっと息を飲む音が響いた。

 

 

「お前が誰で有ろうと関係ない。お前はただ、スコープの向こうの標的であれば良い」

 

 

 コツコツとローファー特有の足音を響かせて、今度こそ立ち去る。

 

 

  †

 

 

 一瞬意味のある言葉に見えたが、その羅列にラグが走り──────数秒後、ノイズの上に『美幸』という名前が現れる。

 

 マスター:『実幸』

 決戦場:一の月想海

 

 コイツが対戦相手。

 無意識的に唾を飲みこむ。

 さぁ、腹をくくれ。オレは勝ち残るんだ。

 

 

 そして、現れたのは何時かの少女。

 

 腰まである髪、セーラー服、ストッキング、羽織っている長ラン──────そして、余りに冷ややかな眼光。それら全てが漆黒の少女。

 対照的に、僅かに露出した肌は雪のように白い。

 

 虚ろな目をしていた時とは明らかに違う存在であった。

 

 その恐怖を誤魔化すように、大声を出す──────。

 

 

『大丈夫か、小僧』

 

 大丈夫なはずがないだろう。

 オレではアイツに──────『美幸』に勝てない。

 そもそもアイツはオレを敵とすら見なしていない。

 格が違い過ぎるんだ。

 

『珍しく殊勝ではないか小僧』

 

 強大な存在の圧が迫る。

 だが、それは息苦しいものではない。

 

『何のために、あの時(オレ)が実体化したか分かるか?』

 

 どういう事だ?

 

『何、あの小娘の反応を試したのよ』

 

 …………えっと?

 

『やれやれ、余程恐ろしかったと見える。確かに、あ奴は小僧より強いだろう。だが、お主は一人で戦っているのではないだろう』

 

 …………ライダー。

 

『さて、これからどうするのだ?』

 

 決まってる──────アリーナに行くぞ。

 

『応よ』

 

 待ってろ──────お前がどんなサーヴァントを従えてるかは知らないが、オレのライダーに勝てるとは思うなよ。

 

 

  †

 

 

 二階から階段を下りて一階、そして地下。

 即ち購買。

 

 一階に下りた時点で複数の人影が現れてことから、時空間の独立性が無くなったと推測。

 マスターに紛れて多くのAIが確認されたことから、購買が使えるようになったと踏んだが──────正解だったようだ。

 

『どうするのですか?実幸』

 

 アリーナには準備をしてからだ。勢いで行っても損をするだろう。

 

『それもそうですね。キャスターのクラスに恥じぬ働きを致しましょう』

 

 それと──────昼飯を食べてからのほうが良いだろう。

 

『──────。それは楽しみですね』

 

 了解。腕の見せ所だな。

 

 

  †

 

 

 第一回戦──────1日目14:00。

 アリーナの入口にて、装備の最終確認をしながら。

 

「まさか既製品だけで、食材がないとは……」

「手料理がお預けになるとは……」

 

 牛乳を飲む様子だけでも十分見ごたえがあったが、残念である。

 まぁ、学校をベースとしている購買に食材がある方が違和感があるのだが。

 普通の学校の購買には武器なんて置いてないだろ、という斬新な切り口で『既製品だけで、食材がない』件については神父に要望を出しておきました。

 

 

「さて──────行くぞ『セイバー』」

「ええ、行きましょう。マスター」

 

 装備などの事前準備が完了。

 事前の打ち合わせにより、実体化している時はセイバーと呼ぶことにしたキャスターと共に、両腰にそれぞれ礼装の日本刀を佩いた『実幸』はアリーナに足を踏み出す。

 

 

 

 そこは、一面の荒野。

 所々に岩山や崖があり、乾いた風が吹き荒れる。

 

 そして、二人を出迎えたのは──────空を覆んばかりの矢の雨だった。

 

 

 

「──────実幸ッ!」

「大丈夫」

 

 キャスターの魔術、ましてや宝具を見せるのは余りにも早計だ。

 

「照らせ日華──────plank(16)(barrier/バリア)

 

 コードキャストを発動させる。

 現れたのは半透明の壁。文字通りのバリア。

 それを十数枚。角度や厚さを丁寧に調整し、次々と降り注ぐ矢の雨を順次逸らしていく。

 

 ──────およそ20秒。

 

 雨が晴れる。

 被害──────なし。

 

「やはり、実戦で試さない事には、な」

「見事ですマスター」

「君の役割を奪ってしまって済まないねセイバー。さて、何か掴めたか?」

 

 サーヴァントからの奇襲を態々マスターが防いだのには幾つか理由がある。

 

 一つは礼装の運用実験。

 今回の礼装は右腰に吊るしている日本刀───陽剣・日華の霊刀。左腰の日本刀───陰剣・月精の霊刀───と合わせて陰陽の関係にある。

 内蔵されたコードキャストは汎用の『add_regen()&boost_mp()』。そして、オリジナルの『plank()』。

 効果は順に、時間経過での体力回復、最大MPの増加──────そして空中にバリアを張る、という礼装だ。

 

 それ以外を纏めるとキャスターの手を開けさせるため。

 奇襲が二段構えの場合や陽動の可能性に対応するため。

 そして──────こちらから仕掛ける為。

 このタイミングで、キャスターは段取り通り、使い魔を放った。

 

 

「大まかな位置はつかめましたが、何かしらの妨害を受けています」

「了解。何かわかったら伝えて」

「早速ですが位置を掴みました」

「随分と早いな」

「かなりの準備が必要な行為でしたからね──────そして、残念な知らせを一つ。彼らが全滅しました」

「何──────」

 

 

 

 走る。走る──────走る。

 太古の盟友に従い、自分たちを呼び出した主の命令を受けて追いかける。

 

 辿るのは気配。

 自分が馴染み、敬愛した神性とは大きく異なる汚らわしいソレ。

 アレは存在してはならない。

 あの気配は侵略者のソレだ。

 そういった類はことごとく滅ぼさなくてはならない。

 それこそが、我らの太祖たる神狼と大いなる英雄が交わした約定にして、天に座し神州八島を照らす大御神の意志であるからにして──────。

 

 見つけた。大男。

 見つけた。腰には長剣。

 見つけた。身に纏うのは羊毛と皮の服。

 

 見つけた、見つけた、見つけた──────一斉に飛び掛かる。

 

 

「──────ガァァァアアァァアァァ!!!!」

 

 

 鮮血が溢れる。

 

 ──────何が起きた。

 

 雄叫びを上げて飛び掛かった。

 だが、20を超える我らの総力を遥かに超えるような衝撃を食らった。

 アレは獣の──────いや、我らの太祖と渡り合えるような神獣の咆哮。

 それをまともに食らい、一瞬動きが止まった瞬間──────その一瞬だけ、我らを囲むように無数の兵士が現れ、一斉に切りつけた。

 

 ──────そうか、失敗したか。

 

 我らはここで消失する。

 だが、まだ生きている。

 肉体がある、魂がある──────意地がある。

 

 我らを侮ったな。

 致命傷を負わせただけで慢心した事を後悔するがいい──────

 

 

 24の意志は火球に変じ──────決死の遺志となって襲い掛かる。

 

 彼らの覚悟は──────無数の兵士という壁に阻まれて届くことは無かった。

 

 だが、その決意と手に入れた情報は、確かに主に届いた。

 

 

 

「──────以上です」

「──────そうか」

 

 悔やむ事はしない。

 所詮は使い魔。自分たちも、そして彼ら自身もその事をわきまえている。

 だからこそ──────

 

「──────無駄にはしないぞ」

「ええ──────その通りです」

 

 位置は分かった。

 次は此方の番だ。

 

 ──────彼らの遺志を最後の一欠片まで使い切る。

 

 それこそが、彼らの覚悟に応える唯一の方法である。

 

 

  †

 

 

「対戦相手はアリーナを浸食しています」

「なるほど、侵略者とはそういった意味か」

「そのようです──────宝具の開放をしても良いですか?」

「了解。宝具の開帳に加えて、真名の公開まで全て一任する」

「ありがとうございます──────それではヤマトタケルの名のもとに払夜の神剣をお見せしましょう」

 

 

「今のは──────」

「見ての通り、狼だな。俺とは異なる神性を帯びている」

「そのようだな。最期のは炎、というより太陽だろう。

 神性を持った狼に纏わる英霊は数多くいる。例えば、ローマ神話のロムルスやギリシャ神話のメレアグロス。だが、彼らは太陽や炎の神性とはそこまで関係ない──────筈だ。マルスやアレスに炎に纏わる逸話はない筈。

 狼の種族から裏付けを取るべきだろうが、恐らくは日本神話に纏わる英霊。その中で神性を持った狼に纏わるのは神武天皇。或いは──────」

 

 

「──────ヤマトタケル」

 

 巫女装束の少女が自身の名を──────真名を名乗る。

 

 

 

 果たして──────二組の主従は邂逅する。

 

 

  †

 

 

「隠す気がなかったとは言え良く見抜いた。礼儀として改めて名乗ろう」

 

 

 ──────我が名はヤマトタケル。クラスはセイバー。敵対者の全てを滅ぼす日ノ本の守護者である。

 

 

「我が目の前で『己が領土を広げる』という禁忌を犯した罪を贖ってもらおうか」

 

 

  †

 

 

「──────真名を名乗った」

 

 それは聖杯戦争におけるタブーの一つ。

 

 死ななかった英霊はいない。

 全ての英雄は死ぬことで英霊として語り継がれる。

 従って、相手の真名を知ることは攻略の大きな足掛かりとなる。

 英霊として召喚されたサーヴァントは死因に代表される弱点も再現される。

 と問えば、ヘラクレスならヒュドラに代表される毒、アキレウスならば踵、ジークフリートなら背中。そして、ヤマトタケルならば──────病。

 

 だが、アイツはセイバーを名乗った。

 ヤマトタケルが死んだ時は高名な草薙剣を持っていなかった、という事は余りにも有名である。

 そして、セイバーならば草薙剣を持っていない筈がない。

 

 それでも、ある程度の対策は立てられる。

 

 だが──────

 

「良い名乗り上げだ」

 

 ──────ライダー。

 

 セイバーは正々堂々と真名を名乗った。

 余りにも、だ。

 

 セイバーが英霊である事と同じように、ライダーもまた英霊である。

 セイバーの名乗り上げに対して、ライダーがどう思うのか。

 彼の意思を尊重して、真名を名乗ることを許可するべきなのだろうか──────。

 

 

「だが、(オレ)は名乗らん。悪いが、戦う前から情報を渡す愚か者ではないからな」

 

 

 ──────え。

 

 

「だろうな。別に構わんよ。私が名乗ったのは、己が決意を示す為に他ならん。お前の言う所の愚か者だ」

 

 

 顔を見上げる。

 二メートルを超える大男の気配はいつもと変わらない。

 今のやり取りで此方を気遣った、というのではないのだろうか?

 

「変な勘違いをしているようだな小僧」

「え──────だってお前、誇りとか大事にしそうじゃん」

「おいおい決めつけてくれるなよ」

 

 そう言って、乱暴に頭を撫でられる。

 

「確かに誇りは大事だが、勝つ事の方が大事だ。何より、()()()()()()()()()()()。この摂理だけは未来永劫変わらんだろう」

「お前──────」

「小僧も進歩したではないか。クラス名で呼ばないだけマシになった。さて、最後に勝って憂さ晴らしをしながら大笑いしてヤロウぜ」

「ああ──────お高く止まった大英雄の鼻を明かしてやろう」

 

 

「随分と大きく出たものだ」

「同感だセイバー。掲示板前のマスターの小物っぷりが嘘のようだ」

 

 精神や肉体が完成している英霊とは異なり、マスターは成長する。

 特に、肉体が伴わない電脳世界ならば尚更だ。

 相手のサーヴァントが側にいる限り、ボロを出すことは無いだろう。

 

 

 二騎のサーヴァントがマスターを守るように、距離を詰める。

 

 

 ──────セラフより警告:アリーナ内でのマスター同士の戦いは禁止されています。

 

 

 皮肉にも、その警告が開戦の合図になった。

 

 

「──────来い」

 

 そう大男が一言告げた瞬間──────そこには無数の兵士が居た。

 

 サーヴァントがマスターを攻撃することが出来ない以上、彼が呼び出した兵士が『美幸』を攻撃することは出来ない。

 だが、サーヴァントが死ねば結末は同じである。

 少女一人を地面に残った血の染みにするのには過剰な数の兵士が顕現する。

 

 だが──────対する少女もサーヴァント。それも、真偽は不明だが名乗った真名は大英雄ヤマトタケルである。

 

「これなるは守護の霊剣にして敵屠る絶刃──────天に座す大御神の意志を示せ」

 

 宣言と共に、セイバーの持っていた剣が露わになる。

 

 ──────それは異様な剣だった。

 

 刀身は鉄どころか金属ですらない。柄には呪符が巻かれている。

 恐らくは、単一の素材でできたナニカに何かしらの封印を施し、武器としての運用を可能にしたのだろう。

 

 これこそが『神子を守護れ、払暁の霊剣(草那芸剣(くさなぎのつるぎ))』の真の姿。

 

 このままでも、常時発動型の宝具として様々な効果がある。

 そして、逸話に由来する真名を開放することで更なる力を発揮する──────!

 

 宝具の真名開放。

 真名を名乗った以上、宝具を使わないメリットは一切ない──────!

 

 膨大な魔力のせいか、刀身に揺らぎを帯びた異形の神剣を大上段に振りかぶり──────

 

 

  †

 

 

 その時──────

 

「────────────」

 

 ──────大仰な宣言と身振りの後に、小さく告げた一言を聞き取れる人物はこの場にはいなかった。

 

 

  †

 

 

「──────払夜の白炎、黎明の神剣(焼津(やきづ)・草薙剣(くさなぎのつるぎ))!」

 

 

 大きく弧を描くように。神剣が振るわれる。

 切っ先から純白の炎が広がる。

 

 ──────ファイアウォール。

 文字通りの火炎壁にして、本来の意味の防火壁。 

 ヤマトタケルがどのクラスでも保有する象徴的宝具──────対軍にして結界宝具である。

 

 その炎はマスターたる美幸に一切の害を与えずに通過し、キャスターから同心円状に燃え広がり一定範囲内を焼き尽くす。

 

 そして──────。

 

 

「──────危なかったのう」

 

 無数の兵士を呼び出した時点で逃げる算段を立てていた、敵のサーヴァント以外の敵を焼き尽くした。

 

「ではなセイバー!次に相まみえるときを楽しみにしておるぞ」

 

 そう言い残して行方をくらませた。

 

 

「逃がられましたか……」

「多分、脱出系のアイテムを使ったようだな……。お疲れ様。凄まじい劫火だったな」

 

 肩で息をする己がサーヴァント──────キャスターを労う。

 

「いえ、どんなに強力な攻撃でも、効果が無かったら意味が無い」

 

 返ってきたのは自責。

 真名開放に伴う消耗の影響か、それとも大技の後の喪失感か。

 

「いや、効果は十分あっただろう」

 

 ならば、それを補うのがマスターとしての役割だ。

 

 今の一撃で、相手は警戒するだろう。それは大きな隙になる。一撃で葬り去るだけの宝具を持っていると分かれば気軽に攻撃することは出来なくなる。

 また、アイツが浸食していた”領土”を塗りつぶすことが出来た。

 そして──────。

 

「そして、凄くかっこよかった」

 

 そう締める。

 一瞬、あっけに取られていたキャスターは、ここまでの硬い顔を破顔させる。

 

「ありがとう実幸──────。改めてですが、ヤマトタケルの名に掛けて貴方を守りましょう」

 

 その笑顔は、つい数十秒前に大破壊を行った凛々しい姿とは結び付かないような物だった。

 

「こちらこそよろしく、大英雄ヤマトタケル。俺も君に守られるに相応しい行いをしよう」

 

 

 

「さて、取り敢えず回復をしよう。あくまでも体力(HP)の回復であって、魔力(MP)の回復じゃないけど、精神的に楽になるだろう」

「ええ、お願いします」

「了解。照らせ月精──────heal(16)」

 

 左腰の日本刀───陰剣・月精の霊刀───礼装として刻まれたコードキャストは全て汎用の『gain_con()』と『boost_mp()』そして『heal()』。

 効果は順に耐久の強化、最大MPの増加──────そして体力を回復する。

 先に紹介した陽剣・日華の霊刀とは対になっており、陰陽剣が揃う事で発動するコードキャストも存在する。

 

「ありがとうございます。実幸」

「どういたしまして。と言っても、礼装を作ったのは君だろう。キャスター」

 

 道具作成スキル。

 キャスターの固有スキルで礼装を作成することが出来る。キャスターはこのスキルをA+という極めて高い精度で保有している。

 確証はないが、本当にセイバー召喚されていたらこのスキルは保有していないと思われるので、キャスターで召喚されて寧ろ良かったと思っている。

 

「ええ、確かにそうです。ですが、誰かに癒してもらえるのはとても嬉しい事なのですよ」

「そっか──────さて」

 

 周囲を見渡す。

 先ほど開放した宝具の効果は浄化であって。関係ない物を壊すことは無い。

 してがって、当たりの雰囲気は焼け野原というより聖域のような物を連想させる。

 

「このままアリーナを探索しよう。相手に占領された地域は此処だけじゃないだろうし」

「同感です。土地の支配権を奪い返すだけなら真名開放の必要はありませんから、先ほどよりはスムーズに行くでしょう」

「よし、行くか」

「ええ、敵対マスター及びサーヴァントは退去しましたが、エネミーなどは徘徊しているでしょう、気を付けていきましょう」

 

 

 

 第一回戦一日目。

 この日は時間いっぱいアリーナを探索した。その過程で、第一暗号鍵(プライマリートリガー)を獲得。

 その後、六時間が経過したことでアリーナから強制的に退去させられたのであった。

 

 

 




 前回投稿した後、イベントの前に必ずしもメンテナンスが入るわけではないんだな、と感慨深い気持ちになりました。

 長くしてしまったと後悔中。
 追加で出した情報も多いので、下で整理します。


 追加ルール

・ アリーナに一日に居られる時間は6時間まで。
  例えば、21:00からアリーナに入っていた場合、03:00に強制退去&翌日は入れない、のコンボを食らいます。


 マスター礼装

・ 陰険・月精の霊刀『gain_con()&boost_mp()/heal()』
   耐久の強化、最大MPの増加、体力を回復。
・ 陽剣・日華の霊刀『add_regen()&boost_mp()/plank()』
   時間経過での体力回復、最大MPの増加、空中にバリアを張る。


 宝具(キャスター)

・ 神子を守護れ、払暁の霊剣(草那芸剣(くさなぎのつるぎ))
  ランク:A+ 種別:対人(自身)・粛清宝具
  レンジ:1~2 最大補足:1人
 剣が持つ常時発動型の宝具。持ち主に加護を与える霊剣であり、魔性殺しにして神殺しの絶刃。
 霊剣としては、物理・概念に対する強固な防御。単純に耐久を大幅に上昇させる。それ以外に病や呪詛、精神攻撃などに対する強い耐性を与える。但し、対神の概念に対しては無力。
 絶刃としては粛清宝具に該当。相手が魔性であったり、日本神話以外の神性であった場合、その高さに応じて与えるダメージが向上する。また、この剣が存在する、という事は逆説的に多くの邪龍(加えて全ての悪竜)の死が証明されるので、効果が劇的に増加する。
 ヤマトタケルが東征の際に、彼の叔母倭比売命(ヤマトヒメノミコト)から授かった、伊勢神宮に奉られていた神剣。この剣を手に英雄ヤマトタケルは、蛮族や邪神といった東の祭ろわぬモノを討伐した。

・ 払夜の白炎、黎明の神剣(焼津(やきづ)・草薙剣(くさなぎのつるぎ))
  ランク:A+ 種別:対軍・結界宝具
  レンジ:1~5 最大補足:5人
 ヤマトタケルの逸話を基にした象徴的宝具。第一宝具と同じく、その真偽に関わらず、その名を持つ者が必ず保有する宝具。防火扉(ファイヤーウォール)にして炎の幕(ファイヤーウォール)である。
 切っ先から白炎の壁を展開する。炎を完全に遮断し、それ以外の攻撃を焼き払い、夜気祓う結界である。



 因みに、クサナギノツルギの表記が前者が『草那芸剣』で後者が『(焼津(やきづ)・)草薙剣』なのが地味に拘りポイントだったりします。
 ん?悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファヴニール)勇者の不凋花(アンドレアス・アマラントス)?──────知らんな(ズバッ)。でも十二の試練(ゴット・ハンド)の蘇生までは切れない。魔性・神性特攻は切った時だけなのです。
 判定はランクに依ります。


 ここまで読んでいただいてありがとうございました。
 評価、感想──────及び真名予想などをお待ちしています。
 次回更新は何時になるか分かりませんが、のんびりとお待ちいただければ幸いです。





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2───Sun and Moon───

 げえっ殺生院!
 落ち着け、これは運営の罠だ──────!

 という訳で、お久しぶりです。
 合宿に行っていて遅れました(言い訳)。藤城です。


 さて、新イベント『大奥』の概要が公開されましたね。皆様、特攻サーヴァントの育成などのイベントの準備をお急ぎください。
 また、ベラ・リザの交換期限が来月末日なのでお急ぎを──────自分も含めてですが。就活生でもベラ・リザは欲しい。
 周回の片手間にでもお読みいただければ幸いです。

 それではどうぞ──────




 アリーナで獲得したアイテムと購買で購入した物品を材料に、マイルームを更に改築する。

 足りない時間は神殿化させたマイルーム内の体感時間を自分だけ書き換える事で解決する。

 

 

 とにかく時間がない。

 だからと言って、手を抜いて良いわけではない。

 

 最低限のラインは昨晩の時点で到達している。

 そして、趣味と実益を兼ねた今朝の一件と戦闘によるアリーナでの魔力消費。

 

 ──────恐らくは後一押し。

 

 神殿に必要なのは霊魂の活性化と経路の安定化。

 彼女に──────否、二人に必要な事も同様。

 

 改めてだが、急がなくてはならない。

 私の企みが露見しては効果が薄まってしまう。

 

 これが彼女らにどのような影響をもたらすかは図らない。

 だが、やらなくてはならない。

 

 互いを大切に思いあう二人の結末が別離で終わってしまう。そんな互いに後悔し続けるようなバットエンドだなんて、断じて認めることが出来ないからだ。

 

 

  †

 

 

 一回戦1日目20:00──────アリーナ探索開始から六時間が経過しました。規定により、現時刻を以てマスター:『実幸』とサーヴァントを第一階層より強制退去させます。

 

 

 そんなアナウンスが聞こえた直後。アリーナに居られる時間を過ぎため強制的に退去させられ、気が付くとアリーナの入り口に居た。

 

 本日のアリーナでの成果はトリガーの獲得。

 そして、敵サーヴァントとの交戦による情報の獲得。代償に、こちらのサーヴァントの真名と宝具の名が知れたが──────それに関しては大した問題ではない。

 

 これからすべきことは、今回の探索で得た情報を整理する事。そして、その情報を本に明日以降の行動の指針を立てる事である。

 まぁ、その前に夕食だが。

 

 

 購買に行ったら食材が入荷していました。

 ありがとう言峰神父!

 気が進まないが、後日お礼を言いに行かなくてはならないな、何て事を考えるくらいには上機嫌に買い物を進めていく。

 

 なぜか、食材のコーナーの目立つ場所に『麻婆豆腐に纏わる物』がこれ見よがしと陳列されているような気がした。

 

 調理に必要な食材を購入した後、キャスターが要求する品物を確認し購入していく。

 キャスターが要求する物は道具作成、陣地作成に必要な物がほとんどなので、食材よりこちらを優先させようとしたのだが、キャスターが食材の方が優先だと主張したので、食材を優先した。

 曰く、精神的に休んだ方が良い、購買の素材よりアリーナで手に入る物の方が質が良い……などなど。何となく、隠し事をしているような気がしたが、キャスターが隠し事をするのなら、そうすることが良いと判断したのだろう、と思う。

 

 

「何を作るのですか?」

「鉄板だけどカレーかな」

「かれー、ですか」

 

 何かの手本に出来るような見事な平仮名発音。

 

 必要な食材は購買で色々と買って来た。

 また、マイルームにはキッチンがまだないので言峰神父に相談するか、キャスターの陣地作成スキルと道具作成スキルに期待しよう。

 取り敢えず、マイルームに焚火などを用意し、野外炊飯のような感じでカレーを作ることにする。

 ご飯に関しては飯盒炊飯で準備している最中である。

 換気については十分気を使った。匂いがこもる心配はないし、ましてや一酸化炭素中毒になったりといった懸念事項は完全に処理した。

 さて、髪をポニーテールにまとめ、エプロンと三角巾を装備して──────料理開始である。

 

 ムーンセルという電脳世界で、焚火を使ってカレーを作るマスターの姿がそこにはあった。

 何となく場所にそぐわないような気がするが……こんな風にして作るのも乙なものだろう。

 

 学校机の上に、昼に飲んで乾かしておいた牛乳パックを開いたものを置いて、まな板代わりにする。

 購買で購入したカレーの材料をテーブルの上に並べる。

 

「随分と手慣れているのですね」

 

 マイルームの改造を完了させたキャスター。

 興味津々、といった感じで覗き込んでくる。

 

「まぁね、アイツは料理が出来なかったからなぁ」

 

 色々とお疲れ様、と労いながら。

 ニンジンをまな板の上に乗せながら応じる。

 

「真面目かつ要領が良くて成績優秀。ついでに体を動かすことも得意で、武道全般に強く、真剣を使った訓練でもとんでもない腕前でな」

 

 ニンジンを切る手は手慣れたモノで──────あれ?

 

「だけど、アイツは料理だけは不得手でな。日本刀で落ちる木の葉を切ったりは出来るのに、包丁を扱うのが全然ダメで、しまいには弱火で15分は強火の5分同じとか言い出す始末」

 

 おかしい。ニンジンがうまく切れない。

 

「──────実幸?」

 

 後ろのキャスターの怪訝な声。

 

「ちっちゃい頃から魔術以外にも色んな才能が有ったアイツに怪我させたくないからって包丁を持たせなかったり、火元に近づけなかった周りの───本家の連中も悪いんだけどさ」

 

 視界が歪む──────。

 

 

「アイツの練習が終わる頃に出来上がるようにお菓子を作ったり。家の人がみんな忙しい時とか俺が夕飯作ったりしてて、アイツが『お兄ちゃんまだー』なんて急かしてきて。普段はお兄様呼びなのに、二人の時はお兄ちゃんで呼ぶんだよな、アイツ。その呼び方は、ちっちゃい頃から変わらないんだよな。大きくなってからも、俺よりも強くて出来ることも多いのに、出来の悪い俺の事をよく頼ってくれて、だから俺も──────」

 

 

「実幸──────!」

 

 柔らかさと体温──────人肌?

 キャスターに後ろから抱きすくめられたのだと気付くのに数秒掛かった。

 

「どうしたキャスター?」

「もういいですから、いったん休みましょう」

「いや、大丈夫だキャスター」

「そんなはずはありません。そんなに泣いて、そんなに震えて──────」

「この後、玉ねぎを切るから同じことだ」

「なぜ、そんなに強がるのですか──────!」

「なぜって──────」

 

 そんな事は決まっている。

 

「──────俺が兄だからだ」

「は──────」

 

 後ろで絶句しているのが分かる。

 キャスターが自分の事を心配してくれているのは知っている。

 正直、先ほど自分が答えた理由が答えになっていないことなど百も承知なのだ。

 強がっているだけ。そんな事、初めから分かっている。

 

 だが、向き合わなければならない。受け入れなければならない。──────今の涙を否定してしまってはならない。

 

 今の自分は妹の体。

 だが、俺はあいつがどんな顔をして、俺に話して来たかを覚えていない。

 あんなに大切だったはずなのに。守りたかったはずなのに。──────守れなかったくせに。

 

「────────────っぁ」

 

 手が止まる。

 今更ながら酷い出来だ。

 皮を剥く事すら難儀している。いつもとは廃棄率が段違いに悪い。

 切り口もだ。力任せに切ったことがよく分かる。乱切りと誤魔化すにも限度があるというモノだ。

 

 ──────なんて無様。

 

 多くのモノを切り捨てて来た。

 多くのモノを置き去りにした。

 そして、結局何が残ったのか──────。

 

 ──────空虚。

 強がることしか出来ない。

 

 失って、失って、失って──────。

 始めに一番大切な人を失って───喪ってから。果たして得るものが在ったのだろうか。

 

「──────『実幸』」

 

 声。優しく抱き留められる。

 

「料理を止めろとは言いません。ですが、私にも手伝わせてはくれませんか?」

 

 奈落に──────海底に落ちていく意思を受け止める。

 子どもに料理を教えるように、包丁を持つ華奢な手の甲に、後ろから一回り大きい掌を重ねる。

 体温、毛髪、体臭、鼓動、呼吸──────自分以外の温もりが、まるで水に浸かったかのように包み込む。

 

「私にも背負わせてはもらえませんか?『実幸』」

 

 ──────ああ。

 こんなにも。温もりとは、こんなにも──────。

 

「お願いしていいか、キャスター」

「もちろん。あの時、私は貴方を──────あなた達を守ると決めたのですから」

「世話になる──────ありがとう」

「どういたしまして」

 

 

 

「干し飯がふやけるかと思った」

「謎の強がりは相変わらずですね」

 

 説明しよう!

 干し飯とは古代日本の保存食である。乾飯や糒とも呼ばれる。

 現代ではアルファ化米と呼ばれており、加水加熱によってアルファ化(糊化)させた後、乾燥させることで長期保存を可能にしたもの。ただし、乾燥処理の方法が現代とは異なり、天日干しなどで乾燥が緩やかにで行われていたので糊化度が異なる可能性がある。

 また、有名な平安貴族が詠んだ詩に感動して旅の一行が号泣した際に、よくふやかされている。

 

 そこから古代日本の保存食事情に話が発展。

 東征の際の軍隊の食料調達についての雑談。

 現代の保存食事情や紛争地帯での食料事情。

 アリーナ探索の興奮が残っているのか、互いの話が連鎖的に繋がっていく。

 

 途中から量を増やし、カレーは三人前作った。

 余分に作った分は、二人で分けて食べた。

 食べ終わった後にブリーフィングをするつもりだったが、時間が遅いことも有り、そのまま眠ってしまう事にした。

 

「──────しまった、布団買ってないじゃん」

 

 まぁいいや。眠ってしまおう。

 せめてもの抵抗として、段ボールを何枚か重ねて──────ん、キャスター?道具作成で何とかした?ありがとう。布団に運ぶから身を任せろ?いや、それは少し抵抗があるような──────。

 

 キャスターの声に惹かれるようにして、意識が落ちていく──────。

 

 

  †

 

 

 広げた両の手に倒れ込むようにして華奢な体が落ちて来る。

 胸で受け止め、そのまま抱きしめる。

 

 傷ついた少女。

 頼もしい少女。

 愛おしい少女。

 そんな少女をサーヴァントとして──────ヤマトタケルとして守ると決めた。

 

 小さな子供の様に寝息を立てる。その耳元で──────。

 

「初めまして、実幸」

 

 深い眠りに落ちている少女の耳元で囁く。

 

「ええ──────()()()()()()()()()()

 

 今までとは明らかに異なる口調で少女は──────実幸は応じる。

 

 

 

 様々な偶然により、量子虚構世界SE.RA.PHに存在する霊子体(アバター)『実幸』には二人が──────双子の兄妹が混ざり合って存在している。

 

 ──────確かな『肉体』と希薄な『精神』と『魂』を持つ妹。

 ──────確かな『魂』を持つが『肉体』が妹のモノである兄。

 

 それ故、『実幸』という『一人』のマスターは『肉体』『精神』『魂』のバランスが著しく悪くなっている。

 

 ──────そのアンバランスな『一人』を『二人』にすることで安定化を図る。

 

 最も正しい解決法は『肉体』をもう一つ作る事である。

 だが、この方法では幾つかの問題が発生する。

 兄の『肉体』の情報がない事。『精神』と『魂』の分化が完全には出来ない事。仮に分化出来たところで、妹の『精神』と『魂』が活性化出来ない事である。

 

 その解決策として、意識の底で眠りについている妹の『精神』を呼び覚まし『魂』を活性化させる。

 混ざり合っている『精神』と『魂』に刺激を与え、安定化させる。

 一人の『肉体』に二人の『魂』、そして二つを結ぶ二人の『精神』が同居させる。二重人格、と言うと分かりやすいだろうか。

 

 それに必要なのは、『実幸』の『肉体』『精神』『魂』に刺激を与える事。

 趣味と実益を兼ねた今朝の情事。アリーナの探索での魔力消費。兄妹では勝手の違う料理。

 そして、神殿の作成により『美幸』に介入。眠っていた妹を呼び起こす──────!

 

 

 

 向き合う二人。

 マイルームに月明かりが入り込む。

 

「すごいのね、キャスター。僅かに反応しただけの私を起こすなんて」

「私は巫女ですから、精神や霊魂の扱いに掛けては長けているのですよ」

 

 僅かに棘が──────警戒があり、皮肉げな美幸。

 それらを無視し、豊かな胸を自慢げに張るキャスター。

 

「……その仕草は嫌がらせのつもりかしら?」

「どうでしょうか」

 

 含みのある笑みを見せるキャスター。

 改めて不満げな表情で返す、本来の実幸。

 

「──────それで、どういうつもりなの」

「何がですか?」

「トボケないで」

 

 沈黙に負けた実幸が切りだす。

 

「答えてキャスター。どうして私を──────体の底で眠っていた、本来起きることのない私を起こしたの」

「どうして、とは」

「なんで、このタイミングで無理やり起こしたのかを聞いているのよ」

「貴女のお兄さんが、向き合うと決めたからですよ」

「──────っ」

「分かっていたでしょう、実幸」

 

 ──────今まで見守り続けていた貴女なら。

 

「黙って消えようとするなんて、私は認めない。貴方たちを守ると決めたのだから」

 

 

 貴女は『実幸』としての行動の全ての記憶を持つけれど、『肉体』が一つしかない以上、お兄さんと会うことは出来ない。

 それだったら、自分の存在に気付かせないほうが良い。

 そして、万が一の事態になった時は自分の意識を身代わりにして、兄の意識を守る──────そうするつもりだったのでしょう。

 事実、私が何もしなくても、しばらくすれば──────四回戦の頃には一時的に意識を乗っ取ることが出来るようになるでしょう。

 だけど、私は貴女も守って見せる。何故なら、私は──────。

 

 

「私はヤマトタケルなのだから」

 

 

「そっか──────貴女もそうだったんだね」

 

「私に、ヤマトタケルに任せてください。必ず──────必ず、貴方たちを守り抜いてみせます」

 

「うん。それじゃ、お願いね」

 

 

 

 この夜、本来の主従が邂逅を果たした。

 

 ──────この会話を『彼』の意識が知ることはない。

 

 

 

「ところで、この後はどうなるの?」

「貴女の意識が眠りに落ちる。或いは眠っているお兄さんの意識が目覚めると共に、体の主導権が移るはずです」

「そっか、それなら安心だね」

「ええ。それと、まだ貴女は覚醒しきっていないので、現時点ではここ──────私が神殿と定めたマイルームでしか体の主導権を得ることは出来ません」

 

「なるほど、祭壇を作って儀式として降ろす方が安全、という事ね。それに加えて、模擬戦ならともかく、ルールなしの戦闘では私よりお兄ちゃんの方が圧倒的に強い以上、私は出しゃばらないほうが良い。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()戦う貴女と同じように、高い出力を持った私の『肉体』で高い状況判断能力と知識、殺人・暴力に対する耐性を持つお兄ちゃんの『精神』に戦ってもらうほうが良いからね」

 

「そのように考える方が前向きで良いですね。今後も継続的に貴女の『精神』と『魂』を起こすことで、『貴女の肉体』と『貴女の精神』『貴女の魂』。そして『貴女の肉体』と『お兄さんの精神』『お兄さんの魂』の結びつきを強化します」

「そういう計画も兼ねていたのね。確かに、今みたいに『肉体』『精神』『魂』のバランスが崩れたままじゃ問題がある」

「ええ。このまま放置していても、時間経過で安定はしたでしょうが、時間が掛かり過ぎると考えられます」

「そこまで考えていたなら、不満は取り下げるわ。お兄様──────お兄ちゃんをお願い。あの人は誰にも負けないけど、誰よりも傷つきやすいから」

「任されました。貴女のお兄さんと貴女を守りましょう。安心してください──────貴女の後悔は繰り返させませんから」

「そう、安心したわ──────ありがとうヤマトタケル。優しい英雄さん」

 

 

  †

 

 

「久しぶりにお兄ちゃんの料理を食べれらた事には感謝するけど、一つだけ文句を言ってもいいかしら?」

「何ですか?」

「私に無断でお兄ちゃんを玩ばないでくれるかしら?私の『肉体』が女子同士の経験が豊富だとは言え、お兄ちゃんにとっては初体験なんだから、少しは加減して欲しいものです」

「むぅ……善処しましょう。所で、貴女の『肉体』をお兄さんが使っている事についてはどのように思いますか?」

「その言い方は、不満に思っている、と感じているのかしら。むしろ、喜ばしい事に思えるわ。だって──────

 

 だって、私の中にお兄ちゃんがいるのよ!私の『肉体』に依存して、振り回されて、溺れかけている。たまらない───本っ当にたまらないわ!私なしでは存在することが出来ないお兄ちゃん!お兄ちゃんがいなければ存在していない私!究極の共依存!

 いい機会だから話してしまいましょう。キャスター、貴女と同じように、私も巫女なのよ。正確にはちょっと違うけどね。お兄ちゃんと私は由緒ある神社を管理している一族の分家に産まれた。これだけだったら、本家とは全く関係のない人生を送ったのだろうけど──────本家のクズども曰く、私にはずば抜けた才能があったらしいのよ。望んでない才能のせいで干渉されて、生活をメチャクチャにされた。アイツらは、私に経験と修行を積ませて優れた霊媒に仕立て上げた後、本家の適当な男と子供を作らせようとしたのよ。その前に傷とか余計な醜聞が付いたらいけないからって余計な干渉をしてきたわ。私は優秀な子孫を作るための道具であれば良いからって、行動を制限されたり、周囲から隔離された女子校に入学させたりしたわ。ああ──────思い出しただけで、本ッ当に腹立つ!

 そんな中、お兄ちゃんだけは違ったわ。両親すら迂闊に手を出せない──────まぁ、陰でお兄ちゃんを支援していたらしいけど、表立っては行動できなかったのに、お兄ちゃんは大々的に行動してた。

 大きな災害があったせいで世界的に犯罪が増加していた時代だったから、日本中に自警団が出来ていたんだけど、お兄ちゃんは中学生の時点で地域の自警団をまとめ上げていたわ。それを利用して、本家のクズを監視していた。クズどもの中で出世争いに焦った最底辺なグズ・オブ・クズが私を攫った事があってね。私を助けに来た時のお兄ちゃんはまるで──────いいえ、正に王子様だったわ!単身乗り込んで、十人はいた護衛を瞬く間に無力化して、首謀者を文字通り不能にした。私を抱きしめて、「怖い思いをさせて済まない」って耳元に囁かれた時。ああ、今でも心が高鳴るわ。いいえ、時を経るにつれ興奮が増していくわ。多くの事を諦めて、自制を心掛けていた当時の私ですら、感極まって唇を奪ってしまったわ。近親相姦?禁断の愛?知らないわ。むしろそそるというモノよ。ああ、ファーストキスの時のお兄ちゃんの初心な反応、可愛かったなぁ。上目遣いに涙目で「上書きして」っ意地悪くお願いして、抱きしめたままで色んな所を撫でさせたり、耳元でひたすら「可愛い」って囁かせたり、卑猥な事を言わせたりした事は悪かったと思うけど、その時のお兄ちゃんが顔を真っ赤にしてて──────あぁ、いい笑顔(グッドスマイル)

 その一件以来、基本的に男子禁制なはずの私の学校によく来てくれるようになったわ。その事は嬉しかったのだけれども、女子校にイケメンが来たらどうなるか何て言うまでも無いでしょう。高身長で細身ながら筋肉質。線の細い見た目でありながら、抜群の身体能力を持つ。狙わない女子はいないと言っても過言じゃないわ。お兄ちゃんを狙う女子を追い払うのは苦労した。最終的には女の子にしか興味が持てないようにした娘もいたかしら?あの娘たちには悪い事をしたかもしれないけど、女子校だもの女子の同士の経験ぐらいどうってことないわよね。

 おっと、閑話休題。お兄ちゃんの魅力を布教しなくてわ。

 そうだ、さっきお兄ちゃんが私の事を過大評価していたけど、私よりもお兄ちゃんの方が凄いからね。例えば、私が日本刀で落ちる木の葉を切れるって言ってたけど、お兄ちゃんは強化した拳で爆裂させることが出来るわ。魔力量では私の方が上だけど、頑丈さと丁寧さではお兄ちゃんが圧倒的だったわ。あの災害の後、世界中で大源(オド)が急速に枯渇していったけど、小源(マナ)のみを使って体内に作用させる類の魔術なら使う事は出来た。強化魔術はその最たるもの。神道に関わるものとして、自身の体を作り替えることに特化していた私たちの一族の得意とする魔術だった。まぁ厳密には魔術とは違うけど。お兄ちゃんの身体能力は誰よりも大雑把で豪快なように思えるけど、本質は緻密で繊細なコントロールの下に成り立っている。私は生来持っていた才能に頼っていたけど、それがなかったお兄ちゃんは独力でそれを身に着けた。私の体は自己治癒力も優れていたけど、お兄ちゃんの体にはそういうモノはなかった。だから、無茶な魔術行使で傷つきながらも手探りで自らを鍛え上げた。結果として、強固な肉体を手にした。

 そう、そのお兄ちゃんが、私の華奢な体に入っている!これほど興奮することはあるかしら?

 優れた才能を持っていて、十分鍛え上げたとしても、押し倒されたりでもしたら抗う術はないわ。そんな体に、誰よりも強固な肉体を持っていたお兄ちゃんが入っているのよ。このギャップだけでも興奮するのに、お兄ちゃんは私の体を守ろうとして必死に戦っている。その上に、自身のサーヴァントに鳴かされている──────。何?何なの?どこまで私を興奮させれば気が済むの?

 しまった、お兄ちゃんを玩ぶのを自制してもらおうと思ったのに、結論が真逆になってしまったわ。

 まぁ、良いわ。お兄ちゃんを可愛がるな、とは言わないけど段階を踏んで欲しいわ。

 私が知る男はお兄ちゃんだけで良いし、お兄ちゃんが知る女も私だけでいいけど、今の状況は私の体を知ってもらうのには最適の状況。本当は私の体になったお兄ちゃんを私が直接可愛がってあげたいけど、貴方で妥協するわ。とても、とても不本意だけど、お兄ちゃんを可愛がってあげてくださいね。

 貴女とはいい関係を築けそうだけど、お兄ちゃんを貴女にあげたワケじゃないんだからね。勘違いしないでくださいね。

 

「なろほど、そこまで(こっそり録画してしまうほど)語れるような素敵なお兄さんだったのですね。ところで、女子同士の経験が豊富と言っていましたが、それは私への挑戦と受け取っても構いませんか?」

「どうしてその結論に至ったのかしら?でも──────ええ、構わないわ。規則の厳しい女子校に通わさせられたせいで、お兄ちゃんと一緒の学校に通えなかった私の──────お兄ちゃんと私の学校内での禁断の恋が出来なかった逆恨みをぶつけさせてもらおうかしら?」

 

 

  †

 

 

 ──────。

 

「酷い目に遭ったわ」

「私は楽しかったですよ」

 

 月明かりの下、抱きしめ合った二人の少女は話し合う。

 月光が裸体を照らし、真珠を思わせるような光を纏う。

 

「年季の差か……」

「悔しがり方が可愛いですね」

 

 不満げな声───鳴いている時も可愛らしかったですよ───刹那で掻き消える。

 

 

 貴女は少ししゃべり過ぎましたね。戦う前に、弱点を喋ってどうするのですか?

 余計な話は、終わった後に話すのですよ。

 ああ、その悔しげな表情。真っ赤に上気しながらも存在感が変わらない、声を我慢する強情な紅い唇。湿り気を帯びた薄桜の肌に涙に揺らめく星空の瞳。貴女は──────いえ、貴女たちは本当に可愛らしい。

 

 

「あのサーヴァントには負けないでね」

 

 静寂が続いた後、呟くように。

 

「嫌な感じがする。アイツは侵略者。もし負けたら死ぬよりも酷い目に遭わされる」

 

 自分が行った事が現実になってしまう恐怖を感じ、抱きしめる力を強くする。

 直後、抱えていた不安を感じることが出来なくなり、抱きしめる力が一瞬強くなり、抜ける。

 

「当たり前です。私はヤマトタケル──────侵略者を倒し続けた侵略者。侵略者として負けた事は一度もありません」

 

 腕の中で、脱力する少女に言い聞かせる。

 

「そう、私はヤマトタケルなのですから」

 

 言い聞かせている、と思い込んでいる相手が意識を失っている事には気付かなかった。

 

 

  †

 

 

 温かい微睡みの中、穏やかに意識が戻る。

 

 そして──────明らかな違和感。

 体温と湿り気、そして微かな風を肌で──────全身で直接感じる。

 これは、誰かに抱き締められている──────いや抱き合っている?

 誰が、という疑問に意味はない。正直、目を開けるのが怖いが、このままでいるわけにはいかない。

 

 目を開く──────肌色。谷間。

 

 ……………………。

 互いに全裸。全裸で抱き合っていた。

 

「おや?起きましたか実幸。ふふ、昨日はお楽しみでしたね」

 

 やっぱり、令呪を使うか。

 

 

「穢された……。自分のせいで色を知らない無垢な妹の体を穢された……!」

「いえ、その体、男は知らないようですけど女の子同士は知っていたようですよ」

「余計な醜聞を嫌った本家のクズどもが、閉鎖的な女子校に入れたのが原因か……」

「何方かと言うと、鳴かせてきた側のように思います。弱点を知られなければほぼ一方的だったでしょうね」

「…………知りたくなかった」

 

 

「着替えに慣れてしまったのですね……」

「着替えではないけどな」

「揚げ足を取らないでくださいよぅ。まぁ確かに、脱いでから着る事と全裸から着ることは精神的な負担が段違いですね」

「そういう事。でも、慣れた事は──────勝手が分かったのは確かだよ。美幸の通っていた女子校の制服がセーラー服だったからかな。体が──────いや、『肉体』が覚えていた、とでも言うべきか」

「文字通り手取り足取り世話をしようと思っていたのに……」

「れっ、令呪ぅ──────」

「おやぁ、私の作り上げた神殿の中で令呪が効力を発揮するとでも?」

「──────なん、だと」

「しまった……ぐっちょぐちょにして、朦朧とている意識の中、最後の綱として震える声で令呪を使おうとした時に令呪が使えない事を突き付けて、その絶望で堕とそうと思ったのに」

「…………………………………………」

「ああっ、ごめんなさい!謝る。謝りますから、絶望して無言で泣かないでください──────!」

 

 

 

 一回戦二日目07:30──────。

 

「何だかんだで優しいですよね。実幸」

「半ば諦めたんだよ。お前が見境なく女子を襲うレズビアンでも、テロリストよりはマシだよ」

 

 白米。味噌汁。焼き魚。卵焼き。ほうれん草のお浸し。

 ちゃぶ台を挟んだ二人の「いただきます」が唱和する。

 

「今日の予定はどうしますか、美幸?」

「それは朝ご飯を食べ終ってからで。ご飯の時くらいはのんびりしたいんだ。他愛のない事を話したりして、団欒を楽しみたい」

「それもそうですね。ご飯は美味しく食べなければ」

「全くだ。序に言うのならば、時間を掛けて落ち着いて食べられるのなら、それに越したことは無いんだけどな」

「時間の取れない場合もありますからね。──────さて、他愛のない事。他愛のない事……」

「んー。いや、悩むことじゃないんだがな──────」

 

 

 きっちん?についてですが、試作品がもう少しで完成しそうです。

 マーベラス。流石はキャスター。頼もしすぎる。

 そうでしょうとも!もっと褒めてください。

 君の為に、毎日ご飯を作ってあげよう。

 それって殺し文句じゃないですかー!

 ええい、抱きつくな。うっとおしい。

 そ、そんな……あれほど情熱的に愛を囁いたあの夜は一体どこへ──────。

 

 今してる髪留めを基に、新しい礼装を作ってもいいですか?

 髪留め?ああ、ヘアゴムか。身近な物だからむしろ助かる。

 今の髪型、ぽにーてーる?が可愛いので、それを活かすようなモノにしたいですね。

 あー……これか。料理中は髪が邪魔でな。ホコリの心配もあるけど、綺麗な髪だから痛めたくなくてな。

 とても魅力的ですよ。特に、白いうなじが──────おっと。

 やっぱ却下で。どうしても作るのならカチューシャとかで。

 そんな殺生な──────。

 

 

 

「さて、今後の予定を考えましょうか」

「それに関しては同意だが、オレを膝に座らせようとするんじゃない」

 

 朝食の片付けが終わり、緑茶と湯呑を用意。

 キャスターを振り切って、二つの湯呑が並ぶちゃぶ台を挟んで話し合う。

 

「さて、先ずは敵サーヴァントの情報を順番に整理しよう──────」

 

 

 アリーナに入った直後の大量の弓矢による奇襲。

 此方の使い魔(神性を帯びた狼)を怯えさせるような咆哮。

 使い魔を全滅させた、相手方の大量の兵士(使い魔?)。

 日本神話以外の神性を帯び、アリーナを占領する侵略者、という情報。

 

 

「こんな感じだな。重要なキーワードは侵略者だな」

「そうですね。アリーナを侵略する、という能力は私の剣で打ち消せますが、警戒が必要でしょう」

「だろうな。アリーナを侵略する事に注目するのではなく、侵略してどうするのか、という事を考えた方が良いだろう」

「侵略した後にする事──────統治、略奪。当たりでしょうか」

「多分正解。恐らくは、大量の兵士を召喚した事や、大量の弓矢での奇襲もこのキーワードに帰結すると思う」

「侵略者、という糸口から正体を探るべきですね」

「多分、それが一番の近道だろうな。だけど、もう一つだけ」

「何でしょうか?」

「アイツが侵略するのはアリーナだけなのか、という疑問がある」

「それはどういう事でしょうか?」

「何かしら条件があるとは思うが、スキルや宝具を奪うことが出来る、何てなったら最悪だろう」

「──────それは」

「最悪の事を考えて、想定しておく価値はあるだろう」

「そう、ですね」

「ただ、警戒しすぎて負けるのは本末転倒だから、警戒しすぎないようにね」

「…………難しい事を要求しますね」

 

 

「ところで、クラスの推定は出来ますか?」

「まだ無理──────だが、少なくともセイバーとランサーは除外していい」

「そうなのですか?少なくとも彼や兵士たちは曲刀を持っていましたしよ」

「あの剣は馬上で振るう事に特化している。仮にセイバーだったとしても必ず馬を持っているだろう。馬に乗っているのならば、取るべき対策はライダーと変わらない」

「そういうモノなのですか?」

「というより──────

 

 あの曲刀ではセイバーで呼ばれるのは不自然。

 その性質は騎馬による機動力を生かす類のモノで、性質は地上戦でも使える日本刀ではなく騎乗剣(ロングソード)に近い。というより、騎乗剣(ロングソード)よりも騎乗性を高めたモノ。

 

「まぁ、着ている服からして、多分遊牧民だろう。遊牧民ならば、大方ライダーだろう。次点でキャスター。アーチャー、アサシン、バーサーカーに関しては未知数って感じかな?」

「という事は、ライダーと考えるべきでしょうか?」

「いや、正直まだ分からない」

「まぁ、そうですよね」

「今のところはセイバーでもランサーでもない、とだけ。そうだな、差し当たってはアーチャーとしておこうか」

「アーチャー、ですか……。まぁ、それで」

「名前を付けることは大切だ、正体不明よりは恐怖心を抑えられる」

「そうですか。暫定的、としているので違っても心理的なショックが抑えられる、という訳ですね」

「そういう事。ついでにだけど、アイツの──────アーチャーの剣については、馬に乗ってなければそこまで警戒は不要だろう」

「まぁ、馬に乗る事が前提、と言ってましたからね」

「そういう事。馬に乗るという事は圧倒的な機動力と高さを得る。そのアドバンテージの代わりに行動を制限される。だからこそ、騎乗に特化した剣が産まれたのだ。そして、武器を警戒するのならば、第一に弓だ。あそこまで弓を大々的に使うのならば、剣技の方はそこまで警戒しなくても構わないだろう」

 

 

「さて、最後に残った情報──────日本神話以外の神性、について考えよう」

「使い魔たちを怯えさせた、アーチャーが放った咆哮についても日本神話以外の神性に由来する神秘が影響しています」

「だろうな。咆哮という攻撃方法を執った以上、その咆哮が天候に由来する類の物であっても、その神性は何かしらの獣に由来するだろう」

「例えば、獅子や豹、羊や山羊、猪や熊──────そして、狼」

 

 

 

「現時点で真名について大まかな見当がついている」

 

 だが、と区切り──────

 

「だが、万が一の可能性がある。あらゆる可能性を考慮すべきだろう」

「そうでしょうね。私たちが真名を伝えながらもクラスを偽って伝えているように、相手も渡すべき情報を選んでいる可能性もないとは言えない」

「同感だ。俺たちがアーチャーとしているが、本当はランサーだった、という可能性も無いワケじゃないだろうしな」

「あり得ますね。剣と弓のみを使っているのはランサーだと思わせない為だとか」

「だったら恐ろしいな。仮にランサーじゃなくて、俺たちが本命と見ているライダーだったとしても、馬上槍を持っている可能性もなくはないだろうしな」

「可能性が無いワケじゃありませんからね」

「そうだな……じゃぁ、クラス以外の情報である、遊牧民かつ侵略者、獣に関わる神性から、仮称アーチャーについて考えていこうか。ただし、今持っている情報のうち幾つかが罠である、という仮定の下で、露骨すぎる者は除いていこう」

「そうですね。本命については言うまでも無いでしょうからね」

 

 

 例えば、獅子心王リチャード一世。

 生涯の多くを戦闘に費やした中世のイングランド王。

 即位する前は数多くの冒険に明け暮れ、即位した後は第三次十字軍を指揮した。

 

 侵略者かつ獅子という呼称には相応しいですが、遊牧民と神性についてが薄いですね。

 

 そこはブラフの可能性がある。

 リチャード一世はアーサー王の大ファンで仮装していた、という逸話がある。

 そこから、仮想する宝具やスキルを持っている可能性がある。あるいは、あの格好がアーサー王のコスプレの可能性もある。

 

 

 薪に由来する不死身の肉体を持つ。神獣を殺し、ホロホロ鳥の学名(Numida meleagris)にその名を残す。

 栄光と失墜、武勇と好色を体現した英雄らしい英雄。ギリシャ神話における七大英雄の一角、メレアグロス。

 

 狼を聖獣とする軍神アレスに由来する神性。

 見方によっては侵略者の一行であるアルゴナウタイの一人。

 

 槍の逸話が余りに有名だが、戦争の象徴である剣を持っているのは不自然ではないし、カリュドーンの猪狩りの時に英雄を指揮し、英雄たちの中には有名なアタランテを始めとした弓使いだって多いはずだ。

 

 

「まぁ、こんなところだろうか?」

「でしょうね。あくまで推測ですが──────チンギス・カンですね」

「え、アッティラじゃないの?」

「──────はい?」

「おや?」

 

 

 チンギス・カン。

 人類史上最大版図を持つ大帝国・元の基礎を作り上げたモンゴル帝国初代皇帝。

 一代で遊牧民族をまとめ上げた最も有名な君主(ハン)──────当時の世界人口の半数以上が彼に従った最高の侵略者。

 何より、チンギス・カンの遠祖は天命を受けて地上に降り立った蒼き狼──────ボルテ・チノと言われており、チンギス・カンはその化身であるとされている。

 

 

 アッティラ。

 遊牧民族であるフン族の王。中世ドイツの叙事詩ではエッツェルとも呼ばれる。

 キリスト教徒からは『神の鞭』などと恐れられた統治者──────西方世界の大王を名乗るに至った最高の侵略者。

 何より、アッティラは──────

 

 

 

「何より、アッティラは──────うグぁッッ」

「キャスターッ!?」

「いえ、大丈夫です。原因不明の寒気と頭痛がしただけなので」

「そ、そうか……。それを大丈夫と言うのか?」

「ええ、取り敢えずは収まったので。心配してくれてありがとうございました」

「分かった。だが、無茶はしないように。君に何かあったら困る」

「君が居なくなったら生きていけない、と言って欲しいものです」

 

 緊迫した空気が和む。

 互いの湯呑が空になっている事に気づき、新しく入れ直す。

 

「何方にしても、神性に対する武器があると便利だな」

「アリーナの侵略に手間取るように設置式のトラップも作りましょうか」

「クサナギノツルギ以外に病魔(バーサーカー)の宝具を使えないか?」

「使えなくはないですね……後ほどコードと提供しましょう。言うまでも無く危険なので扱いに注意です」

「まぁそうだろうね……。危険性は兎に角、ありがとう。弾丸に応用して打ち込むかね」

「──────うわ、えげつな……」

「珍しく素が出たな」

 

 真名から対策に。対策から戦法に。

 話題を変えて、根が詰まった話し合いを一度リセットする。

 

 

 アーチャーの特性であるアリーナの占領・侵略については、キャスターの剣で解除すること外できる。

 だが、アーチャーは俺たちが居なくなった後に、再びアリーナの土地を宝具、あるいはスキルで上書きすればいい。

 つまり、必ず後攻が勝つ陣取りゲームのような物だ。

 それならば、日付が変わってアリーナに入る時間が更新される直前に入るべきであり、当然、このことは相手も熟知しているだろう。

 ここで、アーチャーがキャスターの宝具の威力を知っている事が効果を持つ。

 あの粛清宝具ならば、特殊な防御方法によって対抗する来ない相手であれば問答無用で焼き尽くすことが出来る。従って、アリーナに入る時間が被る事は避けようと思うはずだ。

 だから、時間が同じでも鉢合わせをする可能性が下がる──────つまり、アリーナの二階層が開放されるまで戦局は動かないだろう。

 

 

「──────という訳で、恐らくだが、次にアイツと相まみえるのは四日目以降──────より正確には五日目だろう。十分時間があるだろうから罠や武器を作る時間は十分ある。神性を持っている相手には効果が劇的に増す病魔──────バーサーカー以外に、使えるクラスはないか?」

「そうですね……まだ一回戦なので贄を捧げられないので真名の開放は出来ませんが──────

 

 初めに食らった奇襲を再現することが出来る梓弓(アーチャー)

 身に纏った物の気配を遮断することが出来る衣装(アサシン)

 一時的に自分の身代わり(デコイ)を作ることが出来る宝槍(ランサー)

 

 ──────どれも使い方次第かと。現状ではもう少し情報を集めたいので、今まで通りの神狼(ライダー)が一何使いやすいかと」

 

 そして、話題はヤマトタケルという英雄に変わる。

 

 

 

 ヤマトタケル。

 一般的に日本武尊と書かれる日本神話に登場する大英雄。

 東征・征西を成し遂げ古代日本の基礎を築いた──────日本における神代を終わらせるに至った。

 成し遂げた偉業から、皇族としてだけではなく、彼個人が戦神や軍神として神格視される。

 また、逸話が非常に多く、特に有名な霊剣(セイバー)衣装(アサシン)病魔(バーサーカー)。それ以外にも神狼(ライダー)に、梓弓(アーチャー)宝槍(ランサー)──────このように、キャスター以外の全てに対応する逸話が無数にある。

 しかし、キャスターとして召喚された場合のみ、全く異なる説を採用する。

 即ち──────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ヤマトタケルの表記に一貫性がない事や日本書紀と古事記の内容の食い違いなどからこの説が有力視されることもある。

 これにより、キャスターとえしてのヤマトタケルは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 この特殊な召喚形式により、キャスターはキャスター以外の6クラスの宝具を保有し、常時発動させることが出来る。初めはセイバー以外のクラスの宝具の真名を開放することは出来ないが、倒したサーヴァントを贄として捧げることで相手に対応するクラスの宝具の真名を開放することが出来るようになる。

 

 

 ──────のだとキャスターは説明した。

 

 

 

「なるほど、一人の英雄に紐づけられた宝具にのみ特化した召喚術師、ということか」

「ええ、そういう事です。キャスター故にステータスが低いですが、初めからセイバーとしての宝具の真名を開放することが出来る事から示されるように、この剣の使い方については任せてください」

「それは頼もしいな。ただの巫女さんではない所を見せて貰おう」

「お任せください。何しろこの剣の管理をして──────」

「キャスター?」

「いえ、何でもありません。実幸、貴女は大英雄ヤマトタケルの輝かしい功績に目を輝かせていればいいのです」

「…………。それもそうだな──────」

 

 変装や迎え火などの計略に長けており、軍勢の指揮をすることも出来た。大和王権の版図を大きく広げ、高い神性を持ち、自然災害に紐付けられる剣を持ち──────

 

「──────なあ、キャスター」

「…………なん、でしょうか?」

「もしかして、アーチャーの正体って」

 

 

「──────やめてください

 

 

 深く、静かで。光の見えない──────海の底。

 

 

「──────ッ!悪い。根拠の薄い事を言った」

「仮に、ヤマトタケルが対戦相手ならば分からない筈がありません。例え、変装の宝具を使っていようと変装の宝具の気配を感じることが出来ます」

「そうか。それならば、安心だ」

「ええ、その通りです。取り乱してしまい申し訳ありません。──────ですが、同じ話題が出た時は令呪を一角削ってもらう事になります。」

「──────分かった。厳守しよう」

 

 ……………。

 

 よし、保健室に行こう。

 良いですね!両手に花と洒落込みましょう!

 そうだな、両手に花だな。

 

 

 今まで見た事のない激情を目の当たりにした主人(マスター)──────。

 今まで目を逸らしていた懸念をぶつけられた従者(サーヴァント)──────。

 

 最悪の可能性を忘れるように保健室に駆け込むことにする主従。

 この話題が早い時期にマイルームで起こったことで、二人の関係が致命的に拗れることは無かった。

 

 予想通り、彼らがアーチャー(と仮称するサーヴァント)と邂逅するのは五日目となる。

 そこまでの時間で、二人の主従の関係は辛うじて修復することが出来たのだった。

 

 

  †

 

 

「やはり参戦していたか黒天使(デュマ)──────ヴォルフガング・デュマ・ハーウェイ」

 

 対峙する二組の主従。

 アリーナでも校舎でもなく。

 そもそも、この二組は対戦相手ではない。

 

「参加しない筈がないだろう。改めて確信したが──────聖杯は西欧財閥が、ハーウェイが管理すべきものだ」

 

 漆黒の男──────西欧財閥の暗殺者デュマは応じる。

 

 この空間はハーウェイのスーパーコンピューターのバックアップにより、ムーンセルのシステムにハッキングを行う事で成立している。

 

 同じ名を持つ天使の名から黒天使(デュマ)と呼ばれ、レジスタンスから危険視されている暗殺者。

 対峙するマスターは輝きを持つ者。暗闇に生きる暗殺者とは対極に位置する選ばれた者。

 

「頼む、ランサー」

「応よ」

 

 呼び出しに応じるは黄金。

 青銅の短槍と軽鎧、紅蓮の短髪と相貌。そして、稲妻のような黄金の気配を放つ偉丈夫。

 

「来い、セイバー」

「了解した」

 

 戦士を従えた、宝石のように煌めく才能を多く持つ貴人──────ルビィは闇夜の暗殺者と彼のサーヴァント、セイバーと邂逅する。

 

 セイバーの持つ剣。

 柄に呪符が巻かれた剣は、明らかに金属製ではなく──────。

 

 

 




 …………いい笑顔(グッドスマイル)
 当該箇所(2000字オーバー)は極めて早口です。ドウシテコウナッタ。


 という訳で5話でした。長くしてしまったと後悔中。
 説明&考察回という事も大きいですが、性癖が暴走してしまった結果です。
 読みづらい個所が多かったと思うので、ここまで読んでいただいたことに多大なる感謝を──────。

 また、見直し用。および混乱を避ける為、以下に纏めさせていただきます。


 キャスターが保有している、セイバーとキャスター以外のヤマトタケルの宝具の一覧。

 一度見た弓での攻撃を再現することが出来る梓弓(アーチャー)
 一時的に自分の身代わり(デコイ)を作ることが出来る宝槍(ランサー)
 眷属である狼を大量に召喚することが出来る神狼(ライダー)
 身に纏った物の気配を遮断することが出来る衣装(アサシン)
 神性を持っている相手には効果が劇的に増す病魔(バーサーカー)

 これ以上の情報はネタバレになるのでご容赦を──────。


 また、真名の予想についても粗が多いのでご注意を──────。


 遊牧民族ならば、大方ライダーだろう。
「……そうか」⇦マルスの剣を持つ遊牧民族の長

 あそこまで弓を大々的に使うのならば、剣技の方はそこまで警戒しなくても構わないだろう。
「……ほう」⇦非才ながらもギリシャ神話最大の英雄からも称賛される剣技を持つに至った弓兵。

 ──────以上、クラス予想より抜粋。聖杯戦争において、先入観は大敵である。



 改めて、ここまで読んでいただいてありがとうございました。
 評価感想──────及び真名予想などをお待ちしています。
 次回更新は何時になるか分かりません。気長にお待ちしていただく事をお願いします。


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