魔法少女まどか☆マギカ異編 <proof of humanity> (石清水テラ)
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開幕 「なんて、絶望的な夢」

真っ暗な道を、走っていた。

 

どことも知れぬ薄暗い建物の廊下を、ただひたすらに走っていた。

 

まるで何かを探すように。

 

何を探しているのか?

 

わからない。

必死に考えてみたが、何も思い出せない。

だからあらゆる思考を振り捨ててただ走り続けた。

  

自分一人分の足音が、廊下に虚しく響いている。

真っ暗な道には、どうやら自分以外誰もいないらしい。

 

一人ぼっちだった。

だから、こんなにも走っているのだろうか。

 

誰かを、探し求めているのだろうか…?

 

記憶の中に、解は無かった。

 

ただ、走る。

暗闇の中で、ひたすらに。

 

 

ふと、遠くの方にぼんやりと光が見えた。

 

暖かな緑色の光。

この建物の非常灯らしい。

 

訳も分からぬまま、そこに手を伸ばす。

 

伸ばした手が、非常口の扉を押し、

 

 

外の世界への道が、開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"―ッ!!_ッッ!!!___ッッ!!!ッッ!!"

 

 

 

 

 

 

 

 

笑い声が、聞こえる。

 

激しい風音と共に。

 

 

「なんだこれ…」

 

外の世界には、地獄があった。

 

そこは、元々どこにでもある都会の街だったのだろう。

だが今は、街全体が嵐に包まれ、夥しい破壊の跡を晒していた。

 

街から人が消え、明かりが消えていた。

ビルが崩れ、アスファルトが刔り取られ、家が潰されていた。

 

それですら、遠くに見える更なる惨状に比べれば、マシな被害なのだろう。

そこでは、土地全体が削り取られ、溢れ返った水の中に没していた。

 

空も暗雲に飲まれ、風が絶え間無く吹き荒れ続けている。

この世の終わり、とでも言うべき光景が目の前に広がっていた。

だが、それでも破壊はあくまでただの破壊でしかない。

 

最たる異常は自分の頭上、この街のはるか上空にある。

 

 

「_ッッッ!!!____ッッ!!_____ッッッッ!!!!」

 

 

空には、狂ったように笑い続ける巨大な人型があった。

 

一見するとそれは、白い縁取りの青いドレスを纏ったような女性の姿に見える。 

 

だが頭部は上半分が切り取られたように存在せず、そこから2本の角か帽子のようなモノが生えている。

そしてスカートの下で足の代わりに蠢く巨大な歯車が、ソレの非人間性を何より物語っていた。

 

「___ッ!!__ッッッ!___ッッッッッ!!!!」

 

それが笑い声を上げる度、嵐が吹き荒れビルが宙に舞う。

こいつが、この地獄の中心であることは明らかだった。

 

圧倒的な力を振るい、世界に災厄を撒き散らす魔物。

人間とは余りに掛け離れているが、怪獣と呼ぶにはいささか人間味があり過ぎる存在。

 

魔女…とでも呼ぶのが相応しいだろうか。

 

その威容を前にして、ただ立ち尽くすことしかできなかった。

 

 

(…!?)

 

その時、崩壊したビルの谷間から、何かが飛び立つのが見えた。

上空の魔女に比べれば、蝿程度の小さな影だ。

 

(…子供…?)

 

人間の、少女だった。

 

長く伸ばした黒髪、まだ未成熟である事を感じさせる華奢な体駆。

 

どう見ても自分とそう変わらない年の女の子。

 

だが、その実彼女は常人離れした脚力で跳躍している。

人の形こそしているが、彼女もまた超常の存在である事は明らかだった。

 

「_ッッ!!_ッッッッッ!!!!」

 

魔女が笑う。

するとその声を合図にしたように、魔女の周囲から燃え盛る火球が放たれた。

 

「な…!?」

 

炎は一直線に少女の方へと向かっていく。

直撃コース。空中にいる少女に回避する術はない。

 

炎は彼女に直撃し、その姿を凄惨な消し炭へと変えるかに思われた。

 

「…っ!!」

 

弾着の瞬間、激しい衝撃音が鳴り響いた。

それと共に、火炎があらぬ方向へと飛び散る。

 

放たれた火球が何かにぶつかり、弾きとばされていた。

 

爆炎を抜けた少女が、再び魔女に肉薄する。

その左腕には、先の攻撃を受け止めたらしい大型の円盤があった。

 

(盾…か?)

 

紫の燐光を放つ円形の盾。

 

それは少女が片腕で保持できるサイズでありながら、直径の何十倍とある火球を防ぎきり、それでいて傷一つ付いていなかった。

 

「_ッッ!!!!__ッッッ!!!!!!」

 

魔女の笑いが絶え間無く響いている。

その猛威はいっそう激しさを増して少女を襲った。

 

嵐が吠え、火が暴れ、瓦礫が飛ぶ。

 

その全てを少女は紙一重で回避し、避け切れぬものを盾で防ぎながら必死に魔女に迫ろうとしている。

 

(戦って…いるのか?)

 

正確には、"戦おうとしている"というのが正しいか。

 

暴虐の限りを尽くす魔女と、それを追跡する少女。

それは、戦いと呼ぶには余りに一方的過ぎる。

 

魔女はこれほどの破壊を行いながら、まだ一度もその歩みを止めていない。

対して少女は攻撃の回避に手間取るばかりで魔女との距離を詰められてはいない。

何より肉薄できたとして、あの巨大な敵を滅ぼし得るだけの力があの小さな影にあるのかどうか。

 

戦力差は絶望的。

 

だというのに少女は無意味な追跡を続けている。

 

まるで何かにせき立てられているかのように、何度も何度も繰り返し続ける。

 

見ていて息苦しくなるような戦いだった。

 

 

少女は愚かしくも諦めない。

だがそれもいずれ限界が訪れる。

 

「_____ッッッッッッ!!!!!!」

 

魔女の笑いが一際高く響く。

 

すると魔女の周囲を浮遊していた高層ビルの残骸が、その身を巨大な砲弾と化して少女に突撃していった。

 

「…っ!?」

 

突如として押し寄せた巨大質量の大群に少女は回避も防御もできず、そのまま叩き付けられた。

射出されたビルは少女を巻き込んだまま頭から地表に突っ込み、激しい破壊音を街に轟かせる。

 

土煙が舞い、地表を嘗めるように滑ってくるのが見えた。

 

「…ごぇふっ…ぐっ…!?」

 

爆風と煙をまともに浴びて、つい呻いてしまう。

それはつまり、それだけ自分の近くに少女が落下した事を意味している。

 

(…)

 

おそらく、即死だろう。

 

あれだけの質量をまともに喰らったのだ。彼女がどれだけ超人的であっても生きているとは考え難い。

 

頭では、そう理解している。

 

「くそっ…!」

 

だというのに、何故だか自分はビルの落下した方へと駆け出してしまっていた。

 

訳も分からぬまま、ただ走る。

何かを探し求めて。

 

 

「____ッッ!_____ッッッ!!_ッッッッッ!!!」

 

魔女の笑いを頭上に感じながら、崩壊した街を駆け抜けた。

 

通り過ぎる景色はどこも魔女の猛威により、破壊の跡を刻みこまれている。

 

「なんだよこれ…」

 

なんなんだ。

この世界はなんなんだ。

 

走りながら、すれ違う廃墟を見て一人毒づいた。

 

街が壊れ、人が消え、魔女が嗤い、少女が死ぬのを見た。

現実というのは、こんなにも残酷なものだったか?

 

まるで生き地獄じゃないのか。

 

ひどく理不尽なモノを見せつけられいる、と感じた。

 

こんなのは、絶対におかしい。

強く、そう思う。

 

 

 

「むっ…」

 

周囲の土煙が濃くなってきたのを感じて息を潜める。

 

目の前に逆さで突き刺さった高層ビルが、その破片と瓦礫をぶちまけているのが見えた。

 

少女の落下地点はこの辺りの筈だ。

 

だが、この様子では…。

 

「…おいっ!誰か…!」

 

瓦礫の山を踏み越えながら、周囲に呼びかけてみる。

放った叫びは虚しく響くだけで、応える者は見当たらない。

 

「誰か…いないのかっ!?」

 

闇雲に瓦礫をひっくり返し、少女の姿を探す。

 

やはり、こんな大破壊の真っ只中で生きていられる訳はないのか。

 

「おいっ!…誰かいな…」

 

最悪の想像が頭を過ぎったその時、

轟音と共に、瓦礫の山が崩れ、何かが大地から飛び出した。

 

なびく黒髪、モノトーンの衣装。

 

身体の節々に傷を負い、その可憐な服を泥と血で汚しながらも、少女は生きてそこに在った。

 

その手にした盾も猛攻の前に少しばかり傷付き欠けていたが、変わらず鈍い輝きを放ち続けている。

 

「あっ…」

 

衝撃から覚め、彼女に何か呼び掛けようとした時にはもう遅かった。

少女は自分には目もくれず、再び魔女の元へと駆けて行く。

きっと、俺が此処にいた事すら気付いていまい。

 

恐らく彼女はまたあの猛威に立ち向かうつもりだ。

 

傷付き、ズタボロにされても諦めず、敵わない事がわかっている相手に、尚挑み続けるのだろう。

 

 

そんな愚かしく無駄な抵抗を続ける彼女の姿が、

 

俺の目には何故か、とても尊いもののように映った。

 

 

 

「__ッッ!!!!__ッッッッ!!_ッ!!!」

 

魔女が笑いを再開する。

それが攻撃の合図なのだろう。

宙に巻き上げられたビルが猛烈な加速を受けて再び突撃を始めた。

  

「うわっ…!」

 

自分の周囲で立て続けに爆発が起きた。

当然と言えば当然だ。

 

頭上の魔女は少女を標的と定めているのだから、その少女に近付けばその攻撃に巻き込まれる事は必至だろう。

 

完全なる自業自得。笑い話にもなりはしない。

 

「…マズっ…!?」

  

視界の端、こちらに向かって一直線に射出されるビルが見えた。

 

どう見ても直撃必至。今からどれだけ走ろうとも、その破壊から逃れる事は不可能だろう。

 

あっ、死んだな…。

 

そう思った時にはもう、自分の身体は降り注ぐ破片と暴風に叩き潰され、塵芥の如く吹き飛んでいた。

 

耳の奥で破裂音が木霊する。

 

瓦礫の山にその身を打ち付けられ、言葉通り身を裂くような激痛に悲鳴すら上げられない。

 

「…ぁ…っ!…がっ…!…」

 

視界が明滅し、音が弾ける。

身体が焼ける様に熱い。いや、段々冷えて来ている?

魔女の笑いがやかましい。

流れる血が止まらず、ひしゃげた肉体が痛みの信号を断続的に送り続けている。

 

「…ぁ…ぐっ…!…」

 

…死ぬ?

 

身体から生命が零れ落ちるのを感じながら、ぼんやりとした意識で呟いた。

 

本当に、こんな所で終わるのか?

まだ何もしていないのに?

 

自分が何かすら分かっていないのに?

 

ああ、それはなんて、絶望…。

 

「__ッ!___ッッ!!__ッッッッ!!!_ッッッ!!!」

 

意識が遠のき、身体の感覚が失われる中、魔女の叫びだけが耳にこびりついて離れない。

その笑い声を最後の感覚として、意識が断絶し、ゆっくりと絶望の海へと落ちていく。

 

そうして俺は、どこの誰にもなれないまま終わりを迎えた。

 

そうなる筈だった。

 

 

「____だれか、そこにいるの!?」

 

 

張り裂けそうな、誰かの悲痛な叫びが聞こえた。

 

「…ぁ…ぇ…っ…?」

 

その声に途切れかけた意識が呼び覚まされ、身体の感覚をわずかながら取り戻される。

 

激痛に顔をしかめながら頭を上げると、ぼやけた視界の中、小柄な人影が瓦礫山の向こうに見えた。

 

その子は何事か叫びながら、おぼつかない足取りで瓦礫を乗り越えこちらに向かってくる。

 

女…の子?

 

さっきの黒い少女とは違う女の子。

あの少女と同じくらいに見えるが、彼女と違って、その子は髪を二つ結びにしている。

 

身長も少し低めだろうか。

霞んだ視界では細部まで確認できないが、黒い少女のような特殊な衣装や装備は持っていないらしい。

 

着ているのはどこかの学生服のようだ。

 

あれ、どこか見覚えがあるような…?

 

「__の人…!_丈夫!?_ま助け_!」

 

何を言っているのか、うまく聞き取れない。

 

中途半端に再接続された聴覚はノイズだらけで、聞こえてくる音も途切れ途切れだ。

 

少女が自分の目の前までたどり着く。

 

「…っ!_んな…__酷い…っ!」

 

彼女が息を呑んだのが分かる。

 

今の自分の無惨な有様を直視したのだろう。

無理も無い。

 

全身をボロ雑巾のように引き裂かれ。足や腕が轢かれた蛙のように潰れている状態なのだ。

これを見て顔をしかめない方がどうかしている。

 

「_い変…_やく病院に…!」

 

少女は今にも泣きだしそうな声で俺の事を心配し、必死に助けようとしてくれている。

 

ああ、この子は良い奴だ。と見ていて思った。

 

もう手遅れな事ぐらい見れば分かるだろうに、彼女はこの地獄の中でも逃げ出さず、こんな見ず知らずの人間を救い出そうとしているのだ。

 

だからこそ、これ以上は巻き込めない。

 

魔女の進行方向がこちらに向いている以上、ここに留まれば少女もその攻撃に晒される事は間違いない。

 

「…も…い…っ…に、げ…っ!」

 

発した言葉は声にならず、少女の耳には届かない。

 

潰れた腕で彼女を押しのけようともしたが、ぺしゃんこの腕はどれほど力を込めても数センチずつしか動かなかった。

 

「__べえ!_の人を助_る方法は無いの!?」

 

不意に、少女が何かに対して話しかけた。

 

誰か他に人がいる?

 

けれど、見渡す限り自分と彼女以外に人は見えず、先程の黒い少女も遠く離れ過ぎて確認できない。

 

一体誰と、と思った矢先に耳元で何かが応えた。

 

 

「_理だろうね。この様_ではあと_分と持たないだろう」

 

 

異常なほどに澄んだ声だった。

同じ人間が発しているとは思えないくらいに。

 

声がした方に視線を動かす。

すると、乱れる視界に何か白い物体が映っているのに気付いた。

 

(白い…小動物?)

 

四足歩行の体駆に、眩しいくらいに白い肌。

フォルムもサイズも猫に良く似ていている。

が、その尾は猫というより犬のように太く長く伸びており、耳も猫のそれとは違い、腕と見紛う程に長い。

 

何より、人の言語を操る猫がいるものか。

 

こいつは…なんだ?

あれ、これもどこかで…?

 

「_んな…、あ_まりだよっ…こ__のってないよ…!」

 

「仕方_いさ。これだけの傷を負って_だ息が続いている事__が奇跡だ。今の僕らに出来る事はせ_ぜい、この__がどれ_け保つか見守る事ぐらいじゃないかな」

 

白い獣は淡々と事実だけを述べていた。

その言葉には一切の熱が篭らず、ただ冷たさだけが満ちている。

ともすれば少女の必死さを嘲笑っている様にも取れる程、無機質が過ぎる声だった。

 

「_れど、もし君がどうしてもこの__を救いたいと思うのなら、」

 

獣の語る声が、少しばかり色を変えた。

 

「心の底からそう願うなら、叶える事はできるよ」

 

ふと、その獣がこちらには見向きもしていない事に気付く。

獣は、傍らの少女にだけその視線を注いでいた。

 

「_れだけ_ない。君が望むなら、あの_ル___スの_を打ち倒す事だって可能だ。この街も_美__らも救う事ができる」

 

獣は少女へ訴え掛けるように言葉を続ける。

まるでどこかへ導こうとするかの如く、少女に何かしらの決断を迫っているようだ。

 

 

「_みなら運命を変えられる。避けようのな_滅びも、嘆きも、すべ_君が覆せばいい」

「そのための力が君_は備わっているんだから」

 

視界が乱れ、音声が歪む。

少女と獣の声が段々遠くなり、次第に光も失われていく。

 

「…ぁ…」

 

ま ずい、意 識が…

 

遠退いていく自我を引き止めようと、闇雲に手を伸ばす。

だが目に映る景色は遠退くばかりで何にも届かない。

 

「_当なの…?」

 

「私なんかで__本当に何かでき_の?こんな_末を変えられる_?」

 

まっ て… くれ…

 

その時、必死に伸ばした手が何か硬いものに触れた。

 

「…ぇ…?」

 

コンクリートやガラス片とは違う、滑らかな感触。

 

触れて見ると、指に鋭い痛みが走った。

どうやら少し尖った形をしているらしい。

 

小さな欠片…何の…?

 

「もちろんさ。だから_」

 

爆音で、獣の声が遮られる。

魔女の嗤いが再び木霊し、街の破壊が一層激しくなるのを感じた。

 

視界にはもう何も写っていない。

身体の実感も殆ど残されていない。

 

僅かに感覚の残る指先に力を込め、必死に欠片を手繰り寄せる。

 

 

"__ッッ!!_ッ!__ッッッ!!___ッッッッッ!!!"

 

 

自分が、世界から落ちていく。

 

あらゆる感覚を失い、最後に残された聴覚だけが周囲の情報を拾い続けている。

 

薄れゆく意識の中、獣の声が一際高く響いた。

 

 

「_僕と契約して、____になってよ!」 

 

 

その時、獣が何と言ったのか。

 

それに少女がどう応えたのか。

 

自分にはもう、知るよしもない。

身体の全ての感覚が途切れ、肉体の実感が失われたからだ。

 

もはやこの身に痛みは無く。

 

苦しみも無く。

悲しみもなく。

 

一切の嘆きも、絶望も無い。

 

そんな優しい虚無へ、溶けていく。

 

 

「…ぁぁ…」

 

 

そうして俺の意識は、今度こそ完全にフェードアウトしていった。

 

 

 

 

全てが闇に消える、その刹那。

 

 

歯車の回る音が、聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「…ん?」

 

ふと気付くと、目の前に見知った天井があった。

 

「…あれ?」

 

激しい違和感を感じて、周りの景色を確認する。

 

見慣れた白い壁、花瓶に刺さった枯れかけの花、壁に掛けられたカレンダー…。

 

「…うーん?」

 

自分の格好と現在位置を確認する。

 

…ベッドの上、寝巻き姿。

 

もう一度周囲を見渡してみる。

…周りには瓦礫の一欠片も無く、そもそも屋外ですら無い。

窓の外は清々しい快晴で、差し込む陽射しが憎らしいほどに暖かかった。

 

「…」

 

ゆっくりと、ベッドから身体を起こす。

 

この時点で自分の身体にどこも外傷が無いのは気付いていた。

血は足りてるし、腕もふっくら。視界だって瞼がやや重いぐらいしか異常はない。

全くの無傷。健康体。

 

とどのつまり、今までのは…

 

「…全部夢オチっすか…」

 

思わずため息が出てきた。

 

「なんて、絶望的な夢見てるんだ…」

 

終末思想も、破滅願望も持っていた覚えは無い。

どうせなら、もっとファニーで愉快な夢を見たかった。

 

だというのに、なんだってあんな大震災の疑似体験みたいな夢を見なきゃならんのか、と頭を抱える。

 

「…痛づっ」

 

その時、何かの刺さるような痛みを覚え、頭を抱えていた手を下ろす。

 

そこでやっと、自分の右手が何かを握りしめているのに気付いた。

 

「…」

 

手を開いてみると何か小さな硬いものが掌の上で転がっていた。

 

「…何かの…破片…?」

 

手に収まるサイズの小さな欠片だ。

 

色はやや明るめの灰色。

表面は滑らかで、薄く光沢を放っている。

 

その鈍い光を、どこかで見たような気がしたが、うまく思い出せない。

 

こんなもの、いつから持っていたんだっけか…?

 

「…まぁ、良いか」

 

考えても良くわからないので、欠片についての疑問は放置する事にした。

何か珍しそうなので、欠片はとりあえずポケットに入れておく。

 

「にしても変なことばかり起こるもんだねぇ…」

 

怪物の悪夢に、身に覚えの無い欠片ときた。

もうすぐ転校を控える身だというのに、縁起でも無い。

 

ベッドから飛び降り、身体をうんと伸ばして朝日を浴びる。

悪夢なんて思い出しても気が暗くなるだけだ。

 

気分を入れ替え、新しい一日を始めよう。

 

「…よしっ」

 

 

 

 

暦海テツヤ 、14歳の中学二年生。

 

見滝原中学校への転校を数日後に控えた、ある日の朝の出来事だった。

 

 

 

 

 

 









いかがだったでしょうか。
原作第一話の冒頭に丸々一話分使ってしまったけれど、こんなペースで大丈夫かと今から不安であります。

さっきも言った通り、今回の話はTV版第一話冒頭部分のオリ主視点となっております。
原作とはかなり違った描写になっていると思いますが、その辺も後の展開に影響してく予定です。

初投稿で稚拙な文章ですが、楽しんでいただければ幸いです。


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第1話 「あの二人、夢の中で…」

"_君なら運命を変えられる_"

 

"_避けようのない滅びも、嘆きも、全て君が覆せばいい_"

 

"_そのための力が君には備わっているんだから_"

 

…本当なの?

 

…私なんかでも、本当に何かできるの?

…こんな結末を変えられるの?

 

"_もちろんさ。だから_"

 

 

"_僕と契約して、魔法少女になってよ!_"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…まどかー?」

 

「…ふぇっ!?」

 

不意に耳元に届いた友達の声で、私は現実に引き戻された。

 

顔を上げると、目の前には私を心配そうに見つめる二つの顔があった。

 

「まどかー、ちょっと話聞いてる?」

 

そのうちの一人、ショートヘアーの女の子が私に再度呼び掛ける。

 

「ご、ごめん…さやかちゃん。ちょっとボーッとしてて…」

 

まだ少しぼんやりしている頭を振って、今の状況を確認する。

 

今日は平日の朝。

ここは私たちの通う見滝原中学校への通学路。

二人の友達と一緒に登校している最中だ。

 

「…えっと、何の話をしてたんだっけ?」

 

たしか、朝起きた後、ママにリボンを選んで貰って、朝食を食べてから登校途中にみんなと合流して、それで…

 

「ほらあれだよ、仁美がまたラブレター貰ったけど、まどかのママ曰く直に告白できない奴はダメだって話」

 

「えぇ…ぁっと、そうだったような…」

 

結構な時間ぼんやりしていたのか、記憶がどうにも不鮮明だった。

 

「今朝のまどかさん、何だか様子がおかしいですわ」

 

もう一人の友達、仁美ちゃんも私を気遣かってくれている。

そのことは嬉しかったけれど、これ以上余計な心配を掛ける訳にも行かない。

 

「あんた大丈夫なの?気分でも悪かったりする?」

 

「え、いや…そういうのじゃなくて…」

 

体調の心配まで始めたさやかちゃんを宥めつつ、どう答えるか考える。

 

今の自分のモヤモヤの原因。

さっきから自分の脳裏から離れない光景について。

話した方が良いか、話さない方が良いか。

 

「…?じゃあ今朝とかに何かあったの?」

 

その通りだった。

さやかちゃんは、時々妙に感が鋭かったり、期せずして物事の核心を言い当てる事が多々ある。

 

だから、これ以上隠し立てしても何も良いことは無いと思った。

 

「…ちょっと変な夢見ちゃって」

 

だから恥ずかしいけれど、今朝の不思議な体験について話してみることにした。

 

「変な夢?」

「一体どんな夢でしたの?」

 

「えーっとね、たしか…」

 

頭から離れないその不思議な夢。

すでに朧げな記憶だけれど、なんとか一から説明してみようとする。

 

「…なんだか、とても大きな怪物が出てきて…街が壊れちゃうの」

 

「…そしたら、女の子が空を飛んでそれと戦ってるの!」

 

「…それで、気付いたら男の子が倒れてて、ウサギだか猫だかわからないのが目の前に現れて…」

 

「それで…」

 

「そんで?」

「どうなったんですの?」

 

もう自分でも要領を得ない説明になっているのは分かってる。

それでもなんとか、その夢の結末まで言葉を紡ぎ出す。

 

夢の一番最後、

あの変な動物は、確か…なんて…

 

「わたしに…えっと…魔法が…どうとかって…!」

 

最後に聞いた台詞は、どうしても思い出せない。

ただ、何かとても大事な事を忘れてしまったような、居心地の悪さだけが残っていた。

 

「魔法ねぇ~。なんかファンタジーって感じで面白いじゃん!」

「羨ましいですわ。私、最近はお稽古に遅れたり、学校で忘れ物をしたりするような夢ばかり見るんですもの」

 

「えっ?…あ、うん…そうだね…」

 

二人はどうも、私が見た夢を愉快で幻想的なものと勘違いしたらしい。

説明があやふやで伝わり辛かったのは自覚しているけど、思っていたのと違う反応をされて少し複雑だった。

 

(本当はもっと怖い夢だったんだけどなぁ…)

 

今朝もママと同じような話をして、同じような反応をされたのを思い出す。

やっぱり、魔法がどうっていう部分が旗から見ると子供らしく感じるのだろうか。

 

「あー!私もそういう摩訶不思議な夢見てみたいわー!」

 

「そんなに良いものじゃないと思うけど…」

 

さやかちゃんのニタニタした笑顔が近づいてくる。

彼女は完全に自分の夢を面白がっているようだ。

 

「…それっ!」

 

と、気付いた時にはいつの間にか突っ込んできた彼女に羽交い締めにされていた。

 

「えっ!わっ!?」

 

予想外の行動に戸惑って、変な声が出てしまう。

さやかちゃんのスキンシップが激しいのはいつもの事だけど、まさかこのタイミングで来るとは思わなかった。

 

「まどかー、私にも不思議パワーを分けておくれよー」

「やっ…ちょ、やめ、…くすぐったいよ…っ」

 

「…コホンッ」

 

仁美ちゃんがわざとらしい咳ばらいで、私をこしょぐり始めたさやかちゃんを諌める。

 

ちょうどその時、朝礼10分前を告げるチャイムが遠くに聞こえた。

 

「あっ」

「え」

 

「お二人とも、そろそろ急がないと間に合いませんよ?」

 

「わーっ!やっばいこんなことで遅刻するーっ!?」

「ま、待って、さや、…かちゃん…まだ、くすぐった…っ」

 

さやかちゃんがバッと私から離れ、少し前を歩く仁美ちゃんを追って駆け足で歩き出す。

私も、くすぐられた笑いが収まってからすぐ彼女に続いた。

 

夢への疑問はまだ残っていたけれど、今はとりあえず朝礼に遅れない事が先決だ。

 

そうして私達はいつも通り、三人で中学校への通学路を行く。

 

普段となんら変わりない、ごく平凡な朝の一幕。

 

そんな穏やかな日常風景の前に、今朝の夢なんて記憶は、頭の隅へと追いやられていく。

 

結局、学校にたどり着く頃にはもう夢の事は完全に忘れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「今日は皆さんに大事なお話があります。心して聞くように!!」

 

朝のホームルームの時間。担任の早乙女和子先生が、開口一番大きな声でクラスに呼びかけた。

 

その尋常ならざる気迫に、それまでベラベラとお喋りを繰り返していた生徒達が一斉に静まり返る。

 

一体何事か、とみんなが早乙女先生に注目し、続く言葉を待ちわびた。

 

「目玉焼きとは、固焼きですか?それとも半熟ですか?」

 

そして予想の斜め上を行く意味不明の話題に、クラス中の目が点になった。

 

「はい、中沢君!」

「ぅえ…えっ!?」

 

そうして訳も判らずただキョトンとしていた前列の男子に話題が振られる。

 

「えっ、えっと…どっどっちでもいいんじゃないかと」

 

完全に割を食わされてしまった中沢くん。

慌てふためき、しばらく戸惑っていた彼だけれど、何とか回答を絞り出してみせた。

 

「その通り!どっちでもよろしい!」

 

彼の回答が満足できるものだったのか、先生は一層声を張り上げ熱弁を続ける。

 

「たかが卵の焼き加減なんかで、女の魅力が決まると思ったら大間違いです!」

 

何かに対しての怒りを募らせるように、ますますヒートアップしていく先生の弁舌。

力強く握り閉められた教鞭が、その勢いと共に中央から真っ二つに折り曲げられる。

 

この時点で先生と親しい数人の生徒は大体の事情を察して苦笑いを浮かべはじめた。

 

「女子のみなさんは、くれぐれも半熟じゃなきゃ食べられないとか抜かす男とは交際しないように!」

 

「ダメだったか…」

 

ここまで聞いてようやく怒りの原因を理解したのか、さやかちゃんもまた苦笑いを浮かべる一人になる。

 

「ダメだったんだね…」

 

私もそれに釣られてつい苦笑してしまった。

 

 

早乙女和子先生、今年で34歳。未だに独身。

 

どうにも恋人と長続きしない質のようで、毎回のように新しい彼氏を見つけては些細な理由で破局している。

今週で交際三ヶ月目の彼氏がいたけれど、この様子だと今回もダメたったみたいだ。

 

先生の旧友だったらしいママ曰く、「和子は男に高望みし過ぎるきらいがある」との事で、それが破局の多い原因なのかもしれない。

 

「そして、男子のみなさんは、絶対に卵の焼き加減にケチをつけるような大人にならないこと!」

 

そうして一通り注意勧告という名の愚痴を零し尽くしたところでひとまず先生の怒りは収拾し、この話題は終了した。

 

「はい、あとそれから、今日はみなさんに転校生を紹介します」

 

そして一転、憑き物の落ちたようなさっぱりした表情になった先生が、しれっと重大発表を言い渡した。

 

「そっちが後回しかよ!」

「あははは…」

 

思わず口に出してツッコんでしまうさやかちゃんと、また曖昧に苦笑する私。

 

これが、なんて事のない私たちの日常風景だ。

 

だから、新たなクラスメイトの登場に期待を膨らませつつも、それによって与えられる変化なんて些細なものなんだろうと思っていた。

      

その転校生()()が現れる、その時までは。

 

 

「じゃ、暁美さん、暦海くん、いらっしゃい」

 

 

「…えっ?」

 

その言葉に、激しい違和感を覚えた。

 

先生は、転校生の名を呼んだ。

そして、それは確かに、二人分の苗字だった。

 

「へぇ~。転校生が二人とも同じクラスに、ってなんか珍しいじゃん」

 

さやかちゃんが興味深そうに声を上げる。

 

その感想はもっともだ。

でも、私の感じた違和感というのは、そういう事とは違うように思う。

 

理由は自分でもよくわからない。

けれども何故か、私には"転校生が二人いる"という事象そのものが、何か大きく間違っているような感じがしてならなかった。

 

「…失礼します」

 

そんな小さな違和感も、教室のドアが開け放たれる音を聞いた瞬間に跡形も無く消え去ってしまった。

 

一人の生徒が先に入ってくる。

とても毅然とした歩みで、スタスタと教卓へ向かうその姿に、生徒達が思い思いの反応を上げた。

 

「…おおっ」

「格好いい…」

「綺麗な髪…」

「キリッとしてますわ…」

 

入ってきたのは女子生徒だった。

 

腰まで届くほど長い黒髪に、スラッとした手足。

周囲のガヤも動じず歩を進めるその姿は、モデルみたいな気品を感じさせる。

 

「うお、すげー美人!」

 

思わず感嘆してしまうさやかちゃんの気持ちもよくわかる。

どこまでも毅然としたその立ち姿には、美しさ以上に、憧れてしまうような格好良さがあった。

 

「…」

 

私もつい彼女の横顔を、注視してしまう。

 

キリッとした目元に、固く結ばれた唇が印象的だ。

その表情からは、どれだけ注目しても何の表情も読み取れない。

これだけの歓声を浴びても彼女は動じないどころか、笑顔すら浮かべず、常に眉一つ動かしていないようだ。

言ってしまえば、冷たいとすら呼べる程に彼女は無表情を貫いていた。

 

(…あれ?)

  

その顔に、ふと既視感をおぼえる。

 

(あの子…どこかで…)

 

会った事が、あるような…?

 

自分の記憶の中を必死で探り、彼女の姿を思い出そうとしてみる。

 

小学校の友達…にはいない。

保育園でも…あんな子はいなかった。

 

むしろ、逆。

 

彼女とは。そう遠くない時に会ったことがある気がする。

そう、昨日今日と言えるぐらい、最近に。

 

今日?

 

頭の中に、何かがひっかかる音が聞こえた。

 

そう、今日だ。

 

あれは確か、今朝に見た…!

 

 

「…ツレーします」

 

 

そんな私の思索は、もう一人の転校生が入室した音によって中断された。

 

さっきの子と比べると些か粗野な印象を受ける声。

それと共に、一人の男子生徒が入ってくる。

 

あまり整えられていない雑な髪に、逞しさの感じられないヒョロッとした体格。

 

歩く姿はどこかフワフワとしていて、朝の散歩に勤しむ老人を想起させるマイペースさだ。

 

何というか、先に来た女子生徒とは余りにも対照的な人物だった。

 

「…」

「フワッとしてるな…」

「野郎かよ…」

「落差激しい…」

 

クラスメイト達が思い思いの反応を上げる。

 

その反応は様々だけど、総じて「さっきの女子に比べると地味」という思いは共通していた。

 

「…なんか、フツーの人だな」

 

さやかちゃんの反応も尤もではある。

 

そもそも一介の転校生に特別性を求めるのが間違いではあるのだけど、先に入ってきた女子生徒のインパクトの後で、彼の存在はどうにも迫力不足だった。

こればっかりは運が無いとしか言い用がない。

 

(仕方ないよね…)

 

その男子生徒に幾分か同情する気持ちでその顔を見つめる。

 

と、その時、偶然にも彼と目が合ってしまった。

 

(あっ…)

 

見た目以上に鋭い視線が、私を射抜いている。

何も言わず、ただしばらく彼と見つめ合う。

 

とても澄んだ、綺麗な色の目をしていた。

その瞳に自分を見透かされるようで、少し落ち着かない。

 

彼は私にじっと目を注いでいる。

何を訴えるでも、威圧するでもなく、ただただこちらを見続けている。

 

その瞳にも、見覚えがある気がした。

 

(え…?)

 

再度、私を強いデジャビュが襲う。

 

先に女子生徒から同じ感覚を抱いていたせいだろう。

今度は、スムーズに心当たりへと行き着いた。

 

 

"…も…い…っ…に、げ…っ!"

 

 

そう、それは今日の朝のこと。

 

砕ける街。吹き荒れる嵐。沈む家。魔女の笑い声。

黒い少女。ドレスの怪物。血と炎。

瀕死の少年。白い獣。結末。

 

私の見た、摩訶不思議な悪夢。

 

その夢の中には、二人の人間が登場した。

 

(嘘…まさか…)

 

目の前に立つ、男女二人組の顔を凝視する。

 

一人は黒く長い髪の少女。

もう一人は素朴な顔の少年。

 

気のせいと言い切るには、一致しすぎている。

間違いない。

 

(あの二人、夢の中で…!)

 

 

「はい、それじゃあ自己紹介いってみよう!」

 

先生が二人に挨拶を促す。

異性関係にこそ神経質だけれど、教師としては良くできている和子先生だった。

 

長髪の少女は、ホワイトボードに向き直ると、流れるように自分の名前を書き込んだ。

 

 暁 美  ほ む ら…

 

「暁美ほむらです。よろしくお願いします」

 

抑揚のない淡泊な声で、彼女は挨拶した。

雰囲気から察せられた通り、とてもクールな声質だった。

 

(あけみ…ほむら、ちゃん)

 

胸の中で、彼女の名を反芻する。

珍しい名前だと思った。

ほむら、確か焔とも書くんだっけか。

 

冷たさと熱さの違いこそあれ、常に毅然としている彼女には相応しい名前に思われた。

名は体を表す、というのはこういう子を言うんだろう。

 

要するに、すごく格好いいなと感じた。

 

「…え?」

 

その時だった。

 

「…」

 

彼女の目がこちらを凝視しているのに気付いたのは。

 

誰かと目が合うのは、これで二度目だ。

けれど、暁美さんの視線は、さっきの男子生徒とは大きく異なる感じがした。

 

彼はたまたま私と目が合って、そのままこちらを見透かそうとするかにように私と向き合っていた。

 

「…」

 

対して、暁美さんは私と向き合ってはいない。

ただ一方的にこちらへと視線を向けているだけだ。

 

まるで観察でもされているかのようで、ひどく不安な気持ちにさせられる。

 

「…うぅ…んぅぅ…」

 

穴が空きそうな程に注視されて、正直困っていた。

その視線からは何の感情も読み取れないが、これほど見つめられ続けると、睨みつけられているかのような気さえしてくる。

 

「えぇと…暁美さん?」

 

一言挨拶して以降、何も喋らずどこかを見つめている彼女を見かね、和子先生が語りかけた。

 

が、それにすら彼女は何の反応もせず、私から目線を離そうとしない。

 

いい加減耐え切れなくなり、私から何か言った方が良いのか、と思い始めたその時、

 

 

「あーっと、自分自己紹介いいっすか?」

 

さっきから暁美さんの横で手持ち無沙汰にしていた男子生徒が、重い沈黙を打ち破った。

 

「暦海テツヤです。よろしくお願いしまーす」

 

彼は、重苦しい空気に見合わない、やたら軽いノリの挨拶と共に深々とお辞儀する。

それによって、緊張で張り詰めていたクラス全体の雰囲気がいくらか和らいだような気がした。

 

(こ、よ、み…テツヤくん…か)

 

気付いた時、既にホワイトボードには、暁美さんの隣に暦海くんの氏名が書き込まれていた。

 

皆が暁美さんに注意を割いている間に、さっさと書いてしまっていたらしい。

私達が不注意だったにしても、大した手際だ。

 

一旦暁美さんに目線を戻してみると、彼女も私から目を離し、暦海くんへと視線の対象を変えていた。

 

相変わらず睨みつけるような目で、いや、ひょっとしたら私以上の凄みで彼を見ている。

少なくとも、同期の転校生に向けるような友好さは無かった。

 

「これから、世話になります」

 

暦海くんが、ヘラヘラとした笑顔で軽く頭を下げ直す。

 

暁美さんは見た目通りクールな人だと思ったけれど、暦海くんも暦海くんで見た目通りフワッとした人だと思う。

 

名前もほむらみたいに特徴的なものではなく、自分の弟の一文字違いである事以外大して気になるところの無いものだ。

 

正直、彼自身には特別惹きつけられるようなものは何も無い。

 

そう、彼もまた私の夢の登場人物だった事を除けば。

 

まるで予知夢か何かのように生々しい夢と、現実に現れた夢の住人達。

 

(これって、一体どういうことなんだろう…?)

 

 

「それじゃあ二人とも、空いている席に座ってもらいますね」

 

先生が二人に席を用意し始めた事で自己紹介の時間は終わりを告げる。

 

転校生達がそれぞれの席に着くと、クラスの喧騒も段々と収まっていった。

 

そうして少しばかり波乱を含みつつも、いつも通りの授業が再開していく。

 

私もまた、転校生二人に若干の引っ掛かりを覚えつつ、その日常の中に思考を没頭していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、その時はまったく気付いていなかった。

 

私、鹿目まどかと暁美ほむら。

その二人の出会いに、暦海テツヤが関わったこと。

 

その事象が、既にあらゆる運命の歯車を狂わせ始めていたことに。

 

 

 

 

 

 









今回はまどか視点で話を進めました。
理由としては、登校のシーンがやりたかったことやオリ主の登場を客観的に見せたかったという思惑があります。

が、自分としては「この作品もまどか☆マギカである以上、主人公は鹿目まどかである」という考えがあるので、後々もまどか視点の話をちょくちょく書いていくことになると思います。

ただ、まどかの主観にしてはやたら地の文が固くなってしまうのが問題だ…。


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第2話 「あなたは一体何者なの」

見滝原中学校への転校初日。

 

俺はクラスでの自己紹介を終え、晴れて見滝原中学生の仲間入りを果たした。

 

初めて目にする様々な光景を前に戸惑うばかりだが、そんな時は心優しいクラスメイト達が自分を助けてくた。

 

そうして、信頼出来る仲間達との輝かしい青春の1ページが今…!

 

 

「開かれねえなぁ…」

 

 

自分に与えられた教室の一番隅の席で一人溜息をついた。

 

一限目が終了し、現在は放課の時間。

その間に生徒達はそれぞれ移動し、自分達の好きなように時間を潰している。

その結果、今の教室は5つのグループに分かれていた。

 

一つ、そそくさと席を立ち友人達となにやらくっちゃべっているものたち。

 

二つ、何に関心を寄せることなく次の授業の準備を始めるものたち。

 

三つ、遠巻きに転校生達を眺めながらヒソヒソ話をするものたち。

 

 

そして四つ目は…

 

「暁美さんって、前はどこの学校だったの?」

「東京の、ミッション系の学校よ」

 

「前は、部活とかやってた?運動系?文化系?」

「やって無かったわ」

 

話題の美少女転校生、暁美ほむらさんとやらを囲んで質問責めにしているものたちだ。

 

黒髪をたなびかせ颯爽と現れた彼女の存在は、瞬く間にクラス中の興味を掻っ攫ってしまった。

 

今やクラスの女子の大半が彼女の周りに詰めかけ、それ以外の生徒達も遠巻きにその様を覗き見しつつ、各々の噂話に花を咲かせているらしい。

 

なんか、動物園の新入り動物みたいな扱いだった。

 

(お陰様で、こっちは静かすぎるくらいなんだけどな…)

 

そう、最後の五つ目。

 

それは誰にも話し掛けられず、注目される事もなく、ただ暇を持て余しているもの。

つまりは、俺の事である。

 

クラスの注目が転校生の内の一人、暁美ほむらに集中した結果、自分の存在は完全に忘れ去られてしまっていた。

 

「転校生ってもっとこう、チヤホヤされるものじゃ無かったっけ?」

 

その問いに答えてくれるものは何処にもいない。

当然だ。暁美ほむらと違って自分の席の周りには誰一人来ていないのだから。

 

「一体何がいけなかったんでしょうかねぇ…?」

 

そりゃ自分が転校初日に話題を一人占めできる程のカリスマを持った美少年だ思えるほど自惚れちゃいない。

が、それでも人生で一度出会うか出会わないかって感じのダブル転校生の片割れだろうに。

何故こうも注目されていないのだ。

やっぱあれか。美少年じゃなきゃダメなのか。

 

「世間はよぅ…冷てえよなぁ…」

 

クッソウ、結局皆顔なのかよ、と胸の中で毒づく。

声には出さない。

いい加減独り言を言い続けるのも辛くなってきたからだ。

 

(いいや、暇だし俺も混じろう)

 

そんな訳で結局自分も美少女転校生を遠巻き眺めてみる事にした。

 

こうやって自分から動こうとしないので、人から話かけられないのかもしれない。

 

 

「すっごいきれいな髪だよね。シャンプーは何使ってるの?」

 

視線を暁美ほむらに戻すと、彼女への質問責めはまだ続いていた。

彼女はそれらに対して何ら動じることなく淡泊な答えを返し続けている。

 

(暁美ほむら、ね…)

 

言うなればクールビューティの権化。

少し悪い言い方をすればどうしようもない鉄面皮といったところか。

 

それが、教室に入る前、職員室で会ったときから変わらない、彼女への第一印象だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 __________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたが、暦海テツヤ…くん…よね?」

 

「はい、そうですけども…」

 

少し、時間を前に戻そう。

これは、今朝学校に着いてから教室に行くまでの間のこと。

 

転校生である俺はまず職員室へ赴く必要があった。

そこでまず担任の先生と顔合わせをして、ある程度転校にあたる説明を受けてから教室へ、という手筈だ。

 

そういう訳で現在、自分の担任であるらしい眼鏡を掛けた温和そうな女性と顔を合わせている訳なのだが…

 

「……」

 

何故だか先生はこちらの顔をまじまじと見つめて黙りこくっている。

 

「あの…先生?」

「…え!?あっ、何でしょう?」

 

とりあえず呼びかけてみると、先生はハッと我に帰ったようだった。

 

「俺の顔、なんか付いてました?」

「あっ、いえ…そういう訳じゃないですけれど…」

 

先生は何か言いたそうな、でも言いたくなさそうな、微妙な表情でこちらに返事を返す。

言いにくいことでもあるのだろうか。

 

「…変わってない…」

 

先生が、ポツリと何事か呟いた。

 

「?」

 

うまく聞き取れなかった。

その時の自分では、聞き取れていてもどういう意味か分からなかったのだろうけど。

 

「えっと、私があなたのクラスの担任をしている早乙女和子先生です。これからよろしくお願いしますね」

「はぁ…あ、はい。こちらこそ」

 

気を取り直したのか、先生は改まって自分の名前を述べ、挨拶を交わしてくれた。

その暖かな笑顔からは、さっきまでの挙動不振さは微塵も感じられない。

 

結局、あれがどういう意味だったのかは分からず仕舞いだった。

 

「ハイ、それじゃあ早速教室へ…と、いきたい所なんですけれど…」

「なんですけれど?」

 

先生がまたもや言いにくそうな顔をしている。

一体何の用事があるのだろう、と逆に興味が湧く。

 

「実は、もう一人転校生が来る予定でして…」

 

「え」

 

その言葉に、ちょっとばかり驚いて硬直した。

 

「…同じクラスに?」

「はい」

 

「…転校生が二人同時に?」

「はい。そうなりますね」

 

「ワオ」

 

これは全くの予想外だ。

クラス人数が少なかったのかなんだか知らないが、こういう事ってあるものなのか、と無駄に感心してしまう。

 

(もう一人の転校生…)

 

一体どんな奴だろうか。

男子か、あるいは女子か。

かわいこちゃんか、格好良い野郎か、それともお嬢様タイプだったり。

病弱気弱な眼鏡っ子とかだったら、転校生のよしみで仲良くなれたりとかするかもしれない。ぐへへ。

 

そんな、妄想に片足突っ込んだ期待に胸を膨らませまくっていたその時。

後ろから、職員室のドアの開く音が聞こえた。

 

「失礼します」

 

女子生徒の声だった。

抑揚のない落ち着いた声。

 

今のが転校生…?

 

振り返るとそこには、腰まで届く程長い黒髪の少女が、悠然とこちらに向かって歩いて来ていた。

 

(…ぁ)

 

不覚にも、見ず知らずの女子に見惚れてしまう。

職員達が行き交う部屋の中、その歩みをまったく変えずに進み続けるその姿は妙な威厳があった。

彼女の動きと共になびく黒髪が、そこに幾分かミステリアス分をプラスしているようだ。

 

ん…?

 

突然、謎の既視感に襲われる。

 

黒い少女?

 

(こいつ、どっかで…)

 

その時感じた、妙な引っ掛かり。

それに答えを出すよりも、彼女が早乙女先生の席に辿り着くのが早かった。

 

「ああ。貴方が、暁美ほむらさんですね」

 

先生が彼女の名を呼ぶ。

 

暁美ほむら、と呼ばれたその生徒は先生に軽く一礼すると、こちらを一瞥してきた。

 

「…」

 

なんだか不可解なものを見るような目だ。

しばし民間人の目に触れたUMAの気分を味わう。

 

自分はUMAみたいな珍しいものじゃないはずだが、彼女は一体どういう意図でこちらを見ているのだろうか。

 

「私があなたのクラスの担任をしている早乙女和子先生です。それでですけど…」

「はい。なんでしょう」

 

先生はそんな彼女の様子を知ってか知らずか、彼女にもさっきしていたのと同じ挨拶をする。

そして会話の流れるまま、俺の紹介となった。

 

「紹介しますね。彼が、あなたと同じクラスに転校してきた、暦海テツヤくんです」

「あぁ、へい。どうも暁美さん…」

 

先生による紹介にあやかり、彼女に一礼する。

適当感溢れるこの挨拶を聞いて、彼女は…

 

「…っ!?」

 

目を見開いて、絶句していた。

 

ちょっと尋常じゃない驚きようだ。

確かに同時期に二人の転校生が同じクラスに、というのは驚嘆に値する事象だとは思う。

が、それにしたってこんな雷に打たれたみたいな衝撃を受ける程ではないのじゃないだろうか。

 

彼女のリアクションは静かでこそあったが、その表情は余りにも大仰だ。

具体的に言うと、亡霊が化けて出てきたのを至近距離で目にした人間の顔付きをしている。

 

この子は一体、何に驚いているというのだ…?

 

「あのぅ…暁美さん?」

 

先生もその様子を不思議に思ったらしく、暁美さんに再度呼びかける。

すると彼女は瞬時に表情を消し、来たときと同じ無表情で先生に向き直る。

 

「すみません。珍しいことですから少し驚いていました」

 

絶対嘘だな、と思った。

あれが彼女にとっての少しだというのなら、本気で驚いた時はそれこそ叫び出すしかなくなる。

 

「そう…ですか?」

「はい」

「それならいいですけど…」

 

先生は納得いかなげな顔をしながらもそれ以上の追及はしなかった。

 

そうして転校に関する説明が再開した。

 

暁美ほむらは顔色一つ変えず先生の話を聞いている。

その表情に、さっきまでの驚愕の色は見えない。

 

「むぅ…」

 

何だったんだろうか。あれは。

しばし首を捻った。

 

 

「それじゃ、そろそろ教室へ移動しましょう。二人とも準備はいいですか?」

 

先生の説明が終わり、ホームルームの時間が近付いてきたようだ。

 

「問題ありません」

「モーマンタイっす」

 

「それじゃあ暁美さん、暦海くん。先生について来てくださいね」

 

二人分の了解の返事を聞くと、早速先生は職員室の出口へ向かっていく。

そうなると、必然的に自分と暁美さんの二人がその場に残される形になった。

 

「…」

「…」

 

気まずい静寂がその場に流れる。

暁美ほむらが、ジッとこちらを見つめていた。

 

「あーっと…暁美さんとやら?」

 

静寂に耐え切れず、とりあえず彼女に声をかけてみる。

ぎこちなさを感じさせぬよう、ごく自然に。

親しみ易さを心がけた。

 

「…」

 

全くの無反応。

いや、心持ち目付きが鋭くなった気がする。

ちょっと傷付く反応だ。

 

「ないすつみーちゅー…とりあえず教室行こうぜ?」

 

それでも折れずに会話を続けようと努力してみる。

と、彼女の顔が少し動いた。

やがてその口が開かれ、そこから…

 

 

「あなたは、一体何者なの?」

 

 

予想外を超え意味不明とすら言える台詞が飛び出した。

 

「は?」

 

全く意味が分からず、ポカンと口を開けてしまう。

何か、聞き間違えたろうか?

 

「あなたは何者なのか、と聞いたのよ」

 

彼女は再度、その台詞を繰り返した。

どうやら聞き間違いでは無かったようだ。

 

それはそれでなおのこと理解に苦しむ。

この質問に一体どんな意味があるというのか。

 

自分が何者か、だと?

 

 

…俺は。

 

 

「いや、そんなこと俺は知らんよ」

 

ありのまま、思ったままの答えを口にする。

 

が、彼女はどうもこの返答が気に要らなかったらしく、少し眉を潜めて口を開く。

 

「…もしかしてふざけているの?」

 

何だかよくわからんが、彼女が怒っているのだけは分かった。

 

「これでも、大分真面目に考えた答えなんだがね」

「…そう」

 

その返答にますます彼女は目付きを険しくする。

 

顔はあくまで仏頂面だというのに、その目だけが尋常じゃなく鋭い。

視線に熱量があったら間違いなく俺の顔面は焼け爛れていただろうに。

 

「そうなのね。分かったわ」

 

しばらくすると、なんか勝手に納得された。

何かしらの疑問が解けたらしいのは何よりだが、こっちは完全置いてきぼりだ。

 

「いや…俺は何も分かんないんですけど」

「分からなくていいことよ」

「えぇ…」

 

彼女は何も答えてくれない。

その態度が何だか理不尽に感じた。

納得いったなら、せめて視線を緩めて欲しいものだ。

 

「二人とも、何か忘れ物ですかー?」

 

いつまでもついて来ない俺達を心配して、先生が呼びかけてくる。

 

「いえ、今行きます」

 

暁美がこちらに背を向け、さっさと職員室から出て行こうとした。

 

「あっ、おいちょっと!」

 

その背中を呼び止める。

それを聞くと彼女は首だけで振り返り、こちらに視線をよこす。

 

「…何かしら?」

 

それは、質問を受け付ける意味の言葉。

だがその実、彼女の目は言外に拒絶の意思を表している。

 

(下手な質問は、無視されるな…)

 

聞きたい事は腐る程ある。

だが恐らく聞き出せるのは一個だけだ。

 

「えっと…あのさ」

 

だから、彼女を初めて目にした時に抱いた疑問を。

兼ねてから覚えていた違和感を、口にする。

 

「俺達、前にどっかで会ったことないか?」

 

そう。

俺は確かに、彼女へ見覚えを…。

 

「無いわ」

 

「え、即答っすか…」

 

見事なまでに完全否定された。

もう少し思い悩む素振りぐらいしても良いと思うのだけれど、冷た過ぎやしないか。

 

「あなたとは、全くの初対面よ」

 

畳みかけるように、暁美が続ける。

 

「私のこれまでの記憶の中で、あなたという存在は一度たりとも現れていない」

 

彼女は言い切った。

俺のことなど知らない、見たことがないと、断言した。

とても頑なに。

むしろ頑な過ぎる程に、だ。

 

「なんか随分とハッキリ言うんだな、あんた」

 

その強すぎる否定の意思が、少し引っ掛かる。

 

「…それが、まごうことなき事実だからよ」

 

暁美は、微塵も臆せずにこちらへ言い放つ。

そして、話は終わりだと言わんばかりにくるりと背を向け、職員室の出口へと歩いていった。

 

「…あれがミステリアス、ってやつなのかね…?」

 

その背中を見つめながら、再度首を捻る。

ひとまず、転校生同士仲良くって事にはなれなさそうだ。

 

(転校生相手にこのザマで、クラスの生徒と話す時大丈夫なんかな、俺…)

 

まだ始まってもいない学校生活に暗雲が立ち込める気配を感じつつ、彼女の背中を追って職員室を後にした。

 

 

 

 

 

 

  

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と、いった朝の一幕を経て、今に至る訳なのだが。

 

実際不安は的中し、転校初日からまるで注目されないという、未曾有の危機に晒されてしまう形になった。

 

改めて思い返してみると、何故フランクさに溢れた自分が無視され、常時仏頂面の暁美が人気なのか、とても解せない。

 

やはり転校生はインパクトが命だったというのか。

一発GAGとか、練っときゃ良かったかな?

いや、あの空気じゃ爆死して終わりか…。

 

「不思議な雰囲気の人ですよね、暁美さん」

 

そうやって一人で悶々としていた俺の耳に、近くの席で話している女子生徒達の声が流れ込んできた。

 

そちらに視線を寄越してみると、女子が三人寄り集まって何か話していた。

所謂、仲良し三人組というやつだろうか。

 

その内の一人、ショートカットの女の子が小柄なツーテールの子に疑問を投げかける。

 

「ねえ、まどか。あの子知り合い?何かさっき思いっきりガン飛ばされてなかった?」

 

少し、気になる発言だった。

あいつが、ガンを飛ばしていた?

そういえば自己紹介の時、何故か黙々と一点を見つめていたように見えたが…。

 

「いや、えっと…」

 

話題を降られた小柄な女子は、何やら良い淀んでいる。

心当たりでも、あるのだろうか。

 

(あれ…?)

 

その小柄っ子…まどかとかいったか。

その子を見ていると、ふと謎の違和感に襲われた。

 

そういえば、教室に入った直後にも彼女と目が合う時があった。

その時にも、ぼんやりと見覚えのようなものを感じてはいたのだが、まさか…。

 

(あの子とも、どっかで会ってる…?)

 

学校に来たときから、絶え間無く訪れる謎の既視感。

ただの偶然や気のせいにするには、余りにも強烈な感覚だ。

 

だが、それでも感覚は感覚でしかなく、明確な理由の付けられぬ曖昧な疑問に過ぎない。

そしてその疑問を解消する手立ても、今の自分には無い。

 

「どうにもならんな…」

 

分からない事は後回しだ。

 

だから今は、目の前の転校生の観察に没頭する。

それだけが、クラスから放置された自分にできる唯一の暇潰しであるのだから。

 

「お」

 

対象に動きあり。

 

それまで無造作に受け答えを続けていた暁美だったが、どういう訳だかいきなり席を立つのが見えた。

 

「ごめんなさい。何だか緊張しすぎたみたいで、ちょっと、気分が。保健室に行かせて貰えるかしら」

 

その言葉に、思わず苦笑してしまう。

 

(雑な嘘をつくもんだなぁ…)

 

あんな落ち着いた表情で緊張だの気分悪いだの言われて信じられる訳がない。

もしかして彼女、嘘や冗談が下手なタイプなのだろうか。

 

「え?あ、じゃあたしが案内してあげる!」

「あたしも行く行く!」

 

…などと失礼な事を考えていたのはどうやら俺だけだったらしい。

 

(みんな信じちゃうんか今の…)

 

まあよくよく考えれば、教室内での彼女は表情が乏しいだけで、しっかり挨拶し質問にも答える律儀な美人さんだったのだから当然の反応か。

 

クラスメイトたちにとって、暁美さんは転校初日で凝り固まって表情死んでる子、ぐらいに見えるのだろう。

 

いきなりガンとばされて、何者か、などと問われた俺が異例過ぎるのだ。

 

「いえ、おかまいなく。係の人にお願いしますから」

 

暁美は周りのお節介焼き達の申し出を丁重に断ると、席から離れてこちらに歩いて来る。

いや、こちらではない。少し方向が違う。

 

「えぇっ!?」

 

さっき暁美にガンを飛ばされていたらしい子…確かそう、まどか、だっけ?が素っ頓狂な声を上げる。

 

「鹿目まどかさん。貴女がこのクラスの保健係よね」

 

暁美ほむらが、彼女達3人組の目の前に立ち、その子の名前を呼んでいた。

 

「え?えっと…あの…」

 

突然の申し出に戸惑うまどかさんに、暁美が有無を言わせぬ圧力で言葉を続ける。

 

「連れてって貰える?保健室」

 

その後しばらく、ショートカットの子が割り込んだりと話茶話茶していたが、程なくして会話は終わり、結局鹿目さんとやらが暁美を案内する運びになったようだった。

 

「…」

 

教室から退出していく二人。

 

案内される側でありながら暁美はズンズンと先を行き、案内する側のまどかさんがその後ろにおっかなびっくり付いていく。

傍から見たらどちらが転校生か分からない構図だった。

 

(暁美ほむらと、鹿目まどか…か)

 

謎の既視感を感じる二人の生徒。

その二人が意図してか意図せずか合流し、二人で保健室へ向かっていった。

 

偶然にしては、出来過ぎとしかいいようがない。

 

…あの二人には、何かある。

そんな予感がした。

 

とはいっても、保健室に向かうのを追いかける訳にもいかないし、自分にはどうしようもないのだけれど…。

 

 「…保健室?」

 

げ。

今更になって思い出した。

 

「やべ、保健室に用があんじゃん俺…!」

 

転校生が気になり過ぎて、先生から転校前に言い付けられていたある用事をすっかり忘れていた。

とはいっても保健係は今さっき連れていかれたばかりで…。

 

「どうしたの、君?何か困った事でも…」

 

ちょっと大声を出しすぎてしまったせいか、近くにいた男子生徒に心配されてしまった。

いや、話かけられた事自体は僥幸だけども、用事ができてからというのはなんて皮肉だ。

 

「いや、問題無い。多分なんとかできるから…」

「そうかい?なら良いんだけど…」

 

せっかくの話し相手を逃すのは惜しいが、今は自分の用事が優先だ。

 

…しかし今気付いたがこいつ、早乙女先生にホームルームで指されてた奴じゃなかろうか。

 

「心配してくれてありがとう…えっーと、中川くん?」

「中沢です…。って君、何処へ!?」

 

「保健室。ちと野暮用でなー!後頼んだっ!!」

 

後方に叫びながらダッシュで教室を後にする。

まだ暁美達が出て行ってからそう時間は経っていない。

追いかければすぐ追いつける筈だった。

 

(免罪符って奴かな…これが)

 

ふと自分のしようとしている事に気付き、走りながら苦笑をこぼす。

野暮用などと理由付けをしているが、結局は自分が彼女達の事を気になっているだけだ。

 

まあ、それでも良いか。

考えるのは後で良い、と開き直る。

 

そうして、二人を追って廊下を駆けていった。

 

 

 

 

 








一話分使ってもあまり話が動かない…。
ストーリーの展開上今回そんなに書くことが無いので、ちょっち主人公についての解説を。

暦海テツヤくんの容姿設定ですが、蒼樹うめ先生の漫画「微熱空間」の赤瀬川直耶くんを若干目付き悪くして見滝原の制服を着せたイメージです。
そのうち気が向いたら自分で描くかもしれないです。


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第3話 「変化を望んじゃダメなのか」

 

 

 

 

 

「あ…暁美さん?」

 

転校生の暁美ほむらさんに恐る恐る声を掛ける。

 

今は、校舎の廊下を歩いている真っ最中。

転校初日の緊張で気分が悪くなったという暁美さんを、保健係の私が連れていっている…はず。

 

何故自信の無い言い方なのか、その理由は一つ。

彼女が私の案内をまるで必要としていないからだ。

 

気分が悪いにしては一人でズンズン先を行くし、分かれ道でも迷わず保健室への道のりを選んで歩いていく。

 

どうして転校初日で保健室の道が分かるのか不思議だけれど、本人は「早乙女先生から聞いた」と言って憚らない。

 

そんなわけで、私は自分が連れてこられた意味も分からないまま、オドオドと暁美さんの後ろを付いていっているのでした。

 

「ほむらでいいわ」

 

「えっ」

 

私の言葉に何も答えず、何かを思案しているかに見えた暁美さんが不意に口を開いた。

 

一瞬意味が分からなかったけれど、すぐにそれがさっきの呼び掛けへの返答であったことに気づく。

 

ほむらでいい…名前で呼べ、って事なんだろうか。

 

「ほむら…ちゃん」

「何かしら?」

 

ぎこちない名前呼びにも、彼女は大した反応を見せてはくれなかった。

 

「あぁ、えっと…その…変わった名前だよね」

 

しまった、と心の中で頭を抱える。

沈黙を破ろうとするのに必死で、話題を考えてきていなかったのだ。

 

これじゃ、まるで悪口を言ってるみたいだ。

 

「い、いや…だから…あのね。変な意味じゃなくてね。その…カ、カッコいいなぁなんて」

 

必死に弁解するけれど、彼女は沈黙を貫いていたままだ。

 

嫌な気持ちにさせてしまっただろうか、と心配になって来た頃、突然ほむらちゃんがこちらを振り向いた。

つられて私もビクッと立ち止まり、彼女の目と正面から向き合う形になる。

 

深く、暗く、飲み込まれそな瞳だった。

ほむらちゃんが、ゆっくりとその口を開く。

 

 

「鹿目まどか。貴女は自分の人生が、貴いと思う?家族や友達を、大切にしてる?」

 

 

そこから放たれたのは、まるで予想外の言葉だった。

 

「え…えっと…わ、私は…」

 

突然の問い掛けに、慌てふためいてしまう。

 

一体今の言葉にどんな意味があるというのか。

どうして私がそれに答えなきゃいけないのか。

疑問は絶えない。

 

けれど、こちらを見るほむらちゃんの目はいたって真剣で、中途半端な答えは許されないような気がした。

 

「大切…だよ。家族も、友達のみんなも。大好きで、とっても大事な人達だよ?」

 

ありのまま、思ったままの答えを口にする。

偽らざる、本心の言葉だった。

 

「本当に?」

 

ほむらちゃんが念を押して問う。

  

「本当だよ!嘘なわけないよ!!」

 

自分の答えの揚げ足を取られたように聞こえて、少しムキになって言い返してしまう。

 

「…そう」

 

彼女は声を荒げた私を咎めもせず、ただ静かにこちらを見据えていた。

 

「もしそれが本当なら、今とは違う自分になろうだなんて、絶対に思わないことね」

 

ほむらちゃんが、こちらに言い聞かせるように呟いた。

 

「さもなければ、全てを失うことになる」

 

「え…?」

 

彼女の真意を計りかねて、訳も分からず戸惑う。

 

今とは違う自分になってはいけない…?

全てを失う…?

 

まるで意味が分からない。

ともすれば妄言としか聞こえないような彼女の台詞。

だけど真剣に語るその姿には凄みがあり、その言葉に確かな真実味を持たせている。

 

ほむらちゃんは、私に何を言いたいんだろう…。

 

そんな私の困惑をよそに、彼女はもう用は済んだとばかりに背を向け、一人で歩いていく。

 

「貴女は、鹿目まどかのままでいればいい。今までどおり、これからも」

 

最後に、そんな捨て台詞だけを残して。

 

「ぁ…」

 

去っていくその後ろ姿に掛ける言葉を見つけられず、私はただ立ち尽くすしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

___________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…いつまで隠れているつもり?」

 

しばらく歩いて鹿目さんが完全に見えなくなった頃、暁美ほむらがボソリと呟いた。

 

「ありゃ、もうバレてたか」

 

隠れ続ける理由も特に無いので、観念して出てくる事にする。

廊下の曲がり角からヌッとその身を晒すと、不信感に満ち満ちた目がこちらを睨んで来た。

 

「…暦海テツヤ、だったかしら」

 

少しばかり棘のある口調で名前を呼んでくれた。

フルネームで覚えてくれているあたり律儀な奴だ。

まあ、俺も人の事は言えんが。

 

「覚えてくれてて光栄だな。ほむら、だったか?」

「気安く呼ばないで」

 

名前呼びは拒絶されてしまったようだ。

冷静に考えれば、当然の結果ではあるけども。

 

「あぁん、ひどぅい…鹿目さん限定か?名前呼びは」

「…一体私に何の用かしら?」

 

ふざけた語り口にも取り合わず、彼女は自分の質問だけを口にする。

相変わらずのクールっぷりだ。

 

「別に、俺も保健室に用があっただけだよ」

 

嘘では無い。本当の事だ。

…それが二人の後をこっそり付け回した理由にならない事も分かっているのだが。

 

「何かの病気には見えないけれど」

「持病さ。授業中にどうしても居眠りしたくなる苦しい病なんだよ」

 

「…フン」

 

暁美が軽蔑するような視線をこちらに向ける。

からかわれている、と解釈したらしい。

 

「…そう。なら勝手にすればいいわ」

 

暁美はそれ以上追及して来なかった。

これ以上の舌戦を無駄と判断したのか、そもそも俺に大した関心を持っていないのか。

恐らく両方の理由で尾行の件は流され、何事も無かったかのように彼女は歩みを再開した。

 

しかし悪いがこちらは彼女への関心大ありだ。

ここで会話を途切れさせるつもりなど毛頭ない。

 

「なあ、暁美」

 

それとなく歩を進め、彼女の隣まで並ぶ。

 

「…」

 

黙りこくったままの暁美に、歩きながら問い掛ける。

 

「今とは違う自分ってなんだ?」

 

「…っ」

 

それまで無視を決め込んでいた彼女が、僅かにこちらに首を動かした。

 

「…いつから聞いていたの」

 

少しだけ震えた声でこちらに問うた。

それだけ重要な会話だった、という事か。

 

「保健室の場所、のくだりからかな」

 

早い話が、最初からって奴だ。

それを聞いても彼女の反応に変わりは無いが、微かに肩が震えたようにも見える。

 

「あんた、早乙女先生に保健室の場所なんか聞いて無いと思ったが」

「そうね」

 

彼女は肯定した。

自分の嘘も、ごまかしも。

そして、その上でこちらを突き放す。

 

「…貴方には、関係の無い話よ」

 

「あら、そうかい」

 

言葉の上では引き下がる。

もっとも会話は続ける気満々だ。

 

「もしかして、鹿目さんにあの禅問答をするためだけにここまで連れて来たのか?」

「だとしたら何だというの?」

 

「いんや、ただ二人は知り合いなのかな、って」

「そう」

 

「あの子はあんたの事知らなさそうだけど」

「そのようね」

 

…会話にならない。

一応相槌こそ打ってはくれるものの、それ以外の何も喋る気は無いらしい。

思った以上の難敵だ、暁美ほむらっていうのは。

 

「ふむ…」

 

彼女は自分の事を何も語らない。

なら切り口を変えるまでだ。

 

「…変化を望んじゃダメなのか?」

 

彼女に対する疑念ではなく、さっきの禅問答そのものへの疑問を口にする。

 

「…どういう意味かしら」

 

もう一度、彼女の目がこちらを向いた。

手応えアリ、か。

 

「今とは違う自分になるな、っていうのはつまり自分を変えたいって願いを否定する事だろう」

 

「間違いではないわね」

 

彼女が、こちらの言葉に答えてくれている。

それだけこの禅問答に意味があるという事なのか。

 

いや、そもそも思い返せば彼女は他の女子達の質問にも律儀に答えていた。

 

…となると、何故鹿目さんの話題だけを避ける?

 

「自分を変えようと思う事の、何がいけない?」

 

胸中に渦巻く疑問を置いて、会話を続けさせる。

 

「いけないとは言っていないわ」

 

暁美の瞳が、今はしっかりとこちらを見つめていた。

最初に出会った時、俺に何らかの関心を持っていた時と同じ視線だった。

 

「けれど、その願いが今の平穏を犠牲にして成り立つものである事も忘れてはならない」

 

その言葉が、具体的にどういう意味であるのかは分からない。

それが彼女の経験則であるのか、それを何故鹿目さんに言う必要があったのか。

 

「そうか…」

 

どちらも、俺には知りようの無いことだ。

 

「…だが、それでも」

 

一つだけ、言いたかった。

 

「切なる願いがあるのなら、それは叶えるべきじゃないのかな」

 

暁美のこちらを見る目が、スゥと細まった。

いつだったかと同じ、睨むような恐い目だ。

 

「…その気持ちが、全てを壊してしまう事だってある」

 

ポツリと、彼女が何か呟いた。

 

「…なんだと?」

 

その言葉の意味を問いただす前に、彼女が足を止めた。

一緒になって自分もその歩みを停止する。

 

「着いたわよ、保健室」

 

彼女が止まったのは一階の廊下にある扉の前。

上を見上げると、<保健室>と記された立て札が確かに掛けられていた。

 

「後は好きにしなさい」

 

素っ気なく言い放つと、暁美はきびすを返して去っていこうとする。

 

「…あんたはやっぱり来ないんだな。保健室」

「…」

 

その後ろ姿に声を掛けるが、彼女はもう何も答えてはくれなかった。

 

「…じゃあな」

 

暁美ほむらは、何も語らず離れていく。

これ以上の自分との会話を、不要と判断したのだろう。

もう、ただ去っていくのを見送ることしかできない。

 

逆光を受けてなびく黒髪が、妙に眩しく感じられた。

 

「身持ちが固いこと固いこと…」

 

結局…彼女は何のために嘘を付き、鹿目さんに接触し、あのような問答を行ったのだろう。

 

分からなかった。何も。

自分が感じた彼女への既視感の正体も、何もかも。

 

「暁美ほむらと、鹿目さん…」

 

夢の中で逢ったような、二人の少女。

 

「それと、"今とは違う自分"…か」

 

彼女の語る、謎の言葉。

 

この先の自分が、これらの事象の意味を知ることがあるのだろうか。

それとも、ただの違和感と消えていくだけなのか。

言い知れぬ不安に襲われる。

 

この場所で、これから自分は何を知るのだろう。

 

俺は…なれるのだろうか。

どこかの誰かに。

 

「…まあ、どうしようもないか」

 

気分を落ち着かせる。

 

先のことは分からない。

だから今は、ただ進むしかない。

 

運命も因果も、この時の自分には知りようの無い事なのだから。

 

「気を取り直して、ツレーしまーっす」

 

努めて普通の学生らしく振る舞った明るい声と共に、保健室の扉をノックした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暦海テツヤ…」

 

廊下を独り歩きながら、ある少女が呟いた。

 

「彼は、何故私達の前に現れたの…?」

 

その問いに答えるものは誰もいない。

放たれた言葉は虚しく溶けて消えていくだけだった。

 

 

 

 

 

 

 










マミさんもキュウべぇも全然出て来ねぇ…(汗)

そして書き溜めのストックがそろそろピンチな状態になって焦りまくる今日この頃。
更新ペースを落としたくないので、ゴールデンウィークに全力で書きまくるつもりです。

一応ストックされてる分話は進んでいる筈なので、気長に見守っていただけると幸いです。


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第4話 「こんな自分で良いのかな」

 

 

保健室から戻ると、暁美は既に席へと戻っていた。

 

声を掛けようかどうか迷ったが、女子の取り巻きが再び壁を作っていて、何だか話しかけ辛い。

そうしている内に授業開始のチャイムが鳴り、何事もなかったかのように学校での授業が再開する。

 

暁美に対する疑問は山積みだが、今は目の前の授業に集中する事にしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…と思っていたのだが。

暁美ほむらは授業中でも強烈な存在感を放ち続けるものだから、こちらも否応なしに注目せざるおえなかった。

 

 

「出来ました」

 

数学の時間。

ホワイトボードにやたらと長い証明問題を書き終えた暁美が、席へと戻っていく。

 

「お、おお…!」

「暁美さん頭良いんだ…!」

「知的な人なんですわね…!」

 

授業中に先生からの指名を受けてしまった彼女だったが、難無く正解を書き当てて周囲の称賛を浴びていた。

転校初日だというのに悩みもせずスラスラと書くものだ、と感心してしまう。

 

「見た目に違わぬ優等生タイプか…」

 

知的な美人という印象は最初からあったが、保健室での一件から完全に不思議系美人という先入観を抱いていたので、ちょっと驚いた。

あんまりにも手際が良すぎて、最初から正解が分かってるんじゃないかと勘繰ってしまうレベルだ。

 

「いやはや、羨ましい頭脳をお持ちだぜまったく…」

 

誰にも聞こえない声で嘆息しつつ、ホワイトボードに向き直る。

 

「あぁ…っと、暦海くんはまだ掛かりそうかな?」

「スンマセンあともう数時間くらい良いっすか」

 

この数学の時間で分かった事だが、自分はそこまで熱心に勉強をしてこなかったらしい。

長文を瞬殺して見せた暁美と違い、今現在ホワイトボードの前で絶賛苦悩中の俺だった。

 

「流石にそこまで時間は割けないかなぁ…?」

「あ、いや嘘です。でもあと3分間待って」

 

そうして宣言通り2,3分ほど地獄の苦しみを味わう。

なんかもう諦めてしまおうかとも思ったが、ボードの前で四苦八苦している内にちょっとずつ理解ができてきた。

 

「ふぅ…結構いけるもんね」

 

一通り回答を書き終えて一息着く。

脳髄に眠る記憶だけを頼りに適当にやったらなんか解けてしまって自分でもビックリだ。

問題なんか何も無いよ。

 

「暦海ナンチャラくんも結構やるね…」

「転校生二人揃って優等生かよ…」

 

生徒達の驚く声が心地良く自尊心を刺激してくれる。

途中でギブアップしようと思っていたのは内緒だ。

 

「あ、ここ一桁違ってるね」

 

…先生の無慈悲な一言で、その自尊心は儚く散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「け、県記録じゃないの?これ…」

 

体育の時間。

女子の走り高跳びする様子を見ていた先生が、暁美の記録を見てあんぐりと口を開けていた。

 

残念ながらどれだけの高さを飛んだのか正確な記録は分からなかったが、自分の背丈を裕に越す高さを軽々と跳ぶ様子は遠目から見ていても圧倒される。

というか、授業で背面跳びってやるもんだっけ普通。

 

「あんな痩せっぽっちの何処にそんな体力が…」

 

そんな疑問を抱かせる程、彼女の身体能力はクラスでも卓抜していた。

文武両道の天才少女とは彼女の事を言うのだろう。

案外実在するんだなこういうの、と妙な感動を抱く。

 

「うわー、頭良さそうに見えて運動も出来るんだ、あの転校生」

「すごい運動神経ですね、暁美さん…」

「う、うん…」

 

クラスの女子達が暁美に熱い視線を注いでいる。

何故だろう。なんかちょっと悔しい。

 

そういえば、今話してた女子達って朝に見た三人組じゃないだろうか。

 

「えっ?…わわっ…」

「?どうしたの、まどか?」

 

唐突に、三人組の一人、ツーテールの小柄っ子が隣の子の影に隠れた。

まるで何かに怯えるような行動だった。

 

(あれ、確かあの子…鹿目さんって言ったっけ?)

 

まさか、と思い彼女の視線を追ってみる。

…やっぱり。

 

「……」

 

鹿目さんの視線の先、じっと彼女を注視している暁美ほむらの鋭い瞳があった。

こんな時でも鹿目さんを観察しているらしい。

 

一体何の理由があってそんなことしてるのか。

相変わらず行動原理の分からん奴だ。

 

「おーい、きよみさん…だっけ?」

 

ぼんやり暁美を眺めていると、後ろにいた男子生徒が声を掛けてきた。

 

「きよ…って俺は暦海…まあいいや、なんすか」

「いや、次君の番なんだけど」

 

どうやら他人に気を取られている内に、自分にも高跳びの番が回ってきたらしい。

 

「おっと、そいつぁすまんね」

 

軽く謝り、さっさと自分のバーへ向き直る。

暁美に比べるとやや低めに感じられる高さだが、初心者にはこのぐらいが妥当だろう。

 

正直な所、高跳びの経験なんて全く無いものだからこれでも大分不安だ。

 

「まあ、やれるだけやってみるか…」

 

軽く助走を付けてから大地を蹴り、身体を捻って跳躍する。

 

「…そぁあッ!!」

 

見よう見まねで背面跳びなどをしてしまった。

粗だらけでフォームも何もあったものじゃなかったが、高さだけは大したもので、軽々とバーを飛び越せた。

 

「おぉっ!」

「あいつも結構跳べるぞ!?」

 

マットに落下しながら、自分もちょっとビックリする。

自身の運動能力が決して低く無いのは知っていたが、これ程良く動けるとは思いもしていなかった。

 

…これなら暁美の記録だっていけるんじゃないか?

 

ちょっと自信が付いたせいか、そんな身の程知らずな考えまで浮かんでしまう。

なので次はさっきよりも高い設定で挑戦する事にした。

 

 

「…うわぁ、やれるんかなこれ」

 

正面に立つバーを前にして、ちょっと怯む。

 

さっき飛んだものよりも格段に高く設定されたバー。

暁美の飛んだ記録より幾分か低めとの事だが、それでも目の前にすると引くぐらい高く見えた。

 

いくら運動神経が良かろうと、初心者の出来る事には限度というものがある。

自分で設定しておいてなんだが、段々不安な気持ちになってきた。

 

流石に見栄を張りすぎたかな、と思った。

ちょっとここら辺で諦めておこうかな、とも考えた。

 

「暁美さんの例があるし、あいつも県記録出すんじゃ…」

「いけいけー!転校生の片割れー!」

 

が、そんな自分の不安を余所に周囲の生徒達期待に満ちた目でこちらを見てくる。

 

なんかもうやるしかなさそうな雰囲気だった。

 

(マジでやるんか…つれー)

 

まあ暁美があれだけ活躍を見せている手前、自分が何も良いとこ無しで終わるのも嫌だという気持ちもある。

 

出来るだけ努力はしてみる事にしよう。

 

「はぁ…行きますか…っ!」

 

息を吐いて一気に駆け出す。

殆どやけっぱちの全力疾走。

その勢いに任せて全力で地面を蹴り付る。

 

「どるるるるああああああああッッ!!」

 

裂帛の気合いと共に、身体を飛び上がらせたその時。

 

  

一瞬だけ奇妙な感覚が身体を走った。

 

(…ッ!?)

 

自分の中で何かが消費され、代わりに莫大な力が肉体に流れ込んでいく。

そんな訳の分からぬ不可思議なイメージが浮かぶ。

 

その感覚を疑問に思うより先に、身体を襲った猛烈な飛翔感に意識を奪われた。

 

「どぅわおっ…!?」

 

全身に強い圧迫を受ける。

その強烈な感覚に視界が大きくぶれ、耳の奥で空気の爆ぜるような音がして気持ち悪い。

全身を襲う異常な感触に混乱しながら、何とか視覚を正常に戻して周囲を見回す。

 

 

…自分の眼下に、あれほど高く見えたバーがあった。

 

(…ゑ?)

 

それはつまり、今自分の身体が空中にあり、高跳びを成功させた、という事だ。

 

どうやら跳べてしまったらしい。あの高さを。

我が事ながら驚きものの跳躍力だ。

 

いやしかし待て。それにしてもなにかおかしい。

猛烈な違和感を覚え、やがて気づいた。

 

バーと自分の間に、距離があり過ぎる。

 

(これちょっと、高く…飛びすぎじゃね?)

 

眼下にいる生徒達が口をあんぐり開けている。

そんな反応にも頷ける程、この高さは尋常では無い。

 

…そして今気付いたが、着地の姿勢が取れない。

 

自分の予想を大きく越えた跳躍をしたせいで、空中での姿勢制御が全く出来ていなかった。

 

(あ、これヤバい奴だ…)

 

自由落下しながらぼんやりと危険を察知する。

凄まじい速度で飛び上がった自分の身体はバーを容易に飛び越え、そのままマットからはみ出た位置へ一直線に落下していく。

 

迫りくる地面を見ながら思う。

 

いや、失敗しそうだとは思っていたけど。

こんな意味の分からん失敗は予想外過ぎるよ…。

 

 

「…ふぐるぼぁああっっっ!!??」

 

他人事のように嘆きながら、俺は頭から大地に激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…失礼しまーす。先生いますかー?」

 

保健室の扉が開かれ、鹿目さんの声が中に響いた。

しかし部屋に人影はなく当然返答も帰ってこない。

 

「ごめんね。今は先生どこか行っちゃってるみたいで…」

「あ、いや、謝んなくていいから…痛でででっ」

 

申し訳なさそうにこちらを見る鹿目さんに、気にするなと首を振ったが、瞬間訪れた激痛に呻いてしまう。

 

「だ、大丈夫?今私が手当てするから…!」

「で、でえじょうぶだぁ…そんな焦らんでええぜ…」

 

現状を説明しよう。

 

体育の時間、走り高跳びで盛大に着地失敗してみせた俺は頭部と首に激しいダメージを負った。

その後救急車を呼ぶかという話にもなったが、思いのほか軽傷だったのもあって結局保健室へ連れて行かれる運びとなったのだ。

それも、保健係の付き添いで。

 

そんでもって今に至る訳である。

 

「えーっと、どの辺りが痛むかな?」

「首とか後頭部とかかな…っあばばば」

 

「見たところ外傷は無いみたいだけど」

「あぁ…うん。ちょっち捻っただけみたいね」

 

そう。頭からマットに叩き付けられはしたものの、どういう訳か首にも頭部にも目立った外傷は無かった。

見たところ内出血とかも無いし、普通に動けるという事は神経系へのダメージも無いらしい。

 

よほどの幸運に恵まれたのか。

あるいは想像以上の頑強ボデェをこの身が備えていたか、といったところだ。

 

 

「えーっと、これで良いかな?」

「うぅむ。気持ち痛みが和らいだ気する」

 

とりあえず痛む部分に湿布を貼ってもらい処置を終えた。

 

「えーっと、鹿目…ま、まぎ、いや…まろ…あれ、何だっけ…」

「私は鹿目まどか、だよ」

「あ、すまん…その、鹿目まどか…さん?」

「どうしたの?」

 

手当てが終わったので、改めて鹿目さんに向き直る。

 

そういえば彼女と面と向かって話すのはこれが初めてだったか。

 

「いや、付き合わせて悪かったなって」

「え?」

 

言葉の意味が分からなかったのか、鹿目さんがキョトンとしている。

ちょっと可愛いなと思った。

 

「ほら、自分が勝手に怪我したのにわざわざ付き添ってもらっちゃって」

「あっ、気にしないで良いよ。私は保健係だから、こういう時こそ仕事しなきゃ」

 

申し訳ない気持ちで謝罪する自分に、鹿目さんは気にしないでと笑ってくれる。

その心遣いはとても嬉しい。

だからこそ余計収まりが付かない。

 

「でも授業を中断させちゃった訳じゃん?俺のせいで」

「それくらいどうってことないよ。それに私、運動はあんまり得意じゃないから…」

 

「あぁ…そりゃあ…うん」

 

少し照れながら言う鹿目さんに、曖昧な返事を返す。

そうか、苦手な人にとっては体育の授業ってむしろサボりたい時間なのか…。

 

「だから、そんな顔しなくて良いんだよ?」

 

鹿目さんはそう言ってまた笑い掛けてくれた。

 

まだ申し訳無い気持ちは燻っていたが、彼女がそういう風に言ってくれる以上また蒸し返すのも野暮な話だろう。

 

「そうか、ゴメン。逆に気を使わせたな」

 

そう言ってこちらからも笑いを返す。

 

思えば学校に来てからこれだけ会話したのは、先生と暁美ぐらいなものだ。

 

そのせいか何だか不思議な気分にさせられる。

元々人との会話に慣れていないのもあるが、ついさっき暁美との警戒心強めな語らいを経たのもあってこういう普通の会話がやけに新鮮だ。

 

鹿目さんには一方的に関心を寄せてはいたけれど、実際に話してみると思った以上に人の良さそうな子で、話していて心地がよかった。

 

 

「でも凄いよね、あんなに高く跳べるなんて」

「え?」

 

不意に鹿目さんがこちらに話題を飛ばす。

まさか会話が続くとは思っていなかったので咄嗟に反応出来ずに戸惑ってしまう。

 

「ほら、さっきの高跳び。ほむらちゃんもだけど、県記録狙えるぐらいだったって先生が」

「ああ、あれね…。自分でもビックリした」

 

彼女の言っている話題に思い当たり苦笑する。

 

今自分がこの保健室に立っている理由、あの忌まわしき走り高跳びについての事だ。

確かに驚異的な記録ではあったが、自分の意図してやった事では無いので評価されても微妙な所だ。

 

…それにしても本当、あの時の超常的な感覚は一体全体何だったというのだろう。

結構本気で原因不明過ぎて恐怖すら覚えるぞこれ。

 

「運動、得意なの?」

 

そんな俺の気を知ってか知らずか、鹿目さんが無邪気に質問をぶつけてくる。

  

「いや、あんなに動くのは久しぶりだな」

 

混じり気の無い返答をする。

暁美の時とは違うのだ。嘘など付く必要はないし、邪険な受け答えをするつもりもない。

 

「…?部活とかやってたんじゃ…」

「さあ、そんな覚えは無いな」

 

「じゃあ、高跳びが得意だったり…」

「しない。全くの初心者さね」

 

彼女が次々ぶつける疑問に俺はスラスラと答えた。

のだが、やけに否定語ばかりが目立つ返答なってしまってなんか申し訳無い。

一応嘘偽りのない答えばかりなのだが何故だろう。

 

鹿目さんも立て続けに自分の質問を否定されて、とても不可解そうな表情だ。

 

「初心者って…前の学校ではやらなかったの?」

 

鹿目さんが首を傾げて問い掛ける。

確かに彼女からこういった質問がなされるのも当然だ。

 

ただ、それに答えるのは少しだけ躊躇われた。

 

別にやましい事や隠し事がある訳ではない。

だが自分のどうでもいい来歴が他人との関わりに余計な感情を生じさせるのも余り喜ばしくはない。

 

でもそれ以上に、鹿目さんの会話に虚偽を持ち込むべきではないと感じたから。

 

「学校は行ってなかった」

 

だから出来る限り自然体を装ってそう答えた。

 

「えっ…」

 

鹿目さんが目を見開いて驚き、大きく視線を彷徨わせ始める。

 

「ごめん…聞いちゃいけない事だったかな」

 

やがて、なんだとても申し訳なさそうな声でそう言った。

 

「そんな深刻な話じゃないから気にしなさんな」

 

そう笑って返しつつさっきの台詞を後悔する。

こういう反応をされるのなら言わなきゃよかった。

 

「そう、なら、良いんだけど…」

「寧ろさっきから誰も何も聞いてくれないから、こうして色々話してくれるのは嬉しい」

 

まだ少し俯きがちな鹿目さんをフォローするつもりで言葉を続ける。

が、それを聞いて彼女は再び怪訝そうな顔になる。

 

「クラスの子達と話してないの?」

 

ああしまったそういう話になっちゃうか。

弁護の言葉を述べたつもりが、どうしてこう墓穴を掘る結果になるのだろう。

 

「話してたように見えたか?」

 

半ば自嘲気味な口調で彼女に問う。

 

「え、えっと…その、あんまり、気にしてなかった…かな…」

 

鹿目さんは暫し頭を悩ませた末、これまたひどく申し訳無さげな顔でそう言った。

 

「ああ、分かってる。他の人もそんな感じだからな」

 

そうだ。彼女に限った話ではなく、クラスみんなが俺に対して深い関心を抱いてはいなかった。

だから彼女を一概に責めることはでき無いし、そんなつもりも無い。

 

「ごめんね…みんな悪気は無かったんだけど」

「構わんさ。それに自分から話そうとして無いせいもある」

 

自分で言っておいてなんだが全くその通り。

鹿目さんを責められないのは勿論のこと、自分から他人と関わろうとしていなかったヘタレがその他人を批判する権利などありはしない。

 

「人と話すの、苦手なの?」

「そういう訳じゃないけど、あんまり沢山の人と話す事が無かったからイマイチ距離感が分からんみたいだ」

 

「そうなんだ…」

 

色々話していると、次第に自分の中で自虐的な言葉が大きくなっていくのが分かる。

話している内に昨日今日の出来事がリフレインされて少し感傷的になってきているのかもしれない。

 

「…転校したらさ、色んな人と話せて、色んな事が出来て、きっと望んだものになれるんだ、なんて」

 

だからきっとそのせいだ。

 

「そんな夢みたいな事考えてたけど、まあそう上手くは行かないみたいだな」

 

こんな余計な台詞が口をついて出てきてしまったのは。

 

「暦海…くん?」 

「勉強はあんまし出来なかったし、運動だって加減間違えて怪我しちまった」

 

唐突に始まった自分語りに鹿目さんが戸惑うものの、溢れ出した言葉は中々止まってくれない。

 

「人とも真っ当に話せないし、それどころか迷惑ばっか掛けまくって結局何の役にも立てちゃいない」

 

自分でも、いきなり何言ってるんだろうとは思う。

こんなネガティブな言葉を羅列して彼女を困らせるのではないかとも思う。

 

「空回りばかりしちゃってるよな、俺」

 

けれど胸の内から滲み出てきた不安や焦燥は留まる事を知らず、結局最後まで台詞を吐きだしきってしまった。

 

「あ…その、すまない。こんな愚痴みたいな事言って」

 

ようやく我に返った俺は、すぐさま鹿目さんに謝罪した。

 

本当、何やってるんだろうか。

鹿目さんは自分へ率直な疑問をぶつけていただけなのに、なんだってこんな自虐台詞を投げつけてしまうのか。

 

これだから口下手って奴はもう、こんなんじゃ人と話せないのも当然の結…

 

「そんなこと、無いよ」

 

「え?」

 

静かな、けれど真剣な言葉が聞こえた。

 

俯いていた顔を上げると正面にはその声の主、

さっきまでと変わらない柔らかい笑顔で、それでいてまっすぐな瞳でこちらを見つめる鹿目さんの顔があった。

 

「…私は、勉強も運動もあんまり得意じゃないから」

 

彼女はその顔のままで、ポツポツと語り出した。

 

「数学の長文問題なんていつも間違えてるし、高跳びだってあんなに高く跳べた事無いよ」

 

「友達はいるけれどいつも迷惑掛けてばかりだし、誰かの役に立つ事も出来ないまんまなの」

 

彼女が語るのは自己否定の言葉。

まるでさっきの自分への意趣返しのように淡々と述べながらも、その表情はいたって笑顔のままだ。

 

「だから私、暦海くんはすごく頑張ってると思う」

 

そう彼女がこちらに語りかける。

 

「…」

 

「転校初日なのにずっと落ち着いてて、勉強も運動も必死に取り組んでて。誰とも話せないって言ってたけど、今はこうして私と話してくれてる」

 

「暦海くんは、もっと自分に自信を持っていいんだよ」

 

彼女はそう言うと、また笑顔をこちらに向けてくれた。

 

暖かで、自分の全てを肯定してくれるような優しさに満ちた笑顔だった。

 

「…そうか」

 

どうやら励まされた、という事らしい。

なんだろう、今回鹿目さんには色々助けられてばかりのような気がする。

 

「そう言って貰えると、とても嬉しい」

 

精一杯の感謝を込めてそう伝えた。

 

「えへへ…どういたしまして」

 

照れ笑いを浮かべる鹿目さん。

その表情には、さっきまでのような陰りは見られない。

 

だからどうしてもある事を言いたくなってきてしまった。

 

「あのさ、俺からも一ついいかな」

「…?」

 

息をついて、どう伝えるべきか言葉を探す。

先程聞かされた励ましの言葉。

その気持ちは大変有り難かったが、彼女の台詞の中にどうも気になる所があった。

 

「自分に自信を持つべきなのは、君も同じだと思う」

 

「それって、どういう…」

「さっき言ってたよな。自分は人に迷惑を掛けてばっかで誰の役にも立てないって」

 

「…うん」

 

「どうして、そんな風に思う?」

 

俺の質問に、彼女はまたしても顔を俯ける。

 

「だって私には、得意な科目とか誰かに自慢出来るような才能とか昔から何も無いし…」

 

そして自信なさ気にそう答えた。

 

やっぱりだ。

彼女の言動の節々にはどこか自己嫌悪的な響きがある。

 

さっきの彼女の励ましの言葉も俺の事を肯定すると同時に彼女自身を否定するものだった。

それが気になって仕方なかったのだ。

 

「自分の事、嫌いなのか?」

「嫌いっていうほどじゃないけど…」

 

繰り返される質問に、鹿目さんは頭を悩ませ次第に自分の胸の内を語り出してくれた。

 

「時々、こんな自分で良いのかなって不安になる事はあって」

「もっと頑張らなきゃとか、誰かのためにならなきゃとか、思うんだけど、結局私はずっと変わらないままで」

 

「それが少し、嫌だなって思うかな」

 

「…そうか」

 

こんな自分で良いのか。変わらないままの自分。

 

それはつまり、今とは違う自分になりたい、という意味ではないのか。

今朝の暁美の発言が思い出された。

 

「でも俺、鹿目さんは自分で思ってるよりも良い人だと思うな」

 

鹿目さんにそう伝えると、彼女は自虐的な笑いを浮かべて否定する。

 

「そんなこと無いと思うけど…」

「あるとも」

 

俺は力強く言い切った。

 

「現に今さっき、俺を保健室に連れてきて、手当てして、そんでもって悩み相談までしてくれた」

 

「…そんなの全然特別な事じゃないし」

「誰かの役に立つのに特別である必要は無い」

 

「私じゃなくても、みんな出来る事だよ…」

「だとしても、実際に俺を助けてくれたのは君だ」

 

「…そうかな」

「そうだよ」

 

立て続けに言葉を掛けられながらも、彼女はあくまで自信なさ気な態度を崩さない。

これは相当根が深そうだ。

 

ひょっとしたら鹿目さんと俺は似たもの同士なのかもしれない。

互いに突出した所を持たず、自分への自信が足りない。

そして自分を認められない代わりに、他の多くの人の事を肯定し認める事ができる。

 

なればこそ、このままでいて欲しくはない。

 

「世の中にはどうしようもなく悪意に満ちた奴や、無自覚に他人を傷付ける人も沢山いるんだ」

 

「だから誰かの役に立ちたいって思って実際に行動出来る人っていうのは、まごうことなき才能なんだよ」

 

「少なくとも自分の事で精一杯な俺に比べれば、鹿目さんは十分過ぎるくらい良い人間だ」

 

言葉を並べながら頭の片隅で考える。

 

俺は鹿目まどかを肯定したかったのだろうか。

自分を肯定してくれた彼女自身をもっと。

 

「だから、卑屈である必要は無いよ」

 

そう、出来る限りの励ましの言葉を送った。

 

「そっか…」

 

鹿目さんは、俺の言葉を聞くとまた顔を俯け呟く。

 

「そう、だといいな」

 

そして顔を上げると、幾分か明るさの増した表情でそう微笑んでくれた。

 

 

「なんかごめんね、途中から私の方が励まされちゃったみたいで」

「最初に愚痴を言ったのは俺だから。余計な事言って悪かったな」

 

一通り語らいが終わると、互いに気を取り直して普段の調子に戻る。

 

「ううん。色々聞いてくれてありがとね」

「こちらこそ。こんな薄っぺらい話で喜んでもらえたならそれが何よりだ」

 

鹿目さんが礼を述べてくるが、とんでもない。

励ましてもらって一番嬉しかったのはこちらの方だし、もとを辿ればこれは自分の怪我の手当てから始まった事なのだ。

 

「それに、こんな風に誰かと沢山話せたのは初めてだから本当に楽しかった」

 

「…ありがとな」

 

鹿目さんに対する諸々の感謝を込めて一礼する。

 

「えへへ…どう、いたしまして」

 

彼女は照れながらも礼を受け取ってくれた。

 

「そんじゃあ、痛みも引いたし色々話過ぎたし、そろそろ授業に戻ろう。鹿目さん」

 

彼女に呼び掛け保健室を後にしようとする。

元々怪我の手当てだけだった筈が、世間話に花を咲かせまくったせいで結構な時間が経ってしまっていた。

この分では授業終わりまで後数分といった所か。

 

少々名残惜しく感じながらも、扉の外へ向かう。

 

その背中に、小さな声が届けられた。

 

 

「…まどかで、良いよ」

 

 

「え…?」

 

一瞬何を言われたのかわからず硬直する。

そしてすかさず背後を振り向いた。

 

後ろには、照れているのか頬をやや朱く染めながらこちらに微笑みかける鹿目さんの姿がある。

 

今のが鹿目さんの声ならつまりまどかで良いってそれは…

 

「言ってたよね、まだ友達が出来てないって」

 

鹿目さんがこちらの目を真っ直ぐ見つめている。

 

「なんなら、私が一番目の友達ってことじゃダメ、かな?」

 

そしてそんな、殺し文句みたいな事を言ってきた。

 

「いや…でも、良いのか?」

「全然構わないよ!なんなら私の友達も紹介するし、クラスの子達との仲介だってしてもいいから、ね?」

 

「…マジで?」

 

その言葉に耳を疑う。

友達といっても俺と彼女は今さっき初めて話したばかりの関係に過ぎない。

それなのに、こんなにもすんなり親交を結んでしまっても良いものなのか。

 

「迷惑、だったかな…」

「いやいや、あの、なんていうか、こう」

 

鹿目さんは本心からそう言ってくれているらしい。

そして俺自身も彼女に対して少なからず好感を持っている。

だから、断る理由なんてものは一つもなかった。

 

「こんなに、嬉しいことは無い…」

 

そう伝えると、彼女は喜びの表情を浮かべる。

まるで助けて貰ったのが俺ではなく、彼女の方なのではないかと錯覚しそうになるほどに。

 

「じゃあ、改めて」

 

そう言うと、鹿目さんが…いや。

まどかがこちらに手を差し出す。

 

「これからよろしくね、テツヤくん」 

 

「…っ」

 

名前を呼ぶ声に、不覚にも涙腺が緩んでしまう。

 

認められた、と思った。

 

「ああ。よろしく、まどか」

 

差しのべられた手を握り返す。

結んだ手の平は暖かく人間らしさに溢れている。

 

 

それは、意気投合した勢いだけの一時的な脆い友情なのかもしれない。

ただ話してくれた相手が彼女しかいなかったというだけの、盲目的な親愛と言われればそれまでかもしれない。

 

だけども今はそれでいいと思う。

一時的でも薄っぺらくても、今自分は誰かに認められ、その信頼を勝ち得ることが出来たのだから。

 

この場所でなら。

鹿目まどかと一緒ならば。

望んだ何者かになれるのではないか。

 

そんな気がして、その手の平をより一層強く握りしめた。

 

 

 

 

こうして鹿目まどかと友人関係を結んだこの日。

 

思えばこの瞬間から、自分は既に引き返せない道へと足を踏み入れていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 




この回でようやく主人公同士がまともに接触するので、気合い入れて書いたのですが予想以上に筆が進まなくて二週間以上かかりました。

今でも色々納得いかない部分があるのでそのうち書き直すかもしれないです。

あぁ、ようやく話が動く…。


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第5話 「夢の中で逢った、ような…」

 

 

「ええ!?何それ?」

 

一人の女子中学生の素っ頓狂な声が、とある飲食店に響いた。

 

現在、お昼過ぎかつ夕方にはまだ遠い微妙な時間帯。

既に見滝原の中学生は授業を終えて、もう放課後になっていた。

 

体育での一騒動の後は、何事もなかったかのように滞り無く授業は進んだ。

昼休みに午後の授業、そして和子先生によるHRもつつがなく終了し、今や帰りの寄り道に勤しむ生徒達が街に溢れている訳だ。

 

 

鹿目まどかや、その友人達も例外ではない。

現に、今大袈裟な声を上げたのは彼女の友人の片割れであるショートヘアーの女子生徒だ。

 

彼女らのトリオは今、通学路の途中のショッピングモールに寄り道して時間を潰していた。

話題に上がっているのは、今日一番のビッグイベントたるあの美少女転校生、暁美ほむらの事である。

まあ、これほど噂話の題材に適した人間もいないだろう。

 

彼女らは最初の内、それぞれ転校生に抱いた印象やら感想やらを言い合っていたが、しばらくすると授業中でのハイスペックぶりが話題となり、やがて彼女の性格やキャラについての話に行き着く。

 

その結果、まどかが今朝保健室へ行く途中で為されたあの禅問答が話題に上るのは当然の流れと言えた。

 

で、その時の言動を聞いた友人の反応がさっきの叫びである。

 

「わけわかんないよね…」

 

まどかが困惑した顔で声を漏らす。

今朝の暁美の言動を説明した彼女自身、自分の体験に疑問が尽きないらしい。

 

「自分がどうだの全てがどうだのと要領を得ない。まさしく禅問答って感じだったな」

 

彼女の気持ちには全く同感だった。

 

暁美ほむらは確かに超絶美少女の優等生であるが、それを差し引いてもかなりの不審人物だ。

 

さっき話に上がった禅問答を行って以降も、彼女がまどかに対して異様に注目していたのを俺は知っている。

それに、朝初めて出会った時こちらに向けられたあの敵意バリバリの目付きも記憶に新しい。

 

何を考えているか分からない不気味さが彼女にはあった。

 

「文武両道で才色兼備かと思いきや実はサイコな電波さん。…くー!どこまでキャラ立てすりゃあ気が済むんだぁあの転校生は!?萌えか?そこが萌えなのかあ!?」

 

さっきのショートの子が大袈裟に唸り声を上げる。

 

暁美ほむらの言動をどう解釈したのかは知らないが、なんかすごい悔しそうだ。

正直、彼女自身も大分愉快なキャラ立てをしていると思うが。

 

「萌えかどうかは知らんが、ミステリアス系女子は人気があると聞くな」

 

不思議美人、とも言うだろうか。

 

一見完璧超人に見える人間が、どこか抜けていたり天然だったりアクの強い個性を持っていたり。

そういった隠れポンコツみたいな人を好む人種も存在するらしい。

 

「いや、でも何か違うよな…」

  

どうにも暁美ほむらにはしっくり来ない気がした。

そう、彼女なら例えば…

 

「…不気味美人…か?」

 

言ってから自分でもくだらないと思った。

何言ってんだろ俺。

 

「……」

 

そんな事を考えていると、不意にショートの子がこちらに視線を向けてきた。

 

「…ねえ」

「ん?どうした」

 

やけにジトッとした目で見られている。

なんだか居心地が悪くなる目付きだ。

そして彼女はどこか引き攣った笑顔でこちらに言った。

 

「…いい加減…突っ込んで良いかな?」

 

「はあ」

 

はて、何かツッコまれるようなおかしな行動をしたかなと首を捻る。

うーむ。心当たりが全く無い。

もしや、不気味美人発言がそんなにも気に食わなかったというのか。

 

「あぁ…」

 

隣にいるまどかが察したような声を漏らす。

どうやら彼女には心当たりがあるらしい。

 

是非ともそれを教えてもらいたかったが、そうする前にショートの子が叫んだ。

 

 

「何でその転校生の片割れがまどかに付いてきて、当たり前のように隣の席に座ってんのよっっ!!??」

 

 

それまで溜め込んできた色々な物が爆発するような、気迫に満ちた声だった。

 

「え、今更?」

 

ストッと納得が行くと同時に若干驚愕する。

何も言われないから普通に会話に混ざってたけど、そんなに気に病む事情だったのかこれ。

 

「ずっと気になってたけど誰も何も言ってくれないからスルーしてたんだよ…!」

 

彼女は絞り出すような声でそう言った。

どうやら無理に気にしないようにしていた事が相当ストレスだったらしい。

 

「あぁ…そう…すまん」

 

なんだか申し訳無い気持ちにさせられた。

 

「ごめんねさやかちゃん。何か自然に混ざっちゃったから説明しないままで…」

 

「帰り道になんか後ろからついて来てるなぁとは思ってたけどそのまま店まで入ってくるし、まどかは当たり前に受け入れてるし、仁美は何も言わないし、私の方がおかしいのかって感じでスゲー怖かったぁ…」

 

想像以上に彼女へ心労をかけていたらしく、反省させられる。

自分でも知らない人のいるグループに混じるのは多少気が引けたが、昼をぼっち飯で過ごしたのが辛かったのと、まどかが特に何も言わず混ざらせてくれたのもあって結局ついて来てしまっていた。

 

「…それで、二人は何の関係があって一緒にいる訳よ?」

 

一通り叫び終えて落ち着いたのか、彼女が心持ちクールダウンした声でこちらに問いかけてくる。

 

「えぇっと…それはその、ね?」

「ふむ…なんの関係が、と申すか」

 

説明の言葉を探して視線をさまよわせるまどかに代わって、俺が彼女と向き合う事にする。

 

しかし自分とまどかの関係性を彼女にどう説明したものだろうか。

確か、会話の極意はシンプルに分かり易くとかなんとかって誰かが言っていたような気がする。

 

意を決して、口を開いた。

 

「オレ」

 

まず最初に親指で自分を指差す。

 

「マドカ」

 

続いてまどかを人差し指で指し示す。

 

「トモダチ!」

 

最後に目の前の子に向けて、親指をグッと突き立て見せた。

野生味溢れる実にシンプルな説明台詞だった。

 

「そういうことなんだけど…」

「…ゴメン、余計に意味分かんなくなった」

 

彼女は頭を抱えていらっしゃった。

どうも今のは上手く伝わらなかったらしい。

 

あれかな、サムズアップじゃなくて某トモダチの印でもやっておけばよかったかな。

 

とかどうでも良いことで悩んでいると、それまであまり会話に入ってこなかったもう一人の友人、ポワッとした長めの髪の女の子が口を挟んできた。

 

「つまりお二人は、今日の内にお友達になっていた、ということですの?」 

 

「えぇっ!?」

「あ…うん。そうなの」

 

どうやら彼女には伝わってくれたらしい。

分かってくれる人間がいてちょっぴり感動ものだ。

 

「いや、何で今の三単語でそんなに理解出来んのよ!?」

「やはり、コミュニケーションは魂でするものなのか…」

 

頭痛に苦しむショートの子…さやかだっけかを尻目に、さっき発言した子に一先ず礼を述べる。

 

「通じてくれて嬉しい。ありがとうノーブルな感じの人」

「志筑仁美と申します。改めてよろしくお願いしますわ、暦海さん」

「好きな呼び方で構わんぜ?無理にとは言わないが」

「ではテツヤさんと。いい名前ですね」

 

「うわぁ、なんかアッサリ打ち解けてるし…」

 

互いに挨拶しあい、親交を深める俺達。

それを見ているさやかさんとやらがちょっと取り残された感じになっていたが、気にしないでおく。

 

そういえばあの子だけフルネーム聞いてないな、呼びにくくてしょうがない。

 

「っていうかまどか。あんたいつから転校生とそんな関係になってたのさ?」

 

気を取り直したらしいさやナンチャラさんがまどかに問う。当然の疑問だろう。

 

「あ、えぇっと…体育の時間で怪我した時に保健室へ連れてってそれで…」

「あんなことやこんなことがあった結果、我等はソウルのアッミーゴになったのだよ」

 

まどかと俺の説明を聞いて、ああ、と納得しつつもどこか腑に落ちない様子の二人。

 

「その、あんなことやこんなことって?」

 

当然この説明のフワッとした部分を突いてくる訳である。

 

「それは…ちょっと言いにくいんだけど…」

 

さナンタラさんの質問に、まどかがしどろもどろになっている。

 

まあ、あんまり人に話したい内容じゃないわな。

役に立つとか立たないとかそういうネガティブな悩みは。

 

となれば、それとない誤魔化しの言葉を探すべきか。

よし、と一息付いてから満面の笑みを作って声を上げる。

 

「そりゃあほら、人には言えない恥ずかしい事さ…!」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、目の前に座る二人が耳まで顔を赤く染めた。

 

「なっ、ちょっ、え!?どういう意味よそれ!?」

「いけませんわ!そんな出会ってばかりではしたない!!」

 

何かすごい勘違いされた。

 

紳士的な態度を心がけた台詞だったが、周りからはニタニタしながら意味深長な事を言い放つ変態にしか見えなかったらしい。

まあ、半分くらいワザとではあるけど。

 

あと仁美さんの目が妙にキラキラしてるのは何なんだ。

 

「ち、違うよ!?ちょっと悩み相談っていうか話してたら意気投合しちゃったってだけで…」

 

まどかもまた顔を赤くし、必死に弁解する。

それを見るとちょっとやり過ぎたような気もしてきた。

流石にここは真面目に否定すべき場面だろう。

 

「うんまあ、ぶっちゃけトークでお腹を割るみたいな」

 

まどかに同調して誤解を解こうとする。

 

「あら、そう…なんですの?」

「はぁ…。もうあんまり変な言い方しないでよ転校生!」

 

ちょっと驚きつつもどこか安堵した顔で二人は笑い飛ばしてくれた。

 

「すまない。悪癖が出た」

 

素直に反省し謝罪する。

人との会話はフレンドリーにユーモアを交えて、とは言うが流石に限度というものがある。

 

自分はまだその距離感を掴めていないような気がした。

 

「それにしても一瞬で意気投合出来るような悩みかぁ…何を話したか気になりますな~?」

 

あっやべ、結局話を逸らしきれてねえ。

 

「そ、そういう訳で私と一緒にいるんだけど、迷惑だったかな?」

 

まどかが無理矢理話題を方向転換し、質問を回避する。

殆ど力技だ。

 

「えっ?あぁ…まどかの友達だっていうなら別に男子でも良いけど…」

 

少しまだ納得いってなさそうな顔をするさやナントカさん。

言葉では俺を容認してくれているが、何か不満な点でもあるというのか。

 

そしてその理由は、仁美さんの口から率直な疑問となって放たれた。

 

「どうしてまどかさんなんです?他にお友達はいらっしゃりませんの?」

 

「ごぉうふっっ!?」

 

悪意無き言葉の暴力が俺の心を貫き穿つ。

凄まじい精神ダメージだった。

 

「あ、仁美ちゃん…それは」

 

まどかが仁美さんを窘めようとするがもう遅い。

既にイジケモード突入済みだ。

 

「いいさ判ってるよぅ…俺がクラスメイトと録に話してないボッチ野郎ってことぐらい…」

 

体育の時間の後、結局俺と二回以上会話したのはいまだに鹿目まどかと暁美ほむらのみだった。

他に会話したのは精々先生やプリントを配る前の席の子、あと何だっけ…中沢とかいったあいつぐらいか。

 

現状友達1人。

相変わらずの空気っぷりだった。

 

「も、申し訳ありません…そうとも知らず私…」

「あぁ…うん。そうだったね、ウチらもあんたの事全く気にしてなかったね…」

 

「何も…何も言わんでいいから…」

 

可哀相な物を見る目を向けられ、何とも言えぬ気持ちになる。

優しい謝罪がかえって痛い。

 

「まあほら、元気出しなよ」

「うぉう…」

 

肩を叩いて慰められてちょっと呻く。

机を挟んで手を伸ばして叩いてくるので、正直肩痛い。

 

「…美樹さやか」

「え?」

 

ボソッと彼女が呟いた。

唐突な台詞に思わず聞き返す。

 

「あたし達の仲間になるんでしょ?だから自己紹介」

 

そう言って、美樹さやかは朗らかに笑った。

 

「美樹…さやか、サン?」

「ふふっ、何ならさやかちゃんと呼んでも良いのだよ?」

 

おどけた口調で彼女が言う。

さっきまで突っ込む側に回っていたが、本来これが彼女にとって自然な態度なのだろう。

 

認められた、ってことなのか。

 

「さっきも言いましたが志筑仁美です。仲良くしていきましょうね?」

 

仁美さんも改めてこちらに呼びかける。

二度目の自己紹介には、確かな親愛が感じられた。

 

前言撤回するべきだろう。

友達、3人できそうだ。

 

俺もまた、改めて彼女達に挨拶を返す。

 

「ああ、よろしく。仁美さん。そしてチャン=サヤカ」

 

「いえいえ」

「何故にあたしだけ英名風…!?」

 

こういう場面でついふざける癖はこれから直していこうと思った。

 

「張さやかの方が良かったかな?」

「中華風になっただけじゃんそれ!?」 

 

俺達のやり取りを見ていた仁美さんが笑いを上げる。

 

「ふふふっ。なんだかさやかさんが二人になったみたいで微笑ましいですわね」

「えぇ…。あたしこんなにふざけた奴だっけ?」

 

さやかはその感想が気に食わないらしい。

正直彼女も大概ふざけた所があるので同じ穴の貉だ。

 

「おぉ…君こそがソウルのブラザー!」

「その気になるなっ!」

 

「えへへ…テツヤくんがちゃんと馴染めてるみたいで良かった」

 

まどかが心底嬉しそうな声を漏らす。

 

「いや、まだ大分違和感あるんだけど…」

 

思えば、自分は彼女が気にかけてくれたおかげで今この場所にいるのだ。

やっぱまどかはどうしようも無いほど良い奴だと思う。

 

「最初お会いした時は暁美さんに比べて地味な方だと思いましたが、話してみると面白い方ですのね」

「ほむらちゃんとは、本当に正反対って感じだよね」

 

仁美さんの感想にまどかが同意する。

地味な子、という印象が払拭されたのは喜ばしいが少し馬鹿にされてるような気もする。

 

「ホンット。あの転校生といいあんたといい変ちくりんなキャラばっか転校してくるんだから、けしからん!」

「褒めてんのかけなしてんのかハッキリしろぉい」

 

あの不気味美人と同列に語られるのはあんまりいい気がしない。

ていうか、気付いたらまた暁美ほむらの話題に戻ってきていた。

 

「にしてもまどかは転校生にモテるなぁ…さては新調したリボンの賜物かな?」

「そんなんじゃないと思うけど…それにほむらちゃんとは仲良くなった訳じゃないし…」

 

なんと、まどかのリボンは今日から新調だったのか。

通りで彼女にしては派手目の色合いだと思った。

 

…じゃない、今は暁美についての話だ。

何故彼女がまどかに接触したのか、思えば不明なままだった。

 

「そういや、あいつは最初からまどかが目的だったけどなんでだろうな」

 

話を聞く限りまどか側に心当たりは無いようだが、暁美ほむらは幾度となくまどかを注視していた。

出会ったこともない他人に、何故…?

 

「まどかさん。本当に暁美さんとは初対面ですの?」

「うん…常識的にはそうなんだけど」

 

仁美さんの質問にまどかが返す。

どこか歯切れの悪い言い方だ。

 

「何それ?非常識なところで心当たりがあると?」

 

さやかの追及に、少し考え込むまどか。

ちらり、とこちらに目を向けてくる。

 

…?

その視線の意図がよく分からなかった。

 

「あのね…昨夜あの子と…」

 

まどかが二人に向き直り、語り出す。

そしてやや逡巡しながら、彼女は。

 

「夢の中で逢った、ような……」

 

そんな事を、言った。

 

「…ふふふふっ」

「あははははっ、すげー!まどかまでキャラが立ち始めたよ」

 

仁美とさやかはそれを聞いて大笑いした。

少々酷いが至極当然の反応ではある。

夢の中の少女なんてもの、それこそ夢物語というものだ。

 

(…)

 

そしてその夢物語を俺は笑い飛ばす事が出来なかった。

 

「ひどいよぅ。私真面目に悩んでるのに…」

「あー、もう決まりだ!それ前世の因果だわ。あんた達、時空を超えて巡り合った運命の仲間なんだわぁ!」

 

大はしゃぎするさやかの声が、遠くに聞こえる。

 

…夢の中の少女。

身に覚えのある単語だった。

 

そういえば、あの日見た夢の中には黒髪の女の子だけじゃなく、もう一人小柄なツーテールの子がいた。

それこそ、今隣にいる人と同じくらいの背格好で…。

 

「それに、夢に出てきたのはそれだけじゃなくて…」

「なになに?まだなんかあるの?」

「…もう、さやかちゃんには教えてあげないよ?」

「えぇ~!?そりゃないよまどか~!」

 

「…なあ、その夢見たの今朝って言ったか?」

 

やや拗ねかかっているまどかにそれとなく聞いてみる。

 

「え?…そう、だけど?」

 

どういう意味?、といった顔で彼女がこちらを見てくる。

 

…まどかの見た夢は今朝だという。

だが俺があの夢を見たのは転校よりも数日ほど前だ。

これだけズレがあるなら、やっぱり偶然の一致に過ぎないのかもしれない。

 

行き過ぎた憶測は危険だ。

 

「もしかしたら、本当は暁美さんと会ったことがあるのかもしれませんわ」

 

不意に仁美さんが口を挟んだ。

 

「え?」

 

キョトンとした表情のまどか、ついでにさやかと俺に向けて彼女は言葉を続ける。

 

「まどかさん自身は覚えていないつもりでも、深層心理には彼女の印象が残っていて、それが夢に出てきたのかもしれません」

 

仁美さんが語ったのは、実に論理的でいかにも納得しやすい仮説だった。

勿論完璧なものでは無いし推測の域を出ないものだが、少なくとも前世の因果よりは納得しやすいだろう。

 

でも、だからといって本当に納得できるものかと言われれば少し腑に落ちないような気もする。

 

「それ出来過ぎてない?どんな偶然よ?」

「そうね」

 

さやかが疑問を呈するが、仁美さんはサラっと返しただけで何の反論もしない。

彼女はあくまでそれっぽい解釈をしただけで、夢の真相自体には興味が無いらしい。

 

夢に引っ掛かりを覚えているのは、所詮まどかと俺の二人のみだった。

 

「あら、もうこんな時間…」

 

ふと、仁美さんが時計を見て立ち上がる。

何か用があったらしい、少々慌てている。

 

「ごめんなさい、お先に失礼しますわ」

「今日はピアノ?日本舞踊?」

「お茶のお稽古ですの」

 

どうやら習い事でもあるらしい。

言動の節々から育ちの良さは伺えていたが、彼女結構なお嬢様のようだ。

 

「ノーブルっぽいじゃなくてガチでやんごとなき身分だったんか君…」

「ええ。もうすぐ受験だっていうのに、いつまで続けさせられるのか」

「うわぁ、小市民に生まれて良かったわ…」

 

ちょっと驚いた俺に、仁美さんが愚痴をこぼす。

さやかの言う通り、自分も小市民の身分を喜ぶべきなのだろうか。

 

「私達もいこっか」

「あぁ、そうだな」

 

まどかが俺達に声をかけ、席を立つ。

自分もそれに続こうとした時、さやかがまどかに耳打ちした。

 

「…あ、まどか、帰りにCD屋に寄ってもいい?」

「いいよ。また上条君の?」

「へへ。まあね…って、あ」

 

照れ笑いを浮かべていた彼女の顔が、ゲッという風な表情に変わる。

理由はまあ、俺がその会話をバッチリ聞いていたのに気付いたせいだろう。

 

「誰さ、上条クンって」

 

すかさず彼女を問い詰める。

我ながら耳聡い人間だとは思うが、気にしない。

 

君付けするからには、上条という人が同年代の男性であると見て間違い無いだろう。

それも口振りからして只の知り合いではなさ気だ。

悪い趣味と分かっているが、とても気になる。

 

「いや、その…友達っていうか腐れ縁みたいな?」

「上条君っていうのはさやかちゃんの幼馴染みで…」

「わぁっ!?ちょっ、まどか、勝手にそういうこと言わないでよぉ…!」

 

あたふたしながら誤魔化そうとするさやかの気を知ってか知らずか、まどかがサラリと友人の情報を口にした。

 

しかし、幼馴染みの男にCDを…ねえ。

何やら強い色恋沙汰の気配を感じる話題だ。

 

「フムフム、そうかいそうかいナルホドナルホド」

「うわぁ、なんか嫌な納得のされ方だぁ」

 

正直その手の話は大好物だ。

引き攣った笑いを浮かべるさやかには悪いが後でまどかに詳細を聞くことにしようと決意する。

 

そんなやり取りを経て、飲食店での集いはお開きとなった。

 

 

「では、また」

 

店を出てエスカレーターを上った辺りで、仁美さんとはお別れになる。

折角親交を深められたと思ったのに、すぐにお別れとなって非常に残念に思った。

 

「じゃあね」

「バイバーイ」

「また、明日な」

 

三人で手を振って、その後ろ姿を見送った。

 

なんだかんだ転校初日で友達3人ゲット、というのはかなり特異な体験をしてしまった気がする。

ああいう気の良い友人というのは非常に得難いものだ。

明日学校で会う時はもっと積極的に話しかけていくことにしよう。

 

「そんじゃ、二人とも行きますか!」

 

彼女の姿が見えなくなると、さやかに促され自分達も目的の場所へと足を向ける。

 

その時だった。

 

「…ん?」

 

ふと、窓の向こうに何か赤い光が見えた。

気になってじっと見つめてみると、それは不意に揺らめき遠くの方へ飛び去っていってしまう。

 

「あっ」

 

飛び去っていくその一瞬、赤い光点が周囲に暗い影を纏っているのに気付く。

いや、正確には少し違う。

むしろ"何か赤い光を放つモノの影が見えた"と言うのが正しい。

 

「テツヤくん?」

 

いつまでも足を止めている自分にまどかが呼びかけてきた。

 

「あぁ…うん、今行く」

 

その言葉で気を取り直し、さっさとその場を後にする。

 

どうも転校初日で久々に人と話したものだから、思いのほか身体が疲れているらしい。

まさかこんな奇妙な見間違いをするなんて。

 

 

だからきっと、気のせいだ。

あの赤い光点が、何か小さな動物の瞳に見えてしまったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





5話目にしてようやく第一話のサブタイが出てくるという。
次回からは本格的に非日常に巻き込まれていきます。やったね。

と、言いたい所ですが今回で遂に書き溜めのストックが切れてしまいました。
その上現在中間考査期間という事でますます遅筆になっていくかと思われます。
考査期間後はなるべく早めに更新して行こうと思いますので、気長にお待ちいただけると幸いです。


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第6話 「そこにいるのは誰なんだ」

 

 

 

ソレは、暗闇の中を走っていた。

足を一時も止めず、ひたすらに。

 

「はっ…はっ…はっ…っ…!」

 

何故走っているのか。

理由は単純明快。

 

走らなければ殺されるからだ。

 

「…っっ!!」

 

ソレの真横を紫色の光が通り過ぎ、壁にぶつかって一瞬火花を散らす。

光はそれだけではない。

 

ソレを狙い撃つように立て続けに同じ紫電が放たれる。

さっきまで走っていた道が紫電によって正確に射抜かれるのを目にし、ソレは駆けるスピードを全力にまで上げた。

 

ソレの動きはとても素早い。

小柄な体躯に獣のようなフォルムは走って逃げ回ることに秀でているからだ。

 

だが、そのようなアドバンテージが自分の命を狙う追跡者には何の意味もなさないこともソレは理解していた。

 

故に、ソレは何者かに助けを求めようとする。

 

《たすけて…》

 

闇の中、自分を追う影がその速度を増すのを感じる。

相手は何かを焦っているようだ。

その焦燥を表すように、放たれる雷光の量と密度がさらに増加していく。

 

身体のあちこちを紫電が掠め、肉体が次第に削り取られていった。

このままでは遠からずまた仕留められてしまうだろう。

 

そのことを察知し、ソレはより一層助けを呼ぶ声を大きくした。

 

《たすけて…》

 

ソレは呼び続けていた。

 

 

《まどか…!》

 

 

自分の求めるモノの名を。

 

 

 

 

 

 

___________________

 

 

 

 

 

「…え?」

 

「ん、どしたよまどか」

 

隣にいるまどかが不意に呆けた声を上げた。

 

「いや、なんだか誰かに名前を呼ばれたような気がして…」

「?俺でもさやかでも無いけど…」

 

「おーい!二人とも何ボケッとしてんの、置いてくよー?」

 

随分と先の道を進んでいるさやかに急かされ、一先ず会話を中断して先を急ぐ。

 

「気のせいだろ。この馬鹿でかいショッピングモールじゃどんな音が聞こえてもおかしくなさそうだし」

「そうなんだろうけど…でも、まるで頭の中に…」

 

まどかはこちらの意見に同調しつつもなんだか納得いかない様子だ。

 

暖色系で固められた壁と床に、やたら曲面を多く取り入れた造りのだだっ広いショッピングモール。

都市開発の煽りを大いに受けて建造されたというこの施設には多種多様なチェーン店が軒を連ね、あちこちの店からは、常時CMや店員の声が届きまくりちょっとした喧騒が生み出されている。

 

故にどこかの店の音声を聞き間違うこともあるだろうし、ひょっとしたら円なんていう姓の人が近くにいたのかもしれなかった。

 

「にしてもCD屋なんてあったんだな、ここ」

 

目的の店を目前にし、ふとそんなつぶやきが洩れる。

 

「そりゃあるでしょ、モールなんだから」

「テツヤくんは今まで来たことないの?」

 

傍から見れば的外れな自分の感想にさやかが突っ込み、まどかが疑問を提示する。

 

「全く無い訳じゃないけど、ここまで来たことは無いんだよね」

「そっか…」

 

まどかが曖昧に頷く。

そういえば彼女にはチラッとだけ過去の話をしていた。

ひょっとしてその事で気を遣わせているのだろうか。

 

「ふぅん…」

 

そんなまどかの様子を余所に、さやかは何を思ったか目を細めてこちらにニヤッとした笑いを寄越す。

 

「さてはあんた、今までずっと音楽をネットとかで聴いてたタイプでしょ」

 

「え、まぁ、そう…なんじゃ、ねえの?」

 

何を問われているのかよく分からず、適当な返事になってしまう。

その反応を見ると、さやかはより一層変な笑みを強くして会話を続けさせる。 

 

「けしからんなぁ~?音楽っていうのはこうやってディスクを探して買っ聴くから良いってもんよ」

「はぁ」

 

「CDとMP3じゃ音がぜんっぜん違うんだからね、音が!」

「へぇ」

 

なんか偉そうに演説ぶられた。

どうもこういう店に来ないという発言をCD購入をケチっているという意味に取られたらしい。

 

別に貧乏だとか音楽に興味が無いとかそういう訳じゃないのだが、あながち間違った事は言われていないのでなんとも言えない。

 

「意外だな、お前が音楽にうるさい口だとは」

「ふっふぅん!こう見えてあたし、古いクラシックの収集とかしてるんだよねー」

 

やたら誇らしげに笑うチャン=サヤカ。

こういう明るめの元気な子って、スポ根とかヲタク文化的な趣味持ってそう、という勝手な先入観があったので少し意外だ。

 

というかこうあからさまに威張られると、彼女自身も音楽が自分らしくない趣味だと思っているように見える。

 

…ふむ。

 

「彼氏の趣味か」

 

「はは…って、うぇえっ、ちょっいや、なんっ…!?」

 

試しに言ってみると彼女は瞬時に慌てふためき赤面した。

なんと判り易い。

 

「おやまぁ、ビンゴかえ?」

「ばっ、そんな訳じゃなくって、その…!」

 

手をぶるんぶるんと振り回して否定するさやかだったが、こういう時しれっと口を挟んでくる人の存在を彼女は忘れていた。

 

「さやかちゃんは、ちっちゃい頃から上条くんと一緒に色々音楽聴いてたんだよね」

「~ッッ!!まどかぁ~!」

 

まどかのナイスな、さやかにとってはバッドなフォローが入り、彼女は一層顔の赤みを増して悶える。

もはや叫びが声になっていない。

 

成程、口ぶりから察するに幼馴染のボーイなフレンドの影響で小さな頃から音楽に触れていた結果現在の趣味に繋がったという感じか。

そういえば今この店に来ているのもそのカミジョーくんとやらへのお土産だとか言ってたような気もする。

 

「あー、もうっ!私今からあっちの棚見てくる二人もとっとと自分の好きな曲での探しててよ、ほらほら!」

 

トマトめいて顔を真っ赤にしたさやかが、叫びながら俺達をバタバタ手ではたいて退ける。

想像以上の恥じらいっぷりだ。

 

「わへへ…ゴメンってば」

「HAHAHA、わっかり易い子じゃのう」

 

最初話した時は単に言動の愉快でツッコミ激しい元気っ子みたいな印象のさやかだったが、こうして見ると案外乙女チックな方であるのかしらん。

 

「そこか。そこが萌えなのか…」

「うるさぁぁいっ!!」

 

そんなどうでも良い事を考えてる内に、まどか共々別の棚に追いやられた。

 

 

 

「やれやれあんまり人の恋路に首突っ込むんじゃなかとね」

 

さやかに追い払われて手持ち無沙汰になったので適当にCDの棚を廻ってほっつき歩く。

一緒に追い払われたまどかは、「気になる曲があるから」と試聴機器の方へと行ってしまい結果的に自分一人が残された。

 

まどかの方をちらと見ると、彼女は既に店頭のヘッドホントを装着し音の世界を存分に楽しんでいる様子だ。

遠くの方では、さやかがクラシックの棚からケースを漁り渡っている姿も伺える。

 

現状暇なのは自分だけ、という事か。

 

「こういう時、無趣味な人間は損さね」

 

遠巻きに見守っているだけなのも寂しいので、手近なCDケースを引っ張り出してパケ絵を眺めてみる。

出して戻すを繰り返すのはあんまり購入意欲が無いのと、知らないアーティストばかりのせいだ。

 

コネクト、ルミナス、magia、未来、…なんて読むんだコレ、み、みすてぇりぃおっそ?

ダメだ全然分からん。

 

「いやはや、記憶に無い曲ばっかだなー」

 

まったく困ってしまう。

こうも自分に音楽知識が無いとは思わなかった。

そりゃあ今まで周囲の音楽を意識した事はあんまり無かったけれど、記憶の片隅に有名グループの名前でも残ってたりしするだろうという甘い考えが良くない。

 

やはり、これから日常生活を送っていくならば周囲について行けるぐらいに音楽への関心を持つべきだろうか。

 

後でさやか辺りにオススメとか聴いてみるのも良いかもしれないと思ったが、さっき怒らせたばかりでやや気が引ける。

いや、彼女は大概照れ屋なだけっぽいので別にそこまで気にしちゃいないだろうし話せば相談に乗ってくれるかもしれない。

 

しかしまあ、それとは別にしてもここまで自分の無知無関心を突きつけられると少し凹むというか何と言うかこう、

自分が、 その、

まるで、

 

 

 

"…カラッポ ミタイ ダネ…"

 

 

 

「あ?」

 

どこからか、声が聞こえた気がして声を上げる。

 

首筋の毛が逆立つような、おぞましい囁き。

幻聴か?

そんな事を思ってしまうくらいその声は現実味が薄く、この世のものとは思え無い程の悪意に満ち満ちている。

 

(…ッ!?)

 

それを知覚した瞬間、胸の内で何かが疼いた。

 

強烈な圧迫感に襲われ息が詰まる。

叩き付けるような衝撃の波に頭が朦朧とし、視界も不気味に揺らめき始める。

 

「なんっ…こ、れ…ッ!?」

 

胸元が焼け付くように熱い。

臓腑が身体を突き破り勝手に飛びだそうとするみたいなイメージ。

感覚が何かを警戒するかのように鋭敏化し、自分の意思とは無関係に何処かへ動き出そうとする。

 

動く?

それは何処に向かって?

 

一体、何を求めて?

 

"…ナニモ ナイナラ シンジャエバ イイノニ…"

 

あの不気味な囁きが再度聞こえた。

今度は先とは比べものにならないくらい明瞭に、明瞭過ぎる程はっきりと聞こえる。

耳からではなく、頭の中に直接響くようなクリア具合。

脳髄に文字を焼き入れられるような不快感があった。

 

「っ…ぁが…ッ!」

 

それに反応するかの如く、胸の疼きが酷くなる。

荒れ狂う滾りが何かを探して拡散し、ある一点へと収束していくのを感じる。

 

何かに引き寄せられている、のか。

何に。

この、声に?

じゃあ、この声って一体?

 

"…ナンノヤク ニモ タタナイ クセニ…"

 

「誰、だ…この、声…?……ッ!!」

 

三度届いた声に、収束寸前の疼きが一気に一点へと集中し、ある方向を指し示す。

 

…下。

 

何が?

声の届けられている、場所?

 

分からない。

ただ何か、正体不明の本能的な超感覚が俺を導こうとしている。

 

あの声を、追えと。

 

「どこだ…」

 

足を踏みだし、駆け出す。

満足にこの異常の理由も理解せぬまま衝動的に動き始める。

 

「どこにいる…!」

 

まどかの事、さやかの事、あらゆる事象を忘却し、棚から離れて店の外へ。

自身を導く感覚に身を任せ、階段を全力で駆け降りこの建造物の深部へと向かっていく。

 

自分でも何をしているのか、よく分からない。

よく分からない恐ろしげなものが、自分の心を捕らえて話そうとしない。

 

訳の分からぬままただ走り、叫ぶ。

 

「そこにいるのは誰なんだ…っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

___________________

 

 

 

 

 

 

「…あれ?」

 

試聴用のヘッドホンで最近の曲を探し聴いていた時。

不意に誰かがバタバタと足音を立てて駆け出すの気配を感じ、わたし(鹿目まどか)は目を開いて振り向く。

視界の端、ちょうど一人の少年が慌ただしく店から退出していくのが見えた。

 

「テツヤくん?」

 

見間違えようのないあの学生服姿。

一応さっきまで彼のいた筈の棚の一角視線を向けるが、当然そこには誰もいない。

 

「やっぱり、さっきの…」

 

テツヤくんの姿で間違いない。

 

でも不思議だ。帰るなら帰るで、私やさやかちゃんに何も告げないまま行ってしまうなんて彼らしくない。

彼らしい、ってまだ付き合いも浅いのにそんな事言うのは変かもしれないけれど、それでも彼が友人をおざなりにして逃げ出せるような酷い子とは思えない。

 

でもそれなら、あんなに急いで何処へ行こうとしているのか、尚更疑問でもある。

 

一体、どうしちゃったんだろう?

 

「…ん」

 

早く追いかけた方が良いのか、先にさやかちゃんを呼んでおいた方が良いのか。

迷い、たたらを踏んでいたその時。

 

 

《…たすけて…》

 

 

誰かの悲痛な声が聞こえた。

 

「え…?」

 

頭に響いた、不思議な声。

ヘッドホンが壊れてしまったのかと思って慌てて取り外すけれど、プレイヤーにもヘッドホン本体にも何もおかしな部分は見当たらない。

 

誰かに呼びかけられたにしては、余りにも距離が近すぎるし、音楽を聴きながらあれだけの声量が届くのもおかしな話だ。

 

…幻聴、かな?

 

《たすけて…!》

 

「え…?」

 

さっきと同じ声が、再び私の頭に響いた。

先程までとは比べものにならないくらい明瞭になって、聴覚に訴えかけてくる。

 

《たすけて…!》

「えっ?…ぇえっ?」

 

今はもうヘッドホンは付けていない。

にも関わらず、声は驚く程近くに聞こえてくるし、私の周囲にそんな近距離から私に話し掛けてくる人もいない。

 

まるで、頭の中に直接声を届けられているみたいだ。

 

原理は分からない。

私にそれが聞こえた理由も。

 

ただ、"誰かが助けを求めている"という事実だけが、胸に突き刺さる。

 

《たすけて、まどか…!》

 

私の名前を、その誰かが呼んだ。

 

その事を理解した時、既に自分が店を出て声のした方角に向かって歩いている事に気づく。

 

けれどもう、動き出した身体は止まらない。

自分を呼び続ける誰かを探して、感覚だけを頼りに当てもなく廊下をさ迷い走る。

 

《僕を、助けて…!》

 

「誰…?誰なの…?」

 

私を呼んでいるのは、誰?

 

こちらからの問い掛けは誰にも届かない。

だから自分の足でこの苦痛の滲むような叫びの主を探し求めてひたすら歩く。

 

《…たすけて》

 

声を辿って私は歩き、着々と光の届かぬ薄暗い通路へと誘われようとしていた。

 

 

 

 

 

 

___________________

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

見知った顔が何処かへフラフラと歩いていくのを目にし、(美樹さやか)はCDを漁る手を止める。

 

「まどか?」

 

あの小柄な後ろ姿に目を引く赤いリボン、それに結ばれたツーテールは間違いなくまどかのもの。

 

それがどうして、何も言わずに店から出てくようなマネを?

用事ができたからって無言で消え去ったりする無愛想な子じゃ無いのは重々承知だし、そもそも逃げ出したりする理由が思い当たらない。

 

それにあの、何かに憑かれたみたいな動き。

どうも不安にさせられる足取りだ。

 

「あの子、一体どうしちゃったのよ…?」

 

追いかけなきゃ。

そう思って引っ張り出したCDを棚に片っ端から棚に叩き戻し、荷物を纏めてその場を後にしようとする。

 

おっと、その前にもう一人の連れを呼ばなくては。

まどかが心配だからって、新しい友人を蔑ろにするのは良くない。

 

「…って、アイツもいつの間にかいなくなってるし」

 

今になってあの転校生、暦海テツヤの姿がどこにも見当たらなくなっている事に気づく。

店内をぐるっと見渡してみるが、見たところ彼の影も形もありはしない。

 

まどかが何処かへ走り去るよりも前に、もう何処かへ消えていたらしい。

大した手際というか、よくまあ気付かれずに逃げたもんだというか。

 

「くぅ~っ!二人揃って勝手にどっか行っちゃうんだからもうっ…!」

 

人知れず頭を抱え、溜息を付く。

 

まどかと転校生。

正反対に見えてどっちも何かポワッとしてるというか、危なっかしいところがあるというか微妙に似てる感じがするな、あの二人。

 

どういう理由でいなくなったのかは全くの不明だけど、このまま放っておくこともできないのは確かだ。

 

もう大分遠くに行ってしまったまどかを追いかけ、自分も店から足早に立ち去る。

CDを買い損ねたのは惜しいけれど今はそれ所じゃない。

 

「私を置いて勝手にどっかいくなんて許せーんっ!!」

 

そうして私もまた、闇雲に走り出す。

消えたテツヤと、さ迷うまどかを追ってひたすら前へ。

 

 

自分の向かう先に待つものが何かも、知らないまま。

 

 

 

 

 

 

 









本当は今話でQBが出る所までやっちゃおうと思ったんですが、長すぎるので分けました。
ああ、また話数が増える増える…。
ちなみにツインテールは怪獣です。

テストが終わったと思ったら学校祭の準備が忙しくりそうなので、また更新が遅れる予感…。
気長にお待ちください。


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第7話 「なんだこの死屍累々」

 

 

「…っ!…っ…っっ!!」

 

暗闇の中を走っていた。

微かに灯る非常灯の光だけを頼りに、薄暗い通路を駆け回る。

 

今、自分はどこにいるのだろう?

そんな事ももう、思い出せない。

 

途中で"関係者以外立ち入り禁止"みたいな貼紙を見たような覚えもあるが、気にも留めていなかった。

 

目指す場所はただ一つ。

 

"…シンジャエバ イイノニ…"

 

「…っうるせぇ!頭いてえんだよっ!!」

 

さっきから脳内に響いて止まないこの呪詛のような囁きの発生源だ。

 

右へ左へ、上に行ったと思えば下へ。

相手側が移動でも繰り返しているのか、感覚の指し示す先は一定せずあっちこっちを走り回る羽目になっている。

 

ただ一応近付いてはいるらしく、走る度に脳内の呪詛は大きさを増し身体に走る悪寒は一層強くなっていた。

 

「クッソなんだ、このげっそりする感覚は…」

 

頭を揺らすこの囁きは、余りにも悪意というものに満ち溢れている。

 

嫉妬、憎悪、絶望、諦観、悲嘆、殺意、激怒、狂気…

ありとあらゆる悪感情がない交ぜになり、一つの巨大な波となって無差別に撒き散らされているかのようだ。

 

この、"呪い"とでも言うべき悪意の総体がどこから来たものなのか。

何を思ってこのような波動を放っているのか。

理由は分からないし、分かる気もしないが、ただ胸を疼かせるこの衝動だけに任せて走り続けていた。

 

"…デキソコナイ ノ ニンギョウ ナンテ…"

 

「…ッィ!今度はこっちかよ…!」

 

背筋に刺すような感覚を覚え振り返る。

 

視線を向けた先、曲がりくねった通路の向こう、暗がりの中でふと紫色の光が瞬き闇の中を一瞬照らし出した。

 

「そこかッ!?」

 

間髪入れず光の見え方向に駆け込む。

ある程度接近してから立ち止まり、闇の中で目を凝らすと、そこが通路の曲がり角であり別の広い部屋へと繋がっているのに気付いた。

 

「…」

 

息を止め、壁一枚隔てた向こう側の気配を探る。

 

しばらくジッと聞き耳を立てていると、やがて何者かが走り抜けるようなドタドタした足音が聞こえてきた。

 

…間違いなく、何かがいる。

 

この先にあるものが果たして自分の探していたものなのか、あるいは別の何かか。

巡回中の警備員とかだったらお笑いだが、多分その方が安心はできることだろう。

 

「…よし」

 

一息付いた後、しばらく闇に目を慣れさせ周囲一帯を探る。

今自分がいる場所は、資材置場のような場所であったらしく、大量の段ボール箱や鉄骨等の建材諸々、イベント用の風船やらテントやらが雑多に置かれていた。

その中から目的のものが床に散乱しているのを見つけ、拾いあげる。

 

手にしたのは、手頃なサイズの鉄パイプだ。

 

トイレとかの排水に使われてそうな、握り易い太さの金属棒。

ブン、っと一振りしてみると確かな重みと想像以上の扱い易さが実感できる。

 

…もし、この先にいるのがさっきから感じる悪意の発生源ならば手ぶらで接近するのは危険だろう。

氏ねとか消えろとか平気で喚くような相手だ。

こちらに対して友好的であるとはとても思えない。

用心に越した事はないだろう。

 

「…そんじゃ、行くか」

 

手にパイプを握り締めそっと立ち上がり、壁越しに構えつつタイミングを計る。

相手は移動を続けている。そう長くは待てない。

 

「…っ!」

 

意を決して曲がり角から飛びだし、向こう側へと身を踊らせる。

パイプを振りかざして相手を警戒しつつ、携帯電話の画面を片手で開いて前方の闇を照らす。

闇の中に浮かび上がる何かのシルエットを確認し、その何かに対して声を張り上げた。

 

「おい、誰だっ!!そこにいるの…は…ッ!?」

 

 

そこで俺は、想像を絶する光景を目にした。

 

 

 

 

 

 

___________________

 

 

 

 

 

 

《…たす…けて…!》

 

「はぁ…はぁ…はっ…どこ…?どこなの?」

 

闇に包まれた暗い通路の中を走り続けながら、私を呼ぶ誰かに向かって呼びかける。

 

もう既に自分でもどこを歩いているか分からなくなっていたけど、頭に響く声がある程度指向性を伴っているせいか行き先に迷う事は無い。

 

流石に"関係者以外立ち入り禁止"の張り紙を見た時は少し進むのを躊躇ったけれど、私に助けを求めるこの声を無視して引き返す事は出来なかった。

 

《たすけて…》

 

また聞こえた。あの声だ。

必死に助けを呼んでいるこの悲痛な声。

それを以前よりも一層近くに感じた。

 

「どこにいるの…?あなた、誰…?」

 

微かに何かの動くような気配を近くに感じ、それに向かって呼びかける。

その時だった。

 

ギ ギ ッ

 

「えっ?」

 

ふと頭上からコンクリートの軋むような音が聞こえて思わず足を止める。

 

上に、誰かいる?

 

やっぱり危険な気がするから引き返してしまおうか、でもこのまま何もしないで立ち去るのも…。

 

ガ コ ッ

 

そんな選択も許されないまま頭上の怪音はいきなり大きさを増し、やがて床の抜けるような変な音が聞こえてくる。

 

そして小動物大の謎の物体が天井からボトリと大きな音を立てて落ちるのを見た。

 

「…っ!?」

 

無造作に打ち捨てられたソレに思わず駆け寄る。

近くに行くと、仄かな蛍光灯の光の中にそれの姿が映し出されその全貌が明らかになった。

 

小動物大、ってさっきは説明したけれど目の前に倒れているそれは実際犬や猫に似た体型をしている。

けれどよく見てみると余りにも犬や猫とは掛け離れた姿なのが分かる。

 

真っ白な体色に大きく太い犬のような尻尾、その実頭の形は猫に似て丸く、小さな耳のようなものまで生えている。

その上耳からはさらに長い垂れ耳のような器官が伸びていたりと、自分の知るどんな小動物とも一致しないシルエットをソレは持ち合わせていた。

 

これが、私を呼んでいたものの正体?

 

「あなたなの?」

 

恐る恐るそう聞いてみるとその小さな動物はピクリと動き、やがて震えながら確かに声を発した。

 

「たす、けて…」

 

間違いない。さっきから私を呼び続けていたあの声だ。

 

脳内に聞こえていた時と比べると、弱々しくか細い。

よく見ると身体のあちこちが擦り切れたように傷付けられているのに気付く。

 

今さっき付けられたみたいに新しく、所々に焦げ付いたような跡もある。

まるで銃弾でも受けたみたいな、痛々しい傷跡。

 

一体誰が、こんな事…。

 

「っ!」

 

そう思った矢先、今度は鎖の擦れるような音が耳に響いた。

それに続いて誰かがゆっくりと歩いてくる足音も聞こえて、ギュッと身を竦ませる。

 

音は自分の真正面から聞こえてきた。

そしてそのまま真っ直ぐこっちへと向かってくる。

 

誰かが私を、いや、この子を追ってきたんだろうか。

 

薄暗い通路の向こう、闇の中でうっすらと人影が蠢いているのに気付く。

 

間違いなく、誰かが向こうにいる。

 

警備員さん?

この子の飼い主?

さやかちゃんが心配して追ってきた?

 

もしかして、この子を傷付けた人が…。

 

足音が段々と近くなり、うっすらとしていた影が次第にハッキリしていく。

その頃にはもう、目の前にいる人間の具体的なシルエットを伺い知れるようになっていた。

 

背丈は思ったより低く、私と同じくらい。

体つきも全体的に華奢で、女の子のようにも見える。

 

最も目を引くのはその髪だ。

腰まで届く程真っ直ぐに伸ばされたその長髪は闇の中に溶け込むみたいに黒く、幽鬼のような恐ろしい雰囲気を醸し出している。

 

(長い、髪?)

 

私と同じくらいの女の子で、黒く長い髪。

 

その特徴には思い当たる節がある。

嫌な予感がした。

 

歩いてきた人影が私のすぐ近くにまで辿り着き、暗がりの中でもハッキリと分かるくらいその姿形を眼前に晒し出す。

 

それは私の知っている人だった。

 

キリッとした眉に、スラッとした立ち姿、大きく目を引く長い髪の持ち主。

何よりも印象的な、あの鋭く冷ややかな色を湛えた瞳。

 

 

「ほむら、ちゃん…?」

 

 

暁美ほむらが、私の目の前に立ち塞がっていた。

 

 

 

 

 

 

___________________

 

 

 

 

 

 

「なん…だ?これ、は…」

 

目の前にある理解不能の光景に唖然として立ち尽くす。

 

自分は、脳裏に響くあのおぞましい声を追ってこの真っ暗闇の通路まで辿り着いた。

 

だからそこにあるものは、人間人外を問わずあれだけの悪意を持ちうる程の感情を有した何らかの生命体だとばかり思っていたのだ。

 

だが、今目の前にあるのは自分の想像を大きく逸脱したものだった。

 

「なん、これ…な、ん…?」

 

それはまず、人間ではなかった。間違いなく。

さらに言えば、生命体でもなかった。

 

厳密には、「もう生命体ではなかった」と言うべきか。

 

生命活動をしている物体を生命体と呼ぶならば、目の前に転がるそれらは既にその括りに当てはまらないだろう。

 

白い肌。

人間の三分の一も無い矮小な肉体。

四足歩行を主としていたらしい犬猫型の体型。

 

生き物らしいフォルムを見せるそれらの物体は、その実生命活動の片鱗も見せぬまま何も語らずただ雑多に散らばっていた。

 

 

とどのつまり、死んでいたのだ。

 

 

「なんだ、この死屍累々は…?」

 

俺の目の前あったのは、

 

小動物らしき何かの、無数の死骸だった。

 

 

 

 








さっきまでQBだったものが辺り一面に転がるぅ~♪オーイェェッ♪(cv.小林太郎

とか何とか言いつつ久しぶりの投稿です。遅くなって申し訳ありません。そして目茶苦茶短いです。
学校行事がかなり忙しめになってるので、あと一週間ぐらいは更新が遅れまくりそうな予感…。

どっかで遅れを取り戻さねばと危機感を覚えつつ、また次回でお会いしましょう。


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第8話 「どうしてあなたまでここにいる」



更新遅れてすいません。
そして多分次回も遅れます。

学業キツイや…。

あと、スマホの機種変をしたので、行開けがなんか上手くいってないっぽいです。





 

 

「なんだこの、死屍累々は…?」

 

薄暗い通路で一人、目の前に転がる無数の死骸を見て俺は呆然と呟く。

その反応に見合うほど、それは理解不能に過ぎる光景だった。

 

「生、物なの、か?これ…」

 

足元に倒れていた手近な一体に近づき、恐る恐るその白い体表をつっついてみる。

 

ふにゃ。

 

「…柔っこい」

 

猫のものによく似た独特のモフモフとした感触が優しく手の平を包み込む。

中々気持ちのいい感覚ではあるが、温もりが無いので心は癒されずむしろ冷えるばかりだ。

 

「でもこれ、犬猫じゃあねえよなぁ…」

 

死体の損傷が激しいので正確なフォルムは不明だが、こいつの身体からは犬猫狐、狸や兎のどれにも似つかぬ特徴が確認できた。

馬鹿に長い耳とか、ぶっとい尻尾とか、よく分からん輪っかみたいなものとか。

動物的でありながら、明らかに通常の生態系から逸脱しているように見える。

 

それこそファンタジーに出てくる架空の精霊とか、子供用に作ったオリジナルデザインのぬいぐるみにでもありそうな格好だ。

 

というか、やっぱりこいつ生物じゃないのでは?

 

「血も内臓も見当たんないし、阿保みたいに柔らかいし…」

 

死体特有の生理的嫌悪が皆無だったのもあり、思いきって丸々一体をつまみ上げてじっくり観察してみる。

 

指にかかる力はやたらと軽く、驚くほど柔らかい肉の感触は臓器どころか骨格の存在すら怪しくさせた。

 

イベント用のグッズがなんかの拍子で散乱したってオチかもしれない。

 

「ん」

 

調べていると、ふと小動物の顔とおぼしき部位に目が合う。

他の死体は大抵頭部が潰れていたり全体的に破裂しているので、これほど顔面が残っているのは珍しい。

 

じっくり見てみると、これまた現実感の無い作りの顔である事が分かった。

 

顔全体のシルエットが餅みたいに丸々としており、鼻や眉に相当する起伏に乏しい。

だがそれ以上にこいつの真っ赤な瞳が大きく目を引く。

 

兎なんて目じゃないくらい朱に染まった円形の目。

瞼も睫毛もなく、まるで粘土にビー玉を埋め込んで作ったみたいな無機質さを感じる。

 

だが、しかし。

 

「…瞳、だこれ。間違いなく」

 

光を失い、どこも見てなさそうな虚の瞳。

しかしそれでいて確かに確認できる目の光沢や潤みの名残は、この無機質な球体がかつては水晶体として機能していた事を無言で訴えてくる。

 

作りもののようだが、コイツは間違いなく生物だ。

 

「……」

 

その事を認識した瞬間急速に頭が冷え、手の上から滑り落ちた死体がポトリとマヌケな音を響かせた。

今頃になって自分がどうにも異常な事態に足を突っ込んでいる事に気づかされる。

 

もしかして俺は何か見てはいけないものを目撃してしまったんじゃないのか。

 

そんな不安を覚えて少しばかり後ずさった。

 

頭が痛い。

色々な事が起こり過ぎている。

脳味噌の中が混乱して物事の整理がつかない。

 

自分はただ、友達と一緒に遊んでみたかった。

それだけの筈だった。

なのにどうして今、こんな暗い場所で、こんな死骸に囲まれて独り立ち尽くしているのか。

 

解せない。

何故自分はこんなことを?

その答えは実に単純。

 

呼ばれたからに決まっている。

 

誰に?

 

あの、おぞましい呪いの囁きに。

 

「…!」

 

そこまで思い出したとき、それまで考えもしなかったある事に気付いた。

しまった、という喉まで出かかった叫びを全力で飲み込み息を潜める。

 

目の前にある死体どもに注意を割きすぎて、完全に忘却していた。

 

俺は、あの気持ち悪い感覚を追って来た。

だが今、自分の周囲には命だったモノが転がるばかりで、悪意の出処と呼べる存在はいまだ見つけられていない。

 

つまり、まだアレはこの近くにいるという事…!

 

 

"__!__!!___!!!"

 

 

「…ッ!そこかよっ!!」

 

再度押し寄せてきた胸を突く不快感を察知し、その方向へとこの身を転身させる。

 

今度こそ間違いない。

さっきから自分が追い求めていた何者かがすぐ後ろにいる。

 

足元の生物達の事が引っかかったが、その疑問を振り切って前へと歩を進める。

本当はただここから逃げ出したかっただけなのかもしれないが、この際どうだっていい。

今はこの感覚を逃さぬように足を早めた。

 

「んにゃろっ何処にいやがる…!?」

 

右へ左へ、たまに後ろに行ったり少し下ったり。

再開される鬼ごっこに半ば呆れつつジワジワと相手との距離を詰めていく。

 

後ろへと流れていく灰色の景色を尻目に走っていると、一瞬気になるモノが目に映る。

 

(傷痕…?)

 

暗がりの中、仄かな灯に照らされた壁に擦過したような焦げ跡や、何かの衝突したような小さな穴がいくつも確認できた。

 

まるで誰かが銃器でも乱射して暴れたような有様だ。

これまさか、さっきの生物を惨殺した奴の仕業なんじゃ…。

 

そんな事を考えて、足元を疎かにしたのが間違いだった。

 

ボコッ

 

唐突に足場の感覚が喪失し、踏み込んだ脚が虚しく宙を掻く。

 

「…へ?」

 

もつれた足を何とか踏み止まらせようとしたが、生憎止まるべき大地というものが今、下に存在していない。

 

反射的に地面を見ると、自分が足を踏み込んだ丁度その位置、その部分にぽっかりと空洞が空いているのが見えた。

 

床の脆い部分を踏み抜いたのか、何かの拍子に板がズレでもしたのか。

まあ、そんな事は今更どうでもいいだろう。

 

重要なのは、その床の穴が自分の脚をずっぽりと飲み込み、そのまま身体全体が通り抜けられるくらいデカかった、という事だ。

 

「ホワアアアアアアアアアッッ!?」

 

そんな訳で、俺は意図せず眼下の暗闇に飛び込む羽目となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

「ほむらちゃん…?!」

 

薄暗い通路の中、目の前に立つ彼女を見て私は驚きを隠せなかった。

 

人の事は言えないけれど、本来ここは普通人が簡単に立ち寄っていい場所じゃない。

そんな場所に彼女は悪びれる事無く 、平然と立ち塞がっている。

それだけでも十分に異常だというのに、それ以上に目を引くものが彼女にはあった。

 

彼女の衣装だ。

 

ほむらちゃんは見滝原の制服を着てはいなかった。

 

今彼女が身に纏っているのは、全体を灰や白で纏められた昏い色彩の衣服。

 

黒い襟に白いシャツ、胸元の紫のリボンや短めのスカートと、セーラー服を思わせるような構成だ。

でも、服の襟や裾に悉く鋭角的な尖った造形がされ、至る所に紫色の装飾が取り入れられたそれは、パッと見で学生の着る制服では無いと分かる。

 

そんな変な恰好でどうしてこんな場所に現れたのか。

 

「……」

 

そして、どうしてそんな怖い目で私を見るのか。

 

疑問は尽きない。

けれどそれを直接質問するだけの勇気が出ない。

 

この暗闇において、黒い髪をなびかせてスクっとこちらを見据える彼女の姿はどこか厳かな雰囲気を醸し出していて。

 

身に付けた華美な衣装もそのシックな色合いと相まって、どこか死神の纏うコートのような恐ろしげなものに見えてならなかった。

 

でも、ほむらちゃんの方は沈黙し続ける事を許してくれなかった。

 

「そいつから離れて」

 

機械的な、冷たい一言が彼女の口から放たれた。

 

その言葉で、彼女が何を目的としてここにいるかに気付く。

ほむらちゃんは、私には何の敵意も向けていない。

 

彼女が狙っているのはたった一つだけ。

今、私の腕の中にいるこの小さな動物だ。

 

「だ、だって、この子、怪我してる…」

 

腕の中のものを守るように、ジリジリと後ずさる。

彼女がこの子に何の恨みを持っているのかは知らないけれど、今は命を奪われそうになっているものを守る事が先決だった。

 

そんな私の行動を見た彼女は、僅かに顔をしかめるとこれまた機械的な無機質の動きで私の方へと向かってくる。

 

一歩一歩はゆっくりだけれど、寸分の狂いも無い足取りでこちらを目指す彼女の姿には、見る者を圧倒する重い気迫と明確な殺意が感じられた。

 

「ダ、ダメだよ、ひどいことしないで!」

 

思わず大声を上げ、小さな動物を守るように胸に抱きしめる。

 

「あなたには関係無い」

 

私の制止の声を彼女は一蹴し、足を僅かにも遅めることなく歩みを続ける。

今の台詞を否定しなかった、それは彼女が間違いなくこの子の命を狙っている事の証明だった。

 

「だってこの子、私を呼んでた。聞こえたんだもん!助けてって!」

「そう」

 

必死で叫んで呼びかけても彼女はまるで取り合わない。

ただどうでもいいと言った風に相槌を返してそのまま私の目と鼻の先まで接近してくる。

 

「……っ!」

 

あわやこれまで。

せめてこの子だけでも守り抜かなくては。

 

そう覚悟したその時。

 

 

「…ォォォォワアアアアアアアアッッ!?」

 

 

唐突に、天井から人間が一人がボトッと落下ししてきた。

 

「え?」

 

最初に頭上から、何かが踏み抜かれるようなボコっというような音が聞こえ、次の瞬間仰々しい叫び声と共に私と同じくらいのサイズの人影が見えた。

と思ったら、もう地面に鈍い音を響き渡らせ打ち付けられた後だった。

 

「あいったぁ!?」

 

謎の人影がどこか気の抜けた間抜けな悲鳴を上げる。

何とも気の抜ける声だ。

 

あれ?

 

この声、ついさっき聞いたような覚えが…。

 

「あいったぁ…うっそ…何で穴あいてんのマジ…いっったぁ…」

 

私の眼前、つまり私とほむらちゃんの間に丁度割り込む形で落ちてきた人影が、心底痛そうな声でぶつくさ言いつつヨロヨロと上半身を起こす。

周囲の非常灯に照らされて見滝原の男子制服が浮かび上がり、記憶に新しい背格好と髪形がその正体を思い起こさせた。

 

「テツヤ、くん!?」

 

私の驚愕の叫びにビクッと人影が反応し、一拍遅れてその見知った顔をこちらに向けて来る。

 

「…ぇ?まどか!?」

 

素っ頓狂な声を上げながら打ち付けた腰をさする彼。

その姿は紛れも無く暦海テツヤくんのものだった。

 

「どしてこんな場所いんの君…」

「テツヤくんこそ、どうして…っていうかなんで上から…?」

 

互いにここにいる理由が理解できずに混乱する私達。

けれど、一先ず信頼出来る人間がこの場に現れてくれた事に少しだけ安心する。

 

そう思った矢先、彼の表情が急激に険しい顔付きへと変化する。

 

「待て、お前、その腕の中の奴は…!?」

 

彼の視線は一点、私が腕に抱いている動物に向けられていた。

 

いささか表情がキツすぎるような気もするけれど、その驚きは最もだ。

誰だってこんなよく分からない生物を見せられたら驚く。

 

でも今は説明している時間が無い。

早急に彼を説得してこの場を離れなければ。

 

「_うして」

 

「え?」

 

そう思った時、誰かの掠れるような小さな声が聞こえた。

 

ほむらちゃんだ。

 

ほむらちゃんが、目を見開きワナワナと震えながら何事かを呟いていた。

 

「どうして、あなたまでここにいるの…」

 

彼女はジッとテツヤくんの方を凝視していた。

さっきまでとは打って変わって大きく動揺したような表情で呆然と立ち尽くしている。

 

単純な驚愕とは違う、もっと理不尽な事態に打ちすえられているような痛々しさがある。

 

「は…?え?あ、あっけぇーみぃ、ほむ、ら、サン?」

 

彼女の存在にようやく気付いたらしいテツヤくんが、ギクシャクと後ろを振り返る。

イマイチ状況を飲み込めない顔の彼は、彼女の立ち姿を視認すると、そのままポカンと大口を開けてそれきり沈黙する。

 

目の前の光景に理解が追いつかずひたすら呆けるテツヤくんと、何かに驚愕したまま行動を起こせないでいるほむらちゃんの視線が交差し、しばし何とも言えない空気が流れた。

 

気まずい静寂だ。

 

やがてほむらちゃんの視線がみるみる鋭くなり、彼に対して一歩踏み出し接近しようとする。

 

それと同時に金縛りが解けたように少しずつ動き始めたテツヤくんも恐る恐るその口を開き、

 

何かを問いただそうとして、

 

「あんた、何そのカッコ……ゔぅぉおおおおおおっっ!?」

 

言い終わらない内に横から吹きつけられたガスのようなものを浴びてその全身を覆い隠された。

 

「…っ!?」

 

思いも寄らぬ方向からの攻撃にほむらちゃんも顔を背けて怯み立ち止まっている。

 

「えっ?…え?」

 

何が起こったのか分からず、あたふたする私の後ろから、馴染み深い人物の声が届く。

 

 

「まどか、こっち!」

 

 

さやかちゃんが、私の後ろから消火器を片手に鎮火ガスを吹きつけていた。

 

私が何処かへ抜け出すのを見て、すかさず追いかけて来たのだろう。

彼女は肩で息をしながらも私を守るために悠然とほむらちゃんに立ち塞がっていた。

 

「さやかちゃん!」

 

急いで彼女の方へと駆け寄ると、すかさず彼女は私の前に出て、空になった消火器を相手に向かって放り投げる。

 

「そぉれっ!」

 

大きな筒が何かに激突してけたましい音を通路に響かせるのを確認し、私達はそのまま後ろを振り返らず一目散に反対方向へと駆け出した。

 

こんな目眩しが相手に通用するかは分からないけれど、今はただこの場から逃げ出す事が重要だ。

 

「ハッ…んっ…ハァッ…!」

「はぁ…っはぁ…はぁっ…!」

 

暗闇の中、今まで来た道を全力で逆走する。

2人分の荒い息遣いと足音が通路に響き渡っていた。

 

走りながら一度だけ後ろを見ても、今のところ誰かが付いてきている様子は無い。

 

ここは人通りが少ないとはいえ、一応はデパートの中。

人のいる方へと辿りつければそれだけで安心できる。

 

道に注意せずにここまで来てしまったから迷いそうではあるけど、私を追ってきたさやかちゃんの方は道を知ってるかもしれない。

 

ともかくこのまま上手く走り続ければ、三人揃って逃げ切れ…

 

…三人?

 

「あっ…!」

 

そうだ、私とさやかちゃんと、あともう一人。

 

「待って、さやかちゃん!」

 

立ち止まってさやかちゃんを呼び止める。

 

立ち止まるのをためらったせいか若干躓きながらも彼女は停止し、即座に私の方へ振り返った。

 

「どうしたのっ!?なんかあった!?」

 

息を切らしながら深刻な口調で私に聞いてくるさやかちゃん。

 

止まれば後ろから誰か追ってくるかもしれないという恐怖が止まっているのを躊躇させるけれど、それでも今気付いたこの事は無下に出来ない話だ。

 

「どうしよう…」

 

その場の流れで、ただ逃げる事に必死で気付くのが遅れてしまった。

 

まだそんなに馴染み深くなかったとか、ガスで見えなかったとか、理由はいくらでもあるけれど全て言い訳にしかならない。

 

私達は置いてきてしまったのだ。

 

友達の一人を、あの場所に。

 

 

「テツヤくんが…いない…」

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

「…ぁいった!いだだだだ、かお、顔がメキョッつった!いってぇ…何すんのぉ…!?」

 

なんかぶっとい筒的な物を顔面に投げつけられたので、しばし顔を押さえて悶絶する。

 

グラグラする頭をブンブン振ってどうにかして立ち上がると、ぼやけた視界の中、周囲に立ち込める煙みたいなものに紛れて、床に捨てられ転がる消火器が見えた。

 

確かガスみたいなので視界を塞がれて慌てふためいている時にさやかっぽい声が聞こえて直後に頭にガツンとなんかぶち当てられたのは覚えている。

 

そして今自分の足元には空になった消火器が。

 

…つまりこれ投げつけられたのか俺。よく生きてたな。

 

流れからしてさやかが暁美の足止めに放ったんだろうが、見事にフレンドリィなファイアを喰らわされたようだ。

お陰で逃げ損ねてるし。

 

まあ、暁美の方は俺に特に敵意は無さそうなので別にいいか……って、あ。

 

(そうだ、暁美ほむら…!)

 

まだふらつく頭を無理に振って、自分のすぐ後ろにいた筈の少女の姿を探す。

 

薄っすらと残留するガスの中で目を凝らすと、さっきまでと寸分違わぬ位置に暁美ほむらの姿が見つかった。

 

「また、邪魔をして…!」

 

今まで見た事も無いような苦い顔で立ち尽くしている彼女は、忌々しげにそう呟くとその場から走り出そうとしている。

 

「おいっ待てあんた、どこ行く気だ」

 

すかさず一歩踏み出した彼女の腕を掴んで引き寄せ、行く道を遮った。

 

「っ…触らないで」

 

キッと鋭い目で睨みつけられるがそれで引く気はない。

 

現状は全く分からないが彼女の向かう先がまどか達の方であるのは間違いないだろう。

何が目的であれ、まどかに危害を加える可能性があるのならむざむざ見過ごす訳にはいかない。

 

それに、個人的に聞き出したい事も山ほどあるのだ。

 

「さっきの奴、あんたがやったのか?それにその格好…」

 

道中で見つけた死骸、さっきまで感じていたあの気配、まどかの抱えていたモノ。

積み重なった疑問の答えを求めて手に力を込め問いただす。

 

「邪魔よ、離しなさ…」

 

相変わらず答えるつもの無いらしい暁美は、その細腕に似つかわしくない力でこの手を振りほどこうとして、

 

「…ッ!」

 

唐突にその動きを止め、後ろを振り返った。

 

「?おい、どうし…」

 

急に態度を変えた彼女を不審に思い、追及しようと顔を近づける。

 

「…ぁッ!?」

 

その瞬間、再びあの嫌な感覚が脳裏に突き刺さった。

 

 

"_ミィ_ツケ_ タ_…!_"

 

 

声が聞こえた。

 

今までとは比較にならないほど明瞭に。

 

それは、今まで追っていたモノの正体が今や手の届く距離にまで近づいてきている事を意味している。

 

思えば当然の事ではあった。

ここに落ちてきたのは、あの気配を追ってきたからだ。

 

なら、落ちたその先に自分の探していたモノがいるのも十分あり得る事ではある。

 

ただ、実際にそれと対応するにあたってし何の準備も出来ていなかったのが致命的だ。

 

「…こんな時に」

 

暁美はそう呟くと、さっきまで向かおうとしていたのと反対方向に歩き始める。

 

彼女の方も俺と同じ様に何かの気配を感じている、のか。

だとすればそれは、まどかよりも優先される程の対象だという事なのだろうか?

 

「暁美、何を…」

 

その真意を図りかねながらも彼女を追って自分もその方向へと足を向ける。

 

 

そこで、

 

 

「ぇ」

 

 

とても、

 

名状しがたい光景を、見た。

 

 

目に見える風景が、大きく歪む。

 

脳を酔わせる勢いで世界の形が大きく崩れ、抽象画のように大雑把な色彩へと変質していく。

 

絵画めいたアレンジのなされた薄暗い通路は、やがて引き裂かれるようにその内奥を曝け出し、さっきまでとはまるで違う風景を映し出した。

 

 

「なんすか、あれ」

 

 

ページをめくるみたいに目ぐるましく移り変わる背景。

 

差し替えられる度、世界は幻想色に侵されゆく。

 

    蝶

     髭

  花

        蟲

   毛

      園

 鋏

   

    薔薇

 

雑多なモチーフが塗り重ねられ、元の景色は見る影もない。

 

今、眼前の風景の一部が目の前で貼り替えられたかのように異空間へと変わり果てていた。

 

大きく在り方を変えた世界は、そのままみるみると膨れ上がって、自分達を呑み込まんとする。

 

 

「__ちょ、待っ……」

 

 

いきなり書き変えられた周囲一帯に対して何も分からぬまま立ち尽くしていた俺は。

 

 

急速に広がる異空間へと為す術もなく取り込まれていった。

 

 

 

 

 

 




滅茶苦茶久しぶりの更新になりました。
ただでさえ展開遅いのにこんなペースで完結できんのか、という話ですが、一応エタらせるつもりは無いので不定期でも更新は続けて行こうと思っています。
(完結に何年かかるかは言っていない)

ともあれようやく魔法少女やら魔女やら出てきて、やっと物語が始まる感じで嬉しいです。

次回、みんな大好きな頼れる先輩が…!

出る、と、いいなァ…。

スンマセンまだ書いてないです。


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第9話 「一仕事、片付けちゃっていいかしら」



めっちゃくそ更新が遅れました、申し訳ございません。
全ては、期末テストとproject.ANIMAとくるみインワンダーランドとメタルダーとのんのんびよりのせいです。

…ハイ、サボっててスンマセン。

夏休み中は時間が出来ると思うので、巻き返す勢いで更新していきたいと思います。
…部活の作品と同時進行になってまた遅れる可能性もありますが。

ともあれ、これからも本作をよろしくお願い致します。





 

 

「まどか、そっちはダメだって!」

「離してっ!さやかちゃん!」

 

慌てた様子で必死に引き留めるさやかちゃんを振り払って、私はさっきまで走っていたのと反対方向に行こうとしていた。

何とか振り切って走り出そうとするけれど、彼女は手を掴んだまま中々離そうとしてくれない。

 

「本当に危ないって!こんな場所でコスプレで通り魔してるようなヤバい奴なんだよ!?行ったら何されるか…!」

 

心の底からこちらを心配した顔で彼女が訴え掛けてくる。

私だってさやかちゃんの言うことが分からない訳じゃない。

 

ほむらちゃんが悪い子だとはあんまり思いたくないけれど、あの様子の彼女に近付くのはとても危険な気がする。

 

「でも、テツヤくんが…!」

 

だからこそ、彼一人を、

暦海テツヤくんを置いてきぼりにする事は出来なかった。

 

「っそれは…そう、だけど、さあ…」

 

さやかちゃんもそれは分かっているようで、私の言葉を聞いて苦しそうに顔を歪める。

けれど、それでむざむざ私を危険な場所に向かわせるような彼女では無いことも分かっていた。

 

「…っ、それにあんた、その抱えてるのどうすんのよ」

「ぁ…そうだ、この子…」

 

さやかちゃんの指摘で、胸に抱えたままにしていたこの白い生き物の事を思い出す。

元はといえば、これに呼ばれたから私はここに来て、これを守るために今必死で逃げているのだ。

 

「つーか何それ、ぬいぐるみじゃないよね…?生き物?」

 

不審そうな顔でこの子を見つめるさやかちゃん。

その言葉で今更になって自分が抱えているものの異常さに改めて気付かされる。

 

確かにこんな白い生き物は見たことも聞いたこともない。

触った感触もビックリするぐらい柔らかくて、それこそぬいぐるみか何かと勘違いする程だ。

 

「わかんない。わかんないけど…」

 

でも、確かにこの子は生きて傷付き苦しんでいる。

だから、どんなに理解不能なものであっても見捨てたりなんかしたくない。

 

「この子、助けなきゃ…」

 

けれどそのためにここから離れるというのは、テツヤくんを置き去りにするということだ。

 

彼とはまだ出会って間もないけれど、それでも私達の友達であるという言葉に嘘は無い。

その彼を置いていくなんて選択肢も始めから有りはしない。

 

そこで、葛藤が発生する。

 

この白い生き物は恐らくほむらちゃんに狙われている。

だから彼を助けにいくのはそのままこの子を危険に晒す事にも繋がってしまうのだ。

 

「私、どうしたら…」

 

悩み決断出来ないまま時間だけが過ぎようとしている。

その停滞を打ち破るかのように、さやかちゃんの声が横から響いた。

 

「あー、もうっ分かった!あたしがちょっと見てくるからっ!」

 

「えっ!?」

 

私が戸惑っている間に、颯爽と彼女が前に躍り出る。

そして私に、返答の暇も与えないまま一人で闇の向こうへと駆け出した。

 

「まどか、あんたは先に行って。その変なの、頼んだから。」

 

「ま、待ってよさやかちゃん…!そんな…っ」

 

引き留めようと手を伸ばした時にはもう遅く、さやかちゃんはもう見えない所まで走り抜けた後だった。

 

「さやかちゃんっ!!」

 

暗闇に向かって呼び掛けても返答は返ってこない。

暗い通路に一人取り残された形になる。

 

「……っ」

 

正確には一人じゃない。

腕に抱えた生き物も合わせて二人だ。

 

私はこの子を任された。

だからさやかちゃんの言う通り、私一人でこの子と安全な場所まで逃げるのがこの場での最善だ。

 

だけど…。

 

「やっぱり、私も…!」

 

意を決してその場から駆け出す。

私がさやかちゃんを追いかける形だ。

 

バカなことをしているとは、自分でも思う。

これがさやかちゃんの決意を無駄にするような行動なのは分かるし、自分が行ったところで状況をどうにか出来る訳ないのも分かってる。

だとしても、彼女一人を危険な目に遭わせるのはどうしても我慢ならなかった。

 

でも、それ以上に。

 

このままじゃ、絶対に何か良くない事が起こるという不吉な予感があった。

 

「…っぅわぁ!?」

 

するとさやかちゃんを追って走った最初の曲がり角で、いきなり何かにぶつかって転びそうになる。

 

尻餅をつく寸前で何とか踏み留まり、痛みに呻きながらも自分の衝突したものを確認するべく前に向き直った。

 

闇の中、目の前に立つ人影を確認して怯んだのも一瞬、それが自分とついさっき別れた人物であるのに気付いて驚きの声を上げる。

 

「さ、さやかちゃん…?」

 

私の代わりに引き返していった筈のさやかちゃんが、何故かあれから数十メートルも離れていない地点で立ち止まっていた。

 

そう距離を離されないまま合流出来たのは喜ばしい事だったけれど、彼女の様子がどこかおかしい。

まるで自分がぶつかったのにも気付いていないみたいに呆然として、微動だにしない。

 

「まどか…」

 

そんな彼女が、錆び付いたロボットみたいにゆっくりと首を回してこちらに振り向く。

 

大きな困惑と動揺を浮かべた瞳がこちらを捉える。

そして重苦しく絞り出すように彼女は言った。

 

 

「どこよ、ここ…?」

 

 

さやかちゃんの肩越しから覗く、進行方向の道。

 

ほんの数分前に通った筈の薄暗い通路。

 

それが今、不可解な風景へと変貌していた。

 

 

真っ暗な壁はクレヨンで描いた夕暮れみたいな暖色に。

 

冷たい床は庭園の土みたいに柔らかく崩れた地形になり。

 

一本だった筈の道は遠くが見渡せるほどの大平原みたいに広がっている。

 

「ええっ…!?」

 

驚いて後ろを振り返ると、さっきまで自分が歩いていた道すらも同じような景色に移り変わっているのに気付く。

今となってはもはやモール地下の面影は完全に消失し、右も左も分からないような異空間と成り果てていた。

 

でも、変化はそれだけに留まらない。

 

「変だよ、ここ。どんどん道が変わっていく…?」

 

混乱する私達を嘲笑うように、周囲の風景が秒単位で移り変わっていく。

 

殺風景なだだっ広い道は草花が生い茂る庭のようになり、無機質な壁には赤々とした太陽が照り始めた。

足元を見れば、裸を晒していた大地の上に、いつの間にか美しい色合いの薔薇が地面に咲き乱れていた。

 

ともすればワンダーランドにでも迷いこんでしまったかのような幻想的な体験。

 

でもそれはあくまで、字面だけを見た場合の話だ。

 

実際私の目に映る光景は、幻想的だなんてそんな優しいものじゃない。

 

美しく咲く草花も、周囲を舞う蝶の群れも、みんな絵画から切り抜かれたみたいな不気味な質感で、あまりにも現実感が無い。

 

「もう、一体全体どうなってんのさ…!?」

 

そもそもこの空間の雰囲気自体がかなり異質だ。

 

気味が悪くなるぐらい現実に近いリアルな質感と、悪趣味とすら呼べるほど極端に抽象化されたビジュアルが混合されたような周囲の風景は、見るたびに猛烈な嫌悪感を覚えさせる。

まるで雑誌から抜き出したコラージュを手当たり次第ぶちまけたみたいな乱雑さと歪さに、クラクラしてしまいそうだ。

 

(なんなの…この空間…!?)

 

自分理解の範疇を越えた異常事態に翻弄されるばかりの私達を嘲笑うように、世界は着々と元の景色からかけ離れたものに置き換えられていく。

 

舞い踊る蝶や虫たちの数はいつの間にか最初の何倍にも増大し、気付けばそのどれとも違う異質なものまで紛れ込み始めていた。

 

「やだっ。何かいる!?」

 

白くて丸いモジャモジャした体に、綺麗に整えられた立派なお髭。

手のひらサイズのちんまりした体躯だけれど、蝶の形をした下半身で跳びはねながらこちらに迫り来る異形の姿は、見るものに強い恐怖を与えるのに十分な不気味さを持っている。

 

最初は何かの見間違いかと思えた、その小さな「何か」。

それが段々と数を増やして周囲に現れはじめ、今では辺りを埋め尽くすほどの数となって私達を取り囲んでいた。

 

「冗談だよね?私、悪い夢でも見てるんだよね?」

 

震えた声で呟くさやかちゃんの声が聞こえたのか、それとも一切聞こえていないのか。

それまで跳び跳ねるばかりだった髭の小人さん達は、私達とジリジリ距離を詰めながら唐突に理解不能な異音を発し始めた。

 

異音、いや、言語?まるで唄っているかのような不思議なリズムがある。

でも何て言っているのかは聞き取れないし、聞き取る余裕も無い。そもそも私の知らない言語かもしれない。

いつの間にか彼らの周りには真っ黒な鋏が出現し、唄に合わせてリズムを取るようにその刃をかき鳴らしている。

 

まるでディナーを前にナイフとフォークをカチャカチャさせる子供みたいな喧しさ。

 

でもこの例えでいけば、食事の役は私達…

 

「ねえ、まどかぁ!!」

 

「…ぁっっ!?」

 

隣から聞こえる恐怖の声に、異常な光景で麻痺していた思考が僅かながら正気に戻る。

でも、そこから逃げ出そうとするにはもう何もかも遅すぎた。

 

 

私達を包囲していたモジャモジャと鋏が一気に距離を詰め、その刃の矛先を私に向けて―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎぃいいいいいいいいやああああああああっ!!!」

 

まどか達が謎空間でモジャモジャ達に襲われていたのと同時刻。

俺もまた彼女らと同じくこの奇々怪々な不思議時空に取り込まれ、お髭の怪物や飛び交う鋏達から必死に逃げ回っていた。

 

「なんじゃこの頭のおかしい空間はあああああああっ!!」

 

辺り一面360度、目に見える全ての物体が抽象的で歪な絵柄に塗り替えられたようなこの気色悪い空間は、見ているだけで頭がクラクラして気持ちが悪い。

その上やたらファンシーな動きの化け物達が敵意全開でこちらを取り囲もうと大挙しているのだからもう気が狂いそうだ。

 

自分と同じように普通の輪郭を保っている連れが近くにいるのが数少ない救いである。

 

「…面倒な事になったわね」

 

今言ったところの連れ、すなわち暁美ほむらはというと、なんだか不気味な程に冷静な様子で俺と一緒に逃走中だ。

 

知っての通り運動神経抜群らしい彼女はさっきから一定のペースを乱さないまま恐ろしいスピードで走り続けている。

 

「いやいやいや何でそんな落ち着いてんのあんたこれちょっ…」

「少しは黙って走りなさい。死ぬわよ」

「…えぇ」

 

反論する余地のない叱責を受けて仕方なく口をつぐむ。

だが胸の内では飲み込んだ無数の疑問や文句が詰め込まれたままグルグルしている。

 

この魔空空間か幻夢界みたいな場所は一体どこか。

ワラワラ湧いてくるこの髭どもは何者か。

そもそもさっきこいつがまどかと一緒にいたのは何故か。

そのまどかが抱えてたあの白い動物は何か。

 

そして、何よりその格好はなんだ。

 

白と黒、時々紫でやや学生服風味といった感じの彼女の服装は、コスプレと呼ぶには綿密で、戦闘服と呼ぶにはどこか神秘的だ。

 

異形にまみれたこの空間において、華麗なその黒いシルエットを影のごとく走らせるその姿は妙に美しくて。

 

 

"___ッッ_____ッッッッ____ッッッ__ッ!!"

 

 

いつか見た、悪夢の光景を想起させた。

 

 

「…これ、やっぱ、どっかで」

 

身に覚えが、ある気がする。

 

でもどこでだ?

こんな狂気じみた状況には記憶にある限り遭遇した事はない。

 

しかし確かに夢か現実かもあやふやないつかに、似たような怪物を、似たような悪意を、そして似たような姿の少女を、俺は見ている。

 

あれ?

いや、違うかな。

もっと別の所で、これにもっと似た景色を、見

 

「…ぅごぉっ!?」

 

前方を走っていた暁美が突然全力疾走を止め、ぼぅっと後ろ姿に見とれていた俺は不意を突かれその背中に追突してしまう。

そのせいでさっきまで頭の中に渦巻いていた疑問符が俺の肉体と一緒に後方へ吹っ飛ばされた。

 

「あいった、急に止まんなよお前っ!?」

 

大きく仰け反った体勢を何とか立て直し、彼女の背中に文句を浴びせるが、彼女は微動だにしない。

 

あれ、そういえばあれだけの勢いで衝突したのに暁美の方は直立不動を保って平然としているな。

いや、そもそもさっきまで結構な速度で全力疾走していたにも関わらず彼女は息ひとつ荒げていない。

 

確かに彼女の運動能力は大したものだが、いくらなんでも体格差とか覆せないものだってあるはずじゃないか?

 

「…囲まれた」

「え」

 

ボソッと呟いた彼女の言葉につられて、自分も辺りを見渡してみる。

 

「ぅぉわあっなんか一杯いるっ!?」

 

気付けば彼女の言葉通り、あの髭もじゃや黒蝶々らが俺達の周囲を包囲してジリジリと距離を詰め始めている。

前から横から後ろから、時たま上からも降ってくる髭のフルコース。

何やら楽しそうに歌いながらこちらに群がる姿は見方を変えれば微笑ましくもあるが、その頭上に犇めく無骨な鋏の群れから隠しようのない殺意が見え隠れしている。

 

「ぁぐっ…」

 

再び、胸が疼くのを感じた。

自分を暁美の元に導き、この場所まで連れてこさせたあの感覚。

 

それは間違いなく周りにいるこの化け物共に反応している。

やはり、あの悪意はこいつらが発していたものなのか。

 

(くそ…なんなんだこれは…どうすればいいんだ…)

 

退路は無く、進む道も無い。

このままではなぶり殺しにされる。

 

まだ包囲が薄い今の内なら走って突っ切る事が出来るだろうか。

俺はまだ走れるし、暁美もさっきの様子からして走り抜けるだけの体力は残っていると思う。

 

行けるか?

 

そう、暁美に問おうとして彼女の方を見る。

 

「……」

 

暁美はさっきからその場を動かず、黙って俯いていた。

少し苦い表情で地面を見つめたままで、まるで周囲を警戒していない。

自分が今どういう状況にいるのか理解できていないのだろうか。

 

そもそも彼女はこの混乱の中でずっと異様なまでに冷静だった。

異空間に取り込まれる時も動じること無く、当たり前のようにその中に足を踏み入れていた。

 

彼女、もしかして何か知ってる?

 

「暁美、あんたは…」

 

俺の声が聞こえていないのか、押し黙ったままの彼女の後方。

空中で刃をかき鳴らしていた鋏の一個が、突如としてこちらに方向を変えるのが見えた。

 

「…!」

 

鋏が、猛烈な勢いで射出される。

その射線上には、暁美ほむらの姿。

 

それを認識した瞬間、身体が勝手に動いていた。

 

「-暁美ッ!!」

「…何?」

 

暁美を庇うように、鋏の射線上にこの身を踊らせる。

このままいけば俺の体は鋏にぶっ貫かれて素敵な赤い花を咲かせる事になる。

もちろんそれは御免だ。

 

前に拾ってから持ちっぱなしだった鉄パイプを構え、迫りくる死の鋏に向けて叩き付けるように全力で振り抜く。

 

「届っけぇぇぇいッッ!!」

 

耳障りな金属音が鳴り響き、確かな手応えを感じた。

 

少しでもタイミングがズレれば空振りでデッドボール。

自信などなく、ほとんど運任せで放った一撃。

 

それは幸運にも正確に鋏を打ち据え、自分とは反対方向に向かってその鉄塊を弾き飛ばした。

 

(…間に合った!)

 

弾き飛ばされた鋏がそのまま射線上の毛むくじゃらにぶつかって吹き飛ばすのを見て、俺は自分の幸運に感謝する。

 

同時に、この状況を生き延びる希望が湧いてきた。

 

鉄パイプが当たった、という事は、相手が生の肉体を持った実在であるという何よりの証拠だ。

平面で切り絵みたいな見た目をしているが、あれは殴れば吹き飛ぶし、貫けばきっと殺す事だってできる。

 

「よし…少なくとも当たるって訳ね」

 

大勢で襲いくる奴らは確かに脅威だが、それでも所詮は小型の有象無象。対してこちらには武器もある。

暁美を連れて全力疾走し、武器でやつらの攻撃を捌きつつ包囲の穴を抜ける。

リスクは高いが、生き残れる可能性は全くのゼロじゃあない。

何とかなるかもしれない。そう思うと急激に戦う気力が湧いてきた。

 

「うっし、このままやったるかっ!」

 

意気揚々と鉄パイプを掲げ、臨戦体勢を整える。

迫りくる毛むくじゃら達を威圧するように、ブンッとパイプを唸らせ一振りしてみせる。

 

「…ん?」

 

その時、腕に妙な違和感を覚えた。

なんかやけに腕が軽いというか、何かが欠けてしまっているような気がする。

 

「…」

 

凄く、嫌な予感がして、振り抜いた自分の右腕を見る。

 

 

右手に握りしめた鉄パイプが、最初に拾った時の半分ぐらいの長さになっていた。

 

 

「…ぉ」

 

自分の遥か右前方に見覚えのある鉄の棒が落下し、間抜けな金属音を響かせる。

丁度今自分が持っているパイプと同じ長さの鉄棒だ。

 

「折れたああああああああああああああああッッッ!!!」

 

折り傘サイズからサイリウムサイズにまで短くなってしまった鉄パイプを両手に絶叫する。

 

見ればパイプの切断面はマグナム弾でも喰らったみたいに抉られ引き千切られていた。

微かに漂う焦げ臭い匂いと、黒ずんだ断面がぶつかった相手の衝撃を知らしめる。…これって衝撃でちょっと焼けたって事か。

 

「えぇ…うそん…え、いや、えぇん…?」

 

いくら射出速度が速かろうが刃が鋭かろうが、金属の棒を真っ向から切断するには、ただの園芸用鋏では限度がある。

今更ながら、自分が理解の及ばぬ超常存在を相手にしている事に気付かされ、肝が冷えた。

 

もはや俺に武器はなく、自分の身を守る事も相手を蹴散らす事も叶わない。

対してあちらは俺が抵抗を示した事で完全にこちらの認識を「獲物」から「敵」に改めたようで、油断も隙もない動きで包囲を固めつつ、確実に俺達の命を奪うべく距離を縮めにきている。

 

打つ手なし。

俺達が生き残る可能性は完全に絶たれた。

 

「おい、凄くマズいんだけどこの状況…」

 

後ろにいる暁美に呼び掛け、打開策を募ってみる。

ほとんど絶望的な場面だが、さっきから叫び一つ上げない彼女なら何かこの場を覆す打算があるのではないかという僅かな期待を込めた。

 

「…」

「あの、君聞いてるか?俺の話」

 

しかし、暁美ほむらは相変わらず俺の問いには答えず、無表情のまま何かを思案するように俯いている。

さっきから思うが彼女は落ち着きすぎだ。

自分の身に迫る危険を危険と認識していないのか、あるいは。

彼女にとってこいつらが警戒に値する程の存在ではないとでもいうのか。

 

その時、不意に彼女が俯いていた視線を上げ、一瞬だけ俺の方を見た。

不意打ちぎみに視線が交錯し、少しだけドキリとする。

 

暗く深く、重い色を湛えた瞳だった。

 

「ここで見せる訳には…」

 

「は?」

 

彼女が俺を見ながら呟いたその一言の真意が分からず、茫然となる。

心なしか何かを浚巡するような口調にも聞こえたが、気のせいか。

 

その一瞬を隙と見なしたのか、慎重に包囲を詰めていたモジャモジャ達が聞くに耐えない不快な叫び声と共に一斉に飛び上がり、それを合図として鎖状に連なった鋏の群れが蛇のようにのたうち回って猛然と襲いかかってきた。

 

「__!!___!!__!___!!!__」

 

回避も防御も許さない全包囲一斉攻撃。

それを防げるような盾も、回避するだけの能力も、今の自分は何一つとして持ち合わせていない。

 

だから、最後に残った手段は一つだけだった。

 

「…クッソ、伏せルルルォォッ!!」

 

後ろにいる暁美ほむらに振り返り、その身体を強引に抱き寄せ、半ば押し倒すように覆い被さる。

 

「…ぇっ!?」

 

彼女にとってよほど予想外の行動だったのか、これまで聞いた事も無いような驚きの声が上がる。

 

その声を意図的に無視し、一層彼女を抱き締める腕に力を込めて、できる限り自分の身体に隠れるように体勢を崩した。

 

背中から、死の鋏がジャラジャラ音を鳴らしながら迫りくるのを感じる。

相手は金属をぶち切るような化け物鋏だ。生身に喰らえば醜い肉塊に成り果てること間違いない無しだし、自分の身一つ盾にしたところで彼女を守り切れない可能性だってある。

 

それでも、これ以外に取るべき行動が思い付かなかった。

 

 

ああ、馬鹿な事をしたな、と思った。

 

せっかくの転校初日に、クラスにもまだ馴染めぬまま、初めて出来た友達とも途中ではぐれ、こんな訳のわからん空間で、さして仲良くもない同級生の女を庇って死のうとしている。

 

まだ、自分は何も始めていないというのに。

なんて、理不尽な終わり方だろう。

 

短く、何もない人生だった。

本当に、短い…。

 

髭の小人達が奏でる狂喜の唄を聴きながら、俺は迫りくる死の気配を間近に感じ、自分を貫く断罪の痛みを覚悟した。

 

その時-

 

「…使うしか、ないわね」

 

 

 

 

 

どこかで聞いたような、歯車の音が、耳元で鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あれ?」

 

さやちゃんの困惑した声を聞いて、自分がまだ生きているのに気付いた時。

最初私は、何が起こったのか分からなかった。

 

まず目にしたのは、眩い光だった。

まるで周囲の重苦しい闇を包みこむような暖かな黄金色の輝き。

 

事実、その光を目にした瞬間、辺りに立ち込めていた闇が晴れ、光が私達の足元を照らすように射し込んだ。

するといつの間にか、さっきまで私達を襲いにきていた筈の小人や鋏達が近くから消え去り、遠くの方でその進行を止め、立ち竦んでいた。

 

助かった、…ってこと、なの?

 

「…これは?」

 

ふと、辺りに漂う光の残滓のようなものが目に入った。

さっき目にしたのと同じ、黄金色の暖かな光。

 

ふわふわと揺らめいていて、オーロラみたいに美しい。

いや、でもこれはオーロラと呼ぶには細く長い、まるで光で出来た布みたいな見た目だ。

 

言うなれば、光のリボン。

 

でも、こんなもの、一体何処から…?

 

 

「危なかったわね。でももう大丈夫」

 

 

「…ぇ?」

 

今まで聞いた事のない人の声が聞こえて、その声の方に反射的に振り向く。

 

 

その人は、この不思議な空間の中で、臆する様子も無く平然とこちらに歩いてきていた。

 

暗闇を抜けて、光の射し込む私達の周囲に足を踏み入れると、おぼろげだったその全身がハッキリと曝される。

 

「あら、キュゥべえを助けてくれたのね。ありがとう」

 

女の人だった。

それも若い、少女と形容できるくらいに。

 

この状況に余り似つかわしくない穏やかで柔和な顔付きと、二つに結んだ上で両方を縦にロールさせた特徴的な髪、そしてどこか儚げな色を湛えた目元。

 

背丈は私より少し大きなくらいで、あまり年の差を感じさせない。

見ればその身に纏っているのは私達と同じ見滝原の制服だ。

おそらく私と同級生か少し上ぐらいの年齢だろう。

 

だというのに、彼女の落ち着いた物腰と背筋の伸びた立ち姿は、私の何倍も生きてきたような貫禄に道溢れていた。

 

「その子は私の大切な友達なの」

 

彼女が私の胸に抱えられたモノを見ながらそう言う。

それで、彼女が自分と自分の抱えるこの動物に向かって話しかけているのに今更気付いた。

 

この子…キュウべえってさっき呼ばれていたっけ…が、彼女の友達で、それを助けに来たってことは。

つまり、この人が私達を助けてくれた張本人?

 

「私、呼ばれたんです!頭の中に直接この子の声が…!」

 

もしかしたら、彼女はこの動物の事も、この空間の事も、みんな知っているのかもしれない。

そう思うと、咄嗟に言葉が口を衝いて出てきた。

 

「ふぅん……なるほどね」

 

その言葉を聞いた彼女は、茶化すでもなく、笑うでもなく、真面目に何かを納得した様子で頷いていた。

 

「その制服、あなたたちも見滝原の生徒みたいね。2年生?」

 

彼女の方から疑問を投げ掛けられ、私は返答に戸惑う。

 

「あ、あなたは?」

 

変わりにさやかちゃんが質問を質問で返し、言外に自分が二年生である事を肯定する。

 

「そうそう、自己紹介しないとね」

 

そんな彼女の答えに気を悪くした様子も無く、その人は至って優雅に、世間話でもするような自然体で受け答えしている。

 

 

「でも、その前に…」

 

不意に、一段とその人の声のトーンが下がる。

 

それと同時に、光の外側で静寂を保っていた小人達が怒ったような唄を再開しはじめた。

先ほどの一撃の効力が切れたのだろうか、鋏の群れが再び鎖みたいなジャラジャラ音を立ててその刃をこちらに向けてくる。

 

今までの品定めするような動きとは違う、明確に外敵を排除しようとするような攻撃的な挙動。

 

それを背中に感じていながら、目の前にいる彼女は恐れる素振りすら見せず、優雅な動きでそれらに向き直る。

 

その手には、いつの間にか手のひらサイズの小さな宝石が乗せられていた。

金色に縁取られた卵型の外枠に、透き通るような黄色の水晶が埋め込まれた、美しい宝石。

 

その中心部からは、眩い黄色の光が洩れだし、薄暗い異空間の中にあって一際明るく輝いている。

 

彼女がその手の宝石を大きく前に付きだすと、洩れだす光が一層その輝きを増し、周囲の暗闇を塗り潰すくらいに照らし出す。

 

目も眩むような閃光の中で、彼女の高らかな叫びだけが耳に届いた。

 

 

 

「ちょっと一仕事、片付けちゃっていいかしらっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、彼女は変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







ついに、あの人が出せた…長かった…。
そして調子に乗って長く書きすぎた…。そら更新遅れるわこんなん…。

この調子じゃ某餡子とかいつの登場になるんでしょうかね。
ともあれ更新再開できましたので、これからの展開を楽しみにして頂けると幸いです。





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第10話 「僕と契約して、魔法少女になって欲しいんだ」




夏休みだから更新早くなるとか言っておきながら2週間近くお待たせしてしまい、いやぁ、スイマテーン。
今回は言い訳の余地なく私の遅筆が原因であります。

その分丹精込めて書いたマミさんの大活躍を、楽しんで頂けたら幸いです。








 

 

 

 

 

 

少女は手にした宝石を光らせ、その輝きに包まれながら高らかに叫んだ。

 

「ちょっと一仕事、片付けちゃっていいかしら!」

 

 

その光が止み、視界に色が戻った時。

 

目の前に立っていた少女の姿は、先ほどまでと大きく異なる姿に変わっていた。

 

「え…?」

 

白い布地に金色のアクセントが付けられたブラウス。

裾の大きく広がったスカート。

腰に纏った華美なコルセット。

 

さっきまで身に付けていた筈の見滝原中の制服はどこへともなく消え去り、ヨーロッパ風の華やかな衣装に様変わりしている。

 

頭には羽飾りの付いた小さなベレー帽を被り、厚いブーツを装備したその姿は、中世の砲撃手を思わせる厳格さを持ちながらも、同時にクローバー型の髪飾りや胸元にあしらわれたリボン等、貴婦人のような雅さも感じさせる。

 

そしてその髪飾りには、さっきまで手にもっていたのと同じ輝きを放つ宝石が嵌め込まれていた。

 

(すごい…まるで、変身したみたい…!)

 

私が思った感想は、その実かなり的を射たものだった。

 

その衣装を大きく替えた少女に対して、小人達は雪崩れ込むように襲い掛かろうとするが、その瞬間には既に彼女の姿は彼らの前から消えていた。

 

「ハッ!」

 

少女は軽く地面を蹴ると、まるで重力に逆らっているかのように身体が宙に跳び上がり、瞬く間に小人達の真上まで達していた。

 

その常軌を逸した脚力に私達は唖然とする。

ただのひとっ跳びであれだけの高さまで行くのは勿論のこと、まるで空気の抵抗を感じさせない動きで空中に舞う姿は、否応なしに彼女もまた超常の存在である事を実感させた。

 

空中で最大まで飛び上がった少女が、おもむろにその手を一振りすると、その動きに合わせたように彼女の周囲で光が瞬き、同時に長い筒のようなものが何本も中空に出現した。

 

(あれは……銃?)

 

長い筒のように見えたそれは、注意深く見ると、大ぶりの砲身と太い銃床を持った古めかしい小銃である事が分かる。

 

少女の衣装と合わせたように、白いボディと金のアクセントを取り入れた美しい銃。確か中世で活躍した…マスケット銃だっけ。

 

何本も、いや何十本も召喚されたそれらは中空に有りながらまるで誰かに支えられているかのように真っ直ぐにその砲身を揃え、銃口を真下の小人達へと向けている。

 

まるで隊長の号令を待つ一個師団のような大仰さ。

そして少女がその手をもう一振りし、ついに号令が放たれる。

 

瞬間、銃の大軍は一斉に火を吹いた。

 

火薬の弾ける爆音が鳴り響き、擊鉄の落ちる金属音が鼓膜を破るような轟音に混ざって二重奏を奏でる。

その勢いで放たれた銃弾は、他の何十発もの同類と共に燃え立つ火の豪雨と化して小人達に降り注いだ。

 

咽び泣くような断末魔の声が上がり、小人達の集まっていた周囲一帯が炎と煙に覆い隠され消える。

 

やがて全ての弾丸が地に届いた時、地上からは彼らの姿が綺麗さっぱりと消え去っていた。

 

彼らは、倒されたのだ。

 

「す、すごい…」

 

目の前で繰り広げられた鮮烈な光景に、助かったという実感を飲み込めずにいると、小人達を殲滅しきったその少女が丁度私の正面に着地してきた。

 

衝撃を感じさせないゆったりとした所作で地面に降り立った彼女の姿に、思わず目を奪われる。

 

華やかな衣服に身を包み、超人的な身体能力で宙を舞い、魔法みたいにどこからともなく銃を出して華麗に戦う。

 

まるでテレビの中から抜け出してきたような、理想のヒーローの姿が、そこにはあった。

 

「あっ…」

 

そんな恥ずかしい感想を抱きながら少女の姿に見とれていると、不意に目に写る景色がぐにゃりと歪みだした。

 

不気味な色彩の背景が揺らめいたかと思うと、水の濁りが取り除かれるみたいに急激に背景が薄まりはじめ、やがて見覚えのある暗い通路へと戻っていく。

 

「も、戻った!」

 

さやかちゃんが驚きと安心の混じったような声を上げ、私も自分が元いた空間に回帰したのを悟った。

 

「っ…よかったぁ…」

 

ようやく訪れた平穏に思わず安堵の息を吐く。

何がなんだかさっぱり分からないけれど、とにかく謎の少女さんのお陰で無事私達は助かったのだ。

聞きたい事は山々だけど、今はひとまず落ち着きたい。

 

そんな事を思った矢先に、少女が未だに警戒を解ききらない張り詰めた表情をしているのに気づいた。

 

彼女の視線は私達に向けられている。

いや、でも私の目を見てはいない。

むしろ自分よりもややずれた、もっと後ろの方を見据えているような…。

 

「魔女は逃げたわ。仕留めたいならすぐに追いかけなさい」

 

彼女のその声が向けられたのは、私ではなかった。

振り向けば、それは私達のすぐ後ろ。

影のように佇むその人物は、少女の言葉に反応せず、無言でこちらを見つめていた。

 

「……」

 

暁美ほむらが、そこに立っていた。

 

以前と変わらぬ黒と紫の格好で、無表情のまま私を見ている。

その表情からは、何の感情も読み取る事ができない。

思わず身体が固まり、威圧感に何も言えなくなった。

 

「今回はあなたに譲ってあげる」

 

そんなほむらちゃんに対して臆する様子もなく、少女は挑発ぎみに言い放った。

何を譲り、何を追わせようとしているのかはよく分からないが、彼女がほむらちゃんを引かせようとしているのは感じとれた。

 

でもほむらちゃんの方が動く様子はない。

彼女の視線が下がり、一瞬だけ私の顔から外れる。

その先にあるのは、私の胸とそこに抱えられたこの白い獣だ。

 

「私が用があるのは……」

 

ほむらちゃんが口を開く。

でも、それを遮るように少女が畳み掛けた。

 

「飲み込みが悪いのね。見逃してあげるって言ってるの」

 

彼女の口調は至って穏やかだ。

しかし、その台詞と声色からは、明確にほむらちゃんを牽制する意思と、聞くものをおののかせるような威圧感が感じられた。

 

「お互い、余計なトラブルとは無縁でいたいと思わない?」

 

言外に、敵対行為も辞さないという意思を匂わせつつ、彼女は言い放った。

 

ほむらちゃんは黙って彼女を見つめ返している。

その表情からは、敵対も撤退、どちらの選択を選んでいるのか判断がつかない。

 

彼女の次の行動次第で、ここはさっきのような戦場になり得る。

そんな一触即発の雰囲気にこの場にいる誰もが動けずにいた。

 

と、思われたその時。

 

 

「……いこら、待てよ待てったら!ホントにすばしっこいんだからもう全く…あれ?」

 

空気をぶち壊すような間抜けな声が鳴り響き、ドタドタという足音と共に誰かがほむらちゃんの後ろから走ってきた。

 

暗闇の中、彼女の後ろにゼエゼエと息を上ながら走り寄るその姿は、見覚えのある見滝原の男子制服を着た少年だった。

 

「テツヤくん!?」

「あいつ、無事だったんだ!」

 

ほむらちゃんと一緒に置いていかれたまま、あの変な空間に巻き込まれて離れ離れになっていた彼。

 

私達と同じように襲われたりしていなかったか、心配だったけれど、見たところ大きな怪我もなく元気そうな姿で一安心した。

 

やがて彼の方も私達に気付いたのか、目を見開いてこちらを向いている。

 

「まどかに、さやか…?、ぇあれ何か増えてる」

 

私とさやかちゃん、そして後ろの少女へ順に目線を動かすテツヤくん。

戸惑った声には何の異常も感じられず、彼が本当に五体満足である事が実感できた。

 

「とにかく、無事だったんだな良かった良かった」

 

何がなんだか分からないながらも、とりあえずホッとした様子でテツヤくんがこちらに駆け寄ってくる。

 

「あなたのお友達?」

「はい、はぐれてて…」

 

後ろから尋ねてくる少女に答えつつ、私も彼の方に駆け寄ろうとする。

だが、それをある人物の声が遮った。

 

「…あなた」

「ん?」

 

ほむらちゃんが、静かにテツヤくんを呼び止めた。

彼が立ち止まり、彼女の方へと向き直る。

 

両者が視線を交錯させ、静かな沈黙が流れた。

やがてほむらちゃんが、第二声を放つ。

 

「鹿目まどかの友人、と言ったかしら?」

「……そのつもりだし、そうでありたいけど」

 

質問の意味を図りかねた様子で、戸惑いがちに彼が答えた。

 

「……」

 

その台詞を聞いたほむらちゃん自身は、まるで値踏みするような目で彼をじっと見つめている。

何かを言おうとして、それを躊躇っているかのように、彼に目線を合わせたまま動こうとしない。

 

「おい、何なんだよ転校生。黙ってないで早くどっかに…」

「暦海テツヤ、だったかしら」

 

しびれを切らして彼女に食ってかかろうとするさやかちゃんの台詞を制し、ほむらちゃんが口を開く。

 

「なんだ、一体」

 

テツヤくんが、彼女に答える。

それまでの間の抜けたような口調とはかけ離れた、真剣な声色だった。

 

 

「貴方はこれ以上、鹿目まどかに関わらない方がいい」

 

 

「…何?」

 

ほむらちゃんの口から放たれた予想外の言葉に、テツヤくんが思わず聞き返す。

心なしか、少し怒ったような低い声に聞こえたのは気のせいか。

 

「さもなければ、いずれ必ず後悔する時が訪れる」

 

彼女は有無を言わさぬ様子でそう畳み掛けた。

その言葉の意味が理解できず、ただ衝撃と疑念に打ちのめされて私達は立ち竦む。

 

私と関われば、テツヤくんが後悔する。

 

一体、どうしてそんな事が言えるの?

それに、なんで私なの?

 

そんな疑問が言葉となって出るより先に、ほむらちゃんの方が踵を返してこの場から立ち去り始めた。

 

「ほ、ほむらちゃ…」

「警告、したわよ」

 

首だけを後ろに向けてテツヤくんを見据えながら、彼女が小さく呟く。

 

「…貴女にもね」

 

それに続けられた一言は、私に向けて言われていた。

 

"…今とは違う自分になろうだなんて思わないことね…"

 

今朝に聞いた、彼女からの言葉が思い起こされた。

 

あれは…警告、だったの?

 

「おい待てっ!まだ話は終わっていない」

 

用は済んだとばかりに背を向ける彼女をテツヤくんが呼び止める。

 

それに足を止めながらも、ほむらちゃんは振り向かずこちらに背を向けたままでいる。

 

「…貴方は何も知る必要はないし、私も貴方に何も説明するつもりはないわ」

 

彼からの追及を頑なに拒絶し、彼女は冷たく言い放った。

 

「貴方には、私達の世界に関わる義務も理由も無いのだから」

 

これまでにも私達に幾度となく見せた拒絶の意思。

だけれど、何故かテツヤくんへのそれは他の誰に対してよりも当たりの強いように感じられた。

 

「そうでしょう?……巴マミ」

 

同意を求めるように彼女が語りかけたのは、私でもさやかちゃんでも無い知らない人の名前だ。

 

「私の、名前…!?」

 

後ろで、少女が息を呑む。

 

彼女、巴マミさんっていうんだ…、初めて知った。

なんて呑気な事を頭の隅で考える私を他所に、テツヤくんがとっとと去ろうとするほむらちゃんに向けて、もう一度言葉を投げ掛ける。

 

「じゃあ、一つだけ、言わせてくれ」

 

ほむらちゃんは何の反応も見せず、そのまま立ち去っていく。

どうやら彼女の方はさっきの言葉通り、彼に何も答えるつもりは無いらしい。

 

その意思を知った上で尚、彼は意を決して息を吸い、彼女へ最も伝えたかった言葉を吐き出す。

 

それは_

 

 

「……助けてくれて、ありがとう」

 

 

_それは、感謝の言葉だった。

 

「………」

 

ほむらちゃんの歩みが、一瞬だけ止まった。

 

「えっ、転校生が…転校生を助けたって…マジで?」

 

さやかちゃんから、混乱したような呟きが漏れる。

 

私も少なからず驚いた。

彼女が悪い人間だと心の底から思っていた訳では無いけど、同時に小さな動物の命を狙う危険な部分も彼女にはあるのだと思っていた。

だから彼女の所にテツヤくんを置いていった時にはとても心配したし、最悪ひどい目に合わされるかもしれないとすら思った。

 

でも、実際彼は無事な状態で帰ってきて、それどころか彼女に助けられたのだという。

 

彼もまた、私と同じように変な空間に呑まれて襲われ、それを巴マミさんと同じようにほむらちゃんが助けたって事だろうか?

 

それではますます彼女の事が分からなくなる。

 

彼女は一体、私達に対する何なんだろう。

 

「……」

 

そのほむらちゃんは、彼の言葉をどう思ったのか、しばしその場で足を止めていたけど、やがて再び歩き出し私達から離れていく。

 

「…貴方のためじゃないわ」

 

そんな捨て台詞を残して、彼女は今度こそ闇の向こうへと消えていった。

 

 

 

「ふぅ…」

「…はぁ」

 

緊迫していた空気が一気に弛緩し、私達は同時に息を吐いた。

 

「暁美、ほむら…」

 

テツヤくんだけは、未だに彼女の去った方を見つめ続けている。

その物憂げな表情が、ただ彼女に対する疑念によるものだけではないように見えたのが、少し気になった。

 

「まあ、何か色々あったけどとりあえず皆無事で良かったってことで…」

「そ、そうだね…。テツヤくんも、元気そうで良かったよ」

 

「…ああ。うん、そうだな」

 

場の雰囲気を落ち着かせるように振る舞うさやかちゃんに、テツヤくんが我に返ったように振り向く。

 

彼もまだ自分の身に起こったこれまでの事態を整理できずにいるのか、やや飲み込みの悪そうな面持ちをしている。

私達だってそうなのだ。

今日転校してきて、いきなりこんな状況に放り込まれた彼の混乱は、察するに余りある。

 

「ところで、さっきから気になってたんだけどさ」

 

私の方に向き直ったテツヤくんが、急に微妙な表情で顔をしかめて、やや歯切れ悪く聞いてきた。

 

「まどかの持ってるそれ、ナニモノだ?」

 

私の胸元を見つめ、その中で踞るボロボロの動物を指さす。

 

そうだった。この子の事を失念していた。

元はといえばこの子を探して私はこんなところにまで来てしまった訳で。

 

この動物だかぬいぐるみだか分からないような変なモノは、私を呼び、ほむらちゃんに狙われ、巴マミさんに助けられている。

言ってしまえばここで起こった事全ての元凶だ。

 

だというのに、結局これが何であるのか、まだ私は誰にも教えてもらっていなかった。

 

「えっと、私もよく知らないんだけど、この子が私をここに呼んで…」

 

そういってひとまず彼に一応私が知ってる範囲の説明をしようとした、その矢先に。

 

「あなた…!」

 

後ろから、少女…巴マミさんの上ずった声が割り込んできた。

 

3人の視線が、一斉に彼女へと集まる。

それを意に返さず、マミさんは驚愕の表情を浮かべたまま氷付いていた。

 

彼女の見ている先は、ただ一点。

怪訝そうな顔を浮かべて手持ちぶさたにしている、暦海テツヤくん。

 

 

「キュウべえが、見えてるの……!?」

 

 

そう、マミさんは震えた声で呟いた。

 

「?」

 

テツヤくんは、より一層眉を潜めて首を捻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくして、謎の髭もじゃ集団やコスプレ転校生、謎の黄色お姉さんとの衝撃的な邂逅を果たした俺は、何か色々と有りながらも再びまどか達に合流する事が出来た。

 

思えば今日1日、色々な事が起こり過ぎたと思う。

 

朝っぱらから不気味な転校生に絡まれ、自己紹介で滑って、授業で怪我をしつつ、何だかんだ優しくしてくれる友人に出会った。

 

かと思えば、帰り道にへんちくりな格好の転校生や白ちびなUMAに遭遇し、ついには奇々怪々な謎空間に取り込まれ、正気を疑う容姿の怪物共に襲われ命を失いかけた。

 

それから…。

 

 

…なんというか、色々と衝撃的なものを目撃してしまった。

 

 

これについてはまた後で語るとして、我ながら濃ゆい24時間を送ったものだ。

 

そんでもって今は、まどか、さやか、これまた派手な衣装を着込んだ黄色いねーちゃん…巴マミ、と呼ばれていたか?

と、一目に付かない場所であるものを囲って身を寄せあっている。

 

その、あるものというのが…。

 

「ありがとうマミ、助かったよ!」

 

「うぇぁ、喋るのかコイツ!?」

「あはは…」

 

白くて丸い謎の小動物から発せられた、えらく澄みきった声を聞いて、驚愕とともに若干引いた。

 

まどかが訳知り顔で笑っているのを見ると、この子はコイツが喋る事を知っていたらしい。

まあ、当然か。これに呼ばれた、とか本人が言っていたし。

 

「お礼はこの子たちに。私は通りかかっただけだから」

 

巴マミさんが、優しくコイツに微笑みかける。

それに従ってか、それはクルッと振り向いてまどかとさやかの方を向くと、真っ赤な硝子球みたいな瞳で二人を見据えた。

 

あれ、俺は無視か。

 

「どうもありがとう。僕の名前はキュゥべえ!」

 

やたら甲高い声で、そいつは自分の名を名乗った。

 

白い体表に、長い耳、赤い目と太い尻尾。

犬猫兎のトリニティフュージョンみたいな愛くるしい容姿をしたキュウべえとやらだが、これより数分前までは、今とはうって変わって見るも無残なズタボロの状態で倒れていた。

 

それを今の状態まで治療してみせたのが巴マミさんその人。

手に持っていた卵型の宝石をキュウべえにかざすと、その宝石部分が綺麗な光を放ち、途端にそのズタボロな傷を治して見せた。

 

まさしく、魔法を目の前で見せられたようなビックリ体験だったが、正直そこまで驚く事は無かった。

 

なんせ二度目なんだ。

魔法を見るのは。

 

なんでもコイツをボロ雑巾にしたのは暁美ほむらの仕業らしいと聞いたが、何か恨みを買うような事でもやらかしたんだろうか。

しかしそうだとするなら、ここに来る道中で見つけた死体の山は一体何だったのだろう。

あれも暁美の仕業だとするなら、お仲間か何かなのか。

 

「あなたが、私を呼んだの?」

「そうだよ、鹿目まどか、それと美樹さやか」

 

まどかの質問に、キュウべえは肯定で返す。

やけにフレンドリーな感じのフルネーム呼びと共に。

 

「何で、私たちの名前を?」

「あ、俺は無視なのね」

 

なんかちょっと傷付いた。

さっきから目も合わせてくれないし、何だろう、自分の興味あるものしか見えないタイプなのだろうか。

そういうの良くないと、ボク思います。

 

「僕は、君たちにお願いがあって来たんだ」

 

「お…おねがい?」

 

さやかの質問にも、俺の愚痴にも耳を傾けぬまま、キュウべえは自分の言葉だけを述べてくる。

 

何か本当に人の話を聞いてくれない奴だな。表情動かなくて正直不気味だし。

 

そんな事を思いながら、二人の会話を聞いていた、その時。

 

 

"…_なら_命を_え__る…"

 

 

「_…ッ!?」

 

ドクッと、胸で奇妙な鼓動が響き、不思議な既視感に襲われた。

 

自分の中にいる何かが蠢き、これを知っているぞ、と囁く。

 

 

知っている。

 

自分は知っている。

 

知らない筈の事を、知っている。

 

この次に何が起こるか。

 

この次に語られる言葉は何なのか。

 

 

そして、こいつの願いが何であるのか、その答えを。

 

 

"…_くと__約して、魔__女に___…"

 

 

 

 

 

 

 

「僕と契約して、魔法少女になって欲しいんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を聞いた時にはもう、引き返せない場所に自分達はいた。

 

 

 

 

 

 








10話にしてようやく一話分が終わるという事実。
道のりは長し。


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幕間 登場人物紹介ver.1.0


登場人物紹介、という名の尺稼ぎ回です。
1話分が一区切り付いたので、状況整理にどうぞ。
ver. 1.0なので、話が進む度に加筆したのを上げる予定です。Rewriteのフレンド一覧みたいな感じで。

11話は…頑張って書きます(滝汗)





 

 

 

 

・鹿目まどか

 

状態:人間

願い:分からない

魔法:不明

武器:不明

 

見滝原中学校に通う女子生徒。二年生。

優しい家族や気の良い友人に恵まれ、平凡ながら幸福な日常を送るごく普通の女の子。

 

他人と比べて秀でた所の無い自分にコンプレックスを抱いており、楽しい毎日を感受しつつも心の中では誰かの役に立ちたいと願っている。

 

そんな中、何故か暁美ほむらに狙われた事、キュウべぇから魔法少女の才能を見込まれ事から、魔女と魔法少女の戦いに巻き込まれていく。

 

今の自身を肯定してくれた暦海テツヤに深い信頼を寄せる。

 

 

 

・暦海テツヤ

 

状態:人間

 

見滝原中学校に転校してきた少年。二年生。

掴み所のない飄々とした性格で、常にふざけた語り口かつ妙に淡々とした話し方で喋るのが特徴。

一方で、人と上手く関係を築けずに悩んだり、危険に巻き込まれる友人達を案じたりといった繊細な側面も持っている。

 

何故かキュウべぇを視認できる上に、魔女の気配を探知する力も持っているが、その理由は不明。

おまけにやたら頑丈だったり世間知らずだったり、転校前は学校に行っていなかったりと、謎めいた部分が多いというか凄く胡散臭い。一応主人公なのに。

 

最初に出来た友人である鹿目まどかに強い親愛の情を抱く。

 

 

 

・暁美ほむら

 

状態:魔法少女

願い:不明

魔法:不明

武器:盾?

 

テツヤと同じ日に同じクラスへ転校してきた少女。

文武両道の完璧美少女で、常に寡黙でクールな雰囲気を纏っているがひょっとしたらただ口下手なだけなんじゃないだろうか。

 

キュウべぇと契約した魔法少女であるが、何故かキュウべぇと敵対する立場を取っている。

また、鹿目まどかに強い執着を見せ事あるごとに彼女の前に現れるもその目的は不明である。

 

暦海テツヤの存在にも警戒心を持っているが、当の本人に心当たりは無さげ。

 

 

 

・巴マミ

 

状態:魔法少女

願い:不明

魔法:不明

武器:銃?

 

見滝原中に通う三年生で、まどか達の先輩。

穏やかな性格と全身から滲み出る優しいお姉さんオーラが特徴。

洋菓子大好きで紅茶の似合う優雅なお方で、色々と大きい。

器とか、包容力とか、身体の一部分とか。

 

キュウべえと契約して魔女と戦う正義の魔法少女であり、大量のマスケット銃を召喚し、圧倒的な火力と制圧力で相手を殲滅するスタイルで戦う。

しかし、そのマスケット銃もその力の一端でしかないらしく、本命の固有魔法は別に存在する模様。

 

世界を蝕む魔女から見滝原の平和を守り戦う立派な人だが、全ての秘密を胸に抱え命懸けで孤独な戦いを続けるその姿は、どこか危うさを感じさせてならない。

 

 

 

・美樹さやか

 

状態:人間

願い:分からない

魔法:不明

武器:不明

 

見滝原中の二年生でまどかと同じクラスの生徒。

まどかの昔からの大親友であり、常に行動を共にしている。

 

性格は明朗快活で、良く言えば面白い、悪く言えばやかましい。

そんな感じでふざけた所の多い子だが、実は結構面度見が良かったり、魔法少女について真剣に考えていたり、根は至って真面目。

 

まどかを狙う暁美ほむらには強い警戒心を、正義の味方として振る舞う巴マミには強い尊敬の念を抱く。

自分以上に絡み辛く、度々テンポを狂わしてくる暦海テツヤを苦手に感じているが、端から見る分にはとても仲が良い。

 

上条恭介、という男友達がいるらしい。

 

 

 

・キュウべぇ

 

魔法少女を生み出す謎の生命体。

魔法少女は皆、彼に願い事を一つ叶えてもらい、その代わりに魔女と戦う宿命を背負う。

 

容姿は犬とも猫ともつかぬ四足歩行の小動物で、白い体表と長い耳、真っ赤な丸い目玉が特徴。

パッと見愛くるしい癒し系の見た目だが、表情を全く変えず、口さえも開かないままテレパシーで会話するので何か不気味だ。

寝起きの時に薄暗い部屋で目が合うとホラー感が凄いので、是非とも止めて頂きたい。

 

鹿目まどかに対して大きな関心を寄せているらしく、彼女の傍らに常に付き纏う。

また、暦海テツヤの事を知っているような素振りも見せるが…。

 

 

 

・志筑仁美

 

まどか達と同じクラス通う女子生徒。

まどかとさやか共通の友人でトリオの一員。

 

「~ですわ」や「~ですの」といったお嬢様言葉を多用する高貴っぽい雰囲気の人。

実際良いとこの生まれであるらしく、親からの言い付けで様々な習い事をさせられているようだ。

 

大人しそうに見えてさやか以上に思い込みが激しく、猪突猛進なきらいがある。

 

 

 

・上条恭介

 

見滝原中学校に通…っている筈の男子生徒。

美樹さやかの幼馴染みであり、彼女が音楽の趣味を持った切っ掛けたである…らしい。

 

何故か教室では見かける事が無い。別のクラスなのだろうか?

 

 

 

・早乙女和子

 

見滝原中学校の女性教師。まどか達のクラスの担任を務める。担当教科は英語。

 

お年34歳のアラサーを余裕で通り過ぎたお方だが未だに独身。

それなりにモテるし、付き合った恋人も多いらしいが、どういう訳か最終的には破局する定めのようだ。

それゆえ男女交際の話題にはやたら過敏だが、それさえなければ基本的に温厚で生徒思いの理想の教師だったりする。

 

何故か暦海テツヤの事を気にかけている様子だが理由は不明。

 

 

 

・中沢

 

まどか達と同じクラスの男子生徒。

教卓に近い席にいるのが災いし、教師からよく指される傾向にあるかわいそうな人である。

無敵の魔法「ドッチデモ・E」を駆使してあらゆる詰問を捌ききる最強の対早乙女先生用解答兵器。

 

 

 

 

 



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第11話 「夢だけど、夢じゃなかった」

 

 

 

 

“夢”

 

 

それは、将来への希望や願望を指す言葉だ。

 

大人になったら花屋さんになりたいとか、素敵な男性と結婚してお嫁さんになりたいとか、ミュージシャンになって名を挙げたいとか。

 

英雄になりたい、外宇宙に旅立ちたい、みたいな大それた妄想や、あの子と友達になりたいとか、好きな人と結ばれたい、といった等身大の願望も夢といえば夢だ。

 

希望、欲望、憧憬。

そして、願い事。

 

そういったモノ達の総称を人は夢と呼ぶ。

 

 

だが、今はそういった概念的な意味の言葉は関係ない。

ここで関係があるのは、現象としての“夢”だ。

 

睡眠中あたかも現実の経験であるかのように感じる、一連の観念や心像。

それが、夢という現象。

 

睡眠中の脳が記憶を整理している最中、その過程が無意識の中で再生され、実感を伴った幻覚となる。

そういったプロセスで夢という現象は発生するという。

 

 

だから、

 

 

“…__け美ッ!…”

 

 

こういった夢を見てしまうのも、当然といえば当然か。

 

 

“…_伏せルルォッッ!!…”

 

 

なんたって昨日1日の中で、

 

 

“…_使うしか、ないわね…”

 

 

 

最も印象深かった一瞬がこの時であるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あれ?」

 

 

昨日のあの時。

ショッピングモールに発生した異空間…いや、結界か。

 

そこに暁美ほむらと共に巻き込まれた俺は、襲い来る魔物達の群れに成す術もなく殺されかけていた。

 

包囲され、追い詰められ、こちらに刃を向けるもの達に抵抗する事も出来ず、出来ることと言えば傍らにいる赤の他人の前にその身を投げ出すぐらいの話だった。

 

迫り来る死の気配を感じながら、数秒後に訪れるであろう激痛を予感して身を震わせる。

 

その瞬間を今か今かと待ちながら、ふと言い知れぬ違和感を覚えた。

 

(…なんか長くない?)

 

いつまでたっても、背中に奴らが襲いかかってくる様子がない。

覚悟していたような激痛も、奴らの大挙してくる圧迫も、全くと言っていいほど感じられない。

 

もしや既に我が肉体は貫かれ痛みすら感じない瀕死状態になっていたりはするまいな、と思ったが、見たところ全身五体満足のようにしか見えなかった。

 

それに多分、違和感はそれだけではない。

 

(音が、しない…?)

 

あれほど喧しく響いていた筈の魔物達の歌声が、ぴったりと止んでいた。

それどころか、あの跳び跳ねるような足音も、金属音を掻き鳴らす鋏の音もいつの間にやら全くしなくなっていた。

 

いきなりスピーカーをミュートにしたみたいに、一切の環境音が消え去っている。

 

「…っ!?」

 

顔を上げ、後ろを振り向く。

 

そこにあった光景は、想像を遥かに絶する不可解なものだった。

 

 

「なっ、え、何これ…止まっ…て、…る?」

 

 

魔物や鋏達が、空中に浮かんだままピタッと静止していた。

 

伏せる寸前に見たのと寸分も変わらない、俺達に襲いかかろうとした体勢そのままだ。

それだけじゃない。あれだけめぐるましく変わっていた空間の背景も、何百と後ろに控えていた残りの魔物達も、皆揃って一切の動作を停止している。

 

まるでフィルムから一コマだけを切り抜いたみたいに、世界の全てが止まってしまっていた。

 

「え、いや何なんすかこれ。どういう事なの…」

「……さい」

 

困惑し、呆然とダルマさんの気分でそれらを眺めていた俺の耳に、ボソッと呟くような声が届いた。

 

「え?」

「…なしなさい」

 

暁美ほむらの声だった。

 

そういえば彼女、俺が庇おうとした時に、ほとんど押し倒すような感じで抱きすくめてそのままのような…。

 

「…あーっと、その、これはですね」

 

背中に回した腕から伝わる華奢ながら柔らかい感触を必死で思考から排除し、落ち着いた口調で彼女に語りかける。

こちらをジッと見つめる彼女の顔が滅茶苦茶近い。

 

「…意図したものではなくて状況的にこうするのが適切な行動だと思っての事でして」

 

ここで何かヘマを打てば、訴訟モンになるような気がして、必死こいて彼女に弁明しようとする。

 

「だから、あの、許してクリエメ…」

 

「放しなさい」

「じぉうっ!?」

 

問答無用で突き飛ばされた。

 

そりゃむさ苦しい男子中学生に抱きすくめられるのは気持ちの良いものでは無いだろうが、それにしたってもっと穏便に離れることだってできたんじゃないかなと思う。

 

というか力強過ぎだろう、女子中学生の腕力じゃなかったぞ今の。

 

「らぃどぁッッ!!」

 

勢い余って大地に叩きつけられる自分。

背中が痛いのを我慢して即座に起き上がり、加害者たる暁美ほむらに食ってかかろうとする。

 

「痛ってぇなこんにゃろ、加減っても…」

 

のを知れ。

 

と、言いかけたその瞬間、耳慣れない破裂音が鼓膜を叩いた。

 

「…へ」

 

それと同時に何かがボトッと落下する音が後ろでした。

と思えば、辺り一面に次々と何か小さなものが落下し、妙に柔らかい音を出して地面を叩く。

 

自分のすぐ隣に落ちてきたその一つに目を向ける。

 

それは、体に大きな穴を開けられた、髭の小人だった。

 

「…っ」

 

周囲一帯をぐるっと見渡す。

さっきから地面に落下しているのは、全てこれと同じ小人達だ。

 

中には髭の付いていないただの蝶々や、さっきまで連結していた筈のバラけた鋏達もある。

 

その全てに悉く身体を何かに穿たれた痕があった。

 

「…これは」

 

ごく最近、これとよく似た光景を目にしたのを思い出した。

ここに来る途中、暁美ほむらに辿り着く直前に見たものだ。

 

だとすれば、今の超常現象を引き起こしたのは。

 

「お前がやったのか?」

 

前方に、そしらぬ顔で立っている彼女に問い掛ける。

 

「…何の話かしら」

「じゃあ、その盾はなんだ」

 

暁美ほむらの腕に、さっきまで無かったものが出現していた。

 

片手に張り付くぐらいの小振りな円盤。

円のような幾何学模様が刻まれた、灰色の盾だ。

 

見たところ、コスプレの一貫として持っているだけの装飾物と言えなくもない。

だが、それがどこからともなく、あの一瞬で出現したというのが不可解だった。

 

それに、あの盾は飾りじゃない。

表面に所々見える細かな傷や汚れ、そして縁の部分に一点だけある、欠けた部分から覗く断面が、それが玩具ではない確かな防具である事を物語っていた。

 

 

欠けた部分?

 

 

冷静な考察の最中、何故かその存在に妙な違和感を覚えた。

 

「あんた、サイキッカーか何かか?」

 

言い知れぬ違和感をひとまず押さえ込み、とりあえず彼女をまた問い詰める。

 

「随分と突拍子も無いことを言うのね」

「現に今、突拍子も無いことが起こってんだろ。ウルトラ念力が使える女の子がいても不思議じゃない」

 

暁美ほむらは頑として今のが自分の仕業と認めようとしない。

それで逆に、確信を持った。

 

「全て悪い夢って事もあるわよ」

「自分ではそう思ってない奴の台詞だぞ、それ」

 

彼女は、超常現象に巻き込まれた側にしては余りにも冷静過ぎる。

いくらか感覚が鈍ければこの怪奇結界を見ても驚かないぐらいはあるだろうが、それでも目の前で超常現象が引き起こされ、それを自分のせいだと言われればもっと反論してもよさそうなものだ。

 

だが彼女は、あくまではぐらかすような事しか言わないでいた。

まるで、自分の正体を隠すかのように。

 

「あんた、嘘下手だろ」

 

「_ッ」

 

その言葉を聞いた瞬間、彼女の姿が大きく歪んだ。

違う、移動したのだ。

一切の予備動作を感じさせぬ動きで、自分のすぐ近くまで。

 

「いっ!?」

 

瞬間移動と見間違う程の速度で接近する彼女の姿に、反応が遅れた。

 

全力で後退るも、どういうわけか彼女の方が圧倒的に速い。

 

その左腕が振り上げられ、俺の顔面に向けて突き出されるのを辛うじて視認する。

 

だが、回避は間に合わない。

 

(地雷踏んだ-ッ!?)

 

彼女の腕の盾が風を切り裂いて迫り、

 

 

俺の背後にいつの間にか迫っていた髭の小人を弾き飛ばした。

 

「ぉぅ…」

「余計な詮索をするより、自分がどう生き延びるかを真面目に考えた方がいいわ」

 

そう、暁美ほむらは鋭くいい放つと、腕を下げて再び背中を向けるとどこかへと歩き出した。

 

「…はは、やっぱ尋常じゃないなお前」

 

地面に落ちた小人の死骸を見る。

無惨にも鈍器で殴られたような醜い凹みを刻まれたそいつは、しばらくすると風船が割れるみたいに小さく弾けて消え去った。

周囲一帯に散らばっていた筈の他の死体もいつの間にやら跡形もなく消え去っている。

 

これが全部、暁美ほむら一人によって成されたものだと思うと、少しゾッとする思いだ。

 

さっき見た彼女の動き、明らかに少女の域を逸脱していた。

思えばこの空間を逃げ回った体力、俺を突き飛ばした時の力、あれも少女の身体能力としては些か過剰だったようにも思う。

 

彼女が超人的な能力を持ってしてあの魔物達と戦った事は、もはや疑う余地もない。

 

「誰か説明して欲しいね、全く」

 

そんな風に物思いに耽っていると、不意に前方を歩いていた暁美が足を止めた。

首だけ後ろに回し、こちらを見る。

 

「…私はこんな所で油を売っている暇は無いの。ここで死にたいなら、このまま置いていくわよ」

 

ぶっきらぼうに、そんなことを呟いた。

 

「…はぁ」

 

彼女はそれだけ言うとそそくさと再び歩き出した。

 

「…つまり、付いてこいってことね」

 

素直にそう言えばいいのに。

 

さっき俺を助けた事といい、いましがたの下手くそな嘘吐きといい、こいつ本当は凄い律儀な奴なんじゃないかと一瞬思った。

 

ともあれ実際俺もこのまま油を売っているつもりはない。

友達を待たせているし、転校初日で以後不登校になるのも頂けない。

早急にこの場を脱出する必要があった。

 

 

しかし、こいつは迷いなく前に進んでいるが、一体全体どこに向かおうとしいるんだろう。

出口分かってんだろうか。

 

…あり得る。

 

こいつ、最初ここの来た時も驚いて無かったもんな。

いよいよ彼女の正体が疑わしい。

 

「あんた結局何者なんだ?只の人間ではないだろう」

 

彼女に追随しながら、ダメ元でもう一度聞いてみる。

 

「それを答える必要があるかしら?」

 

案の定素っ気ない答えが帰ってきた。

今回は振り向いてすら貰えなかった。

 

「では当ててみよう。超能力者、異能力者、サイキッカー、あとは何だ、魔法使い?」

「どうとでも思えばいいでしょう」

 

中々どうして頑なだ。

化物やら亜空間やら念動力やら、ここまで見せられたんだし説明の一つぐらいあっていいと思うのだが。

正体がバレたら蛙にされたりするんだろうか。

 

…ふむ。

 

「さっきここに来る途中、似たようなモノを見た」

 

話題を一先ず転換し、別の切り口から攻めてみる。

 

「真っ白な未確認不明生物が全身撃ち抜かれて死んでた」

 

さっきから気になっていた事だ。

いましがた目にした魔物達の死に様は、あの時の死屍累々と酷似していた。

 

「あれも、あんたの仕業か」

 

暁美ほむらは足を止めない。

 

だが、その言葉を聞いたとき、微かに肩が震えた。

彼女の目が、傍らの俺に向けられ、視線が交錯する。

 

無機質に見えるその瞳の奥で、微かに何かが揺らいだ気がした。

 

「…あなた、一体何者?」

 

いつだったかに聞いたのと、よく似たような台詞が出た。

 

「…だから知らねえって言ってんだろうが」

 

それに対する俺の答えも、前と変わらないものだった。

 

「それは俺の質問だよ。あんたこそ何だ」

 

「さあね」

 

質問に質問で返す俺に何を思ったのか、彼女は俺への興味を失ったかのようにまた目を逸らし、ずかずかと先に進んでいく。

 

そして背を向けたまま淡々と、やや冗談めかした調子で言った。

 

 

「通りすがりの魔法少女、とでも思えばいいんじゃない」

 

 

魔法少女。

 

中学生の口から出るには、どこか幼稚で、子どもっぽいとすら感じさせる響きの言葉。

 

だがその実、

魔法のごとき力を操り、少女的な衣装で戦い舞う、暁美ほむらの姿は、

 

魔法少女という呼び名が相応しいように思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…夢か」

 

ベッドの上で、ばっくりと目を開きながら呟いた。

 

首を回し、ベッド脇に置かれた時計をぼんやりと眺める。

時刻は朝の05:13を指している。

早く起きすぎたらしい。

 

「酷い…夢だった…な」

 

まだ倦怠感が残る身体にむち打ち、のっそりと起き上がる。

窓の外からは、弱々しい陽の光が射し込み、新たな1日の到来を告げている。

鶏の鳴き声でも欲しいところだ。

 

「やれやれ、何が魔法少女だ全く…」

 

何時だったかに、終末感に溢れる悪夢を見てしまった反動だろうか。実にファンシーな題材の夢を見たものだと思う。

 

…いや、ファンシーと呼ぶにはやたらおどろおどろしい雰囲気だったような気もする。

 

どんな夢だったっけ。

夢は覚めてしまうと急速に記憶が薄れてしまうものだが、確か。

 

クラスメイトが魔法少女で、念動力で粉砕して、髭とか鋏に教われて、消火器に当たって、落ちて、あと何だったっけ。

そうだ死体だ。小動物の死体をいっぱい見た。

 

どんなやつだったろうか。

何だか白くて丸くて、赤い目をしていて。

 

そうそう、丁度ベッドの脇でこちらを見つめる真っ白なぬいぐるみとクリソツな姿の…。

 

 

 

「おはよう、暦海テツヤ。随分と早い目覚めだね」

 

 

 

「……」

 

 

見知らぬ白いぬいぐるみが、暗がりの中、血のように真っ赤な瞳でこっちを見ていた。

 

 

 

「いやぁあああああああああああっっ!!!妖怪ナガミミシロマルヤマネコォオオオオオオオオオオオーッッッ!!??」

 

 

 

思わずパニック状態になり、ベッドから全速力で転がり落ちた挙げ句、我が家のフローリングに頭から叩きつけられる。

 

割れるような頭頂部の痛みに呻きつつ、突如として出現した呪いの人形から逃れるべく必死にのたうち回った。

 

「奇妙な反応をするね。14才の少年の起床はいつもこんな感じなのかい?」

 

そんな俺の姿をどう思ったか、ぬいぐるみは不思議そうな声で、ただし表情を一切動かさないまま喋り掛けてきた。

 

それを見た瞬間、急速に寝惚けた頭脳が活性化し、昨日までの記憶を急速にリフレインし始める。

そうだ、完全に思いだした。

 

「…あ、おま、お前…確か、きゅ、キュウ太郎…」

 

「僕の名前はキュウべえ、と言った筈だよ?暦海テツヤ」

 

白い動物ぬいぐるみ、いや。

 

魔法の使者、キュウべえはそう言って、僅かに目を細めた。

 

 

「…ぁー」

 

のたうち回りすぎていつの間にやら上下逆さまになった視界で、俺は目の前の非現実的な光景を眺め嘆息する。

 

ああ、思い出した。

昨日遭遇した衝撃的体験と、そこからの出会い。

この街に潜む真実と、目の前に居座る胡散臭い魔法生物の事を。

 

こういう状況を、なんと言ったか。確か…。

 

「えっと…夢だけど、夢じゃなかった?」

 

 

 

 

 

 








今回は丸々回想でした。
次回は本格的に二話分に入っていくかな?
…いくといいなぁ。


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第12話 「命懸けの魔法少女」



またしてもすっげえ遅れまして申し訳ありません。
きらファンやったりグリッドマン観てたらこんなに遅れました。だらしねえな。
マギレコとかも始めるべきかと思ったけど、現状鑑みると忙殺されそうなのがお辛い。
そういえばTV アニメ化されるんでしたっけ、何気にまどかシリーズの外伝映像化はこれが初ですね…。
とりあえずみんな秋から始まるアニメ版グリッドマン、観よう!

なんか途中からただの日記になってしまいましたが、どうぞ12話、お楽しみ下さい。
ちなみに今回はアホみたいに長いです。












 

 

“私は巴マミ”

 

“あなたたちと同じ、見滝原中の3年生”

 

“そして” 

 

 

“キュゥべえと契約した、魔法少女よ”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テツヤさん?」

 

 

「ん」

 

後ろから聞こえた聞き覚えのある声で、ぼんやりしていた意識が現実に引き戻された。

 

 

早朝、見滝原中学校へ向かう途中。

早起きは三文の得だかなんだか知らないが、早い内に目覚めてしまった俺は取り敢えず長い長い通学路を半ば眠りながらぶらりと歩いていた。

 

 

「おはようございます。結構早起きですのね」

「あぁ、えっと、志筑…ヒットミンさんだっけ?おはよう」

 

心配そうな顔でこちらを覗き込むその人に大丈夫、と手を振りながら挨拶を返す。

 

「仁美です。昨日はどうも、途中で帰ってしまって…」

「気にしてないさ。習い事で忙しいんだろ?苦労してんだな」

「いえいえ。それほどの事ではございませんわ」

 

俺に呼び掛けてくたのは、昨日知り合ったノーブルガールの志筑仁美さんだ。

まどかとさやかを合わせたトリオの一人で、昨日のショッピングモールで一人お茶の稽古に行くため退席した子であった。

 

「ところで先程はどうなされましたの?少しぼんやりしていたようですけども」

「んや、ちょっと悪夢を見てだな。早く起きすぎて逆に眠い」

「まあ、昨日のまどかさんみたいな事を言いますのね」

「何だっけそれ、暁美に夢の中で会ったって奴か」

 

さっきまで呆けていた理由を問われ、内心ドキリとしながらも一応は平静を装って答える。

下手に自分の知る真実を漏らしてしまわないか、気を付ける必要があるからだ。

 

しかしここで暁美ほむらの名前が出てくるのは何の偶然やら。

全く笑えない。

 

「テツヤさんの見た夢ってどんな内容でしたの?」

「む、気になるのか」

「ええ。まあ」

 

まどかの前例があったせいか、反応されてしまった。

何だか興味深そうな彼女の素振りを見ると、はぐらかす事もできなさそうだ。

 

「そうさね、何と説明したものやら…」

 

昨日会ったことをそっくりそのまま言うわけにはいかない。

内容は夢の中のこととして、それをどう趣向を変えて分かりやすく表現すべきか。

 

そうだな、言うなれば…

 

 

「魔女に呪われる夢、かな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわ…」 

「素敵なお部屋…」

 

明るい照明で照らされた、愛らしいコーディネートの部屋を見て、まどかとさやかの二人が感嘆の声を挙げた。

 

「うお、女の人の部屋だ…」

 

何となく、場違いな場所に来てしまったような気がして尻込みしてしまう。

自分の家の殺風景な部屋と比べると恥ずかしくなるぐらい明度が違うように感じた。

 

「独り暮らしだから遠慮しないで。ろくにおもてなしの準備もないんだけど」 

 

そんな俺達に対して、巴マミさんはそう言って微笑むと、自分の部屋へ俺達三人を招いてくれた。

 

 

昨日のあの後。

異空間に巻き込まれ、異形の化物に襲われた俺達を助けたマミさんは、事情を説明したいと言って自宅にみんなを招き入れた。

 

事情、というのは間違いなくその化物絡みの話だろう。

 

あの怪物と、あの世界の正体、そしてそれと渡り合い殲滅してみせた彼女と、彼女に協力していると思しきこの生物の真実。

 

どこか危険な匂いを感じながらも、見過ごしてはおけないこの街に潜む謎。

是非とも早く説明を頂きたいものではあったが…。

 

「マミさん。すっごく美味しいです」 

「んー、めっちゃうまっすよ」 

「ぅん、甘い…美味い…初めて食ったぜこんなの…」

 

部屋のテーブルに座って早々、おもてなしとして出された紅茶とケーキの甘味には、誰も抗えなかった。

 

マミさんがお出ししてくれた見るからに高級そうなケーキの甘味は、豪華さの中にお菓子らしいしっとりした部分もあって、ちょっと英国のティータイムめいた洒落乙な気分にさせられる。

 

しかし、これが“ろくなおもてなし”ではないと言う事は、彼女にとってこういった類いの品は日常的に食されている物な訳で。

紅茶を入れる手際の良さといい、こういった洋菓子を集めるのが彼女の趣味だったりするのだろうか。

 

「喜んで貰えたなら嬉しいわ…あら」

 

二人の反応に気を良くしていたマミさんだったが、ふと一人異なる様子の人がいるのに気付き視線をこちらに寄越す。

 

「フーッ…フーッ…フーッ…あづっ」 

 

視線の先にいるのは、丁度アツアツの紅茶に息を吹き掛けさましている最中の自分である。

 

「テツヤくん、もしかして熱いの苦手?」

「なになに、猫舌ってやつ?」

「いや、実は熱さ自体になんか苦手意識があってさ」

 

心配そうな顔でこちらを覗き込むまどかと、ここぞとばかりに口を挟むさやかを適当にいなしつつ、恐る恐る紅茶に口を近付けていく。

 

「よかったらミルクなんかも入れるけれど…」

「いやいや、お気になさらず…ぁあぢっ!」

 

席を立とうとするマミさんを止め、ちょびっとずつ紅茶を口に含んで飲み下す。

彼女の心遣いは有り難いが、折角出して貰った極上の茶を無下にするのは憚られた。

 

「熱いのがあれなだけで、このお茶が美味いのは分かりますんで」

「そう…ありがとうね」

 

ホッとしたような顔で席に戻るマミさん。

お手を煩わせかけてしまったが、何だかんだ喜んでくれたようで一安心だ。

 

転校して初日も初日なもので、俺にはこういった上の学年の人とは話した経験が全くと言って良いほどない。

でも今目の前にいるマミさんが、いかに物腰柔らかく気遣いの出来る人であることがこの短い時間の中でよく分かった。

何というのだろうか、頼れる姉というか、お姉さまみたいな雰囲気がすごくある。

 

「…さて」

 

そう言ってマミさんはティーカップを置くと、先程より幾分か真剣になった表情で視線俺達全員に向ける。

今回ここに招いた理由である、話の核心に触れるのだろう。

 

「キュゥべえに選ばれた以上あなたたちにとっても他人事じゃないもの、ある程度の説明をする必要があるわよね」 

 

「うんうん、何でも聞いてくれたまえ」 

「さやかちゃん、それ逆…」

「え、じゃあお前スリーサイズいくつ?」

「ふふん、何を隠そう上からなな…ってコラァ!何言わせんのよ!?」

「あががが、何でも聞いていいって言った…!」

 

「…コホン」

 

真面目な話を始めようとした矢先にコントを始めた俺達(ほぼ俺とさやか)を少し諌めるようにマミさんが咳払いを入れる。

流石にこの場では悪ノリが過ぎたようなので、二人揃って首をすぼめて反省の意を表した。

 

気を取り直したマミさんは、おもむろに左手を目線の高さまで上げて、手を開く。

 

次の瞬間、彼女の掌から光が洩れだし、気付いた時にはいつの間にか卵大の宝石がその手の上に出現していた。

 

「わぁ、きれい…」

 

まどかが感嘆の声を上げる。

その一方で、俺はただ目の前に現れた不可思議な光を放つ宝石に戸惑っていた。

 

「なんだ、これ宝石…?」 

「フフッあなたは初めて見るんだったわね」

 

そう笑う彼女の手の中で、その宝石は明るい黄金の光をほんのりと放っている。

美しい装飾の施された艶やかなその輝きは、彼女が“変身”していた時帽子にくっ付いていたものと同質のものだ。

まるで魔力の源のように使われていた、この光は…。

 

「これがソウルジェム。キュゥべえに選ばれた女の子が、契約によって生み出す宝石よ」

 

「魔力の源であり、魔法少女であることの証でもあるの」 

 

魔法少女の、証。

 

(この光、確か前にも…)

 

不意に脳裏にあの時の事が思い出される。

異空間で、暁美ほむらに助けられた、あの時。

彼女が盾を装備していた左腕の手の甲に、紫の光を放つ菱形の宝石が嵌め込まれていた。

 

放たれる光の色こそ違えど、あの輝きはこの宝石の光と酷似している。

だとすれば彼女もまた、キュウべえと契約した…。

 

「契約って?」 

 

まどかも丁度疑問系でマミさんに質問をぶつけている。

その答えをマミさんが言うより先に、いままで大人しく彼女の側でうずくまっていたアイツが口を開いた。

 

…正確に言うと口を開けてはいないが。

 

「僕は、君たちの願いごとをなんでもひとつ叶えてあげる」 

 

白色の不思議な魔法動物、キュウべえはそう言った。

 

「え、ホント?」 

 

さやかが素っ頓狂な声でそう聞き返す。

 

しかし願い事を叶えるとはまた唐突な。

それと契約になんの関係があるのか疑問だ。

 

「願いごとって?」

「なんだってかまわない。どんな奇跡だって起こしてあげられるよ」 

 

戸惑うまどかに言い聞かせるように、キュウべえがスラスラと説明してあげている。

 

だが、奇跡を起こすだと?

 

この生物、こんな犬っころみたいななりをしてそんな芸当が出来るというのか。

まるでランプの魔人、もしくは神龍、果てはファウストの悪魔みたいな事を言うものだと思った。

 

「うわぁ…金銀財宝とか、不老不死とか、満漢全席とか?」 

「いや、最後のはちょっと…」

 

そんな俺の疑念も露知らず、さやかちゃんは案の定一人でに盛り上がっていらっしゃる。

気持ちは分かるがちょっと欲望さらけ出し過ぎじゃないか。

 

「ところでマンカンゼンセキって何だ?美味いの?」 

「え、いや確かに美味しいらしいけど…」

 

何となくそこだけ引っ掛かったので取り敢えず聞いてみたが、なんか食い物であることしか分からなかった。

まだ自分には社会勉強が足りんらしい。後で調べよう。

 

「でも、それと引き換えに出来上がるのがソウルジェム」 

 

そんな風にまた勝手に盛り上がっていたら、マミさんによって再び話を元に戻された。

なんか、真面目に聞けない後輩で申し訳ない。

 

で、なんの話だったか。

確か、願い事と引き換えに宝石が出来上がるって…?

 

 

「この石を手にしたものは、魔女と戦う使命を課されるんだ」 

 

 

キュウべえが、マミさんに続いて言葉を重ねる。

 

字面だけは重苦しく、その実声のトーンは至って変わらない明るいままの台詞だった。

 

 

「魔女?」

 

 

まどかの鸚鵡返しの声が夕陽の射し込む室内に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、仁美さんや」

 

通学途中、傍らを歩く仁美さんに、ふと思い至ってある質問をしてみた。

 

「?なんです?」

 

「もしもさ、願い事を何でも一つだけ叶えてやる、って言われたらどうする?」

 

案の定それを聞いた彼女は質問の意図が分からない、といった様子で小首を傾げている。

 

「急になんの話ですの?」

「いんや、ちょっとしたアンケートってか、無意味な禅問答と思ってくれていい」

 

実際その問いに大した意味はなかった。

彼女はキュウべえと会っていないし、選ばれている訳でもない。

ほんの興味本位の質問。ちょっとした意見収集みたいなものだ。

 

だが彼女はその問いを聞いてからしばらく沈黙し、しばらくの間何か考えている様子だ。

 

「…そうですわね」

 

何かいけない事でも聞いちゃっただろうか。

とか思い始めた辺りで、彼女はようやく一言洩らし、そこからポツポツと胸の内を整理するように言葉を紡ぎ始めた。

 

「叶えたい願いや夢なんていうのは私にもいくらでも有りますわ」

 

「けれど、たった一つ選べ、と言われて選べるような大きな望みは思い付きませんわね」

「…ふーん」

 

なんか、結構拍子抜けするぐらい真っ当な答えだった。

 

いや、大それた狂言を期待した訳じゃないんだけども、さやかの時みたいなはっちゃけた欲望ぐらいは出るんじゃないかと思っていたから少し戸惑ってしまう。

 

「それに、もしそれだけ大切な想いがあるのでしたら、自分自身の力で叶えたいとは思いませんか?」

「ははぁ…大真面目さね」

 

元々彼女が落ち着いているからか、あるいは教育が行き届いたりしているせいなのか。

意外な程現実的な考えが来たものだなと思う。

 

彼女はそもそも良いとこの育ちであるようだし、そこまで欲の多い子では無かったのかもしれない。

夢がない、とも言うのか。

そういえばこの人は昨日の夢談義においても、結構現実的な目線で話をしていたっけか。

 

「申し訳ございません。このような解答で」

「いや、いい。そういう考えも一つの答えだと思う」

「ならいいのですけれど…」

 

やや拍子抜けした思いが顔に出てしまったのか、仁美さんに少し気を遣わせてしまったようだ。

 

本当のところ、これは意見収集ですらないただの自己満足に過ぎない行動だ。

彼女の答えで何か得られる訳でもなし、そもそも俺がこんな質問をする事自体が全くの無意味なのだ。

 

俺も、何かに選ばれている訳ではないのだから。

 

「…でも、どうしても何か一つ考えろというのでしたら」

 

後ろで、仁美さんが何かを小さな声で呟いた。

さっきの解答の続きか、と思って耳を澄ませる。

 

「……自分の気持ちに折り合いを付けたい、でしょうか」

 

そんなことを、彼女は言っていた。

 

「それ、どういう…?」

「やっほー!仁美…と、あれ、テツヤ?」

 

後ろから一際やかましい、もとい元気な誰かさんに声を掛けられ、仁美さんに聞き返す機会を逃す。

まあ、別にそれほど深く聞きたい話でも無かったから別に良いのだけれど。

 

「おはようございます、さやかさん」

 

仁美さんが振り返り、平然とした様子で後ろにドタバタと駆けて来た誰かさん、

 

美樹さやかに挨拶した。

 

「ほほ~う、朝から二人一緒とは仲がよろしいことで♪」

「何だ、誰かと思えばチャンじゃないか」

「いや、チャンじゃなくてさやかちゃん…ってか今日まで引っ張るつもりなのかそのネタ!?」

 

遅れて合流して来たチャン=サヤカもとい美樹さやかは、駆け寄ってくるなり俺達を茶化し始めた。

が、親愛を込めた渾名呼びを聞くなりすかさず突っ込む辺りは、生真面目というか芸人気質というのか。

 

「え、チャンじゃ駄目なのか?」

「駄目っていうか普通に呼んでほしいっていうか…」

「じゃあなんだ、さっちゃんとかサーヤとか、げろしゃぶかフーミンとか、そういうのがいいのか」

「そーいう問題じゃねーし、てか最後らへんは絶対におかしいでしょ!?」

「んじゃ、みーくん」

「…いや、ゴメン意味わかんない何で?」

「ほら、美樹ちゃんだからみーくん」

「あぁ、もうチャンじゃないならなんでもいいよ…」

 

あ、諦めた。

 

どうも相手するのを疲れさせてしまったらしい。

いい加減ふざけ方の度合いを測れるようになりたいものだが、まだまだ上手くはいかないようだ。

 

しかし渾名呼びは親睦を深めるのに効果的と近所のおっちゃんに聞いたのだが、何がいけないのだろう。

あまり彼女に気に入られている感じがない。

 

「んで、さっきからお二人さんは何の話で盛り上がってたワケ?」

「いや言うほど盛り上がっちゃいなかったと思うけど」

 

気を取り直して仁美さんに話を振るさやか。

 

「今朝テツヤさんが見た夢の話をしていましたの」

「へー、何か昨日のまどかみたいな事言うじゃん」

「ええ。なんでも魔女に呪われる夢を観たんだとか」

「あはははっ、魔法がどうとかよくわからない夢を見るのもそっくりだねぇ」

 

HAHAHA、と素知らぬ顔で朗らかに談笑しているさやか。

 

だがその最中、仁美さんに気付かれないような自然な足取りで俺の近くまで身を寄せてきた。

 

そしてある程度接近した瞬間、いきなりその手を俺の耳に伸ばしひっ掴んだかと思うと、グイっと俺の耳を自分の顔の近くまで引き寄せる。

 

「いだだっ、あふっ耳弱いから口寄せないで…!」

「…テツヤあんた、まさか昨日の事」

「言ってない言ってない、あくまで悪夢見たって言っただけで」

「なら、いいんだけどさ…」

 

必死の弁明に納得したのか、彼女はスッと耳から手を離すと、そのまま何事も無かったかのように仁美さんと並んで歩くのを続ける。

 

「ったた、まったくせっかちさんめ…」

 

俺が彼女に昨日の出来事について要らぬ事を喋ったのではないか、と疑われてしまったらしい。

やてやれ、思い込み激しいとは聞いていたが大した直情傾向だ。

 

まあでも彼女が友人を巻き込みたくないのは分かるし、自分も夢の話とはいえお喋りが過ぎたとも思うから仕方ないのだが。

 

とはいえだ。

 

「大体、言っても信じて貰える筈がないだろうに」

「そりゃまあ、確かにね…」

 

小声でブーたれる俺の文句をちゃんと聞いていたさやかが、苦笑しながら軽く頭を下げる。

 

「?」

 

そんな俺達の様子を、仁美さんは不思議そうに眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔女って何なの?魔法少女とは違うの?」 

 

夕暮れ時のマミさんの部屋で、まどかがキュウべえに質問した。

 

「願いから生まれるのが魔法少女だとすれば、魔女は呪いから生まれた存在なんだ」 

 

イマイチ分かるような分からんような答えが返ってきた。

 

呪いから、生まれる?

誰かが誰かを呪った時にあんな異形の化け物が生まれる、とでもいいたいのだろうか。

 

「魔法少女が希望を振りまくように、魔女は絶望を蒔き散らす」 

 

そんな疑問を知ってか知らずか、キュウべえはスラスラと次の言葉を選んで魔女の説明を続ける。

 

「しかもその姿は普通の人間には見えないから性質が悪い」 

 

「不安や猜疑心、過剰な怒りや憎しみ、そういう災いの種を世界にもたらしているんだ」 

 

よみとどみなく淡々と告げられる魔女というものの実態。

 

その概要を聞いて、心なしかまどかとさやかの表情が固くなったように見えた。

俺も同じような表情をしているのかもしれない。

 

「理由のはっきりしない自殺や殺人事件は、かなりの確率で魔女の呪いが原因なのよ」 

 

「形のない悪意となって、人間を内側から蝕んでゆくの」 

 

さっきまでとはうって変わって沈鬱な表情をしたマミさんが、そう補足してくれている。

 

それを聞いて、なんというか、心が冷えるのを感じた。

今の真実は、少なからず自分達の心に恐怖を抱かせた。

 

魔法や魔法少女なんていうのも確かに衝撃的な話ではあったが、それらは余りにも今までの現実から解離しすぎていて、未だに別世界の出来事としか認識しようがなかった。

 

だが魔女の話は別だ。

不安や猜疑心などの悪感情、悪意を持った他人による犯罪や攻撃は、自分達のすぐ身近に、あるいは自分自身の心にも多かれ少なかれ存在していた筈の存在。

それが得体の知れない化け物によってばらまかれ、操作されていたのかもしれないというのだ。

 

今まで自分の周囲で当たり前のように起こっていた事件や事故の裏に、そんな外部からの悪意が潜んでいたかもしれない、というのは中々にゾッとする話だった。

 

「そんなヤバイ奴らがいるのに、どうして誰も気付かないの?」 

「魔女は常に結界の奥に隠れ潜んで、決して人前には姿を現さないからね」 

 

さやかの当然の疑問にキュウべえは少しもペースを崩さないまま答えを返す。

 

「さっき君たちが迷い込んだ、迷路のような場所がそうだよ」 

「結構、危ないところだったのよ?あれに飲み込まれた人間は、普通は生きて帰れないから」 

 

「うぇ…そうだったのか危ねえな」

 

マミさんの説明が本当なら、あの時の俺は本来なら袋の鼠状態でなぶり殺しにされている訳だ。

ただでさえ常人では勝ち目の無さそうな相手に、逃げ道が用意されていないというのは即死に繋がる。

転校1日目で蒸発する転校生なんて笑えない冗談だろう。

 

…しかしだとすると、本当にあの時暁美ほむらがいなければ、自分はこの場に生きてはいなかった事になる。

あいつは、それが分かってて俺を助けたっていうのか。

まるで正義の味方みたいな事をする奴だと思った。

 

「…マミさんは、そんな怖いものと戦っているんですか?」 

「そう、命懸けよ」

 

少し怯えた声色で訊ねるまどかに、マミさんは誤魔化す素振りも見せず、はっきりと言い切った。

 

「だからあなたたちも、慎重に選んだ方がいい」 

 

マミさんが言葉を続ける。

 

「キュゥべえに選ばれたあなたたちには、どんな願いでも叶えられるチャンスがある」 

 

俺達に対して、警告するように強く言い聞かせる。

その真剣な眼差しと重い台詞に、自然と身が引き締められた。

 

「でもそれは、死と隣り合わせなの」 

 

死と隣り合わせ。

 

シンプルながら、これ以上無いほどの重みを持った言葉に、二人が少し身体を竦ませるのを感じた。

 

「ふぇ…」 

「んー、悩むなぁ」

 

文字通り、命を懸ける選択。

それを突き付けられて、まどかもさやかも何も言えない様子だ。

 

当然だろう。

願い事一つの為に自分の命を軽々しく差し出すような選択が、まだ14かそこいらの中学生に決断出来るはずもない。

彼女達はいましがた、その命を脅かす“魔女”というものの脅威を目の当たりにしたばかりなのだ。

それがいかに危険な行動で、どれほど重い対価であるか、想像するのは難くない。

 

 

…俺はどうだろう?

 

もし何か叶えたい願いがあったとして、その為に自分の生死を危険に晒せるものなのだろうか。

 

少女が願いを叶えて貰うために、その命を差し出す。

何かを得るために何かを捨てる、対価ありきの奇跡。

楽して叶えられる夢はないとは言うが、しかし。

 

「命懸けの、魔法少女か…」

 

ぼんやりと口に出して呟いてみると、奇妙な響きだと思った。

 

…ん?

 

その時、ふと自分の言った台詞に違和感を覚えた。

 

魔法…少女?

 

少女、そう少女だ。

違和感の正体が次第にはっきりし、今までスルーしてきた重要な事実に気付く。

 

どうして今まで自分は気付かないままでいたのか。

どうしてこれまで周りの誰も突っ込んでくれなかったのか。

 

「あのー、一つ質問いいっすかね先輩」

「何かしら?」

 

恐る恐る手を挙げ、マミさんに質問を告げる。

 

「そこのキュウカンバーと契約した女の子がなるのが、魔法少女なんですよね?」

「そうね」「僕はキュウべえだよ?」

 

マミさんの肯定の言葉と、キュウべえの訂正の台詞が被るが、名前の方は正直どうでもいい。

 

重要なのは、契約できるのは“女の子”であるという事だ。

 

「じゃあ男の俺って、この話にはあんま関係無いって事になるんすけど…」

 

そう、魔法少女は少女であるからこそ魔法少女たり得る。

つまり、男性である俺は魔法少女の話を聞いたところでどうしようもない訳だ。

 

まどか達に連なってマミさん宅までお邪魔してきてしまった訳だが、これでは自分がここにいる意味がまるで無い。

 

「そうでもないかもしれないの」

「え?」

 

そう思った矢先の、マミさんの台詞に思わず面食らう。

 

関係があるかもしれない?

俺と、魔法少女が?

 

何ゆえに?

 

「あなた、さっき魔女について言った事覚えてる?」

「はい。なんか呪いから生まれたとか、結界の中にいるとか、あと…」

 

そこまで言って、再度頭を強打されるような衝撃を覚えた。

 

そうだ、忘れていた。

だが待て、それではおかしな事になる。

 

でも確かにキュウべえのやつは言っていた。

魔女の質の悪い性質、その内の一つ。

 

「…普通の人に、見えない」

 

 

「そうね」

 

マミさんは頷いた。

それは、俺の気付いてしまった異常性の肯定に他ならない。

 

「魔女を視認できるのは、同じ魔法の力を持った魔法少女と、その資質を持った女の子だけだ」

 

キュウべえがマミさんから引き継いで言葉を続ける。

 

「勿論魔女だってただの幻じゃない、実体のある存在だ。条件さえ整えば資質のない人間でもその姿を見る事はある」

 

「でもただの人間なら、そもそも魔女の隠れている結界にたどり着く前に呪いを受けてしまう筈なんだ」

 

俺には、あの魔女の姿がはっきり見えていた。

あの異形と狂気的な背景の様相は、今でも鮮明に思い出せる程くっきりと思い出せる。

 

それがどれだけ異常な事であったのか、今になって突き付けられて一人戦慄する。

 

「なのに君は、暁美ほむらの介入があったとはいえ、呪いの影響を受けずに直接結界の内部に侵入する事が出来た」

 

そもそもあの場所に自分がいたのだって、まともな理由じゃなかった。

何かを感じた。

そんな意味の分からない感覚に導かれて、あの場所に行ったのだ。

 

「俺は…なんで、あそこに」

「テツヤくん…?」

 

まどかが心配そうな顔で俺を覗き込んでいる。

その顔をまともに見返す事が、今の自分にはできない。

 

「それだけじゃない。今この瞬間、君が僕と話している事自体が本来ならあり得ない事なんだ」

 

キュウべえは一切の容赦をせず、立て続けに言葉を続ける。

 

「僕も魔女と同じように、普通は他の人に見る事はできない」

 

「現に、今まで君達は僕の存在を知らなかっただろう?」

 

淡々と語られる真実。

それが一体何を意味するのか分からないし、理解したくもない。

 

「僕を見る事が出来る条件は魔女と同じ」

 

だが、相手はそれを許してくれない。

 

「魔法少女か、その資質を持った女の子だけなんだよ」

 

俺にとどめを刺すかのように、その言葉が放たれた。

 

 

「え、ちょっとそれって…?」

 

さやかが混乱ぎみの声を漏らす。

トントン拍子で語られる説明について行けていないのだろう。

 

「でも今、君は僕と目を合わせて会話をしているよね」

 

だがそれでも、キュウべえが俺の異常性を語っている事は誤魔化せない。

 

 

「待てよ…お前…」

 

嫌な予感がした。

 

こんな会話をつい最近もした気がする。

なら最終的にキュウべえの台詞もあの時と同じものに収束してしまう。

 

俺が一番言われたくない、あの台詞に。

 

「君はどういうわけだか、女の子でも魔法少女でもないにも関わらず僕の事を認識している」

 

「待てって言ってるだろ…!」

「暦海テツヤ」

 

キュウべえが台詞を遮って俺の名を呼ぶ。

 

いつだったかの焼き直し。

 

暁美ほむらと最初に出会った時にも聞いたあの質問。

 

答えなんて出る筈の無い、

俺が解答を持ちえない、

あの言葉だ。

 

 

「君は、一体何者なんだい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第13話 「それは、禁断の恋のかたち」




週一投稿って結構難しい。
何とかペースを戻したいこの頃だけれど、そろそろ忙しくなりそうなんですよね、やれやれ。
取り敢えず本編どうぞ。






 

 

 

 

 

「君は、一体何者なんだい?」

 

キュウべえの平坦な声がマミさんの部屋に響く。

 

何度目になるか分からないような、質問だった。

前にも暁美ほむらから似たような事を聞かれていたな、というのを思い出す。

ああ、あれはこういう意味だったのかと今更ながら合点する。

 

だが悲しいかな。

 

「…俺は」

 

それに対する答えもまた、変わる事はない。

これまでも、これからも、おそらく。

自分は答えを持ち得ていないのだから。

 

「俺は、そんなこと知らない」

 

絞り出した答えが、部屋に虚しく漂う。

しばしの間、なんとも言えない沈黙がその場に流れた。

 

「…それは、心当たりが無いって意味かしら?」

 

マミさんの声が沈黙を破る。

 

「まあ、そういう事です」

 

「俺には自分が誰かなんて事、分かんないです」

 

俺の答えをどう受け取ったのか、マミさんは俯いて何かを思案するかのように黙っている。

キュウべえの方は、相変わらず何の感情も読み取れない無表情のままだ。

 

「…そう。何か理由とか手がかりのようなものでもないかなって思ったんだけど」

 

しばらくして口を開いたマミさんは、少し落胆したような、不思議そうな声でそう言った。

 

「そういう事があった記憶は、微塵も無いので」

「なら、仕方ないわね」

 

俺が何の情報も持たない一般人である事を悟ったのだろう。

追及を諦めた彼女は張り詰めていた表情を弛ませ、安心させるように笑いかけてくれた。

 

「あのー、マミさん?さっきから何の話をしてるのか分かんないんですけど…」

「テツヤくんが本来ならキュウべえは見えない筈だって、どういう事なんですか?」

 

一方、さっきから会話で置いてきぼりを食らっていたまどさやコンビは、理解が追い付かない、といった様子でたちどころに疑問んを投げ掛けてくる。

 

「えっと、ちょっと待ってくださいよ?」

 

やや混乱ぎみのさやか氏は、一旦頭を振って心を落ち着けると、状況を整理するようにこれまでの俺達の会話をまとめ始めた。

 

「そのキュウべえってのが見えるのは魔法少女の素質がある奴だけで、テツヤが何故かキュウべえを見れるって事は…」

 

ゆっくりと、噛みしめるようにこれまでの会話の流れを汲み取り、思案するさやか。

そして、

 

 

「もしかして、こいつも魔法少女になれちゃったり…?」

 

 

その結果とんでもない爆弾を口から放ちおった。

 

「え、えぇ…」

「ちょ、待てまどか、引かないでくれ!?」

 

何を想像したのか、完全に引きぎみの表情で後ずさるまどか。

その青い顔に手を伸ばし、すがり付くも、完全にドン引かれてしまっている。

ちきしょう、何て気色悪い発言をしてくれるんださやかちゃんめ。

 

「きゅ、キュウべえ?そこの所はどうなのかしら…?」

 

マミさんが若干震えた声でキュウべえに訊ねる。

自分から俺の資質がどうのとか言っておいて酷い扱いだ。

 

…いや、でももしマジでなれちゃったらどうしよう。

TSの扉が開くのか、それとも女装癖に覚醒してしまうのか、どちらも願い下げだが少しの興味も無いと言われればそうでもなく…

 

「いや、それは不可能だろうね」

 

あっさり否定された。

 

「魔法少女との契約は、文字通り魔法少女の為に作られたシステムだ。男性では契約の対象になり得ない」

 

「ホッ…」

 

魔法生物からのお墨付きを貰って一安心し息を吐く。

他の面々もそれを聞いて安心したのか、マミさんの固まっていた表情筋が元に戻り、青ざめていたまどかの顔色が回復した。

 

やれやれ、ヒヤッとさせるような事言いやがって。

 

…別に少し残念だなとか思ったりはしていない。

 

「それに例え彼が女性であったとしても、契約は不可能だろうね」

 

そんな俺達に対して、キュウべえはまだ言いたい事があるのか言葉を続ける。

 

「え、何で…?」

「彼にはそもそも素質が無いんだ。魔法少女になれるだけの力は全くといって良いほど存在しない」

 

疑問の声を挙げるさやかに、テキパキと説明をつけていくキュウべえ。

その有無を言わせぬ物言いは、本当に俺が何の才能も資質も持たない事を証明するようだ。

 

「彼が魔法少女になる事は万が一にもあり得ないよ」

 

そう、奴はきっぱりと言い切った。

 

 

「……」

「……」

 

しばし、何を言っていいか分からなくなったみんなの沈黙が室内に重くのし掛かる。

喜べばいいのか、悲しめばいいのか、笑うべきか、悩むべきか。

いまいち反応に困ってしまった。

 

「えーっと、その、残念…だった…ね?テツヤくん」

「いや、なれても困るわこんなん」

 

気遣わしげに話し掛けてくれたまどかには悪いが、そこまで残念には思わなかった。

 

むさ苦しい男子中学生が魔法少女とかぶっちゃけあり得ないし、進んでやりたいとも思わない。

ただ、こうもきっぱり資質無しと言われると、無能の烙印を押されてるみたいで若干凹む。

 

「でも、それだとますます不思議な話ね」

 

マミさんが困ったような顔で腕を組み悩んでいる。

俺魔法少女説は取り下げられたものの、謎はまだ放置されたままであるからだ。

 

「何の力もないのに、キュウべえを見ることだけは出来るなんて」

 

納得の行かない表情で首を傾げるマミさん。

その疑問はもっともらしいが、いかんせん魔女も魔法少女もよく知らない自分からは何を言ってやる事も出来そうにない。

 

「偶発的な特異体質って事かしら、聞いた事もないけど…」

 

なにやらそれっぽい理由付けをしながらもどこか腑に落ちない様子の彼女は、自分以外の人間、…いや人外だが、に意見を求める。

 

「キュウべえ、あなたはどう思う?」

「彼のような存在は全く前例が無いからね。調べてみる価値はありそうだ」

 

どうやら不思議生物でもこの特異体質とやらの正体は図りかねているらしく、何となく興味深そうな声色で調べる価値がどうだのと…っておいちょっと。

 

「は?調べるってお前何言って…」

 

何やら怪しくなってきた雲行きを感じ、キュウべえを問い質そうとする。

と、それをマミさんが一瞥し、無言で諌めてきた。

 

しぶしぶ俺が口を閉じるのを確認すると、彼女は一つ間を置いてからみんなに向き直り口を開いた。

 

「そうね。この事も踏まえて私から提案があるんだけど、いいかしら?」

 

「提案…って何ですか?」

 

恐る恐る聞いてくるまどかにマミさんが目を合わせる。

そして俺、さやかの順に目線を移すと、意を決してその言葉を放った。

 

「三人とも、これからしばらく私の魔女退治に付き合ってみない?」

 

 

「えぇ!?」 

「えっ?」 

 

予想外の提案に唖然とする二人。

 

「魔女退治…ですか?」

 

俺も思わず聞き返す。

するとマミさんも俺達の戸惑いを予期していたのか、順を追って説明を始めた。

 

「さっきも言ったけど、魔法少女になるっていうのはそれ相応のリスクが伴うものなの。生半可な気持ちで決めていい事じゃない」

 

静かに紡がれる彼女の言葉は、魔法少女である本人の言というのもあって、実感の伴う重みを持っている。

マミさんがいかにまどか達の身を案じ、その選択を心配しているか、その言葉だけで理解することができた。

 

「だからそこで魔女との戦いがどういうものか、その目で確かめてみるといいわ。そのうえで、危険を冒してまで叶えたい願いがあるのかどうかじっくり考えてみるべきだと思うの」

 

彼女の語った提案。

それはつまり、魔法少女という存在を間近で観察し、その戦いを擬似的に体験するというものだ。

 

魔法少女体験学習コース、とでも言ってしまえるか。

命懸けだったりする危険こそ伴うものの、マミさんの提案は悪くない、むしろ有難い事柄ですらある。

 

「……」

「……」

 

隣を見れば二人とも彼女の提案に驚きつつも、いくらかの不安とより多くの期待が入り交じったような様子で顔を見合わせている。

彼女達にとっては、契約を自分でする前に他人の様子からそれを体験できるというのは願ってもないチャンスであるのだ。

多少の危険こそあれ、マミさんという頼もしい味方がついている以上、断る理由も少ない。

 

ただ、問題があるとすれば。

 

 

「えっと、それ、俺もですか?」

 

この自分の存在だ。

 

彼女達二人と共にあって、俺だけが魔法少女になる資質を持ち得ていない。

同行する理由が無いのだ。

 

ただでさえ一般人二人を戦場に連れていくという結構な難条件に加えて、明確に戦う能力のない3人目を連れていくというのはあまりにも負荷の大きすぎる話でもある。

 

そうまでして俺を巻き込む理由がどこにあるというのか。

 

「君はとても貴重なサンプルだからね。僕としては君と魔法少女の間にある因果関係をもっとよく観察してみたいんだよ」

 

その理由はキュウべえの口から簡潔に語られた。

 

「何だ、その雑な扱いは…」

 

もっともらしい言い分になるほど、となると同時に、なんかモルモットのような目線で見られているようなのが少し引っ掛かる。

この魔法生物の少々淡白にすら思える実直さは、なんだか気に入らない。

 

「もちろん無理強いはしないわ。本来あなたは私達に関わる理由なんてないし、魔女と接触するのは危険な事だから」

 

マミさんが一応のフォローを入れてくれる。

彼女にも自分の提案が危険と分かっているのだろう、必要以上に強いる事はせず、ただ俺に判断を委ねるつもりのようだ。

 

彼女にとって重要なのは俺やまどか達がどうしたいのか。

自分が俺達を抱えて守らねばならない事の迷惑や苦労はまるで気にも留めていないらしい。

本人が意識しているのかは知らないが、立派な心掛けだと思う。

 

「それでももし、あなたが…」

 

だから、その温情に預かる事にした。

 

 

「行かせてください」

 

迷いなく言い放たれたその言葉に、マミさんが少し驚いたような顔をする。

隣にいる二人も驚いたような気配がしたが、生憎真っ正面を向いているためそれを確認はできなかった。

 

「…お願いします」

 

そのままさらに言葉を重ね、頭を下げる。

 

この答えは、実は最初の内から既に決めていた。

まどか達が魔法少女の戦いとやらに巻き込まれるなら、俺も同行したい、と。

 

正直な所、自分が誰かとか、なんでこんな力があるかなんていうのは別にどうでもいい。

自分はただ誰かにとっての誰かであればそれでいいのだ。

 

だから今は、まどかの友人として。

魔女とかいう恐ろしいものと相対しようとする彼女と共にあって、何かの助けになれればと思っていた。

どれだけ自分がただの人間であったとしても、異常な世界に足を踏み入れようとする友達を見てみぬ振りはできない、そう思ったのだ。

 

「…わかったわ」

 

ただ二言、されど心からの思いの乗った二言だ。

その重みが伝わったのだろう。

マミさんはあっさりと頷いて、俺の意思を尊重してくれた。

 

やがて彼女はどこか先程までより明るみの増したような顔で微笑み、穏やかな声で呟いた。

 

「それじゃあ、これからよろしくね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっはよう~!」 

 

そんな記憶を思い出していた所に、後ろから見知った人の声が聞こえて、瞬時に思考を現実に引き戻す。

振り向けばそこには今自分が一番会いたかった人の顔があった。

 

我がファーストフレンドこと鹿目まどかのご登場だ。

 

「おはようございます」

「おっ、来たなまどっち」

 

仁美さんの礼儀正しい挨拶と合わせて、気さくさを心掛けて呼び掛ける。

 

嬉しそうに駆け寄ってくるまどかの愛らしい姿。

 

だが、それに大手を振って迎え入れようとしたその時、ふとその肩部にある違和感を発見し笑顔が凍りついた。

 

「あんたまどかにも変な呼び名付け……うぇっ!?」 

 

俺の渾名にまたツッコミを入れようとしたさやかもまた、その様子に気付いてか、虫の潰されたような寄声を上げた。

 

 

「おはよう、さやか」 

 

 

その違和感の根源たる謎生命体、キュウべえは、当たり前のようにまどかの肩の上でさやかに挨拶していた。

 

「えっ…あっ、ぐぁ…」

 「どうかしましたか?さやかさん」

 

白昼堂々とその姿を晒すキュウべえの異様な光景に絶句するさやかを、不思議そうな目で見つめる仁美さん。

その目はキュウべえの姿を全くといって良いほど捉えておらず、ただ挙動不審なさやかにだけその関心を向けていた。

 

(本当に、普通の人には見えてないって事なんだな)

 

話には聞かされていても、いざ目の前にその証明を見せつけられると、キュウべえという存在がいかに不条理の存在であるかを実感させられる。

 

同時に、自分が今はっきりとその姿を見ているという状況が、こいつの語った俺の特異体質というものの実在を言い逃れのしようがないほどに示していた。

 

「…やっぱそいつ、私達にしか見えないんだ」 

 

そそくさとまどかの方にすり寄ってきたさやかが、こっそりとまどかに耳打ちする。

 

「…そうみたい」

 

その明らかに不審な様子を、仁美さんが不可解そうにに見つめている。

 

「あの…?」

「ああ、いや、何でもないから!いこ、いこ!」 

 

誤魔化すように手をぶんぶん振って早歩きで駆け出すさやかの背中を見ながら、仁美さんは首を捻っていた。

 

そうして彼女の視線が前に言っている内に、こっそりとまどかの隣に並んで歩く。

横目でキュウべえの姿をチラリと見ると、そいつは何事も無かったかのようにまどかの肩の上で愛想を振り撒いていた。

 

「お前、人に寝起きドッキリ仕掛けておいてすぐいなくなったと思ったらまどかのとこにいたのか」

 

仁美さんに気取られないよう、小声で独り言のように前を見ながら話し掛ける。

視界の端でキュウべえがむくりと丸い顔を上げて、俺に視線を寄越したのが見えた。

 

「僕の仕事はあくまでも魔法少女との契約だからね。一応君の現在の生活環境は把握しておきたかったんだけど、それ以上にまどかとの接触を優先したのさ」

 

相変わらずの口を動かさないノーモーション発声で答えるその姿を見て、やっぱりこいつは何か不気味だなと思う。

何故だろう、こんなに可愛らしい見た目をしているにも関わらず、自分はキュウべえの姿に不信感を覚えてならない。

 

いつだったか見た、無数の死体のせいかもしれない。

 

結局、あれは何だったのか分からないままだ。

 

「まあ付き纏われても困るけどさ、顔ちょっと怖いし」

「珍しいね、僕の容姿をそんな風に表したのは君が始めてだよ」

「いや可愛い顔だとは思うんだが、早朝の薄暗い自室に立ってるのすげえ不気味だから二度としないで欲しい」

 

 

(そうだよね、私も朝起きた時凄いビックリしちゃった)

 

 

そんな会話の中、唐突に脳内に響いたまどかの声に、思わず肩がビクッとなった。

 

「いっ…!?」

 

まどかの方に全速力で顔を向けると、彼女はいたずらっ子みたいに顔を綻ばせながら訳知り顔でこちらを覗いていた。

どうやら俺の幻聴、ということでは無いらしい。

 

「うごぉわっ!?」

「さやかさん、いきなりどうしましたの?肉離れですか?」

 

前方ではさやかもまた大袈裟に飛び上がり、仁美さんから見当違いの心配をされている。

 

さっきの声が聞こえたのは俺だけではなくさやかもそうであるようだ。

しかし仁美さんが何の反応もしていないのは一体どういう訳か。

 

(えっとね、なんだか頭で考えるだけで、会話とかできるみたいだよ?) 

 

(うぉう、マジで脳内に直接来たぞすっげえな)

 

さらっとまどかさんが説明しなさったが、これってつまりテレパシーというものになるのではなかろうか。

 

ふんわりした言葉で流されたものの、古今東西のSFやオカルトもので見かけた現象が今目の前で現実のものとして発生していると思うと中々のサプライズだ。

 

(えぇ!?私達、もう既にそんなマジカルな力がっ!?) 

(いやいや、今はまだ僕が間で中継しているだけ。でも内緒話には便利でしょう?) 

 

なるほど、道理で仁美さんが反応しないわけだ。

これもキュウべえ主体の能力ならば、適正のあるまどかとさやか、例外の俺にしか声が届いていないのも頷ける。

 

(何か、変な感じ) 

(てかこれ、端から見たらお前ら無言でメンチ切りあってるように見えてるんじゃねーの?)

(げ、待ってそれマジで?)

 

「お二人とも、さっきからどうしたんです?しきりに目配せしてますけど…」 

 

予感的中。

案の定、二人の様子を不審に思った仁美さんが滅茶苦茶怪しんできている。

 

「え?いや、これは…あの…その…」 

 

何とも説明し難い状況に置かれてキョドりまくるさやかの顔を、仁美さんが推し測るようにジッと見つめている。

 

うーん、こりゃ不味いだろうか?

仁美さんにはどうしてもキュウべえの見ようが無いのだから、俺達の秘密がバレる事は無いだろうが、それでも何か隠していると思われたら厄介だ。

 

そんな事を悩んでいる内に、仁美さんが何かに気付いたかのようにパッと目を見開く。

 

いかん、どうにかこの場を誤魔化して…。

 

 

「まさか二人とも、既に目と目でわかり合う間柄ですの?まあ!たった一日でそこまで急接近だなんて…!昨日は、あの後、一体何が!?」 

 

 

…予想を斜め上方向に突き抜けた解釈が飛び出した。

 

「えっあの…、ちょっと何言ってんの?」

 

見れば仁美さんは顔を真っ赤にして口元に手を当ててオロオロしている。

完全に色々と誤解している顔だった。

いや、確かに見ようによってはそういう風に見えなくもない様子ではあるけれど…あるけ…、…あるか?

 

「いや、ないない」

 

「…ぅいや、そりゃねーわ。さすがに」 

「確かにいろいろ…あったんだけどさ」

 

二人もこぞって否定しているが、イマイチ語気が弱いのは当人に心当たりがあるから…ではなく単純に引いてるのだろう。

 

「テツヤさん!昨日二人の間に何が起こったというんですの!?」

「うわ、こっちに飛び火してきた」

 

というかすっげえ目を輝かせてるの何なんだこの人。

 

まあいい、取り敢えずここは質問に答えるのが先だ。

友として、フレンズとして、アミーゴとして、なんとか自分が二人の風評被害を訂正しなければならん。

 

「えーっと、確か、二人揃って自宅に行って、色んな秘密について語り合ったりしてたな」 

 

「ちょっ、おい、テツヤぁ!?」

「あ、やべ」

 

動揺してマミさんのって付けるのを忘れた。

 

しかし時既に遅し。

覆水盆に帰らずとも言うか、今の発言を聞いた仁美さんは今、顔を深紅に染め上げ全身をワナワナと震わせている。

 

「まぁ、いけませんわ…お二方…!女の子同士で…」

 

見るからに手遅れというか、こう完全にキマってしまった。

色んな意味で。

 

 

「それは、禁断の、…恋の形ですのよ~っ!!」 

 

 

そう叫ぶと彼女は全力で顔を背け、一目散に駆け出し地平線の果てまで走り去ってしまった。

 

嘘だ。まだ遠くの方に背中が見える。

だが暁美ほむらにも劣らぬ恐ろしい走力であった。

 

「あぁ…」 

「バッグ忘れてるよー!」 

 

もはや撤回不可能となってしまった風評被害に嘆くさやか。

そんな事より置かれた鞄を心配するまどかは、器が広いのか危機感が無いのか。

 

「ひとみん…まさかあんな愉快な子だったとは」

 

ともあれ最後の一押しをしてしまったのは自分なので、静かに心の中で反省する。南無。

 

「うん…。今日の仁美ちゃん、何だかさやかちゃんみたいだよ」 

「どーゆー意味だよ、それは」

 

隣で遠回しにさやかを愉快な子呼ばわりしているまどかは確かに恐ろしい子であったが、正直仰る通りだと思った。

彼女の場合さやかのようなおフザケではなく、ガチで百合を思い描いていそうなのが質悪いが。

 

「もしや彼女のお嬢様言葉はキマシお姉さまの資質を持ち合わせていたが故に!?」

「テツヤくんは昨日から変わらず何言ってるか分からないね…」

 

そしてこういう発言をして苦笑いされる辺り、自分も同じ穴の狢なのだと思って若干悲しくなった。

 

 

「てかなんであんたは仁美に怪しまれてないのよ?」

「彼は全く目を合わせずに自然体で会話していたからね。驚くべき適応力だよ」

「フッ、見たか俺のアメイジング不動心」

「…要はただぼんやりしてるってだけじゃね、それ?」

 

 

そんな事を話している内に、学校の鐘の音が遠くから聞こえ始める。

そろそろ集合時刻というわけだ。

時間を察してまどかとさやかが仁美さんを追って駆け出した。

 

何だかんだ色々な事にまきこまれながらも、転校初日は既に終わりを迎え、怒濤の二日目が始まろうとしている。

 

そろそろ昨日の夢から覚めるのにはいい頃合いだろう。

二人に続いて自分も地を蹴り走り出す。

 

新たな1日が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第14話 「記憶には自信が無いんだ」





大変長らくお待たせしました。
定期テストやら修学旅行やらグリッドマンやらてんやわんやで更新休み過ぎてしまった申し訳ない…。

とか何とか言ってる間にいつの間にか評価バーが真っ赤に染まっていてビックリドッキリ。
いやぁ、こんなに評価していただけるとは感激の極みです。
なっがい休息期間でしたが、ここからはまた以前のように更新ペースを上げて、見果てぬ完走に向けて精進していこうと思います。
これからも、何卒よろしくお願いいたします。

うん、前書き長え。








 

 

 

 

 

(つーかさ、あんた、のこのこ学校までついて来ちゃって良かったの?)

 

クラスの教室にたどり着き、机の上でHRの開始を待つばかりといった頃、思い出したようにさやかが言った。

 

 (どうして?)

 

突然質問を振られ不思議そうに(表情は変わらず)首を傾げるキュウべえ。

 

(言ったでしょ?昨日のあいつ、このクラスの転校生だって) 

(そういやお前タマ狙われてたんだっけ)

 

確かに明確にこいつと敵対する存在がいるというのに、わざわざそこに現れるこいつは、相手にとっていい鴨かもしれない。

それに暁美ほむらはこの教室のクラブメイトでもあるのだ。

目と鼻の先に天敵がいるこの状況、もしかしてかなり危ないのでは?

 

(むしろ、学校の方が安全だと思うな。マミもいるし)

 

が、当の本人はあっけらかんとそんな事を言ってのけた。

 

言われてみれば、人が多く味方も近くにいる学校の方が安全といえばそうだろう。

そういえばマミさんって見滝原中の先輩だったのか。

 って事はこの校舎に居るって事なんだよな。後でまた挨拶にでもいくべきか。

 

(マミさんは3年生だから、クラスちょっと遠いよ?) 

(ご心配なく。話はちゃんと聞こえているわ) 

 

(うわお、天使の囁き!?)

 

テレパス会話にいきなり割り込んできた新たな声に思わず驚きの叫びを上げる。

脳内でだが。

 

いやそんな事より今の声って…。

 

(ふふっ、お世辞は結構)

(この程度の距離なら、テレパシーの圏内だよ)

 

(マミさん、今までの会話全部聞いてたんですか!?)

 

俺の驚いた声に、巴マミさんが昨日聞いたのと寸分違わぬ穏やかな笑いで答える。

 

(盗み聞きのつもりは無かったんだけど…それとも、何か聞かれたらマズイ事でも言おうとしてたの?)

(いえいえ、滅相もございません)

 

相手には見えていないのも気にせず首を振って否定する。

 

いかんいかん。

周囲の人には声が聞こえないからって、調子乗って大声で放送禁止用語叫んだりしてたら危ない所だった。

 

(あ、えっと…おはようございます) 

(はい。ちゃんと見守ってるから安心して) 

 

慣れない念話でぎこちなく挨拶するまどかを、マミさんは優しく気遣ってくれる。

その一言だけで、彼女がちゃんと自分達の安全を守ってくれているだろうという安心感を得た。

 

(それにあの子だって、人前で襲ってくるようなマネはしないはずよ)

(なら良いんだけど…)

 

まだ少し不安そうな様子ながらさやかも納得した。

 

まあ確かに、これ程人に目立つ場所であんな奇抜な格好をする度胸は奴にもあるまい。

あったらあったで即通報されるしマミさんが飛んでくるしで録なことにならないのは確かだ。

むしろキュウべえにとってここ程安全な場所は無いだろう。

 

 

…いや、そもそもこいつって殺せるんだろうか?

 

 

頭をよぎるのは昨日の記憶。

デパ地下に無造作に転がされていた、死骸の山。

 

「……」

 

あの死体、大きく損傷したものばかりで正確な形状は分からなかったが、あの白い身体と小動物的なフォルムは余りにもこいつと似通い過ぎている。

 

それにあれがキュウべえだったになら、丁度暁美ほむらがこいつの命を狙っていた事実にも一致する。

辻褄があってしまうのだ。

 

だからこそ、より解せなくなる。

 

あれがキュウべえの死体だったなら、今ここにいるコイツは何だというのだ。

 

 

(キューブリック、お前さ)

 

それとなく、キュウべえに念話を送ってみる。

自分でどれくらいまでテレパスを操れるのかは定かでないが、出来るだけまどかとさやかには気取られないよう慎重に念じた。

 

(僕の名前はキュウべえなんだけど)

(それは別にどーでもいい)

(君たちにとって名前は重要な記号だと思っていたんだけど…)

 

グチグチ細かい事を気にする魔法生物の言を無視し、単刀直入に切り出す事にした。

 

(お前って兄弟とかいるの?)

 

その言葉を放ってからしばらく、キュウべえは何も言わずに黙っていた。

俺の言葉に思い当たる節があるのか、はたまた思い当たる節が全くなくて意味を図りかねているのか、ただ沈黙を守っている。

 

そろそろ何かもどかしくなってきた頃になって、思い出したように頭の中へ返答が届いた。

 

(君たちの使う意味での兄弟はいないと言えるんじゃないかな)

 

(…なんだそれ)

 

よく分からない台詞だった。

なんかはぐらかされている様な気がして少し腹が立った。

やっぱりこいつ、何だか苦手だ。

 

 

「あっ」

 

そんなやり取りをしていると、横からまどかのビクッとした声が聞こえてきた。

 

何だ、と思って彼女の方を見ると、その視線は教室の扉の方に向けられているのに気づく。

そこは丁度ある人物が入ってっきたばかりの所だった。

 

「…」

 

大きく目を引く黒髪に、スラッとした立ち姿。

 

暁美ほむらが、誰に挨拶するでもなくただ教室の扉の前で案山子みたいに突っ立っていた。

 

(げ、噂をすれば影)

「ご本人登場ってやつさね」 

 

俺の呟きが聞こえたのか只の偶然か、教室を見回していた暁美の視線が俺達の方を向いて止まる。

 

「んぅ…」

 

正確には、まどかの方と言うべきか。

 

昨日と同じように彼女の視線に晒されたまどかが、居心地悪そうに首をすくめる。

 

だが昨日と違って、暁美はまどかだけに注目してはいなかった。

視線が少しずれ、まどかの隣に立つ俺の顔に直撃する。

そのまま彼女の瞳の位置が、俺に固定された。

 

「……」

「よっ」

 

取り敢えず手を上げて軽く挨拶してみる。

案の定彼女からのリアクションは無い。

 

気のせいか、眉が不機嫌そうにピクリと動いたようにも見える。

ただ、暁美が何を言いたいのかは何となく分かった。

 

 

多分、何でまだまどかの隣にいるのか、と言いたいのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_____________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの転校生も、えっとその…魔法少女なの?マミさんと同じ」 

「そうね。間違いないわ。かなり強い力を持ってるみたい」

 

昨日一通り魔女退治に関する説明が終わり、そろそろ大分日も落ちてきていた頃、さやかとマミさんがそんな話を始めた。

 

暁美が魔法少女である事自体にさほど驚きは感じなかった。

まあそうでなければ、あの時常人離れした身体能力で魔女の手下を殲滅できたことに説明がつかないだろうし、当たり前っちゃ当たり前だ。

 

…というか魔法少女でも何でもないのに、あんな格好で白昼堂々歩いていたならむしろそっちの方が怖い。

 

しかしマミさん直々に強い力を持っていると言われるとは、意外と大した奴だったのだな、暁美ほむらというのは。

 

「あの、何か念力みたいなのそんな凄いものなのか」 

 

俺の呟きを聞いたまどかが、興味を持ったのか俺に小声で言ってくる。

 

「念力って?」

「いや、なんか敵の動きを止めたり手を使わずに粉砕とかしてたからさ」

「へぇ」

 

しかし実際彼女の言う強い魔法というのは何なのだろう。

説明しながら自分でも少し疑問を抱く。

俺の主観から勝手にテレキネシス扱いしてるが、事が魔法なだけにそんな単純な能力では無いのかもしれない。

 

マミさんの魔法がどういうものか俺は見たことが無いから分からないが、彼女が認めるだけの強さを誇る魔法とは一体…?

 

「でもそれなら、魔女をやっつける正義の味方なんだよね?それがなんで、急にまどかを襲ったりしたわけ?」 

 

さやかがマミさんに質問を続けている。

それはこの場に来た3人共通の疑問でもあった。

 

マミさんの語る魔法少女のイメージと、ついさっき俺達の前に現れた暁美ほむらの姿がしっくり合わないのだ。

 

「彼女が狙ってたのは僕だよ。新しい魔法少女が産まれることを、阻止しようとしてたんだろうね」 

「え?」 

 

口を挟んできたキュウべえの言に、思わずまどかが唖然とした声を上げた。

さやかも同じように、言ってる意味が分からない、といった様子で口を開けている。

 

「何で?同じ敵と戦っているなら、仲間は多い方がいいんじゃないの?」 

 

さやかの当然の疑問に、少し痛ましそうな顔をしたマミさんが答える。

 

「それが、そうでもないの。むしろ競争になることの方が多いのよね」 

 

競争。

彼女の口から放たれたその言葉は、正義の味方には余りにも似つかわしくない響きがした。

 

「そんな…どうして」 

 

ショックを受けたような顔で呆然と呟くまどかに、マミさんも苦しそうな声で一言一言説明を伝えていく。

 

「魔女を倒せば、それなりの見返りがあるの」 

 

見返り。報酬。景品。

つまり魔女を倒す事は魔法少女にとって何かメリットのある行為であるということか。

 

「だから、時と場合によっては手柄の取り合いになって、ぶつかることもあるのよね」

 

静かに語られたその言葉には、どんな理路整然とした説明も越える重みが感じられた。

彼女には、そういう経験があったってことなのか。

そう考えると、何となく声が掛け辛くなった。

 

「まあ確かに見返りがなきゃ割に合わなさそうですしね」

 

誤魔化すように一応笑って見せるが、それでもあまり場の空気が変わったようには思えなかった。

 

「って事はアイツは、キュウべえがまどかに声掛けるって最初から目星を付けてて、それで朝からあんなに絡んできたってわけ?」 

「たぶん、そういうことでしょうね」

 

「むぅん…」

 

さやかの言が正しいとするなら、確かに暁美ほむらが今朝からまどかに執着していた理由も納得がいく。

モール地下の時もまどかの行動を監視し、彼女がキュウべえと接触するところを先回りしてその命を奪うつもりだったのだろう。

 

全てはまどかが契約するのを阻止し、新たな魔法少女の出現を防ぐため。

 

疑いを挟む余地のない真っ当な理屈だ。

 

だが、しかし…。

 

「本当にそうなのかな…」

 

まどかが、どこか引っ掛かかるような様子でそう呟く。

 

小声で俯きがちに呟いたので、さやかやマミさんには聞こえていなかったが、すぐ傍らにいた俺には何とか聞き取る事が出来た。

 

 

「……」

 

 

確かに暁美ほむらを手柄欲しさにキュウべえを襲った悪女と断ずるのは容易い。

もちろんマミさんの話を疑うつもりはないし、彼女の考えがそれほど的外れな理屈だとも思わない。

 

だが何故か、心の中に何か引っ掛かるものを感じる。

 

何だというんだ?それは。

 

さやかは、暁美ほむらがまどかが魔法少女になり得る事を予め察知して狙ったと言った。

 

なら、それを知ったのはいつの話だ?

 

まどかは暁美と会ったことが一度も無いという。

実際彼女は転校生で、この街に来てから日が浅い。

それなのに以前からまどかの資質を知っているのはどういう訳か。

 

引っ越ししてから転校までの間にはいくらか時間があるだろうし、その間に暁美がまどかの事を一方的に見けていた、といえば理屈は一応付けることができる。

 

何なら、彼女自身に魔法少女の資質を測る能力があれば、今朝がたまどかを発見し、そのターゲットを定めたという線だってある。

しかしこれだけの強い理屈を付けながら、尚違和感が拭えない。

 

 

何故彼女はあれほどまどかに執着しているのだろう。

 

本当に、ただ邪魔だという理由だけで、あれほど個人に執着するものだろうか。

 

いや、待て。

個人?

 

そうだ、そもそも…。

 

 

「何で、まどかなんだ…?」

 

 

口呟かれた小さな疑問は、誰の耳にも届かず口の中で消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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(気にすんなまどか。アイツが何かちょっかい出してきたら、私がぶっ飛ばしてやるからさ!マミさんだってついてるんだし) 

「う、うん…」

 

頭に鳴り響く騒がしい声に意識を引き戻されて気付くと、やや怯えた様子のまどかを、さやかがビシッとした台詞で勇気付けていた。

 

(そうよ、美樹さんはともかくとして、私が付いているんだから大丈夫。安心して?) 

 

姿は見えないながら、マミさんもテレパシーでまどかに優しく呼び掛けてくれている。

マミさんはああ言いこそしたが、暁美との間を壁のようになって隔てるさやかも、まどかにとっては頼れる味方だ。

ちゃんと彼女達は、まどかの親友として、先輩として、まどかの事を守ろうとしている事が分かる。

 

だから、俺も出来る事をしなければ。

 

(ともかくってゆーな!…ってテツヤ!?)

 

まどか達の席から離れ、スタスタとどこかへ歩き去る俺の姿に、さやかが驚きの声を上げる。

 

「あんた、ちょっと何する気よ!?」

「んー、いや」

 

恐々としている後ろの二人を尻目に、俺が足を向けるのは、丁度まどかの席の斜め上方向。今しがた教室の扉を開けた人が、その尻を埋めた場所だ。

 

「なんつーか友達作り?」

 

つまるところ、暁美ほむらの席である。

 

背中に困惑と不安の入り交じった二人の視線を感じながら、暁美の席までたどり着くと、こちらの接近に気付いた暁美が、機械的な動作でその視線を瞬時に俺の方へと寄越した。

 

「へいよーぐっつすっす。ゴキゲンな朝だなベイビー」

「…私に何か用でもあるのかしら?」

 

俺のおちゃらけた挨拶に、彼女は何の感情も見せず素っ気ない返答を送ってくる。

心持ち不機嫌そうな様子に見えたが、よくよく考えればこいつの機嫌の良いところを見たことが無いので、判断の付けようがない事に気づいてしまった。

 

「別に、ちょっち世間話をしに来ただけだよ」

 

暁美の周囲には、昨日よりは少ないながらも彼女を面白がって集まった他のクラスメイト達がひしめき合い、俺達二人の話す内容について何やら噂をし始めていた。

別に学校の噂になるのは吝かでは無いが、彼ら彼女らにこの会話の内容を聞かれるのは不味い。

 

だから、他のみんなに聞こえないような方法で囁いた。

 

(なあ?マホーショージョさん)

 

「…っ」

 

念話として届けられたその言葉が伝わったせいか、暁美の視線がやや鋭くなる。

瞳の奥ががやや揺れるているように見えるのは、彼女の動揺によるものか、それとも単なる俺の勘違いか。

 

しばらして彼女はスッと表情を消すと、誰にも聞こえないくらい低く小さな声を出す。

 

「やはり、あなたは只の例外って訳じゃないらしいわね」

「…只の例外だかどうだか知らんけれど俺は変らしいな」

 

本来魔法少女の資質が無ければ出来ないテレパシーによる会話。

それを俺が操れるという事実に驚きながらも、彼女にとってそれはさほど想定外の事では無かった様子だった。

 

只の、という響きに若干の引っ掛かりを覚えながら、無視して彼女との対話を続行する。

 

「昨日あんたが言ってた事、こういう意味だったのか」

 

あなたは一体何者か。

あなたは一体何なのか。

 

彼女から浴びせられた、要領を得ない不可解な質問の数々。

それは彼女が最初から俺の異常性に気づいていたせいだったという訳だったのだろう。

 

その真意を問い質そうと詰め寄ってくる俺に、彼女は臆した素振りも見せずただ険の籠った視線を返してきた。

 

「そう。昨日の言葉を覚えているのなら、私があなたにした警告も覚えてるわよね」

「んにゃ、悪いが記憶には自信が無いんだ」

「私達に関わるな、と言ったのよ」

 

勿論、昨日受けた彼女からの警告はしっかりと覚えていた。

 

まどかに関わると後悔する。

 

そんな意味不明で何の根拠もない妄言のような一言。

だが、それほどまでに自分とまどかの接触を嫌う理由が分からないのが気になっていた。

 

「残念ながら、俺はもう十分過ぎるくらい深く関わっちまってると思うんだがね」

 

生憎彼女の言う事に従う気はない。

日常の裏に隠されていたこの世界の真実に、そして自分自身の謎に気づいてしまった以上、黙って魔法少女の存在を見て見ぬ振りは出来ないと思う。

それに何より、他人の指図でまどか達との繋がりを失いたくは無かった。

 

「あなたは…何が目的なの?」

「そりゃあこっちの台詞だろう、お前こそ何の目的でキュウタロスだかを狙う」

 

互いに問い詰め合う二人。

これではどちらが質問者か分からなくなってしまう。

 

「あなたが知る必要はないわ」

「お前…!」

 

頑なに返答を拒む暁美の態度にややじれったくなり、少々語気を強めて彼女に迫る。

だが暁美は表情を一片も崩さず、無言と言う名の防壁で俺からの詰問を弾き返していた。

 

「………」

 

互いに何も言えなくなり、しばし無言の時が流れる。

どちらも引く様子を見せず、沈黙が苦痛となってきたその時、終わりは唐突に訪れた。

 

 

 

「えーっと、二人とも?そろそろHRを始めますので自分達の席に…」

 

 

教卓から聞こえてきたその呼び声に顔を向けると、いつの間にか教室に入っていた早乙女先生が、無言で見つめ合う俺達の姿を困り果てた顔で眺めていたのに気付く。

頭上では始業を告げるチャイムが鳴り響き、着席しない無法者達へ警鐘の音を鳴らしていた。

 

流石にこれ以上話し込むのは不味そうだと判断し、ここは一旦引くことにした。

 

知らぬ間に剣呑としていた表情を即座に切り替え、元通りの明るい調子で暁美の席を後にする。

 

「んじゃまたな、ほむさんや」

「気安く呼ばないでくれるかしら」

「ハッハ、冷たいねえ」

 

素っ気ない返答をする彼女に、キツイなあと思うと同時に律儀だなあとも思った。

 

自分の席に向かう途中、さっきからソワソワとこちらを見守っていたまどか達の席の前を通る。

ずっと心配して待っていたらしいまどかは、戻ってきた俺に対して安堵半分困惑半分といった様子で、

 

「テツヤくん、さっきは何のお話してたの…?」

 

と聞いてきた。

 

「悪い、何も分かんなかった」

 

そう一言だけ彼女に告げ、自分の席へと戻っていく。

結局、体当たりしたは良いものの何の成果も得られず終わってしまった訳だ。情けない。

 

「暁美ほむら…」

 

そんな呟きを漏らしながら、素知らぬ顔で席に着き、待機状態を装う。

 

今日の早乙女先生は、また昨日のように愚痴を言うのかそれとも、新たな恋の話でも始めるのか。

何にせよ、今日の学校が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第15話 「そーゆーチャンスが欲しい人」





またまたかなり間の空いた投稿となってしまいました。
もうすぐ年末だというのに、まだ二話すら終わらないこのペースは流石に危惧するべきではないかと思う日々。
何とかして執筆の時間を捻り出さなくては…。

ともあれ今回で15話目、お楽しみください。








 

 

 

 

 

 

 

「…で、今まで勉強してきたみたいな、動作を行う人や物を主語にした表現は能動態と呼ばれます…」 

 

 

暁美ほむら。

 

自分と同じ転校生。

 

つい昨日、見滝原中学校に転校してきた。

 

魔法少女。

 

 

「…れに対して受動態というのは、BはAによってどうこうされるみたいに、動作を受ける人や物を主語にした表現なんですね…」

 

 

鹿目まどか。

 

見滝原中に通う二年生。

 

魔法少女の資質を持っている。

 

暁美ほむらの警戒対象。

 

 

「…ういう受動態の形は、be動詞+過去分詞となりま…」 

 

 

何故、暁美ほむらはまどかを狙うのか。

 

単なる邪魔者潰し、の割には妙に回りくどく消極的。

だがその消極性に反して、彼女がまどかに向ける異常なまでの執着心が気がかりだ。

 

いくら捨て置けぬ脅威であっても、彼女一人にどれほど警戒する価値があるというのだろう。

 

 

暁美ほむらにとって鹿目まどかとは、一体何なのだ?

 

 

「…たとえば、"He likes me." 彼は私のことが好き…」

 

 

自分には、 分 から な  い  …

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―えーっと、暦海くん?」

 

「…ぁえ?」

 

頭上から聞こえた気遣わしげな声に、鈍化していた脳が活動を再開する。

目を見開き頭を上げると、頭上には困ったような表情でこちらを覗き込む早乙女先生の顔があった。

 

「げっ、あ、いや、これは、その」

 

やっべ完全に寝てた。

4限目の授業を話半分に聞きながら、暁美ほむらについて色々と考察を巡らせていたら、いつの間にか落ちてしまったらしい。

 

「はい、あの、授業はもう終わっていますけど…」

「え、うそん」

 

周りを見てみると、既にクラスメイトの皆はノートを片付け、弁当等を各々広げ始めている。

なんかよく分からない内に、午前の授業が終わってしまった。

時間の流れって早い。

 

「授業中の居眠りは困りますから、これからは気をつけてくださいね?」

「いや、本当すいませんした。つい」

 

転校二日目にして授業中に居眠りとは。

我ながら何と先の思いやられる生徒であろうか。

これにはちょっと本気で落ち込み、赤面してしまう。

 

「テツヤくん、これから屋上でお昼に…あれ?」

 

前の席からまどかが弁当を持って、てくてく歩いてきたが、早乙女先生の姿に目を止め立ち止まる。

 

「ごめん、後で行く」

「あぁー…、そっか。じゃあ先行ってるね」

 

手短にそう伝えると、何となく事情を察したらしく、まどかはやや苦笑しながら俺から離れ、さやかの席に行くと彼女を連れて教室の出口に向かっていった。

 

教室を出る瞬間、さやかは一度だけこちらを振り向くと、ニヤニヤした顔で何事か呟いた。

声はこちらに届かなかったが、多分「ドンマイ」とか何とか言ったのだろう。

 

「あいつめ…」

「暦海くん?」

「いえ、何でもないっす」

 

慌てて視線を先生に戻して、神妙に反省した顔を作る。

ところが、そんな自分を見つめる先生の顔には、怒りや憤りといった種の感情が見えず、相変わらずどこかぎこちない微笑みを浮かべたままである。

 

なんだろう。居眠りを注意されてる訳じゃないのだろうか。

どうにも叱られている感じがしない。

 

「もしかして、どこか体の具合が悪かったりしていませんか?」

 

彼女の口から出たのは、そんな心配の言葉だった。

 

「え、いやそういう訳じゃないですけど…何で?」

 

疑問符を並べる俺に、先生は何やら困った様子で言葉に詰まってしまった。

その挙動に妙な違和感を覚えていると、やがて、視線を上下左右にさまよわせていた先生が溢すように口を開いた。

 

 

「いえ、暦海くんは転校する前は、その…」

 

「あぁ、いや、それはもう何とも無いです。本当に」

 

 

先生の言葉を聞いた瞬間、まるで自分の口が勝手に動いたかのようにその台詞が紡がれていた。

 

「ぁ、いや…」

 

食い気味に言葉を被せられた先生がやや唖然としている様子に気付き、しまった、という気分になる。

今のはいくら何でも不自然な返答だった。

あまり触れたい話題でなかったとはいえ、これではあからさまに拒絶してしてしまった感じだ。

 

そんな焦りから、頭の中でその場を取り繕う言葉を必死に探し始めた俺だったが、当の先生は、

 

「それなら良いんですけど…」

 

と曖昧な反応でその会話を終わらせてしまった。

 

そして再び沈黙する。

 

「…?」

 

え、もう終わりか。

 

えらく拍子抜けした気持ちで、黙りこくった先生の顔を眺める。

 

勿体ぶった割に簡素な内容だったというか、体調の心配をされただけというか。

何だったのだろう、今の会話は。

 

「あの、もう行っていいですかね?友達待たせてて」

「えっ、ハイ。ごめんなさいね引き留めてしまって」

 

沈黙が気まずいので先生にそう言うと、これまたすんなり退出して良いとの許可が出てきた。

わざわざ引き留めたのに、こんなあっさり解放するのだな、と思った。

 

「それじゃ、失礼します」

 

色々と違和感が拭えなかったが、まどかを長く待たせるのもなんなので取り敢えず退席させてもらう事にする。

そうして席を立ち、先生に背を向け出入り口に向かおうとしたところで、

 

「―あの、暦海くん」

 

先生が、再度俺に呼び掛けてきた。

 

「え、まだ何かあるんです?」

 

歩き去ろうとした身体に急制動を掛け、先生の方に振り向きながら応える。

見れば、先生はまたさっきと同じ、困ったような悩んでいるような、何とも言えない表情で自分を見つめていた。

 

「いえ、その、なんというか…」

 

何を躊躇っているのか、先生はしどろもどろになりながら言葉を選んでいるようだった。

 

何だか今の先生は挙動不審だ。

今朝方、結婚がどうだの男がどうだのと生徒に喚き散らしていた人と同一人物だとは思えないくらいだ。

 

「転校してから、困ったことというか…、その、何か違和感みたいなもの、ありませんか?」

 

そんな事を考えている内に、先生はそう言った。

 

 

…違和感?

 

言葉の意味を図りかねて少し眉を潜める。

困ったことはないか、という台詞自体は転校生を気遣う教師の常套句だが、彼女はそんな事を言うために自分を引き留めたのか。

 

「よく分かんないですけど、校舎で迷う事はあんまりないし、授業も何か意外とついてけてるし、特には無いっすね」

 

取り敢えずそう答えると、先生はどこかホッとした様子で、

 

「えぇ、はい。それならいいです。安心しました」

 

と、まだ少しぎこちない微笑みを浮かべながらそう言った。

 

それで話は済んだようで、俺が再び背を向けても、教室の扉に向かって行っても、先生がそれ以上呼び止めてくる事はなかった。

 

「ぅーん?」

 

結局先生は、俺に何を聞きたかったのだろうか。

歩きながらそれを思案する。

何か妙に色々心配してきたけれど、単に環境に慣れない転校生を気遣ったという、それだけの台詞だったのか。

 

別にそれ自体に不思議な部分は無いけど、妙に挙動不審だったのが引っ掛かるというか、そもそもそんな心配される程自分は不健全な学校生活を送っていないというか。

…いや、確かに授業中寝たけど。

 

それに、そういう心配は俺だけじゃなく暁美ほむらにも言うべきじゃないのか?

 

 

 

「…………」

 

そんな事をブツクサ呟きながら教室を去る俺の姿を、暁美ほむらは静かに眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい」

「ぁむっ」

 

屋上では、まどかが弁当から取り出したプチトマトをキュウべぇの口に放り込んでいた。

 

「…お前、野菜食うんだ」

 

地味に衝撃を受けている俺の姿に気付くと、まどかがこちらに向かって手を振ってくれた。

 

「あっ、テツヤくん早かったね」

「大した用事じゃ無かったもんでさ」

 

そんな事を言いながらまどかの隣に腰を落とす。

さやかの方を見ると、彼女はキュウべぇを挟んで向かい側に座って黙々と弁当を食べていた。

彼女にしては妙に静かだと思ったが、それ以上は考えなかった。

 

「まどかの弁当、良い出来してるな」

 

キュウべぇにお裾分け中のそれを覗き込み、そんな感想を漏らす。

 

あんまり食に関して自信は無いが、パッと見た限りでも、彼女の弁当がいかに丁寧に作られ、色彩や食べ易さを考慮して盛り付けられたものであるかが伺えた。

やや野菜比率が多めに見えるのは製作者の嗜好だろうか。

 

「ふふっありがと、これパパが作ってくれたものなの」

 

まどかはそう言って自慢気に笑う。

 

「父親側が作るのか?」

 

少し意外に思って驚く俺に、さっきまで黙ったままだったさやかがおもむろに顔を向けて、

 

「まどかのママはバリキャリだからね~」

 

などと笑いながら言った。

 

「え、何、バリ?」

「ママが会社で働いてて、パパが家事を担当してるんだよ」

 

イマイチ言葉の意味を飲み込めずにいる自分に、まどかが補足説明をしてくれる。

どうもまどかの家庭は、母側が働きに出て、父側が家で家事をこなすという、一般家庭とやや異なった体制にあるらしい。

 

「はー、そういうのもあるのか」

「いや最近は割りとある話じゃない?」

 

珍しい事を聞いた気がして感心する俺を、さやかはピンと来ない様子で眺めていた。

 

「そうかぁ、まどかーちゃんはバリバリなのか」

「…その表現は、ちょっとどうかと思う」

 

俺の心からの感心の言葉は、どこかアウトローめいた響きを持って二人に届いたようだった。

 

「そういうテツヤくんのお弁当も美味しそうだよね」

 

話題を少し転換しようと思ったのか、今度はまどかがこちらの弁当を覗いてきた。

 

「そ、そうかね?あんまり自信無いんだけど」

 

何となく気恥ずかしさもあってキョドりながら答えると、二人は何故か急に目を丸くして驚きの表情を浮かべる。

 

「え、ウッソこれテツヤが作ったの!?」

「凄いねぇ、自分で料理とか作れるんだ」

 

どうも自分で弁当を作ってきたというのが、彼女らにとって相当意外だったようで、良い食い付きっぷりを見せてきた。

まあ確かに俺が家庭的男子には見えないだろうし当然の反応か。

 

…実際違うしな。

 

「いや、試しにやってみただけで味は保証出来ないんだけど」

「そう言わずにさ!ちょっと試させてよ~」

 

さっきまでのしおらしい態度はどこへやら、グイグイ迫ってくるさやかに押し負け、野菜炒めの一部を強奪されてしまう。

 

「あ、オイ勝手に…」

 

その横暴に食ってかかろうとしたが、丁度横合いからまどかも箸を伸ばしてきたので慌てて手を引っ込める。

 

「私もちょっといいかな?」

「え、まぁ、良いけども」

 

いや、良くはないのだけれども。

この弁当に好奇心を向け、控えめにお願いしてくるまどかの姿にはなんだか抗えず、弁当の中身を明け渡すしかなかった。

 

「ぁむ」

「はむっ」

 

箸に乗せられた野菜類を、二人はそれぞれ口に入れていく。

そしてムグムグと咀嚼しだした二人の顔を伺い、判定を心待ちにした。

 

「ぉえっ…かたい…!そしてあおくさい…!」

「…ちょっと火の通りが悪くないかな?」

 

判定はバッドであったようだ。悲しい。

 

「ゴミン、火を扱うの苦手でさ」

 

苦笑いしながら青臭い具を齧る二人に、手を合わせて深々と謝罪する。

 

「いや火、苦手なのに料理したんかい!」

「そういえば昨日もそんな事言ってたっけ?」

 

本当の所、火というより熱いもの全般が苦手だ。

理由は自分でも良くわかっていなくて、気付いた時には既に忌避感があった気がする。

昔のトラウマか何かかもしれないが、そういうのは覚えていないから何とも言えないのだった。

 

「まぢスンマセン。このような粗食(カス)で…」

「いや、食べれない訳じゃないから!料理はこれから頑張って上手くなればいいし…」

 

土下座の体勢に入りかけた俺を、まどかが優しく諭してくれたお陰でその場は収まったが、それ以降二人が俺の弁当に箸を付ける事は無かった。

 

 

 

 

 

 

「うん、やっぱ不味いな」

 

真昼の屋上で、全体的に暖かみのない自分の弁当を頬張りながらそんな事を呟く。

 

見上げればそこには澄み渡る青空が広がり、眩しい陽射しが床を暖め心地よい空気を地上に作り出しているのを感じる。

そして隣には知り合ったばかりとはいえ、女の子の友人が二人も一緒に昼飯をつつき、同じ時間と空間を共有してくれていた。

 

嘘みたいに穏やかな日常だ、と思う。

 

つい昨日までは考えられなかった光景だ。これは。

転校してまだ2日、右も左も分からず、友人ましてや女友達なんて、作り方がそもそも分からないような状態だった筈なのに、いつの間にかこうして友人と呼べる存在に囲まれている。

 

確か、昨日は何となくまだ知り合って間もない人のグループに入るのが気が引けて、昼食を一人で済ませたのだっけか。

結局その時の孤独感が耐え難くて、下校時彼女らのグループにしれっと混ざり込み今に至る訳だが。

 

今思うと頭のおかしいとしか思えない行動だったが、それが今の充足に繋がっていると考えると、悪くない思いではあった。

 

 

要するに、自分は満ち足りていたのだ。

まるで普通の中学生みたいに、呑気に日常を謳歌している、今の光景に。

 

だが、自分達が普通の中学生である、という認識は少し正しくない。

その事実を再認識させたのは、さやかの言葉だった。

 

 

「ねえ、まどか。願い事、何か考えた?」 

 

おもむろに、彼女はそんな事を呟いた。

 

いや、今までの話こそが本来ならば脱線で、彼女はようやく本題を切り出した、というのがきっと正しい。

 

「ううん。さやかちゃんは?」

 

まどかが首を振ると、さやかもそれに倣うように首を傾けた。

 

「私も全然。何だかなぁ。いっくらでも思いつくと思ったんだけどなぁ」 

 

自嘲するように笑うさやかの顔は、昨日マミさんの部屋ではしゃぎ回っていた人と随分違って見えた。

 

「昨日は、満漢ナンタラとか色々言ってなかったか?」

「まぁ、ね」

 

冷やかすような俺の言葉にも、彼女は苦笑するばかりで、その表情は陰りを帯びたままだった。

彼女がそんな表情を見せる事が、その時の自分にはひどく意外なことであるように思えた。

 

「欲しい物もやりたい事もいっぱいあるけどさ。命懸けって所で、やっぱ引っ掛かっちゃうよね。そうまでする程のもんじゃねーよなーって」 

「うん…」 

 

語調では誤魔化しきれない重苦しさを含んださやかの言葉に、まどかも首肯する。

 

まどかの反応は分かる、さやかの悩みだって何も間違ったことじゃない。

ただ、彼女の事をそこまで深刻にものを考える人間だと思っていなかったものだから、少なからずその様子に驚いてしまっていた。

 

「意外だなあ。大抵の子は二つ返事なんだけど」 

「まあきっと、私達がバカなんだよ」 

 

心底意外、と言った様子のキュウべぇに、さやかはまさしく自嘲そのものの台詞を吐いた。

 

しかし…バカ?

 

「え…そうかな?」 

「そう、幸せバカ」

 

バカ、という表現に首を捻るまどかに、さやかは静かな声で言葉を続けた。

 

「別に珍しくなんかないはずだよ、命と引き換えにしてでも、叶えたい望みって」

 

どこか呆れているような、何かに嘆いているような調子で、彼女は淡々と語る。

 

「そう言うの抱えている人は、世の中に大勢いるんじゃないのかな」 

 

じゃないのかな。

 

そんな表現を使っていながら、その実彼女の言葉からは、まるで見てきたような真実味が感じられてならない。

 

「だから、それが見付からない私達って、その程度の不幸しか知らないって事じゃん。恵まれ過ぎて、バカになっちゃってるんだよ」

 

「それが、幸せバカ…か?」

 

自分の知っている言葉だと、平和ボケ…みたいなのが一番ニュアンスとして近いだろうか。

平和にかまけ、幸福に浸っていると、人は歩くのを止め、倦怠に沈んでいってしまう。

 

それは幸福でない人間からしてみれば、きっと死ぬほど羨ましく、得難いモノである筈なのだ。

 

その思いは、自分にも少し分かることだった。

 

「何で…私達なのかな?不公平だと思わない?こーゆーチャンス、本当に欲しいと思っている人は他にいるはずなのにね」 

 

「さやかちゃん…」

 

いつになく沈鬱な面持ちのさやかに、まどかは掛ける言葉が見つからないようだ。

 

そんな二人の態度からは、なんとなく察せられるものがある。

多分、彼女らは知っているのだと思った。

幸せでもバカでもない、不公平な人間を。

 

「そーゆーチャンスが欲しい人、誰か心当たりでもあるのか?」

 

ぶしつけに放たれた俺からの指摘。

 

それを聞いて振り返ったさやかの目には、いつの間にか、今までと変わらない無遠慮な明るさが戻っていた。

 

「あんたは、どうなの?」

「え?」

 

俺の質問に返ってきたのは、また違う別の質問だった。

 

 

「テツヤだったら、どんな願いを叶えるの?」

 

 

そんなことを、彼女は言った。

 

「俺は…」

 

 

どこかの誰かになれますように。

 

 

胸の奥に隠した、小さな願いが疼いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

「…ぇ?」

 

まだ俺が何も答えない内に、視界の外でまどかが驚いたような声を上げる。

 

彼女の視線の先、屋上の勝手口付近に、いつの間にか自分達以外の人影が現れていた。

 

まるでさっきまで気付かなかったのが不思議なくらいの異様な存在感を持って、その人はこちらに歩いてくる。

 

まどかが身を固め、さやかがそれを背に庇う。

そして俺は、目の前に立つその姿を、ただ呆然と眺めていた。

 

 

「………」

 

 

暁美ほむらが、俺達の前に来ていた。

 

 

 

 



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第16話 「昨日からの長い付き合いなんだ」

 

 

 

 

 

 

「……」

 

暁美ほむらが、目の前に来ていた。

 

 

まどかが身を固め、さやかがそれを背に庇う。

俺はただ、呆然と彼女の姿を眺めていた。

 

(大丈夫) 

 

頭の中に、知った声が響く。

マミさんの声だ。

 

暁美ほむらの後ろ、こちらの向かい側にある校舎の窓から、見覚えのある姿が自分達を見ていた。

彼女の目が黒い内は、暁美もまどかに手出しは出来ない筈だ。

 

さやかもそれを理解したのか、緊張をいくらか解いた様子で暁美と向き合いだした。

 

「昨日の続きかよ」 

「いいえ、そのつもりはないわ」

 

さやかの挑発を含んだ問いに、暁美は否定で返す。

 

「そいつが鹿目まどかと接触する前にケリをつけたかったけれど、今更それも手遅れだし」 

 

そいつ、と言う所で暁美の視線がキュウベぇの方を向く。

が、当の魔法生物は動じた様子も見せず、ただ硝子玉のような目を彼女に向けるだけだ。

自分の命を狙っているものに対する態度としては、やけに平然とした様子だった。

 

「で、どうするの?貴女も魔法少女になるつもり?」 

 

暁美はキュウベぇから視線を外すと、今度はまどかにその言葉の矛先を向ける。

 

「私は…」 

「あんたにとやかく言われる筋合いはないわよ!」 

 

さやかが率先して口を挟むが、暁美はその台詞を意に介していないかのように無視し、まどかだけを見ていた。

 

「昨日の話、覚えてる?」 

「うん」

 

昨日の話。

彼女の言う話とは、先日彼女が転校してすぐ、まどかを呼び出してしたあの禅問答のことか。

 

 

“今とは違う自分になろうなんて思わないことね”

 

 

あの時は要領を得ないものに聞こえた言葉の意味が、魔法少女を知った今ではよく分かる。

でも彼女がその言葉を発した理由は分からないままだ。

きっと、まどかにとっても。

 

「ならいいわ。忠告が無駄にならないよう、祈ってる」

 

まどかの答えに満足したのか、暁美は用は済んだと言わんばかりに長髪を翻し、校舎の方へと戻っていこうとした。

 

だが、それを俺は許さなかった。

 

「何故お前は、まどかだけに拘るんだ?」

 

去り行こうとするその背に、俺が疑問を投げ掛ける。

それを聞いた暁美は、一旦足を止めたかと思うと、首だけを回して俺を見つめた。

 

無視はされていない。

そのことを確認し、言葉を続ける。

 

「さやかにだって魔法少女の素質があるのは知ってる筈だ。でもお前は、明らかにさやかを無視して話している」

 

今の言葉に思い当たる所があったのか、隣にいる二人が小さく息を呑む。

暁美ほむらは、何も言わずに俺を見ているだけだ。

そんな彼女の様子には気にせず、言葉を続けた。

 

「そこまで固執する程の価値が、まどかにあるっていうのか?」

 

それを聞いたとき、暁美ほむらがようやく動いた。

背を向けたままの胴体がこちらに向き直り、横目だった彼女の視線は、今や真っ向から俺を捉え、突き刺すような光を向けてきていた。

 

「あなたこそ、どうして鹿目まどかに固執するの?」

 

そんな問いが、彼女の答えだった。

 

「何?」

「キュウベぇが見えるからといって、あなたは願いを叶えられる訳でも、魔女と戦える訳でも無いでしょう」

 

俺の言葉の一切を無視し、暁美は一方的に問いをぶつけてくる。

 

「あなたには、私達の戦いに関わる義務も義理も無いはずよ」

 

きっぱりと、彼女はそう言い切る。

無感情なくせしてやけに激しい暁美の語調は、まるで俺がこの場に存在することを否定するような、拒絶にも似た感覚を抱かせてきた。

 

だが、彼女の言ももっともな事だ。

俺はただ魔法的なものが見える性質、というだけであって、まどかやさやかのように願いを叶えてもらう資格は無い。ましてマミさんのように戦う力などありはしない。

 

本当なら魔法少女なんかに関わる理由は無いし、必要も無いのにわざわざ自ら危険に飛び込んで行っている馬鹿な人間と思われても仕方のないことではある。

 

でもそれは、魔法少女との関連性に限った話だ。

俺がここにあるための理由は、そんな義務的なものじゃない。

 

「義理なら、ある」

 

冷たい彼女の視線を真っ向から見返し、言い放つ。

 

その言葉に暁美は一瞬眉を潜めると、ちらりと隣にいるまどかとさやかの方を見やった。

 

「たかだか昨日今日の関係でしょう」

「ああ、昨日からの長い付き合いだ」

 

少し呆れたような意思を含んだ彼女の言葉に、迷わずそう返してみせる。

 

「お前ともな」

 

最後に、そんな台詞も付け加えた。

 

 

「テツヤくん…」

 

俺の言葉を聞いたまどかが、驚いたような声を小さく漏らす。

暁美の方はというと、相変わらず無感情な顔でこちらの瞳を覗き込んでいる。

さっきの台詞に何も感じ入るものがなかったのか、それか意図的に表情を消しているのか。

揺るぎのない彼女の瞳からは、何も伺い知る事は出来ない。

 

やがて彼女は諦めたように目を伏せ、こちらに背を向けた。

 

「…なら、せめてその義理を裏切らないことね」

 

そんな小さな忠告だけを残して。

 

「え?」

 

気付いた時にはもう暁美の姿は大きく遠ざかっていた。

 引き留める間もなく、彼女は今度こそ非常口に向かって進んでいく。

風になびく黒髪が、会話の終わりを無言で告げていた。

 

「あっ…ほむらちゃん!」

 

その背に、今度はまどかが声をかける。

 

「あの…あなたはどんな願いごとをして魔法少女になったの?」 

 

彼女が執着を見せていた、鹿目まどか、当人からの問い掛け。

それに応えることなく、暁美ほむらは非常口の扉を開け、校舎の暗闇に溶けていく。

 

「あっ…」

 

後には、茫然と立ち尽くす俺達三人と何も言わないままの動物一匹、そして空になった弁当箱だけが残された。

 

 

授業開始5分前のチャイムが、陽射しの翳り始めた屋上に虚しく響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「授業が、終わった…」

 

頭上で鳴り響く授業終了のチャイムに耳を傾けながら、ぼんやりとした頭でそんな事を呟く。

 

あれから2時限分の授業を経て、この学校での生活は2日目を終了した事になる。

だがその割に感動が薄いというか、時間の経過を一瞬に感じてしまって少し戸惑っていた。

 

授業を真面目に聞いていなかったせいだろうか?

 

いや、分かってる。

そんなものは上辺の理由に過ぎない。

昼休みを終えてから、ずっと暁美ほむらの姿が脳裏にこびりついて離れないのが原因だ。

 

「その当人は、っと…」

 

暁美ほむらの席へと目を向ける。

流石は謎の美少女転校生と言うべきか。

授業が終わって間もないというのに、彼女の周囲には既に数人の女子生徒が集まっていた。

 

「暁美さーん!」 

「今日こそ帰りに喫茶店寄ってこう?」 

 

遠巻きに見ているので彼女らが何を話しているかは上手く聞き取れないが、断片的に聞こえた部分から判断するに、あの女子達は暁美を帰りに誘っている所らしい。

 

「…は、…………」

 

それに対して暁美は何かしら返答をしたようだが、あの静かな声が自分の席まで届いてくる事はなかった。

 

「あいつ、どうすんのかな…」

 

そう一人呟いていた矢先、不意打ち気味に脳内へと聞き慣れた声が届いた。

 

(二人とも、そろそろマミさんの所に行こう?)

 

まどかの声だった。

 

ビクッとして視線をまどかの席へと移すと、丁度まどかとバッチリ目が合う。

少し戸惑ったのも一瞬、まどかはいつものように微笑んでこちらに手招きしてくれた。

 

「…ぅ、うーん?」

 

後ろを見れば、6限目のずっと眠りこけていたさやかも、ヨダレを垂らしながら緩やかに覚醒を迎えている。

 

2日目の学校はもう終わった。

 

ここからは、2日目の魔法少女が始まる時間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、それじゃ魔法少女体験コース第一弾、張り切っていってみましょうか」 

 

某日某所…いや、昨日行ったのと同じ喫茶店だが。

俺、まどか、さやかの見習い三人組は学校帰りにマミさんと合流し、この場所に集まった。

 

マミさんの塾の講師みたいな軽い一言で始められたこの体験コース。

昨日の時点で各々覚悟は決めていたつもりだったが、いざこうしてマミさんと面と向かって座っていると、緊張で少し震える。

隣を見れば、まどかもさやかも、餅を喉に詰まらせたみたいな顔で沈黙していた。

多分俺も似たような顔をしているだろう。

 

そんな俺たちの様子を知ってか知らずか、マミさんは見ていて蕩けそうになるくらい和やかな調子で俺達を見回し、

 

「準備はいい?」

 

と、聞いた。

 

その言葉で多少緊張が柔らいだのか、さやかは張り詰めた表情を少しだけ緩め、意気揚々と席から立ち上がる。

 

「準備になってるかどうか分からないけど…持って来ました!」

 

そういうと彼女は、やたら横に膨らんだ鞄のチャックを開き中から何やら長くて太い棒状の物体を取り出したかと思うと、それを意気揚々と掲げ上げた。

 

「…おー、いい鈍器」

 

思わずそんな感嘆の言葉が出るくらい、彼女の持ってきたそれは、大層見事と言う他ない、素晴らしい、

 

ただの金属バットだった。

 

彼女の私物だからだろうか、中学生の体型に馴染むサイズでありながら、使用された形跡の無い小綺麗なフォルムをしている。

それにしても鈍器とは、物騒なものを持ってきたものだ。

 

…いや、ここだけの話自分も人の事は言えないが。

 

「何もないよりはマシかと思って…」

「…まあ、そういう覚悟でいてくれるのは助かるわ」

 

照れくさそうに言うさやかを見て、しばし唖然していたマミさんは、やや困り気味な顔でそう言った。

 

「あ、それなら俺も似たようなの持ってきてます」

「えっ」

 

便乗する形で申し出た俺に反応した人物は、さやかとマミさんの二人。

ただし、さやかの方は、少し意外といった風なニュアンスなのに対し、マミさんの方は、あなたもかとでも言いたげな困惑を含んだ言い回しだが。

 

まあそんな反応は気にしない。

せっせと俺も学生鞄とは別に持ってきていた袋から、自慢の得物を解放する。

 

「電光掘削剣シャベルくんソードッ!」 

 

ズバァッといった効果音(脳内)と共に天を貫く長大な剣。

それはもう、まったく誰も見まごうことなく完璧なまでに、

 

ただの園芸用シャベルである。

 

ちなみに私物ではなく、学校の庭から拝借した盗品である。

君と僕だけの秘密だ。

 

「うわぁ…」

「二人とも、考える事は同じなのね…」

 

まどかの気圧されたような歓声と、マミさんの少し呆れたような笑いが交互に向けられる。

結構カッコつけて出したのになんか、思ったより反応がビミョくて少し悲しい。

さやかとネタ被りしたせいだろうか、おのれ。

 

「シャベルって…それ土木工事以外に使えんの?」

 

ネタ被りした当の本人は、我がシャベルに何の不満があるのか、やや納得のいかなさそうな様子でこれを眺めている。

やれやれ、自分だって持ってきたのは似たような日用品だろうに、このシャベルの凶器としての汎用性を知らんとは。

 

「フン、知らないな?第一次大戦の塹壕戦で最も人を殺した武器は…」 

「まどかは何か持って来た?」

「聞けよ」 

 

無視された。

今めちゃくちゃ上から目線でふんぞり返りながら説明しようとしたのに、ガンスルーされた。

 

好きの反対は無関心というが、俺嫌われてるんだろうか。

悲しい。

 

 

「えっ!?えっと、私は……」

 

さやかに話を振られたまどかは、どうしてか急に挙動不審になってモジモジし始める。

その様子は大変愛くるしくて良いとは思うが、それはそれとして何を戸惑う事があるのだろう。

 

「どうした、別に何も持って来てなくてもいいんだぞ?」

「そ、そういうんじゃなくて、その…」

 

一人だけ用意が無いのが恥ずかしいのかと思ったが、どうもそれは少し違うようで。

しばらくして、まどかは一通り躊躇った後、頬を少し赤らめながら鞄から何かを取り出した。

 

「これ…」

 

そう言って差し出されたのは、一冊の簡素なノート。

女の子らしい柔らかなデザインのそれに、一体どんな意味があるのかといぶかしんでいると、彼女の手によってページが開かれその内容が目に飛び込んできた。

 

「うーわぁー…」

「あらかわいい」 

「これ、鹿目さんが描いたの?」

 

三者三様の反応を見せる俺達に、まどかは照れと戸惑いの混ざったような顔で答える。

 

「と、とりあえず、衣装だけでも考えておこうと思って」

 

ノートに描かれていたのは、多種多様な女の子の衣装デザイン。

それも単なる衣服ではなく、リボンやフリルなどがふんだんに取り入れられた、少女趣味的な…それこそ魔法少女と言って誰もが思い浮かべるような華美な衣装がそこには描かれていた。

 

中でも中央に描かれている、デフォルメされたツーテールの少女の衣装には気合いが入っている。

察するに、これがまどかの考えた自分の魔法少女コスチュームの決定稿なのだろうが、しかしこれは…。

 

 

「すごい、これ、かわいいな…」

 

素でそんな言葉が漏れてしまうくらい、その衣装はビックリする程愛らしくて、まどかという少女のイメージにピッタリ合いまくっていた。

 

「え?ふぇぇ…」

 

まどかが俺の感想を聞いて照れくさそうに俯く。

 

いや、魔法少女の研修にこれは役に立たないだろとか、契約する前にデザインすんのかいとか、そもそもデザイン描いて持ってくる時点で天然が過ぎるとか、色々突っ込むべきである事は分かっている。

事実さやかは腹筋をやられてさっきから大爆笑しているし、マミさんもちょっと苦笑いしている。

 

でも、それはそれで救われたような気もして、悪いようには感じはしなかった。

 

「うん、意気込みとしては十分ね」 

「あっはははっはっは!!こりゃあ参った!あんたには負けるわ…っっ!!」

「…かわいいな、本当にこれ」

「ぇ?ぅ、ぁ…あ、ありがとう…」

 

これからこの街の闇の部分を探索しに行く前だというのに、俺達の顔は明るく、笑顔に溢れていた。

 

笑われているまどか自身だけは、すごい恥ずかしそうだが、そこはまあ後でフォローする事にしよう。

 

 

いつの間にか空はすっかり夕日に染まり、ついに魔法少女体験コース第一弾の始まる時が来た。

 

さあ、非日常へと繰り出そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








年内に上げようと思っていたのに大幅に遅れまくった…。
部活用の短編を書いていたせいとはいえ、これは酷い。

何はともあれお待たせしました新年一発目。
お楽しみ頂けたなら幸いです。

次回投稿まで、また暫くお待ちください。







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第17話 「本当に悪い子なのかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女は歩いていた。

 

 

──ドコ ヲ アルイテ イル?

 

 

それは無機質で退屈なこの街を。

 

憂鬱な夕焼けの中を。

 

汚ならしくて息が詰まりそうな廃虚を。

 

躓きそうになる高い階段を。

 

 

 

女は逃げていた。

 

 

──ナニ カラ ニゲテ イタ?

 

 

それは記憶を蝕む過去から。

 

自分を縛る現在から。

 

そして迫り来る窒息の未来から。

 

 

 

女は疲れていた。

 

 

──ナニ ニ ツカレテ イル?

 

 

それは仕事に。

 

友人関係に。

 

親に。

 

満員電車に。

 

地面にガムを捨てる若者に。

 

所構わず喚き散らす幼子に。

 

常にこちらを睨む老人に。

 

 

 

そして、生きるということそのものに。

 

 

 

 

 

 

 

女は、闇の中を歩いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れ時、見滝原の街並みに、四人の少年少女の影が伸びる。

 

魔法少女体験コース第一弾。

そんな名目で始まったこの遠征だが、あれからしばらく周辺を彷徨いただけで、進展らしい進展はない。

 

昨日魔女の出現したモール付近を行ったり来たりしたかと思えば、少し道を外れて別の建物の周りをぐるぐる回ったりする。

命の危機に晒されるような事はしていないが、平和に甘んじて散歩に興じている訳でもない。

 

一見行くあてもなくほっつき歩いているように見えるが、マミさんの進む道にはちゃんとした理由付けがあった。

 

「これが昨日の魔女が残していった魔力の痕跡ね」

 

マミさんの手の中で、黄金色の宝石…ソウルジェムが、ぼんやりと発光していた。

光は一定ではなく、彼女の立つ位置によって光が薄くなったり、明滅が早まったり遅くなったりするし、場所によってはまったく光らなくもなる。

 

魔力の痕跡が濃ければ濃いほどこの光は強くなり、逆に時間が経ちすぎていたり、遠く離れてしまうと反応しなくなるらしい。

 

要領はさっぱり分からないが、ソウルジェムがダウンジング的な役割を果たしていると言えば分からんか。

 

「基本的に、魔女探しは足頼みよ」

 

マミさんは慣れたもので、俺達に魔女探知の方法を説明しながらも、光の強くなる場所を探し、迷いの無い足取りで進んでいく。

 

「こうしてソウルジェムが捉える魔女の気配を辿ってゆくわけ」

 

そう言って見滝原中を回るマミさんに、俺達はただ後ろから付いていくだけだった。

端から見れば帰りを共にする仲良し先輩後輩のようだが、気分としては金魚と金魚の糞というのが正しい。

 

「…意外と地味ですね」

 

隣にいるさやかがちょっと苦笑する。

その気持ちには同感だが、探索任務なんてこんなものだろうし仕方ない。

 

「まあ何か不思議探索みたいで楽しいですよ、俺は」

 

本当は街のお巡りさんぐらいの心持ちだが。

そんな気休め程度の俺のフォロー。

 

けれどマミさんは、その言葉を聞いて嬉しそうに顔を綻ばせる。

 

「そうね、私も何だかみんなと回るのは楽しいかも」

 

そう言ったマミさんの笑顔は、いつもより少しあどけなく見えた。

 

 

 

 

 

それからまたしばらく街を歩いた後。

未だに魔女を発見できないまま、あれから数十分程の時間が経とうとしていた。

 

「光、全然変わらないっすね」 

「取り逃がしてから、一晩経っちゃったからね…」

 

さやかの言った通り、ソウルジェムはあれから強い反応を見せていない。

光が弱くなった様子が無いという事は、一応痕跡を辿れているという証拠なのだろう。

だが、それでどれくらい相手に近付いたのか、離れたのか、全く分からないのだ。

 

マミさん曰く、時間の経過で魔女の痕跡は薄くなるらしいが、1日分のタイムロスは思った以上に響いているようだ。

 

「あの時、すぐ追いかけていたら…」

「仕留められたかもしれないけど、あなたたちを放っておいてまで優先することじゃなかったわ」

「…ごめんなさい」 

「フフッ、いいのよ気にしなくて」 

 

悔やむような言葉を漏らすまどかだが、マミさんはこの事を気に介する様子も見せない。

彼女だって手掛かりの少ない状況で歩き回るのは疲れるだろうに、一度も顔を曇らせる事なく明るい顔でまどか達を引率してくれている。

 

年長者故の余裕か。

いや、彼女にとってはこういう地道な捜索が日常茶飯事であるからか。

 

たとえどちらの理由であっても、常に落ち着いた雰囲気を崩さないマミさんの姿が、俺には眩しい。

 

「うんうん、やっぱりマミさんは正義の味方だぁ!」

 

さやかもすっかりマミさんになついたもので、楽しそうに彼女にじゃれついている。

 

「こらこら先輩にくっつくんじゃあない」

「あら、私は別に構わないわよ?」

 

ちょっと引き留めようかと思ったが、マミさんも何だか満更では無い様子だったので、そのままとしてやる。

 

「それに引き換え、あの転校生…ホンットにムカつくなぁ!」 

 

ふと、忌々しげにさやかはそんな言葉を呟いた。

 

どうやら昨日の魔女の動向を探っている内に、昨日の暁美ほむらの振る舞いを思い出してしまったらしかった。

 

その気持ちはもっともだ。

自分でも、こうしてマミさんと近くで触れあっていると、暁美ほむらの冷たさとの落差を感じてしまう。

 

先輩として、後輩に魔法少女のなんたるかを細かくレクチャーしてくれるマミさん。

徹底して不問不答を貫き、魔法少女との関わりを拒絶する暁美ほむら。

どちらも同じ魔法少女でありながら、ここまで態度に違いが出るのはどうしてだろう。

 

「本当に…悪い子なのかな…」

「え?」

 

他の誰にも届かないような、小さな呟き。

まどかの言葉を、すぐ隣にいる俺だけが聞き取れた。

 

「ほむらちゃん、確かにキュウべえには酷いことしたけど、でもなんだか悪意があるようには見えないっていうか…えぇっと…」

 

思いを上手く言葉に出来ないのか、口ごもってしまう。

でも彼女の抱く違和感のようなものは、自分にも理解出来た。

 

「言いたい事は分かるよ」

「そう、かな?」

 

前を行くマミさんとさやかには聞かれないよう、声を潜めてまどかに囁く。

 

「痕跡があるって事は、暁美は魔女を倒してないって事だろ。あの状況で、追えば仕留められた筈の獲物だ。でもしなかった」

「それってどういう…?」

 

「少なくとも、魔女狩りのためだけに動いている訳じゃないかもしれないってコト」

 

まどかの顔の困惑色が強くなる。

勿論今のは俺のしがない憶測に過ぎない。

魔女は普通に逃したのかもしれないし、痕跡もこの先何処かで途切れている可能性もある。

 

ただ、暁美ほむらが魔女以上にまどかの事を注視しているのは間違いないと思っていた。

 

「じゃあなんで、ほむらちゃんは…」

「ただの推測だって。どちらにせよ彼女を信用する理由にはならない」

 

そうだ。

違和感だの既視感だのなんだのはどうだっていい。

重要なのは暁美がまどかを狙っている要注意人物であるという事実だけだ。

余計な感情でその認識を曇らせてはいけない。

 

「理由が何であれアイツの狙いが君だって事は忘れちゃ駄目だ」

「…うん」

 

まどかが小さく頷いた。

 

彼女の傍にいるために、自分はこの場に立っている。

例え相手がどんな人間で、どんな理由があっても、この意思だけは覆すまい。

心にそれを強く命じる。

 

“なら、せめてその義理を裏切らないことね”

 

その思いと裏腹に、いつだったかの忠告が頭を過った。

 

 

 

 

 

 

「大分へんぴな所に来ましたね…」

 

あれからまた何十分かが経過し、昨日魔女が現れた地点とは大幅に離れた所まで来てしまっていた。

魔女の姿は、相変わらず発見できないままだ。

 

「ねえマミさん。魔女の居そうな場所、せめて目星ぐらいは付けられないの?」

 

しびれを切らしたさやかが、マミさんにそんなことを聞く。

そのマミさん自身は、大して焦る様子も見せずに平然と歩き続けていた。

 

「魔女の呪いの影響で割と多いのは、交通事故や傷害事件よね」 

 

探索の足は止めないまま、マミさんが説明する。

周囲に警戒を払いながらもあくまで落ち着いた素振りで説明を続けるマミさんの姿からは、疲れた様子は微塵も見受けられない。

 

「だから大きな道路や喧嘩が起きそうな歓楽街は、優先的にチェックしないと」

 

淀みなく語られる解説には、豊富な経験値と探索への慣れが窺えた。

一体どれくらい魔法少女を続ければ、ここまで順応する事になるのだろうか。

 

マミさんの言葉は続く。

 

「あとは、自殺に向いてそうな人気のない場所。それから病院とかに取り憑かれると最悪よ」 

 

「ただでさえ弱っている人たちから生命力が吸い上げられるから、目も当てられないことになる」

 

魔女は人間の心に取り憑いて、死に至らしめる。

 

病院というのは、下手な墓地や事故現場なんかよりもよっぽど死の空気に満ちている場所だ。

マミさんの言う目も当てられないことが、容易に想像出来てしまって気分を悪くした。

 

「そういう経験って、…あったんですか?」 

 

我ながら酷な質問だなと思った。

まるで他人の傷を開くような。

それでも聞かずに居られなかった。

 

「…えぇ。もう結構前のことだけど」

 

マミさんの肯定の言葉。

自分達の知りもしないような修羅場を巡ってきたであろう彼女の台詞には、文面以上の重みがのせられていた。

 

「……そうですか」

 

聞くんじゃなかった、と知らないままでいたくなかった、が胸の中に同居して気持ちが悪い。

その決まりの悪さを隠すように、口を噤んで目を逸らす。

 

「病院か…」

 

逸らした視線の先で、さやかがぼんやりと何かを呟いていた。

 

 

 

そしてまた、ひたすら歩き続ける。

魔女の足跡を辿って、街の中心地から大きく離れていく。

 

日が大きく傾いて、4人分の影がさっきよりも斜めに長く引き延ばされる。

 

 

そうして刻一刻と、

 

その時は、近づいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女は疲れていた。

 

 

──ドウ スレバ ツカレナクテ スム?

 

 

それは、二度と動かなければ。

 

呼吸をやめてしまえば。

 

思考を投げ棄ててしまえば。

 

生きることを、やめてしまえば。

 

 

 

 

女は生きるのに疲れていた。

 

 

──ジャア イキルノヲ ヤメル タメニハ?

 

 

その為には。

 

今すぐここから飛び降りて。

 

頭蓋を砕き。

 

心臓を潰し。

 

そうして命を失って────────

 

 

 

 

 

 

“── シン デ シマエバ イイ !! ──”

 

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

──そして、その時は訪れた。

 

「かなり強い魔力の波動だわ…!」

 

マミさんの手の中で、ソウルジェムが激しく明滅している。

近くにある強い魔力に反応しているのだ。

 

つまりそれは、近くに魔女が存在しているという証拠…!

 

 「近いかも」

 

短く呟くと、マミさんは一直線に駆け出した。

 

「…ッ!?マミさん!」

 

俺達も一拍遅れて彼女に続く。

 

昨日魔女が現れた地点から相当歩いたので、自分たちは今、都市から大きく離れた下町にいた。

周囲にはショッピングモールのような巨大建築物は一切見られず、古風な民家や、もう使われなくなって久しい廃ビルや工場が残るのみ。

 

元々見滝原市は、一介の地方都市に過ぎなかったという。

それが大規模な開発計画の影響で、大幅に発展が進んだ結果、今のような近未来型都市へと変貌した。

だが、開発の恩恵が街の隅々まで行き届いた訳ではない。

急速な発展について行けず放置された下町というのが、そこかしこに存在していた。

 

自分達のいるこの場所もその一つだ。

開発途中で放置されたビルや、働き手のいない工場がいくつも建ち並び、人の活気というものが失われた、空虚な町。

 

いかにも、自殺に向いてそうな人気の無い場所。

 

魔女が出現するには、うってつけの条件と言えた。

 

「間違いない。ここよ」

 

ソウルジェムの明滅が、最大まで高まっている。

たどり着いた場所は、荒みきった小さな廃ビルだった。

 お世辞にも巨大とはいえない、三階か四階ぐらいの建築物。

ここに、魔女が…!

 

 

「ッッ…ぁが!?」

 

 

その瞬間、脈絡なく心臓が跳ねた。

 

ほとんど反射的に胸を抑える。

…熱い。

何かが、胸の中で蠢いていた。

 

頭の中に、誰かの咽び哭くような音が響く。

不快な響き。

背筋を這う、猛烈な悪感情。

ゾワリ、と全身の毛が逆立つ。

 

いつだったかと同じ感覚だった。

 

(これ、魔女の気配か…!?)

 

「あっ、マミさんあれ!」 

 

さやかが叫び、上方を指差す。

彼女の示した先は建物の屋上部分だ。

 

そこに、人影が一つ。

 

屋上には一人の女性が立っていた。

恐らく成人はしてるであろう年齢、スーツを着ている。

会社勤めの若手OLといったところか。

しかしどこか挙動不審だ。

荷物も持たず、あんな場所に一人きりで。

 

ふらふらと頼りない立ち姿だ…。

 

「…あ」

 

…気付いた。

 

屋上には飛び降り防止の柵があるものだ。

なのに、この地上からは女性の全身がくっきり見てとれた。

あの人は、柵の外側に立っているのだ。

 

女性の姿がゆらめく。

彼女は靴を履いていなかった。

 素足のまま、一歩を踏み出す。

 

見上げたその女性の顔は、

 

 

死を決意した自殺志願者そのもので…!

 

 

「きゃあああああっ!!」

 

まどかが悲鳴を挙げた。

さやかは絶句し、凍りついたように立ち竦んでいる。

 俺は反射的に手を伸ばすけれど、そんなもの届く筈もない。

 

女性が屋上から落下する様が、スローモーションのようだ。

 

一瞬が永劫の刻に感じられる、刹那の時間。

 

その時間の中でただ一人、マミさんだけが前に駆け出していた。

 

ソウルジェムが煌めき、金色の光が溢れる。

光が弾ける一瞬の内に、彼女の姿は大きく変貌する。

 

羽根つき帽子にコルセット。

黄色いリボンの凛々しい魔法少女の姿がそこにあった。

 

「ハッ!」 

 

彼女が手を上空にかざす。

すると何もない虚空から、光の糸のようなものが何本も生え出てきた。

光で出来た細長い繊維のようなそれは、生物のそれとは違った、布や生地を思わせる柔らかさをもってゆらめく。

 

(…リボン?)

 

魔法のリボンは一本一本が意思を持った生物のように自在に伸縮し、落下する女性に絡み付く。

制動をかけられた女性の身体は、地表にあと数メートルで激突、といったところで緩やかに停止した。

 

一秒あったかも怪しい、一瞬の出来事だった。

 

「っぶねえ…」

 

まさに間一髪。

少しでもマミさんの判断が遅れていたら間違いなく間に合わなかっただろう。

 

その事実に戦慄する。

つい昨日自分が死にかけたばかりではあるが、見知らぬ誰かが目の前で死に瀕する光景にはその時以上の衝撃があった。

 

マミさんが手を軽くかざすとリボンの拘束が弛み、優しく女性を地面へと下ろす。

女性はぐったりと横になったまま動かない。

一瞬死んでしまったかと思い不安に駆られる。

リボンはかなり優しく女性を受け止めていたし、怪我もないように見えるが…。

 

「魔女の口づけ…やっぱりね」

 

マミさんが女性の首筋を覗き込みながら呟く。

自分もまどからと一緒にマミさんの元に駆け寄り、肩越しに女性の様子を覗き込んだ。

 

「口づけって…これが?」

 

マミさんの見ていた場所、女性の首筋。

そこにどす黒い何か、紋章のようなものが纏わり付いているのが見えた。

刺々しい薔薇の茎に囲われた蝶にも見える小さな刻印。

見ただけでそれが邪悪なモノである事が感じ取れる。

濃密な呪いの香りに、軽く眩暈を起こした。

 

「…この人は?」

 

まどかが、ピクリとも動かない女性を不安げに見やる。

 

「大丈夫、気を失っているだけ。行くわよ!」

 

女性の命に別状は無いと判断したのか、マミさんは素早くその場を離れ魔女の巣くっているであろう廃ビルへと侵入していった。

 

 

「………ぁ」

 

颯爽と駆けていく彼女の背中。

可憐でありながら、どこか勇ましくもある、その魔法少女としての姿に思わず目を奪われる。

 

 

「テツヤくん?」

 

「…えっ、あ、悪い今行く」

 

まどかの声で、慌てて意識を元に戻す。

まどかとさやかがマミさんを追おうとしている時に、自分だけボケっと突っ立っていた。

いかん、見とれている場合じゃない。

頭を振って気持ちを入れ替え、駆け足で廃ビルまで走り出す。

 

「急にどうしたのかな?」

「あー、そういえばアイツだけマミさんの魔法少女姿見るの初めてだっけ」

 

後ろで二人が何か言っていたけれど、恥ずかしいから聞こえないフリをした。

 

 

 

 

 

マミさんに追い付き、一緒に階段をいくつか駆け上がる。

目的の場所はすぐに見つかった。

 

ビルの何もないコンクリートの壁に、一点だけ黒い染みが発生している部分がある。

ペンキで塗ったのとは明らかに違う、黒い障気のようなもので覆われた呪いの孔。

 

間違いない。

 

昨日見たのと同じ、魔女の結界だ。

 

 

「今日こそ、逃がさないわよ」

 

マミさんが不敵に微笑む。

その顔からは、命を懸けて戦う事への恐怖心は微塵も見受けられない。

戦士の顔をしていた。

 

おもむろにその手がスッと掲げられ、俺とさやかの方を向く。

するとその場にいきなり魔法のリボンが出現し、さやかの持つバットと俺のシャベルに絡み付いた。

 

「うぅっ、うわぁーっ!?」

「あっばばばばっばナニコレナニコレ!?」

 

俺達が慌てふためく中、リボンは包帯みたいにグルグルと得物に巻き付き、すっかり表面を覆い尽くしてしまう。

と、そのリボンの光がいきなり弾け飛び、下から大きく変容したその姿を現した。

 

「すご~い…」

 

まどかの感嘆の声。

 

リボンによってコーティングされたシャベルは、さっきまでの物々しいフォルムとはうって変わって流麗な見た目になっていた。

土や埃でくすんでいた表面が陶磁器のように真っ白な材質に。

無骨な刃先は緩やかにカーブしたティーカップの持ち手みたいなデザインに変化。

そして何の飾り気も無かった各所が、過剰なまでの金縁の装飾に覆われていた。

 

「な、なんかオシャンティっすね…」 

 

隣を見れば、さやかも似たようなデザインに変化したバットをしげしげと眺めている。

 

こちらもまるで茶会の食器みたいなアレンジだ。

シャベルより太い分装飾が多く盛り込まれているようで、ピンク等のカラフルな色味や宝石のようなアクセントなど、メルヘン具合は俺のシャベルすら凌駕する。

 

「気休めだけど、これで身を守る程度の役には立つわ」 

「ど、どうも…すごいっすねこれ」

 

何やらこれもマミさんの魔法のようで、俺達の持ってきた凶器を魔法で強化させたらしい。

リボンによるコーティングと言うが、見たところ表面に結び目は見当たらない。

どうも見た目以上に高度な変質が行われたようだ。

 

「ふむふむ」

 

ツンツンと武器の表面を突っつく。

手触りは思っていたよりずっと重く、硬い。

 

「…でもなんか弱そうだな」

 

正直見た目がお洒落過ぎて強そうな感じがまったくしないが、マミさんが強化したって言うんだから強化されているのだと思う事にした。

 

 

かくして、戦闘準備は整った。

マミさんが俺達を振り返り、強くこちらの目を見据える。

 

「絶対に私の傍を離れないでね」

 

そう、念を押される。

 

「はい」 

「はい!」

「りょーかいっ!」

 

三者三様の応答。

それに満足して頷くと、マミさんは視線を結界へと戻し、意気揚々とその内部へ飛び込んでいった。

 

彼女の姿が黒い闇の中に呑まれて消える。

結界の扉はマミさんによって開かれたまま、俺達の到来を待っていた。

 

「よっ、と」

 

さやかが真っ先に、ひょいとその扉を抜けていく。

不安のない軽やかな足取りだった。

 

「テツヤくん、行くね」

「あぁ、どうぞ」

 

まどかがさやかに続いて結界の前に立つ。

彼女は気分を落ち着かせるように、ホッと息を一度落とした。

そして意を決し、結界の闇へと飛び込んでいく。

 

まどかの背中が消えてから、最後に俺が行く事となった。

 

「んじゃ、いっちょ入ったりますか」

 

魔女の結界。

呪いと狂気に満ちた幻夢の世界。

そこにもう一度侵入する、覚悟を決める。

 

足を踏み出し、結界の闇に自ら呑まれていく。

通り抜けた先には、昨日見たのと同じ光景が待っているのか。

不安を圧し殺し、身体を中に突っ込ませた。

 

「……ん?」

 

その時不意に、何か見知った気配を感じた。

 

首筋に、刺すような視線。

そう遠くない間に感じたのと同じ、誰かの感覚。

 

それに気付いて振り返ろうとした瞬間に、俺は何の抵抗もなく闇の扉をすり抜け、現実世界と隔絶した場所に消え去っていた。

 

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 

 

 

だから、物陰からこちらを眺める黒髪の少女の姿に、気付く事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 









今回は比較的早く仕上がりました(当社比)。
この調子でいつか週2くらいのペースで…あわよくば週1ペースの更新ができるように、頑張りたいです。

あと、書いてる間に何故かお気に入り数がぐんぐん上昇してビビりまくってました。
まだ殆ど話も進んでいないというのに、この評判の良さはとてもありがたい。

ご期待に添えるよう、書き続けていく所存ですので、次回も楽しみに待って頂けると幸いです。






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第18話 「私、先輩出来てるんだ」

 

 

 

 

そこは広大な庭だった。

草花が咲き乱れ、蝶が飛び回り、暖かな陽射しの降り注ぐ穏やかな庭園。

 

しかし同時に、寂れた廃ビルでもある。

破れたブラインドがそこらにぶら下がり、茨のような鉄線が張り巡らされた、陰惨な密室。

 

さっきまでと同じようで、違う風景。

幼子の描いたような空想と、物言わぬ現世の無機物。

絶対的に異なる2つの世界が溶け合い、同化し、極限まで抽象化された異界。

それが、魔女の結界だ。

 

そんな場所を走っていた。

 

前衛をマミさんとして、さやかがその後ろに続き、まどかを挟む形で最後尾に俺が付く。

 

閉塞的なビルの中とは打って変わって広大な空間に頭が混乱してしまう。

周囲を彩る毒々しい色合いの背景画は秒単位でめぐるましく移り変わり、気を抜けば前後不覚に陥りそうだ。

確かなものといえば、自分達が今踏みしめているこの大地、そして前方を行くマミさんの後ろ姿ぐらいか。

 

まるで何か巨大な生物の胃袋にいるような気分だった。

実際、その認識は間違いではない。

魔女と魔女の結界を一つの巨大怪異と考えるなら、その怪異の内側にいる自分たちはまさしく魔女の胃袋の中にいることになるわけだ。

 

そして胃袋に入り込んだ異物には、当然それを吸収するための消化作用が働く訳で。

 

「_!!__!!!_!」

 

笑うような、歌うような、聞き取り難い声が上から響いた。

 

上方を見上げると、そこには名状し難い形状をした小型の物体が浮遊していた。

 

「うっわなんか出た出た!」

 

思わず変な声で叫んでしまう。

 

白色のスライムみたいな爛れた体表に、不気味な眼が数個程まばらに配置された異形の身体。

身体の中央にはいつか見たモジャモジャと同じく、立派なおひげが生やされている。

その背中にはなんとも不釣り合いな蝶の翅が一対付いているが、どう見てもあれで翔べるようには思えなかった。

 

この結界を統べる魔女の使い魔だろう。

 

以前に見たのとは大幅に容姿が異なっている。

何か別の役割を持った存在なのか。

ひげという共通モチーフを持つのはいかなる理由か。

 

「_!__!!」

 

一瞬抱いた細かな疑問に悩む機会も与えず、ソイツは俺達に向かって急降下を始めた。

 

「うぉ、こっち来るぞ!?」

 

一直線にぬるっと飛んでくる使い魔に思わず身体を強張らせる。

だがそんな警戒は無用の産物であると数秒後に知った。

 

「ハッ!」

 

短い烈迫の気合い。

それと共に轟音が鳴り、使い魔が身体の中心を何かに撃ち抜かれ弾け飛ぶ。

どこかで見たような吹き飛び方だった。

 

…銃撃?

 

思わず発砲音のした方へ視線を回す。

 

そこに、やたらと長く古めかしい銃器を構えたマミさんを見た。

手に持っている獲物は、白い銃身に金の縁取りがなされた中世風の前装式銃。

マスケットとかいっただろうか。

どこからともなく取り出されたそれは、華美な装飾がされているのもあって一目で尋常な武器では無いと分かった。

 

それが、マミさんの魔法少女としての武器。

 

一撃必中。

使い魔を一撃の元に屠った威力もさることながら、空中を浮遊する対象へ的確に命中させた彼女の腕前も驚異的だ。

 

しかしまあ、なんだ。

 

「マスケット銃て…」

 

銃が強力な武器であるのは確かだが、魔法少女の武器としてはいささか物騒過ぎやしないだろうかと思う。

 

いや、確かにマミさんの中世風の魔法少女服に、長く美しいフォルムの前装式銃はこの上ない程似合っている。

…似合ってはいるのだが。

 

弓とか杖とかならともかく、銃をメインウェポンとする魔法少女は何だかピンと来ない。

自分の魔法少女のイメージが貧困なせいだろうか。

 

「俺、時代遅れなんかな…」

「テツヤー、ボケッとしてないで早く来なさいよー!」

 

首を捻っている間にさやか達はもう数メートル程先に進んでしまっていた。

彼女らが大して驚く様子も無いのは、昨日既にマミさんの戦闘シーンを目にしたからだろう。

やれやれ、こちとら驚いてばっかりだよ。

 

「今行くからちょい待…」

「次、来るわよ!」

 

休む暇もなく、マミさんの警戒を促す声が響く。

 

空を見れば、知らぬ間にさっきのと同じような使い魔が大小合わせて数十体ほど浮遊していた。

流石魔女の使い魔。

一匹二匹で打ち切りではないらしい。

 

「__!!_!__!!」

 

一番距離の近い二匹が不気味な挙動でこちらに向かって降下を始める。

それとほぼ同じタイミングで、マミさんの両手に二丁のマスケット銃が出現した。

 

一撃。

二擊。

 

銃口から火花が迸り、正確に二匹の中心がぶち抜かれた。

一部の隙もない反応速度だった。

 

だが、それで逃げ出すような単純な相手ではない。

どこからともなく使い魔がまた数匹ほど増え、他の個体とともに一斉にこちらへ急降下してくる。

 

「__!!」

 

これには流石に危機感を覚えた。

いくらマミさんといえど、これだけの数を相手に単発の銃で対応できるものか。

 

「…フッ」

 

が、そんな俺の不安とは裏腹に、マミさんは少しも表情を変えずに次の行動に移った。

 

まず両手に持っていた弾切れの銃が無造作に放り捨てられる。

手放された二丁の銃は、マミさんの手から離れた途端にその形状を崩壊させ、細い糸状の光となって散った。

 

そして空になった両手を中空にかざすと、そこから八丁余りの銃が一度に出現した。

 

その一つを掴んだかと思うと、即座に引き金が引かれ、銃口から飛び出た閃光が使い魔の一体を貫く。

それに合わせるように、中空で待機している銃も一斉に銃口を上空に向け、自動的に弾丸をばら撒いた。

 

大量の銃器による一斉掃射は、濃密な弾幕となって迫りくる使い魔を撃ち落としていく。

瞬く間に目に見えるだけの使い魔が全て射ぬかれ四散した。

 

「うわぁ、瞬殺…」

 

圧巻の光景だった。

 

これは後で調べたことだが、昔の銃っていうのはとんでもなく精度が悪く装填に時間がかかるものだったので、大規模な歩兵に装備させて一斉掃射させるのが主な戦術だったらしい。

だがマミさんはその手数の悪さを全て魔法で補っていた。

 

無限に銃を精製することでクールタイムを無くし、一度に大量の銃を操ることで攻撃の密度を補う。

言うなれば一人戦列歩兵隊。

それがマミさんの戦闘スタイルだった。

 

「さ、進みましょう?」

「え、あっはい」

 

一時的とはいえ進路を阻む相手が消滅し、マミさんが行軍を再開する。

右も左も分からない俺達は、ただそれについていくだけだ。

 

 

 

 

 

目的地は結界の中心部、およびそこに隠れているであろう魔女。

マミさんのソウルジェムがその場所を感知しているから、このふざけた迷路のような場所で迷わずに済んでいる。

 

だが当然進めば進むほど妨害というのは強くなるものだ。

さっきの倍はいるであろう使い魔が定期的に出現し、俺達の道を阻もうとする。

それも先に行く度に少しづつ数が増えているようだ。

 

マミさんの銃が四方に火を放ち、襲いかかってきた使い魔から順に撃墜されていく。

 

彼女の制圧力は絶大だった。

しかしそれでも足手まといが三人もいれば防御に穴も出ようというもの。

 

使い魔が一匹、弾幕の穴を抜けてヌルッとさやかの眼前にまで迫る。

 

「う、うゎぁ、来るな、来るなーっ!」

 

巨大な怪物を目と鼻の先にして、パニクったさやかががむしゃらにバットを振り回す。

女子の腕力で狙いもつけずに振るわれたそれが大した脅威になるはずもなく、使い魔はスルスルと彼女に取り付こうと迫る。

が、いざ喰らい付こうとした瞬間、何かに阻まれてその動きを止めた。

 

「─?──??」

 

前に進めど進めどさやかに近付けず、不可解そうな声を使い魔が上げる。

使い魔の進行を止めているのは、薄い光の盾のようなものだった。

 

その発生源は、さやかの振り回していたマミさん印のバット。

彼女が必死に使い魔を遠ざけようと得物を振るうと、それに合わせたように壁が発生して使い魔を阻んでいた。

 

「すごいな、ただリボン巻いただけでこんな…」

 

感心している間に、マミさんの銃がさやかに群がる使い魔を端から全て撃ち落としていく。

マスケットのくせに命中率も百パーっていうんだから反則的だ。

 

「た、助かったぁ~」

 

さやかがホッとしたような声を上げる。

武器を強化してくれたマミさん様様だ。

 

「さやかちゃん、大丈夫だった?」

「お、おう…見ての通りこのバットの力で……え」

 

心配してさやかの元にかけ寄ろうとするまどか。

それに震え声で強がろうとしたさやかだったが、不意にその表情が凍り付いた。

 

「まどか、使い魔来てる!使い魔来てる!」

 

さやかがまどかの後方を指さし必死の形相で叫ぶ。

 

「え?わ、きゃぁあ!?」

 

彼女の指さした方向に別の使い魔がどこからともなく発生し、まどかに対して狙いを定めているのが見えた。

発生した使い魔はムクムクと肥大化しながらまどかの方に近付いていく。

 

まどかにはさやかと違い身を守る武器がない。

これは、結構マズイ。

 

「うわわわ、寄るんじゃねこのヤロォーッ!?」

 

大慌てで地を蹴り、まどかの元へと駆け寄る。

急な事態についテンパった声が出た。

そんなことはどうでもいい。

迫る使い魔に立ちはだかり、持ってきたシャベルを構える。

 

…やれるのか?

 

自問自答する暇が惜しい。

自分の行動の是非を問うだけの思考力がどっかに行ってしまった。

頭の中にあるのは、守護と迎撃の二語だけ。

 

ほとんど捨て鉢に武器を振りかぶった。

 

「そぉいっ!」

 

手にした凶器が唸り、標的に真っ向からぶち当たる。

ドンピシャ!

ガラス細工を砕くような、奇妙な手応えがした。

 

「──!!─!?」

 

使い魔が大きく後方に吹っ飛んでいく。

自分が予想した数十倍の距離を跳ね跳んだかと思うと、壁に激突し、そのままバラバラに砕け散って消滅した。

 

跡形も残らなかった。

 

「…あれ」

 

倒せた。

倒せてしまった。

呆気ないくらい簡単に。

 

「うわシャベル、すっげえな…」

 

さやかが少し驚いたような声を上げる。

自分だって結構驚いていた。

まどかが心配そうに俺の方へ駆け寄ってくる。

 

「て、テツヤくんゴメン!ケガとかしてない?」

「え、あぁ、うん。見ての通りほら、強化シャベルで真っ向両断したからモーマンタイって感じで…」

 

まどかを安心させるために取り敢えず五体満足の身を示す。

 

「全然大丈夫だって、ねえ?マミさん」

 

自分が使い魔とやり合った、という実感を持てずに困っていると、ふと他の使い魔を片付け終えていたマミさんと目が合った。

 

「……」

 

そのマミさんは、どこか呆けたような顔で俺をぼんやりと見つめていた。

 

「ん、あの、マミさん?」

「あっいえ、ごめんなさい。ちょっとビックリしちゃって」

 

俺が再度名前を呼ぶと、ようやくマミさんが気を取り戻した。

慌てて謝りながら構えたままの銃が降ろされる。

実はさっきぼんやりしてた時もずっと銃口がこっちに向いていたので、ちょっと怖かった。

 

しかしビックリしたというのか。

こんなに場慣れしている風なマミさんが。

 

「まさか魔法少女でもないのに使い魔を倒せる人がいるなんて思わなかったから、ね」

 

「ぃや、マミさんの強化あってこそでしょ」

「それはまあ、そうかもしれないわね」

 

なんだか分からないけど、生身の一般人が使い魔を倒すというのは意外と珍しいことであるようだ。

別に俺が何か特別という訳ではなく、それだけマミさんの魔法による強化が凄かっただけの話だが、いかんせん前例が無いので驚かれたのかもしれない。

 

「今度はちゃんと私が守るから気を取り直して行きましょうか」

「ハイ、今度は出しゃばらんよう気をつけまっす」

 

気を取り直した風のマミさんに頭をヘコヘコ下げながら、結界の攻略を再開する。

マミさん後ろに、さやかとまどかが続き、自分もその背を追う。

 

その途中、ふとまどかがこちらに振り向いた。

 

「えっと、…さっき助けてくれてありがとうね」

 

はにかみがちに、小声でそんなお礼を述べてきた。

そうやって真っ直ぐこちらを見やる彼女に。

 

「…いや、多分俺に感謝する必要はないよ」

 

つい、つれない返事をしてしまう。

 

「?」

 

俺の言葉の意味がよく分からなかったのか、まどかは首を少し捻りながらも前に向き直った。

 

 

「………」

 

使い魔を仕留めた時の事を思い出す。

 

マミさんは、さっき銃口を俺の方へ向けていた。

俺の立っていた方向。

つまりは、使い魔が襲ってきた方向だ。

多分あの時、自分が出て行ったからマミさんは構えた銃を撃たずそのままにしていたのだろう。

 

 

自分がそこにいなかったとしても、マミさんはまどかをちゃんと助けていた。

 

 

その事実に安堵すると同時に、何故か奇妙な虚しさを覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからはもう、怒涛の勢いだった。

 

結界の奥に進む分使い魔は増え、警戒用とおぼしき浮遊個体以外にも昨日のひげもじゃや鋏蝶などの姿も見受けられるようになっていく。

しかしマミさんはその一切合切をものともせず、圧倒的な制圧力をもって余さず使い魔達を撃ち落としていった。

 

群がってくるものは掃射で殲滅し、四方から飛び掛かってくるものは流れるように狙い撃つ。たまに弾幕を抜けて接近したものは直接銃床で叩き落とした後にとどめを刺す。

 

まどかの方に寄ってくる使い魔を警戒して、俺とさやかも申し訳程度に武器を振るうが、大抵の使い魔はそれにたどり着く前に乱れ飛ぶ銃撃の餌食となった。

 

戦場の中心で火花を散らし舞い踊る、洋装の麗人。

結界の異様な情景を背に、縦横無尽に駆け回るマミさんの姿は反則的なまでに美しく、まるで何かの舞台演目でも観ているような錯覚さえ覚えた。

 

「どう?怖い?三人とも」

 

結界の中心へと近づきつつある中、マミさんが不敵に笑いながらそんな事を聞いてくる。

 

「な、何てことねーって!」

「声上ずってんぜ、お嬢さん」

「う、うるせーなー!もう!」

 

強がりを口にするさやかを茶化して笑っていると、マミさんも安堵したようにクスリと笑う。

 

「フフ、暦海さんはあんまり緊張感が無いみたいね」

「そりゃ、マミさんが頼もし過ぎるのがいけないんすよ」

「あら、先輩へのおべっかが上手いのね」

「事実ですって、なあ?」

 

「えっ?あ…はい!」

 

唐突に話を振られたまどかが、少し声を上ずらせながらもコクコクと頷く。

 

「確かに怖いけど…でも…」

 

少し顔を赤くしながらも、マミさんを真っ直ぐ見つめるその目には、大きな憧れが満ちていた。

 

「…そう、私、先輩出来てるんだ」

 

マミさんが、小さく微笑みながら何か呟く。

 

その言葉から、何かただならぬ感情が見えたような気がたけど、結局その時はよく分からないままだった。

 

 

もうすぐ、魔女の結界の最深部に辿り着く頃だ。

 

 

 

 

 









いつもの事ながら大変遅くなりました。
待っていただいた読者の皆様に感謝です。
いい加減上げないとヤバいと思ったので、今回はかなり短めになっています。
次回か次々回でようやく原作2話が終わる感じでしょうか。道のりは長い。
春休み、しっかりと執筆を続けたいと思います。
ではでは。


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第19話 「大丈夫。負けるもんですか」

 

 

 

 

 

 

「頑張って。もうすぐ結界の最深部だ」

 

キュウべぇの声が、冒険の終わりを告げる。 

 

結界の奥は、細長い通路のようになっていた。

使い魔が襲ってくる様子もなく、ただどこへ続くとも分からない狭い道で前へ進むだけ。

マミさんの探知が間違っていないならば、この近くに魔女の結界の最深部であるという。

ならばこの道こそが、その最深部へと続く通路なのか。

 

「何も来ないってのは、それはそれで不気味だな…」

 

おぞましい壁や天井の模様を眺めながら、つい口からそんな言葉が出た。

何もない道ながらも、変わらず辺り一面には草花等の雑多なモチーフがコラージュのように貼り付いている。

 

さっきから思ってるのだが、これだけ人間離れした異形の存在でありながら、魔女の結界に髭とか薔薇とかハサミ等々の人間的なモチーフが多いのはどういう訳だろう。

魔女は人間の呪いから生まれる、みたいなことを前に聞いたけど、その辺が関係してるのかもしれない。

 

「──!─!!」

 

前方に敵の気配アリ。

通路の先、行き止まりとなっている壁に数体の使い魔が密集しているのが見える。

タイプは飛行型でドロドロのあいつだ。

 

マミさんが即座に足を止め、後ろの俺達を制止する。

そして瞬時にマスケット銃を複数生成、使い魔に向けて連射。

 

閃光が瞬き通路を赤く照らすと、前にいた使い魔達は抵抗する間もなく全て一撃で貫かれ破裂した。

 

「行き止まり?……いや、これは─」

 

この道の先が結界の最深部だというなら。

今撃ち落としたのはただの野良使い魔なんかではない筈だ。

 

 

そう思った瞬間、その扉は解放された。

 

 

弾け飛ぶ使い魔と合わせたように、行き止まりの壁が蝶番で勢いよく開け放たれる。

さらにその奥の扉、そのまた奥の扉も連続して開放され、めぐるましく変わる空間の奥へと押し出されていく。

 

吸い込まれるようにその扉の先へと前進、…それとも逆に扉の方が迫っているのか。どちらであれ何かに迎え入れられるような奇妙な感覚の中で、いつしか自分たちは狭苦しい通路とはうって変わって広大な空間へと放り出されていた。

 

 

 

 

 

 

「─ッ」

 

周辺空間の唐突な変化に酔いかけながら、辺りを見回して状況を確認する。

 

だだっ広い円形の大地に、ドーム状になった壁と天井。

眼下にはこれまで目にしてきたのと同じ、薔薇のような草花が見渡す限りの大地を埋め尽くしているのが見えた。

 

後ろを振り返れば、そこはさっきまでと同じ細長い通路。

どうやら自分たちは、丁度この半球形の空間に繋がった道の出入り口に立っているらしい。

ここは地面より少し高い位置にあるらしく、目の前に広がるその広大な庭を余すとこなく俯瞰する事が出来た。

 

「……これが、結界の最深部」

 

改めて、その景色を精査する。

 

そこは見渡す限りに咲き誇る薔薇の園。

 

豪奢なテーブルや椅子が花に囲まれ佇むが、人間が使うとは思えないサイズなのが強烈な違和感を与える。

 

光射す天井の近くを蝶飛び交い、使い魔達が小間使いのように走り回る様子は、この世のものとは思えないほど幻想的で、同時にグロテスクでもあり、猟奇的とすら言えた。

 

 

その薔薇園の中心に、ソイツはいた。

 

 

「見て。あれが魔女よ」

 

マミさんが、結界の中心に居座るソイツを指して言う。

 

「─!?」

 

その異形の存在を視界に捉えた瞬間、思わず息を呑んだ。

 

それは、他の使い魔や蝶とは一線を画す異様な物体だった。

 

人間の数十倍はあろうという巨体を誇りながら、重量感を感じさせぬ油絵の落書きみたいな、視覚に混乱をもたらす奇形の容姿。

 

地上に生えているのと同じ薔薇が生えた、ドロドロの髪みたいな緑色の頭頂部が、濁った赤色をした無機質な胴体にぶら下がり、触手や植物の根にも似た黒色の脚が、そこから無数に伸びちらかっている。

 

背中に生えた毒々しい色合いをした蝶の翅が、ソイツがこの結界に蔓延る者共の根源である事を暗に物語っていた。

 

これが、魔女。

 

呪いから生まれ、絶望をもたらす異形の存在。

憎むべき人類の敵であり、魔法少女が戦う宿命を背負ったもの。

 

魔法少女の敵。

ひいてはマミさんの敵。

 

そしておそらく、暁美ほむらの敵でもある。

 

 

“─…ゲ…トル…ト…─”

 

 

「…ッ!!」

 

胸の中で、再び何かが跳ね上がるのを感じた。

結界を探知した時と同じ、濃密な怨嗟の気配が胸を貫く。

やはり反応しているのか。目の前にいるあの魔女に。

 

薔薇園に佇む魔女…。

 

言うなれば、“薔薇園の魔女”か。

 

「うっ、グロい…」

 

 さやかが魔女の異様な姿に思わず顔をしかめる。

その感想には、おそらく常人であるならば誰もが同意を禁じ得ないだろう。

 

人間的な形状が排されたあの名状し難い怪物体を前にして、生理的嫌悪感を抱かない人間はほとんどおるまい。

 

「魔女……って言うような見た目じゃないでしょアレ…」

 

小刻みに揺れ動く魔女の異形は、まじまじと見れば見るほど頭を混乱させていく。

それぐらい、ソイツは一般的に人が描く魔女というイメージとはかけ離れていた。

 

本当に何がどうなれば、あんな色覚への暴力みたいな容姿に生まれてくるのだろう。

自分が前に目にしたやつの方が、まだ女性的で人間らしいビジュアルをしていたと思う。

 

(…ん?)

 

あれ、俺、今、何かおかしな事を言ったような…。

 

「あんなのと…戦うんですか…?」 

 

まどかが肩をすぼめ、不安げにマミさんを見やる。

 

確かに、あの魔女はさっきまでの使い魔とはまるで違う。

せいぜいマミさんの頭一つ分あるかないかといった大きさの使い魔達に対して、薔薇園の魔女の体格は、マミさんの数十倍にも迫るサイズだ。

いかに常人離れした魔法少女といえど、あの巨体と渡り合えるものだろうか。

 

「大丈夫。負けるもんですか」

 

そんな俺達の不安を吹き飛ばすような、自信に満ちた笑みでマミさんは堂々とそう言い放った。

 

そしてさやかから強化バットを借り受けると、結界の地面へと勢いよく突き立てる。

地面にバットが触れた瞬間、その表面を加工していた魔法のリボンが解放され、通路の壁や床中にキーアウトテープの如く何十にも張り巡らされた。

 

「下がってて」

 

一言、そう言い残すと、マミさんは一人出入り口から飛び降り、結界の最深部へと単身乗り込んでいく。

 

出入り口は魔法のリボンによって完全に封鎖され、残された自分たちはリボンの結界の中でその背中を眺める。

 

ここで見ていろ、という事らしい。

魔法少女と魔女の戦いというものを。

 

「マミさん…」

 

隣にいるまどかは、手を固く握りしめて立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

「─フッ」

 

最深部に飛び込んだマミさんは、音も立たないほど軽やかに庭へと降り立つと、足元にいる小さな使い魔を無造作に踏み潰して、敢然と薔薇園の魔女を見据えた。

 

「─!!!」

 

そのマミさんの姿を目に止めた瞬間、薔薇園の魔女は激しい反応を示した。

近くにある巨大な椅子をその触手で弾き飛ばし、一瞬で天井まで舞い上がる。

 

吹き飛ばされた巨大な椅子はマミさん目掛けて落下する。

当然そんなものを見切っていた彼女は、後方へ飛び退き、余裕でそれを回避した。

 

そして着地した彼女は、まるで魔女に一礼するかのようにスカートの裾を摘まむと、そこから大量のマスケット銃が飛び出し、大地に突き刺さる。

さらにベレー帽を手に取って目の前でそれを横に凪ぐと、帽子の中から銃がもう数十丁ほど生成される。

 

やがて生成された全ての銃が地面に刺さった頃には、マミさんの周囲の銃器はゆうに十を越す数に増え、そに一帯は銃器の剣山と化していた。

 

マミさんは一番近くにある一丁を手でひっ掴むと、躊躇なく魔女に銃口を向けて引き金を引いた。

 

開戦の狼煙が上がり、激しい銃撃音とともに放たれた銃弾が魔女の元へと音速で迫る。

 

「─!───!!!」

 

だが、薔薇園の魔女はその巨体に見合わぬ軽やかな挙動で宙を舞い、その銃撃を回避した。

 

初撃は不発。

どうやらあんな紙細工みたいな翅でも、お飾り以上の能力は持っているらしい。

 

けれど、マミさんだってそれぐらいの事は想定済みだ。

すかさず撃ち終えたマスケットを放り捨て、周囲に突き立つ無数の銃から一丁を選び取り、上空の魔女へと追撃を掛ける。

 

「──ッ!──ッ!」

 

弾けるような銃声が、連続して耳朶を打つ。

撃っては捨て。撃っては捨て。

単発式の銃を大量生成する事により可能とされた、マスケットの連射攻撃。

その絶え間ない砲火が魔女に襲いかかり、結界内を赤い火花で照らし出す。

 

しかし、薔薇園の魔女もさるもの。

使い魔達の何倍もの的の大きさでありながら、見かけによらぬ高い機動力でマミさんの銃撃を的確に回避していく。

 

「すごい戦いだな…」

 

マミさんの銃は未だ薔薇園の魔女を捉えられていないが、魔女の方も彼女の銃の威力を警戒しているのか、回避に徹し続けている。

双方決定打は与えられないまま、両者の戦いは拮抗しているように見えた。

 

そう思った瞬間に、戦況が変化する。

 

「…あっ!?」

 

驚愕の声。

それを上げたのはマミさんだった。

 

知らぬ間に、さっき踏み潰したのと同じ小型の使い魔がマミさんの足元に密集して群がっているのが見えた。

 

「あんなの、いつの間に…!」

 

おそらくは、さっきの銃撃戦の最中、足元への注意が疎かになった時だろう。

 

無抵抗に見える魔女が、あらかじめこのつもりで使い魔を待機させたのか。それとも防戦一方の主を救うために使い魔が駆け付けたとでもいうのか。

 

どちらであれ、足元から列を為して這い上がってくる使い魔の群れに、マミさんの銃撃が妨害され、動きが止まる。

 

「…っ!」

 

すぐさま振り払おうとするマミさんだったが、瞬間、使い魔の列がその形状を変化し、鋭い刺の生えた蔓へと姿を変えた。

凶悪な拘束具と化した使い魔は、そのままマミさんをキツく縛り、その身の自由を完全に奪った。

 

「あぁっっ…!!」

 

蔓に捕まったマミさんの身体が、大きな力で引き寄せられ、宙へと浮かぶ。

 

使い魔の変化した蔓は、そのまま魔女の身体と繋がっていた。

魔女にその身を捕らえられたマミさんは、その蔓によって、思うがままに振り回されてしまう。

 

「くっ…!ぅ…ぇぁあ…っ!!」

 

なんとか脱出しようともがくマミさんは、自由な腕を使ってマスケット銃をがむしゃらに乱射するが、どれも魔女にはヒットせず、結界に弾痕をまばらに穿つのみだ。

 

その抵抗を煩わしく思ったかのように、魔女は振り回していたマミさんの身体を、思い切り結界の壁へと叩き付ける。

 

「うぅ…あっあぁぁっっ!!」

 

蔓が唸り、轟音が響き、土煙が舞うと、結界の壁が大きく陥没し、マミさんの身体がそこへめり込んだ。

 

「なっ…!?死ん…ッ!?」

 

─だ、とまで言いかけた所で口をつぐむ。

 

モクモクと立ち昇る土煙が薄らぎ、その向こうにぼんやりと彼女の姿が確認できたからだ。

マミさんは、あの痛烈な一撃を受け、苦悶の表情を浮かべながらも尚、五体満足のままそこにあった。

 

マミさんの…いや、魔法少女の肉体は、あれだけの攻撃に素で耐えきれたというのか。

一体どういった変身を遂げれば、人間の身体があれだけの耐久性を持つのだろう。

 

だが、いかに身体が無事でも、その身体は未だ動きを封じられたままでいる。

薔薇園の魔女は、内壁からマミさんを引き剥がすと、蔓を使ってこれ見よがしに身体を宙高く持ち上げ始めた。

 

「あぁっ…!」

 

さやかが堪らず声を漏らす。 

 

脚部を拘束されているマミさんは、魔女の蔓によって、丁度逆さ吊りにされる形となってしまった。

 

「─ッ」 

 

これは、もしかしてヤバいのか。

マミさんが魔女に追い詰められる姿を目の当たりにしながら、一人ただ歯噛みする。

 

これが、命を賭けた魔法少女の戦い。

自分のような矮小な1個体が介入する隙間もない超常の争い。

それを目の前にして、何をする事も出来ない我が身が、ただただ恨めしい。

 

「マミさあああああーんっ!!」

 

耐えきれなくなったまどかの、悲痛な叫び声が響く。

 

 

その時だった。

 

さっきまで魔女にされるがままにされていたマミさんが、変わらぬ余裕の微笑みでこちらを見たのは。

 

そして、まどかの声が聞こえていたかのように、一言。

 

「大丈夫。未来の後輩に、あんまり格好悪いところ見せられないものね」

 

とだけ呟いた。

 

 

そして、それは起こった。

 

「───!!!」

 

薔薇園の魔女が、何かに対して急に激しい反応を示す。

 

魔女はマミさんを放置したまま、結界のある一点にその関心を集中させていた。

 

それは、結界を彩る薔薇たちの庭だった場所だ。

しかし今、その大半がいつの間にか散りゆき、跡にはおびただしい弾痕が残されている。

 

おそらく原因は、さっき拘束されたマミさんが振り回されながら乱射していた銃弾だろう。

がむしゃらに放たれた弾丸は、結界の至るところに弾痕を残し、咲き誇る薔薇達を荒らしまくっていた。

 

だがその効果は、ただ魔女を怒らせただけでは無かった。

 

「─────!?!??」

 

結界に残された弾痕から、何か黄金色の光のようなものが立ち昇る。

 

それも一本や二本ではない。

残された弾痕の全てから、何十本という光の線が伸びて、結界の中を蠢き始めていた。

 

その形状に、見覚えがあった。

 

「あれ、マミさんのリボン…!?」

 

結界に侵入する前、民間人の救出や武器の強化に使われていた、魔法のリボン。

それと同じものが、どうしてかマスケット銃の弾痕から出現している。

 

これを見越して、仕込んだっていうのか…!?

 

「──!!─!!!!」

 

結界を荒らされて怒り狂ったかのような、激しい唸り声が薔薇園の魔女から上がる。

その攻撃意思の発現が如く、身体中から使い魔と同じ連結鋏が無数に生え出し、不快な音を掻き鳴らす。

 

だが、その刃をマミさんに向けるより先に、魔法のリボンが一斉に伸縮し、薔薇園の魔女へと絡み付き始めた。

 

激しくもがき、鋏で拘束を裁ち切ろうとするも、束になって襲いくるリボンの群れに、為すすべもなく身体の自由を奪われていく。

やがて数秒とかからぬ内に、今度は魔女の方がその身を完全に拘束され、動きを封じられていた。

 

「惜しかったわね」

 

さっきまでの苦悶の表情はどこへやら。

完全に余裕を取り戻したマミさんは、胸元のリボンを引き抜くと、それで纏わりついた蔓を無造作に切断して拘束から抜け出してしまう。

 

もはや数秒前とは完全に優位が逆転していた。

 

身動きの全く取れない魔女に対して、身体の自由を取り戻したマミさんは、自由落下しながら逆さ吊りの体勢を戻し、真っ直ぐ標的を見据える。

そして手にしたリボンを構え、巨大な必殺の武器へとその形状を変化させていく。

 

現れたのは、身の丈以上もある巨大な一丁の銃だった。

 

形状や構造自体はこれまでのマスケット銃と変わらない。

だが銃身が以上なまでに肥大化しており、その口径は戦艦の主砲にも匹敵するサイズにまでなっている。

 

その巨大必殺兵器を両手で構え、マミさんは空中で魔女に狙いを定めた。

 

 そして叫ばれる、必殺の名。

 

 

「ティロ・フィナーレ!!」

 

 

叫びとともに巨大な撃鉄が下がり、鮮やかな火花を宙へと散らす。

同時にその巨大な銃口から、それに見合う超弩級の銃弾が烈火の勢いで噴き出し、結界中を閃光で染め上げた。

 

 

「!──!!─!───!!!───!!!!─!!───!」

 

 

放たれた深紅の火線は、狙い違わず魔女の頭部を直撃し、その肉体を塵すら残さぬまで完全に焼き尽くしていく。

肉体の大部分を欠損した薔薇園の魔女は、そのままその身を光に変え、完全消滅した。

 

必殺の一撃を放ち終えたマミさんは、巨大な銃を霧散させると、軽やかに地上へと降り立つ。

 

 

「あ……勝っ、た…?」

 

1分にも満たない、怒涛の逆転劇。

途中の苦戦が何かの茶番にすら思える程、あっさりと魔女の脅威はマミさんの前に敗れていった。

 

 

「…フフッ」

 

戦いを終えたマミさんが、いつも通りの上品な笑顔で俺達を見つめ返していた。

 

 

 

 

 

 









な、何とか3月中に更新出来た…。
しかし、魔女戦って思った以上に書きにくいっていうか、魔女そのものを形容するのが難し過ぎますねこりゃ。

これからまた忙しくなっていくのだし、来年もちゃんと更新し続けられたらいいなぁ、と。
次回も楽しみにお待ち下さい。



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第20話 「それはとっても嬉しいなって」

 

 

 

 

 

 

「かっ、勝ったの?」 

 

さやかの声が、静寂を取り戻した薔薇園に響く。

 

事実その通り、マミさんの攻撃で薔薇園の魔女は消滅し、勝利を勝ち得たマミさんだけが、結界に一人立っていた。

 

「すごい…」

 

その姿を、まどかが傍らでジッと眺めている。

彼女の瞳には、驚愕と安堵、そしてそれ以上の興奮が見てとれた。

 

「─おっ?」

 

唐突に、自分の視界がぐわんぐわんと歪み始めた。

違う、俺の視界は正常だ。

歪んできているのは視界の方では無く、この空間そのもののようだ。

 

ああ、この光景は確か昨日も見たのだっけ。

これは魔女の結界が、消失していく様子だ。

 

奇々怪々とした魔女結界が薄まり、次第に見慣れた現実の風景が目に入ってくる。

やがて瞬く間に結界は完全消滅し、自分達は元いた廃ビルの中に引き戻されていた。

 

「戻ってきた、のか…」

 

まるで夢から醒めたような、不思議な気分だった。

 

しかし今見たものは紛れもない現実だ。

魔女の結界、使い魔、そして魔法少女の戦い。

その鮮烈な光景と、今自分達のいる夕日に染まった廊下のギャップに、心の整理が上手くつけられないでいる。

 

完全に元の日常に戻ったかのようなこの場所の中で、唯一まどかの肩に乗るキュウべぇと、こちらに戻ってきたマミさんの魔法少女姿だけが、異常さを際立たせていた。

 

ツカツカと足音を立てて戻ってきたマミさんは、不意にしゃがみ込んで地面に手を伸ばしたかと思うと、地面に刺さっていた何かを拾い上げてこちらへと向き直った。

 

そしてそのナニかを手の中で広げ、俺達に見せて示す。

 

「これがグリーフシード。魔女の卵よ」 

 

そこにあったのは、灰色をした球状の小さなオブジェクト。

たこ焼きくらいの小さなボールみたいな形状、その上下に伝票差しみたいな針が伸びて、何故かマミさんの手の上で刺さりもせず立ったまま静止している。

球自体のサイズは小さいが、針も含めたサイズで言えば、丁度ソウルジェムと同じくらいはあるだろうか。

これまた何とも名状し難い物体だ。

 

「た、卵…!?」

 

さやかがちょっと引いた様子で仰け反る。

あんな常軌を逸した魔女の猛威を目にした後なら、誰だってそりゃそういう反応をするだろう。

俺だってそうなる、っていうかなってる。

 

「運がよければ、時々魔女が持ち歩いてることがあるの」 

 

マミさんは特にその物体に思う所がある様子もなく、淡々と説明をするのみだ。

慣れてる、というだけにしては妙に反応が軽い。

 

「大丈夫、その状態では安全だよ。むしろ役に立つ貴重なものだ」 

 

さっきまで特に口を挟まずにいたキュウべぇが、ここぞとばかりに説明を捕捉する。

 

それを受けてか、マミさんが頭部の髪飾り型になっていたソウルジェムを元の形状に戻し、空いている手に乗せて示す。

 

「私のソウルジェム、ゆうべよりちょっと色が濁ってるでしょう?」 

 

「そう言えば…」

「ん?…どれどれ」

 

マミさんの言う通りソウルジェムをよく見てみると、宝石の発光の中に、黒い淀みのようなものがあるのに気付く。

眩い黄金の光に紛れ込んだ、暗い影。

見ていて妙に不安な気持ちにさせられる色合いだ。

 

「でも、グリーフシードを使えば、ほら」 

 

マミさんがグリーフシードとソウルジェムを隣に並べる。

途端に、ソウルジェムの中にあった濁りが外部へ靄のように飛び出し、隣のグリーフシードへと纏わり付くように移動する。

そして全ての濁りがグリーフシード側へ移動した頃には、マミさんのソウルジェムは元の黄金色の輝きを取り戻していた。

 

「あ、キレイになった…」

「ね?これで消耗した私の魔力も元通り。前に話した魔女退治の見返りっていうのが、これ」 

 

しげしげとグリーフシードを眺めて感嘆しているさやかに、手短な説明をマミさんがこなす。

 

「これが魔法少女の戦いの報酬か…」

 

戦いで使った魔力を、魔女からの獲得品で回復する。

単純だが、なるほど魔女と戦うのが生業の魔法少女にはうってつけのシステムとも言える。

しかし何だが、魔女の卵が回復アイテムっていうのは、字面として何か嫌な響きだとも思った。

 

「…っ」

 

すると、マミさんは不意にその魔女の卵…グリーフシードを振りかぶると、廊下の片隅に放り投げた。

驚く声を上げる間もなく唐突に投擲されたグリーフシードは、夕闇の向こうに吸い込まれるように消えていく。

あわや壁に激突するかに思われたグリーフシードだが、そんな衝撃音が聞こえてくる様子は一切無く、代わりに誰かの手に捕らえらたような、柔らかい音が暗がりの向こうで響いた。

 

「…あっ!」

 

その暗がりの向こうにいた人物の姿を目にして、まどかが息を呑んだ。 

 

「あと一度くらいは使えるはずよ。あなたにあげるわ」 

 

マミさんの呼び掛けに答えるように、彼女は暗がりから歩みでて、その姿を晒す。

 

そこにいた人物は、長い黒髪の少女の姿をしていた。

 

「暁美ほむらさん」

 

マミさんが、挑発するようにその名を呼んだ。

 

暁美ほむら。

鹿目まどかを狙う魔法少女。

やはり、この場所にも付いてきていたのか。

 

「あいつ…」

 

さやかが、警戒心剥き出しで身構える。

 

俺はというと、正直あまり驚く気持ちはなかった。

思えば結界に入る前から誰かに見られているような違和感はあったし、昨日あの場所にいた暁美が薔薇園の魔女の行方を知っていても不思議ではない。

でもそれ以上に、暁美ほむらならば間違いなく鹿目まどかを追ってきているだろうという、妙な確信があった。

 

「よっ、やっぱり来てたか」

 

軽く手を上げて、ヘラヘラと挨拶する。

 

「……」

 

暁美はこちらを鋭く一瞥しただけで、何も言わずに巴マミへと向き直った。

 

「人と分け合うんじゃ不服かしら?」 

「貴女の獲物よ。貴女だけの物にすればいい」 

 

暁美のことを試すようなマミさんの問いを、暁美はバッサリと切り捨てる。

同時に、無造作に投げ返されたグリーフシードが、マミさんの手にスッポリと収まった。

 

「そう、それがあなたの答えね」

 

少し残念そうな声色でマミさんが言い放つ。

 

魔法少女二人の二度目の接触はまたしても破局のようだった。

 

「………」

 

特に用事も無いようで、暁美は無言のまま背を向け、暗がりの向こうへと消えていこうとする。

 

「暁美、何か言うことはないのか」

 

その背に、つい声などをかけてしまう。

 

今この状況は下手すれば一触即発になりかねない危険がある。

それなのに暁美を引き留めようと思ったのは何故だろう。

 

自分でもよく分からない感情を持て余していると、暁美は少しだけ振り向いてこちらを見てくれた。

相変わらず刺すような怖い瞳だ。

 

「別に。警告はもうした筈だから、あとは貴方達が賢明である事を祈るだけよ」

 

それだけを素っ気なく言い残すと、暁美はさっさとビルの暗闇へと消え去っていった。

最後に、まどかの顔を一瞥して。

 

彼女が去り、後には不気味な静寂だけが残された。

 

「…くぅー!やっぱり感じ悪いヤツ!」 

「仲良くできればいいのに…」

「お互いにそう思えれば、ね」

 

まどかにとっては残念な結果だが、暁美との対話は今回も果たされる事は無かった。

相互理解は望むべくもなく、これからも、彼女とまともに話し合う機会が果たしてあるかどうか。

 

ただ、それとは別に思った事がひとつ。

 

「あいつ、なんか結構律儀なんですね」

 

つい口に出てしまったその言葉を聞いて、さやかが目を丸くする。

 

「え、どゆこと?」

「あ、いや、なんつうかホラ、さ。貴重な魔女退治の報酬を無償で譲ってもらったってのに、使わないでちゃんと返すんだなぁ、って」

 

よく分からない直感をそのまま言葉にしているせいか、しどろもどろな調子になってしまった俺の説明を、まどか達は黙って聞いていた。

何か気恥ずかしい気分にさせられ、困ってしまう。

 

「…そんだけですけど」

 

ボソッとそう付け加えて説明を締めた。

 

「…いーや、ただプライドが高いってだけじゃねーのかな、いつも上から目線だし」

「魔法少女の戦いに強い拘りを持つ子は他にもいるけど、それだけで信頼できる人物とは限らないからね…」

「あぁ…ハイ、やっぱそうですよね…」

 

マミさんとさやかは、二人とも俺の考えには懐疑的だ。

特にマミさんの方は、俺なんかより余程魔法少女のいざこざに慣れている分、語る言葉にも信憑性がある。

自分でも聞いていて、さっきの発言が軽率な考えだったように思えて、みるみる自信が失われていくようだ。

 

 

しかし、ただ一人。

 

「………」

 

鹿目まどかだけは、同意も否定もせずに黙って何かを考えているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…うぅ」

 

地面に倒れ伏していたOL風の若い女性が、うっすらと目を開ける。

 

魔女の結界に突入する前、廃ビルの屋上から身投げをした、魔女の呪いを受けた女性だ。

戦いが決着し、暁美との接触を終えた俺達は、気絶したまま放置していた彼女の元へと戻ってきていた。

 

彼女は小さく呻きながら、少しずつ身を起こすと、周囲の状況を確認するように、辺りを見渡す。

見たところ目立った外傷もなく、身体を壊した様子もない事に心の中でホッとする。

 

「ここ…あれ、私は?」

 

彼女の周りには、魔法少女姿を解いたマミさんと、俺まどかさやかの三人が見守るように彼女を取り囲んでいた。

寂れた廃墟の中で、中学生四人に囲まれているという状況が上手く呑み込めないのか、彼女は頭を振って考えを纏めているようだ。

 

すると、急に何かを思いだしたかのように彼女が顔を上げる。

 

「やっやだ、私、なんで…」

 

彼女は両手で顔を覆い、わなわなと震え始めた。

その顔が、みるみる恐怖の色に染まっていくのが指の隙間からでも見てとれる。

 

思い出したらしい。

つい数十分前の自分が、何をしようとしていたのか。

 

「そんな…、どうして、あんな、ことを……!!」

 

自分で自分が信じられない、とでもいうように自分の肩を抱いて小さく震える。

 

彼女からしてみれば、魔女の呪いなんてのは知る由もない理解の外の存在だ。

よく分からないものに突き動かされ、気付かぬ内に自分で自分を殺そうとしていた。それだけが、彼女にとっての真実。

そしてその事実が彼女の心を恐怖で縛り、締め上げているのだ。

 

 

そんな彼女の肩を、優しく抱く人がいた。

 

「大丈夫、もう大丈夫です。…ちょっと、悪い夢を見てただけですよ」 

 

マミさんが、そっと女性にそうささやく。

女性の肩をゆっくりと抱きすくめると、すがりつくように彼女もその胸に顔を埋める。

 

彼女は抱きしめられながら、まだ恐怖で震えあがっていたけれど、自分をあやすように包み込む少女の温もりに、少しだけ安心を取り戻したようだった。

 

その様子を、遠巻きに三人で見守る。

 

「一件落着、って感じかな」 

「うん」

「ハッピーエンド、万歳さね」

 

満足げに呟くさやかと、嬉しそうに頷くまどか。

二人の肩越しに事の顛末を眺めていると、俺も何だか清々しい気持ちにさせられるようだった。

 

 

こうして、いくつかの波乱を呼びながらも魔法少女体験コース第一弾は、大団円で終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰り道、夕闇が空を覆い始めていた。

陽は大きく傾き、もうその姿は地平線の向こうにほとんど落ちかけている。

しばらくすれば完全に陽が落ちて、完全な夜の闇が町を包むのだろう。

 

その様を眺めながらみんなと並んで歩いていると、今日起きた出来事が次第に実感として頭に染み込んできた。

 

「…なあ、まどか」

「うん?」

 

末期の夕陽を受けて歩くまどかの背中に、そっと語りかける。

 

「マミさんの戦い、どうだった?」

 

自分より前を歩きながら、何かを語らっているさやかとマミさんには聞こえないくらいの声で、まどかだけに聞く。

 

質問に意味は無い。

ただまどかに今日の感想が聞きたかったという、それだけの理由だ。

 

「えーっと、その…何だか言うの恥ずかしいかな…」

「好きに言えよ、ノートの時のさやか程には笑わないからさ」

「じゃあ、聞いてくれるかな…えっと、ね」

 

少し照れくさそうにそう前置きすると、まどかは一言一言思い出すように言葉を紡ぎ始める。

 

「叶えたい願いごととか、私には難しすぎて、すぐには決められないけれど…でも、人助けのためにがんばるマミさんの姿は、とても素敵で…」

 

どこか遠くを見つめながら、彼女は少しうっとりしたような口調で自分の思いを語る。

その見つめるている先がマミさんであるのことは、見なくても分かる。

 

「こんな私でも、あんな風に誰かの役に立てるとしたら、それはとっても嬉しいな……なんて」

 

最後に少し照れが出たのか、彼女は笑って台詞を誤魔化す。

でも、彼女が今日、魔法少女に抱いた感情はもう十分過ぎるくらい伝わっていた。

 

「…そうかい」

 

鹿目まどかは魔法少女になりたいと思い始めている。

そのことをそこはかとなく察した。

 

実際、マミさんの戦いぶりは鮮やかだった。

戦場を華麗に舞いながら、豪奢な銃を自在に操り、異形の悪魔を電光石火で叩いて砕く。

あの鮮烈な光景を見て、尊敬を抱かない方が無理というものだ。

 

 

だからまどかの思いも、自分には手に取るように分かる。

それほどまでに正義の味方だったのだ、巴マミという先輩は。

 

「まどかは正義の味方、向いてると思うよ」

「そ、そんな事無いって、私なんか…」

「いやいや良いんじゃないの?あなたの親愛なる隣人、鹿目まどか、なんつって」

 

 

…俺は、少し怖いと思った。

 

口には出さず、胸の中で一人呟く。

マミさんへの尊敬とは別に、魔法少女と魔女の戦いを目の前で見て思う所が自分にはあった。

 

魔女と戦うという使命は、常人の手には余るものなのではないか、と。

 

「……」

 

今回の被害者の女性、目覚めた時に酷く怯えていた。

まるで自分のした事が信じられないと言った風に。

 

きっと呪われる前の彼女は、自殺なんて考えもしなかったに違いない。

にも関わらず、強制的に、自覚すら無しに、呪いを植え付けられて死に至らしめられかけた。

オマケに端から見ればそれが誰かの作為的な攻撃だといは分からないという悪辣さ。

魔女の存在は、人間にとって天敵とすら言える程の脅威だ。

 

その強大な魔女をマミさんは、事も無げに倒してみせた。

でもそれだって、命を賭けて戦っていた事には変わりない。

 

確かに魔法少女以外に魔女に立ち向かえる存在はいないだろうし、マミさんの魔法少女としての力は超常的だった。

けれど、それほど強大ならばなおのこと、一介の女子中学生には過剰な使命であると思う。

 

マミさんの戦う姿は美しく、格好良かった。

 

そうであればこそ、彼女が命を賭けて戦っているという事実が頭に重くのしかかる。

彼女は、ずっとあんなものと一人で戦ってきたのか、と。

 

「マミさんは、なんで魔法少女になったのかな…」

 

まどかにすら聞こえない小さな声で呟く。

 

 

自分より一つ年上なだけの、普通の少女である彼女が、何故命を張ってまで戦いを続けているのか。

 

魔法少女になるという事、それが一体何を意味するものなのか。

 

 

その時の自分にとって、それはまだ想像もつかない事で。

だから何も言わないまま、俺達はそれぞれの家路へと足を進めるだけだった。

 

 

“今とは違う自分になろうだなんて、絶対に思わないことね”

 

 

ただ、暁美の言う“警告″が、頭の隅でずっと回り続けていた。

 

 

そして、今日という日が終わった。

 

 

 

 

 

 

 








ようやく二話分が終わりました…。今回は少し短めですね。
気付けば連載開始から一年、よくまあ連載し続けたと感慨深く思うと同時に、恐ろしいほど話が進んでいないなあと危機感を抱く日々。
そしてついにお気に入り数が100を突破!
まだ話も序盤の序盤ですというのに、これはありがたい事です。
次回も、やらねば執筆!


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第21話 「中学生っぽくないような…」



前回からまたしても1ヶ月以上の時間をかけてしまい、いやぁ申し訳ありません。
お気に入り数が100を超え、高い評価も頂いておきながら、モチベを維持できていないのがなんとも辛い所。
それでもなんとか定期的に投稿を続け、本編3話までたどり着きました。いや遅えよと。
それでは、お楽しみ下さい。
















 

「はぁー…はぁー…」

 

胸に手を当てて、深呼吸。

気持ちを落ち着け、身だしなみを整えてから、いざ目の前の病室の扉と向かい合う。

 

 

私、美樹さやかはある理由で市内の病院へと足を運んでいた。

ある理由、といっても大した理由じゃない。

知人がここに入院していて、そのお見舞いに来た、というそれだけの話。

 

その知人というのが誰かは…まあすぐに分かると思う。

 

お見舞いに来るのは始めてじゃない。

もうかれこれ数ヶ月の間、私は毎週欠かさずこの病室へと運んでいる。何なら暇さえあれば毎日だってここに来たいとすら思うくらいに。

けれどもこの病室の扉を開ける時は、いつも緊張してしまう。

 

その理由の方は、自分でも上手く言えないけれど…何となく分かってはいるつもりだ。

 

「…うん」

 

意を決して、扉に手をかける。

そしてあまり音を立てないように意識し、慎重に扉を開けた。

 

扉が開いて、最初に目に映るのは、一人分の病院用ベッド。

重篤な患者や重要人物が使うために作られたこの個室には、ベッドが一つしかなく、入院している患者も一人しかいない。

部屋の中央に据えられたそのベッドには、私のよく知る人が今日も身体を横たえていた。

 

その頭が、むくりと起き上がり私の方を見る。

 

 

「やあ」

 

そう一言、その少年は私に軽く微笑んで挨拶した。

 

 

病室のベッドに沈み込み、こちらに笑いかけるその中性的な容姿の男の子の名前は、上条恭介といった。

私がお見舞いしにきた知人であり、学校が同じ友達でもあり、…そして、私の小さい頃からの幼馴染みでもある。

 

「はい、これ」

 

手に提げていたお見舞いの品を彼に手渡す。

これが今日の主な用事。ここへ来る時の習慣のようなものだ。

 

袋の中に丁寧に仕舞われたそれを、彼は受け取るや否や嬉々とした表情で引っ張り出してそのパッケージをしげしげと眺め始める。

中身はあるクラシック音楽のCDだ。

ついこの前、まどかやテツヤとCDショップに行った時に購入していったものだ。

あの時このCDを買ったのは良かったものの、その後魔法少女関連の事件に巻き込まれたり、マミさんの魔法少女体験コースに参加していたせいで、しばらく渡しそびれたままにしていた。

 

「うわぁ…、いつも本当にありがとう。さやかはレアなCDを見つける天才だね」 

「あっはは、そんな、運がいいだけだよ。きっと」

 

本当はどちらも違う。私は運が良いわけでも天才なわけでもない。

毎日毎日暇を見てはCDショップを巡って、彼が気になっている曲や彼の好きそうな曲を探し回っていた、その当然の結果だ。

でもその事をわざわざ口にするのはおこがましいというか、気恥ずかしいような気もしたので、言わない事にする。

 

恭介は、早速手持ちのCDプレイヤーを用意して曲をセットし、イヤホンを耳にはめ始めていた。

 

いつもいつも苦労して集めては、彼に渡すだけのCD達。

でも、心の底から嬉しそうにそれらを手に取る彼の横顔を見ていると、それだけでも探した甲斐があったように思えて、嬉しくなってしまうのだ。

 

と、不意に彼がイヤホンを片耳だけはめたまま手を止め、私の方を向く。

急に目を合わされたものだから、ちょっとドキリとしてしまう。

そんな私の気も知らずに、彼はイヤホンのもう片方を私に差し出す。

 

「この人の演奏は本当にすごいんだ。さやかも聴いてみる?」 

「う…、い、いいのかな…?」

 

分かっていても、つい声がうわずってしまう。

彼の誘い。それはつまり、イヤホン半分こって奴な訳で。

カーテンから射し込む夕陽の赤さが今はありがたい。

きっと今の自分の顔は、絵に描いたように真っ赤になっていることだろう。

 

「本当はスピーカーで聴かせたいんだけど、病院だしね」 

「え、えへぇー…」

 

必死に照れ笑いを噛み殺しながら、彼のイヤホンを耳にはめる。

互いの耳をコードで繋ぎ顔を寄せ合っていると、なんだか恋人同士になったようにも見えて、余計意識してしまう。

バクバクと鳴り響く心臓の鼓動がどんどん大きくなって、もうどうにかなってしまいそうだ。

 

そんなタイミングを丁度見計らったように、耳元からバイオリンの優しい音色が流れだした。

 

二人を暖かく包み込むような、美しい管弦の調べ。

その演奏を聞いていると、不思議と落ち着いた気分にさせられる。

さっきまで破裂寸前だった心臓が、嘘みたいに穏やかだ。

後には、ただ彼と寄り添っていることへの充足感だけが残った。

 

この曲のことを、私はよく知っている。

かつて一度、恭介が弾いたことのある曲だった。

幼い頃の私は、この曲に深い感動を覚えた。

 

両親に連れてこられた、小さな演奏会。

元々音楽が好きっていうガラでもないし、わざわざ椅子に座って静かに演奏を聞く意味すら分からなかった、あの頃。

どうしてだか、恭介の弾くバイオリンの音には、心が惹き付けられてやまなかったことを覚えている。

 

私は、舞台に立つ彼の姿が好きだった。

バイオリンの弦を弾く、彼の指が好きだった。

自分の奏でる音に酔いしれるような、彼の表情が好きだった。

 

彼の弾くバイオリンが、好きだった。

 

その思いはいくらか月日がたっても変わらず私の胸の中にある。

同時に、それ以上の感情も。

 

「………」

 

いつの間にか、あんなに嬉しそうに話していた恭介がすっかり黙り込んでいるのに気付く。

音楽に集中しているからだろうか。

彼はずっと窓のどこか遠い所を見ているようだった。

 

「……あ」

 

その彼の顔から、小さな水滴が零れ落ちた。

 

瞳から溢れた涙が、頬に細い跡を描きながら流れる。

水滴が一粒、ベッドの上に置かれた彼の右腕に落ち、そこに巻かれた包帯に小さな染みを残した。

 

 

恭介は、一言も発さず静かに泣いていた。

 

「……」

 

かける言葉が見つからなかった。

 

小さな事故だった。

恭介とは何の関わりもないような、突然の事故。

でもそれで、彼は自分の半身に近しいものを奪われてしまった。

 

 

ここ数ヶ月間、私は彼のバイオリンを聴けないままでいる。

 

そして、もう二度と聴く事はできないかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_____________________

 

 

 

 

 

 

 

 

「…なーるほど」

 

そう誰に聞かせるでもなく一人呟く。

 

「上条恭介 様」とプレートに記された病室の扉を、俺はただ立ちすくんだまま、ずっと眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ティロ・フィナーレ!!」

 

「_!!__!___!?___!!!!!」

 

叫びと共に放たれた火線が醜悪な魔女を貫き、その全身を巨大な火柱に変える。

今夜もまた一体、マミさんの手によって魔女が倒された。

 

「マミさーん、ナイッショゥッ!」

「いやー、やっぱマミさんってカッコイイねえ!」

 

魔女の消滅とともに結界が揺らめき、周囲の風景が元の現実世界へと戻る。

最初に見たときこそ面食らったが、あれから数日たった今となってはもう慣れ親しんだ光景だ。

 

「もう、見世物じゃないのよ?危ないことしてるって意識は忘れないでおいて欲しいわ」 

「いえーす!」

「いえっさー!」 

「息ピッタリね、あなたたち…」

 

やたらノリの軽い俺とさやかの言動に、マミさんが少し呆れた風に笑う。

自分でもなんか危機意識が薄すぎる気もするが、なんもかんもマミさんが強過ぎるのがいけない、ということにする。

 

結界の外の世界はすっかり夜闇に包まれ、空には綺麗なお月さまがうすぼんやりとした光を地上に落としていた。

 

前回の魔法少女体験ツアーから何日か経った後。

あれから毎日俺達はマミさんに付いて夜な夜な魔女退治に繰り出していた。

とはいえ特筆すべき事など何も無く、前回の魔女退治とやってることは何も変わらない。

街を歩いて魔女を探し、結界を見つけては突入し、魔女どもを火力で一掃。その繰り返し。

変わった事といえば、活動の時間が夜中主体になり、少々寝不足といった程度だ。

 

「あ、グリーフシード落とさなかったね」

 

まどかが、何も落ちていない公園の地面を見て言う。

 

「む、本当だドロップしてないぞ」

 

さっきまで魔女がいたその空間には、本来なら倒された魔女の卵が落ちたりしているものだが、そういったものはどこにも見当たらない。

 

「今のは魔女から分裂した使い魔でしかないからね。グリーフシードは持ってないよ」 

「魔女じゃなかったんだ…」

 

相変わらずまどかの肩に居座っているキュウべぇが述べた捕捉に、まどかが嘆息する。

 

「何か、ここんとこずっとハズレだよね」

「使い魔だって放っておけないのよ。成長すれば分裂元と同じ魔女になるから」

 

 不満を漏らすさやかの気持ちも分かるが、マミさんの言うことは尤もだ。

本来なら魔女なんてものいない方がいいのだし、使い魔しか出ない現状を嘆くべきでもないのだろう。

 

「でもグリーフシードがないとジェムが濁ったまんまになりません?」

 

ただ一つ、心配することがあるとすればソウルジェムだ。

あれは使う度に魔力を消耗するから、グリーフシードだけが唯一の回復手段である筈だった。

 

「大丈夫よ、こういう時のために予備も持ってるし。それにグリーフシード惜しさに使い魔を野放しにするなんてできないもの」

「マミさん…」

 

こともなげに、マミさんはそんな格好の良い台詞を言い切る。

彼女の魔法少女としての責任感の強さが筋金入りであることは、この数日間の内で承知している。

それは実に誇らしいことであるし、彼女に対して尊敬する気持ちも自分の中に強くある。

しかし…。

 

 

「マミさんって何か、一個上って感じしないですよね」

「え?」

「いや、悪い意味じゃないんですけど…」

 

キョトンとした顔のマミさんに、自分の感じたことをどう説明したものか考えあぐねる。

何と言うのか、この感じは。

 

「ほら、俺達ってこんなちゃらんぽらんじゃないですか」

「俺達ってあんた…」

 

どうにか言葉を選んで彼女に説明を続ける。

俺達、と一括りにされて不満そうなさやかさんが何か言っているが、無視。

 

「その分何だかマミさんが大人びて見えるっていうか、同じ中学生って感じがしないっていうか、社会人っぽいっていうかお姉さん越えてママっぽいっていうかその…あれこれ大分悪口だな…」

「ママって…」

 

結局途中から要領を得なくなった俺の台詞に、まどかも苦笑いする。

我ながら社会人ってなんだよママって何だよと思う。老けてるってことじゃねえか。

 

「とりあえず何か、俺達よりすごい大人な気がします」

 

何とかそういう無難な表現で締める。

…いや始めからこう言えば良かったような。

 

「…そうでも無いわよ」

 

当のマミさんは怒るでもなく、ただ静かに笑ってそう呟く。

 

「私はちょっと人より色んな事を経験してて、ちょっと周りの人に格好を付けてるってだけ。本当はあなたたちと大して変わりないただの中学生よ」

 

…本当はただの中学生。

その言葉に、少しだけ彼女の本心を見た気がした。

 

「…そういうもんですか」

「そういうものよ」

 

朗らかに返すマミさんの顔は、もういつもの大人びた先輩に戻っていた。

 

 

「それはそれとしてやっぱ身体の発育は中学生っぽくないような…」

「おいコラ」

 

何故かマミさんじゃなくさやかに怒られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで二人とも何か願いごとは見つかった?」

 

今日の魔女退治が終わり、帰る途中にマミさんは久方ぶりにその話題を挙げた。

初めて魔法少女と出会って数日。

考えを纏めるには良い頃合いなのだろうが…。

 

「んー…まどかは?」 

「う~ん…」

 

聞かれた二人はというと、数日前と何ら変わらぬ歯切れの悪いリアクションで思い悩んでいる。

どうにも答えはでていないらしい。

 

「なんだ二人ともまだ決めかねてたのか」

「まあ、そういうものよね。いざ考えろって言われたら」

 

苦笑してマミさんがそう漏らす。

その反応に少し引っ掛かる。

同じ契約者にしては、どこか他人事のような反応だった。

 

「マミさんはどんな願いごとをしたんですか?」

 

悩み果てたまどかがマミさんに話を振った。

 

思えばマミさんがどんな願いで魔法少女になったのか聞いた事がなかった。

ここ数日、結構な時間を一緒に過ごしているのに、マミさん自身の事を俺達は何も知らない。

それは寂しいことであるように思えた。

 

「……」 

 

マミさんは、何も言わず口をつぐんでいる。

 

無視している訳ではない。

口元を引き締め、目が微妙に下を向く。

答えようとして、どこかで逡巡している風だった。

 

「いや…、あの、どうしても聞きたいってわけじゃなくて…」

 

何も言わない彼女の様子を察してか、慌ててまどかが言い澱みながら付け加える。

その言葉をかけられた背中は、何も反応を返さぬままだ。

 

「言いづらい、理由なんですか」

 

敢えて不躾に問い掛ける。

相手の触れられたくない部分に踏み入るような行為は、本来なら躊躇う所だ。

でもそれ以上に、この自分より遥かに大人びた先輩の抱えたものの正体を、知りたいと思ってしまった。

 

 

やがて、彼女が口を開いた。

 

「私の場合は……」 

 

驚くほどに平静な声で彼女は淡々と続けた。

 

 

「考えている余裕さえなかったってだけ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある、一人の少女の話をしよう。

 

どこにでもあるような、誰にでも起こりうるような、ありふれた不幸のお話。

 

 

それは小さな事故だった。

 

もう2年も前になる。

 

ごくごく平凡な、一人の少女がいた。

 

暖かい家族がいて、沢山の友達もいて、そんなありふれた幸福を甘受して生きる、普通の女の子だった。

 

 

でもその普通は、ある日突然奪われた。

 

交通事故、とでも言っておけば分かるだろうか。

 

そういうことだ。

 

車には父と母と、少女が乗っていた。

 

死は一瞬で少女の父母を物言わぬ肉塊に変えた。

 

けれど少女だけが、肉塊の仲間になり損ねた。

 

それでももう、彼女は永くなかった。

 

痛くて、冷たくて、怖くて、少女はただ命が失われゆく恐怖に震えていた。

 

そこに、天使が現れた。

 

白くて小さな、赤い目をした救いの主。

 

それに少女はひたすら願った。

 

 

『助けて』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「後悔しているわけじゃないのよ。今の生き方も、あそこで死んじゃうよりはよほど良かったと思ってる」

 

そう語るマミさんの顔には本当になんの後悔の色もない。

むしろ後悔しているのは、今の話を聞いた自分達の方ではないかと思うほどに。

 

「でもね、ちゃんと選択の余地のある子には、キチンと考えたうえで決めてほしいの」

 

一転して少し厳しい口調で彼女はそう言う。

 

「私にできなかったことだからこそ、ね」

 

念を押す彼女の気持ちが、今なら少し分かる。

 

彼女の背負うものの正体。

それを少しだけでも理解できた事を、後悔すると同時に素直に嬉しく思う自分がいた。

 

 

「ねえ、マミさん。願い事って自分の為の事柄でなきゃダメなのかな?」 

「え?」 

 

さやかが、思い立ったようにマミさんに質問した。

思わず聞き返すマミさんに、さやかはどこか躊躇いがちに言葉を紡いでいく。

 

「例えば…例えばの話なんだけどさ、私なんかより余程困っている人が居て、その人の為に願い事をするのは…」 

「それって上条君のこと?」 

「たたたっ、例え話だって言ってるじゃんか!!」

 

まどかの率直な指摘を、さやかは顔を真っ赤にして否定する。

 

…しかし。

 

「上条くん、か…」

 

その名前は、以前から度々話題には上がっていた。

上条恭介。

美樹さやかの幼なじみであるという男。

 

どこかで聞いた名前だとは思っていたが…。

 

「…いや、言わなくていいか」

 

病室のネームプレートに刻まれた名前を思い出す。

 

元天才バイオリン奏者。

事故により利き腕を負傷し入院生活。

そーゆーチャンスが欲しい人。

 

それってつまり、そういうことなのか。

 

「別に契約者自身が願い事の対象になる必然性はないんだけどね。前例も無い訳じゃないし」

 

キュウべぇがすかさず口を挟む。

必要がなければ基本喋らないが、こういう事務的な説明の時はやたら饒舌になるのがコイツの性なのだろうか。

 

「でもあまり関心できた話じゃないわ。他人の願いを叶えるのなら、なおのこと自分の望みをはっきりさせておかないと」

「どういう意味ですか、それ」

 

思わず聞き返してしまうぐらい、マミさんは真剣な面持ちでさやかの方を向いていた。

 

「美樹さん、あなたは彼に夢を叶えてほしいの?それとも、彼の夢を叶えた恩人になりたいの?」

 

そんな質問を、彼女は投げ掛けた。

これまでにないくらい真面目な声色で、酷く単刀直入が過ぎる質問だった。

 

「マミさん…」 

「同じようでも全然違うことよ。これ」

 

口を挟みかけたまどかすら遮って、マミさんは続ける。

 

その直接的な物言いに傷つけられたのか、少しバツの悪そうにさやかは俯く。

 

「その言い方は…ちょっと酷いと思う」

「ごめんね。でも今のうちに言っておかないと。そこを履き違えたまま先に進んだら、あなたきっと後悔するから」 

 

それは本当に、さやかを案じての言葉だったのだろう。

 

願いの在処。

その所在を他人に依存するのは危険が過ぎる。

 

ただでさえ命を懸けた願いごとなのだ。

それを他人の為に使い捨てるには相応の覚悟が必要だ。

まして中途半端な虚栄心をもって人を救えば、その命懸けの願いの責を相手にも背負わせることになりかねない。

 

マミさんは、そういった心構えの話をしているのだ。

 

「…そうだね。私の考えが甘かった。ゴメン」

 

さやかが軽く俯いて謝る。

 

マミさんの言葉の意味を理解したのだろうか、思ったよりも素直に思い直した様だった。

彼女がどこまでマミさんの言い分に納得したのかは分からなかったけれど、それ以降さやかの口から上条恭介の名が出ることは無かった。

 

「やっぱり難しい事柄よね。焦って決めるべきではないわ」 

「僕としては、早ければ早い程いいんだけど」 

「ダメよ。女の子を急かす男子は嫌われるぞ?」

 

相変わらず無用な口を挟むキュウべぇを、マミさんがいじらしく嗜める。

 

結局この日も願い事は決まらぬまま。

まどかとさやかが魔法少女になるかどうか、俺の体質の理由とやら、そのどれも定まらぬまま、話はいつも通りの白紙状態へと戻っていった。

 

会話は踊る、されど進まず。

 

今夜もいつも通りの安寧の日々が過ぎるばかりだ。

 

「うっふふ、ウフフ、あっはは、ハハハ…」

 

でも、いつもの調子でバカみたいに笑うさやかの横顔を見ていると、こうも思うのだ。

 

「……」

 

こんな日々も、案外悪くない。

 

まどかがいて、さやかがいて、魔法少女のマミさんというちょっと変わった先輩がいて、一応キュウべぇもいて。

目的とか正義とか願いごととか、特に無いけれど。

こうして好きな人達が集まって、どんな非日常でも一緒に過ごしていけるなら。

 

まどかじゃないけれど、それはとても嬉しい事じゃないかって。

 

 

そんな甘い夢を、この時はまだ見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、てかお前オスだったの…?」

 

 

 

 

 

 



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第22話 「また、明日ね」

 

 

 

 

「やっぱり簡単なことじゃないんだよね…」

 

まどかの漏らした呟きが、薄ぼんやりとした街の灯りに溶けていく。

 

夜の帳が街を包み、頼れる光源は古びた街灯と月明かりぐらい。

そんな真っ暗な夜道を、二人で歩いていた。

 

「そらまあ一生に一度あるかないか、ってな感じだからな。簡単に決まっちゃ困るだろ」

 

テキトーに返した言葉も、宵闇の向こうへ霧散し消える。

 

夜の魔女退治からの帰り道。

俺はまどかを家まで送るために、彼女に同行していた。

さやかの方はマミさんが付いていってくれている筈だ。

夜中に女子中学生二人が出歩くのは少し危なっかしい気もするけど、俺が付いていくよりもマミさんがいる方が安全なんだから仕方ない。

 

「僕の立場で急かすわけにはいかないしね。助言するのもルール違反だし」

 

そういうキュウべぇは相変わらずまどかの肩に定住している。

俺の観察とまどかの保護がこいつの仕事なのだから、別にいてもおかしくはないのだが…何となく野暮ったい。

 

「ただなりたいってだけじゃダメなのかな」

「え」

 

ふと、聞こえたその呟きに、思わず聞き返した。

彼女の口からそんな積極的な言葉が出るとは思わなかったからだ。

 

「まどかは、力そのものに憧れているのかい?」

 

キュウべぇが不躾に聞き返す。

 

「いや、そんなんじゃなくって………………………、うん…そうなのかな」

「いやいや、そうなのかなじゃねえでしょうよ」

 

何やら会話が怪しい感じの流れになっているのを聞いて、慌てて口を挟む。

 

「…まどかはなりたいのか、魔法少女に」

 

ここ数日の付き合いでしかないけれど、自分の見たところ彼女は大した願いを持った人間ではなかったと思う。

家族や友人に恵まれ、時折身近な問題に悩んだりすることはあっても、基本的に平凡な幸福を甘受する、そういうごく普通の女の子だった筈だ。

魔法少女になって叶えるような願いがあるでもなし、まして強大な力を求めたりするような欲望とはまるで無縁のタイプだと思っていた。

だから、今の言葉はちょっと意外だった。

 

「えっ…と、その、あのね?」

 

少し恥ずかしそうに彼女が顔の前で手を振る。

 

「前にも言ってた事だけど、私って鈍くさくて何の取り柄もないから…、だからマミさんみたいにカッコよくて素敵な人になれたら、それだけで十分に幸せなんだけどなぁ、…なんて」

 

将来の夢を恥ずかしがる子供みたいに、はにかみながら語る彼女の顔を見て、俺は最初に出会った時のことを思い出していた。

 

まどかの中にあるコンプレックス。

変わりたい今とは違う自分。

誰かの警告が頭を過る。

 

「そりゃあ、マミさんみたいな人には誰もが憧れるだろうけどさ。そうまでしてなりたいもんか?」

「うーん…確かに、魔法少女になったらマミさんみたいな人になれるって訳でも無いんだろうけど…」

 

少し考えこむように俯く。

けれど彼女はすぐに、顔を上げて答えを口にした。

 

「でも、自分の力で色んな人を守れるような自分になりたい。それが私の願いなのかも」

 

…なんてことを言うんだ、と思った。

そんなことを願える人間がいるとしたら、それこそ正義の味方そのものじゃないのか。

 

「それにほら、この街に沢山の魔女がいて、それを倒す力が私にあるんだったら、それでパパやママやタツヤとか、家族やクラスの皆を守れるのかもしれないし…」

「なるほどねえ」

 

言われてみればそういう考えもあるかもしれない。

街に存在する危険を知ったなら、自分の身近な人を案じるのは当然の思考だ。

マミさんや暁美の存在があるからといって、それが直接その人達の安全に繋がる訳ではないし、もし自分に力があれば…

 

ん?いやちょっと待て。

 

「待って、まどかちょっと」

 

聞き慣れぬ単語に反応し、食いぎみに話を遮る。

 

「え?」

「あの、差し支えなければお聞きしたいんですけど…その」

 

割とデリケートな話題になるかもしれないので、少しばかり聞くのが憚られたが、それでもさっきの台詞は聞き捨てならず、振り絞るように声を出した。

 

「…タツヤって誰すか?」

 

しばし、沈黙。

それからしばらくして、まどかがハッと気付いたような表情になり、顔をみるみる赤くさせた。

 

「あ、いや、ちがっ!…いや何も違わないんだけど、その、タツヤっていうのは…えっと、私の弟の名前なの!!」

「あー…あぁ、弟か…なんだそうか、よ、よかっ…」

 

手と首をブンブンしながら必死に説明する彼女の姿に安堵したのも一瞬、別方向から頭をぶん殴られたような衝撃が俺を襲う。

 

「ぇ、いや、え、弟ぉ!?」

 

…オトウト、…おとうと、

 

…弟。

 

「…え、まどかさん弟いたの?」

「うん、今年で3歳になる私の弟。…言ってなかった?」

「はぁい聞いていません」

 

まどかの弟、つまりは鹿目タツヤ、という氏名になるか。

不意打ちで名前を聞いたときにはあらぬ想像をして大変焦ったけれど、なるほど彼女の親類であるなら何も心配することは無かったわけだ。

 

…でも本当にビビった。

いや、たとえ彼女にどんな交友関係があろうと今更友情が揺らいだりはしないのだけど、なんかこうね、うん。

 

「はぇー、まどかってお姉ちゃんだったのか…」

「まぁね。柄じゃないって良く言われるんだけど」

「そうかー、まどねーちゃんだったのか…」

 

なんというか、まどかのことは妹というか、末っ子ポジという勝手なイメージがあったので、彼女が長女であるというのがイマイチ想像できない。

とはいえ弟くんはまだ3歳になったばかりというので、家では意外なお姉ちゃんぶりを発揮しているのかもしれないが。

 

「……姉か」

 

姉と弟。

 

…少し気になった。

 

「なあ、弟って姉から見て可愛いもんか?」

「え?、う、うん」

 

急な質問に、少し戸惑った様子だったけれど、まどかは答えてくれた。

 

「まだお姉ちゃんになって3年くらいだし、これからどう成長するのかとか、姉としてやっていけるか不安な時もあるけど。でもそれも含めて、タツヤは私の大事な大事な家族の一人だと思ってるよ」

 

家族への想いを噛み締めるように、彼女はそう言った。

その言葉に、嘘偽りの色は見られない。

 

「…そっか」

 

特に意味は無いが…嬉しくなった。

 

「でもそうなるとやっぱりマミさんって理想的な先輩だなぁ。テツヤくんも前に言ってたけど、一個上なのにお姉さんっぽさが凄いんだもん」

「確かに。あれで一人っ子だったぽいし、分からんもんだな」

 

家族の話をして少し照れ臭くなったのか、話題を元の魔法少女の話に戻す。

とはいえ話題になるのは結局マミさんの話だ。

知ってる魔法少女がマミさんと暁美ほむら以外いないのだから当然ではあるけれど、やはり魔法少女という存在が、自分と結びつかない遠い存在のように感じられるからだろうか。

 

「私も少しくらいマミさんみたいに強くてカッコよく…」

「まどかが魔法少女になれば、マミよりずっと強くなれるよ」 

 

不意打ちぎみに、キュウべぇが口をはさんできた。

 

「え?」 

「もちろん、どんな願い事で契約するかにもよるけれど」 

 

そんな言葉で前置きして、そいつは淡々と言葉を続けた。

 

「まどかが産み出すかもしれないソウルジェムの大きさは、僕にも測定しきれない。これだけの資質を持つ子と出会ったのは初めてだ」

 

一瞬、思考停止する。

俺もまどかも、どういう風に反応すれば良いわからず、しばし言葉を失った。

街灯の下、2つの影法師がバカみたいに立ち尽くす。

 

「あはは、何言ってるのよもう…嘘でしょう?」 

 

先に沈黙を破ったのはまどかの方で、そんな風に苦笑でその場は流された。

 

けれどその時キュウべぇは、何も答えなかった。

 

「それじゃ、私の家そろそろだから」

「おう、じゃあここでな」

 

デートの時間は瞬く間に過ぎ去り、まどかとはお別れの時間となった。

手を振る彼女に手を振り返し、その背中を見送る。

キュウべぇは彼女の肩に乗って離れず、そのままお持ち帰りされていくようだった。

一応俺の観察もあいつの目的であった筈だけど、共に過ごす頻度はどうにもまどかの方に偏っている気がする。

 

 

「……」

 

まどかに偏った注目を向ける存在には、もう一人心当たりがあった。

暁美ほむら。

前回の接触以降、学校以外ではロクに出会わず、話す機会も無いままだ。いや、もしかしたら今日もこっそりついて来ていた可能性も否めないのだが。

 

思うに、彼女は、さやかやマミさん、そして自分よりも、まどか個人に強く執着しているように見えた。

 

もし、さっきのキュウべぇの言葉が悪い冗談でないのなら。

彼女がまどかをつけ狙う理由は…。

 

「-また、明日ねー!」

 

ふと、聞こえた声に心が現実へ引き戻される。

見ればまどかが思い出したように振り返ってこちらを見ていた。

 

その顔を見ていると、小難しい謎や陰謀に頭を悩ませることが、ひどく馬鹿らしく思えてきて、思わず苦笑する。

ヘンに考えるのは後回しでいいだろう。

今はただ、今日という日の終わりを惜しみつつ、彼女を見送るだけでいい。

 

「うん、また明日な」

 

結局、その後彼女の背中が見えなくなるまで、俺は手を振り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜、人の気配のすっかり消えた公園に、二つの影が大きく距離を開けて並んでいた。

片方は巴マミ。だがその後ろに佇むもう一人は、共に帰っていったという美樹さやかではなかった。

 

既に夜は更けに更け、美樹さやかは帰宅を済ませベッドの上だろう。だが巴マミはそのまま自宅へ戻ることなく、あえて人気のない場所を選び、今日も自分たちを着けてきていたとある人物と相対していた。

 

「分かってるの?」 

 

黒い人影が、その口を開く。

闇に溶けてしまうのではないかと錯覚させるほどの暗い影が、不気味に揺れる。

なんてことはない。それはその人物が美しい黒髪をなびかせているというだけの話だ。

 

「貴女は無関係な一般人を危険に巻き込んでいる」 

 

暁美ほむらが、鋭く言葉を投げ掛ける。

それを巴マミは意に介さず、ただ冷ややかな視線を向けるだけだった。

 

「彼女たちはキュゥべえに選ばれたのよ。もう無関係じゃないわ」 

 

暁美ほむらは表情を一切崩さず、その視線を受け止める。

微かに顔をしかめたように見えたのは、丑三つ時の闇の下という状況が生んだ錯覚か。

 

いずれにせよ、敵対する二人の魔法少女が、人の気配の失せた深夜に密会するというのは、穏やかではない。

互いの距離はその間柄をそのまま示すようにやや離れていたが、魔法少女の身体能力を持ってすれば、一息に踏み込める距離だ。

一触即発。

静寂の中に、確かな緊張があった。

 

「それならあの無関係な男を連れ回しているのはなぜ?彼もキュゥべえに選ばれたとでも?」

「あら、あなたが暦海くんのことを心配していたなんて意外だわ」

 

皮肉げに笑う巴マミに、暁美ほむらは何も言い返さず口をつぐむ。

確かに彼女は暦海テツヤに多少の関心を持ってはいたが、それ以上の感情はなかった。彼女にとって彼の存在は二の次であり、故にこれ以上話題を横へ逸らすのは無意味と判断したのだ。

 

「…貴女は二人を魔法少女に誘導している」 

「それが面白くないわけ?」 

「ええ、迷惑よ。特に鹿目まどか」 

 

そう、暁美ほむらにとって重要なことはその一点のみ。

それは巴マミもおぼろげながら理解しているところである。

そしてその理由は、これまで鹿目まどかを観察する内に気付いた、ある要因にあると、彼女は既に推論していた。

 

「ふぅん…。そう、あなたも気づいてたのね。あの子の素質に」 

 

鹿目まどかの持つ、魔法少女としての高い適性。

暁美ほむらが彼女に執着する理由がそれであると、巴マミは断じる。

 

魔法少女の戦いは、ただ魔女の討伐のみに収まるものではない。

グリーフシードを確保するためには、いかに自分以外の魔法少女に横取りされず魔女を仕留めるかが重要になってくる。

その熾烈な縄張り争いを制しようとする者にとって、強力な魔法少女というのはただそれだけで脅威となり得るのだ。

 

未来の脅威の芽を摘もうと考える魔法少女は、珍しくもない。

暁美ほむらもその類いの人間であると巴マミは結論付けた。

 

「彼女だけは、契約させるわけにはいかない」 

「自分より強い相手は邪魔者ってわけ?いじめられっ子の発想ね」 

 

今度は明確に暁美ほむらを煽ったつもりだったが、彼女は相変わらず何の反応も示そうとしない。

何の感情も読み取れない無表情。常に自分に向いていながら、まるで自分ではなく自分の後ろにいる誰かを見ているような、冷たい視線。

それら全てが巴マミには、ひどく不気味なものに見える。

 

「…貴女とは戦いたくないのだけれど」

 

ようやく 開かれた口から出たのは、敵対の意思。

ならば返す言葉も、拒絶以外に言うことはない。

 

「なら二度と会うことのないよう努力して。話し合いだけで事が済むのは、きっと今夜で最後だろうから」

 

暁美ほむらは、自分にとって敵である。

それを確認できれば、巴マミにはもう十分だった。

 

今宵の密会はこれで終わり。

明日になれば二人はただ学校が同じだけの知り合いに戻る。

もし戦場で再会したならば、その時は互いに排除するのみ。

 

不穏な余韻だけを残して、公園から人の姿が完全に消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 





大変長らくお待たせしました。
約一年半ぶりの投稿ですが、生きてます。失踪してないです。
今日まで待っていてくれた方は、マジでごめんなさい。
別に待ってねーよって方は、どうか見捨てないで下さい。
初めて読んだわ誰だお前って方は、暇な時間にでも序章から読んでくれると幸いです。
相変わらず話がぜんぜん進んでませんが、完結目指してエタらず頑張っていきたいと思います。どうか再び見守ってください。


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第23話 「私が敵だと思わないの」

 

 

「…おはようございやーす」

 

気さくな挨拶。それに答える人がいないのは、誰にも聞こえないくらい小声で言ったからだ。

クラスメイトはみなそれぞれの会話の輪の中で一喜一憂するばかりで、今しがた登校した俺のことは目に入っていないらしい。

まどかやさやかと行動を共にするのが当たり前になって、つい忘れがちになるけれど、自分は未だにこのクラスになじめている訳ではないのだ。

 

…まあ元より自分が地味であることは自覚しているし、魔法少女関連に気をとられて学校生活を雑にこなしているせいでもあるから、それはいい。

 

教室に入ってすぐの席に目を向ける。

そこに、他の人よりもやや見慣れた顔の人間が座っているのを見て、戸惑うような、安心するような、微妙な気持ちになった。

 

「……」

 

長い黒髪をぶら下げて、暁美ほむらが無言で机とにらめっこをしている。

転校初日の熱烈な歓迎も今は冷めやり、彼女の周囲には、クラスの誰も集まっていない。

日頃からそっけない態度がデフォの彼女だ。クラスメイトらは目新しい反応を見せない彼女に飽きたか、あるいは遠巻きから眺める方向にシフトしたのか。

いずれにせよそれを哀れと思うほど自分は偉くないし、おそらく彼女もそのことを寂しむ気持ちは無いのだろう。

 

だから、暁美ほむらが寂しそうに見えた、とかそういうことは全然無く、むしろ自分の方が寂しかったくらいなのだが、

 

「よう、元気?」

 

なんとなく、その横顔に、理由もなく声をかけてしまった。

 

スッと彼女の黒い瞳がこちらを捉えた。

粗雑な挨拶。

それに気を悪くするでもなく、無表情のまま彼女は、

 

「…なんの用かしら」

 

とだけ答えた。

素っ気なさの塊である彼女だが、意外にも反応を求めて無視されたことは少ない。

答えられない質問をはぐらかすことや口を噤むことこそあれ、声を掛ければ一応のリアクションは返してくれる。

 

「いやなに、最近は学校以外で会わないから何してんのかな、と思ってさ」

「敵情視察のつもりかしら」

「そんな大袈裟なもんじゃない、話したかっただけだよ」

「そう、私は貴方と話したいと思わないけれど」

 

まあ、こんな感じでつれない態度に変わりはないのだが。

冷たいながらも答えは返す彼女の実直なところが、嫌いではない。

 

「転校してからなんか、友達とかできた?」

「別に」

「そっかー、俺もあんまりそういうの上手くいかなくてさ」

「そう」

 

無難な質問に、無難な返答。

反応をくれるのは嬉しいが、会話としては物足りない時間が続く。

 

「いつもまどかやさやかにおんぶにだっこな感じでなー」

「……」

 

淡々と、雑な返答を続けていた彼女が、押し黙った。

意図して話をここに持っていった訳じゃないけれど、やはりまどかの名前が出ると反応が微妙におかしくなる。

といってもおかしくなるだけで、そこから彼女の考えが読み取れたりする訳ではない。

 

「お前さ、まどかのこと…」

 

どう思ってるんだ、と言いかけて、少し躊躇う。

まどかへの執着、魔法少女への資質、マミさんを超える可能性。

昨晩、薄ぼんやりと繋がりかけた考えが、頭上でチラついた。

ここでこの話題に触れることが、正しい行動か分からなかった。

 

そんな逡巡の時間を破ったのは、意外にも暁美の方だった。

 

「貴方は巴マミの側にいると思っていいのよね?」

「え?」

 

マミさんの側?

というのは、つまり自分が誰の味方なのかどうか、ということを聞いているのか。

 

「うん、あー、そういうことに…なるかなあ」

 

意図が分からず首を捻りつつも一応頷く。

マミさんの元で魔法少女見学ツアーを行っている以上、誰の側の人間かいえば確かに自分はこちら側だ。

 

「先日、私は彼女に明確な敵対宣告を受けたのだけれど」

「はあ、テキタイ」

 

的屋のおっちゃんが何故か鯛焼きを頬張る謎のイメージが浮かんだ。

間違いなく今の話と何の関係も無いイメージだった。

いや、待て、本当になんだテキタイって。

テキタイ…てきたい…

 

…敵対?

 

「敵対?え、本当に?」

「だから貴方は、私を敵対者としてもっと警戒すべきじゃないかしら」

「…」

 

ここ最近暁美の姿を見ないと思っていたが、どうもマミさんは俺達に悟られぬまま、彼女と接触していたらしい。

おそらく、まどか達に危険を及ばせない為に。

そしてその結果として、彼女は暁美ほむらが敵対者であると判断した。そういう事だろう。

それなのに、自分の方から態々話しかけに行くのは、なるほど彼女からみれば無神経なヤツに見える。

 

しかし、それは…

 

「それってよ、自分が敵だって認めたってことなの?」

「巴マミがそう思うならそうなんでしょうね」

「…お前が、どう思ってるかってことを聞いてるんだけど」

 

なぜか少し苛立って、そんな言葉が口をついた。

 

「………」

 

俺になんの視線もくれなかった筈の暁美が、いつの間にか自分の顔を見つめているのに気付く。

 

「…あなたは私が敵だと思わないの?」

 

彼女の口から漏れた言葉には、いつもの素っ気なさとは違う、微妙な感情が乗っていた。

その瞳に、まるで初めて会った時のような戸惑いの色が浮かんでいるのを見て、言葉を失う。

 

「それは…」

 

質問をしているのはこっちなのに、なんでこっちに質問を寄越してくるのか。

でも確かに、それは当然の疑問だった。

 

自分はまどかを心配して、この魔法少女の世界に関わっている…つもりだ。

その自分にとって、まどかを着け狙う暁美ほむらという存在は、最も警戒すべき対象の筈だ。

それなのに、自分はその相手に、無意識に対話を求めた。

 

「……」

 

昨夜のキュゥべえの話を思い出す。

鹿目まどかは、巴マミを越える素質があるかもしれない。

だから、同じ魔法少女である暁美にとって、まどかは邪魔な存在の筈だ。

これが現時点で推測できる、暁美ほむらが敵対してくる理由で、マミさんもそれが正しいと考えている。

 

それに疑念を挟み込む理由はない。

何より、本当にまどかのことを思うのであれば、暁美ほむらは理屈抜きで敵視するべき相手なのだ。

 

なのに、どうして…

いざ彼女を目の前にしても、…敵意が浮かんでこない。

 

一度命を救われたせいもあるだろうか。

だとすると、俺はあまりにも絆され過ぎている。

 

それを分かっていても、尚、

 

「…俺は―」

 

 

ガラガラッ、という音が無造作に会話を引き裂いた。

 

 

「おっはー!」

「おはようございますわ」

「おはよう…あ、テツヤくん、ごめんね遅れちゃって」

 

三者三様の声が扉の方から届く。

さやか、仁美、まどかの3人だ。

極力不審な素振りを見せないよう、にこやかに彼女たちに振り向く。

 

「あ、おはようまどかさん…とみんな」

「ちょっと、みんなって何よ?あたしらはオマケかー!」

と言ってくるさやか、それに、

「いいじゃん、3人呼ぶの面倒くさいじゃないすかー」

などと返す。

 

さっきまでの湿っぽい会話が嘘のように、普段どおりの賑やかな会話が始まった。

そんな俺たちのやり取りを、まどかも仁美も楽しそうに見ている。

 

ちらり、と暁美ほむらの顔を一瞬盗み見る。

会話を断ち切られた彼女は、何事もなかったかのように、いつも通りの仏頂面でまた虚空を見つめていた。

その目に、さっき感じた謎の感情は見受けられない。

俺と暁美は、互いに先程の会話を無かったこととする、という方向で一致したようだった。

 

…俺は、あの後、なんと言おうとしたのだろう。

 

暁美は友達ではない、仲間でもない。

仲良くする義理は無いし、相手にもそのつもりはない。

 

そのことを、何故か寂しく思う自分がいた。

 

「HRを始めますよー。皆さん席に付いて下さい」

 

現れた早乙女先生の呼び掛けに、生徒達は各々会話を止めて、自分たちの席へ戻っていく。

 

こうして、胸に小さなしこりを残して、

 

最後の平和が、始まった。






半年以上ぶり最新話です。
ガラパゴス象亀更新ですが、終わってません。
さあ、物語をつづけましょう。



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