沈め掻き臥せ戦禍の沼に【完結】 (皇我リキ)
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巨戟龍

 圧倒的な熱。

 

 

 流れる溶岩が弾け、装備を少し焦がす。

 装備の主の頬から垂れた汗は、地面に落ちた瞬間一瞬で蒸発した。

 

 活火山内の洞窟。足場に溶岩の流れるこの危険な場所で、二人の狩人(ハンター)が大地を蹴る。

 

 

 対するは巨大な身体を持つ化物(モンスター)

 一対の巨大な翼を広げ、岩のような外殻を持った竜───グラビモス。

 

 鎧竜の異名を持つその竜の外殻は見た目通り重厚なのだが、腹部の外殻は無残にも剥がれ肉が丸出しになっていた。

 

 

 

「もう少しだ、一気に叩き込む!」

「気を抜くなよ、ジャン」

「分かってらぁ!」

 砂色の装備を着込んだ若い茶髪の青年が、グラビモスの懐に潜り込む。

 

 人とモンスターの体格差は桁違いだ。

 脚だけで人と同じ大きさを持つモンスターだって少なくない。

 

 

 グラビモスもその内の一種であり、ジャンと呼ばれた青年が腹下に潜り込める程には巨大な身体の持ち主である。

 そこに、身の丈程の大太刀を叩き付けるジャン。甲殻と血肉を切り飛ばし、地面に弾けた鮮血は一瞬で蒸発した。

 

 

 グラビモスの咆哮が洞窟内に広がり渡る。

 

 

 痛みへの叫びか、怒りの声か。

 ただそんな事は気にせずに、青年はグラビモスの腹下で太刀を左右に振り回した。

 

 

「だぁぁらぁぁ!」

「ジャン、離れろ!!」

 猛攻を仕掛ける青年に声を掛けたのは、重厚な盾を構え槍を片手に持つ黒髪の青年である。

 彼の声にジャンは焦った様子で身を投げ出すように地面を転がった。

 

 

 数瞬。

 

 ジャンが居たグラビモスの懐にガスが充満したかと思えば、それは燃え上がって周囲に爆炎として広がる。

 爆風の煽りを受けて地面を転がるジャン。グラビモスはそんな彼に頭を向けて、それを一度大きく振り上げた。

 

 

「やべ、ブレスか?!」

 転がりながらそれを見たジャンは、身体を捻って起き上がる。

 もう一度横に飛ぶか、転がるか。そんな選択肢を頭の中で描いていると、視界は突然閉ざされた。

 

 

「屈め、ジャン!」

 脚を広げ、自分の身体よりも大きな盾を構えるもう一人の狩人。

 重厚な盾が眼前に広がったジャンは、一つの安心感と共に「マジかよ」と内心苦笑いを浮かべる。

 

 次の瞬間、グラビモスの口から光が放たれた。

 

 空気をも燃やす熱の塊。一直線にジャン達の居る場所へ放たれた熱線は、地面を溶かしながら二人を包み込む。

 

 

「……っ。……ぉぉおお!」

 青年は前のめりに構えてその衝撃と対峙した。

 

 盾を燃やす熱線の熱を受けながらも、完全に熱を遮断する。

 一直線に伸びる熱線が、その盾のある場所だけを避けて背後の岩を溶かしていた。

 

 ジャンは苦笑いを崩しながらも、その間に体勢を整える。

 盾が解かれる心配などない。それは彼が一番知っている事だ。

 

 

 

「───行け、ジャン!」

「あいよぉ! 毎度毎度無茶しやがって……っ!」

 グラビモスから放たれる熱線が途切れた瞬間、ジャンは太刀を構えたまま地面を蹴る。

 

 今の攻撃で仕留めたと思っていたのか、グラビモスはそんな彼に反応するのが少し遅れた。

 

 

 

「───終わりだぁああ!!」

 巨大な竜の断末魔の叫びが洞窟内に広がる。

 

 

 倒れるだけで地面を揺らす程の巨体。しかし、彼等は生物であり命ある者だ。

 どれだけ巨大なモンスターだとしても、こうして討伐する事は可能である。彼等が生物である限り。

 

 

 しかし、モンスターはその強大な力故に人間が普通に戦って倒せる相手ではなかった。

 

 

 では、人間はどう彼等と対峙したのか?

 

 

 それは至極簡単で、しかし途方もない方法である。

 

 

 

 ただ、己の信じる得物を構え。

 

 

 

 ただ、己の知恵と勇気を絞り。

 

 

 

 ただ、己の信じる仲間を背に。

 

 

 

 彼等はその身一つで果敢にもモンスターに挑んだ。

 

 人は彼等をこう呼ぶ───

 

 

 

「さぁ、一狩り行こうぜ!」

 ───モンスターハンター、と。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「いやぁ〜……デカイな。滅茶苦茶デカイな!」

 倒れたグラビモスの甲殻を剥ぎ取りながら、青年──ジャン──は声を上げる。

 

 

「これで装備が作れる。……ありがとな、ジャン」

「何言ってんだ、俺達の中だろイアン! いや、イアン兄さん!」

 イアンと呼ばれた青年は苦笑いを浮かべながら「兄さんはよせ」とジャンの肩を叩いた。

 

「ジャンが居なきゃ俺は此処には居ない。……だから、あんな無茶はあまりしないでくれよ」

「いや、いやいや。無茶苦茶してたのはイアンだからな?」

 呆れた声でそう返すジャンに、イアンは豆鉄砲を食らったような表情で固まる。

 

 

「あんなぁ、普通グラビモスのブレスをガードしようなんてしないの。分かる?」

 まるで自覚がないといったそんな表情に、ジャンは呆れ顔を崩さずにこう口を開いた。

 

「そんな事言っても。ジャンが怪我でもしたらシータが悲しむだろ」

「お前が怪我してもシータは悲しむだろうよ」

 即答でそう返すジャンは「お、良い甲殻」と素材をポーチに入れる。

 

 

 後はギルドに任せようと、二人はグラビモスの死体を置いてベースキャンプに戻った。

 飛行船で待っていた獣人族にクエストの成功と、ドンドルマに帰る旨を伝えると飛行船は大空へと浮上する。

 

 

 

 青い空が広がり、広大な自然が視界を覆った。

 

 

 

 そんな風景を見ていると、自分はこの世界でちっぽけな存在なんだと感じてしまう。

 盾の整備をしながら、イアンはそんな事を考えていた。

 

 

「さっきの話の続きなんだけど」

「だーかーらー、悪かったって。グラビモスを良く観察せずに懐に潜り込んだ事だろ? でも俺はイアンを信じてるから、そのくらいの危険はすぐ知らせてくれるし。本当に危なかったら助けてくれる。そうだろ?」

 饒舌にそう語るジャンは、両手を広げて自分は無実だと眉を寄せる。

 

 ため息を吐くイアンは「いやそうだけど、信用し過ぎじゃないか?」と自らの相棒を指差した。

 

 

「俺は死なねーよ、イアンとその盾がある限りはな。なーんにも怖くないね」

 その指を片手で下ろしながら、彼は笑いながらそう言う。

 

 もはやため息も枯れたイアンは、今回の狩りでボロボロになってしまった盾を眺めながら小さく笑った。

 

 

「もう無いけどな」

「新しいの作らないとなぁ。グラビモスの素材余るか? つーか、やっぱりアイツのブレスをガードするって選択肢はおかしいって」

「俺はそれしか知らないんだよ。ガードするか、攻撃するか、そんな物だろう?」

「お前って俺より単純だよな」

 逆に両手を広げるイアンに苦笑いを浮かべるジャン。彼のガードへの拘りには困ったものである。

 

 普通に考えたら盾で防ぎ切れないような攻撃も、彼はその盾で防ぎきってしまうのだ。

 相方をしていて、彼に何度も命を救われた思い出があるがその度にヒヤヒヤするのは言うまでもない。

 

 

 

「……なんだ? あれ」

 ジャンがそんな事を考えていると、イアンはジャンの背後を指差しながら眉をひそめる。

 そんな彼に釣られて振り向くジャンだが、彼も同様に眉をひそめた。

 

 

 

「……巨大な槍が、歩いてる?」

「まさか」

 そうは言うが、ジャン自身もそれがなんだが分からない。

 

 視界に映る光景を強いて語るのなら、何か巨大な長い角のような物が森から生えていて、それが一定の間隔で動いている。そんな光景だった。

 

 

「良く見えないな。イアン、双眼鏡あるか?」

「船に着いてる筈」

 そう言ってイアンが向かった先には、飛行船に備え付けられた双眼鏡。

 イアンは双眼鏡を、森を歩く槍に向ける。

 

 

「よーし、何か当てよう。当たったら今晩の飯奢りな。俺は超巨大ダイミョウザザミだと思うね」

「俺は巨木を持ったラージャンで」

「そんな訳あるかよ!」

 笑うジャンに「いやダイミョウザザミもないだろ」と言いながら、イアンは双眼鏡を覗き込んだ。

 

 そこに映るのは、やはりとても巨大な槍に見える。どう見ても巨木などではないし、むしろ角のような自然物にも見えない。

 

 

「……翼?」

「お、なんだ? 巨大モノブロスだったか? それだと俺半分当たりだよな?」

「森のど真ん中にモノブロスが居るわけないだろう」

 言いながらもイアンは双眼鏡のレンズを調整して、遠目に見える()を観察する。

 

 やはり一定間隔で動くソレの近くに、翼のような物が一瞬映ったのは気のせいだろうか?

 もし気のせいでなかったのなら、グラビモスすら比べ物にならない超巨大生物という事になるが───

 

 

「くそ、日が沈んできて見にくい」

「おいおい、俺にも見せろよ」

 眉を寄せるイアンの横からジャンが双眼鏡を覗き込んだ。

 退いたイアンは腕を組んで「アレは一体……」と呟くが、途端にジャンが倒れ込んだのを見て驚いて彼に手を伸ばす。

 

 

「お、おいどうした?」

「龍だ……アレ。おいイアン、双眼鏡覗いてみろよ! 早く!」

「な、なんだよ」

 言われるがままに双眼鏡を覗き込むイアン。

 

 次の瞬間は食い入るように双眼鏡に頭を付けて、震える両手で双眼鏡を掴んだ。

 

 

 

「なんだ……アレ」

 脚が四本、さらに背中から伸びる翼の様なシルエット。

 日は殆ど沈みかけて全体像が見えないが、彼等が見ていた槍のようなものは頭ではなく背中から生えている。

 

「角じゃない……?」

 一度瞬きをすると、そのシルエットは闇に消えて見えなくなった。

 

 

 アレは一体……?

 そんな疑問を乗せた船は夜の森林の上を進む。

 

 

 

「……報告、した方が良いよな? ギルドに」

「そ、そうだな」

「そういうの面倒だから、頼んだ」

「俺がかよ」

 一抹の不安を覚えながら帰路を進む二人だが、結局一晩考えてもその日見た存在が何者なのか思い付く事すらなかった。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「大長老! 至急、お伝えしたい事が!」

 ドンドルマ──大老殿──にて、街の守護兵が慌てた様子で声を上げる。

 

 

「……うむ、その様子だと急な案件か」

 閉じた瞳の内片方を少しだけ開くのは、とても巨大な竜人族だ。

 ドンドルマを収める彼──大長老──は、そんな守護兵に頭を向けて話の続きを促す。

 

「はい。先日より報告の上がっていた火薬の盗難、及び粘液の犯人の正体が掴めたのです。───そして、初代撃龍槍の所在も同時に掴めました」

「ムゥ……? 一体それはどういう事だ?」

「それが、火山方面に狩りに出ていたハンターからの報告や付近住民の目撃情報によりますと───」

 守護兵の話に、大長老は眉をひそめた。

 

 

「───との事で」

「むぅ……」

 まさかこのドンドルマを長くの間守り続けていた槍が、今その切っ先をドンドルマに向けているとは誰が思っただろうか。

 

 

「その、初代撃龍槍を背負った龍。名は決まっておるのか?」

「はい。ギルドの方で、既に対策と調査に進んでいます。龍の名は───」

 以前よりドンドルマ周辺にて、広範囲に及び火薬盗難被害が相次いでいる。

 

 厳重な倉庫に保管されていた火薬も、その倉庫を破壊して盗まれていた。

 しかし、盗まれたのは火薬のみで他の物には手がつけられていない。さらに現場には謎の黒い液体が残されている。

 

 そんな不可解な事件が後を絶たなかった。

 

 

 その事件の犯人がまさかモンスターだとは、そしてその龍の名は───

 

 

 

 

 

 

 ───巨戟龍ゴグマジオス。




性懲りもなくまたモンハン作品です。
はじめましての人ははじめまして。またかよの人は「そうだ、私だ」。


今回は巨戟龍ゴグマジオスとの戦いを描く事になりました。戦闘描写は自信がありませんが、頑張って書いていこうと思います。
それでは、皇我リキワールドでのゴグマジオスとの戦いをご堪能下さい。また次回もお会いしましょう。二、三日以内に更新いたします。


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たった一人の英雄

 ただ熱かったのを覚えている。

 

 

 火傷だとか、そういうレベルの問題じゃない。

 周りの物は全て灰になって、爆散して、逆に何が残っているのか聞きたくなる光景が眼前に広がっていた。

 

 

 助けて。助けて。

 

 

 ただそう心で叫ぶも、助けなんて来るわけがない。

 唇を噛み締め、妹の手を握る。

 

 

 妹だけは自分が守るんだと、眼前の龍を睨み付けた。

 

 

 

 赤い。

 

 一対の翼と四本の脚。鋭い牙は血に塗れ、青い瞳が小さな子供を睨む。

 龍が撒き散らした粉塵が視界で点滅し、幼い妹を守る少年は内心死を覚悟していた。

 

 

「もう大丈夫よ!」

 そんな少年の前に立ったのは、大きな金色の盾を持った女性。

 龍の牙から少年を守り、女性は盾を構えたまま振り返る。

 

 

「ケイド、テオ・テスカトルは私達が抑えるからこの子供達をお願い!」

 その表情がとても優しい物だった事を、少年は忘れられなかった。

 

 

「分かった、絶対に無茶はするなよ!」

 振り返った先で、身の丈の程の大剣を背負った赤髪の青年が笑っていたのを覚えている。

 

 

「大丈夫、皆は私が守るわ」

 その背中に憧れた。

 

 

「バーカ、俺達がお前を守るんだよ」

「お前が怪我でもしたら、ケイドにぶっ殺されるぜ! ハッハッ!」

 頼もしい背中を覚えている。

 

 

 

「ったく、馬鹿野郎共が。よしチビ達、もう大丈夫だ。俺達が来たからにはドンドルマも安全さ。まずはお兄さんに着いてきなさい」

 そう言う青年に手を取られ、少年と少女は命を救われた。少年がその事を忘れた日は一日とてありはしないだろう。

 

 

 

 十八年前、ドンドルマに一匹の古龍が襲来した。

 

 

 多数の犠牲者が出たが、奇跡的に一般人に死者が一人も出なかったは英雄たるハンター達の手腕によるものだと伝えられている。

 ドンドルマ防衛戦に参加したハンターは総勢百人を超えていた。

 

 しかし、その中で生き残ったのは───

 

 

 

 

「───馬鹿野郎共が……」

 ───たったの一人だったという。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「おい起きろ兄ちゃん。あんたの武器、見終わったぞ」

 ドンドルマの工房で、工房の主である赤髪の中年が一人の青年の背中を揺すった。

 

 

 青年は呻き声を上げながら、伏せていた顔を持ち上げる。

 彼の武器であるランスを見終わった工房の主人は、呆れた顔で青年を見下ろしていた。

 

「よくもまぁ、こんなに無茶な使い方をしたものだな」

「……っ、あぁ……すみません。寝てました」

 工房に自らの武器を預けていた青年──イアン──は、身体を起こして口を開く。

 

 前日にグラビモスの討伐に成功したこの青年が、クエストの帰り際に見た不自然な生き物の報告をギルドに済ませてから、睡眠も取らずに加工屋に自らの武具を預け数時間。

 心身共に疲れていたからか、昔の夢を見ながら机に突っ伏していたらしい。イアンは焦った様子で立ち上がって、工房の主人に「どうでした?」と武具の様子を訪ねた。

 

「今言った通りだ。アレはもう使い物にならないだろうな」

「うぉ……。困ったな」

 想像こそしていたが、まさか修復不可能とは。

 

 

 グラビモスのブレスから主人を守った盾は、その役目を全うしたらしい。

 工房の奥に見える自らの武器を見るイアンは、内心で「これまでありがとう」と語りかける。

 

 その直後に盾は真っ二つに割れて、彼は目を見開いた。

 

 

「……こ、困ったな」

「あんな使い方してたら、お前自身が持たないぞ」

 ドンドルマのこの工房に来たのは初めてだが、分かったような事を言う工房の主人にイアンは眉をひそめる。

 どう言われようが、誰かを守る為にその盾を握っているんだ。そのポリシーを変えるつもりはないし、文句を言われる筋合いもない。

 

 

「……十八年前、このドンドルマを救った英雄の話を知っているか?」

 突然そう語る工房の主の話を聞き、青年はさらに眉間に皺を寄せる。

 

 たった今夢ですら見たあの英雄達の姿を忘れる訳がなかった。

 この生涯で一日たりとも忘れた事はないだろう。

 

 

炎王龍(テオ・テスカトル)から街を救った百人の英雄ですよね。この街で育った人なら知らない人は居ない」

 青年は今でこそドンドルマ近くの町に住んでいるが、幼い頃───それこそ十八年前まではドンドルマで暮らしていた。

 

 

 当時ドンドルマに襲来した古龍による大災害。

 百人のハンターが果敢にもその龍と戦い、九十九人が犠牲になるも戦いは勝利を収めている。

 

 

 だが、それは彼を助けた英雄達の死を意味していた。

 憧れた背中の女性もきっと───

 

 

 だからこうしてイアンは盾を持ち、仲間を守るためにも戦っている。

 その気持ちを馬鹿にされたようで、彼の表情は自然と硬くなった。

 

 

「そうだ。その百人の中に、あんたみたいな正義感の強い女がいたよ。……誰かを守る事に必死になって、挙句もうこの世には居ない大馬鹿野郎がな」

「……誰かを守る為に死んだ人を馬鹿呼ばわりする権利がアンタにあるのか!」

 そして男の言葉についカッとなった青年は、机を叩いて声を上げる。

 

 加工屋の男にハンターの何が分かるんだ、と。そんな心境だった。

 

 

「……俺もあの場に居たからな。分かるさ。良いか? 自分の命すら守れない奴が、誰かを守ろうなんてそんなのはただの思い上がりだ」

 ただ、男は静かにそう言う。

 

 その声に青年は微かに聞き覚えがあった。

 

 

 

「まさか……」

「……っと、長話が過ぎた。お前の武器だが、長話の礼にあそこに置いてあるのを一本くれてやる」

 そう言って彼が指差すのは、金色に輝く見覚えがある槍である。

 それは工房の中央に飾られていて、年期を感じさせる埃が付いていた。

 

 

「アレは確か……ロストバベル。超一級品のランスじゃないですか」

 それは記憶にある英雄が背負っていた物と同じ武器である。かなりレアな素材を使う武器であり、一級品の品物だ。

 

 

「な、なんで俺にそんな物を……。素材もお金も、そんなにありませんよ」

「くれてやるって言ったろ。持っていけ。……お前、あの時のチビなんだろ?」

 そう言葉を残した工房の主人は、一度工房に戻るとまた別のランスを持って表に出てくる。

 

 火竜の甲殻を使って作られたレッドテイルというランスだ。これも、それなりに貴重な逸品である。

 

 

「ロストバベルだが、整備がいるからな。二日くらいはコイツを使ってくれ」

「ま、待ってくれ! なんで俺にそこまでしてくれるんだ?! アンタ、あの時のハンターさんなのか? それがなんで、こんな所で加工屋をやってる?!」

 考えれば想像に容易い事だ。

 

 

 十八年前、イアンを助けたハンター。つまり、百人の中で生き延びた一人のハンターが、あの時助けた子供を懐かしく思い大盤振る舞いなサービスを施してくれる。

 イアンがこの加工屋に来たのは初めてだが、彼がイアンを覚えていたのならそんな事もあるかもしれない。

 

 しかし、都合が良過ぎた。そんな事が本当にあるのか?

 

 

「……ハンターはな、辞めたんだ。お前みたいに誰かを守ろうなんて、そんな気にはなれないんだよ。九十九人すら、一人すら守れなかった俺に戦う資格なんてない」

 そう言うと主人は工房に戻っていく。イアンにはまだ彼の真意が分からない。

 

 

「……変な奴だと思ってるんだろう? いや、ただ偶然なんだよ。俺の娘がな、今日上位ハンターになったんだ。下位と比べて危険も増える。俺は辞めろと伝えたんだが、どうも口下手でな」

「それとこれに……どんな関係が?」

「ハンターって存在に関わるのが嫌になったのさ。この店も潰して、隠居する予定なんだ」

「な……」

 その言葉に反応して手を伸ばすイアンだが、既に主人は工房の中だ。

 

 主人は顔半分だけ振り向くと、そんな彼を見て小さく笑う。

 

 

「あなたは……ケイドさんなんですね?!」

「……お前の知ってるケイドはもう居ないがな。グラビモス装備だが、竜人族のじっちゃん達によればこっちも二日後だ。店は近々閉めるんだから、あんまり長く待たせるんじゃねーぞ」

 手でイアンを払いながら、工房の奥に入っていく主人───ケイド。

 

 

 そんな彼が居なくなった後の工房で、少しの間イアンは呆然と立ち尽くしていた。

 まさか憧れの人とこんな所で会えるなんて。そんな喜びの感情と、彼が自分の知っているあの英雄と変わってしまったという複雑な心境が混ざり合う。

 

 

 

 そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、ケイドは工房の裏で瓶に直接口を付けて酒を飲んでいた。

 目の前には黄金に輝くランス──ロストバベル──が横たわっている。

 

 

「……ふぅ、やっとお前の引き取り手が見つかったぜ。これで目障りな武具ともおさらばだ」

 彼の目の前にはそれともう一つ、紅蓮に輝く大剣が横たわっていた。殆ど使われていない新品のようだが、やはりこれも埃を被っている。

 

 

 

「後はこれだけか」

 ケイドは溜息を吐いてから、もう一度酒を喉に流し込んだ。

 机に叩きつけられた瓶の中には既に一滴も水分は残されていない。

 

 続いて彼は二本目の酒瓶を開ける。

 

 

「……ハンターなんて糞食らえ」

 目を細めるケイドに、イアンが過去に見た英雄の表情は残されてはいなかった。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 ドンドルマには、九十九人の英雄の像という物が郊外に設置されている。

 これはかつてこの地で命を落とした九十九人の英雄を祀る物で、今はギルドが経営する酒場のオブジェクトになっていた。

 

 

「人は、死ななければ英雄にはなれない。英雄とはなるものではないからだ。……人が英雄というものを作るのか、英雄という概念が人を呼ぶのか」

 酒場で酒を飲んでいたガタイの良い男が立ち上がり、叫ぶ。

 男を囲っている者達もそれに釣られ、酒瓶を持ち上げて立ち上がった。

 

「死にゆく英雄に問おう、嬢ちゃん! アンタはどっちだ?!」

 男が声を上げる先では、一人の少女が英雄の像に手を合わせている。

 

 

 肩まで伸びた赤い髪。整った顔立ちの割に、使い古された装備はお世辞にも綺麗とは言えない。

 しかし背中に背負う二本の剣は、対称的によく整備されており新品そのものだった。

 

 

「あたしは英雄にはならない。……死なないから」

 男にそう答えた少女は、凛とした表情でその場を後にする。

 

 向かう先は酒場のカウンターで、ギルドの受付にもなっている場所だ。

 

 

 男の言葉を半ば無視されたのに腹が立ったのか、取り巻きの男二人が立ち上がって彼女の元に向かう。

 スラッシュアックスとチャージアックスを担ぐ二人の男は、先程声を上げていた男を信奉する双子の兄弟のハンターだった。

 

 

 

「おいおいネーチャン、ダービアさんの事を無視するなんて中々大物だねぇ!」

「アーツ兄さん、そんなに大声で寄って行ったらネーチャンが可哀想だろう。ハッハッ!」

 ハンターの中ではこの程度の柄の悪さは普通である。

 

 ある程度力を持っている者がならず者になるのは自然の摂理というもので、ギルドの受付嬢達はただ震えて待つしかない。

 

 

 こんな事は下町の酒場では日常茶飯事だ。

 

 

 

 ダービアと呼ばれた彼等のボスは目を細めているが、二人の愚行を止めようとする者は誰もいない。

 

 

 

「……な、何よあんたら。あたしはネーなんて名前じゃない。ちゃんとレイラ・バルバルスって名前があるの!」

「バルバルス……あの、たった一人の英雄か」

 二人の内、弟である男が小さく呟く。

 

 

 

 ケイド・バルバルス。

 このドンドルマで生まれ育った物なら名前を知らない者は居ない。

 

 勇敢にも古龍に挑み、たった一人生き延びた男の名前だ。

 

 

「……っ。父さんをそんな異名で呼ぶな!」

 何が気に障ったのか、少女は手を振り回して声を上げる。

 

 二人の内、兄のアーツにその手が当たり、彼は大袈裟にその場に転がった。

 

 

「……っおぉぉ、痛い! 腕が折れちまった。なんて事しやがる!」

「アーツ兄さん! おいおい、やってくれたなぁ」

「ニーツよぉ、落とし前、付けといてくれよぉ〜」

 ニーツと呼ばれた男は唇を舐めながら「あいよ、アーツ兄さん」と小さく呟く。

 

「ちょ、ぇ、何よあんたら……はぁ?」

 それを聞いた少女──レイラ──は表情を引攣らせながら後退りした。

 

 母に挨拶をしに来た今日に限って、変な男達に絡まれてしまっている。レイラは少しだけ自分の不幸を呪った。

 

 

「へっへ、こりゃ弁償だぜ。一緒に夜のクエストに行って貰おうか!」

「ちょ、離しなさいよ!」

 ニーツが少女の手を掴んでそう言うが、ギルドの職員達は動く気配がない。

 ギルドナイトを呼んでは居るだろうが、彼等が駆けつけるには少し時間が掛かるだろう。

 

 

 こういう事も日常的にあるものだが、大体が飲み過ぎたハンターの暴走である事が多い。

 ギルドナイトがその場を収めるのが城跡なのだが、その時だけは少しだけ状況が違っていた。

 

 

 

「おい酔っ払い。その娘を離せよ」

 黒髪の青年が一人、ニーツの手を掴んで払いのける。

 

「……んだぁ? テメェ」

「離せって言ってるだろ」

「やんのかオラァ!」

 言われた通り手を離し、その手を振り被るニーツ。しかしその拳は払い除けられるように受け流され、逆に青年の拳がニーツの頬を殴り飛ばした。

 

 宙を舞うニーツ。兄のアーツはそれを唖然とした表情で眺めている。

 

 

「こんなか弱い女の子を捕まえて。……お前らそれでもハンターか!」

「お、おいイアン! あー、もう、やっちまった」

 ニーツが地面に倒れる音と共に、アーツと青年──イアン──の乱闘が始まったのは言うまでもなく。

 

 

 ギルドナイトが来るまで、二人の乱闘は収まらなかった。




割と物語は急いで進めてます。そんなに長くはならない筈です。
それにしても、キャラが多いですね。申し訳ない。


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偶然か必然か

「あのケイド・バルバルスに会った……? 見間違いだろう?」

「見間違いじゃない。俺があの人を見間違える訳ないだろう」

 ドンドルマ下町のとある酒場にて、工房から帰ってきたイアンは酒場で待っていたジャンと合流して後日の予定を話し合っている。

 

 

 彼等二人はドンドルマ近くの町に住むハンターだが、立地の関係上ドンドルマに立ち寄る事が多い。

 そろそろドンドルマに宿を構えた方が良いかと考える事もあったが、町にはジャンの伴侶が住んで居るためそうもいかなかった。

 

 そんな会話の中で、イアンは先程初めて行ってみた工房でドンドルマでも有名な英雄に出会ったと語る。

 もう店も閉まっているから今から行っても会えないというイアンの言葉に、ジャンは胡散臭さを覚えていた。

 

 ただ、イアンはそういった冗談を言う男ではない。その事は自らの伴侶であり彼の妹であるシータよりも自分の方が知っていると、ジャンは自覚している。

 

 

「まぁ、つまり、あのケイド・バルバルスがイアンにスゲーランスをくれるって話か。ただ、二日間ドンドルマで待ってなきゃいけない」

「そう言う事だから、先に町に戻っていてくれないか? シータが心配してるだろうし」

「それは良いんだが───」

「父さんをそんな異名で呼ぶな!」

 ジャンの声を遮る、少女の声。

 

 

 酒場には他の客もいてうるさい事はうるさかったのだが、ここまで大きな声が上がると流石の二人も気になって声の主に視線を向けた。

 

 

「……っおぉぉ、痛い! 腕が折れちまった。なんて事しやがる!」

「アーツ兄さん! おいおい、やってくれたなぁ」

「ニーツよぉ、落とし前、付けといてくれよぉ〜」

「あいよ、アーツ兄さん」

「ちょ、ぇ、何よあんたら……はぁ?」

 どうやらまだ若い少女がタチの悪いチンピラに捕まっているらしい。

 

 

 それを見て直ぐに立ち上がるイアンにジャンは手を伸ばすが、その手は届かない。

 

 

「へっへ、こりゃ弁償だぜ。一緒に夜のクエストに行って貰おうか!」

「ちょ、離しなさいよ!」

「おい酔っ払い。その娘を離せよ」

 頭を抱えるジャンの前で、青年は少女の手を掴む腕を払いのける。

 

 

「……んだぁ? テメェ」

「離せって言ってるだろ」

「やんのかオラァ!」

 男は拳を振り上げるが、それは払い除けられるように受け流され、逆に青年の拳が男の頬を殴り飛ばした。

 

 宙を舞う男。彼の兄はそれを唖然とした表情で眺めている。

 

 

「こんなか弱い女の子を捕まえて。……お前らそれでもハンターか!」

「お、おいイアン! あー、もう、やっちまった」

 ジャンは頭を抱えてその光景を見ていた。

 

 

 正義感──誰かを守るという気持ち──が誰よりも強いイアンを止める事は古くからの友であるジャンにも叶わない。

 

 

「んなろぅ!! よくも弟をやってくれたなぁ!!」

 イアンと男が取っ組み合う中で、ある者はギルドナイトを呼びある者は面倒事を避けて店から出て行く。

 

 アーツ達兄弟が慕っていたダービアという男も、両手を広げながら店を出て行ってしまった。

 しかし兄弟はそんな事にも気が付かずに、イアンと取っ組み合いを続ける。

 

 

「……偶然なんてものは必然の別の言い方だよなぁ。英雄の時代の若者は血気盛んで頼もしい」

 ダービアがジャンの脇を通り過ぎながらそう言葉を落としたと同時に、緑青色のスーツを着た金髪の女性が店に到着した。

 

 ギルドナイト。

 未知のモンスターの情報収集や密猟者の取り締まり等、ギルドの直属で働く者達である。

 

 

 

「ギルドナイトよ。関係者全員、拘束します」

 影の噂では対ハンター用ハンターとも言われているギルドナイトは悪行を働くハンター達に恐れられているが、現れたのはまだ顔立ちも若い女性だ。

 

 酒に酔っていたアーツとニーツは、お互いの顔を見合わせて笑い共通の意思を確認する。

 

 

「おいおいねーちゃん、こちとら忙しいんだよぉ」

「そうそう。それともなにかぁ、ねーちゃんも俺達と夜のクエストに───ゴホッ?!」

 その場に居る誰もが何が起きたか分からなかった。

 

 

 ギルドナイトの女性は地面に倒れたニーツをゴミを見るような瞳で見下ろし、アーツに「自分もこうなりたいか?」と目で諭す。

 その場に崩れ落ちるアーツを尻目に、女性は彼等と取っ組み合いをしていたイアンや関係者だろうレイラの方を見て口を開いた。

 

「全員連行です」

 静まり返る酒場で、ジャンは深くため息を吐いてから「関係者ですと」と名乗り出る。

 

 

 連行される五人を店の外で見ていたダービアは「おっかないねぇ」と横目で彼等を見ながら酒瓶を持ってその場を後にした。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「つまり、そこの彼女にこの二人が喧嘩を売って。それを止めようと君が割って入って乱闘になった……と」

 眼前で座る四人のハンターを見下ろしながら、ギルドナイトの女性はそう口を開く。

 

 

 彼女の名はエドナリア・アーリア・シュタイナー。ドンドルマギルド所属のギルドナイトだ。

 件の酒場の付近を見回っている最中に騒ぎを聞きつけ向かったのだが、よくあるハンター同士のイザコザで内心はホッとしている。

 

 ギルド内部では先日から巨戟龍の件で大忙しで、正直一般人が巻き込まれただとか死人が出たとかでなければ軽く事情を説明してもらい帰ってもらうつもりだった。

 

 

「お、俺達はただ話しかけただけだぜ! なぁ、ニーツよ」

「お、お、お、お、俺?! うぇ?! な、何だアーツ兄さん?!」

 どうやら弟のニーツは酒場でエドナリアに叩き伏せられたのがトラウマになっているようで、未だに震えている。

 

 見兼ねたアーツだが、ふと酒場での事を思い出せば「仕方ないか……」と哀れみの目を弟に向けた。

 

 

「コイツら、私の父さんの事をたった一人の英雄って馬鹿にしたのよ!」

 感情的な言葉を放つレイラ。それを聞いたエドナリアは目を見開いて驚く。

 

 たった一人の英雄。

 十八年前、百人の英雄が古龍と戦い一人だけが生き残った。

 

 表では彼は古龍を打ち破った英雄として讃えられたが、その一方で一人だけ逃げ回って生き延びたという不名誉な噂が飛び交う。

 彼──ケイド・バルバルス──の事をたった一人の英雄(・・・・・・・・)と呼ぶのはそんな称讃と皮肉を混ぜた言い方だった。

 

 

 

「あなた……彼の娘なの?」

 街に住んでいる者なら誰もが知っている英雄。しかし、そんな彼はかの戦いの後直ぐにハンターを引退して街の隅っこで大人しく暮らしている。

 街に住んでいる者でも彼に娘が居る事すら知る者は少なかった。

 

 一方で、彼に妻がいた(・・)事は有名な話だが。

 

 

 

「ハッハ、事実じゃねーか! 九十九人の英雄を見殺しにして、一人だけ英雄になった男だろう?」

「……っ。あんた!」

「やめなさい」

 エドナリアの低い声で場は静まり返る。強気なレイラだが、彼女がニーツにした事を目の前で見ており逆らって良い人間かそうでないかははっきりしていた。

 

 

「あんたらにケイドさんの何が分かるってんだ。目の前で見てたのか?」

 イアンは小さくそう言う。

 

 彼の中で、ケイドはたった一人の英雄などではなかった。

 信頼し合える仲間にその場を託し、イアン達兄妹を救ってくれた英雄達の内の一人なのである。

 

 

「見てなくてもよぉ、あの戦いで一人だけが生き残ったなんておかしいだろ」

「そ、それは……」

「あんたいい加減に」

「だからやめなさい」

 人数が増えた言い争いをエドナリアは溜息を吐いて止めた。

 

 少なからずだが、ケイドを英雄と讃える人達と臆病者と罵る人達で言い争いになる事はよくある事である。

 レイラに関してはその件で良くギルドナイトにお世話になるのだが、エドナリアは最近になってギルドナイトになったのでそんな事は知りもしなかった。

 

 

「エドナ、彼等は?」

 困った人達だとエドナリアが頭を抱えている所で、彼女の上司が肩を叩きながらそう聞いてくる。

 

「コーラルさん……。あ、いえ、酒場で暴れている所を見掛けまして。謹慎処分にしようかと」

 ハンター同士のイザコザは大抵の場合厳重注意で終わるのだが、新人のエドナリアはマニュアル通り彼等を謹慎処分にしようとしていた。

 イアンはともかく、良くギルドナイトにお世話になるレイラもこれには驚いて、声を揃えて「それは困る!」と声を上げる。

 

 

「いやいや、エドナ。謹慎処分はやり過ぎだよ」

 長身に白髪を伸ばした中年の男は、エドナリアの肩を二度叩きながら笑顔でそう答えた。

 彼はコーラル・バイパー。ドンドルマでギルドナイトを務める、ハンターとしても優秀な人物だ。

 

「レイラ、父親の事で熱くなりすぎるなと何度言えば良いのか。いや、君は言っても聞かないだろうが」

「父親の事を悪く言われて、黙っていろって?!」

 噛み付くような表情でコーラルにそう言うレイラ。

 彼女は時々こうやって問題を起こすのだが、その度に仲裁に入るのがこのコーラルである。

 

 

 彼はケイドの友人で、かの龍の時の事もあってレイラの事を良く気にかけていた。

 

 

「……そうだな」

 優しく呟くコーラルは、アーツ兄弟を同じ表情で見ながら口を開く。

 

 

「ケイドが臆病者なら、あの戦いに挑まなかった私は一体何者なのか。……君達は分かるかい?」

「さ、さぁ……。い、いや、誰も臆病者なんてなぁ? ニーツ」

「そ、そうだぜ?! 俺達は何も臆病者なんて言ってない!」

 その言葉を聞くと、コーラルは笑顔で頷いた。

 

 レイラは不貞腐れつつも、世話になっている彼に背く気にもならない。

 一方でイアンやエドナリアは彼の事をただ、凄い人だと憧憬の眼差しで見詰める。

 

 

「彼等には謹慎の代わりに調査クエストに向かって貰おう。今丁度募集するつもりだったんだ」

 そして唐突にそう語るコーラルを見て、エドナリアは目を丸くした。

 

「な、何を言っているんですか?! ゴグマジオスの調査は私が行く予定では?」

 コーラルに詰め寄るエドナリアだが、そんな彼女を彼は押し戻して落ち着くように目で諭す。

 

 

 そんな二人を見る四人の反応だが、四人が四人共口を開けて唖然としていた。

 ゴグマジオスという名詞に誰一人として心当たりがないからである。

 

 

 

「予定が変わった。ゴグマジオスはクシャルダオラ以上に危険なモンスターだ。……十八年前同様、百人体制で迎撃を行う。その為の準備に我々ギルドナイトは忙しい。調査も一般のハンターに依頼する事にした」

 前日に報告されたゴグマジオスという古龍の出現。

 

 その為にギルドは緊急の対策会議を開き、ゴグマジオスの撃退準備を急ぐ事になった。

 

 

 そのゴグマジオス発見のきっかけとなったのはこの場にいるイアンの報告だったのだが、彼自身もあの時見た龍が何者だったのか分かっておらずコーラルの言葉の意味が分からない。

 

 

 

 ただ分かるのは、再びこのドンドルマに古龍が近付いている。ただそれだけだった。

 

 

 

「俺達にモンスターの調査だぁ? 冗談じゃねぇ!」

「そうだぜ。狩りならともかく、調査なんてつまらねー事したくないね」

 アーツ兄弟達はそう言うが、コーラルが「では、謹慎処分という事に」と口を開くと慌てて言葉を訂正する。

 

 レイラは何かを考えるように塞ぎ込んで、その間にイアンは立ち上がって口を開いた。

 

 

「……古龍が街に近付いているんですか?」

「その通りだ。詳細は現在調査中だが、巨大な槍を背負った龍の発見報告をしてくれたのは……確か君だったね。イアン・ジスティ君」

 コーラルはそう付け足して、イアンの言葉を肯定する。

 

 

 

 このドンドルマに再び古龍が近付いているという事実に、その場にいた四人のハンターは驚愕を露わにした。

 

 

 

「ちょ、調査って……古龍のだったのか。そりゃ! 話が別だぜ」

「あ、アーツ兄さん?! 本当に行く気なのか?!」

 普通にハンターとして生活していても、古龍に合う事が出来るのは一生に一度あるか無いかだと言われている。

 勿論個体数の少なさ故もあるのだが、古龍に会ったがそのハンターの最期という逸話もある程に古龍の力は壮大なのだ。

 

 ニーツがアーツの正気を疑うのは道理である。

 

 

「馬鹿野郎お前、英雄になるチャンスだぜ。調査と言わず、倒してやってもいいくらいだ!」

「アーツ兄さん……」

「勿論、無茶をしろとは言わない。古龍だが、超巨大生物に分類される程の巨体を持つモンスターだ。倒す事も、戦う事も叶わないだろう。ただ、調査をしてもらいたい」

 報告ではその全長は五十メートルに達すると言われていた。

 

 

 そんな巨大なモンスターであれば、近付いたとて戦いになる事はないだろう。

 それを聞いて、ニーツは肩を下ろした。ある意味では安全である。

 

 

 

「勿論誰でも良いという訳ではない。君達二人はドンドルマでも優秀なハンターだ。信じているよ」

 アーツ・パブリック、ニーツ・パブリックは兄弟共にハンターとしてそこその名の売れているハンターだった。

 

 そんな二人の肩を叩くコーラルは、次にイアンとレイラに顔を向ける。

 

 

「イアン君、君の報告のお陰でゴグマジオスを発見する事が出来た。また少しだけ、我々に力を貸して欲しい」

「も、勿論です!」

 イアンにはずっと憧れていた人がいた。

 

 絶対的な脅威に立ち向かい、誰かを守る為命を賭して戦った英雄。

 そんな彼らのようになりたいと願っていた彼にとって、またとないチャンスである。断る理由など何処にもなかった。

 

 

「……レイラ、君にも頼みたい」

「……古龍」

 その存在に何か思う事が無いわけではない。

 母を奪い、父を不名誉な名で有名にした存在。

 

 

 上位ハンターになったばかりの彼女にとっては重荷ではあるが、父の背中が見えて彼女は足を一歩前に出す。

 

 

「やらせてください」

「決まりだな」

 困惑するエドナリアの肩を叩きながら、コーラルは机から書類を四枚取り出した。

 

 

 

 クエストの依頼書。

 

 

 依頼内容は巨戟龍ゴグマジオスの調査である。

 

 

 

「一時間後、ここに集合だ。この件は急を要している、宜しく頼む」

 こうして、四人のハンターがゴグマジオスの調査に向かう事になった。

 

 

 

 ───偶然とは必然の別の言い方である。




さて、やっとゴグマジオスとご対面ですよ……っ!

次回をお楽しみに。


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古龍の先駆け

「で、古龍の調査に行くと」

「そうだな」

 イアンの言葉を聞き、ジャンはただ頭を抱えた。

 

 

 彼が後先を考えないのはいつもの事だが、こうも向こう見ずだとフォローする身にもなって欲しいものである。

 

 

 

「どうせ二日はドンドルマにいるつもりだったんだ。ジャンは先に帰って、シータに伝えといてくれ」

「それは良いんだが、古龍が近付いてるんだよな……?」

 ジャンの言葉に、イアンは短く首を縦に振った。

 

 イアンもそうだが、ジャンもこの街で育ち直接ではないが古龍──テオ・テスカトル──の脅威を体験した事がある。

 あの時のような悲劇がまた起きるのだろうか?

 

 その点でもジャンの不安はぬぐい切れなかった。

 勿論調査で彼が死ぬとは思ってもいないが、変に怪我をされてもジャンとしては困る。

 

 

「……無理すんなよ」

「勿論」

 拳を重ね合わせる二人。少しの間離れ離れになるが、イアンが簡単には死なない事はジャンも知っていた。

 だから、変な無茶はしないようにと。ジャンはただそう願う。

 

 

「……あ、あの」

 そんな二人に話し掛ける、一人の少女。

 

 肩まで伸びる赤い髪を弄りながら、背中に双剣を背負った少女はイアンを真っ直ぐに見ていた。

 

 

 

「君は……さっきの」

 ジャンが思い出したようにそう言うと、イアンは「確か───」と口を開く。

 

「レイラよ。……レイラ・バルバルス」

 イアンの言葉を遮るように名乗り出たのは、かの『たった一人の英雄』──ケイド・バルバルス──の娘、レイラだった。

 

「……どうかした?」

「さっきはその……ありがとう。父さんの事、庇ってくれて」

 イアンが聞くと、レイラは俯きながら小さな声で答える。

 

 ケイドを臆病者と罵る者は少なくはない。

 そんな中で声を荒げてまで彼を庇ってくれたイアンに、彼女は感謝の気持ちでいっぱいだった。

 

 

「いや、そんな……当たり前の事を言っただけだよ。俺は彼に助けられたんだから」

 今にも泣き出しそうな少女の肩を叩きながらイアンはそう言う。

 

「それでも……私は嬉しかった。ありがとう。……調査、頑張ろう」

 レイラはそう言うと、準備があるからとその場を後にした。

 自宅が他の町にあるイアンは家で準備をしようにも出来ず、現状と後は雑貨屋で荷物を揃えるくらいしか出来ない。

 

「……ひゅぅ、良い子じゃん。助けて良かったな」

「バカ、からかうなよ」

「からかってなんかねーよ。普通に心配してんの、お前の将来を」

「そ、そんな急ぐ話でもないだろ?!」

 レイラを見送りながら、ジャンとイアンはそんな会話を繰り広げる。

 

 ジャンはイアンの妹であるシータと婚約済みであるが、イアンはハンター業ばかりで女っ気が全くなかった。

 所謂義理の弟として、ジャンはイアンの事を心配しているのである。

 

 

「まだ二十三歳だ」

「もう二十三歳の間違いだって」

 雑貨屋に向かいながら呆れ声でそう言うジャンは、困った表情をしたイアンに突然デコピンを喰らわせた。

 

「な、なんだよ……」

「無事に戻ってこいよ。……まだ二十三歳なんだから」

「……バカ、当たり前だろ。シータに宜しくな」

「おう」

 軽く返事をしたジャンは手を振りながらその場を後にする。

 

 

「……古龍か」

 一人残されたイアンは小さくそう呟いて、いつかの過去に想いを馳せていた。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 パブリック兄弟はドンドルマ全体で見ても優秀なハンターである。

 

 

 兄のアーツ・パブリックはスラッシュアックスを使い、体格を生かした大胆な攻撃でモンスターを叩き伏せる豪快な戦い方をするハンターだ。

 逆に弟のニーツ・パブリックは、チャージアックスを使い堅実に相手の隙を突いていくハンターである。しかし戦い方に似合わず態度は大雑把で人当たりが悪い。

 

 

「ハッ、ただでさえ危険な古龍の調査にガキ二人のお守りとはなぁ」

 例えばこのように、だ。

 

 ドンドルマより北東。木々が生い茂る、開拓の進んでいない樹海の岩場に気球船が降り立つ。

 ゴグマジオスの推定進路からはかなり離れているが、安全に飛行船を止める事が出来る場所は限られているため、このような形となった。

 

 

 直接ゴグマジオスに船で近付かないのは、付近をガブラスの群れが飛んでいるという報告が上がっているからである。

 またその為に直接的な調査が阻まれ、ハンターによる調査クエストが実行されたのだった。

 

 

「俺はガキじゃないし、彼女も上位ハンターだ。同じハンターなんだから、もっとお互いを尊敬して信頼出来ないのか……?」

「出来る訳ねーだろ。そっちの小娘なんて上位ハンターになったばかりだろう? 女は大人しく男の上で腰振ってりゃ良いんだよ。なんなら俺が相手になるぜ!」

 汚い表情でレイラを睨むニーツ。レイラ本人は彼を睨んでからそっぽを向いて、ニーツは「振られちまったなぁ」と短く笑う。

 

「バカやってんじゃねーぞ。俺達は英雄になるんだ。足でまといはここに置いていく」

 ある程度の支度をし終えたアーツが先頭を歩き出した。

 

 慌てて付いていくニーツに、不機嫌そうな表情のレイラが付いて行く。

 頭を抱えながらイアンもそれに付いて行くが、パーティの雰囲気は最悪だった。

 

 

 

 

「これは……」

 ゴグマジオスの進路予測方向に向かって行くと、それらしい痕跡がすぐに見付かる。

 

「アーツ兄さん、こっちにもあるぜ」

 パブリック兄弟が見付けたのは、粘り気のある黒い液体だった。

 それは、報告にあった──火薬の盗難被害現場に残されていた──物体と酷似している。

 

 

「間違いねぇ、例の古龍の痕跡だぜこれは」

 サンプルを小瓶に詰めながら、アーツは痕跡を辿って歩み出した。

 三人が付いて行くと、妙に開けた道が視界に映る。

 

 木々がなぎ倒され、至る所に痕跡の残された巨大な獣道だ。

 

 

「こりゃ……でけぇ」

 端から端まで、それだけで竜よりも大きな獣道にアーツは冷や汗を地面に落とす。

 遅れてやって来た三人も、ただ口を開けて固まる事しか出来なかった。

 

 しかし獣道は疎らになっており、全ての木々が倒れている訳ではない。

 それは、この獣道が片足のみで作られたという証拠である。

 

 

「こ、こんな化け物がいるのか?」

「……アレは、確かに大きかった」

 イアンは前日の狩りの帰りの事を思い出していた。

 

 巨木よりも高く伸びた槍、双眼鏡で見ただけでも距離感が狂う程の巨体。

 アレが歩いたならこんな事にもなる。

 

 イアンは納得しながらも、そんなモンスターが人の住む場所を襲ったらと思うと身体の震えが止まらなかった。

 進路方向には、自らの拠点でもあり妹やジャンの住んでいる町もある。悲観せずにはいられない。

 

 

「進路方向は……こっち?」

 レイラが指差すのは北西の方角だ。

 木々がなぎ倒されている方向からの推測で、ほぼ間違いないだろう。

 

 進路方向にあるのはジォ・テラード湿地帯。ドンドルマから程近く、少しでも進路がズレればドンドルマ襲撃の可能性も低くなかった。

 

 

「……まずいかも───っておい、どこ行く気だよ!」

 考え込むイアンを余所にパブリック兄弟はゴグマジオスの進路方向に歩いて行く。

 止める声も聞かないアーツは「怖いなら先に戻ってな、ガキンチョ」と軽く手を挙げた。

 

 

「ど、どうするの……?」

「俺達の任務は調査だ。……もう少し調べる必要はあるかもな」

 そうは言いながらも、イアンは頭を掻きながら内心で溜め息を吐く。

 これだけ巨大なモンスターならば、近付いても相手にすらされない可能性はあるが───

 

 

「……あまり拠点から離れるのは愚策だと思うけれど」

「……だな。……でも、警戒しながら行くしかないだろう。これは古龍の調査なんだから」

 これだけ派手な獣道を歩いて入れば、モンスターに襲われる可能性も高くなる筈だ。

 レイラとイアンはいつでも抜刀出来るよう、警戒しながら二人の後を追って行く。

 

 

 空を見上げると翼蛇竜(よくだりゅう)──ガブラス──の姿が見て取れた。

 

 

 ガブラスは古龍の先駆けとも呼ばれている。厄災の使者とも呼ばれ恐れられているモンスターだ。

 

 その理由は、この竜が死肉や腐肉を餌とするモンスター(スカベンジャー)である事に起因する。

 彼等はとても狡猾で、強力な生物(古龍)に着いていれば餌にありつけると知っているのだ。

 

 

 そんな古龍の先駆けとも呼ばれているガブラスを見て、レイラは不安を覚える。

 歩けば歩く程その数は増えていき、視線を感じる事も多くなった。

 

 

 

「襲っては来ないな……」

「……待ってるのかも」

「待ってる?」

 聞き返したイアンに、レイラは「古龍に私達がやられ───」と口を開くが、その言葉はアーツの声によって掻き消される。

 

 

「み、見付けたぜ!! でけぇ……っ!!」

 地面が揺れる音と共に、大声が森林に響き渡った。

 

 

 急いで二人が駆け付けると、アーツの指差す方向に黒い巨大な影が見える。

 

 

 

「……何あれ?」

 そして視界に入る光景に、レイラは唖然とした。

 

 それもその筈である。

 木々をなぎ倒しながら進んでいるのは、全長五十メートルにも及ぶ巨体。身体を支えるのは六本の足───

 

 

「なんで背中に槍なんて背負ってるの……?」

 ───その龍は天を貫く長さの槍を背中に背負っていた。

 

 どう見ても自然物には見えない。そしてそれは、間違いなく人工物である。

 

 

「あ、アレがゴグマジオスって古龍だってか? 本当に生き物なのかよ。人間が作った船とかじゃないのか?」

「んな訳があるかよニーツ。しっかり見てみろ、脚が六本なんて普通のモンスターじゃねぇ!」

 目を丸くして後ずさるニーツの肩を叩きながら、アーツはそう言って口角を吊り上げた。

 

 

 視界に映る強大な存在に身体は震える。

 

 対峙している訳でもない、相手はこちらなど眼中にないどころか視界にも入っていない筈。

 それでも身体が硬直してしまう程に、かの龍は威圧を放っていた。

 

 

 人の力程度では到底敵わない。挑む事すら馬鹿馬鹿しい。

 しかしもし挑んだのなら、それだけで英雄と呼ばれるだろう。

 

 

「……どうするの?」

「へへっ、もう少し近付くか」

 レイラの問いに、アーツは冷や汗を拭いながらそう答えた。

 

 愕然とする三人を置いて、アーツは足を前に出す。

 彼の弟のニーツすらもその行動に疑問を持ち、イアンはそんな彼の肩を掴んで止めた。

 

 

「ま、待て待て待て。これ以上はヤバイって!」

「そうよ、相手は古龍なんだから!」

「あぁ?! 臆病者共は黙ってな。お前らは英雄にはなれやしねぇ!」

 そんなイアンの手を払うアーツ。

 

 パブリック兄弟の父親は十八年前、古龍との戦いで命を落とした───九十九人の英雄の一人である。

 アーツはそんな父親に憧れ、故に一人だけ生き残ったケイド・バルバルス(たった一人の英雄)を非難していた。

 

 

 弟のニーツも父親には憧れていたが、英雄という存在に憧れはしていない。

 豪快な戦い方をするアーツと比べ、堅実的な戦い方をするのはそのような性格の違いがあるからだろう。

 

 

「……私は英雄になるつもりなんてない」

「勿論だ。お前の父親は英雄なんかじゃないからなぁ!」

「……っ、あんた!」

「お、おい……言い争ってる場合じゃ───って、来た来た来た!!」

 再び争い事になりかけた二人の合間に入って空を指差すイアン。

 

 その先には空を覆い尽くすような数のガブラスが飛翔していた。

 

 ゴグマジオスの周囲に沸くガブラスは百を容易に超えているだろう。

 それが、気球によるゴグマジオスの観測が断念された理由でもあるのだが───

 

 

「ガブラスめ、俺達を見付けたか。へっ、丁度良いぜ。暴れ足りなかったんだ!」

 ───そのガブラス達がイアン達四人に向けて一斉に向かって来ていた。

 

 

 細身の体躯に不釣り合いな大きさな一対の翼。

 翼蛇竜の名の通り、蛇に似た頭部を持った小型のモンスターが空を覆う。

 

 

「……これは」

「……ヤバイかも」

「あ、アーツ兄さん!」

 確かに厄災の使者と呼ばれるに相応しい、不気味な光景だ。

 

 

 四人の上空を覆い隠したガブラス達の内、一匹が突然急降下を開始する。

 それが合図だったかのように、続々と厄災の使者はハンター達に襲い掛かった。

 

 

「───さて、一狩りいこうぜぇ!!」

 迎え撃つハンターは四人。己の武器を構え、古龍の先駆けと対峙する。




さてさて戦闘シーンですよ(ガブラスだけど頑張って書くよ!)。

ちょっと進み方が遅いかしら。完結まで長くなりそうです。


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剣斧舞う

 振り回される剣と斧がもし一つの武器だとして、使用者はなぜ剣と斧を両方持たないのか。

 又は片方だけを持とうとは思わないのだろうか。

 

 

 その答えは単純だ。

 

 

 剣と斧を両方持つ事は出来ない。ならば、剣と斧を一つにすれば良い。

 

 何故そこまでして剣と斧を持つのか。───戦いに必要だからである。

 

 

 

「おらぁぁっ!!」

 ハンターの持つ武器の中でも屈指のリーチを誇る両刃の戦斧が、頭上のガブラスを両断した。

 切り上げで空を舞うガブラスから直ぐに視線を外し、戦斧の主──アーツ・パブリック──は周囲を見定める。

 

 ハンター達を囲む無数のガブラス達。

 四人のハンターの中でも、一人孤立していたアーツを多くのガブラスが狙うのは必然だった。

 

 

「そんなものかぁ?!」

 しかし、アーツは近寄られる前に戦斧のリーチを生かしガブラスを葬る。

 だが襲って来る全てのガブラスに対処出来る訳がない。アーツの背後を取ったガブラスが、毒液を吐くために大口を開けた。

 

「───おせぇ!!」

 しかしアーツは身体を捻りながら、柄のグリップを捻る。瞬間、両刃の斧は中心で割れ火花を散らしながら柄を滑った。

 外を向いていた斧の刃が合わさり、片刃の大剣へと形状を変化させる。

 

 手元から伸びる刃を振り、背後のガブラスを斬り払うアーツ。

 振り回された剣斧は数瞬前とはまるで違う武器だ。

 

 

 スラッシュアックス。

 剣斧の名の通り、剣と斧───二つの形態を持つ武器である。

 

 二つの用途を熟知し、状況に合わせる判断力を持ち合わせて始めて真価を発揮する武器だ。

 アーツ・パブリックはその最たる技術を持ち合わせている。伊達に上位ハンターに名を連ねている訳ではない。

 

 

「まだまだぁ!!」

 そのまま近くにいたガブラス二匹を切り伏せ、アーツは瞳孔を左右に揺らした。

 視界に入るのは後方から襲い掛かる一匹と、頭上の一匹。

 

 再びグリップを握ったアーツは、腰を落として片足を軸に身体を捻って後退する。

 同時に柄を滑る刃は二つに割れ、先端で再び両刃の斧へと姿を変えた。

 

 捻る身体に合わせて辺りを薙ぎ払った斧は、片手を離れる程の遠心力で背後のガブラスを切り伏せる。

 剣から斧へと姿を変えた剣斧は再びリーチを取り戻し、後退したアーツを追って来る頭上の一匹を切り上げにより仕留めた。

 

 

 

「……っ」

 その光景を離れた所で見ていたイアンは舌を鳴らす。

 

 確かに彼は迫り来るガブラスを圧倒していて、討伐数も桁違いだ。

 しかしそれはイアン達が防戦に回っているからで、元々ガブラスと戦うつもりはないからである。

 

 

 今回のクエストはゴグマジオスの調査。ガブラスを討伐する必要はなく、ゴグマジオスを深追いする必要もない。

 この場合速やかに撤退してガブラスをやり過ごすのが最善策だ。この場に止まってガブラスの相手をするのは悪手とも言えるだろう。

 

 

 しかし、アーツは引き下がるどころか一人前進していた。

 

 イアン達とは反対にゴグマジオスに向けて少しずつ脚を進め、その内にもガブラスを切り伏せていく。

 

 

 

「あ、アーツ兄さん! 何してるんだ!」

 片手に剣を、もう片手には盾を持ったニーツが声を上げるが返事は返って来なかった。

 アーツの視線に映るのは黒い巨龍のみ。弟の言葉すら耳に入らない。

 

 何が彼をそこまで駆り立てるのか。イアンは唇を噛んで現状打破の方法を探る。

 

 

 イアン、ニーツ、レイラの三人は固まってガブラスから身を守っていた。

 盾を持つイアンとニーツが前後に構え、双剣を持つレイラが遊撃に徹する構えである。

 

 彼等と連携を取ることを渋りながらも、なによりパーティの一員として堅実な行動を取るのがニーツ・パブリックというハンターだった。

 

 

 

 だが彼の兄は違う。

 

 

 目の前の目的にひたすら突き進み、己の刃を振る姿は狂っているようにも見えた。

 時に剣と斧を入れ替えながら、豪快にも着実に前に進んでいく。

 

 

 

「……っ、進み過ぎだ!」

 これ以上離れればいざという時助ける事が難しい。

 それを懸念して叫ぶが、イアンの声はアーツには届かなかった。

 

 ならばと足を進めようとするが、大量のガブラスがそれを許さない。

 遊撃に徹するレイラも唇を噛む。いつ何が起きてもおかしくない───それは、三人で固まっている彼女達も同じだが。

 

 

「───どけどけどけぇぇえええ!!」

 彼等の気持ち等知らず、アーツは戦斧を構え前に進んだ。

 

 前方のガブラスを叩き切り、再び剣へと変形した剣斧が眼前に襲い来るガブラス二匹を叩き斬る。

 大口から吐き出された毒を身を伏せて躱し、縮めた身体をバネのように伸ばして跳躍。身体を捻って高所のガブラスを切り伏せた。

 

 

「───俺は英雄になるんだ。テメェら如きが俺を止められると思うなぁ!!」

 雄叫びを上げるアーツは、既にイアン達から二十メートル以上離れている。

 そんな彼を空だけではなく、木々の間からも鋭い眼光が睨んでいた。

 

 

 

 それに始めて気が付いたのはレイラである。

 

 不意に視界に映る赤い残光。

 切り伏せたガブラス達の血流ではない。赤い何かが、木々の間を駆け抜けていた。

 

 

「───アレは?!」

「レイラ!!」

「……っ?!」

 それに気を取られたレイラが、不意に放たれたガブラスの毒液に気付かずに被毒する。

 

 

 

 ガブラスの体内で生成される毒は微弱な物だ。元々弱った生き物にトドメを刺す為に進化したガブラスの武器である。

 しかし、それでも人体に与える影響は大きい。レイラは血反吐を吐いて表情を歪ませた。

 

 

「何してやがる! 早く解毒薬を飲め!!」

 そんなレイラの前にニーツが立って盾を構える。遅れてイアンが背後に構え、その間にレイラはポーチからピンを一本取り出した。

 ガブラスが居る事は事前に知らされていた為、用意していた解毒薬を喉に流し込む。その間に脳裏に映る赤い残光。

 

 

 ───アレは、まさか……?

 

 

 

「……イーオスが居る!!」

 溢れた解毒薬を手で拭りながら、レイラが声を上げた。

 

 その言葉にハッとした表情を見せるイアン。ニーツは焦った表情で兄のアーツに視線を送る。

 

 

 

「───ハハッ、どけぇ!!」

 当のアーツはというと、遂にゴグマジオスの脚部に到着していた。

 

 何故か停止している巨龍の脚は、それだけで巨木を故に超える。脇に立つだけで、己がどれだけ小さな存在かを痛感させられる大きさだ。

 

 

 興奮しながら、アーツは眼前のガブラスを「邪魔だ」と斬り伏せる。

 

 

「───ハッハッ、アッハッハッハ!!」

 戦斧を振り回し、道を開け。頭上を回し周囲を薙ぎ払った。ガブラスの微弱な毒は無視する。今の彼はそんな事では止まらなかった。

 邪魔をするものは居ない。そのまま眼前の巨大な脚に斧を叩きつける。黒い何かが飛び散った。まだ終わらない。

 

 

「俺はぁぁ!!」

 グリップを捻る。背中から持ち上げると同時に刃は二つに割れ、柄を滑った。

 頭上で剣へと姿を変えた得物を振り下ろす。黒い何かが飛び散り、その奥にあった甲殻を削り取った。

 

 

「英雄に───」

 甲殻が削れ、少し見えた肉に刃を突き立てる。刃の上部が開き、そこから放たれるエネルギーが肉を焼いた。

 

 

「───なったぞぉぉぉおおおお!!!!」

 ───次の瞬間、剣斧は全てのエネルギーを放って爆炎が肉を焼く。

 

 近付いてくるガブラスすら吹き飛ぶ反動で身体を滑らせながら、アーツは森を震わせる程の雄叫びをあげた。

 

 

 

 ───巨体が揺れる。

 

 スラッシュアックス最大の攻撃により、巨龍は無視出来ない傷を負った。

 しかし、それでゴグマジオスがアーツを敵視する事はなく。ただ脚を持ち上げ、逃げるようにその歩みを再開しただけだった。

 

 

 

「見たか臆病者供!! 守ってばかりじゃ何も始まらねぇんだよぉ!! ───ゲホッ、ガェッ……っぇ……はぁ……。へへっ、逃げたってガブラスの思う壺だ、なら俺達は強いと見せ付けてやるまでよぉ!!」

「……や、やりやがった」

 ガブラス達の死体の上で、毒により血反吐を吐きながらも叫ぶアーツを見て、イアンは唖然とする。

 

「さ、流石だぜアーツ兄さん!!」

 気が付けばガブラス達は諦めたようにこの場から立ち去っていた。

 確かにアーツの言う通り、ガブラス達は気圧されたようにも見える。

 

 上空で滞空しているため、諦めた訳ではないだろうが。

 

 

 

「───逃げて!!」

 しかし、歓喜に騒ぐパブリック兄弟とは逆にレイラが声を上げた。

 それを聞いてイアンは表情を引き締める。

 

 そうだ、さっきレイラが言っていた言葉。

 

 

 ──……イーオスが居る!!──

 

 

 そんな言葉を思い出したイアンは、一度槍を背中に背負って地面を蹴った。

 その時既に、アーツの背後には赤い影が蠢いている。

 

 間に合え。そう思う彼とアーツの距離は二十メートル以上。

 

 

「……あぁ? 何をそんなに慌て───ガッ?!」

 アーツを背後から赤い影が襲ったのは、イアンが五メートル進んだ直後だった。

 

 

 アーツ達より一回り大きな身体を持つ小型の鳥竜種。

 

 赤に黒の斑ら模様。無機質な黄色い目に、頭の上にある大きな瘤が特徴的なそのモンスターの名は───イーオス。

 

 

 

 そしてこのイーオスは、一般的なランポスやジャギィといった鳥竜種には無い特徴を有している。

 それはガブラスと同じ───いや、ガブラスよりも殺傷力の高い毒を有するという事だった。

 

 

 

「アーツ兄さん!!」

 そのイーオスに突き飛ばされる形で地面を転がったアーツの名前を、弟のニーツが叫ぶ。

 地面を蹴るイアンの前に他のイーオスが現れ、しまいには空にいたガブラス達がここぞというタイミングで戻ってきた。

 

 

「……くそっ!! 退け!!」

 イアンの言葉に竜達が反応する訳がない。

 

 イーオス達はまるでアーツにイアン達を近付けまいと、壁のように彼等を囲む。

 そんな中で残りのイーオスやガブラスがアーツの周りを包み込んだ。それはもう、竜達に隠れてアーツの姿が見えない程の量である。

 

 

 

「……まずい!」

 レイラは舌を鳴らしながら眼前のガブラスとイーオスに両手の剣を叩きつけるが、それで道が開く事はなかった。

 逆にイアンもニーツも、その圧倒的な数に気圧されて後退りするしかなくなっている。

 

 

 

「な、なんだテメェ等?! チビ共が調子───ゴフッ、ガハッ……こ、こんな所……で、ぐぁ……か、解毒……あぐぅっ…………や、やめろ! 来るな!! 来るなぁ!!」

 地面を這い蹲って逃げようとするアーツ。

 

 とにかく這ってでも仲間の元に戻らなければならない。しかし、イーオス達の影に隠れて弟達の居場所が分からなかった。

 冷や汗を流しながらアーツは身体を滑らせる。震える手で地面を掴んでは、身体を持ち上げようと力を入れた。

 

 

 しかしその手は血に濡れた土で滑り、足もしっかりと地面を捉えられない。

 ガブラスの死体を蹴って進んで、ただ眼前の恐怖から逃げようともがく。

 

 

 

「こ、こんな所で死んでたまるか!! 俺は英雄になったんだぞ!! これじゃ、これじゃぁ!!」

「アーツ兄さん!!」

「ニーツ!! 助けろ!! 助けてくれぇ!!」

 弟の声に反応したアーツが声を上げた。ニーツはその声を頼りに進もうとするが、目の前に現れたガブラスが毒液を吐く。

 

 その前に立って、イアンが盾でそれを受け止めた。

 

「待て、死ぬ気か!!」

 尚も前に進もうとするニーツに、イアンが怒鳴る。

 

「馬鹿野郎!! 兄貴が死にそうなんだぞ!!」

「二人共後ろ!!」

 反抗して叫ぶニーツの背後で、レイラがイーオスを切り裂いた。その間にもアーツの悲鳴が木々の間に響き渡る。

 

 

 

「やめろ、やめろ、やめろやめろ!! く、来るなぁ!! 助けて、助けてくれ!! 嫌だ嫌だ嫌だ!! やめろ、やめ───ぁぁぁぁぁぁあああああ!!!」

「兄さぁぁぁん!!!」

「……っ、がぁぁぁぁああ───」

 怒号が響いた。しかし、突如としてそれは止まる。

 

 ガブラス達とイーオス達がお互いを牽制しあったかと思えば、ガブラス達は一斉に地表に足を付け始めた。

 

 

 

「……に、兄さん? 兄さん?! アーツ兄さん!!」

 返事はない。

 

 そして、何故かイーオス達の視線が三人に集まりだす。

 

 

 

 ───まるで、もうそこにしか獲物がいないとでも言うように。



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英雄たる資格

 ドンドルマ郊外。

 

 

 人が犇めき合うとある酒場。

 騒がしいその雰囲気に不釣り合いな正装に身を包んだ一人の男が、酒を飲んで居た男の横に座る。

 

「……ギルドナイトがこんな酒場に何の用だ。小便でもしに来たか? ん?」

 隣に座った男に言葉を投げるのは、ダービア・スタンビートという上位ハンターだ。

 顎鬚を伸ばしたガタイの良い中年だが、どうも実年齢より老けて見えるのはその胡散臭い雰囲気からだろう。

 

 

「そう言わないでくれ。数少ない友人同士、私と君の中ではないか」

 冷静にそう返すのは、ドンドルマでギルドナイトを務めるコーラル・バイパーという男だった。

 彼は酒場の店主に「この店で一番高いのを彼に」と言いながら、自分は水を注文する。

 

 

「なんだよ気前が良いじゃねぇか。えぇ?」

「言ったろう。数少ない友人同士だと」

 コーラルの言葉に、ダービアは鼻で笑ってから出された酒を仰いだ。

 

「そりゃぁ、そうさ。俺達の世代、勇敢なお友達は皆テオ・テスカトルに殺されちまったんだからなぁ」

 いつかの過去を思い出して、ダービアは両手を広げながらそう言う。

 

 

 十八年。

 ドンドルマの街を天災とも呼べる龍が襲った。

 

 百人のハンターが集められ、九十九人が犠牲になった戦いを当時もハンターだった二人が忘れる事はないだろう。

 

 

 しかし、その百人の中に二人の姿は無かった。でもなければ、この場でこうして生きている事は無かったかもしれないが。

 

 

「……確かに私は臆病者だった。街の人々より自分の命を取った、ハンターとしてあるまじき人間だ。……だが、君は違う」

 どこか遠くを見ながら、コーラルはそう言う。

 

 彼の目に映るのは偉大な英雄達か、酒の並んだ棚か。

 

 

「変わらねぇよ」

「君はテオ・テスカトルが現れて騒めきだした他の竜をいち早く探知して、迎撃に向かった真の英雄だ。私とは違う」

 真剣な眼差しでダービアを見ながらそう言うコーラルに、当の本人は頭を掻きながら目を逸らした。

 

 

「そんな大層な事をした覚えはねぇな。俺はただ、古龍が怖くてチビって逃げただけよ。……なぁ、古くからの友人よ。英雄ってなんだと思う?」

「英雄……か。勇敢に戦った戦士の事だと思っている。……臆病に駆られ、逃げた私とは違う。百人のハンター達は紛れもない英雄だ」

 生死問わず、と。コーラルは英雄の像を見ながらそう言う。

 

 

「ほぅ」

 そんな彼を横目で見てから、ダービアはまた酒を仰いだ。コーラルの答えには不満げなようである。

 

 

 

「で、用事は。そんな下らない事を言いに来た訳じゃねぇだろ」

「……古龍の討伐に、参加してもらいたい」

 ダービアの問い掛けに、コーラルはゆっくりと答えた。

 

 ただ驚く事もなく、ダービアは空になった酒瓶を振る。

 

 

 

「お前が欲しいのは俺の力ではなく、俺の子分共の命か。それとも俺の子分共を束ねる為の……俺の命か?」

 ダービア・スタンビートという男はドンドルマの中でも著名なハンターだ。

 

 コーラルの言った通り、テオ・テスカトルの襲撃で警備の脆くなった別の地に現れた竜を撃退した男こそ、このダービアという男である。

 それに踏まえての面倒見の良さ、腕前は言う事もなく、数々の実績から一部のハンターに尊敬の念を抱かれていた。

 

 

 性格故に、一部のハンターからは嫌われているが。

 

 

 

「……どちらも、だな」

 そして、コーラルが答える。

 

 

 ギルドは古龍ゴグマジオスへの対策を早急に行わなければならない。

 ドンドルマに向かってくるようであれば、撃退戦になるが───

 

 

「───今は人が欲しい。優秀な人材、それを束ねる人材が」

 古龍を相手取るにあたっては、従来の基本である四人パーティでは圧倒的に数が足りなかった。

 

 それは、十八年前に証明されている。

 

 

 百人が戦い、やっと撃退に成功したのだ。

 

 

 

「……コーラルよ。俺はな、無駄死にした奴を英雄扱いするのが嫌いだ」

 彼の事を見ずに、ダービアはゆっくりと言葉を落とす。

 

「あの時ガキンチョだった俺達が古龍に立ち向かったとして、そんなのはただの無駄死にだったろう。お前は臆病者じゃねぇ、正しい行動が取れる奴だ」

「ダービア……」

 顎鬚を弄りながら、少し小さな声でダービアはそう答えた。

 

 目を見開くコーラルは、そんな彼を真剣に見詰める。

 

 

「俺達はもう立派なハンターだろう? 無駄死にはしない。立派な英雄になれる時が来た」

「それじゃ───」

「勘違いするんじゃねぇ」

 希望の表情で立ち上がるコーラルに手を伸ばすダービア。

 彼は騒つく酒場を見渡して、こう続けた。

 

 

「俺の子分で連れて行く奴は俺が決める。英雄にたる、真のハンター共をな。そして、今度は俺達がなろう───英雄に。生きようが死のうが、事を成した者こそが英雄だ。それが出来ない奴は連れて行かねぇ」

「……あぁ。だが、死なせないさ」

 お互いの拳をぶつけ合い、両者は立ち上がって手を交わす。

 

 

「さてテメェら、英雄になりたい奴は俺に付いて来い! 俺が認めた奴だけ連れてってやる!!」

 ダービアのその言葉に、酒場はより一層喧騒を増した。

 

 頼もしく思うコーラルは、次に誘う人物のアテを頭の中で考える。

 

 

 

 ───やはり、彼しかいないか。

 

 

 

「……さて、英雄になる時が来たか。……無駄に死ぬ事だけは許されねぇ、ただ意味をなし、事を成し、生きて、死んで、英雄になる。───さぁ……何人が英雄になる。お前は、英雄になるか?」

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 地に伏せた同胞の肉を食らう翼蛇竜。

 

 

 それでも腹は満たされないのか、イーオス達に混じってガブラス達も狩人三人を睨んだ。

 悲鳴すら聞こえなくなった静かな狩場で、一人の狩人が座り込む。

 

 

「に、兄さん……そんな…………そんなぁ……っ!」

 目の前で尊敬する、唯一の家族の兄が殺された。

 そんな事実に耐えられず、ニーツはただ絶望のままに赤く染まった地面を見る。

 

 

 しかしそれでは、自分を餌にしてくれと言っているようなものだった。

 

 

 アーツが倒れている所に居た、周りのイーオスより一回り大きなイーオスが鳴く。

 特徴的な瘤の上に鶏冠を持つ、イーオス達のボス───ドスイーオスだ。

 

 

 

 群のボスの鳴き声に、イーオス達の統率力が格段に上昇する。

 狙いは勿論、ニーツだった。

 

 

 

「───ヤバい!」

「立って! このままじゃあなたも!」

 イアンもレイラも、仲間を失った事実を受け止めきれていない。

 しかし、ハンターとしてするべき事を見失わないように心に鞭を打つ。

 

「兄さんが死んだんだぞ!! お前らに俺の気持ちが分かるのか!! 殺せ!! 殺せよテメェら、俺を殺せぇ!!」

 ニーツにはそれが出来なかった。いや、出来る訳がない。唯一の肉親を失った彼の気持ちは、彼にしか分からないのだから。

 

 

 待ってくれよとイアンが願う。

 無論、イーオス達がそんな願いを聞き入れなかったる訳もなく、ドスイーオスが命令する様に声を上げ───

 

 

 

「───っらぁぁぁああああ!!!」

 ───突然、彼等の眼前のイーオス達が数匹飛んだ。

 

 怒号の先に目を向けると、全身を赤く血に染めた一人の男が立っている。

 

 

 

 剣斧を支えに立ち上がったアーツ・パブリックは、不敵な笑みを浮かべながら眼前のドスイーオスを睨み付けた。

 視界に映る赤。歓喜に立ち上がったニーツの視界には、彼の表情は見えていない。

 

 

 

「……へっ、なんだよ。テメェらそんな物か」

 血を吐きながら口を開くアーツと、イアンの眼が合う。

 アーツは不敵に笑って、懐の小さなアイテムポーチを突然イアン向けて投げ付けた。

 

 

 槍を落としながらも、なんとかそれを受け取るイアン。

 

 

 ポーチの中身が少し見えて、その意図が分かってしまう。

 やめるんだ、と。そう言う前にアーツは吠えた。

 

 

「行けぇぇえええ!!! 俺を英雄にしろぉぉおおお!!!」

 翔ける。

 

 投げられたポーチに意識を向けていたドスイーオスに肉迫。横払いが、その左眼球を斬り飛ばした。

 悲鳴と共に、仲間のイーオスやお零れを狙うガブラスがアーツを囲む。

 

 彼は同時に得物のグリップを捻り、左脚を軸に回りながら後退した。

 同時に柄を滑る刃が両刃の斧へと変貌する。リーチを取り戻した斧は、彼の回転に合わせて周りの竜達を切り飛ばした。

 

 

「行けぇぇえええ!!!」

 吠える。

 

 全身から血を吹き出しながら、剣斧を振り回すアーツ。

 

 その意図を知る者はイアンしか居ない。レイラはなんとなく予想していたが、ニーツには兄が何を言っているのかさっぱり理解出来なかった。

 

 イアンは槍を拾って背負い、ニーツの手を引く。

 

 

 

 今は逃げるしかない。彼の行動を無駄にしない為に。

 

 

 

 こんな事はしたくなかった。彼は勝手な人間だ。

 それでも、彼は英雄なんだろう。唇を噛みながら、イアンは声を上げた。

 

「こうするしかないんだ!!」

 またガブラス達が集まっていく。

 

 

 

 既にアーツ・パブリックは限界だった。

 

 そんな事は誰が見ても明らかだろう。それでも彼が動くのは、信念か。

 もう助からない事くらいはイアンでも分かる。本人もそれを踏まえて行動している筈だ。

 

 

 不敵に笑う彼の表情が、竜達の陰に隠れる。

 

 

 

「ふ、ふざけるな!! 兄さんを置いていく気か!!」

「……っ。そうだよ! その通りだよ!!」

 だが、一向にニーツは動こうとしない。当たり前だ。

 

 兄はまだ(・・)生きている。生きているんだ。

 

 

 

「ニーツぅうう!!」

 怒号が轟く。

 

 

「兄さん!! 今助け───」

「俺を英雄にしろぉぉおおお!!!」

 ───なぜ、そこまで。

 

 

 ニーツには理解出来なかった。

 

 

 ただ、一瞬だけ視界に映った兄の身体を見て一つだけ理解してしまう。

 

 

 

 彼はもう助からない。

 

 

 

 

 走った。

 

 

 レイラが遊撃をしながら、三人は竜の群れから離れていく。

 

 

 

 ようやく、か。

 そんな思いでアーツは空を見た。

 

 

 

「親父、俺は英雄になれたかな」

 イアンに投げたポーチに入れた物。それはきっと、あの巨大な龍を倒す手助けになる。

 

 そう信じて、瞳を閉じた。

 

 

 

 彼の父親は十八年前、ドンドルマを襲った古龍と戦った英雄の一人である。

 九十九人の英雄。その死が全て意味のあった物とはきっと言えない。

 

 それでも、彼は信じていた。自らの父親は、きっと何かを成して死んだ筈だと。

 

 

 そんな父親に憧れて。

 

 

 自分は生きて、何かを成そう。そんな事を思って生きていた。

 

 

 いつか胸を張って父親に会う為に。

 

 

 

 だから、後悔はない。

 

 

 

「きっと、なれたよな。俺は……英雄に」

 左目に傷を受けたドスイーオスが、彼の眼前に立つ。しかし、アーツは不敵に笑い「俺の勝ちだ」と言い放った。

 

 

 

 

 

「ニーツ、お前も英雄にな───」

 

 

 

 

 

 大地が血に染まる。

 

 

 上空を通過する飛行船は、ただ真っ直ぐにドンドルマに向かった。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 暴れ回るニーツをイアンが押さえ付ける。

 

 

 周りにガブラスが居ない事を確認したレイラは、地図にゴグマジオスの進路を重ねて頭を捻った。

 直線上にドンドルマや村がある訳ではないが、どうも少しずつドンドルマに近付いている気がする。

 

 気のせいなら、と。短絡的な考えを仕舞った。

 確実に近付いて来ている。

 

 

 

「くそぉ!! くそぉ!! くそぉぉおお!! なんで兄さんを助けてくれなかったんだ!! お前が代わりに死ねよ!! なんでだぁ!!」

「お、落ち着いてくれ。……俺だって、彼を守りたかった」

「嘘付け!! 真っ先に見捨てたじゃねーか!!」

「それは……」

 イアンは怒号に返す事はせず、ただ俯いた。

 

 

「……分からないんだ」

 小さく呟く。

 

 彼自身納得していない。

 アーツの意図は理解出来ても、どうしてそこまでしたのか理解が出来なかった。

 

 

 

「……分からない、だと?!」

 一人分軽くなった飛行船が揺れる。

 

 床を殴り、穴を開けたニーツは木片が突き刺さり血の垂れる手でイアンの胸倉を掴んだ。

 

 

「テメェは意味も分からず兄さんを見捨てたってのか!! あぁ?!」

「違う!! 意図は分かる。でも、俺には彼が理解出来ない!!」

「なんだとぉ?!」

 そんな二人を見かねてか、レイラが間に入って二人を引き離す。

 

 

 そして、船に乗っている人数より一つ多いポーチの中から二つの物を取り出した。

 

 

 一つは黒色の甲殻。もう一つは同じく黒色の液体が入った瓶である。

 

 

「……これは、なんだ?」

「あなたの兄さんが私達に託した物、かな。……多分、ゴグマジオスの甲殻と、これは何だろう。道中にあった痕跡よりも、汚くない」

 瓶に入っていたのは、彼女達がゴグマジオスを探している時に見つけた痕跡よりも綺麗な黒い液体だった。

 

 火薬の盗難事件現場で見つかる痕跡。その元なのかもしれない。

 

 

 

「きっと、あの人はゴグマジオスの進路を調査するだけに留まらず。甲殻を拾って……弱点を見抜こうとしたのかもしれない」

 モンスターの甲殻を調べれば、その素材の弱点を調べる事も出来る。

 

 

 

 

 きっとその甲殻は今後のゴグマジオスとの戦いで重要な役割を果たす筈だ。

 

 

 

 

 それを理解したニーツは、ただ崩れ落ちる。

 

「……兄さんは、英雄になりたいって言ってたんだ。父親みたいな、英雄にさ」

 そんな彼を、今は見守る事しか出来なかった。

 

 手を強く握りしめて、かの龍が歩く方角を見る。

 

 

 

「……死ぬ事が英雄になるって事なのか。なぁ、英雄ってなんだよ!! 生きてなきゃ、何も意味ないじゃねぇかよ!! アーツ兄さん……っ!!」

 ふと彼の視界に映ったレイラは、不機嫌そうな表情をしていた。

 

 それを見てニーツは思い出す。自分が彼女に言った事を。

 

 

 

「英雄って、なんだろうね。……私は、なりたくないな」

 日が沈む。

 

 

 飛行船は、静かに日の沈む方角へと歩んだ。

 

 

 

 止まらずに、真っ直ぐ。




英雄って、一体何なんでしょうね。

さて、ついに死人が出ました。
所でこの作品はこれからも何人か登場人物が増えて行くんですが、登場人物一人一人を覚えてもらえるように頑張りたいです。これは、百人の英雄の物語なので。


それでは、また次回もお会い出来ると嬉しいです。


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百より多い星々を見て

 青年が身体を起こすと、身体を包んでいた毛布がズレて一瞬肌寒さを感じる。

 

 

 季節的に寒冷期という訳ではないが、自らが全裸なのを確認して納得した。

 隣で同じベッドに横たわる、青年と同じ格好(生まれたままの姿)の自らの妻。昨晩は張り切り過ぎた、と反省する。

 

 

 起き上がって彼女に毛布を掛けると、青年は朝食の準備を始めた。

 

 

 ハンター稼業を担う青年は朝も強く、簡単な料理ならお手の物である。

 ガーグァの卵とモスの肉を使ったベーコンをそれぞれ別の火で炙り、先に焼いてからバターを少量塗り込んだパンの上に乗せた。

 

 香ばしい香りが部屋中に広がり、目をこすりながら一人の女性が歩いてくる。

 女性というにはまだあどけない表情の残る、黒髪の彼女は「ごめん、寝てたぁ……」と欠伸をしながら席に着いた。

 

 

「おはよう、シータ。なんならもう少し寝てても良かったんだぜ?」

「パンが冷めちゃうよ」

「それもそうか。ほらよ、熱い内に食べな」

 青年はシータと呼ばれた女性が座った席の前に、出来立てのサンドイッチを並べる。

 

「ジャンも食べる?」

「勿論」

 準備が終わるとジャンと呼ばれた青年も彼女の前に座って、自分で作ったサンドイッチを口の中に放り込んだ。

 

 焼き加減の良いパンに挟まれた半熟の卵がベーコンに絡まって、口の中で混ざっていく。

 この焼き加減こそ、ハンターをやったいたから身に付いたものだと自賛した。生肉を肉焼き機で転がしながら焼くあの感覚を思い出す。

 

 

 ハンターをやっていると、家族との時間は大幅に減る事が多い。

 

 狩り場が住居から遠かったり、狩りが長引けば数日───長くて数週間家を開ける事も多々あった。

 

 

 

 だからか、こんな当たり前のような生活も二人にとってはかけがえのないものである。

 

 離れている時間はそうでもない。

 しかし、一番怖いのは離れてから二度と会えなくなってしまう事だ。

 

 モンスターと対峙すれば、人間の命なんて小さなものである。それを知らない者は、この世界では少数派だ。

 

 

 

「今日はどうする? イアンが帰って来るまで、俺は狩りに出るつもりはないけど」

「お買い物、行きたいなって。……うーん、それにしてもお兄ちゃん古龍の調査に行ったんだよね? 心配じゃないの?」

 彼の言うイアン───イアン・ジスティはジャンの仕事(ハンター)の相棒でもあり、シータの実の兄でもある。

 

 ジャンの話では、ドンドルマで揉め事に巻き込まれて、何故か古龍の調査に向かわされたという話だ。

 ハンターの事は良く分からないが、彼女は古龍という存在を知っている。それこそ物心が付いていないか付いているかといった歳の話だが、目の前で牙を見せる龍を見た事があったのだ。

 

 

 思い出すと少しだが身体が震える。今でこそその程度だが、あの時の恐怖が完全に消える事だけは一生ありえない。

 

 他のモンスターと関わった事がない事もあり、シータの中で古龍はそれ程までに恐ろしい相手であった。

 

 

 

「古龍っていっても、テオ・テスカトルみたいに人を襲うモンスターじゃないって話だぜ。……そうだな、ラオシャンロンって知ってるか?」

「えーと、そこの渓谷を通っていったモンスターだよね?」

 彼女達の住む町は、ドンドルマから伸びる渓谷の直ぐ傍に位置している。

 その渓谷は老山龍───ラオシャンロンを砦まで誘導する為の人工的な渓谷で、今はこの町からドンドルマへの近道として度々人が通る道となっていた。

 

 

 ラオシャンロンは周期的に姿を現し、ドンドルマを襲撃する。

 

 その対策の為に、迎撃設備の整った砦への誘導の道として作られたのがその渓谷だった。

 しかしこの町はその渓谷の入り口付近に位置する町で、ラオシャンロンが出没した時は緊急事態宣言が出されたのも記録には新しい。

 

 

 大勢のハンターがラオシャンロンを町に近付けないように攻撃したと聞いている。

 それこそ数十年前の話で、ジャン達はおろかシータも見た事もないのだが。

 

 

 

「その手のモンスターと同じだろ。あそこまでデカイと、人間なんて気にしないって話だしな」

「……だと、良いけど」

 心配気なシータを、ジャンは正面から抱き寄せた。

 そうして唇を短く交わすと、青年は彼女の頭を優しく撫でる。

 

 

「イアンの強さは俺が一番知ってる。アイツなら大丈夫だって」

「ご、ごめんねジャン。私ジャンの前でお兄ちゃんの事ばっかり」

「バーカ。アイツは俺の兄さんみたいなものでもあるだろ? まぁ、俺も心配っちゃ心配だがな」

 ジャンのその言葉に、シータは軽く頭を横に傾けた。強さを知っているのに、やはり心配なのだろうかと思ってしまう。

 

 

「アイツもそろそろ想い人を作った方が良い。妹に心配されてるんじゃ、ダメだろ」

「あっはは。それは否定出来ないや」

「だろ?」

 二人がそう言って笑いあっていると、玄関を叩く音が聞こえた。

 

 イアンが調査に出かけたのは前日の事である。もしかしたら、噂をすれば町に帰ってきていて、ついでに家に寄ってきたのかもしれない。

 そんな事を想いながら、ジャンは家の扉を開けたが視界に人影が映る事はなかった。

 

 

 拍子抜けしたジャンの足元で、一人の獣人族───アイルーが何やら手紙を持ち上げている。

 

 

「ギルドからお届けですニャ」

 横に垂れた耳と、毛並みの良い尻尾が特徴的な獣人族の郵便屋さん。

 ギルドから各地のハンター等に手形を配る仕事をしている彼は、昨日の夜からドンドルマや周辺地域のハンターに手紙を配っているからか表情が若干やつれていた。

 

 

「おう、ご苦労さん。ありがとな」

「それでは失礼しますニャ」

 挨拶を済ませて、アイルーは次の目的地へと歩いていく。だいぶ働き詰めなのだろう、少しフラつく足取りを心配しながらもジャンはギルドからの手紙を乱暴に開封した。

 

 

「どうかしたの?」

 シータのそんな言葉に手で待ったをかけて、ジャンは手紙の内容を読み漁る。

 一瞬顔色を悪くしたかと思えば直ぐに表情を引き戻し、かと思えば片手で頭を抑えた後、髪を乱雑に掻いた。

 

 

「調査に出たパーティ。イアンのパーティで、えーと……イアンじゃない奴が死んだらしい。で、調査の結果ドンドルマ───いや、この町にその古龍が近付いてる」

「嘘……」

 ラオシャンロンのような巨大なモンスターは、歩くだけでも人の住む町に多大な被害をもたらす。

 そんなものが町に近付いてきているというのだ。シータが不安に駆られるのも当たり前である。

 

 

「とりあえず、ドンドルマに戻ってイアンの無事を確認してくるか。どのみち防衛戦になるなら、参加するしかないしな」

「あ、相手は古龍なんだよ?!」

 シータの脳裏に映るのは、いつか火炎の中で兄妹に牙を剥いた赤い龍だった。

 

 

 全てを灰に変える炎の龍。

 あの時の恐怖や、挑んだ百人のハンターが殆ど命を落としたという事実が頭を過る。

 

 

「テオ・テスカトル程恐ろしいモンスターじゃないさ。勿論、ラオシャンロンの防衛戦でも沢山の人が死んでるから油断はしないけどな」

 そう言ってジャンはシータをもう一度抱き寄せた。

 

 心配そうに彼の服を握る彼女の頭を、優しく撫でる。

 

 

「まぁ、なんだ。とにかく今はイアンが心配だから行ってくる。入れ違いになるかもしれないが、その時は待ってるように言っておいてくれ」

 そう言いってから踵を返して、ジャンは急いで荷物の整理を整え始めた。

 

 約束の買い物はお預けだろう。これだからハンターはなんて思う事もあるが、そんなジャンを誇りにも思うのだった。

 

 

「どのみち防衛戦って事はこの町に戻ってくるだろうし、とりあえずは心配するな。何かあったらまた連絡する」

 逞しい身体を防具に包み込み、入り口付近に立て掛けてある身の丈程の太刀を背負うジャン。

 その姿は先程まで調理をしていた姿とは見違える姿で、自然と表情も引き締まる。

 

「うん、分か───」

 彼女の口を塞いだのは、彼の唇だった。

 

 

 今度は深く、舌を絡める。

 硬い防具にしがみ付いて、それでも感じる彼の温もりを身体いっぱいに感じ取った。

 

 

「よし、行ってくる」

「うん、行ってらっしゃい」

 お互いに離れると、再び短い挨拶を交わして青年は彼女に背を向けながら片手を挙げる。

 太刀の柄が扉に当たって青年が転びそうになるのを後ろで微笑みながら、彼女もまた片手を上げた。

 

 

 

 

 行ってらっしゃい、私の英雄さん。

 

 

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 時間は前日の夜に巻き戻る。

 

 

 ドンドルマに戻ってきた気球船の着陸を二人の男が下から見守っていた。

 気球船が降り立つと、その内の一人が船に向かって歩いていく。

 

 もう一人はただ暗くなった空を見上げて、無意味に星の数を数えていた。

 九十九個目の星を数えた所で、男は溜息を漏らす。

 

 

「言伝は聞いている。……残念だった。そして、すまない」

 船に向かった男───ギルドナイトのコーラルは、船から出て来た三人のハンターに向かってそう言って頭を下げた。

 

 行きよりも搭乗人数の一人減った船。

 凶報は彼等がドンドルマに辿り着く前に、伝書によって伝わっている。

 

 

「謝る事な───」

「そうだ、テメェがアーツ兄さんを殺したんだ!」

 レイラの声を遮ったのは、凶報の主の弟───ニーツ・パブリックだった。

 

 コーラルの胸ぐらを掴んだニーツは、片手を振り上げる。

 それをイアンとレイラが必死に止めるが、コーラルはなんの抵抗もしなかった。

 

 

「殴りたければ、それで君の気がすむなら殴りたまえ。勿論、この事で君を咎める事はしない。君の気がすむまで殴りたまえ。……命に代えて我々を先に進ませようとしてくれた英雄の代わりに、私を殴りたまえ」

「───て……テメェ」

 コーラルの言葉に瞳を見開き、しかしニーツは動きを止める。

 

 

 彼の目に映ったのは、星を数え終えたもう一人の男だった。

 

 

「アンタは……っ!」

「……父さん」

 アーツとレイラがそう呟く。驚いたイアンの視界に映る、赤髪の男。

 

 

 

 たった一人の英雄───ケイド・バルバルス。

 

 

「お前の兄貴は英雄になった」

「ち、違う……っ! 兄貴は……っ!」

 ケイドの言葉をニーツは否定しようとした。しかし、言葉を紡ぐ事が出来ない。

 

 ニーツは百人の内生き残ったケイドに皮肉を込め、英雄とは思っていなかったのだろう。

 しかし実の兄が死んだ時、命を捨てる事が英雄になる事なのかと疑問を抱いてしまった。

 

 

「なぁ、英雄ってなんだと思う? 俺は英雄か? たった一人の英雄か? なら、たった一人死んだお前の兄貴は英雄か? 英雄ってなんだろうな。そんなもの、初めからこの世界に存在しないのかもな」

 だがその疑問は、これまでケイドを認めていなかった自らやその兄を否定する事になる。

 

 ケイドを英雄と認めれば兄を否定する事になるが、兄の死を認める事が出来なかった。それを英雄談であると認める事が出来なかった。

 

 

 

 ニーツは拳を下ろして、イアンとレイラを振り払って走り去る。

 

 止めようとしたイアンを止めたのはケイドだった。

 

 

 

「お前に大切な家族を失った奴の気持ちが分かるか?」

「……。……たった一度の狩り、いや調査でしたが。ニーツ・パブリックもアーツ・パブリックも、大切な仲間でした。アーツを救えなくて辛い気持ちは、分かります」

「分かってない」

 真っ直ぐな瞳にそう返すケイドは、娘を横目で見てからこう続ける。

 

 

「家族を失うってのはな、仲間を失うなんて事とは程遠いんだ。九十八人の仲間が死んだ事よりも、たった一人の家族を失った気持ちが遥かに大きかった。……お前に分かるか?」

「そ、それは……」

 分かる筈がない。

 

 

「今はそっとしておいてやる事だ。……俺は立ち直れなかった。アイツは、どうかな?」

 ニーツの走り去った方を見ながらそう言ってから、ケイドは話を戻すように二人に視線を送った。

 

 

「例の物は?」

 ケイドの言葉に、ハッとしたようにイアンがポーチに手を入れる。

 取り出されたのは黒い甲殻と液体の入った瓶だ。

 

「ほらよ」

 それを受け取ったケイドは、瓶の方をコーラルに投げる。

 そして甲殻を満遍なく観察すると「弱点は、火か龍だな」と短く呟いた。

 

 

「父さん……?」

「ケイドさん……まさか、ゴグマジオスの撃退戦に力を貸してくれるんですか?」

 何故この場所にケイドが居るのだろう。そんな疑問を浮かべていたが、その行動で事情を察したイアンはケイドにそう口を開いた。

 

 

 テオ・テスカトルを討伐した英雄。

 彼が加われば百人力だと、イアンは期待の眼差しを向ける。

 

 

「……俺は、ハンターは辞めたんだよ。ただ、レイラを迎えに来ただけだ」

 そう言ってケイドはコーラルに黒い甲殻を渡して、レイラの手を掴んだ。

 

 レイラは反論する事もなく、ただ首を横に傾ける。

 

 

「レイラ、古龍と戦うなんて俺は許さないぞ。ゴグマジオスの撃退戦は確かに準備されているが、それに参加はさせない」

「ど、どうして?! 私はもう大人のハンターなんだ。上位のハンターだ。一人で考えて、行動できる。……していい事としてはいけない事と、しなければならない事は自分で分かる」

「分かってない」

 即答で返すケイドは再び星空を見上げた。九十九よりも遥かに多い星々が日の光の代わりに世界を照らしている。

 

 

「死ぬんだ。古龍と戦うなんて、馬鹿馬鹿しい。その甲殻を一つ取るだけで一人のハンターが死んだ。その命を取るために、何人死ぬと思ってる」

 冷静に、ただ淡々とケイドは語った。

 

 コーラルはそれを否定する事なく、彼がしたように星空に視線を向ける。

 

 

 

 コーラルがダービアを撃退戦に誘った後に向かったのはケイドの元だった。

 ダービアと同じくゴグマジオスの撃退戦に誘ったは良いが、簡単に断られてしまっている。

 

 その時に、彼の娘のレイラを古龍の調査に向かわせたと吐いて彼が殴り飛ばされたのは語る必要もない。

 ケイドがこの場に居るのは言葉通りレイラを迎えに来た、ただそれだけだった。

 

 突然殴った事への罪悪感もあり、多少の助言はするつもりだったが、本当に撃退戦に参加するつもりはないのである。

 

 

 

「私は、英雄にはならない! 私はハンターになるんだ。父さんみたいにはならない!」

 しかし、レイラは実の父の手を振り払ってそう叫んだ。

 

 ケイドは驚いた表情で固まってしまう。

 

 

「人の生を決めるのは、己だと私は思う。逃げて生き延びた私も、戦って生き延びた君も、戦って死んだ英雄達も。……己の生は自らで決めた筈だ。分かるだろう?」

「分かるかよ」

 ケイドは吐き捨てて、踵を返して歩き出した。

 

 前も上も見る事はなく、ただ下を見て、地面を蹴るように歩く。

 

 

 

「……。……ご苦労だった。近くの貸家の使用許可を取ってあるから、今晩はゆっくり休むといい」

 コーラルは二人にそう言ってから、四通の手紙を取り出してその内二通を二人に手渡しながらこう続けた。

 

「聞いての通り、後日ゴグマジオス撃退戦についてギルドで大きな作戦が開かれる。これは、ドンドルマや周囲に住むハンターへ渡される予定の、撃退戦の依頼書だ。勿論、参加は自由。……君達の生は、己で決めてくれ」

 ケイドの言葉を否定はしない。

 

 

 

 古龍と戦うという事がどういう事か、それは経験しなくても分かる事である。

 それこそ、経験者に言われなくても。

 

 

 

 しかしそれを放置する事がどういう事か、それこそ簡単に分かる事だった。

 

 

 ドンドルマ周囲には小さな町や村も多い。

 ゴグマジオスの進路が少しでもズレれば、町の一つが消えてもおかしくない状況である。

 

 

 

 あまり時間は残されていなかった。

 

 

 

 撃退戦参加者のクエスト受注受付は明後日の正午。そしてその時間から、ゴグマジオスの動きに合わせ作戦が実行される。

 ゴグマジオスの動きは観測船が観察しているが、吉報が届くか凶報が届くか。

 

 あわよくば。そんな事を思いながら、コーラルは手にした黒い甲殻と瓶を大切にポーチに入れた。

 一人の英雄が命を賭けて残したものを無駄にしないように、彼もまた星空を見上げる。

 

 

 

 百より多い星々は、それでも世界を照らし続けていた。




やっと四分の一かなって感じです。


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何者か

「昔話をしよう」

 街中で座り込む男の横に立ちながら、ダービア・スタンビートはそんな言葉を落とした。

 

 

 腰を下ろし、酒瓶を仰ぐ。

 そんな彼の隣で蹲っているのは、つい半日前に実の兄を失った狩人──ニーツ・パブリック──だ。

 

 

「だ、ダービアさん……」

 ダービアは多くのハンターの面倒を見て、好かれる者には好かれる、嫌われる者には嫌われる人物である。

 

 眼力があり、己の実力も相まってこれまで何人ものハンターを導いて来た。

 その中にはハンターを辞めさせた者もいる。お前みたいな奴は無駄に死ぬだけだ、なんて彼に言われた初心者ハンターも少なくはなかった。

 

 

 そんな中で、十八年前を知る者として。

 

 十八年前、街で暴れる古龍に触発されたモンスター達を狩猟した影の英雄として。

 

 

「俺は英雄か?」

 今日も彼は問い掛ける。

 

 

「……ダービアさんは、英雄だ」

「違うな。俺はあの日逃げ出したのさ。テオ・テスカトルが怖かったからな」

「そんなの───」

 ───当たり前だ、と。そう吐こうとした言葉は喉から出てこない。

 

 

 ならば勇敢にもかの龍に立ち向かった者達は、一体何を考えていたのか。

 

 死した九十九人の英雄は何を考えていたのか。

 生き延びた一人の英雄は何を考えていたのか。

 

 

 当事者ですらないニーツに分かる訳がなかった。

 

 

 

「英雄なんてな、本当はこの世に居ないのさ。居るのは命知らずのバカか腰抜けだ。───なら、どっちが英雄になると思う?」

 命知らずのバカを英雄視すれば、兄のアーツや九十九人を英雄と言う事が出来る。

 その代わりたった一人の英雄と共にダービアの事を否定する選択だ。

 

 逆はどうか。

 腰抜けを英雄死するなら、あのたった一人の英雄と共にダービアを英雄と言う事が出来る。

 代わりに父親を含む九十九人の英雄や兄を否定する事になった。

 

 

「……分からねぇ」

「大正解だ」

 しかし、ニーツの解答にダービアはそう答える。目を見開くニーツは、彼が何を言いたいのか分からなかった。

 

 

「言ったろう、英雄なんてのはまやかしだ。そこに命知らずのバカも腰抜けも違いもねぇ。英雄の定義を定めるのは所詮己。誰を英雄視するのも己の勝手。……さて、もう一度問おう。俺は英雄か? お前の兄は英雄か? お前がそう思うなら誇れ。そしてそう思わないなら蔑め。アーツを肯定するも否定するも己の自由。お前は自分の進みたい道を進めば良い」

 そう言うとダービアは立ち上がりながら、ニーツに手紙を一つ手渡す。

 

 

 古龍───ゴグマジオス撃退戦クエストの依頼書だ。

 

 

「死んで英雄になるもよし、生きて腰抜けになるもよし。誰かが否定すれば英雄ではなくなり、誰かが肯定すれば英雄になる。……さて、お前は何者になる? 俺が見たアーツとお前が見たアーツは違う筈だ」

 立ち去るダービアの背中を見て、ニーツは手紙を握り締める。

 

 

 兄は何になったのか。己の答えを噛み締めながら。

 

 

 

「さぁ、お前は何者になる。……英雄になるか、それとも───」

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「君のお父さん……」

 ギルドの貸家にて、インナー姿になったイアンが同じくインナー姿のレイラに口を開いた。

 肩まで伸びた赤色の髪を一つに纏めたまだ若い女性は、そんな声に振り向いて溜息を吐く。

 

 

「心配性なの。母さんを目の前で亡くしてるから」

「親が子を心配するのは当たり前じゃないかな?」

「し過ぎよ」

 両手を上げて否定するレイラは、机の前に並べたアイテムの整理をしていた。

 

 古龍の撃退戦に参加する為に。

 

 

「気持ちは……分からないでもない。だって君はまだその───」

「子供扱いする訳?」

「そうじゃないさ」

 イアンの言葉に反応したレイラは、ベッドに座っていた彼に詰め寄ってそのまま身体を押し倒す。

 

 

「あたしだってもう大人。自分で考えて行動出来る。なんなら証明する?!」

 インナーに手を掛けながらそう言うレイラを、イアンは身体を持ち上げて退かした。

 彼女は予想外の腕力に驚いて悲鳴を上げる。

 

 

「そういう事してる内はまだ子供だ」

「貴方までバカにするの?!」

「バカにしてる訳じゃない。ただ、父親の気持ちを考えたらどうだって話だよ」

「父親の気持ち、分かるの?」

「……分からないけど」

 子供どころか伴侶もいないイアンに、その質問は急所だった。

 

 

 思えば憧れたハンターに近付く事に必死で、そういう事には疎かったとも思う。

 

 ただ、目の前の彼女はまだ若い。

 手を出す気にはならなかった。

 

 

 

「へぇ……」

「バカにするのか?!」

「そうじゃないわよ」

 どこかで聞いた事のあるイントネーションでそう言ったレイラは、再びアイテムの整理に戻る。

 イアンは立ち上がろうとして、やっぱり辞めてその場で口を開いた。

 

 

「まぁ、君の言う事も一理あるけどさ。危険なのは分かってるだろう?」

「それが分かってなかったら上位ハンターになれてないわよ」

「それもそうか」

 あまり家族間の話に首を突っ込む物でもないが、彼にはややこしい問題が一つある。

 

 

 立て掛けてある槍と盾を見て、イアンは溜息を吐いた。

 

 

 彼女の父親ケイド・バルバルスは今現在加工屋を営んでいる。

 そんな彼から、もう二度日が昇る頃───撃退戦の受注受付がある日に新しい武器と防具を受け取らなければならなかった。

 

 だが、どうしてもあの場に居合わせた事が気まずい。

 どうせなら彼女について来て貰って、蟠りを解消して貰いたい所である。

 

 

 だからどう誘ったものかと悩むばかりで、話は少しずつズレていった。

 

 

 

「モンスターが恐ろしい事も知ってる。目の前で仲間が死んだ事だって、今日だけじゃないもの」

「なんでハンターになったんだ?」

 頭を抱える少女に、彼は素朴な質問をする。

 ただ話を続ける理由が欲しかった。

 

 

「父さんはあの日からずっとバカにされていたらしいの」

 十八年前の事だろう。

 

 一人だけ生き残った英雄。テオ・テスカトルと対峙して生き残った彼を、一部の人達は逃げていただけの腰抜けと蔑んだ。

 

 

「父さんだけは英雄じゃない。腰抜けだって。……そんなのあんまりじゃない?! 死ぬ事が正しい事? 戦ったら死なないといけないの? あたしは生きて、生き延びて、父さんは正しかったって証明するの。だから、この古龍撃退戦はそのチャンスなのよ」

 彼女を子供だと言った事を反省しなければならないと、彼はそう思う。

 それだけ自分の考えを持っているのは、とても立派な事だ。

 

 

「それ、ケイドさんには言ったのか?」

「言ったわ。……父さんはどうでも良いって感じだったけど、あたしはどうでも良くなんてない」

 やはり親子の問題は難しい物だな、と。イアンはベッドに横になりながら考える。

 

 どのみち後一日時間もあるのだ。ゆっくり考えた方が良いのかもしれない。今日は色々な事があって、きっと彼女も疲れている。

 

 

 

「明日まだ一日あるんだ。早く寝た方が良い」

「そう言って襲う気?」

「ま、まさか」

「冗談なんだけど、なんで焦ってる訳」

 やられた、なんて思って手で顔を抑えながらイアンは溜息を吐いた。

 

 

 良くジャンにも言われるが、この歳で女性関係に疎いのも問題なのかもしれない。

 

 

 

「どのみちまだ眠くないから、どうぞお先に」

「それじゃ、遠慮なく」

 披露もあってか、イアンは直ぐに夢の中に落ちる。

 

 

 彼が眠ったのを確認してから、レイラはその場に崩れ落ちた。

 

 

 

 

「……怖いに決まってるじゃない。目の前で仲間が死ぬ所になれる訳ないじゃない。それでも、父さんは戦った。父さんは凄いんだ。何で皆バカにするのよ。……ねぇ、貴方はなんで父さんを認めてくれるの?」

 英雄だと、言ってくれるの?

 

 

 

 震える身体を丸めて、少女は泣き崩れる。

 

 

 

 男の断末魔の叫び声が脳裏を過って、ただただ彼女は小さく呻いた。

 

 

 

 英雄ってなんだろう。

 

 

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「実験の結果はどうですか?」

 緑青色のコートを着た女性が、竜人族の老人に声を掛けた。

 

 

「やはり、弱点は火と龍だね。こっちの液体は油のようなものだが、多分龍の体液のようなものだろう」

 老人は一度眼鏡を掛け直しながら彼女にそう返事をする。

 

「火薬を盗んでいた犯人が火に弱い……?」

「いや、逆さ。火薬の成分で身体を作っているから、場合によっては火を通し易いって事だよ」

 老人の説明に「なるほど」と腕を組んだ女性は、報告の為のメモを取り出した。真面目な性格なのだろう。

 

 

 ごく最近ギルドナイトに就任した彼女───エドナリア・アーリア・シュタイナーは、一通り文章を書き終えると「ご苦労様です。ご協力感謝致します」と丁寧に老人へ礼を述べた。

 

 

「エドナリア、報告はどうなっている」

 そんな彼女の背後から声を掛けたのは、深緑色で彼女と同じデザインのコートを着た青年である。

 黒い髪を三つ編みにした青年は、彼女の前に立って片手を腰に置きながらそう聞いた。

 

「サリオク……。はい、今解析結果が出た所です」

「サリオク兄さんと呼べと言っただろう。誰のおかげで平民の君が高貴なギルドナイトになれたと思っている」

 威圧的にそう語る青年の名はサリオク・シュタイナー。

 

 ハンターとして名門の家の長男であり、所謂貴族紛いの金持ちである。

 エドナリアはそんな彼の家で養子として育てられた娘だった。ただ、目に見えて悪いサリオクの性格が相まって、あまり仲は良くない。

 

 

「そーですね、私を養子として迎え入れてくれたお父上のおかげだと思っております。お父上はお前の実力だと言ってくださいました。……貴方と違って」

「どういう意味だ?!」

「そのままの意味です。それで、何かご用件でも?」

 逆に威圧的な態度を取るエドナリアを見て、サリオクの頭に青筋が出来る。

 

 それを見て竜人族の老人は表情は引きつらせた。これには彼女も反省である。

 

 

「……ちっ。コーラルさんへの報告は私がしておく! その報告書を寄越せ」

 つまり、手柄が欲しいのだ。

 

 彼女はなんの躊躇いもなしに報告のメモを彼に手渡す。しっかりと伝えてくれさえすれば、彼女にとって細かい事に興味はなかった。

 

 

「ふふ、良くやった。それでは、明日までにまた何か分かったらまず私に伝えるのだぞ!」

 彼は満足そうな表情でその場を後にする。

 

 うるさいのが居なくなった所で、彼女は一度溜息を吐いてから老人に「申し訳ありませんでした」と頭を下げた。

 

 

「エドナちゃんが謝る事でもないさ」

「一応家族ですので、アレが作戦の邪魔をしない事を祈るばかりです。……そういえば、進路はどうなっていますか?」

 四人のハンターが調査に出てから一日が経っている。そろそろ一度観測気球から連絡が来る筈だ。

 

 

 ゴグマジオスの進路によって作戦は大きく変わってくる。

 

 かつてラオシャンロンを誘導した渓谷付近には一つ大きな町があり、砦にゴグマジオスを誘導するとしてもその町を守る為の防衛戦が必要だ。

 報告によれば四人のG級ハンターが砦でゴグマジオスを討伐する作戦も思案されているらしい。ともなれば、砦への誘導と町付近の防衛戦が今作戦の要ともなるか。

 

 

「渓谷からは少し遠いね。もし真っ直ぐ進んだとしたら、ドンドルマには来ないかもしれないけれど、湿地帯付近の町や村は大損害を受けるかもしれない」

「どのみち渓谷への誘導作戦が必要ですね。……しかし、どう誘導するか。そして近くの町の防衛の対処───」

 今後の事を見据えてブツブツと独り言を並べて行くエドナリアを見て、竜人族の老人は彼女が居れば問題ないだろうと安堵する。

 

 

 

 かの龍は今も確実に前進しこの街に近付いて来ていた。

 残された時間はあまり多くない。その間に出来る事を今する事が、彼女達の仕事だろう。

 

 

 

「───ありがとうございます。また何かあれば、コーラルさんに届くよう連絡お願い致します」

 そう言ってから、エドナリアは次に近くの酒場を訪れた。

 

 もう街にもゴグマジオスの噂は広まっている頃だろう。

 何かパニックや揉め事が起きてもおかしくないと踏んで、誰に言われた訳でもない自主的な行動だ。

 

 

「……異常なし。さて、それでは次は───」

「うわぁ?!」

 次の行動に移ろうと彼女が振り向くと、何かに当たって身体がよろける。

 

 同時に、まだ声変わりもしていなさそうな若い男の子の声が集会所に響いた。

 視線を落とした先に居たのは、消して高い訳ではないエドナリアよりも小さな身長の少年。

 

 背中にはライトボウガンを担いでいて、初心者用装備に身を待とう彼はおどおどしい表情をしている。

 

 

「……っと、すみません。突然振り向いてしまい」

 自分の非は必ず認めるというのが、あの義理の兄を見て育った彼女の志でもあった。

 彼女は屈んで少年の視線に目を合わせるとそうして謝る。

 

 少年はたどたどしく、慌てた様子で「ご、ごめんなさいこちらこそ!」と涙目で返事をした。

 

 

 まだ若いハンターで、周りの人が怖いのだろう。そんな時期が自分にもあったな、と。彼女は思い出して微笑んだ。

 

 

「いえ、こちらこそ。これから狩りですか? 頑張って下さい」

 自分の服装が服装だけにあまり気を使わせるのも悪いと思って、彼女はそうとだけ告げてその場をさる。

 

 この街にはこんな若いハンターだって居るし、もっと言えば沢山の人々が住んでいるんだ。

 適当な指揮をして街を危険に晒す事は許されないと、再び自分の責任を感じ取る。

 

 

「あまり責任を感じ過ぎるのは良くないな。何を考えている? 力み過ぎだ」

 そんな彼女のに横から話しかけたのは、同じくギルドナイトでゴグマジオス撃退戦の指揮を取るコーラルだった。

 

「コーラルさん……? あ、いえ、当たり前の事を考えているだけです。……それより、素材を調べた結果ですが、サリオクから聞きましたか?」

「あぁ、さっき報告書を貰ったよ。弱点が知れた事は今作戦に多大な影響をもたらすだろう。……アーツ・パブリックは我々に繋げてくれたのだ」

「……私は、彼をただのゴロツキだと思っていました。反省しなければなりません」

 彼をギルドに連行した時、狩人の誇りも何もないただの酒飲みだと、そんな印象で接した事を後悔する。

 

 

 彼の決断と行動がなければ、ゴグマジオスの弱点を知らないままに戦う事になっていた。

 

 元々はその予定だったが、彼の功績により作戦の成功率は格段に上がったと言っても良い。

 

 

 

「だが、それが正しかったのかは私も分からない」

「どういう事ですか……?」

「はたしてそれは、彼の命を捧げる価値のあるものだったのか。彼の命を犠牲にしてまで手に入れたこの情報に、彼の命と同等の価値があったのかと」

 難しい表情でそう語るコーラルに、エドナリアは真っ直ぐ瞳を向ける。

 

 己の答えを話す時は、真っ直ぐ相手を見る事だ。シュタイナー家で育てられた時に教わった言葉である。

 

 

「きっと、彼は命を捧げる気なんてなかったのだと思います。……ただ、届かなかった」

「……なるほど」

 アーツ・パブリックは死を選んだ訳ではない。ただ、自らの命に手が届かなかったのだと彼女は語った。

 

 

「……私は、届かせます。命を背負うギルドナイトとして」

 彼女の真っ直ぐな翡翠色の瞳を見て、コーラルは深く頷く。

 

 

 

 

 命を背負う者として。




中々話が進んでくれなくて焦っております。
少しずつキャラを増やしてるけど、ちゃんと覚えていただいてるか心配ですね。

それでは、次回もお会い出来ると幸いです。


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決断の時はいつか

 ドンドルマのとある居酒屋で、まだ声も変わっていない少年が背中にライトボウガンを背負って歩く。

 

 

 真新しい初心者用装備に身を包む少年はしかし、ハンターになってから一年という歳月を経ていた。

 それにしては新品同様の装備に、周りのハンターからは初心者ハンターだと微笑ましく思われるか馬鹿にされるかのどちらかである。

 

「きょ、今日こそクエストを受けるぞ……っ!」

 居酒屋兼集会所になっているその場所で、彼は拳に力を入れながらそう言葉を落とした。

 

 

 少年はハンターの育成学校を卒業後、毎日初めての狩りに赴こうとしては挫折して家に帰るという事を繰り返している。

 小心者で臆病で。それでもなんとか育成学校を卒業したは良いが、採取クエストすら行けない始末だ。

 

 これまで育ててもらった両親に報いる為に、なんとか集会所に足を運ぶのだが、今日も今日とてこの時点で身体は震えている。

 

 

 両親からは無理しなくて良いと言われてはいるが、このままでは立派な大人になる事なんて出来ない。

 勇気を振り絞って、目を瞑りながら、いつもより少しだけ前に進んだのが少年の運命の分かれ道だった。

 

 

「……異常なし。さて、それでは次は───」

「うわぁ?!」

 突然何かにぶつかってしまい、少年は眼を開きながら驚きの声を上げる。

 

 目の前に居たのは、緑青色のコートを着た金髪の女性だった。

 ギルドナイトの格好をした彼女を見て、少年は全身から冷や汗を流して固まってしまう。それだけで固まってしまう少年なのだ。

 

 

「……っと、すみません。突然振り向いてしまい」

「ご、ごめんなさいこちらこそ!」

 謝る女性に、少年は涙目で返事をする。

 

 今日は厄日だもう帰ろう、なんて事を思ってしまった。

 

 

「いえ、こちらこそ。これから狩りですか? 頑張って下さい」

 しかし、女性はそうとだけ告げて彼に背を向けてその場を立ち去る。

 そんな彼女のコートから一通の手紙が落ちてきて、それを拾った少年は女性に声を掛けようと手を伸ばした。

 

 だが、その間をハンターが何人か通り過ぎて。その間に少年は彼女を見失ってしまう。

 人の多い酒場だ。彼女を探すのは難しいだろう。

 

 

「ぎ、ギルドの人に渡せば良いかな……?」

 そう考えるは良いが、それをするという事はギルドの受付嬢に話し掛けるという事だ。

 それはクエストを受けるのと同じ行為であり、この少年は一年間それが出来なかったのである。

 

 

「……あ、明日で良いかな」

 表情を曇らせながら、少年は帰路に着いた。

 

 家に着くと、母親が料理を作ってくれている。彼は申し訳なさそうな顔で、その横を通った。

 

 

「今日はどうだった? ラルク」

「この時間に帰ってる事から察して欲しいな……」

「あっはは、そうかー。今日もダメかー」

 少年をラルクと呼んだ彼の母親は、料理の支度をしながら笑顔で頷く。

 むしろ無事に帰ってきてくれて安心しているのだ。

 

 彼は結局狩りには出掛けないが、それでもハンターを辞めるとは絶対に言わないのである。

 いつか本当に狩りに出掛けたとして、戻ってくる保証が無い事くらいは知っていた。

 

 それが初心者用のクエストでも、何が起こるか分からないのが狩場だから。

 

 

「あ、明日こそ頑張るよ!」

「うん。頑張れー」

 笑顔でそう返す母親は、出来上がった料理を机に置く。

 明日も彼が無事に帰ってくる事を願って。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 ドアを叩く音で目が覚めた。

 

 

 イアンは身体を起こすと、まずレイラを探す。ふと窓の外を見てみると太陽は既に高い所まで登っていた。

 疲れが溜まっていたのだろう。ほぼ半日以上眠っていたのか、むしろ太陽は沈み始めていた。

 

 彼女が隣のベッドで寝ている事を確認すると、彼は立ち上がって扉の前に向かう。

 ギルドの職員だろうか。宿泊の許可は貰ったが、あまりにも長居してしまったのかもしれない。

 

 

「……ジャン?」

 しかし、扉を開けると目の前に居たのは職員ではなく見知った男だった。

 ジャン・ケールス。普段からイアンとコンビで狩人業に勤めるハンターである。

 

「よぅ、心配して帰って来ちまったぜ」

 全くその気のない表情でそう言ってから、なんのお構いもなしにジャンは部屋に入ろうと足を前に出した。

 イアンはそれを反射的に止める。狩人ならではの反射神経に自分でも舌を巻くが、何故自分が彼を止めたのか一瞬だけ分からなかった。

 

 

 ふと部屋の中の彼女に気を向けて、自分の反射的な行動を理解する。

 

 男女関係をからかわれる想像は容易だった。長年の付き合いという奴である。

 

 

「おいおい、何の真似だよ。こっちは心配して来てやったんだぜ?」

「ちょっと部屋が汚くてな。直ぐ出てくから外で待っててくれないか?」

「態々ガーグァの快速竜車で飛ばして来て、揺れる竜車で腰を痛めてる相棒にその仕打ちかよ。……それとも何か、中に見られちゃういけない物でもあるのか? あの時の赤毛の女の子持ち帰りしたのか?」

 感が鋭過ぎて怖い。それこそ狩人ならではだろうか。イアンは表情を引きつらせた。

 

 

「へぇ、その反応は───良いから開けろぉ!」

 突然力を入れたジャンに、イアンは押し戻されて扉が開く。

 

 ランス使い失格だと頭を抱えるが、それ以上にどう説明したものかと心の中で嘆いた。

 

 

「……わぉ」

 部屋の真ん中に立って、レイラが寝ているベッドを見て声が漏れる。

 

「一緒に寝たのか?」

「別のベッドでな」

 両手を上げて小声で質問してくるジャンに、イアンは人差し指を口に向けながらそう答えた。

 

 

「あー……その、悪かった。まさかそこまで進展していたなんて」

「人の話を少しは聞いてくれ」

 溜息を吐くイアンに、ジャンは「ならむしろ今がチャンスだ」と小声で呟く。

 

「からかうなよ、彼女とはそんなんじゃない。昨日一緒にクエストから帰ってきただけだ」

「あと一人居ただろう? 兄か……弟だったか、どうした?」

 おもむろにベッドに座ると、ジャンはそんな質問をした。

 

 その内どちらかがクエスト中に亡くなった事を知っている口振りと、途端に真剣になった彼の表情を見てイアンも表情を切り替える。

 

 

 心配になって来てくれたというのは嘘ではないらしかった。

 

 

「ドンドルマから気球船を降りた後、走り去ってしまった。……俺には、理解出来なかったから」

「まぁ……なんだ。俺達仲間を失った事はないからな」

 そもそも殆ど二人だったし、と付け加えて。ジャンは懐から一通の手紙を取り出す。

 

 

「お前はどうするんだ?」

 昨晩コーラルから貰った物と同じ手紙を見て、イアンはその言葉の意味を察した。

 古龍ゴグマジオスの撃退戦。そのクエストに参加するか、否か。

 

 

「俺は───」

「あたしは参加する」

 イアンの言葉を遮ったのは、いつのまにか起きていたレイラ。

 彼女は寝起きで跳ねた赤い髪を抑えながら、表情だけは整えて口を開く。

 

 

「お、起こしちゃったのか。ごめん、こいつ勝手に入ってきて」

「こんにちは嬢ちゃん。俺は隣町に住んでるジャンだ。コイツとは相棒なんだよ、よろしく」

 立ち上がって手を伸ばすジャンに、レイラは目を細めて反抗的な態度を示した。

 

 何が気に食わなかったのか、ジャンは「あれ……?」頭を掻く。

 

 

「子供扱いしないで」

「それはなんていうかその……悪かった。それじゃ、改めて。……ジャンだ、よろしく」

「レイラよ。よろしく」

 二人が手を取り合ってから、イアンは腕を踏んで考え事をし始めた。

 その時に視線を横に向けるのが彼の癖なのだが、それを知っているジャンは彼が何を考えているのか気になってしまう。

 

 

「何考えてんだ?」

「いや、少し困った事情があってな」

 話は聞こうというジャンの態度を見て、イアンは彼女の父親と昨日何があったのかを伝えた。

 そしてその上で、明日の朝には頼んでいた武具を彼の所に取りに行かなければならないという事も。

 

 

「つまり、気不味いと」

 イアンとレイラを見比べながら、ジャンは呆れたようにそう言う。

 

 言ってしまえば親子の問題だ。運が悪かったというか、災難だったというか。

 

 

「まぁ、気にせず取りに行くのが正解だろ。君……レイラは、行きたくないだろう?」

「あたしの所為で気を遣わせてるなら、その。……一緒に取りに行く?」

「良いのか?」

 レイラの以外な返答に、ジャンは驚いてイアンは前のめりになって聞き返す。

 

 彼女は視線を逸らしながらも「あたし達親子の所為だし」と付け足した。

 

 

「それなら、今から行こうぜ。嫌な事は早めに終わらせるに越したことはない」

「いや、今日は撃退戦のための買出しをしたい。相手は古龍だ。それ相応の準備をしないと」

 当の龍を見たものとして、並大抵のモンスターでない事は明白だと。

 それこそがつい先程のジャンの質問への答えである。

 

 古龍ゴグマジオスの撃退。それはあの時、百人の英雄達に命を救われた彼が彼等のようになりたいと願った夢でもあった。

 

 

「そう言うと思ったよ」

 お互いに拳をぶつけてから、立ち上がって準備を進める。

 

「お、そうだ。レイラ、君も一緒にどうだ?」

 そんな中で、彼女に声を掛けたのはジャンだった。

 彼の吊り上がった口角を見て、イアンはまた変な事を考えてるなと目を細める。

 

 

「んーと、良いわ。私も同じ事考えてたし、付いて行く」

「決まりだな」

 不敵に笑うジャンと、頭を抱えるイアン。そんな二人を見て首を横に傾けるレイラの三人は、傾き出した太陽が照らすドンドルマの商業区に向かうのだった。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 程よい焼き加減の雌火竜のロースを豪快に口に含み、ナイフも使わずに歯で噛み切る。

 染み出した肉汁と厳選されたタレが絡まって口の中で溶け、染み渡っていく感覚がジャンは好きだった。

 

 

「もう少しお上品に食べたら?」

「お上品に皿の上で肉を切ってたら、肉汁が逃げちまうだろ?」

 レイラの忠告にもそう返して、ジャンはひたすら肉を口に運ぶ。

 

「そ、そう……。それにしても、雌火竜(リオレイア)の食材がこんな所まで回ってくるなんて珍しいわね」

 さながら恐暴竜のように肉に噛み付くジャンを見て若干引きながら、レイラは今彼等が食べている食材の事に話題をずらした。

 

 

 雌火竜ことリオレイアはレウス種の雌であり、非常に強力な力を持つモンスターである。

 珍しいモンスターではないが、今彼女達が食事をしているような街の外側にある料理屋で出てくるような食材ではなかった。

 

 

「何匹か同時に討伐されたんじゃねーの?」

 気楽にそう返すジャンの隣で、レイラとイアンは顔を見合わせて両手を上げる。

 

 既に太陽は沈んでいて、辺りは僅かな光に照らされるばかりだ。

 三人はこの時間まで買出しを共にし、せっかくだからと近くの飯屋で食事をという事でここにいたる。

 

 

「まぁ、せっかく頂いた命なんだ。美味しく頂くとしよう」

 そう言ってから、イアンは皿の肉にナイフを突き付けた。

 モンスターから素材を剥ぎ取る容量で、程よく赤みの残る肉を切り分けていく。

 

「頂いた命……か」

 ポツリと呟いたのは、レイラだった。

 先日目の前で消えていった命を思い出しては、また吐き気がする。

 死ぬ瞬間を見た訳ではない。いや、それはつまり彼を見殺しにしたという事だった。

 

 

 しかし、彼があの時その行動を取らなければ四人とも死んでいたかもしれない。

 勿論あんな状態になったのは彼の軽率な行動の結果だろう。しかし、彼の行動でゴグマジオスの弱点が知れて───結果何人の命が助かるのだろうか。

 

 

 彼の命を生かすも殺すも、彼女達次第だった。

 

 

 

「俺は彼のようにはなりたくない。勿論、彼は正しい事をしたんだと思う……それだけは否定できないけれど」

「死んだら終わりだと思うけどな、俺は。待ってる奴も居るし」

「あたしも、死ぬ事が英雄だとは思わない」

 ジャンとレイラはそう答える。

 

 それも、一つの答えだ。

 ならば自分の命を優先して他の命を危険に晒しても良いのだろうか?

 

 

 そんな事を考え出すと、答えは出なくなる。

 

 あの時、百人の英雄は何を考えていたのだろうか。

 それを知る者はもうこの世界に一人しか居ない。

 

 

 

「英雄、か」

 憧れていた者は遠くて、理想とは違って。

 

 それでも古龍という脅威は刻々と目の前に迫っていた。

 

 

 もし決断の時が来たとして。自分はどうするのだろう。

 いくら考えても、答えが出る事はなかった。




何事も備えは大切だと思うのです。


それでは、次回もお会い出来ると幸いです。


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九十四人の英雄

 日が昇り始め、しかしまだ薄暗いドンドルマの街を三人のハンターが歩いていた。

 

 

 目的地は街の外れにある小さな加工屋。

 近々解体されるらしく、店の外には色々な荷物が纏められている。

 

 そんな加工屋のカウンターを除いては「早過ぎたか」と、イアンは髪を掻いた。

 

 

「……何時だと思ってる」

 しかし、そんなイアン達の背後から声が聞こえる。

 朝の散歩にでも出ていたのだろうか、店の主であるケイド・バルバルスは、ため息混じりに「例の物の準備なら出来てる」と呟いた。

 

 

「父さん……」

「本当に行く気か?」

 レイラの正面に立って、ケイドは実の娘を見下ろす。

 その表情は決して優しく娘を見守る物ではなく、まるで仇をみるようなものだった。

 

 

「レイラの父ちゃんおっかないな。娘さんを下さいって言いにくいタイプだ」

「ジャン、喋るな」

「オーケー。努力する」

「私は英雄にはならない。……父さんが正しかったって証明する!」

 父親を睨み返しては、レイラはそう口を開く。

 

 少しだけ涙を浮かべる彼女の顔を見て、ケイドは目を逸らした。

 本当は家の柱に縛り付けてやろうとも思っていたのである。

 

 

 それだけ大切な存在なのだ。

 残された唯一の家族。彼の妻が命を懸けて守ろうとした命。

 

 それがまた古龍に挑んで失われるなんて、そんな馬鹿馬鹿しい話があるだろうか。

 ケイドは頭を抱えながら加工屋に向かい、扉を開く。

 

 

「もうお前は俺の子供じゃない。勘当だ」

 だから、そう言った。

 

 レイラは滲ませていた涙を大粒の物に変えて地面に落とす。

 尊敬する、大切な父親。世間の彼への批判を変えるために彼女は戦っているというのに、その父親からの拒絶はあまりにも酷だった。

 

 

「それはあんまりじゃないですか!」

 急にケイドの肩を掴み、イアンはそう声を上げる。

 そんな彼をケイドは睨みつけるが、特に何か行動を起こす事はなかった。

 

「お、おいおいやめとけって」

「彼女は貴方の為に戦おうとしてるんですよ!」

 後ろからジャンがそう言うが、イアンは聞く耳を持たずにケイドに摑みかかる勢いで声を上げる。

 

「……お前に何が分かる」

 そんな彼と娘を見比べながら、ケイドはそう吐き捨てた。

 イアンを突き飛ばすように身体から引き剥がすと、彼はこう付け足す。

 

 

「俺の為にだと? 俺は自分の評価なんてどうでも良い。俺はただ守りたい人を守りたいだけなんだ。守れなかったんだ!! もうこれ以上失ってたまるか!!」

 ケイドは言い放ってから店の中に入り、槍と盾それに新調した防具を持って出て来た。

 

 

「とっとと帰れ。店仕舞いだ」

「俺の知ってるケイドさんは、誇り高き英雄だった!」

「英雄なんてこの世には居ないんだよ」

 言い捨て、店の奥に消える。

 

 

 立ち尽くすイアンの後ろで泣き崩れるレイラ。そんな二人を見るジャンは、頭を掻いてから二人の肩を叩いた。

 

 

「生きて帰って来て、見返してやれば良い。そうだろ? 心配性なんだよ。父親なんてそんなもんさ」

 まだ子供が居る訳ではないが、ケイドの気持ちが分からない訳ではない。

 しかし彼女やイアンの気持ちが分からない訳でもなく、ジャンは複雑な気持ちで加工屋の奥に居る男を見る。

 

 父親になるってのはどんな気持ちなのだろうか。大切な人を守れなかったのは、どんな気持ちなのだろうか。

 

 

 

 新しい武具を手に入れた喜びも実感が湧かず、父親の為に戦う少女は当人に否定されて。

 三人は気の乗らないまま、集会所に向かうのだった。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「おーい、居るかぁ? 腰抜けちゃんよぉ」

 イアン達が去ってから小一時間後、店の前で中年のハンターが一人声を上げる。

 

 

 ダービア・スタンビートは、背後で冷や汗を流すコーラル・バイパーと共にケイドの加工屋を訪れていた。

 半目で額に青筋を浮かべて出て来たケイドの顔は、アルコールが回って程良く赤く染まっている。どうやら朝早くから酒を飲んでいたようだ。

 

 

「お、出て来たぜコーラル。どーする? 引きずって行くか」

「本人の意志をもう一度確認しに来ただけだ。そういう事をしに来た訳じゃないさ」

「……何しに来やがった腰抜け共」

 二人を睨みながら、ケイドはそう吐き捨てる。

 

 

 十八年前も、この場にいた三人はハンターだった。

 それぞれ深い関わりがあった訳ではなかったが、事が終わった後ドンドルマに残っているハンターの方が少なかった為に顔は覚えている。

 

 

 その中で、テオ・テスカトルの撃退に参加したのはケイドだけだった。

 自分を英雄だと思ってはいないが、腰抜け呼ばわりされる筋合いはない。特にお前には、とダービアを睨み付ける。

 

 

「おぉ、そんな怖い顔で睨むなよ。腰抜け同士仲良くやろうぜ? なぁ? たった一人の英雄よぉ」

 口を開くダービアに、ケイドはゆっくりと近付いてその胸倉を掴んだ。

 

「……俺は英雄じゃない」

 そしてそう言い放ち、ダービアを突き飛ばす。

 姿勢を保ちながら不敵な笑みを浮かべる彼の後ろから、次はコーラルがケイドの両肩を掴みながら口を開いた。

 

 

「君が英雄だとか、英雄じゃないなんて関係ない。私は古龍の撃退経験のある一人のハンターに最後に頼みに来ただけだ」

「何度言っても無駄だ。俺は行かないし、娘をたぶらかしたお前を絶対に許さない」

「ハッ、まだ娘離れ出来てなかったのか。それとも守れなかった嫁さんと重ねてんのかぁ? 腰抜けちゃんよぉ」

「何だと……?」

 今にも摑みかからんとする二人の間に「やめないか」とコーラルが入り込む。

 

「お前は自分が死ぬのが怖いんじゃない。分かってるぞ、目の前で誰かが死ぬのが怖いんだ。誰も目の前で死んだ事ないもんなぁ? 知らない所で嫁さんを殺されて、実感も湧かずに大切なものを奪われた。それだけでも辛かったのに、もし目の前で大切なものが奪われたら耐えられないって怖がってるんだよなぁ? 腰抜けちゃん」

「黙れ!!」

「だからやめ───」

 抑えようとしたコーラルを殴り飛ばし、ケイドはダービアに殴り掛かった。

 

 しかし、ダービアはそんな彼の腕を掴み、捻り上げて地面に叩き伏せる。

 ケイドが長年狩人から離れていた為に動きが悪かった訳ではなく、ダービア本人がよく他人に絡まれるので身に付けた技術だった。

 

 

 頭を抑えながら立ち上がるコーラルの前で、ダービアはケイドを蹴り飛ばして地面に転がす。

 

 

 

「自分の守りたいものくらい自分で守れ腰抜けちゃん。お前の嫁さんが死んだのは古龍が強かったからでも嫁さんが弱かったからでもなんでもねぇ、お前が弱かったからだ腰抜け」

「違う、俺は襲われていた子供を安全な場所まで運んだだけだ!!」

「言い訳にしか聞こえねぇなぁ。未来ある子供を守った英雄さんは流石だねぇ。……だから嫁が死んだのは仕方ない? 大切なものを失ったのは自分のせいじゃない? 一生そう思ってな腰抜けちゃん。そしてそのまま、また大切なものを失うといいぜ」

 言い放って、ダービアは彼に背を向けた。

 

 

 コーラルは大きく頭を抱えながらも、彼に着いて行く。

 

 

 

「どうしろって言うんだよ。……どうしたら良かったんだよ」

 地面に倒れ伏したままのケイドは、日が昇って行く空を見ながらただ瞳を濡らしていた。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「て、手紙を渡すだけ。手紙を渡すだけ。手紙を渡すだけ。手紙を渡すだけだ」

 先日ギルドナイトの女性が落とした手紙を返す為に、少年──ラルク・テッド──はハンターになって初めて受付カウンターの前に立つ。

 

 

 この一年、ここまで来る事すら出来なかったのだ。

 これは良い成長になった筈。だけど、今日は疲れたから手紙を渡したら帰ろう。

 

「あ、あの! すみません!」

 そんな事を思いながら、ラルクは集会所の受付嬢に話しかけた。

 

 

「はいどうもー、おはようございます。クエストの受注ですか?」

「あ、わ、わ、あ、い、いえ、ち、違います!」

 もはや家族以外と話すのも久し振りだという事を思い出す。

 

 今の言葉が聞き取れているかすら不安だったが、受付嬢は少し首を横に傾けた後「失礼しました。ご用件をお伺いしますね」と返してくれた。

 ホッと溜息を吐いてから、少年は一通の手紙をカウンターに乗せる。これを落とし主に返して欲しい、そう言うだけの簡単な事だった───筈だった。

 

 

「あ、成る程。撃退戦参加の申し込みですね!」

 しかし、その手紙を見て受付嬢は何を勘違いしたのか意味の分からない事を言い始める。

 

 撃退戦? はて何の事か。少年ら何かに申し込んだ記憶は全くなかった。

 そしてカウンターの端から受付嬢が出て来たかと思えば、彼女は少年の手を取って走り出す。

 

 

「受付時間もうそろそろ終わりなんですよ! しかもここじゃないですし! 大丈夫、間に合います! 走れば!!」

「え、ちょ、ちょっと、待って、えぇ?!」

 全く何の事か分からないままに、少年は受付嬢に引っ張られるまま大衆酒場という大きな集会所に連れて行かれた。

 

 初心者装備のままの少年が目立つような、モンスターの素材をふんだんに使った装備を着こなすハンターが数十人はいる空間。

 そんな場所に連れて来られた少年は、目を回しながらただ受付嬢に引っ張られて行く。

 

 

「すみませーん! もう一人追加でお願いします。……はい、着きましたよ。勇敢なハンターさん!」

 実はこの受付嬢、経験だけは少年よりも浅い。

 二ヶ月前にこの仕事に着いたばかりで、このクエストが上位以上のハンターが受けられる物とも分かっていなかった。

 さらに言えば少年がまだ初心者ハンターという事も分からなかったのである。新品同様の鉄だけで出来た装備も、受付嬢から見れば鉄のようなモンスターを倒して作った装備に見えていたに違いない。

 

 

「ちょ、ちょ、うぇぇ?!」

「それでは、頑張って来てくださいね!」

 事の重大性もあまり分かっていない受付嬢は、少年に憧れの視線すら送りながら手を振って仕事に戻っていった。

 

 周りのハンターの視線が少年に集まる。

 

 

 こんな初心者装備の子供が古龍の撃退戦に参加するのか。

 いや、初心者装備でも上位まで上がって来れる優秀なハンターなのかもしれない。

 

 酒場で見かけた事がある気がするが、そんなに優秀なハンターだったのか。

 あの歳で危険なクエストに挑むなんて勇敢な少年だな。

 

 

 様々な思いで視線を送られる少年はしかし、まず意味が分かっていないなんて状況だ。

 

 

 

 ここが何なのか、今から何が始まるのかすら分からない。

 

 

 

 

「おいおい、あんな小さな子供まで参加してるぜ。心配性の親も居れば、全く気にしてない親もいるって事かねぇ。居ないのかもしれないけど」

 そう言うのは、雰囲気の悪い二人の間で気が滅入っていたジャンである。

 

 

 新調したグラビモスの防具にロストバベルを装備したイアンは、ジャンの指差す少年を見て目を細めた。

 ここにいるという事は、それなりの覚悟を持っているという事だろう。

 

 それを彼の両親はどう考えているのだろうか。そして、彼自身はどう考えているのだろうか。

 

 自分や妹の住む町や、ドンドルマを守りたい。あの時、自分を守ってくれた英雄のように。

 ただそれが本当に正しい事なのか。命を投げ出してまで何かを守る事が正しい事なのか。

 

 

 少しだけわからなくなって来た。

 

 

 

「よく集まってくれた!」

 少年が集会所に辿り着いて数刻。突然、喧騒を搔き消すような声が上がる。

 声の主はギルドナイトのコーラルだった。その横には、同じくギルドナイトのサリオクとエドナリアが並んでいる。

 

 

「勇敢なる狩人達よ。まずは挨拶をさせて貰う。私はゴグマジオス撃退のクエストにて責任者を務める、コーラル・バイパーだ」

 台の上に立ち普段の落ち着き用からは考えられない声を上げるコーラルは、酒場を一度見渡してからまた口を開いた。

 

「集まってくれたのは私達を含め九十四人か。これだけの先鋭が居れば、ゴグマジオスの撃退は容易だろう。危険を承知でこの場に立つ君達には、感謝の言葉では足りないくらいだ」

 彼は一目でこの場にいるハンターの数を数えると、そう言って頭を下げる。

 

 

 

「早速で悪いのですが、知っての通り巨大な古龍───ゴグマジオスがドンドルマ近辺に近付きつつあります。我々はこのゴグマジオスの討伐、又は撃退をしなければなりません」

 続いてエドナリアが台に上がり、ゴグマジオスの現状を伝えた。

 

「このまま進路を取れば、ゴグマジオスが沼地周辺の村を壊滅させかねません。よって、我々はゴグマジオスをラオシャンロン誘導用の渓谷に誘い込み、砦の防衛設備を駆使してゴグマジオスの討伐を目指します」

 作戦は至って単純である。

 

 

 まずは飛行船にガンナーが乗り込み、ゴグマジオスを攻撃しつつ誘導。

 その後渓谷への通り道にある一つの村への侵入を阻止しつつ、渓谷の奥に誘い込み砦で総攻撃を仕掛ける算段だ。

 

 大老殿では砦での最終決戦でG級ハンターを四人投入する手筈も整っている。

 

 

 一番の問題は渓谷の入り口付近にある町の防衛戦だ。

 イアンやジャンの住むその町には、ドンドルマとは比べられないが多くの人々が暮らしている。

 

 とてもじゃないが住人全てをを避難させる事は出来なかった。

 

 

 渓谷の出入り口から町までの距離も目に見える程の距離である。

 あの巨体が町を見つけ、狙ってしまえば数刻としない内に町は踏み潰されてしまう距離だった。

 

 

 

 それ以前にガンナー部隊による誘導を成功させなければならない。話はそこからだろう。

 観測隊による報告では、ギルドの予想よりゴグマジオスの移動が早く時は一刻も争う状態になっていた。

 

 それはもう、ここで長話をしている時間すら惜しまれる程に。

 

 

 

「早速で悪いが、ボウガンと弓を使える物は準備を整えて気球船に乗り込んで欲しい。私は双剣使いだが、作戦指揮を取るために同行する」

 コーラル含めエドナリアも作戦には同行する。

 サリオクは元々弓を使うハンターで、彼もギルドナイトとして同行するようだ。

 

 となるとガンナー以外のハンター達はこの場で待っている間誰の指示を聞けば良いのだろうか。

 そんな疑問を数人が思っていると、突然一人の男が台に立つ。

 

 

 

「はーい、注目。ギルドナイトが居ない間臨時に俺が指揮を取る事になった……宜しく」

 目元を隠す程長い赤い髪。左肩より先の無い隻腕の男が、軽い感じで挨拶をした。

 

 

 

「誰だアイツ」

 場違いな雰囲気に、ジャンは首を横に傾ける。

 イアンも思い当たる節はなかったが、レイラは彼を知っていた。

 

 

「リューゲ先生……?」

「知り合いか?」

「あたしが行っていたハンター学校の教官、かな。めっちゃ鬼教官で、候補生に太刀振り回してた」

「片手でかよ。おっかねぇ」

 青ざめるジャンとは対照的に、イアンはそんな凄い人も居るんだなと感心する。

 

 

「俺はリューゲ・ユスティーズ。訓練所の教官だ。勇敢なる剣士(古龍の餌)共には、ガンナー(羽虫)共が帰って来る間に生きる術ってのを叩き込んでやる」

 口角を釣り上げてそう言い放つリューゲは、野次を片手で払いながら台から降りていった。

 だいぶ性格に問題があるらしい。

 

 

 

 続々とガンナーが分かれて気球船に乗って行く中、一人全く意味がわかっていない初心者ハンターのラルクはおどおどとその場で目を回す。

 

「ん? お前もガンナーじゃないか。話聞いてなかったのか? ガンナーは誘導作戦に参加だ。行こうぜ!」

 とっととこの場を去れば良かったのだが、もはやそこまで思考も回らずに一人のハンターに話し掛けられてしまった。

 

 

「え、えぇ?! えぇ?!」

 パニック状態のまま、少年はハンターに連れられて気球船に乗り込む。

 彼が乗り込んだのはコーラルと同じ気球船だった。

 

 コーラルは「こんな若い子まで……。責任を持って、君達全員を無事に帰そう」と少年の背中を押す。

 そして訳の分からないまま船に乗せられ、最後にコーラルが船に乗り込んで離陸した。

 

 

「……あの少年は、確か昨日───」

「おい何をしている。早く行くぞ!」

 それを見て首を横に傾けるエドナリアと、彼女を急かすサリオクが乗り込んだ船もゆっくりと浮上して行く。

 

 

 一つの船に六人。計八隻の気球船に四十八人のハンターが乗り込んでいた。

 元々ガンナー専門ではないが、ボウガンが使える為に弩を担いだ者も含めての人数である。

 

 この人数に攻撃されれば、いくら超巨大生物といえど無視は出来ない筈だ。

 

 

 

 確かな希望を胸に、船はドンドルマを発つ。

 

 

 

 太陽が次第に沈み始める頃、船の乗組員の一人が黒い巨体を見付けた。

 

 

 

「───各員、砲撃用意!!」

 ───ゴグマジオス誘導作戦が、今開始される。




やっとゴグマジオス戦突入です。物語が遅くて申し訳ない。
さてさて、戦いは数だよアニキという事で集まった狩人達は何を見るのか。今後も期待していただけると幸いです。

それでは、次回もお会い出来るのを楽しみにしております。


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誘導作戦開始

「果報は寝て待てって言うがねぇ。蒔かぬ種は生えぬとも言う。……結局の所、考え方なんて他人で違うって事よ」

 ドンドルマの訓練所の教官を務める隻腕の男は、集会所に並べられた料理を眺めながらそう言った。

 

 

 ガンナー数十名を乗せた気球船が飛び立ってから小一時間。

 残ったハンター達は、ギルドが英気を養う為にと出した料理に手を付ける。

 

 勿論、経費はギルド持ちだ。

 この為だけに何匹か竜を討伐し、街にも食材が出回る程の食材を掻き集めているのだから、集会所に並べられた料理はどれも豪勢なものである。

 

 

 

 周りのハンターが食事に手を付けている中で、集会所の端で蹲っている男が一人だけいた。

 

 チャージアックスを脇に、料理を前に座っているだけの男の名はニーツ・パブリック。

 自らの命と引き換えに、ゴグマジオスの弱点を知る為に行動したハンターの弟である。

 

 

「……ニーツ、来てたのか」

 そんな彼に話し掛けたのは、酒の入ったジョッキを二つ持ったイアンだった。

 

 彼はニーツの前にジョッキを置くと、その隣に座る。

 それを訝しげに見るニーツだが、直ぐに俯いて視線を合わせる事もなかった。

 

 

「俺は分かんなくなっちまってよ……。それを、確かめたいだ。だからここに来たってのに……結局気球船には乗れなかった」

「ガンナーじゃないなら、それで良いだろう?」

「使えなくはねーよ」

「そうか」

 聞いてから、イアンはジョッキを傾ける。喉を洗い流すような感覚も、今はスッキリとしなかった。

 

「……俺も、分からなくなったんだ。だから、それを確かめる為に戦うのもありなのかもな」

「お前……なんかあったか?」

「いや、なんでもない。また狩場で一緒に戦おう」

 ニーツとは一度きりのパーティだったが、ガブラスやイーオスと必死に戦って彼も───そしてアーツも、思っていたより悪い人間ではないと思えたのである。

 勿論、性格に難があるのは認めるが。それでも、狩人として彼等は尊敬に値する人物であった。

 

 

「……ニーツ」

「おーい、何してんだ───って、そいつ酒場の時の」

 レイラとジャンがその後ろから話し掛けてきて、ニーツは黙って席を立つ。

 

 残されたジョッキは、ただ静かに泡を立てていた。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 双眼鏡に巨体が映る。

 日が傾き始めた頃合いに、ゴグマジオスを見付けたのはヘビィボウガンを背負った少年だった。

 

 

「十一時の方向。ガブラスが群れている下に確認しました」

 エルディア・ラウナー。髪の長いウルク装備の少年は、王立古生物書士隊の一員で主に護衛ハンターとして活動している。

 

 そんな彼がこの撃退船に参加したのは、書士隊にゴグマジオスの生態を持って帰る為だった。

 エルディアの乗る気球船はサリオクとエドナリアの乗る船で、それを聞いたサリオクは部下に信号弾を撃つ様に指示を出す。

 

 

 全体指揮を取るコーラルはそれを確認すると、船の進路変更を命じた。

 その脇で酒を仰ぐダービアのさらに後ろで、一人の少年は顔を真っ青にして座っている。

 

 

 

「ど、どうしてこんな事に……」

 人生初めてのクエストは、話に聞けば古龍の撃退戦との事だった。

 古龍どころか竜どころか草食獣すらまともに倒した事がない少年には、荷が重いなどという言葉では表しきれない。

 

 もはや何を恨めば良いかすら分からない現状に、彼は項垂れる。

 それでも恐怖で口も開けない少年は、ただ一刻と迫る戦いから目を背けるしかなかった。

 

 

「ガブラス、沢山いますね」

 距離も近くなり、ヘビィボウガンのスコープを除くエルディアは小さく呟く。

 それを聞いたエドナリアが双眼鏡を除くと、報告以上の数のガブラスがゴグマジオス周辺を飛行していた。

 

「これでは、近付くのは難しいかもしれないですね」

 顎に手を当てて、エドナリアは少し唸る。

 

 

 ゴグマジオスを誘導する作戦の内容は、飛行船からの一斉射撃だ。

 それにはゴグマジオスに一定以上近付かなければならない。周りにガブラスがいたのでは、それは難しいだろう。

 

 

「音爆弾を使うのは?」

「一時的に動きは封じる事が出来ると思いますけど、数が多過ぎて手持ちの音爆弾じゃ足りませんね……」

 ガブラスが居る事は認知されていたので、各船にはガブラスに有効な音爆弾や閃光玉を用意していた。

 しかし、あの数のガブラスを黙らせるのは難しいだろうとエルディアは推測する。

 

 

「音爆弾や閃光玉を使っても、範囲外のガブラス達がその間に一斉に寄ってきます。その二つで動きを封じられる時間も限られて来ますし……。確実に数を減らす為に、各船一人か二人ずつでガブラスの遊撃をする事を提案します」

「それではゴグマジオスへの攻撃が減ってしまうではないか!」

 エルディアの意見に不満を垂れるのは、自分の弓を手入れしていたサリオクだった。

 

 その手で弓の構えを練習するその様は、早くゴグマジオスに攻撃したいと言わんばかりである。

 

 

「え、えーと……ですね───」

「それでは私達はガブラスに囲まれて食べられる事になりますが、宜しいですね?」

 エルディアの口を遮ってサリオクにそう言うエドナリア。

 サリオクが「そ、それは……」と表情を曇らせている間に、彼女は猟虫に手紙を括り付けた。

 

 

 操虫棍は薙刀だけでなく、猟虫と呼ばれる人の頭部と同等の巨大な虫を操って戦う武器種である。

 つまり、彼女の片手に止まっている虫は彼女の思うがままに動くのだ。

 

 エドナリアが操虫棍をコーラルの乗る船に向けると、猟虫は真っ直ぐに彼の元に飛んでいく。

 コーラルは猟虫に括り付けられた手紙を読むと、彼女と視線を合わせながら首を縦に振った。

 

 

 直ぐに、各船に作戦が伝達される。

 

 

 

「各員、船の速度は落とさずにガブラスが射程内に入り次第砲撃開始。ゴグマジオスへ近付くまでにある程度数を減らす! ゴグマジオスが射程内に入り次第、遊撃手二人以外は誘導作戦としての攻撃を予定通り遂行する!!」

 コーラルが声を上げると、伝達を受けた他の船の乗組員も各自己の得物を展開した。

 

 射程はともかく、まだこの距離では確実にガブラスを撃ち落とす事は出来ないだろう。

 焦る気持ちはあるが、無駄弾を使う余裕がある訳ではなかった。

 

 

「初撃で出来るだけ減らしたいですね……」

 ヘビィボウガンを構えるエルディアは、ガブラスを縦一直線に五匹スコープに捉える。

 

 

「───ごめんね」

 そして、他の狩人の射程にガブラス達が入る前に彼は息を止めて引き金を引いた。

 

 

 鋭い発砲音に周りのハンターは思わず彼を凝視する。

 まだ普通のボウガンの射程からは程遠い。しかし、彼が放った弾は六匹程のガブラスを貫いた。

 

 数瞬後、六匹のガブラスを爆炎が包み込む。

 それに巻き込まれた二匹のガブラスも一緒に、計八匹のガブラスが地面に吸い込まれていった。

 

 

 

 狙撃竜弾。

 自然発火性の液体を超高速で放ち、対象を貫通───及び直撃した箇所で爆発を起こす弾丸である。

 その性質上連続で放つ事は出来ないが、威力は今示した通り絶大だ。

 

 その攻撃により彼等に気が付いたガブラスに、遅れて射程に入った他のガンナーからの射撃が放たれる。

 一匹また一匹とガブラスが撃ち落とされていくが、それでも船の周りをガブラスに囲まれる程の群れが狩人達を襲った。

 

 

「遊撃に徹する。各員、船を守れ!」

 コーラルは双剣を構えながら声を張り上げる。

 

 その後ろで、ダービアは不敵に笑いながら得物を船を囲むガブラスに向けた。

 しかしその隣で、初心者ハンターのラルクは震えて固まってしまう。

 

 

 小型モンスターとされるガブラスだが、全長はイャンクックにも等しい。

 自分より大きな生き物どころか、草食獣すらまともに倒した事がない彼にとってガブラスは飛竜も同じだった。

 

「おーおー、今更ビビってんなよ? 始まっちまったものは止まらねーぞ」

 引き金を引き、目の前のガブラスを叩き落としながらダービアはラルクにそう言う。

 

 それでも少年は蹲る事しか出来なかった。

 

 

 狩りすらした事がない。このライトボウガンの引き金だって弾いた事すらない。

 

 ただただ恐ろしくて、少年は震える。

 

 

 

 そんな彼の背後に、船に乗り込んだガブラスが立った。

 

 大口が開けられると同時に少年は振り向いて、恐怖で情けないものを漏らしながら崩れ落ちる。

 

 

「───危ない!!」

 その大口がラルクに向けられる前に、コーラルが踏み込んで剣を横に滑らせた。

 ガブラスの細い首か切り飛ばされる。それを見た少年は、ただ憧れの目線で彼を見た。

 

 

 いつか、立派なハンターになって両親に報いたい。

 

 そんな思いで、臆病な少年は集会所に通って一年。

 自分は何をやっているんだろう。再び彼は、表情を落とす。

 

 

「君に出来る事を、するんだ」

 そんな彼の肩に手を置きながら、コーラルはそう呟いた。

 

 そして、同じく船に乗り込んだガブラスにその二つの剣を向ける。

 

 

 

 出来る事。

 

 君に出来る事。

 

 

 そんな事があるのだろうか。

 

 

 少年は震えながら立ち上がり、ライトボウガンを空へ向けた。

 

 

「───僕だって、ハンターだ!」

 引き金を引くが、そう簡単にら当たらない。

 

 当たる訳がない。これまで何もしてこなかったのだから。

 だからこそ、彼は引き金を引く。狩人になるために。

 

 

 

「えーい、なんだこの数は!!」

 弓を放ちながら、サリオクは苛立ち混じりに声を上げた。

 

 船を進める事も出来ず、防戦一方。

 船に乗り込んでくる個体も現れて来て、エドナリアが操虫棍でそれを排除しながら珍しくサリオクと同じ気持ちだと苦笑する。

 

 

 別の船では怪我人も出ていた。

 

 しかし、確実に数は減って来ている。その証拠に、船を囲むガブラスは違和感を感じる程に少なくなっていた。

 

 

 

「数が減った……?」

 何やら違和感があるが、それでもガブラスが襲ってこない訳ではない。

 

 しかし、ゴグマジオスへ距離を詰めるには問題のない数だろう。

 コーラルもそう確信して、船を前方へ進めるように指示を出した。

 

 

 未だにガブラスが少しずつ襲って来るが、一人か二人が遊撃に当たればなんとかなる数である。

 作戦通り各船で二人が遊撃に当たり、残りはゴグマジオスへの攻撃の準備を始めた。

 

 

「サリオクと私で遊撃を行います。あなた達は攻撃を」

「お、おい待て! なぜ私が遊撃なのだ!」

「この距離では弓よりヘビィボウガンです。そして、ガブラスの遊撃に弓は向いています。何か判断に問題がありますか?」

 反抗するエドナリアに、青筋を浮かべたサリオクは表情を歪ませる。

 

 

 ここまで来てギルドナイトの自分がゴグマジオスに何もしない等、彼のプライドが許さなかった。

 

 

「お前、私と遊撃を変われ」

 エドナリアに唾を吐くと、サリオクはエルディアにそう命令する。

 

「サリオク……」

「僕は構いませんよ。お願いします」

 エルディアは一歩引いて、満足気なサリオクに場所を譲った。

 

「大変ですね」

 小さな声でエドナリアを気遣う少年は、少女のような笑みを見せて彼女を気遣う。

 ため息が出るが、これ以上彼に関わるのは時間の無駄だと彼女も遊撃の準備を整えた。

 

 

 次第に、森林の奥に黒い影が映る。

 

 

 その中から伸びる巨大な槍。

 

 それを背負うは、まるで六本の脚を持つ巨大な龍だった。

 

 

 

 

「さて、どうなるか。……答えは神のみぞ知るか」

「ここに来て神頼みとは、泣けてくるねぇ」

 それを細めで見て声を漏らすコーラルに、煽るようにダービアは両手を上げる。

 

 どうあれ、未知のモンスターに対する恐怖が彼にもない訳ではなかった。

 

 

「神ってなんだと思うよ。……俺達人間が作った偶像か、それとも俺達人間を作った創造主か。人が神を作ったのか、神が人を作ったのか」

「君はいつもよく分からない事を言うな」

「そりゃどうも。……しかし見てみろよ、あの龍を」

 ダービアに言われて、再びコーラルはゴグマジオスに視線を移す。

 

 

 双眼鏡を使わずとも視界に入るその身体は、落ちかけている太陽に照らされて黒く鈍く光っていた。

 

 

「……まるでありゃ、人が作った龍だな」

「まさか」

「そうさ、人は神を作れない。なら信じてみるのも良いかもなぁ、神って奴を」

 不敵に笑いながら、ダービアはヘビィボウガンを構えて息を漏らす。

 

 

 射程まで残りわずか。

 

 一斉射撃の末、ゴグマジオスが怯むようなら後ろから追い込む形で誘導。

 ゴグマジオスがこちらに向かってくるようなら、そのまま渓谷まで引き連れて行くのが誘導の主な作戦だ。

 

 

 

「各員、最大火力を持って砲撃を開始する! ヘビィボウガン隊、射突型裂孔弾用意!!」

 コーラルの指示で、全飛行船に三人以上は乗り込んでいるヘビィボウガンを使うハンターが前に出る。

 一隻だけ弓を構えた男が立っているが、コーラルはサリオクの事だからとそれに対して何か思う事はなかった。

 

 

「───各員、砲撃用意!!」

 その他の狩人達も、遊撃隊以外がゴグマジオスに得物を向ける。

 

 

 

「───放てぇ!!!」

 ───砲撃の雨が放たれた。




次回のタイトルは想像が付くかもしれません(?)

さて、個人的にはやっと面白くなって来た所です。このまま追い掛けてくれる方が居れば幸いですね。
あとお気付きの方もいるかも知れませんが、二人ほど別作品のキャラクターが登場していたり。ファンサービスってやつですよぉ〜。


それでは、次回もお会いできると嬉しいです。感想評価お待ちしております。


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巨戟砕くは砲撃の雨

 本当に行くのか?

 

 

 何度も同じ質問を繰り返した。

 親しい友人。狩りを教えてくれた先輩達。名も知らぬ同年代の狩人達。

 名のある狩人から今から名を挙げようとする狩人達にそう問い掛ける。

 

 その殆どが、同じ答えを返してきた。

 

 

「───ハンターだから」

 それだけの理由で得物を背負い、強大な龍に立ち向かわんと、伸ばした手を離れて行く。

 

 

「行くな」

 そう言えなかった。

 

「行かないでくれ」

 その声は届かない。

 

 

 無意味だと思う訳ではなく。

 かといってその命が奪われる事が、彼には分かってしまっていた。

 

 ただ、彼は周りの人間より少しだけ賢くて。堅実だったのである。

 

 

 手を伸ばせなかった多くの友人の亡骸を見て、自分が居たらなんて幻想すら思う事もなかった。

 彼等を殺したのは誰なのだろう。止めなかった自分か。ここに来なかった自分か。

 

 ただ誰かを守りたいと思う気持ちは同じだったのに。どうしてこうも結果が変わって来るのだ。

 

 

 誰も教えてくれない。

 

 

 

 だから、今度は自らが進もう。

 

 

 

 もしかしたら、自分の背後で「行くな」と声を上げる誰かが居るのかもしれない。

 

 そんな事を考えると、少しおかしくなって笑みが零れた。

 

 

 ───今、行こう。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「放てぇ!!!」

 射突型裂孔弾。

 中折れにしたヘビィボウガンのストック側に鉄杭を装填し、文字通り射突させて近距離の敵を貫く攻撃だ。

 

 

 今回はこの鉄杭を実際に発射させる。

 本来そうしないのは、もし発射しても砲身を通らない鉄杭は命中精度が皆無であり実用性に欠けるからだ。

 

 だが、これだけ大きな的ならばそれは関係ない。誤って味方に当てる心配も今はない。

 

 

 放たれた鉄杭はまるで雨のように黒い巨体に降り注ぐ。

 鋭利な杭はゴグマジオスの甲殻を削り、数割はその切っ先で肉を抉った。

 

 

 ───空気が震える。

 

 まるで地震でも起きたのかと思える程の振動、衝撃。しかし狩人達は船の上だ。地震などもし起きていても感じる事は出来ないだろう。

 

 

 それは龍の咆哮だった。

 首を大きく振りながら、巨大な龍なまるで苦しむように咆える。

 

 攻撃が確実に効いている証拠だ。

 つい数瞬まで気にも止めてなかったであろう狩人達に、ゴグマジオスはその眼球を向ける。

 

 ゆっくりと身体を彼等に向けるその姿は、かの龍にとって豆粒当然だろう狩人達を敵として認識しているようだった。

 

 

 もう一度咆哮を上げ、ゴグマジオスは身体を狩人に向ける。

 その巨体の威圧に、狩人達は怖気付いて無意識に後ずさった。

 

 

「───効いている! 奴が向かってくるなら、このまま攻撃を続行だ!」

 沈黙を破ったのはコーラルで、彼の号令で再び狩人達は得物をゴグマジオスに向ける。

 不気味な程にガブラスが少なくなった空で、砲身から次々に弾丸が放たれた。

 

 

 事前の調査で火に弱いと分かったゴグマジオスに、着弾と同時に炎を上げる火炎弾と着弾後爆発する徹甲榴弾が放たれる。

 

 ゴグマジオスの身体に雨のように叩き付けられる弾丸が火を上げ、爆炎を上げた。

 

 

 身体を揺らすゴグマジオス。

 普通のモンスターなら、これまでの攻撃だけで地面に倒れ伏しているだろう。

 しかしゴグマジオスはバランスを崩しながらも、その瞳に狩人達を映していた。

 

 

「……おっかねぇ。あの翼で飛んで来たりしねぇだろうな?」

「いや、立ち上がったとしても届かない高度───今、翼と言ったか?」

 口笛を吹いて笑いながら言うダービアに、コーラルは眉をひそめながらそう聞く。

 

 ゴグマジオスは六本脚の龍だという話だったし、現に目の前の龍も六本の脚で地面に立っている。

 確かに奇怪な見た目ではあるが、古龍とはそういうものだと割り切っていたつもりだ。

 

 

 しかしダービアに言われて見てみれば、確かに内一対の脚は背中から伸びていてまるで翼のようでもある。

 その異様な姿にコーラルは見覚えがあった。以前バルバレギルドで話題になっていたゴア・マガラというモンスター……。

 

 

「ありゃ、翼だろ。まぁ、だとして常識的に考えてあの巨体が飛ぶ訳ないがねぇ」

 舌を巻きながら、ダービアは引き金を引いて火炎弾をゴグマジオスに叩きつけた。

 

 止まぬ攻撃に、しかしゴグマジオスは文字通り手足もでない。

 狩人達は、このまま倒してしまえるのではないかとすら思う。

 

 

 現にゴグマジオスの動きは遅くなり、ついにその歩みを止めてしまった。

 

 誘導作戦としては間違っているが、本当にそのまま地に伏せさせる事が出来るのではないだろうか。

 そんな希望的観測が頭を過ぎる。

 

 

 

「ドンドルマに残ってる奴には悪いが、このまま倒してしまっても良いよな!」

 一人のハンターがそう言った。

 

 続いて周りのハンターも意気揚々と攻撃を続けながら歓喜の声を上げる。

 勿論ゴグマジオスを倒してしまう事にはなんの問題もない。

 

 むしろこのまま倒してしまえるのなら、どれだけ楽か。

 降り止まない砲撃の雨は、着実とゴグマジオスの体力を奪っているように見えた。

 

 

「……あれ?」

 ふと、ゴグマジオスが首を持ち上げる。

 

 サリオクの代わりに遊撃を担当していたエルディアが疑問に思ったのは、その事ではなかった。

 

 

「ガブラスが……居ない」

 船の周りを囲んで居たガブラスの姿が一匹も見えなくなる。

 砲撃が開始された直後までは、少なくなってはいたがガブラスは船を襲い続けていた。

 

 ───なぜ?

 

 

 ゴグマジオスが大口を開く。

 

 その直線上に居たハンターは、竜のブレスを思い出して一瞬青ざめた。

 

 

「ま、まさか。ブレスでも撃ってくるのか?! この巨体が……」

 ハンターはそれでも臆する事なく、むしろ開かれた構内に攻撃してやろうと得物の砲身を向ける。

 

 コーラルやダービアもその姿を見ては表情を引き攣らせた。

 

 

 

 ───まさか。

 

 

 

 ゴグマジオスの開かれた口から、黒い何かが湧き上がってくるのが見える。

 

 

「───っ……あぁ?!」

 持ち上がるそれはしかし、じょうろ(・・・・)から流れ落ちる水のようにまるで飛距離もなく地面に垂れ始めた。

 

 それを見るや、緊張感で砲撃を止めていたハンター達は笑いながら再び得物を構える。

 

 

 

「脅かすんじゃねぇよ!」

 そして再び砲撃が放たれ、ゴグマジオスはその口を一度閉じた。

 一度姿勢を崩し、龍はもう一度頭を振り上げる。

 

 

 

 そして───

 

 

「このまま討伐完───ぁ?」

 ───再び開かれたそこから、光が放たれた。

 

 そのハンターから見れば、迫り来る光に自分が飲み込まれたように見えただろう。

 そして彼の意識()はそこで途切れた。

 

 

 

 ゴグマジオスの口内から放たれた(業火)が船を貫く。

 

 一瞬だった。

 叫ぶ間もなく、上部が吹き飛んだ船は炎に包まれて地面に吸い込まれていく。

 

 狩人達はそれを口を開けて見ている事しか出来なかった。

 

 

 まるで地上から天を結ぶ様な火柱。

 黒い煙を口から漏らしながら、その主は頭を別の方角に向ける。

 

 

「……高度───高度を上げて下さい!! 早く!!」

 いち早く我に帰ったエルディアは、振り向いて船の操縦士向けて声を張り上げた。

 

 ガブラスが居なくなっていたのはまさかこれを予知していたから?

 低い高度で何やら落下した船に集まっていくガブラスを視界に入れながら、彼は唇を噛む。

 

 助けるという選択肢が思い浮かばなかった。多分あの船に乗っていた狩人達は───全員即死だろう。

 

 

 

「ヤバイヤバイヤバイ。早く高度上げろって!」

 ゴグマジオスの眼前の船に乗るハンターは、操縦士の肩を揺らしながら声を震わせていた。

 

「やってるよ!!」

「来るぞ!!」

「飛び降り───」

 再び熱の塊が船を襲う。しかし、高度を上げていたからか、熱線は船底を掠るだけに終わった───かのように思われた。

 

 

 ゴグマジオスは熱線を吐き続けながら、首を持ち上げる。

 火柱が縦に広がり、船は真っ二つに溶断された。

 

 そしてそのまま、今度は首を横に振るゴグマジオス。

 近くいた船の気球が消し飛び、船は浮力を失って真下にいた船を巻き込んで地面に吸い込まれる。

 

 

 この一瞬で船が四隻沈んだ。

 

 

 唖然とする狩人達。高度を上げる意味も考えられず、狩人はただ黒煙を口から漏らすゴグマジオスに震える。

 

 

 

「い、嫌だ。……お、俺は死にたくない!!」

 そう言ったのは、コーラルの船に同席するハンターの一人だった。

 ラルクを見付けてこの船に乗せたハンターでもある彼は、後退りしながら船の端に立つ。

 

 

「君、待て!!」

 そんなコーラルの忠告も聞かず、ハンターは青ざめた表情のまま船から飛び降りた。

 

 上手く着地すれば、命は助かるかもしれない。

 空中でそう思いながら着地に備える彼の足はしかし、地面に着く事なく何かに掴まれる。

 

 

 勿論コーラルが彼を捕まえた訳でもなければ、ゴグマジオスに攻撃された訳でもなかった。

 

 

 

 彼の足を掴んだのは───

 

 

「───ひぃ?!」

 ───ガブラスである。

 

 落ちてきたハンターを、その足で奪い合うガブラス達。

 左右縦横斜めから彼の身体は複数のガブラスに引っ張られ、落とされたと思えばまた捕まり、引き千切られ左右に分かれた。

 

 

 周りでは同じような光景が繰り広げられ、悲鳴が飛び交う。

 

 

 手を伸ばしたままのコーラルは、それを見て崩れ落ちた。

 

「バカな……こんな……。あの巨体がブレスだと……。……私が連れて来たのか……。ここに……この地獄に」

 一瞬で地獄と化した空に、もはやゴグマジオスに攻撃をしようと思っている者は一人もいない。

 

 

 下を巻くダービアの眼前で、もう一隻の船が炎に包まれる。

 

 乗組員はギリギリのところで飛び降りるが、その殆どがガブラスの餌食になっていた。

 

 

 残り三隻の船は高度をこれでもかという程上げていく。

 距離も離れ、もう少しでブレスの射程外には出る事が出来そうだった。

 

 

 しかし、ゴグマジオスの頭がコーラル達の乗る船を捉える。

 

 大口が開かれ、その口内は今にも燃えんと赤黒く光っていた。

 

 

 

「ひぃ……っ?!」

 それを見てラルクは悲鳴をあげる。

 

 このままここに居たら、あの炎に焼かれて死ぬだけだ。

 でも、飛び降りたってガブラスに襲われる。そもそも狩場に出た事もなかった彼に、この船から飛び降りるなんて選択肢がなかった。

 

 

 自分に出来る事をしようと武器を構えて数刻。

 

 出来る事なんて何もないと、少年は自分の小ささをこの短期間で思い知らされた事になる。

 

 

 

「ヤベェぞコーラル!」

「全員飛び降りろ! ガブラスに気を付けて武器を構えながら行くんだ!」

 コーラルの指示で、操縦士を含めた全員───いや、ラルクを除いた全員が船の端に集まった。

 各自己のタイミングで重力に身を任せていく。空中で近寄って来るガブラスにボウガンの弾を当てる者も居れば外して襲われる者も居た。

 

 操縦士を襲うガブラスを上から狙撃して撃ち落としながら、ダービアも飛び降りようと背後のゴグマジオスを確認する。

 

 

「……コーラル?!」

 ふと見えたのは、一人甲板で蹲るラルクの元に向かうコーラルだった。

 

「何してやがる!」

「先に行け!」

「……バカが」

 舌打ちしながら、ダービアは船から飛び降りる。

 襲い来るガブラス達に銃弾を叩きつけ、接近して来たガブラスをヘビィボウガンで殴り倒した。

 

 

 

「君、早く!」

 船に残ったコーラルは、ラルクを起こしながら声を上げる。

 眼前のゴグマジオスの口からは光が漏れ、今すぐにでも熱戦が放たれてもおかしくない状況だった。

 

 

「コーラルさん!! 早く!!」

 それを、さらに高い高度から見るエドナリアは声を上げる。

 その横で「何故逃げようとしている。仲間を助けるべきではないのか?!」とサリオクは操縦士に抗議していた。

 

 彼の気持ちが分からない訳ではない。だが、今彼女達に何かをどうこうする力は残っていない。

 

 

「こ、コーラルさんは何をしているのだ?! えーい、高度を下げろ。それでも誇り高き狩人か!!」

「今向かったら死にますよ!!」

 抗議を返す操縦士は、さらに高度を上げながらゴグマジオスとの距離を放していく。

 

 

 その下で、未だにコーラルは少年と一緒に居た。

 

 

 

「大丈夫だ。勇気のある君なら飛べる」

「む、無理です。無理です無理。僕、狩場に行った事すらなかったんです。なんでここにいるのかもよく分かってなくて……なんで、なんで……嫌だぁ」

 涙を浮かべる少年を、コーラルはその両手で持ち上げる。

 

 悲鳴をあげる少年をそのまま持ち運び、コーラルは船の端に下ろした。

 

 

「君は、勇気のある狩人だ。大丈夫、飛べるさ」

「そ、そんな事言われても───」

「すまなかった」

 唐突の謝罪に、ラルクは困惑して目を見開く。

 

 

 どうして謝られているのか、分からない。

 

 

 

 ただ、コーラルが謝っているのは彼にだけではなかった。

 

 

 

 彼がここに連れて来てしまった狩人達。

 命を落とした者。今から命を落とすかもしれない者。

 

 全て、私の責任だと。コーラルは締め付けられる胸を押さえながら、口にする。

 

 

 

 

 本当に行くのか?

 

 

 あの時は何度も同じ質問を繰り返した。

 親しい友人。狩りを教えてくれた先輩達。名も知らぬ同年代の狩人達。

 名のある狩人から今から名を挙げようとする狩人達にそう問い掛ける。

 

 

 怖かったんだ。

 

 誰かが死ぬのを見るのが。

 

 

 だが、届かなかった手も声も───

 

 

 

「私は守りたかっただけなんだ」

 ───今は届く。

 

 

 彼等を殺したのは誰なのだろう。この場に彼等を呼んだ自分か。ここに彼等を連れて来た自分か。

 

 ただ誰かを守りたいと思う気持ちは同じだったのに。どうしてこうも結果が変わって来るのだ。

 

 

 誰も教えてくれない。

 

 

 

「あの時も、今も。でも、一人も守れなかった。私は英雄にはなれない。……だから、せめて、君だけは守らせてくれ」

 だから、今度は自らが進もう。

 

 

 

 もしかしたら、自分の背後で「行くな」と声を上げる誰かが居るのかもしれない。

 

 

「君は、英雄になりたまえ」

 そんな事を考えると、少しおかしくなって笑みが溢れた。

 

 

 

 出来るだけ木々が密集している地面に向けて、コーラルはラルクを突き飛ばす。

 ほぼ同時にゴグマジオスの口内から黒煙が上がった。

 

 悲鳴をあげながら落ちていく少年を、やはり二匹のガブラスが追う。

 コーラルは背中の双剣を抜くと、その二本をガブラスに向けて投擲した。

 

 双剣は見事にガブラスを貫き、ラルクは襲われずに木の枝に巻き込まれながら地面に吸い込まれていく。

 

 

「さぁ、私を見ろ。私を追いかけろ。……この先にあるのが、君の墓だ。古龍───ゴグマジオス」

 不敵に笑うコーラルは、振り向いて眼前に迫る光を見てふと思った。

 

 

 

「……皆───」

 ───今、行こう。

 

 炎に飲み込まれた身体は一瞬で灰に変わった。

 地上のダービアも、上空のエドナリア達も、その光景を黙って見る事しか出来ない。

 

 

 船は火球となって地面に吸い込まれる。

 

 

 

 

「……馬鹿野郎が」

 

「……ぁ……あぁ───ぁ?!」

 

「そんな……」

「コーラルさん……」

 一人の英雄の命を燃やした船は、ガブラスを数匹巻き込みながら地面に叩きつけられて爆散した。

 

 

 

 龍は吠える。逃げる船を追うように、口から黒煙を漏らしながら。

 

 

 ゆっくりと、その歩みをドンドルマに向け始めていた。




無駄死にの定義とかも考えたいけど、彼の死を無駄にしたくないです。
さて、一気に人が死にました。ここからどうなるかも、楽しんで頂けると幸いです。


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終わらぬ災厄の使者

 巨龍の咆哮は空気を震わせて、木々を揺らした。

 

 

 炎の上がる森林では、足場をなくして飛び降りた狩人達の悲鳴が聞こえる。

 地面に叩きつけられて負傷し動けなくなった者。空中でガブラスに襲われ、命を落とした者。

 

 悲鳴と絶叫が混じり合い、それでも生き残った狩人達は生命に手を伸ばす為に立ち上がった。

 

 

「くそ、こんな所で死んでたまるかよ……。幸い木の密集が良くてガブラスは降りて来られないみたいだな」

 周りにガブラスがいない事に気が付き、安心した狩人の後ろで物音がする。

 

 一人で地面に叩きつけられこの先どうしようかと不安でいっぱいだった狩人にとって、それは他にも生存者がいるかもしれないという希望を抱かせる音だった。

 

 

「誰か……そこに居るのか? 良かった、大丈夫か? 今助ける。一緒にドンドルマに帰───」

 そうして振り向いた狩人は絶叫を上げる。

 

 

 視界に映ったのは───赤だった。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「ゴグマジオス、このままなら誘導ポイントに来てくれますね」

 落胆したような声でそう呟くエルディア。

 

 

 ゴグマジオスのブレスの射程外に出た二隻の船は、足早にドンドルマに進路を進めている。

 ただ、安心するのは早いとエドナリアは目を細めた。

 

「ガブラスが……」

「う、嘘でしょ……?!」

 視界が黒く染まる。

 

 

 ゴグマジオスの射程から離れたかと思えば、大量のガブラスが二隻の船を囲もうと襲って来たのだ。

 八隻に散らばっていた時とは比べ物にならない数のガブラスが向かってくる光景は、ゴグマジオスの攻撃とは別の方向で地獄絵図に見える。

 

 

「まずい───遊撃!!」

 エドナリアの声で操縦士以外の乗員が得物を構えた。

 

 船は直ぐにガブラス達に囲まれ、狩人達はガブラスを近付けまいと遊撃を開始する。

 ここに来て乗員が殆どガンナーなのが痛手になった。一度船に乗られると、ボウガンではどうも分が悪い。

 

 船に乗り込んだガブラスをエドナリアは操虫棍で切り飛ばしながら、ふともう一隻の船を見る。

 船は完全にガブラス達に支配され、仲間は飛び降りるかその場で命を奪われていた。

 

 

 舌を鳴らしながら、エドナリアは操縦士を襲おうとしたガブラスを切り飛ばして操縦士の肩を掴む。

 

 

「高度を上げて下さい。ガブラスが登ってこれない所まで」

「おいエドナリア! 仲間を見殺しにするつもりか!! まだ生きている仲間がいるかもしれないのだぞ!!」

 操縦士に指示を出すエドナリアの言葉に反論したのは、目の前のガブラスを殴り飛ばしたサリオクだった。

 そうして二人の前に立っては、番えた矢を放ち眼前のガブラスを叩き落とす。

 

 

「高度を下げろ。仲間を助ける!」

「全滅します!」

「これ以上犠牲を増やすのか!!」

「それはこちらの台詞です!!」

「……っ」

 言いくるめられたサリオクは、唇を噛みきって血を滲ませた。

 

 

 コーラル亡き今、指揮権は彼にある。

 しかしエドナリアの判断は正しかった。それでも、彼の誇りがそれを許さない。

 

 

「これでは……報われない」

「サリオク……。……そのまま高度を上げて下さい」

 既に船は高度を上げていて、少しずつだがガブラスが減り始める。

 

 

 するとエドナリアは船の端に立って、真下を見下ろした。

 

 

「どうした、エドナリア」

「私は生き残った仲間の救難に向かいます。ドンドルマに到着次第、ポイントBのベースキャンプに早急に迎えを出して下さい。医療班付きで」

 彼女の言葉に、サリオクはおろか乗組員全員が目を丸くする。

 

 

 彼女は何を言っているんだ、と。

 

 

「む、無茶ですよ! まずどうやって降りるんですか!」

 彼女に抗議したのはエルディアだった。

 

 既に船の高度は飛竜の飛ぶような高度になっている。

 

 パラシュートを使ったとしても、空中で身動きが取れずにガブラスに襲われる可能性が高い。

 ここから飛び降りるのはただの自殺行為だ。

 

 

「大丈夫です。エルディア君だけは援護をお願いします。……サリオク、指揮官はあなたです。ドンドルマに着き次第速やかな判断と行動をお願いします」

「わ、私に命令するな!」

「そうですね」

 目を細めて船の下を覗き込む彼女に、サリオクは弱々しく片手を上げる。

 

「ぜ、絶対に無事で戻って来い。……命令だ!」

「……。……はい」

 同時に、エドナリアは操虫棍を構えながら船から飛び降りた。

 

 

 当たり前のように無数のガブラスが集まってくる。

 

 正面に現れたガブラスを操虫棍で二つに切り、その横では銃弾がガブラスの頭蓋を吹き飛ばした。

 さらに背後から向かってくるガブラスを猟虫が体当たりで退かす。

 

 

 猟虫の攻撃でバランスを崩したガブラスの足を掴んで、足元から襲って来るガブラスに叩きつけた。

 

 さらに横から現れたガブラスに操虫棍を叩きつけ、その反動で彼女は身体を浮かせる。

 無数のガブラスを切って蹴って掴んで、まるで曲芸のようにエドナリアは自らの高度をゆっくりと落としていった。

 

 

「あの人……化け物ですか」

 それを上から援護していたエルディアは、彼女が視界から消えるとそんな言葉を零す。

 

 しかし周りを見渡すと、船は一隻も残っていない現実を叩きつけられた。

 司令官まで失った誘導作戦は、誘導作戦としては成功したとみて間違いないだろう。

 

 

 

 ただ、これを本当に成功とみていいのか。エルディアは頭を抱えてため息を吐いた。

 

 

 

「進路をドンドルマに向けて全速力で帰投する」

「い、良いんですか……?」

 先程までとは打って変わったサリオクの態度に困惑しながらも、操縦士は船を前に進める。

 ガブラスが飛び交う空の下には、今もまだ生きている仲間が沢山居るかもしれない。

 

 

「我々は次の作戦に備える必要がある。生きている者の救助はドンドルマに帰ってからだ」

「わ、分かりました」

 それ以上操縦士が口を開く事はなかった。

 

 

 その権利も、口を動かす精神力も残っていない。

 

「エドナリアさんも置いていくんですか……?」

 残った乗組員も殆どが同じ心境の中、エルディアが口を開く。

 作戦指揮を取っているギルドナイトの内、二人も失う事がどれだけ痛手かと考えた。

 

 

「アレは強い」

 サリオクはただ、端的にそう答える。

 

 

 彼女の強さを一番知っているのは彼だ。

 シュタイナー家の養子に取られたエドナリアと共に狩人として励み、追い掛けられていた筈の義理の妹に気が付かぬまま追い抜かれて。

 それでも真っ直ぐに突き進み、彼女は名家の家柄ではなく実力でギルドナイトになったのである。

 

 自分とは違うと、だからこそ憎らしいと、彼は不器用に笑った。

 

 

 

「自慢の妹だよ」

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 眼前の竜に鉈を振り下ろす。バランスを崩して降下するガブラスの背中を蹴って跳び上がり、その真下をガブラスが通り過ぎた。

 

 

 操虫棍を振り回し左右のガブラスを切り飛ばすと、降下する彼女自身の足元に来た木を蹴って勢いを殺す。

 背後から襲い来るガブラスを猟虫が怯ませたかと思えば、エドナリアはそのガブラスの足を掴んでそのまま降下した。

 

 抵抗するガブラスから手を離し、前後から襲って来るガブラスを操虫棍で切り飛ばす。

 そうしてさらにその身体を蹴って勢いを殺した彼女は、遂に飛竜が飛ぶような高度から地面へと降り立った。

 

 

「ガブラスが襲って来てくれたおかげで無事に降りられましたね……。ありがとうペトラ、少し休んでください」

 猟虫の名前を呼んで労いながら腕に止まらせると、彼女は周りや上空を確認する。

 

 

「森林故にガブラスも木の下までは追って来ない……。落ちた人達の生存率が上がってくれる筈」

 妙な静けさに嫌な感覚を覚えながらも、しかしエドナリアは早急に捜索を開始した。

 

 治療が必要な生存者もいるかもしれない。

 一人でも多く───いや、一人残らず助けてみせる。

 

 

 彼女は腕を強く握って、歩きだろうとしたその時───

 

 

「ま、待って……っ」

 今にも消え入りそうな、震えた声が耳に入って来た。

 

 振り向くが、誰もいない。

 しかし、頭でも打ったかと自分を疑い始めた彼女の頭上から、もう一度声が聞こえる。

 

 

「こ、ここ、です……っ」

 声が聞こえたのは彼女の近くにあった木の上からだった。

 

 顔を上げた先に居たのは、古龍の誘導作戦というクエストには場違いな初心者装備の少年である。

 コーラルにその命を繋げられたラルクは、震えながら木の枝の上にしがみついていた。

 

 そんな彼に見覚えがあって、エドナリアは眼を見開く。

 

 

 やはり、あの時集会所で会った少年だ。

 

 そしてコーラルが助けた少年でもある。

 

 

 

「コーラルさん……」

 つい数刻前の光景がフラッシュバックして、エドナリアは一瞬固まってしまった。

 

 彼の行動は正しかったのだろうか。

 確かに人として、きっと正しい事をしたのだろう。

 しかし彼はこの撃退戦全体を指揮する立場の人間だった。

 

 その責任と天秤に掛けた時、彼の行動は正しかったのだろうか。

 今のエドナリアにはその答えは見付からなかったし、なによりもコーラルが助けた命が無事だった事は喜ばしい。

 

 

「……無事で良かった。降りて来て下さい。一緒に生存者を探しましょう」

「……む、無理です」

「ぇ」

 少年の返事に、エドナリアは真顔で間抜けな声を出す。

 

 

「な、何かあったのですか? 怪我? それとも下に何かいる……?」

 少年や周りの状況を気にしながらも、理由の分からない彼女はただ憶測を立てる事しか出来なかった。

 

「お、降りられないんです……」

「どうしてです……?」

「怖いんです……っ」

 少年の真剣な声に、しかしエドナリアは眼を丸くして口を開いたまま固まってしまう。

 

 

 気持ちが分からない訳ではなかった。

 とても怖い目にあったのだろう。このクエストに来ているという事は上位ハンターの筈だが、だとしてもこの状況なら仕方がない。

 

「私が受け止めますから」

 だから、エドナリアは操虫棍を置いて両手を広げながらそう言った。

 少年は小柄な方だし、彼女自身腕力には自信がある。少々無茶かもしれないが、流石に木を登って彼を背負って降りるよりはマシだ。

 

 

「そ、そんな……」

「大丈夫。あんな高い所から飛び降りたじゃないですか」

「突き落とされたんですよ……っ」

 その言葉で、二人は再びあの時の光景を思い出す。

 

 

 何故彼を助けたのか。

 

 何故自分を助けたのか。

 

 

 少年は情けなくなって眼を閉じて、ただ現実から逃れようと頭を抱えた。

 しかし、それで彼はバランスを崩して木から滑り落ちる。

 

 悲鳴をあげる暇もなく地面に吸い込まれた身体を、瞬時に反応したエドナリアが下敷きになるように受け止めた。

 

 

 鈍痛で声を上げるも、歯を食いしばって震えてはいるが大きな怪我はなさそうな少年を見て、彼女は安堵の溜息を吐く。

 人一人の命を助けられたのだから、これくらいの痛みは気にならない。

 

 一方で震える側のラルクは柔らかい感覚を感じてゆっくりと瞳を開けた。

 自分が彼女を下敷きにしている事に気が付くと、顔を真っ赤にしてその場から飛び退く。

 

 

「……っぅ。大丈夫ですか?」

 表情を歪ませながらも、エドナリアはゆっくりと立ち上がって座り込んでいる少年に手を伸ばした。

 心配を掛けてはならぬと、彼女は痛みを堪えて平静を装う。

 

 

「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……っ。ぼ、僕……」

「大丈夫。……生きていてくれて良かった」

 彼女は無理にでも少年の手を掴むと、それを引っ張り上げて彼を立たせた。

 

 そしてその小柄な身体を抱き締めて、少しだけ表情を暗くする。

 

 

「コーラルさん……」

「あ、あの……あ、の……苦しい……です」

「……っと、すみません。大丈夫ですか?」

 何故か顔を真っ赤にする少年に、エドナリアは首を横に傾けた。

 思春期真っ盛りの少年の気持ちなど知らぬ彼女は、何か思い付いたように両手を叩く。

 

 

「エドナリア・アーリア・シュタイナーです。自己紹介が遅れて申し訳ありません」

 違う、と。少年は内心叫びながら「ラルク……ラルク・テッドです」と短く自己紹介を終えた。

 

 

「ラルクですか。良い名前ですね。……ラルク、私はこれから生存者の救援に向かいます。手伝ってくれますか?」

「生存者……」

 エドナリアは再び手を伸ばしながら、ラルクにそう告げる。

 しかしその言葉で、ラルクは自分が置かれた状況を思い出した。

 

 そして、自分を助けて炎に飲まれた英雄の顔も。

 

 

「僕は……」

 ──君は、英雄になりたまえ──

 

 

「僕は……英雄になんてなれない」

「ラルク……?」

 拳を強く握り締める。

 

 

 訓練所を出て以降、モンスターすら見た事がなかったのに気が付けば古龍の上にいて今は森林に落とされて。

 正直泣き叫んで母親を呼びたい気分だ。英雄だの救援だの、冗談じゃない。

 

 

 ただ、今自分はここに居る。

 

 成り行きも意味も関係なく、自分が今立っているのはこの場所なんだ。

 

 

 今自分が出来る事をするしかない。

 誰かの言葉を今思い出す。

 

 

「僕は、ハンターです。……生きてる人、探すの……て、手伝います!」

 その言葉を聞いて、エドナリアは優しく微笑んだ。

 

 辛い状況ではあるが、彼のような狩人を助けられた事が今は微笑ましい。

 

 

「それでは、行きま───」

 少年の手を取って、操虫棍を片手に構えながらエドナリアが森を進もうとすると突然木々の間から音が聞こえる。

 それを聞いたラルクは悲鳴を上げてエドナリアの後ろに隠れてしまった。

 

 自分でも情けないとは思う。

 

 

「下がって下さい……」

 そんな少年を手で庇うように得物を構えながら、彼女は音のした方角を睨み付けた。

 

 ガブラスか、他のモンスターか。

 それとも生存者か。

 

 

 

 ゆっくりと近寄ってくる音は次第にはっきりして、次の瞬間視界に移ったのは───

 

 

 

「うわぁぁぁ!」

 ───赤だった。




どん底ですね。ゴグマジオスの活躍が一瞬で大丈夫なのだろうかとかは一応思ってはいます。

読了ありがとうございました。


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赤く染まる影

「うわぁぁぁ!」

 悲鳴が上がる。

 

 

「お、落ち着いて下さいラルク!」

 そんな彼の肩を揺らして、エドナリアは安堵の溜息を吐いた。

 

 

「おーおーおー、人の顔見て悲鳴あげるたぁ……中々酷いねぇ。泣けるぜ」

 呆れたような第三者の声の持ち主は、血に濡れた防具の背中に船の操縦士だった男を背負いながら口を漏らす。

 

 木々の間から出て来たのはそんな大柄な男───ダービア・スタンビートだった。

 

 

 ダービアは背負っていた傷だらけの男を地面に下ろすと、肩を回しながら辺りを見渡す。

 それを見てほっとしたのか、ラルクは腰を抜かしてその場に倒れ込んでしまった。

 

 

「ここは安全か」

「何か居るのですか?」

 ダービアの言葉に、彼と同じく周りを見渡しながらそう質問するエドナリア。

 やけに静かな森林は不気味で、彼女は眉をひそめる。

 

 もっと、人の声がしてもいい気がするのだが。

 

 

「いや、逆だ。何もいないんだよ」

「何も居ない……?」

「あーそうだ。不気味なくらいにな」

 意味が分からないといった表情をするエドナリアの前で、ダービアは地面に降ろした男の怪我を細目で見始めた。

 

 

「コイツが倒れているのを見付けてから少し歩いたが、それらしい奴は出てこなかった。怪我人背負ってる奴なんざ格好の獲物だ。……何かしら出てくるとは思ったんだがな」

「彼を襲ったのはガブラスでは?」

「少なくとも空中にいる奴等じゃない。コイツが地面に消えるまで、俺が上から援護してたからな。この森の中にも何か居る事は確実だ。……そいつが何者か分からねぇ」

 男の傷を見て見るが、専門知識のないダービアに彼を襲ったモンスターの特定は難しい。

 

 強いて特徴を上げるとすれば、嘴や小さな牙で噛まれた跡だろうか。

 

 

「小型の鳥竜種……でしょうか」

 エドナリアがそう言うと、ダービアは「ランポス辺りか」と立ち上がる。

 

 

 どうしてか彼は首を横に振って、男を地面に横たわせた。

 

 

「コイツはもうダメだな」

「そんな……」

 ダービアが見下ろす男は、力なくなんの反応も示さずに息を引き取る。

 何も出来なかったと手を強く握るエドナリアの後ろで、ラルクはただ目の前の現実に恐怖を覚えた。

 

 次こうなるのは自分かもしれない、と。

 

 

「おかしいのさ。コイツ以外にも、ガブラスに襲われずに地面に落ちた奴は何人か居た筈だ。それが誰一人見かけない。……どうなってやがる」

 眉をひそめながらダービアはそう言って、もう一度周りを見渡す。

 

 しかし、やはり周りには何も居ない。

 

 

「とにかく、ポイントBのベースキャンプに向かいましょう。そこに救助船を呼んでもらう手筈になっています」

「ほぉ、なんだ。全滅した訳じゃないのか。……そりゃ助かる。とっとと行こう」

 ダービアはそう言って、命を落とした男を気に留める様子もなく、まだこの森林に残っている仲間を探すそぶりもなく歩き出す。

 

 

 しかし、彼は到達に立ち止まって振り返り───

 

 

「で、そのポイントBってのは……どこだ?」

 ───そう言った。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 木々の間をゆっくりと歩く。

 

 

 退屈そうに辺りを見渡すダービアと、怯えながらも何かを必死に探すラルクの前で、エドナリアは表情を歪ませていた。

 ダービアには言っていないが、彼女はまだベースキャンプには向かっていない。出来るだけ助けられる仲間を助けようと、森林を散策している。

 

 しかし、一向に生存者どころか仲間の死体すら発見する事が出来ないでいた。

 それにダービアが運んでいた男を襲った犯人も見つからない。

 

 

 不穏な空気を吸いながら、彼女達は森林を歩いていく。

 

 

「……あれって?」

 そんな中で、何かを見つけて指をさしたのはラルクだった。

 彼の視線の先には木々の間から人の足のような物が見えている。

 

 動いている様子はなかったのだが、エドナリアの視界に入った時その足が不自然に揺れるのが見えた。

 

 

 それを見てラルクはその足の元に走っていく。

 本当は怖いし、早く街に帰りたい。それでも、ここに居る以上誰かを助けられるなら助けたいというのも本心だった。

 

 

「待ってください!!」

「ぇ───」

 しかし、ラルクの前に赤が現れる。

 

 

 鋭い牙と爪に、頭の上の瘤。禍々しい赤い体表を持つ小型の鳥竜種。

 

 

「ひぃ?!」

 ───イーオス。

 

「ラルク、下がって!」

 言葉と同時にエドナリアは駆け出すが、次の瞬間木々の間から現れたイーオス達にラルクは囲まれてしまった。

 向かおうとするエドナリアの前にもイーオスが二頭現れ、彼女を牽制せる。

 

「───っ。ラルク!」

 イーオス達で遮られた視界の奥で、少年は震えてその場に座り込んだ。

 背負っている得物は飾りですとでも言うように、彼はただ震えて後ずさる。

 

 後ろにもイーオスがいる事を確認して、どうしようもなくなった少年はただ悲鳴をあげる事しか出来なかった。

 

 

「さっきのはコイツらが用意した囮って訳だ。ハハッ、なるほど賢いな」

「言ってないで何か行動して下さい!」

 冷静に分析するダービアの前で、エドナリアは武器を構えながら声を上げる。

 

 いつイーオス達がラルクを襲うか分からない。彼が動けない以上、彼女達が何かしなければ少年の命が奪われるのは確定的だった。

 

 

「しょうがねぇ。……嬢ちゃん、跳べるな?」

 言いながらヘビィボウガンを展開するダービア。その銃口が向けられたのは、ラルクを囲むイーオス達ではなく───

 

 

「吹っ飛びなぁ!」

 放たれる弾丸。───地面に着弾した徹甲榴弾は、エドナリアの正面に立ったイーオス二匹を爆風で突き飛ばす。

 

 同時にエドナリアは操虫棍を地面に突き立て、その反動と反発力で跳び上がった。

 

 

 まるで飛んでいるのかのように空中で身を翻すと、彼女はラルクを囲っているイーオス達の中心───ラルクの正面へと着地する。

 

 

「大丈夫ですか? そこに居てください」

 突然の乱入に驚いたイーオス達だが、直ぐに一匹が彼女に襲い掛かった。

 しかしそれを操虫棍で切り飛ばしながら、彼女はラルクの無事を確認する。

 

「ぇ、ぁ、はい……」

 切り飛ばした一匹が息を引き取るのを確認して、彼女達を囲むイーオスの数を確認すると四匹。

 徹甲榴弾の爆発で地面に横たわって居た二匹も起き上がり、六匹のイーオスが確認出来た。

 

 勿論、この場で視界に写った個体だけを数えた結果ではあるが。

 

 

 囮を使うという統率の取れた行動、この個体数。間違いなくボスが居ると、エドナリアはそう睨む。

 

 

「立てますね?」

「は、はい……っ」

 なんとか体制を立て直したが、状況が悪い事は変わらなかった。

 ジリジリと迫ってくるイーオス達。エドナリアは姿勢を低くして、いつでも動けるように精神を研ぎ澄ます。

 

 そんな彼女の後ろで、ラルクはただ見ている事しか出来なかった。背中のボウガンに触れる事も、何かしら考える事も出来ない。

 ただ怯えて、時間が経つのを待つだけ。その先に待っているのは死だけである。

 

 

「どうすれば───」

「君達しゃがむんだ!! 閃光玉を使う!!」

 唇を噛むエドナリアの耳に入ってきたのは、ラルクの声でもダービアの声でもない第三者の声だった。

 その言葉を聞いたエドナリアは、イーオス達の目の前でラルクを抱き抱えて地面に倒れ込む。

 

 刹那、その空間を強い光が覆い尽くした。

 

 

 絶命時等に強い光を放つ虫───光蟲の放つ光である。

 閃光玉はそんな光蟲の生態を利用した、狩人にとって欠かせないアイテムだ。

 強い光は眼球を焼き、モンスターの動きを一時的に止める事が出来る。勿論それは人間も同じだが。

 

 

 屈んでその光から逃れたエドナリアは、何も考えずにラルクの手を握って地面を蹴った。

 突然視界を焼かれ、闇雲に暴れまわるイーオス達の間を抜けた先でダービアの周りに五人の狩人が居るのを確認する。

 

 まだ生き残っていた仲間が居たのだ。

 

 

「助かりました……っ!」

「良いから行こう。この辺で生き残った仲間は多分これで全員だ」

 まだ若い青年狩人は、真剣な表情でエドナリアにそう伝える。

 

 彼もまた生存者を探していたのだが、見つけられたのは自身を含めた五人だけだった。

 彼女達を合わせても八人。船で街に戻ったのが五人で、四十八人居た狩人の内生き残ったのは十三人だけという事になる。

 

 

 そんな事があって良いのかと、落ち込む余裕も今はなかった。

 

 

 彼女達はイーオスから逃げるように森林を駆ける。

 岩場を見つけ、一旦休憩するまでなんとか他にも生き残った仲間が居ないかと探したが、誰一人として見つかる事はなかった。

 

 

「そのベースキャンプに向かえば、助けが来るんだな?」

 エドナリア達を救った青年は、彼女の言葉を聞いて小さく言葉を落とす。

 彼が助けた仲間達は傷心状態でとても口を開ける状態ではなかったが、微かな希望に少しだけ笑顔を見せていた。

 

「はい。……問題は、そこに辿り着く事ですが。ここを少し抜けると森林が開いて視界の悪い草むらがあります。そこを抜けた洞窟の先がベースキャンプです」

「草むらなら森林みたいに突然襲われる事もなさそうだけど、視界が悪いってどういう事だ?」

「背が高いんです。……あなたよりも」

 エドナリアのその言葉を聞いて、青年の表情は険しくなる。

 人の背よりも高い草が生える場所なんて森林よりもタチが悪い。しかし、目的地はその先だ。

 

 

 本来ならイーオス達もそんな場所には向かわないだろう。だからこそ、その先にベースキャンプが設置されているのだが。

 今回は既にこちらが発見されているため、彼等が追いかけて来る可能性は非常に高かった。

 

 

「一気に走り抜けるしかあるめーよ。例え辿り着いて振り返った時、誰一人そこに居なくても……その先にあるのがゴールだ」

 不敵に笑うダービアの周りで、他の仲間は青ざめる。

 

 不安を煽る理由もないが、忠告をしない理由はもっとなかった。

 

 

 生き残るにはベースキャンプに行くしかない。

 

 

「少しだけ休憩してから向かいましょう。私達に残された道はそれしかない」

「さーて、誰が生き残るか」

 一言余計だとエドナリアはダービアを睨むが、彼は両手を広げて笑うだけ。

 溜息を吐いて仲間を見渡すと、少年は今にも泣きそうな顔で蹲っている。

 

 

「大丈夫ですよ、ラルク。……そうですね、私と手を繋いで走りますか? きっと、辿り着けます」

「ぼ、僕……足も遅いから。迷惑です……きっと」

「そんな事ありません。私も、そんなに早くないですし」

 どう考えても気休めな言葉だが、今のラルクにはそれすらも救いの言葉に聞こえた。

 少しだけ表情を和らげる少年の頭を撫でて、彼女は笑顔を見せる。

 

 

「そいつを囮にした方が良いんじゃねーのか?」

「あなたはもう黙って下さい」

「おー、おっかないね。分かった分かった、お口チャックだ」

 口を閉じて閉めるような仕草をして、ダービアは肩をすくめた。

 

 それを見て額に青筋を浮かべるエドナリアだが、仲間割れをしている時間も惜しい。

 

 

 立ち上がって、仲間達と森林を抜ける。

 その先にあったのは背の高い青年よりも高く育った草むらで、その奥に洞窟の入り口が見えた。

 

 

 

 周りは静かで何かが居るようには見えず、ゴグマジオスの進路からもズレているからか上空にガブラスが居る気配もない。

 

 

 

 このまま何事もなくベースキャンプに辿り着ければどれだけ嬉しいか。そんな淡い希望を持ちながら、エドナリアは約束通りラルクの手を握る。

 

 

「走って下さい!!」

 そんな彼女の言葉と同時に、全員が一斉に地面を蹴った。

 

「出来るだけ背の低い草の中を通るんだ!!」

 青年はハンターナイフで目の絵の草を切りながら走る。

 そんな彼の言葉が聞こえていないのか、仲間の一人は全速力で先頭を走った。

 

 

「死にたくない! 死にたくない! あそこの洞窟に着けば!!」

 普段双剣を使うその狩人は、その場にいた誰よりも足が速く草むらを駆け抜ける。

 ただ草むらを走るだけだ。辿り着いてしまえば、それで生きて帰れるんだ。

 

 帰ったらもうこんなクエストには関わらずに、家族で美味しい食べ物を食べよう。

 家で幼い娘や妻を待たせているのだから、早く帰らなければ。出来るだけ早く───

 

 

 

 彼の視界が途端に横倒しになったのは草むらを半分進んだ所だった。

 

 横腹と頭に衝撃が走って、何かが重い。

 視界に映るのは赤で、次の瞬間草むらに絶叫が響く。

 

 

 間もなくしてまるで視界に映らない別の場所からも悲鳴が轟いた。

 

 

 耳に残るそんな声に、ラルクは足を縺れさせる。

 

 

「ひ、ひぃっ」

「足を止めないで下さい。走りますよ、大丈夫。走れますよ!」

 エドナリアにそう言われて、少年は足を前に動かした。同時にまた悲鳴が聞こえる。

 

 

「走って!!」

 無理矢理彼を引っ張って、エドナリアは地面を蹴った。

 

 次に襲われるのは自分達か。右か左か、前か後ろか。

 いつ襲われるかも分からない。心臓が張り裂けそうな程鼓動は強くなり、少年の手を握る力も強くなる。

 

 

 途端に視界が開いた。

 

 草が押し倒され、エドナリアは反射的に片手を武器に伸ばす。

 しかし、視界に映ったのは身体を真っ赤に染めた青年の姿だった。

 

 

「あなた?!」

「はは、襲われてしまった。大丈夫、倒したから。でも、俺はもうダメみたいだ。……援護するから、君達は走れ」

 血だらけの身体で青年はそう言って、彼女達の背中を押す。エドナリアは一瞬踏み止まったが、彼の姿を見て首を大きく横に振った。

 

 

「あなたの事は忘れません」

「勝手に殺すなよ。なに、俺は元々片手剣使いだ。ここらのイーオスを倒したら俺も向かうさ」

 そんな彼の言葉を聞いてから、エドナリアはラルクの手を引っ張って走り出す。

 

 せめて名前だけでも聞きたかった。しかし、そんな時間も惜しい。

 

 

 同時に悲鳴が聞こえて、エドナリアは唇を噛む。もう少し。もう少しで辿り着くんだ。

 

 

 

 しかし、彼女達の周りの草が一斉に倒れる。周りを囲む三つの赤。悲鳴を上げるラルクの隣で、エドナリアは小さく息を吐いて少年を洞窟の方角に突き飛ばした。

 

 

「エドナリアさん?!」

「走って!! 早く!!」

「そん───」

「走って!!!」

 人の声とは思えない程の怒号に、ラルクの身体は意思とは逆に動き出す。

 

 なんで逃げているんだ。なんでそんな事しか出来ない。

 心ではそう思っても、彼の身体はただ生きる為に前に進んでしまう。

 

 

 

 

「孤児だった頃、名家のお義父様が手を伸ばしてくれた事が嬉しかった……」

 イーオスを前に操虫棍を構え、彼女は猟虫に一言「付き合わせてごめんなさい」と呟いた。

 

 

「誰かを助ける人になりたいと、誰かに手を伸ばしたいと、願ったのです。……それでも、私が助けられたのはほんの一握りでした。お義父様がどれだけ偉大か、その家に泥を塗る事をお許し下さい。……しかし、これではサリオクに笑われる」

 姿勢を低くして、眼前のイーオスを睨む。

 

 

 ここから先は通さない。

 

 

「───さて、一狩りと行きましょうか」

 ───正しく彼女は狩人だった。




一ヶ月以上空けて申し訳ありませんでした!

ゴグマジオスが名前しか出てこない作品です。
既視感があると思いますが、完全にジュラシックシリーズのオマージュだったりします。ラプトルは怖い。


それでは、次回もお楽しみに。


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護ったもの

 目を閉じて走った。

 耳を塞いで、何もかもから逃げて。

 

 

 そうしてたどり着いた場所で、不貞腐れたような表情の男は生れつきこの顔なんだと言わんばかりにそのままの表情で口を開く。

 

「お前だけか?」

 ダービアは意外そうな表情でそう言った。

 

 言われた少年───ラルクが周りを見渡しても、他の人物の面影もない。

 

 

 当たり前だが、彼の手を引いてくれていた女性の姿はない。

 きっともう───そんな想いが脳裏を過って、吐き気のままその場に崩れ落ちる。

 

 

「おいおいやめてくれよ。大体、ここも安全って訳じゃない。お前だけならそれで良い。とっとと行くぞ」

 背後の洞窟は安全なベースキャンプに繋がっているが、この場所自体が安全な訳ではない。

 

 彼らの目の前に広がる草原では今さっきまで悲鳴が聞こえて、イーオスが仲間達を屠っていた所なのだから。

 

 

「え、エドナリアさんは……」

 分かっていても、そう呟くしかなかった。

 

 

「ここに居ないって事はそういう事だろ。大体、一緒に居たんじゃなかったのか?」

 確信を突かれて、ラルクは俯いて固まる。

 

 

 ──走って!!!──

 

 耳に残る彼女の怒号が、何度も何度も脳裏を駆け巡った。

 

 

「僕は……言われた通り、走っただけで」

 自分は悪くない、自分は悪くない、そう言い聞かせる。そうでないと、もうここから先に進めない気がして。

 後戻りしそうで。またあの地獄に自ら足を踏み入れそうで。

 

 それが嫌だから、言い聞かせた。

 

 

「……人間ってのはな、生存本能だけで生きてる訳じゃない。良心や思想、己の感性で生きてやがるしそれを捨てる事なんざ出来ないのさ」

「僕は……」

 それでも、生存本能には逆らえないのだろう。

 

 

 彼は逃げてしまった。後戻り出来ないとは分かっていても、己の生を取ってしまった。

 

「だが生存本能こそ、動物が生きる上で一番必要な感性よ。お前は何も間違っちゃいない。もしあの女がお前を庇って散ったというなら、その方が異常なのさ」

「そ、そんな事───」

「ならお前はあの女を助けに行けるか? もう既に死んでいるかもしれないあの女を、自分の命が奪われるかもしれないと分かっていて助けに行けるのか?」

 返事も出来ない。自分の答えを出す事すら出来ない。

 

 

 少年はただ俯いて、大粒の涙を流す。

 

 何も出来ない自分に、答えも出せない自分に、ただただ苛立ちが募った。

 

 

 

「何もしないなら置いて行くぞ。俺は生存本能に従いたいからな」

 少年を見下ろすダービアは、遂に彼に背を向けて洞窟に歩いて行く。

 

 彼について行くのが正解だ。そんな事は分かりきっている。

 ここまで走ってきてしまった時点で、もう後戻りはできない。そんな事は分かっていた。

 

 

 それなのに───

 

 

 

 ──無事で良かった──

 

 彼女の言葉が、姿が、頭の中で砕けて行く。イーオスに囲まれて、悲鳴を上げて、血肉に変わっていった。

 

 

「僕は───」

 振り向いて、耳をすます。眼をこじ上げる。

 

 前を見ろ。自分の答えを出せ。

 

 

 

「……生存本能が人を生かすのなら、人は生存本能を殺すという事か。嫌だねぇ、本当」

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 血飛沫が地面を濡らした。

 

 

 膝をついて、眼前で倒れるイーオスの死を確認する余裕もなく。

 エドナリアは必死に息を整えようと肩を上下した。

 

「はぁ……っ、はぁ……」

 操虫棍を杖にしてなんとか姿勢を維持するが、イーオスの毒を貰い更に左肩を噛まれ足を爪に切り裂かれとてもじゃないが意識を保つだけでも精一杯。

 そんな彼女の肩を何かが叩く。ほぼ反射的に首を後ろに向けたその目に映ったのは、人の腕だった。

 

 

「……っ、お、驚かせないで下さい。生きていたんですね」

 その手に見覚えがあって、エドナリアは安堵したような声をあげる。

 

 つい数刻前に自分達と別れた青年の顔が浮かび上がった。

 元々は片手剣使いだと言っていた彼も、なんとかこの窮地を生き延びたのだろう。

 

 ───そう思った。

 

 

「───っ、ぃ、嫌ぁ!!」

 彼女の肩に乗っていた()が地面に落ちる。

 

 肘関節から先しか存在しないその腕は、嫌な音を立てて血をばら撒いた。

 心臓が飛び跳ねる。過呼吸になる胸を押さえ、なんとか冷静を保とうとした。

 

 集中を欠けば次こうなるのは自分だろう。そんな思いがさらに鼓動を早くする。

 

 

 結局の所、どれだけ冷静でいようとしても人は己の命の危機を知れば動揺を隠す事等出来ない。

 彼女が地面に落ちた腕の意味に気が付いた時には、既に遅かった。

 

 

「───っは?!」

 背後の草むらが揺れる。

 

 当たり前の事だが───人の腕だけが自然に彼女の肩を叩く訳がない。

 

 

 狡猾な鳥竜種の罠に気が付いた時には、既に彼女の身体は草原を倒しながら地面を転がっていた。

 次の瞬間、腹部に鈍痛が走る。血反吐を吐きながら目を開けると自分を踏み付ける赤い影が視界に入った。

 

 普通のイーオスではない。

 特徴的な鶏冠を持ち、体格もイーオスより一回りは大きな個体。

 

 

 群のボス───ドスイーオス。

 

 

 

 群の長に集まるように、次々とイーオスが増えていく。

 視界いっぱいに牙を持つ怪物が写り、その怪物の涎が彼女の頬を濡らした。

 

 同時に別の物が頬を濡らす。

 どうしようもない恐怖感と絶望に、身体中から情けない液体を漏らし、意味もなく暴れて抵抗した。

 

 

 これから自分がどうなるか考えると失神しそうになる。そうなってしまえばおしまいだが、いっそ失神してしまえるならどれだけ楽か。

 それが出来ないから、彼女は今から生きたままその鋭利な牙で肉を削がれ腑を抉られるのだ。叫ぶ事もままならず、ただ掠れた声でイーオス達を拒む。

 

 その時が来たら嫌でも絶叫するのだろうが、まだ声は出なかった。

 

 

 

 イーオスの口が開かれて、振り下ろされる。鋭利な牙が血飛沫を上げて───吹き飛んだ。

 

 

 

「───っ?!」

「その人から離れろぉ……ッ!!」

 唐突に草むらの中から聞こえる若い声。まだ声変わりもしていないだろうその声に、エドナリアは目を見開く。

 

 ラルクのライトボウガンから放たれた銃弾により牙を吹き飛ばされたドスイーオスは、顎から血を流しながら銃弾の飛んで来た方角を睨み付けた。

 

 

「ラル……ク?」

 どうしてここに?

 そんな事よりも、自分が今助かった事に安堵する。

 しかしそれは、彼女を助けた少年が再び危険に晒されているという事と同義だった。

 

 どうして助けに来てしまったのか。

 

 

 それでも、覚悟を決めた筈だったのに、一度得てしまった生が重く彼女の心を突き刺す。

 

 

 

 死にたくない。死なせたくない。

 

 

 

 ドスイーオス始め、イーオス達はエドナリアに背を向けて少年の声がした方角を睨んでいた。

 視界に少年は映らない。

 

 

 しかし、感覚の鋭いイーオス達にはさっきの銃弾と声で少年が何処にいるのか分かっているようだった。

 一点を見つめるイーオス達に、ドスイーオスが指示を出す。

 

 同時に跳び上がったイーオス達は、草むらを走って前に進んでいたラルクの正面に降り立った。

 

 

「うわぁ?!」

 エドナリアを助けようと走っていたラルクだが、突然の奇襲に尻餅をついて悲鳴をあげる。

 意気込んで戻って来たはいいものの、いざ竜が目の前に現れて少年の頭は一瞬でパニック状態に陥っていた。

 

 

 ラルクの周りを複数のイーオス達が囲む。

 座り込んで何も出来なくなった少年は、これでは前と一緒だと震える足で立ち上がった。

 

 

「ぼ、僕は……エドナリアさんを助けるんだ……っ!!」

 笑う膝を掴んで黙らせ、はっきりと声を上げる。

 

 

 ハンターになりたかった。

 

 身体が小さくて、ひ弱で、周りの友達にバカにされていた少年は───ただ強い存在に憧れて前を進む。

 両親の仕事の関係上、多くの狩人の姿を見て来た少年がそう思うのは必然だった。

 

 彼らの様な、誰かを守れる存在になりたい。胸を張って人前で歩けるようになりたい。

 

 

 ───視界に入った竜が、その心をへし折る。

 

 

「ドスイーオス……」

 勉強は欠かさずにしていたラルクはその存在を知っていた。

 

 イーオスより一回りも大きな群のボス。

 牙を数カ所ふきとばされ、怒り狂った眼光で少年を睨むその竜が唸り声を上げると、周りのイーオス達が一斉に牙を開く。

 

 

 ダメだ。

 

 

 怖い。

 

 

 死ぬ。

 

 

 

「───だぁぁぁああああ!!!」

 その声は上から聞こえる。

 

 立ち並ぶ草木よりも高くジャンプしたエドナリアは、ドスイーオスとラルクの間に割って入って操虫棍を振り回した。

 

 打撃と斬撃が周りのイーオスを薙ぎ払う。

 それで一気に形勢を立て直したかと思えたが、ドスイーオスの一声でイーオス達はたちまち姿勢を直して彼女達を囲った。

 

 

「ひぃ?! そ、そんな……。え、エドナリアさん……僕───」

 結局自分は何も出来ないのか。反射的に悲鳴をあげて丸まってしまった少年は、震えた声で彼女に謝罪をしようとする。

 

 彼女の邪魔をしてしまった。結局重荷になってしまった。

 

 

「ありがとう、ラルク。助かりました」

 そう思っていたラルクの耳に入るそんな言葉。

 

 上を向くと、不敵に笑いながら武器を構えるエドナリアの姿が映る。

 

 

「あなたに命を助けられました」

「そんな……。僕なんて何も」

「いえ、そんな事はありません。現に私が今ここに立っているのは、あなたのおかげなのですから」

 そう言いながらも周りへの警戒は怠らない。

 

 

 実際ここから生きて帰る可能性が上がった訳ではなかった。

 

 

 それでも、今この瞬間彼女が立っていられるのは彼のおかげだという事だけは変わらない。

 あの射撃がなければ、彼がここまで戻ってきてくれなければ、今頃彼女は肉の塊になっていただろう。

 

 

 

 痺れを切らしたのか、大口を開きながら前進するドスイーオス。

 その眼前を一瞬何かが横切った。エドナリアの猟虫である。

 

 その猟虫に一瞬気を取られた所で、操虫棍の刃がドスイーオスの顎を切り裂いた。

 銃弾で牙を吹き飛ばされた下顎に刃が通り鮮血が舞う。

 

 

 それでもその命の灯火は力強く燃え続け、怒りに満ちた眼光で彼女達を睨みながら鳴き声を上げた。

 周りのイーオス達が姿勢を落とす。一斉に飛び掛かってこられたらいよいよ次はない。

 

 

 ───次の瞬間、周りを爆炎が焼き払った。

 

 

「うわぁ?!」

「なんですか?!」

 それは当の二人も予期せぬ出来事で、イーオス達諸共爆風で地面を転がる。

 

 

「おら死に損ない共!! 死にたくなきゃ走れぇ!!」

 大声でそう言いながらヘビィボウガンを空に向けて引き金を引くのは、先に草原を抜けたダービアだった。

 

 放たれた弾丸は山形に進み、ある程度の高度でバラバラに砕ける。

 砕けた弾丸は着地と同時に弾けて爆発を起こした。

 

 それを、彼は何発も発射する。

 

 

 空から落ちてくる爆弾の雨に、イーオス達だけでなくラルク達も悲鳴をあげた。

 

 

 

「うわぁぁ?!」

「あの人無茶苦茶です……っ!」

 ただ、これで活路が見出せる。

 

 少々荒っぽいが、彼が先にたどり着いたからこそ出来る作戦だ。これならイーオス達も無闇に動けない。

 

 

「走りましょう!」

 少年の手を握って、ボロボロの身体に鞭を打って走る。

 

 死んでいたかもしれない。

 再びそれを実感して、エドナリアはその手を強く握りしめた。

 

 

 

「おらおら、とっとと洞窟の奥まで行きな」

 待っていたダービアを通り過ぎて奥にある洞窟に向かう。

 ダービアは鋭く彼等を睨み付ける一匹の竜と睨み合った。

 

 

「よう大将。もうお前らにやる餌はねぇ」

 そう言って、彼は親指を下に向ける。

 

 

「もし追いかけてこようものなら、次狩られるのはお前達の方だぜ。お前達が狩人であるように、俺達も狩人であるからだ。この世界に獲物なんて存在しない。狩り、狩られ、最後に狩った方が狩人になる。それだけよ」

 洞窟の入り口に弾丸をばら撒き、ダービアは洞窟に入ってからその弾丸に火を付けて爆破した。

 

 

 崩れ落ちる洞窟を最後まで睨み付ける竜は、洞窟の入り口が崩れ追う事の出来なくなった獲物(・・)に向けて吠える。

 

 

 

 次こそは、と。

 

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 迎えの飛行船が来たのは、翌日の事だった。

 船から降りて来たギルドの職員が見たのは、たった三人だけの生き残った狩人である。

 

 

「……全て、私の責任です」

 飛行船のベッドの上で、失意の言葉を漏らすエドナリア。

 そんな彼女に何か言葉を掛けないといけないとは思いつつも、ラルクは何も口にする事が出来なかった。

 

 

 

 やっと家に帰れる。

 そしたら、もうこんな危険な目に合うことはなくなるんだ。

 

 それで良いじゃないか。

 元々自分はそんな危険なクエストに参加する予定はなかったのだから。

 

 

 ドンドルマに帰れば、それで全て終わり。家に帰って、また日が昇って。

 クエストを受けようとして結局受けられない。そんな毎日に戻ればそれで───

 

 

「死に損なった俺達は前に進むしかない。責任もなにも、まだ何も終わっちゃいねーさ」

「私は何も出来なかった……」

 ───それで良いのか?

 

 

「───そんな事、ない」

 少年は震える声でそう言う。

 

 

「そんな事、ないです。僕は、エドナリアさんが居なかったら死んでいた! エドナリアさんに助けられたんです。何も出来てないのは僕だ。僕のせいでギルドナイトの人も、船から落ちた人も……皆、皆……」

 ハンターになりたかった。

 

 身体が小さくて、ひ弱で、周りの友達にバカにされていたから。いつか誰かを守れる存在になりたい。胸を張って人前で歩けるようになりたい。

 

 

 それなのに───

 

 

「そんな事、ないですよ」

 エドナリアは優しい声で少年の頭を撫でる。

 

 少年は大粒の涙を流しながら彼女の瞳を見た。真っ直ぐな瞳は、しっかりと彼を見ている。

 

 

「そうですね。私もあなたを救えたのです。そしてラルク。あなたも私の命を救ってくれました。それはとても凄い事だから、その胸に誇って下さい。……私も、あなたを救えた事を誇りに思います」

 そんな言葉を聞いて、少年はその場に崩れ落ちた。

 

 恐怖を思い出して、生を思い出して、喜びを思い出して、必死な気持ちを思い出して。

 少年は涙が枯れるまで泣き果てる。

 

 

 エドナリアはそんな少年が疲れて寝てしまうまで、その手を握り続けた。

 

 

 

 

 船がドンドルマに到着し、ゴグマジオスの現在地を古龍観察局員に聞いたエドナリアは戦慄する。

 

 

 

「……ゴグマジオスが渓谷に辿り着くまで、残り三日ですか」

 運命の日は刻々と迫っていた。




やっと話が進みそうです。エタる前に書き上げたい。

この作品に主人公はいません。ですが、とても影の薄くなってしまったメインキャラが居るので焦ってます。
長くし過ぎたね、ゴグマジオス誘導作戦編。


読了ありがとうございました!


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戦う理由

 音もなく。

 

 ただ沈黙の中で、ケイドは酒に手を付けた。

 

 

「コーラルが死んでも、その作戦は続けるってのか」

「死んだからこそ続けなくちゃならない。……正直俺は、奴が何故死んだのか分からねーけどな」

 彼が飲もうとした酒を奪いながら、ダービアは明後日の方向を見ながらそう言う。

 

 文句の一つでも言おうと思ったケイドだが、ダービアの言葉の意味に引っかかるものを感じて口を閉じた。

 

 

「アイツはなんで死んだ?」

「将来の英雄を守るために……か。それとも償いか。分からん。……アイツは生きる事も出来た筈だ。それでもアイツは死んだ。……なぁ、ケイド。コーラル・バイパーは英雄か?」

 酒を全部飲み干してダービアはそう聞く。

 

 少しだけ間があった。手持ちぶさになった手で空気を掴みながら、ケイドは溜息を吐く。

 

 

「……英雄なんて居ない。ただ、生きてるか死んでるかだけだ」

「なるほど。それじゃぁ、アイツは死んだし。この作戦に参加してる連中は皆死ぬだろうなぁ。……大勢、死ぬだろうなぁ」

 不敵に笑いながらそう言うダービアを見て、ケイドは眉間に皺を寄せた。

 

 

「戦ったんだったな」

「あぁ。……歯が立たない───事はないだろう。だが、デカ過ぎる」

 ダービアは先日の船の上での戦いを思い出す。

 

 確かにダメージは与えられていただろう。

 しかし、そのダメージも無に帰すような反撃は一瞬で狩人達の船も命も燃やし尽くした。

 

 

「死ぬぜ。ありゃ」

「今すぐレイラを連れ戻す。アイツはどこだ」

「さーな。でもよ、それはお前違うだろ」

「何がだ」

 苛立ちを見せるケイドの横で、ダービアは首を鳴らしながら立ち上がる。

 

 

「コーラルは本当にただ死んだだけか? 生きてる俺達はただ生きてるだけか? 違うだろ。そらゃぁ、違う。生きてる奴は……前に進まねーとなぁ」

 机に金を置きながらそう言って、ダービアは酒場を離れていった。

 

 

「何が言いたいんだ……お前は」

 死は平等で、その先には何もない。

 

 

 前に進むって事は死に進む事じゃないのか。

 

 

 酒場に残った一人の男は俯いて考える。

 

 

 

「……どうして皆、そっちに行こうとするんだ」

 答えは見付からなかった。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 ラオシャンロンを誘導する為に作られた渓谷の入り口には、一つ大きな街がある。

 

 

 ドンドルマ程とは言えないが栄えている街で、人口もバカに出来ない。

 そんな街に数十人の狩人が集まっていた。

 

 街の集会所から出て来る狩人達はどうも辛気臭いというか、明るい表情の物は居ない。

 

 

「なぁ、降りた方が良くないか?」

 そんな狩人達の中の一人───ジャン・ケールスは仲間の狩人の前に出てそう言う。

 

「陽動作戦だけで戻ってきた船が一隻だけ。仕切ってたギルドナイトも死んじまってるし、どう考えても関わらないのが正解だろこの山」

「俺は間近でアイツを見たし、ジャンも遠目だけど双眼鏡で見ただろ?」

 イアンは冷静にそう返した。何が言いたいのか分からなかったジャンは「お、おう」と生返事を返す。

 

 

「アレがこの街を襲うかもしれないんだぞ」

 陽動作戦は結果としては成功していた。

 

 ゴグマジオスは真っ直ぐにこの渓谷へと向かって来ている。

 

 

 集められた彼等の目的はゴグマジオスからこの街を守る事だ。

 そして渓谷に誘い込み、少数先鋭の狩人がドンドルマの砦で迎え撃つ。

 

 ようは別に倒さなくても良いという事だが、それでも数刻の内に陽動隊を壊滅させたという事実は変わらなかった。

 

 

「俺達も死ぬぞ?」

「それじゃ、俺達が逃げたらどうなる? この街の人達は。シータは……」

 イアンの妹でジャンの嫁でもある名前を出すと、ジャンは口を開けて固まる。

 

 現在街は緊急事態宣言で封鎖されていた。ギルドの関係者以外、入る事も出る事も出来ない。

 

 

 この街にはドンドルマの人口の五割にも達する人達が住んでいる。

 もしゴグマジオスの襲撃を恐れて、人々がドンドルマに逃げようとすれば街がパニックになる事は間違いなかった。

 

 このモンスターの世界で街の外に逃げる事は自殺行為であり、結果的にこうするしかないのは分かっている。

 それでもジャンは納得がいかず、こうしてイアンに抗議を叩きつけていた。

 

 

「ギルドのお偉いさんはとっくに逃げてるってのに、街の人々はこのままここに残って殺されろってか。冗談じゃねーよ」

「その為に俺達がゴグマジオスを止めるんだろ?」

「そりゃ……そうだけどさ」

 ジャンは文句を続けたかったが、イアンの苦しそうな表情を見て喉元まで出掛けていた言葉を飲み込む。

 

 なにも彼だってこの状況に納得している訳ではないのだ。

 

 

「ギルドの考えは至極真っ当だ。この街の人達を全員ドンドルマに避難させるなんて難しいし、それにドンドルマが安全かといわれればそれも確実じゃない」

 砦での撃退戦に失敗すれば、今度はドンドルマの街が危険に晒される事になる。

 

 そうなれば何処にいても同じなのだ。この世界は広いようで、人間が安全に暮らせる場所は少ない。

 

 

「お偉いさんだけトンズラってのは納得いかないけどね」

 彼等に付いてきたレイラはそんな横槍を入れる。

 

 そればかりは文句を言っても仕方がないが、どの道ゴグマジオスの撃退はしなければならない。

 この街に住む全ての住民の命がかかっているのだから。

 

 

「でもよ、俺達がやらなくても誰かがやる。態々死にに行く理由はなくないか?」

 しかしそれも真っ当な意見ではあった。

 

 

 この作戦に集まった狩人は百人近くにも及ぶ。二、三人減った所で、あの巨大な竜からすれば変わらない。

 結局はゴグマジオスがこの街に進むのを諦めて渓谷の奥に向かってくれればそれで良いのだ。

 

 

「それは……」

「それで作戦が失敗して、街の人が死んだらあなたはどんな気持ちになると思う?」

 口籠るイアンの前に出て、レイラはそう言う。

 

 

 もしあの時、テオ・テスカトルに挑もうとした英雄が居なかったら───

 

 イアンはそんな事を考えるが、その逆の事も頭によぎった。

 

 

 もしあの時、イアンの前に狩人が現れなかったら。

 確かに自分は死んでいただろう。しかし、あの時自分を助けてくれた狩人は───たった一人の英雄の妻、レイラの母親は死んでいなかった。

 

 

 あの英雄の死をどう捉えれば良いのか。

 

 

「……そりゃ、嫌だろ。なんのためにハンターになったんだって話だしな」

「だったら、戦うしかないじゃない。戦って、勝って、英雄になる。生き残ってね。……そして、お父さんは間違っていない事を証明する」

 英雄、か。

 

 それは一体なんなのか。イアンは彼女を見ながら考える。答えは一向に出てこなかった。

 

 

 

「ジャン? お兄ちゃん?」

 そんな三人の前に、一人の女性が現れる。

 

 肩まで伸びた黒髪や身体つきは女性らしさを感じさせるが、目付きはイアンにそっくりだ。

 レイラはそんな事を思いながら、彼と彼女を見比べる。

 

 

「……シータ」

「帰ってきてたんだ。えへへー、お帰り。……えーと、そちらさんは?」

 レイラを見ながら首を横に傾ける彼女こそ、ジャンの嫁でありイアンの妹でもあるシータだ。

 

「ハンター仲間のレイラだよ。……その、言っていいか?」

「何を?」

「俺達の命の恩人の事を……」

「……いいよ。きっと母さんも喜ぶ」

 短い会話を済ませると、イアンはシータの前で彼女に手を向けながら口を開く。

 

 

「俺達をテオ・テスカトルから守ってくれたハンターの娘さんだ」

「嘘……っ」

 目を見開いたままレイラの元に歩いて行くシータ。

 レイラは「え? え?!」と困惑しながら後退りするばかりで、そこに狩人の尊厳は微塵ともなかった。

 

 

「……ずっと、言いたかったんです。ありがとうございました」

 そんな彼女の前でシータはゆっくりと頭を下げる。

 

 戸惑うレイラだったが、幾分か落ち着いたのか彼女に頭をあげるように促した。

 

 

「きっと母さんも喜んでる。ありがとう。……あなた達が生きている事こそが、母さんと……父さんの誇り。私は、その誇りを守りたい」

「レイラさん……」

 決意の篭った声に、シータは緊張で固まった顔をほぐす。

 

 歳はあまり変わらないというのに立派な狩人なんだと尊敬した。

 

 

「それにしてもお兄ちゃん、このこのー」

「な、なんだよ……」

 目を細めて兄を肘で突くシータを見ながら、ジャンは唇を噛む。

 大切な人を守るには戦うしかない。何より自分が狩人になったのはその為だと思い出した。

 

 

「レイラさん! お兄ちゃんの事よろしくお願いします!」

「え? あ、えーと……はい?」

 女性二人が意思疎通の出来ていない会話を繰り広げている横で、ジャンはイアンの肩を叩いて真剣な表情で口を開く。

 

「そうだよな、戦わないとな。……だけどさ、イアン。お前が戦う理由ってなんだ?」

「俺が戦う理由……」

 ジャンの問いにイアンは答える事が出来なかった。

 

 

 守りたい大切な人が居る訳じゃない、大切な人の名誉を守る戦いでもない、義理も義務もない。

 

 

 なら自分はなんの為に戦うのだろうか。

 

 

「英雄になりたいとか、そんな事言うんじゃないだろうな。……お前、それに命を賭けられるのか?」

 ──俺を英雄にしろぉぉおおお!!!──

 命を賭してゴグマジオスの弱点を探る手掛かりを手に入れた男を思い出す。

 

 

 自分は英雄になりたいのだろうか?

 

 

「……分からない」

 いくら探してもその答えは見付からなかった。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 ゴグマジオスの進路を観測していた船が街に降りる。

 やや神妙な面持ちで船から降りた観測隊員を、ギルドナイト───サリオク・シュタイナーが迎え入れた。

 

 

「ご苦労だった。報告はあるか?」

 コーラル亡き今、若輩者ではあるが彼がこの作戦の指揮を取る事になっている。

 

「ゴグマジオスの進路に異変はありませんでした。ただ……」

「ただ?」

 口籠る観測隊員を見てサリオクは眉間に皺を寄せた。

 

 ただでさえ誘導作戦での疲労があり、多数の犠牲を払った後である。これ以上問題はこりごりだ。

 

 

「……付近のモンスターがゴグマジオスの接近の影響か追いやられるようにこの街に向かって来ています」

「はぁ?」

 サリオクは口を開けてその場で固まる。

 

 全く想像だにしていてなかった問題だった。

 いや、コーラルならこの状態も予測して予め対策を立てていただろう。

 

 自分の未熟さが露見して、口を開けたままのサリオクは白眼をむいた。

 

 

「サリオクさん?!」

「あ、あ、あ、あ、え、あ、えーと、どうする?」

 聞いてどうする、と自分に言い聞かせる。この場の指揮官は自分だ。

 己がしっかりと皆を纏めなければ、この作戦は成功しない。

 

 そもそもギルドナイトとしてドルドルマだけでなくこの街を守るのも自分の仕事である。固まっている暇はない。

 

 

「ドンドルマやここ、付近の村のハンターにクエストを依頼するか? いや、間に合わない」

 ゴグマジオスが渓谷に辿り着くまで残り約三日。

 

 この案件は少なくとも今日明日中に解決しなければならなかった。

 クエストとして人を待っている暇などない。

 

 ならば、少なくともこの街かドンドルマの狩人に依頼をこなして貰わなければならないだろう。

 腕の立つ狩人には三日後のゴグマジオスとの戦いの為に体力を温存してもらいたいのが本音だ。

 

 

 しかし、ゴグマジオスに縄張りを追いやられ気が立っているだろうモンスター達を───大連続狩猟にもなりかねないクエストを実力の伴わない狩人に受けさせる訳にもいかない。

 

 

「むむ……こうなれば私自ら───」

「私が行きます」

 唇を噛むサリオクの後ろから声を上げたのは、彼の義理の妹エドナリア。

 ドンドルマでの報告を終えた彼女は、作戦本部がこの街に移った事を聞いてその足で向かってきたのである。

 

 

「エドナリア、無事だったか。……報告は聞いているぞ」

「はい、救えたのは二人だけでした。……申し訳ありません」

「いや、よく帰って来た」

 俯くエドナリアの肩を叩きながら、サリオクは視線を合わせずにそう言った。

 

 

 自分一人でこの作戦を仕切るのは流石に荷が重いと思っていた所である。彼は気付かれないように深い溜息を吐いていた。

 

 

「……いや、それより私が行きますだと?!」

「はい。何か問題でも?」

「はぁ……。いや、元より人手不足なのだから仕方ないが……」

「私の他にも今回の迎撃戦参加者にクエストを依頼して負担を分散させ、この案件は速やかに解決するべきかと。……撃退戦前の良い肩慣らしになりますし」

 平然とそう言うエドナリアを見て、サリオクは目を真っ白にして固まる。

 

 

 なんでコレはこうも冷静なのか。

 

 

「あぁ……もう、私よりお前が仕切れ!!」

「それは嫌ですね」

「なんでそこで逆らう?!」

「この作戦が成功した時の名誉を手放して良いのですか? どうせあなたの事です。私が立場を手に入れるのは嫌がるでしょう」

 お見通しですよと目を半開きでそう言うエドナリアを見て、サリオクは冷や汗をかきながら表情を引きつらせた。

 

 

「勝ってシュタイナー家の名誉を守りましょう。兄さん」

「……そうだな。観測員、街に近付いているモンスターのリストを作れ。個別にしてクエストとして発注する」

 腕を大きく振りかぶって、待機していた観測隊員に声をかけるサリオク。

 

「やはり指揮をとるのはサリオクみたいに声が大きい人ですね」

 そんな彼を見ながらエドナリアは小声で言いながら苦笑する。

 

 良くも悪くも大きな態度は頼りになるものだ。

 

 

「さて、私は一人でも良いですし。直ぐにでも向かう準備を───」

「エドナリアさん……っ!」

 観測隊員がリストを作っている横から覗き込んで、手頃なモンスターを探そうとしていた彼女の耳に聞き覚えのある声が響く。

 

 驚いて振り向いた先に居たのは、下位装備も下位装備───昨日狩人になりましたと言っても疑われないような姿をした少年だった。

 

 

「ラルク……っ?!」

「ん、誰だこの小僧は。ここは初心者ハンターが来て良い場所じゃないぞ」

 怪訝そうな表情をするサリオクの隣で、エドナリアは目を見開いて固まっている。

 

 彼女がこうなるのも珍しいと思うが、その理由も全く分からずサリオクは目を半開きで少年を睨んだ。

 

 

「ひ、ひぃっ?!」

「帰りたまえ。君のような小僧が関われる案件ではない」

「待ってください、彼は私の友人です」

「は?」

 信じられない発言に今度はサリオクが固まる。

 それを見てこうも予想外の状態に弱い指揮官もどうかと思うが、自分も大概なので何も言わない事にした。

 

 

「ぼ、僕にも手伝わせて下さい。……僕、まだ狩人として未熟で……というか、まだ何も出来てない。でも、これは僕が始めて受けたクエストだから! 最後までやり切りたいんです!」

 奇しくも。

 

 来る日も来る日もクエストに出掛けられず、家と集会所を回っていただけの少年が始めて受けたクエストこそ───このゴグマジオス撃退戦だったのである。

 

 

 ずっと怖かった。自分なんかは狩人になれないかもしれないと思っていた。

 

 

 だけど、このクエストの先に見つけられるかもしれない。

 

 

 

「お願いします!」

 少年は深々と頭を下げる。新品に見えていた防具は所々傷付いていた。

 

 

「な、何を言ってるんだコイツは」

「事実ですよ」

「はぁ?」

 口を開けて固まるサリオクに、エドナリアはこう続ける。

 

 

「見ていなかったんですか? 彼もちゃんとこの作戦───クエストに参加していて、船にも乗っていたんですから」

「ゔぁぁぁ?!」

 こんな初心者ハンターがどうして?!

 

 全く答えも見付からず、ついにフルフルのような声を上げてサリオクは白眼をむいた。

 そんな彼を見ながらエドナリアは苦笑して、ラルクに笑顔を向ける。

 

 

「……手伝ってくれますか?」

「……はい!」

 真っ直ぐに前を見る少年の瞳は、正しく狩人の目だった。




お待たせしました……?

相変わらずゴグマジオスの存在が薄い。


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戦禍の中へ

 街の酒場は喧騒に塗れていた。

 

 

「収集が掛かったと思えば、俺達に大型モンスターの討伐を依頼って。この後に超大型と戦うってんだぜ?」

 若干呆れた声でそういうジャンは、同意を求めるようにイアンとレイラを見比べる。

 

 二人共困ったような表情を見せるしかないが、それを見てジャンは溜息を吐きながらこう付け足した。

 

 

「分かってるよ。誰かがやらなきゃいけないだろ。……決めたからな、シータの為に戦うって」

 口角を釣り上げて、ジャンは二人から目をそらす。柄じゃない事してるか、なんて事を思った。

 

「あたしも。撃退戦を成功させる為ならなんだってする」

 レイラは固い決意を込めてそう答える。全ては生き残って、父の不名誉を晴らす為。

 

 

 二人には戦う理由があった。

 

 

 しかしイアンには───

 

 

「お前はどうする? って、聞かなくても来るのか」

「今は分からないけど、何もしなきゃ分からないままだ。……俺達を助けてくれた人みたいになりたくてハンターになったけど、結局その答えは見つからないんだよな」

 イアンは自分の装備を見ながら表情を落とす。

 

 

 自らの憧れた狩人が使っていた武器(ロストバベル)の盾と槍は、十数年以上前に作られた物とは思えない程に手入れが行き届いていた。

 これを譲ってくれた狩人(英雄)は何の為に戦ったのだろう。

 

 それを見つける為に、自分も戦い続けるしかない。

 

 

「そんじゃ、手頃そうなの選んでとっととクエスト行きますか。えーと、どれにしようかなと」

「手頃ってか適当だな」

「選ぶの面倒だろ」

「お前なぁ」

 呆れつつも、ジャンの気軽さにイアンは少し救われた。

 

 ずっと緊張しているのも、考えているのも苦手である。

 止まっているか前に進むか。ランス使いならそれくらいが丁度良い。

 

 

「ねぇ、シータさんって私に何を言ってたのアレ」

「あ? あー、それはなぁ」

「おいやめろ」

 そんな風にしてクエストボードの前で騒いでいると、一人の男が「どけ」と声を荒げながら三人の間に入ってボードに貼られている紙を一枚引き千切った。

 

 

「おいなんだおま、お前───」

 そんな男の態度が気に食わなかったのか、ジャンは喧嘩腰に男の肩を掴んで声を上げる。

 しかしそれで振り向いた男の顔に見覚えがあったジャンは───

 

 

「───居たの?」

 表情を痙攣らせて素っ頓狂な声を漏らした。

 

 

「あ?」

「お前、ニーツ?!」

 それに対してイアンは驚いた声を上げる。

 

 彼等の前に現れたのは、ゴグマジオスの足取りを調査するクエストをイアンとレイラと共に受けた狩人の一人。

 酒場でレイラと騒動を立ててギルドナイトに一緒にしょっ引かれたニーツ・パブリック。その人だった。

 

 

 先の調査クエストで兄のアーツ・パブリックを失った彼の気持ちはイアンには分からない。

 しかし自分なら目の前で肉親を失った時はもう何も出来なくなるだろう。心の何処かでそんな事を思っていたイアンは、彼がこの場に居る事にとても驚いた。

 

 

「どうして……ここに?」

「はぁ? そりゃ、お前。クエストを受ける為だろ」

 怪訝な表情でそう返すニーツは、自分の手にしたクエストの依頼票に目を通す。

 

 

 討伐依頼。

 鎌蟹───ショウグンギザミの討伐。

 

 

 甲殻種の中でも強力なその種は、上位ハンターといえど一人で討伐するには危険が伴うモンスターだ。

 ニーツはその依頼票と三人を見比べて目を細める。

 

 

「クエストってお前……」

「目の前で仲間が死ぬなんてな、普通に狩人をやってればある事だ……。それよりもな───」

 ニーツはイアンの首元を掴み、頭をぶつける勢いで近付けた。

 

 ジャンがそんなニーツを止めようとするが、ニーツはそれから暴力を振るう事もなく言葉を漏らす。

 

 

「俺は兄さんが死んだ理由を知りたい。なんで兄さんが死ななければいけなかったのかを知りたい。……分からねぇんだよ」

 それは死因という意味ではなく、アーツ・パブリックがあの場所で死んだ意味はどこにあるのかという事だった。

 

 

 生き延びる事は出来た筈。

 ただ、もし兄が命を賭けた意味があるというなら。

 

 

 

「それを確かめる為に、俺はあのゴグマジオスってのが倒れる所を見ないといけねぇ。その為なら何でもする」

 そう言ってイアンを突き放すと、ニーツは三人を順番に見て今度はレイラに詰め寄る。

 

「付き合えよ、なぁ。どうせ何かクエストを受けるつもりだったんだろ? んで、終わったら一杯やろうぜ。なーに、同じ狩人だろ」

 彼女の顎を持ち上げたニーツは不敵な笑みを浮かべながらそう言った。

 

 

「おい付き合う必要ないぜ。俺達は俺達でやれば良いだろ」

 どうも下心の見える言い分が気に食わなかったジャンは、間に入って二人を引き離しながら半目でニーツを睨む。

 

 

「あたしは良いよ。組んでも」

「え」

「ただし、この四人で。その方が成功確率も上がるし、全員が無事で帰って来られる可能性も上がる」

 ジャンの反応とは裏腹に、ニーツからの提案を受け入れるレイラ。

 言っている事は至極まともではあるが、どうも彼女はドンドルマで絡まれていた時もそうだがその手の危機感というのが薄いらしい。

 

 

 これはなんとも言えない壁だなと、ジャンは苦笑いを零した。

 

 

「俺はそれで構わないぜ。四人プレイも悪くはない」

「レイラがそれで良いって言うなら、俺も。仲間は多い方が良いってのは確かにそうだしな。ニーツの腕は知ってるし」

 対して危機感というかニーツの言っている意味が分かっていないようなイアンを見て、ジャンはついに溜息を漏らす。

 

 

「ジャン?」

「あー、はいはい。俺も行きますよ。俺が止めれば良いんでしょ」

 呆れ声でそう言うジャンは三人を見比べて、イアンを見ながら「狩りの事しか頭にないのか」と小声を漏らした。

 

 四人はクエスト受付を済ませると、簡単な準備を済ませてから竜車に乗ってクエストに向かう。

 

 

 竜車でその日の内に狩場に着くような場所までモンスターが来ているのだ。

 ゴグマジオスの影響は計り知れず、その事実が今後の作戦に支障を及ぼす事は火を見るよりも明らかである。

 

 失敗する事は出来ない。許されない。

 

 

 

 他の狩人達も準備を終えクエストに向かう中で、一人の狩人がカバンのポーチにボウガンの弾を敷き詰めていた。

 

 

「ラルクはどうしてライトボウガンを使うのですか?」

「え、えーと……。その、モンスターに……近寄りたくなかったから、です」

 ひょんな事からこのゴグマジオス撃退戦に参加した初心者ハンターのラルクは、質問に対して申し訳なさそうに俯いて答える。

 

「なるほど、真っ当な答えですね。良い心がけだと思います」

 しかし、問い掛けた本人───エドナリアは納得したようにそう返事を返した。

 彼女の反応に驚いたラルクは頭を上げて、何度か瞬きを繰り返して「え?」と首を横に傾ける。

 

 

 同じ質問を訓練所で同期の狩人に聞かれて答えた時、大体が笑われるか呆れられるかのどちらかだったのだ。

 エドナリアの言葉の意味が彼は分からない。だって、そんな自分が情けないという事は自分が一番知っていたから。

 

 

「モンスターは怖いですから。それを知っている事は生き残る為に必要な事です。この世界で一番人々に危害を与えているモンスターがどんな種かは知っていますか?」

「えーと、やっぱり……飛竜ですか?」

 この世界の食物連鎖の一番上にいる存在。モンスターの中でもその種の危険性は、狩人でなくても知っている。

 

 

 しかし───

 

 

「違います。確かに飛竜が現れた地域での被害は他の種のモンスターの被害とは比べ物にらない大きさになりますが、それはクエストボードに貼ってあるのが全てと言っても良い程には稀です」

 勿論この広い世界での稀というのは、小さな人間にとっては大きな数だ。

 

 そして思っている以上に、

 

 

「ファンゴやコンガ、ランゴスタ、ランポス……イーオス。ある程度実力を付けた狩人達が小型モンスターと一括りにして、相手をする価値もないと位置付けるモンスター達。でもそのモンスター達は一般人にとって飛竜よりも身近で恐ろしい存在なんです」

 人間は小さくてひ弱である。

 

 

 一般人はおろか、ある程度実力を付けた狩人であろうと武器も防具もない状態ではイーオス一匹にだって何も出来ない。

 人が戦えないような場所でも平気で動いて、襲ってくるのがモンスターだ。それはラルクが先日身をもって体験した事でもある。

 

 

「だから、怯える事は間違った事ではありませんよ。……ただ───」

「ただ?」

「───ただ、狩人はそれを乗り越えてモンスターと対峙します。それは相手がどんな小さなモンスターでも、大きなモンスターでも変わらない事です」

 そう言って、エドナリアは自分のポーチの中を整理し始めた。

 

 ラルクはポーチの中のボウガンの弾を見詰めながら、小さく「狩人……」と呟く。

 

 

 自分の目指していたのは、堂々と背筋を伸ばして歩く狩人の姿だった。

 

 

 どんなに恐ろしいモンスター相手でも勇敢に立ち向かう、皆が憧れるような存在。

 でもそれは違うんだって、今やっと分かったのかもしれない。

 

 肩の荷が下りたような表情でポーチをしっかりと締め前を向くラルクを見て、エドナリアは満足そうな表情で立ち上がる。

 

 

「行きましょうかラルク。私達の相手は……ドスイーオスです」

「……はいっ!」

 しっかりと前を向いて返事をした狩人は、エドナリアに手を引かれて竜車に乗り込んだ。

 

 

 何台かの竜車が湿地帯へ向けて進んでいる。

 

 

 

 それぞれの想いを乗せ、狩人達は狩り(本業)をこなすべく街を出発していった。

 

 

 

「無事に帰ってきてね」

 ゴグマジオスが街に到着するまで残り三日。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 一方、一度ドンドルマに戻ったサリオクはゴグマジオスを迎え撃つ為の砦を視察して目を細める。

 

 

 彼等のクエストはゴグマジオスの討伐ではなく、撃退しここに誘き寄せる事だ。

 そしてその後G級ハンター四人によるゴグマジオス討伐が始まる。

 

 なんでもその四人の中には、一時期世界を謎のウイルスにより混乱に陥れた古龍を討伐した狩人まで居るという話だ。

 ゴグマジオスの討伐に関しては問題はないだろう。サリオクが今考えるべきは撃退戦の成功のみだ。

 

 

「よぉ、撃退戦の指揮官殿がどうしてここに?」

「これはリューゲ・ユスティーズ殿。訓練所の教官殿がどうしてここに? などと返し、まさか右腕だけでゴグマジオスの討伐に加わるのですか、と戯れ言を漏らす暇は今の私にはないのですよ」

 ペラペラと煽るように返すサリオクに「言ってるじゃねーか」と呆れた声を漏らすリューゲ。

 二人は砦に設置された大砲やバリスタを見上げながら、その奥へと視線を向ける。

 

 

「誰かがやらなければならない事だ。コーラルさんが居なくなってしまった以上、私がその勤めを果たす。……後の事は伝説とも唄われるG級ハンターに任せれば良い」

 古龍を人が倒そうなどと、烏滸がましい事だ。

 

 一度その圧倒的な力を目にしたサリオクはただ臆病風に吹かれた訳ではなく、理解したのである。アレは凡人の手に負える生き物ではないと。

 

 

 サリオクとて上位ハンターであり、ギルドナイトだ。世界に同じ肩書を持った者はそうも居ないだろう。

 しかし、それでも届かない。

 

 

 アレは人智を超えているのだ。

 

 

 だから───

 

 

「G級ハンターだって人間だっての。でも、まぁ、人間だからこそ……か」

 ふとリューゲが呟いた言葉の意味は、サリオクには分からない。

 

「四人の内の一人は俺の愛弟子よ。タンジアでギルドナイトやってるゴリラだ。なに、こっちの事は気にしなさんな」

 口角を釣り上げて不敵に笑い、リューゲはサリオクの肩を叩いて砦の奥に歩いていく。

 

 

「アレを倒せると思えないのは、私が世間を知らないからなのだろうか。しかし、私は私のするべき事をする」

 振り向いて砦に背を向け、サリオクは長く続く渓谷の奥へと視線を向けた。

 

 

 ゴグマジオスをここまで追い込む。

 

 

 

 それが今回集まった九十四人の仕事だ。

 

 

 

 

 ───例え、何人もの犠牲を払おうとも。




お待たせしました???
また一ヶ月開けてしまいましたが、一作品書き終えたので今後はこの作品をメインに更新していく予定です。

このお話の最後の方で書いた話ですが、実はこの作品でゴグマジオスの討伐までを書くつもりはありません。
お気付きかもしれませんがこの作品の話はモンスターハンター4Gのゴグマジオス戦のプロローグのような話で、実際にゴグマジオスを討伐するのはモンスターハンター4Gの主人公ですから。

もしかしたら完結後におまけで主人公の話を書くかもしれませんが、今のところは未定になります。


それでは、読了ありがとうございました!


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空を切り裂く鎌

 泥濘んだ道を竜車が走る。

 ジメジメとした空気に加えて視界を悪くするこの湿地帯の霧が、どうもジャンは苦手だった。

 

「帰りてぇ」

「なら今すぐ帰れば良い。歩いてなぁ」

 ヘッヘッヘ、と笑うニーツは言いながら酒を口に運ぶ。その吐息の匂いにジャンはさらに表情を歪ませた。

 

 

「だらしねぇな。お高くまとまってんじゃねーよ。酒くらいお前も飲むだろ」

「お前みたいに昼間から飲んだりしねーよ」

 どうもパーティの空気が悪い事にイアンとレイラは不安を覚える。今から討伐に向かうモンスターは生半可な相手ではないのだ。

 

 流石にこの状態はマズイ。

 俗にいう色々な事が鈍い二人だが、それだけは狩人の勘として確信する。

 

 

「喧嘩しないで」

 ついに口走ったレイラにイアンは苦笑いを見せるも、真っ直ぐにそう言われた二人は渋々といった感じで黙った。

 

 しかしそこから、黙ったままで会話がない。これはこれで、マズイ。

 

 

「なぁ、ニーツはなんで狩人になったんだ?」

 そんな空気をなんとかする為、イアンは狩人同士の会話の基本のような言葉をなんとか捻り出す。

 

「そら、金と女だろ」

 しかし、帰ってきたのは想像していた中で一番最悪な答えだった。

 聞かなければ良かったと後悔する。ジャンが再び機嫌を損ねているからだ。

 

 

「屑かよ」

「じゃあなんだ、英雄になる為って答えれば良かったのか? 父親みたいな英雄になる為ってな。ハッ、何が英雄だ」

 吐き捨てて、ニーツは霧で遠くまで見えない風景に視線を逸らす。その瞳は少し濡れているように見えた。

 

 

「……兄さんはそう言ってた。十八年前。俺もまだガキだった頃に死んだ親父はな、勇敢にも古龍に立ち向かって死んだ英雄だってな」

 両手を開いて、呆れたような声でニーツはそう言う。

 

 十八年前。古龍テオ・テスカトルがドンドルマに襲来し、狩人九十九人の犠牲の末に討伐された。

 その時に撃退戦に参加していた百人の狩人の中にニーツの父親も居たのだと言う。もちろんその中にはレイラの両親も居たのだ。

 

 

「兄さんはそんな親父に憧れてたらいしけどよ、俺にはその理由が分からねぇ。死んで何になる。死んだら金と女が手に入るのか? 逆に死ななきゃ臆病者と罵られる。……たった一人の英雄みたいにな」

「父さんの悪口は───」

「でもよぉ」

 彼女の前で禁句に触れた彼は、手を伸ばしてレイラを制してこう口を開く。

 

 

「兄さんが死んで、何が正しいのか分からなくなっちまった。狩人として成功すれば、本物の英雄になれば金と女も手に入る。……そんな事を思ってたのになぁ」

 どこか遠くを見ながら、ニーツはため息混じりに言葉を漏らした。

 

 

 それを知る為に、彼は今ここに居るのだろう。

 どうもハンターになった理由に納得がいかないが、彼の言い分に少しは理解が届いた。

 

 

「着いたぜ。さーて、とっとと終わらせて四人プレイと行こうや」

 竜車が止まる。

 

 

「ぜってーにやらないし。やらせないからな」

「いや、狩りは四人でやらないと」

「コイツは狩りの話なんてしてな───」

 呆れながら竜車から降りるジャンだが、ふと何か違和感に気が付いて直ぐに黙り込んだ。

 

 

「───待て、何かいるぞ」

 突然真剣な声を漏らすジャンを見て「あぁ?」と口を半開きにするニーツ。

 そんな彼にイアンが飛び付いて一緒に地面を転がったかと思えば、ついさっきニーツが居た場所を鋭い鎌が切り裂く。

 

 

「何ぃ……っ?!」

「コイツ……っ!」

 地面から突然生えてきた(・・・・・)鎌に驚きつつも、立ち上がったニーツとイアンは直ぐに得物を構えて距離を取った。

 

 青く鋭い鎌。それが二本地面から生えてきたかと思えば、竜の頭蓋を背負った巨大な甲殻種がその姿を現わす。

 

 

 数日前にイアン達が討伐したグラビモスというモンスターの頭蓋をその背中に背負い、四本の足と鎌のような鋏が特徴的なモンスター。

 四人が受けたクエストの討伐対象。

 

 

「───ショウグンギザミ!!」

 鎌蟹。そのモンスターが、突如四人の前に現れた。

 

 

「ベースキャンプに?!」

 レイラの言う通り、彼女達が今居る場所は湿地帯の狩場に設置されたベースキャンプの一つである。

 本来ベースキャンプはモンスターが入ってこれないような安全な場所に設置されて居る為、余程の事がない限りはモンスターが現れる事はない筈だった。

 

 その余程の事が起きているからこそ、クエストが発注された訳だが。

 

 

 ショウグンギザミは地表に姿を現わすと、その場で手当たり次第に暴れてベースキャンプのテントなどを破壊していく。

 どうも気が立っているのか、普段は仕舞ってある鋏を展開し口からは泡を漏らしていた。

 

 レイラは竜車を引っ張っていたアプトノスが暴れ出すのを見て、急いで手綱をナイフで切り裂く。

 アプトノスはショウグンギザミから逃げるように沼地の奥に逃げて行ってしまった。しかし、そうでもしなければショウグンギザミに攻撃されるかもしれない。正しい判断ではある。

 

 

「住処が荒れて怒ってんのかぁ?! モンスターがいっちょまえによぉ!!」

 そんなショウグンギザミに向け、声を上げながら突進していくニーツ。

 

 片手で持てる剣と盾。

 至ってシンプルだが、彼の得物(チャージアックス)はただの剣と盾ではない。

 

 

「ぬぉらぁぁっ!」

 懐に潜り込み、片手剣をショウグンギザミの足の付け根に叩き付けるニーツ。

 甲殻が裂け、そこから黒い体液が飛び散った。

 

 ショウグンギザミは自分の体液に濡れ不敵に笑うニーツに、己の得物()を振り下ろす。

 しかしニーツは盾を持ち上げてその攻撃を弾いた。

 

 

「……っと! あぶねぇなぁ!!」

 距離は離さず、ニーツは持ち上げた盾にある窪みに片手剣を突き刺す。

 

 そのまま剣の柄を捻ると、盾だった板が回転し側面に刃を開いた。

 ニーツは剣先に開かれたその両刃を斧として振り回す。攻撃を外して隙を見せたショウグンギザミの頭をリーチの伸びた斬撃が切り裂いた。

 

 

 チャージアックス。

 剣と盾を合体させ、その姿を斧に変える。

 

 変形がコンセプトのスラッシュアックスとは対を成す───合体がコンセプトの武器だ。

 

 

 重い攻撃に仰け反ったショウグンギザミがベースキャンプに設置してあったテントを踏み潰す。

 嫌な音と共に暴れ回るその足に、ニーツは斧を横から叩き付けた。

 

 

「へっ、こんなもんかい!」

「ここで戦うの?!」

「じゃなきゃどうするって? ぬぉ?!」

 しかしショウグンギザミもやられてばかりではなく、鋏を左右に広げて身体を回転して周囲を薙ぎ払う。

 冷や汗を流しながら後ろに地面を転がるニーツだが、上手くかわしたようで大きな怪我はなかった。

 

 

「……ったくベースキャンプがぐちゃぐちゃじゃねーか。これ誰が怒られるんだ?」

「さぁ……。でも今は狩りに集中しよう」

「了解……っと」

 ジャンは軽口を吐きながら、鋏を持ち上げて威嚇するショウグンギザミに向かって肉薄する。

 予想外の邂逅だったが、出会ってしまった以上戦うしかない。ベースキャンプの被害がどうだのと考えるのは後だ。

 

 

「切れ味勝負と行こうじゃねーか!」

 振り下ろされた鎌を交わし、逆に太刀を振り上げてショウグンギザミの鋏を切り裂くジャン。

 硬い鋏に刃は阻まれるが、甲殻に傷を与える事には成功する。

 

「かって───うぉ?!」

 驚く隙もなく、持ち上げれた鋏を横に振り回すショウグンギザミ。ジャンはそれを屈んで避けるが、もう片方の鋏が頭上から振り下ろされた。

 

 

「───させるか!!」

 しかし、その間に重厚な盾が割って入る。

 

 鋭い音を響かせながら鋏を弾き返したのはイアンの持つ盾だった。

 ロストバベルの盾は鋭い鎌の一撃を傷も入らずに防ぎきり、更に槍での一撃が甲殻を突き刺してショウグンギザミは大きく仰け反る。

 

 

「やるぅ!」

「無理するな!」

「いつも通りだろ!」

 短い挨拶を交わして後ろに下がるジャン。

 

 長い事共に狩りを続けてきたからこその連携に、レイラは少し驚きながらも「あたしも……っ」と双剣を逆手に待って息を止めた。

 

 

 同時に疾る。

 

「───っぁぁ!」

 仰け反って位置の低くなったショウグンギザミの頭に左右の刃を交互に叩き付けるレイラ。

 切り上げ、切り下ろし、神経を研ぎ澄ませ左右に何度も剣を振り、吹き出す黒い体液も気にせずに体を回転させて刃を叩きつけた。

 

 次第にショウグンギザミの口から漏れる泡は黒く変色していく。

 

 

「へっ、大した事ねーじゃねーか」

 軽口を叩きながら斧の柄を捻り、片手剣を引き抜くニーツ。

 刃をしまい再び盾となった自らの得物を持ちながら、彼は弱ってもう倒れるだろうショウグンギザミに向かって駆けた。

 

 

「おいニーツ?!」

「とっとと殺して、帰って酒と女だぁ!」

 見た目通り。

 

 ショウグンギザミは確かに弱っていて、もう一踏みでその命を奪う事も叶うだろう。

 しかし、生き物の命は彼が思っているよりも───強い。

 

 

「何ぃ?!」

 もう動けないだろうと思い込んでいたショウグンギザミの鋏が突如横に振り回された。

 

 正面にいたレイラは驚いた表情をしたものの、近過ぎて射程外。

 しかしニーツをしっかりと捉えた鎌は、焦って持ち上げられた盾と一緒に彼を吹き飛ばす。

 

 

「ニーツ!!」

「っちぃ、まだ動けたのか。しょうがねぇ、一旦距離を取って───」

 彼の判断は正しかった。

 

 確かに先走ったのも彼だが、彼の狩人としての実力は確かなものである。

 ショウグンギザミが弱っているという事実も、距離を離せば警戒するべき技が絞られるという事実も、彼がイアンより少し長い間狩人として戦ってきた知識から来るものだ。

 

 だから、彼の判断は間違っていない───

 

 

 

「ちょ、何?」

「……あぁ?」

 ───そのショウグンギザミが、彼がこれまで戦ってきたショウグンギザミと同じなら。

 

 

 突如自分の鋏を研ぐように打ち鳴らすショウグンギザミ。

 この場にいる四人はいずれもショウグンギザミを一度は討伐した事のある狩人である。

 

 だから、ショウグンギザミが遠くを攻撃する場合は背負った頭蓋(腹部)からの高圧水流以外の選択肢がない。

 彼らはそう思っていた。

 

 

「ちょ───」

 しかし、ショウグンギザミはその身を支えるには細く見える脚をバネにして跳ぶ。

 信じられないような脚力で空に浮いたショウグンギザミの身体は、慣性と重力に従ってニーツの真上からその巨体と鎌を振り下ろした。

 

「ニーツぅ!!」

 血飛沫が舞う。

 

 

 地面を赤く染めながら転がるニーツの下に向かうイアン。

 

 ショウグンギザミは黒い泡を口から漏らしながら、その鋭い鋏を再び打ち鳴らした。

 

 

 

 ───そして再び、その鎌は地を跳ねる。




久し振りにモンハンっぽいですね。

読了ありがとうございました。


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ある男の場合

 腰を落とす。

 

 

 狩人になろうと決めた時、どんな武器を使うかはその決意と同時に決めていた。

 

 ハンターが使う武器は数種類に分けられている。大技が特徴的な太刀や大剣、連撃で手数を稼ぐ双剣や片手剣、遠くから攻撃出来るボウガンや弓、変形や合体し状況に合わせて戦い方を変える武器や、高い打撃力で戦う武器、狩虫と呼ばれる生き物を巧みに扱いながら戦う武器。

 小さな盾を持つ武器種もあるが、基本的にはモンスターの攻撃を完全に防ぐに至る盾を持つ事は攻撃を蔑ろにする事であり、モンスターと戦う時間を伸ばす事自体が危険に繋がる為にそれ自体が好まれない傾向にある。

 

 ただそれは一人で戦う場合の事を想定した時の話だ。

 

 

 イアンが持つランス(選んだ武器)は大きな盾と、一本の槍を構える重量のある武器である。

 その重量故に機動力は欠け、自分からモンスターに向かう事には向かない武器だ。

 

 ───しなし大きな盾故に、モンスターの攻撃を正面からしっかりと受け止めることが出来る武器でもある。

 

 

 

 視界に迫ってくるショウグンギザミは本来よりも巨大に見えた。しかし震える手を、イアンはしっかりと固定する。

 

 

「……ぅぐ、な?!」

「必ず防いでみせる……っ!!」

 刹那。ショウグンギザミの体重を乗せた一撃()がイアンの盾に向けて振り下ろされた。

 

 同じ攻撃を受け地面に倒れているニーツを尻目に、イアンは自分の何倍もの重量をその盾で受け止める。

 

 

「……ぐぅっ」

 ぬかるんだ地面で足は滑り、身体ごと押し潰されそうだ。

 

 しかし、勢いの乗った攻撃は防いでいる。後はダメ押しで振り下ろされているこの鋏をなんとかすれば良い。

 

 

「……ば、馬鹿……野郎。モンスターと……力比べなんて、するもん……じゃ───」

「大丈夫だ。俺が絶対に守る……っ!!」

 ニーツの顔も見ずに、イアンは声を上げながら盾を突き出した。

 

 この攻撃をもろに受けたのなら、彼が動ける状態だとは思えない。

 なら、このショウグンギザミをなんとかするしかない。

 

 イアンは息を大きく吐いて、右手に持つ槍に力を込める。

 

 

 

 確かにランスは自分から攻める事に適した武器ではない。

 

 だが、相手の攻撃を受け止めたその反対の手に持つのは、鋭利で長尺な槍だ。

 

 

「……だぁぁ!!」

 その槍を引いて、穿つ。

 

 ロストバベルの槍は意図も簡単にショウグンギザミの頭部の甲殻を貫いた。

 黒い体液が飛び散り、ショウグンギザミは悲鳴のような鳴き声を上げて仰け反る。

 

 

 しかし、直ぐにショウグンギザミは攻撃の姿勢に移った。その脇から迫る二人の狩人の存在にも気付かないほど、怒り狂っている。

 

 

「ジャン!! レイラ!!」

「任せろって!!」

「やぁぁっ!!」

 鋏を振り上げるショウグンギザミの左右から、ジャンとレイラは己の得物をその脚に叩き付けた。

 これまでのダメージもあり、その攻撃で身体を支えられなくなったショウグンギザミは地面に倒れる。

 

 ここでラッシュを掛ければショウグンギザミの体力をかなり削る事が出来る筈だ。あわよくば、そのまま倒れる事も考えられる。

 

 

 朦朧とする意識の中、そう考えるニーツの前で三人の狩人は目を合わせて相槌を打った。

 ショウグンギザミはただ、暴れながら黒い泡を口から吹いている。

 

 

 

 そうだ、それで良い。

 

 ずっと自分の為に戦ってきた。

 父親に憧れて? 違う。兄に着いて行きたいから? 違う。英雄になりたいから? 違う。

 

 ハンターは金になると知っていた。金があれば地位も名誉も女も手に入る。

 だから狩人になった。他の奴の事なんてどうでも良い。自分が成功すればそれで───

 

 

 

 薄れていく意識の中で、何かが自分を持ち上げるような感覚を覚える。

 

 あぁ、兄さんが迎えに来たのか。俺もそっちに行く時が来たようだ。兄さん───

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 ───ここは、地獄か?

 

 

 視界に入る暗雲。薄暗い、湿った空気。

 幼い頃に亡くなった母親は「人は死んだら天国が地獄に行くんだよ。沢山の人の為に働いているお父さんみたいな人は天国に行けて、人に迷惑をかける人は地獄に落ちてしまうの」なんて事を言っていたか。

 その母親が病気になった時でも、狩りで出掛けてばかりの父親は結局母の最期を看取る事もさずに沢山の人の為にその日も狩りに明け暮れる。

 

 そうした沢山の人の為に古龍と戦って英雄として死んだ父親は本当に天国にいるのだろうか。

 

 愛を誓い合った母すら見ずに英雄と称えられた男が天国にいるのなら、自分は地獄でも良いと思った。

 

 

 

「……ぅぉ」

 暗雲の隙間から見える太陽の小さな光に手を伸ばしながら、ニーツは声にもならない空気を漏らす。

 

 血の味のする空気に噎せて「あ……?」と周りを見渡した。

 

 

 湿地帯。沼地と呼ばれる、狩場。

 

 枯れた木やキノコだけの殺風景な光景。湿った地面に手をついて起き上がったニーツは、目を細めながら首を横に傾ける。

 

 

 どうやら死んではいないようだ。

 

 

 

「あ、起きた」

 キョトンとした声が聞こえて振り返る。視界に入る赤髪の女性を見て、ニーツは現状を思い出した。

 

 

「……ショウグンギザミはどうした?」

 彼の記憶にあるのは自分を切り飛ばしたショウグンギザミと、次の攻撃を受け止めた一人の狩人の姿。

 

 あのまま戦っていたのならショウグンギザミの死体がどこかに転がっている筈だが、その姿は何処にもなく───そもそもここが何処だか分からない。

 明らかに、接敵したベースキャンプとは違う場所である。

 

 

「おーおー、あんまり動くなよ。結構な傷だったと思うぞ」

 不自然だといいたげに辺りを見渡すニーツに、呆れ声でジャンはそう言った。

 

「どうなってる……?」

 自分の身体を見ると、左足の防具が外されて包帯が巻かれている。触れてみると鈍痛が走ったが、我慢出来ない程ではなかった。

 

 

「お、おいおい立てるのかよ」

「なんだここは……。お前達、あの後何を……?」

「流石、だな。でも、まだ立たない方が良いと思う。回復薬が効いてくるのを少し待とう」

 そう言って、イアンはニーツに回復薬の入った瓶を手渡す。

 

 ニーツはそれを一気に喉に流し込んで、再び怪訝な表情で周りを見渡した。

 

 

 

「逃げたんだよ。一時撤退って奴だ。もし竜車がダメになってたら、ベースキャンプと二重でギルドに怒られるんかねぇ……」

「いや、流石にあたし達のせいって訳じゃないし大丈夫じゃない?」

「ジャンはそういう所で心配し過ぎだな。最悪俺達の報酬が減るだけだし」

「報酬が減る心配をしてんだよ!!」

 なんとも安心しきっているというか、狩りの最中とは思えない会話内容にニーツは更に表情を歪める。

 

 

 訳が分からなかった。

 

 

「どうしてだ……?」

「ん?」

「どうしてあのままショウグンギザミを倒さなかった」

「いや、ニーツが倒れてたし」

「は?」

 あのままショウグンギザミに攻撃していれば、大ダメージを与えられた筈。あわよくばその場で討伐を成せた可能性だってあった筈である。

 

 

 彼等が自分の怪我を心配して撤退するという判断をした事に、ニーツは納得がいかなかった。

 

 

 だってそうだろう。

 ずっと己の為に戦ってきた。金と女と地位と名声。それだけがあれば充分だと。

 

 自分が地獄に行く人間だという事は重々承知の事。

 それでも父親のようになりたくないから、彼は己と己の大切な人の為だけに生きると決めたのである。

 

 

 そんな地獄に行って当たり前の自分を、高々数日の付き合いのパーティメンバーがショウグンギザミの討伐(狩人としての成功)を後回しにしてまで助ける理由が彼には分からなかった。

 

 

「いや、パーティメンバーが倒れたら普通なんとかして撤退するだろ。それともなんだ、お前は違うのか?」

「俺は……」

 どうだっただろう。

 

「だとしたら、本物の屑だな」

 ジャンの言葉にニーツは視線を落として頭を抱えた。

 

 

 自分の事しか考えない。あの父親のようになりたくない。そう考えて生きてきたのに。

 それこそ、あの父親と同じではないか。俺は結局───

 

 

「そんな事ないよ。ニーツ、あたしに解毒薬くれたし」

 別に誰かを見ながらでもなく、独り言のようにレイラは呟く。

 

 その言葉にジャンは「なんだよ、普通じゃねーか」と呆れた声でため息を吐いた。

 

 

「アレは……あそこで倒れられても困るからで」

「そら、そうだわな。でもそれが仲間ってもんだろ」

「ならなんであの時アーツ兄さんを見殺しにした!!」

 急に声を上げるニーツに驚いて、ジャンは目を丸くして周りを見渡す。

 話にしか聞いていなかった。だから、ジャンにはその言葉の意味を強くは理解できない。

 

 

「……俺は、英雄になりたいんじゃない。俺は、憧れた背中を追ってハンターになっただけだから」

 ゆっくりと、イアンはそう答える。

 

「答えになってねーぞ……」

 しかしニーツはイアンを睨んでそう言うが、イアンは真っ直ぐに目を見てこう続けた。

 

「あの時は助けられなかった。……それは俺も悔しくて、だからこうやってニーツを助けたんだ。俺だってアーツを見殺しにしたかった訳じゃない!」

 強くそう言って、続けてイアンは「……ごめん」と謝る。

 

 

「綺麗事だって分かってる。でも、俺は俺に助けられる範囲なら助けたい。……その為にハンターになったんだ」

 憧れた背中を思い出して、その人が持っていた盾を強く握った。

 

 

 どうしてか、父親の背中が脳裏に映る。

 

 

 地獄に落ちたと思っている父親の背中が。

 

 

「……憧れ、か。俺にはなぁ、そんなものはなかった。ただ、自分が良ければそれで良いってな。

 父親のようにはなりたくない。兄とは別の思考で生きてきた。

 

 

 

「だけど、どうなりたいかとか……。考えた事もなかったよ」

 どこか遠くを見て、ニーツは不敵に笑いながらそういう。

 

 父の事も兄の事も。周りの狩人達の事も理解出来なかった。

 その理由がなんとなく分かった気がする。

 

 

「今からでも遅くないさ」

「そうだと、良いなぁ。俺はまだお前らより四、五年歳取ってるだけだ」

「え、マジかよ。四十くらいだと思ってた」

「んだとクソガキぃ!! まだ俺は二十代だ!!」

 元気にジャンに掴みかかるニーツを見て、イアンとレイラは顔を見合わせて笑った。

 

「おい見てないでコイツを止めて?!」

 二人が笑っている横で地面に転がるジャンは「こなくそ」とニーツに掴みかかる。

 

 

 よく酒場で見られる小競り合いのような、そんな光景が沼地に広がった。

 

 

 

「はぁぁぁ、スッキリしたぜ」

「はぁ……はぁ……手こずらせやがって。若者舐めんなよ……」

 小競り合いはジャンの勝利に終わったのだが、ニーツはなんとも言い難い笑顔で地面に横たわる。

 

「怪我は……大丈夫そうだな」

 流石に苦笑いのイアンだが、二人を見比べて満足そうに首を縦に振った。

 これなら大丈夫だろう。

 

 

「あぁ、ピンピンしてるぜ」

「……俺が身をもって体験したからな。大丈夫だ、コイツはあと百年は死なない」

 半目で防具に着いた泥を払いながらそう言うジャンを小突くニーツ。また始まりかねないのでレイラがそこに割って入った。

 

 パーティの雰囲気は充分に良い。

 

 

「俺はきっと……仲間が欲しかったのかもしれねぇな。……なぁ、頼みがある。俺ともう一度ショウグンギザミに挑んでくれ」

 頭を下げてそう言うニーツにジャンは固まって、二人は顔を見合わせる。初めて会った時の事を思い出しては、二人は「あはは」と笑い合った。

 

 

「勿論」

「来る前にも言ったけど、ニーツの腕は知ってる。頼まれなくても、俺から頼んでたよ」

 手を伸ばすイアンを見て、ニーツは少し瞳から涙を漏らしながらその手を取る。

 誰かの手を本気で握ったのは何年振りだろうか。

 

 どうしてか、父親の姿が脳裏に映った。

 

 

 

「よっしゃぁ、そうと決まればベースキャンプに戻ろうぜ。……竜車がバラバラにされてない事を祈って」

「ま、どちらにせよショウグンギザミは倒すんだしね」

「ニーツの武器も置いてきちゃったし、とりあえずはベースキャンプだな。ショウグンギザミが居るにしろ居ないにしろ、話はそこからだ」

 話しながらベースキャンプに向かう四人の狩人。

 

 

 一番後ろを歩きながら、ニーツは不敵に笑う。

 

 

 

「……これが、狩人か」

 それが、彼がなりたくなかったもので───なりたかったものだったのかもしれない。




諸々の伏線回収。次回、ショウグンギザミ戦です!


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切り裂かれた誇り

 ショウグンギザミはベースキャンプに留まっていた。

 

 

 まるでそこが元から寝ぐらだったかのように、身体を小さく丸めている。

 それは寝ているようにも見えて、ベースキャンプの残骸の脇で眠るショウグンギザミなんて光景に狩人達は唖然としていた。

 

 

「我が物顔だね……」

「まぁ、モンスターが入ってこれないような場所が選ばれて作られるのがベースキャンプだしな。……安全といえば安全なんだろう」

 イアンが気になっていたのは、ショウグンギザミの体力である。

 

 戦いが始まって直ぐにショウグンギザミは弱ったようにも感じた。

 

 

 いや、元から弱っていたのかもしれない。

 ゴグマジオスの影響で周りのモンスターが活性化したり凶暴化したりで、ショウグンギザミはそのモンスター達から逃げてここまで来た───そんな所だろう。

 

 

 しかし、ショウグンギザミの事情を飲む訳にもいかない。彼等は狩人だから。

 

 

「寝ている間にニーツの武器を取るか……?」

「そもそもアレが寝てるのかどーか分かんねーよな、甲殻種ってさ。鼻提灯でも作ってくれれば分かりやすいのに」

 悪態を吐くジャンだが、視線は真剣な表情だった。

 

 狩場の状況を見極めようとするその瞳は、まさしく狩人のものである。

 

 

「竜車は……無事だな。アプトノスは逃げたままだけど」

「出来るだけ竜車付近では戦わないようにしよう。……出来るだけ」

 それが出来たら苦労しないのだが。

 

「さて、作戦はどうする?」

「まずイアン。お前が先陣をきってショウグンギザミの前に出ろ」

 イアンに聞いたつもりのジャンの言葉に、ニーツがそう返した。

 

 ジャンは「お前が指揮するのかよ」とツッコミを入れるが、ニーツは無視して言葉を繋げる。

 

 

「ショウグンギザミが起きてようが起きてまいが、どのみち反応して対処しなきゃならねぇ。……そういうのは得意だろ?」

「あ、あぁ……」

 これで先陣を切るのがジャンやレイラだった場合、守りに転じるのに時間が掛かって多少の危険が生じる事をニーツは理解していた。

 

 イアン達より高々数年、それでも狩人としての判断力はニーツの方が高い。

 

 

 

「お前ら二人がイアンの後ろから着いて、攻撃に回るなら攻撃に回れ。守るなら一旦下がる。……俺はその間に武器を回収して、ショウグンギザミの死角から攻撃する」

 チャージアックスの斧での攻撃はこの四人の中では一番威力が高く、奇襲にも向いている。

 

 

 そこまで考え、作戦を立てたニーツはしかし不敵に笑いながら最後にこう言った。

 

 

「───後は好きにやれ。俺も好きにやる。お前らの戦い方なんてしらないからな」

 だが、と続ける彼は何やら楽しげである。

 

 

「だから、お前らに合わせてやる。上手くやれよ」

 そう言ってニーツは自分が落とした武器を拾うために、隠れながら前進した。

 

 レイラも「あたしも、合わせるよ」と武器を構える。

 

 

「───行こう」

 大きく頷いて、イアンもランスを構えて前に進む。

 ジャンとレイラがその後ろを歩いて、ニーツの合図で三人は一斉に走った。

 

 

 足音か。防具の擦れ合う音か。

 それとも初めから起きていたのか。

 

 ショウグンギザミは三人が間合いに入った所で、突然鋏を持ち上げ振り回す。

 

 

「防御!!」

「分かってる!!」

 イアンはそれに対して盾を突き上げ、ショウグンギザミの攻撃を正面から受け止めた。

 

 足がぬかるみに滑って、伝わってきた衝撃に表情を歪ませる。

 それでも彼は足に力を入れて、落ち潰されそうになる身体を持ち上げた。

 

 

 同時に背後にいた二人が得物を構えて前に出る。当然、ショウグンギザミは反応してその二人に意識を合わせた。

 

 

「でかいの行くぞぉ!!」

 そんな中でショウグンギザミの背後に回り込んだニーツは、拾った盾に剣を突き刺し大声を上げる。

 反応したショウグンギザミが振り向くと同時に、合体したチャージアックスから高温の熱が長大なブレード状になって放出された。

 

 放出までに時間が掛かったが、視界からの一撃である。反応して鋏を振り上げた時にはもう遅い。

 

 

 

 光の刃はショウグンギザミの右の鋏を根本から切り飛ばした。

 

 

 煙を上げながら剣を外された盾に、大量の黒い体液が付着する。

 自身の身体の一部を切り飛ばされたショウグンギザミは、一瞬何が起きたのか分かずにその場に固まっていた。

 

 切り飛ばされた鋏が地面に突き刺さって、ソレと自分の身体を見比べてようやく事態を把握する。

 悲鳴のような声。口から黒い泡を漏れる程吹き出しながら、ショウグンギザミはその場で暴れまわった。

 

 

「───っと、あぶねぇ!」

「うぉ?!」

 無作為な攻撃をニーツとイアンは盾で受け止める。ただ無意味に振り回される鋏だけなら、耐えるのも容易い。

 

 

 

「おら、お膳立てしてやったんだ!! 好きに動け!!」

「なんだ今の……。くそ、格好良いじゃねーか。俺だってなぁ!!」

 イアンが鋏を受け止めたのを確認してから、ジャンは暴れ回るショウグンギザミの懐に潜り込んだ。

 

 引き戻されて横に振られる鋏を屈んで交わし、身体を持ち上げながら太刀を振り上げる。

 続いて上から振り下ろされる鋏を後ろに飛んで交わしたジャンは、その足をバネにして再び前に───

 

「───くらえ!!」

 ───ショウグンギザミの懐に潜り込むと同時に、身体を捻って回転させ、太刀は彼の周りを迅速で切り裂いた。

 

 

 血飛沫が上がる。

 

 

 怒りに任せて振り下ろされた鋏はただ外れ、隙を晒したショウグンギザミの脚にレイラは双剣を連続で叩きつけた。

 

 

 体力を失ったショウグンギザミは背負った頭蓋すら重く感じるのか、しかしそれを引きずりながらでもこの場所から逃げようとする。

 背中を向けるショウグンギザミを「逃すかよ!」と追い掛けるジャンだが、何か違和感を感じたイアンは走って彼の前に出た。

 

 

「イアン?!」

「来る……ッ!!」

 イアンが盾を構えた瞬間、ショウグンギザミの背負ったグラビモスの頭蓋はまるで口を開けるように上下に開く。

 刹那。頭蓋の中から高圧の水流が放たれ、イアンはそれを盾で受けとめた。

 

 

「……つぅ」

「助かる……っ!」

 どこにそんな体力が残っていたのか。冷や汗を拭いながら一度退がるジャンの視界に、振り向いて鋏を持ち上げ威嚇行動を取るショウグンギザミが映る。

 

 どうやら逃げるつもりはないらしい。いや、逃げられないのだ。

 

 

 ゴグマジオスの動きの影響で付近の生態系が崩壊し、ショウグンギザミは縄張りを追われて今に至る。

 あの忌々しい小型モンスターの群れに縄張りを奪われ、あまつさえ手に入れた安息の地に今度は狩人が現れたのだ。

 

 鋏を片方失おうが、自分には帰る場所もないのである。

 

 

 逃げるという選択肢など存在していなかった。

 

 

 ショウグンギザミはその身体を回転させ、近寄ろうとしていたレイラとニーツを振り払う。

 しかし追撃に入る事はせず、待ちの姿勢で狩場は硬直した。

 

 こうなると狩人達は動くのが難しい。

 

 

「んなろぉ、守りに入ってやがる。ダイミョウザザミかよ」

「どうする? 左右から挟み込む?」

 悪態を吐くジャンにレイラが提案するが、どちらかが危険に晒されるような作戦にイアンは賛成しかねる。

 

「俺に考えがあるぜ」

 ジリジリとした空気の狩場で、ニーツは不敵に笑いながらそう言った。

 

 

 いくらショウグンギザミがあっちから襲ってこなくなったとしてもソレを放置する事は出来ない。

 策があるというニーツの言葉に、三人はショウグンギザミから目を離さずに耳を傾ける。

 

 

「まず俺が突っ込んで上手く吹き飛ばされて、あの攻撃を誘う」

 あの攻撃とは、ニーツに痛手を負わせた飛び込み攻撃の事だった。

 

 一人が明確な隙を作れば、ショウグンギザミもトドメを刺そうと大技を繰り出して来るだろう。

 ニーツの作戦は、その隙に一斉攻撃するというものだった。

 

 

「そ、そんな事したらまたニーツが危ないじゃないか……っ!」

「言ってる場合か? あの分だとショウグンギザミの体力が回復しちまうぜ?」

 モンスターの回復力は人間の比ではない。

 

 ショウグンギザミは大幅に削られた体力を少しでも回復させる為に動かずにいるのだろう。

 どちらにせよこのままショウグンギザミを放置するのは悪手だった。

 

 

「バカ、お前を信じてんだよ。上手くやれ」

 不安げな顔を見せるイアンの肩を叩いて、ニーツは不敵に笑う。

 

 そんな彼の表情を見て、イアンは負けじと「しくじらないてくれよ」と笑った。

 

 

「お前がな!!」

 言いながらニーツは駆け出して、盾の窪みに剣を突き刺して柄を捻る。

 合体した盾は回転しながら内蔵されている刃を開いてその姿を斧へと変えた。

 

 

「おぉぉらぁぁあああ!!!」

 怒号と共に振り下ろされる戦斧。しかしショウグンギザミはそれを正面から鋏で受け止めて弾き返す。

 浮きそうになる身体をなんとか留めて、ニーツは仰け反りながら再び斧の柄を捻った。

 

 刃が収納され、斧は回転しながら盾となり片手剣と分離する。

 

 

 リーチが短くなり小回りが良くなった武器を持って、ニーツはショウグンギザミの懐に転がって潜り込んだ。

 そのまま一閃。足元を片手剣で斬り付ける。真上から振り下ろされる鋏をバックステップで避けると、斧だった盾を前に構える。

 

 同時に振り上げながら横に振り払われた鋏にニーツは吹き飛ばされた。

 地面を転がるニーツだが、しっかりと受け身を取りながら不敵に笑う。

 

 

「───こい」

 受け身を取りはしたが、ニーツの隙は明らかだった。

 

 深傷を負っているショウグンギザミにとってはまたとないチャンスである。これを逃す手はない。

 片方しかない鋏を展開し、構えながら脚に力を入れた。飛び込んでこの鎌を叩き付ける。

 

 

 巨体が浮いた。

 

 

「イアン!!!」

 叫ぶニーツの前に、走ってきたイアンが滑るようにして盾を構える。

 

 突然視界の端から狩人が現れたが、ショウグンギザミにとってそんな事は関係なかった。

 この鎌で二匹とも真っ二つにする。それ以外の事は考えない。

 

 

 泥を巻き上げるほどの衝撃を立ててショウグンギザミの巨体が地面に降った。

 振り下ろされる鎌は鋭い音を立ててロストバベルの盾を叩く。

 

 ぬかるんだ地面に盾が沈み、バランスを崩しそうになるイアン。

 

 

 ここで自分が押し負ければ、自分の命も後ろにいるニーツの命もなかった。

 足を滑らせながら、イアンは必死に身体を前に押す。

 

 ジャンプの衝撃も落ち着き、ここからは力勝負だ。

 

 

 ショウグンギザミがその鎌を引き戻せざるおえなくなるのが先か、イアンが押し潰されるのが先か、それとも───

 

 

「───良くやった!!!」

 イアンの背後で立ち上がったニーツは声を大にして叫ぶ。

 

 ショウグンギザミが鎌を引き戻せざるおえない状況。

 それは他の狩人からの攻撃だ。

 

 ───そして気が付いた時にはもう遅い。

 

 

「沈めぇぇえええ!!!」

 剣と合体した盾から放たれる高温の熱エネルギー。光の剣が、一直線に振り回される。

 イアンを押し潰そうとしていたショウグンギザミは無くなった筈の片方の鋏でそれを防ごうとして、その動きを止めた。

 

 

 何を考えていたのだろう。狩人達には分からない。

 

 

 光の刃がショウグンギザミの頭を切り裂く。

 黒い体液が大量に吹き出した。

 

 それでもまだ生きている。

 ショウグンギザミは最後の力を振り絞って鎌を振り上げた。

 

 

 しかしその鎌は振り下ろされる事はなく、ジャンの太刀に切り飛ばされる。

 同時に地面を蹴って跳躍したレイラはショウグンギザミの頭の目の前で身体を捻って回転。両手の剣を空中で何度も叩き付けた。

 

 巨体が沈む。

 

 

 レイラが着地すると同時に、ショウグンギザミはその身体を地面に落とし息を引き取った。

 

 

 

「……倒した、か───うぉ?!」

 間の抜けたような声を漏らすイアンを、ニーツが後ろから羽交い締めにする。イアンには見えていないが、彼の表情は満面の笑みだった。

 

「やったぞ!! ハッハッ、やったぞぉ!! やるじゃねーかイアン!!」

 大声で笑いながらイアンに抱き付いて彼を称えるニーツ。あまりのテンションにジャンは表情を痙攣らせる。

 

 ショウグンギザミの絶命を確認したレイラは、そんな二人を見てクスリと笑った。

 

 

「俺はずっと勘違いしてたんだな……。俺が欲しかったのは金でも女でも、ましてや英雄と呼ばれ称えられる事でもねぇ。……ただ、信頼しあえる仲間だったんだ」

 イアンを無理矢理正面に向けて更に抱き締めるニーツ。

 

 ただ兄に着いて狩人になっただけ。

 彼には兄以外何もなくて、だから自分が進みたい道に気が付かなかったのだろう。

 

 

「ハッハッ、ようやく目が覚めたぜ!!」

「お、おう?! 分かったから落ち着いてくれ?! 離してくれ苦しい!!」

「嫌だねぇ!!」

 いい歳の癖に抱き合う二人を見て若干困っていたレイラが目をそらすと、逃げた筈のアプトノスが戻ってくるのが視界に入った。

 

 竜車も無事で、安堵するレイラの視線の端で二人の狩人は未だに抱き合っている。

 

 

「これは目が覚めたっていうか、目覚めたの間違いだろ。イアン、ケツには気をつけろよ」

「見てないで助けてくれ!!」

「ハッハッハッハッ」

「楽しそうだね」

「そう見えるの……」

 何はともあれ、クエストクリアだ。




三人が使った攻撃ですがモンスターハンターXXの狩技だったりします。エネルギーブレードは格好良いですよね。

さて、ショウグンギザミ編完結です。次回よりドスイーオス連。この作品いつになったらゴグマジオスと戦うんだ?!


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ある少年の場合

 ただひたすらに怖かった。

 

 

 しかしそれが間違いという訳ではなくて。

 それでも少年は、なんとか自分を制しようと手を強く握る。

 

 竜車に同乗していた女性はそんな少年を優しく見守っていた。

 

 

「着きましたよ。逃げるなら今のうちです」

 女性───エドナリアは竜車の揺れが止まると、意地悪そうな表情でそう言う。

 勿論悪意がある訳でもなく、もし少年がその選択肢を取るのなら優しく慰するつもりだった。

 

 

「……っ、た……た、戦います!」

 エドナリアの言葉に目を見開いて驚いた少年───ラルクは、跳ねるように立ち上がってそう口にする。

 少年を焦らせた本人はその姿を見て短く笑うが、ラルクはただ顔を真っ赤にして俯いた。

 

 

「ごめんなさい、僕……」

「いいえ、今のは私が悪いですね。お詫びにコレを渡しておきます」

 そう言って、エドナリアはポーチから小瓶に詰められた黄色く濁った液体を取り出す。

 それを受け取ったラルクは瓶のコルクを抜いて匂いを嗅いで───

 

「おぇぇ……」

 ───吐いた。

 

 

「ラルク?! 大丈夫ですか?!」

 小瓶の中身をなんとか落とさないようにソレを持ち上げるラルク。

 エドナリアは焦った声で少年の背中を摩る。

 

「……な、なんですか?! これ」

「秘薬ですね。確かに匂いは頂けないものですが、回復薬よりも強力な薬ですよ」

 回復薬は擦り傷程度なら一瞬で止血から傷を塞ぐ事まで出来る、一般的医学から見れば劇薬だ。

 その劇薬よりも強力と言われ、ラルクは顔を真っ青にして小瓶の蓋に栓をする。

 

 

「もし命の危機だと思ったら直ぐに使って下さい。勿論、使わないに越した事はないのでお守りみたいなものですよ」

 エドナリアはラルクの手の中の小瓶を彼のポーチにしまいながら、笑顔でそう言った。

 

 ラルクは気を引き締めてエドナリアと目を合わせる。自分の頬を叩いて、準備完了だという意思を伝えた。

 

 

 彼等の標的はドスイーオス。

 誘導作戦の時に出現した個体と同個体かは定かではないが、二人には因縁のあるモンスターである。

 

 小型の鳥竜種に見られる大きな群れを持ち、強力な毒を有するイーオス達のボス。

 一般的に危険度は低いとされているモンスターだが、群れの連携や毒は非常に厄介で注意が必要だ。

 

 

 小型と言っても人間からすれば体格でも負けていて、武具なしでは歯も立たない。

 それがモンスターという存在である。狩人はそんな相手に、勇気を持って立ち向かうのだ。

 

 

「解読薬は直ぐに取り出せる場所にしまっておいて下さい。……それでは、行きましょう」

 エドナリアの手を借りて竜車から降りたラルクは、周りを見渡して背負ったライトボウガンに手を向ける。

 

 ここからはいつ何処からモンスターと遭遇してもおかしくない。

 特にイーオスは木の陰に隠れていて突然襲って来るなんて事もあり得るのだ。警戒は怠らないに越した事はないだろう。

 

 

 そんなラルクを見て、エドナリアは「頼もしいです。背中は預けますよ」と声を漏らして前を歩いた。

 そんな彼女に着いていくラルクは唾液を飲んで、視線を左右に揺らす。イーオスの姿は見当たらない。

 

 

「もしドスイーオスがあのドスイーオスなら、左側に回り込むように立ち回って下さい」

 歩きながらそういうエドナリアの言葉に、ラルクは首を横に傾けた。何か意味があるのだろうが、彼の頭の知識の中にドスイーオスは左側に弱いだとかそんな情報はない。

 

 

「あのドスイーオス、左眼に傷を負っていたんですよ。ハンターか、モンスターか、何かと戦って着いた傷でしょう。……そういう、深い傷を負っても生きているモンスターは手強いものです」

 陽動作戦での事を思い出しながら、エドナリアは「しかし左眼が見えていないなら、それは分かりやすい弱点ですから」と付け加える。

 ラルクはあの時必死だったからそんな事には気が付かなかったが、よく思い出せば確かにそんな気がしてきた。

 

 

 その左眼の傷は、ゴグマジオスの進行方向の調査クエストでアーツ・パブリックが付けたものである。

 

 ドスイーオスはおこぼれを貰う算段でゴグマジオスの進路方向に先回りしていたのだった。

 そして今回沼地に現れたドスイーオスも同個体であり、その右眼の眼光が二人の狩人を睨んでいる。

 

 

 

 木陰の脇で、足音を立てないように赤い身体がゆっくりと動いた。

 

 毒々しい体色に頭の上のコブと鶏冠。

 ドスイーオスは、既にラルク達を見付けていて静かに動き出す。

 

 

「───止まって下さい」

 何かに気が付いたエドナリアは真剣な声でそう言ってラルクの足を止めさせた。

 真剣な表情で辺りを見合す彼女の姿に、ラルクも表情を引き締めて視線を左右に揺らす。

 

 しかし、何かが動く気配はなかった。

 次第に湿地帯特有の霧が濃くなり、視界は険悪になっていく。

 

 

「足音が聞こえた気がするのですが……」

「僕達の足音だった……とか?」

 エドナリアの言葉に、ラルクは自信なさげにそう言った。その言葉を聞いたエドナリアは「そうかもしれませんね。慎重になり過ぎでしょうか?」と苦笑いをする。

 

 再び歩き出す二人だが、しかしどうもエドナリアは足音が気になった。

 

 

 それもその筈。

 既に彼女達の周りを囲んでいたイーオス達は、二人が歩くのに合わせて足を動かして、足音を気付きにくくしていたのだから。

 

 

 不自然に思いエドナリアが足を止める度に、周りのイーオス達も足を止める。

 その繰り返しで、霧が濃くなっていく中イーオス達は少しずつ二人に近付いていった。

 

 

「……流石に霧が濃いですね。この中で戦いになるのは避けたいので、霧の外まで引き返しましょう」

 霧は彼女達が進むに連れて濃くなっていく。

 

 どちらにせよドスイーオスは討伐しなければならないが、自分から悪条件に向かう必要はない。

 そう判断してエドナリアが振り返ったその時だった。

 

 

「伏せて下さい!!」

 言いながらラルクの頭を彼女が抑えると同時に、エドナリアの右手に止まっていた猟虫が飛び出す。

 鈍い音がなり、何かと思って振り向いたラルクの視界に入ったのは───

 

 

「っ?!」

 ───一匹のイーオスの姿だった。

 

 

「はぁっ!!」

 猟虫の突進で怯んだイーオスの頭を操虫棍の刃が跳ねる。

 頭部を失ったイーオスは力なく倒れるが、同時にラルクも腰を抜かして倒れてしまった。

 

 

 

「……い、いつから」

 漏らしそうになるのを我慢して、なんとか意識を保つ。

 

 気が付かなかった。

 後ろを任せて貰っていたのに、こんなに近くに接近されたのに。

 

 

「私も迂闊でした……。ラルク、立って下さい。多分囲まれています」

 冷や汗を流しながら、しかし少年の事を責める様子もなく辺りを見渡すエドナリア。

 しかし周りに何かが動く気配はない。ジッと気配を消しているのか、それとも───

 

 

「……い、居ます! 右側!!」

 しかし、立ち上がったラルクはエドナリアの視界に映らないイーオスの姿をいち早く見付け出す。

 エドナリアが視線を言われた通りに向けると、数瞬の内にイーオスが霧の中から飛び出してきた。

 

 素早く刃を切り返し、彼女は飛び込んで来たイーオスの身体を二つに分ける。

 上手く迎撃したが今のはラルクが忠告してくれなかったら反応出来なかった。

 

 

 ふと、誘導作戦での事を思い出しす。

 背の高い草が立ち並ぶ場所で視界が悪かったにも関わらず、彼は自分の事を見付けて助けてくれた。

 

 不思議なものを見る目でラルクを見るエドナリア。ラルクはただ、その意味も分からずに首を横に傾ける。

 

 

「目が良いのですか……?」

「え? えーと、よく分からないです……」

 憶測を立ててみたが、今はそんな事をしている場合じゃなかった。

 

「とにかく戻りましょう。ラルク、周りに注意して襲ってくるイーオスが居たら直ぐに教えてください」

 兎にも角にも今はこの霧から出なければ何も始まらない。

 

 エドナリアはラルクの背中をゆっくりと押しながらそう言う。

 ラルクも彼にしては大きな声で「はい」と声を上げると、自分の足で前に歩き出した。

 

 

 二人がその場から離れて少ししてから、イーオスの死体を何かが踏む。

 群れのボス───ドスイーオスは、仲間の死体を見下ろして何を思ったのか。

 

 悲しみか、復讐心か、否。ドスイーオスにとっては個の存続よりも群れの存続が第一だ。

 

 

 何故こうなったのかを考える。

 この深い霧の中で、人間の五感は彼等と比べ遥かに劣る事をそのドスイーオスは知っていた。

 

 

 なのに、どうして。

 

 

 左眼の傷が疼く。

 

 

 

 二人をそれ以上追う事はなく、ドスイーオスは甲高い鳴き声を湿地帯に響かせた。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 霧を抜けて、ラルクは集中力が切れたのかその場に倒れこむ。

 そんな彼を支えたエドナリアは「頑張りましたね」と労いの声を掛けた。

 

 

「でもあの後、一度も出て来なかった……」

 ラルクの言う通り、二度目の襲撃以降イーオス達は二人を一度も襲ってきていない。

 

 あの二匹だけとは考え難く、エドナリアは瞳を閉じて深く溜息を吐く。

 

 

「相当戦い慣れている、のかもしれませんね。あの動きは確実に無差別な襲い方ではありませんでしたし、群れのボス(ドスイーオス)が居る筈です」

 険しい表情でそういうと、彼女は顎に手を触れて思考を回した。

 

 

 あの状況で追って来なかったという事は、何かしらの理由がある筈。

 

 

「追って来なかったのは……ラッキー、なのかな」

 安心しきった表情でそう言うラルクだが、エドナリアは「いいえ」と短くその言葉を否定する。

 

「今の私達の目的は逃げる事ではなくて戦う事ですから、むしろここに来てイーオス達に引かれると困ります」

「えーと、どういう事ですか……?」

 彼女の言葉の意味が分からず、ラルクは首を横に傾けた。一つ重大な事実を彼は見逃している。

 

 

「ラルク、このクエストの目的はなんでしたか?」

 意地悪そうな表情で彼女がそう言うと、少年はハッとした表情で溜息を吐いた。

 

「……ど、ドスイーオスの討伐」

「そうです。しかし、ドスイーオスは霧の中から出て来ない」

 エドナリアのいう通り。霧の中から追って来なかった、つまり霧の中に留まっているドスイーオスを彼女達は討伐しなければならない。

 

 もしドスイーオスが追って来てくれれば、霧の中で戦う必要はなかっただろう。

 しかしドスイーオスに引かれてしまった以上、こちらから仕掛けるしかないのだ。

 

 

「……困った」

「そうです。困りました。……こちらとしてもクエスト時間を長引かせる訳にもいけませんし、かといってドスイーオスを放置する事も出来ません。このままゴグマジオスと共に街に近寄られては被害が出る恐れもありますから」

 つまり、二人は霧の中に戻りドスイーオスを討伐するしかない。

 

 とはいえそれこそ、ある種の自殺行為である。

 

 

 人の武器はその知能であり、地の利や不利を無視する事はその武器を手放すと同義だ。

 

 

 

「ラルクはどうしてイーオスの姿が見えていたのですか?」

 ふとした疑問を呟くと、ラルクはその質問の答えを見付けられなくて頭を横に傾ける。

 

 

 どうして?

 そんな疑問を抱く以前に、彼の目にはハッキリとイーオスの姿が映っていたからだ。

 

 霧の中でも、背の高い草の中でも。

 彼の目にはしっかりとその影が映っている。

 

 

「……僕、下ばかり見てたから……かもしれないです」

「……下?」

 吊られてエドナリアが視線を落とすと、雲の隙間から覗く光によった出来た自分達の影が視界に映った。

 

 そこから考えて───例えばあの時も、彼の視線が下に向いていたのなら。

 イーオスが居る場所は自然と背の高い草も踏まれて倒れる。それを目印にすれば、イーオスを見つけるのも容易かったのかもしれない。

 

 

「なる……ほど」

 それとは別に、性格上物音や動きに敏感というのも相まって彼はイーオスを探知するのが早かった。

 

 自分自身にはない、彼だけが持ち得る技術。

 

 

 これなら───

 

 

「───行けるかもしれません」

「え」

 エドナリアの真剣な声にラルクは素っ頓狂な声を漏らす。

 

 行けるって何が。いや、何が。少年の頭は現実逃避でいっぱいだった。

 

 

「ラルクの指示で私が動きます。居場所さえ分かれば、後は気配でなんとかなりますから」

 事実無茶苦茶な事を言っているエドナリアだが、本当にそれが出来てしまうのが彼女の実力とギルドナイトとして活動している所以である。

 

 

 問題はイーオスが急に飛び出して来る事だった。

 

 確かに下を気にしていればイーオスを見つける事くらいならエドナリアにも出来るかもしれない。

 しかしそれでは遅いし、下を見ながら戦えるほどエドナリアも器用ではない。そしてイーオスを見付けるのは彼女よりラルクの方が早いだろう。

 

 

「む、無理……っ! 無理です……っ!」

 ただ、それは少年には気の重い作戦だった。

 

 自分の指示一つで誰かを危険な目に合わせてしまう。狩人としても人としてもまだ若い彼には、考えるのも耐えられなかった。

 

 

「僕にそんな……。もし僕が失敗したら、エドナリアさんが危ない……」

「それは、お互い様ですよ」

 俯く少年の頭を撫でながら、エドナリアは優しく微笑む。

 

 

「狩人というのは、そういうものです。仲間のミスはそのまま死に直結します。残酷な言い方ですが、ひ弱な人間は本当に簡単に死んでしまうんです」

 言いながらも、彼女は少年を強く抱きしめた。

 

 

「それでも狩人を続けるのならば、その覚悟をしなければなりません。……私も、ラルクを失うのが怖いですし。勿論自分が死ぬのも怖い。でもそれを乗り越えなければ、狩人にはなれません」

 エドナリアはラルクの背中を叩きながら「私は一度死んでいます」と続ける。

 

「ラルクが助けてくれなかったら、私はあの時死んでいました。その事実を思い出して、自信を持って下さい。……それでも耐えられないなら、勿論辞めてしまうのも手ですよ」

「辞めたら……どうなるの」

「私が困ってしまいますね」

 少し離れて、本当に困ったような表情を見せるエドナリア。ラルクは「ひ、卑怯ですよ……」と目を逸らした。

 

 

「確かに仲間がいなければ死因は自分のミスだけですが、その方が気が楽という人もいれば怖いという人もいるんです」

「エドナリアさんは……?」

「さて、どっちでしょうか」

 悪戯な笑みを見せると、彼女は振り向いて霧の中に視線を向ける。

 

 

 中からドスイーオスが出て来る気配はない。

 

 

 

「どのみち、私は行かないといけません」

「……僕、は───」

 手を伸ばした。でも、怖くてその手は伸び切らない。

 

 

 自分はどうしたいんだろう。逃げればいい。簡単な事だ。なのに、どうして?

 心臓の鼓動が早い。きっとこれは間違いだろう。でも、ずっと夢だったんだ。何かの間違いでも、やっと前に進めたんだ。

 

 

「───ハンターになりたい……っ!」

「なりましょう。私があなたを守ります。……だから、私を守って下さい」

 一人の狩人が、一歩前に踏み出す。




ゴグマジオスはどこに行ったのか


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赤き狩人

 霧の中で少年は、少し前のことを思い出す。

 

 

 背後にイーオスが現れた事に自分は気が付かなかった。

 確かに影を見たり音に集中すれば、いち早くイーオスに気が付けるかもしれない。

 

 しかし一瞬でも気を抜けば同じ事が起きる。

 

 

 次はない。

 

 

 

 気を引き締めて、少年は耳を澄ませながら辺りを見渡した。

 今の所イーオスが襲ってくる気配はない。

 

 

「……幸いな事に少しだけ霧が薄くなってきましたが、油断は出来ませんね」

 エドナリアは歩く速度を少しだけ落としながらそう言う。

 

 そして、小さな声で「聞こえましたか?」と呟いた。

 

 

「はい。……イーオスの声」

 霧の中で一瞬、イーオスの声が聞こえる。

 

 警戒するようにラルクは周りを見渡すが、エドナリアは姿勢を上げて再び歩き出した。

 

 

「エドナリアさん……?」

「気付いていない振りをしましょう」

「え?」

 ラルクはそんな彼女の言葉に困惑する。その言葉の真意が彼には分からなかった。

 

「さっき二度目の攻撃の後、イーオス達は私達に居場所がバレていると思って襲ってこなかったんだと思います」

「イーオスって、そんなに頭が良いんですか……?」

 少年のそんな質問に、エドナリアは「私達が思っている以上には」と短く答える。

 

 事実その知能の高さ故に群れを率いての狩りを得意とし、モンスターの中でも小型に入る種でありながら繁栄しているのだ。

 生物として成功している例と言えるだろう。そうでなければこの世界で種の保存は出来ない。

 

 

「なので、こちらが気が付いていない振りをして襲って来たイーオスに反撃します。これで数匹は数を減らしたいですね」

 イーオス等の群れを作るモンスターと戦う場合は、いかにして個体数を減らすかが重要だ。

 

 問題はドスイーオスとの戦いになった時。

 イーオス達の数が減るのは嫌がるだろうが、そうせざるおえなくなれば群れのボスは仲間を全て率いて襲って来る。

 

 その時に一匹でも数が少ない方が、こちらとしては有利だ。

 

 

 エドナリアはこれまでと調子を変えず、しかし背中の得物に手を掛けながら歩く。

 

 一方でラルクも彼女に合わせてゆっくりと歩いた。

 しかし、彼の目には已に見えている。周りを囲むイーオス達の群れが。

 

 その内のどれかが突然襲って来るかもしれない。全部が一斉に来たらたまったものでもない。

 そんな恐怖からか、ラルクは少しだけ頭が真っ白になっていた。

 

 

「わ、わー、イーオス……どこだろー、分かんなーい」

 気の抜けた声にエドナリアは「ぶふっ」と空気を吐く。

 

「あっはは、ラルク……流石にそれはダメです。あはは」

 ラルクは真っ赤になって俯いた。恥ずかしい。物凄く恥ずかしい。

 

 

「───っ、エドナリアさん左!!」

 ただ、そんな隙をイーオスが逃す筈もなく───しかし、ラルクは直ぐに反応して襲ってくるイーオスの位置をエドナリアに伝えた。

 

 さっきまでくすりと笑っていた彼女は一瞬で狩人の顔を見せ、身体を捻って刃を回す。

 飛び込んで来たイーオスの喉元に突き刺さった操虫棍を振り上げると、頭と身体が離れて血飛沫と一緒にそれは横たわった。

 

 

「……っ」

「ナイスです」

 凄い。

 

 お互いに違う感度でお互いの事をそう思い、二人は一度顔を合わせて真剣な表情で視線を左右に割る。

 まずは一匹。しかしここからイーオス達がどう出てくるかが問題だ。

 

 

 妙な静けさから一変。野太い鳴き声が辺りに響く。

 

 

「ドスイーオスの声……」

 イーオスの声とさほど変わりはないのだが、明らかに何かが違った。

 

 まるで周りへの命令を大声で叫ぶような、そんな声が耳に響く。

 

 

「───来ます。左右から!」

 ラルクの視界に映ったのは、ほぼ同時に二人の左右から挟み込むように現れるイーオスの影だった。

 

 挟み撃ち。明らかに統率の取れた攻撃。

 ラルクも焦ってライトボウガンを構えるが、左右どちらに攻撃したら良いか分からない。そんな打ち合わせはしていない。

 

 迷っている間に、左右から二匹のイーオスが飛び出す。悲鳴をあげそうになるラルクだが、彼が見たのは二匹に同時に攻撃を当てているエドナリアの姿だった。

 

 

 

 操虫棍。

 長い柄の両端に刃と棍棒を備えるのが基本的なデザインの武器。

 

 エドナリアはその刃と棍棒を巧みに振り回し、両端の得物で二匹のイーオスを迎撃したのである。

 

 

「ラルク、落ち着いて下さい。狙撃は私が取りこぼした方を冷静に狙ってくれれば大丈夫です。……視界が悪いだけならば、そしてその視界をラルクがカバーしてくれるなら、私はイーオスに遅れを取る事はありませんよ」

 前回は背の高い草に彼女の長い武器を振り回す事も叶わずに苦戦を強いられたが、これが本来のギルドナイト───エドナリア・アーリア・シュタイナーの実力だった。

 

 

「……す、凄い───次、正面と……僕の後ろ?!」

「失礼します……っ!」

 頭を左右に振って三百六十度全方位を確認するラルクの視界に再び迫るイーオスが二匹。

 エドナリアはラルクの頭を抑えてしゃがませながら、ラルクの背後から来るイーオスに刃を突き刺す。

 

「───はぁぁぁ!!」

 そのまま操虫棍の柄をラルクの背中に当てたエドナリアは、梃子の原理でイーオスが突き刺さったままの操虫棍を持ち上げ───反対から来るイーオスにソレを叩きつけた。

 

 

「うぇええ?!」

「すみません、重かったですか?」

 倒れたイーオスの頭を棍棒で潰しながらそう聞くエドナリア。

 

 そういう事じゃなくてどういう戦い方を、なんて言葉は出てこない。

 ただひたすらに狩人としての力を見せつけられて、ラルクは困惑する。

 

 

「次手は……なしですか。ラルク、ドスイーオスの鳴き声がした方角は分かりますか?」

 無言で指を向けて頷くラルクに、エドナリアは「今度はこちらから向かってみましょう」と足を前に出した。

 

 しかし同時に、周りのイーオス達が一斉に鳴き始める。

 

 

 さっきから攻撃の少し前にドスイーオスの鳴き声が聞こえていたのだが、それも掻き消されてイーオス達の行動は厄介なものだった。

 

 

「……考えますね」

 これではドスイーオスが移動した先も分からないし、ノーリスクでドスイーオスは指示を出す事が出来る。

 

 明らかに人───狩人と戦い慣れている行動だ。

 

 

「来ます、正面から!」

 そんな中で、エドナリアひたすら真っ直ぐに歩く。

 

 ラルクの指示はエドナリアが歩いている向きからの方角だ。

 彼女が向きを変えてしまえば、ラルクが指示を出しにくくなってしまう。

 

 しかし前しか見ないという事は確実に視野が狭まるという事でもあり、ラルクが指示を少しでも謝れば致命的な隙に繋がる事を意味していた。

 

 

 

「次、右と後ろ!」

「……っはぁぁ!!」

 それでも彼女はラルクを信じて武器を振るう。向かって来るイーオスだけを相手して、ひたすら前に進み続けた。

 

 

「左右と正面!」

「……っ、三匹!」

 舌打ちをしながら、猟虫を前に飛ばして左右から来るイーオスに棍棒と刃を叩き付ける。

 そして猟虫が怯ませたイーオスを切り飛ばした所で、ラルクは「後ろからも!!」と声を上げた。

 

 息つく暇もなく、エドナリアはラルクをしゃがませながら操虫棍の刃を振るう。

 

 

 ───しかし刃は何かを捉える事なく、空をきった。

 

 

 攻撃を外したエドナリアは目を見開く。

 ラルクの指示ミスではなく、確かにそこには何かが居た。

 

 

「ドスイーオス?!」

 他のイーオスよりも大柄な身体。左眼と顎に傷を持っているその姿には見覚えがある。

 

 やはりあの時のドスイーオスだ。

 そんな事を考える間もなく、エドナリアはラルクを後ろに押し倒す。

 

 

「エドナリアさ───っ?!」

 驚いて振り返ったラルクの視界を紫色が襲った。

 

 大量の毒液。ラルクの身体にも少し付着したが、その大半は彼の正面に立って居たエドナリアの身体を覆い尽くす。

 

 

 次の瞬間彼女は目を見開いて血反吐を吹き出した。

 悲鳴をあげるラルクの前で、しかしエドナリアは「立って!」と叫ぶ。

 

 

 

 これは彼のミスではなく、自分のミスだ。

 

 まさかこのタイミングでドスイーオスが自ら襲って来るとは思わなかったし、それを見越して冷静に攻撃を選ばなかった自分のミス。

 結果は攻撃をドスイーオスに避けられて、逆に反撃を貰っている。これでラルクに毒液を当てられていたら、彼女は自分を責めても責め切れなかった。

 

 

 

 ただ、それこそ本当のミスだと自覚する。

 

 自分がまともに動けなければ、誰が彼を守るというのだ。

 

 

 

 唇を噛みながら、エドナリアは目の前のドスイーオスを睨み付ける。

 

 だったら、まともに動けば良い。なんとか解毒薬を使う事ができるタイミングを作り出すだけだ。

 喉の奥から込み上げて来る血反吐を口から漏らしながら、エドナリアは左右と正面を確認する。

 

 イーオス達が近付いてくる様子はない。勝ち誇ったように堂々と目の前に立つドスイーオスが野太い鳴き声をあげた。

 これがなんの指示かは分からない。ただ、周りのイーオス達が同時に鳴き始める。彼女達の恐怖心を煽るにはそれで充分だった。

 

 

「……っ、ぅ」

 一方でラルクは急激な状況変化に身体が追い付かない。

 

 頭では何かしなければいけないと分かっているのに、手も足もまるで地面に縫い付けられたように固まってしまっている。

 

 

 とりあえず立て。

 そんな強い想いすら届かなくて、ラルクは目の前で口から血を漏らすエドナリアを見上げる事しか出来なかった。

 

 

 

 そして、運が良いのか悪いのか。

 

 少しずつ薄くなっていた霧が、ここに来て視界を確保出来るまで薄くなる。

 

 

 それで彼等の周りを六匹のイーオスが囲んでいるのが見えたのだから、もうラルクは目を瞑りたくなった。

 

 結局いつもこう。やろうやろうと前に進もうとしても、いざ目の前まで来ると固まって何も出来なくなってしまうんだ。

 

 

 僕なんて───

 

 

「ありがとう、ラルク」

 そう思った矢先、エドナリアのそんな声が少年の耳に響く。

 

 どうして。

 ラルクはその言葉の意味が分からなくて、無意味に首を横に振った。

 

 

 僕は何もしていない。出来ていない。

 

 

 

「貴方のおかげでイーオスをこれだけ減らす事が出来ました。ドスイーオスに出て来させる事も出来ました。この狩場でラルクは何も出来ていないと思っているかもしれませんが、あなたはこの戦況を作り出した立派な狩人ですよ」

 振り向かずに、立つのがやっとの身体を操虫棍で支えながら彼女はそう言う。

 

 事実、彼女一人ではここまで来るのは容易ではなかった。

 

 

 二人だったから、彼がいたからこそここまで来れたのだと彼女は確信している。だから───

 

 

「───だから、立ってください」

 今の彼女にラルクを守りながら戦う余裕はない。

 

 

 

 一人では無理だ。

 

 

 

 だから。

 

 

 

「背中は預けます」

 それ以上何も言わずに、エドナリアは足を前に出す。

 そして操虫棍を地面に叩きつけ、反動を使って飛び上がった。

 

 重力に引かれ、彼女の身体はドスイーオスの背後を取る。振り返るドスイーオスに一閃。喉元を刃が割いて、血飛沫が舞った。

 

 

 

「……僕は」

 震える足で立ち上がる。

 

 

 何も出来ないと、何も出来ていないと思っていた。

 

 でも、違ったのかもしれない。

 

 

 まるで生まれたてのケルビのように震える身体をなんとか持ち上げて、少年はライトボウガンを構える。

 後ろでは自分をここまで連れてきてくれた人が必死に戦っているんだ。

 

 

 僕は───

 

 

「───僕は、狩人になるんだ……っ!!」

 発砲音が湿地帯に響く。

 

 

 一人の狩人の戦いが始まった。




ドスイーオスを倒すのにどれだけ時間をかける気なのか。


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大きな一歩

 通常弾。

 その名の通り、なんの変哲も無いボウガンの弾の一種である。

 

 

 何か特徴がある訳でもなければ癖がある訳でもなく、しかしそれ故に使いやすい。初心者から上級者までのガンナーが愛用する弾丸だ。

 

 

 基本的にボウガンとはモンスターに近付くことなく攻撃が出来る利点を生かして、安全な立ち回りをしながら攻撃をする武器である。

 ラルクはまず目の前のイーオスに通常弾を放ち、当たっても当たらなくても良いから───ただ隙を作りたかった。

 

 今ラルクはイーオス達に囲まれている状態である。この状態で戦うのはセオリー通りではない。

 狩人の訓練所では、彼の筆記試験はほぼ満点だった。いつか憧れた狩人になりたいと、いつか勇気を出して狩人になるんだと、勉強だけはしっかりとしていたのである。

 

 

 弾丸は見事に正面のイーオスの胸元に当たり、絶命させるには程遠いが怯ませることに成功した。

 その隙にラルクはそのイーオスの脇に滑り込んで包囲網を突破する。

 

 急いで反転すると、エドナリアがドスイーオスに蹴飛ばされている光景が視界に映った。

 

 

「エドナリアさん……っ!!」

 直ぐにライトボウガンを持ち上げる。視界に入るのは、自分に襲いかかって来る一匹のイーオスとエドナリアに飛び掛かろうとしているドスイーオス。

 

 少年はなんの躊躇いもなく引き金を引くと、目の前のイーオスに向けて銃口から煙を漏らすライトボウガンを持ち上げた。

 

 

 ラルクが狙ったのはドスイーオスの眼前で、飛び掛かろうとしたドスイーオスは通常弾に驚いてその行動を一度止める。

 その隙にエドナリアは立ち上がる事が出来た。なおかつ、解毒薬を飲む時間も確保出来る。

 

 

「……っぅ」

 一方でラルクはイーオスに押し倒され、地面に横たわっていた。

 ライトボウガンを盾になんとか踏ん張ってはいるが、イーオスの鋭い鉤爪が少年を切り裂くのも時間の問題だろう。

 

 しかし、少年は焦ってはいなかった。不敵な笑みでその瞬間を待ち、身構える。

 

 

 刹那、彼を押し倒していたイーオスの頭に何かがぶつかって鈍い音を立てた。イーオスは怯んで地面を蹴って少年から離れる。

 

 耳に響く羽音。エドナリアの猟虫が、イーオスの周りを飛んでその注意を引いていた。

 

 

 立ち上がった少年は軋む体に鞭を撃ってライトボウガンを持ち上げる。

 イーオスは猟虫を鬱陶しそうに睨んでいて、ラルクの事が視界に入っていなかった。

 

 

「───うぉぁああ!」

 そんなイーオスの頭に銃口を向ける。人の身長二人分の距離。外す理由もなかった。

 

 

 銃声が鳴り響き、頭蓋を貫かれたイーオスは糸が切れたように地面に崩れ落ちる。

 少年の手は震えていた。手だけではなく足も身体も何もかも、全身を震わせて───それでもライトボウガンの引き金を強く握る。

 

 これは武者震いだ。

 唇を噛んで、ラルクは直ぐに反転する。

 

 視界に入るのは、向かってくるイーオスを一匹切り飛ばすエドナリアの姿。これで残るイーオスは四匹。

 

 

 飛び掛かってきたイーオスの攻撃を操虫棍を使ったジャンプで躱すと、エドナリアはラルクと合流する。

 囲まれた状況から一変。四匹のイーオスと一匹のドスイーオスを前に、エドナリアは「やりましたね」と短く少年を称えた。

 

 ラルクが返事をする前に、彼女は「一気に叩きます。私が取りこぼしたイーオスを任せても良いですか?」と聞いてくる。

 有無を言わせるような状態ではなく、ラルクは少し苦笑しながらも「はい!」と元気に返事をした。

 

 

「任せました……ッ!!」

 地面を蹴る。

 

 警戒するイーオス達に一気に近過ぎながら、操虫棍を上から振り下ろした。一匹の首を落とし、手首を捻って刃を回転させる。

 横に一太刀。イーオスもマヌケではなく、ジャンプして交わされるがエドナリアはそれを無視して逃げ遅れた一匹の喉を突いた。

 

 彼女の背後に着地したイーオスは反撃しようと振り返る。しかしそれはラルクから背を向けるという事で、その頭蓋を撃ち抜くのは容易かった。

 

 

 残り一匹。

 

 

 ドスイーオスを守るように前に出るイーオス。

 エドナリアは止まらずに猟虫を飛ばしてまずは牽制する。怯ませた隙に一匹を屠って、後はドスイーオスと二対一だ。

 

 ───そう思った次の瞬間、突然イーオスが跳ねる。

 

 

 予備動作も何もなく。体当たりという訳でもなく。

 

 ただ、イーオスの身体が弾のように真っ直ぐにエドナリアへ向けて飛んだのだ。

 

 

 明らかに異常な挙動にエドナリアは反応出来ず、イーオスにぶつかって地面を転がる。

 彼女には何が起きたか分からない。しかし、ラルクには見えていた。

 

 

「ドスイーオスが……イーオスを」

 彼が見たのは、ドスイーオスが尻尾でイーオスを飛ばす光景。

 自分を守ろうとしていた仲間ごと巻き込むような攻撃に、ラルクは驚いて目を見開く。

 

 

 しかしドスイーオスにとってもそれは仕方のない事だった。

 

 群れはほぼ全滅し、自分の命すら危うい。もう手段を選んでいる暇などない。

 

 

「……っ、ぅ?!」

 自分を押し倒しているイーオスは呻き声を上げて弱っているが、小型と言われるイーオスだろうが人の何倍もの体重を持っている。

 退かすのは容易ではなく、その隙に彼女の目の前にドスイーオスが立っていた。

 

 

 見下ろされる恐怖。身体が動かない。

 

 

 持ち上げられる脚は、イーオスごと彼女を踏み───その足で内臓を潰す。

 

 

「───あ゛ぁが……っ?!」

 圧迫感。腹部が熱い。口から吹き出る鮮血が喉に詰まって息が出来ない。苦しい。

 激痛に悲鳴をあげるエドナリアを守ろうと猟虫がドスイーオスに体当たりを仕掛けるが、小さな身体は尻尾で弾き飛ばされた。

 

「エドナリアさん……っ!!」

 ラルクは焦って彼女の元へ走る。なんとかしてドスイーオスを退かさないと。でも、どうやって?

 

 考えるより身体が先に動いた。狩人としては正解の場合もあるが、今回はそれが悪手になる。

 

 

「……だ、……っ!」

 走って向かってくるラルクに手を伸ばしながらエドナリアは口を開いて血反吐を流した。

 来ては駄目。そう伝えようとしたが、身体は言う事を聞いてくれない。

 

 ドスイーオスの鋭い眼光がラルクを捉える。

 足に力を入れエドナリアを下敷きにしているイーオスごと踏み付けながら、ドスイーオスは鋭い牙をラルクに向けた。

 

 

 力を入れられて、エドナリアは声にならない悲鳴をあげる。それを見て焦ったラルクは考えもなしにドスイーオスに突進した。

 なんとか押し倒してでもドスイーオスを彼女から離さないと。出来るかも分からないが、やるしかない。

 

 決意めいた表情で腕を前に出しながら地面を蹴った少年の目の前を紫が包み込む。

 

 

「───え?!」

 毒液。

 

 イーオス種の喉元に存在する器官から生成される出血性の毒は、小さな動物なら一瞬で死に至らしめる猛毒だ。

 

 

 全身に毒液を受け、少年はむせ返る気持ち悪さに襲われる。

 喉を通る血反吐。それを吐き出すと頭の天辺から爪先まで全身を激痛が襲った。

 

 

「……ゔ、ぁ……あ゛」

 解毒薬。直ぐに頭に浮かんだそれに手を伸ばそうとするも、身体の感覚が既にない。

 気が付いたら地面に転がっていて、ぬかるんだ地に赤い池を作り出す。

 

 今から自分が死ぬという事が、怖いくらいに現実味を帯びて襲って来た。

 

 

 

 どうして僕はここに居るんだろう。

 

 

 

 意識が遠のいて、なんとか思い止まって目を開けた。

 ドスイーオスが襲ってくる様子はない。猟虫が果敢にも再び突進し、その注意を逸らす。

 

 

「あ゛ぁぁぁっ!!」

 その隙に、エドナリアは身体中の穴から血飛沫を上げながら自分の上に倒れているイーオスごとドスイーオスの足を持ち上げた。

 流石にそんな力は残っていないとタカをくくっていたドスイーオスは反応出来ずにエドナリアを解放してしまう。

 

 

「───はゔぅ……ゔぁ…………はぁ」

 操虫棍を支えにして、ラルクの前で立ち上がるエドナリア。

 全身から血を流して貧血状態で、気を抜けば意識は一瞬で飛びそうだ。

 

 それでも彼女は立ち上がって、その鋭い眼光でドスイーオスを睨み付ける。

 

 

 自分の装備がギルドナイトスーツで良かったと、こんな時にも関わらず彼女は苦笑した。

 もしこれが鉄で出来た装備なら、装甲ごと押し曲げられて腹部を潰されたままになり今頃圧迫死だっただろう。

 

 このくらいの死地は何度だって潜り抜けてきた。ギルドナイト、強いてはシュタイナー家の一員としてこんな所で倒れるわけにはいかない。

 血の混じった唾を吐きながら、彼女はドスイーオスを睨み付ける。遅れを取りはしたが、ここからが本番だ。

 

 

「……ありがとうございます、ラルク。かならず守りますから。解毒薬と秘薬を飲んで待っていて下さい」

 そうとだけ言って、エドナリアはドスイーオスの懐に潜り込む。手首を捻り、自らの得物を上に下にと振り回した。

 

 鱗が弾け飛び、血飛沫が舞う。

 どうして動けるのか分からなかった。しかし、ドスイーオスだって負けてはいられない。一度後ろに跳んで距離を取る。

 

 

 そんな光景を、ラルクは途切れそうになる意識をなんとか保って見つめていた。

 倒れたままポーチに手を突っ込んで解毒薬を口に含む。

 

 

 これが……狩人。

 あんなにもボロボロになって、それでも戦い続けるその姿を少年は見ていられなかった。

 

 

 秘薬を手にとって、その小瓶を強く握る。

 

 

 

「───ゔぁぁぁあああ!!」

 踏み込んで、切り上げ。距離を取ろうとするドスイーオスに執拗に肉薄し、エドナリアは刃を振るった。

 血潮が舞い、鱗が弾ける。負けじと牙を向けたドスイーオスの顎に左腕を噛ませ、不敵に笑うエドナリアはその左腕を捻ってドスイーオスを地面に叩きつけた。

 

 

 痛みなんて感じていないかのように、彼女は地面に倒れたドスイーオスに刃を振るう。

 なんとか立ち上がって反撃に尻尾を振るうドスイーオス。地面を転がったエドナリアはしかし、受け身をとって直ぐに立ち上がった。

 

 操虫棍を支えに飛び上がり、上からの攻撃を仕掛けるエドナリア。

 

 

 まるで狂戦士。これが、ギルドナイト。

 

 

 

 次第に己の死が見えてくる。ドスイーオスは何処か諦めのついた様子で、しかし群れの長としての誇りの名の下に抗い続けた。

 

 この人間には勝てない。内臓を潰そうと、腕を噛み砕こうと、何をしてもその命を穿つに至らないのだと悟る。

 それでも、逃げるという選択肢はなかった。群れを全滅に追い込まれ、自らの命の灯火が消えかけようとも。

 

 

 ───それが、狩人()である誇りだから。

 

 

「───っ?!」

 ドスイーオスは一度大きく背後に跳んだ。それを追いかけようとしたエドナリアだが、直ぐにドスイーオスが地面を蹴って飛び掛かってくる。

 

 カウンター。

 前に進んでいる為、これは避けられない。流石だと、相手に敬意を払ってエドナリアは不敵に笑った。

 

 

 なら、その攻撃はあえて受けよう。

 そこにカウンターを入れて、この戦いを終わらせれば良い。

 

 

 この程度の死地は何度も潜り抜けてきた。

 ギルドナイトという仕事をしていれば、普通の狩人が受けるクエストよりも遥かに危険なクエストを受ける事は沢山ある。

 

 しかしこのドスイーオスは上位か、はたまたG級相応の個体だった───と、ドスイーオスの攻撃を黙って受けようとしたその時だった。

 

 

 

「───うぁぁぁああああ!!!」

 エドナリアの前に一人の少年が立ち塞がる。

 

 少年───ラルクはライドボウガンを跳んでくるドスイーオスに向けて、必死の形相で引き金を引いた。

 

 

 銃声。

 

 頭を撃ち抜かれたドスイーオスは反動で地面を転がり、最後まで抗おうと首を持ち上げて───

 

 まさか、眼中にもなかった生き物にこの命を奪われるとは。しかし、どこから現れたのだ。小さいといっても周りには充分気を付けていたのに。

 ふと視界の左側が見えていない事を思い出す。そうか、死角から。考えもしなかった。自分の失態に、ただ後悔する。

 

 

 ───そうして、群れの長は息を引き取った。

 

 

 

 

「……ら、ラルク。こ、こら、危ないじゃないですか。下がって見───」

「危ないじゃないですかはこっちの台詞ですよ!!」

 エドナリアの言葉を遮って、ラルクは大声で叫ぶ。

 

 そんな少年の言葉にエドナリアはキョトンとして、力が抜けたのか膝から崩れ落ちてから「……へ?」と間抜けな声を漏らした。

 

 

 

「そんな大怪我したのに、まだ戦って……っ!! エドナリアさん、女の子なのに!!」

 涙目で叫びながら、彼女に秘薬を突き付けるラルク。

 

「もっと自分を大切にしてよ……っ!!」

 真っ赤な顔で、少年は倒れたエドナリアを見下ろす。

 当のエドナリアは何度も瞬きしながら「私が……女の子」と間抜けな声を出していた。

 

 

「あ、あの……ラルク? 私はギルドナイトで、他の狩人の前に立って皆を先導する立場に───」

「そんなの関係ないです!! その前にエドナリアさんは……その、可愛い女の子なんだから!!」

「可愛い?!」

 驚くエドナリアの口元に、ラルクは秘薬を突き付ける。

 

 本当はラルクだって毒で身体中をやられているのだ、自分は回復薬で済ませようと思っていただけにエドナリアはそれを渋った。

 しかし強い表情を崩さないラルクに負けて、エドナリアは秘薬を口に含む。

 

 

 正直なところ少年の手前無理をしていた。

 いつ倒れてもおかしくなかったが、秘薬のおかげで幾分か楽になる。

 

 勿論劇薬である為、早く安静にして休養と食事を取らないといけない事には変わらないが。

 

 

「もうこんな無茶はしないでください!!」

 それでも、尚顔を真っ赤にして怒るラルクにエドナリアは申し訳なくなって視線を逸らした。

 それに自分が女の子だなんて言われた事を思い出して顔を赤くする。もう二十歳は超えているし、そんな呼び方をされる程でもないのだが。

 

 

「……ご、ごめんなさい」

 だから物凄い低姿勢で、彼女は謝った。

 

 

 頬を膨らませる少年はそっぽを向いて「……ゆ、許します」と恥ずかしそうに口を開く。

 

 

 思い返せばあの状況で自分の前に立ってドスイーオスに攻撃する事がどれだけ勇気のいる事か。

 いつもおどおどしていて、自分に自信のなさそうな少年が今はこうしてギルドナイトの自分を叱っているのだ。

 

 その事実にエドナリアはクスリと笑って、ラルクは顔を真っ赤にする。

 

 

「ご、ごめんなさい!! 僕なんかが……生意気な事言って……っ。ごめ───」

「謝らないで下さい、ラルク。あなたは正しいです。……そうですね、ふふ。私は女の子でしたか」

 優しく微笑みかけるエドナリアは悪戯な笑みで「一つお願いをして良いですか?」と、問い掛けた。

 

 

「え……あ、はい」

「疲れたのでおんぶして下さい」

「えぇ?!」

「無理ですか?」

「頑張ります!!」

 羞恥で全身がイーオスのように真っ赤になった少年はエドナリアの前で前屈みになって、エドナリアはそんな彼にもたれ掛かる。

 

 しかし計算外だったのは、エドナリアの方が身長が大きい事とラルクの非力さだった。

 少年はエドナリアと一緒にぬかるんだ地面に倒れてしまう。

 

「うぶ……っ。わ、わぁ?! ご、ごめんなさい!! ごめんなさい!!」

 さっきまで彼女を叱責していた威厳はどこに行ったのか。

 

 意地悪そうな笑みで笑うエドナリアは「それじゃ、手を繋いで歩きましょうか」と彼に手を差し伸べた。

 少年は俯きながらその手を握って歩き出す。

 

 

 

 

 その日は小さな勇気でその一歩を踏み出した少年の、狩人としての日々が始まった日になった。




性癖にまっすぐ書きました後悔はしてません()
先週更新出来ず申し訳ありませんでした!色々と重なってしまいまして……。

読了ありがとうございます。


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それぞれの意思と

 吸った息が熱い。

 

 

 全身が焼けるようで、走っても跳んでもその熱から逃れる事は出来なかった。

 この世界全てが炎に包まれている。そう思わせるかのように、眼前の龍全てを燃やし尽くした。

 

 見知らぬ狩人も、見知った狩人も、大切な仲間も───命を賭けて護らなければならなかった妻も。

 

 

 全て灰に変えて、それでも燃やしたりない。

 

 

 一対の翼と四本の脚。血に塗れた牙。そうでなくても赤い全身は、龍と人の血で濡れている。

 青い瞳は鋭く一人の男を見ていた。

 

 

「……どうしてだ」

 問い掛ける。

 

 

 どうしてこの街に来た。どうして暴れている。どうして皆を殺した。どうして───

 

 その問い掛けに龍が答える事はない。

 

 

 帰ってくるのは咆哮と、殺意だけ。

 狩人は自らが涙を流している事に気がつけないまま、己が剣を振るう。

 

 

 身の丈程の大剣。

 それで振りかざされる剛腕を受け流してから、筋肉に任せて上から刃を叩きつけた。

 

 龍が吠える。男も吠えた。

 

 

「どうしてだぁぁあああ!!!」

 視界の端には、自らの妻だった物が転がっている。

 

 真っ黒な炭。もはや人の原型も留めていないのに、彼女が使っていた盾と槍はその役目を全うする事なく地面に転がっていた。

 

 

 仇を取りたい? 違う。

 

 

 英雄になりたい? 違う。

 

 

 戦う理由が分からなくなった。それでも、男は剣を振る。

 

 

「お前はどうして戦っている。俺はどうして戦っている……っ!!」

 その答えを知る為に、ただ剣を振った。

 

 

 幾度も狩人を切り裂いた牙と爪。身体を斬り裂かれても、男は剣を振るのをやめない。

 身体を炎に焼かれても、爆発に肺を焼かれて地面を転がっても、彼は立ち上がって剣を振る。

 

 もはや意地だったのかもしれない。

 

 

「……テオ・テスカトル」

 それが龍の名前だった。

 

 炎の王。炎王龍テオ・テスカトル。

 全てを焼き尽くす業火。仲間を全て燃やされて、己の身体も焼かれ、それでも男は剣を振るう。

 

 

 どうしてなのか。

 

 

 どうして諦めなかったのか。

 

 

 仲間の後を追って、己も灰になっても良かった筈。

 妻の死に悲しんで、全てを諦めても良かった筈だ。

 

 

 それでも狩人は剣を振るう。

 

 

 

 自分でも分からない。

 

 

 

 ただ、気が付いた時に倒れていたのは己ではなく龍だった。

 

 

「……どうしてだ」

 自身すらいつ死んでもおかしくないような状態で、男は倒れた龍に問い掛ける。

 

 

 

 龍を倒しても分からなかった。

 

 

 英雄と称えられ、ギルドマスターに認められても分からなかった。

 

 

 いつしかたった一人の英雄だと罵られ、人々に冷めた目で見られても───分からなかった。

 

 

 

 己はどうして戦っていたんだろう。

 何の為に狩人をしていたんだ。その答えが、未だに分からない。

 

 

「教えてくれ……」

 妻の墓。九十九人の英雄の墓の前で、男は崩れ落ちる。

 

 

 自分が来た時には、誰も残っていなかった。

 逃げ遅れた子供二人を避難させて、信頼する仲間に妻を任せて。そして戻って来た時に残っていたのは灰と炭。

 

 

 目の前で炭になった妻が立ち上がる。

 

 

 どうして?

 そう問い掛けるように首を横に傾けたソレは、傾けたまま首が崩れ落ちて全身が灰になってバラバラになった───

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「───っ、ぅぉぁぁああ?!」

 飛び起きる。

 

 

 燃えるように赤い空。

 それを見て男───ケイド・バルバルスは、頭を抱えて「アイナ……」と亡き妻の名前を呼んだ。

 

 空の色は朝焼けではなく、夕焼けだ。

 朝まで飲んでいたからか昼夜が逆転しているらしい。

 

 

 ケイドは頭痛のする頭を抑えながら、立ち上がって水を飲む。

 

 

「……最近は見てなかったのにな」

 テオ・テスカトルの夢。

 

 

 あの日から数年間、あの悪夢を毎日見ていた。

 

 

 どうして?

 そんな自問自答を続け。しかし答えは見つからなくて。

 

 

 結局狩人を辞めてからもう十年以上が経つ。

 

 

 

「……俺は、何をしてるんだろうな」

 テオ・テスカトルを倒して手に入れた素材で作られた大剣を見上げながら、ケイドはボソリとそう言った。

 結局この剣を振った事はない。なのに、どうして俺はあの時剣を振っていたのだろう。

 

 まだ答えは見つからない。このまま一生見つからないかもしれない。

 

 

「古龍、か……」

 夢の理由は分かっていた。

 

 

 再びあの悲劇が起きようとしている。

 

 

 燃えるような夕焼けを見ながらただ立ち尽くしていると、加工屋のカウンターの方からトントンと音がした。

 店の前に閉業した事を書いた看板を立てているのだが、それが見えないバカがいるらしい。

 

 

 カウンターに向かうと、見飽きたギルドナイトスーツが見える。

 

 コーラルは死んだと聞いたから、幽霊でもない限り別の人間だ。

 

 

 

「……何の用だ」

「初めましてと言わせてもらう。私はサリオク・シュタイナー。コーラルさんに変わり、今回の作戦の指揮を取っている」

 そう言いながら手を伸ばしてくる男の手を取らずに、ケイドはそれを弾いてサリオクを睨み付ける。

 

「俺はその作戦に参加するつもりはない」

「……例えどんなに犠牲者が出ると分かっていても?」

「そうだ」

 強く言い返し、ケイドは振り向いて部屋に戻ろうとした。

 

 

 しかし、妙な音が鳴って彼は振り返る。視界に入ったのは、ギルドナイトの尊厳も威厳も捨て頭を地面に擦り付ける一人の男の姿だった。

 

 

「……そんな事をされても、俺は参加しない」

「人が大勢死ぬのを見た!」

 地面に頭を着けながら、サリオクは大声で叫ぶ。その言葉にケイドは瞳を開いて固まった。

 

 

「船を襲った炎に、なんの抵抗も出来ずに死ぬ仲間を見た。船から飛び降りてガブラスにその身体を引き千切られる仲間を見た。救出出来ると思っていた仲間は殆ど戻ってこなかった! 迎撃戦でも、私はまた大勢の死を見るだろう。私自身が死ぬかもしれない」

「だったら逃げれば良いだろう!!」

「ならどうして貴方は逃げなかったのだ!」

 起き上がり、サリオクはケイドを睨む。

 

 

「九十九人が犠牲になった先で、どうして貴方は剣を振れた。テオ・テスカトルを倒せたのですか!」

「俺は……」

 その答えは、分からない。答えられない。

 

 

「どうか……我々に力をお貸しください。G級ハンター、ケイド・バルバルス様」

 サリオクはもう一度頭を下げ、小さな声でそう言った。返事は帰ってこない。

 

「私は死ぬでしょう。貴方の娘も……どうなるか分からない。ただ、どうして戦えるのか。……自分でも分からない」

「なら逃げればいい。……たった一人の英雄みたいにな」

「そのたった一人の英雄は、逃げずに戦いテオ・テスカトルを討伐した」

「違う、俺は───」

 何が違うのか。

 

 

 何が正しいのか、分からない。

 

 

「……作戦参加をお待ちしております」

 そうとだけ言って、サリオクはその場を去っていった。

 

 

「……レイラ。……アンナ、俺は───」

 その場に倒れ込み、横目で大剣を見る。

 

 

 どうして───

 

 

「───俺は、なんで戦ったんだ」

 ───彼には分からなかった。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 妙に空は明るい。

 日は沈んだが、星の光が街を照らしている。

 

 

「避難所に行かなくて良いのか?」

「いーの。旦那さんを支えるのが、お嫁さんの仕事」

 満面の笑みでそう言うシータを見て、ジャンは赤く染まった顔を掻いた。

 どうもこの兄妹には勝てそうにない。

 

「……古龍が来るんだね」

「らしいな。俺はまだ実感沸かねーけど」

 事の始まりはイアンとグラビモスの狩りに向かった帰りの事。

 森の中で大きな角のようなものが見え、双眼鏡を覗いて驚いた記憶が蘇る。

 

 巨大な龍。

 しかし、ジャンが見たのはそれだけだ。

 

 

 イアン達みたいに調査に行った訳でもなければ、ボウガンを背負って誘導作戦に参加した訳でもない。

 もっとも誘導作戦に参加した狩人は殆ど戻ってきていないが。

 

 

「俺は双眼鏡で遠目に見ただけだからさ、まだ怖いとか……護らなきゃってイメージが沸かねーんだよな」

「うーん、そっか」

「シータやイアンは古龍を見た事があるから、俺とは考えが違うのかねぇ」

「どうだろ。……でも、お兄ちゃんは相手が古龍だからとかそういう理由じゃないと思うな」

 満点の星空を見上げながら、シータはそれとは違う何かを見るように瞳を閉じる。

 

「相手が何でも、お兄ちゃんは皆を護ろうとすると思うし」

「……英雄に憧れてるから?」

「違うかな」

 シータは立ち上がって、クルクルと回ってから後ろで手を組んで振り向いた。

 

 

「優しいから。……戦う理由ってさ、何かになりたいより先に人の根本が来ると思うんだ」

 強くなりたいとか、英雄になりたいとか、それじゃあその理由は?

 

 傲慢な人も居るだろう。誇りが高い人も居るだろう。優しい人も居るだろう。

 同じ理由であっても、その内面は沢山あるんだとシータはジャンに語った。

 

 

「ジャンは、どうして戦うの?」

「あぁ……やっと分かった」

 色々な疑問があったと思う。

 

 ずっとソレを心のどこかで抱えていて、今ようやくその内面に気が付いたんだ。

 

 

「俺はモテたいからハンターやってたんだけどさ」

「さいてー」

 クスリと笑う。

 

「今はお前を護りたいから、愛してるから戦う」

「さいこー」

 二人で笑いあって、抱擁して、唇を交わした。

 

 

 俺は、自分の為に戦っている。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 表情を引きつらせて、エドナリアは頭を抱え込んだ。

 

 

「ありがたいとは思っているんですが……」

「ダメです。最低でも作戦までは横になっていてください……っ!」

 ベッドに横になっているエドナリアをまるで監視するように、ラルクは隣で座っている。

 

「……一体どういう状態だこれは」

 ドンドルマから帰って来たサリオクは、そんな光景を見て目を細めた。

 

 

 二十歳は超えている筈の自分の義理の妹が、年端もいかない少年に頭も上げられずに従っているのだから表情も引き攣る。

 

 

「う、うわぁ?! ご、ごめんないごめんなさい!!」

「あ、サリオク。ドンドルマに行ってきたようですが、どうでしたか?」

「今は司令と呼べ。というか状況を説明しろ?!」

 困惑するサリオクにエドナリアはここに至った経緯を掻い摘んで説明した。

 

 

 彼女によれば、クエストから戻った後。

 クエスト中に大怪我を負ったエドナリアを心配してか、ラルクが彼女を部屋に閉じ込めて安静にしているように見張っているのだとか。

 本当はゴグマジオスの撃退戦にも参加させないとまで言っていたが、それまで絶対安静にするという約束でなんとか事なきを得たところある。

 

 

「しかしお前がドスイーオスに遅れを取るとはな。ふっ……余程のお荷物でも抱えていたか」

 横目でラルクを見ながら、サリオクは短く呟いた。

 

 ラルクはその言葉を聞いて俯くも、エドナリアはベッドから起き上がってサリオクの腹に拳をぶつける。

 

「グヘッ」

「殴りますよ」

「殴ってるけど?!」

 顔を真っ青にして蹲るサリオクはしかし、半目でラルクを睨んだ。

 発言を撤回する気はないらしい。流石に二度目の拳は放たれないが。

 

 

「僕が荷物だったのは……多分本当です」

「いや、あのドスイーオスは───」

「その自覚はあったか」

「サリオク!」

 再び拳が振られるかと思ったが、ラルクが彼女を止める。

 

 自分のせいでエドナリアが怪我を負った事に関して、ラルクには自覚があったし力不足の荷物だというのは百も承知だった。それでも───

 

 

「でも。……それでも、僕はエドナリアさんに助けられて……助ける事も出来た。ハンターになれたと思うんです。……今度は、僕がエドナリアさんを助けたい……っ!」

 強い意志を込めて、ラルクはサリオクの目を真っ直ぐに見てそう言う。

 本当に強くなったと、初めてあった時とは全く違う表情にエドナリアはそんな事を思った。

 

 

「そうか。ならば、他人の私は何も言うまい。元々上位ハンターでありギルドナイトのこの私が、君のような子供を相手にして何かを言う事などないのだからな」

「サリオク、良い加減に───」

 再び拳が飛んで行こうとした矢先、サリオクは「だが」と言葉を続ける。

 

「だが、もし生き延びたのならどこかで酒を交わす事もあるだろう。私の妹との事はそこで話すとしようか。……だから死ぬ事も許さないし、死なせる事も許さん」

 そんな彼の言葉を聞いて、ラルクは少し間を開けてから顔を真っ赤にして固まってしまった。

 

 

「作戦指揮に関しては私がなんとかしておく。お前はそれまで休んでいろ」

 兄とラルクの言動の意味が分からず首を横に傾けるエドナリアを置いて、サリオクは部屋を出て行く。

 まったくもって理解の及ばない言葉にエドナリアは頭を抱えるが、ラルクは強く拳を握って唾液を飲み込んだ。

 

 

「エドナリアさん……っ!」

「えーと、なんですか?」

「僕が……絶対守りますから!!

 そんな決意の言葉を聞いて、エドナリアは特に理由を聞く事もなく「はい。頼りにしています」と答える。

 

 

「と、とにかく今は寝てください!」

「えぇ?! あ、は、はい……」

 少年は強く拳を握って、決意と共に前を見るのだった。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 なんとも言えない顔で、一人の青年が男の話を聞いている。

 

 

 どうも目が覚めた───というか目覚めたらしいニーツは、酒の勢いでイアンに絡みながら自慢話を話していた。

 中には興味深く面白い話もあったのだが、どうもこんな女と寝ただのあの女は良かっただのという話ばかりでイアンは興味が持てない。

 

 どうせなら彼の狩人としての話を聞きたいのだが、そういう気分ではないのか話の内容は殆ど女性がらみである。

 

 

「お前もなー、良い歳なんだから女くらい経験しないとよぉ。それともアレか、コッチの趣味か。ケツなら俺が相手してやるぜ! ハッハッハッ!」

「そ、そんな趣味だけは絶対にない……」

 苦笑いしながらイアンがそう言うと、ニーツは「なんだぁ」と残念そうに肩をすくめた。初めて会った時の印象はもう何処へやら。

 

「さて、俺は可愛い女の子でも探してくるか。……最後の晩餐かもしれねーしなぁ」

「え、縁起の悪い事言うなよ。みんな無事に───」

「俺達は間近じゃねーがアイツを見た。アーツ兄さんの渾身の一撃に怯みもしなかったアイツをな」

 ふと何処か遠くを見ながら、ニーツはイアンにそう答える。

 

 

 木々をなぎ倒しながらひたすら真っ直ぐに進む巨大な龍。彼等は明日、その龍と戦わなければならない。

 

 

「死のうなんざ……英雄になろうなんざ思っちゃいない。だがな、アレはそういう覚悟が必要な相手だ。分かるだろ?」

 そうとだけ言って、ニーツは席を離れていった。

 

 

 喧騒にまみれて、一人で静かな時間を過ごす。

 

 

 そんな相手と何のために戦うのか。

 

 

 

「調子狂うな……」

「ハンターとしてのあの人は私好きだけどなー」

「レイラ?」

 イアンが頭を抱えていると、背後から飲み物を持ったレイラが寄ってきて「隣良い?」と聞いてきた。

 答えを聞くよりも先にイアンの隣に座った彼女は、手に持っていたジョッキを傾けて喉を潤す。

 

 

「お酒か?」

「ノンアルコール」

「ジュースか」

「子供扱いしないで」

 口を尖らせるレイラは、お酒でも飲み込んだあとかのようにジョッキを机に叩きつけた。

 果汁のジュースが少し溢れて机を濡らす。やっぱりジュースだったので、イアンは苦笑した。

 

 

「むぅ」

「俺もニーツの事はハンターとして尊敬してる。ちょっと関わり辛い性格はしてると思うけどさ」

「初めて会った時とかね」

「そういえばあの時だっけか」

 出会った時の事を思い出して、イアンは物思いに耽るように瞳を閉じる。

 考えてみればアレから全く時間は経っていないのに、何処かこの数日は濃くて長く感じていた。

 

 

「イアンも格好良かったよ」

「狩りの時は必死で……それに、アレがランスの役目っていうか」

「違う違う。初めて会った時の事」

「あー、ん?」

 自分の勘違いを認めはしたが、しかし彼女の言う事が少し理解出来ずにイアンは首を横に傾ける。

 

「あの時もそうだし、ゴグマジオスと戦う事だってそう。誰かの為に戦う人って、やっぱり憧れちゃうな。……私は皆にお父さんを認めさせる為にしか戦ってないから」

「それだって誰か……お父さんの為なんじゃないか?」

「分かんない。私が父親を馬鹿にされるのが嫌なだけなのかもしれないし。……戦う理由って分かんないものだよ。難しいよね」

 その答えが見つからないまま、死地に赴いて自分がどうなるかも分からない。

 

 

 どうにもそんな事に不安が募るのだが、だからといって逃げるのは違うような気がした。

 

 

「だからさ、一緒に生き延びようよ。せめてその答えが見つかるまでさ」

「レイラ……。あぁ、そうだな」

 伸ばされた拳に拳で返し、二人は同時にジョッキを傾ける。

 

 叩きつけられた二つのジョッキから同じ飲み物が溢れて、レイラはクスリと笑った。

 

 

「イアンもジュースなんじゃん」

「子供扱いするなよ。明日の為に控えてるだけなんだからな」

 あはは、と。短い笑いが酒場の隅で漏れる。

 

 

 決戦は明日だ。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 風が吹く。

 

 

「立地の影響か、それとも運命か。ドンドルマは昔から古龍の襲来が多かった。だが、その理由は未だ明らかになっちゃいない。……なぁ、何を求めて此処に来る。それとも、何かがお前を求めているのか」

 巨龍はゆっくりと脚を進め、その地に降り立った。

 

 

「その答えは神のみぞ知るってなぁ。俺たち人間は、ただ争うだけだ。さぁ───」

 ───沈め掻臥せ戦禍の沼に。

 

 

「───始めようか」



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切られた火蓋

 星が消えていく。

 夜空を照らしていた星達は、まるでその存在に遠慮していくように輝きを弱めていった。

 

 

 太陽が地上を照らし始め、狩人達はただ青い空を見上げる。

 

 地鳴りを感じて震えるのは恐怖か、武者震いか。それとも───

 

 

 

 湿地帯からドンドルマへと続く渓谷の入り口で、狩人達はその時をただひたすら待っていた。

 

 

 

「───来たか」

 地鳴りと共に視界に入る巨大な黒い影。

 

 遠目でも分かる四本の脚と一対の翼、そして背中に背負う巨大な槍。

 誘導作戦により渓谷を真っ直ぐに歩くその龍は、ゆっくりと頭を持ち上げて一度咆哮をあげる。

 

 まるで、何かを見つけたぞと言わんばかりに。

 

 

「もう一度作戦を説明する。心して聞いてほしい」

 その姿を確認してから、サリオクはこの場に集まった狩人達に向けて口を開いた。

 

 

 五十四人。

 ドンドルマで集まった狩人の約半分は既にこの世にはいない。

 

 その犠牲を無駄にしない為にも、この作戦は必ず成功させる。

 

 

「ゴグマジオスの進路は予定通りだ。しかし、この渓谷の側に一つ町があるのは皆も知っての通りだろう。……今作戦はその町を守りつつ、ゴグマジオスを渓谷の奥に追い込むのが目的である」

 渓谷の奥にはドンドルマの砦があり、G級ハンター四人がそこでゴグマジオスを迎え撃つ手筈だ。

 

 ここに集まった五十四人の狩人の目的はそこまでの誘導並びにゴグマジオスを出来るだけ弱らせる事である。

 

 

「先に知らせた通り。町に注意を向けない為、我々はドンドルマ側の道にて待機。ガンナー部隊とバリスタによる誘導を掛ける」

 町は渓谷に沿うように位置していて、そちらとは反対側───ドンドルマへと続く道には特急で設置されたバリスタや大砲が並んでいた。

 

 先の作戦で殆どのガンナーを失ってしまったが、やはり対巨龍戦に置いて遠距離攻撃は有効である。

 よって、接近戦を得意とする狩人もそのほとんど(・・・・)はバリスタによる攻撃を担当する事になった。

 

 

「だが万が一にもゴグマジオスが町を狙った場合に備え、少数の狩人には町側で待機してもらう。もしゴグマジオスが町を狙った場合、我々の合流まで時間を稼いで欲しい」

 ゴグマジオスの注意を向けさせない為にも、町の守りは少人数にする必要がある。

 

 出来るだけの人員を渓谷の道に配置し、町を守るのは約二十人の狩人だけだ。

 

 

「……危険な作戦である事は百も承知だ。だが、君達の命を預からせて欲しい。生き残ったあかつきには君達は英雄としてた讃えられるだろう!! 作戦開始だ。各自持ち場に着いてくれ!!」

 サリオクのその言葉で、狩人達は一斉に走り出す。

 

 町の方に向かう狩人達と挨拶を交わす者達の中には、ラルクやニーツの姿があった。

 

 

「エドナリアさん……」

「大丈夫ですよ。それに、彼方にも指揮官は必要ですから。私の心配よりも、ラルクはゴグマジオスを引き付ける事に集中してください」

 エドナリアは町で待機する狩人達の指揮を取る為に、ラルクと一度離れる事になっている。

 ラルクとしてはドスイーオスとの戦いでの怪我がまだ心配で、本当は戦う事すら控えて欲しいと思っていた。

 

「勿論町に被害が向かない事が一番ですが……いざとなったら助けに来てください。そして、作戦通りになれば私達が背後からあなた達を助けます」

 そう言って、エドナリアはラルクの頭をポンッと叩く。

 

「気を付けて下さいね」

 少し不満そうな表情をするが、ラルクは決意のこもった表情でエドナリアにそう伝えた。

 エドナリアは短く「はい」と答えて片手を上げ、竜車に乗り込む。

 

 

 彼女が乗り込んだ竜車の荷台にはイアンやジャン、レイラの姿があった。

 その外から手を振るニーツは、少し汚い歯を見せながら「後でな」と笑う。

 

 イアン達も手を上げて彼に挨拶をして、竜車は急いで街に向けて走り出した。

 渓谷の穴から街へと向かう竜車を尻目に、サリオクはバリスタ隊に指示を出す。

 

 

「さーて、時間だなぁ」

 座りながら酒瓶を傾けていた一人の男が立ち上がりながらそう言った。

 ダービア・スタンビートは耳の穴に小指を入れながら、サリオクの隣に立って双眼鏡を覗き込む。

 

 

「奴さん、足は遅い。ラオシャンロンと同じくらいか。痩せっぽっちにしちゃぁ、ノロマな事で」

「持ち場に立て。指揮官は私だぞ……」

 軽口を叩くダービアに、サリオクは半目でそう返事をした。

 

 

「アレがあの速度でしか動かないなら、ブレスさえ気を付ければ討伐は容易だろうよ。だが……そう上手く行くもんか?」

 しかしダービアはサリオクの言葉を無視してそんな言葉を漏らす。続けて彼は「想像より来るのが早かったよな?」と付け足した。

 

 サリオクはその言葉を聞いて考え込むも、答えは出てこない。

 

 

 移動速度の違いは微々たるものである。そもそもあの巨体が、身体が細いからといって俊敏に動く姿なんて想像出来なかった。

 

 

「そんな事があってたまるか」

「だがなぁ、もしもの時の事を考えて行動するのが指揮官ってもんだ。そうだろ? コーラルならどうする」

「む……うーん。たしかに、一考の余地はあるが。だとしてだな───」

「サリオクさん! ゴグマジオスが!」

 そんな二人の会話に水を差したのは、誘導作戦でサリオクと同じ船に乗っていて生き延びたエルディアである。

 

 彼はヘビィボウガンのスコープから目を離して、焦った様子でゴグマジオスを指差していた。

 

 

「───な?!」

 咆哮が木霊する。

 

 それだけならいい。しかし、真っ直ぐにゆっくりと進んでいた筈のゴグマジオスは一度その歩みを止めて辺りを見渡し始めたのだ。

 

 

 まるで何かを探すように。

 

 

 しかもゴグマジオスが止まったのは、町との距離数百メートルの地点である。

 このままゆっくりでも町を無視して進んでくれれば良かったのだが、まさか立ち止まるとはサリオクも思っていなかった。

 

 

「何を探している……。お前の求めるものはなんだ?」

 目を細めてダービアがそう言う。冷や汗を拭ったサリオクが見たのは、町のある方向に頭を向けるゴグマジオスの姿だった。

 

 そして龍は空気を振動させる。

 咆哮を上げ、姿勢を上げた龍はこれまでの速度とは比べ物にならない速度でその脚を前に進め始めた。

 

 

 構えるサリオク達が視界に入っていないかのように、ゴグマジオスは視線を町に向けて駆ける。

 

 

 

「な、何?!」

「こいつぁ……」

「───っ、全員一斉射撃だ! ゴグマジオスの注意を引け!」

 何が目的なのか、ゴグマジオスは町を目指しているように見えた。このまま進めば進路は渓谷の奥ではなく町に向けられる。

 それを危惧したサリオクは、まだ射程圏内ではないが砲撃を指示した。その場にいた全員がバリスタの砲身をゴグマジオスに向ける。

 

 かく言うサリオクも、弓矢を構え力強く矢を引いた。

 

 

「くらえ、正義の鉄槌!!」

 限界まで引かれた矢に力を込める。

 

 そして放たれた矢は真っ直ぐにゴグマジオスの胸元へ吸い込まれた。同時に多数のバリスタ砲弾が放たれ、無数の弾丸がゴグマジオスを襲う。

 

 誘導作戦での弾幕にも匹敵する砲撃だが、距離は約二倍だ。元々町を通り過ぎた辺りで攻撃を開始する予定だったので、その分砲弾の威力も下がってしまう。

 

 最後に放たれた大砲がゴグマジオスの身体に直撃した所で、一旦砲撃は中止された。

 

 

「ふ、それなりのダメージを」

「この距離じゃなぁ……」

「な……」

 勝気なサリオクだったが、砲弾による砂嵐が収まった後も何事もなかったかのように進み続けるゴグマジオスの姿を見て口を開けたまま固まってしまう。

 

 

「……っ、えーいもう一度───」

「いや、来ます!」

 しかし固まったままという訳には行かず、指示を出すサリオクだったががその言葉をエルディアが遮った。

 丁度、ゴグマジオスの頭部が渓谷の横に開いた町から見えるようになった直後の事である。

 

 

 頭部を一度持ち上げたゴグマジオスは、口から光を漏らしながら下を向き始めた。

 その光には見覚えがある。悪夢のような光景。目を見開いたサリオクはなりふり構わず叫んだ。

 

 

「全員!! 退避!!!」

 彼の言葉を聞いて、その場にいた全員が事前に作られていた渓谷の横穴に非難する。

 ゴグマジオスのブレスの威力を身を持って経験したサリオクは、それを避ける為の横穴を作っていた。

 

 次の瞬間、渓谷の奥までを光と熱が包み込む。

 バリスタも大砲も、用意された大タル爆弾も、その全てが一瞬で灰となる熱が渓谷の道を突き進んだ。

 

 

 

「な……」

 それを町の入り口付近で隠れながら見ていたイアンはただただ唖然とする。

 グラビモスのブレスなんて比べ物にもならない。遠目で見ただけでそう感じる程に、この距離でも熱量を感じたのだ。

 

「お、おいおい今のであっちの奴ら全滅してねーだろうな?!」

「いえ、それは大丈夫の筈ですが……」

 ジャンの言葉にエドナリアは小さくそう返す。彼女の目にはそれ以上に懸念すべき事があった。

 

 

「……あなたの目的はなんですか」

「おい見ろ! ゴグマジオスがこっちを向いてるぞ!」

 一人の狩人がその事実に気が付いて声を上げる。

 

 ブレスを放ち終わったゴグマジオスは、その先を見据える事もなく頭を横に傾けて町にその眼孔を向けたのだった。

 そして一歩、ゆっくりと前に進む。瞳を町に向けたまま、ゴグマジオスはその身体をも町にゆっくりと近付ける。

 

 

「……こっちにくる」

 ボソリとレイラがそう言って、唖然としていた他の狩人達もその事実に気が付いた。

 

「どうして……」

 渓谷側からの砲撃が少し早い気はしたが、それでもゴグマジオスが攻撃したということは注意を引けたという事である。

 それで大砲やバリスタがダメになったとしても、そこからゴグマジオスがこの町に目もくれず真っ直ぐ進んでくれればそれで良かったのだ。

 

 それなのに、ゴグマジオスは町に向かってくる。その理由は誰にも分からなかった。

 

 

「……っ、来ます! 臨戦態勢を取ってください!!」

 唖然とし続けていられる訳がなく、エドナリアはそんな声を上げる。

 

 ゴグマジオスの目的なんて物はどうでも良い。狩人として、今なすべき事をするだけだ。

 

 

 ゴグマジオスは渓谷の道には眼もくれずに真っ直ぐ町に向かって歩き出す。隠れていた狩人達は一斉にその前に立ち塞がって己の獲物を構えた。

 町の人々は町の奥にある避難所に居てその姿を見る事はないだろうが、そうでもしていなければ町はパニック状態に陥っていただろう。

 

 

「ったくこんな筈じゃなかった筈だけどなぁ。……でもまぁ、一狩り行きますか」

 ジャンがそう軽口を叩いて、その場の緊張は少しだけ解れた。

 

 

 

 狩人達の戦いが始まる。




ゴグマジオス戦開幕です。


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沈め

 炭鉱の町。

 渓谷に沿う形で発展したこの街がそう言われているのは、ラオシャンロン誘導のために建設された砦への誘導路(渓谷)での炭鉱で栄えた町だからである。

 

 

 湿地帯近くである為爆弾の扱いが難しいが、その分事故は少ない。そのため安定して炭鉱を進められた事がこの町の発展の由来だった。

 

 しかし、この緊急事態において町に貯蔵してある爆弾や火薬は二次災害の元になる。

 よってその火薬などは、避難所と反対方向に集められていた。

 

 

 要するに町の入り口付近。

 最悪の場合、ゴグマジオスをそこまで誘き寄せて罠にも使う手筈だがそんな事になれば町の復興に支障が出るだろう。

 

 あくまでも最悪の場合の最悪の手段だ。

 

 

 しかし、ゴグマジオスの瞳は真っ直ぐにその火薬貯蔵庫を見つめている。

 その事に気がつく狩人はこの場にいなかった。

 

 

 

「来るぞ!!」

 誰かが叫ぶ。

 

 これまでゆっくりと歩みを進めていた筈のゴグマジオスは、その巨体からは考えられないような動きで町へ向かって動き出した。

 砲撃戦を誘導路側から行う予定だった都合上、この場にガンナーは居ない。もしもの時に時間を稼ぐ為に機動力か防御力を備えた武器を持った者が多数である。

 

 中でも多いのはランスとガンランスで、ガード性能だけを見れば確かに高いのだが、ゴグマジオスという存在は自らが持つ盾の意味を考えざるおえない程に巨大だった。

 

 

「ビビってても始まらねぇ! デカいグラビモスみたいなもんだろ!」

 元々グラビもでかいけど、と付け足しながらジャンは得物を構えて走りだす。

 イアンの「お、おい!」という静止も聞かず、彼はその自慢の一太刀で前進するゴグマジオスの前脚を切り裂いた。

 

 黒い何かと共に甲殻が弾ける。

 ゴグマジオスの身体を包み込む重油はジャンがそうしなくても身体中から地面に垂れて、かの龍が歩んだ地を黒く塗りつぶしていた。

 

 

「所詮デカいだけ! 俺の事も見えてなさそうだしな!」

 その巨体からは考えられない速度で動いてはいるが、やはり大きさ故に動きはそこまで早くない。

 

 それにゴグマジオスからしてみれば狩人の一人は虫のような物なのだろう。ジャンの攻撃に対しての反応も薄かった。

 そこを踏んで、ジャンは片脚に連続攻撃を仕掛ける。

 

 その前脚が浮いて、前に歩くものだと思ったジャンは追撃の為に脚を追いかけようとした。

 しかし───その前脚はジャンに向かってくる。

 

 

「な?!」

「ジャン!!」

 すんでの所でジャンとゴグマジオスの脚の間にイアンの盾が入り込んだ。

 

 しかしその巨体の手足はそれだけでモンスター一匹にも匹敵する。

 急な事でしっかりとした態勢で受けられなかったイアンはジャンと一緒に地面を転がった。

 

 

「……っぅ、だ、大丈夫か?」

「おかげさまでな……。コイツ、攻撃してきやがったのか?」

 盾のおかげでダメージは最小限だったが、二人は頭を抑えながら立ち上がる。

 

 ゴグマジオスはそんな二人に頭を向けて、その鋭い眼光を見せた。

 イアン達はその瞳を見て動けなくなる。

 

 

 何かされた訳ではない。

 

 

 単純な恐怖。蛇に睨まれた蛙が動かなくなるのと同じ事だ。

 

 

 

「全員攻撃に! ブレスを撃たせる暇を与えてはいけません!」

 そんな二人に続いて、エドナリアの指示でその場にいた狩人達が各々の己の得物を構えてゴグマジオスに突撃していく。

 二人から目を逸らしたゴグマジオスは、その前脚で振り払うように狩人達の相手をし始めた。

 

 この場に集まったのはそのほとんどが上位以上の上級者のハンターである。それだけでいなされるほどの実力ではないが、しかしゴグマジオスに取り付く事が出来ない。

 

 

「大丈夫?!」

 そんな中、固まってしまっていた二人の元にレイラが回復薬の蓋を開けながら走って来た。

 二人は回復薬を受け取ると一気にそれを口の中に流し込んで立ち上がる。

 

「これが……古龍か。ボーッとはしてられねーな!」

 頭を抑えつつも口角を釣り上げて、ジャンは直ぐにゴグマジオスを囲む狩人達の中に混じっていった。

 

 

 たくましいな、とそれに続くイアンの背後でレイラは自分の身体を抱く。

 それでやっとその身体が震えている事に気が付いた。この場にいる彼女以外の狩人は皆ゴグマジオスの周りに集まっている。

 

 どうしても動かない。何故。

 

 

「ヘッ、結局はデカブツ。動きは遅い!」

 一人の狩人がそう言いながらゴグマジオスの前脚を潜り抜けて懐に潜り込んだ。

 

 そのまま胴体をハンマーで殴り付ける。当たりが良かったのか、ゴグマジオスは少しだけ怯んだ。

 身体が大きい分懐に入れば隙だらけ。四本の脚にだけ気を付ければ後は大きいだけの的。

 

 

 そう考えていた狩人はさらにハンマーを振り上げて追撃に走る。

 同時に、他の狩人が「危ない!」と叫んだ。ハンマーを構えた狩人は「あ?」と首を横に傾ける。

 

 懐に入り込んで前後の脚は届かない筈だ。ボディプレスとかをしてくる気配もない。

 そう考えていた狩人の身体を何か(・・)が突然貫いた。

 

 

「───ゴフォ……な、なん……だ?」

 それは狩人を天高くへと持ち上げる。血反吐を吐き出して、体に開いた穴から血飛沫を上げる狩人の視界に映るのはゴグマジオスの身体の四肢と背中。

 ならば自分を持ち上げているのはなんだ。視線を辿る。己の身体に突き刺さっていた何かは、ゴグマジオスの背中から伸びていた。

 

「つば───」

 翼。そう言いかけた瞬間、男はソレによって地面に叩きつけられる。

 血肉はバラバラになり、男だったら物が地面に散らばった。狩人達は表情を痙攣らせるが、より一層真剣な表情になって得物を構える。

 

 

「……話に聞いたゴア・マガラやシャガルマガラと一緒だ。こいつの翼、脚みたいになってやがる!」

 一人の狩人がそう言った。

 

 

 まるで足が六本あるように、ゴグマジオスの翼は地面を確りと捉えて身体を支えている。

 かと思えば、ゴグマジオスは後脚と翼で身体を支えながら前脚を宙に浮かせ───その巨体を持ち上げた。

 

 

「───立った?!」

 異様な光景。

 

 二本脚と翼で身体を支えながら立ち上がったゴグマジオスは、周りを見渡すように首を左右に振る。

 そんな光景に唖然として動けなくなっていた狩人達だが、一人の狩人が焦った様子で口を開いた。

 

 

「ブレスが来る!!」

 立ち上がったゴグマジオスの口から光が漏れる。

 

 真下に向けられた頭部。誰もそれを止める事は叶わず、誰かが「止めろ!」と言う前に熱線は放たれた。

 

 

 轟音。

 

 

 業火。

 

 

 一直線に炎の柱が立つ。

 

 

 

 ガンランスを構えていた一人の女性ハンターは、頭上から降ってくる業火に反射的に盾を構えた。

 これまでの狩人としての人生でグラビモスと戦った事がある。そのブレスも同じような熱線だった。

 

 いつものように止めれば良い。

 頭上に盾を構え、不安定ながらも腰を低くして構える。

 

 

 盾を業火が焼いた。

 

 

 大丈夫。止められる。

 

 

 安心して一瞬気が緩んだ瞬間、地面が高温で溶けて足場が不安定になった彼女はバランスを崩した。

 

 

 

 燃える。

 

 

 

 熱線はその盾と槍と身体を灰にして、持ち上げられたゴグマジオスの頭に続いて一直線に地を焼いた。

 町を半分に切ったように、熱線は全てを燃やして火柱を立てる。ゴグマジオスがブレスを辞めた時、熱線の通った場所には灰だけが残っていた。

 

 

 唖然とする。

 熱で溶けたガンランスと人の原型を留めていない灰を見て、彼女の仲間だと思われる狩人が泣き叫んだ。

 

 

 

「町が……」

 避難所も火薬庫も町の端に位置していて、ブレスは丁度町の真ん中を焼き切っている。

 どちらも無事ではあるが、もう少しでもブレスの射程がズレていたら───ゴグマジオスの目の前の灰を見ながらジャンは顔を真っ青にして固まってしまった。

 

 

 他の狩人達も、戦意喪失寸前。

 

 

「これが……古龍」

 レイラはそう言って、持っていた双剣を手離して崩れ落ちる。

 

 

 これまで狩人として様々な種のモンスターと戦ってきた。

 比較的小型な鳥竜種から、巨大な飛竜まで。しかし、そのどれとも違う。

 

 圧倒的な力。

 ただその一言で表せてしまう程に単純な人とかの龍の差。

 

 

 それを一瞬で痛感してしまったレイラは、その場に崩れ落ちてやっと痛感した。

 

 

「あぁ……私、怖いんだ」

 これが、英雄達の感情。

 

 死んだ者も生き残った者も平等に感じた死への恐怖。その先にあるものが見えない。単純な感情。

 

 

「ブレスを撃たせないで下さい! もう少しで援軍が来ます。怯まないで!」

 焦った声でエドナリアがそう叫ぶ。

 

 しかし、それが無理な話だというのは彼女自身も理解していた。

 自分だって足が震えている。個体として強力なドスイーオスと対峙していた時以上に、目の前の存在が脅威であると身体は言う事を聞いてくれなかった。

 

 

 それでも、この場を指揮している狩人である以上彼女が引く訳にはいかない。

 エドナリアは地面を蹴って、操虫棍を使って跳び上がる。ゴグマジオスの脚を斬り裂き、その反動で更に舞い上がった。

 

 

「あのブレスが避難所に向けられたら最後です! 町の人々を守れるのは今私達しかいません!」

 立ち上がったゴグマジオスの胸元を何度か切り裂いて着地した彼女は、怯んで動きを止めたゴグマジオスを見上げながらそう叫ぶ。

 エドナリアの勇姿を見て何人かの狩人が戦意を取り戻したが、レイラはそれでも立ち上がる事が出来なかった。

 

 

「マズイ!」

 誰かが叫ぶ。

 

 一度怯んだゴグマジオスだったが、頭部を持ち上げ始めた。

 先程と同じなら、ブレスの準備。エドナリアは再び操虫棍を使い跳び上がる。

 

「───っ?!」

 しかし、ゴグマジオスはブレスを吐く事なく浮いている前脚でエドナリアを弾き飛ばした。

 誘われたと気が付いた時には、エドナリアは地面に叩きつけられる。なんとか受け身を取ったが、そんな彼女の頭上にゴグマジオスの翼脚が向かって来た。

 

 

 潰される。

 先程血肉になった狩人を思い出して、エドナリアは必死に横に跳ぶ。

 同時に、ゴグマジオスの翼脚を複数の矢と銃弾が襲った。翼脚はその衝撃でエドナリアから遠くズレる。

 

 

「ふ、情けないなエドナリア!」

「エドナリアさん!」

 高飛車な声を上げるサリオクと、心配そうな声を上げるラルク。その後ろ、ゴグマジオスの背後から次々に渓谷の道側に居た狩人達が自らの得物を構え走って来た。

 

「……ふ。……遅いですよサリオク!」

「ギリギリだったくせに何を言うか。やるぞ、我等狩人の力を持ってして古龍から町を守るのだ!」

 サリオクがそう声をあげ、狩人達は歓声を上げる。

 

 ジャンを含むその場にいた狩人達もその声に応えた。苦笑する者もいたが、大概の狩人達が戦意を回復して立ち上がる。

 

 

 

 しかし、一人だけ。

 

 

 

 たった一人の英雄の血を継ぐ者は、ただ恐怖に震え動く事が出来なかった。




ゴグマジオス戦。やっぱりブレスが格好いい。そんな表現がしたかった(過去形)


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掻き臥せ

 避難所は人が密集していて、動き回るのも困難な状態だった。

 町中の人々が一箇所に集まっているのだから当たり前なのだが、その中にはギルドの役員などの姿はない。

 

 権力者達は既にドンドルマに避難済みである。

 町の人々がそう出来ないのは、この町の人口の多さが原因だった。

 

 渓谷の端に造られたこの町は炭鉱で栄え、ドンドルマ周辺の町の中でも人口の多さは一位二位を争う。

 そんな町の人々が全てドンドルマに避難したらどうなるか。答えは明白だった。

 

 食も住む場所もない人々がドンドルマに集まり、街はその機能を維持することが出来なくなる。

 だから町の人々を救うにはこの町を守るしかない。そんな理不尽を受け入れるしかない町の人々は狭い避難所で願うのだった。

 

 

 どうかこの町が地図から消えませんように、と。

 

 

 

 しかし突然、避難所の外で轟音が鳴り響く。そして避難所の中まで熱風が襲い、人々は騒然とした。

 丁度立ち上がったゴグマジオスがブレスを放った時である。

 

 爆音に悲鳴をあげる町の人々の中で、シータはそっと避難所の外に視線を向けた。

 

 

 燃え上がる町と、火柱。

 町を二つに分けるかのように、中心から一直線に向けて全てが灰になっている。

 

 

「ジャン……お兄ちゃん……」

 そんな光景を見て、彼女は自分の心配よりも今戦っている筈の狩人達の心配をした。

 今あの光を放った龍と戦うなんて事は、狩人ではない彼女には想像も付かない。

 

 でも、確かに彼等は戦っている筈だから。

 

 

 シーターは手を組んで目を瞑り、必死に大切な家族の無事を祈る。

 大丈夫。きっと彼等が町を守ってくれるから。

 

 

「……君は、何を願っているんだ」

 そんな彼女の後ろから、唐突にそんな声をかける男性が一人。

 振り向いた先に居たのは赤い髪の中年男性だった。

 

 シータは彼を何処かで見たことがある気がしたが、どうしても思い出せなくて首を横に傾ける。

 

 

「あなたは……?」

 男の服装はその辺りの出店にでも居そうなエプロン姿なのだが、背中には赤い身の丈程の大剣を背負っていた。

 

「俺は……通りすがりのおっさんだよ」

 どうも不思議な格好の中年男性は、困ったように頭を掻きながらそう言う。

 

 

「ハンターさん、なんですか? どうして……ここに?」

「さぁ……どうしてだろう」

 男───ケイド・バルバルスが此処にいる理由は、彼自身も分かっていなかった。

 

 ただ目が覚めたら自分の大剣が目に入って、それに導かれるようにドンドルマを出て。

 気が付いたら此処にいたのである。だけど、町の外にいる巨大な龍と戦おうとは思わなかった。

 

 

 そんな時に、この状況で自分よりも誰かの事を心配している女性は彼にとって不思議だったのだろう。

 

 

 確かに彼はあの日誰かの為に戦った。

 避難し遅れた幼い子供二人を避難させてから、古龍と戦う為に戻った時には妻も仲間も死んでいて。

 

 それでも彼は、何かの為に戦ったのだろう。復讐だとか、そういう事ではない。テオ・テスカトルを倒したところで何も感じなかったのだから。

 結局自分はあの時何のために戦っていたのか。彼にはそれが分からなかった。

 

 

「君の知り合いは……今古龍と戦ってるのか?」

「……はい。旦那と、お兄ちゃんと、その仲間の人達が」

 心配そうに俯くシータ。そんな彼女の顔をケイドは直視する事が出来ない。

 

「心配ばかりかけられて、嫌にならないか? ハンターなんて仕事はいつ死ぬか、分かったもんじゃない。……それに、相手は古龍だ。まともな相手じゃない。逃げるべきだ。みんな死ぬ」

「でもそうしたら、誰が戦うんですか? 誰が……私達を助けてくれるんですか?」

 自分はハンターじゃないから戦う事は出来ないですと、彼女は小さく俯きながらそう言う。

 

 

 本当は戦って欲しくない。不安だ。一緒に居て欲しい。

 

 

 だけど、そうしたところで何かが変わる訳がない事くらいは彼女でも分かる。

 

 

 

「昔、私ドンドルマに住んでたんです。小さい頃だったから私はあんまり覚えてないんですけど、古龍が来た事を知ってますか?」

「……テオ・テスカトル、だな」

 唇を噛みながらケイドはそう答えた。彼女はそんな彼の表情は見ずに、何処か遠くを見ながらこう続ける。

 

「その時、私その古龍に襲われそうになって。どうしてそうなったのかは覚えてないんですけど、怖かったのだけは覚えてるんです。……本当に、怖かった」

 今でもあの時の事を思い出すと身体が震えた。

 

 物心着く前の出来事だったのに、恐怖だけは身体に染み付いて消えてくれない。

 

 

「でも、一人のハンターさんが私達を助けてくれた。……いや、一人じゃなくて……あの日古龍と戦ってくれた百人のハンターさんが私達を助けてくれた。きっと一人でも居なかったら、私は死んでいたと思います。……ジャンや、お兄ちゃんが今戦っている。もし、一人でも居なかったら、誰かを助けられないかもしれない」

 彼女はそう言ってからしばらく間を開けて、こう口を開く。

 

 

「勿論心配だし、嫌だけど。……皆死ぬ為に戦ってるんじゃないんです。生きて、勝つ為に戦ってる。私達を守る為に、自分の答えを見つける為に、戦ってる。だから私は……私達は応援するしかないじゃないですか」

 悔しそうな、だけどどこか安心しているような表情でシータはそう言った。

 

「……それで大切な人が死んでも、良いのか?」

「嫌ですよ」

 ハッキリと答える。

 

 

「だから、私は全力で応援してます」

 強く言って、彼女は町の外に視線を向けた。

 

 少なくともジャンは自分の為に戦ってくれている。兄も、その仲間達も、町を守る為に戦ってくれている。

 

 

「今は自分に出来る事を、誰もが必死にやる時なんだと思います。私には、これくらいしか出来ないですけど……」

「……いや、きっとそれは力になってる」

「え?」

 町の外を見ていたシータがそんな言葉に振り返るも、ケイドはその場から姿を消していた。

 

 

 不思議に思いながらも視線を戻そうとして彼女は何かを思い出したかのようにまた振り返る。

 記憶の端にある大きな背中。大剣と、優しい笑み。そして恐怖以上に感じた安心感。

 

 

 ──よしチビ達、もう大丈夫だ。俺達が来たからにはドンドルマも安全さ。まずはお兄さんに着いてきなさい──

 

 

「あの時の……」

 目を見開いて、避難所を見渡す。しかし、男の姿はどこにも見当たらなかった。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 爆炎がゴグマジオスを包み込む。

 火に弱いという情報を元に、火属性の武器やボウガンの弾を使っているのが効いているのか、ゴグマジオスは悲鳴のような鳴き声を上げた。

 

 

 しかしそれでも、ゴグマジオスは倒れるそぶりどころか逃げようとするそぶりも見せない。

 確実に、少しずつ町に近付いている。どうして町に? そんな事を考える暇もなく、狩人達はこれ以上の進行を防ぐ為に戦うしかなかった。

 

 

「とっておきでケツでも掘ってやるか」

 口角を吊り上げながら、ダービアはヘビィボウガンを構える。

 彼が引き金を引くと、ボウガンの銃口はまるでブレスを放つ前のゴグマジオスの口のように光りだした。

 

「くらいなぁ!」

 そうして放たれた弾丸は、ゴグマジオスの背中に命中したと同時に爆炎を上げる。

 スーパーノヴァと名付けられたその狩技は、かの龍の技を彷彿とさせた。

 

 

 ゴグマジオスは悲鳴を上げながら、ついにその脚を崩して地面に横たわる。巨大な古龍のダウンを奪った。

 潰されそうになった狩人も居たが、なんとかその被害はゼロに収まる。隙だらけのゴグマジオスに群がる狩人達は、各々の得物を存分にゴグマジオスに叩き付けた。

 

 

 そんな中で、一人だけ。渓谷の壁を背に座り込んでいるレイラは口元を押さえながらなんとか立ち上がろうとする。

 

 でも、身体は動かない。震える身体は情けない液体を漏らした。

 

 

 立ち上がろうとするゴグマジオスの翼脚に潰されて一人の狩人が命を落とす。

 それを見て彼女は胃の中の物を吐き出した。

 

 

 怖い。

 

 

 ゴグマジオスがではなくて。

 

 

 こんなに簡単に人が死ぬのが、怖い。

 

 

 

 いつ自分がそうなるかも分からなくて、いつ知り合いが肉片に変わるのかも分からない。

 そんな事を想像するとまた吐き気がして踞る。

 

 

 何が父親の不名誉を取り消すだ。

 英雄になんてなれやしない。英雄なんていない。

 

 あるのは突然、何の意味も分からないまま死ぬだけの現実。

 

 お父さんが頑なまでに自らを英雄ではないと否定してきた理由がやっと分かる。

 

 

 

 こんなのは、人が対峙していい相手ではない。

 

 

 

「ブレスが来ます!」

 ライトボウガン使いの少年が少し離れた所からそう言った。

 

 ゴグマジオスは頭を左に向けると大口を開いて黒い液体を吐き出し始める。

 初めは「なんだ?」と思っていた目の前にいた狩人が拍子抜けだと武器を構えたその瞬間だった。

 

 黒い液体───重油が発火し熱線となってその狩人を焼く。

 

 

 そのままゴグマジオスは、ブレスで辺りを薙ぎ払うために頭を振り始めた。

 盾でガードする者、なんとか懐まで潜り込んで難を逃れる者。逃げ切れず、炎に焼かれる者。

 

 その全てがレイラの目に映る。

 射程は短く町に被害はない、薙ぎ払っているため大きな盾があればなんとかガードは出来るようだ。

 しかしガードを選択した狩人達の半数以上が戦闘続行不可能な程の火傷を負ってしまう。中にはそれで命を落とす者もいた。

 

 

 そして光はレイラに向かってくる。

 

 

 動けなかった。

 ただ怖くて、戦う理由が分からなくて───

 

 

「レイラ!!」

 そんな彼女の前に大きな盾が構えられる。

 

 ロストバベル。

 彼女の母親が使っていたランス。英雄の槍と盾。

 

 

「俺の後ろに……っ!」

「イアン……っ?!」

 次の瞬間、光を二人が包み込んだ。

 衝撃で吹き飛ばされそうになる身体を必死に押して、イアンは言葉にならない声を上げながら必死に盾を構える。

 

 薙ぎ払いのブレスをその盾が受け止めていたのは一瞬かもしれない。しかし、永遠に感じる程に果てしないエネルギーを受け止めたイアンは膝を地面に付けた。

 

「……っぅ。ハハッ、死ぬかと思った」

「イアン……どうして」

 苦笑いをするイアンにレイラが手を伸ばしている間に、ジャンとニーツがブレスを吐き終えたゴグマジオスの頭に太刀と斧を叩き付ける。

 怯んで咆哮を上げるゴグマジオスを尻目に、振り向いたイアンはレイラに手を伸ばした。

 

 

「立つんだ」

「でも……私、怖くて。こんなに怖いなんて知らなかった! お父さんの気持ちなんて、死んだ皆の気持ちなんてわかってなかった! それなのに私はお父さんの不名誉がなんだって、そんな事考えて……私なんて───」

「逃げても良いんだ」

 静かにそう言って、イアンはレイラの手を無理矢理引っ張って立たせる。

 

 

「生きて英雄になるか、死んで英雄になるかなんて、そんなのどちらが正しいかなんて誰も答えを持ってなんかいない。でも、何も答えを見つけてないのに死んだら……本当にただの無駄死にだ。だったら逃げた方が良い。笑われたって、英雄になれなくたって、意味もなく死ぬより遥かにマシだ。……だから、生きる事から逃げちゃダメだ!」

 そう言ってイアンは振り向き、槍と盾を構えた。

 

 

「……俺も、怖いよ」

「イアン……」

 そうか。

 

 

 怖いなんて、皆一緒。

 だけど、私になかったのは戦う理由なんだと思う。

 

 誰かの為にとか、自分の為にとか、そういう具体的な事でなくても良い。

 何か答えを持って、それぞれの意思を持って戦っているんだ。

 

 

 その答えを持っていなくたって、答えを探す為に戦う人だっている。

 

 

 

「イアン、私もね───」

「レイラ?」

 なら、私も───

 

 

「───私も、何の為に戦うか……その答えを探す為に戦う。お母さんやお父さんの気持ちを知る為に……戦う!」

 お母さんだって死ぬ為に戦った訳じゃない。勿論、お父さんだってそうだ。

 

 

 きっと何か答えを探す為に、必死で生きて、必死で戦ったんだと思う。

 

 

 

 だから、二人が見つけられなかった答えを見つける為に戦うんだ。

 

 

 

「行こう」

「死ぬなよ!」

「イアンも!」

 二人の狩人が前線に加わる。

 

 しかし、この時点で十数人の狩人が命を落としていた。

 ゴグマジオスはダメージを受けているそぶりを見せてはいるものも、一向に後退しようとはしない。

 

 

 

 そして遂にゴグマジオスは町の入り口まで辿り着く。

 避難所とはまだ離れているが、火薬庫は目と鼻の先だ。

 

 

 最悪の場合、として想定していた作戦を選ばざるえない。

 サリオクは唇を噛みながら、狩人達に一度離れる事を指示する。

 

 

「火薬庫を起爆する。全員耳を塞げ!」

 爆音は避難所まで届くだろうが、そんな事を気にしている暇はなかった。

 

 町の一割が消し飛ぶ量の火薬が倉庫には眠っている。ゴグマジオスが火薬庫に自ら近付いて来たのは、むしろ運が良かった。

 

 

 しかし、なぜ?

 偶然か。必然か。

 

 

 どうして火薬庫に。

 

 

 勿論ゴグマジオスが火薬庫の存在を知っているなんて、そんな事は───

 

 

 

「まさか……」

 エドナリアはそこで、ゴグマジオスの発見当初の事を思い出す。

 

 

 ドンドルマ周辺にて、広範囲に及び火薬盗難被害が相次いでいた。

 

 厳重な倉庫に保管されていた火薬も、その倉庫を破壊してまで盗まれている。

 しかし、盗まれたのは火薬のみで他の物には手がつけられていない。さらに現場には謎の黒い液体。

 

 

「そんな……」

「な、な……はぁあ?!」

 目を見開いて驚くエドナリアの隣で、サリオクは口を開いたまま固まってしまった。

 

 ゴグマジオスは火薬庫に近付いたかと思えば、建物を破壊し火薬庫に向けて頭を下ろす。

 

 

 衝撃でいくつもの爆弾が着火し、爆発した。

 ゴグマジオスを炎が包み込む。結果オーライ。これでゴグマジオスに大ダメージを与えられた筈だ。

 

 そう楽観視出来なかったのは何故だろう。

 

 

 

 ゴグマジオスは炎の中で頭を持ち上げて、弱ったそぶりも見せない咆哮を上げた。

 広げられた翼が爆煙を吹き飛ばし、火炎の中で吠える龍が狩人達の視界に入る。

 

 

「火薬を……食べたのですか」

 これが古龍。

 

 

 巨戟龍───ゴグマジオス。



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戦禍の沼に

 熱気。

 

 火薬の爆発もさる事ながら、ゴグマジオスの放つソレこそかの龍の力の壮大さを物語っていた。

 身体中から漏れ出す重油は、地面に付着してから自らの熱で自然に発火していく。

 

 その龍が歩けば地面は燃え、建物は瓦礫に変わった。

 

 

「……っ。こ、これ以上進行させるな!!」

 焦った声でサリオクが走る。ゴグマジオスの正面に立った彼は、矢を構えて目を見開いた。

 

 まだ人から見れば避難所まではかなりの距離がある。しかし、この巨大な龍からすれば避難所は目と鼻の先だ。

 これ以上前に進ませるわけには、この先に行かせるわけにはいかない。

 

 

「止まれってんだよぉ!!」

 サリオクに続いて、ニーツがゴグマジオスの懐に飛び込む。チャージアックスから放たれた光───エネルギーブレイドが腹部を切り裂くが、ゴグマジオスはビクともせずにニーツを踏み潰しにかかった。

 

「───ぉおお?!」

「馬鹿突っ込みすぎだ!!」

 それ一つで大型モンスターの胴体ほどもある脚がニーツを踏み潰す寸前、間に割って入ったジャンがニーツを突き飛ばしながら太刀で脚を切り裂く。

 これも大したダメージを与えられる事なく、次にジャンを狙ったゴグマジオスは彼を掴まんと脚を捻った。

 

「おわぁ?!」

「アンタも突っ込み過ぎ!!」

 その間に入ってゴグマジオスの脚を切り裂くレイラ。血飛沫が上がり、なんとか追撃を阻止する。

 

 

 他の狩人達も必死にゴグマジオスを止めようとするが、焦った行動から命を落とす者が続出した。

 このままではまずい。誰が見てもそう思える状況で、ゴグマジオスは再び立ち上がる。

 

 そして周りを見渡すやいなや、下を見下ろす龍の口からは光が漏れ始めた。

 

 

 上からのブレス。

 

 

「来るぞぉ!!」

 誰かが叫ぶが、そんな事は全員が分かっている。これをどう避けるかが問題だ。

 防ぐには間に合わない。どこに放たれるかも分からない。もしかしたらそのブレスが避難所に向けられるかもしれない。

 

 絶望的な状態の中、その光は放たれる。ゴグマジオスの真下。龍を取り囲む狩人達の元へと。

 

 

「避けろ!!」

 誰かが言った。しかしそう言った狩人は真っ先に光に包まれて一瞬にして灰となる。

 

 地表を薙ぎ払ったブレスは地面を燃やし、そこにいた狩人は武具も身体も燃えた地面と同化して本当にそこにいたのかすら分からなくなった。

 

 

 

 それでも狩人達は戦い続ける。

 

 

 

「二発目?!」

「させるか……っ!!」

 さらにブレスを吐き出そうとするゴグマジオスの背後で、ガンナー達が己の武器を持ち上げた。

 これ以上の損失は出させない。真っ先にラルクが通常弾を放ち、数人のガンナー達がそれに続く。

 

 最後に引き金を引いたエルディアのヘビィボウガンから放たれた狙撃竜弾はゴグマジオスの頭部を削り、爆殺と共に血飛沫を上げたがゴグマジオスは止まらなかった。

 

 

 放たれる光は地面の一点を燃やして岩盤をも溶かして蒸発させる。

 

 直撃しなかった狩人達も、その熱を吸って喉や肺を焼かれてしまった。背後にいたガンナー達以外全員が火傷を負い、何人かはその場に崩れ落ちる。

 

 

「馬鹿野郎!! 止まるんじゃねぇ!!」

 ヘビィボウガンを構えながらそう言ったダービアの前で、地面に倒れた狩人がゴグマジオスに踏み潰された。

 姿勢を戻したゴグマジオスは動けない狩人達を翼脚や脚で踏み潰す。

 

 しかしそれを防ごうとしたガンナー達の攻撃に苛立ったのか、ゴグマジオスは振り向いてその大口を開いた。

 距離を離していたガンナー達からすれば、もしブレスを薙ぎ払われでもすれば避ける事も出来ない。全員が息を飲む。

 

 

「───させない!!」

 そんなゴグマジオスの正面で、操虫棍を使って跳び上がる一人の狩人。

 エドナリアは今にもブレスを放たんとするゴグマジオスの頭の上に立って、その操虫棍を眼球付近に叩き付けた。

 

 攻撃は瞼に弾かれたが、一瞬ゴグマジオスが気を逸らされた所で一斉に狩人達が頭に攻撃をしてブレスを止める。

 ガンナー部隊は数も少ないがこの作戦には必要な存在だ。攻撃させるわけにはいかない。

 

 

「……ったく、無茶しやがってよぉ」

 再び接近する狩人達とゴグマジオスの戦いが始まる。

 背後からはガンナー達が意識を向けさせるために砲撃を続け、前方にはこれ以上前に進ませまいと狩人達が集まっていた。

 

 依然として弱っている様子を見せないゴグマジオスだが、なんとか進行を抑える事は出来ている。

 しかし、押し返す事は出来ずに戦いの場は変わらないまま───少しずつ犠牲者が増えていくだけだった。

 

 

「無理に戦わないで! ダメージを負った者は一旦引いて回復してください!!」

 大声でそう言うエドナリアだが、そんな暇はないと言う事は自分でも分かっている。

 今少しでも攻撃の手を緩めれば、ゴグマジオスが前進する猶予が出来てしまう状況だ。何より戦力が少ない。

 

 このままではジリ貧。いずれは───

 

 

「ジャン、後ろだ!!」

「な───」

 イアンの声を聞いて振り向いたジャンの視界に映ったのは、自らに迫り来る翼脚。

 反応が間に合わず、背中を弾かれた彼は血飛沫を上げながら地面を転がる。

 

「───ガハァッ」

「馬鹿野郎……っ!!」

 ゴグマジオスの眼光が光り、その視線がジャンを射抜いた。次はお前だと、そう言われているようで恐怖により動けなくなる。

 

 

 そんな彼の背後から、ゴグマジオスの尻尾が向かってきた。ゴグマジオスを見ていたジャンはそれに気が付けなかったが、すんでのところでニーツが剣モードにしたチャージアックスの盾を持って割って入る。

 しかし、いくら頑丈な盾を持っていてもその巨体が持つ尻尾を弾き返す事など出来ない。衝撃は和らいだが、二人は何度も身体を地面に叩きつけられながら吹き飛ばされた。

 

 

「ニーツ!!」

「イアン、来るよ!!」

 二人を吹き飛ばしたゴグマジオスは、次に足を止めていたイアンを睨む。

 

 こうやって少しずつでも数を減らせば、行く手を阻む者はいなくなるのだ。

 それを理解しているかのように、一人ずつに狙いを定めたゴグマジオスはその大口を開き光りを漏らす。

 

 

「───っ、ブレス?!」

 避けようにも、逃す気はないとでもいうようにゴグマジオスはイアンに頭を向けた。

 自分が狙われているなら、下手に動けば仲間に被害が加わる。イアンは意を決して動きを止め、盾を構えた。

 

 

「レイラ、俺から離れろ!!」

「い、イアン!!」

 脳裏にブレスに焼かれ灰になったガンランス使いの狩人の姿が映る。

 少しでも気を緩めれば───いや、どうしたってあのブレスの直撃をガードしきれる自信がない。

 

 でも、これしかないのは事実だった。

 

 

 考える間もなく、一瞬重油が放たれた後光が漏れる。ゴグマジオスが放ったブレスはロストバベルの盾に直撃して火花を散らした。

 

 

「───っ、ぅ……ぁぁああっ!」

 腰を落として、足と手の動きに全神経を集中させる。盾を持つ手が熱い。全身が熱い。地面が溶けて、足が滑りそうだ。

 

 

「イアン……っ!! ───っ、なら!!」

 だが、イアンは耐えている。しかし、ゴグマジオスのブレスはまだ続いていた。

 レイラは唇を噛みながら、イアンに背を向けて走る。

 

 向かう先はゴグマジオスの頭部。熱源故に近付くだけで火傷するのではないかとすら感じるが、そんな事を気にしている暇はなかった。

 

 

「私が止める!!」

 ブレスに集中しているゴグマジオスの頭向けて、彼女は地面を蹴って身体を回転させる。

 両手の剣が回転する身体に合わせて何度もゴグマジオスを切り裂いた。血飛沫が上がり、痛みに怯んだゴグマジオスはブレスを吐き出すのをやめる。

 

「───やった?!」

 直ぐに切り返して視線を背後に向けるレイラ。その視線の先には、倒れているイアンの姿があった。

 

 

「イアン!!」

 視界に映ったのは防具のあちこちが熱で変形し、大火傷を負っている彼の姿。

 もう少しブレスを止めるのが遅ければ、彼の命はなかっただろう。それでも、もう少し早ければと彼女は後悔して彼に駆け寄ろうと走った。

 

 

「……だ、めだ! レイ……ラ……っ!!」

 そんな彼女を見て、イアンは火傷による激痛に表情を歪ませながらも声をあげる。

 

「ぇ、しま───ガッ?!」

 彼女の背後からゴグマジオスの脚が迫っていた。その事を伝える事が出来ずに、彼女は軽く小突かれただけで地面を転がる。

 

 

 少しずつ、戦況は悪化していた。

 

 

 倒れていく狩人。ゴグマジオスは再びゆっくりとその脚を進めていく。

 これ以上は───そうヤケになった狩人達が再び傷を負い、命を落とし、さらに状況は悪化の一歩を辿った。

 

 

「ぼ、僕達も前に……っ!」

「ガンナーが前にでて……誰が援護するんだ、えぇ?」

 今にも走り出そうとするラルクをダービアが止める。

 しかしそうも言っていられない光景が広がって、ダービアは舌を鳴らして唾を吐いた。

 

 

「腹くくるしかねーかぁ。……町を守った英雄になるか、それとも───」

 言っている間に、ラルクは飛び出してしまう。頭を掻くダービアだが、ゴグマジオスの標的が少年に向くのが見えて目を見開いた。

 

「おいガキ! 来るぞぉ!!」

 しかしそんな声は喧騒にまみれて聞こえずに、ラルクは一目散にエドナリアの元へ向かっていく。

 

 

「エドナリアさん……っ! 後ろ!!」

「ラルク?! こんな前に出ては───っ?!」

 背後からの熱気。

 

 地面に垂れた重油が爆発するが、ラルクの声でなんとか飛び退いて避ける事が出来た。

 しかし、同時にゴグマジオスの大顎が開いて光が放たれる。

 

 持ち上げられた頭をゆっくりと左右に振り、熱線は周囲を焼き払った。

 ゴグマジオスに近付いていたラルクをエドナリアは押し倒して交わそうとするが、直撃は免れたものも地面をも溶かす熱が二人を襲う。

 

 

 二人だけではなく、その攻撃で残っていた狩人達も全て倒れた。命を失った者、そうでなくても肺を焼かれ動けなくなった者。

 

 

 

 

 離れていたガンナー達以外、もう戦える者は残っていなかった。

 

 

 

 

「……おわったなぁ、こりゃ」

 溜息を吐くダービアは、ヘビィボウガンを地面に置いて頭を掻く。

 さて、英雄になるか。なんて事を呟いた矢先、周りにいたガンナー達は逃げ出す訳でもなく固まっていた。

 

「どうした、お前ら……」

「あれ……」

 一人の狩人がゴグマジオスの進行方向を指差す。

 

 

 そこに立っていたのは一人の狩人だった。

 

 

 

「我が名は!! サリオク・シュタイナー!! シュタイナー家次期当主、ギルドナイトの!! サリオク・シュタイナーである!!」

 ボロボロになった弓を構え、脚を引きずりながらも立ち上がった一人の狩人はゴグマジオスの正面で大声で叫ぶ。

 

 サリオク以外は誰も立っていない。サリオク自身も、立っていられるのが不思議な程の傷を負っていた。

 しかし、ここで自分が立たなければ誰が立つのか。もとよりこの命は賭けてある。

 

 

 ギルドナイトとして、シュタイナー家として、そしてなにより狩人として。この龍に敗北する訳にはいかなかった。

 

 

「この命、貰い受けよぉぉおおお!!!」

 力強く矢を引くと同時に、ゴグマジオスはブレスを吐き出すために口を開く。

 

 サリオクの狙いはその口の中だった。

 どんな硬い甲殻に覆われていようが、そこならば直截ダメージを通す事が出来る。

 

 

 たとえ相打ちになろうとも───

 

 

 

「……エドナリア、我が家系を頼む」

「サリオク……っ!!」

 光が漏れた。

 

 

 放たれた矢は、ブレスよりも早くゴグマジオスの口内を穿つ。激痛に頭部を捩らせるゴグマジオスだったが、ブレスを止める事はせずに───

 

 

「───シュタイナー家に、栄光あれぇぇえええ!!!」

 ───光は眼前を焼き払い、炎に染めた。

 

 

 

 燃え上がる町の中で、狩人の弓が散る。



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沈め掻き臥せ戦禍の沼に

 どうしてここに立っているのだろうか。

 

 

 十八年間。その答えは分からなかった。

 だが、だからこそ、俺はここに立っているのかもしれない。

 

「借りるぞ」

 光を放とうとするゴグマジオスとサリオクの間に突然現れた一人の男は、サリオクから弓を奪い取る。

 

 

「あなたは───」

 サリオクが驚いたのは、奪われた弓が投擲されたからではない。目の前に現れた男が此処に居る理由が分からなかったからだ。

 

 投擲された弓はゴグマジオスの頭部を襲い、事前に放たれた矢の衝撃も相まってその頭部を跳ね上げる。

 放たれたブレスは天に向かい逸れて、光の柱を空に掛けた。

 

 

「───ケイド・バルバルス」

 それが、男の名前である。

 

 

「……お父……さん?」

「どうして……」

 たった一人の英雄。十八年前、テオ・テスカトルを討伐した狩人。

 その男をよく知る二人は倒れたまま、唖然とした表情でその姿を瞳に映した。ブレスの熱で空気が歪むが、それでも彼の姿を見間違える事はないだろう。

 

 

 コーラルやサリオクが何度頼み込んでも、彼は戦わないの一点張りだった。それがなぜここに来て。いや、しかし、そんな事よりも───

 

 

「私の弓がぁぁぁあああ!!!」

 ケイドに投げられた弓はゴグマジオスのブレスによって灰になってしまう。

 それがなければ、彼が助けてくれなければそうなっていたのは自分だが。それにしても人の武器を勝手に投げるなんてあんまりだ。

 

「時間を稼ぐ」

 悲痛の叫びを上げるサリオクだが、ケイドはそれを無視して背中に背負った大剣に手を添える。

 ゴグマジオスは突然の攻撃に苛立ちを見せるように咆哮を上げた。そんなゴグマジオスに肉薄するように、ケイドは地面を蹴って一気に距離を詰める。

 

 

「え、援護を───」

「要らん。邪魔だ……ッ!!」

 そう言いながら走るケイド。ゴグマジオスは彼を敵と認識して再びブレスを放とうと大口を開いた。

 

「───炎が弱点だったな」

 そんなゴグマジオスの懐に一瞬で潜り込み身体中から垂れて自慢で爆発する重油を避けながら、ケイドはゴグマジオスの右脚をその大剣で切り裂く。

 

 

 血飛沫が上がり、ゴグマジオスの血肉を炎が焼いた。

 

 

 ケイドの持つ武器、大剣───テスカ・デル・ソル。

 炎王龍テオ・テスカトルの素材を用いて作られたその大剣は、炎の王の名に恥じない熱を放ち切り裂いた肉を焼き切る。

 

 彼がその剣を選んだのは、彼が持つ武器の中でも最上級の物だったからという理由だけではなかった。

 事前にアーツ・パブリックが命を賭して手に入れた情報。その一端に触れた彼だからこそ、この武器を選んだのである。

 

 

 それを見て、ニーツはその頬に涙を垂らした。

 兄の死は無駄になっていない。今ここに彼の命が生きている。

 

 

 

「今のうちに体制を立て直せ!!」

 決定打にはならなかったが、右脚のバランスを崩して動きを止めたゴグマジオスの前でケイドはそう叫んだ。

 

 唖然としていた狩人達は、急いで回復薬を取り出したり仲間の救助に向かう。

 

 

「お父さん……どうして」

 そんな中でレイラは、巨大な龍に一人で立ち向かう父親の姿に戦慄していた。

 

 

 英雄の父。しかし、それをずっと自ら否定してきた父が今こうして戦っている。どうして───

 

 

 

「炎が弱点なくせに火を吐くのか。……おい、お前は炎の王だろ。こんな奴に負ける訳ないよな? ずっと眠らせてたんだ、余計な枷は外してやるから……見せてみろよ、お前の力」

 まるで大剣に龍の魂を宿しているかのように、ケイドは背負った大剣に熱を感じていた。

 

 炎の王の意地か、それとも呪いか。

 

 

 どちらでもいい。今はこの力が必要だから。

 

 

「一人でやろうってかぁ……?」

 倒れている狩人に回復薬を飲ませながら、怪訝な表情でダービアはケイドに視線を向ける。

 防具は着ていない。ただの普段着に、真っ赤な身の丈程の大剣を背負う狩人。

 

 そんな彼の瞳は燃えるように赤く鈍い光を漏らし始めた。

 

 

「……獣宿し」

 誰かがそう言うが先か、ケイドは地面を蹴って再びゴグマジオスに肉薄する。

 威嚇するように口を開くゴグマジオスを前に彼は背負った大剣を地面に叩きつけ、その勢いのまま身体を宙に浮かせた。

 

 まるで三日月を描くように、空中で垂直に回転するケイドはそのまま大剣をゴグマジオスの頭部に叩きつける。

 血飛沫が上がり、巨大な頭が地面に叩きつけられた。それだけでゴグマジオスが倒れる事はないが、これまでダメージらしいダメージを与えられていなかっただけにそれは大きな一撃になる。

 

 

 しかし、ゴグマジオスもやられているばかりでいる筈がない。

 

 直ぐに頭を持ち上げた龍は、空中で身動きが取れないケイドにその大顎を開いて牙を向けた。

 大剣を前に突き出し、鋭い牙を防ぐケイド。しかし続けざまにゴグマジオスの前脚が彼の身体を弾き飛ばす。

 

 まるで砲弾のように彼の身体は瓦礫の山に叩きつけられた。それを見てレイラは悲鳴をあげる。

 

 

「お父さん……っ!!」

 丁度彼が飛ばされた瓦礫の近くにいたレイラは、瓦礫の近くまで走ってそう声を上げた。

 そんな彼女の前で瓦礫が持ち上がって、赤黒く瞳を光らせる一人の狩人が立ち上がる。

 

「何してる、回復に専念しろ」

 身体中に傷を負ったケイドはしかし、レイラにそうとだけ言って再び地面を蹴った。

 

 

「大丈夫だ。任せろ」

 通り過ぎ側にそう言った彼は、再びゴグマジオスの前に立って大剣を振り上げる。

 しかし巨体に似合わない反応速度でそれを交わしたゴグマジオスは、再び前脚をケイドに向けて振り下ろした。

 

 

 横に飛んでそれを交わしたケイドは、一度周りを見渡して更に地面を蹴って走る。

 一人も狩人がいない場所まで走る彼をゴグマジオスはなんの迷いもなく頭で追い掛けて、その大口を開いて光を漏らした。

 

 何度も仲間達を焼いたブレスに狩人達は一瞬表情を引き攣らせるがそんな狩人達の心配もつかの間、ケイドは手に持った大剣を突然持ち上げ───それを投擲する。

 

 

 ブレスを放とうとするゴグマジオス。その口の中に、テスカ・デル・ソルが突き刺さった。

 声にならない悲鳴をあげながら、ゴグマジオスはそれでもブレスを放つ。

 

 痛みで揺れる頭から放たれた光は渓谷の壁を焼き、地面を燃やした。

 そんなブレスを避けながら、ケイドは走ってゴグマジオスの懐に潜り込む。

 

 ブレスを吐き終わったゴグマジオスの口の中に刺さった大剣を引き抜き、その身体を血飛沫に濡らしながら彼は口周りに着いた血を舌で舐めとって龍を睨んだ。

 

 

 ゴグマジオスもそんな彼を一点に怒りの矛先を向け、空気を震わせるような咆哮を上げる。

 

 

 空気の振動に揺られる事もなく、ケイドは三度ゴグマジオスの懐に入り込みその大剣を振りかざした。

 血飛沫と砂埃、重油が混じり合って視界が揺れる。

 

 

「使ってやるからもっとよこせ。こんなもんかよ、お前の力は……っ!!」

 そんなケイドの声に応えるように、テスカ・デル・ソルは刀身から炎を上げてゴグマジオスの肉を焼いた。

 

 

「動きが……見えない」

 回復薬を飲み終わったエドナリアは、目を見開いてその戦いに視線を向ける。

 いくつもの死線を潜り抜けてきた彼女でさえ、その戦いの光景は異様だった。

 

 

 

 圧倒的な力を持つ古龍と同等にその剣を振るう狩人。

 もはやどちらがモンスターか分からない。何人もの狩人が攻撃してビクともしなかった巨大な龍が、狩人一人にその殺意を向けている。

 

 

 これが英雄。たった一人の英雄───ケイド・バルバルス。

 

 

 

「ち───っ?!」

 しかし、一人でゴグマジオスを抑えていたケイドを背後から巨大な爪が切り裂いた。

 

 他のモンスターか現れた訳ではない。ゴグマジオスはケイドを前脚で牽制しながら、その翼脚を振り下ろしたのである。

 

 

 地面に叩きつけられたケイドは、さらにゴグマジオスの頭に弾き飛ばされて再び瓦礫に埋まった。

 そして周りには眼もくれず、ゴグマジオスは倒れたケイドに追撃を加えようと走る。

 

 この巨体が、まるで牙竜種のように駆ける姿は異様だった。

 

 

 振り下ろされた翼脚は、倒れたケイドの右腕を踏み砕き跡形もなく潰す。

 血飛沫と砂埃が上がった。本当は身体を丸ごと潰される位置にいたケイドだが、すんでのところでそれを交わしたのである。

 

 

「……あぶねぇな」

 潰れた右腕を横目で見ながら、しかしケイドは繋がっていた皮一枚を引きちぎって立ち上がった。

 

 地面を蹴って、大剣を拾う。それを左手一本で持ち上げる狩人は、再びその眼光を赤く光らせてゴグマジオスを睨んだ。

 それに応えるように、ゴグマジオスは咆哮を放つ。どうして目の前の生き物が立っているのか、不思議でならない。

 

 

「どうした。俺はまだ生きてるぞ」

 そんな挑発めいた言葉の意味を知ってか知らずか、ゴグマジオスは再びその大顎を開いた。

 

「……時間は稼いだぞ、馬鹿野郎共」

 目を瞑り、そんな言葉を漏らす。

 

 

 瞳の奥に最愛の妻が見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一斉攻撃!!!」

 サリオクのそんな言葉と共に、ブレスを放とうとしたゴグマジオスの周りを、回復した狩人達が囲み始まる。

 完全回復とまではいかないが、狩人達が動けるまでの時間をケイドは充分に稼いでいた。

 

 周りの狩人達から意識が離れていたゴグマジオスは、突然の猛攻に怯み後ずさる。

 その時、初めてゴグマジオスが後退した。

 

 

「……俺は」

 視界が揺らぐ。

 地面に倒れたケイドは、ゴグマジオスに片手を伸ばした。

 

 

「お父さん!!」

「ケイドさん!!」

 倒れた彼の元にレイラとイアンが走ってきて、レイラが彼の身体を抱き上げる。

 

 完全に失った右腕。肩から流れ出る夥しい量の血液を止血するために、彼女はポーチから布を取り出してキツく傷口を縛った。

 

 

「飲んでください。秘薬です……っ」

 イアンは虚ろな表情のケイドに秘薬を突き出す。

 

「俺は……」

 ケイドはどこか遠くを見ながら、小さな声でボソボソと言葉を漏らした。

 

 

「お父さん……。どうして……。……あんなに戦わないって言ってたのに。またこんな……一人で!」

「どうして、だろうな。俺は……なんで戦えたんだ?」

 虚ろに手を伸ばしながら、彼は娘の涙を拭おうと片手を持ち上げようとする。

 しかし持ち上げようとした右手は無くて、ふと空気を漏らして笑った。

 

 

「……一人か。俺は一人だったか? あの時も、今も。いや多分、違うんだ。仲間がいた。百人近い仲間がいたから……俺は戦えた。ずっと、どうしてあの時戦えたのか……俺はその答えが分からなかった。だけど……ようや───ガハッ」

 血反吐を吐き出す。

 

 イアンが秘薬を飲ませようとその口に瓶を近付けるが、彼はそれを払いのけて再び口を動かした。

 

 

「───俺は……皆が死んだなんて思ってなかった。皆の想いがまだ生きていて、だから……仲間が居るから戦えたんだ。俺はたった一人の英雄じゃない。百人の内の……一人」

 手を伸ばして拳を握る。

 

 ずっと分からなかった答えが、やっと分かった。

 

 

 

 名前も知らなければ顔も見た事のない狩人達。

 今と同じ光景を、どこかで見たのだろう。

 

 

 

「想いを繋いで……古龍を倒したのは俺一人じゃない。皆の、力で俺は……。だから、今回も───」

 彼はそう言って体を持ち上げると、イアンから秘薬を受け取ってそれを一気に喉に流し込んだ。

 

 勿論欠損した右腕が戻ってくるわけではない。それでも、幾分か軽くなった身体を持ち上げて、狩人は得物を背負う。

 

 

 

「お前達の……いや、何度も声を掛けてくれた仲間達のおかげだ。ここまで想いを繋げてくれた皆が居たから、俺はここに居る」

 真っ直ぐに前を見て、たった一人の───否、一人の英雄は二人を見比べて笑った。

 

 

「お父さん……」

「ケイドさん……」

「俺の答えは見つかった。お前達はどうだ?」

 優しい瞳は、彼が一人の父親である事を思い出させる。

 

 二人はお互いの顔を見合わせて俯いた。しかし、ケイドはそんな二人の頭を順番に撫でて顔を持ち上げる。

 

 

「見つけに行けばいい。直ぐ先に応えはある」

 彼の視線の先には、ゴグマジオスと戦う数十人の狩人の姿があった。

 

 この光景を見たかったのかもしれない。

 

 

 仲間達が龍と戦う姿。その中に自らが混じる光景を。

 

 

 

「勝って、生き残って、一人の英雄になれ。きっとその時には答えは見付かっている」

 たった一人の英雄はいない。

 

 そう言って、一人の英雄は大剣を構える。

 

 

「まだ、やれるな」

 まるで大剣に話しかけるように言葉を漏らしたケイドは、瞳を閉じて瞼の裏の仲間達と目の前の光景を見比べた。誰かが手を振った気がする。

 

 

「───今行くぞ。一緒に戦おう」

 あの日、彼は間に合わなかった。

 

 でも今は違う。

 

 

 

「レイラ……。俺は、なんで戦うか分かったかもしれない」

「私のお父さんに憧れたから?」

「……内緒だ。この戦いが終わったら教えるよ」

 そう言って立ち上がるイアンを見て笑うレイラは「なら、生き残らなくちゃね」と剣を抜いた。

 

 

「行くぞ!!」

 ケイドのそんな掛け声と共に、三人の狩人が地面を蹴る。

 

 

 ゴグマジオスは翼脚で周りを薙ぎ払いながら、自らをここまで追い詰めた元凶に向け咆哮を上げた。

 

 

 

 

 

 

 沈め。

 

 

 掻臥せ。

 

 

 戦渦の沼に。




一番書きたかったシーンその二。実はとある作品のオマージュになってます。分かる人いるかな……?
そんな訳で、なんと次回最終回です!お楽しみください!!


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百人の英雄

 空気が揺れる。

 

 

 狩人達の怒号と、龍の咆哮が重なった。

 炎が上がり、血飛沫が弾け、龍は大地を穿つ。

 

 ここには百人の狩人が居た。

 今は居なくても、これまで戦って来た仲間やこれから戦う仲間が居る。

 

 

 そんな百人の想いを乗せ、数十人の狩人はそれぞれの想いをそこに足して戦った。

 

 

「レイラ!!」

 ゴグマジオスの脚を切り裂くレイラに向け振り下ろされる翼脚。

 そんな彼女との間に割って入ったイアンはロストバベルの盾を前に突き出して、しっかりと脚を地面に縫い付ける。

 

 今度は防いで見せると、迫り来る翼脚を睨んだ刹那。

 盾から全身に伝わる衝撃に表情を歪めながら、イアンは歯を食いしばって姿勢を落とした。

 

 

「イアン?!」

「……っ、ぉおおお!!」

 骨が軋む。今にも押し潰されてしまいそうだ。

 

 だけど、まだ死ぬわけにはいかない。まだ、俺は戦う理由を確かめられていない。

 

 

「───よく止めた……っ!!」

 イアンが翼脚を止めている間に近くまで走って来たケイドは、左手一本で大剣を振り回す。

 血飛沫と炎が上がり、イアンを押し潰そうとしていた翼脚は弾き飛ばされて地面を踏んだ。

 

「か、片手で……」

「私のお父さんってやっぱり凄い……」

「何立ち止まってる。来るぞ」

 唖然とする二人の前で堂々と大剣を構えるケイド。これがたった一人の英雄と呼ばれていた男の力である。

 

 

 

「エドナリアさん! 左です!」

「……っと。助かりました!」

 一方逆側の翼脚からの攻撃を避けたエドナリアは、注意をしてくれたラルクに片手を上げてお礼を言った。

 

 彼がよく注意をしてくれるので少し派手に動けるが、それを見ているラルクは冷や汗が止まってくれない。

 しかし彼女の期待に応えようと、少年は殆ど新品のライトボウガンに弾を込める。

 

 成り行きで来てしまった初めてのクエスト。だけど、ここから一歩ずつ進めば良い。

 

 

 今はただ、前に───

 

 

 

「おいおい、へばってんじゃねーのか?」

「はぁ? バカ言うなよ。お前こそ息が荒いぜ?」

 横並びにゴグマジオスの正面に立つジャンとニーツは、お互いに軽口を漏らしながら眼前の龍を睨んだ。

 

 四足歩行でいても見上げる程の巨大な身体。

 周りを囲まれて四肢を切り刻まれようが、それでも倒れることはなく咆哮をあげる。

 

 

 左右の翼脚で己の懐に潜り込む狩人達を退け、それでも近寄る者には牙を向けた。

 しかしその数を減らす事が出来ない。煩わしい小さな生き物達は、強大な龍に立ち向かい続ける。

 

 

 痺れを切らしたのか、ゴグマジオスは翼脚を支えに後脚で再び立ち上がった。

 そしてその大口を開く。漏れる光に狩人達は冷や汗を流した。

 

 

 これまで何度も仲間を焼いて来た光。

 その正体たるは身体を巡る重油で、これが発火性故にゴグマジオスは火に弱い。

 

 

 

「───そうなんども同じ手が通用する程、人間様ぁな……バカじゃない」

 口角を釣り上げながら、ダービアは空高く───見上げる程高い位置に持ち上げられたゴグマジオスの頭にヘビィボウガンを向ける。

 

「一人ばかりに見せ場をやるのは気にくわねぇなぁ……そうだろ?」

 そう言いながら引き金を引くと、ヘビィボウガンはまるで竜がブレスを吐き出す直前のようにその銃口から空気を漏らし始めた。

 

 刹那、爆発音と共にボウガンと持ち主の身体が弾き飛ばされる。

 そんな威力で放たれた弾丸はゴグマジオスの喉元に着弾後、凄まじい爆炎でかの龍の頭部を包み込んだ。

 

 

 ゴグマジオスは悲鳴をあげながら仰け反り、放とうとしていたブレスは空に向け明後日の方角に放たれる。

 そのまま姿勢を崩したゴグマジオスは大きく倒れ込んで、狩人達に死に体を晒した。

 

 

 槌は甲殻を割り、剣は肉を裂く。弩や槍がその身体を突いた。

 龍の周りを取り囲み、その身体に得物を叩き付ける狩人達。

 

 砦に追い込むその前に倒してしまう事も出来るのではないだろうか。そんな事を誰かが思った矢先、ゴグマジオスは咆哮を上げながら翼脚で周りを薙ぎ払う。

 

 

 何人かの狩人が巻き込まれ、血飛沫が舞った。

 運良く弾き飛ばされて地面を転がった狩人が見たのは、血と肉の塊になった仲間の姿。

 

 そして立ち上がるゴグマジオスは、再び周りの狩人に攻撃を仕掛け始まる。

 これだけの攻撃を与えてもなお弱ったような素振りを見せないのか。

 

 しかし、周りを見渡せば明らかに変わった光景があった。それは仲間の数。戦い始めた時は五十人以上居た筈の仲間達が、今は何人残っているだろう。

 

 

 それでも狩人達はゴグマジオスにその視線を向けた。弾き飛ばされたその狩人もまた、回復薬を喉に流し込んで立ち上がる。

 

 

 

 沈め。

 時に悲鳴が上がった。体の一部を踏み潰され、激痛に地面を転がった狩人の身体を龍が踏み千切る。

 

 

 

 掻き臥せ。

 それでも、幾度倒れようとも狩人達は立ち上がった。己の全身全霊をかけて、強大な龍に自らの牙を叩き付ける。

 

 

 

 戦禍の沼に。

 何度倒れただろうか。何人倒れただろうか。

 

 

 

 その地は龍と狩人の血肉で染まり、いつしか日は沈んでいた。どれだけの時間が経ったのか感覚が鈍くなって行く。

 星達が照らす狩場は黒と赤に包まれていた。

 

 

 

 

「ニーツ!!」

 膝をついた仲間の名前をイアンが叫ぶ。そんな彼にゴグマジオスの前脚が振り下ろされた。

 

「───っ?!」

 回避は間に合わない。チャージアックスの盾で受け止めるにも、この姿勢からでは潰されてしまうのがオチだろう。

 反射的に盾を構えたニーツだったが、半ば「ここまでか」と歯を食いしばった。

 

 脳裏に兄の姿が映る。胸を張って会いに行けるだろうか。

 

 

「貸し借り一だこの野郎ぉぉおおお!!!」

 そんな事を考えた矢先、怒号と共に轟音が耳を貫いた。

 

 響く金属音。

 ジャンの太刀が、ゴグマジオスの前脚をイナシて受け流す。

 目を開いたニーツの視界に映ったのはそんな光景だった。

 

 

 血飛沫が舞う。

 ジャンの太刀は半分に割れて、ゴグマジオスの甲殻に引っ掛けられた彼の左腕は力なく地面に向けて垂れた。

 

 

「───っ、ぐぅ」

「注意を引く!! 二人は下がれ!!」

 イアンが悲痛の声を漏らすジャンの前に出て、槍と盾を構える。

 

 ニーツは反射的にジャンの肩を抱いて武器も捨ててその場から離れた。

 

 

 

「何やってやがる……俺なんかを助けるなんて。お前には嫁さんも居るだろうが馬鹿か」

「ハッ、馬鹿はテメェだ。俺はシータのために戦ってんだよ」

「だから、だったら───」

「悔しいけどお前の方が経験も実力も上だからな。ここで俺が戦線離脱するより、アンタが居なくなる方がクエスト的に痛手だって思っただけだよ……っ」

 表情を歪めながら、ジャンはゴグマジオスを睨んでそう言う。

 

 

「もうどれだけ戦ったか分かんなくなったけど……まだ倒れるのは早いだろ? クエストは終わってないんだ。そんなに兄貴に会いたいのか?」

「……生意気言うじゃねーか」

 確かに、倒れるには早い。

 

 

 まだ両親と兄の墓に、今回の土産話をしてないじゃないか。父親や兄に文句を言っていない。両親に自分の答えをやっと見つけたと謝れてもいない。

 

 

 

 なにより若干後輩の仲間にこんな生意気な事を言われて黙っていられるほど、ニーツのプライドは薄くなかった。

 

 

 

「ハッ、貸し借りなしだと? 俺が今からアイツをぶっ倒してお前の嫁さんを助けてやるぜ。そしたら一回くらい抱かせろ!」

「ざけんな死ね!! 今すぐ殺されちまえ!!」

 ジャンの文句に高笑いをしながら、ニーツは己の得物を拾いに走る。

 

 

「直ぐに戻るから死ぬんじゃねーぞ!」

「ずっとそこで俺の活躍を見てても良いんだぜ! 勿論嫁さんの穴は頂くがなぁ!!」

「今すぐ治療してテメェを殺しに行くから待ってろクズ野郎!!!」

 軽口を叩きながら、ジャンは傷口の手当てをして回復薬を喉に流し込んだ。

 

 

 

 ふと周りを見渡す。

 確実にゴグマジオスは後退していた。しかし、それでもここまでに掛かった時間と労力を考えると気が遠くなる。

 

 

 

 狩人達は明らかに疲弊していた。

 少しずつ小さなミスが増えていって、倒れる者も増えていく。

 

 まだ日は登らない。

 

 

 

「う、うわぁ?!」

「ラルク!!」

 少年を襲うゴグマジオスの翼脚。しかし悲鳴をあげるラルクを、サリオクが押し倒して危機から救った。

 

「モタモタするな。お前が死んだら誰がお前の大切な人を守るというのだ!」

「は、はい……っ!」

 強く返事をするラルクだが、止まっている二人に再び持ち上げられた翼脚が迫る。

 それを止めようと走るエドナリアだが、彼女の背後からゴグマジオスが前脚を伸ばした。

 

 豪腕がエドナリアを掴む寸前、ラルクは振り下ろされる翼脚には目もくれずにライトボウガンの引き金を引く。

 放たれた弾丸はゴグマジオスの前脚に着弾後爆発し、エドナリアを掴めずに弾かれた。

 

 しかし翼脚は前脚のダメージなど御構い無しに二人を潰そうと振り下ろされる。

 エドナリアが手を伸ばすが間に合わず、二人の姿は砂埃の中に消えた。

 

 

「ラルク……サリオク…………そんな」

 崩れ落ちる。

 

 

 しかし、ゴグマジオスは───

 

 

 

「ギルドナイトを舐めるなぁ!!」

 ───怒号が響いた。

 

 二人を潰した筈の翼脚が弾き飛ばされる。怒号の主は何本にも束ねられた矢を片手に、ラルクを抱き上げながら立ち上がった。

 

 

 武器も持っていなかったサリオクだが、すんでの所で直撃を交わして矢で反撃したのである。勿論ラルクの攻撃も加えてやっと翼脚を弾いたのだが本人は自らの力でゴグマジオスの攻撃を退けたのだと自慢気だった。

 

 

「一本では心もとない弓矢だがそれを何本もまとまれば力強くなるのだ。これぞ狩人の底力。見よ、今の攻撃でゴグマジオスは怯んだ!! 我々に勝機はある!!」

 その場にいた殆どの狩人が苦笑する雑な演説。

 

 

 しかし、彼の言っている事が半分正しい事だとその場に居合わせた狩人達は気付く。

 

 

 ゴグマジオスは突然後退りをして、眼前の狩人達を睨みながら咆哮を上げた。地面が揺れて空気が震える。しかし、それはつい先刻まで見せていた狩人達への圧倒的な力には程遠い。

 

 まるで弱ったそぶりを見せなかった龍が見せた小さな隙。

 そして弓矢ではなく矢による攻撃だけでゴグマジオスが怯んだ事実。

 

 

 それは確実にかの龍の体力を削っているという証拠だった。

 

 

 

 今が攻め時だと。狩人達は猛進する。大地が揺れた。

 

 

 

「待て───」

 ケイドが手を伸ばす。

 

 しかし、龍は吠えた。

 鼓膜を突き破られそうな圧倒的な力で空気を振動させて、翼脚を使ってゴグマジオスは再び身体を持ち上げる。

 

 頭部が一瞬光を漏らしたと狩人達が認知した時には既に遅かった。

 

 

 

 

 

 火柱が立ち昇る。

 

 

 

 

 放たれた高熱の光は大地を焼いた。直撃せずとも炎に焼かれた空気を吸った肺は爛れて狩人達は倒れていく。

 足の速い武器を持った狩人の殆どが一時戦闘不能になった。そのままゴグマジオスに潰されてもおかしくなかったが、龍はそんな狩人達を無視して前進する。

 

 

 

 まるで何かを求めるように。前に。前に。

 

 

 

 

「……行かせるかよ」

 龍の前に一人の狩人が立ち塞がった。

 片腕で大剣を持ち上げるケイドは、赤く光る瞳でゴグマジオスを睨み付ける。

 

 たしかにこの龍は弱っている筈だ。しかし、古龍という存在がそんな簡単な物ではないという事を彼はこの場に居る狩人の中で一番良く知っている。

 

 

 

「仲間の命を無駄にさせるか。……お前をこの先にだけは絶対に行かせない」

 この先には町の人々の避難所があった。

 

 ゴグマジオスがそれを知っているのかどうかは分からない。しかしどうしても、この龍はその先に進みたいらしい。

 唸り声を上げるゴグマジオスに剣を向ける。姿勢を低くして、地面を蹴った。

 

 

「お父……さん……っ」

 レイラは飲み干した回復薬の瓶を投げ捨てた手を父親に向ける。

 回復薬を飲んだからといって直ぐに動ける訳ではない。しかし、モンスターがそれを待ってくれる道理はなかった。

 

 ゴグマジオスは全身から重油を垂れ流しながらその脚を前に出す。

 地面に垂れた重油は発火し、狩人の足場を制限していった。

 

 そんな懐に潜り込むケイド。片手で大剣を振り回し、その甲殻を叩き割る。

 

 

 

 浅い。

 

 

 

 もっとだ。

 

 

 

 仲間が立ち上がる為の時間を───

 

 

 

 焦ったのか。

 

 

 

「しま───ガァッ?!」

 無造作に振られたゴグマジオスの頭部に引っ掛けられて、ケイドは地面を転がった。

 運が良かったのか悪かったのか、避難所の方角に飛ばされた為にゴグマジオスはまだケイドを敵としてみなして動かない。

 

 しかし彼もまた動かない。いや、動けない。

 身体は傷だらけで、無くした右腕から血を流し過ぎている。

 

 

 もうとっくの昔に限界だった。

 

 

 ここまでか。

 

 

 

 

 

 赤い。

 

 一対の翼と四本の脚。大地は血に塗れ、巨大な龍が狩人を睨む。

 龍が歩く度に流れ落ちる重油が発火して燃える視界の中で、ケイドは揺れる視界に手を伸ばした。

 

 

 何か、懐かしい物が見える。

 

 

 

「この先には行かせない……っ!!」

 ケイドの前に立ったのは、大きな金色の盾を持った一人の青年だった。

 大口を開く巨大な龍を前に、イアンは盾を構えたまま振り返る。

 

 

 

「少しだけで良いから耐えろよイアン!!」

「お父さん、イアン……っ!!」

 ゴグマジオスの背後から、回復した仲間の声が聞こえた。

 

 

 距離にして数十メートル。彼らがここまで来るで数秒もかからないだろう。

 だから、その数秒を持ち堪えれば良いのだ。

 

 

 

「俺は───」

 姿勢を低く構える。対するゴグマジオスはその大口を開いて黒い液体を漏らし始めた。

 重油を口内から吐き出し、ソレを発火させる事で放つゴグマジオスのブレス。

 

 この攻撃に何人もの仲間が倒れた事を思い出す。

 

 

「……っ、ブレスだ。来るぞ。逃げろ!」

「今逃げたら貴方も、もしかしたら避難所も危ない!」

 焦った声を漏らすケイドに、イアンはそう返事をした。

 

 この直線上に妹達が避難している場所がある。

 なにより、今守らなければいけない人が背後にいる。

 

 

 

 ──ケイド、テオ・テスカトルは私達が抑えるからこの子供達をお願い!──

 いつか、誰かはそう言って同じ盾を構えていた。

 

 

 絶対に無茶はするなよ。そんな言葉に彼女は「大丈夫、皆は私が守るわ」なんて答える。

 

 

 

 その背中に憧れた。

 

 

 その背中に託した。

 

 

 

 あの日の事を思い出す。

 

 

 

 

 十八年前、ドンドルマに一匹の古龍が襲来した。

 

 

 多数の仲間が死んだが、その仲間達の力で一般人に死者が一人も出なかったと聞いている。

 ドンドルマ防衛戦に参加したハンターは総勢百人を超えていた。

 

 その中で生き残ったのは、たったの一人だったという。

 

 

 

「お前はどうして戦うんだ」

 その一人は、今世の英雄にそう問いかけた。

 

 

 

「ずっと見てきました。考えてきました」

 青年は覚悟を決めて、言葉を漏らす。

 

 

 

「皆がなんで戦ってるのか。沢山の狩人の目を見て、背中を見て……やっと思い出したんです」

 いつの日か相棒に「どうしてお前はハンターをやってるんだ?」なんて聞かれた事を思い出した。

 

 

 その時はいつか幼い自分を助けてくれた英雄に憧れたからだと話したっけか。

 ならそれが答えなのかと言われると、何か違う気がする。

 

 どうして憧れた。

 

 

 憧れてどうなりたい。

 

 

 

 沢山の狩人を見て、それぞれの想いを背中に感じる。

 

 

 

 自分の為に戦う者。誰かの為に戦う者。

 

 勝ちたい。負けたくない。守りたい。挑戦したい。答えを探したい。

 

 

 人それぞれの想いがあって、それぞれの答えがあった。

 

 

 

 

 初めは憧れで、狩人は今その先を再確認する。

 

 

「俺は英雄(狩人)になりたかったんだ」

 理由とか根拠じゃない。ただ、一人の狩人になりたかった。

 

 

 後の世の者は、かの荒々しくも眩しかった数世紀を振り返りこう語ったという。

 

 大地が、空が、そして何よりもそこに住まう人々が、最も生きる力に満ち溢れていた時代だったと。

 

 世界は、今よりもはるかに単純にできていた。

 すなわち、狩るか、狩られるか。

 

 明日の糧をえるため、己の力量を試すため。

 

 またあるいは富と名声を手にするため。

 

 人々はこの地に集う。

 

 彼らの一様に熱っぽい、そしていくばくかの憧憬を孕んだ視線の先にあるのは。

 

 決して手の届かぬ紺碧の空を自由に駆け巡る

 力と生命の象徴───飛竜達。

 

 鋼鉄の剣の擦れる音、大砲に篭められた火薬のにおいに包まれながら、彼らはいつものように命を賭した戦いの場へと赴く。

 

 

 

 そんな世界で唯一の一人じゃなくて、ただ世界に存在する一人の狩人───モンスターハンターに。

 

 

 

「……いい答えだ。必ず果たせ」

 力なく倒れるケイドは、迫り来る光を気にせずにポーチから回復薬を取り出して喉に流し込んだ。

 

 

 

 

 

 燃える。

 

 

 

 

 空気が燃えた。放たれた光はイアン達を包み込んで、大地を赤く染める。

 肺が空気に焼かれて息も出来なくなった。

 

 それでも、ロストバベルの盾はブレスを受け止め弾く。

 

 

 火花が散り、あまりの威力にイアンの身体は地面を滑った。

 

 

 

「───っぃぁぁあああ!!」

 強く歯を噛んで食い縛る。高温で溶けた地面に足を取られないようにしっかりと地面を踏んで、吸った息を思いっきり吐き出した。

 

 

 意識が遠くなる。

 

 

 

 あの日───

 

 

「もう大丈夫よ!」

 一人の狩人の背中に憧れた。

 

 いや、一人じゃない。その日龍と戦った勇敢な狩人達全てに憧れる。

 彼等は一人を残して命を落とし、後に英雄と呼ばれるようになった。

 

 

 どうして彼等は戦えたのだろう。色々な理由があった筈だ。一人一人の答えがあったのだろう。

 その全てに共通する事。彼等は皆───狩人だった。

 

 

 

 その背中に憧れたんだ。

 

 

 

 ───だから、あの日のように。

 

 

「……もう、大丈夫だ」

 誰に言ったのか。

 

 

 両手足の感覚がない。全身重度の火傷で、まるで身体が灰になったように動かなくなる。

 しかし、熱で溶けて手と溶融したロストバベルの盾は真っ直ぐに立っていた。

 

 

 日差しが登る。

 

 

 振り向けば、陽に照らされた避難所があって。

 

 

 視線を戻した先で、仲間達がブレスを放ち終えたゴグマジオスに肉迫していた。

 

 

 

 

「……よくやった。あとは任せろ」

 倒れるイアンの身体を抱き抱えたケイドは、彼をゆっくりと地面に寝かせて立ち上がる。

 

 

 

「行くぞ馬鹿野郎共ぉ!!!」

 狩人達は走った。

 

 

 

 

 弩が、棍が槌が、剣が───狩人達は己の誇りをゴグマジオスにぶつけて行く。

 

 

 

 

 

 彼等がどうして戦えるのか。

 

 

 

 

 彼等がどうして戦えたのか。

 

 

 

 

 

 それはきっと彼等が───

 

 

 

 

「……勝った、のか」

「うん。……きっと、勝ったんだよ。私達」

 ───英雄(狩人)だったからだ。




次回、エピローグにて完結です。ここまでお付き合いありがとうございました。


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エピローグ

 ドンドルマ周辺にて、広範囲に及び相次いでいた火薬盗難被害。

 

 その犯人───犯龍とされるモンスター。巨戟龍ゴグマジオスは、このようにドンドルマの砦にてG級ハンター四人により討伐された。

 

 

 かの龍は火薬等を自らの命の糧として活動しており、発見前からの各地での被害はゴグマジオスによる物だと憶測される。

 それを決定付けたのは、渓谷でのゴグマジオスの迎撃作戦での出来事だ。かの龍は火薬庫を発見すると、真っ直ぐにそこまで進み火薬を咀嚼したのである。

 

 

 

 その一件。

 渓谷での迎撃作戦、および砦への誘導作戦に着手した百人の狩人の一人としてゴグマジオスの生態を記録した。

 

 

 ───エルディア・ラウナー。

 

 

 

「……これで、よしと」

 王立古生物書士隊に所属し、ゴグマジオス撃退戦に参加した一人の狩人は長々と記された書類の最後の一ページを確認してから立ち上がって腰を伸ばす。

 

 あの日から一週間が経ち、ドンドルマの街はまるで何事もなかったかのように喧騒に溢れていた。

 そんな街に赴くと、何人か見知った狩人とすれ違う。

 

 それもそうだ。百人の狩人と共に戦ったのだから。

 

 

 

 

 

 砦でゴグマジオスを討伐したのは四人の狩人である。

 その陰で自分を含めた九十四人の狩人が迎撃作戦に参加した。

 

 ゴグマジオスの調査に参加し命を落とした一人の狩人、そして迎撃作戦に突如として参加した一人の狩人。

 

 

 

 合計百人。百人の英雄達。

 

 

 

 気球船での誘導作戦、そして四人のG級ハンターの内二人と顔見知りである書士隊所属の狩人は平和な街を歩きながら安堵のため息を漏らす。

 

 

 

「百人の英雄の物語、か……」

 狙撃を得意とする彼の立ち回り柄、その物語を一番外側から見る事が多かった。

 

 まるで他人事のように、それでも───今回の件は狩人としての人生においてかけがえのないものになるだろう。

 

 

 

 古龍。人が一生に一度見る事ができるか出来ないか。

 

 これは、そんな存在と───この世界に存在するたった百人の狩人の物語だ。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 サリオクは半目で食事を口に流し込む。

 

 

 大怪我という訳ではないが、今作戦に参加した狩人の殆どは怪我を負っていた。

 サリオクも頭に包帯を巻いているのだが、彼はそんな事は気にせずに頭を掻いて溜息を吐く。

 

 

「僕を弟子にして下さい」

 そんな彼の前で、頭を地面に付けて頼み事をしている年端も行かない少年がいた。

 

 少年───ラルクは、サリオクと同様に頭に怪我をしているのだが。それも気にせずに少年は頭を地面に擦り付ける。

 

 

「私は忙しいのだ」

「お願いします!」

 全く引き下がろうとしない少年を半目で見るサリオク。

 

 

 話に聞けば彼は狩人になってからも家と集会所を行き来するだけで、初めてのクエストがあのゴグマジオスとの戦いだった訳だ。

 本来なら狩人なんて辞めるだろう事情を持った少年は、しかし狩人を辞めるどころかこうやって師範を頼みに来たのである。

 

 困惑だ。

 

 

「……はぁ」

「ご、ごめんなさい」

 理由は分かっている。なんとも生意気な話だ。

 

 

 しかし、名高いシュタイナー家として少年を雑に扱う事は出来ない。

 彼も───そして彼女もこの少年に救われたのだから。

 

 

 

「……ラルク、何をしているのですか?」

 突然部屋に入ってきたエドナリアは、地面に頭を付けている少年を見てサリオクを睨みながら彼に駆け寄る。

 

 いや、私は悪くないぞと声を上げるサリオク。悩みの種が向こうからやってきた。

 

 

 しかし、まぁ、悪くはないか。

 

 

「師範ならコイツにやってもらえ」

 サリオクは突き放すようにそういう。エドナリアはそんな彼の言葉を聞いて首を横に傾けた。

 

「師範……ですか?」

「え、いや、僕は……その、強くなりたくて。同じガンナーの貴方に───」

「戯け」

 呆れたようなサリオクの声に、ラルクは「ご、ごめんなさい」と訳もわからず謝る。

 気弱なのは変わらないのに、変な所では強情なのだからタチが悪い。

 

 

「そもそも私は弓使いでお前はライトボウガン使いだろう。ヘビィボウガン使いならともかく、根本が違うのだ。……強くなりたいのなら、大切なものを近くにおけ。それに守られながら、命を繋いで、その中でそれを守れるようになれば良い」

 遠回しにそういうサリオクの言葉を聞いて、ラルクは顔を赤らめてエドナリアはさらに首を横に傾けた。

 

 

 そんな彼女に向き直って、ラルクは「僕を弟子にしてください!」と再び頭を地面にぶつける。

 

 

「え、ら、ラルク?」

 唐突な出来事に困惑するエドナリアだが、こんな時に限っていつもうるさいサリオクは何も言わずによそを向いていた。

 

 

 

 ずっと、前に進めていなかったんだと思う。

 

 立ち止まるどころか、直ぐに引き返して。

 

 

 

 偶然だったのかもしれない。

 だけど、そんな自分が前に進んだ。

 

 もう引き返しちゃいけないと思う。前に進むための理由も出来たのだから。

 

 

「……。……そうですか。私は結構スパルタですよ?」

「は、はい! 頑張ります!」

 そんな二人を見ながら、我ながらお人好しだなと髪を触るサリオク。

 

 

 前途多難だろう少年に向けて、彼はただ一言「せいぜい頑張るが良い」と二人きりにするために自らの部屋を後にした。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 ベッドの上で一人の狩人が眠いっている。

 そんな彼を見守る二人の女性は、心配げな表情で青年の世話をしていた。

 

 

 時折聞こえる唸り声は、身体中の火傷の痛みからくるものだろう。

 

 

「起きないね……」

 ゴグマジオスとの戦いの末、かの龍のブレスをその盾で受け止めた青年は全身に重度の火傷を負って倒れた。

 その後一週間が経つが彼は一度も目覚める事なく、今もまた集会所に設置された医務室で眠り続けている。

 

 

「よぅ、見舞いに来たぜ」

 そんなイアンの元に現れたのは、彼と彼を見守る女性の内の一人───レイラと共にゴグマジオスの調査に向かった狩人だ。

 

 

 ニーツ・パブリックは、少し汚い歯を見せながらお見舞い品だろう果物を雑に枕側に投げ付ける。

 あまり心配していないような態度のニーツに、レイラは「もう少し静かに」と半目で彼を睨んだ。

 

 

「騒いだら煩くて起きるかもしれないぜ?」

「あんたねぇ」

「まぁまぁ、レイラさん」

 そんな彼女をなだめるのは、もう一人の女性。イアンの妹であるシータである。

 

「おい、なんでお前が居るんだよ」

 そのタイミングで現れたジャンは、嫁であるシータの横に立ってニーツを睨んだ。

 

 

「喝入れに来たに決まってんだろ?」

「強引だな。……いや、気持ちは分かるけどさ」

「あと、お前の嫁さんを貰いに来た」

「まだ言ってんのかテメェ。表に出ろ」

 今にも殴りかかろうとしそうなジャンをシータが止め、調子に乗って笑うニーツに大声を上げるジャン。

 そんな喧騒に耐えられなくなったのか、レイラが「良い加減にして!!」と大声で叫ぶ。集会所の職員に彼女だけが怒られて、いじける姿はニーツにとっては滑稽だった。

 

 

 

 そんな喧騒の中でも、彼は目を覚ます素振りをみせない。

 

 

 

 死んでいるように静かではないが、しかし本当に目を覚ますのか分からなくなる程には彼はなんの反応もみせない。

 

 

 

 やがて日が沈み、ニーツも家に帰って。

 ジャンはシータを心配しながら、たまには家で寝ようと彼女と共に集会所を後にする。

 

 イアンを一人にする事に関しては集会所の職員が居るので問題はないが、それでもレイラはそうはせずにその場に座り続けた。

 

 

 

「あんた、英雄になったんだよ」

 一人になった彼女は、彼の焼け爛れた手を触りながらそういう。

 包帯に包まれた手は重くて、ピクリとも動かない。

 

 

「イアンが居なかったら、私のお父さんはゴグマジオスに殺されてた。避難所だって……シータさんだって危なかった。……ねぇ、戦いが終わったら教えてくれるって言ったじゃん」

 ここに居る理由。古龍と戦う理由。

 

 私は見つけたよ、と。レイラは目を瞑って瞳を開けない青年に語りかけた。

 

 

 

 死ぬ為に戦う訳じゃない。

 

 

 

 生きろって言ったのは、あんたじゃない。

 

 

 

 頬を伝う涙が、彼の手を濡らす。

 

 

 

 

「俺は……」

 なんの脈絡もなく。

 

 青年は瞳を開いて、口を開いた。

 

 

「イアン……っ!!」

「レイラ……」

 きっとこれは、綺麗な物語ではないだろう。

 

 

 

 清々しい英雄の物語でもない。

 

 

 

 語り継がれるような英雄談でもない。

 

 

 

 

 

 

「なぁ、ケイドよぉ。俺は英雄になれたかねぇ」

「……なれてないだろうな。多分、英雄って呼ばれるのはゴグマジオスを倒した四人だろう」

「結局、くたびれ儲けの骨折り損って奴か?」

「いや。それでも───」

 これは、たった百人───

 

 

 

「───俺達は、英雄(狩人)だよ」

 ───たった百人の英雄(狩人)の物語だ。




このお話で今作は簡潔になります。細かいあとがたりに関しては今後活動報告にて書かせていただきます。

最後までのお付き合い誠にありがとうございました!


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