ころめぐといっしょ (朝霞リョウマ)
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所恵美がアイドルにスカウトされる4月
「あ、副会長だ!」
「副会長! こんにちわー!」
放課後。職員室から生徒会室へと帰る途中、渡り廊下で声をかけられたので足を止める。見ると、女子生徒二人がこちらに向かって手を振っていた。
「こんにちは。君たちは……今年からの新入生だったね。確か――」
記憶の中にある名前を告げると、二人とも驚いた表情を見せた。
「うわっ!? もしかして副会長、生徒名前全員覚えてるんですか!?」
「副とはいえ、これでも生徒会の長の一人だからね」
これぐらいだったら生徒会長も覚えてるよ、と告げると、二人とも「すごーい!」とはしゃいでいた。
「学校はどう? 入学して一週間経つけど、もう慣れた?」
「えっと、まだちょっとだけ……」
「やっぱり中学と高校って全然違うんですねー……」
「もし困ったことがあったら、気軽に何でも相談して。そのための生徒会だから」
「はーい!」
「存分に頼っちゃいまーす!」
「ただし、そのときは制服を着崩さずに、ちゃんと身だしなみを整えてからにしてね?」
「「あっ……は、はーい」」
二人はバツが悪そうにいそいそとシャツをスカートに仕舞ってリボンを整えた。
さようならーと手を振って去っていく女子生徒二人に手を振り返してから同行者に「すみません」と謝る。
「お時間を取らせてしまったようで」
「あ、いや、気にしてない。……というか、やっぱりお前が生徒会長やらない?」
「ご冗談を。生徒会長は三年から選出するっていう決まりじゃないですか」
どうしたんですか急に、と尋ねると生徒会長はハハッと乾いた笑い漏らした。
「いや、隣の生徒会長に全く気付かず副会長が挨拶されるこの現状がちょっと辛くて……」
「何を言ってるんですか、生徒会長は知名度だけじゃありませんよ。もっと自信を持ってください」
「ホント、お前からのその信頼が重い……生徒会長だからって、生徒の顔と名前が一致するってわけじゃないんだよ……」
「大丈夫ですよ、少しずつ覚えていきましょう」
「勘弁してくれって……」
そんなことを話しながら、生徒会室への歩みを再開させる。
「それにしても、相変わらずの人気だよなぁ、我が生徒会の副会長様は」
「そうですか?」
「成績優秀で運動神経抜群で品行方正。おまけにイケメンと来たもんだ。俺は今でもお前が物語の住人だって信じてるからな」
「それは褒められているのですか……?」
「褒めてるよ」
自分では意識したこと無いが、世間一般自分は所謂『完璧超人』と呼ばれるらしい。しかし、俺が目標としている
「それだけ人気だと、告白の一つや二つあるだろ」
「告白……ですか。生憎今のところは……それに自分には恋人がいますし」
「多分みんな気後れしてるんだろうな……ん?」
あと少しで生徒会室、というところで突然会長が足を止めた。
「どうかしましたか?」
「……お前今、恋人がいるって言った?」
「はい、言いましたが」
「……エイプリルフールのジョークとかではなく?」
「四月一日はとっくに過ぎましたよ」
「………………」
何故か眉間を押さえる会長。一体何があったのだろうか。
「……あんまりこういうことしたくないんだけどさ、生徒会長命令出していい?」
「? はぁ、よほど変なものでなければ」
この人のことだし、そんな無茶なことは言わないだろう。
「いいか? 絶対に恋人がいるってことを公言するな? いいか、絶対だぞ?」
「別にいいですけど……どうしたんですか急に」
「お前に恋人がいるって知られたら、絶対に一部で暴動が起こるからな……」
「またまた、そんなまさか。そんなのは少女漫画の中だけですって」
たかが生徒会副会長に恋人がいるっていうだけで、そんな大騒ぎになるはずがない。
「俺だってそう信じたいよ……」
生徒会の会議はこれからだというのに、何故か会長は疲れ切った様子だった。
しっかしお前に恋人ねぇ……と何故か感慨深げな会長。
「……お前の恋人なんだし、さぞや可愛い子なんだろうな」
「はい、それはもう」
それは自信を持って肯定することが出来る。
俺の恋人は、可愛くて、美人で、とても明るくて、とても優しくて――。
――とても、愛おしい
ブーッブーッ
「ん?」
ポケットの中のスマホが振動した。どうやらメッセージが届いたらしい。
流石に副会長が廊下でスマホを使っていては示しがつかないので、ポケットから少しだけ出してチラリと画面を確認する。
そこに映っていたのは、その恋人からのメッセージだったのだが……。
「……んん?」
「ん? どうした?」
「あ、いや、何でもないです」
サッとスマホをしまい、そのまま会長と共に生徒会室へと戻る。これから会議なのでしばらくスマホは使えそうにないが、特に急ぎの用事ではなかったので問題は無いだろう。
ただ――。
(……アイドルにスカウトされた、ねぇ)
――その内容は、とても気になるものだった。
『――で、名刺差し出しながら「アイドルに興味はありませんか!?」って』
「なるほどね……」
その日の夜。自室のベッドに腰かけながら、恋人との通話タイム。話題は勿論、昼間に送られてきたメッセージの内容についてである。
なんでも放課後に友達と遊びに行ったところ、街中でスカウトされたらしい。
『少しだけみんなと離れてるときだったから、思わずナンパかと思ったよー』
「メグは可愛いから、スカウトもナンパも寄ってくるんだよ……メグ?」
だから気を付けてくれ、と続けようとしたのだが、何やら向こう側のメグが『うあああぁぁぁ……!?』と悶えていた。
「どうかした?」
『「どうかした?」じゃないよ! もー! もー! だから恥ずかしいから、イチイチそーいうこと言わなくていいってばー!』
「そういう? ……あぁ、メグが可愛いって? でも事実じゃないか。メグは可愛いよ」
『可愛くないよー……アタシより可愛い子なんてたくさんいるよー……』
「可愛い子がたくさんいても、メグが可愛いことには変わりないさ」
そう告げると、メグは『あうあう』と言いながら黙ってしまった。
普段は明るく快活なメグだが、自己評価が低くこうして可愛いと褒めると恥ずかしがりながら謙遜する。その様子がまた可愛いのだが、これ以上続けると俺の歯止めが効かずに話が進みそうになかった。
ただ最後に一言だけ。
「メグ、俺は君が一番可愛いと思ってるし、他の誰よりも大好きだからね」
『だからぁぁぁ!? もぉぉぉ! アタシも大好きぃぃぃ!』
「ありがとう、メグ」
『……もー、変なこと言うから話が進まないじゃん』
「ははっ、ごめんごめん」
しばらく電話の向こうでバタバタしていたメグが戻ってきてくれたので、話を元に戻す。
「それで、アイドルにスカウトされたって話だったけど……興味あるの?」
『あ、いや、そのー……ちょ、ちょっとだけね?』
どうやら興味はあるらしい。
先ほどから何度も言っているが、恋人としての贔屓目を抜きにしてもメグは可愛い。勿論それだけで成功するほどアイドルの世界は簡単ではないだろうが、それでも挑戦する価値はあるだろう。
しかし、一つだけ懸念すべきことがある。
「えっと、そのスカウトしてきた人は俺のことを知ってるの?」
それは
つい先日の俳優の
「メグのことだから『アイドルになりたいから別れて』とは言わないだろうけどさ」
『……へへっ、そこで「アイドルになるなら俺は身を引く」とか言い出したら怒ってたよ』
「メグのことを信じてるからね」
『ありがとっ! ……で、勿論アタシも言ったよ。「アタシ彼氏がいるんで」って。そしたら――』
――そ、そうか、それは残念……ん? いや、待てよ?
――?
――いや、それはそれでアリかもしれない!
――えっ。
――彼氏持ちアイドル! よそには人妻アイドルだっているんだから、それだってアリだろ!
――は、はぁ……。
――そう! 堂々と『恋人がいる』と宣言することで、純粋に『アイドル』としての魅力で勝負することが出来る!
――あのー……。
――さらに! 一部のファンからは『おいおい、その恋人ってのは俺のことだな?』と特殊な充足感を……!
――もしもーし……。
『――って』
「……なんというか、随分と……チャレンジ精神溢れる事務所だね」
少し言葉を選んだ末に、そう表現するのが最適だと判断した。
「何ていう事務所なの?」
『それが聞いてよー! アタシも変な事務所だなーって思いながら名刺貰ったの! そしたらそこに何て書いてあったと思う!?』
事務所を聞いた途端、急にメグが興奮し始めた。
「ふむ……」
メグがこういう聞き方をするということは、それを知った俺が驚くと考えたのだろう。つまりそれは俺も知っている事務所ということだ。知らないと驚けないからな。
俺の知っている事務所は基本的に有名どころばかりなので数が知れている。すなわち、『
まずは男性アイドル事務所の315プロは除外しよう。あとスカウトの人は『よそには人妻アイドルがいるんだから』と発言したらしいから、高垣楓さんが所属する346プロも除外。1054プロも、アイドルでありプロデューサーでもある
ここまでで765プロと961プロにまで絞られたわけだが……先ほどの反応を見る限りでは、メグはその事務所にスカウトされたことを喜んでいる様子だった。となると、メグのお気に入りのアイドルである
「……いや、降参」
でもまぁ、メグは俺を驚かせようとしてくれているわけだし、ここは気付かなかったことにしよう。
「一体何処の事務所だったの?」
『実はー……なんと! あの765プロなの! スゴくない!?』
「おぉ、スゴいじゃないか!」
『でしょー!』
気付かなかったことにはしたが、驚いているのは本当だ。何せ765プロと言えば、天海春香さんだけでなく、あの
「それで……やってみるの? アイドル」
『……とりあえず、話だけ聞いてみようかなーって』
「そうか」
自分の恋人がアイドルになるかもしれない。誇らしいような、少し寂しいような、そんな複雑な気分だ。
まさか、メグ
『それで相談なんだけどさ』
「何?」
『今度の日曜日のデートのついでに、765プロの事務所に行ってみたいんだけど……いーかな?』
「俺は別に構わないけど……メグはいいの?」
日曜日はメグの……。
『アタシはいーの。……だってその日は、一日中一緒……なんでしょ?』
「門限までね」
『えーっ!? そこはホラ、「今夜は帰さないよ」みたいなさぁ!』
「そういうのは、お互いに責任が取れる大人になってから」
俺だってそうしたいのは山々だが、お互いに親の保護下にある学生の身だ。メグの両親が門限を定めている以上、それは遵守しなければ、こうして交際をさせてもらっている身としては申し訳が立たない。
『……そ、そうだよね、大人になってから、だもんね』
何故か電話の向こう側で照れているメグはともかく、とりあえず明日は俺も一緒に765プロの事務所に向かうことになりそうだ。
その後も、それなりに夜遅くまで恋人との他愛ない会話を楽しむのだった。
さて、日曜日である。予定通りにメグとデートなので、朝から待ち合わせ場所である駅前へと向かう。
(……よし)
腕時計を確認すると、約束の時間の三十分前。いつも通りである。後はゆっくりとメグが来るのを待って――。
「おっはよー!」
――そんな底抜けに明るい声と共に、左腕に衝撃。後ろから誰かに勢いよく抱き着かれらしく、チラリと視界の端には茶色の長い髪が見えた。そんなことをしてくる人物には一人しか心当たりが無かった。
「おはよう、メグ。うん、今日も可愛いよ」
「え、えへへ、ありがと」
ややブカブカのタンクトップにレオパード柄のスカートを履いたメグ。やや露出が多いような気もするが、これはこれで春らしい装いだろう。
「それにしても、今日は早いね。まだ時間まで三十分あるよ?」
「たまにはアタシが先に来て待ってようかなーって思ったんだけど……っていうか、え、何、いつもこんなに早く来てたの!?」
「まぁね」
流石に毎回三十分前とは言わないが、大体それぐらいにはいつも集合場所で待っている。
「もー! だったら先に言ってよー! ずっと待たせっちゃってたってことでしょ!?」
「俺は気にしてないよ。メグのことを考えながら待ってるだけで、俺は楽しいから」
「むー……」
「そんなことより、今はもっと大事なことがあるだろ?」
「えっ」
「誕生日おめでとう、メグ」
――今日、四月十五日はメグこと
「……え、えへへ……うん、ありがとう」
一先ず、往来の邪魔にならないところに移動してから、メグにプレゼントを渡すことにする。
「その前に、一つ謝っておかないといけないことがあるんだ」
「へ?」
「実は、今回メグへのプレゼントを買うに当たって、姉さんからアドバイスを貰ったんだ」
「お姉さんから?」
生憎、女性との交際経験がない自分には、何をプレゼントすればメグが喜んでくれるのかを考えるのが難しかった。今回、メグと付き合い始めてから初めての誕生日と言うことで、変なものをプレゼントして失敗もしたくなかった。
そこで、自分の一番身近な女性である姉にアドバイスを貰うことにしたのだ。
「本当は自分で考えるのが一番だってことは分かってたけど……ゴメン」
「別にアタシは気にしてないよ。……というか、それを素直に言っちゃう辺り、ホント真面目君だよね~」
もーカッコイイくせにそういうところがカワイイんだからーと俺の頭を撫でるメグ。
「初めは薔薇の花を一輪、っていうのを考えたんだけどさ。姉さんに『それは少し重すぎるかも……』って止められたんだ」
「んーアタシはそれでも嬉しかったけどねー」
「それに薔薇だといつかは枯れちゃって、形に残らないからね。だから、形にも思い出にも残るようなプレゼントにしてみた。はいコレ」
「封筒? ……って、わっ!? これ『夢と魔法の王国』のチケットじゃん!?」
というわけで、これが俺の誕生日プレゼント。要するに、遊園地の入園券だ。
「本当は今日行こうかなって思ったんだけど、765プロの事務所に行くって言うから、チケットの日付を変えておいたよ。また次のデートで行こうか」
「わざわざ変えてくれたの!? ゴメン……でもありがと! めっちゃ嬉しい!」
「園内に、アクセサリーに名前を入れてくれるお店があるらしいからさ、そこで一緒のアクセサリーでもどうかなって思ったんだ。そうすれば、形にも残るし思い出にもなるでしょ?」
「わー……! ホントありがと!」
ガバッと真正面から抱き着いてきたメグの身体を、優しく抱き止める。
「……あぁ、なんか幸せだなー……こうやって、
「……俺も、こうしてメグを抱きしめることが出来て、幸せだよ」
それはまだ、付き合いたての男女特有の浮ついた夢を見ているような感覚に近いのかもしれない。
けれど、今の自分がメグのことが大好きで、メグも俺のことを大好きでいてくれるという事実には変わらない。
ならば、今はその幸せを満喫しよう。
……言葉にしなくても、俺とメグはそれを確信している。
――きっとこの人が、最初で最後の恋人になるのだと……。
4月15日
今日はアタシの16歳の誕生日! 折角なので、今日から日記を付けようと思う。三日坊主にならないように、頑張らないと。
さて、今日はアタシの誕生日ということで、一日アカリと一緒にデートをした。
まずはアカリからの誕生日プレゼントは『夢と魔法の王国』のチケットだった。なんでもアルバイトでお金を貯めてくれたらしい。生徒会の副会長がアルバイト……? と思ったが、アカリ曰く「これまでの素行と成績を考慮して、特例で認めてもらった」らしい。相変わらずハイスペックな恋人だった。
ちなみに元々考えていたらしい薔薇の花でもアタシは嬉しかったので、それを伝えると「それなら来年からは薔薇を送るよ」「来年は一本、その次は二本……いつか、その腕に抱えきれないぐらいの薔薇を送らせてほしいな」と言われてしまった。……これって、よく考えなくてもプロポーズだよね!? そうだよね!?
ホントもう、ナチュラルに女の子口説くから、彼女として少し心配になっちゃうよ。
……でも、それを全部アタシに言ってくれるんだから、それだけで顔がにやけてくる。
そうそう、デートのついでに、前々から行くつもりだった765プロの事務所にも行ってみた。あらかじめ連絡は入れておいたけど、流石に彼氏同伴だとは思っていなかったらしく、凄い驚いていた。
前回街中であったプロデューサーに、事務所の社長さんも交えて話してみたが、やはり例え彼氏持ちだったとしても、アタシをアイドルとしてスカウトしたい気持ちに変わりはないらしい。
アカリは「メグがやりたいなら、やってみるといいよ」と言ってくれたので、前向きに考えてみようと思う。また後日、レッスン風景などを見せてくれるらしいから、そこでまた考えてみることにしよう。
その後は、アカリと一緒にお昼を食べに――。
「いやぁ、なかなかの逸材だったねぇ。……恋人の彼も、思わずスカウトしたくなるぐらいの才能を感じてしまったよ」
「自分もです、社長。……しかし彼、どこかで見たような顔立ちだったな……?」
「……ぴよ……私も、あんなステキ彼氏が欲しかったぴよ……」
・アカリ
無駄な真名隠しシステムにより、もうしばらくこの名前だけで通そうと思う。
完全無欠な王子様キャラが書きたかった。
なお、実は裏では腹黒とか黒い部分を抱えているとか『そういうのは一切ありません』
・所恵美
四月十五日生まれのギャル天使。
こんな同級生が欲しかった定期。
ミリシタで悲しい事故が起こり、その行き場のない感情を叩きつけた結果、連載をもう一つ始めることになった。ちょっと後悔してるけど、満足もしている。
作者の別作品『かえでさんといっしょ』と同じ世界線という設定ですが、そこまで深く考えなくてもよいです。ただシンデレラガールズとのクロスオーバーはあります。
というわけでこちらも毎月十五日に更新……と言いたいところですが、他作品の更新との兼ね合いを含めて、毎月一日の更新、四月のみ十五日の更新、という形にさせていただきます。
というわけで皆さま、これから一年間よろしくお願いします!
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所恵美と放課後デートする5月
「……では、以上をもって会議を終了する」
『お疲れ様でしたー!』
会長の一言に、俺を含めた生徒会役員全員が着席したまま頭を下げた。
今日の議題はゴールデンウィークの連休明けに開催される体育祭について。全てが生徒に任されるわけではないものの、我が校の生徒会は学校行事の大半に関わるので、こうして頻繁に会議が行われる。
もっとも既に大半の仕事は終えているので、今日も最終確認を終えたら殆ど世間話だった。
「さてと……」
「副カイチョー!」
「ん?」
今日は残って片付けなければいけない用事もないので帰り支度をしていると、役員の一人である女子生徒に呼び掛けられた。
「この後みんなでカラオケにでも行こうかって話をしてたんですけど、副カイチョーもどうですか? あ、カイチョーもよければ」
「俺はついでか? えぇ?」
「あ、あはは、そんなことないですよー?」
俺よりも後に名前を呼ばれたことが癪に触ったらしい会長に睨まれ、女子生徒は視線を泳がせる。
「誘ってくれてありがとう。でも今日はこの後、用事があるんだ」
「えぇ~?」
ゴメンと断ると、女子生徒は露骨に残念そうな表情を浮かべた。悪いことをしたかなと少々心が痛むが、それでもこれは譲れない。
「用事がないときは、喜んで参加させてもらうよ」
「絶対ですよ! 約束しましたからね!」
何度も約束したことを強調する女子生徒に、苦笑しつつ「分かってるよ」と了承する。それで納得してくれたらしく、女子生徒は満足そうに去っていった。
「……いいのか?」
「何がですか?」
俺と同じく「用事があるから」と言って断った会長がコソコソと小声でそんなことを尋ねてくるが、一体何のことを聞いているのか分からず聞き返す。
「いや……他の女の子とカラオケに行く約束して、彼女は怒ったりしないのか?」
「……別に怒りはしないと思いますよ」
メグはそこまで狭量ではないはずだ。それに、メグもメグで、よくクラスメイトの男子生徒と一緒(勿論女子生徒も)にカラオケへ行くらしいので、恐らくその辺りは彼女の中のセーフラインの内側なのだろう。
「ふーん……そういうことで嫉妬するっていうのは、実際の男女間にはないのかねぇ」
「生憎、自分も今の彼女以外に経験が無いのでなんとも言えませんが」
それではこれで自分も失礼します、と会長に頭を下げてから自分も生徒会室を退出する。
……さて、と。
――ねぇねぇアカリ! 制服デートしようよ!
そんなメグの要望により、今日は学校帰りで制服を着たままメグとデートすることになった。学校を後にした俺はそのまま最寄りの駅から電車に乗り、いつもメグとの待ち合わせに利用している駅で降りる。
普段のデートでは自分が先に待ち合わせ場所で待っているのだが、今日は放課後の会議に出席しなければいけないため、どうしても帰宅部のメグよりも遅くなってしまった。なので既に待っているであろうメグの姿を探す。いつも俺が待っているモニュメントの前にはいない。そこからキョロキョロと周りを見渡してみると、意外と早くその姿を見つけることが出来た。
駅前広場に面したコーヒーショップのチェーン店、そのガラス張りの店内にメグはいた。店の外に向いて座るカウンターに肘を突き、ストローを咥えながらじっとスマホの画面を見ている。どうやら集中しているらしく、すぐ目の前に近付いても俺に気付かなかった。
トントン
「――? ――!」
人差し指でメグの目の前のガラスを軽く叩く。それに気付いて顔を上げたメグと視線が合うと、彼女の顔がパアッと明るくなった。パクパクと口が動いているので何かを喋っているみたいだが、生憎ガラス越しではよく聞き取れなかった。
ヒラヒラと軽く手を振ってから、俺も店内に入った。先に注文をして品物を受け取ってから席に着くタイプの店なので、カウンターで適当にアイスコーヒーを注文する。
コーヒーが出てくるのを待ちながら、チラリとメグに視線を向ける。彼女は身体ごとこちらを向いており、再び俺と視線が合うとニコニコと笑いながらヒラヒラと手を振って来た。そんな行動の一つ一つが可愛くて、思わず俺も笑ってしまった。
「彼女さんですか?」
カップに氷を入れながら店員さんが尋ねてきた。「そうです」と頷くと、その男性の店員さんは「羨ましいなぁ」と笑った。
「可愛い子ですよね。三十分前ぐらいからあそこに座ってたんですけど、何度か男の人に声をかけられてましたよ。中には彼女に声をかけるためにわざわざ店の中に入ってきてくれる人までいたぐらいですから」
「おかげできっと今日の売り上げは三割増しです」と言う店員さんに「いえ、きっと五割は固いですよ」と返すと、ご馳走様ですと再び笑われてしまった。
その後アイスコーヒーを受け取り、そのままメグの下へと向かう。
「おっつ! 生徒会のお仕事ご苦労様!」
「ありがとう。待たせちゃってごめんね」
「んーん! 気にしてないよー」
そのままメグの右側の椅子に腰を下ろすと、彼女はススッとこちらに身体を寄せてきた。えへへと小さく笑うメグは本当に可愛い。
「メグ、さっき店員さんに聞いたけど、男の人に声をかけられたんだって?」
大丈夫だったか尋ねると、メグは曖昧な笑みを浮かべた。
「うん、大丈夫だったよー。……でも、なんだろうな、声をかけられること自体は前からあったんだけどさ。アカリと付き合ってから、そーいうのが今まで以上に、その……何て言えばいいのかな」
多分「煩わしい」や「鬱陶しい」みたいなニュアンスの言葉を探しているのだろう。そういう言葉を使おうとしない辺り、メグの優しさを感じる。
大変だったねとメグの肩にかかる髪をサラリと撫でると、彼女はそのままコテンと俺の肩に頭を乗せてきた。
「勿論アカリ以外の人なんて考えられないけど……それでも、こーやって断り続けるのも心苦しいっていうかさー……」
「メグは優しいから、そう考えちゃうんだね」
「あーもー。いっそのことプロデューサーの言うとおり、彼氏持ちアイドルでデビューすれば、みんなに分かってもらえるかなー?」
「その場合、そもそもアイドルとして分かって貰えるかどうかが問題だけどね」
「うーん、やっぱり難しいかな……」
ハァとメグは似合わない溜息を吐いた。
そういえば、メグはアイドルになることを決めた。
初めてメグと共に765プロの事務所に顔を出した後日、今度はプロデューサーさんに765プロが所有する専用劇場へと俺も一緒に連れて行ってもらったのだが、そこでメグはアイドルになる決意をしたらしい。一体何が決め手になったのか。何故かメグは小さくベーと舌を出して教えてくれなかった。
ともあれ、改めてプロデューサーさんからスカウトを受け、765プロに所属することになったメグ。現在765プロは新たに三十九人ものアイドルをスカウトして『39プロジェクト』という企画を進めているらしく、メグもその企画の一員として活動していくことになるらしい。
ただ、まだその三十九人が揃っていないらしく、本格的な活動はしばらくお預けとのこと。企画が始動するまでは、しばらく基礎レッスンを受けることになったそうだ。
「……それ、もしかして『READY!!』?」
先ほどまでメグが熱心に見ていたスマホがテーブルの上に置かれていたのだが、そこに映っている静止状態の動画を見てそう尋ねると、メグは「えっ!?」と目を見開いた。
「何で分かったの!? 止まってる状態だよ!? しかもこれ、トレーナーさんが踊ってくれたのを録画したやつだよ!?」
「一応、765プロが公開してるPVは全部見たからね。フリに見覚えがあっただけだよ」
「全部見たの!? しかも覚えたの!?」
早くない!? と驚くメグ。
「あれ、メグはまだ見てなかったの?」
「全部は無理だってー……まだレッスンの一環で振付覚えるやつしか見てないよ」
「そうだったんだ……メグも頑張ってるだろうからって、張り切りすぎちゃったよ」
少々先走りすぎるのが俺の悪い癖だった。これまでの人生の中で果たして「お前そこまでする必要ないんじゃないか?」と何度言われたことか……全く治っていない。
「またやっちゃったか……」
「もーそんなことで落ち込まないでよー! ほら、アカリもよくアタシに言ってくれるじゃん」
――そ、そーいうところも、大好きだぞっ。
「……な、なーんて……アハハ、結構恥ずかしいねコレ……」
赤くなった顔をパタパタと手で扇ぐメグ。
「……ごめん。ありがとうメグ、元気出た」
メグにそう言ってもらえるだけで、自分の抱えている悩みがとても些細なものに思えてくる。いや、勿論少しずつでもいいから直さなければいけないところであることには間違いないのだが、少なくともメグとデートをしている今だけ悩むのは止めておこう。
「ん、良かった! もー、いつもはもっと余裕綽々な完璧人間なのに、こーいうときだけ弱気になるんだから」
「面目ない。……それでメグ、さっきのやつ凄い可愛かったから、もう一回やってもらっていい? 顎に人差し指当ててウインクするやつ」
「具体的に言わないでよっ!? だから恥ずかしいって言ったじゃん!」
更に顔を赤くしたメグが「もーいいから! 行くよ!」と自分が飲んでいたプラスチックカップを手にしながら席を立って俺の腕を引っ張ってきた。
「まだ飲んでるんだけど」
「外に持ち出しても大丈夫でしょ! ほら早く!」
メグに腕を引かれ、コーヒーを手にしたまま俺たちは店を出ることとなった。その間際、カウンターの向こうで先ほどの店員さんがまた俺たちを見てニコニコと笑っていた。
右手でコーヒーが入ったプラスチックカップを持ち、左手でメグの右手を握り、当てもなく二人並んでフラフラと駅前を歩く。
「それで、今日はどうするの?」
「んー、そろそろ夏服を見てもいいかなーって思うんだけど……そういうのはちょっと時間かかりそうだから、またお休みのときにするよ」
「……俺に気を遣わなくてもいいよ?」
別にメグの買い物にだったらいくらでも付き合うのだが。
「アハハ、ざーんねん! もうそれぐらいだったらアカリは付き合ってくれるって知ってるから、遠慮してあげないよー!」
「それは本当に残念だ。そろそろ夏服を着たメグも見たかったんだけどな」
「えっ!? だ、だからお休みのときにいくらでも見せてあげるってば!」
「うん。だから今日は休日のデートのときには見れないメグの制服姿を堪能することにするよ」
学校終わりに直接デートしているため、当然俺もメグも制服のままである。濃い緑のプリーツスカート、真っ白なブラウスの上には薄茶色のカーディガン。ブラウスのボタンは上の二つが留められておらず、えんじ色のネクタイも緩められている。
一般的に言えば
「だから……もー!」
普段気慣れている制服の筈なのに、こうしてマジマジと見られると気恥ずかしいらしかった。誤魔化すように俺と繋いだ手と反対に持っていたカップからストローで中身を吸い上げていたが、既に氷だけとなっていたため、ただズズッという音がするだけだった。
「はい、ゴミは俺がもらうよ」
「……ありがと」
既に飲み終わっていた俺のカップと重ねておく。後で何処かのゴミ箱に捨てておこう。
「それで、結局どうするんだい?」
「んー……逆に、アカリは何がしたい?」
「俺?」
「うんうん。ほら、アカリっていつもアタシのしたいことを優先してくれるじゃん? だから今日はアカリがしたいことしよーよ」
そうだなぁ……。
「……メグの歌が聞きたいかな」
「……え、私の歌?」
その俺の答えが意外だったらしく、メグは首を傾げた。
「別にいいんだけど……カラオケだったらこの間も行ったよ?」
確かに、つい先日のデートの際もカラオケへ行った。
「いや……もうすぐメグはアイドルとしてデビューするわけでしょ? そうすると、当然他の人の前で歌うようになる。でも今はまだ
それはふと思いついてしまった、俺の子供じみた我儘のようなものだった。メグが自分でやりたいと言った以上、俺は全力でメグを応援する。でもいずれアイドルとして有名になれば、こうして時間を取ることも難しくなってしまうだろう。だから今は、今だけは、まだメグを独り占めしていたいのだ。
「だから、今のうちにメグの歌をもっと聞いておきたいんだ」
ダメかな? と顔を覗き込みながら尋ねると、メグは耳まで顔を赤くしながらそっぽを向いてしまった。
「……慣れろアタシー……いい加減に慣れろー……アカリは天然でこういうこと言うんだから、イチイチ気にしてたら身がもたないぞー……でも慣れたくないー……すっごい嬉しいー……顔がニヤけるー……!」
「メグ?」
「……分かった。それじゃあ、今からカラオケね。トコトンアタシの歌聞かせてあげる。その代わり、ちゃんとアカリも歌ってよ?」
「それは勿論」
どうやら俺の要望を飲んでくれたらしい。
すぐにお礼を言おうと思ったのだが……それはメグによって遮られてしまった。
横に並んでいたメグはタタッと俺の前に回ると、俺の胸に手を当てながら下から見上げるように俺の顔を覗き込んできた。
「……でも、これだけは覚えといて。例えこれからアタシがデビューして、他の人にとってもアイドルになったとしても――」
――心はいつでも、アカリだけのアイドルだから。
「……メグ」
「……あああぁぁぁやっぱり恥ずかしいって! なんでアカリはこーいうセリフ恥ずかしげも無く言えるの!? うわ顔あっつい!」
笑顔で言い切ったと思ったら、途端に真っ赤になった顔を手で覆ってしまった。
「……今日はメグに励まされてばっかりだね。本当にありがとう」
こんなに素敵な女の子が俺の恋人になってくれたばかりか、ここまで俺のことを想ってくれるなんて……本当に俺は幸せ者だ。
「俺もこれからはアイドルの恋人になるわけだから、もっと頑張るよ」
「うん……え、アカリは何を頑張るの?」
「そうだね……勉強が一番学生として分かりやすく結果が残せるよね。全国模試で一位とれば、アイドルの恋人としては釣り合うかな? あとは……有名大学に進学? となると来年、生徒会長の座を譲ってもらって、生徒たちの学校生活の改善に貢献したっていう実績も作っておいて……」
「あ、いや、そこまでしなくてもいーんじゃないかな……」
やっぱりその癖はそう簡単に治らないねーと苦笑しつつ、それでもメグは自身の右腕を俺の左腕に絡めてきた。
5月2日
明日からゴールデンウィーク! 休みの間もいっぱいアカリと遊ぶ予定だが、今日はアカリと放課後に制服のままデートをした。
帰宅部のアタシと違い生徒会の仕事があるアカリはすぐには来れないので、いつもと違ってアタシがアカリを待つことになった。お茶をしながら待っていたのだが、何回か男の人に声をかけられてしまった。勿論全部断ったが、こんなことなら外からよく見える位置に座るんじゃなかったと少し後悔した。
しかしそんな後悔も、アカリが目の前のガラスをトントンと叩いたことで全部消し飛んでしまった。あーいう何でもない仕草の一つ一つが全部絵になるんだからズルいと思う。
というか本当にアカリはズルい。アタシばっかりこんなにドキドキしてるのに、アカリはいつも余裕綽々といった感じだ。いつか絶対に、アカリにも同じ目に遭わせてやる。
でもそんなアカリにもちゃんと弱点があるのが少しだけ嬉しかったりする。少しだけ先走りすぎる悪い癖だが……それを指摘した後にシュンとなるのが凄い可愛いよ~……!
アカリと合流した後は、珍しくアカリの希望でカラオケに行くことになった。俺だけのアイドルでいて欲しいなんて言われて、凄く嬉し恥ずかしかったが、それだけアタシのことを想っていてくれていることが分かってキュンとしてしまった。……ホント、ズルいなぁ。
「いやぁ、本当に仲の良いカップルだったなぁ……」
「あのすみません、ブラックコーヒー一つ……」
「俺も……」
「……割と本当に、五割増しになったりして」
名前隠し継続中。ただし『アカリ』という名前から連想ゲームでお姉さんが誰なのか分かる仕様になってたりする。
ついでに主人公の弱点的なものも追加。
それにしても、今までに書いたことのないタイプの主人公だから、今までとは違うヒロインとの絡ませ方が出来て楽しい。(ただしネタ出しの労力も二倍)
時系列の設定としては、更新日は一日ですが、お話はその月の中の何処かのお話という設定です。(たとえば12月だったら24日のお話になったりします)こうした方がお話作りやすいしね。
というわけで、また次回。
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所恵美が初めてステージに立つ6月
「……よし、出来た」
朝。早くから起きて作っていたおかずを全て詰め終わり、重箱の蓋を閉じる。
「おはよう。あら、早いのね」
重箱を包んでいると、キッチンに姉さんが入って来た。
「あ、おはよう姉さん。昨日は遅かったみたいだね」
「えぇ。事務所の先輩たちとご飯に行ってたら少し遅くなっちゃって。……それにしても、凄いお弁当ね」
ピクニックにでも行くの? と尋ねてくる姉さんに「違うよ」と首を横に振る。
「実は今日――」
『聞いてアカリ! アタシついにステージに立つことになったんだ!』
既に日課であるメグとの夜の電話において、開口一番メグは嬉しそうにそう告げた。
アイドルデビューを目指してダンスレッスンやボーカルレッスンを重ねていたメグだったが、ついにそのときがきたらしい。
「おぉ、おめでとう、メグ」
『えへへ、ありがと! ……まぁ、と言っても事務所の先輩の曲を歌わせてもらうだけだから、正式なデビューってわけじゃないんだけどね』
「それでも凄いよ。それで、いつになるの?」
『あ、やっぱり観に来たい……?』
「勿論だよ。自分の恋人が……違うな、メグがアイドルとしてステージに立つ姿を楽しみにしてたんだから」
恋人だから、なんて理由じゃない。所恵美という一人の少女が大好きだから、そんな彼女がアイドルになる姿を観たいと思うのだ。
『……うぅ、そう言ってくれるのがすっごい嬉しいんだけど、やっぱり恥ずかしい……』
「相変わらずメグは恥ずかしがり屋だなぁ。これからアイドルとしてデビューしたら、ファンのみんなからもっと沢山褒められるんだろうから、これぐらいは慣れておかないと」
『……アカリに言われるのが恥ずかしいんだってば……』
「え? それは困ったな……俺はこれからもメグのことを可愛いって褒めていきたいし、大好きだって気持ちも言葉にして伝えていきたいんだけど」
『分かったから! ちゃんと慣れるから! 今はちょっと勘弁して!』
自分の気持ちに素直になるということも些か不便だなぁと思いつつ、話を戻す。
「それで、いつ?」
『次の日曜日。定例ライブの合間に『
『七彩ボタン』って言うと、確か……。
「『竜宮小町』さんの曲だね。でも、三人ユニットの曲を一人で歌うのかい?」
『おっ、流石に鋭い。勿論アタシ一人じゃなくて、琴葉とエレナと一緒なんだー』
それにしてもそうか……三人でステージに立つのか。別に彼女一人だけのステージじゃないことに対して不満があるわけじゃない。逆に三人で、しかも気心知れた友人と共にステージに立つのだから、きっとそれほど緊張しなくて済むだろうと少しホッとしている。
『それで、招待用のチケットをアタシも貰ってるんだけど……』
「俺がメグの家まで取りに行けばいい?」
『それでもいいんだけど、わざわざ来てもらうのも悪いかなーって思って』
「別の俺は気にしないけど」
確かにメグの家へ行くには電車を乗り継ぐ必要があるが……それでも、それぐらいの労力はどうってことない。
『ううん。だから当日、劇場の前で直接渡そうと思って』
「それは……大丈夫なの? 公演前ってことは、リハーサルとか打ち合わせとか色々忙しいと思うんだけど」
『その辺はダイジョーブだって! なんとかするから!』
「……メグがそう言うんなら」
一応、こちらでも当日チケットを購入できるか確認しておこう。万が一、入れませんでしたなんてことにならないように。メグのことは信じているが、念のため。
『それで~……アカリにお願いしたいことあるんだけど、いい?』
「いいよ。何?」
メグのお願いは、しっかりと俺の叶えることが出来る範囲のことだと確信している。故に了承してから内容を尋ねる。
『えっと……お弁当作って来てほしいなー……なんて』
「お弁当?」
『うん。お昼ご飯は自分たちで用意するんだけど……折角だから、アカリが作ってくれたお弁当を食べて気合を入れようと思って!』
それぐらいならばお安い御用だ。自分が作ったお弁当なんかでメグのモチベーションが上がるというのであれば、いくらでも作って持っていこう。
「分かった。それじゃあ俺も気合を入れてお弁当を作るよ」
『ありがとっ! その代わり、今度のデートのときはアタシがお弁当作ってあげるね。それ持って公園にピクニックっていうのはどう?』
「いいね。アイドル『所恵美』のステージの次は、そっちを楽しみにしてるよ」
「――というわけで、そのお弁当。どうせだから他の人にも食べてもらうと思って、多めに作ったんだ」
「そうだったの。それにしても、恵美ちゃんもついにステージに立つのね……ふふっ、私も楽しみだわ」
「姉さんにそう言われると、メグもきっと喜ぶよ」
包み終わり、それを大きめのスポーツバッグに入れる。
「あ、そこのテーブルに乗ってるおにぎりとおかずは余分に作ったやつだから、良かったら姉さん、朝ご飯に食べてよ」
「いいの?」
「勿論」
「なら、いただくわね。ありがとう――」
――とー君。
「……着いた着いた」
そんなわけで、スポーツサイクルを走らせ、やって来たのはとある海沿いの建物。学校の体育館ほどの大きさで、屋根の上には『765 LIVE THEATER』というネオンが設けられているその建物は、言うまでも無くメグが所属する765プロダクションが関わっている建物。ズバリ、765プロ専用劇場である。
以前ここへ来たときはメグと一緒に事務所からプロデューサーさんの車で連れてきてもらったのだが、今日は自宅から直接来てみたのだ。
「意外と近くにあったんだなぁ……」
とはいえ、自転車で30分ほどの距離。言うほど近くは無いが、それでもメグの家と比べると十分近かった。これならば自宅からでも通うことが出来そうだ。
さて、今日は日曜日。平日は十六時からの一公演だけらしいのだが、土日祝日はお昼の公演も合わせて二公演やるらしい。二つの公演は同じセットリストらしいので、メグはその両方に出演するということだ。
とりあえず先にメグへ到着したことを伝えるメッセージを送ってから、駐輪場へと自転車を停めに行く。先ほどチラリと見えた駐車場もそうだったが、駐輪場もそれなりの台数が停まっており、今日この劇場へと訪れた観客の多さが窺えた。
メグがチケットを持って来てくれるまで、何処か分かりやすい場所で待機を――。
「やぁ、久しぶりだね、彼氏君」
「――え? ……プロデューサーさん」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこに立っていたのは765プロのプロデューサーさんだった。メグと共に何度か顔を合わせているので、どうやら向こうも俺のことを覚えていてくれたらしい。
「お久しぶりです。今回、恵美をステージに立たせていただき、ありがとうございます」
自分がそれを言うのもお門違いかとも思ったが、それでもメグがアイドルとしての第一歩を踏み出せたのは彼のおかげだ。故に、しっかりと頭を下げて感謝の意を示す。
「いや、俺自身はそうたいしたことしてないよ。こうしてステージに立てるようになったのは、恵美自身の実力だ。そこはしっかりと彼女を評価してあげてくれ」
「それは勿論です」
「まぁ、君にだったらわざわざ俺が言う必要もなかったかな。……はい、恵美からの預かりものだよ」
そう言ってプロデューサーさんは一枚のチケットを俺に差し出してきた。
「本当は恵美が直接来るつもりだったらしいんだけど、流石に本番前で既にステージ衣装に着替えちゃった状態で外に出すわけにはいかなかったからね。代わりに俺が持ってきたよ」
「それは……ご足労をかけてしまったようで」
やっぱり、本番前のこのタイミングにメグが出てくるのは難しかったらしい。
「なんの、これぐらい気にしないさ。それとついでに、君からお弁当を受け取ってくるようにも頼まれてるよ」
そうか、それもあったんだ。メグがチケットを持って来てくれるならばその際に渡すつもりだったが、それも出来ない。彼女にお弁当を渡すためには、プロデューサーさんにお願いするしかないだろう。
「……それじゃあすみませんが、よろしくお願いします」
「任せてくれ」
チケットを受け取り、代わりに肩から下げていたスポーツバッグからお弁当の包みを――。
「……あぁ、そうだ。どうせなら、直接君が渡してもいいよ」
「え?」
――取り出そうとして、プロデューサーさんの言葉に手が止まった。
「それはどういう……?」
「このまま君が楽屋まで会いに行くってことだよ」
「い、いいんですか?」
「本当はダメだけど、君なら大丈夫だろう。俺も一緒に行動すれば他の人からの文句も無いはずさ。それに、恵美も本番直前に恋人から直接激励されたら気合入るだろうしな」
どうだい? と尋ねてくるプロデューサーさん。
それは勿論二つ返事で飛びつきたい魅力的な提案なのだが、やはり部外者がそこまで立ち入って大丈夫なのかという一抹の疑問が過る。
しかしそれでも
「……お言葉に甘えても、いいでしょうか」
「勿論だ!」
というわけで、プロデューサーさんに着いて行き、関係者入り口から劇場の中へと入っていった。
「ここが楽屋だ」
途中すれ違ったスタッフさんにやや不思議そうな目で見られたものの、それ以外は何もお咎めなく楽屋の前までやって来た。中からはわずかに年若い女性たちの声が聞こえてきている。
「恵美以外にも他のアイドルたちが待機してるが……いくら可愛いからって目移りするなよ?」
「大丈夫です。例え他のアイドルが可愛くても、俺の中での一番はメグ以外にありえませんから」
流石だな、と笑ってからプロデューサーさんはコンコンと楽屋のドアをノックした。
「俺だ。入ってもいいか?」
プロデューサーさんがドア越しにそう呼びかけると、中から「はーい」という返事が返ってきた。
入室許可が下りたところで、プロデューサーさんがドアノブを回してドアを開けた。
「恵美、お前にお客さんだぞ」
「ほえ? アタシに?」
ドアを開けるなり開口一番に放たれたプロデューサーさんの一言に、姿は見えないが恵美のそんな声が聞こえてきた。中に入っていく彼に続いて、俺も楽屋の中に足を踏み入れた。
「失礼します」
「えっ!? アカリっ!」
俺の姿に気付いたらしいメグの驚く声が聞こえてきたと思うと、そのままタタッと駆け寄ってきた彼女の姿がすぐ目の前にあった。
「やぁ、メグ。驚かせてゴメン」
「えーっ!? なんでなんで!?」
「プロデューサーさんが『折角だから会いに行ったらどうだ』って言ってくれたから、お言葉に甘えさせてもらったんだ」
「プロデューサーありがとう!」
メグが満面の笑みでプロデューサーさんにお礼を言うと、彼は「なんのなんの」とひらひらと手を振った。
「それで、それがステージ衣装?」
「そう! かわいーっしょ?」
尋ねると、メグは一歩後ろに下がり全身を見せるようにその場でクルリと回った。赤と白を基調とした衣装で、下は青のミニスカート。下にオーバーパンツを履いているだろうが、それでもこの短さでステージの上に立つと思うと恋人としては少々複雑な気分になる。
「ハーイ! キミがアカリだネー?」
「恵美から話は聞いてますよ」
メグへ「可愛いよ」と答えていると、声をかけられた。明るい緑色の長い髪の少女に、赤みがかった長い茶髪の少女。二人ともメグと同じ衣装を着ていた。
「俺もメグから話は聞いてます。初めまして、島原さん、田中さん」
「エレナでいいヨー! ……ウンウン! 写真見せてもらってたけど、やっぱりカッコイイ恋人だね、メグミ!」
「でしょー!」
エレナさんから褒められると、メグが嬉しそうに笑いながら俺の腕に抱き着いた。
「恵美、折角整えた衣装が崩れちゃうわよ」
「後で直すから、もうちょっとだけ~」
「もう……」
田中さんの忠告に聞き流すメグ。嘆息する彼女に、代わりに俺が申し訳なくなってしまった。
「すみません、田中さん」
「あ、そんな、貴方が謝るようなことじゃないから。……あと、私も名前でいいわ。一人だけ名字で呼ばれるのも、少し寂しいから」
「それじゃあ、琴葉さんで」
「……二人と仲良くなるのが早いねー」
彼女の目の前だぞーと言いながら、先ほどまでニコニコしながら俺の腕に抱き着いていたメグが、やや非難するような目になって人差し指で脇腹を突いてきた。そんな風にヤキモチを焼きながら拗ねるメグの姿も可愛いが、大事な初ステージを目前に控えていることだし、早々に誤解を解いておくことにしよう
「そんな顔をしないでくれ、メグ。もし本当にメグがそれを嫌がるんだったら、俺も琴葉さんのことを名前で呼ぶことをやめるよ。だけど、優しいメグはそんなこと絶対に言わないって俺は知ってるよ」
スッとメグの首筋から頬に向かって撫でると、彼女はくすぐったそうに身を捩った。
「だからホラ、笑って、メグ。アイドルとして客席の人たちに見せる前に、今だけはメグの笑顔を独り占めさせてほしいんだ」
「……もう、アカリってばしょうがないなー!」
メグは抱き着いていた俺の腕から離れると、左手を腰に当て、右手を横ピースにしながらニコッと笑った。少々頬が赤い気もするが、それはどんな人が見ても虜になると確信できる、メグらしい最高の笑顔だった。
「うん、やっぱりメグは拗ねてる顔も可愛いけど、やっぱり笑ってる方がもっと可愛いよ。はい、それじゃあいいものを見せてくれたお礼」
スポーツバッグの中からお弁当の包みを取り出し、メグに差し出した。
「約束のお弁当。沢山作ったから、皆さんも一緒にどうぞ」
「ヒャッホー! 待ってましたー!」
「お弁当!? 貰っていいの!? アリガトーアカリー!」
メグが喜んで受け取り、エレナさんも一緒になって喜んでくれた。これだけ喜んでもらえるのであれば、早起きして作ったお弁当は三文以上の価値があることには間違いないだろう。
「琴葉さんもよかったらどうぞ」
「ありがとう。……ねぇ」
「なんですか?」
「……きっと大変だってことは、貴方も分かってるのよね?」
曖昧に主語が抜けた言葉。メグの話から聞く琴葉さんのイメージにそぐわない曖昧な質問だったが、彼女が言いたいことは何となく分かった。
「勿論。メグがアイドルになると決めた以上、俺はそれを全力で応援する。そしてその上で、俺はメグから離れないことを決めたんだ」
きっとその道のりは優しいものではないだろう。『アイドルに恋人がいる』ということがどれだけ厳しい物なのか、容易に想像が出来る。
それでも。
「メグと別れること以上に辛いことなんて、ありはしないさ」
「……君は本当に恵美のことが好きなのね」
「あぁ。流石に彼女の両親には負けるだろうけど、いずれその一番は貰っていくよ」
「筋金入りね」
クスクスと笑う琴葉さん。流石にアイドルを目指しているだけあり、その姿も大変絵になっていた。
「ちょっとー、また二人でコソコソ何してるのさー」
「何でもないわよ、恵美」
「そうそう。琴葉さんに、俺がどれだけメグのことを大好きかを教えてたんだ。……そうだ、本番前で衣装を汚したら大変だから、俺が食べさせてあげるよ」
「えっ!?」
「ほら、前にメグが美味しいって言ってくれた甘い卵焼き。はい、あーん」
「「おぉ……!」」
「あ、アカリ!? 流石に二人の前だと恥ずかしいんだけど……二人もマジマジと見ないでよ!?」
……どうやら、緊張はしていないらしい。大丈夫だとは思っていたけど、俺の杞憂に終わって何よりだ。
後は、観客席から見守ることにしよう。
(……頑張れよ、メグ)
6月3日
ついに……ついに! 今日はアタシが初めてステージに立つ日!
……と言っても正式なデビューではなく、先輩たちのステージの合間に、先輩たちの曲を歌わせてもらうだけ。それでもアイドルとしての初めてのお仕事。とても気合が入る!
ちなみに曲は『七彩ボタン』で、琴葉とエレナの三人でステージに立つことになった。
アタシのアイドルとしての姿、少し恥ずかしい気もするけど、やっぱりアカリに見てもらいたかった。そこで少しだけおねだりをして、お弁当を作って応援に来てもらうことに! 二つ返事で断らないアカリ、優しくて大好き! しかもプロデューサーの気遣いで、楽屋にまで直接応援に来てくれるというサプライズ付き!
本番前にアカリにギュッてもらったおかげで、緊張なんてせずにステージに立つことが出来た。勿論ステージは大成功! 練習以上の歌とダンスが出来た気がする!
……ただ、そこで調子に乗ってしまったのがいけなかった。歌い終わった後に、トークで繋ぐことになってしまったのだが……そこで思わず、自分には恋人がいることを言ってしまったのだ。
観客は大分ざわついており、裏に戻ったらプロデューサーからも「言うのが早すぎる」と怒られてしまった。アカリは「もう怒られてるメグを怒るのは、俺の役目じゃないよ」と言って抱きしめてくれたけど……これから、どうなるんだろうか。
「おい、今日の子だけどよ」
「あぁ、あの『恋人がいる』って公言した子な」
「……ありじゃね?」
「……ありだな」
『姉』
・高校二年の主人公より年上
・第7回シンデレラガール総選挙50位圏内(ツイッター参照)
もう口調と上記の情報で分かる人には分かると思う。ただ主人公の本名と共にまだまだ隠す。
今回はそんなに甘くなかったので、次回七夕でもっとイチャコラさせるぞ!
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所恵美と遊園地に行く7月
「……よし」
身支度を整え、洗面所の鏡の中に映る自分の姿に不備が無いことを確認する。寝癖なし、隈なし、目ヤニなし、髭の剃り残しなし、歯の汚れもなし。制服に皺も無く、ネクタイも曲がっていない。我ながら生徒会副会長として恥ずかしくない姿だ。生徒たちの制服を指導する立場なのに、自分の制服が着崩れていては説得力がないからな。
腕時計を覗いて時間を確認する。そろそろ家を出れば丁度いい時間になりそうだ。
「……あら? どうしたの、とー君」
リビングに置いてあった鞄を取りに向かうと、仕事に出る途中だった姉さんが俺の姿を見るなり首を傾げた。
「今日はお休みだけど……学校に用事?」
姉さんの言う通り、今日は土曜日で授業は無い。たまに生徒会の仕事を詩に行くこともあるが、今日は違う。
「いや、今日はメグとデートだよ」
「? 休みの日に、わざわざ制服を着て?」
んー……と人差し指を唇に当てながら思案する姉さん。やや子どもっぽい仕草にも見えるが、姉さんのそれにはどこか艶っぽさを感じた。
「あっ!」
どうやら閃いたらしく、ハッとした表情になってパチンと手を叩いた。
「もしかして制服デート? 『夢と魔法の王国』でしょ!」
「正解」
姉さんの言う通り、今日はメグと共に『夢と魔法の王国』という遊園地に遊びに行く。実は誕生日プレゼントとして渡したチケットをまだ使っておらず、どうせだったらイベント期間中に行こうという話になったのだ。
そして『夢と魔法の王国』に制服でデートするというのは女の子たちの中では定番らしい。俺はメグから聞かされるまで知らなかったが……やっぱり女の子の姉さんは知っていたようだ。
「うーん……」
「何?」
俺が休日に制服を着ている理由を知った姉さんだったが、何故か俺の恰好を見ながら唸っていた。心なしか、渋い表情をしているような気もする。
「……ねぇ、とー君。そのまま行くの?」
「え? ……どこか変だった?」
もう一度自分の体を見下ろして確認する。もしかしたら自分で気づけなかった不備があったのかもしれない。
しかし、姉さんは「ううん」と首を横に振った。
「制服の着方としては間違ってないの。でもそれは
「デートでの着方……?」
「そう。……んー、とー君はこういうこと苦手そうだし、お姉ちゃんがやってあげるね?」
「えっ、いや、俺もう出るし……姉さんも今から仕事じゃ」
「すぐに終わるから」
ホラホラと何やら楽しそうな姉さんに背中を押され、先ほど出てきたばかりの洗面所に押し戻されてしまった。
「えっと、ここをこうして……」
「……あっ、デートでの着方ってそういう……でも姉さんだってこういう着方したことないでしょ」
「うっ……お、お姉ちゃんはいいの! ……どうせだから、髪の毛も弄ってみようか!」
「いや、だから時間が……」
「お姉ちゃんは大丈夫! ちょっとぐらいなら平気だから!」
「俺は……?」
結局姉さんに色々と弄られた結果、待ち合わせの時間ギリギリになってしまった。
以前「アカリは待ち時間に早く来すぎ! 待たせる方も気を遣うんだからね!」と怒られてしまったため、三十分前から待つことをやめた。なので今日は十分前ぐらいに着く予定だったのだが……姉さんがノリノリになってしまうとは予想外だった。一応待ち合わせの時間には間に合うはずだが、今日は逆にメグを待たせることになりそうだ。
最寄り駅に電車が到着すると、休日なだけあって大勢の人々が溢れかえっているホームを抜けて一階の改札口へ向かう。途中、自分と同じように学生服を着た男女の姿が多々見受けられた。別に疑っていたわけではないが、『夢と魔法の王国』へ制服を着ていくのは本当にメジャーなことだったらしい。
改札口を出てすぐ目の前に並んであるベンチが、今回の待ち合わせ場所。同じように待ち合わせをしているであろう人々の中に、メグの姿を見つけることが出来た。勿論、彼女も制服姿だ。
「おはよう、メグ。待たせてゴメン」
「ん、おはよー! 珍しいね、アカリが時間ギリギリ……なん、て……」
挨拶と謝罪をしながらメグに声をかけると、スマホを弄っていた彼女は顔を上げた。パッといつもの笑顔を見せてくれたメグだったが、何故か自分の姿を見るなりだんだんと言葉が尻すぼみになっていってしまった。
「……ど、どーしたのその格好!?」
メグが思わず大声を出してしまった俺の恰好は、勿論今朝自分で袖を通した学校の制服である。ただネクタイは緩く締められ、ワイシャツのボタンは上二つが開けられており、下には赤いプリントTシャツを着ている。更に裾がズボンから出ており、靴もローファーではなくスニーカー。服装だけでなく、髪の毛も姉さんの手によって軽く立てられてしまった。
「姉さんに『どうせ学校に着ていくわけじゃないんだから、少しぐらい着崩した方がカッコイイ』って言われてね。……やっぱり、変だったかな?」
来る途中も色々な人からチラチラと見られていた上にコソコソと何かを言われていたような気がした。
しかしメグはブンブンと首を横に振った。
「ううん! そんなことない! チョーカッコイイじゃん!」
どうやらメグからは大変好評価を得ることが出来たようだ。
「いっつもキチッと制服着てるから、こういうアカリ凄い新鮮! ねぇねぇ、写真撮ろうよ写真!」
「え? 写真なら『夢と魔法の王国』に入ってからでもいいんじゃ……」
「今のアカリと今撮りたいの! ほらこっちこっち!」
メグに腕を引かれて、彼女が座っていたベンチの右隣に肩がくっつくぐらい近くに腰を下ろした。お互いに二の腕が剥き出しになった夏服なので、自然に肌と肌が密着する形になった。そしてかすかに漂ってくる柑橘系の匂いは、多分メグの日焼け止めだろう。
「アカリ、もっとくっついて!」
「これ以上くっつくとなると……」
ちょっと失礼、と一言告げてから左腕を彼女の背後から左腰に回し、グイッと自分の方に引き寄せた。メグは自分の体にもたれかかる形になり、先ほどよりも更に密着度が上がる。正直気温的なものも合わさって結構熱いが、今はそれが逆に心地よいとも思えた。
「えへへ……それじゃあ、撮るよー!」
メグが自分のスマホを内カメラモードにして掲げる。やや上から映す形になるので、メグと二人で写真の枠の中に納まるよう、更に身を寄せ合う。
「………………」
ふと横を見ると、すぐ側にはメグの顔が。
「はい、チーズ!」
チュッ
「アカリのバカッ!」
「ダメだった?」
「ダメじゃないけどダメなの!」
駅前の集合場所で写真を撮り終え、俺とメグは『夢と魔法の王国』へと入園した。既に大勢の人たちが並んでいたので中に入るまで少々時間がかかったが、無事に入園。
しかし、腕を組んで歩きながらメグは顔を赤くして怒っていた。
ややテンパっているらしく言っていることが少しだけおかしいが、これも全部写真を撮る瞬間にメグの頬にキスをした自分の責任なので、その怒りを甘んじて受けることにする。
「ゴメンゴメン、ちょっとだけ悪戯心が湧いちゃって。可愛かったよ、メグ」
「もー……ア、アタシだって人前は恥ずかしいんだからね……」
そう唇を尖らせるメグがとても可愛かったが、これ以上は本気で怒らせてしまう可能性もあるのでやめておこう。
安直なご機嫌取りではあるが後でアイスでも買ってあげようと考えながら、園内のメインストリートを歩いていくと、やがて大きな笹の前に辿り着いた。
「おぉ、今年もやってるね!」
「壮観だねぇ」
そう、今日は七月七日の七夕。『夢と魔法の王国』もつい先日から七夕のイベントを行っている真っ最中なのだ。この笹もイベントの間だけ設置されているもので、訪れたお客さんたちは配布している短冊に願い事を書くことが出来るようになっている。ただし短冊を吊るすのは笹ではなく、近くに設置されたそれ専用のボードだ。
「ねねっ! アタシたちも書こうよ!」
勿論と二つ返事で了承し、スタッフから短冊を貰って近くに用意されたテーブルへ。
「何書こうかな~?」
「俺はもう決まってるよ」
「えっ、何? 何て書くの?」
メグからの問いかけに答えず、手元を見せるようにサラサラとマジックペンで短冊に俺の願い事を書く。
――メグがトップアイドルになれますように
「勿論、これだよ」
「……えー」
「えーって」
割と本気で書いたのに、当のメグ本人からは余り反応が芳しくなかった。
「あれ、ダメだった?」
「いや、ダメじゃないけど……折角書くんだから、自分のことを書こーよ」
「自分のことは自分の力で叶えるから。短冊は別のことを書くって決めてるんだ」
「もー……」
「そういうメグは、なんて書くの?」
「……私はそりゃあ……」
何故かポッと頬を赤く染めたメグは、チラチラとこちらを見ながらやや躊躇いがちに短冊へマジックペンを走らせた。
――ずっとアカリと一緒にいられますように
「………………」
「……ベ、ベタだってことはアタシも分かってるもん。でも、恋人とデートの真っ最中なんだから、普通こー書くでしょ?」
いや、そう言ってくれるのは勿論嬉しい。恥ずかしがりながらも、俺と一緒にいることを望んでくれるのは本当に嬉しい。
「……メグ、その願いは、織姫と彦星じゃなくて俺に願って欲しい」
「えっ」
「ずっとメグと一緒にいる。その願いは俺が叶えるから……俺に願って欲しい」
ギュッとメグの手を握ると、カァッと彼女の顔が赤くなった。
「……お願いして、いいの……?」
「全力で叶える。俺はずっと、メグの傍にいるよ」
「……うん」
さて、とりあえず短冊は結局書き直さずにそのまま専用ボードに吊るすことにしたのだが……その途中、メグがスマホを取り出した。どうやら誰かからのメッセージが届いたようなので、その間、代わりに俺がメグの分も一緒に短冊を吊るしておくことにする。
「……え゛っ」
突然、メッセージを確認したメグがそんな鈍い声を出した。そしてバッとスマホから顔を上げると、頬を赤らめながらキョロキョロと周りを見回し始めた。
「メグ? どうかしたの?」
「と、とりあえずここから離れよっ! ほら早く!」
「?」
とりあえず短冊は吊るし終えていたので、メグに背中を押されるがままにその場を離れることになった。
「……それで、どうしたの?」
「……事務所の子も『夢と魔法の王国』に来てたらしくてさ……さっき『恋人と仲が良くて大変よろしいですが、人前では流石に弁えてはいかがでしょうか』ってメッセージが来て……」
「あら」
どうやら先ほどのやり取りを見られていたようだ。
「まだ俺も会ったことない子? だったら一言挨拶ぐらいしたかったけど……」
「会ったことないはずだけど、そーいうのはいいの! ……というか、デート中に他の女の子のことを気にするのはマナー違反って、知らないのかなー?」
コラッと腕を組んで歩きながら、反対の手で頬を摘ままれてしまった。確かに、今のは俺の配慮が足りなかったかもしれない。
「……そういえば、最近はどう? そろそろ一ヶ月ぐらいになるけど」
メグが乗りたいと希望するジェットコースターへと足を向けながら、少しだけ気になっていたことを尋ねる。
「うん、けっこー順調。逆に何もなさ過ぎて、ちょっと怖いぐらい」
一ヶ月前。それはメグが765プロダクションのアイドルとして初めてステージに立った日で……所恵美というアイドルに恋人がいると公言してしまった日でもあった。それからというもの『アイドルの癖に恋人がいるなんて』などといった声を、劇場内の観客から聞くことが多々あったが……。
「最近だと逆に『恋人とは順調?』とか『どんな人なのー?』みたいなことを聞かれることが多くなった気がするんだ」
どうやら女性ファンを中心にして結構受け入れてもらっているらしい。男性ファンの中でも『本物の恋を知っているからこそ、恋の歌を歌えるアイドルがいてもいいのではないか』というまるで専門家のような意見もチラホラ。
プロデューサーさんが冗談のように言っていた『恋人がいるアイドルもアリかもしれない!』という言葉は、あながち間違ってなかったのかもしれない。
「これもきっと、メグだからこそ受け入れてもらえたんじゃないかな」
「もしそうなら、それはアカリのおかげでもあるね!」
「? どうして?」
「だって今のアタシは、アカリと恋人でいられるから、今のアタシなんだよ。もしアカリと恋人にならなかったアタシがいたとして、そのアタシはもしかしたらアイドルにはならなかったかもしれないし、なれなかったかもしれない」
だからアイドル所恵美にはアカリが必要なんだよ……そう言ってメグは笑った。
「……そう言ってもらえると、俺も嬉しいよ。メグに出会えて、そして恋人になれて……本当に良かった」
「うん、アタシも。……アハハッ、何回言っても照れくさいや。ホラホラ! 早くジェットコースター行こっ!」
照れ隠しをするように、俺の腕を強く引っ張るメグ。
まだまだ、今日のデートは始まったばかりである。
7月7日
今日は七夕デートの日! 誕生日に貰った『夢と魔法の王国』のチケットがまだ取ってあったので、それを使って制服デートをした。
アカリが珍しく集合時間ギリギリにやってきたと思ったら、何といつもの制服姿を着崩していた! どうやらお姉さんがアタシに対して気を遣ってくれた結果らしく、普段とは違うアカリはとてもカッコよかった。
思わずそんな姿のアカリと一緒に写真を撮ったのだが……顔を寄せて写真を撮ったら、シャッターを切る瞬間に頬にキスをされてしまい、結果的にキス写を撮ることになってしまった。今まで撮ったことなかったので、嬉しいと言えば嬉しいんだけど……人前の恥ずかしさで思わず怒ってしまった。
その後、園内で短冊を書いたのだがアタシとアカリはそれぞれ『ずっとアカリと一緒にいられますように』『メグがトップアイドルになれますように』と書いた。その際アカリに「その願いは俺に言って欲しい」と言われてしまい、また思わずときめいてしまった。相変わらずの言動に、まだ慣れそうにない。
ただそのときのやり取りを、どうやら家族と遊びに来ていたらしい志保に見られてしたようで、人前では自重するように注意されてしまった……。
その後は気を取り直して、定番のジェットコースターへ――。
「……全く、あの人は……」
「……お姉ちゃん、どうしたの?」
「ううん。なんでもないよ、りっくん」
唐突に作者のもう一つの趣味を混ぜてみた。名前が出せないのが口惜しい……。
うーん、なんだろうか、昔はこういうタイプの主人公ばかり書いていたのに、良太郎に毒されすぎて書き方を忘れている感が否めない……。
そして最後に突然登場したミリでの作者のもう一人の担当。自分の二次創作は自分の好きなキャラを好きなだけ出していいってジッチャが言ってた。
というわけでまた来月……次回は海だ!
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所恵美が水着に着替える8月
「悪いな、夏休みにまで手伝わせちまって」
「いえ、これぐらいならばお安い御用です」
八月に入り、世間では夏休みの時期になっていた。俺の高校でも既に夏休みに入っていたが、十月に行われる文化祭の準備のために登校していた。尤もこれは準備の準備レベルなので、俺と生徒会長の二人だけでも十分に済ますことが出来た。
ただそれも今日で終わり。人によっては補習を受けに学校へ来ることもあるが、俺は受ける必要がないので免除されている。
「これで俺たちもようやく本格的に夏休みだな」
「そうですね。会長は何かご予定でも?」
「いや、ないよ。そういうお前は?」
「明日、彼女と一緒に海へ行く予定です」
「おーおー、青春してるなぁ」
そういう会長は何故かやれやれと呆れたような笑みを浮かべていた。
「夏休みに恋人と海デートっていうとテンプレートの極みだが、お前がやると絵になるんだろうな」
「そうですかね。……とはいえ、彼女が友達と一緒に海へ行くのにご一緒させてもらうだけなんですけどね」
劇場の友人数人と海に行くことになったらしく、どうせなら俺もどうかとメグに誘われたのだ。初めは「友人たちと楽しんでおいで」と断るつもりだったのだが、その友人たちからも「彼氏君も是非」と誘われてしまった。
「ダブルデートってことか?」
「? いえ、他のみんなには恋人はいなかったと思います」
メグは例外として、やっぱりアイドルのみんなに恋人はいないようである。今回も『劇場のみんなで』という話だから、男の人は俺と引率をしてくれるプロデューサーさんぐらいだろう。
「………………」
「なんですか?」
「いや……そこら辺の男だったら妬みの的なんだろうが……それはお前だからこそ許されることなんだろうな」
「……どういうことですか?」
「イケメンの特権ってことだよ」
「……?」
はぁっとため息を吐く会長の言いたいことがよく分からなかった。
というわけで、当日である。単純に海であれば劇場の目の前にもあるが、当然遊泳なんて出来ない。なので海水浴場までプロデューサーさんが運転するワゴンでやって来た。
「改めて、今日はありがとうございます」
「いやいや。こっちこそ、男一人にならずに済んで助かったよ」
女の子ばかりの中で一人はつらいからな……と、休日なのでいつものスーツではなくラフな私服姿のプロデューサーさんは苦笑い。
「それで、荷物はこれで全部ですか?」
既にメグを含むみんなは水着に着替えへ行ってしまっているので、俺とプロデューサーさんで先に荷物を運んで場所取りだ。ワゴンに積んであったクーラーボックス二つとビーチパラソルと簡易テントを両肩に担ぐ。
「あぁ……って、全部!? む、無理しなくても、俺も手伝うぞ!?」
「いえ、これぐらいなら大丈夫ですよ。連れてきてもらっている以上、雑用は任せてください」
「……そ、そうか?」
というわけでプロデューサーさんと共に浜辺へ向かう。休日だけあって人は多いが、それでも場所取り出来ないほどではなかった。
「……それで、最近のメグはどうです?」
簡易テントを設営しながら、同じくビーチパラソルを立てているプロデューサーさんに尋ねる。
「ん? 恵美のことなら、君の方が詳しいんじゃないかな?」
「いえ、アイドルとしてのメグのことはプロデューサーさんの方が詳しいでしょうから」
少しだけ悔しいが、どれだけ勉強してもまだ俺はそちらの業界には疎い。世間の声はネットでも見れるから、メグをプロデュースしている人の目からの評価を聞きたかった。
「そうだな……正直、自分でも予想以上の反響があると思う。恋人持ちのアイドルなんて、良くも悪くも注目の的だ。最初こそあまりいい目で見られてなかったみたいだが、最近だと劇場でのMCの最中にする君との
悪くない流れだよ、とプロデューサーさんは頷いた。
「熱愛とゴシップはアイドルにとっての弱点と言っても過言じゃない。勿論、それが足枷になることもあるだろうが……その弱点を克服した恵美は、もっと上を目指せると信じているよ」
「……そうですか」
「でも! プライベートな所恵美はいつでもアカリの傍にいるからねー!」
トンッという軽い衝撃と共に、背中に暖かな柔らかい何かが当たった。首筋にかかる暖かい吐息が少しだけくすぐったかった。
「ありがとう、メグ」
「えへへ」
振り返らなくても分かるその相手にお礼を言うと、彼女はくすぐったそうに笑った。
「着換え、意外と早かったね」
「うん! 服の下に着てきちゃったからね~!」
「下着の替えを忘れたりしてない?」
「そんな子どもみたいなことしませんー!」
俺の背中から離れて前に出てきたメグは、ベーッと小さく舌を出した。
「えっと……それで、どうかな? この水着」
クルリと小さくその場で回るメグは、黒のビキニを着ていた。肌の露出面積が大きく、紫外線や周りの視線が気になったが、手にはしっかりとラッシュガードを持っていた。多分、わざわざ俺に見せるためだけに脱いでくれたのだろう。
「うん、凄い似合ってる。流石メグ、可愛いし綺麗だよ」
「えへへ、ありがと。後で日焼け止め塗ってね?」
「俺でよければ、喜んで」
「おっとアカリ! 恋人を褒めるのはいいけど、男の子なら他の女の子を褒めるのも忘れちゃダメだヨ!」
なんなら今から……とメグの手を取ると、エレナさんからそんな待ったの声が。どうやら他のみんなも着替えが終わったらしい。
メグの手を取ったまま振り返ると、オレンジのビキニのエレナさんと、その後ろからやって来たピンクのフリルが付いたツーピースの琴葉さんの姿があった。
「もうエレナ、ダメよ邪魔しちゃ」
「エー?」
「俺は気にしてないですよ。お二人とも、とてもよく似合ってます」
流石アイドルですね、と褒めると、エレナさんが嬉しそうに笑うのに対して、琴葉さんは恥ずかしそうに視線を逸らした。
「メグ、これぐらいは勘弁してね? 俺にとっての一番は勿論メグだから」
「もう、わざわざそんなこと確認しなくていいってば。……アタシだって、アカリのこと信じてるんだから」
俺が二人を褒めたことではなく、イチイチそんな確認をしてしまったことに対しての不満を口にするメグ。勿論メグのことは信じているが……たまにはこういうメグの表情を見たかったからわざと言ったのは内緒だ。
「……ありがとう、メグ。俺の恋人が君で良かった」
「ア、アタシも、アカリの恋人になれて良かったよ」
「メグ」
「アカリ……」
「あのーお二人さーん」
「ワタシたちのこと、忘れちゃダメだよー」
潤んだメグの眼が綺麗でジッと見ていたら、プロデューサーさんとエレナさんに声をかけられてメグが顔を赤くしてバッと離れてしまった。残念。
「ホント、二人はラブラブだネ~! 太陽よりも情熱的!」
「これはイケメンにのみ許される所業なんだろうなぁ……」
「二人とも茶化さないの! アカリ君と恵美も、少しぐらい周りを気にすること!」
「はい、ごめんなさい、琴葉さん」
勿論これは俺が悪いので素直に謝ると琴葉さんは「よろしい」と許してくれた。メグが琴葉さんを「委員長みたい」と称していたのがよく分かった。
そんなことを一人で納得していると、クイッと小さくメグが俺のシャツの裾を引っ張った。
「えっと、アカリ? そろそろ日焼け止め塗ってもらいたいんだけど……」
「あぁ、うん、いいよ。それじゃあ、テントの中で……」
「言ってる傍からコラー!? 周りを気にすることって言ったばかりじゃない!?」
再び琴葉さんから注意を受けてしまった。
「えー!? これもダメなの!?」
「ダメよ! いくら付き合ってるからって……そ、その、素肌を男の人に触らせるなんて……!」
「へ、変な言い方しないでよ! ただ日焼け止め塗ってもらうだけなんだよ!?」
顔を赤くする琴葉さんに釣られるようにメグの顔まで赤くなる。これが羞恥から来る赤さならまだいいが、日に焼けてメグの白い肌が実際に赤くなってしまう前に日焼け止めを塗ってあげたいのだが……。
「なに? メグミ、アカリに日焼け止め塗ってもらうの? だったら、ついでにワタシもお願いしていーい?」
「「エレナ!?」」
はいはーいと随分軽いノリで手を挙げたエレナさんに、ギョッと目を剥いたメグと琴葉さん。これには流石に俺も面喰ってしまった。
「貴女まで何考えてるのよ!?」
「アタシの彼氏なんだよ!?」
「えー? ただついでにお願いしただけなんだけど……」
「二人とも私が塗ります! ほらこっちに来なさい!」
「えぇ!? あ、アカリー!?」
「ムラなく塗ってもらっておいで」
琴葉さんに腕を掴まれてエレナさんと共にテントの中へと引きずられていくメグを、流石に大人しく見送るしかなかった。
「……なんというか……本当に凄いな、君は」
さて、そろそろ俺も着替えをしようかと考えていると、何故か凄いものを見るような目でプロデューサーさんに見られていた。
「何がですか?」
「いや、俺が君ぐらいの歳の頃に女の子から『日焼け止めを塗ってくれ』なんて頼まれたら、そんなに落ち着いていられた自信がないよ。寧ろ今でも平静を保てる自信がない」
大変失礼なことを聞くけど……と前置きした上で、プロデューサーさんはキョロキョロと周りを見渡してからこそっと耳打ちしてきた。
「……枯れてるってわけじゃないんだよな?」
「一応これでも、健全な男子高校生のつもりですよ」
実は色々な人から既に何度か問われている質問なので、思わず苦笑してしまう。
「現に今も、メグの体に触る大義名分が無くなって少しガッカリしてます」
テントの中から、女の子三人が仲良く日焼け止めを塗っているのであろう声が聞こえてくる。
「ある程度
そりゃあ、許されるのであればメグの体に触りたいという欲求ぐらい、俺にもある。それでも、それを上回るぐらいメグと一緒にいるという事実が俺を満たしてしまっているのだ。
「見慣れるって……あぁ、もしかして君のお姉さん?」
「はい。父さんが海が好きで、家族で良く海水浴にも来ていたので」
「成程な……
ウンウンと納得したように頷くプロデューサーさん。その言い方をされると俺が女性の体に関して一家言あるみたいで多少不本意であるが、あながち間違いでもないので強く否定は出来なかった。姉さんはアイドルとしてとても女性らしい身体つきをしているのは、弟としての贔屓目を抜きにしても間違いないことだった。
というか。
「プロデューサーさん、楽しそうですね?」
「……いやぁ、男が殆どいない職場だろ? 男兄弟もいなかったし、こういう話が出来る相手がいるのが嬉しいんだよ」
そう言いながらニヤリと笑うプロデューサーさん。
「……へぇ」
「っ!?」
突然ビクリと体を震わせたプロデューサーさんの後ろには、いつの間にか四人の女性の姿があった。
「お着換え終わったんですね。皆さん、とても魅力的な水着です……見惚れてメグに怒られないようにしないと」
「ふふっ、ありがとう、アカリ君。お世辞だって分かってても嬉しいわ」
そう言いつつ上機嫌に俺の肩をポンと叩いたのは、メグのものよりも少しだけ露出が多めの黒いビキニに身を包んだ
メグには申し訳ないが、劇場内で大人の魅力に溢れるメンバーが水着姿で揃っているのは圧巻の一言だった。馬場さんは少しだけ背が低いが、話せば彼女もちゃんとした大人の女性なのだとすぐに分かる。
「それでー? プロデューサー君は男子高校生を捕まえてどんな話をしようとしてたのかしらー?」
「ちょーっとお姉さんにも教えてもらいたいかなー?」
「え、いや、その……」
ニッコリと笑いながら詰め寄ってくる百瀬さんと馬場さんに、この暑い日差しに似つかわしくない冷や汗を流しながら後退るプロデューサーさん。豊川さんもプロデューサーさんを睨んでいるが可愛らしい容姿ゆえに迫力が無く、桜守さんはそんな様子を見ながら苦笑していた。
一応これは俺にも責任があるので、プロデューサーさんへ助け舟を出すことにしよう。
「アカリ」
「メグ、日焼け止めはちゃんと塗れた?」
しかしテントからメグが出てきたので、申し訳ないがそちらに意識を戻す。
「うん……アカリに塗ってもらいたかったんだけどね」
少しだけ唇を尖らせ、チラリと期待をするような目線を向けてくるメグ。
俺はテントから琴葉さんが出てきていないことを確認すると、そっとメグの耳元に口を寄せた。
「また別の機会に。……楽しみにしててもいいかな?」
「っ!?」
自分から切り出したくせに、再び真っ赤になったメグは、それでも蚊の鳴くような声で「………………うん」と頷いた。
さて……それじゃあ、高校生らしい夏の海を楽しむことにしよう。
8月11日
今日はアカリや劇場のみんなと一緒に海水浴に行った。
みんなと言っても、勿論全員ではなく時間が空いていたメンバーで、アタシと琴葉とエレナ、それに莉緒とこのみと風花と歌織の七人。それにアカリとプロデューサーを足した九人だった。
元々劇場のみんなで海へ行く話だったのだが、アタシが「アカリも連れていきたい」と言ったらみんなオッケーしてくれたのだ。少し我儘だったかもしれないけど、アカリと海へ行くのは初めてなので嬉しかった。
海に着くなり、早速アカリにおニューの水着を披露! この日の為に琴葉とエレナと一緒に選んだもので、アカリは可愛くて似合っていると褒めてくれた。
そこで少しだけ大胆にアカリにアピールをしようかと、日焼け止めを塗るのを頼んだのだが……琴葉に止められてしまった上に、琴葉によって塗られてしまった。
……まだキスもしたことないから、これぐらいからアカリとの関係を進めたらいいなって考えていただけに、少しだけガッカリしてしまった。
ただ、その後アカリに「また今度期待している」と言われてしまった……今思い出すだけでも顔が熱くなる。もー! あんなにカッコイイ声を耳元でささやかないでよー!
……そういえば、そのときのプロデューサー、莉緒たちに詰め寄られてたけど……なんだったんだろ?
「……くちっ!」
「? カゼ、ですか?」
「ううん、違うと思うんだけど……?」
恵美の黒ビキニ姿がみたいです……(儚い願望)
名前の方は引っ張るけど、そろそろ姉の正体は気付かれていると思う。そろそろ登場かなー?
そして内容が以前から「実際に遊びだす前に終わっている」ということに書き終わってからようやく気付く。今度は今までの前段階をすっ飛ばして始めないと、流石にマンネリだな……。
九月はその辺り気にして書きますので、よければまた一ヶ月後によろしくお願いします。
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所恵美と控室で時間を潰す9月
「音が伝わる速さは大体一秒で340メートルなんだよ。それに対し、光は一秒で地球を七周半するぐらい速い。だから光は一瞬で俺たちの目に届くけど、音は遅れて聞こえてくるんだ」
「フムフム」
「この音が聞こえてくる時間差を利用すると、雷が落ちた場所までの距離を求めることが出来る」
窓の外でピカリと光る。
「光はすぐに届くから、雷は今落ちたね。……五……六……」
七を数える前にゴロゴロと低い音が響いてきた。
「七秒。音は一秒で340メートル進むから……はい未来ちゃん、340×7は?」
「えっ、えーっと……」
「はい! 2380でーす!」
「お、翼ちゃん計算早い。正解だよ」
「えへへ」
「むぅ、私だって分かってたもん」
褒められて照れる翼ちゃんと頬を膨らませてむくれる未来ちゃんは、流石アイドルといった可愛さである。
「というわけで、今の雷がこの劇場から2380メートル、約二キロ離れたところに落ちたってことが分かったね」
「「なるほど!」」
簡単な化学の授業の生徒役二人が素直に感心する様子を見せてくれたことに満足する。
……さてと。
「気は紛れたかな?」
「「紛れないっ!」」
先ほどから雷に怖がって椅子の上で丸まっているメグと静香ちゃんの姿に思わず苦笑してしまった。
さて、とりあえず現状に至るまでの説明を軽くしておこう。
土曜日。いつものようにシアターにメグが出演するステージを観に行くのだが、どうやら台風が接近しているらしい。
なので雨や風が強くなる前に帰ろうとしたのだが……台風の速度が予報以上に早かったことに加え、公演後のメグを待っていたら遅くなってしまった。どうやら控え室で話し込んでしまっていたようだ。
その結果、気が付いたときには劇場の外は荒れ模様、雷まで鳴り響く始末である。
流石にこの状況で自転車に乗って帰るのは難しいので、さてどうしたものかと悩んでいたところに声をかけてくれたのがプロデューサーさん。
「よければ、俺が車で送ろうか? 自転車はまた後日取りにくればいいし」
「え? いいんですか?」
「あぁ。もともと他にも帰れなくなった恵美たちを送るついでだよ。ただ俺の仕事がまだ残ってるから、それまで待ってもらうことになるが……」
「構いません、送っていただけるだけでありがたいです。もしよければ、お仕事お手伝いしましょうか?」
「……なんか君なら普通にこなせそうな気もするけど、気持ちだけ受け取っておくよ」
とまぁそんなわけで、プロデューサーさんの仕事が終わるまで待つことになった。
ステージを終えた後の恒例となったメグへの労いのハグも済ませ、彼女に連れられて俺は劇場の事務所部分へと足を踏み入れる。メグがアイドルになり、俺がこの劇場に通うようになってから早三ヶ月。一番最初に楽屋への入室を許可されて以来、何度も楽屋へ差し入れを持っていっていたが、流石に事務所へ入るのは初めてだった。
「ここが控室。みんなの休憩室でもあるよー」
前を歩くメグが扉を開けると、そこはある意味所属アイドルたちの居住区域といっても過言ではない様子の部屋で……。
「あ、恵美さん、お疲れ様です」
「わぁ! 恵美さん、そのカッコいい人誰ダレ!?」
「あっ! もしかしていつも恵美さんが話してる恋人!?」
椅子に座りながらお菓子を摘まんでいた、三人の女の子がいた。ここにいるということはアイドルと言うことであり、俺も何度かステージの上で観たことがある顔だった。
「そうだよー! アタシの彼氏、カッコイイでしょー!」
ニヘラと破顔させながら俺の腕をギュッと抱きしめるメグ。どうやら既に色々と話していそうな雰囲気だったので、多分俺の自己紹介はいらないだろう。
「アカリ、紹介するね。この子たちは……」
「
「「「えっ」」」
驚いた表情を見せる三人に対し、メグは「やっぱり」とやや苦笑気味。
「わたしたちのこと知ってるの!?」
「勿論だよ。一番のお目当ては当然メグだけど、シアターのステージに立つ全員を応援してるからね」
故に出演するアイドルは勿論のこと、楽屋まで行く道すがらによく顔を合わせるスタッフの皆さんの名前も全員とは言わないが覚えている。みんなメグがお世話になっている人たちなのだから、それなりの敬意を持って接しているつもりだ。
「……恵美さんのお話に聞いた通り、真面目な方なんですね……」
「そこが可愛いでしょ?」
「……はぁ」
早速惚気るメグに困惑気味の最上さん。ある意味自分のことなので、少し申し訳ない。
「それで、その彼氏さんが控室にまで来てどうしたんですか?」
コテンと首を傾げる伊吹さん。
「アタシたちと一緒だよー。外が酷くて帰れなくなっちゃったから、プロデューサーの車で送ってもらうの」
どうやら彼女たちも俺と同じ理由でここに残っているようだった。
「俺もプロデューサーさんの仕事が終わるまで待たせてもらうことになったんだけど……良かったら、ご一緒してもいいかな?」
いくら知り合いの恋人だからとはいえ、部外者は部外者だ。自分たちのプライベートな空間に居座られるのが嫌だったら、勿論出ていくつもりだったが……。
「勿論オッケーですよ!」
「普段の恵美さんの話とか聞きたいです!」
伊吹さんと春日さんが元気よくオッケーを出してくれた。最上さんは何も言わなかったが、特に嫌がっている素振りも見せていないので反対はしていないのだろう。
「ありがとう、伊吹さん、春日さん、最上さん」
「翼でいいですよ、アカリさん!」
「私も未来で大丈夫です!」
「私は、その……どちらでも」
年上の異性ということで忌避される可能性も考えたが、彼女たちはステージの上で見せるいつもの姿に違わぬ良い子たちだった。
「はい、それじゃーアカリはここ座ってて! 今コーヒーでも淹れるね!」
「ありがとう、メグ」
メグに促されて椅子の一つに腰を下ろすと、彼女は控室の片隅の流し台で鼻歌混じりにコーヒーを淹れ始めた。
「……おぉ、なんか恵美さんが甲斐甲斐しい……!」
「すっごい彼女って感じがする……!」
そんなメグの様子を、翼ちゃんと未来ちゃんがキラキラした目で見ていた。
「普段、未来ちゃんたちと接しているときのメグはどんな感じなの?」
「恵美さんですか? ……そうですねー……」
ムムムッと腕組みをして言葉を探している未来ちゃん。
「……とても気さくで頼りになるお姉ちゃんって感じです!」
「周りへのフォローがとても上手な方で、私たちも何度もお世話になりました」
「いつも衣装が崩れてたらすぐに気付いて直してくれるんですよー!」
「未来、貴女はもうちょっと恵美さんの手を煩わせないようにしなさい。何回同じこと言われてると思ってるのよ」
「でへへ……」
どうやら既に年下の子たちからも慕われているようだった。
「はいアカリ。ここ控室で来客用のマグカップとか無かったから、アタシが使ってるやつだけど」
「俺は気にしないよ。でもそれなら、一緒に飲む?」
「飲む飲むー!」
メグからマグカップを受け取りコーヒーを一口飲むと、そのまま俺と密着するぐらい近くに椅子を寄せて座ったメグへとマグカップを返す。今更間接キスで恥ずかしがるような間柄ではないが、それでも少しだけはにかむメグがとても可愛かった。
「おぉ……すっごいイチャついてる……!」
「こ、恋人同士って凄い……!」
「ふ、二人とも! あんまりジロジロ見ないの!」
俺とメグの様子に興味津々な翼ちゃんと未来ちゃん。そんな二人を咎めながら、静香ちゃんも顔を赤くしながらチラチラとこちらを見ていた。女子中学生だから、というのは今時通用しないかもしれないが、それでも少なくとも彼女たちには少しだけ刺激が強いようだということは自覚していた。
そんなときである。
「……おっ」
薄暗かった窓の外からピカリと明るい光が飛び込んできた。これはもしやと思っているうちに、鳴り響く雷の音。
「今のは近かったね。……メグ?」
「……っ!」
いきなりメグが俺の首根っこに抱き付いてきた。彼女の表情は見えないが、プルプルと体が小さく震えている。
「もしかして、雷が怖かった?」
「……ちょ、ちょっと苦手、かな?」
再び光ってゴロゴロと音が鳴り、ギュッと抱き着く力が強くなるメグ。
「……なんだろう、嬉しいな。こうして君を抱きしめられるだけじゃなくて、また一つメグのことを知れることができた」
「……えへへ、ちょっと恥ずかしいところ知られちゃったな」
「俺はもっと見せて欲しいな。メグの苦手なものも弱いところも全部知りたい」
「……うん、アカリにだったら、全部見られちゃってもいいかな……」
「うわぁ! なんか大人な感じ……!」
「静香ちゃん静香ちゃん! 高校生って凄いね!」
「二人とも他に私に何か言うべき言葉ないの!?」
先ほどよりもテンションが上がっている翼ちゃんと未来ちゃん。そしてそんな二人に挟まれている静香ちゃんは、椅子から転げ落ちていた。どうやら彼女も雷が怖かったようだ。
というわけで、そんな二人の気が紛れないかと思って中学生向きの豆知識を教えてあげたのだが、どうやら元々雷に対して免疫のある二人の興味しか引けなかったようだ。
「それじゃあ、みんなでトランプでもしようよ! 遊んでれば気も紛れるよ!」
そう言って未来ちゃんが自分の鞄の中からトランプを取り出した。
「………………」
「……アカリ?」
「あ、いや……うん、俺はいいよ。メグは?」
「アタシもいいけど……」
「やった! それじゃあ準備しますねー! まずは基本のババぬきから!」
いそいそとトランプの準備を始める未来ちゃん。勿論翼ちゃんと静香ちゃんも参加するので、五人でトランプをすることになった。
「………………」
「アカリ、さっきからどうしたの?」
先ほどから口数が少なくなった俺に、メグが心配そうに顔を覗き込んでくる。
……先ほどメグの弱点を見せてもらったばかりではあるが……どうやら俺の弱点も彼女に見せることになりそうだ。
『………………』
控室に沈黙が包まれる。時折聞こえてくるゴロゴロという雷の音に誰も反応しなくなってしまうほど、みんなが唖然としていた。
「……うん、こうなることは分かってたよ」
そう、俺には分かっていた。何せこれは俺が背負った宿命のようなもの。姉さんのような完璧な人に憧れ、彼女のように勉強も運動もひたすらに頑張ってきた俺が唯一
「……凄い失礼なことだとは承知の上で、言わせてもらってもいいですか……?」
静香ちゃんの問いかけに無言のまま頷き返す。
そして静香ちゃんの代わりに――。
「……アカリさん、トランプ弱っ」
――ズバリと翼ちゃんが言い切った。
「ババぬきで五連敗する人も初めて見ました……」
「別に表情が露骨に変わったりもしないのに、ほとんど揃わない上にずっとババを持ち続けるなんて……」
「恵美さん、知ってたんですか?」
「流石に二人でババぬきすることはなかったから、知らなかったよ……」
何とも言えない空気が部屋の中に漂っていた。
一つだけ言い訳をさせてもらうとしたら、これは
別にどうしても知られたくなかったわけではないが……やっぱりメグの前ではもう少しだけカッコつけたかった。
「……もー、何そんなにしょげてんのさー」
「め、メグ?」
不意にメグが俺を抱き締めてきた。いつもするようなハグではなく、俺を胸に抱き寄せるような形のそれに、流石に心臓がドキリと高鳴ってしまう。
「アタシがそんなことで幻滅すると思ったのー? むしろ珍しくちょっと落ち込んでていつもより可愛いよー!」
可愛いと称されるのも少々複雑ではあるが……メグから言われるのであれば、嬉しいと感じてしまう自分がいた。
「それに、さっき自分で言ったじゃん。『もっと弱いところを見せて』ってさ。……アタシも、アカリの弱いところ、もっと見せて欲しい」
「メグ……」
「えへへ、不思議だよね。カッコいいところ見て好きになって、優しいところを知って好きになって……弱いところを見せてもらってもっと好きになってる」
「……うん、不思議だ」
メグの背中と腰に腕を回して俺からもと抱き寄せる。
自分であぁ言ったものの、自分の弱いところを積極的に見せようとは思っていなかった。けれど今は、もっと自分を知って貰いたかった。
こんなにもメグのことが好きなのに、もっとメグのことが大好きになれることが嬉しかった。
「静香ちゃん静香ちゃん! なんかすっごい口の中がモニュモニュするんだけど、これなんだろうね!?」
「そうね……私もおんなじ気分よ……」
「恵美さんいいなー……こんなにカッコいい恋人がいて……わたしもモテたいー!」
9月8日
夏休みも終わって初めての週末。今日はアタシもステージに立つ日だった。
今日のアタシはソロで立たせてもらい、そこで自分のアフタースクールを歌わせてもらった。先輩の曲を歌うのも楽しいけど、自分の曲だともっとテンションが上がるよね!
そしていつも通りステージを終え、いつも通りお疲れ様のハグをアカリにしてもらったんだけど……少し早く来てしまった台風のせいで、自転車で来ていたアカリが帰れなくなってしまった。というかアタシもだ。
そこでプロデューサーがアタシや他の子たちと一緒にアカリも車で送ってくれることになった。
そしてプロデューサーの仕事が終わるまで控室で未来たちとトランプをして時間を潰していたのだけど……そこで意外なことを知ってしまった。
なんとアカリはトランプとかそーいうゲームがすごい弱かった。アカリはお姉さん同様になんでも出来るイメージだったからとても驚いてしまった。
でもそれを知られて少しだけ恥ずかしそうにするアカリがとてもかわいくて……。
アタシと雷が苦手ってことが知られちゃったし……オアイコ、だよね?
「………………」
「プ、プロデューサーさん? どうして控室の前で踞ってるんですか……?」
「
「……はい?」
・テーブルゲームに異様に弱い姉
ほとんど答えだコレ。
しかしここまで来たら本名は最終話まで明かさない覚悟でいこう。
とりあえず、パソコン不調でタイピングに時間がかかりこれ以上は書けなかった……。
次回はもうちょっとだけストーリー性のあるお話になるかと。
というわけで次回、文化祭編。
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所恵美が文化祭に遊びに来る10月
「本番三分前です。準備お願いします」
「ありがとうございます。……ほら会長、座ってください」
「……なぁ、やっぱりお前がやんない?」
「直前になって何を言い出してるんですか」
「ほら、俺ってばこういうの苦手だし……」
「普段から生徒集会で全校生徒を前にしている生徒会長が、何を今更。そもそも、昨日もやってるでしょう?」
「それにほら、人気の副会長様の方がみんなも喜ぶだろうし」
「会長」
「分かったよ……はぁ」
ようやく観念してくれた会長は椅子に座ってマイクに向き直った。放送委員の生徒がマイクのスイッチを入れてくれたので、後ろに控える俺も口を閉じる。
同じく口を閉じたままの放送委員が五本の指を順番に追っていきカウントダウンを始める。そしてゼロになると同時に手で合図が出され……会長が口を開いた。
『全校生徒の皆さん、おはようございます。生徒会長の――』
マイクに向かって放たれた会長の声がスピーカーを通して学校の敷地内に響き渡る。
簡単な挨拶を一言二言述べた後、会長は「それでは」と溜めを作った。
『――只今より、○○高校文化祭二日目を開始します』
というわけで、今日は俺の高校の文化祭の二日目だった。初日は在校生たちだけの開催し、二日目の今日は一般開放日。学外からの人間を招いて行う、文字通りのお祭りだ。
そんなお祭りを開催するため、文化祭の実行委員も兼ねている会長以下生徒会役員たちは夏休みの間から準備を続けていたが、それら全てが実を結ぶ日である。いや、一応昨日も開催しているので、これから花を咲かせる……という表現の方がいいかもしれない。
「今年も無事、開催出来て良かったですね」
二年生の自分はまだ二度目の文化祭ではあるものの、去年の先輩たちのように盛大な文化祭を開催することが出来てホッとしている。
「ホント、今日で仕事が一つ終わると思うと気が楽だよ」
放送を終えた会長に話しかけると、会長は「一仕事終わった」とばかりに椅子に座ったまま大きく伸びをした。
「このまま俺たちも文化祭を楽しめれば、言うことないんだが」
「でも、こんなところで仕事を投げ出すような会長ではないって、俺は分かってますよ」
「……お前その言い方はズルいなぁ……」
最初からそんなつもりは毛頭なかったくせに「そこまで言われちゃしょうがない」と会長は立ち上がった。
この後の会長と俺の仕事は、何か問題が発生したときのために生徒会室で待機すること。たまに交代で見回りという名の休憩に行くこともあるが、基本的に俺たちのうちのどちらかは生徒会室にいなければならない。
放送室を出て、最後の準備に勤しむ生徒たちからの挨拶を返しながら生徒会室へと戻る俺と会長。その道すがら「そういえば」と会長が尋ねてくる。
「お前は今日誰か呼んでるのか?」
「はい。一応彼女に声をかけました」
わざわざ隠しておく必要もないので、話題の種として俺の高校で文化祭があること、そして二日目は外部の人間も参加できることをメグには話してある。
予想通り、メグは「行きたい!」と目を輝かせていたが……。
「予定があるそうなので、来れるかどうか分からないとも言ってましたが」
最近は劇場に留まらず、外での仕事も積極的に行っているアイドル『所恵美』。今日も仕事があるので、来れるかどうか分からないらしい。メグはなんとしてでも来る気満々だったが……まぁ、流石に仕事をすっぽかしてくることはないだろう。メグはそんなにいい加減な性格じゃない。
「ふーん……お前の彼女さんを一目見てみたかったから少し残念だが……副会長の恋人が来たらそれはそれでパニックだっただろうな」
「ははっ、流石にそれは」
俺の恋人だからどうかというのは別として、確かに最近名前が売れ始めたアイドルだとバレたら、少し騒ぎにはなりそうだ。
「……ん?」
生徒会室へと戻ってきてさて業務開始だという矢先、スマホがメッセージを受信した。普段ならば校内での使用は控えるところだが、今日は役員同士での連絡手段としても活用しているために使用可となっている。
さて早速何か問題が起こったのかと思い、ポケットから取り出してみると……メッセージの送り主はメグのようだ。どうやら画像も一緒に添付されているようだが……。
「……えっ」
思わず驚きの声を上げてしまった。
「どうかしたか?」
生徒会室に常備されているポットから急須にお湯を注いでいた会長が首を傾げる。
「いや……どうやら既に来てたみたいです」
「誰が……って、もしかして彼女さんか?」
「はい……」
仕事は一体どうしたんだ……と思ったが、どうやら仕事先のトラブルで一・二時間ほど時間が空いてしまし、そこで時間潰しを兼ねてこちらに来ることにしたらしい。添付された画像はメグがウチの校門をバックにした自撮り写真だった。画像の端に見覚えのあるスーツ姿の足元が写りこんでいるところを見ると、どうやらプロデューサーさんも一緒のようだ。
しかし、残念ながら俺は副会長としての仕事があるため自由に動くことが出来ない。メグたちに校内を案内してあげたいところではあるが、ただの待機とはいえその仕事を放り投げるわけにはいかない。メグには「自分は自由に動けないから、楽しんでいってほしい」という旨のメッセージを送っておくことにしよう。
「行ってきていいぞ」
「え?」
「二人も待機してる必要もないだろ。俺が待機してるから、お前は彼女さんを案内してやれ」
ズズッと入れたばかりの緑茶を啜りながら、会長はヒラヒラと手を振った。
「ですが……」
「人からの好意は、その人の気が変わらないうちに受け取っておくのが吉だぞ。謙虚な姿勢は美徳だが、貰える
「……分かりました。ありがとうございます、会長」
「おう。ついでにたこ焼きでも買ってきてくれ」
「はい。二年A組と一年C組、どちらのたこ焼きがいいですか? 前者は三百円、後者は四百円でマヨネーズかけ放題です」
「……各クラスの出店のメニューまで完璧に覚えてるのか、お前は……」
何故か呆れた様子で「お前に任せる」と言って会長はシッシッと手を払った。
「メグっ」
「あっ! アカリー!」
メッセージで校門のところにいるという連絡を受けてやって来ると、目的の人物はすぐに見付かった。そして向こうもこちらをすぐに見付けたらしく、メグは満面の笑みで手を振ってきた。
「恵美、お忍びだってこと忘れるなよ」
「あっと……!」
しかしプロデューサーさんに注意され、慌てて口を閉じるメグ。彼女は帽子と伊達メガネなどで変装しているので、幸い周りの人間はメグをアイドルだとは気付いている様子はなかった。
「ようこそメグ、我が高校の文化祭へ」
「うん! アカリの学校来るの初めてだから、すっごい楽しみにしてたんだ!」
楽しそうにキョロキョロと周りを見渡すメグ。確かに、お互いの高校に行く機会はなかったから、俺もメグの高校がどんな感じなのか知らなかった。
「プロデューサーさんも、メグの引率ありがとうございます」
「なんのなんの。でもよかったのかい? ここの副会長なんだろ? 仕事とか……」
「会長が『行ってこい』って言ってくれましたので、一応見回りという
「やった!」
一緒にいられることに喜んでくれたメグだが、そのままいつものように腕を組んでこようとしたのでやんわりと押し留める。
「今はまだアイドルだってバレてないからいいけど、万が一のことを考えて今日はそういうのは無し」
「えー!? 折角アカリと文化祭デート出来ると思ったのにー……」
不服そうなメグだが、流石にこれは我慢してもらうしかない。加えて、会長からも以前『恋人がいることを絶対に公言するな』とも言われている。
呼び方に関しては、『アカリ』もメグや劇場の一部の人しか使わない呼称なので校内の人間にはイコール俺だということは気付かれないだろう。ついでに男性のプロデューサーさんも一緒に三人でいれば、少なくとも俺とメグが恋人という構図には見えないはずだ。
「そういうわけで、すみませんプロデューサーさん。俺たちの我がままに付き合ってもらうことになって」
「いや、俺は気にしてない。恋人同士に見えないように……それでいて、しっかりと文化祭デートを楽しむといいさ。何せ、学生時代は一度しか来ないんだからな」
「はい。それじゃあ行こうか、メグ」
「うん! アカリ、アタシクレープ食べたい、クレープ!」
「ん、分かった」
くっつくギリギリまで近付いてきたメグや、逆に少しだけ離れる位置を歩くプロデューサーさんと共に、一番近場のクレープを売っているクラスの出店へと向かうのだった。
「あっ、副会長! お疲れさまでーす!」
「お疲れさま。そっちは順調?」
「はい、おかげさまで!」
「副会長! 午後から演劇やるから、観に来てください!」
「ありがとう。時間が合えば、行かせてもらうよ……コラそこ、走らない。小さいお子様の一般客もいるんだから、いつも以上に気を付けて」
「す、すみません!」
道すがら、廊下ですれ違う生徒たちに挨拶をしたり注意をしたり。みんな一様に楽しそうで何よりだが、はしゃぎすぎて問題が起こらないように気を付けてもらいたい。
「……はぇ~」
「ん?」
素直に頭を下げて謝ってくれた生徒に「ステージでのダンス発表、頑張ってね」と声をかけていると、何故かメグが感心したような声を出した。見るとプロデューサーさんも「おぉ……」と同じような雰囲気。
「なんかすごいねアカリ……生徒会長って感じ!」
「そう思ってもらえるのは光栄だけど、副会長だよ」
「いやいや、まさかこんな絵に描いたような生徒会長像を目の当たりにすることになるとは思わなかったよ」
「だから副会長ですって」
会長に対する申し訳なさが沸いてきたところで、クレープを含む軽食を販売している出店を出店しているクラスにまで辿り着いた。
「こんにちは。お店の調子はどう?」
「副会長! はい、おかげさまで! 副会長も、クレープどうですか?」
「ありがたいけど、俺じゃなくてこっちの二人。クレープ二つお願い」
受付兼会計の生徒にクレープを注文しながら、ちょいちょいとメグとプロデューサーさんを示す。
「……えっ!? 副会長が女の子を連れて……これはもしや!?」
「残念、知り合いのお兄さんとその妹さんだよ」
興味津々といった様子で目を輝かせる男子生徒だったが、予め考えておいた設定で誤魔化す。こうすることで、あくまでも俺の繋がりは
「……ふーん」
「勿論、こんなに可愛い子を恋人に出来たら光栄だけどね」
ついでに背後で少々不服そうな雰囲気を出していたメグに対するフォローもしておこう。
「……もう、そーいうこと言わなくていいの!」
それに照れたのか、ペチリと軽く背中を叩かれた。
「ははっ、副会長は相変わらずですね。サラッと女の子にそういうことが言えるなんて、流石です」
「……ふーん、普段からそういうこと言ってるんだ」
先ほどと同じメグの「ふーん」だったが、何やらこちらは冷たい何かを感じた。嫉妬してくれているのは嬉しいが、今はそちらに対するフォローは出来ないので少々勘弁してもらいたい。
「お待たせしました! クレープ二つ! ……副会長のお知り合いということで、フルーツとクリーム、こっそり増量しときましたんで!」
「わざわざありがとう、この後も頑張ってね」
「はいっ! 『副会長も購入済み!』という触れ込みで頑張ります!」
「……ほどほどにね?」
一応事実なので咎めづらかった。
とりあえず代金を払ってクレープを受け取り、二人に手渡す。
「はい、どうぞ」
「ありがとー!」
「ありがとう……って、自然に払ってもらっちゃってるな。今お金を……」
「お気になさらず。普段から俺やメグがお世話になっているので、ほんのささやかなお礼です」
勿論これだけで全てを返せるとは思っていないが。
「……っと、そうだった。校内を案内する前に、少しいいですか?」
「ん? どったの?」
早速美味しそうにクレープを頬張っていたメグが首を傾げる。
「ちょっと生徒会長に頼まれたことがありまして」
そう言って、すぐそこにあったたこ焼きの出店を指さした。
一通り校内を案内し終え、メグとプロデューサーさんはそろそろ仕事へと戻る時間となった。
「………………」
「……メグ?」
再び校門までやって来たのだが、メグは寂しそうな顔をしていた。
「……文化祭、楽しんでもらえた?」
「……うん、楽しかったよ。普段アカリがどんなところで勉強してるのか見れたし、アカリが副会長としてどれだけみんなに好かれてるのかも知れた。……普段から話題に上がってる生徒会長さんが
わざわざ言う必要もなかったから言ってなかったが……男子生徒だと思っていたのだろうか。
「でも、やっぱりちょっとだけ寂しいかな」
にゃははと笑いながら恵美は頬を掻いた。
「ここじゃあ、アタシはアカリの恋人じゃないんだなぁ……って思っちゃってさ」
「っ!? そんなことは……!」
「勿論、アカリがそんなこと思ってないって分ってるよ。……でも、ね?」
「………………」
そこでようやく俺は、メグが言いたかったことが分かった。
メグはアイドルでありながら
それに対して、俺はどうだろうか。自分に恋人がいることを隠し、メグに寂しい思いをさせてしまっている。会長は「パニックになるから」と言っていたが……『副会長に恋人がいる』が『アイドルに恋人がいる』よりも騒ぎになるとは到底思えなかった。
ならば……。
「……ごめん、メグ」
「っ、あ、アカリ?」
メグの身体をぎゅっと抱きしめる。だいぶ寒くなってきた秋空の下、メグの身体はとても暖かかった。
「い、いいの? 恋人がいるって秘密にしてるんじゃ……」
「もう、そういうのはやめにするよ。今度は俺が頑張る番だ」
会長には申し訳ないが、これ以上恋人が頑張っているのに俺が何もしないということは出来なかった。周りがざわついているような気もするが……もう気にしない。
俺も、メグと共に頑張ろうと決めた。
「俺は学校でも胸を張るよ。……メグみたいな素敵な恋人がいるって」
「……嬉しいけど、無理だけはしちゃダメだかんね?」
10月14日
今日はアカリの高校で文化祭があった。本当はアタシはプロデューサーの付き添いでモデルとしての仕事だったけど、その仕事がトラブルで少し時間が変わり、早めに文化祭の方に顔を出すことが出来た。
自分も副会長として忙しいのに、アカリは突然やって来たアタシたちをちゃんと案内してくれた。おかげで、普段アカリがどのような学校生活を送っているのかがなんとなくわかった気がする。
……ただ、いつも話を聞いていた生徒会長が、まさか女子生徒だとは思わなかった。普段する会話の内容はアカリの口ぶりからして、普通に男性生徒なのだとばかり思っていた。背が低くて可愛くて……思わずもやもやとした気持ちになってしまった。
そして思ったのだが……やっぱり、アカリは人気者だった。
人気者という表現が正しいのかどうかは分からないが、とにかくアカリは生徒のみんなから慕われている。副会長だからとかそういうのじゃなく……廊下を歩いているだけであれだけ声をかけられるのは、間違いなくアカリの人徳だろう。……そして、男子生徒よりも女子生徒の声が多かったのは、多分気のせいじゃない。
おかしな話だった。アイドルのアタシが、一般人であるアカリの人気に嫉妬しているのだから。
そんなアタシの気持ちに気付いてくれたアカリは、あろうことか校門の目の前でアタシのことを抱きしめたのだ。そこは大勢の人たちのど真ん中で、当然そんなことをすれば変装をしているアタシはともかく、副会長として知られているアカリはすぐにバレてしまう。
でもアカリは「今度は俺が頑張る番だ」と言ってくれた。そんなことをする必要なんてどこにもないのに……アカリは、そう言ってくれたのだ。
これでお揃い、なんて言ったらおかしいかもしれないけど……アタシは大丈夫だと思う。
根拠の無い自信だけど……アタシのときも同じようにそう言ってくれた、アカリの気持ちが手に取るように分かった。
「か、会長! ふ、副会長の恋人がいたって……!?」
「あー知ってる知ってる。さっきからそんな報告ばっかりだよ……全く、人の色恋沙汰ぐらい黙って静観できないもんかね、ホントに」
「で、でもあの副会長ですよ!? コレ、下手しなくても大騒ぎになりますよ!?」
「分かってるって。……はぁ、仕方ない、アイツには散々世話になってるからな……ちょっと手助けしてやるか」
副会長、ようやく周りに恋人がいることをカミングアウトする。まぁだからなんだって話なんですけどね。
……いかんな、最近全然イチャラブしてない……既に限界が見え始めている……。
果たしてこんな調子で来年の恵美の誕生日まで持つのだろうか……。
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所恵美の部屋にお邪魔する11月
「副会長、こんちわー! 彼女さんとは最近どうー?」
「こんにちは。お陰様で順調だよ。そっちも、彼女さんとはどう? 確か君も他校の子と付き合ってるんだよね?」
「さ、最近ちょっとだけ喧嘩してて……」
ちゃんと仲直りしなよ? と挨拶をしてきた生徒に返す。
「……なんつーか」
職員室での用事を終え、並んで歩いていた会長がはぁっとため息を吐いた。
「あれだけの騒ぎになっても無事に収束するところが、お前の人徳のなせる技だよな」
「いえいえ、みんな一時の話題に乗っかっただけで、本当はそこまで興味がなかっただけですよ。……でも、その節はご迷惑をおかけしました」
彼女がいることをカミングアウトしてから、半月と少し。カミングアウト直後は何故か大勢の生徒が生徒会に押し掛けてきてそれなりの騒ぎになってしまったが、会長の助力もありそれもすぐに収まった。
(……しょーじき、あの感じだと俺の手助け、本当にいらなかったんだろうけど)
今ではこうしてたまに生徒たちがそのことで軽く声をかけてくる程度で、それ以外は以前となんら変わりなかった。
「……まぁいいさ。ある意味、これで騒ぎの種が一つ解消されたってことだからな」
「………………そうですね」
「……おいちょっと待て、なんだその間は?」
「ははっ、冗談ですよ」
「お前の冗談は怖すぎるんだよ……」
いずれは明かさないといけないこととはいえ、俺の彼女が『所恵美』だと知られたら、きっと今回以上の騒ぎになることは目に見えていた。
とはいえ、今はまだメグは天海春香さんたちと比べると知名度は低く、今ならばまだそこまで大きな騒ぎにはならないかもしれない。もしかしたら、メグが有名になりきる前に明かした方がいいのではないかとも思ったが……所詮素人判断だ。こういうことは、プロデューサーさんたちに任せよう。
「そのときは、またよろしくお願いしますね、生徒会長」
「そうなったら人に頼らずに自分で何とかしようとするくせに、よく言うよ」
さて、そんな会話を生徒会長とした翌日の土曜日。学校が休みに加えて、メグもアイドルとしての仕事やレッスンが何もない一日オフ。いつも通りデートの予定だったのだが、今日は外に遊びに行くのではなくメグの部屋でのんびりと過ごそうという話になった。
メグの自宅は最寄駅から徒歩十分の距離にある一戸建て。既に何度もお邪魔させてもらっているので、今更迷うことも戸惑うこともなくインターホンを――。
「おはよっ! アカリ!」
――押す前に、玄関が開いてメグが顔を出した。
「やぁメグ、おはよう。もしかして待ってたの?」
「んーん! でもアカリだったらそろそろ来るだろうなぁって思ったんだ」
そのままいつもの流れでハグをする。これも今では挨拶の一環になっていた。軽くお互いにギュッとしてから、メグと共に家へ上がらせてもらう。
キッチンでメグのお母さんに挨拶をしてから、階段を登りメグの部屋へ。今日もメグはミニスカートを履いていたので、軽く彼女の手を引きながら階段を昇る。
「……アタシは、アカリ相手だったら気にしないんだけどなー」
「俺が気にしちゃうんだよ。メグに見惚れて、階段を踏み外すかもしれないし」
「なにそれー」
ただ、出掛け先で階段を昇るときはメグを隠すように俺が後ろに回らせてもらうのだが、その際に「アカリが後ろにいるからへーきへーき」と言ってスカートを抑えようともしないのはどうかと思う。
階段を昇るとメグの部屋はすぐそこだ。既に見慣れた『めぐみ の へや』というネームプレートが下げられたドアをメグが開ける。
「お邪魔します」
「お邪魔されまーす」
「白と黒が好き」というメグの嗜好に合わせて全体的にモノクロな家具が並ぶ中で、ピンクや黄色といったカラフルな小物が並ぶメグの部屋。比較対象が姉しかいないものの、これがきっと女の子らしい部屋なのだろう。
「それじゃ、お茶持ってくるねー」
「うん、ありがとう」
部屋を出ていったメグを見送ってから鞄を下ろし、何度も訪れているうちにいつの間にか俺専用となっていた青色のクッションに腰を下ろす。
さて、すぐにメグも戻ってくるだろうし、先に準備を始めておこう。
「おまたせー……って、うえっ……」
トレイにカップ二つと紅茶のポットを乗せて持ってきたメグが嫌そうな表情をした。その視線は俺が鞄の中から出して机の上に並べたものに向けられている。
「き、昨日のアレって本気だったの……?」
「本気だよ。さ、メグも
そう言いながら、俺は筆記用具を筆箱から取り出す。
メグの課題を手伝う。それが今日俺がメグの家へとやって来た理由の一つだった。
アイドルというのは多忙である。それは未だに駆け出しのメグにも適応され、仕事のスケジュールによっては学校を休んだり早退しなければいけないこともしばしば。その際、授業に追いつけなくなったり単位が足りなくなったりしないように、学校側から
「ダメだよメグ。忙しいのは分かるけど、課題はキチンとやらないと」
そしてメグはその課題の進みがよくないらしいのだ。
――アカリ君、君の方から言ってくれないか?
――しっかりと恵美の面倒を見てあげて。
「プロデューサーさんと琴葉さんからも言われてるからね。アイドル以前にメグは学生なんだから、学業を疎かにしちゃダメだよ?」
メグの恋人としてだけでなく、他校とはいえ副会長としても見逃せなかった。
「せ、せめて紅茶飲んで一息ついてからにしない? ほら、アカリも来てくれたばっかりなんだからさ?」
「ありがとう、気を使ってくれて。でも、これは俺のためでもあるんだよ」
「……アカリのため?」
「うん」
このままメグの成績が下がってしまった場合、彼女はアイドルを続けることが難しくなってしまう。つまりステージに立つメグを見ることが出来なくなってしまうのだ。
「『もっとステージに立つメグを見ていたい』っていう俺のワガママなんだ……って、それじゃあ余計にメグのやる気は出ないかな?」
「……もう、そんなこと言われちゃったらイヤって言えないじゃん」
はぁっと小さくため息を吐いてから、メグはトレイを床に置いて俺のすぐ隣に腰を下ろした。
「アタシも、アカリにアイドルをやってるアタシを見てもらいたいから。……頑張る」
「……うん。ありがとう、メグ」
「でも紅茶ぐらい淹れさせてよー?」
「なんなら、それも俺が淹れようか?」
「アタシの部屋でぐらい、アタシにさせてってばー!」
そんなわけで、カーペットの上に並んで座ってメグとの勉強会開始である。
一から十までメグに教えるというわけではなく、まずはメグに自力で課題を解いてもらい、分からないところを俺が教えるという形だ。
もともとメグは成績が悪いというわけではないのだが……勉強そのものに苦手意識を持ってしまって勉強を疎かにするタイプだ。なのでしっかりと教えてあげるとちゃんと理解するし、応用も出来る。
「……飽きたー」
「コラコラ」
難点があるとするならば、その姿勢が持続しないことか。集中力を保つためには十五分間隔での休憩を必要とするとは言われているが、それでもせめて学校の授業と同じ四十五分ぐらいは保ってもらいたいものだ。
「だって楽しくないんだもん。折角アカリと一緒なのに、おしゃべり出来ないし。……アカリがクラスメイトだったら良かったのにーって思ったことあるけどさ、授業中もすぐにそばにアカリがいるのに見るしか出来ないってのはヤダな~」
「授業中は黒板を見ないとダメだよ?」
そういうことじゃなくて~と課題に覆いかぶさるようにして机に突っ伏すメグ。これはこのまま集中してもらうのも辛いだろうし、少し早いけどちゃんとした休憩を挟んだ方がいいかもしれない。
休憩を提案しようとメグの顔にかかっていた髪の毛を指で少し払う。
「……あっ、そうだ」
「ん?」
ジッと俺の顔を見ていたメグが、突然何か思い付いたようだ。
「あのさ……」
「……これでいいの?」
「う、うん。……ちょ、ちょっとだけ恥ずかしいけど」
胡坐をかいて座る俺の膝の上に、体を密着させるように背中を預けてくる形でメグが座っていた。
メグの『せめて勉強中もイチャイチャしたい』という提案の元、彼女はこの状態で勉強を続けることを希望したのだ。
ただ積極的に身を寄せてきつつもメグの顔は赤く、少しだけ恥ずかしいのだろう。
かくいう俺も、普段からハグをしているとはいえ、こうして体を預けるように密着される機会は少なくので恥ずかしいというか緊張していた。ベッタリと密着してくるメグの体は触れるところ全てが柔らかく、仄かに香る甘い香りと共に心臓の鼓動を早くする。
メグも俺も、果たしてこの状態で本当に集中力を保つことが出来るのだろうか……?
「……このままこーしてたいなー……」
「……俺も同じ気持ちだよ。でも」
「分かってるよー。……うん、ヤル気出てきた」
机の上に放り出されていた自分のシャーペンを持ち上げると、そのまま課題を再開するメグ。その横顔は真剣そのもの……ではなく、少しだけ口角が上がっていた。
「………………」
後ろからメグの肩越しに彼女の手元を覗き込む。現在は数学の課題を進めており、時折手を止めて悩みながらも三次関数を解いていた。
「……うーん」
メグは唸りながら右手に持ったシャーペンのノック部分で顎を掻く。そして空いた左手はいつの間にか俺の左手を持ち上げており、スリスリと自分の頬に擦り付けていた。まるでマーキングをしているような動作だが、どうやら無意識的な手遊びの一種らしく、メグはちゃんと問題に集中していた。
ただ左手で触れるメグの頬は滑らかに柔らかく、自分から手を動かして触りたい欲求に駆られてしまう。しかしメグが問題に集中しているのに俺がそれを邪魔するわけにはいかないので、今はグッと我慢しよう。
さて、肝心の問題の方は残念ながら途中の式で計算ミスがあったため、間違った答えへと辿り着いてしまったようだ。
「……解けた!」
「惜しい」
「えっ、間違ってた!?」
「うん。途中で計算ミスがあったよ」
「え~? だったらそこを解いてるときに言ってよー!」
「自分で考えることが大事だからね」
ほらここ、と後ろから手を伸ばして間違っていた場所を示す。
「ん~?」
しかしメグは一目でそこの何が間違っていたのかが分からなかったらしく、グッとこちらにもたれかかりながら首を捻っている。
「……センセー、このまま解説お願いしまぁす!」
メグはしばらく悩んだ末、結局間違いが分からず後ろから伸ばしている俺の腕にしなだれかかってきた。
「はいはい。ここはね……」
本当にこんな状態でまともに解説が頭に入るのか疑問だったが、それでもメグの要望に応え、彼女の体を後ろから抱きしめる姿勢で問題の解説を始めるのだった。
「……終わった~!」
「お疲れさま」
俺の膝に座ったままググッと上体を仰け反るように伸びをするメグの体を、後ろから抱き締める。
途中、メグのお母さんが用意してくれた昼食をいただいてお昼休憩を挟みつつ、三時には無事に全ての課題を終えることが出来た。
「って、えっ!? アタシ全部やったの!?」
しかしどうやら本人はそれに気づいていなかったらしく、ホントに!? と驚いていた。
「それだけ集中出来てたってことだよ。凄いじゃないか」
やっぱりスイッチが入りづらいだけで、メグは凄い集中力を持っているんだと感心する。
「にゃはは。……すぐそばにアカリがいたからかな……それだけですごく嬉しくて、全然課題がイヤじゃなかった」
コテンと首を倒し、見上げるように振り返るメグ。
「それにアカリの説明、すっごい丁寧で分かりやすかった! 普段の授業もアカリの説明だったらよかったのに」
「普段の授業までは流石に出来ないけど……もしメグが望むんなら、これからもこまめに勉強見てあげるよ?」
「ホント!?」
「……メグ、ちょっと勉強楽しくなってきた?」
「それはないかな」
もしかして、という希望を込めて尋ねたが、バッサリと切り捨てられてしまった。
「アタシが好きなのは……アカリとこうして一緒にいる時間。その時間だったら、何があっても楽しいんだよ」
「……俺もだよ」
メグの体を抱きしめる力をほんの少しだけ強くすると、メグは甘えるように顔を俺の首元に擦り付けてきた。
「………………」
ふと、視線がメグの口元で止まった。
薄いピンク色はグロスではなく、きっと色付きのリップ。『女子のたしなみ!』と言ってメイクは欠かさないメグだが、こうして彼女の部屋を訪れたときはとても薄いメイクになっている。『どちらが好みか』と聞かれても『どちらも好み』としか答えようがない。
「……ねぇ、アカリ」
「……なに?」
「……チュー……する?」
「………………」
上目遣いにそんなことを尋ねてくるメグに、一瞬目の前が真っ白になったかのような錯覚を覚えた。
「……うん。メグとキスしたい」
メグとの交際が始まって半年以上が経つ。
しかし、それはまだ
「……個人的には、もうちょっと思い出に残りそうなシチュエーションとか、ちょっと考えてたんだけどね」
それの理想のタイミングというものは、イマイチよく分からない。小説など物語では、夜景が見える場所のような所謂『ロマンチックな場所』というのが定番だろう。
「……アカリってば、そんなにアタシとキスしたかった?」
「当たり前だろ。……叶うのであれば、俺は君の全てが欲しい」
しかし、今この瞬間が……きっと俺たちにとっての
「……うん。それじゃあ――」
――アカリにあげる。
11月4日
今日はアカリがウチに遊びに来た。こないだの事務所でのハロウィンパーティーのときの写真でも見せてあげようかな~って思ってたのに、アカリはアタシの部屋に来るなり課題の準備を始めてしまった。
確かに、プロデューサーや琴葉から「やれやれ」ってせっつかれてるけど……恋人の部屋に来て真っ先にすることがそれってのはどーなんだろ?
しょうがないからアカリに見てもらいながら課題を進める。ほんの少しだけわがままを聞いてもらい、アカリの膝の上に座らせてもらったのだが……不思議なことに、この状態だと自分でも信じられないぐらい集中できた。どれぐらい集中できたかというと、山のように出された課題が全部終わっちゃうぐらい!
それでそのあとは――
※ぐちゃぐちゃになっていて読めない
「……にへへ……」
「……コトハー! メグミ、どーかしたノ?」
「さぁ……朝来たときからずっとあんな感じなの」
……ふぅ(別作品でのシリアスのうっぷんを晴らした顔)
もうちょっとイチャつかせたかったけど、この辺にしといてやろう(メダカ師匠並感)
次はクリスマスだー!
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所恵美と聖夜を過ごす12月
クリスマス・イヴ。
今日も今日とて、俺はメグのステージを見るためにシアターへとやって来ていた。
『みんなー! 今日は私たちのクリスマス特別公演に来てくれて、ありがとー!』
ステージの上から呼びかける琴葉さんの言葉に、観客席のファンたちが歓声を上げた。俺も周りに合わせて歓声を上げると、それに気付いたらしい琴葉さんは俺に視線を向けながらわずかに苦笑したように見えた。
『クリスマスは大切な人と過ごす大事な日だからネー! ワタシもみんなと一緒に過ごせて嬉しいヨー!』
エレナさんがそう言って投げキッスをすると、何人かのファン(男女問わず)が膝から崩れ落ちるのが見えた。アイドルからの投げキッスだ、ファンからしてみればそれだけの破壊力があったということだろう。
余談ではあるが、以前姉のライブを見に行ったときに関係者席にいた俺に向かって姉が普段はあまりしない投げキッスをしてきたことがあった。きっとライブでテンションが上がっていたのだろう。アイドル以前に尊敬する姉からの投げキッスを疎ましく思うつもりはないが、しかしそれでも「そういうのはファンにしてあげるべきだ」と軽くお小言を言ってしまった。
閑話休題。
『大切な人と言えばー……メグミは勿論、恋人と一緒なのカナ?』
『もっちろん! この後も待ち合わせしてるし!』
エレナさんに話を振られ、デレッと表情を崩すメグ。恋人の存在を明確にするなど普通のアイドルにとってはありえない光景ではあるが、最初から恋人持ちを明言している『所恵美』というアイドルだからこそ出来ることである。そんなメグの様子に観客のみんなは微笑ましく見守る人が八割、悔しげに俯いているのが二割だ。
『ちなみに私たちは、この公演が終わった後でシアター組全員でクリスマスパーティーの予定です』
『あとでSNSに写真上げてあげるから、待っててネー!』
琴葉さんとエレナさんの言葉にテンションが上がるファンのみんな。アイドル事務所のクリスマスパーティーの様子なのだから、それはもうファンのみんなは期待していることだろう。
『さて、それじゃあ最後の曲、行きますか!』
『せーの!』
『『『Thank You!』』』
「アカリ君!」
「ん?」
今日の公演も無事に終わったところで声をかけられた。彼は765プロシアター組のファンで、メグを観るために劇場へ足を運ぶうちに仲良くなった一人だ。
「この後、同好のファンが集まってクリスマス打ち上げをするんだが、君もどうだい?」
「楽しそうですね。……でもすみません、この後用事がありまして」
「そうか……まぁ、君は我々と違って彼女持ちのイケメンだからな……」
「一人で観に来ていた俺に、丁寧にここのことを色々と教えてくれた優しい貴方なら、きっとすぐに理解してくれる女性が現れますよ」
「くっそぅ! そういうことをサラッと言える辺り本当に心までイケメンだな! メリークリスマス!」
「ハッピーホリデー」
同じく知り合いと一緒に劇場を出ていく彼を見送ってから「さて」と立ち上がる。
先ほどメグが言っていたように、恋人である俺のこの後の予定は彼女との待ち合わせである。
ところで琴葉さんは『シアター組全員でクリスマスパーティー』とも言っていたが、このシアター組には勿論
「それじゃあみんな、今日もお疲れさま! そしてー……!」
『メリークリスマース!!』
なんと、俺もクリスマスパーティーに参加させてもらうことになっていたのだ。
「改めまして、ありがとうございますプロデューサーさん。部外者の俺まで……」
シャンメリーが注がれたグラスで乾杯しながらプロデューサーさんにお礼を言うと、彼は「なんのなんの」と手を振った。
「俺は君もこのシアター組の一員だと思ってるよ。雑用を手伝ってもらったこともあるし、頻繁に差し入れをしてくれる。それに今や『所恵美』というアイドルには恋人の存在がつきものだから、君もアイドル『所恵美』の一要素だよ」
「二人で一人のアイドルだな」とプロデューサーさんは笑う。
「アカリ! メリークリスマス!」
「ハッピーホリデー、メグ」
他のアイドルとの乾杯を終えたメグがこちらへと急ぎ足でやって来た。軽くグラスを合わせると、メグは「えへへ」と笑みを浮かべた。
「クリスマスに恋人と過ごせるなんて、夢みたい」
「俺もだよ。しかもその恋人がアイドルなんて……幸せすぎて夢じゃないかと怖くなる」
「疑ってる? 夢じゃないって証明してあげよっか」
メグはグラスを左手に持ち替えると、えいっと右腕を俺の左腕に絡めてきた。彼女の柔らかな身体に触れ、一瞬ドキリとする。
「どう? まだ刺激が足りないかなー?」
「十分刺激的で魅力的だよ。ありがとうメグ、大好きだよ」
「アタシも大好きだよ、アカリ」
「……あーあー、パーティー始まったばかりだっていうのに、早速イチャついてるわよこの二人」
「ホント、若いわねぇ……」
「莉緒さん、このみさん、お疲れ様です。ハッピーホリデー」
「メリークリスマス!」
「はいはい、メリークリスマス」
近寄って来た莉緒さんとこのみさんの二人ともグラスを合わせる。既に成人しているのでシャンメリーの俺とメグとは違い、二人のグラスの中身はシャンパンだった。ちなみにプロデューサーさんも同じもので、スーツを着たままではあるが業務は終わりで「今日は飲む!」と息巻いていた。
「でもホント、二人を見てると私も恋人が欲しいって思っちゃうのよねぇ」
はぁっ溜息を吐くこのみさんに、うんうんと莉緒さんが同意する。
「ねぇプロデューサーくーん。私たちも恋愛解禁してよー」
「この二人は特殊なんだからダメって言ってるでしょーが」
「いいじゃないのよー」「ダメですー」と言い合う二人。俺からしてみれば、この二人も十分にイチャついているようにも見える。現にこのみさんも「へっ」とやさぐれた様子でそっぽを向いているし。
「ダイジョーブだって! このみにだっていつか素敵な恋人が出来るって!」
「アカリ君みたいな?」
このみさんからのその返しに、メグは「えっ?」と固まった。
「うーん……」
「そこで『アカリと同レベルの男の人が本当にいるのかなぁ』って本気で悩みだすところが、惚気アイドルの面目躍如よね」
「このみさん、俺程度でいいのであればいくらでもいますよ。寧ろもっといい男性が見つかりますって」
「アカリ君、君が自分を過小評価することは世間の一般男性に対する冒涜にもなるから止めてあげてね」
「そうだよアカリ! アカリ以上の男の子なんて、アタシ考えらんないもん!」
「違うよメグ、俺は大した男じゃないよ。……何せ俺は、君を幸せにする以上のことは出来そうにないからね」
「えっ……」
「かーっ! ほんっとやってらんないわよっ!」
理由は分からないがどうやら怒らせてしまったようで、このみさんは未だに莉緒さんと押し問答を繰り広げていたプロデューサーさんの向こう脛を蹴飛ばしてから離れていってしまった。
「あ、このみ姉さーん、待ってー」
莉緒さんもそんなこのみさんを追っていってしまったため、蹲りながら脛を押さえるプロデューサーさんだけがその場に残された。
「ぐおおおぉぉぉ……な、何を怒ってたんだこのみさんは……!?」
「どうやら俺が怒らせてしまったようで……すみません」
「あぁ、そういうことか……」
何故か赤くなった顔を手で覆うメグを一瞥しながら、プロデューサーさんは訳知り顔で頷いた。
「まぁあれは行き場のない怒りを適当なところで発散させたかっただけだろうから、君が気にすることじゃないよ。どうせお酒を飲めば明日には忘れるって」
それはそれで、あまりアイドルとして褒められたことでもないような気がするが……きっとその辺りは、社会人として彼女たちも節度ある飲酒をするはずだろうから、俺の心配はきっと杞憂だろう。
「風花ちゃん! 歌織ちゃん! 今日はトコトン飲むわよ!」
「え、えぇ!? 今日はクリスマスだからもっとしっとり飲むって言ってませんでした!?」
「酔っぱらって、こんな気分全部消してくれるわー!」
「お、落ちついてこのみさん!?」
さて、そろそろ何か料理でも貰おうかな。
「アタシ取ってきてあげようか?」
「いや、一緒に行こう。折角メグとのクリスマスパーティーなんだから、一人で待ってるのは嫌だな」
「……うん、そうだね! 分かった!」
しかし腕を組んだままだとお皿が持ちづらいので、一旦離れてもらってから料理が並べられているテーブルに近付く。
テーブルの上には各自アイドルのみんなが持ち寄った料理で埋め尽くされていた。その大半が佐竹飯店の中華料理なのはこの事務所ではよく見かける光景なので、別にクリスマスだからといって違和感を感じることはなかった。
ちなみに、いつものように俺も差し入れとして料理を作って持ってきたのだが……。
「あ、アカリー! このお肉おいしいなー!」
「いやぁ、ホンマ美味しいわぁ」
「あーっ!?」
どうやら昨日の晩から仕込んで作ったローストビーフは好評だったようで、今
「メグ、どうしたの?」
「アタシまだアカリの料理食べてなかったのにー!」
「大丈夫だよ」
こんなこともあろうかと、メグの分は別に分けておいた。
はいどうぞとローストビーフを盛りつけた小皿を差し出すと、メグはパァッと顔を輝かせた。
「ありがとーアカリ!」
「どういたしまして」
「はぁ、相変わらず気の利く彼氏君やねぇ。それにラブラブなことで、クリスマスやっちゅうのに見てるこっちが暑くなるわ」
そんな俺たちのやり取りを見た奈緒さんは「はー暑い暑い」と手で顔を仰ぐ仕草を見せた。
「えへへ、ラブラブに見える?」
「別に褒めたわけちゃうんけど……」
上機嫌なメグに苦笑する奈緒さんだったが、ふと「そーいえば」とメグの肩に腕を回した。
「聞きたいことあんねんけど」
「へ? なになに?」
「……もうチューとかしたん?」
「ぶっ!?」
それは思わずメグが吹き出してしまうぐらい唐突な質問だった。
「な、何いきなり!?」
「いやー、最近妙に浮ついてること多いなーって思っててん。琴葉やエレナもそう思わん?」
「あー……そうね、それは私も少し思ってたわ」
「
近くで話を聞いていた琴葉さんと口いっぱいに料理を詰め込んだエレナさんも奈緒さんに同意した。
「そうなの?」
「そうなのよ。アカリ君の写真を見ながらニコニコしてることは前々からあったんだけど」
「前々からあったんだ」
「最近ではそれがこう……デレッと」
「デレッと」
抽象的な表現ではあったが、とりあえずどんな感じなのかは想像出来た。
「それで? どうなんどうなん? もうしたん?」
興味津々といった様子でグイグイとメグに迫る奈緒さんに、メグはじりじりと後退る。
「そ、そんなの言えるわけないじゃん!?」
「否定しないっちゅーことは、そーいうことなんやな」
「奈緒っ!?」
奈緒さんも半ば確信があって聞いている節があるから、これはメグが何を言ってもダメなパターンだな。
幸いなことにこちらへ飛び火してくることはないようだが……それでも恋人が困っているのだから、そろそろ助け舟を出してあげることにしよう。
「奈緒さん、その辺で勘弁してあげて」
メグの肩を抱くようにしてこちらへと引き寄せると、メグはこれ幸いとばかりに俺の体の影に身を隠した。
「あらら……彼氏君が出てきたんなら、メグ弄るのはこの辺が潮時かな。堪忍な……でも、普段から散々惚気られてるんやから、これぐらいは許してほしいかな」
「別に彼氏が欲しいわけちゃうけど、アレ結構辛いんや」と苦笑する奈緒さん。それは申し訳なかった……。
「……それで? 実際どうなん?」
「……さぁ、ご想像にお任せしますよ」
もっとも……と奈緒さんの耳に口を寄せる。
――想像以上、かもしれませんよ?
「………………」
クリスマスパーティーも終わり、帰り道。自転車を手で押しながら駅までメグを送っているのだが、彼女は少しだけむすっとしていた。どうやら先ほどのクリスマスパーティーの中で、奈緒さんに顔を寄せて耳打ちしたことがお気に召さなかったらしく、さらに奈緒さんが顔を赤くしてしまったことで不機嫌が加速してしまったようだ。
「メグに不快な思いをさせたかったわけじゃないんだけど……少し調子に乗りすぎたよ。本当にゴメン」
「……ううん、アタシの方こそゴメン。今更アカリのことを疑うなんて……アタシ、チョーダサいね」
苦笑するメグの身体を抱き寄せる。少しだけ歩きづらいが、寒空の下でメグの体温がとても心地よかった。
「メグが信じてくれないって思ってるわけじゃないけど……俺はメグのことが大好きだって何度でも言う。これから先もずっとなんて言っても、まだ信じてくれないかもしれないけど……」
「……ううん、信じてる。アカリはアタシのことを、ずっと好きでいてくれるって」
「ありがとう、メグ」
「……そーいえば、まだクリスマスプレゼント渡してなかったね」
「そういえばそうだったね」
ようやく二人きりになれたことだし、ここで渡そうかと鞄を開けようとして……グイッと首に腕を回したメグに顔を引き寄せられた。
「……プレゼント交換、しよ?」
「……貰いすぎちゃいそうで悪いな」
「大丈夫……アタシももっと、貰うから」
12月24日
今日はクリスマスイブ! 劇場でクリスマス特別公演という名のいつも通りの劇場を終えた後、事務所のみんなとクリスマスパーティーをした。今ではすっかり劇場の一員となりつつあるアカリも、勿論一緒だった。
みんなとジュースを飲んだり料理を食べたり。一番美味しかったのは、勿論アカリが作って来てくれたローストビーフ! アタシよりも料理が上手という事実は未だにショックが大きいものがあるが、それでも美味しいものは美味しかった。
そんなパーティーの最中、奈緒から「アカリともうキスはしたのか?」ということを聞かれてしまった。流石に人前ではしたことないし、大っぴらに言えるはずがない。返答に困っているとアカリが助けてくれたのだが……その際、アカリが耳元に口を近づけてぼそぼそと何かを呟くと、奈緒は顔を赤くしてしまった。
それが少しだけイラッとしてしまい、その後少しだけアカリに冷たく当たってしまった。
勿論アカリのことを疑うつもりはなかったのだが……こんな些細なことで嫉妬してしまう自分が少しだけ嫌になった。
それでもアカリは許してくれて、それどころか謝ってくれて……帰り道に素敵なプレゼントまで渡してくれた。
はぁ、本当にアカリはカッコよくて優しくて……大好き。
「それにしても奈緒ちゃん、あの反応はもしかして……?」
「んなわけあるかい! ……ど、同年代の男子にあんなことされたら、あぁなるに決まってるやろ!? 自分もされてみたら分かるって!」
「いや、恵美が怖いからそういうのはちょっと……」
十二月といえば勿論クリスマスイベント。時期が早すぎるけど気にしない。
ちなみに十一月に初めてのキス済ませてからは、頻繁にちゅっちゅしてる模様。もっとイチャつかせてぇな俺もなぁ。
そしてこちらもだいぶ気が早いですが、これで今年最後の更新になりますので、皆さんよいお年を。
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所恵美と新年を迎える1月
今回も含めてあと四話となってしまいましたが、今年もよろしくお願いします。
「「あけましておめでとうございます」」
新たな年を迎えると同時に目の前のメグと言葉を揃える。
「今年もよろしくね、メグ」
「うん! よろしく、アカリ!」
ニット帽にマフラー、手袋にダッフルコートという寒さ対策をバッチリで大変暖かそうな格好のメグがニッコリと笑う。
「……あけましておめでとう。二人とも、仲が良いのは十分に分かってるから……あんまり目立つようなことはしないでね?」
メグのすぐ後ろで琴葉さんがコホンと咳払いをした。
「えー? ただ普通に新年の挨拶してだだけじゃーん」
「お願いだから、自分たちがどれだけ周りから目を惹いているかを自覚して……」
「そうだよメグ。メグは凄く可愛いんだから」
「そーいうアカリも、自覚してないネ」
「え?」
琴葉さんの横に並ぶエレナさんからそんなことを言われてしまったが、生憎心当たりはない。
「そうだよ、アカリは凄くカッコいいんだから」
「……ありがとう。メグにそう言ってもらえるのが、一番嬉しいよ」
「……あ、アタシも……アカリに『可愛い』って言ってもらえるのが、すっごく嬉しい」
その耳の赤さは、照れか寒さか。
悪戯心も加わって、手袋のはめた自分の右手で彼女の左耳に触れると、そこにはーっと息をかけた。
「きゃっ……もう、アカリってば」
「くすぐったかった?」
「………………」
さらに赤くなって俯くメグ。ポソポソと何かを言っていたので口元に耳を寄せると、彼女はとても小さな声で「……き、気持ち良かった」と囁くように呟いた。
「……ふふっ」
「っ! も、もう! なんで笑うのさー!」
思わず笑ってしまったが、それがお気に召さなかったらしいメグがポカポカとオレの胸を殴る。そんなメグが愛おしくて、そっと彼女の背中に腕を回して――。
「だ、だからいい加減にしなさい!」
日付が変わり、今日は元旦。俺は恋人のメグ、彼女のユニットメンバーである今では共通の友人と言っても過言ではない琴葉さん・エレナさんと共にとある神社に初詣へとやって来た。
「全く……」
「ゴメンってばー」
「恵美もそうだけど、アカリ君も! 君がちゃんとしないとダメじゃない!」
「ごめんなさい」
プンプンと怒る琴葉さんに謝罪する。確かに先ほどから、俺たちと同じように初詣に来た参拝客たちに結構見られていた。アイドルである彼女たちに視線が集まるような行為は自重するべきだったと猛省する。
さて、勿論深夜に未成年だけで歩いていると補導の対象になる。そこで保護者として劇場の事務員である
「見つかった?」
「全然」
メグの問いかけに首を振るエレナさん。
「まさか、到着してそうそう人ごみに流されていくとは思わなかったよ……」
「美咲さん、小柄だものね……」
はぁ……と琴葉さんと一緒に思わずため息を吐いてしまった。
それはもうあっという間の出来事だった。境内に足を踏み入れた途端に「た、助けてくださーい!?」という声が聞こえたかと思うと、忽然と青羽さんの姿が消えていたのだ。彼女の身長的に考えても性格的に考えても、人々を押しのけて進むということが出来なかったがゆえに起きてしまった悲劇だろう。
本当はこういうことになってしまった場合を考えて、あらかじめ集合場所を打ち合わせしておくつもりだったのだが、それをする前にはぐれてしまったので無意味だった。
というわけで、少し人ごみから離れたところで作戦会議。
「携帯に連絡しても出ないね」
「まぁ鳴ってることにも気付けないだろうし」
きっと、そもそも携帯を取り出すことすら不可能な状況なのだろう。だとすると、青羽さんがいずれ携帯を取り出せるような状況になりさえすれば連絡を取って合流することは容易なはずだ。
問題があるとすれば、現在進行形で俺たちに保護者がいない状況なので、場合によっては補導されてしまう可能性があるということか。
「うーん……周りにそういう人たち多いから、アタシたちもそれほど気にする必要ないと思うんだけどなぁ」
「そういう考えはダメよ。私たちは自分の立場をちゃんと考えないと」
「はーい、言ってみただけでーす」
琴葉さんに注意され、反省の言葉を述べつつややふてくされ気味のメグ。
「とりあえず事務所の方には連絡を入れておいたよ。プロデューサーさんが『一応何かあるといけないから、成人済みの誰かをこっちに送る』とは言ってたけど」
「え、いつの間に……ありがとう、アカリ君。そういう連絡、本当は私たちがやらなくちゃいけないのに……」
「アカリがワタシたちのマネージャーみたいだネ!」
「ははっ、たまにプロデューサーさんにも言われるよ。『アイドルのマネージャーのバイトをやってみないか?』って」
まぁ、流石に冗談だとは思うけど。いくらなんでも、学生が請け負っていい仕事じゃない。
(……プロデューサーさん、多分本気で言ってたんだろうなぁ……)
(アカリがマネージャーかぁ……仕事がこれまで以上に楽しくなりそう!)
(クンクン……いい匂い~!)
「……さて、それはそれとして……どうしようか? 自分たちの携帯に青羽さんからの連絡がこないか注意しつつ、俺たちも参拝を済ませちゃう?」
「うんうん! 折角来たんだから、ちゃんと初詣しないと! ね、琴葉?」
「……本当は、ここで美咲さんを待ってるのが最善なんでしょうけど……」
俺の提案に賛同するメグが琴葉さんの肩を「ねーねー!」と揺さぶる。
何故か琴葉さんは俺の全身を上から下まで見返した。
「まぁ……アカリ君の見た目なら、最悪大学生としても通用するかしら……」
「見えたとしても、学生だったらアウトじゃないかな……」
「うん、私とエレナはここで待ってるから、二人は参拝して来たら?」
「え、いいの!? ……琴葉たちは?」
琴葉さんの提案に飛びついたメグだったが、二人が来ないことにへにょりと眉尻を下げた。
「やっぱり動かずに待ってる方が美咲さんも私たちを見付けやすいだろうし。……二人は、私たちよりも神様にお願いごと、あるんじゃないの?」
「琴葉……」
「……メグ、お言葉に甘えさせてもらおう?」
「……うん、分かった」
「ありがとう、琴葉さん」
「ううん、大丈夫。それじゃあ、私はここでエレナと待ってるから……あれ?」
キョロキョロと周りを見回す琴葉さん。
……あれ?
「……エレナさんは?」
気が付けば、ここには俺とメグと琴葉さんの三人しかいなかった。
「どうりでさっきからエレナが静かだと思ったら!?」
「えぇ!? エレナまで迷子!?」
メグと琴葉さんが慌てている。確かにこれはあまりよろしくない状況……。
「みんなー! お待たせー!」
と思いきや、何やら両手にビニール袋を携えたエレナさんが戻って来た。
「もう、エレナ! 勝手にいなくならないで! 迷子になったらどうするの!」
「美味しそうなソースの匂いがしたから~……ハイ! 色々買って来たヨー!」
琴葉さんの怒りを意に介する様子もなく、エレナさんはビニール袋から焼きそばやたこ焼きを取り出した。どうやらすぐそこの屋台で買って来たらしい。
「メグミとアカリはサンパイしてくるんでしょ? ワタシとコトハで全部食べ切る前に、行ってくるといいヨー!」
「……ははっ。そうするよ」
「アタシの分のたこ焼きはちゃんと取っておいてよー!」
「……はぁ。ほら、早くいってらっしゃい」
琴葉さんとエレナさんの好意に甘えることして、俺とメグは参拝へと向かうことにした。
「メグ、大丈夫?」
「う、うん」
大方の予想通りではあったが、参拝までの道のりは人で溢れかえっていた。はぐれないように手を繋いで歩いているが、このままでは俺たちまではぐれてしまいそうだ。
「きゃっ」
「メグっ!?」
「あ、大丈夫、ちょっと痛かっただけだから……」
それにメグのことも心配だった。
「ちょっとゴメン」
「わっ」
少々強引にメグの近くによると、彼女の左肩に背中から左腕を回してこちらに引き寄せる。手を繋いでいても離れそうで、腕を組むにもメグの負担が大きい。ならば俺が彼女を抱き留める形をとるのが一番いいだろう。
「ちゃんと俺にくっ付いてて。離れないでね」
「……うん」
ピタリと俺に頬を寄せるようにくっつくメグ。これならばよっぽどのことがない限り、彼女とはぐれることはないだろう。
「……にゃはは、あったかい」
「胸ポケットにカイロ入れておいたから。熱かったら出すから言ってね」
「……う、うん。……そーいう意味で言ったんじゃなかったのだけどなー」
「?」
「そ、そういえば、まだ連絡は来てない?」
「うん」
先ほどからポケットの中のスマホにも意識を向けていたが、まだ着信はない。
「でももしかしたらすぐに青羽さんと琴葉さんたちが合流できるかもしれないから、俺たちも出来るだけ早く済ませちゃおうか。小銭の用意は出来てる? すぐ出ないようなら俺が代わりに出すけど」
「それぐらいダイジョーブ! ありがと、アカリ」
しばらく人ごみに押されながら進み、ようやく賽銭箱に辿り着いた。
「よし、それじゃあ」
「せーの」
二人で同時に五円玉を投げる。まずは二回頭を下げた後、二回手を叩いて瞑目する。
再び一回頭を下げて目を開けると、ちょうどメグも終わったところだった。視線で「行こうか」と促すと、彼女は「うん」と俺の腕に抱き着いてきた。そのまま二人で列を離れ、琴葉さんとエレナさんが待つところまで戻る。
「ねぇアカリ。アカリは、何をお願いしたの?」
「俺は『今年も一年、メグのアイドル活動が平穏無事に続きますように』ってお願いしたよ」
「えぇー?」
何故かメグはその俺の願いに対して不服そうな顔をしていた。
「何かダメだった?」
「いや、アタシのアイドルとしての活動を応援してくれるのは嬉しいんだけど……」
ギュッと俺の腕を抱きしめ、空いた手の人差し指で俺の頬を突くメグ。
「そこは恋人として、アタシたちの関係のこととかさー?」
「……うん、確かにそうだね」
でも、それは
そして折角一年に一度の神頼みなのだから……俺にはどうにもできない彼女のアイドル活動のことをお願いしたかった。
「これからもメグはちゃんと俺が幸せにするから、心配いらないよ」
「………………」
そうしっかりとメグに伝えると、また彼女の顔が赤くなった。
「そ、それってさ……ぷ、プロ――」
「……あ、琴葉さんから連絡だ」
ポケットの中のスマホが鳴動したので確認してみると、無事に青羽さんと合流できたらしい。
「見つかって良かった。俺たちも補導される前に、早く合流しないとね」
「う、うん。そうだね」
「……それで、メグはどんなお願い事をしたの?」
「アタシは……なにもお願い事してない」
「え?」
「だって――」
――アタシのお願いは、アカリが叶えてくれるみたいだし。
1月1日
新年あけましておめでとう! ……って、日記に書くのも変かな?
昨日の分からの続きになるけど、日付が変わってからはアカリと一緒にちゃんと参拝しに行けた。アタシたちの代わりに青羽さんを待っていてくれた琴葉とエレナに感謝!
人がぎゅうぎゅう詰めで押しつぶされそうになっちゃったけど、アカリがアタシを抱きしめるようにして守ってくれた。周りから押されているのもあって、まるでアカリが強く抱きしめてくれているようで、ちょっと嬉しかった。
そしてお賽銭を投げて神様に『これからもアカリと一緒に過ごせますように』ってお願いしたんだけど……どうやらそれはアカリが叶えてくれるらしい。
……こんなことを言っちゃうと罰当たりなのかもしれないけど……アタシにとっては、それが何よりも心強いことだった。
今年も一年……ううん、ずっとずーっと、よろしくね、アカリ。
「美咲さん! よかった、ご無事で……」
「ふえ~ん……琴葉ちゃん、エレナちゃん、会えてよかった~……」
「泣かないでミサキー。はい、ちーん」
他作品と更新が被ってしまったためちょっと短いですが、お正月回でした。
やっぱり甘さが足りないなぁ……まぁ次回は多分、バレンタイン回でそうとう甘くできるはずだから(予定)
というわけで、残り三話もよろしくお願いします。
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所恵美と甘く蕩ける2月
「お疲れ様です」
「おー、お疲れさん……って」
二月十四日。放課後、生徒会室にやって来た俺を見るなり生徒会長がギョッとした。
「おいおい、結局
「はい……
思わず苦笑しながら両手に提げた紙袋を目線の高さにまで持ち上げる。
中身はカラフルなラッピングが施された贈り物の数々で、全てバレンタインの贈り物として渡されたものだった。
「彼女持ちを公言したから大人しくなると予想してたんだが……まだそんなに貰ってくるか」
呆れ半分感心半分といった様子の生徒会長に「正直俺もそう思ってました」と返す。
去年のバレンタインもありがたいことに、紙袋が一杯になるほどプレゼントを貰ってしまった。しかし今年は文化祭の一件で自分に
「……もしかして、彼女がいるから逆に渡しやすくなったんじゃないか?」
「というと?」
「んー……『0を1にするのは難しい』って表現でいいのか分からんが、前例がある以上自分にも可能性があるって考えたとか」
生徒会長の言わんとすることはなんとなく理解出来たが……そういうものなのだろうか。
「どちらにせよ、貰った以上はお返しを考えないと」
「今年も全部返すのか? 去年もそうだったが、律儀な奴だな」
生徒会長は「基本的に渡して自己満足してる奴らばっかりだろうに」とはいうものの、流石に貰ってばかりでは申し訳ない。
「それでも高校生には手痛い出費です」
最近ではシアターでお手伝いをするとプロデューサーさんから強引に渡される賃金があるものの、毎月の小遣いでやりくりをしている身としては苦笑を禁じ得ない。
「それじゃあそんな副会長様のために、今年も俺は渡さないでおいてやるよ。ホワイトデーは気にしなくていいぞー」
「はい、ありがとうございます。その代わりと言ってはなんですが……」
生徒会長の前に簡単なラッピングをした箱を置く。
「稚拙な手作りのものではありますが……日頃の感謝を込めて、チョコレートです」
「……はぁ……どうのこうの言って、結局お前はそういうことをするんだもんなぁ」
「あれ、チョコレートお嫌いでした?」
「いーや、なんでも。ありがたくいただくよ」
生徒会での会議を終え、生徒会役員からの贈り物によってさらに重くなった紙袋を携えながら俺はシアターへと向かう。
今日のシアターはバレンタイン特別公演ということで、ステージ終了後にアイドルから小さなチョコレートを手渡しされるというイベントが予定されていた。
アイドルからチョコレートを貰うというだけでも十分なのに、それが手渡しなのだ。当然ファンは今日の公演を是が非でも参加したいと思うだろうし、現に今日の公演のチケットは発表と同時に即完売という有様だったらしい。
「……なるほど」
……という話を、楽屋へと続く通路を共だって歩くプロデューサーさんから聞いた。
「それだったら、俺は今日の公演の参加を遠慮した方が良かったかもしれないですね……」
「まぁ、アカリ君は恵美から本命のチョコを貰うしね」
確定事項として納得するプロデューサーさん。
「ならどうせなら、恵美以外のアイドルから貰うっていうのはどうだい?」
今回のイベントはファンがチョコレートを貰いたいアイドルを選べるようになっているので、当然俺もメグ以外のアイドルを選んでその子から貰うという選択肢も存在する。
「貰うと思います?」
「思わない」
自分で提案しつつ、プロデューサーさんはあっさりと断言した。
「アイドルとファンという関係になっても、俺の一番の
「だろうな。野暮な質問だった」
そんな会話をしつつ、毎回恒例のメグの楽屋訪問である。
今日はたまたま用事があるプロデューサーさんと一緒だったが、最近では一人で普通に楽屋を出入りしている。アイドルやスタッフの皆さんからは既に関係者として扱われているのが、ありがたいような申し訳ないような複雑な気分だ。
今日もメグは琴葉さんとエレナさんの二人と一緒の楽屋のため、三人の楽屋をコンコンとプロデューサーさんがノックする。
『はーい!』
「俺だ。アカリ君も来てくれたぞー」
『えっ!? アカリもう来ちゃったの!?』
「ん?」
『ちょっと待っててー!』
メグの声が聞こえたかと思うと、何やら楽屋の中がドタドタと騒々しくなった。
「……何してるんでしょうね?」
「さてなぁ……」
プロデューサーさんと二人で首を傾げる。
『……お待たせー、入っていいよー』
数分後、メグからようやく入室許可が下りたので、プロデューサーさんがドアノブに手を伸ばす。
『ただし! 入っていいのはアカリだけ! プロデューサーはもうちょっと待ってて!』
「……えぇ……?」
困惑してドアノブから手を離すプロデューサーさん。
「俺もお前たちに用があるんだけど……」
『すぐ終わるから! プロデューサーはステイ! 中を見るのもダメだから!』
「……だ、そうだ」
「なんか、すみません……」
はぁ……とため息を吐くプロデューサーさんに、申し訳なくなって頭を下げる。プロデューサーさんの用事を早く済まさせてあげるためにも、まずは俺が早く楽屋に入る以外なさそうだ。
「それじゃあメグ、入るよ」
『う、うん』
プロデューサーさんが中を見るのを禁じていたので、ドアを小さく開けて素早く中へ体を滑り込ませてすぐにドアを閉じる。
「お疲れ様、メグ。俺だけ入っていいって、一体……」
どういう理由なのか……と尋ねようとして、思わず言葉を失ってしまった。
「……は、ハッピーバレンタイン!」
そこにいたのは、ステージ衣装に着替える前の制服姿のメグだった。しかしブレザーとカーディガンを脱いでおり、その上からピンク色のリボンがまるでラッピングをするかのように巻かれている。そして両膝に両手をつき、胸を強調するようなポーズでウインクをするメグが、そこにいたのだった。
「……えっと」
咄嗟のコメントが思いつかずに困っていると、徐々にメグの顔が赤くなってプルプルと震え始めた。
「……ちょ、ちょっと莉緒!? アカリ引いてない!?」
「おかしいわね……雑誌にはこうすればイチコロだって書いてあったのに……」
どうやら楽屋には莉緒さんもいたらしく、メグの叫ぶような問いかけに「あれー?」と首を傾げていた。どうやらこのメグの格好及びポーズは莉緒さんの指導によるものだったらしい。
「だから言ったじゃないですか……」
はぁ……と頭を抱えた琴葉さんがため息を吐く。
「そもそもアカリはメグにぞっこんなんだから、今更イチコロにするのもおかしくない?」
「……はっ!? そういえばそうよね!?」
そんなエレナさんの指摘に「そうだった!」と手のひらを叩く莉緒さん。
確かにぞっこんではあるのだが、これはちょっと驚いただけである。
「っと、ごめんメグ……あまりにも魅力的すぎて思わずビックリしちゃったんだ」
「うぅー……ホントーに? 引いてない?」
「引かないよ」
その格好が恥ずかしくなってきたのか、体を隠すように自身を抱いていたメグの両手首を優しく掴む。すると身長の関係上、リボンを巻いたメグの体を見下ろす形になり、いつもより一つ多く外されたブラウスの胸元にどうしても目線がいってしまった。
「……えっち」
俺の視線に気付いたらしく、メグは恥ずかしそうに頬を染めながら可愛らしく睨む。
「ごめんって。……それで、バレンタインの贈り物はメグ自身って解釈でいいのかな?」
「………………」
ついっと無言のまま目線を逸らすメグ。
そんな彼女の耳元に口を寄せる。
「……否定しないなら、食べちゃうよ」
「~っ!?」
「い、いい加減にしなさーい!」
そろそろ来るだろうなぁと予想していた通り、琴葉さんからのストップがかかったので止める。
「ごめんなさい、琴葉さん」
恥ずかしさのあまり俺の胸元に額を押し当てて顔を隠すメグの背中をポンポンと叩きながら、琴葉さんに謝罪する。
「……アカリ君、もしかして私が止めること前提にこういうことやってない?」
「まさか」
やんわりと否定するが、ジト目の琴葉さんはまるで信じた様子はなかった。
「……はっ! ほ、ホラ見なさい! 私のアドバイス通り、アカリ君をイチコロに出来たでしょ!?」
「どちらかというと、メグミの方がイチコロだったけど」
なにやら固まっていた莉緒さんが再起動したが、エレナさんの一言で再び固まってしまった。
「いや、俺も十分イチコロにされちゃいましたよ。こんな素敵なメグを見せてもらえて、ありがとうございます」
「……まぁ、アカリ君は例外よね……」
さて、そろそろメグたちに用事があるっていうプロデューサーさんも中に入れてあげないと。
「ほらメグ、ちゃんと服着直して。相手がプロデューサーさんとはいえ、他の人にメグの今の姿を見られたら、俺が嫉妬しちゃうよ」
着替えを促す言葉とは裏腹に、俺の腕はギュッとメグの体を抱き締めていた。
「っっっ!!」
「コラそこ! 然り気無く追い討ちかけない!」
バレンタイン特別公演は、大成功という結果で幕を閉じた。
最後の手渡し会も大きな問題はなく、ファンのみんなは大興奮しつつもしっかりとマナーを守ってアイドルたちからチョコレートを受け取っていた。勿論手作りではないが、一つ一つにアイドルたちが手書きしたメッセージカードが付属するため、ファンからしてみたら垂涎ものだろう。
当然、俺も『所恵美』からチョコレートを貰うために列に並んだ。一人、また一人とファンがチョコレートを受け取っていき、ついに俺の番がやって来た。
――はい! 今日はありがとー!
俺の顔を見て一瞬だけ口元が緩んだメグだったが、すぐさま持ち直して他のファンと同じように笑顔でチョコレートを渡してくれた。俺もそれを「こちらこそありがとうございます。これからも応援しています」と他のファンと同じように受け取った。
そうして無事、手渡し会も終わったわけなのだが……。
「まさかこんなのを仕込んでたとはね……」
「えへへ、ビックリした?」
「寧ろ何かの手違いがあったときのことを考えて肝が冷えたよ」
暗くなった帰り道。メグを駅まで送りながら、話題は先ほどメグから渡されたメッセージカードだった。
他のファンの人の話を聞く限り、メグのカードに書かれていたメッセージは『これからも応援よろしくねー!』というものだったらしい。しかし、俺に渡されたカードにはそのメッセージがなく、代わりにキスマークがついていたのだ。
「俺に渡す分だけこっそりと入れ替えるとは思わなかったよ」
「……もしかして、怒ってる?」
思わずため息を吐いてしまったが、それに気付いたメグが恐る恐る顔を覗き込んできた。
「怒ってないよ。でも、もし何かの間違えでこれが他人の手に渡ってたらって考えると……」
「うっ……それは、ゴメン……」
シュンとしてしまったメグの頭を「だから怒ってないよ」と撫でる。
「メグが俺だけに特別な想いを込めてくれたことは嬉しい。だから、例え小さなカードにしたものであっても、君の唇を誰にも渡したくないんだ」
「……うん。アタシの唇は……」
立ち止まり、俺の顔を見上げながらメグは「ううん」と首を振った。
「唇だけじゃないよ。……身も心も、アカリのものだよ」
だから……とメグは俺の胸に手を当てて一歩距離を詰めてきた。
「バレンタインのチョコの前に、
目を瞑るメグ。人通りの少ないとはいえ、ここは往来。それでも、今こうして唇を突き出すメグがとても愛おしくて。
それは先ほど貰ったチョコレートよりも、甘かった。
2月14日
今日はバレンタイン! 昨日事務所の給湯室で他の子たちと一緒に作ったチョコをアカリにあげる日であり、同時にシアターでの特別公演の日でもあった。
バレンタインということで、ライブ終了後にファンのみんなにチョコとメッセージカードを手渡しするというイベント。ファンのみんなは喜んでくれて、アタシのところにもいっぱいチョコを貰いに来てくれて嬉しかった。
そしてライブを見に来てくれたアカリも、アタシのチョコを貰いに来てくれた。勿論アカリに渡す本命のチョコは用意してあるしアカリもそれを知っているはずなのだが、それでもアタシのところに貰いに来てくれたのが嬉しかった。
そしてアカリが来てくれることを信じて、こっそり用意しておいたキスマークを付けたメッセージカードを渡したのだが……ちょっとアカリに怒られてしまった。
確かに、何かの間違いでアカリ以外の人に渡してしまったらということは考えていなかった。反省。
でもその怒ってくれた理由が、アタシの唇を誰かに渡したくないというものだったから、思わず嬉しくなってしまった。
アカリから貰ったチョコも美味しかったし……アカリの唇も、素敵だった。
最高の一日!
「それで? 莉緒は得た知識を自分で使わないの? プロデューサーとか」
「え? なんで?」
(……これは、どっちの意味なんだろ……?)
『プレゼントは私』がやりたかっただけだったりそうじゃなかったり。
うーん、イチャつきが足りない……足りなくない? これが作者の衰えか……。
恵美一緒も、残り二話です! ラストスパート、頑張ります!
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所恵美と将来を語る3月
ピンポーン
「ん?」
とある休日の朝、キッチンにいた俺は呼び鈴の音に顔を上げた。
「はいはいっと」
濡れた手を前掛けで拭き、インターホンを取る。
「はい」
『こんにちは!』
「あれ、メグ?」
カメラ付きインターホンのモニターに映し出されたのは、俺の恋人でありアイドルでもあるメグがにこやかに挨拶をする姿だった。そしてその笑顔はインターホンに出たのが俺だと分かった途端、パアッとさらに明るいものになった。
『あっ、この声はアカリ! ヤッホ! 来ちゃったっ』
「来ちゃったって……」
確か今日は仕事があるって話だったはずだけど……とりあえず、中に入ってもらおう。
「今開けるね」
『はーい!』
モニターを切ると前掛けを外して玄関へ向かう。
内カギを回してドアを開けた途端、飛び掛かるような勢いでメグが抱き着いてきた。
「えへへ、おはよー! アカリ!」
「おはようメグ」
そのままギューッと身体を強く抱きしめ、恒例の挨拶をする。まだまだ寒い三月の空気が流れ込んでくる玄関ではあるが、お互いの体温が心地よかった。
「色々聞きたいことはあるんだけど……とりあえず上がって。時間は大丈夫?」
「うん、ダイジョーブ! お邪魔しまーす!」
メグは廊下に腰を下ろしてブーツを脱ぎ始める。そして視界にチラチラと入っていたであろう
「いやー相変わらずアカリの家の玄関は凄いね」
「まぁね」
俺も一緒になって苦笑しつつ、廊下の壁に掛けられた『姉さんのグラビア写真』の額縁の数々に視線を向ける。姉さんのグラビアは、水着もしくはそれと同じぐらい肌の露出が多い衣装ばかりだ。おかげで少々刺激の強い廊下になってしまっていた。
こんなことになってしまっている原因は、勿論そういった方向性でアイドルをしている姉さんではない。姉さんがそういう衣装を着ると怒るくせに、新しいグラビアが発表されるたびに拡大印刷して堂々と玄関に飾る父さんである。
「ホント、怒ってるんだか喜んでるんだか」
「でもこれだけ素敵な写真なんだから、自慢したい気持ちは分かるなー。ここなら、お客さん全員の目に入るもんね」
「おかげで初めてウチに来る人はみんな驚いているよ」
ご近所の人は知っているからいいが、配達の人には「苗字が同じだから大ファンなんだろうな」と思ってもらえているといいのだが……まさか実家だとは思わないだろう。
「……俺もメグの写真を飾ってみようかな」
「ちょっと!?」
「冗談だよ」
メグの写真は自分の部屋に飾って自分だけで楽しむことにしよう。
「それで、今日はいきなりどうしたの? お仕事じゃなかったっけ」
廊下を歩きながら先ほどから疑問に思っていたことを尋ねると、メグは「それが聞いてよー」とうんざりした表情を浮かべた。
「お仕事の入りの時間をプロデューサーが間違えててさー」
「それはそれは」
「
「四半日違うじゃないか!?」
流石に六時間は間違えすぎだった。
「だから夕方まで完全にオフになっちゃって。……時間が空いたから、無性に会いたくなっちゃんったんだ」
「メグ……」
恋人に『会いたい』と言われて喜ばない人はいないだろう。だからわざわざ現場から俺の家まで来てくれたメグのことが愛おしくて、もう一度ギュッと抱きしめてしまった。
「大丈夫だった? いきなり押しかけてきて、迷惑じゃなかった?」
「迷惑なわけないよ。……あ」
はたと
「え……もしかして、本当に何か用事あった……?」
「あ、いや、用事と言えば用事なんだけど……」
そんな俺の様子に「まさか……」と顔色を悪くするメグ。
「……まぁ、メグにだったら話しても大丈夫か」
「へ?」
「クッキーを焼いてた?」
「うん」
リビングにコートと鞄を置いたメグと一緒にキッチンに戻ってくると、そこにはまだまだ練っている最中のクッキー生地と、今まさに中でクッキーを焼いているオーブン、そして焼き上がって冷ましている途中のクッキー。誰がどうみても、クッキーの制作過程の真っ只中である。
「さっきからしてた甘い匂いはこれだったんだー。美味しそー!」
「食べる?」
「いいの!?」
「勿論」
目を輝かせるメグの口元に焼き立てのクッキーを一つ摘まんで持っていくと、躊躇なくメグはそれに「あーん」と食いついた。
「んー、美味しー! アカリってばお菓子も作れたんだ!」
「ありがとう。でも、ただレシピ通りに作ってるだけだから、そう大したことじゃないよ」
「もっとちょーだい!」と口を開けるメグに、そのままクッキーを数枚『あーん』する。
「それにしても、随分沢山作って……いや、沢山ってレベルじゃないよねコレ」
租借しながらふと我に返ったらしいメグが、大量に焼かれたクッキーとまだまだ練っている最中のクッキー生地の量に少し引いていた。
「どーしたの、コレ」
「ホワイトデーのお返しだよ」
「……あぁー! なるほど!」
俺の返答に、納得がいったとメグは手のひらを叩いた。
というわけで、今日は朝からずっとホワイトデーのお返しとして渡すクッキーを焼いていたのだ。
会長に「わざわざ手作りするのか」と驚かれたが、なにせ返す数が数だ。学校で貰った分や近所の人から貰った分、さらに今年は765プロのみんなから貰った分も返さなければならない。そうなると全員分を買っていては流石にお金が足りない。
そこで材料を買って自作することで、少しでも費用を減らそうという魂胆なのである。勿論量が量なので、それでもかなりの出費だったが……あらかじめ今日のために安売りの材料を買いだめしておいて良かった。
「今日は父さんと母さんが知り合いの結婚式に呼ばれて朝からいないし、姉さんも昼前から出かけるらしいから、こうやってキッチンを独占してクッキーを焼いてたんだ」
「なるほどねー……あれ、それじゃあコレ食べちゃダメだったんじゃないの!?」
口元まで運んだ五枚目のクッキーを慌てて口から離すメグ。
「大体の数で作ってるから、今からおやつとして食べても大丈夫だよ。寧ろゴメンね?」
「え? 何が?」
「いや……なんというか、メグっていう恋人がいるのに、こうやって他の女の子に渡すためのクッキーを焼いてて……」
それがメグに対して言い淀んだ理由。要するに後ろめたかったわけである。だから、出来ればメグに内緒で作ってしまいたかったんだけど……。
「まーちょっとだけ妬いちゃうけど……こういうことも手を抜かずにしっかりとやる、アタシはそんなアカリが好きになったから」
「……ありがとう、メグ」
「それに、アタシは一足先に貰っちゃったしねー」
「あ、これはメグの分じゃないよ」
「……え」
「こんなまとめて作ったクッキーじゃなくて、もっと丁寧に愛情を込めて作るから……十四日を楽しみに待っててほしい」
「……うん、分かった。楽しみにしてる!」
メグはクッキーの欠片を口の中に放り込むと「それじゃあアタシも手伝おうかな!」と袖捲りを始めた。
「ありがとう。でも俺一人でも大丈夫だよ」
「こんなに沢山焼くんだから、一人じゃ大変でしょ。だから手伝ってあげる」
わざわざメグの手を煩わせるわけにはいかないと思ったのだが、彼女は「それに」と言って唇を尖らせた。
「『アカリの手作り』を他の子に食べさせるのがなんかイヤだから、アタシも手伝って『アカリと彼女の手作り』にしてやろーかと思ったの」
「……ははっ」
「あ、笑ったなー!? 子どもっぽいとか思ったんでしょ!?」
「違うよ、可愛いなって思ったんだ」
「……そんな嬉しいこと言っても誤魔化されないぞー」
そう言いつつ、ニヤけた笑みを隠そうともせずに「えいえい」と殴るように拳を肩に当ててくるメグ。
「……あら、お邪魔しちゃったかな?」
ふと、そんな声が聞こえてきた。
「恵美ちゃん、いらっしゃい」
振り返ると、そこには自室のある二階から降りてきた姉さんがキッチンの入り口から顔を出していた。
「あっ! おはよーございます! おじゃましてまーす!」
「おはよう。今日はどうしたの?」
姉さんは「確かとー君から今日はお仕事って聞いてたんだけど……」と首を傾げる。
「それがちょっとした手違いでスケジュールに穴が空いちゃって……ちょっとでもアカリに会いたかったから、来ちゃいました」
「ふふっ、相変わらず仲が良いのね」
「勿論!」
姉さんの言葉に「ねー?」と腕に抱き付くメグ。家族の前でのスキンシップはやや気恥ずかしいものがあるが、勿論振りほどくなんてことはしない。
「私は今から出かけちゃうけど、仕事に遅れない程度にゆっくりしていってね」
「はーい!」
「あ、良かったらコレ持っていって」
メグと話している間に簡単にラッピングしたクッキーを姉さんに手渡す。
「ありがとう……でもいいの? 沢山作らないといけないんでしょ?」
「大丈夫。去年の姉さんのバレンタインよりは大変じゃないから」
「あ、あれは……もう!」
去年のバレンタインに姉さんは『事務所の人たちに配るから』という名目で大量のチョコレートケーキを作っていた。そのときは俺も少し手伝ったのだが……父さんは「そんなに渡す相手がいるのか!?」とやや誤解していた。
そんな姉さんのチョコレートケーキと比べれば、楽とは言わないがマシである。
「それじゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい!」
「いってらっしゃい、姉さん」
「うん。……とー君」
ちょいちょいと姉さんが手招きするので、そのまま一緒に廊下へ出る。
「何? 姉さん」
「……えっと――」
――
「……ううん、まだ言ってない」
「……そっか」
正直にそう告白すると、姉さんは小さい子を諭すような優しい笑みで俺の胸に手を置いた。
「まだまだ先の話だし、勿論とー君自身が決めること。それでも恵美ちゃんのことでもあるんだから、キチンと話しておかないとダメだよ?」
そのまま姉さんは「とー君なら分かってるよね?」と俺の頭を撫でる。姉さんよりも身長が高いのでやや不格好なことになっているが、姉さんの優しさが嬉しかった。
「……大丈夫。ありがとう、姉さん」
「うん、頑張って」
出かけて行った姉さんを見送り、メグと一緒にクッキー作りを再開する。
「そーいえばちょっとアカリに聞いてみたいことがあったんだけどさー」
「聞きたいこと?」
オーブンの様子を見つつ、焼き上がったクッキーを袋詰めしてくれているメグの話に耳を傾ける。
「アカリってさ、高校卒業したらどーするの?」
「………………」
「ガッコのセンセーが『まだ二年生だけどそろそろ決めとけ』って」
「……メグは、さ」
オーブンから目を離し、メグに視線を向ける。メグは「ん? なにー?」といつもの様子で聞き返してきた。
「これからもアイドル、続けるんだよね?」
「え? ……そりゃーね。今すっごく楽しいし、琴葉やエレナと色んなところで色んな歌を歌えるのが嬉しいし……一年や二年で辞めるつもりはないよー。だからアイドルを続けるのは前提条件として、大学に進学するのか事務所に所属するのか……っていう二択かな?」
「……そっか」
手を止めて「でもなー大学で勉強しながらアイドルかー……アタシには難しいかなー……」と悩んでるメグを見て、俺は内心でホッとしていた。そしてそれと同時に、やっぱり
「あのさ、メグ。実は俺、夢が出来たんだ」
「え!? アカリの夢!?」
「あぁ、やりたいことが出来たんだ」
「なになに!? アカリからそーいう話聞いたことなかったから、超興味ある!」
身を乗り出して尋ねてくるメグに、俺は意を決してそれを口にした。
――メグを世界一のトップアイドルにする。
「……え」
俺の発言が予想外だったらしく、メグはポカンとした表情になった。
「前々からプロデューサーさんや社長さんからウチの事務所にこないかって言われててさ」
当初、それは二人の冗談だってずっと思っていた。しかし、先日『本気にしていいですか』と尋ねてみたところ、とても喜びながら「是非!」と改めて勧誘してきたのだ。
「だから高校を卒業したら……そのまま765プロの事務所に入るつもり」
「……え、えぇぇぇ!?」
驚愕の声を上げながら、メグは椅子から跳ねるように立ち上がった。
「だ、大学行かないの!? 高校の先生から国立の推薦勧められてたんでしょ!?」
「うん……だから『進学しません』って言ったら進路相談の先生が倒れちゃって」
あれは本当にびっくりした。
「………………」
メグは呆然とした様子で立ち尽くしている。
「……また先走っちゃったのかもしれないね」
これは俺だけの問題じゃない。俺の進路は俺自身の問題だが、これには
「でも俺は……もっと輝くメグが見たいんだ」
思えば、メグが初めてアイドルとしてステージに立ったそのときからずっと、俺はそれを願っていたのかもしれない。メグはとても素敵な女の子で、それはアイドルになったことでさらに輝きを増して……その『輝きの向こう側』を見たいと
そしてアイドルとしての道を進み続けるメグの隣に立っているプロデューサーさんに、俺は
だからこれは、メグの意志なんて全く考えていない俺の独りよがりの我儘。
「メグなら絶対に誰にも負けないトップアイドルになるって……俺は信じてる」
「で、でも、大学を卒業してからだって遅くは……! そ、それにほら、アタシと一緒に大学に通いながらとか!」
「………………」
「……はぁ……『もう決めた』っていう目ぇしてるよ、アカリ」
苦笑したメグは、そのままストンと椅子に座り直した。
「……本音、言っていい?」
「うん」
俺もメグの隣の椅子に腰を下ろす。
「……アタシは、アカリの期待に応える自信がないんだ。アカリはいつも褒めてくれるけど、アタシは今でも『アタシなんかより可愛い子はいっぱいいる』って思ってるし、アイドルだって心のどこかで『トップアイドルは流石に無理』って思ってる」
メグは「でも……」と俺に向かって手を差し伸ばしてきた。俺がその手を取ると、彼女は俺の手を両手で握りしめた。
「アタシもアカリと同じで、
「メグ……」
「今分かったよ。アタシがずっと持ってなかった自信っていうのは……アカリのところにあったんだね」
おもむろに椅子から立ち上がったメグは、ひょいっと俺の膝の上に座って来た。
「……でも一つだけ訂正して。それしてくれたら、アタシもアカリの考えに賛成してあげる」
「なに?」
「……アカリがアタシをトップアイドルにするんじゃなくて……アカリとアタシが一緒に頑張ってトップアイドルになるの」
コツンと額と額が合わさり、メグの顔で視界が埋め尽くされる。
「……あぁ、一緒に頑張ろう」
「でももしかしてー……アカリが高校を卒業するより前に、アタシとプロデューサーの二人でトップアイドルになっちゃったりして」
「……それはそれで、メグがトップアイドルになるんだったら」
「そんな拗ねた顔しないでよー」
コイツー! と真正面から頭を抱きしめられてしまった。メグの柔らかい身体で呼吸が阻害されて、少々息苦しい。
「でも……アカリが本気でそう思ってくれてるんなら、アタシだって本気でいくよ。手加減だってしない」
「ぷはっ。あぁ、それでいい。そのとき、世界一のトップアイドルになってたなら……今度は宇宙一のトップアイドルを目指そう」
「うん!」
「だからこれから先もずっと、一緒にいてほしい」
「うん! ……うん?」
また先走りすぎと言われるかもしれない……でも、俺はこの想いを胸の内に留めておくことが出来なかった。
「あのさ、メグ――」
3月10日
今日は
とても言葉では言い尽くせないぐらい
今までの人生で
最高に幸せな一日だった
「……そっか。あれからもう、三年も経つんだ」
次話、完結。
※注意!!
次回は 4月15日 の更新です! 恵美の誕生日が更新日です!
お間違えの無いよう!
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所恵美とトップアイドルになる4月
「……ん……」
意識が徐々に覚醒していき、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
ぼやけた視界はまだ意識がしっかりとしていないからではなく、ここ二年で視力がガクッと落ちたからだ。卒業してからというもの、それはまでは使う機会のあまりなかったパソコンの使用する頻度が増えたことが原因だと思われる。
そして日常生活にも支障が出始めたため、眼鏡をかけるようになった。周りからはコンタクトレンズを勧められたのだが……少々情けないことに目に異物を入れることが怖かったのだ。……そのことを正直に告白したところ、何故かテンションの上がったメグに強く抱きしめられたということは、全くの余談ということにしておこう。
さて、このまま布団の中で微睡んでいるのも大変魅力的なのだが、今日は忙しい一日になるので、早く起きて準備をしなければならない。
だから――。
「メグ、朝だよ」
「……ううん……」
――
「……アカリー……?」
「おはよう、メグ」
目と鼻の先にあるメグの瞼がゆっくりと開いた。視力は落ちていてもこれだけ近ければ彼女の瞳がしっかりと見ることが出来る。
「………………」
どうやらまだ完全に起きたわけではなさそうで、メグはぼんやりとこちらを見つめ返してきている。
少しだけ視線を下げると、そこには寝起きだというのに瑞々しいメグの唇。まるで吸い寄せられるような魅力で溢れていて……そのまま吸い寄せられて思わず『おはようのキス』をしてしまった。
「っ……!? ……ん」
突然のことに一瞬だけ体を強張らせたメグだったが、すぐにトロンと目を閉じてこちらに身を委ねてきた。
しかし寝起きの口腔内は細菌が多い。メグと舌を絡めたい衝動を抑え、軽く啄むようなバードキスを繰り返す。
「……んん……?」
十回を超えた辺りでようやくメグの意識がハッキリしてきたらしい。
「起きた? 今日は忙しいから、そろそろ起きて支度しないと」
「え、うん……あ、あれ……?」
俺の言葉にしっかりと頷きながらも、イマイチ今の状況が呑み込めていない様子のメグ。
現状を把握しようとキョロキョロと視線を彷徨わせ――。
「……っ!?」
――
「………………」
「メグー。そろそろ出ておいでー」
一足先にシャワーと浴びてから二人分の朝食を作ったのだが、メグは一向に布団の中から出てくる様子を見せなかった。下着やパジャマはベッドのすぐ下に落ちていたので、布団の中のメグは未だに裸のままというわけではないのだが……。
「……メーグ」
優しく呼びかけながらベッドの縁に腰を下ろす。ギシッとベッドが軋むと同時にメグの身体がビクリと震えるのが分かった。
「……あのさ、アカリ」
「うん」
くぐもった声が布団の中から聞こえてくる。
「……えっと、その……アタシたち――」
――……し、
か細い声ではあったが、なんとか聞き取ることが出来た。
「……うん。約束通り、メグが
今日、四月十五日は所恵美の二十歳の誕生日であり……メグと初めて
日付が変わり、メグが二十歳になったその瞬間……俺とメグは初めて結ばれた。今までも彼女を愛していた自信はあるけれど、これでようやくしっかりとした形で彼女を愛することが出来た。
「もしかして気分悪い? どこか痛かったりする?」
お互いに初めてのことだったが故に、もしかしたら体調が優れないのかもしれない。心配になり、布団を捲って中のメグの様子を窺う。
「………………」
布団の中で丸まっているメグ。下着はしっかりと付けていたもののパジャマは羽織っているだけのやや煽情的な姿だ。その顔は未だに赤く、俺と視線を合わせてくれなかった。
「……その、ちょっとだけお腹の所に違和感があるけど……痛くないよ。それに、気分も悪くない……寧ろちょっとふわふわしてていい気分……」
しかしメグは「でも……」と言ってうつ伏せになって顔を隠してしまった。
「……なんか色々口走っちゃったような気がするから、恥ずかしくて……!」
足をバタバタと動かして悶えるメグ。確かに色々と言っていたが……果たしてどれのことを言っているのか、心当たりが多すぎて見当が付かなかった。
「俺はメグから言われた言葉、全部嬉しかったよ。それだけ本気で俺のことを愛してくれてるってことが分かって、本当に嬉しかった」
「だからって『もっとぉ!』とか『赤ちゃん欲しい!』とかはないでしょおぉぉぉうわあああぁぁぁん!!」
枕に顔を埋めてさらにバタバタと悶えるメグ。ないとまでは言わないが……うん、確かにこうして明るいときに落ち着いた状態で聞くと恥ずかしい気もする。ちなみに避妊はしっかりとしていた。
「アカリぃ! 絶対に誰にも言っちゃダメだよ!?」
「言わないって」
流石に恋人との情事を他者に話すようなことはしないと苦笑す。
「さぁメグ。そろそろ起きて、シャワーを浴びて」
「……分かった」
のそのそと動き出したメグに一安心したところで野菜スープを暖め直すためにキッチンへ……向かおうとしたのだが、クイッと背後から服を引っ張られた。
一体何だろうかと振り返ると、そこには恥ずかしそうに顔を赤くしつつも目を閉じて唇をこちらに突き出すメグの姿があった。
「……はい。分かりましたよ、お姫様」
そんなメグの姿が可愛くてクスリと笑った後、彼女の頬に手を添えて……今度は深いキスと交わすのだった。
二年前、俺は宣言していたように高校卒業と同時に765プロへと入社した。
業界でその名を轟かす有名事務所にも関わらず、社長一人事務員二人プロデューサー三人という超少数精鋭体勢だったため、入社してすぐに俺も現場で働くことになってしまった。
しかし進学のための受験勉強や就職活動を一切しなかったため、三年生の冬から大分暇になった俺は度々765プロを訪れては先んじて仕事のあれこれを教わっていた。おかげでプロデューサーさんから「……いや、分かってはいたけど……本当に優秀だな君は」とお世辞を言ってもらえる程度には仕事を覚えることが出来た。ただそのおかげで、先も言ったように視力が落ちてしまったのだが、些細なことだ。
そして去年、メグの高校卒業と同時に……俺たちは同棲を始めた。お互いの両親には既に話は通してあり、俺とメグは既に『結婚を前提としたお付き合い』ということになっている。
ちなみにメグも卒業と同時に765プロに入社したため、お互いに働いている身となり生活費は二人で出し合っている。と言っても、俺の稼ぎというのは基本的にメグの稼ぎなのだが……。
そしてメグの入社と同時に俺は彼女のプロデューサーとして正式に任命された。勿論プロデューサー不足の現状を解消するために、彼女だけでなく琴葉さんやエレナさんも一緒にプロデュースしているが、基本的にメグのプロデューサーだと二人も認識しているようだ。
業界の人間としてはメグよりも若輩者の俺ではあるが、メグのアイドルとしての魅力を世間がより一層認識してくれたおかげで、ついにアイドルたちの最高峰『アイドルエクストリーム』への出場を果たすことが出来た。
そして――。
「んー! このスープ美味しい!」
「ありがとう。おかわりする分もあるから、遠慮しないでね」
「あーいや、食べ過ぎはどうかなーって思うんだけど」
「ちゃんと計算してるから、大丈夫だよ」
こうして一緒に暮らすことで、メグの健康管理の手助けをすることもできる。あまり束縛しすぎるのも嫌がられるかとも思ったのだが、彼女は笑顔で受け入れてくれた上に「むしろやらせちゃってゴメン……」と謝られてしまった。確かにメグの手料理というのも大変魅力的ではあるのだが……彼女と一緒の時間はまだまだ長いのだから、少しぐらい我慢しよう。
「それに今日は本当に忙しいから。ちゃんと食べておかないと」
一応すぐに食べられるケータリングも用意しておくが、それも食べる時間を確保してあげられるかどうか怪しかった。
何せ今日はメグの誕生日。アイドル『所恵美』の誕生日を祝いたいファンのためのイベントがいくつも用意されている上に、夜には事務所でのパーティーも予定されている。祝われるのに引っ張りだこというのも考えものだが……それだけメグが人気だということだろう。
「それなら、寧ろアカリの方がちゃんと食べておかないと」
「え?」
「……今日、だよね」
「……うん」
――今日、俺は所恵美の恋人として初めて表舞台に立つ。
「緊張してる?」
「ちょっとね。人前に立つなんて、高校のとき以来だよ」
劇場での誕生日記念公演の最後の挨拶のときに俺もメグと一緒に舞台上に立ち、そこで自分が所恵美の恋人だということを告げる。劇場には記者も呼ぶので、それが正式な公表ということになるのだ。
「誕生日のこのタイミングは、ちょっとファンのみんなには意地悪かもしれないけど……それでも、この間のアイドルエクストリームのことも含めて、俺の口から色々と……」
「アカリ」
「メグ……」
顔を上げると、対面に座るメグは少し怖い顔をしていた。
「アタシはあの結果で満足してるし、みんなも喜んでくれた。だから、そのことでアカリが『自分の責任だ』とか言い出したら流石に怒るからね」
「………………」
アイドルエクストリーム。俺とメグの全力を持って挑んだその大会は、
俺がもっと彼女をPR出来ていたら、もっと彼女の仕事やレッスンを効率よく回すことが出来たら、もっと早くから彼女のプロデューサーに就いてあげることが出来たら……どうしてもそんなありえないIFを考えてしまう。
「コラ。言ったそばから暗い顔して」
対面から手を伸ばして俺の鼻先を指で突くメグ。
「アタシはまだこれで終わりだって思ってないし、アカリも終わったって思ってるわけじゃないんでしょ? なら、まだこれから。反省はしても落ち込むのはダメ」
メグは「ホント、アカリってば失敗に慣れてないんだから」と苦笑した。
「アタシはもう、自分に自信がないなんて言わない。だからアカリも自信を持って。アカリは『所恵美』にとっての最高のプロデューサーで、いずれアタシを日本一に導いてくれる存在なんだって」
「……あぁ、約束するよ」
絶対に、君を
「よーし、それじゃあ準備準備! 洗い物はアタシがやるね!」
「うん、お願い」
キッチンの流しで洗い物を始めたメグの後姿を横目で確認しながら、俺はこっそりと鞄の中に
(……よし)
彼女は知らないし、知らせていない。知らせるはずがない。
俺は今日、ステージの上で彼女にプロポーズをする。
三年前のあの日。俺はメグに「いずれ結婚したい」としっかりと言葉にして伝えてある。けれどそれはまだまだ子どもの口約束。メグも信じてくれてはいると思うが、しっかりと言葉にしたいのだ。
お互いにまだまだ若輩者の身として、早すぎる話なのかもしれない。
しかし、それが
「……メグ」
「わっ、どーしたの?」
洗い物をしているメグを後ろから抱き締める。
「……俺はメグと恋人になれて、本当に幸せだよ」
「もう、どーしたのさ、いきなり」
突然のその言葉に、もしかしたら気付かれてしまったかもしれない。
メグは水道を止めて濡れた手を拭くと、振り返って俺を抱きしめ返してくれた。
「アタシだって幸せ。あの日、アカリと……燈也と出会って、恋人になって、今日までずっと幸せ。今日からもずーっと幸せ」
「……うん、ありがとう、恵美」
これは年齢だけ大人になったばかりの、子どもの恋愛事情。きっとその言葉はまだまだ軽く、本当の愛を語るには生きる時間は短すぎるのかもしれない。
けれどそうじゃない……これを
だからこれは俺たちのプロローグ。これから始まるアイドル『所恵美』の軌跡であり、新田燈也と所恵美の人生の始まり。
アイドルとして、人生のパートナーとして、ずっとずっと――。
――
4月15日
今日はアタシの誕生日! 一日中イベントに引っ張りだこで、本当にヘロヘロで、正直日記を書くのも辛いけど……それでも、書いておきたいことがあった。
まず、初めてアカリとエッチをした。……こうして書くと、本当に恥ずかしさがこみあげてくる……でも、本当の意味でアカリと愛し合うことが出来て嬉しかった。
そして劇場でアカリをアタシの恋人として初めて紹介したのだが、そのときにみんなの前でプロポーズをされてしまった。
正直に言うと、なんとなく気付いていた。普段だったらこういうサプライズをしっかりと隠しておくアカリなのだが、ここ最近は少々その完璧さ加減が薄れてきているような気もする。それが可愛かったりもするのだが……。
そんなわけで正確にはサプライズではなかったのだが……それでも、思わずアタシは泣いてしまった。勿論悲しいわけじゃなくて、嬉しくて泣いてしまった。
ようやく……ようやくだ。ずっとずっと想い続けたアカリと一緒になる日が来たのだから。
……アカリが「まだ寝ないのか?」と聞いてきているから、最後に一言だけ。
「愛してるよ、アカリっ!」
『新田燈也』
主人公。『いっそのこと突き抜けて爽やか優等生イケメン』が主人公だったらという考えのもと、恵美の同年代の高校生になった。尚当初は同級生の予定だったが、誕生日と年齢の関係上一つ上の学年になった。
名前の由来は「優等生な主人公→姉は美波っぽい→じゃあ海関連の名前で→燈台から燈也で」という感じになった。
姉はデレマスの新田美波。多分みんな気づいてた。
めぐみぃ、誕生日おめでとう!
去年、恵美の誕生日記念という名目で更新を挙げたこの小説も、無事一年続けることが出来ました。これもひとえに読者の皆様のおかげと、恵美の可愛さのおかげです。
そして今回をもって『ころめぐといっしょ』は完結です。たまに短編を更新することがあるかもしれませんが、定期更新は終わりになります。月並みな言葉ではありますが、長いような短いような楽しい一年でした。
本当に皆さん、一年間ありがとうございました。
それでは、また別の作品でお会いしましょう。
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