マシロ様、中途半端でニューゲーム (秋羅)
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クジュウリ編
1.時を遡った神様


 

 気づくと不思議な空間にいた。

 青い網目状の管が何層も重なったようなその場所は、動いているのかどんどん自分の後ろに流れていく。

 いや、これは自分が流されているのか?それにしては、身体には何の感覚もない。そもそも本当に自分はここにいるのか?

 よく考えれば、こんな場所があるわけがない。つまり、ここは夢の中。そうか、自分は眠っているのか・・・

 

 ? なんだ? 何かが自分に流れ込んでくる・・・

 

 ビィー! ビィー!

 

 『外部ヨリ未知ノえねるぎーガ流入。対象ニ悪影響ノ恐レ有リ。』

 

 突然合成音声の様な声が聞こえてくる。

 その歪んだ声は、どうやら警告を発しているようだ。

 

 『えねるぎーノ流入ヲ遮断・・・・・・遮断デキマセン・・・・・・重大えらー発生・・・・・・えらーヲ解消デキマセン。しすてむ強制起動。』 

 

 何が・・・いったい何が起こっているんだ? 自分の中に流れ込んできているものはなんだ!?

 

 ドクン!!

 

 「ガッ!?」

 

 体が・・・熱い!?・・・まるで焼けるようだっ・・・

 

 『覚醒処理ヲ開始。5秒後ニ起動。かうんとだうん開始。』

 

 やめろ! 入ってくるな! 頭が・・・割れるっ・・・

 

 『5,4,3,2,1・・・・・・』

 

 ッ―――――――――――

 

 『あなたに良き目覚めを・・・・・・』

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 「ん・・・自分は・・・」

 

 気が付くと荒れ果てた白い部屋の中にいた。

 自分が横たわっていたモノから身体を起こし、頭を振ると少しずつ頭がはっきりしてくる。

 

 「何故自分はこんなところにいるんだ? って、寒っ!? なんで自分はこんな寒いところで寝てるんだ!?」

 

 意識が完全に覚醒すると共に肌を刺す寒さに身を震わせる。

 白い息を吐きながら、その寒さを紛らわせる為に、腕で身体を包み込むように擦る。

 キョロキョロと周りを見渡せば、ところどころ壊れて崩れ、物が散乱している白く塗装された金属の部屋が目に入る。

 どうやら、自分はどこかの遺跡の中にいるようだ。

 

 「うん? ここはまさか・・・」

 

 部屋を見渡しているうちに既視感を覚えた。そして、自分が横たわっていたモノを見て、そこがどこであるのかを思い出した。

 

 「そうか。ここは自分が眠っていた場所か・・・」

 

 思い出した事実にポンと手を打ちながら、何故ここにいるのかを思い出そうとする。

 

 「・・・あれ? なんでだ? 何も思い出せん・・・」

 

 再度思い出そうと頭を捻るが、やはり思い出すことができない。

 いや、思い出すことはできるのだ。だが、それはこの世界がどういった世界なのかということや、自分がどういった存在で何をやっていたのかということで、どういったヒト達と関わってきたのか、この力を手に入れるまでどんなことをしてきたのか、といった所謂エピソード記憶と呼ばれる記憶をほとんど思い出すことができないのだ。

 

 「いやはや、まさかまた記憶喪失になるとはな・・・」

 

 至ったその事実に溜息をつきながら額に手を当てる。

 するとあるはずのモノがないことに気が付いた。

 慌てて辛うじて壊れずに残っていた鏡にその身を写せば、何も着いていない自分の素顔が写し出された。

 

 「おいおい、ホントにどうなってんだ?」

 

 服装自体は記憶にあるとおりの白い着物と黒い襦袢だ。だが、自分が神の力を受け継いだ証である仮面が無くなっていた。

 その代わりに目元と額に朱色の隈取が付いてた。試しに擦ってみるが、落ちる気配はない。どうやら入れ墨のように肌に染みついているようだ。

 

 「げっ、鉄扇もねぇ・・・まさか権能(チカラ)もなくなってないだろうな・・・」

 

 自分のチカラの象徴ともいえる仮面と鉄扇を失っていることに気づき、身の内を探ってみる。これで権能(チカラ)も失ってしまっていれば、どうしようもなくなってしまう。

 

 「・・・ホッ、よかった。こっちは大丈夫みたいだな・・・だが・・・」

 

 己の権能(チカラ)がすべて失われていないことに胸を撫で下ろすが、すぐにその表情が曇る。

 たしかに権能(チカラ)は失われていなかった。だが、何故かそのチカラは半減してしまっていたのだ。

 

 「・・・どういうことだ?・・・座に誰かいる?・・・この気配は・・・ハクオロ?」

 

 チカラが半減してしまった原因を調べるべく、己のチカラの源である『根源』に接続するが、そこには、居るはずのない存在が座していていることに気づく。

 それは自分の前の神であり、すでにこの世を去った男。ヤマトの西方に位置するトゥスクルの始祖皇『ハクオロ』の気配であった。

 

 「なんでハクオロが・・・あいつはとっくの昔に人として死んで、その魂もすでに転生を果たしているはずだ。なのになんであいつがあそこにいるんだ!? あーーーもう!! ホントわけわからん!!!」

 

 次々と起こる不測の事態に頭を掻きながら声を上げるが、それでどうにかなるわけもなく、その声は崩れた遺跡に虚しく響き渡った。

 

 「・・・ハァ、ここからだと座まで行けないみたいだから、チカラを取り戻せん・・・しょうがない。とりあえず外に出るか。」

 

 チカラの半分を失い、それを取り戻そうにも座に接続できない事実に深いため息をつくと、記憶を失った男は遺跡を後にした。

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 ざくざくと白い雪を踏みしめながら、一面銀世界の山を下る。

 ここはヤマトでも特に寒い國クジュウリにあるシシリ州の山の中。

 しかも季節は冬とあって、その寒さもひとしおだ。

 

 「うぅ・・・寒い・・・」

 

 そんな雪の中を歩く一人の男。優美な着物を纏ってはいるが、歯をガタガタさせながら、寒さから少しでも身を守るため、両袖に手を入れ、背を丸めるその姿は、精悍な雰囲気を失わせるには十分すぎるほど情けない姿だ。

 

 「くそぅ・・・まさか、空間の位相をズラすことも幽体になることもできんとは・・・」

 

 そうぼやきながら男は雪に埋もれて最早道と言えない道を進んでいく。

 

 神のチカラを受け継いでからこのかた、特に理由が無ければ自分はそれらの能力を使って移動してきたのだ。それが使えないと気付いた時は愕然としてしまった。

 これらの能力は自身の姿を見えなくするだけでなく、外気の影響を受けなくなるため、様々な環境でなんの制限も無く活動することができるのだ。

 この能力をおおいに使い、自身の使命である人類の救済―タタリの浄化をするために世界中のいろんな場所を巡った。その中には溶岩が流れる火山だったり、すべてが凍てつく氷の大地だったり、およそ人の身ではいくことのできない場所も含まれていたがこの能力のおかげで問題なく行くことができた。

 まぁ、そんな場所以外でも使っていたのだが、別にエアコン代わりにしてたわけではない。ないったらない。

 

 と、誰に言うでもなく内心言い訳をしていると急に風が強くなり、吹雪へと変わっていった。

 これはまずいと雪に足を取られながらも駆け出し、何とか洞窟までたどり着くことができた。

 

 「ふぅ、酷い目にあったぜ・・・」

 

 パンパンと身体に積もった雪を払う。

 山の天気は変わりやすいとよく言うが、ここまで突然変わるのは勘弁してほしい。

 入り口を見やると数メートル先も見えないくらいの猛吹雪が吹いており、しばらく外に出れそうにない。

 できることなら日が暮れる前には麓の村に着きたかったが、この様子では無理そうだ。

  

 「ハァ・・・今日はここで野宿か・・・」

 

 今日は麓の旅籠屋で一杯やろうと思っていただけに落胆が大きい。

 仕方なく、何か火種になりそうなものはないかと洞窟の奥に進もうとして、感覚に引っかかるものを感じた。

 

 「これは・・・まさか、タタリ?」

 

 そんな馬鹿なと自分の感覚を疑う。何故なら、タタリは長い年月を懸けて自分が全て浄化したはずだったからだ。

 

 「見逃していた?・・・いや、ありえん。この辺りには頻繁に来ていたんだ。それなのに見逃すわけがない。」

 

 腰に差した刀の柄に手をかけながら、気配がする方に進んでいく。

 

 ズゾゾゾッ・・・ゾゾゾッ・・・

 

 進むにつれて何かが地面を這う音が聞こえてくる。

 しかし、暗闇に包まれた洞窟ではその姿を捉えることができない。

 自分は暗闇の中で蠢く物体の正体を確かめるべく、呪術で光源を作り出し、辺りを照らした。

 

 「ヴ・・・ア゛・・・ア゛ァァァァァ・・・」

 

 光に照らされて現れたのは、想像していたとおりの紅いスライム状の物体・・・人類の成れの果てであるタタリであった。

 

 「勘違いで会ってほしかったんだがな・・・」

 

 そうぼやきながら、目の前に現れたタタリに手をかざす。

 すると地面から数本の太い蔦が生えてきてタタリを拘束した。

 これが自分の神としての権能(チカラ)の一つ――『桜花』である。

 とはいえ、この権能(チカラ)、桜花なんて銘打っているが、植物ならばどんなものでも生み出すことができる。そして、この桜花で生み出した植物には邪気を払う力と神性を縛る力があり、これでタタリを縛り上げれば、何の苦労もなく捕らえることができるのだ。

 

 「ごめんな。今まで見つけてやれなくて・・・」

 

 そう言って、居合の型を取り、目に力を集中させる。

 するとタタリを縛り付ける蔦とは別にタタリに巻き付いた鎖が浮かび上がってきた。

 これこそが、タタリに不死性を与え、現世に縛り付けるウィツァルネミテアの契約の鎖。

 これがある限り、タタリは決して死ぬことがなく、永遠に地上を彷徨い続けなければならない。

 だが、自分ならば彼らを解放することができる。ウィツァルネミテアのチカラを受け継ぎし新たな神である自分ならば。

 

 「一閃!」

 

 気合と共に刀を抜き放ち、契約の鎖ごとタタリを切り裂く。

  

 「ヴぁ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!」

 

 絶叫と共に切り裂かれたタタリが崩れ落ち、溶けていく。

 そして、それが地面に染み込むように消えていくと、その地面を埋め尽くすように青々とした苔が生い茂った。

 タタリは無事浄化されたのだ。

 

 「ふぅ・・・こっちの方も大丈夫か。これで浄化ができなかったら自分の存在意義を疑うところだったぜ。」

 

 刀を鞘に納めながら、安堵の息をつく。

 正直チカラを失ってしまったことからタタリの浄化ができるか半信半疑だったのだ。

 タタリが全て浄化できていないと分かった今、このチカラが使えないのではどうしようもない。

 

 ポゥ・・・

 

 タタリが変じた苔から色とりどりの光の玉が浮き上がる。

 それは、自分が『幸玉』と呼んでいるもので、感謝の気持ちや信仰心が形となったものだ。

 自分はこの『幸玉』を対価に願いを叶える。これが多ければ多いほど強いチカラを行使することができ、大きな願いを叶えることができるのだ。無論大きすぎる願いを叶える場合は、それ以外の対価が必要になるが、自分がヒトの願いを叶える時はこの『幸玉』で事足りる。(時には酒を失敬することもあるわけだが・・・。)

 

 これは元々のウィツァルネミテアには無かったチカラだ。それがどういうわけか自分には備わっていた。

 恐らく、神としての在り方のせいだろう。自分の神としての在り方は、ヒトの上に立ち、導くのではなく、ヒトに寄り添い、前に進む手助けをすることだ。そして、そんなヒトが自分の足でしっかり立ち、自ら進んでいく姿を見ることこそ自分の喜びなのだ。(願いを悪意的に解釈して叶えた挙句、理不尽な対価を徴収して愉悦しているどこぞの神様とは違うのである。)

 

 そして、幸玉が身体に入る込むのを見届けると役目を終えて枯れ果てた蔦を火種にすべく動き出すのだった。

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 夜が明け、吹雪が収まったので再び山を下る。

 昨日とは打って変って雲一つない快晴の青空だ。

 そのおかげで、気温も心成しか暖かく、進む足も早い。これならば、昼前には村にたどり着けるだろう。

 そんなことを考えていると、進行方向に複数の気配を感じた。神経をそばだてて、何が居るのか探ってみる。

 

 「これは・・・オルケと・・・ヒトか。って、まずい!!」

 

 オルケに囲まれたヒトの気配を察知すると慌ててそこに向かって走り出す。

 なんでこんな雪深い山にヒトが入っているのか気になるが、そんなことを考えている暇はない。

 そのヒトが発する気力はとても小さい。このままではオルケの餌食になってしまうだろう。

 

 風を切って木々の間を駆け抜ける。そして、拓けた場所に出るとオルケに囲まれ今にも襲われそうになっている子供の姿が見えた。

 

 「しゃがめっ!」

 

 突然聞こえた自分の声に少年は一瞬自失するが、すぐに頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 そして、それを好機ととったのか数匹のオルケが少年に向かって飛び掛かる。だが、オルケ達はその牙を少年に届かせることなく自分の一閃により切り裂かれ、肉の塊に姿を変える。

 

 突然二つに分れた仲間達の姿に残ったオルケ達が唖然としたように二の足を踏んだ。

 自分はその隙に少年の傍まで近づくと、オルケ達に向かい合い殺気を飛ばした。

 するとオルケ達は尻尾を後ろ脚の間に巻き付け、情けない鳴き声を上げながら逃げて行った。まさに『尻尾を巻いて逃げる』である。

 

 その後、助けた少年に山に居た理由を聞いた。

 なんでも、少年の母親が熱で寝込んでしまった為、薬草を探すために山に入ったのだが、肝心の薬草がなかなか見つからず、探しているうちに奥まで入り込んでしまったそうだ。

 

 まったく無茶をするもんだ。いくら身体が丈夫なヒトといえど、子供一人で雪深い山に入るのは自殺行為だ。

 母親を思う気持ちは素晴らしいが、もう少し他に方法もあっただろうに。

 

 自分は溜息をつくと少年の頭にゲンコツを落とし、お説教してやることにした。

 少年は最初こそ頭を押さえながら不服そうにしていたが、次第に自分がしたことがいかに危険で家族に心配をかけるのかを理解したようで、最後には項垂れて反省していた。

 

 自分はその少年の姿に苦笑しながら頭を撫でてやると少年は顔を上げてくすぐったそうに笑った。

 そして、その笑顔に胸が暖かくなるのを感じながら手を放すと、そろそろ村に帰ろうと少年に促した。

 だがしかし、ここで少年がまだ薬草が見つかっていないとごねはじめてしまったのだ。

 

 まったく、つい先ほどあれほど反省していたのにこいつは・・・と呆れてしまうが、母親の病気を治すには件の薬草―コウジュ草が必要なのだと必死に訴えられると無碍にするのも躊躇われた。

 

 自分は、少年に少し待つように言うと早足で茂みの中に入り、桜花のチカラを使ってコウジュ草を生み出た。幸い昨日の幸玉があったので願いの対価はそれで足りた。

 そして、そのコウジュ草を摘み取り、少年の元に戻ると少年は歓喜の声を上げた。

 そんな少年にコウジュ草を渡すと大事そうに腰の袋に入れ、「ありがとうおじさん!!」とキラキラとした眼差しで礼を言ってきた。

 その純粋な感謝の言葉と溢れ出した幸玉に自分の心は満たされる。

 

 あぁ、やはり感謝されるというのは気持ちが良いもんだ。この笑顔を見るために自分は願いを叶えるんだな・・・

 

 そんな風にしみじみしていると少年が自分の手を握り、早く村に行こうと引っ張ってくる。

 会ったばかりだというのに警戒心も無く「早く早く!」とぐいぐい腕を引く少年の姿に少し心配になったが、ここで手を振りほどくわけにもいかない為、そのまま少年の小さな手を握り返し、苦笑しながら村への道を歩きはじめるのだった。

  

 余談だが、おじさんと言われて地味にショックだったのは内緒だ。

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 村に着くと山への入り口に慌てた様子の村人達が集まっていた。どうやら山に入り込んだ少年を探そうとしているようだ。

 

 「ウタリのおっちゃん!」

 

 そんな村人達を眺めていると少年が誰かの名前を叫んで駆け出し、村人の中で一際大きく髭面の熊のような男に飛びついた。

 その少年の叔父と思しき男は突然現れた少年に驚いた様子だったが、すぐに声を上げて少年を抱きしめた。

 抱きしめられた少年は男の豊かな髭に嫌そうな顔をしながらも嬉しそうに男を抱き返す。しかし、その表情は徐々に青く染まっていき、身体からはミシミシと音が鳴り始めた。

 少年は脂汗を流しながら男に離すように懇願するが、男は青筋を浮かべながら非常に良い笑顔で少年を締め付けていく。どうやらかなりご立腹のようだ。

 

 このままでは少年が大変なことになりそうなのでその男の傍に近寄り、声をかける。

 

 「あー・・・、そいつもちゃんと反省してるみたいだからそのへんにしてやってくれませんかね?」

 

 突然現れた自分に男は怪訝な表情をするが、顔を青くしたままの少年に命の恩人だと言われると少年を離し、自分の手を握ってきた。

 

 「おお、おお、旅のお方よ。俺の甥を・・・ニセウを助けてくれてありがとう。」

 

 「なに、困ったときは互い様だ。それより、こいつの母親が病気なんだろう? 早く薬草を持って行ってやってくれ。薬草ならニセウが持ってる。」

 

 その言葉に男―ウタリは再度礼を言うと、ニセウの首根っこを引っ掴み、村の中へと駆けていった。

 

 その後、自分は残った村人達にも感謝された後、旅籠屋まで案内してもらった。

 しかし、その道すがらおかしなことに気が付く。自分が最後に立ち寄った時よりも村が小さくなっていたのだ。

 そして、その事を疑問に思っているうちに旅籠屋までやってきて驚愕する。何故ならそこに居たのは、自分が知る姿より若干若い姿ではあったが、自分がこの旅籠屋で最初に出会った女将だったからだ。

 

 「おや? お客さんどうしたんだい? そんなにジーっとアタシの顔なんて見て。」

 

 「あ、あぁ、いや。女将さんがあまりにも美人だったんで見惚れてたんですよ。」

 

 「まぁ! お上手ね。アンタみたいな素敵な方にそう言ってもらえると嬉しいよ。」

 

 そう言ってからからと笑う女将さんに笑い返しながら、行きついた答えに眩暈を覚える。

 

 それは、自分が過去に来てしまったという想像だにしなかった答えだ。

 

 だが、これで納得がいった。ここが過去ならば、自分が座から蹴落としたハクオロが座にいることも、タタリが存在していることもおかしなことではない。なぜなら、ここは自分がそれらを成す前の世界・・・彼らがいて当然の世界なのだから。

 

 なんでこんな事になったのか、欠落した記憶ではその原因を知ることはできない。いや、もしかしたら、そのせいで記憶を失ったのかもしれない。

 どちらにせよ、今の自分ではこの問題を解決することができない。ならばいっそ開き直って今を楽しむことにしょう。

 幸いやることはいろいろとある。タタリの浄化をしなくてはならないし、失った記憶のことも探らなければならない。それにこのヤマトには自分の大切なヒト達がいるはずなのだ。無論記憶に無いから判別することはできないが、それでもいつか出会うことができると信じている。

 例え記憶を失ったとしても、自分と彼らには確かな縁が繋がっているはずなのだから。

 

 

 

 

 




作中に出てきた「桜花」「一閃」「幸玉」は、ネイチャーアドベンチャーゲーム「大神」から引用しました。

うたわれるものと大神は結構相性が良いと思ってます。


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2.神もお酒にゃ敵わない

 

 わたしは ながい あいだ まっくらな

 

 ところに すんでいる

 

 そこは いわと つちで できた

 

 つうろ みたいな ところ

 

 ときどき ごはんが はいってくる

 

 いがいは なんにもない

 

 わたしは そんな ばしょで いきている

 

 もう どれくらい ここに いるのかも

 

 わからない

 

 ただただ くらいみちを あるき まわり

 

 ごはんが いないか さがしてる

 

 きょうは そとから すごい おとがする

 

 たぶん しろくて つめたいものが

 

 いっぱい ふってるんだ

 

 なんどか ごはんが はいってくる

 

 ところに いって みて みたけど 

 

 あかるい ときの しろいものは

 

 すごくきれい

 

 でも わたしは あかるいのが

 

 にがて

 

 すこし だけなら だいじょうぶ

 

 だけど ながく あかるい ところに 

 

 いると きもちが わるくなる

 

 まるで ひきこもりの にーと

 

 みたい

 

 そうだ しろいのが いっぱい

 

 ふってくる ひは ごはんが

 

 はいってくる ひだ

 

 きょうは ごはんが たべられる

 

 あ ごはんが はいってくる

 

 ところから なにかが わたしに 

 

 ちかづいて くる

 

 きっと ごはんが きたんだ

 

 わたしは ひさしぶりの

 

 ごはんに わくわく しながら

 

 ごはんの くるほうに むかった

 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 とつぜん まわりが あかるくなる

 

 わたしは びっくりして こえを

 

 あげて しまった

 

 そうしたら じめんから みどりの

 

 ぐねぐねが でてきて

 

 わたしの からだに まきついた

 

 はじめはくるしかったけど、だんだんあたたかくて、きもちがよくなってきた

 

 だれかのこえとかちゃりというおとがきこえた

 

 こえがきこえたほうをむいてみると、おとこのひとがたっていた

 

 わたしは、このひとのことをしっている

 

 このひとは、わたしのたいせつなひと わたしのだいすきなひと

 

 ああ、やっとあえた ずっとずっとわたしはあなたにあいたかった

 

 わたしはだいすきなひとにちかづこうとしたけれど、ぐねぐねがじゃまで

 

 ちかづくことができない

 

 そうしているうちにおとこのひとはこしからなにかをぬいた

 

 それはとてもつめたかった でも、すぐにぽかぽかとあたたかくなって

 

 からだがかるくなった

 

 気づくとわたしは上から男の人を見ていた。

 

 男の人は気だるそうに、それでいて安心したように溜息をついていた。

 

 からだがどんどん男の人から離れていく

 

 いやだ! この人と離れたくない!

 

 わたしは必死に男の人に近づこうとしたけれど、なにかに引かれて

 

 ぜんぜん近づくことができない。

 

 いやだいやだいやだいやだ!! わたしはこの人といっしょにいる!

 

 今度こそずっとずっといっしょにいるの! 

 

 やっと会えたのに! ずっと待ってたのに!

 

 こんなにすぐにお別れなんていやだよ・・・

 

 いやだよおじちゃん!!

 

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 村についてから半月ほど経った。

 自分はその間、旅籠屋を拠点に村周辺のタタリの浄化をしながら、自分が何をできるのか、そして、何を覚えているのか確認をした。

 まずに権能(チカラ)ついてだが、すでに使えると分かっていた「桜花」「一閃」に加えて、4つの権能(チカラ)が使えることが分かった。

 

 一つは「光明」

 これは夜を昼のごとく照らす巨大な光源を生み出す権能(チカラ)だ。洞窟で小さな光源が作れたことから大丈夫だと思っていたが案の定できた。とはいえ、夜にやると大騒ぎになるから昼間に誰も来ない山奥で試した程度だが、あの規模なら問題ないだろう。

 

 二つ目は「輝玉(てかだま)

 これは直径1メートル程の花火を生み出す権能(チカラ)で、硬い岩や岩盤を破壊するのに使える。だが、音がデカいのと爆発した際の見た目が派手なので普段はあまり使うことができない。

 

 三つ目は「水郷」

 これは水を操る権能(チカラ)だ。できることはシンプルで水をまるで蛇のように動かし、攻撃したり、別の場所に移動させたりできる。他にも水源を探り当てたり、繋がった水源の間を行き来することができるが、現行こちらの能力は使えない。

 

 最後に「壁足(かべたり)

 断崖絶壁をまるで普通に歩くように登れる権能(チカラ)だ。

 ・・・うん。これだけ物凄く地味だな。今の身体能力なら崖ぐらい簡単に登れるから必要なのかと言われる別に要らない権能(チカラ)だと言える。なんで自分はこんな権能(チカラ)を持ってるんだろうか。もっと他にマシな権能(チカラ)があったんじゃないか? まぁ、崖登りが楽にできるから別にいいんだけどな。

 

 そして、記憶の方についてだが、どうやら失われているのは以前目覚めてから神になるまでの記憶のようだ。と言っても全ての記憶を忘れているわけではなく。旅籠屋の女将さんを覚えていたように一部の記憶は残っていた。恐らく覚えているのは関係性が薄かったヒトと友好的な関係に無かった奴らの記憶だ。

 

 前者は兎も角後者の方はどうせなら忘れていた方が良かった。

 なんで親しかった奴らは欠片も覚えていないのに馬鹿主従やダイビング地味オヤジ、BL大老(タゥロ)のことははっきりと覚えてるんだよ! 軽く思い出すだけであいつ等の醜態が鮮明に思い出されてげんなりするぞ。

 

 まぁ、ウォシスのことを覚えていたのは良かったと言えば良かった。あいつに関しては間が悪かっただけだ。

 あいつ自身の選択も―――あいつをとりまく環境も―――あいつが良しとして、しかし手に入らなかったささやかな未来の夢も。 それらすべてが、たまたまその時だけ、かみ合わなかっただけなのだ。

 つっても、あいつが何者でなんであんなことをしたのかは覚えていないんだけどな!

 ホント、この肝心なことを覚えていない中途半端な記憶には困ったもんだぜ。

 

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 「おや? マシロさん。また山に出かけるのかい?」

 

 旅籠屋から出ると、店先を掃除していた女将さんに声をかけられた。

 

 「ええ、ここの山はいろんな薬草がありますからね。」

 

 「毎日毎日熱心だねぇ。学士さんってのは皆そうなのかい?」

 

 「まぁ、似たり寄ったりですよ。」

 

 そのまましばらく女将さんと世間話をしたあと、山に向かって歩き出す。

 途中何度も村人にマシロさんと声をかけられ、その都度立ち止まって話をしたので少し時間がかかったが、彼らと交流することは自分にとって楽しみでもあるため気にはならなかった。

 

 ちなみにマシロという名前は時間を遡る前にヒトから呼ばれていた神としての名前だ。元々はこの周辺の民間伝承に出てくる神様の名前らしいが、以前の名前を忘れてしまっているため、そのまま名乗らせてもらうことにしたのだ。

 それと学士と女将さんに呼ばれていたのは、山に頻繁に入る理由として薬草の研究をしていると言ったところ、女将さんが学士だと勘違いした為だ。よって役職詐称にはならない。なんたって、自分では一度も学士だと名乗ってないからな!

 

 そんな風に村人達と交流しながらのんびりと村を出る。そして、山の中腹まで登ると誰もいないことを確認して手を叩く。

 すると黒いつむじ風と共に神代文字が書いてある紙を顔に張り付けた三匹の式神が現れる。それぞれ緑、赤、黄色をしたその式神達はこの山で調伏した禍日神(ヌグィソムカミ)だ。こいつらは山に入った者に憑りついて動けなくしたり、村に入り込んで酒や作物を盗んだりする『天邪鬼』という禍日神(ヌグィソムカミ)で、村に入り込む算段をしているところを見つけたのでボコってそのまま式神にしたのだ。

 

 まぁ、悪戯や盗みなんてことをしている時点で分かると思うが、こいつらの力は大したことはない。だが、広い山でタタリを探索するとなるとこいつらの力は役に立つ。

 天邪鬼は力が弱い代わりにどこにでも入り込むことができる。そして、ヒトに近い身体を持っているため、自分の補佐をさせるのに丁度良いのだ。

 

 時を遡るまでは自分を補佐してくれる眷属達もいたんだが、過去に戻った時点でその姿はなかった。しかも、どんな姿をしていたのか、どんな名前だったのかも忘れてしまっているため、探そうにも探せないのだ。

 だが、僅かだが繋がりを感じる。繋がりが弱過ぎてどこにいるのか感知することはできないが、どうやら彼女達もこっちに来ているようだ。

 問題はあいつ等が自分と同じように記憶を失っている場合だ。その場合、近くにでもいなければ彼女達を見つけることができない。逆に記憶がある場合は、あいつ等の方から探しにくるだろう。すごく献身的な眷属だった覚えがあるからな。

 

 「よし。今日は最後の確認だ。この近辺のタタリは粗方浄化したが、まだ見逃しがあるかもしれん。終わったら酒を飲ませてやるから頑張ってくれよ?」

 

 「「「キキキィーー!!!」」」

 

 自分が命令を出すと天邪鬼達は敬礼して各々山に散っていく。

 それを見届けたあと、自分もタタリを探して森の中に分け入った。

 

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 タタリが残っていないことを確認した自分は、持ってきたクワサを天邪鬼達に飲ませてやった後、日が暮れる前に村へと戻った。

 

 これで自分がこの村でやることは無くなった。明日には村を出ることにしよう。親しくなった村人達と別れるのは名残惜しいが、いつまでもここに留まるわけにはいかない。自分にはまだまだやることがあるのだから。

 

 旅籠屋に戻って女将さんに村を出ることを言うととても残念がってくれた。そして、夕餉の後に餞別だと言って秘蔵の古酒を出してくれた。

 

 「くぅ~!! 旨い!! 流石女将さん秘蔵の酒なだけはあるな!!」

 

 「ふふふっ。気に入ってくれたみたいでうれしいよ。こいつはアマムを黒麹で仕込んで作るイホシキってお酒でね、酒精が強くてクセも強いが、独特な甘い香りが良いだろう?」

 

 「ああ! 自分みたいな飲兵衛にはたまらん酒だな! もう一杯貰えるか?」

 

 「もちろん。そのために出したんだからね。けど今度はお湯割りでどうだい? イホシキはお湯で割ると湯気で香りが広がって、味もまろやかで甘くなるんだよ。」

 

 「おっ! そういう飲み方もありなのか! それじゃあそれをいただくぜ!」

 

 女将さんのお酌でどんどん杯を空けていく。お湯割りにしたことで飲みやすくなったことに加えて、旨い肴で酒が進む進む。

 そのうち女将さんも一緒に飲み始めたことで飲むペースは更に早くなり、あっという間にイホシキを飲みつくし、他の酒まで開ける始末。

 そんな二人だけの飲み会は日を跨ぐまで続くのだった・・・

 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 チュンチュンと鳴く鳥の声と朝の日差しで目が覚める。

 昨夜は女将さんと酒を浴びるように飲んで途中から記憶が無い。

 布団に寝ているということは、あの後、女将さんが運んでくれたのか・・・

 深酒のせいで重たい頭でそう考えながら二度寝しようと寝返り打とうとしたら布団の中に誰かいることに気が付いた。

 恐る恐る目線を下げてみるとそこには一糸纏わぬ女将さんの姿が・・・

 

 「うぉっ!?」

 

 慌てて布団から出て周りを見た渡す。部屋には昨日の酒盛りの跡が残っており、布団の脇には二人分の衣服が散乱していた。

 

 「あぁ、やっちまった・・・」

 

 自分がしでかしたことに頭を抱える。よくよく思い出してみれば、確かに致した記憶もある。思い出されるのは女将さんの成熟した豊満な身体と甘い声・・・じゃなくて! 今はこの状態をどうにかしなくてはっ

 

 「う・・・ううん・・・おや? もう起きてたのかい?」

 

 この状況をなんとか打開しようと頭を高速回転させていると女将さんが起きてしまった。

 

 ダメだ、もうおしまいだ~!

 

 「あらあら、どうしたんだいマシロさん? もしかして昨日のことを気にしてるのかい?」

 

 「そ、そりゃあまぁ・・・じゃなくて! 女将さん! 酔った勢いとはいえとんでもないことしちまって本当にすまん!!」

 

 そう言って全裸で全身全霊全力全開で土下座する。なんだったら焼き土下座をやったっていい。

 

 「もう、マシロさん。そんなに気にしなくたっていいんだよ。それに私の方から誘ったんだ。だからマシロさんはなんにも悪くない。」

 

 「いやしかしっ」

 

 「いいからいいから。さっ、そろそろ服を着なよ。私も着替えるから。あぁ、その前に体を拭くものが必要だねぇ。ちょっと待ってておくれ。すぐに持ってくるから。」

 

 そう言うと女将さんは手早く着替えて部屋を出て行ってしまった。全裸で土下座していた自分はそれを追うわけにもいかない為、自己嫌悪しながら深い溜息をついて浴衣を手に取るのだった。

 

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 結局あの後も女将さんは謝罪を受け取ってくれなかった。

 自分が一人悶々としている間も女将さんはいつもの笑顔で客に朝食を配膳している。しかも時折自分の方を見てはウィンクしてくるので余計ドギマギしてしまった。

 

 まるで初心な少年のような反応をしてしまう自分に呆れてしまう。これも女将さんが自分の好みドストライクなのが原因だろう。

 これでも長いこと生きてきたんだ。それなりに経験もある。まぁ、例のごとく記憶が無いから誰とやったかまでは覚えていないが。

 

 それに問題もある。何せ二人とも酔っぱらっていたのだ。そんな状態じゃ避妊なんてこともやってないだろう。

 だが、後悔したところで致した事実が覆るわけもなく。余計頭を悩ませことになってしまうのだった。

 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 その後、旅籠屋を出ると女将さんが村の入り口まで見送ってくれることになった。

 道すがら女将さんと話しながら歩くが、意識してしまってなかなかうまく話すことが出来ずにいた。

 

 「・・・ごめんね、マシロさん。私みたいなおばさんじゃ嫌だっただろう?」

 

 「あっ、いや。別にそんなことは・・・自分としては役得でしたし・・・」

 

 突然そんなことを言った女将さんに驚きながらもなんとか返す。

 

 いやホント役得でした。女盛りの未亡人とか最高過ぎる。

 

 「ふふふ。ありがとうマシロさん。良い一夜の夢を見させてもらったよ。」

 

 そう言って微笑む女将さんに思わず見惚れてしまった。

 

 あれぇ? 自分ってこんなに惚れっぽかったっけ? 昔はかなり枯れてたはずなんだけどなぁ・・・

 

 そんなことを思いながら自分も女将さんになんとか微笑み返す。しかし、次の女将さんの言葉に顔を引きつらせることになった。

 

 「まさか十回もするとは思わなかったよ。やるじゃないかマシロさん。」

 

 「・・・え!?」

 

 「あれだけ出されたらできちまうかもしれないねぇ・・・あぁ、子供ができても心配しなくていいよ。これでも一国一城の主なんだ。子供一人育てるくらいわけないさ。」

 

 からから笑いながら事も無げにそんなことを言う女将さん。

 流石は辺境の地で旅籠屋を切り盛りするだけのことはあるが、さっぱりした、ともすれば男らしいとも言えるその性格に乾いた笑いが漏れた。やはり辺境の女は強い。

 

 「まぁ、流石に一度じゃできないだろうけどね。」

 

 「は、はははは・・・そ、そうですよね。大丈夫ですよね。」

 

 う、うん。よく考えればそうだ。たった一夜共に過ごした程度で子供ができるわけがないよな。猛禽類の翼のような眉毛を持ったスナイパーが狙撃するみたいにピンポイントで当たるわけがないよな!

 

 そうなんとか己を納得させたマシロは忘れていた。自分がどういう存在なのかを・・・古来より神にはある特性があることを・・・

 

 それは『一夜孕み』

 

 様々な神話で語られる、ただ一度の交わりで子をなすことができるという神の特性を忘れていた。

 これにより、愛した少女達との間に子供を儲けていたことも。

 

 ただ、幸いなことは、生まれてくる子供は神のチカラを持たない唯のヒトであることだ。

 それは、愛した少女の一人が父より受け継いだ神のチカラで世界を滅ぼしかけたが故に二度とそのような事が起きぬよう彼自らそのような制約を課したからだ。

 自分の子供達が、唯のヒトとして穏やかな生を歩めるようにと願いを込めて・・・

 

 そんなこととは露知らず、マシロは村の出口への道を歩いていく。

 これから彼にどのような出会いがあり、何を成すのかは分からない。だが、一つだけはっきりしていることがある。

 それは彼が女難に遭う運命にあるということだ。

 

 マシロは、見上げた空に良い笑顔でサムズアップする老人の姿を見た気がした。

 

 

 

 

 




今回出てきた天邪鬼は、「大神」出てくる妖怪です。

あいつ等結構コミカルで好きです。


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3.神業に乙女は赤く染まる

 

 予には大好きな家族がいる。

 ヤマトの偉大な帝であり、とっても優しいお父上。

 予の教育係で、いろんなことを教えてくれる大宮司のホノカ。

 絵を描くのが上手でいつもは穏やかなのに怒るとこわい兄上。

 ホノカの娘で予と遊んでくれるウルゥルとサラァナ。

 それが予の大事な家族たちじゃ。

 

 予はそんな家族たちと庭園で話をしていたはずなのに気づいてたらまっしろなところにおった。

 そこは遮るものがなにもなく、ひたすら白い空間が続いているような場所じゃった。

 はじめこそ初めて見る場所に好奇心を刺激されたが、こわいほど白しかない空間にだんだん不安になってきた。

 予は家族の名前を呼んでみたが、返事はない。いよいよ泣いてしまいそうになったとき、白い世界に一か所だけ別の色があることに気が付いた。

 予はそれを見つけると同時に走り出していた。だいぶ遠くだが、確かにあれはヒトの後ろ姿じゃった。

 こんなわけのわからぬ場所で一人きりだなんて耐えられぬ。予は誰でもいいからいっしょにいたかった。

 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 「おーい! そこの者! 待つのじゃー!!」

 

 近づいてきた背中に大きな声で呼びかける。背格好からその者は女子のようじゃった。

 

 「え?・・・誰かいるの?」

 

 予の声に気づいてその娘が振り返る。じゃがその顔に予は驚いてしまった。

 

 「な・・・なんじゃおぬし! なんで予と同じ顔をしておるんじゃ!!」

 

 「そ・・・それはこっちのセリフだよ! なんでわたしと同じ顔をしてるの!?」

 

 「何を言う! おぬしが予の顔を真似しておるのだろう!! 天子たる予の顔を真似するとはなんと不遜なやつなのじゃ!!」

 

 「天使? あなた天使さまなの?」

 

 「そうじゃ! 予こそヤマトの偉大なる帝の天子『アンジュ』なのじゃ!」

 

 「ヤマト? ミカド?・・・あれ? あなたは天使さまじゃないの?」

 

 「じゃから予は天子だといっておろう! 物わかりのわるい娘じゃのう!」

 

 「え? 天使・・・テンシ?・・・あーーーもう! わけわかんない!!」

 

 「それはこっちの台詞じゃーーー!!」

 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 「へぇー。それじゃあアンジュはヤマトって国のお姫様なんだね。」

 

 「そのとおりじゃ! まったく・・・チィ、おぬしは本当に物わかりがわるいのう。」

 

 「しょうがないじゃない。わたしはヤマトなんて国知らないんだから。」

 

 「・・・おぬしは本当に田舎に住んでいたんじゃのう・・・」

 

 あまりの無知さに予が呆れかえっているとチィはムッと頬を膨らませた。

 

 あれから予たちは互いのことを話し合った。

 どうやらチィと名乗ったこの娘も気が付いたらこの場所にいたようだ。

 理由と思わしきことは知っているようじゃったが、その話をしようとすると悲しそうにするため、詳しく聞けずにいた。

 

 むくれるチィの顔を改めてよく見てみる。その顔はやはり予と同じ。違いがあるとすれば、チィの方がいくらか歳が上で、尻尾を持たず、耳も父や兄のようにツルツルだということだ。

 

 「それにしてもホントに本物なんだね、コレ。ねぇ、触ってみてもいい?」

 

 「うーむ・・・普通はみだりに触らせるものではないんじゃが、予と同じ顔にめんじてさわらせてやろう!」

 

 「やった! ありがとうアンジュ!」

 

 チィが恐る恐るといった風に予の耳に手を伸ばす。初めはつつくように触れていたが、そのうち撫でるように触り始めた。

 

 「うわぁ・・・すっごくツヤツヤ・・・」

 

 「そうであろうそうであろう! 毎日女官たちに手入れしてもらっとるからの! まぁ、帝の天子たる予ならそんなことせずともツヤツヤじゃがな!」

 

 そう言って予は胸を張る。偉大なる帝に造られしこの身は、この世のあらゆるヒトよりも優れているのだ。あと数年もすれば、バインバインのおっぱいだって夢じゃないのじゃ!

 

 「ふふっ・・・アンジュはお父さんのことが本当に好きなんだね。」

 

 「あたりまえであろう! 予のお父上なんじゃぞ? 嫌いなわけがないであろう!・・・む? もしやチィはお父上が嫌いなのか?」

 

 どこか寂しそうな顔をするチィに思わずそんなことを聞いていた。もしそうであったら悪いことをした。さっきまで散々家族自慢をしていたのだ。チィが家族と仲が悪いのであれば、聞いていて気持ちのいいものではなかったじゃろう。

 

 「そんなことないよ。お父さんのこともお母さんのことも大好きだよ。でもね、もう会うことはできないんだ。」

 

 「それはなんでじゃ?」

 

 「たぶんね、今の世界はわたしたちが生きていた世界のずっと未来。わたしたちが生きていた時代は人は地上に出れなかったし、アンジュみたいな耳や尻尾もなかった。それに・・・」

 

 チィの語ることに頭がついてこない。未来? 地上? なんだそれは。それでは・・・それではまるで・・・

 

 「わたしの身体は病気で溶けちゃったし・・・」

 

 「ッ!」

 

 その言葉で確信してしまった。この目の前にいる娘の正体を・・・

 

 「大いなる父(オンヴィタイカヤン)・・・」

 

 それはヒトを生み出した大いなる存在。うたわれるもの――はるか昔にお隠れになった方々。

 じゃが、予は知っていた。大いなる父(オンヴィタイカヤン)がどこへ行ってしまったのか・・・どうなってしまったのかを兄より教えられていた。

 

 大いなる父(オンヴィタイカヤン)は邪神の呪いにより、その身を溶かし、タタリへと変じたのだと・・・

 

 「えっと・・・そのオンビタイなんとかってなんなの?」

 

 「・・・大いなる父(オンヴィタイカヤン)とは、今地上に生きているヒトを生み出した存在じゃ。じゃが、その姿を消してから久しい・・・」

 

 「もしかして、それって・・・」

 

 「うむ・・・恐らくおぬしのことじゃろう。」

 

 「そっか・・・そうなんだ・・・」

 

 チィは悲しそうに目を伏せた。恐らく大いなる父(オンヴィタイカヤン)が辿った運命に気づいているのだろう。

 そんなチィの姿を見るとこちらも悲しくなってくる。じゃが、ふと疑問が湧いてくる。チィの話が正しければ、チィもタタリになってしまっているはずなのだ。それなのに今はこうして人の姿でここにいる。タタリがかけられた呪いは絶対のはずなのに・・・

 

 「のう、チィよ。そろそろ話してはくれんか? なぜおぬしがここにいるのかを。」

 

 俯いていたチィは一度頭を振るうとポツポツと話し出してくれた。

 

 「おじちゃんがね・・・おじちゃんがわたしを助けてくれたの・・・」

 

 「おじちゃん? それはおぬしの叔父ということか?」

 

 「そうだよ。わたしのお父さんの弟で、わたしが一番大好きな人・・・」

 

 「そんな馬鹿な!? おぬしの叔父だというなら大いなる父(オンヴィタイカヤン)ということじゃ。それが存在しているなど・・・」

 

 「でもあれは確かにおじちゃんだった。着物を着て、顔には変な模様があったけど、確かにわたしの大切なおじちゃんだったの・・・」

 

 「・・・それでそのおじちゃんとやらは何をしたんじゃ?」

 

 「おじちゃんはね。わたしを緑のグネグネで捕まえて刀みたいなのでわたしを斬ったの。そしてたら身体が軽くなって気づいたらここにいたんだ・・・」

 

 語り終えるとチィは肩を震わせて泣き始めてしまった。「やっと会えたのに」「ずっと待ってたのに」と・・・

 

 普通に考えればありえない話だ。大いなる父(オンヴィタイカヤン)がタタリにならず存在しているなど。だが、例外も存在する。それはアンジュの父と兄。彼らもまた大いなる父(オンヴィタイカヤン)であったからだ。

 そして、アンジュは父の話を思い出した。父にも弟がいて、自身の研究の実験体となったことを・・・

 その実験の情報を元に父と兄は身体を造り替え、タタリになるのを逃れているということを・・・

 

 ああ、そうか・・・この娘・・・チィは・・・

 

 「チィよ・・・其方はどうしたい?」

 

 「・・・え?」

 

 アンジュの言葉に泣いていたチィは顔を上げる。目の前のアンジュは先ほどと打って変わって、真剣な表情をしていた。

 そのことに若干気圧されてしまうが、チィは自分の願いを言った。

 

 「・・・おじちゃんと・・・おじちゃんといっしょにいたい。今度こそおばあちゃんになるまでずっと、ずっといっしょにいたい!!」

 

 チィの魂の叫びを聞いたアンジュは、うむと頷き立ち上がった。

 

 「ならば予と共に来るがいい! 其方の願い予が叶えてやるのじゃ!!」

 

 「え!? そんなことできるの?」

 

 「うむ! たぶんの!!」

 

 「た、たぶんって・・・あんなに大見得切ったのにたぶんなの!?」

 

 自身満々に言い切った割に確信を得ないアンジュの言葉にチィがズッコケる。

 希望持たせといてそれはないよと一発殴ってやろうと拳を握るが、その手を捕まれ引き寄せられる。

 

 「安心せい。これでもホノカからいろいろ教わっておるからの。まぁ、呪術は扱えぬが、なんとかなるじゃろう。」

 

 「だからなんでそんなに自信満々なの!?」

 

 「良いから良いから・・・じゃが、まぁ・・・ここで一つ話をするとしようかの。」

 

 今だツッコミをいれてくるチィを尻目にアンジュは語り始める。ヤマトという國を作り上げた一人の哀しい人間の物語を・・・そして、その人間にとって自分がどのような存在なのかを・・・

 

 「嘘・・・それじゃあ、あなたは・・・」

 

 「うむ。確かめることはできぬが、予はおぬしを元に生み出されたのじゃろう。姿も似ておるし、ホノカもおぬしの母上に似ているようだしの。」

 

 「・・・あなたは、わたしだったんだね・・・」

 

 「そうじゃ。そして、おぬしは予でもある。だからこそできることもあるというわけじゃ。」

 

 「どういうこと?」

 

 「ホノカが言うには、魂にはそれぞれハチョウ? というものがあってじゃな。それが近い者や相性の良い者同士は引かれあうそうじゃ。そして、ここにおる予たちは魂だけの存在で、予とおぬしの魂はほぼ同じ。なれば、魂を一つにすることもできるのではないかと思ったのじゃ。」

 

 「大丈夫なのそれ?」

 

 「そんなことは知らん。じゃが、もう予はおぬしを他人とは思えぬ。そんなおぬしが泣いておるのじゃ、どうにかせねば女が廃るのじゃ!!」

 

 太陽のようなアンジュの笑顔にチィの心が温かくなる。そして、彼女とならばなんでもできるという根拠のない自信が湧いてきた。

 

 「・・・分かったよ、アンジュ。わたしの願い、あなたに託すね!」

 

 「まかせよ! 予とおぬしが合わさり超天子となって、そのおじちゃんとやらを手に入れるのじゃ! そして、ヤマトの大地のみならず世界の全てを遍く照らし出そうぞ!!」

 

 笑い合いながら両手を重ねた少女たちを中心に光が集まってくる。この時、アンジュにはどうすればいいのか不思議と分かっていた。

 そして、その光が最高潮に達した時、爆発したかのような音と衝撃が白い世界に響き渡り、二人の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 「うん?」

 

 一瞬揺らぎのようなものを感じたので辺りを見回してみるがおかしなところはない。

 念のため感覚を研ぎ澄ましてみるが、なんの反応も感じられなかった。

 

 「気のせいだったのか? それともどこか遠くで・・・いや、後で考えるか。」

 

 今までに感じたことのないような感覚に不安になるが、一瞬過ぎてなにも分からなかったので今は気にしないことにした。

 それより今は目の前の問題をどうにかせねば。

 

 「どうかしたんですかい旦那?」

 

 「いや、なんでもない。それより離れて耳を塞いでおいてくれ。デカい音がするからな。」

 

 「へい! わかりやした。」

 

 商人の男とその仲間が離れていくのを確認して、目線を前に戻す。そこには道を塞ぐ大きな岩が鎮座していた。

 

 ここはクジュウリの皇都へと続く山道だ。自分はその皇都を目指して旅をしていたんだが、途中で岩が道を塞いで立往生している商人達に出会ったのだ。

 彼らも皇都へ行く途中らしいが、硬く大きな岩を前にどうすることも出来ずにいた。

 幸い、ヒト一人通れるくらいの隙間があったため、仲間の一人に皇都まで知らせに行ってもらったそうだが、雪も多いので、いつ兵士が来てくれるかもわからない状態だったらしい。

 そして、そんなところに出くわした自分は、彼らから酒を貰うことを条件に岩を撤去してやることにしたのだ。

 

 「・・・よし。おーい! 爆破するから耳を塞げよ!!」

 

 そう言って自分も足早にその場から離れ、設置した『輝玉』を爆破させる。

 すると大きな音と鮮やか花のような炎が巻き起こり、道を塞いでいた岩が粉々に砕け散った。

 

 「おーー!! すげぇぜ旦那! 呪術師ってのはこんなこともできたんだな!!」

 

 「まぁな。それより、残った破片を片付けちまおう。このままじゃ荷馬車が通れん。」

 

 「そうだな。よし、残りは俺たちがやっちまうから、旦那は休んでてくれよ!」

 

 商人の男は仲間と共に砕けた岩を片付け始める。これなら今日の日暮れ頃には皇都に着くことが出来るだろう。

 

 自分は対価として貰った酒を飲みながら、その様子を眺めるのだった。

 

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 皇都に着くとすでに連絡を受けていたらしい兵士に驚かれた。 

 どうやらあの道は皇都に続く主要道だったらしく、兵たちも急いで準備していたそうだが、最近降った雪の除雪が間に合わず、なかなか兵を出せないでいたそうだ。

 

 自分は何度も礼を言ってくる兵士に気にするなというと、商人たちと一緒に旅籠屋に移動した。なんでも対価の酒とは別に宴会を開いてくれるというので、遠慮なく参加させてもらうことにしていたからだ。

 

 旅籠屋に着くと知らせに出ていた商人も合流して宴会となった。

 こういった大人数での宴会は久しぶりだったので、自分は大いに楽しんだ。

 そして、場も盛り上がってきたので伝家の宝刀『裸踊り』をやろうとしたら、女子衆(おなごし)さんに自分に会いたいというヒトが来たと告げられた。

 

 まったく。いいところだったのにどこのどいつだ!

 

 脱ぎかけた着物を戻して内心文句を言っていると、凛々しい顔の青年が入ってきた。

 すると周りにいた商人たちが平伏して、「ヤシュマ様・・・」と呟いた。

 

 「・・・顔に隈取をした御仁。あなたが兵士が言っていた者か・・・俺はクジュウリ皇オーゼンが長兄ヤシュマだ。この度は我らに代わって商人を助けていただき誠に感謝する。」

 

 「まさか、クジュウリの皇子自ら礼を言いにくるとはな・・・いや、挨拶がまだだったな。自分の名はマシロ。旅の呪術師だ。」

 

 「マシロ殿か・・・聞くところによると、巨大な岩を一撃で破壊するほどの腕前だとか。どこかの國のお抱えだったので?」

 

 「まぁ・・・昔は、な。今は自由気ままな一人旅さ。」

 

 「む・・・なにやら言いずらいことを聞いてしまったようだ。許されよ。」

 

 「別にいいさ。」

 

 そうしてしばらく歓談した後、ヤシュマはお付の者から包みを受け取り、こちらに渡してきた。

 

 「こいつは?」

 

 「それはこの度の礼です。冬のクジュウリにとってあの道は生命線とも言えるものです。本来であれば、我らがどうにかしなければいけないところをマシロ殿に助けていただきました。ですので、どうかお収めください。」

 

 ふむと、前に置かれた袋を見る。取り出した時に聞こえた音から中身は恐らく金子だろう。しかも袋の大きさから、一ヶ月は遊んで暮らせそうな量だ。

 現在懐が寂しい自分としては受け取っておきたいところだが、すでに商人達から対価を貰っているため、受け取るのは戸惑われた。

 昔なら喜んで貰っていただろうに自分も随分と神としての性質に影響されているようだ。

 

 「いや、これを受け取るわけにはいかんよ。礼ならすでにこいつらから貰っている。これ以上は貰いすぎだ。」

 

 「いや、しかしそれでは・・・」

 

 「・・・ふむ。それなら、この金でここにいる全員に奢るってのはどうだ?。」

 

 「マシロ殿がそれでいいのでしたら・・・」

 

 若干納得いってない様子ではあるが、ヤシュマが了承したので、金の入っている袋を掲げながら商人たちに振り返る。

 

 「よーしお前ら! 今日はこの金で飲みまくるぞ! ヤシュマ殿に感謝しろよ!!」

 

 そう自分が宣言すると商人たちは大喝采で雄叫びを上げた。

 自分は近くにいた女子衆(おなごし)さんに追加の酒と料理を頼むと酒瓶片手にヤシュマの隣に座った。

 

 「ほれ、ヤシュマ殿も飲め飲め!」

 

 「い・・・いや、俺は・・・」

 

 「自分に感謝してるってんなら、一緒に飲もうぜ! 自分はその方が嬉しい。」

 

 戸惑うヤシュマに杯を持たせるとなみなみと酒を注ぐ。

 

 「よーし! そんじゃあ乾杯だ! 無事に皇都に着いた事と今日も酒が旨いことに感謝して・・・乾杯!!」

 

 「「「「かんぱ~い!!!!!」」」」

 

 「か・・・乾杯?」

 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 ヤシュマとそのお供を巻き込んだ宴会は大盛り上がりとなった。

 金に物を言わせて旨い酒と肴を大いに喰らい、全員揃って馬鹿騒ぎだ。

 途中から天邪鬼達も呼び出して楽器を演奏させると他の奴らも次々と余興を始めた。

 ある者は酒瓶でジャグリングをし、またある者は一升瓶を一気飲みし、またまたある者はジャイアンのような歌声で熱唱した。(当然そのジャイアンは全員にボコられたが。)

 

 そして、自分はというとヤシュマを巻き込んで今度こそ裸踊りを踊っていた。

 

 「こ、こうか? それともこう?」

 

 「違う違う! ヤシュマ! 自分の技をよぉく見ろぉぉぉ!!!」

 

 高速で両手に持った盆を翻し、局部を隠しながら華麗に舞う。

 

 「「「うおぉぉぉぉ!!! すげぇぜ旦那ぁぁぁぁ!!!! 」」」

 

 「見えそうでまったく見えねぇぜ!! こりゃあ神業だ!!」

 

 「そうか! こうやればいいんだな! うおぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 「今度はヤシュマ様が逝ったぞ!!」

 

 「マシロさんに負けてねぇ!! 流石はクジュウリの皇子だぜ!!」

 

 白熱する裸踊りに自分とヤシュマは顔を見合わせてニヤリと笑う。今の自分達は最高の好敵手だ。

 

 「やるじゃねぇかヤシュマ!!」

 

 「マシロ殿こそ!!」

 

 「ならこれについて来られるか? 三倍速だ!!」

 

 「なんのなんの! 俺だって!!!」

 

 スパンッ!!

 

 「ちょっとヤシュマ!! お礼にいつまでかかってる・・・の・・・・・・・・・」

 

 その時、その場の空気が完全に凍り付いた。

 ギギギと首を入口の方に向けると顔を真っ赤にした女性が立っていた。

 

 「あ・・・あねうえ・・・」

 

 顔を真っ青にしたヤシュマが呟く。どうやら彼女はヤシュマの姉らしい。ということは、このヒトは皇女さんなのか・・・

 

 「・・・終わったな。」

 

 「・・・そうですね。死にましたね。」

 

 己の死期を悟り、逆に冷静になった自分達はいっそのこと開き直ることにした。

 自分とヤシュマは頷き合うと盆を構えて笑顔で堂々と言い放った。

 

 「「安心してください。穿いてませんから!!!!」」

 

 大きな悲鳴と共に迫ってくる拳を自分達は黙って受け入れた。

 

 

 

 

 




アンジュが原作よりいろいろ知っているのと兄上の部分についてはまたそのうちに


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4.神は乙女を二度染める

 

 自分とヤシュマはボコボコにされた後、正座でお説教を受けていた。

 

 「まったく! 貴方はこのクジュウリの次期(オゥルォ)なのよ! それなのにあんなはしたない真似をして・・・恥を知りなさい!!」

 

 「はい・・・本当に申し訳ありませんでした。」

 

 「そして貴方! 民を救ってくれたお方と聞いたからどんな方かと思ったら・・・あ・・・あんな・・・あんな破廉恥な方だとは思いませんでしたわ!!」

 

 「はいすいません・・・生まれてきてすみません・・・」

 

 怒れる皇女を前に謝ることしかできない馬鹿二人。かれこれ一時間はこの調子だ。

 自分達は寒空の下、褌のみを着けた姿でお説教を受けていた。そろそろ足の感覚が無くなってきてヤバイ。

 

 一緒に宴をしてた連中は遠の昔に解散し、天邪鬼達まで自分を見捨てて帰ってしまった・・・まぁ、自業自得なのでしょうがないんだが、少し薄情過ぎやしないか?

 

 「・・・はぁ。まだまだ言いたいことはありますが、今日のところはこれで勘弁してあげます。」

 

 「「ホッ・・・」」

 

 「た・だ・し! 次こんなことがあったら、その姿で山に放り出すわよ! 分かったわね!!」

 

 「「はい・・・本当にすみませんでした。もう二度としません・・・」」

 

 そうしてようやく解放された自分達は、いそいそと服を着るのだった。

 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 「悪かったな。自分のせいで大変な目に会わせちまって。」

 

 「いや。確かに大変な目には会ったが、あんなに楽しい時間は初めてだった。また機会があれば一緒に飲もう。」

 

 そう言ってガッチリと握手を交わす。

 共に裸踊りを踊り、試練を乗り越えた自分達には友情が生まれていた。

 

 「自分はしばらくここにいるつもりだから、何かあったら声をかけてくれ。」

 

 「分かった。その時は頼りにさせてもらう。」

 

 握手したままニヤリと笑い合っていると旅籠屋の外から皇女さん―シスがヤシュマを呼ぶ声が聞こえた。

 その声には苛立ちが混じり、今にも怒り出しそうだ。

 

 「・・・それじゃあ、帰らせてもらう。これ以上は姉上の雷が落ちそうだ。」

 

 「確かにな・・・それじゃあまたな。今度は茶でも飲みながら語り合おう。」

 

 「ああ、また会おう。」

 

 共に旅籠屋を出て、ヤシュマとシスを見送る。

 シスは今だにプリプリと怒っていたが、挨拶をすると胡乱な目で見ながらもしっかりと返してくれた。

 なかなかの女傑ではあるようだが、皇女として礼儀は弁えているようだ。

 

 そのまま皇城に帰っていく二人の背を眺める。

 ヤシュマはシスにど突かれているが、その姿はどこか楽しそうでもあった。

 

 「ああやって好き勝手されるのも仲が良い証拠か・・・」

 

 そんな姉弟の姿にクスリと笑いを漏らし、どこか懐かしい思いを抱きながら、マシロは旅籠屋に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 「ほい。サイナイナ草は一束四百センだ。」

 

 「どうもね。雪のせいで採れなくて困ってたんだ。でもいいのかい? こんなに安くて。」

 

 「いいってことよ。こっちは特別な販路でいつでも手に入れられるからな。これでも十分採算が取れる。」

 

 「それならいいんだけど・・・じゃあ、また何か必要になったら来させてもらうね。」

 

 「おう! 三日に一度やらせてもらうつもりだから、その時はまた頼むぜ!」

 

 薬草を買いに来た婆さんを見送り、金を袋に移す。

 朝からこうして薬草を売っているが、なかなかの売れ行きだ。この分なら、しばらく宿代には困らないだろう。

 

 さて、何故自分がこんな商人紛いのことをしているのかというと、ズバリ金が無いからだ。

 なんでそうなったのかというと、単純に無駄遣いが原因だ。

 こっちに来る前は、ヒトと直接関わり合いになることが少なかったし、別に飲み食いしなくても問題は無かったんだが、こっちに来てからは身体が常に実体化している状態な上に、ヒト付き合いもしなければならないので酒を飲む量が格段に増えた。それに加えて、買い食いもできるようになったので、ついつい屋台なんかで買ってしまい、結果金欠になってしまったというわけだ。

 そして、そんな極貧生活まっしぐらな状況を脱するために、市の一角を借り、自分で生み出した薬草なんかを売って儲けることにしたのだ。

 

 え? 神の権能(チカラ)をそんなことに使っていいのかって? いいんだよ。薬草が欲しいという願いに対して、金という対価を払わせてるんだからまったくもって問題無い!!

 

 そうして、ジャラジャラと財布に詰まる金を眺めながら、これなら高めの酒を買っても問題無いなとニヤニヤしていると自分の頭上に影が差した。どうやら客が来たようだ。

 

 「いらっしゃい。何をお求めで・・・」

 

 「貴方、何をしてらっしゃるの?」

 

 「・・・え? 皇女さん?」

 

 顔を上げた先には呆れ顔のシスの姿があった。

 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 「ふ~ん。それで薬草を売ってお金を稼いでいたのね。」

 

 「え・・・ええ。お恥ずかしながらそうです、ハイ。」

 

 何故か正座でシスと話をする自分。どうやら彼女には敵わないと身体にインプットされてしまったようだ。

 

 「貴方、呪術師なんだからそっちで稼げばいいじゃない。」

 

 「いや~・・・それはそうなんですけどね。自分、荒事とか好きじゃないですし・・・」

 

 若干苦手意識が芽生えているシスを前にキョロキョロと挙動不審気味になってしまう。そして、そんな自分を見てシスの顔が少しずつ険しくなっていく。

 

 「ねぇ、貴方・・・」

 

 「は、ハイすみません!! 金をやるから勘弁してくれ!!!」

 

 語気を強めたシスに思わず土下座で謝っていた。

 周りからは、なんだどうしたと野次馬染みた視線が集まってくる。

 

 「ちょっ、ちょっと何やってるの!? お止めなさい! それじゃあまるで私が貴方を脅しているみたいじゃない!! 私はただ、昨日のことはもう気にしてないって言いたかっただけなのよ!!」

 

 「・・・え? そうなんですか?」

 

 思ってもみなかった言葉にキョトンとしてシスを見上げる。

 彼女は周囲からの好奇の視線に晒されて、プルプルと羞恥に顔を染めていた。

 

 何この()、すごく可愛い・・・じゃなくて!

 

 ヤバイ・・・ヤバイぞ・・・このままじゃシスが爆発しちまう! そうなったらどれだけの被害を被ることかっ!!

 ・・・・・・こうなれば!

 

 「あ~その・・・ここじゃあなんですから、茶屋ででも話しませんかね?」

 

 この人の目が集まる空間から脱するためにそう言うとシスは無言ながらも頷いてくれた。

 自分は商品を手早く片付けるとシスの手を引きながら市を後にするのであった。

 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 茶屋に入り、頼んだ茶と菓子で一息つく。

 市ではあわや爆発寸前であったシスも甘い菓子を食べると落ち着いたようで、その顔色は元の雪の様に美しい白に戻っていた。

 それを見計らって自分は話の続きを促した。

 

 「・・・初めて見たのよ。ヤシュマがあんなに楽しそうにしているの・・・」

 

 「ヤシュマが?」

 

 「ええ・・・あのコはこのクジュウリの後継者として、相応の教育を受けてきたわ。そのおかげで武はこの國でも敵う者がほとんどいないくらいの腕前になったし、政もそれなりにこなせるようになった。でも、そのせいで少し真面目が過ぎるというか・・・まぁ、堅苦しくなってしまったの・・・」

 

 「あ~・・・確かに最初に会った時はそんな感じでしたね。」

 

 しかし、すぐに一緒になって馬鹿騒ぎしていたから、公私の使い分けがうまいのかと思っていたが違ったのか・・・

 

 「そんなだから、一緒に馬鹿をやるような友達もできなかったの・・・まぁ、弟達とはよく騒いでるけど、それとこれとはまた別の話・・・だから、貴方には感謝しているのよ? 愚弟と友達になってくれた貴方には、ね。」

 

 「皇女さん・・・」

 

 ヤシュマが居る時とは打って変ってその顔には慈愛が浮かんでいた。

 少々過激な部分もあるようだが、それも家族を思えばこそなのかもしれない。

 

 「だからと言って、昨日のように羽目を外すのはダメよ? お酒の席だからある程度は仕方無いけど、あんな・・・は・・・破廉恥なこと許しません! あれじゃあ皇族として示しが付かないわ!!」

 

 「本当に申し訳ございませんでした。」

 

 自分達の勇姿?を思い出しているのか若干顔を赤らめるシスに素直に謝る。

 よく考えればとんでもないことさせてたよなぁ・・・一緒になって騒いでて忘れてたが、ヤシュマも皇族・・・しかも次期(オゥルォ)だ・・・それに皇女であるシスには裸同然の姿を見せちまったし・・・アレ? これが(オゥルォ)の耳に入ったらヤバくね?

 

 「あ~その・・・今更なんだが、大丈夫なんですかね自分。一國の皇子にあんなことさせちまった上に皇女さんにも失礼を・・・」

 

 「・・・お父様については平気よ。その話を聞いて笑っていたもの。むしろ一緒にお酒を飲みたいとおっしゃっていたわ・・・私の方は・・・まぁ、事故のようなものだから許してあげます。」

 

 「ありがとうございます!!」

 

 本当に良かった。いざとなったら逃げきる自身はあるが、そうなると今後の活動に支障が出るからな。寛大な(オゥルォ)と皇女さんに感謝だ。

 

 「・・・ところで、その敬語止めにしないかしら?」

 

 「え? いいんですか?」

 

 突然のシスの言葉に目を瞬かせる。結構気位の高そうな感じだっただけに意外だ。

 

 「ヤシュマとは普通に話していたでしょ? それに貴方が敬語で話してるとなんだか気持ち悪いのよ。」

 

 「気持ち悪いって・・・」

 

 なんだそれは・・・こっちは一応敬意を払ってるってのに・・・

 

 「だから私とも普通に話しなさい。それとシスと呼ぶことを許すわ。」

 

 「・・・・・・分かったよ。じゃあ、短い間になると思うが、よろしく頼むぜ、シス。」

 

 「ええ。こちらこそよろしく。」

 

 こうして打ち解けることが出来た自分達は、そのまま茶飲み話に花を咲かせるのだった。

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 「マシロ・・・お前本気なのか?」

 

 シスと別れ、皇都をブラブラしてると、警邏中のヤシュマにそんなことを言われた。

 

 「あ?・・・なんの話だ?・・・というか、主語を言え主語を。いきなり本気なのかと聞かれてもなんのことか分からんぞ。」

 

 「そ・・・そうだったな。すまない。」

 

 何やら困惑顔のヤシュマの姿に疑問が深まる。

 自分、なんかやったっけ? 今日やったことといえば、薬草を売ったこととシスと話した程度だが・・・

 

 「その・・・なんだ。城下でお前と姉上が痴話喧嘩をしていたと噂になっていてな・・・なんでもお前が姉上に手を出したとか、金で買ったとか・・・そんな噂だ。」

 

 なんてこったい!! 

 

 確かに市での騒動はいろんな奴に見れてはいたが、そんな歪曲して広がっているとは!!

 

 「それと、姉上と手を繋ぎながら茶屋に入ったという情報も兵から上がっている・・・いつの間にそんな仲になったんだ?」

 

 「んなわけあるか!! あれは昨日のことを謝ってたんだよ!! それと茶屋に入ったのはあんな人目が集まっている所じゃ落ち着いて話が出来なかったからだ!!・・・まぁ、手を繋いでいたの確かだが、あれは成り行き上そうなっただけだ!!」

 

 慌てて噂について否定する。

 そんな噂を信じられでもしたら、今度こそ(オゥルォ)の怒りを買っちまう。そうなったら、ここでのタタリの調査もできなくなってしまう。そんな事態だけは何としても避けたかった。

 

 「そうか、それならいいんだ。いや、お前を疑っていたわけではないが、城下中で噂になっているとなると無視するわけにもいかないからな。」

 

 「・・・え? 嘘だろ?」

 

 「本当だ。幸い父上の耳には入っていない。その前に真相を確かめられて良かった。」

 

 「真相も何も、自分とシスにそんなことが起きる余地が無いのは、昨日一緒にいたお前なら分かってるだろ!?」

 

 「それはそうなんだが、こと皇族の噂となるとな・・・うん? シス?・・・マシロ、お前いつの間に呼び捨てにするほど姉上と仲良くなったんだ?」

 

 「え? ああ、茶屋で話した時に打ち解けてな。そんで敬語も要らないし、呼び捨てでいいって言われたんだ。」

 

 「そうなのか・・・」

 

 何やら考えるような素振りを見せるヤシュマ。

 おい止めろ! なんだか不安になってくるぞ!!

 

 「おい、なんか不穏なこと考えてないか?」

 

 「え!? いや、そんなことはないぞ!? ただ姉上が他人とそんなに打ち解けるのが珍しいと思っただけだ!!」

 

 ジト目でヤシュマを問い詰めると明らかに焦った様子で否定してきた。しかも視線は泳ぎ怪しいことこの上ない。

 

 「そ・・・そうだ! 俺は警邏の途中だったんだ! 悪いなマシロ! また会おう!!」

 

 「あっ、オイちょっと待てぇい!!・・・・・・行っちまった・・・」

 

 駆け出したその背を掴もうと手を伸ばすが、ヤシュマの姿はあっという間に点と化していた。

 あの挙動不審なヤシュマの姿に嫌な予感しかしないが、今から追いかけるわけにもいかない。

 自分には、この悪い予感が外れることを祈るしかなかった。

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 「ほいじゃ、シスがそのマシロいう男を気に入っとるんは、ホントなんじゃな?」

 

 「はい。姉上が異性、しかも出会ったばかりの者に気を許すというのは、普通では考えられません。」

 

 「ふ~む・・・あとは武術の腕があればええんだがのぅ・・・」

 

 「刀を持っているようですし、武術の心得はあると思います。が、その腕前となると見てみないことにはわかりません。」

 

 「ほいなら試してみるか! 丁度キョロリが目撃されとるし、その討伐に連れていくいうんはどうじゃ?」

 

 「それは名案です父上! それでもし腕が立つようなら姉上と・・・」

 

 「ほんにそうだったらええのぅ!・・・マシロいうもんには悪い気がするが・・・」

 

 「いやいや! これも我らの平穏のため!」

 

 「そうじゃな! そしてシスのためじゃけぇ! ヤシュマよ! 万事任せたぞ!!」

 

 「お任せください!! クジュウリのため、粉骨砕身で努めさせていただきます!!」

 

 「「はーはっはっはっはっはっはっ・・・・・・!!」」

 

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 「・・・ヴェックシュン!!」

 

 「旦那ぁ・・・くしゃみするなら向こうむいてやってくだせぇ。」

 

 「あ・・・悪い。」

 

 屋台で晩飯を食っていると悪寒と共に盛大なくしゃみをしてしまった。

 嫌そうな顔をする店主に謝りながら鼻をすする。

   

 風邪を引いたか? いや、今の自分が風邪を引くわけないか。とするとヤシュマか? アイツ、変なことしなけりゃいいんだが・・・

 

 昼のヤシュマの様子を思い出して不安になりながら、おでんと共に熱燗をするる。

 

 くぅーー!! やっぱり寒い夜はこれに限るぜ!

 

 「貴方、本当に美味しそうにお酒飲むのね。」

 

 「え?」

 

 聞き覚えがある声に振り向いてみると、そこにはお供を伴った呆れ顔のシスの姿があった。

 驚いていると、シスは自分の隣に座り、馴れた様子で店主に注文していた。対する店主の方も何事も無いようにシスに挨拶し、おでんと酒を用意していた。

 

 「ここは私の行きつけなのよ。」

 

 「あ・・・そうだったのか。自分はてっきり噂の件で来たんだと思ったんだが・・・」

 

 「ああ、あれね。気にすることはないわ。皆、私がそんなことされる程柔じゃないって知ってるし。あんな噂すぐに無くなるわ。」

 

 そういえば、イアラオルケの群れを単独で狩れるほどの力の持ち主だとヤシュマから聞いたな。

 亞人(デコイ)の身体能力が高いとはいえ、こんな細腕でよくやるもんだ。

 

 「まぁ、そっちが気にしてないならいいんだが・・・悪かったな。自分があんな真似しなけりゃ、誤解もされなかった。」

 

 「いいえ。貴方があんな態度を取ったのは、昨日私がキツく言い過ぎたせいだもの・・・」

 

 「うん・・・まぁ、それが理由ではあるな・・・」

 

 「はぁ・・・駄目ね。頭では解っているのだけど、ついカッとなって余計なことまで言ってしまうの・・・」

 

 ああ、確かに。会って間もないがシスは常にイライラしているイメージがあるな。気にしているみたいだし、軽くアドバイスでもしてみるか。

 

 「イライラには、(ペルコ)の乳や小魚がいいぞ? 」

 

 「乳と小魚? それはどうしてかしら?」

 

 「乳や小魚の骨にはカル・・・いや、(カイ)という栄養が含まれててな。そいつがイライラに効くんだよ。」

 

 「まぁ、そうだったの。貴方って意外と物知りなのね。」

 

 「意外とは余計だ。ああ、それと(カイ)には骨を丈夫にする効果や肌を綺麗にする効果もあるから、そういう意味でも多めに取っておいた方がいいぞ。」

 

 「へぇ・・・そういうことなら明日から試して見ようかしら。」

 

 「そうしろそうしろ。キレやすい女は男にモテんぞ。」

 

 「余計なお世話よ!!」

 

 からかい混じりに軽口を言うとシスから平手が飛んできた。

 自分は何とかそれを躱すが、代わりに椅子から転げ落ちてしまった。

 

 「痛ててててて・・・そういうとこだよそういうとこ!!」

 

 「あ・・・ご、ごめんなさい! つい・・・」

 

 お供のヒトに支えられながら椅子に戻るとシスはシュンとしてしまっていた。

 そんなシスの姿に苦笑すると自分は彼女の頭を撫でていた。

 

 「ちょっ、ちょっと何するのよ!」

 

 「ん~? なに、落ち込んでるおまえさんを慰めてやろうと思ってな。」

 

 「慰めるって・・・というか貴方酔ってるでしょ!? それと頭を撫でるのを止めなさい! これじゃあまるで子供だわ!」

 

 「いや~、何気にやってみたが想像以上に髪の触り心地が良くってなぁ・・・」

 

 「なっ・・・なっ・・・なっ・・・」

 

 シスの抗議の声を右から左に受け流し、艶やかな髪に指を通す。

 皇女ということもあって、よく手入れされた髪はいつまでも触っていたくなるほどの滑らかさだ。

 

 「まるで上質な絹みたいに綺麗な髪だな・・・」

 

 「ッ――――――バカーーーー!!!!

 

 ギュンと唸りを上げて、顔を真っ赤に染めたシスの拳が迫ってくる。

 それがその日最後に見た光景だった。

 

 

 

 

 




クジュウリ勢の口調がいまいち分からん。

特にオーゼン。アレは広島弁でいいんだろうか?


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5.神様の怪物狩猟

 

 「あー・・・まだシスに殴られたところがズキズキするぜ・・・」

 

 「ははは・・・姉上がすまない。」

 

 自分とヤシュマは兵を率いて山を登っていた。

 なんでも巨鳥『キョロリ』が目撃されたとかでその討伐に協力してほしいと頼まれたからだ。

 

 「まぁ、自分が髪を触ったのが原因だから責めたりはせんが、もう少し加減してほしかったぜ。」

 

 「いや、姉上の髪を触るとはどういう状況だ!?」

 

 「シスが落ち込んじまってな。それで慰めようとして頭を撫でたら殴られた。」

 

 「姉上が落ち込む? はははははっ! 面白い冗談を言うなマシロ。姉上がそんな軟弱なわけないだろう?」

 

 「おまえは自分の姉をなんだと思ってるんだ。」

 

 「そんなもの、クジュウリ一の女傑に決まってるだろう!」

 

 「確かにそれは納得だ。」

 

 雑談しながら目撃情報があった場所まで進む。

 キョロリは小さいうちは脅威ではないが、成体になると全長五メートルを超える巨体となり、オルケでさえ丸呑みにしてしまうほどだ。

 そして、餌が少なくなる冬場になると狂暴性が増し、人里まで降りてくることもあるため、見つけ次第討伐することになっているらしい。

 

 「ッ! アレは・・・」

 

 何かを見つけたヤシュマが走り出す。追いかけると雪の上に三又に分かれた大きな足跡がついていた。

 

 「こいつはキョロリの足跡か?・・・それにしてはデカ過ぎないか?」

 

 「まさか・・・これは・・・キンカンキョロリ!!」

 

 「あ? キンカン? なんだそりゃ?」

 

 ヤシュマが発した言葉に兵が騒然となる。

 自分が聞きなれない言葉に頭を捻っているとヤシュマが説明してくれた。

 

 「キンカンキョロリとは、キョロリの中でも特に大きい個体のことだ。その大きさおよそ二十六尺(8メートル)。(ペルコ)でさえ丸呑みにしてしまうほどの怪物だ・・・」

 

 キンカン・・・もしかして金冠ってことか? ここはいつからモンハンの世界になったんだ!・・・いや、よく考えるとガウンジとかモンスターっぽいのが結構いるな。そうか、モンハン世界は未来だったのか・・・

 

 そんな馬鹿なことを考えているとヤシュマ達が耳を忙しなく動かし、周囲を警戒しながら武器に手をかけた。

 自分も気を引き締め、感覚を研ぎ澄ますと背後の崖の上に巨大な気配を感じた。

 

 「全員散開!! 崖の上だ!!」

 

 自分の声に反応して、ヤシュマ達がその場から退避する。すると大きな音と共に巨大な影が落ちてきた。

 

 「キュロロロロロロロロ・・・・・・ギョアアアアア!!!」

 

 現れたのは、極彩色に彩られて怪鳥。その足は木の幹のように太く、爪はガウンジの牙のように鋭い。そして、全てを丸呑みにする巨大なクチバシを打ち鳴らし、耳を塞がなければならないほどの大きな雄叫びを上げた。

 

 「ッ! うろたえるな! 屈強なるクジュウリ兵の力を見せつけよ!!」

 

 ヤシュマの号令で、ひるんでいた兵たちが次々と矢を射かける。だが、キョロリがその巨大な翼を羽ばたかせるとあっさり吹き飛ばされ、矢を射かけた兵士まで飛ばされる始末。

 

 「おいおい・・・規格外過ぎるだろう・・・」

 

 そんな様子に自分はすぐに桜花を発動させて動きを封じる。

 キョロリはそれを振り払おうともがくが、その隙を見逃す自分達ではない。

 

 「ヤシュマ! 合わせろ!!」

 

 「応!!」

 

 同時に巨体を支える足に攻撃を加える。

 あまりに太いその足を切り落とすことまではできなかったが、拘束から逃れようともがいていたキョロリは堪らず転倒。そこにクジュウリ兵が蟻のように群がり、槍を突き立てていく。

 

 「よし! これなら倒せそうだな。」

 

 「・・・いやまだだ! おまえらすぐに離れろ!!」

 

 自分がそう叫ぶと同時にキョロリが激しく暴れ出し、群がっていた兵を吹き飛ばした挙句、拘束していた蔦まで引きちぎった。

 

 「ギュオォォォォォォ!!!!」

 

 起き上がったキョロリの瞳は真っ赤に染まり、躰には土神(テヌカミ)の力が満ちる。

 

 「これは・・・拙いな・・・」

 

 「ああ、完全にキレてる上に神憑(カムナ)が活性化してやがる。このままじゃ終わらんだろうな。」

 

 怒り狂ったキョロリが翼を広げながらこちらに突進してくる。

 自分達はそれを躱すが、キョロリはすぐに方向転換してヤシュマに連続でついばみ攻撃を仕掛けてきた。

 

 「くっ!!」

 

 ヤシュマはその攻撃をなんとか受け流しているが、キョロリの猛攻は止まることなく続けられる。

 

 「ったく、張り切りすぎだろあのキョロリ・・・おい! 態勢を立て直した奴から矢を射かけろ!! ヤシュマに当てるなよ!」

 

 指示を受けたクッジュウリ兵がキョロリに矢を射かける。ヤシュマに夢中になっていたキョロリはそれを全身に浴びるが、土神(テヌカミ)の力で硬化した肉体に全て弾き返されてしまった。

 しかし、それを煩わしく思ったキョロリはヤシュマへの攻撃を止め、今度はクジュウリ兵へと標的を変えて突進し始めた。

 

 「お前等! ヤシュマが復帰するまでなんとか持ち堪えろ!・・・そんでヤシュマ、今治癒術かけるから終わるまでに息を整えろよ。」

 

 「はぁ・・・はぁ・・・すまない・・・」

 

 「そこは謝罪じゃなくて感謝を言っとけ。」

 

 「そうだな・・・ありがとう・・・」

 

 自分がヤシュマを回復させている間もキョロリは暴れまわる。対するクジュウリ兵は森の中に身を隠しながらヒットアンドアウェイで攻撃を仕掛けるが、付けられる傷は浅く、決定打を与えられない。

 

 「これでよし・・・ヤシュマ、行けるな?」

 

 「ああ! だが、どうする? このままでは、こちらが先にやられてしまうぞ。」

 

 「大丈夫だ。活性状態はそう長く続かない。それに考えもある。」

 

 「いったいどうするんだ?」

 

 「まずは、自分の方に誘導してくれ。そしたら合図するから、目を塞いでくれ。」

 

 「・・・分かった。任せたぞ。」

 

 頷いたヤシュマが背を向けて暴れているキョロリに高速で躍りかかる。

 クジュウリでも屈指の武士(もののふ)であるヤシュマの斬撃にキョロリも堪らず悲鳴を上げた。

 その隙にヤシュマが手で合図を送るとクジュウリ兵はキョロリを自分がいる方向に誘導するように攻撃を仕掛けていく。

 ひるんだところに次々と矢を射かけられたキョロリはたまらず逃げるように自分に向かって走ってきた。

 

 「いくぞヤシュマ!!」

 

 自分は声を上げると同時にキョロリの眼前に向けて瞬間的に『光明』を発動させた。

 

 カッ!!

 

 「ギュアァァァァァ!?」

 

 突然発せられた強力な光にキョロリは視力を奪われ転倒する。その拍子に活性状態も解かれ、自分達の前に無防備な姿を晒す。

 

 「畳みかけろ!!」

 

 号令と共に一斉に攻撃を加えていく。ありったけの矢を叩き込み、槍を突き刺し、剣で切り裂く。

 その猛攻に土神(テヌカミ)の加護を失ったキョロリが耐えられるわけもなく、断末魔の雄叫びと共に白い雪を血で染めながらその巨体を大地に沈めた。

 

 「やったぞ! あのキンカンキョロリを倒したぞ!!」

 

 「見たか怪物! 我らクジュウリの力を!!」

 

 「今夜は焼き鳥だーーーー!!」

 

 動かなくなったキョロリの周りに兵たちが集まり、勝鬨を上げる。

 ヤシュマもその輪に加わり、兵を労い喜びを分かち合っていた。

 

 「ふぅ・・・予想外のデカさに驚いたが、なんとかなって良かったぜ。」

 

 額の汗を拭いながら安堵の息を吐く。

 今回は協力という形だったので、戦いは主にヤシュマ達に任せたが、誰一人死なずに終わって本当に良かった。

 

 喜び合う彼らの姿を自分は少し離れた場所から眺める。

 自分が力を貸したとはいえ、彼らが自分たちの力で勝ち取った勝利だ。喜びも一入(ひとしお)だろう。

 

 そんな彼らを誇らしく思いながら、そろそろ皇都に戻る準備をしようと言おうとして気が付いた。

 

 死んだはずのキョロリの目が動いたことに・・・

 

 突然起き上がったキョロリがヤシュマに向かって巨大なくちばしを広げる。

 完全に油断していたヤシュマ達は誰一人動くことが出来ず、その光景を唖然と見つめていた。

 

 ヤシュマにはその瞬間がとてもゆっくりに感じられた。

 そして、頭を巡る走馬燈に死を覚悟した瞬間、キョロリの巨大な首が消え去り、代わりに大量の血が噴き出した。

 

 「・・・え?」

 

 キョロリの血を頭から被り唖然とするヤシュマ。兵たちも同様に血を浴びながら、首が無くなったキョロリを信じられないといった様子で眺めていた。

 

 ドスンと音を立ててキョロリの首が落ちてくる。そして、それを合図にするかのようにキョロリの躰もゆっくりと倒れ伏した。

 

 その大きな音に我に返った彼らが攻撃が放たれたと思しき場所に目を向けると振りきった刀を鞘に納めるマシロの姿があった。

 

 恐るべき怪物は旅の呪術師の手によって今度こそ打ち倒されたのだ。 

 

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 キンカンキョロリの亡骸と共に皇都に帰還すると民の大歓声に迎えられた。

 民は血塗れのヤシュマ達と小山程あるキョロリに驚きながらも尊敬の眼差しを向け、彼らを称えた。

 

 「うはははははは!! よくぞキンカンキョロリを打ち倒した! ワレ達はクジュウリの誇りじゃあ! そして、マシロ殿! 貴殿の御蔭で兵だけでなく息子も命拾いした。ほんにありがとうのぅ!」

 

 そして、豪快な笑いと共に自分達を褒めそやす、この恰幅が良く、髭を三つ編みにした初老の男こそクジュウリの(オゥルォ)『オーゼン』だ。

 彼は先に戻った兵から報告を受け、巨鳥を討伐した勇者達を迎えるべく、自ら都の正門まで出向いてきたのだ。

 

 その後、血塗れになったヤシュマ達が身体を清め終えると都を上げての大宴会となった。

 自分が切り落としたキョロリの首は祭壇に飾られ、肉は解体されて民に振舞われた。

 その筋肉質でありながら、しっかり脂を蓄えたキョロリの肉は思ったよりも柔らかく、噛みしめる度にうまみが口中に広がり、それを食べた者は感嘆の声を上げるほどの美味であった。

 

 そして、民が宴を楽しむ中、自分は今回の戦い最大の功労者として広場に設けられた壇上にオーゼンと共に座らされていた。

 本当なら好き勝手に飲みたかったんだが、(オゥルォ)に呼ばれてしまっては断れないので大人しくオーゼンの相手をする。

 

 「いやー! 大層な術師と聞いとったが、まさか剣の腕まで一流とはのぅ! どうじゃあ? このままクジュウリに仕えんか?」

 

 「いえ、自分は故あって旅をしている身。折角の申し出ではございますが、それをお受けするわけにはいきませぬ。」

 

 酒を飲んで上機嫌なオーゼンにやんわり断りを入れる。

 自分はタタリを浄化しなければならないし、何より忠誠を誓った相手がいたはずなのだ。過去の世界とはいえ、彼女を差し置いて誰かに仕える気はさらさらなかった。

 

 「そこをなんとか! おまさん程の漢なら領地を任せてもええ! 今ならシスも付けるけぇ、どうかクジュウリに・・・」

 

 「何馬鹿なことおっしゃってるのお父様!!」

 

 自分に掴みかかる勢いで勧誘してくるオーゼンが突然吹き飛ぶ。唖然としてその下手人を見るとボロ雑巾と化したヤシュマを引きずりながら得物の番傘を振りきったシスの姿があった。

 

 「なにすんじゃあシス! こりゃおまんのためでもあるんじゃぞ!!」

 

 「なにが私のためですか! お父様はただ私をさっさと嫁がせたいだけでしょう! しかもヤシュマも一緒になってくだらない企みをして! 少し反省なさい!!」

 

 そう言うと手にしたヤシュマを思いっきり振りかぶりオーゼンへと投げつけた。

 そして、悲鳴を上げるボロ雑巾を顔面で受け止めたオーゼンは諸共吹き飛ばされ、目を回して気絶した。

 しかもシスの部下が気絶した彼らを簀巻きにして木に吊るそうとしている。

 

 「OH・・・JOKETSU・・・」

 

 あまりな出来事に目元を押さえながら天を仰ぎ見る。

 なにやら企んでいたオーゼンとヤシュマを庇う気はないが、その扱いの酷さに目頭が熱くなった。

 

 「ホント! お父様と愚弟には困ったものだわ!!」

 

 プリプリと怒りながら自分の隣に座ったシスは、軽蔑の眼差しで吊るされるオーゼン達を睨みつける。

 彼らの企みが余程気に入らなかったのだろう。このままでは彼らをサンドバッグにスパーリングを始める勢いだ。

 

 「まぁまぁ、あいつらが何を企んでいたのかは知らんが、せっかくの宴でそうカッカなさんな。」

 

 「う・・・それもそうね・・・」

 

 自分の言葉に我に返ったシスはバツが悪そうにするが、すぐに顔をほんのり赤くしながら、ちらちらとこちらをうかがい始めた。

 

 「うん? どうしたんだシス?」

 

 「え!? な、なんでもないわ! それより今日は暑いわね!!」

 

 「いや、むしろ寒いと思うんだが・・・大丈夫か? 顔が赤いぞ? もしかして熱があるんじゃないか?」

 

 なにやら狼狽えているシスの顔が更に赤くなる。その様子に心配になり熱を測ろうと額に手を伸ばすが、彼女は慌てて立ち上がると、壇上の下に居た少女を呼び寄せた。

 

 「マ、マシロ! この()は私の妹の『ルルティエ』よ! 貴方の話をしたら是非会いたいっていうから連れてきたの!! ほ・・・ほらルルティエ、ご挨拶して。」

 

 「はい、お姉さま。」

 

 シスに呼ばれてやってきたのは、元服(コポロ)を迎える前の年頃の儚げな雰囲気をした可憐な少女だった。

 

 「初めまして、マシロ様。わたしはヤシュマお兄さまとシスお姉さまの妹でルルティエと言います。今日はお兄さま達を助けていただきありがとうございました。」

 

 「お・・・おう。どういたしまして・・・」

 

 その少女を目にした瞬間、強い既視感に襲われた。

 そのことに思わず彼女をジッと見つめてしまうが、すぐにその既視感は治まってしまった。

 

 「あ・・・あの・・・どうかなさいましたか?」

 

 「ああ、いや・・・随分と可愛らしいお姫様だったんで見惚れちまったんだ。」

 

 「え!? そ・・・そんな・・・恥ずかしいです・・・」

 

 誤魔化す様にそう言うとルルティエは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 どうやらかなり恥ずかしがり屋のようだ。

 

 自分は、ハハハ・・・と笑いながら頭を掻き、先ほどの既視感について考える。

 もしかして、彼女は過去の自分と関りがあったのだろうか? だが、彼女の姉弟達に会った時にはあの既視感は感じなかった。もし彼女と深い関わりがあったなら、シス達にも既視感を感じていたはずだ。ということは、彼女自身ではなく、彼女とよく似た人物と知り合いだったのだろうか・・・

 

 「むー・・・」

 

 自分の過去の人間関係に思いを馳せているとなにやら唸るような声が聞こえてきた。

 目線を横にズラすとそこには頬を膨らませたシスがジト目でこちらを睨んでいた。

 

 「ん? どうしたんだシス? フグ(ププ)のモノマネか?」

 

 「違います! どこかの誰かさんがルルティエを毒牙にかけようとしているから怒ってるだけです!」

 

 「お・・・お姉さま!?」

 

 「おいおい毒牙って・・・自分はただ褒めただけだろう?」

 

 「・・・もしかして、女の子にはみんなそうするの? 私にもあんなことしたし・・・やっぱり貴方って破廉恥なのね!!」

 

 「こらこらこらこらぁ!! 妹さんが誤解するようなこと言うんじゃない!」

 

 「なによホントのことじゃない!!」

 

 「あ・・・あの・・・お姉さま?・・・マシロ様?・・・」

 

 口喧嘩を始めた二人の間でルルティエがそれを止めようとワタワタするが、気の弱い彼女には間に割って入ることもできない。そうしている間にも二人はヒートアップしていき、いよいよ泣いてしまいそうになった時、彼女は友達の存在を思い出した。自分の大切な友達である『あの子』ならば二人を止めてくれると・・・

 

 「お願いココポっ!!」

 

 ルルティエの声に応えるように巨大な影が壇上に飛び上がる。そしてそのまま鳴き声を上げると喧嘩している二人にのしかかった。

 

 「ココココココココ・・・!!!」

 

 「な!? なんだぁ!?」

 

 「きゃっ!? こ、これはココポ!? ちょっと止めなさいココポ! おどきなさい!!」

 

 抱き合うように倒れ込んだ二人にのしかかるココポと呼ばれた巨大なホロロン鳥。

 本来ヒトの膝丈ほどしかないその鳥は、ウマ(ウォプタル)程の大きく真ん丸な躰で二人を逃がさないとばかりに包み込み、動かなくなった。

 

 「なんなんだこのデカいホロロン鳥は!? 今度はキンカンホロロン鳥かぁ!?」

 

 「このコはルルティエの飼っているココポよ! って、どこ触ってるの!? 止めなさい! そこはっ・・・!」

 

 「うぇ!? 悪い、すぐに退ける・・・って、こいつのせいでピクリとも動けん!?」

 

 「ちょ、ちょっと! そんなにモゾモゾ動かないでよヘンタイ!」

 

 「んなこと言われたって・・・誰かこいつをなんとかしてくれぇ!!」

 

 「あぁ!? ごめんなさい! ほらココポ、もういいからお姉さま達から離れて!」

 

 「ポゥ~♪」

 

 ようやく自分達の状況に気が付いたルルティエがココポに退けるように言うが、とうのココポはなにやらご機嫌な様子で動く気配が無い。

 

 「もうココポ、退けて!」

 

 ルルティエが懸命にココポを押すがびくともしない。それどころか遊んで貰っていると思ったのか躰を揺すりはじめる。

 

 「ぐえぇ!? 中身が出るっ!?」

 

 「んっ・・・あっ・・・だめぇ・・・」

 

 「うんしょっ! うんしょっ!」

 

 「クルルルル~♪」

 

 巨大な白黒饅頭に潰された男女とそれを退けようとする少女というおかしな光景は、騒ぎを聞きつけたクジュウリ兵に助けられるまで続いたのだった。

 

 

 

 

 




ルルティエの腐設定はヒロイン度を下げてクオンを上げる為な気がする。

追記
感想で『ハクがモンハンを知っているのが変』との指摘が会ったので捕捉説明

まず夢幻演武での話ですが、兄貴が化石ゲー好きという設定があり、ドラクエの『おお ○○○○! しんでしまうとは なにごとだ!』というネタをやっていたことから、ハク達が生きていた時代にも我々の知っているゲームが残っていたと思われます。
更にヤムマキリがガウンジの卵を盗むイベントが明らかにモンハンパロでした。
この事からハクがモンハンを知っていてもおかしくはないと考えています。
というか、うたわれるものは、元々ネタ満載なので、この作品でネタや作品名が出てきても、ハク達の時代にも残っていて知っていたと思ってください。


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6.神様とお姫様

 

 クジュウリの皇都に着いてから一週間程経ち、ここでの生活にも慣れてきた。

 キンカンキョロリ討伐から自分の顔は皇都中に知れ渡ってしまい、出歩く度に声をかけられるようになったが、店でおまけしてもらえたり、市での薬草売りも客が増えたのでおおよそ良好な結果と言えるだろう。

 

 そして、肝心のタタリ浄化の方もつつがなく進んでいるが、一番数が多い皇城の地下には今だ入れていない。

 何故ならそこは、クジュウリの皇族でさえ易々と入れる場所ではないからだ。

 

 実はこのクジュウリの皇城、遺跡の地表に露出した部分を改装して使っているのだ。そして、タタリがいるのが地下の発掘されていない未調査区域。皇城の拡張の為に少しずつ発掘されてはいるようだが、調査が終わるまでそこに入ることができるのは帝の許可を得たごく一部の者のみ。もし許可を得ない者が侵入した場合、死刑無いし國外追放にされてもおかしくない程厳しく管理されている。

 

 そんな場所に自分は入らなければいけないわけだが、何も遺跡への入り口は皇城だけではない。周辺の山々に点在する遺跡からも入ることができるはずだ。

 問題は土砂で埋もれていたり、崩落していない通路を探さなければならないことだが、それは天邪鬼と山にいた木霊(こだま)たちに探してもらっている。

 

 この木霊というのは、木から生まれた精霊の類だ。

 シシリ州にいた時は、渡せる物が無かったから協力を仰げなかったが、金が潤沢にある今なら、彼らの好物である果実酒を大量に用意することも容易だ。

 まぁ、大神のチカラを持つ自分が命令すれば彼らも言うことを聞いてくれるとは思うが、それは自分の在り方とは異なる。敬意には誠意で持って対するのが自分だ。それにこちらがものを頼む立場なのだ。報酬ぐらいは用意しないとな。

 

 「頼mあltノ見tヶtあ!」

 

 「おっ・・・また何か見つけたのか?」

 

 神代文字で日記を書いていた自分の傍に緑の衣を身に纏い、大きな葉っぱのお面を被った幼子が現れる。

 この幼子の様な姿をした存在こそ木霊であり、その中でこいつは何かと自分に付きまとってくるやつだ。とは言っても突然現れては頭の上に登ってきたり、自分のやっていることをジッと見てたりするくらいだが、相手をしているうちに愛着が湧き、今では『ピリカ』と呼んで可愛がっている。まぁ、他の奴らには見えないから、そこんとこ注意しなくちゃならんが、こいつもそれが分かっているのか、自分のところに来るのは一人でいる時だけだ。

 

 「伊sk;dお九つkら入lえぅ」

 

 「そうか、遺跡に繋がっている洞窟を見つけたのか・・・よし! そんじゃあ早速行ってみるか! 案内頼んだぜピリカ。」

 

 「mかstぇm白!!」

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 「どうぞマシロ様。お茶です。」

 

 「妹さん自らお茶を入れてくれるとは・・・これはじっくり味わって飲まなきゃな。」

 

 「ふふふっ・・・大袈裟ですよ。」

 

 自分は、ルルティエに呼ばれて皇城まで来ていた。どうやらヤシュマを助けた事への礼がしたいらしい。

 

 「それとこれはお茶菓子のクニュイです。」

 

 「おっ! 自分はこれが好きなんだよ。でも、こいつに使われる果実は、ここいらじゃ採れないのにどうしたんだ?」

 

 「このクニュイに使っている果実は、この間マシロ様と一緒に来た商人のヒトが持ってきてくれたものなんです。ですからマシロ様にも食べてもらおうと思って張り切っちゃいました!」

 

 「もしかして、妹さんが作ったのか!? お姫様なのによくやるもんだ。」

 

 「わたしにはこれくらいしかできませんから・・・」

 

 そういえば、ルルティエは身体が弱いんだったな。今ではだいぶ丈夫になったみたいだが、数年前までちょっとのことで熱を出してしまったらしい。

 

 「それじゃあ、さっそく食べさせてもらうか。」

 

 菓子が乗った皿を手に持ち、添えられていた漆塗りの菓子切りで一口大に切り分ける。それを口に含めば、卵の優しい甘さと果実の酸味、そして香草の爽やかな香りが広がる。その美味さに菓子を口に運ぶ手が止まらず、あっという間に食べてしまっていた。

 空になった皿を名残惜げに置いて、茶をすする。

 

 「ふぅ・・・美味かった・・・」

 

 「ふふふ・・・」

 

 菓子の甘さを茶で洗い流しながら余韻に浸っていると、ルルティエの笑う声が聞こえてきた。

 

 「どうかしたのか妹さん?」

 

 「あ・・・ごめんなさい・・・マシロ様があまりにも美味しそうに食べるので・・・」

 

 「それだけ妹さんが作った菓子が美味かったってことだ。妹さんは良い嫁さんになるな!」

 

 「え!?・・・そ、そんなことないですよぅ・・・」

 

 褒められて顔を赤く染めモジモジとするルルティエ。その姿はとても愛らしく思わず守ってあげたいと感じるほどだ。これはシス達が過保護になるのも納得だな。

 

 「あ・・・あのっ・・・まだクニュイが残っているのですが、いかがですか?」

 

 「おっ! それは是非いただかないとな! 妹さんが作った菓子ならいくらでも食えるぜ!」

 

 「もう・・・マシロ様ったら・・・」

 

 そうして二人だけのお茶会は、穏やかな時間と共に過ぎていった・・・

 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 「えっと・・・ここはこうで・・・今度はこっちに折って・・・」

 

 「いいぞ妹さん。呑み込みが早いな。」

 

 「クスッ・・・これもマシロ様が教えるのが上手だからです。」

 

 お茶の後、美味いお茶と菓子のお礼に折り紙を折ってあげることにした。

 そして、自分が折っていく様々な生き物の形をした折り紙にルルティエは目を輝かせ、自分もやりたいと言い出したのでこうやって教えているのだ。

 

 「できました・・・(コポル)です!」

 

 「おお! 上手いじゃないか妹さん!」

 

 「はい! 可愛くできました。」

 

 出来上がった(コポル)を手に乗せニコニコと笑うルルティエ。

 彼女は呑み込みが早い上に手先も器用なので、あっという間に折り方を覚えてしまった。これだけ物覚えが良いと教える方も楽しくなってくる。

 そして、ルルティエはその(コポル)と自分が折った鹿(チャモック)を使って遊び始めた。その歳に似合わぬ幼い姿に自分は眠りに就く前のことを思い出した。

 

 チィちゃんともよくこうやって折り紙をやったな・・・だが、チィちゃんは折るのがヘタで毎回自分に泣きついて来てたなぁ・・・しかもセミを折ろうとして何故かカブトができたこともあったし・・・ホント懐かしいな・・・

 

 「あの・・・どうかなされたのですか?」

 

 過去を思い出してしんみりしているとルルティエに心配されてしまった。過去への郷愁が顔に出ていたようだ。

 

 いかんいかん。今は彼女と遊んでいたんだったな。こんな顔してちゃ不安にさせちまうか・・・

 

 「大丈夫だ。少し昔を思い出してただけだよ。心配してくれてありがとうな。」

 

 そう言ってルルティエの頭を撫でる。

 外に出ることも少ないからか、その髪はシス以上に柔らかく、花の様な香りまでする。

 

 「あ・・・あの・・・マシロ様!?」

 

 「おっと、悪い。嫌だったか?」

 

 「そんなことありません! その・・・マシロ様の手、大きくて暖かくて・・・とても良い気持ちです・・・」

 

 頭から離した自分の手をルルティエは小さな両手で包み込むと花が咲いたように微笑んでみせた。その微笑みはまるで春のそよ風のように自分の心に流れ込み、鬱屈した気持ちを晴らしてくれた。

 そんな表情を自分に見せてくれたことがたまらなく嬉しくて、空いた手で再び彼女の頭を撫でていた。

 

 「んっ・・・」

 

 今度は頭を撫でる手を素直に受け入れてくれた。

 頭を撫でられるルルティエの顔はまるで父に甘えているかのように愛らしく、いつまでも撫でていたいと思う程だった。

 そしてそのまま、ルルティエを呼びに来たシスに殴られるまで、彼女の小さな頭を撫で続けるのだった・・・

 

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 皇城のルルティエ専用の調理場に自分、ルルティエ、そしてシスが集まっていた。

 今日は雪が降っていた為、山に入れず暇を持て余していたところをシスに誘われ、皇城にやって来ていたのだが、ルルティエがなにか新しいお菓子を作ろうと料理の本を読んでいたので、自分が協力することにしたのだ。

 

 「マシロ様、卵の黄身と白身を分けました。」

 

 「ありがとう妹さん。それじゃあシスは白身を茶筅でしっかり混ぜてくれ。」

 

 「分かったわ。でもなんで茶筅で混ぜるのかしら?」

 

 「そいつは白身に空気を含ませるためだ。まず混ぜていくと白くトロトロになってくるから、そこで砂糖を入れてさらに混ぜてくれ。そうすると雲みたいにふんわりしてくるからそれで完成だ。」

 

 「雲みたいにねぇ・・・なんだか信じられないけど、とりあえずやってみるわ。」

 

 自分の言うことに半信半疑といった様子のシスが、勢いよく卵の白身を混ぜ始める。メレンゲを作るには手を休ませずにひと息に泡立てる必要があるから、体力があるシスにはぴったりな作業だ。

 

 「わたしはどうすればいいですか?」

 

 「妹さんは乳を温めて、それにヨルクルとスイェトペを入れて溶かしてくれ。沸騰させないように注意しろよ?」

 

 「はい!」

 

 あまり料理をしないシスとは違って、テキパキと準備を進めるルルティエ。家族の食事をほとんど一人で作っているだけのことはある。

 

 「さてと・・・自分は黄身の方を混ぜるか・・・」

 

 黄身に砂糖を加えて白っぽくなるまで混ぜていく。そこに酸味の強い柑橘類であるウニンカの果汁と香り付けにサトウキビ(トゥペンプカリ)を原料にした蒸留酒のハラウを加える。

 

 「マシロ、これでいいかしら?」

 

 「どれどれ・・・うん。しっかり角も立ってるし、大丈夫だ。」

 

 「マシロ様、こっちも終わりました。」

 

 「よし。そんじゃあ次は生地を作っていくか。アマム粉をふるいにかけてくれ。」

 

 「それなら任せなさい!」

 

 「あっ! お姉さま! そんなに強くやると・・・」

 

 「え? あ・・・粉が舞って・・・は・・・はくちっ!!」

 

 簡単な作業に張り切ったシスがアマム粉をふるいにかけるが勢い余って粉が舞い上がる。更に粉で鼻腔をくすぐられたシスのくしゃみが加わり、二人は粉を被って真っ白になってしまった。

 

 「おいおい・・・何やってんだおまえは・・・」

 

 「うぅ・・・ごめんなさい・・・」

 

 「大丈夫ですよお姉さま。それより粉を落とさないと・・・くふっ」

 

 「ル、ルルティエ?」

 

 「ご、ごめんなさいお姉さま。お姉さまのお顔が真っ白なのがなんだかおかしくって・・・ふ・・・ふふふふふっ・・・」

 

 「もう! ルルティエったら! そう言う貴方だって真っ白じゃない!」

 

 そう言って、笑いながら身体についたアマム粉を落とし合うルルティエとシス。

 自分は、その年相応で仲の良い姉妹の姿を微笑ましく思いながら、新たなアマム粉を用意するのであった。

 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 途中ハプニングもあったが、なんとか生地は完成し、あとは焼き上がりを待つのみだ。

 生地を焼いている窯の中からは甘い香りが漂い、その匂いを嗅ぎつけたルルティエの兄達も集まっていた。

 その数なんと13人。そこにルルティエ、シス、ヤシュマも加えると16人姉弟という信じられない数だ。

 

 貧乏人は子沢山、なんて言葉を聞いたことはあるが、まさか皇族、しかも一人の女性がこれだけ産んだというのだから驚きだ。 

 まぁ、クジュウリは開拓の為なら皇族でさえ働く國なので、労働力確保の為、という可能性もあるが、それでもオーゼン皇の性豪さには恐れ入る。

 もし、ヤシュマを始めとした男兄弟全員がその精力を受け継いでいたら、一族がネズミ算の如く増えていきそうで恐ろしい。百年後にはクジュウリがオーゼンの一族で埋め尽くされているかもしれん。

 

 「マシロ様、そろそろいいでしょうか?」

 

 「どれどれ・・・よし、良い感じだ! 取り出すぞ!」

 

 窯から焼き上がった生地を取り出すと、琥珀色に焼けたしっとりとした菓子が姿を現し、濃厚なヨルクルとスイェトペの香りが部屋中に広がった。

 

 「わぁ・・・すごく美味しそうです・・・」

 

 「ええ・・・それにすごくいい匂い・・・ねぇ、これは何というお菓子なの?」

 

 「そうだな・・・こいつの名前は『チーズケーキ(ヨルクルケイク)』だ。」

 

 「ヨルクルケイクですか・・・」

 

 「ヨルクルは材料で使っていたから分かるけど、ケイクはなんなのかしら?」

 

 「あー・・・ケイクってのは、こういう形でふんわり焼き上げた菓子のことだ。今回のはヨルクルを加えたから密度が高くてしっとりしてるが、ヨルクル無しで作れば、ふわふわの柔らかいケイクになるぞ。」

 

 「ふわふわのお菓子・・・それも美味しそうです!」

 

 「そうね、今度一緒に作ってみましょう! それにしても貴方って、ホントにいろんなことを知っているのね。」

 

 「旅をして長いからな。それより、そろそろヨルクルケイクを切り分けるか。このままじゃあいつら、涎で脱水症になっちまう。」

 

 入り口を見ると13人の兄達が餌を前に『待て』をさせられたオルケのように涎を垂らしながらヨルクルケイクをガン見していた。

 

 「もう、お兄様達ったら・・・今切り分けますから、もう少し待っててくださいね!」

 

 『ひゃっほーーーー!!!!!』

 

 13人の(バカ)達は『よし!』と言われたオルケのようにルルティエに群がる。そして、ヨルクルケイクを受け取ると天高く掲げ、小躍りしながらルルティエの周りを回る。その姿はまるで蛮族の狂宴だ。

 

 「はぁ・・・ホント、どこに出しても恥ずかしい愚弟達だわ・・・」

 

 混沌とした調理場にシスのぼやきがこぼれる。自分はそんな彼女をなだめながら、愉快な(バカ)達を笑いながら眺めるのだった。

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 「ふぅ・・・とても美味しかったですね。」

 

 「ああ、親父さんとお袋さんも喜んでくれたみたいでよかったぜ。」

 

 あの後、焼き上げたヤルクルケイクが、ルルティエの13人の兄達に食い尽くされたので、再び作って皆で食べた。

 二度目ともなると慣れたもので、準備も初めより早く終わり、焼き方も上手くなった。

 

 出来上がったヨルクルケイクは、キメの細かく、しっとりとした生地で、食べると濃厚なヨルクルのうまみが口の中で静かに広がり、大変美味であった。

 

 これには、ルルティエ達皇族女性陣も大喜びで、今度はお袋さんも一緒に作ろうと話していた。

 そして、オーゼンとヤシュマもヨルクルケイクを気にったようで、何度もおかわりをしていた。

 ちなみに、最初のヨルクルケイクを食い尽くした13人の愚弟達は、シスにシメられ、雪に首だけ出した状態で放置されていた。

 

 「また一緒に作りましょうね!」

 

 「ああ、ルルティエは料理が上手だから一緒に作っていて楽しいしな。今度はふわふわのケイクを作ろう。」

 

 「はい! 楽しみにしてます!」

 

 本当にルルティエは良い()だな。家族思いで優しくて料理も上手い。ルルティエを嫁に貰える男は幸せ者だな。

 

 しみじみとそう思いながら茶をすすると、夕刻を告げる鐘の音が聞こえてきた。

 

 「さてと・・・そろそろお暇させてもらうか。」

 

 「あ・・・もうそんな時間なんですね・・・」

 

 帰ろうと腰を浮かせると途端寂しそうな顔をするルルティエ。

 その顔を見て、もう少し居ようかとも思ったが、この後はヤシュマを含めたクジュウリ兵たちと飲み会があるのだ。なんでも希少な酒を飲ませてくれるそうなので遅れるわけにはいかない。

 

 「それじゃあ、またな。今晩は特に冷えるみたいだから、温かくして寝るんだぞ。」

 

 「あ・・・はい。マシロ様も気を付けてください・・・」

 

 俯いているルルティエに後ろ髪引かれる思いを抱きながら障子に手をかけるとルルティエがなにやら決意を含んだ声で自分の名前を呼んだ。

 

 「あの・・・マシロ様!!」

 

 「うん? どうしたんだ妹さん?」

 

 障子を開きかけた手を止め、ルルティエの方に振り返ると彼女は顔を真っ赤にしながらプルプルと震えていた。そして、大きく深呼吸をすると自分の目の前までやってきた。

 

 「妹さん?」

 

 「あの・・・その・・・マシロ様・・・わたしの・・・わたしのお友達になってください!!」

 

 予想だにしなかった言葉に呆気に取られる。まさか、こんなことを言われるとは思わなかった。

 

 参ったなと頭を掻きながら目の前のルルティエを見るとぎゅっと目をつぶって答えを待っていた。

 

 やれやれ・・・まさか自分とルルティエの間に見解の相違があったとはな。だが、確かに言葉にしたことはなかったか・・・

 

 「残念だよ妹さん・・・」

 

 「・・・え?」

 

 「自分はとっくに友達だと思ってたんだがな。」

 

 ルルティエは、自分の言葉に一瞬悲しそうな顔をした後、続く言葉にきょとんとした表情をした。

 そして、その意味を理解すると満面の笑みを浮かべて抱き着いてきた。

 

 「おっと! こらこら、年頃の娘が不用意に男に抱き着くもんじゃないぞ?」

 

 「だって、すごく嬉しいんです! わたし初めてお友達ができました! だから! だから・・・」

 

 そのまま嬉しさで泣き出してしまったルルティエの背を撫でる。

 皇女であり、病弱だった彼女は家族に過保護に育てられてきた為、他の兄弟以上に友達を作る機会に恵まれなかったのだろう。そんな彼女に自分という友達ができたのだ。その喜びも一入だろう。

 

 こりゃ飲み会には遅れるな、と思いながら、胸の中で泣く愛らしい少女が落ち着くまで、自分はその背を優しく撫で続けた。

 

 

 

 

 




今回出てきたピリカは、『大神』に出てくるオイナ族の少女です。
もののけ姫のこだまと迷いましたが、ピリカの方が木の精っぽいのでこっちにしました。
ちなみにピリカの言葉は、『大神』でキャラが喋っている時の音声を思い浮かべてください。


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7.鎮神楽

 

 最近気付いたことだが、どうやらピリカは自分を宿主に定めたらしい。

 

 というのも木霊(こだま)という精霊は、森の神(ヤーナウンカミ)が宿る深い森で生まれ、そこから自分が宿る木を探して旅立って行くそうなのだが、ピリカが宿っていた木がそろそろ枯れそうで、次に宿る木を探していたのだそうだ。

 そんな時に強い樹のチカラを持った自分がやってきたので、これ幸いと宿ることにしたらしい。

 

 そこは素直に別の木に宿れよとか、まがりなりにも神様である自分に宿るってどういうことだよとか思ったが、可愛いので気にしないことにした。

 それにピリカが居れば子供気質で騒がしい他の木霊達も話を聞いてくれるので、タタリ等の探索の際に協力を得やすいのだ。

 

 なんでも長い年月を生きた生命力溢れる大きな木に宿る木霊程偉いらしく、樹齢3,000年を超える古代樹レベルの生命力を持った自分に宿ったピリカは木霊達にとって女王様的な存在なのだそうだ。

 

 そんなわけでピリカはめでたく自分の眷属?となり、それに伴いチカラが増し、ヒト前に姿を現せるようになった。

 そして、そんなピリカを自分の式神だと言ってルルティエ達に紹介したところ、彼女達は一目見てピリカを気に入ったようで、黄色い声を上げて可愛がり始めた。

 特に末っ子であるルルティエは、妹の相手をするかのように甲斐甲斐しく世話を焼き、お菓子を食べさせてあげたり、膝に乗せて髪を梳いたりしていた。

 

 「はい、ピリカちゃん。終わりましたよ。」

 

 「alぃ難tお;瑠rt恵!」

 

 「髪留めは気に入ってくれたかしら?」

 

 「kn入ttよ姉!」

 

 髪を梳き終え、シスから貰った髪留めで髪を結ってもらったピリカが、短い音声を加工して繋ぎ合わせたような謎言語で礼を言う。

 自分には何を言っているのか分かるが、ルルティエ達からしたら、わにゃわにゃ言ってるようにしか聞こえないだろう。

 だが、ピリカは思ったことがすぐ態度に出るようなやつなので、ルルティエ達も言いたいことをなんとなく察して嬉しそうに笑っている。

 

 「ふふふっ・・・こんな可愛い()と仲良くなれるなら、私も呪術を学んでみようかしら?」

 

 「そうですねお姉さま! わたしもピリカちゃんみたいな式神さんとお友達になりたいです!」

 

 「うーん・・・ルルティエは兎も角、シスは難しいだろうな。武術が得意なやつは総じて呪術の適性が低いし、式神を使役するには更に才能が必要だからな。」

 

 「あらそうなの? 残念だわ。でも、ルルティエは可能性があるのね?」

 

 「ああ、資質自体はあるだろうな。あとはルルティエの頑張り次第だ。」

 

 「本当ですか! わたし、がんばります!」

 

 ピリカを抱きしめながら呪術習得に意欲を燃やすルルティエ。

 優しい彼女なら、治癒術を中心に習得するのが良いかもしれない。それに感受性も高そうなので、式神を使役するのもそう難しいことではないだろう。

 

 何時までここに居られるかは分からないが、自分もこの可愛らしい友人の為に一肌脱ぐとしよう。

 いつかルルティエがここから巣立つ時にシス達が安心して見送れるように・・・

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 天邪鬼とピリカを伴い、薄暗い通路を歩く。

 ここはクジュウリの皇城地下へと続く遺跡の中だ。

 捜索開始からすでに一ヶ月以上経ち、昨日になってようやくこの道を見つけることができたのだ。

 これでやっとタタリ達を浄化してやることができる。

 

 しばらく通路を道なりに進むと壁の一部が崩れて穴が開いている場所に出た。どうやらここを通れば皇城地下に入れるようだ。

 

 「ぐっ・・・かなりぎりぎりだが、なんとかいけるか?」

 

 天邪鬼達に押してもらいながらなんとか穴を抜ける。起き上がって周りを見渡せば、先ほどより明るい。どうやら、この遺跡はまだ生きているようだ。

 

 感覚を研ぎ澄ましながら慎重に進む。ここはもうタタリの巣窟なのだ。何時奴らが現れてもおかしくない。

 

 中枢への案内板に従いながら歩いていると、こちらに向かって複数の気配が近づいてくるのを察知した。どうやらお出ましのようだ。

 

 「天邪鬼、タタリが現れたら自分の周囲20尺(約6メートル)から離れるなよ。その範囲内に居れば契約の鎖が見えるから、そいつを破壊しろ。そうすればタタリを倒せる。」

 

 「「「キキー!!!」」」

 

 自分と背中合わせに立ち、それぞれ得物でもある楽器を構える天邪鬼達。

 戦力としては心許ないが、背中を任せられる相手が居るのと居ないのとでは、戦闘の安心感が違う。

 

 「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛・・・」

 

 周囲を警戒していると通気口からタタリが現れた。彼らは地の底から響くようなおどろおどろしい呻き声を上げながら、じわじわと近づいてくる。

 

 「ひい、ふう、みい、よ・・・4体か。これなら大丈夫だな。」

 

 現れたタタリの数を確認すると先手必勝とばかりに桜花で動きを封じる。そして、そのまま一閃で契約の鎖ごと3体のタタリを一気に切り裂いた。

 

 ふっ、今の自分にとって数匹のタタリなど物の数ではない。自分を染めたければその三百倍は持ってこいというのだ。

 

 そんな風に余裕ぶっこいてる自分に切り裂かれたタタリはそのまま白い煙と共に溶けていき、イシクラゲへと姿を変えた。

 そのことに非常に微妙な気分になりながら刀を鞘に納める。きっとタタリになる前はジメジメとした陰険な性格をした奴らだったのだろう。

 

 「さてと・・・あいつらの方はどうかね」

 

 イシクラゲのせいで変になった気分を変える為に残りのタタリと戦っている天邪鬼の方を見ると、丁度緑が横笛を使った吹き矢で契約の鎖を壊しているところだった。

 不死性を失ったタタリが狼狽えるように身震いする。そこへ赤が琵琶を振りかぶりながら接近し、そのまま滅多打ちにしだした。その姿はまるでロックバンドのギタリストのようでかなりシュールだ。

 そして、止めとばかりに黄色が太鼓をバズーカのように担ぐと、大きな音と共に衝撃波を打ち出した。

 天邪鬼の連携攻撃を喰らったタタリはそのまま弾け飛び、煙を上げて溶け消えていった。

 

 「お前等よくやった! 大金星だ! この調子で頼んだぞ。」

 

 「「「ウキャキャキャキャッ!!!」」」

 

 正直期待してなかった戦果に驚きながらも天邪鬼達を褒めると彼らは小躍りしながら全身で喜びを表現しだした。

 天邪鬼にとってタタリは遥か格上の存在だ。そんな相手に弱小禍日神(ヌグィソムカミ)である彼らが勝てたのだ。このように浮かれてしまうのも仕方のないことだろう。

 

 何時しか自分の周りを楽器を奏でながら回り始めた天邪鬼達にしょうがない奴らだと思っていると肩に乗っていたピリカがなにやら慌てた様子で頭を叩いてきた。

 その様子に危機感を覚えて感覚を広げてみると大きな気配がこちらに近づいてきていた。

 そして、自分達が来た道を振り返ってみると、そこには津波のように押し寄せてくる大量のタタリの姿があった。

 

 「おいおいおいおい!? 洒落にならんぞ!?」

 

 慌てて桜花で柵のように木を生やすが、次々と押し寄せるタタリの質量を前に呆気なくへし折られてしまった。

 これは拙いと駆け出すが、遥か前方にすでに逃げ出した天邪鬼達の姿があった。

 

 「あ・い・つ・ら~!!!」 

 

 主人を置いて逃げ出した式神達を見て、ピキリと額に青筋が浮かぶ。今すぐ捕まえてボコボコにしてやりたいが、今はそんなことをしている場合ではない。

 帰ったらハエトリグサの刑にしてやると心に決めながら、天邪鬼の後を追って全力で通路を駆け抜けるのだった。

 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 押し寄せるタタリから全力で逃げていると、崩れた壁から半身を出して手招きする緑の姿があった。

 自分は急いでそこに入り込むと穴に面する通路ごと桜花で塞ぎ、さらに壁のこちら側にもバリケードを築いた。

 そして、壁から離れて息を整えながらタタリが来るのを待っていると壁の向こう側でタタリが流れる音と木がバキバキとへし折れる音が聞こえてきた。

 

 「・・・やり過ごせたか?」

 

 しばらく様子を伺っていると音が聞こえなくなった。試しにピリカに通路を見てきてもらうとタタリは一体も居なかった。

 どうやらタタリは横穴に気付かず行ってしまったようだ。

 

 大きな溜息を吐いて座り込む。こっちに来てからいろいろあったが、ここまで危なかったのは初めてだ。

 天邪鬼達の方を見ると、奴らも安心したのか大の字になって倒れていた。

 いくら逃げ足が取り柄の天邪鬼でもあんなモノに追いかけられたらそうなるのもしょうがない。だが自分を置いて逃げたことは絶対に許さん。まぁ、緑は自分を誘導してくれたから少しだけ加減してやろう。そうだな、イガグリの上で正座とかいいな。

 

 そんなことを思いながら立ち上がり、部屋の中を見渡す。

 そこは朽ちたコンテナが積まれた広い空間で、恐らく倉庫として使われていたのだろう。

 そして、自分が通ってきた横穴の反対側に目を向けると搬入用と思われる大きな扉があり、ギシギシと音を立てて今にも壊れそうだった。

 

 「って、待て待て待てぇい!? まさかもうバレたのか!?」

 

 慌てて桜花で補強するが、軋みを上げる扉はどんどん変形していく。

 天邪鬼達も異変に気付いたのか、自分の背中に縋り付いて、躰を高速で振動させながら扉を見つめている。

 このままでは扉を破られるのも時間の問題だろう。

 

 「これは腹を括るしかないか・・・お前等、この前教えたアレをやるぞ。」

 

 自分の背で震えていた天邪鬼達は一瞬なんのことか理解できなかったようだが、自分の肩から降りたピリカが(さかき)玉串(たまぐし)を掲げると急いで楽器を構えて雅な音楽を奏で始めた。

 

 天邪鬼の演奏に合わせてピリカが舞う。それは、舞踊のような激しい動きではなく、回転する動きが基本となったゆっくりとした舞いだ。

 

 それは『神楽』

 

 日本の神道において神に奉納するために奏される歌舞であり、鎮魂の儀でもある。

 

 くるくる回転してながら舞っているピリカから暖かな光が溢れ出る。そして、その光は蛍が飛び交うように広がっていき、倉庫を清浄な空間へと変えていく。

 さらにその光は自分の方にも集まってきて、次々と躰に入り込んできた。

 

 「・・・いける。」

 

 躰に漲る祈りの力と今まで集めた幸玉を使って根源に接続し、失われた権能(チカラ)を呼び覚ます。

 

 この状況で最も有用な権能(チカラ)。押し寄せる巨大なタタリの動きを封じ、粉々に打ち砕く絶対零度の氷の神威・・・

 

 バキンと扉が壊れる音と共にタタリが雪崩れ込んでくる。だが、ピリカの神楽によってもたらされた清浄な空気によりその動きが鈍る。

 そして、そんなタタリの群れに向かって自分は新たに取り戻した権能(チカラ)を全力で叩きつけた。

 

 「『吹雪』!」

 

 かざした手から、触れるもの全てを瞬間凍結させる極低温の冷気が吹き荒れる。

 それを直に喰らったタタリは瞬く間に凍り付き、巨大な赤い氷塊へと姿を変えた。

 そこにすかさず大量の輝玉を生み出し、桜花の蔓でタタリ諸共繭の様に包み込むと一気に起爆させた。

 爆発の衝撃で、周りを包んでいた蔓が一瞬膨らみ、隙間から白い煙が上がる。しかしそれ以上は何も起こらず、役目を終えた蔓は枯れ果て、ボロボロと崩れていった。

 そして、崩れた蔦の繭の中からは、大輪の花を咲かせた八重の桜が姿を現した。

 

 こうして、タタリの坩堝(るつぼ)と化していた皇城地下は、神とその眷属達の手によって祓われたのだった。

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 「はぁ~・・・一仕事終えた後の温泉は格別だな・・・」

 

 タタリを浄化し終え、疲労困憊となった自分達は探索を早々に切り上げて山の温泉に来ていた。

 この場所はピリカに教えてもらったもので、探索の度に入りに来ている。

 

 ちなみにこの温泉、アルカリ性低張性単純温泉で、ほどよいぬめり感がじわじわと効いてきて、湯が肌をすべるような感覚がする。

 効能は、筋肉痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、疲労回復等々・・・

 タタリに追いかけられ、全身の筋肉を酷使した今の自分にはピッタリの温泉だ。

 

 顔を濯いで温泉のふちに持たれ掛かって辺りを見渡す。

 温泉には自分達の他にもオルケや鹿(チャモック)、更に冬眠から目覚めた(クユン)といった様々な獣達も入っていた。

 本来なら食う者と食われる者という間柄である彼らもこの温泉では争うことはしないらしい。

 そして、そんな獣達相手に天邪鬼がなにやら熱弁している。どうやら、今日の武勇伝を語っているようだ。

 しばらく見ていると(クユン)をタタリ役に寸劇までやり始め、周りに集まった獣達から喝采を浴びていた。

 それに気を良くした天邪鬼達は今度は楽器を取り出して祭囃子を奏で始め、獣達も音色に合わせて踊り始めた。

 

 自分は、その楽しげな音楽に耳を傾けながらピリカのお酌で酒を飲む。

 季節は冬の終わり。雪も解け始め、春の足音が聞こえてくるようになったが、まだまだ寒い。

 そんな寒空の下、温泉に浸かりながら飲む酒は格段に旨いのだ。

 

 「これでお酌してくれるのが美女だったら良かったんだがなぁ・・・」

 

 などと呟きながら、隣で温泉に浸かっているピリカを見る。

 葉っぱのお面はそのままにすっぽんぽんのピリカの体には、まったくといっていいほど起伏が無い。

 木霊は一生幼子の姿のままなので仕方がないと言えば仕方がないのだが、とても残念な気分だ。

 

 ピリカはそんな憐みの視線に気付いたのか自分の腹を抓ってくる。だが、その力は見た目相応でまったくもって痛くない。

 そのことが癇に障ったのか、今度は両手で自分の頬を抓ってくるが、ムニムニと揉まれているようにしか感じられず和んだだけだった。

 

 「悪かったからもうやめろ。ほら、天邪鬼が(クユン)と相撲するみたいだぞ。」

 

 そう言って、ピリカを抱えて膝に乗せる。

 ピリカはまだむくれているようだったが、頭を撫でてやると次第に機嫌が良くなっていった。

 

 そして、天邪鬼達が(クユン)にちぎっては投げられ、地面に頭からめり込む姿を眺めながら、疲れた身体を癒すのだった。

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 皇城地下に巣くっていた大量のタタリを浄化してから数日経ち、自分達は再びそこに訪れていた。

 今回は、遺跡に残ったタタリの浄化と案内板に書かれていた『コントロールセンター』を調べるのが目的だ。

 コントロールセンターというくらいなのだから大規模な端末もあるはずだ。それを調べれば現在のヤマトの情報が分かるかもしれない。

 そんな考えの下、タタリの残党を浄化しながら案内板に従いコントロールセンターに辿り着くと、自分は端末を調べ始めた。

 

 「・・・ふむ。どうやらここでは『アマテラス』の管理を行ってたみたいだな。」

 

 『気象制御衛星アマテラス』――人類の技術の粋を集めて作られた人工衛星であり、地上の観測と気象管理を主な目的としている物だ。そして、どうやらこの施設はそのアマテラスを管理するための場所であり、旧時代にはここからアマテラスを制御して地球環境の改善を行っていたのだろう。

 

 端末からの情報によると現在はヤマト一帯の気象管理を行っており、本来寒冷な土地であるヤマトをヒトが生活できる環境に制御しているようだ。

 

 「一番新しいアクセス記録は15年前・・・正規の管理者IDで入ってるな。それで管理者名は・・・・・・ッ!?」

 

 アマテラスの記録を調べていくうちに驚くべき事実が判明した。それは、現在アマテラスを管理しているのが、自身の兄だということだ。

 

 「・・・そういうことか。確かに兄貴なら生き残っていてもおかしくないな。」

 

 自分の兄は、『真人計画』という研究の主任だった。

 この真人計画というのは、環境の激変で地上に住むことができなくなった人類が、その身を高め、微生物を克服し地上に出ることを ・・・あくまでも、その身一つで自然環境への耐性を身につけ地上に出る、という人間の再興計画のことだ。

 自分はその研究の集大成として兄の実験の被験者となり、永い眠りに就いた。結果は自分が地上で活動できていたことから分かるように成功だ。

 恐らく兄も同じように自身を改造したのだろう。そして、亜人(デコイ)を生み出し、人類の技術を使って延命してきたに違いない。

 

 そう・・・自分の兄こそ、このヤマトの建国者にして長きに渡り支配してきた『帝』その人なのだろう。

 

 ちなみに自分や兄貴がタタリにならずにすんでいるのは、真人計画による肉体改造の結果、ウィツァルネミテアの考える『人間の定義』から外れたからではないかと考えている。

 実験では様々な薬物投与や遺伝子操作まで行っていたので、元々の人類とは違う存在になっているのかもしれない。

 

 その後も端末で情報を漁っていく。

 どうやら兄貴が最後にアクセスした少し前にアマテラスに不正アクセスがあり、サテライトレーザーが使用されたようだ。照準は現在のトゥスクル。恐らく2つに分かれたウィツァルネミテアの争いがあった時だろう。

 幸い出力が弱かったのと兄貴がすぐに対処したことでアマテラスの機能停止は防がれたようだが、もう少し出力が強ければ今頃ヤマトは寒冷化していただろう。

 

 まったくもって迷惑な話だ。人類嫌いの癖に人類の遺産使うとか、どんな思考回路してるんだ? ホント、神って奴は自分勝手だよな。

 

 自分のことは棚に上げて内心愚痴りながらアマテラスに細工を施す。

 また不正アクセスでサテライトレーザーを使われたんじゃ堪ったもんじゃないので、即興でプログラムを組んで不正アクセスしようとした場合、ウィルスが相手に流れ込むようにする。これで今度不正アクセスがあったら相手の端末はおじゃんだ。OSは書き換えられ、データは崩壊。自分がワクチンプログラムを使わなければ二度と使えなくなることだろう。

 幸い兄貴が自分を管理者に登録してくれていたようで、ハッキングの手間も無く作業は数時間で終わった。

 これで安心してアマテラスを運用できる。

 

 久しぶりにプログラムを組んだのでだいぶ疲れたが、なかなか楽しかった。特にウィルスを喰らった相手を想像するとニヤニヤが止まらない。

 

 自分は固まった身体をグッ伸ばすと床で寝てしまっていたピリカ達を起こして遺跡を後にするのだった。

 

 

 

 

 




『大神』といえば、やっぱりミカン爺や花咲爺の神楽ですよね。
カムイでもあると思ったけど、ピリカは祈祷だけだったので残念でした。


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8.旅立つ神への贈り物

 

 クジュウリ皇都周辺のタタリの浄化を終えた自分は、次の旅に出る為の準備をしていた。

 

 保存食に日記を書くための白紙の本と矢立。日に日に強くなる日差しを遮るための菅笠。それと酒。その他にも旅に必要な物を買い揃えていく。

 

 次はエンナカムイかイズルハに行こうと考えている。

 エンナカムイは、周囲を険しい山々や深い渓谷に囲まれた辺境の小國であり、豊かとは言えない土地だが、それにゆえに天然の城砦となっている場所だ。

 そして、イズルハは『エヴェンクルガ族』という武に優れた一族が集まって國を形成している地域だ。ここは一年を通し来て気候が涼しく、美しい紅葉がある景色と野生動物を含む山林資源が特徴だ。

 帝都に向かうならイズルハに行った方が近いが、エンナカムイにはどこか惹かれるものがある。

 兄貴が帝である可能性が高いと分かった今、早めに帝都に行きたい良い気もするが、エンナカムイのことを考えると郷愁にかられるというか、不思議な気持ちになる。もしかしたら自分にとってエンナカムイは特別な思い入れがある場所だったのかもしれない。

 

 ・・・よし。次の目的地はエンナカムイにするか。兄貴のことは気になるが、別に急いで会う必要もない。それにアマテラスにアクセスしたんだ。自分に気付いてあちらから接触してくるかもしれない。

 

 そうして、次の目的地を決めた自分は買い出しを続けながら世話になったヒト達に挨拶していく。贔屓の居酒屋の店主に酒屋の主人。それによく薬草を買いに来てくれた婆さん。飲み仲間達・・・皆良いヒト達だった。餞別にいろいろ貰って荷物が多くなってしまったが、彼らの気持ちは素直に嬉しかった。

 

 そして、準備を終えた自分は、最も仲良くなったルルティエ、シス、ヤシュマにも旅立つことを伝えた。

 

 「行ってしまうのね・・・とても残念だわ・・・」

 

 「できることならお前にはクジュウリに留まって欲しかったが、やるべきことがあるならしょうがない。またいつでも来てくれ。その時は歓迎する。」

 

 「・・・・・・」

 

 シスとヤシュマは複雑そうな顔で自分との別れを惜しみ、明日の夜には豪勢な料理と酒で門出を祝ってくれると言ってくれた。

 しかし、ルルティエは大きな目に涙を溜めながら立ち尽くしていた。

 

 「ルルティエ?」

 

 「ッ・・・」

 

 自分が声をかけるとルルティエは、泣きながら走り去ってしまった。

 慌てて後を追おうとしたが、シスに止められてしまった。どうやら任せろということらしい。

 

 「参ったな・・・」

 

 「すまないマシロ。だが、ルルティエにとってお前は初めて出来た人間の友達だ。だから・・・」

 

 「みなまで言うなヤシュマ。自分だって同じ気持ちだ。」

 

 そう、自分にとってもルルティエ達はこっちに来てからの最初の友人なのだ。だから別れるのは辛い。だが、これが今生の分かれというわけではない。またこうやってクジュウリに来れば会うことができるのだから。

 

 「そうだな、すまない・・・いや、ありがとう。妹の友達になってくれて。お前が友達になってくれた御蔭でルルティエは成長できた。そして、この別れもあの()を成長させてくれるに違いない。マシロ、俺達はお前に出会えて本当に良かった。」

 

 「よせやい。そんな事言われると恥ずかしいだろ・・・」

 

 真剣な顔でそんなことを言うヤシュマになんだか気恥ずかしくなってしまう。

 そんな自分の姿にヤシュマが笑い出し、つられて自分も笑い出していた。

 可笑しそうに笑い合う自分達の声が、快晴のクジュウリの空に響く。

 彼らの御蔭でクジュウリ皇都での日々はとても充実していた。自分は本当に出会いに恵まれている。

 また、必ずここに来よう。大切な友人たちがいるこの國に・・・

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 「それでは、マシロの旅の無事と使命が果たせることを願って・・・乾杯!!」

 

 『かんぱ~い!!』

 

 ヤシュマの乾杯の音頭で自分の送別会が始まった。

 場所は皇城にある宴会用の大広間で、自分の為にヤシュマ達だけでなく、仕事が終わったクジュウリ兵や13人の愚弟達、(オゥルオ)夫妻まで参加してくれた。

 そして、宴で出された料理はルルティエが中心になって作ってくれたもので、自分の好物が沢山用意されていた。

 

 あの時泣いてしまったルルティエの事が気になっていたが、どうやらシスの慰めが上手くいったようで、宴の初めに昨日のことを謝ってきた。

 だが、その表情には憂いが残っており、挨拶を済ませるとすぐに厨房に戻ってしまった。

 

 やはり、まだ心の整理がついていないのだろう。自分が居なくなることを悲しんでくれるのは嬉しいが、あんな姿を見てしまうと心にモヤモヤとしたものが湧き上がってくる。

 だが、そんな自分の心情などお構いなしに男連中が集まってきて、次々と酒を注いでくる。

 注がれた酒は必ず飲むのが信条の自分としては、それを断ることが出来ないので注がれる度に杯を空けていく。そのせいでかなりの量を飲んでしまったが、注がれた酒が酒精の弱いものだったのでなんとか平気だった。

 

 そして、野郎共が捌けると今度はヤシュマとオーゼン、皇后さんが挨拶に来てくれた。

 

 「マシロ殿! 良い飲みっぷりだのぅ! どれ、こいつも飲んでみんさい!」

 

 「このクジュウリで一番強くて旨い酒『火神殺し(ヒムカミごろし)』だ! きっとお前も気に入るぞ!」

 

 そう言って大きな盃に注がれたのは、琥珀色の香りの高い酒。一見ウィスキーの様だが、もしかしてクジュウリで少量育てられている(メングロ)が原料なんだろうか? というか、こんな強そうな酒をこのデカい盃で割らずに飲めとか、こいつら自分を潰す気か?

 

 「ささっ! グイっといきんさい!」

 

 「一気で行くのが流儀だぞ!」

 

 火神殺しを前に躊躇っていると二人がニヤニヤ笑いながら早く飲めと急かしてくる。その顔は明らかに何か企んでいる顔だが、自分が酒を前に逃げるわけにはいかない。

 

 いいだろう。その挑戦受けてやる!!

 

 自分は覚悟を決めると大きな盃を両手で持ち上げ、火神殺しを一気に流し込んだ。

 

 「んぐっ!?」

 

 口に含んだ瞬間、雑味の無いほんのり甘くコク深い味わいとふんわりとした麦の香りが広がる。しかし、すぐに喉に焼けるような痛みが走り、胃がカッと熱くなる。

 流石はクジュウリ一強い酒だ。もしかしたら、今まで飲んだ酒の中で一番強いかもしれない。

 だが、自分は火神殺しを気合で飲み干す。しかし、そのせいでかなり酔いが回ってしまった。これ以上は拙いかもしれない。

 

 「流石だのぅ! ほれもう一杯!」

 

 「今日は好きなだけ飲ませてやるぞ!」

 

 空になった盃に再びなみなみと火神殺しが注がれる。どうやらこいつらは何が何でも自分を潰したいらしい。

 助けを求めるようにオーゼンの隣の皇后さんに目線を送っても申し訳なさそうに笑うだけで止めてくれなかった。

 どうやら自分に味方はいないようだ。

 だが、ここで前の様に酔い潰れるわけにはいかない。タガが外れた自分が何を仕出かすか分かったもんじゃないからだ。

 しかし、注がれた酒を飲まないわけにもいかなかった。

 

 本当ならこの手は使いたくなかったが、今回ばかりはしょうがないか・・・

 

 「こうなりゃ自棄だ! 一滴残らず飲み干してやらぁ!!」

 

 自分は奥の手を発動させながら、火神殺しを一気に煽る。そして、あっという間に飲み干すとオーゼンに向かって盃を差し出す。

 オーゼンはそれに笑みを深めながら再度酒を注いでくる。

 それを自分は黙って飲み干し、更にオーゼンが注ぐ。だが、先ほどとは打って変て全く変化の無い自分にオーゼンとヤシュマの顔が困惑に変わる。

 そして、自分は次々と杯を空け、とうとう全ての火神殺しを飲み干した。

 

 「ぷはっ・・・どうだオラァー!!!!」

 

 『おぉーーーー!!!!』

 

 最後の酒を飲み干した瞬間、いつの間にか周りに集まっていた連中から歓声が上がった。一方オーゼンとヤシュマは顔を青褪めながら呆然としていた。

 あれだけ酒精の強い酒を大量に飲んだのだから当然と言えば当然だが、ズルをしていた身としては、なんだか申し訳ない気分になってくる。

 

 実は酒を飲んでいる間、治癒術の応用で肝機能等を活性化させてアルコールを即座に分解していたのだ。

 酒飲みにとっては酔うことが醍醐味なので、邪道とも言えるこの手は使いたくなかったが、皇城で粗相をするわけにもいかないので使わせてもらった。しかし、そのおかげで火神殺しは飲み干せたし、オーゼン達の企みを潰すことが出来たので良かったとしよう。

 

 自分は水っぱらならぬ酒っぱらになった腹を擦りながら席を立つ。アルコールは分解したが多量の水分を摂取したので厠に行きたくなったのだ。

 広間を出る途中で離れて様子を伺っていたシスとアイコンタクトをとる。彼女は即座に自分の考えを察してくれたようで、頷くとその華奢な背に仮面の者(アクルトゥルカ)のような気迫を背負ってオーゼン達に向かって歩いて行った。

 

 広間を出てると背後からこの世の終わりのような声が聞こえたてきた。馬鹿二人がシスの折檻を受けているのだろう。

 そんな馬鹿二人の悲鳴と時折聞こえる殴打音をBGMに自分は上機嫌で厠へと向かうのだった。

 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 騒がしくも楽しかった宴会も終わり、風呂に入った自分は皇都を一望できるベランダで火照った身体を冷ましていた。

 今晩はこのまま皇城に泊めてもらうことになっており、明日はそのまま旅立つつもりだ。

 

 結局あの後ルルティエとは話すことが出来なかった。どうやら料理を作り終わった後、すぐに部屋に戻ってしまったらしい。

 別に避けられているわけではないとは思うが、このままお別れになってしまうかもしれないと思うと気分が沈んでくる。

 

 「ハァ・・・」

 

 「なに溜息なんてついてるのよ。」

 

 「あ?」

 

 ベランダの手すりから身体を離して振り返ると呆れ顔のシスが立っていた。

 

 「どうしたんだ? もう遅いんだから早く寝ろ。夜更かしは美容の敵だぞ。」

 

 「そう言う貴方だって。明日出発なんだからそんなんじゃ寝坊するわよ?」

 

 シスはからかうようにそう言うと、後ろを振り返り柱の陰に隠れていた人物に声をかけた。

 

 「ほらルルティエ。マシロに渡したい物があるんでしょ?」

 

 「へ? ルルティエ?」

 

 つい先ほどまで考えていた少女の名を聞き、慌てて柱の方を見てみる。すると白い布を両手で抱えたルルティエがモジモジとしながら現れた。

 

 「えっと・・・」

 

 「・・・・・・」

 

 彼女の傍まで行って向かい合うが、突然のことに何を話せばいいのか思いつかない。一方ルルティエは頬を赤く染めながら、チラチラとこちらの様子を伺っていた。

 

 「もう、しょうがないわね・・・ほら頑張ってルルティエ! 早くしないと私が渡しちゃうわよ?」

 

 「だっ、ダメです!」 

 

 「だったら勇気出さなくちゃね?」

 

 「お姉さま・・・はいっ!」

 

  シスに励まされたルルティエが自分の目をまっすぐ見つめてくる。しかし、その身体はプルプルと震え、緊張しているのが伝わってきた。

 

 「あ、あの! マシロ様!!」

 

 「お、おう?」

 

 「こ・・・これを受け取ってください!」

 

 そう言うとルルティエは手に持った布を渡してきた。

 それを受け取り広げて見ると、上質な布を使ったしっかりとした作りの羽織であることが分かった。

 

 「これは・・・羽織か?」

 

 「そうよ。ルルティエが貴方の為にたった一日で縫ったのよ?」

 

 「は? これをルルティエが? ・・・どうして?」

 

 「・・・お姉さまに言われたんです。『確かに一緒に居られなくなってしまうけど、育んだ絆は失われない。そして、離れていてもいつでも思い出せるように贈り物をしなさい』って。」

 

 「シスがそんなことを・・・」

 

 チラリと視線を横にズラせば、茶目っ気たっぷりにウィンクするシスの姿があった。

 彼女には何かと世話になったが、最後の最後まで迷惑をかけてしまったようだ。最初の頃はヒステリックな女傑とか思っていたが、今ではとても良い女だと素直に言える。

 実際に最近はイライラすることも無くなり、余程の馬鹿をやらなければ怒らなくなったので、シスの良い面・・・面倒見の良いところや純情で思いやりがあるところ等が前面に押し出されて、元々有った人気が更に上がったらしい。

 

 「マシロ、折角だからここで着て見せてよ。ルルティエだって見たいわよね?」

 

 「はい! 私も見てみたいです!」

 

 「・・・そうだな。着てみるか!」

 

 二人に乞われて、早速羽織に袖を通してみる。大きさは丁度良く、しかも動きやすい。自分の服装にもピッタリだ。

 

 「まぁ! 似合ってるじゃない!」

 

 「マシロ様! すごく素敵です!」

 

 「へへっ、ありがとう二人共! それにしても流石ルルティエだな! 裁縫の腕も一級品だ! でも、何時の間に自分の寸法測ったんだ?」

 

 「マシロ様とヤシュマお兄さまの身長が同じくらいなのでそれを参考に・・・本当はきちんと測りたかったんですけど・・・」

 

 「ピッタリだったんだから気にするなよ。それに折角ルルティエが作ってくれたんだ。例えつんつるてんやぶかぶかでも着ていたさ!」

 

 「もう、マシロ様ったら・・・ふふふっ・・・」

 

 自分が冗談混じりにそう言うと俯いていたルルティエは顔を上げて笑ってくれた。

 

 そうだ、この笑顔だ。自分はこの笑顔が見たかった。雪に覆われたクジュウリの大地にひっそりと咲く節分草(イエニレ)のように儚くも美しいこの笑顔を・・・

 

 「ふふっ・・・見つめ合ってるところ悪いんだけど、私からの贈り物も受け取ってくれるかしら?」

 

 「お、お姉さま!」

 

 「別にそんなつもりはなかったんだが・・・まあいいか。それでいったいシスは何をくれるんだ?」

 

 「それは開けてみてのお楽しみよ。」 

 

 そう言ってシスが渡してきたのは、細長い木の箱だった。受け取って開けてみると中には白い房が付いた木の棒のようなものが入っていた。

 

 「うん? なんだこりゃ?」

 

 「それは木扇よ。『コノハナサクヤ』っていう神聖な木の枝を材料に使っていて、呪術との相性が良いの。」

 

 「へぇ・・・木扇ね。」

 

 箱から取り出した木扇は意外とズッシリとしており、開いてみると扇を構成する板一枚一枚に細やかで美しい模様が彫られていた。どうやらこの模様が呪術の効果を高めてくれるようだ。

 

 「どう? 貴方が使ってたっていう鉄扇みたいに武器としては使えないけど、高位の術者も使う逸品よ。」

 

 「ああ、いい感じだ! それに材料に使われている木も自分と相性が良さそうだ。大事に使わせてもらうぜ、シス!」

 

 礼を言って木扇を(トゥパイ)に差してポンポンと上から叩く。鉄扇じゃないのが少し残念だったが、これの御蔭で今まであった違和感が無くなりしっくりときた。ホント、シスは良いセンスしてるぜ。

 

 それはそうと、こんなに素晴らしい贈り物をしてくれた二人に何かお返しをしないとな。しかし、何を渡せばいいんだろうか? やはり女の子だから綺麗な物とかが良いと思うが・・・そうだ! 

 

 自分は両手に桜花のチカラを集中させた。それは植物を生み出す時とは違い、チカラそのものを凝縮させて形を与えるような感じだ。そして、チカラを結晶化させて生み出したそれを二人の前に差し出した。

 

 「わぁ・・・すごく綺麗です・・・」

 

 「これは・・・緑琥珀(レラ・コゥーハ)桜琥珀(アィ・コゥーハ)!? いったいどうしたのよこれ!?」

 

 自分の手のひらから現れた二つの琥珀(コゥーハ)に目を輝かせるルルティエ。対してシスはすぐにその価値を見抜き、疑念の声を上げる。それもそのはず、自分が生み出したのは琥珀の中でも珍しい緑と桃色の琥珀だったからだ。

 

 「こいつは二人がくれた羽織と木扇のお礼だ。受け取ってくれ。」

 

 「え? でも・・・」

 

 「そうよ! こんな高価な物受け取れないわ! これ一つでどれだけの価値があると思ってるの!?」

 

 「気にするな。こいつは自分が呪術で造った模造品みたいなものだからな。本物程の価値はないさ。」

 

 実際は本物の琥珀以上に希少なもので所有する者に加護を与えるものだが、自分がそう言うと二人は申し訳なさそうにしながらも受け取ってくれた。

 ルルティエには桜琥珀(アィ・コゥーハ)を。そして、シスには緑琥珀(レラ・コゥーハ)を。

 二人は最初こそ戸惑っていたが、月明かりに照らされて輝く琥珀の美しさに魅了されたようで、うっとりと眺めていた。

 

 「どうやら気に入ってくれたみたいだな。」

 

 「当然じゃない。貴方が私達の為に造ってくれたものだもの。大事にするわ。ねぇ? ルルティエ。」

 

 「はい! マシロ様。こんなに素敵なものをありがとうございます!」

 

 月の光に照らされた彼女達の微笑みは、美しく、いっそ幻想的ですらあった。

 自分はそんな姉妹の姿を目に焼き付けながら、また必ず彼女達に会いに来ようと心に誓うのだった。

 

 

 

 

 




この作品に出てくる用語で、ゲームをやってて知らないなぁ、という言葉はアイヌ語等を参考にした造語です。


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9.神を見送る姉妹花

  

 人工的な光が差す森の中を青年が老人を乗せた車イスを押しながら歩いていた。

 青年は優しげで理知的な風貌をしており、身体の線が細く髪も長いため、一見女性のようにも見える。

 そして、老人は枯れ木のように痩せ衰えているが、その瞳には強い光が宿っており、身体から発せられる静かながらも力強い覇気も相まって巨木の様な存在感を放っていた。 

 

 「・・・父上。どうやら彼がアマテラスにアクセスしたようです。」 

 

 「ほぅ。ようやく痕跡を見つけることができたか・・・して場所は?」

 

 「反応があったのはクジュウリです。どうやら皇城地下の未調査区域にアマテラスにアクセスできる端末があったようですね。」

 

 「ふむ・・・あそこにあったのか。」

 

 「発掘を急がせますか?」

 

 「いや、アマテラスの管理はここからでもできる。急がせる必要はないじゃろう。」

 

 「では彼の方は?」

 

 「そちらは(カムナギ)を向かわせるとしよう。行き違いになるやもしれんが、あやつの眷属だというあの者達なら近づけさえすれば分かるであろう。」

 

 「分かりました。では、そのように指示します。」

 

 「ああ、頼んだぞウォシス。」

 

 老人は嬉しそうに微笑んだ。長年探していた弟にもうすぐ会えるのだから当然とも言えるが、それ以上に己の大切な家族が全員揃うことが何より嬉しかった。

 

 最愛の女性を模して生み出したホノカ。

 自身のクローンであり大切な息子でもあるウォシス。

 ホノカの姉妹の娘で鎖の(カムナギ)であるウルゥルとサラァナ。

 実の娘であるチィの魂を受け入れた愛娘のアンジュ。

 そして・・・血を分けた兄弟であり、気が遠くなるほどの長きに渡って探してきたヒロシ・・・

 

 皆、老人にとってなによりも大切な者達だ。それがようやく集まるのだ。これほど嬉しいことはない。

 

 とは言え、老人にとってもアンジュの件は晴天の霹靂であった。まさかタタリとなったチィがその呪縛から解放されただけでなく、アンジュと一つになるなどと誰が想像できようか。

 更に、一つになった娘達から聞かされたヒロシのチカラ――タタリを永遠の生から解放させるチカラには耳を疑った。

 何故ならタタリの解放こそ、今まで己が生き延びてきた最大の理由であったのだから。

 

 それ故に初めは娘の言うことが信じられなかった。チィの記憶を持っているのも遺伝子に刻まれた情報によるものだと考えたし、娘の身体に変化が現れたのも特別に調整して生み出したが為のイレギュラーだと考えた。

 しかし、時を同じくして記憶を取り戻したという(カムナギ)達の言葉によってその考えは覆された。

 

 ―未来にて神の座へと至った我らが主様が、己が願いの為に現代に降り立ちました―

 

 ―主様が司るは『循環』―

 

 ―大地より芽吹き大地に還るが如く、あらゆる事象を廻す大いなる権能(チカラ)

 

 ―永遠に囚われしタタリさえも輪廻の輪に還す神の御業―

 

 ―それはひとつでも哀しみのない世界とする為に―

 

 ―大切な人々と少しでも長く穏やかに過ごす為に―

 

 ―我らが大神(オンカミ)はその願いを叶える為に、大切な日々を対価として捧げたのです―

 

 それまで自我が希薄であったウルゥルとサラァナが、瞳に強い意思の光を宿しながら語ったその言葉には言霊が宿っており、否定できない凄みがあった。

 そして、アンジュから聞き出した弟の特徴が(カムナギ)達の知る弟の姿とほぼ合致した事と彼女達の言葉をホノカとウォシスが肯定した事でようやくその話を信じる事ができた。

 自分もなかなか数奇な人生を歩んできたが、まさか弟がそれ以上の運命の流れの中に居たとは驚きだ。

 

 「楽しそうですね、父上。」

 

 「ああ、楽しいとも。ここ最近思いがけぬ事ばかり起こってのぅ。この歳になってワクワクするなんぞ思いもしなかったわい。」

 

 「ふふっ・・・彼に会うのが楽しみですね。」

 

 「そうじゃな。お主らに会った時にどんな反応をするか見物じゃ!・・・カッーカッカッカッカッ!」

 

 「ふふふふふふふふっ・・・」

 

 穏やかな森の中に老人と青年の笑い声が響き渡る。

 これから始まるであろう弟を中心とした騒がしくも楽しい日々に思いを馳せながら・・・

 

 

 

 

 「ええ・・・本当に楽しみです。お会いできる日を待っていますよ・・・・・・ハクさん。」

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

  

 あ・・・ありのまま今起こった事を話すぜ!

 「自分はルルティエ達とプレゼント交換をした後、そのまま皇城に用意された一室に戻って眠りについたはずなのに朝目覚めると両隣にシスとルルティエが眠っていた。」

 な・・・何を言っているのか分からねーと思うが、自分も何が起きているのか分からなかった。

 頭がどうにかなりそうだった・・・夢だとか幻覚だとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。

 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ・・・

 

 朝起きるとクジュウリ皇女姉妹に挟まれて寝ているという理解不能な状況に陥っていたせいで混乱してポルナレフ状態になってしまった。

 自分はそんな状態の中なんとか素数を数えることで心を落ち着かせると、今の状況を正しく把握すべく周囲を確認することにした。

 

 ここは昨日自分が眠りについた部屋で間違いない。であるのに自分の両隣でルルティエとシスが眠っている。

 幸い全員服を着ており、着衣の乱れもなかった。そして、部屋を見渡してみても致してしまったような痕跡はなく、とりあえず自分がやらかしてしまったわけではなさそうだ。

 

 そのことに安堵の息を吐きだすとゆっくり布団を出る。少し惜しい気もしたが、何時までも二人の間で寝ているとリアルな体温と香りのせいでいろいろまずい。

 音を立てないように静かに二人の間から抜け出す。しかし、布団を持ち上げた際に隙間から入り込んだ冷たい空気のせいで二人が起きてしまった。

 

 「うぅ・・・寒いですぅ・・・」

 

 「もうなんなのよぉ・・・こんな朝早くから・・・」

 

 モゾモゾと布団を求めてうごめく二人。しかし、次第にここが自分達の部屋ではないと気付くとゆっくりと起き上がり、寝ぼけ眼で自分の方を向いてきた。

 

 「「・・・・・・」」

 

 「あ~、おはよう。とりあえず、自分の話を聞いてくれるか?」

 

 「・・・ましろさま?」

 

 「・・・・・・なんで・・・なんで私達がここで寝てるのよ!? 貴方まさか・・・」

 

 「シッ! 今誰か来たらまずい。とりあえず、今の状況を伝えるから黙って話を聞いてくれ。」

 

 声を荒らげたシスの口を咄嗟に手で塞ぎ真っ直ぐ目を見ながらそう言うと彼女は戸惑いながらも頷いてくれた。そして、今だ寝ぼけていたルルティエの肩を叩いて起こすと、三人で布団の上に座りながら、昨日別れてから寝るまでの状況を教え合った。

 

 「じゃあ、二人共あの後部屋に戻って寝たんだな?」

 

 「はい。わたしは少し本を読みましたが、一刻もしないうちに眠りました。」

 

 「私はまだ騒いでた弟達を眠らせてから部屋に戻って寝たわ。」

 

 どうやら二人共心当たりはないようだ。そして、自分も寝る前にはほとんど素面(しらふ)だったから自分が何かやらかしてわけではないはずだ。

 

 「となると自分達が寝た後に何かあったということか・・・実は二人共夢遊病とかじゃないよな?」

 

 「えっと・・・多分違うと思います。」

 

 「そうね。もしそうなら誰かが気付いているだろうし。」

 

 「そうか・・・ということは誰かが・・・」

 

 バンッ!!

 

 「やあ! おはようマシロ! 今日は絶好の旅立ち日和だ!」

 

 突然入り口が開かれるとすっごく良い笑顔のヤシュマが現れ、無駄に元気な声で挨拶してきた。

 

 そんなヤシュマを見て自分達は硬直してしまった。今の自分達は寝間着のまま布団の上に座っている状況だ。こんな場面を誰かに見られたら誤解されてもおかしくない。

 

 「・・・たいへんだーマシロが姉上とルルティエに手を出したぞー(棒読み)」

 

 この状況をどうやって脱しようかと頭を悩ませているとヤシュマは大声でそんなことを叫びながら部屋から走り去っていった。

 一瞬やはり勘違いされたかと思ったが、ヤシュマの顔が満面の笑みを浮かべており、言葉が完全に棒読みだったので嵌められたのだと確信した。

 

 今までオーゼンと二人で何やら企んでいたようだったが、まさかこんなことを仕出かすとは思ってもみなかった。

 恐らく彼らに対して当たりが強いシスをさっさと嫁がせたいが故の愚行なのだろうが、まさかそれにルルティエまで巻き込むとは・・・・・・どうやらお仕置きが必要なようだな。

 

 自分は同じように状況を把握したシスと頷き合うと木扇でトンと床を叩く。するとそこから無数の蔦が伸びていき、走り去ったヤシュマを拘束すると部屋の中まで引きずり込んだ。

 

 バタンという音と共に扉が閉じられ、蔦でグルグル巻きにされたヤシュマが自分達の前に転がる。

 ヤシュマは自分の状況が理解出来ていない様子だったが、周りを囲む自分達の姿に顔を青褪めさせた。

 

 「ヤシュマ・・・言い残すことはあるか?」

 

 「ま・・・待ってくれ! 話せば分かる!」

 

 「いったい何が分かるのかしら? 貴方とお父様の愚かさがかしら?」

 

 「そ・・・それはっ・・・そうだ! ルルティエ! 優しいお前ならばっ!!」

 

 「・・・・・・お兄さまなんて・・・大っ嫌い!!

 

 「」

 

 ルルティエに「大嫌い」と言われ、灰となり抵抗の意思を手放したヤシュマ。

 その姿はあまりにも哀れであったが、そんなことで許すほど自分達の怒りは小さくない。

 そして、自分達はその怒りの力を気力に変えて、全力全開の必殺技をヤシュマに向かって解き放った。

 

 「己の罪を地獄(ディネボクシリ)で償うがいい!!」

 

 「滅びろ愚弟! 貴方の馬鹿さ加減には愛想が尽きたわ!!」

 

 「お兄さまなんてもう知らない! お顔も見たくありません!!」

 

 ドオォォォォォォォン!!!!

 

 三人から放たれた必殺技は部屋周辺を悉く破壊しつくし、巨大な皇城をも揺るがした。

 そして、皇都にはヤシュマの断末魔が響き渡ったが、民からはいつもの事と流されたのだった。 

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 あの後、モザイクをかけなければいけない状態のヤシュマを引きずって皇座の間まで赴き、愚かなる(オゥルオ)に三人による協撃必殺技を喰らわせてやった。

 突然の出来事に皇座の間に居た者達は大いに動揺したが、シスのみならず、今まで怒ったことがないルルティエまでもが激しい怒りを露わにしていたので、全員が即座にオーゼン達が悪いと判断し、傍観を決め込んでくれた。

 そして、9割殺し状態の馬鹿二人は、遅れてやってきたシス親衛隊の面々におざなりに治療を施された後、過酷な開拓地に強制連行されていった。

 これで1ヶ月はクジュウリの平和は保たれるだろう。

 

 「最後の最後までごめんなさいね。」

 

 「お兄さまとお父さまがご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした・・・」

 

 都の正門まで見送りに来てくれた二人が、馬鹿共の件で再び謝ってくる。

 プレゼント交換して、わだかまりも解消したから気持ちよく別れることができると思っていたのに馬鹿共のせいで台無しだ。

 

 「あ~・・・もう気にしてないから、謝るのはそれで最後な。」

 

 「・・・それもそうね。別れの時まで謝ってたんじゃ、スッキリ別れられないものね。」

 

 「やっぱり行ってしまうんですね・・・」

 

 「ああ・・・自分にはやるべき事があるからな・・・」

 

 朝の騒ぎの御蔭で意識しないでいられたが、いざその時が来ると途端に寂しさが込み上げてくる。

 それはルルティエとシスも同じようで寂しげな表情を浮かべて自分を見つめている。

 

 「マシロ様・・・わたしはマシロ様の御蔭で少しだけ強くなることが出来ました。だから・・・わたしもう泣きません! 今度会うときは、とっても強くなってマシロ様をビックリさせちゃいますから!」

 

 「ははっ、それは怖いな。あんまり強くなり過ぎてシスみたいになるんじゃないぞ・・・痛ぇ!?」

 

 「私みたいってどういうことかしら?」

 

 「そういうとこだよそういうとこ。」

 

 強い眼差しで強くなることを誓うルルティエにシスを引き合いに出して軽口を言っているとシスに頭を叩かれた。

 こういったやりとりは何度もやっているが、以前に比べて力の加減が出来ており、シスの心に余裕ができていることが伺えた。

 

 「もう・・・いい加減私をネタにするの止めなさいよ。これでも前に比べて自制できるようになったのよ?」

 

 「悪い悪い。これが最後だと思うとついな・・・でも、お前が前とは違うってのはちゃんと分かってるさ。イライラもしなくなったし、人を思いやる気持ちが良く出てる・・・お前は本当に良い女だよ、シス。」

 

 「うなっ!? い・・・いきなり何言うのよ!? 」

 

 「自分は素直な気持ちを言っただけだぞ?」

 

 「素直な気持ちって・・・」

 

 肝っ玉が座っているわりに乙女なシスは、その言葉に恥ずかしそうに俯き、モジモジと両手の人差し指を撒り合わせた。その姿は普段の凛々しい姿とのギャップでとても可愛らしく見えた。

 

 「むー・・・」

 

 そんなシスの姿を楽しんでいるとルルティエがその可愛らしい桃色の頬をぷっくりと膨らませて唸り声を上げていた。

 何か気に障ることをしてしまっただろうか?

 

 「・・・お姉さまばっかり褒められてズルいです! わたしもマシロ様に褒められたいです!!」

 

 ふんす!と鼻息を荒くして自分に詰め寄ってきたルルティエは真剣な表情でそんなことを言ってきた。どうやら、自分がシスばかりを褒めるから嫉妬してしまったようだ。

 自分はそんな可愛らしい嫉妬をするルルティエに苦笑しながら頭を撫でた。

 

 「ルルティエはすごく素敵な女の子だよ。優しくて、家庭的で、気遣いもできる。ルルティエの旦那になれる奴はヤマト一の幸せ者だろうな。」

 

 「はぅ~・・・」

 

 顔を真っ赤にして頭から湯気を出すルルティエ。普段から思っていることを率直に伝えてみたが、純粋なルルティエには少々刺激が強かったようだ。

 

 自分はそんなルルティエを微笑ましく思いながらも撫でていた手を離す。

 もう少し彼女の柔らかい髪の毛を触っていたかったが、このままでは日が暮れるまで撫で続けてしまいそうだと思ったからだ。

 

 「・・・それじゃあ、そろそろ行くな。」

 

 「あ・・・はい・・・」

 

 「・・・またいつでもいらっしゃい。歓迎するわ。」

 

 「ああ・・・また必ず来る。それまで元気でな。」

 

 「はい・・・マシロ様もお元気で・・・」

 

 別れの言葉を告げて二人に背を向け歩き出す。

 思い出されるのはクジュウリでの騒がしくも楽しい日々。そして、過酷な土地であっても手を取り合い、笑顔で生きている民の姿。

 このクジュウリは本当に良い國だった。ヒトの強さをまじまじと見せつけられるような、そんな生命力に溢れた國だった。

 

 「マシロ!」

 

 不意にシスの声が響く。

 その声に振り返ると両頬に柔らかい感触を感じた。

 そして、その心地よい感触が離れると自分の前に悪戯が成功したような・・・それでいて、はにかんだような笑顔を浮かべるルルティエとシスが現れた。

 

 「絶対にまた来てくださいね!」

 

 「来なかったらこっちから探しに行くんだから!」

 

 最後の最後でとんでもない事をしてくれた二人に唖然としながらも心がとても満たされていくのを感じた。

 それは祈りや感謝の気持ちを受け取った時とはまた違う熱を持っていて、とても心地良い。

 

 「大丈夫だ。自分達には確かな縁が繋がれた。例え離ればなれになっても必ずまた巡り合うことができる・・・それまでにもっと良い女になっててくれよ?」

 

 「はいっ!」

 「ええっ!」

 

 満天の青空に二人の少女の声が響き渡る。

 そこにはもう別れへの哀しみは無かった。

 唯唯、愛し始めた男への淡くも強い思いだけが籠っていた。

 

 

 

 

 




現在のマシロのステータス

〇マシロ(ハク)

・ステータス
 属性:無 跳躍:1 移動:5
 
・装備
 クトネシリカ:攻撃力を30%増加させる。恐怖発生率10%
 白日の羽織:物理/術ダメージを10%軽減し、行動開始時、自身の体力が5%回復する。
 木花開耶の木扇:必要気力を30%削減し、術攻撃のダメージを20%増加させる。
 -
 -
 -

・権能
 光明:陣を生み出し、敵に狙われにくくなる。 
      射 程     効果 範囲 
       □        □
      □□□      □□□
     □□■□□    □□□□□
      □□□      □□□
       □        □
 
 桜花:敵を足止めする。神族の全ステータス30%減。
      射 程     効果 範囲
       □
      □□□
     □□□□□      
    □□□■□□□    □□□
     □□□□□      
      □□□
       □
 
 一閃:無属性の物理ダメージを与える。会心発生率30%。
      射 程     効果 範囲
       □
       □
     □□■□□     □□□
       □
       □

 輝玉:光/火属性の物理ダメージを与える。気絶発生率30%
      射 程     効果 範囲
       □
      □ □
     □   □      □
    □  ■  □    □□□
     □   □      □
      □ □
       □

 水郷:水属性の術ダメージを与える。最大体力10%減少。
      射 程     効果 範囲
       □
       □
       □        □
    □□□■□□□     □
       □        □
       □
       □
  
 壁足:段差を無視して移動できる。
     効果 範囲

       □

 吹雪:水/風属性の術ダメージを与える。鈍足発生率30%
      射 程     効果 範囲
       □
      □■□      □□□
       □        □

・錬技
 状態手当 参:物理攻撃を回避し、さらに自身の状態異常を回復×∞。発生率30%
     効果 範囲

       □

 召鬼招来:攻撃を回避し、更に天邪鬼を召喚×3回。発生率75%
     効果 範囲

       □

 
・特性
 契約の破棄:範囲内にいる敵の特性:契約の印を無効化する。
     効果 範囲
       □
      □□□
     □□□□□
    □□□■□□□
     □□□□□
      □□□
       □

 戦術指揮:範囲内にいる味方の精神異常を無効化する。
     効果 範囲
       □
      □□□
     □□□□□
    □□□■□□□
     □□□□□
      □□□
       □

 士気向上 極:範囲内にいる味方の攻撃力・防御力・素早さが30%上昇する。 
     効果 範囲
       □
      □□□
     □□□□□
    □□□■□□□
     □□□□□
      □□□
       □

 自然の恵み:桜花発動時に範囲内にいる味方の体力を10%回復する。
     効果 範囲

       □
      □■□
       □

 霊長の理:ヒトから受けるダメージを20%軽減する。
     効果 範囲

       □

 縁切り:ヒトに対して、与えるダメージが20%増加する。
     効果 範囲

       □
  
 原初の理:神族から受けるダメージを20%軽減する。
     効果 範囲

       □
  
 魂砕き:神族に対して、与えるダメージが20%増加する。
     効果 範囲

       □
    
 失地回勢 参:攻撃を受けた時、自身の行動順を大きく早める。
     効果 範囲

       □

 自然調和:属性活性時のステータス増加率が10%増加する。
     効果 範囲

       □

 起死回生:戦闘不能時、一度だけ体力全快で復帰する。
     効果 範囲

       □

 昼行燈の鉄則:動かずその場で待機した場合に体力と気力が20%回復する。
     効果 範囲

       □

 木精招来:行動開始時、ピリカを召喚する。
     効果 範囲

       □

・式神
 天邪鬼:操作することはできず、近くの敵の移動を妨害するように行動する。連撃も可能。しかし、体力が少なくなると敵から逃げようとする。緑、赤、黄色の三体が同時に存在すると全ステータス30%増加。

 ピリカ:敵の標的になりにくく、敵のZOCを無視した移動が可能。さらに敵をすり抜けられる。無属性を活性化させる。


追記:
連撃は鉄扇での攻撃以外は原作そのままです。


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エンナカムイ編
10.神の居ぬ間に


 

 「はぁーー!!」

 

 「遅い。」

 

 練武場にて、幼さが残る少女が大柄な男に闘いを挑んでいた。

 4本の三つ編みと斑模様の尻尾が特徴のその少女は、小柄な身体に似合わぬ力で大剣を振り回し、大男に攻撃を繰り出す。

 対する大男は最小限の動きで少女の猛攻を捌き切ると隙を見て強烈なカウンターを繰り出した。

 攻撃することに意識を割いていた少女は防御が間に合わず、それを腹にまともに喰らってしまう。

 一応大男は加減をしていたようではあるが、少女は鞠の様に吹き飛び壁に叩きつけられた。

 

 「ぬぐぐぐぐ・・・まったく攻撃が当たらん!」

 

 「・・・恐れながら殿下。殿下の攻撃はただ闇雲に武器を振り回しているにすぎません。雑兵相手ならばそれでもよいでしょうが、将を相手するには無駄な動きが多過ぎます。それに攻撃中の視野が狭い。故に先ほどのように攻撃を喰らってしまう。そのような有様では帝の後を継ぐなど夢のまた夢でしょうな。」

 

 「むぅ・・・予はつい最近武の鍛錬を始めたばかりだというのにヴライは厳しいのう。それに身体が急に大きくなったから動きづらいんじゃぞ? そこのところも考慮してほしいもんじゃ。」

 

 少女は自身を酷評する大男――ヴライにむくれながら反論してみるが、とうのヴライは表情一つ変えずに佇み、物凄いプレッシャーを放ちながら少女を見下ろしてくる。

 

 「アンジュ姫殿下。貴方はヤマトの偉大なる帝の後継者。故にこの世の誰よりも強く在らねばなりませぬ・・・貴方は帝の天子として誰よりも優れた資質をお持ちです。ですが、それがそのような軟弱な考えでは強くなるものもなれませぬぞ。」

 

 「・・・そうであったな。予は帝の天子じゃ。ならば最強にならねば嘘じゃな! なにより予は世界全てを遍く照らす存在にならねばならんのだ。こんなところで立ち止まっている暇はないのじゃ!」

 

 「・・・宜しい。ならば構えなされ。そして存分に打ち込んでくるがいい。」

 

 「そこは型とか受け身の練習から始めるものじゃないのかの!?」

 

 「実戦に勝る修練無し。それに殿下には少しでも早く強くなっていただかなくてはなりませぬ故、我も殺さぬギリギリで攻めさせていただく。覚悟なされよ。」

 

 「なんじゃってー!? このガウンジ! 禍日神(ヌグィソムカミ)! 筋肉達磨!」

 

 「無駄口を叩く暇があるならば敵を殺せ! 戦場(いくさば)では誰も待ってはくれんぞ! 己が前に立ち塞がる全てのモノを悉く打ち砕き、蹴散らし、灰燼とかせ!!」

 

 全身に気力を漲らせながら、ヴライがアンジュを攻め立てる。

 アンジュは悲鳴を上げながらもその攻撃を防ぎ、躱していく。

 傍から見ればいい大人が少女をいたぶっている様にしか見えないが、その実、アンジュは驚異的な成長スピードでヴライに食らいつき、少しずつ反撃の手が増えている。

 

 ヴライはそんなアンジュの姿にこれまで抱いたことのない感情を抱く。

 それは強者(ツワモノ)と闘った時や戦場で敵を屠った時に感じる喜びとはまた別の喜び。

 

 「・・・ふ・・・ふはっ・・・ふはははははは!!」

 

 「はあぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 ヴライが感じた喜び・・・それは何かを育て育み、その成長を見守る喜び。

 親が子を。師が弟子を育て、その成長を目の当たりにした時に感じる喜びをヴライはアンジュに対して感じていた。

 

 ヴライは、鍛えれば鍛えるだけ強くなる鋼を叩くように次々と拳を繰り出していく。

 アンジュはその拳を受け何度も吹き飛ばされるが、その度に起き上がり、ヴライに挑みかかっていく。

 最早最初の訓練気分のアンジュは居なかった。そこにいるのは、一匹の獣。

 自らの生命を脅かす敵を排除する為に持てる全ての力を使って闘う若き雪豹(アンシア)だ。

 

 「ぐぅらぁぁぁぁ!!」

 

 「むっ!」

 

 再び吹き飛ばされたアンジュが空中で態勢を立て直して猫のように着地する。そして、その身に光の神憑(カムナ)の力を纏うと天高く飛び上がり、全ての力を込めて剣を振り下ろした。

 

ドンッ!!

 

 凄まじい衝撃が練武場に響く。

 アンジュが放った渾身の一撃は分厚い石の床を粉々に砕き、クレーターの様な大穴を作り出した。

 しかし、その穴の中心には交差した両腕で大剣を受け止めているヴライの姿があった。

 上半身の衣服は弾け飛び、光の力で焼かれた生々しい傷が所々に見られたが、彼は自分の足でしっかりと立っていた。

 

 「・・・御身の力、確と見せて頂いた。次の練武の時を楽しみにさせていただく。」

 

 ヴライはそう言うと力を使い果たして気絶したアンジュを抱き上げ、練武場の隅で控えていたホノカに引き渡した。

 

 「どうやらアンジュ様は貴方様のお眼鏡に適ったようですね。」

 

 「・・・まだ見込みがあると分かっただけの事だ。」

 

 「ヤマト一の武人であるヴライ様にそう言って頂けるならば、アンジュ様の教育係としてこれほど嬉しい事はありません。」

 

 「ふん・・・・・・我の期待を裏切らぬ事を祈っている。」

 

 ヴライは微笑むホノカに背を向けて練武場の出口に向かって歩き始める。

 今まで帝への忠誠と戦いのみを喜びとして生きてきた己に生まれた新たな喜びの感情に戸惑いながら。

 

 未来にて、妄信の果てに覇者を目指した愚かで哀しいひとりの漢は、白き神が紡いだ縁によりその運命を変えようとしていた。

 願わくば、彼がその力をヤマトの安寧の為に使いたまわん事を・・・

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

  

 「痛たたたたた! ヴライの奴め! 天子たる予をこのようにボロボロにするとはなんと不忠者なのじゃ!」

 

 「仕方がないでしょう。ヴライが忠誠を向けているのはあくまで父上。彼にとってアンジュはその娘程度の存在なのですから。」

 

 「だから不忠者だと言っておるのです兄上! 予を大事にしてくれるお父上が予がこのようにボロボロになった姿を見て何も思わぬわけがないじゃろう!?」

 

 「それは・・・そうですね。ヴライにはヒトの心が分からない。そして、父上を絶対視するが故に父上にヒトと同じように心があることを見落としている・・・だからこそ父上は情勢が安定している近年、彼を重用しなくなっているのです。」

 

 「確かにのぅ・・・今ヤマトに歯向かおう等という輩は北方のウズールッシャぐらいじゃ。そやつらを抑えた後は、武のみを尊ぶ輩は不要。寧ろ害悪となる・・・か。」

 

 アンジュの手当てをしていたウォシスは、彼女がきちんとヤマトの情勢に考えを巡らせていたことに笑みを浮かべる。

 彼女が物心ついた頃から兄として多くの事を教えてきたのだ。偉大なる父の後継として恥ずかしくないように。そして、新たな時代の象徴としてヒトを導ける存在となれるようにと。

 

 「それはそうと・・・身体の調子はどうですか? 今日の練武では活性状態にもなったようですし、少しでも違和感があるならすぐに言いなさい。」

 

 「う~む・・・全身の筋肉が強張っとるような気がするのじゃ。」

 

 「では、後で母上に按摩して頂きなさい。それでも治まらないようなら検査してみましょう。」

 

 「分かったのじゃ! お母上と一緒に風呂に入ってからやってもらうのじゃ!」

 

 にぱっと能天気に笑うアンジュの姿を微笑ましく思うと同時に頭が痛くなる。

 アンジュはチィの魂と融合した際に一ヶ月以上眠っていた上に身体が12~13歳程まで成長し、神憑(カムナ)の属性も元々の火から光に変わっていた。

 恐らく融合したチィの影響だと思われるが、このような事態は前例がないので今後何が起こるか分かったものではないので心配なのだ。

 

 幸いだったのが、アンジュがチィの存在に塗りつぶされなかったことだ。どうやらアンジュをメインとして、チィの記憶と思いを受け継いだ形らしい。

 たが、問題が無かったわけでもない。

 

 「ところで兄上。おじちゃんの行方はまだ分からぬのか? 予は早くおじちゃんに会いたいのじゃ!」

 

 「・・・つい最近クジュウリに居ることが分かったので、ウルゥルとサラァナを向かわせましたよ。そう遠くないうちに見つかるでしょう。」

 

 「おお! ということはもうすぐおじちゃんに会えるのじゃな! 楽しみじゃのぅ! こっちに来たら、お父上に頼んで予の婚約者にしてもらわねば!」

 

 このようにチィと融合した結果、叔父である男に対して好感度が振り切れてしまったのである。しかもアンジュの遠慮の無い性格も相まって、叔父を自身の夫にすることに全く戸惑いがない。

 幼い娘がそれを言うならば微笑ましいだけなのだが、アンジュにいたってはガチなのだ。

 これはアンジュを溺愛している帝とウォシスからすれば非常に複雑な気持ちになってしまう話なのだが、アンジュはすでにホノカとウルゥル、サラァナを味方に付け、四人がかりで圧力をかけてきている。しかもウルゥルとサラァナには叔父の愛人の地位を確約しているというのだから目も当てられない。

 

 「ぬふふふふ・・・おじちゃ~ん♡」

 

 ウォシスは、叔父を思って妄想し出したアンジュの姿に頭を抱えたくなった。

 そして、アンジュの未来を案じながら、妹をこのようにした叔父に対して心の中で悪態をつくのであった。

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

  

 「ッ!?」

 

 「マシロ殿? どうかなされたか?」

 

 歩いていると突然悪寒を感じた。

 周囲を見渡してみるがおかしなところは何もない。

 まるで貞操を狙われているかのような邪念に満ちた思念を感じた気がしたのだが、なんだったのだろうか?

 

 「・・・いや、ちょっと悪寒がな。もう治まったから大丈夫だ。」

 

 「しかし、風邪のひき始めの可能性も有り得る。体調が悪くなったらすぐに言ってほしい。」

 

 「大丈夫だって。自分は風邪をひくほど柔じゃない。それより少し急ごう。このままじゃエンナカムイに着く前に日が暮れちまう。」

 

 「・・・承知した。では近道を致そう。少々道は荒れているが、その分早くエンナカムイに着くことができる。」

 

 「流石地元民。それじゃあ道案内頼んだぜ、オシュトル。」

 

 自分は現在、里帰りの途中だというオシュトルという男と共にエンナカムイを目指して山道を進んでいた。

 深い山々に囲まれたエンナカムイへの旅路はだいぶ過酷なものだったが、オシュトルという道連れの御蔭であまり苦労も感じず、なかなかに楽しい旅だった。

 

 このオシュトルとは、旅の途中で立ち寄った茶屋で出会った。そして、そこでしばらく話をしたところ妙に気が合い、目的地も一緒だった事もあり、ここまで一緒に旅をしてきたのだ。

 なんでも帝都の右近衛府に所属しているそうなのだが、身体が弱い母親と幼い妹の様子を見るために故郷であるエンナカムイに帰る途中だったらしい。

 そして、オシュトルは下級とはいえ貴族ということもあり、佇まいに気品があり、喋り方も丁寧だ。しかし、その鍛え抜かれた肉体と身のこなしからひとかどの武人であることが伺えた。

 今はまだ役職は無いようだが、この漢ならすぐに上に登り詰めるだろうという根拠のない確信があった。

 

 「ところでオシュトルの家族はどんなヒトたちなんだ?」

 

 「そうだな・・・母上は、とても優しく強いヒトだ。早くに父上が亡くなったが故に、幼かった某達を女手一つで育ててくださった。今は視力が弱り体調も崩しがちだが、妹や近所の方の助けもあって楽しく生活しているそうだ。」

 

 「ほう・・・未亡人か・・・」

 

 「・・・今何か不穏なことを言わなかったか?」

 

 「うん? 気のせいじゃないか?」

 

 思わず漏れた呟きをオシュトルに聞かれてしまったようだが、努めて平静を装いながらなんでも無いように振舞う。

 女将さんとの一件以来人妻もとい未亡人への欲求が強くなったような気がする。イケメンのオシュトルの母親なら美人に違いないから自制できるか少々不安だ。なのでエンナカムイにいる間、なるべく会わないように気を付けよう。

 

 「それより、妹さんはどんな()なんだ? オシュトルの妹なんだから優秀なんだろう?」

 

 「・・・ああ。自分で言うのはなんだが、ネコネはとても優秀な子だ。学び舎でも常に一番であるし、大人でも理解できぬ学術書も難なく読み解く。あの子ならば、殿試に受かることも難しくないであろう。」

 

 「そいつはまたとんでもない()だな。でも、そんなに頭が良いと同年代の子とは話が合わなそうだな。」

 

 「・・・その通りだ。ネコネにとって同年代の子供達は幼過ぎる。自分に分かることが分からず、話にもついてこれない。それ故に子供達の輪に加わらず一人で本ばかり読んでいる・・・幸いエンナカムイの皇子であるキウルとは仲良くしてもらっているが、それ以外に友人が居ないというのもな・・・」

 

 思った通りオシュトルの妹であるネコネには友達がいないようだ。

 優秀なのは良い事だが、幼い頃から友達がいないようじゃ、将来人付き合いで苦労しそうだ。

 子供の集団というのは社会の縮図だ。そして社会で生きていくうえで必要な技術を習得するための訓練所のようなものでもある。ここで上手くいかないようじゃ、社会に出ても上手くいかない場合が大抵だ。

 

 「だったら帝都の学府に入れるのはどうだ? あそこなら優秀な奴が多いから友達もできるかもしれん。」

 

 「某もそれを考えたが、知に優れた者は総じて自尊心が高い。それに一般的に学府に入る者は元服(コポロ)を迎えた年頃の者だ。そんな中に幼いネコネが入っていったとしても要らぬ嫉妬や顰蹙(ひんしゅく)を買うことになるだろう。」

 

 「そうか・・・ままならんもんだな。」

 

 「全くだ・・・」

 

 自分とオシュトルはネコネの将来を思い、深い溜息を吐いた。

 神が人間関係に口出しするのは違う気がするが、せっかく仲良くなったオシュトルの妹なのだ。助言くらいはしてやろう。

 10歳前後でボッチとか本当に可愛そうだからな・・・

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 無事にエンナカムイに着くことが出来た自分達は、そのままオシュトルの家に行くことになった。

 オシュトルの家はエンナカムイの町はずれにあるらしく、長閑な畑の風景を眺めながらゆっくりと進んでいく。

 その道中、オシュトルは老若男女問わず多くのヒトに話しかけられていた。なんでもオシュトルはエンナカムイ出身の者で随一の武士(もののふ)であり、若くして右近衛府に所属する出世頭。しかも品行方正な好青年とあって民から大人気らしい。

 

 そんなこともあって日暮れ前にはエンナカムイに着いていたのにオシュトル家に辿り着いた時には日が沈んでしまっていた。

 そして、そのオシュトルの実家は、貴族のものとは思えない質素な家だった。大きさは4~5人が住める程度で、屋根は茅葺、壁は漆喰、そして木の雨戸。まるで時代劇に出てくる民家の様だ。これで家紋の入った垂れ幕が無ければ誰も貴族の家とは思わないだろう。

 

 「ではマシロ殿。中に入ろうか。貴殿を家族に紹介しよう。」

 

 「分かった。それじゃあお邪魔します・・・」

 

 オシュトルに誘われて戸を潜ると、狭いたたき上げの土間と玉石、そして、南天と水仙が活けてある青磁の壺が置かれた下駄箱が目についた。玄関は家の顔と言うだけのことはあり、シンプルながらも上品な趣を感じさせる落ち着いた雰囲気の玄関だった。

 そして、自分達の気配を感じたのか、奥の部屋から小柄な少女が現れた。

 

 「兄さま! お帰りになられたのですね!」

 

 「ああ。ただいまネコネ。変わりはないか?」

 

 「はいなのです! 母さまも最近は体調が良くて、よくお散歩してるのです!」

 

 「そうか。それは良かった。」

 

 どうやらこの少女が、件の妹のようだ。

 

 彼女はオシュトルの姿を認めるとその胸に飛び込み、目一杯甘えていた。

 彼女の年の頃を考えれば別におかしな事ではないはずなのだが、甘える彼女の姿は少々過剰なような気がした。もしかしたら、友達が少ない事が原因なのかもしれない。

 

 「ネコネよ。そろそろ離してくれまいか? 某の友を紹介したいのだ。」

 

 「え?・・・兄さまのご友人ですか?」

 

 「ああ。國に帰る途中に出会った者でな。武術と呪術の両方に優れ、旅で培った幅広い見識持つ、マシロという男だ。」

 

 そう言ってオシュトルは背後に居た自分の前にネコネを押し出してきた。

 突然目の前に現れた自分に人見知りのネコネは落ち着かないように目線を彷徨わせる。

 

 「はじめまして。自分の名前はマシロだ。見聞を広める為に旅をしている。よろしくな。」

 

 「あ・・・はじめましてです・・・わたしはネコネというです・・・よ・・・よろしくおねがいしますです・・・」 

 

 視線を合わせるためにしゃがんで挨拶するとネコネは時々俯きながらも挨拶を返してくれた。

 その顔はオシュトルが自慢するだけの事はあり、とても整っていて可愛らしい。しかし、その眉毛は特徴的な二又眉毛だ。

 

 「くくっ・・・」

 

 「とっ・・・突然なんなのですか!?」

 

 オシュトルそっくりなその眉毛に思わず笑ってしまうとネコネは素早くオシュトルの背に隠れ、威嚇するように睨みつけてきた。

 それは先ほどまでのしおらしい姿とは打って変って、気が強そうな印象を受ける姿だった。

 

 「はははっ! 悪い悪い。お前さんの眉毛がオシュトルとそっくりだったもんでな。思わず笑っちまった。」

 

 「へ・・・まゆげ?」

 

 「ああそうだ。そんなに可愛らしい顔してんのに眉毛だけオシュトルみたいに凛々しいんだ。笑っちまうのもしょうがないだろ?」

 

 「な・・・なななななっ!?」

 

 「・・・そういえばネコネの眉は某と同じであったな。今まであまり気にしていなかったが、こうしてまじまじと見ると確かに可笑しな気がするな・・・ふっ・・・ふふふっ・・・」

 

 「あ、兄さま!?」

 

 自分だけでなくオシュトルにまで笑われてしまったネコネは驚いたようにオシュトルを見上げる。するとオシュトルは手でネコネの前髪を上げて、二又素敵眉毛を露わにさせた。

 

 「い・・・いかん・・・ツボに嵌ってしまった・・・く・・・くくく・・・ははははははははははっ!!」

 

 「ちょっ・・・やめるです兄さま! 離すですー!!」

 

 行灯の光に照らされた屋敷の中にじゃれ合う兄妹の騒がしい声が響き渡る。

 ネコネは兄から離れようとジタバタともがき、オシュトルはそれを逃がすまいと抑え込む。

 これまで見てきたオシュトルの姿からは想像も付かないその姿に軽く驚いたが、何故かとても懐かしいと感じた。

 そして、そんな面白可笑しい兄妹の戯れは、声を聞き付けた彼らの母が現れるまで続くのだった。

 

 

 

 

 




ネコネは偽りの仮面ではハクを貶してくるクソガキとか思ってましたが、二人の白皇の献身的な姿で好きになりました。
ヴライと戦った時の話は本当に良かったです。


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11.神の法則

  

 オシュトル達のじゃれ合いの後、彼らの母親であるトリコリさんに挨拶をした。

 トリコリさんは、儚げで落ち着いた雰囲気の大人の女性といった感じで、どういうわけか一目見た瞬間、胸が締め付けられるような思いがした。

 

 まさか、これは恋!?

 

 なんて馬鹿な考えが一瞬浮かんだが、この感じはそういった感情とは別のモノの様な気がする・・・そう、これはまるで長い間会っていなかった母親に会ったかのような・・・そんな気持ちだ。

 

 「どうかしたのですか?」

 

 「ああ・・・いや。なんでもないです・・・お気になさらず。」

 

 様子がおかしい自分に気付いたトリコリさんが、顔を覗き込むように近づいてきた。

 近くで見る憂いを帯びたような彼女の顔はとても美しく、右目の泣きボクロも相まってどこか艶かしい魅力があった。それに思わずドキリとしてしまったが、視線を外す様に顔を逸らしてなんとか誤魔化す。しかし、それと同時に自分の腹から盛大な腹の虫が鳴いてしまった。

 

 「あらあら。お腹が空いていたのね。今晩は貴方達の為にごちそうを作ったから、是非食べていってくださいね。」

 

 「ふん! 本当なら貴方みたいなヒトに食べさせるのはもったいないですけど、寛大な母さまに感謝するのです!」

 

 「もう・・・ネコネ、お客様にそんなことを言ってはいけないわ。」

 

 「母上の言うとおりだネコネ。それに食事は大勢で食べたほうが美味いのだぞ?」

 

 「む~!」

 

 むくれるネコネを宥めるトリコリさんとオシュトル。その仲睦まじい親子の姿はとても眩しく、見ていて嬉しくなってくる。

 それはまるで見ることのできなかった光景を目の当たりにしたような・・・そんな切なさを含んだ喜びという不思議な感情だった。

 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 「さぁ、遠慮なく召し上がって。貴方達のために腕によりをかけて作ったの。」

 

 「有り難う御座います母上。」

 

 「自分の分まですみません。」

 

 「気になさらないで。せっかくオシュトルがお友達を連れて来てくれたんだもの。今はここを自分の家だと思ってゆっくりしていってね。」

 

 「・・・ありがとうございます。トリコリさん。」

 

 トリコリさんが近所のヒトから自分達の事を聞いて用意してくれていた料理の数々はとても豪華なものだった。

 川魚の塩焼きに山菜の天麩羅、根菜をふんだんに使った煮物、タレで漬け込んで焼いた肉、そして具沢山の酒粕汁。

 どれも大変美味く、どこか懐かしい味わいの所謂お袋の味と言える素晴らしい料理だった。

 

 「いや~! ホントに美味い! トリコリさんは料理がお上手なんですね!」

 

 「ふふふっ・・・ありがとう。でも、今食べている酒粕汁はネコネが作ったものなのよ。」

 

 「ほ~・・・これをネコネが・・・やるじゃないかネコネ。」

 

 食べていた酒粕汁を作ったのがネコネと聞いて驚きと共に彼女を褒める。この酒粕汁はとてもまろやかで、具材の旨味をまるごと味わえる素晴らしい逸品だった。

 

 「ふん! 貴方に食べさせると分かっていたら作らなかったのです!」

 

 しかし、眉毛の件でからかったせいか、ネコネは自分に対してつんけんした態度を取るようになってしまっていた為、そっぽを向かれてしまった。

 とはいえ、オシュトル曰く、どうやらこれで自分を嫌っているわけではないらしい。なんでもネコネは本当に嫌っている相手に対しては他人行儀で接するらしく、このような反応をするのは相手に興味がある時らしい。

 そう考えるとツンデレキャラを前にしているようで、なんだか可愛らしく思えてくる。

 

 「・・・なんなのですか。にやにやとして気持ち悪いのです。」

 

 微笑ましいネコネの姿にニヤニヤしているとネコネに虫を見るような目で見られながらキモイと言われてしまった。

 最早自分に対して遠慮をする気はないらしい。

 

 「いやなに。オシュトルもネコネもトリコリさんに似たんだなと思ってな。こんなに綺麗なヒトの子供なんだ。二人が美形なのも納得だ。」

 

 「ふ・・・ふん! そんな風におだてても無駄なのです! 貴方の口車には絶対に乗らないのです!」

 

 「あらあら。私みたいなおばさんをそんな風に言ってくれるなんて嬉しいわ。」

 

 「いやいや。本当にトリコリさんはお綺麗ですよ。子供二人産んだだなんて信じられないくらいお若いですし。」

 

 「まぁ・・・ふふふ・・・」

 

 「騙されてはいけないのです母さま! こいつはヒトを堕としいれて喜ぶロクデナシなのです!! きっと母さまを油断させて何かよからぬ事をしようとしているに違いないのです!」

 

 「何言ってんだおまえ。そんなことするわけないだろう?」

 

 トリコリさんの美しさを褒めているとネコネがいわれのない誹謗中傷をしてくる。

 確かにトリコリさんは自分の好みドストライクで、来る前になるべく合わないと決めていた考えが早くも揺らいでいるが、自分は身体が弱い女性になにかするほど鬼畜ではない。

 

 「・・・ネコネよ。マシロ殿はこう見えて礼には礼をもって返す誠実な者だ。其方に対しておちゃらけているのも気に入っているが故のこと。この者の気に入らぬ相手に対する時の様はそれはもう辛辣であるからな。」

 

 「もしかして、あの山賊が商人を襲ってた時の話か? ありゃ子供を人質にとったあいつ等が悪い。」

 

 「だからと言って、呪術で動きを封じた後に急所を蹴り抜くのは如何なものかと思うぞ? あの場に居た男衆は皆顔面蒼白であった。」

 

 旅の途中で出くわした山賊達に自分がやったことを思い出して顔を青くするオシュトル。

 確かにあの光景は男にはキツイものだったと思うが、相手が悪人だから全く問題ないと思うんだが・・・

 

 「別に潰してはいないぞ? それに殺さずに地獄の苦しみを与えるのにはうってつけだろう?」

 

 「其方程の腕前なら他にもっとやり様があっただろうと言っているのだ・・・」

 

 オシュトルがげんなりとしながら溜息を吐く。どうやら生粋の武士(もののふ)であるオシュトルにはお気に召さない方法だったらしい。

 

 「ふふふふ・・・」

 

 「母上?」

 

 「あっ! すみません。女性の前でする話じゃなかったですね。」

 

 「いいえ、いいのよ。貴方達の仲が良さそうで嬉しかったの。それにマシロさんも本当に優しい方なのね。誰かの為に怒れるというのはとても素敵なことだと思うわ。」

 

 「あ・・・ありがとうございます。」

 

 自分達を微笑ましげに見ているトリコリさんに褒められて、なんだか気恥ずかしくなってしまう。

 まるで大好きな母に褒められた幼子のような気分だ。

 

 「ネコネ?」

 

 「う・・・分かったのです母さま・・・マシロさん、さっき悪く言ったのは謝るです。ごめんなさいなのです。」

 

 「いや、自分の方もネコネをからかっちまったからな。お相子だろう。」

 

 バツが悪そうに謝ってくるネコネにそう言って右手を差し出す。ネコネはそれに一瞬戸惑ったように手を彷徨わせたが、小さな手でしっかりと握り返してくれた。

 

 「ふふふ・・・これで仲直りね。」

 

 「ええ。これでもう大丈夫でしょう。」

 

 二人は照れながら握手をするネコネを見ながら暖かな笑みを浮かべる。

 ネコネが全くの赤の他人にこのように心を開くのは初めてで、その相手もネコネを受け入れてくれている。これは大変喜ばしいことだ。

 そして、この素晴らしい出会いをもたらしてくれた大神(オンカミ)に感謝しながら、愛する家族の明るい未来を祈るのであった。

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 「それじゃあネコネ。案内頼んだぞ。」

 

 「任せるのです。ですが、くれぐれもおかしなことをしないでほしいのです。」

 

 「心配すんなって。自分がからかうのはネコネだけだ。」

 

 「私をからかうのも禁止なのです!!」

 

 食事の後、そのままオシュトルの家に泊めてもらった自分は、ネコネの案内でエンナカムイの町を散策することにした。

 本当ならオシュトルに頼もうと思っていたのだが、どうやらこの國の(オゥルォ)であるイラワジに挨拶しに行くらしく、代わりにネコネに案内してもらうことになったのだ。

 

 「それでは、まず商店がある場所に行くです。マシロさんが泊る旅籠屋にも案内しなくてはいけませんし、それでいいですか?」

 

 「おう。二日連続で厄介になるわけにはいかないからな。それで頼む。」

 

 そうして目的地を決めた自分達は家を出ると昨日通った畑道を歩いていく。

 昨日は日が傾いていた時間だったので居なかったが、農作業に精を出す人々の姿が見られた。

 今は植え付けの季節らしく、地面を耕し、アマムのものと思われる種を蒔いていた。

 

 「あまり農作業はやったことがないが、こういうのを見るとそういう生活にも憧れるな。」

 

 「確かに畑仕事は食べ物を作る大切な仕事ですけど、そんなに甘いものではないのです。特にこのエンナカムイでは慢性的な水不足のせいで苦労が多いのです。」

 

 「そうなのか? たしかここからそう遠くないところに大きな湖があった気がしたんだが・・・」

 

 「湖・・・もしかしてオバロ湖のことですか?」

 

 どうやらネコネもあの湖のことを知っていたようで、すぐにその湖の名前を挙げる。しかし、その顔には複雑そうな表情が浮かんでいた。

 

 どうしたのだろうか? 自分が知るエンナカムイでは陶器の筒を繋いだ水路でオバロ湖から水を引いて使っていたはずだ。もしかしたら、記憶に無い期間に造られたものだったのだろうか?

 

 「残念ですけど、あの湖までの道は悪くて、人手や荷馬車で水を運ぶのが難しいのですよ。かといって水路を作っても湖水は全て水はけの良い土壌に吸い込まれてしまうのです。」

 

 「ふむ・・・そういうことか・・・」

 

 「・・・あの、マシロさんは何か良い方法を知らないですか? 兄さまがマシロさんは物知りだと言っていたのです。だから・・・」

 

 ネコネが懇願するような表情で自分を見上げてくる。賢い彼女のことだ。國を豊かにするにはあの湖の水を活用することが必須であると気付いているのだろう。

 

 「出来ないことはないが、訳有って自分には少々面倒な制約が有ってな。何かを与えるには同等の対価を貰わなくちゃならん。」

 

 「制約・・・もしかして、何かの宗教上の理由なのでしょうか?」

 

 「そう思ってくれればいい。」

 

 自分の話を聞いたネコネは口に手を当てて何やら考え始める。しかし、これは國の公共事業レベルの案件だ。如何に彼女が天才であっても、そうそう何かできるとは思えない。精々(オゥルォ)に謁見できるオシュトルにこの話を伝えるくらいだが、今の彼の地位では案を採用してもらえない可能性の方が高いだろう。

 

 「・・・マシロさん。商店通りを案内した後に会ってほしいヒトが居るのですが・・・」

 

 「会ってほしいヒト? 今の話に関係があるのか?」

 

 「はいなのです! まだ若くて頼りないですけど、彼ならきっと力になってくれるのです!」

 

 自信満々にそう言い放つネコネ。あのブラコンのネコネがオシュトルを差し置いて薦める程の人物だ。相当上の地位に居るのだろう。それなら(オゥルォ)も真剣に検討してくれるかもしれない。

 

 「それはいったいどんな奴なんだ?」

 

 「それは・・・この國の(オゥルォ)である御前・・・イラワジ様のご令孫で、後継者でもあるキウルなのです!!」

 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 商店を見て回り、旅籠屋に荷物を置いた自分達は、エンナカムイの皇城まで来ていた。

 皇子であるキウルの友人であるネコネは門番に軽く挨拶するだけで中に通され、自分もネコネの口添えですんなり入ることができた。どうやらネコネは城の者達から信用されているようだ。

 そして、そのままネコネの後を追って皇城内を進み、城の上層にある皇子の部屋の前までやってきた。

 

 「・・・今更なんだが、自分がここまで入って良いのか? そのキウルって奴の友達であるネコネと違って、自分は完全に部外者だぞ?」

 

 「大丈夫なのです。私の家はヤマトの貴族では下位に位置しますが、この國では十分名家なのです。ですから、私と一緒に行動してさえいれば問題無いのです。」

 

 そういうことか。確かに一國の皇子と友達という時点でネコネがこの國では高い身分であるのは分かる。

 家が貴族というには質素過ぎるから忘れていたが、ネコネも一応お姫様なんだな。

 

 「それでは入りましょう・・・キウル! ネコネなのです! 入りますよ!」

 

 『へ!? ネコネさん!? ど、どうぞお入りください。』

 

 ネコネが障子越しに声をかけると中から少年特有の甲高い声で返事が返ってきた。

 そして、戸を開いたネコネに続いて部屋に入り込むと、一見少女にも見える美少年がオシュトルと向かい合って座っているのが見えた。

 

 「兄さまもいらしていたのですか。」

 

 「ああ。帝都での話を聞きたいと言うのでな。それでネコネはどうしたのだ?」

 

 「私はキウルに相談したいことがあって来たのです。キウル、今良いですか?」

 

 「はっ、はい! ネコネさんならいつでも大丈夫ですっ!!」

 

 「なら良かったのです。では相談の前に紹介したいヒトが居るのです。マシロさん。」

 

 ネコネに促されて前に進み出るとキウルはようやく自分の存在に気付いたようで怪訝そうな表情を浮かべる。そして、並んで立つ自分とネコネの間で忙しなく視線を行ったり来たりさせていた。

 

 ほ~ん・・・このキウルって奴はまさか・・・

 

 自分はキウルのネコネに対する思いを察すると心の中でニヤリと笑い、この場をほぐすために一発かましてやることにした。

 

 「エンナカムイの皇子キウル殿。お目にかかれて幸栄です。自分はマシロと申す者でございます。研鑽を積む為に諸國を旅しております。そして、オシュトルの友であり、ネコネの・・・・・・・・・・婚約者です。」

 

 「「こっ婚約者!?」」

 

 自分の爆弾発言に同時に驚愕の声を上げるネコネとキウル。ネコネは羞恥に顔を染め、キウルは目が飛び出んばかりに目を見開きあんぐりと口を開けている。そして、オシュトルは口を抑えて笑うのを必死に堪えていた。

 

 「な・・・何馬鹿なこと言ってるですかマシロさん! なんで私が貴方と婚約者にならなくちゃいけないのですか!? というかなんなのですかその喋り方は! すごく気持ち悪いのです!!」

 

 「どうしたのだネコネ。昨夜、これから仲良くやっていこうと誓ったばかりではないか。あの言葉は嘘だったのか?」

 

 「た・・・たしかに仲良くするとは言ったですけど・・・」

 

 「そんなネコネさん・・・!?」

 

 「ち、違うのですキウル! このヒトは私達をからかって遊んでるだけなのです! だから婚約者というのも嘘なのです!」

 

 「ほ・・・本当ですか!?」

 

 「某としてはそれでも一向にかまわんのだが?」

 

 「兄さま!?」

 「兄上!?」

 

 混沌とした場に投下されたオシュトルの言葉にネコネとキウルの愕然とした声が響く。

 その姿に自分とオシュトルは顔を見合わせて大声で笑うのだった。

 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 「痛てててて・・・何も噛みつくことはないだろうネコネ。」

 

 「キウルはまだしも私をからかった罰なのです!」

 

 「僕はまだしもって・・・酷いですよネコネさん・・・」

 

 「はっはっはっ・・・。やはりマシロ殿と一緒に居ると退屈しないな。」

 

 ようやく場が落ち着き、ネコネも暴れるのを止めたので、自分達は卓を囲んで茶を飲んでいた。

 

 あの後、キウルにからかったことを謝ると彼は戸惑いながらも許してくれたのだが、ネコネの方は怒りが治まらず、自分に飛び掛かってきたので宥めるのに一刻近くかかってしまった。あとでネコネの好きな菓子を買ってやる約束をさせられたが、楽しかったので良しとしよう。

 

 「えっと・・・それでお話とはいったい何なのでしょうか?」

 

 「そういえばその為に来たんだったな。ネコネが騒ぐから忘れてたぜ。」

 

 「~~~! 貴方いうヒトは!!」

 

 「落ち着くのだネコネ。大事な話なのだろう?」

 

 「・・・分かったのです。ですが、マシロさんは後で覚えておくのです!」

 

 「はっはっはっ! 今度とっておきの菓子を食わせてやるから勘弁してくれよ。」

 

 「・・・絶対なのですよ?」

 

 ネコネの反応が可愛らしくて、ついからかってしまいまた怒らせそうになったが、菓子をエサにするとあっさり引き下がり大人しくなった。どうやらネコネを宥めるには菓子が有効なようだ。

 

 「それで相談についてなのですが、もしかしたらオバロ湖の水を使えるようになるかもしれないので御前に口添えをしてほしいのです。」

 

 「え!? オバロ湖の水をですか!?」

 

 「・・・ふむ。もしやマシロ殿の入れ知恵か?」

 

 「そうだ。だが、事が事だし、これだけ大きなことをやるとなると対価無しじゃ無理だからな。そんなわけでキウルに相談に来たんだよ。」

 

 「そうだったのですか・・・それでその方法とは?」

 

 「う~ん・・・教えたいのは山々なんだが、聞いたら対価を払ってもらわないといけないんだよ。」

 

 「え!? 聞くだけでもダメなんですか!?」

 

 「悪いな。自分でもめんどくさいとは思うんだが、そういう決まりなんだよ。」

 

 「うむ・・・なにやら事情があるようだな。ちなみに対価とはどれほどのものなのだ?」

 

 オシュトルに聞かれて、フムと対価について考える。

 今回の願いを叶える方法は、神の力を使うわけでも取り立てて革新的な技術を与えるというわけでもない。少しだけ見方を変えれば誰でもすぐに思いつくようなことだ。だが、それによって得られる恩恵を考えるとそれなりに対価を貰わなくてはならない。となると・・・

 

 「・・・そうだな。金子で払ってもらう場合、最低でも一千萬は必要だな。」

 

 「一千萬!? そんな大金無理ですよ!?」

 

 「うむ・・・國庫を開けば払うことは可能であろうが、かなり財政を圧迫するであろうな。」

 

 「そうですね・・・予想はしていましたが、かなりの金額なのです。それに加えて工事費を考えると國の財政が破綻しかねないのです・・・」

 

 自分が提示した対価の額に顔を引きつらせるキウルとオシュトル。そして、ネコネも対価を支払った場合にエンナカムイが辿る運命に思い至り、落胆の表情を浮かべていた。

 

 「・・・と言ってもこれは金子だけで払ってもらった場合だ。他に自分が価値があると判断したモノを貰えれば負担は小さくなるだろう。」

 

 「本当なのですか!? いったい何を払えばいいのですか!? 教えてほしいのです!!」

 

 金子以外の方法があると聞いたネコネが必死の様相で自分に縋り付いてくる。

 自分はそんなネコネの頭を撫でながら宥めるように話しかけた。

 

 「落ち着けネコネ。この場で何が欲しいかなんてパッとは決められん。とりあえず一晩考えてみるから待ってくれないか?」

 

 「ですが・・・」

 

 「・・・マシロ殿。とりあえず概要だけでも教えてもらえぬか? その分の対価は某が払おう。」

 

 自分に縋り付いたまま納得いかない顔をしているネコネを見かねてオシュトルが提案をしてくる。

 確かに概要程度ならそれほど大きな対価も必要ないし、そもそも概要も分からないのでは御前に献策することもできない。

 

 「・・・いいだろう。それじゃあお前が持っているキセルを渡してもらう。それが対価だ。」

 

 「相分かった。その対価確と払わせて頂く。」

 

 「なっ!? それは父さまの形見のキセルなのです!? それを渡すだなんて・・・」

 

 「良いのだネコネ。確かにこれは大切な物だが、この國の為になるというのなら父上も喜んでくれるであろう・・・それではマシロ殿。」

 

 オシュトルが懐から布に包まれたキセルを取り出し差し出してくる。自分はそれを受け取り、布を開いて中身を確かめる。

 そのキセルは銅と竹を使った安価な物だった。しかし、それにはオシュトル達の父への思いが籠っており、何物にも代えられない価値を持っていた。

 

 「願いへの対価。確かに頂いた・・・それじゃあ早速話すとするか!」

 

 自分は受け取ったキセルを大事に懐にしまい込むとネコネ達に向かって計画の概要を話し始めるのだった。

 

 

 

 

 




 
装備品 NEW
・形見のキセル:オシュトル達の父親が愛用していたキセル。
        素材に銅と竹を使った安価な代物であるが、持ち主が『ヤマトの
        民を守る』という強い信念を持っていた為、その思いがキセルに
        宿り、守りの力が備わった。
        物理/術ダメージを5%軽減する。



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12.神の弟子取り

 

 「つまり、水を通さぬ管を繋げて里まで水を引くわけか。」

 

 「たしかにそれなら水は引けるでしょうけど、管と言われても・・・」

 

 「そうですね・・・単純に考えれば、金属を加工すればいいと思うですが、それだとお金もかかりますし、何より腐食してしまうのです。そうなると水質が悪くなってしまうです・・・」

 

 「・・・他には竹を使うという方法も考えられるが、竹が自生しているのはヤマトでも東部地域のごく一部のみ。それに強度や太さ、輸送の事を考えると現実的ではないか・・・」

 

 マシロ殿が示した計画の概要は、『管を繋げて水路とする』という至って単純なモノであった。しかし、それは某達が考えもしなかった方法でもあった。

 

 確かにに水を通さぬ素材を使った水路というモノは存在する。例を挙げるならば帝都を流れる堀がそうだろう。あれは切り出した石で造った水路、所謂石張水路と呼ばれるモノで、丈夫であることは勿論だが水が地面に吸われてしまうこともない。しかし、そういった水路を造る場合、多くの人員と膨大な金子を必要とする為、ヤマトに属する國々でもそういった水路を使っている國はごく僅かしかない。そして、その水路を持つ國であっても、全て褒美として帝から賜ったモノである為、 造る事が如何に困難であるのかが伺える。

 だが、マシロ殿が言う、管を使った方法ならば、このエンナカムイの様な小國であっても不可能ではないだろう。問題はどの様な管を使うのかということだけだ。

 

 元来考えるより動く方が得意な某は、早々に考えることを放棄した。そして、ちらりとマシロ殿を見てみると、彼は某達を笑いながら眺めていた。しかし、それは某達が悩む姿に愉悦してるのではなく、某達を試している様な・・・そして、何かに期待するような笑みであった。

 

 「・・・何か安価で加工しやすい物があればいいのですが・・・」

 

 「と言っても、エンナカムイで手に入る物で水路に使える物なんてあるのでしょうか?」

 

 「木はどうです? それならエンナカムイにも沢山ありますし、加工もしやすいのです。」

 

 「でも木だと筒状にするのは大変じゃないですか? それに板を組み合わせて水路にしたとしても水漏れが心配です。」

 

 「うっ・・・たしかに・・・むぅー・・・」

 

 幼い二人は未だ水路の素材について懸命に考え続けていた。しかし、中々妙案が浮かばないようで、額に皺を寄せてうんうんと唸っている。

 そんなネコネ達の姿にそれまで眺めるだけであったマシロ殿が何やら思案する素振りを見せると、一つ頷き二人の傍に近づいていった。

 

 「・・・なぁ二人共。考えているところ悪いんだが、エンナカムイに何か特産品は無いのか? ちと土産に買おうと思ってな。」

 

 いったい何をするつもりなのかと見守っているとマシロ殿は突然そんなこと聞き出した。

 考えを中断されたネコネは不満げな顔でマシロ殿を睨みつけるが、考えが煮詰まっていたキウルはこれ幸いとその話に乗っていた。

 

 「えっと、そうですね。周辺の山々に自生する黒檀(コクタン)を使った彫刻や装飾品がありますね。」

 

 「ふむふむ・・・他には?」

 

 「他にですか?・・・あっ、あとは陶芸品が人気です。エンナカムイでは良質な粘土が取れるので、それを使って造られる器や人形は帝都の貴族の間でも有名なんですよ!」

 

 キウルの口から陶芸の言葉が出た瞬間、マシロ殿の口角が上がったような気がした。

 マシロ殿が陶器に興味があるとは思えないが、もしかして彼の家族にそういう趣味があるのだろうか? それとも何か他に思惑があるのか・・・

 

 「ほ~・・・陶芸品か。良いよな陶芸品! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から、作るのを見ているだけでも面白いよな!!」

 

 どこかわざとらしい物言いでそんな事を言ったマシロ殿は、チラリと目線をズラし、何やら考え込んでいるネコネの姿を見て笑みを深めた。

 

 「粘土・・・器・・・・・・・・・・・・そうです! 陶器です! 陶器を使えば良いのです!!」

 

 何か閃いたらしいネコネが湯飲みを掲げながら立ち上がる。その目はこれまで見たことが無いほど輝いており、頬も興奮からか赤くなっていた。

 

 「ちょっネコネさん!? どうしたんですか!?」

 

 「分からないのですかキウル!? 陶器です! 陶器を使って管を作ればいいのです! これなら安価で大量に作れて作事もすぐに終わるのです!!」

 

 ネコネが語った方法に目から鱗が落ちる思いがした。確かに陶器ならば形も自由に作れる上に焼き方や厚さ次第で十分な強度になる。そして何より材料となる粘土はエンナカムイを囲む山々から幾らでも手に入るので量産する事も可能だ。これならば・・・

 

 「流石ネコネ。お前ならその考えに辿り着くと思っていたよ。」

 

 「やっぱりそうなのですね!・・・あ・・・でも、対価も払ってないのに・・・」

 

 「うん? なに言ってるんだ。別に自分は教えていないだろう? それはネコネが自分で思いついたことだ。まぁ、少しだけ助言もしたが、それはオシュトルから対価を貰い過ぎた事への穴埋めだ。だから、それに関して自分が対価を要求することは無い。」

 

 飄々とした態度でそのようにのたまうマシロ殿はこちらに向かって片目を閉じて合図を送ってきた。それはまるで悪戯が成功した悪ガキのようであった。

 

 もしかしたら、形見のキセルを要求してきた時から彼はこうするつもりだったのかもしれない。

 なにやら複雑な事情はあるようだが、それでも自ら抜け穴を探してこちらの望みを叶えてくれようとするその在り方に畏敬の念を抱いてしまう。

 もしかしたら、彼はこちらが思っている以上に気高い存在なのかもしれない。

 

 「マシロさんっ!」

 

 感極まったネコネがマシロ殿に抱き着いた。

 マシロ殿はネコネを優しく抱き留めると慈愛のこもった眼差しで見つめながらその頭を撫でていた。その姿は仲睦まじい兄妹の様にも見えた。

 

 某はその事に若干の嫉妬を抱きつつもネコネの望みを叶えてくれてた素晴らしき友に心の中で感謝した。

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 自分達はオバロ湖への道を歩いていた。

 ネコネが陶器の管を思いついた後、どうせならしっかりと計画を立ててから提案しようという話になったので、その資料を集めるためにオバロ湖を調査することにしたからだ。

 

 オバロ湖への道は、ネコネから聞いていた通り大変荒れていた。地面は凸凹で所々木の根も這っており、倒木で道が塞がれていることもあった。

 そして、そんな悪路を自分とネコネの呪術で均しながら進んでいた。

 

 「また倒木が在るな。」

 

 「今度のは結構太いのです・・・マシロさん、お願いできますか?」

 

 「おう、任せろ。」

 

 自分は太い倒木に手をかざして権能(チカラ)を行使する。すると倒木はボロボロと崩れていき、腐葉土へと変わっていった。

 これは自分が司る『循環』の力によるもので、微生物が木を分解するサイクルを早めることで腐敗を促進させたのだ。

 力が十全ならヒトや動物にも作用できるが、現状では精々植物や微生物、無機物なんかにしか効果がない。とはいえ、使えたからといって生き物に使うなんてことは殆ど無いわけだが、こういった場合や植物の成長を早めるの時に役に立つ。

 

 「よし。 これでいいだろう。」

 

 「何度見ても凄いのです・・・こんな呪術、どんな書物でも見たことがないのです。」

 

 「確かに・・・某は帝都で何人もの呪術衆(ジュソスライ)と関わってきたが、木を腐らせる呪術を使う者などいなかった・・・これはまるで・・・」

 

 「あ~・・・別に自分の呪術が特別なわけじゃないぞ? 自分が使っている呪術は、普通の呪術を応用して使っているにすぎん。」

 

 オシュトルが自分の術を神官の術と結びつけようとしているのを察して、考えを遮るように言葉をかぶせる。

 もしこれが神官の扱う術だと思われてしまったら、自分が神職だと勘違いされてしまう。

 神職はヤマトの中でも特別な存在だ。そして、そうだと勘違いされてしまった場合、いろいろと面倒な事態が発生してしまいそうなので誤魔化すことにしたのだ。

 

 「応用・・・ですか? それはどういうことなのです?」

 

 「ああ。例えばあそこの地面に溝があるだろう? ネコネはあれを呪術で無くす場合どうする?」

 

 「どうするって・・・呪術で土を生み出して埋めるですが・・・」

 

 「そうだな。それが一般的な方法だ。だが自分の場合は、周りの土を動かして溝を塞ぐ・・・こんな風にな。」

 

 そう言って自分が地面を踏み鳴らすと周りの土が蠢き、流れるように動いて溝を塞いだ。

 それに二人は目を瞬かせて、溝があった場所まで行くと不思議そうに地面を撫でた。

 

 「これは・・・いったいどうなっているのだ?」

 

 「これは土神(テヌカミ)の力を地面に流して土を操ってるんだよ。この方法なら土を生み出すより気力の消費を抑えられる。ただ、力の制御が難しいんだけどな。」

 

 「呪術にそんな使い方があっただなんて・・・どうしてそんな事が考え付くのですか?」

 

 「自分は他の奴とは物事の見方が違うからな。そのおかげで先入観に囚われず、こうやっていろいろな事を考え付くんだ。」

 

 ネコネ達は「先入観」という言葉に思い当たる節があったようで、ハッとした表情をした。

 恐らく、水路の件を思い出しているのだろう。

 

 「そういうことか・・・某達とマシロ殿の違いはそこなのだな。」

 

 「はいなのです・・・ほんの少しだけ視点を変えるだけでいいというのに私たちは今ある物を「こういう物だ」と決めつけ、進歩させることを自ら放棄しているのです・・・こんなことではいつまで経っても國を発展させるなんて無理なのです・・・」

 

 自分は、項垂れる二人を見ながら、これもしょうがない事だと考える。

 

 ヤマトという國は帝を絶対的な存在として見ている為、その帝に与えられた物を変えようと思う者は殆どいない。

 その典型的な例が呪術だ。呪術は自身に宿る神憑(カムナ)や自然に存在する神々の力を借りて術を発動させるが、その方法は気力を現象に変化させたり、物質化させるといった非効率的なものだ。それに対して、自分が呪術を使う場合は、それぞれの神の力に適した媒介を使うことで術の効率化を図っている。火神(ヒムカミ)なら酸素を。土神(テヌカミ)なら大地を。水神(クスカミ)なら水分を。風神(フブカミ)なら大気を。といった具合にだ。

 まぁ、これに関しては現在のヒトには分からない知識が含まれているので思いつけという方が無理な話なのだが、それでも頭が良い連中が研究すればより広い分野で呪術を活用できるようになるはずなのだ。それなのに未だ戦闘関係にばかり使われている事を考えると、ヒトが如何に先入観に凝り固まっているかがよく分かる。

 

 しかし、ネコネとオシュトルはその先入観に気付き、広い視野を持つきっかけを得た。

 今はまだ難しいだろうが、優秀な二人の事だ、すぐに物事を柔軟に考えることができるようになり、ヤマトにとってかけがえのない存在となるだろう。

 無論行き過ぎた技術を生み出してしまわないように注意が必要だが、そうなりそうになったら自分が止めてやろう。

 彼らが紡ぐ未来が少しでも幸福な世界となるように・・・

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 「ふう・・・とりあえず、調査はこれで終わりだな。少し休憩したら里に戻ろう。」

 

 「そうだな・・・ネコネ、休憩にしよう。」

 

 「あ・・・はい! 今行くのです!」

 

 湖での調査を終えた自分達は、岸辺の岩場で休憩を取ることにした。

 ここでは湖のおおよその面積と水深、水質なんかを調べた。そして、調査の結果、水質、水量共に問題無い事が分かり、御前へのプレゼンに向けて良いデータが取ることができた。これで水路計画は一歩前進だ。

 

 「ネコネ、湖でいったい何をしていたのだ?」

 

 「えっと・・・マシロさんがやっていたことを水でできないか試していたのです。」

 

 湖の畔で何やらやっていた妹を不思議に思ったオシュトルがそれについて尋ねるとネコネは溜息を吐きながらそう答えた。

 その様子を見るに上手くいかなかったようだが、新たに得た知識をすぐに試してみようというネコネの姿勢にはとても好感が持てる。

 

 「ほ~・・・それでどうだったんだ?」

 

 「全然ダメでした。湖の水に気力を流してみてもうんともすんともいわなかったのです・・・それに普通に呪術を使う以上に疲れたのです・・・」

 

 やはりというか如何に天才的な才能を持っているネコネでもいきなりは無理だったようだ。

 チラリと見た限り、水に気力を流すことはできていたが、方向性を与えることが出来ずに無駄に気力を垂れ流しているだけだった。あれでは水を操るのは不可能と言ってもいい。

 

 溜息を吐きながらしょんぼりと項垂れるネコネ。自分はそんなネコネの姿にモヤモヤとした思いを抱いた。

 ネコネとは出会ったばかりだが、彼女の遠慮の無い振舞いの御蔭で自分達の仲は急接近しており、今では妹の様だと感じていた。そのせいか、ネコネが哀しそうな顔をしているのが嫌だと思ったのだ。

 そして自分は、項垂れ続けるネコネの姿にいても立ってもいられなくなり、懐から盃を取り出すと水筒の水を注いでネコネの目の前に差し出していた。

 

 「? どうしたのですかマシロさん?・・・これは!」

 

 盃に満たされた水を見てネコネが驚きの声を上げる。何故ならば、盃の中で水が独りでに渦を巻いていたからだ。そして、その水は盃から浮かび上がると水の玉になって漂い始めた。

 

 「これは、マシロ殿が水を操っているのか?」

 

 「そうだ。これは気力制御の初歩みたいなもんで、これができるようになれば、あとは気の量と練度を高めるだけだ。まぁ、コツを掴むまで大変だと思うがネコネなら大丈夫だよな?」

 

 「はいなのです! 教えてくれてありがとうなのですマシロさん!・・・あっ、でも・・・良かったのですか?」

 

 「気にするな。これくらいなら問題ないさ。それにこれは頑張っているネコネへのご褒美みたいなものだからな。けど、他の奴に教えるのは禁止な?」

 

 「大丈夫なのです! 誰にも教えたりなんかしないのです!」

 

 満面の笑みを浮かべたネコネが抱き着いてくる。

 陶管の一件から、ネコネは喜ぶとこうやって自分に抱き着いてくるようになった。

 元々ヒトとの触れ合いに飢えていたとはいえ、他人である自分に抱き着くのは如何なモノかと思うが、その姿はとても愛らしく、ついつい受け入れてしまっていた。

 とはいえ、横から物凄く複雑な視線が向けられるので、せめてオシュトルが居る時は自重してもらいたい。

 

 「うむ・・・マシロ殿。貴殿に頼みたい事があるのだが・・・」

 

 「うん? なんだオシュトル?」

 

 オシュトルの視線に気まずく思いながらネコネを撫でていると真剣な声色でオシュトルが話しかけてきた。

 その声でネコネはオシュトルの前だということを思い出して、自分から離れると顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 そんなに恥ずかしがるならやらなければいいだろうにと思うのだが、それだけ自分になついてくれていると思うと嬉しくなってくる。

 

 「オホン!・・・それで頼みなのだが・・・ここに居る間だけでもネコネの師になってはもらえないだろうか?」

 

 「・・・へ?」

 

 突然兄が言った言葉にネコネは目を白黒させる。そして、その意味を理解すると期待を込めた眼差しで自分を見つめてきた。

 自分はその眼差しに思わず頷きそうになったが、対価の事を考えてグッと思いとどまる。

 先ほどの様な助言程度ならネコネから貰った幸玉で事足りるが、弟子にするとなると足りなくなってくる。

 だが、仲良くなった二人からこれ以上何か貰うのは気が引ける。しかし、考え込む自分の姿にネコネはどんどん悲しそうな顔になっていく。

 

 止めてくれ。それじゃあ断れないじゃないか!

 

 「・・・分かった。だが、対価は貰う。」

 

 「当然だな。何を差し出せばいい?」

 

 「いや、今回の対価は物じゃない。ネコネの時間だ。」

 

 「へ? 私の時間? どういうことなのですか?」

 

 「それはだな。ネコネが自分の弟子になった瞬間から自分がこの國を去るまでの間、ネコネは自分の指示通りに生活してもらうってことだ。」

 

 「な!?・・・マシロ殿、流石にそれは・・・」

 

 自分が対価の意味を説明するとやはりオシュトルは渋い顔をした。自分が言っていることは、ネコネを好き勝手にすると言っているも同じだ。いくら友人である自分が相手であっても到底受け入れられるものではないだろう。

 

 「安心しろ。何もネコネを好き勝手しようと思っているわけじゃない。普段は好きな様に生活してもらって、自分が必要とした時に手を貸してくれるだけでいい。」

 

 「そんなことで良いのですか?」

 

 「何言ってんだ。ヒトの命は有限なんだぞ? しかも子供の時の時間ってのは人生の中でも特に重要なものだ。だからこそ対価になる程の価値があるんだよ」

 

 その説明でオシュトルは納得したようで、ネコネに向かって頷くと、彼女はぱぁっと明るい笑顔を浮かべた。そして、それに合わせるように尻尾もブンブンと動き回り、自分の弟子になれた事を本当に喜んでいるのが分かった。

 

 「マシロさん・・・いえ、師匠(せんせい)! 短い間ですがよろしくお願いしますです!」

 

 全身で喜びの感情を表しているネコネがそう言ってお辞儀をしてくる。

 そんなネコネに師匠と呼ばれた自分はむず痒さを感じながらも初めて出来た弟子という存在に喜びを感じていた。

 そして、その事に緩む頬をなんとか引き締めながら大きく頷くのだった。

 

 

 

 

 




 
・マシロ様の願いの叶え方について
 
 マシロ様の願いの対価は、ハクオロさんよりもかなり融通が効きます。
 簡単な願いならばストックしている幸玉で叶えて、難しい願いは相手が払えるであろう対価を考えて要求します。
 そして、対価は彼が価値があると判断したモノならばなんでもよく、金銭や高価な物品よりも、ヒトの思いが籠っているモノや感謝の気持ちが籠ったモノの方が価値があります。
 マシロ様本人としては対価無しでも叶えてもいいとは思っていますが、神としての性質のせいで、対価無しでは願いを叶えられなくなっています。
 なので、マシロ様が対価無しで何かをアドバイスしたり、教えたりした場合は、幸玉で対価を代用していると思ってください。


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13.神様とお弟子様

 

 菓子の材料が入った袋を携えて、自分はネコネの家への道を歩いていた。

 今日のエンナカムイは暖かくて穏やかな天気で、そよ風に揺られる菜の花(スムナ)を眺めながら歩く畦道はとても気持ちが良かった。

 そして、のんびりと菜の花(スムナ)の道を抜け、桜並木が立ち並ぶ場所まで出ると、桜舞い散る中に佇むトリコリさんの姿が目に付いた。

 

 トリコリさんは、木々の間から漏れる日光を浴びながら、枝に咲いた桜の花を引き寄せ、その香りを楽しんでいた。

 まるでその姿は花の女神のようで、自分はその光景を瞬きすることを忘れるほど見惚れていた。

 

 「・・・あら? もしかして、マシロさんかしら?」

 

 「・・・あっ、はい! おはようございますトリコリさん。」

 

 自分の存在に気付いたトリコリさんに声をかけられて我に帰った自分は、小走りで彼女の傍まで近づく。

 そして、近づいたことで自分の事をはっきりと認識したトリコリさんは柔らかな笑みを浮かべて挨拶を返してくれた。

 

 「おはようマシロさん。今日はいい天気ね。」

 

 「そうですね。トリコリさんは散歩ですか?」

 

 「ええ。こういう天気の良い日はなるべく歩くようにしているの。」

 

 「それは良いですね。健康の為には適度な運動と日光が大切ですから。でも、オシュトル達はどうしたんですか? 姿が見えないですけど・・・」

 

 自分は一人で居たトリコリさんを疑問に思い、辺りを見回してみるが、オシュトル達の姿はどこにも見当たらなかった。

 いくら家から近いとはいえ、あいつらがトリコリさんを一人で出歩かせるとは思えない。もしかして、二人がいない間にここまで一人で来たのだろうか?

  この辺りは土手になっているから目が不自由なトリコリさんが歩くには危険な場所だ。もし転びでもしたら、身体が弱いトリコリさんは怪我ではすまないかもしれない

 

 「二人は出かけていて居ないわ。オシュトルは兵の調練に参加しに行って、ネコネはお城の書庫に行ったの。だから、ここまで一人で来たのよ。」

 

 「やっぱり一人で来たんですか・・・駄目じゃないですか。転んで怪我でもしたらどうするんです?」

 

 「大丈夫よ。この辺りの事はよく知っているから。でも、心配してくれてありがとうね。」

 

 そう言ってくすりと笑うトリコリさんの姿にまた心がざわついた。やはりこのヒトと一緒に居るとどうも調子が狂う。

 だが、それは嫌な気分というわけではなく、寧ろ一緒に居たいというか、大切にして真心を持って尽くしたいと思わせる、そんな不思議な気持ちだった。

 

 「それじゃあトリコリさん、一緒に散歩しましょうか。それなら自分も安心だ。自分の手を握ってください。」

 

 「まぁ、ありがとうマシロさん。やっぱり貴方は優しいヒトね。」

 

 トリコリさんは、きめの細かい白魚のように美しい指で自分の手を握ると周りに咲く桜のように微笑んだ。

 その美しい微笑みに胸が高鳴るのを感じたが、自分はそれを誤魔化す様に顔を逸らすと彼女のすべすべとした手を握り返してゆっくりと歩き始めた。

 

 桜舞い散る並木道をトリコリさんと寄り添いながら歩く自分の顔は真っ赤になっていたことだろう。

 しかし、トリコリさんは自分がそんなことになっているとは露知らず、のほほんと世間話に興じてくる。

 自分はそれに相槌を返しながら、この時ばかりは彼女の視力が弱い事に感謝するのだった。

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 「あれ? 師匠(せんせい)、来ていたのですか?」

 

 城の書庫で企画書に必要な資料を調べて自宅に帰ると師匠と母さまが縁側でお茶を飲んでいたのです。

 昨日別れる時には用事があるとは言っていなかったので、今日は朝から書庫に行っていたのですが、師匠に確認してから行くべきだったかもしれません。

 

 「おっ、帰って来たなネコネ。」

 

 「おかえりなさいネコネ。調べ物は終わったのかしら?」

 

 「はい、ただいま帰りました。今日のところは終わったのです。ところで師匠はどうしたのですか? 私に何か御用があったのでしょうか?」

 

 「おう。突然悪いな。と言っても今日はこの前約束した菓子を食わせてやろうと思っただけだから、気にしなくていいぞ。」

 

 「・・・あっ、そう言えばそんな話もありましたね。すっかり忘れていたのです。」

 

 最近水路の事で頭がいっぱいで忘れていましたが、師匠にすごく美味しい菓子を貰う約束をしていたのです。

 城で師匠に意地悪された時のお詫びはすでに貰っていましたが、その後に食べさせてくれると言っていた菓子はまだ貰っていませんでした。

 師匠がとっておきだというくらいなのですから、きっとその菓子は私が今まで食べたことがないくらい美味しいに違いありません。

 私は自分でも分かるくらい興奮して尻尾まで振ってしまっていました。

 

 「あらあら。ネコネったらそんなに楽しみなのね。」

 

 「はははっ! このままにしてたら尻尾で庭が綺麗になっちまいそうだな!」

 

 「あぅ・・・」

 

 喜ぶ私の姿を見て師匠と母さまが可笑しそうに笑いました。それに私は恥ずかしくなって、誤魔化すように師匠と母さまの間に座りました。でも、尻尾は正直でずっとパタパタと動いています。

 

 うぅ・・・これではまるで私が菓子に目がないみたいじゃないですか・・・こんな姿を見られたら子供だと思われてしますのです・・・

 

 チラリと師匠の方を見てみると、師匠は兄さまみたいな優しい笑みを浮かべていたのです。そして、私の頭を一撫ですると立ち上がりました。

 

 「よしよし。それじゃあ今菓子を持ってくるからもう少しだけ待っててくれな。」

 

 「じゃあ私は新しいお茶を入れておくわね。」

 

 「あっ、私も手伝うのです!」

 

 屋内に向かおうとする二人に私は慌ててついて行きました。母さまが心配なのと師匠の菓子が気になったということもありますが、今ひとりになったら気持ちの抑えが効かなくなってさらに恥ずかしいことになってしまうと思ったからです。

 

 そして、母さまと居間で湯を温め直していると師匠がお盆に小鉢を乗せて現れました。

 その小鉢は普段我が家で使っているものでした。普通菓子を出すなら小皿に乗せると思うのですが、あの師匠のことです。私の知らない菓子を出してくれるに違いありません。

 

 私は高鳴る胸を押さえながら、師匠がちゃぶ台に菓子を置くのを待ちます。そして、私の前に置かれた器を覗き込んでみると、ひんやりとした空気と共に淡い黄色の滑らかな物体が目に飛び込んできました。

 

 「・・・? 師匠、これはいったい何なのです?」

 

 「こいつは、溶いた卵に砂糖と乳を加えて蒸した『プリン(プルン)』という菓子で、自分の術で冷やしてある。きっと気に入ると思うぞ。」

 

 そう言った師匠から差し出された匙を受け取ると、私は逸る気持ちを抑えながら、恐る恐る器を持ち上げてプルンを掬ってみました。

 

 掬いあげたプルンはとても柔らかくて艶やかで、匙の上でプルプルと震えています。その姿に私は生唾をゴクリと飲み込むと思い切って口に含みました。

 

 口に含んだプルンは舌の上でふるふる震えて、すぐにやわやわととろけていきました。そして、乳のコクと卵のまろやかな風味、こってりとした砂糖の甘さが口いっぱいに広がり、とても幸せな気分になりました。

 

 私は一心不乱にプルンを食べました。口に運ぶたびに体の芯から幸せな気持ちになれるこの菓子は、今まで食べてきたどんな菓子よりも美味しくて、プルンを掬う手が止まりませんでした。

 

 あぁ、こんなに美味しい菓子を食べている自分は、今この瞬間、ヤマトでもっとも幸福な存在に違いないのです・・・

 

 そして、幸福な気持ちに浸りながら器の底にあったほろ苦くも甘い糖蜜のようなものまで残さず食べると、器を置いて甘い香りのする幸せの溜息を吐きました。ですが、空っぽになった器を見ると哀しい気持ちになってきます。私はもっともっとこのプルンを味わいたいと思ったのです。

 

 私が名残惜し気に器を眺めていると、コトリと新しいプルンが置かれました。驚いた私が顔を上げると師匠が優しい眼差しで私を見つめていました。

 

 「ほらネコネ。自分の分も食っていいぞ?」

 

 「え?・・・でも・・・」

 

 「そんな顔するぐらいプルンが気に入ったんだろう? 自分は喜ぶネコネの顔が見れて満足だから、気にしないで食べてくれ。」

 

 「師匠・・・・・・ありがとうございますです!」

 

 私は師匠にお礼を言うと再びプルンを食べ始めます。でも、今度は一気に食べたりなんかしません。せっかく師匠が自分の分をくれたのです。このプルンはじっくりしっかり味わって食べるのです!

 

 師匠と母さまはプルンを食べる私をニコニコと笑いながら眺めています。いつもならこんな子供っぽい姿を見られるのは恥ずかしいのに今は全然気になりませんでした。むしろ、嬉しく思っていました。

 

 私はこのすばらしき菓子を食べさせてくれた師匠のことがもっと好きになりました。もちろん本人には口が裂けても言えないですが、きっと母さまや兄さまと同じくらい大好きなのです。

 

 だから、師匠と一緒に居る時間を大切にしたい。この意地悪だけど、物知りで、とっても優しいヒトとの時間を・・・

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 「できました! 師匠(せんせい)、水が動いたのです!」

 

 両手で湯飲みを持ったネコネがはしゃいだ声を上げながら自分の下に駆けてきた。

 湯飲みを覗き込んでみると中で水が小さな渦を巻いており、彼女が気力の制御に成功していることが分かった。

 

 「流石だなぁネコネ。まさかたった数日でできるようになるとは思わなかったぞ。」

 

 「私は師匠の弟子なのですからこれくらい当然なのです!」

 

 ネコネはふんす!と鼻息を漏らしながら誇らしげに胸を張っている。

 元々才能があり、歳に似合わぬ研鑚を積んでいただけのことはあるが、教えてから数日でできるようになるとは驚きだ。

 これなら自分がこの國を去る頃には水球くらいは作れるようになっていそうだ。

 

 「よしよし。それじゃあそれは継続して練習するとして、今度は式神に関する事を教えるか。ネコネは式神は使えるのか?」

 

 「もちろんなのです! 出てきてください、『キリポン』!」

 

 ネコネが杖を上下に揺らしながら呪言を唱えると地面から生えるように式神が現れた。

 その式神は緑色の外套(アペリュ)を纏ったこけしの様な姿をしており、ペラペラの腕をゆらゆらと揺らしながらぼーっと佇んでいる。見た目が少々違うがどうやらヤマトの呪術師が扱う一般的な式神のようだ。

 

 「ふむ・・・こいつは囮用の式神だな。ネコネが使えるのはこいつだけか?」

 

 「はいなのです。エンナカムイには式神に関する書物が少ないので、この子みたいな低級な式神としか契約できないのです。」

 

 「そうなのか・・・ネコネならもう少し高位の式神を使っていると思ったんだが、そういうことなら仕方がないか。」

 

 「すみません・・・でも、そもそも高位の式神との契約は秘伝になっていますから、呪術に長けた一族でもない限りそうそう扱えないのです。」

 

 言われてみれば、高位の式神を扱う奴らは大抵神官や(カムナギ)で、一般の呪術師は低級の式神ばかり使っていたな。

 自分が天邪鬼やピリカをあっさり式神にしていたから忘れがちだが、そもそも式神は高等技術で、低級であっても使役できるというのはすごいことなのだ。

 

 「ところで師匠はどんな式神を使役できるのですか?」

 

 「お、そういえばまだ見せた事がなかったな。ちょっと待っててくれ。」

 

 自分が手を打ち鳴らすと緑色の光と三つの黒いつむじ風が発生し、ピリカと天邪鬼達が現れた。

 その式神達の姿にネコネは目を丸くすると興奮した様子で近づいていって、興味深げに観察しだした。

 呼び出された途端、目を輝かせて自分達の周りを回りながら観察してくる少女に天邪鬼達は居心地が悪そうに立ちすくんでいる。一方、ピリカはネコネの後を付いて回りながらカラカラと笑っていた。どうやら子供であるネコネを気に入ったようだ。

 そして、ネコネは天邪鬼達を一通り観察し終えると、ピリカを抱きかかえて自分の方に近づいてきた。その顔には今だ興奮が残っており、自分の式神達がネコネの琴線に触れた事が伺えた。

 

 「すごいのです! この式神達は書物で見た禍日神(ヌグィソムカミ)木霊(こだま)なのです! それを式神にしてしまうだなんて、やっぱり師匠はすごいのです!!」

 

 「はははっ。そんなに喜んでくれるのは嬉しいが、こいつらは式神としては低位なんだ。だからそんなに凄いわけじゃないぞ?」

 

 「そんなことはないのです! 一般的な式神というのは、契約の術式を使って自然界に存在する魂や精に簡易な器を与えて使役するものですが、師匠の式神は存在そのものが実体化しているのです! こんな事ができるのは最高位の術者や(カムナギ)くらいなのです! だから師匠はすごいのです!」

 

 目を輝かせて自分を褒めそやすネコネに照れながら謙遜してみるが、式神達の身体の構成を見抜いていたネコネに更に持ち上げられてしまった。

 まさか、見た目だけでなく造りまで見抜くとは恐れ入る。本当にこの弟子には驚かされてばかりだ。

 

 「それで、どうやってこの子達と契約したのですか? 師匠の家に伝わる秘伝なのでしょうか? それとも師匠が編み出した新技術なのですか?」

 

 「いや、別にこいつらとの契約方法が特別ってわけじゃない。ただ、自分はこういう存在を『視る』ことができるから、視たままの姿で式神にできるってだけだ。」

 

 「まさか、禍日神(ヌグィソムカミ)木霊(こだま)を視ることができるのですか!?」

 

 話してからしまったと思った。自分が普通に視えるもんでうっかり言ってしまったが、禍日神(ヌグィソムカミ)等の自然や畏れが形を成した存在というのは普通ヒトには視ることができないものなのだ。これは(カムナギ)であっても同じことで、自分が知る限り、同じように視ることができるのはトゥスクルの(カムナギ)だけだった。

 

 だが、視る事は出来ずとも存在を感知することが出来る者はそれなりにいる。例を挙げるとするとネコネの母親であるトリコリさんがそれだ。

 これはトリコリさんと散歩している時に気付いたのだが、どうやら彼女は里に居る精霊等の存在を認識しているらしい。と言っても目が悪いトリコリさんはそれらを鳥や小動物か何かだと思っているようで、時折意識を向ける程度であまり気にしていないようだった。

 恐らくトリコリさんのこの能力は目が不自由な為に他の感覚と共に第六感が鍛えられた結果だと思われる。つまり、その方向に話を持っていけばうまく誤魔化すことができるだろう。

 

 「・・・まぁ、修行の成果だな。知ってるかネコネ? ヒトというのはすごいもんで、感覚が一つでも失われるとそれを補うように他の感覚がだんだん強くなっていくんだ。自分はそれを疑似的に行うことで第六感と言われる視えざるモノを視る力を身に付けたんだ。」

 

 「なるほど・・・確かに目の悪い母さまは他の感覚が鋭いのです・・・それに、何も無い所に目を向けていることがよくあるので、もしかしたらそういう存在が居るのを感じ取っているのかもしれませんね。」

 

 「ネコネの言う通りだ。まぁ、本人はそういう存在だとは思っていないみたいだけどな。」

 

 なんとか誤魔化す事に成功した自分は内心で深い溜息を吐いた。

 どうにもネコネに煽てられると口が軽くなってしまう。これは初めて出来た弟子に自分がはしゃいでいることが原因なのだと思うが、余計な事を言って面倒な事になったら拙いのでこれからもう少し気を付けるとしよう。

 

 「ふむ・・・これは私もそういった修行した方がいいかもしれないですね。簡単な方法だと目隠しや耳栓がありますが、視ることを目的とするなら、耳栓をする方がいいでしょうか?」

 

 「張り切るのは良いが、感覚を閉じる修行は危険が伴うから気をつけろよ? それに感覚を鍛えるには瞑想って方法もあるから、初めはそっちからやった方が良いぞ?」

 

 「瞑想・・・確かに(カムナギ)の修行にそういった方法がありましたね・・・分かったのです! それから始めることにするです!」

 

 胸の前で拳を握って意欲を燃やすネコネ。

 元々知的欲求が強い彼女にとって視えざる存在を『視る』ということのは、大変好奇心が刺激されるらしい。

 だが、『視える』ということは良い事ばかりではない。相手によってはちょっかいをかける理由になるからだ。

 

 「・・・それじゃあ、視ることができるように成った時の為に注意が必要な奴について教えるか。何か禍日神(ヌグィソムカミ)が書いてある書物はないか?」

 

 「それなら城の書庫にあるのです! 早速行きましょう!」

 

 新たに得られる知識に胸を躍らせたネコネに手を引かれて城に向かって走り出す。

 この小さな身体のどこにこんな力があるのかと思ってしまうが、早く早くと急かす姿に思わず笑みがこぼれた。

 

 この子が成長したらどれ程の術師になるのかまったく想像が付かないが、ネコネならばヤマトの歴史に名を遺す程の偉業を成し遂げてくれるに違いない。

 

 自分はそんな期待に胸を膨らませながら、ネコネと共に桜並木を駆け抜けていった。

 

 

 

 

 




 
・式神について

低位:力の弱い霊や精を簡易の器に詰め込んだモノ。主に囮として使われる。

中位:精霊や禍日神を専用の器に詰め込んだモノ。属性を活性化させるなど、特殊な力を持つ。

高位:強い力を持った精霊や禍日神をそのままの姿で実体化させて使役しているモノ。特殊能力に加え、連撃が可能。

例外:マシロが精霊や禍日神をそのままの姿で実体化させて使役しているモノ。ステータス的には低位の式神であっても、特殊能力や連撃が使える。



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14.神友と心友

 

 「明後日(みょうごにち)、國を立とうと思う。」

 

 夜、縁側でオシュトルと二人で月見酒に興じているとオシュトルは突然そんな事を言ってきた。

 自分達がエンナカムイに着いてから既に5日経っていたが、オシュトルにとっては久しぶりの帰郷だったので、もっとゆっくりしていくものだとばかり思っていた。

 

 「・・・早くないか?」

 

 「いや、元々の予定では今日國を立つつもりだったのだ。だが、其方の御蔭でいろいろと楽しくてな。予定を延ばしたのだ。」

 

 「それは大丈夫なのか? 仕事もあるんだろう?」

 

 「なに、帰りに少し駆け足で帰ればいいだけの事。帰還日が同じならば問題無い。」

 

 二日の遅れを走って取り返すと事も無げに言うオシュトルに呆れた溜息が漏れた。

 普通のヒトでは考えてもやろうとはしない極めて馬鹿な考えをこのオシュトルがやると言っているのだ。自分でなくとも呆れるだろう。

 確かにオシュトルほどの身体能力の持ち主ならば可能だろうが、見た目に反した脳筋な考えにコイツへのイメージがどんどん壊れていくような気がした。

 

 「それでなのだが、明日一日某に付き合ってはくれないだろうか?」

 

 「別にかまわんが・・・いったい何をするんだ?」

 

 「いやなに。最後に某のとっておきの場所にマシロ殿を案内しようと思ってな。少々道なりは険しいが、きっとマシロ殿も気に入るはずだ。」

 

 「ほ~・・・オシュトルとっておきの場所ね・・・そいつは楽しみだ。」

 

 「絶対に期待は裏切らぬよ。」

 

 そう言って悪戯っぽく笑ったオシュトルは空になっていた盃に酒を注ぐと自分の前に差し出してきた。自分はそれに己の盃を軽く打ち合わせると、同時に一気に酒を煽り、顔を見合わせ笑い合った。

 

 男二人の酒盛りは静かな時間と共に過ぎていく。そして、爽やかな風に誘われて見上げた空には、黄金色の美しい満月が大地を優しく包み込むように輝いていた。

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 「これがオシュトルが自分に見せたかったモノ・・・・・・千年白木蓮(シノニム)か。」

 

 オシュトルに連れられて訪れた深い森の奥で目にしたのは、丸く大きな白花の群花を陽光に咲き誇らせた白木蓮(シノニム)の大樹だった。

 冬を乗り越え、ようやく待ちわびた春を迎えて天に向かって花弁を伸ばす白木蓮《シノニム》の花はとても美しく、森を抜けるそよ風に運ばれた上品な香りが心を和ませてくれる。

 

 「・・・この白木蓮(シノニム)は父上が好きだった樹でな。父上が存命だった頃は春になると家族で連れ立ってここに来たものだ。」

 

 「そうだったのか・・・確かにこの白木蓮(シノニム)は見事なもんだ。オシュトルがとっておきって言うだけの事はあるな。」

 

 男二人で樹の前に立ち、白木蓮(シノニム)を眺める。

 花弁が大きく肉厚な白木蓮(シノニム)の花は風に揺られる度に、はらりはらりと枝から落ちていく。しかし、その花びらは地面に積み重なり、まるで白い絨毯のようになっていた。

 そして、千年白木蓮(シノニム)を囲むように自生する若い白木蓮(シノニム)の存在も相まって、この場所は甘い香りがする温かみのある白い空間と化していた。

 

 「・・・マシロ殿。某と手合わせしてもらいたい。」

 

 「・・・・・・あ?」

 

 白木蓮(シノニム)に見惚れていた自分はオシュトルが言った言葉を理解できなかった。そして、遅ればせながらその意味を理解するが、何故こんな美しい場所でそんな事をするのか理解に苦しんだ。

 

 オシュトルは若いながら既に将となってもおかしくない程の腕前だ。そして、そんなオシュトルと長い年月の間に培った技術を持つ自分が闘えば、白木蓮(シノニム)が咲き誇るこの場所は更地になってしまうことだろう。

 

 「なんでよりにもよってこの場所でやるんだよ?」

 

 「家族でここに来る度に父上と手合わせしていたのだ。それに手合わせと言っても一太刀のみ。共に構え、白木蓮(シノニム)の花びらが地に落ちるのを合図に一撃を繰り出す。そして、相手に有効打を与えた方が勝ちとなる。まぁ、遊戯のようなものだ。」

 

 「どっちにしろここでやんなよ・・・」

 

 オシュトルの説明に頭を抱えたくなった。

 オシュトルにとっては、ここでの手合わせは父親とやっていた恒例行事なのだろう。しかし、それをこのように美しい場所でやっていたとか発想が脳筋過ぎて笑えない。

 だが、確かに一太刀だけなら問題は無いだろう・・・風情が無いにも程があるけどな!

 

 「はぁ・・・分かったよ。一回だけだぞ?」

 

 「かたじけない。代わりといってはなんだが、手合わせの後は某が持ってきた酒で一杯やろう。」

 

 「そういうことは早く言え! ほら、さっさと構えろ!」

 

 酒と聞いてテンションが上がった自分は、素早く位置に着くと刀の柄頭に手を当てて抜刀の構えを取った。

 そんな自分にオシュトルは苦笑するが、すぐに自分の向かい側に立つと同じように構える。

 

 構えた自分達の間に静寂が訪れる。先ほどまで吹いてた風も止み、森に潜む鳥の鳴き声だけがこだまする。

 そんな中、自分はその瞬間に向けて精神を集中させていく。

 この手合わせは戯れの様なものだ。だが、オシュトルにとっては神聖な儀式と言ってもいい。故に自分も全力で挑む。不完全な今の自分が出せる最高の一撃を放つために全神経を研ぎ澄ます。

 

 そして、遂にその時が来た。

 白木蓮(シノニム)の木々をすり抜けるように風が吹き、千年白木蓮(シノニム)の花びらが舞い上がるとそのうちの一枚がゆっくりと自分達の間に落ちた。

 その瞬間、自分達は同時に動いていた。

 

 この時、自分は利き手と同じ足を前に出すという居合の常識を捨てていた。

 通常、抜刀術は刀を左から抜刀するため、抜刀時に左足を前にすると斬ってしまう危険性があるので右足を前にする。

 しかし、自分はあえてその刹那のタイミングを見切って左足を前に出して踏み込むことで、手の振りや腰の捻りの勢いを一切殺さずに加速と加重を斬撃に加え、『超神速』の抜刀術とした。

 

 そして、これにより超神速で振り抜かれた自分の一撃は、振り切る途中のオシュトルの刀を捕らえると真っ二つに切り裂き、衝撃でオシュトルを後方に弾き飛ばした。

 

 これぞ、『飛天御剣流(ヒテンミツルギスタイル)奥義――天翔龍閃(あまかけるりゅうのひらめき)

 

 昔見た、流浪ニート漫画の技を忠実に再現した自分の必殺技の一つだ。

 

 オシュトルを吹き飛ばし、手合わせに勝利した自分は、刀を鞘に納めると大きく息を吐き出した。

 この技を出すには強い集中力と気力が必要だ。そして、相手が超一流の腕前を持つオシュトルということもあり、精神もかなり消耗してしまったのだ。

 

 自分は息を整えるとオシュトルに向かって酒盛りをしようと声をかけようとした。しかし、視線の先には岩にクレーターを作りながら埋もれているオシュトルの姿があった。

 自分はその姿に橙色の胴着を着たかませ犬を重ねながら、急いで駆け寄り治療を施すのであった。

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 「まったく・・・あの場所で師匠(せんせい)と手合わせするだなんて兄さまは何を考えているのですか!」

 

 「ははは・・・すまないネコネ。だが、どうしてもあそこでマシロ殿と手合わせをしたかったのだ。」

 

 「その結果が完敗では、常世(コトゥアハムル)の父さまも呆れているのです!」

 

 「む・・・」

 

 オシュトルの送別会の為に集まった居間で自分達の手合わせの話を聞いたネコネは、呆れた眼差しを向けながら強い口調でオシュトルを諫めていた。

 そして、そのまったくもっての正論をぶつけられたオシュトルはすっかりたじたじになっており、額に汗を浮かべながら大人しく説教を受けていた。

 

 「ネコネさん、兄上も反省しているみたいですし、もういいのでは・・・?」

 

 「何を言っているのですかキウル! これはお馬鹿な兄さまのためなのです! 今きちんと叱っておかないとまた同じようなことを仕出かすに違いないのです!」

 

 「ネコネよ。某は童か何かか?」

 

 「実際似たようなもんだろ?」

 

 「いいえ師匠! 今の兄さまを童と一緒にしたら童に失礼なのです! 精々脳たりんの抜け作なのです!!」

 

 「」

 

 「あ・・・あにうえーーー!?」

 

 送別会に参加すべく来ていたキウルがオシュトルを庇おうとするが、ネコネはそれを一刀両断する。どうやら思い出の場所で手合わせをした事にかなり腹を据えかねているようだ。

 今のオシュトルを見るネコネの目は、自分が最初にからかった時に向けてきた目と同じだった。つまり、ゴキブリを見るような目で兄を見つめていた。そして、そんな目で見られながらこき下ろされたオシュトルは塩の塊のように白くなった。

 

 「だいたい兄さまは栄えある近衛兵としての自覚が足りないのです! 師匠と一緒に居ると楽しいから帰る日を遅らせるだなんて・・・しかも走って帰るから問題無い? 馬鹿なのですか!?

 

「すまぬ・・・すまぬ・・・」

 

 ネコネの前で正座しながら項垂れるオシュトルの姿はなんとも情けなかった。最早ここに居るのは一流の武士(もののふ)ではなく、悪戯をして叱られる悪ガキだ。しかも叱っている方が幼い少女とあって、今のオシュトルの姿を同僚が見たら幻滅しかねない程惨めだった。

 

 「ま、マシロさん! ネコネさんを止めてくださいよぅ!」

 

 「・・・そうだな。もうオシュトルも反省しただろし、このままじゃ明日の朝まで説教が続きそうだ・・・」

 

 「ですね・・・ネコネさん、怒るとなかなか止まりませんから・・・」

 

 オシュトル達の姿を見て、自分とキウルは深い溜息を吐いた。そして自分は、尻尾を逆立てながら烈火の如く怒るネコネの背後に立つと後ろから抱きかかえてそのまま座り込んだ。

 

 「うな!? なんなのですか!? って師匠!? いきなり何するですか!?」

 

 「何ってお前を止めたんだよ。このままじゃオシュトルの送別会が説教会になっちまう。」

 

 「うっ・・・ですがっ!」

 

 「自分は気にしてないし、オシュトルも反省した。だから、今日のところはこの辺にしといてやれ。」

 

 「む~・・・分かったのです・・・師匠に免じて終わりにしてあげるのです! もうあんなことしてはダメなのですよ兄さま!!」

 

 「すまぬ・・・本当にすまぬ・・・」

 

 自分の膝の上で腕を組みながらネコネがそう言うと、頭からキノコが生えそうな程落ち込んだオシュトルがさめざめと泣きながら土下座してくる。妹のネコネに虫けらの様に見られながらコテンパンに叱られたのが余程ショックだったようだ。とは言え、自業自得なので慰めたりはしない。

 

 「あら? お説教は終わったのかしら?」

 

 ネコネの説教が終わると同時に夕食の準備を終えたトリコリさんがやってきた。

 台所でネコネ達のやりとりを聞いていたであろうトリコリさんは、自分の膝の上に座るネコネと影を背負ったオシュトルの方を向いて可笑しそうに笑っていた。

 

 「あ、母さま、ごめんなさいなのです。お手伝いしなくちゃいけなかったのに・・・」

 

 「ふふふ・・・良いのよ。また暫く会えなくなるのだから、しっかり触れ合いなさい。」

 

 「はい! 母さま!」

 

 「某としては、もっと穏やかな触れ合いがしたいのですが・・・」

 

 「諦めろ。今回はもう無理だ。」

 

 「はははは・・・」

 

 自分はガックシと肩を落としたオシュトルの背中を軽く叩くと乾杯をすべく、盃に酒を注ぐのだった。

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 翌日、自分、ネコネ、キウルの三人はオシュトルを見送るべく、正門の前まで来ていた。

 トリコリさんは体調を崩したので家で留守番だ。どうやら昨夜の寒さが身体に堪えたらしい。

 元々周囲を山々に囲まれたエンナカムイは、雨雲が山に遮られて雨が降り辛い土地である為、空気が乾燥しやすく、それに伴い寒暖の差が大きくなりやすい。そして、ここ最近は暖かい日が続いていたので、トリコリさんは薄手の掛布団のまま寝てしまって身体を冷やしてしまったのだ。

 そんな訳で、自分の薬草を煎じて飲ませ、オシュトルへの別れの挨拶をした後、布団で休んでもらっている。

 

 「・・・ネコネ、母上の事を頼んだぞ。某が居ない間は、其方が一番の頼りだ。」

 

 「任せてください兄さま。それにしばらくは師匠(せんせい)も一緒に居てくれますから、心配無いのです! ねぇ、師匠?」

 

 「おう、任せろ! でも本当に良いのか? 自分が居候なんかになって。」

 

 「マシロ殿の事を信頼しているからこそだ。それにネコネの師なのだから、同じ家に住んでいた方が何かと都合がよいであろう?」

 

 「確かにな。だが、キウルが嫉妬しないか心配だぜ!」

 

 「ちょっマシロさん!?」

 

 ネコネと一つ屋根の下で暮らすことになった自分がからかい混じりにそう言うとキウルが慌てた声を上げた。しかし、彼の気持ちに全く気付いていないネコネは不思議そうに首を傾げていた。

 

 「? キウルも師匠の教えを受けたいのですか?」

 

 「えっ!? そ、そうです!! マシロさんの話はタメになりますから羨ましいな~って!」

 

 「やはりそうでしたか。ですが、師匠は私の師匠なのでキウルには貸してあげないのです。それに、キルウは皇子としての知識がまだまだですから、今はそっちをしっかり勉強するのです。」

 

 「ですよね~・・・はははっ・・・はぁ・・・」

 

 誤魔化すことは出来たが全く脈がなさそうなネコネの様子にキウルは溜息を吐いた。

 キウルは歳の割には落ち着いているが、ネコネにとっては敬うべき皇族であると同時に幼馴染だ。そんな相手を恋愛対象として見るのはなかなか難しい事だろう。

 それにそもそもネコネの理想がオシュトルなのだから、キウルの思いが届くには余程の努力が必要なわけで、そこに辿り着くまでにネコネに好きな人が出来ないとも限らない。

 つまりキウルの失恋は半ば確定しているようなもので、そんなキウルに目頭が熱くなるような気がした。

 

 「どうしたのだマシロ殿? 目を抑えたりなどして?」

 

 「いや、キウルの未来を考えるとちょっとな?」

 

 「そういう事か・・・キウルも良き男の子(おのこ)なのだがな・・・」

 

 「こればっかりは好みの問題だから仕方がないさ。」

 

 「あの・・・なんで兄上達はそんな目で僕を見てるんですか!?」

 

 オシュトルと一緒にキウルに憐みの眼差しを向けていると、気付いたキウルが不安そうな顔で抗議の声を上げてくる。

 自分達は、そんなキウルの肩に手を乗せると慰めの言葉をかけていた。

 

 「大丈夫だキウル。お前ならきっと良い嫁さんが見つかるさ。」

 

 「そうだぞキウル。いつかお前の良いところを見てくれるヒトが必ず現れる。それまで己を磨く事を怠ってはならぬぞ。」

 

 「え・・・いや・・・それって・・・」

 

 「どうして突然そんな話になったのかは分からないですが、優しいキウルなら結婚してくれる相手が必ず見つかるのです。それに最悪どこかの國の皇女さまを娶ればいいのですから、心配しなくても大丈夫なのです!」

 

 「あはははは・・・そうですね・・・はぁ・・・」

 

 慰めるつもりが、ネコネが入ってきたせいで逆にダメージを与えてしまったようだ。

 キウルは死んだ魚の様な目で乾いた笑いを漏らしながら、溜息を吐いた。

 

 キウル・・・強く生きろ・・・

 

 自分はその姿にキウルに良き出会いがある事を祈らずにはいられなかった。

 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 「では、そろそろ出発しようと思う。皆、達者でな。」

 

 沈んでいたキウルが持ち直したのを確認したオシュトルは、荷物を背負い直すと自分達に向かい合いながらそう言った。

 その顔は穏やかな笑みを浮かべていたが、どこか寂しそうな色が混じっており、自分達との別れを惜しんでいる事が伺えた。

 

 「はい・・・兄上もお元気で。」

 

 「兄さま、また帰ってくるのをお待ちしてるです。」

 

 オシュトルに別れを告げるキウルとネコネも先ほどとは打って変って寂しそうな顔をする。

 オシュトルと義兄弟の契りを結んでいるキウルとオシュトルの実の妹であるネコネにとって、オシュトルはとても大きな存在だ。今生の別れでは無いとはいえ、やはり辛いものは辛いのだろう。

 

 「マシロ殿。この國に居る間、母上とネコネを頼んだ。」

 

 「おう。任せてくれ。お前の方も頑張れよ。」

 

 そう言って自分達はガッチリと握手を交わした。

 ひと月にも満たない短い間ながら、自分とオシュトルは、幾度となく杯を交わし、共に笑い、騒ぎ、友情を育んできた。

 自分にとってオシュトルと共にある時間は、まるで旧来の友の過ごすように気兼ねなく純粋に愉しむ事ができる時間だった。

 最早自分にとってオシュトルは、親友を通り越して『心友』と言える存在になっていた。

 

 「そうだ。お前に頼みたいことがあるんだがいいか?」

 

 「某に頼み? マシロ殿の頼みなら断る理由は無いが、いったい何だろうか?」

 

 「なに、そんなに難しい事じゃない。頼みたいことは二つ。一つは自分を呼び捨てにすること。ダチだってのにいつまでも敬称付けられるのは肩が凝るからな。」

 

 「それもそうだな・・・では、マシロよ。もう一つの頼みというのは?」

 

 「それはだな、こいつを預かってほしいんだ。」

 

 自分は懐から布に包まれた物を取り出すとオシュトルに手渡した。

 受け取ったそれを見たオシュトルは目を見開き、急いで中身を確かめる。

 

 「ッ! やはり・・・これは・・・」

 

 「え!? それは水路の対価に差し出した父さまのキセルなのです! いったいどうしてなのですか!?」

 

 手渡された物が対価として渡した形見のキセルだと気付いて声を上げるオシュトルとネコネ。

 その顔には驚きと共に戸惑いが浮かんでおり、自分が何を思ってキセルを返してきたのかと探るような眼差しを送ってきた。

 

 「いやなに。折角貰ったはいいが、自分は煙草なんて吸わないって事に気付いてな。そうなると宝の持ち腐れになっちまうから絶対に大切にする奴に預かって貰おうと思ったんだ。期間は自分が煙草を吸いたいと思うまで。どうだ?」

 

 「師匠!」

 

 自分の真意を察したネコネが感極まって抱き着いてくる。そして、オシュトルも何かを堪えるように目を瞑るとひとつ頷き、キセルを大事そうに握りしめた。

 

 「相分かった。このキセル、確かに預からせて貰う・・・・・・マシロよ、本当にありがとう。」

 

 「さて、なんのことかね? まぁ、兎に角頼んだぜ?」

 

 「あぁ・・・任せてくれ。」

 

 オシュトルは再度頷くとキセルを布で包んで懐にしまい込んだ。

 ネコネは今だに自分の腹にぐりぐりと頭を押し付けており、あの場に居て事情を知っていたキウルも嬉しそうに笑っていた。

 そして、自分は悪戯気な笑みを浮かべながらオシュトルに向かって拳を差し出した。それにオシュトルは愉しそうに微笑むと拳を合わせてくれた。

 

 春の穏やかな日差しに照らされる中、自分達は固く結ばれた絆を確かめ合う。

 そして確信する。この男こそ、嘗ての世界で自分と深い友情を結んだ存在である事を。

 嘗て彼が何を思い、どんな道を辿ったのか。これから先、彼がどんな道を歩み、何を成すのかは分からない。だが、願わくば、我が友の未来に幸多からんことを・・・

 

 

 

 

 




 
マシロ様は以前のタタリ浄化の長い旅の最中に色々な漫画やゲームの技を
できないか試していました。
その結果、様々な作品の必殺技を習得しています。
まさに、暇を持て余した神の遊び!





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15.タタリ神より悍ましきモノ

 

「ふむ・・・陶器の管を繋ぎオバロ湖から水を引くか・・・」

 

「はい。自分達はその陶器の管を陶管と名付け、すでに職人に試作してもらっております。今暫く試行錯誤が必要ですが、完成した暁にはエンナカムイの水の問題は解決されることでしょう。」

 

 水路計画を立ち上げてから、マシロ達はネコネを中心に(オゥルォ)であるイラワジへの献策に向けて計画の立案や陶管の試作等を重ねてきた。そのおかげもあって、水路建設の企画書は帝に提出しても問題無い程の素晴らしい出来となり、陶管の試作品もできた為、ようやくイラワジに報告する事となった。

 

 必要な人員や資金、建設までの期間、水路が引かれた場合に得られる利益等々が事細かに書かれたその企画書に目を通したイラワジは、目を瞬かせ、興味深そうに頷きながらマシロの言葉に耳を傾けていた。

 

 「マシロ殿よ。よくぞこの計画を立案してくれた。流石はオシュトルが友と認めた漢だ。貴殿の御蔭でエンナカムイは豊かになるであろう。」

 

 「恐れながら、陶管を考案し、この企画書を書き上げたのは、このネコネにございます。自分は少々知恵を貸したに過ぎませぬ。」

 

 「ほぅ・・・そうであったか。以前から頭が良いとは思っておったが、ここまでとは思わなんだ。ネコネよ、其方はエンナカムイの誇りじゃ。常世(コトゥアハムル)におる父君も喜んでおるであろう。」

 

 「はっ! 全ては愛するエンナカムイのためなのです! 私のような小娘でも國の為になれたのならば、望外の喜びなのです!」

 

 マシロの隣に座っていたネコネは、イラワジからの賞賛の言葉に歓喜に打ち震えながら深く頭を下げた。

 幼く賢過ぎたネコネは、これまで褒められる事は数有れど、受け入れられたという感覚を持てていなかった。それ故に膨れ上がっていた承認欲求は(オゥルォ)に認められた事により完全に解消された。

 しかし、そこに至るまでにはマシロという在りのままのネコネを受け入れてくれる存在が近くに居たことが大きく影響している。

 彼は少々おちゃらけたところがあるが、その知識はとても広く深い。その為、高度な知識を必要とする話にも難無く着いて来るどころか、ネコネの知らない知識や見解を示してくれた。そんなマシロをネコネは心の底から師と認め、羨望のまなざしで見つめる事になるのは無理からぬことであった。

 そして、そんなマシロと共にある事で、これまで溜め込んでいた不満や知的欲求が解消され、ネコネの心に余裕が生まれた。それに伴い、これまで相手にするまでも無いと思っていた子供達とも不器用ながらも交流するようになり、少しずつではあるが、良好な関係を築けるようになっていた。

 

 「さて・・・水路の建設はこの計画に沿って行うとして、これほど素晴らしい提案をしてくれたお主達に褒美を授けたいと思う。何か望みはあるか? 可能な限り応えてしんぜよう。」

 

 イラワジの言葉にマシロとネコネは目線を合わせて頷き合う。

 この國に大きな利益をもたらす計画を提案するにあたり、二人は当然褒美を与えられることを想定していた。しかし、ネコネとしては愛する祖国の為にしたことなので褒美を貰うなど以ての外だと思っていたし、マシロに関しては既に対価を貰っていた為、イラワジから何かを貰おうとは考えていなかった。だが、國を治める者にとって功績を挙げた者に恩賞を与えることは当然の責務であるし、これを断るというのはイラワジの顔に泥を塗ることにもなる。その為、マシロ達は自分達にも得があり、國の為にもなる褒美を事前に考えていた。

 

 「それでしたら、水路が完成し、エンナカムイの水問題が解決した暁には、その水を沸かした湯を使った公衆浴場を作っていただきたい。」

 

 「む・・・? それは蒸し風呂ではなく、湯に直接浸かる風呂のことかのう?」

 

 「その通りにございます。湯に浸かる風呂というものは、汗を流すだけではなく、身体を解し、溜まった疲れを取り去る効果があります。これを民に開放することで民の健康は保たれ、心も健やかになることでしょう。」

 

 「ふむ・・・確かにそれは素晴らしいことだが、本当にそのようなことで良いのか?」

 

 「はっ! 自分は無類の風呂好きですので、湯に浸かる風呂に入れるだけで幸せなのです。無論、一番風呂は自分達がいただきますが、その後は御前のお好きなように使っていただいて構いませぬ。」

 

 「・・・うむ、そういう事なら良いだろう。お主達への褒美は新たに建設する公衆浴場の一番風呂とする。ネコネもそれで良いのだな?」

 

 「はい。それでいいのです。」

 

 褒美についてネコネの意思を確認したイラワジは、彼女が了承したのを見届けると一つ頷き立ち上がった。

 そして、腕を大きく広げて臣下達を見渡すと普段の穏やかな物言いからは想像できないほどの大きな声で言葉を発した。

 

 「皆の者! これよりエンナカムイは國の命運をかけた一大事業に乗り出す! この水路が完成した暁には、この國は水に悩まされることもなくなり、豊かになるであろう! 民の為、家族の為、そして、未来のエンナカムイの為に全身全霊をもってこの計画を成し遂げよ!」

 

 『はっ! 全てはエンナカムイの繁栄の為に!!』

 

 イラワジの号令の下、水路建設の命がここに下された。

 謁見の間に集った臣下達は一斉に頭を下げてエンナカムイの未来の為に全力と尽くすという意思を示した。

 その顔には一様にエンナカムイの歴史に残るであろう大事業に携われることへの興奮と歓喜の色が浮かんでいた。

 そして、彼らは計画に向けて慌ただしく動き出し、それぞれの役目を果たす為に謁見の間を後にしていった。

 そんな彼らの姿に、イラワジは満足そうに頷き、マシロとネコネは顔を見合わせて笑い合うのだった。

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 「旦那、こんなもんでどうでしょうか? これなら同じものを繋げるだけでいいですし、繋ぐ部分も漆喰なんかを塗ってはめ込めば水漏れの心配もありやせん。」

 

 「ふむ・・・大きさも丁度良いし、強度も問題無さそうだな・・・よし! これでいこう。」

 

 「へい! すぐに他の職人達にも伝えて量産を急がせやす!」

 

 水路計画が始動してからエンナカムイ中が活気付き、水路建設に向けて多くの民が動いていた。

 男達は陶管の原料となる粘土を掘ったり、陶管を焼く窯を作ったり、陶管を設置する溝やため池を掘ったりしていた。そして、女性や子供達も懸命に働く男達をサポートする為に大量の料理を拵えたり、汚れた大量の衣服を洗濯したりして、國を挙げての大事業を陰から支えていた。

 そんな中、御前に計画の責任者に任ぜられた自分はネコネを引き連れてそれぞれの現場を巡り、進捗状況や問題が起こっていないかの確認していた。

 そして、今のところ目立った遅れや問題も発生しておらず、水路計画は順調と言えた。

 

 「皆嬉しそうだな。」

 

 「そうですね。今までは少ない雨水や湧き水を頼りにしてきましたから、水には常に気を使って生活してきたのです。ですが、この水路が完成してオバロ湖から水を引くことができれば、もうため池の水量を気にする必要も無くなって水を好きなだけ使えるようになるのです。だから、みんな水路ができるのを心待ちにしているのです!」

 

 そう言いながら、ネコネは忙しなく通りを行き交う民の姿を愛おしげに眺めている。

 まだ成人(コポロ)も迎えていないというのにその姿は國を治める者のそれであり、彼女が如何にこのエンナカムイを思い愛しているのかが伺えた。

 そして、そんな彼女の姿に師としての贔屓目無しに、この()ならばヤマトの大老(タゥロ)になることも難しくはないだろうという考えを本気で抱いていた。

 

 「ネコネちゃ~ん!」

 

 民を見つめ続けるネコネにそろそろ次に行こうと促そうとしたら、背後からネコネを呼ぶ声が聞こえてきた。

 振り返ってみるとネコネと同じ年頃の少女がこちらに向かってくる姿が見えた。

 その二本のおさげとグルグル眼鏡が特徴の少女は懸命に走っているようだが、その進む速さは非常に遅く、ほとんど歩いているのと変わらない速さであった。

 

 「あれは・・・ノンノ? どうしたのでしょうか?」

 

 「もしかして友達か?」

 

 「はいなのです。最近仲良くなった子で、昔噺の本が好きで書庫で良く話しをするのです。」

 

 「おお! やっぱりそうなのか! 良かったじゃないかネコネ!」

 

 「うにゃ!? 止めるのです師匠! 髪がぐちゃぐちゃになるのです!」

 

 自分はネコネに友達が出来た事を我が事の様に喜びながら、嬉しそうにはにかむネコネの頭をワチャワチャと撫でていた。

 それにネコネは抵抗する素振りを見せながら止めるように言ってくるが、その声は嬉しそうに弾んでいた。

 

 そうこうしているうちにノンノもようやく自分達の所に辿り着いたが息も絶え絶えな様子で四つん這いになってしまった。どうやら運動神経だけでなく体力も無いようだ。

 

 「おいおい、大丈夫か? ほれ、水でも飲んで落ち着け。」

 

 「ゼェ・・・ゼェ・・・あ・・・ありがとうございます・・・・・・んぐ・・・んぐ・・・ゲホォ!?

 

 自分から水筒を受け取ったノンノは、ペタンと地面に座り込んで一気に水を口に流し込んだが、同時に息も吸い込んでしまったようで、盛大にむせてしまっていた。

 ネコネはそんな友人の姿に慌てて近づくと優しく背中を撫でた。

 

 「もう・・・そんなに急いで飲むからそうなるのですよ?」

 

 「ゲェホッ・・・ゲホッ・・・・・・うぅ・・・ごめんなさいネコネちゃん・・・」

 

 ネコネに諫められたノンノは、まるで親に叱られたかのようにしょぼくれてしまった。

 そんなノンノにネコネは世話の焼ける子だとでも言いたげに苦笑すると手を取って立ち上がらせ、自分に紹介してきた。

 

 「師匠(せんせい)。この子は最近仲良くなったノンノなのです。少しドジですが、頭が良くて、とても優しい子なのです。」

 

 「そうなのか・・・初めましてノンノ。自分の名前はマシロだ。ネコネの師匠をやっている。よろしくな。」

 

 「は・・・はい! ネコネちゃんからお話を聞いてます! ネコネちゃんはマシロせんせいのことをとってもやさしくて頭も良いから大好きだっていつも言ってます!」

 

 「ノッ、ノンノ!? 何を言うのですか!? べ、別に私はそんなこと言ってないのです!!」

 

 「え? でも、この間も『せんせいは兄さまと同じくらい大好き』だって言ってたでしょ? それにできるならぎきょ・・・「わーわーわー! 止めるですノンノ! バカですか貴方は! なんで本人の前でそれを言うですか~!? 」

 

 「? どうしたのネコネちゃん? 別にせんせいのことが好きでも変じゃないよ? わたしも学舎のフシコせんせいのこと大好きだし。」

 

 「それはそうですけど・・・う~・・・」

 

 不思議そうに首を傾げるノンノと頭を抱えて唸り声を上げるネコネ。そんな二人の掛け合いは年相応の子供のそれでありとても微笑ましい。もっともそれが普通の事ではあるのだが、今まで友達が居なかったネコネの事を思うと、こんな風に同い年の女の子とじゃれ合っている姿を見るのはとても喜ばしい事だった。

 

 「二人の仲が良さそうでなによりだ。それでノンノはネコネにどんな用があって来たんだ? なんだか急いでいたみたいだが・・・」

 

 「そうでした! ネコネちゃん! お母さんが人手が足りないから来てほしいんだって!」

 

 「・・・それってもしかして、また呪術で洗濯しろってことですか?」

 

 「は? 呪術で洗濯? なに言ってんだおまえ?」

 

 「あっ・・・・・・え、えっとですね・・・一昨日、ノンノの母さまが人夫のヒト達の洗濯物が多くて大変そうにしていたので、汚れた服を呪術で生み出した水に入れて渦を作って洗ってみたのです。そうしたら、あっという間に汚れが落ちて、洗濯もすぐに終わったのです・・・ですから、あの・・・」

 

 『呪術で洗濯』という言葉に困惑した自分がネコネの方を見ると彼女は目を泳がせて挙動不審になりながらどういうことかを説明してきた。

 どうやらネコネは呪術で化石家電の様な事をしたらしい。確かにその方法なら洗濯も早く終えることができるだろうが、まさかネコネがそんな発想をするとは思いもよらなかった。だが、それはネコネが先入観を捨てて呪術をヒトの為に使おうとした結果であり、まさに自分が望んでいた新しい呪術の活用法だった。

 

 「凄いじゃないかネコネ! まさかそんな事を思いつくとは・・・流石自分の弟子だ!」

 

 「え!? 怒らないのですか?」

 

 「なんで自分が怒らなくちゃいけないんだよ! ネコネがやった事こそ、自分がそうあって欲しいと思っていた呪術の姿なんだよ! そしてネコネは、自分で考えてその道を辿り着いた! こんなに嬉しい事は無いさ!」

 

 「師匠・・・わぷっ!?」

 

 可愛い弟子が示した新たな呪術の在り方に自分は感極まってネコネを思いっきり抱きしめていた。

 すっぽりと腕の中に納まったネコネは友達の前ということもあり、頬を赤らめて羞恥に身悶えながら自分を押しのけようとしてくるが、自分はそれに構わず抱きしめ続ける。

 そして、そのままネコネを片腕抱きにするとこちらをニコニコと見つめていたノンノを逆の腕で抱き上げ、女性陣が洗濯している場所に向かって走り出した。

 

 「あわわわわわわっ!? たかい!? はやい!?」

 

 「お・・・降ろすのです馬鹿師匠!! みんながこっちをジロジロ見ているのです!!」

 

 「ははははははは!! 気にすんなよネコネ! そんなことより自分は早くお前の洗濯呪術が見たいんだ! 飛ばすぞ! 舌噛むなよ~!!」

 

 『きゃ~~~~~!?!?』

 

 両腕に少女を乗せて、風を切りながら里の中を走り抜ける。周りからは奇異の目で見られていたが、自分にはまったく気にならなかった。

 只々少しでも早く愛弟子が編み出した新時代の呪術を見たいという思いだけを抱いていた。

 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 「ほぉ~・・・大桶の中で渦を作って洗濯するわけか・・・」

 

 「すごいでしょ! これの御蔭で洗濯があっという間に終わるの!」

 

 「やっぱりネコネちゃんはすごいな~! かっこいい!」

 

 洗濯場までやってきた自分達は早速ネコネに洗濯呪術を実践してもらっていた。

 ネコネの洗濯は呪術で生み出した水を大桶に入れて渦を巻かせ、そこに植物の灰と洗濯物を入れる事で汚れを落とすという方法だった。

 これは撹拌水流で衣類をかき混ぜて揉み洗いをする洗濯機と同じ原理だ。この方法なら水に渦を巻かせるだけなので、気力操作を覚えたネコネにはそう難しいことでもないし、簡単な絡繰りでも再現できる。

 我が弟子ながらナイスな方法を思いついたもんだ。

 

 「本当なら普通の水でやりたいのですが、今の自分ではこれだけの量の水を動かせないのです。ですから、操りやすい自分の呪術の水でしかできないのです。」

 

 「いやいや大したもんだよ。呪術の水でもこれだけ動かせる奴はなかなか居ない。それに水が貴重な場所ではこっちの方が良いしな。」

 

 「そうなの! ネコネちゃんが呪術でやってくれると水が節約できるの!」

 

 「・・・まさかその為に呼んだのですか?」

 

 「別にいいじゃない。節約できた分の水は男達の身体を洗うのに使うんだから。これも國の為、水路の為。だからこれからも協力お願いね!」

 

 もの言いたげな目で見てくるネコネに、にぱっと少女の様な笑みを浮かべてそう言ったのは、ノンノの母親のミケだ。

 彼女は城で家事全般をとり仕切っており、大きな一本の三つ編みと少女の様な笑顔が特徴のしたたか女性だ。

 どうやら彼女はネコネの事を大変気に入っている様でニコニコと笑いながらネコネの頬をつんつんと突いている。

 

 「はぁ・・・まぁ、お役に立てているなら嬉しいのです。」

 

 「あん! ネコネちゃん大好き!」

 

 「うな!? 止めてくださいミケさん! 頬っぺたが熱いのです~!?」

 

 ミケに抱き締められ高速で頬ずりをされたネコネが悲鳴を上げる。しかし、ミケはネコネを放そうとせず、今度は逆の頬に頬ずりをし始める。そのせいでネコネの両頬は真っ赤になっており、若干涙目にもなっていた。

 

 「も~! お母さん! ネコネちゃんが嫌がってるでしょ!」

 

 「え~? ネコネちゃんの頬っぺたスベスベで気持ちいいのに~・・・」

 

 ノンノに止められたミケは頬を膨らませてぶーたれるが、しぶしぶネコネを解放した。

 ノンノの腕の中から逃れたネコネは素早く自分の背後に隠れると真っ赤になった頬を擦りながらミケに威嚇するように唸り声を上げた。

 どうやらネコネはミケを要注意人物に認定したようだ。

 

 「あ~ん・・・ネコネちゃ~ん・・・」

 

 「はははは・・・随分好かれてるなネコネ?」

 

 「ミケさんはグイグイ来るから苦手なのです・・・」

 

 「お母さんのほっぺすりすりはきょーれつだからねー・・・」

 

 ミケのあれをいつも受けているらしいノンノもネコネと一緒にジト目でミケを睨みつける。

 流石のミケもそれにはたじろいでしまい、頭に手を当てて困ったような笑みを浮かべた。

 

 「あらら・・・やり過ぎちゃったみたいね。ごめんねネコネちゃん。ネコネちゃんが可愛いからつい・・・」

 

 「はぁ・・・次から気を付けてくれればいいのです・・・ですが、なんだかどっと疲れてしまったのです・・・」

 

 「お疲れ様だなネコネ。それじゃあ残りは自分がやってやるか。」

 

 「え!? ネコネちゃんの先生がやってくれるの!? どんな風にやるのか楽しみ!」

 

 「うん! きっとすごいほうほうでお洗濯するんだよ! だってネコネちゃんのせんせいだもん!」

 

 「確かに師匠がどの方法でやるのか興味深いのです。」 

 

 「おいおい、あんまり敷居を高くしないでくれよ?」

 

 目を輝かせて見つめてくる三人に苦笑しながら、自分は右手に巨大なお湯の水球を生み出し、中に洗濯物を入れると乱回転させて汚れを落とす。そして、洗い終わった洗濯物を今度は左手に作った温風の渦の中に放り込んで水気を飛ばした。

 こうして5分とかからず乾燥まで終わらせた衣服は、汚れどころかシワ一つ無く、まるでクリーニングに出したかの様な仕上がりとなっていた。

 

 「すごいのです! まさか乾燥まで終わらせてしまうなんて・・・流石師匠なのです!」

 

 「うわ~! 見て見てお母さん! シワ一つないよ!」

 

 「本当ね! ここまでとは思わなかったわ! これならアレの洗濯も任せられるわね!」

 

 「うん? アレってなんだよ・・・ッ!?」

 

 ニコニコと笑うミケが指差した先には、うずたかく積まれた布の山があった。よく見るとそれらには所々黄ばみや茶色いモノが付いており、悪臭も漂っているような気がした・・・・・・もしかしなくてもこれは・・・

 

 「うん! 男達のフンドシだよ! たくさん汗なんかを吸ってすんごい匂いになってるから、誰も洗いたがらなくて困ってたところなの! だからお願いね? せ・ん・せ・い♥」 

 

 バチコーンとウィンクしながら舌を出すミケの顔面を無性に殴りたくなった。とは言え、自分でやると宣言していた手前、なんとかそれを堪えてフンドシの山の前に立つ。しかし、フンドシからは不快な匂いがプンプンと漂っており、気が遠くなると共にここは地獄(ディネボクシリ)なんじゃないかと本気で思った。だが、ここで自分が逃げるわけにはいかない。あのしたたかなミケの事だ。自分が逃げればネコネを口八丁で丸め込んでコレを洗濯させるに違いない。

 

 故にこの不浄の山は、ネコネの師である自分が浄化しなくてはならないのだ!

 

 そうして嘗て無い窮地に覚悟を決めた自分がネコネの方を向いて頷くとネコネはまるで末期の別れの様な顔で涙を浮かべながら敬礼してきた。

 きっとネコネもコレを相手にすることが如何に危険で困難であるのか分かっているのだろう。

 

 すまないネコネ・・・自分はもうお前を教えてやれないかもしれない・・・

 

 「ウオオオいくぞオオオ!!!!!!」

 

 自分はこの世の全ての不浄を集めたかの様な汚物に向かって駆け出した。

 

 自分の勇気がエンナカムイを救うと信じて・・・!

 

 

 

 

 




 
ネコネがどんどん進化していく・・・
偽りの仮面をプレイしている時はこんなに好きなキャラになるとは思わなかったなぁ・・・

ちなみに今回出てきたノンノとミケはエンナカムイ限定のオリキャラです。





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16.幼き犬神

 

 トントントントン・・・

 

 台所に軽快な包丁の音が響く。

 砥石を使ってよく研がれた包丁の切れ味は凄まじく、キャベツ(カンラン)が気持ちいいほどよく切れる。

 今夜は自分特製の唐揚げ(ザンギ)だ。

 材料の鳥肉は、仲良くなった猟師から薬草と交換で貰ったライチョウ(オンネプ)の肉で、既に捌いてにんにく(オオビル)ショウガ(ハジカミ)と一緒に醤油に漬け込んである。

 ちなみにこのライチョウ(オンネプ)はメスで産卵が近かったらしく、キンカン(卵になる前の黄身)がたくさん入っていたのでレバーや砂肝と一緒に煮物にした。おかげで今晩も上手い酒が飲めそうだ。

 

 「マシロさんは料理が上手なのね。うちでは夫もオシュトルも料理をしなかったから、なんだか新鮮だわ。」

 

 「料理自体は嫌いじゃないですし、旅の間は基本自炊ですから。これくらいは出来て当然ですよ。」

 

 「ふふふっ。マシロさんの奥さんになるヒトは幸せね。もし良いヒトが居ないのならうちのネコネなんてどうかしら?」

 

 「なっ、何言ってるですか母さま!? 私と師匠の歳がどれだけ離れていると思っているのですか!?」

 

 軽く数百歳は離れてます、と内心呟く自分。

 実際問題、自分と歳が近いのは帝くらいなもんで、仮に誰かと結婚することになった場合、歳の差婚になるのは確定だ。まぁ、精神的には若いつもりなので、そこんところは問題無いだろうが、そもそも自分は外見的には歳を取らないので誰かと添い遂げるのは難しいだろう。とは言え、自分が結婚するなんてことは無いだろうから意味の無い仮定なんだけどな。

 

 「ネコネみたいな良い()が嫁さんになってくれるってのは魅力的ですが、やっぱり歳が離れてますからね~。せめて成人(コポロ)を過ぎていたら考えなくも無かったんですが。」

 

 「あら、二人の歳の差くらいなら貴族では普通よ? それに正式な婚約は成人(コポロ)を迎えてからでもいいのだから、まったく問題無いわ。・・・それともやっぱり恋人がいるのかしら?」

 

 「いや~、自分は根無し草の流れ者なんで、恋人なんていませんよ。一夜の恋人ならいるかもしれませんけどね!」

 

 「まぁ! マシロさんもやっぱり男なのね。」

 

 自分の冗談(!?)にトリコリさんは可笑しそうに笑う。しかし、すぐにネコネが居る事を思い出して、しまったと思った。しかし、とうのネコネは『一夜の恋人』の意味が分からなかったようで、腕を組みながら首を傾げて言葉の意味を考えていた。

 

 「一夜の恋人・・・師匠は男性ですので相手は女性・・・そして、一晩だけ仲良くする女性ということは・・・・・・・・・お座敷遊びなんかをする芸者さんのことでしょうか?」

 

 「あ、うん。そんな感じだ。お座敷遊びは大人の男の嗜みだからな!」

 

 そっち方面の知識が疎いらしいネコネが思い至った考えに便乗して話を合わせる。

 もしここで本当の意味を理解していたら、自分はネコネに汚物を見るような目で見られていたことだろう。

 最近は常に尊敬の眼差しを向けてくれるので、そうなったらショックで全身塩になって崩れ去ってしまうような気がするので誤魔化すことができて本当に良かった。

 

 「そういうものなのですか・・・師匠がそんな遊びをするなんて意外なのです。いつも男のヒト達と騒いでいる印象があるのです。」

 

 「うん、まぁ・・・そっちの方が楽しいのは確かだな。・・・それはそうと、そろそろ粟飯(アマムメシ)が炊き上がるからおかずを運んでメシにしようぜ?」

 

 「ふふふっ・・・そうね。ネコネは器を運んでくれるかしら?」

 

 「分かったのです。」

 

 「料理は自分が運ぶんでトリコリさんは居間で待っていてください。」

 

 「あらそう? 気を使わなくていいのに。」

 

 「いやいや、自分は居候なんで、これくらいはさせてください。」

 

 「・・・そういうことならお願いするわね。」

 

 そうして、自分達は三人で食卓を囲んで食事を始める。

 少し前まではオシュトルが居て、それに自分が絡んで賑やかな食事だったが、今はその日に会ったことを話しながら和やかに食事を取っている。

 その時間はとても心落ち着くもので、まるで家族と一緒に居る様な感覚だった。そしてそれは、チィちゃん達との日々を思い出させてくれる時間でもあり、家族の絆を感じる事ができるかけがえのないものだった。

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 「あの、マシロさん。ご相談したことがあるんですけど・・・」

 

 窯場で陶管の出来具合を確かめていると困った様子のキウルがやって来た。

 キウルは今日、陶管を設置する溝を作る作事の監督をする予定になっていたはずだ。それが自分の所に来たという事は何か問題が起こったのだろうか?

 

 「どうしたんだキウル? なにか問題でもあったのか?」

 

 「それが、オバロ湖までの道の途中にある柱岩の周辺にオルケが居たらしいんです。」

 

 「オルケが? だったらすぐに兵を出して追い払えばいいだろう?」

 

 「そうしたいのは山々なんですが、見たヒトの話では白いオルケが一匹混じっていたらしいんです。」

 

 「イアラオルケか・・・そいつは厄介だな。」

 

 キウルの話を聞いた自分は額に皺を寄せながら考え込む。

 イアラオルケとは、通常のオルケとは異なり体毛が白く、一回り大きいのが特徴のオルケの変異個体だ。しかも、知能が高く、こいつが一匹居るだけで群れの連携が良くなり、脅威度が格段に増してしまうのだ。

 しかし、知能が高いという事は何が危険であるかを判断する知恵があるという事であり、イアラオルケ同士で群れているなら兎も角、群れの大半がただのオルケであるならば、人里の傍でヒトを襲う事は先ず無い。何故なら、そんな事をすれば、ヒトが群れを成して自分達を狩りに来ると分かっているからだ。

 だが、それが態々ヒトの近くまで現れたという事は、何らかの理由でそうする必要があるという訳で、その理由が食料不足だった場合、人里が襲われる危険性がある。無論ただ騒がしいので様子を見に来ただけという可能性もあるが、最悪の事態に備える必要があるだろう。

 

 「・・・よし。それじゃあ、自分がイアラオルケが現れた理由を調べに行くから、一旦人夫達を里に戻してくれ。そして、その間は絶対に山に入らない様に民に伝えてくれ。」

 

 「ええ!? マシロさん一人で行くんですか!? 危ないですよ!」

 

 「おいおい忘れたのか? 自分はオシュトルより強いんだぞ? これくらい大丈夫だって。」

 

 「それはそうですが・・・そうだ! でしたら僕をお供させてください! これでも弓の腕は良いですし、いざとなれば木に登って逃げることもできます! ですから・・・」

 

 懇願するような眼差しで自分を見上げてくるキウルにふむと考える。

 正直なところ、イアラオルケの捜索は自分ひとりの方が良い。だが、幼いながら皇子としての責任感が強そうなキウルのことだ。置いていっても後からこっそり着いてくる可能性がある。そして、そんなところをオルケ達に襲われでもしたら大変なことになる。なので、ここは最初から自分が一緒に居て守ってやった方が安全だろう。

 

 「・・・分かった。だが、自分から絶対に離れない事と言う事を聞く事。これを守れるなら着いてきていいぞ。」

 

 「っ! ありがとうございます! それではさっそく人夫のヒト達を避難させて、民には山に入らないように知らせて入り口を兵に監視させてきます!」

 

 「おう、任せたぞ。とりあえず自分は茶屋で待ってる。準備が終わったら声をかけてくれ。」

 

 「分かりました。すぐに準備します!」

 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 キウルを伴ってイアラオルケの目撃情報があった場所に向かっていた。

 いつもであれば鳥達の声がこだまする森の中も今は静まり返っている。恐らくイアラオルケの気配を感じ取って身を隠しているのだろう。

 

 「静かですね・・・」

 

 「ああ。どうやら近くにイアラオルケが居るみたいだな。自分から離れるなよ、キウル。」

 

 「はい・・・」

 

 キウルは周囲を不安そうに見渡しながら、いつオルケが襲ってきてもいいように矢筒から矢を取り出し弓につがえる。

 しかし、矢をつがえた腕は震えており、とても矢を当てる事ができるような状態ではなかった。

 

 「キウル、実戦の経験はあるのか?」

 

 「い、一応あります。ですが、その時は周りを兵が囲んでいてくれていましたし、戦ったのもはぐれオルケくらいです・・・」

 

 「そうか・・・なら、自分の式神にお前を守らせるから、もし戦闘になったらそいつらを盾に使ってくれ。」

 

 そう言って自分は天邪鬼達を呼び出すとキウルを囲んで守るように指示する。しかし天邪鬼達はキウルの姿を見ると露骨に残念そうな態度で溜息を吐いた。どうやらネコネじゃないことが不満らしい。

 

 「ありがとうございますマシロさん。でも、彼らはいったいどうしたんですか? なんだかあからさまに残念そうなんですけど・・・」

 

 「そいつらはネコネの事を気に入ってるからな。だから守る対象がネコネじゃないのが不満なんだよ。まぁ、仕事はちゃんとするからそれで我慢してくれ。」

 

 「そうなんですか・・・あの、式神の皆さん。ネコネさんで無くて申し訳ないですが、今日はよろしくお願いします。」

 

 『キキ~』

 

 キウルがお辞儀をすると天邪鬼達はやる気無さげにサムズアップして得物を構えてキウルを守るように周りを囲んだ。

 それにキウルは少し安心したようで、腕の震えも治まり、しっかりと矢を弓につがえていた。

 そうして、イアラオルケが目撃された柱岩に辿り着くと森を蠢く複数の気配を感じとった。

 

 「・・・キウル、近くに居るぞ。油断するなよ。」

 

 「は・・・はい。僕は大丈夫です。式神の皆さんは大丈夫ですか?」

 

 『キキキッ!』

 

 キウル達が身構えたのを確認した自分は気配を感じる方に静かに近づく。すると動き回っていたオルケ達の気配が静まり、代わりに奥の方から大きな気配がゆっくりと近づいてきた。そして、白い影が飛び上がったかと思ったら、柱岩の上に純白の毛皮に身を包んだイアラオルケが佇んでいた。

 

 そのイアラオルケは、身体が大きなイアラオルケの中でも一際大きく、身体中に歴戦の勇士を思わせる無数の傷が刻まれていた。更に首の周りに生える(たてがみ)神憑(カムナ)の影響からか赤く染まっており、とても神聖な存在のように感じられた。

 もしかしたら、このイアラオルケは、この一帯の主なのかもしれない。

 

 「マシロさんっ・・・」

 

 「・・・大丈夫だキウル。コイツに戦う意思はない。どうやら自分に用があるみたいだ。」

 

 弓を引こうとしたキウルに振り返って首を振り、柱岩の上に立つイアラオルケを見上げる。

 するとイアラオルケは柱岩から飛び降り、ゆっくりと自分の方に近づいてくると地面に腹をつけて伏せの体勢を取った。そして、鼻を持ち上げながらくんくんとニオイを嗅ぎ、何かを探しているようなしぐさを見せる。

 

 「これはどういうことでしょうか?」

 

 「ふむ・・・どうやらコイツは自分に何かをして欲しいみたいだな。」

 

 「え!? なんでそんなことが分かるんですか?」

 

 「動物の行動には意味があってな。オルケの場合は、『伏せ』は相手に敬意を払うしぐさで、鼻を上げて匂いを嗅ぐのは、敵意が無い事を示す時と何かをして欲しい時にする行動なんだ。」

 

 「へぇ~。このしぐさにはそんな意味があったんですか。」

 

 イアラオルケの行動の意味を教えるとそれまで怯えていたキウルは目を丸くして感心した声を上げ、伏せを続けるイアラオルケを興味深そうに見つめた。

 イアラオルケはそんなキウルに鬱陶しそうな眼差しを向けるとフンと鼻息を洩らして立ち上がり、森の中に入っていった。そして、少し進んだところでまるで着いてこいとでも言いたげにこちらを振り返って再び歩き始める。

 

 「着いて来いってことか・・・よし、あとを追うぞキウル。」

 

 「だ、大丈夫ですかね? 巣まで連れて行って群れで一斉に襲い掛かってくるなんてないですよね?」

 

 「多分な。それにもしもの時は自分が居る。だから安心して着いてこい。」

 

 「・・・分かりました。行きましょう。」

 

 覚悟を決めたキウルに頷くと自分達はイアラオルケの後を追って歩き始める。

 姿は見えないが自分達の周りをまるで護送するかの様にオルケ達が囲んで着いてくる。

 どうやらコイツ等は自分が何者であるのかを野生の勘で察しているようで、恐らく何らかの願いを叶えてさせる為に態々姿を現して自分を呼び寄せたのだろう。

 長い神生の中でも動物に直接願われるのは初めての経験だ。何やら深刻な願いの様だが、他のモノ達に害が無い限り叶えてやろうと思う。

 彼らもこの世界に生きる大切な命なのだから、

 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 「子供のイアラオルケか・・・」

 

 イアラオルケ(ボスと呼ぶことにした)の後を追って彼らの巣である洞窟にやってきた自分達は、そこで大熱に侵された子供のイアラオルケを見つけた。どうやらこの子供のイアラオルケはボスの子供の一匹らしく、少し離れた場所では、この子オルケの兄弟思しき普通の色の子オルケ達が母親と一緒にこちらを見つめていた。

 

 「なんだかすごく苦しそうです・・・病気なんでしょうか?」

 

 「ちょっと待ってくれ。今調べてみる。」

 

 苦しそうに荒い息で呼吸する子オルケ(以後ちびすけ)に手をかざして体内を探ってみる。するとちびすけの身体の中では様々な神が嵐の様に暴れまわっており、ちびすけの身体を蝕んでいた。

 

 「っ!? これは・・・身体中の御神(オンカミ)が互いにいがみ合っているのか?」

 

 「それはどういうことですか?」

 

 「この世界に生きる生き物は皆、身体に御神(オンカミ)を宿しているのは知っているな?」

 

 「はい、神憑(カムナ)ですよね?」

 

 「そうだ。だが、生まれた時から神憑(カムナ)を宿しているわけじゃない。ある程度成長した段階で、その者に最も適した御神(オンカミ)が顕現し安定して神憑(カムナ)となる。そして、コイツは今まさに神憑(カムナ)が宿ろうとしているところなんだ。」

 

 「え? それじゃあこの子はどうしてこんなことになっているんですか!? 神憑(カムナ)が宿る時にこんな風になるだなんて聞いたことがありませんよ!?」

 

 キウルが言う通り、通常神憑(カムナ)が宿る場合にはちびすけの様な状態になる事はない。だが、極稀に全ての神憑(カムナ)が強くあらわれ、躰を内側から破壊してしまう事がある。これは『多神症』と呼ばれる病で、もしもこれを制御する事ができたなら超常の力を得られることになるが、通常の生物では制御することは不可能と言ってよく、不治の病とされているモノだ。

 故にこのままではちびすけは命を落とすことになるだろう。

 

 「そんな・・・どうにかならないんですか!?」

 

 「安心しろ。自分ならコイツを助ける事ができる。だが、その為にはお前から対価を貰わなくちゃならない。しかも、かなり大きな対価だ。いいな?」

 

 「バゥ・・・」

 

 自分がボスに目を向けそう言うと、ボスは神妙な面持ちで頷き、腹を見せるように仰向けに寝転んだ。それはまるで自らの命を対価として差し出すと言っているかの様だった。

 

 「これって・・・そんな、ダメですよ! この子が元気になっても父親である貴方が死んでしまったのでは意味がないじゃないですか!」

 

 「グルルルル・・・!」

 

 ボスの行動を見て彼が何をしようとしているのか察したキウルが止めるように説得するが、とうのボスは邪魔をするなとでも言うように牙を見せて唸り声を上げた。キウルはそれに一瞬怯むが、自らを奮い立たせると強い意志が籠った眼差しでボスの目をしっかりと見つめた。すると、ボスはキウルの眼差しに感じ入るものがあったようで、唸るのを止めると起き上がって座り、それまでの見下す様な態度を改めて、真摯な眼差しをキウルに向けた。

 どうやら、ボスはキウルという存在を認めたようだ。

 

 「お前等、なんか良い感じになってるところ悪いが、自分は対価に命なんて要求したりしないし、そんなもん貰っても嬉しくないからな?」

 

 「えっ!?」

 「バウッ!?」

 

 シリアスな雰囲気を自分の言葉に壊されて驚きの声を上げる一人と一匹。

 そんな彼らの姿に呆れた溜息が漏れるが、獣にとって最も大事なモノと言えば自らと仲間の命である事を考えれば、ボスの行動も分からなくもない。だがしかし、だからと言って対価として命を貰うなんぞ言語道断だ。そんなもの貰うくらいなら、代償を払って願いを叶えた方が遥かにマシだ。

 

 「自分がこのちびすけを治す条件は二つ。一つはお前達一族が里の人間達を決して襲わない事。もう一つは元気になったコイツを自分が連れていく事だ。」

 

 「ちょっと待ってくださいよマシロさん! 一つ目はともかく二つ目はあんまりですよ!?」

 

 「悪いが二つ目の条件は外せない。このちびすけの病が治った場合、コイツは強力な力を手に入れる。そしてそんな奴が自然界に存在すると生態系が壊れてしまう可能性が高い。そうなると動物だけじゃなく、ヒトにも被害が及ぶかもしれない。だから、自分の傍に置いて他の生物に悪影響を与えないようにしなければいけないんだ。」

 

 「そんな・・・」

 

 現実の無常さを目の当たりにして項垂れるキウル。

 自分は、そんなヒト以外の生物にも思いやりの心を持つ事ができるキウルを好ましく思いながら頭を優しく撫でた。

 

 「まぁ、ここに居る間はいつでも会えるし、この國を去ってもまた来る事もある。だから、自分の傍に置くと言っても二度と会えなくなるわけじゃない。少し早い巣立ちだと思えばいいんだ。」

 

 「バゥッ!」

 

 自分の言葉を肯定するようにボスが吠える。そして、病に苦しむ我が子の傍に近寄り座り込むと期待するような眼差しを向けてきた。

 

 「キウル。いいな?」

 

 「・・・彼が納得しているのなら構いません。それにマシロさんならこの子を大切にしてくれるはずですから・・・」

 

 自分は渋々ながら納得したキウルの頭をもう一度撫でるとちびすけに近づき手をかざす。そして、ちびすけの病を治すべく、『心願成就』の権能を行使した。

 

 かざした手から温かな光が溢れ出し、ちびすけを包み込むように纏わりつく。そして、その光がちびすけの小さな体に吸い込まれるように消えていくとそれまで苦しげだった呼吸が落ち着き、穏やかな寝息をたてはじめた。

 

 「・・・よし。これでもう大丈夫だ。あとは神憑(カムナ)が安定するのを待つだけだ。」

 

 「はぁ~~~・・・よかった~。」

 

 「アオーン!」

 

 ちびすけの容体が落ち着いた事に安心したキウルは座り込み、ボスは喜びの雄たけびを上げるとちびすけを愛おしげに舐め始めた。そして、その様子にちびすけが助かったことを理解した母オルケと兄弟達もボスに続いてちびすけに群がり、寄って集ってペロペロと舐めまわす。そしてそんな過剰な愛情表現を受けて目を覚ましたちびすけは、悲鳴の様な鳴き声を上げると群がっていた家族を吹き飛ばした。

 

 「ええ!?」

 

 「お~。自分が手を貸したとはいえ、多神症を克服しただけの事はあるな。コイツは将来有望だ。」

 

 ボス達を吹き飛ばし身体をブルブルと振るわせたちびすけの(たてがみ)は炎の様な鮮やかな朱色に染まっており、顔には自分と同じような隈取が浮かび上がっていた。

 どうやら神憑(カムナ)が安定したのと同時に契約が成立し、自分の眷属と成ったようだ。

 

 「わんっ!」

 

 一声鳴いたちびすけは、吹き飛ばされて呆然としていた家族達に近づき、それぞれの顔を愛おしげに舐める。そして、父であるボスの前まで行くと同じように顔を舐めた後、甲高い鳴き声で遠吠えを上げた。

 

 「アウ~~~~~ン!!」

 

 「ワオォォォォ~~~ン!!」

 

 『アオォォ~~~~ン』

 

 洞窟にオルケ達の遠吠えが響き渡る。その声はどこか悲しげで、別れを惜しんでいるかのようだった。

 そして、遠吠えを終えたボスは、ちびすけをひと舐めすると鼻で自分の方に押し出した。押し出されたちびすけは一度ボスの顔を見上げるが、すぐに振り返り、自分の足元までやってきて座り込んだ。

 

 「これからよろしくな?」

 

 「わんっ!!」

 

 自分が差し出した手にちびすけは前足を乗せると元気な鳴き声を上げた。

 ボスはそんな我が子の姿を慈愛深い目で見つめており、自分と目線が合うと任せたとでも言うように頷いてきた。自分もそれに応えるように深く頷くとちびすけを抱き上げた。

 

 こうして幼い命は救われ、自分には新たな眷属が生まれた。

 これからこのちびすけがどれだけ強くなるかは分からないが、この世で最も強き獣になる事は間違いない。

 故に自分はコイツを思慮深く心優しい存在になるように育てなければならない。

 その強き力を戦う為ではなく、弱きモノ達を守る為に使ってくれるように。そして、何時の日か自分と共に世界に安寧をもたらしてくれる存在とする為に。

 自分はそんな思いを込めて腕の中のちびすけの頭を優しく撫でた。

 

 

 

 

 




 
 今回出てきたイアラオルケの親子は『大神』のアマ公とチビ公がモデルです。
 彼らが神器の代わりに赤い襟巻を付けている様な姿をイメージしてください。

 そして、ちびすけが罹っていた病は原作でクオンとその母親であるユズハが患っていた病と同じです。
 ちなみに『多神症』という名前はオリジナルです。
 
 それと『心願成就の権能』はウィツァルネミテアの願いを叶えるチカラのことです。




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