オバロ転生憑依もの (しうか)
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1 転生憑依

バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ 長男、憑依先
ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ 次男
ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ 三女
ランポッサⅢ世 リ・エスティーゼ王国国王、父親


 

 ここは……、リ・エスティーゼ王国、ロ・レンテ城……。俺は……、バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ。国王ランポッサⅢ世の長男で……。ふむ、なるほど、いきなり詰んだ気がする……。

 

 鏡の前でメイドに身だしなみを整えられながら今までの自分の記憶をたどって現状把握に勤しんだが、この時点ですでにやばい……。神様に転生先聞かれて、1stガンダムって答えたし、特典もニュータイプ能力と答えたはずなんだが、なにを間違えたかオーバーロード。ガンダムシリーズですらない。SFですらない剣と魔法の混沌とした世界。

 

 うん、ニュータイプ能力意味なかったNE☆ミ しかも転生先が無能な死亡キャラとか、悪意の塊ではなかろうか。今この場に俺一人ならこのままうずくまりたいくらいだ。しかし、無能な死亡確定キャラとはいえ、折角この世界に来れたのだから、原作キャラに会うくらいの役得は享受しよう。

 

 ええっとー……? 弟のザナックは、順調に体重を増やしておられるようで、妹のラナーは……まだ5歳……だと……!? つまるところ原作までは10年以上! そして俺はまだ12歳……。そういえば鏡に映る俺の姿はまだ幼い気がする。これはもしかして何とかできるのか?

 

 少し考えてみよう。

 

 第一王子の俺がそれなりの生活を維持でき、内外から暗殺する価値すら見出させず、ナザリックが転移してきてからも生き残れる。そんな未来を手繰り寄せられればあとはアインズ様がすべて解決してくれるだろう。

 

 つまりナザリックが転移してくるまでにアインズ様に喧嘩を売るような奴らをある程度掃除し、ナザリックにそれなりの価値を見出させつつ属国ポジションに入れれば俺の将来は安泰なのではなかろうか。王国の価値をどの程度にするかの匙加減はとても難しいが、希望がわいてきた……。

 

 うむ、玉座など狙わねばよいのだ。幸い弟のザナックは頭がいいし話がわかるはず(予定)だ。そして、末の妹のラナーは原作では最高の頭脳の持ち主。ラナーに全て任せれば王国の未来も明るい。ラナーを影の支配者に仕立て、ザナックを飾りに据え、俺と父上は楽隠居。これが王国の(俺の)最強の布陣ではなかろうか。

 

 思いついたが吉日。さっそく行動開始だ!

 

 

 

 「俺は王位継承権を捨てるぞ父上!」と、突撃した所までは問題なかったんだが、ただ単に乱心したと思われて近衛兵に拘束された上に追い出された。本来は勉強の時間なので部屋に連行されそうになったが、前世ではそこそこいい大学出てるし弟の優秀さを引き立てないと今後に影響するだろうからパス。ぶっちゃけ数学以外の勉強嫌いだし……。というわけで近衛兵に俺を受け渡された兵士やメイドを振り切った。この身体のスペックは案外いいのかもしれない。

 

 次点で原作キャラの中でも今会える一番の美貌を持つであろう第三王女ラナーの下に来た。ラナーは弱冠5歳にしてかわいいとしか言いようがない! サラサラの金髪! どろりとした目つき! 消えた瞳のハイライト! 歪んだ表情! 取り繕う事を知らない無垢な心! ちょっと痩せすぎな気もするけど多分気にしてはいけない! そう、かわいいは正義なのだから……。

 

 ロリコンだって? うん、否定はしないけど残念ながら血のつながった妹なんだ。義母兄妹ならまだギリギリセーフかもしれない。だが、クライム君もいるだろうし色々と完全にアウトだろう。むしろ竜王国あたりに政略結婚で放出してもらった方が趣向的には最高ではなかろうか。

 

 「ラナーはかわいいなぁ」とか考えながら軽いスキンシップと共に愚痴をこぼしつつナザリック関連を省いて王国とか俺の将来について相談してみたんだけど、5歳にしてすでに会話が成り立つとかマジラナー天才!

 

「なるほど、それでお兄様は王位継承権をお捨てになりたいと……」

「うん、ラナーは頭がよくてかわいいね。なでなで」

「それでわたくしを実質的な王に据えたいと……」

「うんうん、でもそれなりの生活はさせてね。さわさわ」

「わかりましたわ! お任せくださいませ。でもお兄様にも協力してもらいますわよ?」

 

 え? わかったの? 任せちゃっていいの!? ラナーマジすげぇ! 当然YESと答えたよ!

 

 とりあえず好きな事をしていていいけど一日一回は相談に来るように言われた。心強いことこの上ない。そう、最初からラナーのところに来れば良かったのだ。あっという間にすべて解決してしまった。父上の王権にすがる必要なんてなかったんや。

 

 そういえばクライムくんはどこにいるんだろう。彼によくしていればラナーも裏切りづらくなる安全間違いなしのボーナスキャラなのだがラナーの部屋にはいなかった。まぁラナーより年下だろうし、拾われたばかりで訓練とか研修で忙しいのだろう。まぁ会えたら声かけて聞こえのいいことを言っておこう。

 

 しかし身も心も軽くなった俺にようやくこの世界を楽しむゆとりが生まれた。

 

 とりあえず、興味のあるところを散策しようとお城を探検したのだが、やはり古い時代のお城はすばらしい。博物館にあるようなものが現役で使われていたので色々眺めたりさわってみたり、壁にかかっている絵を鑑賞したり、練兵場を視察したり、馬に乗ってみたり……。

 

 初めての乗馬体験だったんだけど意外と簡単に乗れた。人馬一体とはこの事だろうか、馬の挙動もわかるし思った通り動いてくれる。さすがは王国お抱えのお馬さんである。そして馬と言ったらランスチャージ。実はちょっと憧れてたんだよね。調子に乗って置いてあった長い木の棒を脇に抱えてそれっぽい事しただけだけどテンション上がりまくって脳汁出た!

 

 うむ、これを生き甲斐にしよう!

 

 

 

 

 side ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ

 

 はぁ……、バルブロお兄様。あんなに純粋な目でわたくしを見るなんて……、なんてステキなのでしょう。以前お会いしたときとはまるで別人のよう。いえ、別人なのかもしれませんわね。それでも全くかまいませんわ。あの瞳でわたくしを見つめてくれてあの手でわたくしにさわってくださるだけでこんなに幸せな気分になれるんですもの。

 

 頼ってくる(さま)などまるで大きな子犬のよう……。ステキですわ……。これが愛なのですね。お兄様は血縁を気にしていらっしゃるみたいですけどそんな事関係ありませんわ。絶対わたくしだけのものにしますわ!

 

 まずはお兄様の好みを探って、お兄様の望むように……―――

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか。お気に召したら光栄ですが、お気に召さなかったら記憶を消してそっとブラウザバックでお願いします。


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2 ランスチャージ

バルブロ第一王子:主人公。12歳。ちょっとおバカ。ニュータイプ
騎士アントン:王国騎士爵。常識人枠


 

 

 ここ半年ほどどの程度使えるかわからない権力を使いまくってどの程度の事なら可能か探ってみた。うん、一応まだ第一王子だからね! 無能すぎて首が危ういってほどじゃなければきっとラナーがなんとかしてくれる! 父の王様も「コイツはダメだ」くらいに思っていた方がラナーもやりやすくなるだろうし問題などないのだ!

 

 俺個人にはほとんど権力などないということがわかっただけだがな! わがまま言えるだけマシか。

 

 日課として午前中はラナーのお部屋にお邪魔してラナーとスキンシップを交えたたわいないお話とお茶をしつつ、ねだられるままにいろんな書類にサインして、一緒にお昼ご飯食べて、午後からはランスチャージごっこに勤しむ。

 

 ノリのいい騎士数名とその従者たちが付き合ってくれて隊列組んでのランスチャージごっこも出来るようになった。

 

 まだ身体が小さいので鎧も防具もないけど、ソレっぽい感じを出したかったので騎士に言ってみたら、騎士の従者がちゃんとした盾と槍を用意してくれた。ランスはさすがに重すぎてまだ使えそうにないので木製の槍だ。

 

 そんな事してたらたまに一緒に遊ぶ兵が槍騎兵だけで100人くらい増えた。従者は騎士一人につき二人以上いるのでざっくり200人以上いるだろう。

 

 みんな予定あるから一度に集まるのは10人程度だけど各人のお付の従者がいい仕事してくれるので大変ありがたい。まぁ、正規の訓練サボって税金使って全力で遊びに没頭するすばらしい騎士団になってしまったが知ったことではない。どうせ何をしても隣接する他国には勝てない。楽しければいいのだ。

 

 参加人数が増えたので色々な事ができるようになった。飽きないように色々コース作ってみたり、障害物山盛りにしてみたり、どこからか生け捕りにしてきたゴブリンを配置したりとどんどん進化し続けた。最初はゴブリンといえど生物を殺す事に抵抗があったけど慣れた。むしろ楽しすぎる!

 

 それにゴブリン倒しまくってたらレベルが上がったのか鉄製のランスを使えるようになった!

 

 ビバ権力! 騎士と従者マジ有能! 

 

 つまるところ、勉強やなんやの王族としての義務をまるっと拒否し、ラナーに言われた通りマジで好きな事だけをやっていた。

 

 

 side 騎士アントン

 

 半年ほど前、いきなりお供も連れずにバルブロ王子殿下が練兵場にいらっしゃった。そこにいた者が気付き、殿下の前に整列し跪き、臣下の礼を取ったのだが、ここにいた者は全員王族など遠目に見たことしかない。

 

 失礼のないよう心がけたが、自信のあるものなど一人もいない。所詮この場所にいるのは時々街道警備という名の書状を届ける任務に出るだけの下っ端騎士爵が10名程度。たとえ貴族に血縁があったとしても爵位など持たない人間の方が多い。

 

 そもそも王国にちゃんとした軍など存在しないし、要領のいいヤツは貴族の私兵にでもなってるし、さらに血縁のいいやつは近衛兵になっている。

 

 戦争でもあれば平民が徴兵され、この練兵場で訓練が行われるのだろうが、今は平時。つまるところ、ここは練兵場とは名ばかりのどこにも行き場のない人間が集まる場所なのだ。このような所へ何をしに? と皆が思っただろう。

 

 そこでバルブロ殿下は馬に乗ってみたいとおっしゃった。当然断る事などできない。従者に馬を11頭取りに行かせ、準備をし、殿下を馬上へとお乗せする。そして、私が轡を取り、他の3名の騎士が殿下が万が一落ちても大丈夫なよう、周りを固めた。

 

 しかし、殿下は乗馬系の生まれながらの異能(タレント)でも持っていらっしゃるかのようにあっという間にその小さな身体で軍馬を乗りこなした。しかもその日の終わりごろには廃棄するため集められていた訓練用の木剣などの中から槍と盾を目ざとく見つけ、それらを構えながら槍騎兵のように駆け回っていた。

 

 それからというもの王子殿下はこの練兵場に毎日お通いになり、我々騎士や従者などは気の休まる事がなかったが、王子殿下は我々に気安くお声をかけられ、ただただ騎兵としての訓練を楽しんでいらしたので、我々との距離も縮まっていった。

 

 途中からこの事を聞きつけたのであろう、殿下に近づくためと思われる貴族の私兵と思しき騎士も合流し、我々はお役御免かと思われた。しかし、殿下は少々とはいえ付き合いの長い我々に気安く接しており、新参の騎士たちはあの手この手で王子の気を引こうと努力していた。

 

 しかし、それで覚えがよくなったのは実際によく動く彼らの従者たちであり、新参の騎士たちにお褒めの言葉が送られたのは(まと)としてゴブリンを捕まえてきたことくらいだった。

 

 しかも直接お褒めの言葉を賜った従者達がはりきりすぎて練兵場の風景がどんどんと変化していったため、あの殿下の手綱捌きと槍捌きについていけない騎士が多くなっていった。しかも、殿下の覚えのよかった的となるゴブリン捕獲に常にある程度の騎士が動いていたため、常に参加していた元々いた我々と貴族の私兵との差は開く一方だった。

 

 ただひとつ、言ってはいけないのだろうが出来るならば苦言を呈したい。

 

 楽しいのでしたら大変結構なのですが、たとえ戦争になったとしても王子殿下が騎兵突撃するような事になるときには王国が滅びる時ではないでしょうか。と……。

 

 

 




主人公のタレント
ニュータイプ:神様特典。なんか色々わかる。なんか操縦とか戦闘がすごい。成長速度↑ 運↓↓

みたいな感じで……。


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3 婚約話

バルブロ:主人公。ラナー信奉者。ランスチャージが大好き
ラナー:病み始め。夢と愛と理想のため原作よりも影でモリモリ動いてる
エリアス・ブラント・デイル・レエブン:今回の被害者その1。大貴族。貴族派閥で王位を狙っている。宮廷事情にはとても詳しい。
ボウロロープ侯:大貴族。貴族派閥のトップになるお方。現在40代。軍隊大好き
ランポッサⅢ世:今回の被害者その2。国王陛下。色々とがんばってるけどガゼフがいないから心労がそろそろ厳しい。



 ラナーとお茶しているとき、ついに父王に呼び出された。いや、半年放って置かれただけでもある意味すごいがきっとラナーが色々してくれていたのだろう。

 

 ここ半年でかわいい笑顔を見せるようになったラナーも呼び出しのおかげで目がどろりとしてるし、きっと嫌なことなんだろうな……。行きたくないでござる……。でも父上のところで見た近衛兵が二人も扉のところで待ってるのでござる……。

 

 連行される前に我らがラナー先生に指示を仰ごう!

 

「ラナー、その表情も好きだけど機嫌が悪くなってしまったかな? なでなで」

「あら、顔に出てしまいましたか? いけませんわね……」

 

 ラナーの頭をなでなでしたらラナーは自分の顔をくにくにし始めて表情を戻した。きっと表情筋の調子が悪いのだろう。唯一存在するラナーの欠点ではあるが、個人的にはこういうところも嫌いじゃない。ただ、妹なんだよなぁ……。

 

 アニメで見たクライムくんも結構好きなキャラだから彼とラナーがくっつくのは個人的にも応援したいところだ。うむ、俺の将来のためにも応援するべきだろう。

 

「ところで嫌な事でも起こるのかな? なでなで」

「ええ、きっとお兄様のご婚約の話かと……」

 

 そう言いながらラナーが上目遣いで覗き込んできたけど、妹よ、兄のフラグを立ててどうする。嬉しいこと甚だしいが兄とは結婚できんぞ? 

 

 さて、原作の俺(バルブロ)には妻がいる。名前だけでしか出てこなかったと思うが、確か貴族派閥のボロローブ候(ボウロローブ)の娘を娶っていて王国分裂の一助になっていたはずだ。

 

 このルートを突き進むと王国弱体化→貴族派台頭→貴族派がアインズ様に接触してアインズ様げきおこルートに突入してしまうのでガゼフ召喚して鮮血帝の如く貴族派の首狩りしていくくらいがちょうどいいのかもしれない。

 

 ただ、ナザリックが原作通り転移してこなかったらそれはそれで危険な道だ。なんせ、ボロローブ候は軍事力王国一だし……。

 

 ふむ。しかし、俺はすでに一度王位継承権を捨てると父上に言っている。つまるところ、ソレを聞いていた人間も少数だがいるわけで、それが宮廷内で噂になっていてもおかしくない。そんな人間を貴族派の旗頭にするだろうか? いや、しないはずだ(反語)

 

 となると、他国だろうか。王家の人間として継承権抜きで安全に出荷できるわけだから、この手を外交で使わない手はないだろう。少し考えてみよう。

 

帝国→鮮血帝が即位してるかわからない→即位前だったら暗殺されるだろうし、してても多分捨て駒。いくつも幸運が重なってようやく王国併合後の傀儡。でも用が済んだら暗殺されそう

法国→王子の必要性がなさそう→あったとしても用が済んだら暗殺されそう

聖王国→情勢不明だけどキレイな聖王女様がトップになる→未来のマッチポンプ劇場で殺されるかスクロールの原料になりそう

竜王国→女王様が見た目ロリらしいしパンチラには興味ある→死亡フラグ乱立しすぎでソレすら困難→行くだけでも途中で逝く可能性が高い→俺tueeeee系主人公しか輝けない

 

 はっはっは、我が王国の安全性は圧倒的ではないか! すでに公式リアルチートラナー様の助力を得ている状態で他国に行くなどありえないだろう。いやマジで行きたくない……。

 

「ふむ、もしかして他国かな?」

「いえ、他国はないでしょう。恐らくボウロロープ候あたりの縁だと思いますわ」

 

 恐る恐る聞いてみたら違うらしい。よかった。あ、ボウロロープだったのね。ボロローブだと思ってた。

 とりま、ラナーの言葉で近衛兵の表情が動いたって事はラナーの読みどおりなのだろう。さすがは公式チートのラナー様である。とりあえず他国でなければ大丈夫だろう。よほどのアタリを引かない限り無能をさらけ出してお断りするだけだ。

 

 そう、王国にもまだアタリはいるのだよ! 青の薔薇(未定)のラキュースさんとか! 青の薔薇(未定)のイビルアイさんとか! 青の薔薇(未定)の三つ子ニンジャさんとか! カルネ村のエンリさんとか! どっかの村のツアレさん(攫われる前に遭遇できなきゃ手遅れ確定)とか!

 

 しかし、冷静に考えると貴族はラキュースさんしかいないではないか……。しかも婚約した瞬間に青の薔薇が無くなりそうだ。青の薔薇がなくなると王国が色々ヤバイ。うん、無理ダナ……。まぁ、ナザリックが転移してこなかったら権力使って適当に見た目のいい子探して愛妾にでもしよう。

 

 もし転移してきたら~なんて考える必要はない。答えはもうすでに決まっている。当然アインズ様に五体投地して保護を求めつつシャルティア様の眷属にしてもらえるよう全力を尽くす所存!

 

「なるほど、俺のどこに魅力を感じたのかはわからんが、取り合えずお断りしてくるとしよう。ラナー、昼食には戻るよ。なでなで」

「はい、お待ちしておりますわ。お兄様」

 

 特に訂正も助言もないしラナーの笑顔が戻ったので正しい選択なのだろう。「案内頼むよ」と近衛兵に頼んだら前後に挟まれて父上の下まで連行された。行くと言っているというのに脱走するとでも思っているのだろうか。まぁ前科はあるが解せぬ。

 

 

 

 

 

 父上の執務室に入ったら他にも何人かいた。「父上、婚約の話ならナシな!」と先制して終わらせようと思っていたのに大誤算だ! しかし王族とはいえ俺は不利な状況ならば撤退も厭わない! そう、これは勝つための撤退! 一度撤退してラナー様に知恵を授けてもらわねばどうしようもなさそうなのだよ!

 

「父上、お呼びにより参上しましたが、どうも遅れてしまったようですね。申し訳ありません。また出直しますのでどうぞご歓談ください」

 

 お客さんがいるから帰りますね。と丁寧に伝えて即撤退。返事を聞く前なら間に合うはずだ! 扉の前に陣取る近衛兵に「帰るよー」と伝えようとした所、父上から言葉が発せられてしまった。

 

「まぁ、待てバルブロ。改めてお前に紹介しておこう。我らが王国を支えてくれる六大貴族の二人、ボウロロープ候とレェブン候だ」

 

 二人にそれぞれ自己紹介と軽い挨拶を受けた。未だ原作の10年以上前だと思われるので二人ともまだ若い。ボウロロープ候はまだ40代の働き盛りでゴツイ体に覇気のみなぎる顔をしてるし、レェブン候もまだ子供を持っておらず、ヘビのような顔で王位簒奪を狙っている時期だろう。二人とも貴族派閥のキーマンで王族派が誰かは忘れたが、対抗勢力のないこの状況はかなり不味い。

 

「ご存知かとは思いますが、私はバルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ第一王子でございます。お目通りの機会に感謝を。では―――」

 

 よし、卑屈になってしまったが王子っぽい挨拶もしたしこれで撤退できるに違いない。総員撤退! ハリーハリーハリー!

 

「まぁ、待てバルブロよ。此度はボウロロープ候から縁談の話があっての。余としてもこの話は悪いものとは思っておらぬ」

 

 くっ、父上だけならば「だが断る!」と言って終わりにできそうなのだが、どう見ても武闘派のお偉い貴族の目の前でそんな断り方ができるはずがない。こういうときこそラナー様のお知恵を拝借したい所なのだが、自力でなんとかするしかない。最悪何とか年齢を理由にしての先延ばしでもいいからこの場を乗り切らねばこの先が危うい。いや、何とかなるかもしれないが危険がいっぱいになってしまいそうで怖い。

 

 レェブン候はたぶん仲介役といったところか。ボウロロープ候はこういったことに弁が立つとは思えない。今の貴族派閥では一番の弁達者だろう。

 

 しかし、父上も貴族派もなぜこのような縁談に乗り気なんだ? もしかしてその辺りに断れる材料があるかもしれない。

 

 前提として現在、一応俺にも王位継承権はある。無論いつでも投げ捨てる気ではいるが、ラナー様の超理論ではまだ時期尚早らしい。

 

 王位継承権放棄の噂は広がっていると思うのだが、ただの噂として放置されるか、駒として使うかであれば持ってるだけで貴族派の人間にとっては問題ないのだろう。しかし、王になりたくない人間を王にした所で貴族派が俺に恩を売ることができるとは思えない。

 

 つまり、俺とボウロロープ娘の間に子供が出来ない限り意味がないものなのだ。まぁ、ボウロロープ娘がかわいければできちゃうかもしれない。できちゃったら俺を暗殺してしまえばボウロロープ候としても孫を王にして万々歳かもしれない。怖い……、かわいくても我慢しよう。案外原作のバルブロに子がいなかったのはこの辺りも絡んでるのだろうか。いや、断るつもりだが!

 

 父上としては俺をエサにボウロロープ候とレェブン候を引き込めると思ってるのだろう。すでに二つに割れ、蝕まれている王国を、次期国王を力のある貴族に関わらせる事でひとつにまとめる事ができると考えたのだろう。その考えは短絡的に見えて個人的には正しいように思える。

 

 しかし、引き込みに使うには条件があるのだ。ひとつは両者の仲がよいか圧倒的に王家に力があること。そもそも必要ないが、より王家の力が増すだろう。父上はこれを狙っているのだろうが、すでに二つに分かれており、王家が無視できないほどの力を貴族派が持ってる時点で条件が揃わない。

 

 もうひとつはバルブロの結婚と同時にバルブロに王座を明け渡す。これなら王家も存続できるし王国もまとまりやすくなる。まぁ貴族派の勝利に終わるのだが、ひとつにまとまる事に変わりはない。ただちょっと滅亡までの時間が短くなるだけだ。

 

 そして最後にスパイとして送り込む場合。残念ながら原作のバルブロも俺も父に対する忠誠度が足りない! ラナー様がやれとおっしゃるのならやるがなっ!

 

 実際、俺がしっかりした人間で王国万歳、国王陛下万歳な人間で調整力がある人間だったなら実現の可能性も皆無ではないだろう。だが、王位継承権を放棄すると言い出したり毎日妹と遊んだりランスチャージごっこに明け暮れている人間に任せるのはどう考えても人選を間違えている。

 

 まぁ、色々考えた所でそもそも俺はラナーの頭脳に全て賭けている状態なので実現しない。

 

 しかし、弟のザナックならばどうだろうか。原作では確かに彼は能を隠しており、ラナーや王派閥に戻ったレェブン候と王国の危機脱却のため動いたが、それまで冷遇されていたという条件も加味されるべきだろう。

 

 ここで「ザナックを俺の代わりに」と、言って降り、実現した場合、彼の野心はそこで満たされてしまい、今後は転がり込んできた自分の地位や権力を維持する方に動き、結局は原作のバルブロのように貴族派の意見を取り入れ王国を真っ二つにする未来もありうる。むしろバルブロより優秀な分、貴族派の力が増しそうだ。

 

 まぁ、ぶっちゃけそれでも俺としては多分問題ない。原作のバルブロの代わりにザナックが死ぬだけだ。ただ、それだと俺の代わりにラナーの傀儡王になる人間がいなくなるのが問題だ。なるほど、それでラナーは俺の継承権破棄を時期尚早と言ったのではなかろうか。さすがはかわいい天才である。

 

 しかし、困った。ラナーの反応で断るという結果は確定している。しかしこれでは継承権破棄を匂わせて断ることもザナックに話を投げることもできない。能天気なおバカを演じた所で相手が欲してるのは王子という名の軽い神輿だ。むしろ乗り気になられそうだ。

 

 詰んだか……? やはりラナーに断りの文句を聞いておくんだった……。いや、諦めたらそこで終わりですよって昔から言われているではないか。ここは玉砕覚悟で突っ込むしかないッ!

 

「ふむ。お断りします」

 

 「だが断る!」とはさすがに言えなかった。それでも断った瞬間レェブン候は眼を細めたし、ボウロロープ候は睨みを利かせたし父上は顔に皺を寄せた。こえぇよ! しかし用件はこれで済んだはずだ。撤退しよう。退却だ退却!

 

「まぁ、待てバルブロ(本日三回目)。お前はなんと言うか、もう少し考えて話をした上で動くという事を学ばねばならんようだ。取り合えずお前に理解できるかわからんが、話を聞きなさい。レェブン候、頼めるか?」

「はっ、バルブロ殿下、現在の王国の状況ですが―――」

 

 と、レェブン候が貴族仮面をかぶりながら優しい言葉で説明してくれているのだが、ざっくりまとめると『俺(バルブロ第一王子)と貴族の中でもトップを争う力を持つボウロロープ候の娘が婚約すれば未来の王国はひとつになって安泰ですよ。お得ですよ。みんなが幸せになれるすばらしい事なのですよ。というかホントは王族や貴族の子供に拒否権はないんですよ。それに殿下のお年なら婚約者がいてもおかしくないのですよ』という話だ。ほとんど逃げ道をふさがれた。

 

 原作を知らず、状況を知らず、ラナーがいなかったらこちらからお願いしたいくらい良い話だったかもしれない。父上もこれで貴族たちを懐柔できるのであればと首を縦に振ったのだろう。レェブン候の話はさすがに王位を目指すだけあって説得力も抜群だし脅しも上手く織り交ぜられている。未来の王とか王子としての自覚があったら首を縦に振ってしまうだろう。

 

 だがしかし、残念ながら俺にそんな物は存在しないのだ。俺に首を縦に振らせたかったらラナーを連れて来るんだったな! はっはっは! どうしよう……。

 

「頭が悪いなりに大体の事はわかりました。とても良い話のようですね。ですが今はお断りします」

「ほぅ、理由をお聞かせいただいても?」

 

 ボウロロープ候は「わかったのならなぜ首を縦に振らん!」とでも言い出しそうなほど怒ってるし、父上はあきれてる。レェブン候もちょっと怒り気味だけど他の二人が口を開く前に理由を聞いてきた。

 

 彼の言葉通り俺に拒否権がないのであればこの三者で決定し、決まった事を俺に伝えるだけで済むのだ。ただ、俺の意思の確認をしてきたあたり、俺が自分達の駒になるか確かめたかったのだろう。素直に首を縦に振るならばよし、振らなければ暗殺し弟のザナックに話を持っていくだけだ。だが、王族の暗殺となると手間がかかる上に、今後に差し支えるはずだ。俺を従順な駒に仕立てる方法を模索したいのだろう。

 

 それゆえに理由を聞いてきた。そう考えると断りきる事は難しいだろう。そもそもよく考えたら、今完全に断ったらザナックに話がいくではないか。ここはなんとしても猶予を得る方向で乗り切らねばならない。しかも、相手にそれなりの期待を抱かせつつ期限が不確定な猶予が必要だ。

 

 そんな事不可能に思えるだろう。しかし、一枚だけその条件を満たせそうなロイヤルカードが存在する。できれば切りたくない……。どう考えても俺の名声が地に落ちる。―――切りたくないのだが……、切らざるを得まい。

 

「ええっと、そのですね……。大変言いづらいのですが……実は好きな人がおりまして……」

「おや、そうでしたか。お名前をお聞かせいただいても?」

 

 お断りの常套句である。レェブン候としてはボウロロープ候の娘という大きな札を使うより、俺の惚れたどこぞの相手を自分の札にして利用した方が色々とお得だと計算したのだろう。俺が接触した事のある女性の数などたかが知れているし、それがメイドとして送り込んでいる手のものであれば文句なく最高だろう。

 

 俺がなんとか言わずに済ませたいなと言いあぐねていると、誰にも漏らしませんからとか、可能ならば協力しますからとか、レェブン候が押しに押してくる。

 

 何か嫌な予感を覚えたのか父上は顔を青くしている。「今ならまだ間に合いますよ。俺もできれば墜ちたくないので止めてください、父上」とチラチラと目で訴えてみたがアイコンタクトは失敗したようだ。止めてくれる気配がまったくない。

 

 「本当に誰にも言いませんか?」と三人に確認を取るが、頷くだけ……。もはや本当に切るしかないようだ……。

 

「ラナーです」

 

 場の空気が凍った。父上はうつむいてしまったし、ボウロロープ候は首をかしげて理解が追いついていないようだし、レェブン候は完全に固まった。

 

 方便に使ってしまってすまない、ラナー……。誰かから聞いてもできれば嫌悪感を抱かないでください。誤解なんです。お願いします。

 

 いや、むしろお断りの理由にしたと自分で報告すればそこからよい妙案を授けてくれるかもしれない。それに聡明なラナーなら誤解もしないだろう。意外と俺も傷つかずに済むかもしれない。そう考えるとちょっと楽しくなってきた。追撃しておこう。

 

「妹のラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフです。あの輝くような金髪。美しい瞳。そして時折見せる魅力的な素の表情。誰よりもかわいい存在である事に間違いはないでしょう」

「しかし、ラナーはお前の妹。血がつながっているのだぞ? どんなに想おうともお前と結婚はできぬのだぞ?」

 

 いち早く復帰した父上が俺の説得に動くがそんな事はわかっている。それにラナーは隠れ蓑だ。俺が言うのもなんだが、そんなに心配しないでいただきたい。

 

「ええ、わかっております。しかしまことに自分勝手ではございますが、この気持ちに整理が付くまで、せめてラナーを諦める事ができるようになるまで婚約の話はお待ちいただければと……」

 

 貴族同士でも近親でのそういった話がないわけではないのだろう。それにおっさん貴族が若い側室を持つ事もある。きっとロリコンもセーフだったのだろう。そこまで酷い眼差しを向けられることはなかった。いや、落胆は隠せないようだが……。

 

「そうでしたか……。ではこの話はまた後日という事にしましょう」

 

 もう少し粘ると思っていたのだが、お流れにしてくれた。まぁ、実際、正室をボウロロープ候の娘にして側室を娶ればいいじゃんってな事をボウロロープ候の前で言えるわけがない。別の策でも思いつき、これから仕込みに入るのだろう。

 

 どんな手を打ってくるのかは範囲が広すぎて絞り込めないし、俺が考えるよりラナー様に聞いた方が早い上に正確だろう。取り合えずお開きとなりようやく開放された。

 

 

 side エリアス・ブラント・デイル・レエブン候爵

 

 全く酷い話だ。バルブロがあそこまでバカだとは思ってもみなかった。やはり第二王子のザナック殿下にしておくべきだったのだ。

 

 だがあのボウロロープ候も今回のあれで諦めただろう。そう思ったのだが、会談が終わったあとボウロロープ候が言ったのは「見た目が気に入ってるのであろう? ならばラナー殿下に似た人物を近づければよいだけではないか?」だ。そんな人間そうそういてたまるか。

 

 バルブロ殿下が毎日何をしているかは私も知っている。ボウロロープ候が自らの私兵を送り込み、バルブロ殿下の能力の高さを買っているのも、自らの私兵が上手く取り込めていない事実に焦りを感じている事も知っている。だから私もこの話に期待したのだ。

 

 しかし、ラナー殿下だけはない。あのどろりとした目、光を失ったような瞳、歪んだ表情、弱冠5歳にして出してくる政策や法案の数々。まさしくバケモノだろう。あんな得体の知れぬバケモノを好むような人間がいるとは思わなかった。それに皆が皆、ラナー殿下の異常性はわかっているはずなのだ。なのにあのバカだけはそれを褒め称えている。バカどころか頭がおかしいとしか思えない。

 

 金を使い、人を使い、時間を使い、周到な根回しを行い、あとはバルブロが頷くだけですべてが解決し、むしろ今後どうするかという話し合いまでされていたというのにこれはないだろう。

 

 次の話し合いではボウロロープ候の言う通り、ラナーに似た人物を探し、ある程度の地位を与えてバルブロの近くに置くか、神輿をザナックに移すかという話になるだろう。だが、今の時点でザナックに移した所で、なんだかんだ言って王の覚えがめでたいのは今の所バルブロだ。

 

 いや、案外今回の件でさすがに呆れたかもしれないが……。しかし、ボウロロープ候の言う通りラナー殿下に似た人物を探し、手駒に仕立て上げるのも悪くない。私の歳の離れた従妹(いとこ)ということにでもすればかなり道を短くできる。

 

 取り敢えず動くか……―――

 

 



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4 クライムくん

バルブロ:主人公。ラナー信奉者。たまにはがんばる
ラナー:病み度上昇中
クライム:原作ではラナーに拾われすごい忠誠心を持つナイスガイ。才能の無さを努力と根性と心の強さと機転と運でカバーするある意味強キャラ。ただしラナーの愛情にはちょっと鈍感。


 

 

 

 ラナーとの昼食中に恐る恐る事の顛末を聞かせた。ラナーを断る理由にした事についてはとても言いづらかったが、ラナーは目をキラキラさせていたので問題ないようだ。まぁクライムくんがいればラナーも気にしないだろう。むしろラナーが俺と結婚したことにしてクライムくんの子供を孕んで王位に据えても俺としては問題ない。理想はザナックだがなっ。

 

「本当によかったのかい? もぐもぐ」

「ええ、最良の判断でしたわ、お兄様。後はお任せくださいませ」

 

 うむ、まさかの大正解だったらしい。しかも後は任せていいらしい。さすがラナー様である。

 

 そういえば、これまでずっとクライムくんと遭遇していない。まぁ午後に会っているのだろうが、原作では朝から晩まで一緒にいたような気がする。いや、訓練期間かなとは思うのだが、話題にも上らないのはさすがに不自然ではなかろうか。

 

 しかし、「そういやクライムくんは元気?」などとクライムくんを知らないはずの俺が言い出すことはできない。まぁ探りだけでもしておこう。

 

「ところでラナー。ラナーには男の従者が付いていたりするか?」

 

 キョトンとした表情をしたラナーは少し頬を染めた。嫌な予感がする。

 

「まぁ、お兄様ったら。それはもしかしてヤキモチというものですか? でしたら大丈夫ですよ。男の従者など付いておりませんわ」

 

 ちょ、ま、え? もしかしてラナーさんクライムくん遭遇前!? ってことはあれか? クライムくんは現在進行形で瀕死状態かすでに死亡している可能性もあって、今現在クライムくんポジションに俺がいるって事だよね? いや、ラナーが嫌いなわけではない、むしろ好きなんだが、やはり妹というのは抵抗がある。

 

 それにクライムくんは何としても救わなければならないのではなかろうか。なんだかんだでいい奴だし、王国では珍しく忠誠度高いし、父上の生存フラグを立てるには必要な人物だったはずだ。まぁ俺の生存フラグには全くかすりもしないのだが、それはそれ、出来る事なら助けておきたいキャラではある。

 

 というわけでラナーとの昼食を終え、いつものように練兵場へと足を運ぶ。そしていつものように馬や装備が用意されており、騎士と従者達が出迎えてくれる。しかし、今回は遊んでばかりもいられまい。王国の兵として彼らには活躍して貰うことにしよう。つまるところクライムくん救出作戦である。ゴブリンを探して連れて来るくらいなのだ。平民の一人くらい余裕だろう。

 

「諸君。本日の訓練は中止だ。一身上の都合により王都内の見回りを行う! 無論いつも通り遊……いや、訓練を行うのであれば断ってくれても構わない。だが、これは俺にとって重要な事であり、できることならば気心の知れた諸君らの手を借りたい。ポーションとスープにパン、馬車も用意しろ! というわけで出撃だ!」

 

 とは言ったものの中々動いてくれない。根回しもせずに即応は難しいか。一身上の都合オンリーなので押し通そうとしたのだが空振りしたみたいで恥ずかしい。

 

 だいたい、彼らは俺の私兵というわけではなく、声をかけて名前を聞くと「○○何爵に仕えている誰々爵の□男の誰それと申します」といった者が多い。ぶっちゃけ誰かの私兵って事しか覚えてない。しがらみが少ないのは最初からここにいた騎士爵の十名程度だが彼らとその従者すら俺の兵というわけではなく正確な名前を覚えているかといわれると怪しい。

 

 しかも誰にも許可を取っていない。強いて言えば「前にラナーが好きにしていいってゆったから」くらいだ。まことに歳相応の理由だろう。いや、12歳だとギリギリアウトかもしれない。

 

 まぁ最悪一人で出撃すればいいだけだ。スラム街といっても馬に乗っていれば死に掛けのクライム君を攫ってくるくらいはできるはずだ。なおスラム街がどこにあるかは不明。

 

 そんな事を考えていると、ようやく理解が浸透したのか「了解しました。殿下」と騎士たちが敬礼し、諸々の準備を進めてくれた。ちなみに俺はいつものランスと盾だけでなくチェインシャツとマントを着せられた上に、お馬さんにも重装備が施された。たぶん見た目かっこいい!

 

 城門で止められそうになったけど「ちょっと王都内散策してくる」って言ったら通してくれた。まぁ騎兵だけでも10騎以上いるし、歩兵装備の従者も30はいる。街中で騎兵がどの程度役に立つかは知らんが護衛の数は充分だろう。

 

 と、いった感じでほとんど王都内をしらみつぶしに探した。あばら家とか覗き込んだりして金髪で親のいない子供を探しまくった。何でそんなのを探すんですかと聞かれたが、便利な道具に仕立てるって言ったら何か納得してくれた。まぁ武器を磨く技能でも身につけてくれれば万々歳だろう。

 

 2日目にはラナーになぜそんな事を始めたのか聞かれたが、王都の治安の向上と王都内の地理を把握しておくことによってうんぬんみたいな感じでごまかした。幸い王都内のことに興味を示してくれたので行った箇所の情報提供もすることになった。

 

 ランスに王国旗を掲げながら大通りだけでなくスラムも細い路地も片っ端から王都内を練り歩き、平民とも言えないような見た目の金髪のガキを見つけてはポーションとスープとパンを口に突っ込み、男だと分かったら台車に乗せて掻っ攫い、名前を聞いてハズレだったら従者に育てるようにと従者に投げる作業を続け、約3週間目にようやくクライムくんを見つけることができた。

 

 クライムくんは予定通りラナー様にプレゼント。「まぁ子犬のようでかわいらしいですわね」と大好評だったのでこれでラナーフラグもクライム君に移っただろう。クライム君にはぜひともがんばっていただきたい。

 

 ただ、すごく疲れた。マジもう無理。エイトエッジアサシンとかいれば楽だったんだろうなぁ……。

 

 

 side ラナー

 

 お兄様のしていた事はお見通しでしたが、まさかこんな子犬を探してきてくれるとは思いませんでしたわ。見た目はあまり良くないけど磨けば光るでしょう。ですが、一番いいのはこの目ですわ。お兄様ほどではないにせよ、わたくしを見るこの目は何と言いますか、生まれたての子犬のようです。

 

 お兄様は自分と同じ髪の色を持つ貧民を探して影武者にするつもりだったのでしょう。そろそろあのお遊びにも飽きてくる頃だと思ってましたし、お城を抜け出し自由に遊ぶための準備だったのでしょうね。

 

 わたくしの慰めに子犬を一匹渡したのもその前触れ……。この子も有効に使いましょう。お兄様からの折角の贈り物ですし……。

 

 お兄様にわたくしの愛を伝えるための練習に丁度いいかもしれません。この子なら多少失敗しても問題なさそうですしね。ふふっ、まずは首輪かしら……。

 

 あとはお兄様の……でしたら……、そうですわね―――

 

 



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5 スレイプニール

バルブロ:主人公。がんばってクライムくんを見つけて身代わり人形にした
ラナー:ヒロイン。病み増し中。指輪より首輪が大好き
クライムくん:基本名前しか出てこないかわいそうな子
騎士:貧乏だけど真面目な人が多い。最近は主人公とあそb……訓練に精を出している。交流の多い王子様に忠誠心が高い人が多い。アントン以外にも増える予定。


 

 

 クライム君救出作戦も終わり、ラナーとスキンシップを兼ねたお食事も終わり、久しぶりにランスチャージごっこに励もうと、訓練場に来た。もう街中を探索するような事は二度とごめんである。こんな時は日常を取り戻すためにもランスチャージごっこで脳汁を出すしかあるまい!

 

 そんなわけで訓練場に来たのだが、来たのだが……。色々と見慣れないものが……。ついでに俺の馬がいない。いや、自分の従者雇っておけよって話なのだが、俺の従者は敵なのだよ。基本振り切られるためだけに存在するような近衛兵(ヤツら)だ。

 

 気分的にはいつも一緒に訓練するこの騎士たちやその従者の方が気安く接してくれるし無茶にも付き合ってくれる。むしろコイツらを従者にしたい。というか今までなんで気付かなかった。そうするべきだろう。うむ、今度ラナー様に相談してみよう。

 

「珍しいな。俺の馬はまだか?」

「い、いえ、殿下の騎乗なさっていた馬はコチラなのですが……」

「足が8本あるように見えるのだが……。存外俺も疲れが溜まっていたようだな……」

「いえ、間違いなく8本ありますね……。私もどうしていいか分からなかったので取り合えず連れてきました」

「え?」

八足馬(スレイプニール)ですね。なんでもいつの間にか進化していたそうです」

「お、おぅ……」

 

 マジか……。恐るべし生物の進化……。いや、まぁ、ゴブリンひき殺してたしな……。ふむ。ユグドラシル自体はほとんど知らないが、馬も経験値を貯めて前提条件を満たせばきっと進化するのだろう。うん、そういう事にしておこう。

 

「よかろう。少々試してみるか」

「了解しました。総員騎乗!」

 

 どこかの銀髪ロンゲ少佐に習い、王族として動揺を隠しつつスレイプニールにまたがった。元々王国のお馬さんは行儀がいいのでお子様でもカンタンに乗りこなせる……ハズだ……。

 

 でかい馬体と八本の足にびびったが、意外といい。比べ物にならない安定性と速度、旋回能力。無理な体勢を取っても無理なく進むし速度をほとんど落とすことなく旋回していく。コイツは最高だ!

 

「ひゃっほぅ! コイツは最高だぜ! コイツとなら俺は風になれる!」

「殿下ぁぁああ! お待ちください、殿下ぁぁあああ!」

 

 後ろで騎士が何か叫んでるが知ったことではない。これは脳汁出まくりだ! 断言しよう! スレイプニールさいこぉぉぉおおおお!

 

「さぁもっとだ! お前ならもっといけるはずだ! 二人で風になろうぞ!」

「ああああ! 殿下がご乱心めされたぁぁぁぁああああ!」

「追いつけません! あれは異常です!」

「全騎散開! 殿下をお止めしろぉぉおおお!」

「うおおおぉぉぉ! 回りこめ! 散開して包囲だぁぁぁあああ!」

「ゴブリンとオーガも放せ! 少しは速度が落ちるはずだ!」

「了解しました!」

 

 (まと)まで用意してくれるとは中々やるではないか! しかも新型の的まで用意してあるとは! 口ではああ言っててもやはり皆遊びたかったとみえる。ここはもうここ三週間分の鬱憤を晴らすしかあるまい!

 

「うっはははは! 俺にも(とき)が見えるぞ! さぁみんなで遊ぼうではないか! スレイプニール、今日は徹底的に遊ぶぞ! 〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャァァァージ)〉」

「なっ!? ゴブリン共が吹き飛んだだとっ? まさか武技かっ! あんな武技聞いた事ないぞ!?」

「オーガも一突きで殺されています!」

「速い! 速すぎる! 回りこめません!」

「なんとしても囲い込め! 殿下が落馬されたら大事だぞ!」

「ああ! ジャン・ルイが落馬した!」

「殿下ぁぁぁぁあああ!」

 

 夕方が過ぎ、薄暗くなってようやく落ち着いた。何か色々とはっちゃけた気がするが、気にしてはいけない。鬱憤を晴らすというのはそういうことだ。みんな遊びすぎてぐったりしていたが、たまにはいいだろう。

 

 しかし、やたらでかい的があったが、馬上から頭を狙うにはちょうどいい高さだった。もっと増やして欲しいものだ。ふむ、もしかしたらレア物なのだろうか……。とりあえず用意したやつにお褒めの言葉ってやつをかけておこう。きっと張り切ってまた見つけてきてくれる事だろう。

 

 翌日、今日もスレイプニールで脳汁出そうと訓練場へ向うと、緊張した面持ちのいつもの騎士にスレイプニールに乗らないで欲しいと言われた。はっちゃけすぎて追いつけなかったのが気に入らなかったようだ。

 

 わからなくもない。皆がザクに乗ってる中で一人ガンダムに乗ってるようなものだ。うーむ、だが俺もスレイプニールに乗りたい。皆もスレイプニールに乗りたい。しかしスレイプニールは一頭しかいない……。

 

 つまるところ、スレイプニールを増やすしかあるまい! 進化条件は不明だが、俺が乗っていたお馬さんが進化したという事は俺が乗れば進化条件が満たされる可能性は高いという事。つまり、俺が王国のお馬さんに乗って脳汁出す作業を続ければスレイプニールが増えるということだ。

 

 いつも通り遊んでいるだけでみんなはスレイプニールに乗れるしお馬さんも進化できる。俺も楽しい、みんな楽しい! 最高じゃないか! 維持費? 多分きっと大丈夫だ。リ・エスティーゼ王国の予算編成がちょっと変わるだけだ! 王国にはラナー様がいる。ラナー様がいればなんでもできるのだ!

 

「ふむ。では貴様の馬と交換しようではないか」

「え? いえ、その……」

「うむ。貴様もスレイプニールに乗ればアレのよさもわかるというものだ」

「え、はっ! では、ありがたく……」

 

 そんなこんなで半年ほどするとスレイプニールが50頭以上に増えた。いつも遊んでる人数分にはなった計算だ。皆もスレイプニールのよさに目覚めたのか毎日ノリノリで遊んでいた。ぶっちゃけスレイプニールの量産だけで王国は食っていけるのではなかろうか。あ、ついでに13歳になった。

 

 しかし、ノリノリで遊ぶとどんどん欲しい物が増え、どんどん備品は壊れてなくなっていく。今までは国家予算でどこからか沸いてきたり、だれそれ爵の騎士が持ってきたり何だかんだで不足はなかったのだが、スレイプニールが増えてくると何だか色々欲しくなってきた。

 

 速すぎるため声はなかなか通らないし、ランスの長さも足りない気がする。もっと長くてもいけるはずだ。そう思い、使用感を確かめたくて試しに、木製槍で長い物を用意してもらった。ただ、しなるわ折れるわで使用感もなにもなかった。金属製は既存の物ですらたまに折れるのだからしょうがないが、しなりすぎるのは問題だ。

 

 うむ、こんな時はラナー様に相談だ!

 

「というわけなのだよ、ラナー。なでなで」

「あら、お兄様は新しい槍が欲しいのですね? うーん。でしたらまだちょっと早いのですが……―――」

 

 中身も読まず何枚か書類にサインしたら予算が増大してどんどん装備が揃った。さすがラナー様である。新しいランスは一本ですごいお金がかかってるらしい。なんせ金ぴかだ。アダマンタイトやオリハルコン、ミスリルといった希少鉱物をふんだんに使い、魔化までされている。そのおかげで10本しかないがな! まぁいつも遊ぶのは10人くらいだから大丈夫だ。

 

 予備の物を使ってみたが10m以上ある馬鹿みたいに長いランスなのにあまりしならず傷つきすらしない。先端形状を変えられるようアタッチメントがついており、先端を斧やハンマーに変更もできる。当然ながら旗の装着も常時可能だ。しかも内部にミスリルが仕込まれているので魔法の増幅も可能とか……。

 

 妹よ……。ロマンがわかるのは兄としても嬉しいがこれは少々詰め込みすぎではなかろうか。兄は魔法使えないのだよ……。突撃中にノリノリでマジックアロー撃ってる騎士とか羨ましくてしょうがない! というかなぜお前は魔法を使える! なにっ!? 幼少の頃に覚えた? 今度ラナー様に相談しよう。

 

 ついでに俺のランスにはラナー様からの署名入りメッセージ付きだ。内容は気にしてはいけない。一言付け加えるならば、クライム君もっとがんばれ! としか言えない。

 

 とりあえずしばらくはスレイプニールを増やしつつランスチャージごっこに専念しよう!

 

 

 

 side ラナー

 

 ふふっ、お兄様は相変わらずですわね。でもそこがいいのですわ。本当はクライムのようにわたしだけを見て欲しいのですけど、好きな物を取り上げたら輝きがくすんでしまいますものね。今はクライムで我慢しましょう。

 

 それにしてもボウロロープ候も案外お人よしですのね。お兄様の遊びにたくさんお金を出していただけるなんて……。ご自分の娘をお兄様に宛がおうとした時には必ず殺そうと思いましたが、お兄様の役に立っているうちは見送る事に致しました。

 

 一度わたくしの顔を見に来た時には驚いていらっしゃいましたが、そのおかげで今回のお話に繋げられたんですもの。おかげでお兄様も大喜びですし、お兄様はどんどんわたくしから離れられなくなっているご様子。

 

 わたくしがお小遣いを貯めてお贈りしたランスも一生の宝物になさるとか……。ふふっ、なんてかわいいのでしょう。今度はわたくしがかわいい妹を演じておねだりでもしてみましょうか。やはり最初は首輪……あら、鼻血が。いけませんわね。ふふふふふ……―――

 

 




バルブロは武技〈突撃(チャージ)〉をおぼえた

〈チャージ/突撃〉
オリジナル武技。主人公のために作った武技。ニュータイプ能力で取得した。カミーユのようにウェブライダーでジ・Oに特攻するようなもの。がんばりすぎると彗星が見えるようになる。
武器を持って何かに乗って走ってる時しか発動できない。加速度増加、最高速度増加、攻撃力増加、衝撃力増加、物理防御増加、魔法防御増加、旋回率ダウン、重ねがけ可能

八足馬(スレイプニール)
原作ではアインズ様の顔面に蹴りを入れたり馬車を引っ張ったりしてた。軍馬5頭分のお値段がするらしい。たぶんきっとすごい馬。

ジャン・ルイ
エースコンバット4の最後のミッションで落ちる敵役。個人的に落ちる印象が強い。


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6 ラナー様鼻血事件

バルブロ:主人公。脳汁出しすぎておバカになってきている
ラナー:ヒロイン。首輪の事を考えてたら興奮して鼻血が出た。6歳で体が幼いため、たまに思考に体がついて来れない
騎士:結構ノリがいい。彼らも脳汁出しすぎておバカになってきた
騎士アントン:常識人枠
騎士ドゥリアン:ランスにつけた旗を掲げるのが好き
騎士トロワ:マジックアローが使える
騎士ジャン・ルイ:落馬するためにいる。大抵無傷で復帰する。ある意味最強の盾
近衛兵:王国兵の中でも宮中を護る最後の砦。超エリート。のはず……
ランポッサⅢ世:国王陛下。主人公とラナーの父親。最近長男のせいで心労がひどい
レエブン侯:貴族派閥の大貴族。王位を狙ってる。ぶっちゃけバルブロはどうでもよくなってきた
ボウロロープ候:貴族派閥のトップの大貴族。超武闘派。バルブロがお気に入り


 

「なんだと!? ラナーが鼻血を出した!? それは大変だ、往くぞスレイプニール。ラナーの部屋まで突撃だ!」

「で、殿下! 宮中はおやめください! 殿下ぁぁぁああああ」

「うおおおおおおお! 団旗を揚げろぉぉぉおお!」

「おおおおおお! 殿下に続けぇぇぇええええ!」

「おおおお!」

 

 そういえばその旗どこから持って来た!? 前からチラチラと見えてはいたが、いいのかそれで。俺は知らんぞ? 王国旗じゃないと王様に文句言われないか? 

 

 まぁ旗なんて9割方見た目重視だ。お遊びで使う分には見た目がかっこよければどんな旗でも問題ない。ぶっちゃけ俺もランスに旗をつけたい。旗付けたまま突撃して突き刺したい。

 ふむ、汚れるから王国旗だと問題があるのか? よく考えられてる。

 

 まぁ今はラナー様の鼻血をなんとかする方が先決だ! 鮮血だけに先決だ! うおおおおおおお!

 

「待っていろ、ラナー! うおおおおお! 〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャァァァアアージィ)〉!」

「殿下! せめて宮中では速度を落としてください! あああああ! チャージはお使いになら……、あああああ! 高そうな絨毯が! 高そうな壷が! ってなんでわざわざ壊していくんですか!?」

「ああ、ジャン・ルイが落馬して壁に突っ込んだ!」

「放っておけ! そいつなら大丈夫だ! それより突っ込め!」

「うおおおおおお! 曲がれ! 曲がれスレイプニール!」

 

 クソッ、ラナー様に甘えすぎて負担がかかっていたのか。気付かなかった兄を許してくれ。ラナー様がいないと俺の未来が危うい! 幸い訓練中でポーションは大量にある。あとは一刻も早く届けて飲ませれば何とかなるはずだ!

 

「お、お前達一体! 殿下!? おやめくださ―――」

「死にたくなくばどけええええええ! 〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャァァァアアージィ)〉!」

「あああああああ! もう知った事かぁぁぁああ! 殿下に続けえええええええ!」

「「「おおおおおおおおおお!」」」

 

 近衛兵を鎧袖一触にして突き進む。というかいつも思うのだが、コイツら実は飾りなのか? 13歳児を止められない近衛兵(笑)とかもうね。いつもそれで助かっているがな! 早めに警告したから避けてくれたようだ。

 

 さぁあの角を曲がればあとは直線だけだ! 待っていろよ、妹よ!

 

 直線に入り、槍を後ろにいた騎士アントン(最近覚えた)に投げ渡し、盾と鎧を放り投げ、スレイプニールから飛び降りて勝手知ったるラナーの部屋へダイナミック入室するとメイドがラナーの鼻血を拭いていた。

 

「あら、お兄様。お騒がしいようですけどいかがなさいました?」

「ラナー! 鼻血は大丈夫か! ああ、こんなに出してしまって……。早く横になるのだ!」

 

 ラナーを横抱きに抱え、ラナーのベッドへと運んでポーションを取り出す。

 

「お、お兄様! ぶっ。お兄様! その、うれし、ラナーは大丈夫ですわ!」

「ああ、また鼻血が……。さぁポーションは飲めるか? なでなで」

「ええ、その、口うつ……ぶはっ。の、飲めますわ。ああ、お口で蓋を……、これって関節キス……ぶはっ」

「ラナー、さぁ落ち着いて飲むんだよ? なでなで」

「ええ……。ふぅ、ふぅ……」

 

 ふぅ、やはり急いでよかった。あんなに鼻血を出すとは思わなかった。きっとこの世界特有の病に違いない。メイドに神官を呼ぶよう言ったが反応が悪かったので騎士ドゥリアン(最近覚えた)に言付けさせたら団旗をかかげたまま突っ込んでいったそうだ。

 

 宮中で団旗は危ないぞ? いや、俺も人のことは言えないか。なんだかんだでここまで来れたのだ。きっと大丈夫だろう。

 

 ラナーの鼻血をハンカチで拭いて、神官が来るまでラナーの言う通り手を握って頭をなでなでしていると、歪んだ笑顔を浮かべながら寝てしまった。神官はビクビクしながらもラナーの様子を見て問題ないと言った。

 

 うん、きっと疲れが出たのだろう。何だかんだ言ってもラナー様はまだ6歳だしな……。とりあえず問題になる前に撤収だ!

 

「総員撤収!」

「「「おう!」」」

 

 慌てていたのでしょうがないとはいえ結構宮中壊してしまった。ゆっくり移動しているとよくわかる。大丈夫だろうか。うーむ、ラナー様にこんなことまで任せたら、またラナー様が鼻血を出してしまうかもしれん。やはりここは自分で父上に報告しておこう。父親なら笑って許してくれるはずだ。

 

 

 

 途中で騎士たちと別れてランス以外の装備とスレイプニールも連れて行ってもらった。ランスはラナーからの贈り物なので基本的に持ち歩く事になっている。ラナー様が言うのだからきっと必要なことなのだろう。

 

「というわけでラナーは心配ありません、父上。きっと急いで駆けつけたのが功を奏したのでしょう。では私はあそ……訓練に戻りますゆえ……」

 

 緊急事態だったからしょうがないよね! 父上もラナー好きでしょ? だからちょっと宮中壊したくらいどうという事はないのです! 

 

 オブラートに包んでそう報告してさっさと撤退しようとクルッと方向転換すると後ろから地獄の底から呼ぶような父上の低い声が聞こえた。

 

「待て、待つのだ、バルブロよ……。色々と言いたい事はあるが、まずお前は以前婚約の話が出た時、ラナーを忘れるためと申しておったが悪化しておらぬか?」

「気のせいです、父上もお体にお気をつけください。では!」

 

 父上の執務室から脱出すると駈足で遊び場所に戻った。

 

「待て、バルブロ―――ぬぅ、口で言ってもわからんか! ぬおおおおおお!」

 

 途中何か聞こえた気がするがきっと気のせいだろう。きっと父上もお疲れなのだ。

 

 

 

 side レェブン

 

 急に王から呼びだされた。貴族派閥の私を呼び出すとはいかなる用件か気にはなった。しかし、事の顛末を聞いたあと怖気が走った。

 

 王は宮中の被害と外聞を気にしていらしたが、そんなものはどうでもいいのだ。問題はバルブロ王子が最近創設された騎士団を率いてスレイプニールで宮中を走破したということだ。

 

 ボウロロープ候の肝入りで創設された王国騎士団。ラナー殿下に固執するバルブロ王子を貴族派閥の旗頭に据えるためとは言っていたが、恐ろしいものを作ってくれたものだ。確かに8割の騎士が貴族派閥の者だし、金もほとんどボウロロープ候派閥の出資だから問題ない。しかし、バルブロ王子の暴走を止められぬのであれば意味がないではないか。

 

 そもそも騎兵は障害物のない平原でこそ威力を発揮するものだ。障害物だらけの宮中を、あのバカみたいに長い金ぴかランスを構え、団旗を掲げて走破するとは……、恐ろしいほどの錬度と突破力だ。むしろ宮中の物を多少壊した程度で収めた事を驚くべきだろう。

 

 アレに対抗するには近衛兵を集合させるくらいしか思いつかない。しかも向こうの方が速く突破される未来しかみえない。これではいつでも宮中の人間の首を取れるという事ではないか……。

 

 バルブロ王子にこだわり続けるボウロロープ候と連携しつつもこっそりザナック殿下とも渡りをつけ、そろそろ貴族派閥の会議でザナック殿下を旗頭に据えようと提案するつもりだったが、宮中で何かバルブロ王子の気に入らない事があったらザナック殿下の身も危ういのではないだろうか。

 

 まだ動くつもりはなかった。準備が整っていないのだ。しかし、今は好機。バルブロ王子殿下にはご退場願うしかあるまいて……。

 

「陛下……。ご心痛お察しいたします。そこでひとつ……―――」

「ふむ。悪くはない……。しかし、予算がな……―――」

「でしたら私の方からも幾分か出しましょう。根回しの方も私にお任せください」

「うむ。苦労をかけるな……。レェブン候」

「いえ、お気になさらず……」

 

 少々金はかかるが、貴族派閥から出せばそれほどではない。むしろ暗殺を考えるのであれば安いくらいであろう。どれほど錬度が高かろうと所詮は少数。奴らは冒険者ではなく騎士なのだ。カッツェ平野にでも放り込めば訳も分からず突っ込んで、いずれはアンデッドの仲間入り間違いなしだ。ククク、さらばだ、バルブロ第一王子……。

 

 




王国騎士団:ラナーの発案、ボウロロープ候の出資で結成された騎士団。団長はボウロロープ候だが書類仕事に忙殺される。バルブロの遊び相手がそのまま騎士団になった。精鋭はバルブロを入れて金ぴかランス装備の11騎。総勢50騎以上。規模は小さいが予算は潤沢。ただ、装備が高級な上によく壊すので結構カツカツ。従者も入れると400名近くになる。


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7 首輪

バルブロ:主人公。最近色々と吹っ切れてきた
ラナー:ヒロイン。6歳にして政治に関わるバケモノ。鼻血の出しすぎで最近ドレスを一着ダメにした
ランポッサⅢ世:国王陛下。二人の父親。原作より酷い目にあってる気がする。バルブロとラナーを物理的に引き離す事にした
レエブン侯:バルブロの暗殺を計画、類稀な宮中工作で実行開始
騎士:ノリノリで宮中に突っ込んだ



 

 

 ラナー様鼻血事件からひと月ほどたち、新しい装備(おもちゃ)も行き渡り、毎日充実した日々を送っていたら朝父上から呼び出された。そもそも朝から昼食まではラナー様との密談タイムだと知っているだろうになぜ遊びの時間に呼び出さないのか疑問である。

 ラナー様のゴキゲンが斜めになってしまうではないか。なでなで

 

「というわけで昼以降にしてくれと父上にはお伝えしてくれたまえ」

「いえ、そうもいきません。殿下」

「むぅ……」

 

 さらっと流そうとしたがいつもより近衛兵(こいつら)は頑なだ。しかも人数も倍以上いるし全員でかい盾を持ってる。まさしく鉄壁の護りだ。何から護るかは不明だが俺を護る気がないのは確かだろう。

 

 まぁこんな時はラナー様に相談だ。ククク、この時間に呼んだ己を呪うがよいわ!

 

「うーむ。思い当たる節が多すぎて何で呼ばれたのか見当がつかないな……。ラナーはわかるかい? なでなで」

「ええ、恐らく……。非常に遺憾ですが……、わたくしとお兄様を引き離すおつもりかと……」

「なっ!? なん……だと……!?」

 

 父上ついに狂われたか! それは俺と父上の楽隠居ルートが消えてしまうかもしれない一手なんだぞ!? だいたい俺からラナー様を引き離されたら何が残るというのかね! アレか? 謀殺ってヤツか? 謀殺を狙う気満々で俺からラナー様を遠ざけるというのか!?

 

 確かにラナー様がいない俺は原作を待つまでもなくたやすく謀殺なり貴族派のおもちゃなり他国への貢物なりよりどりみどりだろう。ここ一年以上遊びまくってたツケが回ってきた気がしなくもないがそれはラナー様という強固な保険があってのこと……。

 

「どどどどどうしたら、いいいいいのかな? なでなでさわさわなでなでさわさわ」

「ふふふふふ、焦ってるお兄様もステキですわね」

 

 そう言いつつもラナー様はどろりとした笑顔で近衛兵たちを見た。俺もつられてそっちを見た。ほのかにしてやったりな感情を無表情に隠していた近衛兵たちだったが、ラナーの素の笑顔を見た瞬間にすっごい顔を強張らせていた。それでいいのか近衛兵……。

 

 貴様らも一応貴族の端くれだろうに。(ちちうえ)の近くにいればもっと宮廷のドロドロした物にも触れているだろう? 大体、この魅力的な笑顔を見られた幸運に感謝すべきところだぞ?

 

 で、そっちを見ていたら隣に座っていたはずのラナー様が俺の足のうえに横座りになって抱きついてきた。うん、ラナー離れようか。お兄様それはちょっと厳しいですよ。

 

 甘い香りとドロリとした笑顔で上目遣いでクラクラするし、胸はないけどかわいらしいお尻がくにくにと当たって局部が硬くなってしまいそうですよ。ああ、手が勝手にさわさわと! ってこの小説はR-18じゃないんですよ!

 

「先日レェブン候がいらっしゃいました。お父様からご相談を受けたそうです」

「あ、はい」

 

 エロい事を考えていたらラナー様が小声で話し始めた。近衛兵に聞かせたくなかったのね。お兄様少し勘違いしてしまったよ。危なかった……。

 

 つまり、俺がラナー様べったりでどうしようもないからここは物理的に引き離そうということになったそうだ。行き先は王直轄領のエ・ランテル。普通に行ったら片道7日。父上……ガチで来たな……。まぁ他国より全然マシだが……。

 

 ついでにラナー様鼻血事件で遊び友達と一緒に王宮にスレイプニールで突撃したことに大層ご立腹だったようだ。

 そんなに元気が有り余ってるなら王直轄領のエ・ランテル周辺のモンスター()を狩りつつ、外国から何かと言われるカッツェ平野(アンデッドがワラワラいるらしい平野)でアンデッドの間引きしてこいや! との事らしい。

 

 ふむ。ラナー様と密談できなくなる以外は大して問題はないな。カッツェ平野はちょっと怖いが、最近装備も充実している。ヘルムに付いてるマジックアイテムで霧くらいなら見通せるだろうし、スケリトルドラゴンくらいならスレイプニールで逃げ切れるのではなかろうか。

 

 デスナイトが出たら終了のお知らせだがな! まぁ出会ったらひと当てくらいはしてみたいが……。

 

 しかし、ソレを生業にしている冒険者組合に怒られないだろうか。ふむ、その線でお断りするというのは名案かもしれない。

 

「しかし、ラナー。一応私は王子なのであるからして王宮にいるべきではなかろうか……。それになんでもモンスター相手の傭兵を生業にしている者がだな……」

「そちらもすでに手を回されているそうですわ。それに、わたくしもお兄様と離れたくありませんが、お断りした場合……、王命でさらに遠くへ行かれることに……」

「え?」

「わたくしとしても苦汁の決断でした……。今回ばかりはお父様とレェブン候にしてやられました……。お兄様、どうかご無事にお帰りくださいませ」

「う、うむ。しかしだな……」

 

 これは詰みというやつではなかろうか。まさか父上とレェブン候がこの時点で組むと誰が予想できただろうか。父上、レェブン候は貴族派閥で王位を狙っている人間ですぞ? まぁラナー様が無理というなら無理なのだろう。

 

 はっ!? ま、まさか……。クライムくんが手に入ったから俺用済み!? いやいやいやいや待て、待つんだ俺! 大体、ラナーの気持ちがクライム君に移ること自体は喜ばしいことだし、クライム君見つけてきたの俺だし! きっと無下にはしないはず……だよね? それにほら、この、ラナー様の署名入りランスがあるじゃまいか! きっとまだ大丈夫なハズだ! 

 

「ふふっ、お兄様。そんなにわたくしと離れるのがお嫌ですか?」

「うむ。ラナーと離れるのは(俺の未来が危ないから)嫌だな……。なでなで」

「まぁ! お兄様ったら……。でしたらこれをわたくしだと思ってお持ちくださいませ」

 

 そういってラナー様がメイドに持ってこさせたのは細長いネックレスを入れるような高価そうな箱だった。嫌な予感がふつふつと沸いてきた……。

 

 ラナー様がその箱をそっと開くとそこには青みがかった銀色で装飾された金色の3cm幅ほどの短いベルトが高級そうな柔らかい布に包まれて入っていた。しかも中央には何かを繋ぎとめるようなゴツイ四角形の輪が取り付けられている。腕輪にしては長すぎる。ベルトにしては短すぎる。どう見ても超高級な首輪だった。

 

「ふふふふふ、わたくしの愛ですわ、お兄様。わたくしがつけてさしあげますね。ハァハァハァハァ―――」

「う、うむ……。ススス、ステキなプレゼントをありがとう。妹よ」

 

 ドロリとした笑顔を浮かべるラナー様の愛情表現を断る事はできようはずもない。早めに飽きてクライム君が一番だけど捨てるには惜しい程度の好感度を維持しつつこの首輪から脱出する手立てを独力で考えねばなるまい……。

 

 だが今はその時ではない。ただラナー様の柔らかい体の感触と首下にかかる荒い吐息を堪能する事に集中するのだ。そう、これぞまさしく役得!

 

 まぁぶっちゃけ首輪程度余裕だろう。これから行くのは一応戦地だ。戦闘中のゴタゴタで首を切られそうになって「ラナー様の首輪がなければ即死だったぜ!」ってことでぶっ壊せばいいだけだ。

 

 それよりも、この輪をどこかに引っ掛けてスレイプニールが暴走したら俺の首が飛ぶかもしれん……。ラナー様にそういったらびっくりしたお顔で輪の部分をハンカチで覆ってくれた。これなら心配あるまいて……。

 

「それでお兄様。この魔道具は対になっておりまして……。その……、このネックレスをラナーの首にもかけてくださいませ……」

 

 そういってラナー様が出してきたのは長さが1mくらいある細いチェーンだ。途中のチェーンに輪を止めることで長さを調節できるようになっているがどう見てもリードだ。たとえ魔法銀(ミスリル)でできていようが見た目はリードだ……。ペンダントトップがリードに繋ぐカラビナのようになっており、どうしてもネックレスには見えない。

 

 まぁ手首にかけたり、手で持たれたりしない限り俺の首輪につけるリードだとは誰も思うまい。思ったやつはきっと同じ趣向のやつだけだ。それなら問題ない。

 

 それに恥ずかしそうに上目遣いをするラナー様にだれが逆らえようか。ラナーの首にそっとリード……違った、ネックレスをかけるとラナー様は赤くなった頬に手を当てて喜んだ。

 

 ちなみにこの魔道具。ラナー様がなんやかんや手を回してランスと同じ時期に発注したものが最近ようやく完成したもので、一日に何度か〈伝言(メッセージ)〉を双方で使えるらしい。

 形に関してラナー様は「技術的にこの形状にするしか方法がなかったようです」と断固として主張していた。うん、きっと……、うん、ナンデモナイヨ。

 

 だが、見た目や思想はともかく道具としては最高なのではなかろうか。この首輪があればいつでもどこでもラナー様に知恵を授けてもらえるというすばらしいものだ。大切にしよう。

 

 しかし、ラナー様からは色々と貰ってばかりだな。俺がプレゼントしたのはクライムくんくらいだし、俺がここにいなければ自然と出会っていた者だ。今度お小遣いをためて何かプレゼントしよう。何がいいだろうか。うーん……、クライムくんしか思いつかない。オワタ

 

 そんなこんなで父上の元まで連行され、王国騎士団の一部を率いてエ・ランテル近郊の警備、およびカッツェ平野の間引きをせよとの勅命をうけた。編成はラナー様鼻血事件で一緒に王宮に突っ込んだ騎士10名ほどとその従者約30名。合わせてだいたい40名くらい。

 

 輜重隊はつかない。補給に関してはエ・ランテルで行えるよう書類を貰った。つまるところ、エ・ランテルで冒険者ごっこをしてこいと……。ふむ、なるほど……。父上……―――。

 

 ……なにそれご褒美!? ラナー様から頂いた首輪があれば心配事はなにもない。もはや国費を使って遊んで来いというご褒美以外の何ものでもないではないか! 冒険者かぁ……。原作では散々に言われてたけど異世界に行ったら是非ともやってみたい職業ランキング(俺調べ)不動の一位に輝き続ける職業ではないか!

 

「父上、此度の話、ありがたく受けさせていただきます」

「うむ。期待しておるぞ」

「はっ、では早速出発いたしますゆえ、これにて失礼!」

 

 夢がひろがりんぐとはこの事か! さっさと準備してエ・ランテルにいこう。きっと遊び仲間も喜ぶに違いない。有能な彼らの従者がサクサクっと準備してくれるだろう。ここは増やしに増やしたスレイプニールに彼らも乗せて全力で行こう! 

 父上が目を閉じてうんうん頷きながら何か言い出す前にとっとと転進だ!

 

「うむ。何かあったらエ・ランテル都市長のパナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアを頼れ。ヤツの見た目と態度は……―――って待て、待つのだバルブロよ! ぬぁぁぁぁあああ! おい、貴様! バルブロにこの書状を渡しておけ!」

「はっ!」

「あんのバカ息子がぁぁぁぁああああああ!!!」

 

 何か後ろで聞こえたがきっと気のせいだ。そんなことよりこれからの行程を考えねばなるまい。

 

 

 side ラナー

 

 ああ、なんてステキなのでしょう。ついにお兄様にわたくしの愛を示すことができましたわ。はぁ……、しかもお兄様もわたくしにこの手綱を渡してくださった……。あとはお兄様が帰ってきてくださるだけで全てが揃いますわ。ただ、無事に……、お亡くなりになっても構いませんがアンデッドなどにならずに戻ってきていただければ……。

 

 ただ、レェブン候……。お前は殺す。絶対に殺す。お兄様を危険な目に合わせる事になったお前だけは絶対に殺す。全てを奪い去って死が希望になるくらいには絶望を味合わせてから殺す。

 

 はっ、いけませんわね……。折角の幸せな気分がもったいないですわ。もう少し味あわないと……。ふふふふふ……。

 

 

 



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8 冒険者に必要なもの

バルブロ:主人公。口先の魔術師を目指して精進中
ラナー:ヒロイン。父とレェブン候のせいで出番が消えた。ご立腹中
騎士アントン:宮中でやらかした事を気に病んでる
騎士ドゥリアン:団旗以外どうでもいい
騎士トロワ:頭脳派枠に昇進しそう
パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイア:エ・ランテルの都市長。おデブな体型とブルドッグのような容姿でぷひーぷひー言いながら微妙な会話法で相手を油断させるのが好き。9年前から都市長だったかは不明
プルトン・アインザック:エ・ランテル冒険者組合の組合長。元冒険者。今回の被害者。9年前から組合長だったかは不明
イシュペン:Web版に登場した受付嬢。彼女なりの価値観を持っている。何となく受付嬢と言ったらこの人だったので9年後の世界から時空を越えて参加


 

 冒険者ごっこをするからには絶対必要なものがひとつある。そう、冒険者プレートだ。

 

 最低ランクの初心者(カッパー)から始まり、(アイアン)(シルバー)(ゴールド)白金(プラチナ)、ミスリル、オリハルコン、そして最高クラスのアダマンタイトとランクを明確に示すため、冒険者が首にかけるプレートだ。

 

 8階級に分けられるわけだが、最初は誰でも(カッパー)から始まり、冒険者ギルドへの貢献度や達成した偉業によってランクが上がっていくシステムだったはずだ。そして何よりすばらしいのは犯罪者でなければ出自は問われず、偽名もオッケーという誰でもウェルカムな所だろう。

 

 つまり、第一王子の俺でも冒険者になれる……ハズだ。

 

 勅命はエ・ランテル近郊の警備とカッツェ平野でアンデット間引きというかなりほんわかした内容だ。これこれをいつまでにといったものではないので飽きるか物資が無くなるまでという事でいいだろう。

 

 はっ!? 冒険者ごっこの傍らで冒険者ギルドを使ってお小遣いを荒稼ぎするチャンスでもあるのか! 我々は通常の冒険者と違って活動費用はすべて国の負担だ。しかし国から冒険者ギルドへ依頼し、その依頼料を冒険者ギルドと我々がいただく事になるが、国家予算と我々のお小遣いは別なのでそういったことは気にしてはいけない。

 国としては赤字確定だが俺や遊び仲間、さらに冒険者ギルドにとっては黒字確定のビッグチャンス! 冒険者ギルドも快く協力してくれる事だろう。

 

 これは急がねばなるまいて……。この際できる限り稼いでラナー様に何かプレゼントを買うことにしよう。

 

 いつもの訓練場に着くとすでにエ・ランテル遠征の準備がされていた。何日か前から内々に命令があったそうだ。ただ、従者用の馬が普通の王国のお馬さんだったので全てスレイプニールに変更させた。基本的に従者もお馬さんに乗れる。つまりスレイプニールも乗れるハズだ。

 

 ここに残る馬のほとんどが普通のお馬さんになってしまうが、どうせスレイプニールに乗るのはここで遊ぶメンバー。つまり10頭も残っていれば充分なのである。

 

 全員フル装備。天幕やなんやかんやは降ろして水食料と予備の武具やランスにくっつける予備のアタッチメントを持たせた。準備が整う間に騎士アントンと騎士ドゥリアン、そして騎士トロワ(最近覚えた)を呼んで軍議だ。情報のすり合わせ、及び目的意識をひとつにするのは大切である。

 

「というわけで我々はエ・ランテル近郊、およびカッツェ平野の掃討に赴くわけだが、ひとつ大きな問題がある」

「はぁ……、やはりあの時……」

「ふむ、察するにカッツェ平野での帝国との国境問題ですな?」

「ほぅ、わかるか。騎士ドゥリアン」

 

 なんだかしょんぼりする騎士アントンは放っておこう。時間が解決してくれるはずだ。それに騎士ドゥリアンはいつも旗掲げるのに全力を尽くすだけかと思ったら頭脳派だったようだ。騎士ドゥリアンに相槌を打ったがぶっちゃけ国境の事など考えていなかったし、どうでもいい。正解は冒険者プレートをどう入手するかなのだが理由付けには使えそうだ。中々やるな、ナイスアシストだ、騎士ドゥリアン。

 

「ええ、殿下。国内ならば問題ありますまい。しかしこの数とはいえ王国騎士団がカッツェ平野に展開しては国際問題になりかねませんな……」

「しかも我々は創設されたばかりの騎士団。帝国侵攻のために創設されたと思われても仕方ありますまい。陛下からの指示はありましたでしょうか」

「ふむ。特になかったな」

「やはりあの時……。やはりあの時……」

 

 騎士ドゥリアンの意見を騎士トロワが補足してくれたが騎士アントンが帰ってこない。そんなに悲観することでもあるまいて……。ぶっちゃけいつもの遊びがちょっとグレードアップするだけだ。しかもお小遣いまで稼げるすばらしい案もある。

 

「というわけで、私はエ・ランテル冒険者ギルドで冒険者として登録することにする!」

「なっ!? お待ちくださ―――」

「なるほど、それならば理屈は通りますな。しかし団旗はいかがいたしましょう」

「さすがは殿下。騎士ドゥリアン、それならば王国騎士団というチーム名にし、そのまま団旗を使えばよいではないか」

「騎士トロワ。中々の名案。恐れ入った」

「貴公こそ、殿下のお考えを即座に察するその能力、すばらしいものがありますぞ」

 

 騎士アントンは驚きに固まったが騎士ドゥリアンと騎士トロワは双方褒めあいつつ賛成のようだ。うむ、友情は大切に育まねばな。出遅れているぞ? 騎士アントン。

 

「いや、我々は騎士、そして殿下は第一王子なのですぞ?」なんか騎士アントンが肩をプルプル震わせて怒りだした。「そんな冒険者などになるなどと―――!」

「騎士アントン、折角の勅命なのだぞ?」だがこの件に関して否定は許さない。俺は冒険者ごっこをして遊びたいのだ。「(国費を使って全力で遊ぶのに)何をためらう? やる事(遊ぶ内容)はほとんど変わらないハズだ。その(冒険者プレート(あそびどうぐ)を入手する)ためならば(登録料など)安いものよ……」

「殿下……(王国の民を守るためならば地位や名誉など安いものとは……)それほどまでに……(王国を愛していらっしゃるのですね)」

 

 と、いうわけで全力でエ・ランテルに向った。3日目の早朝にはエ・ランテルに着いた。先触れを出し、団旗を掲げていたので検問はほとんどフリーパスだった。ただ、そのままエ・ランテルの都市長の所に案内された。

 

 ぷひーぷひー言いながら都市長がお迎えしてくれたので適当に聞き流した。とりあえず任務内容に変更はない。適当にやってくれと言われた。つまりなんでもオッケーということだろう。補給と宿舎は提供してくれるそうなので全くもって問題はない。となればあとは冒険者ギルドへ行くだけだ。

 

 全軍連れて冒険者ギルドへとスレイプニールで乗りつけると組合長が慌ててお迎えしてくれた。

 

「バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ第一王子殿下……で、あられますか? お初にお目にかかり光栄です。私はエ・ランテル冒険者組合の組合長を務めております、プルトン・アインザックと申します。それで、その、本日のご用向きは……」

「うむ。バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフだ。その前にいくつか確認したいことがある」

「はっ、なんでございましょうか」

「うむ、冒険者組合の方針とやらだ」

「は、はぁ……」

「登録料さえ支払えば誰でも冒険者になれ、偽名でも構わぬとは(まこと)か?」

「はい、冒険者組合は独立組織として成り立っておりますので―――」

 

 アインザック組合長から冒険者ギルドの説明を聞いた。ぶっちゃけ原作通りである。まぁそんなことは単なる確認と言質取りなのでどうでもいい。

 

 目下の問題はスレイプニールからいつ降りたらいいのかわからない事だ。話の途中だと降りづらい。最初に降りときゃよかった。今度から話し始める前に降りよう……。原作のガゼフは話の途中で馬を降りたがやはり彼は勇者だったのだ……。

 

「うむ、ならば問題ない! 諸君、参るぞ!」

「は?」

「はっ! 総員下馬! 殿下に続くぞ!」

「おう! 団旗を掲げろおおおおお!」

「総員下馬! 総員下馬! 従者A班はスレイプニールを繋いでおけ! B班は(カッパー)の依頼書を全て剥がしてこい!」

「はっ! 王国騎士団に勝利を!」

 

 道中冒険者ギルドに関して相談や説明を行い、方針はもう決まっている。全員偽名で登録し、チーム「王国騎士団」を結成する。

 

 戦闘は基本的に騎士たちが行い、従者諸君は二手に分かれる。8割は従軍、2割は居残りだ。従軍組は普段とあまり変わらない。基本的に細かい作業を担当する事になる。騎士やスレイプニールのお世話、討伐部位の切り取りや戦利品の回収、運搬などだ。

 運搬に使いそうな物はすでに騎士と従者が相談して決め、書面にしたものを俺がサインして都市長のパナソレイさんに申請してある。彼は有能なはずだ。すぐに揃うだろう。不足があればまた申請すればいい。なんせ我々の面倒を見るのも彼のお仕事だ。

 

 居残り組は依頼の確保、控えのスレイプニールのお世話。実質休憩のようなものなので普段から大活躍の従者諸君には順番に体を休ませて欲しい。

 

 金に関しては揉めた。王国からお金や経費で大体揃うので稼いだお金はお小遣いになる。依頼が達成できなかった時のために違約金代として報酬は半分をプールし、半分は山分けにした。これは騎士も従者もみな平等だ。どうもこれがいけなかったらしいが、「一人でも欠けたら楽しく遊べないだろう?」と遠まわしに説得したらみんな納得してくれた。勅命が解除され、王都に戻る時にはこのプール金も山分けする事になる。

 

 重武装のままスレイプニールから飛び降り、呆けるアインザック組合長を置き去りに、騎士を連れて冒険者ギルドへと入った。入り口でランスをガンガンぶつけながら入った。室内の天井は高いがどうも冒険者ギルドの入り口は低すぎたようだ。

 

「で、殿下! 少々お待ちを! い、一体どのような用向きかお聞きしておりません!」

 

 硬直が解けて慌てて追ってきたアインザック組合長と話をするため、他の騎士に先に手続きを行っておくよう手振りで指示し、向き直った。

 

「うむ。冒険者登録を行おうと思ってな。問題はなかろう? 無論、登録料は支払うぞ?」

「え? いえ、問題は……。え?」

「おい! 騎士ドゥリアン! きちんと列に並べ!」

「いえ、順番を譲られまして……」

「そうか、礼を申しておくのだぞ?」

「はっ!」

 

 団旗を掲げ、ランスを掲げ、列に並んだ重武装の騎士や、その騎士に付き従う重武装の従者が近づくたびに冒険者がどんどん避けていっているようだった。一応注意はしたが人数が人数だ。こちらとしてもさっさと終わらせたい。ご好意に甘えて列を譲ってもらおう。

 

 再びアインザック組合長が停止してしまったので俺も列に並ぶ。しかし、説明やら何やらをひとりひとり行うので中々列が進まない。受付嬢もすっごい困った顔してるし、これはもう第一王子の権力発動するしかあるまい!

 

「アインザック組合長! 団体での一括処理をお願いしたい!」

「はっ? え?」

「こちとら40人ほどいるのだ! いちいち一人一人説明を受けても時間がかかりすぎるだろう。そこで全員一緒に講習を受ける形にしたいと申しておるのだ。できんとは言わんよな?」

「え、ええ、まぁ、それは構いませんが……。その前に―――」

「というわけだ、そこの受付嬢、名はなんと申す? イシュペンか、よろしい、イシュペン嬢、講習は貴様に任せる。貴様が指揮を取り場所とプレートの用意をせよ。総員、先輩冒険者の方々に迷惑になる。さっさと終わらせろ!」

「はっ! さぁ、書いた内容はこれでよろしいか?」

「うむ。混んできたようだな。私もこれでよろしいな?」

 

 よし、回り始めた。受付嬢も何も考えずにてきぱきと業務をこなす事にしたようでサクサクと処理が終わっていく。前に並んでいた従者や騎士が列を譲ってくれ、数名の騎士が何か言っているアインザック組合長のブロックに回ってくれたので一気に最前列になった。並ぶことは苦痛ではないが他の人間はともかく面倒くさくなりそうな俺は急いだほうがいいだろう。アインザックが妨害されている今がチャンスだ。

 

「さぁ、登録料の銀貨10枚だ。受け取るがよい」

「あ、はい。ではこちラの用紙にゴ記入くだサイ……」(まさか本当に王子様じゃないよね?)

 

 さて、必須事項は名前、出身地。書いておいた方がよいものは特技か。うむ。

名前:ヴァルヴァロ

出身地:リ・エスティーゼ ロ・レンテ城 なんとか宮殿

特技:ランスチャージ 偉そうにする事 ラナーをなでなですること

っと、これでよかろう。

 

「これでよいかね?」

「ハイ、ウケタマワリマシタ」(うわぁ……。本当に王子様だ……)

 

 よし、手続き完了だ。これで何も怖いものはない。さて、他の者の手続きが終わるまでアインザック組合長の相手をするとしよう。

 

「うむ。それで何だったかな? アインザック組合長」

「ハァハァ……、王国騎士強すぎだろ……。あんなに強いイメージはなかったんだが……。ごほん、お、王子殿下! その、冒険者組合には国の政治や戦争には加担しないという規約がございまして、引退した者を除き、国家の下につかない決まりでして、その、王子殿下におかれましては……」

「ふむ。アインザック組合長。気にすることはない。今の私はヴァルヴァロだ。現に登録用紙にもそう記載した上で受理されておる。つまるところ、今の私はただの一介の駆け出し冒険者というわけだ」

「はっ!? いや、ですから、王子殿下におかれ―――」

「大体今は戦時中ではないし軍事行動をするつもりもない。強いて言うならモンスターやアンデッドの間引き程度だ。そもそも第一王子だったとしても王国の政治に関わっているわけではない。それに今は一介の冒険者。それでよいではないか」

「いや、そうは申されましても―――」

「大体、貴族であろうとも冒険者になった者もいるのであろう? ならば全く問題ないではないか。むしろ何が問題だと言うのかね?」

「え……。いえ、確かに貴族の方が英雄譚に憧れて冒険者になられることもありますが、王子殿下に置かれましては、その……」

 

 アインザック組合長が言いよどんでいる間に騎士アントンが近づいてきた。どうやら時間切れのようだ。次の行程に進ませてもらう事にしよう。

 

「殿下……、いえ、ヴァルヴァロ様。全軍、第一行程完了にございます」

「ふむ、よろしい。では次に進むぞ、総員、受付嬢殿に続け! アインザック殿、また機会があったら話すとしよう。まぁ、冒険者らしく細かいことは気にしない方がよいのではないかな?」

 

 会議室のような場所に案内され、イシュペンという受付嬢に説明を受けた。ファイル片手に気合いの入ったイシュペン嬢に次々と質問を飛ばした。むしろ質問しないと彼女にとって失礼にあたるだろう。

 

「つまり(カッパー)は街道警備や都市内の仕事がメインだと申すのだな?」

「はい、そうなります」

「うむ、ところで街道警備なのだが、細かい規定はあるのかね? 例えば、そう例えばだが、決められたルートを通ったとしても通った時間が問題になるとかならないとか、そういったものはあるのかね?」

「そうですね、特に問題があったわけでもないのに遅くなりますと能力が疑われますが他は特にありません」

「なるほどなるほど。して、カッツェ平野の適正ランクは(ゴールド)だったかな?」

「はい、そうなります」

「では(ゴールド)までの最短ルートはいかほどかかるのかね?」

「申し訳ありません、それはお答えできかねます」

「ふーむ、ではこういったことは可能かね? 例えばそう―――」

「はい、問題ありません」

「よろしい。イシュペン嬢、すばらしい説明だった。褒めてつかわす」

「はっ、ありがたき幸せにございます」

 

 イシュペン嬢のやりきった感のある清々しい笑顔を見送ると、これから我々の戦いが始まる。

 そう、依頼をこなすのだ。イシュペン嬢の説明で(カッパー)の依頼は碌な物がない事がわかった。しかしランクを上げて遊ぶためには何より依頼をこなすことが重要だとも言っていた。

 

 詳しい数字は教えてもらえなかったがチームでの依頼達成数、依頼達成率が重要だとの事なので班編成をしばらく変更することにした。つまり、報酬は安いが数の多い都市内で済ませられる仕事を全て従者(プロ)に任せ、街道警備など移動の多い物は騎士がスレイプニールを走らせればよいのだ。

 

「総員、プレートを受け取り次第行動に移るぞ! アントン、ドゥリアン、トロワ! 依頼の精査に当たれ! 従者諸君は作戦通りだ。行動開始!」

「はっ! アント、ドリアン、ドロワ、行動に移ります!」

「動け動け動け!」

「集めた依頼書はどこだ!」

「種別ごとに纏めてあります!」

「薬草の採集? 薬草の判別ができるやつはいるのか? いない? これ関連は張りなおしてこい! むしろ討伐と街道警備、都市内で済むもの以外はいらん!」

「従者第一班! これよりバレアレ氏依頼の荷運びに出撃します! 王国騎士団に栄光あれ!」

「おう! 戦果を期待しているぞ!」

「従者第二班! これより―――」

「―――」

 

 うむ。暇だ……。さきほどイシュペン嬢に貰った冒険者プレートをいじくるしか仕事がない。というかそろそろ俺も遊びに行きたい。というか行くべきだろう。

 

「アントン、トロワ! ここは任せる! ドゥリアンの隊は付いてこい! あそ――、くんれ――。ごほん、に、任――。……お仕事に出るぞ!」

「はっ! お任せを!」

「殿下が出るぞ! 団旗を掲げろおおおおおおおお!」

「スレイプニールの用意だあああああ!」

「うおおおおおおお! 王国騎士団に栄光あれええ!」

 

 うむ。皆楽しそうで何よりだ。

 

 

 

 side プルトン・アインザック

 

 厄日だ……。まさかこんな事態になると誰が予想できただろうか。最初のちょっとした勘違いからここまでの事態になってしまった。

 

 バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ第一王子殿下が王国騎士団を引き連れてエ・ランテルにやってくるとエ・ランテルの都市長であるパナソレイから聞いてはいた。その目的もその人柄も見た目も王国騎士団の団旗もパナソレイから教えてもらってはいた。

 

 若干13歳にして王国騎士団を設立し、騎兵隊を率いての突撃を好み、馬の扱いではすでに並ぶ者がいないと言われているらしい。しかも大変聡明で、新たな戦術を生み出し、部隊を運用し、なおかつ下の者にも気安く接するため、常に先頭を駆ける殿下を慕う者が多いそうだ。

 

 ただ、少々常識が伴っておらず、色々と国王陛下の頭を悩ませているそうだが、パナソレイに言わせれば今後の事を考えればその程度些細な事らしい。

 

 しかし、パナソレイから聞いていた殿下の人物像はあっさりと崩された。どこが少々常識が伴っていないだ……。どう考えても常識が投げ捨てられているだろう! 

 

 最初、この冒険者ギルドを訪れた際、王子殿下は冒険者を徴集なさる気だと考えた。稀にいるのだ、事情を知らないそういった貴族が……。

 

 パナソレイから聞いた殿下の任務の内容を考えると冒険者がいた方がいいのは確かだ。カッツェ平野は特にそうだ。一時期を除き、常に霧が立ち込め、アンデッドの巣窟となっている。慣れた者を連れずに突き進んでしまえば遭難してしまうような場所だ。

 

 当然、私の対応も最初から殿下が冒険者を無理に徴集などしないよう注進するつもりだった。正当な報酬を支払えばいくらでも腕利きの冒険者が集まるだろう。なので殿下のご質問に答えたあとそのように説明した。間違っていなかったはずだ。しかし、殿下は何か思案していたご様子だったが、そのせいで後半を聞き飛ばしておられたのだろう。

 

 なぜか冒険者になると言い出し、騎士団の人間も当然のように殿下の号令で手続きを始めてしまった。しかもその波を止めることができず、普段新人やランクに不相応の装備を持った成り立て冒険者に絡んだり野次を飛ばす冒険者(ヤツら)でさえ黙って見守っていた。

 

 まぁ、私が止められないほど騎士は頑強だったがな! それにあの威容。特にでかい盾と金ぴかのバカみたいに長い馬上槍(ランス)を軽々と扱う様を見れば誰も絡む気にはならんだろう。というか野次を飛ばしただけで不敬罪でしょっ引かれ、そのまま囚人として使い潰されそうだ。

 

 結局第一王子殿下はご丁寧に偽名でご登録あそばされた。もうどうすればいいのか全く見当もつかない。

 

 ノックの音と共に彼らを担当した受付嬢、イシュペンが入ってきた。彼女はなぜかとても元気でむしろやりがいを感じている節すらある。まぁ、相手は王子殿下だからな。御手付きにでもなれば将来は明るいだろう。しかし、その王子はまだ13歳だぞ? いいのか?

 

「組合長、今回の新人冒険者の方々の登録証の整理、終わりました」

「うむ。ご苦労だった」

 

 彼らの登録証を受け取り、ぺらぺらと中身を見た。王子殿下……。これって名前以外全部本当の事ですよね? ラナーって第三王女ですよね? 仲がよろしい事で……。って隠す気全くないな! そりゃ担当した受付嬢が挙動不審になるわ! こんちくしょうが!

 

 大体他の連中もそうだ! 騎士と従者の区別すら簡単に付くわ! 騎士は皆特技にランスチャージが入ってるし、特にコイツ、特技が団旗を掲げることって冒険者舐めてるのか!? あ、でも従者の方は結構冒険者としてもよさそうなのがちらほら……。

 

「イシュペン、それで、その、なんだ。彼らは今何をしている?」

「ええ、一室借り切って依頼をどんどん片付けていらっしゃいます」

「そうか……。何かその、目的のようなものは口にしていたかね?」

「はい、でん――、いえ、ヴァルヴァロ様はカッツェ平野での依頼をお望みのようですね」

 

 まぁ殿下の任務がエ・ランテル近郊の警備とカッツェ平野でのアンデットの間引きのようだからな。ついでに依頼を受けて経費を浮かせたいのだろう。

 

「なるほど……。率直な意見を聞きたい。どうしたら良いと思う?」

「さっさと(ゴールド)に格上げして目的を達成させてしまわれるのが一番かと……」

「むぅ……。やはりそうか……。わかっている、わかってはいるのだ……。しかしな……、冒険者ギルドはあくまで独立組織。相手が王族だからと言って特別扱いは、な……」

「いえ、44名分のプレート費用を考えますと、(アイアン)(シルバー)でも高く付きますからいっそのことミスリルあたりまで一気に上げてしまうのもいいかもしれませんね」

「え?」

「彼ら、えーっと、チーム王国騎士団の皆様は人海戦術で依頼をこなし、全員同時での昇格を希望するそうです。割りに合わない仕事や依頼料が低く設定されていて残っていたような依頼を見境なくこなしていただいております。このペースが続きますと規定どおりならば数日で(アイアン)は確実でしょう」

「なぜそうなる?」

「え?」

 

 私の疑問にイシュペンは不思議そうな表情を浮かべた。普通の冒険者がそんな依頼をちまちまこなした所で得られる賃金ではその日なんとか凌げる程度だし、ギルドへの貢献度もそれほど高くない。そんな冒険者は下手をすると一年近くかかるはずだ。

 

「だから、そもそもそのような依頼ばかり受けていては……」

「ああ、彼らは活動経費や生活費がかかりませんからね。ぶっちゃけ元々王国の費用で活動しているようなものですから利益度外視で活動できます。それになんと言っても数が違いすぎます。ひとつの依頼を44名で構成された冒険者チームで受諾、達成していくと考えればわかりやすいでしょうか? つまり、単純に4人編成の冒険者チームが一日で終える仕事を11件同時に進行し、チームメンバーとして全員に貢献度が与えられるわけです。それに一人一人の士気も高く、スレイプニールなどの装備も充実しているため依頼達成速度が普通じゃ考えられない速度でして……」

「ああああああ! なんということだ! そんな穴があったのか! なぜ今まで誰も気付かなかった。今から何とか規約に……、くっ、王都往復するあいだに奴らは(シルバー)にでもなってそうだな……」

「はい。ですからギルドの公平性を疑われながら気の済むまで人気のない仕事を押し付け続けるか、さっさとやりたい事をやらせてお帰りいただくかのどちらかかと……」

「ぬおおおおおおおおお! 今度パナソレイに会ったら必ずあの鼻の穴に指を突っ込んで二度とプヒプヒ言えないようにしてやるわああああああ!」

「ちなみに説明に使った部屋ですが、現在団旗が立てられ歩哨が就きました。関係者以外立ち入り禁止との事です。あ、殿下の覚えがめでたいとの事で私がギルドの連絡係に選ばれました。受付のシフトに入れなくなる事が多くなりそうなのですが……」

「……白金(プラチナ)だ。44枚の白金(プラチナ)プレートを用意しておいてくれたまえ。ミスリルはさすがに高すぎるがゴールドとプラチナはさほど変わらん……。あの騎士連中が付いているなら実力も申し分ないだろう。連絡係の件は了解した。すまんがしばらく耐えてくれ……」

「はい」

 

 冒険者組合の独立性が揺るがされ、特別措置を取らざるを得なくなった事は遺憾だが、相手は今のところ一室を無断で貸し切ったり、受付嬢の一人を連絡係にした程度の事しか問題を起こしていない。むしろ問題を避けるには必要な措置だとも言える。他の冒険者との間で問題が起こるよりは数倍マシだ。

 

 それに彼らはこちらのルールにしたがって依頼をこなしているだけだ。どこぞの貴族のお遊びから考えると規模は大きすぎるが依頼に対しては従順で真面目だとも言える。今回の件で規約に問題点があったことがわかっただけでも良しとしよう。

 

 それに経費度外視で動ける冒険者チームが現れたと考えればそれほど悪い事ではない。ただ、このまま続けられると(シルバー)以下の冒険者は受けられる依頼がことごとく彼らの不得意な物しか残らず、仕事がなくなり飢える者が出てきかねない。

 

 逆に(ゴールド)白金(プラチナ)が受けるような仕事をジャンジャン回して貰えるのであればこちらとしても取り分が多い。プレート代など考えなくてすむだろう。まぁパナソレイからは毟り取るがな!

 

 




冒険者登録名
バルブロ=ヴァルヴァロ
騎士アントン=アント
騎士ドゥリアン=ドリアン
騎士トロワ=ドロワ

なおバルブロは名前の前につける騎士を外すだけで覚える気がない模様。今回の冒険者のランク上げバグに関しては捏造です。さっさとランク上げるにはこんな事くらいしか思い浮かびませんでしたorz

ストック消化しました。次回はいつになるか不明です。


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9 カッツェ平野

バルブロ:主人公。エ・ランテルで冒険者ごっこ。意外と暇
ラナー:ヒロイン。暗躍中。放置プレイで病み成分増加中
アインザック:冒険者組合長。吹っ切れた
パナソレイ:エ・ランテル都市長。プヒプヒ言ってたら良いように使われ始めた。
イシュペン:受付嬢。説明大好き
騎士:お仕事少なくてちょっと暇
従者:お仕事多すぎで疲れ気味。その分褒められまくりでがんばりすぎる悪循環に突入
レェブン候:舞台裏で国王経由でラナーにモリモリ人とお金絞られてる。「お金出すなんていわなきゃよかった」
クライムくん:色々と訓練中。


 パナソレイさんちで一泊して冒険者ギルドへ行くとイシュペン嬢が白金(プラチナ)プレートの束を持って待っていた。意味がよくわからない。(ゴールド)までどの程度かかるか聞いたがプレートの色を変えろと言った覚えはない。みんなでコツコツひとつずつ上がっていく事で、冒険者ごっこも楽しめると思っていたのにイマイチ納得がいかない。

 

 その事をイシュペン嬢に伝えると、彼女は笑顔を浮かべた後、白金(プラチナ)になった理由を教えてくれた。うん、他の冒険者の生活に直結するのであれば致し方ない。今回は特別らしいが、対策など取れるのだろうか……。

 

 まぁ一気に目標に到達できたので良しとしよう。騎士アントンに依頼達成後、全員に集まるよう伝え、イシュペン嬢には今後の説明と我々の任務に絡むような依頼や我々の能力を生かせそうな依頼の収集を頼んだ。

 

 昼には全員集まり、イシュペン嬢はどこから持ち込んだのか掲示板のような板に色々な絵図や地図、依頼票を貼っていた。そして騎士アントンとコソコソ相談すると準備ができたようで一言求められた。

 

「うむ。皆よくやってくれた。しかし我々の本当の目的(冒険者ごっこ)、つまり本番はこれからだ。幸い、我々はイシュペン嬢という協力者を得る事ができた。この幸運をかみ締め、イシュペン嬢の説明をよく聞き、疑問に思ったこと、説明が欲しい事などがあった場合、地位に構わず即座に挙手しイシュペン嬢に教えを請うように! では騎士アントン、進行を頼む」

「はっ! ではイシュペン嬢よりご説明を頂く! 総員敬礼!」

「「「はっ! よろしくお願いします!」」」

「え、あ、はい。よろしくお願いします」

 

 イシュペン嬢の説明は大変詳しかった。街道沿いなどで遭遇しやすいゴブリンやオーガから始まり、それらの各種亜種の特徴や討伐証明の部位や採取の仕方。カッツェ平野での推奨される行動方針や出てくるであろうアンデッドに関する情報などなど多岐に渡った。

 

 なんでも昨日アインザック組合長から根掘り葉掘り聞きだしておいたそうだ。有能すぎて騎士団に欲しい。秘書枠とかあるのかな? いや、そもそも今回が特別なのだ。連れて帰った所で遊び場所のレイアウトの助言くらいしかお仕事がなさそうだ。

 

 ただ、言いづらいのだが、ぶっちゃけ俺の中では街道警備をする予定はない。昨日騎士ドゥリアンを引き連れて遊びに行ったのだが、野生のゴブリンやオーガは中々出てこないのだ。しかもようやく見つけた集団もひと当てしたら逃げるし、森に逃げられると何か悔しいしであまり楽しくなかった。

 

 つまり、お小遣いを気にしないなら無限に遊べそうなカッツェ平野に全振りしたい。

 

 お昼から始まったイシュペン嬢の説明会とイシュペン嬢の助言を受けつつ行われた作戦会議は夕方まで続いた。途中でこっそりトイレに行くふりしてラナー様に助言を貰うことにした。

 

「と、いうわけなのだが、やはり高い櫓が欲しいのだよ」

『なるほど……。でしたらそうですわね……』

 

 ラナー様に珍しく長考していらっしゃるご様子。意外と難題だったのだろうか。

 

 カッツェ平野での難問は、遭難が第一に挙げられた。冒険者であればレンジャーが何とかするのだろう。しかし、我々は装備の整っている騎士だけで突っ込むつもりだ。従者諸君は街道警備や拠点でお留守番である。

 

 霧も見通せるマジックアイテムがある以上、あとは目印があれば解決するのだが、問題はそれをどうやって設置するかという事になる。今の俺は冒険者。冒険者は国の下に付かない。政治や軍事に関わってはいけないのだ。

 

 つまり、櫓を立てるにも冒険者として自力でやるか、アインザック組合長にやってもらうか、ラナー様側からそっと手助けして貰うしかないのだ。

 

『あら、クライム。どうしたの? え? 表情が崩れてしまってましたか? ふふふふふ、気のせいですわ、クライム。いい子ね、クライム……なでなで』

 

 くっ、うらやまけしからん。クライムくん、確かに心の中でがんばれと言ったが〈伝言(メッセージ)〉の向こう側で当てつけなくてもいいだろうに! 俺も今度なでなでしてもらおう。ってそれはダメだ! きっと何か色々ダメなやつだ! なぜそんな事が思い浮かんだ! 首輪か? 首輪の呪いか何かなのか!?

 

 あー……でも何か遠くを見られる鏡が欲しい。何かないだろうか……。ちなみに魔法は全く使えない。たまに騎士トロワにマジックアローを教えてもらっているのだが素質がないのだろうか。

 

『ああ、そうでした。えっと、そうですわね……。まず―――』

「ふむ。いつもすまないな、妹よ」

『構いませんわ。お兄様、どうかご無事でお帰りくださいませ』

「うむ。ではまた連絡する」

 

 トイレから戻るとラナー様の助言どおりアインザック組合長を呼んで書類をいくつか貰った。嘆願書もついでに作成。当然全員偽名で白金(プラチナ)級冒険者として署名。あとはこれをアインザック組合長からの書類としてパナソレイさんに渡すだけで全部解決するらしい。

 

 アインザック組合長も「本当に大丈夫か?」と疑問を呈していた。うむ、俺も大丈夫か全くわからない。答えはきっとラナー様だけが知っている。

 

 最終的に決定した方針は

1 全員でカッツェ平野の近くに仮拠点作成

2 櫓ができるまで騎士は浅い所でカッツェ平野に慣れる。従者の半分は拠点防衛兼お休み。残りの半分は街道警備しつつゴブリン狩り、オーガが出たら怪我しない程度にがんばる。

3 櫓ができたら全力で遊ぶ

4 ヤバイのが出たら全力で逃げる

ということになった。ゴブリン狩りの従者諸君がとても不安だがいざとなったらスレイプニールで逃げれば問題ない。

 

 というわけで今日は遊べなかったわけだがラナー様の声を聞けただけでも良しとしよう。

 

 

 

 パナソレイさんちに戻ってアインザックさんから預かったと言いながら書類を渡し、次の日にはパナソレイさんが用意した仮拠点構築用の資材や物資を積んだ馬車を引き連れてカッツェ平野の仮拠点予定地に向った。

 

 仮拠点は天幕張ったり長い電柱みたいな丸太に冒険者組合の旗つけて立てたり簡易な柵で囲んだりするだけだ。従者諸君が優秀なので一日二日で終わるだろう。

 

 馬車があったので予定地まで3日かかった。だが、天幕が張られ、冒険者ギルドの旗が掲げられた以上、もう我慢する事はない。ようやく来た遊びの時間だ!

 

「うむ。では少々試してみるか。アントン、トロワ、ここの指揮を任せる! ドゥリアン以下他の騎士……、えーっと……」

「殿下。嫌な予感がするのですが……。以前もそうおっしゃったとき―――」

「殿下! 他の者の目はありません。騎士でよろしいかと!」

「騎士トロワ、了解しました!」

 

 騎士アントンが何か言いかけていたが気にする事はない。旗が見える所から遠ざかる気はないのでそうそう滅多な事は起こらないはずだ。

 

「うむ。そうか、騎士ドゥリアン。では全力で行くとしよう! 騎士ドゥリアン以下騎士諸君は我に続け! 遊……、強行偵察に出る!」

「うおおおおおおお! 団旗を掲げろおおおおおお!」

「殿下が出るぞおおおおおお!」

「王国騎士団に栄光あれええええ!」

 

 うむ。皆楽しそうで何よりだ。よほど鬱憤が貯まっていたとみえる。しかし、それならば従者もストレス発散のためにできるだけ一緒に連れて行ったほうがいいかもしれない。スレイプニールに二人乗りなら10人程度いけるのではなかろうか……。

 

 まぁとりあえず突撃だ!

 

「往くぞ! スレイプニール! 〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャァァァージィ)〉」

「殿下ぁぁぁあああ! 偵察ではなかったのですかぁぁぁあああああ―――」

「うおおおお! 殿下に続けぇぇぇええ!」

「「「おおおおおおおおお!」」」

 

 残してきた騎士アントンの声が聞こえた気がするが何を言ってるのかわからなかった。今は脳汁出す作業で忙しい。みんなもきっと忙しいだろう。ジャンジャン行くとしよう!

 

 うむ、カッツェ平野の霧はすごいな。全然見えない。マジックアイテムを起動してようやくそれなりに見える程度だ。つまりどこに敵がいるのか遠くから見つけられないので中々見つからない。イシュペン嬢はレンジャーが音で判断すると言っていたが騎兵がドカドカ走り回る音で全く聞こえない。

 

 だがしかし、足を止めてはランスチャージで脳汁を出せなくなる。それではここまで来た意味がない。うーむ……。はっ!? そうだ。昔の偉人がおっしゃっていたではないか……。

 

ライラ『宇宙(そら)では全周囲に気を配るんだ』

ジェリド『モビルスーツの装甲越しに、殺気を感じろって言うんだろう?』

 

「――『宇宙の真空中に己の気を発散させる、か……』ここは宇宙……、ここは宇宙……ここは宇宙……、ここは宇宙……―――視えた! そこかああああああ! 〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャァァァージィ)〉」

「うおおおおおお! 大漁だ! うっはははは!」

「全騎突撃! 突撃ぃぃぃいいいい!」

「殿下に続けぇぇぇぇええええ!」

 

 うおおおおおお! なんか骸骨がうじゃうじゃいる! 持っててよかったランスアタッチメント! と言ってもほとんどスレイプニールに骸骨の攻撃が当たらないようにしつつ突っ込むだけでどんどん砕け散っている。こう……、なんというか、オーガ(レアのまと)に慣れてしまうと少々物足りない……。ん?

 

「上かッ! 全騎散開(ブレイク)! 散開(ブレイク)散開(ブレイク)散開(ブレイク)!」

 

 ノリノリで突撃していた騎士たちが散開するとその空いた空間にデカブツが落ちてきた。

 

「ちょうどいい! これがここでのレアものか! うっははははは! アーッハハハハハ! 全騎総攻撃! 〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャァァァージィ)〉」

「うおおおおおお! 〈団旗を掲げろ〉ぉぉおおおお! 全騎総攻撃! 総攻撃!」

「なっ!? スケリトルドラゴン!? ソウコウゲキ……。うおおおおお!」

「うおっ!? ソウコウゲキ……。武技〈要塞〉!」

「ソウコウゲキ……。うおおおお! 武技〈盾強打〉」

 

 うおおおおお! 脳汁出まくりだぁぁぁあああ! 

 

「ジャンジャン行くぞ! 〈能力向上〉〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャージ)〉! 〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャァァァージィ)〉!」

「でかいだけのタダの的だな! 〈能力向上〉〈団旗を掲げろ〉ぉぉおおおお! 武技〈盾強打〉ぁぁぁああ!」

「〈能力向上〉あはははは! 武技〈盾強打〉〈盾強打〉〈盾強打〉ぁぁぁぁああ!」

「〈能力向上〉うはははは! 武技〈強打〉〈強打〉〈強打〉ぁぁぁああああ!」

「〈能力向上〉あは、あははは! 武技〈剛撃〉〈剛撃〉〈剛撃〉ぃぃいいい!」

 

 みんなノリノリだ! 俺も脳汁出まくりだ! なんかでっかい骨の塊の尻尾が砕かれ、両足が砕かれ、翼が砕かれ、最後に頭と全身に総攻撃を受けて粉々になった。ふぅ……。

 

「レアもの撃破だ! 勝ち鬨をあげろおおお!」

「うおおおおおお! 王国騎士団万歳!」

「「「おおおおおお! 王国騎士団万歳! バルブロ殿下万歳!」

 

 なんか知らんがめちゃくちゃ疲れた……。きょ、今日はこの辺で帰ろう。うむ、偵察だしな。本番はまた今度でいいだろう……。

 

「よし、偵察完了を宣言する! 総員撤退」

「はっ! 総員撤退!」

「はっ!? 総員撤退、総員撤退!」

「うぅ……、なんか頭痛が……」

「貴公もか? なんか私も頭痛が……」

「一体なんだったんだ……?」

「わからん。とにかく撤退だ」

 

 

 side ラナー

 

『―――と、いうわけなのだが、やはり高い櫓が欲しいのだよ』

「なるほど……。でしたらそうですわね……」

 

 お兄様から〈伝言(メッセージ)〉が来たと思ったら遊びの相談ですか……。相談の内容はもう手は打ってあるのですが、ちょっと不満です。お兄様から愛を囁かれるとはまだ思っておりませんが、こう……、もうちょっとわたくしの事を考えてくれてもいいと思います。

 ふふふ、少し悪戯しましょう……。

 

「あら、クライム。どうしたの? え? 表情が崩れてしまってましたか? ふふふふふ、気のせいですわ、クライム。いい子ね、クライム……なでなで」

『くっ……』

 

 ふふっ、お兄様、お声が漏れていましてよ? クライムは今訓練で出ているのでご安心くださいませ。

 ふふ、ふふふふふ……。やはりお兄様もわたくしを愛していらっしゃるのですね……。

 

「ああ、そうでした。えっと、そうですわね……。まず―――」

 

 ふふっ、今日は良い夢が見られそうですわ……。

 

 

 

 




〈団旗を掲げろ〉
旗大好きな騎士ドゥリアン専用オリジナル武技。魔法じゃなくてあくまで武技。旗に対する愛が色々な偶然によって武技に昇華した。同じ旗の下に集まった仲間の恐怖を忘れさせ、常識が飛び去る。アドレナリン全開で戦闘に特化させる。なおテンション上がらないと使えない


於菟さま yelm01さま
誤字報告ありがとうございました。


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10 王城までは何マイル?

バルブロ:主人公。名前覚えるのが苦手
ラナー:ヒロイン。兄を慕うかわいい女の子
騎士:常識人が希少
従者:超真面目。ある意味最強

先に言っておきます……。今回のお話は、とてもご都合主義です。サブタイトル迷ったくらいご都合主義です。


 この場所に来てからすでに3ヶ月が経った。バルブロが言うレアモノに遭遇した後は騎士が皆疲れたように眠り、記憶も曖昧で翌日もほとんどがぐったりとしていた。しかし、都合8度のレアモノとの戦闘で騎士たちも戦闘自体は慣れてきた。

 

 しかしレアモノは希少性が高く、騎士アントンと騎士トロワはまだレアモノに出会った事がなかったため、誰もレアモノがスケリトルドラゴンだと気付いていなかった。

 

 そして当初は天幕と簡易的な厩があっただけの場所は、ラナーの思惑とパナソレイの機転とアインザック組合長の冒険者愛が重なり、レエブン候の出資により徐々に人と物資が増え始め、カッツェ平野に対する冒険者組合の最前線補給基地として様相を変えていっていた。

 

 

 

 この世界の住人の朝は早い。基本的に日が暮れる頃には床に就き、日の出と共に活動を開始する。しかし、王族や貴族に仕える者が主人より早く床に就くことはできず、主人より遅く起きる事は許されない。故に一人の騎士に仕える従者同士でのチームワークはかなり重要だった。

 

 王国騎士団が設立され、騎士に仕える従者から騎士見習いとなった彼もその待遇が変わることはない。むしろ騎士見習いになったことで文字を覚えたり、作法を覚える時間が必要となり眠りの時間はどんどん削られていった。

 

 騎士見習い達は未だに従者を名乗っていたが、これは彼らの主人達に由来する。実は騎士達も王国騎士団に編成された際、準男爵を叙勲した。しかし、彼らは未だに騎士を名乗っている。

 

 それは彼らの主人、バルブロ第一王子殿下が未だに騎士と呼んでいるからだった。殿下からお褒めの言葉をもらう事はよくある。平民や従者ですらお褒めの言葉をいただけるほどだ。しかし殿下は基本的に名前を覚えない。大貴族の名前すらたまに間違えるほどだ。殿下に名前を覚えてもらえる事は大変名誉な事なのだ。

 

 故に準男爵たちは自らを騎士と呼び、騎士見習い達は自らを従者と呼ぶ。

 

 スレイプニールの世話を任されている従者たちは元々騎士達の従者から選出されていたため、顔ぶれは変わらなかった。彼もそのうちの一人だ。

 

 生あくびをかみ殺し、同じ役目を負う同僚と共に水を汲み、仮設の厩へと向うと信じられない光景を目にした。そっと水を入れた瓶を地面に下ろすと目を擦り、頬を叩き、同僚達の顔を見る。同僚達も同じような行動を取っていた。

 

「おい……。あれ……」

「ああ……。殿下のスレイプニールがいる場所だよな?」

「またか……? またなのか……?」

「いや、何かもう色々おかしくないか?」

「ああ……。もはや馬じゃないな……」

「いや、ぎりぎり馬でいいんじゃないか?」

「いや、どう見ても馬じゃないだろ……」

「何食うんだろ……。干草で大丈夫なのか?」

「いや、どう見ても肉食だろ……」

「いや、元々は草食だろ……?」

「と、とにかく騎士アントンに来てもらおう」

「あ、ああ……。そうだな……」

 

 従者たちは覚えていた。バルブロが初めてスレイプニールに乗った日の事を……。故に王子殿下が現れる前に行動する必要があった。

 

 騎士アントンはすでに起床していた。王子の騎士となってからというもの気の休まる日はなく、慣れない事務仕事もこなし、従者たちの指揮を取っていた。同僚のトロワも同じ仕事をしているが、慣れない仕事に単純思考の騎士ドゥリアンがうらやましく思う事が多くなった。

 

「騎士アントン、非常事態です」

 

 従者の焦る声にアントンは眉をひそめた。特に騒がしい音はない。カッツェ平野が近いとはいえ充分な距離があり、アンデッドが近づいてきた際は見張りが大声を上げる事になっている。つまり、何かしら別の問題が起きたということだ。

 

「ふむ。何が起こったのかね?」

「え、っと……。その、見ていただいた方が早いです」

「見る? 何か―――」

「スレイプニールです! 殿下のスレイプニールがスレイプニールじゃないものになりました!」

「まさか! すぐに行く、お前は騎士ドゥリアンと騎士トロワを厩へ呼んでこい」

「はっ!」

 

 アントンは剣を腰に佩き、盾を左手に持つとダッシュで厩へと向った。厩では変化を無視して仕事に取り掛かっている従者達がいた。アントンも彼らと同じものを見た瞬間、彼らと同じように無視していつもの仕事に戻りたくなった。

 

「……なんだこれ?」

 

「ふぁうぅ……。どうした騎士アントン」

「ふむ……。鷲の上半身に獅子の下半身……。鷲獅子(グリフォン)ですな」

 

 アントンのつぶやきに遅れて来た騎士ドゥリアンと騎士トロワが答えた。

 

「いや、なんでグリフォンがこんな所にいるんだ?」

「あー。頭がぼんやりする。まぁ、気にするな騎士アントン。前にも似たような事があったろう。足の代わりに翼がはえただけだ。大した事ないだろう……」

「いや、これは危険だ……」

「うむ……、騎士トロワの言う通りこれは危険だ。どうしたらいいのだ? こっそり入れ替えるか?」

「いや、一応殿下に見てもらう必要があるな……」

「騎士アントン、騎士トロワ。どこが危険なんだ? どう見ても頭と体がちょっと変わって翼がはえただけだろう?」

「くっ、騎士ドゥリアンが羨ましい……」

「騎士ドゥリアン……。殿下が乗って落ちたら大変な事になるぞ?」

「いや、騎士トロワ。さすがに殿下もこれには乗らんだろう」

「あまい、認識があまいぞ騎士ドゥリアン。殿下ならきっと『ふむ。試してみるか』とかおっしゃって絶対乗ろうとするはずだ!」

「いや、まぁ……。お乗りになりたがるかもしれないな……」

 

 結局騎士三人はバルブロが乗りそうになったら止める事に決め、起きて来るまで仕事をする事にした。

 

 

 

 side バルブロ

 

 あー。何か疲れが抜けない。もう少し寝ていよう。

 

 あふぅ……。なんか久しぶりに二度寝したなー。うーん、昨日遊びすぎたか? 確かにはっちゃけた記憶はあるが、何か最後にでかいレアモノを狩ってから記憶がぼんやりしてる……。まぁいつもの事か……。今日はみんなも疲れているだろうし、俺ももう少し寝よう。寝る子は育つのだ。

ぐぅ……。

 

「殿下。起きていらっしゃいますか?」

「んあ? うむ……。今日は寝る日だ。何かあったか?」

「い、いえ……。殿下のスレイプニールが……」

「ん?」

「殿下のスレイプニールがグリフォンになりました」

 

 騎士アントンが何を言っているのかよくわからない。馬からスレイプニールはいいとしよう。足が四本はえただけだ。だがグリフォンはないだろう。馬成分はどこへ消えたんだ? 生物の進化に喧嘩売ってるのか?

 「ザクⅡを進化させたらΖガンダムが出来ました」って言われたくらいビックリだ。Ζガンダムですら頭がザクだった事もあるのに……。まだペガサスとか言われた方がわかるわ……。

 

 ふむ、なるほど、これはまだ夢の中か。どうせなら騎士アントンじゃなくてラナー様の夢がよかった……。ペガサスだったらラナー様の方が似合うだろうな……。

 

「うむ。まぁ(夢の中なら)そんなこともあるだろう。取りあえず気にするな」

「は? はっ! ではまた後ほど!」

 

 いや、ラナー様ならユニコーン……―――

 

 

 

 ―――何かすごい夢を見た気がする。うむ、ユニコーンとラナー様のセットはすごく絵になった。今度チャンスがあったらユニコーンを探しに行こう。というかどこかで売ってないかな?

 

 そんな事を考えながら着替えて外に出たらすでに昼だった。とりあえずお昼を食べて装備を整え、遊ぶ気満々で騎士アントンと騎士トロワを連れて厩へ行った。騎士ドゥリアンは調子が悪そうなので休ませた。というか昨日一緒に遊んだ騎士はみんな休ませた。

 

 まぁ、当然遊ぶためであるからして、体調不良を引きずってまで無理をすることはないだろう。二騎や三騎でもゴブリンやオーガなら余裕だ。……ん?

 

「ふむ……。鷲の頭と翼があるな……。しかも胴体が獅子……。どうやらまだ寝足りないらしい」

「いえ、殿下……。夢ではありません」

「いや、どう見てもおかしいだろう。騎士トロワはどうだ?」

「はっ! 私にも鷲の頭と翼が見えます」

「―――マジか……。馬成分はどこへ消えたんだ?」

「いえ、私にも分かりません」

「殿下、試さないでくださいよ?」

「うむ。さすがにこれは無理だと俺にもわかる。というか鞍とかどうやって付けるんだ? このまま飼い殺しか?」

 

 遊ぶつもりで完全武装で来てよかった。ラナー様の署名入りランスがあれば一撃くらいは耐えられるだろう。ヘルムをかぶって恐る恐るグリフォンに近づいた。

 

 うん、興味はあるんだ。なんせファンタジー御用達のグリフォン様だ。翼を燃やされて落下したりする事もありそうだけど世界中で愛され、紋章や彫像になるほどの生物だ。さすがに乗ろうとは思わないけどな……。

 

 いや、アインズ様やアウラさんなら初見で簡単に乗れそうだな……。むしろ喜ぶかもしれない。ナザリックが転移してきたら上納しよう。いや、ユグドラシルにもいたしレベル低いからいらないとか言われるかもしれんが……。

 

 近づいたらグリフォンが伏せた。元々が優しい王国のお馬さんなのでグリフォンになってもその気性が受け継がれているのだろうか。

 

 これなら触るくらいはいけるかもしれない! ここはタッチアンドダッシュだ! 周りからどう見えるかなどどうでもいい。王族の権威とかより身の安全が優先だ!

 

 盾を外してそーっと近づく……。

 焦らなーい。焦らなーい……。

 そーっと、そーっと……。

 (パクッ……ひょいっ)

 

「あん?」

「え?」

「え?」

 

 一瞬で伸ばしていた腕をクチバシで挟まれて気付いたらグリフォンの上にいた。何を言っているのかわからない。

 

「……」

「……」

「……オロシテプリーズ」

 

 きっと誰にもわからない。とりあえず降ろしてもらおうと声を出した。硬直していた騎士アントンと騎士トロワもそーっとグリフォンに近づいて抑えようとしてくれた。

 

 でもなんとなくわかったんだ……。

 なんでこんな事をしたのか……。

 コイツが何をしたいのか……。

 

 なんてカッコ付けてる場合じゃねぇ!

 

「ちょっ、まっ!?」

「殿下ぁぁぁああああ!」

「スレイプニールを用意しろ! 全員起こせ!」

 

 いきなり走り出したグリフォンの首根っこにしがみついた。すっごい揺れるしスレイプニールとは比べ物にならないくらい速度が出てる。片手じゃ怖いけどラナー様署名入りランスは手放せない! どちらを取っても命が危険だ。ならばラナー様を信じる!

 

「お前、飛ぶ気か? マジで? アントォォォン! アトハマカセター!」

「――殿下ぁぁぁぁあああ!」

 

 もはやこれだけ速度が出ていたら飛び降りる事もできない。それに飛行機だって離陸滑走中は揺れるものだ。ちょっと揺れるレベルが違いすぎるが滑走路がないのだからしょうがない。たぶんきっとしょうがない。ランス片手に全力でしがみつくしかない!

 

「よし、往くぞグリフォン! 見せてもらおうか! ファンタジー生物の性能とやらを!」

 

 うむ。このエースコンバットで鍛えた操縦テクがあれば離陸などどうという事はない! 充分に速度がのったところでグリフォンが翼をバサッと広げた。そして体がフワッと浮いたと思ったら少し地面が遠くなっていた。

 

 大丈夫大丈夫大丈夫……――やっぱ怖い。マジ漏らしそう……。そもそも誰がコイツにALICEシステム載せたんだ!? むしろ完全制御システム搭載の戦闘妖精かッ!? ってソレイタダキマスじゃねぇよ! ハイレートクライムとか無理だから! 落ちる落ちる落ちる! 俺もお前も無理だから! 失速するから! 速度全然足りな……――

 

「ぬぁぁぁああああ! マジか! マジでか! 死んだらラナー様に勇敢に戦ったとお伝え(〈伝言(メッセージ)〉)ください! うおおおおお! 〈突撃(チャージ)〉! 〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャージ)〉!―――」

 

 あー。なんか頭がぼんやりと……。とりあえず、すいへいひこうだ。ぐりふぉん……。

 

『お兄様!? 一体どうなされたのですか!? ご無事ですか!?』

「ああ、ラナーの声が聞こえる……」

『お気を確かに! 諦めないで!』

「ラナー、それは死亡フラグだぞー?」

『しぼうふらぐ? 一体何をおっしゃっているのですか!?』

「ララァ、私にも(とき)がみえるぞー」

『お兄様! わたくしはラナーです! ララァではありません!』

「はっ!? だ、大丈夫だ。何も心配する事はない。足なんて飾り……偉い人には―――」

『ああっ! お兄様、お怪我をなさったのですか!? お兄様! 何としてもラナーの下へ帰ってきてくださいませ!』

「僕にも帰れる所があるんだ……―――スヤァ……」

『お兄様! お兄様! ―――』

 

 

 

 気がついたら王城にある自室のベッドの上だった。ふむ。これが夢オチというものか。もう少し寝よう……。ぐぅ……。

 

 

 

 




鷲獅子(グリフォン)
 鷲の上半身と獅子の下半身を持つファンタジー生物。多分馬より大きい。きっとアインズ様が呼んだケルベロスより小さい。どこかの神話で馬車を引いてた気がする。同じ仕事をするお馬さんが大嫌い。原作では名前だけ出てくるが騎乗用に飼い慣らすのはとても難しいらしい。
 なお下半身がネコ科になったのでダイナミックニャン子座りが可能なもよう。

鷲馬(ヒポグリフ)
 グリフォンと雌馬の掛け合わせて生まれるファンタジー生物。前が鷲、後が馬。グリフォンよりも飼いならしやすい。お馬さん大嫌いなグリフォンがオスを食べメスを孕ませたことで産まれた感じだったかと……。
 帝国の近衛隊『ロイアルエアガード』で採用されている。激風ニンブルさんが運ばれてたイメージしかない。

ペガサス
 馬に翼がはえたファンタジー生物。白いお馬さん。ガンダムでは戦艦のクラス名。

ユニコーン
 処女しか乗せないとか角が薬になるとか血を飲んだら呪われるとか色々設定の多いファンタジー生物。二本角のバイコーンがアルベド様の騎獣になっている。

ハイレートクライム
 戦闘機で使う離陸方法のひとつ。クライムくんとは関係がない。滑走路でちょっと浮いたあと速度を出して一気に上昇して高度を稼ぐ技術。実は滑走中の操作手順が多い。通常は350ノット、迎角40度くらいだった気がする。ブルーエンジェルスのハイレートクライムはいつもおかしい。

完全制御システム搭載の戦闘妖精
 戦闘妖精雪風に出てくる戦闘機……違った、爆撃、いや、戦術偵察機……でしたっけ? B-503雪風というコードで親しまれている。スーパーシルフからメイヴになって色々とやんちゃするようになった。
 実はオバロにスーパーシルフ雪風の外装データを使った戦闘機型のゴーレムオリキャラをモモンガさんと一緒に転移させる小説も書こうと思ってた。

オリキャラ♀「ここどこ!? 燃料ナイ。モモンガさんタスケテー」
モモンガ「任せろ! マーレよ、ナザリックの近くに滑走路を作るのだ!」
マーレ「はい、わかりました。モモンガ様」
モモンガ「オリキャラさん、滑走路できました」
オリキャラ♀「ありがとう! ぎゃー! センサーブレード擦ったああああああ!」
モモンガ「えー……」
という感じでした。うん、オリキャラの最後のセリフを書きたかっただけだったんだ……。話が続かなかったので一話だけ書いて消しました。


 い、いかがでしたでしょうか。今回初の三人称視点を採用しました。戦闘シーンなんかにも使えるといいかなーと思ってます。
 えっと、ご都合主義のグリフォン進化ですが、最初はヒポグリフにしようと書いていたのです。しかし、途中でグリフォンを抜かすのは気が引けてきまして……。かと言ってペガサスじゃ普通すぎるかなと思い、悩んだ末グリフォン採用しましたorz

 一人称ではちょっと表現できなかったので捕捉しますと、バルブロが飛んだあと頭がおかしいのは武技の使いすぎと酸素不足が原因です。むしろよく生きているなと……。

 あ、夢オチじゃありませんから! 普通に続きますから! まだ考えてる途中だけど! たぶんきっと……。

 すいません、後書き長くなってしまいました。消すのもなんなのでこのまま投稿します(遠い目

黒帽子様 クオーレっと様 音駆態様
誤字報告ありがとうございます。


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11 ラナーの日常

バルブロ:主人公。期待の長男。カッツェ平野で冒険者ごっこ中
ラナー:ヒロイン。兄想いのかわいい女の子。順調に成長中
スレイプニール:グリフォンに進化中
ランポッサⅢ世:王様。バルブロとラナーの父親。お仕事中
レエブン候:大貴族。バルブロ暗殺を企んだ。ちょっと後悔中

 バルブロがカッツェ平野に入ってグリフォンに乗る直前まで時系列が戻ります。

注意:今回はガチR-15です。R-18までは行ってないと確信しておりますが、大変紳士向けの内容になっております。タイトルとこの注意内容から嫌悪感を抱きそうな方はブラウザバックしてください。なおR-15の定義がわかってない模様。


 リ・エスティーゼ王国の第三王女、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフの一日は鏡に向き合う所から始まる。未だに油断するとドロリと崩れる表情を鏡を見て直すのだ。兄バルブロ以外この表情を好む人間はほとんどいない。彼女の従者、クライムに対してですらこの表情を見せようとは思わない。

 

 はぁ……。お兄様、もう一週間も経ちました。今頃はカッツェ平野でしょうか。(お父様)にお話した計算ではエ・ランテルで準備している頃でしたのに、わたくしのためにお急ぎになられていらっしゃるのね……。お兄様の愛を試す事になってしまいましたが、お兄様を信じて先に動いておいて良かったですわ。

 

 ラナーにとって兄バルブロがカッツェ平野への出撃が決まった時、すなわちレエブン候が根回しに来た時からすでにラナーは動いていた。

 

 元々いくつもの政策や法律を王である父にバルブロとの連名で提出していた事で、ラナーは王としての父に提案し、最終的には自分の思い通りに動かしていた。

 

 レエブン候越しにラナーに尋ねられた王からの問いは主に「バルブロがどのように動くか」だった。ラナーは通常の範囲内での予測、そして補正を掛け急いで行動に移した場合の予測、その両方を考え後者が正しいと判断したが、王に言付けたのは前者だった。

 

 ラナーは目の前で堂々と動く間者(スパイ)に殺意を覚えたがほんわかした笑顔で隠し通した。

 

 バルブロから直接ラナーへの気持ちを聞いていたため王とレエブン候はここに来て未だに誤解していたのだ。本質はむしろ逆なのだ。王もレエブン候もむしろラナーの方がバルブロに執着を持っているとは思っていなかった。

 

 ラナーの考えた政策や法案もすべてバルブロのサインがある事からバルブロとラナーが二人で考え、ラナーが書いたとしか思っていない。しかしレエブン候はラナー付きのメイドとして送り込んだ貴族の娘からの報告でラナーの異常性を知っていた。

 

 しかし、どうしても目立つのは実際に動き、王国騎士団の中心人物にまでなったバルブロだった。故に王やボウロロープ候のバルブロの評価は高くバルブロに期待を抱き、ラナーの能力を何となく察していた王位を狙うレエブン候にとって過大評価を受けているバルブロは邪魔でしかなかった。

 

 レエブン候はラナーが敵になるなど考えてもいない。なんせラナーはまだ幼い子供だ。能力や異常性があるとは言え、兄にそこまでの執着を持っているなど考えていない。バルブロの代わりにザナックを近づけ、ザナックがラナーの助力を得て王位に就くのが一番だと考えているほどだった。

 

 レエブン候のミスはラナーの異常性を知りつつ、目の前のほんわかしたラナーの笑顔と、世間を知らない幼い子供という認識がその異常性に対する警戒心を薄れさせてしまった事だろう。

 

 ラナーはその予測を伝える前にレエブン候から必要な情報を吸い出した。そして、補給の際使う都市、エ・ランテルの情報や言葉の端々から都市長パナソレイの能力と性格を把握し、バルブロがエ・ランテルに到達する前に届くよう、()経由で書状を送りパナソレイがバルブロに協力的になるよう仕向けた。

 

 その中にはラナーの予測を兄バルブロの今後の予測として帝国との戦争を匂わせ、カッツェ平野の政治的な危険性、そしてその推移を予測した物を添える。あえて解決法は書かない。なぜならバルブロがお遊びのため、ラナーのためにどう動くかラナーとしても予想の分岐が多すぎたからだ。

 

 ラナーはバルブロが王都を発ってから四日目に届いた〈伝言(メッセージ)〉でバルブロがどう動いているのか確信した。

 

 ふふっ、やはり遊びのためなら手段を選ばないお兄様らしいですわね。やはり都市長に書状を送っておいて正解でしたわね。普通なら実行できませんわよ? 王位に最も近い第一王子が冒険者におなりになるなど狂気の沙汰ですわ。

 

 レエブン候はご自分の想像以上の代償を支払う事になりますわね。でもこれでレエブン候への意趣返しを終わらせるつもりはありません……。ふふふふふ……。あら、いけませんわね。お顔が戻ってしまいました。

 

 王はバルブロを嫌っている訳ではないのだ。むしろ期待さえしていた。ただちょっとバルブロとラナーの関係が正常な兄妹の関係に戻り、王国を支えて欲しかったのだ。

 故にレエブン候のバルブロをカッツェ平野へ送る助言に王は良案と思いつつも金を出し渋りこの話を流そうとした。しかし、このままでは実行されないと危惧したレエブン候はバルブロの率いる今回の騎士団出撃に関する費用を最終的にレエブン候が全額賄う事で王の首を縦に振らせた。

 

 その事を知っているのは王とレエブン候だけだったはずだ。しかし、ラナーはレエブン候の言葉の端々からその事を察知していた。そしてラナーが助言を与えるまでもなくバルブロはレエブン候が一番金を放出し、今後の戦争の布石を打つ道を偶然選んだ。

 

 そう、冒険者組合は国の下には付かない。しかし国からの補助金を断りはしない。モンスターに関する依頼や補助金は喜んで受け取る。カッツェ平野への補給基地を大貴族が金を出して作ってくれる。最高のお話だった。

 

 帝国との戦争になった際、確実に巻き込まれるであろうエ・ランテルを直轄領とする王やその都市長パナソレイにとってもそのお話は面白いものだった。最前線になるであろう場所に帝国も認める中立組織が補給基地を構えるのだ。

 

 巻き込まれる冒険者組合や出資者であるレエブン候の心痛は計り知れないだろう。帝国としても中心に第一王子が居座る冒険者組合の補給基地は邪魔でしかないはずだった。しかも、その補給基地への出資はバルブロがそこに居座れば居座るほど続き、強化されていくのだ。

 

 レエブン候としては悪夢でしかなく、一日も早いバルブロのカッツェ平野での戦死を待ちわびる事となった。この時点で長期に渡る事になるとは誰も思っていなかった。

 

 それでも早く戻ってきて欲しいというのはわがままでしょうか……。あら? 中々表情が作れませんわね……。少し調子が悪いのでしょうか……。いけませんわね。これではクライムを怖がらせてしまいます……。

 

 ラナーの体調不良の前触れだった。二週間目には表情を作ることが難しくなり、三週間目には瞳の輝きが消え、一ヵ月後には食べた物を戻してしまうようになった。

 

 そんなラナーをクライムは心配した。ただ、クライムはラナーの変化を気持ち悪いなどと思った事はない。ラナーが仲の良い兄を心配するあまりそうなってしまっているだけなのだ。そのお優しいラナー王女の心に感動し、さらに忠誠心を厚くした。恩人であるラナーの兄の無事の帰還をラナーと一緒に願った。

 

 その報告を聞いて心配した王はラナーに会った。ラナーの様子を見た父親は幼いラナーの兄に対する執着に気付いた。しかし、ラナーはまだ幼い。バルブロの妹に対する執着の裏返しだろうとしか思えなかった。親離れできない子供と同じだ。そんな時、子供に与える物は大体決まっている。お気に入りの毛布だったり、お気に入りのおもちゃだったり……。

 

 そこで父親はラナーに欲しい物を聞いた。ラナーの答えは鍵と権限だった。そう、兄バルブロの部屋へ入りたがったのだ。ラナーがそれで落ち着くのならそれで良いと父親は思った。そう、子供が親の面影を探すようなものだと……。そしてラナーの拒食は収まり、父親である王は安心した。

 

 

 

 こうしてラナーが兄の部屋へ日参する日々が続いた。お供は首輪をつけたペットのクライムとお付のメイドだが決まって部屋の前で待たされた。彼らにはラナーが中で何をやっているのか何もわからなかった。

 

 ラナーのお楽しみは昼食を終え、湯浴みが終わると始まる。朝から昼は掃除のメイドとかち合う事があるため避けた結果だ。

 

 バルブロの部屋の鍵を開け、室内に入り鍵を閉めるとラナーはまず部屋の空気を胸いっぱいに吸い込む。そして何度も深呼吸して体を部屋の空気になじませる。

 

 ラナーの体はまだ幼い。心に体がついて来られなくなると鼻血が出てしまうため聡明なラナーは準備運動を怠らない。初日にいきなりベッドルームへ入り、ベッドにダイブして鼻血を吹き、色々とダメにしてしまった事から得た教訓だった。

 

 逸る気持ちを抑えながらまずはバルブロの椅子に座る。そして机を撫で、さらに体を慣らしていく。ラナーにとってここから危険な領域へと突入する。

 

 そっと鍵つきの引き出しから紙の束を取り出す。ちなみに鍵はひとつ下の引き出しに入っていた。それはバルブロがこちらの世界へ来て文字の練習がてら書いていた日記だ。唐突に始まり、気まぐれに書いたように日付は空いており、唐突に終わっている。

 

 ただ、中身はラナーの事とお遊びの事で埋め尽くされていた。当然ラナーに読まれるとは考えてもいない。そんな日記に書かれたバルブロのラナーへの想いをラナーはハンカチで鼻を押さえながら読み始める。お遊びに関する改善点や悪かった所は多々書かれていたが、ラナーへの否定的な考えは全くなかった。

 

 ラナーへの称賛とラナーのかわいく思った仕草や言葉が情熱的に書かれており、ラナーはそれを読みながら鼻血が出るまで限界に挑戦する。鍵を得てから2ヶ月経った今でもラナーは未だ最後まで読み終えた事はなかった。

 

「ふぅ……。ここからが山場です。一度休憩を挟みましょう……」

 

 聡明なラナーが以前読んだ所を忘れる事はない。むしろ一度読んだ所はすべて暗記していた。しかし、ラナーは最初から読む。二度目は続きから読んだのだが、いきなりだったせいか鼻血を出す結果になってしまったからだ。記憶にあったとしても読むという作業が入る事で体への負担は計り知れなかった。

 

 一度机を離れ、深呼吸をし、心臓の鼓動が落ち着くのを待つ……。そして準備が終わるとラナーは戦いに挑んだ。

 

「くっ、やはり……。が、我慢ですわ……。落ち着いて、落ち着くのです……」

 

 その日の内容はバルブロがボウロロープ候の縁談をお断りした時の出来事だった。ラナーがバルブロを呼びに来た近衛兵に聞かせないためにバルブロの太ももの上に横座りし、抱きついた時の事がバルブロの視点で書かれていた。

 

 ラナーはバルブロが豹変したあの日からバルブロを堕とすため、メイドから恋愛に関する話を聞きだし、吟遊詩人(バード)の話を聞きだし、男女の情事についての知識を深めていった。さすがにR-18物はメイドも避けたが、ラナーの聡明な頭脳はすべて理解していた。

 

 そして、血のつながった妹とのそういった事を避けようとするバルブロが許容するギリギリを常に見極めていた。バルブロは心に余裕がなくなるとそういった事に対するガードが甘くなる。ラナーはそう考えチャンスがあれば行動に移した。その行動の一端がアレだったのだった。

 

 メイドから聞いた吟遊詩人の話の中にあったシチュエーション……。それを基にした行動だったのだが、ラナーにとっても予想外の破壊力があった。平静を装っていても胸の高鳴りが抑え切れなかった。

 

 そんな時バルブロはどう感じていたのか……。その日の日記のラナーに関する所はラナーの体の柔らかさと香りに重点が置かれていた。普通ならドン引きである。しかし、それを初めて読んだときラナーは三枚のハンカチを真っ赤に染めた。

 

「ハァハァハァハァ……、お兄様……。いけませんわ、そんな……。ハァハァ―――」

 

 ラナーの鼻を抑えるハンカチが赤く染まっていく……。ラナーはこの山場を越えた事はない。しかしラナーはさらに二つ山があるだろうと推測し、その事を同時に考えてしまい興奮を抑え切れなかった。

 

 二つ目の山場はラナーが鼻血を出し、バルブロが駆けつけた時の事、三つ目の山場はラナーがバルブロの首に首輪をつけ、ラナーがネックレスをかけてもらった時の事だ。しかし、最後まで読んだときラナーは落胆するだろう。

 

 二つ目の出来事はバルブロにとって緊急事態に対処しただけであり、それどころではなかったため、対応策が書かれていただけだった。三つ目はその日のうちにエ・ランテルへ旅立ったため何も書かれていない。

 

 今日も耐え切れなかった己の体に口惜しく思いながらラナーは持って来たポーションを一口飲み鼻血を止めると、今日も読破を諦めた。汚れたハンカチをしまい、予備のハンカチを取り出し日記を元あった場所へ戻す。

 

 そう、日記だけではないのだ。日記を読むだけにすべてを費やす訳にはいかないのだ。

 ラナーは奥の部屋へと続く扉の鍵を開け、ベッドルームへと入った。そして深呼吸し、状況を把握しながら気持ちを落ち着ける。

 

 2ヶ月前、初めてこの部屋に入った時はまだバルブロの匂いを残していた。しかし、失態を犯した事により血なまぐさい香りが染み付き、薄れていき、今ではほとんどひとつの香りしか残していない。

 

 主のいない部屋に香りが戻る事はない。当初その事をラナーは悔やんだ。そして血に染まっていたはずのホコリ避けのシーツと上掛けが交換され、真新しい物になっているのを見た時ラナーは気付いた。そう、ラナーが入る前にすでに一度取り替えられていたのだ。当然である。

 

 そして、ラナーの聡明な頭脳はひとつの答えを導き出した。

 

 

 

 ―――これから始まるは神聖な儀式。一瞬の油断も許されなかった。

 

 ラナーは部屋の四隅に自分の髪を一本ずつ落とすとベッドを囲む天蓋にかけられたカーテンをそっとかき(いだ)く。皺を作らないよう細心の注意が必要だった。皺が出来ては交換されてしまうかもしれないのだ。決して汚してはならぬ、微細な力加減と精神力を要する儀式である。

 

 すべてのカーテンに他の香りがする事の無くなるまで、かかる所作を繰り返し、次なる儀式へと取り掛かる。ラナーは儀式のため、身に付けた装飾品を丁寧に外し、靴と靴下を脱ぐと精神を保つ。

 

 そしてホコリ避けのシーツを丁寧に捲り、ドレスが皺にならぬようベッドへと入る。すでにバルブロの香りはなく、ただそこにはベッドがあるだけだ。そこに横になる事自体に危険はない。

 

 しかし、一瞬の油断が鼻からの出血をもたらすのだ。そう、油断し、バルブロがこのベッドで自分の匂いに包まれて眠る事など断じて考えてはならぬのだ。

 

 ラナーは務めて平静にスリスリと儀式を施す。しかし、幼いラナーにこの儀式は上級すぎた。鼻に当てたハンカチに出血の痕跡が付くたびポーションを一口飲み出血を止める。ポーションを飲みながらでも続けねばならぬ神聖な儀式であった。

 

 そしてすべての儀式が終わる頃にはすでに時は夕刻となり、ラナーはベッドルームを元通りにし、身だしなみを整える。そしてバルブロの部屋にある鏡でドロリと溶けた表情を部屋に入る前のものに戻すとラナーは部屋を後にし、自室へと戻る。

 

 ―――儀式を行った形跡を残すは血に汚れた二枚のハンカチと空のポーションビンがひとつだけであった……。

 

 

 

 

 




 い、いかがでしたでしょうか。想定ではバルブロが戻ってくる時の別視点のお話を書くつもりだったのですが、なぜかこんな内容になってました。アルベド様が大丈夫なのだからきっと大丈夫なのでしょう。今となっては本当にR-15か謎になってます。R指定いらなかったかな? 最初はクライム君視点だったんやで……?(涙

 あ、気付いた方はいると思いますが、後半はシグルイ調にしてみました。

次回は未定ですがバルブロ王子の帰還を別視点で予定しております。ではまたー!

ノム様のご指摘により日記帳を羊皮紙から紙に変更しました。ご指摘ありがとうございました。


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12 バルブロの帰還

バルブロ:主人公。お休み中
ラナー:ヒロイン。鼻血姫。ポーション飲みながら進化中
クライムくん:ペット。ペット生活を満喫中
ラナー付のメイド:何となく察してドン引き中
近衛兵:実は裏ですごくがんばってる人達


 ラナーが少し早い昼食を終え、いつもの儀式を行い始めた頃、唐突に兄バルブロから〈伝言(メッセージ)〉が入った。ベッドの中だったら危なかっただろう。聞こえてくるバルブロの鬼気迫る声を聞きながらラナーは一度心を落ち着けた。儀式を行っていた事を悟られる訳にはいかないのだ。

 

 ラナーはバルブロが発する言葉と語調から、バルブロに命の危険が迫っており、必死に抗っているとすでに察しており、もう手遅れかもしれないとも考えた。そして、バルブロの声が途切れ途切れになった頃、ラナーは悲痛な声を上げた。

 

「お兄様!? 一体どうなされたのですか!? ご無事ですか!?」

『ああ、ラナーの声が聞こえる……』

 

 死の淵でさえわたくしの声をお聞きになりたかったのね……。そこまでわたくしを愛してくださっていたのね、お兄様。中々お帰りにならないお兄様を少し、ほんの僅かにですが、疑ってしまったラナーをお許しくださいませ……。

 

「お気を確かに! 諦めないで!」

『ラナー、それは死亡フラグだぞー?』

「しぼうふらぐ? 一体何をおっしゃっているのですか!?」

 

 バルブロは時々おかしな事を言う。その言葉を理解する人間はいなかった。ラナーの聡明な頭脳をもってしても憶測はできるが答えをバルブロが教える事がなかったためバルブロ独自の言語だと諦めざるを得なかった。

 

『ララァ、私にも刻がみえるぞー』

「お兄様! わたくしはラナーです! ララァではありません!」

 

 バルブロは時々名前を間違える。ボウロロープ候が一番の被害者だ。しかし、ラナーが名前を間違えられたのは初めてだったためショックを受けた。この時点でラナーはララァという別の人物がいるとは全く考えていない。

 

『はっ!? だ、大丈夫だ。何も心配する事はない。足なんて飾り……偉い人には―――』

「ああっ! お兄様、お怪我をなさったのですか!? お兄様! 何としてもラナーの下へ帰ってきてくださいませ!」

 

 意識が朦朧としている事は最初から察していたが、ほんの一時だけ意識を取り戻したようだった。しかし、足なんて飾りという言葉から足を無くした事がわかった。そして、偉い人には―――で途切れてしまったことからラナーは、偉い人には足は不要だと部下を鼓舞し、部下に治療を受けているのだと察した。

 そして、バルブロの意識を保つため、その場にいる部下に届けとラナーは必死に声をかけた。足なんかなくてもいい、死体でもいい、ただ、蘇生できる状況で戻ってきて欲しかった。

 

『僕にも帰れる所があるんだ……―――スヤァ……』

「お兄様! お兄様! ……お休みになってしまわれたのですね」

 

 〈伝言(メッセージ)〉が切れ、迫真の演技を終えたラナーは「ふぅ……」とため息を吐いた。バルブロが死の淵にいたとしても王都にいるラナーが出来る事はほとんどない。

 

 この世界での〈伝言(メッセージ)〉の信頼度は低い。早馬による正確な情報がもたらされるまで待つ必要があった。そして、ラナーにはバルブロの危機を訴えた所で、それで状況が良くなるとは思えなかった。

 

 ラナーは儀式に戻り今後の事に考えを巡らせる。

 

 エ・ランテルにも神官はいる。バルブロ王子が重傷を負ってもまだ命を繋ぎとめていた場合はそこで治療される。しかし、亡くなった場合、スレイン法国から神官を招いて蘇生を試みる事になる。

 

 問題はそんな危機的な状況から騎士団がバルブロの遺体を持って帰れるかだがここで出来る事はない。彼らの能力と忠誠心に賭けるしかなかった。ちなみにアンデッドになった時の事は考えても無駄だったため、ラナーは頭から追い出していた。

 

 お兄様のお話ではカッツェ平野からエ・ランテルまで馬車を用いて3日、スレイプニールなら1日で着くでしょう。重傷だった場合は応急処置をエ・ランテルで行ったあとこちらにお戻りになられるでしょうし、その時はわたくしが看護を申し出れば良いだけ……。

 

 問題はお亡くなりになっていた場合。蘇生を行える神官をスレイン法国から迎え、蘇生の儀式を行うまで……、二週間といった所でしょうか。その間に、儀式をこの宮殿で行うよう(お父様)を説得しなければなりませんわね……。

 

 ラナーは今後の計画を立てながらバルブロのベッドの中でもぞもぞと動いた。幸い別の事を考えていたため鼻血は出ていない。

 

「ふふっ、でも、いやだ、どうしましょう。これからこのベッドでバルブロお兄様はご静養なさるのね……。ふふふふふっ、どのような日記になるのかしら……。その前に最後まで読んでしまわないといけませんわね……。とてもじゃありませんが時間が足りませんわ……」

 

 計画の内容が兄の介抱に及んだ時、ラナーは身もだえし、鼻からは愛が溢れ始め、ハンカチを赤く濡らし始めた。それでもラナーは頭の中で絶対やる事リストを作成していく。そう、ラナーはバルブロのガードが弱くなるこの時を逃す気など全くなかった。

 

 ラナーは想像の中でバルブロの介抱から長期に渡る介護、そしてバルブロの快癒までのプロセスを何通りもこなすと、ポーションを一口飲み、ベッドから出た。いつもよりベッドの中にいた時間が短かった事もあるが真っ赤に染まったハンカチは奇跡的に2枚で済んだ。ラナーは新しい職業を習得し、元々習得していたアクトレスの職業レベルもいつの間にか上がっていた。

 

 身だしなみを整えて部屋を出ると自室へと戻る。待っていたクライムとお付のメイドはいつもより早いラナーの行動に少し疑問を持ったが、口に出すことはなかった。

 

 ラナーは自室に戻ると、汚れてしまったハンカチを交換し、ポーションの補給をし、机に向うとこれから必要になりそうな書類の作成に入る。一番重要、かつ最優先であり一番困難な物はバルブロの介抱に自分が付くためのものだ。

 

 どのような内容、文言であれば(ちち)が納得するか考えなくてはならない。そもそもバルブロからラナーを引き離すためにバルブロはカッツェ平野に送られた事になっているのだ。ラナーはその理由を覆す何かが欲しかった。

 

 お兄様の協力が必要になるかしら……。それとも第三者? いえ、駒不足ですわね……。どこかにわたくしと同じ年頃の貴族の信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)がいないものかしら……。

 

 ラナーが思案に暮れているとにわかに外が騒がしくなった。フルプレートアーマーの擦れるガチャガチャという音や重い足音が聞こえてきた。その音を聞いてラナーが書面から顔を上げるとクライムは見てきますと掠れた声を出し扉から外を覗いた。

 

 重装備の近衛兵が何人も走り回っているのが見えた。クライムは何事かと思いつつも主の指示を仰ぐため、一度部屋に入り、見たことを報告したが、ラナーが返答するより早く他よりも豪華なフルプレートアーマーを着た近衛騎士が部屋へと入ってきた。

 

「ラナー王女殿下。緊急事態につき失礼します。王の下へ避難ください」

「あら、何があったんですか?」

「モンスターの襲来です。王国騎士団が当たる事になっておりますが、我々でも防ぎきれるか……。お急ぎください」

「わかりました。クライム、支度をなさい」

 

 ラナーはクライムに書きかけの書類を破棄させ、ハンカチと予備のポーションを数本ポーチに入れるとお付のメイドに抱きかかえられて近衛騎士について部屋を出た。廊下はすでに城にいた兵達が走り回っており、近衛騎士は部下の近衛兵を指揮しながらラナー王女をそれらからも護らなければならなかった。

 

「こっちに突っ込んでくるって本当か!?」

「ああ、急げよ! そこ! 慌てるな!」

「そこの近衛! ワシを優先せんか!」

「申し訳ありません。決まりですので……」

「何を言っておる! ワシはかの大貴族、レエブン候の―――」

「知っております! 時間がありませんので失礼!」

 

 宮殿にいた貴族達は混乱に陥っていた。それに比べ、この幼い王女の落ち着きようが近衛騎士にはありがたかった。しかし、貴族の規範となる王族がいくら規範を示しても、他の貴族がこれでは意味がないのだなと近衛騎士は少し達観した。

 

「あら? もしかしてあれかしら……」

「なっ!? 近衛隊集合! 王女殿下を護れ! 動け動け動け!」

「こっちに向ってないか?」

「ちくしょう! 間に合わないのか!」

 

 遠目に見えた空を飛ぶ大型のモンスターにラナーが気付いて口に出すと近衛騎士は即座にソレを見て反応した。ここにいた全ての近衛兵を集め隊伍を組む。以前バルブロ以下11騎のスレイプニールを止められなかった事でポウロロープ候とレエブン候の提案で近衛隊は再編成されていた。

 

 再編成された近衛隊は重武装になり、特に盾は馬でさえ止められるよう分厚いものになった。さらにはその重装備で縦横無尽に走り回れる体力を要求された。

 突然厳しくなった要求に貴族の箔付けだけに近衛になった者は不平をこぼしたが、実際にスレイプニールと向かい合った事のある近衛兵は士気を上げていた。何度も煮え湯を飲まされたバルブロ殿下に意趣返しするため、ひたすら訓練に打ち込んだ。

 

「殿下の乗ったスレイプニールよりマシだ! 総員盾構えぇぇぇ!」

「総員、盾ぇ構えぇぇぇえええ!」

「近衛の意地を見せてやる!」

「あの地獄の訓練よりマシだ!」

「モンスターごとき通してたまるかよ!」

「通さん! 通さんぞぉぉぉおお!」

「うおおおおおお!」

 

 どんどん大きくなる飛行系モンスターの姿に近衛達は士気を高め、不動の覚悟を決めた。彼らの訓練は確かに地獄だったのかもしれない。バルブロのいなくなった王国騎士団の、フル装備の騎兵隊の突撃を繰り返し盾で受けてはポーションを飲み、神官の治癒を受け、腕が上がらなくなる日が日常になった。

 

 中庭と廊下を隔てる太い柱を塞ぐように近衛隊が並び、大きな盾を並べた。そして、ラナー王女を護りながら指揮する近衛騎士はメイドに抱かれるラナーを包むようにその大きな盾を構えた。そして「死んでも傷ひとつ付けない」そんな覚悟と共に目の前に迫ったモンスターを睨みつけた。

 

「リ・エスティーゼ王国に栄光あれ! 国王陛下万歳! ラナー王女殿下万歳!」

「「「リ・エスティーゼ王国に栄光あれ! 国王陛下万歳! ラナー王女殿下万歳!」」」

 

 飛行系モンスターが翼を広げてバサバサと羽ばたき、恐ろしい風圧が襲った。そして比較にならないほど巨大な鷲のような鋭い爪を持つ前足と獅子のような後ろ足を獲物を掴むように近衛たちに向けた。それに対し近衛たちは大声で忠誠を示し、盾をかかげる。

 

 何人かはこの一撃で吹き飛ばされるだろう。あの両の爪で無残に引き裂かれるだろう。あのでかいクチバシで頭をもがれるだろう。それでも彼らの後ろにはまだ幼い第三王女殿下がいるのだ。吹き飛ばされようが手足をもがれようがこの場所を死守するという近衛隊の矜持がこの場を引くことを許さなかった。

 

 ドンッという重量物が落ちたような音が響き、近衛達は一瞬首をすくめ、周りを見る。被害はなかった。誰も吹き飛ばされてなどいなかった。その事に今までの訓練が無駄でなかった事を噛み締め、さらなる追撃に備えようと盾を地面に突き立てた。

 

 しかし、その時、近衛騎士を含めそこにいた全員が見てしまった。大型の飛行系モンスターは猫のように伸びをし、後ろ足で毛づくろいを始めていた。

 

「え?」

「え?」

「え?」

「何だこれ……?」

「油断するな!」

「騎兵隊はまだか!」

 

 突如襲ったモンスターの襲来に備えていたはずなのにそのモンスターが目の前でくつろいでいるようにしか見えなかった。動揺しつつもそのまま盾を構える近衛隊は立派だった。しかし、盾の隙間から覗いたラナーは気付いてしまった。

 

 兄に送った長大な金色のランスがモンスターの背中から伸びている……。兄に送ったものは他の物と違うのだ。バルブロはラナーの署名入りメッセージしか気付かなかったが、ラナーは見れば判るように様々な細工を施していた。

 

 そしてそのランスをたどると一人の小さな騎士が背中に乗っていた。クローズドヘルムのバイザーが降りており、顔を伏せているため顔は見えないがラナーには判っていた。

 

「お兄様!」

「え? いま、なんと……?」

「お兄様です! お兄様がいらっしゃるのです。降ろしてください!」

「いえ、その、危険ですので安全が確認されてから―――」

「では近づいてください。お兄様にお怪我があったら大変です」

「え?」

「隊長! 王国騎士団のランスです! 本当に殿下がいらっしゃるのかもしれません」

「え……。こ、近衛隊前進……」

「はっ! 近衛隊前進!」

「おう!」

 

 近衛隊がくつろいだような仕草を続ける飛行系モンスター――バルブロを乗せたグリフォンに近づくと、グリフォンは一度ちらりとそちらを見てあくびをした。ビクビクと近づいていく近衛隊をよそに、ラナーは嬉しさのあまり口元を歪め、瞳をドロリと溶かしていた。

 

 ああ、本当に帰ってきてくださるなんて思ってもみませんでしたわ。お兄様……、これが愛なのですね……? ふふふふふ、なんて素敵なのでしょう……。

 

 近衛兵は背中でぐったりしている騎士に気付くと、丁寧にグリフォンの背中から降ろした。グリフォンは無害な馬のようにおとなしくしており、むしろ背中から降ろそうとする近衛に協力的ですらあった。その様子を見ていたメイドは呆然とし、いつの間にかラナーを降ろしていた。

 

 ようやく降ろされたラナーは口元をさらに歪ませバルブロの下へ早足で近づきながらポーチからポーションを取り出した。バルブロは地面に仰向けに寝かされ、近衛兵がバイザーを上げてバルブロの顔を確認した。

 

「バルブロ殿下!? お気を確かに!」

「おい! 誰か神官を呼んでこい!」

「もしかしてスレイプニールがコレになったのか?」

「ああ、殿下ならあり得る……」

「国王陛下に伝令を出した方がいいんじゃないか?」

 

 ラナーはバルブロを心配する声とあまりの事に力が抜けた近衛兵をかき分けて行った。そしてバルブロの様子を見て両足がある事を確認し、くつろぐグリフォンを見て「ああ、飛ぶのでしたら足は四本もいりませんね」とあっさり納得した。

 

 しかし、たとえバルブロが無事だったとしてもラナーは手に持った治癒のポーションを飲ませなければならなかった。ラナーにとってバルブロの傷の程度などどうでもよかった。

 

「ラナー殿下。バルブロ殿下でいらっしゃいました」

「ああ、お兄様! お気を確かに!」

 

 次々と装備を剥がされるバルブロの口にラナーは蓋を開けたポーションを近づけた。そしてそっと唇に触れたあと口を開かせ、唇の端にポーションをそっと垂らし、ポーションをこぼした。

 

 そのまま飲ませるような事はしない。たとえ気を失っているバルブロが無意識に飲めたとしても決してそのような事はしない……。

 

 フゥフゥフゥフゥ……、落ち着くのよ……。ここからが本当の戦い。このような機会は早々あるものではないわ。そう、失敗は許されないの……。

 

「お兄様、治癒のポーションです……。ああ、お飲みになれないなんてなんとおいたわしい……。ここはわたくしが……、ハァハァハァハァ――」

「いえ、ラナー殿下。ここは私が代わりに―――」

「近衛! 後ろを向いてなさい。これは命令です!」

「はっ! 回れ右! 盾構え!」

「「「お、おう!」」」

 

 ラナーが何をしようとしているのか察した近衛が、ラナーの代わりに名乗り出た。幼いとはいえ第三王女。兄妹という血縁関係にあるとはいえ、王女の唇が他の男に触れたとあってはスキャンダルになりかねない。救命措置だとしても他の人間がいるのであれば代わるべきだろう。そういった気遣いだった。

 

 しかし、普段からは考えられないような表情のラナーの言葉に誰も逆らう事などできなかった。近衛達が後ろを向き、盾で壁を作るのを見てラナーは心を落ち着かせた。

 

「ハァハァハァハァ、こ、これは医療行為。け、決して、その、ふしだら(モゴモゴ)な行為ではないのです……。そう、必要なことなのです」

 

 そう自分に言い聞かせながらポーションのビンを煽るとラナーは口移しでポーションを飲ませるため口を近づけた。

 

「フゥ……フゥ……」

 

 目を瞑ったまま口を半開きにするバルブロに覆いかぶさるようにラナーは顔を近づけるとポタリとバルブロの唇にラナーの血が落ちた。それを見てさらに興奮したラナーは鼻をつまみ、さらに口を近づける。

 

 お、お兄様のお口の中にわたくしの血が……。いけません。これはいけませんわ……。わたくしの血がお兄様の中に……。ああ、背中がゾクゾクします。ど、どうしましょう……。

 

 ラナーの鼻からあふれ出した血が鼻をつまんだ事でラナーの口内へと入った。そしてポーションと交じり合った。それを口移しでバルブロの口に含ませようとした所で周囲を見張っていたはずの近衛が恐る恐るラナーに声をかけた。

 

「ラ、ラナー様。神官が到着したようです」

「んぐっ、コホッコホッ、ハァハァ……。―――――お通ししてください」

「はっ!」

 

 急に声をかけられ、ラナーはびくっと背筋を伸ばし口に含んでいた色々な物を飲み込んでしまった。神官が来たからには断ることもできず、ラナーは計画を断念せざるを得なかった。幸運……かどうかは誰にもわからないが、ラナーは偶然ポーションを飲み込んだ事で鼻血が止まり、様々な尊厳を守る事ができた。

 

 

 

 




バルブロの日記 状態:封印(弱)
 使用するとバルブロの行動を制限する事ができる。特定の人物は読破する事ができない呪われた日記。かゆ…うま…

ラナーの毛(髪) 効果:呪い(微弱)
 ある儀式に必要なアイテム。部屋の四方に一本ずつ落とす事で効果を発揮する。自分以外の女性を避ける効果がある。

ラナーのハンカチ(赤) 効果:呪い(弱)
 とある王女が使用したと言われるハンカチ。気の弱い人が見ると精神的なダメージを受ける。

 いかがでしたでしょうか。ラナーの口移しですが、実は三つのルートがありまして……。

口移しで鼻血入りポーションを飲ませる
  成功する(ブクマ数や評価を気にせず突き進め!)
  失敗してバルブロの顔に吹きかける(そういうプレイもアリかな?)
ニア 神官が到着(前話ちょっと綱渡りすぎだろ……)

すいません。へたれましたorz

えー次回はー。考えてません! ではまた!

黒祇式夜様、kuzuchi様
誤字訂正ありがとうございました。


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13 新たな旅立ち

バルブロ:主人公。低酸素症で頭がおかしい
ラナー:ヒロイン。鼻血の出しすぎでなぜかかわいい
ランポッサⅢ世:国王兼父親。二人がおかしすぎて胃がおかしい
ボウロロープ候:貴族派閥の大貴族。バルブロ推しとか頭おかしい
レエブン候:貴族派閥の大貴族。王位を狙ってコウモリ中
近衛隊:前話でがんばった。基本貧乏くじを引くためにいる

 今回のお話は幕間の設定集みたいなものです。できるだけ簡単に終わらせようと思いましたが夢がひろがりんぐでつい書いてしまいました。ぶっちゃけ必要ない設定かもしれませんし、読んでて微妙かもしれません。面倒になったら読み飛ばしていいかも。後書きにあらすじ入れておきますね^^


 

 ラナー様の甘い香りのする部屋でラナー様と一緒に紅茶を飲みながら書類にサインする。16歳になったラナー様はかわいさを残したまま原作通り成長した。クライムくんも原作通り青みがかった銀色のフルプレートメイルを着て警護してくれている。

 

 午後はきっと彼もこの椅子に座ってラナー様と二人でお茶を飲むのだろう。うむ、俺の境遇以外いたって原作通りだ。すばらしい……。そのうちナザリックも飛んでくるだろう。準備は万全だ。

 

「お兄様……」

「ん?」

 

 気付いたらラナー様がいつかのようにヒザの上に座っていた。柔らかい胸とお尻の感触に……、ってこれはマズイのではなかろうか! ラナー、お兄様はほら、なんていうか……、そう、クライムくんがいるだろう? っていねええええええええ!?

 

「お兄様、ご迷惑でしょうか……」

「い、いや、そんな事はないぞ? しかしだな、血の繋がった―――」

「ふふっ、もう誰も気にする人などおりませんわ……」

「え?」

 

 ラナー様が自分の首にかかったネックレスを手繰り、先端についたカナビラを俺の首輪にカチャリとはめた。そして先ほど俺がサインした書類を手繰り寄せると俺の目の前に広げた……。目の前にはいつの間にか国王陛下のサインと印璽の押された結婚証明書があった。

 

「お兄様、もう何も阻むものはありませんわ……。あとは誓いの口付けだけ……」

「ぇ……」

「さぁ、二人だけの世界へ参りましょう? ふふふふふ……」

 

 いつの間にか体中がロープで縛られ、まったく動くことができない。そしてラナー様がドロリとした笑顔を浮かべ、目を見開いたまま柔らかい両手で俺の顔を挟み顔を近づけた。

 

 うれし……、ってやっぱりダメだろう! これはいけない!

 ああ、やっぱりかわいいなぁ……。ってダメだ!

 R-18をやりたいなら別口でやるんだ! 耐えるんだ俺!

 ここで流されては……、別にいいんじゃね?

 ああ、ラナー様と二人きりで新しい世界へ……。

 

 

 

 

「んあ? くっ、なんだ、夢か……」

 

 どうせ夢なら抵抗しなきゃよかった……。ううむ……、しかし嬉しいような恐ろしい夢だった。今度からサインする時はちゃんと中身を確認しよう。というかあの後どうなったんだろうか……。うむ、忘れないように後で日記に書いておこう。

 

 しかし、なぜ自分の部屋で寝ているのだろうか……。なんかすごくいい匂いがする。

 はっ、もしかして俺がいない時はいい匂いになるのではないだろうか。実は俺汗臭い……? とりあえず汗を流そう!

 

 部屋にあるベルを鳴らしてメイドを呼んで汗を拭いてもらう。王子様は自分で拭いてはいけないのだ。うん、少し恥ずかしいけど役得だと思おう。ついでに今の内に記憶の整理だ。

 

 うーむ……、グリフォンに乗った所で記憶が途切れている。あの後どうなったのだろう……。特に体に異常は見られない。まぁ普通に考えてグリフォンさんが王城まで運んでくれたのだろう。ちょっとやんちゃになったが元々は王国のお馬さんだ。帰巣本能にでも目覚めたのだろう。

 

 いつの間にか着替えまで終わり、メイドが出て行ったのでラナー様から頂いた金ぴかランスを手に取った。なんだかんだで手になじむ。たまに壁や天井を削るのはご愛嬌だ。手放さなくてよかった。

 

 数度のノックのあと「バルブロ殿下、失礼します」と言って近衛兵が数人入ってきた。「入れ」とか言ってないのに入ってきた。拒否権はないらしい……。

 

「国王陛下がお呼びです」

「うむ。ところで俺のグリフォンはどこにいる?」

「殿下の厩におります。さぁ早く参りましょう」

「うむ」

 

 ランスを担いで近衛兵に挟まれて部屋を出る。ただ、父上の執務室へ行くのかと思ったら途中で進路が変わった。ちょっと嫌な予感がする。撤退するべきか?

 

「執務室ではないのか?」

「はっ! こちらにお通ししろとの事でしたので……」

「ふむ、珍しい事もあるもんだ、なっ!?」

「今日こそは逃しませんぞ!」

 

 撤退しようとちょっと足の向きを変えた瞬間に近衛兵に腕を掴まれた。

 コイツら……、出来おる……。ってもうこれは嫌な事決定だ。撤退だ撤退!

 

「うおおおおおおお! なぁめぇるぅなぁぁぁぁあああ!」

「くっ、殿下! なんか強くなってませんか!?」

「うおおおおお! なんて力だ!?」

「近衛隊集合! ピィィィィ!」

「殿下がご乱心めされたぁぁあああ!」

「逃がすなぁぁぁああ!」

「殿下ぁぁぁぁああ! ちょっと怒られるだけですから! お戻りください!」

「殿下! 一緒に怒られてあげますから戻ってください!」

「今回はちょっと怒ってる人が多いですけど殿下なら大丈夫ですから!」

 

 怒られる事なのか! しかも父上だけじゃないのか! そんなの撤退に決まってるだろう!? 大体、近衛兵と一緒に怒られてどう変化するというのかね。何の役にも立たないだろう。しかしただ逃げても嫌な事が先延ばしになってさらに悪化するだけだ。こんな時の解決法はもう決まっている。

 

 そう……、怒られる前にラナー様に相談だ!

 

 一度遊び場所の方へ逃げて近衛兵を巻いたあと、ダッシュでラナー様の部屋へと向う。そしてサッと扉を開けてサッと身を滑り込ませる。ランスが邪魔で一度扉に挟んだが追尾の音はしない。手になじむとは何だったのかなどと気にしてはいけない。

 

 ククク、今度は三つ子の金髪エロニンジャでも雇っておくのだな……。

 

「あら、お兄様。おはようございます。いかがなさいました?」

「おはよう、わが妹よ。少々困った事になっているようなのだよ」

「まあ! ですがここなら大丈夫ですわ。お茶を淹れますからお座りになって?」

「うむ……。いつもすまんな……」

 

 幼いラナー様のかわいい笑顔に癒されながら椅子に座るとラナー様は慣れた手つきで紅茶を入れ始めた。うむ、間違いなく純真無垢でかわいい。あの夢はきっと前世の欲望が見せたものだったのだ。すまん、ラナー、心の汚い兄を許しておくれ……。

 

 しかし、怒られる理由が多すぎて思いつかない。

 勝手に冒険者になった事だろうか。いや、なれたからには規定上問題ないはずだ。

 二ヶ月前くらいから届き始めた父上からのお手紙(しょじょう)を放っておいたからだろうか……。いや、重要な事なら差出人をラナー様にするはずだ。どうせ「元気にやっとるかね?」とかそんな内容だろうと思って読んでない。一応「元気でやってます」という返事をしておいたから大丈夫なハズだ。

 カッツェ平野で毎日遊んでいたからだろうか。そもそもここでも毎日遊んでいたはずだ。

 となるとやはりスレイプニールがグリフォンになった件だろう。確かに衝撃的だ。俺もビックリした。しかし、誰がスレイプニールに乗ってたらグリフォンになると予想できただろうか。つまり事故だ。俺が怒られる原因になりえないはずだ。となると……。

 

「ふむ。やはりグリフォンのエサ代が原因かな?」

 

 ちょっと格好つけてつぶやいてみた。できる兄を演出しておくのも悪くないはずだ。というかグリフォンはやはり肉食なのだろうか。神話の世界ではお馬さんを食べていた気がするがうちのグリフォンさんは元々お馬さんだ。共食いはしないだろう。

 

「ふふっ、少し近い気もしますが違うと思います」

 

 なっ!? まぁ近いのならあながちハズレではないだろう。ただ、ラナー様は答えを言う前にここ3ヶ月の行動を教えて欲しいと言われたので紅茶を飲みながらちょっと冒険譚風に話した。うむ、俺は冒険者でもあるからしてそういったことも出来るようになっておくべきだろう。

 

「――と、言うわけで起きたらスレイプニールがグリフォンになっていたのだよ。それでちょっと触ろうとしたらいつの間にか王城にいたわけだ」

「なるほど……。それでお兄様が怒られる原因なのですが―――」

 

 ラナー様の説明によると、グリフォンが王城に乗りつけたのが原因らしい。すごく驚いて緊急避難訓練を実施したそうだ。そこで原因となった俺を処罰してグリフォンを殺処分にしようという話が出ているそうだ。

 

 そもそもスレイプニールに乗ってたら自動的にグリフォンになったのだ。あのグリフォンを殺処分にした所で今後もあり得るのではなかろうか。

 それにペガサスやユニコーンへの進化の可能性もあるのだ。アタリを引くまでスレイプニールに乗リ続けるべきだろう。ちなみにグリフォンはやんちゃすぎて怖いからちょっと遠慮したい。

 なおラナー様の予想ではそもそもスレイプニールに乗って遊ぶのを禁止される可能性があるとの事だがランスチャージごっこを辞めるつもりはない。

 

 

「―――というわけで恐らくボウロロープ候率いる貴族派閥とレエブン候率いる王派閥が争う形になっていると思います」

「ふむ」

 

 俺&グリフォン擁護派がボウロロープ候率いる貴族派閥。俺幽閉&グリフォン殺処分派がレエブン候+王派閥らしい。なぜ鞍替えした、レエブン候……。ボウロロープ候に嫌気がさしたのかね?

 父上はその間でどっちつかずな模様。ラナー様の推理では折衷案で俺お咎めなし、グリフォン殺処分が妥当ではないかとの事だ。

 

 がんばれ、ボウロロープさま……。

 

 まさかボウロロープ候を応援する日が来るとは思わなかった。いや待て……。そもそも幽閉先次第ではレエブン候を応援してもいいのかもしれない。もしかしたら幽閉先がこの宮殿とか……。

 

 ―――ないな……、そもそもレエブン候は俺をラナーから引き剥がそうとした側の人間だ。再びラナー様から引き剥がされ、お遊びも禁止になるに違いない……。ああ、さっさとレエブン長男産まれないだろうか……。子供が生まれればレエブン候も豹変して使いやすくなると知っているだけに少し悔しい。

 

 そこでラナー様がいくつかの書類にサインをするように言われた。いつもなら気にせずサインするのだが、あんな夢を見たあとだ……、タイトルだけはざっと確認しておこう。結婚や婚約の文字がなければ問題ないはずだ。

 

 そしてラナー様から助言を頂いた。よくわからないがラナー様の超理論ではすべてうまくいくらしい。細かいことを気にしてはいけない。そう、ラナー様に任せておけば王国は安泰。俺と父は楽隠居できるのだから……。

 

 ―――そう、なにがあっても……。

 

 

 

 

 

 

 と、いうわけでちょっと怒られただけで済んだ。

 

 ただ、レエブン候のせいでカッツェ平野で遊ぶのが禁止になったり、レエブン候のせいで冒険者を引退させられたり、レエブン候のせいで国王の伝令用にスレイプニールを何頭か没収されたがグリフォンは牝馬を襲いまくるほど元気だ。そのうち元気な子供が生まれるだろう(遠い目

 むしろレエブン候が元気に仕込むべきだろう……。原作とかどうでもいいからさっさと仕込んで欲しいものだ。

 

 

 そんなわけで一年ほど経った。

 俺14歳。中二病に気をつけなきゃいけないお年頃。

 ラナー様、7歳。まだまだかわいいお年頃。

 原作まで9年。まだまだ大丈夫だろう。

 

 とりあえず一年の間にグリフォンに乗れるようにラナー様に相談して色々とマジックアイテムを作ってもらった。本当は怖いからイヤだったんだけどグリフォンが「ああん? 乗らないの? 食うよ? 馬食うよ?」ってスレイプニールに乗ろうとするたびに睨んできたんだ……。

 

 グリフォンの首に改良型のラナー様チェーンを巻いて俺の首輪と連結&意思の疎通をクリアにした。落下したときに首プラーンってなりそうになった。プラーンってなる前に外れるようにした。

 クローズドヘルムに戦闘機パイロットが使うマスクみたいな酸素吸入マスクをつけてもらった。高酸素状態でハイになった。まだたまになる……。

 盾をΖガンダムのシールド状にして緊急時に浮けるように〈浮遊板(フローティング・ボード)〉仕込んだ。エアサーフィンだぜヒャッハーしたら落ちた。

と、王国脅威の技術力な感じに仕上がった。

 

 ちなみに鞍は頭の後ろ……。背中がグニングニン動くので戦闘機スタイルにしてもらった。乗り込むのが大変なので正直後悔している。

 

 そんなわけで14歳になった俺は現在グリフォンに乗ってカッツェ平野を右手に見ながらえっちらおっちら騎士団と一緒に馬車を護衛してバハルス帝国へ向っております。なんでも、ジルクニフさん(13)が鮮血しまくって皇帝に即位するからちょっと挨拶に行って来いとの事だ。

 

 そもそもその役目は王派閥の大貴族の一人、ブラムラシュー(ブルムラシュー)候に決まったのが、ジルクニフさん(13)が怖いからブラムラシュー候の私兵と共に王国騎士団が付いていく事になった。ついでにグリフォン騒動の時、ブラムラシュー候は王派閥で王国騎士団の悪口もめっさ言ってたそうで、王国騎士団も怖いからラナー様も一緒に行くことになった。

 

 よくわからない……。それなら連れていくなよ! 俺もジルクニフさん(13)怖えぇよ! しかもフールーダおじいさんとかいるじゃん! 騎士団舐めてるの? 毎日遊んでるような連中が勝てるわけないじゃん!

 

 まぁ原作に名前付きで登場する人物はそうそうめったな事にならないだろう。しかしそんな事を言えるはずもないのでおとなしくついていく事になった。ラナー様が帝都見てみたいっておっしゃった時点で決定事項だ。

 

 よくわからない論理展開だがラナー様がいれば俺も安全なので問題ない。

 

 

 

 

 

 side ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス

 

 即位のための式典はまだだが、皇帝になってからというもの気の休まる時がない。隣国の第一王子と第三王女のせいで予定が大分狂った。当初の予定では王国に戦争を吹っかけ、そのための予算を貴族に出させ、数年で貴族の数を減らしていく予定だった。

 

 王国も弱り、国内の貴族も弱り、すべて俺がいただく。何代も前から計画されていたすばらしい計画だ。いよいよ俺の代で結実する予定だったのだが、王国内で大きな変化があった。

 

 じい、フールーダ・パラダインが魔法省を使って常に監視しており、俺もその報告書を読み、ついついじいと魔法省を疑ってしまった。

 

 第一王子のバルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ。今では14歳か。コイツは2年ほど前から頭角を現し始めた。生物進化を助けるタレントでも持っているのか、コイツが乗った馬がスレイプニールになったりスレイプニールがグリフォンになったりと頭がおかしいとしか思えない。

 

 しかも、本人はその才能のすばらしさに気付いていない節がある。毎日毎日午前中は妹の部屋へ入り浸り、午後は訓練に明け暮れている。俺ならスレイプニールを量産するがな……。王国併合後、従順ならばコイツも使えそうだ。

 

 そして第三王女のラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。化け物とか気持ち悪いとしか言いようがない。できるだけ関わりたくない。しかし、恐ろしいほどの才能は認めざるを得ない。5歳から政治に関わるとか頭おかしいとしか思えない。

 

 いや、ただ才能があるだけなら嫌悪するどころかむしろ妃にしてもよいだろう。しかし、コイツのおかしい所は自分の兄にえらくご執心なところだ。兄の首に首輪をかけたり、兄のいない間に兄のベッドに入ったり、髪の毛を部屋にわざとおとしたり、隙あらばキスしようとしたり、しかもすべてにおいて鼻血を流すらしい……。

 

 軍事的な戦力の肝、バルブロ王子と、政治的な戦力の肝、ラナー王女の組み合わせはそれだけで王国を強国へと導いている。たった二年で王国騎士団なるものが結成され、増強され、新しいマジックアイテムが開発され、着々と我が帝国との戦争に備えている。

 

 しかも、他の貴族の金を使って実行するあたり、こちらも覗かれてるのではないだろうか。むしろこちらがやろうとしていた事をあっさり成し遂げているあたり、ラナーの才能は恐ろしいものがある。まぁ実際ラナーの政策を参考にこちらも政策や法案を整備しているので人の事は言えんが……。

 

 相手の基盤が整う前に王国に一撃入れたい所ではある。一度始めてしまえば年を追うごとに帝国は栄え、王国は疲弊していくのだ。そのために王国内の大貴族、ブルムラシュー候も引き込んである。

 

 だが、じいの魔法を使った偵察で得られた情報からこちらの被害が尋常じゃなくなる可能性が浮かび上がった。

 

 なんなんだあれは? カッツェ平野で嬉々としてスケリトルドラゴンを狩り続ける騎士団がいるなんて聞いた事ないぞ? アダマンタイト級冒険者ですらもっと緊張感持ってやるだろう。王国騎士団は狂人の集まりか? しかも本人達はちょっと大きいアンデッドくらいの認識だそうだ。そんなのとやり合ってたら軍の被害もバカにならないだろう。

 

 しかもあんな所に冒険者組合の補給基地なぞ作りおって! 戦争計画がすべてご破算になったわ!

 

 しかし、ようやくその対応にも目途がついた。ブルムラシュー候を通じて俺の戴冠式にかこつけてその二人を帝国内に呼び込む事に成功したのだ。

 

 当然、皇城内にグリフォンやスレイプニールを持ち込ませるつもりはない。つまり相手の長所がすべて消されるわけだ。ヤツ等さえいなければ多少の修正は余儀なくされるが当初の戦争計画通りに物事が進むだろう。

 

 ククク、さぁ、早く来るがよい……。おや? なんか今日は妙に抜け毛が多いな……。まぁこの歳で禿げるわけないか。気のせいだろう。

 

 

 




今話のあらすじ
バルブロがエロい夢をみた。ラナー普通に暗躍中。グリフォンに乗って帝国へ! なおブルムラシュー候とラナーが同行する事になりました。

ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス
みんな大好き鮮血帝。頭皮が弱め。かっこよくて頭がいい。22歳にして側室多数&子持ち?

フールーダ・パラダイン
みんな大好きおじいさん。アインズ様と組ませると最強のおもしろさを発揮する。現地勢力の中ではちょー強い! ……ハズ。政治もすごい。

ブルムラシュー候
ブラムラシューだと思ってた。王派閥。金貨一枚で家族さえ裏切るという悪評がたつほどクレバーな人物。帝国のスパイ。金とミスリルの鉱山持ってるお金大好きお金持ち。実は量産型ラナーランス作る時にレエブン候経由で搾り取られたため王国騎士団が嫌い。

 いかがでしたでしょうか。ちょっと舞台を移すためにちょっと設定無理しました。次回はー……。やっべ、なんで帝国に行ったんだっけ……? 思い出したら書きます><;

なおプロットなど存在しないもよう

黒祇式夜さま
誤字修正ありがとうございました。


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14 帝都到着

バルブロ:主人公。王国の第一王子。原作より頭の中身が劣化中
ラナー:ヒロイン。第三王女。原作より色々と悪化中
騎士:グリフォンに吹っ切られて常識も吹っ切られた
従者:言われた事はなんでもするスペシャリスト集団
ブルムラシュー候:お金大好き大貴族。騎士団怖い
ジルクニフ:帝国の皇帝陛下(即位直前)。原作通りラナー嫌い


 この世界の住人の朝は早い。日の出と共に起きだし、朝早くに宿を引き払って出発する。そして何度か休憩を挟み、夕方前には次の町へ到着し、日が暮れる頃にはベッドに入る。帝都アーウィンタールに到着するまでそんな日程だ。

 

 つまり、ほとんどグリフォンに乗って過ごすためとても暇だ。たまに出てくるゴブリンやオーガ、魔法詠唱者(マジック・キャスター)の混じっている賊などは格好の遊び相手である。盗賊や山賊に魔法詠唱者(マジック・キャスター)がいたり、魔法やマジックアイテムで姿を隠していたりする。そんな所は帝国っぽくてお国柄がよく現れていると思った。

 

 そんな訳でその日が暇で詰まらない一日になるか、楽しい一日になるかはすべて遊び相手が現れてくれるかどうかにかかっている。

 

 つまり全力で探し、王国騎士団(ライバル)と争って全力で遊ぶのだ。最初はひとりで突っ込んだ。当然のように騎士アントンに怒られた。うむ、わからぬでもない。いくら暇だとはいえ抜け駆けはよくないのだ。というわけで目標を見つけたらお知らせしてみんなで一斉に獲物の取り合いになる。

 

「今日は多いな。目標! 1時に3 2時に3 10時に9! 適当にバラけろ!」

「王国騎士団突撃ぃぃいいい!」

「うおおおおおお! 団旗を掲げろぉぉおおお!」

「王国騎士団に栄光あれぇぇぇええ!」

「はっはっは! そこか! 〈魔法の矢(マジック・アロー)〉!」

 

 ククク、当然俺は多い所へ突撃だ! 姿を隠していようと視えているのだよ! あっははははは!

 

「ククク、視えているぞ? その首もらったぁぁぁぁああああ!」

「まっ、待ってくれ! 俺たちは―――」

「何だあれ! なんなんだコイツらは!」

「グリフォンなん―――ぎゃあああああああああ!」

「ふ、ふざけ―――がはぁっ!」

「ええい、引くな! 〈火球(ファイヤー・ボール)〉! な、なっ!?」

 

 でっかい火の玉が剛速球で飛んできた! 魔法こえぇ! だがラナー様の署名入りランスで叩きつけると魔法は掻き消えるのはすでに実証済みだ。ラナー様の署名入りランスすげぇ!

 

「ふっ、ふはははは! 往くぞ、グリフォン! 〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャージ)〉!」

「まっ!―――ぎゃああああああ!」

 

 うむ。今日は楽しい日になったようだ。ちょっとグロい死体が大量生産された。初めて山賊を狩った日はちょっと落ち込んだが、ゴブリンやオーガを狩ってる時点でお察しである。そして従者達が死体(たからばこ)を漁っていろいろと回収して遊び相手を探す作業に戻る。

 

 ついでに初めて山賊を狩った時にブルムラシュー候から生け捕りにして欲しいと言われた。ブラムラシュー候だと思ってた。理由を聞いたら情報が欲しいとかお金になるとか言われた。

 

 情報はともかくお金は大切だ。特にお小遣いは大切だ。賞金首でもいたのだろう。というわけで従者に首を取ってもらってブルムラシュー候の馬車に投げ込んでもらったらやっぱりいいって言われた。きっとブルムラシュー候も面倒くさくなったのだろう。

 

 そもそも帝国の賊は色々高そうな物をたくさん持っているのでおいしい相手だ。帝都に着いたらいらない物は売り払って騎士団で山分けだ。当然使えそうなものは騎士団で使う。

 

 

 

 そんなこんなでやってきました帝都アーウィンタール。ジルクニフさんのお使いでニンブル・アーク・デイル・アノックさんがお出迎えしてくれた。激風でお馴染みのニンブルさんだがまだ四騎士ではないようだ。

 

 整備された石畳の上をかっちゃかっちゃと進み、高級住宅街に入るとジルクニフさんが用意してくれた王国からのお客さん用の屋敷に入った。色々な国からお客さんが来るので宿だと不都合があるそうな。

 

 屋敷はいくつか用意されており、俺とラナー様とブルムラシュー候は同じ屋敷だ。王国騎士団やブルムラシュー候の私兵たちはお隣の屋敷に詰め込まれた。警備は帝国騎士がやってくれるそうな。

 

 お付になった騎士は主にニンブルさんともう一人。ニンブルさんはかなり若い。というわけで年齢の近い俺とラナーのお付になってくれるそうな。もう一人は主役のブルムラシュー候のお付だそうだ。ついでにアーウィンタールに滞在している間はグリフォンには乗らないで欲しいと言われた。

 

 うむ、そもそも街中でグリフォンに乗るのはあまりよくないだろう。

 

「うむ。ニンブル殿。よろしく頼む」

「ええ、こちらこそよろしくお願いします。ところでご予定などおありでしょうか」

「ふむ。ラナー、予定はあるのかい?」

「いいえ、お兄様。でも折角来たのですからお兄様と一緒に帝都の中を見て回りたいですわ」

「うむ、俺も見て回りたい。ニンブル殿、頼めるだろうか……」

「はい、お任せください」

「うむ。よろしくお願いする」

「まあ! ふふっ、お兄様、楽しみですわね」

「うむ」

 

 というわけでニンブルさんの案内で帝都観光を楽しむ事になった。とりあえず他国で王子様をやらないといけないのだが、ひたすら「うむ」と言うくらいしか思いつかなかった。いつか特技に偉そうにする事と書いた気もするが気にしてはいけない。ちなみにジルクニフさんの戴冠式は一週間後だから最低でも一週間は帝都に滞在する事になる。

 

 

 

 翌日、ニンブルさんが朝早くから訪ねて来てくれたので、ラナーと三人で行きたい場所をピックアップした。個人的に行きたい場所は帝国の遊び……練兵場と魔法学院と市場とお店巡りだ。

 

 原作でも錬度の高いと言われていた帝国騎士(ほんもの)のランスチャージを是非とも見てみたい。それに近衛で採用されているというヒポグリフ部隊の見学もしたい。できればヒポグリフの装備一式持ち帰りたいほどだ。

 

 魔法学院も見学したい。いくつか魔法を覚えたいし、是非とも魔法の矢(マジック・アロー)は習得したい。

 

 そんな感じでニンブルさんに言ったら軍事関連は戴冠式の準備があるので無理だそうで、魔法学院も見学した所でそんなに早く覚えることはできないそうだ。残念である。

 

 ちなみにラナー様はお店巡りだけだった。欲しい物リストをニンブルさんに渡していた。俺に残された選択肢も市場とお店巡りだけだった。俺の欲しい物はヒポグリフの装備一式くらいだ。あとはラナー様へのプレゼントだけなので、それが見つかるかは運に任せようと思う。

 まぁ、つまるところ連日馬車で帝都内を巡り、ラナー様とのお買い物で帝都を味わい尽くすしかないわけだ。

 

 ちなみに帝都アーウィンタール名物の闘技場はあまり興味がない。賭け事は苦手だし、馬上槍試合もないだろう。それにあそこは俺tueeee系主人公しか輝けない場所なのだ。それにラナー様には似合わないだろう。

 魔法省? フールーダおじいさんに会っていいのは第八位階以上を使える魔法詠唱者だけだ。俺は会うためのフラグが圧倒的に足りない。

 

 お店はニンブルさんが帝国騎士を連れて案内してくれるそうなので、こちらは冷やかしながらお金を落とすだけでいいそうだ。アレ? なんか転生前の世界にそんなシステムがあったような……。うむ、気にしないようにしよう。

 

 ただ、初日はまだ予定が決まってなかったので馬車で帝都内観光だそうだ。行きたい場所があったら優先してくれるらしい。

 

 ニンブルさんを先頭にラナー様に腕を貸しながら屋敷を出ると屋敷の前に帝国騎士に囲まれた箱型の馬車が止まっていた。貴人は歩いて買い物などに行かないそうだ。まぁ近くのコンビニに車で行くような感覚なのだろう。そこは問題ない。しかし―――

 

「ううむ……。箱型か……。壊れないか心配だな」

「ふふっ、そうですわね(壊れるような事をされてしまうのでしょうか。ドキドキ)」

「え? いえ、ご安心ください。周りを帝国騎士が護りますし、この馬車も頑丈に出来ておりますのでそのような心配はいりません」

 

 ラナー様を乗せる前に中を改める。実はマジックアイテムで中がめちゃくちゃ広いというわけではなく普通に向かい合わせの座席がある四人乗りの馬車だった。

 

 HAHAHA 言(逝)ったな? ニンブル!

 

「そうか? ではお言葉に甘えるとしよう」

「ふふふふふ、お兄様と―――」

 

 ラナー様に腕を貸していて片方は埋まっている。もう片方もラナー様から頂いたランスで埋まっている。つまり両手にラナー状態だ。役得万歳なこの状態を崩すつもりは毛頭ない。むしろアーウィンタールにいる間、一日にどのくらい続けられるか挑戦するつもりだ。

 

 10mほどある金ぴかランスで馬車の天井を内部から突き破り、ランスを固定してからラナー様をエスコート。俺もラナー様の隣に乗り込む。うむ、完璧だ。挑戦はまだまだ続けられそうだ。

 

 しかしニンブルさんがなかなか入ってこない。向かい合わせの席だからてっきり対面にはニンブルさんが乗り込むものだと思っていた。まさか兄妹で同じ側の席に座ると思っていなかったのかもしれない。そう、兄妹(きょうだい)であって恋人や婚約者ではないのだ。

 

 これはやらかしたかもしれない……。どうしよう。

 

「ラナー。もしかして座る場所を間違えただろうか」

「いいえ、お兄様。これが正しい(愛の)あり方ですわ」

「そうか。うむ、ならば問題ないな。なでなで」

「ふふっ、ふふふふふ……。このまま二人きりでも良いかもしれませんわね」

 

 ふむ、狭い馬車の中でラナー様と二人きり……。それは色々と問題があるだろう! いや、嬉しいけど! 座席も狭くて密着してるし! だがしかし妹よ、我々は血の繋がった兄妹であるからして―――と、とりあえずニンブルさんを呼ぶことにしよう!

 

「ニンブル殿はお乗りになられないのか?」

「はっ!? し、失礼しました」

 

 ニンブルさんが乗り込んだので帝都内馬車ツアー出発である。馬車が進み始めるとニンブルさんが挙動不審気味に金ぴかランスと俺とラナーにキョロキョロと視線を動かし、ためらいがちに聞いてきた。

 

「その、殿下。大変失礼かとは存じますが、その馬上槍(ランス)は一体……」

「うむ。ラナーが贈ってくれた物だ。ほら、ここにラナーの署名があるだろう?」

「はぁ……。いえ、その、騎士に預けていただければお運びいたしますが……」

「ふむ、しかし俺は(ラナー様が言ったから)片時も手放すつもりはないのだ。すまんな」

「ふふっ、お兄様ったら……」

 

 ラナー様が照れているが、あれだろう……、小さい時に書いた「パパ大好き」みたいなのを他人に見られた時のような恥ずかしさなのだろう。両手を頬に置いてイヤンイヤンしながら照れるラナー様は本当にかわいい。

 

「そうでしたか……。しかし、王宮では預けていただく事になるかと存じますが……」

「ああ、うむ、確かにそうだな。なるほど……。しかし、皇帝陛下の戴冠式に出席するのはブルムラシュー候だったはず。ニンブル殿も出席されるのであれば我々はその間屋敷でおとなしくしているとしよう」

「え……」

 

 うむ。ぶっちゃけ切れる世代のジルクニフさんに会うのはこちらからもご遠慮したい。こんな所で口実が出来てよかった。持っててよかったラナー様署名入りランス。

 

 そもそも戴冠式にはブルムラシュー候が出席する事になっており、彼が出席すれば何も問題はないはずだ。なんならラナー様に祝電みたいなものを書いてもらい、俺が署名したものをブルムラシュー候に渡すのもいいかもしれない。

 

 ただ、ニンブルさんも出席したいだろうし、その間は屋敷でおとなしくしておくべきだろう。大人の対応というやつである。

 

「お兄様! それでしたらお屋敷でお茶会をいたしませんか?」

「うむ。ラナーと一日お茶会か。うむうむ、そうしようではないか。なでなで」

「はい。折角ですからドレスも仕立てましょうか」

「おお、よいのではないか? この際だから帝国風のものをいくつか仕立てようぞ」

「ふふふふふ。お兄様ったら……」

 

 ラナー様と一日お茶会か。すばらしい。しかも帝国風の色々なドレスも仕立てるとか! なお帝国風がどんなものかは知らない。知らないが王国風とは違うのだろう。ああ、夢がひろがりんぐである。そう、プレゼントに悩む必要などなかったのだ。

 

 ラナー様に服を贈る→ラナー様喜ぶ→俺も眼福

 

 ひとつの贈り物で二人の人間が喜ぶ。そんなすばらしい物があったのだ! これは仕立て職人を拉致していくべきだろうか。とりあえず布は大量に買い込もう。お小遣い足りるだろうか……。それだけが心配だ。レエブン候め、お小遣い稼ぎの冒険者プレート(スペシャルアイテム)を奪いおってからに……。

 

「よし! ニンブル殿。ドレスを仕立てに参るぞ! 案内せよ!」

「え? は? はっ! りょ、了解しました」

 

 ニンブルさんが御者に行き先変更を告げると、馬車の動きが少し速くなった。ドレスを仕立てることになって興奮したのか、ハァハァと荒い息を吐くラナーをなでなでして落ち着かせながら布を取り扱う皇帝御用達の商会へと向った。

 

 

 

 side ニンブル・アーク・デイル・アノック

 

 ジルクニフ皇帝陛下から今回の任務を内々に申し付けられた。近々戦争する予定の隣国、リ・エスティーゼ王国から戴冠式にやって来る王国の第一王子と第三王女の相手をし、情報収集に努め報告するようにとの事だ。

 

 二人の護衛も兼ねるのだが、命を賭けてまで護る必要はないとも言われている。政変直後のきな臭い混乱の中で、それが何を意味するのかはわかっていたが、そのような事を表情に出すようなことはない。

 

 皇帝陛下は無能や腐敗した貴族には厳しいお方だ。すでに処刑された貴族も多い。役職を外されるだけならばまだマシな方だろう。アノック家はまだ何も起こってないが、安心はできない。むしろ家の者全員で協力して能力を売り込んでいかなければならない時期だ。

 

 皇帝陛下の帝国四騎士に内々に選ばれてはいるがまだまだ功績を積み上げる時期だろう。王国から来た王族のお付を命じられたのも信頼されているからだと思いたい。ただ、グリフォンに乗ってやってくるだろうから帝都にいる間はグリフォンから引き離せと命じられた。

 

 グリフォンか……。実際に見たことはないがヒポグリフのようなものだろう。確かに帝都上空を飛ばれるのは良くない。まぁ馬車を用意しておけば問題ないだろう。

 

 

 

 初めて会った王国の王族、バルブロ王子とラナー王女はお二人とも一度見たら忘れないだろうお方たちだった。

 

 帝都の門までお迎えに上がったのだが、そもそもグリフォンが想定以上に大きかった。しかも自分を見下ろす大きな猛禽類のような鋭い嘴とそれに合わせたような大きな爪を持つ前足に畏怖を隠せなかった。

 

 そしてそれになんでもないかのように騎乗する見た事のない装束の小柄な騎士。彼の持つ特徴的な大盾と長大な黄金のランスに脅威を感じた。

 

 皇帝陛下が引き離せとおっしゃった意味がわかった。こんなのに歩き回られては混乱するだけだろう。しかも王国騎士団を名乗る人間は全員スレイプニールに騎乗し、その中でも10名ほどは同じ長さの黄金のランスを掲げている。

 

 帝国騎士は基本的に魔化された装備を支給され、四騎士になれば専用の豪華な装備に身を包む事になるのだが、王国の騎士団がこのような豪華な装備に身を包んでいると今までの自信が揺らぎそうになった。

 

 見た目だけ。そう、黄金の槍など見た目だけの儀仗用だろう。きっと金箔が貼られているだけで軽いに違いない。グリフォン以外は帝国が圧倒しているはずだ。

 

 バルブロ王子がグローズドヘルムのバイザーを上げ、口元を覆う管つきの金属製のマスクを片側だけ外すと名乗りをあげた。

 

「王国騎士団バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフである。此度の戴冠式に出席するブルムラシュー侯爵をお連れした」

「はっ! 承っております。私はニンブル・アーク・デイル・アノック。皇帝陛下より皆様をご案内するよう仰せつかっております。以後お見知りおきを」

「うむ。よろしく頼む」

 

 王国騎士団を名乗りながらもバルブロ王子はとても偉そうだった。いや、実際お偉い方なのだろう。しかし、苛烈でありながら意外と気安い面のある皇帝陛下に接しすぎたのかそれが際立って感じた。

 

 この場でグリフォンから降りていただくわけにもいかないので、王国からの客人用に用意された屋敷へ案内し、グリフォンを厩へ入れてもらった。そのあたりは王国騎士団の従者がすべて行ったが、彼らはグリフォンに慣れているのか怖れているようなそぶりはなかった。案外おとなしい動物なのかもしれない。

 

 バルブロ王子とラナー王女はそれぞれ部屋に入り旅装を解くと改めて自己紹介した。皇帝陛下の話によるとバルブロ王子は14歳、ラナー王女は7歳との事だ。

 

 バルブロ王子は気を張っているのか王族然とした態度を崩さないが、何気に私の事を家名のアノックではなくニンブルと呼んだ。意外と気安いのかもしれない。それに金のランスを手放さないあたり、お気に入りの物を持ち歩く癖もあるのだろうか。

 

 どうしてもお歳の近いジルクニフ陛下と比べてしまい、見た目と態度からバルブロ王子の教育不足と精神的な幼さに目がいってしまった。

 

 ラナー王女はそんなバルブロ王子にべったりだった。7歳という年頃を考えれば兄に甘えるのもおかしくはない。ただ、王族や貴族がそういった事を許すかと言われると違和感が残るが私にも妹がいるのでわからなくはない。

 

 それに何よりラナー王女は7歳という歳ながらすでに美しかった。黄金の髪は長く後ろに艶やかに流れており、柔らかく笑みを浮かべた唇は桜の花の如くで、深みのある青の瞳はどんなブルーサファイアをも越えるだろう。

 

 このような女性を今まで目にしたことはなかった。皇帝陛下の妃として迎える事ができればさぞや絵になる事だろう。

 

 そんな二人を観察し、希望を聞いた後、準備のために戻る事を告げて皇帝陛下の下へ戻る。報告を口頭で行うためだ。ラナー王女から渡されたリストは陛下の秘書であるロウネ・ヴァミリネンに渡しておいた。彼ならば滞りなく揃えてくれるだろうし、問題があれば陛下に直接報告してくれるだろう。

 

「―――それでどうだった? 会う価値があると思うか?」

「初日ですのでなんとも……。ただラナー王女には会っておくべきかと感じました」

「そうか……。明日また聞こう。下がってよい」

「はっ!」

 

 陛下にラナー王女に会ってみてはどうかと進言すると陛下は人目を憚らず思いっきり顔を歪めた。直接会うのに余計な先入観を抱かぬよう事前調査の結果を聞かされていないが、陛下がそれほど嫌がるような人物なのだろうか。

 

 戴冠式(ほんばん)までまだ時間はある。それまでに自分で見極めなければならないだろう。そう思うと少し荷が重く感じた。

 

 

 

 翌日、手配した馬車と共に帝国騎士団を連れてバルブロ王子とラナー王女の滞在する屋敷を訪れた。帝都散策にうきうきとした表情を隠せていないバルブロ王子と幼いながらも美しいラナー王女が迎えてくれた。そして三人で行き先を相談し出発することになったのだが、問題はバルブロ王子が馬車に乗る時に起きた。

 

 ためらいがちに馬車が壊れないか心配したバルブロ王子に馬車の頑丈さをアピールしつつ大丈夫だと答えた私は悪くないと思う。王子が暗殺を警戒しているのだと思ったから出た言葉だったのだ。それにまさかあの長大なランスが飾りではなく本物だと思わなかった。

 

 バルブロ王子は「そうか? ではお言葉に甘えるとしよう」と言いながら馬車の中にランスの穂先を入れると容易く天井を突き破り、ランスを無理やり馬車に収めた。バカなのだろうか。頭がおかしいのだろうか。輝くような笑顔でソレを見つめるラナー王女にも疑問が生まれ、陛下の歪んだ顔が頭に浮かんだ。

 

 そしてその直後、その認識が正しい事を知った。知ってしまった。知らなきゃよかった。

 

 馬車が走り出し、ギシギシと嫌な音を立てる車内でランスに疑問を覚えた。儀仗用などではなく本物なのはもはや間違いない。しかし、できれば情報を集めるためにもどの程度の物か知りたかった。だが自分の剣や槍を気安く見せるのはコレクターくらいだろう。バルブロ王子がランスについて教えてくれるかはわからなかった。

 

 しかし、バルブロ王子は馬車の天井をミシミシ言わせながら気安く見せてくれた。予想以上に重かった。だが驚くべきはそのランスにラナー王女のメッセージが署名入りで刻み込まれていた事だった。

 

 『バルブロお兄様へ

   永遠の愛を誓います

    ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ』

 

 ……なんて言っていいかわからなかった。ラナー王女の反応からこのメッセージは本当の事なのだろう。何でもないように見せるバルブロ王子も怖かった。確かに歴史を振り返れば近親婚も存在するが、この歳でこのような状態になっている兄妹など考えたくもなかった。

 

 それでいいのか? リ・エスティーゼ王国……。

 

 しかも、バルブロ王子はそのランスを片時も手放すつもりはないようだ。その辺りは正直どうでもいい。しかし、その直後目の前で起こった出来事の方が衝撃的だった。

 

 ラナー王女が目の前で自分の首から下がるペンダントをこっそりバルブロ王子の首輪に連結したのだ。ただの装飾品だと思っていたのだが、まさかそういう物だとは思わなかった。しかも、ラナー王女の表情がドロリと歪み、ハァハァと息を荒くしていた。

 

 バルブロ王子はラナー王女の隣に座っているから気付いていないのか……、それとももはや慣れたのか……。どちらにせよ許容している様子だった。

 

 今日は陛下に謝ろう。心の底から謝罪しよう。そしてお付の騎士の役目を誰かと交代してもらおう。

 

 私の心がガリガリと削れていくのを感じた……。

 

 

 

 




ニンブル・アーク・デイル・アノック
 帝国四騎士の激風さん。今回の被害者。web版ではアインズ様の虐殺現場を見せられたり、アインズ様に振り回されてジルさんに怒られた。アノック家の次男。長男が家を継いだ模様。他に姉と妹がいる。原作では未婚で婚姻関係で頭を悩ませているらしい。家族内の仲はいい。お茶が大好き。


魔法詠唱者(マジック・キャスター)の混じっている賊
 ワーカーや帝国の特殊部隊です……。魔法詠唱者(マジック・キャスター)がいる時点で当然ただの賊ではありません。ラナーとブルムラシュー候だけが気付いています。

死体(たからばこ)
デモンズソウルやダークソウル界隈ではこのルビが正しかったはず……


タチャンカ様 タクサン様
誤字修正ありがとうございました


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15 帝都散策

バルブロ:たぶん主人公。最近見てみないフリが多い
ラナー:たぶんヒド……―――まだヒロイン。最近アグレッシブ
ニンブル:帝国騎士。未来の激風さん。最近女性不審になりかけ
帝国兵:ポスト従者。従者としての性能は低め
ジルクニフ:皇帝になりかけ。最近抜け毛が多い。一部が光りかけ
ロウネ:ジルの秘書官。超優秀。平民から秘書になったばかり

シグルイネタが入りましたので後書きに説明いれておきます。


 

 馬車での帝都観光も明日はジルクニフさんの戴冠式があるため今日が最終日である。

 

 お買い物はすでに終わり、馬車でひたすらグルグルと帝都内を回っている。そもそもラナー様は欲しい物をリストにして渡してある。買い物と言っても思いついたら馬車を回して貰うだけだ。基本的にニンブルさんの解説と共にグルグル回り、馬車を降りるのは食事や休憩をする時くらいだ。

 

 唐突かもしれないが、日常的に接している家族でも、接する時間や場所が変わると気になる所が出てくる事はないだろうか。食事をする時にいつも目の前に座っていた家族が、部屋の模様替えなどちょっとした事で隣に座って食べる事になった時、今まで気付かなかった事に気付いてしまい、それが気になってしょうがない。そういった感覚だ。

 

「あら、お兄様。首輪が曲がっていましてよ。お直しいたしますわ。ハァ、ハァ―――」

「うむ。すまんな妹よ」

 

 隣に座るラナー様もそのような感じなのだろう。馬車に乗ったあと、そして降りる前に必ず俺の首にかけられた首輪が気になるご様子だ。自分では分からないが他国の貴族の前で首輪と言えど曲がっていては失礼にあたるのだろう。

 

 同乗するニンブルさんがその度に目を逸らすがそれほどすぐに曲がってしまうのだろうか。確かにネクタイがちょっと曲がっていただけで気にする人もいるだろう。今までは遊んでばかりいたので気にしなかったが、貴族は衣装の着こなしにこだわるものなのだろう。

 

 ラナー様に首輪を直してもらうたび、チェーンの擦れるチャラリという音や、カチャリという不穏な音が聞こえるが決して確認してはいけない。確認した瞬間きっと表情に出てしまうだろう。当然、目を逸らすニンブルさんのツッコミを期待しても無駄だ。すでに何の抑止力にもなっていない。

 

 クライムくんがいれば彼が代わってくれたかもしれない……。危険だからとクライムくんを王国に置いてきてしまったツケが回ってきたと諦めるしかない。

 

 だからそういう事にしておくしかない。世の中には知らない方がいい事もあるのだ。

 

 まぁ馬車の中だけなら問題ないだろう。幸い見ているのは顔を逸らすニンブルさんだけだ。ラナー様もクライムくんで遊べなくて鬱憤が貯まっていたに違いない。むしろ今まで犠牲になっていたクライムくんはどう思っているのだろうか。

 

 うむ、クライムくんにお土産を買っていこう。うーむ……、剣と盾しか思い浮かばない……。ん? 剣……? 剣か……。ランスチャージごっこばかりやっていて気付かなかったが剣大好きな人間が何人かいたな……。

 

 ここはバハルス帝国の帝都。もしかしたらドワーフ製のルーンの刻まれた剣があるかもしれない! 将来アインズ様に献上するためにも数本買っておいた方がよいかもしれん。ううむ……、王国ならツケ払いもできそうだがお小遣い足りるだろうか……。いや、行くだけ行ってみよう。

 

「ニンブル殿。そういえば帝国はドワーフの国と交流があると耳に挟んだ事があるのだが……」

「え、ええ。昔はあったと私も耳にした事があります」

「ふむ、今はないのか……。ドワーフが作った剣が欲しいと思ったのだが……」

「そうでしたか。それでしたら使いをやってみましょう。まだ独自のルートを使って扱っている所もあるかもしれません」

「おお、そうか。是非頼む!」

「はっ! おい、―――」

 

 ニンブルさんにドワーフ製の剣が欲しいと言うと、お店にあるかの確認に何人か送ってくれるそうだ。こういう時はネットの在庫確認が懐かしくなるものだが、あるかないかドキドキしながら待つのも悪くないだろう。

 

 ニンブルさんのやり取りを見ながらそんな事を考えていたらラナー様が左腕にギュッと抱きついた。当ててるのよ! というやつだろうか。当るような胸はないがラナー様の柔らかい身体が……。いや、まだギリギリ兄に甘える妹の範疇だろう。

 

「あら、お兄様。剣に興味がおありでしたの?」

「いや、俺が使うのではないぞ? クライムや部下にどうかと思ってな。それに今後のために何本かそういう剣があった方がよいだろう?」

「ふふっ、そうでしたか。お兄様は博識でいらっしゃるのね」

「う、うむ……。聞きかじり程度の知識だったのだがな……」

 

 そう、年齢的にもまだセーフなハズだ。いや別の意味でアウトかもしれない……。ただ、ドロリと崩れた目が「わたくしの署名入りランスだけでは不満ですか?」と訴えているようでちょっとかわいらしかった。去年の時点なら顔全体がドロリと崩れていてもおかしくなかったのだが、ラナー様の成長をうかがわせる。

 

 ニンブルさんのお使いで出ていた帝国兵が取り扱っているお店を見つけてきた。ただちょっと隠れた名店というか、冒険者やワーカー相手の実用性を重視した買取がメインのお店だったらしく、ちょっと治安の悪い所に立地しているらしい。

 

「その、少々歩く事になりますがいかがいたしましょう」

「うーむ……。そうだな……」

 

 俺ひとりなら問題ない。いや、別の問題があるかもしれないが、帝都は治安がいいし帝国兵(プロ)の護衛もいるので問題ないだろう。しかし、王国の宝であるラナー様をひとりにするのは色々と問題があるだろう。だがラナー様をそんな所に連れて行っていいものかどうか悩む。

 

「お兄様、わたくしもご一緒しますわ」

「そうか? うーむ、では行ってみるとしよう。ニンブル殿、お願いする」

「はっ! ではそのように」

 

 馬車がギリギリ通れる程度の帝国にしては細い路地の前に馬車が止まった。入っていくことはできても馬車が途中で壊れたり、向こうから同じ馬車が来たら立ち往生間違いなしだろう。こんな所に馬車を止めて大丈夫だろうか。

 

「お兄様。首輪が曲がっていましてよ。お直ししますわ。―――ハァハァハァハァ」

「う、うむ。すまぬな、妹よ」

 

 馬車が止まった瞬間ニンブルさんは即座に脱出なされた。二人きりになった車内でラナー様はリードをくいくいと引っ張ったあとずれた首輪を戻してくれた。首輪の位置も調整されたので俺も脱出するべきだろう。ラナー様かわいいとかラナー様のいい匂いで頭がボーっとするとか考えてはいけないのだ!

 

 帝国兵に囲まれ、20mほどラナー様に腕を貸して両手にラナー状態で歩くとニンブルさんが言ってたお店があった。

 

 ううむ、天井が低い。これは確かに問題だ。ニンブルさんが確認を取ってくるのもわからなくはない。壊さないように注意しよう。

 

 ラナー様の署名入りランスをできる限り寝かせて肩に担いだまま入店すると、店内はまさしく武器屋といった様相だった。ランスはないが長ものもいくつかあった。先端に斧と槍が一体化したハルバードなど男の子の心を鷲づかみにするようなものまで置いてある。

 

 しかし、ハルバードがいくら魅力的であっても見とれてはいけない。なぜなら隣にラナー様がいるからだ。デート中に目移りするような愚を犯してはならぬのだ……。ハルバードいいなぁ……。遊び仲間に買っていくなら問題ないかな……?

 

「このような場所へようこそいらっしゃいました。お探しの品はこちらにご用意させていただきました」

「うむ。意外とあるものなのだな。大変結構」

「は、はい。ありがとうございます。偶然、私どもの所に流れて来た品でして―――」

 

 目元に傷のある厳つい店主が丁寧に接客してくれた。普段はきっと「ああん? ガキの来る所じゃねぇ! 帰ンな!」とかそんな感じなのだろう。帝国兵万歳、王子万歳である。

 

 ルーン技術によって作られた剣は様々な効果がある。剣に雷や火を纏わせたりするような派手なものから、刃こぼれくらいなら自動修復してくれるような手間要らずな物まで様々だ。ひとつひとつ説明を聞いて、クライムくん(推定7歳)でも使えるような長さの剣と、おもしろルーン武器をできる限り買いしめた。帝国に来るまでに稼げてなかったら危なかった。お小遣いが消滅した。

 

 帝国兵に荷物を持ってもらい、ニンブルさんを先頭にお店を出て馬車とお店の真ん中くらいまで来ると、街中に溶け込むような目立たない色のローブを頭からすっぽりと被った人達に囲まれた。ひのふの――八人もいた。

 

「何者だ! 貴様ら!」

「帝国騎士、ニンブル殿とお見受けする」

「無礼な!」

 

 どう見ても暗殺イベントです、ありがとうございます。ニンブルさんが言葉を発したあと囲んでいた人たちがナイフを投げた。ただ、暗殺者たちの能力は低いのか投げられたナイフは全部俺の所に飛んで来たため、ランスの根元で全部逸らした。

 

 ニンブルさんは暗殺者に狙われるほど嫌われているのだろうか……。まぁジルクニフさんが鮮血しまくった後だし、明日は戴冠式。きっとその辺りの絡みもあるのだろう。

 

 ニンブルさんの顔は真っ青だ。帝国兵も動揺している。うむ、ここはちょいと消えたお小遣いの補給をさせてもらおう。

 

「ふむ、暗殺者か。ニンブル殿、ここは俺がいただいてもよろしいだろうか」

「え? え、きょ、協力していただけるのなら……、いえ、王子はおさがり―――」

「まぁ、下がっていたまえ。ゆくぞ、諸君!」

 

 ラナー様に汚いものを見せないよう抱きかかえたあと、担いでいたランスを寝かせる。

 

 この世界に転生し、この肉体を得て、毎日ランスチャージごっこに明け暮れた。お馬さんがスレイプニールになり、グリフォンになった時、グリフォンに乗るのが怖かった。ランスチャージごっこというお遊びが封印されたとき、取れる手段はそういくつもなかった。

 

 毎日ラナー様の署名入りランスで練りを繰り返し、何度も手からすっぽ抜けたランスが室内と隣部屋を壊し、堅く室内稽古での使用を禁じられしこの技を使う時が来た。

 

 長大なランスでこの技を使う事が出来るのか。

 ラナー様を抱えたまま戦う事が出来るのか。

 出来る。

 出来るのだ。

 

 虎眼流、流れ……。

 

 と、いうわけでお小遣いが補充された。

 

 ラナー様は怖かったのかギュッと首筋に抱きついてハァハァと荒い息を吐いていた。馬車までそのまま運んで隣に座らせようとしたのだが、「お兄様。しばらくこのままで……ハァハァハァハァ―――」との事だったので屋敷までラッキースケベを楽しんだ。

 

 

 

 side ジルクニフ

 

 明日は戴冠式だというのに気の休まる時がない。式自体は問題ない。原因は王国から来た王族たちだ。疲労の色の濃いニンブルからあいつらの報告を聞くたびにゴリゴリと心が削れる。しかし、今日でこの心労から開放されるはずだ。

 

 ニンブルには言っていないが今回は金をかけた。イジャニーヤを雇ったのだ。当然他の貴族を使ったので万が一にも失敗したとしても問題ない。ククク、明日の戴冠式は晴れ晴れとした気分で臨む事ができるだろう。

 

 そんな事を考えていたら秘書官のロウネが入ってきた。イジャニーヤからの報告だろう。高ぶる気持ちが抑えきれないかもしれない。

 

「陛下……。ニンブル様から言伝をいただきました」

「ん? どうした? どこぞの王子でも死んだか?」

「いえ……、その……」

「ククク、そう気負うな。何でも申せといつも言っておるだろう?」

 

 ロウネは使える秘書官なのだが、未だに平民であった頃の癖が抜けていないらしい。今回の計画やイジャニーヤへの依頼もロウネは関わっている。他国の王子を暗殺した事を気に病んででもいるのだろうか。

 

「はっ、では……。ニンブル様の言伝によりますと、本日、ニンブル様が謎の暗殺集団に襲われたそうです」

「ふむ」

 

 直接他国の王族を狙うのは少々問題だろう。そこでニンブルを暗殺するフリをして王国の王族二名を消せと依頼した。

 

「しかし、八人いたイジャニーヤの暗殺者集団は全員死亡。こちらの被害はゼロだそうです」

「え?」

 

 アイツの武器は馬鹿でかいランスだけだろう? 大体狭い路地であのバカみたいに長いランスは使えないだろう。買っただろう武器は帝国兵が持ち運ぶよう言ってある。無理やりランスで一人殺したとしても突っかかるだろうし、その間に残った七人で襲えば普通に暗殺できるんじゃないのか? ああ、なるほど、そういう事か。

 

「ふむ。ニンブルが活躍してしまったのか……。アイツの嘆願を聞いた時は半分嫌がらせでそのままにしたが、重爆に事情を知らせて彼女を付ければよかったか?」

「いえ……、バルブロ王子がランスの一振りでイジャニーヤが壊滅したそうです。ついでに向いにあった建物が倒壊しました。成り行きを見守っていた特殊部隊もそれに巻き込まれ現在生死不明の状態です。

 幸い王子暗殺に気付いたのはニンブル様だけのようで、当の本人はお小遣いが増えて喜んでいたそうです。いかがなさいますか?」

 

 いかがなさるも何も、イジャニーヤが失敗するとは思わなかった。ヤツから護衛とグリフォンを引き剥がし、金を使ってエサを用意して襲撃地点までおびき寄せたというのにこれ以上どうしろというのだ。じいを当てるか? いや成功するとは思うがさすがにそれは不味いだろう。

 

「ふ、ふむ……。確かにイジャニーヤをこれ以上当てる事はできまい。そうそう機会もないだろうしな……」

「いえ、それもそうですが、今回の件で名目上はバルブロ王子がニンブル様を暗殺から守った事になってしまうのですが……」

「……そうだな」

 

 ……殺そうとしている相手にお礼をしなければならないほど屈辱的な事があるのだろうか。お礼の品はあれだろ? アイツが欲しがってたヒポグリフとヒポグリフの装備一式だろう? わかってはいる。しかし、これから戦争しようとする相手に贈るものじゃないだろう!

 

 くっ、まさかアイツはこれも読んでいたのか? ありうる……。そもそも最初からヒポグリフの装備が欲しいなどと言い出すのはおかしいと思っていたのだ。どう考えても貰えるなどと思わない物を口に出しておいてこちらを油断させ、今回の事を予見して差し出させるつもりだったのだ。

 

 バカなフリもラナーとのアレやコレもすべて欺瞞だったのだ。クソッ、すっかり騙された。しかし、次はないぞ! バルブロッ!

 

 

 

 side ラナー

 

 ハァハァハァハァ、こ、これはいけませんわ……。た、確かに吟遊詩人の話に姫を抱きかかえながら戦う騎士の話はありましたが、これは想像以上です。

 

 しかもお兄様の服はいつものような柔らかいお召し物。ギュッと抱かれたらそれはもうあってないようなもの……。ああ、わたくしはこのままお兄様の腕に抱かれてどこまでも連れ去られてしまうのですね……。ラナーはもう……。

 

 はっ、気をやってしまうところでしたわ……。これはいけません。外ではあるまじき行為かもしれませんが、離れないようお兄様の首輪にわたくしの手綱をつけておきましょう。

 

 ああ、ジルクニフ、許してください……。わたくし、お兄様の暗殺を企てるアナタに殺意を抱いておりました。でもこんな状況を作り出していただいたことに深い感謝を感じております。これからも末永く見守っていてくださいね……。

 

 ハァハァハァハァ、あら、鼻血が……。ハァハァハァハァ、いけません、いけませんわ……。お兄様のお召し物にわたくしの血が……。ハァハァハァハァ―――

 

 

 





練り
 ちょーでっかい木刀でひとつの動作を30分かけて行う鍛錬法。ぶっちゃけ無理。多分見られると恥ずかしい。それを乗り越えられる猛者だけが行える。

虎眼流 流れ
 中目録以上で教わるすごい技。刀を担ぎ、神速の一刀を繰り出す。その際、手を緩めて柄頭を握ることで射程を延ばす。マネをするとすっぽ抜けて壁に穴が空く非情の技。避けられたらピンチに陥る。


いかがでしたでしょうか。帝国でやりたい事(ラナーの進化)は終わったので惰性でお茶会をするか王国に戻るか迷い中です。しばらくお待ちください。

タチャンカ様、対艦ヘリ骸龍さま、黒祇式夜さま
誤字報告ありがとうございました。




 あ、一応、整理のためR-18版オバロもアップしました。あっちはまぁ、オススメしませぬ。ラナーほとんど出てこないし、ラナーのエロシーンないし、たぶんメインはニニャだし、色々ひどいし……。18歳以上でそれでもよいという方はどうぞ……。


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16 お茶会

バルブロ:主人公。ラナー中毒になりかけ
ラナー:ヒロイン。バルブロ中毒
ジルクニフ:皇帝。陰謀中毒
フールーダ:魔法中毒
ロウネ:仕事中毒
ラナー付のメイド:健常者


 バハルス帝国、帝都アーウィンタールでは新たな皇帝を迎えるべく、街中がにぎわっていた。戴冠式自体は皇城で行われるものの、アーウィンタールの主要な道や建物、商会や貴族の屋敷などには旗が掲げられ大通りには完全武装の帝国兵が旗を持ち、整然と並んでいた。

 

 否が応にも高まる熱気に国民は祭りの雰囲気に財布を軽くし、露店では書き入れ時を逃すことなく売り上げをあげていった。酒場では皇帝万歳の声が木霊し、一部を除き帝都全体が沸いていた。

 

 そんな中、リ・エスティーゼ王国に貸し出された屋敷の中では二人だけの静かなお茶会が始まろうとしていた。

 

 ラナーの希望で王都の王宮にいた頃のようにラナーの下へバルブロが招かれる形となった。バルブロは、ラナーがホームシックになっているのだろうと考え、その事に特に疑問を覚えなかった。その部屋ではラナー付のメイドが準備に勤しんでいた。

 

 ラナーは朝起きて表情を整えると、湯浴みをし、昨日本縫いの終わったばかりのドレスを並べた。女性の服選びは時間のかかるものだ。選ぶ対象が複数、それも数が多ければ多いほど指数関数的にかかる時間は長くなる。

 

 女性にとって服とは鎧ではなく武器なのだ。しかし、ラナーにとって幸いな事にその武器を向ける相手は決まっている。そしてその相手に合わせて作られた武器はすでにいくつも準備されている。

 

 だが、その武器が強力すぎてはいけない。騎士団を前にしたゴブリンのように相手に逃げられる恐れが高くなるためだ。その見極めだけがラナーの聡明な頭脳を悩ませた。

 

「やはり、これは短すぎるかしら……」

「はい、さすがに短すぎるかと……」

 

 ラナーは本命のドレスを着て鏡の前に立った。ラナーの選んだドレスはヒザが見える程度の丈のワンピースのような形をした水色のドレスだった。高級な生地とレースをふんだんに使い、ふんわりとしたイメージを抱かせる作りだが、王国風の物と比べるとずいぶんと丈が短かった。

 

「いえ、今日はこれにしましょう」

 

 武器が決まったら次はその武器の習熟が必要だ。ラナーは色々な動作を取り、動いた時にふわっと広がるスカートがどの程度広がり、どこまで見せても大丈夫かを徹底的に研究した。そして力加減を覚えるため、何度も回ったり歩いたりを繰り返した。ラナーが一番こだわった部分である。

 

「ふふっ、でもお兄様の好みを知れてよかったです。帝国風のドレスはみな丈が短いみたいですよ? 平民の服はもっと丈が短いみたいですし……。」

「そ、そうですか……。ラナー様はどのようなお召し物でもお似合いかと存じますが……」

「ありがとう。でも今日はお祭りでしょう? でしたら少しくらい浮かれていても大丈夫でしょう」

「そ、そうですか……」

 

 やんわりと王国風のドレスにした方が良いというメイドの声はラナーに届かなかった。そして着付けやドレス選びのために呼ばれたはずのメイドはひたすら鏡を持ちながらそれを見守るという苦行を強いられた。

 

 ラナーは椅子に座った時の丈の位置を確認し、お付のメイドに鏡を持たせ、少しかがんで緩く作らせた襟元から見える範囲を確かめ、お茶を入れる動作、食事をしている時の動作、それらがどう映るかを見極めた。

 

 お付のメイドはラナーの職業、アクトレスを存分に活かした予行演習に付き合わされた結果、ドン引きしつつも、ただひとつどうしても言いたい事があった。

 

 ――何で相手がご自分の兄なのですか? 帝国に来ているのに何で相手は皇帝じゃないんですか? と……。

 

 

 

 side バルブロ

 

 今日はようやくやってきたラナー様とのお茶会である。外はジルクニフさんの戴冠式でお祭りのようだが、俺にとっては関係ない。いや、厳密に言えば関係あるが、ブルムラシュー候に祝電を持たせたので問題ないはずだ。大体、そういった行事に参加させたいのであれば第二王子のザナック(未遭遇)を連れて来るべきだろう。

 

 まぁ、ぶっちゃけ戴冠式やパーティなどよりラナー様とのお茶会の方が重要なだけだ。特にラナー様が着ているであろう帝国風ドレスとやらに大変興味がある。王国風はラナー様の普段着といったイメージだが、帝国風だと一体どのようになるのだろうか……。

 

 帝国内を馬車で巡り、色々な帝国民を目にしたハズなのだがラナー様が気になったりニンブルさんの説明を聞いたりで帝国風ファッションに関して全く記憶にない。

 

 しかも、ラナー様のドレスを買うために材料は買ったが仕立てに関してはラナー様が秘密にしたいとの事で全く関わっていない。

 

 うむ。やはり何度考えても戴冠式などよりラナー様とのお茶会の方が重要だな……。

 

 

 

 そんなこんなでラナー付のメイドに案内されてラナーの部屋へとやってきた。位置はわかっているし、すでに何度か訪れているのだが、形式というのは大事なのだ。多分。

 

「ラナー様。バルブロ様がいらっしゃいました」

「お通ししてください」

 

 室内に入ると、外を眺めていたラナー様が振り返った。その時ドレスの裾がふわっと広がり、まだ見た事のなかったラナー様の太ももを晒した。しかも、襟元が緩く作られていて鎖骨が見えている。

 

 帝国風ドレス……、恐るべし……。

 

「ふふっ、ようこそいらっしゃいました、お兄様。さぁお入りになって?」

「う、うむ。よく似合っているぞ、妹よ」

「まぁ! ありがとうございます。ふふっ、でも少し恥ずかしいですわ」

 

 ラナー様が恥ずかしがりながら頬に両手を当ててイヤンイヤンするたびにドレスの裾が揺れて太ももがちらちらと見えた。だがそのような視線誘導が兄に通じると……、クッ、どうしてもそっちに目がいってしまう……。

 

「そ、そうか? うむ……。確かにその……、いや、ラナーのかわいさを存分にだな……」

「ふふふふふ、今日は二人だけのお茶会ですから、細かい事は気にせず楽しみましょう」

「うむ、そうだな」

「さぁ、お座りになって?」

 

 ラナー様はそう言って手を取って誘導してくれた。椅子に座ってラナー様がお茶を入れる姿を見ていると、鎖骨が見えている胸元の奥がちょこっとだけちらりちらりと見え、どうしてもそちらに視線が誘導されてしまう。

 

 この体になる前はもっと短いスカートを履いた女性を何人も見た事はあった。しかし、ここまで心が揺さぶられ、視線が誘導されるような事はなかったはずだ。俺はチラリズムを侮っていたのか? いや、チラリズムの恐ろしさは充分理解している。熱心に研究も行い資料もたくさん集めた。

 

 ふむ、普段お淑やかなラナー様だからこそなのか? 確かにこのような姿のラナー様を見るのは初めてだ。しかし、これを見慣れる事は果たしてあるのだろうか。そう考えるとこれが至高であると結論してしまっても良いように思える……。

 

 恐ろしい……。帝国風ドレス……。ここまでの破壊力を持っていたとは……。このようなドレスを生み出す帝国に王国が勝てるハズもない……。

 

 初日に布をたくさん買っておいてよかった。もしかしたら別バージョンもあるのかもしれない。しかし、録画媒体がないのが悔やまれる。いや、兄の威厳を保つためにも、妹との一線を越えないためにもここはがんばって見ないようにすべきだろう……。でも見たい……。

 

 ラナー様がこちらを伺う寸前に何とか目を逸らすがバレてないだろうか……。ううむ……、これは非常に集中力を要する戦いになりそうだ。ここまで集中するのは初めてかもしれない。今ならスケリトルドラゴンにも勝てるかもしれない。いや、無理か……。会った事ないしな……。

 

 そんな事を考えているとラナー様はお茶を入れ終わり、ソーサーを持って俺の前にお茶を置いてくれた。そしてラナーが席に戻り、俺がお茶を飲み始めた所でラナー様が口を開いた。

 

「ふふっ、お兄様。このドレスが気になりますか?」

「ごふっ、い、いや、うむ。そうだな、見た事のない形だから少々気になってな」

 

 思いっきり咽た。

 バレてたぁぁぁあああ! チラチラ見てたのバレてたぁぁぁあああ! 

 いや、ラナー様じゃなくて気になるのはドレスだよ? って言ったけどどう考えてもバレてるだろ! どうしよう……。ここはラナー様の慈悲にすがるしか……。

 

「ああ、お兄様。大丈夫ですか?」

「う、うむ……」

 

 ラナー様が席を立って背中をスリスリしながらハンカチで咽て飛んだであろうお茶を拭いてくれた。その際もどうしてもちらちらと見える肌に目が吸い寄せられた。どうしていいのか本当にわからない。

 

「でも本当に恥ずかしかったのですけれど、着てみてよかったですわ」

「ふむ、どうしてかな?」

「ふふっ、だってお兄様……。この国の貴族は皆このようなドレスを着るのでしょう? お兄様は女性のこのような姿に慣れてないご様子。わたくしはお兄様を信じておりますが、この国の貴族のドレスに流されてしまいかねませんから……」

「なるほど……」

 

 確かにハニトラにホイホイ引っかかりかねない。実際今のラナー様にチラチラされながら書類にサインしてと言われたら確認せずにホイホイサインしてしまうだろう。

 

 しかし、ドレスはすばらしいが、結局の所気になるのは中身だ。ラナー様よりすばらしい女性が帝国にいるだろうか……。いや、そもそもこの国のパーティや式典に出る予定はないのだが……。

 

「ですから存分にラナーで慣れてくださいませ。見慣れればそのような事にはなりませんわ」

「おお、すばらしいアイディアだ。さすがは我が妹。うむ、すまないが、その言葉に甘えて今日は付き合って貰うとしよう」

「ふふふふふ、ではお茶会を続けましょう」

 

 出る式典がなかろうが、パーティに出る予定がなかろうが関係ないのだ。ラナー様が慣れろとおっしゃるからには必要なことなのだろう。そこに疑問の余地はない。存分にラナー様のお姿を目に焼き付けて慣れなくてはなるまいて……。

 

 

 

 

 帝都アーウィンタールの中心にある皇城では諸々の行事を終えた新しき皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスが長椅子にもたれかかり、くつろいでいた。

 

 彼の横には(じい)ことフールーダ・パラダインが控えており、戴冠式と共に新たに選出された四騎士も揃っていた。目の前には書記官ロウネ・ヴァミリネンが報告を行う。

 

「―――以上で報告を終わります」

「そうか、俺の戴冠式より妹とのお茶会が重要か……」

 

 眉を寄せた鮮血帝の言葉にピリッとした空気が流れた。

 

「ああ、気にするな。想定はしていた」

 

 ジルクニフが何でもないように手を振り、緊張を解くと今度はフールーダが真っ白な長い顎鬚をしごきながら口を開いた。

 

「ふむ。しかし欺瞞や挑発だとしてもいささか浅知恵と言わざるを得ませんな」

「ククク、今は何を言っても負け惜しみに聞こえてしまうぞ? (じい)も俺もそれに騙されたではないか。だが、もう通用しないとは思っていまい。今度はこちらから仕掛ける番だとは思わないか?」

「確かにそうですな……」

 

 普通であれば他国の人間だろうが、新たな皇帝の誕生を一目見ておきたいはずなのだ。特に外国の人間であればその皇帝を目にした事があるというだけでひとつの大きな価値が生まれる。貴族や重要なポストにいる人間はもちろんの事、王族であろうと機会があれば接触しようとするし、機会がなくともできる限り近づこうとするのが普通である。

 

「すみません、陛下。俺にゃさっぱりわからんのですが、その王子ってのはそんなに気をつけなきゃならん相手なんですかい? ただ外国だからって妹と羽目を外してるだけにしか思えないんですが……」

 

 新たに四騎士として選ばれた、雷光バジウッド・ペシュメルは平民、それも路地裏出身である。騎士を目指していたところジルクニフの目に留まり四騎士に抜擢された。ただ、出自の関係もあって、能力主義のジルクニフは気軽な物言いを許していた。

 

「まぁ、普通はそう思うよな。俺もじいやニンブルの報告を聞いてそう判断していたくらいだ。先の一件がなければ今でもそう思っていただろうよ」

 

 未だに腑に落ちない顔をするバジウッドだったが、ジルクニフに促され、ロウネの口からバルブロ暗殺計画の顛末を聞くと納得した。バジウッドもイジャニーヤの噂くらいは聞いた事があった。一対一なら勝つ自信はある。複数相手でも勝てるだろう。しかし、それを一撃で複数人屠るなどバジウッドでも無理な話だ。

 

「さて、アイツの脅威が分かった所で明日にでも挨拶に行くとしようか」

「え? 危険なんじゃありませんかい?」

「それを何とかするのが四騎士だろう? まぁそういう事にはならんさ。ロウネ、計画に問題はありそうか?」

「いえ、問題ありません」

 

 ジルクニフは「そうか」と口にすると爽やかな笑顔を浮かべた。

 

 




帝国風と王国風のドレス比較について
 挿絵を見ますと、王国側のキャラは戦闘用装備以外、総じてスカート丈が地面スレスレになってるのでそういう風潮なのだと思いました。帝国キャラはほとんど記憶にないのですが、重爆さんは鎧ですし、アルシェとイミーナはワーカーだし……。ジルクニフさんは男なのに肩丸出しだし……。一応二人とも丈がミニスカ絶対領域系だったのでそれでいいかなと。なお聖王国は偉くなると絶対領域が増える模様。

王国:ラナー、ラキュース、エンリ
帝国:アルシェ、イミーナ


四騎士
 戴冠式で正式に配備された設定。原作では四人とも名前がつけられていた。ただ原作前に一人お亡くなりになっていたハズなので四騎士と言っても雷光バジウッドと重爆レイナースは確定させてあとの一人をどうするか迷い中。ニンブルさんでいいかなーと思いつつも若いかなーと……。

 お待たせしました。なんかキレがイマイチな気がしましたが、あまりお待たせするのもどうかと思い、このまま投稿させていただきました。何か色々抜けていそうで不安ががが。
 次回は騎士団がはっちゃける予定!


ジャックオーランタンさま
誤字報告ありがとうございました。

-追記-
ちょっと2~3日PC触れないので感想返し滞ります。すみませぬ。


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17 闘技場

バルブロ:主人公。ランスチャージ大好き
ラナー:ヒロイン。お兄様大好き
騎士アントン:多分常識人枠
騎士ドゥリアン:団旗大好き
騎士トロワ:別に魔法大好きというわけではない
ジルクニフ:皇帝。ラナー大嫌い
フールーダ:じい。魔法大好き


 ジルクニフさんの戴冠式が終わり、さぁ帰国するぞーと思っていたらまだ記念行事が続くらしく、それらが終わるまでブルムラシュー候はお帰りにならないらしい。つまり、彼の道中の警護として行動する王国騎士団も帰れない。

 

 いつになったら帰れるのかとブルムラシュー候に聞いてみたところ、最低でも一週間は続くらしい。さすが帝国……。お金の使い方が半端じゃない。基本的にジルクニフさんは朝から昼にかけてパレードや闘技場で観戦など市井での行事に参加し、夕方からはパーティだそうで、ブルムラシュー候はすべて参加するそうだ。

 

 ブルムラシュー候は俺に「殿下も参加なされてはいかがでしょうか」などと言っていたが興味ない。戴冠式を終えて正式に皇帝になったとは言え、鮮血直後のジルクニフさんに会うなどどう考えても正気の沙汰じゃないだろう。もののついでに鮮血されそうで怖い。

 

 ぶっちゃけ俺とラナー様だけならグリフォンで帰れそうなものだが、ラナー様の超理論ではまだまだお茶会で帝国風ドレスに慣れておかねばならないらしい。これから一週間ほど帝国風ドレスに慣れるという役得―――じゃなかった、つらい苦行に耐え、帝国風ドレスに揺らがない強い精神力を身につけねばならんのだ。

 

 つまりそのような行事に参加している暇などないのだ。しかし、お茶会以外の時間がとても暇である。最近ランスチャージごっこもしてないし、そろそろ遊びたい。そんな事を戴冠式後も続いているお茶会でラナー様にこぼしてみたら朝から昼までは遊んできていいとお許しを貰えた。

 

 しかもラナー様によってすでに遊び場所まで用意されていた。帝国が誇る闘技場である。そこの興行主の一人と話がついており、的も用意してくれるそうだ。

 

 実に盲点だった……。闘技場と言えば挑戦者に生死を賭けてのギリギリの戦いを強いて、それを観客が楽しむというイメージだったのだ。つまり危険が一杯、強い者しか生き残れない――そんな場所だと思っていた。いつものお遊び程度の的が用意され、楽しく遊べる場所だとは思ってもみなかった。

 

 観客がいるのでいつものようにはいかないだろう。大体、金を取った客にそんなお遊びを見せてその興行主は大丈夫か? と心配したがその辺りは気にしなくていいらしい。しかも、お小遣いを貰える上にそれほど強くはないが珍しい的も用意されているとかでちょっとワクワクしている。

 

 それに、ラナー様も遊んでいる所を見てみたいそうで、興行主の計らいで貴賓室が用意されており、遊んでる所を観覧なさるそうだ。素人丸出しの王国騎士団が帝国で恥をかく事になりそうだが所詮はお遊びだ。帝国の闘技場ファンの皆様も目が肥えているだろうし、楽しそうにやっていればすぐにお遊びだと分かってくれるだろう。

 

 うむ、何も問題ないな。

 

「――と、いうわけで諸君。今日はお遊……、えー、っと……、あー、公開訓練の時間が用意された。嬉しいか? 俺は嬉しい!」

「おお、晴れの舞台ですな! ようやく我らが王国騎士団にもそういったお役目が―――」

「はっはっは! 腕が鳴りますな! 我らが団旗、見せつけましょうぞ!」

「しかし殿下。闘技場での魔法使用は推奨されていないと耳にした事があるのですが……」

 

 騎士アントンはなぜかうれし泣きしそうなレベルで喜んでいたがあっさりと騎士ドゥリアンに遮られた。騎士ドゥリアンは普通にテンションが高い。きっと鬱憤が溜まっているのだろう。俺もそうだからよくわかる。しかし、騎士トロワ……、お前またノリノリでマジック・アロー使う気満々だっただろ……。ぶっちゃけうらやましすぎるわ……。

 

「うむ、騎士トロワは緊急時以外魔法は極力使わないようにした方がよいだろうな」

「は、はぁ……。了解しました」

 

 ククク、魔法を使えない寂しさをもう少し溜め込むがよいわ!

 

 

 

 そんなわけでやってきました。帝国闘技場。すっごくでかい円形の建物で中も外も人がいっぱいいる。屋台も出ていて大変盛り上がっているようだ。

 

 グリフォンとスレイプニールに騎乗し裏口から入場。メンバーはとりあえずお試しという事で金ぴかランス装備のいつものメンバーで下見することにした。ただ、一応イベントでもあるので入場口でちょっと待つ事になった。

 

「お次の出し物は騎士たちによるモンスターの討伐です! モンスターは皆様もご存知、ゴブリン、オーガはもちろんの事、今回はヒポグリフをご用意させていただきました!」

「「「おおおおおおお!」」」

 

 おお、マジか! 初ヒポグリフが的として登場するとは思ってもみなかった。しかし、グリフォンがいなかったら勝てないんじゃなかろうか。ヒポグリフに飛行制限をかけなかったら上から一方的に叩かれる気がする。

 いや、帝国騎士なら片手間で倒せて当然なのだろう。だからこそ出てくるのだろうし、危険はないハズだ。

 

「対する騎士は、なんとお隣の国、皇帝陛下の戴冠式に合わせてリ・エスティーゼ王国からやってきた王国騎士団! 彼らをご存知の方はあまりいらっしゃらないのではないでしょうか!」

「「「おおお……」」」

 

 そういえば戦ってる所を見られるのは初めてかもしれない。少し緊張してきた。

 

「これを見逃しては話題に乗り遅れること間違いなし! 是非ご観覧ください! それではどうぞ!」

 

 すごい歓声の中、係りの人からゴーサインが出た。まぁ、久々のお遊びの時間だ。全力で楽しむ事にしよう。観客はカボチャ。観客はカボチャ。観客はカボチャ。観客はカボチャ―――

 

「では往くぞ諸君! 全騎突撃! 〈突撃(チャージ)〉!」

「バルブロ殿下が出るぞ! 全騎気合を入れろ! とつぅげきぃいぃいいい!」

「うおおおおおお! 〈団旗を掲げろ〉ぉぉぉおおおお!」

「「「ウオオオオオオ! 王国騎士団万歳! バルブロ殿下万歳!」」」

 

 騎士アントンは張り切りすぎて声が裏返ったようだ。それだけ楽しみにしていたのだろう。それはともかく、普通に走ったらグリフォンの前足が鷲なのでスレイプニールと足並みが揃わない。なので〈突撃(チャージ)〉である程度加速して低空を滑空しながら後ろ足で地面を蹴らせることで足並みを揃えている。

 

 まぁどうせそのうち的の取り合いになるのであまり関係がないが、たまには隊列を組んでの突撃も楽しいだろう。走り回るには充分だが飛び回るには広いのか狭いのか微妙な場内を隊列を組んでグルグルと回りながら的の出待ち状態がしばらく続いた。

 さっさと出てこないだろうか……。突撃と言った手前、グルグル回るだけだと間がもたないのではなかろうか……。

 

「えー……、皆様、それではモンスターの登場です! まずは小手調べと参りましょう! オーガ二十匹に率いられたゴブリン百匹! 皆様ご存知の通り、並の冒険者では太刀打ちできないでしょう! さぁ王国騎士団は一体どのような活躍を見せてくれるのか! 期待しましょう!」

「「「おおおおお」」」

 

 ふむ、数が多いな……。闘技場内という限られた空間で森に逃げられるような事がない分楽しく遊べそうだ。さすが帝国の娯楽! ははは、最高ではないか!

 

「ようやくお出ましだ! 悪いが一番槍は頂く! あはははは!〈突撃(チャージ)〉! 〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャージ)〉!」

「うおおおおおお! 殿下に遅れるなよ! 王国騎士団の意地を見せろぉぉぉおおお!」

「うおおおおおお! 〈団旗を掲げろ〉ぉぉぉおおおおお!」

「「「ウォォォオオオオオ! 〈体力向上〉〈槍突撃(ランスチャージ)〉!」」」

 

 いつもよりノリノリだったのか一回の突撃で的がなくなってしまった。一番槍と言いつつグリフォンが速すぎてすれ違い様にオーガ三匹しか倒せなかった。グリフォンも何匹か殺し(やっ)ていそうだが見てないのでノーカンだ。通過した跡を見たらゴブリンはスレイプニールがひき殺したのか姿は見えず、オーガも全滅していた。しょんぼりである。

 

「つ、続きましては上級冒険者でも苦戦は必死! ヒポグリフの登場です!」

 

 ふむ。最初のような歓声がなくなった。司会の人も言葉が詰まってるようだ。きっと見せ場もなく終わらせてしまった事でお遊びだと露呈したのだろう。まぁ俺から言わせて貰えばその通りなので幻滅されても仕方がないと思う。お客さんからブーイングが出ないだけマシだろう……。

 

 モンスター入場門から馬と鷲をミックスしたようなモンスター、ヒポグリフが三匹入ってきた。騎士団が突撃を開始すると、一匹は進路から逃げるように走り出し、残りの二匹はその場で翼を羽ばたかせて離陸を開始してしまった。王国騎士団のランスはバカみたいに長いので空に逃げられる前に少しは削れるだろう。

 

 しかし折角の空中戦だ。飛ぶつもりの二匹は独り占めさせてもらおう!

 

「アレは俺の獲物だ! 往くぞグリフォン! 〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャージ)〉! 〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャージ)〉!」

「うおおおおおおお! 殿下に続けぇぇぇええええ! 全騎突撃ぃぃぃいい!」

「殿下が前に出るぞぉぉぉおおお! 〈団旗を掲げろ〉ぉぉぉおおお!」

「「「うおおおおおお! リ・エスティーゼ王国万歳! バルブロ殿下万歳!」」」

 

 ジャンジャン加速して充分に速度が出たところで必死にランスを構え、盾を装着した左手で手綱を引き、グリフォンの体を引き起こさせる。いつかのハイレートクライムと似たようなものだ。

 

 だが、あの時とは装備が違うし、何度も強制的に練習させられた。グリフォンの後頭部に着けられた鞍がミシミシ言い始めようが、視界が一瞬暗くなろうが、Gに耐えるために無理やり息をするようになろうが、もう怖くはない――ハズ……。

 

 急上昇し、一匹目のヒポグリフの真下から腹のど真ん中にランスで突き刺した。そしてすぐに下に投げ捨て、そのまま急上昇を続ける。高度を取ったら思いっきりGを掛けて急旋回からの急降下。地面に向って真っ直ぐ突っ込みながらヒポグリフの真上からランスで頭を貫いた。

 

 急速に近づく地面が怖かったがランスを振ってヒポグリフを投げ捨てるとグリフォンはカンタンに体を引き起こして水平飛行でグルグルと場内を回る。走って逃げたヒポグリフは結局追いつかれたようで騎士ドゥリアンと三人の騎士が共同でランスに突き刺して掲げたまま場内をグルグル回っていた。

 

 それに影響されたのか騎士トロワと三人の騎士も俺が最初に突き落としたヒポグリフをランスに突き刺して掲げてグルグル回り出した。

 

 ううむ、俺も突き刺したままグルグルすべきだったのだろうか……。しかし、これからまた突き刺しに行くのも違う気がする……。

 

 そんな事を考えていると騎士アントンが三人の騎士を連れて最後に死んだヒポグリフの所へ行き、四人でランスを突き刺し死んだヒポグリフを掲げると、グルグルと場内を回り始めた。

 ナイスだ、騎士アントン。なんだかんだで困った時はいつも空気を読んで助けてくれる。付き合いの長さは伊達ではないようだ。

 

 お遊びなので当然歓声はないと思っていたのだが、目の肥えた闘技場ファンのお客さん達に受け入れられたのかキャーキャーという声援が上がっている。ちょっとテンションが上がってきたのでさらにファンの気持ちを掴むためにも観客席の上を掠めるようにグルグルと回る事にした。

 

 そして何週かしたあと、ようやく司会者の人が口を開いた。

 

「(あ、はい……)お、王国騎士団の皆様、ありがとうございました! えー、今回の出し物は以上となります!」

 

 ふむ、遊びの時間が終わってしまったようだ。もっと連続で来るのかと思ったら二回だけだった。まぁ次はもっとたくさん用意してきてくれるだろう。帝国の闘技場はきっと期待を裏切らないに違いない!

 

 そんなわけで撤退である。あ、そういえばラナー様が見に来てくれているはずだ。

 

 ちょっと高度を上げてソレっぽい所を回ると大きなガラスがはめ込まれた部屋の中でラナー様が小さく手を振ってくれていた。うむ、今日のラナー様もかわいくていらっしゃる。

 

 ラナー様の前でグリフォンをホバリングさせる。バイザーを上げてマスクの片側を外してラナー様にランスを振ったらラナー様は両手を頬に当ててイヤンイヤンし始めた。うむ、帝国風ドレスに慣れてない上にグリフォンの高度が足りなかったのかちょっと際どい所まで見えてしまった。

 

 俺にはまだ早すぎる。撤退するとしよう……。

 

 マスクをつけてバイザーを下ろし、ランスを構えて反転すると出てきた場所を目指して一気に加速した。それに合わせて騎士団も撤退を始めたようだ。ヒポグリフを掲げたまま……。

 

 どうすんだそれ? 食べるのか? 確かに鳥と馬の間の部分はどちらの味がするのか少し気になる。ああ、モンスターの部位はお小遣いになるのか? いや、さすがに貰えないだろう。まぁいいか……。

 

 

 

 side ジルクニフ

 

 戴冠式の翌日、ロウネを通じてブルムラシュー候を挟み、バルブロに親書を渡した。ついでにその日の開いた時間に会いに行く旨も伝えた。

 

 当然あのバカみたいに長い金ぴかランスを持たせたまま城内に入れるわけにはいかない。城内が破壊されるのは目に見えている。あれを手放したくないという理由でこちらに来ないのであればこちらから出向くしかない。

 

 普通に考えればありえない事だ。しかし、皇帝になるまでに強引に進めた分、これからは気さくな皇帝を演じる時期だ。多少早すぎる気もするが幸いな事にバルブロは他国とは言え王位継承権第一位だ。

 

 少し前までの俺も同じ地位だったのだ。それにこちらから出向いた事で相手が増長してくれるのならそれはそれでやりやすくなる。

 

 午前中のパレードが終わり、短い昼食を取っている時、ロウネが親書の返事を持って来た。バルブロとラナーのサインの入った返事はどう見てもラナーの字で書かれていた。しかも要約するとこうだ。

 

『お兄様との二人きりの時間がもったいないので来ないでください。お話がしたいとの事でしたらコレコレを準備してください。そこでお話しましょう』

 

 ……破り捨てたくなった。しかも八割方ラナーの惚気話とバルブロ篭絡の進捗状況が書かれている。むしろなんでバルブロのサインがあるのだ? アイツ本当にコレ読んだ上でサインしてるのか?

 

 じいに渡して読ませたらじいも眉をひそめてしかめっ面だ。俺もひどい顔をしてるんだろうな……。まぁいい……。相手の思惑に乗るのは癪だが利点はいくつかある。

 

「じい、乗ってみるのも悪くないか?」

「そうですな。相手が招待に応じるわけですからな」

「しかし、闘技場か……。確かにスケジュールには入っていたはずだが、あいつが闘技場で暴れまわるのか?」

「まぁ、書かれている通りでしょうな」

「あとはどの程度用意するべきか……」

 

 じいも髭をしごきながら考え始めた。あいつの率いる騎士団が暴れまわる事で今後の戦争に影響が残るのはもはやしょうがないだろう。そこは割り切るべきだ。そもそもいきなり見せられるよりはマシかもしれない。

 

 ただ、好き勝手にやらせる訳にはいかない。最低限相手の戦力を把握するためにも四騎士や将軍たちには見せておくべきだ。そこから解決策が生まれる事もあるだろう。案外ホイホイと弱点をさらけ出してくるかもしれない。いや、相手はバルブロだ。油断はよくないだろう。

 

「うーむ、そうですな。多数に対する突破能力、空中戦への対応力、合わせて空からの魔法に対してどのように動くか見ておきたいですな」

「ふむ、バジウッドはどうだ?」

「武王を当てるのはダメなんですかい?」

「ああ、武王はなしだ。あいつは一対一の戦いをあまり好まないそうだ」

「そうですかい……」

 

 まぁ、バジウッドが残念になる気持ちもわからないでもないがな……。じいの考え以上の意見は出なかったのでそれでいいだろうと決定を下した。あとはロウネが適当な興行主を探し、必要なモンスターを集める事になる。

 

 ただ、空中戦への対応力に関してはヒポグリフ辺りを当てるしかない。闘技場関係者に用意がなければロイヤル・エア・ガードの予備を使う必要があるだろうし、空からの魔法に関してはじいの弟子を当てる必要がある。

 

 ヒポグリフに関しては何とかなるもののヤツのせいで魔法詠唱者の消耗が多すぎる。場合によっては出さずに終わらせる事も視野にいれておく必要がある。その辺りはじいに判断を委ねるしかないな。

 

 

 

 ラナーの提案通り貴賓室を用意した。ラナーは帝国風ドレスに身を包み年齢通りゆるい雰囲気を纏いながらもブルムラシュー候の付き添いでやってきた。初めて直に会った。確かに見た目は良い。これで頭脳も明晰なのだから将来の妃候補に挙がるのもわかる。

 

 ただ、コイツの本性を知っている身としては、そんな仕草ですら気持ち悪いとしか思えない。皇帝として、笑顔が崩れないといいが……。

 

「お初にお目にかかります。リ・エスティーゼ王国第三王女、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフと申します。本日はお目通りの機会をお与えくださり、感謝いたします。皆様もどうかよろしくお願いいたします」

 

 可憐でいて完璧な深いカーテシー。気品を忘れない仕草と口上。少なくとも同じ年齢の女性だったら問題なかったが、本性を知っているだけに不気味だ。

 

「やぁ、初めまして。ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ。そうだな、国は違えど同じ王族同士、ジルクニフと呼んでくれると幸いかな?」

「ふふっ、でしたらわたくしもラナーとお呼びくださいませ」

 

 幼さを最大限に活かした庇護欲を誘うラナーの笑顔に連れてきた将軍や四騎士は何人騙されただろうか。笑いの種に後で聞いてみるのもいいかもしれない。

 

「それでバルブロ殿――そう呼んで構わないかな? 彼はこちらには来ないのかい?」

「ええ、お兄様は……その……」

 

 ラナーが言いよどんだ。とにかくここにバルブロは来ない事はわかった。しかも俺がここにいてラナーと話をする事を知っているかも怪しい。まぁ、嫌いな女と一緒にいる時間は短い方がいいだろう。しかもアイツが来た所で化けの皮を剥がす前に目の前でイチャつかれても困る。さっさと進めよう。

 

「そうか、私も嫌われたものだな」

「いえ、お兄様はジルクニフ様を怖れているのですわ」

「ほぅ、そうなのかい?」

「ええ、お兄様は少々、その……、怖がりでして……」

「はっはっは、グリフォンに乗って大暴れするアイツが怖がりなのか?」

「ええ……、そこがかわいいのですけれど……」

 

 アイツがいてもいなくても変わらなかった。ラナーは恋する乙女のように頬を染めて首から下げたペンダントをクリクリと両手で弄んだ。そのペンダントが何に使われるのかニンブルから聞いている。知らなければただの独特な形のお守りくらいにしか思わなかっただろう。

 

 聞かなきゃよかった。知らなきゃよかった。さっさと終わらせよう……。

 

 貴賓席にラナーをエスコートして座らせた。ブルムラシュー候はラナーの向こう側だ。そしてガラス張りの張り出し部分へ出て民衆に姿を晒す。じいと四騎士と将軍たちと一緒に並び民衆に笑顔で手を振り、興行主が大声でその民衆を盛り上げる。

 

 ラナーと一緒に手を振る? ありえない。むしろ隣に座っている所を見られるのも嫌だ。

 

「さぁ、どうなるかな」

「ジル、顔に出ておりますぞ?」

「そうか? どうもあの女が一緒だと思うとな……」

「今はなんとしても楽しみなされ」

「そうだな……」

 

 興行主に催しの開始を手振りで指示してラナーの横に座る。さわやかな笑顔を浮かべられているだろうか。じいは反対側、四騎士は後ろ、将軍達は戦力評価が必要なので少し離れた所、窓際に座る。一応ここからでも四騎士の場所からでも見れることは見れるが、あまり他国の人間を軍人で囲むのはよくないだろう。ラナーだとしてもだ。

 

 興行主の口上のあと、バルブロ率いる王国騎士団が出てきた。普通はゆっくりと入場し、観客にアピールしたり、相手が出てくるまで大人しくしているものだが、やつ等は最初から馬を走らせ闘技場内を回っていた。

 

「下見もしなかったのか?」

「ふふっ、ジルクニフ様、お兄様はきっとお遊びに夢中なのです。観客の事などわたくしも含めて忘れていらっしゃるのでしょう」

「そ、そうなのか?」

「ええ、そうなのですよ?」

 

 クスクスと笑いながら話すラナーの目が少しドロリと溶けている気がするのは気のせいだろうか。気持ち悪い。

 

「おお……、あれがグリフォンか。でかいな……」

「グリフォンの装備は見た事のないものばかりだな……」

「馬は全てスレイプニールのようだぞ?」

「なんて長い馬上槍(ランス)だ。使いこなせるのか?」

「迫力はすごいな……。いや、さすがに帝国騎士団ほどではないだろう」

「数も少ないしな」

 

 将軍のつぶやきのような感想を聞いていると、ラナーの「王国騎士団の説明は必要ですか?」という言葉に少し驚いた。軍事機密に値するだろう情報をラナーが知っており、それを他国の軍人に聞かせるというのだ。普通に考えてありえないだろう。

 

 しかし、話してくれるのならありがたいし、ラナーならバルブロから聞いているのだろう。それなりの情報が出てくるのなら聞いておくべきだ。

 

「おや、ラナーは詳しいのかい? それなら是非とも聞いておきたいな」

「ええ、お兄様の装備はブルムラシュー候にご協力いただいて、わたくしがご用意したのです。まずあの馬上槍(ランス)ですが―――」

 

 知ってるどころじゃなかった。ほとんどバルブロの欲しい物をラナーが揃えていた。しかも説明と言いながら説明する気がないのか9割方バルブロとの惚気話だった。そのせいでどうも脳が情報の受け取りを拒否しているようで頭に入って来ない……。

 

「陛下、始まるようです」

「うむ……」

「あら、たくさんご用意いただいたようですね。ありがとうございます。お兄様もお喜びになられると思いますわ」

「そ、そうか……」

 

 オーガ20にゴブリン100だぞ? 将軍どもが言っていたが普通なら悪意を感じてもおかしくない数らしいぞ? ラナー、話を聞いていた将軍達の顔を見ろよ。ほら、引きつってるだろう?

 

「あら……。申し訳ありません。少し少なかったようですわね……。どうもご不満なご様子です」

「え?」

 

 まさか一度の突撃で全滅させるとは思わなかった。こんなに静かな闘技場も珍しい。じいに目を向けると唸りながら髭をしごく速度をあげている。じい、そんなクセがあったのか。新しい発見だ。

 

「まさか一撃とは……」

「スレイプニールの騎兵か……。あそこまで威力があるとは……」

「ゴブリンをスレイプニールに任せ、あの長いランスでオーガの頭を抜くか……」

 

 ラナーがいなければ将軍達は今後の対応を口にしていただろう。俺も今すぐ聞きたいが、王国は今の所友好国だ。バルブロの暗殺を実行していようとも、戦争の準備を行っていようともまだ友好国だ。ラナーの前で話すわけにはいかない。

 

「まあ! 今度はヒポグリフですか! お兄様は常々空中戦をやってみたいとおっしゃっていたのでごきげんのようです。ほら、ジルクニフ様、お兄様が独り占めなさるようですよ! ふふっ、まるでご飯を待てない子犬のよう……。ステキですわ……」

「え? いや、そ、そのようだね。ヒポグリフは高いから楽しんでくれるといいのだが……」

 

 そう、高いのだからせめて苦戦してほしい。できればラナーの言う通り、空中戦で苦戦して弱点を露呈してほしい。

 

 そんな願いも叶わずあっさりと三頭のヒポグリフが屠られた。そう、あっさりだ。一匹は上空に舞い上がる途中で落とされ、一匹はグリフォンがすでに上空にいるというのにそのまま上昇を続けている間に上から襲われ落とされた。

 

 もう一匹は助走をつけてから飛ぼうとしたのか、走ってから翼を広げたが、その頃にはスレイプニールが追いつき、ランスで叩き落された所を後続の騎士にランスで突き刺された。

 

 ラナーの言っていた『空中戦やってみたい』とは何だったのだろうか。ヒポグリフがまるで止まってるように見えた。バルブロはどう見てもグリフォンを乗りこなしてるだろう。それもロイヤル・エア・ガードなど話にならないほどだ。

 

 しかも騎士団は仕留めたヒポグリフを槍に掲げながら走り、バルブロは観客席の近くを威嚇するように回り始めた。もっと悲惨な、――人が残虐に殺されるような催しで悲鳴が上がることはあるが、ここまで悲鳴が続く事もないだろう。見るとグリフォンが近づくたびに逃げようとして転げ落ちる観客もいる。

 

 じいの方を見るとじいはわずかに首を横に振った。つまり、この後予定していたロイヤル・エア・ガードと魔法詠唱者の出番はナシだ。まぁ俺も無駄だと思う。その旨を興行主に手振りで伝えた。

 

 




 お待たせしました。前半のバルブロパートは一日で書き終わったのに後半書くのにすごく時間かかった件……。しかも陰謀パートは丸ごとカットという暴挙! 次回をおたのしみにー。

黒祇式夜さま
誤字報告ありがとうございました。


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18 ザナックくん

バルブロ:主人公。遊びすぎて知能がヤバイ
ラナー:ヒロイン。欲望に忠実すぎて中身がヤバイ
ブルムラシュー候:無理やり王国騎士団に資金提供させられた上に、前話でラナーが天然を装ってジルクニフに王国騎士団の資金源だと漏したので色々ヤバイ
ランポッサⅢ世:バルブロの社交性がポンコツすぎて胃がヤバイ
レエブン候:ラナーのせいで尽く裏目を引いてヤバイ
ザナック:今回の被害者。ニゲロ



 帝国の闘技場はいいものだ。初めて空中戦を経験したが、ロイヤル・エア・ガードはもっとすごい展示飛行をするのだろう。あ、皇帝の戴冠式で見れたかもしれない。惜しい事をした……。いや、ラナー様の帝国風ドレ……、お茶会の方が重要だったはずだ。

 

 ただ、折角なのでもっと空中戦をやってみたい。きっと帝国の闘技場の事だから的用のヒポグリフが量産されているのだろう。初心者の俺に合わせて加減してくれていたに違いない。さすがは興行主(プロ)だ。こちらの力量に合わせた接待プレーもお手の物である。

 

 となればここはもっと興行主(プロ)に甘えて空中戦の手ほどきをして貰うのが一番だ。きっと順々にレベルアップして行き、もっと上手くなればアドバイスももらえるに違いない。

 

 そんな訳で今日も元気に闘技場へ行こうとしたらブルムラシュー候が明日王国に帰るから用意しておいてくれとか言ってきた。いや、まぁ……、付き添いがメインで闘技場はお遊びなのだからしょうがないのだが、ちょっとしょんぼりである。

 

「うーむ、了解した。しかし、今日で最後なのだから闘技場で―――」

「で、殿下! その、闘技場は予約が必要なようでして……」

「お、おう……マジで?」

「マジでございます。ですから今日は大人しくしていただけると……」

「うーむ……」

 

 ブルムラシュー候に真顔でマジと言われてしまっては大人しくしているしかない。しかし大人しくしていろと言われると余計遊びに行きたくなるのはなぜなのだろうか。勉強しようとして机に向ったつもりなのにいきなり机の掃除を始めてしまう心境もこれに似たような所がある。人類永遠の謎である。

 

「お兄様、おはようございます。ジルクニフ様より贈り物が届きましたわ」

「うむ、おはよう、ラナー。……ジルクニフ様?」

「ふふっ、気になりますか? お兄様」

 

 ジルクニフさんからの贈り物よりラナー様がジルクニフ様と呼んだ事の方が気になった。普通なら皇帝陛下などと呼ぶハズだ。いつの間にそんなに親しくなったのだろうか。確かにジルクニフさんはかっこいいだろう。実際にあった事はないが、きっとモテる男ランキング(現地勢調べ)なんかがあったらトップを争うレベルだろう。ナザリックを入れたらモモンガさん一択なのでそもそも集計する必要がない。

 

 しかし、ラナー様はジルクニフさん脳内ランキングで嫌いな女第一位に輝き続けていたハズなのだが、もしかしてラナー様はジルクニフさんの事を好きになってしまったのだろうか。それは危険だ。かわいい妹の恋を応援しないわけではないが、ジルクニフさんだけはいけない。成就してもしなくても俺の生存フラグが行方不明になってしまいそうだ。

 

「う、うむ……。その……気になるというか……」

「むー。お兄様、たまにははっきりおっしゃってください」

「うむ、頬を膨らませるラナーはかわいいな」

「そうですか? ふふっ、お兄様ったら……」

 

 「練習した甲斐がありました」とつぶやきながら頬をくにくにさせながらイヤンイヤンするラナー様いわく、ジルクニフさんとは昨日闘技場でたまたま会って話しただけで、様付けなのはその時に名前で呼び合う事になったそうだ。まぁ会う機会はないだろう。

 

 そして、ジルクニフさんからの贈り物はなんとヒポグリフの装備3セットだそうだ。太っ腹である。なんでもヒポグリフとそれに乗る騎士が減ってしまったらしい。

 

 ううむ、事故だろうか。それとも鮮血されてしまったのだろうか。どちらにしろ俺は乗れないので研究用にワンセットあればよかったのだが、ありがたく騎士団で使わせてもらおう。

 

 

 

 そんなこんなで戻ってきましたリ・エスティーゼ! と言っても特別やることがあるわけでもなく、平穏な日常に戻った。ラナー様の部屋で帝国風ドレスを堪能……、いや、視線誘導に耐えながらお茶を飲み、お昼ご飯を食べ、午後からはランスチャージごっこに励む。そんな毎日だ。

 

 父上への報告はすでにラナー様が作成したのものにサインしてあるし、そもそも俺はブルムラシュー候の道中警護で一緒に行っただけだ。きっとラナー様の報告書も『○月□日、晴れ、今日は盗賊がいっぱいで楽しかったです』とかそんな感じだろう。

 

 つまり、何が言いたいかというと……。

 

「国王陛下がお呼びです」

「ふむ、今はラナーとのお茶会で忙しい。父上にはそうお伝えしてくれ」

「いえ、必ず連れて来いとの事でしたので、お急ぎください」

 

 なぜか父上からの呼び出しがかかって近衛兵がいるのだ。今までは色々とやらかして思い当たる節がたくさんあった。しかし、今回に限ってはまるで思い当たる節がない。そしてこんな時こそ嫌な事が多いのだ。俺の勘もそう言っている。

 

「ふむ、ラナー。今回ばかりは全く身に覚えがないのだが、なんだろうか……」

「ふふっ、そうですわね」

 

 いつも優しく教えてくれるラナー様が教えてくれない。もしかしたらラナー様も一枚噛んでる可能性が出てきた。

 

 もしかしたら視線誘導に耐えるための訓練内容の報告とかもされているのだろうか。であればかなり不味い気がする。いや、帝国風ドレスに慣れるために必要なことなのだと断固言い張るつもりではあるが、物理的に引き離すために外国に送られたら困る。

 

 特に竜王国とか法国とかすごく困る。生きて帰れる気がしない。

 

 結局「慶事ですのでご安心ください」との事でラナー様に教えて貰えず近衛兵に連行された。ラナー様がそう言うのであれば大丈夫なのだろう。安心していいのだろう。……不安だ。

 

「お久しぶりです、父上」

「うむ。久しいな、バルブロよ。帰還の挨拶くらいは来ると思っていたのだが、まぁ今さら言っても無駄だろう。それで帝国の新しい皇帝をどう見た?」

 

 ふむ、どう見たも何もそもそも会っていない。そう王族語で伝えたら父上はため息を吐いた。ついでに何しに行ったのかと聞かれたのでラナー様の警護のついでにブルムラシュー候の道中警護にと答えたらなぜか怒られた。

 

 慶事とは何だったのだろうか……。ラナー様の勘も外れる事があるらしい。まぁ少しくらい外れた所で最終的に楽隠居ができるのであれば問題ない。

 

「バルブロよ。お前には期待しておるのだ。それなのになぜ王族としての自覚がないのだ」

「自覚ですか?」

 

 王族としての自覚がないのはきっとラナー様に任せて楽隠居を目指しているからだろう。なぜ期待されているのか全くわからないがそのまま言うのは憚られる。そもそも期待するならラナー様、次点でザナック(未遭遇)だろう。

 

 「全くわからない」といった感じで素で口に出してしまったのが悪かったのだろう。父上が説教モードに入ってしまった。「そもそも王族というものは~」から始まり、いつの間に練習したのか饒舌に語り始めた。

 

 つまるところ要約すると、そろそろパーティ出ろ、貴族と社交しろ、さっさと婚約者探せ、訓練はいいけどマナーの勉強をしろ、との事だ。ザナックはすでにパーティデビューも果たし、貴族と社交しまくりだそうだ。さすがはザナック(未遭遇)である。

 

 しかし午後のお遊びが訓練になっていてびっくりだ。だが、訂正してはいけない。絶対に説教が長引く。説教を短くするコツは聞いてるフリしてひたすらコクコク頷く事だ。

 

「うむ、分かってくれて何よりだ。分からぬようであれば無理やりパーティに出す事も考えたが、お前の好きそうな催しをレエブン候が考えてくれてな。そこをお前の初披露目の場としよう」

「は、ありがとうございます」

「うむ、では教育係の―――」

 

 「うむ、では」と来たら下がってよいという事だろう。とりあえずいきなりパーティに出される事にならずに済んでよかった。やはり説教回避法はこの世界でも有効なようだ。さっさと脱出してラナー様の部屋へ帰ろう。

 

「って、待て! ここからが重要な―――」

 

「なっ!? このタイミングで出て行くのか!」

「殿下ぁぁぁあああ! お話は終わってませんぞぉぉぉおおお!」

「お戻りください! 殿下ぁぁぁあああ!」

 

 何か聞こえた気がするが全力疾走中だ。風きり音でよく聞こえなかった。まぁたいした事ではないだろう。

 

 

 

 父上の執務室から戻り、ラナー様の部屋でお茶を飲んでいたら知らない人が近衛兵に連れられて来た。金髪に緑の瞳の女性でどこかで見たような気がしなくもない。

 

「お初にお目にかかります、バルブロ殿下、ラナー殿下。このたび陛下よりお二人の教育係を任されました―――」

 

 貴族らしい長い名前だった。そんなことはどうでもいい。家の名前がどこかで聞いた事があったような……。

 

「よろしくお願いします、アインドラ夫人。あら? お兄様、いかがなさいました?」

 

 アインドラ夫人の顔を見ていたらいつの間にかラナー様の瞳からハイライトが消えて目がドロリと崩れた。ラナー様の素顔を久しぶりに見た気がする。ラナー様の純真無垢な素顔はとてもかわいらしい。とりあえず撫でておこう。なでなで。

 

「いや、どこかでお見かけしたような気がしたのですが気のせいでしょう。お初にお目にかかります、よろしくお願いします」

 

 ラナー様をなでなでした後、アインドラ夫人に挨拶したらアインドラ夫人はびっくりしたような表情を一瞬浮かべた。ラナー様の表情が崩れたのが原因だろうか。それとも妹に気安くなでなでしたのが原因だろうか。……やらかしただろうか。

 

「いえ、失礼ながら殿下がご幼少の折、一度だけお会いしております。覚えていらっしゃらないかと思っておりました。娘のラキュースも明日来る予定ですが、本日はまずわたくしと親睦を深められればと思っております」

 

 ふむ、ラキュースさんのお母さんでラキュースさんも明日来るのか……。って、えええええ!? どうなってるんだ!? 誰かと思ったらラキュースさんのお母さんだったよ! 昔の記憶掘り出しても全く覚えてなかったよ!

 

「そそそ、そうでしたか……。失礼ながら面影程度しか覚えておりませんでしたのでお気になさらず。改めてよろしくお願いします」

 

 面影と言ってもラキュースさんのイラストとかだがな! ちなみにラキュースさんのお母さん、アインドラ夫人が来た理由はいくつかある。本来はラナー様の王族としてのマナー教育を行いつつ歳の近いラキュースさんをラナー様のお友達にしようという話だったのだが、ついでに俺の教育も行うとの事だ。

 

 困った事にラナー様はお喜びのご様子。完全に逃げ場が無くなった。こうなったら覚悟を決めて憑依前にされた教育を思い出そう。えーっと、マナーマナーっと……。

 

 アインドラ夫人と一緒にお茶しつつ細かい所を少しずつ直される。ラナー様はさすがにマナーも完璧なようで全く直される所がない。

 

「バルブロ様。お茶の途中でランスを持つのはお止めください」

「う、うむ。すまぬ、ついクセでな……。なでなで……」

「ふふっ」

「バルブロ様。ラナー様を撫でるのはお止めください」

「う、うむ……。ごきゅごきゅ」

「ふふふふふっ」

「バルブロ様。お茶は一口ずつお飲みください」

「う、うむ。……モジモジ」

「くすくす」

「バルブロ様。落ち着いてください」

 

 ううむ……、久しぶりにストレスが溜まってきた。午後のランスチャージごっこで発散しないと続かない気がする。

 

 

 

 そんなこんなでストレスフルな午前中の公務()を終え、ランスチャージごっこで溜まったストレスを発散すべくフル装備でガッチャガッチャと遊び場所に来たわけなのだが……。

 

「おお、兄上。お久しぶりです」

「ひ、久しいな、ザナック……」

 

 太っちょな子供。弟のザナックくんがなぜか俺の遊び場所にいた。初めましてなので動揺した。いや、別に俺のというわけではないのだが、子供にとって遊び場所はテリトリーだ。どんなに下らないと思ってもそこに踏み込んできたという事はザナックくんにとって覚悟のいることだったに違いない!

 

「もうお忘れになられているかと思っておりましたが、覚えておられましたか」

「うむ、弟よ。貴様には前々から期待しているのだ。忘れるわけがなかろう」

「おや? そのように思われているとは思いませんでした」

 

 妙に煽り口調の目立つザナックくんだが、彼のクセ―――つまりエ・ランテルのぷひーぷひー言う人と同じようなものだろう。それに彼は未来の王国の王、俺の楽隠居ルートには彼の好感度も必要だ。ここは兄として余裕を見せるべきだろう。

 

「うむ。父上から聞いているぞ? なんでも王族としてよく動き、貴族たちとうまくやっているそうではないか。これからの活躍にも期待しているぞ?」

「ははっ、父上も大げさな。とてもではありませんが兄上には及びませんよ」

 

 おお、さすがザナック。慇懃ながら謙虚に相手を持ち上げるとは……。父上が言っていた社交性が高いとはこの事なのだろう。まぁ、俺が身につけるのは無理だろうし、社交や交渉はラナー様やザナックくん担当だ。必要性すら感じない。王国の未来は安泰だな。

 

「何を言う。まぁ良いか。ところで今日はどうしたのだ? 乗馬の訓練か?」

「ええ、王族たるもの馬に乗れなければ話になりませんから……」

「そうか。怪我に気をつけろよ? 間違っても落ちるなよ?」

 

 そうなのか。確かに俺が始めて馬に乗ったのは今のザナックと同じ歳だと思うが、遊びに来て勝手に乗った。もしかしてあのまま普通に教育を受けていたら近いうちに乗馬訓練があったのかもしれない。

 

 だが、大丈夫だろうか。パッと見た感じ、ザナックくんが普通に馬に乗れるようには見えない。デミさんのゲヘナ時に乗っていたので後々乗れるようにはなるのだろうが、変に怪我をされたり落ちて死んだりしたら俺の楽隠居ルートに影響が出る。王国のお馬さんは大人しいので大丈夫だとは思うが、怪我には気をつけて欲しい。

 

「兄上は落ちた事がないとお聞きしましたが……」

「ふむ……」

 

 訝しげにザナックくんがそんな事を言った。ああ、なるほど。ザナックくんは自分の体型を気にしているのだろう。そして侮られたと思ったに違いない。落ちた事のないヤツにそんな事を言われたらイラッとするかもしれない。

 

 まぁ落ちようが漏らそうが怪我をしない限りお遊びなのだから気にしてはいけない。むしろ笑って盛り上がれるくらいがちょうどいい。漏らしそうになっても漏らした事はないがな!

 

 しかし、本当に俺は落ちた事がなかっただろうか……。うーん……。いや少なくとも2度は落ちたな。グリフォンに乗り始めてからだが、何度危険な目にあったか数え切れない。その中で2度ほどしか落ちていないのは奇跡ではないだろうか。

 

 まぁ普通に落ちていたら今ここに立っていない可能性が高いのだが……。

 

「いや、何度か落ちた事はあるぞ? 大事にいたらなかったのは幸運でしかない」

「そうでしたか。精々落ちぬよう気をつける事にします」

「うむ。ではまたな! 騎士アントン! お遊っ……、く、訓練の時間だ!」

 

 ザナックくんとのなごやかな会話を終えて、遠目にこちらを見ていた騎士アントンに声をかけた。そう、遊びの時間に突入だ。これから脳汁を出しまくらねばならぬのだ!

 

 

 

 

 

 side ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ

 

 リ・エスティーゼ王国第一王子であり、二つ上の兄、バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフは見目も良く、次代の王国を背負うに値する突出した能力を持っていると言われている。

 今の俺の年齢、12歳ですでにほとんどの教育を終え、政治に関わりながら自ら騎士団を育て始めた。そして彼らを率い、すでに数々の武功を挙げている。馬術の天才。王国最強の騎士団を率いる軍神。14歳にしてグリフォンを駆る王国の英雄だ。

 

 第三王女であり、五つ下の妹、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ

はその並び立つ者がいないほどの美しさと愛らしさを持ち、5歳の頃から兄バルブロの政治の手伝いをするほどの天才。何度か体調を崩し父上を心配させた事はあるが、その評価が下がる事はない。

 

 そして俺、第二王子のザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ。教育係になった者は褒めてくれるのだが、「上の二人と比べると……」という内心がどうしても透けて見える。努力はした。それこそ二人に追いつくために努力に努力を重ねた。

 

 しかし、聞こえてくる話は兄バルブロの活躍とそれを支えるラナーの話ばかり。所詮俺は二人の予備なのだと思い知らされるばかりだった。だが、俺に近づく貴族がいないわけでもなかった。

 

 六大貴族の一人。レエブン候。貴族派閥を纏め上げ、王派閥の貴族とも関係のあるまさに大貴族。彼と関わる貴族の数は他の貴族たちを圧倒するだろう。

 

 その事を知ったのは出会ってから少しあとになるが、なぜ近づいて来たのかはわかっていた。簡単だ。兄バルブロの代わりに俺を王座に据える事によって自分が実質的な王国のトップになるつもりなのだろう。

 

 悪くない話だと思った。しかも、レエブン候から聞いた兄と妹の実状を聞いて、ただ俺が劣っていたわけではない事を知った。

 

 兄バルブロは確かに騎士団を作り、グリフォンを駆る軍神だろう。しかし、兄上には圧倒的に足りないものがある。教育と社交だ。王族としてその二つは必須の能力だ。

 

 妹ラナーは確かに化け物だ。社交性はあまりないがバルブロの名前を使って根回しする事で自分の思い通りに政治に介入している。兄上の代わりに俺が抱き込めば王位は見えてくるとレエブン候は言っていた。確かにそうだろう。

 

 未来への展望が開けた事で俺はレエブン候と手を組むことにした。レエブン候が主催するパーティでデビュタントを果たし、彼の紹介で多くの貴族と顔を繋いだ。レエブン候の力の大きさもそこで知った。

 

 一年以上、レエブン候に貴族としての宮廷力学を学びながらレエブン候を後ろ盾に貴族たちと仲を深めた。そして貴族たちとの繋ぎが強固になった事で次の段階に入る事になった。

 

 そう、兄上が懸想する化け物を俺が抱え込むのだ。そして、兄上がいない時にラナーと何度か会った。

 

 なんか思っていたのと違った……。むしろレエブン候は正しいのかと彼に疑問を持つ羽目になった。特にレエブン候の話ではバルブロはラナーに懸想しているから婚約できないはずだった。

 

 しかし、ラナーの本音を聞く事ができれば何の疑念を抱く隙すらなく理解できる。ラナーはバルブロを―――さっぱり分からん事だが鎖で繋いで飼いたいほど愛しているらしい。ドン引きだった……。わずか7歳でそこまで逝っている妹にドン引きだった……。

 

 しかもバルブロは妹とのそういう事に対して忌避感を持っているそうだ。全くもってバルブロの方が正常だった。ラナーはそういった忌避感を徐々に薄れさせ、依存させ、邪魔する者を排除し、自分の欲望のために邁進した結果、ああいう評価につながっていただけなのだ……。

 

 冗談めかして「取引といかないか? 俺が王位を取ったらお前と兄上をくっつけて領地でも与えてやる」と言ったらラナーは笑顔で「乗りました」と即答した。思わず「即答か!」と再びドン引きした……。

 

 取引が成立した事で、ラナーは重要な情報をいくつも教えてくれた。貴族同士のこれまでの動向。帝国の状況とこれからの予測。対帝国のために動いている貴族に関する情報。父上の思惑とレエブン候の思惑。

 

 レエブン候の考えは俺も知っている。だからラナーの考えの正しさが嫌でもわかってしまった。

 

 レエブン候から聞かされていた宮廷力学は所詮宮廷内の話だった。そしてそれすら凌駕し、兄上や父上を使って王国貴族を手玉に取り、王国の未来を語り、対策しているラナーの頭脳はやはり化け物だった。

 

 やっぱり俺はいらないんじゃないかなと思った。だが、ラナーは俺すら使う気満々のようだった。このままレエブン候の下で社交を続け、貴族と顔を繋いでおく事は重要だそうだ。しかし、約束をせず、レエブン候に依存しすぎるなと言われた。

 

 そしていくつか書類にサインを求められた。それらにはすでにバルブロのサインが入っていたがじっくり読んだ。よく分からなかったのでラナーから説明を聞いた。単純に見れば国民に媚を売るようなものだが、長期的に見れば国を富ませ、貴族たちの力を徐々に削り、王家を富ませるための法案だった。将来王位に就くのであればとてもいい法案だった。当然サインした。

 

 ラナーの恐ろしさと計り知れない能力を見せ付けられた。そしてラナーはバルブロとくっ付くためなら王位はどちらでも良いそうだ。これはラナーの保険だ。つまり俺が裏切ったらバルブロに王位を取らせてくっ付くつもりなのだろう。裏切らなければ、そしてラナーの頭脳を生かす事ができれば王位を取る事ができるのだろう。

 

 俺の王位とラナーの陰謀のため、俺たちは午後に何度か暇を見て会う事になった。午前中はバルブロとのお茶会で予定が空く事はないそうだ……。兄上……、いや、王位に犠牲は付き物なのだ……。

 

 

 

 しかし、ラナーと会って本人の事を知り、ラナーから兄上の話を聞いて、兄上の事が気になった。実際に会った事はほとんどないのだ。記憶にある兄上は傲慢で見下すのが当然といったまさしく王族の人間だった。ラナーの話に出てくるようなポンコツではなかったのだ。

 

 実際に俺が王位を取るのであればラナーの話に出てくるポンコツ兄上の方が都合がいいハズだ。なのに、なぜか昔の傲慢な兄上であって欲しいという想いが捨てきれなかった。

 

 兄上の居場所は基本的に変わらない。午前中はラナーの部屋、午後は遊び場という名の練兵場だそうだ。俺は練兵場の視察と乗馬の練習を行うという理由で教育係や貴族の取り巻きを連れて初めて練兵場を訪れた。

 

 練兵場に着くと、取り巻きの一人が送り込んだという騎士を呼び、その騎士から説明を受けた。

 王国騎士団に所属する貴族は二種類いる。最精鋭と精鋭だ。王国騎士団の騎士の間に確執はないそうだが、実力の隔たりは大きく、それはバルブロ以外誰もが認めているらしい。兄上が認めないのは意味不明だがそこは聞いて欲しくなさそうだったので聞かなかった。

 

 残念ながらその騎士は精鋭の方だったが、最精鋭の人間は異常なのだそうだ。基本的に王国騎士団の騎兵は重装備の上、重装備された八本足のスレイプニールという魔獣に乗り、馬上槍(ランス)と盾で戦う。どの騎兵でもそこは変わらない。

 

 しかし、最精鋭、――つまりバルブロについていける騎兵だけがバカみたいに長い金色のランスを持つことが許されており、その数は10しかないという。騎士団内ではそのランスを考案した人間の名前を取ってバルブロランスと呼び、誰もがそれを持つことを目指しているそうだ。

 

 試しに案内の騎士が持っていたランスを補助してもらいながら持ってみたがバカみたいに重かった。金色のランスは重いなんてものではないらしい。さらにそれに団旗を装着し、そのまま戦うような猛者までいるそうだ。そいつは本当に人間なのか? 兄上も人間をやめたのか?

 

 しばらく説明を聞いていると、ガチャガチャと鎧の立てる音が近づいてきた。前を見ていないのか、その人物はバルブロランスを抱えながら左腕に取り付けたバカみたいにでかい赤と黒の見た事のない形の盾をいじりながら歩いてきた。

 

 ヘルムのバイザーが上がっており、その人物が誰なのかわかった。兄上だった。ランスだけでも動けなくなりそうなほど重いのに、さらに重装備な上に馬鹿でかい重そうな盾を持っているにも関わらず平然と歩いてくる様は正直怖かった。

 

 いつも近づく人間を選別する取り巻きの貴族たちも畏怖か恐怖か分からないが頭を下げながら道を譲っていた。

 

「おお、兄上。お久しぶりです」

「ひ、久しいな、ザナック……」

 

 貴族と接しているうちに身に付いた笑みを意識的に浮かべて挨拶すると、兄上は戸惑ったような表情を浮かべた。確かにここに俺がいるのは場違いだろう。

 

「もうお忘れになられているかと思っておりましたが、覚えておられましたか」

「うむ、弟よ。貴様には前々から期待しているのだ。忘れるわけがなかろう」

「おや? そのように思われているとは思いませんでした」

 

 ラナーから聞いていたポンコツ兄上か確かめるために嫌味も篭めてみたのだが、自信満々に笑顔まで浮かべて答えられた。本当にラナーの言っていた事は正しいのかもしれない。 

 

「うむ。父上から聞いているぞ? なんでも王族としてよく動き、貴族たちとうまくやっているそうではないか。これからの活躍にも期待しているぞ?」

「ははっ、父上も大げさな。とてもではありませんが兄上には及びませんよ」

 

 ん? おお! これはもしかして兄上なりの嫌味だろうか。「裏でコソコソと動いているのは知っているぞ? そんな事は障害にもならんが精々がんばれ」といった所だろう。嫌味を言われたハズなのに少し嬉しくなってしまった。

 

「何を言う。まぁ良いか。ところで今日はどうしたのだ? 乗馬の訓練か?」

「ええ、王族たるもの馬に乗れなければ話になりませんから……」

「そうか。怪我に気をつけろよ? 間違っても落ちるなよ?」

 

 確かにこの体型を見れば心配にもなるだろう。しかし、兄上は馬から落ちた事はないと噂で聞いている。表情と言葉通り取れば本当に心配しているように思えるが、嫌味の線も捨てがたい……。確かめてみるか。

 

「兄上は落ちた事がないとお聞きしましたが……」

「ふむ……」

 

 兄上は何か記憶を探るように視線を外した。ここで、「俺は落ちた事はないがな」とでも言ってくれれば分かりやすいのだが……。

 

「いや、何度か落ちた事はあるぞ? 大事にいたらなかったのは幸運でしかない」

「そうでしたか。精々落ちぬよう気をつける事にします」

 

 ……善意だった。どうやら俺は貴族の波に揉まれすぎていたらしい……。しかも落ちた事があるらしい。気をつけよう。そして、さようなら、傲慢な兄上……。

 

「うむ。ではまたな! 騎士アントン! お遊っ……、く、訓練の時間だ!」

 

 兄上! 今お遊びって言おうとして取り繕いましたね!? ああ、なんということだ。ラナーの言う通り、バルブロ兄上はポンコツだったのだ……。

 

 その後、俺は兄上や最精鋭の騎士の笑い声が木霊する練兵場で恐ろしい光景を横目に見ながら乗馬の練習に励んだ……。

 

 

 

 




 
頬を膨らませてむー
 ラナーの新技。アクトレスの職業レベルが上がり、表情を手で整える必要があるものの頬を膨らませる事に成功した。ラナーの成長が伺われる。アニメ第2期第7話では「むっかー」に進化。

ラキュースのおうち
 まずラキュース・アルベイン・デイル・アインドラは蒼の薔薇のリーダーとして露出が多いキャラ。ラナーの友達。重度中二病。家の名前がアインドラなのかアルベインなのか不明。ちなみにアニメではラナーが「アルベイン家に迷惑が~」と言っていた。一応アインドラ家にしておきました。

ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ
 第二王子。今回の被害者。現在12歳。バルブロとレエブン候のせいでこんな歳から動く事になったかわいそうな子。この歳でこれだけ動ければ天才の域に入ってると思う。原作ではレエブン候やラナーと組んで王位に就く予定。アニメ版みたいにちょっと捻くれた感じを出そうとしたらツンデレ風味になってびっくりした。ポストランポッサⅢ世。

バルブロランス
 金ぴかランスの騎士団内での名称。個人的にはラナーランスにしたかった。ただ、理由付けが思いつかなかったのでこの名称にしました。


 サブタイトル迷いました。ザナックほとんど出てないけど深夜のテンションでこんな感じに……。次回はラキュースさんが出る予定です^^


ジャックオーランタン様 黒祇式夜さま
誤字報告ありがとうございました


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19 ラキュースさん

バルブロ:主人公。第一王子。ザナックにポンコツなのがバレた
ラナー:ヒロイン。第三王女。ザナックにヤンデレを晒した
アインドラ夫人:二人の教育係に抜擢された。教育できるかは不明
ラキュース:初登場。14歳。未発症

遅くなってすいません。悩みに悩みぬいてキレはイマイチだし微妙感がぬぐえませんがこのまま投稿します><;


 

 ザナックくんとの遭遇は予定外だったが遊んでいるうちにいなくなっていた。そして今日はラキュースさんと遭遇する予定である。原作キャラの中でも上位に入る美人。期待しないはずがない。ただ、ラキュースさんが冒険者にならないと王国の未来が危ないので、間違っても口説いたり婚約者などになってはいけないのが辛い所だ。会えるだけでも役得だと思おう。

 

 ラナー様の部屋に行くと、ラナー様、アインドラ夫人、ラキュースさんと思われる少女の三人でお茶を飲んでいた。

 

「ふむ、遅れてしまったかな?」

「おはようございます、お兄様。いつも通りですよ?」

「おはようございます、バルブロ殿下。本日もごきげん麗しく―――」

 

 アインドラ夫人が立ち上がり貴族らしい長い挨拶を始めると、ラナー様とラキュースさん(仮)も立ち上がった。その間にチラチラとラキュースさん(仮)の観察を行う。豊かなクセのある長い金髪と気の強そうな緑の瞳、顔も整っており、ラナー様とは違う美しさを持っている。しかもラナー様より年上なのか、すでに胸が膨らみ始めている。

 

 ラキュースさん(仮)の胸元に目が行った瞬間、視界の隅でふわりと揺れた。そちらに視線を移すとラナー様が少しむくれた様子でフリルたっぷりのスカートを手でキュッと握っていた。

 

 そしてそれをじわじわ上げては揺らし、ラナー様がチラッと他の二人に視線を送ってそれに釣られて俺も視線を送ると、再びラナー様はスカートを揺らした。ラナー様のいいように視線が釣られてしまうのはきっと他の二人が静止状態にあるからに違いない。

 

 そう、人間は動く目標につい目が行ってしまう生物なのだ。決して、そう決してフリルたっぷりのスカートやラナー様の白いヒザが原因ではないのだ。

 

 はっ!? そういえば女性は視線に敏感だという話を聞いた事がある。ラナー様が初めて帝国風ドレスに身を包んだ時に実感したハズだ。つまり、ラキュースさん(仮)の胸元に俺の視線が行った事に気付いたラナー様が、初めて会う女性に嫌われないよう視線誘導してくれたのか……。

 

 さすがラナー様である。少しむくれていたのは今までの視線誘導に対する訓練が無駄になったと思ったからに違いない。今ではむくれていたラナー様のほっぺがつり上がり、目をドロリと溶かしてステキな笑顔を浮かべていらっしゃる。うむ、ラナー様のスカートに集中しよう。

 

「――バルブロ殿下。本日は娘を紹介する栄誉をお与えくださり感謝いたします。こちらは娘のラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。殿下と同じ14歳で少々やんちゃではございますが、今後ともよろしくお願いします」

「お初にお目にかかります、バルブロ殿下。ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラと申します。よろしければラキュースとお呼びくださいませ」

「……う、うむ。バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフだ。バルブロと呼んで構わない。よろしく頼む」

 

 ラナー様に集中するあまり少し反応が遅れてしまった。しかし初対面の女性の胸をちらちら見る羽目にならなかったのだから良しとしよう。そしてやはり彼女はラキュースさんだったようだ。蒼の薔薇の中二病患者という印象が強いのだが、普通に貴族らしい貴族だった。ただ、隠しているのか未発病なのか微妙なラインだ。

 

 自己紹介が終わる頃にはほんわかした笑顔に戻したラナー様が「それではお茶の続きをしましょう」と言って俺の腕を取って席に案内してくれた。ラナー様がいつもお茶を入れてくれるのだが、昨日からアインドラ夫人がちょくちょく手ほどきしている。

 

 ラナー様のおかげでほんわかしたお茶会ムードに移行したので俺もいつも通りランス片手にラナー様の新作ドレスを愛でる作業へと移行した。ただ、今日のドレスは王国風ドレスなのでガードが固めだ。

 

 逆に言えば帝国風ドレスでさらけ出されていた部分が隠れいていた部分の破壊力が上がっており、胸元の数ミリの隙間にすら―――

 

「ところでバルブロ様は冒険者をなさっていた事があるとお聞きしたのですが、冒険者の生活はいかがでしたか?」

 

 ラナー様に集中していたら横からラキュースさんに話しかけられた。エロい想像に移る直前だったので心臓が跳ね上がった。いや、何も考えてない。そう、ラキュースさんは社交力を上げるために話しかけてくれたのだ。妹の胸元をジロジロ見ているのがバレたわけではないハズだ! バレてないよね……? と、とりあえずどんな突拍子もない質問だろうと平然と答えねばなるまいて……。

 

「ふむ。冒険者か……。懐かしい響きだな……」

 

 えーっと、冒険者の生活か。お小遣い稼ぎのために登録して、しばらくカッツェ平野で遊んでた記憶しかないな……。

 

 あれ? 冒険者って何する職業だったっけ……? 少なくとも騎士団(おともだち)と一緒にお馬さんに乗ってランスチャージごっこする職業ではなかったハズだ。確かに冒険者プレート(あそびどうぐ)を取るためにがんばった。そしてカッツェ平野で遊べるように俺以外のみんなが色々とがんばった。

 

 うむ。よくよく考えたら俺自身は冒険者ごっこを全然してなかった気がする……。今さらだが、やらかしたのではなかろうか。こう、ランクアップの喜びとか、依頼を受けてなんやかんやとか、レアモンスターの討伐とまではいかなくとも冒険者らしい事をしておけばよかった……。

 

「やはり貴族には難しいものなのでしょうか……」

 

 遠い目をして「そういえば冒険者って何だろう」とか考えていたのが悪かったのか、ラキュースさんがしょんぼりしてしまった。ああ、ラキュースさんは冒険者になりたいお年頃だったのか。それでそんな質問をしたのだろう。ここは冒険者株を上げてラキュースさんを冒険者の道へ進めねば王国の未来が危ない!

 

「いや、そのような事はないぞ? 妹と会えない事を除けばあまり普段の生活と変わらなかったような気がしてな……」

「え?」

「え?」

「ふふっ」

 

 あれ? なぜかアインドラ親子が驚いている。どこに驚く所があったのだろうか。まぁ、ラナー様には以前冒険者ごっこをしていた時のことを話しているので特に問題はない。決して「あれはただのお遊びでしょう?」とかそういう笑いではないはずだ。

 

 しかしやらかしてしまった気がする。微妙にラキュースさんの冒険者評価を下げてしまったのではなかろうか。いや、普段のお遊びも楽しいから下げている訳ではないのだが、日常生活と一緒というのはあまりにも夢がなさ過ぎるだろう。うーん、何かこう「冒険者って夢のあるすばらしい職業だったんですね!」みたいなことを話さねば……。しかし困った。何も思いつかない……。

 

「いや、危険なモンスターに遭遇したわけではないし、所詮短期間の事だったので残念ながら大した事はしていないのだ。ただ、楽しい夢のある仕事であったな」

「まあ! やはりそうなのですね。実はわたしも冒険者に憧れておりまして―――」

「ラキュース! 申し訳ありません、殿下。その、ラキュースは夢見がちな所がありまして、そういったお話は控えていただけますと助かります」

 

 苦し紛れに言い訳しつつ冒険者評価を高めてみたらラキュースさんが目をキラキラさせて食いついた。具体的にどこに夢があるのかとか聞かれたら困るがきっと夢のある職業に違いない。ふむ、むしろ「それは自分で探すから素敵な夢なんだよ(キリッ」とか言えばごまかし切れる気がしてきた。

 

 しかしアインドラ夫人はラキュースさんが冒険者になる事には反対のご様子。まぁ普通に考えれば当然かもしれない。冒険者になりたいラキュースさんはぷくっと頬を膨らませてアインドラ夫人を見た。まだ子供っぽい所があるんだなと思ったがよく考えたらアインドラ夫人以外ここにいるのは全員子供と言っていい年齢だった。

 

 そして、この話の流れでラナー様の目がキラリと光ったように見えた。ラナー様にとってラキュースさんは役に立つ手駒、もとい、頼りになるお友達だと察知されたのだろう。そして今はソレを作る絶好の機会。ラナー様も逃す気はないようだ。

 

「あら、ラキュース、冒険者になりたいのですか?」

「ええ、そうなのよ、ラナー。この前もアズス叔父様に話を聞く機会があってね―――」

「ラキュース、今そういった話をするのはおやめなさい」

「はい。ラナー、後でね?」

「ええ、ラキュース。後でぜひ聞かせてくださいね」

 

 うむ。このあとラナー様が親交を深めつつラキュースさんを冒険者の道へ導いてくれることだろう。そもそも俺がどうこうしようと思わなくてもラナー様が王国を導いてくれるのだ。下手に手を出さない方が良いに決まっている。

 

「ところでお兄様。お兄様のデビュタントについてお父様からお聞きになっていますか?」

「デビュタントか……。そういえば確かレエブン候が何か催しを用意してくれるとは聞いているが詳しい事は聞いてないな……。ラナーは何か聞いているのかい?」

「ええ、聞いております。御前試合を行うようです。何でも平民から強者を探し、新たに兵団を作るのが目的とか……」

「ああ、なるほど……」

 

 御前試合……。つまりあのガゼフ・ストロノーフとブレイン・アングラウスの戦いを観れるのか! しかもブレインさん獲得の大チャンス! しかし、ここでブレインさんを逃がすと再ゲットのチャンスが大幅に減ってしまう。そうなると御前試合まで遊んでばかりではいられない。ブレインさんを釣り上げるためのエサを用意しておかねばなるまいて……。

 

 

 

 と、言うわけでやってきました、みんなの遊び場所。今日はみんな張り切ってキレイに整列してすでに騎士は団旗を掲げている。

 

「うむ、皆揃っているようだな」

「はっ! 本日は殿下のデビュタントのため、総員で儀仗訓練を―――」

 

 みんな妙にかしこまってると思ったらそういうことか。しかし、騎士アントン。お仕事(そういうの)は俺のいない時にやるべきだと思うぞ? 午後は基本的にお遊びの時間なのだ。それに今日は緊急の用事が入っている。

 

「よし! 今日は王都内の見回りを行う! 総員騎乗!」

「――行う予定なので――」

「うおおおおおお! 殿下が出るぞぉぉぉおおお! 団旗を掲げろぉぉおおお!」

「総員騎乗! 総員騎乗!」

「目標! 武器屋! お買い物だ! 総員突撃に備えい! 騎士トロワの隊は露払いを頼む!」

「はっ! 騎士トロワ、先行します! 従者隊は続けぇ!」

「殿下あぁ! せめて行進訓練に収めてください!」

 

 騎士アントン。テクテクと行進などしていたら王都全域の武器屋を回れないではないか。いや、グリフォンなら飛んで回れる気がしてきた。あれ? いつものクセで引き連れていく流れになったけど武器屋に詳しそうな人を何人か連れて行くだけでよかったのではなかろうか。

 

 しかし、ここまで来たら止まれない。すでに騎士トロワと従者たちが走り始めている。せめて騎士アントンにはお仕事をがんばってもらおう。

 

「騎士アントン! お仕事は任せた! 総員突撃! 〈突撃(チャージ)〉! 〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャージ)〉!」

「殿下ぁぁぁああああ! 総員連れて行かれたら訓練があああああ!」

「うおおおおお! 〈団旗を掲げろ〉ぉぉぉおおお! 総員突撃ぃぃいいいい!」

「「「突撃、了解」」」

 

 この後大店を中心に回ったのだがあまりパッとした刀が見つからなかった。騎士トロワに相談したら気を利かせた騎士トロワが隠れた名店を見つけてくれた。ただ、騎士団全員で突っ込んだら店員が全員逃げ出してしまったようで誰もいなかった。

 

 なぜか一緒についてきた騎士アントンが店内を漁り、帳簿や名簿を見つけたとの事でちょっとした騒ぎになったがよさそうな刀が大小二セットあったのでそれをいただいて行く事にした。当然王国のツケ払いだ。ただ、書類の書き方がわからなかったのでその辺りも騎士アントンに任せた。

 

 

 

 

 side ラナー

 

 なぜアインドラ夫人が教育係に選ばれたのか、なぜラキュースが一緒に来ることになったのか、その理由を気にしていないのは恐らくお兄様くらいでしょう。お父様はその事を理由と共に説明しようとしたのでしょうが、いつものように言いそびれてしまったようです。

 

 お父様やいくつかの貴族はラキュースをお兄様に宛がう事でわたくしと引き離し、宮廷で力を持ちたい貴族はアインドラ家を自陣に引き込み、宮廷での権力闘争での力関係を決定付ける―――そんな所でしょうか。

 

 お兄様はわたくしを愛してくださっている。当然わたくしも愛しているのですが、それを気に病む人間はとても多く、お兄様からわたくしを引き離そうと常に策が巡らされております。

 

 今回のお話もそのうちのひとつにすぎませんが、その全てを防ぎ続ける事は大変難しいのです。ただ、メイドが漏らした話から今回の相手はこの問題を解決してくれる相手かもしれないと思い、会ってみる事にいたしました。選ばれてしまったアインドラ家はきっと大変な事になっているのでしょうね。

 

 アインドラ親子が早めに来てくださり、お兄様より先にラキュースとお話ができたのは大成果でした。初めて会ったラキュースはどこから探してきたのか、とてもお兄様の好みを突いた女性でした。

 

 お兄様がお好きな金色の髪、お兄様のお好みからは少し外れますが、勝気で素敵な緑色の宝石のような瞳、そして真っ白な肌に整った顔。それに何より、わたくしと違い、血縁関係はとても遠いのでしょうし、歳もお兄様と同じで胸が相応に膨らみ始めております。見た目だけでしたらライバルになりそうです。

 

 それにラキュースはすでに知らされていたのか察している様子でした。そのためかラキュースはわたくしから見たお兄様の気性などの話を聞きたがりました。しかしお兄様のご活躍に話が移ると目の光や声の質が興味を隠せないものへと変わりました。それはかの十三英雄や冒険者のお話に憧れる少女のもののようでした。

 

 残念ながらわたくしがお兄様から聞かされているお話はとても英雄譚などと呼べるものではないので「詳しくはご本人にお聞きください」と言葉を濁しつつお兄様の噂の成否にお答えするくらいしかできませんでした。

 

 ただ、ラキュースにとってのお兄様は英雄という目標であり、婚約者候補などよりライバルとしての色が濃いようでした。そう、つまりメイドの話から推察した通り、ラキュースはわたくしの敵になり得ず、わたくしの手駒(おともだち)になりえる人物だと分かったのです。

 

 たとえラキュースがお兄様の婚約者となっても、わたくしとお兄様がラキュースの夢を後押しし、彼女を英雄への道へ進ませる限り、わたくし達の誰もが幸せになれるすばらしい間柄になる事に間違いはないでしょう。

 

 お兄様が来るまでにラキュースと打ち解ける事に成功し、ラキュースに合わせたわたくしを作ることにも成功しました。ラキュースはその変化をわたくしの緊張が解けたと感じた事でしょう。

 

 ただ、お兄様がラキュースを見た時、お兄様の目の色が変わったのが気になりました。確かにラキュースはわたくしも認めるほどお兄様の好みを突いております。しかし、ありえない事だとは思いますが、わたくしからラキュースに心変わりされるような事があってはなりません。

 

 そこで、少々はしたないとは思いましたが、お兄様がどうお考えか確かめてみました。少しだけスカートを上げるとお兄様の視線がいつもの愛情溢れたものに変わり、わたくしに移り、ラキュースに視線を誘導すると何度か見たことのある表情に変わりました。

 

 お兄様にとってのラキュースは新しいおもちゃと同価値だったようです。お兄様の愛に、つい嬉しくなりお兄様へわたくしの愛をお伝えしたのですが、他人のいる場所でこういった愛を確かめ合う行為というのは、その、つい表情が崩れてしまいそうになるほど胸がときめくものなのですね。帝国でもよく行っておりましたが、どうやらクセになってしまったようです。

 

 そして昼食を終え、ラキュースと二人きりのお茶会になり、お兄様とわたくしの事情をラキュースにも受け入れやすいように話し、頬を染めたラキュースの理解を得、ラキュースの夢をわたくしが肯定した事でラキュースとわたくしは気安い友人のような関係になる事ができました。

 

 ラキュースの好きな冒険譚や英雄と言われた方々のお話を聞き流しつつ今までの事を思い出しながらお茶を飲んでいたらラキュースが唐突に話題を変えました。

 

「ところでラナー。その、バルブロ殿下は最後のお話はちゃんとお聞きになっていらっしゃったのかしら?」

「ええっと、ラキュース、その……。御前試合で平民の実力者を集めるという所まではお兄様の頭に入ったと思います……」

「つまりそこから先は全く素通りだったのね? いつもあんな感じなの? 王国騎士団が怖いから新しく兵団を作るっていう話なのでしょう? 大丈夫なのかしら……」

「ええ、お兄様は要点を抑えたあとはご自分のお好きなように動きますから……。あとはわたくしが対応すれば問題ありません」

「え? ま、まぁ、あなたがそう言うのならいいのだけど……」

 

 ラキュースが心配するのも分かる気がしますがきっとお兄様は気にしていないでしょうし、わたくしも脅威だと思っておりません。

 

 王国騎士団は実質的にお兄様の騎士団ではありますが、貴族派閥の者が多いため貴族派閥の騎士団に見えます。対する近衛隊の存在意義は王宮を護ることです。そこで国王(おとうさま)は自らが動かせる力を持った兵団を欲しました。

 

 新しい兵団は帝国との戦争の備えという理由もありますが、宮廷内での力関係上、国王だけが動かせる兵団を持つ事に意義があるのです。様々な理由からお兄様のためにもなるでしょうし、わたくしもその考えに賛成しました。

 

 ただ、騎士や兵士として力のあるものはすでにどちらかに所属しているのが問題でした。そこでお父様からの相談にわたくしは平民から実力のある者を探し、忠誠を植えつけるよう進言したという経緯があります。

 

「ラキュースはお兄様がどう動くと思いますか?」

「えっ? そうね……。わたしはバルブロ殿下の事を噂でしか聞いた事がなかったからよくわからないけど、普通なら新しくできる兵団に圧力をかけるんじゃないかしら。平民の兵団相手だと、権威を示すためにも式典に参加したりパレードをするとか……」

「ふふっ、ラキュース。お兄様は貴族や平民に拘らないから貴族からの反発もあるのですよ」

「そうだったわね。ごめんなさい。聞いた事あったのに忘れていたわ。そうなると……思いつかないわね……。ラナーはどう思うの?」

 

 ラキュースは「愛するお兄様の事なら何でもわかるのでしょう?」とからかうような、挑戦的な目で聞いてきた。ラキュースを牽制するためにもここはちゃんと答えておくべきでしょう。ただ、お兄様の行動はたまに予想以上の結果を伴うので細部まで予測するのはとても難しいのです……。

 

「そうですね……。気にされていないならいつも通りだと思います。ただ、興味があって期待しているのでしたら今日はお買い物に出るのではないでしょうか」

「え? 王子様なのに? 自分からお出かけになるの?」

「ええ、お兄様は思い立ったら動いてしまう方ですから……」

「お忍びで外に、―――あっ、まさか騎士団引き連れてお買い物!?」

「ええ、お兄様は思い立ったら動いてしまう方ですから……」

 

 ラキュースはお兄様が思いつきで騎兵を引き連れて孤児にポーションを配った出来事を思い出したのでしょう。

 

「……問題にならないのかしら」

「ふふっ、宮廷では問題になるでしょうけど、お兄様は民に人気がありますからきっと問題にはなりませんわ」

「英雄になるとそういう自由も手に入るのね……」

「ええ、ラキュースもがんばってくださいね」

「ええ、ラナー、わたし必ず英雄になるわ!」

 

 

 

 ラキュースに良い印象を与え、彼女を英雄の道へ後押しする事はできたのですが、結局お兄様の行動に予想以上の結果が伴ってしまい、正確に予想する事ができませんでした。まさかお望みの物を所望するあまり後ろ暗い店を取り締まって実力のある平民へのエサを用意するとは思いもよりませんでした。

 

 

 






捕捉説明
Q.騎士アントンがお店にいたのはなぜ? 
 騎士ドゥリアンの武技に巻き込まれました

Q.隠れたお店?
 八本指(未結成の可能性アリ)の武器密売部門のお店(捏造)。何の前触れもなく騎士団の騎兵が突っ込んで来たのでそこにいた構成員は全員逃亡しました。ついでに騎士アントンが証拠見つけて粛々と処理したので潰れました。ついでにツケ払いではなく全部没収です



ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ
 19歳でアダマンタイト級になった以外の年齢は不詳。20~25くらいかなと想定して面倒なのでバルブロと同い年にした。金髪翠眼。美人。中二病。ラキュースさんの中二病描写のほとんどが魔剣に関係してるので魔剣を入手してから発病した可能性が高い。いや、中二病ごっこのおもちゃにしているだけかもしれませんが、魔剣入手まで発症していない事になりました。
 なお、ラキュースさんのために中二病を研究していたらとてつもない時間がかかってしまいました。結局実力が伴っているものの蒼の薔薇のメンバーってガガーラン以外全員中二病発言多すぎじゃね? とか思いました。まぁ、意味のないアーマーリングを小道具にしている辺り、ラキュースさんは飛びぬけてるますが!


今回の要点
ラナー:ふふふふふ(スカートふりふり
バル:チラッチラッ、ジィィィ
しうか:猫じゃらしかっ!

次回は御前試合をさらっと! いけるといいな……。


黒祇式夜さま
誤字報告ありがとうございました。


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