TSしてゲーム廃人になりました (さっちゃん☆)
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はじめの0歩

TSってジャンル好きなんでオリジナルどこまで書けるかやってみたくなりました


 「どこ見てんだ! こっちだバーーカ!」

 俺は自室のパソコンの前でゲーミングチェアに座りコントローラーを握りながら対戦相手を小馬鹿にしたような言葉を吐く。

 そしてゲーム内のキャラを操作しAR(アサルトライフル)から弾を連射、見当違いの方向を向いていた相手のキャラはなす術なく倒される。

 『ナイスソラ!』

 『さっすがぁ!』

 『やるねぇ!』

 「へへーん、残り2人も俺がキルして終わりだぜ」

 その直後にヘッドホンから仲間から賞賛の言葉が聞こえ得意げに鼻を鳴らす。

 殺した敵の死体の周りを動き回り近くに潜んでいるであろう残りの敵を索敵する。

 ─バンバンバン!

 するとヘッドホンから銃撃の音が聞こえ咄嗟にキャラを後ろに振り向かせる。壁の隙間にマズルフラッシュの光を確認、このままARで撃ち合っても先手を取られていては撃ち負けるため武器を片方のSR(スナイパーライフル)に変更そのままスコープを覗き込み弾丸を撃ちだす。

 「ヘッショもらいぃ!!」

 甲高い音と共に撃ちだされたSRの弾丸は相手の頭を撃ち抜き相手のキャラは即死、俺のキャラは防具を着込んでいたおかげでなんとか生き延びた。

 「あと一人!」

 『見つけた!東方向』

 『しゃあっ!ラスキルもらい!!』

 『あー!!ラスキル取られたぁ!』

 最後の敵は味方が見つけてくれたらしい。少し遠くでARを連射する音が聞こえるとそのまま画面に"友軍が敵を撃破しました"と文字が表示される。これで最後の敵を撃破、俺達の勝利だ。

 「よーし勝った勝った!」

 「これで3連勝〜」

 「今日は調子いいねぇ」

 昨日の対戦の勝率は6割くらいだったのに対して今日は9割近い勝率を出しているため皆機嫌が良さそうだ。かくいう俺も上機嫌だ。

 「今日はなんか調子いいしもう一戦いっとくか?」

 俺は笑いながら仲間にそう話しかけ、再戦する。を選択しようとする。

 今はまだ夜の9時だ。いつもは12時過ぎまでやっているしまだまだ続くだろうと思っていた。

 昨日はあまり勝率が良くなく萎え落ちといった形で10時半頃に終わってしまったが、今日は好調だからもしかしたら朝までやってるかもななんて考えていた。

 

 「あー、わりぃ明日日直だから遅刻できねえんだわ。今日は早めに寝ることにするわ!おやすみ!」

 が、メンバーの1人がそう言ってゲームからログアウトする。

 「そういや僕も明日日直なんだよねぇ、ぴーすけも落ちちゃったし僕も落ちる事にするよ。ソラまた明日ね」

 「ありゃ、2人とも落ちたのか。俺は別に遅刻したって構わないんだけど、流石に2人だと野良2人入れなきゃできねえし俺も落ちるわ〜」

 ぴーすけがログアウトするとそれに続いてあるふぁーもログアウト。そしてまたそれに続いてまぐまさんもログアウト。

 結局俺以外は全員落ちてしまったので俺も仕方なくこの【4to4(通称よんよん)】からログアウトする。

 そしてパソコンの電源を落とし、通話するため、ゲーム音漏れを防ぐために付けていたヘッドホンを外し、そのまますぐ横にあるベッドに飛び込む。

 周りを見渡せばカップ麺カップ焼きそばジュース缶のゴミが入ったゴミ袋が散乱しており。自らの不健康さがありありと見てとれる。

 不健康であると自覚しているにもかかわらず新たな缶ジュースを手に取り蓋を開け喉奥に流し込んでいく。

 「んぐっ……んぐっ…ぷはぁっ!」

 りんご味のジュースを飲み終え、空になったジュース缶をゴミ袋へ投げ入れる。

 ゴミ袋にまた新たなゴミが追加され袋がその分膨らむ。こんな部屋で生活をしていればいつか病気になって死んでしまうかもしれない、と思ってるし、むしろそうなればいいのにとまで思っていた。

 「寂しいなぁ……ちくしょー…」

 枕に顔を埋めて呟いた声はゲームをしていた時の声とは真逆と言っていいほどに高いソプラノボイスだった。

 それはそうだろう、さっきまでは自分のこの声を誤魔化すためにわざわざ買ったボイスチェンジャーを使っていたのだから。

 

 何もネナベをしているだとかそういうわけじゃないし、かと言って性同一性障害だという訳でもない。いや、今の現状を見ればそうなのかもしれないが元々俺は男だったのだ。

 何を馬鹿な事をと思うかもしれないし、ネナベをしていてこじらせたのか?と思うかもしれない。俺も他人がこんなこと言ってたらそう思う。

 だが、本当にそうではないのだ。

 性転換病、という病がある。社会の認識では単なる割と有名な都市伝説としか言われていないが、この読んで字のごとく性別が変わってしまう病気は実在する。それはこの俺が身をもって証明している。

 

 最初の症状は微熱だったり体のあちこちがチクチク痛んだりしただけだった。

 だから俺は風邪かなにかだろうと思って薬を飲んで寝ていた。

 しかし一向に症状は良くなる気配を見せず、それどころか熱は39度を超え、体は内側から破られるような痛みを感じた。

 流石にこれは風邪ではないと母さんが救急車を呼び、俺はそのまま病院へはこばれた。

 病院に運ばれた後、俺は痛みに耐えきれず気絶し。それから2日経ち、目を覚ますと女の身体になっていた。というわけだ。

 

 目が覚め、まだ頭が目の前の光景を受け入れることが出来ていない状態で俺はこの病気について、今後の対応について聞かされた。

 この病気の発症率は1000万人に1人と極めて低いこと。

 この病気の治療法は何もないということ。

 男から女に変わったことにより、別の戸籍が用意されたということ。

 そして男だった頃の俺は死亡扱いになる。ということ。

 この病気にかかった者は政府から多額の援助が得られる。ということを説明された。

 

 死亡扱いになった理由は、なんでもこの性転換病が世間に露呈すると面倒な事になる。俺が元男だとバレると今後の生活に支障をきたす場合がある。という理由から、政府から援助があるのはこの病気にかかったものは変わった身体になれるまでに大きな時間がかかるため、そしてこの病気を公にしないようにという口封じの意味も込められているらしい。

 

 言いたいことを言うだけ言ったスーツ姿の男達は、そそくさと出ていってしまい、病室には俺と母さんの2人だけが取り残された。

 その後俺の事を聞きつけた父さんが顔を真っ青にしながら病室に飛び込み、俺と母さんの説明を受けて泣きながら俺を抱きしめてくれた。

 

 それでもう俺は限界だった。いきなり身体が変わってしまったこと、男の俺が勝手に殺されてしまったこと、これからどうしたらいいのか、これからの事が不安になって怖くなって大泣きした。

 

 ふざけるな、なんで俺がこんな目に、と何度も思ったが、どれだけ叫ぼうが喚こうが身体が元に戻ることはなかった。

 

 それから3日ほど経ってようやく自体を全て呑み込むことができ、母さんから看護婦さんから女の身体、しくみについて教えられた。

 一番辛かったのはトイレの仕方だ。実の母親に15歲にもなってトイレを手伝ってもらうのは悶えるほど恥ずかしかった。あれ以上恥ずかしい経験はそうそうないだろう。

 

 それからまた1週間ほど経ち、ようやく俺は自分の身体に多少なりなれることが出来た。最初のうちは背が低くなりそれに合わせて手足も短くなっているため取ろうと思ったものが取れなかったり、うまく歩けず何もないところで転んだりして凄い苦労したが、慣れれば距離感を間違えることも何もないところで転ぶことはなくなった。

 

 身体が問題なく動くようになり、俺は退院を許可された。

 これでようやくくつろげる。と思ったが、まだ俺の葬式が残っており、否応なしに葬儀場へ連れていかれた。

 

 俺の葬式には結構な人数が来ており、親友の竜や数馬、浩輔。3年生の時担任だった田中先生やよく買い物に行っていた肉屋のおばちゃんや八百屋のおじちゃんも来てくれていた。

 

 「高校で一緒にサッカーしようって言ったじゃねえかよ…!」

 「今度一緒に行くはずだったキャンプ、楽しみにしてたんだぞ…お前無しでどうやって楽しめっていうんだよ…!」

 「死ぬにはっ…早すぎるだろっ…! 早すぎるだろうが…!!」

 「橘ぁ…! 先生に子供見せてくれる約束だっただろうが…!」

 「空ちゃん…今度店に来た時はコロッケサービスしてあげるって言ったわよ…早く取りにこないとおばちゃん忘れちゃうよ…!」

 「空坊…俺はお前が買い物に来るのをよく楽しみにしてたんだぜ…楽しそうにいろんな話を聞かせてくれてなぁ…ホントに年寄りの少ない楽しみだったんだぜ…!」

 

 この時が生まれてから一番辛かった。親友との約束を破ってしまったこと、先生とした約束を果たせそうにないこと、おばちゃんやおじちゃんに悲しい思いをさせてしまったこと。

 皆が泣かないで済む方法があるのに、それを実行できないのがとても辛かった。

 この場で本当は生きていると、私が、俺が橘 空だと、そう言えればどれだけ良かっただろうか。でも言えないし言ったところで信じてもらえない。それが俺は一番辛かった。

 

 そして、葬式が終わった時、橘 空は死んだ。という事実が心の中にすとんと落ちてきた。そして怖くなった。

 俺が橘 空として築いてきた色んな人との関係が全てなくなってしまったからだ。

 もう竜達は友達じゃない。田中先生は俺の元担任ですらない。肉屋のおばちゃんも八百屋のおじちゃんももう俺の事を知らない。

 そう思うとひとりぼっちになったようで酷く怖かった。

 

 俺の葬式が終わったあとはもうすることはなくなり、俺は家でぼーっとすることが多くなった。

 偶に外に散歩に出かけるくらいでそれ以外はずっと家にいた。

 

 葬式から1ヶ月程経ち、俺は久しぶりに外へ出ることにした。家にずっと篭っていても気が滅入るだけだし、少しは気分転換でもしようということで、よく遊んでいた大きなグラウンドがある公園にサッカーボールを片手に向かった。

 

 小学校の頃父さんに買ってもらったお気に入りのサッカーボールを蹴り、グラウンドを走り回る。

 ドリブルやシュート、リフティングを終え、十分すぎるほどに汗をかいたのでそろそろ切り上げて別の場所へ行こうとしたんだ。

 

 すると、よく遊んでいた竜、数馬、浩輔がサッカーボールを持ってグラウンドに入ってきた。

 俺は1ヶ月前に自分の葬式をしたことも忘れて、いつものように竜に話しかけてしまった。

 

 「竜、知り合いか?」

 「えーなになに、竜こんな可愛い子と知り合いだったの?」

 「いや…俺はこんな奴知らないけど…お前誰?」

 

 竜達の反応は当たり前の反応だった。

 でも、俺はそれを受け入れることができなかった。男の俺が死んだということをまだ受け入れることが出来ていなかったんだ。

 

 俺は竜達の反応に耐えきれなくなって、その場から走り出して逃げた。情けなく涙と鼻水を垂らして家の玄関に飛び込んだ。

 

 俺の居場所はとっくになくなってた。俺の事を知ってるやつは誰もいなくなっていた。

 俺は橘 空なのに橘 空じゃないんだ。

 でも、その事実を受け入れられるほど俺の心は丈夫ではなかった。

 

 それ以来俺は外に出ることが怖くなり、そのまま引きこもってしまった。

 政府からの援助金が俺の一生分の生活費を軽く超えていた事も俺の引きこもりに拍車をかけた。

 

 しかし、寂しがり屋と周りによく言われていた性格の俺がその生活をいつまでも続けられるわけもなく、1週間経たずしてネットのコミュニケーションツールに手を出した。

 そしてぴーすけ達と出会い、よくチャットでも話すようになり、仲良くなるにつれて通話もするようになった。

 ボイスチェンジャーを使えば男の声も出せるし、元より男だったのだから文章が女っぽくなることは無かった。

 だから皆俺を男と信じて疑わなかった。それが嬉しかった。

 ネットの中なら俺は男のままでいられる。ネットの中なら俺は橘 空のままでいられる。

 そうして俺はネットの世界にのめり込んでいき、今のような生活を半年続けている。

 

 「皆寝ちまったし、俺も寝よう…。」

 いっぱいになったゴミ袋をぎゅっと締め、部屋の隅に押し出して布団に潜り込む。

 そのまま目を瞑り眠りにつこうとしたが、枕の横に置いていたタブレット端末がピロンと通知音をたてる。

 「ん〜…誰だ? ってまぐまさんか。なんだいったい?」

 先程落ちたはずだが何か言い忘れたことでもあるのだろうか? そんな疑問を抱きつつも個別チャットの部屋に入り、メッセージを確認した。

 『今週末ぴーすけ、あるふぁ、俺でオフ会をやるんだがお前も来ないか? 』

 このメッセージが俺が変わるひとつのきっかけだったのかもしれない。




TSって気軽にできるものじゃないと思うんですよね


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1話 お風呂

まず一言。
遅くて申し訳ございません。
ちょっと色々忙しくて執筆の時間が取れませんでした。
けれども1週間に1話は必ず更新しようと思うので長くお付き合い下さい。


 『少し考えさせてくれ』

 これが俺のまぐまさんの質問に対して30分かけて考えた返答だった。

 チャットを送ると数十秒でピロンと再び返信の音が鳴る。

 『分かった。だけど明日までには決めておいてくれ』

 『了解』

 『じゃ、おやすみ』

 『おやすみ』

 チャットのやり取りを終え、俺はタブレット端末の電源を切る。そのままごろりと身体を仰向けにし睡眠の体制に入る。

 「(オフ会か…そういやひと月くらい前に言ってたもんなぁ…)」

 行きたくない。と言えば嘘になる。

 半年ほどの付き合いだが、大分仲良くしているし、趣味だって合う。話していて1番楽しいと思える人達だしきっと実際会えば来月発売される新作ゲームの話や今やっているアニメの話、よんよんのアップデートで何が来るのか?なんて話もしたい。

 だが、それと同時に会いたくない。とも思っている。

 理由は単純、会えば俺が性別を偽っていることがバレてしまうからだ。

 俺が騙していたことがバレればきっとぴーすけ達は怒るだろうし、もしかしたら話すこともできなくなるかもしれない。俺が男として過ごせる場所がなくなってしまうかもしれない。

 それだけは絶対に嫌だった。

 「(うん……ぴーすけ達には悪いけど断ろう)」

 別に合わなくたって話は出来る。いつもの4人から自分だけ外れるのは少し寂しいが、それでもバレるよりはマシだろう。

 とりあえず明日、まぐまさんに断りのチャットを入れようと心に決め、もう一度布団を深く被りなおす。

 チラりと横目でゴミ袋だらけの自室を眺め、少し寂しい気持ちになりながら、俺はゆっくりと夢の中へ落ちていった。

 

 ■ ■

 

 「ん……もう、朝か…。」

 カーテンの隙間から差し込む光に目を刺激され、俺はゆっくりと目を覚ます。まだ眠たいし寝起きで意識もはっきりしていないが、このまま布団でぐずって二度寝してしまうとなんだか時間を無駄にしているようで嫌だった。

 引きこもり自体が時間の無駄だと言われればそうなのだが、そういう時間の無駄とは何か違う気がする。

 とりあえずさっさとまぐまさんに断りの連絡を入れておこうと俺はタブレットの電源を入れる。

 タブレット内の時計を確認すると時刻は既に11:00を指しており、どれだけ惰眠を貪っていたのかが分かる。

 自分のだらけ具合に少し苦笑いを浮かべながらも、俺はチャットアプリを開いて、まぐまさんとの個別チャットを開く。

 「えーっと…とりあえず『色々考えたんだけど今回はやめておくわ、またやる時都合が合えば行くよ』…これでいいか」

 都合なんて一生合わない癖に、と自虐気味に笑いながら俺はまぐまさんへチャットを送る。

 後はまぐまさんからの返信を待つだけだ。

 俺はタブレットをスリープモードにして、ベッドでコテンと横になる。

 「はー…」

 横になりながら髪をくるくると弄る。長く伸び、真っ白な髪は半年前の俺の髪とは思えないほどにサラサラしていた。

 ここまで身体に悪い生活をしているのにまるで影響を受けていないのはなんでだろうか?なんて疑問を抱きながらも、まぁパサつくよりはマシなのかなと疑問を断ち切る。

 「ホント、髪の色まで変わっちまって…」

 元々俺の髪の色は黒だったのだ、間違ってもこんな雪のような白ではない。俺は身体が女になると同時に髪の色と長さも変わってしまったのだ。

 医者曰く、高熱、身体の激しい痛みのストレスによって脱色してしまったのではないかと言われている。政府のお偉いさんも今まで性転換病にかかった者は髪の色が変わるものは多いと言ってた。

 「あ、枝毛発見」

 自分の髪を手に取って眺めていると、数本の枝毛を発見した。他の髪が綺麗なことも合わさって余計に目立つ。

 そんな事をしていると、自分のお腹からぐぅ〜、と音が鳴る。

 「お腹すいたしなんか食べよっと」

 どんな時でも体は正直だなぁと思いながらベッドに貼り付いていた己の身体を剥がす。ダボダボのTシャツ1枚を身に纏った姿のままで俺は自室の扉を開けゴミ袋を持って外に出る。

 今は父さんも母さんも仕事に出かけてるし俺のこの格好を咎める人はいない。

 ぺたぺたと足音を鳴らしながらリビングに降り、ゴミ袋を裏口から外に放り、そのまま冷蔵庫漁りに移る。

 「あ、そういや今日は出前かなにか頼んどいてって言われてたっけ」

 そう言えばそうだった。昨日母さんは「明日は朝早くから行かなくちゃ行けないからご飯は出前かなにか取ってね」と言われていたんだった。

 別に出前なんか取らなくてもカップ麺でもあればいいのだが、あの手のものばかり食べていると両親が大泣きするから1日1食以上は普通のご飯を食べることにしている。

 「でもなぁ、丼とかピザって気分じゃないんだよな」

 チラシを手に取り眺めるが、あまり心を惹かれるものは無い。なんというか今は微妙なものばかりだ。

 これは嫌い、これの気分じゃない、これは好きだけど今日は別のものが食べたい。とわがままを言っていると、とうとう最後のチラシになってしまった。

 これで何もなければ適当に無難なものを頼もうか、と思っていたがどうやら当たりを引いたようだ。

 「おっ、いいじゃんお好み焼き、今はこういうのが食べたい気分だったんだよ」

 俺はチラシに書いてある電話番号に電話をかけ、お好み焼きを一人前注文する。

 どうやら30分くらいで届くようだ。

 「30分かぁ、1戦するには長いけど2戦するには短いんだよなぁ」

 待つ間の暇つぶしにすぐ4to4が思いついたが、試合中に出前が来ても中断できないので却下。アニメでも見て時間を潰そうかとも考えたが、この前見たかったシリーズは完結まで見たばかりなのだ。

 「……そういや、俺昨日風呂入ってねえや」

 どうやって暇を潰すか考えていたが、昨日4to4に熱中して風呂に入るのを忘れていたことを思い出した。

 いつもなら1日くらいと気にしないのだが、出前を届けてくれた人に汚いままで受け取るのは良くない。

 丁度暇なのだし、入っておいてもいいだろう。

 「しゃーねぇ、ちゃっちゃと入るか」

 俺は自室から適当な着替えを引っ張り出し、浴室へ向かう。

 着ていたのはTシャツとパンツ1枚だったのでぱぱっと脱いで風呂へ突入。

 ちなみにTシャツはなんの変哲もない無地で白色のTシャツで、パンツは男の頃にも使用していた黒のトランクスだ。

 

 レバーを倒して水を流す。まだ温水になっていないため飛び散ってきてとても冷たい。

 「半年経っても、これが自分の体とは思えないよなぁ…」

 チラリと鏡を見ると、シミひとつない色白の肌が映っていた。男だった頃は傷もあったし日焼け跡もあったしなんならシミだっていくつかあった。

 だが、性転換病によって体が作り替えられたせいでこんな男らしくない肌になってしまった。

 「やっぱ…贔屓目に見なくても可愛いよな…」

 男だった頃の自分の好みからすればこの容姿は間違いなくドストライクだ。色白の肌に艶のある髪、出るところはそこそこにでていて、引っ込むところは引っ込んでいて、それに加えてちょっと気の強そうなつり目は正直言って100点満点だ。

 「はぁ…これが自分じゃなきゃなぁ……!」

 しかしどれだけ好みであっても自分であっては意味が無い。再びはぁ、と溜息をつく。

 初めのうちは自分の体であっても慣れなくてドキドキしたし、見え隠れする桜色には大分ドギマギさせられた。

 だが、半年もこの体と付き合えば嫌でも慣れるというものだろう。今ではトイレをするのも風呂に入るのも問題なく出来ている。

 「あ、あったかい」

 そうこうしているうちに冷水がお湯に変わった。待ってましたと髪から流し始める。

 一通り髪や体を流し終え、シャンプーを手に取り泡立てる。そのままわしゃわしゃと雑に洗っていく。頭を力強く揉み込むようにして洗うこのやり方は男の頃と全く変わっていない。そのまま残った泡で後ろ髪を撫でるようにしてパパっと洗う。

 こんな洗い方をしているというのに髪が荒れることもなく枝毛が数本あるくらいなのは結構不思議だ。まぁ、丁寧に洗わないとボッサボサのぐちゃぐちゃになるよりは楽でいいのだけども

 洗い終わったらシャワーでザバザバと泡を落としていく。

 完全に泡が落ちたら次は顔だ。体にぺたっと引っ付く髪に多少の不快感を抱きながら洗顔フォームを手に取り、顔に塗っていく。少しスーッとする感覚に気分の良さを覚えるが途中から偶にヒリヒリするのでもしかしたら肌に合ってないのかもしれない。

 まるでパックをしたかのように顔面が真っ白になったら、お湯を手に貯めてパチャパチャと顔にぶつけていく。

 「ふぅ〜、すっとしたぜ」

 顔の泡を流し終え、つやっとした肌をペチンと叩く。

 さぁ、最後に体だ。昔はボディタオルでゴシゴシしていたのだけど、そうすると肌が赤くなってヒリヒリするからやめている。

 この分だと日焼けも酷いだろうから外に出る際は日傘をさした方がいいのかもしれない。まぁ、今は引きこもっているので日焼けすることもないだろうが。

 ボディソープを同じように手に取り、首からゆっくりと洗っていく。脇や足首足裏などの汚れが溜まりそうなところは重点的に洗っていく。

 「ふっ……んっ…んんっ…」

 この体になって半年経つが、未だに胸や秘部を洗うのは慣れない。なんだかむずむずと変な感じがしてくすぐったいのだ。

 胸はいいが秘部は嫌でも汚れるので重点的に洗わなければならないのだが、若干所ではない抵抗感があるのでいつも目を瞑ってちゃっちゃと洗うようにしている。

 「ふぅっ…ぅぅぅぅ……! ダメだ! これ以上続けてたらおかしくなりそうだ!」

 少しずつ頭がピリピリしてきたので怖くなって中断。妙に熱い身体にシャワーを思いっきりぶつけていく。

 体の泡が流れていくのを眺めながら、深呼吸をして息を整えていく。

 鼓動の早くなった心臓がゆっくりと元の落ち着きを取り戻し、トクン…トクン…と一定のリズムを刻む。

 「あー……洗っててこんな風になったの初めてかも……」

 ヤケに疲れたようなぐったりとした表情を浮かべ、風呂の椅子に座り込む。

 ちょっとひんやりしているが、少し火照った体にはちょうど良く気持ちがいい。

 「……なんか、ちょっとだけ大人になった気がする…」

 なんだか変な気分になったまま、俺はバスタオルを取ろうと浴室の扉を開けた。




僕が超絶美少女になったらまずはお風呂入りますね。
みなさんは何しますか?


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2話 こころがわり?

ホントに遅れてごめんなさい。全部古戦場って奴が悪いんだ。


 「はひー…さっぱりした…」

 風呂から出た俺は、髪と顔と体を拭き、湿ったバスタオルを洗濯機の中に放り投げる。

 今の季節は秋に近づいてきている9月頃ということもあって少し肌寒い。いつまでもこんな素っ裸の格好でいては風邪を引いてしまうので、そそくさと棚から自分のパンツとシャツを取り出す。

 最近は長袖を着ることが多いのだが、今日は妙に身体が熱く感じるため半袖に変更。

 「ん…しょっ…と…うへ、やっぱぶっかぶかだこれ」

 男だった頃に着ていたシャツなのでだいぶ今着てみると大分ぶかぶかだ。少し掴んで伸ばせば膝まで隠れてしまうかもしれない。

 まるで父さんのシャツを借りてるみたいだなと苦笑いしながら、持っていたトランクスタイプのパンツを履き、横のハンガーにかけてあった短パンを装着。

 一応の着替えが終了すれば、次はドライヤーをあてる作業に移る。

 「コレもめんどくさいよなぁ」

 そうぼやきながら、ブオオオオオという音を立てるドライヤーを手に取り、髪に温風をあてていく。

 半年前なら自然乾燥でなんの問題もなかったのだが、今は放っておくと服に湿った髪が当たって濡れて気持ち悪くなるし、髪が目に見えて傷んでくるので、めんどくさいのを我慢してドライヤーをあてる。

 水気の残っている髪の毛を手に取り、温風をぶつけ続ける。

 本当は、ある程度水気が抜けるまでバスタオルかなにかで髪を纏める、包んでおくといいらしいのだが、あいにく俺はそんな高等な技能は持っていない。母さんに聞けば多分教えてくれるだろうが、別にそこまで自分の髪にこだわりもないので放置している。むしろサラサラしすぎていると余計に女みたいになって嫌だった。

 

 ─ピンポーン

 

 そうこうしていると、どうやら出前が来たみたいだ。まだ少し水気が残っているが、待たせるのは届けてくれた人に悪いと思い。ドライヤーのコンセントを引っこ抜いて玄関へ財布を持ってダッシュ。

 一応除き口から宅配かどうかしっかりと確認して、ドアを開ける。

 「あ、お好み焼き屋のヒロシマで……す…!?」

 「あ、はい。ありがとうございます。おいくらですか?」

 ぱっとサンダルを履いて受け取りに出たのだが、何故か宅配の人が固まってしまった。どうかしたのだろうか?まさか、量を間違えたとかそういう訳でもあるまい。

 「あの…どうかしました?」

 「あっ…!ああ!いえ!なんでもないです!! お好み焼き1人前で750円です」

 「はい、750円丁度です。確認お願いしますね」

 値段はチラシの方で確認していたので、財布からサッと丁度の金額を取り出し手渡す。

 「で、では確認させていただきますね。 いちにーさんしーごーろくなな…はい、ちょ、丁度750円ですね、ありがとうございました」

 「ご苦労様です」

 俺は小銭と引き換えにお好み焼きの入った袋を受け取る。

 「あ、あの。失礼ですけど…そんな格好で外に出られるのはやめた方がいい…ですよ…? 変な人に襲われでもしたら大変ですから」

 宅配の人はお金を受け取ると、チラチラと俺を、正確には俺の足を見る。

 なるほど、この人もしかして俺が下に何も履いてないと思ったのか、確かに今の格好は上のシャツがデカいせいで下の短パンは隠れてしまうから見方によってはそう見えてしまうのかもしれない。

 確かに下に何も履いてない人がいきなり出てきたら困惑するだろうし、この人が少し固まってしまうのも仕方がないだろう。

 「あはは、大丈夫ですよ。ちゃんと下は短パン履いてますもん」

 流石にノーパンやパンイチで外に出るほど俺も馬鹿じゃない、クスリと笑いながら下の短パンを見せつけるようにチラリと服をめくる。

 「っ!?」

 「ね? 何も問題ないでしょう?」

 「あは、あはは…そうですね。ありがとうございました!またよろしくお願いします!」

 どうやら、分かってくれたのか宅配の人は頭を下げて走り去っていった。チラッと見た顔が真っ赤だったけど風邪でもひいていたのだろうか? ちょっとだけさっきの人を心配をしながら、俺はお好み焼きを持って家の中に戻る。

 「変な人。ま、いいや腹も減ったしさっさと食べよう」

 ボケっとしててお好み焼きが冷めたら最悪だからな。

 ドアを閉め、鍵をかけてリビングの方へ戻る。

 テーブルにさっき受け取った袋を置き、その中からお好み焼きの入った容器と割り箸を取り出す。

 ソースとマヨネーズ、青のりの匂いがいい感じに食欲をそそる。

 「いただきます」

 今だけはお金をくれている政府の方々へ感謝し、お好み焼きをつついていく。箸で一口サイズに切り分け口の中へ運ぶ。

 熱くて口の中をやけどしそうになるが、それでも水で流し込むようなことはせず、咀嚼して飲み込む。

 肉、野菜、麺が綺麗に合わさった味がたまらなく美味しい。本当にこの料理を考えた人は天才だと思う。味もいい上に栄養バランスも悪くない、それがひとつの皿で出てくるんだから脱帽ものだ。

 「ふぃー…おなかいっぱいだ…」

 1人前のお好み焼きを平らげ、少し膨らんだお腹をポンと叩く。満腹感が凄く、少し動きづらいがさっさと片付けてゲームをプレイしたいので勢いをつけて立ち上がる。

 プラスチック製の容器は水で洗い流し割り箸の袋と共にゴミ袋へ入れ、袋も同様にプラゴミの袋へぶち込む。

 片付けを終えた俺は、再び2階へ戻りゲームをプレイするためにパソコンを立ちあげようとする。

 「げっ! そういやお好み焼き食ったらこうなるの忘れてた…」

 が、ディスプレイに写る歯に青のりが引っ付いている自分の姿を見て、ダッシュで洗面所へ駆け込み、歯ブラシを手に取る。

 虫歯になった経験がある俺は、二度とあんな痛みは味わいたくないので丁寧に歯を磨いていく。

 磨き方は昔学校や子供向けの番組で教わったやり方だ。

 シャコシャコと音を立てながらの歯磨きが終わり、再び自室のゲーミングチェアに座り込む。

 パソコンの電源がつくあいだにヘッドホンを装着する。

 そして、いつものように4to4を立ち上げ、チームバトルではなくランダムマッチングを選択。

 いつもはぴーすけ達、固定メンバーとやるのでチームバトルを選択するのだが、今は残念ながらぴーすけ達は学校にいる。

 そのため仕方なく今4to4にログインしているユーザーとランダムにチームを組みバトルするランダムマッチングを選択。

 他のユーザーを探している間に、ヘッドホンをもう一度被り直し、コントローラーを強く握る。

 「さぁ、いっちょ派手に暴れてやろうぜ」

 最近見たアニメの気に入ったセリフを吐きながら、俺はゲームを開始した。

 

 ■ ■

 

 「…多分隠れるとしたらここしかないだろう…っと! いたいた」

 ゲームのキャラを動かし、フィールド内のオブジェクトの裏側に回り込むと、予想通り銃を構えていた敵を発見。

 コントローラーのボタンを押し込みAR(アサルトライフル)を射出。ガガガガッと音を立て弾が敵を貫き血飛沫が舞う。

 敵の体力が0になり、"ソラがガンマを撃破しました"と画面に表示され、リザルト画面へ移る。

 「よっしゃ、勝ちだ勝ち」

 この試合の戦績は2キル0デス、残り友軍は1、まずまずの戦績だ。

 ランダムマッチングということもあり、連携が全く取れていない相手も多かったのでなんの自慢にもならないが、それを差し引いても今日の戦績は中々に良かった。

 「そろそろ疲れたし、一旦やめるか」

 お昼にお好み焼きを食べてからずっと4to4をプレイしていたらいつの間にか既に時計は17:00を指していた。

 日はもう沈みかけており、鮮やかな茜色が空を覆う。

 窓からチラリと外を眺めると、学校帰りの高校生や中学生が歩いていたり、自転車を漕いでいるのが見える。

 こんな病気にさえかからなければ、俺も竜達と一緒に居られたんだろうか。なんて事を考えて少し心が沈む。

 俺の友達も知り合いも、みんな進学して新しい生活を楽しんでいる。そろそろ体育祭が始まる時期でもあるので、きっと汗だくになった高校生達が帰る姿を目撃することも多くなるだろう。

 「俺だって……なぁ……」

 俺だって、その先の言葉は出てこなかった。

 横目でさっきまで付けていたパソコン、さっきまで座っていたゲーミングチェアを眺め、フッと自らを嘲笑する。

 

 何が俺だって、だ。俺は逃げただけじゃないか。

 体は変わってしまったけど、健康体ではある。戸籍は男の頃のものはなくなってしまったけど、それでも女としての戸籍はちゃんと作られている。お金だってあるんだからどんな学校にだって行ける。勉強はちゃんとしていたんだから、編入試験でもなんでも受けることだって出来たはずだ。

 何だってできた筈なのに、逃げて、ぐずって。そのくせ今楽しんでいるやつを羨ましがる。

 そんな自分の醜さに嫌気がさすくせに、外に出ようという気にもならず、ただ延々と同じような時を過ごしている。

 

 父さんや母さんだって、今の俺の現状を良くは思っていないだろう。できれば学校にだって行ってほしいだろうし、そうでなくても「偶には外に行かない?」とよく聞かれるので、外に出てみてほしい気持ちはあるはずだ。

 「ホント…なにやってんだろな…俺」

 何かを言い訳にして、怖いものから逃げて、誰を羨ましがって、吹っ切れることも出来ずにただ自己嫌悪に浸る。

 ゴロリとベッドに転がり、布団を抱きしめるようにして中へ潜り込む。

 布団の中で顔を歪め、声を押し殺して涙を流す。

 声を出さなかったのは自分の中に残っていた、最低限のプライド、男心だったのかもしれない。

 

 ─ピロン

 「……?」

 その時1件の通知が入る。通知音が鳴りタブレットの画面がつく。

 もぞもぞと布団の中から手を出して、タブレットを手に取り確認する。どうやらまぐまさんからのチャット通知だったらしい。

 俺の朝送ったチャットに返信がきたのだろう。俺はチャットアプリを開いてまぐまさんからの返信を確認する。

 『了解。都合が合わないのなら仕方ないよな。また次やる時にでも来てくれ。』

 『ありがとう、行けなくてごめん』

 『いいって。でも、もし当日予定が変わってこれるようなら是非来てくれよな。ぴーすけの奴お前がこないって聞いたらすげーガッカリしてたから』

 俺が打ち込んだチャットに対して、まぐまさんがそうチャットを打ち込み。週末オフ会で集まるであろう場所を教えてくれる。

 俺の家からだとバスで20分くらいのところにあるファミレスみたいだ。

 『うん、もし当日予定が変われば行ってみるよ。本当にありがとうな』

 俺はもう一度まぐまさんにありがとうと打ち込み、チャットアプリを閉じる。

 ああは言ったが行くつもりなんて全くと言っていいほど無い。

 今まで男として接してきたし、まぐまさん達も俺がこんな姿だとは夢にも思わないだろう。

 騙していたことがバレればきっと一緒に遊んでくれることもなくなるだろうし、こんなふうにチャットでのやりとりすらできなくなってしまうかもしれない。

 そうでなくとも、女だとバレれば態度の一つや二つは変わるだろうし、変によそよそしくされるのは嫌だった。

 「でも……もしも…」

 それでも、もしも、万が一、あいつらが俺が女だと分かっても今まで通りに接してくれる。変わらずゲーム仲間として遊んでくれるというのなら…。

 「なんてな…そんな事あるわけないのに……」

 ぶんぶんと頭を振り、ありえない妄想を振り払う。

 そして、俺はもう一度深く布団を被り直した。




感想、批評批判待ってます。励みになるし悪い所があれば直していきたいのでよろしくお願いします〜。


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3話 せんにゅう!

皆さん古戦場お疲れ様でした。
僕はぼっちでEX+延々と殴ってました。悲しい


 ─ブロロロロロ

 少し重めのエンジン音が鳴り響き、窓の外の景色がゆっくりと動き出す。それに合わせて座っていた俺の体も慣性の法則に従ってグラりと動く。

 「おっと…」

 傾きかけた体を少し力を入れて元の体制に戻し、座り直す。

 これからの不安を紛らわせる為に何の変哲もない外の景色を眺める。

 時速30〜40kmでのんびりと走っているバスの窓から見る景色は、いつも自分の部屋から見ている景色とは違い、何か別の世界のように感じます。

 まぁ、見ている場所が違うのでそりゃ違うだろと思うかもしれないがそういったものとは少し違う。

 

 「外に出るのなんてホント久しぶりだ…」

 そう小さく呟く。

 青少年引きこもり記録を半年間更新し続けていた俺こと(たちばな) (そら)は今日、引きこもり記録の更新を打ち止めることに成功した。つまり、外に出ることが出来たのだ。

 今まで引きこもっていたくせにいきなりどうして外に出る気になったのか、と言われれば特に理由はない。

 強いて言うなら今の自分を少しずつでいいから変えていきたいという思いからだ。

 決してやっぱりぴーすけ達に会いたくなったとかそういう訳では無い。

 ただ、俺がたまたまバスを降りた場所がオフ会をするであろうファミレスの近くで、たまたま俺が散歩したい気分になって、たまたまその近くを通りかかってしまったのならその限りではないのかもしれないが。

 それに、万が一通りかかったとしても会うつもりなんて全くないのだ。会ってしまえば俺が今までネナベをして騙していたことがバレてしまい、今まで通り一緒にゲームをするなんてことは出来なくなるのは目に見えている。いくら仲がいいと言っても半年程度の付き合いしかない上ネット上だけでの友達だ。ちょっとした事で嫌われてもおかしくはない。

 流石に「あいつらはそんな事気にしないはず」なんてお花畑みたいな考えをしている頭ではないのだ。

 万が一通りかかったとしても顔をチラッと見てしまうくらいだろう。

 「そう…会うわけじゃない、だから大丈夫…大丈夫だ…」

 会うわけじゃない。ただ、散歩に行くだけだ。

 チラッと顔を見てしまうかもしれないがそれだけだ。決して会うわけじゃない。

 自らに暗示をかけるようにボソボソと呟き、深呼吸をする。

 「ママー!あの人すっごいあやしい!デビルラー幹部みたい!」

 「こ!こら!何言ってるの! ご、ごめんなさいこの子変な事ばっかり覚えちゃって…」

 不意に目の前に座っている子供に指をさされ、少しの間困惑するが、自分の格好を鑑みてあぁ、なるほどと納得する。

 俺の今の格好は薄い茶色の帽子を深く被り、サングラスとマスクを装備し、薄茶のコートを着ている。しかもコートは親父の部屋から拝借したものなので俺の膝下までを覆っている。

 こんなのはどうみても不審者だ。警察に見つかれば即職質されること間違いなし。

 あまり人に顔を見られたくないからってこんな服のチョイスはなかったなぁ…。

 俺は小さな女の子にまるっきり悪の幹部みたいな名前で呼ばれてがっくりと肩を落とす。しかも横のお母さんはがさごそとバッグを漁っている。もしかしなくてもケータイを探しているのかもしれない。

 「怖がらせてごめんね、俺、実は日差しに弱いんだ」

 やましい事がないとはいえ通報されると流石に困る。

 俺は仕方なしに帽子とサングラスを取りマスクを下にずらす。

 「わあ! おねーさんきれー!」

 「まぁ、ホント」

 女の子の反応はさっきと真逆のものになる。母親も同様だ。容姿は武器と言うが本当にその通りだ。

 「本当だ、可愛い」

 「綺麗な子だなぁ、なんであんなカッコしてんだろもったいね」

 「さっきの会話聞いてなかったのか? なんでも日差しに弱いんだとさ」

 バスの中で女の子のあんな大きな声が聞こえてきたら誰でもその方へ一瞬は注目するだろう。

 幼女の一言でバス内の人間の目は一斉に俺に向けられる。

 「うえぇ…!?」

 今は外に出ているが、昨日までの俺は引きこもりだったのだ。人の目に対する耐性の低さは伊達ではない。

 恥ずかしさのあまり俯いてしまった。今、俺の顔はりんごのように赤くなっていることだろう。

 こちらに聞こえないように小さな声で話しているつもりなのだろうが、こんな狭いバスの中では全てが筒抜けだ。好意的な発言であることは分かっているのだが、やれ可愛いだのやれ綺麗だのと連呼されて恥ずかしくならない人はいないだろう。そんな人はよほど自分に自信があるかアイドルかなにかだ。童貞かけてもいい。

 「次は○○〜お降りの方はボタンを押してお待ちください」

 「っ! 降ります!」

 思わぬところから助け舟がやってきた。ここは俺が降りるバス停なので車内の視線から逃げるようにボタンをタッチする。

 それに反応しバス内の電光版に"次○○に停車します"と表示される。

 こんなとこ1秒だってもう居たくない、すぐにでもバスから出られるよう立ち上がる。

 「バイバイ!おねーさん!」

 「ば、ばいばい!」

 プシューと音を立ててバスが目的の場所に停車する。手を振っている女の子に手を振り返し、早足でバスから駆け下りる。

 代金は450円、現代日本の15歳には痛い出費であるが、政府から援助を受けている俺には大したダメージにならない。

 だからといって無駄金を使っていい訳では無いけどね。

 「ありがとうございました〜」

 停車したバスが動き出し、次の停留所へ向かう。

 除けていたサングラスとマスクを再びつけ、帽子を深く被り直して歩き出す。

 あんな視線はもうこりごりだ。あれなら不審者と勘違いされる方がちょっとだけマシかもしれない。

 いや、それはないか。うん、ないな。うん。

 この問題は今度家でじっくり解決するとしよう。

 「ふぅ……ようやくここまできた。」

 家から出てまだたったの30分くらいしか経っていないのに、自分の中では4時間もたっているように感じる。

 半年もの間家から出ることがなかったのだ。バス停に辿り着くまでに何度もやっぱり帰ろうと思ったし、何度も家に吸い込まれそうになった。

 バス停についてもバスが来るまでの間立ったり座ったりを繰り返してた。傍から見たら完全な不審者だっただろう。

 それでも、なんとか耐えに耐えてようやくここまで辿り着いた。RPGで言うなら魔王の幹部を1人倒したような達成感がある。

 目標低すぎるだろと思うかもしれないが、引きこもりにはここまでくるのも一苦労だ。賞状貰ってもいいくらいだ。

 思わず少しガッツポーズをとるが仕方ないだろう。

 「うわ、なにあの人…」

 「見るからに怪しいぞ…」

 「なんでガッツポーズ?」

 通りの真ん中でこんな怪しい格好でガッツポーズを取れば、周りのこの反応は当たり前と言えるだろう。

 バスの中のさっきの人達の反応とは真逆の視線が俺の全身に突き刺さる。

 やっぱりこういう視線よりはまだ好意的な視線の方がマシだった!

 「〜〜っ!」

 怪しい格好をしている自分が悪いのだが、つい周りを人達を睨んでしまう。

 延々とこの視線に晒されているとストレスが溜まってしまいそうだ。さっさと退散することにしよう。

 バッグを肩にかけ直して早足で駆け出す。

 散歩するコースはあらかじめ決めてある、迷うことはないだろう。多分。万が一迷ってもケータイのDoodleマップがあるし大丈夫だ。

 タッタッタッとスニーカーが軽快な音を立てる。一刻も早くあの視線から逃れたかったので全速力で走る。

 久しく運動という運動をしていなかったため、半年前より速度は断然遅い。50メートル走のタイムを計っても10秒を切れるか怪しいだろう。

 これが元サッカー部部員の足の速さだと思うと泣けてくる。

 「あ…ここ……ぴーすけ達の……いつの間に…」

 夢中になって走り続け、気がついたらオフ会の場所であろうファミレスについてしまった。

 時刻は12:00 オフ会開始予定時刻の12:30まで30分も時間がある。久しぶりに走って喉も乾いたし、何ならお腹も空いた。

 30分もあれば軽めの食べ物くらいは食べられるだろうし、あっちは俺の顔を知らないのだ会ったとしても分からないはずだ。

 「大丈夫、多分大丈夫」

 意を決してファミレスの扉を開く。それに反応してカランコロンと音が鳴り、店員がやってくる。

 今どきこんな古典的な仕組みも珍しいな。

 「いらっしゃいませ、おひとり様でしょうか?」

 「あ、ひゃい、そうでしゅ…」

 見たら1人って分かるだろうが、とは決して口にはしない、思っていても口にしてはいけない。あっちだってお仕事なのだ。

 「喫煙席か禁煙席がございますが」

 「禁煙で…」

 タバコの匂いは苦手だ、なんというか少し鼻にクる。

 「でしたらこちらの席をお使い下さい」

 そう言って店員さんが案内してくれたのは、禁煙席の4人用の席だった。

 俺は一礼して席に座る。

 雰囲気は悪くなく、テーブルやイスはホコリひとつなく清潔にされている。

 ここまで清潔にするのは大変だろうに。

 しっかりと清掃されている飲食店は美味しいイメージがあるので、期待しながらパラパラとメニューを捲る。

 「決めた」

 注文が決まったのでボタンを押して店員を呼ぶ。10秒も経たずに店員が飛んできてペンを構える。

 「ご注文お伺いいたします」

 「えっと、このハンバーグランチとメロンクリームソーダお願いします…」

 「ハンバーグランチとメロンクリームソーダですね。かしこまりました、少々お待ちください」

 店員さんはメモを持って厨房の方へ戻る。出来上がるのはもう少し先だろうし、"呟いたー"でも眺めておこう。

 画面をスクロールしてフォローしているユーザーの呟きを確認する。

 来月の4to4のアップデート情報の1部や、今度2期が放映される孤独の聖女(ロンリーガール)の放映日時、放送局等の情報が流れてくる。

 そういや、ぴーすけとあるふぁーはこのアニメが相当好きだったような気がする。

 「お待たせいたしました、こちらハンバーグランチとメロンクリームソーダでございます」

 「あっ、どうも」

 しばらく呟いたーを眺めていると、出来上がった料理が運ばれてくる。焼けた肉の匂いと、甘いクリームソーダの匂いが食欲を刺激する。

 『オフ会そろそろ着くー』

 「っ!」

 ナイフフォークを手に取り、ハンバーグランチをいただこうとしたが、ぴーすけの呟いたーの呟きを見て体が固まる。

 心臓がバクバクと音を立て呼吸が荒くなる。頭の中がぐるぐる回って思考がめちゃくちゃになる。

 「…………やっぱり帰ろう」

 ナイフフォークを置き、伝票とバッグを持って立ち上がる。

 手をつけていないランチとクリームソーダはもったいないが、それは我慢しよう。

 バレないと思うけど、もしバレたらと思うと怖いし。なによりぴーすけ達から見えない場所でコソコソとあいつらの事を見るのはなんだか失礼な気がする。

 あいつらは俺を信用してオフ会に誘ってくれたのに、来ないだけならまだしも嘘をついて隠れて見るなんて最低だ。

 思いとどまれて良かった。このままぴーすけ達を見えしまえば罪悪感で押しつぶされるところだっただろう。

 俺はそそくさとレジまで早歩きで進み、財布を取り出す。

 「あの、お会計お願いします」

 「はい、ハンバーグランチとメロンクリームソーダで1800円になります」

 「2000円で、お釣りはいいです」

 「えっ? ちょっと!お客様!?」

 俺は店員に1000円札2枚をポンと置くと、そのまま逃げるように走り出す。お金が足りないのに逃げたのなら問題だが、余分に払うだけならちょっと迷惑にはなるだろうけど悪いことではないだろう。

 後からお客様お釣りを! と声が聞こえてくるがそれを振り切って出口の扉へ進む。

 ──ドンッ!

 「ってぇ!」

 「いっ! ご、ごめんなさい急いでて」

 外へ繋がる扉を開けて、勢いよく飛び出したら、中へ入ろうとした人にぶつかってしまった。

 そのせいで帽子やサングラス、その上スマホまで落としてしまった。そこまで勢いよく飛んでいった訳では無いのでスマホの画面は割れてはいないと思うがそれでも少し不安だ。

 とりあえず、ぶつかってしまった少年に二三度頭を下げて近くに落ちてる帽子に手を伸ばす。

 「俺の方もごめんね、ちょっと気分が上がっててちゃんと前見てなかったかも」

 そう苦笑いして、目の前の少年は俺のスマホとサングラスを拾ってくれる。

 走ってた俺が悪いのになんていい子なんだろうか、大事な友人を騙している自分と比較して少し憂鬱になる。

 「あの、スマホとサングラスありがとうございます…それとぶつかってごめんなさい」

 もう一度ペコりと頭を下げ、サングラスとスマホを手渡してもらおうと手を伸ばすが、何故か目の前の少年は固まってしまった。

 なにやら俺の呟いたーの画面を凝視している。

 おいおい、人のSNS勝手に除くなんて最低だぞ。そりゃ画面つけっぱなしでポケットに入れてた俺も悪いけどさ。

 「え……嘘………もしかして、ソラ…?」

 「え、なんで俺の名前知って……」

 そんな疑問を抱き、脳がフリーズする。まるで理解したくない事実を目の前に突きつけられたかのように。

 「おーい、ぴーすけそんなに走るなよ」

 「せっかちだなぁ」

 するとそんな声が聞こえてくる。ここまでくればどんなバカでも嫌でも理解するだろう。

 「ま、まさか……お前……ぴーすけ…?」

 絶対に会うつもりなんてなかったのに、俺はぴーすけ達と出会ってしまった。

 震えた声での質問に、ぴーすけと思わしき少年はぎこちなく頷いた。




や っ と こ こ ま で き た


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4話 おふかいっ!

ランキング覗いたら日間、週間、月間共にランキング入りしていてびっくりしました。
皆さんお気に入り登録、評価、感想本当にありがとうございます!

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 「うぅ……」

 ぴーすけの手を振り切って逃げようと思ったのだが、咄嗟に手を掴まれ、「とりあえず、中……行こうぜ……?」という言葉に頷くしかなく、そのままなし崩しでファミレスの中に戻ってきてしまった。

 戻ってきた俺は店員さんからお釣りの200円を強制的に受け取らされ、手付かずのハンバーグランチとメロンクリームソーダが置いてある席に戻ることになった。

 クリームソーダのアイスは少し溶けかかっていたので、気まずい雰囲気の中アイスをつついていく。バニラアイスの甘みが俺の緊張をほぐしてくれ、なんとか平静を保つことが出来ている。

 「それで…お前…本当にソラなのか…?」

 「ひゃい!?」

 いきなりからまぐまさんと思わしき人から話しかけられ素っ頓狂な声を上げる。

 「呟いたーのアカウントがソラのだったから多分間違いないと思う…」

 「本当かぴーすけ? 見間違いとかじゃないの?」

 それにぴーすけが答えあるふぁーと思わしき人が首を傾げる。

 いつも通話で聞いている声だから間違えようがないが、もしかしたら別の人かもと願わずにはいられなかった。

 「間違ってたら悪いから、少しだけ呟いたーのアカウント、見せてもらってもいいかな?」

 そう言われて嫌ですなんて言えるわけないじゃないか、嫌だと言えば俺がソラであると暗に認めることになるだろうし、見せたら見せたで俺がソラというのは分かってしまう。

 「わかった…」

 結局俺はこれ以上印象を悪くしないように素直にスマホを見せることしかできなかった。

 アイスをつつく手を止め、ポケットからスマホを取り出して呟いたーを起動。その画面を3人に確認させる。

 「マジか」

 「わーお」

 1度見ていたぴーすけは何も言わなかったが、まぐまさんとあるふぁーは驚いた。というような表情をしていた。

 気まずくなった俺はストローを咥えてメロンソーダを飲む。

 「……」

 全員何を話していいのか思いつかないのだろう、このテーブル席は酷く静かで、俺がストローをすするチューという音だけが聞こえる。

 「あ、あのさ」

 その沈黙を破ったのはぴーすけだった。

 苦笑いを浮かべながら、俺の顔を覗き込み声をかける。それに対して俺は俯くことしか出来ず、キュッと口を締める。

 こんな事になるなら最初から外になんか来るんじゃなかった。皆が楽しみにしてたはずのオフ会が俺のせいで台無しになってしまった。

 自らの自分勝手さに嫌気が指す。

 「その、なんで男のフリなんかしてたんだ…? 悪いとかじゃなくて単純に気になってさ…」

 ぴーすけは俺を気遣ってくれてるのだろう。

 だが、今はその優しさが、気遣いが逆に辛かった。

 俺が悪いのに、俺が来なければこんな雰囲気にはならなかったのに、ただオフ会を楽しみに来たぴーすけに気を使わせていることが情けなくて涙が出てくる。

 「ごめんっ…! 俺……お前らをっ…騙してた……!」

 嗚咽混じりにそう言葉を絞り出す。

 限界だった。この空気に、視線に耐えきれなくなって懺悔するように言葉を吐き出す。

 1度吐き出してしまえばもう止めることは出来ない。もう騙し続けるのは辛い、嘘を吐き続けるのも辛い、自分を偽ったままこいつらと関わり続けるのが辛い。

 辛いことから逃げたい、もうすべて話して楽になりたい一心で、俺は次々に言葉を吐き出し続ける。

 自分の居場所がなくなったこと、居場所をネットの中に求めたこと、男として扱われたくて性別を偽っていたこと、お前らと同じように学校に行っているなんてまるっきり嘘だということ、本当はオフ会なんて行くつもりがなかったことも全部、全部話した。

 流石に性別が変わってしまったことについては口止めされているため、本当のことは言えなかったが、ある意味性同一性障害のようなものであるのでそう伝えた。

 「これで全部だよ……。最低だろ…、俺ずっとお前らを騙してたんだぜ…?」

 終わった。そう思った。

 もうこれで完全に嫌われただろう。もう一緒にゲームすることも話すこともないだろう。

 バレてしまえばそうなるのは分かっていたはずなのに、改めてそう理解するのは大分堪える。

 こいつらは今どんな顔をしているのだろうか。怒りの表情だろうか? 侮蔑の表情だろうか?

 俯いているから分からないが、まぁ、いい顔をしていないことだけは確かだろう。

 「いや、別に?」

 「気にしねーよそんなこと」

 嫌われるのも、怒声を浴びせられるのも覚悟していただけに。そんな風に軽い言葉をかけられて困惑してしまった。

 「えっ…?」

 気にしてないわけがない。だったらさっきまでの反応はなんだったのだ。

 そう思う反面、今のこいつらが俺を気遣って嘘を吐いてるようには思えなかった。

 「な、なんでだよ!?」

 「なんでって…そりゃ誰にだって隠し事ぐらいあるだろ。俺だって年齢1歳偽ってたし」

 「え!?まぐまさんまさかの年下!?」

 「中坊なわけねえだろ! お前らの一個上だ!」

 「あだだだだだ!!」

 まぐまさんを一個下だと勘違いしたあるふぁーが大きな拳で頭をグリグリされている。

 拳がめり込んでいるようにも見える。なんというか凄い痛そうだ。

 「そうだな…俺だって優希……あるふぁーと中学校一緒だったこと言ってなかったしな」

 「えっ、それ言うの!? 中学生にもなってドラ○もんの映画で号泣した一真くん!」

 「それは今関係ないだろ!?」

 そういや通話始めたばかりの頃はぴーすけとあるふぁーは互いに遠慮がないような感じがしてたけど、そういう理由があったのか。

 というかこいつらサラッと本名言ってるけど大丈夫なのか…。

 「僕は今でも覚えてるよ、『ぴーずげぇぇぇぇぇ!!!』なーんて叫んでびっくりしたご近所さんが飛んできた事も」

 「ぶっ!」

 「やめろぉ!やめろぉ!」

 あるふぁーが更に続けてぴーすけの黒歴史を暴露する。まぐまさんは吹き出し、ぴーすけは顔を真っ赤にしてあるふぁーに掴みかかる。

 揺すられて頭がぐわんぐわんと動き、あるふぁーが目を回し、笑いながらテーブルに突っ伏す。

 「もしかしてぴーすけって…」

 「そう! 多分ソラの思ってる通り、ド○えもんの映画に出てきた恐竜だよ。ぴーすけってあだ名は一真の黒歴史から来てるのさ」

 「ぶはっ!あははは!」

 「まぐまさん笑わないでくれよ!」

 我慢出来なくなったまぐまさんが盛大に笑い出す。腹を抑え目に涙を浮かべながら大口を開けている。

 ぴーすけは余程恥ずかしいのか赤く染まった顔を手で隠す。

 「ふふっ……あは、あははは!」

 俺は今の自分の状況を忘れて笑い出してしまった。

 映画で号泣して近所の人が飛んでくるって…恥ずかしすぎるだろ。確かにあの映画は泣けたしいい内容だったけど、中学生にもなって大声を上げて泣くというのは少し可笑しくて笑ってしまう。

 心の中でぴーすけに申し訳ないなと思いながらも笑いをこらえることが出来なかった。

 「おお……」

 するとさっきまで爆笑していたまぐまさんが俺を見て驚いたような表情を浮かべ、それにつられてあるふぁー、ぴーすけもこちらを向く。

 「あっ…!その…」

 思わずつられて笑っていたが、今の俺の状況を思い出して再び口を噤んでしまう。

 やってしまった。いくらあいつらが笑っているからって、こいつらを騙してた俺が笑っていいわけがないだろ。さっきよりもずっと印象が悪くなったかもしれないと頭を抱える。

 「笑ってた方がいいな…」

 「え?」

 ぴーすけがいきなりそんな事を呟く。

 「うん、僕も笑ってるソラの方が好きかな」

 「同感だわ」

 あるふぁーとまぐまさんはぴーすけの言葉に同意するようにうんうんと頷く。

 何故かは分からないが、俺が笑ったことに対して負の感情は抱いていないようだ。

 いや、何故かは分かっているのかもしれないが、ありえない選択肢だからと自ら除外していたのかもしれない。

 「まさか……本当に怒ってないのか……?」

 「当たり前じゃん、気にしねーって言っただろ?」

 「そうそう、僕達だって隠し事してたんだし」

 まぐまさんとあるふぁーが呆れたような笑いを浮かべる。

 「じゃ、じゃあなんで最初あんな空気だったんだよ!」

 気にしてない、嫌われていないと言うのなら、最初のあの沈黙はあの視線はなんだったのだと問う。

 気にしていないのであれば、最初のあの空気に説明がつかない。

 「あー…いや、男だと思ってたら、びっくりするくらい可愛くて固まってたんだよ」

 「は…!?」

 ぴーすけが頭をかき、気まずそうに目をそらしながらそう言葉を漏らす。

 それに対して俺は一瞬思考が停止して固まってしまう。

 「分かる。僕も最初フィリアちゃんが2次元から飛び出してきたのかと思ったし」

 そして、あるふぁーがぴーすけの言葉にそう付け足す。

 その言葉でようやく理解した。

 こいつらはただ、俺の姿が予想していたものと大きく違ったから困惑していただけなのだ。

 確かに俺も男だと思っていた人が実は女の人だったらびっくりするだろうし、戸惑ったりもするだろう。しかもこんな真っ白な髪の毛をしていたら尚更だ。

 つまり、最初のこいつらの反応や空気は俺に対して怒っていたというわけじゃなかったのだ。

 「はは…マジかよ…」

 それを理解すると今まで力んでいた体の力が抜けていく。

  絶対に嫌われると思っていた。バレたらもう遊べないと思っていた。

 でも、それは全て俺の杞憂だった。

 こいつらはこんな俺でも受け入れてくれるくらい優しかったんだ。それなのに勝手に怖がって勝手に勘違いして、自分のアホらしさに笑ってしまう。

 「…オフ会ホントは来るつもりなんてなかったのも怒ってない…?」

 「そういう事情があったんだし怒らねーよ」

 「ネナベしてたのも気にしてない…?」

 「気にしてねーって、何度も言ってるだろ? まぁ、ちょっとびっくりはしたけどな」

 「女のくせに男みたいに扱って欲しいとか気持ち悪くない…?」

 「大丈夫だよ! 今までと同じの方が話しやすいし、気持ち悪がったりなんて絶対しないよ!」

 1つずつ確認するように質問を投げ続ける。ぴーすけもまぐまさんもあるふぁーも全部俺の欲しい答えを言ってくれる。

 悩んでいたことが、不安が1つずつ解消されて、心が軽くなってくる。

 そして、最後に1番聞きたかった質問をカラカラになった喉から絞り出した。

 「こっ…これからもっ…!同じように遊んでくれまずがっ…!?」

 「「「もちろん!」」」

 「…ありが…とぉ…!」

 限界だった。ずっと騙し続けていることが辛かった、全て話した時嫌われるんじゃないかと思って怖かった、もう一緒に遊べないかもしれないと不安になった。

 その全てから解放されて、安心して、視界が滲む。

 「あー、泣くな泣くな」

 「ちがっ! 泣いてねえよ!」

 「そーだよ、ソラはドラえ○んで大泣きした一真とは違うのさ」

 「いつまでそのネタ引っ張んだよ!?」

 泣いてない、なんて口では言ってるけど、俺の目からはボロボロと涙が溢れ出し、頬を伝ってテーブルや床を濡らしていく。

 きっと今の俺の顔は酷いことになっているだろう。

 「ぐしょぐしょじゃねえか、ほらティッシュ」

 「あり…がと….」

 まぐまさんが押し付けるようにして俺にポケットティッシュを手渡す。

 ありがたくそれを受け取り、涙や鼻水を拭っていく。

 辛いから、苦しいから、悲しいから泣くものだと思っていたが、人間は嬉しくても涙が出るみたいだ。ここしばらくこんな泣き方していなかったからすっかり忘れていた。

 「あーあ、話してたら大分時間すぎてんじゃん」

 「ホントだ、もう1時」

 「1時って聞くとめっちゃお腹すいてきた」

 ぴーすけか腹を擦りながら、メニュー表を眺め出す。あるふぁーもその横から覗き込むようにして眺めている。一方まぐまさんは別のメニュー表を手に取って眺めている。

 3人とも1分くらい悩んで決まったのか、ボタンを押して店員を呼びつけた。

 「俺、このステーキセットお願いします」

 「じゃあ僕はこのミートソースパスタで」

 「オムライス1つ」

 各々が自分の食べたいものを注文する。もう出来合いがあったのかそれとも急いで作ったのかは分からないが頼んだものはすぐに届けられた。

 「ソラは頼まなくて良かったのか?」

 鉄板からジュージューと音を立てているステーキを切り分けながらぴーすけがそんな事を聞いてきた。

 綺麗に切り分けているのに、その目はしっかりと俺の方を向いていて器用だなぁと感心してしまう。

 「うん、俺はまだこれ食べ切ってないから」

 俺は自分の前に置かれている冷めたハンバーグランチを指さす。香ばしい匂いを発していたハンバーグは見る影もなく、ライスの方も冷えて少し固くなってしまっている。

 どう考えてもあまり美味しくはないだろう。

 「でもそれ冷めきってるぞ」

 「僕のパスタちょっと食べる?」

 「大丈夫だって」

 あるふぁーの申し出をやんわりと断り、冷えたハンバーグを一口サイズに切って口に運んでいく。

 思った通り冷えていて、微妙な、なんとも言えない味が口の中に広がる。やっぱハンバーグは暖かいうちに食べるのが1番だ。なんて考えながらまた新しく切り分けたハンバーグを口の中に運ぶ。

 「うん、美味しい!」

 でも、何故かその冷えきったハンバーグは、この半年間の中で食べたどの食べ物よりも美味しく感じた。




今回はすごい難産でした。
でも、書いてるときすっごく楽しかったです(小並感)

ちなみにTwitterの方で更新の報告してるので良ければフォロー飛ばしてください。
アカウント→@satico_sati


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5話 遊びに行こう

遅くなってすみません。
ちょっと詰まってました。


 飯も食い終わって腹も膨れた頃。俺たちは会計を終えてファミレスを後にした。

 会計する時の店員さんや他のお客さんからのよく分からない生暖かい目がものすごく恥ずかしくて、ぴーすけ達を置いて先に出てきてしまったのはちょっと悪かったかなと思う。

 その後はぶらぶらと適当に通り道を歩き続けている。

 チラリと横に目を向けると、俺と歩幅を合わせて歩いているぴーすけ達が目に入り頬が緩む。

 こうやって誰かと並んで歩くのは久しぶりだから少しテンションが上がる。

 「ソラ、どうかしたか?」

 「んー、なんでもねーよ」

 なんでもない、なんて言いつつも頬が更に緩んできているのが自分でもわかる。

 こんなたわいない会話ができることが本当の幸せってやつなのかもしれない。

 「あ、そういや俺と優希は話の流れで名前教えちゃったけど、まぐまさんとソラは名前なんていうんだ?」

 「あー…ソラに驚きすぎて自己紹介すんの忘れてたな…。今更感あるけどやっとくか?」

 しばらく歩いていると、ぴーすけが思い出したかのようにそう質問する。

 ぴーすけとあるふぁーは互いの自滅で名前バレしていたが、俺とまぐまさんは流石にそんな馬鹿はやらかしはしなかった。

 まぁ、相手の自滅とはいえこっちだけ名前知ってるのは不公平かもしれないし、自己紹介するのは悪くないだろう。

 別に名前知られたくない、知られたら困るって訳でもないしな。

 「んじゃ、先に俺と優希から!」

 「えぇ、僕も?」

 「いいじゃん、いいじゃん」

 「まぁいいけどさ」

 一真に催促されている優希は若干怪訝そうな顔をしたものの、すぐに仕方ないなと笑みを浮かべる。

 やっぱり中学が同じだったこともあって仲がいいのだろう。遠慮がないこういう関係ってなんだか羨ましかったりする。

 俺もこんな体にならなきゃ竜達とこんな関係になれていたんだろうか?

 そんな考えを浮かべるがすぐさま振り払う。せっかく楽しい時間になりそうなのに、気分が沈むようなこと考えるのは良くないだろう。

 「名前はさっき言ったけど、俺の名前は藤宮 一真って言うんだ。趣味は…知ってるから言わなくていいか、とりあえず今日はよろしくな!」

 「僕は東堂 優希、横の一真と腐れ縁やってまーす。今日はよろしく!」

 一真はニカッと笑みを浮かべて、優希は肩を組んでくる一真にちょっと鬱陶しそうに親指を向け人懐っこそうな笑みを浮かべる。

 趣味云々は呟いたーや他のチャットアプリで何度も話しているので、今更教えてもらう必要もないだろう。

 「んじゃ次は俺か」

 元気いっぱいな一真とは正反対に、まぐまさんはダルそうに後頭部をかきながら口を開く。

 「俺は新田 浩介 趣味は知っての通りFPS、TPS系統のゲーム、今んとこ4to4が一番好きだ。ネットネームはどこでも"まぐま"で通してるよ」

 自分の自己紹介が終わると、まぐまさんが俺に視線を向けて「ほら、次はお前の番だぞ」と促す。

 それに対して俺は小さく了解と返して、口を開く。

 「俺は橘 空、こんなナリだけど男だと思って接してくれると嬉しい。あと、外に出るのは久しぶりだからちょっと手加減してくれよな」

 それと、今日はよろしくと付け加えて俺は自己紹介を終えた。

 人と面と向かって話すなんてしばらくしてなかったので大分緊張したが、噛まずに言いたいことは言えたので良しとしよう。

 半年近く引きこもっていた俺からすれば上出来と言える。

 「りょーかいっ! てか、ソラってリアルでもソラなんだね。」

 「名前とネットネームが同じなのは結構驚いたぞ」

 そんな声をかけるのは優希と浩介さんだ。

 どうやらネットでの名前とリアルの名前を同じにする人が珍しいらしい。

 まぁ、確かに普通なら実際の名前をネットネームにする人なんていないだろう。俺だってぴーすけが本名だったら驚く。

 「あー…それは…」

 「それは?」

 気になります。と言わんばかりの表情を向けてくるが、ネットネームをリアルと同じにした理由は恥ずかしいからあんまり言いたくないのだ。

 だからどうしても歯切れの悪い返事になってしまう。

 じっとこちらを見てくる優希からバツが悪そうに目をそらすが、あっちはそんなこと知ったこっちゃないとこちらを見続ける。浩介さんは遠慮してくれているのか優希のようにじっと見てくることは無いが、それでもやはり気になるようで、チラチラと何度もこちらに視線を向ける。

 「俺もちょっと気になるなぁ」

 最後の希望、一真に助けを求める視線を向けたが、残念ながら一真も優希側のようだ。

 まさに四面楚歌。きっと歌を聴いていた項羽もこんな気持ちだったのだろう。項羽に対してちょっとだけ親近感が湧いた。

 観念した俺は大きくため息をつく。話さないと一真達はずっとこのままだろうし、仕方がない。

 「別にそんな大した理由じゃないんだけど…その、なんつーか、ソラって呼び捨てで呼んで貰えると、なんか仲良くなれたような気がしてさ……」

 俺が性転換してから、名前で呼んでくれたのは親を除けば誰もいない。引きこもる前にちょっと外に出た時にお嬢ちゃんとか君とか、そういった呼び方しかされなくて寂しさを感じていたのだ。

 そりゃ、完全に誰か分からないくらい変わっちまったし、もう1回名前を教える勇気も元気もなかったから仕方ないのだが、それでも友達みたいに誰かに呼び捨てで呼んで欲しかったのだ。

 だからネットだけでも呼び捨てで呼んで貰ってるような気分に浸りたいと思って、ネットネームを自分の名前と同じにしたのだ。

 実際チャットアプリでソラと呼びかけてもらえるだけでちょっと嬉しかったし、初めて通話でソラと呼ばれた時は凄く嬉しかった。

 長い間通話して遊ぶのは続けていたから慣れたが、ホントに最初の頃は気分が高揚していた。

 「「「……」」」

 一真達に視線を向けると案の定固まっていた。口はだらしなく開いていてポカーンという擬音がついていそうなくらいだ。

 こんな理由でネットネームを本名と同じにしてたと聞かされたらこんな反応しても仕方がないのかも知れないけど、自分から聞いておいてそれはないだろ。

 恥を忍んで話したのにこれは酷い。

 「もー! そんな反応すると思ってたよ! 思ってたけど、そんな反応するくらいなら最初から聞くなよな!!」

 ふざけやがって、めちゃくちゃ恥ずかしいのを我慢して話してやったのにこの仕打ちだ。

 頬に手を当てるとまるで風邪を引いたかのように熱くなっている。

 バスの中といい、ここといい、今日は羞恥地獄だ。

 「ぷっ…! ふふっ…」

 「あるふぁー笑ってんじゃねえ!」

 遠慮なく吹き出した優希に思わず怒鳴る。無性にムカついたので多少語気が荒くなるのは仕方がないだろう。

 「2人もニヤニヤすんなー!」

 一真と浩介さんは、優希とは違って多少は遠慮して吹き出しはしないものの、ヤケに頬が緩んでいるのが分かる。

 抗議の声を上げるが2人は知らないといったように更に笑みが深くなる。

 「そっかー、ソラは呼び捨てで呼んで欲しかったのか」

 「確かに呼び捨てで呼び合う関係って仲良さそうに見えるよなー」

 「ホントにそう思ってんならその棒読みやめろや!」

 加えてこの棒読みだ。完全にバカにしてるのが分かる。

 一真にいたっては、自分が弄れる対象が出来て嬉しいのか、嬉嬉として俺の顔を覗き込んでくる。

 遂には顔を隠すことなくニヤニヤとこちらを覗きこんでくる一真に俺の我慢は限界を迎えた。

 「えっ!? ちょっ、ソラ!?」

 「ぴぃ〜すけぇぇぇ!!!」

 「あだだだ!!?」

 俺は丁度いい位置にあった一真の肩にアームロックを決める。

 しばらく運動していなかったため威力は落ちるがそれでも十分な威力がある。

 一真の肩がギリギリと音を立て、少しずつ絞め上がり、ダメージを与えていく。

 「ソ、ソラ!タンマタンマ!! 痛いしなんか当たってる!なんか柔らかいものが当たってる!?」

 「悪かったなぁ筋肉なくて! 最近全く運動してなかったからなぁ!」

 「そういうことじゃなくてええええぇ!?」

 暗に俺の腕に筋肉がないとバカにしてくるので、お仕置きとしてもう少し力を込める。

 自分でも体の筋肉が殆どなくなって、ヤケに体が柔らかくなったのは分かってるのだ。

 だが、面と向かって誰かにそう言われるのは始めてだったしなんというかムカついた。

 ちょっと今日から筋トレでも始めてみようかなぁ、なんて考えながら腕の力を強めていく。

 「ごめんごめん!謝るからもうやめて!」

 「よろしい、許してやろう」

 もうギブアップだと言うので、力を緩めてアームロックを外してやった。

 解放された一真は顔を顰めて肩をさする。

 力が落ちて全く効かないかと少し心配したがちゃんと効いていたようだ。

 「酷い目にあった…けどなんか得した気分…」

 「自業自得だ。俺は煽られたらやり返すぞ」

 「知ってるよ。4to4で煽りプレイヤーにめちゃめちゃやり返してたもんねぇ…」

 その言葉に優希と浩介さんが、あれは酷かったと賛同する。

 説明すると、俺は1度、対戦して負けた後メッセージで相手に煽られた事があるのだ。それに俺がブチ切れて対戦ルームを立てて煽ってきた相手にもう一度対戦しろとメッセージを送ったのだ。

 1度勝った相手だから余裕だろと思っていただろう相手はまたバカにしたようなメッセージでそれを承諾。

 そして再戦が始まり、俺はそいつを完膚なきまでに叩き潰した。

 その後相手から「今のは偶然だ! もう1回やれば俺が勝つ!調子に乗るな雑魚!」とメッセージが飛んできたので俺は再戦を承諾し、もう一度叩き潰した。

 またもう一度、またもう一度と再戦を何度も挑まれたが15回ほど叩き潰した当たりで相手が再戦を挑んでくるのをやめた。

 だが、これで終わるわけもなく。俺はその戦績と相手のメッセージの写真を撮り、"呟いたー"にアップ。

 そこからは俺のフォロワーや暇人がその呟きに食いつき、所謂バズるというものを経験させてもらった。

 リツイートが5000を超えたあたりで、1部の過激な奴らがその煽りプレイヤーのアカウントを特定したのだが、その後すぐにそいつがアカウントを消して終わりとなった。

 「酷かったって、あれは俺悪くねえぞ」

 確かにアカウント消すハメになった相手にとっては酷かっただろうが、元々煽ってきたあっちが悪いのだ。俺からすればざまぁみろといった感じだ。

 「まぁ、そうなんだけどさ」

 「あれ以来4to4の煽りプレイヤーも大分減ったし、悪いことじゃないとは思うよ」

 あの呟きは結構有名になったらしくて、煽ったら潰された上に晒されるかもしれないと怯え煽り行為を行うプレイヤーはそこそこ減ったらしい。

 どっちかって言うと俺はいいことをしたのでは?とまで思う。

 「まぁ、ソラの悪行は置いとくとして、そろそろどこ行くか決めようよ」

 「悪行ってなんだよ!?」

 ただ、やられたからやり返しただけなのにこの言われようは酷い。しかしここで言い返してしまうとまた余計な時間を食って遊べる時間が減ってしまう。

 それは俺としても避けたかったので追求することは無かった。

 昔話を切り上げて、何処へ遊びに行くかを決めることにする。

 「うーん、選択肢が多いから結構悩むんだよなぁ」

 浩介さんがそう唸る。

 確かにここから行けるところと言えば、俺が覚えてる限り、カラオケ、ボウリング、ダーツにビリヤード、今の季節は開いてないがプール、その横にあるバッティングセンターくらいだ。

 俺忘れているところもあるかもしれないが、それでもこれだけの数があるのだ。

 故にどこに行くか悩むのは当然っちゃ当然だった。

 「カラオケはどう?」

 「無しじゃないが今日は気分じゃねえな」

 「あー、俺はこの前行ったし」

 カラオケは皆乗り気じゃないようだ。一真はこの前いったらしいしもう一度行っても微妙かもしれない。

 俺としてはこいつらと一緒ならどこでも楽しめそうだしどこだっていいから、とりあえずどこに行くかはこいつらに任せてみようと思う。

 「ボウリング」

 「それは俺がこの前行った」

 「マジか、噛み合わないなぁ…」

 ボウリングはボウリングで浩介さんが行っていたらしい。一真の言う通り大分噛み合いが悪いみたいだ。

 久しぶりにちょっとやってみたかっただけに少し残念だ。

 そうして話を進めていくが、ダーツは満場一致で気分じゃないということで無し。ビリヤードは優希が難しくて好きじゃないということでやめになった。

 「こんだけあって全滅かよ」

 「この前行ったとは言ったけど、別に俺はカラオケでも大丈夫だぜ?」

 「でも微妙なんでしょ?」

 「そりゃそうだけど…」

 一真はカラオケでもいいとは言ったものの、微妙だというのであればあまり選びたくはない。

 出来れば全員楽しめる場所を選びたいと思うのは仕方ないだろう。

 「ソラはなんかいいとこ知ってる?」

 「え゛っ!? そういうのに関してはお前らの方が得意だろ…?」

 急に話を振られて、少し驚く。

 なんせ半年近く引きこもっていたのだから最近何が出来たとか、あんまり分かってない。俺が知ってるのは昔からあった遊戯施設だけだ。つまり今こいつらが言った場所以外に特に思いつくところはなかった。

 「いやいや、もしかしたら急になにか思いつくかもしれないよ?」

 「無茶言うなよ……ん?」

 優希の無茶振りに少し頭を巡らせていると、確か他に何かあったような気がする。今言ったところ以外でみんなで長時間遊べそうなところが。

 忘れかけていた記憶を辿り、頭を捻って、ようやく思い出した。

 確かにあった。中学生の時に一度行った切りで忘れていたが今の俺たちにうってつけの場所が

 「なぁ、お前ら、あれだったらゲーセンいかね?」




ソラちゃんのおっぱいに埋もれたい。
あと、萌え萌えエロメンコの新弾楽しみです。


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6話 ゲームセンター

皆様本当にお久しぶりです。
執筆期間が大きく空き、マジで何も書けなくなってました


 「うわ… ゲーセンなんて久しぶりだなぁ…」

 徒歩10分の時間をかけ、目的のゲームセンターに俺たちは辿り着いた。

 自動ドアを通り抜け中に入った瞬間、メダルゲームのメダルのジャラジャラという音や、格ゲーのボタンを叩く音、クレームゲームのアームが動く音、店内のBGMと遊んでいる人達の声が混ざり合い、凄まじい爆音を奏でる。

 「僕も半年くらい来てなかったけど、やっぱうるさいねぇ」

 優希が顔を顰めながら耳に手を当てる。

 「いつ来ても凄まじいよな」

 続けて一真も優希と同じように片手で耳を塞ぐ。

 幼馴染だからかどうかはわからないが二人の行動は結構似ているところがある。さっきもゲーセンに来る道を歩いているとき、二人とも左手を必ずズボンのポケットに突っ込んでたり、スマホはなぜか二人とも胸ポケットに入れていたりと、今日初めて会った俺がこれだけ気づくのだから、もっと似ているようなところはあるのだろう。

 「んー、俺は結構な頻度出来てるからなぁ、そこまで気にはならないな」

 どうやら俺達の中で平気なのは浩介さんだけのようだ。自分でこの場所を提案しておいてなんだが、俺は頭に地味な痛みがあると感じるほどにはうるさく感じてしまう。

 痛みといっても違和感を感じるくらいのもので大したことはないのだけれども。

 「まぁ、しばらく居ればこのうるささにも慣れるだろ」

 「そうだな、んじゃ、とりあえずなんか探すか」

 俺の言葉に一真が同意し、とりあえず遊びたいものを探そうとゲーセンの奥へ奥へ足を踏み入れていく。

 当然ながら、昔来た時とは内装もゲームも大きく変わっていて記憶はアテにならない。ゲーセンに来たら必ずやっていたガンシューティングゲームがあった場所に目を向けたが、撤去されてしまったのか、それとも別の場所に移されたのか無くなってしまっている。どうやら今は音楽ゲームのスペースになっているようだ。

 「お! YOURYTHEMじゃん!」

 「ん?一真知ってんの?」

 隣に居た一真が音楽ゲームの方に目を向け、声を上げた。

 「おう、なんか最近出来た音ゲーらしくてな、太鼓の鉄人みたいにバチとかの道具じゃなくてタップしたり、手を揺らしたりして遊ぶらしいぞ?」

 疑問形なのは一真もまだやったことがないゲームだからだろう。

 しかし、俺がやったことのある音ゲーは太鼓の鉄人(太鉄)だけだったから道具を使わないというのはちょっと新鮮だ。

 音ゲーは苦手なのだが、一真もやってみたそうにしているし挑戦してみるのもいいかもしれない。

 それに苦手だったのは昔の話で今やってみれば違う結果が得られるかもしれないからな。

 「空と一真はあれやるの?」

 「うん、どうにも新しいゲームに弱くて」

 そう、俺は新作という言葉に弱いのだ。今までクソゲーばかり作ると言われていた会社のの作品でも、新作と聞くと何故か買ってしまう程だ。

 まぁ、結局買ったはいいがつまらなくてすぐに売ってしまう事がほとんどなのだが。

 「ふーん、2人がやるなら僕もやってもようかなぁ、まぐまさんはどうする?」

 「あー、お前らがやんなら俺もやるわ。1人だけ別行動すんのも嫌だしな」

 俺と一真がやる。という事で優希も浩介さんもやる気になったらしい。

 俺達は全員財布から100円玉を取り出し、ゲーム機に向かう。

 『さぁ、あなたのリズムを奏でよう! 音楽の世界にようこそ! YOU RYTHEM!!』

 ゲーム機の前に立つとセンサーか何かが反応したのか、このゲームの謳い文句が可愛らしい声で聞こえてくる。

 『いらっしゃい! 今日はどこを旅しようか?』

 100円を入れると画面が切り替わり、モード選択の画面が映し出される。

 スタンダードモードとエキスパートモードの2つがあるらしく、難しい方のモードであろうエキスパートモードはちょっと黒いオーラが溢れている。

 さすがに初めてやるゲームだし、最初は簡単そうなスタンダードモードの方を選ぼう。

 俺は左側のセンサーをタップしてスタンダードモードを選択する。

 『曲を選択してね!』

 ここまで来れば曲選択の画面のようだ。

 曲は様々なジャンルに別れていて、アニソンやVOCALOID、JPOP、このゲームのオリジナルソングもあるみたいだ。

 「なー空、このゲーム対戦できるみたいだしやらねーか?」

 俺達がなんの曲で遊ぼうか迷っている時、横から一真がそう声をかけてきた。

 どうやらこのゲームは同じ店内で遊ぶ場合は、同じ曲でスコアを競う事ができるようだ。

 「へー、このゲーム対戦あんのか」

 「対戦すんのはいいけど、もう残り30秒しかないぞ?」

 しかし、対戦する場合は全員が同じ曲を選択しなければならない。残り30秒で全員が知ってる曲を選ぶのは、初めての音ゲーでは酷というものだろう。

 「それならこれでいいんじゃない?」

 「え?」

 3人で唸っていると横から割り込んできた優希がセンサーをタップして勝手に曲を選択した。

 優希が選んだ曲を確認すると、俺たちが3ヶ月前から通話を繋いで毎週欠かさず見ていた【孤独の聖女(ロンリーガール)】のオープニング曲、【黄昏の空へ】だった。

 「おぉ! この曲入ってんのか!?」

 お気に入りの曲があったことに気づいた一真は嬉しそうな声を上げる。かく言う俺もこのアニメは結構好きだったし、オープニングの歌詞やリズムも疾走感があって中々に気に入っていた。

 「じゃあ、初っ端1曲目はこれでいくか」

 残り10秒で俺と一真、浩介さんは優希と同じ曲を選択

 『じゃあいくよ! ミュージックスタート!』

 そして画面が切り替わり、ゲームのナビゲーターの掛け声と共に曲が始まった。

 

 ■  ■

 

 『────♪』

 全員でプレイを開始し、2分ちょっとも経てば選んだ一曲目はアニメで何度も聞いたリズムを奏でて終了となった。

 そして画面が切り替わりスコア画面が表示される。

 どうやらこのゲームにも太鼓の鉄人同様ノルマがあるらしく、その"ノルマスコアに達していれば"ゲームを続けて遊ぶことが出来るようだ。

 「ぶっ……だはは!! ソラめっちゃヘタじゃん!」

 ……そう、俺だけノルマスコアに達することは出来なかったのだ。やはり昔と同じく音ゲーは下手くそだった、見栄を張ってみんなと同じように難易度を難しくするのではなく、普通かかんたんを選択すべきだった。

 そうしておけば、音ゲーが苦手と思われることがあっても、こんな風に一真にバカにされて笑われることもなかっただろう。

 …というかこいつ笑いすぎじゃないか?マジでムカつくんだが?

 「もういっかいだ…!」

 このまま笑われただけで終われるのか?否、断じて否である。汚名返上名誉挽回、財布から100円玉を取り出し再びゲーム機に投入する。

 『どちらのモードで遊ぶ?』

 するとまた軽快な音楽と共にモード選択画面へと切り替わる。

 ゲームモードは先ほどと同じくスタンダートモードを選択、そのまま対戦モードに移ろうと思ったが、やり直すまでに時間を食ってしまったため対戦に混ざることは出来なかった。

 『この曲でいいの?』

 仕方がないので、自分の好きな曲を適当に探して練習する事にした、ジャンル分けされてある曲のプレイリストを眺めているとこの前発売したノベルゲーム【星空の夜で】のOPもあったのでそちらを選択。

 さっきのようにノルマ達成出来ないとまた100円を入れ直すことになるので、難易度は1段階下げて普通に変更、これなら問題なくクリアできるだろう。

 『じゃあ行くよ! ミュージックスタート!』

 ゲームパネルに触れれば、先程と同じセリフがゲーム内から流れ、そのまま曲が始まる。

 『───♪』

 やはりいつ聴いてもこの曲は良い。曲調はゆっくりとしているんだけど、どこか声に力強さを感じる。そんな優しくも力強い歌を耳に入れながら、パネルをタップしていく。

 難易度を下げたおかげか、さっきよりも断然やりやすくなっていてミスすることもなく順調に目標までのスコアを伸ばせている。

 『──♪────♪』

 「うわっ…!?」

 しかし、サビの部分に突入すると急に操作が増え、ミスが1つ、2つ、3つと増えていく。

 こういう時は1度落ち着いて、仕切り直して再開するのがいいのだが、初めてで慣れていないゲームということもあってそんなことには気が付かなかった。

 そのままスコアは全く伸びなくなり…

 『あららら…ノルマ失敗だね』

 …そのままさっきと同じようにノルマ達成まで辿り着くことは出来ずに曲が終わってしまい、なんとも残念な音楽と声が流れる。

 まさか難易度を"ふつう"まで下げてもクリア出来ないとは思わなかった。太鉄の方は普通までならギリギリとはいえクリア出来ていたのに…。

 「も、もういっかい…!」

 このままクリア出来ずに終わるのは悔しいし、一真にバカにされたまま終わるのはあまりにも嫌すぎる。幸いまだ一真達の方もまだゲームが続いているので連コインしても問題ないだろう。

 俺は再び財布から百円玉を取り出し、ゲーム機に投入。

 「いや、やめとけって」

 「へ?」

 そのまま慣れた手つきで曲選択へ移ろうとしたのだが、横から出てきた浩介さんの手によって、それは止められてしまった。

 モード選択を終えようとしていた俺の手は、掴まれたせいでパネルに触れる事はなく、空中で静止している。

 「こ、浩介さん…?」

 「悔しいのは分かるが、ちょっと熱くなりすぎ」

 「うっ…」

 そう言われると言葉が詰まる。確かに今の俺はゲーム程度に熱くなりすぎてた。元々楽しむためにお金を入れてゲームをしているんだから、こんな風になってまでやる必要はないだろう。バカにされたままなのはちょっと悔しいけども…

 「別に音ゲーだけがゲーセンのゲームじゃねえんだし、他のも沢山遊んでいこうぜ」

 「……そうだな」

 クリア出来なかった悔しさに後ろ髪を引かれるけれど、俺のわがままでいつまでも音ゲーコーナーに張り付いてる訳にもいかない。

 せっかく楽しい日になりそうなのだから、さっさと切り替えて次のゲームでも探しにいこう。

 「…よし! じゃあ浩介さん次はあっちに行こうぜ!」

 「っ!? お、おう」

 ちょうど一真達との対戦が終わった浩介さんの手を強引に引いて、クレジットが入ったままの筐体から離れていく。

 ちらりとゲーセン内を見渡し、興味のないメダルゲームのコーナーとは逆の方向に足を進めていく。

 「あっ! まだスコア見てねーのに!」

 「ちょっ、2人で先に行かないでよ!」

 プレイした音ゲーの合計スコアの表示を待っていた優希と一真の幼なじみ組は、既に音ゲーの筐体から離れた俺たちを慌てて追いかけてきた。

 勝負しようという事で始めた音ゲーだった事を思い出して、待ってやれば良かったなと思うものも、音ゲー下手を笑われた恨みがあるためその考えは捨て去ることにした。

 どうやら俺は割と根に持つ方なのかも知れない、なんて考えながら今度はクレーンゲームのコーナーに進んでいく。

 クレーンゲームコーナーには、遠目で見たときに俺たちが共通で知っているアニメやゲームの景品がいくつか転がっていたし、退屈することもないだろう。

 一真と優希が追いつけるように少し歩幅を縮めながら、なんの景品を取るか、なんてことを考えていた。

 

 

 ……別の場所で何が起きていたかも知らずに…

 

 *  *

 

 「空…! どこ…? どこにいるの…!?」

 「ダメだ! やっぱり携帯は繋がらん!」

 数時間前、空がいた自宅では、今現在、空の父と母が大慌てで空の居場所を探し回っていた。

 理由は至極単純で、いつも必ず家にいるはずの空が、家のどこにもいなかったからである。

 先に帰ってきた母のひなたが、いつもなら聞こえてくる、少しくぐもった空からの「おかえり」という声が聞こえず、不安になって空の部屋を覗いてみたら、空はそこには居なかった。

 パソコンを使って遊んでいるのか誰かと話しているときに座っている大きな椅子に腰かけているわけでもなければ、布団の中で猫のように蹲って寝ているわけでもない、なにより、いつも電源のついている大きなパソコンが全く音を立てず静まり返っている。それが空が今この家にいないことを物語っていた。

 最初は、もしかしたら、トイレにいるのかも?それとも早めにお風呂にでも入っているのかも?なんて考え、家の中を探してみたがやっぱり見当たらない。

 ジュースやお菓子を買うためにコンビニに行ったのかなんて甘い希望に縋ろうとしたが、この前の買い物でジュースやお菓子も大量にストックされているものがあるし、何より空はここ半年一度も外に出ていない。

 そもそもコンビニに行ったなんて考えて済むようならここまで慌ててはいないのだ。

 空が家にいないと分かると、すぐに持たせてある携帯に電話を掛けるが、小さな電子音が鳴り続けるだけで、空が通話に出てくれることはなかった。

 このまま一人でいると、ひなたは言い表せない不安で潰れてしまいそうだった。

 だから夫である太陽(ひかる)に電話をかけ、仕事の真っ最中にも拘らず、家に戻ってきてもらって今に至る。というわけだ。

 「もう一度だ……!」

 家中探しても見当たらなかった、電話は繋がらなかった、だからと言ってどこか探しに行けるあてがあるわけでもない。

 ただただ空が通話に出てくれることを願って、太陽は祈るように通話ボタンを押した。

 プルルルル…プルルルル…

 ひなたも太陽も、二人して黙りこくってしまったこの空間でその電子音だけが空気を震わせる。

 プルルルル…プルルルル…

 止むことのない電子音を聞きながら、二人に浮かんでくるのはもっと空と話しておけば、という後悔だった。

 

 半年前、相思相愛の夫婦とその一人息子のささやかながらも満ち足りていた幸せな生活は、空の急病で一変してしまった。

 性転換病、字の通り性別が変わってしまうふざけた病を患ってしまった息子は、昔、膝やひじに擦り傷を負いながらも笑ってサッカーをしていた頃とはまるで違う姿になってしまっていた。

 短かった髪の毛は肩を超すほどに伸び、母譲りの綺麗な黒髪も、脱色し真っ白に変わった。声変りが始まり、出てきていたはずの喉ぼとけはひっこみ、声は元よりも高くなった。

 そうして変わっていった息子の姿を見ていった二人は、空と同じくらいに困惑していてどう接したらいいのかが、まるで分らなかった。

 女の子になったのだからいろいろ教えてあげてくださいね、と医師の方に言われその通りに空に、トイレはどうするのか長い髪の毛の洗い方、そういったことをひなたは教えてきた。

 この病気は世間に公表できないため、空が死亡扱いになると宣言され、その代わりに政府からの金銭面での援助が入ると伝えられた。

 それに反発しようにも姿の変わった息子を支えるためにはおそらく多くのお金が必要となる。頭の冷静な部分がそう考えてしまって、歯を食いしばりながら生きているはずの息子の葬儀を太陽は執り行わされた。

 そうしてやらなければならない事を終えてしまった二人は、これからどうしていけばいいか分からなかった。

 急に失わされてしまった人間関係を戻してやることなんてできるはずもなく、寂しさから泣いている息子の声をただただ聴き続けることしかできず、時に空の自室から聞こえてくる「死んでしまいたい」なんて声にもお願いだから早まらないでくれと願うことしかできなかった。

 

 しかし最近、あの大きなパソコンを購入してから、空は少しずつ回復の兆しを見せていてこのまま回復すれば、昔のような明るい空に戻るかもしれないと考えていた矢先に今日の失踪だ。

 

 もしかしたら自分たちに心配させまいと明るく振舞っていただけなのかもしれない。本当はずっと苦しんでいて、今日限界を迎えてしまったのかもしれない。

 そんな最悪の予想が浮かんでしまう。

 ―プルルルル

 こうして電子音が鳴り続ける時間に比例して、二人の不安も徐々に膨らんでいく。

 「ダメだ…このまま待っていても仕方がない…」

 その音を聞いていられなくなった太陽は、通話終了のボタンを押し、今度は別の番号を入力していく。

 「警察に…お願いしよう…」

 そしてこの国で最も頼れる人たちへの応援要請を開始した。




投稿していない間も感想くれた人本当にありがとう…あなたたちのおかげでまたこうして筆を執る気力がわきました。
今後ともどうかよろしくお願いします。


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