A New Hero. A Next Legend (二人で一人の探偵)
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番外編
番外A話 命名(花結いのきらめき)


 唐突ですが番外編として、ゆゆゆい時空に挑戦してみました。

 大元は今やっているイベントのストーリーです。これ、クウガいたら盛り上がるんじゃ?という可能性を感じ、やってしまいました。

 そのストーリーをまだみていないという方は、こんな小説読んでないで、ゆゆゆいをやりましょう。

 今ならSSR率が高いお得な『大輪祭ガチャ』やってます!お得ですよ!(ステマ?)



 この番外編はのわゆ編制作中に描いた閑話です。それ以降の章の設定は無いものとした場合のストーリーとして、ご了承ください。



 神樹の内部で起きた神による反乱。それを収めるために時代も場所も超えてあらゆる世界の勇者たちが集められた。

 

 彼らは時に同じ勇者ともぶつかり、時に神樹内の世界の住民たちのために奉仕に励み、日々忙しなく過ごしていた。

 

 そんなある日──

 

 

 

 

「……一通り出揃ったけど、ウチの中二病患者は全員3年生だったね〜」

 

 その日の議題は『必殺技の名前』 一部の面々がセンスを光らせて割と好き勝手なネーミングを生み出すのを、陸人は笑って眺めていた。

 

「ところでもう1人の3年生は、その辺どうなの〜? 話に入ってこなかったけど〜」

 

『乃木園子』……若葉の遠い子孫である少女(そうは見えないが)が、唯一の男子生徒に話を振る。

 

「そうねぇ、クウガは特に決め技は強力だし、色も変わるし……名前つけたりとかしなかったの?」

 

 ネーミング論争で最も熱くなっていた、この集団『勇者部』の実質的リーダーである『犬吠埼風』が、同類を見つけたような顔で話に乗る。

 

 

 

「そういえば、考えたことなかったな……みんな『赤のクウガ』とか『青の力』とか呼んでたかな」

 

「もったいないわね〜。オンリーワンの力なんだから、もっと誇らなきゃ!」

 

「……名前をつけることが、誇ることにつながるのかしら……?」

 

「でも、確かにクウガはカッコいいよね! 名前つけたらもっと映えるんじゃないかな?」

 

 西暦からの仲間の声もあり、クウガのネーミング会議が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……対象がいくつかあるから、まずはテイストを決めましょうか」

 

「テイスト?」

 

「さっきの私たちみたいに和風に漢字を並べるか、洋風に横文字にするか……どっちがいい?」

 

「私は断然和風を推すわ。やっぱり日本人だもの」

 

「……う〜ん、でもせっかく名付けるなら『赤』とかから離れた新鮮なものがいいよね。となると、横文字かな……」

 

 大和撫子日本代表、というような雰囲気を醸し出す和風美少女、『東郷美森』は陸人の消極的却下に肩を落とす。

 ちなみに彼女、『空我(クウガ)』の漢字表記が大和趣向的にどストライクだったらしく、教えた時は乙女としてどうかというような多幸感溢れる反応をしてくれた。

 

「残念だわ。陸人さんもクウガも、護国思想を体現した大和男児の見本のような存在なのに……」

 

「えっと、あ、ありがとう……?」

 

「無視していいわよ、合わせると調子に乗るから。この国防芸人」

 

「ひどいわ夏凜ちゃん……」

 

 完成型勇者を自称する強気な少女『三好夏凜』が、東郷の国防魂に水をぶっかける。

 

「じゃあ、横文字で考えるとして……レッドフォーム?」

 

 高嶋友奈に酷似した少女、『結城友奈』が首をひねりながら挙げる。あまり英語に強くないらしい。

 

「日常的に使う言葉は別としても、あまり授業で英語は学びませんからね」

 

 小動物を思わせる雰囲気を持つ風の妹『犬吠埼樹』が小さく呟く。

 

 四国の外に人類の生存圏が無くなった神世紀において、英語の重要度はかなり低く、学校教育のカリキュラムにもほとんど組み込まれていないのだ。

 

「……というわけでここは、西暦の先輩方に頑張ってもらお〜」

 

 園子の言葉に微妙な表情で顔を見合わせる西暦組。途中で通常の義務教育から外れた、形式上は小学校中退の勇者たちの英語知識が試されることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりイメージから連想する言葉がいいよね」

 

「……となると赤は……格闘、バランス型、オールマイティ……おお! これよくない? オールマイティ!」

 

 北海道で戦っていた眼鏡の少女『秋原雪花』が自分の発想に驚きながら挙げる。

 

「じゃあ、縮めてマイティ……赤は、『マイティフォーム』にしようか」

 

 続けてマイティの必殺技……飛び蹴りの名前は……

 

「シンプルにマイティキック、がいいよ! 勇者パンチ! 勇者キック! マイティキック! って感じで合わせやすいし」

 

 友奈の案で『マイティキック』に決まった。

 

 

 

 次に青の力……

 

「……青のクウガが戦っているところを見ると、昔どこかで聞いた伝説が浮かんでくる。高く舞い上がり敵を撃つ姿が、昇り竜を思わせるんだ」

 

「昇り竜……いいじゃない! なんかカッコ良さげよ!」

 

 沖縄から召喚された褐色肌の少女『古波蔵棗』が風の言葉に満足げに小さく頷く。

 

「竜か……じゃあ、青は『ドラゴンフォーム』で。武器は、分かりやすさ重視で『ドラゴンロッド』として……必殺技、どうするかな?」

 

 頭を悩ませる勇者たち。棒による一突き。少し変換に困る技だ。

 

「確か、青のクウガの神託は、流水、という単語が入っていましたね。流水、水、ウォーター、アクア、スプラッシュ……うん、スプラッシュなんていかがでしょう?」

 

 ひなたが巫女ならではの視点で少し捻った単語を出す。彼女の聡明さが光る。

 

「じゃあ、ドラゴンスプラッシュ? いや、逆の方が響きがいいかな……うん、『スプラッシュドラゴン』で」

 

 

 

 

 ここまで意外と順調に進んできたネーミング会議だったが、緑の番になり失速した。しっくりくる表現が出てこないのだ。

 

 

 渋い顔で頭を悩ませる一同の耳に、遠慮がちな杏の声が届く。

 

「……あ、あの、私個人の印象なんですけど、緑のクウガはよくゴウラムに乗っていて、射手座の人馬が空を飛んでいるようなイメージなんです。だから、その……」

 

 そこまで言って恥ずかしくなったのか、杏の声がしぼむ。

 偶然杏に借りた小説の内容から、彼女の意思を正しく汲み取った陸人が話を続ける。

 

「ああ、なるほど。翼の生えた馬……ペガサスだね。じゃあ緑は『ペガサスフォーム』だ」

 

 自分の意思を何も言わずに読み取ってくれた陸人と目が合い、顔が赤く染まる杏。基本的に彼は聡い男なのだ。

 

 武器名も『ペガサスボウガン』に決まり、必殺技の段……再び詰まりに詰まる。

 

 

「もうシンプルに『ブラストペガサス』とかでいいんじゃないか? ペガサスがすでにかなり捻ってあるし、必殺技の方は力強い語感があれば、シンプルなくらいが……」

 

 会議に疲弊してきた若葉の案に誰も否定意見を出さず、緑のクウガは名付け終わった。この停滞感をぶった切ってくれた若葉に、みんなが感謝していたのだ。

 

 

 

 

 紫のクウガ……タフでパワフルという、分かりやすい強さが印象的な姿だ。

 

「前に、紫のクウガに庇ってもらったことがあって。その時の背中が、すごく大きく感じて……とてもでっかい人が守ってくれたんだな、って……」

 

 恥ずかしそうにしながら思い出を語る水都。

 それを聞いた全員が冷やかすような視線を陸人に向ける。

 

「そ、そっか。まあ、錯覚というか、過大評価というか……とにかく大きいイメージなんだね? ビッグ? ヒュージ? ……うーん……」

 

 気まずげな顔で話題転換を強行する陸人。無理やり話を進めて1人唸る。

 

「ん〜……巨人、なんてどうかな〜? ゴーくん」

 

 杏や水都、陸人の反応を見て何かを高速でメモしていた園子。同じ『紫』の勇者がその手を止めてアシストを出す。

 

「おお、巨人。じゃあ、タイタン……? よし、『タイタンフォーム』で決まり」

 

 その流れで武器は『タイタンソード』と名付け、いざ必殺技……というタイミングで、これまで沈黙を貫いていた千景が発言する。

 

「『カラミティ』……なんてどうかしら? 『災厄』という意味なんだけど……」

 

「さ、災厄……? 物騒な単語が出て来たね、千景ちゃん」

 

「……クウガに負のイメージがあるわけじゃないわよ……? ただ、藤森さんと同じ……私も紫のクウガには巨人のような絶対的な力強さを感じるから、広大で強大な力を連想できそうな言葉を考えてみたの……」

 

「……なるほど、悪くないわね!」

 

「さすが千景ちゃん……うん、分かった。じゃあ『カラミティタイタン』だね」

 

 納得の表情で頷く陸人にホッと安堵する千景。印象に残るようなネーミングを考え、最後という絶好のタイミングで出せたことに満足していた。

 未だにコミュニケーションに余計な考えを差し込んでしまう彼女は、こんな雑談の場でも、陸人によりよく思われたいと狙っていたのだ。

 

「じゃあ最後に黒の力ね! これは私にいい案があるの!」

 

「……えっ……」

 

 そしてその狙いを、白鳥歌野(天然娘)がぶち壊す。この場合悪いのは、特別枠的な扱いである黒の存在を忘却していた千景か。特に何も考えず大トリを持っていった歌野か。

 

「あの黒を見た時、心の底からビックリしたのよ! ビックリするくらい強いし、ビックリするくらい私も強くなってるし! だからこの驚きを表現して『アメイジング』! どうかしら?」

 

「なるほど……じゃあ『アメイジングマイティ』とか、そういう形になるかな?」

 

「なら必殺技は『アメイジングマイティキック』? ちょっと長くなっちゃったけど、うん、カッコいいよ!」

 

 

 こうして一通り命名を終えた一同。彼女たちがここまで熱心に考えたのは、陸人が意外にもこの話に乗り気だったからだ。彼にとってクウガの力は色々な意味で特別なもの。名前をつけることでその愛着を形にしているのだろう。

 

 それに気づいた勇者たちも、できる限りで協力した。特に四国組は何度も救ってくれたクウガへの思い入れは強い。最終的には全員が熱を上げ、それなりに納得の行く結論にたどり着き、満足していた。

 

 

 

 

 何も思いつかず、発言できずに唸り続けた、球子を除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う〜ん……」

 

「球子ちゃん、もしかして気にしてる? さっきの命名会議」

 

「そりゃあ、な……タマだってクウガに何度も助けられたし、カッコいいな、って思うから……いい名前つけてやりたかったんだけど」

 

 寮への帰り道、球子はまだ唸っていた。

 陸人は苦笑しながら球子の頭に手を乗せて宥めるように言う。

 

「まあまあ、そんな気にすることじゃないよ。球子ちゃんの苦手分野だったってだけさ」

 

「何だよお、陸人もタマは物を考えられないバカだって言うのか? 確かにそうだけどさぁ……」

 

 球子が自虐的な言葉を吐くのは珍しい。本気で気にしているらしい。

 

「そうじゃなくて……」

 

 陸人は球子の前に回り、目線を合わせる。

 

「球子ちゃんはいちいち考えなくても直感で正しい道を選べるから。選んだ先で一生懸命頑張れる子だから。ちょっとモノを考えるのが苦手なだけだよ。それは球子ちゃんの長所だと、俺は思うけどな」

 

 その言葉に顔を赤くする球子。

 純度100%の褒め言葉は、時に心を刺す凶器になりうる。

 

「それでも気になるなら、そうだな……みんなが考えてくれた名前は大事にしたいし……そうだ、白いクウガの名前を考えてみよう、2人で」

 

 白いクウガのことは球子と杏以外はほとんど記憶していないだろう。西暦世界でも数えるほどしか発現せず、それも衰弱した状態で一瞬顕れたりするだけだ。こちらの世界で出会った面々は存在すら知らない。

 

 

 楽しげに言い合う陸人と球子。やがて球子にいい案が浮かんだようだ。

 

「コレなんてどうだ⁉︎ グロッキーフォーム!」

 

「それは流石になくない? 球子ちゃん」

 

 始まる前から負けていそうな名前を食い気味に却下する陸人。

 

 

 最終的には合流した杏との協議により、なるべく球子のアイデアを残した形として『グローイングフォーム』に落ち着いた。

 

 

 

 

 

 

 




 というわけでゆゆゆい時空だというのに西暦組ばかりでごめんなさい……

 正直これ以上手を広げると、同じような扱いにまとめちゃうキャラが出てくるんですよね。私の描写力不足ですが。

 この作品のキャラはそれぞれ個性的な魅力溢れる子ばかりなので、拙い表現で一緒くたにするくらいなら手を出さないほうがいいな、という判断です。

 特にわすゆ組ごめんなさい……この番外編を続ける予定は今のところありませんが、機会があったらちゃんと描きたいと思います。

 因みにこの命名は本編時空で陸人くんたちが使うことはありません。
 だからこそこういう回を書いたので……

 話は変わりますが、先日初めて誤字報告をいただき気づきました。
水都→水戸ってずっと書いてました……黄門様かよ……

 報告も利用させてもらいつつ、全て直したつもりですが、また何かあるかもしれません。「しょうがねえなこいつ、教えてやるか」という慈悲深い読者様がおられましたら有難いです。

 感想、評価等よろしくお願いします

 次回もお楽しみに



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番外B話 祝宴(花結いのきらめき)

 再びの番外編です。

 日刊ランキングにのったこと。本編を書いてて心がざわざわしてきたことから、またゆゆゆい時空です。そしてまた四国組が中心です…スミマセン。

 今日のうちに上げたくていつもより多分雑です。手直しできたらするかもです。

 前回と同様、この番外編はのわゆ編制作中に描いた閑話です。それ以降の章の設定は無いものとした場合のストーリーとして、ご了承ください。


 神樹に呼ばれて集結した各時代の勇者たち。彼らがこの世界に来て1年を迎えた。

 出会えるはずのない仲間と縁を結び、思い出を作ることができたこの世界。1周年を祝して大社のダンスホールで勇者部総出でパーティーを催すこととなった。

 

 今少女たちは何組かに分かれて順番に店に行き、レンタルするドレスを選んでいる。次は若葉、ひなた、球子、杏、友奈、千景の6人の番だ。

 歌野と水都を連れて、最初に店に行っていた雪花からのメールを確認していた陸人に、球子が声をかける。

 

「おーい、陸人は一緒に行かないのか?」

 

「……ん? ああ、俺は最後でいいよ。男物は勝手が違って時間がかかるかもしれないし……」

 

「そう、ですか? 選ぶ上で男性目線も欲しかったんですけど……」

 

「よし、では行くぞ。球子、杏!」

 

「おっと、じゃあ陸人、また後でな!」

「頑張っていいもの選びますから、楽しみにしててくださいね」

 

 服選びは女性の方が長くかかる。それはどの時代でも共通の常識だ。杏は首をかしげるが、若葉の号令に慌てて教室を出る。

 

 陸人が安堵のため息をこぼしたのを、2人は見逃していた。

 

 

 

 

 

 

(危なかった。我ながらおかしな言い訳しちゃったからな)

 

 陸人はある目的のため、丸亀城の仲間と一緒に店に行くわけにはいかなかった。

 頃合いを見てひなたにメールを送る。彼女なら協力してくれるだろうという確信があった。

 送信完了を確認して、陸人は教室に残る仲間にも助力を求める。

 

「園ちゃん、みんなにも。ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど……」

 

 仲間たちは驚きながらも了承してくれた。これで後は陸人の頑張り次第だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……こ、こんなのを着るのか⁉︎ タマが⁉︎ ムリムリムリ、絶対ムリだって! なあ若葉⁉︎」

 

「確かに普段と趣が違いすぎて気後れはするが……私たちだけ今更降りるわけにも行くまい。ひなたもみんなも楽しそうだ」

 

「はあ〜〜〜〜……こんなステキなドレスをタマっち先輩に着せられるなんて……」

 

「……た、高嶋さん……コレなんてどうかしら……? あなたに似合うと思うんだけど……」

 

「う〜〜ん、そうだねぇ。私には良くても……難しいなぁ」

 

 店の豪奢さに圧倒されながらも盛り上がる一行。そんな中、ひなたは端末に届いたメールを開く。

 

(あら、陸人さんから…………なるほど、これは面白そうですね)

 

 了解ですとだけ返信して端末をしまう。今日は素晴らしい日だと思っていたが、さらに楽しみが一つ増えた。

 

「ほらほら球子さん? せっかくの機会なんですから、最大限球子さんの魅力を引き出すドレスを選んで、陸人さんに見せてあげましょう」

 

「むぅ、でもなぁ……陸人だってタマのドレス姿なんて……」

 

「そんなことないよタマっち先輩! 私が一緒に選ぶから、陸人さんをびっくりさせちゃおうよ!」

 

「……あーもう、分かったよ! その代わり杏のドレスはタマが選ぶからな!」

 

 このメンバーに歌野と水都を加えた8人にとって、陸人の名前はかなり強力な魔法の呪文のようなものだ。さっきより意気込んでドレスを選び始めた仲間たちを見て、ひなたは楽しげに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、若葉たち終わったみたいよ。陸人の方も形になったし、私たちも行きますか!」

 

 風の号令で教室を出る最後のグループ……風、樹、夏凜、園子、棗、陸人。学校を出た辺りでひなたからのメールが届いた。

 

『……以上、みなさんこんな感じです。このお礼はパーティーの場で、お願いしますね♪』

 

「……お礼、かぁ」

 

「お? ゴーくん、メール来た〜?」

 

「うん、これで全員分……じゃあ悪いけど、よろしくね?」

 

「うんうん〜、ゴーくんとみんなのためだもん、頑張っちゃうよ〜」

 

 目を輝かせる園子。頼んだのは陸人だが、その勢いに気圧されてしまっていた。

 

(でも、うん……楽しい時間に、したいよな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パーティー当日、勇者たちは各々が選んだドレスを披露し、褒め合い、写真を撮り、恥ずかしがり、子供らしく盛り上がっていた。

 

「アレ? 陸人はどこだ?」

 

「ホントだ……いないね、陸人さん」

 

 キョロキョロと陸人を探す一同。そこに妙に芝居掛かった園子の声が響く。

 

「ふっふっふ〜……勇者部唯一の男子の行方、気になっているようだね〜?」

 

 驚きざわめく勇者たち。その仰々しさに、事情を知るひなたたちは苦笑するしかない。

 

「それでは、伍代さんちの陸人くんのお披露目だ〜!」

 

 

 

 

 

 

 ホールの入り口が開き、1人の少年が入ってくる。

 黒のタキシードをバッチリ着こなし、堂々とかつしなやかに歩く姿はまさに紳士。いつもファッションにはあまり気を使わない彼の髪が、軽くパーマをかけたツーブロックでビシッと決まっている。

 毎日のように顔を合わせていた少年の正装に少女たちは揃って息を飲む。

 

「り、陸人……だよな?」

 

「そうだよ球子ちゃん。他の誰かに見える?」

 

「いや、なんていうか、見違えたっていうのか……? タマげたぞ」

 

「陸人さん、すごい……すごい、カッコいいです!」

 

「アハハ、ありがとう……衣装がいいからね。杏ちゃんこそ、とてもキレイだよ」

 

「はうぅ、そうハッキリ言われると照れます」

 

 口を開けば間違いなくいつもの陸人だ。やがてみんなも落ち着きを取り戻し、和やかな雰囲気に戻る。

 

 

 

 

「しかし驚いたぞ。なんというか、気合が入っているな……似合っているぞ、陸人」

 

「フフフ……いつもよりさらに数段大人っぽく見えます、ステキですよ」

 

「そう言われると嬉しいよ。この世界で過ごした時間は、本当に楽しかったから……せっかくのパーティー、いい思い出にしたくてね」

 

「そっかぁ。りっくんはいつもカッコいいけど、今日はまた違ったカッコよさだよ! ね、ぐんちゃん?」

 

「……そ、そうね……悪くないんじゃない……? 私も、素敵だと思うわ、伍代くん……」

 

「アメイジーング! 陸人くんって正装が映えるタイプだったのね! 元がいいからかしら?」

 

「背は高いし、足も長いし……紳士って感じがするね。見たことないけど」

 

「ありがとう、やっぱりいい服は違うね。こんなに褒めてもらえるとは……」

 

 陸人の衣装は男性の正装も身近な名家の園子に、メンズにも多少知識がある雪花も合流して3人で選んだ。

 予想以上の高評価に喜ぶ陸人。しかし彼の仕込みはこれからだ。

 

 

 

 

 

 

 大社職員が布をかぶせた配膳用のカートを押して来る。

 陸人はカートの後ろに立って仲間の名を呼ぶ。

 

「球子ちゃん、杏ちゃん、若葉ちゃん、ひなたちゃん、友奈ちゃん、千景ちゃん、歌野ちゃん、水都ちゃん……今日というめでたい日に、君たちにプレゼントを用意しました!」

 

 陸人が布を取ると、カートの上には8つの種々様々なブローチが並んでいた。

 

「……これは……」

「わあ、キレイ」

「これ、陸人が用意したのか?」

 

「うん、園ちゃんたちにアドバイスをもらって……雪花さんとひなたちゃんにみんなが選んだドレスの写真は送ってもらってたから、それに合うやつをってことで色々教えてもらってね」

 

「何……? そうだったのか、ひなた?」

「はい、サプライズでプレゼントをしたいと。どうしても協力者が必要で、私は知っていましたが……」

 

「一応みんなのドレスを邪魔しないような、普段使いもできるようなやつにしたつもりなんだけど、どうかな?」

 

「うん、清潔感あるし、私服でも合わせられるかも……って、これレンタルじゃないの⁉︎」

 

「え? うん……プレゼントだって言ったよ?」

 

 こちらの世界の大社は何人かを異常に恐れている態度だった。園子然り、若葉然り、ひなた然り……その中でも特に畏怖されているのが陸人だ。

 戦時中に呼ばれた彼には後の時代に残る自分のことは分からない。それでも彼らにとって陸人はとんでもないことをした人物らしく、色々と融通を利かせてくれる。月々の生活費もかなりの額を渡されており、陸人の生活様式では溜まる一方だったのだ。

 

「この1年使い道もなく溜まってたから……こういう時くらい使わなきゃね。そんなに高いものじゃないし、遠慮せず受け取ってね」

 

「うーん、さすが陸人くん! でも畑に着けてったら無くしちゃうかもしれないわね……」

「うたのん、それ着けて農作業はないよ。でも、ありがとう陸人さん……すごく嬉しい」

 

 幸せそうな顔でブローチを付ける少女たち。改めて写真を撮り合い、盛り上がっている。

 陸人はその姿を見ながら園子たちのもとに向かう。

 

「色々とありがとう、おかげでうまくいってるよ」

 

「私も見てて楽しいよ〜男女の組み合わせは周りにあまりいなかったから、想像が捗るよ〜」

 

「ん、私もいつもと違うおしゃれを考えられて、楽しかったよ……メンズも真剣に探すと奥が深いね」

 

 協力者たちも楽しそうだ。概ね順調に進んでいる。

 

「それじゃ最後にアレでしょ? 男の子の見せ場よ、頑張りなさい!」

 

 風に背中を押されて陸人は再び球子たちのところに戻る。

 緊張を払うように咳払いを1つ。

 

「コホン……それじゃ最後のサプライズだ。ミュージック、スタート!」

 

 陸人が指を鳴らすとホールにワルツが響き渡る。雰囲気はまさしく舞踏会そのもの。

 驚く少女たちに手を差し出し、精一杯格好を付ける。

 

 

 

「お嬢様方、私と踊っていただけますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陸人は少女たちと順にペアを組んで踊ることに。最初は若葉だ。

 

「おお、陸人は社交ダンスもできたんだな」

 

「いや、1人で演るものはともかく社交ダンスはさっぱりだったよ」

 

「そうなのか? すごく慣れてるように感じたが……」

 

「みんなが服選びに行ってる間に、ちょっと、ね!」

 

 みんなの幸せな時間のためにいつもよりカッコつけている陸人が、若葉には気高く見えた。

 

 

 

 

 

 

 次は水都。おどおどしながらも陸人を信じて少しずつ動きを合わせる。

 

「そっか、園子さんに教わったんだ?」

 

「うん、乃木家っていうのは300年で本当にすごい家になるんだね……なんでもできるすごい人だよ、園ちゃんも、園子ちゃんも」

 

「陸人さんも人のことは言えないと思うけどなぁ……」

 

 友達のことならいくらでも語れるくせに自分を知らない不器用な陸人が、水都には微笑ましく見えた。

 

 

 

 

 

 続いて歌野。曲が聞こえないかのように勢いよく動く歌野に、陸人がついていく。

 

「あの短時間で身につけたってワケ? 相変わらず器用ね!」

 

「まぁそれが取り柄だからね……でもそれっぽく見せてるだけ、まだまだだよ」

 

「フフフ、練習するなら付き合うわよ、やってみると楽しいわ、これ!」

 

 普段見せない少年らしい表情でイキイキとしている陸人が、歌野には凛々しく見えた。

 

 

 

 

 

 千景の番。うっかり陸人の足を踏まないか、千景はそればかり心配していた。

 

「……私が……こんな風にきらびやかな服で踊る日が来るなんてね……」

 

「やろうと思えばこれからも機会は作れるさ。こっちでも、元の時代でもね」

 

「……そうね……そんな未来があるといいわね……」

 

「みんなで頑張って作ろう……千景ちゃんみたいな可愛い子が、おめかしして踊る日が当たり前にある世界を」

 

 恥ずかしいセリフを臆面もなく言い切る陸人が、千景には美しく見えた。

 

 

 

 

 

 友奈は普段と違う動きに戸惑いながら、いつものように陸人と呼吸を合わせていた。

 

「うーん、武道とはちょっと違うね。でもリズムを合わせるって楽しい!」

 

「そうだね。俺たちももう長い付き合いだし、呼吸を合わせるのは慣れてるから」

 

「そっか、そう考えると連携訓練に近いのかも。だからこんなに楽しいのかな」

 

「ダンスも訓練に組み込むのもアリかもね。動きを合わせる上で役に立ちそうだ」

 

 こんな時でも使命を忘れない生真面目で責任感が強い陸人が、友奈には頼もしく見えた。

 

 

 

 

 

 球子に変わる。自分の時だけ陸人の動きが他のパートナーの時と微妙に違うことに彼女は気づいた。

 

「あのさ、陸人……踊りにくくないか? タマ、背が低いから」

 

「大丈夫、パートナーの身長に合わせて踊るコツも教わって、樹さんや棗さんにも付き合ってもらったんだ」

 

「陸人……タマのために? ……ありがとな!」

 

「みんなが楽しい思い出を残せるように。それが今日の俺の目標だからね」

 

 いつだって友達のためを思い優しさを忘れない陸人が、球子には輝いて見えた。

 

 

 

 

 

 杏はウットリとした顔でホールを見回し、目の前の陸人を見つめる。ポーッとしすぎて転ばないか心配なくらいだ。

 

「こんな物語のような経験ができるなんて……夢みたいです」

 

「今回のサプライズは、杏ちゃんの小説からもアイデアをもらったからね。気に入ってくれて嬉しいよ」

 

「陸人さん……ありがとうございます、幸せです」

 

「俺じゃ不足だろうけど、今だけ精一杯王子様役やらせてもらうよ、お姫様?」

 

 珍しく芝居掛かった言い方で自分が好きな世界を再現してくれる陸人が、杏には小説よりもずっとカッコよく見えた。

 

 

 

 

 

 

 最後は『パーティーでのお礼』の権利で大トリを希望したひなたと踊る。

 

「フフフ、私にももう1つのサプライズを用意していたんですね……驚きました」

 

「ゴメンね。計画を整えた時点でメンバーが決まってたから、誰か1人には協力してもらうしかなかったんだ」

 

「謝ることはないですよ。むしろ嬉しかったです……私を信じてくれたんでしょう?」

 

「ん、まあ……サプライズとか得意そうなのはひなたちゃんかな、って」

 

「そうですか……どんな形であれ選んでくれて嬉しいですよ、私は」

 

 なにやら積極的なひなたに気圧されながら踊る陸人。ひなたはいつも通り、いつも以上に楽しげに笑っている。

 

 

 

 曲の終わり、ステップを止めてポーズを決める。その瞬間、ひなたは誰にも見られない角度で陸人の頰に一瞬だけのキスを残した。

 

「──っ⁉︎……ひ、ひなたちゃん⁉︎」

 

「フフッ、ブローチと、サプライズと、諸々のお礼です……2人だけの秘密ですよ?」

 

 唇に人差し指を当てて囁くひなた。陸人は混乱の結果なにも言えなくなる。そんなウブで年相応な陸人が、ひなたには可愛らしく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後1時間ほどかけて回復した陸人に、他の勇者たちもダンスをせがみ、ひなたと陸人の様子に何かを悟った杏と球子が2回目を要求し、陸人は数時間パートナーを変えながら踊り続けた。

 

(男女比1対19の舞踏会は、無理があるよな、やっぱり……!)

 

 翌日陸人は重度の筋肉痛に悩まされることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 この物語は本編とは異なる世界線の出来事であることをご了承ください。

 これ書いておけば多少キャラ変わっても平気かなって。陸人くんについては今回意識してカッコつけてもらいました。少女たちについては、勢いで書いたとしか言えません、ごめんなさい……

 ちなみに園ちゃんが中学生園子、園子ちゃんが小学生園子の陸人くんの呼び方です。

 自分は舞踏会にも正装にもヘアスタイルにも社交ダンスにも詳しくありません。ちょろっと調べたこととあとは想像です。ツッコミどころがあれば、笑って流すか、指摘をいただければ幸いです。

 感想、評価等よろしくお願いします。

 次回もお楽しみに



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十章Z話 霊石(IFルート分岐)

 if編、陸人くん生存ルートです。それなりに綺麗に締められた気もするのですが、もう少し分かりやすく……ハッキリ言うと特定の誰かと結ばれる道を描くにはなんとかして現世に残ってもらわないといけなくて……

 蛇足と言われれば反論のしようがない蛇足なので、本編を終わりまで読んだ上で「別の結末も見てみたい!」と思ってくださった方はこの先をどうぞ。




 ──もう後戻りはできないな。陸人、人としていられる最後の時間だ……ここには私しかいない、言いたいことがあれば言っておけ──

 

 アマダムは、最後の意思確認の場を用意した。陸人の答えは分かっている。それでも、果ての果てまで本音を隠さなければならないというのは、あまりに残酷すぎると思ったから。

 

「……そうだなぁ……」

 

 どこまでも面倒見のいい相棒に苦笑しながら、口にする気は無かった本音をこぼす。

 

「……やっぱり消えたくはない。みんなと、ずっと一緒にいたかったよ……」

 

 最強最高の勇者、伍代陸人の人間としての最後の言葉。それはどこまでも彼らしくなく、どこまでも人間らしい、当たり前の弱音の発露だった。

 

 

 

 

 

 

 ──やっと言ったな……頑固で馬鹿で……まったく困った奴だ──

 

 陸人の本音を聞いたアマダムが、用意していた秘策を使う。現在進行形で陸人の体を蝕む力の奔流をアマダムに収束させる。人ではない体に進化した陸人の生命を維持する神樹の光もろとも吸収して、全てのエネルギーがアマダムに集まっていく。

 

(アマダム⁉︎……何をする気だ?)

 

 ──陸人が何を捨ててでも娘たちを守ろうとしたのと同じだ……私にも、何をしてでも守りたいものがある! ──

 

 力を奪われて肉体を維持できなくなった陸人。倒れた彼の体に神樹の雷が落ちる。それは一瞬で怪物と化した体を消滅させ、同時に()()()()()()()()()()

 

「……何だ? 色が、見える……?」

 

 神樹に記録されていた、侵食が始まる以前の陸人の体。それを模した御姿は、失くした記憶を含めた全ての身体機能が正常に作用している。

 

 ──どうやら、うまくいったようだな──

 

「アマダム! これはいったい……」

 

 気づけばいつもの精神世界に引き込まれていた陸人。常に体内に感じていたアマダムを、どこか遠くに感じる。

 

 

 

 

 

 ──陸人を蝕む全て……光も闇も、私に集めて切り離した……その体は神樹が作った新しい()()()()()──

 

「ちょっと待ってくれ! 切り離したって……そんなことをしたら!」

 

 ──そうだ……これで陸人はもうクウガにはなれない。もう、苦しむことはない──

 

「そんな……それじゃあ、天の神は!」

 

 ──後のことは、私に任せろ……変身! ──

 

 精神世界に降り立つ究極の戦士。陸人は初めてクウガというものを俯瞰で見た。陸人とクウガが向き合う、ありえない光景がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神樹に呼ばれ、時代を超えて集まった勇者たち。その中には陸人の結末を知る者がいた。

 かつて自身の多くを神樹に捧げ、陸人とは別のアプローチで人よりも神に近い存在に変質した勇者、乃木園子。

 神樹信仰が強い家の教育を受けた巫女、国土亜耶。

 彼女たちは気を遣ってその話題を避けていたが、1人の少女がその秘密を明かしてしまう。

 

「……とまあ、こんな訳で。陸人様の献身と犠牲の上で成り立っているのが神世紀……ひいてはそこに生きる者の存在すらも、あなたがいなければあり得なかった。ひどい話だと思わない? 陸人様は結局最後まで人並みの幸せも得られずに、存在することもできなかったのに……」

 

 赤嶺友奈。神樹内の世界で敵対した勇者。出会った当初から、何故か陸人に執着している少女。

 彼女は精神攻撃の一環として、全員の前で陸人の未来、史実の結末を暴露した。陸人の心を崩して、自分の元に引き込む。()()()()では決して報われないと分かれば、鋼の精神力を持つ彼でも傾くだろうと考えたのだ。

 

 勇者たちは何も言えない。信じたくないという思いと同時に、陸人ならやりかねないという確信もあった。共に戦ってきた8人でさえもその事実を受け入れられなかった。

 

「……なるほど、よく分かったよ。ありがとう、赤嶺さん」

 

 それでも陸人は笑う。まるでそんな未来は怖くない、と言わんばかりに。

 

「あれー? お礼を言われる流れじゃないと思うんだけど?」

 

「今教えてもらえれば、自分の時代に戻った時に対策が打てるかもしれない……君もそのつもりで俺に教えたんだろう?」

 

「……! 違うよ。ただ未来を知れば、私のところに来てくれると思って……」

 

「そう? まあそれならそれでいいさ……悪いけど、何を見ても何を知っても、俺の答えは変わらない。命を守る、そのために──変身ッ‼︎」

 

「……どうして分かってくれないの! その人達じゃ陸人様にはついてこれない。そこにいたら、あなたは全部失くしちゃうんだよ!」

 

「……ごめん、きみがみんなの敵に回るなら……俺は戦う! きみが諦めるまで、何度でも!」

 

 結局赤嶺の策は陸人本人には大した効果はなかった。しかしアマダムにとっては、未来を変えるための大きな分岐点となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 元の時代に戻り、戦いを再開した勇者たち。限定的に未来を知っている彼らの尽力で多少過程の変化はあったものの、やはり天の神が一手上回り、陸人は追い込まれていた。

 この窮地を脱するために、アマダムは準備を進めてきた。力を高め、神樹とも秘密裏に打ち合わせを重ね、最悪の事態に陸人を制するために。

 

「こんなことができるなんて、聞いてないよ?」

 

「……言っていないな……本来できる、という訳でもないしな」

 

 アマダムに変身者と分離する機能はない。無理やり別れた今、アマダムが存在していられる時間はそう長くない。収束した力が爆散して消滅する。それを天の神にぶつけるのがアマダムの策だ。

 

「……アマダムは、俺のために……?」

 

「……長く封印されていた私にとっては、未来の安定よりも大事なものがある……それだけだ」

 

 陸人と勇者たちの幸せ。アマダムにはそれが何より大切だった。

 誰かのために戦い続け、ようやく見つけた願いからも目を背け、全てを捨てようとしている陸人。アマダムはそんな結末を認めない。絶対に認めるわけにはいかない。

 

「……これが最後だ……陸人、自分の願いを見失うな。貴様もまた1人の人間……守られるべき存在であることを自覚しろ。自分を度外視して誰かを守っても、娘たちは決して喜ばない……」

 

「アマダム……俺は……」

 

「これで貴様はさして特別な存在ではなくなる。全てを守る義務も、その力もない……ただの人間だ。自分と側にいる大切なもの……それだけを見ていればいい。もう、世界を背負う必要はないのだ……」

 

 言い聞かせるようなアマダムの言葉。ここで言い返すのがいつもの勇者、伍代陸人であるはずだ。しかし力を失ったからか、戦意や闘志が冷めていくのが分かる。彼は今、失くした人間性を急速に取り戻し始めている。

 

 アマダムに侵食された怪物の体から、神樹が作った御姿に。

 痛みと苦しみに削られて形取られた戦士の心から、物心がつくよりも前の、本当に純真だった人間の心に。

 

「俺は、もう……戦えない。戦わなくても、いい……?」

 

「そうだ。貴様はすでに役目を終えた。誰に憚ることもなく、これからは自分の幸せを追い求めればそれで良い……」

 

 

 

 

 

 

 その言葉と同時に精神世界が崩壊する。現実に戻った陸人の目の前には、バーテックスの攻撃から自分をかばうクウガ……アマダムの背中があった。

 

「──ッ! アマダム‼︎」

 

「色々とあったが、貴様との時間……悪くなかった……楽しかったぞ……陸人!」

 

 アマダムが陸人を壁の内側に飛ばす。今の陸人には、灼熱の大地に耐える体も、クウガに抗う力もなかった。

 

「アマダムゥゥゥゥゥゥッ‼︎」

 

 伸ばしたその手は虚しく空を掴み、陸人は光に呑まれて四国内部(安全地帯)に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、英雄の立場を奪ってしまった以上、責任は取らなくてはな……」

 

 力を溜め込む仮初の肉体()はすでに崩壊しかけている。あと数分で国を1つ滅ぼす規模の大爆発が巻き起こる。その前に……

 

「行くぞ……出し惜しみはナシだ!」

 

 視界を覆うバーテックスを一瞬で焼き尽くし、崩れた包囲網を突破。天の神の世界と現世を隔てる境界の真下まで移動した。

 

 めまぐるしく変わる状況をようやく把握した天の神が、最大出力で迎撃を開始する。しかし一手遅かった。

 

「……天の神よ……貴様ごときに、我が弟の未来を邪魔する権利はないと知れ‼︎」

 

 アマダムのエネルギーは最高潮。その全てが天の神に向けられる。砲撃を受けても止まらない。

 

「我が名はアマダム! 貴様ら神が作り、その創造主ですらも恐れた、力の塊だ‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽よりも眩く力強い輝きが世界を覆い、空が砕けた。

 

 全てを白く包み込むアマダムの光を、陸人はただただ見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いが終わって数日、陸人は自室のベッドで何をするでもなく寝転がっていた。思い返すのは、最後の最後で陸人を出し抜いていなくなった相棒のこと。

 

 アマダムの最後の一撃は、天の神に致命的なダメージを与え、撤退に追い込んだ。神託によれば、向こう100年は侵攻どころではないということだ。

 勇者たちの戦いは終わり、陸人もその力を失い、役目は完遂となった。そのためこうして時間を持て余している。陸人を陸人たらしめていた力と使命を同時に失くしたことで、何をすればいいのか分からなくなっている。

 

(アマダム……ああ、こうやって話すことも、もうできないんだな……)

 

 1番近くにいたアマダムを失った陸人。忘れた記憶を含めた全ての機能を取り戻したが、それ以上に大きなものを失った彼は、何もできずに連日部屋に籠っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「オーイ! 入るぞ、陸人!」

 

「失礼します……陸人さん、起きてる?」

 

 そんな陸人の部屋に入ってきた球子と杏。2人は陸人が反応するよりも早く、彼の両手を取って部屋から引っ張り出した。確保というか連行というか、もはや拉致である。

 

「……あの、2人とも?」

 

「いいからいいから! しばらくまともに食べてないだろ?」

 

「私たちで準備はしておいたから……せめて食べるだけでも、ね?」

 

 そこでようやく、陸人は周りが心配してくれていることを思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 食堂に入った瞬間、陸人の耳にクラッカーの音が届いた。

 

『お役目終了、おめでとう!』

 

 そこには仲間たちが用意した料理や飾り付けが並んでいて、まさにパーティーといった様相だった。

 

「色々あったし、これからも色々あるんだろうけど……ひと段落ついたのは確かなわけだし、ね」

 

「私たちも今日になってようやく体も回復して、煩わしい検査からも解放された」

 

「私たちで料理したんです、陸人さんの体が元に戻ったお祝いも兼ねて……」

 

 かつての思い出を振り返った時の約束。陸人自身忘れかけていたそれを守るために、慌ただしい中で用意された祝いの席。陸人はどれだけ周りを見ていなかったかを思い知った。

 

「せっかく味覚が戻ってきたんだもの……美味しいものいっぱい食べなきゃダメだよ陸人さん」

 

「……ええ……それに、記憶の方も……ちゃんと戻ってるのか、色々話して確かめてみましょう……」

 

「どんな形でも、りっくんが帰ってきてくれたことが、私たちはすごく嬉しい……その気持ちを、受け取ってほしいな」

 

「……みんな」

 

 仲間の優しさが胸にしみる。やっと色が戻ったのに、仲間たちとまともに向き合っていなかったことにようやく気付いた陸人は、改めて正常な視界で少女たちを見つめる。何より大切で、守りたかったもの。それが今、確かにここにある。これが陸人が求めて、アマダムが願ってくれた光景だ。

 

「……本当に、ありがとう……いただきます……」

 

 久しぶりの味がある食事。その美味しさに、陸人は涙を禁じ得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最終決戦から数ヶ月。事後処理も終わり、勇者たちにはお役目完了が正式に通達された。今後の生活は全て自由。必要であれば援助も惜しまないとのこと。世界を救った褒賞としては些か物足りないと思われるかもしれないが、大社の闇を知る彼らからすれば意外なほど穏当な結末である。

 

(アマダム……俺、将来について考えてるよ。進路だの就職だの、ちょっと前まで死ぬまでに何ができるかしか考えてなかったのに、変わるもんだよな……)

 

 この当たり前の人生が、アマダムが何より守りたかったもの。それを忘れることなく、陸人は1人の人間として、相棒に恥じない生き方を誓った——

 

 

 

 

 

 

 

 この時の陸人は知る由もなかった。

 

『……好きです!』

 

 最も大切に想っている8人の少女たち。その全員から同時に告白されるという……

 

「……えっ……?」

 

 

 自分の将来の100倍頭を悩まされる問題が間近に控えているという事実を……

 

 

 

 

 

 

 

 




 陸人くん生存ルート、別名アマダム様ルートといってもいいかもしれない……

 ちなみに赤嶺ちゃん関連は完全にノリです。彼女については謎だらけですし、公式設定が現段階の私の想定を超えたらまた構成し直しです。そして想定内であったとしても、赤嶺ちゃん、ひいてはゆゆゆい時空の話をちゃんと作る予定も今はありません。ご了承ください。

 本編よりもさらに無理矢理な設定とこじつけで話を作りました。
そしてここから各ヒロインルートに分岐していくわけです。こう書くとギャルゲーそのものだな……

 各ヒロインごとにテーマを決めて、ネタ被りしないように全員分描く予定です。一応すでにキャラごとのテーマは決めて書き始めています。
 このキャラのこんなシチュエーションが……とか希望がある方ももしかしたらいらっしゃるかもしれませんが、申し訳ありません。自分で思い描いたものしか作れない惰弱な作者ですので……

 文量とか熱量とかもバラバラになりそうですし、全体的に本編よりも更に読み応えダウンした代物になる可能性大です……それでもよければお待ちください……なんて言い訳をここに書くのがいけないんだろうなぁ……

 感想、評価等よろしくお願いします

 次回もお楽しみに




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終章R話 初恋(IF:土居 球子)

 タマちゃんルート
 時系列はゴタゴタした事後処理が済んで、陸人くんが告白されて、悩みに悩んで全員に返事をして1人を選んで割とすぐですね




「……うーん……これなんかどうだ? 陸人」

 

「うん、似合ってるよ。球子ちゃんはかっこよさと可愛さが両立してるから、合う服の系統が多いよね。やっぱり自分が着てみたい服が1番だと思うよ」

 

「そ、そっか? そう言われると、嬉しいけど……なんていうか……」

 

「ん?」

 

「なんか、手慣れてるなって……んーん、なんでもない! それじゃこれ、ちょっと試着してくるから待っててくれ!」

 

 珍しく歯切れの悪い球子の様子に首をかしげる陸人。2人は若者向けのブランドショップで球子の服を見て回っていた。初めての2人デートだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陸人が球子の告白に応えてから一週間。お互いに経験がない間柄になった2人は、どうすればいいのか分からなかった。ただでさえ特に距離感が近かった2人だ。今更になって恋人らしいこと、と言われるとそれまで自然だったこともいちいち意識するようになってしまう。

 例えば食事時……

 

「おっ、陸人のうどん、うまそうだな!」

 

「今日はちょっと出汁に新しい工夫をしてみたんだ。球子ちゃんもどうぞ、ハイ、アーン……」

 

「ッ! いや、その……」

 

「……! あー、ゴメン。じゃあ器置くから、球子ちゃんが好きに食べて……」

 

 これまでであればなんの躊躇もなく食べさせ合っていた陸人と球子。しかし2人の関係に新たな色が付き、名前が変わった今となっては、とても大胆なことをしている気がして……妙に遠慮してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 何かにつけてこんな調子で、むしろ恋人になる以前よりもよそよそしくなっている始末だ。見るに見かねた杏が背中を押して、今日のデートが決行されたのだが……

 

「……ムゥ」

 

「球子ちゃん? どうかしたの?」

 

「陸人は、なんだか慣れてるな……タマはこんな風にデートらしいデートは初めてだから、なにをすればいいのかもよくわかんないぞ」

 

「俺も慣れてるわけじゃないよ。ただ、こういう店は何度かひなたちゃんと一緒に来たことあるから……」

 

「なに? ひなたと……?」

 

 自分ばかり緊張しているような状況が悔しくて唸っていた球子の耳に、聞き逃せない情報が入る。

 ひなたとデートをした。それも何度も? 

 

「……陸人、お前の彼女は誰だ……?」

 

「え? どうしたの急に……そりゃ球子ちゃんだよ」

 

「だったらもっとタマのこと……! ゴメン、なんでもない……」

 

 一瞬嫉妬に駆られた球子だが、すぐに冷静になる。陸人は陸人なりに自分のことを特別扱いしてくれているのは分かるのだ。ただ、それでも彼にとって仲間たちは全員が特別で、いざ彼女という立場になってみると、どうしてもそれが気になってしまう。

 一方陸人も、何か自分の発言に問題があった、程度には理解できたらしい。

 

「あー、えっと、ゴメン、俺が何か悪いこと言った……んだよね?」

 

「いや、陸人がみんなのこと好きなのは知ってるし……そこがいいところだとは思うんだけどな?」

 

 普通じゃない経験を散々してきた2人だが、こと恋愛に関しては恐ろしく不器用で無作法になってしまう。おっかなびっくりでとりあえず手を繋ぐ。側から見て、初々しすぎて危なっかしいカップルだった。

 

「よ、よし! お昼ご飯行こっか……球子ちゃんが好きな骨付鳥の店、調べてきたんだ。この近くにも人気のところがあるんだよ」

 

「お、おう! 任せるぞ陸人!」

 

 手を繋いだままぎこちなく歩く2人。油の切れた機械人形のようなその動きを、周囲の市民が微笑ましげに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ……美味しかったね、球子ちゃん」

 

「うん! この辺にはなかなか来ないから知らなかったぞ……この店、覚えておこう」

 

「……うん」

 

「……ん」

 

 昼食自体は大満足のものだったが、いざ食事を終えると途端に話題に困ってしまう。

 

「……ゴメン、ちょっと……」

 

「……あ、うん」

 

 空気に耐え切れずにお手洗いに立つ球子。陸人はなにも言葉をかけられない。このままではマズイことだけは分かったが、どうすればいいのかが分からない。

 

(うーん、どうすれば…………ん?)

 

 何気なく端末を開いたところ、新着メッセージが届いている。

 

「……杏ちゃん?」

 

 それは、今日のデートをセッティングしてくれた2人共通の親友からの応援だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーむ、これは多分デートになってない。マズイぞ……」

 

 球子もまた、洗面所で唸っていた。顔でも洗いたい気分だったが、出かける前に杏が薄くメイクを施してくれている。手直しの方法などさっぱり知らない球子に、それを崩すことはできなかった。

 

「……お? あんず?」

 

 時間を確認しようと端末を開くと、件の親友からメッセージが来ている。どうやら2人の初デートがこうして行き詰まることも予想していたらしい。

 

 

 

 

 

 

 "タマっち先輩、デートは順調? もしうまくいってるならこの先は読まないで消してください。

 気不味くなっているようなら、私からのアドバイスです。今の2人に必要なのは、恋人ということを意識しすぎないこと。普段の2人はそれこそ恋人同士にしか見えないくらいに仲良しで、遠慮のない、羨ましい間柄だったと思うの。

 陸人さんはタマっち先輩のこと大好きだし、タマっち先輩もそうでしょ? それはちゃんとお互い分かってるんだから、今更意識する必要はないんだよ。

 焦らなくても好きな人同士が一緒にいれば、自然と雰囲気とか行動とかは変わってくるものだから、今はただ一緒の時間を楽しめばいいと思う。

 以上、恋愛小説で蓄えた知識で悪いんだけど、参考にしてください。私もみんなも、2人のこと応援してるから、頑張ってね! "

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あんずは本当に、タマたちのことよく分かってくれてるな」

 

 パン、と頬を叩いて気持ちを切り替える球子。2人を1番近くで見てきた彼女が言うことに間違いはない。自分たちは誰に憚ることもなく、お互いが好きだから一緒にいるのだ。ならば1番心地いい2人でいればいい。

 

(陸人がタマを選んでくれたんだ……そのことにもっと自信を持って!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、球子ちゃん、お帰り……デザート頼んだけど、球子ちゃんも食べる?」

 

「お、いいなソレ! 一口くれ、アーン……」

 

「ん、ハイ、アーン……」

 

 戻ってきて早々に、極めて自然にいちゃつくカップル。一通り流れを終えた後で、あまりにスムーズに進んだことに2人とも驚く。

 

「球子ちゃん……」

「陸人……」

 

『何かあった?』

 

 異口同音、同じ角度に首をかしげる陸人と球子。久しぶりに感じるいつも通りの雰囲気が可笑しくて、2人は同時に吹き出した。

 

 

 

 

 

 

「そっか。球子ちゃんの方にも来てたんだ、杏ちゃんのメッセージ……」

 

「うん……2人揃って心配かけちゃってるな」

 

 陸人にも球子宛のものに近い内容のアドバイスが送られていた。実体験こそないものの、数多の物語に想いを馳せ、誰より近くで3人一緒にいた杏の言葉には不思議な説得力があった。

 

「よっし、そろそろ次の店に行くか!」

 

「うん……行こう、球子ちゃん」

 

 左手を差し出し、手をつなごうとする陸人。球子は満面の笑顔で彼の左腕全体に飛びつく。

 

「っと……球子ちゃん?」

 

「へへ……やっぱり陸人とは、こうしてくっついてたいからな!」

 

 笑顔で腕を組んで歩く2人。ようやくいつもの彼らの光景が戻ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後仲睦まじくデートを続け、真っ暗になった頃に帰路に着く。街から離れ、人目がなくなったところで球子が肩車を要求。戦いが始まって以来の距離に、無意識に笑顔が溢れる。

 

「おお、久しぶりにやってもらったけど、背が伸びたか? 陸人……前よりも景色が高い気がするぞ」

 

「そうかもね。球子ちゃんの方は……うん、特に重くはなってないかな……」

 

「むぅ、成長してないってことか、太ってないってことか……嬉しいような悲しいような……」

 

「アハハ、成長は分からないけど、球子ちゃんの普段の運動量なら太ることはないんじゃないかな?」

 

 

 

 

 

 

 話しながらゆっくりと歩き、寮に到着。球子を下ろして荷物を分ける陸人。球子はそんな彼を見つめて、赤い顔で小さく唸っている。

 

「はいこれ、球子ちゃんの分……どうかした?」

 

「……イ、イヤ! なんでもないんだ」

 

「そう? それじゃ、今日は楽しかったよ……おやすみ」

 

 背を向けて自室に戻ろうとする陸人。球子は衝動的にその袖をつまむ。

 

「……球子ちゃん?」

 

「……え、あ……えっと、その……」

 

 引き止めたはいいが、ふさわしい言葉も行動も出てこない。紅潮した顔で慌てふためく球子を見て、陸人の方は何かに気づいたようだ。

 

「ああ……よし、球子ちゃん、ちょっとこっち向いて」

 

「え? ……あ! ……ん……」

 

 不意打ち気味のキス。唐突に口を塞がれた球子はなんの反応もできない。触れ合う部分から伝わる暖かさに、思わず瞳を閉じる。

 数秒後に離れる2人の唇。体に力が入らず、球子はその場にへたり込む。

 

「……り、陸人」

 

「……えっ、と……それじゃ、今度こそおやすみ、今日はありがとう!」

 

 

 

 

 

 

 

 足早に去っていく陸人。その背中を見つめて、球子は1つ心に誓う。

 

(クッソ〜、今度はこっちからやってやる……絶対にびっくりさせてやる〜!)

 

 陸人の方も実はかなりテンパっていた。球子の顔を見ているうちに、思った以上に大胆な行動に出てしまった。

 

(なるほど、これが杏ちゃんが言ってた……自然な恋人同士、ってやつか)

 

 まだまだ照れは残っているが、この日2人は確かに一歩、大きな前進を果たした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 やってみて気づいた…これ人数分やるとなるとめっちゃ疲れる…
それでもやります!みんなが好きだから!

 あと7人…まだ全然できてないので、とりあえずの目標は来週末に次を投稿すること。多分今後はこんなペースになると思います。それでも良ければお待ちください

 感想、評価等よろしくお願いします

 次回もお楽しみに


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終章S話 距離(IF:白鳥 歌野)

 なんとか1話できたので、ランキング載った喜びに乗せて投稿…相変わらず無計画だなぁ

 うたのんルート

 時系列は終戦から1年後の、高校入学前から始まります。

 投稿の際に投稿位置をミスしまして、少しおかしなことになりました。お気付きの方はお騒がせして申し訳ありません。



「もう決めたんだね?」

 

「ええ、やっぱり私は机に向かうよりも土に向き合う方が性に合ってるわ。陸人くんやみーちゃんには悪いけど……」

 

「……ん、俺は気にしないでいいよ。なんとなくこうなる気はしてたし……水都ちゃんにはちゃんと自分で話しなよ?」

 

「オフコース! ちゃんと話して分かってもらうわ、一生のベストフレンドですから!」

 

 ほんの少し寂しそうな陸人と、ほんの少し申し訳なさそうな歌野。それでも話がこじれることもなく、向こう3年に関わる重大事は、こうしてあっさりと解決した。

 

 友達というには距離が近く、恋仲というには淡白すぎるが、それでも陸人と歌野は想いを告げ合い、結ばれた恋人同士である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え……高校、行かない?」

 

「ええ、色々考えてはみたんだけどね……今はまだ神樹様も安定していないわけだし、この先のことを考えれば、少しでも早く農業に集中したいのよ」

 

「でも、一緒の高校に行こうって……私はまだいいよ、学校終われば会えるし……だけど」

 

 そう言って陸人に目をやる水都。彼は変わらず笑ったまま、何も言わない。しかし何も思っていないはずがない。

 陸人は大社の非正規職員として研究の手伝いをしている。歌野が高校に行かないとなれば、2人が共に居られる時間はかなり少なくなる。せっかく恋人となった彼らの距離が開いていく。なのに本人たちはそれを気にした様子もない。親友を自負する水都であっても、今の2人のことが理解できなかった。

 

「……陸人さんは、それでもいいの?」

 

「こうと決めたら一直線なのが歌野ちゃんのいいところだっていうのは、水都ちゃんが1番よく知ってるでしょ?」

 

 宥めるような口調で微笑む陸人。あまりに自然なその態度に、水都はまるで自分の方がおかしなことを言っているような気になる。

 

「俺が好きになったのはそういう人だからね。もちろん寂しくないと言ったら嘘になるけど、歌野ちゃんが決めたことなら邪魔したくないんだ」

 

「さすが私の陸人くん! 私もあなたのそういうところが大好きよ!」

 

「……うたのん、陸人さん」

 

 満面の笑顔で抱きつく歌野を、ハイハイと慣れた様子で受け流す陸人。あっさりし過ぎているように見えるが、当事者が納得しているなら自分が口を挟むことではないと、無理やり己を納得させる。

 自身の想い人と結ばれた親友か、その親友を選んだ想い人か。このモヤモヤとした感情はどちらに向けたものなのか……

 

(……いや……両方、かな)

 

 今の水都には分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その数ヶ月後、陸人と水都は同じ高校に入学。世界を守った勇者として、名前と顔が知られている陸人は当然のように目立った。最初の1ヶ月は芸能人のように声をかけられ続け、次の1ヶ月で全校の半数以上と友好を深めていた。あの激動の日々で成長した水都もできた友人は少なくないが、陸人の勢いには苦笑するしかなかった。

 

 久しぶりの普通の学校生活にテンションを上げ過ぎて若干加減を忘れた陸人が、その人誑し(天性)を発揮。色々な部活に飛び入り参加しては活躍していく姿に見惚れる女子も少なくない。この時点で水都はもう嫌な予感しかしなかった。

 

 

 

 

 入学から3ヶ月が過ぎた頃にはもう、水都が知る限りでも、陸人が女子に告白された回数は両手で数えられなくなっていた。陸人はその度に苦しそうな顔をして断る。

 

「あの、恋人がいるってちゃんと言った方がいいんじゃない? 女子はそういう噂広げるの早いし……そうすれば言われることも減るんじゃないかな」

 

「……なるほど、校外の人って言えば後にも引かないし。そうするよ、ありがとう水都ちゃん」

 

 途中からは水都のアドバイスに従って、"校外に付き合っている人がいるから、その気持ちには答えられない"というのが陸人の常套句になった……が、それが予想外の方向に事態を進展させた。

 

 

 

 

 夏休みを控えた4ヶ月目には、1つの噂が学校中に浸透していた。

 

『伍代陸人は藤森水都と付き合っている』

 

 この高校には陸人と水都以外に丸亀城の仲間はいない。すると意識せずとも2人でいることが多くなり、その自然な距離感に年頃の学生たちの想像は加速する。2人に自覚はなかったが、あの閉鎖的で特別な仲間同士の絆は、一般の学生からすれば特別なパートナーにしか見えないものなのだ。

 校外の、というのも余計な波風を立てないようにという陸人の気遣いだろうと勝手に解釈されてしまった。

 

 2人とも聞かれればキッパリ否定してはいるものの、1度こうだ、と印象付けられた認識はそう簡単には覆せない。高校生の集まりであればなおさらだ。陸人が告白を受ける回数は激減したが、これはこれで問題だろうと水都は再び頭を抱える。

 

 陸人と歌野がどれだけお互いを想い合っているかを知っている水都はそろそろ胃が痛くなってきた。こうなった大元の原因は、歌野が恋人から距離をとっているからだ。こんな現状を何度説明しても、バカ笑いするだけで真面目に捉えようとしない。

 

「うーん……そんなに面倒なら、いっそ認めちゃったら? 否定しなくなれば囃し立てられることもなくなるんじゃないかしら?」

 

 笑い過ぎて涙が滲んだ目を拭いながら、歌野がそんなことを宣った時には、流石の水都も頭にきて思いっきり説教をかました。歌野も冗談のつもりだったが、いささか無神経すぎたと反省していた。

 しかし、問題はそこまで彼女に危機感がないということだ。陸人の方もこの状況を深刻に捉えてはいないようだし、水都の心労は尽きない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ハーイ、陸人くん。今日はいつもより遅かったわね……何かあったの?』

 

「こんばんは、歌野ちゃん。今日はちょっと実験が長引いて……よくわかったね」

 

『毎日わりと決まった時間にコールしてくれてたからね、流石に気づくわよ』

 

 大社での仕事を終えた陸人の自室。彼は毎日落ち着いた頃合いに歌野に電話している。内容はあってないような話題ばかりだが、一緒にいない分、何気ない会話がとても充実した時間になる。

 

『最近みーちゃんから事あるごとに聞くんだけど、そんなにすごいの? 学校のウワサ……』

 

「うーん、そのうち飽きるとは思うけどね。それまで待つのが1番だよ……ただまあ、水都ちゃんが気にしてるならなにか行動したほうがいいのかな?」

 

『なんとなくだけど、みーちゃんが気にしてるのはウワサどうこうじゃないような気がするわね。どっちかというと私に怒ってるみたいだし』

 

 歌野の言葉に首をかしげる陸人。2人でしばらく唸っていると、やがて同時に1つの答えにたどり着く。

 

「……もしかして水都ちゃん」

 

『まだ気にしてるんでしょうね、私と陸人くんのディスタンスを』

 

 噂が立つということは、客観的に見て1番近い距離にいるということだ。その立ち位置にいるのが自分、という事実を水都は気にしていた。

 

「あー、うーん……それなら近いうちになんとかできるかも……夏休みに入ったら2人で畑手伝いに行くよ」

 

『うん? それはありがたいけど……何かあるの?』

 

「今は内緒。楽しみにしててよ」

 

『サプライズってわけね? オーケー、そういうの大好きよ私!』

 

「うん。それじゃ今日はもう遅いからまた明日……おやすみ、歌野ちゃん」

 

『ええ、グッナ〜イ陸人くん』

 

 毎日お馴染みの挨拶で電話を切る。1日の最後に心を休める癒しの時間が終わり、横になる陸人。

 

(水都ちゃんには、悪いことしたかな……でも後ちょっと、頑張れば)

 

 間も無く夏休み。陸人にはそれまでに果たしたい目標があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、サプライズってなにかしらね……みーちゃんも知らないなら、大社の方で何かあったとか?」

 

 1日の疲れを癒す電話を切って横になる歌野。陸人との通話を終えると、いつもあの日を思い出す。8人もいる少女たちの中から、陸人が自分に応えてくれたあの日を。

 

(いつも自信に満ちていて、やりたいことに向かって突っ走って、その結果みんなを笑顔にできる……今の私は、陸人くんが好きになってくれた私でいられてるのかな?)

 

 結ばれたその日に、歌野は選んでくれた理由を聞いた。正直なところ、自分が選ばれるとは思っていなかったから。

 自分を許せず、自分を愛せずにいた陸人には、歌野が眩しかった。どんな絶望でも前を向くことを忘れずに、自分も周りも照らす笑顔の勇者。

 

 それが心から惹かれた女の子、白鳥歌野だと、そう言ってくれた。

 気恥ずかしくはあったし、そんな大層な人間である自信はなかったが……大好きな人がそう思ってくれたなら、それに応えたい。

 歌野が今の道を選んだ1番大きな理由は、陸人には1番魅力的な自分を見て欲しいという願いだった。寂しくはあったが、陸人も応援してくれたし、どれだけ離れても彼が自分を見てくれている確信もあった。

 

(……明日は、なにがあるかしら。なにを、お話ししようかしら、ね)

 

 寝る前に最後に考えるのはいつも陸人のことばかり。そうすれば夢の中で会えるんじゃないか、という誰にも知られない乙女心がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏休み初日。水都と陸人は、朝から歌野の畑に来ていた。

 

「よーし、今日は2人が来てくれたし、張り切っていきましょうか!」

 

「ああ、ちょっと待って歌野ちゃん。そろそろ……あ、来た」

 

「陸人さん? あれ、なんだろうあのトラック……」

 

 

 

 

 

 作業を開始しようとする歌野たちのもとに、一台のトラックがやってきた。その荷台の上には……

 

「陸人くん、これって……」

 

「近くの農場の人と共有してるヤツが寿命で、買い替え時期だって言ってたから……ちょっと奮発してみました」

 

 そこにあるのは新品のトラクター。陸人がさりげなく聞き出した1番この畑に必要な、歌野が1番求めていたものを選んだ、恋人へのプレゼント。

 陸人は得意げに笑っている。水都はポカンとした顔で陸人と歌野に目を向けている。歌野は言葉も出ない様子で固まっている。

 

「陸人さん、もしかしてこれのために大社で?」

 

「もちろんそれだけじゃないけどね……あそこの実験は俺にしかできないから、普通のバイトよりも実入りがいいんだよ」

 

「詳しくは知らないけど、高いのは100万とかするって……」

 

「アハハ、そこまでじゃないよ……まぁ6ケタ後半とだけ、ね……」

 

「陸人くん‼︎」

 

「おわっ! ……と、歌野ちゃん?」

 

 復活した歌野が陸人に飛びついて押し倒す。彼女のテンションはもはや最高潮だ。

 

「こんなサプライズがあるなんて……陸人くんってばホントにやることビッグなんだから!」

 

「歌野ちゃんのために、今の俺にできるのはこれくらいだからね……喜んでもらえて嬉しいよ」

 

「んもう!」

 

「うおっ……!」

 

 感極まった歌野が不意打ちで唇を重ねる。陸人は反応できず、されるがままである。

 唐突に発生した桃色空間に、水都は慌てて背中を向ける。彼女は羞恥と同時に安堵に包まれていた。もう水都が心配することもないだろう。

 

(良かった……2人なりの在り方が分かりにくいだけで……確かな絆がちゃんとあるんだよね)

 

「陸人くーん!」

 

「分かった! 分かったから、いったん離れて……」

 

 自分の言葉をずっと忘れずに、努力を続けてくれたことが、歌野は何より嬉しかった。

 テンションのブレーキを踏み壊して、体全部で愛情を表現する歌野と、水都の手前なんとか彼女を止めようとする陸人。

 

(いやでも、これはちょっと違うような……?)

 

 2人の恋人らしい姿を見たいと思っていた水都でも首をかしげるような光景。

 

 伍代陸人と白鳥歌野の間には、他人には分からない距離感と絆があるようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




 男女というよりはパートナー的な感じ。思ったよりもみーちゃんの出番が増えたなぁ

 ちなみにこの時間軸の9人は全員同学年です。終戦の年に試験で中学卒業認定を受け、そこから高校受験。同時に高校生になりました。

 トラクターって購入なり所持なりに年齢制限とかあるんですかね? 免許とかはないと思うんですけど……まあ何か条件があったなら、それは大社がなんとかしてくれましたってことで。

 感想、評価等よろしくお願いします

 次回もお楽しみに


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終章T話 異性(IF:上里 ひなた)

 ひなたちゃんルート

 またも個人的な推しの感情が乗ってしまっているかも…




「……ええっと……ゴメン、もっかい言ってもらっていい?」

 

「ですから、陸人さんが触れてくれないんです! こちらからアプローチをかけてようやく手を握ってくれるくらいなんですよ?」

 

 大社の休憩室で、真鈴は思わず頭を抱えた。ひなたのシリアストーンに引っ張られて、うっかり2人きりになってしまった数分前の自分を殴りたい気分だった。

 

「あのさ、大事な話があるって言ったよね? 深刻な顔してたからわざわざ2人になったんだけど……」

 

「はい、ですから今大事な話をしているではないですか。私と陸人さんの未来がかかっているんですよ?」

 

「あー、はい……そうですねー」

 

 遠い目をして棒読みで返す真鈴。ひなたと陸人が恋人であるのは当然知っているが、時折暴走する彼女の愛の深さには正直辟易していた。

 

「んー、触れてくれないっていうのは……なに? 陸人くん照れてるってことじゃないの? あの子昔からそういうの弱かったじゃん、分かってたことでしょ」

 

「それは分かりますし、私だって多少は考慮しますよ。でも、以前は頭を撫でたり抱きしめてくれたり、わたしにも他の皆さんにもそういったことはあったんです」

 

「いやー、それは慰めるとか励ますとかでしょ? 非常時と今は違うんじゃないかな」

 

「それに付き合い始めの頃よりも距離を取られているような……並んで歩く時も少し間をあけてたりするんですよ?」

 

 何度なだめてもひなたの不満は止まらない。真鈴はこの場で納得させることは諦めて、気がすむまで聞き役に徹することにした。のろけにも聞こえる愚痴を繰り返す目の前の彼女を改めて見ると、陸人の気持ちも分かる気がした。

 

 あの戦いから4年。ひなたたちも高校を卒業し、心身ともに大きな成長を遂げている。それが特に顕著なのが陸人とひなた。

 中学生時点で比較的長身だった陸人の体はさらに鍛え抜かれ、シルエットは細身ながらも逞しい青年に。

 低身長ながらに女性的な体つきだったひなたは、更に大人らしい雰囲気をまとった女性に。

 

 街を歩けば10人中10人が振り返るような美人がすぐそこで笑っていれば、いくら陸人でも緊張するのだろう。

 陸人も陸人で、かつて四国中に顔を知られたことがある。そんな2人が並んで歩けば街でも当然目立つ。陸人といる時は彼のことしか見ていないひなたは気づかなかったが、実は普段から結構気を遣われているのだ。

 

「まあまあ、男の子には色々あるんだよ。どうしても我慢できないなら正面から言ってみたら? 彼がひなたちゃんを蔑ろにするわけないんだからさ」

 

 止まらないひなたの頬を軽く引っ張って宥める真鈴。物言いたげに上目遣いしてくる瞳に、なるほどこれに耐えるのはキツイわ、と真鈴は陸人に同情した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大社からの帰り道、陸人とひなたは2人並んで歩いていた。その間には連れとして認識できるギリギリの距離が開いている。今日はなぜかいつもと違う、回り道になるルートで帰路に着いている。何やら考え込んでいる様子の陸人に、ひなたはもう我慢できなかった。

 

「陸人さん。私、何かやってしまいましたか? なんだかこの頃距離を取られているような……」

 

「……え? いや、そんなことは……」

 

 思わず取り繕おうとした陸人は、ひなたの眼を見て口を噤んだ。クウガとして戦っていた頃、真っ先に陸人の秘密を聞き出した時と同じ眼をしていた。このひなたには、陸人はどうやっても勝てないのだ。

 

「……色々あったけどさ、今でも苦しんでる人がいて。その責任の一端は俺にもあると思うんだよ」

 

 そうは言っても『ひなたちゃんの近くにいるとなんだか緊張する』などと馬鹿正直に言うのはなんとなく躊躇われたので、もう一つの懸念事項に話題を持っていく。

 陸人が端末の画面を見せる。そこには大社からのメールが表示されていた。

 

 "例の被害者遺族の会が丸亀城の入り口に張り付いています。こちらで対処しますが、念のため道中警戒を"

 

 勇者たちの尽力もあって、当初の大社の想定よりもはるかに犠牲者は少なく済んだ。しかし遺族にとって、そんな統計上の数値で片付けられる問題ではない。何人、何割を守れたとしても、大切な誰かを失ってしまえば、それはもう守ってもらえなかったということになるのだから。

 最も大きな被害が出たダグバとの戦いからちょうど4年が経った。毎年この時期には遺族が大社や勇者たちに向けてデモのようなことをすることがある。その執念は、在学時には高校にまで来たことがあるほどだ。

 

「……俺は多分、これから先も良くも悪くも目立つと思う。俺に悪意のある誰かと向き合った時、隣にひなたちゃんがいたとして……今の俺で守りきれる自信がないんだ」

 

 高校を卒業し、大社で正式に働くようになったことで、これまで見ないようにしていた現実と向き合った陸人。守りきれないならそばにいるべきじゃない……そんな風に考えてしまうくらいに、陸人にとってこの問題は重たいものだった。

 

「ゴメン、ちょっと弱気になってるな……」

 

「陸人さん……分かりました、私は私で動かせてもらいます」

 

「えっ? ひなたちゃん?」

 

 陸人の本音を聞いたひなたがその手を握って微笑む。その見覚えのない笑顔に、陸人は違和感を覚える。

 ひなたが本気で怒ったのを、彼はまだ見たことがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、またも入り口に固まって責任の取り方だの賠償だのと主張を続ける遺族の会。陸人の思う通り、純粋に失った命への向き合い方としてこの道を選んだ者もいるのかもしれないが、ひなたから見れば、大半は騒ぎ立てれば何かしら得られるという醜い魂胆の持ち主でしかない。

 そんな連中のために大好きな彼が苦しんでいると思うと、自然と怒りと勇気が湧いてくる。激情を胸に秘め、あくまで穏やかな笑顔のまま、ひなたは彼らの前に出た。

 

「初めまして、みなさん……私は大社所属、勇者担当官の上里ひなたと申します──」

 

 怒ったひなたに勝てる者はいない。大人の集まりだろうと、世界の救世主だろうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に驚いたし焦ったよ。1人で話をしようだなんて」

 

「だってあの人たち、美味しい思いがしたかっただけで、こちらの気持ちなんて考えてもいなかったんですもの。どうしても許せなくて……」

 

 その日の夜、ひなたは陸人の部屋に来ていた。実験を終えてから話を聞いた陸人が急ぐ道中で、見覚えのある数人とすれ違った。青ざめた顔で背中を丸める彼らは、きっとひなたの本気の怒りを受けて心折れたのだろう。城についた時には、妙にスッキリした顔のひなたしかいなかった。

 

「また同じことがあれば、私たち大社できっちり処理しますから。陸人さんは気にすることはないんですよ」

 

「……ひなたちゃんは、本当に強いね。男の俺が頼りっぱなしだ」

 

「そんなこと……私に強くなる最初の勇気をくれたのは若葉ちゃんで、強くあることの大切さを教えてくれたのは陸人さんです。今の私は、みんながすぐそばにいて、守ってくれたからあるんですよ」

 

 朗らかに笑い合う2人。陸人の心のつかえが取れたことを確信したひなたが、ベッドに座る彼のすぐ隣……体が触れ合う距離に腰を下ろす。

 すると一瞬動揺した陸人が小さく距離を空ける。ひなたが再び詰める。陸人が空ける。ひなたが詰める。この繰り返しだ。

 

「あの、陸人さん?」

 

「……えっと……その……」

 

 どうやらひなたが距離を取られていた理由は他にもあったようだ。目を合わせようとしない陸人の顔を掴んで強引に向き合わせると、その頬は赤く染まっていた。

 

「もしかして、陸人さん照れてます?」

 

「……う、うん……ひなたちゃんはさ、もう少し自覚したほうがいいよ」

 

 今のひなたとの距離感だと、事あるごとに柔らかい感触に襲われる。顔を向けるとすぐそばに美人の笑顔がある。

 彼女が巫女であるということ。お互いに未成年であること。その他いろいろなことを考えた結果、恋人であるはずのひなたとの在り方が分からなくなってしまった……知識も経験もない男がへたれたとも言う。

 

「ふぅ、陸人さんらしいというか、なんというか……」

 

「ゴメン……ひなたちゃんのことは、もちろん変わらず大切に思ってるよ。ただ、どうすればいいのか……」

 

「こういうことは、できれば殿方からしてもらいたかったんですけどね……」

 

 ため息をついたひなたが陸人をベッドに押し倒す。不意を突かれて隙だらけの陸人の上に乗り、唇を重ねる。

 

「……! ……ひ、ひなたちゃん?」

 

「私も今年で19になります。適性は衰えていますし、巫女の任も先日降りました。未成年、といっても私たちは既に正式に働いている身分です。考えすぎなんですよ、陸人さんは。私はあなたが好き、あなたも私が好き……それが1番大事なことでしょう?」

 

 ここまで言われて、陸人はようやく自覚した。最近ひなたに感じるようになった違和感……あれは単に、愛する女性に触れたいという当たり前の情動だったのだ。

 

「ゴメン……俺、こういうのホント疎くてさ……自分の気持ちもよく分からなくて」

 

「私だって恋愛経験があるわけではないですよ……無理にうまくやる必要はありません。初めて同士、思ったことはちゃんと伝えて、2人で進んでいきたいと私は思います」

 

「俺のそばにいてくれて……俺を好きになってくれて……ありがとう、ひなたちゃん」

 

「こちらこそ……私を選んでくれて、ありがとうございます。陸人さん」

 

 覆いかぶさるようにしてもう一度キス。先ほどよりも長く深く触れ合う唇から、互いへの想いが伝わっていく。

 息が苦しくなるほどに長い接触の後に、どちらからともなく離れる2人。髪をかきあげて微笑むひなたが美しくて目を合わせられない陸人。羞恥に負けて目を逸らす陸人が愛おしくて仕方ないひなた。

 2人の顔には緊張と羞恥、そしてそれを上回る喜びが浮かんでいる。

 

「りーくーとーさん……こっち向いてくださいな」

 

「ひなたちゃん……な、なんか怖いよ?」

 

「ウフフ、おかしな陸人さん……」

 

 雰囲気が変わり、再び2人の影が重なる。

 

 

 

 この夜、彼らの関係が1つ上の段階に進んだ……かどうかは、本人たちしか知らないことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 積極性という面ではトップのひなたちゃんでした。

 ちなみに…ルートによって彼らの生活はかなり変化します。前話では陸人くんたちは寮から出ていますが、このルートでは陸人くんとひなたちゃんは早くから大社勤めが決まっていたので、変わらず丸亀城にいます。

 感想、評価等よろしくお願いします。

 次回もお楽しみに




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終章U話 献身(IF:高嶋 友奈)

 友奈ちゃんルート

 ここに来て今回限りの新キャラに挑戦……なんだかファンタジックな話になったかもです。




「これ、新しいストレッチ器具。ベッドの上でも効率よくアキレス腱を伸ばせるように作ったから、良かったら使ってみて」

 

「うん……いつもありがとう、りっくん。おかげでだいぶ調子いいよ、先生も驚いてた」

 

「なんのなんの、友奈ちゃんの頑張りの成果だよ。俺はちょっと手伝ってるだけさ」

 

 リハビリ施設から帰宅した夕暮れ時、いつものように陸人は友奈の部屋にいた。つい先月作った器具の改良版をもう用意したらしい。過ぎるくらいに熱心な彼に、友奈の方が申し訳なさそうな顔をしている。

 

「あのさ、りっくん……」

 

「ん? どうかした?」

 

「私のために色々してくれるのは、すごく嬉しいよ。でも……りっくん自身の時間は……」

 

 先日20歳の誕生日を迎え、成人した陸人。あの激動の時間からそれだけの時が過ぎた……中学生から成人に。人生で最も変化が著しい時期であるにも関わらず、彼は特に変わっていない。

 熱心なのは友奈の世話をすることくらい。3年ほど前には大社で何かの研究に没頭していたが、詳細は教えてくれなかった。高校もおざなりに卒業だけして、大学にも進学せず、時折大社に行く以外は基本友奈のところにいる。

 

「りっくんはなんだってできるし、どんな道でもたくさんの人を幸せにできると思うの。だから、もう……」

 

「友奈ちゃん……」

 

 もちろん陸人の気持ちは友奈自身分かっているし、嬉しくも思っている。未だに言葉で聞いてはいないが、自分以外の7人には直接断りの返事をしたのも知っている。あの陸人が自分を選んで、自分のために時間を費やしてくれていることはとても幸せなことだが、だからこそ解放してあげたいとも思ってしまう。

 

「何度でも言うよ……この足は、りっくんのせいじゃない。だからりっくんにはもっと、自分のやりたいことをやって欲しいんだ」

 

「ああ、だから今やってるよ。君の足を治す……その先に俺の願いがあるんだ」

 

「その先……?」

 

「いや、何でもないよ……とにかく友奈ちゃんは自分のことだけ考えてればいいの。俺のこと心配してくれるならさ、一刻も早く足を治して、君の元気な姿を見せて欲しいんだ」

 

 そう言われると友奈はもう何も言えなくなる。こんな流れでかれこれ5年以上献身的に世話を焼かれ続けてきたのだ。

 

 

 

 

 

 

 温かい雰囲気の中、なんとなく無言のまま見つめ合うこと数秒。部屋のドアがノックされた音で2人の意識が復帰した。

 

「友奈ちゃん、ご飯できたわよー……あら、お邪魔しちゃった?」

 

「お、お母さん!」

 

「あーっと、それじゃ俺はこれで……」

 

「いえいえ……りっくんの分ももう用意しちゃってるから、是非食べてって。2人じゃ残しちゃうもの」

 

 入ってきたのは友奈の母親、高嶋桜子。考古学の研究者であり、戦時中は民間協力者として大社の研究に手を貸していた。

 博学で知的な研究者気質ではあるが、基本的にゆるく朗らかな人格者で、友奈の母親らしさを感じる女性。

 

「今日は友奈ちゃんの大好きな肉ぶっかけうどん! りっくんも好きでしょ?」

 

「でも、最近は毎日のようにご馳走になっていますし……」

 

「それはつまり、毎日友奈ちゃんがお世話になってるってことでしょ? 今さら私たちに遠慮しないでいいの……ね、友奈ちゃん」

 

「うん、私も……りっくんと一緒にご飯食べたいな」

 

 2人の笑顔に何も返せず、力なく頷く陸人。高嶋家に通うようになって3年。陸人は未だにこの親子に勝てた試しがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつもありがとうね、りっくん」

 

「桜子さん?」

 

「本当に助かってるわ。りっくんはよく気がつくし、器用だし……何より君がいると友奈ちゃんはすごく楽しそうだから」

 

 リハビリの疲れが出た友奈を寝かしつけた陸人は、桜子に誘われてリビングで紅茶を飲んでいる。何やら神妙な雰囲気に思わず首をかしげる。

 

「だからこそ悩んでもいるの。あなたは本当なら、もっと違う形で世の中のためになれる人なんじゃないかって……」

 

「友奈ちゃんにも同じことを言われました。けど俺はそんな大層な人間じゃないですよ。世のため人のために尽力しようったって、今ほど熱心にはなれなかったと思いますよ」

 

 笑って流す陸人だが、この男は自殺じみた戦い方で世界を守ってきた前科持ちの勇者である。それを知っている桜子は、彼自身のため、そして彼との関係に悩む娘のために言葉を紡ぐ。

 

「あなたの気持ちはとても嬉しい。でも、このまま一生続けるわけにはいかないでしょう? だから……」

 

「俺だって一生やるつもりはないですよ。大丈夫、詳細の説明はもっと固まってからになりますが……友奈ちゃんを治す手段は今準備中ですから」

 

「……! それ、本当? あの子が、また歩けるように?」

 

「約束します。必ず友奈ちゃんの当たり前の生活を取り戻しますよ……俺の人生をかけて」

 

 陸人の言葉には覚悟と確信と、ほんの少しの緊張が含まれていた。陸人の気持ちを正しく汲み取った桜子は、全てを託すことを決めた。

 

「そっか。りっくんがそう言うなら、私は信じます。友奈ちゃんのこと、お願いね?」

 

「はい、俺が必ず……」

 

「幸せにしてあげて……旦那様として!」

 

「……はい?」

 

「あっ、今のうちから私のことお義母さんって呼んでみてくれない? いずれ家族になるんだし」

 

「あ、あの……桜子さん?」

 

「ほらほら、お義母さんって! ね?」

 

 友奈の母親である桜子もまた、言葉の裏の感情を悟る事に長けていた。2人の未来に幸福を……母親として、それだけを願って高嶋桜子は見守り続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数週間後、友奈は陸人に連れられて大社の医療施設にいた。治療の最終段階に取り掛かると言われて。

 

「りっくん……何をするの?」

 

「友奈ちゃんが頑張ってきたから、思ったよりも早くここまで来られた。あとはもう、正直運の勝負になるけど……俺と、神樹様と、あとは自分を信じてくれ」

 

 友奈の足を治す方法を考えた時、思い当たったのが陸人自身の体のこと。ほぼ完全に人間を逸脱し、機能の多くを喪失した体。それが今は何の問題もなく動いていると言う事実に着目して、陸人は御姿について研究を重ねた。大社も巻き込んだ奮闘の結果、一度だけ奇跡のチャンスを作ることに成功した。

 

「じゃあ、前に大社にこもって学校行ってなかった時期があったのは……」

 

「うん、俺の体使って研究してたんだ。御姿のこと……」

 

 御姿とは神の力で人体を模ったものであり、全身が御姿である陸人は、神性への適性値だけで言えば以前よりも高くなっている。それを利用して神樹に呼びかけ、友奈に御姿を与えてもらう。

 現実的な手ではないが、神樹と良好な関係を築けていた陸人なら一度くらいは何とかなるかもしれない。そんな最早祈願に近い策に全てをかけて、多くの人が準備をしてきた。その中には友奈たちに協力的だった巫女や、かつての自分たちの行いを悔いている大社職員もいた。

 

「神樹様との交信方法もバッチリだし、友奈ちゃんの体も可能な限り回復してる。今ならやれる……かもしれないってレベルだけど……」

 

「りっくん……分かった、やってみるよ」

 

「友奈ちゃん……」

 

「信じるよ、神樹様も、私も……何よりりっくんのことを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神樹の近くに用意された実験場。寝台に並んで横になる陸人と友奈。これから陸人が神樹と交信し、御姿を通じて友奈の体に働きかける。前例がなく、不確定要素だらけの出たとこ勝負に、流石の友奈も緊張を隠せない。

 

「……! りっくん……」

 

「大丈夫、君は俺が……俺たちが守るから」

 

 震える友奈の右手を、陸人の左手が強く握りしめる。戦場でもこうして勇気を分け合ったこの2人だからこそ、掌から伝わるものがある。

 

「それでは、これから麻酔を開始します……準備はいいですか?」

 

「はい、お願いします。鷲尾さん」

 

「えっと、鷲尾さんって確か……」

 

「直接お目にかかるのは初めてですね。鷲尾実加と申します……高嶋様や伍代様のお力で救われた、巫女の1人です」

 

 巫女の中でも特に勇者への敬意を強く持っていた少女、鷲尾実加。終戦後も彼女は変わらず大社で働いている。勇者への恩返しとして、この計画を成立させる上で必要になる神樹との橋渡し役を務めてくれていた。

 

「そうなんだ……ありがとう、鷲尾さん」

 

「いえ、皆様には大変お世話になりましたから……お二人の体はこちらで確認しておきます。不測の事態に備えて医療班も待機しています。気を楽にしていてくださいね」

 

 実加の合図を受け、2人が目を閉じる。遠く深く、同時にどこか暖かい感覚に包まれて、彼らの意識は彼方へと飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 友奈は1人、何もない空間に閉じ込められた。彼女は初めてだったが、ここはかつて陸人が度々訪れていた、人が誰もが持っている精神世界だ。落ちる瞬間まで繋がりを感じていた陸人もどこにもいない。肉体から抜けて魂だけになった今でも、足は動かず車椅子に座ったままだった。

 

「あれって、まさか……!」

 

 暫しジッとしていると、上空から光が舞い降りてくる。どこか懐かしい気配に目を凝らすと、小さな2匹の生物が光の中心にいるのが分かる。デフォルメされたような隻眼の龍と、頭から角を生やした小さな少女。

 

「……もしかして、一目連と酒呑童子?」

 

 友奈が勇者として戦う際に、力を貸してくれた存在。神樹とつながった事で、以前結んだ縁を手繰って友奈のもとにやってきた。彼女に陸人の声を届けるために。

 

 "お願いします! 友奈ちゃんを、あの戦いから解放してあげてください! "

 

「……この声、りっくんの……」

 

 陸人が直接神樹に叫んでいる言葉が、精霊を通じて友奈にも届く。

 

 "散々助けられて、更に頼れる立場じゃないのは分かってます。それでも……友奈ちゃんはまだ戦ってるんです。あの子を普通の女の子にしてあげたい……俺がやらなくちゃいけないんです! "

 

 姿こそ見えないが、友奈には陸人が頭を下げているのが分かる。もしかしたら土下座すらしているかもしれない。

 

 "あの子を完璧に幸せにする、それが俺の幸せなんです! お願いします……俺に、彼女を幸せにする権利をください! "

 

「……! りっくん……りっくんは……」

 

 ずっと一緒にいた友奈でも知らない陸人の本音。あまりに情熱的な言葉に、胸が高鳴るのを自覚した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 胸に秘めた誠意を乗せた陸人の言葉を最後に、精霊から届く音声が途切れた。不審に思った友奈が顔を上げると、遥か彼方から太陽よりも眩しい光が降り注ぐ。

 

「……いた! 友奈ちゃん!」

 

「りっくん!」

 

 光の中から陸人が飛びこんでくる。伸ばした両手は再び繋がり、2人の魂も光に包まれていく。

 

「りっくん、これって……」

 

「うまくいったよ、神樹様が応えてくれたんだ」

 

 輝きながら魂がほどけていく。程なくこの世界から消えるのだろう。友奈は最後に、目の前に浮かぶ2人の仲間に声をかける。

 

「一目連、酒呑童子……ありがとう、私を助けてくれて……今日のことも、これまでのことも……本当にありがとうね」

 

 精霊は言葉を持たない。表情も変わらない。それでも友奈には、彼らが自分と同じく笑顔を見せてくれたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現実世界に復帰した2人が同時に覚醒する。通信機越しに聞こえる呼びかけを無視して友奈の足に目を向ける。恐る恐る足を動かして立ち上がる友奈。数年間動かなかったとは思えないほど軽快に動作している。

 

「りっくん……私……」

 

「友奈ちゃん……?」

 

 少しずつ歩いてみる。痛むこともなく、淀みなく動く。

 徐々に速度を上げて走り出す。なんの違和感もない。

 

「やった、やったよ……りっくん! 私……」

 

「友奈ちゃん……友奈ちゃん!」

 

 感情を爆発させて抱き合う2人。この光景が現実であることを確かめるように強く互いを抱きしめる。

 あらゆるアプローチで友奈の体が衰えないように努力を重ねてきたこれまでの数年が、御姿を授かるための土台を築いていた。人の努力と神秘の力を合わせて起こした逆転劇。俗に奇跡と呼ばれる偉業を、陸人と友奈は掴んでみせたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 検査を終え、自分の足で帰宅した友奈を、桜子は涙と笑顔で出迎えた。急遽開かれたお祝いと称したドンチャン騒ぎで、母親である彼女はハメを外して酔いつぶれてしまった。

 仕方なく彼女をベッドに運ぶ陸人。毛布をかけて部屋を出ようとしたところで、寝ていたはずの桜子から寝言ではない明確な言葉が飛んでくる。

 

「りっくん……絶好のシチュエーションよ……頑張ってね……」

 

 やっぱりこの人には敵わないな、と陸人は苦笑しながら懐の包みを握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、りっくん! お母さん大丈夫だった?」

 

「……うん、よく寝てる。ただ呑みすぎただけだろうね」

 

 片付けを終えた友奈と陸人が並んで腰掛ける。お互いに言葉を選んでいる妙な雰囲気が2人を包み込んでいる。

 やがて無言の空間に耐えきれなくなった2人が同時に向き合い、口を開く。

 

『あのっ!』

 

「……あ、えっと……」

 

「ゴメン、俺から言わせてくれ」

 

 大きく唾を飲み込み、こわばった表情のまま、陸人が懐から小箱を取り出す。

 

「りっくん?」

 

「友奈ちゃんの足が治ったら、すぐに伝えようって決めてたんだ……」

 

 箱を開いて友奈に見せる。その中には、銀に輝く上品な指輪が入っていた。

 

 

 

 

 

 

「高嶋友奈さん……俺と、結婚してください!」

 

「……! ……はい、私をあなたのお嫁さんにしてください!」

 

 

 

 

 

 真っ赤な顔で笑い合う2人。どちらからともなく近づき、両者の距離がゼロになる。事実上の交際状態になってから約5年。初めてのキスは、プロポーズの後だった。

 

「ありがとう、友奈ちゃん……必ず君を幸せにするから……」

 

「うん、りっくんは私が幸せにしてあげるからね!」

 

「……もしかして、聞いてたのか? あの時」

 

「……えへへ……」

 

 

 

 

 長い長い時を経て、彼らの戦いは完結した。これからの2人には幸せな未来が保証されている。

 

 神さえも認めた、真実の愛で結ばれた最高の夫婦なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 陸人くんが友奈ちゃんを選ぶか、陸人くんが消えるか…友奈ちゃんの足が治るにはそのどちらかしかなかったりします。1番他のルートとの相違が大きいのがこのルートです。
 他のルートでは足は完治しません。もちろん彼女なりの幸せを掴むことはできますが、陸人くんが人生を懸けることで初めてその可能性が生まれるんですね。


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終章V話 家族(IF:郡 千景)

 ぐんちゃんルート

 彼女と結ばれるなら、と考えた時にどうしても気になることがあったんですよね。それをテーマにしてみました。






「……ふう、式場の打ち合わせも、招待状も完璧……あとは当日だね」

 

「……上里さんが手伝ってくれたおかげで、ずいぶん手際よく済んだわね……予定外に豪奢になった気もするけど……」

 

「アハハ、まあいいんじゃない? 祝いたいって気持ちが伝わってきて、俺は嬉しいよ」

 

「……まあ、否定はしないわ……それにしても、本当に結婚するのね……私が、あなたと……」

 

 資料を広げる陸人の隣に座り、彼の肩に頭を乗せる千景。ほぼ全方位に警戒心を向けていた中学生時代の姿からは想像もできないほどに距離が近い。

 催促するように顔を擦り付けてくる恋人に苦笑しながら、陸人がうまく腕を回して頭を撫でる。結ばれてから7年。飼い猫のようにくっつきグセが増していく千景に陸人も最初は戸惑ったが、触れることで安心するならばと、今では自然に反応できるようになった。

 

「まだ実感ない? ドレスも着てみたんだよね?」

 

「……ええ、高嶋さんや伊予島さんが選ぶのを手伝ってくれて……鏡に映っているのが自分だとは分からなかったわ……あんな煌びやかな格好……」

 

「そっか、当日が楽しみだね」

 

「……うん……正直恥ずかしいけれど……一生に一度の大切な日なのよね……頑張ってみるわ……」

 

 楽しげに話す2人だが、招待客のリストを開いたところで、一瞬会話が止まる。陸人も千景も、招待する家族、親族がいない。

 千景の家族は実質絶縁状態の父親と、病床に臥せったままの母親。陸人に至っては親の顔も知らず、後に得た家族も失ってしまった。式には、共に戦った仲間はもちろん、陸人の広い交友関係からも知人を呼び、千景が大学で得た友人も招待する。それでもやはり、両家の親がいない名簿には少し寂しさを感じる。

 

「……千景ちゃん、前にも聞いたけど……本当にいいの? お父さんを呼ばなくて」

 

「……いいのよ……あの人はどうせ、呼んだって来ないわ。招待状に返事もしないでしょうね……シカトして終わりよ……」

 

「それでも一応さ、結婚することを伝えるだけでも……」

 

「……必要ないわ……あの人達を私の親だとはもう思っていないし、向こうだって私のことなんて忘れてるんじゃないかしら……」

 

 なんの感情も乗せずに淡々と呟く千景。気にしていないというか、既に彼女は家族のことをキッパリと見限っているようだ。陸人としても話を聞く限り好感を持てる相手ではないのは分かっている。

 しかしそれでも、別れるにしてもこのままではいけないのではないか。そんな風に思った陸人は度々説得しては千景に拒否されている。

 

「……あなたが家族というものにこだわる理由は、分からなくもないわ……ただあなたが思い描くほど、綺麗なだけのものじゃない……私の家ほど壊れた家庭も珍しいだろうけど、うまくいっている家族ばかりじゃないのよ……」

 

 それだけ言うと、千景は横になって陸人の膝に頭を乗せる。話は終わりだ、と言いたいようだ。

 陸人もそれ以上言葉を重ねることもできず、彼女の頭を撫でてご機嫌取りに徹するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結婚式当日。主にひなたが張り切って用意した教会式の式場に、客も全員揃った頃。時間が迫り、新郎新婦の準備が済んだ控え室で、陸人は初めて千景のドレス姿を目にした。

 

 全体を白で統一した清らかな衣装。スカートがふんわりと広がるプリンセスラインのシルエット。ベールやグローブも最も千景に似合うものを仲間達が選んでくれている。黒髪に映えるヘッドドレスが、より彼女の髪の美しさを引き立てる。陸人ですらほとんど見たことがないメイクを施された千景の顔には、普段とは違う魅力が溢れている。

 

 総じて言えば、陸人の度肝を抜くほどに綺麗だった。

 

「……あ、あの……伍代くん……どう、かしら……? やっぱりちょっと派手すぎるような……伍代くん?」

 

「…………」

 

 顔を赤らめ、上目遣いで問いかける千景に、陸人は一切反応しない。いや、できなかった。目と口を広げたまま固まる新郎に首をかしげる新婦。おかしな沈黙は、扉がノックされるまで続いた。

 

「おーい、陸人、千景! そろそろ時間だぞ」

 

「……ハッ⁉︎ ごめん、若葉ちゃん、すぐ行くよ!」

 

「……! もう時間なのね……」

 

 仲間の悪ノリで新婦の父親役、バージンロードを新婦と歩く役に選ばれた若葉が呼びに来た……ちなみに母親役、ベールダウンは大親友の友奈が担当することになっている。彼女の声でようやく意識を取り戻した陸人。珍しくマヌケを晒した彼が可笑しくて、千景はさらに踏み込む。

 

「……それで、新郎様……花嫁衣装を見た感想は?」

 

「うえっ⁉︎……えーっと、その、綺麗だよ……」

 

「……もう一声、何かないかしら?」

 

 自分の一言で狼狽える陸人を見るのが楽しくなってきた千景。強気な笑みを浮かべて陸人に迫る。

 

「……本当に、ビックリした。千景ちゃんが綺麗なのは知ってたけど、ドレスを着ると女の人はまた変わるね……こんな女性と結婚できるんだなって考えると……うん、俺は世界一の幸せ者だ」

 

 いつものように頭を撫でようとして、空中で陸人の腕が止まる。セットを崩さないように、千景の手を取って強く握りしめて喜びを表現する。急に恥ずかしくなった千景も、顔を晒しながら強く握り返す。

 

「……そういえば、あなたの正装を見るのは2度目ね……素敵だと思うわ……そう言う服装が似合うタイプなのね……」

 

「そう? 嬉しいなぁ」

 

 陸人が照れ臭そうに自分の服装を確かめる。自分から目が離れた一瞬で、千景は陸人に接近して彼の首に両手を回す。

 

「千景ちゃ──」

 

「……んっ」

 

 慣れないドレス姿をとは思えない機敏な動きで、千景は陸人と唇を合わせた。接触は一瞬だったが、二人にとっては永遠に等しい幸福な時間を経て、離れていく。

 

「……千景ちゃん、この後みんなの前でやるのに……」

 

「……い、いいじゃない……練習よ……」

 

「口紅、取れちゃったんじゃない? 大丈夫?」

 

「……流石に私でも、これくらいは直せるわよ……」

 

 バタバタしながら2度目のノックに急かされる2人。支度を整えて、手を繋いで式場に向かう。

 

「千景ちゃん……良ければ、これからはさ……」

 

「……なにかしら?」

 

「えっと、その……」

 

 歯切れの悪い陸人に、クスリと笑って千景が先回りする。

 

「……フフッ、変なところでシャイよね、()()()()って……」

 

「……! 千景ちゃん……」

 

「……これからもよろしくね、陸人くん……」

 

「……ああ!」

 

 付き合ってからも変わらなかった苗字呼びの呼称。お互い同じことを気にしていたのが可笑しくて、気恥ずかしげに微笑む新郎新婦。

 

 確かな幸せをかみしめて、2人の結婚式が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「あ、結婚式の写真? もうできたんだね」

 

「……ええ……楽しかったわね……私も、あなたも、みんなも……笑ってる……」

 

 一枚一枚じっくり眺めて思い出に浸る2人。その中に新郎新婦の2人だけで撮った写真があった。千景の手が止まる。

 

「千景ちゃん?」

 

「……思い出したわ……実家にいた頃、一枚だけ見たことがあったの……お父さんとお母さんが2人で写ってる、これと似た構図の写真……ドレスじゃなかったけど……今思えば、あれはきっと2人の結婚記念の写真だったのね……」

 

「千景ちゃん、やっぱり今からでも……」

 

「……そうね……まあ、色々あって有耶無耶にしてたし……はっきりさせておきましょうか……」

 

 未来に進むために、過去に決着をつける。結婚式という幸せの象徴を経験したことで、千景はまた1つ成長していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千景の生家、とある借家からくたびれた様子の男性が出てきた。千景が勇者だった頃の手当を切り崩して生活する千景の父親。母親も施設に入り、今日も1人無為に時間を過ごす。

 

 郵便受けの中身を無造作に放り投げると、『郡 千景』と書かれた一通の封筒が目にとまる。中を見てみると一枚の写真が入っていた。

 そこに写っていたのは、どこかで見たような青年と、その隣にドレス姿で立つ、見たことのないくらい幸せそうに笑う娘の笑顔だった。

 

 "私は私で幸せになります────さようなら"

 

 写真の裏面には、とても簡潔な文章が書かれている。人を慮るということが苦手な父親だが、これは分かった。

 なあなあに距離を置いてそのままだった親子が、しっかりと別れるための私的な手続きのつもりなのだろう。

 

「ああ、そうだな……さよならだ、千景……久しぶりに、あいつの見舞いにでも行くか」

 

 写真をしまい、妻を預けた施設に向かう千景の父親。今の彼女にどこまで話が通じるか分からないが、これを見せるくらいはしてやろうと、彼らしくもなくそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リビングに写真立てを飾る千景。その中には父親に送ったものと同じ写真が入っている。その隣には結婚式で使った、陸人お手製のリングピローも飾ってある。夫婦としての最初の思い出を並べて、千景は満足げに微笑む。

 

「千景ちゃん? どうかした?」

 

「……いえ、なんでもないわ……料理手伝うわよ、陸人くん……」

 

 誤魔化すように陸人の背中を押す千景。夫婦らしいやりとりも、今ではだいぶ慣れてきた。

 

 

 

 

 

 

 "今の私の家族────大好きな人"

 

 写真の裏側のメッセージ。幸せの思い出に記した言葉を陸人に見られたくなくて、千景は写真立てで本音をそっと隠した。

 

 いつか見せられる時を待ちながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 家族がいない陸人くんと、家族と離れた千景ちゃん。結婚するならやっぱり無視はできませんよね。
 千景ちゃんの父親は、別に反省していい人になったとか、仲直りしたとかではありません。ただお互い曖昧な関係をスッキリさせただけです。
 同じ写真に正反対の想いを込めた千景ちゃん。子供ができた時とかに、見せることになるのかもしれませんね。

 感想、評価等よろしくお願いします。

 次回もお楽しみに




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終章W話 大人(IF:藤森 水都)

 完全に余談ですが、先日長野に行く用事がありまして、ついでに少し足を伸ばして諏訪に一泊してきました。
 諏訪大社は本宮と秋宮にしか行けませんでしたが、諏訪湖周辺をチャリで爆走してきました。
 徐々に領域を削られたとはいえ、あの広い範囲を守ってきたうたのんとみーちゃんはやっぱりすごいなと思いました(小並感)

 そんな訳でみーちゃんルート

 今回は周囲の人から見た2人の姿。幸せいっぱいの夫婦を外から見た感じです。




 ……あっ、そのっち&タマっち、誕生日おめでとう(小声)



「……ん、これで大丈夫だね。お疲れ様、今日はもう上がっていいよ、あとは私がやっておくから」

 

「そんなわけには……私たちが残りますから社長は……」

 

「いいのいいの、どの道今日はまだ帰れないし」

 

 四国一の野菜宅配サービス『ホワイトフォレスト』の事務室。すっかり慣れた様子の水都が朗らかに微笑む。

 大企業と呼べるほどの規模はないが、社長の人徳もあって多くの農家と良好な関係を築き、業界トップの成果を上げた企業。そのリーダーとは思えないほど、普段の彼女は昔と変わらない暖かい雰囲気をまとっている。

 自ら残業しようと言う社長に恐縮する社員たち。そこに1人の女子社員が現れる。

 

「おっ、社長……まだ帰れんってことは、今日はお迎えの日ですか?」

 

「奈々ちゃん、あまり大声で言わないでよ……」

 

「アハハ、こりゃ失礼……ほらアンタら、社長の言う通り今日はもうさっさと帰りや! 上司命令やで!」

 

 かつて水都と同じく大社の巫女として役目を果たした三ノ輪奈々。巫女の任を降りてすぐ、会社の発足前から共に励んできた彼女は水都に次いで社のNo.2にあたる。

 彼女の言葉に首を傾げながらも退社の準備をする社員たち。今いる彼らはまだ新人で、知らないことも多くある。

 

「ほな私も、お邪魔にならんうちに上がりますね。お疲れ様です」

 

「うん、お疲れ様……あんまり変なこと吹き込まないでよ?」

 

「変なことなんて言いませんて! 黙ってたってそのうち分かることやないですか!」

 

 楽しげに社員たちと肩を組みながら退社していく奈々。あれはもう言うだけ無駄だろう。優秀で気心知れた彼女は頼りにはなるが、いささか口が軽すぎるのが難点だ。

 

(きっと明日にはあの新人たちも他の社員さんみたいに生暖かい目で私を見るようになるんだ……あぁ、ヤダなぁ)

 

 もしかしたらもう既に奈々が笑いながら教えているかもしれない。水都は思わずため息をつく。

 

「ふぅ……時間はまだちょっとあるか」

 

 意識を切り替えてデスクに向かう水都。チラチラと時計を確認するその顔には、隠しきれない待ち遠しさが浮かんでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「りくとせんせー、のぞみせんせー、さようなら!」

 

「はーい、また明日ね!」

「気をつけて!」

 

 かつて陸人と水都が訪れていた保育園。最後の園児を送り出し、2人の保育士が安堵のため息をつく。

 

「ふぅ、今日はこれで終わりね……助かったわ陸人くん。まさか3人も急に欠勤になるとは思わなくて」

 

「いえいえ、困った時はお互い様ですよ」

 

 ホワイトフォレストは配達業とは別で、保育園や孤児院といった、子供達のための施設の経営もしている。陸人は保育士や調理師資格を取得し、系列の施設のヘルプ要員として働いている。立場としては一社員ではあるが、通常業務に参加しないため、知らない社員も少なくない。

 

「大分保育士の仕事も板についてきたわね。私もいつまで先輩顔できるかしら」

 

「そんなこと……望見さんは俺が目標にしてきた保育士ですから、いつまでも先輩ですよ」

 

「あら、嬉しいこと言うじゃない! これから一杯どう? 気分いいから先輩奢っちゃうわよ?」

 

「あー、スミマセン……今日はちょっと、これから用事がありまして……」

 

「あ、もしかしてアレ? 水都ちゃん?」

 

 恥ずかしそうに小さく頷く陸人。彼らが結婚してから数年経つが、未だに2人とも反応が初々しいため、知人にからかわれることも多い。

 雑談を交わしながら園内の片付けを済ませた陸人と望見。気づけばすっかり日も暮れている。

 

「そういうことなら今日はもう上がっちゃいなさい。後は私1人で大丈夫だから。今日はありがとうね!」

 

「ありがとうございます、お言葉に甘えて……失礼します! 飲みはまた今度で!」

 

 ソワソワした様子で帰り支度を済ませて飛び出す陸人。待たせたくないのか、早く会いたいのか……望見は微笑ましさを感じると同時に、未だに異性と縁がない自分の人生を思い返して肩を落とす。

 あの夫婦は見ていると幸せな気持ちにはなるが、同時に虚しくもなってしまうほどに幸福オーラを振りまいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仕事を終え、入り口前で立っていた水都のもとに、ビートチェイサーに乗った陸人が到着した。

 

「あっ! 陸人さん!」

 

「水都ちゃん! 中で待っててくれれば良かったのに……寒かったでしょ? ……ほら、もっと暖かい格好しなきゃ」

 

「あ、ありがとう。でも陸人さんは……」

 

「俺は平気だから。それよりバイクに乗り慣れてない人は特にさむいだろうし……手袋は?」

 

「ごめんなさい、今朝慌ててたから……」

 

「じゃあこれ使って。俺はバイクのグローブ付けてるからさ」

 

 冬空の下待っていた水都の頰や手は若干赤らんでいる。それを見た陸人は慌ててバイクを降り、自分のマフラーを彼女の首に巻く。手袋も差し出し、甲斐甲斐しく世話を焼く様子も手馴れたもの。今の仕事を始めてからの陸人は、以前にも増して兄貴質というか父気質というか、面倒見の良さが増しているように水都は感じている。

 

「……よし、それじゃ行こうか。今日は朝のうちに準備しておいたから、すぐにご飯食べられるよ」

 

「わ、楽しみ……じゃあ安全運転でお願いします、運転手さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仲睦まじくひっついた2人を乗せてバイクが発進する。その様子を向かいのカフェから覗いていた者たちがいた。

 

「……わぁ〜、社長にあんな仲のいいお相手が……しかもあの人って確か……」

 

「せや、あの伍代陸人さん……あ、ちなみに社長が嫁入りしたから、伍代水都ってのがホンマの名前なんよ。結婚よりも会社始める方が早かったから仕事ん時は旧姓のままなんやけどね」

 

「そうなんですか。社長が結婚してるのはうっすら聞いてましたが……」

 

「それも知らずに社長狙ってる人は社外にもいるけど、あの様子じゃあねぇ……」

 

「まぁあの2人も色々あったからな。割って入れる人がいるとは、思えんなぁ」

 

 しみじみと呟く奈々。1番苦しかった時期を知っている彼女は、彼らの幸せそうな笑顔を見られる今この時間が、本当に嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、ちょっと待っててね。すぐ作るから」

 

「ううん、私も手伝うよ」

 

「いいからいいから、のんびりしててよ社長さん」

 

「それやめてよ、家の中で」

 

 帰宅して食事の支度をしていた伍代家に、やたら明るい訪問者が現れた。

 

「ハーイ! みーちゃん、陸人くん、本日の野菜たち持ってきたわよ!」

 

「いらっしゃい、うたのん……今日はキャベツの日だったんだね」

 

「いつもありがとう歌野ちゃん。手早くサラダにするから座ってて」

 

「それじゃお邪魔しまーす……うん、この家はいつも暖かいわねー、居心地いいわ」

 

 伍代家の向かいに住んでいる歌野は、ほぼ毎日のように野菜を持ってきて食事を共にしている。いっそ同居すればいいと水都も陸人も言ったが、流石に歌野もそこは遠慮した。無二の親友と唯一の想い人。その2人のお邪魔虫にはなりたくないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それぞれの分野で日々働く3人は、夕食の席でその日の出来事を教え合うのが恒例になっていた。歌野の畑で大きな虫が出た、陸人の孤児院である子供が野菜嫌いを克服した、水都の会社の新人が小さなミスをした、等のなんて事のない話だ。

 

 食事を終え、風呂に入り、軽く飲んで、日が変わる前にお開き。それが伍代家の日常風景。

 夫婦が台所に並んで後片付けをする。これも日常風景。

 そしてその姿をスマホで撮影する歌野。これもまた日常風景だ。

 

「ん……? うたのん、また撮ってたの?」

 

「オフコース! 仲良し夫婦の光景が1日の疲れを癒してくれるの、私のエネルギー源よ!」

 

「いつも似たような構図だろうに、よく飽きないね?」

 

「ふふん、その変わらない構図から日々の小さな違いを見つけるのが楽しいんじゃない! 2人を除いた丸亀城のグループにも流して、みんなで語り合ったりもしてるのよ」

 

「えっ!」

「何それ聞いてないよ?」

 

 何やら誇らしげな歌野に困惑する伍代夫婦。2人並んで同じ角度に首をかしげる2人が愛らしくて、歌野のシャッターを押す指が止まらない。

 

「さて、今日の分のフォルダも潤ったし、今日はお暇するわね。アディオスアミーゴ!」

 

『あ……うん、また明日……』

 

 嵐のように去っていく農業王(仮)の背中を見送る陸人と水都。何年経ってもあのフリーダムっぷりは変わらない。

 

「……歌野ちゃん、スペイン語と英語の区別ついてるのかな?」

 

「あはは……うたのんのことだから、響きで選んだだけで細かいことは気にしてないんじゃない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 片付けと翌日の準備を終え、ベッドに入る。肩が軽く触れ合う距離で手を繋ぐのが夫婦の就寝スタイル。

 

「……ん……んぅ……」

 

「……ふぅ……おやすみ、水都ちゃん」

 

「……うん、おやすみなさい、陸人さん」

 

 横になる前に口づけを交わす。これもまた夫婦の習慣となっている。水都は小声で遠慮がちに問いかける。

 

「あの、陸人さん……今週末は……」

 

「あ、うん。無事お休みもらえたよ。休日が重なるのは久しぶりだね……たまには2人だけでのんびりしようか」

 

「……う、うん! 楽しみにしてるね」

 

「……()()()()も、その時にね……」

 

「〜〜〜っ‼︎ 陸人さん!」

 

 妻の唇に触れながら囁く陸人。水都の顔が爆発したかのような勢いで赤く染まる。

 

 

 

 

 

 

 これ以上なく物騒な出会い方をした陸人と水都。

 そんな彼らの10年後は、当初の本人たちの理想に近い大人として生きている。

 

 2人も、見守る者たちも確信している。

 優しく温かく美しい時間が、これまでもこれからも続いていくのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 うーむ、手こずった……自分の中にあるイメージをうまく描写できなかったかも……

 主に新婚さんですが、たまにいるじゃないですか。スーパーとかですごく仲よさげな夫婦とか。見ているだけで微笑ましくなる感じの。陸人くんとみーちゃんがくっついた時のイメージとしてはアレです。

 感想、評価等よろしくお願いします。

 次回もお楽しみに


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終章X話 生命(IF:乃木 若葉)

 若葉ちゃんルート

 医師とか出産とかについて、間違った描写があるかもしれません。不快になるような内容はないと思うのですが、万一何かあったら申し訳ありません。





「……若葉ちゃん? 今、なんと……?」

 

「ッ、だ、だから、妊娠した……! 子供が……陸人との子供ができたんだ!」

 

『……ええええぇぇぇぇっ⁉︎』

 

 若葉に呼ばれて乃木家に集合した仲間たち。最初の数分どもりっぱなしで要領を得なかった若葉の口からやっと飛び出た本題は、仲間たちから冷静さを奪うほどの破壊力を持っていた。

 

「にににににんしんっ⁉︎ 妊娠ってアレだよね? 来たばかりの先生が全校集会で挨拶する……」

 

「……お、落ち着いて高嶋さん……それは新任よ……」

 

「いやー、こんなにシャウトしたのは久しぶりよ。いつか来るとは思ってたけど……」

 

「うん、ビックリはしたけどちょっと安心もしたかも」

 

「いつ⁉︎いつ分かったんですか⁉︎ 今何週目なんですか⁉︎」

 

「男の子とか、女の子とかは……まだ分からないですよねごめんなさい先走っちゃって落ち着いて私落ち着いて……名前はどうしましょう⁉︎」

 

「ひなたもあんずも落ち着け⁉︎ 若葉が喋れないだろ!」

 

 比較的落ち着いている組の尽力により、10分ほどで興奮状態は沈静化した。詳しい話を聴く前からすでに全員息が荒い。

 

「……ええと、だな……何から話せば良いのか……」

 

 若葉が言うには、発覚したのは二週間ほど前。常日頃規則正しく生活し、滅多に体調を崩さない若葉に唐突に訪れた体調不良。長引く異変に陸人が無理やり病院にかつぎこんだところ、妊娠していたというわけだ。

 

「……正直、少し悩んだりもしたのだがな。乃木家として、血を残すのは決まっていた責務だ。しかし私たちの子となれば、乃木家の次期当主という座に加えて『英雄』伍代陸人の子孫という肩書き、そして高確率で勇者適性も持って生まれることになる」

 

 陸人は若葉と結婚する際に婿入りという形になった。当然といえば当然だ。しかし同時に、未だ不安定な世界に英雄の名前は必要とされている。仕事に支障が出ない程度ではあるが、彼は今でも演説などを続けている。本人を知らない大多数の市民にとっては、乃木陸人は今でも伍代陸人という救世のヒーローなのだ。

 そして極め付けは生来の資質である勇者適性。大社の研究で、アマダムのような例外がなければ後天的に伸ばすことはできず、遺伝による影響もあることが判明した。御姿の陸人と最も長く勇者の力を振るってきた若葉。その2人の間に生まれる子供がなんの力も持たない、という可能性はかなり低い。女子ならもちろん、男子であっても今後の研究次第でどんな未来が生まれるか分からない。

 

『乃木』という家柄。

『伍代陸人』という父親。

『勇者』という力。

 

 これからの世界を生きていくのに、これほど窮屈な鎖はない。そんな重荷を子供に背負わせて良いものか。若葉も陸人も悩んだ。しかしそれでも、2人は産むことを決めた。大社や家からの言葉ではない。周りに流されないために、誰にも伝えずに2人で考えて出した結論だ。

 

『命が生まれることは素晴らしいことだから。子供の未来が心配なら親として、先達として、少しでも前向きに世界を変えていけばいいんじゃないかな……あとを託すその時に、少しでも生きやすい場所にできれば。長生きして、長く頑張らなきゃいけないね』

 

「陸人はそう言って笑ってくれた。それで思い出したよ……私たちもまた、雄介さんやみのりさん……先立つ多くの命に託されて戦って来たことを」

 

「……陸人らしいな。託すために、かぁ」

 

「私たちも、託す立場になった……なんとか繋ぐことができたってことですよね……」

 

 若葉は嬉しかった。陸人との子供ができたこと。陸人がそれを喜び、受け入れてくれたこと。『長生き』なんて言葉が彼の口から聞けたこと。陸人が自分が生きることを当たり前だと思ってくれることも含めて。

 

 

 

 

 

 

「……そういえば、彼は仕事かしら……?」

 

「確か小児外科の先生なんだよね? すごいなぁ、りっくんは」

 

「ああ。私が本格的にキツくなった時に少しでも自由に動けるように、今はバリバリ働いてくると言っていた」

 

「なるほど、愛されていますね。若葉ちゃん」

 

 陸人の御姿には、無垢な魂に対して目に見えない形でほんの少し、生命力を励起させる作用がある。それが判明してから彼は生まれて初めてその道一本に絞って努力した。猛勉強の末にどうにか医師免許を取得。

 研修を終えて2年。溢れるコミュニケーション能力を持ち味に、なんとか一人前の小児外科医へと成長した。そんな多忙な立場でも若葉との時間を確保しているのはさすがと言うべきか。

 

「不定期な職種だからな。今張り切ってどこまで余裕ができるか分からないが、患者の保護者にも話して、代理も今から探しているそうだ」

 

「ああ、そういえばこの間健康診断に行った時に見かけたわね。ベリービジーな様子だったから声かけなかったけど」

 

「うん。それでもちっちゃい子が寄ってきたらちゃんと目線合わせて話してて……変わらないなって思ったよ」

 

「そうか……私はアイツの仕事を見たことはないが、心配することもないだろうな」

 

 どこか誇らしげに若葉が微笑む。年月を経ても、籍を入れても2人の関係は変わらない。尊敬と信頼が根底にあるこの夫婦の絆は決して断ち切れはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 およそ9ヶ月ほどが経過したある日、陸人の勤務先の病院。予定日を間近に控えた若葉に、休暇を取った陸人とひなたが付き添っている。

 

「さすがは若葉ちゃん。近々に勝負があるかも、と言われても落ち着いていますね」

 

「そうか? ……だとしたらそれは、2人がそばにいてくれるからだろうな」

 

「そう言ってくれると嬉しいよ。実際始まってしまえば俺にできることはないしね」

 

 和やかに時を過ごす3人。しかしそんな時間も長くは続かない。

 

「乃木先生っ!」

 

「……! 三好さん? どうかしましたか?」

 

「……それが……」

 

 陸人と同様にお役目を終えて医療の道に進んだ元巫女、現看護師の三好ひかりが走りこんで来た。彼女の話では、付近で大規模な交通事故が発生。幼稚園の送迎バスも巻き込まれ、幼児も含めて怪我人が多く出てしまったと言う。

 

「動けるスタッフ総出で対応中ですが手が足りず……休暇中に申し訳ないのですが」

 

「そうですか……でも……」

 

 今でなければ陸人も迷いなく了承していた。しかし若葉の状態や医師の診断では間もなく産まれる可能性が高いのだ。それだけの事故となると、落ち着くのは早くても翌日になる。1番大事な時にはせめてそばにいたい。陸人はそう思って何ヶ月も前から準備してきた。

 

「……行ってこい、陸人……」

 

「……若葉ちゃん!」

 

 ベッドに体を預けたままで、それでも力強い若葉の声が響く。

 

「……私は大丈夫だ。子供を助けるのがお前の仕事だろう?」

 

「でも……」

 

「仕方ないやつだ……ちょっとこっちに来い」

 

 迷いが映る陸人の顔を優しく引き寄せる若葉。陸人が言葉を紡ぐよりも早く、自身の唇を夫の唇に重ねて塞ぐ。数秒の接触に精一杯の想いを込めて、陸人とのつながりをこの身に刻む。

 

「──っ⁉︎」

 

「まあっ!」

 

「え? えっ⁉︎」

 

 凍りつく陸人。なぜかテンションが上がったひなた。混乱して目線が泳ぎまくるひかり。一同を置き去りに、どこまでも威風堂々、若葉がゆっくり離れて言葉を続ける。

 

「これで大丈夫だ。私の陸人はここにいてくれる。一緒に戦ってくれる……多少離れたところで今さら私たちには関係ないだろう? だからお前は、今一番お前を必要としている人のところに走るんだ……人の命を守る……それが私が惚れた男の信念だったはずだ」

 

 汗をかき、呼吸も少し荒い。それでも乃木若葉は凛として、自分の意思を貫く。この精神力こそ、最後の最後まで折れずに戦い続けた勇者の強さだ。

 暫し無言で見つめ合い、やがて陸人の方が根負けして頭をかく。

 

「……分かった、行ってくる……信じるよ、俺が惚れた女の強さを」

 

「ああ、信じろ」

 

「ひなたちゃん、若葉ちゃんをお願い……三好さん、行きます!」

 

「……私が言えた立場ではありませんが、よろしいのですか?」

 

「これから父親になろうって人間が、それも医者が、命を見捨てるわけにはいかないですよね……!」

 

(俺は負けないよ、若葉ちゃん……だから君も……!)

 

 

 

 病室を飛び出す陸人とひかり。足音が遠ざかったところで、若葉のやせ我慢が限界に達した。

 

「若葉ちゃん⁉︎」

 

「……ひなた、コールしてくれ……恐らく、来たぞ……!」

 

「……お、押しました! 若葉ちゃん、しっかり!」

 

「……さて、言い切ったからには気張らなくてはな……!」

 

(私は決して負けない……陸人、だからお前も……!)

 

 医者としての使命を果たす陸人。

 母として最初の役目に臨む若葉。

 2人は違う戦場で、それでもかつてのように2人並んで戦いに挑む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。各科の尽力と近隣病院との連携により、奇跡的に死者を出すことなく全ての患者の治療を終えた。事態の沈静化も確認し、医師たちの戦いは終了。

 参加したスタッフの殆どが休んでいる最中、陸人は危なっかしい足取りで全力疾走。それを咎める看護師も、ぶつかる患者もいない静かな病棟を1人走る陸人は喜びと戸惑いが半々に混ざった不思議な表情をしていた。

 

(無事に成功した、らしいって……混乱した状況じゃ、それしか聞けなかったけど……!)

 

 何度も転びかけながら、やっとの思いで若葉の病室に到着した。緊張から一瞬だけドアを開けるのを躊躇する。荒い息を整えて深呼吸。陸人はゆっくり静かにドアを開く。

 

 

 

 

 

「……あ……あ、ぁ……」

 

「……! あら、陸人さん……若葉ちゃん、パパさんが来てくれましたよ」

 

「おお、陸人……待っていたぞ」

 

 ひなたがカーテンを開いた奥には、とても小さな命を抱えた最愛の妻が微笑んでいた。

 

「若葉ちゃん、この子が……俺と、君の……」

 

「そうだ。陸人と私の娘だ。抱いてやってくれ、優しくな……」

 

 震える手で慎重に赤子を抱える陸人。子供の触れ方など手慣れているはずなのに、とてもたどたどしい様子に思わず若葉がクスリと笑う。

 

「いたって健康。今のところ何の問題もないそうだ」

 

「そう、なんだ……この子が、俺たちの娘……俺に、俺に子供が……!」

 

 感極まってボロボロと涙をこぼす陸人。ひなたにハンカチを渡されて慌てて拭う。単なる偶然か、父親の様子が面白かったのか、腕の中の赤子が口を開いて笑顔になる。

 

「──ゥ──ァ──」

 

 言葉にならない未成熟な声が、陸人に目の前の小さい命の尊さを実感させる。再び溢れそうになる涙をこらえて、娘と妻に精一杯の笑顔を見せる。

 

「ありがとう、俺の娘に生まれて来てくれて……ありがとう、俺の娘を産んでくれて……」

 

「それは私も同じだ。生まれて来てくれて、私とこの子を出会わせてくれて、ありがとう……」

 

 3人の笑顔が眩く輝く。ひなたは刺激しないように慎重に、家族3人の最初の写真を撮る。

 

(きっとこれからは、今まで以上のペースで写真がたまっていくんでしょうね)

 

 そんな未来を楽しみに、今度はカメラ目線の一枚を撮るべく、ひなたは笑顔の3人に声をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 今回のテーマは生命の繋がり。その辺で1番面倒がありそうな乃木家の若葉ちゃんをあえて担当にしました。これまでとは少し雰囲気が違うかも?
 デリケートな内容に付け焼き刃の知識で挑んでしまいましたがいかがだったでしょうか?何かおかしな点等ありましたらご指摘いただけるとありがたいです。

 …あ、子供の名前について、特に明記はしません。園子ちゃんと関連づけるもよし!若葉ちゃんでも陸人くんでもよし!…本当はいいアイデアが浮かばなかったもんで…

 感想、評価等よろしくお願いします。

 次回もお楽しみに




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終章Y話 次代(IF:伊予島 杏)

 杏ちゃんルート

 今回は二人の話というよりも、大人になって親になって家庭を作る…もしもの未来の集大成的な話になりますかね。




「あー、こら春果(はるか)! また本出しっぱなしで! ちゃんとしまいなさい!」

 

「えー? いいじゃない、私もママもどこに何があるかくらいちゃんと分かるんだし……」

 

「そういう問題じゃありません! いいから片付けるの、ほらママも一緒にやってあげるから」

 

 大社に属する家柄の最上位、三つの頂点の一柱。伍代家の一室に多種多様な書籍を積み上げては熟読していた少女と、それを叱る母親。いつもの、当たり前の光景だ。

 弱冠10歳にして医学や考古学の専門書を読み込む少女の名前は伍代春果。伍代家の第二子で、高い勇者適性を持って生まれた長女。運動能力は人並みだが、知識欲とそれを有効活用する思考力に優れた、母親似の小学生だ。

 

「ダーメ! 今日はおとうさん帰ってくるんだから、ちゃんと片付けないと……」

 

「えっ! パパ帰ってくるの? 早く言ってよ!」

 

「昨日言いました! まったくもう、本ばっかり読んで話聞かないんだから……誰に似たのか……」

 

(いや、絶対にママだよ……間違いない)

 

 かつて勇者の一人として戦った伍代杏──旧姓伊予島杏──は、妊娠が分かると大社での務めを辞め、そのまま妻として母としての役目に専念してきた。優しく賢く美しい、おおよそ理想的な女性に成長した彼女だが、この頃の子供たちの扱いには苦戦している。

 

(春果はどんどん頭良くなって、あの人の言うことしか聞かなくなってきてるし……)

 

 父親が帰る、と言う言葉でやっと片付けを始めた娘の背中を見つめて思わずため息を一つ。甘やかしすぎたせいか最近子どもに舐められているのではないか、というのが杏の悩みだ。

 実際は会える時間が少ない父親の分も近くで愛してくれた母親に思い切り甘えているだけなのだが、彼女はまるで気づいていない。

 

(あの子の方は、なんだか本格的に反抗期みたいだし……)

 

 最近帰りが遅い長男を思いながら、杏も春果とともに片付けを進める。大社で問題が発生したらしく、忙しない夫に相談するのも憚られ、彼女は気合いを入れ直す。

 

(家のことは任せてください、って言って一緒になったんだから……私がなんとかしなくちゃ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すっかり外も暗くなった時分、もう一人の子供がようやく帰ってきた。

 

「おかえりなさい冬樹(ふゆき)。ずいぶん遅かったんじゃない?」

 

「……んー、ちょっと冴先生との稽古に熱が入ったんだよ」

 

「……本当に?」

 

「……チッ、嘘言ってどうすんだよ……」

 

 母親の追求に鬱陶しそうに返す少年、伍代冬樹。伍代家の第一子として生を受け、両親の伝説を聞き、ごく当たり前にそれに憧れながら育ってきた。しかし今の妹ぐらいの歳に、男児である冬樹には勇者になることはできないという事実を知る。

 それまで父のような未来を夢見て体を鍛えてきた彼だったが、徐々に熱意が冷めていき、中学生となった今ではかなり無気力な生活をしている。

 

「今日は親父帰ってくんだよな……メシはいいや、もう寝る」

 

「ちょ、ちょっと冬樹⁉︎」

 

 冬樹が二階の自室にこもろうとしたところで、再び玄関が開く音がする。

 

「あ! パパ帰ってきた!」

 

「あーあ、遅かったか」

 

「まったくもう……おとうさん、お帰りなさい」

 

「ただいま……おかあさん、冬樹、春果」

 

 春果に手を引かれて家長が帰宅する。伍代家当主、伍代陸人。現在は若葉、ひなたと並んで大社のトップに君臨。主に顔役として対外交渉を担当している。

 

 

 

 久々に帰宅した陸人も含めて、全員で食卓を囲む。勇者としての役目も少しずつ理解してきた春果は父親のことを誰より尊敬し、褒められたがっている。会えなかった数日を埋めるようにマシンガントークが止まらない。

 

「それでね、そのテストで満点取れたの私だけだったんだよ!」

 

「すごいじゃないか、さすが春果だ……勉強は好き?」

 

「うん! 分からなかったことが分かると、それだけで嬉しいし、たくさん勉強すればみんなが褒めてくれるもん!」

 

「そっか、春果は将来有望だね……冬樹は? 最近何かあった?」

 

 ごく自然に自分にも話題を振る陸人の様子が、どうしてか冬樹は癇に障って仕方なかった。

 

「別に何も……たまにしか帰ってこないくせに、いい父親ぶりたいのかよ? アンタも勇者になれない俺に興味なんてないだろ?」

 

「冬樹、なんてこと言うの!」

 

「まあまあ、俺が帰れてないのは事実だし……ただ気になったんだけど、冬樹今日は、というか最近は稽古してないだろ」

 

「っ⁉︎ なんで……」

 

「言っとくが冴先生はそんなこといちいち報告したりはしないからな? 見れば分かるさ……毎日顔合わせることもできないけど、一応父親だからな」

 

「……なんなんだよ。ほっときゃいいのに、俺なんか……」

 

 半端に残った料理をそのままに、冬樹が席を立つ。陸人はあくまで穏やかな声色でその背中に語りかける。

 

「別にやりたくないなら無理に続けることはない。ただ先生や他の子たちに迷惑だ、辞めるならちゃんと挨拶して正式に辞めなさい。冴先生の武術教室は冬樹のプライドを維持するためにあるんじゃないからな」

 

 父親の正論に何も言い返せず、逃げるように階段を上る冬樹。少し言い過ぎたか、とため息をつく陸人。

 

「あの、おとうさん……」

 

「んー、でもおかあさんは優しいからね。たまには俺からビシッというべきかとも思ってさ」

 

「パパちょっと怖かったかも……」

 

「あはは、ごめんごめん……さ、早く食べなさい。冬樹の分は、俺がもらおうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 子供たちが寝静まった頃、陸人と杏は明日に差し支えない程度に酒を飲み交わしていた。

 

「最近は特に忙しそうだけど、何かあったの?」

 

「また大社の内通者だよ。終戦からもう20年だ……人が恐怖を忘れて我欲に走るには、十分な時間が過ぎたのかもしれないね」

 

 ここ数年潰しても際限なく湧いてくるスパイ問題。日本政府ならともかく、素性も知れない犯罪者などが大元だったりすることもある。

 神の次元での戦争には何年を要するか分からない。だからこそ世代を経ても腐らず歪まず、命を守り未来を繋ぐための組織を目指してはいるが、やはり現実は厳しい。

 

「でも今回の件は片付いたから、今日明日は家にいるよ」

 

「ほんと? 久しぶりだね」

 

「うん、いい加減休めって、ひなたちゃんに押し切られちゃってね……おかあさんは、やっぱり冬樹が心配?」

 

 相変わらず察しがいい陸人。杏も少し悩んで頼ることを決めた。肩に寄りかかりながら口を開く。

 

「うん、私や春果が何言っても聞かないし。稽古だ、って言っていつも帰り遅くて……なのに行ってなかったって……」

 

「そうだね……休みのうちに一度話してみるかな」

 

「ごめんなさい、せっかくの休みなのに……」

 

「謝ることないよ、家族だろ? 当たり前のことさ」

 

 陸人は昔のように妻の頭を優しく撫でる。数日ぶりの暖かさに、杏は安堵の笑顔を見せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、陸人は春果にせがまれて日中は彼女の書店巡りに付き合っていた。戦利品を抱えてホクホク顔の娘を部屋に送り、その足で隣の冬樹の部屋を訪ねる。

 

「冬樹? ちょっと話が──」

 

 言い切る前に部屋の扉が開かれ、慌てて着替えたのが丸わかりの乱れた格好をした冬樹が飛び出してきた。

 

「冬樹? こんな時間にどこに行くんだ?」

 

「あー、友達に誘われて……晩飯は外で食ってくる」

 

「……そうか。まぁ、あんまり遅くならないように」

 

 何も追求しない父親の様子を訝しみながら冬樹が玄関に向かう。掃除をしていた杏は息子の忘れ物に気づいた。

 彼が師事する三好冴の教えで、外に出るときは手首足首に特注の重り付きバンドを装着することになっている。

 

「冬樹、これ付けなくていいの?」

 

「ん? ……いらねぇよもう! そんなことする必要はないんだから!」

 

 杏は何の悪意もなく、いつも通りのことをしただけだった。しかしつい先日稽古をサボっていたのがバレたばかりの冬樹には無言で責められているように感じられた。

 差し出された重りを払いのける。勢い余って杏の手も叩いてしまい、手からこぼれた重りが杏の足に落ちる。

 

「いっ……!」

 

「……! あ、その……」

 

「冬樹、おかあさん、どうかした?」

 

 思わぬ痛みにうずくまる杏。手を払った格好のまま不自然に固まる冬樹。おおよその状況を把握した陸人が、普段より低い声を出す。

 

「……おかあさんはとりあえず冷やしてきな。冬樹はリビングに……約束なんてウソだろ? いいから来なさい……ああ、そこで覗いてる春果もちょうどいいから一緒に聞きなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所在なさげに並んで座る子供たち。その正面に陸人が座り、奥には杏が足を冷やしながら様子を伺っている。

 

「冬樹、勇者になれないことがそんなに不満か?」

 

「…………」

 

「正直言わせてもらうとね……俺はホッとした。勇者候補筆頭の春果の前で言うべきじゃないかもしれないけどな」

 

「……え……」

 

 冬樹は本気で驚いた。陸人も杏も、大社の大人たちのように勇者適性持ちの春果を重宝しているものだとばかり思っていたから。

 

「俺たちは何度も死にかけながら戦ってきた……今の勇者はそこまで切羽詰まったことにはならないと思うけど、それでも子供には平穏な道を生きて欲しいっていうのが親じゃないかな。だから春果の時も悩んだよ……今はもう本人の意思を尊重するって結論を出したけどね」

 

 冬樹が荒んだ理由の一つ、規格外の素質を持った優秀な妹の存在。それでも両親は才覚ではなく、冬樹のことも春果のことも本人を見ていた。勝手に見限られた気になっていただけだ。

 

「元々は俺があの時決着をつけられなかったツケを君たちの代に押し付けてしまった結果だ。申し訳ないとは思う」

 

「そんなことない! パパたちが頑張ったから今があるんでしょ?」

 

 食い気味に反論する春果。陸人は照れ臭そうに頬をかく。

 

「ありがとう、春果……俺たち先代はどうしても君たちよりも早く寿命が来る。だからそうなった時、冬樹には春果を支えられる人になってほしい。特別な力がなくたって、ただの家族としていてくれれば心強いと思うから」

 

「……俺は……」

 

「いきなり全部飲み込んで決断しろとは言わない。大社に入らなくてもいい。好きに生きるんだ。自分が後悔しないように……冬樹にも春果にも、俺が望むのはそれだけだよ」

 

 父の言葉を黙って噛みしめる二人。ひとまず良い方向に向かったことに杏がホッとした次の瞬間、陸人が冬樹の目の前に立った。

 

「それとは別に、ひとつだけ言わせてもらうぞ」

 

「お、親父……?」

 

 珍しく怒気を含んだ陸人の声。その右手が冬樹の額を捉えてデコピンの形をとる。

 

「ウグォォォォッ⁉︎……痛ぇ……」

 

 指一本で放たれたとは思えない衝撃音が部屋に響く。唐突な衝撃に冬樹はのたうち回り、隣の春果も顔を青くしている。

 

「おかあさんは俺にとって世界で一番大切な女性だ。いくらお前でも、手をあげることは許さない……いいな?」

 

「……ハイ、すいませんでした……」

 

 全力で首肯する冬樹を見て、陸人が笑顔に戻る。

 

「分かればいいんだ。おかあさんにも直接謝っておけよ? ……んー、いい時間だな。久しぶりにポレポレで夕食なんてどうだ? おやっさんにも挨拶したいし」

 

 子供たちの頭を撫でながら微笑む陸人。いつもの雰囲気に戻った父親に安堵した春果が首に抱きつく。

 

「ねーパパ、私は? 私は一番じゃないの?」

 

「んー? 春果は世界で一番大切な女の子だな。男の子が冬樹だ」

 

「なにそれー?」

 

「あー痛ぇ……あ、おふくろ……ごめん、痛くないか?」

 

「全然大したことないから……それよりおでこ、赤くなってるよ?」

 

 少し前の仲睦まじい家族の雰囲気が少しだけ戻ってきた。子供の成長は早い。完全に昔のようにとはいかなくとも、この景色が少しでも長く続くように……陸人は神樹に小さく祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 子供が寝静まった深夜。陸人と杏は昨日と同じく飲み交わしていた。

 

「本当にありがとう……」

 

「もう何度も聞いたよ、大したことはしてないって」

 

「ううん、冬樹のこともあるけど……」

 

「ん?」

 

 向かい合った席からゆっくり立ち上がる杏。陸人の後ろに回り、しなだれかかるように首に抱きつく。

 

「一番大切な女性って言われて……すごく嬉しかった」

 

「……ふふっ、当然だろ? 同じ家に住んで、同じ景色を見て、同じ墓に入りたい……一緒になる時に約束したからね」

 

「ん……大好き、()()()()

 

「……俺もだよ、()()()()

 

 向き合ってキスを交わす夫婦。酒と羞恥と高揚感で二人とも顔は真っ赤に染まっている。

 

 

 

 

 

 

「陸人さん……今、幸せ?」

 

「ああ、幸せだよ。いつか君が言ってくれた通り……こんな俺にも、幸せになる権利はあったんだよな……」

 

 

 

 

 

 これは、一度は自分の未来を諦めた男が、愛した者の力で誰よりも幸せになるお話。

 

 どこかにあったかもしれない、ハッピーエンドの物語だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 うーむ、最後だというのにとっ散らかったな……なにが描きたいのかハッキリしない文になったかも。

 とりあえずIFエンド集はこれでコンプリートです……超疲れた……

 ハーレムエンドとか、思いついたら突発的に書くかも……
 神世紀の話は、筋道整えてからのつもりでしたが……全部詰めようとすると期間空きすぎて意欲が萎えるかもしれないという危険性に気づきました。

 いつになるか分かりませんが……というか本当にやるかどうかも確約できませんが、萎えないうちに何か形にできたらと、今のところ思っています。

 感想、評価等よろしくお願いします。

 (いつかの)次回もお楽しみに



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300年、変わらない想い(バレンタイン記念)

ハッピーバレンタイン!ひさーしぶりの番外編です。

神世紀はともかく、西暦編は時系列的にうたのんとみーちゃんはバレンタインを共に過ごすことはできなかったはずなんですよね。
ゆゆゆい編として番外話を作るには本編で出してある情報が半端すぎるので、その手も使えない……

なので今回はあくまで本編とは違う世界線でのIFとして見てくれると助かります。
急ピッチで仕上げたので、いつも以上に雑かもしれません。誤字脱字あったら指摘していただけると助かります。
 


 2月13日、世俗からある程度距離を取らされている丸亀城の面々も、流石にこの日にやることは決まっていた。何せ彼女たちは花の女子中学生。8人も集まれば1人や2人はこの手のイベントに熱心な者がいる。

 

「さて、それでは始めましょうか……私が教えるのは若葉ちゃんと友奈さん、千景さんの3人で良いんですよね?」

 

「うむ、これまではいつもひなたにもらってばかりだったからな。簡単なものを教授願いたい」

 

「私も、友達にお店のチョコ買ったりはしたことあるんだけど……今年は手作りしてみたいなって思って」

 

「……みんなが作るなら私も作って渡した方が、やっぱりいいわよね……?」

 

「ふんふん、皆さん年頃の女子という自覚が芽生えたようで何よりです。それに……陸人さんはなにかと私達にプレゼントを手作りしてくれますものね?」

 

 訳知り顔のひなたの言葉に慌てふためく3人。隠していたつもりのようだが、彼女たちの環境で彼以外の誰に手作りチョコを渡すというのか。分かりやすい友人達が可愛くて仕方ないひなただった。

 

「あちらで他の皆さんも作業をしていますし、シンプルな中にも個性があった方がいいかもしれませんね。ちょっと考えてみましょう」

 

「ふむ、個性か……」

 

 8人の少女の中で最も調理慣れしているひなた。彼女の主導で、若葉、友奈、千景の初めてのチョコ作りがスタートした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっし、材料の準備はこれでオーケーね!」

 

「あの、うたのん? そんなに野菜を集めて何を作るの?」

 

「よくぞ聞いてくれました、みーちゃん! 私が陸人くんにお届けするのはズバリ、チョコレートファウンテンよ!」

 

 胸を張って宣言する歌野。テーブルの下から取り出したのはパーティー用のチョコレートファウンテン。勇者や大社職員用の食堂であるはずの場所で、なぜこんな娯楽性の高い器具があるのだろうか。

 

「えーっと、バレンタインに、陸人さんに、チョコレートファウンテンを用意してあげるってこと?」

 

「ザッツライト! これなら陸人くんも初めての体験になるはずよ」

 

「うーん……そもそも野菜ってチョコに合うの?」

 

「美味しいわよ? 私としてはカボチャがおススメね」

 

 半信半疑ながら歌野を手伝ってベジタブルチョコファウンテンを用意する水都。

 

(ちょっと試してみてダメそうだったら力づくでも止めよう。下手したら陸人さんのバレンタインが始まる前に終わっちゃう)

 

 いつも助けてくれている頼もしい彼を守るために。水都は人知れず気合を入れて拳を握る。その後ろでは機嫌良さげな歌野が鼻歌交じりに野菜の選別を始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キャーッ‼︎ タマっち先輩何やってるの⁉︎」

 

「えっ? タマ、何か間違えたか?」

 

 前2組とはまた離れたテーブルで、一際騒がしく作業をしている杏と球子。彼女達が挑戦しているのはガトーショコラ。当日、陸人に数多く渡されるであろうチョコレートとの差別化を図り、2人で1つのケーキを作るつもりだ。

 

「卵白と卵黄は分けるんだよ。これじゃメレンゲも何もないじゃない……」

 

「ご、ごめん……混ぜる混ぜるって考えてて、全部一緒にしちゃった」

 

「……ううん。まだ始まったばかりだったし、材料はたくさんあるからやり直そ。焦らなくていいから、工程を確認しながらじっくりとね?」

 

「うん。タマ、こういうの苦手だけど……陸人のためだ、頑張るぞ!」

 

 勢い任せの球子よりはいくらかマシだが、杏にしても本格的なお菓子づくりの経験はない。レシピ本片手に工程を必死に確かめている。

 

「美味しいって言ってもらえるもの、作ろうねタマっち先輩」

 

「おう、やってやるぞ!」

 

 腕には自信がなくても、諦めの悪さには自負がある。少女たちはそれぞれの想いを込めて、全力で慣れない作業に打ち込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんとか全員の用意が間に合った2月14日、バレンタイン当日。食堂に呼ばれた伍代陸人は扉を開けた瞬間漂うチョコレートの香りに、驚くと同時に食欲を刺激される。

 

「今日はバレンタインです。ということで……」

 

「私たちみんなでチョコを用意したの。受け取ってくれる?」

 

 待っていた仲間たちの手には手作りと思われるチョコレート。ケーキや、なぜかチョコレートファウンテンまで並んでいるのはいささか不思議な光景だ。それでも各々が心を込めてこの日のために用意してくれたのは、陸人も一目で理解できた。

 

「みんな、ありがとう。すごく嬉しいよ……でもそっか、みんなも用意してたのは気づかなかったよ」

 

「……みんなも?」

 

 なぜか紙袋を持って現れた陸人に、千景が問いかける。何もいらない、と伝えて呼び出したはずなのだが。

 

「みんな集まってるならちょうどいいと思って、俺も持ってきたんだよ」

 

 言いながら紙袋の中身を取り出す陸人。その中には上品にラッピングされたチョコレート。この男、女子に囲まれて迎えたバレンタインにも関わらず……

 

「みんなの分、一応手作りしたんだけど。よければもらってくれる?」

 

 予想外の展開に何も言えなくなる勇者達。本当なら今頃、自分達のチョコで陸人を笑顔にしている予定だったのだ。

 

「えーっと、ありがとう……ここで食べてもいい?」

 

「もちろん。俺も初めてだからさ、率直な意見が欲しいな」

 

 沈黙を打ち破った友奈が自分の名前が記されたチョコを受け取り、包みを開ける。中には、自分の勇者としてのモチーフでもある桜の形をしたチョコレートが入っていた。

 

「……すごい、こんなに綺麗な……」

 

「良かった。ちょうどいい型が見つからなくてさ、自作したんだよ」

 

「えっ! 型を自作?」

 

 陸人の凝り性とものづくり精神が爆発したらしい。バレンタインに、もらう側の男子が意気揚々と型から手作りのチョコレートを8人もの女子に用意する。これはいわゆる女子力において敗北していると言っていいのではないだろうか。自分の分を受け取った少女達はなんとも複雑な顔でチョコを口に運ぶ。

 

「……!」

「美味しい……!」

 

「良かった。味の方は自信がなくてあんまり手を加えてないんだけど……うまくいったみたいだね」

 

 味の方でも特に問題はない。これほどのチョコを作れる男子。一気にバレンタイン的ハードルが跳ね上がってしまった。

 

 せめてもの抵抗として、ジャンケンで順番を決める。最初は千景と友奈だ。

 

「……えっと、私あんまり難しいことできなくて……トリュフチョコなんだけど……」

 

「私とぐんちゃんはお揃いなんだ。黒いのがぐんちゃんで、白いのが私」

 

 千景作、カカオパウダーをまぶしたトリュフチョコと、友奈作、ホワイトチョコでコーティングしたトリュフチョコ。陸人は両手で1つずつ取って同時に口に入れる。

 

「おぉ、かわいい形になってるね。いただきます……うん、美味い。食べやすいし、何にも失敗してないよ、大丈夫」

 

「ほ、本当……? 良かった……」

 

「やったねぐんちゃん! 頑張った甲斐があったよ」

 

「すごく嬉しいよ、ありがとう。友奈ちゃん、千景ちゃん」

 

 桜型のチョコを食べる友奈と、彼岸花モチーフのチョコを眺める千景がホッとした顔を見せる。彼女達のバレンタインは成功だ。

 

 

 

 

 

 

 

「陸人さんのお口に合えばよろしいのですけど……ナッツチョコです」

 

「へぇ、見た目だと分からないけど……おお、しっかり詰まってるね。上手にできてると思う。ありがとう、ひなたちゃん」

 

 この方面では一番の優等生であるひなたのナッツチョコ。きっちりとナッツを覆い、一口サイズに整えられた見事なチョコ。陸人も自分では作れないと感じながら舌鼓を打つ。

 ひなたも陸人から受け取ったコスモスの花を形どったチョコを齧る。

 

「お好みに合ったようで何よりです。ほら、アーン……」

 

「ひ、ひなたちゃん……」

 

「ほらほら、なんなら私の指ごと食べちゃってくださいな」

 

 高評価を受けて上機嫌のひなた。調子を取り戻して押せ押せだ。他の仲間にはまだできない積極的なアプローチに、陸人もタジタジになってしまう。

 

 

 

 

 

「つ、次は私なんだが……すまん、シンプルに溶かして固め直しただけなんだ」

 

「ああ、気にしなくていいのに。若葉ちゃんが一生懸命頑張ってくれたのは見れば分かるよ。いただきます」

 

「陸人……」

 

「──って硬っ⁉︎ す、すごい歯応えだね」

 

「な、なに? すまない、味見した時は大丈夫だと思ったんだが……」

 

 生来顎が強い上に、手作りチョコの硬度の相場が分からない若葉はスルーしてしまったが、結構なメタルチョコレートになってしまった。ひなたが目を離したタイミングで温度調整を失敗した結果だ。

 若葉は所在無さげに桔梗型チョコを口にする。やはり陸人作のものは失敗もなく、実に食べやすい。

 

「いや、大丈夫。噛めないほどじゃないし、これはこれで美味しいよ。ビターチョコにしてくれたんだね?」

 

「あ、ああ。陸人は受け取ったチョコはその場で食べると思ったから、甘いものばかりは厳しいかと……」

 

「そういう気遣いが嬉しいよ。ありがとう若葉ちゃん」

 

 

 

 

 

 

「それじゃ次は……これ、チョコレートファウンテン? すごいなぁ、初めて見たよ」

 

「リアリィ? だったら良かったわ。野菜もたくさん用意したから、楽しんでちょうだい」

 

 1人だけ毛色が違う歌野の番。大仰な機械の横に、串に刺さった野菜が並んでいる。歌野厳選のベジタブルチョコレートファウンテンだ。

 受け取った金糸梅のチョコを試しにファウンテンでさらに味を加えてみる歌野。少しくどくなったらしく、若干苦い顔をしている。

 

「うんうん……おぉ、美味いね。俺はトマトが好きかなぁ」

 

「そのトマトは私が育てた自慢の一品よ!」

 

「なるほど、だからか。ありがとう、歌野ちゃん」

 

 流石に歌野も、野菜ならなんでもありとまでは思ってなかったらしい。チョコと合うものをセレクトして、食べやすいサイズにカットしてある。手作りとは少し違うものの、歌野の個性が光るバレンタインとなった。

 

 

 

 

 

「私はコレなんだけど……どうかな?」

 

「イチゴか。これ、水都ちゃんが?」

 

「うん。うたのんの付き合いで、近くの農家さんのお手伝いでもらったの」

 

 水都が用意したのはイチゴにコーティングしたチョコレート。イチゴをカットしたり、チョコレートの種類を変えたりと工夫を施して飽きがこない取り揃えとなっている。

 

「うたのんの野菜ファウンテンを見てたら、私も少し個性的なものを用意するべきかなと思ってね」

 

「うん、美味しいよ。イチゴとチョコは間違いない組み合わせだしね。ありがとう水都ちゃん」

 

 ホウセンカのチョコを食べながらホッと息を吐く水都。

 自分の野菜を持ち込んで揚々と下拵えをする歌野を見て思いついたのがイチゴのチョコ。万一歌野が事故を起こした時の口直しも兼ねたチョイス、なんとも彼女らしい選択だ。

 

 

 

 

 

 

「最後に私達、合作です!」

 

「ジャジャン! ガトーショコラだ」

 

 杏と球子が差し出したのは、ホールサイズのガトーショコラ。失敗とやり直しを重ねてなんとか形になった、今日1番の大物だ。

 姫百合のチョコと紫羅欄花のチョコをそれぞれ胸に抱き、息を呑む2人。自分たちのチョコの出来栄えに不安があるらしい。

 

「ガトーショコラかぁ。俺も作ったことないけど……すごく美味しいよ。ちゃんとできてるから安心して」

 

「ホ、ホントか?」

 

「陸人さん、気を遣ってない?」

 

「ホントホント。初めてでこれだけできればすごいと思うよ。ほら、2人も食べてみたら? アーン……」

 

 そう言って自分が口を付けたフォークを差し出す陸人。そんな気がないのは分かるが、球子も杏も思わず躊躇してしまう。

 

「どうかした? 美味しいのに……」

 

「あ、えーっと……よし、あ〜……」

 

「あっ、タマっち先輩ずるい!」

 

「ほいっと。ほら、杏ちゃんもアーン……」

 

「……んっ……うん、ホントだ。美味しい」

 

「これをタマたちが作ったのか。ビックリだな」

 

 何故か3人でシェアしている陸人たち。これも彼らなりのバレンタインなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 終わりなき戦乱の中、ごく僅かな団欒の時。明日への不安も忘れ、勇者たちは若者らしく、今日という日を楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 詳細は忘れてしまったが、楽しい夢を見たようないい気分で目覚めた御咲陸人。昨日のうちに用意していたチョコを持っていく。相手はもちろん、最愛の家族と最高の親友だ。

 

「はいコレ。ハッピーバレンタイン!」

 

「リクならやりかねないと思ったけど……"ばれんたいん"の意義分かってるの?」

 

「まあまあ。私達も美味しいのもらえるなら嬉しいよ。ありがとう、りっくん」

 

 男女でチョコを交換する3人。時を経ても、陸人はやはり陸人だった。

 

「美森ちゃんも、今日は流石にチョコなんだね」

 

「和菓子も一瞬考えたんだけどね。私もそこまで頑なじゃないわ」

 

「私も東郷さんに教わって、一緒に作ったんだよ」

 

 そう言う2人から差し出されたのは、色違いのトリュフチョコ。美森が黒で友奈が白。味が異なるお揃いのチョコ。2人の仲の良さが感じられるチョイスだ。

 

「うん、どっちも美味しい──」

 

「どうかした? リク……」

 

 口に入れた瞬間、懐かしい記憶が駆け巡り、そしてまた一瞬で抜けていった。遠い何処かでよく似た味を食べたような気がして、陸人は何故か衝動的に泣きたくなった。

 

「りっくん? もしかして何か失敗してた?」

 

「……いや、なんでもない。すごく美味しいよ、ありがとう」

 

 時折ある不意の既視感。振り返っても思い出せる手応えがないこの感覚は、記憶のない陸人を度々振り回している。

 

(もしかしたら、前の俺にもいたのかな……チョコをくれるような女の子が……)

 

 もしそうなら、その子は今頃どうしているのだろう。思い出せないままのんびり生きていることが、ほんの少し後ろめたくなった陸人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(えぇ……なんだコレ……)

 

 夕刻、陸人宛に届いたクール便。中には複数のチョコが詰まっていた。ナッツチョコ、イチゴチョコ、ガトーショコラにやたらと硬いビターチョコ。別の包みには何故か野菜とチョコレートファウンテンの機材が入っていた。どういうチョイスだ、と陸人をしてツッコミを入れざるを得ない。

 

(宛名もない……どうやってここに届いたんだ? ……これは)

 

 包みをひっくり返すと、女の子らしいカード。そこには見覚えのある文字でシンプルなメッセージ。

 

 "Happy Valentine! 〜感謝と親愛を込めて〜Dear my hero "

 

「そうか……あの子が」

 

 やはりチョイスが意味不明ではあるものの、とりあえず差出人は分かった。顔も知らない相手だが、それでも陸人は嬉しかった。またも既視感を感じながら、一つ一つ味わって陸人はバレンタインを楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無事届いたみたいだぞ。あのプレゼント」

 

「そっか〜、良かった〜。ありがとうミノさん」

 

「しかし、なんだってあんな訳のわかんない取り合わせだったんだ?」

 

「ふふん、神様が教えてくれたんだ〜。あれがりくちーの思い出の味なんよ〜」

 

 匿名でバレンタインチョコを渡したスイレンの少女は、満足げな顔で神樹への感謝を捧げた。

 

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと神世紀勢が短めですが、久しぶりの西暦組に焦点を当ててみました。
神世紀の時系列的には中学1年のバレンタイン。ゆゆゆ編6話と7話の間辺り。そのっちのことはおぼろげに把握して、まだ勇者関連のゴタゴタが表面化していないタイミングです。
前書きにも書いた通り、西暦の時系列はうまいこと噛み合わないのでもしかしたらの世界線、どこかの2月14日ということでお願いします。
この番外編もあって、今週は忙しくて投稿できないかもしれません。申し訳ない……

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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尊き『にちじょう(タイムリミット)』(英雄の章前日譚)

久々の番外編です。といっても、今回は時間軸的にまたたきの章と次章の間で直接繋がっているのですが。
閑話的な要素が多いこともあり、章末または章頭に加えるのがちょっと嫌だったので番外編とさせていただきます。

小賢しい言い訳はここまでにして、かなりご無沙汰だった日常編、短編集的にそれぞれのキャラクターに焦点を変えてお届けします。
 


 ──最強勇者、襲来──

 

 

 

 陸人達の怪我も完治し、何もない日常のリズムを取り戻してきたある日……ソレは唐突にやってきた。

 

「アレ? あの車……」

 

「どうしたの、友奈ちゃん?」

 

「あのすごく立派な車、大社のマークが付いてる」

 

「ホントだ……って、あれは」

 

 件の車の後部ドアが開き、鮮やかな髪を振り乱して1人の少女が飛び出してきた。

 

 

 

「いえ〜い、わっしー! 園子が来たぜ〜!」

 

 

 

 テンションのアクセルを踏み壊しているとしか思えない弾けっぷりで跳ねてきた園子が、口を開けて固まっている美森に突撃、そのまま強く抱き締めた。

 

「へいへいわっしー、園子だよ〜?」

 

「……そのっち……そのっち……!」

 

 自分と同じ制服を着て、二本の足で立って歩く親友、乃木園子。数ヶ月前には一切望みがなかった当たり前の日常。それが帰ってきたことを改めて実感した美森はただ黙って園子の胸にすがりつく。

 

「わっとと……お〜、甘えんぼわっしー、これはレアだよ〜」

 

「びっくり……りっくんは知ってたの?」

 

「いや、いずれ来るとは聞いてたけど……もっと後になるのかと思ってたよ」

 

 友奈と陸人も驚きながら微笑ましく見つめる。彼女達が長く苦しんできた経緯を知っている彼らにとっても、目の前の光景は眩しく尊いものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「乃木園子です。病気でしばらく学校通えてなかったんだけど、すっかり良くなったのでここに来ました〜。このクラスだと東郷美森さんと結城友奈さん、それから御咲陸人くんとはお友達なんだ〜。皆さんとも仲良くなりたいと思ってるのでよろしくお願いしま〜す!」

 

 満面の笑顔で朗らかに自己紹介する園子。小学生時代の彼女よりも開放的な印象を受けた美森は、明るくなったと喜ばしく受け取っていた……次の瞬間までは。

 

「それでは乃木さんの席は……御咲くんの隣が空いてますね。御咲くん、不慣れな乃木さんに色々教えてあげてください」

 

「えっ、あれ?……あ、分かりました……じゃあよろしくね、園子ちゃん」

 

「いやっふぅ〜! りくちーの隣、ゲットだぜぃ! 色々よろしくね〜」

 

 何やら戸惑った様子の陸人に正面から飛びつく園子。陸人も反射的にしっかりと抱きとめてしまい、朝の教室に情熱的に抱き合う男女の画が完成してしまった。

 

「ちょっとそのっち⁉︎」

 

 数秒前まで友と過ごす学生生活に想いを馳せていた美森の心は、一瞬にしてささくれ立った。いくら親友といえどこれは流石に見過ごせない。美森は目の前の光景が認め難かった。珍しく陸人の頰が軽く赤らんでいる辺りが、特に。

 

「みんなの前で何やってるの、離れなさいそのっち!」

 

「うえぇ〜、ひっぺがされちゃった〜」

 

 されるがままの園子の方は、美森のリアクション込みで楽しんでいるようだ。

 しかしこれに心穏やかでいられないのは美森だけではない。いきなり現れた(美少女)転校生の不意打ちに対して、クラスメイトの反応は男女別で綺麗にシンクロした。

 

(((初日から御咲くんに仕掛けるなんて……あの転校生、デキル‼︎)))

 

(((またオメーかよ……御咲ぃぃぃっ⁉︎)))

 

 

 美森と友奈という、クラスでも目立つ存在を常に両隣に置いて歩いている御咲陸人。本人の人気も結構なものであり、クラスの女子達はいつ、どちらが選ばれるのかという話題でしばしば盛り上がっていた。ちなみに美森派と友奈派の比率は5:5、見事に半々だった。

 

 そこに颯爽と割り込んできた新星、乃木園子。他人の色恋沙汰をオヤツにする女子中学生達にとって、こんな見過ごせない展開はないだろう。

 

 一方の男子達。こちらもまた思春期の常、一言で言えば嫉妬……もっと言えば殺意の波動を視線に込めていた。

 ただでさえクラスの綺麗所を独占。両手に花状態で歩いている上に、美少女揃いの勇者部唯一の男子生徒。その上依頼の関係か、憧れの先輩やら人気の後輩やらも彼を訪ねて時折教室にやってくる始末。

(ないと分かっていても)自分の席に来てはくれまいかと期待しては素通り(スルー)され、後ろの陸人に駆け寄っていくという経験は、一度や二度では無い。

 

 そこに突如やってきた時期外れの転校生という夢のようなシチュエーション。否が応でも膨らんだ期待は僅か1分足らずで打ち砕かれた。

 

(なんだ? クラスのみんなが遠く感じる。このなんとも言い難いベタついた視線は……夏凜ちゃん、分かるか⁉︎)

 

(わっ、私に質問するんじゃないわよ!)

 

 端的に言えば好奇心と殺気のマリアージュである。普段の善良で人に好かれる陸人の行いがなければ、1人くらいは殴りかかってきていたかもしれない。

 園子の反対、左隣の席に座る夏凜に救援要請してみたが、すげなく切り捨てられた。同じ勇者部として仲が良い夏凜は度々クラスの女子に質問責めをされてきた。その経験から、彼らの関係性についてはなるべく関わらないように気をつけているのだ。

 

「そんなにムキになっちゃって〜、わっしーもホントはこういうことやってみたいんじゃないの〜?」

 

「そんな訳ありません! 私はただ公序良俗の話を……」

 

「あの〜、2人とも……今はとりあえず座った方がいいんじゃないかな? 先生困ってるし」

 

 陸人を挟んでじゃれ合いのような口論を続けていた2人は、友奈の一言でハッと黙り込んだ。周囲を見回しておずおずと着席する。すっかり周りが見えなくなっていた。

 

「ありがとう友奈ちゃん……俺の味方は君だけだ……!」

 

「アハハ……これから大変そうだねりっくん」

 

 困り果てていた陸人の気持ちを唯一正しく汲んでくれた友奈。単純に性格的な相性だけを見れば、陸人と1番噛み合うのは彼女なのかもしれない。

 

(あぁぁ……これで園子が勇者部に入って、また私が質問責めされるのか……ヤダヤダ、馬に蹴られるのはご免だってのに)

 

 そして同時に、教室における夏凜の平穏が奪われることが確定した。なんの関係もないのになぜか1番苦労する、非常に可哀想な立ち位置に収まってしまった完成型勇者の明日はどちらにあるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 ──コイスルオトメは止まらない──

 

 

 

 

「あっ、りくちー! 学校を案内してほし──」

 

「ちょっとこっち来なさい、そのっち」

 

 陸人にとっては針の筵のようだった時間を終えた放課後。まったく遠慮することなくアタックを続ける園子に、美森がストップをかける。引きずり引きずられる形で廊下に出ていった2人を、陸人は首を傾げながら見送るしかなかった。

 

 ──お前に救われた命を無駄にはしない。生きて足掻いて、道を探す──

 

 誰より凛々しく正しく在ろうとしていた原初の勇者を思い出す。

 

("乃木"……といっても300年前の先祖だからなぁ。園子ちゃんはどちらかと言うと、趣味の面で杏ちゃんと気が合いそうかな?)

 

「りっくん、どうかした?」

 

「ん? ああゴメン。なんだか、園子ちゃんがいると美森ちゃんの雰囲気がいつもと違うな……やっぱり昔からの友達は違うのかね?」

 

「うーん、それもあるんだろうけど……」

(りっくんにあんなに積極的な子、今までいなかったもんなぁ)

 

 友奈は美森の気持ちも園子の気持ちも正しく把握していた。実を言えば友奈自身だって、園子の積極性には焦りを覚えている。それでも落ち着いて仲裁に回れているのは、陸人の困惑をフォローする必要があるからだ。今日1日だけで、陸人は相当な回数友奈に助けられていた。

 

「仲良いってことで良いのかな? 女の子って分かんないからなぁ」

 

「……まあ、りっくんはそうだよね」

 

「え?」

 

「なんでもなーいっ、りっくんは気にしなくていいよ。東郷さんと園ちゃんには、私たちとは違う距離感があるんだと思うし」

 

 友奈はいつだって陸人がその時欲しい言葉を与えてくれる。陸人が困っている時はすぐに気づくし、陸人が誰かを助けたいと願っている時には、すぐに察して手伝えることを探す。

 色恋的な方向に必死な2人には残念な話だが、今日という時間で最も陸人からの高感度を稼いだのは友奈だったりする。

 

 ──りっくん。私、諦めないよ。だからりっくんも、諦めないでほしいんだ──

 

(やっぱり似てる。常に前を向いてて、俯いてた俺のことまで引き上げてくれた、あの子に……)

 

 瓜二つと言ってもいいレベルの他人の空似。初対面から不思議な程に気が合ったのはそれも関係しているのだろう。

 

「それじゃ、先に部室行ってようか? お邪魔になったら悪いし」

 

「お邪魔? よく分からないけど、友奈ちゃんがそう言うなら」

 

 困った顔で陸人の背を押して急かす友奈。陸人には把握できないが、美森と園子の内緒話に気を遣ったのだろう。その愛らしく優しい笑顔こそ、陸人が大切に思う日常の象徴だ。

 

(俺が友奈ちゃんに惹かれたのは、昔の縁だけじゃない。この子がどこまでもいい子だったから。眩しいくらいに美しい生き方をしてたからだ)

 

 結局、御咲陸人と結城友奈は友達である。その理由は、彼らが彼らだったから。この一言に尽きるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、そのっちったら急にどうしたの? あんなにリクに近付いて……勘違いされるじゃない」

 

「勘違いって〜?」

 

 誰もいない廊下の端で声を潜める美森と園子。いつの時代も、ガールズトークは誰にも邪魔されないところでゆっくりやるものだ。

 

「だ、だからリクとそのっちが……その、恋人同士、みたいに思われるってことよ!」

 

「お〜、りくちーと恋人〜? いいねそれ、なりたいねそれ〜」

 

「え?……ということは」

 

「うん、そ〜ゆ〜ことだよ」

 

 おちゃらけた態度でスキップしていた園子が急に真面目な顔でスッと立ち止まった。この言葉は真剣に伝えなくてはならないと分かっているのだ。

 

「私は、りくちーが好き。友達とか仲間とかじゃなくて、男の子としてのあの人が。だからりくちーにも私を好きになってほしいし、恋人同士にもなりたいって思ってるよ」

 

 聞き違えようのない、ハッキリとした宣言。あまりにも堂々としたその言葉に、美森は返す言葉を探して沈黙する。

 

「わっしーには言っておかなきゃって思ってたの。伝えられてスッキリしちゃった」

 

「……なんで、私に?」

 

「え? だってわっしーも同じでしょ? りくちーのこと大好きだから」

 

「────っ⁉︎」

 

 どうやら、あれで隠せているつもりだったらしい。その認識の方に園子は驚いてしまった。

 

「もしかして、バレてないと思ってたの?」

 

「……う、うん……」

 

「あのさぁわっしー? 世の中みーんながりくちーみたいなニブチンさんじゃないんだよ?」

 

「……そう、そうよね」

 

 美森の顔は現在、ゆでダコよりも酷いことになっている。園子は、やかんを置いたらお湯が沸きそうだな〜、などと思いながら微笑ましく眺めている。

 

「まあなんにせよ、これで私達は友達兼仲間兼、ライバルってことで〜。仲良くしようね〜、わっしー」

 

「……ええ、そのっちには悪いけど、負けないわ。こっちはずっと一緒だったんだから」

 

「おお〜強気〜、でも私にだってわっしーが知らないりくちーとの秘密があるかもよ〜?」

 

 芝居掛かった挑発合戦。その間も2人は笑顔を絶やさない。彼女達は確信しているからだ。

 

 この恋がどんな結末を迎えても、自分達は友達で、ズッ友なのだと。

 

「さ〜て、あと1人にもちゃんと挨拶しておかないとね〜」

 

「え? あと1人って、まだリクのこと好きな人がいるの?」

 

「……わっしー、もうちょっと女の子っぽさを覚えようよ。鉄と火薬の匂いばっかりじゃなくて、甘酸っぱ〜い感じのやつをさ」

 

「え、え? なんの話? 誰のこと言ってるの、ねえそのっち?」

 

「あ〜あ〜あ〜! りくちー並みのニブチンさんの言うことなんて聞こえませ〜ん」

 

 恋というものは、時としてたやすく友情を打ち砕いてしまう。しかしことこの2人に関しては、そんな心配は一切必要ないのだろう。

 

「あ、そうだ。あなた学校に話通してクラスどころか席まで融通効かせたでしょ? リクの隣は先週まで机がない空席だったのに」

 

「え〜? なんのことかな〜」

 

 手強い。美森は恋敵の押しの強さに、警戒度を引き上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──一方その頃、ギルス編──

 

 

 

「おーい、鋼也! お昼ゴハンもらってきたから、休憩にしよう!」

 

「んぁ? おお、もうこんな時間か」

 

 ゴールドタワーの訓練室。鋼也は早朝からぶっ通しで鍛錬を続けていた。そんな彼を見かねた銀が休憩を促す。最近の鋼也は少し張り詰めている印象があった。

 

「おっ、園子からだ……ほら鋼也。園子、学校楽しそうだよ」

 

「へぇ、いい顔してんじゃねーか。にしても、やっぱり園子もそうなのか? 須美がホの字なのは分かってたが」

 

「まあ見たとおりだよな。でもあの2人ならそれでギクシャクするようなこともないだろうし、陸人なら悪いことにもならないだろ」

 

 まさかの三角関係になってしまったが、彼らなら修羅場になるような心配もない。一時期園子の保護者的な立場になっていた銀は、親友が青春を満喫できていることが何よりも嬉しかった。

 

「……銀は良かったのか? 一緒に学校行こうって、園子に誘われてたんだろ?」

 

「なんだ、知ってたのか。いいんだよ、私は園子ほど頭良くないから、復帰する前に少し勉強しなきゃまずいだろうし」

 

 その言葉が建前に過ぎないことは、鋼也にはバレバレだった。彼女が親友との時間を諦めてまでここにいる理由も、ちゃんと分かっている。鋼也自身が戦いから離れようとしないからだ。

 

 ネストの一件から沈静化していたアンノウンの襲撃がこの頃再び頻発するようになった。現状それに単独で対処できるのは3人の仮面ライダーだけ。貴重な戦力のうち2人を平時同じ場所に配置するのは効率的によろしくない。

 そしてそれ以上に、香と哲馬の散り様を目にしたことで鋼也の意識も変わってきた。昔のように八つ当たりで力を振るうのではなく、個人的な感情に任せて、守りたい大切な存在を中心に考えるのでもなく。

 もっと大きなナニカのために、戦うことに対する責任感や使命感のようなものが鋼也の中に芽生えつつある。

 

「俺なんかに気ぃ遣うことなかったんだぜ」

 

「そんなんじゃないって。私はただ、今は学校よりも鋼也のそばにいたい。そう思って、自分で決めたんだ」

 

 座り込む鋼也の背後に回り、丸まった少年の背中を優しく包むように抱きしめる。気張るのはともかく、常に肩に力が入っているようでは戦う前に鋼也が壊れてしまう。

 三ノ輪銀は、そんな危なっかしい彼を支えるためにここにいる。勇者として戦う術を失った彼女が選んだ戦場がここ(彼の隣)だ。

 

「……物好きな奴だな」

 

「鋼也に言われたくないっての」

 

「……そりゃそうだ」

(今度こそ全てを守り切ってみせる。コイツの手も、その手を握る俺自身も……)

 

 首に回された銀の手を握りしめて、鋼也は自分の胸に誓う。2年も待たせてしまった前回のようなヘマはしない。次こそ文句のつけようもないハッピーエンドを掴み取ってみせると。

 

「……ハッ」

「……へへっ」

 

 どちらからともなく笑い合う2人。結局のところ鋼也には銀が必要で、銀には鋼也が必要なのだ。

 それが分かっているからこそ、彼らに多くの言葉は不要。互いがやりたいように過ごせば、自然と2人は一緒になる。それが篠原鋼也と三ノ輪銀の関係性だった。

 

「予定変更だ。今日はもう終わりにしよう……久しぶりに三ノ輪の家行ってもいいか? 鉄男や金太郎の顔見たくなっちまった」

 

「おお! いいよいいよ。ちょうど今日は全員家にいるし、鉄男とか会いたがってたしな」

 

 心の底から嬉しそうに笑う銀。素直に感情を表す彼女の笑顔に吸い寄せられるように、鋼也の右手が伸びる。脈絡なく頭を撫でられた銀は紅潮、硬直、混乱の3コンボで停止した。

 

「っ⁉︎ ななんなん……なんだよいきなり⁉︎」

 

「あー……いや、悪りぃ。なんか、大きくなったなって」

 

 とっさにごまかした鋼也だが、その言葉は本心だ。この2年は寝ていた彼にとってはあってないような空白の時間。その間も成長を続けてきた銀の姿にはいまだに違和感を感じてしまうこともある……が、それ以上に。

 

(知らねえ間に成長しやがって……美人だったもんだから最初見た時は軽く焦ったよなぁ)

 

 別人、というような成長の方向ではなかったが、本人の魅力をそのまま伸ばして女の子らしく成長していた銀。隣の園子もそうだったが、目覚めて最初に思ったことが"誰だこの美人?"だったのは末代までの秘密だ。

 

 一方銀は、"大きくなった"の一言を思わぬ方向に受け取ってしまっていた。

 

「なんだよ、アタシの身長がほとんど変わってないからってバカにしてんのかー?」

 

 それは銀の中で小さなコンプレックスとなっていた。なにせ比較対象がミス・メガロポリスな東郷美森と、この2年ほぼ寝たきりだったにも関わらず急速に女性的成長を遂げた乃木園子だ。

 銀もまた成長しているのは間違いない。髪も昔より伸ばして、顔立ちも少しずつ女性らしさを増している。それでも身長その他諸々……いわゆるシルエットを形成する要素が友人2人と比べて変動に乏しいのが悩みだった。

 

「あ? いやそんなつもりはねえけどよ」

 

「これでも色々気をつけてるのになんで大きくならないんだろーな? 須美はともかく、園子に置いてかれたのはちょっとショックだったぞ」

 

 ぼやきながら自分の身体を手でさする銀。その手が重点的に触れていたのは胸部。銀が最も気にしている女性性が端的に現れる部分だ。

 

(……いやー、案外そこも成長してるように感じたけどな……昔とは感触が違うっつーか」

 

「はあぁ? な、なん……なーに言ってんだ鋼也お前!」

 

 久しぶりに気が抜けていたせいか、思考がそのまま口からこぼれてしまった。少ししんみりしていたあのシーンで、まさかそんな感触を確かめられていたとは。銀の顔は瞬間湯沸かし器もかくやと言わんばかりの勢いで沸騰した。

 

 

 

 

「もーヤダしんっじらんねぇ! 寄るなこの変態!」

 

「ちょっと待て、誰が変態だ! ひっついてきたのはお前の方だろーが!」

 

「ひっついてきたとか言うな! あーダメダメ、やっぱり鋼也は出禁! お前は弟達に悪影響だ」

 

「ハア? 言ってることがコロコロ変わりすぎだろ……オイコラ待て銀!」

 

 言い合いながら鬼ごっこを始める2人。友達と言うには距離が近く、恋仲と呼ぶには雰囲気が欠如している。2人きりになると彼らはだいたいこの調子だ。

 

「待てっての、オイ銀!」

 

「待つかよ、追いついて来い鋼也!」

 

 しかしまあ、中学2年性相当という年齢を鑑みれば、この2人が最も上手くいっているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──一方その頃、G3-X編──

 

 

 

 

 

「そこだっ!」

「甘い!」

 

 ゴールドタワーの訓練場。G3-Xの装着者である国土志雄は、自らに不足している近接戦の技術を上げるために防人全員を相手に稽古に励んでいた。ここまで31人を畑違いの短剣2本で倒してきた志雄だったが、防人番号1番、隊長の楠芽吹を相手に攻めあぐねている。

 

「うひゃー、良くやるなあ2人とも。私なんてもう怖くて怖くて……」

 

「だからって0.3秒で一本取られるっつーのは流石にどうなんだよお前」

 

「まったく、雀さんはいざという時にはちゃんと動けるのに、どうして普段の訓練ではこうも情けないのでしょうか?」

 

「あはは……でもスゴイです! あれだけ戦ってもまだ動けるお兄様も、互角にぶつかっている芽吹先輩も」

 

 2人がしのぎを削る周囲には、稽古を終えた防人達が座って見学している。中にはどちらが勝つか、昼食を賭けているメンバーもいるようだ。

 

「……で、どっちが勝つと思う? せーのっ」

 

「楠」

「芽吹さんでしょう」

「メブだよね」

「えっ、と……あ」

 

 上から順にシズク、夕海子、雀、亜耶の答え。戦闘に関して門外漢な亜耶は抜きにしても、彼女達は志雄とも芽吹とも親交が深くその実力もその目で見てきた。その3人が揃って芽吹を推している。その理由は──

 

「まずここまでで国土兄は相当に疲労してやがる。俺達を連続で負かしたのは大したもんだが、ハンデを背負って勝てるほど楠は甘くねえよ」

 

「それに、志雄さんの強さは射撃も織り交ぜて自分のペースに持ち込むことで発揮されます。近接縛りもまた彼にとっては不利に働きますわ」

 

「何より、最近の志雄さんはちょっと動きが悪いよね。早々に負けた私が言うことじゃないけど、ずっと調子悪そうだもん」

 

「皆さんとの訓練でもそうなのですね。私も気になっていたのですが……やはり、あの……」

 

 亜耶が言いにくそうに言葉を濁す。あの事件は、志雄だけでなく亜耶自身にとってもショックが大きかった。

 

「うん。この前の本部の事件以来だね。私達は大まかなことしか聞いてないけど、色々あったんでしょ?」

 

「はい。お兄様にとって、忘れられないことがいくつも……きっと、あの日に刷り込まれた暗いイメージを払拭しようとして」

 

「で、ジタバタしすぎて逆に溺れちまってるワケか。相変わらずメンドくさい奴だな」

 

「それは芽吹さんも分かっているのでしょう。だからこそ隊長として向き合っている……まあ、些か向き合い方が無骨だとは思いますが」

 

 尊敬半分呆れ半分といった視線が集まる先、志雄と芽吹の稽古は決着が近づいていた。

 

「これじゃ足りない……僕はもっと、もっと!」

 

「頑張るのは結構だけど、焦っても逆効果よ。経験者として言わせてもらうわ!」

 

 鬼気迫るといった様相で木刀を振るう志雄と、それを淡々と捌いていく芽吹。精神も肉体も不安定な今の志雄では、芽吹とは実力以上の差が生まれている。

 

「頭を冷やしなさい!」

「っ!」

 

 身を屈めて間合いを詰めた芽吹が、志雄の木刀を2本同時に弾き落とした。武器を失った志雄の首元に鋒を突きつけ、芽吹の勝利が確定した。

 

「ガムシャラにやって何かが解決するなら、あなたも私もこんな苦労はしていない。そうでしょ?」

 

「……ああ、分かってるさ。それでも僕は!」

 

「今のあなたはやり場のない感情を持て余して暴れているだけ……救えなかったと嘆いてジタバタ暴れるだけなら子供でもできるわ。なんの生産性もない。時間を無駄遣いするなら私たちを巻き込まないで、1人でやっていなさい」

 

(ちょっ、アレ少し言い過ぎじゃない?)

(少々言葉が過ぎますわ。芽吹さんらしくない)

 

 淡々と告げて離れていく芽吹。無力感に目が曇った今の志雄の醜態は、彼女からすれば見るに堪えない有様だった。防人とは言え体格差のある女子相手に力尽くで押し切る強引な戦い方。休み時も見失って武器を振るう子供染みた地団駄。

 どれも芽吹が認めた国土志雄の在り方ではない。

 

「そうだな。多分今の僕は平静じゃない。泣きたい気持ちが不意に溢れそうになることもある。本音を言えば今すぐ膝を折って崩れたい気分さ」

 

「だったら──」

 

「だけど、次がいつあるか分からない。心の整理は鍛錬と同時並行で済ませるくらいじゃないと……もう、間に合わない後悔を味わうのは嫌なんだ」

 

 志雄はいつだってあと一歩のところで大切なものを失ってきた。勇者になり損ねた際の香の死。あの時は最後の瞬間まで彼女と手を繋いでいたのに、助けることができなかった。

 鋼也との再会が叶わなかった時も、あと1日で会うことができた。並んで戦うことだってできたかもしれない。

 

 そんな後悔を乗り越えて、ようやく一端の戦士になれたと思っていたところに先日の騒乱だ。2度目となる友の消失と、その父親の死。同じ戦場にいながら、志雄にできたのは速やかに楽にしてやることだけ。強くなったつもりでも、その手に掴めなければ何の意味もない。

 

「今は迷惑をかけてしまう……それについては、全部済んでから謝罪もお詫びもさせてもらう。だからもう少し、僕に付き合ってほしい。君の力が必要なんだ、芽吹」

 

 思いつめて視野狭窄になっているのは以前と同じだが、周囲に頼る程度の余裕はあるらしい。少しは前進していると思えば、芽吹の目も自然と甘くなる。

 

「……仕方ないわね。私達だって強くなる必要はある……ただし、本気の私は厳しいわよ?」

 

「そうでなくては意味がない。今の僕のザマでも、手加減無しで相手してくれるだろうと思って君に頼んでいるんだ」

 

 諸々の時間を経て、仲間への甘え方を覚えた志雄。その形が若干歪な気がしないでもないが、1人で死にたがっていた頃と比べれば格段の進歩だ。

 

「なら来なさい。まずは無意識に力んでいる身体をほぐしてあげる……力尽くでね!」

 

 再び木刀がぶつかる音が響く。努力馬鹿と努力馬鹿を組ませるとこうなる。それが分かっていた防人達も困った子供を眺めるような顔で笑っている。

 

「なーんでウチのお2人はいつもこうなんだろ? 距離感が独特すぎて分かんないよね」

 

「……三ノ輪のところとか、勇者部の方は、恥ずかしいくらい分かりやすいのに……」

 

「お互いに無自覚では進展のしようがないですわ。当分このままでしょうね」

 

 やはり思春期の女子の集まり。特に絡むことが多い志雄と芽吹をどうしてもそういう風に見てしまう。しかし他所の恋愛模様と比較すると甘酸っぱさが微塵もない。周囲の色気の無さに物悲しくもなるだろう。

 

「そうでしょうか? 私はあの2人はちゃんとお互いを特別視していると思いますけど」

 

「え〜? あややはどの辺がそう見えるの?」

 

「色々です。私の勘違いかもしれませんけれど」

 

 当事者2人と特に距離が近い亜耶からは、違うものが見えるようだ。

 

(芽吹先輩は厳しいけれど、傷ついた人に追い打ちをかけるような言い方は本来しない。それでも言い切ったのは、お兄様の強さを信じているから。そこにある信頼は、防人の皆さんや私に向けるものとは、きっと少し違って……)

 

 芽吹は一見すると分かりにくいが、一度懐に入れた対象には甘くなるところがある。亜耶への過保護っぷりや、失態を繰り返す雀にそれでも一定の信頼を置き続けているところからもそれは窺える。

 そんな芽吹が、志雄には他の仲間とは違う尖った態度を見せる。これは信頼の裏返し、志雄への大きな期待なのではと亜耶は感じていた。

 

(お兄様も、あんな風に弱音を吐き出せる相手なんて鋼也くん以外にはいなかった。事情を知っている私にも、他の仲間にも強がり続けていたのに……きっとあれが、お兄様なりの甘え方なのでしょうね)

 

 男の子の意地とでも言うのか、頭も心もカッチコチのあの兄君は滅多なことで弱気を見せない。それがああもたやすく口から出てきたのは、芽吹なら正しく受け止めて、望む答えを返してくれると信じていたから。

 下手な同情で優しくされたいわけではない。今必要な強さを得るための道を付き合ってくれる厳しさを持つ相手を志雄は求めているのだ。

 

「今は"やるべきこと"だけに一直線なお二人ですが、全てが終わった先には……"やりたいこと"を選べるようになった未来にはきっと、違う形で二人の道が交わるはずだと私は信じます」

 

「なるほど。亜耶さんがそう仰るなら、本当にそうなるような気がしますわね」

 

「ん……それに、見てみたい。平和な時間で、あの2人がどうなるか……」

 

「確かに! それじゃ嫌だけど、ほんっと〜〜に嫌だけど……私もちょっとだけ頑張ってみようかな。そんな未来のために」

 

 国土志雄は楠芽吹のことを特別に見込んでいる。

 楠芽吹は国土志雄のことを最も信頼している。

 彼らを囲む仲間たちも、そんな2人を自分達の中心として認めている。

 

 その関係に今後淡い色が加わるのかどうか、それは誰にも分からない。それでも、彼らは今日この時間を共に過ごし、また一つ絆を強めることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そして残酷にも時は過ぎる──

 

 

 

 

「こちらアギト、討伐完了しました」

 

『こちらでも確認しました。周囲に反応ナシ、お疲れ様でした』

 

 放課後、敵襲連絡を受けて部活を抜け出してきた陸人。今更通常のアンノウンがアギトの相手になるはずもなく秒殺。報告を終えて帰路に着く。その顔は、一撃も受けずに完勝したとは思えないほど苦痛に歪んでいた。

 

(胸が痛い……この頃、変身するたびにこのザマだ。むしろ人間(いつも)の姿の方が調子が悪いってのは、いったいどういうことなんだ?)

 

 大社での一件以降、アンノウンの出現頻度は以前と同等程度にまで戻ってきた。それを迎撃する中で、陸人は自分の身体が変質し始めたのを感じ取った。

 アギトの姿でいる方が自然で気楽。人間である平時の方が間違っているような感覚。進化と損傷を繰り返してきた"御咲陸人"という存在の器は、とうとう誤魔化しが効かない状態まで昇華しつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

「なんとか、今日も一日平気な顔してやり過ごせたかな……」

 

 気だるい身体を引っ張って自宅に帰り着き、脱衣所の鏡で自身を見る。そこには──

 

(やっぱりまた広がってる……趣味の悪い刻印付けてくれたな。マーキングのつもりか?)

 

 左胸を中心として、主に左半身に広がるまだら状の黒い痣。火傷に隠れて気づかぬうちに刻み込まれていた呪いの痕跡。これが陸人の気力、体力、生命力をガンガン奪い取っている。

 蘇った記憶に対する心の整理。

 限界を迎えつつある陸人の御姿。

 心身両面を責める呪印の苦痛。

 

(奴らが尻尾を出すのが先か、俺が耐えられなくなるのが先か……我慢比べなら、俺は誰にも負けない……!)

 

 全てを笑顔の仮面で覆い隠して、御咲陸人は平穏を守る。それしか方法を知らないから。"陸人"という少年は、ずっとそうやってきたのだから。

 

 

 

 

 

『人間として生きたい』

 そんな願いとすら言えないような当たり前の想いでさえも、運命は許してくれないのか。

 

 

 

 

 

 




どうでもいいけど席順設定

――  友奈 美森
夏凜  陸人 園子

こんな感じです。陸人くんたちの列が最後尾で、園子ちゃんの席が教室の角。陸人くんを勇者部で囲んでいます。

戦姫が絶唱するアニメの最新話で明かされた世界観が本作にちょっとだけ似ていてビックリしている今日この頃、最終章をちゃんとまとめるために時間をかけます。お待ちください。

感想、評価等よろしくお願いします。
次回もお楽しみに



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乃木若葉の章
零章0話 降誕


 勇者であるシリーズにハマり、ついついやってしまいました。

 仮面ライダーとのクロスという何番煎じだというテーマで、やれるところまでやって見ます。

 興味のある方、よかったらお付き合いください。


 気付いた時にはその人は消えていた。

 

 まだ学生の頃から実の姉のように自分を愛し、育ててくれた女性の最期を、伍代陸人は他人事のように見ていた。いや、見ているしかなかった。

 

「……みのりさん……?」

 

 やっと口に出た言葉を聞く人はおらず、たった今家族を殺したバケモノだけが今更気付いたように近づいて来た。

 

「──ッ‼︎ クソッ!」

 

 普通の子供なら、まず間違いなくここで死んでいただろう。だが、良くも悪くも普通ではない陸人は、自身の頭ほどの高さに浮かぶ白い怪物の真下をスライディングで抜けることで死角に入って距離を取ることに成功する

 最愛の家族との死別。その直後でも冷静に生きる道を探る己の思考に呆れながら、半ば無意識的に陸人は自分の家まで逃げ延びた。

 

「確か、前に稽古に使ってた木刀はここに……っ!」

 

 それがあのバケモノに通用するとは彼自身思っていないが、逆にどんな武器なら通じるのか、陸人には想像もできなかった。

 気休めの道具を探して家を漁る中、1つの木箱が棚から落ちて中身が飛び出た。

 

「……雄介さんの……」

 

 自分を育ててくれた2人の兄妹。みのりの兄にして陸人にとっても兄である青年。長野で遺跡調査に参加している兄から先日送られてきた石器のような遺物。みのりと2人、調べてみても何もわからず、雄介が帰って来たら聞こうと箱のまま放置していた物だ。

 

 兄の無事を確認しようとスマホを開くと、当然のように圏外表示。逃げる最中少し確認しただけだが、あのバケモノはどうやらかなり広い範囲に拡散しているらしい。

 

 スマホをしまい、なんとなしにその遺物に触れた陸人の身体に、これまで感じたことのない熱が駆け巡った。

 

「ッ! これは……なんだ?」

 

 手を離すと熱は収まる。この感覚について考えるよりも早く、白いバケモノが壁を食い破って侵入してきた。

 とっさに投げつけるものを求めて遺物に手を伸ばした瞬間、さらなる高熱を感じた陸人は、この遺物を抱えて窓から飛び降りた。

 

「まさか、あいつらに反応しているのか……?」

 

 以前にもあったのだ。雄介が持ち帰る遺物は、価値なしとみなされるか、調査もできないような状態の、悪く言うとガラクタのようなものばかりだが、時折妙な特徴を持った遺物が混ざっていることがある。

 不思議な声のような音が聞こえる木札だとか、冷やしても熱が失われない鉄片だとか。何故か陸人と雄介にしかその反応は感じられないのが一番の不思議だった。

 

 これも訳の分からないガラクタの1つか、少しでもこの状況を打破する鍵になるものか。遺物の使い方を考えながら逃げる陸人は、やがて複数のバケモノの目に留まり、取り囲まれた。

 

「こうなったら、出たとこ勝負だ‼︎」

 

 逃げ切らないと悟り、陸人は遺物を腰に当てる。よく見ると、ベルトのように思えたのだ。死も覚悟した、ヤケクソの一手だった。

 

 しかし、それが彼の、そして世界の運命を変える一手となる。

 

 

 ベルトから強烈な光が発生し、陸人を包み込む。光が晴れた時、まともな思考があるとは思えないバケモノたちが目を剥いたような反応を返した。

 

 そこにいたのは、陸人では、いや、人ですらなかった。

 橙色の瞳、頭に付く角のような装飾、体全体を包む黒いボディスーツのような装い、その上から纏った筋肉のようにも防具のようにも見える白い鎧。この世界で、その名を呼ぶものはいないが、その姿はこう呼称されることがある。

 

 未完成形態 グローイングフォーム

 

「……なんだ、これ? ……雄介さん、一体何を送ってきたんだよ……」

 

 自分の体を見て、呆然とする陸人。その隙をついてほぼ真上に位置していたバケモノが食いちぎろうと近づいてくる。

 本能的に左手でバケモノの口を押さえ、右手でカウンターの拳を合わせる。すると意外なほどにあっさりとバケモノは吹き飛び、やがて動かなくなった。

 

「……何が何だかだが、やれるのなら、やらなきゃダメだよな」

 

 敵の素性は不明。自分の状態も不明。そもそも勝利条件が検討もつかない。それでも1つだけルールを自分に定め、陸人は覚悟を決める。

 

 俺の目の前で、誰かを死なせない。絶対に守る。

 

「出し惜しみはナシだッ‼︎ 行くぞバケモノ‼︎」

 

 誰かの笑顔を守りたい。兄の言葉を胸に、少年の長い戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 プロローグ終了。我ながら展開雑に書きすぎたかな…オリ主1人だとシーンを持たせられないんですよね。

 クウガを知っている人ならわかると思いますが、主人公はゆゆゆ世界の雄介とみのりの義弟です。といっても、雄介はクウガにはなれませんしなったこともない。未確認もいない平穏な世界でした…バーテックスが来るまでは。

 次回、原作キャラが出ます。(良ければ)お楽しみに。


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零章1話 邂逅

 第1話です。一応三人称視点、一応戦闘描写、いろいろ挑戦中です。
拙い文をいいぜ、読んでやるよ、という心優しい方がいらっしゃると嬉しいです。


 土居球子は焦っていた。元々表情豊かな彼女は、この状況で焦りを隠すことは到底できなかった。唐突に現れた白い怪物。はぐれてしまった家族や友達。がむしゃらに逃げた神社で見つけた、やたら硬い盾のような武器と、流されて走った先で出会った怯え続ける女の子。

 

 無我夢中で怪物に盾をぶつけ、どうにか撃退してはいるが、そう長く持つものではない。身体能力に自信はあれど、武道経験もない女子小学生の限界は近い。そのことを自覚した球子は、後ろで弩のようなものを手に縮こまっている少女を見る。

 

 先ほど聞いたところ、名前は伊予島杏。自分と同じく、逃げる最中で家族とはぐれて、なんとなくここにたどり着いたらしい。

 それ以上のことはほとんど話す余裕がなかったが、それでも分かることはあった。

 

(きっとこの子は、タマみたいにヤンチャして怪我したりしない、女の子らしい女の子なんだろうなぁ)

 

 男子より男子っぽい、と球子は自分を分析している。親や教師から女子らしく、女の子なんだから、と何度も言われた。"それ"を望まれていることは理解できても、それを実行できるとは思えず、実行する気にもなれずに聞き流してきた。

 そんな中で、球子は徐々に女子らしい女の子を高尚なものとして見るようになり、それからかけ離れた自分に引け目を感じるようになってしまった。

 

 そんな球子が、命がかかった緊急事態に出会った杏という子は、球子が想像する女の子の理想を形にしたような存在だった。怪物に通じる武器を見つけたこともあって、球子は使命感に近い感情に従い、杏を後ろに、怪物に立ち向かう。

 

(この子を守れるなら、走り回ってばっかだったタマのこれまでにも意味があったってことだろ!)

 

 気合いを入れ直し、杏だけでも逃がそうと、球子は背後に声をかける。

 

「オーイ、あんず! そろそろヤバそうだ! 今のうちにここから離れろ‼︎」

 

 急に声をかけられ驚いたのか、杏は過剰に体をビクつかせてから、恐る恐る答える。

 

「……で、でも……土居さん1人で……」

 

「なーに、大丈夫! 杏が離れてしばらくしたら、タマも逃げるさ! ちょっと足止めするだけだ、タマに任せタマえ‼︎」

 

 杏は悩む。確かに逃げたい。だが、自分を庇ってくれた球子を置いて行っていいのか? 武器を持っても戦えない自分がいても足手まといでは? そもそも逃げた先にも怪物がいるのでは? 

 様々な思考が湧いては消え、結果として杏は前にも後ろにも足を踏み出せなかった。

 

 再び球子が声をかけようとしたが、鳥居の奥からの轟音でかき消された。これまでの数倍の怪物が社になだれ込んできたのだ。

 予想外の数に歯をくいしばる球子。ますます硬直して動けない杏。2つの餌に飛びつこうと怪物が突っ込んできた、次の瞬間

 

「ウオアアアアアァァァ‼︎」

 

 怒声と共に、怪物の群れの横っ腹に、別の白い影が突っ込む。それは怪物の何体かを殴り飛ばし、蹴り潰し、最後に奥にいた怪物に吹き飛ばされて着地した。

 

「なんっ、なんだぁ⁉︎」

 

「人? ……じゃない?」

 

「おっ、やっぱりいた! やっと人に会えたよ」

 

 突然の襲来者に警戒を露わにする2人に、その容姿からは想像もできない友好的な声色で話しかける白い異形。まだ自分が人から見たら()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、2人の警戒心にも気付かずに距離を詰める。

 

「ヒッ‼︎……しゃ、喋った……?」

 

「オッ、オイ! お前、何なんだ! あんずに近寄るな!」

 

 2人の様子に、初めて自分の状態を自覚した異形は、少し逡巡した後、2人に背を向けた。ほんの少し、ショックを受けたように仮面の奥で溜め息をもらしたことには球子も杏も気付かなかった。

 

「あー、ゴメン。このナリじゃ怖いよな。分かった、2人には近づかない。だからとりあえずあいつらを倒すまで下がっててくれるか? 落ち着いたらちゃんと話をしたいんだ」

 

 背中越しでも2人の困惑した様子は伝わるが、今は時間がない。倒すと言ったが、ざっと見積もって50匹はいる。1匹も後ろに通さない、という条件をつけると、今の彼には無理難題と言える。

 

 それでも、逃げるわけにはいかない

 

 遠くどこかからの爆発音と同時に、白い異形と白い怪物は激突した。

 

 

 

 突如現れた異形はとりあえずこっちを襲っては来ないと判断した球子は、杏のそばまで退がり、盾を構えながら様子を伺っていた。

 異形の戦い方は危なっかしい。少なくとも球子にはそう感じられるものだった。手前の敵に噛み付かれても、遠くの敵を蹴り倒そうとする。囲まれても、距離を取ろうとせず、むしろ前に出て距離を詰める。ひどく違和感のある、自分の危険を度外視した戦い方に、怯えながら見ていた杏の方が先に気づいた。

 

「……もしかして、後ろに通さないようにしてる……?」

 

「ど、どういうことだ?」

 

「あの人……人でいいのかな? 土居さんが戦えてたことを知らないから、私たちのところに怪物が届かないようにしてるのかも……」

 

「……言われてみれば、なんか無理にたくさんの敵を一度に相手してるように見えるな」

 

 見た目のあまりのインパクトに警戒していたが、あの異形は一貫してこちらに敵意を向けていない。というか、振る舞いが妙に人間っぽくて、違和感がすごい。

 そこまで考えて、もともと考えることが苦手な球子は、思考すること、警戒することをやめた。

 

「あんず、ちょっとタマ行ってくる。ここで待っててくれ!」

 

「あっ、ど、土居さん!」

 

 考えて分からない時は直感を信じる。それが土居球子の生き方だった。

 

 

 

 

 

 

 

(手詰まり気味だ……どうしたものか……)

 

 伍代陸人も焦っていた。だが、彼の顔は仮面の奥にあるので、元々表情豊かな彼の焦り顔は誰も見ることはなかった。

 ここに来るまでの道程で、この姿のスペックは大体把握できた。1番の懸念だった空を飛ぶ敵への対処は意外と簡単にクリアできた。ジャンプ力、滞空時間が生身と比較して殊の外優れていたのだ。走りながら、出くわした1、2匹を飛び上がって殴る。子供の体の非力さに苦しんできた彼からすれば、パンチ力も悪くない。陸人には難しくもない作業だった。

 

 だが、群れと正面からぶつかることになって、陸人は自分の見積もりの甘さに気づく。

 まず、飛び上がれない。ほぼ密集した敵の群れがいるせいで、ジャンプ中という無防備を迂闊に晒さないのだ。

 隙を見て飛べても、自分の想定通りのコースを飛ぶ間に横から攻撃が来る。もしくは滞空時間中に叩き落される。

 

 ならば近寄ってきた敵にカウンター、という手も考えたが、待ちの姿勢に出ると、敵の一部が奥の2人に向かおうとするのだ。奴らに戦術的思考があるようには思えないが、恐らく目の前の危険に対処するか、食べられそうな餌に食いつくしかできないのだろう。

 こうなると多少無理をして突破を試みる個体を倒すしかない。そして無理な体勢の隙を突かれてダメージを負う。当初の見積もりから大きく外れて、敵の殲滅ペースとこちらの消耗が釣り合わなくなってきていた。

 

 こうなったら適度に気を引きつつ2人から引き離すしかないか、とやっと見つけた生存者との情報交換を諦めることも考えた時、

 

「うおぉぉぉっ‼︎ いっけぇ‼︎」

 

 背後から飛んできた盾のような板のような何かが、敵を数体まとめて吹き飛ばした。

 

「1人でやらせてゴメン! ここからはタマも協力するぞ!」

 

「……有り難いけど、いいのか? 我ながら今の俺は不審だと思うんだけど」

 

「大丈夫! お前は信じられるヤツだって決めた! タマが、今‼︎」

 

「──ッ! ありがとう……」

 

 陸人は素直に驚いた。こんな小さな女の子が怪物に通用する武器を持っていたことより、それを使って彼女が戦おうと決意したことより、こんな自分をこの短時間でロクに言葉も交わさずに信じてくれたことが驚愕だった。

 

「タマは土居球子、向こうにいる子は伊予島杏。よろしくな、仮面さん!」

 

 

「か、仮面さんって……一応れっきとした人間だからね? 伍代陸人。伍代でも陸人でも、まあ、仮面さんでも好きに呼んでくれ、土居さん」

 

「あっ、やっぱり人間だったんだな、しかも声や話し方からして、そんなに年の変わらない男子と見たぞ! どうだ?」

 

「えぇー? 俺もう6年生だよ? 土居さんは1年か2年でしょ?」

 

「んなっ⁉︎ タマは5年だ! 1個しか違わないぞ!」

 

「ありゃ、ゴメン。小さくて可愛いから、つい」

 

「ち、小さいとか可愛いとか、子供扱いすんな〜!」

 

 球子の不意の一撃に怯み、怪物たちは距離を取った。そのわずかな時間でコミュニケーション能力に長けた2人は急速に距離を縮めていた。

 

「大人ぶりやがって〜、1個上でも敬語使ってやんないかんな! 陸人!」

 

「ああうん、その方がいいな。俺も球子ちゃんって呼ぶよ。ヨロシクね」

 

 怪物たちが再び仕掛けて来るのと、2人の距離が名前呼びを許容する域まで縮まるのはほぼ同時だった。

 

「俺が前に出る! 球子ちゃんは抜けそうになった敵を狙ってくれ!」

 

「任せろ陸人! 2人であんずを守るぞ!」

 

 白い怪物VS白い異形&小学生女子、第3ラウンドが始まる。

 

 

 

 

 

 伊予島杏は落ち着いていた。先程までは誰よりも怯えて焦って追い詰められていたのだが、前で戦う2人の和みっぷりに引っ張られるように気持ちが安定してきたのだ。

 光速で異形との距離を縮めた球子には大きな羨望を、穏やかに球子と話す異形には小さな信頼を、杏はそれぞれ抱いた。そして今、2人の実に見事な連携には、喧嘩の経験もない杏でさえも尊敬の念を抱かずにはいられなかった。

 

「球子ちゃん! 右だ!」

 

「あいよぉ! アイツだな!」

 

 異形が前に出て気を引きながら近い順に数を減らし、球子がマークから外れた敵を処理する。言葉にすれば簡単だが、戦闘経験のない球子には、誰が突出してきている敵か判別することすら難しかった。

 最初の数合でそれに気づいた異形が即座に作戦を変更。合図をしたタイミングで、指定した方向で自分から一番遠い敵を狙うように指示。球子が考えるパートを可能な限り削ることにした。これにより球子の援護は冴え、フォワードの異形の肉体的負担も減り、何より異形の頭脳労働の比率が倍マシになった。

 

 しかしそれを難なくこなす異形の的確な指示と、出会ったばかりとは思えない2人の息の合わせっぷりで迅速に怪物の数は減っていく。

 異形の戦い方は弱い者が知恵と工夫で強い者に勝つための戦い方だ。それを感覚で理解した杏は、球子とは別のアプローチで異形の正体に確信を持ちつつあった。彼はきっと、今の力を手に入れて間もない、恐らく子供だと。

 

「これで!」

「終わりだぁ!」

 

 落ち着きを取り戻し、様々な方向に思考を働かせていた杏が気付いた時には、異形と球子の同時攻撃で最後の1体は撃破されていた。

 

「よし、片付いたな。怪我してないか? 2人とも」

 

「陸人の方がよっぽど攻撃受けてただろ? タマはなんともないよ。杏は大丈夫かー?」

 

 2人の様子を見るに大事ないようだ。杏が心配ない、と頷く。無事を確認した異形がホッとしたように仮面の奥で息を吐くのを、今度は杏だけが見逃さなかった。

 それを見た杏の中に残っていた警戒心が霧散していくのに、球子だけが気づいていた。

 

「さて、ちょっと休んだらお互い分かることを教え合おう。この状況も、あの怪物も、何なら俺の格好も、分からないことだらけなんだ。子供だけでどこまで身になるかは不安だけど」

 

「なーに、大丈夫さ、三人寄ればブンタマの知恵、ってな! 難しい言葉知ってるだろ〜、タマの字が入ってるから憶えてるんだ」

 

「……土居さん、それを言うなら文殊(もんじゅ)の知恵……」

 

「んなぁにい⁉︎」

 

「……球子ちゃん……」

 

 ブンタマはねーよ、と陸人は思った。それを口にしないだけの優しさが彼にはあった。

 球子の国語力が、諸事情で日本語の学習が大きく遅れている陸人以下であることが判明した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 




 長くなったなぁ。
 戦闘描写が書けなくて、第三者からの視聴感想的な形でお茶を濁すクソ作者……私です。

 次回(いつになるかなぁ)お楽しみに


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零章2話 合流

 勢いで二話目投稿……

 この時間ならだれも見ないはず……


「……とまぁ、そんな訳で、俺は成り行きでこの姿になって、とりあえず敵を減らしながら人を探そうと思ってね。怪物が集まってるここなら誰かいるかと思って来たんだ。まさか他にも戦える武器を持った人がいるとは思わなかったけどね」

 

 戦闘から少し休息を入れた後、陸人の提案通りに情報交換を行う3人。陸人は、家族を目の前で殺されたこと以外は全て包み隠さず伝えた。彼なりに今言うべきことを吟味した結果である。

 

「なるほど、お兄さんの贈り物の力でねぇ……古〜い石にそんなことができるなんて、タマげたなぁ」

 

 言葉ほど驚いているように聞こえない球子の言葉。余りに理解不能な現象の連続に、半ば思考を諦めているように見える。

 

「私のクロスボウは、ここの社で見つけたものなんです。土居さんも、神社で見つけたって言ってましたよね」

 

「ああ、なんとなく入った神社で、なんとなく奥に向かったらそこにあって、なんとなく気になって拾ったんだ」

 

「私も同じような流れです。なんだか変な話ですね。いや、今の状況で変じゃないことなんてないですけど」

 

「変な話って言えばこれ拾った後に真鈴さんっていうお姉さんに会ってな、声が何とかとか、お告げがどうのって、タマはここに行くように言われたんだ。あれ、何だったんだろうな~」

 

「お告げ? よく分かんないけど、その人なら何か知ってるんじゃ……どこにいるとか分かる? 球子ちゃん」

 

「いんや、とにかく急いで、って言われてタマ飛び出しちゃったからな~。会ったのは家の近くだったけど、今は移動してるんじゃないか?」

 

「……そっか、どこにいるかわからない人をこの状況で探すのは危険かな?」

 

「そうですね。気になる話ですけど、すぐに見つかる保証もないですし」

 

 話し合いに飽き始めて眠そうな顔をする球子と、数少ない情報を整理する杏と陸人。二人間の雰囲気も多少は気安くなった……まだ物理的に距離をとってはいるが。

 

「本当に変なことばかりだよなぁ。まったく、なにがどうなってるんだか」

 

「お前が一番変なんだよ!」

「貴方が一番変なんです!」

 

「おお、ダブルツッコミ……だがまぁ、だいぶ元気出たみたいで、良かったよ。伊代島さん」

 

「あ、ありがとうございます、気を遣ってもらっちゃって……」

 

「なんだよ、今のボケだったのか……分かりづらいぞ陸人」

 

 まぁ、こんな風に向こうからマメに気遣いが飛んでくれば、警戒し続けろと言うのは、小学生の杏には無理な話だ。

 

「真面目な話さ、もうそろそろその格好も見慣れちゃったけど、1回人間の姿見せてくれないか? 今のお前に陸人、って話しかけるの、違和感があるんだよ」

 

「そうですね。今さら疑うつもりはないですけど、伍代陸人さんの顔を見て、仮面の奥はこう言う顔なんだ、っていう自分の中の落ち着きどころ? が欲しいです。ダメですか? 伍代さん」

 

 結局現状について建設的な情報はほぼ出ないという結論が出た本会議の話題は逸れて曲がって陸人の素顔の話に移る。

 2人の提案に、陸人は仮面の奥でウムム、と唸る。

 

「……いやー、俺もできたらそうしたいんだけど。実はこれの解除の仕方がわからないんだよね。無我夢中で付けて、気づいたらこれだったから」

 

「そっかー。ってそれ、もしかしてもう戻れないとかじゃないだろうな? そのままじゃご飯も食べられないぞ!」

 

「あー、その辺深く考えてなかったな。でもまぁ、多分大丈夫だろ」

 

「そんな適当で大丈夫なんですか? 一度付けたら外せない、呪いのアイテムとか」

 

「うーん、いや、それはないと思う。雄介さんは、俺にそんな危険物送ってくる人じゃないし。この格好見れば、いやお前それ危険物だろ、って言われても否定できないけどさ。多分雄介さんも俺に持たせたのは苦肉の策だったんじゃないかなって」

 

「クニクノサク?」

 

「仕方なくとか、そうするしかなかった、って意味ですよ。土居さん」

 

 球子生徒のための(一学年下らしい)杏先生の日本語教室をよそに、陸人はベルトについて考える。

 

(そうだ。あの人は不思議なことを色々知っていた。今回の異常もある程度知っていて、対抗策として考えられるのが俺しかいなかったのかも。そう言われれば納得できる。少なくともこの国で俺より適任なんて、捜しても数人だろう)

 

 自分なりに仮の結論を見出し、思考を取りやめ、二人の様子を見る。大分心身共に回復しているようだ。身を守る術もあるし、これなら大丈夫だろう。

 自分の中で結論付けた陸人が喫緊の課題をあげる。今後の行動指針だ。

 

「さて、これ以上話し合っても意味はなさそうだし。そろそろ動こうと思うんだけど。2人はどうする?」

 

 急な話題展開に若干戸惑う杏と球子。

 

「えっと、動くっていうのは?」

 

「俺はこれから他の生存者を探そうと思う。あいつら数は多いけど、それほど早くないから、逃げ延びた人は他にもいると思うんだ」

 

「そういうことならタマも行くぞ! せっかく戦える力があるんだしな!」

 

 

「わ、私は……」

 

 2人の迷いない言葉に、杏は黙り込む。一緒に行くと言う勇気も2人と別れる覚悟も持てずにいるのだ。

 それを見た陸人は杏が怯えないギリギリの距離で声をかける。

 

「伊予島さん、俺たちや他の人のことは気にしなくていい。自分が生きるために決めてくれないかな?」

 

 陸人は杏がどう答えてもここに置いて行くつもりはさらさら無かった。残るというならもっと安全なところを見つけるまで、杏も球子も徹底して守る心持ちだった。ただ今後のために、戦う力がある彼女には形だけでも自分の意思を固めてほしかったのだ。

 陸人は過去の経験上それが必要だと確信していたが、球子にはそれが責めているように映ったらしい。

 

「おい陸人、そんなこと聞く必要ないだろ。あんず、心配するな。タマが絶対に守る。だから一緒に行こう」

 

「……土居さん……」

 

 ストレートな球子の言葉に頷く杏。それを見た陸人は自分のミスを悟った。

 

(あの時と今は違う。俺たちのルールを普通の小学生に求めるなんて……)

 

 久々の非常事態に、無自覚に焦っていたらしい。頭を冷やそうと空を見上げる陸人をよそに二人の雰囲気は和やかになる。

 

「タマのことはタマ、って呼んでくれていいぞ、あんず。それか他にあだ名を考えてくれても、いいんだぞ~?」

 

「……えっと、じゃあ、タマっちとか……どうかな?」

 

「おお、いいじゃないか! じゃあせっかくだからタマっち先輩、って呼んでくれタマえよ!」

 

「えっ、と……せんぱい、先輩かぁ」

 

「あ、あれ? 先輩、嫌か? そう呼ばれるの憧れてたんだけど」

 

「球子ちゃんと先輩って響きのかみ合わなさに戸惑ってるんじゃないの?」

 

「なんだとー?」

 

 傍から聞いていた陸人は、杏の表情から何か事情があるのを何となく察し、ひとまず話を進めるために球子を茶化しながら会話に入る。この短時間で2人との関わり方を把握しつつある、機微に聡い男だ。

 

「じゃあひとまず3人で住宅街のほうから回ってみるってことでいいかな?」

 

「あ、その前にここの山頂から全体の様子をうかがってみませんか? 敵は飛んでるわけですから、入り組んだ街に入る前にあたりをつけたほうがいいかも……」

 

 本人は何気ない提案だっただろうが、陸人はその発言に静かに驚いていた。先ほどまでの態度からは結び付かない冷静な意見だったからだ。

 

(一度落ち着けばこの子はとても聡い。本当の意味で頭のいい子なんだな)

 

 杏の頭脳と球子の精神力は年齢不相応と言っていい。それぞれの短所を補える資質を持ち、信頼関係で結ばれた2人。この現実離れした状況では頼もしい資質だ。

 

 最初に2人と出会えた幸運を喜びながら、陸人は球子と杏を先導して、山頂を目指す。

 

 

 

 

 

 

 

 どこまで行っても悲鳴と血の匂いから逃げられない。どれだけ神様だか何だかの声に意識を向けてもこの2つだけは感覚に染みついて仕方ない。地獄の体現のような世界で、安芸真鈴はそれでも、数えきれない命を背負って道を進む。

 

「皆さん、こっちです! はぐれないようについてきてください!」

 

 真鈴の呼びかけに答える声はない。何を頼ればいいかわからない現状、さながら思考停止状態で真鈴に付いてきているだけで、誰もが希望を失いつつあった。そしてそれを一番強く感じているのもまた、真鈴だった。

 

「こんな状況、どうしろってのよ……アタシ普通の小学生なんですけど?」

 

 聞こえない様に呟く愚痴こそ年相応だが、その内心は自分にもっと頼りがいがあれば、説得力のある言葉を持っていれば、と後悔と自己嫌悪に満ちていた。

 

(あーあ、やっぱりあの時球子ちゃんに一緒にいてもらえばよかったのかなぁ? でもお告げの声の言うことだし……)

 

 一度自分を見失えば思い返すのは以前の自分の判断。その時は最善と信じたことでも、その後に追い詰められれば、人はどうしても後悔してしまう。そういう風にできているのだ。

 

 

 

 そんな非生産的な思考に沈んでいる真鈴の耳に、すぐ近くからの破壊音が飛び込んでくる。

 振り返った時にはすでに遅く、ついに追いつかれてしまったのだ。

 

「──ッ!! こっちです、逃げてッ!」

 

 神託の示すルートを先導して走る真鈴。この状況でも人を導く役目から逃げない彼女もまた年齢不相応な心の強さを持っているといえる。

 

 だからこそ彼女は想像することができなかった。死を間近にした人間の節操のなさを。

 生きたいという当たり前の権利を守るためなら、人間はなんだってできてしまうのだと。

 

 恋人を突き飛ばす男。

 捨て置かれた老人。

 転んだまま泣き叫ぶ子供。

 

「何よ、これ……」  

 

 真鈴は先ほどまでの怪物が人間を殺す光景を地獄だと思っていた。

 だが、だとすれば目の前に広がる光景は何なのか。

 

 人が人を殺す世界は、なんと表現すればよいのだろうか。

 

(これは……何? 誰が悪くてこうなったの? ……怪物? 私? それとも……人間?)

 

 あまりにも凄惨な光景に、真鈴の思考は加速度的に混乱していく。その中でも幼い子供の泣き声に反応して体が動く自分に、誰より彼女自身が驚いていた。

 

 子供を抱えて駆け出すも、子供の足でそんな無茶が通るはずもなく、足場を崩され倒れこむ。

 

「あーあ、何やってんだろうなぁ、アタシ。こんなキャラじゃないでしょうに……なんか神聖そうな声が私だけに聞こえる、なんて状況に舞い上がっちゃったか……」

 

 それで死んでちゃ世話ないでしょ、ダッサ……なんて呟きながらも体は子どもを庇うように覆いかぶさっている。彼女はどこまでも素直でなく、どうしようもなく上手に生きられない性分をしていた。これまでもこうして敵を作り、損ばかりしてきたのだ。

 そんな彼女をあざ笑うように、二人まとめて食らおうと口を大きく広げて怪物が近づいてくる。

 

「あー、ごめんなさい、神様……役立たずで……」

 

 

 

 その声が届いたのか否か。

 彼女にしては珍しく、助けてくれる誰かが、そこにいた。

 

 

「そんなことない、カッコいいよ。神様は分からないけど、俺は好きだな、君みたいな人」

 

 ドラマの口説き文句のようなセリフとともに、怪物を蹴り飛ばした白い異形は、真鈴たちを見て泣きそうな顔をしていた。少なくとも、真鈴にはそう見えた。

 

「……あ、えっと……」

 

「球子ちゃんから話は聞いてる。真鈴さん……だよな?」

 

「は、はい……あなたは、その……」

 

「あー、話はあとで。今はその子を離さず、じっとしててくれ」

 

 話すのも苦しそうな様子でそれだけ言うと、異形は敵に向き直る。

 

 

 あたりに広がる地獄を目にして、何かを振り払うように頭を振ると、異形は構える。

 

「行くぞ……! 出し惜しみはナシだ!」

 

 

 

 

 




 切りどころを見失い非常に微妙な終わりに……
 
 そろそろ0章は終わります……多分。

 次回お楽しみに


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零章3話 変身

 3話です

 ここまでは勢いで書けましたが、ここからペースはガクッと落ちるかと

(いるか分かりませんが)読んでくれている方がいたら申し訳ありません。たまに見かけたら覗く、くらいの気持ちで楽しんでもらえたらと思います。


「まったく、陸人のヤツ、1人で突っ走りやがって〜!」

 

「ハァッ、ハァッ……やっぱりすごいねあの姿。あっという間に見えなくなっちゃった」

 

 球子と杏は走っていた。何せ山頂から町の様子を一目見た瞬間いきなり「ゴメン、2人はここにいて!」の一言で陸人が町に飛んで行ったのだ。訳も分からず追いかけるも、特別な武器を持っているだけの小学生が追いつける速度ではない。

 

「あんず、ここらで少し休もう。怪物に出くわした時に走れません、じゃマズイだろ」

 

「ハッ、ハッ……うん、ありがとう……ごめんなさい、足引っ張っちゃって」

 

「気にすんな、守ってやるって約束したからな!」

 

 先程から似たような流れで小休憩を挟んでいる。球子1人ならもう少し早く進めるのは確かだが、今の最優先は杏なのだ。

 

「しっかし、陸人は何見てあんな焦ってたんだろうな」

 

「うん……多分あの姿は目もいいんだと思う。私たちじゃ見えない何かがあったんだよ」

 

 陸人の異形の不可思議っぷりに考えを巡らせながら、休み休み走り、2人はとうとう町にたどり着いた。

 それと同時に、2人は陸人の焦燥の原因を目の当たりにする。

 

 死。

 死。

 死。

 

 目の前に広がる数多の死。そしてそれを人間がもたらしているという現実。殺している下手人こそ怪物たちだが、そこにはあまりにも醜い人間同士の生存競争があった。

 

 聡い杏は、陸人が自分たちを置いて行った理由にも同時に気づいてしまった。

 

(そっか。伍代さんは、これを見せたくなくて1人で……)

 

 あまりの光景に絶句していた2人は、女の子の悲鳴で意識をそちらに向ける。その先にあったのは……

 

 白い異形が倒れ伏し、その姿が幼い男子に変貌する瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……ヤバイな、意識が飛びそうだ……)

 

 白い異形は追い詰められていた。ここに来るまでにも10体ほどの群れと2度交戦している。どちらもガムシャラに突破し、かなりのダメージが蓄積されていた。そんな身体で、恐慌状態で留まっていることすらできない大勢の市民を守りながらの戦い。数分持ったのが奇跡と言ってもいい。

 

「──グッ‼︎ こんのぉ‼︎」

 

 1体片付けるまでに1発攻撃を受ける。総戦力の分母が違う以上、追い込まれるのは当然だった。

 異形の出現に一時行動を停止していた市民たちは、彼が窮地と見るや、またしても我先に逃げ出そうと狂乱を始める。

 

 そんな最中、1人の男性が怪物の群れからあと少しで抜け出せる、という所までたどり着いた。しかし彼は気づかなかった。人間の死角、頭上を捉える影があったことを。

 

 

 それを見た真鈴が声を上げるのと、異形が男性と怪物の間に飛び込むのはほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伍代陸人は夢を見る。そこには何もなく、陸人ともう1人、()()()()()()姿()()()()()()()()()()

 

「……みのりさん、じゃないな。あなたは──」

 

 問いかけようとして止める。この存在を自分の中に感じる。言葉にするのが難しい感覚だが、陸人は直感でこの姿の正体に気づく。

 

「……そうか。あなたは、あのベルトか」

 

「……気づいたか。それでどうした? この場を設けたのは、貴様が私に呼びかけたからだ。話があるのだろう?」

 

 声がみのりのものとはまるで違った。荘厳で、男とも女とも取れない中性的な声。しかも口調も尊大。年齢より幼く見えるみのりの姿ではあまりに違和感がすごかったが、それを飲み込み、陸人は口を開く。

 

「言わなくても分かるだろ。力が足りない。もっと強くなれないか」

 

「おかしなことを言うな。私は既に必要なだけの力は貸し与えている。貴様が引き出せていないだけだ。戦うことへの迷いが、貴様の中で力を燻らせている」

 

「俺が迷っている? そんなことは……」

 

「ない、とは言わせんぞ。貴様は確かに戦わなくてはならない、とは思っている。だが同時にこうも思っている。自分でいいのか、と」

 

「──ッ!」

 

「貴様の過去はおおよそ見せてもらった。私に人間の気持ちなど分からんが、過去を足かせに今を疎かにするなど愚かとしか言えんな」

 

 みのりの口から辛辣な言葉が続くも、陸人は何も返せなかった。

 

(結局、変われたと思ってもガワだけか。俺は、あの日からずっと止まったまま……)

 

 黙り込んだままの陸人を見るみのりの姿をしたナニカは、世話が焼ける、と言わんばかりにため息を1つつくと口を開く。

 

「貴様が迷っているのは事実。そしてここまであの2人の少女を守ってきたのもまた事実だ。人は生きている限り事実から逃げることはできん」

 

「──! ……俺は……」

 

「そしてもう1つ。貴様は兄が戦力として適任だと判断して自分を選んだと思っているようだが、あの男はそんな打算的な考えを家族に押し付けるような男だったか?」

 

「え……」

 

「思い返してみろ。貴様と兄が交わしてきた言葉を。人間は言葉でわかり合う生き物なのだろう」

 

 言われて陸人は記憶を探る。自分がさっきまで戦えていた理由の一つ。兄の夢を聞いたのは、いつだったか──

 

 

 

 

 

 ──俺はね、人の笑顔を見るのが大好きなんだ。こっちまで幸せになるっていうか。だから、みんなに笑顔でいてほしい。それが俺の夢かな──

 

 ──そう、なんだ──

 

 ──陸人は、どう思った? あの人達の笑顔を見て──

 

 ──俺には、よく分からない。前にいたところじゃ、感情なんて邪魔なだけだって教わってきたから──

 

 ──……そっか──

 

 ──でも──

 

 ──うん? ──

 

 ──あの人たちを見て、笑顔は幸せの象徴なんだって、笑顔で生きることはきっと、誰もが許された権利なんだって。そう思った──

 

 ──そっか、そうだね──

 

 ──うん……雄介さん、俺にも夢ができたよ。俺は———

 

 

 

 

「……思い出したか」

 

「……ああ、ありがとう。いつの間にか忘れてたんだな。俺が俺になった、あんな大切な思い出を」

 

「私の力は、責任意識や義務感だけでは引き出せん。自分自身から湧き上がる思いこそが、力を引き出すのだ」

 

「今ならやれる気がする。ありがとう、俺は行くよ」

 

「そうしろ。手遅れになって泣くなよ」

 

「手厳しいね……また、会えるかな?」

 

「さあな……だがまあ貴様が腑抜けたら、また喝を入れにきてやろうか?」

 

「ははは……それじゃあ、当分は大丈夫そうだな」

 

「ふん……最後に、あの姿の名前を教えておこう。名を知るか知らないかで、自ずと心の持ちようも変わってくる」

 

 

「名前、か……そうだな、教えてくれる?」

 

「"クウガ"だ。貴様らの国の言葉では、空に我で空我(クウガ)だな。時代を超え、世界を超え、戦い続ける戦士の名だ。決して忘れるな」

 

 

「……クウガ、か。ありがとう、忘れないよ。それじゃ、また」

 

 

 

 

 尊大な口調とは裏腹に日本語表記まで教えてくれる丁寧さに苦笑しながら、陸人は夢の世界から出るために瞳を閉じて意識を集中する。

 

 

 

 ──ガンバレ、陸人くん──

 

 最後に、もう2度と聴けないと思っていた姉の声が、聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「──オイ、陸人‼︎ こんなところで寝るなよ‼︎」

 

「……球子、ちゃん? 伊代島さん……」

 

「伍代さん! ……良かった、起きてくれた」

 

 球子は倒れた陸人を物陰に引っ張りこみ、杏は傷口を濡れタオルで拭いながら、声をかけ続けていた。

 そこにはかなり大きな建造物があったらしく、瓦礫の間に隠れるだけで、陸人と球子と杏、さらには真鈴と彼女に着いてきた十数人が隠れても見つからないスペースがあった。

 

「ありがとう、守ってくれてたんだな」

 

「ちょっ、待て‼︎ まだ動くなって!」

 

「大丈夫。見た目ほど体は弱ってないし、さっきまでより多分強いよ、今の俺は」

 

「何を言ってるんですか⁉︎ いいからジッとしてて──」

 

 なんか平気そうな顔で動いているが、体のあちこち、それこそ頭や首からも血を流し、手足に至っては何箇所か折れているザマだ。それでもなお戦おうとする陸人と、それを止める球子と杏。そんな3人をずっと黙って見ていた真鈴が、ふと口を開いた。

 

「……なんで、そこまでするの? ……あそこにいる人たちがやったこと、見てたでしょ? あなたがそんなボロボロになってまで守る価値があるとは私には思えない」

 

 安芸真鈴は、本来こんなことを言う少女ではない。めまぐるしい状況の流転に、幼い心が悲鳴をあげた、一時的な弱音だった。

 

 真鈴の言葉を聞いた陸人は、真鈴の正面にしゃがみ込み、目線を合わせる。

 

「そうだね。俺もそれなりに人間の汚い部分は何度も見てきたから、気持ちはわかるよ。でもさ、人間は汚いところがあって、綺麗なところもあって、そういうものじゃないかな? 汚いだけの人間も、綺麗なだけの人間もいない……俺はそう思う」

 

 幼少期を悪意が染み付いた世界で過ごし、その後雄介に連れられ、命が美しく輝く場面を何度も見てきた陸人の結論だった。

 

「そのどっちが本当の姿か、正解は分からない。けど、俺はどうせなら人間は本当は綺麗なものなんだって思いたい。その方が世界も綺麗に見えるだろ?」

 

 真鈴も、球子も、杏も、隠れていた他の市民も、黙って陸人の言葉を聞いていた。

 

「今どうしようもなく汚く見えても、いつか綺麗に輝く瞬間があるかもしれない。死ぬっていうことは、その可能性を閉ざすことなんだ。俺はそれを理不尽に押し付けるアイツらを放っておくことはできない」

 

 隠れていた市民の中、陸人が目覚めてからずっと、自分の鞄を漁り何かを探していた少女が、陸人に駆け寄ってくる。よく見ると、先程真鈴がかばった子供だった。

 

「これあげる! おにいちゃん、あたまからちがでてるよ?」

 

 そう言って少女が差し出したのは、一つの絆創膏。額の傷から派手に血が出ているのを見て、持ってきてくれたのだ。

 

「ああ、ありがとう、助かるよ…………うん、これでもう大丈夫。本当にありがとうね。さ、お母さんのところに」

 

「うん! おにいちゃんも、さっきはたすけてくれて、ありがとう!」

 

 傷口を軽く拭ってから絆創膏を貼る陸人。それを見た少女は最後に頭を下げて、母親の元に戻っていく。

 よく見ると、隠れている市民の間で、応急処置や飲み物のシェアなど、互いを助け合う姿がちらほら確認できた。

 

「ほら、みんな最初はあんな風に純粋な命だったんだ。今でも隣の誰かを気遣って一緒に生きようとする人だっている。俺はこの輝きを守りたい。それだけのことなんだよ」

 

 そこまで言うと、陸人は立ち上がり、怪物たちのいる方へ足を向ける。その道を塞ぐように立っていた球子と杏も、どうすればいいか分からない、というように所在なさげにしていた。

 

「大丈夫。俺は死んだりしないよ」

 

「……だけど、だけどさ……!」

 

「そんな身体で……伍代さんがそこまですること……!」

 

 泣きそうな顔で弱々しく言葉を返す2人。陸人は苦笑して2人の頭を撫でる。

 

「俺はさ、人が笑顔で生きることは、みんなに許された当然の権利だと思ってる」

 

「……え?」

 

「伍代さん……?」

 

「だから2人にも笑ってほしい。みんなでこの状況を切り抜けられたら、その時はとびっきりの笑顔を見せてくれ。俺はその笑顔を見るために、絶対に死なないからさ」

 

 そう言って笑う陸人の顔を見て、2人は何を言っても止められないことを悟った。

 

「──っ! わかった、わかったよ! 約束だ、絶対に死ぬなよ! 約束破ったらず〜〜っと引きずってやるかんな!」

 

「生きてください。私、もっと伍代さんとお話ししたいこと、たくさんあるんです……」

 

「おう、約束だ。絶対に守る……だから見ててくれ……俺の、変身……!」

 

 そう言って駆け出す陸人の背中に、それを見ていた誰もが光を見た。

 美しく生きている人だけが発する、生命の輝きだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怪物たちは、平等に人を喰らっていた。突き飛ばされた人間も、突き飛ばした人間も、見捨てられた人間も、見捨てた人間も。

 その場にいる人間のおよそ半分が死体に変わった頃、仕留めたはずの邪魔者が再び現れた。

 

 

「お前たちが何者で、どんな理由で人食ってるのかは知らない。けど……死んでもいい人なんて、どこにも存在しない!」

 

 その言葉に、残る市民たちが陸人を見る。自分たちの姿を見て、陸人の姿を見て、自分たちの行動の醜さに気づき、陸人の言葉の美しさに気づいた。

 

 

 

 

 ──俺にも夢ができたよ。俺は──

 

「いつか輝ける可能性に満ちた人の命を守りたい。だから俺は……!」

 

 その言葉とともに、陸人は両手を下腹部に構える。すると、異形のきっかけとなったベルトが現れる。その中心は、赤く輝いていた。

 

 左手をベルトに添えたまま、右手を左前方に伸ばす。その一挙手一投足に、人も怪物さえも、みんなが注目していた。

 

 右手を左から右へ動かすと同時に、ベルトに添えていた左手もベルトの左端へ動かす。両手の動きを止めた陸人は、まっすぐ敵を見据えて叫ぶ。

 

「────変身ッ‼︎────」

 

 その言葉の直後、左手と右手を重ねて、ベルトの左端に当てる。

 次の瞬間、ベルトから大きな駆動音のような音と、これまでにない輝きが発せられる。

 両手を腰の高さで広げた陸人は、その輝きに飲まれ、みんなの視界から消える。

 

 輝きが収まったその時、そこには1人の戦士がいた。

 

 先程までの異形よりも長く伸びた頭部の触角。赤い両眼。上半身を包む鎧は赤く、力強い印象をもたらす。

 

 クウガ マイティフォーム

 

 戦う意思と願いを固めた、本当の戦士の姿である。

 

 

「出し惜しみはナシだっ‼︎」

 

 怪物の群れに飛び込むクウガ。先程までと同じ戦法だが、決定的に違う部分がある。クウガのスペックだ。

 走り込む速さ。飛び上がる高さ。最高到達点までの速さ。攻撃の威力。敵の攻撃に耐える防御力。ジャンプ、殴る、攻撃を防ぐ、着地、ジャンプ、蹴る、と繰り返す。時折空中の敵を足場にさらに高く飛び上がり、上から敵を狙う、といった戦法も見せる。全てが白いクウガを上回り、あっという間に先程追い詰められた群れを殲滅してみせた。

 

 次の群れへ向かうクウガ。彼を見る真鈴は、そこで新たなお告げを聞いた。

 

「──っ! これを伝えればいいの? でも、私さっきあんなこと言っちゃって……」

 

 真鈴は後悔していた。陸人の言葉を聞いて、陸人の戦いを見て。人間の汚い部分を初めて見て、人間の価値を信じられなくなってしまった。そんな自分を恥じている真鈴に、球子と杏が声をかける。

 

「真鈴さん……陸人の言ってたこと、難しくてタマはよくわかんなかった。けど、アイツは失敗するな、とか人を悪く思うな、とかそういうことを言ってるわけじゃないのは分かるぞ。だから真鈴さんのことだって、陸人は絶対信じてる。何か教えられることがあるなら、伝えてやってくれタマえ」

 

「安芸さん……私も自分が情けないって思ってます。戦う力があって、なのにその勇気がない。だけど伍代さんはそんな私を守るって言ってくれました。お願いします。伍代さんを助けてください」

 

 2人の言葉に、今の自分の役目を自覚した真鈴は、球子と杏に付き添われ、瓦礫の陰から姿を現した。

 

 

「クウガ‼︎ "邪悪なる者あらば 希望の霊石を身に付け 炎の如く邪悪を打ち倒す戦士あり"‼︎」

 

 突然の小難しい言葉に、集中が途切れて隙を晒すクウガ。なんとかその場を切り抜けた彼の耳に、続く言葉が飛び込む。

 

「希望の霊石、っていうのはそのベルトの中心の石! 多分、貴方の思いに応じて、ベルトが力を与えてくれるっていうことだと思う‼︎ 違ったらごめん‼︎」

 

「分かった! なんかしっくりきたから多分それで合ってる! ありがとう真鈴さん!」

 

 なんともアバウトなアドバイスになってしまったが、陸人はこの状況で真鈴が勇気を振り絞って伝えてくれたこと自体が何より嬉しかった。少なくともモチベーションアップにはなったようだ。

 

 真鈴の声は、市民にも響いていた。彼らは好き好んで他人を攻撃したいわけではない。生きたい、という欲望に抗う強さがなかっただけだ。だが、そんな彼らよりも幼い子供たちが、勇気を見せてくれたのだ。

 彼らは特に打ち合わせることもなく、自分の近くにいる動けない人を抱えて離れる。クウガの邪魔にならないように。そして離れた先では、できる限りの応急処置が行われていた。

 

 人は誰もが輝ける。その光景に、つい先程まで地獄を見ていた真鈴、球子、杏はどこか呆れたような顔をしながら、間違いなく喜んでいた。

 

「なーによ、できるんなら最初からやればいいじゃない」

 

「まぁまぁ、今いい感じなんだから、それでいいじゃんか。なぁ、杏?」

 

「そうだね。人を信じる伍代さんは、間違ってなかったんだって。私も思うよ」

 

 人はあっさりと黒に染まる。それと同じように、白く染まるのだってあっさりとしたものなのだと、少女たちは学んだ。

 

 

 

 

 市民の行動にますますテンションが上がったクウガは、当初の1/5ほどにまで敵の数を減らすことに成功した。

 そのタイミングで、怪物がこれまでにない行動を取っていることに気づく。

 

「群れ同士で、まとまっている……?」

 

 数体〜十数体でまとまっていた群れが、一箇所に固まり始めた。ほとんど敷き詰めるような状態の怪物たちは、足並みをそろえてクウガに突っ込んでくる。

 

(なるほど、質量で押しつぶそうって訳か)

 

 

 そうなるとこちらも大威力の一撃が必要になる。そこで先ほどの真鈴の言葉を思い出す。

 

(思いにベルトが反応する……なら、これは?)

 

 腰を落とし、右足に意識を集中するクウガ。同時に体内で何らかのエネルギーが右足に収束していくのを感じる。

 収束が完了したのを確認したクウガは、向かってくる怪物の群れに、正面から走り込む。

 

 見ていた誰もが焦りの表情を浮かべる中、クウガは高く飛び上がる。

 

 

「オオリャアァァァッ‼︎」

 

 

 空中で右足を突き出し、群れに飛び蹴りを打ち込む。

 群れにぶつかってもその勢いは衰えず、そのまま群れを突き抜ける。

 クウガが着地した瞬間、全ての怪物が爆散した。

 

『マイティキック』

 

 どこかの世界で、戦士クウガが、最も多用した必殺技である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆風が収まり、振り返ったクウガは、珠子や杏たちが、こちらを不安そうに見ていることに気づく。そこで彼はかつて兄に教わった仕草を思い出した。

 

 みんなに向けて右手を前に出して親指を立てる。

 "サムズアップ" 古代ローマで、満足できる、納得できる行動をした者にだけ与えられる仕草らしい。

 その意味を知る者がいたかは定かでないが、それを見てとりあえず安心してくれたらしい。 陸人自身も息を抜き、変身を解いた次の瞬間……

 

「……うおっ、アレッ⁉︎」

 

 見事に倒れた。いきなりベルトの力を過剰に使いすぎた影響だろうか。疲労感が凄まじい。しばらく自力で立つのも難しそうだ。

 要訓練だな、と気を引き締める陸人。ふと地平線を見ると、ずいぶん久しぶりに見たような、太陽がそこにあった。

 

(夜明け、か……この世界の夜は、これから長いんだろうな)

 

 それでも、と陸人は覚悟を決める。

 

「雄介さん、みのりさん……俺は戦うよ。自分の夢のためにも、命を守る」

 

 

 慌てて駆け寄る珠子と杏の声を聞きながら、陸人は家族に誓いを立てた。

 

 

 

 

 

 




 間違いなく切りどころを間違えました。

 二話に分けるか、前半を前話に入れるべきだったなぁ

 しかし、アマダム様喋っちゃいましたね〜…

 設定のすり合わせに都合よく改変してしまいました。原作の物言わぬ力の塊であるアマダムが好きな方、大変申し訳ありません。

 たまーにですが、今後もアマダム様登場予定です。受け入れられない方はこんな作品のことは記憶から消して、クウガのDVDとか見てください。本当に素晴らしいですから!(ダイマ)

 次回、お楽しみに



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一章1話 三年

 いやぁ、まさかこの速度で1章1話が書けるとは……

 今の勢いが持続するうちにかけるだけ書きます。


 香川県丸亀城の敷地内にある訓練場にガン! ガン! と木刀がぶつかり合う音が響き渡る。

 

「──シッ‼︎」

「っと!」

 

 ぶつかり合うのは中学生ほどの年頃の男女。だが、かなり鍛えているこの2人の実践稽古は、大人どころか半ば人間離れしたものとなっている。

 

「──そこだ‼︎」

「グッ⁉︎」

 

 攻撃の後に起こる一瞬の隙。そこを突いた女子の一刀が男子の木刀を弾き飛ばした。勝負アリだ。

 

「今回は、私の勝ちだな、陸人」

 

「うん、参りました。ドンドン強くなるね、若葉ちゃんは」

 

「獲物を限定しないと、途端に勝てなくなるからな。刀に合わせてくれている時くらい必勝でなければならない」

 

「うん、俺も剣は使うし、これからもお互い切磋琢磨しないとね」

 

 勝利した少女、乃木若葉が、しゃがみこんでいる少年、伍代陸人に手を差し出す。それを掴み、陸人が立ち上がると、距離をとって一礼。稽古終了だ。

 

 一息ついている2人に、タオルと飲み物を持って近づく少女が1人。上里ひなたは、その頰を赤く染めながら笑顔で2人に話しかける。

 

「はぁ〜〜……やはり若葉ちゃんの稽古姿は凛々しくて素敵です。陸人さんもそう思いますよね?」

 

「あー、うん。流石に今の立会い中には若葉ちゃんの凛々しさまで見てられなかったけど、確かにカッコイイよね。剣も真っ直ぐで綺麗だし、すごいと思う」

 

「や、やめろひなた。陸人も、乗らないでくれ。ひなたが止まらなくなる」

 

「んー、聞かれたことに嘘はつけないからね。カッコイイのは本当のことだから」

 

「〜〜〜ッ‼︎ り、陸人!」

 

「さすが、陸人さんはよく分かってます! また今度、最新の若葉ちゃんコレクションを見せてあげますね?」

 

「なっ⁉︎ ひなた、まさか見せたのか⁉︎ アレを⁉︎ 陸人に⁉︎」

 

「ハイ! とても楽しんでもらえたので、特別に何枚かコピーをプレゼントしました」

 

「うん、何枚か俺のアルバムにも入ってるよ。幼稚園の頃の写真とか」

 

「す、捨てろ‼︎ 今すぐに」

 

「えー、でも仲間のことは少しでも多く知っておきたいでしょ?」

 

「……わ、分かった。なら後日、今の私の写真を撮って渡す。それと交換しないか……?」

 

「アハハ、そこまで言うならしょうがないか。じゃあ5枚、今度持ってきてね」

 

「それならその写真はこの私が……」

 

「却下だ! 自分で撮る!」

 

 この3人で話すと八割方若葉がイジられる。というのも、若葉ちゃん信奉者のひなたと、基本どんな人間も好意的に見る陸人の相性は、特に対若葉において、非常に良かったのだ。

 

 もちろんそれ以外でも、意外とクレバーな思考ができるひなたは、陸人にとって貴重な相談相手だった。1人だけ立場が違うこともあり、全てではないものの、仲間内で陸人の過去を知っている唯一の存在でもある。

 

 一方、若葉と陸人はどうなのかというと、こちらも良好だ。使命感に溢れる努力家の若葉と、自分の役目を重く捉えてしっかり準備する陸人は、仲のいいライバルとでもいうべき間柄となった。

 気高く凛とした若葉は、陸人の理想の人間像の1つであり、若葉もまた、陸人の評価に恥じない自分でありたいと意識している。

 

 リーダー役である若葉は、本当は自分より陸人の方が人をまとめるのに向いていると思っている。

 一方陸人は、みんなの味方をしようとしてしまう自分に様々な決断が求められるリーダーはムリだと自覚しており、慣れないながらもチームをまとめようとしている若葉を尊敬し、手伝いをしている。

 いつだって隣の芝生は青いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 稽古の汗を流し、準備を終え、共に訓練場を出る3人。

 取り留めのない話をしながら教室に入ると、やはりというべきか、他に誰もいなかった。

 

 それぞれの席に荷物を置き、雑談を再開しようとした矢先、

 

「どうだっ! 今度こそタマが一番……ってあれ⁉︎ 若葉もひなたも陸人まで来てたのか⁉︎ これまでで一番早起きしたのに……」

 

「おはよう球子、残念だったな。言っておくが私と陸人は朝稽古を終えてからここに来たんだ。つまりより早く起きているということだな」

 

「おはようございます、球子さん。私はお2人ほど早起きしたわけではありませんが、これ以上の早起きは、球子さんには厳しいのでは……?」

 

「なにおう! タマにかかれば、早起きなんて……早起き、なん、て……」

 

「おはよう球子ちゃん。もうこうなったら教室で寝泊まりするくらいしかないんじゃないかな? 許可取れるか分からないけど」

 

「ウムム……クッソ〜、覚えてろよ!」

 

「おはようございます……ってタマっち先輩また若葉さんに絡んでたの? そろそろ諦めようよ。教室一番乗りなんて誰でもいいじゃない」

 

「よくないぞ、あんず! 一番最初に教室にいるヤツって、なんかこう……ヌシ、みたいな感じするだろ?」

 

「全然わかんないよタマっち先輩……あ、そうだ陸人さん。この前の洋書、また分からないところがあって、良かったら教えてもらえますか?」

 

「おはよう杏ちゃん。見せてみて……あー、ここね。これは知らないと読めない表現だね」

 

 少し遅れて入ってきた球子と杏。陸人と最も仲がいい2人だ。

 

 球子と陸人は最早性差を感じさせないほど距離が近い。球子は一番背が高い陸人におんぶや肩車を平気な顔でせがむし、陸人も陸人で平然とそれに従う。

 

 一度だけ完全に陸人の性別を忘れた球子が一緒のベッドで寝ようと誘ってしまい、珍しく焦った陸人が部屋から走って逃げた事件は2人だけの秘密だ。

 

 一方杏は、最も陸人の性別を意識している相手と言える。お互いに下の名前で呼び合い、距離もかなり縮まった。だが、2人きりになると恋愛小説愛好家の杏の乙女モードが起動し、なんとも微妙な空気になる。球子と陸人と3人で手を繋いでもなんともないのに、2人きりの時に手が触れ合うだけで過剰に反応してしまう。

 

 訓練終わりに疲労で階段から落ちそうになった杏を陸人が助けようとして、お姫様抱っこをされた時、あまりの近さと体勢に杏が気絶してしまった事件は、2人だけの秘密だ。

 

「なんだよー、また本の話か? あんずもタマには外で遊んだ方がいいぞ? 体力もつくし楽しいぞ〜。な、陸人?」

 

「いいじゃない、好きなんだから。タマっち先輩こそ、もっと本読んで、文字に慣れないとますます成績落ちちゃうんじゃない? ねぇ陸人さん?」

 

「ハハハ、まぁお互い向き不向きも好き嫌いもあるのは仕方ないよ。球子ちゃんの勉強は、また俺も教えるし。杏ちゃんの体力も日頃の訓練以外にできるヤツ、新しいメニュー考えるからさ」

 

「うえ〜、陸人の教え方わかりやすいけど厳しいんだよなぁ」

 

「う、またメニューがレベルアップするんですね……」

 

 球子と杏は何もかもが正反対でだからこそ仲が良いのだが、そこに何もかもを許容し、自分なりのフォローを入れる陸人が加わることで、2人はお互いの苦手分野にも少しずつ手をつけ始めるようになった。そうしてまた距離が縮まっていく3人なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 そうしていつもの仲良しトリオが仲良しトリオをやっていると、静かに教室に入ってくる少女。郡千景。陸人と並んでこの教室の最年長である。

 

 彼女は教室の様子を一瞥すると、黙って自分の席に座って携帯ゲームの電源を入れる。彼女は基本いつもこの調子だ。他の者も挨拶こそするが、返ってこないことに慣れているため、今更取り立てて反応もしない。

 そんな彼女の顔を見た陸人は、球子と杏に一言断ってから席を立つ。千景の前に立つと、チョコレートと飴を差し出す。千景もため息混じりに受け取る。

 

「クマひどいよ、千景ちゃん。また徹夜? ゲームもほどほどにしたら?」

 

「……私の部屋で何をしようが私の勝手よ……あなたも目ざとい上に飽きないわね。私が徹夜するたびに毎度毎度……」

 

「そう言いながらすぐに食べてくれる千景ちゃん、俺は好きだよ」

 

「──っ! ゴホッ、ゴホッ……ば、馬鹿なこと言わないで……喉につまりそうになったわ……」

 

 

「ご、ごめん……大丈夫? 飲み物持ってこようか?」

 

「……いいから、放っておいてちょうだい……」

 

 千景はとりあえずで他人との距離を取るタイプ。

 陸人はとりあえずで他人との距離を詰めるタイプ。

 相性がいいとは言えないが、この教室の人数が少ないことと、陸人がとかく世話を焼くため、千景にしては珍しく拒絶しきれない相手なのである。

 

 陸人から見た千景は、保育士として働いていた、今は亡き姉が言っていた"家であまり親の愛情に触れられない子"に見えた。かつての自分に重なる部分が見えたこともあり、現在誰よりも気を使っている相手だ。不摂生な生活が続いた時には手料理を作ることすらある。

 

 その気遣いレベルは、共に過ごすようになった当初、一目惚れ疑惑が持ち上がったほどだ。何故か当人よりも盛り上がり、感情的になった杏の誤解を解くために三日三晩言葉を尽くしたのは良い思い出だ。

 

 

 

 

 

 

 

「おっはよー、みんな! ありゃ、私が最後かぁ」

 

 朝の千景差し入れ活動を終了して席に戻ろうとしたタイミングで、最後の1人が教室に入ってきた。高嶋友奈。陸人に負けず劣らずのコミュ力モンスターである。彼女は各々との挨拶を終え、荷物を置くと千景の席に向かってきた。

 

「おはよう、ぐんちゃん! りっくん!」

 

「おはよう、高嶋さん……」

 

「おはよう、友奈ちゃん。今日も元気だね」

 

「うん、私は元気だよ〜、りっくんは?」

 

「もちろん元気だよ、ヘーイ」

 

「ヘーイ!」

 

 特に意味もなくハイタッチを交わす陸人と友奈。そんな2人を羨望の眼差しで見つめる千景。友奈は、千景が唯一挨拶を返すほどに心を開いている存在なのだ。今のところ千景的距離が近いランキングの1位が友奈で2位が陸人だ。ちなみに3位以下はいない。ランキングに乗る最低水準を満たすものが他にいないのだ。だが、ドベ枠だけは若葉で埋まっている。

 

「あっ、ぐんちゃん。りっくんにお菓子もらったんだね? ってことはまた徹夜? ……ムムム、確かに目の下にクマが……」

 

「……た、高嶋さん、近いわ……」

 

「まぁその辺はもうりっくんが言っただろうから私は何も言いません。体調だけは気をつけてね?」

 

「……ええ、大丈夫。差し支えるようなことにはならないようにするわ……」

 

「うーん、やっぱり俺が言葉を尽くすより、友奈ちゃんの一言のほうが、千景ちゃんには効くんだねぇ」

 

「そんなことないよ。私はりっくんみたいに料理上手じゃないし。りっくんいつも部屋の前に置いて帰っちゃうから知らないだろうけど、りっくんの料理食べる時のぐんちゃん、幸せそうな顔してるんだよ?」

 

「……た、高嶋さん……!」

 

 陸人と友奈は人との付き合い方という面で見ると、非常によく似ていた。まず第一に他人、というスタンスを徹底している、珍しいタイプだ。そのせいか、当初は互いに気を遣い合った結果、意外なほど話が盛り上がらなかった。自分に似た性質の人間との付き合い方がわからなかったのだ。

 

 そんな2人の距離を縮めたのが、またもや意外なことに千景だった。彼女への接し方を見ることで、お互いの本質を理解した2人は、徐々に2人でも気安く話せる間柄へとシフトしていった。今や無意味にハイタッチである。ちなみに千景に貢献した自覚は全くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まもなく始業時間となり、全員が席に着き、授業が始まる。

 

 伍代 陸人  14歳 中学3年生 クウガ

 

 乃木 若葉  14歳 中学2年生 勇者

 

 上里 ひなた 13歳 中学2年生 巫女

 

 土居 球子  13歳 中学2年生 勇者

 

 伊予島 杏  13歳 中学1年生 勇者

 

 高嶋 友奈  13歳 中学2年生 勇者

 

 郡 千景   14歳 中学3年生 勇者

 

 この7人がこの教室の生徒であり、神様の力を授かり戦う勇者である。

 

 

 

 あの惨劇から3年、友と語らい笑い合う、どこにでもいる子供達に命運を託さねばならないほど、世界は窮地に陥っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 さて、原作時間に突入しました。

 今回は主に人間関係について描写しました。ちょっとしつこくなりましたが、のほほんとした空気を描けるのも今のうちですからね。

 自分がこの小説を書くにあたり定めたテーマが、

「雄介さんという最高のヒーローの生き方を受け継ぐ勇者がのわゆの勇者を救おうと抗う物語」なんですよね。

 だから仲間内の描写は今後も多くなります。そしてそれに比例して、自分の苦手な戦闘描写は減っていくかもしれません…こんなところで言い訳するからだめなんだよなぁ…

 話変わって感想をいただくことができました!めっちゃ嬉しいですね

 ここが面白い、ここがおかしい、とかおっしゃっていただけると、参考になりますので、良かったら感想よろしくお願いします

 次回、お楽しみに


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一章2話 世界

 今回は、読み飛ばしてもらってもそれほど問題ないかなと

 申し訳程度の世界観説明と、後々原作から剥離する(予定の)展開のための露骨な伏線張り回です。

 特に面白く書けた気もしないので、なんならスルーしちゃってください。


 3年前、謎の白い異形──バーテックスが、世界中で大量発生した。

 人類に見切りをつけ、全てを滅ぼさんとする神々の集合体「天の神」が遣わした破壊魔によって大人も子供も、男も女も、皆等しく殺された。

 

 この世の地獄としか言いようのない事態の中、いくつかの特別な存在がその力を目覚めさせた。

 

 人類を守ろうと天の神の敵に回った土地神の力を授かった存在『勇者』

 土地神の声を暗示のような形で聞き受けることができる『巫女』

 超古代の遺物に土地神の加護を合わせた亜種勇者のような戦士『クウガ』

 

 彼らの奮闘により、ごく一部の地域でのみ、人類は生き残ることができた。

 

 バーテックスの襲撃の波が引いた隙に、土地神たちは集結して樹木『神樹』となり、四国を守るように壁を形成した。その結果四国は限定的な安全地帯となり、神樹の加護の元、どうにか生きていけるようになった。

 

 四国を除いた地域はほぼ壊滅し、一部残った地域も日夜激しい襲撃に苛まれている。今や四国こそが人類の希望と言ってもいい。

 

 

 そんな四国を守るために設立された組織『大社』

 神樹の加護を有効に使い人類を守るための、四国内で大きな権限を持つ組織である。勇者たちもその指揮下に入り、訓練や武器の研究などが行われている。

 

 

 

 

 

 

 その大社の研究機関が最も頭を悩ませる要因たるクウガ。

 クウガの力を宿した少年、伍代陸人は、大社本部に呼び出されていた。

 

 

 

 

「失礼しまーす」

 

「おー、来た来た、待ってたよ。陸人君、久しぶり」

 

「久しぶり、真鈴さん。最後に会ったのが紫の力が目覚めた時だったから……1か月ぶりぐらいかな?」

 

「そうだったねぇ。あれ以来どう? 何か変わったことはない?」

 

「特にないかな。俺の体感的には、クウガの色は最初の白を含めてこの5色で打ち止めなんじゃないかな?」

 

「そっかぁ、まあまたなんかあったら連絡してよ。いつでも話聞くからさ」

 

 安芸真鈴。3年前の襲撃の際、陸人たちと共に巫女として多くの人を救った1人だ。

 大社が設立してからは、何故かクウガについての神託を受け取ることが多かった彼女は、クウガについての研究室の室長となった。他の勇者の武器との関連や過去の遺跡調査の資料などから謎の多いクウガについての情報を集める部署だ。一般企業でいう部長職に就いた驚異の中学生である。

 

「まったく毎日仕事が多くてイヤになるわー、なんだって神樹様ってば私にばっかクウガ関連の神託送ってくるのかしら? しかも妙に抽象的だし」

 

「うーん、最初に俺と接触した巫女だから、とか?」

 

「そうは言っても今じゃひなたちゃんのほうがよっぽど一緒にいる時間長いっしょー? いっそあの子に送ってくれたほうが早くない?」

 

「いやー、でもひなたちゃんは勇者全体に付いてるわけだから、腰を据えて研究するには真鈴さんが適任だよ。いつもお世話になってます。それで、今日はどうしたの?」

 

 会うたびにぶちまけられる愚痴を慣れた様子で流して、本題を聞き出す。すると彼女は「見たほうが早い」と、地下室に陸人を先導する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 たどり着いた地下実験場で、陸人はなんと表現すればよいかわからない異物と対面した。

 

「何、これ……?」

 

 そこにあったのは、人間より二回りほど大きな、金色のクワガタのような何かだった。

 

「それが分かんなくて困ってんのよー。ある日突然壁の外から飛んできたらしくてね? 現存する鉱物とは違う何かでできてるー、とか調べるたびに謎が増えちゃってさ。で、昨日神託で『ゴウラム、馬の鎧』って来たのよ」

 

「馬の鎧?」

 

「ワッケ分かんないでしょ? でも私に来たってことはクウガに関係あるのかなーって思ってダメもとで呼んでみたわけ」

 

「うーん、分かった。とりあえず変身して触ってみるよ。真鈴さんは一応離れてて」

 

 こうして今日の実験は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 変身したクウガは改めて謎の物体を観察する。巨大な角のような何か、手足に見える部分もある。何より一番気になったのが、中央にある緑の宝玉。どうしても既視感があった。

 

(もしかして……『アマダム』?)

 

『アマダム』クウガのベルトの中心にある、力の源。起源も原理もすべて不明。掘り起こされる以前に土地神の力に触れ、ほかの勇者の武器と同じ、神樹の加護を受けられるようになった、ということしか分かっていない。

 

 もしこれがアマダムなら、クウガに反応してもおかしくない。深呼吸したのち、クウガは宝玉に触れる。

 

 その時、まるで命が芽生えたかのような、暖かい光がゴウラムを包んだ。

 

 その光が収まると、ゴウラムはまるで生きているかのように、羽らしき部位を広げ、飛び上がった。

 

 それと同時にクウガは、目の前のゴウラムから、意志のようなものが聞こえるのを感じた。

 

 

 

「君は……俺の力になる、って言ってるのか……?」

 

 肯定するかのように手、らしき部位をこちらに向けてくるゴウラム。しばし逡巡した後、クウガはその手を取った。

 

 

「ちょっ、陸人君……?」

 

「ごめん、真鈴さん。でも一緒にいれば、何か分かると思うんだ」

 

 ゴウラムにつかまり、高く飛び上がるクウガ。だが彼は重大なことを忘れていた。

 

 ここは地下、空を目指し飛び上がるゴウラムは当然──

 

 

 

 施設を盛大に破壊して飛び出していった。

 

 

 

 

 

 地下6階分のフロアに穴を開け、1階の窓をぶち破り外に飛び出たゴウラムとクウガ。戦ってもいないのに疲労困憊である。

 

「……あー、やっちゃったな。どうしようか?」

 

 後のことを考えため息をこぼすクウガをよそに、ゴウラムはさらに加速する。

 

 

「──っ‼︎ ヤバイ、そっちは──‼」

 

 ゴウラムはクウガを吊り下げたまま、壁の外に飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──これ、は……」

 

 見渡す限り無事な建物はない。人の気配の代わりに、あちこちにバーテックスが蠢いている。

 分かっていたつもりだった。いつか来るであろう壁外調査のために、できる範囲で調べていたのだ。それでも、直接目の当たりにすると、絶句するしかなかった。

 

 これが神の意志。人類殲滅の方法。

 

(これ以上は、やらせない……‼)

 

 クウガの決意を改めて固めさせるには十分すぎる光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴウラムも特に目的地があった訳ではないらしく、ふらふらと飛び回っているうちに、バーテックスに捕捉された。クウガは慌ててゴウラムに引き返すように指示を出す。ここで初めてゴウラムとはテレパシーのように意思疎通が図れることに気づいた。

 

 

 

 振り返り際、遠くに四国結界に似た光が立ち上っているのが見えた。

 

(あれが、諏訪の……)

 

 全てが荒廃した地にポツンと残った希望の光。クウガの目には、それがどうしようもなく尊く映った。

 それと同時に、何故か体内のアマダムが、大きく脈打つような反応を示した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴウラムと共に地下施設に戻った陸人は、真鈴をはじめとした大社職員数名にありがたいお説教を受け、何を見たか、敵がいたか、そんな質問を受け続け、解放さえた時には日が暮れていた。

 とりあえず新たな収穫があるほど外を観察したわけでもなく、本題のゴウラムも、戦闘に使えそうなこと、クウガとはコミュニケーションが取れる事が分かると、後のことは研究室に任せることにしたようだ。いつものことである。

 

 

(あの時……)

 

 陸人が思い出すのは、諏訪を見た時の感覚。

 あの時確かにアマダムは諏訪のナニかに反応していた。

 

(諏訪の結界に惹かれたのか? ……それとも……)

 

 

 

 

 ゴウラム、壁の外、アマダム、諏訪。

 頭を疑問符で埋め尽くしながら寮に戻った陸人は、玄関で彼を待っていた球子と杏を見つけた。

 

「あーっ‼ やっと帰ってきたな、陸人! もう晩御飯の時間だぞー」

 

「お帰りなさい、何かあったんですか? ひなたさんに大社に連絡してもらったら、説教中だって……」

 

 予想外の出迎えに虚を突かれた陸人は、しばし放心してから答える。

 

「いや、何でもないんだ。実験中にちょっと事故が起きてね……」

 

「事故? ケガとかは……」

 

「変身してたし、何ともないよ。心配させてゴメン」

 

「ならいいけどさ、あんまり変なことするなよ? 大社の命令だって、ほんとに嫌なら断ってもいいんだからな?」

 

 

 

 

 いつもの3人、いつも通りの会話をしながら、陸人はいつもの自分を取り戻す。

 

(不安は尽きない。だからこそ、目の前の大切なものを見失うな……)

 

 2人に手を引かれながら、陸人は日常に帰宅した。

 

 

 

 

 




 とまぁ、こんな感じです。

 ゴウラム君ですが、クウガと若干設定変えました。あの姿は金属を吸収してなるもので、力を持たないときは石っぽくなっているんですが、あまりに描写しにくくなるので、ずっとあの戦闘モードとしました。
 こんなのばっかりだなぁ、この作品。

 次回はちょっと間が空きます。いつ書けるかは未定です。
 今週中には上げたいところですが、もっと空くかも…申し訳ない…




 次回もお楽しみに。



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一章3話 我儘

 今日は書く時間取れないはずだったんですが、電車の中で結構書けました。雑なところあるかと思います。後日手直しするかもです。


 執筆に際しての悩み

 ①段落をつけられない

 ②何度「球子」と打っても変換候補一位に度々「珠子」が出てきて間違える


……というわけでタマちゃん回です。




 ゴウラム暴走事件(仮)から幾日か経過した週末、授業がないその日は、これまでにない訓練が予定されていた。

 

「連携訓練〜?」

 

「はい、クウガの紫の力も安定してきて、次の色も出ないものと考え、現状戦力をより有効に使う術も模索する必要がある、とのことです」

 

 

 

 

 大社が今の体制を整えてから、訓練の中で陸人はクウガの力を4つ、引き出せるようになった。

 

 邪悪なる者あらば 希望の霊石を身に付け 炎の如く邪悪を打ち倒す戦士あり

 

 赤の炎の力『マイティフォーム』能力のバランスがいい、クウガの基本形態と言える格闘形態。

 

 

 邪悪なる者あらば その技を無に帰し 流水の如く邪悪を薙ぎ払う戦士あり

 

 青の水の力『ドラゴンフォーム』 ジャンプ力や敏捷性に優れた、棒術戦主体の俊敏形態。

 

 

 邪悪なる者あらば その姿を彼方より知りて 疾風の如く邪悪を射抜く戦士あり

 

 緑の風の力『ペガサスフォーム』 感覚神経が著しく研ぎ澄まされる、狙撃を得意とする射撃形態。

 

 

 邪悪なる者あらば 鋼の鎧を身に付け 地割れの如く邪悪を斬り裂く戦士あり

 

 紫の大地の力『タイタンフォーム』 高い防御力と腕力を誇り、刀剣を振るって戦う防御形態。

 

 

 これら4つの形態を使い分ける戦法を、陸人は3ヶ月訓練した。とっさに判断を誤らないようにシミュレーションを重ね、まるで違う戦術を体に馴染ませるために他の勇者の訓練に参加したりもした。

 

 そうして先日、大社の武術指導担当者が太鼓判を押し、陸人の個人訓練は一区切りを迎えた。

 

 

 

 

「実戦で試さないとなんとも言えないけど、今できる限りで力の使い方は憶えたつもりだよ」

 

「陸人さん、頑張ってましたもんね」

 

「みんなにも手伝ってもらったからね。特に杏ちゃんには、色々な武術の教本を見繕ってもらったりも……改めてありがとう」

 

「そんな、私は大したことしてませんよ。役に立てたなら、良かったです」

 

 

 和やかに会話する杏と陸人。珍しくこの2人の話に球子が入ってこない。不思議に思ったひなたは、さりげなく球子の様子を伺ってみると……

 

(なるほど、拗ねているんですね……)

 

 珠子はブスッとした顔で2人を見ていた。球子の武器は旋刃盤。投げつけて攻撃か、盾として使うか。正直扱いが難しい武器だ。これに近い形態はクウガになく、陸人の個人訓練期間中、球子はほとんど彼と共に訓練することができなかったのだ。

 

「……ん? どうしたの球子ちゃん、何かあった?」

 

「い、いやっ! なんでもないゾ、気にしないでくれタマえ!」

 

 流石の目敏さで球子の視線に気づく陸人だが、その視線の意味までは読み取れなかった。

 

「そっ、それで? 連携訓練ってのは、具体的に何をするんだ?」

 

 陸人の疑問の視線に耐えられなかった珠子が本題を進めようとする。その態度を微笑ましく思いながら、ひなたはそれに乗った。

 

「はい、まずは陸人さん本人が考える立ち回りを試してみよう、ということで。陸人さん、教官から課題を出されていたと思いますが……」

 

「あぁ、うん。自分で考えた各形態と勇者の組み合わせ、一応まとめてきたよ」

 

 スクリーンに自作の資料を投影する陸人。事務作業の練習も兼ねて、プレゼン資料の形式でまとめるよう課題を出されていたのだ。中学生にしてはなかなか上手くできた資料に驚く一同。

 

 

「やっぱり武器の間合いを合わせるのが一番楽だと思うんだ……という訳で、個人訓練の時に一緒に稽古をした組み合わせがまず第一候補」

 

「……ふむふむ、なるほどね〜。それで、どうやって試すの?」

 

「それぞれの組み合わせで指定された勇者と陸人さんが勇者側、残る4人を仮想敵として、模擬戦闘で試します。敵側もある程度動きを指定して──」

 

 

 

「ウガァァァァァァッ‼︎ なんっだ、これはぁぁぁぁぁぁ‼︎」

 

 教室に突如響き渡る大声に全員がギョッとする。

 振り返ると、息を荒げ顔を真っ赤にし、誰がどう見ても怒っている球子がいた。

 

 代表して杏が声をかける。

 

「……えっと、どうしたの? タマっち先輩……?」

 

「どうしたもこうしたもあるかぁ! なんでタマの名前がないんだぁ!」

 

 赤のクウガと友奈

 

 青のクウガと千景

 

 緑のクウガと杏

 

 紫のクウガと若葉

 

 確かに資料に球子の名前はない。彼女の誤解を悟った陸人が慌てる。

 

「待って球子ちゃん、それは──」

 

「ハンッ、そうか、タマはそんなに頼りないか! だから並んで戦うのはイヤだってか! よーく分かったよ‼︎」

 

 そう言って球子は教室を飛び出す。アウトドア系女子の脚力で、あっという間に足音は聞こえなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

「……という、土居さんの魂の叫びが聞けた訳だけど、どうするの? 伍代くん……?」

 

「えっと……確かに第一候補は間合いを合わせる、って事で。クウガは4色だし、球子ちゃんはここに入れなかったけど。次の資料からもっと色々な組み合わせを個別でまとめてて、球子ちゃんとの組み合わせのページもあるんだけど……」

 

「説明する前に飛び出してしまった、と。しかしどうしたんだ? 球子は。普段から落ち着いているとは言えないが、あそこまで短慮なのはらしくないと思うが」

 

 その言葉に思い当たる節があったのが杏とひなた。ひなたが言葉を選ぶうちに、杏が言いづらそうな表情で口を開く。

 

「タマっち先輩、気にしてるんです。自分だけ陸人さんの役に立ててないんじゃないかって。私と陸人さんが一緒に訓練した日には、何度も様子を聞きに来たりして……」

 

「……そうだったんだ、全然気づかなかったな……」

 

「本人の前では意識して隠してたみたいです。陸人さんも、忙しくしてましたし……」

 

 訓練にかまけて、大事な友達の悩みを見逃していた。俯く陸人の肩に友奈の手が触れる。

 

「りっくん、行ってあげて? タマちゃんとりっくんなら、1回ちゃんと話せば大丈夫だよ!」

 

「友奈ちゃん、でも……」

 

 友奈の言葉に顔を上げるも、今回の訓練計画を任された自分がこの場を離れていいのか、とためらう陸人。

 

「お願いします、タマっち先輩を安心させてあげてください。陸人さんじゃないとダメなんです」

 

「説明は私が引き継ぎますし、大丈夫です。先に訓練場に行っていますから、ゆっくり話して来てください」

 

 頭を下げる杏と宥めるように言葉をかけるひなた。若葉と千景も同意見のようだ。

 

「……ありがとう、みんな。ちょっと行ってくる!」

 

 駆け出す陸人。行き先は見当がついている。

 

(球子ちゃんは、きっとあそこだ……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あぁ〜〜〜、やっちゃったなぁ〜〜)

 

 球子は反省していた。丸亀城の石段の上に寝転がり、猛烈な自己嫌悪の真っ最中だ。

 

(陸人が誰かをハブるような真似をするわけがない。タマが早とちりしただけだ……)

 

 冷静になれば、落ち度は完全に自分にあるのが分かる。それでもあの時頭に血が上ってしまったのは、あの資料をみて想起してしまったからだ。自分を……いや、誰かを頼ろうとしない陸人と、彼の庇護意識下から抜け出せない球子自身を。

 

(ほんっと、いつまでもタマは子供だな……あの日から何も変わってない)

 

 3年前のバーテックス襲撃の日。あの日球子は神社を出てからはほとんど戦っていない。陸人が変身するクウガが前に出て、ほぼ全ての危険を引き受けてしまうのだ。市民の護衛を頼まれこそしたが、アレは方便だったと球子は思っている。赤のクウガを引き出した陸人は、球子の援護なしでも敵を撃ち漏らすことはなかった。球子の仕事は群れからはぐれた数体を、気づかれる前に処理したくらいだ。

 

(1番怪我してて、もう安全だ、って分かった瞬間にぶっ倒れて……そのくせタマと杏が怪我してない事に安心してて……)

 

 そんな陸人だからこそ、球子は力になりたいと願った。自分が勇者だと知らされた時、これで陸人を守れる、と思った。あの力強くも儚い背中を、守ってやれる自分になりたかった。しかし、勇者の力を手に入れても、訓練を重ねても、陸人と自分の関係は何も変わった気がしない。

 

 らしくないマイナス思考を繰り返す球子は、近づいてくる足音にもなかなか気づかなかった。

 

「球子ちゃん、やっぱりここにいた」

 

「……陸人……」

 

 球子にとって、来るだろうなと思っていた相手で、同時に今1番会いたくない相手でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 陸人は、球子に会えたら最初に資料を見せて誤解を解くつもりだった。しかし、球子の顔を見て予定を変える。彼女は自分の早とちりには気づいている。問題はもっと別のところだ。

 

「球子ちゃん、いい機会だから全部吐き出しちゃおう。俺に言いたいこと、あったら言ってくれ」

 

「じゃあ、質問させてくれ。タマは、陸人にとってどんな存在だ? 頼りないヤツ、か?」

 

「そんなことないよ。球子ちゃんは明るくて、心が強くて、たくましくて……友達でいられることが誇らしい──」

 

「守ってあげたい女の子、か?」

 

「……!」

 

「いや、そう思ってくれるのは嬉しいよ。陸人が悪いんじゃないんだ……これは、タマのワガママだ」

 

 大切な友達を守りたい。その願い自体は美しいものだ。だが、相手の意思を無視したものなら、それは個人的な欲望、ワガママと言えるのかもしれない。

 

 

 

「そっか、ワガママか……じゃあ、俺がやったこともワガママだな」

 

「……えっ?」

 

「だってそうだろ? 俺は球子ちゃんが望んでないのに球子ちゃんを守ろう、って勝手に突っ走ったんだ。心配かけてる、って分かってたのに。幼稚なワガママだよ」

 

 2人の願いに違いはない。違うのは、あの日の陸人には成し遂げてしまえる力があって、今の球子にはまだないということだけ。

 

「別にいいんじゃないかな、ワガママだって。それだけ相手が大切だってことだから」

 

「……陸人……」

 

「俺たち、友達だろ? ワガママを否定するんじゃなく、許容し合って、ワガママなままで手をつなげるのが友達だ、って俺は思うよ」

 

 駄々をこねるとか、一方的に迷惑かけるのはまた違うんだろうけどね。と陸人は小さく笑って手を差し出す。

 

「俺は俺のワガママで球子ちゃんを守る。球子ちゃんは球子ちゃんのワガママで俺を守る。向いてる方向は同じなんだから、2人の力は合わせられる。俺と球子ちゃんが力を合わせれば、お互いも、杏ちゃんも、みんなも守れる」

 

 子供のような幼稚な言葉だが、本気でそう信じる陸人の声には、不思議な説得力があった。ゆっくり伸ばされた球子の手を握り、陸人は球子を引っ張り起こす。

 

「俺の願いは変わってない。今回の連携訓練だってそうだ。やれって言われたから本気で考えたけど、実戦になればみんなが傷つくのが怖くて、また1人で前に出るかもしれない」

 

 だから、と陸人は先ほど見せられなかったクウガと球子の連携が記載された資料を見せる。

 

「俺の考えを覆してくれ……この訓練で。勇者土居球子は、勇者たちは、俺が守るんじゃない……俺を守ってくれる最高の仲間なんだって。俺と自分自身に証明してくれ」

 

 ここまで言われて燃え上がらないようなら、それはもう土居球子ではない。

 

「よぉぉしっ‼︎ 言ったな⁉︎ もうウダウダ考えるのはやめだ! タマが最高にカッコよくて頼もしい勇者だって思い知らせてやるからな‼︎」

 

 球子の勇者服のモチーフは姫百合。

 姫百合の花言葉は『強いから美しい』

 球子の美しさは心の強さ。

 球子の強い願いこそが、彼女を強く、美しくする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、それじゃ行くか。みんなにも謝らなきゃな」

 

「そうだね、もう結構経ったし、このまま訓練場に行こう。走りながら、とりあえず球子ちゃんの連携について軽く確認しておいてくれる?」

 

 陸人に渡された資料を見ながら走る球子。いくつかの球子とクウガの連携のパターンに目を通す中、1つ気になる形があった。

 

「……いいな、これ。気に入ったぞ。陸人、最初にこの形をやろう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 若葉たちが訓練場に着き、ウォーミングアップをしているタイミングで、彼らは走りこんできた。

 

「ゴメンッ! お待たせ! もう大丈夫だ、タマはやるぞー! というわけで、まずはタマと陸人がペアだ、いいよな?」

 

「話飛びすぎだよ球子ちゃん。張り切るのはいいけど、まずはちゃんと謝ろう? 心配かけたんだから」

 

 開口一番仕切り出した球子と、宥めながら頭を下げる陸人。完全に復調している球子の姿に、全員が安堵していた。

 

「っと、そうだな。タマとしたことが……本当にゴメン……タマ、ちょっと焦ってたんだ。でももう大丈夫。ワガママ掛け合っても変わらない、友達がいるからな!」

 

「タマっち先輩……」

 

「詳しくは聞かないが、解決したならそれでいいさ。さぁ、2人とも準備を」

 

「オウ‼︎ じゃあ最初はタマの番だぞ! 陸人、タマの実力、よーく見とけよっ!」

 

「タマっち先輩⁉︎」

 

「元気になったのはいいとしても、いつも以上に煩わしいわね……」

 

「ふふっ、でもあれが球子さんの魅力ですから」

 

「うんうんっ、やっぱりタマちゃんはこうでないとねっ!」

 

 ワガママを許しあえる友達。それが6人もいるこの世界が、球子は大好きだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、お互い準備できたようだな……しかし、本当にいいのか?」

 

 それぞれ変身し、訓練用の武器を構える勇者たち。今回の訓練は、大社の武門教官が審判役に就き、互いの陣営が全員撃破判定を受けた時点で決着となる。様々なシチュエーションでの連携演習として、開始前の状況もある程度設定して始めることになっている。

 若葉が懸念しているのは、数の少ない勇者側が囲まれた状況でスタートするということだ。

 

 

「問題ない! タマたちの連携力にぶっタマげるなよ!」

 

「バーテックスはとんでもない数で来るわけだからね。まぁ遠慮せずに打ち込んできてよ」

 

 自信ありげな球子と、自然体の紫のクウガ。2人の言葉に少なからず躊躇していた敵側の4人も気を引き締める。訓練である以上、手を抜いては意味がない。

 

 

 

 

 

「では…………開始っ‼︎」

 

 ひなたの合図と同時に攻め込む4人。同時攻撃。まさに必勝のタイミング……のはずだった。

 

 

 

 

 

 球子とクウガは背中を合わせ、四方から飛んできた攻撃を盾で、装甲でそれぞれ防ぐ。球子が気に入った『背中合わせ』で互いを守る連携パターンだ。

 

 友奈と千景の攻撃を防いだクウガは2人を弾きその場にしゃがみこむ。同時に若葉と杏の攻撃を弾いた球子がその盾を大きく振りかぶる。

 

「──っ! ここだぁぁ!」

 

 大きく旋回する軌道で盾を飛ばす球子。全員に当たる見事なコースだった。

 

 体勢を崩された友奈と千景に、一撃の威力に長けたクウガの剣が振り下ろされる。

 

「──クッ……やられた、か」

 

「あたた……」

 

 迅速に2人を撃破したクウガが反転し、若葉に向かう。それを妨害するように飛んでくる射撃。遠距離武器を使う杏は、唯一球子の攻撃をかわすことができたのだ。

 若葉に迫るクウガ。クウガを狙う杏。一瞬の膠着状態を打ち破るように球子の声が響く。

 

「任せろ、陸人!」

 

 杏の横合いから球子の2撃目が飛んでくる。クウガに集中していた杏には避けられなかった。

 

「……あうぅ……」

 

「──‼︎ 杏まで……ッ!」

 

 圧倒的に有利な状況から一瞬で仲間が全滅したことに、流石の若葉にも動揺が走る。

 

「──最後だ……!」

 

 その隙を見逃さず、クウガの一閃が若葉を撃破。第1戦は勇者ペアの勝利で終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後も組み合わせを変え、連携訓練は白熱した。勝てば有用性を検討し、負ければ改善点を探す。陸人が考えた組み合わせは一通り試し、その日は終了となった。

 

 

 

「ふ〜、今日の訓練はなんか楽しかったな! それで陸人、誰とのペアが1番良かった? やっぱりタマだろ?」

 

「んー、どうかな? 他のみんなとのペアでもそれぞれいい感触が掴めたからなぁ」

 

 体を休め、寮に戻る道程。球子と陸人は2人並んで歩いていた。

 

「おっ、見ろ陸人。今日はすごく夕日がキレイだ!」

 

「おー、本当だ、眩しいね〜」

 

「……なぁ陸人、ちょっと肩車してくれるか? よく見ておきたいんだ。今日のこと、忘れないために」

 

「……りょーかい。さ、どうぞ」

 

 

 

 肩車の状態でゆっくり進む2人。

 

「タマは頑張るぞ。陸人も、あんずも、みんなも、守れるように」

 

「俺も、頑張るよ。球子ちゃんも、杏ちゃんも、みんなも、守るために」

 

 そう言って笑い合う2人。その姿は、紛うことなき『ワガママも許しあえる友達』だった。

 

 

 

 

 




 以上、タマちゃん回ったらタマちゃん回です。

 次は……どうするかな?そろそろバーテックス来るかな?来ないかな?みたいな状況です。


 次回もお楽しみに


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二章1話 初陣

ついに初戦です。

この辺で気になる人もいるかもなので、書いておきますと、勇者チームの面々は、コミュ力帝王陸人くんの尽力により、原作よりも仲がいいです。現時点で原作の壁外調査時くらいの親密度はあります。若葉ちゃんの二人称や、特に構われまくった千景ちゃんの態度に色濃く出てると思います。
ただ、イベントをこなしたわけではないので、諸問題は起きたり起きなかったりします。


「バーテックスの侵攻が、勢いを落としてきている?」

 

「そうなんですよ、今までこんなことなかったのに」

 

 若葉は1人、放送室で無線を使い、通信を行っていた。

 相手は四国外の数少ない生存域、諏訪を守る唯一の勇者、白鳥歌野。

 2人は以前から定期的に通信を交わし、遠く離れた地の仲間との結びつきを確認していた。

 いつも通りの情勢報告、うどん蕎麦論争が一区切りついたところで、歌野が困惑した調子で口を開いた。

 

「……先週の火曜日だったかしら? その日から急に襲撃の数も、1回に来るバーテックスの数もかなり少なくなってきてるんですよね」

 

「そうか……いいことなんだろうが、これまでがこれまでだ……どうしても手放しで喜べないな……」

 

「ええ、何かの前兆なんじゃないかって。みーちゃん……失礼、巫女の藤森さんも、神託は受け取っていないそうですが……」

 

 2人は黙り込む。考えられる可能性はいくらでもあるが、絞り込むには情報が足りない。

 重くなった空気を吹き飛ばすように、歌野が明るい調子で言う。

 

「もしかしたら、バーテックス側が疲れてきただけかもしれないですし。私たちのやるべきことは変わりません」

 

「……そうだな、四国に標的を切り替えた、という可能性もある。こちらも気を引き締めて……互いに力を尽くそう」

 

「はい、それでは今日の通信を終わります。ではまた、乃木さん」

 

「ああ、またな、白鳥さん。以上、通信終わり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 通信を終えて放送室を出る若葉。彼女を待っていたひなたが、声をかける。

 

「若葉ちゃん、今日の通信はいかがでした?」

 

「……ああ、何でも……」

 

 歌野が言っていたことをそのまま伝える若葉。それを聞いたひなたは、『先週の火曜日』という単語に、わずかな引っ掛かりを覚える。

 

(その日は……確か大社本部の地下で何らかの事故が起きたとかで……騒がしかった日ですね)

 

 壁の外に出た、という事実を広めるのはよろしくない、ということで、あの日の出来事は箝口令が敷かれ、ひなたや勇者たちには知られていなかった。

 

 引っ掛かりこそしても、その2つを結び付けて考えるのは、聡明なひなたにもできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会話を交わしながら、若葉とひなたは食堂に向かう。

 そこにはすでに4人の勇者が席に着いていた。

 

「おっ、若葉、ひなた、こっちだこっち~」

 

「もうすぐ出来上がるみたいだよー」

 

 球子と友奈の声に手を挙げて答えながら、席に着く2人。

 

 少しして、7人分の器を持って陸人が近づいてきた。

 

 

 

「お待たせー、今日はきつねうどんだよー」

 

 

 

「わあっ、おいしそうです。ありがとうございます、陸人さん」

 

「では、いただこう………………うん、美味いな、私は好きだな、このうどん」

 

「はい、どんどん上達していますね、陸人さん。とても美味しいですよ」

 

「………………、ふう…………」

 

「うーまーいーぞ────ー‼」

 

「ズルッ、ズルッ……ッ! ん────! プハッ、危なかった、詰まっちゃった……」

 

 無言で噛み締めたり、目を輝かせたり、命の危機に陥ったり、各々のリアクションで味わっていた。大好評のようだ。

 

 

 

 丸亀城の生活が始まった当初、陸人にとって料理経験に数えられそうなものは、拾った何かを焼くか煮るかといった原始的な調理だけだった。生活に慣れた頃、そんな自分に危機感を覚えた陸人は、食堂担当の大社職員に申請し、定期的に料理の練習をするようになった。人に出せるレベルに達したと認められてからは、勇者たちにも時々振舞うようになったのだ。

 仲間の笑顔にほんわかしながら、陸人も自分の器に手を付ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……こうしていると、バーテックスとか勇者とか、忘れちゃいそうになりますね……」

 

 食事を終え一息ついた杏が、ふとこぼす。それに反応したのが若葉。彼女はリーダーとして、いさめるような調子で言う。

 

「気持ちは分かる。私もここでの暮らしは充実している。だが、それも全て私たちが勇者であるからこその今だ。誰もが苦しんでいるこの世界の状況を、忘れてはならないだろう」

 

「そう、ですよね……分かってはいるんです。でも、ずっと訓練してきて、敵はずっと来なくて……いえ、来てほしいっていうわけじゃないですけど……どういう気持ちでいればいいのかなって……」

 

 杏は勇者随一の頭脳派で、同時に最もバーテックスに恐れを抱いている。現状にどうしても考え込んでしまうことはある。自分のこと、球子のこと、陸人のこと。敵がいつ来るのか、という見えない不安は、彼女の心を小さく、しかし確実に追い込んでいた。彼女の表情には隠し切れない憂いが浮かんでいた。

 そんな彼女の表情を見た友奈は、気づかれないように後ろに回り、にじり寄る。

 

 

 

 

「……せ~のっ、コチョコチョコチョコチョコチョコチョ~!」

 

「わきゃうっ、アハッ、アハハハハ、ちょっ、なんですか友奈さん……!」

 

 

 

 後ろから杏の脇に手を差し入れ、思いっきりくすぐる友奈。

 どうにか友奈を振り払い、涙目で睨む杏。その表情には先ほどまでの憂いはなくなっていた。

 

「笑って笑って、せっかく可愛いんだから。りっくんの前でそんな顔しちゃだめだよアンちゃん」

 

「……なっ、ゆ、友奈さん……!」

 

「大丈夫だよ、私たちはみんな強いし、これからだって強くなれる。みんなで一生懸命頑張れば、なんとかなるよ!」

 

「……友奈さん……」

 

「……高嶋さんは、強いね……」

 

「うん、でもそれは友奈ちゃんだけじゃない。杏ちゃんも千景ちゃんも、確かな強さを持っている。一緒に頑張ってきた俺が保証するよ」

 

「そうですね、それでもどうしても不安になることがあれば、私におっしゃってください。いつでも聞きますから」

 

「……すみません、弱音なんか……ありがとうございます、皆さん」

 

「ふふん、あんずは怖がりだな~、安心しろ! あんずの隣にはタマがいる! 何があっても守ってやるからな!」

 

 

 

 互いに励ましあい、決意を固めあう勇者たち。

 そんな彼らを見ながら、若葉は自分と彼らに目に見えない境界があるように感じていた。

 

(やはり、私などに、リーダー役は務まらない……友奈や陸人のような……)

 

 そしてそんな若葉を、静かにひなたが見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「若葉ちゃん、自分はリーダーにふさわしくないんじゃないか……なんて考えているんでしょう?」

 

 2人きりの夜、若葉はひなたの言葉にたいそう驚いた。完璧に内心を言い当てられたのだ。

 

「分かりますよ。若葉ちゃんのことですから」

 

「私は……友奈や陸人のようにはできない……ずっと一緒に過ごしてきた仲間が悩んでいるのに、かけるべき言葉さえ見つけられないんだ……」

 

 若葉は後悔していた。自分の発言は、きっとあの場にふさわしいものではなかった。人は正論だけでは動けない。もっと杏の心に寄り添った言葉が必要で、友奈と陸人にはそれができていたように、若葉には思えた。

 

「若葉ちゃんは、若葉ちゃんにしかできないリーダー役ができている。私はそう思いますよ?」

 

「……そうだろうか……?」

 

 ひなたの言葉も、普段ほど若葉の心に刺さっている感触がない。そこでひなたは、仲間の言葉を借りることにした。

 

「若葉ちゃん、これは以前、陸人さんが言っていたことなんですが──」

 

 陸人の名前を出され、耳を傾ける若葉。しかし、ひなたの口から続く言葉は発せられない。凍り付いたようにすべての動きを停止したひなたの姿がそこにあった。

 

「……ひなた……?」

 

 その時、若葉は初めて気づく。ひなただけではない。周囲の時間がすべて止まっている。

 

「────これは────⁉︎」

 

 樹海化、と考えが及んだ瞬間、周囲の風景が幻想的な植物へと置き換わっていく。

 

「……来たか、バーテックス……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが、樹海化か……」

 

「ってことは、敵が来たってことだよな⁉︎」

 

「……敵……バーテックス……」

 

 突然の事態に慌てる球子と、怯える杏。2人と一緒にいてよかった。と安堵しながら陸人は2人に指示を出す。

 

「とりあえず武器を取りに行こう。それからみんなに合流して、そこからだな……杏ちゃん、怖いのは分かる、けど、自分の身を守るために、装備と合流だけは済ませておこう。俺も一緒に行くからさ」

 

 そう言って杏の右手を取る陸人。その手を見て小さくうなずく杏。彼女の左手を取った球子が、二人を引っ張る。

 

「そうと決まれば急ごう! みんなも待ってるぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無事に合流を果たした6人。勇者アプリのマップ機能を使い、敵の分布を確認する。

 

「敵の数は……想定内、といったところか……」

 

「うん、みんなで戦えばなんとかなるよ!」

 

「……みんなで……」

 

 友奈の言葉に引っかかることがあった千景は、青い顔をした杏に目を向ける。

 

「……伊予島さん……あなた、大丈夫? 今にも倒れそうよ、その顔……」

 

「…………わ、私は……」

 

 2人の小声のやり取りに気づかない友奈が、明るく声を上げる。

 

「よーし、みんなでいっしょに、勇者になーる!」

 

 その声に反応してアプリを操作する勇者たち。

 各々の力を象徴する勇者装束を身にまとう……杏以外が。

 

「杏? 大丈夫か……?」

 

「……ご、ごめんなさい、私……」

 

 戦う意思を示さなければ、変身はできない。手が震えている杏に、若葉が声をかけようとした時──

 

「ごめん、杏ちゃん、ちょっと緊張してるみたいなんだ。俺がフォローするから、任せてもらえるかな?」

 

 杏の様子を隠すように、彼女の前に立つ陸人。

 

 彼の言葉に、言おうとしたことを飲み込み、若葉は敵に向かい合う。

 

「……お前がそういうなら、任せよう。では、先に行くぞ」

 

 すぐさま仲間を庇った陸人の姿に劣等感を感じた自分をごまかすように、若葉は敵に飛び込んでいく。

 

「あっ、待って若葉ちゃん。私も行くよ!」

 

「……高嶋さん、私も……」

 

 飛び出していく3人。残る球子は、杏を心配そうにチラチラ見ている。

 

「なあ、陸人。タマも……」

 

「大丈夫だよ、杏ちゃんには頼もしい護衛を付けるから……来い、ゴウラム‼」

 

 勇者アプリを操作する陸人。次の瞬間、頭上から金色の飛行物体が現れた。

 

「おおっ、これがゴウラムか!」

 

「彼は俺の指示に従って動いてくれる。バーテックスが何体来ても、杏ちゃんを守ってくれるよ」

 

 ゴウラムに指示を出す陸人。初めて見るゴウラムに、確かな頼もしさを感じた球子は、杏に声をかける。

 

「それじゃ、タマもいくよ。あんずはここで見ててくれ。バッチリ倒してくるからな!」

 

 そう言って駆け出す球子。杏は、何も言葉を返せなかった。

 

「杏ちゃん、こっち向いて」

 

 その言葉に顔を上げた杏は、自分の頭が陸人の胸に抱きしめられていることに、一瞬遅れて気が付く。

 

「──ッ! り、陸人さん⁉︎」

 

「落ち着いて、大丈夫だから……」

 

 杏を追い込んでいる樹海の風景を視界から外し、自分の心音と体温でリラックスを図る。陸人にとっては理詰めの思惑があっての行動であり、一瞬舞い上がりに舞い上がった杏も、徐々に落ち着いていく。

 

 杏がある程度落ち着いたのを確認した陸人は、手を放して声をかける。

 

「杏ちゃん、食堂でも言ったけど、俺は杏ちゃんが強いことをちゃんと知ってる。今はちょっと勇気を出すのに時間がかかっているだけなんだ」

 

「……陸人さん……」

 

「今日できなくてもいい、明日できなくてもいい。いつか杏ちゃんが本当に守りたい大切なもののために、その勇気を引き出せる時が来るからさ。その時までは、俺が……俺たちが、杏ちゃんを守るよ」

 

 そこまで言って、さて俺も行かなくちゃ、と陸人は杏から離れて構える。

 

「────変身ッ‼────」

 

 青い姿に変身したクウガ。彼は最後に一瞬振り返り、告げる。

 

「ゴウラムには杏ちゃんを守ることと、君の指示に従うことを命令してあるから」

 

 言うべきことは言った、と言わんばかりにクウガは全力で飛び出していく。

 その言葉には、君が戦うのなら力を貸してくれる、という意味が込められており、その意を杏は正しくくみ取った。

 

「……陸人さん……タマっち先輩……私は……」

 

 本当に守りたい大切なもの。そう言われて杏が想起するのは、今前に出ている2人の友達だ。

 

「……私は……!」

 

 覚悟とともに、杏は再びアプリを起動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 球子は追い込まれていた。球子の武器、旋刃盤は、1度投げると戻って来るまで隙ができる。陸人からは、1人で動くときは投げないように言われていた。予想外に順調に数を減らせた球子は、油断から投擲してしまった。それを待っていたかのようにバーテックスが近づいてきたのだ。

 

「ちくしょう……」

 

 諦めかけた球子の耳に、聴きなじんだ声が聞こえた。

 

 

「タマっち先輩、伏せて!」

 

 

 周囲を取り囲むバーテックスが一気に撃ち抜かれた。

 攻撃が飛んできた方向を見ると、勇者装束に身を包んだあんずが、ゴウラムの腕に捕まり、上空からクロスボウを構えていた。

 

「あんず、お前……」

 

「遅れてゴメン、タマっち先輩……私も戦える、戦うよ」

 

「……よっし、それじゃ行くぞあんず!」

 

「タマっち先輩はゴウラムの上に乗って! 飛び道具を使う私たちは、すごい速度で空を飛べるゴウラムと組むのが有効だと思う!」

 

「……おっ、おう。大丈夫かな? 落ちたりしないよな……」

 

「ゴウラムも気を使ってくれるし、勇者の身体能力なら大丈夫だよ……きっと……」

 

「おおい! 今きっと、って言っただろ⁉︎ 何だよ、じゃああんずが上に乗れよ、タマが下にぶら下がるから!」

 

「いっ、嫌だよ、危ない……タマっち先輩の方が運動得意でしょ?」

 

「いやいや、そういう問題じゃないだろ⁉︎ これ」

 

 結局、杏はともかく球子は片手がふさがると戦いにくい、という理由で球子が上になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(伊予島さん……変身できたのね……)

 

 一方、千景は消極的にバーテックスを撃破していた。敵に向かって行くまでは良かったが、いざ向き合うと、恐怖に耐えられなかったのだ。訓練の成果か、近づいてきたバーテックスをカウンターで切り裂いてはいたものの、自分から踏み込むことができずに、次第に追い詰められていた。

 

「オオリャアァァァ‼︎」

 

 そんな千景の目の前に青いクウガが専用武器『ドラゴンロッド』を振り下ろしながら落下して来る。千景の様子がおかしいことに気づき、文字通りに跳んで来たのだ。

 

「──ッ! クウガ……」

 

「千景ちゃん、大丈夫? 調子悪いの?」

 

「……あ……」

 

 まただ。杏の時もそうだった。陸人は仲間を信じている。恐怖に打ち勝ち、前に踏み出す勇気があると確信している。できないのはたまたま調子が悪いだけで、その力がないとは最初から疑ってもいない。

 

「無理しないで。この数なら俺たちだけで何とかなる。まずは自分の身を守ろう」

 

 千景は陸人に感謝していた。普段から頼みもしていないのになにかと世話を焼いて来る彼に。表に出したことこそないが、いつか何かで返せたら、とずっと思っていたのだ。

 それなのに、日常の外、戦いの中でまで千景は陸人に守られている。

 冗談ではない。これではまるで子供ではないか。唯一彼と同い年の自分が、いつでもどこでも陸人に面倒を見てもらっている。

 千景は誰かに愛してほしかった。だから、ずっと愛されずに生きてきた自分に優しくしてくれた、友奈と陸人に並べるだけの自分になりたかった。そのために———

 

 

(私は……勇者よ……勇者であることが、私の価値ならば──!)

 

 意思を固め、再び、より力強く鎌を握る千景。

 そのタイミングで、千景を助けようとして速度の関係で陸人に遅れをとった友奈が到着した。

 

「ぐんちゃん、大丈夫⁉︎」

 

「……高嶋さん……ええ、私は大丈夫よ……そう、私は勇者だもの……」

 

「ぐんちゃん……?」

 

「行きましょう、高嶋さん……一緒に……!」

 

「うん、行くよ、ぐんちゃん‼︎」

 

 タイミングを合わせて飛び込む千景と友奈。クウガだけを見ていたバーテックスは、2人の同時攻撃で一気にその数を減らした。

 

「千景ちゃん、友奈ちゃん……」

 

「大丈夫? りっくん」

 

「手間をとらせたわね……私はもう、大丈夫だから……」

 

「そっか、流石千景ちゃんだね……!」

 

 3人は息を合わせ、次々とバーテックスを殲滅していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──フッ‼︎……順調に数を減らせている。この調子で──」

 

 1人先行し、バーテックスを切り倒す若葉。彼女は自ら最前線に切り込むことで、最も高い戦闘力を持つクウガ以上の戦果を出していた。

 全体の8割ほどを片付けたタイミングで、残るバーテックスがこれまでにない動きをしていることに気づいた。

 

 

「──これは、まさかッ!」

 

 バーテックスが集まり、融合し、巨大な棒状の姿に変貌する。

 

『進化体』

 小型のバーテックスが融合することで至るバーテックスの強化形態。その存在を初めて目の当たりにした球子と杏は動揺する。

 

 

 

「アレが進化体ってヤツか……? 変な形だな。アレでどう戦うんだ?」

 

「形状から能力が予想できない……様子見も兼ねて、まずは私が……!」

 

 ゴウラムに射程距離ギリギリを維持させつつ、杏が矢を連射する。

 着弾の直前、進化体の前に板状の組織が発生。杏の矢を、軌道そのままに跳ね返した。

 

「きゃあぁ⁉︎」

 

「あっぶないなオイ! ゴウラムが動いてくれなかったら当たってたぞ」

 

 

 

 

 進化体の能力は反射。

 その精度を目にした若葉は、勇者の奥の手である『精霊』の使用も考えるが……

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおおっ!」

 

 迷いなく精霊の使用に踏み切った勇者がいた。

 高嶋友奈だ。彼女は神樹と交信し、自らの精霊を呼び出す。

 精霊を宿した友奈の装束の一部が、その力を表現するように変化する。

 友奈の精霊は『一目連』、能力は『速度の上昇』

 その速度は、瞬間的には青のクウガさえも上回るほどのものだ。

 一目連を宿した友奈とクウガが目を合わせる。

 

(友奈ちゃん、大丈夫? 精霊を使って)

 

(大丈夫、私を信じて)

 

(……分かった、一緒に決めよう)

 

(うん!)

 

 一瞬のアイコンタクト。2人は被害を減らすために、全力であの進化体を倒すことを決めた。

 

 間違いなくこの世界で最速の2人が、最短距離で進化体に接近する。

 クウガが友奈の前に出て、ルート上の小型を処理する。

 進化体の正面に到達したクウガは、天高く飛び上がり、その奥から友奈が突っ込む。

 

 

 

「ひゃく、れつ────!」

 

「……出し惜しみはナシだ!」

 

 

 高速化された連撃を叩き込む友奈。

 ドラゴンロッドに力を収束するクウガ。

 

 

 

「勇者ぁぁぁ! パァァァァンチ‼︎」

 

「オオリャアァァァ‼︎」

 

 

 友奈の100発目の拳と、青のクウガの必殺技『スプラッシュドラゴン』を同時に受けた進化体は、その衝撃に耐えられず、崩壊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……友奈、陸人……まったく、無茶をする」

 

 若葉の視線の先にはフラフラの体で、互いを支えながら立つ友奈とクウガ。

 自分が引き受けるつもりだった危険を、2人に任せてしまった。

 若葉は、判断の遅さを反省しながらも2人の無事を喜んでいた。

 

 2人を労おうと足を向けた若葉は、友奈と陸人を狙う小型の存在に気づいた。

 大技を使い強敵を撃破した直後、2人には決定的な隙ができていた。

 

 

「──ッ! 友奈、陸人‼︎」

 

 全力で駆け出し、2人とバーテックスの間に割り込む若葉。

 しかし、滑り込むような体勢で割り込んだため、反撃も防御も出来ない無防備を晒してしまう。

 

 バーテックスの攻撃が、若葉に迫る────! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで? バーテックスの体を噛みちぎり食べてしまったことの言い訳はそれで全部ですか?」

 

「い、いや……私の友達や、多くの人々を喰らった奴らに、同じ報いを受けさせようと……そのために……」

 

「報いというのはそういうことではないでしょう! お腹を壊したらどうするんです!」

 

 初陣を勝利で終え、樹海化が解除された先で待っていたひなた。

 怪我はないか、問題は起きなかったか、と一同を心配するひなたに、安心させようという意図もあったのだろう、球子が余計なことを言ってしまった。

 

 ──若葉なんて、バーテックスを噛みちぎって食べちゃったんだ、あれにはタマげたぞ──

 

 結果、ひなたの怒りが爆発。人喰いの怪物を文字通り食いちぎった勇者は、正座で懇々と説教を受けている。

 

 

 

 

 

 

 

 あの瞬間、若葉は驚異的な反応速度でバーテックスの攻撃を紙一重で回避。顔のすぐ横を通る敵の体に歯を立て、噛みちぎってみせたのだ。ちなみに、「食えたものではない」不味さだったそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 止まらないひなたのお説教と、それに比例して小さくなる若葉の背中。そろそろ止めようか、と陸人が一歩踏み出したところで、千景が小さく彼の左袖を引く。

 

「……伍代くん……」

 

「千景ちゃん、どうかした? 怪我とか……」

 

「……いえ、平気よ……そうじゃなくて……今回は、迷惑をかけてしまったから……ごめんなさい……」

 

「なんだ、そんなこと。俺だってこれからきっとたくさん迷惑をかけるよ。言葉がなくても助け合うのが仲間じゃない?」

 

「……そう……なら、今度は私があなたを助けてあげるわ……」

 

「うん、俺も、迷惑かけないように頑張るよ……これからもよろしく、千景ちゃん」

 

「……ええ、任せてちょうだい……私は、勇者だもの……」

 

 言いたいことは言えたのか、千景は陸人に背を向け離れていく。

 

 

 

 

 

 

 さて、ひなたちゃんを止めなくちゃ。と足を向けなおす陸人は、今度は右袖を引かれる感覚に、再び振り返る。

 

 

「……陸人さん……ありがとうございました……」

 

「杏ちゃん……俺は何もしてないよ。君が立ち向かえたのは、君に勇気があったからだ」

 

「それでも、キッカケをくれたのは陸人さんです。ゴウラムのことも……すごく助かりました」

 

「あぁ、そうだね。ゴウラムは、杏ちゃんや球子ちゃんと相性が良さそうだ。今後も使っていくことになるかも。大事にしてあげてくれる?」

 

「はい、それはもちろん……陸人さん。ひとつ、私の宣誓を聞いてくれますか?」

 

「宣誓?」

 

「私は……勇者、伊予島杏は、これから先の戦いで、クウガ……伍代陸人さんを守ります。これは、私のワガママです」

 

「……!」

 

「タマっち先輩から聞きました。ずるいですよ、2人だけで……嫌とは言いませんよね? 私と陸人さんは、ワガママを許しあえる友達ですから」

 

「……ハハ、これは参った……いつの間にか、強かになったね。杏ちゃんも」

 

「えへへ……まだまだ未熟と言っても、私も勇者ですから!」

 

「それじゃ、改めてよろしく、勇者様」

 

「はい。みんなでみんなを守って、この戦い、勝って終わらせましょう……!」

 

 

 

 笑って握手を交わす2人。これからの戦いに不安はあるだろうが、それを上回る希望の光が、彼らの胸には灯っていた。

 

 

 

 

 その後ろでは、ひなたのお説教モード最終フェイズに突入した若葉が、亀のように縮こまり、涙目で歯を食いしばっていた。

 

 

 

 

 




初戦終了です。

長くなったなぁ、最初はここ2話に分ける予定だったんですけど。切りどころを見失いズルズルと

疲れた……



本文中に入れるとどうも文章がくどくなるため、ここで説明させてもらいます。

クウガのモーフィングパワーについて

モーフィングパワーとは、クウガやグロンギ(クウガの世界の怪人たち)が使う、簡単に言うと、触れたものを変質させて武器を作る能力です。

今作のクウガは、アマダムに土地神の力が入っていることで、樹海と相性がいいのです。(現実世界より樹海で戦った方が強い、まぁ現実で戦う機会があるかは分かりませんが)
なので、モーフィングパワーも扱いやすくなっており、樹海の植物に触れるだけで、形状関係なくロッドもボウガンもソードも瞬時に構築できます。
無機物のない樹海でクウガを活躍させるための無理くりな独自設定です。これに納得していただければ幸いです。

次回もお楽しみに


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二章2話 価値

この話は特に顕著ですが、原作と相違がないシーンは、ばっさりカットして行きます。本文コピペみたいになっても無意味ですし。

なので、気になる方はのわゆ原作を買ってください!(ダイマ)

一時期売り切れ続出だったそうですが、今ならAmazonとかでも買えるのかな……?




 バーテックスとの初戦を終えた勇者たち。彼らの力は十分バーテックスに勝利しうる、と判断した大社は、勇者の存在を大々的にアピールし始めた。あらゆるメディアで報道され、6人の勇者は一躍時の人となった。

 特に目立つのが、若葉と陸人。若葉は勇者たちのリーダーとして、代表して取材を受ける機会も多く、その凛とした佇まいから人気を博した。

 陸人は、勇者唯一の男子として、そういった方面(色恋沙汰)の質問を何度か受けたが、苦笑しながら適当に流していた。

 また、他の勇者とは毛色の違うクウガの姿が、子供達を中心に大人気となった。

 

「カメラで変身ポーズを撮られるのは、流石に恥ずかしかったな……」とのこと。

 そんな忙しない日々が過ぎた、ある日のこと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 丸亀城、勇者たちの教室。そこにはいつもの7人のうち、5人しかいなかった。

 

「友奈は入院中として、千景はどうしたんだ?」

 

「休暇として、地元に帰っています。球子さんと杏さんは、千景さんの次だったはずですよ」

 

「あー、そっかそっか。すっかり忘れてた」

 

「帰れるの、久しぶりだね。楽しみだな……」

 

 

 

 初陣を見事勝利で飾った勇者たち。彼らには特別休暇として、一時丸亀城を離れ、実家への帰省が許可されていた。

 家族がおらず、帰る家もない陸人と、精霊使用の負荷で入院中の友奈を除いた全員が順に帰省予定となっている。

 

「陸人も一緒に行けたら良かったのになぁ」

 

「陸人さんも地元の友達とかもいるんだし。同じ愛媛の私たちの家に行くことくらい許可してくれてもいいと思うんですけど」

 

「うーん、いきなり知らない男子を連れて行ってもご家族を驚かせるだけだし、迷惑だよ」

 

「そんなことないぞ! ウチの家族は勇者のニュースとかチェックしてるし、タマも電話で陸人のことよく話すしな!」

 

「ウチもです。次の機会には、是非一緒に来てくださいね」

 

「うーん、そうだねぇ……」

 

 球子と杏は、帰省の話が出た時に自分たちの帰省のタイミングを合わせること、陸人も共に帰ることを申請した。これまではクウガの研究の大詰めの時期だったり、個人訓練期間だったりで帰省の許可がおりなかった陸人に、初めて訪れたチャンスだったのだ。結果、前者は通ったが、後者は消極的反対、といった対応だった。

 理由は、家族も実家もない陸人には、帰らせるよりもここでクウガの研究や鍛錬に時間をあてる方が有意義、というものだった。

 その無機質的な意見に怒りを覚えた2人だったが、陸人本人がそれを受け入れてしまい、彼の帰省はお流れとなった。

 

 陸人は大社の本意に気づいている。自分が壁外に出て間もなくの襲撃。若葉の話では、諏訪の方でもバーテックスがおかしな動きをしているらしい。間違いなく今のバーテックスの行動には、クウガが関係している。今大社から離れるのは望ましくないのだろう。

 大社はこちらの考えを陸人が理解できると確信している。陸人は正しく理解できている。だが、事情を知らない球子と杏には、大社が冷たい対応をしているようにしか見えなかった。

 これ以上話を続けても曖昧な返答をするしかない陸人は、話題を変えた。

 

「そうだ、ひなたちゃん。千景ちゃんの実家って、どこだっけ?」

 

「高知の小規模な村と聞いていますが、それがどうかしましたか?」

 

「いや、大したことじゃないんだ」

 

 高知……もし離れた状況で樹海化が発生したらどうなるのか。樹海内でスタート地点から孤立した状態になった場合、非常に危険である。

 それと同時に、陸人にはもう一つ心配なことがあった。

 

(千景ちゃん、地元ではまともな扱い受けてなかったみたいだけど……1人で帰って大丈夫かな……?)

 

 千景から聞いたわけではないし、本人以外から聞きだすことでもない。それでも陸人は、千景の態度や時折見える傷跡などから、千景の過去をある程度想像できていた。

 人為的にしか付けられないような傷も多くあった。どれだけ話しても家族や友達との思い出話が一向に出てこなかった。

 

(千景ちゃん、この前の初陣ではなんだか吹っ切れた顔してたけど……心配だな……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陸人の心配をよそに、翌日千景は何事もなく帰ってきた。

 

「お帰り、千景ちゃん。何にもなかった? 疲れたりしてない?」

 

「……ただいま……なんともないわ……むしろ好調よ……」

 

 その言葉の通り、千景はいつもと比べて陰鬱な雰囲気が薄い、生気にあふれた顔をしている。

 予想と違う反応に拍子抜けした顔の陸人を見て、千景は薄く笑う。

 

(……やっぱり、心配してくれていたのね……彼は私の過去を分かってて、それでも優しくしてくれてたんだ)

 

 地元では壮絶なイジメにあっていた千景。教師も親も厄介者扱い。あそこに千景の居場所はなかった……勇者になるまでは……

 

(勇者になれば、お父さんもお母さんも……村のみんなも私を愛してくれる……私の価値を認めてくれる……高嶋さんや伍代くんに会えたのも勇者だから……とびきり優秀な勇者になれば、2人に並べる私になれる……)

 

 前回の戦闘と今回の帰省で、郡千景にとっての勇者の意義が変わった。『自分の価値全て』へと。

 

 

 

 

 笑う千景に一瞬危うげな雰囲気を感じた陸人が声をかけるより早く、世界は静止した。

 

「……樹海化……!」

 

「来たな。千景、戻って早々悪いが……」

 

「……分かってるわ……勇者のお役目、だものね……」

 

 千景の目に、これまでにない好戦的な光が宿るのを、陸人だけは気づいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前回よりも数が多い敵を相手に、千景は積極的に前に出ていた。

 

(誰よりも多く敵を倒して……私が1番活躍する……! そうすれば……)

 

 突出する千景の背後からバーテックスが迫る。気づいた千景が振り向くと同時に、その小型は桜色の衝撃に吹き飛ばされていた。

 

「た、高嶋さん⁉︎……入院してたんじゃ……」

 

「えへへ、時間が止まってたもんだから、来ちゃった。みんなが戦ってるの分かってて、ジッとしてられないよ」

 

「……やっぱり、高嶋さんはすごいね……」

 

「そんなことないよ! ぐんちゃんこそすごい! バンバンやっつけてるし、カッコイイよ」

 

「……そうね……でもまだまだいけるわ……ここからよ……」

 

「おおっ、張り切ってるね、ぐんちゃん!」

 

 並んで構える2人の前に、融合を果たした進化体が現れる。

 

「……あいつは、私が殺す……!」

 

 今の千景は、負担が大きい精霊の使用もためらわないほどに戦意を高めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その形状は、小型の意匠そのままに巨大化したようなものだった。その中でも特徴的な口から何かが射出されようとしているのを見て、クウガは赤から紫に姿を変え、千景と友奈の前に出た。

 

 次の瞬間、クウガを襲う大量の矢の雨。クウガはたまらず膝をつく。1発1発は紫の装甲を傷つけるほどの威力はないが、装甲に覆われていない部位にも大量に矢を受けてしまったのだ。

 

「りっくん!」

 

「──ッ! 全員走って! 止まったら狙い撃ちだ!」

 

 クウガの言葉に駆け出す一同。

 

("アレ"の正式採用が間に合っていれば……! 人を抱えたゴウラムじゃ、確実に躱せるか分からないし……)

 

 この進化体の脅威は面制圧力だ。速度に優れていても、遮蔽物がない上に、ゴウラムに頼る以外に躱す手段がない空中で相手取るには相性が悪く、通常の勇者たちの速度で躱せる攻撃でもない。

 可能性があるとすれば青のクウガだが、先ほどの攻撃で足にダメージを負った彼では、あの矢を振り切るスピードを出せるかどうか……そこまで考えて、クウガはとりあえず耐えられる紫のまま、囮を務めつつ杏と球子に狙ってもらおう、と急ごしらえの作戦を伝えようとするが……この進化体は、判断が早かった。

 

 一度でクウガに攻撃が効かないことを悟り、自らに背を向け距離を取る千景に狙いを定めたのだ。

 千景に迫る矢の雨……躱そうとする千景をあざ笑うかのようにあっさりと、矢はその体を貫いた……

 

「──ッ! そんな……」

 

「ぐんちゃんっ! ぐんちゃぁぁぁん!」

 

 

 

 

 直後に、バーテックスの背後から現れた千景が、その鎌の刃を突き立てた。そして他の方向からも、次々と千景が現れ、バーテックスに突っ込んで行く。

 

「えっ! アレッ⁉︎ ぐんちゃんがいっぱい⁉︎ 何で⁉︎」

 

「……これは……そうか……これが千景ちゃんの精霊の力……」

 

 

 千景の精霊は『七人御先』その能力は、『7つの場所に同時に存在することができ、その全てを同時に殺されなければ死なない』

 

 千景が1人でも残っていれば、瞬時に新たな千景が出現する。半ば不死身状態だ。

 千景の戦いを見て、その能力をおおよそ理解したクウガは、千景に声を飛ばす。

 

「千景ちゃん! 念のために1人、敵から離しておいて! その代わりは俺が務めるよ」

 

「……! ……伍代くん……」

 

 陸人はどんな時でも自分を心配してくれる……そのことが嬉しかった千景は、指示通り自分を1人、友奈たちの近くに配置した。

 それを確認した陸人は、自分の端末を召還。負傷した足の代わりに、頼れる相棒を呼び出した。

 

「……来い、ゴウラム‼︎」

 

 自分のもとに飛んで来たゴウラムの角に飛び乗り、クウガは最も弾幕の厚い正面から進化体に突っ込む。専用武器『タイタンソード』を構築し、気合いとともに構える。

 

「千景ちゃん、合わせて!」

 

『……任せて……!』

 

 同時に進化体を取り囲むように接近する6人の千景。どれを狙うか迷うように、バーテックスの弾幕は精彩を欠いていた。

 

「オオリャアァァァ‼︎」

 

『これで……終わりよ……!』

 

 ゴウラムの勢いも合わせた必殺の突き『カラミティタイタン』と、千景の6発同時斬撃。攻撃特化の進化体に、耐えられる威力ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、陸人は差し入れを持って訓練場の前に立っていた。

 

 ──私は、この前の戦い、ぐんちゃんが1番活躍したと思うよ──

 

 ──ありがとう……高嶋さん──

 

 

 

 そこには千景と友奈がいて、図らずも陸人は2人の話を聞いていた。

 陸人は千景の様子に違和感を覚えていた。急に勇者のお役目に積極的になったことだ。もちろん悪いことではないが、陸人が心配だったのはその理由だ。陸人視点、あまり前向きな感情の発露には見えなかったのだ。今やっている訓練もそう。何事も急に張り切っては、危険なことにもなりかねないのだ。

 

 思いつめやすい千景のこと、なにか自分を追い込むような考えに至ったのなら、その心をどうにか解きほぐせないか、とお手製うどんを持ってやってきたのだが……

 

(今、千景ちゃんの心は安らいでいる……俺が何か言うことはないか……)

 

 声を聞けばわかる。千景は今幸せを感じていて、それは陸人ではなく友奈の言葉のおかげなのだ。

 心配なのは変わりないが、千景のことは、ある意味出会った時から心配し通しで、今更なことである。

 

(今顔を合わせると、余計なことを言っちゃいそうだな……)

 

 今は2人にしておくべきだろう、と思った陸人は、お盆を床に置き、入り口の扉をノック。素早くその場を後にした。

 

 

 

 

 

 ノックの音に気づいた千景と友奈が扉を開けると、そこには誰もいなかった。

 

 

 代わりに、陸人が千景と自分の分に用意した、2つの釜揚げうどんがお盆の上に置いてあった。

 

 

 

 

 

「りっくん、来てたんだね。入ってくればいいのに」

 

「……伍代くん……」

 

「伸びちゃうと悪いし、いただきますしよ、ぐんちゃん!」

 

「……ええ、そうね、高嶋さん……」

 

 千景の心に影はない。大好きな友人が隣にいて、大切な恩人が自分を見ていてくれる。

 

(……私はもう……大丈夫……)

 

 それだけで、千景の心は晴れやかだった。

 

 

 

 

 

 




はい。ここは原作と大差がないので、味気ない文になってしまいましたね……反省。カットするべき部分はカットするにしても、他でちゃんとメリハリをつけなくては……

2度目となる後書きの設定資料……

今作のクウガは、ゴウラムを呼び出すのに端末が必要です。なぜならクウガは、他の勇者と違って端末なしでも変身できるからです。万一の場合に備え、クウガの戦力の一端でもこちらで制御できるようにしたい。そういう大社の思惑の結果です。ちなみに真鈴さんは反対しましたが、陸人本人が了承したため、そのように調整しました。この時の真鈴さんの複雑な心情が後々の伏線になる…かもしれません

戦闘時は樹海化に反応して、自動で召喚許可がおります。普段の訓練や実験の際は許可を取ってからでないと呼び出せません。

ちなみにゴウラムは神樹様のお力と大社の技術で量子化されて普段は陸人の端末内にいます。ここが1番強引な設定だな……

変身時の端末の呼び出し方は、ゆゆゆアニメで風さんや東郷さんがやっていたのと同じ感じです。小さく光って手元に現れます。


以上、本文に入れろよ……設定資料でした。

次回もお楽しみに。


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二章3話 相思

みなさんココまで読んで分かっているでしょうが、私の推しメンのメイン回ですので、気合い入れすぎて前後編になりました。

更にクウガの大好きな要素もココに持ってきたので余計にドーーンと熱量込めてます。




 襲撃が始まっても変わらない、勇者たちの訓練と勉学の日々。

 その休み時間に、珠子と杏は1つのイヤホンを共有して互いの好みの音楽の良さを主張しあっていた。

 

「ロックだろ!」

「バラードだよ」

 

 

 

 

「2人は本当に仲が良いですよね、見ていて微笑ましくなります」

 

「うんうんっ、まるで姉妹みたいだよね!」

 

「そうだね、俺もあの2人が出会ってすぐの頃からの付き合いだけど、あの2人は最初からすごく仲が良かった。正反対だからこそ、ってことなんだろうね」

 

 そんなことを言う陸人を、ひなたたち4人が揃って見つめる。お前が言うのか……と。

 

「……そう言うあなたも、あの2人とはかなり仲良く見えるけど……?」

 

「ああ、まるで三人兄妹のようだ。陸人が1番上。次が杏。末っ子が球子……うん、しっくりくるな」

 

 

 

 

「……ってオーイ! おかしいだろその順番! 2番はタマだろ、普通」

 

「えー、タマっち先輩がお姉さん? それは、想像しにくくない……?」

 

 音楽鑑賞を終えた球子と杏が話に入る。結局互いのオススメを聴いてみる、という結論に落ち着いたようだ。

 

 

「まぁ、順番はともかく、タマたち3人はそこらの兄妹よりずーっと仲良しだからな、そう思うのも無理はない」

 

「うん、3年前のバーテックス侵攻からの付き合いだもんね」

 

「そういえば、概要は知っていますが、その時のことを当人から聞いたことはありませんでしたね。話せる範囲で、聞かせてもらえますか?」

 

「分かりました。私は──」

 

 

 

 杏は流れるように言葉を紡ぐ。

 

 ──幼い頃、体が弱く、学校にもまともに通えない時期があったこと──

 

 ──そのせいで同じ学年をやり直すことになり、学校に馴染めなくなったこと──

 

 ──そんな折の侵攻の夜、球子と出会い、その強さと凛々しさに憧れたこと──

 

 ──球子という王子様のおかげで、今の自分があること──

 

 

 話が一区切りついた頃には、球子の顔は完全に茹で上がっていた。

 

「……べ、別にそんな大したことはしてないだろ……あんずはこんなに可愛いんだからさ、守ってやりたくなるのは当然だろ」

 

「うん、それでこそ王子様だよ。球子ちゃん」

 

「うっ、うるさいぞ、陸人! タマの話は終わりだ、終わり! あんず、陸人のことはどう思ってるんだ⁉︎」

 

「……えっ、ええぇっ⁉︎」

 

 自分の話題から離れたい一心で、球子はとんでもないキラーパスを出す。陸人は男子である。そして目の前にいる。そんな相手を「どう思っているか」というのはいくらなんでも酷である。

 静まりかえる教室。球子も自分の失言に気づいた頃、重たい空気を打ち破った勇者は当事者の1人、陸人だった。

 

「……あー、俺、予定があるんだ。ちょっと出てくるね」

 

 訂正、逃げの一手だった。しかし元々この後抜ける予定だったのは事実で、みんなもそれを知っていた。少し予定を早めただけなのだ。

 全員分の恨めしげな視線を背中に感じながら、陸人は教室を出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで? 当人がいなくなったから改めて聞くけど、伊予島さんはどう思ってるの……? 伍代くんのこと……」

 

 千景のその発言に全員が驚いた顔をする。話をぶり返すなら、少なくとも千景以外の誰かだと誰もが思っていたからだ。

 

「……別に、暇つぶしの興味本位よ……真面目に答えようとしなくてもいいわ……」

 

 

「……え、えっと、陸人さんは、3年前からずっと私のことを守って、優しくしてくれて……でもそれは、私が特別なわけじゃないんです。陸人さんにとっては、誰かを助けるのは当たり前のことで……たまたま勇者として一緒にいることが多いから、仲良くしてもらってるだけというか……」

 

 球子が王子様なら、陸人は騎士様だ。杏はそう思う。特定の個人に忠を尽くすのではなく、もっと広く守る救国、救世の騎士。勇者と置き換えることもできるかもしれない。

 

「そんなこと分かってるのに……ちょっと優しくしてもらえると嬉しくなって……名前を呼ばれるだけで気持ちがフワフワして……頭を撫でてもらうと心がポカポカして、いつでも誰かのために頑張ってる陸人さんが、私は──」

 

 そこまで言って、杏は黙り込む。本人もここまで口に出すつもりはなかったのかもしれない。

 薄々感づいてはいたが、杏の口からここまでの言葉が出てくるとは誰も思わず、千景含む全員が言葉に悩む。

 

 

 

 

 そんな静寂の中、始業のチャイムが教室に響く。

 今ほどこの音に感謝することはないだろう。適当な言葉とともにそれぞれが自分の席に戻る。

 1分ほどして入ってきた教師役の大社職員は、なんとも言えない教室の雰囲気に首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ああああぁぁぁぁ……、言っちゃった、言っちゃったよ〜)

 

 伊予島杏は後悔していた。先ほどの自分の発言すべてを。

 なぜあそこまで暴露してしまったのか、誰もそこまで本気で聞いてはいなかったのに。

 この後どんな顔をして陸人に会えばいいのか。いや、陸人は何も知らないのだから、いつも通りでいいのだが。自分と陸人を見る仲間たちの視線が怖い。そんなつもりではなかったのだ。

 

 そして、ある意味陸人以上に今顔を合わせづらい相手がいる。

 

(タマっち先輩……私の話を聞いて、どう思ったかな……?)

 

 彼女も陸人のことを憎からず思っている。少なくとも杏にはそう見えた。球子本人にその自覚があるかは分からないが、心穏やかでいるとは考えにくい。

 

(なんでこんなことに……恋愛小説じゃないんだから……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 土居球子は混乱していた。先ほどの杏の発言すべてに。

 確かに自分を含めた3人の仲は特別良かったが、それは友情だと信じて疑うことはなかった。

 

 だが、思い返せば、自分は昔から恋愛感情というものをよく分かっていない。小学生の頃もクラスの女子の恋バナに馴染めず、男子に混ざって遊んでいる方が気楽だった。

 そんな遊び仲間の1人に告白されたこともある。訳もわからず断ってしまい、その後彼とは疎遠になってしまった。今になって考えると、友情と恋愛感情の区別がつかなかった自分にも非があったのではないかとも思う。

 その時の彼(仮に友くんとする)と陸人を比較してみる……

 

 仲は……まあ友くんとも良かったとは思うが、これまでの人生で杏と陸人以上の友達がいた覚えはない。

 

 イイやつだと思うかどうか……友くんは何かと話しかけてきて、楽しかったが、時折鬱陶しく思うこともあった。なるほど、アレは彼なりのアピールだったんだなと今更になって気づく。

 陸人は、時々難しいことを言うが、球子が理解できなければ、必ず言葉を変え、身振りも使い、最後にはなんとなく分かった気にさせてくれる。頭の悪さを自覚している球子にとって、彼の気遣いは嬉しいものだった。

 

 カッコイイと思うかどうか……友くんは、遊び仲間以外の対象としてみたことがなく、そんなことを考えもしなかった。

 陸人は、優柔不断なところこそあるものの、日常でも戦場でも、ここ1番でやるべきことをやってくれる。そんな彼に見惚れたことも、あったかもしれない。

 

(アレ? ……これは、マズイんじゃないか……?)

 

 考えれば考えるほど、陸人のイイところばかり浮かんでくる。そんなはずはない。彼にも欠点があって、そんな彼を自分はしょうがないヤツだと呆れて見ていたはずなのだ。

 

(そんなはずはない……ないんだ……! だってそしたら、タマはあんずと……!)

 

 必死に否定材料を探す球子。その姿は、側から見て明らかにドツボにはまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伍代陸人は心配していた。自分が戻った時の教室の空気を。

 あのまま話が終わったならそれでいい。だが、もしも女子特有の恋バナパーティが始まってしまっていたら……

 ちょっと想像しにくいメンツだが、姦しくなる人数の更に倍の女子が揃っているのだ。可能性はゼロではない。

 

(……っていうか、何を想像しているんだ俺は。うぬぼれ屋さんか……)

 

 なんとなく気まずさに耐えきれずに逃げてしまったが、仮に恋バナが始まっても、自分にはなんの関係もない。

 

 杏や他の誰かが自分のような優柔不断で流されやすく、なにより1()()()()()()()()()()()()()()()()()()をそんな対象としてみることはあり得ない。

 そう思うと、一気に気が楽になる。ちょうど丸亀城についたようだ。トラックの荷台が解放され、光が差し込む。

 

「……さて、お披露目だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後の授業を終え、あの空気感を時間という最強の武器で払拭した面々は、丸亀城を出たところで、聞きなれない音に釣られて車両入り口を見る。

 

 バイクに乗った少年が、こちらに近づいてきていた。

 ヘルメットで顔は隠れているが、アレは間違いなく陸人だ。

 

「なっ、なんだアレ⁉︎」

 

「……陸人さん、だよね?」

 

「バイク……? ひなた、何か聞いているか?」

 

「陸人さんが新装備を受け取る、とは聞きましたが……アレがそうなんでしょうか……?」

 

「……というか、バイクの免許って16からじゃないの……?」

 

「聞いてみればわかるよ! オーイ、りっくーん!」

 

 声をかけながら近寄る友奈。後を追う勇者たち。10mほど手前でバイクを停止させた陸人がヘルメットを外す。

 

「やーやー、驚いてくれたようでなにより」

 

「……素直に驚いたぞ……コレが、新装備、か?」

 

「うん、名前は『トライチェイサー』クウガとゴウラムとの三位一体の戦術を目的に作られた専用バイクだよ」

 

「クウガ専用かー、いいなぁ、カッコイイ!」

 

「……でも、あなたまだ14歳でしょう……? 免許とか、大丈夫なの……?」

 

「うん、正式な免許は取れてないんだ。だから公道では走れない。けど、大社の方で特別に許可を取ってくれてね。ココや大社本部のような、大社所有の施設内なら乗っていいんだよ」

 

「なるほど……そして樹海や壁外は今や法の外の世界と言ってもいい。陸人さんがバイクに乗っても問題ない、というわけですね」

 

「そういうこと。ちょっと前に計画を聞かされて、大社本部で運転の練習と座学をやってたんだ。驚かせようと思って内緒でね。で、今日全ての準備が終わったから、ここまでトラックで運んでもらったんだ」

 

 そう言って自慢げに車体を撫でる陸人。テンションが上がっているのか、いつもより態度が年相応だ。

 

「スゲーなー! なぁ陸人、ココなら乗ってもいいんだよな⁉︎ ちょっとタマを後ろに乗せて走ってみてくれよ!」

 

「あっ、ズルいよタマっち先輩。私も乗ってみたいのに……」

 

「あら、意外ですね。球子さんはともかく、杏さんがこういったものに興味があるとは」

 

「あ……えっと、それは……」

 

「ああ、この前杏ちゃんに借りた小説に、主人公カップルが二人乗りしてるシーンがあったね」

 

「〜〜〜っ! バラさないでくださいよ、陸人さん!」

 

「アハハ、ごめんごめん。じゃあ順番に乗せて走るよ、ジャンケンで決めよう?」

 

 球子、杏、友奈、意外なことに若葉も参加し、敷地内を回るだけだったが、大好評だった。

 

 

 

「……陸人さん……」

 

 ジャンケンでビリになった杏が、控えめに陸人に掴まりながら声をかける。

 

「どうかな? 俺じゃ役者不足だろうけど、小説の情景を少しは味わえてる?」

 

「……そんなことないです……陸人さんと一緒に乗れて、すごく楽しいです」

 

「そっか、良かったよ」

 

「……陸人さん……私のこと……」

 

 ──どう思っていますか? ──

 

 その先を口に出すことはできず、陸人が聞き返す。

 

「んー? 何か言った? 杏ちゃん」

 

「いえ、何でも──」

 

 ないです、と言おうとした瞬間、世界はその時を止めた。

 

「──樹海化……!」

 

「いっつも急だなぁ……けど、トライチェイサーは間に合った……!」

 

 勇者たちも慣れたもので、世界が植物に染まりきる頃には、合流を果たし、準備に入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 樹海化が完了、勇者たちも変身を終え、臨戦態勢を整えた。

 マップを確認しようと端末を見た球子が、困惑の声を上げる。

 

「……オイオイ、何だこりゃあ……」

 

 そこには巨大な反応が2つ。それは即ち、進化体が2体いるということ。

 

 前回倒した矢を放つ進化体ともう一体、人の下半身のような形状の進化体が、並び立っていた。

 

 

 

 

 

 

 




ココで明確に原作より難易度引き上げてみました。

シリアス度を持ち上げて話の盛り上がりを狙った結果、タマちゃんうどんタマ事件はなかったことになります。

あのシーンが好きな方、申し訳ありません。

中学生の陸人くんにバイクを使わせるために、自分が思いついた理屈です……これくらい大社なら出来るだろうということで1つ……

次回もお楽しみに


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二章4話 相愛

本日2度目!

前後編、ということで2話ともある程度まとまってから投稿したのでこんなペースで書けました。

前話を読まずに最新話のこっちに来てしまった方は、先に前話からどうぞ



「思考して、対策するのはこっちだけじゃないってことだな……」

 

「どうする! 手分けするか⁉︎」

 

「その場合問題になるのは新顔の敵の能力が分からないことです……」

 

 2体の進化体という予想外の事態に、勇者たちは小型を始末しながら端末を用いた通信で作戦会議を行う。今の所2体とも動きを見せていないが、射撃型の進化体の厄介さを身をもって知っている勇者たちは一定の距離から踏み込めずにいた。

 

「このままじゃラチがあかない……俺が一当てして小さい方の出方を見るよ。バイクを使えば一撃離脱も出来る」

 

 そう言ってトライチェイサーに乗って人間の下半身のような形をした進化体に接近するクウガ。それを見た進化体は、クウガに背を向け、一目散に駆け出した。

 

「逃げた⁉︎」

 

「速いぞ、アイツ!」

 

「……待って、あの方向……!」

 

「まさか、神樹様狙い⁉︎」

 

「……俺が追う!」

 

 トライチェイサーは、樹海での走行を想定して悪路でもある程度速度を維持できるよう調整されていた。障害物を飛び越える二足歩行型と、スピードは互角。いや、僅かにトライチェイサーの方が上回っていた。だが、度々小型が進路を塞ぎにかかるため、その距離を縮めることができずにいた。

 

(このままじゃ神樹様が……!)

 

 もう1体がいる状況で使いたくなかったが、クウガは止む無く追撃戦に向いた力を使う。

 

 緑のクウガ。優れた感覚神経で遠くの敵を狙い撃つ射撃形態。

 

 その余りに鋭敏化される感覚の負荷により、制限時間がある諸刃の剣だ。その使用時間は僅か50秒。その限界を超えると強制的に変身解除。その後2時間変身できなくなるという致命的なデメリットを抱えている。

 

 専用武器『ペガサスボウガン』を形成し、進化体を狙うクウガ。

 その瞬間、沈黙を保っていた射撃型の進化体が、突如クウガに矢を斉射してきた。

 

「──ッ‼︎」

 

 クウガはトライチェイサーを蛇行させて矢を躱す。

 しかし、そこで二足歩行型から目を離したのが失策だった。急速反転からの飛び蹴り。それをまともにくらい吹き飛ばされるクウガ。

 

「グアッ! ……このっ!」

 

 バイクから転がり落ち、それでも無理な体勢から射撃を繰り出すも、アッサリと躱される。

 

 

 

 

 

 それを見た杏は、敵の狙いに気づいた。

 

「陸人さん、緑の変身を解いて!」

 

「──ッ!」

 

 杏の指示に反射的に赤に戻るクウガ。

 

 

 

「どういうことだ、杏?」

 

「今回の敵はクウガに狙いを絞っています。理由は分かりませんが、クウガの特性も理解しているようです。このままじゃ……」

 

 足が速い二足歩行型が突出することで、接近戦の弱さ、制限時間といった弱点を抱える緑の力を使わせる。そこを集中攻撃で叩き潰す。

 そして緑の力を解除したらすぐさま神樹に向かう。これの繰り返しでクウガを孤立させながら追い詰めることができる。

 

 これまでにない戦略的な動きに動揺する勇者たち。

 策略に気づいた時には既に勇者とクウガの間には足で埋めるには厳しい距離が開いてしまっていた。

 

「……どうするの……?」

 

「りっくんもだけど、このままじゃ神樹様も危ないよ!」

 

「精霊を使うか……? いや、それでも……」

 

 小型の波状攻撃で足止めされた勇者たちが焦る。

 追い込まれていくクウガを見た球子は、杏に声をかける。

 

 

 

 

「〜〜! あんず、速攻でなんか考えてくれ‼︎」

 

「ええっ? そんなこと言われても……」

 

 突然の無茶振りに動揺する杏。しかし、球子は真剣な瞳で杏を見つめ、繰り返す。

 

「頼む、あんず。タマの頭じゃダメなんだ! あんずが考えた作戦なら、タマはどんな無茶でもこなしてみせる! タマとあんずで陸人を助けるんだ‼︎」

 

 その言葉に、杏は以前の自分の言葉を思い出す。

 

 ──私は……勇者、伊予島杏は、これから先の戦いで、クウガ……伍代陸人さんを守ります。これは、私のワガママです──

 

 そうだ、自分は陸人を守ると誓った。ならば、そのために今できることは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 僅か数秒で策を構築した杏は、通信で指示を出す。

 

「…………陸人さん! ゴウラムを貸してください!」

 

「……杏ちゃん?」

 

「私たちで助けますから、信じてください!」

 

「……信じてるさ、いつだって!」

 

 クウガはゴウラムを呼び出し杏たちの元へ向かわせる。

 その隙に更に神樹に向かう進化体。思惑通りに動かされていると分かっていても、追うしかないクウガはバイクで追跡する。これまでにない苦戦に、陸人の心が摩耗していく。緑の力の制限時間は、既に10秒を切っていた。

 

 

 

 

「ゴウラムが来たぞ! あんず⁉︎」

 

「私とタマっち先輩で乗るよ! 若葉さんたちは、射撃型をお願いします」

 

「分かった。小型も含め、そちらに邪魔が入らないようにしよう!」

 

「……こちらは任せなさい……!」

 

「りっくんをお願い!」

 

 言葉を交わし、二手に分かれる勇者たち。

 射撃型の気を引くために積極的に仕掛ける若葉、友奈、千景。

 小型を撃ち落としながら、ゴウラムのトップスピードでクウガを追う球子と杏。

『クウガを助ける』その一心を共有した勇者たちは全てを語らずとも自分の役目を果たそうとする、本物の連携を体現していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 珠子と杏は、進んで止まってを繰り返すクウガたちに追いつくことに成功した。

 杏の作戦は、ここで球子をクウガと合流させ、盾を備えたトライチェイサーとゴウラムからの二面射撃で足を止めるという手だった。しかし、ここで誰もが予想できなかった事態が発生する。

 

 

「……えっ? ゴ、ゴウラム⁉︎」

 

「んなぁっ⁉︎ ゴウラムが、割れたぁ⁉︎」

 

 トライチェイサーの真上に位置したゴウラムが、その体を2つに分けた。球子と杏は落下し、真下のトライチェイサーに乗り上げる。偶然か、ゴウラムの配慮か。前から球子、クウガ、杏の順に3人並んで無理矢理シートに着く。

 

「おわぁ! 球子ちゃん、杏ちゃん⁉︎」

 

「何だいきなり⁉︎」

 

「あっぶない……」

 

 訳もわからず3人乗りのまま走るトライチェイサー。その車体に、分離したゴウラムが合体する。

 

『トライゴウラム』

『馬の鎧』たるゴウラムと、鉄の騎馬と言えるトライチェイサーが合体した状態。速度と突進力に長けた、ゴウラムのもう1つの姿だ。

 

 

 

 

 

 

「よく分からんが、なんか行けそうだぞ! 陸人!」

 

「ああ、2人は足止めを狙ってくれ!」

 

「タマっち先輩、投げて! 私が当てるから!」

 

 球子が旋刃盤を投げる。その軌道を司るワイヤーを杏が撃ち抜く。曲芸じみた連携射撃によって、不規則な軌道で襲いかかる旋刃盤を避けることは、流石の二足歩行型にもできなかった。

 

 一瞬足を止めた進化体に、トライゴウラムが突撃する。その先端部に、エネルギーが収束していく。

 

「……出し惜しみはナシだ‼︎」

 

『いっ、けぇぇぇぇぇ‼︎』

 

『トライゴウラムアタック』

 トライゴウラム必殺の体当たりが、二足歩行型に直撃。粉砕する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見事に強敵を撃破したクウガたち。しかし、無理矢理3人乗りしていたため、激突の反動を殺しきれなかった。現実世界ではあり得ない衝撃に空中に投げ出される3人。

 何とか2人を抱えて着地しようとしていたクウガは、遠くもう1つの戦場で、射撃型が若葉を狙っている瞬間を目撃した。

 

「──させるかっ!」

 

 瞬時に緑に変身。武器を構えて3連射。

『ブラストペガサス』射程と命中精度に優れた緑のクウガの必殺技が、矢を放とうとしていた発射口に直撃。もともと蓄積していたダメージと合わせて、射撃型は崩壊した。

 

 それと同時に限界を迎えたクウガは、空中でその変身を強制解除した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、陸人さん。口を開けてください」

 

「……杏ちゃん、そんなことしなくても……」

 

「でも利き腕使えないと食べにくいでしょう?」

 

「だ、大丈夫! 食べれるよ」

 

「そう言ってさっきから落としてばっかじゃんか。いいから大人しくしとけって。ほら、タマの分も分けてやるぞ、はい、ア〜〜ン」

 

「い、いいってば!」

 

 右腕を器具で固定している陸人の世話を焼く杏と球子。珍しく子供らしい反応を返す陸人を微笑ましく見ている仲間たち。

 

 あの後、陸人は生身でも構わず球子と杏を抱え込み着地……いや、落下し、無理な体勢が祟って右肩を脱臼した。アマダムの力で回復力が増幅されているとはいえ、しばらく右腕が使えない陸人の世話を買って出たのが杏と球子だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(今は、きっとこれでいいんだ……タマっち先輩が王子様で、陸人さんが騎士様で……私はお姫様なんて柄じゃないし、非力なりに2人と一緒に戦う仲間……)

 

 ──2人とも、怪我はない? ……良かったぁ──

 

 脂汗をかきながらもこちらを心配する陸人の顔。彼は何があっても変わらずにいてくれる。今回の戦闘で再認識した杏は、無理に答えを急ぐ必要はない、と結論づけた。

 

 ──いつか、この気持ちをどうしても先に進めたくなったその時は──

 

 そこまで想像して、杏は思考を中断。陸人の世話に戻った。

 

 

 

 

 

 そんな杏の内心を朧げに把握した球子も、とりあえず自分の感情の落とし所を見つけていた。

 

(あんずは陸人が好き……タマも陸人が……うん、きっと好きだ。けど、だからってそれでタマたちの友情がなくなるわけじゃない)

 

 これまでの自分の感情の全てが友情ではなかったのだろう。しかし、そこに友情がなかったわけではない。

 まだまだ未知のこの気持ちを抱えながら、これからきっと自分は嫌でも変わっていく。ならば今は、心地よいこの3人の関係を続けていきたい。球子と杏の結論は、とてもよく似ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 陸人は2人の献身に困惑しながら、敵の動向について考えを巡らせていた。

 

(あのバーテックスの動き……クウガの能力を把握していたとしか思えない……実戦で使っていなかった緑の力まで……バーテックスは、いや、天の神はクウガについて知っている……?)

 

 先行きに不安を感じる陸人だったが、両側から聞こえる暖かい声が、暗い思考を吹き飛ばす。

 

「陸人さん、どうしました……? もしかしてケガが?」

 

「ナニッ⁉︎ 大丈夫か陸人!」

 

「ああ、ゴメン。何でもないよ、心配しないで」

 

「そうですか……? それじゃ……あ、あ〜〜ん……」

 

「ほらほら、早く食べないとうどん伸びるぞ、ア〜〜ン!」

 

 有難いがやりにくい2人の気遣いに苦笑しながら、諦めて差し出されるうどんを食べる陸人。

 

(そうだ……敵が何をしてこようが関係ない……俺がさらに強くなって、この子たちを守る……それだけだ)

 

 目の前の友達の尊さを再確認する陸人。彼は変わらない。大好きだから、大切だから守る。そのシンプルな意志1つで、彼は何度でも立ち上がれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 息をするように簡単に、人が死んでいく世界──

 

 それでも人が人を好きになる気持ちは、どの世界でも共通で──

 

 少年と少女たちは、今日も仲良く、睦まじく、微笑ましく、この世界に生きている。

 

 

 

 

 

 

 




というわけで、トライゴウラム回です。

自分アレ大好きなんですけど、あまり活躍させる展開が思いつかないんですよね
ちなみに真鈴さんはじめ、大社の研究チームはこんな機能まるで知りませんでした。陸人からの報告で、改めて調査を行い、彼らの残業が確定しました。

今後の出番はどうなるのか?

次回もお楽しみに


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三章1話 離脱

まさかの本日3度目!

というわけである意味1番描きたかった3章が始まります。
原作との相違もデカイので、否定意見もあるかもですが、読んでみてもらえると嬉しいです。




「さて、それでは陸人のケガが完治したことを祝って……」

 

『かんぱーい!』

「……乾杯……」

 

 常人を大きく上回る回復力でケガを完治させた陸人を中心に7人は食堂に集まっていた。

 

 

 

「しかし、本当に早く治ったな……」

 

「アマダムの力……凄まじいものですね」

 

「俺自身びっくりだよ……これについてはまだまだ分かってないことのほうが多いしね」

 

 アマダムをその身に宿して3年以上が経過した今でも、不明なことが多すぎる。陸人自身はそれほど気にしていないが、大社の頭痛の種の1つである。

 

 

 

 

 

 

 話題は最近の勇者の報道に移る。

 

「なんだかんだで、タマたちも有名になったもんだよなー」

 

「私たちの戦いが、町のみんなを元気づける事にもなるんだもんね! 頑張らなきゃ」

 

(……まだまだ足りない……もっともっとバーテックスを倒して……そうすれば……)

 

「ぐんちゃん?」

 

「……何でもないわ……高嶋さん……」

 

「私はちょっと緊張しますね……最近は街に出ると声をかけられることも多くて……」

 

「まあ、それも勇者の使命の1つだ。杏は苦手かもしれないが、こらえてくれ」

 

 そう言う若葉自身、今の状況には適応しきれているとは言えない。

 彼女が戦う理由は復讐──自分の友人や多くの人々を殺したバーテックスに報いを受けさせること。

 もちろん人類を守る勇者のお役目を忘れたことはない。だがそれでも若葉の戦意の中心、芯となっているのは『何事にも報いを』という乃木の生きざまなのだ。

 

 

 

「若葉ちゃん」

 

「……む、なんだ、陸人」

 

 考え込む若葉に話しかける陸人。

 

「今俺たちがこうして戦いをくぐりぬけているのは、若葉ちゃんがリーダーだからだよ。一番前に出て勇敢に立ち向かうその背中が俺たちに力をくれるんだ」

 

「な、なんだ急に。おだてても何も出ないぞ!」

 

「いや、だからこれからも一緒に頑張ろう、ってことだよ……もうちょっと俺たちを見てほしいかな、とも思うけどね」

 

 陸人の最後の言葉は、よく理解できなかったが、不思議と頭の片隅にずっと残るものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……白鳥さん、大丈夫か……?」

 

「……え、ええ……平気ですよ? ちょっとバーテックスがしつこかっただけです」

 

「……そうか……こちらも度々襲撃があるが、諏訪でもまたバーテックスが活性化しているか」

 

「そうですね。結局奴らが大人しくしていた期間に何かが起きたというわけではないですし……何だったのかしら……」

 

 諏訪との勇者通信、白鳥歌野の声からはいつもの元気が感じられなかった。戦闘の疲労を隠し切れないほどに消耗しているのだ。

 

「……すまない……私たちに、そちらを助けに行けるだけの力があれば……」

 

「お気になさらず。乃木さんたちは四国の勇者。そして諏訪を守るのは諏訪の勇者である私の役目です。そちらにもそう余裕があるわけではないのでしょう?」

 

 若葉は以前の通信で諏訪の窮状を知り、大社に救出作戦を申し出たことがある。返答は、これからますます戦いが激しくなることが予想される。今戦力を外に出すことはできない、というものだった。

 

「お互いの役目、きっちり果たしましょう、乃木さん」

 

「……ああ、そうだな。白鳥さん……」

 

 こちらが励ますべき立場でありながら、彼女のほうがよほど心を強く持っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも通り通信を終え、ひなたと共に廊下を歩く若葉。そこに彼女を待っていた陸人が姿を見せる。

 

「若葉ちゃん、諏訪の様子、どうだって?」

 

「……陸人……良くはないだろうな。白鳥さんは気丈にふるまっていたが、追い詰められているのは確かだ」

 

「……そうか……」

 

「……陸人さん、ちょっと……」

 

 陸人に手招きし、若葉に聞こえぬように小声で話すひなた。

 

 

 

 

 

 

(大社に何度も諏訪の救助を直談判していると聞きましたが……)

 

(ああ、せめて俺1人でも行かせてもらえれば、と思ったんだけど……)

 

(実のところ、陸人さんに翻意アリ、などと言う者もいます……あまり目立つことをするのは……)

 

(……心配かけてゴメン、でも大事なことだから)

 

 

 それだけ言うと、片手をあげて2人と別れる陸人。若葉は陸人の様子に疑問符を浮かべ、ひなたは何とも言えない不安を覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんて数……」

 

 勇者システムのマップを見て千景が呟く。

 

「ざっと見積もっても2000体弱……厳しいね」

 

 これまでの20倍ほどの数を前に、勇者たちは戦慄を隠せない。一同の不安を感じ取った若葉は、自分を奮い立たせ、単身突っ込んでしまう。

 

「それなら、こちらも20倍以上の勢いで殲滅する……それだけだ!」

 

「若葉さん⁉︎」

 

「若葉ちゃん、待って!」

 

 1人突出した若葉を取り囲むように動くバーテックス。勇者たちが援護に向かう間もなく包囲網が完成していた。

 

「若葉、戻れ! 一人じゃ無理だ!」

 

「まずいわ……敵の一部が神樹に向かってる……」

 

「このままじゃ……」

 

「みんなは神樹様を守ってくれ……ゴウラムも預ける。若葉ちゃんは俺が……」

 

「私も行く!」

 

「友奈ちゃん……」

 

 かつてない窮地に焦る一同。突破口を開こうとするクウガに同行を申し出たのは友奈だ。

 

「いくらなんでもりっくん一人じゃ無理だよ。私と2人で若葉ちゃんを助けよう?」

 

「……分かった、後ろに乗って。突っ込むよ!」

 

 

 

 

 神樹を襲うバーテックスを仲間たちに任せ、トライチェイサーに乗る2人。

 

「……覚悟は?」

 

「いつでも!」

 

「よし、行くよ!」

 

 壁と表現できるほどの敵の群れに、2人を乗せたバイクが飛び込んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……完全に、囲まれたか……」

 

 若葉は、絶体絶命の窮地でありながら、不思議なほどに落ち着いていた。見渡す限りバーテックスばかりという状況が、彼女の怒りを静かに、だが確かに滾らせているのだ。

 仕掛けてきた小型をカウンターで切り裂く。

 

「……痛いか……だがな、貴様らに食われた人々はもっと痛くて、苦しかったんだ!」

 

 その激情に任せ、切りかかろうとした瞬間、敵の包囲網を突き破り、バイクに乗った陸人と友奈が現れた。2人はここに来た時点で傷だらけ。それだけ無理やり突破してきたということだ。

 

「陸人……友奈……なぜ来た!」

 

「なぜって、友達だもん! 助けるに決まってるよ!」

 

「若葉ちゃんを死なせるわけにはいかないよ、ひなたちゃんだって待ってるんだ……!」

 

 満身創痍で構える3人。先ほどこじ開けた包囲網の穴は、あっという間に塞がれていた。2人を逃がすことがかなわないと悟った若葉は、背中合わせのまま声をかける。

 

「……死ぬなよ……!」

 

「若葉ちゃんもね!」

 

「絶対に、守って見せる……!」

 

 3人の決死の抵抗が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パンッ! と乾いた音が病室に響く。千景が若葉の頬を張った音だ。

 

「……あなたのせいよ……!」

 

「…………」

 

「……あなたが、勝手に突出したから……高嶋さんと伍代君は……!」

 

 

 

 

 あの後、勇者たちは何とかすべての敵を撃破した。だが、その消耗は激しく、特に友奈と陸人は意識を失い病院に運び込まれた。

 若葉は何も言わない。千景の怒りは最もだ。球子と杏も口を挟まず、若葉を見ている。

 

「……あなたは、周りが全く見えていない……! 自分がリーダーだということ、もっと自覚するべきよ……!」

 

 千景の言葉に、若葉は陸人に言われたことを思い出す。

 

 ──これからも一緒に頑張ろう、ってことだよ……もうちょっと俺たちを見てほしいかな、とも思うけどね──

 

 若葉は、陸人の忠告を聞き流し、その上彼を危険にさらした自分が、ひどく愚かな生き物に思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2日後の夕方、陸人は大社付の病院の一室で目を覚ました。

 

(……体の感じからして、日をまたいだか……)

 

 アマダム由来の回復力で、普通に動く分には支障ないレベルにまで復調していた陸人は、状況を把握すべく、病室を抜け出す。施設中が慌ただしく、少し気配を隠せば、誰も陸人に気づかないほどに大社は混乱していた。やはり勇者の事実上の敗北が響いているのか、とその場を離れようとした陸人は、そこで職員たちの会話を聞いた。

 

 

「やはり、諏訪はもう……」

 

「……ああ、正午の通信を最後に、連絡が途絶えたらしい……」

 

(──────‼︎)

 

 駆け足でその場を離れる陸人。

 

 

 

 

 

 

 

 夢中で駆け抜けた先で、友奈の病室を発見した。そこには意識が戻らない友奈と、彼女の手を握る千景がいた。

 

「……高嶋さん……私、乃木さんにひどいことを言ってしまったわ……あの子一人の責任ではないのに……」

 

「…………」

 

 気づかれないように病室を後にする陸人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外の空気を吸おうと屋上に出ると、今度は球子と杏がいた。

 

「陸人と友奈、大丈夫かな……?」

 

「あの2人のことだから、じきに目を覚ましてくれる、って思うけど……それに、若葉さんも心配だよ……」

 

「あー、若葉なぁ……昨日今日とゾンビみたいだったからな……」

 

「今まで、こういうメンバー間のトラブルは陸人さんと友奈さんが中心になってどうにかしてたから……でも、こんな時こそ私たちが何とかしなくちゃ、って思うんだ、タマッち先輩」

 

「うーん、そうだな。そうだよな! 2人が起きた時安心してもらえるように、タマたちで頑張んなきゃな!」

 

「うん、まずは若葉さんをどうすればいいかなんだけど……」

 

 

 

 

 

 2人の会話を聞き、陸人は一つの決断を下した。

 

(ここは、みんなに任せても大丈夫そうだな……)

 

 

 

 陸人はこっそりと病院から離れる。向かう先は寮の自室だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よし、こんなもんかな……」

 

 陸人は自室で荷造りをしていた。以前球子と行ったアウトドアショップで買った、彼女おすすめのバックパックに可能な限りの食料と医薬品を詰め込み、部屋を見渡す。陸人の目に留まったのは、机の上の写真立て。そこには初陣を終えた勇者たちの、はじめての記念撮影の写真が飾ってあった。

 

(……死にに行くわけじゃない……また、みんなで笑うために……)

 

 荷物を背負い、陸人は部屋を出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりここにいましたね……陸人さん」

 

「……! ひなた、ちゃん……」

 

 とある廃ビルの屋上、そこで陸人は予想外の来客に出会った。

 

「……どうしてここが……?」

 

「病室を抜け出したと聞いて、陸人さんが諏訪のことを聞いたんだ、とすぐにピンときました。よほどのことがなければ、あなたが周りを心配させるようなことはしませんから」

 

 そこでひなたは陸人の考えをシミュレートしてみた。

 諏訪へ向かうなら壁を越えなくてはならない。許可が下りなければバイクもゴウラムも使えない陸人は、見つからない程度に壁の近くに行き、そこから飛び越えようとするはず。

 

「後は諏訪の方角で壁に近い高層建築、まであたりを付けて、巫女の勘働きとでも言いますか……なんとなくここだと確信しました」

 

「参ったなあ……すごいよ、ひなたちゃん、ドンピシャだ」

 

「……みなさん心配していましたよ、特に球子さんと杏さんはすっかり気が動転していました」

 

「そうだね……みんなには、帰ってから謝るよ」

 

「……どうしても、思いとどまることはできませんか……?」

 

「ゴメン、でも今から行けば、まだ助けられる命があるかもしれないんだ」

 

「どうしてそこまで……? 陸人さんがそんなにボロボロの体で行かなくてはいけない理由はないと思いますが……?」

 

 ひなたらしくない冷たい言葉に、本当に心配かけてるんだな。と陸人は苦笑する。

 

「昔、一度会っただけの人だけど……恩人が言ってたんだ。『手を伸ばせば届くのに伸ばさなかったら、絶対に後悔する』って」

 

 両手を広げて言葉を紡ぐ陸人。

 

「俺の腕は、伸ばしてもこのくらい……でも、俺だけが持っているクウガの力を合わせれば、諏訪までギリギリ届くんじゃないか、って。そう思うんだ」

 

「陸人さん……」 

 

「俺は後悔したくない。もう2度と、守れなかったって、無力に泣くのはイヤなんだ」

 

 その言葉に、ひなたは用意していた説得の言葉を飲み込み、端末で連絡を取る。

 

「……真鈴さん、ええ、説得失敗です。予定通りお願いします」

 

「……え?」

 

 手短に連絡を済ませたひなたは、いつもの微笑で陸人を見つめる。

 

「今、陸人さんの端末を大社の管理から外してもらいました。これで、ゴウラムもトライチェイサーも、好きに使えるようになります」

 

「ひなたちゃん?」

 

「まったく、最初から相談してくれればもっと簡単に準備できたんですよ?」

 

「え? え?」

 

 陸人は混乱していた。先ほどまでどのようにひなたを説得するかを考えていたのに、何故か彼女はこちらの味方になっていたのだ。

 

「真鈴さんも、快く協力してくれました。どうやら大社がクウガの装備に制限をかけたことが、気に入らなかったようです」

 

「真鈴さんも……お礼を言っておいてくれる?」

 

「ふふっ、帰ってきてからご自分で伝えてください……その方が真鈴さんも喜びます」

 

「……そっか、うん……そうするよ」

 

 笑いあう陸人とひなた。先ほどまでの不穏な空気はなく、そこにはいつもの、友達同士の2人がいた。

 

 

 

 

「陸人さん……」

 

 手を伸ばせば届く距離まで歩み寄り、ひなたは告げる。

 

「私からあなたに求めることは1つだけです。生きて帰ってきてください……絶対に、無事な姿を私たちに見せてください」

 

「…………。分かった、約束するよ。俺は絶対に生きて帰る」

 

「約束です。破ったら泣きますから……大泣きしますからね?」

 

「アハハ、うん。大丈夫、ひなたちゃんを泣かせたりしないよ。若葉ちゃんに斬られたくないしね」

 

「若葉ちゃんのこともありますから……ここにいてほしかったんですが……」

 

「あの子は大丈夫だよ。何が大事か、考える力があるし、仲間もいる」

 

「はい、私も信じています……」

 

「俺もなるべく早く戻るよ…………来い、ゴウラム!」

 

 頭上から現れるゴウラム。その体にバックパックを固定する陸人。

 

 

 

 

 

 準備を終えて振り返ると、ひなたは泣きそうな顔で、それでも毅然と陸人を見つめていた。

 

 

 

「……陸人さん、行ってらっしゃいませ……お帰り、お待ちしています……」

 

 そう言って頭を下げるひなたの手が震えているのが見えた。

 陸人はその両手をそっと握って告げる。

 

「……ああ、行ってくる、()()()……」

 

「!」

 

 言うだけ言って恥ずかしくなったのか、素早く手を放してゴウラムに飛び乗った陸人は、あっという間に飛び立った。

 

 

 

 

 ものの数秒で壁の外に姿を消した陸人の背中を目に焼き付け、ひなたは赤くなった頬を押さえてつぶやく。

 

「……若葉ちゃん以外に、こんなにドキドキさせられたのは初めてですね……」

 

 安心させようと若葉の真似をしてみた陸人だったが、効果は覿面だったようだ。

 

 

 

 

 

 

 




というわけで、クウガ、この非常時に戦線離脱、という……

ひなたちゃん、有能すぎません……?あの年で大社の権力闘争に参加するわけですから、これくらいはできますよ、きっと

次回はちょっと時間かかるかも……

次回もお楽しみに



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三章2話 壊滅

予定を変えて二話に分けました。
そのため少し短めかも。




「す、諏訪に向かったぁ⁉︎」

 

「陸人さん、1人でですか⁉︎」

 

「はい、命を守るために……そう言っていました」

 

 翌日の朝、突如姿を消した陸人の行方を聞いた勇者たちは、総じて混乱していた。何せ諏訪である。壁外な上につい先日連絡を絶ったとされる場所だ。

 

「……大丈夫なの……? 彼、ケガは……」

 

「詳しく確認する余裕はありませんでしたが、流石に戦闘には支障が残っているのでは、と思います」

 

「……だったら……!」

 

「それを承知で陸人さんが決めたことです。私は彼を止める言葉を持っていませんでした。だから出来る範囲でお手伝いした、それだけです」

 

「……それだけって、あなたね……!」

 

 勇者たちの不安のはけ口になろうと、あえて淡々と言葉を紡ぐひなたと、その態度に噛み付く千景。そんな2人の会話に、ずっと黙って話を聞いていた若葉が割り込んだ。

 

「ひなた……陸人は、何か言っていたか……?」

 

 いつもの若葉らしくない、覇気のない声。そんな彼女を痛ましげに見ながら、ひなたが答える。

 

「皆さんには、帰ってから謝ると。必ず帰ってくると、約束してくれました」

 

「そうか……陸人は、やはりすごいな……」

 

 虚ろな瞳で呟く若葉。謝ることすらできなかったこともあり、彼女の心は曇っていく一方だ。そんな若葉をさらに追い込む事実が舞い込んでくる。

 

「……すみません、みなさん……私は、大社に呼び出されているので……数日の間留守にします……」

 

「なっ……⁉︎」

 

「ちょっ、待ってください! まだ聞きたいことが……」

 

「ごめんなさい、杏さん……私も今お話ししたこと以上のことは何も知らないんです。今陸人さんがどうしているかも」

 

「……そう、ですか……」

 

「……若葉ちゃんと、入院中の友奈さんのこと、よろしくお願いします……私と、陸人さんの分も……」

 

「……ムゥ、仕方ないな……タマたちは、陸人を信じてやれることをやるしかない、か」

 

「若葉ちゃん。どうしても答えが見つからない時は、私の部屋の日記帳、3冊目と書いてあるものの付箋がついたページを読んでみてください。ヒントになるかもしれません……」

 

「……ひなた……?」

 

「それでは、失礼します」

 

 そう言って教室を出るひなた。陸人、友奈、ひなた……人間関係の潤滑剤となり得る人材が残らず不在の状況……勇者たちを覆う空気は重かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴウラムで海を越え、トライチェイサーで走行。なるべくバーテックスとの遭遇を避けながら諏訪に向かう陸人は、既に疲労していた。

 

(一応地図は持って来たが、荒廃しすぎてて、あまりアテにならないな)

 

 まともな交通路もない世界。オーバースペックのバイクを使うことも加味すると、諏訪までの時間は当初より短くできると希望を持っていたのだが、想定外に体にガタがきている。走行時の風圧に体が耐えられない。ここまでやせ我慢していたが、とうとう限界がきた。

 諏訪に着く前に野垂れ死ぬという最悪の展開を避けるために、止む無く小休止する陸人。半日使って全行程の約2/3しか進めなかった。

 

(この分だと諏訪に着くのは明日になるかも……一刻を争う状況なのに……!)

 

 久しぶりの単独行動のせいか、普段より気が急いている。

 頭を冷やそうとその場で横になる陸人。その瞬間、アマダムが脈動するのを感じた。諏訪に近づくたびに不定期に起こり、近づくほどに間隔が狭まってきている。

 

(アマダムのこの感じ……まるで何かに呼びかけているような……)

 

 そこまで考えたところで、空を舞うバーテックスを発見。向こうにも捕捉されたようだ。

 

「────変身ッ‼︎────」

 

 

 焦燥、疲労、疑問……様々な要素が陸人の首を少しずつ締めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもより3人少ない教室。おざなり気味な授業を終え、杏は若葉を見て、深呼吸をしていた。

 

(……落ち着いて……話をするだけ……外に連れ出すだけだから……)

 

 杏は緊張していた。小学生の頃は1人で本の世界に没頭し、ここに来てからも球子や陸人に手を引かれて行動してきた。誰かを……まして今の屍のような若葉に声をかけるのには、相応の覚悟が必要だったのだ。杏が思い出すのは、自分に積極的に声をかけてくれた陸人との会話。

 

 

 

「陸人さんは、どうしていつも私を誘ってくれるんですか?」

 

「どうして、って?」

 

「私、内気だし、たいした話ができるわけでもないし」

 

「杏ちゃん、病弱であまり外に出れなかったって言ってたでしょ?」

 

「……は、はい……」

 

「俺も、小さい頃はせまーい世界で生きてきたから、知ってるんだ。外に出る、っていうのはそれだけで自分の世界を広げられるってこと。世界には思いもつかないものがある。知らないだけで、気づけばなんてことないようなものもね」

 

「……世界を……」

 

「勇者だなんだ、って考えることはたくさんあるだろうし、どうしても視野が狭まることはあると思う。そんな時は、ぜひ杏ちゃんからも誘ってほしいな」

 

 

 

 

 

 

(……そうだ。陸人さんが教えてくれたことを、今度は私が……)

 

 緊張がほぐれた杏は、陰鬱な雰囲気を漂わせる若葉に声をかける。

 

 

「……若葉さん……」

 

「……杏……?」

 

「ちょっと出かけましょう!」

 

 口にすればあまりに簡単な言葉だが、この日、杏は確かな成長を見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すっかり暗くなった時分、陸人はフラフラの状態でバイクを走らせていた。

 

(地図もどこかにやっちゃったし、今、どこだ……?)

 

 あの後、中規模の群れに捕捉された陸人は振り切るためにガムシャラにバイクを走らせた。結果地図を失い、方角さえも自信がない有様だ。場所を把握しようにも見渡す限り廃墟だらけで、手掛かりにはならず、気が滅入るばかりだ。

 

(これが、バーテックスのやり方……)

 

 陸人のうちに溜まる暗い感情。それを振り払いながら必死にバイクを走らせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでもアマダムの感覚を頼りに進む内に、巨大な湖……諏訪湖にたどり着いた。

 

(……! くそッ、やっぱり間に合わなかったのか……?)

 

 諏訪の景色も、これまでの都市と同じくあらゆる人工物が破壊され、人の気配もまるで無かった。

 

 

 

 

「──────変身ッ! ──────」

 

 それでも可能性を信じ、小回りが利く青のクウガに変身して跳躍。人を探し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 捜索を始めて数分。クウガは神社らしき場所を見つけた。

 荒らしに荒らされた社を目にし、それでもと山の方面に捜索の範囲を広げるクウガ。同時にドンドン反応が激しくなるアマダム。それを意識の外に追いやり、クウガは足を急がせる。

 

 

「……バーテックス……?」

 

 麓のあたりにバーテックスの一団を発見。

 そしてそのうちの一体が、何かの攻撃で弾け飛ぶのを目撃した。

 

(────! アレは──!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うああああぁぁぁぁっ‼︎」

 

 裂帛の気合と共に鞭を振るう。もう何回繰り返したかも分からない動作に、体は悲鳴をあげていた。それでも白鳥歌野は諦めず、後ろの親友を守るために立ちふさがり続けていた。

 

「……うたのん……」

 

「心配しないで、みーちゃん。この程度の数……」

 

「……私は、もういいよ……うたのんだけでも逃げ……」

 

「ノンノン! それ以上はいくらみーちゃんでもシャラップよ! 大丈夫、任せなさい!」

 

 むしろ庇われていた親友にして相棒とでもいうべき巫女、藤森水都の方が精神的に限界が来ていた。

 

 

 

 

(私は諏訪を守れなかった……せめてみーちゃんだけでも……!)

 

 決意と共に鞭を構える歌野。そこで彼女は、青い閃光がバーテックスに飛び込むのを目撃した。

 

「ワッツ⁉︎」

 

「……アレは……」

 

 それは人の形をしていて、手にした棒で瞬く間に目の前の群れを殲滅してみせた。

 向かい合うクウガと歌野。

 

「助けてくれたことには感謝するわ……ただ、1つ質問させて。フーアーユー?」

 

 陸人は変身を解除する。

 

「……俺は、伍代陸人。四国から来た、乃木若葉の仲間です」

 

『‼︎』

 

 その言葉に2人は、2つ反応する。1つは若葉の名前が出たこと。もう1つは、『伍代』という名字だ。

 

「……OK、伍代くんね。私は白鳥歌野。諏訪の勇者よ。とりあえず、話せる場所に行きましょう」

 

「うたのん⁉︎」

 

「この人は大丈夫よみーちゃん。さっきの姿、乃木さんに聞いたクウガ、ってやつでしょう? ここまで追い込んだ状況で何かの罠ってこともないだろうし。それに何より……」

 

「……何より……?」

 

「私の勘が言ってるわ! この人は味方だってね!」

 

「……もう、うたのんはどんな時でもうたのんだなぁ」

 

 

 歌野の言葉に、ひとまず警戒を解いた水都が、陸人に話しかける。

 

「……えっと、伍代、さん……私は藤森水都……一応、諏訪の巫女です。私たちが隠れてた場所に案内します。一緒に来てください」

 

「分かった、よろしく……白鳥さん、藤森さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人に案内されて着いたのは、麓にひっそりと存在する洞窟だった。慣れた様子で奥に向かう2人に着いて行きながら、陸人は独特の雰囲気に周囲を見渡していた。

 

「アハハ、やっぱりなんか不思議よね。この洞窟。空気が澄んでいるというか……神聖な雰囲気があるというか」

 

「ここはすごく深くて……私たちも1番奥までは行けていないんです……あっ、あった」

 

 そこには焚き火の跡や、布切れの束など、生活の痕跡と呼ぶにはあまりに簡素な名残が散乱していた。2人の困窮ぶりを察した陸人は、端末からトライチェイサーを呼び出し、一緒に格納していた荷物から、携帯食料を取り出し、2人に渡す。

 

 

 

「こんなものしか持ってこれなかったけど、良かったら食べてくれ」

 

「ワーオ、サバイバルグッズ! サンクス、伍代くん!」

 

「……あ、ありがとうございます……食べるものを探しに出た先で見つかっちゃったから、何も食べてなくて……」

 

 勇ましくかぶりつく歌野と、女の子らしさを残しながらも勢いよく口に入れる水都。かなり空腹だったらしい。

 

 

 

「一応、持ってこれるだけ、10人分くらいはあるから。遠慮せず……他の人って、どこにいるか、2人は知ってる?」

 

 遠慮がちに聞く陸人。その質問に2人は俯き、自分の予想が当たっていたことを察した。

 

「昨日の正午、これまでで1番の大侵攻があってね……」

 

「……うたのんは必死に戦って……でも、1人じゃどうにもならなくて……」

 

「私とみーちゃんは、町の人たちが逃がしてくれたんだけど、その代わりに……」

 

「確認できたわけじゃないけど……うたのんみたいに戦えない人たちが生き残っている可能性は……」

 

「……そう、か……」

 

 

 

 

 

 陸人が伸ばした手は、勇者と巫女の2人に届いた。

 だが、その2人にしか届かなかった。

 これで助けに来たと言えるのか……

 

 手遅れになってからやってきた自分を責めていた陸人は、気づかなかった。

 洞窟に入ってから、あれほど激しく反応していたアマダムが、すっかり沈静化していることに。

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけで、うたのんとみーちゃん、合流です。

アマダムの反応とかしつこいくらいに書きましたが、その辺はまた少し先で描くことになります


次回もお楽しみに


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三章3話 慟哭

さて、今話も分割の影響で短めです


 その夜、若葉はひなたの部屋にいた。

 杏との外出で自分が守ってきたもの、今守るべきものを実感した若葉は、過去のトラウマと向き合い、乗り越えることができた。

 死者のためでなく、生者のために。

 

 そう思うとこれまで、視界に入れても見てこなかった仲間たちのことが、少しだけ身近に思えた。その足で他の勇者たちに謝罪と決意表明をして回り、若葉はこれまでにない安らかな気持ちで夜を迎えていた。

 明日からはもっと仲間のことを知ろう、と決意した若葉は、そこでひなたの言葉を思い出す。

 

 

 ──若葉ちゃん。どうしても答えが見つからない時は、私の部屋の日記帳、3冊目と書いてあるものの付箋がついたページを読んでみてください。ヒントになるかもしれません──

 

 

 自分なりの答えを見つけ、踏み出そうとしている若葉。その前に、大親友のひなたが残したヒントで弾みをつけようと、こうして部屋にやってきたのだ。

 勝手知ったる、という様子で日記の保管場所を見つける若葉。入り浸る、と表現できるほどに互いの部屋を行き来している結果だ。

 

 3冊目、と書かれたノートの中ほどに付箋が貼られている。

 いくら親友と言えど、日記を読まれるというのは年頃の女子としてハードルが高いことのはずだが。

 若葉ちゃんなら印の箇所以外は読もうともしないはず。というひなたの信頼と、その信頼に応える若葉の生真面目さあってこそだ。

 

 

 

 

 

 

 

 今日は陸人さんと2人きりの時間があった。いつも誰かと一緒にいる彼だ。珍しい機会だと思い、若葉ちゃんのことをどう思っているか聞いてみた。印象に残る言葉だったので、そのまま書き残しておく。

 

 ──いい子だよね。生真面目で、責任感が強くて、自分に厳しくて…………。

 ああ、確かに危なっかしいところはあるね。戦う目的なんかは特に。でもアレは、若葉ちゃんの長所だと思うんだ。

 復讐心が消えないのは、あの日のことを忘れてないから。

 報いを受けさせたいのは、死んじゃった人たちの痛みを想像できるから。

 本当の若葉ちゃんは、誰かの苦しみに寄り添える人。苦しみを一緒に背負って、その上で強く立ち上がる姿を見せることで人を励ます力がある。

 こんな世界だからこそ、そんな人が必要だと思うよ。神樹様が若葉ちゃんを選んだのは、そういう理由もあるんじゃないかな。

 足りない部分は、一緒に埋めていくための俺たちだよ。若葉ちゃんは、きっと最高のリーダーになれる──

 

 

 

 

 

 

「──‼︎」

 

 陸人はいつも自分を褒めてくれていた。尊敬する、と言ってくれた。その言葉の意味を、若葉は初めて理解した。

 

 

(陸人……再会するまでに、私はお前の期待に応えてみせる……だから、必ず帰ってこい……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 諏訪のとある洞窟……陸人と歌野と水都は、お互いの知る状況を教えあっていた。

 

「……そっか。それじゃ大社が救助に来てくれたわけじゃないんですね……」

 

「うん。ゴメン、こっちも結構切羽詰まっててね……」

 

「そんな中でも伍代くんは来てくれたんでしょ? あなたが謝ることないわ!」

 

 おおよその情報交換を終える頃にはある程度距離感が縮まっていた。

 

「俺としては明日にでも2人を四国に連れて帰りたいんだけど……2人はどうかな?」

 

「そうねぇ、正直伍代くんが来てくれなかったら手詰まりだったし。連れてってもらえるならそうして欲しいところね。みーちゃんは?」

 

「……う、うん。私も、もう諏訪にいても生きていくことはできないだろうし」

 

「じゃあ明るくなった頃に、出発しようと思う。準備ができたら早めに休もう。結構厳しい道程になるよ」

 

「OK! 大したものが残ってるわけじゃないし……いくつか無事な農具と種をまとめるだけで済むわ」

 

「……う、うたのん……さすがに女子としてもう少し気にしようよ……」

 

 

 

 話し合いを終え、2人は準備に入る。本当に無事な荷物は少ないらしく、そう時間はかからなかった。

 携帯食料と歌野が持っていたわずかな野菜で夕食を済ませる。その間、歌野はひたすら明るく、水都もそんな歌野を見て笑っていた。

 

「私の夢は農業王! こうなったら四国に移っても続けるわ! 畑、あるわよね?」

 

「……うたのん、こんなこと言って『農業王』ってプリントされたTシャツとジャージばっかり着てるんですよ? 女の子なのに」

 

「そっか。丸亀城には、女の子のオシャレとか詳しい巫女さんがいるから……白鳥さんのこと、お願いしてみようか?」

 

「ノー‼︎ 私の服は農作業の効率を考えたベストチョイスなのよ⁉︎」

 

 

 

 

 出会って数時間で彼らの仲は友人と言っていいほどになった。3人が3人とも相手に気を使って、空気を明るくしようとした結果だった。

 

 

 

 

 

 

 やがて誰からともなく横になった3人。歌野と水都が眠りについたのを確認した陸人は、静かに洞窟を出た。

 入口付近でゴウラムを召喚。警備を指示する。

 

「万一敵が来たら呼んでくれ。俺もそう遠くには行かないから」

 

 洞窟から出たせいか、アマダムが再度脈動する。心なしかゴウラムも落ち着きがないように見える。

 

(ゴメン、君たちにとって大事なものがここにあるのかもしれないけど……今はあの2人を最優先させてくれ……)

 

 その言葉が響いたのか、アマダムもゴウラムも落ち着きを取り戻した。陸人は落ちていたシャベルを拾い、洞窟から離れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の朝、農作業の癖で早くに目覚めた歌野は、陸人がいないことに気づいた。

 周囲を探すも、見当たらない。その音で水都も眼を覚ます。

 

「……うたのん? どうしたの……?」

 

「伍代くんがいないのよ。外かしら」

 

 

 

 洞窟を出た所で、ゴウラムと遭遇する2人。水都は反射的に歌野の背に隠れる。

 

「えっと……ゴウラム君、だったわよね? 伍代くん、どこにいるか知らない?」

 

 物怖じせず、謎の飛行物体を君付けする歌野。かなりの大物だ。一瞬逡巡したような反応をしたゴウラムは、ゆっくりと洞窟から離れていく。ついてこい、と言うかのように。

 

「案内してくれる……ってことかな?」

 

「みたいね。行きましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴウラムの先導でたどり着いたのは木々の間にポツンと広がる平地。

 そこには木を削って作った棒が何十本も刺さっていた。その根元はまばらに盛り上がっており、種々の花が供えてある。

 

 

 

「……これは、もしかして……」

 

「……お墓……?」

 

 

 

 その場にあるもので賄った、あまりに簡素な墓。少し離れた木に寄りかかり、陸人が眠っていた。その手は傷が多く残り、顔も服も土汚れだらけだった。

 

 

 

「……伍代さん……」

 

「……ん……うわっ⁉︎ 寝ちゃってたのか……」

 

「伍代くん、これはキミが……?」

 

 目覚めた陸人は、気まずげな顔で答える。

 

「うん……近くにいた人の分しか作れなかったけど……」

 

 遺体の一部しか残っていない人がいた。体そのものがない人もいた。それでも衣服や装飾品、その他の遺品をかき集め、何かを形に残したかった。

 

 

「……なんで、ここまでしてくれるの? 伍代さんにとって、見ず知らずの人なのに……」

 

「お墓っていうのは、死者と生者、両方のためにあるものなんだってさ。死者の魂を祀るため、そして生者が死者に想いを馳せる場所を残すため、作られるものなんだ」

 

 陸人は2人を放っておけなかった。自分に気を遣って、泣くことも怒ることもできない2人を。

 

「白鳥さんも、藤森さんも、ちゃんと泣いてないんじゃないかと思ってね。ここを離れる前に、一回挨拶の機会を作りたかったんだ」

 

「──っ」

 

「……それ、は……」

 

「俺、ちょっと目覚ましに身体動かしてくるから。粗末な墓で申し訳ないんだけど……ここなら吐き出せること、あると思うから……」

 

 そう言ってその場を離れる陸人。

 

 

 

 

 

 

 

「……ご、ごめん、なさ……わたし、まもれなくて……」

 

「……うたのん……みんな……」

 

 

 

 

 

『う、うぅ……うあああああぁぁぁぁぁ‼︎』

 

 

 

 

 

 

 山中に、少女たちの本音の叫びがこだました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し経ったのち、戻ってきた歌野と水都は、少しだけスッキリした顔をしていた。

 

()()()()、本当にありがとう。ちょっと楽になったわ」

 

「嬉しかったです。ありがとう、()()()()

 

「うん、さっきよりいい顔してるよ。()()()()()()()()()()も」

 

 そこには気を使うことのない、本物の友達の空気感があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 出発の準備を整えた3人。陸人が考えた配置はこうだ。

 トライチェイサーを運転する陸人の後ろに水都。

 低空飛行させるゴウラムの上に勇者服装備の歌野。

 この形でなるべく会敵を避けて進む。来た時に確認したバーテックスの分布を参考に、安全なルートも模索済みだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……なんていうか、旅慣れてる感じするわね。陸人くん」

 

「……うん、そういうところも、()()()()に似てるよね」

 

「──ッ⁉︎」

 

 

 驚愕する陸人。なぜ、ここでその名前が出てくる? 

 

「そうだ、聞こうと思ってたんだけど、()()()()さん、って知ってる?」

 

「……伍代って珍しい名字だし、もしかしてと思ったんだけど……」

 

「……雄介、さんは……俺の……」

 

 兄だ、という言葉が出る直前──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 洞窟に向かって大量のバーテックスが飛んで来た。

 

 

「ワッツ⁉︎ 何事⁉︎」

 

「私たち、見つかっちゃった⁉︎」

 

「……マズイ、2人とも乗って‼︎」

 

 

 

 

 満足な休息も取れず、ズタズタのコンディションのまま追い立てられる3人。

 

 

 

「なんだって急にこんな──変身ッ! ──」

 

 

 

 世界を敵に回した逃走劇が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 




バーテックス(全体数無制限)vsケガ人3人の鬼ごっこが始まりました。

さて、情けない話なのですが、感想をいただけると有難いです。
自分は自分の書きたい物語を自分の好きな書き方で書いており、それを変えられるかと言われると微妙なところなのですが。
他の方から見て自分の作品はどう映るのか知りたいので、もしよろしかったら感想下さい!(直球)

感想乞食のようなことを書いてしまい申し訳ありません。

次回もお楽しみに


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三章4話 雷鳴

今回はサブタイであっ、てなる人もいるかもですね

前回もそうでしたが、視点移行や時間経過による場面転換が多いので、もしかしたら分かりづらいかも

修正……できたら、するかもです


「やー、久しぶりに滝行やったから、死ぬかと思ったわぁ……」

 

「そうですか? 私はどこか温かいものを感じましたが……」

 

 大社本部での滝行を終えたひなたと真鈴は更衣室で2人、話をする。

 重大な神託が予定されるため、動ける巫女を全員集めての禊が行われたのだ。

 

「しかし、久しぶりということは、以前は参加していなかったんですか?」

 

「あーうん、一応室長って立場だったからね。他の仕事も多くて、その辺は免除されてたの」

 

 真鈴は、2日前のクウガ脱走劇に協力したことの責を問われ、クウガ研究室の室長を辞することとなっていた。

 

「本当にごめんなさい。私も同罪なのに……」

 

「いいって、私は自分の判断でひなたちゃんの名前を出さなかっただけ。気にする必要ないよ」

 

 真鈴は全て自分でやったことだと自供していた。真実を知るのは陸人とひなたと真鈴だけ。隠すのは容易だった。

 

「……これから先、また陸人くんと大社の方針がぶつかることがあるかもしれない。そうでなくても、今回の件で大社はクウガの認識を改めるはず……何かあった時、彼の味方をしてあげられる人間が大社側に必要になると思うわけよ」

 

「それが私、ということですか……」

 

「ぶっちゃけそういう意味で信じられる人は、大社内じゃほとんどいないからね。私から見たら確実な安パイはひなたちゃんだけよ」

 

「しかし、真鈴さんはこれから……」

 

「あー、平気平気。今でも私が事実上クウガ専門の巫女だってことは変わらないし。むしろ知らないうちに押し付けられた責任者の肩書きを下ろせてホッとしてるくらいよ。少しは仕事も減るだろうしねー」

 

 飄々と言う真鈴だが、巫女である以上大社から抜けることはできない。違反者のレッテルを貼られたまま逃げられないのだ。この先の苦労は予想できる。

 

「……真鈴さん……」

 

「まったく、こーんな美少女2人に心配されてる例の色男は、今頃何を思ってるのかねえ」

 

 気遣わしげな視線から逃れるように明るく話す真鈴。苦笑したひなたもそれに乗る。

 

「ふふっ、そんなのは決まってます。真鈴さんも分かっているでしょう?」

 

 

 

『誰かの命を、守るために』

 

 

 

 声を合わせた2人は、どちらからともなく笑い声をあげる。

 

「さてさて、それじゃ無茶しいなあの子のために、できることを頑張りますか」

 

「そうですね。差し当たっては例の『重大な神託』です」

 

 

 

 

 

(みんなが陸人さんの帰りを信じて待っています……そのこと、お忘れなきよう……)

 

 ひなたは神樹ではなく、この世界そのものに祈りを捧げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陸人は、洞窟に迫り来る一万は超えた大軍勢が一気に追ってくることを覚悟していた。しかし、結果は違った。洞窟から離れた陸人たちを追ってきたのは全体の1/4ほど。大多数はそのまま洞窟内部に飛び込んでいったのだ。

 

「ど、どうなってるんだろ……」

 

「とにかく、あの数そのまま相手にすることにはならずに済みそうね」

 

 

 必死に距離を取りながら陸人は考える。今の敵の動き。まるで本命は洞窟に入ることだったような……

 

 

 

 

「……そうか、順番が逆なんだ」

 

「どういうこと……?」

 

「バーテックスは俺たちを探して洞窟を見つけたんじゃない。元々あの洞窟を探してて、歌野ちゃんたち、それから俺に会った。それを追って目当ての洞窟を見つけたんだ」

 

 その洞窟での用事が何かは知らないが、あれほどの数を必要とするナニかがあって、その数を揃えるために一晩経ってから現れたのだ。今こちらを狙っているのは、物のついで程度なのかもしれない。

 

「……あの洞窟にそれほどのものがあるってこと? 確かになんとなく不思議なものを感じたけど……」

 

 感受性が高い水都ですら全容を把握できないナニか……夜のうちに確認だけでもしておくべきだったかと一瞬考え、頭を振ってその思考を追い出す。

 

「とにかく、今は逃げることだけ考えよう。向こうは気楽なつもりでも、今の俺たちにあの数は処理できない」

 

 

 予定していた回り道の少ないルートでは振り切れそうにない。一応用意していた早期に発見された場合のルートに切り替える。

 

 

 

 

 歌野の武器は鞭。ある程度射程はあれど、鞭が届く程度の距離では逃げ切ることなどできない。クウガの武器は徒手、棒、ボウガン、剣。唯一の射撃武器は時間制限付きでこの状況では使えない。

 どうにも逃走戦には向かない戦力だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 逃亡開始から数時間。元々の速度では上回る陸人たちは、途中水都のために屋内に隠れて休憩を取りながら、どうにか捕まらずに逃げ続けていた。

 

「大丈夫? みーちゃん」

 

「……うん、もう平気……ゴメンね、私のせいで」

 

「何言ってるの、みーちゃんの勘があったから何度もギリギリで振り切れたんじゃない」

 

「うん。四国の巫女の子も言ってたけど、神様の声を聞く、っていう巫女には特別な勘働きがあるって本当なんだね」

 

 陸人は感心していた。水都はいくつかの分かれ道で敵にぶつからないルートを的確に選択して見せたのだ。

 

「で、でもそれも確実ってわけじゃないし……私ももう大丈夫だから。行こう、2人とも」

 

 

 

 

 休憩を終え、出発しようとした矢先に目の前に100体ほどの小型が現れる。分散して捜索していたうちの一団に発見されたのだ。

 

 

 

 

「────変身っ‼︎────」

 

「やあぁっ‼︎」

 

 

 

 速攻で一撃を加えるクウガと歌野。こうなった以上無理に逃げるより倒して進む方が消耗は少なく済むと判断した。

 

 

 

「増援が来る前にここを突破する! 歌野ちゃん!」

 

「オーケー! 諏訪の勇者の力、見せてあげるわ!」

 

 

 頼もしい、と陸人は思った。歌野はたった1人で3年間諏訪を守ってきた勇者だ。彼女は戦力差のある戦いに慣れている。

『追い込まれてからの強さ』という一点では、歌野は他の誰よりも優れていた。

 

 周囲を囲む小型を鞭で薙ぎ払う歌野。マイティキックを群れに叩き込むクウガ。

 

 最初の会敵を潜り抜けた2人に、水都が声をかける。

 

「……2人とも! デカイ群れが来る!」

 

 

 言われて空を見上げるクウガと歌野。先ほどの10倍を超えた軍勢が、天を白く染めていた。さらにその奥には……

 

「──っ! アイツは……!」

 

 クウガにとって最早馴染み深い、射撃型の進化体の姿があった。その口元に矢が形成された瞬間、先ほどまでの余裕は吹き飛んだ。

 

「みーちゃん‼︎」

 

「きゃあああ!」

 

「……グッ、クソ……」

 

 水都に向かって放たれた矢の雨。歌野とゴウラムが叩き落とし、残りの矢はクウガが身を盾にして防いだ。

 

「り、陸人さん……」

 

「だい、じょうぶ……乗って!」

 

 射撃型の射程から逃れるために全速力で逃げる3人。なぜか追撃の矢は飛んでこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神樹に続く道、最も巫女適正が高いひなたを先頭に巫女たちが列を作り歩む。

 

(私たちは必ず帰るんです……当たり前にあった日常に……!)

 

 誓いと共に神樹に触れるひなた。その瞬間、神樹という格が違う存在から与えられた情報の奔流に耐えきれず、ひなたが倒れてしまう。

 

「上里様⁉︎」

 

「ひなたちゃ──ッ! ……ってなに……? コレは……⁉︎」

 

 ひなたに駆け寄ろうとした真鈴に、同じく神樹からの神託が降りる。ひなたに送られたものより負担は軽いものだったが、その内容は真鈴を戦慄させるに十分なものだった。

 

「早く病室に──」

 

「待って!」

 

「……何か? 安芸様……」

 

 ひなたを運ぼうとする大社職員に声をかける真鈴。仮面越しでも分かる訝しげな様子に思うところはないでもないが、今はそれどころではない。

 

「ひなたちゃんも心配だけど、コッチにも喫緊のやばい神託がきたの!」

 

「……神託が……?」

 

「クウガが……陸人くんが倒れてた! 場所は多分……瀬戸大橋の上!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 必死の状況を何度も潜り抜け、3人はやっとの思いで瀬戸大橋まで辿り着いた。

 

「ここが、瀬戸大橋……」

 

「ここを越えれば四国結界だ……」

 

「ふぅ〜、ラストスパートね」

 

 追っ手はまだ見えない。今のうちに渡り切ろうとした時、水都が気づいた。

 

「う、上から何か来る!」

 

『──っ‼︎』

 

 大橋のど真ん中に、途中で追っ手の中から姿を消した射撃型が降りてきた。

 

「先回りされたのか……」

 

(これ以上長引くと、変身が持たないな……)

 

「どうする、陸人くん?」

 

「今から引き返してたら挟み撃ちだ。ここでアイツを倒すよ。水都ちゃん、ゴウラムに移ってくれる?」

 

「う、うん……」

 

 歌野に手を引かれゴウラムの上に乗る水都。

 

「2人はここにいてくれ!」

 

 言葉と同時にバイクを走らせるクウガ。射撃をかいくぐり突っ込んでいく。

 

「ちょっ、ウェイトウェイト!」

 

「陸人さん⁉︎」

 

 やがて捌き切れなくなり、クウガとバイクの体に矢が刺さる。

 

 

「──っ! ……そこを……どけぇ‼︎」

 

 構わず突っ込み、ドンドン矢を受けるクウガ。トライチェイサーが耐えきれずに火を噴くのと同時に跳躍。回避ができない空中で、矢の雨の直撃を受ける。

 

「……オオリャアァァァ‼︎」

 

 体に何本も矢が刺さったまま、気合いでマイティキックを打ち込むクウガ。

 一撃で進化体を撃破してみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これで2人は安全だ、と陸人は思った。

 やっと2人が休めるところに、と歌野は思った。

 とりあえず2人を病院に、と水都は思った。

 

 

 

 

 

 

 誰もが気を抜いたその瞬間、神の怒りは降ってきた──

 

 

 

 

 ──突如天から落ちた雷霆が、クウガのベルトに直撃する。

 

 

 

 

 

「……ガッ、ハッ……⁉︎」

 

 訳も分からず倒れこむ陸人。あまりのダメージに変身も強制解除された。

 

「陸人くん‼︎」

「陸人さん⁉︎」

 

 慌てて駆け寄る2人。そんな2人の後方、橋の最端部に小型の群れが蠢いているのを陸人だけが視界に入れた。

 その選択は、一瞬で。

 

(……ゴウラム……頼む……2人を連れて、壁の中に……!)

 

 直後、ゴウラムがその腕に歌野と水都を抱えて飛行。陸人から離れて結界内に向かう。

 

「ゴウラム君止まりなさい! 陸人くん‼︎」

 

「陸人さん! 陸人さん‼︎」

 

 あっという間にその背中は小さくなり、やがて視界全てが光に覆われ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大社からの連絡を受け、大橋方面に向かう若葉たちは、そこで大社職員と言い争う2人の少女を目撃する。

 

「だーかーらー! とにかく勇者を呼んでって言ってるの!」

 

「私たちのことは後で確認してくれていいですから……! 早く救助を……!」

 

「勇者の乃木若葉さんにつないでよ! 時間がないのよ!」

 

 最初は一般市民かと思ったが、2人のうち1人の声に聞き覚えがあることに気がついた。

 

「乃木若葉は私だが…………! 君は、まさか……!」

 

 その少女は、勇者服に装いの似た服を着ていた。

 

「そっか……あなたが、乃木さん……!」

 

「白鳥さん? 白鳥さんか⁉︎ なぜここに……」

 

「あー、待って。話は後。とにかく大橋に向かって!」

 

「大橋に……! それは……」

 

「陸人くんが1人で残ってる! もうボロボロで動けないのよ、彼‼︎」

 

 

 

 遠巻きに様子を伺っていた4人を含めた勇者たちの血の気が引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大慌てで大橋に向かう5人。橋の中間ほどで見たのは──

 

 

 

 血だらけの陸人と、彼の首を噛みちぎろうとするバーテックスの姿だった。

 

 

 

 

「ああああぁぁぁぁ⁉︎」

 

 

 叫び、矢を連射する杏。ギリギリでバーテックスから陸人を解放できた。

 陸人の周囲の敵を殲滅する若葉、友奈、千景。

 敵を3人に任せて陸人の体を抱き寄せる球子と杏。

 

「……そんな、陸人!」

 

「こんな、こんなことって……!」

 

 呼吸は浅く、出血は止まらず、腕や腹には肉がえぐられている箇所もあった。

 

「……ウソよ、こんなの……ウソよ……」

 

「りっくん……! りっくん!」

 

「……まだだ、一刻も早く病院に……!」

 

 

 やっと本来の仲間として、意識を新たにしていたというのに……若葉のリーダーとしての最初の指示は、皮肉にも大切な仲間を抱えて逃げることだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




またしても独自設定です。

神樹様が結界内で樹海なんて作れるんだから、天の神なら結界外でこれくらいできるんじゃないかな?って思いまして

感想、評価等お待ちしています

次回もお楽しみに


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三章5話 団結

今回は陸人くんほとんど出ません。
原作主人公の力を見よ!


 大社付きの病院、その特別病室に眠る陸人。多くのチューブに繋がれた痛々しい姿をガラス越しに見るしかできない勇者たち。その雰囲気は一様に暗い。

 

 アマダムの影響もあり、傷はひとまず塞がった。しかしそれ以前の出血と身体の負担が過剰すぎたせいで体力が戻らない。

 そしてバーテックスの矢に仕込まれていた毒。これがしつこい。アマダムの回復力と毒性がぶつかり合い、結果として意識が戻らない状態が続いている。

 駄目押しに例の雷。アレがアマダムに損傷を与え、回復を阻害している。

 破損したアマダムありきで命を繋いでいるため、いつ何が起きてもおかしくないのが現状。

 

 

 

 そんな説明を受け、杏と球子は病室の前から離れようとせず、千景に至っては医者に鎌を向けて恫喝する有様だ。

 

 昨日自分が退院したばかりの病院で仲間が苦しんでいるのを見つめる友奈も、流石にいつもの笑顔を作れずにいる。

 

 仲間たちの憔悴具合を見た若葉は、改めて陸人の存在の大きさと有り難みを実感していた。

 

(球子やあの友奈まで追い込まれている。こんな時に率先して周りを励ます陸人が倒れていると、こうまで絶望的な空気になるのか……)

 

 若葉自身陸人に頼ってきた部分は大きく、気を抜けば崩れ落ちてしまいそうなことを自覚もしていた。それでも陸人が認めてくれた乃木若葉でありたいという意地と誇りが、若葉をその場に踏みとどまらせている。

 

(陸人が信じてくれた私は、誰かの苦しみに寄り添って、一緒に背負える者……私は、陸人を人を見る目のない愚か者にするわけにはいかない……!)

 

 若葉は、今こそ陸人がやってくれていた役割をリーダーとして果たそうとしている。そのために……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 若葉が最初に声をかけたのは球子と杏。

 この状況に特に消沈している2人だ。

 一日中陸人の病室の様子を伺っている2人に、後ろから声をかける。

 

「球子、杏、良かったらこれを食べてくれ」

 

「……若葉、これは?」

 

「きつねうどん?」

 

「いつか陸人が作ってくれたろう? あれが忘れられなくてな……後日陸人に作りかたを教えてもらったんだ。完全に再現するには、私の腕が足りないだろうが……」

 

 特別に許可を取って作ってきたうどんを置く若葉。

 黙ってうどんをすする球子と杏。

 

「……うん、やっぱりちょっと陸人のと違うな。でも、タマはこれも好きだぞ」

 

「……美味しいです、ありがとうございます、若葉さん」

 

 ほんの少しだけ表情が明るくなる2人。

 とりあえず不味くないものを提供できたことに安堵する。

 

「ひなたから話は聞いたな……?」

 

「ああ、大侵攻、ってヤツだな」

 

「かつてない規模の決戦……それが近いうちに始まる」

 

 陸人が運び込まれた翌日、ひなたは青白い顔のまま病室に訪れ、神託の内容を伝えた。陸人がこの状態での一大決戦、それもまた勇者たちを追い込む一因になっていた。

 

 

 

「私は陸人が目覚めた時に安心させてやりたい。だからむしろ、このタイミングは好都合だ。陸人がムリをせずとも世界は守れる。それを証明したい」

 

「……若葉」

 

「そう、ですね……私ももっと陸人さんに、私たちを頼って欲しいです」

 

「だが情けないことに、私1人では陸人の穴は埋められない。だから力を貸してくれ。球子、杏。陸人が帰って来る場所を、奪われるわけにはいかないんだ」

 

 そう言って頭を下げる若葉。

 球子は驚愕していた。少し雰囲気が変わったとは思っていたが、仲間のために別の仲間に頭を下げる若葉など、想像もできなかったのだ。球子ほどには動揺していない杏が、若葉の肩に手を置く。

 

「頭をあげてください。私もタマっち先輩も、きっと友奈さんも千景さんも同じ気持ちです。みんなで協力して、陸人さんが帰る場所を守りましょう」

 

「……杏」

 

「……協力……そうだ、ちょっと待っててください!」

 

 何か閃いたように部屋を出る杏。驚いた顔で見送る若葉と球子。

 

 

 

「杏は、変わったな。前は、私と話すだけでも緊張していた様子だったのに……」

 

「あんずは確かに変わったけど、若葉に言えたことじゃないと思うぞ」

 

「そうか?」

 

 首をかしげる若葉。その態度に球子は呆れたように笑う。

 

(若葉は変わった。あんずも、きっとタマも……それはきっと、お前のおかげなんだよな? 陸人……)

 

 環境的に仕方ないとは言え、あらゆる女子に影響を与えている少年に、釈然としないものを感じつつ、球子は誓う。

 

「よっし、次の戦い! タマが1番活躍するぞ! 若葉、お前よりもだ」

 

「球子?」

 

「そんでもって、陸人が目覚めた時に褒めてもらうんだ! 『やっぱり球子ちゃんは頼りになるなぁ』ってな!」

 

「そうか、そうだな……だが、決して無理をするなよ? 球子が怪我をしては、陸人が心配する」

 

「分かってるって。そのくらいの気持ちでがんばる、ってことだ」

 

 そう言って笑う球子の姿が、どうしようもなく頼もしかった。若葉は改めて、自分が仲間に恵まれていることに気づく。

 

 

 

「……お、お待たせしました! これ、次の戦いに使えるんじゃないかって……」

 

 戻ってきた杏が抱えていたのは、戦史学や歴史書。古くからの陣形や戦略が描かれた資料類だ。

 

「近代兵器が一般化されてから廃れた人間の技術……神との戦いには、役に立つと思うんです」

 

「なるほど。杏は、こんなことにも精通していたんだな」

 

「せ、精通ってほどじゃないですよ……たまたま持ってただけで」

 

「陸人が言っていたよ、杏ちゃんは活字にされている知識は大抵持っている博識美少女だと」

 

「ふ、ふえぇっ⁉︎ 陸人さんが、そんなことを……」

 

 顔を真っ赤にして縮こまる杏。その反応に、若葉はいつもひなたが自分をからかう気持ちがわかった気がした。

 

 

 

「……そういえば、2人は陸人のどこが好きなんだ?」

 

『⁉︎』

 

「私とて年頃の女子だ。たまにはそういう話をしてみたくもなる」

 

「お前、本当に若葉か?」

 

「どういう意味だ!」

 

「あの、頭とか打っちゃったならここで診てもらった方が……」

 

「杏まで⁉︎」

 

 女三人寄れば姦しい。彼女たちはこの瞬間、紛れもなく『女友達』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に訪れたのは千景の部屋。彼女はここ数日、1日1度陸人の病室を訪れ、それ以外の時間は部屋にこもるという日々を繰り返していた。

 

 

 

「千景、ゲームをやろう!」

 

「……乃木さん……?」

 

「千景はゲームが得意だろう? 最近始めて、詰まってしまったところがあってな。協力プレイ、というのをやってくれないか?」

 

 密かに劣等感を覚えていた相手から自分を頼る、と言われたことで少し気分が良くなった千景は、若葉を部屋に入れ、協力プレイを始める。

 

 

 

 

 

「……乃木さんにはゲームの才能があるわね……」

 

「そ、そうか? 千景に言われると、自信がつくな」

 

「……今度、私のゲーム、いくつか貸してあげるわ……」

 

「あ、ありがとう……しかし、陸人の言うことは確かだったな」

 

「……何が……?」

 

「千景ちゃんは実は協力してゲームをするのが1番好きなんだ、足を引っ張られても、好きなことを共有することに幸せを感じている、と。その通りだな。いつもの1人で画面に向き合う顔より、ずっと楽しそうだったぞ」

 

「……伍代くん……なぜ私に直接言わずに、乃木さんに……」

 

「予想だが、私と千景の関係を良くしたかったんだろう。お互い、あまり話をする仲でもなかったからな」

 

「……ああ、きっとそうね。私も聞いてないのに乃木さんの話とか、たまにされたわ……上里さんに耳かきされた時の蕩けた姿とか……」

 

「なっ⁉︎ 陸人め、なぜよりにもよってその話を……」

 

「……彼、気が効く割に、たまにデリカシーないわよね……」

 

 

 

 お互いにポツポツと言葉を放つだけの簡単な会話。それでも千景との、確かな進歩だった。

 ここでも1番話題に上るのが陸人のことだという事実に苦笑しながら、話は続く。

 

 

 

 

「千景……私はリーダーとして、今度こそ皆とともに戦う。そう誓ったな」

 

「……ええ、私はそれに、側で見ていてあげる、と返した……」

 

「改めて誓おう。私は『伍代陸人が信じてくれた』リーダーとして、今度こそ皆とともに戦う。見ていてくれ、千景」

 

「……いいわ、見ていてあげる……伍代くんの分まで、ね……」

 

 互いの顔を見て笑い合う。お互いに感じていた壁が壊れたことを感じた。

 

「……だけど、勘違いしないことね。伍代くんが褒めてくれるのはあなただけじゃない……むしろ彼は、どんな相手でも過剰に褒める癖があって……」

 

「ち、千景?」

 

 ただ、同時に地雷を踏んでしまったらしい。抑揚のない声で淡々と語る千景に気圧されながらも、こんなやりとりができること……それが若葉は嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、こちらが白鳥さんの端末になります。戦闘時も平時も、これを使ってください」

 

「サンクス、上里さん。これで私も勇者としてパワーアップ! って訳ね」

 

「そしてこちらが藤森さんの分……落ち着いたら巫女として改めて大社から連絡がくると思います」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 丸亀城の教室。ひなたは諏訪の生存者、歌野と水都に、大社からの指示を伝える。

 

「白鳥さんには、今度の大侵攻にも参加してもらうことになります。しかし、本当によろしいのですか?」

 

「ホワイ? 何のこと?」

 

「お2人は故郷を失い、やっと四国に着いたばかり……気持ちの整理がつかなければ、私の方から参戦を見送るよう申請することもできますが……」

 

 気遣わしげなひなたに、歌野は笑顔で答える。

 

「ありがとう、上里さん。でも別に無理してる訳じゃないの。陸人くんのおかげで1つ踏ん切りはつけられたし。ね、みーちゃん」

 

「うん……私もうたのんも、四国のことはよく知らないし、思い入れがある訳じゃない。でもここは、陸人さんが大事にしている場所だから……」

 

「まぁそちらに納得してもらえる言葉を使うなら、恩返し、かな。私たちを助けてくれた陸人くんの代わりに、私が四国を守る! ……これで分かってもらえたかしら?」

 

「ふふっ、ええ、よく分かりました。陸人さんは、そちらでも変わらず陸人さんだったんだな、ということも」

 

「あの、上里さんこそ、大丈夫ですか……? 陸人さんの病室にも、ほとんど行ってないみたいですし……」

 

 今度はこちらを気遣わしげに見る水都に、ひなたは苦笑で答える。

 

「……私に傷を癒せるような、それこそフィクションの巫女様のような力があれば別だったんですけどね。私が行っても何もできません……ならば今、私にできることをやる。それが私なりの陸人さんへの恩返しです」

 

 その言葉に迷いはない。水都は同じ巫女として、尊敬の念を禁じ得なかった。

 

「それに約束しましたから。無事な姿を見せてくれると。まだその約束は続いています。だから、私は信じて待つだけです」

 

 そこには、絶対的な信頼があった。

 

 

 

 

「そうだ。陸人くんのこと、教えてくれない? こちらの皆さんは長い付き合いなんでしょ?」

 

「そうですね。では諏訪での陸人さんについても、教えてもらっていいですか?」

 

「分かりました。共通の話題、ですからね……」

 

 

 ほとんど初対面と言ってもいい3人の姦しい声が教室に響く。

 本来出会うはずのない少女たち。そこには誰も奇跡と気づかない奇跡があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 若葉は練習場で悩んでいた。友奈を呼び出したのは良いが、何の話をすれば良いか分からないのだ。

 友奈は陸人に似たところがあった。いつでも相手を気にかけ、自分の話はしない。そのためか、一対一でどう話せば良いか想定する材料が無かった。

 

「若葉ちゃん、来たよー」

 

 練習場に入ってくる友奈。口調こそいつもの軽妙さがあるが、隠しきれない悲壮感が声に乗っていた。

 

「急に呼び出してすまないな、友奈」

 

「ううん、それはいいんだけど……今日はどういう?」

 

 ギリギリまで悩み、若葉は携えていた竹刀を構えた。

 

「友奈、一手付き合ってくれるか?」

 

「えっ、若葉ちゃん?」

 

「色々考えてみたんだが……やはり私に陸人のマネは限界がある。私の得意分野で友奈と語り合いたいと思う」

 

 困惑したまま、とりあえず防具をつけて構える友奈。

 

 お互いに本気からは程遠い調子の、軽い打ち合いが始まる。

 

 

 

「……友奈、私は後悔している……! 自分を嫌悪している!」

 

「若葉ちゃん?」

 

 竹刀を振り下ろしながら、若葉は口を開く。

 

「私がもっと早く周りに目を向けていれば、陸人の焦りに気づいていれば……陸人が怪我を押して1人で無理をすることはなかったかもしれない!」

 

「それは、若葉ちゃんだけの責任じゃないよ……」

 

「それでもだ。私は、自分が許せない!」

 

 少しずつペースアップする若葉。それにつられるように友奈も熱が上がる。

 

「私も、もっと強ければ……もっと早くりっくんのお話を聞いていれば……そう思うよ」

 

 自分自身への怒りを込めて、拳を振るう友奈。

 

「いつもみんなの心を和らげてくれるりっくんだから……何があっても優しいりっくんだからてきっと大丈夫、ってみんなが思ってて……でも、そんなはずなくて!」

 

「そうだ! 私たちは間違えた。陸人1人に、押し付けていい負担じゃなかったんだ!」

 

「……りっくん、ごめん、ごめんね……」

 

「済まない、陸人……!」

 

 いつの間にか本気のテンションで打ち合う2人。同時に大きく振りかぶる。

 

 

「──陸人ぉぉぉ‼︎」

 

「──りっくぅぅぅん‼︎」

 

 

 

 吸い込まれるように綺麗に、互いの攻撃が互いの顔に直撃した。

 

 

 

 

 

 

「──ふぅ、大丈夫か、友奈」

 

「大したことないよ、若葉ちゃんは?」

 

「ああ、問題ない。スッキリしているくらいだ……済まないな、友奈。お前の不安を払えたらと思っていたのに、私の方が落ち着かせてもらった」

 

「ううん、私も、言いたいこと、言えたから……今すごい楽だよ」

 

 2人は倒れ込んだまま笑い合う。鼻血を流したまま、というのは乙女として問題がある光景だが、少女たちの顔は晴れやかだった。

 

「初めて、友奈の本音を聞けた気がするな」

 

「えっ? そう、かな……」

 

「ああ、ウソをついているというわけじゃないんだ。ただ友奈はいつも周りに気を使っているように思えてな。陸人もそうだったから、何とかしたくてな……」

 

「ありがとう、若葉ちゃん。そうだね、私も、今度()()()()()()()()()()、私自身の話もしてみようかな……慣れてないから上手く言えないかもだけど、聞いてくれる?」

 

「もちろんだ。楽しみにしてるぞ」

 

 陸人を含めた全員での約束。彼女たちは共に、彼の帰りを信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 乃木若葉は努力していた。陸人の代わりを務めるように。

 上里ひなたは強がっていた。陸人に心配をかけないように。

 土居球子は期待していた。もう一度陸人の手で触れてもらうことを。

 伊予島杏は焦がれていた。再び陸人に名前を呼んでもらうことを。

 高嶋友奈は願っていた。陸人に自分の話を聞いてもらう日を。

 郡千景は誓っていた。今こそ陸人のために戦う時だと。

 藤森水都は祈っていた。自分を救った陸人にも救われて欲しかった。

 白鳥歌野は無心だった。何も考えず、ただ陸人を信じていた。

 

 

 

 

 

 少女たちは各々のやり方で湧き上がる不安を押しとどめ、来たる大侵攻に備えていた。

 

 そして神託から半月ほど経ったある日──

 

 決戦が、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伍代陸人は、その景色に見覚えがあった。初めてクウガになった、世界が終わった日。自分の中にいる者と出会った場所だ。

 

 

 

 

 

「このまま、貴様が死ぬまで会うつもりはなかったのだがな」

 

「えっと、久しぶり……でいいのかな?」

 

 

 

 

 その姿は死んだ姉そのもので、しかし声も口調も似ても似つかない。

 

 

 

 

「こんにちは、アマダム。お変わりないようで何より」

 

「戯けたことを……変わりがなければ貴様を呼んだりはせん」

 

 

 

 

 

 一心同体と言ってもいい存在。

 

 アマダムは変わらず、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

 




というわけで若葉ちゃん大活躍の巻でした。

今回と次回でハッキリしますが、アマダム関連、大分都合がいいように設定改変しています(今さらか…)

原作に忠実にやると、恐ろしくくどい文章になってしまって。

土地神様の力でファンタジックになったと思っていただければ…

感想、評価等お待ちしています。

次回もお楽しみに


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三章6話 超越

過去最長を更新しました…!

ただ今回は、切りどころを見失ったのではなく、一連の流れを熱を維持して読んでいただきたかったからです。(言い訳)

WARNING‼︎WARNING‼︎

今回は特に都合のいい改変が多くあります!

また、一部のクウガファンは歓喜、一部のクウガファンは落胆することになるかもしれません!



 数えるのも嫌になるほどのバーテックスに空を埋め尽くされた樹海。

 6人の勇者は、敵の様子を伺いながら作戦の最終確認をしていた。

 

「大侵攻、っていうだけのことはあるなー、気持ち悪い光景だ……」

 

「諏訪にいた頃も、この数はお目にかかったことないわねー」

 

「大丈夫です、消耗を抑えて作戦通りに動ければ勝機はあるはず……!」

 

「うんうん、きっと今の私たちは、前よりも強いよ!」

 

「よし、そろそろ来るな……戦闘準備を──」

 

「……ちょっと、いいかしら……?」

 

 若葉の指示を遮る千景。その瞳は歌野を捉えていた。

 

「……白鳥さん、あなた……本当に戦えるの……?」

 

「……上里さんにも同じようなこと聞かれたわね。いいわ、続けて」

 

「……諏訪は、四国が準備を整えるまでの囮だった、というのは知ってるでしょう……?」

 

「お、おい千景!」

 

 若葉たちが止めようとするも、歌野本人はあっけらかんと答えてしまい、口を挟めない。

 

「ええ、オフコース知ってるわ」

 

「…………。ならば思うところはないの? あなたたちが苦しんでいる間に悠々と生きていた四国に……私たちに恨みや怒りはないの……?」

 

 千景は理解できなかった。真実を知ってなお、四国を守ろうとする歌野の心が。

 

 歌野は小さく唸りながら答える。

 

「確かに大社のやり方に反発がないとは言わないわ。私たちは囮になるために生き残ったわけじゃないもの。結局助けてくれたのは大社に逆らった陸人くんだったわけだし」

 

「……だったら……!」

 

「でもね」

 

 千景を遮り歌野は続ける。

 

「その陸人くんが話してくれたのよ。あなたたちのこと。何があっても信じられる勇者たちだって」

 

 自分の大切なものはここにはない。でも、ここは彼の大事な場所だ。

 

「私とみーちゃんのために会ったこともない人たちの墓を一晩かけて作っちゃう陸人くんのこと、私は信じると決めた。ずっと励ましあってきた乃木さんがいて、陸人くんが信じるあなたたちがいて、彼が守ってきたものがある。私が戦うには、十分な理由よ」

 

 その言葉に迷いはなく、勇者たちは歌野の強さを見た。

 

「千景、もういいだろう。ありがとう、白鳥さん。改めて力を貸してくれ……!」

 

「オーケー、乃木さん……いえ、若葉、と呼びましょうか。私も名前で呼んでちょうだい、みんなも好きに呼んでね」

 

「分かった。歌野、よろしく頼む」

 

「あっ、私も私も! 友奈って呼んでね、歌野ちゃん」

 

「……ごめんなさい、白鳥さん。つまらないことを聞いてしまって……」

 

「ノンノン! 千景さんは仲間のために、一緒に戦う私のこと確かめようとしたんでしょ? 気にしなくていいわ!」

 

 四国の勇者が抱えていた罪悪感が霧散した瞬間だった。

 

 

 

 

「それじゃ気合い入れるために、円陣でもしましょうか」

 

「円陣かぁ……やったことないなぁ」

 

「肩組んで丸くなるんだろ? あんず、こっち来い」

 

「……仕方ないわね……」

 

「よーし、準備できたよ! リーダー!」

 

 小さく深呼吸をして、若葉が号令をかける。

 

「……私たちは、絶対に負けるわけにはいかない! そしてもう1つ、目覚めた陸人を全員で迎えるために、誰1人としている死ぬことは許さない! 必ず全員で、生きて帰るぞ! ファイト──」

 

『オオーッ‼︎』

 

 勇者たちの叫びと共に、決戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今の貴様の体、どうなっているか把握しているか……?」

 

「なんとなく、ね。まさか毒が仕込まれてるとは……水戸ちゃんや歌野ちゃんが刺されなくてよかったよ」

 

 いやぁ、危ないところだった、と笑う陸人。

 この状況で他人の無事に胸をなでおろす宿主に溜息をつくアマダム。

 

「……とにかく、貴様の体は本来とっくに死んでいるはずの状態だ」

 

「ああ、それをアマダムがどうにかしてくれているんだろ?」

 

「時間稼ぎが精一杯だがな。何せ毒の量が多すぎる。持ってあと数日。その後は私の力が追いつけなくなり、今度こそ貴様は死ぬ」

 

「!」

 

 あまりにも淡々と伝えられる死期。その端的さがかえって真実味を持たせていた。

 

 

「……それで? 何とかする手があるから、俺をここに呼んだんだろ?」

 

「…………。貴様は、肝が座っているのか、自分に興味がないのか分からんな……まあいい、簡単な話だ。今の段階で毒に勝てないなら、段階を上げればいい。より貴様と私の融合を引き上げるのだ」

 

「そんなことができるのか?」

 

「ああ。言うなれば今の貴様は私という城の敷地に立っているだけ。頂上はおろか、天守閣に入ってすらいない。そんな半端な状態で無ければ、いくら天の神の横槍で傷ついたとはいえ、この私があの程度の毒に負けようはずもない」

 

 生活圏の中心に城がある特異な生活をしている陸人に合わせた例えを出してくれるアマダム。相変わらず態度の割に気配りができている。

 

「そうだ、あの雷。アレは、天の神の仕業だったのか?」

 

「間違いない。あの()()()()()()()()もそうだが、よほどクウガが邪魔らしいな」

 

 墓荒らし──陸人はあの洞窟について聞こうかと思ったが、少なくともこの場で話す気はアマダムには無いらしい。

 

「話を戻すぞ。融合の度合いを上げれば死なずに済む。私の力もより強く引き出せるようになる。お互いの欠損を補い、数時間もかけずに私の傷は治り、貴様の毒も消せるだろう」

 

 アマダムの言うことは、夢のように都合のいい話だった。

 それだけならわざわざ呼び出すこともなかっただろう。

 

「そう、当然タダとはいかん。今の安全域を逸すれば、もう私にも貴様にも止められん。戦う度に私に体を侵食され、脳にまで支配が至れば──」

 

 アマダムは陸人の手を掴み、言葉を紡ぐ。

 

「人間、伍代陸人はそこで終わる。戦うことしか考えられない、バーテックス以下の醜い化け物に成り下がる。命を守るために握ってきたこの手で、守ると誓った者たちを殺すことになるのだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大侵攻は五分五分の戦況となっていた。

 

 杏考案の陣形がハマり、小型の群れを順調に始末することはできた。

 しかし、これまでにない数の小型が融合した進化体。丸亀城を超えたサイズまで巨大化していたそのバーテックスは、圧倒的な存在感を放っている。

 

 全員が健在の勇者側。そして脅威的な規模の進化体を擁するバーテックス側。

 

 この膠着状態を打破するために奥の手を切ることを決めた勇者が3人。

 

『精霊を使う! ……ん?』

 

 意図せず声を揃える若葉、球子、歌野。緊迫する戦場に一瞬、生暖かい風が吹く。

 

「わ、私がリーダーとして突破口を開かなくては……」

 

「あーっ! ズルいぞ若葉、タマが1番活躍するって言っただろー!」

 

「ハイハイ、じゃあ一緒にやりましょう? 私、この勇者システムでの実戦は初めてだし、誰かと一緒だと心細くないわ」

 

 まるで心細さを感じさせない声色で言う歌野。万全を期して3人で精霊を使うことになった。

 

 

「降りよ、『義経』‼︎」

 

「来いっ! 『輪入道』ッ‼︎」

 

「カモン、『覚』‼︎」

 

 

 若葉の精霊、『義経』 能力は『剣技や身体能力の強化』

 球子の精霊、『輪入道』 能力は『旋刃盤の強化』

 そして歌野の精霊、『覚』 その能力は『他者の思考を聞き取る力』

 

 人間だろうとバーテックスだろうと、意図した相手の思考を声という形で受け取り、次の動きを予見する。限定的な未来予知と言える能力。利便性もあり、仲間の動きに合わせることも、複数の敵の思考を聞き分けることもできる。

 

 歌野の武器、『藤蔓』には元々その力の大元が備わっており、何となく敵の動きを予想する程度の力は発現されていた。

 彼女が3年もの間1人で諏訪を防衛できた理由の一端はこの力にある。

 

 

 

 

「ヤツの弱点は分かっている。接近さえできれば……」

 

「それならコイツが使える! いっくぞ〜〜〜〜!」

 

 旋刃盤をハンマー投げの要領で振り回す球子。人間大を超えてどんどん巨大化する旋刃盤。

 

「オオリャアァァァ‼︎」

 

 全力で武器を放り投げ、その上に乗る球子。

 

「みんな乗れ! これでザコを潰しながら近づける!」

 

 その言葉に従い全員が旋刃盤に乗り込む。

 球子は旋刃盤を操作し、小型を蹴散らしながら進化体に迫る。

 

「球子さん、右! でかいのが来るわ!」

 

「オッケー!」

 

 敵の動きを予見する歌野の指示もあり、大きなダメージもなく接近できた。

 

「……今説明した箇所に、融合が不完全な場所がある。そこを一気につければ倒せるはずだ」

 

「同時攻撃、ですね」

 

 

 

 

 若葉の指示通り、分散して進化体の弱点に向かう勇者たち。しかし、そこに大量の小型が急行。壁を作る。

 

「クソッ、邪魔だ!」

 

「ここを、抜けなきゃ……」

 

「あぁ、もうっ!」

 

 苦戦する仲間たちを見た若葉が、精霊の力を行使する。

 

『義経』の能力の一端、『八艘飛び』で敵から敵へと飛び移り、仲間の前に蠢く小型を一気に殲滅。

 

 

 

「よし、これで……」

 

「拓けた! 勇者パーンチ!」

 

「決めるぞ!」

 

 6人同時攻撃により、進化体は崩壊。天秤は勇者側に傾いた──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──かに見えた。

 

 

 

 

 

 

 

「──っ! マズイ……みんな、小型を潰して!」

 

 最初に気づいたのは敵の思考を聞く歌野。だが彼女でも、ほんの一部の小型を減らすしかできなかった。

 

 歌野に一瞬遅れて、他の勇者たちも小型の挙動に気づく。

 

 

 

 残っていた少数の小型が壁の近くまで後退すると、それらに呼ばれるように侵攻当初と同等の大軍勢が押し寄せてきた。

 先程の進化体をさらに上回る数が、一箇所に集まっていた。

 

 

 

「オイオイ……」

 

「そ、そんな……」

 

「……クッ……」

 

「でっかい……」

 

 

 

 先程と同じ形状、凡そ倍ほどの大きさの進化体が顕現した。

 しかもそのままただ大きくなったわけではない。

 

「……ん? 何かしら、アレ。さっきはなかったわよね?」

 

「……! アレは……」

 

 歌野を除いた全員がその脅威を覚えていた。初陣の際に出現した進化体。その能力を司る反射板が超大型の中心部に複数浮遊していた。

 超大型は、どうしても発生する弱点を無理やり一箇所にまとめ、そこを重点的にガードしているのだ。

 

 2体の進化体を作り、それをさらに融合する。

 

 言わば『融合進化体』

 

 人間の戦法を学習したバーテックスが至った新たな境地が、勇者たちに牙をむく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、やろう」

 

 アマダムの問いかけにコンマ2秒で返答する陸人。流石のアマダムも、頭を抑えてため息をつく。

 

「ため息つくと幸せが逃げるらしいよ?」

 

「なら私の不幸の元凶は貴様だな……話を聞いていたか? 正しく理解しているか?」

 

「うん、要はアマダムに乗っ取られないように強くあればいいんだろ? 大丈夫だよ、アマダム自身も乗り気じゃないんだし」

 

 どうしたらそんな結論に至るのか……そもそもアマダムが自らこの秘密を明かしたのは陸人が初めてだ。もしかしたらコレが人間の当たり前の反応なのか? と考え、即座にその思考を却下する。

 

「……分かっているのか? ことは貴様1人の問題ではない。いずれ貴様が信頼する仲間にもその力を向けてしまうことになるのだぞ?」

 

「だからそれは最悪の場合だろ? そうなる前に戦いに勝てばいい。決着が着くまで、意地でも俺を保ってみせるさ。それに……」

 

「……それに?」

 

「もし万一俺がバケモノになったら、その時はみんなが止めてくれる。勇者として、俺が誰かを手にかける前に……そう信じられるくらいには、仲間やってきてるからさ」

 

 そう言う陸人の迷いない顔に、アマダムはこれ以上の言葉は無意味と判断した……サジを投げたとも言う。

 

 

 

「……よく分かった。ならばコレから先の貴様を、もっと近くで見せてもらおうか。その言葉が真であると、証明してみせろ……()()!」

 

「ああ、見ててくれ……人間は愚かかもしれないけど……滅びなきゃいけないほど、救えない生き物じゃないってこと!」

 

 そう言って笑顔とサムズアップを見せる陸人。

 一瞬目を見開いたアマダムは、小さく笑った。

 

「妙なところで、よく似た兄弟だ」

 

「……えっ?」

 

「行くぞ、勇者たちが戦っている……!」

 

 

 アマダムが輝きながら、陸人の胸に吸い込まれていく。

 

 暖かいもので全身が満たされていくのを感じながら、陸人は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現実世界で目を覚ました陸人は、両手を誰かに握られていることに気づいた。

 

「ひなたちゃん……水都ちゃん……」

 

 ──信じていると言うのなら、もっと娘たちの気持ちも考えてやれ……貴様が信頼するのと同じだけ、この子らは貴様を信頼し、心配し、愛してくれていることを忘れるな──

 

 体内から響くアマダムの声。

 

(分かってる……ああ、分かっているんだ)

 

 時間が止まった世界で、何を言っても届かない。それでも陸人は、優しくその手をほどきながら、自分を心配してくれていた2人に声をかける。

 

「水都ちゃん……大事がなくて、本当に良かった」

 

 病院着を脱ぎ、ひなたが用意してくれた制服に着替える。

 

「ひなたちゃん……約束、引っ張っちゃってごめん」

 

 体の調子をチェックする。未だに動きはぎこちないし、毒もまだ残っているが──

 

 

「よし、いけるな」

 

 それが陸人の結論だった。

 最後にもう一度2人に振り返り……

 

 

 

「今度はちゃんと『ただいま』って言うからさ……もうちょっとだけ待っててくれ」

 

 

 

「行ってきます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手詰まりだった。攻撃力と防御力を備えた融合進化体に、勇者たちは有効な手を何一つ打てずにいた。

 更なる増援に備えて後方支援に徹する杏を除いた全員が精霊を使ってもなお、不利を覆せずにいる。

 

「あの反射板を砕くまでに小型が邪魔をする…………」

 

「かと言って防御の薄い部分をちまちま削っても意味がない……どうすれば……」

 

 

 絶望的な戦況に焦る勇者たち。その時、歌野がこの戦場に近づく思考を感じる。バーテックスではない、これは……

 

 

 

 

「まったく、なんで来ちゃうかなぁ……」

 

 歌野の呆れ返った声に、勇者たちは振り返る。

 

 

 

 

 

 

 

 そこには青白い顔でゴウラムにつかまり空を飛ぶ、伍代陸人がいた。

 

 

 

「……り、陸人⁉︎」

 

「なんで⁉︎」

 

 

 

 驚愕しながら駆け寄る勇者たち。

 合流した陸人は笑顔で口を開く。

 

 

「みんなごめん、心配かけたね……もう、大丈夫だから」

 

「心配かけた、ではない! なぜ来た⁉︎ いや、話は後だ、早く戻れ!」

 

「そ、そうです。命に関わる大怪我でずっと眠ってたんですよ⁉︎ いきなり戦ったりしたら……!」

 

「そうは言っても、このままじゃマズイでしょ? 端末でちょっと前から状況は把握してたんだ」

 

「……んぐっ、だ、だけど今の陸人よりはマシだ! 良いから戻って寝とけよ!」

 

「大丈夫、もうみんなに心配かけるようなヘマはしない……後でいくらでも話は聞くからさ……」

 

 俺を信じてくれ。そう頭を下げる陸人に、誰も何も言えなかった。

 

 

 

 

 

「……終わり次第力尽くでも病室にぶち込み、説教だ、いいな……」

 

「若葉ちゃん⁉︎」

 

「うん、ありがとう、リーダー」

 

 苦い顔で小さく呟く若葉。

 その決断に感謝しながら前に出て構える陸人。このタイミングで──

 

 

 

 

 

 

 アマダムさえも見逃した、天の神の罠が発動した。

 

 

 

 

 

 

「────へんし……グッ⁉︎……ガアアァァッ‼︎」

 

 

 

「り、陸人⁉︎」

 

 アマダムが輝いた瞬間に陸人の体を衝撃が駆け巡る。

 天の神の雷が、体内から陸人を苛んでいるのだ。

 

 大元が同じバーテックスの毒に擬態して、陸人の体内に潜伏し続けていた雷。それがアマダムに反応して活性化。陸人は内側から焼き尽くされるような激痛にさらされた。

 

 

「ウ、アアアアァァァァ‼︎」

 

「りっくん、りっくん‼︎」

 

「……どうすればいいの……? 何が起きているの⁉︎」

 

 

 我慢強い陸人の口から漏れる絶叫。

 事態を把握できない勇者たちの焦りは加速するばかり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰もが混乱していたその時、神の祈りが降って来た。

 

 

 

 

 

 

 樹海の天空からきらめく雷。それが陸人の体を包み込むように落ち続ける。

 

「な、なんだ? 今度はなんなんだよ⁉︎」

 

「……雷? これは……」

 

「サンダー……またあの攻撃⁉︎」

 

「いえ、ここは樹海の中、こんなことができるのは……」

 

「まさか、神樹……?」

 

「すごい、この雷……暖かいけど、熱くないし、痛くない……!」

 

 

 

 天の神の雷と同種の、その性質を逆転させた神樹の雷。

 それが陸人の体内で暴れる雷を中和、同化し、陸人自身のエネルギーへと変換する。

 

 

 神樹はアマダムに宿る自らの力を通じて、陸人の言葉を聞いていた。

 命を守るために全てを賭ける。その生き方は、神に初めての感情をもたらした。

 

『共感』と『応援』という2つの感情を。

 

 人類という総体ではなく、特定の個人に初めて肩入れした神樹の感情の表れ。それがこの雷だ。

 

 

 

 

「うおおおおあああああっ‼︎」

 

 

 

 

 アマダムの力の高まりを感じる陸人は、ためらわずその全てを解放した。

 

 

 

 

 

 

「出し惜しみは、ナシだっ‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 腕を振り払い、雷の中から現れる。

 

 そこには、赤のクウガを黒く染めたような姿の、新たなクウガがいた。

 足首やベルトなどに金の意匠が追加され、全体を黒で塗りつぶしたような力強い色合い。それでも瞳は変わらず燃える赤だった。

 

 

 

『アメイジングマイティ』

 

 

 

 雷の力を重ね合わせることで至る、クウガの超強化形態。

 

 

 

 

「黒くなった……」

 

「……黒の、赤のクウガ……?」

 

「とんでもないパワーを感じるわ」

 

 クウガは振り返り、友奈に手を差し出す。

 

「今なら、今の俺たちなら、アイツに勝てる。友奈ちゃん」

 

「りっくん?」

 

「行こう!」

 

「……うん!」

 

 友奈はその手を掴み、2人は手を繋いだまま敵に突っ込む。

 その時、クウガ以外の誰もが驚愕する事態が発生した。

 

「──ダァッ‼︎」

「勇者、パーンチ‼︎」

 

 2人の拳が、山ほどのサイズの融合進化体を吹き飛ばしたのだ。

 

「うわぁ、すっごいね、りっくんの力!」

 

「俺だけの力じゃないよ……アマダムを通じて伝わってくる……この姿は、神樹様の力をより活性化させるものなんだ」

 

 アマダムに宿る土地神の力と、雷という形で陸人に宿った神の力。これらが神樹由来の勇者の力と共鳴し、互いの出力を高め合っていく。

 

 簡単に言うと、仲間がいるほど強くなる。

 仲間を愛し、それ故に無理をしがちな陸人を案じたアマダムと神樹がもたらした絆の力である。

 

 

 

 

 

 

 

 想定外の事態に対処が追いつかない融合進化体。クウガは友奈の手を離し、後方の仲間に声をかける。

 

「ガワを削って動きを止める! 千景ちゃん、歌野ちゃん!」

 

「……任せなさい……!」

 

「アイツの動きは私が読んで抑える、好きに動いていいわよ!」

 

 

 

 ベルトに手を添え、その姿を変えるクウガ。ここで使うのは黒の青の力 『アメイジングドラゴン』 更なる速さを手にした高速戦闘形態。

 

 両端に金の矛先を備えた『ライジングドラゴンロッド』を2本形成。両手に構える。

 瞬間──

 

 

 

 視認できるレベルを超えた速度域に達したクウガの連撃が、融合進化体の体表を次々と削り取って行く。

 

 本来ならクウガとはついていけない速度差がある千景と歌野。

 2人はそれぞれの精霊の力で連携を成立させた。

 

 千景は7人による連続攻撃。歌野は敵とクウガの思考を聞き取った先読み攻撃。

 

 黒の力で底上げされたこともあり、融合進化体にわずかな反応さえも許さない怒涛の連携攻撃が決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 小さなダメージが蓄積し、その動きを止める融合進化体。

 そこでクウガは、周囲を漂う小型に目を向ける。

 横槍や更なる増援を防ぐためには、先に片付ける必要がある。

 

「小型を落とす! 球子ちゃん、杏ちゃん!」

 

「よっしゃ、タマに任せタマえ! 杏、乗れ!」

 

「うん、やろう、タマっち先輩、陸人さん! 私たち、3人で!」

 

 

 

 今度は黒の緑の力 『アメイジングペガサス』 大量の感覚情報を同時に受け取り個別に処理できる至高の射撃形態。

 

 

 

 先端に金の刃を取り付けた『ライジングペガサスボウガン』を2丁構築。ゴウラムに飛び乗り構える。

 旋刃盤に乗って合流する球子と杏。

 

 ゴウラムとクウガ、球子と杏。この2組のコンビは共に『攻撃力を持った空飛ぶ足場』と『連射力を備えた射撃武器』という要素を持った、殲滅力に優れた組み合わせである。

 

「蹴散らす!」

 

「いっけー‼︎」

 

「私たちの世界から、出ていって!」

 

 

 

 射撃。射撃。射撃。圧倒的な矢の嵐が、次々と小型を撃ち抜く。

 花火のようにチラチラと、バーテックスが弾け飛んで行く様子は、いっそ幻想的ですらある。

 20秒足らずで全ての小型の殲滅を達成した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 小型を蹴散らしたクウガは、融合進化体の頭上でゴウラムを止めて、三度姿を変える。

 

 

 黒の紫の力 『アメイジングタイタン』 堅牢さと膂力に磨きがかかった重防備形態。

 

 

 金の刀身が追加された『ライジングタイタンソード』を生成。両手で振りかぶる。

 そのままゴウラムから飛び降り、融合進化体の弱点に向かう。

 

 固めて配置された反射板に、落下の勢いも込めて一閃。

 その太刀筋はまさに雷霆の如く。

 全ての反射板を一刀のもとに切り捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全ての反撃手段を封じられた融合進化体が選んだ手は、幼稚で原始的なものだった。

 ただ倒れこむだけ──規格外のサイズを持っていれば、必殺となりうる一手だ。

 あの巨体の下敷きになれば、クウガも勇者も無事では済まない。

 

 

「チッ、悪あがきを……」

 

「決めるよ、若葉ちゃん!」

 

「ああ、付き合うぞ……どこまでもな!」

 

 再び黒の赤の力を使うクウガ。

 そのクウガに先行して仕掛ける若葉。

 

 巨体の至る所に攻撃を仕掛けながら跳ね回る。倒れこむ勢いを手数で押しとどめながら、『義経』の力でどんどん加速していく。

 最高速に至った若葉の渾身の一撃が、のけぞらせるように巨体の動きを停止させた。

 

「今だ、陸人!」

 

 腰を落として構えていたクウガが、その言葉に走り出す。

 両足の『マイティアンクレット』が1歩ごとに脚力を増強する。

 

 高く飛び上がり、弱点に飛び込む。

 

 黒の赤の超必殺 『アメイジングマイティキック』

 

 雷を宿した両足を叩き込む必殺技が炸裂した。

 

 

 その威力は桁違いで、樹海そのものを震撼させるほどの衝撃に、中心にいたクウガは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 丸亀城、桜の木の下。

 

 樹海が解ける直前に大きく吹き飛ばされた陸人は、仲間たちとは違うところで現実世界に帰還した。

 

(勝てた、みたいだな)

 

 ──無茶をしすぎだ愚か者、あの力をいきなりあれほど多用するとは──

 

 アマダムの言葉通り、陸人は回復しきっていない体で新たな力を多用した結果、再び体力を使い果たしていた。

 

(……でも、約束したからな……『ただいま』って言いに行かないと……)

 

 静止した世界での一方的な約束を守るため、足を踏み出す陸人。

 だが数歩も持たずに倒れこむ──

 

 

 

 ──その直前、陸人を探していたひなたと水都が、左右からその体を支える。

 

「やっと見つけました、陸人さん」

 

「気づいたらいなくなってるんだもん、心配したよ? ……でも、良かった……」

 

「ひなたちゃん……水都ちゃん……」

 

 力を入れることもできずに、完全に2人に体を預ける陸人。慌てて支え直す2人。

 

「……みんなは?」

 

「全員の帰還を確認しました。今ははぐれた陸人さんを探しています」

 

「そっか。良かった……」

 

「よくありません! うたのんといい、陸人さんといい、どうしてこう笑って無茶しちゃうのかな……」

 

「ハハハ……ゴメンね、色々と心配かけて……」

 

「それも仕事のようなものですから、謝ることはないですよ」

 

「そっか……ゴメン、起きたばかりでなんだけど、ちょっと眠いや……横になってもいい?」

 

「分かりました…………では、どうぞ?」

 

 驚異的な手際の良さで膝枕の形に移行したひなた。

 陸人は慌てて退こうとするが、体の痛みで叶わない。

 

「ひなたちゃん……」

 

「何か問題でも?」

 

「色々あると思うんだけど、まあ、いいか……」

 

 疲労もあり、頭が働かない陸人。

 目を閉じる前にこれだけは、と2人を見つめる。

 

「ひなたちゃん、水都ちゃん、ただいま……」

 

 その言葉に一瞬驚いた顔をする2人だが、すぐに顔を綻ばせて返事をする。

 

「……はい、お帰りなさいませ、陸人さん……」

 

「お帰り、陸人さん……帰ってきてくれて、本当に良かった」

 

 

 

 

 

 

 

 満足げな顔で眠る陸人。そんな彼の頭を撫でながら微笑むひなたは、傍でその様子を微笑ましく見つめる水都に話しかける。

 

「水都さん……この人はいつもこの通りです。損得も好き嫌いも超えた価値観で動き、大社の理性的な判断にも時に逆らう……私はそんな陸人さんを支えなくてはいけません。同じ巫女として、力を貸していただけますか?」

 

 その問いかけに、彼女にしては珍しいことに、水都は即答する。

 

「もちろんです。私に何ができるか、分からないけど。私も、うたのんと陸人さんと、みんなと生きていきたいから……」

 

 笑い合う2人。そこに、駆けつけてきた勇者たちの声が届く。

 

 

 

 

 

 

 

 

『丸亀城の戦い』は、こうして人類側の勝利で終わった。

 

 その立役者の少年は、誰より幸せそうな顔で、青空の下で夢を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




〔悲報〕神樹様アメイジング派説〔ライジングさんなかったことにされる〕
全国のライジングファンの皆様、申し訳ありません!

これを含め、今回は言い訳することが多いので、箇条書きで行きます



歌野の精霊『覚』の能力…5秒でテキトーに考えました。原点の妖怪と、歌野の要素を合わせて、こんな形に落ち着きました。

アマダム周りの設定…この辺の謝罪は皆さんもう聞き飽きましたかね…

融合進化体…ライダーファンなら響きに覚えがあるかもですね…単なる言葉遊び、思いつきです。

アマダム様、喋り出す…陸人くん以外には聞こえませんし、日常パートでメインになるようなこともないかと…これから先予定されるシリアスな内緒話の手間を省くための措置です


〜久々のあとがき設定資料〜

アメイジングフォーム

天の神の怒りの雷と、神樹様の祈りの雷、さらにアマダムとの融合の進展により至った『Amazing(驚異的)』なクウガの姿。
神の力の割合も増したことで勇者たちとの共鳴能力も覚醒。
この状態の勇者たちは神世紀世代の勇者の通常状態→満開と同等の強化率を誇る。
ただしこの状態はクウガも勇者も負担が大きく、使いどころは選ぶ必要がある。




ライジングをすっ飛ばした理由としましては…

①時間が限定されるライジングの使い方が上手く描けそうにない、かと言って常時使用可能にするくらいならアメイジングにすれば良くない?というハショリ大好きゆとりっ子精神。

②勇者たちのテコ入れを考えた時、一足飛びにした方が新たな力に説得力があるんじゃないか、という安易な思考。

③私自身がアメイジング大好きで、アメイジングドラゴンとか妄想した過去を持っていること。

…こんな感じです。改めて楽しみにしていた皆様、申し訳ありません…今後ライジングの出番は予定されていません。






これにて3章終了です。この展開を描きたい、という願望と日常回はうたのんとみーちゃんが合流してから、という考えからここまでそこそこハイペースで来ました。
ここからは執筆ペースも話の進み方も落ちると思います。ご了承ください。

後書きも過去最長を更新しました…こんなに言い訳並ばなくてもいいのかな、と思いつつ、根がチキンなもので…読まなくてもいい部分なので、気になるなら今後も後書きは読み飛ばしてください…



感想、評価等お待ちしています

次回もお楽しみに



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四章1話 嫉妬

結構前にタマちゃん回をやったので、今度はアンちゃん回です。

今回は大分今までと雰囲気の違う話になったかも…
4章はこんな感じでゆっくり進みます



『丸亀城の戦い』から数日、無理に無理を重ねてきた陸人の体も快復し、勇者たちのいつもの日々が戻ってきた。

 

 その中にいくつか変わったこともある。

 

 まずは歌野と水都の合流。歌野は勇者として。水都は巫女として。彼女は巫女としての適性こそわずかにひなたに及ばないが、樹海化がない諏訪で戦いをくぐり抜けてきた経験を買われ、ひなたと同じく勇者付きの巫女となった。

 

 この2人も丸亀城の教室の一員となる。同じ制服を着て同じ勉学に励む。ただやはりブランクの影響は大きく、授業についていけず、苦戦していた。

 

「うーん、ダメだわ。なんで数学に英語が出て来ちゃうのよ?」

 

「あー、これはもう英語だとは思わない方がいいよ。小学校の算数の文章題で、りんごをいくつ買った、みかんはいくらだった、みたいな問題あったでしょ? そんな感じでイメージしやすいものに置き換えるといいよ……歌野ちゃんなら、野菜?」

 

「オウ、アメイジング! 急にこのxくんが愛おしく思えて来たわ。サンクス陸人くん!」

 

「ありがとう、陸人さん……私もうたのんも、長いこと勉強なんてやってこなかったから」

 

「それは仕方ないよ。2人とも理解すればちゃんと解けるみたいだし、すぐに慣れると思うよ」

 

 

 

 

 

 そんな様子を離れた席から伺う勇者たち。一部の者からは不機嫌な空気が滲み出ていた。

 

「……むう、最近歌野と水都にベッタリじゃないか? 陸人のヤツ」

 

「……あの2人はまだここの環境に慣れていない……連れて来た者として、責任を感じてるんじゃない? ……彼、律儀な人だから……」

 

「それにしたって、しばらく会えてなかったのは私たちも同じなのに……あんな大変なことが、まるでなかったみたいにいつも通りで……」

 

「でもそれはいいことじゃない? りっくんが元気になったんだから!」

 

「そうですけど、でも……」

 

「ふむ、分からん。ひなた、2人は何が気に入らないんだ?」

 

「散々心配させられて、やっといつも通りになったのだから、もっと構って欲しい。そういうことですよ、若葉ちゃん」

 

「そ、そんなんじゃないやい!」

 

 顔を赤くして反論する球子。

 その大声に陸人が近づいてくる。

 

「どうかした? 球子ちゃん?」

 

「な、何でもないぞ! ないったらない!」

 

「……」

 

「杏ちゃん?」

 

 球子も気になったが、それ以上にいつもと様子が違うのが杏だ。

 さっきまで凝視していたのに、陸人が近づいてきてからは目をそらし続けている。

 

「素直になった方がいいと思いますが……陸人さんは聡い方ですが、乙女の機微まではカバーしていないようですから」

 

「…………」

 

「……あら?」

 

 最近の変化がもう一つ。杏の態度が少し変わった。陸人に対してと、もう1人、ひなたに対しても。

 

 陸人は他に聞こえないように小声で話す。

 

(ひなたちゃん、最近杏ちゃんの様子が変なんだけど……俺と、気のせいかもしれないけど、ひなたちゃんにも)

 

(そうですね、気のせいではないと思いますよ? 流石は陸人さんです)

 

(……ということは、ひなたちゃんは理由が分かってる、ってこと?)

 

(ええまあ、検討はつきます。ただ、私の口から教えることはできません、頑張ってください)

 

 話をしながらも少しずつ陸人との距離を縮めて行くひなた。思考に没頭する陸人は気付かない。

 いつの間にか肩がくっつき耳に口をつけるような体勢にまで接近している。

 

「フゥ〜〜〜」

 

「うおわぁぁ‼︎ ビックリした! ……何、ひなたちゃん⁉︎」

 

 陸人の耳に息を吹きかけるひなた。実戦でも見せたことのない過剰反応で距離を取る陸人。

 

「いえ、考え込んでいる様子でしたので。そこまで深刻な話ではないですし、肩の力を抜いて自然体でいてください。それが陸人さんの役目です」

 

「ひなたちゃん……うん、わかった。でも次はもう少し普通に声をかけてよ、肩を叩くとかさ」

 

「ふふっ、ちょっとしたいたずら心じゃないですか。笑って許してくださいな」

 

 腰を屈め、上目遣いで陸人に笑いかけるひなた。若葉以外にはあまり見せない年相応な少女らしさが、陸人を翻弄する。

 

 

 

 

 

 

 そんな2人の様子に耐えきれなかった杏は、急に立ち上がると陸人の腕を取る。

 

「陸人さん、今日はもう授業も訓練もないですし、ちょっと街まで一緒に行ってくれませんか?」

 

「あ、杏ちゃん……?」

 

 腕に抱きつくように密着する杏。かつての距離感からは考えにくい行動だった。

 

 

 

 杏は色々なものに怒っていた。

 急に現れて陸人と親しくしている歌野と水都。

 なぜかこの頃陸人との距離が近いひなた。

 そしてそんな気持ちにも気付かずいつも通りの陸人。

 

 そして同時に、そんな文句を直接ぶつけられない程度には、優しさと仲間意識も彼女は持っていた。

 

 複雑な感情をごまかすため、杏は普段と正反対の行動に出る。

 

 杏に引っ張られるように教室を出る陸人。

 呆気にとられて眺める仲間たち。

 

「……これが修羅場……恋愛シミュレーションでは王道だけど、リアルで見るとなんともむず痒いものね……」

 

「しゅらば?」

 

「……高嶋さんは知らなくていいのよ……」

 

「うーん、なんか怒っていたわねぇ杏さん。どうしたのかしら、ねえみーちゃん?」

 

「……あー、うたのんには分からない世界だと思うよ?」

 

「ところでひなた、最近のお前はなんだか陸人と仲がいいな。一緒にいると楽しそうに見えるが……」

 

「若葉ちゃんでも分かるほどですか? まぁ、そうですね……素敵な方ですから、陸人さんは」

 

「うーん、あんずが積極的に外に出ようとするなんて、珍しい……」

 

 

 

 

 丸亀城は今日も平和だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ……」

 

 夜、杏は自室で1人後悔していた。昼間の自分の態度を。

 

(分かってるのに……陸人さんは、ただみんなに優しいだけで……何でこんなにイライラしてるんだろう)

 

 歌野と水都に気を遣っているのは彼としては当たり前のことでしかない。ひなたとだって、友達同士の普通のやりとりのつもりなのだろう……少なくとも陸人の方は。

 

 ゆっくりこの気持ちと向き合っていく、と決めていたのに少し状況が変わっただけでこうも心を乱される。杏は自分の幼稚さが嫌になった。

 

 結局あの後も、いつもと違う雰囲気に戸惑う陸人に終始気を使われっぱなしだった。明日にでも謝らなくては。

 

 どうにも暗い考えしか浮かばない。今日はもう寝ようか、といつもより2時間も早く眠る準備を始めると……

 

 

 

 

 

 

「杏ちゃん、いる?」

 

「ふぇっ、り、陸人さん⁉︎」

 

 扉の奥から聞こえたのはずっと思考の中心にいた彼。

 陸人の方から部屋に訪れるという珍しい状況に、夢を見ているのかと一瞬錯覚する。

 

「りんごを剥いてきたんだけど、入ってもいいかな?」

 

「ちょっ、ちょっと待ってください!」

 

 慌てて髪を整え、ありもしないゴミを探す。とりあえず見せられないようなものがないことを確認してから扉を開ける。

 

 

「失礼しまーす。うん、いつ見てもすごい数の本だなぁ……また増えた?」

 

「え、あ、そうですね。えと、それで今日は……?」

 

 りんごを乗せた皿を机に置き、杏の向かいに座る陸人。

 

「……直球で聞くね。杏ちゃん、最近何かあった? なんだか不機嫌なように思えて……もし何かあるなら言って欲しい。杏ちゃんのためなら何でもするよ」

 

「……何でも? ……じゃあ……」

 

 ──もっと私のことを見て──

 

 一瞬よぎった暗い考えを即座に振り払い、意識して笑顔を作る。

 

「全然大したことじゃないんですよ。気にしないで──」

 

「杏ちゃんがそんな顔してたら、どうしたって気になるし、心配だよ」

 

「!」

 

 作り笑顔は一瞬も持たなかった。

 

「俺に言いづらいことならいいんだ。けど誰かに吐き出すだけでもずいぶん変わると思うから……」

 

「……私自身気持ちを整理できてないので、めちゃくちゃな話になるかもしれませんけど……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 途切れ途切れに語る杏。

 

 突然いなくなった陸人。自分が知らない内に目まぐるしく動く状況。

 瀕死で帰ってきた陸人。生気がない顔を見るたびに、明日起きたらもう会えないんじゃないか……そんな不安に襲われていた。

 

 杏は悲しかった。自分に何も言わずに陸人が出て行ってしまったことが。

 杏は悔しかった。ひなたは陸人を見つけて約束を交わせたのに、自分にはそれすらできなかったことが。

 杏は怖かった。自分の知らないところで陸人が傷つき、死にそうになっていることが。

 杏は眩しかった。遠く離れた地で陸人と絆を結び、自分より短い付き合いなのに、自分よりも揺るぎなく陸人の帰りを信じている歌野と水都が。

 

 

 

 話していく内に、杏は初めて自分の感情を理解した。

 これは『嫉妬』だ。

 

(……そっか、私……嫉妬してたんだ。ひなたさんにも、歌野さんにも、水都さんにも……)

 

 

 

 それに気づけば、一気に自分の間違いにも気づける。

 

(確かに、私のことだけ見てもらえたら、きっと幸せなんだろうけど。私が好きになったのは、誰にでも優しくできる大きな心を持った、この人なんだから……)

 

 陸人の分け隔てない心。それに杏は惹かれたのだ。それが無くなった陸人は、杏が好きな彼ではない。

 その結論に至ればもう心にモヤはない。

 

 

 

 杏の勇者服のモチーフは「紫羅欄花(アラセイトウ)

 紫羅欄花の花言葉は『豊かな愛』

 大きな心を持って広く皆を愛する陸人を、そのまま許容して好きでいられる。

 杏はそれだけ豊かで大きな愛をその胸に秘めている。

 

 

 

 

 

 自然と雰囲気が上向きになる杏を見て首をかしげる陸人。

 杏は随分と久し振りに、素直に笑えている自分に気づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後も和やかな雰囲気で過ごす2人。気づいた時には日付が変わる間際になっていた。

 

「おっと、長居しちゃってゴメン。今日はこれで……」

 

「あ、あの! ……良かったら、一緒に寝てくれませんか⁉︎」

 

 その発言に思考が止まる。

 陸人も、言った側の杏もだ。

 

(わ〜〜〜〜‼︎ 違うんです違うんです! 別に変な意味とかなくてただこのままお別れは寂しいなってちょっと思っただけなんですごめんなさい〜〜‼︎)

 

 脳内で言い訳を畳み掛ける杏。頭をかいた陸人は立ち上がり、扉に向かう。

 

 

(……やっぱり、いきなりこんなこと言って、迷惑だったよね……)

 

 

「部屋から布団持ってくるから、ちょっと待ってて」

 

「……えっ?」

 

「流石に同じ布団はカンベンしてね? 俺が落ち着かないから」

 

 そう言って笑う陸人の顔は赤い。杏が初めて見た『異性に対する羞恥心』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2つ並べた布団で寝る陸人と杏。

 先程までとは違う空気が2人の間に流れていた。

 

「……陸人さん、いますよね?」

 

「……いるよ、こっそり出てったりしないから大丈夫」

 

「アハハ、ごめんなさい。電気落とすとこの距離でも顔見えないから、つい……」

 

 2人は眠る気分にもなれず、ポツポツと話を続けた。

 

「じゃあ、手でも繋ぐ?」

 

 ……なんて、冗談だよ。と続ける前に、杏が前のめりに返す。

 

「お、お願いします!」

 

「……え゛」

 

 震える声で左手を差し出す杏。

 流すタイミングを見失い、おずおずと手を握る陸人。

 お互いの手から、羞恥と緊張が伝わってくる。

 

 

「あの、陸人さん……もしかして緊張してます?」

 

「そ、そりゃあねぇ……」

 

 意外だった。杏自身、何度も触れた経験はあったし、球子としょっちゅうくっ付いている印象が強かったのだ。

 

 

「球子ちゃんの時は、向こうに恥ずかしさとかないみたいだったから、俺も自分をごまかせたんだけどね……そういえば最近おぶってくれとか言うこと減ったなぁ」

 

 球子も陸人を意識して、自分のこれまでを省みたのだろう。

 

「でも、なんとなくスキンシップ慣れしてるな、って思ってました。陸人さんのこと」

 

「……うん、言葉が通じない所に行ったりもしたからね。何か気持ちを表現する時にそう言うのが出ちゃうんだ。けど、こんな風にしっかりと言うかじっくりと言うか、女の子の手を握ったことなんてないからさ……」

 

「そうなんですか?」

 

「こんなこと、流石に()()仲のいい友達じゃなきゃやらないよ」

 

 特別。その一言であっさり上機嫌になる自分に呆れながら、杏は夢に落ちても思い人の手を握り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、2人が杏の部屋から出た瞬間にひなたと遭遇した。

 

「……えっと、おはようございます?」

 

「おはよう、いや、違うんだよ」

 

「まだ何も言ってませんが……」

 

「おはようございます、ひなたさん!」

 

「……ふふ、さすが陸人さん。どうやらうまくいったようですね」

 

 昨日とは打って変わって笑顔の杏を見て微笑むひなた。

 

「あの、昨日はすみませんでした。変な態度を取ってしまって……」

 

「あら、そんなことありましたか? 憶えがありませんが……」

 

「……ひなたさん……」

 

「それより、詳しく聞かせてくれませんか? 杏さんと陸人さんの、めくるめく愛の一夜を!」

 

「……ひなたさん⁉︎」

 

「声大きいよ! だから違うんだって……」

 

 

 

 

 楽しげなひなたに必死に訴えかける陸人。

 

 そんな2人を眺めながら、杏は微笑む。

 

(陸人さんにとって、私は特別仲のいい友達で、ちゃんと1人の女の子なんだ……)

 

 そんな当たり前の事実が、杏はとても嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 




というわけでアンちゃん回でした。

恋愛描写って難しい……私の経験不足が響いていますね

戦闘描写苦手、恋愛描写苦手、じゃあ何が書けるんだお前、って話ですよね…

今回はお試しというか、こういう話を自分がどれくらい書けるかを見る意味も込めて描きました。
感想、評価等お待ちしています。

次回もお楽しみに


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四章2話 無垢

今回はちょっと難産でした。書きながらあっち行ったりこっち行ったり……

とっ散らかった文になってるかも

手直し、できるかなぁ


 小競り合いのような戦闘をいくつか潜り抜け、小康状態にある四国。そんな街の一角。

 

「……ふぅ……」

 

 大社本部からの帰り道、水都は憂鬱な気分を誤魔化すようにあてもなく街を歩いていた。

 

(やっぱり、何度行っても慣れないな、あの空気……)

 

 無感情な態度で統一された集団が無機質な声で上から淡々とモノを言う。

 諏訪が状況こそ悪かったが、歌野の尽力で雰囲気は和やかな場所だったこともあり、余計に大社での居心地が悪く感じられた。

 

(大体、諏訪を見捨てる選択をした立場で、諏訪にいた私に陸人さん(命の恩人)を監視しろ、だなんて……どういう神経してるんだろ……)

 

 1度大社の決定を無視して諏訪に向かった陸人。警戒する気持ちは分かるがその監視を命じるのがよりにもよって自分。

 

 水都にしては珍しく他者に攻撃的な感情を抱いていた。

 そんな自分を自覚し、気分転換のためにこうして街を歩いているが、住民の顔を見るたびに諏訪での思い出を想起する。

 

(今日はもう帰ろうかな……)

 

 そう思った時、目に付いた人物がいた。

 

 彼は風船を膨らませると、それを手早く変形させて犬や猫などを作っていく。所謂バルーンアートを街行く人々に披露していた……その顔にクウガらしきお面をつけて。

 

 

 

(アレ、陸人さんだよね……?)

 

 知人の予想外の登場に困惑しているうちに、今回のショーは終わったらしい。足を止めて見ていた住民たちの分のバルーンアートを残して、挨拶をしながらお面の少年がはけていく。

 

 

 

 

「……あの、陸人さん?」

 

「ああ、水都ちゃん、はいこれ水都ちゃんの分」

 

「えっ? あ、ありがとう……?」

 

 恐る恐る声をかけてきた水都にバルーンアートを手渡す陸人。

 

「気づいてたの? 私のこと……」

 

「途中から見てたよね。なんか元気なさそうに見えたから早めに切り上げたんだ」

 

 お面越しでも遠くから見ていた自分に気づいたのか、と陸人の目敏さに感心する水都。

 

「……ごめんなさい、気を遣わせちゃって」

 

「今日は大社に呼ばれてるって歌野ちゃんに聞いてたけど。何かあった?」

 

「……実は……」

 

 

 水都はゆっくり言葉を選びながら話す。

 大社に陸人の監視を命じられたこと、彼らの雰囲気が苦手なこと、ふとした時に諏訪を思い出してしまうこと。

 話して整理するうちにどんどん不安の種は増えていく。

 

「私にこんな指示が出たのは、私自身に力がないことが理由なのかなって……」

 

「力がない?」

 

「私には何もない。勇者のみんなみたいに戦えないし、ひなたさんほど巫女として優秀なわけじゃない……真鈴さんみたいに得意分野があるわけでもない。こんな私がここにいていいのかなって、時々思うんだ」

 

 水都は悔しかった。大社があんなふざけた命令を出したのは、自分が侮られているからだと。反発されても何もできはしないと思われているからだと。

 

 完全に負のスパイラルに呑まれている水都に、陸人は手を差し出す。

 

「水都ちゃん、これから時間ある?」

 

「え? 空いてるけど……」

 

「ちょっと付き合って欲しいんだ」

 

 そう言って楽しげに笑う陸人。水都は首をかしげるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人が訪れたのは市内の保育園。外に出て遊ぶ時間のようだ。

 

「えっと、陸人さん?」

 

「俺がたまにお邪魔してる保育園なんだ、呼んだら入って来てね」

 

「ちょっ……」

 

 反論の間も無く行ってしまう。

 

 

 

「みんなー、こんにちはー!」

 

「あっ! りくと!」

「りくとさんきてくれたー」

「おにいさんこんにちはー!」

 

 慣れた様子で園内に入る陸人。水都は思わず足踏みしてしまうが……

 

「今日はお友達を連れて来ました! 水都おねえさんです!」

 

 紹介されては出ていくしかない。おずおずと園児たちの前に出る。

 

「……えっと、藤森水都といいます。よ、よろしくお願いします」

 

『よろしくおねがいしまーす!』

 

 挨拶はしっかり教えられているらしい。

 

 

「それじゃ今日はこれ。ヨーヨー!」

 

「はじめてみた」

「どうやるのー?」

 

 

 

「こんな風にヒモの輪っかに指を入れて、こうやって落とす。で、すぐにヒモを引っ張ると……」

 

「もどってきた!」

「すげー!」

「もっかいやってもっかい!」

 

 

 

 盛り上がる園児たち。配られたヨーヨーを手に、各々がチャレンジしている。

 水都が様子を眺めていると、保育士の1人が話しかけてきた。

 

「こんにちは。今日はありがとうね」

 

「あ、いえ、私はついてきただけで……陸人さんは、よくここに?」

 

「そうね。前は頻繁にきてくれてたんだけど、やっぱり勇者様として忙しいみたいね」

 

「あ、やっぱり陸人さんのことは……」

 

「うん……彼のご家族のことは知ってる?」

 

「あ、はい。聞きました……」

 

「そっか、仲のいいお友達なんだね。それなら教えてもいいか」

 

 

 

 飲み物を受け取り、犬吠埼望見と名乗った彼女の話を聞く。

 陸人の姉、みのりと彼女は保育士仲間だった。陸人とも面識があり、2年前にここで偶然再会したという。

 

「3年前のアレ以来連絡がつかなかったから、予想はしてたんだけど……でもまさか越してきた香川で陸人くんに会えるなんて思わなくてね」

 

 それ以来度々保育園に訪れては子供達と遊んでくれている、と。勇者云々についても、公表以前に信頼関係を築いていたおかげで職員とも保護者とも大きな問題は起きなかったそうだ。

 

「あんな子供に世の中任せなきゃいけないなんて、情けないし心配になるよ……」

 

「その気持ち、分かります。私も、何かあったらどうしよう、なんて戦いのたびに思います」

 

 その言葉に意外そうな顔をする望見。

 

「てっきり陸人くんみたいな怖いくらい強い人ばっかりなんだと思ってたけど、そういう人もいるんだね」

 

「ごめんなさい、ガッカリさせて……私はあんな風に強くなれなくて……」

 

「ううん、あなたみたいな人がそばにいてくれるなら、ちょっと安心できるよ」

 

 その言葉は、水都には理解できなかったが、本音で話していることだけは分かった。

 

 

 

 

 

「陸人さんは、どうしてここに?」

 

「んー、私も聞いてみたことはあるんだよ。一般人ならともかく、大事なお役目抱えた立場なんだし、って。そしたらね」

 

 

 

 ──俺たちがなにを守っているのか、負けたらどうなるのか……それを忘れないため。っていうのもありますかね。それに元々、子供は好きですし──

 

 

 

「多分他にも理由があるんだろうね。私には話してくれなかったけど。気になるなら本人に聞いてみな?」

 

 ほら、呼んでるよ。と望見に背中を押され、水都は園児の輪の中に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

「ごめん、水都ちゃん。ヨーヨーって分かる?」

 

「えと、簡単な放して戻すくらいなら……」

 

「じゃあ見てあげてくれる? 俺ちょっとこっちの子達に技を見せなきゃいけなくなって──ハイハイ、こんな感じの技がありまーす」

 

 子供に引っ張られながらヨーヨーのヒモであやとりのようなことを始める陸人。

 

 器用だなぁ。と感心する水都の袖口を少女が引っ張る。

 

「ねえねえ、みとおねーちゃん」

 

「あ、うん……ヨーヨーなら、私はあんまり難しいのは……」

 

「みとおねーちゃんは、りくとおにーちゃんのコイビト?」

 

「ッ⁉︎ な、なんで?」

 

 不意打ちの質問にむせこむ水都。どうやら集団に1人はいるおませさんのようだ。

 

「……そんなんじゃないよ。私はただのお友達。私なんかじゃ陸人さんとは釣り合わないから……」

 

「そうなの? おにーさんがだれかつれてきたのはじめてだったから」

 

「えっ、そうなの?」

 

 

 意外だった。陸人の周りにはいつも勇者たちがいるので、よく連れてきているものだと思っていた。

 

 

 

「でもコイビトじゃないならよかった。わたしがりくとおにーちゃんのおヨメさんになるんだから」

 

「あはは、そっか……うん、カッコいいもんね。陸人さんは」

 

 園児に囲まれた陸人を見る。何やらヨーヨーを二つ構え、ダンスのように体ごと動かしている。ヨーヨーには疎いが、おそらくアレは素人技ではない。

 

 その後1時間ほど子供達と遊びまわり、その日は終わりとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れ時の帰り道、2人は川沿いをのんびりと歩いていた。

 

「陸人さん、すごいね。ヨーヨーもだし、バルーンアートも……」

 

「ああ、一時期雄介さんに影響されて色々なことを練習してたんだ。最初に名刺渡されなかった? 1995の技を持つ男、とかって」

 

「あ、うん……1999、だったかな?」

 

「じゃあ旅の間にまた増えたんだ……本当にすごいな」

 

 水都は驚いた。陸人の口から雄介の名前が出たことに。

 落ち着いた頃に話そうと思っていたところ、神託でその話題は止められていたのだ。相応しい時期がある、とのことで。

 

「あの、雄介さんのことは……」

 

「ああ、神樹様に口止めされたんでしょ? アマダムに聞いたよ。近いうちに色々なことがハッキリするから、とか言ってたけど」

 

 気まずい空気が流れる。水都個人としてはすぐにでも弟の彼に伝えたいことがあるのだ。歌野に伝えた時、彼女も同様に渋い顔をしていた。

 

「俺はアマダムを信じる。神樹様も信じてる。だから今は聞かない……水都ちゃんも話した方が楽かもしれないけど、ゴメンね?」

 

 その言葉に、水都は出そうになった言葉を飲み込む。本人がそう言うなら、自分はそれに合わせるべきだ。

 

「分かった。じゃあ一緒に待とう? その時が来るのを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな訳で、小学生の頃は200の技を持つ男、とか名乗ってた時期もあったなぁ」

 

「へぇ、なんだか意外です。でもすごいなぁ、小学生で200も技を……」

 

 話題を変え、和やかな空気の中歩く2人。

 

 

 一息つくと、気になっていた質問をぶつける。

 

「陸人さんは、どうして私を連れてってくれたの?」

 

「うん、なんだか煮詰まってるみたいだったから。水都ちゃんの良いところを自覚してもらおうと思って」

 

「私のいいところ?」

 

「水都ちゃんは、自分には何もないって言ってたけど、そんなことないんじゃないかな? 戦いが終わるたびに現実での被害を真っ先に確認してること、少しでも神託を早く確実に受け取れるように巫女としての訓練を頑張ってること……歌野ちゃんも俺も、みんなちゃんと見てるよ」

 

 その言葉に驚く水都。いつも忙しなくしている陸人に気づかれているとは思っていなかった。

 

 

「水都ちゃんは樹海化のない諏訪でずっと戦いを見てきた。だからこそ、バーテックスの怖さ、神託の重要さ、戦えない不安と恐怖。そういうのを身を以て知ってる。その経験と実感は、勇者にもひなたちゃんにもないものなんだ」

 

 戦う立場では強くある必要がある。ひなたもまた、強くあろうと自分を律し、実際に彼女は強い。

 

「君は弱い人の立場に立って気持ちを慮れる。その優しさと感受性は、誇っていいと俺は思うよ」

 

 ずっと自分の存在意義について悩んでいた水都にとって、その言葉は小さな、しかし確かな救いとなってくれた。

 

「ねえ、陸人さんはどうして保育園とか、路上とかでパフォーマンスやってるの?」

 

「ん〜……雄介さんの影響とか、みのりさんの友達がいるとか、色々あるけど……1番はやっぱり、こんな世の中だからこそ笑っていて欲しいじゃない、特に子供にはさ。俺が何かして笑ってくれたら、それはきっと素敵なことだよ」

 

 やっぱり兄弟だな、と水都は思った。

 

「今日はありがとう、陸人さん……今度でいいんだけど、お願い聞いてくれる?」

 

 ヨーヨー教えて欲しいんだ、と水都は笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日の丸亀城。そこにはいつもと違う光景があった。

 

 ヨーヨーを手に悪戦苦闘する水都と、横から指導する陸人。

 

 

「……よっ、と……あれ?」

 

「惜しい惜しい、大分上達してきたよ水都ちゃん」

 

 ちょっと飲み物買って来る、と陸人が席を外したタイミングで、歌野が声をかける。

 

 

「みーちゃん、急にどうしたの? ヨーヨーなんて趣味あったかしら?」

 

「あ、うたのん……うん、ちょっと練習しようと思って」

 

 ──子供の笑顔が見たいんだ、とは言わなかった。陸人が自分にだけ明かしてくれた秘密を、秘密のままにしておきたかった。

 

 その笑顔を見た歌野は追求しなかった。確かに昨日より幸せそうな水都に、いいことがあったならそれでいいか、と結論を出したのだ。

 

 水都は何も言わない。歌野は何も聞かない。それでも2人は親友で、変わらず睦まじく笑いあっている。

 

 

 

 

 

 

 

 




みーちゃん回です。

雄介さんの2000の技、いいですよね。当時あんな大人に憧れたものです。
今? 技と呼べるものなんて片手で足りる無個性男子ですが何か?


感想、評価等よろしくお願いします

次回もお楽しみに



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四章3話 悔恨

余談ですが、劇場版アマゾンズ観に行きました。
ネタバレはまずいので詳細は避けますが……これまでのシリーズの積み重ねがあってこその重厚さと説得力のある展開、最高でした。
あまりにジャンルが違うので影響を受けたりはないでしょうが、物語とはかくあるべし、というのを教えてもらった気分です。

まだの人は是非劇場に!(恒例のダイマ)




「……う〜む……」

 

 丸亀城の教室。そこで若葉は1人原稿用紙と向き合いながら唸っていた。

 

 大きな戦いを乗り越え、小康状態の現在。大社はこのタイミングで色々な作戦を考えているようだ。

 以前から上がっていた壁外調査。新たなクウガの力を十全に使うための強化訓練。

 そして今回の街頭演説もその一環だ。勇者の代表として、市民の精神安定を図る一手が若葉に任された。

 

 大社の方で台本は用意される予定だが、生真面目な若葉は自分の言葉も反映させられたら、とこうして原稿を考えている。

 

 そこに資料を持ったひなたと陸人が現れる。

 

 

 

「はい、若葉ちゃん。図書館で借りてきました、過去の公式演説の原稿をまとめたものです」

 

「でも政治家とかばっかりだから、言葉の参考くらいにしかならないよ」

 

「ああ、分かっている。いざ書こうと思うと、私は自分で思っていたより言葉を知らないことに気付いてな」

 

「若葉ちゃんは言葉よりも背中で語るタイプですから。そんな若葉ちゃんも素敵です」

 

「アハハ、ひなたちゃんはどんな話でもその結論に持っていくね」

 

「当然です。若葉ちゃんが素敵なのは世界の摂理ですから」

 

 

 

 フフン、と鼻を鳴らして胸を張るひなた。陸人と若葉は苦笑するしかない。

 

 

「それで、俺に手伝って欲しいことって?」

 

「ああ、形になったら読んでみて、添削してほしいんだ。陸人の言葉にはいつも不思議な説得力を感じるからな。あてにしているぞ」

 

「そっか。買いかぶりだと思うけど、分かったよ」

 

 

 

 

 

 1時間ほどかけて原稿を仕上げた若葉。手直しする点はあれど、とりあえず形になったので休憩を取る。

 

 

「陸人、体の方は大丈夫か?」

 

「うん、もうすっかり。何度か戦闘にも出たけど問題なかったしね」

 

「そうですか……では、心の方は……何か悩み事とかありませんか?」

 

「……うん? 急にどうしたの?」

 

「私もひなたも心配なのだ。いつも陸人に話を聞いてもらってばかりだからな……1人で無茶をしないでいいように、これからは陸人の話をちゃんと聞きたいと思ってな」

 

「陸人さんにはもっと自分も大事にしていただきたい。それが私たちの総意ですから。これくらいハッキリお伝えしておかないと」

 

 その言葉に陸人は一瞬俯く。

 焦った末の行動が彼女たちに消えない不安を植え付けてしまっている。歌野と水都を救えた決断に後悔はないが、相談くらいはするべきだったかと反省する。

 

 それと同時に変われない自分に嫌悪感も感じている。

 陸人は未だにアマダムとの融合のデメリットについて仲間に話せていなかった。

 いざという時に最も危険なのは彼女たちだというのに。信じていると言いながら肝心なところで巻き込みたくないと思っている。

 そんな矛盾した自分が陸人は大嫌いだった。

 

「心配かけてゴメン……俺は大丈夫だよ。心も体も絶好調だから」

 

 そんな言葉で仲間の心配を流そうとする自分に呆れながら、それでも話す気にならない陸人。

 ひなたは何かを隠していることには気付いたが、今何を言っても無駄だと判断した。

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、本当に回復して良かった。陸人がああなったのは、私にも責任の一端があるからな……」

 

「またその話? もう何度も謝ってもらったし、気にしないでいいよ」

 

「そうはいかん。アレは生涯の反省とする。一生胸に誓って忘れないぞ」

 

 どこまでも生真面目な若葉に苦笑する陸人。

 ひなたはキリッとした若葉の表情をこっそり写真に収めている。

 

「私が、いつまでも過去に囚われていたから……目の前にあるものを見ていなかったから、仲間を危険に巻き込んでしまった。反省しきりだ」

 

「そうだね……でも若葉ちゃんのスタンスが完全に間違ってたわけじゃないと思うよ?」

 

「……えっ?」

 

 若葉が驚いた声を上げる。若葉自身経緯もあって以前の自分には悪感情しか抱いていなかったからだ。

 

「前にひなたちゃんには話したかもしれないけど……若葉ちゃんはただ、死んでいった人たちに強く想いを馳せてただけ。それ自体は悪いことじゃないはずなんだ」

 

 ひなたの日記帳にも書いてあった。陸人は以前の若葉のまま、褒めてくれていた。

 

「若葉ちゃんは今を生きてる人だから、当然生きてる世界により目を向ける必要があるのは確かで。それができてなかったのは問題だけど……死者を想う気持ちを忘れないことも大事だと思う」

 

 陸人は『死者への想い』に対して思うところがあるらしい。

 

「死なせず守ることができれば1番だけど……神様にも全ては守れないのがこの世界だからね。死んじゃった人たちにできるのは、その死を無駄にしないことだけなんじゃないかな」

 

 その顔は戻れない過去を見ているようでありながら、まっすぐ若葉を見つめていた。

 

「意味なく生きてる人も、意味なく死んだ命もないって俺は思いたい。だから、報いという形で死者と向き合い続けた若葉ちゃんはやっぱりすごいよ。誰にでもできることじゃない……俺にはできなかったから……」

 

 ひなたは、最後の一言にはこれまでにない悔恨の念がこもっているように感じた。同時に簡易にまとめられた陸人の過去の資料を思い出す。

 

(陸人さんもまだ、吹っ切れてはいないのですね……)

 

「……あー、変な話しちゃったね。今日はこれで……ゴメン」

 

 そう言って席を立つ陸人。若葉もひなたも声をかけられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひなた」

 

「……はい、何ですか、若葉ちゃん」

 

「陸人の過去、ひなたは知っているんだったな」

 

「ええ、大社から簡単な資料を見せられたくらいですが」

 

「……今の陸人の様子、心当たりはあるか?」

 

「……はい」

 

「……そうか、分かった」

 

 それっきりで2人はその話題を切り上げた。若葉が聞けばひなたは話したかもしれないし、ひなたが話せば若葉は聞いたかもしれない。

 だがお互いが自分から聞こうとも話そうともしなかったため、2人はそれ以上触れなかった。

 いつか陸人が胸に抱える全てを打ち明けてくれることを、2人は心待ちにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「陸人、またうどんを作ってみたぞ。食べてみてくれるか?」

 

「おお、いただきます……うん、きつねうどんに関しては追いつかれちゃったかな。でも俺なんてまだまだだからね。その気があるなら食堂の人に頼んでみようか?」

 

「そうだな、では今度申請しよう。陸人たちにはできるだけ美味しいものを出してやりたいからな」

 

 若葉は分かりやすく陸人に気を遣う。陸人から教わったきつねうどんで、少しでも陸人の心を明るくできたらと願っていた。

 

「しかし、若葉ちゃんがここまで料理にハマるとは……」

 

「ハマると言ってもきつねうどんだけだがな……せっかく教わったのだから高めていきたいと思っただけだよ」

 

「そう言ってもらえると師匠として鼻が高いよ。そういえばテレビで言ってたんだけど……『コレだ、って得意料理が1つあると料理自体がイマイチでもお嫁さんとしては十分魅力的』なんだってさ」

 

「ヨ、ヨメッ⁉︎ いや、私はそんなつもりでは……」

 

「アハハ、分かってるよ。冗談だってば」

 

 顔を赤くしてジト目で見つめる若葉。やがて反撃の手段を思いつき、不敵な笑顔を見せる。

 

「そうだ、陸人。お前は伴侶とする相手にはやはり家事能力を求めたりするのか? ……うん、せっかくだから好みの異性も聞いておこうか」

 

 陸人からこう言った話は聞いたことがなかった。自分と同じくこの手の話題は苦手なのだろうと踏んでの質問だったが……

 

「うーん、あんまり考えたことなかったけど。家事は一応俺ができるから必須ではないかな……あ、でも若葉ちゃんみたいに得意料理があるのはいいよね。凛々しくて真面目で努力家で、苦手分野でも教わったことにしっかり向き合おうと頑張る子が、俺は好きだな」

 

 完全にカウンターを食らう形となった。真っ赤になって固まる若葉にごちそうさま、と声をかけて食器を戻しに行く陸人。若葉はその背中を見送るしかなかった。

 

 

「……おのれ……どうすればひなたみたいに一本取れるんだ」

 

 恨めしげにつぶやく。彼女の勝利への道はまだ遠い。

 

(……しかし、やはり得意料理の1つもあった方がいいのか……)

 

 それはそれとしてうどんはこれからも練習しよう、と決める若葉だったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また別の日、ひなたは陸人を連れ出して買い物に来ていた。

 

「陸人さん、陸人さん。こんなのはどうでしょう? 似合いますか?」

 

「うん、服もひなたちゃんも可愛いから当然似合うけど……いつものイメージと違うなぁ……というか、スカート短すぎない?」

 

「もう、陸人さん、そういうことを言うときは顔を赤くして恥ずかしそうにするものですよ? 杏さんの小説ではみんなそうでした」

 

「そんなこと言われても……」

 

 ブランドショップの試着室で戯れる男女。側から見れば恋人同士以外の何者でもない。

 程なくして周囲の生暖かい視線に気づいた陸人が気まずげな顔で問いかける。

 

 

「どうして今日は俺を誘ってくれたの? こういうところなら若葉ちゃんとか、女の子同士の方が……」

 

「あら、でも球子さんや杏さんとはよく2人で街に出たりしているじゃないですか」

 

「いやまあ、そうだけど……アウトドアショップとか、古本屋とかだし……」

 

「なら私とのお出かけだって同じでしょう? ……それとも、私とは一緒にいたくありませんか?」

 

 目を潤ませて見つめるひなた。

 

「そ、そんなことないよ! ひなたちゃんのことは大好きだし、今だってすごく楽しいよ……ただ──」

 

 ──すごくデートっぽい気がして、とは言えなかった。ひなたにそんな気はないのだから、こんなことを言っては気分を害すると思ったのだ。

 

 そんな陸人の反応を見て、ひなたは手応えを感じていた。

 今回の外出、ひなたはなるべくデートらしくなるように意識していた。

 

 陸人の過剰なまでに他人を優先する性質、自分を軽く扱いすぎる癖を矯正するために、ひなたは恋愛感情が有効なのでは、と考えた。

 

 個人的に大切なものができれば、自分を愛してくれる誰かに気付ければ、自分を大事にしてくれる。そう思ったひなたは、まずは異性をより強く意識させるべく今回のデートを計画したのだ。

 

 1度意識させれば彼の周りは関係良好で魅力的な美少女揃い。彼女たちの方も悪くは思っていないだろうという理想的な環境だ。

 

 

 

 その対象に自分が選ばれるかも、という考えもなかったわけではない。

 

 

 

 

 

 

 

 店を出たところで、陸人を見た数人がざわつき始める。

 変装用に用意していたサングラス。店内で外したのを忘れてそのまま出て来てしまったのだ。

 

 

「あー、やっちゃったな……ゴメン、ひなたちゃん。ちょっと走ろう」

 

「あっ……!」

 

 ひなたの手を取り走り出す陸人。その手の感触に、約束を交わしたあの夜を思い出す。

 

 ──ああ、行ってくる、ひなた──

 

 手を握られた時、顔が熱くなった。

 呼び捨てにされた時、胸が高鳴った。

 

 

 

 

(……違います、私はただ陸人さんに生きていてほしいだけ……それ以上のことなんて……)

 

 そう思いながらも、また"ひなた"と呼んでほしい、という願望はごまかしきれないものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「陸人!」

「陸人さん」

「若葉ちゃん、ひなたちゃん」

 

 

 

 若葉とひなたは、語らずとも互いに同じ思いだと確信している。

 若葉の分かりやすい気遣いに、陸人は当然気づいている。

 ひなたについても、真意はともかく特別気を回されている自覚は陸人にはあった。

 察しのいい陸人がこちらの気持ちに気づかないはずがない、というのが若葉とひなたの共通見解だった。

 

 互いに内心を理解しながら、何も言わずにその心を受け取る。

 

 それで関係が成立する程度には、3人は互いのことが大好きで、信頼しあっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




……なんか締め方が前回と似てる……
というか話の始まり方と締め方がパターン化してる気がする…早くもネタ切れか?

頑張らねば



感想、評価等よろしくお願いします

次回もお楽しみに


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四章4話 献花

今回はちょっと地の文多めになった感触があります。

読みにくかったらごめんなさい。


 全員が揃った丸亀城の教室。ひなたが大社からの指令を通達している。

 

「じゃあ来週に?」

 

「はい、壁外調査の予定が立ちました。瀬戸大橋を渡り、岡山、兵庫、大阪と移動して、第一目的地を諏訪とします。その後生存の可能性がある東北の地へ向かう予定です」

 

「ワッツ? 諏訪が目的地ってどういうこと?」

 

「あそこが滅んだのは確かなはずだけど……」

 

 諏訪で生き延びたのは2人だけ。確認こそできなかったがあの状況で生き残る道はなかっただろう。

 

「ああ、諏訪で隠れてた洞窟あったでしょ? あそこを改めて調査すべき、って進言しといたんだ」

 

「……という口実があれば、お二人を連れて諏訪にお墓参りに行けると狙ってたんですよね?」

 

『!』

 

「……ひなたちゃん……」

 

 誰にも言わなかった本心を言い当てられ、困った顔をする陸人。

 

「さっすが陸人くん! 気が効くナイスガイ!」

 

「ありがとう……陸人さん」

 

「ん……まあ、自作の墓も様子見て、手入れしておきたいしね」

 

 諏訪に再び行けると知り、喜色に溢れる2人。

 

「ん? ……ってことは、ひなたと水都も行くのか?」

 

「はい、勇者6人と陸人さん、巫女からは私と水都さん、真鈴さんが参加します」

 

 勇者付きの巫女代表たるひなた、外での経験がある水都、クウガ関連の調査ということで真鈴もメンバーに加えられた。

 

「来週か……じゃあ準備しないとね!」

 

「とは言っても陸人さんのバイクとゴウラム以外の移動手段は使えませんし、陸人さんの端末に格納できる容量も限界がありますから、最低限の旅支度しかできないと思ってください」

 

「それじゃ野宿の道具と、食料でいっぱいになっちゃいそうだな。よし、タマに任せタマえ!」

 

「それと陸人さんは新型バイクの受け取りということで、この後大社の方にお願いします」

 

「ああ、間に合ったんだね。了解」

 

「おお、新型!」

 

「後で私たちにも見せてくださいね、陸人さん」

 

「分かったよ、じゃあすぐ取りに行ってくるね」

 

 四国の外に出る、という貴重な機会に湧き立つ仲間に一声かけて、陸人は大社に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジャッジャーン! これがトライチェイサーの正式後継機、『ビートチェイサー』でーす」

 

 テンション高めの真鈴に連れられて、陸人はトライチェイサーとほぼ同型、色違いのバイクと対面する。

 

『ビートチェイサー』

 

 トライチェイサーの戦闘記録をもとに開発された正式後継機。

 ゴウラムとの合体機能を前提とした処置が加えられ、全体的なスペックも向上した新たなクウガの愛機である。

 

「いやー、間に合って良かったよホント。私が直接陸人くんの力になれるのはこれが最後かもしれないからね〜」

 

「……真鈴さん……」

 

 陸人の命令違反に協力したことで真鈴は研究室長の立場を追われ、今は一巫女として、度々肩身の狭い空気に晒されている。

 

「この子については設計段階まで私が主導だったから、何とか今日陸人くんに渡せたけど、これからは巫女の仕事に専念することになるね」

 

「……本当にごめん、俺のせいで……」

 

「その話はもういいってば。大社の上役やろうにも、そろそろついていけなくなってたところだし……ちょうどいいタイミングだったよ」

 

 小を切り捨ててでも大を守る。そういえば聞こえはいいかもしれないが、大社の場合万全を期するためとはいえ切り捨てる決断が早すぎると真鈴は感じていた。最初に自分を切り捨て、残る全てに手を伸ばす陸人を見てきたせいだろうか。

 

 

 

「それに今回の調査だって、室長外されたおかげで選ばれたようなもんだしね……そりゃいいモノがあるかどうかも分からないけど、篭りっぱは性に合わないと思ってたのよね」

 

「……うん、俺はひどい光景しか見なかったけど、どこかに希望はあるかもしれない」

 

「そゆこと。そんな調査について行けるんだから、むしろラッキーよ。感謝してるくらいだわ」

 

 そう言って笑う真鈴。陸人を気遣っている部分もあるにはあるだろうが、今の言葉は本音だろう。

 

 

 

 

「そういえば、巫女の3人はどうやって移動するか、とか聞いた?」

 

「あー、勇者に抱えてもらう、とかだったかな? テキトーに行くメンツでどうにかしろ的な態度だったよ」

 

「ざ、雑だなぁ……でも抱えてもらうにしても……ビートチェイサーに1人、後は勇者2人の手がふさがるのは、緊急時とかまずくない?」

 

「そうねぇ……でもしょうがないんじゃない?」

 

「……うーん……あ、そうだ!」

 

「お? なんか思いついた?」

 

「うん。久しぶりに大工仕事しなきゃだな」

 

 そう言って笑う陸人。付き合いの長さだけなら球子とあんずに次ぐ真鈴が、久しぶりに見た年相応な顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 友奈が忘れ物を取りに教室に入ると、そこには何やら机に大量の紙と花と本を並べて作業をしている陸人がいた。

 

「……りっくん?」

 

「あれ? 友奈ちゃん、どうしたの?」

 

「忘れ物しちゃって……りっくんは何してるの?」

 

「ああこれ? 押し花を作ってるんだ。早くに咲いたところを回って、落ちた桜を拾って集めたんだ」

 

「へぇ〜、押し花……りっくんが押し花やってるところ、初めて見たかな」

 

「そりゃ初めてやるからね。不慣れでなかなか進まないんだ。数も多いし」

 

「そうなの? また技の1つなんだと思ってたよ」

 

 ヨーヨー、バルーンアート、ジャグリングなど。陸人は小学生時代からの習慣で今でも余暇に色々な技術を練習している。そのうちいくつかを披露されたこともある友奈だが、今回は違うらしい。

 

「墓参り……次に行く機会があるか分からないから、枯れちゃう花を供えるのもどうかと思ってね。押し花なら数揃えても大した荷物にもならないし」

 

「……そっか。りっくんが作ったお墓なんだよね?」

 

「うん……用意も人手も時間もなかったから、すごく簡素なやつだけどね」

 

「そんなことないよ。りっくんが作るものにはいつも温かい気持ちがこもってるもの」

 

「友奈ちゃん……」

 

「私もなにか……うん、私にもお手伝いさせて、りっくん!」

 

「いいの? 助かるけど……」

 

「せっかくお参りするんだから、手作りの押し花っていうのは素敵だと思う。たくさん持って行こうね!」

 

 というわけで2人ではじめてのおしばな、開始である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 珍しく陸人が手こずった押し花。それに関して異様な才能を持った少女がいた。友奈である。

 初心者向けの簡単な手順ではあるものの、友奈は最初の1回でコツを掴み、陸人の数倍のペースで完成させていく。

 

 完成形をイメージするセンスもあるようで。友奈が作ったものには、同じ花を使っている陸人の物にはない独特の雰囲気があった。花の生命力を感じさせる押し花。友奈は押し花の神に愛されているかのようだった。

 

「押し花の神様ってなーに? りっくんってたまに変なこと言うよね」

 

「そう? 神樹様や天の神みたいな神様の集合体がいるんだから、押し花神、みたいなマイナーな神様もいそうじゃない?」

 

「あはは、でも確かに……いたら会ってみたいね。ひなちゃんは色々な神様の声を聞けたりするのかなぁ?」

 

「そう思うとなんか楽しそうだなぁ、巫女生活。何かと神様からの声が聞けたりしたら……」

 

 神託の重要性を分かった上でバカ話のネタにする2人。口を動かしながら手も動かし、作業を進める。

 

「りっくんって信仰心強いようには見えなかったけど……」

 

「ああ、そうだね。神樹様のこと知るまではいないものだと思ってたし、今でも信仰心は特にないかな。もちろん感謝はしてるけどね」

 

 ──この前は直接助けてもらったし、と明るく笑う陸人を見て。

 

 ──ああ、この人は昔世の中を恨むようなことがあって、神様を信じることができなくなってるんだな、と友奈は感じ取った。

 

 事実陸人は信仰心を持っていない。神樹についてもちょっと位の違う仲間、という大社で口にしたら刺されそうな認識を持っている。

 

 

 

 

 

「ふう、こんなもんかな?」

 

「とりあえず用意した分は全部できたね! いやー、初めてやったけど楽しいね、押し花!」

 

「ハマった?」

 

「かも……今までこんなふうに何かを作ったりって、小学校の図工くらいだったから」

 

「そういえば、友奈ちゃんの趣味とか聞いたことないな……聞いてもいい?」

 

「趣味? ……趣味か〜……うーん、昔からやってたから、武術になるのかな?」

 

 ──うん、武術は好きだし。と困ったような笑顔で言う友奈を見て。

 

 ──ああ、この人は自分を表現することで相手に何かしらの感情が生まれるのが怖いんだな、と陸人は察した。

 

 友奈は自分のことを話して、自分を出すことで軋轢や衝突が生まれることに恐怖している。そんなありふれたことに心を痛めるくらいには優しい女の子だった。

 

 

 

 

 

 知識や技術を教わる際、『一を聞いて十を知る』という才能の表現がある。

 友奈と陸人は、『一を聞いて零を悟る』という才能を持っていた。

 

 言葉という心の一部を聞き、その奥にある過去や本音を読み取る力。

 

 察しがいい、とか聞き上手、とか呼ばれるそれを極めて高いレベルで持っている2人は、2人だけになると自分を棚に上げて相手の心配ばかりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あら、高嶋さんに伍代くん……なにをしているの……?」

 

 そこに2人の共通の最優先心配対象が現れる。

 

 友奈を探しに来たんだな、と陸人は思った。

 陸人を探しに来たんだな、と友奈は思った。

 

 実際千景は寮にいない友奈と陸人を探していたため、どちらも間違ってはいない。

 

 

 

「ちょっと調査に持っていくお供え物をね……」

 

「押し花作ってたんだ! 私もりっくんも初めてだったんだけど、結構うまくできたんじゃないかな?」

 

「……押し花……2人でやってたの……?」

 

「ついさっき全部終わったんだ。ぐんちゃんの分もあればよかったんだけど……」

 

 千景はもっと早く来るべきだった、と悔やむ。

 それを見た陸人が、予定を早めて袋を取り出す。

 

「千景ちゃん、これ。もう作業は終わっちゃったけど……みんなの分、別にしおりを作ったんだ。よかったらもらってくれる?」

 

 陸人が差し出したのは赤い紐が付いた押し花のしおり。

 

「……い、いいの? ……ありがとう、大事にする……」

 

 おずおず受け取る千景は、喜びを抑えようとして抑えきれない顔をしていた。

 それに微笑む陸人は、続けてピンクの紐が付いたしおりを取り出す。

 袋には他に、青、黄色、オレンジ、白、緑、茶色の紐が付いたしおりが入っていた。

 

「……で、これが友奈ちゃんの分。最初に作っておいて良かったよ。渡す相手の前では作りづらいからね」

 

「わあっ、ありがとうりっくん! 大事にするね! うーん、何か本でも買おうかな」

 

 しおりを使いたいがために本を買うという本末転倒なことを言い出す友奈に陸人は苦笑する。

 

「無理に使わなくても、部屋に飾るなりカバンに入れるなり、好きにしてくれればいいよ。どうしても本に挟みたかったら杏ちゃんに言いな、きっとオススメ貸してくれるから」

 

「そっか、分かった。でもホントにいいなぁこのしおり……」

 

「そうかな? 俺は友奈ちゃんが作ったやつの方が素敵だと思うけど」

 

「ううん、さっきも言ったけど。りっくんが作るものはなんだかあったかいもん!」

 

 そちらが、いやいやそっちの方が、と互いに褒めあう2人。千景には見慣れた光景だ。

 

「……押し花なんてちゃんと見るのは初めてだけど……私はどちらもすごく綺麗だと思うわ……」

 

「ありがとー、ぐんちゃん!」

 

「きゃっ、た、高嶋さん⁉︎」

 

 千景の言葉に感激した友奈の不意打ちハグ。千景は真っ赤になって震えている。

 そんな2人を陸人は眩しいものを見るような目で見守っていた。

 

「……りっくん、どうかした?」

 

「いや、千景ちゃんを見ると頑張ろう、って思えるし、友奈ちゃんを見ると安心するな、って思ってさ」

 

「……な、何よそれ……相変わらず、たまに分からない人ね……」

 

 千景は一瞬訝しんで、すぐに小さく笑う。

 陸人は気にしないで、といつもの笑顔を見せる。

 友奈は憂いを顔ににじませ、その後意識して笑顔を作る。

 

 千景を見るとまだ頑張って生きていなくちゃいけない、と思う。

 友奈を見ると自分がいなくなっても何とかなる、と安心する。

 

 陸人自身完全には自覚していなかった本音に、友奈だけは気づいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、四章終了です。

次回から少しずつ本筋を進めていきます。

また、五章は特に独自のストーリーの比率が増えるので、設定や展開の矛盾を可能な限り減らすため、ある程度書き溜めてから投稿しようと思います。

ここまで何とか連日更新してきましたが、そろそろ厳しくなってきたのもあり、とりあえず次回は遅くなります。

楽しみにしてくれている読者様(おりましたら)申し訳ありません。

感想、評価等よろしくお願いします

次回もお楽しみに


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五章1話 出立

ここから話が進みます。が、今回は割と原作をなぞる部分が多いです。
端折れるだけ端折って、面白みの薄い文になっていたらごめんなさい。


 瀬戸大橋記念公園。陸人たち10人は壁外調査に向けての最終確認を終えていた。

 

「荷物はバッチリだ! これなら6人で運べるだろ」

 

「それで巫女の3人はどうするの?」

 

「陸人さんが準備していると聞きましたが……」

 

 その言葉を受けた陸人は端末を操作してゴウラムを呼び出す。

 

「おおっ⁉︎ これは……」

 

「なるほど、シートを据え付けたのか」

 

「うん、2人はこれに乗って、1人はバイク。俺の後ろに乗ってもらうことになるね」

 

 ゴウラムの腕部に固定された2人がけの座席。安全バーと透明な風除けも備えた安全仕様だ。

 スキー場のリフトのようなシートを吊り下げるゴウラムを見て、歌野が感嘆の声を漏らす。

 

「オゥ……ゴウラムくんがリフトのように。これ陸人くんがやったの?」

 

「うん。一応試してみたけど問題ないはずだよ」

 

 陸人の技の1つ。大工技術が活きた。

 

「それでは席を決めましょうか」

「ジャンケンでもしますか?」

「じゃあ勝った人がバイクねー」

 

 

「タマは四国出るの四年ぶりくらいだな〜……陸人は?」

 

「俺もそれくらいかな。色々なところに連れてってもらったよ」

 

「私は初めてです。遠出とかしたことなくて……」

 

 ワイワイ盛り上がる勇者たち。年頃の子供だけでの遠出。やはり無条件で気分が上がるのだろう。

 

 

 

「……さて、そろそろ行くか」

 

 若葉の号令に全員が支度を整える。

 

「配置は決まった?」

 

「私が後ろです。よろしくお願いします、陸人さん」

 

「ん……じゃあこれ、ヘルメット」

 

「はい……すみません陸人さん、ヘルメットというものに縁がなくて……つけてもらっていいですか?」

 

 目を閉じて少し背伸びをして、陸人に顔を向けるようにするひなた。その顔は楽しそうに綻んでいた。

 

「ハイハイ、できれば一度で覚えてね?」

 

 苦しくないように気を遣ってヘルメットを着けさせる。

 喉元に触れた時妙に色っぽい声が聞こえた気がしたが、陸人は全力でなかったことにした。

 ひなたも顔が赤くなっていたので、思わず漏れてしまったらしい。

 

 

 

「よし、行こう!」

 

 ひなたを座らせた陸人が振り払うように大声で呼びかける。

 

 かくして壁外調査が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瀬戸大橋を渡る勇者たち。

 

「水都ちゃん、真鈴さん、大丈夫?」

 

「うん。風も来ないし、揺れも少ないし……」

 

「快適快適〜、よくできてるわ、さすがね」

 

 ゴウラムリフトは問題ないようだ。

 和やかな空気で進む一同だが、倉敷の荒廃した風景を視界に入れ、一気に空気が暗くなる。

 

「ひどいな……」

 

「……念のために周辺を捜索する。水都と真鈴は上から撮影と捜索を頼む」

 

 あまりの壊されぶりに、ここに生存者はいないと誰もが確信を持ってはいたが……

 

 

 

 

 

 全員で生き残りを探すも、やはり人もバーテックスも見つからなかった。

 重くなった空気を感じた陸人が声をかける。

 

「まだまだ行くところはたくさんあるよ。諦めずに、次に行こう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇者の徒歩とは思えない脚力で神戸にたどり着いた。

 

 二手に分かれて捜索する勇者たち。

 

 陸人、ひなた、若葉、千景は廃墟を巡りながらどんどん心が重くなっていく。

 

「生存者……見つかりませんね」

 

「……全滅、したんでしょうね……」

 

「いや、結論を出すのは──」

 

「──っ! みんな、バーテックスが来る!」

 

 少数のバーテックスと遭遇。ひなたに陸人がつき、2人で手早く片付けられたものの、千景の荒っぽさが目立った。

 

「……こんなやつらに、私たちは……!」

 

「千景ちゃん……」

 

 誰も声をかけられず、そのまま捜索再開。

 何度かバーテックスとの戦闘を挟んだものの、特に問題なく切り抜けた。

 

 

 

 当てのない捜索と戦闘の繰り返しに疲労した顔で合流地点に着くと、既に別れた友奈たちがいた。

 お互い出会ったのはバーテックスばかり、生存者は見つけられなかった。

 

「そろそろ野営地を探さねばな……」

 

「タマが目星をつけといたんだ! この辺りだと……山の方にキャンプ場があるから、そこに行こう!」

 

 無理に明るくした球子の声に全員が乗っかり、その場を離れる。

 

(さっきの戦闘から、何かを感じる……バーテックスか?)

 

 陸人はそこで、視線のような気配のような曖昧なものを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 市街地と同じく荒れ果てたキャンプ場。やはり人は誰もいなかった。

 いくつか野営用の道具を集めて準備を始める。

 

「よーし、ここからはタマが仕切るぞ! 言うこと聞いてテキパキ動くんだぞー」

 

「球子さん、キャンプがしたくて盛り上がっているだけでは?」

 

「いいんじゃない? テントは俺か球子ちゃんと一緒に張ってね。初心者だとうまくいかないことがあるから」

 

「ハッ! ……そうか、陸人も慣れてたのか……」

 

 自分の特技を示すチャンスに張り切る球子だったが、自分と同等に手際よく動く陸人に、その笑顔がひきつる。

 

「まあまあ、手分けして準備しよう。当てにしてるよ、球子ちゃん」

 

「そっ、そうか? よし、タマに任せタマえ!」

 

 兄妹のようなやり取りを微笑ましく眺める一同。

 2人を中心に手際よく支度を済ませ、焚き火を囲んで夕食タイムとなった。

 

「気が滅入るような光景ばかりだったが、こうしてみんなでうどんを食べるとやはり落ち着くな」

 

「まだまだ先は長いんだから、絶望してる暇はないよ、若葉ちゃん」

 

「そうね、初日は成果はなかったけど問題も特になかった。この調子で捜索続けましょう」

 

「オーケー……しかし、歩き回ったから汗かいちゃったわね」

 

「あ、じゃあ水浴びとかどうでしょう? すぐそこの川、冷たくてきれいな水でしたよ」

 

「ならみんなで行って来るといいよ。ここの番は俺がしとくから」

 

 というわけで続いて水浴びタイムとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 火の様子を見ながら今日の光景を思い出す陸人。

 

(覚悟はしてたけど、やっぱり見つからないな……)

 

 諏訪に向かう時も戻る時も、正直それどころではなかったため街の様子を詳しく確認したのは初めてだった。陸人をしてショックを隠しきれないほどに荒廃した世界。1人になるとどうしても暗い考えに偏る。

 

 そこで陸人は、先ほども感じた気配がすぐ近くにあることに気づいた。

 

(──っ! ……これは……近くにバーテックスが?)

 

 今仲間たちは無防備な状況。遭遇したら危険だ。

 陸人はその気配を追って森に入る。

 

 駆け抜けた先で見つけたのは──

 

 

 

 

 黒い軍服に身を包んだ、屈強な雰囲気の男性だった。

 

 目があったまま動かない陸人と男性。

 やがて男性の方が身を翻し、猛スピードで走り去る。

 

「ま、待って!」

 

 慌てて追いかける陸人。いつまでも追いつけない事実に驚嘆する。

 

(今の俺はアマダムの影響で変身しなくても人間離れした速度が出せる……なのに、なんだこの速さ⁉︎)

 

 人間を超えた身体能力、人が生きるには厳しすぎる環境に平然としている様子……目の前の男への疑惑が増していく。

 

 森を抜ける直前、男性の影が目の前からパッと消える。陸人は驚愕するも、勢いそのまま森を抜け、その奥の川に落ちるコースで、傾斜を飛び降りてしまう。

 

 目の前に広がる光景に、陸人はさらなる驚愕に襲われる。

 

 

 

 そこでは水浴びに出た仲間たち、9人の少女たちが一糸まとわぬ姿のまま、川の中で戯れていた。

 

 若葉も、ひなたも、球子も、杏も、千景も、友奈も、歌野も、水都も、真鈴も……その全員の体を優れた視力で認識してしまう陸人。

 彼女たちも突如現れた陸人になんの反応も返せず呆然と見ていた。

 

(──‼︎⁉︎⁇‼︎⁉︎⁇‼︎⁉︎⁇)

 

 空中で混乱の極みに達する。反射的に青のクウガに変身。着水と同時に飛び上がり、派手に水しぶきをあげながらその場を離れる。

 ちなみにこの時、変身所要時間の最短記録をマークした。

 

「……えっと……」

「今の、陸人さん、だよね?」

「何だったの? いったい……」

 

 あまりに一瞬の出来事に、少女たちは羞恥心が働くより先に困惑に飲み込まれていた。

 

 

 

 

 ちなみにあの一瞬、仲間たちの艶姿をより強く目に焼き付けようという男の本能が、青ではなく緑への変身をさせようと働きかけた──

 

 

 

 

 ──かどうかは、陸人とアマダムしか知らない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇者たちがキャンプ場に戻ると、陸人が土下座の体制で待ち構えていた。

 

「申し訳ありませんでしたっ‼︎」

 

「あ、あの……とりあえず頭を上げて……」

 

「私たちとて陸人が覗きなどするとは思っていない。ただ、どういう経緯でああなったのか、教えてくれるか?」

 

「みんな……」

 

 寛容な態度で声をかけてくれる仲間たちに感動する陸人。

 そんな陸人をからかうように笑う真鈴。

 

「まあ、恥ずかしかったしビックリしたけどね〜。まさか女子の水浴び場のど真ん中に飛び込んで来るとは……」

 

「ちょっ、真鈴さん……」

 

「思い出さないようにしてたんだから、言わないでくださいよ〜」

 

 やはり恥ずかしいのは恥ずかしかったらしい。話し合って穏便に収めようと結論を出した彼女たちだが、齢14〜15の女子たちには限界がある。

 

「……クッ! ……分かった、ちょっと記憶を消してくる!」

 

「待て待て、何する気だ陸人!」

 

「ゴウラムで上空から落ちればきっと……!」

 

「危ないから! やめて、やめてください!」

 

 らしくなく取り乱す陸人と、必死に止める仲間たち。収集がつくのに小一時間かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人がいた?」

 

「うん……だけど、アレは人だったのかどうか。人間離れした動きしてたし」

 

「人じゃないって? 見た目は男の人だったんでしょ?」

 

「よく分からない気配を感じた……アマダムも心当たりあるみたいなんだけど……この先でハッキリする、って何も教えてくれないんだ」

 

 落ち着きを取り戻し、事情を説明する陸人。

 その内容は全員が驚くことだったが、それ以上に訝しげな陸人の様子が気にかかった。全員が黙り込む。

 

 

「気になる話だけど、一度振り切られた状況で当てなく探すのは危険でしょうね。アマダムもその内分かるって言ってるんでしょ? じゃあそれを待つべきだと思うよ」

 

 真鈴の言葉でその話題は打ち止めとなった。

 空気を変えてくれた彼女に陸人は感謝していたが……

 

「……んで? 陸人くん、誰の体が1番の好みだったのかな〜?」

 

「グフッ⁉︎ ゲホッゲホッ……」

 

 全力で吹き出した。あまりに気まずい話題に戻ってしまった。

 

「真鈴さん、何を──」

 

「やっぱり出るとこ出てるのはひなたちゃんと杏ちゃんよね? でも若葉ちゃんも歌野ちゃんも、友奈ちゃんもいい体してたわよね〜。水都ちゃんはとにかく肌が綺麗だし、千景ちゃんは顔も髪も体も美麗、って感じで……あ、もしかして球子ちゃん派? まあそれもアリな人はアリか……」

 

 言葉を挟ませない勢いでたたみかける真鈴。さりげなく自分を外している。

 特にダメージがでかいのが、言外にマニア向け呼ばわりされた球子と答えようのない質問にさらされた陸人だ。

 

「真鈴さん、何言うんだ! というかアリな人は、って何だ⁉︎」

 

「勘弁してよ、頼むからさ……」

 

 真っ赤な顔で怒鳴り立てる球子と、逃げるようにその場を離れる陸人。

 先程までの深刻な空気は見事塗りつぶされた……代わりに妙に桃色な空気が漂っていたが……

 

 

「真鈴さん……助かりましたが、他の方法はありませんでしたか?」

 

「まあいいじゃん、さっきの空気よりマシでしょ」

 

 ため息をつくひなた。真鈴はこうして時々楽しげに人をからかう癖がある。

 

 

 

 

 陸人の心理状態と全員の空気感が落ち着くまで、更に2時間を要し、そのまま言葉少なに就寝となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 キャンプ場から遠く離れた森の中。佇む1人の男性。その周囲にはバラバラに割かれた小型バーテックスの群れがあった。

 

「……アレが、今回のクウガか……」

 

 思い返すは先ほどの少年。まだ年若いが、強い覚悟をその瞳に感じた。

 

 小さく笑みを浮かべると、その姿が異形へと変貌する。

 

 全体的に黒く力強い意匠。その頭部にはカブトムシを思わせる、天を衝くように伸びる角がある。

 

「楽しめそうだな……!」

 

 

 

『ゴ・ガドル・バ』

 

 超古代にその猛威を振るった怪人種族。

 

 その中でも最上位の実力者が西暦に顕現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ハイ、と言うわけで閣下登場です。

ここでの彼は設定も性格も話作りの上で多少いじらせてもらっています。

『こんなの閣下じゃねえ!』と思う方もいるかもしれません。
申し訳ない……

とは言え、彼の出番はまだしばらく先です。お待ちください

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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五章2話 遺跡

今回からやっとわかりやすくばらまいてきた伏線らしきものを回収していきます。

つまり独自設定の雨あられです。

その辺お覚悟の上で読んでいただけると助かります。


 翌朝、早起きに慣れた若葉や歌野に合わせた起床時間ゆえに眠そうにしているメンツも含めて、勇者たちは大阪の梅田に到着した。

 

 梅田駅の地下街を探る一同。降りたシャッターやバリケードの跡など、人間の抵抗の痕跡が見られる。

 これまでにない人の気配に希望を感じる勇者たちだが、強化された視力で奥にあるものを認識した陸人が焦った声で仲間を止める。

 

「──! みんなストップ!」

 

「陸人さん?」

 

「この先は俺が行く……みんなはここにいて……後で説明するから」

 

 有無を言わさず先行する陸人。首を傾げながらもその言葉に従う一同。

 

 

 

 

 

 

 

 壊れたシャッターを更に一枚越えた先。そこには白骨化した死体の山があった。

 

「くそ、こんな……!」

 

「陸人、どうした?」

 

「若葉ちゃん⁉︎」

 

 戻ってこない陸人を心配して追ってきた若葉も惨状を目撃する。

 

「……! ……こんなことに……!」

 

 視線を逸らした先で一冊のノートを見つける。拾って読もうとした若葉の手を、陸人が掴んで止めた。

 

「この先には誰もいない。これ以上ここにいると他のみんなも来ちゃうかも……中身はみんなで読もう。ここは見せたくないけど、ここにいた人の声は……みんなで聞こうよ」

 

「陸人……ああ、そうだな」

 

 

 

 仲間と合流し、全員で日記を読む。

 そこには、バーテックスの脅威と、それを恐れるあまり凶行に走った人間の汚さが記録されていた。

 

 若葉はバーテックスへの怒りを募らせた。

 千景は人間への失望を感じ、同時に強く生きる決意を固めた。

 球子と杏と真鈴は、3年前の惨劇の夜を思い出した。

 

 死の恐怖から逃れるために他者を犠牲にする人間。

 そしてその醜さを目の当たりにしてもなお、人を守ろうとする陸人。

 

 日記を死体の山の元に戻しに行った陸人。その背中は今も変わらず力強い。

 

(もしかしたら、陸人くんは……同じような経験が以前にもあったのかもね……)

 

 真鈴は朧げに陸人のブレなさの原点を察した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もはや希望を持ちようもない精神状態で、勇者たちは名古屋へ向かう。

 その地を埋め尽くすように散乱する巨大な卵状の物質。それは更に彼らの精神を追い詰める光景だった。

 

「……こんな……これが、バーテックスに支配された世界……」

 

「……クソ……ふざけやがって……!」

 

 あまりの光景に崩れ落ちる杏を見て、そこに現れるバーテックスの群れを見て、球子の中で何かが切れた。

 

 怒りに身を任せ、球子は奥の手を使う。

 

「この世界は、お前らなんかに渡さない! 絶対にだ‼︎」

 

「待て、球子!」

 

 精霊の力を使い、卵と小型をまとめて一掃する球子。

 その勢いは凄まじく、球子の怒りを表現するようだった。

 

「球子ちゃんストップ! あとは俺がやる! ──変身‼︎──」

 

 球子の消耗を心配した陸人が前に出て、残りを殲滅する。

 

 

 

 

 

 

「球子! 精霊の影響は今もハッキリ分かっていない、軽々しく使うな!」

 

「悪い、カッとなっちゃって……でもまぁ、ちょうどいいしコレに乗って探そう。その方が──」

 

「いや、球子ちゃんは今すぐ変身を解くんだ。使うにしても短時間の方が負担は少ないかもしれない……空から回るなら俺がゴウラムで飛ぶよ」

 

 瞬く間にバーテックスを殲滅したクウガが諌めるように言う。

 真剣にこちらを気遣うその声に、球子も頭を冷やして従う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 やはりと言うか、生存者は見つからず。勇者たちは重たい心持ちのまま諏訪へと向かう。

 

「いやー、やっぱりきついな、精霊の力を使うのは……」

 

「タマっち先輩、大丈夫?」

 

 いつもの元気がない球子を見た陸人は、そこでアマダムが球子に反応したことに気づく。

 

(──! ……今のは……)

 

 直感に従い、黒の力を解放。球子の手を取る。

 

「えっ? り、陸人⁉︎」

 

「球子ちゃん、ジッとしてて……」

 

 ──あんな一瞬の反応に気づくとは……目ざとい男だ──

 

 アマダムの声に自分の勘が正しいことを確信するクウガ。そのまま体内のアマダムに意識を向ける。

 

 その瞬間、球子は自分の中にあった倦怠感、精神的な淀みが消えていくのを感じた。

 

「……え? 陸人、今何したんだ?」

 

「……ふう、球子ちゃん、調子はどう? 少しは楽になった?」

 

「う、うん……でも、何で?」

 

「俺にも理由は分からない。けど、何とかできそうな気がして……うまくいってよかったよ」

 

 変身を解除した陸人の顔色は、先ほどより少し青白く見えたが、いつも通りの笑顔を向ける彼に球子は何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 諏訪に着いた頃にはすっかり日が暮れていた。

 ここに誰もいないことは分かっていたため、一同は真っ直ぐ陸人が墓を作った森に向かう。

 

 

 

 

「これが……?」

 

「ええ、陸人くんが作ってくれた、私たちの同胞のお墓……」

 

「もう一度来れて、本当に良かった……」

 

 感慨深げな歌野と声が震えている水都。何も言わずに全員で墓の掃除を行う。

 用意してきた押し花を備え、墓前に手を合わせる一同。

 

 死霊に祈りを捧げる行為により、荒んでいた勇者たちの心も幾分か落ち着く。

 

 一通りの作業を終えた勇者たちは、歌野と水都をそこに残し、墓前から離れた。

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、例の洞窟に行ってくるよ。歌野ちゃんと水都ちゃんは、しばらくそっとしておいてあげて」

 

「ああ、分かっている……そちらも気をつけろよ」

 

 墓前と洞窟。二手に分かれるメンバーたち。

 陸人、真鈴、球子、杏の4人が洞窟を調べることとなった。

 

 

 

 

 

 

「ここがその洞窟か? 随分荒れてるな」

 

「何千、ってバーテックスが飛び込んで行ったからね……その前はもう少し綺麗な洞窟だったよ」

 

「それだけのバーテックスが動くだけの何か……それがあったってことでしょうか?」

 

「その答えも奥にあるんでしょ。とりあえず行けるとこまで行ってみましょうよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明かりのない場所で、時間の感覚が分からなくなるほど歩いた先で、神々しい光に照らされた開けた場所にたどり着いた。

 

「これは……遺跡?」

 

「この光、もしかして……」

 

「うん、間違いない。神様の光だ」

 

「……なぁ、奥にあるの何だ?」

 

 球子が示した先には、外にあった陸人作の墓に似た、大量の墓標のような遺跡があった。

 その中央には上蓋がない棺と、その中に眠る石像のような人型があった。

 

 それをみた陸人は、かつてないほど激しく反応したアマダムに声をかける。

 

(アマダム、もしかしてここが……)

 

 ──ああ、そうだ……ここが私が眠っていた、目覚めた場所だ──

 

 アマダムと対話する陸人、神の痕跡を探る真鈴をよそに、杏は大量に並んだ墓標を観察し、あることに気づいた。

 

「……アレ? ……ここ……」

 

「どうした? あんず」

 

「ここにも、眠ってた人がいるんじゃないかな……多分2人分、掘り起こされたみたいな跡がある」

 

 その痕跡は、他と比べて真新しさがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──私の口から貴様だけに伝えるのも非効率だ。そこの巫女なら土地神の力の残滓を見つけられるはずだ。それに触れされろ──

 

 アマダムの指示に首を傾げながら真鈴に伝える陸人。真鈴が奥にあった石柱に触れると空間一帯に光が広がり、以前アマダムが陸人を呼んだ地と同じ、何もない空間が発生した。

 

 

 

 

 

 

「なんだなんだぁ⁉︎」

 

「これは、神樹様の……」

 

「記憶を空間として残したもの、らしいよ。アマダム曰く」

 

「神託に似たものを感じる……」

 

 神の力に適性がある4人がこの空間に集められ、映像が流れる。神託以上に力を固めた結果、巫女以外にも受け取ることができるようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数えるのも馬鹿らしいほど遥かな古代、人に近い怪物がその力を振るい、人間を殺戮する遊戯に勤しんでいた。

 

 それに対抗するべく戦う戦士が1人。超古代に存在したクウガである。アマダムの力を受け取った戦士は、神たちとも協力し、怪物を次々と封印、最後には自らも眠りにつくことでその封印を永遠のものとしようとした。

 

 

 

 その封印は長い時代変わることなく、土地神も変わらずこの地を守り続けた。

 

 しかしある時、人類を見限った一部の神が、この地の封印を解こうと力を振るう。

 土地神も対抗し、結果的に古代のクウガの棺が壊され、アマダムが遺跡から奪われかけた。

 

 土地神とアマダム自身の抵抗で、アマダムは洞窟の中腹辺りで解放され、天の神に奪われることはなかった。

 

 

 

 その落下したベルトを拾った男がいた。

 

 

 近くの遺跡の探索がひと段落し、たまたまこの洞窟を見つけた男。

 

 

 

 

 伍代雄介は、アマダムと出会った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




雄介さん登場。

切りどころが難しく、短くなりました。

感想、評価等よろしくお願いします

次回もお楽しみに


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五章3話 兄弟

いよいよ雄介さんの秘密が明かされます。

今から批判が怖くて仕方ない……

でも上げちゃう、思いついちゃったんだから!


 雄介はアマダムを拾い、そのまま奥の遺跡にたどり着いた。

 土地神が力を削られ、結界が維持できなくなっていたのだ。

 

 不意に現れた人間に、土地神もアマダムもたいそう驚いた。

 

 その人間は成人した大人でありながら、神の声を聞く力を持っていたからだ。

 

「この、ベルト……? もしかしてあなたのものですか?」

 

 土地神の抽象的な神託にも柔軟に理解を示し、アマダムとも融合せずに交信できるほど、神の力との適合が高かった。

 

 両者との対話の中で事態を把握した雄介は、再び封印を強固なものとする儀式。その準備に協力するようになった。

 

 かつて他の遺跡で見つけた雄介と陸人以外には反応しなかった謎の遺物。そういった神の力を宿した遺物を集め、遺跡に土地神の力を収束する。

 

 そのために家からも他の遺跡からも遺物をかき集める雄介。

 

 最初は警戒していたアマダムと土地神も、彼の俗人離れした善性に、やがて信を置くようになる。

 

「大丈夫! 古代の力と人間と神様が協力すれば、きっと何とかなるさ」

 

 サムズアップして笑う雄介。アマダムも土地神も、不思議とその言葉にかける気になっていた。

 

 

 ──貴様は神の力との相性が非常にいい。この私を扱うものとしても破格の資質を持っている──

 

「へぇ、そうなんだ」

 

 ──だが貴様自身の性質があまりに戦士に向いていない。あの神たちに対抗するのは厳しいだろうな──

 

「そっか。まあ、俺もそう思うよ」

 

 

 

 雄介は誰かの笑顔を守りたい、という優しさと、それを貫く強さを持っていた。

 しかし、どんな相手にも力でぶつかることへの忌避感が強すぎた。戦士としては致命的で、悩みや迷いが命取りになるクウガとしてはそれだけでどれほど資質があっても失格条件だった。

 雄介は神に近い適正を持っていた。それでも……

 

 伍代雄介はクウガにはなれない。

 

 ましてや敵は莫大な力を秘めた神の集合体。迷いを抱えて戦える相手ではない。

 アマダムは雄介がクウガになれないことを惜しんだ。そして同時に彼を戦わせずに済んで安堵もしていた。

 それくらいには雄介を仲間として信頼していた。

 

 雄介は自分が戦えないことを知り、アマダムを家族がいる愛媛の実家に送った。

 陸人は自分と同じく神の力への適合資質を持っている。そして何より命を守るという夢と、そのために戦う覚悟があった。

 

 陸人の夢を叶える力を授けるため、最悪の事態に人を守るため、雄介はアマダムを陸人に託した。

 

 

 

 

 

 

 

 そして雄介は再封印の準備を急いだ。

 陸人が戦わなくてはならない状況を避けるために。

 

 だがその努力は、ある意味で逆効果になったとも言える。

 再封印に集中していた土地神は、天の神が己の力で人類を滅ぼす準備を整えていることに気づくのが遅れてしまった。

 

 土地神がそれに気づいたのは、バーテックス侵攻の1週間前。この時点で全ての人類を守ることは不可能であった。

 

「それなら、ますます急がなきゃ! 何もしてない人が死ぬなんて、絶対に間違ってる!」

 

 それでも雄介は諦めず。少しでも大きく強固な結界を張ることで人間を守ろうと遺物を集める。

 それを見た土地神は、最後の手段を1つ、雄介に提示した。

 そして雄介は、それを快諾した。

 

 

 

 

 そして運命の日。結界は間に合わず、雄介は何ら力を持たない只人の身で、人を守るために奔走し続けた。

 その中で戦う方向で神の力を扱える勇者の白鳥歌野、雄介と同じく神の声を聞く力を持つ巫女の藤森水都と出会う。

 

 3人の必死の抵抗で稼いだ時間で、土地神は諏訪を覆う結界を展開。一部の生き残った人間を匿うことに成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「歌野ちゃん、こっちの畑は終わったよ」

 

「サンクス、雄介さん! 手際のいい仲間がいるとやっぱり助かるわ」

 

「お疲れ様、2人とも。ご飯、持ってきたよ」

 

 惨劇から1年。歌野と雄介と水都を中心として、諏訪は少しずつ立ち直ってきていた。

 

 戦闘は歌野。襲来を知らせる役は水都。結界を強固にする役を雄介に割り振って、彼らは諏訪を守ってきた。

 

「うたのんと雄介さんは、本当にすごい……2人がいて良かったよ」

 

「何言ってるの? みーちゃんだってすごいじゃない、私たち3人で戦ってるんだから!」

 

「うん、歌野ちゃんと水都ちゃんはすごいよ。その歳でこれだけの命を守ってきたんだ。自信持って」

 

 歌野と水都にとって雄介は兄のような存在だった。3人が3人だったからこそ、これまでの諏訪があると言ってもいい。

 

「だから、約束しよう。2()()()何があっても折れないで。諏訪を守ることと、何より自分の命を大事にする。生きることを諦めないって約束」

 

 いつも優しく諭すような話し方をする雄介らしからぬ力のこもった言葉。歌野と水都は、深く考えずその約束を交わした。

 

 その3日後、雄介は姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 土地神から提示された最終手段。ある程度結界が安定した今だからこそ取れる策。

 それは神と融合できるほど高い適正を持った雄介が、結界と同化すること。

 結界を強化し、人を守り、同時に遺跡の封印を強固にするという当初の目的も果たす。これにより一度捕捉された遺跡の場所を隠蔽することもできる。

 ギリギリの現状で取れる最善策だった。

 

 雄介は近いうちに自分が消えることを承知していた。だから家族に連絡を取ることはしなかった。歌野にも口止めしていた。

 全ては自分が消えた後の影響を少しでも小さくするため。切なすぎる心遣いだった。

 

 

 

 土地神は最後に雄介に問う。何か残すものはあるかと。

 雄介は1つだけ土地神に託した。届くことがあるかも分からない、最後のメッセージだけを残して。

 

「この世界には陸人がいる。歌野ちゃんや水都ちゃんのような強くて優しい子がたくさんいる。神様だって味方してくれる。だから俺は何も心配してない。残すものなんて、家族へのメッセージくらいでいいんだよ」

 

 そう言って雄介は笑顔でサムズアップをする。

 

 最後まで変わらずに、伍代雄介は伍代雄介のまま、家族を、仲間を信じてこの世界から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 映像が終わる。この後結界は2年間諏訪と遺跡を守り、反撃の時間を稼いだ。そして今でも、遺跡を守り続けている。

 

 ──本来なら、全ての怪物を蘇らせるのが天の神の目的だったのだろう。だが、あの男の意思の力が土地神の結界の力を増し、奴は予定を変えざるを得なかった……まあ、最も厄介な2体を選んだ辺りは流石の執念といったところか──

 

 アマダムの言葉も遠くに聞こえる。陸人は混乱していた。

 

 兄はとうに死んだものだと思っていた。歌野たちの態度からも、死んでいるのは察していた。

 

 しかし、こんな戦いを兄が潜り抜けてきたとは想像もできなかった。

 

 もっと早くに遺跡が壊されていれば、今頃世界は完全に終わっていた。

 もっと早くに諏訪の結界が破られていれば、陸人が歌野と水都を助けることもできなかった。

 そもそも雄介が自分を信じてアマダムを託していなければ、陸人はあの夜になすすべなく死んでいた。

 

 全ては世界を、弟を信じて後を託した勇者のおかげだった。

 

『拳を握る』勇気ではなく、『自分を捧げる』勇気を持った勇者。

 それが陸人の兄だった。

 

 

 

 

 ──そこにあの男が託した文がある。貴様と妹御、家族宛だ──

 

 

 

 何もないところから現れた2通の便箋。それぞれ陸人とみのりの宛名が書いてあった。

 

 みのりの分は開かずにしまい、自分宛の手紙を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──陸人へ──

 

 こんな形で手紙を書くのは初めてだね。これを読んでる時には大まかな事情は知ってると思うから、省略します。

 俺は俺の夢を叶えるために戦った。一足先にリタイアするのは兄として情けない限りだけど、これも適材適所って奴だね。

 だから陸人も、自分のことを、自分の夢を何より大切に生きて欲しい。それが兄として、弟に願うことです。

 陸人の夢を聞いた時、俺は世界で1番眩しいものを見つけたんだな、って。そう思いました。陸人のこと、誇りに思うよ。

 俺みたいな半端な形じゃない。真の意味で夢を叶える力が、陸人にはあるって俺は信じてる。

 

 2000の技を持ち、君と同じく夢を追う男

 陸人の兄 伍代雄介

 

 

 

 

 

 

 P.S 陸人は女の子と関わる時にもう少し性差を意識したほうがいい。歌野ちゃんや水都ちゃんともし会えたら、よろしくね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ッ! ……なんだよ、コレ……」

 

 陸人は泣いていた。みのりを目の前で失った時でさえ泣かなかった陸人が、ボロボロと涙をこぼしていた。

 それは、夢を見つけて以来ずっと背負ってきた『命を守るために』という意識からほんの一瞬、自分を解放した証。

 

「……女の子の扱いとか、行く先々でモテモテだった雄介さんに、言われたくないよ……」

 

 球子も杏も真鈴も、何も言えなかった。手紙こそ読んでいないが、今の陸人の気持ちは分かってやれているつもりでいた。その上でかける言葉が見つからないのだ。

 

「……ゥ、アァ……アアアアァァァァ──‼︎」

 

 神が作った空間に、陸人の嘆きが響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて光の空間が閉じる。雄介の手紙を届ける、そのためだけに残していた最後の力が尽きるのだ。

 これでもうこの遺跡は元来持っていた怪物を封印する力しかない。

 ことここに至って天の神も今更この遺跡を襲うよりも四国に戦力を向けるだろう。

 

 雄介と土地神の役目は今ようやく終わった。

 

 ここからは、託された者が戦う時だ。

 

 

 

 陸人は涙を拭い、立ち上がる。

 

「あなたたちに託されたバトンは、必ず俺が……俺たちが未来へつないでみせる。今までありがとう、お疲れ様……」

 

 頭を下げる陸人。彼に習って真鈴たちも頭を下げる。

 

 

 

 再び顔を上げた陸人は、笑顔を浮かべていた。

 

「……見ててくれ……()()()()

 

 兄から託された勇気のバトンは、2年の時を超え今確かに、弟の手に渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




雄介さんから陸人くんへ、勇気のバトン、夢のバトンが渡されました。

本作では諏訪の土地神様と神樹様は同士で別物の神様として扱っています。
ここの雄介さんの2000番目の技はクウガではなく結界との同化。同じように誰かの笑顔を守るための力です。

ちなみにゴウラム様が人の姿を取る時にみのりさんを真似るのは、陸人と雄介の記憶に共通して出てくる大きな存在だったからです。



次回もこんな感じで地の文だらけでのわゆ要素はかなり薄め。

それでもよければお待ちください。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに


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五章4話 追憶

続けて陸人くんの過去をサラッと語ります。

すっ飛ばしてもまあなんとかなる話だと思います。
オリ主の過去語りなんて興味ねーよ、って方はスルーしてください。

ここはだいぶ雰囲気変わるので、お気をつけて。


 遺跡から出る道中、陸人はアマダムから確認できた事実を聞いていた。

 

(じゃあ古代の怪物が?)

 

 ──ああ、天の神が蘇らせたのは2体。その内1体が昨日出くわしたあの男だ。奴らの中でも最上級の力を持つ者と、さらにそれを超える連中の頂点。2体で済んだのは喜ぶべきだが、面倒なことになるな──

 

(大丈夫、俺たちみんなで絶対に勝つよ)

 

 ──そうだな、そのためにも貴様は自分のできること、自分の力を正しく知らねばならぬ──

 

(俺の力……黒のクウガか……)

 

 ──アレは私に本来ある力とは違う。故にこれまではっきりしたことは言えなかったが、現在把握していることだけ伝えておく。黒のクウガで戦えるのは一度の戦闘で3分だ。それ以上は貴様が持たん。こちらで変身を解く──

 

(3分か……長いような短いような……)

 

 ──貴様と勇者の負荷を考えたギリギリの制限時間だ……それともう1つ。黒の力で勇者とつながったクウガは、勇者の穢れを肩代わりすることもできる。褒められたやり方ではないがな──

 

(球子ちゃんの時の……肩代わり、ってことは……)

 

 ──そうだ、穢れを消すことはできない。貴様に移しているだけだ。心も体も普通ではない強度を誇る貴様なら、有効かもしれないが……タダでも今のクウガは私との融合と、黒の力の負荷がある。その上に新たな負担を重ねた結果どのような弊害が発生するか、私にも予想がつかん。本当にどうにもならない場合のみ、と考えておけ──

 

(……覚えておくよ、忠告ありがとう)

 

 ──貴様が死ねば娘たちを守るものはいなくなる。そして彼女たちの笑顔を奪うことになる。決して忘れるな──

 

 

 

 

 

 遺跡に残された映像を見て、1つ分かったことがある。

 

 アマダムの尊大でありながら妙に気を使われているような感覚。

 アレはきっと、雄介が何かしら自分のことを言い含めていたのだろう。

 陸人はそう思った。その予想は半分当たっていた。

 

 アマダムは雄介の弟として、陸人に義理のようなものを感じていた。最初から忠告じみた発言が多かった原因はそれだ。

 しかし雄介の背を追い、彼とは違う勇者として戦う陸人を見て、彼本人にも情が湧いてしまった。

 

 アマダムは『伍代』と関わるうちに丸くなっていく己を自覚していた。そんな自分を、悪くないと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 洞窟からほど近い平野。今夜はそこに野営することとなった。

 

 火を囲むように輪になって座る勇者たち。

 遺跡で分かったことの概要を説明する陸人。仲間たち、特に雄介と一年の交流があった歌野と水都の衝撃は非常に大きなものだった。

 

「……知らなかった……死んだとしか聞かされてなかったから……てっきり侵攻の時にって、そう思ってた……」

 

「言ってくれれば……何もできなくても、せめて言ってくれれば……!」

 

「ゴメン、兄さんは、そういう人だから……誰かを大切に思うあまり、自分の大きさを忘れちゃうんだ」

 

 涙を浮かべる水都の目尻をハンカチで拭いながらあやすように言う陸人。その言葉は、彼以外が言えば説得力があっただろう。

 

「それを言うなら陸人さんもそうです。ややこしいところで似た者兄弟だったんですね」

 

「……そうかな? まあ、出会ってからは兄さんのマネばかりしてたからね」

 

「ふむ、叶うなら会ってみたかったな……陸人にそれほどの影響を与えるような人物に」

 

『出会ってから』

 その言葉を口にしたとき、陸人のなかに引っかかりのようなものが生まれた。

 

 自分は多くを秘密にしている。過去も、今現在抱える問題も。

 これまではそれでいいと思っていた。余計な重荷を背負わせることは避けたかった。

 

 だが雄介の秘密を知り、秘密にされていたことにショックを受ける歌野と水都を見て、これでいいのか……と迷いが生じる。

 雄介と同じように、死んでから全てを知ったところで虚しさが残る。

 

 死んでしまえば、その涙を拭ってやることもできないのだ。

 

 

 何かを言おうとして口ごもる陸人。その様子に気づいた友奈が、自分なりのフォローを入れた。

 

「みんな。急なんだけど、私の話、聞いてくれるかな?」

 

「高嶋さん?」

 

「私はずっと、自分のことを誰かに話すのが怖かった。でもりっくんのお兄さんの話を聞いて、秘密にされる方の痛みっていうのが分かる気がして……これから何があるか分からない、なんて言い方は縁起悪いけど、その前に私自身のこと、みんなに知ってて欲しいんだ」

 

「友奈ちゃん……」

 

「そういうことなら話してくれ。友奈のこと、私たちはもっと知りたい」

 

 全員が頷く。それを見た友奈は、小さく笑って口を開く。

 

 名前、誕生日、血液型といった自己紹介。

 幼い頃の自分の話。

 友奈自身が思う『高嶋友奈』について。

 

 一通り話し終えると、友奈は少しスッキリした顔をしていた。

 

「……ありがとう、高嶋さん……あなたのことをもっとよく知れて、嬉しい……」

 

「私の方こそありがとうだよ! やっぱり自分を出すと楽になるね」

 

「それでいい。これからも、友奈の好きなように自分を出していけばいいさ。私たちは、仲間で友達だ」

 

「ありがとう、若葉ちゃん……それじゃ、もう1人話して欲しい人がいるんだけど……みんなも同じ気持ちなんじゃないかな?」

 

 その言葉に全員の視線が陸人に向く。ここまで場を整えれば話しやすいだろう。友奈の配慮だった。

 

 

「ありがとう、友奈ちゃん……長い話になるかもしれないけど、聞いて欲しい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伍代陸人。当時の呼称は4号。彼は両親の顔を知らない。

 物心ついた頃には少年兵として教育を受けており、自分がどこで生まれたのか、今いる場所がどこなのかすら知らなかった。

 

 4号は優秀だった。これは後に調べて判明したことだが、彼は学習能力、適応能力が一般より大きく秀でていた。一度見たものをすぐに記憶、学習、習得、応用する。6歳になるころには、少年兵だけの自警団のリーダーとして、飼い主からも同胞からも信頼される存在となっていた。

 

 そんな彼が最初に学んだこと。誰に教わるでもなく、日々の中で刷り込まれた最初の常識。

 

『殺さなければ殺される』と、『生きるためなら殺してもいい』

 

 そんな常識に従い、4号は敵を殺し、仲間を守ってきた。

 飼い主もそんな4号を気に入り、褒めてくれていた。

 

 飼い主は元兵士で、内戦真っ只中の国のさらに戦火のど真ん中にある故郷、老人ばかりの小さな村を守るため、そこらにいる戦災孤児を集めて戦力としていた。

 

 4号は飼い主の事情を知っていて、その意味を理解していた。そしてそれ以上に、仲間たちに愛着のようなものを持っていた。

 彼らが死なずに済むように、自分の持つ技術を教えたりもしていた。仲間たちは無理難題を平然とやらせようとする彼に呆れながら、信頼していた。

 

 5号。自分と地続きで呼ばれる少女とは、特に仲が良かった。

 

「あのさー、プロの兵士が本気で隠れてたら、私たちじゃ見つけられないよ……」

 

「そうか? 不自然な部分、いつもと違う部分に注視すれば──」

 

「誰もがあんたみたいに常に景色注視してるわけじゃないからね?」

 

 手がかかる弟を見る姉のような5号。4号は彼女の言葉に納得できないような反応を返す。

 4号は誰でもできると思っていて、5号はコイツがおかしいんだと思っていた。客観的に見て正しいのは5号の方だ。

 

 また、それでもいいと5号は思っていた。普通じゃない4号が、みんなを守るためにその力を振るう。自分たちがそれを信じてついていく。

 そんな仲間の在り方を、5号は気に入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日、村のほど近くで紛争が勃発。チームは偵察を命じられ、4号は仲間を率いて森を歩いていた。

 

「昨日はでっかいイノシシが取れたからな。晩飯は期待できるぜきっと」

「へぇ、それは楽しみだな」

「私、イノシシ好きじゃないし、日頃のお礼を兼ねて私の分4号にあげるよ」

「礼を言われる覚えはないが、そう言ってくれるならもらおうかな」

 

 いつも通りの雰囲気で、少年たちは進む。

 

 

 

 

 

 ある一点で、4号()()()危険に気づいた。

 

「全員木の陰に! 敵だ‼︎」

 

 木を盾にして銃弾を凌ぐ4号。

 少し指示は遅れたが、自分がこうして反応できたのだから間に合ったはず。4号はそう考えていたが……

 

 

 

 振り返ると、10秒前まで笑いあっていた仲間たちは、1人残らず死体に変わっていた。

 

「……え……?」

 

 あまりの光景に絶句する4号。1番の年上で相談に乗ってくれた1号も、最近加わったばかりの幼い22号も、姉のようにも妹のようにも思っていた5号も、全員が物言わぬ屍になっていた。

 

 

 4号は走る。走ればこの現実から逃げられる、とでもいうように。

 どれだけ走っても逃げられず、気づけば習慣で飼い主が待つ村に戻っていた。そこには……

 

「どうしてくれるんだい! この村はもう終わりだよ!」

「だからあんなガキに任せるのは反対だって言ったんだ俺は!」

「俺のせいじゃない! あいつらがヘマをしたんだろうが!」

 

 誰もが自分の不安を怒りに変換して隣人にぶつけている。1人として少年たちの死を悲しむ声はなかった。飼い主も、村の人間も、不満をぶちまける道具として彼らを呼んでいた。

 

 

 

 4号は走る。何もかもが分からなくなり、これまで築いてきた彼の世界が音を立てて壊れていく。

 やがて村の辺りで火の手が上がったのが見えたが、4号にはどうでもいいことだった。

 

 

 ひたすらに走る。日が落ち、また日が昇っても変わらずに走り続けた。

 腹が減ればその辺の草をむしり、気絶するように眠り、あとはただ走る。

 

 

 

 

 7度目の朝日を迎え、国境を超えたさらに先で、とうとう4号は力尽きた。倒れる少年を、1人の日本人男性が抱えて運んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここは……?」

 

「あ、起きた? 良かった」

 

「……誰だお前……」

 

「俺は伍代雄介。倒れてる君を見つけて、とりあえず運んできたんだ」

 

 どうやらテントの中らしい。周囲を見回すだけでも体が軋む。

 

「君は……やっぱり戦地から来たんだよね?」

 

「聞いてどうする……」

 

「分かんないけど、ほっとけないよ。君は子供で、俺は大人なんだから」

 

 4号は鼻で笑った。彼にとって大人とは、無駄に重ねた歳しか誇る所のない愚物でしかなかった。

 彼は全てを話した。この平和ボケした顔が歪む様を見て、さっさと自分を放り出させようと考えたのだ。

 

 

 一部始終を聞いた雄介は、涙をこらえて4号を抱きしめる。

 

「……何をしている……」

 

「君は、悲しくて、悔しいんだね……」

 

「…………」

 

 4号は悲しかった。自分1人残して全員が死んでしまったことが。

 4号は悔しかった。仲間の死が無駄だったと言われているようで。

 

 初めて触れた人の暖かさに、4号は泣いた。声も上げず、表情も崩さず、静かに涙を流し続けた。

 

 

 

 

 

 

「これから、どうするの?」

 

「分からない……とりあえずいつまでも世話になる気はない。返せるものがなくて心苦しいが、すぐにでも出てくよ」

 

「何言ってんの、そんな体じゃ死んじゃうよ!」

 

「その時はその時だ。生きられなくなったところで死ぬ。そうすれば……」

 

「仲間に会えるとか思ってるなら、それは間違ってるよ」

 

「!」

 

「君が仲間を大切に思ってるのと同じように、仲間も君を思ってる。君だけでも生き残ったことを無駄にするのは仲間への裏切りだよ」

 

「……それでも、俺には生きる意味がない。自分に何があるのか、分からないんだ」

 

「その答えは俺も教えられない。けど、分からないなら分かるまで生きてみるのもアリだと思わない?」

 

「……」

 

「仲間たちの死を悲しめるのは君しかいないんだ。その君が死んじゃったら、誰も君たちのことを覚えている人がいなくなるんだよ」

 

「……俺だけ……」

 

 4号は仲間のことを忘れないために生きることを選んだ。当時の4号は、本当にそれしか考えていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4号は雄介に連れられ、日本に住むことになった。この時初めて、4号は自分に日本の血が流れていることを知った。

 雄介の妹、みのりと出会う。誰よりも柔らかく、暖かい愛を持っている女性だった。

 彼女に名付けられ、4号は『陸人』と呼ばれるようになる。

 由来は、地にしっかり足をつけて立ち、1人の人間として確かな生き方を見つけて欲しい、という願いを込められたらしい。

 

 みのりはひたすらに陸人を愛した。知識を教え、常識を教え、家族という概念を陸人に刻みつけた。

 

 雄介は陸人に世界を見せた。珍しい動物の写真を撮りに山野を周り、特に目的もなく海で遊んだ。

 

 特に大きな影響を与えたのは、たまたま出くわした被災地での人命救助だ。

 そこで陸人は、自分の力で誰かを守ることの意義を思い出した。

 

 陸人が自分の夢を見つけたのもこの時である。

 

 

 

 それ以来、陸人は雄介のマネをするようになり、多くの技を習得した。彼のような人間になろうと、誰かのために頑張れる人間になろうと努力し、そして度々仲間を思い出しては自己嫌悪を繰り返す。

 陸人はあの村の場所も分からず、墓すら作れなかったのだ。

 しかも自分は、戦争とはいえ何人もの人を殺してきた過去があるというのに。

 

 少しずつ幸せを感じている自分。仲間のことを忘れようとしている自分が許せなかった。他人の死の上で生きている立場で、幸せをつかもうとしている事実を認めるのが怖かった。

 それでも今の幸せを捨てられず、そんな自分が好きになれず……

 

 

 

 

 非常に複雑な心境で成長した陸人は、あの惨劇の夜を迎える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこから先は知っての通り。クウガになって、今日まで戦ってきた。こんな感じかな……俺の今までってのは」

 

 

 勇者たちの反応は様々だった。悲しげな者。驚いた者。どこか納得した者。

 

 例えば若葉は、『死者への想いを忘れないこと』にあれほどこだわる陸人の心がやっと理解できた。殺した敵と守れなかった仲間のことを忘れそうになっている自分と若葉を比べていたのだ。

 

 千景は、『愛されてこなかった者』への対応が妙に手馴れていた理由を察した。あれは自分が姉にされたことを真似していたのだろう。

 

 歌野は、無理を押して諏訪の住民の墓を作った陸人の心情が分かった。自分と同じ後悔をさせないために、という思いだったのだ。

 

 そして友奈は、陸人の「誰かのために」という考え方の根元が自分とまるで違うことに気づいた。

 自分に価値を見出せないから、誰かのために軽く投げ出せる。

 自分が嫌いだから、誰も嫌いになれず。

 それが陸人に度々感じる危なっかしさの原点だと、彼女はようやく確信した。

 

 

 

 

 

 

 そんな中、球子が沈黙を破り、問いかける。

 

「陸人はさ……今でも幸せになるのが怖いのか?」

 

「……そうだね……俺は、幸せになっていい人間だとは思えない。それは変わらないかな」

 

「でも、幸せだって思うことはあったんだよな?」

 

「……うん……家族といた時も、今みんなといる時も、幸せだなって思うよ」

 

「ならそれでいいじゃんか! 陸人は頑張ってるんだ、幸せになって誰が文句言うんだよ!」

 

「……でも俺は……」

 

「あ〜も〜分かった! じゃあ仮に、仮にだ。昔の仲間が陸人の幸せを呪ってたとしても、その全員分よりもでっかく、タマが喜んでやる! タマが祝ってやる! これならいいだろ?」

 

「球子ちゃん……」

 

 彼女らしい、力押しで無茶苦茶な理屈だった。だからこそ頼もしく、眩しい言葉でもある。

 

「陸人さん……確かに色々あって、大変なことばかりですけど……私は今幸せです。その幸せは、陸人さんがくれたんですよ?」

 

「杏ちゃん……」

 

「誰かを幸せにできる人は、自分も幸せになる権利があるはずです……私、おかしなこと言ってますか?」

 

 理屈が通っているようで感情論一直線な杏の言葉。面倒な理屈をこねて幸せから逃げようとしている陸人のために、彼女が即興で考えた理屈だから仕方ない。

 

 

 

「今を生きる人ならば、今に目を向けなくてはならない……私にそう言ったのはお前だぞ、陸人」

 

「若葉ちゃん……」

 

「手を伸ばせば届くところに、陸人さんの幸せはあるはずです……後悔したくないんですよね?」

 

「ひなたちゃん……」

 

「……あなたは家族に愛されていたのでしょう? ……私への態度を見れば分かるわ……誰かに愛される人は、無価値なんかじゃないはずよ……」

 

「千景ちゃん……」

 

「りっくんが自分を嫌いでも、私はりっくんが好きだよ。だからできれば、私が好きな人をりっくんも好きになってほしい……ワガママかもしれないけど」

 

「友奈ちゃん……」

 

「陸人さん……私たちが信じて、雄介さんが信じたあなたのこと、ちょっとだけでいいから……信じること、できないかな?」

 

「水都ちゃん……」

 

「人は綺麗なだけでも汚いだけでもない生き物なんでしょ? ……なら今悩んでるのがあなたの汚い部分。で、これまで私たちが見てきたのが綺麗な部分。他の人をそうやって優しく見てるんだから、自分にだってできるはずだよ」

 

「真鈴さん……」

 

「難しいことは分からないけど、陸人くんがいるから私は今ここにいる。私は陸人くんと一緒にいて楽しい……それじゃダメなの?」

 

「歌野ちゃん……」

 

 

 

 

 仲間たちの言葉が胸に響く。陸人が何より尊いものだと見ていた少女たちに、自分の価値を認められる。その事実がこれまでの陸人をひっくり返そうとしている。

 

 

 ──陸人も、自分のことを、自分の夢を何より大切に生きて欲しい。それが兄として、弟に願うことです──

 

 

 兄の最後のメッセージを思い出す。家族が、彼女たちが、自分の幸せを願ってくれるなら……

 

 

 

「ありがとう、みんな。少しずつでも……自分のこと、好きになれるように頑張るよ」

 

 まだ少しおかしなことを言ってはいるが、自分に対して前向きな言葉が聞けたことが、勇者たちは何より嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、陸人は黒の力、アマダムとの融合、穢れの肩代わりなど、黙っていた全てをさらけ出した。

 全員がたいそう驚いたが、今出せる結論は慎重に力を使う、くらいしかなかった。

 

 長い話を終え、眠りにつく一同。

 陸人も寝ようとしたのだが、色々なことを経て心が落ち着いていないのか、寝付けずにいた。

 

 毛布の上でボンヤリと星を見上げる陸人の隣に、歌野が座る。

 

「歌野ちゃん、どうしたの? 眠れない?」

 

「いえ、さっきまでスリーピングだったんだけど。不意に目が覚めちゃって……」

 

 歌野は嘘をついた。陸人の様子を見て、彼の話を聞いて、眠れないだろうと思い自分も起きていたのだ。

 2人はポツリポツリと言葉を交わす。話題は陸人、そして雄介のことが多い。

 

「雄介さんは、野菜にも詳しくて、色々助かったわ」

 

「野菜の作り方、教えてたりもしたからね」

 

 大好きだった兄、今この気持ちを共有できるのは歌野と水都の2人だけだ。

 

「そっか。兄さん、そんな話までしてたんだ……」

 

「ええ、家族の話はよくしてくれてた。聞いた通りのナイスな弟君だったわ。ホント、よく似てる……」

 

 自分のことも話していたと知り、照れ臭そうにする陸人。歌野はその顔に隠しきれない悲しみを感じ取った。

 1年足らずの付き合いだった自分でさえ気を抜けば泣きそうだ。なら、陸人は? 

 

「陸人くんは泣かないの? 私はちょっと泣きたい気分だけど」

 

「ん……遺跡でちゃんと泣いたから、大丈夫だよ」

 

「それでも大丈夫には見えないわ。今日は色々あったし、なんなら私は戻りましょうか?」

 

「ホントに大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

 

 暖簾に腕押しな陸人の態度に、歌野は強硬手段に出る。

 農業で鍛えた腕力で、陸人を自分の胸に抱きしめたのだ。

 

「う、歌野ちゃん⁉︎」

 

「ソーリー、私が泣きたくなっちゃって……泣き顔、見られたくないのよ」

 

「だったら俺が離れるし……後ろ向いたり、目を閉じたり、他にやり方が……」

 

「ん〜、でも人肌恋しいっていうか……なんでもいいから大人しくしてて、陸人くん」

 

 泣く気配がない声色の歌野。陸人はやむなくされるがままの体制に甘んじている。

 

 

 しばらく経つと、歌野が小さく鼻歌を奏でながら、陸人の頭を撫で始めた。ずっと緊張しきりだった陸人は、徐々に心を落ち着けていく。

 

「泣かないっていう男の子の意地は分からなくもないけど、涙を流すだけが泣くことじゃないと思うのよね」

 

「歌野ちゃん?」

 

「涙をこらえるっていうのは本当は泣きたいってこと。ならせめて泣きたいっていう自分のフィーリングは認めたほうがいいわ」

 

 悲しくて涙が出る。それを誤魔化し、涙をこらえるのは精神衛生上良くないこともある。泣かないなら泣かないなりに悲しみに素直になるべき。歌野がいうのはそういうことだ。

 

「ありがとう、迷惑かけてゴメン……」

 

「ノンノン! 陸人くんのお役に立てたなら嬉しいわ」

 

 涙を流さず悲しみにくれる陸人。その全てを見なかったことにして頭を撫でる歌野。

 

 

 

 歌野の勇者服のモチーフは『金糸梅』

 金糸梅の花言葉は『悲しみを止める』

 歌野はいつでも前を見て笑う。泣いている誰かを笑わせるために。

 歌野はいつでも優しさを忘れない。悲しむ誰かを抱きしめるために。

 彼女の心は今、陸人の悲しみを受け止めることだけに向いていた。

 

 

 

 

(この感じ、どこかで……ああ、そうか……みのりさん……)

 

 陸人は亡き姉を思い出し、同時に凄まじい眠気に襲われた。

 

 

 

 

 

「……陸人くん? ……あら、スリーピング」

 

 自分の腕の中で眠りについた陸人を見て、歌野の中に不意にいたずら心が湧き上がる。

 

(洞窟で寝てた時、きっと寝顔見られたし、これでおあいこよね?)

 

 あの夜、歌野と水都が寝た時に陸人は起きていた。2人の就寝を確認する時に寝顔を見たはずだ、というのが歌野の主張だ。

 事実は不明だが、歌野の中では見られたというのが真実らしい。起こさないように体を離し、陸人の寝顔を覗き込む。

 

 

 眠りにつく陸人の目から、涙が一筋落ちていた。

 

 

 夢の中では、ちゃんと悲しみと向き合えているようだ。

 少し安心した歌野はゆっくり元の体制に戻り、さらにゆっくり横になる。

 

「おやすみ、陸人くん……」

 

 彼が少しでも幸せな夢を見られていますように……そんな祈りと共に、陸人を優しく抱きしめたまま、歌野は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「陸人ー! どういうことだ、これはっ⁉︎」

 

「歌野さんと抱き合って一夜を……そんな……!」

 

「待って、誤解を生むようなことをしたのは謝るけど、別にやましいことがあったわけじゃ……」

 

 翌朝、そのままの体制を全員に目撃され、追及を受ける陸人。その顔に昨夜の憂いは見られない。

 

(良かった……いい夢、見られたみたいね……)

 

「うたのん、どうかした?」

 

「なんでもないわ、みーちゃん」

 

(……雄介さん、あなたの分も、陸人くんのこと見てるから……)

 

 歌野は笑う、いつも通りに。自分が笑えば笑ってくれる誰かがいる。それを知っているからだ。

 

「責任とってよね、陸人くん! 私の胸で寝た人なんて、みーちゃんとあなただけなんだから!」

 

「歌野ちゃん⁉︎」

 

「なんで言っちゃうのうたのん⁉︎」

 

 強い意志と自由な心を持つ勇者が、火に油を注ぐ発言をぶつけた。

 驚愕する陸人と、完全に巻き込み事故を食らった水都。

 陽気に笑い続ける歌野。

 

 実に楽しそうに、その目は陸人を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




詰め込んだせいで長くなったなぁ……

色々ツッコミどころはあると思いますが、全部現実的に描写したら小説にならないので、ご理解ください……


これにて五章終了です。
次まで少々時間がかかります。前回も同じようなこと言って、結局中1日でまとまりましたが、予定変更で時間が余った結果なので、今度はこううまくはいかないと思います。

章をまとめ終えたら連日投稿、という形でやっていこうと思っています。気づいたらひっそり投稿してる、くらいの気持ちでお待ちください。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに


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六章1話 日常

六章開始です。クライマックスまでの流れが出来てくるかと……

しかし今回はほのぼの回です。


「これで……ラスト!」

 

 最後の小型を撃破し、危なげなく勝利を収めた勇者たち。

 数体の進化体が発生したが、成長を遂げた勇者たちの敵ではなかった。

 

 黒の力、精霊の使用を避けるという決まり事を定め、その分を連携で補う。

 全てを打ち明けたことで、クウガと勇者たちの連帯感はさらに増していた。

 

「……ふぅ、今日のところはこれで打ち止めか?」

 

「……みたいだね。大した数出なくてよかった」

 

 一息ついたところで樹海化が解ける。

 

「それじゃ、お昼ご飯再開しよ! うどん伸びちゃうよ」

 

「ああ、ひなたたちも待ってる。行こう」

 

 安定感のある勇者たちのやりとり。日常と戦闘の切り替えにもすっかり慣れた様子だ。

 

 

 

 

 壁外調査、3日目の朝。ひなたが神託を受けとり、予定を中断して一同は四国に戻った。『四国に危機が迫っている』と。

 それ以来もう1週間、毎日小規模に戦闘が頻発している。

 

 

 

 

 

 件の四国の危機は未だ起こらず、連日の戦闘と警戒の連続に、少しずつ疲労がたまってきていた。

 

「アレ以来新たな神託もありませんし、なんともはっきりしない状況です」

 

「このまま物量と持久戦で押しつぶそうということか?」

 

「どうだろう……何かの時間稼ぎ、とか?」

 

 あーだこーだ言い合うも、神ならぬ身で天の神の狙いは読み取れない。

 

「まあまあみんな。とりあえず今日も勝てたんだから、まずはそれを喜ぼうよ!」

 

「分からないことを考え過ぎても仕方ない……何が起きても対応できるよう備えるのが今やるべきことじゃないかな」

 

 友奈と陸人の言葉に、勇者たちは議論を取りやめ、雑談に移る。

 

 いつもの空気に戻った仲間たちにホッと息をつく陸人は、こういった状況で何かしら教えてくれていたアマダムが黙っていることが気になった。

 この頃陸人はアマダムがどこか遠くを探っているような、ここに意識がないような、そういう不思議な感覚を体内で感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 丸亀城のすぐそばにある墓地。

 陸人はみのりの名が刻まれた墓の前で手を合わせていた。

 

 多くのバーテックス侵攻の被害者と同様、みのりも死体すら残っていないが、陸人の家族ということで、後に大社の方で遺品を埋めた墓が用意された。

 

「この前、やっと雄介さん……兄さんの言葉を受け取ることができたよ。みのりさん、じゃない。姉さんの分はコレ……置いていくから、読んでください」

 

 やっと落ち着いた時間を取れたので、雄介とのことを報告に来ていたのだ。

 

「今からでも遅くないのなら、姉さんにもらった『陸人』って名前の通りに……しっかり自分で立って、1人の人間として幸せを探そうと思います。姉さんにも、見ていてほしいな」

 

 そこにみのりはいない。それでも陸人は、俺と雄介さんの言葉が届きますように、と祈りをこめた。自分がどんな話をしても楽しそうに聞いてくれた姉なら、きっと今も聞いていてくれる。

 そんな確信があった。

 

 

 

 

 

 

 

「実戦訓練?」

 

「ああ。この頃各員の士気が不安定になっている気がしてな……レクリエーションでもしてみようと思ったんだ」

 

「そこで訓練という結論に至るあたりが若葉ちゃんらしいですよね」

 

 神託、連戦、調査の結果など、不安を煽る要素が立て続けに起こっている現状、精神状態を良くするために若葉がリーダーとして考えた結果。勝者に全員への命令権という報酬を与える形で模擬戦をやることとなった。

 

 協議の結果、精霊や黒の力はもちろんナシ。武器も訓練用のものを使い、怪我をしないよう配慮された形となった。

 ちなみにクウガは、武器の生成は不可。あらかじめ備えた訓練用武器を使うことになる。

 

 

 

「──では、開始‼︎」

 

 合図と共に全員が動く。千景と杏はその場を離れて距離を取る。

 若葉、友奈、球子、歌野は示し合わせたように1人に狙いを定める。

 

 2人と同じく距離を取ろうとして間に合わなかった、クウガに対して。

 

「うおっ⁉︎」

 

「悪いな、1番の強敵を……」

 

「数があるうちに落とす! 行くぞクウガ!」

 

「なるほど、そうきたか……!」

 

 防戦一方のクウガ。若葉と友奈の近接コンビに打ち勝つのは厳しく、歌野と球子の攻撃は何せ読みづらい。このままでは長くはもたない。

 しかしここで全員を無理に振り切っても、そのまま追ってくるだけだ。ならば……

 

 自分の首めがけて飛んでくる鞭を掴んで抑える。

 

 みんないささか本気すぎないか、とクウガは思う。彼女達は勝った時に何をやらせようとしているのか。

 

 青のクウガに変身。鞭を掴んだまま飛び上がり、歌野を連れてその場を離れる。

 

「1人ずつ、倒す! まずは歌野ちゃんだ」

 

「上等!」

 

 一対一の状況に持ち込み、数を減らす。それがクウガの作戦だった。

 

 鞭を棒でいなしながら距離を詰めるクウガと、器用な鞭さばきでクウガの動きを封じる歌野。数合の打ち合いの末、しびれを切らした歌野が武器を奪おうと棒に鞭を巻きつかせる。

 その瞬間赤に姿を変え、棒を全力で引っ張るクウガ。予想外の動きに体勢を崩し、引き寄せられる歌野。

 一瞬の隙をついた飛び蹴りで歌野を撃破。クウガが勝利した。

 

 

「ん〜、負けちゃったかぁ、残念……」

 

「さすが歌野ちゃん、何度か危なかったよ」

 

「そう? まあ私ですから!」

 

 負けながらも笑顔を見せる歌野。怪我がないことを確認して、クウガはその場を離れる。

 

 

 

 

 

 最初の交戦場所に戻ると、そこには健在の若葉と、撃破された友奈、千景がいた。

 

「アレ? 千景ちゃん?」

 

「隠れて様子を伺っていたらしい。友奈との戦いに割って入ってきたんだ」

 

「じゃあ2対1で勝ったんだ? すごいな若葉ちゃん」

 

「まあ、隙をついたようなものだ。友奈も本気ではなかったしな」

 

 そんなことないよー、と笑う友奈をよそに、向き合って構えるクウガと若葉。

 

「予定と大きくずれてしまったな。球子も離脱したようだし……」

 

「それでも逃げる気はないんでしょ? 若葉ちゃん」

 

「無論だ!」

 

 

 

 ぶつかり合う刀と拳。青では力が足りず、紫では速さで劣る。赤のクウガで勝負することにした。

 

 互角の勝負を展開する2人だが、刀で防ぐ若葉と体で防ぐクウガのダメージ量に差が出てきた。

 

「そこだ!」

 

 疲労からクウガの膝が崩れる。その一瞬を見逃さず、必殺の抜刀。

 

「……いや、ここだよ!」

 

 しかしそれはブラフ。低くかがんだクウガは振るわれた若葉の腕の内側に滑り込み、そのまま一本背負い。若葉は刀を手放してしまう。

 

「しまったな……陸人は投げ技もできたんだったか……忘れていた」

 

「バーテックス戦じゃ使いようないからね」

 

 若葉は降参の意を込めて手を挙げる。これで残るは球子と……

 

 

 

「──っ‼︎」

 

 

 

 後ろに跳びのきながら緑に変身。ボウガンを抜き構える。

 先程までいた場所に矢が刺さっている。

 

 クウガは真後ろを振り向き、その先にいた杏を捕捉。

 彼女の方も2射目を構え、同時に発射。

 

 同じ性能の訓練武器であるため、当然同時に着弾。ダブルノックアウトとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果として。

 若葉は友奈、千景を撃破したものの、その後クウガに敗北。

 クウガは歌野、若葉を撃破した後に杏と相打ち。

 杏は球子を不意打ちで撃破し、同じ手でクウガを狙うも反撃を受けて相打ち。

 

 クウガと杏の同時優勝として、命令権は2人に与えられた。

 

 杏は嬉々として仲間を使った恋愛小説の再現演劇を指示。普段のお淑やかさからは想像もつかない熱血監督ぶりで傍観していた千景たちを大いに驚かせた。

 

「うんうん、ぎこちない感じは否めないけど……タマっち先輩はかわいいし、若葉さんほど凛々しい人はいませんし。友奈さんが男気溢れる生真面目な正義漢、対照的に歌野さんが自由奔放なワイルド系……うん、想像通りみなさんすごく似合ってました!」

 

「褒められてるんだろうけど、う〜ん……」

 

「あまり、嬉しくはないな」

 

「アハハ、でも少し楽しかったよ。男子の制服なんて初めて着たし」

 

「楽しくないっ! なんでタマがこんなポワポワした女の子役なんだ!」

 

 

 

 

「……わ、私もアレをやらされるの? 絶対にゴメンよ、あんなの……」

 

「千景さんなら影のある謎めいた美少年、なんていいなって思ったんですけど……今回お2人への命令は、コレです!」

 

 そう言って杏は2枚の用紙を取り出した。

 一般的な卒業証書。仲間たちの手で模様や文章が書き加えられている。

 

「2人は本来なら中学卒業の時期だろう? こんな状況だ、ちゃんとした式はできないが、せめてと思って……」

 

「タマたち7人で用意したんだ。あっ、そこの模様はタマが書いたんだぞ!」

 

「うん、私たちみんな、小学校すらちゃんと卒業できてないものね」

 

「お金は大社が出してくれたんだ。ちょっとだけ見直しちゃった、あの人たちのこと」

 

「ふふっ、字は1番達筆な若葉ちゃんが書いたんです。ステキでしょう?」

 

「……というわけで、これを受け取ってもらうのが、お2人への命令です」

 

 

『卒業、おめでとう!』

 

 

 千景は杏に差し出された卒業証書を恐る恐る受け取る。

 

 

「…………そ、そう……命令なら、仕方ないわね…………」

 

 ありがとう、というとても小さな声を、杏は聞き逃さなかった。

 

 

 

「これは陸人さんの分です。おめでとうございます」

 

「ありがとう、こんな風にお祝いしてもらえるなんて……嬉しいよ」

 

 実に幸せそうな顔で証書を受け取る陸人。

 

「でも、こんなことならわざわざ命令しなくても──」

 

「言いましたね?」

 

 杏の目がキラン、と光った。

 あ、ヤバイ、と誰もが思った。

 

「では陸人さんへの命令を変更します。さっきの若葉さんのポジションに入って、タマっち先輩に壁ドンしてみてください!」

 

 さっきまでの感動ムードを一瞬で粉砕してみせる杏。陸人ならこう言うだろうと確信していたようだ。

 

「あー、迂闊なこと言うもんじゃないな……球子ちゃん、大丈夫?」

 

 顔を真っ赤にして首を横に振る球子だが、杏に何やら耳打ちされて、覚悟を決めたようだ。

 

「……よ、よーし! いつでも来い、陸人!」

 

「そ、そう? それじゃあ……」

 

 ゆっくり距離を詰める。だがもちろん経験がない陸人は完全ノープランだ。

 

(なんか言ったほうがいいか? あんまり怖がらせるのも嫌だし……普段面と向かっては言えないようなことを言えばいいのかな?)

 

 壁に寄りかかる球子と正面に立つ陸人。球子は小さく震えていた。

 

(怖がらせないように……やさしく、やさしーく……)

 

 身長差があるため少し屈む形でゆっくり壁に手をつき、目線を合わせる。

 

「いつもありがとう、球子ちゃん……みんなの気持ちを明るくさせようって頑張る君が、大好きです」

 

 これからもよろしくね、と頭を撫でて離れる陸人。球子は何も言えず膝から崩れ落ちた。

 

 

「杏ちゃん、これでいいのかな?」

 

 問いかけても返事はない。というかひなたや友奈を含めた何人かは完全にフリーズしている。

 杏に至っては目を回し、足元もおぼつかない様子で小さくアワアワ言っている……大丈夫だろうか。

 

 

「……伍代くん、ちょっと……」

 

「千景ちゃん?」

 

 比較的早期に復帰した千景が、陸人の耳に口を寄せて何やら吹きこむ。聞かされた陸人は訝しげだ。

 

「……えぇ……そんなことして大丈夫かな?」

 

「ええ、私の記憶が正しければ。伊予島さんは以前貸したゲームでもこういったシチュエーションを好んでいたはずよ」

 

 早く目を覚まさせてあげないと、と言う千景に押され、杏に近寄る陸人。杏の方は未だに現世に意識が戻ってこないらしく、反応が鈍い。

 

「杏ちゃん……先に謝っとく、ゴメン!」

 

「……ふぇ? 陸人さん?」

 

 杏がやっと目の前の陸人を認識した次の瞬間、先ほどとは違う大きな音を立てて、彼女の顔のすぐ横に陸人の腕が叩きつけられた。

 

「ひゃうっ⁉︎」

 

「さっきからゴチャゴチャうるせえよ……なあ、()()()

 

 いつもより低い声で、絶対に使わない口調で囁く陸人。

 荒い態度とは裏腹に、優しく杏の顎に手を添えて顔を向き合わせる。

 

「口数が多いほどその言葉は軽くなる……口を使って思いを伝えるもう1つの方法、教えてやるよ」

 

 そう言って徐々に顔を寄せてくる陸人。キスを迫っているようにしか見えない。

 アワアワしっぱなしではあるものの、雰囲気に飲まれ瞳を閉じる杏。

 

「……あ、あの、杏ちゃん? そろそろ抵抗するなり逃げるなりしてくれると……」

 

 すぐ近くで困ったような笑みを浮かべる陸人。適当なところで止めて杏の妄想暴走を諌めるのが目的だったのだ。

 自分が何をしようとしたのか思い出し、杏の心臓が人生最高に激しく高鳴った。

 

「……あ……う、うぅ〜〜〜……ごめんなさ〜〜〜〜い、わたしがわるかったです〜〜〜!」

 

 逃走する杏。座り込んだまま動かない球子。イマイチ状況がつかめていない実行犯陸人。満足げな千景。再びフリーズする仲間たち。

 

 実にカオスな光景が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、球子はいつも通りに杏の部屋にいた。

 

「あんず、お前のせいでめちゃくちゃ恥ずかしかったんだからな⁉︎」

 

「わ、私だって陸人さんがあんな本気でやるなんて……うぅ、まだ恥ずかしい」

 

 羞恥心を共有して心を落ち着かせようとした結果、思い出しては顔が赤くなる。完全に逆効果だ。

 

「……それで、どうだったの? 感想は?」

 

「ハ、ハァ⁉︎ なんでそんなこと言わなきゃいけないんだ!」

 

「言いたくなければいいけど。あの反応で大体分かるし……」

 

「そ、そういうあんずはどうだったんだよ? 呼び捨てされて、キスされそうにまでなっちゃってさ」

 

「うっ⁉︎ そ、それは……」

 

「それは?」

 

「やめよう、私から振っといて何だけど、お互いケガするだけだよ……」

 

「……うん、そうだな……」

 

 

 記憶から目をそらすように布団に入る2人。

 話題を変えても、今の2人ではどうしても陸人の話になる。

 

「最近、前より楽しそうだよな。陸人も」

 

「うん、いくら千景さんに言われたからって、私にあんな強引に迫るなんて……以前の陸人さんならありえなかったもの」

 

 抱えていた秘密を明かしたことで精神的に余裕ができたのか、少しずつ陸人の態度が変わってきている。

 

「何がしたいか、って聞いてもちゃんと答えてくれるし……」

 

「前は私たちに聞き返してばかりだったからね」

 

 自分を好きになるとは、願望や欲望に素直になることでもある。まだまだ遠慮は残っているが、ほんの少しだけ他人優先主義が治ってきているようだ。

 

「そういえばこの前花見がしたい、って言ってたな! よし、早い所バーテックス片付けて、お花見やろう!」

 

「うん。丸亀城は桜の名所だし、みんなでやりたいね」

 

 

 

 

 1つの布団の中で睦まじく会話する球子と杏。

 同じ相手を想っている、言ってしまえば恋敵になるのだが、この2人はそれを自覚していながらまったく気にしていない。

 

 その様はまさに姉妹そのもので、陸人が尊いと、守りたいと思う日常の象徴だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ハイ、日常パートです。

もう1話くらい挟んでから本筋突入を予定しています。

感想、評価等よろしくお願いします

次回もお楽しみに


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六章2話 幸福

こんな小説を書いていながら最近になって気づいたこと。

ゆゆゆいの属性の五色、黄色を金ととればまんまクウガですね、アレ。
だから何だという話ですが、妄想が捗る要素がまた1つ。

いやゆゆゆい編とか予定ないですけども




 翌日、球子と杏はさっそく教室にいる面々に提案した。

 

「花見、か……確かにちょうどいい時期だし、気分転換にいいな」

 

「そうですね。晴れた日にシートを広げたりして……」

 

 概ね好感触な空気に、満足げに陸人に目線を向ける球子と杏。

 陸人は自分の些細な思いつきを憶えていてくれたことに感謝した。

 

「この頃不安なことが多かったですから……丸亀城の綺麗な桜で、気持ちを明るくしちゃいましょう」

 

「企画はタマとあんずでやるぞー、準備とかは決まってから指示するからな!」

 

 何やら張り切っている2人。珍しく聞けた陸人の『したいこと』を叶えるためにと、球子と杏は熱を上げていた。

 見頃としてはあまり余裕もなく、来週行うこととなる。ちなみにご飯は各自食べたいものを持ち寄ってよし、メインの弁当は企画者の球子と杏の担当となった。

 

「そうだなぁ、せっかくだから全員なにか芸をやってもらおうか! 陸人がたまにやっているような奴だ」

 

「タマっち先輩いきなりすぎ……うーん、でも盛り上がりそうだし、ちょっとみなさん考えてきてもらえますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、昨日流れた陸人の命令権行使の番となった。

 せっかくだから個別に命令をこなそうということになり、時間を分けて一緒に過ごす。最初は歌野だ。

 

 歌野には改めて雄介の話を聞かせてもらうこと。

 水都も交えて、自分が知らない1年の思い出を聞かせてもらい、逆にそれ以前の雄介との思い出を2人に語る。

 

「そういえば、私もジャグリング教えてもらったのよね。久しぶりにやってみようかしら」

 

「ああ、じゃあ俺のを貸すよ。一緒にやってみよう」

 

 慣れた様子の陸人と、陸人よりは危なげだが持ち前の反射神経で繋ぐ歌野。

 

「すごい、2人とも上手だよ」

 

 水都の言葉に気分を良くした歌野は、更にハードルを上げる。

 

「そうだわ! 今度のお花見で、私たちで組んでそれぞれ違う種目で合同パフォーマンスをやってみない? 私がジャグリング、みーちゃんがヨーヨー、陸人くんは……」

 

「ん〜、タップダンス、とか?」

 

「あら、ナイスよ、さすが陸人くん!」

 

「えぇ? 私まだヨーヨーは練習中で……」

 

 

 結局歌野の勢いに飲まれて練習を始める3人。

 

「……で、最後に3人並んで決めポーズ! 決まったらカッコいいわよー」

 

「うう、できるかなぁ……」

 

「身内のパーティーなんだから、気楽にやって大丈夫だよ。ゆっくり練習していこう」

 

 披露する時を想像して笑う歌野。何だかんだ友達と何かを頑張ることを楽しんでいる水都。年相応の笑顔を見せる陸人。

 

 普通の中学生らしい子供たちの姿がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後。若葉には昼食を作ってもらうことを命令した。話を聞いたひなたと協力してうどん定食を用意。きつねうどんは若葉。付け合わせはひなたが作ったものだ。

 

「……うん、食べる度に上達してるね。若葉ちゃん」

 

「そう言ってくれるのは嬉しいが、こんなことで良かったのか?」

 

「あら、若葉ちゃんはもっと過激なことを命令してもらいたかったんですか?」

 

「んなぁっ⁉︎ そ、そういう意味じゃない!」

 

「アハハ……ひなたちゃんのもすごく美味しいよ。俺たちの中で1番料理上手なのはやっぱりひなたちゃんかな?」

 

「あらあら、ありがとうございます……確かに、昔から家事は好きで良くやっていましたからね」

 

「そうなんだ。やっぱり若葉ちゃんに?」

 

「はい、昔はいくつか嫌いなものがある子だったのですが、私の手料理で矯正して、今はこの通りです」

 

「ま、まあ確かに……ひなたには感謝している」

 

「そっか、よく球子ちゃんや友奈ちゃんが言ってたけど、家庭的で包容力があって……ホントにお母さんって感じがするね、ひなたちゃんは」

 

「うーん……悪い気はしませんが、一応まだ中学生ですよ?」

 

 なんだかんだ気になっている異性に母親、と言われ微妙な気分になるひなた。

 

「ゴメンゴメン。でもひなたちゃんがお母さんでカッコいい若葉ちゃんがお父さん、っていうのはたまにみんな言ってるよ?」

 

「なっ、そうなのか? ……私は、そんなに男っぽいか?」

 

「いや、勇者なんてやってるから、カッコいい部分が目立ってるだけだよ。若葉ちゃんの可愛いところはみんな知ってるさ……ひなたちゃんのおかげで……」

 

「はい、布教活動は欠かしていませんから!」

 

 

 

 話題は花見の一芸に移る。

 

「う〜ん……私が自信を持てる出し物なんて……剣舞、か?」

 

「あー、そういえば去年教えてもらったことがあったね。剣の鍛錬始めた時にも何回かやったなあ」

 

「そういうことでしたら、お2人で剣舞を披露するのはどうでしょう? 私も昔若葉ちゃんの剣舞に一花添えたくて、詩吟を覚えたことがありますし」

 

「いいね。ひなたちゃんの詩に合わせて、2人で剣舞か。なかなか見れないことだよ」

 

「それではこれから一緒に練習してみよう。全員心得があるし、短くすればそう難しくもないだろう」

 

 部活動、というのはこんな感じなのかもしれない。

 張り切る若葉とそれを微笑ましく見守るひなたを見て、陸人はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方、陸人は千景と友奈と3人で押し花作りをしていた。

 今回は一手間かけて写真立ての枠も用意した。陸人が友奈に、友奈が千景に、千景が陸人にそれぞれの誕生花をメインに拵えた押し花を作成する。

 前回参加できなかった千景と押し花にハマった友奈に声をかけた陸人。全員が楽しそうに作業をしている。

 

「……うん、意外と難しくないのね……」

 

「こだわるとどこまでも手間をかけられるんだろうけどね。簡単なやり方でも結構ステキなものができるよ」

 

「うんうん、手作りのプレゼントって、それだけで嬉しいしね! 手軽で手作りー、って感じがする押し花はいいよね」

 

 和気藹々とした雰囲気。千景も友奈も、陸人から誘われたことがとても嬉しかったのか、いつもより少し上機嫌だ。

 

「そういえば、2人は花見の発表何にする? 俺は歌野ちゃん水都ちゃんとパフォーマンス。それと若葉ちゃんひなたちゃんと剣舞をやることになってるんだけど……」

 

「……なんだかハードワークね……伍代くんなら大丈夫でしょうけど……」

 

「まぁ経験あることだからね。良ければ2人の出し物にも協力するよ?」

 

「う〜ん、それなら私もぐんちゃんりっくんと一緒に何かやりたいなぁ……あ、そうだ! 歌はどうかな? カラオケみたいにマイク持って!」

 

「……歌? 私も歌うの……?」

 

「いいんじゃないかな? 花見の定番って感じがするし……あ、俺アコースティックギターなら少しできるよ」

 

「おおっ、じゃありっくん伴奏にわたしとぐんちゃんのデュエットで! ぐんちゃんどんな曲がいい?」

 

「……歌うのは確定なのね……私、あまり曲とか知らないわよ?」

 

「んー、ゲームの主題歌とか、そっちの方面で知ってるアーティストさんの他の曲とか……どうかな?」

 

「そうだね、ぐんちゃんが歌いたい曲にしようよ! せっかくの機会だし」

 

「……わ、分かったわ、考えてみるわね……」

 

 

 

 

 話しながらも手は止めず、やがて押し花が完成。簡易の枠に入れてプレゼントする。

 

「よーし、完成! ぐんちゃんどうぞー」

 

「……あ、ありがとう、大事にするわ……伍代くん、コレ。高嶋さんと比べると出来はよろしくないけど……」

 

「そんなことないよ。友奈ちゃんはすごい上手だけど、千景ちゃんのも俺は好きだな……ハイ、友奈ちゃんにも」

 

「ありがとう! やっぱりいいなー、りっくんの押し花は」

 

 プレゼントと共に笑顔を交換する3人。勇者たちは温かく柔らかい空気に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。球子と杏は陸人の部屋に押しかけて来た……布団持参で。

 

「……あの、命令するのは俺だよね?」

 

「そーそー、だからわざわざ部屋まで来たんじゃないか。日をまたぐとなんか不公平だろ?」

 

「その感覚は分からないけど……タマっち先輩がどうしても、って」

 

「いいじゃんかー、歌野とはこないだあんな風に寝てた癖に……それに、あんずとも一緒に寝たんだろー?」

 

『っ⁉︎』

 

「前にひなたに聞いた……タマだけダメってことはないよな?」

 

 意地悪げに笑う球子。嫉妬混じりの視線に、陸人も杏も何も言えない。

 

 

 

 

「それじゃあ球子ちゃんには、髪型をいじらせてもらっていいかな? 今日はもう寝るだけだしさ」

 

「……髪? 別にいいけど。せっかくならあんずとか、もっと長い子の方がいいんじゃないか?」

 

「いやー、ヘアアレンジはかなり昔に球子ちゃんと同じくらいの長さの姉さんの髪で練習したくらいだからさ。それに短めなら短めなりのやり方もあるから、試してみてもいい?」

 

 球子は知らないが、実は球子への命令が思いつかなかった陸人が杏に相談した結果である。

 道具は杏が用意していたらしい。

 

「まあ陸人なら構わないぞ。せっかくだから似合うのにしてくれタマえよ!」

 

「うん、それじゃまずは櫛通すねー」

 

「きゃう⁉︎……ん……」

 

「球子ちゃん?」

 

 深く考えず了承した球子は、陸人の手が頭、そして髪先に触れる感触に毛を逆立てる。

 陸人は首を傾げ、正面からその様子を見ていた杏はニヤニヤを隠しきれていない。

 

「だ、大丈夫だ、続けてくれ……」

 

 真っ赤な顔で震えながら誤魔化す球子。陸人の手が触れるたびに小さく肩をビクつかせる様子は小動物を思わせる。

 

 

 

 

「まずは王道ポニーテール……友奈ちゃんに近い感じだね」

「ずっと短かったからな。初めてやったぞ」

「うんうん、印象変わって素敵だよ!」

 

 

 

「今できる範囲だけど、ボブにしてみました」

「なんだか控えめな女子、って感じ。コレもアリです!」

「うーん、毛先が……落ち着かないな」

 

 

 

「ちょこんと三つ編みおさげ。短いのも可愛いと思うよ」

「おお、コレいいな! スッキリしてて」

「キャ〜‼︎ 可愛い! いいよタマっち先輩!」

 

 

 男子中学生の部屋で開催される小さなヘアファッションショー。

 唯一の観客のテンションが天井知らずに上がり続ける。

 

 

 

 

 

「も、もういいだろ? 確かに新鮮だったけど……やっぱタマはいつもの髪型が1番落ち着くなー」

 

「それは残念。気が変わったらいつでも言ってね?」

 

「はぁ〜〜〜、満喫しました……」

 

 端末のカメラで撮影しまくっていた杏。なんだか若葉ちゃんを前にしたひなたちゃんみたいだなぁ、と陸人は苦笑する。

 

「まったく、タマなんかが髪型変えたからってなんてことないだろ? こういうのはやっぱりもっと女の子らしくて可愛い子に──」

 

「それは違うよ球子ちゃん」

 

 照れ隠しにまくし立てる球子の言葉を陸人が即座に否定する。

 

「球子ちゃんは強さとたくましさを持ってるから、それが表に出やすいってだけで……土居球子は魅力的な女の子だよ。俺と杏ちゃんが保証する」

 

 その言葉に力強く頷く杏。球子は顔のほてりを手で誤魔化すしかできない。

 

「……う、うぅ〜〜……真顔でそういうこと言うなってばぁ」

 

 他の仲間に対してもそうだが、陸人はこういう口説いているような褒め言葉を『本人が魅力を正しく自覚していないのはもったいない』という善意100%、下心0%で言っているのでタチが悪い。

 

 

 

 少し時間を置いて、落ち着いた球子が仕切り直す。

 

「それじゃ、次はあんずの番だな! スゴイ命令頼むぞ陸人!」

 

「ふぇっ⁉︎」

 

「スゴイ命令ってなんだろう……まぁ杏ちゃんの方は前から考えてたんだよね」

 

 身構える杏。紳士の陸人ならおかしなことは言わないだろうが、変なところで異性感覚が欠如しているのが彼だ。2人きりならまだしも球子の前で恥ずかしい様は見せたくない。

 

 

「敬語、やめてみない?」

 

「え?」

 

 あっさりと告げられた要求。予想外の内容にポカンとする杏。

 

「で、でも陸人さん歳上ですし……」

 

「それ言ったら千景ちゃん以外みんな俺に敬語使わなきゃいけなくなるよ。同い年の若葉ちゃんたちにも敬語だし、かというと球子ちゃんにはタメ口じゃない? だから要は距離感の問題だと思うんだ」

 

 特別仲がいい球子との親しさが話し方に表れている。ならば三兄妹と称されることも多い自分とも同じ距離で接して欲しい。陸人の主張はそういうことだ。

 

「うぅ、だけど……」

 

 その主張に困ったのが杏だ。正直彼女も考えなかったわけではない。だが、陸人は異性だ。そして今では想い人だとはっきり認識している相手でもある。今になって距離を詰めたら妙に意識してしまいそうで、ずっと気にしないようにしてきたのだ。

 

「あ、ゴメン。困らせる気は無いんだ、嫌なら他に何か……」

 

 自分の主張を通すことに慣れていない陸人は、杏の反応にすぐさま命令を取り下げようとする。多少自分に素直になっても、陸人にとって杏は変わらず自分よりも優先すべき対象なのだ。

 

「あー、待て待て陸人。ちょっと耳貸せあんず」

 

 その様子を見ていた球子はせっかくのチャンスを台無しにしかけている杏を放っておけず、口を挟む。

 

(あんず、陸人の方からこんな風に言ってくることなんてこの先きっとないぞ? 今を逃したらずっとこの距離のまんまだ……それでホントにいいのか?)

 

(タマっち先輩……でも私、恥ずかしくて。いきなり態度変えて、変な風に思われないかな?)

 

(陸人から命令してきたんだぞ。大丈夫だって。そもそも陸人がそんなこと気にするようならタマもあんずも苦労してない……そうだろ?)

 

 陸人の何かと自分のことを勘定から外す考え方は、恋する乙女からすれば厄介な問題だが、多少変なことをしても気にせず見ていてくれる大らかさも同時に持っている。

 

(そう、だよね。そんなことで、私たちの関係は変わらない……うん!)

 

 球子の説得で勇気が出たのか、杏はまっすぐ目を見て陸人に応える。

 

「……それじゃ、こんな感じでいいかな? 陸人さん」

 

「うん。どうせなら呼び方も変える? さん付けしなくても──」

 

「ううん。私は、陸人さんって呼ぶの……陸人さんの名前、好きだから。このまま呼ばせて?」

 

「……そっか、分かった。じゃあそんな感じでよろしくね? 杏ちゃん」

 

「はい……じゃなくて、うん! 陸人さん」

 

 口調1つで何が変わるわけではないが、少年と少女にとって、それは大きな一歩だったりする……特に杏の方は。

 

 

 

 

 

 

 なんて事のない雑談で夜を過ごす3人。杏の口調もだいぶ慣れてきた。本人しか知らない事だが、陸人ともっと気安く話す日を想像してイメージトレーニングをしていた効果だろう。

 

 

 夜も深くなった頃、布団に入る3人。

 ちなみに陸人は往生際悪く布団を離そうとしたところ、2人の間に配置され、川の字の中心になってしまった。

 

「あああああ‼︎ 出し物考えてなかったぞ!」

 

 布団を蹴飛ばす勢いで飛び起きた球子が叫ぶ。

 

「そういえば、一応言い出しっぺ私たちだもんね……」

 

「他のみんなはもう決めてたよ。話の流れで俺は全部参加することになったけど……三人一組で色々やる予定だね」

 

「そっ、そうなのか? じゃあタマたちも──」

 

「でも陸人さん、大変じゃない? いくつも掛け持ちで……」

 

「全然平気だよ。色々やってきた俺の技がみんなの役に立てるんだから、遠慮せずに頼ってほしいな」

 

「そこまで言うなら、頼らせてもらうね? もちろん私たちも頑張るし!」

 

 3人で何かやるのは確定。その何かを考える3人。

 

「うーん、じゃあ定番のマジックなんてどうかな? いくつか教えられるのあるし、簡単なやつなら1日あればできるようになるよ。2人は準備とかあるだろうしさ」

 

「う〜む。どうせならすごいのをやりたいけど……」

 

「じゃあちょっと一手間加えたネタを俺がやるからさ。球子ちゃんと杏ちゃんはメインのお弁当も作るんだし、そっちにも力を入れなきゃ」

 

「うん、タマっち先輩、陸人さんに教えてもらお? 私もタマっち先輩もそれほど料理慣れてないし、そっちも練習しなくちゃダメだよ」

 

「そうか、料理もやらなきゃなぁ。勢いで色々買って出ちゃったからな……」

 

 テンションが上がって役目を引き受けすぎたようだ。不安そうな顔をする球子。

 

「でも前にみんなでうどん作ったことあったでしょ? あの時2人とも不慣れではあっても調理自体は問題なくできてたし、練習すれば大丈夫だよ。俺も、ひなたちゃんだってきっと手伝ってくれるし。2人の料理、楽しみにしてるからさ」

 

 そう言われると女子として頑張るしかない。球子と杏は目を合わせると1つ頷く。

 

「ようし、陸人をぶっタマげさせるおいしい弁当作ってやるからな! 約束だ」

 

「どこまでできるか分からないけど……お弁当も出し物も、陸人さんにも皆さんにも楽しんでもらえるように頑張る、うん!」

 

「そうそう、その意気だよ。思い出に残る時間にしようね」

 

 陸人と球子、陸人と杏で指切りを交わし、笑い合う3人。

 こんな状況だからこそ全力で今を楽しむ。2人や仲間が教えてくれた、幸せを求める生き方の1つだ。

 

 

 

 

 さて寝るか、と陸人が指を離そうとしたところ、2人は同時に陸人の手を抑え、組み替える。

 気づいた時には右手を球子、左手を杏と握って川の字で寝る、まさに仲良し家族の図が完成していた。

 

「……あの、お2人とも?」

 

「なっ、何も言うな! こっちも恥ずかしいんだ!」

 

「ならやらなければいいのでは⁉︎」

 

「そういうわけにもいかないの! 陸人さんはそのままでいて!」

 

 何も言えず、身動きもできない陸人。球子もそうだが、タメ口の影響かいつもより杏の勢いが強い。

 観念した陸人は意識をそらして眠るために羊の数を数えだす。

 

 そんな陸人に苦笑しつつ、球子と杏も笑顔で眠りにつく。

 

「おやすみ、あんず、陸人」

 

「タマっち先輩、陸人さん。おやすみなさい……」

 

「羊がじゅうに……ん? ああ、おやすみ。球子ちゃん、杏ちゃん……」

 

 

 

 その後結局羊の数が1万を超えた辺りで朝日が昇ってきて、陸人は一睡もできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




日常回その2でした。描いといてなんですが陸人くん器用すぎるだろ。

何の憂いもなくほのぼのしていられるのはもしかしたらこれが最後かもしれません。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに


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六章3話 強敵

とうとうお待ちかねのあの方登場です。

自分の拙い戦闘描写でどこまで魅力を表現できるか……ちゃんと戦うの自体久しぶりだしなぁ。


 数日期間をあけた久々の樹海化。勇者たちは油断なく構えていた。

 

「連日来て、連日休んで、また来る。バーテックスめ、気まぐれでも起こしているのか?」

 

「しかも3日後に花見だってのに……あーもう! イライラする〜、料理上手くいってたんだぞ」

 

「まあまあ、あくまで俺たちの本分はバーテックスだよ。きっちり片付けて、また練習しよう」

 

 球子をなだめながら、陸人はアマダムの様子に違和感を感じていた。

 

 

 

 

(アマダム、どうかした?)

 

 ──とうとう来たぞ、厄介なヤツがな。敵勢の奥を見ろ──

 

 

 

 

 その声に従い小型の群れの奥に目を向ける。

 そこには人型の異形、どこかクウガに近い気配を感じさせる怪物がいた。

 

(──っ! まさか、アレが……)

 

 ──そう、古代の怪物の一体……『ガドル』と呼ばれていた。手強いぞ──

 

 やがてガドルの方もこちらを捉え、驚異的な脚力でこちらに飛び込んで来る。慌てて構える勇者たち。

 

「さて、俺が用があるのはクウガだけだ。大人しくしていれば邪魔な雑兵にも手出しはさせんが、どうする?」

 

 落ち着いた力強い声。それだけでかつてない強敵だと肌で感じさせる凄みがある。

 

「ふざけるな、そんなわけに行くか!」

 

「そうか。では勇者とやらは天の神のオモチャに任せよう。来い、クウガ……断るならばお前の仲間もろとも蹴散らすが?」

 

 その言葉に蠢くバーテックスたち。最奥にはこれまで見たことのないサソリのような巨大な影がある。

 

「みんな、コイツは俺が抑える。他のバーテックスを頼むよ」

 

 構えるクウガ。了承の意を受けとり、同じく構えるガドル。

 割り込めないと感じた勇者たちは逡巡の後小型を殲滅するために散開。

 心配げな顔の球子と杏が離れるのと同時に、2人の戦士がぶつかり合う。

 

 

 

 

 

「ヌンッ!」

「──ガッ⁉︎」

 

 同時に踏み込み、同時に拳を当てたはずだった。それなのにクウガの拳はまるで手応えがなく、逆にガドルの拳で大きく吹き飛ばされる。

 

 たった一撃で深刻なダメージを受けた事実に驚愕したクウガは、速度で翻弄するために青の力を発動する。

 飛び回り、翻弄し、死角からロッドの一撃。しかしインパクトの一瞬前、ガドルは平然とロッドを掴み、カウンターの肘打ちを放つ。

 

 再び吹き飛ばされたクウガにガドルが迫る。体勢を崩したクウガの顔面に膝を叩き込む。さらに拳のラッシュ。一気にクウガの体力を削り取る。

 

 青の速度を上回られていることを実感したクウガは遮二無二距離を取る。荒くなった息を整える間も無く、緑に変身。

 

 この時点で陸人は自覚していなかったが、彼は初めて『敵に恐怖』していた。とにかく距離を取るために、欠点も多い緑を後先考えずに使うほどに。

 変身する前、生身でバーテックスと対面した時も、数えきれない敵と怪我した体で出くわした時も、決して臆することのなかった心が、ほんの数秒で軋み始めていた。

 皮肉なことに、自分の幸せについて考えるようになったことで人としての防衛本能、恐怖心が働くようになってしまったのだ。

 

 目の前の恐怖を振り払うようにボウガンを連射する。的確に狙いを定めたにもかかわらず、全弾回避され、さらに接近を許す。

 

 素早く紫に変身。鎧で自らを守る。ガドルはあえてその守りの上から拳を打ち込む。1発、2発で衝撃に顔が歪む。3発、4発で踏ん張りきれずに足が下がる。5発目の衝撃で、耐えきれずに吹き飛ばされた。

 

 

「く、そ……なんだ、この力……!」

 

 赤を上回る格闘戦技術。青を超える反応。緑で捉えられないスピード。紫を破るパワー。

 ガドルは戦闘開始からたったの1分足らずでクウガの基本形態を完全に超越してみせた。

 

「これが全力ではないだろう。見せてみろ、貴様の本気を」

 

「……知って、いるのか?」

 

「天の神に一通り聞かされた。よほどお前が怖いらしいな。俺たちにクウガを始末させようと色々やってきた。しかしヤツの駒になる気もなくてな。こちらを操ろうとするヤツと話をつけるのに、今日までかかってしまった」

 

(今日までの妙な動きは、それのせいか。向こうもゴタゴタしてたわけだ……)

 

 ──奴らが一枚岩でないというのは僥倖だが、今ここで死んではどうにもならんぞ──

 

(分かってる。本当はもっとヤツの本気を引き出してから使うつもりだったけど、このままじゃ先にこっちが死ぬ……!)

 

 ──改めて言うが、3分だ。いいな──

 

(最低でも退かせるくらいはしないと……この3分で!)

 

 

 

 

 覚悟と共に、黒の赤の力を解放。再びぶつかり合う。今度は完全に互角に組み合うことができた。

 

「……ホゥ! これが本気か。いいぞ、もっとだ!」

「クソッ! どこまで余裕なんだ、コイツ!」

 

 愉快そうに笑うガドルとそんな余裕がないクウガ。足を止めての殴り合いが続く。側から見ると完全に互角。事実ガドルもクウガと同様にダメージを受けていた。

 しかし陸人の表情は芳しくない。

 

(このままじゃ、負ける……!)

 

 勝ち筋は見えず、打開策も無く、時間すらも敵に回し、クウガは確実に追い詰められていた。

 

 ──残り160秒──

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ! なんか変だぞコイツら!」

 

「数が多いし、なんだか時間を稼がれているような……」

 

 勇者たちは小型を殲滅しながら小型と新顔のサソリ型、そしてガドルの動向に気を配っていた。小型は進化体になろうとせず、距離を取って壁になるように動いていた。サソリ型は斬っても殴っても効果が薄く、その尾の一撃で樹海に深い傷を残している。かつてない強敵だ。

 

「クウガとあの怪物を孤立させようとしている?」

 

「私たちが邪魔しなければクウガを倒せる自信があるということか。天の神め……!」

 

 無理をすれば突破できるかもしれないが、完全に背中を向けるにはサソリ型の存在感が強すぎる。

 

「球子さん、杏さん、行って!」

 

「歌野さん⁉︎」

 

「このままじゃ陸人くんが危ないわ、手分けするなら援護向きの2人がベストなはずよ!」

 

「こっちは私たちでなんとかするから!」

 

「……伍代くんをお願い……!」

 

「命令だ、行け2人とも!」

 

 サソリ型の力は間違いなく脅威だ。全員が肌で理解していた。しかしそれは仲間を助けに行かない理由にはならない。

 

「……分かった! 行くぞあんず!」

 

「うん、皆さんも気をつけて!」

 

 奥の手を使ってなお苦戦しているクウガの元に行こうとして、小型が邪魔をする。

 しつこい妨害に怒りを向ける球子と杏。

 

「邪魔すんな、そこどけよ!」

 

「陸人さんが……陸人さんが!」

 

 どれだけ怒ってもバーテックスには通じない。目の前の壁も薄くはならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ヅアッ! グゥ……ウオアアアッ‼︎」

 

「──ムッ⁉︎……フフ、ハッハァッ‼︎」

 

 血反吐を吐くような絞り出した声と、喜色に溢れた声が響く。殴られた体も、殴った手も、感覚が怪しくなってきている。

 

「──シッ!」

「ガアッ!」

 

 互いに大ぶりの一撃を打ち込み距離が開く。その間にクウガは後ろ手で端末を操作する。

 瞬間ガドルの真後ろに現れるゴウラム。反射的に蹴りを入れるガドル。相棒を囮に使うような真似をしてやっと作った一瞬の隙。

 

 一瞬で黒の紫に変身したクウガは、手にしたソードを突きつけて突っ込む。

 ガドルも超反応で振り向くも防御は間に合わず。

 

 必殺の突き『アメイジングカラミティタイタン』

 

 剣先が確かにガドルの腹部に突き刺さった……はずだった。

 

 

 

 クウガはその感触に違和感を覚えた。肉体を刺したというのに、途中でとても硬いものに当たって剣が止まる。そのまま剣を掴まれ、刺すも抜くもできなくなる。

 

(……そんな、ウソだろ⁉︎)

 

 黒の必殺技ですら倒せない。愕然としたクウガが顔を上げると、ガドルの目が紫に変色していた。

 

「今のは良かった。これは、返礼だ!」

 

 言葉と同時にソードが変質する。ガドルの体色に近い、黒ずんだ長剣に。驚愕するクウガを殴り飛ばし、剣を腹から抜いて構える。当たり前のようにアッサリと、腹の数は塞がってしまった。

 

「行くぞ!」

「コイツ、どこまでも……!」

 

 振り下ろされる豪剣。最硬を誇る黒の紫の装甲が、一撃で傷をつけられる。力を誇示するように装甲ばかりを狙うガドル。胸、肩、背中と切りつけられ、傷だらけになっていく。

 

 

 

 やがてダメージに耐えきれず、倒れこむクウガ。その腹部、アマダムに剣先を向けて構えるガドル。トドメをさす気だ。

 

「少し物足りんが、楽しかったぞ。クウガよ」

 

「……ゥ、グ……」

 

 ──残り100秒──

 

 

 

 

「やめろぉぉぉぉ‼︎」

 

 剣が下される寸前、ガドルとクウガの間に盾が飛び込み、矢が突き刺さる。

 飛び退いて距離を取るガドル。その前に舞い降りた2人の勇者。

 

「陸人、大丈夫……じゃないな⁉︎」

 

「こんなひどい傷……!」

 

「球子ちゃん、杏ちゃん。ダメだ、逃げて……」

 

 2人は初めて会った時を思い出し、どんなにボロボロでも自分たちの方ばかり心配する陸人の相変わらずさに苦笑する。

 

「クウガの言う通りだ。お前たちでは勝負にならん……どけ。クウガ以外に用はない」

 

「うるさい! お前になくても、こっちにはあるんだ!」

 

「陸人さんは殺させない。絶対に!」

 

 2人もガドルの強さは理解していた。黒の共鳴があっても自分たちでは勝てないということも。それでも、常に命を守ることを諦めなかった彼のように。少女たちは己を奮い立たせる。

 

「出し惜しみナシで行くぞっ‼︎ 来い『輪入道』‼︎」

 

「出し惜しみはしません! お願い『雪女郎』‼︎」

 

 武器を強化する球子の『輪入道』と、杏が初めて使う精霊『雪女郎』

 

 その能力は『雪と冷気の操作』広範囲をまとめて凍りつかせる、非常に攻撃的な力だ。

 

 ガドルがかわした冷気が、後ろにいた小型を周囲の植物ごと瞬時に凍結させる。

 

 さらに追撃の炎の盾。悠々とかわしながらも、ガドルは感心したような声を出す。

 

「フム、思ったより悪くはない……そうか、クウガと共鳴しているのか」

 

「ウアアァァッ‼︎」

 

 大型の盾を振りかぶって接近する球子。どちらかが前衛をしなければならないなら、やはり球子が適任だ。しかし、ガドルの相手ができるレベルには遠く及ばない。

 

「このっ!」

 

「出力はともかく技術が甘すぎる……人型と戦うという経験が不足しているな」

 

 首を掴み、そのまま投げ飛ばす。続けざまに飛んできた吹雪も飛んで躱されてしまう。

 

「お前はそもそも戦士には向いていない。戦況を把握する頭はあるようだがな……!」

 

「あ、当たらない……!」

 

 回避されないように全方位に、より広範に吹雪を放つ杏。しかしそんなことをすれば自然、一箇所の吹雪の密度は薄くなる。

 

「無駄だ」

 

 吹雪を正面から突破し、杏に拳を振り抜く。

 2人の全身全霊は、ガドルにとっては派手なだけの遊戯に過ぎない。

 

 

「球子ちゃん! 杏ちゃん!」

 

 動けない体で、それでも2人を守るために気力で黒を維持していたクウガ。

 彼の前に球子と杏が吹き飛ばされてくる。黒の力、精霊、デメリットを飲み込んで使った切り札でさえ、ガドルを倒すには至らない。

 

 ──残り45秒──

 

 

 

「これ以上見るべきものもなさそうだな。終わりだ……」

 

 ガドルの目が緑に変わる。同時に持っていた剣もクウガのものに似たボウガンへと変質する。

 

 クウガは軋む体に鞭打って、2人の前に出る。同時に放たれた矢を傷だらけの鎧で受け、今度こそ力尽きる。白の姿になり倒れてしまう。

 

 

 

「そこまでして守りたいか……いいだろう、まずはクウガ、お前からだ!」

 

 先ほどとは違う、黒い光がボウガンに集まる。それは勇者やクウガが使う、神の力によく似ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ⁉︎」

 

「マズイ、抜かれた……!」

 

 その時、若葉たちの攻撃をものともせずに猛威を振るっていたサソリ型が急に飛び上がり、クウガたちの元へ向かう。あまりの不意打ちに若葉たちも反応できず、突破を許してしまう。その尾は迷いなく球子と杏に向いていた。

 

 

 

 

 クウガを狙うガドルを見る球子と杏。2人を狙うサソリ型に気づいたクウガ。

 当たり前のように球子と杏は『陸人を守らなきゃ』と判断し、クウガは『2人を守る』と決断し、同時に動いた。

 

 

 この一瞬の判断が、伍代陸人、土居球子、伊予島杏。3人の命運を変えた。

 

 

 3人はすれ違い、背中合わせに互いをかばう。

 球子と杏はガドルの射撃をその身で受け、力が抜けるように倒れこむ。

 クウガは残り短い黒の紫を気合いで発動、サソリの尾を受け止める。

 

「……ウ、オアアアアッ‼︎」

 

 力任せに尾の刃先を引きちぎり、無理やりソードに変質させる。

 

「俺の仲間は、やらせない!」

 

 投げやりのような構えから、ソードを投げつける。刃はサソリ型のほぼ中心を捉え、深々と突き刺さった。

 

「……みんなっ!」

 

『うおおおおっ‼︎』

 

 サソリ型が怯んだ隙に、小型の壁を突破した若葉、友奈、千景、歌野が接近する。精霊を解禁した4人の連携攻撃でサソリ型は消滅した。

 

 強敵の撃破を確認したクウガが振り返ると、球子と杏が倒れていた。

 しかも苦しみ方が普通ではない。少しずつ勇者装束が散っていき、熱に苦しむように息が荒い。

 

(コレは⁉︎)

 

 ──マズイな……おそらく体内の神樹の力を分解されている。天の神の力か──

 

 ガドルは背を向け隙だらけだったクウガを狙わなかった。横槍を入れてきたサソリ型への怒り、そのサソリ型を仕留めたクウガと勇者への賞賛が、ガドルの手を止めていたが、それもここまでだ。

 

 再びクウガに武器を向けるガドルに、4人の勇者が飛びかかる。しかし近接戦に不向きな射撃形態でありながら、ガドルは勇者を圧倒する。サソリ型との戦闘で疲弊しきった勇者では4人がかりでも届かない。それがガドルの戦力水準である。

 

 ──残り20秒──

 

 蹴散らされた勇者たちの影から走り込むクウガ。

 

 黒の赤の力による最強の必殺技『アメイジングマイティキック』

 

 ここから、一瞬で様々な攻防が繰り広げられる。

 

 ガドルは直感でその威力を悟ったのか、瞬時に形態変化して剣を生成。盾にするように構える。

 

「りく、と……陸人!」

 

 それに気づいたのかとにかく陸人のために何かしたかったのか、球子は尽き掛けの力を振り絞って盾を投げる。カーブを描いて飛んできた盾は、奇跡的なまでに完璧に、ガドルの剣を弾き飛ばした。

 

「何……⁉︎」

「オオリャアァァァ‼︎」

 

 やむなく左手でキックを受けるガドル。とっさの防御にもかかわらず、その腕は確実にキックの威力を殺し、衝撃を受け止めていた。

 

「これでも、ダメなのか……!」

「……グ……ウゥ……!」

 

 自分の最強技すらも防ぐガドルに絶句するクウガ。キックのエネルギーとガドルの体が激しくぶつかり合う。拮抗状態だ。

 

 

「りくと、さん……」

 

 薄れゆく意識の中、それでもクウガの背中だけははっきり認識できた杏は、自分に出来る精一杯の援護に打って出る。

 

「……お願い、雪女郎。陸人さんを!」

 

 最早地面を凍結させるのが限界の杏。しかしその献身が、クウガに光明をもたらす。

 ガドルの足元が凍りつき、踏ん張りが効かなくなったのだ。

 

「しまっ……!」

「おおおおああああぁぁぁぁ‼︎」

 

 ガドルの体勢が崩れた瞬間に全力で押し込むクウガ。その圧力に耐えきれずにとうとうガドルの体が吹き飛ぶ。

 同時に凄まじいエネルギーの衝突による爆発が巻き起こった。

 

 ──残り0秒──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 変身が解けた陸人が、球子と杏を庇いつつ煙の奥を見つめる。

 予想通り、奥から人型の影が歩いてきた。

 

「左腕をやられたか。まあ時間を取れば治る程度だな」

 

 平然と歩み寄るその姿に、戦える勇者たちが青ざめながら構える。

 

(今の奴らを仕留めるのには、片手で十分か。だが……)

 

 そこでガドルは勇者装束も消え、苦しみ続ける球子と杏、そしてその2人を庇い、ふらふらの体で立つ陸人を見つめる。

 

(あの状態でもなお仲間を守ろうとする。これがリント……いや、強い人間、か)

 

 ガドルは小さく笑って背を向ける。

 

「今回は退こう。勇者というものを侮っていた詫びだ」

 

「な、に……?」

 

「次に会うときまでに、さらに力をつけていることを期待する」

 

 そこまで言うと、ガドルは思い出したように射撃形態に変身。ボウガンを連射して残るバーテックスを全て撃ち抜いた。

 

 その意外な行動と殲滅力に一同が驚愕している内に、ガドルは消えた。

 それを見届け、陸人もついに倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が霞み、耳も遠い。そんな状態でも、やるべきことだけははっきりしていた。

 

(2人が苦しんでいるのは、神樹様の力が抜けて精霊の反動に耐えられなくなっているから……だったら!)

 

 這いずるように球子と杏に近づく陸人。痛み以外の感覚がはっきりしない。精神力で体を動かし、やっとの思いで2人の手を取る。

 

 ──よせ! 今の貴様の体でそれをやれば、何が起こるか分からんぞ! ──

 

 アマダムの言葉に、陸人はここ数日の自分を思い返す。自分を好きになろうと、少しずつ自分を出すようになった。確かにこれ以上の無理は自分にとって良くないことになるのだろうとは思う。それでも……

 

「……変、身!」

 

(俺の幸せは、俺の大事な人が笑っている世界で……そのためなら、俺は!)

 

 黒の力を一瞬だけ制限時間を超えて発動。2人の穢れを自分に移す。

 

 自分と向き合い、過去を振り返り、世界を見回した結果、あまりにも今まで通りの結論に至った自分が可笑しくて、思わず笑ってしまう陸人。

 

(うまくいった、かな?)

 

 ──成功だ、娘たちは大事ないだろう。大馬鹿者め──

 

(そっか、良かった……)

 

 ザラザラしたものが流れ込んでくる感覚に苦しみながら、陸人はそれでも笑顔で眠りにつく。

 

 

 

 

 勇者たちの初陣から約9ヶ月ほど。

 絶望的なまでに明確な『人類側の敗北』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




原作より強い敵を相手に原作より犠牲を減らすというこの作品の至上命題……という名の無茶振り。
その負荷は全て陸人くんに回ります。ヒドイ話ですね……

感想、評価等よろしくお願いします

次回もお楽しみに


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六章4話 散華

六章終了です。
サブタイが不穏な上に前話で結構物騒な切り方しましたが、思ってるほどヒドイことにはなっていないかと……今のところ。
まだまだこの先ありますからね。


 あの敗戦から3日。勇者たちは予定通り花見を開催していた。

 

「陸人さん、本当に大丈夫?」

 

「もう問題ないよ、全然平気だから」

 

 憂いなく笑う陸人。つい先日重体で病院に担ぎ込まれた人間とは思えない。

 

「ひなた、大社の方で何か聞いていないか? いくらなんでも回復が早すぎると思うのだが……」

 

「私の方でも調べてみましたが、箝口令を敷かれたようです。水戸さんや真鈴さんにも協力してもらったのですが……」

 

 大社が隠す以上、何かあるのは間違いない。大社からのひなたたちの信用も怪しくなってきたのか、勇者に知られたくない事実についてシャットアウトされている。

 

「陸人さんの方は、何かを隠している様子はないですが……本人も知らない、ということでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガドルとの激闘から1日中寝通した陸人。目覚めた時には何事もなかったかのように全快していた。

 

「いやいやおかしくないか? あんだけの傷が一晩寝て消えてるとか」

 

「俺もそう思うよ。アマダムが頑張ってくれたのか、それとも……」

 

 訝しげに陸人の体にペタペタ触る球子と、苦笑する陸人。

 何度呼びかけてもアマダムは反応しない。衰弱しているのだろうか。

 

「笑い事じゃないよ。違和感あったらすぐに言ってね?」

 

 心配を隠さずに陸人の手を握る杏。そんな顔が見たくなくて戦っている陸人としては何とか安心させてあげたい。

 

「俺は大丈夫。クウガの姿じゃ傷が目立ったけど、生身にはそれほど深刻なダメージが残ったわけじゃないみたいだ」

 

 寝て起きたら回復していたため陸人は自覚がないが、融合が進むごとにむしろ生身への影響は大きくなるのだ。クウガの生体鎧が斬られれば生身にも傷が残る。再生力が向上しているのも、そのデメリットを補うためである。

 

 少しずつ人間から離れていく陸人の体。救いは彼の心の有り様が変わらないことだろうか。

 

「それで、2人は大丈夫なの? ガドルの攻撃、なんか変だったけど……」

 

 話題を変えた陸人の言葉に球子と杏は顔を暗くする。

 

「それが……」

 

「ゴメン、陸人。タマとあんずはここでリタイアらしいんだ……」

 

「……え?」

 

「ガドルが放った神の力。アレが私たちから勇者の力を消してしまったって、そう言われて……やってみたら、本当に変身できなくなってて!」

 

 ガドルが使った黒い光。あれは天の神の力を圧縮解放したもの。その効果はかつて陸人に力を与えた神樹の雷に近い。

 

 陸人の体内で暴れる天の神の雷に干渉して力に変換した神樹の雷。

 今回のものはその逆。勇者の内部にある神樹の力に干渉して打ち消す効果を持っている。

 アレを受けた勇者はその力を戦闘できないレベルにまで減衰させられる。先天的なものである勇者適性が衰えてしまえば、それを回復する手段もない。

 

 球子と杏が勇者として戦うことは、もう2度とできなくなってしまった。

 ガドルはたった一度の戦闘で2人の勇者を脱落させるというかつてない戦果を挙げたのだ。

 

 

 

 

「……じゃあ2人はもう危険なことはないってことかな?」

 

 説明を聞いての第一声がコレ。どこまでも陸人は陸人だった。

 

「あー、えっとな……」

 

「樹海には変わらず取り込まれる可能性があるって。その程度にはまだ神樹様の力が残っているみたいで」

 

「そっか。もしそうなったら2人の安全を確保しなくちゃいけないね、距離を置くのと、他に何か安全策があるといいんだけど……」

 

「ってそうじゃないだろ! もうタマもあんずも戦えないんだ! 陸人が傷ついても、なにもしてやれないんだ!」

 

「タマっち先輩……」

 

「うん、分かってるよ。2人は悔しいし、悲しいだろうと思うけど……俺さ、実は少しだけホッとしてるんだよね」

 

「……どうして?」

「陸人?」

 

 陸人は笑って2人の頭に手を置く。初めて会った惨劇の夜、同じようなことがあったことを思い出す。

 

「勇者だから、やらなきゃ世界が終わるから、って。頭では理解できるんだけど。みんなには危ないことしないで欲しいって思っちゃうんだ。2人にも、他のみんなにも……ホントなら何もない平穏な場所で生きてて欲しかった」

 

 今の世界のどこにそんな場所があるか分かんないけど、と陸人は苦笑する。

 

「思いっきり負けた後じゃ説得力ないだろうけど。後は俺が何とかするからさ。球子ちゃんも杏ちゃんも、今は無事でいられることを喜んでほしい。ワガママだけど……俺のお願い、聞いてくれる?」

 

 球子は何と言って良いか分からない。自分を出すようになったと思えば、言い方がずるくなるばかりで自らより他人を優先する癖は直りはしなかった。

 今自分が無事なことだって陸人が穢れを引き受けてくれたからだ。

 球子は最後の最後まで陸人に助けられてきた勇者土居球子が、とうしようもなく許せなかった。

 

「俺だって知らない誰かのためにここまではできないよ。ずっと俺を励ましてくれた球子ちゃんだから。俺の心を温めてくれた杏ちゃんだから。一緒に頑張ってくれた仲間のためだから、俺は迷わず戦えるんだ」

 

 杏はこうなることを予想していた。陸人が戦い傷つく勇者を見て複雑な感情を持っていることには薄々気づいていたのだ。

 陸人の最優先事項は仲間たちの幸せ。それはもうどうやっても変わらない。それが分かるから、杏は今泣いているのだ。

 

 

 

 

 

 2人の涙を止める言葉を、陸人は持っていない。だから泣き顔を見ないように、2人を抱き寄せる。

 

「泣きたい時には泣いていい。球子ちゃんも杏ちゃんも、勇者である前に女の子なんだからさ」

 

 その言葉に、ついに2人は決壊した。

 

「グス、うぇぇ……りくとぉ……」

「ごめんなさい、わたし……」

 

『ああああああぁぁぁぁぁぁ‼︎」

 

 無理を重ね続けた球子と杏の声を、陸人はただ黙って受け止める。

 

(本当に……無事でよかった)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後検査を重ね、滞りなく陸人は退院した。大社の方からは融合の進展以外異常はなかったと言われている。それを素直に受け取る者は一人もいなかったが。

 

 誰もが不安を抱えながら、それでも本人が笑っているためそれを押しとどめ、勇者たちは日々を過ごしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは各自の出し物の時間です!」

 

「1番手は歌野、水都、陸人の3人! 盛り上げてくれよな!」

 

 マイナスの感情を振り切るように笑う球子と杏。全員がそれを察し、上向きな空気を意識して作る。

 

 

 その後出し物は順調に進んだ。

 歌野と水都との合同パフォーマンスは最終的に曲に合わせたダンスに近い形となり、異種種目の合わせ技もあり、素人とは思えないハイクオリティな仕上がりになった。

 

 若葉とひなたとの剣舞。これも美しい舞とひなたの澄んだ歌声が合わさり神々しさを感じさせた。最終的には全員正座で拝見していたほどだ。

 

 友奈と千景の歌。意外にもアイドルソングを選択した千景。恋愛シミュレーションの主題歌らしいが、千景なりに盛り上げようと考えたのだろう。陸人の演奏も問題なく、少女2人の微笑ましいデュエットで大いに盛り上がった。

 

 最後に球子と杏のマジック。球子はシルクハットから花を出す定番マジック。無事決まった時のホッとした顔を全員が見逃さなかった。

 杏は手先の技術で成り立たせる基礎的なトランプマジック。話術も重要なこの演目、普段の杏とは違う雰囲気に全員が驚かされた。

 

 

 

 

 最後に陸人が、さらに高度なトランプマジックを披露。仕上げのタイミング、手元のカードを確認した瞬間、おかしなことが起きた。

 

 

 4種類のAのトランプが()()()()()()()

 

 

(……なんだ?)

 

 目を疑い、瞬きをすると視界が元に戻る。鮮やかな桜も、桜色に綻ぶ少女たちの頰も正しく認識できている。

 

「どうした、陸人? まさか失敗か〜?」

 

「あぁゴメン、何でもない。大丈夫、続けるよ」

 

 寄ってくる球子を誤魔化し、頭を振る。

 

(何だったんだ?)

 

 小さな違和感に蓋をして、陸人は花見を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。結局夜まで騒ぎ続け、いつもより遅い時間に起きる陸人。

 目を覚ました一瞬だけ、違和感を覚えた。

 

()()()()()()()()()()()

 

(なるほど。肩代わり、ってのはこういうことか)

 

 突然の色覚消失という異常事態を持ち前の適応力で取り繕う。彼にとって大事なのは仲間たちの心配のタネをこれ以上増やさないことだ。

 

 ──これが無理をした結果だ……最も貴様に後悔などないのだろうがな──

 

 久しぶりに聞こえたアマダムの声に陸人は頷いて返す。

 

 ──これからも戦えば同じことが起きる。人から逸脱するたびに何を失うか分からんが、それでも良いのか? ──

 

(ああ。仲間よりも失いたくないものは、今の俺にはないよ)

 

 ──愚か者め──

 

 その一言を最後に黙り込むアマダム。

 陸人はアマダムに謝罪しながら部屋を出て食堂に向かう。その姿はどう見てもいつも通りの陸人そのもの。

 

 

 

 伍代陸人は変わらない。その大きすぎる愛が、どうしても自分以外に向いてしまう。彼の本質は変化しようがない。

 

 何を得ても、何を失っても……絶対に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




このクウガの症状が後の散華の前身、だったりするのかもしれません………スミマセン、よく考えずテキトー言ってます。

次章もまだできていないのでお待ち頂きたく。レポートとかもありまして、時間がかかることが予想されます。

感想もらえるとモチベとスピードあがるかも……(小声)

次回もお楽しみに



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七章1話 呪詛

七章開始です。

オリジナル色強めなので説明が多く、くどい文になってるかも…読みにくかったら申し訳ない……


(とりあえず、目そのものがダメにならなくて良かったよ。誤魔化しようがないし、戦闘にも支障が出る)

 

 ──だが重なればいずれ致命的なことも起こりうる。肝に命じておけ──

 

 大社の検査を終え、色覚の喪失は医学でどうにかできるものではないことを確認できた。

 

(やっぱり、あのコンディションで穢れを受け取るのは無茶だったか)

 

 ──当然だ。アレが最後の一押しとなったのだ。気持ちいいくらいに人の忠告を無視してくれたな──

 

 アマダムの声には分かりづらいが怒りがこもっている。やんちゃ小僧を叱りつける母親のようだ。

 

(ゴメンってば。アマダムなら俺が本気で反省してるの、分かるだろ?)

 

 ──ああ。私の言葉を無視したのは反省していること、そしてこの結果にはなんの後悔もしていないこともな──

 

 どうも機嫌を直せそうにない。時間を置くか、と陸人が考えていると……

 

 ──あの穢れは貴様の心と体に負荷を植え付ける。私との融合を後押しする形で人としての在り方を破壊するものだ。心の方は……現状は問題なさそうだが、次も耐えられる保証はない。ゆめゆめ忘れるな──

 

 言うだけ無駄か、と不機嫌な調子で告げ、黙り込むアマダム。陸人は苦笑しながらその忠告を反芻していた。

 

(心と体に負荷を……あの時、全員分にまでは手が回らなかったけど。他のみんなは大丈夫なのかな?)

 

 そういった話で特に心配なのがやはり千景だ。

 彼女はとても繊細で純粋な心を持っている。何がきっかけで今のモチベーションが崩れるか分からない。

 

 特に今回の敗戦は現実世界にも影響を及ぼした。一部の土地で災害が発生、死者と重傷者を出してしまったのだ。

 目に見えるレベルの被害を許してしまった。これが市民感情にどんな影響を及ぼすか……陸人は過去の経験からある程度予想できていた。

 

(これ以上、負けるわけにはいかない。そのためには……)

 

 そこで陸人は、ガドルの言葉を思い出す。

 

(アマダム、ガドルは天の神に従ってるわけじゃないって言ってたけど、どう思う?)

 

 ──おそらく事実だ。四国に戻ってからずっと、奴らの動向を探っていたが、壁外でバーテックスとガドルが争っていたような動きがあった──

 

 アマダムが言うには、件の2体を復活させる際に天の神は完璧に制御する用意をしていたはず。しかし奴らの力が想定外だったのか、残っていた封印の影響か、完璧な制御が叶わず個々の意思で動くようになってしまった。

 

 クウガさえ倒せればそれでいい天の神とクウガと戦うことにこだわるガドルが妥協案としてある程度の相互不干渉を定めたのだろう、というのがアマダムの予想だ。

 

(もう1体の、怪物の頂点っていう奴は?)

 

 ──奴についてはいくら探っても見つからん。復活しているのは間違いないはずだが……少なくとも四国の近くにはいないだろうな──

 

(あのガドルより強い敵がいる。想像もしたくないな)

 

 ──しかし残念なことに事実だ。あの2体が同時に襲っては来ないのがせめてもの幸運だな──

 

 分かりきっていたことだが、状況は絶望的だ。

 1番の問題は、人類側の最高戦力たるクウガが、いつ何が起きるか分からない非常に不安定な状態にあることだ。

 

(無理をしなくちゃ勝てない。無理が過ぎて俺がリタイアすればそこで詰み……厳しいな)

 

 現状を再認識して溜息をつく陸人。そこに球子と杏が駆け寄ってくる。

 

「あ! いたいた、おーい陸人!」

 

「対ガドル会議の時間だよ、陸人さん」

 

「そうだった。急がなきゃね」

 

 3人並んで駆け出す。球子と杏も、戦えなくなったことについて気持ちの整理はついたようだ。今は自分にできることをやろうと前を向いている。

 2人は信じている。

 

『何度も自分たちを救ってくれたヒーロー』が、今度も必ず勝ってくれると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黒の力が通用しないとなると、他の手も効果を期待できるかどうか」

 

「それなんだけど、ガドルは元々強かったけど、あの硬さと回復力はおかしいってアマダムが……」

 

 古代の戦いですでにあの耐久力があれば、封印のしようがなかったはずだ。アマダムの予想では、おそらく復活の段階で体に神の力を入れられたのだろうということ。球子と杏の力を消したあの光もそれだ。

 

「土地神様の力を得たクウガと天の神の力を得たガドル、ってこと? 私は戦いのことはよく分からないけど……もしそうなら、なんでガドルはバーテックスを倒したのかな?」

 

 水都の疑問にアマダムの予想を伝える陸人。天の神との完全な協力体制を結んではいない。この状況ではありがたい情報だ。

 

「……バーテックスを引き連れてきたけど。邪魔そうにしてたし、実際に始末したわけだから。仲間というわけではないのでしょうね……」

 

「そうだね。あの時は俺1人で挑んでぼろ負けしたけど……黒の力の本領は勇者との共闘だ。次は仲間と組んで戦う。今思いつくのはそれくらいだね」

 

 陸人に頼られた勇者たちはどこか嬉しそうに頷く。仲間を守るためには仲間に頼らなければならない時もある……陸人も学んだのだ。

 

 その後陸人や球子、杏の戦って得た感覚を共有、少しでも情報を得ようと会議は続く。

 

「私は、ガドルの武器の変化が気になりますね。なんだかクウガみたいで」

 

「そういえば、武器が変わると目の色が変わってたよな? 緑だったり紫だったり」

 

「……そうなの? それってつまり……」

 

「タマにはそう見えたけど、それがどうかしたか?」

 

「もしそうなら、クウガと同じ形態変化ができるなら……青の力と同様の速度特化形態があるのかもしれません」

 

 出てきた情報に苦い顔をする一同。あれ以外に戦闘スタイルがあるなら、どう対応すればいいのか。

 

 

 

 

 

「!」

 

「敵襲? ガドルは……」

 

「いないことを祈るしかないな。今は」

 

 考えが煮詰まってきたところで樹海化が発生、かつてないほど重苦しい空気での出陣となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今回は、例のガドル、いないみたいね……」

 

「正直助かるよ。現状あいつに勝つ手立てがない」

 

「……とはいえ進化体はいるし全体数も多い。油断はできんぞ」

 

「タマちゃんとアンちゃんは、大丈夫?」

 

「はい。端末のアップデートが間に合いましたから」

 

「タマたちは距離を取って、根の影で障壁を張る。目の前まで来られなきゃ気づかれないって話だ」

 

 球子と杏は予想通り樹海に取り込まれていた。その時に備えて大社が端末に用意した障壁機能。これでバーテックスの目を誤魔化せるという。

 

「敵は通さないことを意識して動こう。2人には近づけさせない」

 

「すみません。よろしくお願いします、みなさん」

 

「こんな形で足手まといになるなんて……」

 

「俺が今健在なのは2人のおかげだよ。だから今度は、球子ちゃんと杏ちゃんを守らせてくれ。大丈夫だから」

 

 サムズアップで2人を励ますクウガ。球子と杏は少し安心した顔でその場を離れる。

 

 

 

 

 

 

「お? あれは、またニューフェイスね!」

 

「……蝶? それとも蛾?」

 

 見慣れた進化体の中に1体だけ、見たことのない個体がいた。

 

「どんな能力を持っているか分からない、慎重に行くぞ!」

 

 散開する勇者たち。千景は踏み出す直前、視線のようなものを感じて一瞬動きを止めた。

 

(……今のは?)

 

 彼女の感覚は間違いではなく、新型は千景1人をじっと注視していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦況は芳しくない。各員のコンディションも良くない上に援護に長けた2人が抜けたことで複数相手が難しくなっているのだ。

 

「ガドル抜きでも、ここまで手こずるとは……!」

 

「怪我人を出すわけにもいかない。ここは俺が……」

 

「……待って! なら私がやる……」

 

「……千景ちゃん」

 

 陸人にこれ以上負担をかけられない。ガドルと戦うにはクウガを頼るしかない以上、せめてそれ以外は全て自分が倒す。それくらいの覚悟で千景は戦っていた。

 

「……来なさい! 『七人御先』!」

 

 精霊を使用、7人の千景が現出する。手数と不死生で一気に押し切ろうと考えた。

 

 

 

 それを確認した蛾のような進化体が飛翔。勇者たちの上空から鱗粉のような光の粒子を撒き散らす。

 

「なんだ、これは?」

 

「もしかして、毒⁉︎」

 

「ポイズン⁉︎ だとしたらまずいわ、みんな離れて!」

 

 全員が飛散範囲から離れる。それぞれ多少浴びてしまったが、特に影響はない。

 

 蛾型は役目を終えたと言わんばかりに身を翻して離れて行く。

 

「逃がすか!」

 

 緑の力で蛾型を射抜くクウガ。意外なほどあっさりと進化体は霧散した。

 それと同時に小型も撤退。やがて樹海化も解除された。

 

 

 

 

 

 

 

「なんだったんだ、いったい……」

 

「あの粒子を私たちに撒くのが目的だったってこと? だとしたら……」

 

「メディカルチェック、したほうがいいでしょうね。遅効性の毒とかだったらマズイわ」

 

 首を傾げながら引き上げる勇者たち。その時陸人は、千景の身に起きている異常に気づいた。

 彼女から感じられる穢れが尋常でない域に肥大化していたのだ。

 

「──っ! 千景ちゃん!」

 

「え……? 伍代く──」

 

 千景の肩に触れた途端、陸人は()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──ッグ、ヅゥ⁉︎」

 

「りっくん?」

 

「どうしたの? 陸人さん」

 

「全員ストップ!」

 

 慌てる仲間たちに陸人が声を張り上げる。

 

「今はよく分かってないけど、なにかおかしなことが起きてる。大社に連絡して迎えを呼ぼう。それまでみんなは互いに距離を取って……触れ合うと良くないことが起きるかもしれない」

 

 真剣な表情の陸人に従い、一同は大社の迎えの車に乗り込みそのまま検査へ。

 呪術的見地から、彼らの体に精霊発動時に溜まる穢れの濃度が引き上げられていることが分かった。

 

 肉体の調子を落とし、精神の安定を崩す穢れ。あの粒子にはそれを活性化させる呪いのような効果があったようだ。さらに感染性質もあるらしく、七人御先の効果で7人分粒子を浴びた千景と、彼女に触れた陸人は他よりさらに影響が強い。

 

 

「対策としては勇者同士での接触を減らすこと……これまで精霊を使った後の皆さんの反応から見て、永続性はないと考えられますから落ち着くまで距離を取っておくのがベストかと」

 

「ふむ、つまり精神攻撃か。バーテックスも手口を変えて来たな」

 

「ガドルの手綱を握れなかったことで、焦ってるのかもしれませんね」

 

「落ち着くまでに敵が来ちゃったら、どうしたらいいのかな?」

 

「その時は、やっぱり距離を取ったまま分担して戦うしかないんじゃないかな。でも、もしガドルが来たら……」

 

「なるほど、敵はそれも狙ってるのかもね。私たちの要、チームワークを崩す。戦場の外から」

 

「その時は接触しないように意識して連携する。無理難題だけど、やるしかないよ」

 

「しばらくキツイ状況になるな。タマたちにできることあったら、なんでも言ってくれよ!」

 

 大なり小なり苦しい顔をした勇者たちが当面の対応を議論する。一段落したところでずっと黙っていた千景が口を開く。

 

「……話は終わりでいいかしら? さっきから少し頭痛がするから、私は部屋に戻るわ……」

 

 フラフラと教室を出る千景。その顔色は良いものではなかった。

 

「球子ちゃん、杏ちゃん。千景ちゃんのこと、お願いできるかな?」

 

「え?」

「陸人さん?」

 

「今1番症状がきついのは千景ちゃんだ。でも穢れを持ってる俺も友奈ちゃんも今は迂闊に近寄れない。ひなたちゃんと水都ちゃんにはいつものようにみんなを看ていてほしいし……2人にしか頼めないんだ」

 

 ただでさえ千景は何かの影響を素直に受けやすい性質だ。この状況はよろしくない。穢れも全て移し、粒子も浴びていない2人に任せるしかなかった。

 

「分かった、要は千景と一緒にいればいいんだな?」

 

「そんな簡単な……でも話をして、少しでも気晴らしができるようにってことだよね。うん、任せて!」

 

 力強く頷く球子と杏。陸人も2人に絶対の信頼を置いている。

 

「よし、俺の方はさっきアマダムが提案してくれた体内の呪いを消す方法を試してみるよ」

 

「呪いを消す? 陸人さん、それはどのような?」

 

「アマダムと直に接触できるくらいに深く眠りについて、神樹様の力を天の神の呪いにぶつけるんだって……」

 

 アマダムというツール越しに神樹の力を使うクウガだからこそできる対策。アマダムから神樹の力を体内に放つことで呪いを消滅させる。

 一見便利な力だが、アマダムとの融合は当然進行するし、肩代わりにより移る穢れについてはアマダムを経由するため、この方法では消すことができないらしい。

 リスクはあるが全員が不調のままでは次の勝利もままならない。陸人たちはもう負けられないのだ。

 

「2、3日眠ることになるけど、外部からの接触で起きれるらしいから、敵が来たら強めに叩いて起こしてね」

 

「分かった。まあ、ついでにゆっくり体を休めるといいさ」

 

 呆れた様に笑う若葉。ひとまず全員しばらくは自室で過ごすことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……呪い、か……)

 

 千景は自室で1人ゲームに耽っていた。もともと彼女は部屋にこもることもままあるため、特に支障なく過ごしている。

 

(……あの進化体は明らかに私を狙っていた。七人御先を使った私はより強く影響を受けるから? それとも……)

 

 千景自身今回の件までは知らなかったが、致命傷を受けて消えることなく分身が健在のまま戦闘を終えると、その後元に戻る際に体内に受けた影響は合算されるのだ。

 

 これまでにない敵の戦術に不安を募らせる千景。自分はここまで臆病だったか、とため息をついたところで部屋の扉がノックされた。

 

「千景、いるよなー?」

 

「千景さん、入ってもいいですか?」

 

「……土居さんに、伊予島さん?」

 

 珍しい来客に首を傾げながら扉を開ける千景。2人は笑顔で中に入ってくる。

 

「お邪魔しまーす。うわぁ、ゲームがいっぱい。杏の部屋の本みたいだな」

 

「えと、本とかお菓子とか持ってきました。一緒にどうですか?」

 

「……急に何を……ああ、伍代くん辺りに何か頼まれたの?」

 

 いきなりバレたことにビクッとする2人。

 何だかんだ長い付き合いになる相手だ。千景も察しはつく。

 

「ま、まあまあ、確かにそうだけどさ。この状況じゃ考えも煮詰まるだろ? 一緒に遊んでテンション上げようってことで!」

 

「迷惑、ですか? 千景さん」

 

 空笑いする球子とオドオドしながらこちらを見つめる杏。きっかけはどうあれ気を遣ってくれていること自体は、千景も嬉しかった。

 

「……そこまで言うなら、まあいいわ。あなた達とはあまりゲームしたこともなかったし、少し付き合ってもらおうかしら……」

 

 小さく笑う千景に2人も喜ぶ。珍しい組み合わせでゲーム大会が始まった。

 

(……高嶋さんや伍代くんだけじゃない。土居さんも伊予島さんも、他のみんなも……私が勇者だから出会えた仲間。何があっても私は勇者でいなくちゃ……)

 

 敵よりも呪いよりも怖いもの、『無価値な自分に戻ること』こそが千景にとって最も大きな恐怖の対象だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陸人は夢の中、何もない世界に三度足を踏み入れた。今回はアマダムもいない。ここの外から力を貸してくれるらしい。

 

(呪いを消すって言っても、何をどうすればいいんだ? その辺りアマダムは教えてくれなかったからな……)

 

 当てもなく歩く陸人。景色も足元も何も変わらず、方向感覚も距離感覚もおかしくなってくる。

 

 歩き続けてどれほどか、陸人は目の前に黒い光の球体を見つけた。

 

(これが呪いか……これをどうすれば消滅させられるんだ?)

 

 様子を観察していると、光が蠢き、徐々に人の形を作り上げる。

 それは年齢二桁にも満たない幼い体躯で、痛んだ髪は長く、体にはいくつもの傷が見えた。

 

「え? 君は……⁉︎」

 

 陸人はその姿を知っていた。忘れてはならない少女だった。

 

「久しぶり。すごく大きくなったね、4号」

 

「5号……!」

 

 陸人が4号と呼ばれていた頃、彼の1番近くにいた大切な仲間。

 5号と呼ばれていた少女との、7年ぶりの再会だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




原作読んでて特に胸が痛かった千景ちゃん編です。何とかしてどうにかしたいなぁ、と思っています。

七人御先についてはオリジナル設定です。もし公式設定と異なっていたりしたらスミマセン、ここではこうだと思っていただければ…

陸人くんの過去について、時系列はちゃんと書いてなかったと思います。
飼い主に拾われたのが2歳。
実戦に出たのが5歳。
仲間を失い雄介さんと出会ったのが8歳。
バーテックス襲来時点で11歳。

実は付き合いの長さで言うと、
伍代兄妹<勇者たち<5号たち
だったりします。


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七章2話 希望

精神世界の陸人くんと現実世界の千景ちゃんを交互に描写していきます。混乱するような書き方になってないといいなぁ…


 伍代陸人の夢世界、再会を果たしたかつての仲間。

 

「君は5号……? それとも、幻のようなものなのか?」

 

「んー、どっちも正解、かな? もちろん私自身は死んでるからね、ここにいるのは幻だよ。この場所自体夢幻みたいなものだし……ただ私は、神の力があんたの記憶をたどって形作ったもの。だから4号の中の私自身、と言えなくもないのかも?」

 

「つまり君は今俺の中にある呪いそのもの、って考えていいのか?」

 

「うん、その認識で合ってるよ。それでどうする? 呪いを消しに来たんでしょ?」

 

「……今はかなり混乱してる。ちょっと話をしないか? どうするかはその後だ。どのみち方法も何もわからないしね」

 

「ふふ、相変わらず優しいね……4号は」

 

 呪いが5号の記憶を写したのは陸人が強硬手段に出るのを躊躇することを見越してだ。それは陸人自身分かっている。だがそれでも、あまりにも自分の知る5号そのものである目の前の少女に何か危害を加えるような真似はできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千景は球子に連れられて市内の大型アウトドアショップを見て回っていた。

 陸人が眠りについてから、ごく少数の戦力が仕掛けては来たものの、陸人を起こすことなく、連携なしの勇者たちだけで倒せる程度の小規模な戦闘だった。

 そのためこうして多少のんびりする余裕がある。

 

「……土居さん、正直並んでいる品の区別がつかないのだけど……というか、楽しいの? これを見て……」

 

「えー? 千景も分かってくれないのかぁ。丸亀城で話ができる相手は陸人しかいないんだよな〜」

 

 今日はお互いの趣味について教え合うという約束で遊びに出ていた。この後ゲームセンターにも行く予定だ。

 千景は幸せそうな球子を苦笑しながら眺めている。理解はできそうにないが、本人が楽しいならそれでいいかと思えるくらいには彼女も丸くなったのだ。

 

「じゃあこの機会に興味を持ってくれ! これからまた壁外調査みたいに野宿することもあるかもしれないし……そうだ、何か1つタマがプレゼントしてやろう!」

 

「……いいわよ、貰っても使わないし。買ってもらうのは悪いわ……」

 

「いいからいいから、杏たちにも広めるためにちょっと前から女子ウケのいいものを考えてたんだ。タマに任せタマえ!」

 

「……なら、この後のゲーセンで、何か1つ景品を取ってあげるわ……プレゼント交換、というんでしょう?」

 

「おお、いいなソレ! ならタマもいい奴選ばないとな〜」

 

 丸亀城での暮らしも3年以上。千景も女子らしく、学生らしい常識にも染まって来た。

 元々球子は出会った当初から千景を気にかけていた。千景が遠ざけることをやめれば自然と距離は縮まっていく。

 

(……もっと早く、私が気づいていれば。今からでも遅くはないのかしら……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっか。4号、外の国の人だったんだ。確かに1人顔立ち違ったもんね」

 

「ああ、今俺がいる国で、日本って言うんだ。まあ世界中が大変でさ……前いたところはどうなってるかも分からないんだけど」

 

 陸人と5号の話題は尽きない。時間の感覚もない世界で、思い出を語り、5号が死んでからの陸人のことを話す。陸人の記憶である彼女は全て知っていることだったが、それを表に出すことなく和やかに会話が続く。

 陸人は意識して本題に入るのを引き延ばしていて、そのことに気づいている5号もそれに合わせていた。しかしいつまでもそうしてはいられない。幸せな夢の中で生き続けるには、陸人は外に大切なものを作りすぎた。

 

 

「4号、私はどうすればいいのかな? あんたはどうすればいいと思う?」

 

「……5号が俺の中の呪いなら、君を消す必要があるんだと思う。話しているうちに気づいた。多分戦う時の感覚で神樹様の力を使えば呪いは消せる」

 

「そう……じゃあ済ませちゃおうか。いつまでもここにいるわけにはいかないもんね、4号は」

 

「どうしてだ? どうして平然としていられる……消えるんだぞ! あんな歳で死んで、俺の記憶の中でかろうじて存在してる今の君が消えればどうなるのか……」

 

 陸人は決断できなかった。この時間が幸せだったから、どんな形であれ唐突に別れた仲間と再会できたことが、望外の喜びだったから。この時間を失うことが怖かった。許されるならずっとこうしていたいと願ってしまっていた。

 

「う〜ん、そうだね……今までのあんたと一緒だよ。私にとって1番大切なのは、4号の願いだから。どうせ死んだ私のことよりもね」

 

 陸人の記憶に人格を与えられた今の5号は、陸人のこれまでを全て知っていた。今を生きる命でありながら、他人を守るために全てを懸ける。そんな彼の中にいた5号もまた、全てを捨てる覚悟ができていた。

 

「私は……私たちは何もできずに死んでいった。名前も無く、何も残せず、何も守れず……だからせめて、生きていてくれたあんたのために何かしたいの。私たちが死んだことには何か意味があったって、そう思いたいの……お願い、4号」

 

 そう言う5号は泣いていた。ありえない形で人格を手に入れたことで、幼い心で耐えるには残酷すぎる運命を理解してしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、千景は杏の部屋にいた。先日共にプレイしたゲームのノベライズを持っている、と杏が千景を誘ったのだ。

 

「これです。私はゲームの展開は昨日初めて知りましたけど、小説版もまた違ったストーリーで、楽しめますよ!」

 

「……ありがとう。こういったものには手を出したことがなくて。興味はあったんだけど……」

 

「これが気に入ったら他にもオススメありますから、言ってくださいね」

 

 自分の趣味の話になると相変わらず杏は熱い。基本受け身な千景相手ではその方がいいのかもしれないが。

 人に本を薦めることがそんなに嬉しいものなのかと首をかしげる千景。先程から杏は実に上機嫌に見える。

 

「えへへ、実は前から千景さんは読書向きだと思ってたんですよ。集中力があるし仮想の世界にのめり込めるのはゲームも本も近いものがありますし……」

 

 杏は照れ臭そうに頬をかく。球子と同じく趣味の話で盛り上がれる相手が欲しかったようだ。

 

「……そうね。なら、これからも時々ゲームに付き合ってもらうっていうのはどうかしら? 私もあなたのおススメ、読んでみるから……」

 

 らしくないことを言った、と千景は慌てて口を手で覆う。しかし吐いた唾は飲み込めず、瞳を輝かせた杏が目の前に迫ってくる。

 

「いいんですか⁉︎ じゃあ趣味の共有ですね! やったぁ……タマっち先輩は本を睡眠導入剤としか思ってないし、陸人さんはあまりに多趣味だし……そう言ってくれて、凄く嬉しいです!」

 

 楽しそうな杏につられて千景も笑う。最近笑うことが増えたかな、なんて考える。

 

(……私の言葉でこんなに幸せそうにしてくれる。きっとこれが、友達、なんでしょうね……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千景は幸せを感じていた。これまで遠ざけてきた2人との交流は、わずか数日で千景の心の奥にまで届いていた。友奈や陸人には及ばずとも、大切な存在だとはっきり自覚するほどにまでなっていた。

 

 だからこそ許せなかった。何も知らない外野の分際で、彼女たちを悪く言う市民の書き込みが。

 

 

 

「勇者は無能」

「守れてねえじゃん、仕事しろよ」

「土居と伊予島って勇者は負けて戦えなくなったらしい」

「なんだそりゃ、それでも勇者様かよ」

 

 

 ずっと人に勇者と崇められることで自分の価値を確立してきた千景にとって、どんな小規模な声であってもその存在感は絶対だ。それが勇者のこと、特に戦線離脱を余儀なくされた球子と杏に悪意を向けている。大社の情報統制が不完全だったのか、身勝手な想像も交えてかなり言いたい放題になっている。

 

(……戦えない2人が……伍代くんを守れなくなった2人が、どんな気持ちでいるのかも知らずに……!)

 

 球子は自分への怒りを未だに持続させている。杏はいつでも心のどこかで陸人を心配している。千景でさえ分かるほど、深刻な心境なのだろう。

 

(……なんで、こんなものを守るために、私たちが……!)

 

 穢れの影響もあり、これまで最も勇者であることに拘っていた千景の心に"戦う意義"への疑問が生まれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陸人はまだ迷っていた。それでも5号の言葉には聞き流せないものがあった。目尻の涙を指で拭い、その小さな体を抱きしめる。

 

「そんなこと言わないでくれよ。自分たちの死が無意味だったみたいに……」

 

「だって、私たち……」

 

「色々なものを見て、色々な人に会って、それでも……俺は今でも信じてる。意味なく死んだ人は、いないって……」

 

 命が生まれたからには生きている意味がある。それと同時に命の終わり、死ぬことにだって必ず意味がある。陸人はそう信じて生きてきた。

 

「俺が今まで生きてられたのは、みんなと過ごした時間があったから。みんなが生きていた世界だったから……俺がこれから何をやり遂げても、それは振り返れば全部君たちのおかげなんだ」

 

 伍代陸人の始まりは5号たちのおかげ。クウガが守ってきたものは彼らや雄介、みのりたち死んでいった命のおかげなのだ。

 

「俺が生きて、戦って、守って……証明してみせる。みんなが生きていたってこと、あの時間に意味があったことを……」

 

 そう言って陸人は5号から離れる。彼女は涙を流したまま、笑顔とも泣き顔ともつかない表情で陸人を見つめる。

 

「ほんとう?」

 

「ああ、本当だ」

 

「……私たちに、意味があったの?」

 

「あったよ。これまでもこれからも、俺がそれを証明する」

 

「そっかぁ……私、ただ死んだわけじゃなかったんだね」

 

 

 その瞬間、5号の体が光を帯びる。最初の黒ではなく、眩しく輝く白い光を。

 

「これは……⁉︎」

 

 呪いの黒を希望の白が塗り潰す。陸人は記憶に人格を持たせた歪な5号の心を救ってみせた。呪いでしかなかった彼女に希望を与えることで、存在そのものを変質させた。

 

 陸人の偽りのない信念と、それを受け取った5号の陸人への想いが起こした誰も知らない奇跡。天の神もアマダムも予想できなかった展開だった。

 

 状況を理解できずに固まる陸人に、自分に起きたことを感覚でおおよそ把握した5号が優しく告げる。

 

「大丈夫、私はもう呪いじゃない、あんたの中の希望の一部として、ずっと一緒にいる」

 

「5号?」

 

「こうして会える機会はもうないかもしれないけど、私は1番近くにいる……ずっと4号を見てるから」

 

「そうか……ありがとう、5号」

 

 なんとなくしか分かっていないが、5号の言葉を聞き届けた陸人は礼を言って立ち上がる。この時間はもう終わりだ。

 

「……ねえ、今は『陸人』って名前なんでしょ? せっかくだから私にも名前つけてくれない? 陸人と並んで違和感がない、日本の名前がいいかなぁ」

 

 最後の最後に少女のワガママ。陸人は苦笑して頭をひねる。

 

「……そうだな。じゃあ、『海花(うみか)』……海の花、なんてどうかな?」

 

「……海花?」

 

「海のような大きな心を持って、花のように美しく咲き誇る……後は、俺の名前と並べてなんとなく綺麗かな、って思ったんだけど」

 

「うん、とっても素敵。私は海花、海の花……ありがとね、陸人」

 

「こちらこそありがとう。どんな形でも、また会えて本当に良かった」

 

「うん。私、見てるから……陸人がどんな選択をしても、私は受け入れて、ずっと一緒にいるから!」

 

「ああ、行ってきます……海花」

 

「うん……行ってらっしゃい、陸人」

 

 空間全てが光に包まれる。陸人も海花も、最後の一瞬まで互いを見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陸人が自室で眼を覚ます。時計を見ると眠りについた日から4日経過していた。

 

 ──悪くない時間だったようだな。貴様の中に呪いはない。そして何故だか、穢れに打ち勝つ力……貴様自身の希望がより強くなっている──

 

(ああ……俺の仲間が、一緒に戦ってくれるんだ)

 

 陸人は状況を把握しようと部屋を出る。アマダムの力で穢れの反応を確かめた時、異常に気づく。

 

(──っ⁉︎ かなり遠くで穢れが増大し続けている……これは、千景ちゃんか!)

 

 ──私も貴様に集中していたために気づかなかった……この量はマズイぞ──

 

 天の神の計略は半分失敗した。クウガを黒に染めることはできなかった。しかしもう1人のターゲット、千景は今まさに敵の狙い通りに追い詰められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




当初は5号再登場の予定はありませんでしたが、ああも半端な出番のオリキャラは流石にちょっと……ということでここに持ってきました

一方千景ちゃん、原作で彼女を追い込んだ最大の一手は死んでしまった2人への侮辱だったと私は思うわけです。なのでここではその2人と親交を深めてみました。

天の神の呪いについて

本来は人の心の暗い部分、特に精霊の負荷で発生する穢れに強く結びつくものですが、アマダムと陸人くんが精神世界で戦おうとしたため、呪い自身が己を守るために大切な人の記憶と融合することにしました。
あの海花ちゃんは存在自体は呪いですが、人格含めて陸人くんの記憶の中の彼女そのものだということです。その人格が救われた結果、呪いという存在でしかない彼女は希望へと変化することができました。
改めて書いてもうまく説明できない……描写力に見合わない設定作っちゃってすみません。


感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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七章3話 凶刃

前話もそうでしたが、原作の鬱な描写は少し控えめに、状況がわかる程度に抑えていきます。私の心がもたないからです。

そういった部分の分量を控えたため、なんだかあっさりした印象を受けるかもしれません。物足りなかったりする人は原作を読みましょう。




 呪いを受けてからの千景はひどく不安定になっていた。

 球子や杏たちが一緒の時は確かに笑顔を見せていたが、1人になると自分の中の弱気や恨み言が噴出してくる。

 

 ガドルとの戦いで感じた恐怖、仲間たちへの友情、市民たちへの怨嗟、自分への不安。いつも自分を癒してくれた友奈や陸人とも会えずにいる現状、千景は他者への攻撃性を無意識に高めていた。

 

 千景の不安定さを知った大社は家族を香川に呼びよせ、共に過ごさせようと考えた。千景は乗り気ではなかったが、こんなことで大社に逆らう気にもなれず、家族を迎えに地元に戻った。

 

 そこで千景は予想外の出迎えを受けてしまう。

 

「あんたたちのせいで死人が出た」

「私たちの生活を守れ」

「勇者になっても相変わらず愚図」

「ちゃんと戦え、役立たず」

 

 家に貼られた張り紙、憔悴する父、出会う住民たちの声……何も知らない無責任な一般市民を守ることに疑問を抱いていた千景の怒りは頂点に達しつつあった。

 

「土居と伊予島ってのは戦えなくなったんだろ? あのクウガとかいうチヤホヤされてたガキも大負けしたとか……勇者の義務も果たせねえのかよ」

 

 それはダメだった。1番辛い思いをしている球子と杏、そして誰よりも無理をしている陸人を貶すその声に、とうとう我慢できなくなった。

 

 千景は勇者の力を纏い、携えていた鎌を抜きはなち──

 

 

 

 

 

 

 

「千景ちゃん‼︎」

 

 目の前の男性に刃が当たる直前、高速で割り込んできた青がその鎌を止めた。クウガのロッドと千景の鎌が何の力も持たない一般市民の鼻先で火花を散らす。

 

「……伍代くん……」

 

「千景ちゃん、落ち着いて……」

 

「……そこをどいて。こんな奴ら、守る価値はない。私たちは命をかけて戦ってる……文句があるなら同じように命をかけるべきよ……」

 

「ダメだよ、千景ちゃん。君は今呪いに侵されて思考がおかしくなってるだけだ。鎌を離して……」

 

「土居さんも伊予島さんも、こんな奴らのために必死に戦ってきたの? あなたも、ボロボロになって守った挙句がこれ? 私はそんなの許せない。勇者は、私が勇者でいたのは、なんのために……」

 

「千景ちゃん!」

 

「どきなさい、クウガ!」

 

 呪いの効果がさらに膨れ上がる。陸人に武器を向ける程にまで錯乱し始めた。市民から引き離しながら防御に徹するクウガ。千景の攻撃はどんどん激しさを増していく。

 

 大振りの一撃を捌き距離を開けるクウガ。彼はそこで遠巻きに様子を伺う市民の目に気づいた。

 

(このままじゃ、この場を納めても……)

 

 一瞬考え、陸人は変身を解除した。予想外の行動に千景は困惑する。

 

「……どういうつもり?」

 

「これは勇者の内紛なんて大げさなものじゃない、友達同士のありふれたケンカだ!」

 

「……あなたは、なんでいつも!」

 

 再び斬りかかる千景。その勢いは間違いなく衰えている。

 陸人は大社の無感情な対応を予想していた。市民の声があれば、千景の勇者資格剥奪くらいはやりかねない。少しでも後の影響を小さくできれば。そんな焼け石に水程度の考えで彼は生身で勇者に挑む愚行に出た。起きてしまった問題を少しでも小さく納めるために。

 

 千景は躊躇していた。陸人の身体能力はこの数日で飛躍的に上昇していた。攻防はやがて千日手になり、互いに息を荒げ疲労を隠せなくなってきた。

 

 生身ゆえに体のあちこちが傷付いていく陸人と、いつもの精彩を欠き、不安定な戦い方に限界を迎えつつある千景。そんな様子を見ていたからか、先程千景に刃を向けられた市民の1人が愚かなことを考える。

 自分でもあの錯乱した勇者を撃退できるのでは、と。

 

(何が勇者だ、あんなガキに……!)

 

 実に愚かなその軽挙が状況を最悪に追い込む。

 

 

 

 

 

 

「うあああっ! ────これは……⁉︎」

 

「まさか、神樹様? ──まずいっ‼︎」

 

 千景が踏み込んだ瞬間、彼女の勇者装束が霧散。制服姿へと変わる。千景を止めるため、陸人を守るために、神樹ができれば避けたかった強硬手段に出たのだ。しかしあまりにもタイミングが悪い。

 

 次の瞬間、陸人の視界に異物が飛来してきた。

 冷静さを欠いた市民の1人が、掌ほどの大きさの石を拾い千景に全力で投げつけたのだ。

 普通の少女でしかない今の千景に当たればただでは済まない。陸人が仲間の危機を放っておくことなどできるはずもなく。

 反射的に身を翻し無理な体勢で石をキャッチする陸人。その身は完全に無防備を晒していた。

 

「──ガハッ‼︎」

 

「……ぁ……!」

 

 その予想外の行動に対応できず、千景は混乱したまま振り上げた鎌を止められなかった。陸人の腹部を鎌の刃が貫く。

 

 初めてバーテックスではなく人を刺した感触に呆然とする千景。

 恩と情を強く抱く陸人を傷つけてしまった。千景の視界が一気に暗くなる。

 

(……伍代くん、鎌が……あれは、私がやったの? 私が彼を……違う、私はそんなつもりじゃ……)

 

 放心し鎌を手放す千景。歯をくいしばる陸人は鎌が刺さったまま震える千景を抱きしめる。

 呪いの効果により湧き上がる穢れを気合いで無視して、ゆっくり言葉を紡ぐ。

 

 

 

「……千景ちゃん、落ち着いて……何も見なくていいから、目を閉じて……」

 

「……伍代、くん……」

 

「千景ちゃんが勇者にこだわる理由は、正直よく分からない……だから、今の千景ちゃんの気持ちも、きっと全部……正しく、は……理解してあげられないと思う……でも、それでも人を傷つける……のは……ダメだ……」

 

「……私は……」

 

 息も絶え絶えの状態で、それでも陸人は必死に言い聞かせる。少し失敗してしまった子供を宥めるように。

 

「どんな、理由であれ、千景ちゃんは……今まで勇者として、頑張ってきたんだ……今の世界は、その頑張りの結果だよ……千景ちゃんと、球子ちゃんと……杏ちゃんと、俺や友奈ちゃんたち……みんなで頑張った……結果が、今だ……」

 

 千景は放心状態で動けない。陸人は体の損傷で動けない。密着したまま震える声で対話は続く。

 

「……一時の感情に、任せて……力を振るえば、みんなの努力が、全部……全部無駄になる。"守るために"っていう……これまでの全てが間違っていたことになるんだよ……それだけは、絶対にやっちゃいけないんだ……」

 

「…………」

 

「千景ちゃんは、頑張ってた。千景ちゃんは……勇者だよ……誰が否定しても、俺たちは、それを知ってる……郡千景は、大切な友達で……勇者の一員だ……それだけじゃ、ダメかな……?」

 

 

 

 

 

(……こんな私を伍代くんは、みんなは愛してくれていた。なのに私は……)

 

 その言葉を聞いた千景がとうとう膝から崩れ落ちる。寄りかかるように抱きしめていた陸人も同時に倒れこむ。

 虚ろな目でそれでも自分を支えてくれた千景を見て、陸人はひとまず安堵した。

 

 

 

(……とにかく、ここを離れよう。大社に連絡して……)

 

 ──まさか、こんな時に……⁉︎ 急げ、面倒なヤツが来たぞ──

 

 アマダムが焦りを隠さず警告を飛ばす。それに反応するよりも早く、後方から荘厳な声が響く。

 

 

 

「偶然同じ地にたどり着いたのは僥倖だが、どうやら間が悪かったようだな……」

 

 

 神戸のキャンプ地で出会った軍服の男性。ガドルの人間態がそこにいた。

 

「……ガドル!」

 

 ──なぜ結界の中に……そうか、天の神め、次から次へと! ──

 

 ガドルは天の神からの侵攻指示を無視していた。弱体化した相手を狙うような真似は主義に反する。結界に向かうバーテックスを蹴散らすガドルを見て、天の神の方がとうとう折れる結果となった。

 

 両者は改めて契約を交わした。クウガと勇者との戦いに横槍を入れないこと。その代わりにガドルからもバーテックスの邪魔はせず、1つ実験に付き合うこと。それが契約の内容だった。

 

「本当に害意を消せば結界を超えられるとはな……器用なものだ」

 

 結果として天の神は限定的ながら結界を突破する術を得てしまった。個の意識が薄いバーテックスでは使えないものの、ここまで結界を分析できたという事実はまた1つ人類を追い詰める要素となる。

 

「やる気、か? ガドル……」

 

「……そうだな、俺を復活させた天の神への義理は果たした。ここからは好きにやらせてもらおう」

 

 ガドルは変身し、近づいていく。ずっと様子を伺っていた市民たちに。

 

「ガドル、何を……!」

 

「そこの勇者が挫けているのも、お前が傷ついているのも大元は大多数の愚かな人間どものせいだろう? つまりヤツらは俺の崇高な戦いを汚した。その報いは受けてもらう……!」

 

 ガドルは静かに怒っていた。結界を越えるのに時間がかかったが、陸人の気配を感じて感覚でその様子を把握していたのだ。

 陸人や勇者たちの在り方に敬意を抱いていた。この時代の人間というものに少なからず期待していた。そしてそれは裏切られた。愚かで醜い民衆の在り方に。

 本来なら弱者を相手にはしないのがガドルだが、そんな彼でさえ怒りを抑えられずにいた。

 陸人はそんなガドルを止めようと走り、千景はこの時ばかりは陸人よりもガドルに共感してしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 腹部に刺さったままの鎌を力尽くで抜き、ガドルに振り下ろす。尋常でない出血量に、見ている千景の方が痛そうな顔をしていたほどだ。

 

「……なぜ止める? こんな命を守る必要がどこにある?」

 

「命の価値を決めるのは他の誰でもない、自分自身だ! だから守る、それだけだよ……!」

 

「そうか……こんな形でお前を倒しても意味がないのだがな!」

 

 陸人の体が弾き飛ばされるのと同時にやっと樹海化が発生。内部に侵入されるという事態に神樹の対応も遅れてしまっている。

 

 

 

 ゆっくり陸人に近づくガドル。そこにクウガを追ってきた若葉たちが乱入する。友奈は球子を、歌野は杏を抱えている。

 

「ぐんちゃん! りっくん!」

 

「球子と杏は2人を頼む! 行くぞ、友奈、歌野!」

 

「ラジャー! とはいえ、ガドル相手にどうしたものかしら」

 

「陸人! おい陸人!」

 

「この傷、この鎌……千景さん……?」

 

 戸惑いながら体制を整える勇者たち。ガドルは手を出すことなく眺めていた。

 

(クウガがああなっては、今回は期待できんな。共鳴なしの勇者だけではどれほど意志が強くても俺には及ばん)

 

 それは若葉たちも同じく懸念していた。かろうじて立てていたガドル対策はクウガを中心としている。こんな形で離脱してしまうともう打つ手がない。

 

「……今回倒すことは考えるな! 何とかして壁の外に押し返すんだ!」

 

 具体性がない無理難題を言い放つ自分に呆れてしまう若葉。千景と陸人以外の3人はもともと呪いの影響も小さく、この4日で完治していた。しかしクウガを欠いた連携でガドルを倒せるかと言われると不可能に近い。

 だが、どれだけ敵が強くても逃げるわけにはいかない。後ろには市民と、何より動けない仲間がいるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 球子が陸人を抱え、杏は千景と鎌を回収して障壁を展開した。

 杏が気休め程度の応急処置を陸人に施す間、球子は千景に詰め寄っていた。

 

「千景、お前! 何でだよ……何でお前の鎌に陸人の血がついてるんだ!」

 

「…………」

 

 千景は何も答えない。球子の怒りはもっともで、殴られるのも怒鳴られるのも嫌われるのも当然だと思っていた。

 球子は許せなかった。この数日で少しは千景を理解できたと思っていたこともあり、余計にこの惨状を認められなかった。

 

「なんとか言えよ、千景!」

 

「……まっ、て……球子ちゃん……」

 

 千景のだんまりに我慢できなくなった球子が腕を振り上げたところで弱々しい声が発せられる。呼吸も不安定になっている陸人だ。出血と穢れの相乗効果でどんどん顔色がおかしくなっているが、目だけは変わらず力強く仲間を見ていた。

 

「……千景ちゃんは、悪くない……タイミングが悪かった、ただの事故、みたいなもので……」

 

「陸人さん、喋っちゃダメ! お願いだからジッとしてて……」

 

 千景は事ここに至ってまだ自分を庇う陸人に驚愕していた。球子は自分を大事にしない陸人に怒っていた。杏は傷つき続ける陸人を見て泣いていた。

 そんな彼女たちを見て、陸人は決断する。

 

(……アマダム、やれるか?)

 

 ──できるできないで言えば可能だ。しかし、本当にいいんだな? どうなっても──

 

(ああ、クウガ抜きじゃガドルには勝てないし。なにより……)

 

 ──なにより、なんだ? ──

 

(千景ちゃんの前でいつまでもこの傷に苦しんでるわけにはいかないでしょ……大した事ない、って笑ってあげるくらいじゃなきゃダメだ)

 

 ──もうどうしようもないな、貴様は。よかろう、近くで見ていてやると、そう言ったのは私だからな……! ──

 

 ベルトを現出。アマダムの力が解放される。するとあっという間に傷がふさがってしまう。痛みは消えていないが、出血も収まった。これなら戦える。

 

「……へへ、いよいよ人間離れしてきたな……」

 

「……陸人、さん?」

 

「おい陸人、まさか行く気じゃないだろうな⁉︎」

 

 止めようとする2人の口に指を当てる。いつもと違う陸人の雰囲気に、それだけで球子と杏は続く言葉が出てこない。

 

「千景ちゃん……」

 

「……伍代くん?」

 

「勇者だの巫女だのクウガだのって……必要だから仕方なく従ってきたけど、本当は誰かが誰かに強くあることを強制する権利なんてないんだよ。人にも、神様にだってね」

 

「……でも、私は……」

 

「ここにいて。千景ちゃんがそのままで……勇者じゃない、『郡千景』のままでいられる時間は、俺が守るから」

 

「……伍代くん、なんでそこまで……」

 

「千景ちゃんが自分を嫌いでも、俺は千景ちゃんが大好きだから。できれば俺の好きな人を、君にも好きになって欲しい……笑っていてほしいんだ。帰ったらまたうどん作るから……食べてほしいな」

 

 かつて千景の親友が自分にくれた言葉。それに救われたことを思い出し、今度は陸人が気持ちを伝える側に回る。

 陸人は直接黒の赤に変身。涙が流れる千景の頬に触れ、彼女の穢れをその身に移す。千景の内で蠢く呪いの効果と自分を追い詰め続ける精神状態が合わさって、尋常ではない量の穢れがクウガに流れ込んでくる。

 

「グッ⁉︎──アァ、オオオオッ‼︎」

 

 海花がくれた希望を支えに穢れを抑え込む。ほんの一瞬だけ、クウガの瞳が赤から黒に変化したことには誰も気づかなかった。

 

(すごい苦しいけど、なんだか力が湧いてくる……! これまでにない力が……)

 

 ──穢れがクウガの進化を促している。安定性は欠くが、確かに出力は上がるだろうな──

 

(これを制御できれば、ガドルとも戦える!)

 

 海花の希望がなければ踏ん張りきれなかっただろう。千景が球子と杏との交流で得た安らぎがなければ穢れが陸人の許容量を超えていたはずだ。

 しかし結果としてクウガは、ギリギリのところで穢れに飲み込まれずに済んだ。

 

「大丈夫、だから……見ててくれ」

 

 3人にサムズアップしてクウガは駆け出す。

 

 何があってもみんなを守る。それがクウガとして、伍代陸人としての全てだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




怪我の功名、とは少し違うか? 究極への一歩を踏み出しました。

原作では時間をかけて段階的に追い詰められていった千景ちゃんですが、原作通りの部分は端折る方針と、こういう展開を長く詳しく書くことができない私の未熟さゆえに短めにしてみました。

ちなみに天の神の狙い通りに勇者が呪いの影響下にある状態でガドルが来ていたらそこで詰みでした。閣下の誇り高さに救われた形です。さらに辿るとグロンギたちの完全制御を邪魔した遺跡の結界のおかげ。つまり……さすが雄介さん! ということです。描写が終わった後も株を上げていくスタイル。

感想、評価等よろしくお願いします

次回もお楽しみに


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七章4話 限界

七章終了です。

なんとなく4話でまとめたくて、長くなりました。

初投稿から1ヶ月、自分でもここまで続くとは…これも読んでくれる、感想、評価をくれるみなさんのおかげです。これからもよろしくお願いします。


「ガドルゥゥゥッ‼︎」

 

「ホゥ……あの傷で戦おうとは、面白い!」

 

 勇者たちを弾き飛ばしたガドルは突っ込んできたクウガを正面から受け止める。前回よりはるかに力が増している感触に小さく笑う。

 

「り、陸人! お前……」

 

「待って若葉。今はクウガに頼るしかないわ、お話は後よ!」

 

「……アレ? りっくん?」

 

「ウオオオオオッ‼︎」

 

 友奈は陸人の様子に違和感を覚えた。戦闘時には基本理性的で連携を重視していた陸人らしくない荒々しい戦い方をしていた。

 

「……こちらはこの3分で押し切るしかない、行くぞ!」

 

「う、うん!」

 

 その違和感は全員が感じていたが、今は何せ余裕がない。自分が合わせる形で連携を成立させて戦うしかないのだ。

 

(マズイ……戦いながら、どんどん意識が遠くなっていく!)

 

 陸人は誰にも気付かれないように仮面の内側で焦りを募らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……伍代くん……」

 

 千景は涙を拭うこともせず、一心に戦闘を見つめていた。千景と陸人たちを交互にチラチラ見ながら双方を心配している球子と杏の様子にも気づかない。

 

(……私は見えていなかっただけ……ずっと欲しかったものは、とっくにみんなが与えてくれていた。勇者の力を失って、やっと気づくなんて……)

 

 いつだか若葉に周りが見えていない、と偉そうに言ったことがあった。よくも自分を棚に上げてほざけたものだと自嘲する。

 

(私が抱えていた気持ちだって、他の勇者たちも同じく感じてた。みんなと私の違いは、ただそれを抱えたまま戦える強さがあるかどうか、それだけだった……)

 

 恐怖、怒り、不安……そういったものに負けない強さが千景には無かった。バーテックスに狙われたのは、そのせいもあるのだろうと彼女の中の冷静な部分が自己分析を進める。

 

 

 

 

 

 

 自己嫌悪に自己嫌悪を重ねている最中、友奈が戦場から大きく吹き飛ばされ、障壁の目の前まで飛んできた。

 

「──ったあ〜〜、やっぱり強いなぁ……あっ、ぐんちゃん! 大丈夫?」

 

「……高嶋さん……」

 

「よく分からないけど、今はちょっと戦えないんだよね? タマちゃんアンちゃんと一緒に隠れててね。私たちでやっつけてくるから!」

 

「……高嶋さんは、なんでそんなに強いの? なんで、あんな強い敵に立ち向かえるの?」

 

「う〜ん、なんでって言われると、ちゃんとした理由があるのかも分からないけど……バーテックスやあのガドルはさ、放っておくと私が大好きなものを壊しちゃうんだよ」

 

「……大好きな、もの……?」

 

「ぐんちゃん、私も怖くないわけじゃないんだよ。ただ私はこの世界に壊されたくないものがたくさんある。そう思えば、怖いけど勇気が湧いてくる……私は勇者だから! ぐんちゃんだってそうでしょ?」

 

「……勇気を出す、勇者……」

 

「とりあえず今はぐんちゃんやみんなを守るために、ちょっと行ってきます!」

 

 

 

 

 友奈は再び戦場に駆ける。その背中に、自分にはなかったものを見た気がした。

 

(……怖くても、勇気を出す。それが勇者……)

 

 陸人は無理に強くある必要はない、と言ってくれた。

 友奈は自分の内から湧き上がる勇気を持って戦うのが勇者だと教えてくれた。

 

(……遅すぎるかもしれないけど……私も、みんなのように……!)

 

 千景にだってある。戦ってでも守りたい……そう思える大切なものが。

 

(……ガドルはクウガを狙っている。今の伍代くんの体では……私のせいで、彼が……!)

 

 千景は願う。陸人を助けるための力を。

 

(……神樹の神々……この一回だけでいい。勇者失格ならそれも受け入れる。だから今だけ私に、大切な仲間を守れるだけの力を……!)

 

 神樹は何も答えない。千景に声は聞こえないし、聞こえたとしてもそう気軽に与えたり奪ったりできるほど神の力は軽くない。

 

(……当然よね。ならそれでもいい……私は私で、戦ってみせる!)

 

「あっ、千景⁉︎」

「千景さん、戻って!」

 

 千景は鎌を握ると障壁を越えて走り出す。勇者の力がない身ではその大鎌は重かったが、千景はがむしゃらに走る。恐怖を越えて、勇気を出して。

 

 千景の勇者服のモチーフは『彼岸花』

 彼岸花の花言葉は"思うはあなた一人"

 千景は世界のため、人類存続のため、そんな目に見えない広大なもののためには戦えない。

 しかし彼女は、大切だと心から思える相手のためならいくらだって強くなれる。

 千景は陸人のためなら勇気を出せる。陸人のためなら命を懸けられる。

 伍代陸人のためになら、郡千景は勇者になれる。

 

 

 

 

 その勇気に応える存在がいた。千景とともに戦ってきた相棒とも言える精霊『七人御先』だ。神樹の力を越えて勇者本人と強く繋がった精霊が大元である神樹の制御を抜け、千景に力を与える。

 

(……! そう、あなたは、こんな私にまだ力を貸してくれるのね……)

 

「ぐんちゃん⁉︎」

 

「千景さん無茶よ! ストップストップ!」

 

 戦場に近づき、千景に気づいた仲間の制止の声を無視して飛び上がる。同時に千景は剥奪されたはずの勇者装束を身にまとう。

 

「はあああぁぁぁぁっ‼︎」

 

 直前まで感じなかった神の力を持つ気配が唐突に現れた。クウガに集中していたこともあり、完全に不意をつかれたガドルは捌ききれずに鎌の一撃を受ける。

 

「フン、勇者も来たか……そうでなくてはな!」

 

「……私の大切なものを狙うあなたは、私が殺す……!」

 

「いいだろう、やってみせろ!」

 

「出し惜しみはしないわ……! 来なさい……『七人御先』!」

 

 新たに現れた6人の千景とクウガ、若葉、歌野、友奈がガドルを囲み、同時に迫る。11対1の戦闘が始まった。

 

『……鏖殺してあげるわ……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇者側の主力はクウガ。そのクウガの援護に3人の千景が付き、他の勇者にそれぞれ1人ずつ致命傷を避けるための盾として付ける。残る1人に安全地帯から全体を把握する役を任せる。七人御先の能力は集団戦に長けている。

 1度に4人〜6人で攻めたて、押し返されたら交代する。暴走気味のクウガは千景が2人掛かりで引き剥がす。これがうまくハマり、ガドルを少しずつ消耗させていた。

 

(悪くない、どころか大したものだ。あの勇者もなぜか力が増している……クウガの中途半端な暴走をうまく制御して俺にぶつけてくるか)

 

 ガドルは笑う。以前よりもはるかに自分を追い詰めている勇者たちに賞賛の念を抱きながら、その力に正面からぶつかる。それがガドルの戦い方だ。

 

 

 

 

 七人御先は正しく千景の願いを聞き届けた。通常の勇者にあるリミッターのようなものを外したのだ。人が継続的に神の力を振るうための安全措置。それを外すことで一度に引き出せる力の上限を引き上げた。

 

 千景は本来の力の根源である神樹から力を没収されている。今の変身が解ければ精霊と繋がることも2度とできなくなる。郡千景はこれから先の『勇者としての全て』を燃やして燃料にしているようなものだ。その覚悟が今、ガドルを驚かせるほどの力をもたらしていた。

 

 

 

 

(一度に相手をしていてはラチがあかないか。ならば……!)

 

 ガドルの目が青く輝く。前回は見せなかった俊敏体の力を使う。その速度は圧倒的で、クウガ以外の全員が目で捉えることすらできなくなった。角状の棒を形成し飛び回る。

 

 クウガも黒の青に変身。両者の速度は完全に互角。不可視の超高速戦闘が展開される。頭上を取り合い、背後に周り合い、棒で打ち合う。

 

 クウガのロッドの刃がガドルの棒を真っ二つにする。すかされたような感触にクウガは驚き、ガドルは笑う。隙を作るためにわざと武器を捨てたのだ。空中で無防備を晒すクウガを蹴って吹き飛ばすガドル。クウガが体勢を立て直した時には射撃体に変身したガドルがボウガンを向けていた。

 

「──ッ! いけない!」

「歌野⁉︎ クソッ!」

 

 その瞬間2人の思考を聞き取った歌野があらぬ方向に駆け出していく。若葉も直感でその後に続く。

 

「堕ちろっ‼︎」

「──ッ! ……ウオオッ!」

 

 必中のタイミングで放たれた射撃を、さらに速度を上げたクウガが躱す。その動きは獣じみていて、やはりクウガらしくないものだ。

 普段のクウガなら気づいただろうが、今の射撃は躱すべきではなかった。矢が飛んでいく先には球子と杏が隠れる障壁があった。

 

 それに唯一気づけた歌野と、勘に頼って歌野を追った若葉がその身を盾に矢を防ぐ。ろくな防御もできず、2人は意識を失う。

 

「……乃木さん……!」

「歌野ちゃん‼︎」

 

 その様子にも気付かず、クウガはガドルの足を斬る。これでガドルは速度をかなり封殺された。

 

「チィ……やるな!」

「グアッ⁉︎」

 

 カウンターの拳でクウガが派手に吹き飛ばされる。手傷は与えられても、数的有利で押し込んでも、ガドルは純粋に強すぎる。

 

 

 

 無理やり力を引き上げたクウガと千景についていくために、友奈は覚悟を決め、精霊『一目連』を解除する。

 

「来い! 『酒呑童子』!」

 

 友奈が使えるもう一体の精霊『酒呑童子』他の精霊を大きく上回る破壊の力を持つ鬼の王。人が降ろすには過ぎた力ゆえに使用を禁じられた精霊を、友奈はここで解禁した。

 

「勇者ぁぁぁ……キィィック‼︎」

「ガッ⁉︎……フ、ハハッ!」

 

 穢れを溜め込み力に変えたクウガ。未来を犠牲に力を底上げした千景。禁断の精霊を宿した友奈。

 ここまでやってようやく勇者たちはガドルと互角にまで持ち込んでみせた。

 千景と友奈の懸念は1つ。徐々に戦い方が理性的でない暴力的なものに変わっていくクウガのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一進一退の攻防が続き、黒の力の制限時間も近づいて来た。

 

「勇者ッ、タァックル‼︎」

 

 2人分重ねられた鎌に足を置き、自身の脚力と千景×2の腕力を合わせた勢いで突撃する友奈。

 

「ムンッ! ……甘いぞ勇者‼︎」

「うわああっ⁉︎」

 

 ガドルは正面から受け止め、踏ん張りきれずに数歩分後退しながらも友奈を真上に殴り飛ばす。

 その飛ばされた先に2人の千景が飛ぶ。上向きの体制の千景と下向きの体制の友奈が足裏を合わせ、互いに膝を目一杯曲げて力を溜める。

 

「ぐんちゃん!」

「「高嶋さん!」」

 

『せーのっ‼︎』

 

 2人分の体重と脚力で千景は友奈を真下に勢いよく飛ばす。

 友奈は頭上から再びガドルを狙う。

 

「勇者ぁぁぁ……パァァンチ‼︎」

 

 ガドルは背中から倒れるように体を落とし拳を避ける。そのまま体を回転させてオーバーヘッドキックの要領で友奈を蹴り飛ばした。

 

『捕らえたっ!』

 

 2度の攻撃を凌ぎ、隙を晒したガドルを囲んで鎌で抑える5人の千景。五体を鎌で押さえ込まれて完全に動きを封じられたガドルの視界に走りこんでくるクウガが映る。

 

「ウオオオォォォ‼︎」

 

 まさに必殺の一撃が入る、その瞬間──

 

 

 

 

 

 

 

 

 あまりにも濃密な闇の気配にクウガは足を止める。本能に支配されつつあるクウガは、より強い存在に意識を向けてしまう。壁の外から気配を感じるのに、すぐ目の前にいるかのような重圧。圧倒的で絶望的な力の権化が降臨した。

 

「──ハアッ‼︎」

 

 剣を生成して千景たちをなぎ払ったガドルは、隙だらけのクウガの胸に突きを入れる。

 

 大きく吹き飛び、同時に制限時間が過ぎる。変身が解けた陸人は息も絶え絶え、内外から来る痛みに立ち上がることもできない有様だ。

 そんな陸人にとどめを刺そうとする気配も見せず、ガドルは遠くに目を向ける。

 

「……ダグバめ、戻ってきたか」

 

「……ダグバ、ってことは……」

 

 ──そうだ。この気配、間違いない。奴らの頂点『ン・ダグバ・ゼバ』という存在だ──

 

「天の神と遊ぶのにも飽きたか、クウガが己に近づいたことに反応したのか……どちらにせよヤツの我慢が効くのもそう長くはないだろうな」

 

 ガドルは陸人に向き直り、武器を捨てる。

 

「次だ……」

 

「……な、に?」

 

「次が最後の戦いだ。お前はその力を完璧に使いこなせるようになれ。力に溺れる者は、どれ程強くても戦士ではなく獣だ……だが俺も獣のお前に追い込まれたのは事実。次の戦いまでにこちらもさらなる力をつけて挑む」

 

 この時陸人とガドルは同じ認識を持っていた。これで一勝一敗、次で決着をつける、と。

 

「これまでの俺を超えた『ゴ・ガドル・バ』と、これまでで最も強いクウガ……もちろん戦える勇者は全員連れて来い。最強のお前とはすなわち仲間と共にある時のお前だからな」

 

「ガドル……」

 

「傷を癒す時間も含め……10日後の日暮れ。今度はちゃんと空いている扉から、お前たちの本拠の方に入ろう。不意打ちのような真似はしない。元々契約したからここまで来ただけで、俺は結界の突破法などに興味はないのでな……」

 

「……それまで、誰も襲わないと誓えるか?」

 

「ああ。俺自身はもちろん、ダグバは面白いものが観れるといえばそのくらいは待つだろう。天の神は……まあダグバが表に出ている状態でそう派手には動けぬはずだ」

 

「……分かった。10日後、丸亀城……そこの樹海で決着だ」

 

「楽しみにしているぞ。クウガよ……」

 

 

 

 

 ガドルは背を向け、壁の外に出る。

 負傷した勇者も動ける程度に回復し、やがて樹海化も解除される。

 同時に千景の勇者装束が霧散する。もう2度と千景がアレを使うことはないだろう。

 

「うっ! ──ぐぅ……ハァ、ハァ……」

 

「ぐんちゃん! 大丈夫?」

 

「……ええ、無理な力の使い方したからその反動が来ただけ……大した問題じゃないわ……」

 

「そっか、でも一応お医者さんに診てもらおうね」

 

 力が入らない千景に肩を貸す友奈。友奈の方も酒呑童子の影響があるはずだが、千景が彼女の体に気を遣って一撃離脱の戦術を多用していたため、肉体への負荷はさほど大きく残っていないようだ。いつも通りの笑顔を見るに、短時間の使用に止められた分精神面の負荷も少なく済んだらしい。

 

 一方陸人も球子と杏に支えられていた。こちらは体こそボロボロだが、変身していた時の荒々しさはなく、完全に普段の陸人に戻れている。

 

「陸人、なんか様子が変だったけど、大丈夫か?」

 

「うん。成り行きで得たものに頼り過ぎたね。力に振り回されたよ」

 

「それ以前に無茶をしすぎだよ……最初のお腹の傷だって本当はまだ痛いんでしょ?」

 

 心配の声をありがたく聞きながら足を進める。若葉と歌野が先導し、7人は村の出口に向かう。住民たちの前を通るところで、陸人は2人に声をかけて止まり、彼らの前に出て頭を下げる。

 

「みなさん……今回は自分たちの対応が遅れてみなさんを危険に晒してしまい、申し訳ありませんでした。郡千景さんのことも……彼女が危険な行為に及びかけたのは事実です。ただ、アレは彼女の本意ではないんです。敵の精神攻撃で不安定になっていて。みなさんには見えないところで、千景さんは世界を守るために命懸けで戦ってくれたんです。そのことは、どうか分かってあげてください……お願いします」

 

 そう言ってさらに頭を深く下げる陸人。住民たちにも言いたいことは山ほどあった。しかしそれでも、彼らの目に移った最後の光景、陸人が自分たちを庇って怪物に立ち向かうところを見ていたため、誰も何も言えなかった。

 千景は振り返らず、しかし足を止めてその言葉を聞いていた。

 その瞳から溢れる涙を、友奈は誰かに見られぬよう優しく拭った。

 

 

 

「……もういいだろ? 行こう陸人」

 

「さ、陸人さん。後から大社の人がくると思いますから、お話はそちらにお願いします。私たちはこれで、失礼します」

 

 球子と杏に連れられてその場を離れる陸人。彼自身分かっている。今回彼らが静かだったのは自分たちがいたからだ。千景1人ならまた罵詈雑言、下手すれば手も出ていたかもしれない。

 それでも今千景を傷つけるものが現れないこと、それが重要だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日のお昼時、当たり前のように完治した陸人は、うどんを持って千景の部屋に来ていた。

 

「千景ちゃん、一緒に食べよう!」

 

「……なんでもう治ってるのとか、なんで起きてすぐにやることが私にうどんを作ることなのとか、色々言いたいことはあるけど……もういいわ……」

 

 陸人は樹海での約束をなるべく早く果たした。時間を置くと取り返しのつかないことになる。そんな気がしたのだ。

 うどんをすすりながらゆっくり語らう陸人と千景。

 

「……調べてもらったけど……やっぱり私はもう勇者にはなれないって。力を没収された直後に裏技みたいなやり方で強引に精霊を使ったから。もう神の力を宿せないくらいに私の心と体は弱ってしまったらしいわ……」

 

「そっか……」

 

「……でも私、別に後悔はしてないわ。むしろ誇らしく思ってる……」

 

「え?」

 

「……あそこで限界を超えた力を引き出せたから、私たちは今生きている。私の力でみんなを守ることができた。それだけで私が勇者として戦ってきたこれまでの全てが報われたような……そんな気分なの……」

 

「そう、なんだ……うん、そう思えるようになったなら良いことだと思うよ。昨日の戦いもそれ以前も……千景ちゃんがいて、みんながいて、全員で全員を守りあって俺たちは戦ってきたんだ」

 

「……ただ、もうあなたを守れなくなってしまったのは悔しいし、申し訳ないわね……」

 

 そう言うと千景は深く頭を下げる。

 

「……伍代くん、本当にごめんなさい。たくさん、たくさん迷惑をかけて……私はもう恩返しもできなくなった……」

 

「何言ってるのさ、俺たちは変わらず仲間で友達だよ。これからいくらでも俺が千景ちゃんに迷惑かけることも、頼ることもあるよ」

 

「……伍代くん……」

 

「戦えなくなっても千景ちゃんは勇者だし、戦えなくても友達を助けることはいくらでもできるさ。ほら、前に教えたでしょ? 友達に助けてもらったら、なんて言うんだっけ?」

 

 子供に言い聞かせるような陸人の言い方に脱力してしまう千景。どこまでも自分のことを手のかかる友達としか見ていない目の前の異性に、喜んでいいのか落ち込めばいいのか……千景は少し顔を赤らめて、それでもまっすぐ陸人の目を見つめて口を開く。

 

「……えっと……助けてくれてありがとう、伍代くん。あんなことの後でも私のことを大好きだと言ってくれて……本当に嬉しいわ……」

 

 千景は笑って感謝を伝える。今はそれでいい。陸人にとって『友達』とは、『何より大切な人』という意味なのだから。

 陸人も笑う。千景の笑顔を取り戻すことができた。その笑顔こそ、陸人がなんとしても守りたかった幸せの1つだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食の時間、呪いの問題も解決し、久々に食堂に集う勇者たち。さらなる脅威の出現こそあったものの、ガドルに事実上の勝利を収めたこともあって、今日くらいはとみんなで小さな祝勝会のように賑やかに楽しむ。

 

『カンパーイ!』

 

 ジュースのグラスを合わせる9人。その中身を口に含んだ時、陸人だけがおかしな反応を見せた。

 

(……なるほど、今度は味覚がなくなったか)

 

「どうかしましたか? 陸人さん」

 

「いや、久しぶりに炭酸飲んだなぁって……なんでもないよ」

 

 陸人の誤魔化す演技も上達してきた。相手を選べば隠しきれるだろう……気づいたのがひなた以外であれば……

 

(陸人さん……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふう……」

 

 自室に戻った千景はベッドの脇に縮こまって座る。改めて仲間たちに謝罪し、新たな気持ちで彼らと楽しい時間を過ごした。

 

(……みんなは私を私として愛してくれる。それだけで、私はこれ以上なく幸せなんだわ……)

 

 立ち上がり机に並ぶ宝物を手に取る。

 手作りの卒業証書。球子が選んでくれた小型のランタン。杏が布教用として譲ってくれた小説。仲間と撮った写真。

 そして友奈にもらった押し花スタンドと、陸人がくれた押し花のしおり。

 

 これだけあれば千景はそれでいい。心から守りたいと思える揺るぎない『大切なもの』を、彼女はやっと見つけられたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふう……」

 

 食事を終え、陸人は自室のベッドに倒れこむ。味がしないものを美味しそうに食べるというのは、案外疲れるものだ。

 

(アマダム、ありがとね……)

 

 アマダムからの返事はない。だが陸人はアマダムが尽力してくれたのを確信していた。

 花見の約束を終えた翌日に色覚を消失。

 料理の約束を叶えた直後に味覚を消失。

 

 これを偶然で片付けられるほど、陸人は運命論者ではない。アマダムがせめて約束を叶えさせるためにと、反動の作用を全力で押さえ込んでいたのだ。

 忠告を無視し続けても変わらず力を貸してくれる相棒に、陸人は改めて感謝していた。

 

 一方アマダムは、陸人の感謝の言葉に何も返せなかった。陸人に真実を告げることができなかった。

()()()()()()()()()()()()()()()ことを。自分の力では抑え込めなかったことを、教えられずにいた。

 

 

 黙り込むアマダムに、疲れてるのかな? などと考えながら、陸人は机の上の写真に目を向ける。

 

 初陣の後に撮った最初の丸亀城の7人の集合写真と、歌野と水都が合流した9人が写る新しい写真。

 

(ギリギリだったけど、今回も全員で生きて帰れた)

 

 陸人にとって何より大事なのはそれだ。

 これからも守りぬくためには、今回得た穢れの力を使いこなす必要がある。

 

 明日からの鍛錬に改めて意気込む陸人。そこで写真の隣に並ぶもう一つの写真立てが目に入る。

 千景と友奈とやった押し花会で千景にプレゼントされたヤドリギの押し花。大切な友達にもらった大切なもの

 

 

 

 ……であるにもかかわらず。

 

 

 

「……ん? これ、なんだっけ?」

 

 陸人は初めて見たような反応をする。陸人視点、これが自分のものなのか、どういう経緯で手に入れたものなのか、まるで分からない不思議なものでしかなかった。

 

(俺の誕生花で、ここにあるってことは、知り合いからの贈り物? こんな素敵なプレゼントのこと、忘れるなんて……)

 

 自分に疑問を抱くも、疲労に抗えず眠りに落ちる陸人。目覚めた時にはこの疑問すらも忘れているかもしれない。

 

 

 

 

 アマダムとの融合が進むたびに、戦いに不要なものは捨てられていく。

 色覚は戦う上で必要ない。

 味覚もまた戦闘時には使わない。

 そして、()()()()()()()()()()もまた、戦士には不要なものでしかないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




忠告をことごとく無視して突っ走るやんちゃ息子の願いを守るために何も言わず全力でフォローするアマダム様マジオカン……おかしいなぁ、最初は舞台装置に近い扱いになるかもと思ってたのに。
いつの間にかすっかりキャラ立ちして知恵袋兼全ての秘密を共有する相棒という美味しすぎるポジションを獲得していた……というか私の中でどんどん好きになって来てるな、アマダム様。



『限界』を超えた千景ちゃんの最後の戦い。
人として生きることの『限界』が近づいてきた陸人くん。
今回のサブタイはその二つの意味がこもっています。
……こんな風に明記すれば誰か感心してくれるかなぁ、なんて思惑であとがきを汚すダメ作者です。スミマセン。
何が言いたいかというと……

感想待ってまーす!(懇願)

八章もまだ出来ていないので少々お待ちください。

次回もお楽しみに


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八章1話 秘密

八章スタートです。
巫女コンビにスポットを当ててみました。せっかく2人いるので、対称的になるように描いています。分かりにくくなってたらスミマセン


 最近陸人の様子がおかしい。目を凝らすような、疑うような動作が増えた。アマダムと頻繁に話しているらしく、心ここに在らずなことが多い。

 そして先日のガドルとの戦いから3日。なにかと食事の席を共にすることを避けようとしている。極め付けにそれとほぼ同時期に会話が噛み合わないという場面が時々見られる。先日は急に顔を歪めたと思えば慌てて部屋に戻った。そのまま翌朝まで出てこなかったようだ。

 

 来たる決戦に向けて色々あるんだ、と言って言い逃れを続けてはいるが、間違いなく何かが起きている。それが巫女、上里ひなたの結論だ。

 ひなたは抱え込みがちな仲間のために動くことを決めた。

 各々が鍛錬を終えた夕刻、まずは情報を集めることから。

 

 

「陸人くんが?」

 

「はい、何かを隠しているような……大社で何か噂とかありませんでしたか?」

 

「その辺の情報は私には意図して遮断されてるからなぁ……あ、でも最近よく本部に来ているみたいだよ、彼。検査でも立て続いてたのかね?」

 

「本部に、ですか。他の勇者たちは、そんなことはなかったはずですが……」

 

「私の方にも神託は来てないし、何かあればすぐ連絡するよ」

 

「よろしくお願いします、真鈴さん」

 

 通話を切り、ため息をこぼす。真鈴からの情報に嫌な予感が増してしまう。

 続けてひなたは、同じ立場である水都を探す。

 

 

 

 

 寮の手前で水都を見つけ、ひなたは物陰から様子を伺う。水都と共にいたのが問題の陸人だったからだ。

 

 

「この前はありがとう、水都ちゃん。もうヨーヨーはバッチリだね」

 

「うん、園のみんなも喜んでくれたし……また行きたいな」

 

「それなんだけど、これからはあそこの訪問は水都ちゃんにお任せしたいんだ」

 

「えぇっ⁉︎ でも私、まだヨーヨーくらいしかまともにできないし……」

 

「これからも俺がいろいろ教えるからさ。この先の戦いを考えると、あまり外出に割ける時間もないかなって思って……」

 

「陸人さん……」

 

 水都は目の前の友人に違和感を覚えた。確かに言っていることは正しい。それだけ状況は逼迫していると言える。

 しかしそれでも、陸人にとってあの時間は大切なものだったはずだ。園児や職員だって、急に陸人が来なくなれば絶対に悲しむし、心配もするだろう。いつもの陸人ならなんとかして時間を作ろうとする。そう思った水都は、なんとか説得しようと陸人の目を見る。

 

 目の前の自分を見ているはずなのに、遠ざかってしまった何かに目を向けているような、不思議な眼差しだった。

 陸人自身がどこか遠くに行ってしまいそうな、そんな未来が見えた気がした水都は、慌ててその考えを振り払い、説得の言葉を飲み込む。

 

「うん、分かった。陸人さんはしばらく来れないって伝えておくね。でも、落ち着いたら必ず……また一緒に行こう?」

 

「水都ちゃん……」

 

「……ね? 約束!」

 

「……ん、分かった」

 

 結局水都は何も言えず、曖昧な約束を陸人の小指に絡めることしかできなかった。

 

「ねえ、陸人さん」

 

「どうしたの? 水都ちゃん」

 

「私、信じるから。陸人さんは、約束を必ず守ってくれるって、信じてるから……忘れないでね? 今日私と約束したこと」

 

「……!」

 

 今の陸人にとって、『忘れないで』という一言はあまりに重く……水都は何一つ事情を知らなかったが、卓越した直感で、彼に1番響く、彼を繋ぎとめてくれそうな言葉を無自覚に選んでいた。

 

「ああ、忘れないよ。大切な友達との、大切な約束だ」

 

「──っ!」

 

 笑って堂々と言い切る陸人に、何故だか涙が抑えきれなくなった水都。陸人は笑って水都を胸に抱き寄せる。

 

「大丈夫、大丈夫だから。落ち着いて、水都ちゃん」

 

 背中を撫でながらゆっくりささやきかける陸人。水都はどんどん我慢がきかなくなっていく。

 

「陸人、さん……りくとさん……!」

 

「うん、大丈夫。俺はここにいる。ちゃんと水都ちゃんのそばにいるよ」

 

 水都が落ち着くまで、2人はそうして名前を呼び合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめんなさい、いきなり泣き出して……」

 

「気にしないで、水都ちゃん。一応、分かってるつもりだから……心配してくれて、ありがとう」

 

 その言葉に、再び涙がこみ上げてきた水都は一言二言告げて走り去る。これ以上陸人に甘えるわけにはいかなかったから。

 

 涙をこらえながら走る水都。

 逃げるように走った先の物陰にひなたがいたことにも気づかないほどに彼女の動揺は著しかった。

 訳も分からないのに胸が痛む。その理由すら分からないことが、より一層水都を苦しめていた。

 

 

 

 藤森水都は感受性が極めて高い。本人も自覚していないことだが、こと危険に対しての感知能力に限定すれば、ひなたすらも上回るほどの精度を持っている。

 その感性で、水都は曖昧すぎて他の誰も受け取れなかった神託を限定的に受け取った。

 黒のクウガをさらに黒く重く力強くしたような異形が、全てが燃えている世界に一人立ち尽くしている。それが全てを滅ぼしたようにも、全てを守ろうとしたようにも見える、おかしな情景だった。

 

 未来が不確定であること、あまりの惨状に水都が詳しく見ることを無意識に拒否したことで、その神託は水都の記憶に残っていない。それでも、クウガ=陸人に待ち受ける地獄のような未来のイメージが焼き付いてしまい、今も何かに苦しんでいる陸人を見て、悲しみという感情が噴出している。

 

 

 

 

(陸人さんが、言いたくないなら。私にできるのは、何も言わずに陸人さんの代わりを務めること)

 

 水都は直感に従い陸人を問い詰めることもできた。嘘を突き通すことが苦手な陸人なら、追求すれば話してくれたかもしれない。

 しかし水都は陸人の希望を汲んで、何も聞かなかった。陸人が自分に知らないフリを望むのならそれに従う。例えそれで自分が悲しくても、陸人自身が追い詰められても。

 自分に自信がない水都が陸人のためにできることとして、選んだ道がそれだった。

 

(陸人さんの心労を一つでも減らすこと。そのために、私は私にできることを……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、水都ちゃん」

 

 ──あの娘、何かを知って……いや、察していたな──

 

(ああ、とても感受性が強い子だ。なんとなく、程度に俺にとって良くないものを見たんだろうな。水都ちゃん自身、苦しいだろうに)

 

 それでも黙って頷いてくれたことに陸人は感謝していた。

 

(水都ちゃん、君のそれは立派な強さだよ。誰かのために痛みに耐えて自分の気持ちを押し殺す……誰にでもできることじゃない)

 

 水都が何も言わなかったことで、陸人は心の安静を得ていた。

 陸人から水都に手を差し伸べることはできない。今回水都を助けるには彼女の不定形な不安をはっきりさせるために自分の秘密を明かすしかない。そうなれば今度はその重みに苦しむだけだ。陸人にそんなことはできるはずもない。

 

(ゴメン、水都ちゃん。全部片付いて俺が生きてたら、必ず謝るから──っ!)

 

 ──もう来たか。間隔が短くなってきているな……急げ、ここで倒れればさすがに誤魔化せんぞ──

 

 

 

 唐突にしゃがみこむ陸人。しばらく何かをこらえるように体を震わせ、やがてフラフラと寮に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 一部始終を見ていたひなたは、事態の深刻さをおぼろげに把握した。

 

(これはもう、手段を選んでいる場合ではありませんね)

 

 陸人を問い詰めても全ての事実を話してくれるとは限らない。ならば本人に聞くより先に別のルートで情報を得て、自分は全て知っていると言えば、きっと陸人も少しは気を楽にして話してくれる。そのためには……

 

「真鈴さん、たびたびお電話してすみません。少し手伝っていただきたいことがありまして……フフフ……」

 

 ひなたは怒ると怖い。若葉や球子への説教風景を時々見ていた丸亀城の面々は知っていることだ。だが、さらに若葉しか知らない事実がある。

 

「あら、何ですか真鈴さん? 雰囲気がおかしい? そんなこと……私はいつも通り、いたって平常心ですよ……フフフフフ……」

 

 本気で怒った上里ひなたは笑うのだ。それはもう美しい笑顔で……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陸人の部屋。主人が息を荒くしてベッドに倒れ込んでいる。

 

(どんな代償も覚悟してたけど……キツイな、さすがに……!)

 

 陸人の全身に激痛が走り続ける。かつて天の神の罠で体内から雷撃を受けたことがあるが、陸人の体感ではそれに匹敵する痛みだ。

 

 陸人の体は変質を始めていた。失われた機能もその一環。至高の戦士を作り出すために不要なものをそぎ落とす作業だ。

 そしてこの激痛は、肉体を変質させる際に抑えきれずに発生しているもの。不定期に襲ってきてはろくに動けなくなるほどに痛めつけて、やがて引いていく。

 

 この様を仲間に見せるわけにもいかず、予兆を感じては自室に逃げ込み終わるまで耐える。幸い鍛錬中に痛みが来たことはない……というより変身している時の方が体が楽に感じるくらいだ。

 

 ──大社からよこされた鎮痛剤、効果はあるか? ──

 

(どうかな? 痛すぎて昨日よりマシなのかどうなのかも、よく分かんないや。けどまぁ、薬を飲んだって事実が気持ちを楽にしてくれることはあるかもね)

 

 プラシーボ効果にまで頼らざるをえないほどに追い込まれている。アマダムは少しでも気を紛らわせるために、発作が起きるたびにこうして話しかけている。そんなことしかできない自分を呪いながら。

 

 ──融合が進めば、この発作もなくなるだろう。それが喜ばしいこととは言えないが──

 

(また戦うことは決まってる。戦えば進行するのも決まってる。ならイイコト探ししてた方がマシだよ……ありがとうアマダム、少し気が楽になった)

 

 どんな痛みにも負けない陸人の心。しかし、彼を追い込むのは体の痛みだけではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局そのまま眠り翌日の朝、陸人は目を覚まして最初に天井に貼られた紙の内容を読む。

 

『外に出る前に必ず! 1段目の引き出し。ノートの中身と記憶を照合する』

 

(……とりあえず、この張り紙のことも今の状況も、まだ憶えてるな)

 

 陸人は最低限の身支度を終えるとノートを開く。そこには自分の過去が時系列で簡易的にまとめられていた。4号だった頃、伍代家で暮らしていた頃、丸亀城に来てから……可能な限り多くのエピソードを書き残し、思い出せないものに印をつける。

 

 特に重要なのは今の仲間たちとの思い出で消えてしまったもののこと。この部屋にも記憶にないものが徐々に増えてきている気がする。それについての話になった場合の受け流し方をシミュレートしておく。

 全ては仲間の心の平穏を保つため。正直無理が出てきてはいるが、誤魔化し切らなくてはならないのだ。

 

 結局今朝もいくつか新たに印がついてしまった。分かっていても気が滅入る。陸人は肉体も精神も確実に追い込まれていた。

 

 

 

 

 

 

(……よし、終了。この時間ならみんなまだいないだろうし、今のうちに食堂に──)

 

 部屋の扉を開けた途端、すぐ外で待ち構えていたひなたが部屋に入ってきた。

 

「失礼します、陸人さん」

 

「えっ⁉︎ ひなたちゃん、ちょっと待って……」

 

 止める間も無く天井の張り紙、そして知っていたかのように引き出しから記憶照合用のノートを見つけられてしまう。

 怒っているような雰囲気だったひなたの背中が小さくなったような気がした。

 

「……あの、ひなたちゃん?」

 

 

 

 

 振り返った彼女は目に涙を溜めていた。陸人の前では泣かない、という意地で堪えているだけで、心はとうに決壊していた。

 

「どうして、そこまでするんですか? そんなことをして、私たちが喜ぶとでも思っているんですか?」

 

「……なんの話? いきなりどうしたの……」

 

 引きつった笑顔でなおも演技を続ける陸人が、ひなたは痛々しくて見ていられなかった。

 

「私にとぼける必要はありませんよ、全部教えてもらいましたから」

 

「え……?」

 

「色覚と味覚がないこと、記憶が維持できなくなったこと、体に時々激痛が走ること……大社から全て聞き出しました」

 

 ひなたは早くに大社の在り方に疑問を持った。特に若葉や陸人とは噛み合わないこともあるのでは、と最初から懸念していた。

 だからいざという時に仲間を助けるために、大社内での立ち回り方をずっと考えていたのだ。使える立場の人間とコネクションを作り、邪魔になる人間の弱みを握り、信じられるごく少数の人間を見極め、水面下で派閥を作っておいた。

 

 今回はその一部を使い、上層部と医療部門に働きかけて情報を開示させた。本気で怒ったひなたは仲間と認めていない人間に容赦などしない。

 

「陸人さん、私は全部知ってます。だから私にだけは正直に答えてください。我慢するのは、辛いでしょう?」

 

「俺は、大丈夫。ひなたちゃんは、若葉ちゃんたちのことを見ていてあげて……」

 

 頑なに弱音を吐かない陸人に、ひなたは強硬手段に出る。

 

「そうですか、分かりました。では皆さんとの雑談の一環として、陸人さんの状態を教えてきますね」

 

 ひなたは怒っていた。全てを隠してきた大社にも。仲間に大事なことを教えようとしない陸人にも。こんな状況になるまで気づかなかった自分にも。

 だから本気でみんなに教えようとしていて、それが分かったからこそ陸人も焦った。

 

「やめろっ‼︎」

 

「キャッ⁉︎」

 

 部屋を出ようとするひなたの両肩を掴んで壁に叩きつける。いつもの陸人らしくない、強引で優しさのない行動にひなたは目を丸くする。

 

「みんなには言うな! 知らなくていいんだ、こんなことは!」

 

「……り、陸人さん?」

 

 焦りから肩を強く握る陸人。その痛みに顔を歪ませるひなたを見て、ようやく彼は落ち着きを取り戻した。ハッとした顔で、慌ててひなたから離れ、頭を抱えてしゃがみこむ。

 

 

 

「〜〜〜〜クソッ! ごめん、どうにも気が立ってるな。ひなたちゃんに痛い思いをさせるなんて……」

 

「陸人さんに比べれば何でもないですよ。それより、もう心の方にまで影響が?」

 

「……どうだろ、追い詰められて心のバランスが崩れてるだけかもしれないし……今以上にヤバくなったら、みんなから距離を取ったほうがいいかもね。ひなたちゃんも、俺と2人になるのはやめた方がいい。何かあった時抵抗できないんだからさ」

 

 その言葉を聞いたひなたはムッとした顔で距離を詰める。

 

「私の大切な人を、危険人物呼ばわりしないでください。ほら、こうしてくっついても、陸人さんは何も危ないことなんてありません」

 

 しゃがむ陸人を包むように抱きしめるひなた。

 気恥ずかしさはあれど、陸人の心を和らげるためならひなたは何だってする覚悟だ。

 硬直している陸人に、囁くように優しく声をかける。

 

「……陸人さんの体は、ちゃんと暖かいです。私の体温、伝わりますよね?」

 

「ひなたちゃん……?」

 

「陸人さんの鼓動も、ちゃんと感じます。ふふっ、ちょっとドキドキしてますか? 私もです」

 

「あの、恥ずかしいならやめた方が……」

 

「そういうことじゃありません! もう、女の子に恥をかかせないでください。私が言いたいのは、陸人さんは私と何も変わらない……人間だということです」

 

 陸人の体もひなたの体も変わらない。同じ1人の人間なのだから、全てを背負う義務なんてない。ひなたはそう伝えたかった。

 

「お願いです。私には本音を話してください、陸人さん」

 

「でも、ひなたちゃんが辛いだけだよ。俺のせいで」

 

「何も言ってくれない今の方が絶対に辛いです。じゃあこうしましょう! 陸人さんのためじゃなく、私のために全部話してください」

 

「……ひなたちゃんのために?」

 

「私はただ陸人さんの全てを知りたい。あなたの事を知れないのが苦しい……こんな私を助けると思って、教えてくれませんか? 私が重い女だって、知っているでしょう?」

 

 そのどこかふざけたような態度に、陸人はようやく脱力した。

 

「驚いた……ひなたちゃん、自覚あったんだね」

 

「あ、ヒドイ……ちょっと気にしてるんですからね」

 

「ハハハ……でも若葉ちゃんも自分のことを何でも知ってていつも見ててくれるひなたちゃんには感謝してると思うよ?」

 

 あそこまで言われてもまだ自分が想われているという結論に至れない。陸人にとって仲間たちは『カワイイ女の子』ではあっても『異性』ではないらしい。友情も信頼も異性愛も、全て『愛』でまとめてしまう陸人の在り方は、時にその愛する仲間をヤキモキさせてしまっている。

 

 

 

「……あ〜〜〜、しんどいなぁ……」

 

「……!」

 

「正直毎朝記憶を確かめてどこかが消えてるのを実感するのは、精神的にクるよね」

 

「陸人さん……」

 

「体も本当に痛くてさ……早く進行してこの痛みから解放されたいとも思うんだ」

 

「……それは当然です。誰だってそう思いますよ」

 

 

 

 

 ようやくポツポツと弱音を吐き出す陸人。ひなたは抱きしめたまま、静かに聞き役に徹した。

 

「けど、不思議と"なんで俺が"っていう気にはならないんだ。"俺でよかった"とは思うけど……」

 

「それは、なぜですか? 陸人さんはもっと自分の運命を嘆いていいと思いますが……」

 

「俺はさ……この通り、我慢強いから。誰かにこの苦しみを押し付けて、何も知らずに生きているよりは今の方がずっとマシなんだよ」

 

「陸人さんは……本当に、もう……」

 

「誰かがやらなきゃいけないなら、俺でよかった……うん、これは紛れもなく俺の本音だよ」

 

 またしても泣きそうになるひなたを見て、陸人は自分からも腕を回して抱きしめる。

 

「大丈夫。みんなが待っててくれるから、何にだって負けないよ」

 

「陸人、さん……」

 

「俺は運命と戦う……そして、勝ってみせる」

 

「はい、信じています……」

 

 やっと笑ってくれたひなたに、陸人も安心の笑みをこぼす。

 

 

 

 

 

 

 

 話している途中で再び寝てしまった陸人。どうにか彼をベッドに運び、いつかと同じ膝枕の体勢で頭を撫でる。

 

 

 ほんの少しだけ顔色が良くなった陸人を見て、ひなたはようやく一息つけた。

 

「……ん、ひなた……」

 

「……!」

 

「……ちゃん……」

 

 寝言にすら反応してしまう自分がおかしくて笑ってしまうひなた。

 

(若葉ちゃんの次に側にいると落ち着けて……若葉ちゃんに負けないくらいに見ていてハラハラさせられて……若葉ちゃん以上に触れ合うとドキドキしてしまう。陸人さんは、私にとって──)

 

 こんな時に自分の想いに気付くなんて、と我ながら間の悪さに呆れてしまう。それでも希望のある未来を膝の上で眠るヒーローが掴んでくれると信じて、ひなたは優しく陸人を撫でる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 水都の触れない優しさに救われた。

 ひなたの譲らない強さに助けられた。

 

 2人の巫女は対称的なやり方で、勇者をサポートするというお役目を果たしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




うーん、暗い、しんどい……なんでこんなストーリーにしたんだ過去の私。

感性で把握した水都と、理性で追求したひなた。
信じることで何も言わなかった水都と、案ずるが故に言葉を尽くしたひなた。

どちらが正解ということもなく、それぞれのやり方に、陸人くんは救われています。

前回上げた番外編はコレ書いてから急ピッチで仕上げたものなんですが、あんな風にひなたちゃん推しの内容になったのはこの回の余韻が私の中に残ってたからなんでしょうね。見直してから気づきました。

陸人くんの記憶について

記憶そのものが失われたわけではなく、記憶を留めておく機能が無くなりました。これにより直ちに全てを忘れるのではなく、不規則に思い出せなくなっていくという事態に。
厄介なところは今日刻んだ記憶を明日には忘れている可能性もあること。期間が限定されていないため、何を忘れたのかを把握するのが非常に難しいことです。
陸人くんがやっているような対策しかできませんが、アレも忘れていることを自覚してから作ったノートなので完璧ではありません。そもそも記憶とはあんな付け焼き刃でフォローできるほど簡単なものではありませんし……
忘れてしまうのはご丁寧に思い出に限定されます。知識については戦う上で必要、と判断されたからです。


感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに


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八章2話 交錯

準備回です。

通販の遅れやらまとまった時間が取れなかった私の予定やらで遅れに遅れましたが、やっと勇者の章のBoxを堪能しました。

本編を見直し、満開祭りやPCゲームもチェックしました。素晴らしかったです。アニメのBoxを買ったのは初めてでしたが、大満足の品です。

まだの方はぜひ!(久々のダイマ)


 結局陸人は他の仲間には秘密で通すことを譲らなかった。ひなたも折れてフォローに回ることを決める。

 アイコンタクトが多くなった2人に、水都は何かに気づいたようだったが、何も言うことはなかった。

 

 フォロー役がついたことで、陸人もみんなと共に食堂で食事をとるようになった。

 

「じゃあ今日は陸人は大社の方で修行するのか?」

 

「うん。神様の力への適性を高めるためにってことで、試しに巫女の修行に混ぜてもらうことになってる。何をするものなのかな?」

 

「精神修行と座学が主です。私も水都さんも他の巫女の方ほどの経験はありませんが……」

 

「やっぱり印象的なのは滝行かな。私やひなたさんは神樹様の加護が強いのかそれほどきつくはなかったけど……」

 

「みなさん滝行の時は憂鬱そうにしてますものね」

 

「滝行か。やったことないなぁ」

 

「……あれ? ちょっと待ってください、巫女の滝行って白装束ですよね? 濡れると透けちゃうような……男女で一緒にやるんですか?」

 

「えっ……そうなの?」

 

「ああ、そういえばそうでしたね」

 

「さ、さすがにその辺は配慮されてるんじゃないかな」

 

 意味ありげに陸人を見つめるひなたと恥ずかしそうにチラチラ視線をよこす水都。陸人はその空気に耐えきれずに話題を変える。

 

 

 

 

 

 姦しく話す勇者たち。友奈はそんな仲間を、特に陸人を注視していた。

 

(……りっくん、相変わらず調子悪そうだけど、ちょっと落ち着いてる? ヒナちゃんと水都ちゃんが何かしてくれたのかな)

 

 友奈は水都のような感性もひなたのようなコネクションもない。それでも陸人の様子に確かな違和感を覚え、どうするべきかを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひなたと水都に案内されて、陸人は大社本部、巫女たちの修行場に到着した。

 

「……えっと、失礼します。伍代陸人です」

 

 恐る恐る入室すると、すでに揃っていた巫女たちがワッと沸き立つ。

 

「キャー! 生伍代様だ」

「意外と線が細いのですね。普通の同級生に見えます」

「あの人がクウガになって戦うんだもんね……すごいなぁ」

 

 陸人は本部付きの巫女とは真鈴を除いて関わりがない。たまに来るひなたたちが話題に出し、大社内の活躍の噂も加わりまるで芸能人のような扱いになっていた。

 

「やっほ、陸人くん」

 

「あ、真鈴さん。あの、なんか内緒話されてるんだけど、やっぱりいきなり来て迷惑だったかな?」

 

「あー、気にしないでいいよ。ひなたちゃんと水都ちゃんがしょっちゅう話すもんだから、勇者様たち……特に陸人くんと若葉ちゃんと歌野ちゃんは大人気なの」

 

 よく見るとなんだか顔を赤らめて目線を向けてくる巫女もいる。視線の圧に押されて困った顔でなんとなく手を振ってみる……さらに沸き立ち収拾がつかない。

 

 

 

 

 

 

 遠巻きに眺める巫女たちの中から2人の少女が陸人に近づいて来る。正確に言うと1人が1人の腕を引っ張って来ている。

 

「あの、伍代様……私、三ノ輪奈々言います! よろしくお願いします! ほら実加ちゃんも」

 

「……あう、引っ張らないで……」

 

「伍代様にお礼が言いたいって前に言うてたやん! こんなチャンスもうないで!」

 

「……えと、はじめまして、鷲尾実加といいます……」

 

 陸人には意識して微妙な標準語で挨拶をした、関西弁の少女とおどおどと目を合わせようとしない少女。

 ひなたよりも年少に見える2人の巫女。なにやら陸人に伝えたいことがあるようだ。

 

「えーと、伍代陸人です。多分初対面だと思うんだけど、お礼っていうのは?」

 

「この子、侵攻の時にお父さんが愛媛にいて。クウガに助けてもらったって……な?」

 

「はい、父を助けて頂いて、本当にありがとうございました。父も深く感謝しております」

 

「そっか、お父さんはお元気?」

 

「はい、変わりなく働いています。伍代様にお会いできると話したら、お礼を伝えてくれと……」

 

「なら良かった。当然のことをしただけだから、鷲尾さんもお父さんも気にしないでいいよ」

 

「いえ、そんな……」

 

「ひなたさんたちから伍代様や勇者様のことはよく聞きまして……いつも守ってくださり、ありがとうございます」

 

 2人が頭を下げると、奥で見ていた巫女たちも続くように頭を下げる。陸人は困ったように笑うしかない。

 

「そんな風にお礼を言われるのは嬉しいけど、俺はそれほど大したことしてるわけじゃないんだ……俺たち以外は戦えないのと同じように、みんなにしか神樹様の声は聞けないわけだし……適材適所ってやつだよ。大変な時代だけど、お互いに助け合っていこう」

 

 それだけ言うと気まずくなったのか陸人は部屋の隅に逃げた。

 

「本当に優しい方なのね」

「勇者様ってもっと偉ぶった感じかと……大社のお偉いさんみたいに」

「ひなたさんたちが言った通りの人だったねー」

 

 概ね好感触だったようだ。

 

「陸人さんは多くの人の希望となっている。そのこと、忘れないでくださいね」

 

「大社じゃ色々言ってる人はいるけどさ、巫女に関してはみーんなクウガ派だから。主にひなたちゃんのおかげでね」

 

「街にも大社にもクウガを信じる人はたくさんいる。これはクウガが陸人さんだったからだと思うよ、私は……」

 

「うん、ありがとう」

 

 陸人が忘れかけていた自分という存在の大きさ。それを少しでも分かってもらえたのなら、この時間は無駄ではなかった。穏やかに微笑む陸人を見て、ひなたは小さく安堵した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神樹にほど近い滝で、禊に励む陸人と巫女たち。なんと大社は装束に関してなにも考慮していなかった……というかその程度で感情を乱すな、と年頃の少女には酷なことを言い出した。仕方なく陸人が目隠しをして、移動はひなたと水都に手を引いてもらう形となった。

 時折柔らかい感触を感じた陸人だったが、この男女比で下手なことを言う度胸は流石になく、緊張しきりの彼を見てひなたと水都はこっそり笑っていた。

 

 

 

 

 

(う〜ん、神の力云々が成長してるかは分からないけど、精神修行としてはいいなコレ。今後もやらせてもらおう)

 

 滝行初体験の陸人だが、あらゆる面で鍛えられた彼には丁度いい刺激となって、軽く楽しむ余裕すらあった。

 滝行に慣れてくると、強化された聴力が滝の轟音の中から小さな少女の声を聞き取る。どうやら祝詞を無意識に口に出しているらしい。

 

 一通り聴き終えた陸人は心の中で同じく唱えてみる。

 

(祓い給え、清め給え…………ん? これって……)

 

 暖かい何かが流れ込んでくるのを感じる。以前黒の力を手に入れた時の感覚に近い。

 

 ──今の貴様の神性は人の域を逸脱している。神樹のそばで体と心を清めたことで、一時的に神樹が接触しやすくなったのだろう──

 

 アマダムが言うには、今の陸人は黒の力を使い続けて神の力への適性が上昇している。陸人という器が大きくなった、それに合わせた力の使い方ができるように波長を合わせてくれたのだそうだ。

 

 巫女のように神託を受け取ることはできないが、陸人は神樹のエールを受け取ったような気分だった。

 

(ありがとうございます、神樹様……一緒にこの世界、守りましょう)

 

 陸人は神樹を奉らない。誰より大きく頼もしい『仲間』として信じている。

 神樹がそれをどう思っているのかは定かでないが、協力してくれている以上否定的には見ていないのだろう。

 伍代陸人、色々な意味でスケールのでかい男だったりする。

 

 

 

 

 

 

 

「ひゃあっ⁉︎」

 

 滝行を終え、上がろうとしたところで陸人の隣にいた真鈴が足を滑らせた。陸人は音と気配を頼りに真鈴の腕を掴んで引き上げる。

 

「大丈夫? 真鈴さん」

 

「あ、うん。ありが──っ⁉︎」

 

 陸人と触れ合った直後、真鈴に神託が降りてきた。

 

 

 

『聖なる泉枯れ果てし時 凄まじき戦士雷の如く出で 太陽は闇に葬られん』

 

 

 

 強烈なイメージと共に刻まれたメッセージ。これまでの経験から、クウガの新たな力のことだと真鈴は即座に察した。

 

(なんだかかつてなく不穏な文言が並んでるんですけど……あー、どうしたもんかしらねコレ)

 

「……真鈴さん? どこか痛いの?」

 

「んーん、大丈夫……ちょっと神託が来ちゃってね。お先に失礼させてもらうわ」

 

 軽く手を振って早足で立ち去る真鈴。陸人は違和感を覚えた。

 

 ──おそらくクウガについてだな。このタイミングで降りてきたということは、良いか悪いかは別として、重大な意味を持ったものだろう──

 

(ここに来て新事実なんてあるのか? もう腹いっぱいなんだけどな)

 

 ──封印の影響で私の知識も完璧ではない。クウガの全てを把握しているのは今の時代では神樹と天の神だけだろう。今の私から抜け落ちた知識から、何か有用な情報が得られれば良いのだが──

 

 

 

 

 その後真鈴を訪ねるも、解読にかなり時間がかかるとのことで、その日は帰ることとなった。

 

 

 

 

 

 

「それで、いかがでしたか? 巫女の修行をやってみて」

 

「うん、手応えはあった。今後の鍛錬でどこまで引き伸ばせるかだな……それはそれとして滝行は楽しかったよ、またやりたいね」

 

「すごいなぁ、私は慣れるまで結構時間かかったのに……」

 

 談笑しながら帰る3人。寮が見えたところで友奈が待っていた。

 

「りっくん、ヒナちゃん、水都ちゃん、おかえりなさい!」

 

「あら、友奈さん。ただいま戻りました」

 

「ただいま、友奈さん……どうかしたの?」

 

「んー、りっくんとお話がしたくて……いいかな?」

 

「俺と?」

 

「うん、ちょっと大事な話なんだ。鍛錬場まで来てもらえる?」

 

「……友奈さん、私も同席してもいいですか?」

 

「ヒナちゃん、ごめん。2人で話したいの」

 

 いつもと違う友奈の雰囲気に警戒してしまうひなた。友奈も譲ろうとしない。その態度に陸人はある種の覚悟を決めた。

 

「いや、いいよ。ひなたちゃん、ありがとう。鍛錬場だね? 分かった、荷物置いたら行くよ」

 

「陸人さん?」

 

「それじゃ待ってるよ、よろしくね!」

 

 友奈はパタパタと鍛錬場に走る。ひなたも水都も、心配げな顔で陸人を見る。

 

「陸人さん、大丈夫?」

 

「うん、友奈ちゃんにはいずれバレるかもとは思ってたんだ。なんとかするよ」

 

(軽い範囲で事実を明かして退いてもらうしかないな……嘘をつくのに慣れるような生き方は、したくなかったんだけど)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「りっくん、手合わせしよう!」

 

「友奈ちゃん?」

 

「前に若葉ちゃんが教えてくれたんだ。言葉が出てこない時は、体でぶつかり合うのもアリだって!」

 

「それはまたなんとも若葉ちゃんらしいというか……OK、付き合うよ」

 

 

 

 無手の打ち合いが始まった。本気になれば通常時の勇者レベルの戦闘力を持つ今の陸人に軍配があがるが、陸人は仲間との訓練で本気を出すようなことはしない。

 一方の友奈はそこそこ本気だった。自分の強さを示すことで少しでも陸人に安心して欲しかった。

 

「ホントに強くなったね、りっくん!」

 

「そうかな? 友奈ちゃんも、みんなも強くなってるよ」

 

「でも1番成長してるのはりっくんだよ。やっぱりクウガのよくない力を使ってるから?」

 

「……!」

 

「分かるよ。りっくんのこと、ずっと見てきたんだから! 痛みに苦しんでるりっくんも、見ちゃったんだから!」

 

 大きく踏み込み、同時に本題に切り込む。陸人は苦い顔で誤魔化しにかかる。あの状態では陸人もアマダムも他人の気配まで気にしてはいられない。何度目かの際に見られてしまっていたらしい。

 

「それ、どうしてもやらなきゃいけないことなの? りっくんはずっと頑張ってきた……もうこれ以上苦しまなきゃいけない理由なんてないよ!」

 

「友奈ちゃん……」

 

「なんでりっくんばっかり……他の誰かじゃダメなの? 私なら、私だったら良かったのに!」

 

 らしくない言葉だった。誰にでも優しく、基本朗らかな普段の雰囲気からは想像もつかない悲壮な表情で友奈は拳を振るっていた。

 

「友奈ちゃん、俺は確かに調子は悪いけど、でもそれは一時的なものだから大丈──」

 

「誤魔化さないでっ‼︎」

 

「──っ!」

 

「そんな笑顔で、そんな体で……私が大好きなりっくんの"大丈夫"って言葉を使わないで」

 

 友奈は当初ここまで感情的になるつもりはなかった。自分たち仲間がいると、少しでも安心してほしかっただけだ。しかし改めて対峙することで陸人の変質ぶりを感覚で理解してしまった。打ち合いの中で見せる人間から逸脱した動き、何気ない会話の中で起きる認識の齟齬……そう言った要素が、目の前の少年をほんの少し前までいたはずの『伍代陸人』からかけ離れた存在に見せてしまっている。

 

 友奈自身気づかないほど小さく溜まっていた酒呑童子の穢れ。それが『高嶋友奈の精神バランスの崩壊』という極めて珍しい事態に反応し、その揺れ動きを大きくする。

 

 ──陸人! これは──

 

(ああ、まさか友奈ちゃんが……いや、そういう先入観がいけないんだ。あの子もまだ中学生の女の子なんだから)

 

 陸人は友奈の穢れを自分に移そうと近づく。

 

「友奈ちゃん、落ち着いて……君は今──」

 

「やめて! もうやめてよりっくん!」

 

 陸人の狙いに気づいた友奈が距離を取って駄々をこねるように首を振る。その目には涙が滲んでいた。

 

「なんでそうやって……もっと自分を大事にしてよ、お願いだから……」

 

 絞り出すような友奈の懇願に、陸人はなにも返せなかった。とうとう顔を覆って泣き出してしまう友奈にどうすればいいか分からない。

 不安定極まりない今の友奈を放ってはおけないが、陸人がなにを言っても刺激するだけだ。

 陸人が近づくと友奈は警戒して距離を取る。言葉を尽くしても友奈は聞こうとしない。

 

 止むを得ず陸人はひなたに連絡。彼女に任せてその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(どうすれば、良かったんだろうな)

 

 ──貴様の価値観の方が異端なのは確かだ。あの娘は優しく、お前のことを大切に想っている。こうなるのは自然と言えるかもな──

 

 アマダムの言う通り友奈に気づかれた時点で話が拗れるのは当然の帰結だった。友奈はどんな理由があっても大事な存在が破滅に向かうのを良しとできるわけがない。そして陸人も自分が背負うものの重さを自覚している以上譲ることはない。

 

 陸人は初めて仲間との間に気まずい雰囲気を作ってしまった。大好きな人を泣かせた自分、そんな相手になおも嘘をつくしかできない自分……陸人は己を殴りたくて仕方なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あああぁぁぁ……やっちゃった〜〜)

 

 友奈は自室の布団に潜り頭を抱えていた。アレはない。先刻の自分はダダをこねる子供でしかなかった。

 

(りっくんだって他にどうしようもないからやってるだけなのに……1番辛いのはりっくんなのに)

 

 落ち着いてからひなたに精霊の穢れの影響を受けていると教えられた。確かに少し淀みを感じる気はする。しかしあの醜態は自分の中にあったもの。穢れはそれを増幅しただけだ。

 

(ただ話してほしかっただけなのに。私に頼ることを忘れないでいてほしかっただけなのに……)

 

 陸人に言ってもしょうがない不安や不満をぶつけて終わってしまった。これではなんのために機会を設けたのか。

 

(りっくんには明日謝るとして……どうしよう、こんな状態じゃ戦えない)

 

 思っていた以上に自分の精神状態はよろしくない。何か自分の落ち着きどころを見つけないと、肝心の決戦で足を引っ張りかねない。

 

 勇者、クウガ、ガドル、神樹様、天の神、精霊──精霊? 

 

(そうだ、これなら……! うまくいけばりっくんと並んで戦えるかもしれない)

 

 陸人が無理をする理由の1つ。戦力不足。それだけでもどうにかできれば彼の負担を減らせるかもしれない。

 

 陸人と友奈はよく似ている。全てを好きになれる大きな愛。好きなもののために戦う覚悟。そしてそのためならどんな無茶でもやってしまう勇気。

 高嶋友奈は、伍代陸人に最も近い、クウガに最も近い性質を持つ勇者である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結界の外、山奥に雷鳴が響き渡る。その雷はおかしなことに一箇所に落ち続け、かれこれ30分になる。

 落ちた先にいるのは、異形の戦士、『ゴ・ガドル・バ』

 

 彼はクウガのような進化を求めて神の力を浴び続けた。疲労困憊状態だったとはいえ、あの陸人が1発受けて倒れた天の神の雷を30分だ。

 

 天の神は驚いていた。ガドルの強さへの執着に。

 ダグバは期待していた。ガドルとクウガ、勝利したどちらかが自分の領域までたどり着くことを。

 

(クウガよ。俺は必ず、お前を倒す……!)

 

 確かな力の高まりに手応えを感じながら、ガドルは地獄の痛みに耐え続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陸人は訓練に励みながらも友奈のことをずっと気にかけていた。

 友奈は陸人を守るために鍛え、考え、決戦に備えていた。

 ガドルはただ純粋に自分を高めることだけに邁進し続けた。

 

 

 

 そして、約束の日が来たる──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あまりにも陸人くんが厳しい状況に追い込まれてしまったので、半オリキャラたちにちょっとチヤホヤされてみました。これくらいは許されるはず。

そして陸人くん、初めてのバッドコミュニケーション。しかもその相手は安定していると(勝手に)思っていた友奈ちゃん。

原作でも最後に一瞬綻びかけただけで常に穢れに打ち勝ってきた彼女が今回崩れたのは陸人くんの影響です。鋼メンタルのフォロー役(の男子)が他にいてくれたおかげで原作世界ほど心の強さが必要ではなかったため、勇者となってからの3年半での成長に違いが発生、友奈ちゃんは柔らかく(より女の子らしく)なりました。その結果です。

陸人くんに譲れないものがあるように、友奈ちゃんも譲りません。互いを守りたいという強い願いがいい方向に進むか、悪い方に働くか…

あ、小説のあらすじを一部改訂しました。特に想定していた流れを変えたわけではないのですが。改めて考えるとハッピーエンドと言いきれるものか自信がなくなってしまいまして……

感想、評価等よろしくお願いします

次回もお楽しみに


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八章3話 決戦

VSガドル

気合い入れて描いたので、少しでも盛り上がってもらえたら嬉しいです。


 指定の日、まもなく日が暮れるという頃合い。陸人たち9人は丸亀城の教室に集まっていた。

 

「さて、そろそろ時間ね。千景さんたちも気をつけて。ガドル相手に後ろを気にする余裕はなさそうだし」

 

「……ええ、なるべく距離を取ることにするわ……」

 

「陸人、みんなも……気をつけろよ」

 

「ガドルはおそらく1人で来るでしょうけど、勝てる見込みを持ってくるはずです」

 

「うん、必ず勝って、生きて帰るよ。黒の力の持続時間も延びたし、出力も上がってる、いけるはずだ」

 

「任せて! りっくんは私が守るよ」

 

「友奈ちゃん……」

 

 あれ以来友奈はずっとこんな調子だ。陸人は違和感を感じながらも友奈は笑顔で流すばかりだった。

 

 

 

「そうだ、樹海化する前に円陣やらない? ヒナちゃんや水都ちゃんも一緒に」

 

「ああ、それはいいな。全員で気合いを入れようか。よし、円陣を組もう」

 

「あら、それでは失礼しますね。皆さん、ご武運を……」

 

「もう私たちにできることはないけど、みんなを信じて待ってるね」

 

「任せてみーちゃん! ちゃーんと帰ってくるわ!」

 

 9人が円になって気持ちを1つにする。

 

「ガドルはこの世界の大きな脅威の1つだ。今度こそ決着をつける……もちろん勝って終わらせる、必ずだ! ファイト──」

 

『オオーッ‼︎』

 

 掛け声の直後、世界が塗り替えられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千景たち3人と別れて、陸人たちはガドルのもとに向かう。人間の姿のまま、それでもさらなる凄みを感じさせる。

 

「バーテックスは……いないか」

 

「当然だ。足手纏いも横槍もちゃんと間引いてきた。純然たる決着をつけるために」

 

「とことんクウガにこだわるのね。悪いけど、お邪魔するわよ?」

 

「構わん、お前たちとの連携込みで今のクウガの力だ」

 

「りっくんは、絶対に殺させない……!」

 

「そうだ、俺が勝てば全てを殺す。それが嫌なら倒してみせろ」

 

 勇者たちと言葉を交わしながらもガドルの視線は陸人から離れない。

 

 

 

「これが最後だ。鍛えてきたか?」

 

「ああ、前回のようなヘマはしない。勝つのは俺たちだよ」

 

「……フッ、やれるものなら、やってみろ!」

 

 ガドルのもとに力が収束する。樹海に漂う神樹の力と同質の、天の神の力が満ちていく。

 

 

 

「行くぞ! 総員戦闘準備!」

 

 現実世界にある守るべきものを思い、若葉が変身する。

 

「レッツ、メタモルフォーゼ!」

 

 気負うことなくいつも通りに、歌野が変身する。

 

「よーし、行くよ! 勇者になーる!」

 

 一瞬だけ陸人を見て、覚悟と共に友奈が変身する。

 

「──変身ッ‼︎──」

 

 "絶対に勝つ"それだけを胸に陸人が変身する。

 

 

 

 姿を変える5人。神の力を振るう戦士たちがぶつかり合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来い──『酒呑童子』‼︎」

 

「降りよ──『大天狗』‼︎」

 

 友奈の切り札、酒呑童子。手甲が巨大化し、より力強くなる。

 それに並ぶ若葉の2体目の精霊、大天狗。天をかける黒い翼が生える。

 

 黒のクウガを正面に、左右から友奈と若葉が攻める。歌野は一歩離れたところから予見と鞭で援護に徹する。戦力の約半分を失った勇者たちが考えた最善の陣形だ。

 

 

 

「今よ、若葉、友奈さん!」

 

 鞭を巻きつけ、一瞬だけガドルの足を止める。

 

「ハアアアアッ!」

「──シッ!」

 

 友奈の拳と若葉の剣が同時にガドルを襲う。冷静に両手で防いだところに、本命が飛び込んでくる。

 

「オオリャアァァァ‼︎」

 

 黒の青のロッドが直撃、ガドルを大きくふき飛ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガドルはすぐさま立ち上がる。とっさに飛び退いてダメージを減殺させていた。

 

「いいぞ、今までで1番のこの手応え! 待った甲斐があったというものだ!」

 

 構え直す勇者たち。なにやらおかしな事が起きている。樹海内部だというのに、ガドルの真上に黒い雲が広がっていく。

 

「今度は俺が見せよう、新たな力を!」

 

 雲から一直線に雷が落ちる。それを浴びたガドルの雰囲気が変質していく。腹部のバックルを中心に神の力が収束、向上していく。

 

「オオオオォォォォ‼︎」

 

 雷の中から現れたガドルは、その姿も変化していた。

 肉体の一部が変色し、頭部の角も変化。放つプレッシャーはさらに濃く、重たくなる。

 

 ゴ・ガドル・バの新たな力、『電撃体』

 

 天の神の力を高めた至高の戦士が顕現した。

 

 

 

 

「クウガよ……お前の進化を見習わせてもらったぞ」

 

「あれだけ強いくせに、向上心までお持ちとは。全く恐れ入ったよ」

 

「敵が強いならこちらも強くなるしかない、当たり前のことだ……!」

 

 

 その言葉を終える前にクウガが仕掛ける。

 黒の青の速度で背後を取る──取った、はずだった。

 

「──ッ⁉︎」

「遅い!」

 

 クウガは攻撃に入る一瞬で背後を取り返されていた。強烈な蹴りを受けて吹き飛ぶクウガ。

 

「りっくん!」

「おのれ……!」

 

 友奈がクウガを受け止め、若葉が仕掛ける。

 速度と威力を兼ねたその剣を軽々と躱す。大天狗の機動力ですら、今のガドルを捉えられない。

 仕切り直すために上空に逃れる若葉。目を離した一瞬でガドルがボウガンを形成したことには気づかなかった。

 

「若葉っ!」

 

 歌野の鞭は数発の矢を撃ち落とすことはできたが、圧倒的な連射力に対応できず、若葉の翼はいくつもの穴を開けられた。

 

「オオオオッ!」

「無駄だっ!」

 

 若葉が撃ち落とされた次の瞬間には、友奈は自分の間合いまで踏み込んでいた。なのにガドルは、目も向けずに友奈の拳を掌で受け止める。超近距離で凄まじい衝撃が発生する。

 驚く友奈の拳を握ったまま、ボウガンを剣に変化させる。

 

「させないわ!」

「……お前は、優秀だな。戦い慣れている!」

「キャアッ⁉︎」

 

 振り上げた剣に鞭が巻きつく。歌野は実にうまく援護をしていた。問題はそれをものともしない強敵が相手だということ。

 力尽くで鞭を引き、歌野を思い切り引き寄せる。足が地を離れる勢いでガドルに引き寄せられた歌野が友奈と並んだところで剣を振り、鞭を切り裂く。

 

 横薙ぎの一閃。友奈と歌野をまとめて切り飛ばした。

 

「ガドルゥゥゥ‼︎」

「そうだ、来い! お前の最強の技で!」

 

 黒の赤のクウガが走りこんでくる。それを見たガドルは笑って剣を捨て、同じく走りこむ。

 同時に跳躍。同じように両足を揃えて飛び蹴り。

 

 

 

 

 クウガの必殺技『アメイジングマイティキック』とガドルの必殺技『ゼンゲビ・ビブブ』がぶつかり合う。

 神の力の衝突、あまりのエネルギーに爆発が起きる。

 

「陸人!」

「……ウソでしょ?」

「そんな……!」

 

 空に捲き上る煙の中からクウガが脱力した様子で墜落。一方のガドルは平然と着地。

 誰が見てもクウガの最強技が打ち負ける結果となった。

 

 

 

 

 

「ふむ……確かに力は増している、暴走もしていない。だが、同じような進化の道を歩んでも、やはり結果は変わってくるものか」

 

 ガドルとて無傷ではない。しかし天の神の雷に慣らされた体は、クウガの黒の力でも破れない耐久力も持ってしまっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あまりのダメージに立ち上がれないクウガのもとに集まる勇者たち。

 

「……マズイな、強すぎるぞ」

 

「粘って粘って、チャンスを待つ……までに私たち全滅ね、確実に」

 

「若葉ちゃん、歌野ちゃん……時間稼ぎ、お願いしてもいい?」

 

 その言葉に驚き友奈を見る3人。あの力を見てまだ手があると言うのか。

 

「考えがあるんだな? 友奈」

 

「うん、一応準備してたんだ。通用するかは、賭けだけど……」

 

「私は賭けられるものもないからね。友奈さんがそう言うなら託すわ」

 

 頷きあって前に出る若葉と歌野。

 それを見たガドルが笑う。

 

「作戦会議は終わったか?」

 

「待たせて悪いわね……と言うかよく待ってたわね」

「それも戦いを楽しむためか?」

 

「まあそういうことだ。無論手を抜いたりはしないがな」

 

 話し合うということは諦めていないということ。どれだけ力を見せても折れない勇者たちは、ガドルにとって至高の敵だった。

 

「私が前に出る。フォローを頼むぞ、歌野……!」

 

「ええ。私の指示、ちゃんと聞いてね若葉!」

 

 天翔ける者と心読む者。相性抜群のコンビがガドルに挑む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 友奈は酒呑童子を解除して呼吸を整えている。

 

「……友奈ちゃん、どうするつもり?」

 

「りっくん……私はりっくんにこれ以上苦しんでほしくない。でもりっくんが守りたいもののために、そういうわけにもいかないんだよね」

 

 友奈は微笑みを崩さない。陸人を安心させるために。

 

「私はもう何も言わない。だからりっくんも、これから私がやる事に何も言っちゃダメだよ」

 

 陸人の無茶は止められない。ならば彼の隣に立つために、同じように無茶をする。陸人にそれを止める権利はない。なぜなら彼自身が止まらないのだから……友奈が言いたいのはそういう事だ。

 

「友奈ちゃん?」

 

「大丈夫、りっくんの願いと私の願いは同じだよ。一緒にみんなを守ろう!」

 

 友奈は恐れを隠して強い瞳で前を見る。陸人の気持ちを少しでも楽にするために。

 

 友奈の勇者服のモチーフは『桜』

 桜の花言葉は"精神の美"

 友奈の心は誰かのためを思っている。

 笑うのは誰かと一緒に笑うため。

 泣くのは誰かの悲しみを受け止めるため。

 その心が強くあるのは大切なものを守るため。

 高嶋友奈は強さと優しさと美しさを備えた、勇者の心を持っている。

 

 

 

 ──この娘、まさか──

 

「友奈ちゃん、待っ──」

 

「さぁ、出し惜しみナシで行くよ! 『酒呑童子』、『一目連』‼︎」

 

 クウガの制止を振り切り、友奈は2()()()()()精霊を降ろす。

 かつてない力が収束する。神樹さえも想定していない手段。人間が手を出してはならない領域にまで友奈は到達してしまった。

 

「ウオオオオオォォォォォッ‼︎」

 

 勇者装束が変化する。酒呑童子と一目連の意匠を組み合わせた姿に、人の器に収まりきらない神樹の光が後光のように表出する。

 

「グウゥッ! アアアッ……」

 

「友奈ちゃん⁉︎」

 

 2乗の力を引き出すためにもたらされる2乗の負荷。ただでさえ負担が大きい酒呑童子。その上に一目連も併用するという規格外のやり方でシステムの限界を突破した友奈に莫大な負荷がのしかかる。

 

「友奈ちゃん! ダメだ、それは──」

 

 うずくまる友奈の穢れを移そうとするクウガ。体の内側から食い破られそうな痛みに耐え、友奈はクウガの手を払う。

 

「……だい、じょうぶ……私は……私は!」

 

 隣にいる守りたい人を見て、後ろにある大切な世界を思い、友奈は力強く立ち上がる。

 

「私は‼︎ 勇者、高嶋友奈だあああああああっ‼︎」

 

 高嶋友奈は勇者である。その心に守りたいものがある限り、いくらでも強くなれる勇者だ。

 

「……友奈ちゃん」

 

「大丈夫……行こう、りっくん!」

 

 いつも通りの笑顔で手を差し出す友奈。

 仮面越しでもわかる苦い顔をした陸人がその手を取る。

 2人は走る。ガドルは笑い、若葉と歌野を振り払う。

 

「ハアアアアッ‼︎」

「勇者ぁぁぁっ、パァァァァンチ‼︎」

 

 クウガと友奈の拳がガドルを大きく吹き飛ばす。

 

「ここまでとはな……やはり面白い。クウガも、人間も!」

 

「りっくんはやらせない! この世界も壊させない!」

 

 友奈が叫ぶ。穢れに耐えて、拳を構える。

 

「絶対に負けない! 俺たちは、大きすぎるものを背負ってるんだ!」

 

 陸人が叫ぶ。痛みを堪えて強く地を踏む。

 

「見せてやる……人間の、本当の強さを!」

 

 若葉が叫ぶ。翼を広げ、剣を構える。

 

「ここからが本番よ! 勝って帰るって約束したんだから!」

 

 歌野が叫ぶ。笑顔を崩さず、鞭を構える。

 

 勇者の戦意に、ガドルの喜びは増すばかりだ。

 

「いいぞ、それでこそだ! 人間!」

 

「行くぞガドル! 出し惜しみはナシだっ‼︎」

 

 

 

 勇者たちは諦めない。ガドルの戦意は折れない。

 

 持てる全てをかけた戦士たちの戦いは新たな領域に進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




改めて、私戦闘描写苦手ですわ。
台詞回しは王道バトル物を意識してみました。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに


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八章4話 勝者

決着です。少ない戦闘描写の引き出しをダグバ戦前に使い切った気がする…どうしようか。

まあ毎度戦闘回のたびにネタ切れを感じながら騙し騙しやってるので、次もなんとか…なったらいいなぁ

あ、若葉ちゃん誕生日おめでとう!(とってつけた感)


 二重顕現状態の友奈のスペックは非常に高い。黒のクウガとの共鳴で高めあった結果、2人がかりでガドル電撃体と互角に持ち込んでみせた。

 

 友奈が正面でガドルと殴り合う。間合いが開いた瞬間に友奈を飛び越えたクウガが交代して蹴り込んでくる。2人は前衛を交代しながら大きなダメージを避けてガドルを追い込んでいく。その上──

 

「2人とも下がって!」

 

 ガドルが後ろ手に剣を形成し振り下ろすのと、歌野の指示により2人が飛び退くのはほぼ同時だった。

 歌野は完全に指示出しに専念。どれだけ力を伸ばしても心を読まれることは止めようがない。戦士として、非常に厄介な能力だ。

 

「チィッ! この──」

「させるか!」

 

 その歌野の指示で若葉が頭上という死角から割り込んでくる。ガドルが隙を作っても即座に妨害が入り、攻めきれない。

 

 純粋な戦闘力で自分に追いすがるクウガと友奈。

 動きを読み、最適な流れに持って行く歌野。

 速度と飛行能力で翻弄してくる若葉。

 

 

 

 

 仕切り直すべく高く飛び上がり距離を取るガドル。それも読んでいた歌野は、ガドルが動くよりも先に、若葉に指示を出していた。

 

「クッ、大したものだ……なに⁉︎」

 

「逃がさないわよ、絶対に!」

 

 着地した地面に自分以外の影が映る。見上げると空を舞う若葉に抱えられた歌野が自分めがけて落下してくるのが見えた。

 

「グッ、ガ……!」

「よっし、ホールド!」

 

 ガドルの首に鞭を巻きつけて後方に着地する歌野。拘束するのに有効な部位をようやく捉えることができた。

 

「──ッ‼︎」

 

 一瞬無防備を晒したガドルに追撃が迫る。声にならない叫びと共に、猛スピードで急降下してきた若葉が唐竹割りの一閃。ガドルに傷をつけることに成功した。

 

「効いたぞ……! オォォォォッ‼︎」

 

「ガッ⁉︎」

「ひゃああっ⁉︎」

 

 ガドルの体から雷撃がほとばしる。近距離にいた若葉と歌野はかわしきれずに吹き飛ばされる。

 

 

 

 

 この時点で2人は役目をこなしていた。主力が大技を使うための時間を稼いだのだ。

 

「ヤアアアアアアッ‼︎」

「なんだ、この速さは……⁉︎」

 

 酒呑童子のパワーと一目連のスピード。底上げされた神の力がガドルを捉えた。周囲を飛び回り、全方位から連続で拳を浴びせる。

 

「万、回──、勇者、パァァァァンチッ‼︎」

 

 1万回目の拳が顔面に直撃。ガドルは大きく後退り膝をつく。

 

 

 

 

 息を荒げるガドルの耳に、バイクの走行音が届く。ビートチェイサーとゴウラムが合体したバイク『ビートゴウラム』が迫る。

 

「行っ、けええええっ‼︎」

 

 クウガの黒の力がビートゴウラムに注がれる。ゴウラムのパーツに金の意匠が追加され、神の力が増加する。

 三位一体の超必殺技『ライジングビートゴウラムアタック』がガドルに直撃する。

 

 

 

 

 

 

 大きく跳ね飛ばされ滑るように転がるガドル。ようやく体勢を整えたところで、前方のバイクに誰も乗っていないことに気づく。

 

「出し惜しみナシって、言ったはずだ!」

 

 バイクから直接飛び上がり、両足に力を込める。

『アメイジングマイティキック』が先ほどの傷に叩き込まれる。

 

「オオリャアァァァァッ‼︎」

「ガァァァァッ⁉︎」

 

 吹き飛んだガドルの体が樹海の根の谷間に落ちる。次の瞬間に大爆発が起きた。

 

「うおわあぁっ⁉︎」

 

 爆風に飛ばされるフラフラのクウガ。若葉が受け止め、4人合流する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝てたか……」

「ギリギリ、ね……」

「……ん? あれ、なんか変だよ?」

「ここまでやっても、まだ足りないのか⁉︎」

 

 広がり続けていた爆発が、巻き戻し映像のように収束していく。全てが収まったその先から、足音が響く。

 

 そこには至るところに傷を負い、足元もおぼつかない状態で、それでも確かに立って歩いているガドルの姿があった。

 

(どうやったら倒せるんだ、あの怪物……!)

 

 ──おそらく体内の天の神の力を活性化させて、クウガの技のエネルギー……神樹の力を打ち消したのだろう。向こうもギリギリだったようだがな──

 

 

 

 

 

 

 

 

「クッ、ククク……クハハハハハ……」

 

 ガドルは明らかにボロボロでありながら、そのプレッシャーはさらに膨れ上がっていた。

 

「ハァーッハッハッハ! 楽しませてくれる……俺も全てを出そう……! ウオオオオオォォォォォ‼︎」

 

 叫びと共に樹海の空に広大な雷雲を発生させ、そこに雷撃を打ち上げるガドル。

 その刺激に反応した雷雲が活性化。眼に映る範囲全体に次々と雷が落ちる。

 

「なんだ、コレは⁉︎」

「まさにディザスター! マズイわね……」

「うわわわわわわぁ⁉︎」

「友奈ちゃん! クソッ、どうすればいいんだ⁉︎」

 

 ギリギリで回避する勇者たち。すでに疲労困憊のクウガと友奈を歌野がフォローし、若葉がこの雷撃を止めるために雷光を掻い潜りながらガドルに突っ込む。

 

 若葉の最高速の一閃を防ぐことを諦め、ガドルは体で受け止める。痛みを堪えて剣を掴み捕らえた若葉に、自身をも巻き込んで大きな雷を落とす。

 

「グアアアァァァッ⁉︎」

「ここまでだ……堕ちろ、翼の勇者!」

「グッ……まだだああっ‼︎」

 

 ガドルの技が本人に効くはずもなく、近距離で捕らえられた若葉は雷撃に晒され、力が抜けていく。自分はここまでだと確信した若葉は最後の抵抗として力任せに剣を振るう。ガドルの足に小さな傷を残したところで力尽きた。息があるのは確認できるが、気を失い、変身も解除されてしまっている。

 

 

 

 

「若葉ちゃん⁉︎」

「若葉! ──って、ヤバイ!」

「しまった!」

 

 若葉の撃墜に動揺した3人は思わず合流したタイミングで足を止めてしまった。そこに極大の雷撃が落ちてくる。

 

「くっ……こんのおおっ‼︎」

 

 歌野は頭上で鞭を高速回転させて即席の盾を展開。雷撃を正面から受け止める。

 

「気合い入れなさい! (さとり)‼︎」

 

 歌野の精霊『覚』は特異な能力を持っている代わりに、他の精霊と比べて直接戦闘力を向上させる効果が低い。もともと使っていたシステムが違うこともあり、歌野は出力で言えば最弱の勇者だ。

 それでも歌野は強い。それは白鳥歌野本人が経験に裏打ちされた戦闘力と、どんな状況でも希望を失わない精神力を持っているからだ。

 

「ああああぁぁぁぁっ‼︎」

 

 雷撃を落とし続けるガドルと受け止め続ける歌野の我慢比べは、歌野の勝利に終わった。雷が収まり、雷雲も引いていく。

 意地と底力だけで、歌野は雷撃を耐え凌ぎ、膝をつく2人の仲間を守りきった。

 

「ハァッ、ハァッ……ソーリー、わたしもここまでみたい。あと、お願い……」

「歌野ちゃん!」

「ありがとう、あとは任せてくれ……!」

 

 仲間を信じる、と言わんばかりに笑顔のまま、歌野は倒れる。勇者装束も解け、これで今戦えるのは2人となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 荒れ果てた樹海に立つ、3人の戦士。いずれも傷だらけで、肩で息をして立つのもやっとの有様だ。

 お互いもう小技で削るような戦い方はできない。次の一撃で決着をつける。それが3人の共通認識だった。

 

「さあ、幕引きといこうか!」

 

 ガドルが足を開いて構える。

 

「友奈ちゃん、一緒に行こう! 俺たちの力で、今度こそガドルを倒す!」

 

 クウガが腰を落として構える。

 

「うん! やれるよ……私達なら!」

 

 友奈がクウガに合わせるように構える。

 

 

 

『オオオオオオオッ‼︎』

 

 

 

 3人同時に大きく跳躍。高く、高く舞い上がり最高の一撃を放つ。

 

 ガドルの最強技『ゼンゲビ・ビブブ』が2人に迫る。

 クウガと友奈は声を合わせ、息を合わせ、動きを合わせ、心を合わせる。

 

「ダブルッ!」

「勇者ぁぁぁぁ!」

 

『キィィィィィック‼︎』

 

 背中合わせに同時に飛び蹴り。『ダブル勇者キック』がガドルの必殺技と激突する。

 

 樹海全域を震わす衝撃。雷と閃光が疾る。どちらも押し切れぬまま、互角に押し合う。しかし体力の問題で追い込まれているのは勇者側だ。

 

「終わりだああああっ‼︎」

 

 さらに力を込めるガドルに負けじとクウガと友奈も気合を乗せる。

 

「勇者は不屈っ‼︎」

「勇者は根性っ‼︎」

 

『絶対に、諦めなああああい‼︎』

 

 粘り続ける2人の勇者に、ガドルの体が限界を迎えた。衝撃に耐えきれず、若葉が足に残した傷が広がっていく。

 

「オオオオオオオッ‼︎」

「──っ‼︎」

 

 一瞬、クウガの姿がより黒く力強い姿に変貌したのをガドルは確かに見た。

 

(それが、究極の進化、か……)

 

 クウガにはまだ先がある。ガドルはここで初めて、ダグバがクウガを気にかける理由が分かった気がした。

 

『ハアアァァァ……ダアアアッ‼︎』

 

 とうとうクウガと友奈が押し切り、ガドルの体に蹴りを打ち込む。

 樹海の上空にまばゆい光とともに巨大な爆発が起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 変身が解けた陸人は1人で樹海を歩いていた。爆風に飛ばされて逸れた友奈を探してレーダーを確認したところで背後に気配を感じる。

 ヨロヨロと振り返ると、そこにはガドルが直立していた。反射的に身構えるも、ガドルの姿を見て警戒を解く。

 

 身動き1つしない。いや、できないほどのダメージを受け、レーダーにさえ映らないほどに力が残っていない。胸の傷からバックルに向けてヒビが広がっていくガドルは、どう見てももう戦えなかった。

 掠れた声が死に体の口から漏れる。

 

「ハハハハハ……最高だ、実に素晴らしい戦いだったぞ」

 

「俺たちは快楽のために戦ったわけじゃない。けど、1つだけ言わせてもらう」

 

 どちらが勝ったのかわからないボロボロの姿で、それでも陸人は明言する。

 

「俺たちの勝ちだ……ガドル……!」

 

「ああ。勝者は、お前たちだ」

 

 陸人は戦うことが好きではない。それでもその声には最後まで戦士として戦い続けたガドルへのわずかな敬意が込められていた。それに気づいたガドルもまた、勝者への賞賛の思いを込めて返す。

 

「次はダグバだ。あの究極の破壊者を相手に、お前たちに何ができるか……()()()で楽しみにしているぞ」

 

「1人で寂しくないように……すぐにダグバも()()()に送ってやるよ」

 

 無意識に口から出たらしくない攻撃的な言葉に、自分に疑問を抱く陸人だが、ガドルの楽しげな声にその思考はかき消された。

 

「ククク……そう、その戦意を忘れるな。ダグバに挑んだものは皆、圧倒的な力に心を砕かれて果てた。大切なのは折れない意志だ。俺との戦いで示したように……それ以上の揺るぎない意志がな……」

 

「……ガドル」

 

「クウガ……お前は以前言ったな。命の価値は自身が決めるものだから、どんな者でも守る、と……」

 

「ああ、俺はそう信じてる」

 

「ならば決して負けてはならない。価値の有る無しなど気にも留めずに全てを滅ぼすダグバにも……お前たちを見てもなお人間の価値を認めようとしない天の神にも……その言葉が本物だと言うなら、この世界、必ず守れ」

 

「……言われなくても、負けないよ……絶対」

 

 話している間にどんどんガドルのヒビは広がり、神の力も抜けていく。

 

「本当に楽しかったぞ、クウガ……いや、伍代陸人」

 

 ガドルはかろうじて動く首を、雷撃の跡が残る地点に向ける。

 

「高嶋友奈……乃木若葉……白鳥歌野……そして、郡千景……土居球子……伊予島杏……いずれも人間でありながら本物の戦士の心を持った素晴らしい勇者だった。最後の敵がお前たちだったことは、俺の誇りだ」

 

 勝者を讃え、最後まで誇り高く……それが戦士としてのガドルの在り方だ。

 

「封印ではない……これが『死』か。初めての経験だが……あぁ、不思議と、悪くない気分だ……」

 

 満ち足りたような声を残し、ガドルは最後の力で高く跳躍した。

 

 陸人が見上げる中、樹海の空で古代の怪物『ゴ・ガドル・バ』は爆散した。

 

 

 

 その爆発の大きさは陸人にもわずかに届いた。伏せて衝撃に耐える陸人はガドルが飛び上がった理由に気づいた。

 

(ガドル……今の俺じゃ爆風だけでも危ないと分かってて……)

 

 巻き込まないために出来る限り距離を取った。散り際まで自分の誇りを貫く、ガドルらしい最後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 友奈の捜索を再開した陸人は、自身の神の力が何かに反応するのを感じた。

 

(これは……! 友奈ちゃんと、神樹様⁉︎ ヤバイ……!)

 

 ビートチェイサーを召喚。急ぎレーダーが示す友奈の元へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ハァ、ハァ……りっくんは……来てないよね?」

 

 ガドルの撃破を確認した友奈は、陸人から離れるように歩いていた。

 友奈は考えた。二重顕現の負担を陸人に押し付けてしまえば元も子もない。

 陸人に穢れの肩代わりをさせないためには大社に保護されるまで陸人から距離を取ればいい。爆発で離れられたのは運が良かった。大社には事前に話を通してあるので、樹海化が解け次第すぐに迎えが来る手筈だ。

 

 隠し事や手回しといった類に慣れていない友奈なりに精一杯考えて準備をしたのだ。問題は、想定外に穢れが強く、今にも意識が飛びそうなほどに弱っていることだ。

 耐えきれずに崩れ落ちる友奈。神の力が活性化し、今にも爆発しそうな感覚だ。この規模の爆発が起きれば、樹海そのものにも深刻なダメージを与えかねない。

 思わず死を覚悟した友奈は、自らが横たわる根に神の力を吸収されていることに気づいた。

 

(これは……神樹様? 力に呑み込まれかけてる私ごと、吸収しようとしてる?)

 

 友奈の力の爆発を防ぐため、神樹はやむなく彼女を吸収しようとする。友奈も働かない頭でそれを受け入れかけていた。

 

(もう助かりそうにないし、ここで終わればりっくんの負担になることもない……それもいいかな)

 

 瞳を閉じ、意識を手放した友奈は、バイクの走行音が近づいて来ることに気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

「いた! 友奈ちゃん!」

 

 バイクから飛び降りて友奈の体を抱き上げる陸人。神の力の制御を失いつつある友奈と、それを吸収する神樹。陸人は事態を把握、覚悟を決める。

 

(神樹様、友奈ちゃんは俺が……!)

 

 陸人の覚悟を察した神樹は友奈への干渉をやめた。

 意識がないながらも息を荒げて苦しむ友奈。手足をはじめ身体中傷だらけの彼女を見て、陸人は無理やり黒の力を発動する。

 

「ゴメン、友奈ちゃん……今から俺は、君の気持ちを踏みにじる。それでも、それでも君には──」

 

 生きていてほしい。その一心で友奈の頰に触れて、陸人は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……う、うぅん?」

 

 体に伝わる振動に、友奈は意識を取り戻した。とは言え、あまりの脱力感に瞼を開くのも億劫で、目を閉じたままではあるが。

 

「お、友奈ちゃん、起きた?」

 

 耳のすぐ近くで陸人の声がする。体勢から考えて背負って運ばれているようだ。とりあえず友奈は降りようとする。

 

「……りっくん? ゴメン、私寝ちゃって……」

 

「いいって。友奈ちゃんもう動けないでしょ。ムリするから……もう樹海化も解けたし連絡も入れた。みんなの所まで移動するだけだからさ」

 

 全身ボロボロの友奈は、そこでようやくキックに使った両足の感覚がないことに気づいた。

 

(……アレ? りっくんのそばにいちゃ、ダメだったような?)

 

 疲労から思考もまとまらない友奈。陸人と触れ合っている安心感と、こちらを想う彼の声に感じる愛おしさに、やがて考えることを放棄した。

 

「ゴメンね、りっくん……ありがとう」

 

「お礼を言うのはこっちだよ。あんな無茶してまで俺を気遣ってくれたんでしょ?」

 

「……いつもりっくんがやってることだよ……少しだけ、りっくんの気持ち……分かったかも……でも、りっくんも、私たちの気持ち……少しは分かったでしょ?」

 

「そう、だね。見ている側は、すごく怖い……こんな気持ちを、みんなにさせてたんだな」

 

「どうしようもなかった、っていうのは分かるけど……もう少し私たちのこと、頼ってほしいって、私は思うから……だから、今回はいつもよりも更に頑張ってみたんだ……私、ちょっとはすごかったでしょ?」

 

「うん……カッコよかったし、頼もしかったよ」

 

「エヘヘ……やったぁ……りっくんにほめられたぁ」

 

 嬉しそうに微笑む友奈は全身で感じる陸人の体に違和感を感じた。

 

「りっくん? なんか、体冷たくない?」

 

「……ん? 結構血を流したし、友奈ちゃんの体が熱持っちゃってるだけじゃないかな」

 

「……そう、かな? そうかも……」

 

「まだキツイでしょ? 寝てていいよ、合流できたら起こすからさ」

 

「うん、ありがとう……りっくんは優しいなぁ」

 

「おやすみ、友奈ちゃん」

 

「おや、すみぃ……」

 

 

 

 この時陸人は嘘をついていた。今の陸人の体に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 体はひどく冷たく、傷も血の跡こそ残っているが、頭部や首といった血が流れやすい箇所の傷でさえも出血していなかった。

 

 友奈の失敗は倦怠感から眼を開かなかったこと。ここで眼を開いていれば、陸人に起きた異常についても気づけただろう。

 

 何せ日本人らしい黒だった陸人の髪が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 陸人自身も気づいていない。霞みはじめた視界で自分の頭髪の色まで把握できなかった。そのせいで陸人は自分の身に誤魔化しようのない異常が起きたことに気づかないまま、仲間の元に向かう。

 

 秘密にすることで守ってきたものが、とうとう壊れてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




終わったぁ…叫ぶところがくどかったかな、とか最後ガドル喋りすぎたかな、とか色々反省点はあれど、戦闘描写が苦手な私にしてはそれなりに自分のビジョンを表現できたのではないかな、と思います。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに


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九章1話 悪魔

チラッと見たら評価が増えてて嬉しくなって投稿……ガキか私は……

そんなわけで九章開始。

色々考えた結果、しばらくキツい展開をこのまま続ける方向で行きます……今さらか……



 ガドルとの決闘から5日。勝利したにもかかわらず、勇者たちの空気は重い。

 1つは友奈が足を動かせなくなり、勇者としても戦線離脱を余儀なくされたこと。それ以外の傷は穢れを早期に移したために軽傷で済んだが、最も酷使した足にかかった負担は凄まじく、今後彼女は車椅子で動くしかない。大丈夫、と言ってはいるが、武術に励み、勇者としても努力していた友奈にとって、残った傷は決して浅くない。

 

 もう1つの理由は隠してきた陸人の体の異常にみんなが気づいたこと。髪の色素を失って戻ってきた彼を見て勇者たちは問い詰める。最後まで口を割らなかったが、大社に詰め寄った彼女たちに全てを知られてしまった。

 

 今日はやっと病室を出られるようになった友奈を含めた全員が揃い、陸人と話をするために病院の屋上に集まっていた。

 陸人は諦めて全てを明かした。ひなたが先んじて事態を把握した上でフォローしてくれていたことを除いた全てを。

 

 

 

「今はもう体の痛みは来ない……多分融合が新たな階梯に達したんだと思う」

 

「ここまでは大社から得られた情報とほぼ同じだな」

 

「りっくん、今回は……()()()()()何を失くしたの? お願い、教えて……!」

 

 友奈は泣きそうな顔で問い詰める。彼女自身の傷よりも、結局自分は陸人の重荷になってしまったという事実が友奈を強く追い詰めていた。

 同時に陸人もまた、友奈の車椅子姿に追い詰められていた。陸人にとって友奈の足が動かなくなったのは自分1人でガドルを倒す力が無かったから。そして完全に穢れを抜き取ることができなかったから。

 2人は互いを見る度に罪悪感を募らせる。そんな2人を見ていられず、歌野が口を挟む。

 

「陸人くん、私たちも本当のことが知りたいの。君の口から……」

 

 陸人はしばし逡巡して、ぎこちなく口を開いた。

 

「……体温、血液、発汗。そういう身体機能の一部が効かなくなってる。心臓も動いてないし……後は見ての通り髪の色素が抜けちゃったくらいかな……」

 

 検査をした医療部門の分析とアマダムの推察によると、アマダムが生成する謎の組織が体内に広がっている状態、らしい。それが生きる上で必要なエネルギーを与えながら人間としての中身を機能停止、破壊して新たな組織に置き換えている。現状体内の新組織の比率が8割を超えており、その結果人間としての体機能が停止したようだ。

 

「よく、分からないよ。つまりどうなるの? 今、どうなってるの……?」

 

「つまり外見は人間のままでも、中身は新種の生物……そういうこと?」

 

 恐る恐る予想を口にする杏に陸人は首肯する。最終的にはエネルギー補給を自分の体内で完結でき、食事や睡眠すら必要とせず戦い続ける究極の生命体になる。それが大社の予想だ。

 

「脳まで侵食された時、俺は多分みんなのことも分からなくなる。全部持ってかれる前にダグバと天の神をどうにかしないといけない」

 

 あえて淡々と話す陸人に、やはり球子が真っ先に爆発した。

 

「そんな話じゃないだろ! 人間じゃないって何だよ! 持ってかれるって何だよ‼︎」

 

「……」

「タマっち先輩……」

 

「タマたちのせいか? タマたちの穢れを引き受けたから……」

 

「それは違うよ。クウガとして戦い続ければ遅かれ早かれこうなったんだ……穢れは少し早めただけ。そもそも俺が勝手にやってきたことなんだし……」

 

「……そんな言葉で納得できる人は、ここにはいないわ……」

 

 千景の言葉に何も返せない陸人。一同を覆う空気はひどく重い。こうなるのが嫌でずっと隠してきたのだ。

 

 珠子は自分自身への怒りを隠さない。

 杏は流れる涙を止められない。

 水都も口を押さえながらも嗚咽が堪えきれていない。

 千景は俯いたまま顔を上げない。

 流石の歌野も口を開けない。

 友奈も今の精神状況ではそれどころではない。

 ひなたも未だに自分のことを庇う陸人の手前、何も言えない。

 

 そんな中、若葉が陸人にゆっくり近づく。様々な感情が入り混じった瞳で陸人をまっすぐ見据えている。

 

「陸人、歯を食いしばれ……!」

 

「……? 若葉ちゃ──」

 

 言い切る前に鈍い音が響く。若葉が全力で陸人を殴り飛ばした音だ。

 倒れこむ陸人。杏と水都が慌てて駆け寄る。

 

「若葉、ちゃん……」

 

「言いたいことはいくらでもあるが、それは皆同じだろう。私からはこの拳1発で打ち止めにしておく……後は任せるぞ、みんな」

 

 それだけ言って若葉は屋上から立ち去る。ひなたは陸人に目配せし、陸人はそれに首肯で返した。

 ひなたも若葉の後を追い、その場から2人が去った。

 

 

 

 

「陸人くん。仮に今後戦わなかったとして、あなたの体はどうなるの?」

 

「歌野ちゃん?」

 

「体が元に戻ったり、そういう可能性はないのかなって」

 

「……多分ない、かな。元々の俺の体構造は壊されてるようなものだから……このまま過ごしたら進行はしないかもしれないけど、元には戻らないんじゃないかと思う」

 

「そっか。アンダスタン、ありがとう……」

 

「……歌野ちゃん、ダグバはあのガドルより強いんだ。クウガ抜きじゃ……」

 

「分かってる。気になったから聞いただけ、仮定の話よ」

 

 歌野は意識して笑顔を作る。今の状況では、それを見ても笑ってくれるのは陸人1人だけだとしても。

 今やクウガと共に戦える勇者は若葉と歌野の2人だけ。それを自覚しているからこそ仲間の前で強い態度を示している。陸人は2人に感謝した。

 

 車椅子の少女に歩み寄る陸人。今誰よりも傷ついている友奈に。

 

「私、りっくんを守りたくて……少しでも、りっくんの重荷を減らせたらって。なのに戦えなくなって、しかもそんな私のために……またりっくんが……!」

 

「そんな風に言わないでよ、友奈ちゃんは俺の恩人なんだから」

 

 陸人はしゃがみ、友奈の手を握る。

 

「友奈ちゃんが頑張ったから俺はまだ生きてる。命の恩人を助けたくて俺は友奈ちゃんの穢れを移した……同じことをやっただけさ。みんなだってきっと同じだ。俺は別に自分が不幸だとか、そんなこと思ってない」

 

 なんてことない、と陸人はあくまで笑う。

 

「友奈ちゃん、前に言ったよね。『他の誰かじゃダメなのか、私だったら良かったのに』って……そういうことだよ。

 たまたまでかい役を背負っただけの話なんだ。この世界にとって、その"誰か"が俺だったんだよ。みんなが世界を守るために命懸けで戦ってきたことと本質は何も変わらない……

 誰の()()でもない、俺は俺の意思で全てを守る()()にやるべきことをやってる」

 

 あまりにも迷いのないその言葉に、誰も口を開けない。

 伍代陸人は諦めているわけではない。負けたわけでも、逃げたわけでもない。世界から見れば正しいこと、尊いことをしている彼を否定する言葉は、年若い少女たちには思い浮かばなかった。

 

「……あの、陸人さん──」

 

 それでも水都が何かを伝えなくてはと口を開き──

 

 

 

 

 

(──! この感覚……)

 

 ──ダグバか? いや……なんだ、この気配は……? ──

 

 陸人とアマダムが異変に気づくと同時に世界はその姿を変える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……若葉ちゃん」

 

 屋上から1フロア降りた先の踊り場で、若葉は1人泣いていた。傷つく自分を陸人に、仲間に見せないために。

 口下手な己を自覚し、言葉を重ねても陸人を困らせるだけだと自制した。陸人の罪悪感を少しでも軽くするため、みんなの気持ちを示すために1発だけ拳を入れてその場を離れた。

 その心境の全てを把握したひなたが若葉に寄り添う。

 

「ひなた、か……」

 

「安心してください。陸人さんも他の皆さんもいません……私だけです」

 

「そうか、気を使わせてすまない……」

 

「まあみなさん気づいてはいたでしょうね。それだけの仲になれたという確信があります」

 

「……私は何もできなかった。仲間と共にあると、そう誓ったのに……」

 

 2度と過ちを繰り返さない。その一心でリーダーとして励んできたつもりだった。それなのに、抱え込む奴だと分かっていたのに、陸人の無茶を見過ごしていた。

 

「若葉ちゃん……」

 

 ひなたは黙って若葉を抱きしめる。泣けるだけ泣かせてあげたい。悲嘆と罪悪感にまみれた心で、なおも若葉を包む。

 

「……う、ぁぁ……りく、と……」

 

「泣いていいんです。泣いて当然ですから」

 

 

 

 

 

 

 

 ひなたは若葉のことならなんでも知っている。ここまで完全に挫けたのは久しぶりに見たが、どのくらいで自身を立て直せるか、どんな言葉をかければいいか、ある程度把握していた。

 だからこそ驚いた。ほんの数分、ひなたが何か言うよりも早く持ち直した若葉には。

 

「まだだ、まだ終わっていない……!」

 

「若葉ちゃん?」

 

「今生きている陸人を、私は絶対に諦めない。私は何が何でも陸人の隣にいる……1人にはしないし、一人で行かせはしない……!」

 

「……フフッ、それでこそ若葉ちゃんです」

 

「全てを終わらせて、そこに陸人がいなかったら……その時はまた泣かせてくれ、ひなた。それまでは絶対に折れはしない」

 

「分かりました。それが私の役目で、若葉ちゃんの役目ですものね」

 

 

 

 これが乃木若葉だ。勇者たちのリーダーにして、陸人が人としての理想形の1つと称した気高く強い心を持った少女。

 叩かれることで形作られる刀のように、若葉は挫け、乗り越えるたびに強く美しくなる。

 

「おそらく歌野もそう待たずに立て直すはずだ。残る勇者が私たち2人なのは、不幸中の幸いだったのかもしれないな……ひなたは、他のみんなを見てやってくれ。戦えない分暗い気持ちがたまりやすいはずだ」

 

「はい、任せてください」

 

 若葉は仲間を気遣う。しかしその中にひなたは入っていない。

 彼女は何も言われずとも気づいたのだ。ひなたが自分たちより先に事情を知り、ある程度気持ちの整理をつけていたことを。

 そしてひなたもそれを察して、言及することなく頷く。言葉にせずとも分かり合える。人と人との繋がりとしての究極を2人は体現している。

 

「改めて惚れ直しちゃいました、さすがは若葉ちゃんで──」

 

 

 

 

 

 不自然なところで言葉を切り、動かなくなるひなた。一拍遅れて若葉は非常事態に気づく。

 

(樹海化⁉︎ こんな時に……まさか!)

 

 世界が塗り替えられる。常在戦場と常に心掛けている若葉でさえ、運命を恨まずにいられない、最悪のタイミングだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 陸人、若葉、歌野は合流して樹海の奥に向かう。

 陸人は若葉の目が赤いことに気づき、若葉は歌野が表面上だけでも笑えているのを確認し、歌野は陸人がこの期に及んで戦うことを躊躇していないことを確信した。

 それでも誰も口には出さず、一種の白々しさすら感じさせる雰囲気のまま、3人は進む。

 

「……やはり、ダグバか?」

 

「感覚は似てる……けどおかしい。感じる力の量も質も以前と違いすぎる」

 

「どういうこと? ダグバ以外にまだそんなモンスターがいたの?」

 

 警戒を強める勇者たち。レーダーを見ても1つの反応が動かずにあるだけだ。たった1人に陸人がこうも反応するということはダグバ以外にないはず……

 考えるうちに視認できる距離まで近づいた。

 

 そこにいたのは全身白の服に身を包んだ少年。陸人とそう年の変わらない、幼さすら感じさせるあどけない笑顔でこちらを見つめていた。

 

(あれがダグバ……目を合わせただけで……)

 

 圧倒的な存在感。まだ怪物としての本性を見せてもいないのに、陸人たちは確かに恐怖していた。

 

 ──やはりおかしい。古代でも、以前感知した時にも、ヤツはあんな力は持っていなかった──

 

(どういうことだ、アマダム?)

 

 ──今の段階ではなんとも言えん……だが、今のクウガで太刀打ちできる相手ではないぞ──

 

(かといって逃げるわけにもいかないよ。何とかしなくちゃ──)

 

 アマダムと対話しながら、ダグバの前に飛び降り、対峙する。

 

 

 

 

 

 

「フフフ……キミとは初めましてだね。『ン・ダグバ・ゼバ』……ダグバって呼ばれてる。よろしくね、今代のクウガ」

 

「……伍代陸人だ。あなたの狙いは……俺、か?」

 

「そうだね。ボクと遊べそうなのはこの世界じゃキミぐらいだし……何せガドルを倒したんだ。期待はしちゃうよね」

 

「……なら、俺以外に手を出すな、と言ったらどうする?」

 

「ホワッツ⁉︎」

「陸人⁉︎ 何を……」

 

 聞き逃せない言葉に詰め寄る若葉と歌野。ダグバは笑って返答する。

 

「アハハ、キミは本当にお友達が大切なんだね。でもゴメンね、ボクは全部壊したいんだ。

 だからキミを倒したら、そのままみんな終わらせちゃうよ。街も、キミのお友達も、たかーいところから見てる()()()()もね」

 

 その言葉に驚愕する3人。天の神に従順、とはいかずともガドル同様不干渉の立場にあると思っていたのだが。

 

「最初はいい遊び相手になると思ったんだけどね……力は大きくてもあれはボクとは違う。暇つぶしに付き合ってもらって、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「……食べる?」

 

 ──そういうことか……ダグバめ、どこまでバケモノなのだ──

 

(どういうことだ、アマダム⁉︎)

 

 ──クウガやガドルを見て、同じく神の力を欲したのだろう。そしてダグバほど存在の力が強ければ、納められる力の総量もケタ違いだ……それこそ神を直接吸収してしまっても問題ないほどに──

 

(天の神の力を、そのまま使えるってことか……⁉︎)

 

 ──流石に全てを食い尽くしたわけではないだろうがな……まだ天の神の気配はある。それでもヤツが宿す神の力の量は我々の許容量を大幅に超えている。これでは──

 

 

 

「おしゃべりはこの辺で……始めようよ、クウガ。ボクを笑顔にしてみせて……!」

 

 ダグバを中心に嵐が巻き起こる。3人は咄嗟に距離を取って構え、臨戦態勢を取る。

 

 

 

 少年の姿が変わる。不気味なほどに白い姿に、息苦しくなるほどに黒い光を纏った異形。

 

『ン・ダグバ・ゼバ』

 

 究極の闇をもたらす者……狂喜の破壊者が、その本性を現した。

 

「何という重圧……これが、怪物の王……!」

「向き合うだけでピリピリする。これは何……?」

(……なるほど、確かに現状勝てる相手じゃなさそうだな)

 

 気を抜けば震え出す体に力を込めて構える3人。

 ダグバは悠然と歩み寄り、数歩で何か思いついたようにその足を止める。

 

「それじゃさっそく……と思ったけど、やっぱりこの樹海っていう場所、居心地が悪いや。ボクの中の神さまのせいかな? ……うん、キレイにしちゃおうか」

 

 右手を天に掲げるダグバ。あまりにも軽い言葉と軽快な挙動。勇者たちが反応するよりも早く、ダグバは掌から黒い光を放射する。

 

「な、なんだアレは⁉︎」

 

 その黒は瞬く間に樹海の空を覆い尽くし──

 

 

 

 

 

 次の瞬間、()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 見慣れた風景。自分たちの『家』である丸亀城。遠くには数多の命が輝く市街も見える。

 

「……え?」

「馬鹿な、なぜ丸亀城が……街がここに?」

「樹海を破壊したのか、ダグバ……!」

 

 樹海の破壊。これまでの戦いの大前提を打ち破られた。

 ダグバは神樹の力を真っ向から破れるほどに天の神の力を振るえる、という事実をここに証明してみせた。

 

 

「……ふぅ、これでスッキリ……さて、久しぶりだなぁ。こんな風に遊ぶのは!」

 

 神樹の加護さえ破られ、本物の悪魔が現実の世界に降臨した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




すごく不穏ですが、話も佳境に入り、ここに来て残虐描写とかグロに走ったりはしません。安心してください……そんな心配している人はいないか。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに


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九章2話 地獄

雰囲気を生き返らせるまでにもう追い込みイベントを全て消化する流れにします。


 天の神は四国結界を研究していた。四国を殲滅するべく突破法、破壊法を探っていた。その結果が以前ガドルが実践した結界の通過であり、その技術は天の神自身が備えていた。

 

 ダグバはその技術をも吸収した。結界を解析し、どのように力を行使すれば良いかを無意識に理解して樹海を打ち破ってみせたのだ。

 

 事態の深刻さを1番最初に把握したのは杏だった。すぐに端末で各所に同時連絡を繋ぐ。

 

「陸人さん、ダグバを街から引き離して! ひなたさん、大社に連絡を!」

 

「了解、海まで吹き飛ばす! 来い、ゴウラム、ビートチェイサー!」

 

「大社も急ぎ避難誘導を始めるそうです! 杏さんたちも合流できますか⁉︎」

 

「ダグバは私たちで何とかするしかない……ひなたたちもなるべく距離を取れ!」

 

 完全に後手に回っている人類側。クウガはとにかく安全を確保するべくビートゴウラムでダグバを引き離そうと迫る。

 

 

「ダグバァァァッ‼︎」

 

「そうそう、本気で来てよ……楽しくさぁ!」

 

 ダグバが手をかざすと、目の前に不可視の力場が形成された。それは絶対の硬度を誇り、ビートゴウラムの突撃を完全に受け止めてみせた。

 

「──っ⁉︎」

 

 ゴウラムに力を注いでも、いくら加速しても、一向に前に進まない。出力頼みの、完全に遊びで力を振るうだけでダグバはクウガの必殺技を防いだ。

 

「うーん、まだまだ足りないなぁ……こんなものじゃ、ダメだよ」

「うあっ⁉︎」

 

 ダグバが腕を横に払うのと同時にクウガとバイクが真横に大きく吹き飛ぶ。空中で体勢を整えたクウガは黒の緑に変身。ボウガンを全力で連射するも、当然のように全弾ダグバの目の前で停止した。

 

(なんだ、ダグバは何をやっているんだ⁉︎)

 

 ──高密度の神性を放って物理的な力場に変換している。あれを正面から破るには同レベルの出力が必要になるぞ──

 

「フフフ……それじゃ、返すよ」

「──っ⁉︎ クッソォォッ!」

 

 止められた全ての矢が高速で戻ってくる。クウガは黒の青で何とか回避。ダグバの頭上に飛び上がる。

 それと同時に左右後方から若葉と歌野も接近する。三方向からの同時攻撃でダグバの防御を抜く策だ。

 

「「「ハアアアアッ──ッ⁉︎」」」

 

「フフフ……お友達も一緒に遊びたい? いいよ、楽しもう」

 

 ダグバは自分を覆う球状に力場を展開。3人の攻撃を受け止める。

 

「けどダメだね。この程度じゃお話にならないよ」

「「「⁉︎」」」

 

 ため息と同時に力場を炸裂させて3人を吹き飛ばす。空高く打ち上げられた若葉と歌野は体勢を整えることもできない勢いで海に落下。派手に水しぶきをあげて意識を失った。

 

 

 

 クウガは2人とは逆方向に吹き飛び、市街地に墜落してしまった。

 周りを見渡すと目を丸くした市民があまりにも多くいた。

 

「ヤバイ……! ここで戦えば……」

 

 ガタがきている体で何とか街から離れようとするも、それより先に白い影が現れる。一瞬前まで何もなかったはずの場所に、瞬間移動してきたのだ。

 

「アハハ、命がたくさん……クウガを潰してからのつもりだったけど、ちょっとくらいいいよね」

 

 ダグバが市民に腕を向けた瞬間、クウガは怒りと焦りから無策に突撃。それを見たダグバは標的をクウガに変更、自身が元から持っていた超能力を発動した。

 

「うっ、ぐ……がああああああっ⁉︎」

 

 突如体の内側から炎に包まれるクウガ。あまりの痛みに立っていられない。

 

『超自然発火能力』

 

 クウガやガドル、ダグバが使う物質を分解・再構成する能力を応用した、対象をプラズマに変換して燃やし尽くす恐ろしい技。

 

 苦しみ続けるクウガをよそに、ダグバはゆっくりと逃げ惑う市民たちに迫る。

 

「生きてる人を全滅させたら、クウガも目覚めてくれるのかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉に何かが切れた陸人は更なる深淵に足を踏み入れる。

 

「ううううおおおおああああ‼︎」

 

 瞳が黒く染まったクウガは咆哮とともに炎をかき消して立ち上がる。

 

「ダグバァァァァァァァァァッ‼︎」

 

 走りこんでくるクウガに、ダグバは力場を展開して応じる。しかしクウガが拳を振りかぶった時、予想外のことが起きた。

 

「アァァァァァァァァァッ‼︎」

「──ガッ⁉︎」

 

 パンチの一瞬だけ、クウガの姿が変貌する。

 黒を基調として全身に金のラインが輝く。各所から棘が生えた攻撃的な手足。頭部の角も形状が変化し、常に輝きを失わなかった眼とベルトの霊石も光を失くしている。

 

 荒々しく力強いそのクウガの拳は、力場を力任せに打ち破り、ダグバの顔面を捉えた。

 

「へぇ……やればできるじゃないか!」

 

 ダグバが返礼の蹴りでクウガを吹き飛ばす。その一撃が決定打となり、変身が解除されてしまう。

 ダグバは意識を失った陸人の襟元を掴んで持ち上げる。

 

「本当にあと一歩ってところみたいだね……ちょっと手伝ってあげようか」

 

 ダグバは笑って陸人の頭を掴む。そこから天の神の力、黒い神性を送り込む。神樹の力とは異なる神の力を過剰に流し込むことで陸人の変質を後押ししようとしているのだ。

 

 ビキビキと嫌な音を立てながら、陸人の腹部、アマダムがある辺りから黒く硬質化していく。太い筋を描くように肉体の一部を変質させながら上に昇っていく。硬質化が服の内側を超えて首、頰にまで進行したところでダグバの背後から旋刃盤が飛んでくる。

 

「陸人を離せ、バケモノ!」

 

 球子が投擲した盾は、ダグバが無意識に放出している光に阻まれて命中せずに落ちる。普通の人間の投擲では不意をついたところでダグバには届かない。

 

 球子、杏、千景。勇者の力を失った3人が、それでもと武器を取りダグバの前に立つ。

 

「……伍代くんに何をしたの……!」

「今すぐ離れてください!」

 

「アハハ、言われなくても離すよ……今日はここまでだ。これだけやればクウガもボクと同じところまで来れるはずだし、次が楽しみだね……」

 

 笑って陸人を放り投げるダグバ。陸人の口からは苦しげなうめき声が漏れている。杏は全ての危険を無視して一瞬駆け寄りそうになった自身の足を必死に押しとどめた。

 

「ガドルみたいに期限を決めるのもいいけど……やっぱり最高に楽しい時がいいよね。

 うん、クウガが進化を果たしたら遊ぶことにしよう。あんまりのんびりしてたらこっちに来て適当に殺して回るから、気をつけてね」

 

 人の姿に戻り、楽しげに条件を提示するダグバ。ヤツと人間との間には、生物として決定的な違いがある。千景はダグバの笑顔に理解不能な寒気を感じて鎌を強く握る。

 

「キミたちを殺すのも今はやめておこう。クウガは守るものが危ない、っていう状況が1番強くなれるみたいだからね……うーん、そうだな……あ、こんなのはどうかな?」

 

 さも名案だと言わんばかりの態度でダグバは腕を上げる。直感で危険を察知した球子が一歩踏み込むよりも早く、周囲の建造物を発火させた。

 

「な、なんだあ⁉︎」

「まずいよこれ、まだ人がたくさん……!」

「……何なの、何なのよアイツ……?」

 

「人間は誰も直接燃やしてないから、うまく逃げれば助かるよ……さて、何人死ぬのかな?」

 

 能力を行使して直接確殺するのではなく、絶望的な危機にさらして生存の可能性と死の危険性の両方を提示する。ダグバとしては、陸人にもたらす希望と絶望のバランスをうまく取った一手のつもりだが、炎に晒される人間側からすればたまったものではない。

 

「死ぬ命と生き残る命が出てくる……フフフ、こういう趣向もたまには面白いね……ハハハ、アハハハハハ!」

 

 ダグバは純粋に楽しげな笑い声を残して一瞬で姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダグバが去り、苦しみ続ける陸人の元に駆け寄る3人。

 

「陸人さん、陸人さん‼︎」

 

 杏が触れた硬質化した頰は冷たく、まるで生物感を感じられなかった。

 どんどん人から逸脱していく陸人に、泣きそうになる己を叱咤し、彼女たちは必死に頭を回して今できることを探す。

 珍しいことに指示を出したのは千景だ。年上であるという意識と陸人の代わりを務めなくてはという義務感から毅然とした態度を無理に保つ。

 

「……伊予島さん、上里さんに連絡して救護の用意を頼んで。こうなると迎えを待つより私たちで彼を運んだほうが早いわ……」

 

「は、はい…………ひなたさん、陸人さんを回収しました! ダグバが何かしたみたいで……医療班を手配してください。これから離脱します」

 

「……土居さん、伍代くんは私と伊予島さんで運ぶわ。あなたは先導をお願い……!」

 

「任せろ! こいつがあれば今のタマでもガレキくらいなら壊せるはずだ!」

 

 盾を拾い、ひなたと連絡して最適なルートを探る球子。あまりにも攻撃的で回りが早い炎に、わずか数分でいくつかの建物が崩落している状況だ。大社職員が出せるだけの人手を総動員して避難誘導に当たっているが、明らかに手が追いついていない。

 やはり今大社に頼ることはできない。球子が道を把握し、杏と千景が両脇から陸人に肩を貸す形で支える。

 

「よっし、あんず! タマは前方に集中する。後ろのことは任せるぞ!」

 

「うん……皆さん! 自分で歩ける人は、私たちの後に続いてください!」

 

 周囲の市民に声を掛ける杏。なるべく大勢で通れるようにガレキを壊して道を作る球子。

 

「……ちょっと伊予島さん。土居さんも……」

 

 陸人が一刻を争うこの状況、千景に言わせれば市民を気遣う余裕などないのだが。球子と杏は迷わず声をかけ、手を貸し、命を救いながら進んで行く。

 

「確かに今優先すべきは陸人さんです。でも死ぬかもしれない人を置いていった結果助かった、なんて陸人さんが知ったらそれこそ絶望しちゃいます……私たちは陸人さんの代わりに、みんなを守るんです」

 

「だいたい千景だって不服そうな顔してみんなを助けてるじゃんか。ホントは自分でも分かってるんだろ? 陸人だったらどうするか、ってさ」

 

 言われて初めて気付く。無意識のうちに後ろを歩く市民のために空いている左手だけで鎌を振るい道を整えている自身に。

 

「……仕方ないわね、大社に連絡しましょう。ルート上の動ける市民は私たちに任せてそれ以外に手を回すようにって……」

 

 力だけを見れば間違いなくただの少女に過ぎない勇者たちは、目につく命に片っ端から手を伸ばし、地獄から引っ張り上げ続けた。今は動けない、自分たちのヒーローのために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……りっくん、みんな……!」

 

 友奈は丸亀城から双眼鏡を使って街の様子を伺っていた。陸人のピンチに駆け出した仲間たちが「危ないから」と車椅子の彼女を巫女の2人に任せていったのだ。ひなたと水都も神託や大社で教えられた非常時対策マニュアルに従って避難指示に専念している。現在丸亀城の教室は対策本部として連絡の中心となっていた。

 戦闘要員としての訓練しか受けてこなかった友奈は、せめて目の数合わせくらいはと、双眼鏡で上から火と人の様子を観察して危険を知らせる役に徹していた。

 

「……あっ! りっくんたち、今集合団地の脇を抜けたよヒナちゃん! あそこなら火も遠いし安全だと思う!」

 

「……はい、こちらでも確認しました……上里です、陸人さんが安全域、B-4に到達しました。大至急向かってください!」

 

 これでひとまず陸人たちは安全だろう。市民も大勢連れて火の海から逃れることができたようだ。

 しかし友奈は双眼鏡越しに見た陸人の様子が気になった。尋常ではない苦しみ方に、スス汚れには到底見えない何かで黒く染まった頰。

 また何かあったのか、自分が戦えれば……先程から気づけば後ろ向きな思考ばかりが浮かんでくる。

 そんな友奈の心情を察したひなたが声を掛ける。

 

「友奈さん、今はやるべきことに集中しましょう。幸い陸人さんたちの安全は確保できました。後は──」

 

「ひなたさん! うたのんと若葉さん、無事引き揚げられたそうです。2人とも意識はないけど大きなケガはしてないって……」

 

 涙目の水都が慌てて割って入る。これで仲間たちは全員無事が確認できた。

 

「……ふぅ、ダグバも今から引き返してくることはないでしょう。後はどれだけの人を無事に誘導できるか……私たち次第で生存者の数が決まります、友奈さん」

 

「うん……気を張ってなくちゃだね。ヒナちゃん、水都ちゃん!」

 

「……うん。一緒にがんばろう、友奈さん!」

 

 頭を振って集中する友奈。今は彼女たちの働きに人の命がかかっているのだ。

 問題を先延ばしにしているだけだ、と誰もが自覚はしていたが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから3時間、神樹の助力と各員の奮闘により、全ての消火が完了した。被害の詳細確認はこれからだが、規模と比較すれば人的被害はかなり抑えられた。

 

 しかしそれでも、樹海が破壊され、今回初めて市民に直接危険が降りかかった。

 さらに勇者たちが手も足も出ずに敗北を喫した。ダグバのほんの数分の気まぐれで、人類側はかつてない痛手を受けることとなった。

 

 大社は対応に追われ、今も本部は慌ただしい。

 そんな本部の一角、もはや専用部屋になりつつある病室に、陸人と勇者たちは集まっていた。

 

 

「陸人……」

 

「そんな顔しないで、大丈夫──」

「……悪いけど、今後一切あなたの『大丈夫』は信用しないことに決まったの。満場一致でね……」

 

「……え、えぇっと……」

 

 ベッドに身体を預ける陸人を勇者たちが囲み、まるで尋問のような状況になっている。

 

「誤魔化すことは許さん。陸人、お前のその身体……やはり融合が進んだんだな?」

 

「……うん。中の方は脳を除いて変質が終了したみたい。外見に出てくるとは……大社の人も驚いてたよ」

 

 意識して軽く話す陸人だが、そんなことでカバーできるような問題ではない。友奈が車椅子を動かして陸人の硬質化した頰に触れる。

 

「りっくん……感覚、ある? 私の手、分かる?」

 

「……ごめん、感じない。目を閉じると何も分かんないや」

 

 その言葉に友奈の瞳に涙が溜まる。不安定気味な彼女の反応に、陸人は慌てて頭を撫でる。

 

「な、泣かないで友奈ちゃん。幸い脳への侵食は進んでないって……ほら、俺は俺のままだろ?」

 

「だけど、もう……りっくんの体は人間とは違うんでしょ?」

 

「あー、まあそうなんだけどさ。でも別に中身が黒かろうが青かろうが困ることはないし……確かに失くして困るものもたくさん失くしたけど、それでも俺はそれ以上に大事なものを守れた。

 俺が後悔してないんだから、みんなが気にすることはないんだよ」

 

「……りっくん」

 

 どこまでも気丈に仲間を気遣う陸人に、勇者たちが言おうとした言葉が止まってしまう。友奈に至ってはついにボロボロと泣き出してしまい、陸人が友奈を抱きしめて背中をさする。

 

「もう、本当にどうしようもないのか?」

 

「うーん、助からないって決まったわけじゃないよ。わからないことが多いってことは、実は助かる道があるかもしれないわけだし……」

 

 その言葉は気休めにもならないことを、口にした本人ですら分かっていた。

 

 

 

 

 

 友奈が落ち着き、千景が車椅子を引いて退室していった。他の面々も激動の1日の疲れが出たのか、今日のところは帰ることに。

 

 皆が病室を出る前に、友奈が離れたタイミングで陸人は1つ聞きそびれていた疑問を口にした。

 

「あのさ、友奈ちゃんの車椅子……アレどうしたの? ケガ?」

 

 まるで()()姿()()()()()()()()()()その言葉に、一同は息を呑む。みんなが知っていたから。陸人が友奈に罪悪感を抱えていたこと、なんとかしたいと願い、模索していたことを。

 

 だからそんな思いすらも忘れてしまった陸人の顔を、誰も見ていられなかった。

 

「……ちょっと色々ありまして。長くなるのでまた今度お話しします。複雑な問題なので、友奈さん本人には聞かないでくださいね」

 

 ひなたが苦し紛れに時間を稼ぎ、少女たちは病室を出る。陸人は首を傾げながら見送るしかなかった。陸人はダグバに敗北してから自室に戻れていない。だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それを取り繕うことすら出来なかった。

 

 病室を出た一同は誰も口を開くことなく、その場で解散した。

 

 若葉は鍛錬場で淀みを払うべく剣を振るう。

 歌野は珍しく暗い顔で農作業に励む。

 水都は外の情報を集めては被害の大きさに顔を歪める。

 友奈は病室で陸人の押し花を握り涙をこぼす。

 千景はゲームに没頭し、らしくないミスを繰り返す。

 珠子はひたすらに走り、ひたすらに叫ぶ。

 杏は本を開きながら、文字を追うこともせずに俯いている。

 

 そしてひなたは考える。自分にできる何かを。

 

(陸人さんの運命を変える力は私にはない。ならば私にできるのは……)

 

 誰もが苦しんでいる。どうにもならない現実をどうにかする奇跡を求めて、何も見つけられずにもがいている。

 

 人が死に、街が燃え、勇者の心は沈んでいく。人類の最後の希望、四国は今未曾有の危機に直面していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四国結界から大きく離れた外界、諏訪の上空にダグバはいた。

 

「フフフ……ただ待ってても退屈だし、急かす意味も込めて、派手にやってみようか」

 

 気軽な調子で神の力を全開放。ダグバはその力を世界全てに向けて放つ。

 

 

 

 

 

(──っ! これは、ダグバか? 何をする気だ……)

 

 ──陸人、非常事態だ! 壁の外が──

 

 あまりにも濃密に感じる闇の力に、陸人は病室を抜け出して壁外に飛ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 天から海に降りる数多の光の柱。それが海の水を恐ろしい勢いでかき回す。

 水平線から太陽をさらに上回る大きさの炎の塊が現れる。大地は揺れ、怪音が響き、世界の悲鳴が鳴り止まない。

 

 

 

 

 

「やめろ! やめろぉぉぉぉぉぉ‼︎」

 

 惨状を見たクウガが、遥か彼方のダグバに必死に叫ぶ。それが届いたのか否か、ダグバは仕上げにかかる。

 

 クウガを運ぶゴウラムが全速で結界内に引き返す。あのゴウラムが命令を無視してでもクウガの安全を優先するほどの危険を感じたのだ。

 陸人は悲痛の叫びをあげながら帰還する直前の一瞬、世界の終わりを目撃する。

 

 

 

 

 太陽が空を覆い尽くし、そのまま地に降りてくる。

 その光が全てを包み、その熱が全てを燃やし尽くす。

 

 

 

 

 天が地に堕ち、その全てを喰い尽くした。

 

 

 

 

 

 

「アハハ、いいね……()()()()()()()()

 

 ダグバにとって、この行為に大した意味はない。暇つぶし、クウガへの釘刺し、後はかつて封印されていた場所が現存しているのが気に入らない。その程度の思いつきだった。

 

 街を燃やすのも、世界を塗り替えるのも、クウガと戦うのも、自分が死ぬのも、ダグバにしてみれば娯楽でしかない。

 神の視点から人類を滅ぼすべき、と結論を出してそのために行動している天の神とは違う。

 ただそこにあるから壊し、そこにいるから殺し、生きているから戦う。

 それが『ン・ダグバ・ゼバ』究極の闇をもたらす者だ。

 

 

 

 

「……ハハハハハハ……アハハハハハハハハハ‼︎」

 

 

 

 

 炎とバーテックスに包まれた世界に、悪魔の狂気が響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最高にタチ悪いな、ダグバのやつ。
暗い展開を1話に詰め込んでみました。そろそろ徐々に盛り返していきます。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに。


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九章3話 想起

久しぶりに原作イベントを原型に近い形でなぞります。あの微笑ましい思い出振り返りイベントです。これをみんなでやるっていうのもこの作品の目指すところの1つでした……想定外に陸人くんにしわ寄せがいってしまいましたが。


 丸亀城の教室、陸人たち8人は大社からの通達に目を通していた。

 先日の火災の被害報告と今後の指針についてだ。

 

「……死傷者の数がずいぶん少ないな。素人考えだが、この程度で収まる規模だったか?」

 

「……大方、勇者に余計なことを考えさせないように改ざんしてるんでしょう。いつものことよ……」

 

「……ったく、アレも嘘、コレも嘘じゃ、もう聞くだけ無駄じゃないか」

 

「大社のやり方に、理がないわけじゃないけど。でも私たちは人間で……世界に都合のいい存在には、なれないもんね」

 

 これまでの秘密主義、隠蔽体質に陸人の件がトドメとなって勇者たちの大社への信用は地に落ちている。それは大社に名を連ねている巫女の2人も同様で、1番大社に友好的なのが当の陸人というのだからおかしな話だ。

 

「ま、まあまあ……次読んでみようよ。今後の行動指針でしょ?」

 

 陸人の言葉に小さく返答し、若葉が書類をめくる。

 アレ以来ずっとこの調子だ。ヘタに自分の感情をぶつけても陸人を困らせるだけ。しかしこのまま何もしなければ陸人はいずれ手の届かない場所に行ってしまう。

 さらに先日の世界の崩壊。衝撃的すぎる光景は勇者たちの心を折るに十分だった。

 

 誰もなにも言えないまま、気まずく重苦しい空気が蔓延している。

 

「一度樹海が破られた以上、次も同じことが起きることは間違いない。今後は神樹がさらに私たちに力を授けることになるそうだ。

 あらゆる手で戦力強化を図りつつ、ダグバとの決戦に備える。今もヤツを追跡し、動向を探っているらしい。

 可能な限り時間を稼ぎ、万一ダグバが襲来してきたら即座に私たちで迎撃……だそうだ」

 

『あらゆる手で』 ぼかした言葉ではあるが、つまりはクウガの進化を求めているという本音は全員が感じとった。

 

「特に新事実もない、予想通りの内容でしたね……」

 

「……で、でもさ、神樹様が直接バックアップしてくれるなら心強いよね」

 

「確かにそうだけど、ダグバは天の神の一部を吸収してるんでしょ? そんな相手にどうやって……」

 

 球子、杏、千景、友奈の4人はかなり参っていた。陸人にぶつけるわけにもいかない不満のはけ口に大社を選び、神樹についても半信半疑だ。

 若葉と歌野も自分のモチベーションを維持するのがやっとで、ひなたも何か考え込んでいる。陸人1人が前向きな言葉を口にしてもこの空気では効果がない。

 

 困りきった陸人がため息をついたところで教室の扉を開けて水都が入ってきた。

 

「あっ、水都ちゃん。おかえり」

 

「……ただいま、陸人さん」

 

「お帰りなさい、水都さん……外はどんな様子でしたか?」

 

「やっぱり閑散としてる。幸い暴動とかはないみたいだけど、代わりに活気もなくて……家にこもってる人が多いみたい」

 

 水都はいつもの保育園や市民の様子を確認しに外出していた。

 大社のマークが厳しい勇者たちやひなたに変わって情報を集める役も兼ねている。

 

 彼女たちはこと情報面に関しては大社を一切信用していない。水都や本部の情報を流してくれている信頼の置ける巫女たちと協力して現状の正しい把握に努めているのだ。

 

「火災現場の方も見つからないように遠目から見てきたけど、あれはもうダメだと思う。完全に更地にして立て直す方が早いんじゃないかってくらいに荒廃してたよ」

 

「そっか……園のみんなは?」

 

「みんな無事みたい……場所が離れてるからね。それでも今日は来てない子も多かったよ」

 

 段階的な大規模避難も計画されているらしい現状、街も死んでいるに近い。この状況を打破できる要素は、皆の頭には1つしか思い浮かばなかった。

 

「ダグバはどうにかして倒さなきゃいけない。だから……」

 

「それ以上言ったら今度はタマがブン殴るぞ、陸人」

 

「陸人さんがいなくなっちゃうなんて、絶対に嫌です」

 

 陸人の言葉に噛み付くように返す球子と杏。ここ数日の間に何度か繰り返した流れだ。

 

「ゴメン、でも……」

 

「……謝るなら、私たちが苦しいって分かってるなら、言わないで……」

 

「もうイヤだよ。りっくんが傷つくのを、黙ってみてるのは……」

 

「…………」

 

 1番大切な存在に言われてしまえば陸人はなにも言えない。しかしその大切な存在を守るためには陸人が戦うしかないのもまた事実。

 今回もまた悲痛な空気だけを残して会話が終わる。

 

 

 

 

 

 

 そこでひなたが前に出る。殊更明るい声で無理やり笑う。

 

「……みなさん、このまま話しても生産的な結論は出ません。気分転換をしませんか?」

 

 そう言ってひなたは大量のメモリーカードを取り出す。

 

「気分転換って……」

「ひなた、それは……」

 

「はい、みなさんとの生活の中で撮りためた写真のデータです。たまには思い出語りも良いのではないかと思いまして」

 

 言いながら手際よくメモリーカードをパソコンにつなげるひなた。みんなで見るために用意したものだ。

 

 ひなたは何も言わないが、その意図に全員が気づいた。彼女は陸人の記憶の抜け落ちを気にしている。自分たちの気持ちとの齟齬を少しでも埋めるために記憶のフォローをしようとしている。

 

「……ひなたちゃん、ありがとう」

 

「あら、なんのことでしょうか?」

 

 笑ってとぼけるひなた。陸人も久しぶりに力の抜けた笑顔を見せる。

 陸人が乗り気になったこともあり、全員でパソコンを覗き込む。

 

 

 

 

 

「お? これは……初めてタマたちが丸亀城に来た時の写真だな!」

 

「へぇ、ってことはみんなまだ小学生か……確かに幼い感じ。なんだか表情も固いし」

 

 最初に出て来たのは丸亀城に連れてこられた当初の7人の写真。困惑を浮かべながらも陸人が球子と杏の手を取って何か語りかけているようだ。

 

「……こうしてみると、伍代くんたち3人は最初から距離感が近いわね……」

 

「侵攻の時も、城に呼ばれた時も、ずっと3人一緒でしたからね。私は特に色々怖くて……2人にくっついてた憶えがあります」

 

(……うん、さっそく記憶にないな。印象的な時間だったはずなんだけどな……)

 

 

 

 

 

 次の写真は7人で初めてうどん屋に行った時のものだ。

 

「……ああ、友奈が香川のうどんが食べたい、と言ったんだったな」

 

「うん。若葉ちゃんとヒナちゃんのオススメのお店に連れてってもらって……すっごく美味しかったなぁ」

 

「あれが今のうどん主体の食生活の始まりでしたね」

 

「む〜〜〜、蕎麦派の私としては複雑ね」

 

「うん、確かに美味しかった……あの時からだね。料理に興味が湧いたのは」

 

 味覚を失ってからは料理をしなくなり、食事も簡素にすませるようになった陸人。彼の気持ちを察した歌野が背中を叩いて笑いかける。

 

「落ち着いたら陸人くんのために香り、歯ごたえ、のどごし、彩り……味覚以外で楽しめる最高の蕎麦を作ってあげるわ。約束する!」

 

「歌野ちゃん、ありがとう……最高の蕎麦、楽しみにしてるね」

 

 ペットにそうするように歌野の頭をワシャワシャと撫でる。歌野も目を細めて受け入れている。それを聞き流せないのはうどん派の面々だ。

 

「ま、待て陸人。そういうことならうどんだって……」

 

「こういう時は、やっぱりヒナちゃんかな?」

 

「フフフ、分かりました。私に作れる最高のうどんをお出しします。楽しみにしていてくださいね、陸人さん」

 

「ありがとう、嬉しいよ。もう食事が楽しくなくて、億劫になって来てたからね……あ、そうだ。良ければ若葉ちゃんのきつねうどんもまた食べたいな」

 

「わ、私か? しかしひなたと比べると私の腕は……」

 

「確かにひなたちゃんは料理上手だけど、俺は若葉ちゃんのうどんも好きだから……ダメかな?」

 

「……し、仕方ないな。そこまで言うなら、やってみよう」

 

「ん、ありがとう若葉ちゃん」

 

 未来の約束を交わして、次の写真へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 いくつか日常風景の写真が続く。その殆どを陸人は憶えていなかった。やがて話題は陸人、球子、杏の3人が写っている写真に移る。

 

 陸人が眠っている杏を背負い、球子が手提げ袋を持って隣を歩いている。新しく買った文庫本に夢中になった杏が公園で寝過ごしてしまい、仲間一同で捜索する事態になったのだ。

 

「陸人さんと球子さんが必死に探し回って、杏さんを発見したんでしたね」

 

「そんなことがあったのね……球子さんはコレ、何を持ってるの?」

 

「ああ、陸人が遠くの古本屋を回ってあんずが探してた本を集めてたんだよ。この頃は特に読書熱がすごくて危なっかしいくらいだったからな」

 

「……これは憶えてるよ。部屋で落ち着いて読書してもらおうと思って、杏ちゃんのお目当てを揃えてた帰りに話を聞いて捜索に回ったんだったね」

 

「私も憶えてます。『外で読むなら危なくないように俺も誘って』って言ってくれて。

 それ以来お互いのオススメを読んだり、タマっち先輩に読書を浸透させようとしたり……読書に関して一緒に色々やりましたね」

 

「でもって落ち着いたあんずが陸人におんぶされてるのに気づいて暴れだしてなー、2人でずっこけちゃったんだよな」

 

「……ああ、それであの時妙に汚れてたんだな2人とも」

 

 美しい思い出が勇者たちの胸に小さな光を宿す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリスマスツリーと共に写る一同。千景が友奈と仲良くなった思い出の日。そして陸人の誕生会の写真だ。

 

 

 

 

 

 

 クリスマスを祝うこともない家庭で育った千景のために子供主導でできるだけのパーティーの準備をしていた時、陸人が不意にこぼしたのだ。

 

「あ、そういえば24日って俺の誕生日だ」

 

 当然一同は驚く。あまりにもあっさりと今思い出したように口にした陸人に呆れるやら驚くやらだ。

 彼は血縁の顔も本当の誕生日も知らない。兄に拾われて日本に来て、最初の祝い事がクリスマスだった。賑わう街に感動した陸人に、雄介がこの日を誕生日にしようと提案したのだ。

 

「……誕生日……誕生パーティー、というものも、あるのよね?」

 

「それならりっくんの誕生パーティーも一緒にやっちゃおう! 何か欲しいものはある?」

 

 そんな友奈の提案で結局仲間たちが自分でプレゼントを選ぶこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 千景にとっては初めてクリスマスパーティーをして、初めてプレゼントを選び、初めて誰かの誕生日を祝った、特別な日となった。

 

(……そうか、部屋にあったプレゼントは、この時のものか)

 

 陸人は記憶にない本やネックレスの由来を確認できた。

 

「この時に陸人さんが色々見せてくれましたね。ダンスとかマジックとか……」

 

「うんうん、すごかったよね!」

 

「……ええ、あの日は、楽しかったわ……」

 

 陸人にその記憶はない。それでも彼女たちの話を聞いて、写真に写る笑顔の自分を見れば失った幸せな時間を感じられる気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「ん、この辺りは結構最近のものですね……ほら、歌野さんと水都さんもいます」

 

「あら、これは陸人さんが農業デビューした日ね!」

 

「うん、正確にはうたのんが陸人さんを畑に引っ張っていった日だね」

 

 土にまみれた歌野が陸人と水都に抱きついて、畑に倒れこんでしまう3人が写っている。久しぶりに見込みのある農作業仲間を見つけてテンションが上がっているようだ。

 

「私が農業王になるにはやっぱり頼れる仲間が必要だから、って陸人くんに勧めてみたらスジが良くてねー。でも何度勧誘しても乗ってくれないのよ」

 

「陸人さんはやることたくさんあるからね。それでも時々手伝ってくれてて……」

 

「……うん、多分全部じゃないけど、農作業をした記憶はあるよ。自分が食べるものを自分で育てる。いい経験だったよ」

 

「ふーん、知らなかったな……時々いなかったのはそういうことだったのか」

 

 まばらな記憶の中にも確かに残る感情がある。陸人は命を育む農業という行為に感じた情動をわずかに憶えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後の一枚。9人で桜の下で撮った集合写真。花見の席で一同の笑顔の花が咲いている。

 

「タマとあんずが仕切って、弁当も作って……」

 

「桜も満開で、すっごい綺麗で……」

 

「ああ、本当に楽しかったな」

 

「憂いはあれど幸せな時間でした。若葉ちゃんと陸人さんの剣舞、まさに優美そのもので……」

 

「りっくんのギターで、ぐんちゃんと歌ったよね。ぐんちゃん上手でびっくりしたよ」

 

「……そんなことは……高嶋さんこそ、本当に綺麗な歌声だったわよ……」

 

「私たちも頑張ったわよね! きっとアレはお金取れるレベルだったんじゃないかって今は思うわ」

 

「そ、そこまでかは分かんないけど。複合パフォーマンスは、確かにすごく良くできたよね」

 

 その全てを陸人は忘れている。何も言わない彼の態度に全てを悟った少女たちは、少しでも想いを共有するべく記憶を細かく語り合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ありがとう、覚えてないこともあったけど、本当に楽しかったよ。俺はみんなと過ごした時間が、これ以上なく幸せだったんだ」

 

 幸せな時間を振り返り、勇者たちの雰囲気は少しだけ明るくなった。根本の解決にはならないながらも、陸人の言葉は先程よりも少女たちの心に響いている。

 

 陸人の前向きな言葉に気持ちが上向きになる。

 陸人の未練を感じない言い方に切なくなる。

 

「今日はここまでにしよう。ひなたちゃん、本当にありがとね」

 

「……少しでもお役に立てたなら、嬉しいです」

 

 陸人の笑顔に心が温かくなる。

 陸人の後ろ姿に不安を覚えてしまう。

 

 

 

 

 相反する2つの感情が少女たちの精神を不安定にする。

 希望の光はまだ、彼女たちには見えていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大社本部、資料室。真鈴は1人研究を続けている。陸人の状態を知ってから、大社総動員の避難誘導を除いた全ての時間をクウガの研究と例の神託の解析に費やし、かれこれ3日、資料室で過ごしていた。

 

(……やっぱりおかしい。過去の陸人くんのレントゲンや脳波。統合してみると進行の規則性が見えてくる。それに従えば今回の進行で間違いなく脳を侵されて陸人くんは終わってた……)

 

 真鈴が引っかかっているのは今回ダグバによって強制的に融合が進行させられた陸人の体の変質具合だ。全ての記録を洗ってみると、外側が変質するのに段階を踏むというのはおかしい。脳を侵食することで融合は完成し、それと同時に人の外見も完全になくなるはずだったのだ。

 なのに今もなお陸人の脳は無事で、彼の人格は健在なまま中途半端に外側が変質している。

 

(……もしかして、あの神託って……希望的観測が過ぎる、願望に近い分析だけど、もしそうだとしたら!)

 

 1つの予想、彼女自身の願いが多分に混じった光明を見出した真鈴のもとに、新たな神託が降りる。その考えに辿り着いたことへの褒美のように、神から新たなヒントが与えられたのだ。

 

(……これは……そっか。なら、いけるかもしれない……!)

 

 陸人から教わった、諦めない心。それが巡り巡って陸人を救うための力になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここから絶望の中の希望を掴み取るフェイズに移行します。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに。


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九章4話 明暗

九章終了。

ここから逆転タイムです。

あまりにも無理くりな理屈を展開します。お気をつけください。


 陸人に1日一度検査を命じるほどに、大社はクウガを心配し、警戒し、期待していた。

 一通りの検査を終えて、後は結果が出るのを待つだけの陸人は当てもなく本部をうろついていた。

 

(……う〜む、警戒されてるなぁ。すっかり危険人物扱いだ)

 

 ──当然といえば当然だがな。奴らにとって貴様は頼みの綱であると同時に最大級の爆弾だ──

 

 あまりの空気の悪さから逃れるために外に出ようとする。陸人はそこで3人の巫女が重苦しい雰囲気で歩いているのを見つけた。

 

(なんだろう、憶えがある顔だ……抜けた記憶の中で、会ったことがある相手か?)

 

 そのただならぬ様子が気になった陸人は、彼女たちの後を追った。見逃してはいけない何かが、そこにある気がしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三ノ輪さん、鷲尾さん。以前から話は聞いていたわよね? 天の神に赦しを乞うための『奉火祭』……その人員に私たちが選ばれました」

 

「……そう、ですか。予想はしていましたが……」

 

「ちょっ、実加ちゃん、ひかりさんも……淡々としすぎやろ」

 

「あなただって分かっていたでしょう? 適任として選ばれる範囲に自分がいることを」

 

 大社はダグバへの対抗策と並行してその後についても考えていた。ダグバに負ければそこで全て終わり。そして勝てたとしても最早人類側に戦う力は残らないだろう、というのが上層部の予想だ。

 なのでクウガがダグバを消滅させられた場合に備えて、天の神が弱っている現状、神話の『国譲り』を模倣した儀式を計画した。

 神の声を聞く力を持つ巫女を捧げることで、人類側の希望を天の神に伝える。それが奉火祭だ。

 

「天の神に言葉を届けるための生贄……それにはより高い適正を持った巫女が必要。私も三好さんも覚悟はしていたんです、奈々さん」

 

「そら、私も分かってたけど……分かってるけど!」

 

 三好と呼ばれた巫女が、持っていた資料を2人に見せる。

 そこには奉火祭に選ばれた6人の巫女の名前が記されていた。

 

 上里 ひなた

 藤森 水都

 安芸 真鈴

 三好 ひかり

 鷲尾 実加

 三ノ輪 奈々

 

 適正が高い順に上から6人の巫女が選ばれた。そこには勇者付きの巫女として貢献してきたひなたと水都、クウガ関連の研究や神託で唯一無二の成果を上げた真鈴も例外なく名を連ねていた。

 

「……なあ、ひかりさん。私らはともかく、ひなたさんたちはどうにか外してもらえんのかな?」

 

「……そ、そうです。3人は大社への貢献も大きいし、なにより勇者様たちとの繋がりが強い。生贄なんて……」

 

「そうね、私もそう思う。それでも大社がそう決定したということは、上層部はもう勇者様に期待はしていないのかもしれないわね」

 

 ダグバを倒したら、という仮定すらもかなり希望が入り混じったものだ。その上で天の神と戦う戦力が残るとは、到底考えられないのだろう。

 クウガはダグバと共に消えてもらう。もしくは潰し合った果てに危険な存在になれば消耗した隙にどうにか消すしかない。そしてどんな過程を経ても、勇者もそこまでだ。クウガ抜きの勇者ではどうしようもない。

 

 最重要は四国を、人類の生存域を死守すること。神の許しを得るためにはいずれ力を捨てる必要があると予想される。ならば有効に使い捨てる。それが大社の決定だ。

 

「今はあの3人は不在だけど、今日のうちには通達がいくでしょう。せめてそれまでに、私たちは気持ちを整えておくべきです。

 彼女たちにも勇者様たちにも、自分のことだけに集中してもらうために」

 

 悲壮な決意を固めたひかりに、実加と奈々もためらいがちに頷く。

 彼女たちも神に選ばれた巫女、それも生贄に選ばれるほどの存在。状況に飲まれて曲がってしまいながらも、固く強い意志を持っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 陸人は1人本部を歩く。向かうのは資料室。奉火祭について詳しく知るためだ。

 上層部に殴りこむことも考えたが、今大社で混乱を起こせば困る市民が大勢いる。聞いてしまったことを誰にも気付かれずに手を打つしかないのだ。

 

(……ひなたちゃん……水都ちゃん……真鈴さん……)

 

 アマダムは何も言わない。大社に呆れているのか、今の陸人を刺激しないようにしているのか。

 

(……奉火祭……天の神に捧げる……)

 

 向ける先を見失った怒りが、陸人の中で渦を巻く。

 

「巫女が生贄だと? ……させるかよ……!」

 

 誰にも聞こえないように呟かれた陸人らしくない言葉に、違和感を覚える者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陸人が検査を受けている時間。真鈴は勇者たちに会いに丸亀城に訪れていた。

 

「真鈴さん、非常に重要な話とのことですが……」

 

「うん、クウガについて……陸人くんの体について」

 

 その言葉に目を見開く一同。真鈴は資料を広げて説明を始める。

 

「これまでの進行の度合いから考えて、今の陸人くんの状態は少しおかしいんだよね。脳に侵食せずに表面化している……順序が変なんだ」

 

「……よく分かんないけど、順番が違うと何かあるの?」

 

「本来の流れから逸れたのは何かが阻害しているから。あの遺跡から持ち帰った遺物や神託をもとに考えたの。これは私の希望的観測になるんだけど……」

 

 一同の顔を見回して真鈴が告げる。

 

「クウガが究極の進化を果たすには使用者の心が完全に黒く染まる必要があるんじゃないかな。

 精神を染め上げられた時、脳も侵食される……陸人くんは今、危ういバランスのままギリギリで正常な心を保っている。それが今の半端な進行をもたらしているんだと思うの」

 

「確か、『聖なる泉枯れ果てし時 凄まじき戦士雷の如く出で 太陽は闇に葬られん』でしたか……そう言われると、確かに納得できますね」

 

 陸人は度重なる消失と負担、激闘と絶望に耐えて人間としての在り方を捨てていない。ダグバを残して死ぬわけにはいかない、その義務感が陸人を最後の一歩手前で押しとどめており、それが陸人を苦しめ続けてもいる。

 

「……今の伍代くんについてはだいたい理解したわ。それで、彼を助けるにはどうすればいいの?」

 

「それについては更に願望が入り混じった予想になるけど、それでも聞く?」

 

 間髪入れずに頷く全員。真鈴は苦笑して説明を再開する。

 

「『心清き戦士 力を極めて戦い邪悪を葬りし時 汝の身も邪悪に染まりて永劫の闇に消えん』

 これがついこの間新しく届いた神託。これは多分究極の戦士の本来の在り方を示すもの」

 

「ダグバという邪悪を倒すためには同じ存在に至るしかない、という意味ですか」

 

「ダグバも『ボクと同じところまで』って言ってた。クウガにはその力があるってことなんだな」

 

 杏と球子はダグバと対峙した時を思い出す。あんな闇の塊と同じ存在に陸人が変わると言われても、現実感がまるでない。

 

「それともう一つ、同時に届いた神託があるの。

『清らかなる戦士 心の力を極めて戦い邪悪を葬りし時 汝自らの邪悪を除きて究極の闇を消し去らん』

 これはきっと、究極の進化を果たしたクウガの運命を乗り越える……その可能性を示してるんじゃないかって……」

 

「心の力を極めて戦い邪悪を葬る……それって!」

 

「人の心を無くさずに究極の戦士になるってこと? そんなことができるの?」

 

 感覚派の水都と歌野は表情に希望と疑問を浮かべている。

 

「これまでの陸人くんの心理分析やアマダムからの情報を総合して考えたの。クウガの力を引き出すのに1番大切なのは、使用者本人の内から湧き上がる生の感情。いつだってそれがクウガを強くしてきた」

 

「……生の、感情? それは今の伍代くんにはないものなの?」

 

「……りっくんは今、道徳観や義務感で人を守ろうとしてる。追い込まれすぎて、自分の感情を捨て始めてるんだよ」

 

 千景の疑問に内面をよく見ている友奈が返す。進行が決定的になってからの陸人は正論や強がりの言葉ばかりを口にする。本人の内に確かにある弱音を吐き出さないように、機械的に感情を封じているのだ。

 

「そう、だから必要なのは……とても難しい感情と理性の両立。

 危機感を持たずに希望にすがる訳じゃない……自己犠牲心でヤケクソに身を投げ打つのも違う……

 恐怖心を持ちながらも、生きることを諦めずに、自分もみんなも欲張りに守りきる。その覚悟が、人のまま究極へと至る道なんだと思うんだ」

 

 それは人の心で成し遂げるには非常に難しい。絶望から目を背けずに立ち向かうだけでも強い精神力がいる。さらにそこから陸人が偏りがちな自己犠牲に走ることなく、最も困難な可能性に手を伸ばす。

 外の情勢も、自身の内面もこれ以上なく追い詰められた陸人1人では決して至れない境地だ。

 

「陸人に、人類も自分も諦めさせない……その意思を持たせることが唯一の打開策、ということか?」

 

「そのために、わたしたちにできることは……」

 

 若葉とひなたは考える。人類のために、何より陸人のために自分たちに何ができるのかを。

 

「陸人くんは今正しく現状を理解している。だから必要なのは、生きたいと彼自身に思わせること。未来に希望を持たせることが、陸人くんの心を未来へ向ける一番の近道のはずだよ」

 

 それができるのはあなた達だけだから。真鈴は笑顔で可能性を示す。ここからはみんなの出番だよ、と渡されたバトンを、少女達は確かに受け取った。

 

「みんな、私は陸人に生きていて欲しい。そのために……」

 

 若葉が仲間を見回して告げる。その眼には確かな光が宿っている。

 

「若葉ちゃん。皆までおっしゃらずとも、全員が同じ気持ちですよ」

 

 ひなたが笑う。やっと全員が同じ方向を向いたことに安堵していた。

 

「りっくんはいつも助け合い、って言ってた。りっくんを助けるために、わたしたちにできることがあるのなら」

 

 友奈が涙を拭う。2度と立ち上がれない足に、それでもと力を込める。

 

「……彼には一生かけても返せない恩がある。こんなところでいなくなられると困るのよ……」

 

 千景が顔を上げる。素直じゃないその言葉に、彼女の素直な感情が乗っていた。

 

「私と若葉はまだ戦える。どんな手を使っても、陸人くんを繋ぎとめてみせるわ」

 

 歌野が誓う。仲間に、世界に、何よりも自分自身の心に刻み込む。

 

「陸人さんはみんなのヒーローだもん。信じて、求めて、想い続ければ、それは絶対に届くはずだよ」

 

 水都は信じる。出会ったその日から、彼女が彼を疑ったことは一度たりともありはしない。

 

「力を失くしたタマたちでも、陸人を守れるなら……タマはなんだってやる。まだ伝えられてないこともあるんだからな!」

 

 球子が堂々と言い切る。勇者として、少女として、陸人との別れを許容することは彼女には絶対にできないのだ。

 

「生きてさえいれば、人はいくらでも可能性を持てる。陸人さんが教えてくれたことを私も伝えてあげたい。陸人さんが、どれだけ愛されているのかを……」

 

 杏は力強く声にして、尻すぼみに小声になっていく。最後の『愛』については、やはりまだ気恥ずかしいようだ。

 

 

 

 

 

 

 彼女たちは、勇者で、巫女で、神が選んだ少女たちだ。

 運命が戦えと言うのなら、大好きな彼を奪おうとするのなら、その運命とだって戦ってみせる。

 

 

 

 そう言い切れる彼女たちだからこそ、神は信じて託したのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




暗い未来をなんとかしようともがく陸人。
やっと一筋の光明を見出した勇者たち。
合わせて『明暗』です。
言葉に合わせるなら順番逆ですが、ここまで散々暗いしめ方で続けてきたのに九章の最後まで「……させるかよ……!」でシメるのはちょっと、と思いまして、希望で次章につなげました。

次回、最終章です。最後なのでしっかり仕上げる必要がある上にちょっと長めに予定していますので、時間がかかります。まとまる前に上げても問題ない部分を小出しにしていくかもしれないです。

感想もらえるとモチベ上がって早く描けるかも……(露骨なおねだり)

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに。



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十章1話 勇気

十章開始。序盤数話は最後のコミュ回になります。

調子乗りすぎて若干キャラが変わって来てしまっているかも…







 曇天の朝、陸人は1人ベンチに座っていた。急遽今日から数日間、検査や訓練の予定が取り消され、暇を持て余しているのだ。空いた時間に今後について考える。どうするべきか、どうしたいのか。

 

 1日使って資料とにらめっこして得た結論は、自分では無理ということだった。奉火祭についてどうこうするのは諦めた。専門外な上に誰かを頼ることもできないのだから。

 奉火祭について陸人が知っていると大社に気付かれれば、下手すると巫女たちに何か余計なことをしてくるかもしれない。拘束なり強制なりされてしまえばさらに状況は悪化する。今の追い詰められた大社ならやりかねない。さすがの陸人も彼らの人格面に期待することはできなくなっていた。

 陸人の手に負える案件ではない。そもそも完全に門外漢だ。こうなるといかにしてダグバと天の神を封じるかだが……

 

(確かなんだな? アマダム)

 

 ──ああ、天の神は今非常に弱っている。消滅ギリギリまで吸収されたらしいな──

 

(それなら、ダグバをなんとかできれば……)

 

 ──多少でも余力があれば、ダグバを倒せる力ならそのほんの一部でも今のヤツを撃退することはできるだろうな──

 

(撃退、か……)

 

 ──やはり神の集合体だからな。完全に消滅させるということは不可能に近い。だが一度致命打を与えた後なら神樹の手を借りて交渉の場を作ることも考えられる。それもこちらが優位に立てる流れでな──

 

(なるほど、つまり目下最大の問題は……)

 

 究極の進化。それを目の前にして陸人は迷っていた。

 進化するべきかどうかではない。それは考えるまでもなく、するべきだ。それ以外に道はないのだから。

 

 陸人が迷っていたのは自分の心。進化したいのかどうか。

 みんなを守りたい。そのためには進化するしかない。だから進化したい。

 そんな回り道な思考を経てもなお、進化したいと言い切ることができなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 ──出会った頃に言ったな。クウガの力を真に引き出せるのは己の内から生まれる感情だけだ。選択肢を奪われ、状況に呑まれて覚悟を決めた気になっている今の貴様では、形だけ進化に至れてもそれで終わりだ。ダグバには勝てん──

 

(俺の、感情……以前の俺にできていて、今の俺にできていないこと……)

 

 ──迷ったなら周りを見渡してみろ。誰かを助け続けた貴様が、誰にも助けてもらえない、などということはありはしない──

 

 

 

 

 

 その言葉を最後にアマダムは黙り込む。直後に後ろから聞き慣れた声が飛んでくる。

 

「……おはよう、伍代くん……」

 

「あ、千景ちゃん……おはよう」

 

 陸人は違和感を覚えた。千景が挨拶をしてきたこと、ではない。この頃の千景は時々ではあるが自分から挨拶するようになった。数少ない最近陸人が嬉しかったことの一つだ。

 しかしここで千景と会うとは思わなかった。陸人が座るベンチは敷地の端。城からも寮からも近くはないし、外に出るにもここを通る必要はない。

 

「……これから高嶋さんの病室に行くんだけど。その、よかったら……」

 

 もじもじしながら言葉を濁す千景を見て陸人はああ、と納得した。自分に気を遣って、他人を誘うという不慣れなことにも挑んでくれている友達が微笑ましかったし、嬉しかった。

 

「そっか、よければ俺もご一緒したいな。どう? 千景ちゃん」

 

「……ホント? よかった……ぁ、コホン……それなら、一緒に行きましょう」

 

 一瞬パァッと表情を明るくし、直後恥ずかしげに誤魔化そうとする千景の愛らしさに陸人は笑顔を隠せない。

 フードを目深にかぶり、硬質化した顔を隠しながら病院に向かう。歩きがてら見舞いの品でも買おうかと考えていた陸人の腕を、少女の細腕が抱きしめた。

 

「──っと、千景ちゃん?」

 

「……こ、こうした方が伍代くんの顔を隠せるでしょう?」

 

「いや、この体勢だと却って目立つし……というか、顔赤いよ千景ちゃん。恥ずかしいならやらなければ──」

 

「い、いいから! このまま行きましょう……それとも、私とじゃ嫌? 鬱陶しかったなら、すぐに……」

 

 悲しそうに表情を歪めて離れようとする千景。陸人はその手を取って引き寄せる。

 

「そんなことないよ。ちょっと驚いただけだから……嬉しいよ。気を許してくれてるというか、さらに仲良くなれたんだなって」

 

 陸人の言葉に完全に不意打ちを食らった千景。思わず緩む顔を隠すように陸人の肩に押し付けると、流石の彼も動揺する。

 

「ち、千景ちゃん。これじゃ歩けないよ」

 

「……い、いいからもう少し待って……! 今の顔を見られたくないの!」

 

 閑散とした今の街で密着しながらワタワタと騒ぐ、側から見ればカップルにしか見えない男女はたいそう目立ったが、2人はそれどころではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、ぐんちゃん! りっくんも来てくれたんだね……あれ、どうしたの? なんだか2人とも顔が赤いような……」

 

「……おはよう、高嶋さん。とりあえず、気にしないでちょうだい……」

 

「あー、えっと……定番だけど、果物買ってきたよ友奈ちゃん。よければ剥くけど今食べる?」

 

 道中のドタバタを払拭しきれず、微妙な雰囲気でやってきた2人に、友奈は首をかしげる。

 

 

 

 

 

 

 

「それで、ここのうどんはやっぱり茹でが甘いと思うんだよ!」

 

「……よく知らないけど、病院食って簡易で質素で少量ってイメージがあるわね……」

 

「まあ健康面で見れば病院食ほど考えられた食事もなかなかないんだろうけどね」

 

 リンゴを食べながら和やかに話す3人。陸人に気づかれないように2人が目配せをすると、ゆっくりと千景が立ち上がる。

 

「……ごめんなさい、少し席を外すわ……」

 

 女所帯で3年以上暮らしてきた陸人は、何も言わずに千景を見送る。

 2人きりになったところで友奈が一つ深呼吸。勇気を出してベッドから立ち上がる。

 

「──っ! 友奈ちゃん⁉︎」

 

「……んっ、くっ……わわっ!」

 

 ほんの数秒直立姿勢を維持して、友奈は倒れこむ。陸人が抱きとめると、鍛えているはずの彼女がこのごく僅かな時間で息を荒げているのが分かる。

 

「友奈ちゃん、大丈夫?」

 

「……ふぅ、急にゴメンね。ちょっとりっくんに見てほしくて……」

 

 陸人は友奈を抱き抱えてゆっくりベッドに戻す。優しく腰掛けさせてタオルで汗をぬぐうと、友奈も笑顔に戻る。

 

「いきなりどうしたの? 危なかったよ今の」

 

「うん。足はもう動かない、って言われたけど……それでもリハビリはやっててね。体のバランスを取って棒立ちをちょっとの間維持するのがやっとだけど、お医者さんにも驚かれたんだよ」

 

「それは……すごいね。さすが友奈ちゃん」

 

 陸人は友奈の両足が動かなくなった経緯を記憶していない。それでもノートに残された、憶えていた時の自身の懺悔の気持ち。そして懸命に努力し、変わらず笑っている友奈を見て、かつてと同じように罪悪感を抱えている。

 友奈はそれが嬉しかった。何を忘れてしまっても、何を失くしてしまっても、伍代陸人は変わらない。いつだって自分を想ってくれている陸人の気持ちを少しでも楽にしてあげたかった。

 そう思えば無意味にも思えるリハビリだって頑張れた。これからだって頑張れる。

 

「りっくん。私、諦めないよ。だからりっくんも、諦めないでほしいんだ」

 

「……友奈ちゃん、ありがとう」

 

「指切りしよ、りっくん……私たちは絶対に諦めず最後の最後まで努力を続けます! ……うん、約束!」

 

「……ん、約束だ」

 

 

 

 向き合って約束を交わす2人。陸人が一瞬俯いた隙に、友奈は小指を絡めていた陸人の右手を両手で強く優しく握る。

 

「友奈、ちゃん?」

 

「難しく考えることないの。ただ、分かってほしい……りっくんに生きててほしいって、みんなが願ってることを」

 

 陸人はその真っ直ぐな言葉に何も返せない。忘れてしまうかもしれない。死んでしまうかもしれない。人間としての伍代陸人ではいられなくなってしまうかもしれない。

 少女の真摯な願いに応えるには、彼自身が抱える問題が重すぎる。

 悩む陸人に、友奈は先ほどとは違う勇気を持って語りかける。

 

「難しく考えないでってば、もっとシンプルでいいんだよ。

 例えば私なら、この足についてはこれから一生向き合っていかなきゃいけない……だから、一緒に真剣になって悩んでくれる、一緒に頑張ってくれる人が生涯のパートナーとして支えてくれたら嬉しい……とかね」

 

 うっすら顔を赤らめて呟く友奈。恥ずかしさに負けて迂遠な言い方になってしまったが、陸人はその意味を汲み取り、即座にその考えを抹消した。

 

(……いやいや、違う違う。これは単にリハビリを応援してほしいって意味で……自意識過剰か、俺は)

 

 頭をブンブン振って苦悩する陸人。自分の言葉が正しく伝わって、嬉しいやら恥ずかしいやらの友奈。

 

「りっくんも自分のやりたいこと、考えてみてほしいな。何か見つけたら教えてね!」

 

 

 

 空気を払拭するべく友奈が伝えたかったことを総括すると、千景が病室に戻ってきた。

 

「……それじゃ、今日はそろそろ帰りましょうか、伍代くん……」

 

「もう? 千景ちゃん、あんまり友奈ちゃんと話せてないんじゃ……」

 

「……いいのよ。今日はもう十分……」

 

「そ、そうなの? 分かった。それじゃ友奈ちゃん、また来るからね」

 

「うん。今日はありがとう! またね、りっくん、ぐんちゃん」

 

 笑顔で手を振り、2人を見送る友奈。

 言うべきことは言えた。あとは仲間に託して、やれることをやるのみ。

 

(今の私にできること。こんな形で戦線離脱した私だからできることを……)

 

 友奈は端末を操作する。ガドル戦以来不安定だった友奈だが、本来の彼女の魅力、笑顔の花が久しぶりに咲いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰り道。さすがに腕を組もうとはしなかったが、千景が物欲しそうに視線をよこすので陸人は妥協案として手をつなぐことにした。

 握った手を見つめて安心したような顔をする千景。陸人は彼女のいつになく積極的な態度の理由に気づいた。

 

(……そっか、やっぱり心配かけちゃってるよな)

 

 目まぐるしく状況が変わり、気づけば人外化だ。仲間との繋がりに強い思い入れがある千景からすれば怖くもなるだろう。

 陸人は少しでも安心感を与えるために千景の手をしっかりと握り直す。

 

「……ぁ……」

「大丈夫、俺はここにいるから。ちゃんと千景ちゃんの隣に」

 

 2人の手は、その絆の強さを示すように固く結ばれていた。

 

 

 

 

 

 そのまま睦まじく丸亀城に帰ってきた2人。寮の前で名残惜しそうに手を離し、千景は急に深呼吸を始めた。

 

「千景ちゃん?」

 

「……伍代くん、今日はありがとう。私の様子、変だったでしょう? それでも何も言わずに接してくれて……」

 

「変っていうか、なにか心境の変化があったのかなって」

 

「……そうね。今日は、勇者らしく勇気を出そうってね。いつも怖くて引っ込めてる素直な気持ちを、素直に表現してみたの……」

 

「素直な気持ち?」

 

「……ええ。伍代くんの近くにいたいって思って、自分から誘ってみたり……土居さんや伊予島さんのように触れ合いたいって思ったからくっついてみたり……

 自分なりに好意を表現しようとがんばってみたつもりなんだけど、可笑しくなかったかしら?」

 

 素直に好意を表に出せるみんなが羨ましかった。自分もああなりたくて、今日は意識して努力したのだ。陸人としては気恥ずかしさはあれど共にいられる内に千景の成長を見られたことが嬉しかった。

 

「そっか、うん……嬉しかったよ、こちらこそありがとう。

 ただ、あんまり男子にこういうことはしないほうがいいよ? 千景ちゃん可愛いんだから、余計なトラブルの元になっても困るでしょ?」

 

 お前が言うか、という感情をたっぷりとのせた溜息をこぼす千景。同い年だというのになぜこうまで子供扱いされているのか。悔しくなった千景は一矢報いるべく陸人に近づく。日頃から陸人を翻弄しているひなたを参考に、あるかも分からない色気を意識しながら陸人の耳に口を寄せる。

 

「……大丈夫よ。あなた以外の異性にこんなことしないし、こんなこと言うつもりもないわ……」

 

 

 

 

 そのまま足早に立ち去る千景。残された陸人は手で顔を覆い、深くため息をつく。

 

「参ったなぁ、ここに来て俺を惑わせてどうしたいんだよ。これ以上未練が増えても困るんだけどな……」

 

 それは未練ではなく希望と呼ぶのだ、とアマダムは言いかけた。それは自分で気づくべきだと自制し、勇者たちに期待して何も口を出さなかった。

 

 陸人を引き止めることができるのは彼女たちだけだと、アマダムはちゃんと分かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この流れだと決戦まで長くなりそう。話数もだけど、まだ全然描けてないんです。とりあえず今出せるのはあと1話……そこからはまた一週間くらいかけて小出しにしていくかもしれないです。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに。


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十章2話 将来

みなさん予想つくでしょうから書きますが、この流れで今回含めてあと3話コミュ回です。どうしても似たり寄ったりになってしまうかも……自分なりの変化を出して行くつもりなのですが。ご容赦ください

半オリキャラの予定外の再登場につき、四章2話『無垢』を一部改訂しました。まあフルネームをつけただけなので再確認するほどのことではないかと……




 千景と別れた陸人は、食堂で蕎麦をすする歌野と水都を見つけた。同じく蕎麦を注文して2人の元に。

 

「こんにちは、歌野ちゃん、水都ちゃん。ここ、いいかな?」

 

「あ、陸人さん……こんにちは、今日は蕎麦なんだ」

 

「グッドアフタヌーン、陸人くん! 素晴らしいわ、ぜひこのまま我が蕎麦派の一員に……」

 

「うーん、蕎麦もうどんも美味しい、じゃダメなのかなあ?」

 

 蕎麦をすする3人。話題は今日の予定について。

 

「朝の作業は終わったからね。これ食べたらまた畑に戻るわ! 時間がある時にちゃんとやっとかないとね」

 

「私は保育園の方に。やっぱり来なくなっちゃった子はいるけど、望見さんも他の職員さんたちも変わらず頑張ってるから、私もお手伝いしたいし……」

 

「……そっか」

 

 陸人は保育園での記憶の多くを忘れている。髪や顔を見られれば余計な不安と混乱を招くだろう。もう長らくあそこに顔を出していなかった。

 

「だから、その……陸人さんも一緒に行かない? 顔を見せられないなら、遠目で様子を見るだけでも……」

 

「……水都ちゃん」

 

「どうかな? 嫌だったら──」

 

「……いや、行くよ。会うことはできないけど、見に行きたい」

 

「それじゃ決まりね! あ、用事が済んで余裕があったら畑の方にもぜひ来てちょうだい!」

 

 2人は変わらない。故郷が理解不能な何かで消滅したという事実を知ってもなお気丈に振る舞っている。

 

「2人は、本当に強いな……」

 

「んー、実は結構ショック受けてたりするのよ? でも、今大切なのは何か……それくらいは分かるわよ。ずっとギリギリで生きてきたからね」

 

「それに、アマダムが言ってたんでしょ? ダグバをどうにかできれば外の燃えた世界も戻るかもしれないって」

 

 ダグバがもたらした世界の破壊。あれは世界を己が持つ神の力で上から塗り潰して理を書き換えた、原理だけなら結界に近いものらしい。本当に世界が壊されたのではないため、天の神の力さえ止めてしまえばそれ以前の環境がそのまま戻ってくる可能性があるのだ。

 

「私と若葉と陸人くんがいる。他のみんなだって力を尽くしてくれている。ならまだ負けてない。ここから全て取り返すことだってインポッシブルじゃない、そうでしょ?」

 

「うたのんは私の最高のヒーローで、陸人さんはみんなの最強のヒーローだもん。私は勝てるって信じてる……それだけだよ」

 

「うん、ありがとう。2人とも」

 

 2人は陸人を信じている。それは決して闇に染まった究極のクウガの力を当てにしているのではない。どんなピンチでも諦めず、ごく僅かな希望を手繰り寄せてみんなを守ってきた『勇者 伍代陸人』を信頼しているのだ。

 それが分かるからこそ陸人は苦悩して、少女たちはそれをなんとかしようと彼に手を伸ばしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「陸人さんは、将来の夢とか、なりたいものとかってある?」

 

 保育園への道中、水都は陸人に問いかける。友奈にも同じようなことを聞かれたことを思い出す。

 この頃自分のことをろくに気にしなくなった陸人は自覚していなかったが、改めて考えてみると、ビックリするほど自分の将来が想像できなかった。

 かつては雄介のように人を笑顔にできる、命を守れる人間になろうと思っていたような記述があったが、すでに失った記憶の中。しかも今の自分が背負うもの、周りの状況を考えればそんなことを言えた立場だとも思えない。

 

「ゴメン、何にも思いつかないや」

 

「……そう。うたのんの夢は知ってるよね?」

 

「ああ、農業王、だよね? どうなったらその夢が叶ったことになるのかよく分かんないんだけど……」

 

「それは私も。うたのんしか知らないんじゃないかな……私もね、夢があるんだ。宅配屋さんになって、世界中にうたのんの野菜を届けるの」

 

「へぇ、そうなんだ。多分、初めて聞いたな」

 

「うん……うたのん以外の人に話したのは初めてだよ」

 

「いいと思うよ。やっぱり2人は一緒にいるのがしっくりくるね」

 

「そう? 嬉しいなぁ。こっちに来てから、保育士っていうのも憧れたんだけど。

 それ以上に好き嫌いする子とかを見て、子供にも美味しく食べられる野菜をって気持ちが強くなって……うたのんに影響受けすぎかな?」

 

「いいんじゃないかな。歌野ちゃんはすごい人だけど、水都ちゃんが隣にいれば2人はもっとすごいことができると思う。

 みんなを引っ張る歌野ちゃんと、引っ張られながらも支える水都ちゃんの未来が想像できるよ」

 

 目を閉じて楽しげに想像する陸人。水都も楽しげに言葉を紡ぐが、話が弾む内に表情が沈んでいく。信号待ちで足を止めると、水都は自然と俯き、涙目になる。その理由に、陸人は心当たりがあった。

 

(……やっぱり、もう聞いてるのか。奉火祭のこと)

 

 いきなり生贄になれと言われて、はいそうですかと返せるようならそれはまともな人間ではない。陸人は事情を知っていることは隠しつつ、単に戦いへの不安を払おうとしているように振る舞う。

 

「俺たちが絶対に勝つよ。ダグバも天の神も倒して、必ず水都ちゃんの夢も守ってみせるから」

 

 水都の涙をぬぐいながら笑顔で言い切る陸人。水都はそこではじめて自分が泣いていたことに気づき、慌てて顔を背ける。陸人の前でだけは絶対に弱気を見せないと決めていたのに、陸人の暖かさに包まれて我慢できなくなってしまった。

 

 

 

 

「……ごめんなさい。陸人さんの前だとこんなことばっかりだね、私」

 

「泣きたい時に泣けばいいよ。俺の近くにいてそれだけ安心してくれてるんだと思えば嬉しいしね」

 

 ちょっと気取った陸人の言葉にクスリと笑う水都。やがて保育園の前までたどり着く。

 

「じゃあ、俺はこの辺で。今の俺ならこれくらいの距離でもその気になれば見えるし聞こえるから」

 

「うん、分かった。ねえ、陸人さん……」

 

「ん?」

 

 水都は陸人の手を両手で握る。そのまま胸元に持っていき祈るように抱きしめる。

 

「さっき私の夢を聞いて、想像できるって言ってくれたでしょ? 誰かの夢を聞いてその誰かの未来を想像できるのなら、自分の未来だって想像できるはずだよ。

 思い浮かばないのは、色々と別のことを心配してるせいだと思うんだ。全部取っ払って、自分の願いと向き合ってみて。陸人さんの将来の夢が、きっとそこにあるはずだから……」

 

 言いたいことは全部言い切れたらしく、水都は園庭に入っていく。

 

「……俺の将来……俺の夢……」

 

 記憶を失う前の自分は確固たるものとして持っていたのか、それとも最初から自分の中にはないものなのか。陸人は自分にしか答えを出せない問いに悩む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 庭園でさらに少なくなった園児たちにジャグリングを教えていると、保育士の犬吠埼望見が画用紙を持ってくる。

 

「昨日将来の夢について絵を描いたのよ。みとおねーちゃんにも見てもらおうってみんな頑張ったの、見てあげて」

 

 個性豊かな絵の数々。さすがに絵の出来には年相応の拙さがあったが、陸人のように余計なことを考えない、希望に満ち溢れた未来への展望が煌めいていた。

 

「これは、お花屋さん。これがお巡りさん、かな。これは、うーん……え? あぁ、飛行機のパイロットさんか。なるほど」

 

 描いた子供たちと話しながら一枚一枚じっくり鑑賞する水都。ここの園児たちともすっかり打ち解けて、みんなから懐かれている。

 

「……これは、『みよし さゆる』……冴くんが描いたんだ。これ、もしかしてクウガ?」

 

 道路を挟んだ向かい側で様子を見ていた陸人はその言葉に思わず反応する。水都は不自然にならないように体勢を変えて陸人に絵が見えるように持ち替えた。

 そこには荒いながらも確かに赤のクウガが描かれていた。

 

「将来の夢……冴くんはクウガになりたいの?」

 

 三好冴は両親が共働きの上子供が多い家の真ん中の子、ということもあり、保育園にいる時間も長く、おとなしくすることを早くから覚えている園児だった。

 

「うん! りくとさんが、"クウガ"や"ゆうしゃさま"ががんばってくれてるんでしょ? おねえちゃんもゆうしゃさまといっしょにおしごとしてるって……」

 

 姉が巫女となってからは年に数回程度しか家族と顔を合わせることもできなくなった。それもあり、三好家は大社よりも勇者個人に敬意を払い、心配もしていた。

 

「おかあさんが、『かわれるならかわってあげたい』っていってたから。だからおかあさんのかわりに、ぼくがクウガになって……おねえちゃんもりくとさんも、たすけてあげるんだ」

 

 今の陸人を知る水都には響く言葉だった。園児の手前、全力で涙を堪えて冴の頭を撫でる。

 

「冴くん、ありがとう。きっと陸人さんも喜んでるよ。でもね、クウガは……本当はいない方がいいものなんだ。

 クウガがいなくても大丈夫にするために、今陸人さんたちが頑張ってるから……だから、冴くんは違う形でみんなを助けてあげてくれると、私は嬉しいな」

 

 全部言ってから園児には難しすぎる話をした、と後悔したが、冴はなんとなく言いたいことは分かってくれたようで、曖昧ながらも頷いてくれた。

 

 そんな水都と冴のやりとりを見て、望見は陸人の状態がかなり悪いことを察してしまった。やりきれない思いを振り切ろうと首を振って遠くに視線をやった瞬間、特に目立つ格好でもないのに、妙に1人の男が目に留まった。

 

 フードを目深にかぶり、隙間から覗く髪は真白。この距離ではフード越しの顔はろくに認識できないのに、なぜか直感で把握できた。

 

(……あれは、陸人くんだ……)

 

 来ていたならなぜ入らないのか。一瞬声をかけようとしたが、水都と共に来て、1人だけ入らないならそれだけの理由があるのだろう。喉まで出かかった言葉を飲み込むと、陸人もこちらに気づき、目が合う。

 

 陸人が逃げるように身を翻すよりも一瞬早く、望見が口を開く。声を出せば園児たちも気づいてしまう。陸人としてはそれは避けたいのだろう。望見はかつて陸人が技の一つ、読唇術を戯れに見せてくれたことを思い出した。

 

 遠目でも分かるようにはっきりと。形にするのは5つの音。

 どうやら正しく伝わったようで、陸人はしばし固まった後、こちらに頭を下げてから立ち去った。

 

(良かった。大事なところは彼、全然変わってない……)

 

 少しだけ安心して、望見は園児の輪に戻る。世界が終わらないように、みんなの笑顔を守るのが陸人の仕事なら、世界が終わるその時まで、子供を笑顔にするのが彼女の仕事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "ごめん、先に戻るよ。歌野ちゃんの畑に行くね……今日はありがとう"

 

 "うん、分かった"

 

 簡素なメッセージの数秒後にこれまた簡素な返信が来た。水都もこちらの様子を気にしていたようだ。

 

 思考に耽りながら畑に向かう陸人。

 あんな風に、知らない誰かから心配されている。誰かがどこかで慮ってくれている。そんなことは考えたこともなかった。

 大切なものが増えるほど、背負うものが重くなる。それと同時に自分を支えてくれる支柱も重く頑丈になっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 歌野の手伝いに向かった畑にも、新たな出会いがあった。

 

「あっ、陸人くん! 来てくれたのね」

 

「歌野ちゃん、さっきぶり……えっと、近くの農場の方?」

 

「ええ、人手が足りない時はお互いに手伝ってるのよ。これが農家の助け合いね!」

 

 歌野と共に農作業に励んでいる数人……歳はかなり高齢に見えたが、手慣れた淀みない動きはその印象を吹き飛ばすほど軽快だった。

 1人の女性が陸人に気づくと足早に近寄ってくる。

 

「あっ! ねえねえボウヤ、あなた確かニュースに出てた……『くうが』とかっていうゴツいのになる男の子だったわよねぇ?」

 

「えっ、と……はい、伍代陸人といいます」

 

「やっぱり! 歌野ちゃん見た時も思ったけど、本当に子供なんだねぇ……ちょっとみんな、勇者様が来てくれたよ!」

 

 その声に釣られ、他の面々もなんだなんだと寄ってくる。頭を撫でられて筋肉を確かめられて飴を渡される。フードが落ちて硬質化した顔が露わになっても誰も何も言わない。無遠慮で大雑把、とも言えるが、その大きく暖かい雰囲気が、陸人を癒していく。

 

「いつも私たちを守ってくれて、ありがとうねぇ……」

 

「詳しくは知らんが、危ないことやってくれてるんだろう? ほれ、もっと飴食うか?」

 

「歌野ちゃんもお前さんも、俺の孫より歳下だってのに……大したもんだよ本当」

 

 彼らは陸人の現状も世界の窮状も知らない。ただ大雑把に、大社が報道した『世界を守るために戦う勇者』が幼い子供であるということに心を痛め、感謝しているだけだ。何も知らないからこそ、一切の嘘も遠慮もないその言葉が陸人の胸に深く刺さる。

 

「俺なんて、全然……皆さんが頑張って農場を守ってきたのと同じです。やらなきゃいけないことをやってきただけですから」

 

「はぁ〜、やっぱりでかいお役目を引き受ける人ってのは言うことも立派だなあ」

 

「全くだあ、ウチのに見習わせてやりてえくらいだよ」

 

「いえ、そんな……」

 

 陸人が何を言っても彼らは陸人を褒める。お年寄りの代表的な傾向の1つ、『人の話をよく聞かない』がいい方向に発動し、陸人としては恐縮するしかできない。

 

 

 

 

 ひとしきり盛り上がった後、全員で収穫を手伝うことに。

 

「あー、ここを掴むんだ、そうすると簡単に取れるぞ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

「えっと、これはどこに……」

 

「こっちこっち! 市場に卸せるのとそうでないのを仕分けるから手伝ってくれる? 見分けるコツはね……」

 

「は、はい……」

 

 

 

 

 作業を終え、作物もしっかりと管理し、その日は終了となった。

 陸人は慣れない作業に最初こそ苦戦したものの、持ち前の順応力ですぐに足を引っ張らない程度に動けるようになった。

 

「陸人くん、あなたなかなかスジがいいわよ〜。落ち着いたら農業をやるのはどう?」

 

「さすが、見る目がありますね! ほら陸人くん、今からでも私と農業の道を……」

 

「アハハ……まあ考えておくよ」

 

「ハッハッハ……まぁ先のことはとにかく、ボウズ! 今日は楽しかったか?」

 

「はい……こんな風に知らない誰かとの共同作業は久しぶりでしたし、楽しかったです」

 

 陸人は笑う。久しぶりに、心地よい疲労感に浸っていた。

 

「あらそう、良かったわ〜。私たちたまに歌野ちゃんの畑手伝ってるし、歌野ちゃんに手伝ってもらうこともあるから、良ければ()()()()()()()()()()

 

「……!」

 

 農家の面々が帰っていく。歌野が手を振る横で、陸人は先程同じメッセージを受け取ったことを思い出す。

 

「(ま・た・き・て・ね)」

 

 散々心配をかけて、望見自身も先行きに不安も抱えていただろう。それでもやっと会えた陸人に伝えた言葉は『がんばって』でも『どうしたの』でも『だいじょうぶ』でもなく、当たり前の未来が来ると信じている、次の機会を待ち望むメッセージだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「陸人くん、どう? 今日来て良かったでしょう?」

 

「そうだね……ここしばらく人と関わる時に身構えるようになってたから、楽しかったよ」

 

「これも農業の魅力の1つよね。ご近所様との絆とチームワーク! 諏訪でもそうだったのよー」

 

 城への帰り道、歌野は明るく陸人に笑いかける。少しずつ本来の彼に戻って来ている気がして、歌野はそれが嬉しかった。

 

「私の夢は農業王! あの人たちも、他の農家の方々も、農業をしない消費者の皆さんもハッピーにする、最高の作物を作る最高の農家……それが私の目指す道よ!」

 

「なるほど、それが農業王……歌野ちゃんらしいね」

 

 歌野の宣言に拍手で返す陸人。歌野は小さく咳払いして話題を変える。

 

「そのためにも、これから先も世界に続いてもらわなきゃいけないわけで……陸人くんは、やっぱり私のこと、心配?」

 

「歌野ちゃん?」

 

「なんとなく、若葉のこともそうだけど……私はシステムや精霊の関係で出力が低いから余計に、ね。陸人くんがダグバと私たちを戦わせたくないんじゃないかって思って」

 

「……そうだね。万一の場合2人を守れる自信がないんだ」

 

「ノンノン、間違ってるわよ陸人くん! 私も若葉も陸人くんに守ってもらうつもりなんてさらさらないわ!」

 

「……え?」

 

「陸人くんはウェイトオーバーなくらいたくさんのものを背負ってるもの。これ以上のお荷物になるのは絶対にゴメンよ……大丈夫、ちゃーんと考えてるから心配しないで!」

 

 そう言って笑う歌野は太陽のように眩しかった。かつて諏訪の全てを照らした光が、今だけ陸人1人を暖かく包み込む。

 

「歌野ちゃん、ありがとう。やっぱり君はすごい人だよ。出会ったときからずっと尊敬してる……歌野ちゃんみたいになりたかったな」

 

 フードで潤んだ目元を覆い、言葉を紡ぐ陸人。その他人事のような、過去形で締めた言葉が歌野の心を締め付ける。

 尊敬している、はこちらのセリフだ。陸人の大樹のように力強く、大地のように誰かに希望を分け与える生き方に憧れた。その相手に、尊敬しているなどと……こんな時に、言い残しをなくすように、未練を残さないように言われたくはなかった。

 

 

 

 

 少しだけスッキリした陸人の後ろから腕が巻きついて来る。背中に歌野の顔が押し付けられているのを感じた。

 

「どうしたの? 歌野ちゃん」

 

「ソーリー、今ちょっと陸人くんに見せるには恥ずかしい顔してると思うから……見ないでほしいの……」

 

 背中に感じる歌野の体は震えていた。陸人はそこでようやく、歌野が無理をしていることに気づいた。自分が足を引っ張るのではないか、貴重な戦力である自分が、かえって彼の負担になるんじゃないか……そんな不安は、さしもの歌野であっても完全に拭いきれるものではなかった。

 

「……前にも、こんなことがあったね」

 

「……ああ、陸人くんが私の胸でスリーピングした時ね」

 

「言い方……まあ、あの時はありがとう。誰かに少しの間寄りかかるだけで、あんなに楽になるとは知らなかったから……助かったよ。そのお礼だ。歌野ちゃんが落ち着くなら、いつでも寄りかかってくれていいよ。これは重荷とかじゃない、仲間同士の当たり前の助け合いだ」

 

「……ごめんなさい、陸人くん」

 

「そうじゃないでしょ? 俺たちの仲なんだから」

 

「……そうね、ありがとう陸人くん。必ず、あなたを守るから……今だけ、このままでいて?」

 

 陸人は自分の首に回された歌野の手を握り、何も言わずに背中を貸した。歌野の涙が止まるまでの、少しの間だけ、陸人は歌野のためだけを想ってただそこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、また明日……歌野ちゃん」

 

「ん、グッナイ! 陸人くん」

 

 手を振って別れ、寮の自室に戻る。歌野はそこでようやく端末に連絡が来ていることに気づいた。

 

「おっ! これは……なるほど、後は私次第ってわけね。上等!」

 

 陸人は諦めたことがない。

 勇者も諦めてはいない。

 市民は諦める者も諦めない者も、知らない者もいる。

 

 そして可能性というのは、諦めない誰かと諦めない誰かがつながることで生まれるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




諏訪組の2人が四国(城の外)で自分の居場所と自分のあり方を見出していること、陸人くんが知らないところでも人との繋がりはちゃんと広がっていることを描くためにこういう形となりました。結果うたのんとみーちゃんの出番がちょっと減ったかもしれません。
でも、あの諏訪で市民と良好な関係を築けたというところも、2人の魅力だと思うのです。それを少しでも表現できたらいいなと思って今回描いて見ました。

感想、評価等よろしくお願いします

次回もお楽しみに







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十章3話 記憶

コミュ回折り返しです。

みーちゃん誕生日おめでとう! 前話と順番逆にすれば良かったかな?

余談ですが、このサイトで大好きなゆゆゆ二次がとんでもない展開になってきて、衝撃を受けています。
あの作品と比べれば私が描く絶望度合いは大したことないのでは……なんて考えて、いやこういうのは相対評価ではないだろう、と思い直し……なんだか無駄に苦悩しました。

私は私にできる表現で描きたい話を作ろうと思います。




 朝稽古を終えた若葉が城の前で見たのは、掃除に励む陸人の姿だった。

 

「おはよう、陸人……朝から掃除とは精が出るな」

 

「若葉ちゃん、おはよう。暇でうろついてたらゴミが目に付いちゃって。

 もう──いや、長く過ごした俺たちの拠点なのに、改めて大掃除とかってしたことないなと思って。今大規模なことはできないけど、せめてこれくらいはね」

 

 陸人はうっかり漏れそうになった本音を隠して笑顔を作るも、若葉は陸人が誤魔化した言葉が聞こえた気がした。

 

『もう──ここには戻れないかもしれないから』

 

 若葉は何も言わず、陸人が用意した掃除用具から箒を取り出し、陸人と並んで掃除を始めた。

 

「若葉ちゃん?」

 

「ここには私も世話になっている。2人でやったほうが効率もいいだろう」

 

 根が生真面目で手を抜けない2人は、じっくりしっかりと清掃活動に勤しむ。

 

 

 

 

 

「ふむ、あまり汚れてはいないな」

 

「大社の人が定期的に掃除してるからね……でも最近はそれどころじゃなかったから、探せばゴミはあるよ」

 

 

 

 

 

 丸亀城の周囲の掃き掃除を終えた2人は、そのまま城内へ。2人で全て綺麗にするには広すぎるため、頻繁に使う教室とその周辺の清掃をすることに。

 

「ふむ、こちらもそれほど……ん? これは球子のものか?」

 

「それは……文庫本?」

 

 教室の掃除中に若葉が見つけたのは一冊の文庫本。球子の机を動かした時に中から出てきたようだ。

 

「ああ、そういえばかなり前に……杏が貸した本を球子がなくしたとかで揉めていたことがあったな。珍しく杏が激怒していて、機嫌を直すのに3日かかったんだ」

 

 陸人は思い出せない。どうやらこれも失くした記憶の1つらしい。

 

「そうなんだ。球子ちゃん、授業中も机の中なんて見ないし使わないから……そこに入れたまま忘れてたんだね」

 

 呆れたように嘆息する陸人。とりあえず夜にでも持って行ってあげようか、と笑う彼に若葉は複雑な顔で本を渡す。

 

(2人の関係回復に1番尽力したのは……お前なんだぞ? 陸人)

 

 今更蒸し返すこともできず、若葉は掃除を再開する。どうしようもないことだと納得するには、どうしようもないことがあまりに多すぎる。

 これ以上余計な思い出を掘り出す前にと、若葉は手早く作業を済ませていく。首を傾げながら陸人もそれに合わせる。

 

 

 

 

 

 一通り教室の掃除を終え、階段を降りるところで陸人が壁に入った傷に目を留める。

 

「ああ、この傷は──」

 

「若葉ちゃんが階段から落ちそうになったひなたちゃんを助けた時の傷だよね」

 

「……! そうか、憶えているのか」

 

 

 

 まだここでの暮らしが始まって間もない頃、慣れない環境と不思議な修行による疲労から、ひなたが体調を崩したことがあった。各々が何とか慣れようといっぱいいっぱいだったこともあり、ひなたは何でもないように振舞って、いつも通りに大社に向かおうとした。階段を降りようとした時、体の力が抜けたひなたは足を踏み外し、階段を転げ落ちそうになる。

 その瞬間を階下の真横から目撃していた若葉は、瞬時に勇者に変身。隣にいた陸人を置き去りに猛スピードでひなたの正面に疾走した。掌底を打ち込むような勢いで壁に片手を打ち付けて急停止し、ひなたを抱きとめる。数秒粘った後に不安定な体勢の限界が来て、倒れ込んだところを出遅れた陸人が押さえてどうにか誰も怪我せずに済んだ。

 

 

 

「いやー、あの時は本当にビックリしたよ。若葉ちゃんが消えたと思ったらひなたちゃんの目の前にいたんだから」

 

「ううむ、ああするしかなかったとはいえ……勇者の力を使い、城に傷をつけてしまった。恥ずかしい話だ」

 

「そう? すごくカッコよかったと思うよ、俺は」

 

 そう言われても若葉は複雑だ。ひなたを救えたのは良かったが、もっと早く気づいて彼女の傍にいればこんなことにはならなかった。まだ試作状態だった勇者システムを唐突に使って不具合を発生させ、軽々しく勇者の力を使わないように、と大社から注意を受けた若葉としては、あまり振り返りたくはない思い出だ。

 

 陸人に残っている思い出の話ができたのは嬉しい。できればもう少し素直に喜べるような話が望ましかったが、陸人だって記憶の取捨選択が出来るわけではないのだから仕方ない。

 

「若葉ちゃんは真面目でお堅いところはあるけど、いざという時に規則や正論より大切なものを間違えずに判断できる。だからこそ君は、俺たちのリーダーなんだよ」

 

 相変わらず何かにつけて自分を褒め称える陸人に、若葉は非常に複雑な心境を隠して、とりあえず笑ってみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 続いて2人がよく利用する練習場の掃除をすることに。手慣れた動きで周囲の清掃を終えたところでひなたがやってきた。

 

「お疲れ様です。いい時間ですし、お昼にしませんか?」

 

「ひなた……おにぎりか、ありがとう」

 

「ありがとう、ひなたちゃん。それじゃ、お昼にしようか」

 

 場内でひなたのおにぎりを食べる3人。陸人用として渡されたそれには、総じて辛味の強い味付けがされていた。ラー油、ワサビ、柚子胡椒等を用いて辛味を追求した品だ。

 

「ひなたちゃん、これは……」

 

「あら、やはり辛味は効くんですね。良かったです、色々試した甲斐がありました」

 

 辛味は味の一種だが、感覚でいうと味覚ではなく痛覚に分類される。今の陸人でも辛味は痛みとして感じることができる。厳密には辛味そのものを感じているわけではない陸人だが、味のないガムを噛み続けるような通常の料理よりもはるかに刺激的で楽しい食事だった。

 

「ほう、それなら私も1つ食べてみたいな」

 

「あ、若葉ちゃんも食べる? はい、アーン……」

 

「……えっ……ぅ、うむ……んぐっ! すごいなこれは……」

 

 若干硬直しながら差し出されたおにぎりに小さくかぶりつく若葉。通常の味覚の持ち主である若葉にはいささか刺激が強かったのか、むせかえって水を飲む。

 

「アハハ、やっぱり辛いよね……でも美味しいよ。ありがとう、ひなたちゃん」

 

 笑って若葉が口をつけたおにぎりを頬張る陸人。久々に刺激を感じられる食事に気分が上がっているようだ。まるで気づいていない。

 

「──あっ!」

「若葉ちゃん……間接キス、ですね……フフッ」

「ひっ、ひなたぁ!」

「あらあら、私に怒られても困ります。差し出したのも食べたのも陸人さんですよ」

「……も、文句など言えるか。あんな楽しそうな陸人に……」

 

 聞こえない声で何やらワタワタしている2人をよそに陸人は幸せそうな顔で久しぶりに満腹になるまで食事を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「んー、練習場はいつも使った後に整備してるしね」

 

「そうだな、たまには雑巾がけでもやるか。私達ならこの広さでも2人でやれるだろう」

 

「では私は窓拭きをしましょうか。そこまでは普段手が回りませんからね」

 

 

 

 ひなたも加えて清掃を再開。水回りを掃除した陸人が2人に遅れて場内に入ったところで事件は起きた。

 入り口に背を向けて雑巾がけをしている若葉。窓際に据え付けられた収納の上に乗って四つん這いで窓枠を拭くひなた。

 制服姿の2人。決して長くはないスカートの奥が見えるか見えないかの一瞬で陸人は180度回転。

 

「わ、若葉ちゃん! ひなたちゃん!」

 

 訝しげな声で返す2人。可能な限り婉曲で、かつ意味が通じる言い方をとっさに考える。

 

「……スッ、スカート!」

「「⁉︎」」

 

 その指摘に慌てて立ち上がりスカートを抑える2人。反射的に雑巾を陸人に振りかぶり、あまりに理不尽なことをやろうとしている自分に気づいて脱力する若葉。顔を赤らめてチラチラと陸人に視線を送るひなた。

 3年以上の共同生活の中でもこの手のトラブルはほとんどなかった。陸人が気を遣い続けた成果だ。なので一度こういった空気になると不慣れな陸人にはどうすることもできない。

 

 

 

 

 背を向けたまま固まる陸人。それでも慌てて立ち上がったひなたが1mほどの高さの収納から足を踏み外したのは、感覚で掴めた。

 若葉が反応するよりも早く、陸人は一瞬でひなたの元に飛び込み、姫抱きの形で抱きとめてみせた。

 

「──っと、大丈夫? ひなたちゃん」

 

「……は、はい……ありがとう、ございます」

 

 無事なひなたを見た若葉が安堵の次に感じたのは驚愕と悲嘆。特別な力を使わずとも勇者に匹敵する身体能力を振るってしまえる陸人に驚いた。それをなんとも思っていない彼の在り方がどうしようもなく悲しかった。

 

「……若葉ちゃん?」

 

「──っ! このままでは差し支えるな。着替えてこよう」

 

 陸人と目が合うと、羞恥と痛々しさから若葉は背を向けて離れていく。その内心を窺い知れない陸人の気をそらすために、全てを正しく把握したひなたが声をかける。

 

「陸人さん? そろそろ下ろしてもらえると……」

 

「あっ! ご、ごめん……」

 

 優しく下されるひなた。怪我がないか確認しようと真剣に自分を見つめる視線が気恥ずかしくて、ついついからかってしまう。

 

「やっぱり陸人さんも男の人なんですね……びっくりしました」

 

「うぇっ⁉︎ いや、そんな……」

 

「そういうことに興味があるなら言ってくださればいいのに」

 

「ひ、ひなたちゃん!」

 

「冗談ですよ。丸亀城にその手の経験がある人はいませんし、やはり男性がリードするべきでしょうね」

 

 からかわれていると分かっていても翻弄される陸人。それを見てひなたはようやくさっきの動揺と羞恥を流すことができた。いかに彼女が成熟した精神の持ち主でも、年頃の女子であることに違いはないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 色々と気まずい雰囲気のまま掃除を完了。片付けも終わったところで唐突に若葉が口を開いた。

 

「陸人、私はお前の力になりたい」

 

「若葉ちゃん?」

 

「次の戦い、私はお前のために戦う、勇者としては失格かもしれないが、今の私にとって1番大切なのは陸人の未来だ。大義名分よりも力が入る理由を胸にダグバを倒す」

 

「……らしくないこと言うんだね、若葉ちゃん」

 

「私自身驚いているよ。使命感や責任意識がなくなったわけではない。だがそれ以上に大切なものがある……人間というのはそういうものだろう?」

 

「……俺に必要なのはそれ、ってことなのかな?」

 

 ひなたは口を挟まない。若葉は口下手なりに言葉でしか伝えられないことを伝えようと言葉を尽くす。

 

「陸人は陸人の答えを出せばいい。ただ、これだけ言わせてくれ。

 この先何があっても私はお前を1人にはしない。どんなに遠くに離れていっても……必ず私の翼で追いついて、力尽くでも連れ戻す。邪魔するものはダグバだろうが天の神だろうが切り捨てる」

 

 その宣誓に一切の迷いはない。陸人のために。陸人と自分たちの未来のために。それが若葉のリーダーとしての決断だった。仲間たちに気を遣われ、それでも迷い続けている陸人にとって、若葉の覚悟は眩しく映った。

 

「本当にすごいな、若葉ちゃんは……」

 

「私が変われたのは陸人のおかげだ。そのお前が、私にできたことをできないはずがない。今まで私たちに教えてくれたこと、かけてくれた言葉……覚えている限りでいい、思い出してくれ」

 

 迷子のような眼でこちらを見つめる陸人を、優しく抱き寄せて頭を撫でる若葉。硬直して動けない陸人。自分からは同じようなことをみんなにするだろうに、と呆れてしまう。

 いつもと逆だな、と苦笑しながらやっとリーダーらしいことができた気がして、若葉は少しだけ自分が誇らしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、陸人はひなたに呼び出されて彼女の部屋にいた。仲間内で最も言葉を使うのが上手い彼女と一対一で話すのは避けたいところだったが、友達の誘いを理由なく断ることなど陸人には不可能だ。

 

「陸人さん、耳掃除いかがです?」

 

「……え?」

 

「煮詰まって肩に力が入っているように見えたので……耳掃除には自信があるんです、少しは楽になるかもしれませんよ」

 

「いや、いいよ。俺よりも若葉ちゃんとか──」

 

「やっぱり陸人さんは私のことが嫌いなんですね……うぅ……」

 

「あ〜もう、分かったよ! 耳掃除お願いします!」

 

 涙も流さず泣き真似をするひなた。このパターン何度目だろう、と自嘲しながら、陸人はまたしてもひなたに押し切られてしまった。

 ドギマギしながら横になる陸人は見逃していた。ひなたの眼が本気の輝きを宿していたのを。

 

 

 

 

 

 

「……う、うぅん……すごいね、ひなたちゃん」

 

「フフフ……膝の上でなら、私は誰にも負けない自信がありますよ」

 

 さしもの陸人もひなたのテクニックには抵抗できず、夢見心地でフワフワしている。珍しく子供らしい表情を覗かせる陸人に、少しドキッとした心をごまかして余裕な顔を作るひなた。

 

「はい、こちら側は終了です。もう片方もやりますから、こっち向いてください……ほら、コロンって」

 

「……うん──ってうおっ⁉︎」

 

 ひなたのささやきに無意識に従った直後、陸人は目の前の光景に驚愕する。正面にひなたの腹部、視界の端にはスカートから伸びる生足、少し見上げれば年齢不相応に豊かなバスト。その手の耐性がまるでない陸人は一瞬でオーバーヒートした。

 

「ひゃんっ⁉︎ き、急に動かないでください……危ないですよ」

 

「ご、ごめん。でもこの体勢は良くないよ。俺が移動するから……」

 

「いいですから、こういうものなんです。私に気を遣わず、楽にしていてください……ね?」

 

 ひなたに抑えられて起こした上体を戻す陸人。仕方なく眼を固く瞑る純情な彼が可笑しくて、ひなたは笑った。耳掃除をするうちに緊張もほぐれていき、それに比例して口も開くようになる陸人。

 

「いつもありがとう……ひなたちゃんがいたから、俺はずっと頑張ってこれたんだ」

 

「そんなこと……私がこうしていられるのは陸人さんの尽力の結果ですよ。これからも一緒にいてくださいね」

 

 別れの挨拶にも聞こえてしまう言葉に思わず前のめりになって返す。陸人としてはその気はないのかもしれないが、無意識に後腐れのないよう言葉を選んでいるような気がして、ひなたはそれが怖かった。

 

 

 

 

 

 耳掃除を終えてもひなたは陸人を起こさず、あまりの心地よさに陸人も起き上がれずにいる。

 

「陸人さん……以前の約束、憶えていますか?」

 

「……やく、そく?」

 

「陸人さんが1人で諏訪に行った時に、私と約束してくれたんです。()()()()()()()()()()()()()()()、私を泣かせないって」

 

 陸人が忘れてしまっていることを利用して、少し脚色して伝える。陸人を引き止めるためならひなたはいくらでも強かになれる。

 

「……そりゃ、友達を泣かせようなんて思わないさ」

 

「そうですか……ならずっと傍にいてください。陸人さんがいなくなったら、私は泣きます。それはもう号泣しますよ? いいんですか?」

 

「……ひなた、ちゃん……」

 

「私には陸人さんが必要なんです。あなたがいて、若葉ちゃんがいて、みんながいる。そうじゃなきゃ、私はもうダメなんです。そんな風にしたのは陸人さんなんですから、責任とってくださいね」

 

「ごめん……あり、が…………」

 

 最後まで言い切るより早く、陸人は夢の世界に旅立った。それなりに乙女的勇気を出したつもりの言葉を半分寝ながら聞いていたのかと思うと、少しイラっとする。

 その憤りのままに、陸人に顔を近づけていく。

 

「ひどい人……こんな気持ちにさせておいて、何も気付かずに遠くに行こうとしている」

 

 "いつもの上里ひなた"の仮面をかぶってごまかしたが、奉火祭のことはひなたもすでに聞いていた。その焦りが、本来の彼女らしくない行動に走らせている。

 

 

 

 

 

「……いけませんね、こんな時こそ私がしっかりしないといけないのに……」

 

 後数cmで唇が重なるというところで、ひなたは停止した。相手が眠っていなければ自分の気持ちも伝えられない自分に、その資格はないのではないか。

 そんな風に考えて、脳裏に浮かぶのは出会った時から彼を見つめ続けていた2人の友達の姿。球子も杏も、想いを伝える決意を既にしているようにひなたには見えた。

 

(お2人は気持ちを伝える覚悟がある。こんな形で横入りするのは、さすがに卑怯ですよね)

 

「ほら、陸人さん……眠るなら自室にしてください」

 

「……ん、んぅ──うわあっ⁉︎」

 

 あまりに近距離にいたひなたに、大慌てで飛び起きる陸人。さっきのやりとりもどこまで憶えているものか。

 

「耳掃除も終わりましたし、少しは休息になりましたか? 陸人さん」

 

「あ、ああ……ありがとう、ひなたちゃん……ってもうこんな時間か! 長居してごめん、また明日ちゃんとお礼はするから!」

 

 夜遅くまで女子の部屋に入り浸っていた事実に慌てて、部屋を飛び出す陸人。ひなたは苦笑しながら手を振って見送る。

 

「私が望むお礼は、あなたの無事……それだけです」

 

 高鳴る胸に手を当てて、ひなたは世界に祈りを捧げる。

 

(はっきりとこの想いを伝えるためにも、どうか、陸人さんを……)

 

 この時ばかりは、上里ひなたは神樹の巫女ではなく……ただ1人の女の子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




うーむ、難産でした。そしてまたしてもひなたちゃん贔屓が入った気がする。

感想、評価等よろしくお願いします

次回もお楽しみに





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十章4話 恋心

コミュ回ラストです。いやー、自分でやると決めたとはいえ、手こずりました。超難産で1番時間かけて1番長くなりました。

キャラ崩壊著しいかもしれません…お気をつけください……マジで









「おはよう、陸人! さあ朝ご飯の時間だぞ」

 

 朝一番、陸人は部屋から出た直後に球子に捕まった。普段なら彼女はまだ寝てる時間だ。それが身支度もしっかり整えて待ち伏せしていれば陸人も驚く。

 

「おはよう球子ちゃん……どうしたの? 今日ってなんか予定あったっけ?」

 

「ふふん、陸人が今日ヒマなのはちゃーんと分かってるぞ! 今日一日陸人はタマたちと遊ぶんだからな!」

 

「えっと……とりあえずその"タマたち"っていうのは球子ちゃんと杏ちゃんでいいのかな?」

 

「そう、2人で計画してきたからな。陸人も目一杯楽しめるはずだ」

 

 そこまで聞いて陸人はこの場での詮索をやめた。杏も噛んでいるならそちらに聞いた方が話が早い。何やらテンションが上がっている状態の球子と話しても要領を得ないのは実証済み。これも長い付き合いゆえの信頼関係というものだ。

 

「ほらほら、行くぞ陸人! 1日の元気は朝のうどんからだ!」

 

「そんな引っ張らなくても行くってば、球子ちゃん」

 

 球子の魅力は無自覚に他者に元気を分け与えてしまうところだ。呆れた顔をしながらも、陸人は笑顔になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂で杏と合流。うどんを食べながら予定を聞く。どうやら今日は3人で街に出て1日遊ぼうということらしい。

 

「陸人さんも行きたいところある? 予定には余裕を持たせてるから、そんなに遠くなければ……」

 

「んー、特には……あ、朝のうちに行っておきたいところがあるんだけど、いいかな?」

 

「もちろん大丈夫だよ。それでどこに……」

 

「今まで誰も連れてきたことなかったからね。2人を紹介しておきたいんだ」

 

 陸人は変わらず笑顔で、杏も変わらない笑顔を維持している。

 杏は陸人の笑顔が大好きだ。見ている人に安らぎと暖かさをもたらすその笑顔に、最近は何か別の、儚く脆い感情がこもっている気がして、勇者たちは漠然とそれを恐れている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 みのりの墓の掃除に取り組む3人。陸人が2人を連れてきたのは家族の墓参りだった。

 ここに墓が建てられてから3年、陸人は月命日には欠かさず花を備えていた。それでも、これまで一度たりとも誰かを誘ったことはない。

 

 陸人は仲間にも言えない本音や弱気をここでたまに吐き出している。陸人にとってここは聖域と言ってもいい。ならばなぜ、今回2人を誘ったのか。球子は首をかしげるだけで終わってしまったが、杏は理解できた、できてしまった。

 

(陸人さん……自分がいなくなっても、この墓を私たちに守ってほしくて……)

 

 大社の土地である以上、放っておいても最低限の整備はされるのだろうが、やはり信頼できる仲間に家族の墓を任せたい。一度連れていけば明言せずとも彼女たちなら分かってくれる。そんな形の、杏たちにとっては嬉しくない頼り方で、陸人は仲間に甘えを見せていた。

 

「陸人さん。私、お墓掃除ってやったことなくて……教えてもらっていい?」

 

「ん? うん、それじゃまずは──」

 

「待て待て、タマにも教えてくれよ」

 

 3人で仲良く墓掃除。杏はこれを最後にするつもりはまったくない。

 

(来月も、その先も……陸人さんと一緒に。どこにだって……!)

 

 

 

 

 

 

 

「さっそく俺の用事につき合わせちゃってゴメンね。今日はどこに行くの?」

 

「フフン、まずはタマの得意分野だぞ! 久しぶりに遊びで思いっきり体を動かすんだ!」

 

 朝からテンション上がりっぱなしの球子に連れられて訪れたのは複合スポーツ施設。

 

「……あれ? お客さん、いないね」

 

「ん? うーん、まあそういうこともあるだろ」

 

 陸人だけが知らないことだが、勇者として顔を知られている彼らが気兼ねなく楽しむために、今日行く予定の場所は大社に頼んで貸切状態にしてもらっているのだ。

 元々今の市街に活気がないこと、杏がクウガのメンタルケアのためにと大社を丸め込んだことで可能となった。

 首をかしげる陸人の背中を押していく球子のテンションは最高潮だ。

 

 

 

 バッティングセンターで──

 

「よっし、ホームラン! 見てたか陸人ー!」

 

「えっと、こう握って、足はこう……ひゃっ! り、陸人さん……」

 

「はいはい、力抜いてー。ここは球速遅いコースだからよーく見てね」

 

「──ってこっちも見ろよー! 陸人、あんずも!」

 

「……えいっ! ……あっ、やったぁ! 当たったよ陸人さん!」

 

「うんうん、杏ちゃんももう自分で思ってるより鍛えられてるはずだよ。自信持って」

 

「聞けってばー! おーい!」

 

 持ち前の運動センスでバシバシ打って得意げな球子。その横ではバッティング初体験の杏に手取り足取りレクチャーを施す陸人。

 超接近状態に顔を赤らめながらも杏は何とかヒットさせた。3年の訓練が文学少女を変えたのだ……横では球子が複雑な顔をしていたが……

 

 

 

 

 ボウリング場で──

 

「フフン、ここでもタマが1番取るぞ……って、アレ?」

 

「──っし、ストライク! 悪いね球子ちゃん。俺もボウリングは得意だよ」

 

「よーし、そんじゃ勝負だ! 負けた方がジュースおごりな!」

 

「うーん、私じゃ混ざれそうにないし……隣のレーンで練習してようかな」

 

 珍しく熱くなっている陸人と球子の一騎打ち。他のお客さんがいなくて良かったなぁ、と杏は他人事状態でのんびり見ている。

 結果は2勝2敗1分け。互いにジュースをおごりあう形になった。

 

 

 

 

 

 

 屋内コートで──

 

「テニス、バドミントン、卓球台もあるね」

 

「バドミントンがいいんじゃないか? アレならあんずとやったことあるし」

 

「うん、バドミントンならできるかも。当たっても痛くないし」

 

「判断基準がおかしいような……うん、それじゃ3人でラリーしようか」

 

 緩やかにラリーを続けながら、3人は和やかに会話を広げる。

 

「さっきも思ったけど、あんずも結構動けるようになったな!」

 

「それはまあ、戦う訓練してたわけだし、ね!」

 

「日常生活でもある程度は体力あった方がいいしね。今後もトレーニングは続けるといいよ」

 

「……それなら、また陸人さんがメニュー考えてくれる?」

 

「んー、そうだね。落ち着いたら新しいの組もうか」

 

「その時はタマも一緒だ! 3人で頑張ろうな!」

 

 

 

 

 時折空気が重くなったりもしながら、3人は子供らしく爽やかな時間を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 続いて杏が選んだ場所は小洒落た雰囲気の喫茶店。『ポレポレ』という店名のようだ。

 

「杏ちゃん、ここは?」

 

「この前たまたま見つけたお店なの。すごく美味しくて、店長さんも面白い人で……いい店なんだよ」

 

 店内も華美でない程度に明るく、居心地のいい内装。カウンターの奥にいた男性が陸人たちを見て声を上げる。

 

「おっ! いらっしゃい、杏ちゃん。今日はお友達も──って! も、もしかして君……伍代陸人くんかい⁉︎」

 

「えっと……はい、伍代陸人ですが……」

 

「かぁー、こりゃたまげた! しかもそっちの子は土井球子ちゃんじゃないか! 

 杏ちゃんが来てくれただけでもびっくりしたのに、勇者さんが3人も来てくれるなんて……いきなりごめんね。良かったらサインしてもらえる?」

 

 なにやらテンション高くまくし立てる男性。あの球子さえも圧され気味だ。

 

「おやっさん、陸人さん困ってますよ……こちら、ポレポレのマスターさん、おやっさんって呼ばれてるの」

 

「おっと、これは失礼。オリエンタルな味と香りの店、ポレポレにようこそ……俺のことはどうぞ、おやっさんと呼んでちょうだい」

 

 それなりに高齢に見えるが、飄々としてバイタリティを感じさせる男性、おやっさんは冗談っぽく笑いかける。

 

 

 

 

 

 

 

「……おお、これはすごいな。タマたちの記事がたくさんだ。雑誌の特集も、新聞の切り抜きもある」

 

「うーん、改めて見るとちょっと恥ずかしいね。しかし、こんなに取材受けてたんだなぁ、俺って……」

 

「私も、始めて来た時に見せてもらってビックリしたよ。一応変装してたのに一瞬でバレちゃったし」

 

「フッフッフ……何を隠そうこの私、勇者のみんなの大ファンでね! 報道が出てからずっと応援してたんだよ」

 

 注文したカレーができるまでの間、3人はおやっさん自慢のスクラップブックを見せてもらっていた。そこには勇者やクウガについての記事がまとめられていて、個々の写真もあり、嬉しいやら恥ずかしいやらだ。

 

「最近はニュースも暗いこと言ってるし、この前の火事も……勇者を悪く言う人も出て来てるみたいだねぇ」

 

「そう、ですね。実際、死傷者も出てしまっていますから」

 

「確かにそれはそうだ、忘れちゃあいけない。でもそれは決して君達が悪いわけじゃないだろ? 火をつけたのも人を殺したのもバケモノがやったことだ。

 君たちにしかできないからって子供に危ない役目押し付けて……他人事でなにもしなかったくせに、危険が自分たちに向いた途端に被害者ヅラってのは大人としてどうかと思うよ」

 

「……ぁ……」

 

 おやっさんが勇者を応援していたのは、それくらいしかできることがなかったからだ。勇者の記事を見つけては切り抜き、来る客に見せては勇者の凄さをアピールして、少しでも彼らを応援してくれる人を増やそうとしてきた。その成果もあり、この近辺では特に勇者人気が高い。

 

「杏ちゃんには前に言ったけど、改めて……いつもありがとう、この店をやっていけてるのも、君たちのおかげだよ」

 

「おやっさん……」

 

「……さ、今日は奢りだ! 最高のカレーを食べてってちょうだいな」

 

 味だけではない。香り、彩り、何より作り手の暖かさが染み込んだカレーが、舌が効かない陸人に束の間の安らぎをもたらした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいお店だったでしょ?」

 

「うん。なんていうか、全部が暖かい場所だったね」

 

「ああいう風に応援してくれてるのは、なんか嬉しいよな」

 

「ああ、楽しかったよ……それで、今度はどこに?」

 

「すぐそこだ。腹も膨れたし、買い物の時間だぞ!」

 

「デートの定番、ショッピングです」

 

 男女比1:2の現状をデートと呼ぶのかは疑問だったが、なるほど確かに、と陸人は納得した。

 大型ショッピングモール。大抵のものはここで揃う、香川有数の大規模複合店だ。実はひなたに連れられた擬似デートも大概ここだったりする。

 

「今日はなにを買いに来たの? 俺に分かるものならいいんだけど……」

 

「もちろん陸人に選んでもらうために来たんだ。今日はなにかお揃いのものを買おうと思ってな」

 

「アクセサリーとか、小物とか。なにか御守りがわりに持っていたいなって……陸人さん、どうかな?」

 

 やはり2人にも心配されているようだ。そんなに今の自分は危なっかしい顔をしているのか……陸人は苦笑しながら答える。

 

「うん、いいんじゃないかな。じゃあ男女がお揃いで持っていておかしくないもの……あ、みんなの分は──」

 

「あ、あ〜……今回は3人だけってことで……」

 

「み、みんなのものはまた全員の意見を聞いてからにしましょう」

 

 なにやら歯切れ悪く誤魔化す2人。とりあえず今日は3人の分を、ということで店内をみてまわるも、どういったものがいいかよく分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 店を歩き回って小一時間、端末で店を検索する杏の目に、乙女心センサーに引っかかる一文が飛び込んできた。その様子に気づいた陸人が、若干抵抗する球子を引っ張ってその目的の店に入っていく。

 

 その店はアクセサリーとしてのドッグタグを扱っていて、その場で希望の内容を刻印できるというサービスを売りにしていた。個人情報を入れるか、プレゼントとしてメッセージを刻むのが一般的だが、この店には嘘か真か面白いジンクスがあるらしい。

 

(思いの丈を刻印して、共に過ごしながら相手に読まれなければその想いが届く、かぁ……)

 

 ありきたりと言えばありきたりで学生受けしそうな噂話だが、杏だけでなく球子も興味があるようだ。ドッグタグなら誰がつけていても違和感はない、陸人としても反対する理由はなかった。

 

「それじゃ、ここでやってもらおうか。1人1つならそれほど高くはならないし」

 

「うん! どんなのがいいかなぁ」

 

「えっと、こういうのってやっぱ英語だよな。なんかそれっぽい文、検索したら出て来るかな?」

 

 すでに半分くらい妄想の世界に行ってしまっている杏と、端末片手に唸っている球子。陸人も刻印内容を考えながら好みのドッグタグを探す。

 

(んー、せっかくだし杏ちゃんが好きそうな名作文学から取ろうかな)

 

 

 

 

 

 その後少しして、3人がそれぞれ注文した刻印入りのドッグタグを無事に購入。早速見られないように首にかけて服の内側に隠す。

 

(なんか聞いたことあるし、響きもいいし。タマ、すごくセンスいいんじゃないか?)

 

 "Stand by me forever"

 

 調べたら出てきた聞き覚えのある言葉を直感で選んだ球子。なんだかんだ彼女の想いから外れてはいないのがすごいところだ。ちなみにすごく大雑把なフィーリングしか球子は分かっていない。

 

(ちょっと大胆だったかな……ううん、見られなければいいんだもん。そう、見られないようにすれば……!)

 

 "I can't live without you"

 

 杏の乙女心が込められた一文。どこか文学的な言葉だが、間違いなく彼女の本心だ。今更になって顔を赤くしている杏は、何が何でも隠し通すことを決意した。

 

(……うん、いい感じにできたかな。どっちに転んでも、悪い意味にはならないし)

 

 陸人が刻んだメッセージは、少し毛色が違った。店員も2人と温度差がある一文に、少し訝しげにしていた……まあそもそも中学生の男女が3人でこのサービスを利用すること自体がおかしいのだろうが。

 

「よし、なかなか良いものが手に入ったよ。ありがとう2人とも」

 

「タマもちょっと恥ずかしかったけど、楽しかったぞ」

 

「うん。今日はもう遅いし、帰ろうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寮に帰る頃にはすっかり暗くなっていた。陸人は、名残惜しさを感じている自分に驚き、思った以上に楽しかった時間を振り返りながら笑顔を作る。

 

「今日は本当に楽しかった。ありがとね、2人とも」

 

「……あの、陸人さん」

「陸人、ちょっと待ってくれ。大事な話があるんだ」

 

 口ごもる杏をフォローするように、球子が力強く陸人を引き止めた。アイコンタクトを交わして頷く2人。その真剣な表情に、陸人も思わず力が入る。

 球子が一歩前に出る。どうやら彼女が先らしい。

 

「陸人、今日は楽しかったよな……今日だけじゃない。これまで色々やってきて、タマはすごく楽しかった」

 

「……ああ、忘れてても心に残ってる。球子ちゃんたちとの日々は、楽しかったよ」

 

「最初はこの気持ちがなんなのか、よく分かんなかったんだ。陸人は優しくて、タマみたいな子を女の子として扱ってくれて、信じてくれて、信じさせてくれた。

 親友だって思ってたこともあった……でももうダメだ。それじゃタマはダメなんだよ」

 

「……球子ちゃん?」

 

 大きく深呼吸して、球子はありったけの想いを叫ぶ。

 

 

 

 

「陸人──好きだ‼︎」

 

「……!」

 

「1人の女の子として、タマは陸人っていう男の子が大好きなんだ! 錯覚でも勘違いでもない。これがタマの初恋で、人生一番の恋だ‼︎」

 

 

 球子がなにやらスッキリした顔で笑っているのに対して、陸人は目を見開いて固まっている。完全に予想外の状況に頭が追いついていない。

 

 

 

 

 

 

 そんな2人を見て、覚悟が固まった杏が前に出て来る。

 

「陸人さん……」

 

「あ、うん……どうしたの杏ちゃん」

 

「前にお話ししたよね。タマっち先輩が王子様で、陸人さんが騎士様だって話……」

 

「ああ、それは覚えてるよ。杏ちゃんは球子ちゃんや俺に憧れてくれてて、これからも仲良く──」

 

「そうじゃないの。それだけじゃないんだよ、陸人さん」

 

 ずっとイメージしてきた。その通りに胸の内をぶつければいい。今の杏に恐れはない。

 

 

 

 

「好きだよ、陸人さん……私はあなたに、心から恋をしています」

 

「──ッ‼︎」

 

「タマっち先輩が自覚するよりも、戦いが始まるよりも前から……ううん、今にして思えば一目惚れだったのかもしれないね」

 

 

 顔は真っ赤だが、目をそらさずに陸人を真っ直ぐ見つめる杏。対する陸人は動揺が頂点に達して挙動不審になっている。

 

 

 

 

 

「えっ? いや、そんな……違う、俺が……なんで、そんなはずが……」

 

 顔を手で覆いながらブツブツ呟く陸人。オーバーヒートしておかしくなってしまったようだ。

 あまりに珍しい陸人の姿に球子は面食らう。

 

「お、おーい、どうするあんず。これじゃまともに話せないぞ」

 

「任せて、タマっち先輩……陸人さん、ちょっとこっち向いてください」

 

 告白を済ませた瞬間からなにやら堂々としている杏が陸人に近づく。半ば無意識に顔を上げた陸人の顔に、杏の顔が接近する。

 

 

 

「────⁉︎⁇⁈⁉︎────」

 

「──んなっ……あ、あんず⁉︎」

 

「んっ……これがキス。私の、初めての……」

 

 

 

 ごく一瞬ではあったが、陸人と杏の唇が重なった。普段の彼女からは想像できない積極的な行動に、陸人と球子は結構間抜けな顔を晒してしまっている。

 

 

 

 

 とりあえず口と体の動きは止まったが、完全に停止してしまった陸人。そんな彼の姿を見て、杏は球子の背中を押す。

 

「ほら、今度はタマっち先輩の番。今なら陸人さん動かないし、チャンスだよ」

 

「ハァッ⁉︎ 何を言うんだあんず!」

 

「できないの? なら私がもう一度……」

 

「〜〜〜ッ! 分かった、分かったよ! ふぅ……陸人、覚悟っ!」

 

 すっかり暴走している杏に煽られて、球子までその気になってしまう。陸人に飛びつき押し倒し、マウントポジションを取った。ここでようやく陸人の意識が戻ってくる。

 

 

 

「うおっ⁉︎ た、球子ちゃん⁉︎」

 

「……う、動くなよ陸人! 絶対に、絶対にうごくなよ‼︎」

 

「な、何を……んむっ⁉︎」

 

「……む、ん……プハッ! どうだ、あんずよりも長かっただろ! ──って、タマは何をやってるんだぁぁ⁉︎」

 

 

 

 押さえ込むように陸人の唇を自分の唇で塞ぐ。勢いが強く、陸人の抵抗も許さない口づけは、数秒続いた。

 顔を離して落ち着くと、自分のあまりの大胆さに球子は頭を抱えて倒れこむ。倒れたまま立ち上がれない陸人と球子、杏も2人に並んで横になる。

 

 

 

 

 

 

 寝転がって星空を見上げる3人。ようやく少しずつ落ち着いてきたようだ。

 

「……あー、もう。何やってるんだ俺たち」

 

「い、いきなりになったのはゴメン。でも陸人だって悪いんだぞ! いつまでも気付かないから!」

 

「私たちにとって、陸人さんがどれだけ大切な人なのか……それを分かってほしくて。ちょっとやりすぎたかもしれないけど」

 

 時間を置いて少しだけ熱が引いた頭で、陸人は考える。みんなそうだ。ここに来て自分に生きて欲しいと言ってくる。そんなことはできない、できないことはみんな知っているはずなのに。

 

「俺だって別に破滅願望なんてないさ。他に道がないから覚悟をしてるだけで……」

 

「他に道がないって、誰が決めたんだ?」

 

「……それは……」

 

「陸人さんはこれまで何度も不可能を可能にしてきた。誰かを助けるために、私たちを守るために……」

 

 陸人の両手が握られる。その暖かさが、いつだって陸人の心を支えてきた。

 

「誰かのためなら奇跡を起こせるのが陸人さんだよ。なら今度も、陸人さんを待ってる私たちのために、奇跡を起こしてほしいな」

 

「陸人が自分を好きになれないなら、それ以上にタマたちが好きでいてやる。陸人はタマたちのこと、嫌いか?」

 

「……そんなわけない、大好きだよ」

 

「「うん、知ってる」」

 

 笑い合う3人。もうこれ以上、仮面をかぶって感情をごまかすのは、さすがの陸人にも不可能だった。

 

「俺は、生きたいのかな……生きていても、いいのかな」

 

「何度だって生きてていいって伝えるぞ」

「何回だって生きててほしいって願うよ」

 

「そっか……当たり前だよな。みんなが死んだら、俺は泣く……ならみんなも、俺が死んだら悲しいよな」

 

「絶対泣くな」

「泣き明かすね」

 

「俺は、そんなことも見えなくなってたのか。そりゃ心配もされるよな」

 

「なー。ホントにらしくなかったぞ、この頃の陸人は」

「自分のことになった途端変に謙虚なんだもん。諦めないのが陸人さんでしょ?」

 

「ああ、ありがとう……とりあえず諦めるのはやめる。前を向いて考えてみるよ」

 

 少女の告白を受けて、その裸の心の叫びがすでにヒビが入っていた陸人の心の防壁を突き破った。

 久しぶりに温かい本物の笑顔を見せた陸人に、球子と杏は心から安堵する。

 

「それじゃ、ホントにもう遅いし……今日はここまでだな」

 

「あ……陸人さん、告白の返事とかは諸々落ち着いてからでお願いね」

 

「えっ、あ〜……なぜ?」

 

 話しながらも内心どうしようと焦っていたので、助かったと言えばそうなのだが、まさか告白してきた側から延長申請とは。

 

「今回はみんなが気を遣ってくれたけど。言いたいこと言えてない人、他にもいるはずだから」

 

「だから全部の戦いが終わってから、タマたちの新しい戦いが始まるわけだ。陸人も楽しみにしとけよ?」

 

 その言葉の意味はよく分からなかったが、とりあえず何が何でも生きて帰らなければいけないらしい。それだけわかれば今は十分だ。

 

「分かった。それじゃおやすみ……今日は色々ありがとう」

 

 笑顔でサムズアップをする陸人。その笑顔に翳りなく。少女たちの奮闘はここに実を結んだのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うぅぅ……やっちゃった。恥ずかしいよぉ〜」

 

「ま、まあまあ、あんずが頑張ったから陸人が前向きになれたんじゃないか! タマもめちゃくちゃ恥ずかしかったけど、その甲斐はあったって!」

 

 陸人と別れた後、落ち着いた杏が崩れ落ちた。勢いで維持していたが、正直後半あたりは羞恥で倒れそうになっていたのだ。

 その杏を励ます球子も顔は赤い。恋愛経験など皆無に等しい2人が、今日1日でかなり不慣れなことをやり遂げた。ものすごい精神的疲労に襲われていた。

 

「やっぱり、陸人さんはああやって笑っててくれなきゃね」

 

「ああ、良かったよ……本当に」

 

 後でみんなにも報告とお礼を言おう、と笑う球子と杏。陸人と同じく翳り続けていた2人の笑顔も、やっと光を取り戻していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何もない世界、陸人の夢。そこにはみのりの姿を借りたアマダムと、陸人が並んで腰を下ろしていた。

 

「どうやら、ようやく視野狭窄は治ったらしいな」

 

「うん。今はちゃんと見えてる……スッキリしてるよ。ゴメン、アマダムにも気苦労かけたね」

 

「気にするな。もう慣れた」

 

 気安く談笑する2人。変質が始まってからずっと緊迫していた両者の間に、久しぶりに穏やかな空気が流れる。

 

「それで、少しは己を前向きに見られるようになったのだろう? 何か望みはあるか」

 

「望み、かぁ。そうだな……やっぱりみんなの幸せを守りたいって思う。それは変わらない」

 

「そうか……」

 

「……それから」

 

 胸元のドッグタグに触れる。文字を選んだ時とは異なる思いを込めて、文字をなぞり、握りしめる。

 

「みんなを、幸せにしたい。俺にできるのか、分からないけど」

 

「フッ、それだけではないだろう? 私相手に取り繕う必要もあるまい。言ってみろ」

 

(みんなと一緒にいたい、ずっとそばにいてほしい。そう願うことが、贅沢じゃないのなら……許されるのならば)

 

「ああ、そうだな。俺はきっと幸せになりたいんだ……みんなと一緒に。みんなを幸せにして、みんなに幸せにしてもらう。そんな風に生きていきたい。それが俺の願いだ」

 

 やっと言葉にした陸人自身の願望。それはあまりに抽象的で、あまりに幼稚な言葉ではあったが、アマダムは嬉しかった。陸人の口から自分の未来に肯定的な言葉が出てきたことが、本当に嬉しかったのだ。

 

 

 

 

「散々人を殺した俺が、あまりにも多くを背負っている俺が……こんなことを願っても、いいのかな?」

 

「安心しろ。貴様の幸せを願い、貴様と共に幸せになろうとしている娘を、少なくとも8人私は知っている。陸人もそうだろう?」

 

「ああ、そうだな……」

 

「あのような良き娘たちに想われているのだ。多少己に自信を持ってもバチは当たるまい」

 

 そう言って陸人の肩に優しく手を置くアマダム。まるで姉弟のような2人。

 

「……今、自分の願いを見つけて、何かをつかめた気がするよ」

 

「それこそがクウガだ。余計なものを取り払ったむき出しの心に、クウガは必ず応えてくれる……とはいえ、今回のことは私の知識に残っていなかったからな。多少肝は冷やしたが」

 

「アマダムでもそんなことがあるんだな」

 

「からかうな、私とて万能ではない」

 

 バーテックスが現れる前には確かにあった光景。2人の中身こそ変われど、その光景が戻ってきていた。

 

「それで、どの娘を選ぶのだ?」

 

「えっ、ア、アマダム⁉︎」

 

「やはり球子嬢か杏嬢か? いや、しかし他の娘たちも遠慮しているだけで意外と……」

 

「ストップストップ! まったく、どんどん人間臭くなるね、アマダムは……その姿だと余計に姉さんみたいだ」

 

「む、そうか?」

 

「もちろん姉さんじゃないのは分かってるよ。でも見た目以外にも似てるところもあってさ。だからか、たまにアマダムのことももう1人の姉さんみたいに思えることがあって……」

 

「ふむ……まあ、陸人のような面倒な子供の姉が務まるのはみのり嬢か私ぐらいのものだろうな」

 

「なんだよ、それ」

 

 冗談めかした言葉だが、陸人は本気で言っていて、それが分かるからこそアマダムも内心喜んでいる。

 

「多分、次がクウガとしての最後の戦いになると思う。勝って終わらせよう。よろしくね、アマダム」

 

「ああ。私たちが揃えば、誰にも負けん。ダグバであろうがそれは変わらん。今度もまたその事実を証明するまでだ」

 

 力強く握手を交わす2人。互いへのあふれんばかりの信頼がそこに輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




うーん、経験が少ない私ではここまで直球だと表現するだけでも難しいし恥ずかしい。
先陣切って告白するのは球子ちゃんで、告白した後に吹っ切れるのが杏ちゃん、って勝手なイメージです。

都合4話ものコミュ回の積み重ねによってどうにか陸人くん持ち直しました。正直これまでで1番手こずりましたね。
ラストバトル前の告白イベント、ベタすぎとかフラグとか思われるかもしれませんが、王道というのは長く、広く愛されたからこそ王道というのだと私は思います。たまにはこういうのも、いいよね?

あー、疲れた。内容もそうだし、文量もついに一万超えました……
次回からラストバトルが始まります。さて、クライマックスに相応しい展開を描けるのか?
次も来週末かな。間も無くフィニッシュというところでテストが近くなってきました……先に謝っておきます。ペース落ちたらごめんなさい。

感想、評価等よろしくお願いします

次回もお楽しみに




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十章5話 究極

ラストバトル、スタートです

資料が少ないアルティメットとダグバ…さて、どう膨らませるべきか…






 翌朝、陸人は大社本部に足を運んでいた。戦う前に一度会っておきたい相手がいたからだ。

 

「そっか……じゃあ、今日行くんだ?」

 

「うん。みんなから聞いたよ。真鈴さんが必死に調べて、打開策を教えてくれたって」

 

「別に大したことはしてないよ。ずっと安全なところに居たんだから、これくらいはね」

 

「それでもお礼を言わせてくれ。本当にありがとう」

 

「……ん。それで、勝算はあるの?」

 

「向こうの本気がどんなものか分からないからね。具体的なことは言えないけど……でも必ず勝って帰る。今の俺たちならできるはずだ」

 

「そっか。陸人くんがそう言うなら、きっと大丈夫だね」

 

 努めて朗らかな顔で話す真鈴。陸人は今日、その不安を晴らすために来たのだ。

 

「真鈴さん、天の神は俺たちがどうにかする。約束だ」

 

「……陸人くん?」

 

「他の巫女の子達にも伝えてくれ……信じて待っててほしいって」

 

 それだけ言ってその場を離れる陸人。真鈴の疑念が確信に変わる。

 

(陸人くん、やっぱり知ってる? 奉火祭のこと……)

 

 陸人は知らない間に他人の荷物を勝手に背負いこんでいく。真鈴はそんな彼のために祈りを捧げることくらいしかできなかった。

 

(神樹様……どうかあの世界一のおせっかい焼きに勝利を……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、それじゃみんな……」

 

『いただきます!』

 

 いつもの食堂にいつものうどん。決戦前に9人全員で腹ごしらえをして気力を高める勇者たち。戦えない者も含めて、みんなで勝利するための最後の儀式だ。

 

「壁の外で戦うんだよな。危なくないのか?」

 

「勇者やクウガの力なら、外の炎は問題ないって計測結果が出てるみたい……ただ、変身が解けちゃったら危ないと思う」

 

「バット、あの歩くディザスター相手に内側で戦うわけにもいかないわ。次は四国丸ごと消されかねない」

 

「……外のバーテックスも気になるわ。天の神の力を振るうダグバなら、アレを使役できても不思議じゃない……」

 

「膨大な量の小型が少しずつ融合しているという反応も検知したそうです。どうかお気をつけて」

 

「案ずるな、ひなた。私たちとて強くなっている。誰が相手だろうと切り捨てるまでだ」

 

「バーテックスが無視できない規模だった場合は、ダグバとの交戦前に処理した方が安全だと思います。もしくは手分けするとか……」

 

「みんな。心配なのは分かるけど、りっくんたちなら大丈夫だよ。私たちがここで思いつくような危険はちゃんと想定してる……だよね、りっくん?」

 

「ああ、アマダムとも相談してある。今の俺ならさらに勇者の力を底上げできるはずだし、神樹様直々のサポートもある。バーテックスなら特に問題はないよ」

 

 参戦できない仲間たちの心配を拭うために強い言葉で言い切る。最終決戦、どうせなら信じて、安心して見送ってほしいというのが陸人の本音だ。

 

 

 

 

 

 食事を終え、大社との最終確認も済ませて、いよいよ出陣の時。

 瀬戸大橋の前で6人と別れる。橋の先、壁の向こうには究極の破壊者が待っている。

 

「よっし、ここまできたらもうタマたちが心配しててもしょうがないな!」

 

 球子が力強く笑う。

 

「明日も明後日も、その先も……みんなと一緒にいる。私は、そのつもりだからね」

 

 水都が優しく笑う。

 

「待ってるから……みんなで帰ってくるの、待ってるからね!」

 

 友奈が明るく笑う。

 

「私たちの未来はこれからも続いていく。ここは通過点でしかない……それを、忘れないでください」

 

 ひなたが静かに笑う。

 

「……あなた達のことだから、言うだけ無駄でしょうけど。本当にまずいと思ったら自分の命を最優先することね……」

 

 千景が小さく笑う。

 

「後は3人に全てお任せします。私たちの願いは1つ、生きて帰ってきてください」

 

 杏が美しく笑う。

 

「うん、大丈夫。絶対に、大丈夫だから」

 

 彼女達の言葉に笑顔で返す陸人。

 

「俺は今日、伝説を塗り替えてみせる。だから見ててくれ……俺の、変身!」

 

 一歩前に出て、その力強い背中で仲間に安心感をもたらす。

 人として、勇者としての覚悟を胸に、悠然と構える。イメージするのは究極の、そして()()()()()の姿。

 

 

 

 

「────変身ッ‼︎────」

 

 

 

 

 陸人がその姿を変える。以前一瞬だけ見せた究極の姿。黒く、重く、刺々しい力の塊。しかしあの時と違い、その両眼とベルトの霊石は、いつもと変わらない赤い輝きを宿している。

 

『クウガ アルティメットフォーム』

 

 絶望に呑まれながらも清き心を失わなかった戦士だけが至れる姿。伝説を超えた、人としての究極の力。

 

 

 

 

 

 

 その禍々しい後ろ姿に、少女たちは恐怖した。しかしそれも一瞬のこと。振り返ったクウガの眼を見て、一同は安堵する。彼はいつも通りだ。守りたいもののために戦う勇者、伍代陸人が変わらずそこにいた。

 

「さて、行こうか、歌野。陸人の背中は私たちが守るんだ」

 

「オーケー若葉。これを最後のスクランブルにするために!」

 

 若葉と歌野が変身してクウガに並び立つ。直後、あまりにも急激な力の上昇に思わずふらつく2人。勇者との共鳴能力も大幅に向上しているのを感じる。

 

「なるほど、これが究極の力か」

 

「サプライズ……! 頼もしいじゃないの」

 

 2人は持ち前の技量で出力の変動に即座に対応してみせる。冷や汗をかいたのはほんの一瞬。すぐにいつも通りの顔でクウガに並び立つ。

 

 

 

 陸人たち3人がサムズアップをすれば、向かい合う6人も同じく返す。また幸せな日常に戻るために。笑顔で再会するために。

 

 

 

 

 

「白鳥歌野、行って参ります!」

 

 気負うこともなく、自然体の歌野が飛び立つ。

 

「乃木若葉……出陣する!」

 

 敵を見据え、守りたいものを背負い、若葉が飛び立つ。

 

「伍代陸人、クウガ……征くよ!」

 

 生かすために、そして生きるために。陸人が飛び立つ。

 

 

 

 

 今の彼らの力は凄まじく、純粋な脚力だけで瀬戸大橋を飛び越え、一瞬で壁の向こうへ姿を消した。

 残る少女たちは、3人の姿が見えなくなっても、誰一人として目を逸らさずに彼らが消えた先を見つめ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 壁の外、燃え盛る炎の大地に3人は降り立った。

 

「うーん、気分いい場所じゃないのは間違いないけど……ここで戦うこと自体は特に問題なさそうね」

 

「ああ、ダグバは奥か。一応、可能な限り四国結界から離れたところで戦うのが理想だが……」

 

「──ッ! 2人とも下がって!」

 

 クウガの警告に反射的に後退した若葉と歌野。一瞬前まで2人がいた大地から猛烈な勢いで火柱が上がる。それは列をなすように連続で湧き上がり、やがて火柱同士結合して巨大な壁となる。

 3人の勇者は天にも届かんばかりの炎の壁により、初手から分断されてしまった。

 

「これは、トラップ? いえ、それにしては殺意が薄い。分断狙いかしら」

 

「私なら超えられない高さではない……が、接敵もしていないうちから精霊を使うのは……」

 

「……ダグバ! これはどういうつもりだ!」

 

 

 

 

 

 

『フフフ、ちょっとしたお遊びだよ。まずはボクと戦うだけの力があるのか……1人ずつ証明してもらおうと思ってね』

 

 クウガの問いかけに応えるように空高くから声が響く。

 それと同時に降りてくる巨大な異形。かつてのサソリ型をも上回る力を持ち、黄道十二星座を模した形状と能力で人類を脅かす天の神の遣いの最終形。『完成体バーテックス』が12体揃い踏みしてきた。

 

『神様の力を使ってオモチャを作ってみたんだ。それくらいは倒してもらわなきゃ困るからね』

 

 バーテックスは炎の壁で3つに分割された大地に、それぞれ4体ずつ降り立った。1人頭4体倒す。それが出来なければダグバと戦うことすらできずに終わるということだ。

 

『その道の先にボクはいるから、オモチャを壊せた人から来てよ。その時は本気で遊んであげる。ハハハ……アハハハハハ!』

 

 

 

 

 

 

 

 不気味な高笑いを最後にダグバの声は消えた。天の神を吸収したことで手の込んだ遊び方を覚えたようだ。

 

「若葉ちゃん! 歌野ちゃん! 大丈夫⁉︎」

 

「問題ない! ヤツの言葉に乗るのは癪だが、各個撃破して早いものから先にダグバの元に行こう!」

 

「……でも!」

 

「向こうにはまだまだ使えるバーテックスはいくらでもいるはず。グズグズしてると余計な増援が出てくるかもしれないわ! 大丈夫、私も若葉も自分の身は自分で守る、言ったでしょ?」

 

「……分かった! 向こうで合流しよう!」

 

 合流より突破を優先した勇者たち。世界の命運を決める最終決戦、前座と呼ぶにはあまりに豪華なキャスティングで、前哨戦の幕が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クウガの前に立ちふさがるのは4体。

 牡牛座の『タウラス・バーテックス』

 獅子座の『レオ・バーテックス』

 天秤座の『リブラ・バーテックス』

 水瓶座の『アクエリアス・バーテックス』

 

 特に強い威圧感を出しているのは後方にいる獅子座だが、クウガは特に警戒することもなく手近な天秤座に突っ込む。

 

「──フンッ‼︎」

 

 宙に浮かぶ巨体を片手で押し倒し、大地を壊しながら力尽くで引き摺り回す。その速さと力に、天秤座は一切の抵抗もできずに軋み出す。

 同胞の危機に、牡牛座がその能力を発動。体に装備したベルから怪音波を発生させる。

 

「なんだ? うるさいな……!」

 

 クウガはそれを攻撃と認識することもなく、単に耳障りな音を止めるために牡牛座に標的を変更。神速で懐に飛び込むと、そのベルをむしり取って握りつぶした。

 距離を取っていた獅子座と水瓶座が、火球と水球で遠距離攻撃を仕掛けるも、今のクウガには通用しない。片手を振るってその全てをかき消した。

 

 今の姿の感覚をつかもうと大雑把に動いていたクウガは、ひとまず敵から距離を取って調子を確かめる。

 

(力は桁違いに跳ね上がったが、これまでと感覚はそう変わらないか)

 

 クウガが再び敵を見据えると、4体のバーテックスが更に融合しようとしていた。

 

「へぇ……ちょうどいい、やってみろよ!」

 

 融合が完了したバーテックス『レオ・スタークラスター』は、これまでにない圧力と熱量を持っていた。その全てを収束した巨大火球が放たれる。

 

 ──問題ないな、陸人? ──

 

(ああ、これくらいなら……!)

 

 左手を突き出して火球を正面から受け止める。視覚的におかしいが、人間の数千倍のサイズの火球を完全に抑え込んでいる。

 

「──シッ‼︎」

 

 引いた右拳を突き出し、火球に叩き込む。4体が融合したバーテックスの最強の攻撃は、最強のクウガのありふれた一撃によってあっけなく消滅させられた。

 

 

 

 

 弾ける光の中から歩み寄ってくるクウガを見て後退する融合体。それを見たクウガは、バーテックスに見切りをつけた。

 

 ──準備運動はもういいのか? ──

 

(ああ、こいつら相手にこれ以上は無意味だ。終わらせよう)

 

 無造作に右腕を上げるクウガ。その手は融合体を捉えていた。

 

「満を辞して出て来たところ悪いが、こっちはお前たちの相手をしている暇はないんだ……!」

 

 感情を持たないバーテックスが恐怖したかのように撤退しようとする。しかしその判断はあまりに遅かった。

 

「手っ取り早く。消えてもらうぞ!」

 

 クウガが手を握った瞬間、融合体の巨体が一気に燃え盛る。ダグバの炎にも劣らない火力、ほんの数秒で燃え尽き、最強のバーテックスは消滅した。

 

 

 

「さて、行くか……!」

 

 ──ここからが本番だな。気を引き締めて行くぞ……! ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──っと! 今のはちょっとデンジャラスだったわね」

 

 歌野を囲むように展開する巨体。

 蟹座の『キャンサー・バーテックス』

 乙女座の『ヴァルゴ・バーテックス』

 蠍座の『スコーピオン・バーテックス』

 射手座の『サジタリウス・バーテックス』

 

 遠近揃ったバランスのいい連携で歌野を追い込むバーテックス。しかし歌野の顔に焦りはない。

 

(なるべく陸人くんを1人にはしたくない。とはいえここで消耗しきるわけにもいかない。きっと若葉もそう考えてるはずだから……)

 

 どちらかが先を急ぎ、もう一方は消耗を抑えて後に備える必要がある。それならば自分の役目は後者だろう、と歌野は冷静に考える。

 この圧倒的不利な状況でも考えるだけの余裕がある。それは歌野の実力ももちろんだが、クウガの究極の力の影響が大きい。

 

 黒のクウガの力を共鳴(リンク)と呼ぶなら、究極の力は同調(シンクロ)とでも呼べるものだ。現在進行形で力を高め続けるクウガと直接ラインをつなぐことで、究極に近い領域まで力を引き上げる。

 

「私のジョーカーはまだ安定してない。ここは地力で突破してみせましょう!」

 

 歌野にはどんな状況でも最善を選ぶ安定感と、それをもたらす精神力があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。やはり凄まじいな。究極の戦士の力は……」

 

 若葉も同じくバーテックスとの戦闘に入っていた。

 牡羊座の『アリエス・バーテックス』

 双子座の『ジェミニ・バーテックス』

 山羊座の『カプリコーン・バーテックス』

 魚座の『ピスケス・バーテックス』

 

(このままでも勝てるだろうが時間がかかりすぎるな)

 

 手早く仕留めるには面倒な特性を持つバーテックスを相手に、若葉は奥の手を切ることを決めた。端末を取り出してシステムを起動。友奈のシステムの記録を元に、大社が急ごしらえでアップデートした新機能だ。

 

頂点(Vertex)……上位種を気取って人を殺す、醜い化け物ども……私達を甘く見るなよ!」

 

 勝利への強い意志を持って、若葉が切り札を発動する。

 

 

 

「出し惜しみなどしない! 降りよ……『義経』! 『大天狗』!」

 

 

 

 かつて友奈が強行した二重顕現。その記録を参照したシステムの補助を追加し、安定性と出力を増した人類の最終手段。大社の尽力と、防衛より攻勢に力を向けてくれた神樹の助力で成し得た力。人の手で届いた奇跡の形。

 若葉自身の力量、究極の力の同調、二重顕現。今の若葉は間違いなく最強の勇者だった。

 

 天狗の大翼を広げて剣を構える。完成型だろうと何だろうと、邪魔するものは全て切り捨てるのみ。

 

「刮目せよ。これが人の力……人間の、本当の強さだ‼︎」

 

 最短最速で陸人に追いつく。若葉はそれしか考えていない。バーテックスなど障害とすら見なしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフフ……来たね、クウガ。やっぱりキミが一番乗りだ」

 

 炎の壁の終点、3本の道の合流点にダグバはいた。圧倒的な速度で踏破してきたクウガがその正面に降り立つ。

 

「これが最後だ。決着をつけよう、ダグバ……!」

 

「アハハハ……いいね、長いこと待った甲斐があったよ! 今のキミとなら、楽しく遊べそうだ!」

 

 

 

 

 究極の力がぶつかり合い、世界を揺るがすほどの衝撃が走る。

 

 全てを守る者と全てを壊す者の、頂上決戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




バーテックスがすっかり噛ませ役になってしまったなぁ。
クロスオーバーでこういうのは本来よろしくないんですが、これまで散々苦しんできた陸人くんに、ちょっとでいいから無双して欲しかったんですごめんなさい!
まあ原作でもあいつらボス敵でありながら量産型という不思議なポジションでしたからね……許してください。

感想、評価等よろしくお願いします

次回もお楽しみに



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十章6話 不撓

さて、本格的に戦闘描写のお時間です。どこまで盛り上げられるだろうか。






「ダグバァッ!」

 

 先手はクウガ。拳を顔面に叩き込んでからのラッシュ。一気にダメージを積み重ねるも、ダグバの頑強さは並ではない。

 

「ハッハァ!」

 

 ダグバが笑いながらカウンター。アッパーが綺麗に入り、クウガは一撃で吹き飛ばされる。

 

(やっぱりまだ力の差はあるな……)

 

 ──潜在的な力はともかく、体の方はダグバほど染まりきってはいないからな。特に防御力の差はどうにもならん──

 

 陸人は究極の進化を果たしたばかりだ。今も猛スピードで進化を続けてはいるものの、純粋な怪物であるダグバの域にはまだ遠く及ばない。

 それでもこれ以上はダグバが待っていないだろうと、多少の不利は承知でここまで来たのだ。今さら降りるわけにはいかない。

 

 

 

 クウガとダグバが同時に右手を相手に向ける。次の瞬間2人の体を炎が襲う。猛烈な勢いで燃え盛る炎、しかし両者は意にも介さず距離を詰め直す。殴り合ううちにいつのまにか炎は消えていた。

 

(能力勝負じゃ良くて引き分けか。やっぱり経験の差が出てるな)

 

 ──神の力の総量も、未だヤツの方が上だ。それ以外で上回るしかないな──

 

 やはり単独でダグバに勝つのは難しそうだ。こうなってくると、敵の予想を超えた攻撃が必要になるが、今の陸人は自分の手札すら把握しきれていない。一方のダグバは楽しげに手持ちのカードを見せてくる。

 

「フフ、普通に燃やすんじゃダメか……なら、これでどうかな?」

 

 ダグバが広げた両手に炎が発生。腕を振るって投げつけてきた。1発目は躱せたものの、2発目がクウガの肩に直撃。途端に大爆発を起こして大きく吹き飛ばされる。

 

「──クソッ、何だ今の……?」

 

 ──大気を変換したのだろう。非常に燃えやすく、燃焼状態で一定以上の個体に触れると爆発するような、訳の分からない物質にな──

 

「さすが天の神を吸収しただけはあるな。知恵が回る上にやり方が実に巧妙だ!」

 

 ダグバはこの数日、暇つぶしとしてこの終わった世界で思うままに自分の能力を行使していた。手当たり次第に世界やバーテックスを壊していくうちに、神の力と自身の能力の使い方を感覚で理解していったのだ。

 

 

 

 

 

 基本的なスペックと特殊能力においてダグバに負けているクウガ。ならば彼が勝っているのはどこか。当然、頼もしい仲間の存在だ。

 

 

 

 クウガに迫るダグバの真横から鳥のような影が飛び込んでくる。真一文字にダグバを斬ったその影の正体は若葉。クウガと1分程度の差で彼女もバーテックスたちを突破してきたことになる。

 

「……すまない、少し遅れた」

 

「いやいや、早すぎるくらいだよ」

 

「確かにね。来るにしてもキミはもう少し遅くなると思ってたよ」

 

「それは貴様が人間を侮っていただけの話だ。敵がどれほど優れていようが、立ちはだかる壁があるのなら必ず越えるための道を見出す……それこそが人間の強さだ!」

 

 クウガの隣に降り立ち剣を構える若葉に、ダグバが笑いかける。若葉に付けられた胸の傷は浅く、数秒で消えてなくなった。

 

「いいよ。キミたちはオマケくらいに思ってたけど、これは思った以上に楽しくなりそうだ……!」

 

(完全に意識の外にいた状態から全力で斬り込んであの程度か。私ではどうにも威力が足りないらしいな)

 

 ますます楽しげに笑うダグバ。若葉は一瞬顔をしかめるも、すぐにいつもの凛とした表情でクウガを見つめる。

 

「陸人、1回深呼吸してみろ」

 

「……若葉ちゃん?」

 

「戦い方がらしくないぞ。自分の力、相手の力、今の戦況……あらゆる要素を冷静に把握する。

 そこまでできたら次は客観的な視点から打開策を探すこと、それが戦いの鉄則だ」

 

「ああ、ゴメン……助かったよ」

 

 己の究極の力への恐怖と、底なしのダグバへの驚愕。それらが無自覚のうちに陸人を焦らせていた。外から見て一瞬でその内面を把握した若葉が声をかけたことで、陸人は落ち着きを取り戻した。

 

「仕切り直しだ。合わせていくよ!」

 

 クウガが両手を合わせて、ゆっくりと開いていく。両手の間に漆黒の長剣が形成される。ダグバの火炎を模倣して、大気中の物質を再構成して武器を作ってみせた。クウガは戦闘中の今でさえ、1秒ごとに進化を続けている。

 

「へぇ〜、じゃあボクも……」

 

 クウガの進化が面白いのか、ダグバも真似するように剣を生成。剣同士の戦場に移行する。

 

「さあ、次は何を見せてくれるのかな?」

 

「人の技、人の研鑽……その結晶を!」

 

「力任せのお前に、教えてやる!」

 

 幼い頃より剣の道を歩んできた若葉と、命を守るためにあらゆる努力を続けてきた陸人。2人の剣士が破壊者に挑む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこまでも炎が広がる世界、その果てまでも響くような剣戟の音。

 瞬発力でダグバを上回る若葉と、技術の差によって一撃の威力でダグバに勝るクウガ。2人は連携で確実にダグバにダメージを与えていく。

 

 挟み撃ち、上空からの奇襲、不意の交代。あらゆる手でダグバの虚をついては小さな傷を作り、再生するより早く次の一撃に繋ぐ。その連携も徐々に精度を上げている。

 

 クウガの股下から若葉がスライディングで割り込んで足を斬り裂く。怯んだ隙にクウガが肩口に一閃。そのまま若葉を前衛に。

 

 唐突に若葉が屈み込み、一瞬前まで彼女の頭があった場所からクウガが突きを入れ、ダグバの目を一瞬潰すことに成功する。

 

 このような曲芸じみた連携を一切の合図なしで成立させられる理由もまた、究極の力にある。

 より強く、より強固な神性のラインを結んだことで、互いの思考をある程度把握できるようになっている。歌野のように全て聞き取れるわけではないが、戦闘の流れをノータイムで共有できる今の2人の連携は完璧と言ってもいい。

 

 

 

「「ハァッ‼︎」」

 

 2人同時の刺突が炸裂し、ダグバを大きく吹き飛ばす。予想以上に上手くハマっている連携に、彼ら自身も驚いていた。

 

(若葉ちゃんの一瞬先の動きが見えるみたいだ。これなら……)

 

(体の距離以上に、陸人の心を近くに感じる。今の私達なら……)

 

 確かな手応えを感じる2人の前に火柱が上がった。業火を宿した剣を振り上げたダグバが笑い声をあげる。

 

「あの大きさは……!」

「マズイぞ、アレは!」

 

「アハハハハハハハハハハハッ‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バーニング……アレはちょっとヤバいわね」

 

 あまりにも巨大な火柱は、遠くを走る最後の1人にも見えていた。歌野は端末を手に取り、合図のメッセージを送信する。

 

(バーテックスたちはなんとか覚の力だけで倒せたけど、ダグバはムリでしょうね)

 

 他の勇者たちとは違い、急造の機能に後付けでアップデートを重ねた勇者システム。出力に劣る歌野のそれには今、仲間の想いが込められている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2日前の朝、友奈の連絡を受けて彼女の病室を訪れた歌野。そこには何やら機材を抱えた大社職員もいた。

 

「あっ、歌野ちゃん! 急に呼んでごめんね」

 

「いえいえ……それで、準備ができたってことでいいのよね?」

 

 戦線を離れた4人のうち、友奈だけは唯一身体的な問題で離脱した。逆に言えば、勇者システムを使うこと自体はなんの問題もないということだ。

 それに着目した友奈が提案し、大社が突貫で仕上げたのが『精霊の引き継ぎ』という新機能。友奈が勇者に変身し、彼女が精霊を降ろすことで、システムをリンクさせた歌野に精霊を憑依させる。勇者やクウガの強化を後押しする方向に加護を与えてくれる神樹の協力があって初めて成立する綱渡りのような危なっかしい切り札。

 

「でも、本当に大丈夫なの? ノーリスクじゃないんでしょ? 今の友奈さんじゃ……」

 

「うん。確かにこの体には、負荷の一部でもキツいかもしれないけど……今の私にできるのはこのくらいだもん」

 

 精霊の負荷は9割9分歌野の方に向かうが、それでも元の使い手にも多少の負担はかかる。それを承知で友奈は提案している。その瞳に迷いはない。

 

「歌野ちゃんは私たちの中で1番粘り強い人だと思うんだ。だからお願い。りっくんと若葉ちゃんと、3人で生きて帰って来て」

 

「ほんと、友奈さんは友奈さんね。オーケーよ、この私に任せなさい!」

 

 戦えなくなっても諦めない強さを持った勇者と、これまでの窮地をくぐり抜けて来た強さを持った勇者。2人は同じ想いを胸に、同じ輝きをその笑顔に宿していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「友奈さん、あなたの力……ありがたくお借りするわ!」

 

 友奈も準備できたようだ。歌野がシステムを起動して新たな力を顕現させる。

 

「出し惜しみナッシング! 出番よ……『覚』、『酒呑童子』‼︎」

 

 装束の意匠が変化し、宿る力が桁違いに跳ね上がる。戦友に託された最強の精霊と、集団戦において最良の精霊。2体の力を合わせた至高の勇者が戦場に飛び込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビルほどのサイズの炎剣が振り下ろされる。逃げ場もないまま遮二無二防ごうとするクウガの視界に、頼れる仲間の影が映る。クウガの後方から飛び出してきたのはもう1人の勇者、白鳥歌野。

 

「グーッド、タイミング‼︎」

 

 歌野の鞭が、炎剣の莫大な熱量で見えなくなっているダグバの手元に正確に巻きついた。ダグバの後ろに回り込み、強化された膂力で剣を止める。

 

「──へぇ、この力は……!」

「せぇ、のぉ‼︎」

 

 ダグバの動きが止まった瞬間に反転してその背中を飛び蹴りで吹き飛ばす。不意打ちで体勢を崩されたダグバは炎を霧散させた。

 

「歌野ちゃん!」

「来たか、歌野!」

 

「フッフーン、真打ち登場ってね!」

 

 2人の危機を颯爽と救った歌野が正面に立つ。見慣れない姿をした彼女にクウガは違和感を覚える。

 

「歌野ちゃん、その力は……」

 

「ザッツライト! 友奈さんに力を貸してもらったわ。心配しないで、ちゃんと準備した上での切り札ですから」

 

「友奈ちゃんが……頼もしいよ!」

 

「よーし、それじゃ行くわよ! レッツゴー!」

 

「──って待ってよ歌野ちゃん!」

「張り切るのはいいが突出するな、歌野!」

 

 

 

 ほぼ元の剣のサイズまで縮小した炎剣を持ったダグバに突っ込む歌野。2人も慌てて追いかける。

 攻撃の速度に限れば若葉すらも超えている歌野の鞭。さすがのダグバも捌ききれずに微小のダメージを受ける。

 

「へぇ、もしかしたらキミはここまで来れないんじゃないかと思ったけど……なんだ、できるんじゃないか!」

 

「私もクウガの仲間、勇者の端くれよ! 甘く見てもらっちゃ困るわ!」

 

 歌野が隙を作り、クウガが正面から、若葉が背後から同時に斬り込む。3対1の有利な戦況に移り、さらに戦闘が激化する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クウガ、若葉、歌野。3人による連携の精度はさらに高まっていく。しかし先ほどよりもダグバを押しきれずにいる。

 ダグバの強さはその存在が持つ力だけではない。陸人と同等の学習能力、対応力による無限の進化の可能性を持っている。それこそがダグバとクウガの2人と、その他の存在との決定的な違いであり、神ですら2人を恐れる所以でもある。

 

「んーと、こうかな?」

 

「「──なっ⁉︎」」

 

 ダグバはわずか数分で若葉と陸人の剣技の大半を学習した。それを自分の剣として高い再現率で技を振るう。人の研鑽というものをバカにしているとしか思えない楽しげな態度で、人類最強の剣士である若葉の剣を真似てみせたのだ。

 

「いいねぇ。もっと新しい技を見せてよ……こんな風にさぁ!」

 

「嘘だろ……⁉︎」

「剣が、伸びた⁉︎」

「ワーオ、私の鞭より伸ばせそうな勢いね、アレ」

 

 重ねてダグバは炎剣の操作によって若葉とクウガを翻弄してくる。炎の出力調整によって自在に間合いを変えるダグバの剣は、通常の剣術に精通したものほど対応が難しくなる。大剣、短剣、長剣、両刃と、振るった端から形状変化する剣の攻略法など、知っているものはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ、なんなんだアイツの剣は!」

 

「剣で斬り合ってちゃ勝てないな……歌野ちゃん!」

 

「オーライッ! 私が崩してみせるわ!」

 

 クウガが剣を捨て、若葉が空へ舞い上がり、歌野が前に出る。3人がかりでも正面からのぶつかり合いではダグバには勝てない。それが勇者たちの結論だった。

 

 そんな彼らを見たダグバは、気まぐれに以前から少し興味があった技を試すことにした。

 

「えーっと……確か、こうだよね?」

 

 体内の天の神の神性、雷の力を活性化させて足を広げるダグバ。あの強敵を思わせる構えに、クウガは慌てて2人の前に出る。

 

「いくよ、ガドルの技だ!」

 

「──クッソォォォ‼︎」

 

 ガドルの必殺技『ゼンゲビ・ビブブ』を真似たダグバの飛び蹴りと、クウガのキックが空中で激突。大地の炎を一時的にかき消すほどの衝撃が走る。

 

(これは……ヤバい────‼︎)

 

 そのあまりにも大きな衝撃に、クウガの視界は真っ白に染まり、そして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハハハ、アハハハハハハハハ……ハァ〜、これで終わりか」

 

 閃光が晴れた後には、ダグバだけが立っていた。若葉と歌野は慌てて周囲を見回すも、あの頼もしい戦士の姿はどこにもない。

 

「陸人、陸人‼︎」

「陸人くん……どこにいるの⁉︎」

 

「あーあ、あの技使うのはもうちょっと後にしておけばよかったかな」

 

 決着がついてしまったことを惜しむようなダグバの声。聞こえていればそれに言い返したであろう陸人は、そこにはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




義経天狗ワカバ
究極神樹クウガ VS 天のダグバ
酒呑覚ウタノン

最強&最強&最強VS無敵の戦い、この先どうなっていくのか?
私自身ろくに考えずに描いているので分かっていません!

感想、評価等よろしくお願いします

次回もお楽しみに



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十章7話 不屈

最終決戦らしい展開を意識してみました。






 クウガが消えた戦場。若葉は立ち尽くしたまま動けない。すっかり気の抜けた様子のダグバ。その顔面に歌野の鞭が直撃する。

 

「おっと……へぇー、まだやるんだ?」

 

「オフコース! なによ、陸人くんがやられて私も心折れてると思ったワケ? バカ言わないでよ!」

 

 大したダメージが入っているようには見えないが、歌野は絶え間ない乱舞をダグバに叩き込む。

 

「あなた、まさか本気で陸人くんを倒したつもりでいるの? だとしたら究極のデストロイヤー様も大したことないのね!」

 

「つまり、キミはまだクウガが生きてると?」

 

 それはあり得ない。今の世界はダグバにとって庭のようなもの。その上自分に近い存在であるクウガなら生きていれば必ず感じ取れる。その反応がないのは、クウガが消滅したからだ。ダグバはそう考え、歌野はそれでも信じている、陸人の生存を。

 

「片っ端からブレイクすることしかできないあなたが、どんなに辛くても全てを助けて背追い込んできた陸人くんに、勝てるわけがない! あの人があなたなんかに負けるわけがないのよ‼︎」

 

 なんの理屈も通っていない、純度100%の感情論。しかしそれが、沈みかけた若葉の心を引き上げた。

 

(そうだ、陸人がこんなところで死ぬはずがない……アイツが戻るまで、私たちが!)

 

 剣を握り直し、ダグバに斬りかかる若葉。2人の同時攻撃がダグバの剣を弾き飛ばす。

 

「ふーん、やるっていうならいいけどさ。でもキミたちどんどん弱くなってるよ?」

 

「だからどうした? 貴様が敵であることに変わりはない!」

「勝てる勝てないじゃない。あなたは倒さなきゃいけないのよ!」

 

 究極の力の同調が解除され、今も出力が下がり続けている2人。それでも陸人が戻るまで。彼女たちに退路も退く気もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陸人の意識は生死の狭間をさまよっていた。体も動かず、どこにいるのかも分からず、ひたすら炎の熱だけを感じていた。

 どうにもならない状況で、思い出すのは何より大切な彼女たちのこと。

 

 

 

 "この先何があっても私はお前を1人にはしない。どんなに遠くに離れていっても、必ず私の翼で追いついて、力尽くでも引き戻す"

 

 誇り高く凛々しい心を持った少女。彼女の在り方に憧れて、人として心から尊敬していた。

 

 

 

 "……そうね。今日は、勇者らしく勇気を出そうってね。いつも怖くて引っ込めてる素直な気持ちを、素直に表現してみたの……"

 

 誰より繊細で純粋な心を持った少女。彼女がまっすぐ気持ちを伝えられるようになったことが嬉しかった。

 

 

 

 "自分の願いと向き合ってみて。陸人さんの将来の夢が、きっとそこにあるはずだから"

 

 誰かのために本気で悩める心を持った少女。彼女の強さでもある優しさに、確かに救われていた。

 

 

 

 "難しく考えることないの。ただ、分かってほしい……りっくんに生きててほしいって、みんなが願ってることを"

 

 世界の全てを包みこむ大きな心を持った少女。記憶をなくす前も後も、変わらず彼女を助けたいと願っていた。

 

 

 

 "私がこうしていられるのは陸人さんの尽力の結果ですよ。これからも、一緒にいてくださいね"

 

 戦えない身なれど、勇者にも劣らない強い心を持った少女。彼女がみんなを見ていてくれたからこそ、ここまで無理をしてこれた。

 

 

 

 "陸人くんはウェイトオーバーなくらいたくさんのものを背負ってるもの。これ以上のお荷物になるのは絶対にゴメンよ"

 

 どんな絶望を前にしても曇らず輝く心を持った少女。彼女が隣で笑っていてくれれば、なんだってできる気がしていた。

 

 

 

 "1人の女の子として、タマは陸人っていう男の子が大好きなんだ! 錯覚でも勘違いでもない。これがタマの初恋で、人生一番の恋だ‼︎"

 

 周りを暖める熱く逞しい心を持った少女。彼女が好きでいてくれる自分が、少しだけ好きになれた気がした。

 

 

 

 "タマっち先輩が自覚するよりも、戦いが始まるよりも前から……ううん、今にして思えば一目惚れだったのかもしれないね"

 

 誰かのためなら勇気を出せる心を持った少女。彼女をこれ以上泣かせないためにも、生きなくてはと本気で思えた。

 

 

 

(そうだ、俺には待ってる人がいて、やるべきことがある。こんなところで!)

 

「終わって、たまるかよぉぉぉぉ‼︎」

 

 これまでになかった生への執着。それが陸人の魂を、ギリギリのところで踏みとどまらせた。がむしゃらに伸ばした手を、何人もの手が掴み、引っ張り上げる。

 

(そうだ、アンタはこんなところで死んでいい人じゃない!)

(君が行くべきは、歌野ちゃんと水都ちゃんがいる場所だ!)

 

 覚えのない声に導かれて、陸人の魂は体に戻る。知らないはずの誰かの言葉には、確かな熱がこもっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、おなじみの場所に来れたのはいいが……」

 

 何もない世界、陸人の夢の中。いつもよりもさらに肉体を遠くに感じる。アマダムとも繋がれない今のままでは外に意識を戻す術が分からない。

 

(とりあえず果てまで走るか飛ぶか……この場所、果てなんてあるのか?)

 

 焦りと戸惑いから冷静さを失いつつある陸人の前に、かつて自分を救った希望が舞い降りる。

 

「陸人!」

「……海花?」

 

 天の神の呪いから陸人の希望へと昇華した記憶の中の少女。彼女が何人もの同じ気配を持つ存在を連れて現れた。

 

「海花、なんでここに……」

 

「陸人の心に力を与えるために、ずっと準備してたの! アンタの記憶を辿って、協力してくれる人を探してね」

 

 陸人の心を守るべく、海花は陸人の記憶を旅してきた。自身と同じルーツの、陸人を支えてくれる存在を1人でも増やすために。

 

 陸人と海花と共に幼い頃を過ごした仲間たち。

 最後に少しだけ理解し合えた最大のライバル、ゴ・ガドル・バ。

 今の陸人を形作った姉、伍代みのり。

 そして陸人にとっての永遠のヒーロー、伍代雄介。

 

「やっぱりすごいよ、4号……いや、陸人だったな」

「さすがリーダー、あとちょっとで最高にカッコよく決まるんだ! 気張りどころだぜ!」

「私たちみんなで応援するよ。もう一度、頑張ろ?」

 

 脳に宿る記憶には、もはやほとんど残っていない仲間たち。それでも魂に刻まれた彼らとの絆が、陸人の心を熱くする。

 

「ありがとう、みんな。実は、みんなの日本名も考えてたんだ。全部終わったら、慰霊碑を作って名前を刻もうと思ってる……その時は見に来てくれよな」

 

 陸人の言葉に嬉しそうに頷く子供たち。その輪の中から、海花が代表して前に出てくる。

 

「何があっても、どんな選択をしても、私は陸人のそばにいる……約束、ちゃんと守れたよね?」

 

「ああ、本当に助かったよ。ありがとう、海花」

 

 海花の頭を撫でる陸人。擽ったそうに身じろぎした海花が、陸人の背中を押して、次の人物の元へ。

 

 

 

 

「まさか、アンタが来てくれるとはな……」

 

「フン、あまりに情けない様を笑いに来ただけだ」

 

 変わらず荘厳で力強い声。ガドルは値踏みするように陸人を見つめる。陸人の方も、ガドルに対しては普段よりも態度が攻撃的だ。雑に扱うくらいが丁度いい、と考えている間柄ゆえだろう。

 

「お前は全てを守るのだろう。こんなところで寝ているヒマがあるのか?」

 

「言われなくてもやるさ。見てろ、ここから一気に逆転してやる」

 

「……フッ、まだ心まで死んだわけではなさそうだな。やってみろ、見ていてやる……!」

 

「ハッ、負けたくせに偉そうなやつだな!」

 

 ガドルの横を歩む陸人。すれ違いざまに片手を上げてコツンと拳を合わせる2人。ぶつかり続けた彼らだからこそ築けた関係がある。

 

 

 

 

「陸人くん……大丈夫?」

 

「姉さん……大丈夫、俺はまだやれるよ」

 

「フフッ。姉さんって呼ばれるの、なんだか新鮮だね」

 

 最初に陸人に愛を教えた女性、伍代みのり。3年以上を経ての再会だが、お互いにそんな気がしなかった。

 

「久しぶり、って感じしないな」

 

「うん。実はアマダムさんが私の姿を借りるとき、私の一部を連れて行ってくれてるんだよ」

 

 ここにいるのは陸人の記憶の中のみのり。アマダムは彼女と繋がることで姿を借りている。その際に感覚を共有できる程度にみのり自身を取り込んでくれるのだそうだ。

 みのりの言葉に、初めてアマダムと話した時のことを思い出す。確かにあの時、みのりの声が聞こえていた。陸人は幻聴だと思っていたが、あれは弟を想う姉の心が起こした小さな奇跡だったのだ。

 

「私に気を遣ってくれてるんだろうね。いつだっていい子だった陸人くんのすぐ近くに、あんないい人がいてくれるんだもの……心配はしてないよ」

 

「そっか……ありがとう、姉さん」

 

「まだやることがあるんでしょ? 私もここから見てるから、大好きなものを、守らなくちゃね。いってらっしゃい」

 

 背伸びして陸人を抱きしめるみのり。陸人との身長差に時の流れを実感して、一瞬寂しさを感じながらも、それをおくびにも出さずに姉らしい笑顔で弟を見送った。

 

 

 

 

 

「……陸人」

 

「兄さん……」

 

「うーん、兄さんって響きはいいな。もっと早く呼んでくれればよかったのに」

 

「ごめん、兄さん……」

 

「まあいいさ。今そう呼んでくれるってことは、意識が変わったってことだろ? 俺はそれが嬉しいよ」

 

 ちゃんと自分と向き合えている今の陸人を見て、雄介は安堵している。手紙には残さなかったが、ずっと心配していたのだ。

 

「兄さんに託されたもの、守ってくるよ……全部」

 

「ああ、今の陸人ならできるはずだよ。自分の願いを叶えてきな、陸人!」

 

「ああ、俺も……夢を追う男だからね」

 

「言うじゃん、陸人。それでこそ、俺たちの自慢の弟だ」

 

 2人向き合ってサムズアップ。全てを守ってきた2人のヒーロー。最強の兄弟の絆が、美しい輝きを放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 生者との絆で持ち直し、死者との絆で力を高めた陸人。今なら戻れる、戻れるはずだ。

 陸人が覚悟を決めたところで、夢の世界に邪悪な異物が入り込んできた。

 

 空高くから湧いてきた小型バーテックスの群れ。ダグバが無自覚に使っている天の神の力が、弱っている陸人の心を蝕むべく襲ってきたのだ。

 

「……クソ、こんな時に」

 

「いや、陸人は行きな。ここは俺に任せて」

「お前の敵はダグバだろう。こんなところでグズグズするな」

 

 陸人を制止して前に出るのは雄介とガドル。雄介の腰には、陸人と同じクウガのベルトが巻かれていた。

 

「兄さん……⁉︎」

 

「ここは夢の世界。俺が望むなら、ある程度の無茶は通るってことさ……変身っ‼︎」

 

 現実世界では終ぞ実現しなかった組み合わせ。陸人の記憶でしかない()()()()だからこそ成り立つ戦士、雄介のクウガが顕現した。その隣には変貌したガドル。不安の抱きようがないコンビだった。

 

「行け。勝者への餞別だ、ここは手を貸してやる……!」

「大丈夫、俺たちを信じて!」

「陸人くん、行って!」

「陸人‼︎」

 

「……ああ、分かった! 行ってきます‼︎」

 

 

 

 

 輝きを放って夢の世界から消える陸人。それを見送った一同は、改めて敵に向き直る。

 

「クウガの兄、か……とはいえ戦闘は素人だろう? 足を引っ張る前に下がっておけ」

 

「そのつもりはないよ。そもそも俺は、陸人たちを傷つけたあなたを完全には信じてないからね……みのり、子供達を頼む!」

 

「うん、任せてお兄ちゃん! みんなこっち、私についてきて!」

 

 構える2人に雷が落ち、その姿が変化する。ガドルの切り札『電撃体』

 そしてアマダムの力だけを真似た雄介だから引き出せた力。赤の金の姿『ライジングマイティ』

 何処かの世界で正面からぶつかり合った2人が、英雄を守るために並び立つ。

 

「巻き込まないように気を遣うつもりはないぞ!」

 

「あなたの優しさに期待はしてないよ、最初から!」

 

 陸人に宿る希望と、蝕む絶望。人の心の中で、誰も知らない戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(──って、あっついなオイ‼︎ やっぱり炎の中か、ここは)

 

 ──陸人! 目覚めたか──

 

(ゴメン、遅くなった……急ぐよ、ここを抜けてみんなのところに!)

 

 ──ああ。今の私達なら、できないことなど何もない──

 

 

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオッ‼︎」

 

 恐れから無意識にセーブしていた究極の力を全開放。身を包む炎を吸収してさらなる力に変換する。世界を覆い隠す炎が、その周辺だけ不自然に消えていく。

 

 

 

 

「出し惜しみは……!」

 

 ──出し惜しみは……! ──

 

 

 

 ──『ナシだっ‼︎』──

 

 

 

 

 その決意は世界に響く。

 ダグバの炎を身に纏い、クウガが世界に帰還した。

 

 

 

 

 

 クウガが降り立ったのは、かつて陸人が作った墓場。諏訪の遺跡のすぐ近くだった。クウガはその力で諏訪の周辺、限られた地域のみだが、ダグバの支配から奪還することに成功した。

 

(……そうか。吹き飛ばされた先はここだったのか。だから……)

 

 最初に陸人を引き上げてくれたのは、諏訪で散った魂たちだったのだ。墓地を作って悼んでくれたこと。歌野と水都を救ってくれたこと。それに感謝した彼らが、自分たちの仲間入りをしそうになっていた陸人を助けてくれた。

 

「ハハ……こんな粗末な墓でも、ちゃんと魂は拠り所にしてくれてたんだな」

 

 ──陸人? ──

 

「何でもない……飛ぶよ、アマダム!」

 

 炎の翼を広げ、究極の戦士が空を舞う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うああっ!」

「つうっ、シット……!」

 

 完全に同調効果が切れた若葉と歌野。ダグバも手を抜いて遊んではいたが、そろそろ飽きてきたらしい。

 

「ふぅ、まあ頑張ったんじゃない? もういいよ、サヨナラだ」

 

 右手を掲げて超巨大な火球を形成するダグバ。太陽かと見紛うそれは、2人を焼き尽くすには過剰すぎる火力を宿している。

 

「クッ……まだだ、まだ私たちは……!」

 

「ネバーギブアップ! それこそが勇者よ……!」

 

 諦めずに立ち上がる2人。その時、はるか彼方から希望の叫びが響いた。

 

 

 

 "出し惜しみは……ナシだっ‼︎"

 

 

 

「この声……!」

「やっと起きたのね、盛り上げ上手なんだから!」

 

 歓喜の声を上げる2人。そしてそれ以上に喜んだのが、狂気の破壊者、ダグバだ。

 

「ハハハ……まだやれるんだね。いいよいいよ、そうじゃなきゃねぇぇぇぇ‼︎」

 

 狂ったように笑いながら、ダグバが火球を発射する。それが数メートル先の勇者たちにぶつかる一瞬前に、真上から火球に飛び込む影があった。

 

「オオオオアアアアッ‼︎」

 

 炎の翼を広げたクウガが、天高くから飛び蹴りを叩き込んで小さな太陽をかき消した。

 

 

 

 

「陸人っ!」

「陸人くん!」

 

「お待たせ、2人とも。時間かかってゴメン」

 

「いいさ。戻ってきてくれれば、それだけで……」

 

「ここからよ。最後に勝てばオールオッケーなんだから!」

 

 再び同調する3人。彼らの士気も最高潮だ。その姿に神樹も全てを託し、勇者たちの強化に尽力してくれる。

 

「さっきより強くなったね。いいよ、それじゃ……こっちも全力だ!」

 

 ダグバがさらに神の力を増幅させる。楽しむために抑えていた力を全て解放した、正真正銘ダグバの本気だ。

 

「俺は負けない! お前を倒して、みんなで未来を掴むんだ‼︎」

 

「ボクは全部壊すよ……キミも、世界も、未来とやらも、全部‼︎」

 

 

 

 破壊と守護、両極端な2つの究極。神も世界も巻き込んだ、全ての決着の時は近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




少しはクライマックスな空気、作れてたでしょうか?もうここで盛り上がらないと燻っちゃうんで、多少無理でも上げていってください(無茶振り)

現実世界では不可能な雄介クウガと味方してくれるガドル。調子に乗って無茶苦茶な展開にした自覚はあります。精神世界だからできたこととして許してください。ちなみにあっち側の戦いの続きはありません。彼らの出番はここまでです、ごめんなさい。

感想、評価等よろしくお願いします

次回もお楽しみに





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十章8話 空我

最終決戦、決着です。




「「「ダアアアアアアアッ‼︎」」」

 

「アハハハハハハハハッ‼︎」

 

 ダグバが全身の棘や装飾を伸ばし、幾多の触手として勇者たちを襲う。威力、硬度、速度の全てが規格外なその攻撃をギリギリで捌きながら接近する3人。最も間合いが広い歌野が、やっとの思いでダグバを射程内に捉える。

 

「──ッラアァッ‼︎」

「ガッ! フ、ハハハ……いいね、まずはキミからだ!」

 

 額を打ち抜かれたダグバが、瞬間移動で歌野の懐に飛び込む。歌野は予測はできても反応できない。

 

「弾けろ……!」

「──キャアアアアッ‼︎」

 

 ダグバが密着状態から大爆発を起こす。あまりの衝撃に歌野は意識を失い吹き飛ばされる。精霊も解除されてしまった。

 

 

 

 

 

「歌野ちゃん! このおおっ!」

「おのれ……!」

 

 触手を振るって2人を引き離す。徹底的に間合いを封殺してくるダグバに、近接主体のクウガと若葉では攻めきれない。

 

 クウガと若葉は焦っていた。ダグバは愉しんでいた。

 だからこそ誰も気づかなかった。無防備な背後からダグバを狙う彼女の存在に。

 

「隙だらけよ、おマヌケさん!」

 

 歌野必殺の一撃が、ダグバの背面の装飾を破壊した。彼女の姿は再び二重顕現の状態。不完全なシステムを使って、2度の二重顕現という無茶をやってのけた。

 

「ビックリしたよ……キミ、なんでまだ動けるの?」

 

「だから言ったでしょ、甘く見るなってね! 私はいずれ農業王になる女‼︎」

 

 触手を次々と破壊していく歌野。この攻撃は私が対応しなくては、という意識が、鞭をさらに冴え渡らせる。両足に触手の一撃を受けてもなお止まらない。

 

「アーンド、救世の勇者、伍代陸人くんの……グッドでベストでワンダフルな、大! 親! 友!」

 

 全ての触手を根本から叩き壊し、ダグバが一瞬無防備になる。

 

「勇者、白鳥歌野‼︎」

 

 力強い名乗りと共に、ダグバの胸をえぐる一撃で大きく吹き飛ばす。

 

「一度散らせた程度でウィナー気取られちゃ困るのよ! あなたが立っている限り、私は何度だって返り咲いてみせるわ!」

 

 諏訪の勇者、四国の勇者。その2つを名乗れる唯一の少女は、立てないほどのダメージを足に負い、倒れながらも雄々しく叫ぶ。彼女の心は何が何でも折れたりしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 物理攻撃の手数を失ったダグバは、大火力で蹴散らす手に出た。天高くに灯る数多の火球。先ほどと違い一撃で破られないように分割して展開した。満天の星のようなその様はあまりに美しく、ダグバがもたらしたとは思えない幻想的な光景だった。

 

「手数で押し切る気か!」

 

「ならば、私の番だな!」

 

 翼を広げて星の海に飛び込む若葉。火球を斬り裂いては次の火球に飛びつき切り捨てる。その度に小さなダメージは蓄積されていくが、若葉は構わず斬り続ける。

 

「私は、乃木若葉だ……! 乃木の家訓は、『何事にも報いを』……」

 

 若葉にはここで終われない理由がいくらでもある。生真面目な彼女はやり残しなど認めることはできない。

 

「貴様らへの恨みも晴らさねばならん! そして何より……」

 

 若葉は誓った。絶対に1人にはしないと、他でもない陸人本人に誓ったばかりなのだ。

 

「陸人への恩を返せていない! この想いをくれたことに、私を変えてくれたことに報いていない! こんなところで、終われないのだ‼︎」

 

 空に瞬く数千もの火球、若葉はその全てをたった1人で切り捨ててみせた。最も強く衝撃を受け続けた両腕から力が抜け、剣を手放して本人も落下する。地面に激突する寸前で、クウガがその体をキャッチした。

 

「ありがとう、後は……任せてくれ」

 

 2人を少し後方に寝かせて、クウガが前に出る。大きな攻め手を失ったダグバと、今なお進化を続けるクウガ。これでようやく互角だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 互いに両刃の槍を形成。超スピードで打ち合う2人。黒の青をさらに超える速度で、2人だけに許された時間軸での超々高速戦闘。

 音さえ置き去りにして、ぶつかり合うごとに衝撃が走る。若葉と歌野の眼には何もないのに破壊の跡が広がっていく不思議な光景しか映らない。

 

「チッ……速いな」

「キミもね……!」

 

 槍を弾き飛ばされたクウガは、瞬時に剣を形成。突っ込んできたダグバにカウンターの刺突を入れる。吹き飛ばされたダグバも空中で剣を形成。さっきまでとは打って変わって力勝負が始まる。

 互いに回避を諦めて、倒れる前に斬り倒すと言わんばかりに攻撃一辺倒。黒の紫以上の防御力頼みの泥臭い斬り合いは、両者が同時に吹き飛んで幕引きとなった。

 

「ガアアッ⁉︎」

「クハッ、ハハハッ‼︎」

 

 距離が開いた2人は射撃戦を選んだ。二丁のボウガンを形成してとにかく連射。走りながら、跳ねながら、回りながら敵の矢を躱し、次の矢を打ち込む。

 打ち合わせでもしたのかと思わせるほど見事に回避しながら、両者はノーダメージのまま射撃を続ける。黒の緑よりも優れた感知能力を持ってしても当てられない。

 

「面倒だなぁ、やっぱり……」

「来たな、堪え性のないやつだ」

 

 焦れたダグバがボウガンを捨てて走り込む。クウガもそれに合わせて武器を捨てて接近する。結局最後には直接ぶつかり合う肉弾戦。膂力と耐久力で勝るダグバ有利……と思いきや……

 

「そこだっ!」

「──っと⁉︎ やるねぇ!」

 

 クウガは体に複数ある棘状の装飾を操作して刃として使う。間合いと威力を増したクウガの攻撃がダグバを襲う。全ての装飾を歌野に破壊され、再生に回す神性まで込めた攻撃も若葉に凌がれた。今のダグバは通常の肉弾戦しかできない状態だ。

 

 初めてダグバの優位に立ったクウガが、膝の刃でダグバの胸部を斬り裂く。ここに来てようやくダグバは追い詰められていることを自覚して、さらに狂気を増していく。

 

「アハハ、すごい、すごいよクウガ! こんな感覚は初めてだ!」

 

「そうかよ……どこまでも楽しそうだな、お前は!」

 

「キミはなんで楽しくないのさ⁉︎ こんな力があるのはボクとキミだけだ! なら楽しまなきゃダメだよ‼︎」

 

「俺は好きで力を手に入れたわけじゃない! やらなきゃいけないから戦ってるだけだ! そしてこの戦いも、お前を倒して終わらせる‼︎」

 

 クウガがダグバの顔面を殴り飛ばし、同時にダグバの蹴りがクウガの腹部に直撃する。

 大きく吹き飛ばされた2人は、同時に大技の構えを取る。足を開き、腰を落とす。単体威力では最強の、エネルギーを収束した飛び蹴りだ。

 黒の赤の必殺技を大きく上回る、互いの切り札がぶつかり合う。

 

「ウオオオオオッ────オオリャアァァァァァァッ‼︎」

「ハハハハハハッ────ズアアアアァァァァァァッ‼︎」

 

 空中で再び激突する2人。クウガが惨敗した前回と異なり、完全に拮抗した両者のキックはお互いに致命的なダメージを与えた。

 墜落する2人。痙攣して立ち上がれないクウガと、体を起こそうとしてはまた崩れ落ちるダグバ。

 

 

 

 

 

 

 クウガもダグバも、すでに再生が追いつかないレベルの大ダメージを受けている。それでも相手より先に立ち上がらなければ勝てない。クウガは意地で、ダグバは愉悦で、限界を迎えた体を精神力で無理やり引っ張って立ち上がる。

 

「ハア、ハア……そろそろ、限界だな」

 

「そうなの? まだまだ楽しめるのに……」

 

「お前と一緒にするな。俺は殴るのも斬るのも好きじゃない」

 

「分かんないなぁ、楽しめばいいじゃないか。それができれば、もしかしたらボクよりも強くなれたかもしれないのに……」

 

「死んでもゴメンだね。それに、そんなことをしなくてもお前には勝てるさ。それを今から証明してやる!」

 

「ハハハ……面白い、ホントに面白いよ! クウガァ‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 クウガとダグバの会話の最中、若葉と歌野は陸人の思考を感じ取ってギョッとしていた。しかし相互のコミュニケーションまではできないため、反対の意思が陸人には届かない。

 

(やるしかないか? 出たとこ勝負だ……信じるぞ、歌野!)

 

(大雑把なイメージを思考共有して、後はアドリブで合わせるしかないわね)

 

 覚悟を決めた若葉と歌野が準備を始める。若葉は腕が動かず、歌野は立つこともできない。しかも2人の武器は手元にはないという状況。ここで失敗すれば全滅だ。

 それでも、若葉を歌野を信じていて、歌野は若葉を信じている。そして何より、陸人に頼られたなら応えなければ、という意識が2人の心を完全にシンクロさせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 クウガが駆け出す。小細工なしの正面突破。ダグバも正面から待ち構える。

 

 同時に若葉が翼を羽ばたかせて風を起こす。その風が狙いと寸分違わずに、歌野の鞭を持ち主の手元に運ぶことに成功した。

 

「パーフェクト! これでぇぇぇ‼︎」

 

 歌野が倒れたまま地面に鞭を叩き込む。それは高速で地中を掘り進み、ダグバの真下で突如跳ね上がる。

 

「──グゥッ⁉︎」

「ヒット! さすが私!」

「ウオオオオオッ‼︎」

 

 奇襲を顎に叩き込まれたダグバは、目の前まで来たクウガに完全に隙を晒した……はずだった。

 

「──何っ⁉︎」

「惜しかったね!」

 

 クウガのパンチを反射で受け止めたダグバは、そのままクウガの左拳を握りつぶし、続く右の攻撃も腕で防いだ。完璧な連続攻撃を防がれたクウガの腹部を、ダグバの拳が突き破る。

 

「グッ、ハ……」

 

「これで、終わりだね……!」

 

「いいや、終わるのはお前だよ……!」

 

 

 

 

 その言葉に疑問符を浮かべた次の瞬間、ダグバは自らの腹部に痛みを感じた。自分の体を見下ろしたダグバは、そこで初めて心の底から驚愕した。

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()が、自身のバックルを貫いていた。

 

「フゥー、フゥー……!」

 

 クウガの背後には息を荒げて跪く若葉。その口で自分の剣を咥えてクウガの背中に突き刺している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 若葉は翼を羽ばたかせた直後、その勢いのままクウガを追って飛び立っていた。鞭を引き戻した歌野が遠くに落ちている若葉の剣を絡めとり、若葉の口元に運ぶ。咥えるには重すぎるその剣を、顎の力まで強化される勇者の力で強引にクウガに突き刺したのだ。

 

 

 

 

 ダグバの予想の外側から攻める。そのためにクウガは自身の体を目隠しに使った。その無茶な策が功を奏し、ダグバは急所を貫かれている。

 

「フゥー……アアアアァァァァッ‼︎」

 

 裂帛の気合とともに、若葉が剣を動かしてダグバのバックルを斬りとばす。腹を掻き回されるような痛みに耐えて、クウガがトドメの一撃を構える。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオッ‼︎」

 

 右肘から伸びる衝角に力を収束し、光の刃を長く伸ばす。そのまま腕を振り上げ、左腰から右肩にかけて、斜めににダグバを斬り裂く。バックルを失い力が減衰したダグバは見事に真っ二つに裂けて倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 腹に2つも風穴が空いたクウガ。両腕が使えない若葉。両足が動かない歌野。完全に両断されたダグバ。

 全員が満身創痍だが、ここに確かに勝敗は決した。

 

「ハハハ……まさか、あそこで後ろの2人が来るとはね」

 

「誰かと一緒に戦ったことがないお前なら、予想もしないと思ってね……」

 

「なるほど、確かにボクにはない発想だ。してやられたよ……」

 

 ダグバは身じろぎもできずに倒れている。それでも2つに裂かれてなお喋れるというのだから恐ろしい。

 

 

 

 

「陸人、大丈夫か? 作戦とはいえ、お前の体に傷を……」

 

「全然大丈夫だよ、若葉ちゃん。口で振るってるのにうまく急所を避けてくれたからね」

 

「オーイ! そっちどうなったの? 結局勝てたのー?」

 

「ああ、勝てたよ! 歌野ちゃんは大丈夫?」

 

「頭痛くてクラクラするのと、お腹痛くて気持ち悪いのと、足が痛くて立てないの以外はノープロブレムよ!」

 

「……そ、それは重症じゃないか⁉︎」

 

 

 

 決着がつけばダグバなどに眼もくれずに仲間を案じるクウガ。ダグバは自分が負けた理由が少しだけ分かった気がした。

 

(そうか。ボクはキミを……キミとの戦いしか見てなかったけど、キミはその先にある大事なものを見ていたんだね)

 

 生命としての価値観が異なるダグバでは詳しいことまでは理解できない。それでもクウガが自分にないものを持っていることだけは把握できた。

 

「ハハハ、ハハハハハハハハハ……アハハハハハハハハハハハッ‼︎」

 

 なんとなく、本当になんとなく何かを掴めた感覚を最後に、ダグバの体が消滅していく。散り際まで愉しそうに、その高笑いは変わらずに世界に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダグバが消滅したのを確認したクウガが倒れこむ。若葉も歌野も、3人ともすでに限界に至っていた。それでも……

 

「勝った……勝ったぞ……! 若葉ちゃん、歌野ちゃん!」

 

「ああ、我々の勝利だ……!」

 

「フフッ、ビクトリーね……」

 

 勝利の達成感に浸るクウガ。笑って返す若葉。片手を上げて応える歌野。無理のない話だが、今の彼らは完全に気が抜けていた。

 

 陸人が大きく広げた手に何かがぶつかる。ダグバの力が込められたバックル。倒す前に切り離したせいか、消滅せずに残っている。2つに裂かれたバックルを握りしめ、陸人は心と体に最後の喝を入れる。

 

(後は少しだけ休んで、天の神のところまで飛んで……アレを倒せば全部終わりだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 アマダムが陸人に労いの言葉をかけようとした時、唐突に悪意が迫ってきていた。

 

 ──陸人、上だ! 避けろ! ──

 

「……ぇ……なんっ──⁉︎」

 

 アマダムの警告に反応して上を見上げた陸人は、空を流れる無数の黒い光を視界に捉える。

 一瞬後、陸人たちがいる地点に、光の雨が降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて決着。なんだか終わり方がアマゾンズっぽくなりましたね。
フィニッシュが分かりづらくスッキリしない形になったかもしれません。思いついた時はすごくかっこいいと思ったんですが……イメージのままに表現できない自分の文章力が憎い……!

そしてガドル戦もそうでしたが、最終決戦だと言うのに勝利! やったぜ! 次回へ続く! ってならないのがこの作品の不思議なところ。なんていうかスッキリ終わらせると次の話に持って行きづらくなる感覚があるんですよね。ちょっとくらい陸人くん(と読者様)に安らぎを与えるシメを用意するべきかもしれないのですが……

そんなこと言っておきながら次回最終回、そしてエピローグでとりあえず本編完結です。

感想、評価等よろしくお願いします

次回もお楽しみに



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十章9話 陸人

さて、当初から予定していたクライマックスです。予想通りかもしれませんし、予想外かもしれません。




「……あ、危なかったぁ」

 

 ──あと一瞬反応が遅れていれば全滅だったな──

 

「……ぅ、ん……」

「歌野? 気を失ったか」

 

 間一髪で仲間を抱えて回避に成功したクウガ。2度の二重顕現で過剰な負荷を負っていた歌野は、今の衝撃がダメ押しとなって気絶。精霊も解除されている。

 

「今のは、天の神か?」

 

「……だと思うけど。今の攻撃、アイツは弱ってたんじゃないのか?」

 

 ──おかしい。天の神の気配がどんどん強くなっている……まさか⁉︎──

 

 はるか彼方からバーテックスが集結し、それに比例して天の神がその力を高めている。そこから導き出される結論は1つ。

 

 ──ヤツは吸収される前に己の力をバーテックスに込めて外に放っていたのだ。私たちに気づかれないほど遠くに隠して──

 

 天の神はアマダムの目を欺き、両者の決着の隙を伺っていた。戦闘が激化し、天の神へのマークがなくなったタイミングで残していたバーテックスを吸収して力を回復。ボロボロの人類側に侵攻を仕掛けた。勇者たちはまともに戦えるコンディションではない。

 

 ──未だに弱っているのは確かだが、現状の私たちでは──

 

 空から舞い降りてくる無数のバーテックス。倒したはずの完成型まで再び現れた。勇者たちはやむなく結界間際まで撤退する。

 

 

 

 

「どうすればいい……どうすればいいんだ……!」

 

 クウガは傍の若葉を見る。剣も握れず、立っているのもやっとの状態だ。

 腕の中の歌野を見る。やはり負荷が重いのか、うなされるように息を荒げて苦しんでいる。

 背後の四国結界を見る。自分たちに力を注いだ今の神樹に、あの攻勢を凌ぐ力はもうないだろう。

 

「……くっそおおおおぉぉぉぉっ‼︎」

 

 歌野を片手で抱え直し、クウガが右肘の衝角に力を込める。ダグバを仕留めた時よりも更に出力を高めた一撃で、バーテックスの群れを薙ぎ払う。

 その一閃は世界ごと両断するような巨大な刃。迫り来る敵を残らず消滅させてみせた。

 

(まずい……! 今ので全部使い切った。完全に空っぽだ)

 

 変身も解除された陸人。天の神を強襲するという陸人の策は、この時点で完全に頓挫した。

 

「陸人、大丈夫か? ダグバは倒せたんだ。口惜しいが、ここまでだ」

 

 2人を抱えた若葉が壁の内側に逃げ込む。瀬戸大橋に降り立つ3人。

 若葉の言葉は正しい。しかし、陸人には頷けない理由があった。

 

(……ダメだ。倒すにしろ交渉するにしろ、弱っている今を逃せばもうチャンスはない。このままじゃ大社は確実に奉火祭を決行する……!)

 

 生贄など認めない。そして事態は最早犠牲なしで切り抜けられる段階をとうに超えている。陸人はアマダムと交信し、高速で思考し続ける。現状より少しでもマシな未来に向かうための手段を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 天の神は巧妙に策を練っていた。ダグバの制御に失敗した時点で流れを切り替えたのだ。

 事前に戦力を余所に用意した状態でダグバに吸収される。そうすればダグバの性格なら用意しておいた対結界戦術を使うだろうと踏んで。結界や樹海さえ突破されかねないと知れば、神樹は必ず結界に使っていた力をクウガと勇者のサポートに回す。結界さえ弱まれば天の神の勝利条件はほぼクリアされる。

 

 後はクウガとダグバ、生き残った方を潰して手薄になった四国を滅ぼす。究極の2人は実力伯仲。消耗した決着の隙をつけばまず負けはしない。

 クウガの最後の抵抗でバーテックスは蹴散らされたが、それなら自身が出張れば済む。今の四国結界なら破るのも容易く、人類側に戦力と呼べるものはすでに残っていないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──おおよそこんな流れだろう、天の神の狙いは。そして残念ながらその策はほぼ完璧に成功してしまっている──

 

(……なるほど。人間滅ぶべし、とか言う割には随分人間臭い手を使う神様だな…………そうだ! もしかして、これなら……)

 

 アマダムの予想を聞いた陸人は、1つだけ打開策を思いついた。世界全体を見れば最善の一手、陸人個人に限って見れば最悪の一手を。

 次に思い出すのは自分の願い。大切な人たちと一緒に、幸せを共有する未来。仲間との笑顔の日々を思い描き、彼女たちの命が失われる未来を想像し、それに耐えきれない己を自覚した。

 

(俺は、負けたわけじゃない、諦めたわけじゃない! 自分にできることを全力で、最後まで……!)

 

 葛藤は数秒、決意は一瞬。伍代陸人は勇者だから。

 間違いなく仲間を泣かせることになってしまうが、それでもみんなに生きて欲しかったから。

 

 ──陸人、貴様はどこまでも……! ──

 

(アマダム、どうだ? 俺のアイデア、見落としはあるか?)

 

 ──それは……その方法では……! ──

 

(アマダム!)

 

 ──いや、陸人の問題さえ度外視すれば他はない。おそらく現状における最善策だろう──

 

 アマダムは嘘をつけない。嘘をつくという機能が存在しない。だから陸人が望むなら、全てを教えてどこまでも共に歩む。

 例えそれが彼自身の終わりに繋がる道だとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……くと! おい陸人!」

 

「……! 若葉ちゃん?」

 

「どうしたんだ、急に黙り込むから心配したぞ」

 

「ああ、ごめん……」

 

 不安げな表情で陸人の顔を覗き込む若葉。愛する仲間の顔に、一瞬躊躇しそうになる自分の弱気をぶん殴り、陸人は立ち上がる。

 

「……1つだけ思いついた策がある。若葉ちゃん、端末を貸してくれる?」

 

「ん? ああ、構わないが……いったい何をするんだ?」

 

 無警戒に自分の命綱とも言える端末を渡す若葉。その信頼すら利用する己への嫌悪を嚙み潰し、陸人は端末を操作。若葉の変身を解除して、端末を海に投げ捨てた。

 全てを捨てて世界を守る。そんな英雄は、ただ1人でいい。

 

「なっ⁉︎ 何を、どういうつもりだ陸人‼︎」

 

 装束が霧散し、無力な女学生に戻った若葉が詰め寄るも、無表情を徹底している陸人は何の反応も返さない。自分を無視して壁外に戻ろうとする彼を見て、若葉は人生最大級の寒気を感じた。

 

「……待て、陸人‼︎」

 

「……っ!」

 

 友達を無視するという伍代陸人ならあり得ないその行動に、予感が確信に変わった若葉は、彼を止めること以外の全てを思考から除外した。

 

「陸人、その先に行くというのなら……私はここから飛び降りるぞ! それでもいいのか‼︎」

 

 若葉が橋の手すりに飛び乗って叫ぶ。彼女は本気で飛び込もうとしていて、陸人もその本気は感じ取った。腕に力が入らない今の若葉なら、最悪溺死も考えられる。陸人はゆっくり振り返ると、少しずつ若葉のもとに歩み寄る。

 

「若葉ちゃん……」

 

「……どうした! 私を死なせたいのか、陸人!」

 

 若葉の勇者服のモチーフは『桔梗』

 桔梗の花言葉は"誠実"

 若葉は何事においても真っ直ぐ自分を貫いて生きてきた。熱心に努力し、勤勉に生活し、バーテックスへの恨みだって、元を正せば道理に誠実な性格故のものだ。

 今も若葉は自分の言葉と心に誠実であろうとしている。『絶対に1人にしない』所詮は口約束に過ぎない誓いに、己の命を懸けている。

 

 どこまでも自身が憧れた乃木若葉を貫く姿勢に感銘を受けた陸人が小さく笑う。

 

「……フフッ、やっぱり若葉ちゃんはすごいね」

 

「陸人……そうだ、こっちに来い。何をする気か知らないが、まずは落ち着いて話し合って──」

 

「……ごめん!」

 

 だからこそ、これ以上向き合って決意を崩されるわけにはいかない。一瞬で若葉を手すりから引っ張り込み、腹部に一撃。陸人に攻撃される可能性など全く考えていなかった若葉には反応もできず。意識を失い倒れこむ。

 

「……ダメだ……り、く……」

 

「若葉ちゃん。変わらないでいてくれて、ありがとう」

 

 気絶しながらも陸人を止めようとする若葉を、歌野の隣に寝かせる。

 若葉の顔にかかった髪を払っていると、隣の歌野がその腕を弱々しく掴む。

 

「……ぅ、ぅん……ぐぅ……」

 

「歌野ちゃんも、本当にありがとね……」

 

 魘されながらも無意識で陸人を引き留めようとする歌野。その強さを眩しく思いながら、陸人は彼女の汗を拭う。ついで程度の感覚で精霊の負荷を自身に移し、陸人は自分に負荷と力を上乗せする。

 何らかのダメージは残るかもしれないが、ひとまず苦しみはこれで落ち着くだろう。

 

 

 

 

 

 2人の顔を目に焼き付け、立ち上がったところで橋の反対側から気配が近づいてくる。

 

 走るのに向かない巫女装束で、転びかけながらも駆け寄ってくる水都。

 息も絶え絶えで、今にも閉じられそうな瞳を必死に開きながらこちらに手を伸ばす友奈。

 友奈の車椅子を押している分、仲間たちより遅れながらも必死に走る千景。

 今も何か神託を受けているのか、どこか遠くを見ながら危うい足運びで駆けるひなた。

 この中で1番体力があるはずなのに、誰よりも息を荒げながら必死の形相で走る球子。

 不安げに揺れる瞳からこぼれる涙を拭うことも忘れ、青白い顔で足を動かす杏。

 

(水都ちゃん……友奈ちゃん……千景ちゃん……ひなたちゃん……球子ちゃん……杏ちゃん)

 

 陸人は仲間に何か言おうとして、開いた口をとっさに片手で塞ぐ。

 

(今みんなと向かい合えば、俺はもう踏み出せなくなる……)

 

 少女たちの声を無視し、一人一人の顔をしっかりと見つめて……陸人はそれで十分だった。

 

「みんな、ごめん……ありがとう!」

 

 全ての迷いを振り切って、陸人は壁の向こうに姿を消した。少女たちが伸ばした手は、あと一歩のところで英雄の背中に届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 壁の外に出た直後、陸人は天からの攻撃を紙一重で躱す。

 

(……天の神か!)

 

 ──どうやら焦っているのは向こうも同じらしいな。どうしてもこの好機にクウガだけでも仕留めておきたいようだ──

 

 体勢を整えた陸人は、制服にしまっておいたダグバのバックルを取り出す。ダグバの力の収束点。2つに裂かれたそれを両手に握り、自分の胸に突き刺し、ねじ込む。

 

(……尽きかけのクウガ、手元のダグバの力も半分も残っていないだろう。それでも、2つの究極を合わせれば……!)

 

 

 力の奔流に呑まれかけた陸人を緊急避難させるために、アマダムが精神世界に陸人の魂を取り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 ──もう後戻りはできないな、陸人……人としていられる最後の時間だ……ここには私しかいない。言いたいことがあれば言っておけ──

 

 アマダムは、最後の意思確認の場を用意した。陸人の答えは分かっている。それでも、果ての果てまで本音を隠さなければならないというのは、あまりに残酷すぎると思ったから。

 

「……そうだなぁ……」

 

 どこまでも面倒見のいい相棒に苦笑しながら、口にする気は無かった本音をこぼす。

 

「やっぱり消えたくはない……みんなと、ずっと一緒にいたかったよ」

 

 最強最高の勇者、伍代陸人の人間としての最後の言葉。それはどこまでも彼らしくなく、どこまでも人間らしい、当たり前の弱音の発露だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ああああぁぁぁぁ……ガアアアアアッ‼︎」

 

 天の神の光とダグバ自身の闇。間違いなく有害な2つの力が陸人の体を駆け巡る。体内を切り刻まれ、燃やされるような感覚に耐えながら、内包する力を高めていく。

 

「オオオオオオオオッ‼︎────変身ッ‼︎────」

 

 陸人は力の足し、程度にしか思っていなかった。アマダムも知らなかったことだが、この直感的な思いつきがクウガの最後の扉を開く。

 

 黒と赤のオッドアイ。

 体を駆け巡るラインは金から白へ。

 背中からは燃え盛る炎の翼を4本伸ばし、神にも悪魔にも見える造形。

 輝きを保っていたベルトの霊石も黒く染まりきっている。

 心に蠢くどす黒い闇を、輝く光で正しく使う。2つの究極の、さらに先。

 

『アルティメットフォーム・ユナイト』

 

 究極の闇と究極の闇を融合(Unite)することで初めて到達する進化の頂点。

 クウガとダグバ。世界を壊す2つの闇に、生身の心1つで立ち向かい、それでも光を見失わない……『人間の心の強さ』を極めたものだけに許された姿。

 全ての時間、全ての世界で全てのクウガが成し得なかった奇跡の最終形態に、陸人は最後の最後で至ったのだ。

 

「……出し、惜しみは……ナシだ!」

 

 声を出すことすらもままならない苦痛の中で、陸人は最後の役目を果たすために、天空のさらに上へと、その翼を広げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天の神は焦っていた。アレこそが神すら恐れた可能性の終着点。伝説の中だけの存在であるはずだった。神ですら実在する姿を見たことがない、あり得ないシロモノであるはずだった。

 なのにそれが今、己目掛けて飛んできている。天の神はたまらず今の自分の最大火力をぶつける。星そのものに深刻なダメージを与えかねない、天の神の本気の本気だ。

 

「こんなもので……ウオオオオオオオオオオオオッ‼︎」

 

 天からの砲撃を真正面から受け止めるクウガ。これを四国に落とせば、結界の上からでも街が消滅することを直感で把握していた。

 徐々に光を押し込み上昇するクウガ。天の神の焦りは頂点に達した。予備戦力として残していた完成型バーテックスを残らず投下。四国に向かわせ、少しでもクウガの気をそらす策だ。

 

「……させるかよぉぉぉぉ‼︎」

 

 炎の翼が空を覆い隠すほどに長く広く膨張する。その羽ばたきが全てのバーテックスを一瞬で細切れにした。

 天の神の手段は最後の地雷を踏み抜いてしまった。陸人は最強最高の一撃を解禁する。

 

「折れず、曲がらず、真っ直ぐに、諦めずに……! それが勇者だ‼︎」

 

 右腕を引き、力を込めて拳を握る。仲間の1人、無手のスペシャリストの技を借りる。

 

「勇者ぁぁぁぁぁぁ……パァァァァァンチッ‼︎」

 

 世界を背負い、勇気を握ったその拳は、天の神の攻撃も、世界を分かつ防壁すらもまとめて打ち破った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現実世界の上に存在する、天の神がいる世界。2つの世界の境界線を破壊したクウガが、天の神の間近、正面に降り立つ。戦いに勝ったのはクウガ。しかし、彼にとって最も大事なのはここからだ。

 

 

 

 ──神樹には私から話を通しておこう。今の我々なら神との交信も容易だ──

 

(ああ。ありがとう、アマダム)

 

 神霊の域にまで力を高めたクウガは、目の前に存在する形なき力の集合体に声をかける。

 

「……天の神、と呼ばせてもらう。アンタと交渉がしたい。俺はそのためにここまで来たんだ」

 

 しばらくの沈黙の後、天の神の意思が届く。聞く気にはなっているようだ。

 

「俺が要求するのは人類への攻撃の停止と、四国への不干渉。それを約束するなら、俺もこれ以上暴れない。すぐにアンタの世界からも出て行こう」

 

 陸人はこれを狙っていた。戦況的優位に立った上で、交渉によって長期的な四国と人類の安全を確保する。

 

 今でこそ力で上回っているが、完全な神霊である天の神を確実に消滅させられる確証はない。もし自分が力尽きてから再び侵攻を受ければ次は耐えられない。人類は終わりだ。

 そして今のクウガの力を制御し続けることができないことも分かっていた。後1回か2回、強い力を行使すれば十中八九陸人の自我は消え失せる。そうなれば人類の脅威が天の神からクウガに変わるだけ。それでは本末転倒だ。

 

 自分が消えた後の平穏を確保するためには、痛み分けとして両者同意の上で停戦するのがベストな形だ。天の神を必要以上に刺激せず、人類をこの先も生存させられるギリギリのラインとして、陸人が考えたのが四国の現状維持だった。

 

「もちろん何の手も打たずに口約束ってわけじゃない。お互いの条件を守るために、俺はこの後神樹様に取り込まれるつもりだ。

 ……今、相棒が話をつけた。神樹様も了承してくれたよ」

 

 その言葉に、さすがの天の神も驚愕を隠せない。約定破りに対抗するための力として、陸人は神樹に吸収されることを決意していた。

 

 今のクウガは神さえも壊せる攻撃性の塊だ。神樹の内部でそのまま温存してしまえば、いざという時の切り札として長く保有できる。永遠の抑止力とまではいかずとも、人類側が防備を固めるだけの時間は稼げるはずだ。

 さらに神樹の一部になれば、クウガという個がなくなり暴走する危険もない。代償に人として、個人としての陸人も一緒に消えてしまうが、それよりも大切なものが彼にはあった。

 

「どうする? 俺の本気は伝わったはずだ。断るなら、さっきの続きをやるだけだが……」

 

 天の神には実質選択肢はない。今は承諾しなければ負けるのは確実だ。人類の抹消を諦めたわけではない。それでも、伍代陸人ほどの存在が生まれた人間を、再攻撃までの時間つぶしに観察し直しても良い。そう考えて条件を飲んだ。了承の意思を飛ばし、クウガが安堵のため息をつく。

 

「賢明な判断、感謝する。それじゃ約束通り、すぐに消えるよ……アンタも約束、ちゃんと守れよ?」

 

 天の神への怒りがないわけではない。それでも今は、最善の形に収められたことへの感謝を告げて速やかにこの世界を離れる。

 飛び立つ寸前、天の神が疑問の意思を飛ばす。なぜそこまでできるのか、神に至るほどの力を手に入れて、なぜ人類を守り続けるのか、と。

 

「こんな高くから眺めてるだけのアンタに言っても分からないさ。人間は、すごく複雑で、1人に限って見てもその中にいくつもの面があって、可能性がある……俺はそれが輝く未来を守りたい、それだけだよ」

 

 陸人が至ったクウガの頂点。あれは陸人が最初から本能的に悟っていた人間の本質を体現している。

 

『光と闇の両方を宿し、そのどちらが本質であるのかは、一人一人が意志と行動で決める』

 

 今のクウガも同じ。光と闇の2つを抱えて、その中でほんの少し魂を光の側へ傾けて人格をギリギリで保っている。陸人が人間を正しく見ていたからできたこと。天の神にはできなかったことだ。

 

 クウガが天の世界から飛び立っていく。天の神は何も言わず、害意も見せず、静かにその背中を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間移動で神樹の内部に飛んだクウガ。ここなら誰の邪魔も入らない。

 

 ──今から陸人は神樹に取り込まれる……つまりは神に至るわけだが、思い残すことは本当にないのか? ──

 

「……そうだな、ありがとうアマダム。兄さんみたいに、みんなにメッセージを残そうかな」

 

 意識の一部を現実世界に飛ばす。これで最後の挨拶くらいはできるだろう。

 

「……これで、お別れか。アマダムはこの後どうなるのかな?」

 

 ──私のことは気にするな。陸人と別れる以上、私の結末はどの道大差はない……力の大半を失って消えるか、封印されるか……似たようなものだ──

 

「……そっか。ごめん、俺が勝手に決めたことで……」

 

 ──気にするなと言っている。それよりも、だ──

 

 これから自分が消えるというのに、相棒の心配ばかり。らしいと言えばらしいが、アマダムはありもしない頭を抱えたくなった。

 

 ──娘たちとは、純粋に気持ちをぶつけ合うべきだからな。代わりに私が労ってやろう……陸人、よくやったな。未来を繋げたのは貴様のおかげだ。他の誰でも不可能だった、伍代陸人だからこそなし得た結果だ……胸を張れ──

 

 もっと他に言いたいことがあった。陸人に人としての幸せな未来を歩ませてあげたかった。しかし、最後は清々しく別れたい。自分に誇りを持たせてやりたい。アマダムは自分の本音を勇者たちに譲り、陸人を褒め称える。

 

 ──今の私にできる、精一杯の褒美を用意してある。少し待てば分かる、楽しみにしておけ──

 

「……? よく分かんないけど、アマダムがそう言うなら……うん、待ってるよ」

 

 ──私にとっては一瞬のような短い時間だったが、陸人と共に駆け抜けた日々は楽しかった。貴様と一緒に戦えたのは、私の誇りだ──

 

「そんな。俺だってアマダムには助けられてばかりで……君の相棒になれたことが、本当に誇らしいよ」

 

 ──そう言ってくれるか……否応無く戦う運命を与え、苦しみをもたらしてきた私を──

 

「違うよ。アマダムは一番最初に、俺に力と信頼をくれた。俺たちが起こしてきた奇跡……その最初の一歩を一緒に踏み出してくれたのがアマダムだ。俺を信じてくれて、ありがとう。俺たちは最高の相棒さ」

 

 ──それだけ聞ければ、十分だ。ありがとう、陸人……さらばだ──

 

 

 

 

 

 

 アマダムが神樹に溶け込んで消えていく。それを見届けた陸人の体もまた、少しずつほどけるように消えている。

 

(飛ばした方の意識は、まだ残ってる。あっちの俺が最後になりそうだな)

 

 この瞬間、伍代陸人は人ではなく神に変わった。この時代の勇者の使命は、これにて完遂された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瀬戸大橋の上、8人の少女は何もできずに立ち尽くしていた。壁を超えられる勇者もおらず、神託も陸人が飛び立ってすぐに途絶えてしまった。

 

「……何かしら、アレ?」

 

 精霊の穢れを抜き取られ、ある程度回復した歌野が空を見上げる。人影のような光が、こちらに降り立とうとしていた。

 

「……神樹様……いえ、少し違う?」

「この感じ……クウガ……ううん、陸人さん?」

 

 神樹の声を聞く巫女、特に感受性が高い水都が、直感でその本質を理解する。

 

「うん、俺だよ。みんな無事だね……よかった」

 

 全員がその光を陸人と認識した瞬間、光が人の姿に変わる。侵食が進む前、髪も顔も本来の状態である陸人がそこにいた。

 

「陸人、一体何が起きた? いや、お前は何をやったんだ?」

 

「詳しく説明すると長くなるから、その辺は後で神樹様から教えてもらってくれ。

 簡単に言うと、戦いは終わりだ。俺は神樹様と融合する……みんなとはお別れだね」

 

 あまりに省略しすぎた物言いだが、神について学び、その手の感覚に優れたひなたと水都はおおよそのことを把握できた。

 

「それは、世界を守るための力として……神になる、ということですか?」

 

「まあ、そんな感じだね。約束守れなくて、本当にごめん……みんなと一緒の未来には、俺は行けなくなっちゃったよ」

 

「……そんな! なんとか、なんとかならないの?」

 

「……これ以外に人類が生き残る道はないんだ。俺は、みんなに生きていてほしい。俺の1番は、やっぱりそこなんだよ」

 

 勇者の6人は、巫女たちの半分も事態を把握できていないが、これが陸人と話せる最後の機会だということだけは理解した。

 

「あんまり時間がないんだ。ちょっと場を整えさせてもらうね」

 

 

 

 

 

 

 陸人の手から光が広がる。その中は魂同士が直接対話できる精神世界に近い空間。陸人の夢の世界と同じ理が流れる世界を現実に顕現させた。

 8個の空間に分割された何もない世界で、陸人と少女たちが1対1で向き合う。残された時間が少ない陸人が、全員と同時に対話できるように力を振るったのだ。

 

 

 

 

「神様になる、かぁ。さすが陸人くんね、やることがビッグだわ……ほんと、ビッグすぎよ」

 

「アハハ、我ながらビックリだよ。ここまでくるとはね」

 

 この期に及んで笑っている陸人が信じられなくて。いつも笑っている自分を棚に上げて、歌野は一瞬陸人に詰め寄りそうになった。

 

「笑い事じゃないでしょ。陸人くんは未練とかないの?」

 

「ない、って言い切るには……俺の中の歌野ちゃんたちの存在が大きすぎるかな。でも、大切で大好きだから……守りたいって思ったんだ」

 

 陸人の笑顔に翳りはない。それは彼の言葉が紛れのない本音だということだ。そんな笑顔が、歌野自身大好きだったから分かる。

 

「未練はある。だからこそ後悔はしてない。たとえ時間を巻き戻しても、俺はその度に同じ選択をするよ……絶対に」

 

「流されたわけじゃない、追い詰められたわけでもない……あなたが自分で選んだ道なら、泣いちゃうくらいに寂しいけど、私は応援するわ。ファイト、陸人くん!」

 

「うん……ありがとう、歌野ちゃん。君の笑顔が、大好きだよ」

 

 歌野は笑う。陸人も笑う。『これが最後なら、一番の笑顔を覚えていてほしい』それが2人の願いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「陸人さんと、みんなとずっと一緒に、って……私の願いなんてそれだけなのに。そんなに許されないワガママなのかな、これって……」

 

「そんなことないよ、当たり前の願いだ。そんな当たり前を願う権利は、俺が守る。水都ちゃんの願い、全部は叶えてあげられなくて……そこは謝るしかないけど」

 

 水都は信じていた。陸人なら必ず帰ってくると。無根拠に信じて、その度に応えてきた陸人だから、今度も大丈夫だと確信していたのだ。

 

「陸人さんはずっと苦しんできた。きっとこれからは、幸せなことばっかりが待ってる……そんな未来が、あったはずなのに」

 

「未来は誰にも分からない。神様だって俺がこうなることは予想外だったみたいだしね。でも嬉しいよ。水都ちゃんがそんな風に、俺の未来の幸せを祈ってくれた……それだけで俺は幸せだよ」

 

「……足りない! こんなんじゃ、陸人さんの今までと全然釣り合ってないよ!」

 

 水都は滅多に見せない怒りを表す。彼女の怒りは珍しい。それは彼女が誰かのためにしか怒らない少女だから。そんな彼女でも世界に怒らずにはいられないくらいに、陸人の結末が許せないものだったから。

 

「俺のために怒ってくれてありがとね。でもそれを決めるのは俺だから……俺が幸せだって言うんだから、それでいいんだよ」

 

「そんなのってないよ……悲しすぎるよ、陸人さん!」

 

「うん……ありがとう、水都ちゃん。君の優しさが、大好きだよ」

 

 陸人は何もできない今の自分がもどかしかった。水都の涙を止めてあげたいと思い、同時に自分を思って泣いてくれる水都の優しさを嬉しくも思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あなたがいなくなったら、私たちがどう思うか……分からないわけないわよね?」

 

「うん……泣いちゃうのは分かってたよ。できればその涙を止めてあげたいけど、俺はもう触れることもできないから……」

 

「いや! いやよ……やっと素直になることができたのに。やっとあなたに真っ直ぐ触れられるようになったのに……! もう、触れることもできないなんて!」

 

「そうだね、俺も寂しい。でも、それ以上に嬉しかったんだ。ずっと心配してた千景ちゃんが、前向きに変わっていってるのが分かったからさ」

 

 最後の最後まで、陸人にとって千景は放っておけない娘のままで。せめて最後くらい、と千景は涙を拭って顔を上げる。

 

「……なら、もう一度。あなたに触れたい……どう、かしら?」

 

「でも、今の俺は……」

 

「……実際に触れなくてもいいの。少しでも、あなたを感じることができればそれだけで……」

 

 陸人の光を抱きしめるように腕を回す千景。微かな熱が、そこにいる陸人を確かに感じさせる。

 

「……今、ここにいるあなたに伝えるわ。私は大丈夫。本当にもう、大丈夫だから……」

 

「うん……ありがとう、千景ちゃん。君の純粋さが、大好きだよ」

 

 陸人も触れない体で精一杯、千景を抱きしめる。そんなことしかできないことに申し訳なさを感じながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダメだよりっくん、私は……りっくんのいない世界で心から笑える自信がないよ」

 

「友奈ちゃん……今の俺が言うのもなんだけど、友奈ちゃんには誰かを幸せにする才能がある。誰にも負けないすごい力がね。

 俺も千景ちゃんもそれに救われたんだ。だから、少しだけ自分を信じてみない?」

 

「りっくんを助けられなかった私に、自信なんて持てないよ」

 

「そっか……それなら、俺にできる最後のプレゼントだ。これでちょっとでも前を向いてくれたら嬉しい」

 

 そう言って笑う陸人が光を放つ。それは友奈の足に注がれ、動かないはずの彼女の足に力を戻した。

 

「……ぇ……足が動く⁉︎」

 

「今後もリハビリは必要だろうけど、これなら頑張れば以前と同じに動けるようにもなるはずだよ。

 忘れる前からなんとかしたいと思ってたんだ……俺の願い、叶えてくれないかな? 友奈ちゃん」

 

「りっくん、記憶が?」

 

「うん。失くしたものは、多分全部戻ってる……神樹様のご褒美、なのかな?」

 

 友奈の足は陸人の中で消えないしこりとなっていた。記憶をなくしても変わらず気にしていた。その解決の一助になれた。陸人はそれを喜んでいて、これからの努力で友奈がそれを形にしてくれることを願っていた。

 

「りっくん。今すぐには無理でも、必ずりっくんにもらった力を無駄にはしないから……だから、今だけは……!」

 

「うん……ありがとう、友奈ちゃん。君の強さが、大好きだよ」

 

 泣きながらも頑張って笑顔を作る友奈。その思いやりこそが、今日までの陸人を支えてきたものの1つだから。陸人はそれを忘れてほしくなかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「陸人、私は言ったな。お前がどこに行っても必ず追いつくと……1人にはしないと」

 

「うん、覚えてるよ。だから謝らないとね……俺はその言葉を破らせてしまった」

 

 頭を下げようとする陸人を手で制する若葉。拭ってもこぼれ続ける涙はもう諦めて、それでも真っ直ぐに前を向いていた。

 

「謝る必要はない。お前がなんと言おうと、私はあの言葉を曲げる気などさらさらないからな」

 

「若葉ちゃん。君は、どこまでも……」

 

「改めて誓おう。お前がどこに行こうと、何度離れようと、必ず追いついてその手を掴む。死のうが消えようが、それは変わらない」

 

 若葉は自分の言葉に、自分の決意に殉じる覚悟がある。一度口にしたことは彼女にとって絶対なのだ。

 

「若葉ちゃんらしいね……でも、自分を大事にしてね? 自殺とかは絶対にダメだよ?」

 

「分かっているさ。お前に救われた命を無駄にはしない。生きて足掻いて、道を探す」

 

「うん……ありがとう、若葉ちゃん。君の正しさが、大好きだよ」

 

 自分の言葉も陸人の願いも世界の未来も、その全てを背負う決意を固めた若葉。陸人はそれが何より眩しく、頼もしいものに見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うっ……うぅ……グス……」

 

「ひなたちゃん……その、本当にごめん」

 

 ひなたはひたすらに泣いていた。普段の心の強さからは考えられないほどに崩れ落ちていた。

 

「俺には泣かないで、なんて言えないけど……ひなたちゃんには、前を向いて笑っていてほしいかな」

 

「そんなことを言って……陸人さんは、私が泣いている理由が分かるんですか?」

 

「うん、多分分かるよ。友達だとか仲間だとか、そういうことじゃないんだよね?」

 

「……ぇ……!」

 

 ひなたはこの想いを隠しきれている自信があった。事実陸人も昨日までは気づいていなかった。球子と杏の告白を受けて、これまでを振り返ることでひなたの気持ちに薄々感づいたのだ。

 

「だからこそ、ひなたちゃんともこれからたくさん話がしたかったんだけど……ごめんね、もう時間がないんだ」

 

「陸人さん、あなたは……いえ、今は答えは出さないでください。私はあなたの、そんなところが……」

 

 陸人がここまでの無茶をした理由の1つは、間違いなく奉火祭だ。真鈴からの連絡と彼の行動で確信したひなたは、それも含めたこれまでの感謝を告げる。

 

「陸人さん。本当に……本当にありがとうございました……大好きです」

 

「うん……ありがとう、ひなたちゃん。君の暖かさが、大好きだよ」

 

 もっと早く気づいていればと悔やむ陸人。もっと早く告げるべきだったと悔やむひなた。そんな本心を隠して笑う2人。言いたい言葉を隠して、言うべき言葉を選ぶのは、2人とも得意だったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「陸人のバカ! バカ、バカ、大バカァ‼︎」

 

「ごめん、球子ちゃん……本当に、ごめん」

 

 子供のように泣きわめく球子。いつもなら頭を撫でるなりしていたところだが、今の陸人ではそれも叶わない。

 

「なんでだよ……なんで陸人ばっかり、こんな目に会わなきゃいけないんだよ」

 

「俺ができること、俺がやるべきこと、俺がやりたいこと……全部が重なっていて、その中で俺が選んだ道だよ。俺は自分が不幸だとは思ってない。それだけは分かってほしいな」

 

「それじゃあ、陸人はタマと一緒にいられなくてもいいのかよ。タマは嫌だ! ずっと、陸人と一緒に……!」

 

 これから消えるのがどちらなのか分からないほどに、陸人はいつも通りで、球子は心が折れていた。

 

「もちろん会えないのは辛いよ。でも、たとえ消えても、もう会えなくても、球子ちゃんがくれた暖かさはずっと忘れない。綺麗事かもしれないけど……別れが悲しいのは、それだけ出会いが幸せだったってことだからね」

 

「陸人……陸人は、ホントに幸せだったか? タマたちと一緒にいて、ホントに幸せだったのか?」

 

「うん……ありがとう、球子ちゃん。君の明るさが、大好きだよ」

 

 消える前に、せめてそれだけは伝えたくて。陸人は触れない腕でそれでも球子の頭を撫でて、真っ直ぐな気持ちを込め続けた。球子はそれが懐かしくて、暖かくて、余計に涙が止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「陸人さんに告白した時、これできっと大丈夫って……前を向いた陸人さんなら、絶対なんとかしてくれるって……そんな風に無責任に信じて……それで!」

 

「信じてくれてありがとう。それに応えられなかったのは俺が悪いんだよ。杏ちゃんは何も悪くない……自分を責めないで」

 

 杏視点、最後まで陸人頼りだった自分たちにもっとできることがあったように思えて。

 陸人視点、約束を破った自分が一から十まで悪いと思っていた。

 

「杏ちゃんやみんなのおかげで、俺は今日までやってこれたんだ。みんなの未来を守ることが、俺自身の幸せよりも大事だった……それだけなんだよ」

 

「でも、私たちが何かできれば、陸人さんが諦めることもなかったかも……」

 

「杏ちゃん、それは違うよ。この結末は、誰かが努力を怠ったからじゃない。みんなが自分に出来る精一杯を尽くしたから、こうしてみんなの未来を掴めたんだ」

 

 杏の言葉は、陸人にとっては絶対に否定しなくてはいけないことであった。陸人は変わらずみんなに感謝していたから。

 

「それからもう1つ……俺は諦めたわけじゃない。全部失いかけたところから、1番大切なものを選んだんだよ」

 

「陸人さん……こんな、こんな私のこと……」

 

「うん……ありがとう、杏ちゃん。君の美しさが、大好きだよ」

 

 言い訳にもならないような言葉の言い換え。それでも陸人が必死に元気付けようとしていることはちゃんと伝わって。杏は変わらない優しさが愛おしくてたまらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人での対話を重ねて数分。陸人が作った空間が軋み、音を立てて崩れ去った。

 

「……ふぅ、もう本当に限界だな……!」

 

 合流した一同。陸人の言葉に、いよいよ避けられない別れが間際に訪れたことに気づく。

 

「球子ちゃん、杏ちゃん。昨日の返事なんだけど……俺、ずっと考えてた。でもやっぱり結論は出せなくて……みんなが大好き、じゃあやっぱりダメなんだよね?」

 

 答えを出さずに消えるというのがどうにも不誠実に思えて、それでもちゃんと返事もできず……曖昧な言葉を伝えるしかない陸人。

 球子と杏は、陸人を安心させるために、精一杯の笑顔を作る。

 

「しょうがないな。なら次に会った時にはきっちり答えを出してもらうからな!」

 

「必ずまた出会う……! そこで、絶対に好きになってもらうんだから!」

 

「……そっか。ありがとう、2人とも」

 

 陸人は、ずっと引っかかっていた胸のつかえが取れたような気がした。気持ちが楽になった陸人の体が、どんどん光となって解けていく。

 

 

 

 

 

 

「これから先……どんな未来が待っているかは分からない。完全な平和が訪れたわけでもないしね。

 それでも、みんななら自分も、他の人も幸せに出来るって信じてるから……生きて生きて、その先で……どこかでまた会えたら、その時はよろしくね」

 

 

 

 

 

 

 

 涙を流しながらも輝く笑顔で、仲間へのエールを残し、陸人は光となって消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陸人が消えた場所に、何かが落ちている。杏が拾い上げたそれは、デートの時に買ったドッグタグ 。自分の想いを刻んだ、球子と杏と3人の御守りとして決戦にもつけていったものだ。

 陸人はそれに力を注いで自分の分身を飛ばしていた。

 

「陸人さんの……これ……! 陸人、さん」

 

 ドッグタグの刻印を読み上げた杏が、さらに泣きじゃくる。

 

 "As long as there is one of us, there is all of us"

 

 とある文学作品の一節を一部変形した文。捉え方は色々だが、陸人が込めた想いは……

 

『離れていてもずっと一緒にいる』

 

 少女たちの慟哭が響く。それを止められる唯一の少年は、もうこの世界にはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 クウガ 伍代陸人

 

 人の域を超え、神に至った1人の少年の偉業により、世界に束の間の平穏が訪れた。

 

 西暦における争い、神と人の戦争はここに終結したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




うーん、ってなるかもしれませんが、ここまで読んでいただけたなら、ぜひ明日投稿するエピローグもよろしくお願いします。
ここから大逆転、とまではいきませんが、少しは後味の良い終わりを予定しておりますので。

感想、評価等よろしくお願いします

次回もお楽しみに



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終章0話 勇者

 エピローグです。




 神樹の内側。静かで穏やかな空間に佇む魂。伍代陸人はそこにいた。

 

(……アマダムが言ってた褒美っていうのは……コレか……)

 

 神樹に話をつけたのはアマダムだ。その際陸人には内密に1つ条件をつけていた。

 

『陸人の魂を個として残すこと』

 

 その分の力はアマダム自身が存在を捧げて補うということで条件を提示し、陸人に感謝していた神樹もそれに応じてくれた。

 外に出ることも神の力を振るうこともできないが、ここから外で生きる仲間たちの様子を見ることはできる。詳しい状況までは把握できなくても、充実した日々を過ごしているかどうかくらいは、その顔を見れば分かった。

 

「……ありがとう、アマダム……がんばれ、みんな……」

 

 誰にも届かない声援を送り、陸人は見守り続ける。今日も明日もその先も、彼の時間は変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「………………」」

 

 海辺にポツンと立つ碑石。21人の名前が刻まれた慰霊碑に、球子と杏が花を供える。

 陸人の部屋に残された書置きを元に名前を刻んだ。彼の仲間たちの名前を残してやりたい、という願いを叶えるために勇者の権限を活用した。

 

「……陸人の願いを1つ、やっと叶えてやれたな……」

 

「……うん……ずいぶん時間かかっちゃったけど」

 

 陸人の思い残しをなくし、彼が安心できる世の中にするべく努力する。それが全員で話し合って決めた、彼女たちの新たな戦いだ。

 あの争いから2年。ようやく過去や未来に目を向ける程度の余裕が人類に戻ってきていた。

 

「……それじゃ行くか、あんず! 陸人のお兄さんとお姉さんのお墓にも行かなきゃいけないしな!」

 

「うん、行こうタマっち先輩……今度は桶ひっくり返さないでね?」

 

「わ、分かってるっての! タマに任せタマえ!」

 

「フフッ、ちゃんとキレイにして、陸人さんの分もご挨拶しなくちゃね」

 

 球子と杏は高校に通いながら、大社の非正規職員、アルバイトのようなことをやっている。

 球子は次代の勇者の教導官候補。杏は資料室の業務補佐。勇者としての経験を生かして、陸人が守ったものを未来に繋ぐためにそれぞれのやり方で努力していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ハァッ、ハァッ…………プハ〜〜〜…………疲れたぁ……」

 

「……お疲れ様、高嶋さん……すごいわ、最高記録よ……かなりの距離を進めるようになったわね……はい、スポーツドリンク……」

 

「……あっ、ありがとう、ぐんちゃん…………んぐっ、んぐ…………ふぅ、りっくんが光を残してくれたんだもん。私が頑張らなきゃ意味なくなっちゃう……私は絶対にまた、自分の足で立って歩くんだ」

 

 友奈と千景がいるのは病院のリハビリ施設。友奈の足は、陸人が散り際に与えた加護もあって、かなり動かせるようになってきている。今後以前のようにまで回復するかは友奈の頑張り次第だ。

 

「……ぐんちゃんの方は順調? 大学行くんだよね……しんしょうしんりし、だっけ?」

 

「……臨床心理士よ、高嶋さん……今のところ問題はないわ……これを取得すればカウンセリング関連の職に就く時、かなり応用が効くから……時間も費用もかかるけど、大社がお金も出してくれるし……」

 

 千景は心理カウンセラーを目指していた。味方がいない環境で殻に閉じこもっていた自分を救ってくれた陸人のように。苦しんでいる誰かの心に寄り添える人間になりたかった。

 

「……私は、足が治ったらどうしようかな。ぐんちゃんは、何が私に向いてると思う?」

 

「……そうね……高嶋さんなら、それこそカウンセラーとか向いていると思うけど……私もあなたにはすごく助けられたもの……」

 

「そっか……えへへ、なんだか嬉しい。ありがとう、ぐんちゃん!」

 

 自分の将来について悩む。そんな当たり前を取り戻してくれたのも陸人だ。どんな道を行こうとも、彼に恥じない生き方をする。

 それだけは全員が共通認識として持っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーっし! 今日のところはここまでかしらね。みなさーん、休憩にしましょう!」

 

 一通りの水やりを終え、歌野は仲間に声をかける。以前よりも畑の広さも作業人数も増した彼女の農場は四国でも有数の収穫数を誇っている。

 

「うたのん、みなさん! ご飯持ってきましたよー!」

 

「ベストタイミングよ! さすが私のみーちゃん!」

 

 水都がおにぎりを持ってくる。わらわらと群がり、賑やかな昼食タイムへ。水都は2人分のおにぎりを持って歌野の隣に。

 

「今日も順調みたいだね、うたのん」

 

「もちろんよ、みーちゃん。神樹様に頼ってばかりじゃいられないわ……私達の糧は、私達で手に入れなくちゃ」

 

「うん……でも、前よりも収穫効率が目に見えて上がってきてるんだよね?」

 

「そうなのよ。もちろん私達も日々試行錯誤してるから、その結果ってのもあるだろうけど……それ以上に……」

 

「神樹様……それと、陸人さんが……力を貸してくれてるんだね、きっと……」

 

 陸人にはまだ、神樹の力を行使することはできない。それでも内部から祈りを捧げ、神樹に仲間の夢の後押しを求めるくらいはできる。

 歌野と水都は確信していた。陸人が自分たちの夢を心から応援してくれていたのを知っているから。

 

「そのサポートに報いるためにも、どんどん私の畑を大きくしていくの! 陸人くんがどこにいても見つけられるくらいにでっかい、1番の大農家……農業王目指して、私は頑張るわ! みーちゃん」

 

「うん……私も手伝うよ、うたのん。どこまでも一緒に……」

 

 2人は夢を諦めない。陸人が応援してくれた、彼が祈ってくれている夢を叶えるまで、止まることはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ……ひなた、次の実験は何だ?」

 

「今日の分は全て終了です。休憩しましょう、若葉ちゃん」

 

「……いや、私はまだいける。多少予定を早めるくらい──」

 

「若葉ちゃん……気持ちは分かりますが焦りは禁物です。決して無理せず、安全確実慎重に、未来に力を託す。そう約束したでしょう?」

 

「……む……そうだな、すまない……今日はここまでにしよう」

 

 若葉とひなたは大社の実験場で、次代の勇者システムの開発に取り組んでいた。天の神の手前大っぴらには活動できないが、陸人や神樹に頼りっきりで済ませるわけにはいかなかったから。

 最終決戦の無茶で歌野と友奈の勇者適性も減衰した。結果として若葉は唯一戦える力を持って生き残った勇者。ひなたは大社の実質的な最高権力者。この2人は終結後もそのまま大社に残り、権力を高め、責任を背負い、役目を果たしてきた。

 

「そうだ、ひなた……例の件はその後どうだ?」

 

「ええ……新たな神託も降りました。少しずつですが、確かに前進していますよ……私たちが生きているうちに、なんとか形にしなくてはいけませんね」

 

 世界の未来とは別に、若葉たちにはそれと並ぶ重要案件があった。2人が権力を求めたのは、大社の腐敗を防ぐことともう1つ……自分たちの願いを叶えるためでもある。

 

「近いうちに1度、中間報告がてらみなさんと会うのもいいかもしれませんね。きっとそれぞれの道で頑張っているはずですし」

 

「ああ、それはいいな。直接会うのは随分久しぶりだ……たまには私がうどんでも振る舞おうか」

 

 全員が自分の道を選び、これからますます距離は遠くなっていくだろう。それでも少女たちには共通の願いがあり、切れない絆がある。

 少女たちの命は、この限られた世界で、確かに輝きを放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は過ぎて、西暦から神世紀へと名を改めてから180年程が経過した。幾多の問題こそ起きはしたが、西暦ほど明確な争いもなく、人が人として生きていける世界が続いている。

 

 仲間たちも天寿を全うし、陸人が伝承上の人物になった時代。

 陸人も少しずつ自分の裁量で力を振るえるようになり、神樹の手が回らないところを補うようにして人類を見守り続ける。

 

「やっほー、久しぶり陸人くん……あいっかわらず真面目ねぇ……200年近くそうしてるんだし、少しくらい力抜いてもいいと思うけど?」

 

「久しぶり、雪花さん……なんていうか、もう癖になっちゃって……手抜きのやり方が分からないんだよね……」

 

「……そうか……難儀な奴だな……まあ、陸人らしいと言えばらしいが……」

 

「棗さんも……2人も来るなんて珍しいね。何かあった?」

 

 勇者として散った魂は神樹に取り込まれる。陸人と違って神樹の力を能動的には使えない代わりに、彼女たちはこの中を自在に動ける。こうして時々陸人のところにも訪れる友人関係を築いていた……全員が魂だけの存在ではあるが……

 

「んー、今日はもうお仕事終わりにしたほうがいいよ。お邪魔になるから私たちはすぐ帰るけどさ」

 

「……陸人……今日は自分のことだけを考えるべきだと思う……それじゃあな……」

 

 それだけ言って消えていく2人。陸人が首を傾げながらも力の行使を中断して休憩を取ろうとしたところで、懐かしい声が聞こえた。

 

 

 

 

 

「お〜〜い! 陸人〜〜〜‼︎」

 

「陸人さ〜〜〜ん‼︎」

 

 

 

 その声の主に、ずっと会いたかった。もう2度と会えないはずだった。

 

「球子ちゃん……杏ちゃん……みんな……!」

 

「ようやく、ようやく会えたよ、りっくん!」

 

「……待たせてしまったわね、ごめんなさい……」

 

 彼女らもまた魂だけの存在。しかし彼女らは平穏の中で年老いて死んでいった。その時点で適性を失っている。ここには来れないはずだった。

 なのに今ここにいる。陸人と別れた時の、少女の姿のままで。

 

「生前のうちに準備していたんです。神樹様の中で、あなたと再会するために」

 

「ここに陸人がいることも、死後こちらに来るためのヒントも神樹が教えてくれた……さすがに8人全員は無理があったのか、100年ほどかけて上り詰める羽目になってしまったがな」

 

 適性を持たずに神樹に宿った代償として、彼女たちは内部を自在には動けない。それでも100年かけて、他の勇者の魂にも助けられて、今日ついに陸人の元に辿り着いたのだ。

 

「いやー、ベリーハードな道のりだったわ。魂だけになれたのに、体があった頃よりもずっと重くて動けないんだもの」

 

「でも、やっと会えた。他の勇者の人も道を教えてくれて……やっと、やっと会えたんだね……!」

 

 彼女たちは陸人の願いを守るために全力で生きた。だから死んでからは自分たちの好きにさせてもらう。100年かけても会いに来るほどに、彼女たちは本気だった。

 

「約束通り、会いに来てやったぞ、陸人……!」

 

「陸人さん……陸人さん!」

 

 9人で引っ付き、抱き合う一同。魂同士なら、肉体と同じように触れ合うこともできる。

 

 

 

 

 

「みんな、本当に……って、ひなたちゃん……ちょっと近すぎるよ……は、離れて……」

 

「あー、ずるいぞひなた! っていうかお前と若葉は既婚者だろ! ウワキだウワキ!」

 

「まあ人聞きの悪い……あの婚姻は血筋と家柄を残すための儀礼的なものです。相手側もちゃんと納得した上で成り立っています……ですから勘違いしないでくださいね? 陸人さん……」

 

「わ、私だってそうだ! 家族は家族として愛していたが、それだけだ……1000年前にはありふれていたことだろう!」

 

「……そこで歴史上の名家の在り方を例に挙げるあたりが乃木さんよね……私たちも、伍代くんも、何年経っても変わらない……フフッ……」

 

「アハハッ! この感じ久しぶりだね。やっぱり私たちはみんな一緒じゃなきゃ!」

 

「生きてる間に私たちの夢はとりあえず叶えたからね。ここでは陸人くんの夢を叶えてあげましょう!」

 

「うん……ずっと頑張ってきた陸人さんを、私たちで幸せにしてあげようね」

 

「ありがとう、みんな……俺は今、すごく幸せだよ……」

 

「ウフフ、陸人さん。覚悟してね? ここなら時間はたっぷりある……絶対に! 答えを出してもらうんだから!」

 

「ええっ⁉︎…………アハハ、アハハハハッ……ホントに、良かった……嬉しいよ」

 

 現世のようにものに溢れた世界ではない。魂だけの彼らには、できないことも多くある。

 それでも彼女たちは陸人を幸せにしようと本気で思っている。

 陸人もまた、これから幸せになれると確信している。

 

「……これが、俺の夢……みんなと一緒なら、それだけで……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人の域を超えた男を追って、道理を超えた女たち

 

 

 

 

 戦いを終え、世界を守り、時代を超えたその先で

 

 

 

 

 英雄はようやく、彼が望む幸せを手に入れた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 オリジナル設定をこれでもかとぶちこみました。勇者の魂あたりは特に……
 これにてとりあえず本編完結です。
終わりを汚すようで蛇足感ありますが、物語形式ではない雑記的なものを用意しておりまして……あとがきに当たりますかね……

 前話以降のキャラクターたちの人生を箇条書きにしてまとめたものになります。ついでに今後の今作についての予定というか希望も書いてあります。明日投稿予定ですので、興味がある方は良ければ覗いてみてください。

 感想、評価等よろしくお願いします。

 次回もお楽しみに






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巻末0話 雑記

 エピローグの各キャラのその後と、ライダーやのわゆからお借りした小ネタの元を箇条書きしてみました。
 今後の投稿についての予定もここに書きますので、興味のある方は読んでみてください。

 《注意》この話は存在そのものがネタバレのようなものです。必ず全話読んでからご覧ください。



 伍代 陸人

 

 神に至り、現世を見守りながら使える力を高めていた。その過程で、同じく神樹内部にいる魂たちと親交を持つ。特に仲が良いのは北海道の勇者と沖縄の勇者。

 仲間と再会してからは、彼女たちがローテーションで自分の役目を手伝ってくれるので、ずいぶん休めるようになった。その空いた時間にアプローチを受けたり、甘やかされたりしている……のかもしれない……

 

 時代を経て、バーテックスのことを秘匿するようになり、陸人のことも公には知られていない。一方で大社関係者の間では……神としての同胞、と認める神託を神樹が出したこともあり、かなり神格化されている。神樹信仰ほど規模は大きくないが、彼らにとっては同格の守り神として奉られている。

 

 ちなみに……彼の学習能力、適応力はクウガになる運命を持って生まれてきたが故の産物だったりする。無限に進化する可能性を持つダグバを真似て作られたクウガ。そのクウガの変身者として世界が選んだ存在であり、何度繰り返しても、いかなる道を辿っても、最終的にはクウガになって戦う宿命にある。

 その運命が必ず彼を苦しめ、彼が幸せになるには運命を乗り越えなくてはならない。生まれながらの、究極の英雄体質である。

 

『伍代』……五代との差別化

『陸人』……古代のクウガの変身者『リク』+古代にクウガを生み出した民族の名称『リント』

 

 

 

 

 

 乃木 若葉

 

 終結後も変わらず勇者として大社の開発実験に参加した。大人に成長し、勇者の力を失った数年後に結婚。乃木の家柄と子孫を残すために、恋はできないが好感は持てる相手と結ばれた。

 相手側は振り向かせるつもりだったが、若葉の思い出の中にいる陸人に勝つことはできなかった……なんて男がいたのかもしれない……一児の母。

 

 

 

 

 

 上里 ひなた

 

 若葉と並んで大社内部で権力を高め、最終的に10代で実質トップに立ったすごい人。使命感などもあったが、1番のモチベーションは陸人と再会する、という私情を押し通すためだった。

 そんな彼女だから、若葉と違って相手に選ばれた男は怯え倒し、普段は優しい性格だと理解するのに10年かかった。その後も終始主導権を握られ、家の決まりごとも子供の教育方針も全てひなたの思うがまま。そういう意味では相性が良かった……なんてこともあったのかもしれない……一児の母。

 

 

 

 

 

 高嶋 友奈

 

 陸人の力もあって、高校3年の時に足は全快。以前と遜色なく武術もできるようになった。

 その後大学を卒業し、小学校の体育教師になった。その性格で生徒からは慕われ、不審者が出れば警備員よりも頼もしい女教師として、保護者からも大人気に……なったのかもしれない……ちなみに独身。

 

 

 

 

 

 郡 千景

 

 大社の援助を受けて大学院を卒業後、資格を取得してスクールカウンセラーに。

 実感のある言葉と優しさで何人もの生徒を救った……りしたのかもしれない……何度か友奈と同じ職場に勤めたこともあり、途中から二人暮らしを始めた。同じく独身。

 

 

 

 

 

 白鳥 歌野

 

 周りに言われて仕方なく通信制高校を卒業、その後本格的に農業に従事。荒廃した農地を立て直し、その人徳で引退した農家から畑を譲り受け、どんどん規模を大きくし、作物の質も高めていった。

 亡くなる瞬間まで農作業を続けた伝説の農家、『農業王』として名を残して……いるのかもしれない……そして独身。

 

 

 

 

 

 藤森 水都

 

 大学を卒業後、野菜宅配サービス会社を起業。歌野の農地の拡大に合わせて規模を拡大。見事に成功を収め、出来る女性の代表として世間で評判になった……かもしれない……

 収益の一部を孤児院や保育施設等子供たちのために寄付している。やはり独身。

 

 

 

 

 

 土居 球子

 

 高校を卒業後、正式に大社職員に。勇者の経験と優れた身体能力を生かして次代、次々代の勇者の教導官を務めた。大人になっても身長が伸びず、見た目で侮られることはあったが、その度に実力で黙らせ、組織にも勇者たちにも認められる存在になった……のかもしれない……

 ちなみに『タマ』という一人称は何処かのタイミングで変わったりしたのだろうか……至極当然に独身。

 

 

 

 

 

 伊予島 杏

 

 高校を卒業後、球子と同じく大社職員に。神学、科学、考古学、過去の記録等あらゆる情報が集まる大社の生命線とも言える中央資料室の司書になった。既存の事象については研究者すらも上回る知識量を持っており、司書業の他に研究補佐も度々務めた……のかもしれない……

 司書権限で資料室内に自分専用の禁書棚を作り、そこに愛読書を保管したりもしていた。約束された独身。

 

 

 

 

 

 安芸 真鈴

 

 ひなたがトップに立った新体制の大社で再び研究者に。若葉、ひなたと共に次代の勇者システム開発に貢献した。

 陸人に惹かれていることは自覚していたが、彼のスケールの大きさと周りの少女たちの気持ちを誰より先に悟り、踏み込み過ぎないように意識していた。誰にも言わない思い出として大事にしている。二児の母。

 

 

 

 

 

 

 犬吠埼 望見

 

 水都から詳細を省いた顛末を聞き、陸人の最後を知った。園児たちには陸人は旅に出たと説明し、彼らの前では一度も笑顔を絶やさなかった。一般公開用の彼の墓標に度々訪れては園児たちの話をしている。二児の母。

 

『犬吠埼』姉妹+クウガに登場する婦警、笹山『望見』

 

 

 

 

 

 三ノ輪 奈々

 鷲尾 実加

 三好 ひかり

 

 天の神が休戦の意思を神樹に伝えたことで、奉火祭は取り止めとなった。ひなたたちは言わなかったが、陸人が全て知っていて助けてくれたことは巫女の勘で悟っている。

 明るくおしゃべり好きな奈々は結婚して家族との時間を大切にした。三児の母。

 元々陸人への感謝の念が強かった実加は子供に英雄の勇姿を伝えた。一児の母。

 生真面目なひかりは努力を重ね、大社に貢献し続けた。二児の母。

 

 ちなみに……もし原作通りの流れで奉火祭が行われた場合、安芸先生、三ノ輪銀、三好夏凜が生まれなくなるため、どの道神世紀で詰んでいた。鷲尾須美は名前を変えて参戦していた可能性はある。

 

『三ノ輪』銀+クウガに登場する少女、朝日奈『奈々』

 

『鷲尾』須美+クウガに登場する少女、夏目『実加』

 

『三好』夏凜+クウガに登場する科警研の研究者、榎田『ひかり』

 

 

 

 

 

 三好 冴

 

 短い付き合いではあったが、陸人との時間は彼の中で強く残っており、何処かの誰かのために一生懸命になれる……そんな好青年に成長するきっかけとなった。

 

『三好』夏凜+クウガに登場するひかりの息子、榎田『冴』

 

 

 

 

 おやっさん

 

 一般に報道された『陸人の死亡』以上のことは知らず、気を遣って杏たちからも詳細は聞かなかった。後進に店を託した後も勇者のスクラップブックは店に置いていて、時折勇者を応援していた市民や勇者たちが訪れては眺めている。

 

 クウガに登場する喫茶店の店主『おやっさん』

 原作では本名があるが、ここでは特に決めていない。

 

 

 

 

 海花

 少年兵たち

 ゴ・ガドル・バ

 伍代 みのり

 伍代 雄介

 

 陸人の精神世界での戦いに勝利した時には既に陸人は覚悟を決めていた。陸人の記憶でしかない彼らは、その選択に従い最後まで見届け、陸人という人間の消失と共に精神世界の彼らも消えた。

 

 陸人の精神世界において、

 海花は前を向くための『希望』

 少年兵たちは恐怖に打ち勝つ『勇気』

 ガドルは苦境でも諦めない『根性』

 みのりは誰かのためを想う『愛情』

 雄介はこうありたいと願う『理想』を司る。

 

 彼らが陸人を鼓舞したことで、陸人自身の心が活性化して、再び立ち上がることができた。

 

 

 

 

 

 大社

 

 秘密主義と隠蔽体質が根付いていた人類の要。戦時中の鬱憤を晴らすかのごとく力押しで組織改革を進めるひなたに4年で組織図を塗り替えられた。彼らの存命中は風通しの良い組織だったが、当時を知る者がいなくなった頃には再び機密重視に染まっていった。

 天の神との交渉を陸人が1人で済ませたため、名前は変わっていない。

 

 

 

 

 

 ン・ダグバ・ゼバ

 

 最初から最後まで笑いっぱなしだった、おそらく本作で最も幸せ指数が高かった存在。天の神が余力を残していたことは薄々察していた。もしかしたら楽しみが増えるかも、程度の気持ちで放置していたが、消滅間際にそれを思い出し、意図的にバックルに自身の力を残して逝った。ダグバとしては人類がどうなろうと構わなかったが、自分に勝ったクウガが一方的にやられるのも癪だったので可能性を残した……のかもしれない……

 

 

 

 

 

 天の神

 

 ダグバに奪われた力の補填、クウガに受けた傷の回復を兼ねて長期の休眠を余儀なくされた。クウガと神樹の減退を待ちながら人類の観察をしていた。陸人のような人間が生まれることを楽しみ半分、恐怖半分で待っていたが、その時が来ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 アマダム

 

 再び封印されて次の適合者を待つ道も選べたが、陸人の魂を残すために自身の全てを神樹に捧げて消滅した。自身の機能を抑えられずに陸人を苦しめたことを悔やみ続けていたが、別れ際の陸人の言葉に救われて清々しい気持ちで最期を迎えた。

 最初から最後まで陸人の本心に寄り添った唯一の存在で、『2人ならなんでもできる』と互いが互いを信頼していた最高のバディ。

 

 

 

 

 

 神樹

 

 勇者たちのサポートで消耗した力をクウガとアマダムの力で補った。10年で四国の護りと非常時の反撃手段を整えて人類の安全圏を確保した。同時に勇者たちの願いを叶えるために知恵を授けて、道理を無視した再会をセッティングした。気分はさながら結婚式に力を注ぐ新郎の親。

 あらゆる障害を超えて役目を果たした陸人には心から感謝し、我が子のように思っている……のかもしれない……

 

 

 

 

 

 

 ※『かもしれない』と付く部分は気分でテキトーに書きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜〜今後の更新について〜〜

 

 

 ゆゆゆい時空を経験した先での陸人くん生存ルートとか、正史の続きとして神世紀の話とかも考えてないわけではないです。ただ、私が描けるオリ主の中で恐らく陸人くん以上のものは描けない気がしますし、似たり寄ったりなキャラになる心配もあります。よって、主人公は変わったり変わらなかったりするかもしれません。

 

 色々煮詰めて、なんとか作品になりそうな目処がついたら描くかもしれません。忘れた頃にひっそりと更新してたらのぞいてみてくれると嬉しいです。

 

 番外編を除いて全51話。年間放送の特撮ぐらいの話数になりました。

 

 零章〜二章が起、第1クール。原作沿い。

 三章〜五章が承、第2クール。オリ要素強め。

 六章〜八章が転、第3クール。バトル重視。

 九章〜終章が結、第4クール。クライマックス。

 

 思いつきで書いてきた割には大雑把な予定から大きく崩れることもなく、やりたい流れで進めた気がします。

 

 ちなみに地の文やキャラのセリフにもクウガに限らず仮面ライダーシリーズの小ネタを挟んでいたりします。興味のある方は探してみてもらえると、考えた身として嬉しいです。

 

 今作のタイトルはクウガのキャッチコピーを一部改訂したものです。1つの終わりを迎えた今、勇者であるシリーズ的なタイトルをつけるとすると

 

『伍代陸人は英雄である』

 

 になるんですかね……やっぱり今のタイトルにしてよかったかなと思います。この形式だとイマイチピンとこない……

 

 こんな拙い文章をここまで読んでくださった皆様に感謝を……まめに感想をくれる読者様も何人かいてくれて……かなりモチベーションが上がりました。やっぱ自己顕示欲強いわ自分……

 今後の予定未定な更新にもお付き合いいただければと思います。

 

 

 

 

 




 うーん、マジで雑記になったなぁ……

 感想、評価等よろしくお願いします。


(いつになるか分かりませんが)次回もお楽しみに




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鷲尾須美の章
少年少女


 わすゆ編、スタートです。
 クウガの時よりもオリジナル要素強めになると思います。
 そして変わらず原作知らないと分かりにくい部分があるかと。




「ウラアアアッ!」

 

 深夜の静寂に響く咆哮。異形の首が飛び跳ねた。転がっていった首も残された体も、やがて爆散、消滅した。

 

「……こんなもんか……」

 

 腕から伸びる刃で異形の首を落とした()()()()()()()が光を放ち、その姿を変える。

 光が収まった先には小学校高学年程度の少年がいた。気怠げで、年齢不相応に退廃的な雰囲気を漂わせる彼の懐から電子音が響く。面倒そうにため息をついて、端末を取り出して耳に当てる。

 

「……こちらギルス……問題なく処理したよ、見てただろ?」

 

『お疲れ様……それでもちゃんと声を聞いて無事を確認させてちょうだい……怪我はない? 鋼也くん……』

 

「……ああ、ご心配なく。次が来てもちゃんと動けるよ」

 

『もう、そういうことじゃなくて……今日はこれで打ち止めのようね。とりあえず戻ってきて』

 

 へいへい、と気の無い返事を返して端末を切る少年。星空を見上げながらゆっくりと帰路につく。

 

 彼の名は篠原鋼也(しのはらこうや)。またの名を()()()。不完全な形で神の加護を授かり、戦士になってしまった少年。

 

「……あー、眠い……三連勤とか勘弁してくれよな……」

 

 彼にしかできないお役目を果たすべく、三徹する羽目になった鋼也は心底だるそうに呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ああもう、どうしろってんだよこの状況!)

 

 三ノ輪銀は焦っていた。聞いていた話と違うと。

 強大なバケモノが神樹を壊しに現れる。神樹に触れられたら全て終わり。この世界は完全に崩壊する。そんな理不尽な条件の中戦う使命を与えられた3人の勇者。銀はその一人だ。

 

 不可思議な植物に覆われた空間……樹海は話に聞いていても驚いたし、現れた敵……バーテックスの異形にも驚愕した。しかし何よりも肝を冷やしたのは予想外のイレギュラー、人間サイズの怪物が襲ってきたことだ。

 

『パンテラス・ルテウス』

 

 豹が二足歩行できるように進化したような、見たこともない生命体。素早く鋭い動きでこちらを分散させようとしてくる。

 

 

 

 

 

 ただでさえ気負い気味だった仲間の一人、鷲尾須美は軽くパニックに陥っている。もう一人の勇者、乃木園子も普段のポワポワした雰囲気が消えている。それほど警戒しているということだ。

 

「あの猫みたいなヤツはアタシがやる! 2人は空のデカブツを!」

 

「で、でも三ノ輪さん!」

 

「そうだね、ここは分担が必要だと思う……あの敵は素早いし、こうするのが最善だよ」

 

 人間大の敵と戦うなら自分が最適なはず、と勢いで引き受けたものの、彼女自身対人戦の経験など皆無だ。高い攻撃力が自慢の双斧の攻撃は当たらず、防御もままならず、徐々に追い込まれていく。未だに彼女が動けるのはひとえに神樹の加護を受けた勇者システムの防御力のおかげだ。

 

 

 

 

 

 

「ちっくしょう……なんなんだよコイツ」

 

 思わずボヤいたその言葉に反応するかのようにルテウスが飛びかかってくる。

 消耗から随分重たく感じる斧をなんとか構えて対抗しようとする銀の視界に、あり得ないものが飛び込んできた。

 

 

 

 

 樹海の中で勇者装束も纏っていない少年が、異形以上に高く跳躍してかかと落としでルテウスを叩き堕としたのだ。

 

 

 

「……な、ななな……」

 

「ここが樹海……か……気味悪い場所だな」

 

 気だるげに首を鳴らす少年に銀が駆け寄る。

 

「なあ、なんなんだよアンタ⁉︎ 何でここで動けるっていうか何だあの動き⁉︎」

 

「……質問が多いっての……その服、アンタが例の勇者様だな?」

 

「あ、ああ……三ノ輪銀だ」

 

「名前まで聞いてねぇよ……ってことは向こうでピョンピョン跳ねてる2人もそうか。でもってあの浮いてるデカイのがバーテックスってヤツだな」

 

「なぁ、一人で納得してないでさぁ! アンタ誰なんだよ?」

 

「うるせーな……篠原鋼也だ……これでいいか?」

 

「鋼也か……鋼也は何でここに来れたんだ?」

 

「いきなり呼び捨てかよ…………ん? なんだアイツ……ハッ! バケモノが一丁前に挑発してんのか?」

 

 自分よりも事情を把握しているらしい少年、篠原鋼也に銀が再度質問しようとしたところで、バーテックスが動きを見せる。

 空に佇む巨体の周囲に、いくつもの巨大な水球を形成。イレギュラーの出現に、臨戦態勢を整えたようだ。

 

「そういや、あっちのバケモノとははじめましてだな……挨拶してくるか!」

 

「ちょっ、オイ!」

 

 人間離れした速度でバーテックスの正面に突っ込む鋼也。勇者の力を使える銀と同等のスピードで樹海を走るその後ろ姿に驚愕しながら銀も後を追う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……効かない……!」

 

(どうすればいいかな〜? この場合やっぱり私よりも……)

 

 空に佇む水瓶座の『アクエリアス・バーテックス』に果敢に仕掛ける弓の勇者、鷲尾須美。

 彼女のフォローをしつつ策を練る槍の勇者、乃木園子。

 

 イレギュラーの豹型を銀に任せて大型を討伐すべく動いていた2人だが、遠距離型の須美をも上回る敵方の射程の長さと制圧力に苦戦を強いられていた。

 園子の槍では間合いまで踏み込めない。須美の弓は威力が足りない。

 

「どうすれば、倒せるの……?」

 

「連携訓練とか、やれてたら良かったんだけど〜…………えっ?」

 

「どいてなぁ! ケガするぜ!」

 

 銀のこともあり、精神的に追い込まれはじめた2人の間を1人の少年が抜けて行った。

 

頂点(vertex)だぁ……? 偉そうに、上から見下してんじゃねぇよ‼︎」

 

 疾風のごとく駆けるその影はバーテックスの水球攻撃を掻い潜って跳躍、真正面から拳を叩き込んだ。

 

「な、なんなのあの人……?」

 

「うわ、ほんとにやったよアイツ……」

 

「ミノさん、あの人知ってるの?」

 

「……いや、アタシも今名前聞いたばっか……って!」

 

 鋼也を追って仲間と合流した銀は、彼が水流に飲まれて空中から叩き落とされるという衝撃の瞬間を目撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……チッ……少し飲んじまった……おかしな味がする……」

 

「あっ、オーイ! ……良かった、無事だったか」

 

 大水害レベルの水圧をギリギリで躱しながら着地した鋼也。慌てて落下地点の根の陰に走ってきた銀たちと合流することに。

 

「……それで、あなたは一体何者なんですか?」

 

「篠原鋼也。これ以上教えることも、いらねぇこと話してる時間もねぇだろ。俺は行くぜ」

 

「ちょっ……あなたねぇ!」

 

「まぁまぁ……とりあえず私は乃木園子。こっちの子は鷲尾須美。それで、篠原さんは一緒に戦ってくれるってことでいいのかな〜?」

 

「一緒に戦う必要なんざないな……俺が片付けるからアンタらは下がってろよ」

 

「オイオイ、何も教えずにそりゃないだろ? 会ったばかりだし、難しいだろうけど何とか協力して……」

 

 刺々しい態度を隠しもしない鋼也。その態度に反感を持つ須美。場を宥めて話を進める園子。距離を詰めて鋼也を輪に入れようとする銀。

 出会って数分で、なんとなく関係性が分かる図だ。

 

「だいたい鋼也、手から血が出てるぞ? ちょっと見せて──」

 

「必要ねぇよ。すぐ治る」

 

 水瓶座に叩き込んだ鋼也の拳が割れて出血していた。いつも弟にしているように、銀が傷を見ようと伸ばした手を、鋼也が冷たく振り払う。

 

「俺はそんなにヤワじゃねぇ……見てろ」

 

「……えっ⁉︎」

 

「これは、いったい……」

 

「傷が塞がっていく……?」

 

 鋼也が右手を指し示すと、みるみるうちに傷が塞がり、時間を巻き戻すように血も引いていく。ほんの数秒で入院レベルの大怪我がひとりでに治癒していく様は、勇者の力を振るう3人から見ても異質だった。

 

「分かったろ、俺は勇者様みたいなハンパもんじゃない……本物の怪物だ。バケモノ退治は同じバケモノに任せりゃいいんだよ」

 

 小さく呟く鋼也の表情が、銀には寂しげに見えた。

 

「……なぁ、鋼也──」

 

「……! 来たな……」

 

 銀が口を開いた瞬間、遠くから高速で近づいてくる足音。先程鋼也が蹴り飛ばしたルテウスが突っ込んで来ていた。

 

「まだまだ元気じゃねぇか……ちょうどいい、連日働かされて寝不足なんだ……ストレス発散、付き合ってもらうぜ!」

 

「お、おい! 待てよ鋼也!」

 

 高く跳躍し、樹海の根に飛び上がる鋼也。銀たちも後を追って着地したところで、一つの問題に気づいた。

 

「挟まれちゃったね〜」

 

「……どうすれば……このままじゃ……」

 

「さっきも言っただろ。下がってな……ここからは、バケモノの時間だ」

 

「……鋼也?」

 

 銀の呼びかけに応えることなく、瞳を閉じて佇む鋼也。内なる力と向き合い、自身とその力を重ね合わせる感覚で意識を集中する。

 前方から駆けてくるルテウス。後方の空から狙ってくるバーテックス。慌てふためく勇者たち。

 その全てを無視して、鋼也が目を開く。両手を胸の前で交差させ、そのまま腰元に下ろす。

 

 

 

 

「……変身……‼︎」

 

 

 

 力強く重たい声と共に、鋼也から光が放たれる。一瞬の発光の後には、鋼也ではない()()()がそこにいた。

 

 緑と黒を基調とした、生物的な体表。

 腹部で独特の存在感を放つ、輝石が埋め込まれたベルト。

 頭部から伸びる緑の触覚と、真紅に光る両眼。

 

「……ゥゥゥ……ウオオオオオオオオッ‼︎」

 

 口元のクラッシャーが開き、獣のような咆哮が響く。勇者たちも、豹型も、バーテックスさえもその圧力に一瞬動きが止まる。

 

 

 

 

 

『ギルス』

 

 かつての英雄と同じ力を求めて、中途半端に継承してしまった不完全な進化の形。

 

 

 

 

 

 

 

 

「フゥ──……巻き込まない自信はない……引っ込んでな!」

 

 

 

 突然の変貌に開いた口が塞がらない3人に一言警告を残し、ギルスが疾走する。ルテウスの正面から突っ込み、クロスカウンターで殴り飛ばす。倒れ込んだ豹型の上に飛び乗り、マウントポジションを取って乱打。

 

「ウオオオオオッ! …………ッシャアアアァァァァ‼︎」

 

 興奮状態のギルスが大きく口を開き、怯んだ敵の首元に噛み付く。

 

 

 

「うわっ……すげぇな、アレ……」

 

「わ〜……ワイルド〜」

 

「というか、凶暴すぎるわよ……っ⁉︎ 危ない、避けて!」

 

 

 

 

 筋組織と神経を噛みちぎったところで、背後からバーテックスの水流攻撃が飛んでくる。獣じみた反射神経で体を翻したギルスが、迫り来る水流に対し抱えていたルテウスを押し出して盾にする。

 

「……ギャ……ォ……!」

 

「そんなに早く潰されたいってか? だったら……!」

 

 水流を捌き、フラフラになった敵の体を全力で放り投げる。その軌道は上空のバーテックス、巨体のど真ん中へ。

 投げた敵を追うように跳躍したギルスの前腕から金色の爪が伸びる。

『ギルスクロウ』荒々しい戦闘スタイルにマッチした、使い勝手のいい斬撃技。

 

「まとめてぶっ潰す……串刺しだ!」

 

 水瓶座の中心部に叩きつけられた敵の腹部をブチ抜き、そのままバーテックスも重ねて貫いた。ギルスとルテウスの体が、浮遊するバーテックスに縫い付けられたように滞空する。身動きもままならない状態のギルスが、体を振って振り子の要領で爪に力を込める。

 

「ぶった、斬れろぉぉぉっ‼︎」

 

 突き刺さった状態から、強引に爪を引き下ろす。ギルスとルテウスが着地した後には、水瓶座の中心に縦一文字の大きな傷が刻まれていた。

 

 傷を受けたバーテックスは警戒を強めたのか、ギルスを振り払うように水を乱射しながら上昇。肉弾戦主体のギルスの間合いから逃れようとする。

 

「チッ……往生際の悪い……」

 

 悠々と攻撃を躱しながらも、近づけないギルスは攻め手に詰まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………ハッ! あ、あたしたちも行かなきゃ!」

「そ、そうね……」

「…………んっ、ピッカーンと閃いた!」

 

 ギルスの猛攻に唖然としていた勇者たちが慌てて戦場に走る。目を閉じて唸っていた園子が、何か思いついたように瞳を輝かせながら駆ける。

 

「シオスミ、今ならギリギリ届くよね? 全力で矢を射って〜」

 

「……シオスミ……いや、今はいいわ。全力って言っても、私の矢はアイツには効かなくて……」

 

「大丈夫! あの傷めがけて叩き込むの〜……まずは急いで上昇を止めなくちゃいけないからね〜」

 

「あの傷を……分かった、やってみるわ」

 

「それでミノさんは〜」

 

「お、おう! アタシはどうすればいいんだ?」

 

 まだ正式な顔合わせもできていなかった勇者たち。そんな彼らが、乃木園子という規格外の才覚持ちを中心にまとまっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ラチが明かねえな……強引に突っ切るか……?)

 

 上から降り注ぐ水流の面制圧攻撃にどう対処するかを考えていたギルスの背後から、青い閃光が飛んでくる。

 その軌跡は一直線、水瓶座の傷に吸い込まれるように直撃する。傷を深く抉るように突き刺さった光の矢は、バーテックスの動きを見事に停止させた。

 

「やった……当たった!」

 

「よっしゃナイス! 次はアタシだ!」

 

「よ〜し、行くよ〜ミノさん!」

 

(……アイツら……!)

 

 弓を下ろした須美の隣から、銀が勢いよく飛び出して行く。その後ろにいる園子が槍を振るい、刃を分離させて飛ばす。紫色の光刃が空中に静止して、銀のために空の階段を形成する。

 

「ミノさん、決めて!」

「三ノ輪さん!」

 

「よっしゃあああっ!」

 

 光刃を駆け上がり、水瓶座の真上に跳躍する銀。間合いに踏み込まれてようやくバーテックスも動き出したが、致命的に復帰が遅すぎた。

 

「ここから……出ていけぇぇぇぇっ‼︎」

 

 銀が頭上に掲げた双斧を力一杯振り下ろす。炎を纏った両刃が、上から巨体を切り裂く。一切の抵抗もなく、新たに2つの傷を負ったバーテックス。この一撃が決め手となり、巨体が動きを止める。同時に樹海に光が灯り、どこからともなく花弁が舞い散る。幻想的な光景に包まれて、水瓶座はその姿を消した。

 

「これが、鎮花の儀……」

 

「話には聞いてたけど……」

 

「お〜、きれ〜」

 

(なんだ? デカブツは勝手が違うのか……倒せた気がしねぇな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フゥ……あちこち痛いな……でも、これで……」

 

 バーテックスの消滅を見届けて、銀が武器を下ろして座り込む。いきなりの実戦にイレギュラーの介入もあって、タフな彼女もさすがに疲労を隠せない。

 

「……ゥゥゥゥ……」

 

「ウゲッ⁉︎ まだ生きてたのか⁉︎」

 

 その隙を待っていたかのように、ルテウスが近づいてくる。腹部の傷はそのままで、まっすぐ歩けないほどに消耗しているが、それでも今の銀には厳しい相手だ。

 

「ウガアアアッ!」

 

「クッソ……ここまで来て……!」

 

 最後の力を振り絞って振り上げられたルテウスの拳を、真後ろから緑色の腕が掴み止める。

 

「……死に損ないが……さっさと消えろ!」

 

 慌てて振り向いたルテウスを裏拳で吹き飛ばすギルス。一瞬銀の方に視線をやって、誰にも気づかれないほど小さくホッと息を吐く。

 

「まったく……だから下がってろって言ったんだよ」

 

「なっ⁉︎……おいこら鋼也!」

 

「だがまあ、あのデカブツをやった連携は大したモンだった。アンタらを甘く見てたらしいな」

 

「そ、そうか? ……なんか照れるな……」

 

「……ハッ、おかしな奴だ……」

 

 こんな姿になっても至って普通に接してくる銀に心地よさを感じていることに、鋼也は気づいていなかった。

 

「さて、今度は俺の力を見せてやるよ」

 

 なんとか立ち上がったルテウスに向き直り、腰を落として構えるギルス。その両踵から、緑色の爪が長く伸びる。

 

「これで決める……!」

 

 ギルスが高く跳躍し、右の踵落としで敵の背部に刃を突き刺す。深々と入ったその爪が、異形の心臓をブチ抜いた。

 

『ギルスヒールクロウ』踵から伸びた爪で敵の肩甲骨側から急所を貫く。あまりに攻撃的で野性的な、ギルス最強の必殺技。

 

「ウオオオオオオオオッ‼︎…………ヅアァッ!」

 

 左足で敵を蹴り飛ばし、反動で飛び退くギルス。離れた地点に着地した直後、ルテウスの頭上に天使の輪を思わせる光輪が発生した。

 

「な、なんだアレ?」

 

「さあな……だが、アレが出れば奴らは終わりだ……」

 

 ギルスが言い切った次の瞬間、その言葉を肯定するかのように異形は爆散、消滅した。

 

「ま、こんなモンか……」

 

「今度こそ、終わったんだよな?」

 

「ミノさ〜ん!」

「三ノ輪さん!」

 

「お、2人も大丈夫みたいだな!」

 

 決着を見届けたように樹海化も解除され、4人が合流したところで世界は光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現実世界に帰還した一同。全員が変身を解除して一息ついたところで、物々しい雰囲気の一団が現れた。

 

「お? なんだなんだ?」

 

「あの仮面、大社の……?」

 

「わ〜、お出迎え?」

 

 うろたえる三人を他所に、大社職員たちは鋼也を囲むと検査するように彼の体を調べていく。ものの数秒で検査は終わり、最後にまだまだ子供の腕に手錠をはめる。

 

「……はぁ⁉︎ ちょ、何を……」

 

「あー、いいんだよこれで。アンタらにも後々説明があるだろ……今後も勇者様が前線に出るって言うならな」

 

「どういうこと? 分からないことだらけで何が何だか……」

 

(……え? ……あの手……シワクチャに……)

 

 銀は共に戦った間柄の少年の扱いに憤慨した。

 須美は目まぐるしく動く状況に目眩を堪えるように頭を抱える。

 そして園子は、一瞬だけ見えた鋼也の手のあまりの異質さに違和感を覚えた。

 

「……俺自身分かってないことが多いのもあるし、どこまで話していいかも分からないんでね……俺としてはもう出てきてほしくないんだが……次があればよろしくな、勇者様」

 

「あっ、おい! 鋼也!」

 

 それだけ言うと、鋼也は自分を囲うように歩く大社職員たちと共に立ち去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……思い出した……」

 

「えっ、どうしたの?」

 

「ミノさん?」

 

 彼らの後ろ姿を見送った銀が小さく呟く。その顔には驚愕と混乱が入り混じって浮かんでいた。

 

「篠原鋼也……あんまり雰囲気変わってるから思い出せなかったけど、アイツ1、2年の頃同じクラスだったんだ。あまり話したりはしなかったけど、明るくていつも笑ってる男子だったんだけど……」

 

「神樹館の同級生ってこと? 今は違うクラスに?」

 

「2年の終わりに急に転校したんだ。確か家庭の事情とか言ってたような……」

 

「ん〜、篠原って言えば大社でも結構高い格のある家だったはず……でも最近は名前聞かないね〜」

 

 大社トップの家格を持つ乃木家の令嬢の園子が言うなら間違いないだろう。ギルスと言い、疑問が次々浮かんでは勇者たちを悩ませる。

 

「どうしちまったんだろ……アイツ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神世紀298年、英雄が遺した平穏を享受できる時間は終わりを告げた。

 

 鷲尾須美

 乃木園子

 三ノ輪銀

 

 そして篠原鋼也

 

 新しい時代を舞台に、勇者たちの物語が再び始まる。

 

 

 

 

 

 

 




 さて始まりました。わすゆ編。

 実を言うと以前のような定期更新は難しいかもしれない状況です。喫緊では来月中旬まで色々時間がないです…
 それでもこれ以上間を開けると完全に諦めてしまいそうだったのでとりあえずできた分だけ上げてみました。今月中にもう1話出来たら上げます。

 こんな調子ですが一応着地点は見出しています。気が遠くなりそうですが良ければ見てやってください。

 感想、評価等よろしくお願いします。

 次回もお楽しみに


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その名はギルス

 ちょっと嫌なことがあったのでフラストレーションをぶつけてたら予想外に筆が進みました。よって無計画に投稿…

 Q.プロットもなしでやっている作者がこういうことをするとどうなるか…

 A.修正祭り

 というわけで矛盾が発生したら修正することになるでしょうが取り敢えず上げます。


 補足…原作と同様のシーンはばっさりカットしていきます。主人公は学校に行かないのでその辺は特に…ご了承ください。




『安芸先生!』

 

「やっぱり来るわよね……要件は分かってるわ、とりあえず座って……長い話になるから」

 

 バーテックスとの初戦から1日が経過した夕方。未だ傷の残る体で、祝勝会を終えた勇者たちは最も身近な大社関係者を訪ねて事情の説明を求めた。

 勇者たちの監視と教導を担当する大社職員、彼女たちから安芸先生と呼ばれている女性は、少し気まずそうに3人を座らせるとゆっくり口を開く。

 

「彼から連絡があってね、聞かれたら全部話していいって言ってたから。一通りのことは説明する……ただアンノウン……あなたたちが先日遭遇した人間大の怪物については正直不明な点が多いの」

 

「アンノウン……アレは他にもたくさんいるのですか?」

 

「ええ……半年ほど前から時々現れるの。バーテックスと違って壁を越えることができるし、超えてきても神樹様は反応できない……存在の力が小さいからなのか、特別な手を使っているのかは分からないけど」

 

「ってことは〜、アンノウンっていうのは現実世界で動けるってこと〜? それはマズイんじゃ〜?」

 

「ええ、それに対処しているのが鋼也くんよ。どうやらアンノウンは壁を超えられる代わりに神樹様を壊すことはできないらしくてね……アレが標的にするのは大社(私たち)……邪魔者を潰すのが狙いだというのが今の見解ね」

 

「でもアイツ、樹海に入ってこっち攻撃してきたよな?」

 

「それはこちらも予想外だった。バーテックスと連携を取れるとなると、こちらも勇者とギルスの共同戦線が必要になるわ」

 

 そうして勇者の質問に安芸が答えていく。今分かっている情報をまとめると……

 

 恐らくは天の神が遣わした人類殲滅のための尖兵。

 結界を超えて、樹海にも囚われない隠密性がある。

 樹海発生時に範囲内にいれば樹海内で自由に動ける。

 神樹に一定以上に近づけず、直接壊すこともできない。

 発見するには現状ギルスの感覚に頼るしかない。

 総数は不明だが既に12体以上現れている。

 狙いは基本的には大社本部。一度だけ別の方向の一般市民を狙ったことがある。また、その際割って入ったギルスに反応して攻撃してきた。

 

「今説明できるのはこれくらいね。今後もバーテックスと一緒に戦うことになるでしょう」

 

「……アンノウンについては理解できました。それではもう一つ……」

 

 須美は隣の銀に視線を向ける。昼間の祝勝会では元気に楽しんでいたが、やはり気になっているのだろう。

 

「安芸先生……篠原鋼也って、前にウチの学校にいたんだ。アイツ、何があったんだ? 今、何をやってるんだ?」

 

「…………そうね……」

 

 銀の疑問に、安芸が悩むように目を閉じて黙り込む。

 

「今後も共闘することになるでしょう……本人もそのつもりで了承したのだろうし……」

 

 昔話をしましょう。そう言った安芸の顔には隠しきれない悲嘆が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今より3年ほど前。篠原鋼也当時8歳。彼には仲のいい幼馴染が2人いた。

 

「いよいよ儀式の日か……緊張するな……」

 

 1人は国土志雄(こくどしお)。理知的な雰囲気の生真面目な少年。

 

「大丈夫だって! 私たちさいこうてきせいち? あるんでしょ? 大社の人言ってたじゃん、絶対成功するって!」

 

 もう1人は沢野香(さわのかおり)。無邪気で朗らかな少女。

 

「まあ気楽すぎるのもどうかと思うけど、ここまで来たら後は運だろ。リラックスしていこうぜ?」

 

 彼ら3人は共に大社で格のある家柄の子供。家同士のつながりが深く、生まれた頃から何かと行動を共にしてきた仲だ。その日は3人に与えられたお役目を果たす、重要な日だった。

 

「しかし、本当に僕たちにできるのか……英雄の跡を継ぐなんて」

 

「って言っても俺たちはあくまで力を授けてもらうだけだろ? 何もあの伝説みたいなことしろってわけじゃないさ」

 

「そーそー。儀式自体に危険はないって話だし。志雄は心配しすぎだよー」

 

 彼らに与えられた役目とは、すなわち英雄の後継。神樹の中で温存、熟成されてきたクウガの力を授かり、新たな時代の戦士になることだった。

 あと数年で天の神は完全に力を取り戻す。そうなれば再び神と人の争いが始まるのは必然。これまでのように勇者は選ばれるが、それ以外に新たな力が必要とされた。300年ぶりの本格的な闘争に、かつて終戦をもたらした英雄を求めるのは自然と言えるだろう。

 

 神性への適性はもちろん、強い肉体と、魂の強度が求められる。そんな英雄の器となるために、彼らは神託が降った日から3年間努力してきた。その努力が身を結ぶ今日この日、3人は神樹に続く道を並んで歩いている。

 

「いやー、俺たちが英雄だってさ。キツイ稽古に耐えてきた甲斐があるってもんよ」

 

「だよね。中でも一番キツかったのは、パパとママが辛そうな顔するんだよ、私の傷とか見ると。それもようやく今日報われるんだなぁ」

 

「……そう、だな。僕たちは多くの人の期待を背負っている。つつがなく儀式を終えて、いい報告をしなくては」

 

「それそれ、俺たち3人揃えばなんだってできるさ。なあ香?」

 

「私たちなら新しい英雄にだってなれる! もしもの時は私が2人を守ってあげるからね」

 

「フン、自分の身くらい自分で守るさ」

 

 彼らは未来に希望を抱いていた。明日は可能性に満ちていると無邪気に信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神樹の側でベッドに横たわる3人。穏やかな精神状態で眠りについた3人と神樹を呪術的なやり方で結び、力を受け取るためのルートを構築するのが今回の儀式だ。

 医療機器を取り付けられ、睡眠薬と精神安定剤を投与された彼らは薄れゆく意識の中で、しっかりと手を握り合っている。

 

「それでは始めます。気を楽にしてください、長くはかかりませんので」

 

「鋼也、志雄……」

 

「ああ、3人一緒だ」

 

「目が覚めたら、またメシ食おうぜ。香のお母さんの、めっちゃうまい晩メシ……」

 

「うん!」

「ああ」

 

 その約束を最後に、彼らは意識を彼方に飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗く静かな空間。自身の精神世界に意識を移動させた鋼也は、そこで白く瞬く光の塊を見つけた。

 

「これが、英雄の力……?」

 

 恐る恐る手で触れると、光はゆっくりと移動し、鋼也の胸の中に入り込んだ。体中に暖かい何かが走る感覚と同時に、他の2人の声が聞こえてきた。

 

(うまく、いったのか……?)

 

(なんかすごい……! 力がみなぎってくる……!)

 

「2人とも、大丈夫みたいだな……」

 

 3人全員が無事に力を継承できたようだ。鋼也が安堵のため息をついたところで────

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

(……ぅ……ぁ……!)

 

(……香?)

 

「どうした? 香?」

 

 

 

(ぅうあああああああああっ‼︎)

 

 

 

 何かに悶え苦しむ香の絶叫。再び声をかけようとした瞬間、鋼也と志雄にも異常が発生する。

 胸の内にしまい、安定したはずの光が内側から食い破らんばかりに暴れ始めた。

 

「ぐっ……なんだよ、コレ⁉︎」

 

 鋼也の魂が飲み込まれる一瞬前、外部からの干渉で彼の精神世界は崩壊、意識も肉体に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ちくしょう、なんだったんだよ今の……」

 

「死ぬかと……いや、それ以上の何かがあったな」

 

 息を荒げながら何とか現実に意識を浮上させた鋼也と志雄。深呼吸を繰り返して何とか落ち着いたところで、いつも1番に騒ぎ出す彼女が何の反応もないことに気づく。

 

「なあ、かお──」

「……香……?」

 

 2人の間に横たわっていた香は、普段の彼女からは想像もできない穏やかな顔で眠っていた。その口から呼吸音は聞こえず、その胸も一切動いていない。

 

「……おいおい、冗談きついぜ? なあ志雄、何とか言って……」

「そうだ、早く起きるんだ香。息止め勝負をしている場合じゃないんだぞ?」

 

 どんどん冷たくなる香の手を握り、引きつった顔で声をかけ続ける2人を大社職員が引き剥がす。

 

「香! おい、香‼︎」

「離してください! 香が!」

 

 微動だにしないままベッドごと運ばれていく香。それが、鋼也が見た沢野香の最後の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、鋼也は大社職員でもある自分の母親から香の死を伝えられた。原因は医療機器のトラブル。途中まで適正量だった安定剤が、突如大量に投与され、幼い体はそれに過敏に拒絶反応を起こした。それが精神に影響を及ぼし、取り込んだばかりの光とのバランスが崩れて暴走。香の魂が破壊された。

 さらにそれが同じラインで繋がっていた鋼也と志雄にも衝撃を与え、結果として3人とも完全な力の受け渡しはできなかった。2人の現状はこれからの検査ではっきりさせることになるが、良い状態とは言えないだろう。

 

「なんだよ、それ……」

 

「……誰も予想ができなかった、本来考えられない事態だったの……何度もチェックして、安全性もしっかりと──」

 

「しっかりと⁉︎ じゃああれは何だ? 香が死んだのはなんでだよ⁉︎ 誰かが悪くないなら、運が悪かったって……そう言うのか⁉︎」

 

 現実を拒絶するように腕を振るって暴れる鋼也。怒りと悲しみに飲み込まれて激昂したことで、()()()()()()()()()

 

 がむしゃらに振り回した腕が母親に当たる瞬間、その腕が緑と黒に変わる。その異形の腕は、子供の力ではありえない勢いで母の体を突き飛ばし、壁に頭部を叩きつけた。

 

「……え……? ……あ……ぁぁぁ……」

 

 呆然として自分の手を見つめる鋼也。窓に映るその姿は、腕だけでなく全身が異形としか表現できない何かに変貌している。

 

「母さん……? ……母さん‼︎」

 

 騒ぎを聞きつけた大社職員が駆けつけるまで、鋼也はギルスの姿のまま、頭から血を流して倒れる母を呼び続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「幸い鋼也くんのお母さんは一命をとりとめたけど、今もまだ意識が戻らないまま……眠り続けている。鋼也くんはそれ以来あんな調子で……軟禁生活にも手錠にも一切抵抗しなかった。彼自身が誰よりも自分を信じられなくなってしまったの……彼が出撃以外で外に出たことはないわ……この3年間、一度もね」

 

 淡々と締めくくり、安芸は重苦しいため息をこぼす。

 

「そんなことが……」

 

「じゃあ、篠原さんは今も自分を責め続けて……」

 

「ええ、自分には戦い以外ないと思ってるの。大社への反抗心か、気怠そうな態度をとってはいるけれど、戦闘にだけは積極的でね……私も色々と話してはみたんだけど、どうにもならなくて……」

 

「そっか〜、だから私たちのこと……」

 

 園子は戦場での鋼也の言葉を思い出す。態度こそ攻撃的で荒っぽかったが、何度も自分たちを危険から引き離そうとしていた。アレはきっと、全ての負担を自分で背負おうとする不器用な優しさだったのだろう。

 

「……あなたたちにお願いがあるの……鋼也くんのこと、怖がらないであげてほしい。同じ戦う立場である勇者だからできることがきっとある。だから……」

 

 安芸が深々と頭を下げる。いつも気丈で凛とした大人の女性としての姿しか知らない勇者たちはその弱々しい雰囲気に思わず息を呑む。

 

「ただでさえ大変なお役目を背負っているあなたたちにこれ以上を求めるのは大人として間違っているんでしょう……だけど私にはもう──」

「それ以上はイイっすよ、先生」

 

 懺悔のような言葉を銀が遮る。安芸が下げていた顔を上げると、銀も園子も須美も小さく笑っていた。

 

「色々びっくりしたし、まだ納得いってないこともたくさんあるけどさ……」

 

「それでもあの人が助けてくれたわけだし〜。私も怖くないよ〜」

 

「私はまだ彼のことを知りませんから。やはり本人と話してみてからです。機会は作れそうでしょうか?」

 

「……ありがとう、みんな……」

 

 まだまだ幼い彼女たちに、ギルスの力は受け入れがたいものだったはずだ。それでもこうして笑っていられる。神に選ばれるには相応の理由がある。安芸は何も出来ない歯がゆさと、子供達の頼もしさに泣きそうになりながらも必死に普段の表情を取り繕う。

 

「彼は大社本部にいるわ。私の方で話を通して、あなたたちならいつでも会えるようにしておきます」

 

 大人との事務的な会話ばかりだった鋼也の毎日に、やっと変化をもたらすことができる。安芸は心から安堵していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで唐突に訪ねてきたわけか……こうなるのが面倒だから話していいって言ったんだけどな……」

 

 翌日、勇者たちは早速行動に移した。鋼也の生活拠点、監視施設とも言えるその部屋は、空虚さを感じさせるほど広く、生活感のない場所だった。

 

「何にもないね〜、テレビとか本とかは〜?」

 

「テレビはここに来てから見てないな。本は教材と一緒に時々頼んで適当に持って来させてる……ヒマ死には流石にゴメンだからな」

 

「それにしたって……」

 

 風呂やトイレ、ベッドはしっかりしているが、後は小さな机と教材用の棚があるだけ。独房と言われても納得してしまいそうなほどだ。

 

「それで? 何しに来たんだよ」

 

「安芸先生から話は聞いたけどさ、やっぱ本人と話がしたくて」

 

「別に話すことはないがな……何が聞きたいんだよ?」

 

「じゃあじゃあ〜……好きな動物なんですか? ちなみに私は焼き鳥が好き〜」

 

「それは動物じゃなくて食の好みだろ……なんだコイツ、色々と大丈夫か?」

 

「……ごめんなさい。こういう人なの、乃木さんは……」

 

 ぶっきらぼうではあるが、話しかければ意外と乗ってくれる鋼也。

 ガンガン踏み込む銀。

 めちゃくちゃな軌道で話を進める園子。

 真面目成分を一手に引き受ける須美。

 

 意外なほどに話は弾んだ。鋼也自身も饒舌で、3年ぶりの同年代との会話、いかに荒んでいても残っている年相応の感覚が彼の口を動かしていた。

 

 

 

 

「……あのさ、鋼也……」

 

 鋼也のあだ名がしののんに決まり(本人の了承は無し)一息つく一同。いくら会話が弾んでも、本題に入るには彼女たちでも覚悟が必要。銀は小さく息を飲んで口を開く。

 

「鋼也の友達……国土、だっけ? 今はどうしてるんだ?」

 

「……あいつは今も大社にいるらしい。俺と違って適性を全て失ったそうだがな」

 

「らしいって……会ってはいないの?」

 

「会ってもお互いいい気分にはなれねえだろ……現にあいつも俺に会いに来たことはない……大社にいるならこんな目立つやつのこと、知ってるはずだしな。生きてるんならそれでいい……多分そう思ってるんじゃねえか」

 

「そっか〜……もう一個聞いていい? この前変身を解いた時に、しののんの体、なんかおかしくなってなかった〜?」

 

 まるで老化したようになっていた鋼也の腕。園子は嫌な予感が拭えずにいた。

 

「……! …………よく見てんだな。隠してたつもりだったが」

 

 そう言って右手を掲げる鋼也。その手は特に異常は見られない。

 

「傷が治るのは見せたろ……ああいう風に俺の体は再生速度が必要に応じて勝手に加速するんだよ。ギルスになってる時は特にな。アンタが見たのはその反動だ……ほっときゃそのうち治るもんなんだよ」

 

「!」

「それって……」

「は〜、すっげえんだなぁ」

 

 基本頭を使うのが苦手な銀は別として、園子と須美は何かに気づいた。

 

「……! ……あー、とりあえず今日はもういいか? 他人とこんなに話したのは久しぶりでな……少し疲れた」

 

 いらないことまで口走った失策に気づいた鋼也が話を打ち切る。少し焦りが見える彼に押し出されるように3人は部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うん、やっぱ悪いやつじゃないよな。2人はどう思った?」

 

「そうね。ただ、私が気になったのは……」

 

「わっしーも思った? 私もなんだ〜」

 

「なんだよ? 何かおかしなことがあったか?」

 

「三ノ輪さん、人間の自然治癒力には限界があるの」

 

「え?」

 

 先に見せられた鋼也の再生能力。あれは人間としてはあり得ない速度だった。そしてそれ以上にあり得ないギルスの力。あれが細胞に負荷をかけ、結果として老化現象が起きているとしたら……

 

「ギルスの力を使えば使うほど体が弱っていく……もしかしたら、肉体の寿命が縮むってことかもしれないって〜……そんな風に思っちゃったの」

 

「……何だよそれ……」

 

 それが事実なら鋼也は、文字通り命を削って戦っていることになる。銀はあまりに理不尽な現実に怒り、拳を強く握る。

 

「おそらく本人は自覚しているはずよ……」

 

「安芸先生はそれも含めて心配してたのかも〜?」

 

「〜〜〜ッ! ああっ!」

 

 深刻な顔で話し合う2人を見て、銀は自分の頬を両手で張り、気合いを入れ直す。頭脳労働に不向きな自分には、悩むよりも先にやるべきことがあると、気持ちを切り替えたのだ。

 

「ミ、ミノさんどうしたの〜?」

 

「アイツがそれでいいって思ってるなら、会ったばかりのアタシたちが何か言っても変わらないだろ」

 

「……それは、確かにそうね」

 

「だから、アタシは強くなる。強くなって、鋼也が1人で頑張らなくていいように、アイツが安心して背中を預けられる、信じられる勇者になる。それがアタシにできることだと思うんだ」

 

 三ノ輪銀はうつむかない。どんな絶望からも目を逸らさず、自分にできる最善を探し、それに全力を尽くす。勇者の最前衛を担う彼女の前向きさは神のお墨付きだ。

 

「そっか〜……うん、そうだよね!」

 

「それには賛成よ。これからのことも考えて、彼には私たちのことを信じてもらわないと」

 

「へへ。まだまだ新米勇者だけど、頑張ろうな、2人とも!」

 

 銀の決意に引きずられるように2人もまた前を向く。

 勇者としての使命感とは別に、少女たちが頑張る理由がまた一つ増えた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 わすゆ編は短くまとめる予定。1話あたりこれくらいの字数と仮定すると10話いかないでしょうね。

 感想、評価等よろしくお願いします

 次回もお楽しみに



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1+1+1+1=?

 仮面ライダークロス作品描いておいておかしな話ですが、当面アンノウンの描写は少なくなります。タダでも苦手な戦闘描写がグダグダになるからです。
 もちろん重要な場面はちゃんとフューチャーしますが、原作通りのところとライダーvs怪人の部分はカットできるだけカットしていく方針です。ご了承ください。



「きゃああああぁぁぁぁ‼︎」

「ひゃああああぁぁぁぁ‼︎」

「うおああああぁぁぁぁ‼︎」

 

「……なーにをやってんだアイツらは……」

 

 初戦から半月ほどが経過したある日。勇者たちは再びバーテックスの侵攻を受ける。

 今回のバーテックスは天秤座。左右に分銅を下げた天秤部分を回転させることで竜巻を巻き起こす能力を持つ厄介な個体。人類側の見込みを外した侵攻のせいで、未だに連携訓練も満足にできていない3人はまとまって何とか風に耐えている。

 

 

 

 

「オラアアアアッ‼︎……ふぅ、こっちは片付いたか……」

 

 苦戦する勇者たちを横目で伺いながら、手慣れた様子でアンノウンを仕留めたギルス。気怠そうに救援に向かおうとした足が思わず止まる。どうやら1番気負いがちな優等生が無茶をしたらしい。

 

「チッ、なんで俺が……ああぁもう、めんどくせえなぁ!」

 

 苛立たしげに頭を振り、ギルスは嵐の中に飛び込んで行く。

 

 

 

 

 

 

 風に煽られ、宙を舞う須美。一刻も早く仕留めなくてはいけない。その強い責任意識が無謀な戦術を選ばせてしまった。

 

「……くっ……狙いにくい、けど……これで!」

 

 発射姿勢もおぼつかない状態で、何とか射った一矢は風圧に押されてバーテックスには届かなかった。

 

「須美! 焦りすぎだって!」

 

 空中で無防備を晒した須美をフォローするために銀が飛んでくる。それが余計に須美を焦らせ、頑なにしていくことには誰も気づかない。

 

「っ! ミノさん、わっしー!」

「やべっ!」

「っ! かわせな……」

 

 空を舞う勇者めがけて飛んできた分銅。その攻撃は2人の目の前でつっかえるように止められた。

 

「──っ! ……いってぇなぁ……馬鹿力が……!」

 

「おおっ! サンキュー鋼也!」

 

「いいから、さっさと立て直せ!」

 

 バーテックスと分銅をつなぐ管状の部分に、生物的な触手が絡み付いている。

『ギルスフィーラー』クロウと同じくギルスの腕部から伸びる、打撃や拘束に使える触手状の攻撃技。

 

 この状況は、遠心力と巨体由来のエネルギーを振るうバーテックス相手に一対一で綱引きをするのと大差はない。いかなギルスと言えども無理がすぎたようで、徐々に踏ん張り切れずに足が浮かびかけてきた。

 

「こんの……負けるかよおおおおっ‼︎」

 

 ギルスは空いている左腕からクロウを形成、足場とする樹海の根に突き刺して体を固定する。全身、特にフィーラーを生やす右腕が軋むのを堪えながら、ギルスは1人でバーテックスの動きを止めてみせた。

 

「今だ、やれっ!」

 

 天秤座の長所は天秤の回転が攻撃と防御を兼ね備えていること。それは言い換えると、攻防のほとんどを天秤に依存している短所でもある。その主力を封じられたバーテックスは完全に無防備状態、絶好のチャンスが訪れた。

 

「当たってっ!」

 

 須美の溜め撃ちが右の天秤を撃ち抜く。

 

「せーのっ!」

 

 園子の突撃が左の天秤を断ち切る。

 

「トドメだあ!」

 

 銀の乱撃が弱ったバーテックスの本体を切り刻む。

 

 3人の一斉攻撃はなんとかバーテックスの耐久限界を上回るダメージを与えられたらしい。鎮花の儀が始まり、数秒後には見逃しようのない巨体はその姿を消していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「傷だらけね」

 

「アハハ……」

「うう〜しみる〜」

「すみません……」

「俺は何ともないがな」

 

 樹海が解除された直後の教室。応急処置を終えた勇者たちが安芸のお説教……もとい反省会の真っ最中。

 反省の意を示す少女たちと対照的に、鼻を鳴らしてそっぽを向く鋼也を睨んだ安芸が、何かに気づいたように目を細める。

 

「……? 先生?」

 

「──っ! と、とにかく喫緊の課題はやはり連携の練度ね……あなたたちはまだまだ足りていない……技術もそうだし、信頼関係もね」

 

「とは言っても、今のままでは訓練時間が……」

 

「そうね、だからこそ……あなたたちには合宿をしてもらいます!」

 

「合宿⁉︎」

「がっしゅく〜?」

「……ってオイ! 俺も参加するのか?」

 

「もちろん4人全員参加です。鋼也くんの外泊許可もとりました。今日から合宿終了までのあなたの管理は私が担当するように話をつけてるの」

 

「……チッ……樹海が解けてもいつもの鬱陶しい監視が来ねえと思ったら、そういうことかよ」

 

 鋼也が苦々しげに呟く。手錠こそ付けてはいるものの、常に感じる視線がないことも踏まえると本当に監視の目は間引いてあるようだ。安芸がそれだけ本気だということ。普段から何かと干渉してくる彼女の意気込みに、鋼也は溜息を禁じ得ない。心配されていることが分かっているからこそ余計に。

 

「なーに溜息なんかついてんだよ鋼也! 合宿だぞ合宿。楽しみだよなー」

 

「んなこと言われてもな……めんどくせえし。つーか俺は大社から離れて大丈夫なのかよ?」

 

「ええ。そちらも配慮して、本部からそう遠くない宿泊地を選定済みよ」

 

「用意周到なこった……しゃあねえ……行くよ、行きゃいいんだろ」

 

「おーし、気合い入るなぁ!」

「楽しみだね〜わっしー」

「え、ええ……そうね」

 

「それから、この勇者部隊のリーダーを決める必要があるのだけど──」

 

 リーダー任命において、1人の少女の精神状態で一悶着あったのだが、彼女たちとの付き合いも人生経験そのものも薄い鋼也には気づきようがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 反省会を終えて解散した一同。3人は大型ショッピングモール『イネス』に寄ろうと道すがら話している最中、銀が忘れ物に気づく。

 教室に戻った彼女がドアを開けようとしたところで──

 

「右腕、見せてみなさい……隠してもだめよ」

 

「……相変わらず、目ざといなアンタ……」

 

 銀の動きが止まる。教室にはまだ安芸と鋼也が残っていた。薄く扉を開けて中の様子を伺うと……

 

「腕の筋を痛めてるわ……あなたの体でここまでダメージが残るとなると、相当な無茶をしたようね」

 

「別に……ちょっと見誤っただけだよ。大したことねえし、明日にゃ治ってるさ」

 

「それでもよ。処置できるならしておくに越したことはないわ……私にはこんなことしかできないしね……」

 

「……まあ、他の連中はともかく、アンタには感謝もしてる。そんな気に病むことはねえ……と思うけどな」

 

 テキパキとアイシングを行う安芸と、されるがままの鋼也。他の大社職員には露骨に反抗的になるか、良くて無視がデフォルトの彼にしては珍しく、安芸には文句を言いながらも逆らおうとはしない。

 純粋な善意や献身に弱い。銀は鋼也の弱点を一つ見つけた。

 

「しかし驚いたわ。あなた1人で戦った時にはこんな傷は残さなかったのに……気にかけてくれてるのね、あの子たちのこと」

 

「……ハッ、何を馬鹿な……デカブツは勝手が違って手こずっただけだよ」

 

 そこで銀は思い出した。今冷やしている右腕。アレは自分と須美を助けた時のダメージで間違いない。

 

「あなたも彼女たちもいい子だもの……そういう点では何も心配していないわ」

 

「勝手に信頼すんなよ。勇者のお守りはアンタの仕事だろ? 俺みたいな怪物に必要以上に近づけんのは職務怠慢じゃねえのか?」

 

「だからこそよ。勇者たちのこれからのために、あなたとの距離を縮めておきたいの」

 

 あなたなら分かるでしょう、と笑う安芸に何も返せず、鋼也は顔を背けて舌打ちを聞かせるしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銀は忘れ物は後回しにして教室を離れた。三ノ輪家長女、三ノ輪銀。流石にあそこで割って入れるほど空気の読めない女ではないのだ。

 

(そっか……鋼也は、アタシたちのこと心配してくれてたのか)

 

 こちらが想うように向こうだっていきなり現れた女子たちのことを気にかけるくらいはする。そんな当たり前が銀はとても嬉しく、ほんの少しこそばゆかった。

 

「よし、合宿中にもっと強くなって……でもって鋼也と、あと須美とも仲を縮めてみせるぞ!」

 

 よっしゃ! と意気込む銀。その背中には彼女の武器のように烈火の炎が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……遅い!」

「……zzz……」

(……ったくよ……俺でさえ時間厳守させられたってのに…………)

 

 数日後、勇者たちは集合場所のバス内に集まっていた……1人除いて。

 

「三ノ輪さん、また遅刻ね……仕方ない、鋼也くん、捜してきてくれる?」

 

「ハア? なんで俺が……」

 

「あなたならすぐ見つけられるでしょう? こういった小さなことから信頼が生まれるのよ」

 

「…………チッ……」

 

 口で安芸と張り合うよりは捜しに出た方がマシ。そう結論づけた鋼也が嫌々バスを出る。

 

「大丈夫なんですか? 悪い人じゃないのは分かりますけど……」

 

「問題ないわ……彼は自分で思っているよりもお人好しなの」

 

「…………?」

「はぅあっ⁉︎」

 

 須美が首をかしげると、彼女の肩で寝ていた園子の頭がずり落ち、間抜けな悲鳴が車内に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋上に飛び上がり、優れた視力で周囲を捜索。人通りのない早朝でなければ騒ぎになっていたであろうやり方だが、鋼也は捜索において実に優秀だったりする。バスを出てから1分弱、鋼也はターゲットを捉えた。

 

「……何を遊んでやがんだアイツ……」

 

 銀は河岸にしゃがみ込んで何やら探しているようだ。待たされたことへの苛立ちも込めて、鋼也は強く地を蹴り飛び上がる。

 

 

 

 

 

「オイコラ遅刻魔! 何やってんだよ」

 

「おお、鋼也か……あ、もしかしてもう時間過ぎてる?」

 

「大遅刻だバカ野郎……優等生がお冠だったぞ。今度は何に巻き込まれたんだ、お人好し」

 

 天から少年が落ちてくる。そんな異様な光景もこの数日彼に何かと絡んできた銀には慣れたものになっている。同時に鋼也の方も銀との会話で彼女の体質というか、本質を理解し始めていた。

 

「いやー悪い悪い。通りがかりに泣いてる子がいてさ……話聞いたら昨日ここで遊んだ時に大事なキーホルダー落としちゃったんだって話だから……」

 

「……で? この雑草生い茂る広い河原で、小さなキーホルダー探しに協力してたってか?」

 

「だってほっとけないだろ? ……いや、遅刻したのは悪いと思ってるけどさ……」

 

 視線を横に向けると、遠くに子供の背中が見える。遠目でも分かるほど必死な様子に、鋼也は説得を諦めた。

 

「しゃあねえな……ちょっと待ってろ」

 

「鋼也?」

 

 銀が反応するよりも早く、鋼也は再び高く飛び上がる。先ほどと同様、高所からの視点で周囲をくまなく捜索する。ジャンプ力、滞空時間、視力に優れる鋼也だからこそできる技術だ。

 

「……見つけた……そこから川に向かって10歩行って左に4歩。そこの足元だ」

 

 疑問符を浮かべながら銀がその指示に従うと、足元には確かにお目当のキーホルダーが落ちていた。

 

「おおっ! これだこれ! スゲーな鋼也」

 

「いいからさっさと渡して来い……時間押してんだよ」

 

「ああ、ホントありがとうな!」

 

 銀が子供に駆け寄って行く。その背中は心から歓喜していた。

 

(他人事にああまで一喜一憂できるもんか……変なヤツ……)

 

 少しのやり取りを終えて、銀が戻ってきた。その顔はやはり満面の笑顔で、鋼也は眩しくて見ていられなかった。

 

「おまたせ! 鋼也が見つけたって言ったら『なんであのおにいちゃん手錠してるの? 悪い人なの?』って聞かれちゃってさ」

 

「まあ悪目立ちするだろうな。なんて答えたんだよ?」

 

「大丈夫! あれはおにいちゃんの趣味なんだ! ……って、イテテテテ!」

 

「アホかテメエは! ガキがガキになんてこと吹き込んでやがる!」

 

 いらんユーモアを炸裂させた少女の頰を思い切り引っ張る。みずみずしい肌は予想外によく伸びた。

 

「ゴメンゴメンゴメン! でも大丈夫だよ、意味分かってなかったみたいだし……」

 

「……だろうな。分かってたらそれはそれで心配になるわ」

 

 お仕置きを済ませた鋼也が銀の襟首を雑に掴む。銀は思わぬ衝撃に嫌な予感が止まらない。

 

「ちょっ……こ、鋼也?」

 

「遅れてるっつったろ……飛ぶぞ」

 

「ま、待って……うひゃああああぁぁぁぁっ‼︎」

 

 こうして集合前からトラブルがありながら、勇者たちの合宿が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 予定より少し遅れながらも、海沿いの宿屋に到着。荷物を置いて浜辺に集まる一同。

 

「連携に重要なのは役割分担よ。各々の特性を活かした立ち回りがあなたたちの総力をより増やしていくの」

 

 攻撃力に優れた銀はアタッカー。

 防御手段を持つ園子は前衛を守る壁役。

 長射程の須美は後方からの援護担当。

 ギルスも分類するなら銀に近いポジションになるだろう。

 

「この合宿の目的……あなたたちの連携によって、1+1+1+1を4ではなく10にすることよ」

 

 浜辺に複数用意された射出機。これらから飛んでくるボールから前衛の銀と鋼也を守りながら、奥にあるバスまで2人を到達させる。それが今回の訓練内容だ。

 

 園子は2人の前で盾を構える。

 須美は飛んできたボールの迎撃。

 銀は回避しながらの前進。

 鋼也には特別ルールとして銀から離れないことと、ギルスへの変身禁止が定められている。スピードに優れた彼の独断専行を禁じ、同時に鋼也の余計な負担を減らすためのルールだ。

 

「あーあ、やっぱりめんどくせえ……俺1人ならすぐに届くってのに」

 

「それじゃ意味ないだろ。アタシたちみんなで戦ってかなくちゃいけないんだからさ」

 

「よーし、2人は私たちで守るよ〜」

 

(私はここから動けない。どのボールを撃ち落とすかよく考えないと)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 各々意気込んで始まった連携訓練。しかし試行回数が10を超えた辺りから、疲労の色が隠せなくなってきていた。

 

 園子の反応が鈍れば銀は盾の奥から不意打ちを受ける。

 須美が外せば頭上の死角から鋼也にボールが飛んでくる。

 フラストレーションが溜まった銀が無理やり飛び出せば集中砲火を受ける。

 

 そんな三歩進んで二歩下がる、を繰り返し、何回目かも分からなくなってきた頃。日も暮れ出した時分、これまでで最もバスに近づくことができたが……

 

「よっし、ここからなら……!」

「待て、まだ早い!」

 

 運悪く、銀が飛び出したのと同時、最悪のタイミングでボールが飛んできた。須美が狙い撃つものの、暗くなってきたこともあり外してしまう。

 

「…………あっ……」

「……チッ、また失敗か……」

 

 顔面に飛んできたボールに、銀が反射で閉じた眼を開くと、目の前には片手で白球を掴み止めた鋼也の右手があった。

 

「鋼也……ありが──」

「なあ! 今日はもう終わりでよくねえか? ボールも見えなくなってきただろ」

 

「……そうね、今日はここまでにしましょう」

 

 安芸の号令で片付けが始まる。銀が最後のボールを手にしたところで、表面に血が付いていることに気づいた。

 

「なあ鋼也、手のケガは……」

「なんの話だ? この通り無傷だけど……」

 

 そう言って広げた掌には傷一つついていなかった。銀はそのとっつきにくい態度を、鋼也なりの気にするなというフォローなのだと受け取ることにした。

 

「そっか……さっきは言いそびれたけど、助けてくれてありがとな!」

 

 笑顔で走り去る銀。どんどん距離を詰めてくる彼女に戸惑いながら、鋼也も無自覚に笑顔になっていた。

 

「こんな気持ち悪いの見せてんのに……ほんと変なヤツだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 訓練の汗を流すべく宿の露天風呂でくつろぐ勇者たち。唯一の男子である鋼也は当然一人で男湯だ。

 

「なんかうるせえな……たかだか風呂場で何をそんな騒ぐことがあるってんだか……」

 

 女湯の喧騒をよそに、ほぼ初めての広い浴場を堪能していく。

 

(気持ちいい……つーか、こんなに疲れてたんだな俺……)

 

 人と合わせるという当たり前の難しさを3年ぶりに実感している鋼也。文句は言いながらも始めてしまえばちゃんと役目を果たす。これで意外と真面目だったりするのだ。

 

「なあ鋼也ー! どんな女子が好みだー?」

 

 どんな流れでその話になったのか、女湯から意味不明な質問が飛んできた。シカトしても良かったが、上がった先で絡まれるのも面倒なので差し障らない範囲で適当に返答を考える。

 

「歳上でスタイル抜群の、大人の女! これでいいか?」

 

 答えた次の瞬間、女湯の扉が開いた音がした。誰か入ってきたらしい。同時に女子たちの喧騒もシンと静まったが、鋼也はそれを気にすることなく湯船堪能タイムを再開した。

 

 

 

 

 

 

(先生ってすごい体してたんだね〜着痩せするタイプ〜?)

(そうね……って、三ノ輪さん?)

(歳上……スタイル抜群……大人……いや、まさか……)

 

「……? どうしたの、あなたたち?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事も終え、後は就寝時間を待つだけとなった頃。一人部屋で寛いでいた鋼也は勇者たちの襲撃を受けていた。

 

「……オイ……部屋戻れよ。ここで寝る気か?」

 

「ん〜、それもいいかも〜?」

 

「ダ、ダメよそんなの! 破廉恥だわ!」

 

「流石に寝るときは戻るけどさ、せっかくの合宿なんだしちょっとくらい話そうぜ、な?」

 

 銀は最近になって気づいた。鋼也は押しに弱い。だからこそ刺々しい態度で必死に人から距離を取っているのだが、それをものともしない銀や園子に対してはどうにも対応に困っている。

 

「寝る時も手錠してるのね……」

 

「ああ、これただの手錠じゃねーからな。手首にはめて体内スキャンをかけてんだ」

 

「たいないすきゃん、って何だ?」

 

「まあ簡単に言うと、血流や神経の動きをチェックできんだよ……ギルスになる時は特殊な反応が出るらしくてな。これ付けてる時は変身しようとしても妨害電流が流れる仕組みだ」

 

「え〜痛そ〜……大丈夫なの〜?」

 

「大したことじゃねえよ。許可が下りて外すか、樹海に反応して外れるかしないと変身できない……そういう檻は必要なんだろ」

 

 4人が神妙な表情で手錠を見つめる。本人は気にしていないが、この空気は耐えかねたらしく、鋼也が咳払いをして話を再開する。

 

「つっても実はこれ、外そうと思えば外せるんだけどな……安芸さんにも黙ってるから秘密にしてくれよ?」

 

「そうなのか? どうやって……」

 

「変身しなくても力づくで鎖はぶっ壊せるし、関節外してもなんてことねえしなあ」

 

「お〜関節外し、見てみたいかも〜」

 

「悪いな、イタズラに外すと騒ぎになっからよ……ま、機会があればな」

 

「それなら寝る時くらい外す許可取れたらいいのに」

 

「俺を鎖に繋がなきゃ安心できない大人がいるんだよ。俺ももう慣れちまったしな。苦痛でもねえさ」

 

 空気を払拭するためにことさら明るい声色で内緒話を展開する鋼也。彼も少しずつ子供らしさが表に出てきている。

 そんな鋼也を男子と認識していないのか、分かっていてやっているのか、話題は『好きな人』いわゆるコイバナにシフトした。

 

「アタシはやっぱり弟たちだな! もう可愛いのなんのって……」

 

「そ、それはズルいんじゃないかしら?」

 

「……弟がいんのか?」

 

「ああ、2人の弟だよ。下の方はまだまだ赤ちゃんでな、私もいろいろ世話してるんだ」

 

「……そうか……」

 

「どうかした〜? しののん〜」

 

「いや、俺にも昔、妹みたいに仲良くしてたヤツがいたなと……ちょっと思い出してた」

 

 最後に会ったのは彼女が7歳の頃だろうか。まさに天使のような愛らしさと清らかさを持った少女だった。今は……10歳、どんな風に成長したのか、思い出すと気になってくる。

 

「それって〜……」

 

「……ああ、こうなってからは会ってない。今はどうしてるのか……あの家だし、やっぱり大社にいるのかね……」

 

「……鋼也、やっぱり会ってみないか? 昔の友達にも、その子にもさ」

 

 どこか寂しそうな鋼也に正面から踏み込む銀。

 

「今の俺が会おうとするだけで迷惑をかけるだろ。俺のことなんて忘れて、ちゃんとやってると思うし……」

 

「それは違う、間違ってるよ鋼也」

 

 力無い反論をぶった切り、銀は俯く顔を掴んで無理やり目線を合わせる。

 

「アタシはその人たちのこと何にも知らないけどさ、今の鋼也見てれば本当に仲が良かったことは分かる。だったら向こうだって、お前と同じくらい傷ついて、悲しんでるはずだ。一歩踏み出せば会えるんだから、逃げるなんてもったいないと思うぞ」

 

 又聞きで事情を把握しているだけの人間が踏み込んでいい領域をすでに超えている。銀自身分かってはいたが、少しでも彼に前を向いてほしかった。

 

「どうしても怖いなら、アタシが一緒に行ってやる。だから、会いに行こうよ……な?」

 

「……!」

 

 そう言って笑う銀の顔が、あの日失った親友と重なった。いつだって笑顔で自分たちの手を引いてくれた、女の子なのに1番勇気を持っていた少女に。

 

「…………考えとく…………ありがとな」

 

 小さく呟かれた本音に、銀は心から安堵し、黙って聞いていた2人も小さく表情を綻ばせた。

 

 

 

 

(……聞かなかったことにしましょう……)

 

 消灯を告げに来た安芸は、何事もなかったかのようにその場を後にした。大社職員としては問題のある内容だったが、それ以上に鋼也が馴染み始めている、変わり始めているという事実が、彼女にとっては重要だったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 連携訓練のメニューをなんとかクリアした翌日、合宿最終日。この日はアンノウン対策に対人訓練を中心にメニューが組まれていた。仮装アンノウンとして鋼也を敵とした3対1での連携訓練が始まった。

 

「うおっ? 速いなホント……!」

 

「アンノウン相手なら大振りしなくても攻撃は通る……敵の動きに合わせて小さな動きで斧を振るんだよ。その重さじゃ難しいかもしれねえが、お人好しの得意な体重と遠心力を乗せた回転攻撃はよほど状況を整えなきゃ当たらねえよ」

 

「えいや〜……あれ〜?」

 

「悪くはねえが、お嬢様の場合槍を振るうよりも穂先を操った方がいいだろうな。その器用な武器を最大限活かすんだ……その方法はまあ、アンタならいろいろ思いつくだろ」

 

「くっ、当たらない……!」

 

「優等生はまず肩に力入りすぎだ……敵を追いかけるんじゃなくて動きを先読みして軌道上に狙いを絞るんだよ。後はまあ、前の2人をもっと信じるこったな」

 

 安芸が驚くほど熱心に指導する鋼也。結局誰一人として彼から一本取ることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぜぇっ、ぜぇっ……ちっくしょ〜……」

「ひーん、疲れたよぉ〜」

「まるで……太刀打ち、できなかった……」

 

「まあ喧嘩もしたことない小学生としちゃ、こんなもんだろ」

 

 一人涼しげな鋼也が淡々と片付けを進める傍で3人の勇者が屍のごとく並んで倒れている。こと対人戦においては、これほどの差が彼らにはあるということだ。

 

「……やっぱりまだまだだってことは、これで分かったろ?」

 

「……そうね。現時点ではむしろマイナス要素になりかねない、か」

 

 肩をすくめて苦笑する鋼也と、悔しげに俯く安芸。2人の意味ありげな会話も、倒れ伏している3人には届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休息を終え、帰路に着く一同。全員がバスに乗り込み、発車しようとしたところで……

 

「──っ! ……このタイミングは……空気を読んだのか読まなかったのか」

 

 深く嘆息し、立ち上がる鋼也。雰囲気が変わった彼に安芸が声をかける。

 

「……アンノウン?」

 

「ああ、本部の方だ……こっからなら、飛んでった方が早そうだ。情報操作頼むぜ」

 

「やっぱり1人で行くの?」

 

「アンタがそう言うと思ったからさっき証明したんだろ。やっぱ向いてねーよ俺は。誰かと組むとかさ……アイツらには適当にごまかしといてくれよ」

 

 安芸はそれ以上何も言わずに小さく頷くと、鍵を使って手錠を外した。調子を確かめるように手首を回しながら、鋼也は後部座席で団子になって眠る勇者たちを見る。

 

「……合宿、そこそこ楽しかった……またな……」

 

 小さく笑ってバスから飛び出す鋼也。ギルスの咆哮を聴きながら、安芸は1人歯痒さを噛み締めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 少しずつ攻略されていく鋼也くん…アレ、ヒロインって…?

 感想、評価等よろしくお願いします

 次回もお楽しみに



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エガオノキミヘ

 アニメで言うと二話終了ですね。






 ──どうしても怖いなら、アタシが一緒に行ってやる。だから、会いに行こうよ……な? ──

 

 ──考えとく………………ありがとな──

 

 

 

(……なんであんなこと言っちまったんだろうな、俺は……)

 

 鋼也は自室で1人思い出す。ああまで真っ向から想われたのが久しぶりで絆されたのか。それとも自分で思っているほど割り切れてはいなかっただけなのか。

 

 鋼也はもう自分のことは諦めているつもりだった。親友を失って得た力。母親をこの手で傷つけた力。それをせめて有効に使うこと、犠牲を無駄にしないこと、それ以外はどうでもいいと思っていた。しかし彼女たちと出会ってから自分の中で何かが変わっている。

 

 鷲尾須美の正しくあろうと自他を律する在り方は眩しくて仕方ない。

 乃木園子の何があっても揺るがない強さと大らかさには憧れを禁じ得ない。

 そして三ノ輪銀。なにかとこちらに構うお節介な少女。他人のために心を砕き、迷わず行動できる彼女の生き方は尊いものだ。どこか香に似た彼女の言葉はどうしても無視できない。

 

(アイツらには価値がある。こんなところで死んでいい命じゃない……そうだ、そう思ったから俺は……それだけの話だろ)

 

 向こうがこちらに構う理由は分からないが、自分が気にかけるのは単に彼女たちが綺麗に生きているから。そんな歪な結論を導き出して、鋼也は満足したように頷く。

 

 瞬間、世界が停止した。

 

「……ちょうどいいや、スッキリさせてもらおうか……ここからは、バケモノの時間だ……!」

 

 歪んだ覚悟を胸に、戦士は走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギルスが戦場に到着した時には既に勇者たちは集まり、戦闘を開始していた。今回の敵は山羊座のバーテックス。下部に足のような触手を4本伸ばした異形。空中を悠然と航行する巨体は特に行動を起こしていない。

 

「おい、何やってんだ? あのデカブツ止めなきゃいけねーんだろ?」

 

「あ、鋼也……それが、あのアンノウンがさ……」

 

 バーテックスの真下に佇む蛇型のアンノウン『アングィス・マスクルス』。仰々しい杖を構え、油断なくこちらを伺っている。

 

「厄介な手を使うのよ。理屈は分からないけど……」

 

「アンノウンが手をかざすとワームホールみたいなのが開いちゃうんだよ〜」

 

「あん? そいつは……」

 

 言い切る前にギルスの姿が消失する。気づけば遥か上空に身を投げ出し急速落下している。

 

「なんっ……⁉︎」

 

 ギリギリで着地に成功したギルスの頭上からマスクルスが杖を振り下ろす。とっさに腕で受け止めた瞬間、ギルスの全身が痺れるように硬直した。

 

「──っ! ……んだよ、コレ……!」

 

「鋼也!」

 

 銀が突撃してマスクルスを引き剥がす。杖の麻痺効果はギルスや勇者のような存在は対象外らしく、ほんの数秒で感覚が戻った。しかし……

 

「なるほど、アレはまずいな……接近戦で動きを止められたら戦えねえし、距離をとったら訳の分からん転移で吹き飛ばされる……」

 

「無視してバーテックスに向かおうにも飛ばされちゃって……わっしーの矢も捉えるんだよ〜あの技」

 

「私たちじゃ隙を作るのも難しくて……」

 

「なら、アイツは俺がやる。デカブツは任せるぞ」

 

 簡潔に告げるや否やマスクルスに飛びかかり、力尽くで引き離す。敵の能力は厄介だが、接近戦でギルスと張り合えるほどの力はないようだ。

 

「よっし、今のうちに……って!」

 

 銀たちがバーテックスに視線を向けると、いつの間にか遥か上空にまでその巨体は上昇していた。

 

「私の矢の射程を超えている……あれじゃ……」

 

「卑怯だぞ! 降りてこーい!」

 

「待って! ……何か、仕掛けてくる……」

 

 上空から機械のような快音が響く。触手部分が高速回転しながら、ドリルのように地表めがけて落ちてくる。その真下にいるのは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(厄介な能力は使わせない……! 手数で押し切れば……)

 

 初手にてフィーラーでマスクルスの杖を弾き飛ばし、そこからラッシュで動きを止める。反撃の間を与えなければ問題ない。ギルスの戦術は正しく、このアンノウンにはギルスの猛攻を凌ぐ力はない……そう、1人では。

 

 

 

 

 

 

 

 ギャリギャリギャリギャリギリギリギリッ‼︎

 上空からの異音に、ギルスの動きが反射的に止まる。その一瞬の隙を待っていたかのように、マスクルスの転移能力が発動。

 

「っ! しまっ……」

 

 ギルスはバーテックスの突撃地点、ドリル攻撃の真下に転移させられた。状況を把握できずに無防備を晒す彼にドリルが直撃する──

 

「やらせるかあああっ‼︎」

 

 寸前、走りこんできた銀がギルスを蹴り飛ばし、頭上からの攻撃を両手の斧で受け止める。出力が違う相手の真上からの攻撃。耐えるだけでも相当な負担になるはずだが。

 

「……ぐっ、んの……だああああっ! 鋼也、園子、須美! 15秒持たせる、その間にコイツを!」

 

「み、三ノ輪さん!」

(俺は、助けられた、のか? ちょっと神の力を借りてるだけの、勇者に……)

 

 焦りで動けない須美、予想外の事態に思考がまとまらない鋼也に、もう1人の勇者が毅然と指示を出す。

 

「私たちで敵を叩くよ〜! わっしーは私に続いて、しののんはアンノウンを!」

 

「えっ、あ……了解!」

「ちっ、無様を晒したな……ここは合わせる!」

 

 園子が槍の穂先を攻撃形態に展開、突撃し、須美もその後に続く。横槍を入れようとしたマスクルスをフィーラーで捕縛したギルスも2人に続いてバーテックスに突っ込む。

 

「いっ……けえぇぇぇっ‼︎」

 

 園子が正面から突っ込み、巨体のど真ん中に風穴をあける。大きなダメージを与えたが、槍の勇者の手はまだ終わらない。

 

「わっしー、使って!」

 

「了解!」

 

 貫通して着地した直後、園子が穂先を分裂させ、以前と同じく空の階段を形成する。これで須美は自分の間合いから威力特化の一射を撃てる。

 

「バケモノ同士、コイツも喰らっとけ!」

 

 そこにダメ押し。ギルスがフィーラーで縛り付けたマスクルスを投擲。狙いに寸分違わず、園子が空けた風穴に直撃、体がすっぽり収まるように叩きつける。傷を抉られ、空中の須美を迎撃しようとしていたバーテックスの動きが鈍る。

 

「南無八幡……大菩薩‼︎」

 

 弓の勇者の全霊を込めた矢が山羊座に直撃。ドリル攻撃から14秒でバーテックスは攻勢を維持できなくなり、離脱しようと上昇する。

 

「逃すか!」

「お返しだっ‼︎」

 

 ギルスがフィーラーを使ってバーテックスの体をよじ登り、その上に飛び上がる。

 ドリル攻撃に耐えきった銀が鬱憤を解放するかのごとく滅多斬りしながら上昇する。

 

「「おおおおぉぉぉぉっ‼︎」」

 

 山羊座の頭上から斬り裂くギルスの爪と、真下から斬りあげる銀の斧。2人の刃はちょうど中央でもがいていたマスクルスをも斬ったところで重なり合い、その勢いのまま巨体のいたるところを斬り刻んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 辛くも勝利を収めた勇者たち。樹海化が解除され、緑地公園に並んで倒れる小学生4人。痛々しい生傷も目立ち、一般人に見られたら騒ぎになりそうな絵図だ。

 

「えぐっ……ごめんなさい、私、わたしぃ……」

 

「へへ、なんだかやっと須美とダチになれた気がするな」

 

「えへへ〜……私たちみんなで勇者なんだから、一緒に頑張ろうね、わっしー」

 

「ありがとう……そのっち……銀……」

 

 鋼也が預かり知らぬところで何やら抱えていたらしい須美の懺悔。園子がリーダーに選ばれた理由は家柄だと、彼女の資質を見誤って空回り、足を引っ張ったことを涙ながらに謝る彼女を見ながら、唯一の男子は言葉に困っていた。

 

(やけに肩肘張ってるとは思ってたが……そんなこと考えてたのか)

 

 人生経験と言えるものが8歳で止まっている鋼也に同年代の女子の気持ちを察しろというのは無理な話だ。聞き役に徹していると、須美だけでなく銀と園子までこちらを見つめてくる。どうやらこの流れで何か言えという空気らしい。

 

「……ま、輪を乱すって意味じゃ俺が1番だったしな。優等生はマジメすぎる……言い換えれば努力家だってことだろ。常識が通じねえ連中を相手にすんだから、もうちょい力を抜いてみることだな……お嬢様とお人好しを……まあ、見習い過ぎてもアレだが……」

 

 なんとか機嫌を損ねない言葉を探して紡ぐ鋼也。しかし彼女たちは不服だったようで。

 

「……そろそろ名前で呼んでくれないかしら? 優等生って、あんまり好きじゃないわ。私も、その……鋼也くんって呼ぶから」

 

「私も〜。お嬢様って、あだ名にしても距離があるっていうか〜」

 

「だよな! ほら鋼也、アタシは前から言ってただろ。お人好しはやめろって」

 

 どうやら須美との距離が縮まった勢いでこちらにも踏み込むつもりのようだ。鋼也としては避けたい流れなのだが……

 

(助けられちまったしな……守る対象だと、勝手に決めつけて見誤っていたのは俺も同じか)

 

 今回彼女たち、特に銀には借りを作ってしまった。ここで頑なになるのは筋が通らない。鋼也は諦めの感情を込めて深くため息をつくと……

 

「三ノ輪、乃木、鷲尾……これでいいか?」

 

 いや、この流れでそれはないだろう。ここは名前呼びだろう。言葉では出てこなかったが、3人の瞳からはそんな文句が聞こえた気がした。

 しかし鋼也はボケた訳でも気恥ずかしくてごまかした訳でもなく、本気でこれが正解だと判断していた。男女の間柄では、迂闊に名前を呼びあうべからず。大社が適当に見繕った小説──なかなか進展しないもどかしい学園ラブロマンス──からの知識を鵜呑みにした結果だったりする。

 立場上、一定の距離感を保ってしか向き合えなかった安芸も知らないことだが。実はこの篠原鋼也、気を抜くと妙なところで空気が読めない子だったりする。

 

「えっと……じゃあ……」

 

 無言の抗議に気圧され、鋼也は小さく呟く。

 

「銀……園子……須美……って、呼んでもいいのか……?」

 

 珍しく自信なさげな鋼也の態度が、銀たちは嬉しかった。少し素を見せられる程度には心を開いてくれたことが。

 

「これで勇者組4人、一致団結って感じだな!」

 

「ええ、力を合わせて、お役目……果たしましょう」

 

「あ〜! 大変、大変だよ〜」

 

「ど、どうした園子?」

 

「ミノさん、しののん、そのっち、わっしー……わっしーだけ『の』がついてないよ〜、仲間はずれだよ〜」

 

「……え? いや、園子さん? それは……」

 

「……そんな、私は、仲間はずれなの……?」

 

「っておい! 須美まで乗るなよ!」

 

「……そもそも俺はその『しののん』呼びを許可した覚えはねえぞ。そうとしか呼ばねえから仕方なく合わせてるだけで……」

 

「はっ! そうだよわっしー大丈夫、しののんが『の』を2つ持ってる! しののんがわっしーの分も背負ってくれてたんだよ〜」

 

 どうやら知らないうちによく分からない定めを背負って生きてきたことになってしまったらしい。

 

「えっ、と……そのっち?」

 

「だめだ……園子のなかで何がセーフで何がアウトなのか、基準が分からん……」

 

「……まあ、それで納得できるんならもう『しののん』でいいか……」

 

「そうだ〜、私たちさっきまでイネスでうどん食べてたんだったよ〜」

 

「そういえば、今から戻ったら伸びてる……というか、多分下げられてるんじゃないかしら……」

 

「マジか⁉︎ あー、もったいない……それじゃあ仕切り直して、鋼也も来いよ! 一緒にうどん食べよう!」

 

「……そうだな……監視が来たら、話してみるか。同行者をつければ、一食外で食うくらいは許可下りるかもな」

 

 園子の土壇場の発想力は普段から突拍子のない思考に行き着く感性あってのものだろう。同じように須美の努力家で生真面目な部分も生来のもの。銀の仲間や世界を守ろうとする強い意志もまた同じ。

 きっとこれが彼女たちの、勇者としての強さの原点。そう思えばこれまで避けてきたコミュニケーションにも少しくらいは前向きになれる。

 

 その日鋼也は久し振りに、本当に久しぶりに、肩の力を抜いて思い切り笑った。

 自分がまだ心から笑えたことに、かなり驚いて……少しだけ嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 切りどころが難しく、これまでと比べると些か短くなりました。

 感想、評価等よろしくお願いします。

 次回もお楽しみに





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覚醒のBrave Team

 ただでも戦闘描写が苦手な私、今回は特に難しくしっかりとした描写が必要となってしまいました。自分なりにキチンと描いたつもりですが、分かりにくい部分があったら申し訳ありません。





 人が生きる現世の上、次元の壁の向こうにあるもう1つの世界。そこには高次元存在、いわゆる『神』が存在している。

 

 不定形の光の集合体『天の神』

 それと向き合うように佇む黒衣の青年……いや、青年の容姿をした人外の神霊『テオス』

 両者は向かい合い、対話をしている。天の神の声は音になっていないが、同じ次元の存在にのみ感じ取れるものがあるようだ。

 

 

 

《──────》

 

「……ええ、彼らはどんどん誤った道へと進んでいる……『勇者』……アレはいずれ、人間の手に余る力になりかねない。そして『ギルス』……あのような稀有な存在が現出すること自体、あの世界が歪んでいる証です」

 

《──────!》

 

「人類の組織……『大社』でしたか。また余計な手段を構築したようです。これ以上の進化を止めるためにも、手勢を揃えての大侵攻が必要でしょう。あなたにはそちらの準備をお願いしたい……時間稼ぎはこちらで行います」

 

 絶対的な力を持つ存在が2つ、人類の敵に回っているこの状況、最悪なのは彼らが共同で策を練る程度には協力関係ができていることだ。

 

「あってはならない存在だというのに……なぜああもしぶとく生にしがみつくのか……!」

 

 テオスの体を覆うように現出する()()()。それを見た天の神は話を打ち切り姿を消す。

 

「……やはり異界の神霊は理解しがたい……まあ良いでしょう、私たちの目的は1つ。人間に危険な可能性をもたらす神樹……速やかに破壊しなければなりません……」

 

 悪意しか感じ取れないその黒を、天の神は何よりも警戒していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で? お前さんの夢の話を延々聞かされて、俺はどんな反応してやるのが正解だ?」

 

「え〜しののん冷たい……すっごく似合ってたんだよ〜ロックバンドの格好」

 

「アイドル衣装の須美と和太鼓ぶっ叩く銀の横でヘドバンしてたんだろ? ハチャメチャすぎんだろーよ」

 

 4人の仲が一歩進展したあの戦い以降、勇者三人娘は定期的に鋼也の部屋を訪れるようになった。放課後に来て、特に中身のない雑談をして、日が暮れる前に帰る。鋼也の方も他人を拒絶するような態度は鳴りを潜め、気安く会話を繰り広げている。

 

「そういやこの前須美のドレス写真見せられたな……あんな感じか?」

 

「ちょっと待って! そのっち、あの写真見せたの⁉︎」

 

「うん! わっしーとミノさんのかわい〜い写真をしののんにも是非見て欲しくって〜」

 

「って! アタシのもか⁉︎」

 

「ま、似合ってたと思うぜ? …………イメージと違って違和感はあったが……」

 

 若干照れ臭そうにフォローした鋼也の声が届いていないのか、銀と須美が両側から園子の頰を引っ張ってお仕置きを敢行している。いつも彼女が抱えている抱き枕の『サンチョ』のような形に顔が変形しつつある……それでも笑顔なのが園子らしいが。

 

「休日はいつまでなんだ?」

 

「来週の遠足までという話よ。イベントが終わるまで息抜きしなさい、ということなのかしらね」

 

「はーん、あの人が考えそうなことだな……遠足、ねぇ……」

 

「鋼也も行けたら……というか、一緒に学校通えたらいいのにな……そうすればもっと一緒に遊べるし」

 

「……そうだな、ちょっと興味もあるが……ムリだろうな」

 

「でもさ、今は無理でも、敵を全部倒して、お役目が終わったら、普通の子供に戻るわけじゃん?」

 

 勇者たちと違い、肉体そのものが変質した鋼也のその後がどうなるかは、今は誰にも分からない。それでも銀は前向きに、幸せな未来を見つめている。

 

「こんな不思議なことがあるんだから、この先どうなるかなんて分からないだろ? 色々全部片付いたらさ、一緒の学校通おうな! そしたら絶対、毎日がもっと楽しくなる!」

 

「…………まあ、退屈だけはせずに済みそうだな……」

 

 銀の言葉の暖かさに耐えられず、鋼也は俯いて小声で返す。いつからこんなに脆くなったのかと、頭を抱える鋼也。その顔を見なかったフリをして、園子が話題を変える。

 

「う〜ん、それじゃあ遠足での写真たくさん撮ってくるね〜」

 

「あ、そうだわ! 私、いいものを用意してきたの」

 

 何やら楽しげに荷物を漁る須美。自慢げな顔で鋼也の前に差し出したのは、電話帳もかくやというほどの分厚い紙束。

 

「…………なんだこの紙製鈍器は。アレか? 荷物に重りを入れてトレーニングとかそういう話か?」

 

「ち、違うわよ、これは遠足のしおり! 当日の予定や持ち物は当然として、活動場所の情報や非常時の対処なんかも──」

 

「……お前ら、このクソ重い上にかさばるしおり? 持って行くのか? どんな罰ゲームだよ……」

 

「だよなー……正直勘弁してほしいんだけど……」

 

「なんだかわっしー燃え上がっちゃってて〜」

 

「というわけで、予備のしおりを鋼也くんにあげるわ。これで少しでも遠足の気分を味わってちょうだい」

 

 その気持ちは大変ありがたいが、重たすぎる……物理的に。

 

「……一応礼は言っとくが……これ読むのもしんどいぞ」

 

 適当に流し読むだけでも、須美の情熱が伝わってくる。それだけ楽しみにしているのだろう。

 

「まあ、俺は多分世界一暇な人間だしな……お前らも楽しんでこいよ、勇者の前に小学生なんだしよ」

 

「当然、バッチリ楽しんでくるさ!」

 

「えへへ〜、もちろんだよ〜。今度はしののんとも一緒に出かけられたらいいね〜」

 

「お土産話も、楽しみにしておいてちょうだい」

 

 特になんの変哲も無い子供たちの会話。『化物』を自称する少年に笑顔をもたらす『友達』という存在。紆余曲折あって、ようやく手に入れた有り触れた光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……暇だな」

 

 数日後、遠足当日。と言っても鋼也にとってはなんの変哲もない1日でしかない。退屈しのぎに目を通していた鈍器(しおり)も数日かけて、つい先ほど読破してしまった。読んでみるとよくできたもので、暇つぶしにはちょうど良かったようだ。

 

(……まあ俺くらいの暇人でないと無理だろうが)

 

 須美はいったい何日かけてこれを作成したのか。などと益体も無いことを考えていると──

 

 

 

 

(──────っ! アンノウン……⁉︎)

 

 件の怪物の気配。しかしいつもと様子が違う。訴えかけてくる感覚がより強い……気配が濃いのだ。その上珍しくこちら(大社)に近づいてこない。場所を探査していくと……

 

「──っ! ……冗談じゃねえぞ……!」

 

 しおりに(何故か)掲載されていた香川全図で確認すると、やはり間違いない。

 

(あいつらの、課外活動場所……!)

 

 焦りに焦った鋼也がコールを乱打し、駆け寄ってきた大社職員に噛み付く勢いでまくし立てる。

 

「今すぐ手錠を外せ! アンノウンだ……銀たちや一般人が大勢いる場所に……急がねえと……」

 

「お、落ち着いてください、すぐに確認します……」

 

 

 

 

 30秒ほどの連絡ののち、その職員は平坦な声で報告する。

 

「申し訳ありませんが、そういった情報はありません……この場合我々ではあなたの枷を解くことは……」

 

「んなこと言ってる場合じゃねえんだって! 人が死ぬぞ!」

 

 暖簾に腕押し、糠に釘。鋼也は安芸を除いた大社職員には一貫して反抗的だった。唯一の味方が現場にいる以上、この場での説得は不可能。

 それを悟った鋼也は、これまで3年間忠実に従ってきた手錠(かんり)に、初めて逆らった。

 

「もういい……だったら俺は……フンッ‼︎」

 

「なっ! ……手錠の鎖を……!」

 

 一瞬で手枷を破壊して職員の横を走り抜ける鋼也。彼はその気になればいつでも大社に逆らえた。それを知った職員が止めようと警備員を呼び出すが……

 

 

「邪魔をするなっ‼︎────変身‼︎」

 

 ギルスの力も惜しみなく使い、強引に囲いを突破する。自分の立場も事後処理も無視した大立ち回り。今の鋼也は『友達』のことしか考えていない。

 

「ウオオオオオオオオオオッ‼︎」

 

 咆哮と共に本部から飛び立つギルス。電柱や屋根を足場に車以上の速度で駆け抜ける。

 

(……銀、園子、須美……頼む、間に合え……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、こっちだ!」

「人にぶつからないで、だけど急いで!」

「先生も誘導お願いします〜!」

 

 みんなでアスレチックを楽しんでいた最中、突如現れた5()()ものアンノウン。初陣の際に襲ってきた金色の個体と同種の豹型アンノウン。

 槍を持った黒豹『パンテラス・トリスティス』

 弓を持った白豹『パンテラス・アルビュス』

 剣を持った青豹『パンテラス・キュアネウス』

 双剣使いの赤豹『パンテラス・ルベオー』

 錫杖を持った女豹『パンテラス・マギストラ』

 この個体がリーダーらしく、黄金の装束を身に纏い、仲間を統括している。

 

 その異形を目の当たりにして、単なる小学生でしかないクラスメイトたちは一瞬でパニックに陥る。教師陣や勇者たちが先導してはいるが、その声もどこまで届いているか分からない。

 

「ちっくしょう、アンノウンは大社を狙うんじゃないのかよ⁉︎」

 

「だけど妙ね……アンノウン達、こちらを襲うどころか……」

 

「何か待ってる……いや、探してるのかな〜?」

 

 逃げ惑う生徒達に視線こそよこすものの、そこから踏み込んでくる気配がない。標的がいないのか、誰を狙うか見定めているかのように。

 

「どうする? ここで変身したら……」

 

「戦う意思を見せれば向こうもきっと……だけど今の状況は……」

 

「このままじゃマズイのは間違いないけど〜迂闊に刺激するのも……」

 

「……ここは私たちがアンノウンの様子を見ます。あなた達は生徒についてあげて」

 

「安芸先生〜でも〜」

 

 敵の狙いが読めない現状、守る対象があまりにも多すぎることもあり、行動に踏み切れない勇者たち。

 

 

 

 

 

 

 その膠着状態を破壊する咆哮が、空から響き渡る。

 

「──ルゥオオオアアアアッ‼︎」

 

 獣のような雄叫びと共に、ギルスが上空からアンノウンに飛びかかる。リーダーを狙ったギルスの爪は、割って入ったキュアネウスの剣とぶつかり、火花を散らす。

 

「チッ……しくじったか」

 

「鋼也!」

 

 先制攻撃で一匹仕留めようとした奇襲は失敗し、ギルスは飛び退き、銀たちの前に着地する。頼れる仲間の到着に勇者たちは安堵するも、事情を知らない一般生徒からすれば怪物が増えたようにしか見えず……

 

「キャアアアァァァァッ‼︎」

「もうやだぁぁぁぁ‼︎」

 

 パニックを起こした数人の生徒が、教師陣の先導を無視してあらぬ方向に逃げ出してしまった。この状況で1人にするのはマズイ。安芸が声を出すよりも早く、ギルスの口から指示が飛ぶ。

 

「銀、園子、須美! お前らは逸れた奴らを連れ戻せ! ここは俺が抑える!」

 

「──っ! ……で、でも鋼也! 1人じゃムリだよ!」

 

「いいから早く! パニクったガキなんざどんな危ねえことするか分かったもんじゃねーぞ!」

 

「ならせめて、私たちのうち1人だけでも残って……」

 

 須美の言葉に続こうと口を開いた園子は、物言いたげなギルスの目が自分を見つめていることに気づいた。

 

「……ううん、わっしー、ミノさん……それじゃダメなんだよ……しののん! すぐに戻ってくるからね〜!」

 

「……ああ、早くしねーと1人で片付けちまうからな!」

 

 それだけ言って園子は走って行ってしまう。リーダーの切り替えの早さに驚いた2人は両者を交互に見やりながらどちらにも踏み出せない。

 

「……行きなさい、彼はあなたたちのことも気にしてるの……ここで問答しても譲りはしないわ。今できるのは一刻も早く生徒たちの安全を確保することよ……ここにいる生徒は私に任せて」

 

 安芸の言葉に首を傾げながらも、2人はひとまず従うことに決めた。躊躇いながら各々別の方向へ駆けてゆく。

 

 

 

 

 

「さてと……まさか、大人しく待っててくれるとは思わなかったぜ」

 

 自分たちの問答の間、アンノウンは誰1人としてこちらを狙おうとはしなかった。最初からギルスが狙いだったのか、標的を見定めることができていなかったのか、標的以外は巻き込まないようにしているのか。

 

(一度に5体も出てくるとはな……俺が普段より早く察知できたのも、数がまとまってたからか……)

 

 一般生徒も徐々に戦場から距離を取れてきた。これなら問題ない。

 

「まあいい……ここからは、バケモノの時間だ……!」

 

 5対1の絶対的不利な状況。それでもギルスは獰猛に挑みかかる。

 

(アイツらの楽しみをぶっ壊した報いを、必ず受けさせる!)

 

 友達の笑顔を台無しにされたことを、鋼也は本気で怒っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「4人目、見つけました。これから戻ります」

 

「気をつけてね鷲尾さん……これで、いないのはあと2人。乃木さん、三ノ輪さん、そちらはどう?」

 

「まだ見つかってはいないけど〜髪留めが落ちてたから1人はこっちにいるはずです〜。ミノさんは〜?」

 

「こっちは柵まで来たけど見つからない。ちょっと場所を変えて探してみるよ」

 

 集合場所の駐車場から安芸が指示を出し、3人が捜索する。この手法で逸れた生徒を連れ戻す。もっと人手があれば早いのだが、教師陣は生徒をなだめるのに手一杯な上、この非常時に単独行動を任せられる人材は限られる。

 それを承知でもやはり焦る思いは拭いきれるものではない。焦燥感をごまかすために、銀は連絡用に常時繋いでいるグループ通話で園子に話しかける。

 

「なあ園子……なんでさっき、あんなにあっさり引き下がったんだ? そりゃアイツの言ってることは正しかったかもしれないけどさ」

 

「ん〜? さっきって、しののんが私たちに捜索に行けって言ったこと〜?」

 

「あ、私も気になってたのよ。そのっちが決断力があると言っても、切り替えが早いなとは思ってたわ」

 

「あ〜……あそこで話してもしののんは譲らないって分かったからね〜。ほんとはすっごく優しい人だから、しののんは色々なことを心配してたんだよ〜」

 

 鋼也も、園子なら理解してくれると考えたのだろう。そして園子は持ち前の感性と頭の回転の早さで、彼の意思を正しく汲み取っていた。

 

「あの場で私たちが戦うってなったら、学校のみんなの前で変身することになるでしょ〜? 怪物に怯えきったところで知り合いが変な格好で戦ってたら……どう思われるか分からないって。そう考えたんじゃないかな〜?」

 

 いくら神世紀の教育が行き届いているとは言え、子供の、それも根源的な恐怖心はどう転ぶか分からない。万が一にも3人の当たり前が脅かされないように。鋼也の優しさという長所と向こう見ずという短所が同時に働いた結果だった。

 この数日、鋼也は勇者たちと色々な話をした。中でも1番食いつきが良かったのは学校の話題だ。篠原鋼也が普通の学生に戻ることは恐らくない。だからこそ彼は3人が羨ましくて、それ以上にその普通を守りたかった。たとえ1人で戦うことになろうとも構わない。それくらいには本気で、友達の日常を大切に思っていたのだ。

 

「鋼也くん……」

 

「そんなこと……」

 

「……今のあなたたちにできることは少しでも早く生徒の安全を確保して、彼の援護に向かうことよ……分かるわね?」

 

「──っ……了解!」

「らじゃ〜!」

「私も捜索に戻ります!」

 

 今は、自分にできることを。勇者たちも、大人たちも、そして鋼也も。この場の全員が同じ思いで懸命に動いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場に変わった平原。消耗しきったギルスが倒れこみ、前方にはアンノウンたちが武器を下ろして佇んでいる。

 

「……ぐっ……ハァ、ちくしょう……」

 

 1人仕留める間に3人に囲まれる。全員が武器を持っており、ギルス以上に間合いが長い。こうなるとよほどの実力差がなければ少数側には打つ手がない。そして残念ながら、現状のギルスとアンノウンの間に、決定的な実力差は存在しない。

 

(お山の大将はまだ偉そうに踏ん反り返ってるっつーのに……一匹も仕留められずにこのザマかよ……!)

 

 リーダー格と目されるマギストラは、未だに後方で様子見に徹している。その余裕が、()()()()()()()()()()()()()()()()()、鋼也の神経を逆撫でし続ける。

 

「……ギト……イヤ、コノ……ハ……」

「ヤハリ……険スギル……」

 

 小声で何かを話し合うアンノウンたち。鋼也はこの時始めて敵が人語を解するという事実を知ったが、それ以上に彼は相手の態度が気に入らなかった。言葉もよく聞き取れず、嘲笑われているように感じ取ったギルスは、とうとうキレた。

 

「アアアアァァァァッ! なめてんじゃ、ねえぞぉぉっ‼︎」

 

 ボロボロの体を無理やり引っ張り、ギルスが立ち上がる。まだ動けるとは思っていなかったのか、警戒を強めるアンノウンたち。ギルスは震える足に力を込めて、強く大地を踏みしめる。

 

「テメエらがなんで人間を脅かすのかは知らねえ……だが、口がきけるってんなら言わせてもらうぜ。テメエらは害獣だ……だから潰す! 絶対にだ……」

 

 言葉を紡ぐギルスに威圧されたように、1番前にいたキュアネウスが一歩退く。その瞬間、密かに構えていたギルスが踏み込み、腹部を爪で貫く。一瞬の出来事に、不意をつかれた他の個体も動けない。

 

「くたばりやがれっ、クソッタレがあっ‼︎」

 

 二撃目で首を飛ばし、キュアネウスはなんの抵抗もできずに爆散、消滅した。その爆風に吹き飛ばされ、限界が来ていたギルスの変身が解除される。

 

「────っ! ……どうだ、コノヤロウ……」

 

 ゴロゴロと転がり、各所から出血しながらも鋼也は何度でも立ち上がる。すでに死に体でありながら、確実に強くなっている目の前の少年に、アンノウンたちは無自覚に恐怖していた。

 

「……ハァ、ハァ……この世には、『天敵』っつー概念がある……バケモノごときにどこまで理解できるか知らねえがな……これだけは、地獄に落ちても忘れんなよ……!」

 

 左半分が血で赤く染まった視界で、それでも鋼也はしっかりと女豹型を指差して宣言する。アンノウンが理解しているかは分からないが、その身から滲む濃厚な殺気と怒りに呑まれ、なんの行動も起こせずにいる。

 

「テメエらの天敵は、篠原鋼也(おれ)だ……! このギルス(おれ)が、テメエら(アンノウン)を打ち滅ぼす、天敵になる……!」

 

 初めは罪悪感や責任意識からスタートした戦いだった。しかし、こんな自分を友達だと言ってくれた少女たち。あの3人に出会って鋼也は変わった。自己満足に過ぎないケンカが、尊い何かを守るための戦いになったのだ。

 

 

 ──えへへ〜、もちろんだよ〜。いつかしののんとも一緒に出かけられたらいいね〜──

 

 ──おみやげ話も、楽しみにしておいてちょうだい──

 

 

 彼女たちの日常を壊す者は、絶対に認めない。

 

 

 

 ──色々全部片付いたらさ、一緒の学校通おうな! そしたら絶対、毎日がもっと楽しくなる! ──

 

 

 

 そして、あの子の笑顔を奪う者、何より尊いその優しさを穢す者は、誰であろうと許さない。

 

「必ず駆除してやる……俺が、俺がこの手で──!」

 

 踏み出した足から力が抜け、鋼也の体が地に沈む──

 

 

 

 

 

 

 

 

「『俺が』なんてつれないこと言うなよ。『俺たちが』だろ?」

 

 寸前、横から少女の細腕がその身を支える。顔をゆっくり横に向けると、一瞬前まで思い浮かべていた笑顔がそこにあった。

 

「……銀……?」

 

「おう、アタシだ」

 

「しのの〜ん、大丈夫〜⁉︎」

 

「遅くなったわね、みんなはもう大丈夫よ」

 

 園子と須美も駆け寄ってくる。全生徒の避難誘導が完了したようだ。

 

 

 

「……へっ、思ったより早かったな……ここから奴らを叩き潰す予定だったんだが……」

 

「そんな体で何を言っているの……ごめんなさい、もっと早く来れれば……」

 

「気にすんな、大した怪我じゃねーよ」

 

「ごめんしののん、私たちだけじゃアレには勝てない……もうちょっとだけ、頑張れる〜?」

 

「余裕だっての……いらん心配する前に指示をよこしな、リーダー」

 

「終わったらすぐに病院行くぞ……無理、しないでくれよ……鋼也……」

 

「……だから全然よゆ──チッ、分かったよ……当てにさせてもらうぜ勇者さま」

 

 話していくうちにどんどん頭が冷えていくのを自覚する鋼也。彼がこだわったのはこれだ。この時間を守りたくて戦ったのだ。

 先程までの威圧感が消えていったことでやっと目が覚めたように、アンノウンたちが構え直す。

 

 

 

「これで4対4だな……そうだ、せっかくだしみんなで合わせて変身してみない?」

 

 端末を真上にポンポンと放りながら、銀が提案する。いいこと思いついた、と言わんばかりの笑顔だ。

 

「お〜いいよそれ〜! ヒーローみたいにやるんだね〜」

 

 園子が端末片手に何やらポーズを取る。センスに引っかかるものがあったのか、テンションがやたらと高い。

 

「遊びじゃないのよ……まぁ、みんながやるなら付き合ってあげるけど……」

 

 頰を赤く染め、須美が小声で同調する。誰もいないのにチラチラと周りを気にするあたり、本当に恥ずかしそうだ。

 

「……ガキかっつーの……いや、そういやガキだったな……俺も、お前らも……」

 

 呆れたように苦笑しながら鋼也が構える。いい方向に肩の力が抜けている。

 4人が一列に並んで心を合わせ、目を閉じる。

 

「よ〜し、行くよ〜! せ〜のっ」

 

 

 

 

 

『変身‼︎』

 

 

 

 

 光が瞬き、花弁が舞い散る。無垢なる心を見初められた、神樹の勇者たちが顕現した。

 

 赤を基調とした装束を展開し、巨大な双斧を担ぐ牡丹の勇者。

 三ノ輪 銀

 

 紫主体の装備に身を包み、長槍を振るう薔薇の勇者。

 乃木 園子

 

 青と白で構成される勇者服を纏い、弓矢を構える菊の勇者。

 鷲尾 須美

 

 緑色の有機的な異形に変貌し、攻撃的な爪を伸ばす突然変異体(えいゆうのたまご)、ギルス。

 篠原 鋼也

 

 

 

 

「改めて宣言する……お前たちは、俺たちが潰す……!」

 

 ようやく真の意味で心を1つにすることに成功した勇者たち。

 

「行くぞ……ここからは、勇者の時間だ……!」

 

 その真価が、ついに発揮される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『篠原鋼也は命令を無視して制止を突破しました。彼には謀反の意思が──』

 

「そんな事実はありません……現に彼はいつでも無視できるこちらの拘束に従ってきたのです!」

 

『しかし彼は……』

 

「今彼らは戦っています! 現場を知らない人間は黙っていてください!」

 

 安芸は大社からの通信を一方的に切断した。彼女にしては珍しく、隠しきれない怒りが表情に出ている。

 

(我々が背負うべき責務を全て押し付けてしまった……ならばせめて、最後まで彼らを信じぬく……)

 

 戦闘の轟音に怯える生徒たちのフォローに戻る安芸。教師として、大社職員として、大人としての彼女の仕事だ。

 

(それが私にできること……そうですよね、真由美さん……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オォラアアアッ‼︎」

「鋼也、伏せろ!」

「わっしー、白いのお願い!」

「了解!」

 

 満身創痍のギルスに、未だ対人戦に不慣れな勇者たち。個々の能力では劣っているものの、その差を連携の練度で補い、完全に五分に持ち込んでいる。

 その状況にしびれを切らしたのか、マギストラが錫杖を振るう。直後戦域一帯に複数の爆発が巻き起こる。

 

「おわあっ⁉︎ 仲間ごと⁉︎」

 

「チッ、人間如きに歯向かわれて怒髪天ってか?」

 

 仲間が巻き込まれることなど考慮していない無遠慮な攻撃に、勇者たちも対処できない。距離を取っていた須美がマギストラを狙うも、アルビュスの矢に撃ち落とされる。

 

「くっ……私1人じゃ突破口は開けない……そのっち! まだダメなの?」

 

「ごめん、もうちょっとだけ……」

 

 園子は戦いながら様子見に徹していた。現実世界で戦う以上、一体たりとも逃せない。そのためにはまとめて動きを封じて、確実に仕留める必要がある。そのチャンスを作るために、勇者のリーダーはその優れた観察眼で敵の動きを分析していた。

 

(……各々の回避運動の癖は、おおよそ把握できた……攻撃する方向、タイミング……捉えるには誰が……トドメにはやっぱり……一番の不確定条件はあの錫杖……)

 

 傍目にはいつものマイペース過ぎる天然少女だが、その内では幾多の戦術が浮かんでは消え、最善の策が構築されていく。

 

「ミノさん! しののん! あの錫杖、どうにかできる〜⁉︎」

 

「あいよぉ!」

「お任せあれってね!」

 

 一瞬のアイコンタクトを交わす前衛2人。戦いながらどんどん互いを理解していく銀と鋼也は、戦場でならすでに言葉を必要としないレベルに意思疎通ができている。

 ギルスの肩を借りて、銀が高く跳躍する。己めがけて飛んでくる斧の勇者を警戒して頭上を見上げたマギストラは気づかなかった。足下に這い寄る触手の存在に。

 

「っし、取った!」

「ナイス鋼也!」

 

 不意打ちのフィーラーで錫杖を掠め取ったギルスは、もう一方の触手を空中の銀に巻きつけ、ひと息に引き戻す。右手に銀、左手に錫杖を抱えたギルスは大きく跳びのき、園子たちの元まで下がった。

 

「ポイッと……園子、オーダーはこれで果たしたぞ」

 

「ありがと〜2人とも! これで条件は通った……作戦、指示するから一度で覚えてね〜」

 

「さすがねそのっち!」

 

「任せろ、必ず成功させる」

 

 

 

 

 

 

 

 必要最低限の指示だけ出して、勇者たちが動き出す。円を描くように駆け回り、敵を囲んで中央に追い込む。

 

「まずは、私から…………いっけぇぇぇ!」

 

 須美が走りながら力を溜めていた矢を放つ。威力よりも爆風の範囲を重視した一射は、当たりこそしなかったが全員の体勢を崩すことに成功した。

 

「予想通りに動いたね〜……そこ〜!」

 

 アンノウンの動きを予想していた園子の罠が発動。真上に展開していた8本の穂先が敵の両足に突き刺さる。足の甲を地面に縫い付けるように刺さり、4体同時に動きを封じてみせた。

 

「ミノさん! しののん!」

「おっしゃあ!」

 

 双斧が炎を纏い、銀の最大威力が解禁される。踊るように斧を振るい、ルベオーの至る所に刃を立てる。意識的か無意識か、銀は鋼也の傷に似通ったところを攻撃していた。

 

「この痛みを絶対に忘れるなよ……お前らがやってるのは、こういうことなんだよ!」

 

 怒りの乱撃がルベオーの体を細切れにし、跡形もなく燃やし尽くした。

 

 

 

 

 

 

「散々痛めつけてくれたな……!」

 

 ギルスが高く飛び上がり、踵から爪を展開する。

『ギルスヒールクロウ』が炸裂し、マギストラの心臓を破壊──

 

「ッ、ギッ……ガ……!」

「……へぇ、やるじゃねーか……!」

 

 しなかった。左腕を犠牲にしてギルスの右足を止めたマギストラが空いた右手で反撃に移ろうとする。それよりも一瞬早く、ギルスが反転して敵の真正面に降り立つ。

 

「だったらこいつで……倍返しだああっ‼︎」

 

 着地と同時に体を捻る。その動きの迅速さに、マギストラはついてこれない。爪を伸ばしたまま横方向に払われた左足は、アンノウンの首を刈り取り、綺麗に切り飛ばした。

 

『デュアルヒールクロウ』

 踵落としから反転、回し蹴りに繋げる、両足のクロウを使った変則二段攻撃。強くなっていくアンノウン対策に鋼也が考えた新たな必殺技が、今度こそ炸裂した。

 

 

 

 

 

 リーダーさえも撃破され、焦りに焦った残るアンノウン2体は傷が広がるのも構わず、がむしゃらに刃から足を引き抜いて撤退を図る。

 

「潰すっつったろーが……逃がすわけねえだろ!」

 

 ギルスが触手を首に巻きつけて2体を捕まえ、そのまま投げ飛ばす。吹き飛んだ先には、背中合わせに待ち構えていた弓と槍の勇者たち。

 

 

 

 

 アルビュスと正面から対峙した須美は、先刻の光景を思い出す。一度矢の威力で打ち負けている。それでも──

 

(いいえ、負けるわけがない……私の矢が……私たちの鍛錬が……)

 

 真っ向向き合って矢を構える両者。神性を込める間に敵に先手を取られてしまう。それでも須美は焦ることなく、一意専心、矢を引き絞る。

 

アンノウン(あなたたち)なんかに、負けるわけがない!」

 

 全霊を込めた一射は一筋の閃光と化し、敵の矢を飲み込んでアルビュスの胸に風穴を開けた。

 

 

 

 

 

(努力して、成長する…………考えて、策を練る……仲良くなって、力を合わせる……それが……!)

 

 園子の突撃(チャージ)はトリスティスに捌かれ、その小さな体が槍で打ち上げられてしまう。しかしそれも彼女の想定内。真上に展開していた刃に足を付き、上下逆に槍を構える。

 

「それが、アンノウン(あなたたち)にはない、人間(わたしたち)の強さだよ〜!」

 

 直上から一直線に落ちる刺突。雷霆の如き一撃は、トリスティスの体を縦に両断してもなお有り余る威力があった。大地に体が丸々埋まるほどの大穴を開けてようやく止まった園子は——

 

「う〜〜ん……サンチョがいっぱい……回ってる〜……」

 

 自分の攻撃のあまりの勢いに、目を回してしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「そのっち、大丈夫?」

「うん〜ちょっと勢いつけすぎちゃった〜」

 

 園子を引き上げ、合流した4人。勝利の余韻に浸る銀の背中に、重たい感触がのしかかる。

 

「……鋼也? ……鋼也!」

「……ぅ……ゴボッ!」

「鋼也くん⁉︎」

「急いで運ぶよ、2人とも!」

 

 変身を解いた直後、栓を抜いたように吐血した鋼也は、声も出せずに身動きもできない。

 

(……なんで……今までは変身してた時に……傷が塞がってたはずなのに……)

 

 大慌てで呼びかけてくる勇者たちの声に反応することもできず、鋼也は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大社直属の大型病院。そこには丸3年眠り続けている患者がいる。

 

「………………」

 

 脳に強い衝撃を受けたまま、医者も回復は絶望的とみなした……はずの女性の指が、ピクリと動く。

 

「…………こう、や…………?」

 

 鋼也の母親、篠原真由美が、3年ぶりに目を覚ました。

 

 

 

 

 

 

 

 




 今回の同時変身シーン、ビルドの44話をイメージしてもらえれば良いかと。あんな感じで笑顔で戦いに臨んだのでしょう。

 アンノウン一覧を見て思ったこと

 パンテラス・トリスティス(黒豹)…槍使い=そのっち

 パンテラス・アルビュス(白豹)…弓使い=わっしー

 パンテラス・ルベオー(赤豹)…二刀流使い=ミノさん?

 …これはぶつけるしかないっしょ…

 長くなったなぁ…やっぱり切りどころ間違えたかな?

 感想、評価等よろしくお願いします。

 次回もお楽しみに



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おもいで

 
 久々にじっくり自分の作品を読んでみて、違和感を感じました……三点リーダとか空白とかがなってませんでした……現在修正中です。執筆と同時進行なのですぐには手が回り切りませんが、少しは読みやすくなるかな?と思います。

 そんな感じで最新話、わすゆ編最初で最後の日常回?




 これまでどんな傷も翌日に持ち越さなかった鋼也だが、完治するまでに一週間が経過した。

 

「……あー、体バッキバキだ。ずっと寝過ごしてたからか、めちゃくちゃ動きにくい」

 

「あんだけ傷だらけになればなぁ……むしろ一週間で治る方がビックリだけどな」

 

 勇者たちは幸い軽傷で済み、学校を終えた放課後に鋼也のお見舞いに来ていた。

 

「本当に大丈夫? 無理してるようなら……」

 

「問題ねーよ。お前ら相手に嘘つく気はねえから安心しな」

 

「お〜……それじゃ祝勝会しちゃう〜?」

 

「いいね! イネス行こうイネス!」

 

「またイネス? 本当に好きね、銀」

 

「どーだろ、俺は許可取れるかは分かんねーぞ?」

 

「その時はお菓子買ってきてしののんの部屋でパーティってことで〜」

 

 先日のギルスの命令違反に対する処分は未だ通達されていない。しかし退院して本部に戻れば、流石にお咎めなしとはいかないだろう。全速力で跳んでいたため、ギルスの目撃者はほぼおらず、大した騒ぎにもなっていない。それでも秘密主義で規律第一の大社だ。監視がさらにきつくなる可能性は十分にある。

 

「私たちも一緒に行ければ良かったんだけど……」

 

「鋼也のおかげで被害が出なかったんだし、何も悪いことしてないじゃんか」

 

「しょうがねえさ。こうなることは覚悟でやったんだ、お前らが気にするこたぁねえよ」

 

「しののん……そういえば〜安芸先生は〜?」

 

 園子が知る中で唯一鋼也の味方をしてくれる大社職員のことを思い出した時、病室のドアがノックされた。鋼也が返事をすると、何やら慌てた様子の安芸が駆け込んできた。

 

「安芸さん? どうかしたのか?」

 

「ハァ、ハァ……お、落ち着いて聞いてちょうだい。鋼也くん……」

 

「いや、アンタが落ち着けよ……キャラがブレてんぞ教師」

 

 鋼也につっこまれ、息を整える安芸。いつもと印象が違う担任教師の姿に、勇者たちも目を丸くして見つめている。

 

「真由美さんが……鋼也くんのお母さんが、目を覚ましたの……!」

 

「……!」

『ええっ⁉︎』

 

「数日前に意識が戻って、まともに話せるくらいに回復したって……上の階の病室よ、行きましょう」

 

 安芸が手を差し出すも、鋼也は俯いたまま何も反応を返さない。疑問符を浮かべた銀がその顔を覗き込むと、顔面蒼白で見開いた眼を泳がせまくる、動揺しきった少年がそこにいた。

 

「…………」

「……鋼也」

 

 篠原鋼也にとって、母親は1つのトラウマだ。異形に変貌した自身。バケモノを見る目でこちらを睨む大人達。そして何より、血に沈む母親の顔。今でも夢で思い返しては飛び起きることがある。

 

「よし! それじゃ行こう、鋼也!」

 

 そんな彼の震える手を暖かい感触が包み込む。

 

「銀……?」

 

「怖い時は一緒にいるって、約束しただろ?」

 

「……俺、は……」

 

「鋼也を産んで、育てた人だぞ? 子供を恨んだりなんてするもんかよ。それは鋼也の方がわかってるだろ?」

 

「それは……」

 

「怖いのは分かる。でもさ、逃げ続けるわけにはいかないだろ。家族なんだから……だったら早いうちに会って、言いたいこと言い合って、普通の家族に戻ろうよ」

 

(……叶わねえな、ホント……)

 

「……安芸さん、案内してくれ……」

 

「……! ええ、すぐ上の病室よ」

 

 5人並んで病室を出る。その間も、鋼也と銀の手は固く結ばれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私たちはここで待ってるわ」

 

「えっ? でも……」

 

「いきなり大勢で押しかけても迷惑かもだし〜。ミノさん、しののんのことよろしくね〜」

 

「……お、おう! 任せろ」

 

「……開けるぞ……」

 

 恐る恐るノックすると、かつては毎日聞いていた声が返ってくる。小さく深呼吸をした鋼也が扉を開けると──

 

 

 

「ど〜〜〜ん!」

 

「うおっ⁉︎」

「ひゃあっ⁉︎」

 

 開けた瞬間、中にいた人物に思い切りタックルをかまされ、手を繋いでいた2人は仲良く扉に激突した。

 

「ちょっ、なん……母さん?」

 

「はいは〜い、お母さんですよ〜」

 

「……えっ? この人が⁉︎」

 

「真由美さん……まだ安静にしていないと……」

 

「いいじゃないの安芸ちゃん! ひさーしぶりの親子の再会なのよ⁉︎」

 

「その息子さんがあっけにとられてますから、早くベッドに戻ってください」

 

 安芸に押されてしかたなくベッドに戻る女性。銀は未だに思考が追いついていないのか、鋼也と女性の顔を見比べて口をパクパクさせている。

 

「こ、この人が鋼也の……?」

 

「そそ。何年経っても子持ちに見えないって言われるのが生涯の目標、篠原真由美29歳! ……あ、違う、寝てる間に三十路超えちゃったんだよなぁ……改めまして、篠原真由美32歳! よろしくね、三ノ輪銀ちゃん」

 

 恥ずかしげもなくウインク横ピースを決める32歳。確かに言うだけあって、大学生と言われても納得しそうなほど若々しいが、銀が驚いたのは何よりそのノリの軽さだ。

 今でこそ割とノリ良く話してくれるようになったが、出会った時の鋼也の陰鬱な雰囲気はヒドイものだった。事情を知って印象も変わったが、それでもその第一印象をもとに母親像を膨らませていた銀からすれば、この実像はかなりの不意打ちだった。

 

「えっと……アタシの名前を……?」

 

「うんうん! 一週間前……鋼也が担ぎ込まれた日に目覚めてね、ここまでの経緯はだいたい聞いてるの。乃木園子ちゃんと鷲尾須美ちゃんのことももちろん知ってるよ。息子がお世話になってます」

 

「い、いえいえこちらこそ……っていうか、そんなに動いて大丈夫なんですか? 3年も眠ってたのに……」

 

「フフン、これでも鍛えてましたから! 一週間もあればある程度は回復するのよ」

 

 ちょっと鍛えていたでどうにかなる問題なのか? と首を傾げる銀の隣、ずっと俯いていた鋼也が顔を上げた。

 

「……かっ……ぅ……」

 

 言いたいことは山ほどあるのに言葉にできない。思わず後ずさりそうになった鋼也を救ったのは、隣で強く手を握る少女の笑顔だった。

 

(……鋼也、がんばれ!)

 

 至近距離で見つめ合い、笑顔で頷きあう少年少女。ベッドの上には青春真っ盛りの息子を見て、だらしなく顔を綻ばせる母親(親バカ)がいるのだが、傍観していた安芸以外にそれに気づく者はいなかった。

 

 

 

「母さん、ゴメン!」

 

 意を決した鋼也は、第一声と同時に頭を下げた。一瞬でシリアスモードの表情に戻った真由美は、そんな息子を黙って見据えている。

 

「本当は、ずっと会いたかった。話せなくても、せめて顔を見たかった……だけどそれ以上に、眠り続ける母さんを見るのが怖かった。自分のしでかしたことを突きつけられるのが嫌で、俺はずっと──」

 

「あーあーあー! 長い、長いよ鋼也! 3年ぶりの会話なのに重苦しい前置きが長すぎ! 私がそういうの苦手なの知ってるでしょ? もっとシンプルでいいのよ。そもそも鋼也は何にも悪くないじゃない!」

 

 鬱陶しげに耳を塞ぐ真由美。あれほどのことがあっても何も変わらない母親に、力が入りまくっていた鋼也の肩も落ちる。

 

 本当は、言われなくても分かっていた。言うべき言葉はシンプルに。

 

「……お帰り、母さん……」

 

「ただいま、鋼也……それから、お帰りなさい」

 

「……ああ……ただい──」

 

 最後まで言いきるのを待てずに、真由美が鋼也を抱き寄せる。3年ぶりの感触を確かめる2人。

 

「待たせちゃって、ゴメンね……辛かったよね……苦しかったよね……」

 

「そんなこと……母さんこそ……痛かったろ? 俺がもっと──」

 

「いいの……謝らなくていい……親が子供に望むのはね……元気な顔を見せてくれること、それだけなんだから……」

 

「……かあ、さん……」

 

 抱き合いながらすすり泣く親子。横から見ていた銀と安芸も、気づけばその頰に涙が伝っていた。

 

 彼らは泣き続けた。離れていた時間を埋めるかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて面会時間が終わり、鋼也たちは帰っていった。流石に今の状況で外泊許可は取れなかったようで、後ろ髪を引かれるように鋼也は病室を後にした。

 

「……さてと、安芸ちゃん?」

 

「はい、鋼也くんの拘束その他の扱いについて、決定に関与した人物をリストアップしました」

 

「さすが、3年でさらに優秀になったわね安芸ちゃん…………なるほど、この陣営……やっぱりアイツか……花村……!」

 

「はい、篠原家、とりわけ真由美さんと並び称されることが多かった花村家の当主、花村正樹。彼の派閥の人間が主導してギルスの処遇を決めていたようです」

 

「いけすかないとは思ってたけど、ここまでゲスだとはね……もっと早く潰しておけば良かったわ」

 

「彼は篠原家の権威が増す可能性を持つ鋼也くんのことも快く思っていなかったでしょう……真由美さんが目覚めたことを私に通さなかったのも、彼の一派の仕業でしょうし……どうします?」

 

「決まってんでしょ……さっさと職場復帰して、あのニヤケ顔ひん曲げてあげるわ」

 

 普段は似てないと言われることが多い篠原親子。知っているものは多くないが、そんな2人にも明確な共通点がある。

 

「組織にも子供にも悪影響しか与えない害獣野郎が……絶対に潰してやる……!」

 

 激怒した時の雰囲気は、非常によく似た親子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鋼也の退院から一週間が経過したある日。午前の訓練を終えて、彼の部屋に遊びに行こうと話していた勇者たちは、校門に見慣れた人影を見つける。

 

「……え……? あれ、鋼也?」

 

「よう、お疲れさん」

 

「ど、どうしてここに……? 外出許可は?」

 

「あーそれなんだけどな……なんか必要なくなったらしい。好きに外に出ていいんだと。今朝急に言われてさ」

 

「お〜急だね〜。何があったの〜?」

 

「俺にもサッパリ。この前母さんがありえないペースでリハビリ終えて職場復帰したとは聞いたけど、関係あるのかね」

 

「うーん……まあなんにしろ、外に出れるなら良いことだよな。そうだ! この前結局できなかった祝勝会やろうよ!」

 

「そうね……ということは、今日もイネスね?」

 

「じゃあじゃあ〜しののんには私オススメのジェラートを教えてあげま〜す」

 

「へえ、楽しみだな……そういや、ジェラートなんて食ったことねえな」

 

「おお〜。じゃあしののんの初めてを私たちでいただいちゃうわけだ〜」

 

「なんか言い方がいかがわしいわよそのっち。冗談はさておき、鋼也くんは他に行きたいところはある? せっかくだし今日はどこでも付き合うわよ」

 

「いや、何処ってのもよく分からんしな。お前らがイイトコ教えてくれよ」

 

「よっしゃ! ならやっぱりイネスだろ! アタシがばっちり堪能させてやるからな、鋼也」

 

「はいはい……期待してるよ……」

 

 

 

 

 

 

 その日を境に、鋼也に課されていた制限が次々と解除されていった。手錠も外され、好きに外出でき、挙句唐突に小学生に不相応な金額を与えられてしまった。流石に鋼也もおかしいと思って母親を問いただすも、気にせず楽しめとしか言われなかった。

 しかも時期を同じくして、安芸も勇者たちから離れているらしい。教師としても休んでいるとのこと。

 

(何があったんだか……)

 

「ん〜? しののん、どうかした〜?」

 

「……いや、なんでもねぇ……つーかどうしても必要かこれ? 適当な服で良くねえか?」

 

「ダメダメ〜、私たちで行く初めての夏祭りなんだよ〜? 乃木さんちの園子さんにおまかせあれ〜」

 

「……やーれやれ、早めに頼むわ……」

 

 鋼也は園子に連れられて、乃木家の邸宅を訪れている。近く開催される夏祭りに行く時の浴衣を見繕うことが目的だ。別室では須美が銀のコーディネートに精を出している。時折興奮した声が聞こえてくる辺り、順調に須美のキャラ崩壊が進んでいるようだ。

 

「園子、この頃の大社についてなんか聞いてるか?」

 

「ん〜ん、私はなんにも〜……大事なことなら教えてくれるだろうし、今は気にしなくていいんじゃないかな〜?」

 

「そんなもんかね……」

 

 乃木家のご令嬢も詳しいことは知らないらしい。当たり前の日常生活というものに不慣れな鋼也はどうしても気にしてしまうが、周りから見れば当然な権利でしかない。

 そんなことをつらつら考えているうちに園子が満足したらしく、着せ替えタイムは終了した。妙な倦怠感が抜けない体を伸ばしていると、部屋の扉が開かれる。

 

「そのっち、鋼也くん、こっちは終わったわよ」

 

「……あー疲れた……何回着せ替えられたんだアタシ……ん? どうしたんだ鋼也?」

 

 三ノ輪銀ファッションショーを終えた2人が戻ってきた。なにやら潤っている須美と対照的に疲弊しきった様子の銀。

 

「……いや、俺がこんなことしてていいのかと……つい、な……」

 

「んー、アタシにはその辺の感覚よく分かんないけど……でもそうだな……これまで鋼也が頑張ってきたご褒美、って思えばいいんじゃないか?」

 

「前向きだなお前さんは……まあ、俺も少しは見習うべきなのかもな……」

 

 少しくらいは素直になってもいいかもしれない。そんな風に笑う鋼也は、それから少しずつ日常に馴染んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏祭りの夜、お約束のように銀は集合場所に来なかった。

 

「……ま、予想通りだな」

 

「ど〜する〜? この人混みで探しに行くのもちょっとね〜」

 

「どうせまたトラブル解決に奔走してるんでしょうし……」

 

「しゃあねえ、ちょっと高いところから見てみますかね」

 

 ため息をこぼした鋼也が、傍の木に飛び乗ろうと跳躍する。高い身体能力を持つ彼なら造作もないこと……だったはずだが……

 

「えっ、しののん⁉︎」

「危ない!」

 

 枝に届くには僅かに飛距離が足りず、およそ2階分の高さから背面を下に落下する。

 

「──っ! チィッ‼︎」

 

 間一髪、幹を蹴って再跳躍。なんとか枝に捕まることができた。ホッと息をつく鋼也たち。しかしおかしい。本来彼は4階建ての校舎の屋上に飛び移れるほどの跳躍力があるはずなのだが。

 

(入院してからなんかおかしいな……そもそもなんだってあんな重傷になったんだ……? 再生能力が、弱くなってる?)

 

 自分の体に疑問符を浮かべていると、騒ぎに気づいた銀が巨木の上にいる鋼也を見つけた。目があった彼女の様子からして、どうやら問題は解決した後らしい。

 

「おーい! 鋼也、何やってんだ? そんなところで」

 

「お前を捜してたんだよ遅刻魔が……」

(まあ、今はいいか……)

 

 ふと浮かんだ一抹の不安は、赤い浴衣を着て笑う銀を見た瞬間霧散した。今は今を楽しむ。友のためにも。

 

 

 

 

 

「やっと全員揃ったわね」

 

「いやー、ホントごめんな? 迷子の子を見つけちゃってさ……」

 

「気にしなくていいよ〜。それよりしののん、ミノさんに何か言うことは〜?」

 

 揶揄うような園子の視線。鋼也はその意味を理解して口を開く。『女の子がおめかししてたらまず最初に褒めてあげること』園子大先生に口酸っぱく指導され、実際須美と園子相手に実践もしていたのだ。

 

「えーっと……いいと思うぞ。動きやすそうだけどちゃんと女の子っぽいし、勇者服に雰囲気が似てるな……やっぱり銀には、その色がよく映えるよ」

 

「…………」

 

「……銀? どうした?」

 

 あの鋼也から出てきたとは思えない褒め言葉に、銀の思考が停止する。その顔が浴衣と同じくらい赤く染まるのを見た園子が、彼女の肩を揺する。

 

「……はっ⁉︎ 今なんかすごいことがあったような……」

 

「……ミノさん……」

 

「鋼也くん、もうちょっと普段から優しい言葉をかけてあげてくれない?」

 

「いや、そんなつもりはないんだが……善処する……」

 

 なんとも微妙な雰囲気で屋台を巡る勇者たちだったが、やはり子供は子供。目の前に広がる祭りの空気に飲まれ、あっという間にテンションが上がっていく。

 

 

 

「う〜ん……ダメだ〜」

 

「任せてそのっち…………そこっ!」

 

「すげえ! あの見るからにヘビー級なぬいぐるみを」

 

「見ろよ店主の顔……あれが落とされるとは思ってなかったんだろうなぁ」

 

「お〜わっしーさすが〜。よっ、神樹館のスナイパ〜」

 

「ダメよそのっち……そこは『狙撃手』とか『狩人』とか言ってもらわないと」

 

 射的では遠距離型勇者が本領を発揮し……

 

 

 

「みてみて〜、『お嬢ちゃん可愛いから』っておまけしてもらっちゃった〜」

 

「さすが園子だな。愛されオーラ全開だ」

 

「いやでも、その量はおかしくない?」

 

「タコ焼き3パック……どうすんだそんな量」

 

「大丈夫だよ〜はい、ミノさんあ〜〜ん」

 

「へ? あ、あ〜〜ん……ってあっちぃ⁉︎」

 

「あ、ごめ〜んミノさん……それじゃ、ふ〜ふ〜……はい、わっしーあ〜〜ん」

 

「そ、そのっちったら……人前で恥ずかしいわ、もう……あむ」

 

「文句言いながら食うのかよ……」

 

「ほら、しののんの番だよ〜はい、あ〜……」

 

「ま、待て待て園子! それはダメだろ⁉︎」

 

「え〜なにが〜?」

 

「何って、その……だから……」

 

「分からないよ〜、なんでミノさんとわっしーは良くて、しののんはダメなの〜?」

 

「だ、男子だからだ! 好きでもない男子にそういうことはしちゃダメなんだぞ!」

 

「じゃあ大丈夫だよ〜。私しののんのこと好きだし〜」

 

「うえぇっ⁉︎」

 

「もう、そのっち? からかいすぎちゃダメよ?」

 

「は〜い……ゴメンねミノさん、私の『好き』はミノさんやわっしーへの『好き』と同じだから、心配しなくてい〜よ〜」

 

「な、なんだ……って、心配ってなんのことだよ⁉︎」

 

(まるで話に入れねえ……俺が話題だったみたいだが……これが女子の姦しさってやつか)

 

 天然か狙いか分からないリーダーの気まぐれに振り回され……

 

 

 

 

「ホイホイホイッと。どうよこの速さ! 昔から金魚すくいは大の得意で……」

 

「よっ、ほっ、はっ……へぇ、コツ掴めば簡単だなこりゃ」

 

「こーうーやー……それはアタシへの挑戦と受け取っていいんだな?」

 

「そう思いたきゃ好きにしろよ……ま、負ける気はしねえがな」

 

「上等! 祭り初心者にこの銀様が負けてたまるか!」

 

「ハッ! デカイ口叩くと後が怖いぜ!」

 

「盛り上がってるわねあの2人……さて、そのっち」

 

「うん〜それじゃ予定通り〜」

 

 子供らしく金魚すくいで張り合う2人を置いて、須美と園子が何処かへと……

 

 

 

「あークソッ! また引き分けかよ⁉︎」

 

「流石にこれ以上は店にも迷惑だな……ワリィ2人とも、待たせちまった…………あ?」

 

「アレ? 須美と園子がいない…………メール?」

 

 3戦3分けで勝負を終え、金魚すくいの屋台から離れた銀と鋼也は、仲間の2人がいないことにやっと気づいた。銀が自分の端末を確認すると……

 

 

 

 "これから花火までの間、2人ずつで別行動をとりま〜す。ミノさんはしののんと、た〜っぷりデートの思い出を作ってくること! これはリーダー命令です。花火の集合場所はさっき話したところだよ〜。19時まで30分、楽しんでね〜。

 園子

 

 p.s しののんには内緒ね〜"

 

 

 

(……そ、園子のやつ〜……)

 

「銀? 連絡ついたのかよ?」

 

「あ、ああ! なんかサンチョの限定グッズを見つけたとかで、走ってった園子を須美が追っかけてったみたい……花火の時間にさっき話した穴場で会おうって」

 

「そうかい。何事もねえならいいんだが……で? どうするよ」

 

「ふぇ?」

 

「2人だけになっちまったが、行きたいところがあるなら付き合うぜ?」

 

「え、えーとえーと……そうだ! 弟たちになんか買って帰らないと」

 

「んじゃ食い物と……なんか景品が手に入るところを回ってみるか」

 

 鋼也はそう言って、銀の左手を握って歩き出す。

 

「え、っと……鋼也?」

 

「これ以上はぐれたら合流が面倒だろ…………手握るのはマズかったか? それなら適当に裾でも……」

 

「い、いや大丈夫! 裾じゃうっかり離しちゃいそうだしな。うん、これでいい……」

 

 赤くなる顔をワタワタと隠しながら、それでも銀はその手を一切緩めなかった。すれ違う人々が2人を生暖かい目で見守ってくるのも余計に羞恥心を煽る。

 

(クソォ……なんで鋼也は平気そうな顔してるんだ)

 

(ヤベェな……これが夏祭りか……正直ナメてたぜ)

 

 実は友達との祭りというシチュエーションに若干ハイになっている鋼也は一時的に羞恥心が機能しなくなっているだけなのだが、絶賛赤面継続中の銀はそんなことを知る由もない。

 

 

 

 

 

 

 

 2人で祭りを見て回ること数分、ある屋台が銀の目に留まった。その屋台は伝統的な組紐職人が出している店で、装飾品を中心に彩り豊かな組紐が並んでいる。

 

(あ……コレいいな……でも、お金が……)

 

 銀の目が1つの髪紐を見つめている。しかし決して小学生の財布に優しい額ではない。既にいくらか使ってしまっている上に家族への土産を考えると、手を出すのを躊躇ってしまう。

 

(そういやコイツ、この前気に入ってた髪紐が切れたとか言ってたな……)

 

 昨日珍しくしょぼくれていた少女の顔を思い出した鋼也は、使い道のない金が詰まった巾着を取り出して、厳つい店主に声をかける。

 

「オッサン、これ2つでいくらだ?」

 

「こ、鋼也⁉︎」

 

「お、なんだいボウズ。可愛い彼女にプレゼントか?」

 

「んなんじゃねーよ。ただ、コイツにゃ世話になったからな。礼の品だ」

 

「ハッハッハ! ちょいと素直じゃないのはいただけねえが、いいじゃねえか! そういうことならまけてやる、特別価格で半額、1個分の値段で売った!」

 

「いいのかよ?」

 

「その歳で一丁前に女をリードしようっていういい男に、特別サービスだ! 気が変わらんうちに買っちまいな!」

 

「ありがとよオッサン……アンタもいい男だと思うぜ?」

 

 お言葉に甘えて、格安の代金を支払って屋台を離れる。祭りの列から少し離れた脇道で、目の前で買ったプレゼントを差し出す。

 

「ホレ……前に使ってたやつと似てるし、コレが欲しかったんだろ?」

 

「……あ、ありがとう鋼也……でもなんでわざわざ……」

 

「さっきも言ったろ。助けられた礼だ……お前には色々教わったしな……」

 

「え?」

 

「なんでもねーよ。さっさと受け取れ、いらねえなら捨てちまうぞ?」

 

「わー、待って待って! ……あ、あのさ……プレゼント買ってもらっておいてなんだけど……ワガママ言ってもいいか?」

 

「なんだ。聞くだけ聞いてやる」

 

「その髪紐……鋼也がつけてくれないか? ……今ここで」

 

 銀はそう言って、髪を結んでいたスペアの髪紐を外し、髪を解いた。初めて見る銀の姿に一瞬目を奪われた鋼也は、妙に空いてしまった間を誤魔化すように問いかける。

 

「……えーっと……俺は女の髪なんざいじったことねえぞ? それでもいいのか?」

 

「うん……鋼也が買ってくれたものだから……鋼也につけて欲しいんだ……」

 

 真っ赤な顔で小さく頷く銀に、鋼也は観念したように息を吐くと、ゆっくり彼女の後ろに回る。

 

「そんじゃやってみるか……うまくいかなくても怒んなよ?」

 

 おっかなびっくり銀の髪に触れ、まとめていく。いつもの髪型を思い出し、まとめる量や結ぶ位置を慎重に見定める鋼也。その視線や時折首に触れる彼の指先がこそばゆくて、銀が小さく震えているが、集中している鋼也は気づかない。

 

「こんなもんか……鏡かなんか……端末で撮りゃいいか」

 

 銀の端末で写真を撮り、現在の姿を確認した銀は、自分の顔を一目見て即座に端末をしまった。

 

「お? ……どうした銀? なんかおかしかったか?」

 

「い、いや大丈夫……ちゃんとできてるよ。ありがと、鋼也」

(ア、アタシの顔……今あんなに真っ赤なのか……⁉︎ しかもめちゃくちゃ嬉しそうに……!)

 

 端末には自分自身が知らない三ノ輪銀が写っていた。とてつもなく恥ずかしげに、だけどそれ以上に嬉しそうに笑う少女……いや、1人の女性の姿が。

 

(アレじゃ、まるでアタシが──いや、まるで……じゃないのか……?)

 

 銀はまだ自分の心がはっきり理解できていないが、世間では彼女のような状態をこう表現する。

 

 ──『恋する乙女』と──

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと……おい、結構時間ヤベェぞ、早く集合場所行かねえと」

 

「あ、ホントだ。ちょっと坂道だし、急がなきゃ────っうおっ⁉︎」

 

「銀!」

 

 唐突に転びかけた銀に手を伸ばして体を支える鋼也。足元を見てみると、銀の右足を支えていた草履の鼻緒が、見事に切れてしまっていた。

 

「うわーどうしよ……これ園子のウチの借り物なのに……」

 

「まあそれは後で謝るとして……流石にそれじゃ歩けねえだろ」

 

 今から替わりになるものを探すのは時間がかかりすぎる。となると……

 

「しゃあねえ……乗りな、銀」

 

「えっ⁉︎ こ、鋼也⁉︎」

 

「時間ねえんだって。花火見逃すのも、アイツら待たせんのもイヤだろ?」

 

「……ぅ……ぅう〜〜! わ、分かった……よろしく頼むよ、鋼也」

 

 色々なものを天秤にかけた結果、友情が勝ったらしい。恐る恐る銀が鋼也の背に乗ると、そのまま勢いよく駆け出していく。

 

「うおっ! こ、鋼也⁉︎」

 

「普通に進んでたら間に合わねえ、ちょっと飛ばすぜ!」

 

 木々を飛び回り、石段を駆け上る。人を背負っているとは思えない勢いではためく浴衣姿が、夏の夜空に舞い上がる。

 

「なんだぁ、ありゃ」

「さっきのボウズ、か……?」

「スゴーい! おばあちゃん、飛んでる人がいるよー」

「まあほんと……まるで牛若丸だねぇ」

 

「お、おい鋼也! なんかすごい目立ってるぞ!」

 

「ハハッ、いいじゃねえか! 祭りなんだから目立ってナンボだろ!」

 

 数年に渡る軟禁生活で無自覚のうちに溜まっていたストレスを解消するように、鋼也はただ笑っていた。

 

 

 

 

 

 

「う〜ん、遅いね〜2人とも」

 

「銀だけならまだしも、鋼也くんがついてて遅れるとは思わなかったわね……」

 

 2人と別れて祭りを散策していた園子と須美は、園子の家で聞いた花火鑑賞の穴場……林の中心の開けた平野で仲間を待っていた。

 

「返信がないということは、多分今急いでこちらに向かっているんだと思うけど」

 

「もう1分もないよ〜。ミノさん、しののん……私、余計なことしちゃったのかな〜?」

 

「そんなことないわよ、そのっち。2人のためを思ってのことなんでしょ? まだ来てないってことは、銀と鋼也くんは2人の時間をすごく楽しんでたってことじゃない? それはそのっちのお手柄よ」

 

「わっしー……ありがと〜」

(新作のネタ探しも兼ねてた……って言ったら怒るかな〜?)

 

「……とはいえ、もう始まってしまうわね。花火は4人一緒に見たかったけれど……」

 

 須美が空を見上げるのと同時に、最初の花火が独特の音と共に打ち上がる。その花が咲く、まさにその瞬間──

 

 

 

 花火をバックに、少女を背負った神世紀の牛若丸が夜空を翔け上がってきた。

 

「こ、鋼也くん……⁉︎」

「お〜、しののんかっこいい〜」

 

 目を丸くして驚く2人の目の前に降り立つ鋼也。息を荒げながらも優しく銀を下ろして空を見上げる。その顔は今までにない清々しさに満ちていた。

 

「ふぅ……ギリギリ、間に合ったな……」

 

「む、無茶しすぎだよ鋼也……死ぬかと思った」

 

「悪りぃ悪りぃ……でも楽しかったろ?」

 

「あのなぁ…………楽しかったよ、気持ちよかったよチクショウ!」

 

「まあまあ、話は後で聞くとして……」

 

「今は花火を楽しも〜。聞いた通り、よく見えるねここ〜」

 

 慌ただしいながらも合流した4人。並んで夜空の花を見上げる様は紛うことなく『友達』の姿。この日、篠原鋼也の忘れられない思い出が、1つ刻まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大社本部地下、電気を落とされ、目の前も見えない暗闇の中を必死に逃げ惑う男が1人。

 

「ひぃ、はぁ……くそっ、あの女……今更戻ってくるなんて……あのままくたばってれば……!」

 

「あらら、それはご期待に添えなくて、ごめんなさいね!」

 

 突然背後から聞こえた声に振り返った瞬間、男の顔面に拳が突き刺さる。数メートル吹き飛ばされ、壁に激突した男は、自分を殴った人物の顔を確認すると、鼻が曲がったその顔に怒りと恐怖を浮かべる。

 

「篠原、真由美ィ……!」

 

「ハーイ、花村くん……久しぶりね、人が寝てる間にずいぶん好き放題やってくれたじゃない? 組織もそうだけど、何より……私の鋼也に手を出して、タダで済むとか寝ぼけたこと考えてないわよねぇ……!」

 

 男……花村正樹は、最大のライバルである真由美の事故を契機に派閥を拡大、発言力を増していった。その権力で鋼也の処遇にまで口を出し、元来の口八丁と数の力で彼の軟禁を決めた張本人である。

 

「さて、お縄にする前に聞いてあげるわ……なんだってこんなマネしたわけ? アンタが私や篠原家を嫌ってるのは知ってたけど、こんなことしでかすほどじゃなかった。私が倒れて舞い上がっちゃったとか?」

 

「ククッ……あなたは何も分かってない。この世界はもう終わってる……大社のやることには最早なんの意味もないんだ……」

 

 俯いてブツブツと呟く花村。その体から、黒い影のようなものが蠢き、花村を包み込む。

 

「──っ! 花村、それは──」

 

「あなたに分かるはずがない……選ばれたのは僕だ……選ばれなかったのがあなただ!」

 

 立ち上がった花村は、常人ではあり得ない速度で真由美に迫る。しかしその顔に焦りはない。花村の行動に違和感と危険を感じ取っていた彼女が、1人でのこのこ来るわけがない。

 

「──ガッ⁉︎」

 

「すみません花村さん……あなたの行動は認められない」

 

 刃引きした薙刀が花村の脳天に直撃、あっけなく気絶する。一切気配を気取られることなく背後を取った下手人、三好春信は小さく息を吐くと、後ろに控えていた部下に拘束を命じる。

 

「助かったわ三好くん。さすがは今代の『麒麟児』ね」

 

「やめてくださいよ……ただでも恥ずかしい渾名なのに、『先代』のあなたに言われるのは色々辛いです。そもそも僕が手を出さなくても、真由美さん1人でどうにかなったでしょ?」

 

「ごめんごめん……で、どう見る?」

 

「最後の動きは異常でした。それまでは少し精神に異常をきたしているくらいかと思ったのですが……」

 

「……え? いやその前にもっとおかしいのあったじゃん。あの影みたいなの見えなかったの?」

 

「影……ですか? いえ、僕には何も……」

 

 おかしいと思った真由美は、証人として遠くに配置していた数人に確認を取る。すると、自分と同じく影を見たのは適正持ちの現役巫女1人だけ。後は全員が見ていないと言う。

 

「私と巫女にしか見えない……?」

 

「そういえば真由美さん、結婚前は巫女のお役目についていたと言っていましたね」

 

「ええ、これでも昔は筆頭巫女だったのよ? ……ってことは、適正持ち、もしくはかつて持っていた者だけが知覚できる……?」

 

 連行されていく花村には目もくれず思考に没頭する真由美。首魁を捕らえたはずなのに、疑問と不安は増していくばかり。そんな心境を読んだように、更なる急報が舞い込んでくる。

 

「真由美さん!」

 

「あら安芸ちゃん、どしたの? 花村のヤローならもう連れてっちゃったから、ぶん殴りたいなら収容所に──」

 

「そうではなく! 鋼也くんのことです」

 

 その一言で完全に頭を切り替えた真由美は、傍の春信も引っ張って研究室に向かう。いつだって最優先されるのは息子のこと。それが彼女の掲げる母親の在り方だ。

 

 

 

 

 

 

 

「これは……」

 

「これまでの戦闘後の鋼也くんの検査記録を全て調べてみました。やはり間違いなく彼の再生能力は落ちています」

 

「……それは、やっぱりもう……鋼也の時間がなくなってるってこと?」

 

「私も最初はそう思いました。ですが調べてみると、別の考えが浮かんできたんです」

 

「別の考え……?」

 

 まだ小学生相当の息子の寿命が切れる。そんな理不尽をどうしても許せない真由美に、安芸が吉報と凶報を同時に運んでくる。

 

「検査によると再生能力だけでなく、身体能力も落ちている──あくまで変身前の、ですが」

 

「変身前、ということは──」

 

「はい。変身後の能力はむしろ向上しているんです。開発部、呪術部にも調べてもらいましたが、神性そのものも大きく引き上げられているそうです」

 

「それって……」

 

「これまでの情報で考えられるのは2つですね」

 

 言い淀む真由美に代わって、春信がその知見でいち早く結論を導き出す。

 

「1つは鋼也くんの体が本当に限界にきている場合。消えかけのロウソクが強く燃え上がるように、その全てを燃やして出力を上げているという可能性。そしてもう1つが──」

 

「何らかの理由で、融けあい混ざり合っていた鋼也とギルスが分離した場合。英雄の力に引っ張られて向上していた鋼也の身体能力が通常に戻り、同時に統制が取れたギルスの力が安定して、結果として出力が増している可能性。この二択ね」

 

 春信の言葉を遮り、結論を述べる真由美。絶望と希望を同時に突きつけられた母親は、何の感情も浮かんでいない無表情でデータの束を眺めている。

 

「……今のままじゃどちらも推測の域を出ないわ。もっと精査しないと……安芸ちゃん、三好くん、手伝ってくれる?」

 

「もちろんですよ、他の人も呼びましょう。真由美さんと鋼也くんのためなら、みんな協力してくれます」

 

「私も全力を尽くします……あの、このことは鋼也くんには──」

 

「確定情報が出るまでは黙っていましょう……あの子は散々振り回されてきた。これ以上惑わせるようなことはしたくないわ」

 

 この日からしばらく、篠原派閥の大社職員が交代で休暇を取っては地下に向かう光景が見られるようになる。全ては鋼也のために。母親としても、教師としても、大人としても、その選択は決して間違ったものではなかった。しかし……

 

 

 

「……これが、人類を救う希望の一手……」

 

 大社の中央会議で、ある施行が可決された。その資料の表紙には……

 

『勇者システム強化案 "満開"の導入について』

 

 見逃してはならないその案を、大人達は見逃してしまった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()間の悪さによって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天の神の方も、まもなく準備が完了するようです……今回はあなたにも出てもらうことになります」

 

「……分カッテイル……」

 

 神霊の世界、テオスと向かい合うように佇むアンノウン……いや、アンノウンとは比較にならない力の持ち主は、テオスの言葉に応えるように手に持つ剣を振るう。

 

『地のエル』

 

 最高位のアンノウンである『エルロード』の一体。テオスが信を置く切り札が、とうとう切られてしまった。

 

「あなたの標的はギルスです。アレはあまりに希少すぎて、私ですら把握していない可能性を持っています。それが芽を出すよりも早く、摘み取ってもらいたい」

 

「ギルス、カ……ナルホド、確カニ私モ、ホトンド憶エガナイナ……」

 

「ええ。人間に、そんな未知数の要因は必要ない。そのために……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天の神──バーテックス

 テオス──アンノウン

 大社──勇者

 神樹──ギルス

 

 それぞれの思惑は絡み合い、一つの螺旋となって天へと昇る。

 

 果たして、最後に微笑むのは────

 

 

 

 

 

 

 

 




 鋼也くんがいい感じに報われてきました……さて、最終決戦です。わすゆ編はちょっと短くまとめすぎたかな?

 感想、評価よろしくお願いします

 次回もお楽しみに


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明日また笑うために

不穏なフラグを大量に並べるだけ並べて最終決戦です……




「いっけぇ!」

「わっしー、いったよ〜!」

「これで……とどめ!」

 

 夏祭りからしばらく。バーテックスは一度も現れず、アンノウンが散発的に出没し、それを撃退する日々が続いた。その間鋼也が変身したのは同時に2体現れた1回だけ。それ以外は勇者の3人の連携で撃破してきた。

 銀が目指していた『安心して背中を預けられる仲間』になれたと言えるだろう。その奮闘もあって、鋼也はかつてないほど穏やかな時間を過ごしている。

 

「お疲れさん、だいぶ慣れてきたな。こっちも落ち着いて見てられるようになった」

 

 敵の気配を察知し、勇者を案内してそのまま様子見に徹していた鋼也が、アンノウンを撃破した3人に労いの声をかける。

 

「へへ、いちいち鋼也の手を煩わせるまでもないからな」

 

「1体なら問題なく処理できるわね……バーテックスもなんだか大人しいし」

 

「気になるところだけど〜。落ち着く時間は大事だよ〜」

 

 先日端末を一時的に大社に預け、システムの強化も行われた。『満開』という新機能。非常時の切り札ということでまだ試してはいないが、そんな奥の手を温存したまま安定して勝利できている。現状は総じて上出来と言って良いだろう。

 

「そうだ、今日はもう検査終わったら解散だろ? その後時間空いてる人いないか?」

 

「どうかしたのか?」

 

「今日急に両親が夜遅くまで家を開けることになってさ。アタシ1人で弟たちを見てるのは……できないこともないんだけど……」

 

 できれば人手を借りたい、ということらしい。普段から誰かに手を貸してばかりの銀が頼ってきたのだ。できれば協力したいと思うのは当然。しかし……

 

「ごめ〜ん、ミノさん……今日は私家の用事があって……」

 

「私もそうなの……今日は時間を取れそうにないわ、ごめんなさい……」

 

「いやいや、急な話だししょうがないって! 鋼也もムリかな?」

 

「……そうだな、2人が行くなら任せようと思ってたが……誰も行けないなら俺が行こうか。だが、俺で良いのか?」

 

「あー、別に難しいことはないよ。目を離せない下の弟はアタシが見とくから。鋼也には上の方の相手を頼みたいんだ。適当に付き合ってあげてくれればいいからさ」

 

「そういうことなら引き受けてやるよ。お前らが忙しいんじゃ俺もやることねーしな」

 

 そんなわけで、その日の鋼也の予定が埋まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ! ねえちゃんのカレシ! ねえちゃん、カレシきたよー!」

 

 玄関を開けて最初の一言がこれである。鋼也は反射的に踵を返して出て行こうとしてしまった。弟の叫びから数秒後、凄まじい足音を鳴らして駆け込んできた銀が彼の頭を引っ叩く。

 

「コラァ、鉄男! いきなりおかしなことを言うな!」

 

「イッテェなねえちゃん! おかしなことなんて言ってないぞ! 家でしょっちゅう話してるし、それに俺知ってるんだ。祭りでも抱き合って踊ったって園の奴に聞いたぞ!」

 

「ななななな……なん、なんっ……〜〜〜っ⁉︎」

「えええ……尾ヒレつきすぎだろ、ソレ……」

 

 顔を真っ赤にして弟の口をふさぐ銀と、困ったように頭をかく鋼也。抱き合って踊った、ではなくおぶって跳んだ、が正確だ……どっちもどっちな気がしないでもないが。

 初っ端から一悶着あったが、弟たちとの顔合わせを終え、居間で一緒に過ごす。銀は次男の金太郎を寝かしつけ、鋼也は鉄男とテレビゲームに興じている。

 

「うーん、にいちゃん変わってるな? アクションもレーシングもシューティングもやったことないのか」

 

「そうだな。ゲーム機なんざ初めて触ったぞ」

 

「ええー? すげえ家だな……ウチなんて全然少ない方だけど、まったくないなんて家は知らないぞ」

 

(まあ、コイツくらいの歳には修行……からの軟禁生活だったからなぁ……)

 

 自分の世間一般とのズレっぷりを思わぬ方向から叩きつけられた鋼也は苦笑するしかない。事情を知らない鉄男の無遠慮な物言いに銀はハラハラしていたが、当の本人は気にせず、初めてのゲームに心惹かれているように見えた。

 

「しかし、面白いなこれ……この動きは参考になるかもしれねぇ……」

 

「おー、その必殺技はかっこいいよな! にいちゃん分かってるじゃん!」

 

 格闘ゲームの必殺技。およそ現実で模倣しようもない動きを見てそんな感想が出るのは鋼也くらいのものだ。すっかり熱中しているゲーム初体験の彼は、メキメキと上達していき、鉄男のいい遊び相手となっていった。

 

 

 

 

『ゲームは1日1時間』という三ノ輪家の規定に従ってゲーム機の電源を切った2人は、適当にトランプ(これも鋼也は初体験。名前しか知らなかった)で勝負していた。

 

「そういえば、お前さんは『鉄男』って名前なんだよな?」

 

「そうだよ? 三ノ輪鉄男。銀ねえちゃんの弟で、金太郎のにいちゃんだ!」

 

「姉が『銀』、弟が『鉄』男、その下が『金』太郎か……連帯感あるな。ちょいと前時代的な雰囲気ではあるが、覚えやすいしいい名前だな」

 

「そういえばにいちゃんは『こうや』っていうんだよな。どんな字書くんだ?」

 

「ん? そうだな。鋼也の『也』にはそれ一つで特別意味はないんだが、『(こう)』の字は『(はがね)』とも読むんだ。鋼ってのはお前さんの字の『鉄』に炭素が混ざってできる────いや、細けえことはいいか。

 銀、鉄、金と同じ金属の一種だ。そういう意味じゃ、お前ら姉弟の名前の仲間、って言えるかもしれねえな」

 

「そっかー。そんじゃにいちゃんがねえちゃんと結婚して家族になっても大丈夫だな!」

 

「まだその話続いてたのかよ……」

 

 思わぬ返答にガクッと肩を落とす鋼也。この弟君はなぜ今日出会ったばかりの男にこうも姉を推してくるのか。

 

「ねえちゃんがあんな楽しそうに男子の話してるの初めて見たからさ。それに、ねえちゃん恥ずかしがってるけど、将来の夢は『およめさん』なんだ!」

 

「嫁……へぇー……」

「ブッ、ゲホッ……こ、こら鉄男! 余計なこと話すなよ!」

 

 乙女の秘密を聞いた鋼也は素直に感嘆の声をあげただけだったが、料理をしながら聞き耳を立てていた銀の方が思い切り吹き出した。彼女自身、自分のキャラじゃないと思っているので、あまり話したがらないことだ。

 

「いいんじゃねーの? 少なくともそうやって台所に向かってる背中を見る分には、いい嫁さんになれる素質ありそうだけどな」

 

「……鋼也は、笑わないのか? ほら、アタシのキャラじゃないっていうか……正直似合わないだろ?」

 

「いや別に。つーか夢や目標なんて似合う似合わないじゃねーだろ。

 特に嫁さんなんてのはさ。女子にとって一番身近な将来の姿だし、何恥ずかしがることもねえよ。

 家族のために頑張って家を守る、いいと思うぜ?」

 

 一般家庭ってのをよく知らん俺が言うのもなんだが、なんて付け足して頭をかく鋼也。彼は世間一般の感性とのズレがあり、それが問題になることもあるが、逆に先入観なしに本質を見ることにもつながる。予想外に真面目に返されたことで動揺した銀は思わずもう一歩踏み込んでいく。

 

「……じゃ、じゃあ鋼也はさ、欲しいと思うか? その、お嫁さん…………アタシ、みたいな…………」

 

 最後の方は小声すぎて聞き取れなかったが、質問の趣旨を理解した鋼也が腕を組んで考え込む。

 

「んー……どうだろうな。まず俺はこの先自分がどうなるかもよく分からんしな……そんな先のことまで考えられねえってのが正直なところだ」

 

「そ、そっか……「でも」……ん?」

 

「でも、出来ることなら家族ってのは作ったみたいかもな。俺の家は父親が物心つく前に死んでてな……母親はあの通り普通じゃねえし、もうちょっと当たり前の家庭で暮らしてみたいとは思う……そうだな、この家みたいな感じだ」

 

「へ、へぇ、そうなんだ……」

(これは……どうなんだ? 悪くは思われてないってことか?)

 

 1人頭を抱えて唸る銀と、そんな彼女を見て首を傾げる鋼也と鉄男。彼らの視界の外では、火にかけた鍋が今にも吹きこぼれそうになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 夕食と風呂を終え、弟2人を寝かしつけたところで、銀の両親が帰宅。軽く挨拶だけ済ませ、入れ替わるように鋼也が三ノ輪家を出る。門扉を出たところで、何かを持った銀に呼び止められた。

 

「鋼也、これ……今日のお礼、ってだけじゃないんだけど……」

 

「ん? ……なんだこれ? アクセサリーか?」

 

「あ、知らない? ミサンガっていうんだ。腕につけるんだよ」

 

 赤い紐で作られたミサンガ。おずおずと差し出されたそれを、鋼也は言われるがままに左腕につける。装飾品の類は初めてで、興味深げに眺めている鋼也に、銀が頭を下げる。

 

「これはずっと身につけておくんだ。そうするとミサンガが切れた時に願いが叶うんだってさ」

 

「へぇ……そんなもん、なんだって俺に?」

 

「この前の祭りとか、お役目の時とか、今日とか……諸々含めてありがとう! これからもよろしくな」

 

「……気にすんなって言ったろ? まあ、ありがたくもらっとくが……ああそうだ、俺の方も伝えとくことがあったんだ」

 

「ん? どしたどした?」

 

 緊張を誤魔化すように、背筋を伸ばして咳払いを一つ。周りには誰もいないのに、何故か鋼也は小声で、顔を近づけて言葉を紡ぐ。

 

「……母さんに頼んでな、今度昔の友達……志雄たちと会うことになったんだ」

 

「おお! そっかそっか、会う気になったんだな!」

 

 銀は自分のことのように喜びを表す。そんな素直さと正しさが、鋼也の決断を後押ししてくれた一因だ。自分を変えてくれた笑顔を見つめ、鋼也もまた自然と笑顔になる。

 

「いつになるんだ? アタシも行けたらいいんだけど……」

 

「ちょうど一週間後の予定だが……来てくれるのか?」

 

 どう誘おうか悩んでいた鋼也にとって銀の、一緒に行くこと前提の言い方は意外なものだった。

 

「そういう約束だろ? アタシとしても鋼也の友達なら会ってみたいしな。もし迷惑ならやめとくけど……」

 

「いや、助かるよ。今の俺の話をする上で、銀のことも紹介したいしな」

 

「そっか! へへ、楽しみだな」

 

「ああ、何かが待ち遠しいなんて思ったのは、随分と久しぶりだ」

 

 笑い合う2人。この時の彼らにとって、明日は当たり前に来るもので、それを7回重ねた一週間後もまた、当たり前のものでしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鋼也の三ノ輪家訪問から6日、約束の日の前日。軟禁を解かれてからの日課として、放課後に4人は合流して遊びに行く。誰かの家にお邪魔するか、イネスで遊ぶかの繰り返しだが、今のところ彼らに飽きは来ていない。

 

「そっか〜。しののんは明日お友達に会うんだね〜。実は私も、明日久しぶりにお友達に会うんだよ〜」

 

「そうなの? 久しぶりってことは……学校が違うの?」

 

「ん〜……学校というより、大社とか、お家の付き合いで知り合ったんだけどね〜あの子も大事なお役目があるみたいでなかなか会えなくて……でも明日、約束したんよ〜」

 

 園子のテンションは普段から掴みにくいが、今日は分かりやすく上がっている。よほどその友達との再会が楽しみなのだろう。

 

「奇遇ね、明日は私も久しぶりに会うの……と言っても、私の場合は友達じゃなくて、家族なんだけどね」

 

 須美は勇者の役目に着くにあたり、生家である東郷家から養子に出て鷲尾性を名乗ることとなった。お役目の重要性も、そのために家を変える必要性も理解している須美は納得こそしていたものの、やはりまだ小学生。生まれた時から共にいた家族に会いたいと思うのも当然だ。

 

「今の家族も私を愛してくれているし、そこにはなんの不満もないの……ただ、やっぱり会えるとなると嬉しいものよね」

 

「そりゃそうだろ、家族なんだからさ……しかしそうか。それじゃ明日は、アタシたち全員にとって大切な日になるんだな」

 

「ええ、面白い偶然よね。これも勇者の絆、なのかしらね」

 

「ふふふ〜……」

 

「なに? そのっち」

 

「いや〜、あの堅苦しかったわっしーからそんな言葉が聴けるなんて、乃木さんちの園子さんは感動で泣きそうだよ〜。よよよ〜……」

 

「む、昔の話はやめてちょうだい……若かったのよ……」

 

 赤くなる顔を覆って俯く須美。恥ずかしがる彼女の顔を見ないようにしながら、鋼也が遠くを見て呟く。

 

「まだ一年も経ってねえけどな……そうか、もう長いこと一緒にいたような気がしてたが、まだ出会って半年くらいなのか……」

 

「そう思うと早いわね。それだけ色々あったということかしら」

 

「そ〜だね〜。楽しかったな〜……これからもよろしくね〜」

 

「おいおい、昔を振り返るには早すぎるだろ。明日もその先も────」

 

 

 

 

 

 その時、強い風が吹き込み、木の葉が舞う。その風に乗って、悪しき気配が近づいてくる。4人の雰囲気が一瞬で変わる。小学生の友達から、勇者の仲間たちへと。

 

「……分かるようになっちゃったね〜」

 

「バーテックスの方は、随分とご無沙汰だったわね。もしかしたら、例の切り札を使うことになるかも」

 

「その時は事前に教えてくれ。出たとこ勝負じゃ何かあった時に隙ができるかもしれねえ。俺がフォローに回る」

 

「よおし! バッチリ勝って、明日を満喫しなくちゃな!」

 

 デフォルメされたマスコットのような何かが3人の端末を持って飛んでくる。満開と共に実装された勇者システムの新機能『精霊』だ。神樹の力によって動き、勇者の身を守ってくれる頼れる存在……と聞いている。

 銀の『鈴鹿御前』 須美の『青坊主』 園子の『烏天狗』

 3人はそれぞれ好意的に受け取っていた(園子に至っては『烏・セバスチャン・天狗』というミドルネームまでつけていた)が、鋼也には胡散臭いものにしか見えなかった。

 

(そんな便利なモンがあるなら、なんで今まで話にも出てこなかったんだ……? 満開とやらも、そう短期間で仕上がるシロモノには思えねえが……)

 

 考え込む鋼也に、銀が視線を向ける。それに気づいた鋼也が、左腕のミサンガを見せて安心させるように笑う。

 

「お〜、それが話してたミサンガ〜? いいないいな〜、私もそういうの……そうだ、わっしー。これあげる〜」

 

「え? ……そのっち……これ、いつもしてるリボンじゃない。いいの?」

 

 そんな2人のやりとりに目を輝かせていた園子が、急に何か思いついたようにいそいそとリボンを外して須美に差し出す。少しためらった須美だが、園子の笑顔を見て、そっとそのリボンを受け取り、腕に結びつける。

 

「うん〜。わっしーに持ってて欲しいの〜、私だと思って大事にしてね〜……髪に結んでくれてもいいんだよ〜?」

 

「分かったわ、後で結んでみる。似合ってたら褒めてね、そのっち」

 

「いいねいいね! チームっぽくていいじゃん!」

 

「さて、気合いも入ったところで……行くぜ、勇者様!」

 

 

『────変身‼︎────』

 

 

 笑顔で向かい合いながら、4人の勇者は光に呑まれ、樹海へと飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光の奥、樹海に降り立った4人は、目の前に広がる光景に驚愕を隠せなかった。これまでに倒した3体以外、残る9体のバーテックスが勢揃いしていた。樹海の空を覆う異形の群れ。考えうる限り最悪の展開だ。

 

「オイオイ! そんなのアリか⁉︎」

 

「ずっと音沙汰なかったのは、数を揃えてたからってことね……」

 

「……デカイ戦になるとは思ってたが……」

 

「これは一刻も早く数を減らさなきゃいけないね〜」

 

 予想外に不利な戦場に飛び込んでしまった以上、取れる選択肢は限られる。園子は不確定ながらも現状を打破できる可能性に賭けて、初手から奥の手を切ることを決めた。幸いこれまでのアンノウン戦で温存してきたおかげで満開ゲージは全員溜まっている。

 

「しののん、少しだけ時間を稼いでくれる? ミノさん、わっしー、一気に行くよ〜」

 

『了解!』

 

 ギルスが前に飛び出し、バーテックスの攻撃を引きつける。矢が飛び、尾が迫り、地が揺れ、爆炎が舞う。ピンボールのように跳ね回り、紙一重で攻撃を避けながら敵に近づいていく。

 

(クッソ……! 一瞬でも足を止めたら粉々だ……!)

 

 1秒ごとに命が削られる感覚に耐えながら、必死で走り続けるギルス。蠍座の尾をジャンプで躱した先に、獅子座の火球が飛んでくる。身動きが取れない空中で、致命の攻撃がギルスに迫り──

 

「させない!」

 

 背後から飛んできた青い閃光が、数多の火球を一つ残らず撃ち落とした。思わず空中で惚けたギルスは、後ろから迫ってきた空飛ぶ船に引っ張り込まれる。

 

「──っと、コイツは……」

 

「お待たせしののん、コレが私の満開ってことみたいだよ〜」

 

 船首に立つ園子が、いつもの笑顔で振り返る。その装束はどこか大社職員のような、神官服に近いものになっている。

 

「園子……それじゃあ今の砲撃は……」

 

「私の満開よ。思った以上に力が増すようね、この姿は」

 

 園子の船に並んで飛ぶ空中砲台。その上に乗った須美が厳かに敬礼してきた。神官服のような装いと乗っている兵器と本人の雰囲気が妙な形にマッチしている。

 

「そんでもって、コレが、アタシの満開だぁ!」

 

 勇ましい声と共に、両者の間を人影が通り抜けていく。満開した銀だ。彼女もまた、同じように神官服を身に纏い、背中に巨大なアームを2本備えている。

 

 

「コイツで、ぶった斬る!」

 

 アームが握る巨大な斧。普段使うものをさらに強化したその武器で、銀は蠍座と正面から激突、バーテックスの巨体にも力負けすることなく、五分の鍔迫り合いに持ち込んだ。右の斧と尾の針。両者の力は互角……だが、銀にはまだ左がある。

 

「まだまだあぁぁっ!」

 

 左のアームを振りかぶり、針の先端に振り下ろす。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()脅威を、あっさりと両断してみせた。

 勢いそのままに銀は蠍座の周囲を飛び回り、斬りつける。アームの大斧と、銀の両腕で握る双斧。計4本の斧と満開で得た飛行能力を活かし、ものの数秒で蠍座は細切れにされて消滅した。

 

 

 

「ミノさんやる〜。それじゃわっしー、私たちも〜」

 

「ええ、分かっているわ…………目標、正面のバーテックス……全砲門、斉射!」

 

 軍人のような号令と共に、須美が乗る砲台から膨大な量の光が放たれ、蟹座の防御を強引に突き破り、消滅させた。その圧倒的な火力に鋼也は驚愕する。客観的事実として、彼は勇者システムの力を自分(ギルス)より下だと判断していたからだ。

 

(スゲェ……いや、凄すぎやしねぇか?)

 

「しののん、ちょっと飛ばすよ〜、捕まってて〜!」

 

「ウオオッ⁉︎」

 

 園子とギルスを乗せた船が転進し、射手座に接近する。慌てたように矢を斉射するバーテックスに対し、園子はどこか優雅に片手を向けるだけで対処した。

 園子が操作した幾多の刃が盾のように展開し、全ての矢を弾き返す。全弾撃ち切ったのか、攻撃が止んだ隙に、園子は更に刃を操作する。

 

「これで〜おしまいっ!」

 

 戦場とは思えないほど緩い雰囲気で園子が両手を合わせる。それと同時に全ての刃が射手座に突撃。全身に突き刺さり、そのダメージで一気に消滅した。

 

「これで3体撃破……!」

 

「いける、いけるよ! スゲーな満開!」

 

「後6体…………きゃっ⁉︎」

「園子⁉︎ 銀、須美!」

 

 この勢いで次を狙おうとした勇者たちだが、()()()()()()()()前触れなく、満開が解除される。飛行する術を失い地に沈む4人。精霊バリアでダメージこそないが、唐突な解除に動揺し、隙を作ってしまう。

 

「チッ──お前らどうした⁉︎」

 

 乙女座の爆撃を触手で捌き、ギルスが様子がおかしい勇者たちの盾となる。須美は立とうとしているのに一向に足が動かず、園子は右の視界が急に閉ざされ、銀は右手に力が入らず、斧を握ろうにも指が動かない。

 

「わ、分かんない……これ、どうなってるの〜?」

「動けない……どうして?」

「なんだこりゃ……指が動かない……力が、入らない……?」

 

 戸惑う4人に火球の雨が降り注ぎ、爆風で大きく吹き飛ばされる。多少数が減ったと言えど、まだまだギルス1人で対応できる物量ではない。

 

「う〜……ありがとうセバスチャン……とにかく今は、やらなきゃ!」

 

「そう、ね……満開すれば動ける……!」

 

「今のアタシは4本腕だ、まだ行ける!」

 

『満開‼︎』

 

 再び満開し、空を駆ける3人。ギルスも援護に回るべく、園子の満開に飛び乗る。

 着地した瞬間、何度も感じてきた敵の気配を捉える。あまりの悪寒と重圧に振り返ると、樹海の根の陰、100メートルほど後方に、獅子を思わせる異形『地のエル』が静かに佇んでいた。その右手には、強い存在感を放つ長剣が握られ──

 

 

 

『地』を司る天使の剣が、樹海の大地に突き立てられた。

 

 

 

「ガッ……ハッ⁉︎」

「うわああっ⁉︎」

 

 次の瞬間、高層ビル並に巨大な刃が地面から隆起し、園子の船に直撃した。船底から甲板まで貫通した刃は、真上にいたギルスをかち上げて吹き飛ばす。ギリギリで反応できたギルスが構えたクロウは両方とも根元から寸断され、その威力を物語っている。

 刃に跳ね飛ばされて墜落したギルスと、満開が解除されて落下した園子。2人は何とか体勢を整えて、新手の姿を改めて捉える。

 

「なんかすごそ〜……これまでのアンノウンとは何かが違う気がするよ〜」

 

「同感だ……アレは俺が抑える、お前らはバーテックスの殲滅に集中しろ」

 

『そんな、危険よ!』

『アイツは本当にヤバイって! 1人じゃ無理だよ』

 

 通信越しの苦言を無視してリーダーに訴えるギルス。この圧倒的不利な状況で、園子は戦略的な正しさを選ぶしかなかった。

 

「……お願い、しののん……すぐに終わらせて、助けるからね……!」

 

「ああ、流石に俺もアレを相手に強がる余裕はねえ……頼むぜ」

 

『そのっち!』

『園子! 鋼也!』

 

 バーテックスは残り6体。なんらかの不安要素がある満開に頼っても、殲滅できるか怪しい数だ。加えて新たなアンノウン。先程の攻撃を気軽に乱発できるなら、的が大きくなる満開状態の勇者達とは相性が悪い。そして何より──

 

(どうやら、奴さんも俺に用事があるらしいしな……!)

 

 地のエルの視線はギルスを捉えて離さない。誰かがあの規格外を足止めする必要があり、敵は明らかにギルスを狙っている。初手の奇襲で深刻なダメージを負ってはいるが、それを全力で取り繕い、ギルスは単身敵の前に飛び出す。

 

「ギルス……ソノ力ヲ……」

 

「何の用か知らねえが、あいにくこっちは予定が詰まってんだ」

 

「見セテミロ……!」

「お引き取り願うぜ!」

 

 ギルスが正面から飛びかかり、敵の顔面に拳を叩き込む。

 

「……なに……⁉︎」

「遅イ……軽イ……弱イ!」

 

 地のエルは微動だにせず、つま先で軽く地を踏む。たったそれだけの動作で足元の地面が炸裂し、ギルスは大量の土石流に呑みこまれて吹き飛んだ。

 

「チッ、硬さ自慢か……だったら!」

 

 地のエルの周囲を高速で駆け回り、翻弄する。スピードに優れたギルスの得意技だったが……

 

「遅イと言ッタ……!」

「ガハッ⁉︎」

 

 真後ろからの強襲は完璧に見抜かれ、カウンターの斬撃を食らう。ギルスの胸部に縦一文字の大きな傷が入る。

 

(……再生、しない……⁉︎ 速さも力も負けてる、このままじゃ……!)

 

 焦るギルスの内心を悟ったように、地のエルは脱力して剣を手放した。軽く両腕を広げ、自ら隙を作って示す。避けも防ぎもしないから、撃ってこいと言わんばかりに。

 

「色々な意味で他の奴とは違うらしいな……挑発の仕方まで心得てるとは達者じゃねえか。いいぜ、乗ってやる……! 舐めんなよ……アンノウン! ウオオオオオオオオオオッ‼︎」

 

 雄叫びと共に高く跳躍、踵から必殺の爪を伸ばす。

『ギルスヒールクロウ』多くのアンノウンにとどめを刺したギルスの必殺技は、地のエルの背部にその刃を突き立て──

 

「……嘘、だろ……⁉︎」

「コレデ、終ワリカ?」

 

 ガギン! と甲高い音を発しただけで一切刃が立たず、何のダメージも入らなかった。一切の行動を起こすことなく必殺技を封殺した地のエルは、超能力で手放した剣を引き戻し、隙だらけのギルスのベルトに突きを入れて大きく吹き飛ばす。

 力の根源を傷つけられた痛みで一瞬意識が遠のくギルス。空中で晒した致命的な隙を見逃すほど、今回の敵は甘くない。

 

(マズイっ! …………あー、クソッ!)

 

 大地から迫り来る刃を前に、反射的に盾にしようと構えた左手を()()()()()()()()()()()()()()()()()()代わりに右手を前に向ける。

 

「……散レ、ギルス……」

 

「────っ‼︎」

 

 大地の刃は、ギルスの右腕……肘から先を切断し、緑と黒の前腕部が樹海の空に弾き飛ばされた。

 それと同時に、精神力で何とか保っていた意識も完全に飛ばされ、空中で変身解除させられた鋼也の視界は闇に閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミノさん、わっしー! 急ぐよ!」

 

「ええ!」

 

「分かってる!」

 

 三度満開した園子が合流し、勇者たちがバーテックスに突っ込む。しかし先程よりも動きが精彩を欠いている。強敵への恐怖は躊躇いを生み、仲間を失う不安は焦りを生む。

 

「うおっ⁉︎」

 

 焦りを払拭できないままがむしゃらに突っ込もうとした銀の鼻先をかすめるように、()()()()()()()が飛び込んできた。その色味に覚えがあった銀が地上を見下ろすと──

 

 

 

 おびただしい量の血を流し、赤い水溜りに体を沈める鋼也の姿があった。

 

「ああああぁぁぁぁっ‼︎ やめろぉぉぉぉっ‼︎」

 

 焦りが頂点に達した銀は、目の前のバーテックスを無視して急降下。今まさにトドメを刺そうと接近している地のエルと鋼也の間に斬り込んでいく。

 

「鋼也から、離れろぉぉぉっ‼︎」

 

 上空からの斧を飛び退いて軽く躱す地のエル。銀の全力の一撃は樹海の大地に大きなクレーターを作るだけに終わったが、その威力は地の天使でさえも無視できないものだった。

 

「勇者トヤラカ……貴様達ハ私ノ標的デハナイ……」

 

「ふっざけんな! だから鋼也がやられるのを黙って見てろって言うのか!」

 

 銀自身分かっている。満開したと言えども、対人戦であのギルスが負けた相手に右手が使えない自分では勝ち目がないことを。それでも逃げない。鋼也ならもう一度立ち上がってくれる。だからそれまで時間を稼ぐのは、勇者たる自分の仕事だと覚悟を決めた。

 

「こっから先は通さない……! お前の相手は、アタシだ!」

 

「……邪魔ヲスルナラ、死ヌ事ニナル……」

 

 剣を振っただけで大地が揺れ、地面が崩れる。

 3本の斧を振りかざし、その刃に炎が踊る。

 天災レベルの力を持つ地の天使と、怒りに燃える炎の勇者が、周囲をも巻き込んで激突する。

 

 

 

 

 

 

 

 




地のエルの能力は捏造だらけですごめんなさい……

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに





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咲いて、散って、返り咲く

 本文前にお伝えします……ここが一番の盛り上がりどころです。私の文章でどこまでいけるか分かりませんが、頑張ってアガってください。






 

 篠原鋼也は不眠症である。正確に言うと、寝てもすぐに起きてしまう。深く意識を落とすその瞬間、3年前のあの日を思い出して目が醒める。夢を見るような浅い眠りでもまた同じだ。夢の中にあの日失ったもの……幼馴染や母親が現れて、楽しかった時間を想起して、最後に見た彼女たちの顔がフラッシュバックして飛び起きる。

 どんどんと睡眠薬の量は増えていき、ここ数年で最も熟睡できたのが遠足の日の戦闘後、重症で運ばれた時だと言うのだから皮肉な話だ。

 それは新たな友達を得て、母と再会しても変わらない。むしろ勇者たちが倒れる姿などという悪夢のバリエーションが増えてしまう始末だ。

 

 だから鋼也にとっては珍しくもない光景だった。楽しかった時間、幼馴染と共にいた頃の自分の姿も、同じ年頃の沢野香の存在も。

 

 

 

 

 

 

 

「鋼也はさ、自分から損するタイプだよね」

 

「なんだ、いきなり」

 

「さっきの子、別に仲良かったわけじゃないんでしょ?」

 

 次代の英雄となるべく集められた候補生たち。まだ小学生になったかならないかといった幼い子供に課すにはハードな訓練に耐えながら、また1日が過ぎていく。そんな日に小さなアクシデントが起きてしまった。

 訓練のストレスや自らの成績不良への苛立ち。そういったものが積み重なって、1人の候補生ががむしゃらに木刀を振り回して神棚を破壊してしまった。物音を聞いて駆けつけた大社職員に、鋼也は即座に自分から犯人を名乗り出た。別室に連れていかれ、数分の後に戻ってきたが、おそらく何かの罰は受けたのだろう。下手人の少女は泣きながらお礼を言って走り去ってしまった。

 

「ああいうのは良くないんじゃない? やっぱり怒られるのは本人じゃなきゃ意味がないと思うよ」

 

「……そうだな。俺のやったことは、多分正しいことじゃない」

 

 幼稚園に通っていた頃も、訓練漬けになってからもこういうことはたまにあった。鋼也のことをよく知る香や志雄がいる時には彼らがフォローして場を収めることもあるのだが、何度注意しても彼の悪癖は治らない。悪癖だという自覚もあるのだからなおタチが悪い。

 

「けどまあ、アイツだって連れてかれる俺見て反省してたろ? 結果オーライってやつだよ。そもそもあの仮面連中は説教が長えんだよ。一回言われりゃ分かるっつーの」

 

 辟易したように溜息をつく鋼也。確かにあの何を考えているか分からない仮面から呪文のように訥々とお小言が降ってくるのは、香としても正直勘弁願いたいところだ。

 

「今回に関しては、その場にいて止められなかった訳だしな。そういう意味じゃ俺にも責任あるわけだ」

 

 いつもそんな通っていない理屈をこね回して、自分の行動を正当化しようとするのもまた鋼也の悪癖の1つだ。後出しの言い訳を考える速さと巧さで言えば鋼也はスペシャリストだ。ああも屁理屈が思いつくのは才能だろう。

 

「まったく……鋼也も志雄も、なんでこう極端なんだろうね」

 

 鋼也は何かあればとりあえず前に出て、その言い訳を後から考えて辻褄を合わせようとするタイプ。

 志雄は理屈っぽい頭でっかちで、言うことやること大体正しいが、行動に移すまでが遅いタイプ。

 こんな2人とずっと過ごし、きっとこれからも一緒にいることになるだろう自分は、どんな人間になればいいんだろう。最近の香は、らしくなく小難しいことを考えるようになった。

 

「またやったのか、鋼也……そんなことを繰り返せば、君の評価が下がるばかりだぞ」

 

「はん、こんなことでいちいち下がるような安い評価なんざハナからいらねえよ」

 

 やっと合流した志雄がさっそくお説教を開始。鋼也も本日2度目ともなると、その反応にも若干トゲがある。そんないつもの光景を眺め、香は漠然と答えを得た。

 

(そっか。2人が極端なら、私が2人の間に立てばいいんだ)

 

 即断即決の鋼也を少しだけ引き止めて、考えすぎる志雄の尻をひっぱたいて……そうすれば2人の良さを引き出して、3人の在り方はより正しいものになる。

 

「まあまあ、鋼也はもうお説教受けた後だから、今日はその辺にしときなよ」

 

「む、香……しかしだな……」

 

「どうせ言っても聞かないんだから、何か問題起こしたら晩ご飯のおかず1つ没収とか、そんな風にした方がきっと響くよ」

 

「おい、香⁉︎……マジかよ……」

 

 この日以来、香は2人の意見の調整役のような立場に落ち着いた。それで2人が上手くいって、笑ってくれればいい。そうなれば自分も笑える。それが香の望みだった。

 

(きっと鋼也と上手くいく女の子は、似た者同士のお人好しな子なんだろうな……そんな子いるのかなぁ……?)

 

 なかなか自分の意見を曲げない鋼也を見て、彼の将来が少し心配になっていたりする幼馴染だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(そうか……俺も昔は、銀にちょっと似てたんだな……)

 

 今回は珍しく、鋼也以外の視点から見る光景。夢であるのだから、今の心情が香の本心かどうかは分からないし、今更確かめようもない。それでも鋼也は、目覚める直前に自分の意識を取り戻し、夢の住人である香に感謝を伝える。

 

「夢でも幻でも……また会えて本当に嬉しかった。大事なこと、思い出したしな……ありがとう」

 

 悪夢の中、ギリギリのラインで精神のバランスを取る。その役目を終えた(おもいで)は、最後にとびっきりの笑顔を見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦況は最悪の一言に尽きた。

 須美と園子は体の不調、それによる不安を必死に振り払いながら、6体ものバーテックスを相手にしなくてはならない。鋼也の姿を見たことで、焦燥が隠せない須美を必死にフォローする園子。銀が抜けたことで前衛に回った彼女は、既に4度満開を繰り返している。次々と増していく違和感。最悪の可能性に思い至りかけている園子と、そんな彼女を見てさらに焦る須美。2人の限界はそう遠くない。

 

 1人地のエルに立ち向かう銀は、かつてないほど誰かに怒りの感情を向け、その実かつてないほど冷静に、頭を回して戦っていた。

 

(コイツは満開は壊せても、アタシの体を守るバリアは壊せない!)

 

 ならばあえて満開による攻撃は囮にする。派手な巨大アームを振りかざしながら、本命はバリアに重なるように構えた手持ちの斧。これで反撃を捌きながらダメージを与えられる。満開によって基礎能力も跳ね上がっている今の銀なら、微量ながらも地のエルの強固な肉体に攻撃を通すことができている。

 

(そしてあの攻撃は、一瞬のタメと動作が必要になってる!)

 

 園子の満開を撃墜し、ギルスの右腕を切断した大地の刃。あの技ならばおそらくバリアの上からでも意識を刈り取るくらいはできる。だからこそ銀は攻め続けた。反撃のチャンスは与えない。多少無理にでも前に出て、敵を追い立て続ける。それが熱が回りに回って逆に冷静になった銀の脳味噌がはじき出した攻略法だ。

 

「フム……ヨクデキタ結界ダ……シカシ……」

 

 銀の選んだ戦術は決して間違ってはいない。ただ、前提として必須条件があり、銀はそれをクリアしていなかった。その条件とは、両者の間に決定的な力量差がないこと。

 

「──ゲッ⁉︎ 足が!」

 

「甘イナ……!」

 

 足元の地面から伸びる土の腕。それが銀の右足を掴み、踏み込む手前で動きを止めている。極めて不安定な体勢で地のエルの剣を受ける銀。一太刀で大斧を砕かれた。

 

「こんの、まだだあ!」

 

 足元の拘束を無理やり踏み砕き、反撃に転じようとする銀。しかし今足をつけている地面は敵の支配下。たとえ樹海の中であろうと、地のエルの力なら足元を腐食させ、脆くすることなど造作もない。

 

「──そんなのアリかよ⁉︎」

「甘イト言ッタ!」

 

 体勢を崩し、前のめりにたたらを踏む銀の首を刈り取るように、地のエルの長剣が振るわれる。

 

「──うわっ⁉︎」

 

 バリアこそ破られなかったが、衝撃は殺しきれずに真横に跳ね飛ばされていく。瞬時に体勢を立て直した銀の目に、地面に向けられた鋒が映る。

 

(しまっ──)

「終ワリダ、勇者ヨ……!」

 

 胸の中心にかつてない衝撃が走り、銀の体は高速で空に跳ねあげられた。満開は散り、視界は周り、朧な意識で最後に見た光景は……

 

(こう、や──!)

 

 真っ赤に染まった彼の体が一瞬動いたような気がしたが、それを確認する間も無く、銀の体と心は同時に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──無くしたモンなんざ、多すぎて数えるのも諦めちまった──

 

 ──無くしちゃならねえもの、取り返しがつかねえものも、きっとたくさんあったんだろう──

 

 ──だからって、一度無くしたからって、男の俺が一抜けたなんて言えるのか? ──

 

「……んな話が、通ってたまるかってんだよ……!」

 

 胸の奥から響いてくる、自分の弱音からくる言葉と、それを否定する勇気からくる言葉。己への怒りを原動力に、動かないはずの体に力を込める。

 

 ──苦しんでんのが俺1人なら、そういう道もアリだったかもしれねえ……けど今の俺にはアイツらがいる──

 

 ──誰かのため、世界のためって言い聞かせて、努力し続けてる勇者(すみ)がいる──

 

 ──何にも縛られず、誰に教わらなくても、正しいことを見極めて戦う勇者(そのこ)がいる──

 

(そして、何より──)

 

 ──いつだって誰かのために必死になって、損をして、それでも『よかったな』なんてニコニコ笑ってる、バカみてえにお人好しな勇者(ぎん)がいる──

 

(そうだ。惚れた女も守れねえで、何のための力だってんだ……何のための男だってんだ……!)

 

 残った左腕のミサンガを見て、力を振り絞った鋼也が顔を上げると……

 

 倒れ伏した銀と、彼女に歩み寄る地のエル(バケモノ)の姿。

 鋼也の元々強くもない堪忍袋の緒は、一瞬でキレた。

 

「──っざけてんじゃねえええぞおおおっ‼︎ クソッタレがあああああっ‼︎」

 

 右腕の痛みも失血による倦怠感も忘れて、立ち上がった鋼也が叫ぶ。その圧力に地のエルも思わず動きを止めて、仕留めたはずの獲物がむしろ元気になっている異常事態に驚愕する。

 

 右腕の断面を左手で掴み、痛みを無視して爪を立てる。刺激を与えることでギルスの力を全開放、細胞を超高速で活性化させていく。

 

「────っ‼︎」

 

 声にならない叫びと共に、失ったはずの右腕が生えてきた。あまりに人間離れした再生能力と、そのために行使した力の規模は、遠くから見つめていた黒衣の神でさえも予想し得ないものだった。

 

「……バカな……こんな力が、ギルスに……⁉︎ しかもまだ終わっていない……?」

 

 右腕を治したのはあくまでついで。怒りと覚悟で壁を超えた鋼也は、これまで立ち入れなかった新たな段階へと足を踏み出す。

 

 

 

 

 

「……変、身……!」

 

 ギルスに変身し、そこからさらなる変化が起こる。ベルトから莫大な光を放ち、一瞬その姿を隠す。光が晴れた先、誰も見たことがないギルスがそこにいた。

 

 より強く輝く霊石を携えた、力の源であるベルト。

 肩や肘など、以前にはなかった部位も含めて、身体中から生える攻撃的な爪。

 その身を守るようにも、締め付けるようにも見える、背中から伸びて胸に巻きつく赤い触手……その赤は、どこか銀の勇者服を思わせる色合いだ。

 

 

 

 

『エクシードギルス』

 

 変異種(ギルス)としての痛みと苦しみを乗り越えた先にある戦士。絶対数が少ない上に、変身者に多大な負荷をかけて潰してしまうギルスが至った、前人未到の進化の形。

 友との親交、母親との再会、恋心の自覚といった多くの出来事が鋼也を進歩させてきた。ギルス(バケモノ)篠原鋼也(にんげん)を分けて考えられるようになったこと、自分自身を認められるようになったこと。その成長に力が答えた新たな姿。

 

 

 

 

「フゥー、フゥー……行くぞ……ここからは、勇者の時間だ!」

 

「……我々デスラ知ラナイ姿……危険ダ……排除スル……!」

 

 地のエルはエクシードギルスの危険性を直感で把握していた。だからこその先手必勝、大地の刃を不意打ちで叩き込む。しかし今のギルスには遅すぎた。

 

「──っと、おっせぇんだよ!」

「何ダト……?」

 

 突如隆起してきた刃を軽く回避し、刃を足場に三角飛び。一瞬で敵の懐に飛び込んだギルスが、赤く輝く爪で地のエルの胸部をすれ違いざまに斬り裂く。歯が立たなかった先程が嘘のようにあっけなく、深い傷跡を残し、勢いそのまま倒れている銀を回収して遠くに離脱した。

 

「何故ダ、何故ソンナ力ガ貴様二……?」

 

 今の動き、ギルスは地のエルが仕掛けてから反応した。地のエルの最速の技を見てから回避してみせたのだ。それはつまり、少なくとも速度においてはギルスは自分を凌駕しているということ。その事実は長い時を上位者として生きてきた地のエルを大いに動揺させた。これまで知らなかった恐怖という感情に呑まれ、地の天使はギルスの離脱を許してしまった。

 

 

 

 

 

 

「銀、銀!」

 

「…………こう、や?」

 

「起きたか、良かっ「鋼也!」──って危ねっ!」

 

 樹海の根の陰に離脱し、眠る銀を揺すってどうにか起こす。覚醒した銀はしばし目を瞬かせると、焦ったようにギルスの体に抱きついてくる。慌てて爪で傷つけないように腕を上げるギルス。まるで降参の意思表示をしているような体勢で固まってしまう。

 

「良かった……全然動かないから、死んじゃったんじゃないかって……」

 

「……悪かった……もう大丈夫だよ。悪りぃけどまだ戦闘中だ、行かねえと……」

 

 遠慮がちに言うと、ようやく自分の行動に気づいたのか、銀が慌ててギルスから離れる。羞恥をごまかすように咳払いをして、真剣な雰囲気をどうにか呼び戻す。

 

「鋼也、アイツとやるんだよな? ……あのバカでかい刃は──」

 

「地面に剣を突き立てないと発動しない、だろ?」

 

「うん、それともう1つ……アイツは大地を自由に操れる。出来るだけ空中で戦った方がいい……あ、でもギルスには──」

 

「いや、それだけ聞ければ十分だ、やりようはある……ありがとな、銀」

 

 子供をあやすように銀の頭を撫で付けて、ギルスが立ち上がる。

 

「鋼也……死ぬなよ」

 

「たりめーだバーカ……お前もおとなしく休んどけ。須美も園子も銀も、必ず守ってみせる」

 

 その背中も紡がれる言葉も頼もしいものなのに、銀はどうしても不安が拭えない。

 

(……鋼也……須美……園子……!)

 

 2度目の満開を終えて、表面的には異常は増えていないが、何か違和感がある。ふと浮かんでくる不定形の不安を振り払い、顔を上げる。彼の背中が見えなくなってから、斧の勇者は言うことを聞かない体に鞭を打って、這いずるように戦場に向かって行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待たせたなぁ!」

 

「二度目ハナイゾ……!」

 

 接敵直後、リベンジとばかりに大地の刃で仕掛ける地のエル。焼き直しのように同じ動きで回避され、爪と剣でぶつかり合う。

 

「馬鹿の一つ覚えかぁ? 芸がねえな、アンノウン!」

「私ヲ……ナメルナ!」

 

 強引に押し切り、剣を振るう地のエル。純粋な技量ではやはり経験の差が出る。ギルスも全身の爪を用いて手数とアクロバティックな動きで対抗する。ギルスの背中から伸びる2本の赤い触手『ギルススティンガー』を樹海の根に巻きつけることで、空中移動と姿勢制御を可能としたエクシードギルスには、得意の足場崩しも使えない。純粋な斬り合いは熾烈を極めていく。

 

「シャアアッ‼︎」

「オオッ⁉︎……マダダ、コノ程度カ? ギルス!」

 

 触手を引き絞り、反動を利用して高速移動、すれ違いながら一撃。初めて至ったとは思えないほど新たな力をうまく使うギルスの一撃離脱戦法は徐々に、確実に地のエルを追い込んでいく。右肩を斬り裂いたと思えば次は左腰部、後頭部と次を読ませない乱撃は、地のエルの冷静さをも奪っていく。

 ガムシャラに剣を振り回して迎撃しようとする地のエル。視野が狭まった敵の死角から、気づかれないように伸ばしていたスティンガーが迫る。

 

「──ガッ⁉︎……何ダト……?」

「捉えたっ! ぶっ飛べえええっ‼︎」

 

 背後から胸部を貫かれて動きを止めた地のエル。その無防備な姿に、限界まで反動をつけたギルスが飛ぶ。両足揃えたドロップキックを叩き込み、最大の難敵を彼方へと吹き飛ばした。

 

「……手間取らせやがって……よし、次は──」

 

 撃破した手応えはなかったが、かなりのダメージになったはず。小さく息を吐いたギルスは、今も防戦一方の仲間を援護するべく、再びその触手を伸ばす。地の天使すら貫いた攻撃は、やはりあっさりと牡羊座と牡牛座の体を貫通し、縫い止めるようにその動きを封じた。

 

「鋼也くん!」

「しののん!」

「カッ飛びやがれデカブツ! おおおおらあああっ‼︎」

 

 突き刺した触手を回転させ、自分よりはるかに巨大な異形2体を振り回す。質量的に異常でしかないジャイアントスイングはさすがのバーテックスも応えたらしく、何回転も振り回されてようやくギルスが振り落とした時にはもう、地面に叩きつけられたまま飛行する力も残っていなかった。

 

「お〜、しののんすご〜い!」

「あ、相変わらず出鱈目ね……」

「おおおおぉぉぉぉ──‼︎」

 

 驚嘆する2人を他所に、ギルスが動けない牡羊座に飛びかかり、右の爪で大きく切り裂く。着地と同時に身を翻し、左の爪でもう一閃。十字に傷を負った牡羊座は身動きできないまま消滅していく。

 

「──らあああぁぁぁっ‼︎」

 

 猛攻はまだまだ終わらない、ギルスが再び跳躍する。右足を振り上げた先には牡牛座の姿。進化し、赤く染まった踵の爪で敵を砕く超必殺『エクシードヒールクロウ』が直撃する。人間大を大きく凌駕する巨体を、止まることなく一息で真っ二つに切断し、消滅させてみせた。

 

 

 

「ハァッ、ハァッ……須美、園子! 大丈夫か?」

 

「ええ、そっちも何とかなったみたいでよかったわ!」

 

「カッコいいね〜しののん、その新しいギルス!」

 

 互いの無事を確認して安堵する3人。相当に攻撃的な姿だと思うが、園子のセンスにはいい方向に引っかかったらしい。

 

「よし、俺も合流して────っ⁉︎」

 

 園子の船に飛び乗ろうとした瞬間、何かに足を掴まれている感触に気づく。背後で剣が地面に突き立てられたのが、振り返らなくても分かる。

 

「あっ……ぶねえなぁオイ!」

「────マサカ、今ノ一撃ヲ凌グトハ……」

 

 足の拘束を爪で破壊し、刃よりも一瞬早くその場で空中回転。頭を下にした瞬間目の前に飛び込んできた刃を両手で掴み止める。上下逆の真剣白刃取り。ギルスの超反応と運動神経は地のエルの予想をはるかに超えていた。

 

「今のは焦ったぜ……だがもう無駄だ、その技は俺には効かねえ!」

 

「……ソノヨウダナ……ダガ……!」

 

 天高く伸びていく刃に組みついたまま上昇したギルスは、上空から全速力で突っ込んで行く。地のエルには反応できない速度だったが……

 

「甘イナ……!」

「ガッ⁉︎……コイツは、壁……?」

 

 事前に罠を仕掛けておけば話は別だ。地のエルの目前数メートルに到達した瞬間、ギルスの体を左右から土壁が挟み込み、突撃を止める。急いでスティンガーを伸ばすも、ギルスが壁を壊すよりも、地のエルの剣がむき出しの胸部に突き刺さる方が一瞬早かった。

 

「チィッ! ……やるじゃねえかよ……!」

 

「私ハ、『地』ヲ司ル存在……人間ニ遅レヲ取ルナド許サレナイ……!」

 

 吹き飛ばされた勢いそのまま、スティンガーを根に巻きつけてブーメランのような軌道で再度飛びかかるギルス。膝の刃に全力を込めた飛び膝蹴りは、地のエルの長剣にヒビを入れるほどの威力があった。

 密着状態からさらにラッシュ。蹴りは躱され、拳は防がれ、酷使してきた爪もそろそろ限界が近い。

 

「消エロ、ギルス……!」

 

 動きを正確に先読みした、完璧なカウンター。前傾姿勢で懐に飛び込もうとしていたギルスには、首に向かって振るわれる横薙ぎの剣を避ける術はない。

 

(死なねえって、守るって……誓ったんだよ!)

 

 スティンガーを自分の踵と胸部に叩き込む。前方に偏っていた重心を無理やり後ろに移動させ、後方から足払いを受けたように足が宙を浮いて倒れこむ。若干間抜けなやり方ではあるが、必殺の一撃を躱すためなら安いものだ。

 

「──どらあっ!」

「何ッ⁉︎」

 

 跳ね上がった足をさらに振り上げ、自分の首元スレスレを過ぎていった剣を蹴り飛ばす。主力武器を奪った絶好のチャンス、ギルスはバック転で体制を整えると一気に跳躍。地のエルの頭の高さに腕と脚を構える。

 

「消えんのはテメエだ、アンノウン!」

 

 右肘と左膝で頭を挟むように同時に叩き込む。2つの刃で噛み砕かれた地のエルの頭には二筋の大きな傷が入った。

 流石にダメージが大きかったのか、数歩後ずさり膝をつく地のエル。ようやく致命の隙を見せた敵に、ギルスは切り札を使う。

 

「決めてやる……!」

「……グッ、ムゥ……!」

 

 2本のスティンガーが蠢き、地のエルの全身を締め付ける。これで動きを封じると同時に、痛みを与え続けることで超能力の行使も抑えられる。深く腰を落としたギルスが高く飛び上がり、右足を持ち上げる。まるで通用しなかった先程とは違う。今の(エクシード)ギルスの爪ならば、天使の命にだって届く。

 

 

 

「終わりだあああっ!」

 

 

 

『エクシードヒールクロウ』で決着が着こうとしていた、まさにその時──

 

 

 

 

 運命はまたしても、篠原鋼也の敵に回った。

 

 

 

 

 

「何ッ⁉︎」

「しののん!」

「嘘……⁉︎」

「──ッ! ココダ……!」

 

 ある程度離れた場所で、唯一残って勇者たちと戦っていたバーテックス、獅子座の火球が流れ弾のようにもう1つの戦場に飛んできた。ギルスが反応する間も無く、そのうちの1発がスティンガーに直撃。赤い触手を瞬く間に焼いて溶かした。

 誰もが予想できなかった事態に最初に行動を起こせたのは経験の差か、やはり地のエルだった。拘束が半分緩んだその一瞬で念動力を発動。ギルスに蹴り飛ばされた剣を操作し、背後からギルスに突き刺した。

 

「──ギッ⁉︎……ガッ……ァァァアアアッ‼︎」

「……! ギルス、マダ……」

 

 剣が深々と貫通し、ベルトにも傷が入ってしまった。もうまともに戦えないことを悟ったギルスは最後の力を振り絞り、踵の爪を地のエルの肩口に叩き込む。狙いはそれたものの、肩から胸部に振り下ろされた爪は甚大なダメージを与えた。

 立っているのもやっとの状態の両者。地のエルがなんとか力を行使して剣を抜き取ると、その衝撃でギルスの変身が解除される。血のシャワーでも浴びたかのように全身を赤く染めた鋼也は、倒れそうになる体を意地だけでなんとか立たせる。そんな彼に、地のエルは無慈悲に剣を振り上げ──

 

 

 

 

「満開‼︎」

 

 銀の声が後方から近づいてきた。ここまで0.2秒。

 

「──っ!」

「うわあっ⁉︎」

 

 地のエルが地面を炸裂させて背後の銀を吹き飛ばす。0.5秒。

 

「──鋼也、使って!」

 

 跳ねあげられたまま、銀が大斧を投げ渡す。0.9秒。

 

「チィッ……!」

「──グゥッ!」

 

 一瞬気を取られた地のエルが剣を振り下ろし、飛んできた斧で鋼也が防ぐ。1.5秒。

 

「……終われ、ねぇんだよ……!」

 

 人間の姿である鋼也の体から光が放たれる。傷だらけになりながらもどんどん強くなる目の前の敵に、地の天使は思わず恐怖で一歩退がる。3.3秒。

 

「こっから……消えやがれええええっ‼︎」

 

 腰が引けた地のエルの剣を払いのけ、横薙ぎに一閃。大きな痛手を被った地のエルの体から火花が散る。4.1秒。

 

「……バ、馬鹿ナ……私ガ──」

 

 言葉にならない驚愕を最後に、とうとう爆散、消滅した。ここまで僅か5秒。創造主たる神に選ばれた絶対的な存在。その一柱は、人間の気合と根性、魂に敗れ去った。

 

 

 

 

「ハァー、ハァー……やべえなこりゃ……」

 

 斧を支えに立っていた鋼也は、爆発が落ち着いたのを確認して倒れこむ。その拍子に、度重なる衝撃を受けていた左腕のミサンガが千切れてしまう。爆炎の中から青い光が逃げるように飛んで行ったことには誰1人気づかなかった。

 

(あー……ミサンガ切れちまった。銀に謝らねえと……)

 

 最早顔を上げることもできない鋼也の視界に、なんとか這いずりながら近寄ってくる制服姿の銀が映る。

 

「鋼也……鋼也……!」

「……ぎ、ん……!」

 

 求め合うように互いが手を伸ばす。震えるその手がようやく触れ合った時、鋼也の瞼がゆっくり落ちていく。

 

(まあいいか……1番大事な願いはどうにか叶えられた……)

 

「鋼也……こ、う…………」

 

(銀……お前を守れたなら──)

 

 血だらけとは思えない穏やかな顔で眠る鋼也。銀も長くは持たず、同じように意識を失う。

 

 固く結ばれたその手が、離れたくない、という強い意思を示していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミノさん! しののん!」

 

「そんな……!」

 

 動かなくなった2人を上空から確認した須美と園子。思わず駆け寄ろうとした時、これまでとは段違いの熱量を感じ取った。獅子座の火球。これまで小分けにして連射していた火力を一点集中させ、小さな太陽のように燃え盛る大火球を打ち出してくる。

 今の位置関係なら回避はできなくもない。だが避けた場合、その軌道上に鋼也と銀が倒れている。今の2人では、爆風に呑まれるだけでも危険すぎる。

 

「やらせない……やらせないわ……!」

 

「……わっしー……」

 

 ここまでに計8体のバーテックスを倒すために、須美も園子もかなり消耗している。残った力の全てを絞り出した全霊の砲撃。青い光球が、太陽に向けて放たれる。

 

(絶対に、誰も……!)

 

 太陽と光球は衝突し、破壊的な暴風を撒き散らす。余波だけで周囲を荒らし尽くし、相撃つように消えていく。とうとう限界を迎えたのか、ずっと展開してきた須美の満開が散っていく。

 

「そのっち……あとはお願い、アイツを……」

 

「任せて、わっしー! ────満開!」

 

 堕ちてゆく須美に手を差し伸べたい衝動を押し殺し、飛び立った園子が6度目の満開を使用。巨大な空中船をそのままぶつける強引な戦術で獅子座を追い詰める。

 

「ここから、出て行けえええっ‼︎」

 

 莫大なエネルギーの衝突により、大規模な爆発が起こる。その爆風に紛れて壁の外に引き上げる獅子座。満開が解けた園子も後を追って壁を越える。

 

 その先にはどんな残酷な真実があるのか、そんなことは考える余裕もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天界に舞い戻った地のエルの魂、傷ついた霊魂はテオスの体内に飛び込んで暫しの休眠に入った。一瞬苦しそうな様子を見せたテオスだが、すぐに平時の無表情に戻る。

 

「……まさか彼でさえもここまで追い込まれるとは……しかし、これで可能性の芽は摘めました。あとは…………む?」

 

 ギルスの死は時間の問題。勇者もここまでだろう。楽観視ではなく純然たる事実として、確信を持っていたテオスの感覚に何かが引っかかる。この世界にはまだないはずの力。それが猛スピードで戦場に迫りつつある。

 

「……馬鹿な……不確定要素はギルスだけではないということか……?」

 

 その時、テオスは思い出した。そもそもなぜ変異種(ギルス)が現れたのか。なぜ段階を数百段飛び越した可能性の形がこの世界に生み出されたのか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あなたは誰なの……? ……そんな格好で……それにこの場所、私は……」

 

「……あなたは鷲尾須美、私は乃木園子、あそこにいるのは女の子の方が三ノ輪銀、男の子の方が篠原鋼也……私たち4人は友達だよ……ズッ友だよ〜……」

 

 壁の向こうに広がる灼熱の大地。増殖し続けるバーテックス。そして満開というあまりに都合のいいシステムの副作用について。全ての真実をその聡明さで理解した園子が友のもとに戻ると、唯一残った彼女さえも挫けてしまっていた。

 記憶の消失。それが須美の2度目の散華の結果。6度満開してもまだ戦える園子と、2度目で致命的な消失を引き当てた須美。どちらが幸運で、どちらが不幸だったのだろうか。

 

 一瞬で全てを失った事実に泣きたい心を笑顔で隠す園子。そんな彼女を嘲笑うかのように壁の外から入ってくるバーテックスたち。つい先ほど倒したはずの敵も含めた巨体の群れ。折れることも捨てることもできなかった最後の勇者は、背後で怯える友を守るために槍を構える。

 

(私が、やるしかないんだ……! わっしーもミノさんもしののんも、私が守らなきゃ……)

 

 

 そんな諦めない勇者のために、救いの手が舞い降りる。

 

 

 

 

「オオリャアアアアッ‼︎」

 

 上空から響く少年の叫び。頭上を見上げると、金色の光が魚座に正面から突っ込み、その巨体を一瞬で破壊した。爆風に飛ばされた光は園子の目の前に落下し、着地と同時に光が晴れていく。

 

(また何か来た……⁉︎ 今度は一体……)

 

 声にこそ出さないが、須美の混乱は頂点に達していた。金と黒で構成された仮面の異形。ギルスやアンノウンの記憶がない彼女にとって、目の前の光景は信じがたいものばかりだ。

 

(何だろう、しののんのギルスに似てる……? 見た目以上に、その姿に感じる、暖かい何かが……)

 

 槍を下ろして、園子は惚けている。どちらかと言えばアンノウンよりはギルスに近い。そんな曖昧な感覚だけで、彼女は目の前の異形への警戒心を維持できなくなっていた。

 

「……なぜだ、なぜそこにいる……『アギト』!」

 

 天高くから樹海を覗くテオスはひどく狼狽していた。最も見たくない、目を背けたい可能性。それが世界を越えた先でも現れた。彼にとっては悪夢に近いだろう。

 

 

 

 

 

 

 そんな各々の心情など、当然ながら異形……『アギト』の知ったことではない。周囲を見渡して園子と須美、後方に倒れる銀と鋼也を確認すると、穏やかな声で園子に話しかける。

 

「いきなり出て来て、信用してくれって言うのも無理があるだろうけど……俺は多分君たちの味方だ。その子たちを死なせたくないなら、あのバケモノは俺に任せて退がってくれ」

 

「えっと〜、あなたは〜?」

 

「……悪いけど、説明できるほど事態を把握できてないんだ。なんなら自分のこともロクに分かってない……けど、君たちが頑張ってて、アレが人を脅かすっていうのは何となく憶えてる。だから俺も戦うよ」

 

 何の説明にもなっていないが、その言葉に一切の嘘はない。不思議と確信できた園子は、小さく礼を言って須美を担ぐ。意識が朦朧としている須美が最後に認識したのは、異形の背中と囁くような優しい言葉。

 

「……こんなになるまで助けに来れなくてゴメン……後は任せて、ゆっくり休んでくれ」

 

 小さな声だったのに何故だかはっきり届いた誓い。それを最後に鷲尾須美の意識は闇に堕ちた。

 

 

 

 

 

 

 離れて行く2人を見送って、戦士は再び怪物の群れに向かい合う。

 

 黄金に輝く装甲に身を包み、大地を思わせる荘厳な雄姿。

 赤い瞳と、強く天に伸びる金の衝角。

 中央に金色の霊石を埋め込んだ神秘的なベルト。

 

 人が持つ力を突き詰めた、進化の可能性が具現化した大地の戦士。

 

『アギト グランドフォーム』

 

 神の使いを前にして、人類の守護者が力強く構える。

 

 

 

「正直何が何だかだけど……カッコつけた以上、やらなきゃダメだよな」

 

 敵の素性は不明。自分の状態も不明。それでも1つだけルールを自分に定め、アギトは覚悟を決める。

 

 俺の目の前で、誰かを死なせない。絶対に守る。

 

「出し惜しみはナシだッ‼︎ 行くぞバケモノ‼︎」

 

 傷つく誰かがいるのなら、どんな時でも何度でも。新たな時代に、戦士の長い戦いが再び始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 




 立体起動ギルスとかカッコよくない⁉︎と思ってやってみました。
さて、唐突に現れたアギト……いったいナニ人くんなんだ……?
……あ、次回わすゆ編最終回(予定)です。

 感想、評価等よろしくお願いします。

 次回もお楽しみに





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笑顔を守る『勇者』として

これにてわすゆ編クライマックスです。


 神樹内部にある別次元の世界。散っていった勇者の魂が安らぐ場所に、少年の声が響く。

 

「どうして隠してたんだ……! 神樹様も、みんなも……!」

 

 300年ほど前の現世で、1度世界を救った英雄が、仲間たちを責めるように声を上げる。彼にしては珍しい姿だった。

 

「……申し訳ありません。ですが誰も悪意があってやったわけではないんです」

 

「■■が知れば気に病むだろうと神樹が提案して、我々全員が了承したんだ」

 

 上里ひなたと乃木若葉が宥めるように声をかける。その眼には申し訳なさと気づかれた後悔が滲んでいる。

 始まりは6年前、鋼也たちの訓練が始まった頃に遡る。英雄の力を後進に授けると言えば聞こえは良いが、■■にとっては、あの時決着をつけられなかった自分の力不足のツケを押し付けているに過ぎない。そんなことを知れば彼がどう思うか、そんなことは誰もが分かっていた。

 

「だから隠してたのか……俺にだけ幻を見せる、なんて手の込んだやり方で」

 

「今となっては謝るしかないけれど……私たちには他の方法は思いつかなくて……」

 

「私たちにとって1番インポータントなのは■■くんのことなの。それは信じてくれないかしら?」

 

 藤森水都と白鳥歌野が泣きそうな顔で頭を下げる。そんなことを言われれば■■は何も言うことができない。

 神樹の力と勇者たちの協力で、この6年間彼には何の異常もない時間が過ぎていく幻を見せていた。■■も300年経った今更そこに疑いを持つこともなく、ただ穏やかな日々に喜びを感じていた。それがつい先ほど破られた。神樹のすぐ近くで勃発した一大決戦。そちらの警戒に力を向けた結果、幻影を維持することができなかった。

 

「……みんなの気持ちは嬉しい。俺だってここで過ごす時間は幸せだ。できるならこのままでいたいとも思う……けど……」

 

「できるなら、じゃない……できるんだよ。ずっと一緒にいればいいんだよ」

 

「……誰もあなたに無理強いなんてしないわ……あなたの戦いはもうとっくに終わってるの……」

 

 高嶋友奈と郡千景が訴えかける。その言葉は真実だ。

 例外的に魂の在り方を保ってはいるが、現世から見ればとうに死んだ人間。死者に祈ることはあっても現実的に頼ろうとする者などいない。だが、そんな安寧を許せない人物がただ1人。言わずもがな■■本人だ。

 

「……誰に言われて戦ってきたわけじゃない。自分の中で譲れないものがあったから。俺もみんなも、そうだっただろ?」

 

「そうだな……だから、行くのか……? タマたちとの時間を捨てても」

 

「ここしかないの…… ■■さんはともかく、人の死霊でしかない私達が私達として存在していられる場所は……」

 

 土居球子と伊予島杏が縋り付いてくる。その涙を止める言葉を彼は持たない。

 今この世界を出て行けたとして、そこから戻れる保証はない。今生の、という表現が正しいかは微妙だが、永遠の別れになることも十分考えられる。

 

「……ゴメン、分かってくれなんて言えないけど……俺はずっと後悔しながら生きてきた。1度死んだ先でまで悔やむのは嫌だ……みんなが信じてくれたのは、きっと自分の大事なものから目を逸らさない男だと思うから……」

 

 散々悩んでも、結局答えは単純で。誰かのために命だって投げ出せる、『1度世界を救った』なんて大仰な称号を名乗ることを唯一許された英雄。そんな彼でもできないことはある。

 

 

 

『見て見ぬフリ』 誰もが当たり前にやっているそんな簡単なことが、彼には死んでもできない無理難題だった……ただそれだけの話でしかない。

 

 

 

 

「ゴメン、それでも俺は……!」

 

 誰の返事も待たずに飛び立つ■■。神樹の内部には基本何もない。魂たちから離れれば何も見えない無明の空間が広がるだけ。とにかくまっすぐに進み続けると、やがて雷に呑まれたような痛みと熱さが突如襲ってきた。生前以来の感覚に驚いた■■は、目の前に不可視の壁のようなものがあることに気づく。

 

(……神樹様は、俺を外に出す気はないってことか……)

 

 壁を越えようとぶつかり続ける■■。何度繰り返しても変わらない手応えに焦る彼の背中に、そっと手が添えられる。

 

「まったくしょうがないな、■■は。タマたちがいないとダメなんだから」

 

「私たちの力も預けるから。もう一度やってみよう、■■さん」

 

 置いていったはずの仲間たちが、続々と追いついてくる。優しく、そして力強く彼の背中を押してくれる。

 

「……みんな、どうして……」

 

「……本当は最初から決めていたの……気づかれてしまった時には、全てあなたの望むようにするって……」

 

「理由はどうあれウソをついちゃったわけだからね。これ以上引き留めるのは卑怯かなって思うの」

 

「でも俺は……みんなを置いて……」

 

「この200年、とてもハッピーだったわ。■■くんなら必ずまた会いにきてくれるって信じられるしね」

 

「元々■■さんを100年待たせちゃったのはこっちの方だしね。だから今度は私達が待つよ」

 

「それは違うよ。俺が勝手に遠くに行ったんだ。あの時も、今も……」

 

「そうかもしれないな。だが、あの時も今も……お前が決断するのはいつだって誰かのためだ。ならば後悔しないように、今度こそ決着をつけて戻って来い」

 

「私達が……私が、心惹かれたあなたらしくいてください。そのためなら、少しくらいは待っててあげます……帰ってきてくださいね?」

 

「……! 分かった。ちょっと遅くなるかもしれないけど、必ず帰るよ……みんな、力を貸してくれ!」

 

『おおおおおおっ‼︎』

 

 生前の頃のように、心を合わせて壁を押す精神体の8人。それでも不動を貫いていた壁は、数十回目のトライで突如抵抗もなく破れた。魂の内に神性を宿した特例である■■だけがその先に落ちていき、勇者たちはその場から動けない。

 

「行ってきます!」

 

『行ってらっしゃい!』

 

 最愛の仲間に別れを告げ、現人神の魂が現世に降る。だがそのまま降臨するにはあまりに力が大きすぎる上に、魂だけでは現世で何の行動も取れない。最悪、樹海を巻き込んで消滅する危険すらある。それをどうにかできるのは、神々の力を自在に行使できる神樹だけだ。

 ■■の諦めの悪さに根負けした神樹がフォローする。まずは人の器……御姿を用意し、それに収まる程度に神性を削る。残った神性を人の器に合わせた形に調整する。人の可能性の先にあり、同時に神の力への入り口でもある『アギト』の力へと変換されていく。これで限定的ながら人間として現世に戻ることができる。

 

(……! 何だ? 力が抜けていく……それと一緒に、何か大事なものが……)

 

 しかしあまりに突貫すぎる人への堕ち方だったため、そこかしこに無理が生じる。クウガとしての経験と記憶、神としての時間が刻み込まれた魂は、言ってしまえば容量が重すぎる。御姿というハードに収まりきらない情報量が詰まった魂というソフトを適合させるために、どんどん記憶というデータが消えていく。

 神樹の中で過ごした記憶、生前の記憶までも虫食いのように無秩序に消されていく。それに引きずられているのか、御姿の肉体年齢も退行していき、そして──

 

 

 

 

 

 

「…………なんだ、ここは……」

 

 樹海に降り立った■■。彼はあまりに曖昧すぎる記憶と、小学校高学年相当の肉体を持って、現世に再臨した。

 

(……向こうで誰かが戦ってる……? そうだ、俺はその誰かを助けたくて……)

 

 何も分からなくてもやるべきことだけは決まっている。少年は1人、不気味な世界を駆け抜ける。ロクに憶えてもいない誰かの笑顔を守るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とにかく距離を詰めなくては戦えない。矢の雨を必死に掻い潜り、アギトは蠍座の懐に飛び込んだ。

 

(まずは一匹片付ける……!)

 

 大きくジャンプして背面に拳を振り落とす。外甲を破壊して拳が体内に食い込む……までは良かったが、高速で傷口が再生し、拳が固定されてしまう。慌てて抜こうとするアギトの頭上から、蠍の尾が飛んでくる。

 

「ガッ────っと、何だ?」

 

 跳ね飛ばされた先に空飛ぶ船が現れる。なんとか勢いを殺して甲板に着地したアギトが周囲を見渡すと、先ほど見送った少女が穏やかに微笑んでいた。

 

「……君は、どうして……」

 

「さっきはありがとうね〜、わっしーたちはとりあえず安全だよ〜」

 

 違うそうじゃない、と言い募ろうとしたアギトの視界の端に、再び蠍の尾が入り込んでくる。

 

「来てるぞ!」

「大丈夫〜」

 

 大きく旋回して蠍座の攻撃を回避する。そのまま後ろに回り込んで、大量の刃で動きを封じる。園子が合図するかのように視線を送ってくる。その手際の良さに驚きながら、アギトは無意識に脚を開いて構えを取る。

 

(仕方ない、手を貸してもらうしかないのも事実か……!)

 

 アギトの頭の衝角『クロスホーン』が2本から6本に展開し、その力を解放する。足元に光の紋章が浮かび上がる。その紋章は、角を展開した今のアギトによく似ていた。紋章の光を右足に収束、そのまま高く飛び上がる。

 

「ダアアアアアッ‼︎」

 

 エネルギーを収束した飛び蹴り『ライダーキック』が炸裂、蠍座を撃破した。甲板に舞い戻ったアギトが一息つくよりも早く、爆風の中から小さな影が飛び出していった。

 

「いけない、神樹様が〜」

 

(なんだ、抜かれたらまずいのか……?)

 

 神樹に向かって駆け抜ける双子座を、いまいち焦りが伝わらない声を上げた園子が追いかける。船の最高速でなんとか追いつくも、前の小兵に気を取られすぎた。あまりの熱量と空間そのものが燃えるような異音に振り返ると、小さな太陽が接近していた。

 

(不味い、気づいてない……⁉︎)

「逃げるんだ!」

 

「えっ? ……わ〜!」

 

 あれほどの存在感にまるで気づく様子のない園子の背中を庇うアギト。太陽と見紛うその火力は、一瞬で園子の満開を破壊した。

 

「ハァ、ハァ……なんて火力だ……」

 

「う〜ん……あ、いけない! 追いかけないと〜」

 

 フラフラと立ち上がる園子の足取りは何とも覚束ない。どこか怪我したのかと案じたアギトが彼女の肩を叩く。

 

「とにかくあの小さいのを止めればいいんだな? 俺が行くから待っててくれ」

 

「……でも〜……」

 

「足、痛めたんだろ? まだ敵はたくさんいる。幸い今は他の敵も遠いし、少しでも体を休めて、な?」

 

 返答を聞くより早く飛び出す。しかしアギトの脚力では双子座の速度には追いつけない。どんどん広がっていく距離にアギトの焦燥感が増していく中、幻想的な樹海の雰囲気にそぐわない駆動音が響く。

 

(……何だ、この音……バイク?)

 

 後ろを振り向くと、巨大な角を先端に構えた、やたらと攻撃的で威圧感のあるバイクが自分めがけて無人走行してくる。

 

「……訳分からん……乗れってことか……?」

 

 目の前で停止したバイクに恐る恐る触れると、一瞬でその造形が変わる。アギトに似た赤と金のカラーリングに、あれだけ目立っていた角は消え、幾分スマートなフォルムに変化した。

 

『マシントルネイダー』

 

 神樹が万一に備えて保管していたかつてのクウガの愛機、ビートチェイサーと自立型サポートユニット、ゴウラム。その2機がアギトの力に合わせて進化した新たなバイク。

 

「本当に分からないことだらけで気が滅入るな。とりあえず、今は当てにさせてもらうぞ……!」

 

 マシントルネイダーに乗り込んで再び敵を追跡する。バイクの速度はバーテックス最速の双子座を上回り、ものの数秒で後ろ姿を捉える。追撃を仕掛けようとしたアギトの背後から迫る矢の雨。うまく車体を振って凌いだところで頭上からさらなる追撃。乙女座の爆撃に飲み込まれ、アギトがバイクから振り落とされて吹き飛ぶ。

 

(しつこい……って、何だこれ?)

 

 受け身を取ろうとしたアギトは、突然滑り込んできた飛来物に乗り上げる。よく見るとついさっき飛んできたバイクによく似ている。車体を前後にスライドさせてホイールを折りたたむ。全体的にスリムになった、マシントルネイダーの飛行形態『スライダーフォーム』

 

「随分器用なことができるんだな……まさか空を飛べるとは……」

 

 戦いながら疑問が増えていく状況に頭痛を覚えるが、今は何より敵を倒すこと。バイク時よりもさらに増した運動性を活かして追撃を躱すアギト。後衛のバーテックスの射程外に出たところで、今度こそ完全に双子座の真後ろにつける。

 

「好き勝手もそこまでだ……!」

 

 スライダーの上で構えて、力を収束する。マシントルネイダーの速力とアギトの力を合わせた必殺の飛び蹴り『ライダーブレイク』が双子座の背中に直撃した。

 

 

 

 

 

 

(随分離れたな……一旦合流して────っ‼︎)

 

 バイクに乗って園子の元に向かう。そんなアギトの真下から突如巨大な異形が迫り来る。最初に倒したバーテックスと同型の魚座が、地中から飛び出してアギトを襲う。

 

「させないよ〜!」

 

 空中に投げ出されたアギトに迫る魚座。その巨体の真横、隙だらけの側面から槍を構えた空中船が飛び込み、一撃で粉砕した。甲板で合流する2人。軽く視線を交わして敵の群れに向かう。

 

(……ん? あの足……怪我じゃないのか? さっきの反応、それに──)

 

 見る限り園子の体に大きな外傷はない。にも関わらず園子の足取りはおぼつかないまま。そして彼女の表情から痛みは感じ取れない。そんなチグハグさに加えて、あの大火球に気づかなかった様子。聴覚や触覚が正常であればまず感じ取れるはずだったが……

 

「君、もしかして──」

「来るよ〜!」

 

 アギトの言葉を遮るようにバーテックスの総攻撃が迫る。園子の船は大きく旋回し、的を散らすためにアギトはスライダーに飛び乗る。火球、水球、爆弾、矢、さらには毒霧や怪音による妨害まで入り、2人の処理限界を超越した弾幕に晒される。

 

「クソ、逃げ場が──」

「ここしか……あ、ダメッ!」

 

 弾幕の中、唯一残った安全地帯に逃げ込む2人は、互いの動きを完全に思考から外していた。巨大船に衝突して落下するアギトと、それを見て思わず動きが止まる園子。隙だらけの2人の背後から蟹座の反射板を使って反転してきた矢の雨が降り注ぎ、正面から蠍座の尾が飛んでくる。同型を含めた数十体のバーテックスの猛攻に耐えきれず、2人の戦士は地に堕ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……う、う〜ん……」

「大、丈夫か……?」

 

 わずかな間意識が飛んでいた園子が目を覚ますと、目の前に自分と同年代の少年の顔があった。彼の頭からは赤い液体が滴り落ち、感覚がない園子の顔を濡らしていく。

 

「あなたがさっきの……?」

 

「うん、ちょっとダメージを受けすぎたみたいだ」

 

 軋む体に鞭打って立ち上がる2人。バーテックスたちは仕留めたものと見なしたらしく、ゆっくりと神樹の方角に進んでいる。慌てて後を追おうとする園子だが、少年が横からそれを止める。彼女の体の欠陥はすでに取り繕える段階を超えていた。

 

「その体じゃムリだよ。本当に死んでしまう──」

 

「だい、じょぶだよ〜……私は死なない。そういうふうになってるんだ〜」

 

 勤めて明るい表情のまま、園子は簡潔に語る。満開の真実、勇者の役割を。力を振るうごとに自身の一部を捧げ、その欠陥をシステムで代用しながら戦い続ける。心臓が止まろうが死ぬことはない。あまりに残酷であまりに効率的な勇者システム。その真実を知った少年は目を細める。何かが引っかかる、不安定な記憶の中で、同じようなものを使う人がいた気がした。

 

「私は大丈夫だから〜。あなたが誰かは分からないけど、危ないからもう退がってくれても──」

 

「いや、退がるのは君だよ。俺は君を助けたくてここにいるんだ」

 

 少年が両手を園子の肩に添え、正面から向かい合う。彼女が隠した心の嘆きを見逃さないために。少年の目は真っ直ぐに少女を見つめている。

 

「こうしている今も俺の中で記憶が消えていってるのが分かる。あの姿といい、多分俺は普通の存在じゃないんだと思う。けど1つだけ覚えてることがあるんだ……苦しんでる女の子がいて、俺はそれを遠くから見てて、その子たちを助けたくて手を伸ばした。その結果として俺はここにいるんだ」

 

 一般社会でこんなことを言えばまず病気を疑われる。それくらいに訳が分からない話だったが、園子はその言葉を素直に受け取れた。少年の顔から嘘が一切感じ取れなかったからだろうか。

 

「君が誰で、どんな力があるのかは知らない。けどそれは君が傷ついていい理由にはならない。俺は君の全てを守りたい。だから──」

 

(ああ、これは夢なのかな……こんな──)

 

「言ってくれ、『助けて』って……何も分からない俺でも、君の一言があればこの命を賭けられるから」

 

(こんな物語みたいなこと、正面から言われちゃうなんて──)

 

 放心したような園子の口からとても小さな声で飛び出す四音の言葉。それを聞いた少年は小さく笑って怪物の群れに走ってゆく。彼の後姿を目で追いながら、園子は脱力して座り込む。ずっと張り詰めていた緊張の糸が、出会って数分の誰かの言葉で解きほぐされてしまっていた。

 

「アハハ、参ったな〜、実際に言われてみると、なんにも頭が働かないや〜…………でも、私だって勇者だもん」

 

 1人残った勇者にとって、彼の言葉は素直に嬉しかった。それでも知らない誰かに押し付けて逃げられるほど、乃木園子の諦めは早くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦う意志を固めると、自然とベルトが発生する。両手を前にかざして、ベルトの両端を叩くと、少年の体が一瞬でアギトに変わる。変身したことでバーテックスたちも地上の敵性に気づき、再び攻撃を仕掛ける。勢いで飛び出してきたが、実はアギトにはなんの策もなかった。

 

「絶対に負けない……それだけの力を、ただ振りかざすだけのお前たちには、絶対に──!」

 

 打つ手がないからと諦めるわけにはいかない。誓いを立ててしまったのだから。無謀にも前に足を進めるアギトが再び光に包まれ、直後乙女座の爆風に飲み込まれる。煙が晴れた先には、両手に武器を構えた新しいアギトが君臨していた。

 

『トリニティフォーム』

 

 右腕を赤、左腕を青く染めた姿。右手に炎を纏った剣、左手に風を纏った薙刀。大地と風と炎の力を一身に宿した三位一体の戦士。

 降臨して間もない神の力。その残滓が形を成した人の可能性の一段上の姿。何もかもが不安定な少年にできる強化形態だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やられっぱなしで終わると思うな……人間を、ナメるなよ!」

 

 スライダーに乗って飛翔し、両手の武器を振りかざす。巻き起こる災害レベルの風と炎がバーテックスを呑み込み、嘘のようにあっさりと消しとばしていく。覚悟1つでどこまでだって強くなれる。それがかつて天の神すら恐れた英雄の力だ。

 群れの8割を片付けたアギトの周囲を毒霧が覆う。すぐさま風で吹き飛ばすも、その一瞬の隙に残存戦力が総攻撃を仕掛けてくる。晴れた視界に飛び込んできた射撃の嵐は、横合いから飛んできた船に遮られてアギトまで届かなかった。

 

「ありゃ〜……1発で壊されちゃった。もうちょっと満開頑丈にできなかったのかな〜?」

 

「君は、なんでまた……」

 

 地上の園子に駆け寄るアギト。満開が壊れた瞬間、何らかの苦痛に園子の表情が歪む。それでも一瞬で笑顔を取り繕った勇者が、アギトの手にそっと触れる。

 

「あなたが私のために頑張ってくれるのは嬉しいけど〜、私にも私の戦う理由があるんよ〜。だから、一緒にやろ〜?」

 

 全てを飲み込んで笑い続ける少女に、アギトはこれ以上かける言葉が思いつかなかった。

 

「そういえば、あなたのお名前まだ聞いてなかったよ〜。私は乃木園子、あなたは〜?」

 

「名前……名前か」

 

 考え込むように空を見上げるアギト。自分の名前すらも曖昧なほど、彼の中身はメチャクチャなことになっている。

 

「たぶん、りくと……苗字は思い出せないけど、『陸人』ってのが、俺の名前だと思う」

 

「陸人くんか〜……それじゃ『りくちー』だね〜。わたしのことはぜひ『そのっち』と〜」

 

「ん〜……じゃあ、園子ちゃんでいいかな?」

 

 自分の苗字が思い出せないという異常事態にも一切言及せずに微笑む園子。戦場とは思えないほど和やかな2人に向かって、これまでにない大きさの火球が迫る。2体の獅子座が能力を合わせた、最強の大火球が樹海を壊しながら迫ってくる。

 

「それじゃ行こっか、園子ちゃん」

 

「おっけ〜、園子さんにおまかせあれ〜……満開‼︎」

 

 船に乗って太陽に突っ込む2人。甲板に薙刀と剣を突き立てて、その力を満開全体に注ぎ込む。船の周囲に展開している全ての刃が風と炎を纏う。

 神樹の神性とアギトの能力。親和性の高い2つの力を本能的に組み合わせた、園子とアギトの必殺技『ファイヤーストームフィニッシュ』

 太陽の真裏に位置する2体の獅子座を除いた全てのバーテックスを殲滅しながら、船と太陽が正面から衝突する。

 圧倒的な火力で船体が徐々に焼け落ちていく。このままでは力負けして満開が消えるのは確実。空間全てを焼き尽くすような炎の前で、それでも一歩踏み出す勇気こそが勇者の証だ。

 

「園子ちゃん!」

「りくちー!」

 

 アギトが船首に駆け上がり、園子が飛翔する穂先を構える。太陽に向かって同時に武器を叩き込む。太陽の中心を捉えた3本の刃によって、全てを燃やす火の塊は消滅した。

 

「今度こそ……出てけええええええっ‼︎」

 

 壊れかけの船体を無理やり動かし、奥に佇む獅子座に突っ込む園子。持てる全てを乗せた一撃は、最強のバーテックスを自身の船もろとも轟沈させた。

 しかしさらに奥にはもう一体、獅子座が残っている。こちらも残り少ない力を振り絞り、小さな火球を発生させる。通常の変身すらも解けた園子にとって絶体絶命のピンチ。それでも彼女の顔はいつもと同じように微笑んでいた。

 

「人間をナメるなと、言ったはずだ!」

 

 真上から落下して来るアギト。太陽を堕とした直後にスライダーに飛び移って上昇していたのだ。トリニティの全力を右足に込めて、無防備な獅子座に突っ込む。

 

「オオリャアアアアッ‼︎」

 

 トリニティフォームの超必殺『ライダーシュート』が、最後の獅子座を頭上から打ち砕き、破壊した。

 計33体のバーテックスと、高次元に生きる天使さえも敵に回した一大決戦は、こうして幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇者達の勝利と見ることもできるが、人類側の被害も決して無視できない。一方無限に近い戦力を持つバーテックス側にとっては今回の損害はあってないようなものでしかない。

 人類守護の最前線にして最終防衛ライン、大社はかつてないほどに混沌としていた。

 

「……こんな形になるなんてね……」

 

「まるで私達の死角を狙ったように全てが抜けていきました。反対多数で却下され続けてきた満開の認可……突如顕れた特型アンノウンに、12体を超えたバーテックスの同時運用……全てが何かの意思によってタイミングを図られていたとしか思えません」

 

「天の神か……神託にあったアンノウンの頭領か……もしくはまた別の存在……まだまだ分からないことだらけね」

 

「分からないと言えば、大社内部にも異常が頻発しています。構成員の唐突な心変わり。真由美さんの派閥だったはずの職員も日毎に本部に従順になってきています」

 

「やっぱりあの時の花村と同じ。何らかの意思が働きかけている……私達もいつまでこうして思考していられるか分からないわね。守れなかったことへの後悔すらも、忘れてしまうかも……」

 

「真由美さん……鋼也くんは……」

 

「あの子はまだ生きている、私が先に折れるわけにはいかないわ……だからこそ……」

 

「行くんですね? あの方への御目通りに……」

 

「ええ、上里家の実質的な最高権力者……筆頭巫女様くらいしか、確実に頼れるアテはないわ……安芸ちゃんも、そっちの案件の確認よろしくね?」

 

「了解しました……『防人』に『G3ユニット』……勇者に頼らない自衛戦力の確立、ですか……」

 

 我が子を守れなかった母親と、生徒を守れなかった教師。2人はそれでも足掻き続ける。明日には目の前の彼女が敵に回るかもしれないと、覚悟を決めて。

 

 

 

 

 

 

 今回の決戦の立役者である、前線で体を張り続けた勇者たち4名と、イレギュラーが1人。それぞれが生涯に響く損傷を背負い、それでも懸命に前を向いている。

 

 篠原鋼也:心身共に著しく衰弱、意識回復の目処も現状不明。

 

「…………」

 

「静かだな……」

 

「うん……しののんは……ギルスと自分を分けて認識するようになって、その結果回復機能が落ちてるんだって話……何でこうなっちゃったんだろうね〜」

 

 病室のようでいて、神社のような雰囲気を醸す一室。少年と少女、二台のベッドが並んでいて、その間に神官服を纏った別の少女が座っている。その瞳は今にも溢れんばかりに涙を帯びていた。

 鋼也が人として生きることを決めたことによって、彼は今眠り続けている。あまりにも皮肉な話だ。溢れそうな涙を堪えて、鋼也の体を拭う銀。彼女もまた大きな傷を負って、勇者の任を降りてこの部屋の世話役を請け負っている。

 

 三ノ輪銀:散華の影響によって右手の機能と勇者適性を捧げる形となる。勇者として戦う力と、日常を支える利き手の機能を失った。加えて内臓も一部停止し、女性としての機能が正常に働かない体になってしまう。

 

「ミノさん、辛いなら無理にこの部屋に来なくてもいいんだよ〜?」

 

「いや、大丈夫だよ。鋼也のこと、今の大社に任せるのはちょっと怖いし……園子だって寂しいだろ? 唯一の隣人が寝たきりだもんな」

 

 お嫁さんになること、幸せな家庭を築くことを夢としていた少女は、齢12歳で子供を宿す可能性を失ってしまった。これほど衝撃的な事実もそうはないだろう。その上、最も身近で確かに情を持っていた異性は、そんな彼女に寄り添うこともできない状態だ。三ノ輪銀のような精神が頑強な少女でなければ、今頃自殺騒動が起きていてもおかしくない。

 

「それに、アタシよりも園子の方が無くしたものはたくさんあるんだから、気を使うことなんてないぞ? アタシには本音で話してくれよ」

 

「……うん、ありがと〜、ミノさん……」

 

 乃木園子:合計10回の満開によって内外含めて多くの機能を消失した。自力で立ち、歩くことすらも困難で、ベッドから動くことさえ許可されていない。体の多くを捧げたことにより、人よりも神に近い存在に変化し、半ば奉られてしまっている。

 

「でも、私は大丈夫だよ〜、しののんの顔はちゃんと見えてるし、それに……」

 

「それに?」

 

(……今の私は信じられるから……頑張っている人を放っておけない、お人好しなヒーローがいつかまた来てくれるって……)

 

 次に会えた時にはどんな話をしようか。そんなことを考えている間だけ、園子はこの残酷な現実を忘れられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鷲尾須美:両足の機能と数年分の記憶を失い、戦えなくなる。それに伴い、生家に戻り、東郷美森に名前を戻す。

 

「子供を預かることになった、ですか?」

 

「ええ……その子も事故で記憶を無くしてね……身寄りもないことが分かって、幸いウチには今余裕もあるし……」

 

 日課のリハビリを終えて病室に戻った美森に、母親がゆっくり語りかける。事故により両足と記憶の一部を失った自分。同様に記憶を失った者がいる。近年の記憶こそないが、元々両親が心優しく、何もかもを失った子供を見捨てられない性分なのは憶えている。

 娘がこうなったことで両親が苦労することは予想できているので、それ以上の問題を引き込むのはどうかと思わなくもないが、新たな存在が加わることで雰囲気が変わることもあるかもしれない。2人がこれも何かの縁、と考えたのなら美森自身には拒む理由もない。

 

「分かりました。それで、どんな方ですか?」

 

「すぐそこに呼んでるの。入ってきて」

 

 母親が病室の入口に向かって声をかけると、「失礼します」という男子の声と共に扉が開かれる。てっきり自分と同じ女子だと思っていた美森は、その人物が男子であることに驚いたが、彼の顔を見てそれ以上の衝撃を受けた。

 話を聞く限り今の自分よりも悲惨な状況にあるにも関わらず、全く無理のない自然な笑顔。卑屈さを感じさせない凛とした立ち姿。その姿と声が、どこか引っかかるような気がした美森だったが、彼の顔にはまるで見覚えがない。

 

「初めまして、東郷美森さん」

 

「……あ……」

 

「ここの上の病室に入院している、御咲(みさき)陸人(りくと)です。退院したら、東郷さんの家にお世話になることに決まりました」

 

 畏まりすぎず軽すぎず、適度に柔らかく挨拶の言葉を紡ぐ少年。あくまで自然に、握手を求めてその手を伸ばす。

 

「……御咲、陸人……さん……」

 

「はい…………えーっと、その……よろしくね?」

 

 手を差し出したまま美森の反応を待つ陸人。微妙に間抜けな状態に苦笑しながら、少し砕けた態度で再度手を向ける。今度は美森も恐る恐る手を伸ばし、2人の手が結ばれる。

 

 少年は特に深い意味もなく、自然体で微笑みかける。

 少女は自分でも掴みきれない既視感と、目の前の彼から感じる暖かさに首を傾げる。

 

 やがて全てを変えることになる、2人の勇者の出会いだった。

 

 

 

 イレギュラー=御咲陸人:戦闘時も含めた全ての記憶を消失、大社に保護された。神託により大社は積極的な干渉をしないことを決定。当面の身元として、再び勇者になる可能性がある東郷美森の側に置かれることに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく全ての役者が舞台に上がった。

 

 これより始まるのは、神々の思惑渦巻く神話の再開。

 

 今度こそ天の意志が人の歴史に終止符を打つのか。

 

 またも人の可能性が神の意向を超えていくのか。

 

 それともこの世を蝕む悪意の黒が全てを呑み込むのか。

 

 

 

 

 これは人と神、魂と可能性の物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにてわすゆ編、終了〜‼︎

だいぶ駆け足で、最後の方はとにかく荒い文章になってしまった気がします……やっぱり多少は次の話の予定を立てて、書きだめしないとダメですね……
苦し紛れに大量の伏線もどきをばら撒いた上に深夜テンションで妙な予告風文章まで書いてしまって……ちょっと調子に乗りすぎた気もします……

というわけで、ゆゆゆ編に突入する前に少し時間を空けることにしました。その間にもう少し詳しく予定を詰めて、多少書きだめしてから始めます。このペースだと来年の忙しい時期にぶつかる可能性が高いので、今ほど定期的に投稿できないかもしれませんが、なんとか終わらせるつもりですので。気長に付き合ってもらえるとありがたいです。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに


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結城友奈の章
気づいてあげたい、キミノコエ


ゆゆゆ編スタート……といっても、まずは人間関係を整理するために数話かけて原作前の話です。


「ただいま戻りました!」

 

「はい、お帰りなさい。朝ごはんできてるから、食べちゃって」

 

「はい、ありがとうございます、静香さん」

 

 観音寺市にある一般的……というには些か立派な日本家屋。その玄関に1人の少年が駆け足で入っていく。彼の名前は御咲陸人。諸事情あってこの東郷家に預けられている記憶喪失、身元不明の人物。

 そんな雰囲気は微塵も見せず、いつも通りの穏やかな笑顔で挨拶を交わしながら卓につく。

 

「おはようございます、拓馬さん」

 

「ああ、おはよう、陸人くん……今日も走ってたのか? 毎朝精が出るな」

 

「そんな大したことじゃないですよ。入院する前がどうか忘れましたけど、やっぱり体がなまってる気がするので……」

 

「しかし、毎朝4時起きだろう? いやぁ、僕には真似できないな」

 

「お父さんはもう少し早起きする癖をつけるべきでは? 家長が1番遅くに起きてくるのはどうかと思いますよ」

 

「おっと、美森は手厳しいなぁ」

 

「あ、み……東郷さん、おはよう……」

 

「……はい、御咲さん、おはようございます」

 

「……えっと、今日は東郷さんが朝食作ってくれたんだよね。楽しみだなぁ」

 

「……一昨日と大して変わりませんよ。買い物できていないので」

 

「……そっか……」

 

「はい」

 

「…………」

 

「…………」

 

 東郷家の娘、東郷美森。陸人がこの家に来るのとほぼ同時期に、一部の記憶と両足の自由を事故で失った車椅子の少女。基本的には礼儀はきっちりしていながらも、穏やかで優しい気質の持ち主なのだが……

 

「いただきます…………うん、美味しい! やっぱり東郷さんは料理上手だね!」

 

「そうですか、お口にあって何よりです」

 

「うん…………」

 

「…………」

 

 このように、陸人と話すと途端によそよそしくなる。目も合わせず、敬語も一切崩さない。仮にも同じ家に住む者同士の距離感ではない。

 陸人の方は何度も会話を振ったり、車椅子ならではのちょっとしたトラブルの際に手を貸したりしているのだが、美森の態度は変わらない。

 この家に来て1ヶ月。父親の拓馬、母親の静香とは早々に打ち解けたのだが、来年度から同じ学校に通う予定の娘とうまくいっていない。

 深刻な問題だった。

 

(嫌悪感とかは感じないし、東郷さん自身はいい子なんだよなぁ……友奈ちゃんとはすごく仲がいいし、同年代が苦手ってことはない……男子だから、とか言われたらどうしようもないけど、それも多分ない……う〜ん……)

 

 初対面ではなにか面食らったような反応をしていた。そして次にあった時にはこれだ。好かれる理由も嫌われるキッカケもないだろうあのタイミングで、彼女の中で何かがあった。それが分からないため、陸人も困っていた。

 

「ごちそうさまでした……食器、下げますね」

 

「あっ、待って、それは俺がやるよ」

 

「……ありがとうございます、ではお願いします」

 

「うん、東郷さんは支度してて。友奈ちゃんと遊ぶ約束だったよね?」

 

「……はい」

 

 考えながら掻っ込むうちに全員朝食を終えていた。無意識でも車椅子の美森を気遣う陸人を見つめる彼女の瞳には、どこか申し訳なさそうな色が乗っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっかぁ。今朝もダメだったんだ」

 

「……うん。なにが悪いんだろう?」

 

「うーん、私から見て、りっくんと東郷さんは相性良さそうというか……仲良くなれると思うんだけどな〜」

 

 困った顔で笑い合う少年少女。彼女の名前は結城友奈。東郷家の隣に住む、美森や陸人と同い年の小学6年生。特殊な事情故に現在通学していない2人と違い、彼女は普通に市内の小学校に通っている。出会ってすぐに2人と仲を深め、家が近いこともあり毎日のように一緒に遊んでいる。

 

 陸人は彼女に形容しがたい懐かしさのようなものを感じていた。最初は無くした記憶の中で会ったことがあるのかと考えたが、友奈には一切の憶えがないという。これほど強く残っているなら、忘れられるような浅い知り合いではないだろう。

 まるでそっくりの誰かと仲良くしていたかのように、陸人と友奈はよく噛み合った。友奈の方もまた陸人に対して初めてではないような感覚を持っている。不思議な既視感の上で出来上がった彼らの友情は、長い年月を感じさせるような強固な絆を作り上げた。

 

 基本は3人か、美森と友奈の2人でいることが多いのだが、今は美森の通院に付き添って、彼女を待っている。珍しく2人の時間を取れた陸人が何か知らないかと問うが……

 

(この前東郷さんに聞いた夢の話……りっくんに教えてあげたいけど……)

 

「友奈ちゃん?」

 

「んーん、なんでもない。東郷さんには東郷さんなりの悩みとかあるのかもしれないね。私もりっくんも、まだ付き合い短いでしょ?」

 

 実は友奈は美森が陸人を避ける理由を本人から聞いている。しかし誰にも言わないと約束して聞き出した以上、教えることはできない。目の前で唸る友達に申し訳なく思いながら、無難な励ましをかけることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局その日も両者の関係は1ミクロンたりとも進展せず、就寝時間となった。美森は自室のベッドに横になり、ぼんやりし始めた頭で1日を振り返る。

 

(やっぱり今日もダメだった……御咲さんがいい人なのは分かっているのに……)

 

 美森自身、好き好んで陸人を避けていたわけではない。度々見る悪夢――彼女に自覚はないが、それは記憶が消えた直後の不安定な脳に朧げに刻み込まれた樹海での一幕だった――に出て来る仮面の異形、その声や雰囲気がどうしてもあの少年と同じものに感じられたのだ。

 

 見たこともない空を飛ぶ巨大な影。

 怪しく光る植物のようなものに囲まれた大地。

 顔もはっきりしないが、おそらく同年代の少女。

 そして件の仮面。

 

 何もかもが現実的でない、まさに夢のような光景だったが、何度も何度も見るうちに、あれが現実にあったことなのではと考えるようになった。

 そう仮定して、更にあの仮面が陸人だったとした場合、彼は自分が記憶を失った事故に関わっている可能性が高い。そう思うと全てが怪しく見えてくる。

 

(記憶がないって言いながら、それを気にしているようなそぶりがない……ここ数年分が抜けてるだけの私でも不安になるのに、何もない彼がああも平然としているのは……)

 

 何かと自分たちに良くしてくるのも、こちらの信用を得て何か事を起こすつもりだとしたら。現に彼はいきなり現れてすぐさま両親の信頼を得ている。こちらに積極的に構ってくるのにも目的があるのでは。

 

(分かってる。これは私が勝手に怖がってるだけ。私、ここまで穿った性格してたかしら……)

 

 考えに無理があるのは分かっているし、己に失望もしている。それでも、いきなり記憶と両足を失った美森の心的負担は相当なものだ。そこにいきなり現れた背景に不穏な影がある少年。恐怖心を煽るには絶好の要素だ。

 

(ダメね……友奈ちゃんにも、全て私の思い込みだって言ったのに)

 

 最近知り合って、自分では珍しいほど早く、それこそ一目惚れのレベルで距離が縮まった友達。彼女のことはこんなに信じられるのに、なぜほぼ同時期に知り合った彼のことはこんなにも警戒してしまうのか。

 

 この日も美森は自己嫌悪を繰り返し、気づけば眠りに落ちていた。そんな彼女を彼方から見据える瞳には気づくこともなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静まり返った夜の街を駆け抜けるシマウマのような姿をした二足歩行の異形、アンノウン。

『エクウス・ノクティス』は東郷家を視界に捉えたところで立ち止まり、改めてターゲットを見定める……

 

「またお前たちか……何体いるんだ?」

 

 誰もいなかったはずの背後からの声にノクティスが振り向くと、そこにはまだ幼さが残る少年が立っていた。標的以外の殺傷は控えろという話だったが、こうもハッキリ目撃されてはやむを得ない。人をミイラ化させる能力を持った腕を構えると、目の前の少年も足を開いて両手を構えた。

 光と共に彼の腹部にベルトが発生する。そこでようやく、ノクティスは目の前の少年が誰かを確信した。

 

「アギト……!」

 

「――――変身っ‼︎――――」

 

 前に突き出した両手をベルトの両端に叩きつける。ベルトの中心から更に強い光が発生し、ノクティスの視界を覆う。

 

 光が晴れた先には、金に輝く体と赤く光る瞳を持った影。自分たちとは違う『進化の可能性』たるアギトが、悠然と構えていた。

 

「好き勝手はそこまでだ……人間を、ナメるなよ‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、結城友奈は珍しく、本当に珍しく夜更かしをしていた。というのも最近できた友人2人の関係改善について、頭脳労働全般不向きな頭を回して考えていたのだ。

 

(ん〜、私から言えることがないからなぁ。東郷さんが慣れるか、悪夢の印象を吹き飛ばすくらいの何かがあれば……)

 

 結局生産的な案は何も浮かばず、もう寝ようかと部屋の電気を消した時……

 

「……何? 今の光……」

 

 窓の外、少し離れた地点で何かが発光した。いつもの友奈なら気のせいだろうとすぐに忘れるようなことだが、なぜだか無性に気になって……

 

(……そーっと、そーっと……)

 

 親に気づかれないようにひっそりと、友奈は初めて夜に1人で家を抜け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの子は傷つけさせない、絶対に‼︎」

 

 アギトの拳がノクティスを大きく吹き飛ばす。万一に備えて、夜中人が通らない公園まで敵を誘導し、確実にダメージを与えていく。

 初めて変身した時は流石に混乱してかなり手こずったが、この1ヶ月でもう4回目ともなると慣れたもので、勝負はアギトの一方的優位だった。

 アギトの戦い方には一切の淀みがない。無駄に力むこともなく、油断や慢心も見えない。あくまで自然体で、人間が怪物を圧倒している。

 

「終わりだ……!」

 

 角を展開して構えるアギト。グランドフォーム必殺のライダーキックで、ノクティスを爆砕、完勝した。

 

(アレが何者なのか、なんで東郷さんや友奈ちゃんを狙うのか。これ以上続くのなら、調べる必要があるか……)

 

 今後の対応を考えながら変身を解いた陸人。その耳に、いるはずがない友人の声が届く。

 

 

 

「……え? りっくん……?」

 

「――っ‼︎……友奈、ちゃん」

 

 

 

 隠しておきたかったアギトの戦い。その一部始終を見て目を丸くしている友奈の瞳には、同じ表情で固まっている陸人の顔が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 




原作イベントの前に、まずはこの時代において異邦者である陸人くんの立ち位置と関係性を描きます。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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教えてほしい、ワタシノココロ

英雄、おうちに馴染むの巻、後編です。


「りっくん……なんで、何が、どうなって……?」

 

「……とりあえず歩きながら話そう、送って行くよ……というか、こんな時間に女の子1人で出歩くもんじゃないよ」

 

「あっ、えっと……エヘヘ、ごめんなさい」

 

 緊迫した空気は一瞬しか続かなかった。陸人があまりにいつも通りだったので、友奈が抱きかけた恐怖心は、形になる前に霧散した。

 両者間に強い信頼がある証だが、恐ろしいのはこの2人が出会ってまだ一月しか経っていないということ。それだけ相性が良いのか、無自覚のうちに何か結ばれた縁があるのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、りっくん自身アレが何なのか分かってないの?」

 

「んー、俺のあの姿はアギトって言うらしい……アイツらの言葉だとね? 他はさっぱりだよ。大社に聞けば多少は分かると思うんだけど」

 

「大社って、あの神樹様の?」

 

「そうそう……あれ? 言ってなかったかな、俺は記憶をなくした状態であの人達に保護されたんだ。で、あっちが話を進めて東郷家に。今思えばおかしな話だよなぁ」

 

 当時は自分の状況も整理できていなかったので、印象が良かった東郷家の2人に預けられるという話にあまり考えず頷いていたが、ああもスムーズに進むのはおかしい。大きな権力を持った大社は、何か知っていて自分をここに置いている。そう考えるのは自然だろう。

 

「聞いてはいないの? あんなことがあったのに」

 

「うーん、なんて言うのかな……なんとなく大社に関わるのは危険な気がしてさ。話したのは数回だけど、信用できない雰囲気だったというか……」

 

 大社にあてがわれた『御咲』を名乗る今の陸人には前世ほどの危機意識がない。齢一桁でいくつもの戦場を経験してきた重たい記憶がないために、比較的一般人に近い感性を持っている。

 そのため、アンノウンの存在に疑問はあっても明確な危機感がない。深入りすれば周りの人間を巻き込む可能性がある。事情を把握している組織が別にあるなら、自分はただ守ることに集中する。それが現状の陸人のスタンスだ。

 

(……とはいえ、こうも2人が狙われるとなると、その理由だけでも知っておきたいところだな)

 

「あの、りっくん?」

 

「……っと、ゴメンゴメン、なんの話だっけ?」

 

「えっと……やっぱり内緒にしておいた方がいいんだよね? 東郷さん達にも」

 

「そうだね。アイツらは狙った相手以外には接触しないようにしてるみたいなんだ。だから俺が気をつけておけば、他の人には気づかれずに済む……今回は友奈ちゃんに見つかったわけだけど……」

 

「ご、ごめんなさーい」

 

「ダメだよ? ご両親に黙って出てくるなんて。アイツら以外にも危ないことはたくさんあるんだから」

 

 苦笑して友奈の額に優しくデコピンする陸人。「あうっ」と小さく唸って友奈も笑う。とりあえずこれで彼女の罪悪感はだいぶ消せただろう。

 

「でもりっくんがこんな大変なことしてるって知っちゃったら、私も何か手伝いたいなぁ……うーん……」

 

「気持ちは嬉しいけど、友奈ちゃんにはできれば今日のことは忘れてほしいかな。危ないことからは離れるのが1番だよ」

 

「そうは言うけど、りっくんは次があればまた戦うんでしょ?」

 

「……まあ、そうなるだろうね」

 

「う〜ん……あ、そうだ! りっくんが戦いに行く時、誰かが近くにいたら私が気をひくよ! うん、これなら私にもできる!」

 

「……! なるほど。今後も定期的にあるとしたら、その辺りは確かに必要かもね」

 

 これまではいずれも夜中の襲撃だった。しかし今後もそうである保証はない。東郷家のみんなといる時に、または学校が始まれば授業中ということもあり得る。であれば身近に1人、事情を把握して話を合わせてくれる人間がいるのは非常にありがたい。そして何より……

 

(そうすれば今日みたいに友奈ちゃんが危ないところに来ることもない……みんなで一緒にいる方が安全だしな)

 

「どうかな? りっくん」

 

 名案を思いついた、と表情で語る友奈。眼を輝かせる友人の頭に優しく撫でて、陸人も小さく笑う。

 

「それじゃ、お願いしようかな……このことは、2人だけの秘密だよ?」

 

「ハイ! 結城友奈、了解しました!」

 

 おどけて敬礼のポーズをする友奈。友達の力になれる、というのが相当嬉しいようだ。

 この夜、人知れず怪物と戦い命を守る、子供2人だけの同盟が誕生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日もまた陸人、美森、友奈の3人で遊ぶ。この日は美森の運動も兼ねて、よく行く自然公園に向かっている。奇しくもそこは、半日前にアギトがアンノウンを撃破した場所だ。

 

(さすがに同じ場所にまた現れたりはしないよな――っ⁉︎ 昨日の今日で、しかも昼間から……!)

 

 予想外のタイミングでアンノウンの気配を感知。思わず表情が強張る陸人を見て、察しの良い友奈はすぐに事情を把握した。

 

(……りっくん?)

 

(また出たみたい……しかも場所が、あの公園だ)

 

(……! 分かった、こっちは任せて)

 

「あーっ! 東郷さん、ゴメン! 私ボール持ってくるの忘れちゃった。取りに戻らないと」

 

「そ、そう? じゃあ俺は先に行ってるね?」

 

「うん、私と東郷さんは一回戻るねー!」

 

「えっ……待って友奈ちゃん、それなら私は……」

 

 車椅子の美森を連れて戻ることには何の合理性もない。痛いところを突かれる前に、友奈は危なくない程度の速度で美森を連れて去って行った。

 

(多少無理があったけど、何とか遠ざけられたな)

 

 安堵の溜息をこぼした陸人は、すぐに表情を引き締め、友奈達とは逆方向に走る。日中の公園、何も知らない人がどれだけいるかも分からない。

 

 気配を辿って公園の奥の森林部にたどり着いた陸人は、昨日の個体と同型のアンノウン『エクウス・ディエス』を発見する。なんとかアンノウンが人間と接触する前に捕捉できたようだ。

 

「被害が出るより早く、仕留める……変身っ‼︎」

 

 気づかれるよりも早く、ディエスの背後から飛びかかる。あくまで被害を出さないように。極めてクレバーな思考の元、僅か2分でアンノウンを撃破した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの……友奈ちゃん。私を連れてきたのは、やっぱり……?」

 

 自分と彼を2人にするのを避けたのか。美森には友奈と陸人の焦ったような雰囲気はそう受け取られたようだ。

 一方の友奈も、連絡が来るまではどうにかして時間を稼がなくてはならない。何かないか、と考えて……

 

(東郷さんの夢の仮面がアギトだってことは、りっくんと東郷さんの記憶は何か関係があるってこと。りっくんが悪者っていうのはあり得ないけど、東郷さんの不安も分かるし……う〜ん……)

 

 昨日陸人の事情を知るまでは、この件にはあまり口を挟まないようにしていた友奈。しかしこのまま待っていると良くない方向に関係が変わりそうな要素が多すぎる。

 

「そういえば、東郷さんってりっくんの部屋に入ったことある?」

 

「な、何? 急に……ないけれど」

 

「やっぱり! じゃあちょっと入ってみようよ、東郷さんの悩み、ちょっとは解消できるかもしれないよ!」

 

「え、えぇ? どういうこと……?」

 

 友達といえど、あまり褒められたことではないのは友奈も承知している。それでもこれ以上悩む2人を見ていられない。

 

(りっくんに口止めされてたわけじゃないし、いつでも遊びに来ていいって言ってくれたし……ゴメンねりっくん)

 

 

 

 誰にも届かない言い訳を胸に、友奈は美森を伴って東郷家の陸人の部屋に入る。そこには話に聞いていた通りの光景が広がっていた。

 

「……これは」

 

「わー、凄いなぁりっくん」

 

 机や床には歴史書が何冊も並んでいる。要点を整理するためか、付箋や書き込みが多く見られる。

 壁には年表や地図、軍艦の写真や絵などが散りばめられている。その中にはいくつか素人然とした絵も混ざっている。どうやら陸人が模写してみたもののようだ。

 

「友奈ちゃん、これって……」

 

「うん。東郷さん、日本の歴史が大好きでしょ? だから共通の話題を持てたらって、りっくん勉強頑張ってるんだよ。楽しい話をできるようになれば少しは距離が縮まるかもってね」

 

「……私のために?」

 

「うん。りっくん言ってたよ。『俺はまだ東郷さんのこと何にも知らないから、まずは好きなものから理解したいんだ』って。凄いよねぇ、私そんな風に考えたことないよ」

 

 当然だ。彼らの年頃の友人関係というのは、基本的にもっと気安いものだ。わざわざ理解したいからというだけの理由でディープな趣味に踏み込むのはやりすぎでしかない。

 しかしそれもあくまで一般論。相手は戦艦に燃え、お国を愛する奇特な少女、東郷美森だ。

 

(私が一方的に距離を置いていたのに……どうしてこんな)

 

 戸惑いと同時に喜びが湧いてくる。すっかり仲良くなった友奈だが、彼女が自分の趣味を理解することはおそらく一生ないだろう。記憶にある限りでは、これまでに自分の国防魂を分かってくれた人、それどころか理解しようとしてくれた人は誰もいなかった。

 

 少々変わっている自覚はしていたし、仕方ないと納得もしていた。それでも心の奥では求めていたのだ。自分の好きなものを、同じだけの熱で語り合える友達を。

 

(彼は歴史そのものに興味はないのかもしれない……でもそれだって、これから私が教えていけばもしかしたら……!)

 

 ずっと避けてきた相手なのに、今は話してみたいと思っている。自分の現金さに呆れてしまう美森の肩を、友奈が優しく叩く。

 

「りっくんはずっと東郷さんのことを考えてるんだよ。知りたいなら、明日早起きしてりっくんのランニングを見てみない? きっと驚くよ」

 

「ランニング……?」

 

 彼の日課がどうしたのだろうか。そんな疑問が言葉になるよりも早く、友奈の端末から通知音が聞こえた。

 

「…………ん! りっくんも待ってるし、そろそろ行こっか!」

 

「え、ええ……そうね」

 

 陸人の心の一端に触れ、その本質を知った美森。どうにか誤魔化しつつも2人の進展を手助けできたことに安堵する友奈。

 合流した陸人が首をかしげるほど、2人の心は晴れやかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よし、いってきます、と」

 

 翌朝、誰も起こさないようにひっそりと家を出る陸人。ランニングウェアに小さなポーチという軽装で、早朝の街を走りに出た。

 

 ……そんな彼を後ろから見つめる美森と友奈。朝が苦手な友奈だが、友達のため、と一念発起して早起きをした。現に今も眠そうだ。あくびをかみ殺す友奈に、美森が問いかける。

 

「ねえ友奈ちゃん、彼のランニングに何があるの? それに私じゃ走っている人についていくのは――」

 

「あ、それは大丈夫、ゆっくり行っても追いつけるよ……まあ見てて、すぐに分かるから」

 

 焦らすような笑顔の友奈が車椅子を押し、2人の尾行が始まった。

 

 

 

 

 陸人の背中を見失って3分後、袋を片手にしゃがみこんでいる彼を発見する。

 

「……アレは、ゴミ拾い?」

 

「私も最初はそう思ってたんだけどね」

 

 袋に空き缶や吸殻を入れていく陸人。そこだけ見るとゴミ拾いそのものだが、時折妙なことをしている。

 

「あらぁ、いつもありがとうね。若いのに偉いわぁ」

 

「うんうん、大したもんだぞ」

 

「あ、おはようございます。大したことはしてないですよ、運動のついでです」

 

 顔馴染みらしいお年寄りの夫婦と談笑しながら、大きめの石を歩道のふちにまとめていく。足元が少し不安な夫婦への配慮かと思えば、2人と別れてからもその作業は続いていた。

 

「あれね、車椅子がよりスムーズに通れるようにってやってるんだと思うんだ」

 

「……え?」

 

 言われてみれば、陸人が周っている歩道は度々通る道……病院や公園に向かうルートに沿っている。ゴミ拾いも含めて、歩道の整備と考えれば納得できる。

 

「さっきりっくんと話してたおばあちゃん、私がよく行くお店の人でね。『最近友奈ちゃんと一緒にいる男の子がゴミ拾いしてくれてたの、感心な子がお友達なのねぇ』って。それで今日みたいに追っかけて、りっくんの日課を知ったんだ」

 

「彼は、毎朝走っていたわ。それこそ雨の日でも……」

 

 工事中で歩道が狭くなっている地点や、普段と違うところに停まっている車を見つけては何かをメモしている。あれは、危険がある場所をピックアップしているのだろうか。

 

「それから気づいたんだけど、一緒に歩く時はいつもりっくんが先頭だよね」

 

「……そうね。確かに通りにくいなって思ったことはないかも。私、車椅子に乗っているのに」

 

 日頃から不自由が多い美森に、少しでも安全で快適な時間を。その一心で毎朝走っている陸人。ゴミ拾いは、言ってしまえばついでという感覚なのだろう。

 

 その後も陸人はよく通る道を清掃して、周囲をチェックしては走るという作業を繰り返していた。通りかかる人に度々声をかけられる辺り、すっかり馴染んでいるようだ。

 

「さて、そろそろ戻ったほうがいいかな。りっくんは隠しておきたかったみたいだし」

 

「ええ、そうね。ありがとう、友奈ちゃん……でもどうして教えてくれたの?」

 

「だって2人とも仲良くなりたいって思ってるんだもん。なら早く仲良くなってほしいよ」

 

 今日のことは内緒ね? とおどける友奈に、美森も笑って指を立てる。沈黙のジェスチャーを交わし、2人はそっと家に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま――」

「おかえりなさい」

「おっ、と? 東郷さん?」

 

「お疲れ様、ご飯できてるから」

 

「え?……あ、ありがとう?」

 

 戸惑いながら部屋に戻る陸人。流石にいきなりすぎたか、と苦笑しながら、陸人の分のご飯をよそう美森。その顔にはもう何の憂いもない。

 

(彼には何かがあるのかもしれない……でもそれは決して、彼が望んで隠しているわけじゃない。きっと彼自身も分かっていないことなんだ)

 

 ああも不器用に非効率に気を遣われては、疑うこともできやしない。端的に言えば美森は陸人に絆されてしまった。彼は一切嘘をついていない。本人も知らない何かがあるだけなのだと。

 ならばいちいち警戒するのも馬鹿らしい。優しい人にはこちらも優しくなりたい。それでいいのだ、少なくとも今は。

 

 

 

 

「おお、今日も美味しそうだね」

 

「ふふっ、今日までの食卓で把握した、あなたの好みに合わせてみたの。召し上がれ?」

 

「……えっと、東郷さん――」

 

「それ、やめてもらえるかしら?」

 

「それ?」

 

「東郷さん、って。ウチにはあなた以外東郷さんしかいないもの。分かりにくいわ」

 

「でも、友奈ちゃんにはそう呼ばれてたから、この方がいいのかなって……」

 

 失った記憶の影響か、美森は自分の名前に妙な違和感を感じていた。しかし、陸人が本当は名前で呼びたがっているのは気づいていたし、実際東郷家で『東郷さん』呼びはおかしい。距離を縮めるためにも、呼び方の変更は必要だ。

 

「ダメ、かしら?」

 

「……分かったよ、美森ちゃん。俺のことは――」

 

「それなんだけど、私も友奈ちゃんの『りっくん』みたいな渾名で呼びたいわ」

 

 距離が縮まったのはいいが、何やら美森が強気だ。陸人は若干気圧され気味になっている。

 

「う〜ん……あっ、『リク』ってどうかしら?」

 

「んー、『陸人』で『リク』……短いし分かりやすいし、いいと思う。美森ちゃんがそう呼んでくれるなら……うん、俺はリクだね」

 

「それでは改めて……召し上がれ、リク」

 

「うん、美森ちゃん……いただきます」

 

 この日、2人は初めて知り合った。初めて関係を持った。

 

 その関係は『家族』か『友達』か、それとも……

 

 

 

 

 

 

 




いくら『リク』呼びだからって……

「リクがベッドの下に隠しているものを言いましょうか?」
「東郷さん⁉︎」

なんてことにはなりません(声優ネタ)

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに




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灼熱の邂逅

中学時代突入です。
ちょいちょい用意していたフラグの内容を少しずつ開示していきます。本格始動まではかなり先ですが……

それから、ちょっと書き方変えました。アンノウンの固有名詞を出して、地の文で表現する時はその名前を使います。わすゆ編とかも直したので、多分全部そうなっているはずです。
アンノウンの個々の名前まで覚えている人は少ないでしょうし、混乱するかもしれませんが、アンノウンという総体と個人を区別したいと思い、このような形になりました。




 

――あなたたちが入るべき部活はこれよ!――

 

 

 ――えっと、『勇者部』?――

 

 

 ――『人々のためになることを勇んでやる』、そんな部活よ――

 

 

 ――私、勇者って響きに憧れてたんです!――

 

 

 ――活動指針は素晴らしい……この名称も――

 

 

 ――そうだね、いいと思うよ。2人も気に入ったみたいだし――

 

 

 ――為せば成る、為さねば……うーん――

 

 

 ――『なせば大抵なんとかなる』……とか?――

 

 

 ――あたしたちの『勇者部五箇条』完成ね!――

 

 

 

 

 

 幾許かの時が過ぎて、陸人たちは讃州中学に入学した。そこでいくつかの出会いを果たし、自分と波長の合う部活動を見つけ、充実した中学ライフを満喫している。

 

「天体観測会?」

 

「そうなの。前に演劇をやった保育園からの依頼なんだけどね」

 

 讃州中学勇者部部室。陸人たちが所属する『勇者部』の拠点で、部長である犬吠埼(いぬぼうざき)(ふう)が困った顔で説明する。何やらイレギュラーな依頼が入ったらしい。

 

「天体観測というと、夜ですよね。付き添いというなら、中学生の私たちだけでは……」

 

「ううん、そうじゃなくてね。引率の方は先生や何人かの親御さんでやるみたいなんだけど……この前の演劇で気に入られちゃったらしくて、子供達から勇者部がご指名受けたんですって」

 

「つまり一緒に参加しましょうって話ですか? 風先輩」

 

「そ。まあ場所も七宝山ちょっと登った先だから遠くないし、深夜ってわけでもないけど、一応あたし達も中学生だからね。ムリな子もいるかなって……ウチは親いないし、妹のご飯だけ用意しておけば問題ないんだけど」

 

 みんなはどう? と問いかける部長に、友奈が真っ先に返答する。

 

「私は大丈夫ですよ! 楽しそうだし」

 

「ウチも問題ないです。リクが一緒だと言えば、両親も安心してくれます」

 

「ハハ、信頼が怖いなぁ。裏切らないようにしないとね……というわけで風先輩、全員参加だそうです」

 

「さすが勇者部員たち! じゃあ東郷、先方に参加のメール送っといて」

 

「了解しました、部長」

 

 快い返事が集まったことに満足げな風。この人選に他の意図があるとはいえ、お役目抜きで勇者部を大切に思えるようになったのは、間違いなく彼らのおかげだ。

 

「そうだ、なんなら風先輩の妹さんも連れてくればいいんじゃないですか? きっと楽しいですし、一緒にいる方が安心でしょう」

 

 俺も会ってみたいですし、と笑う後輩に、妹の危険を察知する姉センサーがわずかに反応したらしい。じとっとした目で陸人を見据える。

 

「確かに誘ったらあの子は来そうだし……でも、うっかり惚れるんじゃないわよ? 樹はそりゃも〜〜、可愛いんだから!」

 

 自分の学年でさえも軽く噂になっている後輩の魔手から妹を守らなくては。姉心が妙な方向に暴走している。

 

「そっかぁ。それじゃあ妹さんに本気にならないように、心の準備をしておかなきゃですね」

 

「リ・ク……?」

 

 おどけて笑う陸人の背中に、冷たく突き刺すような声が飛んでくる。車椅子に座っているとは思えない威圧感を放つ美森が、笑顔を張り付かせたままお説教モードに突入する。

 

「そういうことは冗談でも控えなさいと前にも言ったわよね? なのにあなたは事あるごとに女子を勘違いさせるようなことばかり……」

 

「ハイ……ゴメンナサイ……」

 

「あなたはその気になれば大和男児の理想を体現できる素質があるのだから、もう少し自覚を持って……」

 

「モウシマセン……」

 

 いつの間にか正座に移行して説教を受けている陸人。美森のマシンガンは止まる事なく、少年の背中が縮こまっていく。

 この1年間で陸人が覚えた同年代の心を解きほぐすためのトークスキルは、美森からすれば軟派な悪癖でしかない。

 

「あちゃー、始まっちゃった」

 

「ホントに尻に敷かれてるわね。これじゃ迂闊に手を出せないわけだ」

 

「え? 何か言いました?」

 

「何でもないわよ……当事者の1人はこんな調子だしね……」

 

 困った時にひょっこり現れて助けてくれる。自然とこちらも笑顔にさせてくれる。そんな風に密かに人気がある後輩は、同時にその隣にいる2人の女子との関係も噂になっていた。

 

 人目をひくタイプの美人である東郷美森。異性とは一定の距離を置いている彼女が唯一車椅子(せいめいせん)を預けるほど信頼している男子。その仲を邪推するには十分な絆が2人の間にはあった。

 一緒に住んでいる、という事実が歪曲し、2人で同棲しているという間違った噂まで飛び交っているほどだ。

 

 一方で、女子版ヒーローとも称される結城友奈。彼女の場合は基本男女に分け隔てないが、そんな彼女が明らかに特別扱いする親友が美森と陸人だ。

 性別を意識していないのか、分かってやっているのか……腕を組む、抱きつく、おぶさる、といったスキンシップがたびたび目撃され、噂を加速させている。

 

 陸人に興味がある女子が何人かいるのを風は知っているが、双璧が常に立ちふさがる現状、大きな動きが取れないでいる彼女たちにはついつい同情してしまう。陸人本人にはその手の意識がまるでないのだから。

 

「勿体無いというかなんというか……ハイハイ、その辺にしときなさい。それじゃ週末は予定空けといてね、観測会に向けてこっちからも何か用意しないと」

 

 部長として号令をかけると、即座に並んで指示を聞く部員たち。やがて来る運命の日を忘れてしまうほどに、この場所は風にとって居心地が良すぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、こんなものかしらね?」

 

「はい、向こうも用意していますし、ウチの財布事情も考えるとこれくらいでしょう」

 

 翌日、風と陸人は買い出しに出ていた。望遠鏡を持っていこう! という友奈の思いつきに乗った美森が費用面を考えた結果、手製でお手軽な天体望遠鏡キットを作っていくという話になったからだ。持ち運びも考えて数個だが、これで少しは園児たちの回転もよくなるだろう。

 

「天体観測ね……陸人はやったことある?」

 

「んー、記憶にはないです。もしかしたら経験あるのかもしれませんけどね」

 

「……そっか……ゴメン」

 

「あ、気にしないでください。俺も時々忘れてますから、自分の記憶のこと」

 

「それはどうなのよ……」

 

 風からは、陸人は記憶のことをまるで気にしていないように見えた。そのせいで時折こちらまで忘れてしまう。思い出話ができるほどの時間の蓄積は、ここにいる陸人にはまだないのだから、配慮するべきだと風は考えている。

 

「取り戻せるなら知りたいことはそりゃありますけどね……今の環境が楽しいですから、それでいいかなって」

 

 なのに本人がこれである。美森なんかは今でも専門の資料を調べたりしているが、こんな調子でいいのかと呆れてしまう。

 

「記憶無くす前の陸人は、今の陸人と比べてどういう人だったのかしらね」

 

「そうですね……悪いことしてたとかじゃなければいいなぁとは思います」

 

「それはないんじゃない? 目の前のあんた見てると、まるで想像できないもの」

 

 風は改めて目の前の後輩をジッと見据える。考えてみると、彼については分からないことだらけだ。

 勇者適性がある友奈と美森と組め、という指示は受けている。しかし陸人については……

 

『彼についての選択は全て本人の判断に任せよ。一般的な知人として振る舞うように』

 

 そんな曖昧な指示しか受けていない。男子である以上、勇者候補ということはないだろう。しかし何かある、そして大社はそれについて期待以上に警戒している。

 風が知る御咲陸人は、困っている人を見つけるのが異常に得意で、何より誰かの笑顔を大事にしている……ちょっと度がすぎたお人好し。

 多少変わっているとは思うものの、特別な人物だと思えるような何かはこれまでの付き合いの中では見られなかった。

 

「一応懐中電灯とかも持っていったほうがいいかも……風先輩?」

 

「……ん? ああゴメンゴメン、何でもないわ。他に必要なのは――」

 

 知人も他人も関係なく、周囲をよく見ている後輩。風にとっての陸人は、概ねそんな言葉で形容できる存在だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「飛んでる奴は、実力以上に厄介だな……」

 

 あの後、学校が見えてきた頃になってアンノウンを察知。陸人は悩んだ挙句『忘れ物をした』というベタ極まりない言い訳で荷物を風に任せて引き返した。訝しげな眼を向けられた気がするが、部室にいるだろう友奈のフォローに期待するしかない。

 高架下で見つけたカラス型のアンノウン『コルウス・クロッキオ』は、彼の姿を見るやその翼を広げて上空に飛翔した。

 

 アギトが届かない高さから一撃離脱戦法を繰り返すクロッキオ。これまでにない戦術を駆使してきた敵に対して、アギトもまた別のカードを切る。

 

「それ以上目立たれても面倒だからな、仕留めさせてもらう!」

 

 ベルトに手を添えて、赤い光が発生する。右半身を中心に、アギトの体が赤く変化し、ベルトから一振りの刀『フレイムセイバー』が形成される。

 

『フレイムフォーム』

 

 炎の力を宿し、パワーと感覚神経が強化される攻撃形態に変身し、居合の構えを取る。

 

 左腰部に武器を添えた構えを見て、クロッキオは高速でアギトの背後に飛翔する。居合はカウンターとして優秀な戦術だが、それはあくまで地上で向き合った状態であることが前提の話だ。天空を自在に飛び回る相手に、飛行能力がないというのはかなり大きなハンデとなる。

 

 固まって動かないアギトを嘲笑しながら、クロッキオが接近する。狙うは後頭部と首筋。自身の最高速で、敵の急所に爪を伸ばし――

 

「遅いっ‼︎」

 

 刀を左の逆手に持ち替えて、左腰部からそのまま突き上げる。最短距離で届いた刃は、クロッキオの腹部を深々と貫通した。串刺し状態で静止した敵に、トドメを放つ。

 

「オオオオオッ‼︎」

 

 刀の鍔が展開し、刀身にエネルギーが収束していく。

 フレイムフォームの必殺技『セイバースラッシュ』が炸裂。クロッキオの身体を中心から真っ二つに両断、爆砕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと――――2体目か……! どこまでも面倒だなっ!」

 

 フレイムフォームの超感覚で新手の接近を察知。急降下してくる同型『コルウス・ルスクス』が迎撃の構えを取り――

 

 

 

「G3、交戦開始(エンゲージ)!」

 

 横から飛んできたワイヤーが、一瞬でルスクスの自由を奪って地面に叩き落とした。

 

 

 

「あれは……!」

 

「アンタレス、命中(ヒット)……スコーピオン、サラマンダー、解除(アクティブ)!」

 

 ワイヤーを辿った先に、コバルトブルーを基調とした、特殊装甲を装着した戦士が銃を構えていた。

 機械的な装甲を各所に纏った無機質的な容姿。

 頭部の造形こそアギトやギルスに多少似ているものの、複眼やベルトも含めて機能的でメカニカルな造形。

 腕に装備するワイヤー射出装置や大口径のグレネードなど、近代的な兵装。

 

『G3システム』

 

 伝説上のクウガやギルス、アギトを参考に設計された強化外骨格。大社の小派閥が独自に作り上げた、『勇者に頼らない防衛戦力』の1つ。

 

 

 

 

 

「逃がさない……ここで仕留める!」

 

 G3のワイヤーは手足と共にカラスの翼をも完全に巻き留めているため、ルクウスは身じろぎ以外の行動が取れずにいる。

 のたうちまわるルスクスとは対照的に、G3の挙動は冷静そのもの。ワイヤーユニットに銃身を添えて狙いを定める。

 

「――1(ワン)――!」

 

 背を向けた敵の右翼を、大口径の弾丸が撃ち抜く。

 

「――2(ツー)――!」

 

 倒れ込んだところを、今度は左翼を狙い、すかさず2発目で破壊する。

 

「終わりだ……3(スリー)!」

 

 何とか上体を起こしたルスクスの胸部に、トドメの3発目。命中と同時に爆散、消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンノウンの消滅を確認し、立ち去ろうとするG3。その背後から、どこか気安い声が飛んでくる。

 

「ちょうど良かった、今度会えたら話を聞きたいと思ってたんだ」

 

 背を向けたまま立ち止まるG3。アギトが次の言葉を紡ぐ前に振り返り、片手を向けてその言葉を制止する。

 

「……?」

 

「…………よし、これで問題ない」

 

 ベルトの側部にマウントした端末を操作すると、G3の装甲が透けるように消えていく。その奥には陸人と同年代の少年が立っている。

 

「すまない、あなたとの接触は極力避けろという命令でね。アレを着けているうちは自動で記録されているから、後々面倒なんだ」

 

 どうやらファーストコンタクトは成功したようだ。陸人も変身を解いて、素顔を見せる。

 

「やっぱり俺と同じくらいの人だったね」

 

「……よく分かったな」

 

「動きを見てなんとなく。偉そうな言い方になるけど、大人と見間違うくらいうまく戦えてたよ」

 

「それはどうも……で、聞きたいことがあるのか?」

 

「まあ色々とね。本部に連絡取るよりは前線に出てる人の方が信用できそうだったから……その前に、名前を聞いてもいいかな? 俺は御咲陸人。まあ知ってるか」

 

「僕は……そうだな、名乗ろう。特殊兵装開発班『G3ユニット』所属、装着員の国土(こくど)志雄(しお)だ」

 

 

 御咲陸人と国土志雄。

 

 力を持つ者と、持たざる者。

 

 選ばれた者と、選ばれなかった者。

 

 大切な人をかつて守れた者と、今なお守れずにいる者。

 

 

 正反対の道を歩んできた2人が、夕空の下で初めて顔を合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 というわけで、志雄くん登場、といっても彼の見せ場はまだ先ですが。
時系列がほぼ同じであるくめゆ編はゆゆゆ編の後に作成予定なんですが、その前にも多少触れないと唐突で存在感のない立場になってしまうので……顔見せはたまにする予定です。

問題は、現段階の構想だと結構な大長編になってしまうんですよね。そこまで私がエタらずいけるか。そこまで読者様が認めるクオリティを維持して進めるか、不安だらけですが、頑張ります……

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに


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旋風と星空

勇者部での陸人くんと、1人立ち位置が違う風先輩の心境に軽く触れていきます。
原作時間に入った時にスムーズに進むために、事前に出しておきたい要素をまとめて、もう少し原作アギトを彷彿とさせるようなオリジナル回を重ねる予定です。

改めて読むとツッコミどころ多いな、この小説……



 

「つまり、『アンノウン』とやらは何かしらの条件を満たした人間だけを襲うってことか?」

 

「ああ、現にこちらが妨害した後も、同じ人が狙われたことがある」

 

「確かに、俺の友達ももう何度も狙われてる……その条件って?」

 

「……不明だ。繰り返し狙われた人間を調べても、特に共通点は見つからなかった」

 

 これは嘘だ。2年前の決戦以降も散発的に発生するアンノウン案件。それらを調査し、敵が狙う人間の特性は掴んでいる。

 

 巫女が多く滞在している大社本部が頻繁に襲われたこと。

 友奈と美森が度々狙われること。

 

 アンノウンの目的は神樹の、神の力への適性を持つ人間……テオスが嫌う、人の上位に進化する可能性を持った人間の抹消。

 その結論に至った大社は、可能であれば適性を持った人材を保護、難しいようなら護衛と監視を付けている。

 

 例外が陸人の側にいる美森と友奈。彼女たちについている風も、アンノウン関連の事情は知らされていない。全ては陸人に干渉させないために。大社はそれほど、陸人の存在を重く捉えている。

 

「済まないが僕からはこれ以上教えられることはないな。こうして話すだけでもバレたら懲罰モノだ」

 

「そっか、それはゴメン……大社の人も大変だ」

 

「だが、1つだけ……」

 

「何かな」

 

「そう遠くないうち、恐らく一年ほど後か……本当の戦いが始まる。これまでのアンノウンの動きは全て牽制や敵情視察に過ぎない。その時何を守れるか、それはあなたにかかっているはずだ」

 

「本当の戦い……」

 

「大事なものがあるのなら、目を離さないようにしたほうがいい。今はどこもキナ臭くなっている。何が起きてもいいように、心構えだけはしておいてくれ」

 

「分かった。曖昧すぎて現実味がないけど、忠告はありがたく受け取るよ」

 

「ここまでだな……今後戦場で会うことがあっても、このような時間は取れないと思ってくれ。前回すれ違った時のように、見なかったことにしてくれると助かる」

 

「了解、組織っていうのは面倒なものだね」

 

「本当にな。それじゃ、お互いの領分で力を尽くそう……失礼する」

 

「色々ありがとう、またね」

 

 その言葉を最後に、2人は背を向けて歩き出す。現時点で彼らが同じ道を行くことはない。各々の大切なものを守るため、偶然交わった一点から、2人の道はまた離れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よしよし、いい感じよー」

 

「さすが風先輩、手慣れてますね」

 

「そりゃもう毎日ご飯用意してるし。でも陸人も相当手際いいじゃない。東郷に教わったの?」

 

「あー、それが美森ちゃん、和食は嬉々として教えてくれるんですが……こういう洋菓子系はあんまり好きじゃなくて。料理の基礎を教わってから自分で覚えました」

 

 翌日、風と陸人は観測会に向けて手作りクッキーを用意していた。本来なら勇者部のお菓子担当である美森に頼む場面だが、彼女は大の和食派。園児受けの良さと手軽さを考えて、料理上手の風と器用な陸人がクッキーを作ることになった。

 

「あの子のアレも筋金入りねー。家でもあんな感じなの?」

 

「……まあ予想通りじゃないかと。お陰で俺も大分詳しくなりましたよ、歴史とか軍事とか」

 

「時々出てくるアクの強ささえなければ清楚なお嬢様なんだけどね」

 

「確かに対応に困ることはありますけど、好きなものを突き詰めていくところは美森ちゃんの美点だと思います」

 

「……あんたのそういうところも相変わらずね」

 

 作業の手は止めず、口もまた止まらない。普段から賑やかな風だが、今日は特に口数が多い。会話に間が空くのを避けたがっている。

 

(なんか陸人だけ平然としてるのがシャクねー……こっちは男子を家に上げるなんて初めてだってのに)

 

「……風先輩?」

 

「んにゃ、じゃあ仕上げに入りましょ」

 

 普段から同級生の女子と一緒に暮らしている陸人には、風の気持ちを察することができなかった。

 

 

 

 

 

 

「それで、昨日は結局どうしたのよ?」

 

「ただ財布忘れただけですよ、言ったじゃないですか」

 

「ホントにぃ〜?」

 

「本当ですってば」

 

 何度目か分からない押し問答が再開された所で、犬吠埼家の玄関が開いた。

 

「ただいま、おねえちゃん……あれ、この靴って……」

 

「あ、おかえりー、樹」

 

「お邪魔してます。風さんの後輩、御咲陸人って言います」

 

「あっ、え……と……い、犬吠埼樹です……」

 

 入ってきたのは風の妹、来年讃州中学に入学予定の犬吠埼樹。いきなり対面した歳上の異性に緊張しているようだ。

 

「なーにビクビクしてるの樹。今日は陸人が来るって朝言っておいたでしょ?」

 

「そ、そうだったっけ……?」

 

「あんたまた朝ごはんの時半分寝てたのね? ホントに朝弱いんだからもー」

 

「あぅぅ……ごめんなさい……」

 

 一瞬で形成される2人の世界。その自然な空気が、陸人にはどこか懐かしかった。

 

「ふふっ、仲がいいんですね」

 

「姉妹だもの、いつもこんな感じよ」

「あっ、ご、ごめんなさい……」

 

「いや、見てて楽しかったよ。そうだ、樹ちゃんって呼んでもいいかな?」

 

「うぇっ……えーと、その……はぃ……」

 

 風から見た今の樹は、初対面の相手にしては落ち着いているようだ。声色、目線、姿勢、口調、距離感……相手の緊張を和らげる方法は実はいくつかあって、陸人は自然に話しやすい空気を作ることができる。これが人誑しのタラシたる所以だ。

 

 

 

 

 

 

「樹ちゃんは音楽が好きだって聞いたよ。俺も最近携帯プレーヤーを使うんだけど、何かオススメの曲とかあるかな? 例えばランニング中とか――」

 

「えと、そうですね。男の人が好きそうな曲だと――」

 

 まだ壁はあるがそれもごく小さな警戒心だ。姉が連れてきたということもあって、随分と打ち解けて話せている。

 

(ま、樹の可愛さに舞い上がって妙な気を起こしたら、あたしがぶっ飛ばせばいいわよね)

 

 抑えきれない妹愛(シスコン)を拗らせながらも、風は2人の対面が概ねうまくいったことに安堵していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっ、犬吠埼、樹ですっ!……よろしゅく……あぅ、かんじゃった」

 

「カーワイー! 私、結城友奈。よろしくね樹ちゃん!」

 

「東郷美森です。お近づきの印に芸を一つ……」

 

 

 

 クッキーを仕上げて、校門前で集合する勇者部+α。友奈と美森とも顔合わせをした樹が手厚く歓迎されている。そんな妹を満足げに見つめている風の隣から、陸人が声を抑えて話しかける。

 

 

「樹ちゃん、可愛い子ですね」

 

「当然、世界一可愛い自慢の妹よ」

 

「ただ、少し警戒させてしまったみたいで。踏み込み過ぎたかもしません」

 

 申し訳なさそうに呟く陸人に、風は少し驚いた。樹はかなり気を使うタイプで、自分を出さない。どちらかといえば内向的な性格だ。隠していた機微を悟れるのは姉である自分くらいのものかと思っていたのだが。

 

「それとなく伺っておいてもらえます? ちょっとでもイヤだと感じたなら、次の機会は改めますから」

 

「そんなに気にしなくていいと思うわよ。樹は誰相手でも最初はああなるの。むしろ陸人にはかなり心開いてた方よ?」

 

「……ならいいんですが。仲良くなりたいという気持ちが前に出過ぎたかなと」

 

(なるほど、いつも人に囲まれてるワケだわ)

 

 アクティブに距離を詰めるタイプかと思えば、その実かなり細かく相手の様子を伺っている。丁寧に気を遣い、なおかつそれを相手に気づかせない。人にイヤな思いをさせないことを第一に。

 

 中学生にしては気味が悪いくらいに大人びている。相手によっては煙たがられるタイプだが。同級生がガキっぽく見えてしまう姉御肌の風にはちょうどいい距離感で接することができる気のいい後輩だ。

 

「自分で思っているほど、他の人はあんたを悪く思ってはいないはずよ。先輩を信じなさい」

 

 過去に人間関係で失敗したことがあったのか。気を遣わねばならない相手が近くにいたのか。それとも生来の質か。彼の記憶がない以上、それは誰にも分からない。

 いつか事故の前の陸人にも会ってみたい。風は背伸びをして、自分より背が高い後輩の頭にそっと手を添えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天体観測会が始まった……のは良いものの、ちょうど星が多く瞬く方向に分厚い雲。せっかくの望遠鏡も、これでは楽しさ半減だ。

 

「はいはーい、みんなー! お姉さんたちからクッキーのプレゼントだよー」

 

 こんな時のために用意していたお菓子で園児たちの気を引くことはできた。しかしこれは一時的なもの。このままではせっかくのイベントが中途半端で終わってしまう。

 風たち勇者部も考えるが、流石に天体観測に行くのに別のネタまで用意していない。ウンウン唸っていた風も……

 

(う……ダメだ、お腹減っちゃった。そういえばクッキーの準備でお昼もほとんど食べてなかったっけ)

 

 元々その体のどこに入るのかというほどに風は健啖家だ。日頃エネルギッシュな彼女には人一倍栄養が必要なのかもしれない。

 

「あ、風先輩。良かったらこれどうぞ」

 

「……え? クッキー?」

 

「こういう時のために、子供達に配るのとは別に用意しておいたんです。風先輩がお腹空き過ぎてみんなのクッキー奪おうとしたら大変ですから」

 

「……そこまで食い意地張っちゃいないわよ……でも、ありがと」

 

 ほとんど目の前で一緒に作業していたはずだ。なのにこのクッキーの包みにも余分を作っている様子にも覚えがない。抜け目のない陸人の気配りに、風は関心と感謝を同時に抱いた。

 

 

 

 

 

(ゴメン、友奈ちゃん。アンノウンだ)

 

「風先輩! りっくんちょっと忘れ物を取りに行くそうです!」

 

 なのに度々こうして不自然な行動を取る。こういう掴み所がないアンバランスさが風を悩ませている。もう数ヶ月の付き合いになるが、彼女はいまだに陸人とどう付き合うかのスタンスを決めあぐねていた。

 

(大社は警戒しろって副音声バリバリで干渉するなとか言うし……まったく困った後輩だわ)

 

 それでも風は、そんな陸人を含めた勇者部が、大好きで大切だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 気配を辿って山道を下った先、更なるカラス型『コルウス・カルウス』とカラス型のリーダー格『コルウス・イントンスス』が空を舞っている。気配は感じるものの、闇夜に溶け込んだ黒の翼を捉えることができない。

 

「ぐあっ!――つぅ、こう暗いと……!」

 

 山道は街中ほど光源も多くない。上空からの奇襲、2体の絶え間ない連携に反応できない陸人が大きく跳ね飛ばされた。反転して再び接近するイントンスス。しかし、視覚で捉えられない程度では御咲陸人は倒せない。

 

「調子にのるなよ……そこだっ!」

 

 敢えて眼を閉じ、耳と気配を頼りにアンノウンの軌道を察知。真上に飛び込んできたタイミングで跳躍、オーバーヘッドキックでイントンススを地に叩き落とした。

 

「今回の狙いは風先輩か?……とにかく今は――変身っ‼︎」

 

 変身したアギトを見て、地上戦では勝てないと踏んだアンノウン達が再び飛翔、距離を取っていく。敵の数が多い現状、カウンター戦法は不利。手段を考えるアギトの視界で、月明かりに照らされたアンノウンの影が雲と重なって完全に消える。その光景を見て、アギトは1つ案を思いついた。みんなを守り、みんなを笑顔にする方法。

 

 子供達の笑顔のために、友奈や美森、樹たち友人のために、そして今日のために頑張ってきた尊敬する部長のために。アギトは初めて戦闘に無関係な私情を持ち込んだ。

 

(これだけ暗ければ、多少目立ってもなんとかなるだろ……!)

 

 ベルトの中央から光が発生し、左腕部を中心にアギトの姿が変化する。金でも赤でもない、風の力を宿した青の姿。

 

『ストームフォーム』

 

 スピードやジャンプ力に長けた俊敏形態。風のように速く、軽やかに、鋭く。ベルトから現出させた薙刀『ストームハルバード』を構える。

 

「来い、トルネイダー!」

 

 彼方から飛翔してきた愛機、マシントルネイダーに飛び乗る。スライダーを用いたアギトも飛行能力を得て、これで五分だ。ハルバードに風を纏わせ、アギトとアンノウンの鬼ごっこが始まった。

 

「吹き飛べ!」

 

 得物を振り回して竜巻を発生、前を飛ぶカラス型を追い立てていく。カルウスもイントンススも、紙一重で回避しながらより高く飛翔する……アギトの狙い通りに。

 

 アギトは絶妙に狙いを反らしながら敵の軌道を誘導していく。アンノウン達はそんなことに気付く余裕もなく、想定通りのルートに乗せられていく。やがて三者は雲に届くほどにまで高く上っていった。

 

「さて、ここからだな……!」

 

 アギトが両手でハルバードを回転させ、()()()()()()()()()()()()下降気流を発生させる。アンノウンごと低空に追い落とし、そのまま竜巻で追撃をかける。人為的な気流に押し流された雲は、やがて水滴を維持できなくなり、星空を覆う暗雲は消滅した。

 

(成功したか……! あとは奴らを)

 

 純粋な戦士であれば戦闘中にこんなことはしないだろう。しかし御咲陸人は笑顔を守るために戦う勇者だ。陸人に言わせれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()……ということになる。

 

「付き合わせて悪かったな……これで終わりだ‼︎」

 

 自分のテリトリーであるはずの空中で、満足に動けずもがいている2体に突撃、飛翔の勢いと旋風の力を乗せた斬撃『ストームブレイク』で、まとめて両断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ただいま戻りました――っと、盛り上がってますね?」

 

「あ、陸人! 遅いじゃない! なんかいきなり雲が晴れてね、用意した望遠鏡も大好評よ。やっぱり日頃の行いよね〜」

 

「へぇ、それは確かに……風先輩が頑張ったから、お天道様が雲を消してくれたのかもしれませんね」

 

「フフン、もっと褒めていいのよ?」

 

「おねえちゃん、スゴイよアレ!」

 

「ハイハイどした〜? マイシスター」

 

 妹や子供達の波に呑まれていく風を見送り、一息ついた陸人の右手を、友奈が確かめるようにそっと触れる。

 

「りっくん、あの雲、もしかして……?」

 

「んー、まあいいじゃない。運が良かったってことで」

 

「もう、りっくんはいつでもりっくんなんだから……ケガまでして」

 

 友奈が確かめるように優しく触れた手首には、アンノウンとの出会い頭に吹き飛ばされた際の傷が残っていた。

 

「よく見せて、りっくん。とりあえず水で洗って……」

 

「大したことないって、大丈夫だよ友奈ちゃん」

 

「傷をごまかそうとする人の『大丈夫』は信用できません!……ほら、転んだとか言っておけばごまかせるから、絆創膏貼るくらいはさせてよ」

 

「……ゴメン……」

 

「そんな言葉じゃ許してあげませーん」

 

「……ありがとう、友奈ちゃん」

 

「うん! 私の方こそ、いつも守ってくれてありがとう!」

 

 現状で陸人が戦っていることを知っているのは、彼の身近では友奈だけ。つまりこうしてお礼を言うことができるのは彼女1人だけなのだ。友奈はそれを分かっているから、感謝を言葉にすることを忘れない。それが友奈が思う仲間としての在り方だ。

 

「友奈ちゃん、リク、こっちに――どうかした?」

 

「――っ、な、なんでもないよ、東郷さん!」

 

「どうしたの? 何か星座とか見つけた?」

 

 手を繋いで微笑み合っていた2人は、共通の親友の声が聞こえた瞬間、弾かれたように距離を取った。美森はどこか慌てた雰囲気に首を傾げながらも追求はしなかった。割とよくあることだからだ。

 

「さっき流れ星が見えたって子がいて。今みんなで次の流れ星を探してるみたいよ」

 

「へぇ〜、流れ星……願い事言えるかな?」

 

「そういえば時期によってよく見える流星群があるって聞いたことあるね」

 

 友奈がシートを敷き、陸人が美森を抱き上げて、3人並んで地面に横たわる。視界いっぱいに広がる星空を目に焼き付け、誰からともなく手を繋ぎ合う。

 

 

 

「綺麗ね……」

 

「うん、すごい……」

 

「またやろうか、天体観測……」

 

 顔を天に向けたまま笑い合う少年少女。園児たちや初対面の樹も感じ取れるほどに、彼らの間には独特で不可侵な、暖かい雰囲気が流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 





前書きにも書きましたが、今回はストーム、フレイムフォームやG3の登場など、済ませておきたいイベントをまとめたため、風先輩の印象が薄いかもしれません。改めて謝罪します……

雲が消える理由について……不勉強な作者の付け焼き刃知識ですが……

雲ができている寒気は、気圧が高い低空に降りると圧縮される。
圧縮される=気体の内部エネルギーが増える=気温上昇。
気温が露点よりも高くなり、水滴が蒸発して雲が見えなくなる。

……確かこんなプロセスだったはず。これとか星のこととか、色々雑ですが、気になった方は「ああ、無知な作者なんだな」と優しく見守ってもらうか、指摘してくれるとありがたいです。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに




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スイレンの女の子

原作前に挟んでおきたかった話です。

余談ですが平成ジェネレーションForever観ました。
最高でした。自分は世代的に平成初期の作品を熱心に観ていた勢なんですが、最新の映像技術で生まれる新しいカッコよさや、過去の作品を知る人だから分かるネタなども多くあって大変楽しめました。
ライダー好きの方には劇場で観ていただきたい作品です。まだの方はぜひ!




 ――あなたが■■■■に頑張ってくれるのは嬉しいけど〜、私にも私の■■■■があるんよ〜。だから、■■■■■〜?――

 

 ――そういえば、あなたの■■■まだ聞いてなかったよ〜。私は■■■■、あなたは〜?――

 

 ――おっけ〜、■■さんにおまかせあれ〜――

 

 幻想的で不可思議な空間で、激しく火花が散る中、場違いなくらいに優雅な少女は、ずっと笑っていた。思わず手を伸ばしてしまうような、儚く美しい笑顔を絶やさず、こちらを見つめていてくれた。

 顔や声はボヤけているし、肝心の名前も思い出せる気配がない。それでも陸人は、度々夢に出てくる彼女のことを、寝ても覚めても忘れられずにいる。

 

(金髪の女の子……あの子はきっと――)

 

 そうして夢から醒める。陸人にとっては珍しくもない、寝覚めが悪く、だけどどこか嬉しい1日の幕開けだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヤアッ!」

 

「っと、セイッ!」

 

 道着を着て、その身をぶつけ合う少年と少女。畳に汗が滴り落ち、広い和室に声が響く。美森が見守る先で、友奈と陸人が組手を繰り広げていた。

 

「そこっ!」

「シッ――!」

 

 陸人の突きは捌かれ、そのまま流れるように友奈の右足が伸び、陸人の頭部寸前で静止した。

 

「一本、だね……」

 

「負けちゃったかぁ、これで今日は俺の負け越しだね」

 

「お疲れ様、片付けたらぼた餅食べない? 今日は特に上手くできたの」

 

 

 予定していた稽古を終え、体を休める2人。汗を流し、美森のぼた餅に手を伸ばす。料理……特に和菓子に関して、美森はプロ級と言ってもいい腕を持っている。

 

「うん! 美味しい、美味しいよ東郷さん!」

 

「ホントに、美森ちゃんのぼた餅が食べられるだけでその日は幸せになれるよね」

 

「フフ……2人は本当に美味しそうに食べてくれるから、私も嬉しいわ」

 

 笑顔が笑顔を生む、和やかな時間が流れる。そんな空気の中、友奈は特に深く考えずに疑問を投げた。

 

「そういえばりっくん、今日はなんだか調子悪いみたいだったけど、何かあった?」

 

「ん?……分かっちゃうか、さすが友奈ちゃん。ま、大したことじゃないんだけどさ――」

 

 あくまで雑談程度の軽い気持ちで、陸人は夢のことを話した。頻繁に夢で見る女の子がいる。記憶に引っかかるような感覚があって、多分会ったことがある。夢を見た日には、どうにも気になって会いたくなる。結果としてどこかボーッとしてしまうことがある。

 

「――とまあ、そんなわけで。ゴメンね友奈ちゃん。せっかく鍛錬付き合ってもらってるのに――ど、どうかした?」

 

 こんなことを噛み砕いて説明し終えると、何やら眼が据わっている美森と友奈がいた。

 

「会いたい人……あのリクが⁉︎ どうしましょう、友奈ちゃん! 誰にでも優しくする割には特定の相手と懇意にはならないのに……1番身近な私たちにすら『会いたい』なんて執着見せたことなかったリクが……」

「どうしよう、東郷さん! 記憶のことが引っかかってる、ってだけじゃないよね。さっきの説明でも『綺麗だった』とか『守りたくなる笑顔』だとか言ってたし……」

 

 小声で緊急会議を執り行う2人。出会ってから半年以上が経過したこの頃。異性への興味があるのかも怪しい陸人の口から飛び出た少女への賛辞や焦がれるような思いの数々が、それほど驚愕するものだったようだ。

 

「……? ただまあ、何処にいるのか、誰なのか、何も分からないからなぁ。俺の妄想だって言われても否定のしようがないくらい、ふわふわした存在なんだ。なのにこんなにも気になってしょうがない……どうしてなんだろ……」

 

「……記憶をなくす前に出会った相手なら、向こうはあなたを覚えているんじゃないかしら? もしかしたら近くにいる人かもしれないし、外を出歩いて記憶の手がかりを探すのはどう?」

 

「うん、いつも私たちに付き合ってくれてるけど、たまにはりっくんが行きたいところに行こうよ。私たちもりっくんの昔のこと、気になるし」

 

「美森ちゃん、友奈ちゃん……」

 

(目的が女の子っていうのは気になるけど、せっかくリクが記憶探しに前向きになってくれるなら……)

 

(その子のこともそうだし、色々はっきりさせたいこともあるもんね。アギトのこととか……)

 

 仲のいい友人が自分たちの知らない女の子にご執心。少し面白くない状況だが、それを抜きにしても陸人の記憶が少しでも取り戻せるのなら。親友同士の彼女たちの思考は完全に同じ方向に向いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……というわけで、私たちは電車に乗って坂出市に来ていまーす!」

 

「友奈ちゃん、誰に言ってるの?」

 

 なんとなく気になる、という陸人の感覚に従って、3人は珍しく少し遠出していた。電車を降り、目的地もなくフラフラと歩く。小腹が空いたら目に付いた店で軽く食事。青春真っ盛りの中学生にしては味気ない休日の使い方だ。

 

「う〜ん、ピンと来るものはない、かな……2人とも、俺に付き合うことなかったんだよ? 特に美森ちゃんはあんまり家から離れるのも……」

 

「大丈夫よリク。あなたと友奈ちゃんがいてくれれば、私はミッドウェー海戦のど真ん中だって怖くないわ」

 

「そうなる前に無理やりにでも連れ戻すよ、絶対に」

 

「……みっどうぇー?」

 

「あー、高校あたりの歴史で習うんじゃないかな……分からなくても問題ないよ、友奈ちゃん」

 

「むむ、それは聞き捨てならないわ、リク。日本国民の1人として、これくらいの――」

 

「はいはい、友奈ちゃんが勉強苦手なの知ってるでしょ? 日本国民にもそれぞれ向き不向きがあるんだよ」

 

「……うぅ……勉強頑張ります……」

 

 特に中身のない会話を繰り広げながら、なんとなくで歩く3人。無軌道に進みながらも、陸人はちゃんと方向を把握していたし、最悪地図アプリもある。逸れて迷子になりそうな友奈にだけ注意しながら足を動かしていると、視界の奥に奇妙な影が映った。

 

「アレは……」

 

「橋かしら? ずいぶん奇怪な形になってるわね」

 

「あ、瀬戸大橋だね。前に何かの事故が起きて壊れちゃったんだって」

 

 自然的であれ人為的であれ、どうすればこうなるのかと言いたくなるほどに、その橋は橋の体をなしていなかった。道路は半ばから断絶し、上方に円を描くように反り立っている。過激なジェットコースターのレールと言われても信じてしまいそうなほどだ。

 

「友奈ちゃん、その事故っていつ頃起きたか分かる?」

 

「えーっと……確か去年の秋頃だったかな? あんなことになっちゃったからね、結構大ニュースだったんだよ」

 

(俺や美森ちゃんの記憶が途切れたのと、ほぼ同時期ってことか……)

 

 考え過ぎかもしれない。しかし陸人に宿るアギトの力。頻発するアンノウンの襲撃。明らかに何かを知っている大社。

 そして極めつけに、ここに来てから感じる不思議な懐かしさ。街並みにはまるで見覚えがないのに、この辺りに流れる空気の感触がどこか引っかかる。その感覚に従って歩くうちに辿り着いたのが大橋(アレ)だ。結びつけて考えたくもなるだろう。

 

「瀬戸、大橋……」

 

「美森ちゃん?」

 

「東郷さん、何か思い出したの?」

 

「……いえ、ごめんなさい。なんでもないわ……あんな形の橋、初めて見たから驚いただけ」

 

「そっか、やっぱりすごいよね。私も最初に見た時はビックリしたよ」

 

(やっぱり、俺と美森ちゃんの記憶は……以前の俺たちは、無関係じゃないみたいだな)

 

 そう考えれば、大社の行動の早さや東郷夫婦の物分かりの良さにも納得できる――と、そこまで考えて陸人は思考を中断した。

 最早家族と言ってもいい間柄の2人を疑ってしまうような思考は避けたい。そして何より、このままでは美森の不安まで煽ってしまう。陸人にとって、美森の心の安寧は自分の記憶よりも優先される。

 

 やはり記憶探しなどするべきじゃなかった、と探索を切り上げて帰ろうと口を開き……

 

 突如突風が吹き、それに乗ってきた香りに頭の中のナニかを刺激された。周囲を見渡しても美森と友奈以外人はいない。当然彼女たちの匂いではない。

 

「今、誰かいなかった? 俺たちくらいの、女の子……」

 

「え? 私は誰も……東郷さんは?」

 

「いえ、近くに人はいないけど……」

 

 陸人だけが感じた気配。しかし決して錯覚などではない。もう一度意識を周囲に向けてみると今度は別の、お呼びではない気配を察知してしまった。

 

(……アンノウンだ、友奈ちゃん)

 

(分かった、任せて!)

 

 指を2回鳴らす陸人と、それを見て胸に手を置く友奈。2人だけで会話ができない時のために考えたハンドシグナルのような合図。滞りなく意思疎通ができた陸人は、適当な言葉を残してその場を離れる。

 

「ごめん、財布落としてきたみたいだ。探してくるから先に帰ってて!」

 

「えっ? ちょっとリク!」

 

 

 

 

(この言い訳繰り返してると、財布の管理もできないマヌケと思われそうで嫌だな……)

 

 嘘が極端に苦手な自分に苦笑しながら、陸人が走る。しばらくすると、こちらに近づいてきていたはずのアンノウンが方向転換、陸人からも美森達からも微妙に逸れた方角に動き始めた。

 

(何だ、さっきまで美森ちゃん達目当ての動きだったのに。俺から逃げているにしては方向がおかしいし……まさか、標的を変えたのか⁉︎)

 

 

 

 ――だい、じょぶだよ〜……私は■■ない。そういうふうになってるんだ――

 

 

 

 先ほど感じた気配が強くなり、それと同時に夢で見た光景がフラッシュバックする。近くにその誰かがいるのか……もしかしたら、アンノウンが狙いを変えたのもそれが理由かもしれない。

 

 

 

 ――今度こそ……■■■ええええええっ‼︎――

 

 

 

(何で、こんなに苦しいんだ……この香りだけで胸が痛む……!)

 

 その嘆きの記憶は、陸人の魂そのものに爪を立てるように鋭く響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 斧と盾を装備した、サソリ型のアンノウン『レイウルス・アクティア』はゆっくりと標的を追い詰めている。眼前には金髪の少女。足が不自由なのか、うまく走ることができずに逃げられない。

 

(どうしよ〜。黙って抜け出したから端末はないし、フラフラしてるうちにミノさんともはぐれちゃったし〜……)

 

 病床から抜け出したような白く薄い浴衣に、高級感あふれる淡い睡蓮柄の羽織。それらと雰囲気の異なるつば広帽子で顔を隠した少女。帽子の奥の表情は、分かりにくいがかなり焦っていた。

 

 アクティアが斧を振り上げる……

 

「まずっ……!」

「させるかぁ!」

 

 ……と同時に、脇道から飛び出してきた人影がアクティアに飛びついて押し倒す。その影は、ずっと焦がれていた少年の後ろ姿と一致して、少女は泣きそうになった。

 

「大丈夫か? 急いでここから――え?」

「……あ……」

 

 少女より背が高い陸人からは、彼女の顔はつばに隠れて見えないが、対面した陸人は妙な既視感にとらわれて動きを止めた。少女の方も心の動きに体がついてきていない。

 

 そんな隙だらけの2人に向けて、サソリの毒針が飛んできた。

 

「危ないっ!」

「ひゃあぁ〜!」

 

 少女を押してギリギリ回避した陸人。とにかく今は敵を倒すことが先決。

 

「――変身‼︎――え?……これは……」

 

 アギトに変身して、座り込んだ少女の手を取ると……

 

 ――あなたが私のために頑張ってくれるのは嬉しいけど〜、私にも私の戦う理由があるんよ〜。だから、一緒にやろ〜?――

 

 

 ――だい、じょぶだよ〜……私は死なない。そういうふうになってるんだ――

 

 

 ――今度こそ……出てけええええええっ‼︎――

 

 

 繋いだ手から何かが流れ込んでくる。それは陸人の記憶を強く揺さぶり、夢の中ではくぐもってちゃんと聞こえなかった少女の声がはっきりと頭に響く。

 もう少しで少女の名前が聞こえる、というところで頭痛に耐えきれずにアギトが膝をつく。

 

「君だったのか?……夢で苦しんでいた女の子……」

 

「……え……?」

 

「君は、いったい……ガッ⁉︎」

 

 呆けていたアギトにアクティアの武器が直撃。これまでにない武闘派のアンノウンの猛攻に、混乱している今のアギトはついていけない。

 

(クソッ、こいつ強い、オマケに硬い……!)

 

 アギトの攻撃は全て盾で防がれ、一方的に攻撃を喰らい続ける。頭部に渾身の斬撃を受け、とうとう倒れ込んでしまう。

 

「!……あ……ぅ……」

 

 再び少女に迫るアクティア。隙だらけのアギトよりも優先するほどに、彼女の資質を危険視しているらしい。

 高く掲げ、投擲された斧は少女に向かい――

 

「グッ!……ホントに強いな……」

「……ぁ……」

 

 少女の前に立ちふさがったアギトがその身を盾にして少女を庇う。膝をつきながらも、その背に少女を庇いながら優しく声をかける。

 

「君に聞きたいことはたくさんあるし、頭の中グチャグチャだけど……」

 

「……うん……」

 

「今は逃げてくれ。足が悪いならゆっくりでいい。誰かと会ったら声をかけて、一緒に逃げるんだ……アイツは、どうにか引き剥がすから!」

 

 崩れた膝に力を込め、アギトが走る。とにかく乱打し、盾の上から強引にアクティアを退かせていく。

 

「シッ! ハァッ、ズアァァッ‼︎」

 

 徐々に押し込んでいき、戦場は川に架かる橋の上に移る。

 

「これなら……どうだ!」

 

 十分距離を取れたことを確信したアギトが、必殺技の構えを取る。角を開き、エネルギーを込めて跳ぶ。『ライダーキック』がアクティアの盾に直撃し…………あっけなく跳ね返された。

 

(これもダメか……本格的にまずいな)

 

 陸人の精神状態は最悪に近い。その状況でこれまでにない強敵の登場。冷静さを欠いたアギトに、アクティアの追撃が続く。

 

(あの声……あの髪……あの雰囲気……)

 

 斧で滅多打ちにされ、脱力して橋の欄干にもたれかかるアギト。絶体絶命のピンチでも、あの影が頭から離れてくれない。

 

 

 ――りくちー‼︎――

 

 

「!……その呼び方……」

 

 アクティア渾身の一撃を喰らったアギトが、橋から落ちていく。火花を散らし、変身も解かれてしまった。重力に抗う術もなく、川の中へと沈む陸人。

 

 

 

 

 落ちた瞬間、とっさに何かを掴んだ手の中を見る。そこにはなぜか懐かしい花が、その花弁を広げていた。

 

(……そうか、あの香り……睡蓮の――)

 

 そこまで考えて、陸人の視界から光が途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




伝統芸能の水落ちです。アギトやファイズ辺りは多かった気がしますね。
……そういえば、睡蓮って川で咲くものなんですかね?(無知)

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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Dear my hero

陸人くんだって悩むことはある。そんな時助けになるのは……




今回あとがきに補足コーナーを追加してみました。よければ覗いてみてください。




 一夜を越して翌日。陸人からはなんの音沙汰もなく、美森は不安で押しつぶされそうになっていた。

 

「東郷さん、昨日は……」

 

「ええ、リクは帰ってきてないし、連絡もないの。ウチの両親はお休みだし、友達の家で遊んだりしてるんだろうって言うけど……あの子が無断外泊なんて考えられないし、何度かけても返事がないの。友奈ちゃん、私はどうしたら……」

 

「お、落ち着いて東郷さん。まずは私達で昨日行った場所を探してみるのはどうかな? りっくんを見た人がいるかもしれないし……」

 

「……そう、そうね。落ち着いて、できることをやりましょう……となると、まずは坂出ね」

 

 なんとか美森に前を向かせることはできたが、見つからなければいずれまた彼女は泣く。それを止められるのは、御咲陸人ただ1人。

 

(りっくんが連絡をくれないなんて今までなかった……今、どこにいるの? 大丈夫なの?)

 

 美森の手前平常心を装ってはいるが、友奈も相当参っていた。彼女は唯一知っているのだから。陸人がいつ死ぬかも分からない戦いに身を投じていることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ゴメンね、ホントは遠目で2人を見るだけのつもりだったの――

 

 ――アンノウンに見つかって、りくちーまで来ちゃって――

 

 ――本当にごめんなさい、私のせいで集中できなかったんだよね――

 

 ――こんなこと頼むのは厚かましいけれど……お願い、わっしーを守ってあげて――

 

 

 

 

 

 

「知らない天井……ていうか、なんだここ?……廃工場?」

 

 陸人が目を覚ましたのは、人の気配がない廃工場の中。廃棄されてからそれなりの年数が経っているようだ。いい環境とは言えないが、雨風をしのげるだけ有難い。誰かがここまで運んでくれたのは間違いない。

 

(この羽織……あの子の?)

 

 見覚えがある睡蓮の羽織が身体にかけられていた。どうやら、あの後自分を引き上げて人目がないところまで運んでくれたらしい。しかし何か運動障害を抱えているようだった彼女に、水を吸って重くなった男子を運べるものだろうか。

 

(誰か連れがいたのか……アギトを見たときの反応といい、なぜか濡れた形跡がない服と体といい、ただの女の子じゃないのは確定だな)

 

 顔くらいは見ておくべきだった、と後悔したところで、異形の怪物が付近で活動しているのを感覚で捉えた。

 

(近い……さっきの奴か。いや、そもそもどれくらい寝てた?)

 

 水没したはずなのになんの問題も起きていない端末を確認すると、すでに日を跨いでいる。そして鬼のように着信が溜まっている。相手はもちろん美森だ。

 

(やっちゃったな……どう言い訳したもんか)

 

 家に帰ったときを想像して身震いする陸人。『美森を泣かせない』ことを最優先してきた彼としては痛恨の失敗だ。そのまま履歴をチェックすると、友奈からも何件かメッセージが来ていた。美森からの連絡は恐怖を感じてしまい、とりあえず友奈のものから確認してみる。

 

 "りっくん、今どこにいますか? 忙しいようなら着信だけでもいいので反応待ってます"

 

 "アンノウンのこと、どうなった? 私にできることはなんでも手伝うから、連絡ください"

 

 "もしも記憶のことで何か悩んでるなら、なんでも話してほしいな。私にはりっくんの気持ちを分かってあげられないかもしれないけど、どんな過去があっても、私にとってりっくんはりっくんだから。あなたの居場所はここにあるから、ちゃんと帰ってきてね"

 

 

(……さすが友奈ちゃん、よく見てるな)

 

 記憶を取り戻した時、今のままでいられるか。陸人が記憶探しに消極的な理由の1つはその恐怖があったからだ。友奈はそれを正しく見抜いていた。

 陸人が秘密を共有するほどに彼女を信じる理由は、その優しさと人の機微を悟る眼にある。

 

 

 

 "私のせいで集中できなかったんだよね"

 

 "お願い、わっしーを守ってあげて"

 

 

 眠っていた時に薄く聞こえた声。あの子の声はやはり泣いていた。陸人がヘマさえしなければ、彼女が自身を責めることもなかったはずだ。

 

(そうだな……記憶探しなんかに気を取られてたから不覚を取ったんだ。今、目の前にあるものを守ることに全力を尽くす。それが俺の、アギトの戦いだ……!)

 

 "わっしー"なる人物が誰かは知らないが、助けが必要な人がいるなら手を伸ばす。訳の分からない状況にあるのだから、行動指針はシンプルなくらいがちょうどいい。

 

(……次会った時には、返さなくちゃな)

 

 少し逡巡して、女物の羽織を身に纏い、陸人は廃工場を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人通りが少ない路地裏や空き地までくまなく探し歩いてはみたものの、やはり陸人は見つからない。友奈も美森も、精神面も含めて疲労していた。

 

「リクらしき人を見たという話すらない。いったいどこに……」

 

「ちょっと休憩しよっか? 私達が参ってちゃ――」

 

 休めそうなところを探して周囲を見渡した友奈が、背後に気配なく忍び寄る影を見つける。武器を構えた異形――アクティアが、数秒で詰められる距離に佇んでいた。

 

「――っ‼︎」

 

 悲鳴は声にならず、美森の車椅子に伸ばした手が届くよりも一瞬早く――

 

 

 天翔ける騎馬が異形に激突し、そのまま彼方へと運んでいった。

 

 

(アレは……!)

 

 その上に乗っていた少年は去り際に左手を伸ばし、見えるように指を2回鳴らした。それは友奈だけに通じる『ここは任せる』のサイン。

 

(りっくん……良かった)

 

「今、何か音がしなかった?」

 

「……へっ? い、いやー、私はなんにも……」

 

 陸人の無事は確認できた。後は自分の役目を果たすだけ。友奈は美森に勘付かれないように表情を作りながら、心の底から安堵していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人から遠く離れた河岸にアクティアを落として、陸人も着地する。強敵なのは確かだが、今の陸人は絶好調だ。やるべきことを見据え、目の前の敵を捉える。それさえできれば、陸人は最高の勇者になれる。

 

「アギト……邪魔ヲ……!」

 

「昨日は世話になったな……だが、今度は同じようにはいかないぜ?――変身‼︎――」

 

 光と共に降臨したアギト・グランドフォーム。一度勝利した相手を嘲笑うように首を鳴らし、アクティアが突撃する。

 

「遅いっ!」

 

 大振りの斧を躱し、鳩尾にカウンター。まるで子供と大人のように、敵の体があっさりと吹き飛ばされた。

 

「昨日とは違うって言っただろ?……人間を、ナメるなよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大社本部の最奥、病室のような社のような一室。1人の少女が祈るように両手を組んでいた。

 

(……もしもこの声が聞こえるなら、がんばって……あなたが守りたいもののために。そしてあなた自身のために……)

 

 祈りを終えた少女が視線を横に向け、深い深い眠りに落ちている少年を見つめる。

 

「しののんも、聞こえてたら応援してあげて……あなたの……あれ? この場合、先輩になるのかな? それとも後輩?」

 

 どこかズレた疑問を抱きながら、少女は少年の頭を優しく撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺はやる……! みんなの笑顔を守る……そのために今は、まずお前が邪魔だ!」

 

 暖かい何かに背中を押され、アギトの勢いがさらに増す。盾の上から攻撃を重ね、アクティアの体力を削っていく。疲労を隠しきれないサソリ型の受けは精彩を欠き、少しずつ防げない打撃が増えてきた。

 

「どれだけ上等な武器を持っていようが、俺は絶対に負けない!」

 

 回し蹴りでアクティアを吹き飛ばし、間合いを開く。角を開いてライダーキックの構え。一度破った自信からか、敵は盾を構えて仁王立ち。

 

「スゥ――……ダアァァッ‼︎」

 

 アギトの蹴りとアクティアの盾が、真正面からぶつかり合う。これまで蓄積してきたダメージと合わせて、盾にヒビが広がっていく。

 

「チィッ――嘗メルナァッ!」

「!」

 

 しかし敵もさる者、盾が破壊された瞬間、身をかがめてアギトの下に潜り込む。そのまま隙だらけの脇腹に斧を叩き込み、大きく跳ね上げる。

 まさに紙一重の攻防。それに勝利したアクティアは思わず気を抜いて見逃した。これもアギトの計算のうちであることを。

 

 空中で姿勢を整え、拳を構えて落下。キックの余剰エネルギーを今度は右腕に収束する。

『ライダーパンチ』大地の力を込めた拳を、真上から叩き込む。

 

「オオリャアアアアッ‼︎」

 

 アギトの拳はとっさに向けられた斧を砕き、そのままアクティアの胸部を破壊、その体を地面に叩きつけた。必殺技の二段構えには耐えきれずに爆散、消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ、手こずった……同じアンノウンっていっても強さは色々なんだな」

 

 状況が悪かったとはいえ、一度遅れを取り、美森たちに心配させてしまった。今後は一層気を引き締める必要があるだろう。

 自己反省しながら歩く陸人は、そこで初めて上着のポケットに紙片が入っていることに気づく。取り出してみると、上品で女の子らしさが漂うメモ用紙が畳まれていた。

 

 

 

 ――"満開"には注意して――

 

 

 

(……なんだこれ? 満開、って……花粉症に気をつけろ、とかそういう話じゃないよな?)

 

 専門用語かもしれないが、陸人にはさっぱり分からない。面白くもない冗談しか思いつかない以上、今考えても仕方ないことなのだろう。

 

 

 

 ――助けてくれて、ありがとう。私のヒーローさんへ――

 

 

 

 何気なく裏を見てみると、表のきっちりした字体とは違う、女子らしい丸い文字でお礼の言葉が書いてあった。結局分からないことが増えただけだったが、それでも陸人はどこか嬉しかった。

 

(とりあえず、満開って言葉は覚えておくべきか。また会えるといいんだけど)

 

 いつか記憶が戻った時、この疑問も解き明かされるのかもしれない。だとしても、とりあえず今は――

 

(わざわざ探しにきてくれたみたいだし、早く顔を見せないとな……)

 

 最後の一撃がまだ響いているが、特技のやせ我慢で笑顔を作り、陸人は友の元へと走り出す。

 

 いつかまた会えるという期待の証……睡蓮の羽織をたなびかせて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっき連絡あって、アギトが昨日のアンノウンを撃破。御咲陸人は須美たちのところに無事戻ったってさ」

 

「よかった〜……今回は私のワガママでみんなに迷惑かけちゃったけど、とりあえず解決か〜」

 

「まあ目を離した一瞬でアンノウンに絡まれてた時は焦ったけどな。アタシは別に気にしてないよ。遠くからだけど、須美の顔も久々に見れたしな」

 

「ありがと〜……でももう抜け出すのは無理かもね〜。脱走の前科ついちゃったし〜」

 

 ボロボロの体を押して抜け出したことで大社の警戒度は跳ね上がった。側付きの変更という話まで出たが、少女の怒りの一言で即座に取り消された。

 

「結局すぐに仮面連中に見つかっちゃったし、トラブった割には成果は微妙だったな……」

 

「うん……もうちょっと具体的な伝言ができれば良かったんだけど……アギトと直接接触しちゃったらそりゃ見つかるよね〜」

 

スキを見て残せたのは簡単なメモ1枚。苦労に見合っているとは言えない結果だ。しかし園子にとってはそれ以上に大きな収穫があった。

 

(でも、りくちーは理屈とは違うところで私を感じてくれた……心のどこかでずっと私のことを覚えててくれたんだ……)

 

 ここに来てからは珍しくなった、心からの笑顔。小さく微笑む主人を見て嬉しくなった側付きの少女がからかうように抱きつく。

 

「で? あれがお気に入りの騎士様か。確かにいい奴オーラ全開だったな。抱えた時の感触は、なかなか鍛えてるみたいだったし」

 

「もう、そんなんじゃないよ〜。助けてくれたお礼がしたいだけだってば〜」

 

「照れるな照れるな、そういう反応は新鮮だなぁ」

 

 一瞬だけ立場を忘れてじゃれ合う2人。久しぶりに等身大の友人同士に戻れた貴重な時間だ。

 

「とりあえず、アイツが須美の近くにいてくれれば安心できるな、園子」

 

「そだね〜、ミノさん。いつか来る戦いまでに、私たちもできることをやらなくちゃ……しののんのためにも……」

 

 一度失ったからこそ、もう何も失わないために。彼女たちの戦いは、終わっていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ファイズのクロコダイル戦、クリムゾンスマッシュ→グランインパクトの流れが大好きな作者です。(私の拙い表現力でアレを思い出せる人がいるかな……?)




――補足――
感想欄などから分かりにくかったかもしれない部分について説明します。

G3がアンノウンを倒せた理由――

装着者や技術面にも差異はありますが、一番の違いは経緯と前提条件です。原作では未確認生命体の再来に備えて作られたのがG3で、それ以上の力を持つアンノウンに度々遅れをとりました。
しかし今作では、大元の大社が設計前からアンノウンやそれ以上の規模のバーテックスの存在を認識している状況でした。アンノウンを倒すための武器が、アンノウンを倒せない性能でロールアウトすることはありえません。
原作でも実戦を重ねて調整することでG3単独でアンノウンを倒した例もあります。今作ではスタート地点がそのレベルだったと思ってもらえれば良いかと思います。
その他細かい部分はかなり先で描けたら描くかもしれません。

陸人くんの記憶について――

転生前の記憶は物理的ではない手順で頭から抜けていったもの。東郷さんの散華に近い、忘れたというよりも失った記憶です。
園子ちゃんや東郷さんとの記憶は、脳が混濁した状態で刻まれた記憶であったために整理する過程で引き出せなくなったもの、忘れてしまった記憶です。なので夢のような形で思い起こせることもある。
東郷さんのアギトの記憶も同様です。散華直後の記憶だからうっすら残っていたということになります。

以上、こんなまとまりのない説明読まなくても分かる方、細かいことまで理解せずとも良い方もいるかもしれませんが、少しでも今作を読みやすく感じていただけたらと思いこんなコーナーを設けさせてもらいました。本文でできたらいいんですが、くどくなりそうで……
また理解しにくい設定等が出てきたと感じたら勝手にやるかもしれませんし、質問してもらえれば答えられることには頑張って答えるつもりです。よろしくお願いします。


感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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先輩として

明けましておめでとうございます。本年も今作をよろしくお願いします。

樹ちゃん回……そしてのわゆ編では描きようがなかった学生らしい日常を描写してみます。


「はぁ〜〜……」

 

 この春に入学したばかりの1年生、犬吠埼樹は悩んでいた。長い溜息と共に元気がない足取りで廊下を歩いていると、耳馴染んできた先輩の声が聞こえてくる。

 

 

 

「御咲先輩、ありがとーございました〜」

 

「どういたしまして。あの先生面倒臭がりなところがあるから、今度からは手伝ってくれる友達と一緒に行くといいよ」

 

(陸人さんだ……話してる子は、1年生だよね?)

 

 学年ごとに階が違う讃州中学で、別の学年の廊下に来ることは珍しい。用事が済んだらしい陸人が振り返ると、後ろから見つめていた樹とバッチリ目が合う。

 

「お、樹ちゃんこんにちは」

 

「こ、こんにちは……陸人さんはどうしてここに?」

 

「あぁ、そこのクラスの子が大量のプリント抱えてフラフラしてたから手伝ってたんだ。去年俺の担任だった先生のクラスでね。悪い先生じゃないんだけど、ちょっと生徒に任せ気味なところがあって……」

 

 特に急ぐ用事もない2人はしばし談笑する。入学前から面識があるのもあって、彼らの距離感はかなり気安いものになっている。

 

「……で、何かあったの? 樹ちゃん」

 

「ふぇっ?」

 

「なんだか悩んでるように見えたから。俺に言いにくいことなら、風先輩とか――」

 

「あ、えっと……そんなに重大なことではないんですけど……今日の部活の時間、聞いてもらってもいいですか?」

 

「もちろん。後輩の相談に乗るのは先輩の役目だからね」

 

 胸を叩いて強気に笑う陸人。樹に対しては、いい意味で先輩風を吹かせたがる意外な面があったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「球技大会かぁ。確かに1人温度の違うグループに混ざっちゃうと厳しいよね」

 

「樹は、それほど運動音痴ってわけじゃないんだけど。体動かすのが特別好きな子じゃないし、体力もあんまりだし……」

 

 放課後の勇者部部室。部員全員で話を聞いたところ、数日後に行われる球技大会のことで悩んでいたそうだ。

 

 最初は樹も数人の仲がいい友達と同じ競技に参加するつもりだった。しかしクラスメイトの1人、特に運動が苦手なタイプの子がバスケ部のチームに残り物的に入れられそうになってしまった。グループ分けの場面ではよくある話だ。泣きそうになっている彼女を見兼ねて、樹が代わりを引き受けた。

 

「優しいのはいいことだけど、結果として貧乏クジ引いちゃったわけね」

 

「……うん……」

 

 小さく縮こまる樹。決まったチームの仲間からも、気を遣われているらしい。「いてくれれば無理しなくていい」と言われ、樹は更に気を重くしてしまった。

 

「そうだなぁ……じゃあ大会まで一週間、俺と一緒に練習する? 樹ちゃん」

 

「え……いいんですか⁉︎」

 

「せっかくだから楽しめたほうがいいでしょ? 球技大会のレベルならまったく力になれないってこともないと思うし」

 

「ちょい待ち。そういうことならあたしも――」

 

「でも今勇者部で手が空いてるのは俺だけですよね?」

 

「ぐっ……そうだったぁ……」

 

 陸人の言う通り、風も友奈も美森も、それぞれが新体制の部活動の手伝いを依頼されている。たまたま早くに終わった陸人しか新たな依頼を受けられる部員はいない。

 

「もちろん樹ちゃんが良ければだけど……時間ないから、やるなら昼休みも放課後も使うことになるし――」

 

「やります!」

 

「……了解。その依頼、御咲陸人が引き受けましょう」

 

「うぅ、樹〜……陸人、よろしくね」

 

 かなり悔しそうにしながらも、一度受けた依頼を破棄するようなことはしない風は、陸人に妹を任せた……血涙でも流しそうな顔をしてはいたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのまま学校を出た2人。向かった先はそこそこ遠くにあるスポーツ公園。小さいがバスケットコートがあるここなら、気兼ねなく練習できる。

 

「試合で役割をこなしたいなら、1番手っ取り早いのはシュート練習だと思うんだ」

 

「シュートですか……私、まともにバスケやったこともなくて……」

 

「大丈夫、まずは練習だよ」

 

 球技大会レベルで他4人がバスケ部ならば、1人くらい走らずゴールに張り付いていても何とかなるだろう。陸人の作戦はそういうことだ。ドリブルやパスは捨てて、決まった位置から得点できるようになる。努力と素質次第だが、これなら短時間でも形になる可能性はある。

 

 

 

 

「うぅ……そもそもボールが届かないです」

 

「腕だけで投げてるね……脚から全身使って力を伝えるイメージだよ」

 

 陸人は物覚えが異常に早いものの、要領が良いというだけで、努力をしていないわけではない。自分がやってきた練習を思い出して、噛み砕いて説明する。

 人格面も含めて、陸人にはものを教える資質があった。

 

 

「あっ、惜しい……リングに当たるようになりました!」

 

「うんうん、樹ちゃん飲み込み早いよー。あとは腕の使い方だね」

 

 僅かな時間で目に見えて上達していく樹。陸人は彼女自身気づいていない才能を見つけた。

 

(この子は、距離感覚とリズム感がすごくいい。視野も広いし、これなら多少ボールをもらう位置やタイミングが予想外でも自分で修正ができるかも……)

 

 運動能力自体は高くないが、それを補うように恵まれた感覚を持っている。自身が動く近接戦よりも、武器を操って戦う中距離戦に向いているタイプ――と、そこまで考えて陸人は頭を振る。

 

(ダメだ。最近アンノウンのペースが上がってるせいか、考え方まで物騒な方向に偏ってきてるな)

 

「あっ、やったあ! 陸人さん、入りました!」

 

「おっ、すごいよ樹ちゃん! じゃあ今の感覚を思い出して、もう一球だ」

 

 気づけば空も茜色に染まり出した。樹も順調に上達しているし、このまま――

 

(……! あぁもう、アンノウンってのはどうしてこう空気が読めないんだか……)

 

 すぐ近くにアンノウンがいる。樹がターゲットという可能性もあるため、不用意に動かせない。手早く片付けてすぐに戻る。これしかなさそうだ。

 

「樹ちゃん、俺ちょっと忘れ物取ってくるから、練習しててくれる? すぐ戻るよ」

 

「えっ? あっ……はい、いってらっしゃい?」

 

 学校とは逆方向に走る背中に違和感を感じながら、樹は言われた通りに練習を再開する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 気配を辿った先にはアンノウンも人もいない。しかし気配は変わらず感じ取れる。上空や物陰も探るが、なんの影もない。首を傾げながら引き返そうとした陸人の足元。乾ききっていた地面に、唐突に巨大な池が発生した。

 

「――っ! なんだ⁉︎」

 

 とっさに飛び退くのと同時に、水面から異形の腕が伸びてくる。紙一重で陸人を捉え損ねたその異形が、水溜りから姿を現わす。

 

「今度はタコか……なんでもアリだな、アンノウン!」

 

 軟体動物らしい身体を揺らし、タコ型アンノウン『モリペス・オクティペス』が迫る。不気味ではあるが、その動きは遅く、生身の陸人でも軽く避けられた。

 

「気味が悪い上に手段が悪辣だ……ここで仕留める――変身‼︎――」

 

 変身したアギトの打撃が、隙だらけのオクティペスに次々と命中するも、柔らかい体表面に衝撃を吸収され、まともなダメージが通らない。

 反撃の触手を回避し、アギトは冷静に敵を分析する。

 

(本体は柔らかすぎて手応えがない……攻撃に使う触手は硬いけど、あの反応……多分痛覚が通ってないな。見た目にそぐわず合理的な造りしてるじゃないか)

 

 打撃では攻撃が通らない面倒な相手。この頃様々なアプローチでこちらを追い詰めてくるアンノウンが増えた。襲撃を重ねて学習しているということか。

 

「だったら、切り刻んでやる……!」

 

 ストームフォームに形態変化。ハルバードを振るって風を巻き起こす。足元の水を巻き上げて、敵の逃げ場を奪う。

 

「そら、そら、そらぁっ‼︎」

 

 真空の刃を発生させ、触手を順に引き裂いていく。全ての触手を切断し、丸腰のオクティペスに接近、ハルバードの刃を展開する。

 

「細切れだ……!」

 

 風を纏った薙刀を高速回転させて放つ斬撃『ハルバードスピン』がオクティペスに直撃、溶けるようにその身は崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

「なんてことなかったな……戻るか」

 

 待たせている樹のもとに走る陸人。彼が立ち去った直後、引いていた水が再び発生していたことには誰も気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(遅いなぁ……陸人さん)

 

 黙々とシュート練習を続ける樹。しかし1人でいる心細さ故か、さっきまでよりも目に見えて精度が落ちている。

 

(お姉ちゃんも『あの子は時々訳分からんこと言ってどこか飛び出す』って言ってたけど。不思議な人だなぁ)

 

 集中力が切れたことを自覚し、一旦休憩をとることにする。タオルを取ろうと一歩踏み出し……

 

 パシャン、という水音に、自分の足元を見下ろす。

 

(え……なにこの水溜り……)

 

 予想外の状況に軽く困惑する少女の足首に、異形の触手が伸びる。

 

 

 

「――樹ちゃん!」

 

 その刹那、息を切らして駆けてきた陸人の声が響く。樹が振り返るのと同時に、異形は水に戻り、その水も引いていった。

 

「あ、陸人さん。忘れ物見つかりました?」

 

「……ああ、うん……樹ちゃん、何もなかった? 大丈夫?」

 

「もう、なんですかいきなり。私も中学生なんですから、ちょっと1人になったくらいでトラブルが起きたりしませんよ」

 

 いたって平常の調子で笑う樹。気づいた時には無くなっていたこともあり、樹の中では今の水は気のせいということで処理された。

 しかし陸人は確かにアンノウンの気配を感じ、彼女のすぐ真下に触手が出ていたのも目撃している。

 

(さっきの奴……仕留め損ねてたのか。しかも変わらず樹ちゃんを狙ってる……マズイな、逃走手段があるアンノウンを見失ったのは痛いぞ)

 

 こうなると、あのアンノウンは樹を徹底的に狙うだろう。陸人の声で撤退したということは、アギトには勝てないと自覚している証拠でもある。つまり……

 

(間違いなく俺がいない隙をついてくる。アイツを倒すまで樹ちゃんから目を離すわけにはいかなくなったか……どうしたもんか)

 

「陸人さん?」

 

「あぁ、ごめんごめん、なんでもないよ。練習再開しよっか」

 

 

 状況を知っているだろう大社は信用できない。

 自宅から護れるほど護衛対象の家は近くはない。

 仲間である友奈も、敵が来る以上近づけることはできない。

 本人も含め、事情を話せない周囲の者たちからは隠し切らなくてはならない。

 

 否定形だらけの悪条件下。未だ一中学生に過ぎない御咲陸人による、超高難度の護衛ミッションが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 




それほど長期間のミッションにするつもりはありませんが、中学生にとってはなかなか難しい戦いになってしまいました。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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ヒーローの辛いところ

現実的に考えて誰かを頼れよ!って言いたくなりますが、この状況で陸人くんが頼れるのは……

①アンノウンやアギトについて知っている、あるいは話しても秘密にしてくれると信じられる。

②緊急時に最低限、樹と自分を守れる力を持っている。

この2つの要件を満たすのは、彼が知る限り志雄くんくらいですが、個人的な連絡手段がありません(どうしても話をつけようとすると、大社を通さなくてはいけない)

よって、自力で守るしかない陸人くんです……頑張れ、超頑張れ!





 犬吠埼樹警護任務に際して、陸人がまずぶち当たった壁は、美森の説得だ。期間も定まらない外泊をする上手い言い訳が思いつかなかったため、直球で話をして、案の定大反対を食らっている。

 

「だから、理由を説明してって言っているの……別にリクを責めてるわけじゃないのよ?」

 

「ごめん、理由は言えないんだ……どうしても」

 

「あのねぇ、『やらなきゃいけないことがあるから外に泊まる。いつまでかかるかは分からない』なんて話で私が納得すると思ってるの?」

 

 幸い東郷夫妻からは特に問題なく許可が取れた。2人の異常な物分かりの良さは、陸人も度々引っかかってはいたが、今は考えないようにしている。何かが壊れそうで怖かったからだ。

 

「なんでお母さんとお父さんが許したかは知らないけど、私は認めません! まだ中学生なのに、泊まる先も告げずに外泊だなんて」

 

 そんな両親の反応が予想外だったこともあり、美森の言葉には熱がこもっている。夜遊びに走ったりはしないと確信してはいるが、陸人の場合は誰かのためにとんでもない無茶をしていてもおかしくない。

 この1年と少しの生活の中、だれよりも近くにいた少年は、美森にとって、どこか危なっかしい弟のような存在になっていた。

 

「ちゃんと学校には行くよ。毎日顔を見せるからさ」

 

「そんな話じゃなくて、私はなぜ、どこに、どれだけいるのかを聞いているの」

 

 お互い譲らず、議論は一向に身を結ばない。

 あとで土下座でもなんでもする覚悟で、このまま飛び出してしまおうかと陸人が短絡的な思考に至ったところで――

 

 

 

「リク……あなたがこうも譲らないということは、あなたにとって放っておけない誰かの窮地、ということね?」

 

「……はい」

 

「それは、あなたが行かないとダメなの? 他の大人に頼ったりはできないの?」

 

「……はい」

 

「……あなたは、あくまで自分の意思でその人のために動こうとしている。そういうこと?」

 

「……はい」

 

 毅然とした態度で肯定する陸人を見て、美森は観念した。大きな溜息をこぼして、疲れたような苦笑を浮かべる。

 

「分かりました。そんなに行きたければ何処へなりと」

 

「美森ちゃん……」

 

「ただし! コトが片付き次第、すぐに戻ってくること! あなたの帰る場所は、ここにあるんだからね」

 

「……うん」

 

「それから! いつかこの事情を詳しく説明すること。話しても問題なくなった時で構わないから、約束しなさい」

 

 そう言って小指を差し出す美森。生真面目で優しい彼女らしい気遣いに、陸人もようやく笑顔になる。

 

「分かった、約束するよ……ありがとう、美森ちゃん」

 

「……しっかり準備してね。学校も遅刻しちゃダメよ?」

 

 心配は尽きないし、陸人の秘密も今に始まった事ではない。それでも、目の前の家族にとって『理解ある優しい姉』でありたい美森だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ちょっとビックリしたかも……東郷さんは絶対に許さないと思ってた』

 

「まぁ、根負けしてしぶしぶ、って感じだったけどね」

 

 電話越しでも友奈の驚愕は伝わってくる。確かに陸人も強行する手段を考えてはいたが……

 

『それで、樹ちゃんの家を見張るんだよね? 1人で大丈夫?』

 

「1人じゃないとダメなんだ。いざって時にすぐ動けないと意味ないからね」

 

 犬吠埼姉妹が暮らすマンションのすぐ近く。砂浜の上にシートを敷き、陸人はそこをひとまずの拠点とした。塀の影になっているので、特に夜は見つかりにくい。火もつけないし音も極力立てない。これで人目について騒がれるリスクはかなり減らせる。

 問題は、何もできない状態で一晩中眠らずに気を張っていなければならないこと。普通の中学生、いや、大人であってもそうそう耐えられることではない。

 

「眠りさえしなければアンノウンは見つけられる……なんとかするさ」

 

『……じゃああとで差し入れ持っていくね。そんな状況じゃご飯もちゃんと食べられないでしょ?』

 

「ありがとう。でももう暗いし、今日は美森ちゃんが持たせてくれた弁当があるから大丈夫だよ」

 

 話がまとまってからたったの10分ほどで、お金を取れそうなレベルの食事をタッパーにまとめてくれた美森。彼女のためにも手早く済ませて帰りたいが……

 

(こればっかりは相手次第だからなぁ、どれだけかかるか……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――火曜日――

 

 結局その晩は何も起こらず、少し動きが鈍い体を引っ張って、陸人は学校に来ていた。

 

「なんだか辛そうね、陸人……何かあったの?」

 

「平気です。ちょっと眠りが浅かっただけですよ。樹ちゃんとの練習があるので体育館行きますね」

 

 いつも通りの笑顔を貼り付け、風の追求を躱す。普段の頼もしさに翳りが見えるその後ろ姿を、風は曲がり角に消えるまで見つめ続けていた。

 結局その日の夜もアンノウンは現れず、陸人は二徹でフラフラした頭を栄養剤とカフェインで叩き起こし、平常を装って学校へ。

 

 

 

 

 

 

 

 ――水曜日――

 

「……ごめんなさい、陸人さん……」

 

「……急にどうしたの? 樹ちゃん」

 

 昼休みのシュート練習。かなり精度が良くなった樹だったが、今日は何やら思いつめた顔をしている。

 

「私がもっとスポーツが得意だったら、迷惑かけなくて済んだのに……」

 

「迷惑?」

 

「陸人さん、昨日からすごく辛そうです。調子悪いのに無理して私に付き合ってくれてるんですよね」

 

「ちょっと待って待って、俺が眠そうにしてるのは単なる不摂生。自分で勝手に夜更かししてるだけだから」

 

「……本当ですか?」

 

「うん、それに俺だって無理だと思ったらちゃんと休むよ。ここにいるってことは大丈夫ってこと……樹ちゃんが気にすることは何にもないの、分かった?」

 

「ありがとうございます……でも、私があの時、できもしないのにバスケやります、なんて言わなければ――」

 

「それは違うよ、樹ちゃん」

 

 陸人の笑顔には隠しきれない疲労が表に出ていた。それを見た樹がさらなる自己嫌悪にはまっていく前に、力強い声がその後悔を否定する。

 

「君は蛮勇でいい顔をしようとしたわけじゃない。誰も助けようとしないクラスの子を、ただ1人助けようと踏み出したんだ。誰もできないことをやったんだ。胸を張っていいんだよ」

 

 俯く頭にそっと手を添えて、身を屈めて正面から樹と向き合う。陸人が今頑張っているのは、この少女の笑顔を守るためなのだから。

 

「君のお姉さんが決めた『人のためになることを勇んでやる』部活。君は立派な勇者部員だよ。俺はその優しさと勇気に応えたくて、樹ちゃんの依頼を受けたんだ」

 

 だから自分の勇気を否定しちゃダメだ、と告げて軽く頭を撫でる。子供を宥めるようなやり方になってしまったが、小動物チックな樹には有効だったようだ。表情に元気が宿り、調子も戻ってきている。

 

「ごめんなさい、私、頑張ります……必ず結果を出して、陸人さんの協力に応えてみせます!」

 

「そうそう、その意気だよ樹ちゃん!」

 

 できれば球技大会当日までに決着をつけたい。それが陸人の本音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――木曜日――

 

 昼休み直後の授業、ただでさえ眠くなる上に、陸人は既に80時間ほど眠らずに過ごしている。普通を装うのも限界が近く、美森や友奈だけでなく、何も知らない級友たちからも心配そうな視線を送られている。

 

(まずい……今眠ったら……学校に、アイツが……)

 

 陸人が眠ったかどうかなど敵には知りようもないし、基本的に人目を避けるのがアンノウンの習性だ。しかし今の陸人はそんなことまで頭が働かない。危機感と責任感で意識を保っているだけの体は、徐々に制御を失い――

 

「――っ⁉︎ リク!」

「りっくん!」

「御咲⁉︎ どうした御咲!」

 

 授業中の静寂をぶち壊し、派手な音を立てて陸人の身体が崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 倒れてから3時間ほど。日が暮れてきた頃合いに、陸人は保健室で目を覚ました。すぐ横には車椅子に座った美森が、ベッドに頭を預けて眠っている。いつもきっちりした彼女らしくない状態。もしかしたら、心配のあまり美森も寝不足なのかもしれない。

 

「……保健室か……樹ちゃんは⁉︎」

 

 慌てて飛び出そうとした直後、端末にメッセージが届いていることに気づく。確認すると、唯一事態を把握している仲間である友奈からだった。

 

 "樹ちゃんは今公園で練習中。私が側についてるよ。今のところ何もないから安心して"

 

 "りっくんが倒れたことは樹ちゃんには伝えてないよ。急用が入ったってことにしてあるから"

 

(さすが友奈ちゃん……俺のこと、よく分かってるな)

 

 目が覚めたことを報告、お礼を伝え、それから……

 

(これ以上友奈ちゃんに頼るのも情けない話だけど……これしかないよな)

 

 "今からそっちに行くから、交代で美森ちゃんを起こしに来てくれる? 今顔を合わせたらふん縛られそうで。寝てる間に抜け出したいんだ"

 

 文字に起こすと改めて情けない。心配してくれている家族の目を盗んで逃げようというのだから。それでも、陸人1人で全てを守るにはこれしか方法がない。

 

 友奈からは呆れたような顔文字と共に了承の返事をもらえた。少し回復した体の調子を確かめながら、陸人は美森を起こさないよう、そっと毛布を掛けた。

 

「終わったらなんでも言うこと聞くから、もうちょっと頑張らせてくれ……行ってきます」

 

 陸人が部屋を飛び出して行く。流石に3時間では全快とまではいかなかったようで、若干挙動がたどたどしい。それでも強く地を踏みしめ、守るべき者の元へ走る。自分にしかできない役目を果たすために。

 

 

 

 「……リクの、馬鹿……」

 

 足音も聞こえなくなった頃、保健室に小さくこぼれ落ちた声は、誰にも届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不安げな友奈の背中を押して、陸人は再び見張りに着く。今夜も敵襲の気配はない。精神的な疲労と眠気に負けそうになる陸人。気を引き締めるために、普段は意図的に抑えている感覚を解放。周辺の音全てをキャッチし、その刺激で頭を覚醒させようとする。

 

 数百人の声や生活音が一気に飛び込んでくるため、基本それらの詳細を認識することはできない。しかし1つだけ、他とは違う音をキャッチした陸人は、無意識にその音だけに集中する。

 

(……歌声……これは、樹ちゃん?)

 

 警護対象の声を聞き取ってしまったようだ。故意ではないとしても、盗聴行為をしてしまっているのは陸人も自覚しているが、それでも感覚を閉じられない。それほど彼女の歌は優しく、美しかった。テレビやCDで聴くどんなアーティストの曲よりも、陸人の心の深いところに染み込んで離れない。

 

(いつもどこか自分を抑えてる樹ちゃんが……心から楽しそうだ)

 

「樹ー、まだ上がらないの? のぼせちゃうわよ?」

 

「ハッ、ごめんお姉ちゃん、もう出るよ」

 

(――っ! お風呂入ってたのか……!)

 

 流石にマズイと感じた陸人が、拡げた感覚を再び抑制する。

 入浴中の後輩の歌声を遠くから盗み聞き……字面の犯罪臭が半端ではない。

 

(これは誰にも言えないな……しかし、樹ちゃん歌上手いんだな)

 

 凄まじい罪悪感と、純粋な関心。結果的に陸人の眠気は見事に吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――金曜日――

 

 球技大会当日。陸人は前日のこともあり、クラスから満場一致で見学するように言われて、ギャラリーで応援に徹している。正直都合がいいのだが、どんな競技のどんなポジションも高水準でこなすユーティリティプレーヤーである陸人だ。その実力をアテにしていたクラスメイトには迷惑をかけてしまっていることが申し訳なかった。

 

(ダメだな……みんなの日常を守るには、俺自身もいつも通りでいないと)

 

 日常の一部である自分も含めた全てを1人で守らなければならない。英雄譚のようなヒーローにはまだ程遠い。陸人の理想はまだまだ先だ。

 

『続いて1年女子のバスケットボールです。参加する生徒は――』

 

 体育館に響く美森の案内音声。車椅子の彼女でも参加できるようにと学校側の配慮で、毎年彼女は放送部の仕事を手伝っている。美森自身も楽しんでいるし、演劇でもナレーションをよく担当する彼女には向いている仕事だ。

 

(樹ちゃんのチームは……アレか)

 

 見たところチームメイトとは上手くやれているようだ。友奈が見ていた先日、仲間たちに練習の成果を披露し、作戦に彼女も組み込んでもらえたとは聞いていた。努力が無駄になるという最悪のケースは避けられたようだ。

 

「さてと……スゥ――、樹ちゃん、ガンバレ〜〜‼︎」

 

 気合いを入れて応援する陸人。ちゃんと届いたらしい樹が少し顔を赤らめて手を振ってくる。

 

 

 

 

『試合、開始です!』

 

 

 

 1回戦、樹は4本シュートを放ち、その内3本決めるという好成績で勝利に貢献した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タコ型アンノウン――モリペス・オクティペスは既に我慢の限界を迎えていた。本来アンノウンはそれほど忍耐力がある性質ではない。盟主たるテオスの指示には極力従うが、それだけだ。

 1度定めたターゲットを仕留めそこない、挙句番犬が張り付いて手も出せない。こんな状況で5日堪えた。これ以上ジッとしていられるほどオクティペスの気は長くない。

 多少人目につくのを覚悟して、池に沈んで校舎に潜入、標的を引きずり込んで殺害する。今の疲弊しきったアギトなら、隙を突けば殺して即撤退するくらいはできるだろう。それは忍耐の限度を超え、頭が茹だったオクティペスの希望的観測で……

 

 

 

「おーっと? 悪いけど、校内は関係者以外立ち入り禁止だよ」

 

 希望はやはり希望でしかなかった。姿を消して讃州中学の裏手に回り込んだオクティペス。その影を完全に捉えた陸人が立ち塞がる。

 傍から見たら独り言を呟く中学生でしかない。しかし自慢の隠形を見破られたオクティペスからすれば、己の死を告げに来た死神にしか見えない。

 

「ここでやり合うと目立つ……黙って引き返すなら30秒待ってやる。このまま強行しようっていうなら、出てくるより先に周辺の地面に拡がったアンタの水……残らず蒸発させることもできるが、どうする?」

 

 それはオクティペスにとって究極の二択だ。ここで戦っても勝ち目はかなり低い。何せ完全に捉えられてしまっているのだから。しかし引き返せば、おそらくもう2度とあの標的は狙えなくなる。人殺しの異形は、それだけの恐怖を目の前の少年に感じていた。

 

 少しの逡巡の後、アンノウンの気配が急速に遠のいていく。敗北の未来を避ける選択をしたようだ。

 

(……ふぅ、まだ冷静さが残ってたか。助かった……)

 

 陸人もまた焦っていた。この場で戦うのはリスクが高すぎる。かといって脅し文句のように一帯の水を蒸発させるような真似は、少なくとも疲弊した現状では不可能だ。なので一か八かでハッタリをかまして出方を伺った。意外にも人間に近い感覚もあるらしく、指一本動かすことなく敵を撤退させることができた。

 

「……さーて、もう30秒経ったよな?」

 

 律儀に秒数を数えていた陸人。軽く準備運動をこなしながら、珍しい表情を浮かべる。

 

「ストレス溜まってるのはお互い様だ……いい加減決着つけさせてもらうぞ!」

 

 攻撃的な笑みと共に光に包まれる陸人。さすがの彼も、フラストレーションが頂点に達していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやって戻ってきたかは知らないが……徹底的に潰せば……!」

 

 人気のないトンネルで敵影を捉えたアギト。逃げ切れないと悟ったオクティペスが水から上がってきた瞬間、フレイムセイバーで触手を断ち切った。怒りを込めた乱撃で傷が増えていく異形は、一切の反撃もできずに滅多斬りにされていく。

 

 身動きもままならずに倒れ伏したオクティペス。その身が爆散するよりも早く、アギトが仕上げにかかる。

 横たわる身体に刃を突き刺し、フレイムの力を全開放。刀身を伝ってオクティペスの全身に炎が行き渡る。

 

「灰も残さず、燃え尽きろぉぉぉぉっ‼︎」

 

 フレイムセイバーで串刺しにした敵を焼き尽くす『セイバーブレイズ』で、宣言通りに灰すらも残すことなく、オクティペスを焼却した。

 ある意味で誰よりもアギトを苦しめた強敵は、この世界に何の痕跡も残せずに果てることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ〜、負けちゃいました……」

 

「でも準優勝だよ。決勝でもちゃんとゴール決めてたし、カッコよかったよ樹ちゃん」

 

 放課後、球技大会の盛り上がりも落ち着いた頃合い。陸人と樹は並んで廊下を歩いていた。

 樹のチームは準優勝。3年生のチームを相手にした決勝でも、樹は3度やってきたチャンスを全てモノにして6得点。最後までチームに貢献した。

 

「仲間の子たちとも仲良くなれたみたいだし、どう? 球技大会楽しかった?」

 

「……はい。こういう行事は苦手意識あったんですけど、今日はすごく楽しかったです」

 

「良かった……なら、依頼完了だね」

 

『樹の球技大会を楽しい時間にする』

 練習で樹に自信をつけさせ、アンノウンを倒して身の安全も確保した。今隣に咲く樹の笑顔を見れば一目瞭然。陸人は自分が受けた依頼を完璧に成し遂げることができたのだ。

 

 

 

 

「それじゃ、陸人さん。ほんとにありがとうございました!」

 

「うん。俺も楽しかったよ」

 

 深々と頭を下げてから走っていく樹。今日できた新しい友達と一緒に帰るそうだ。楽しげな背中に手を振る陸人は、その姿が見えなくなった瞬間、脱力して崩れ落ちる。柔らかい何かに頭が触れた感触と共に、陸人の意識が深くに堕ちた。

 

 

 

 

 

「――っと……危ない危ない。ちょっと陸人、って寝てる?」

 

 地面にぶつかる前に、陸人の体を支える影。こっそり妹たちの様子を伺っていた風だ。自身の胸に崩れ落ちた後輩を覗き込むと、小さな寝息を立てて眠りに就いていた。

 

(ここ数日やばい雰囲気だったけど。なーにやってたんだか、全くこの子は……)

 

 女子にしては腕力がある風といえど、完全に意識を手放した陸人を運ぶのは難しい。普通に眠っているように見えるし、苦しんでいる様子もない。とりあえず壁に寄りかかって腰を下ろす。

 

(……ち、近い。こそばゆいし……)

 

 肩にもたれかかる陸人の顔の近さに、風の顔が赤く染まる。コイバナに持ち込める経験が些細なエピソード1つしかない彼女にとって初めての距離感だった。

 

「……コホン。何にそんな疲れてんのか知らないけど、お疲れ様。今回のあんたは、きっと樹のために頑張ってくれたのよね」

 

 起こさないように優しく、風の手が陸人の頭に触れる。直接感謝を告げても、きっとこの後輩はいつものように笑って誤魔化すのだろう。意識のない今だからこそ、目の前でお礼が言える。

 

「姉としてお礼を言わせてもらうわ……ありがとう陸人。おやすみなさい」

 

 

 

 眠り続ける少年を優しく見つめる少女。陸人を探す美森と友奈に見つかるまで、2人だけの優しい時間が過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 




犬吠埼姉妹とのコミュ回……のつもりです。

不意に出した陸人くん超人説。今まで挟みどころがなくて唐突感ありましたが、一応今の彼は純粋な人間ではないのでこういうこともできます。素の運動能力も全盛期の鋼也くんレベルは余裕であります。

とりあえず今回でオリジナル回は終了。原作ストーリーに突入する予定です……あくまで予定ですが。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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結城友奈は勇者になる

いよいよ原作時間に突入です。ここからはどんな風に原作と差別化すればいいか、悩みながら描いています。ゆるーい目で楽しんでください。




「それでは、本日の保育園演劇興行の成功を祝して……」

 

『かんぱ〜い!』

 

 部長の音頭に合わせて5人の湯呑がぶつかり、音を鳴らす。勇者部行きつけのうどん屋『かめや』で恒例の打ち上げが始まった。

 

 これまた恒例の保育園訪問、今日は新たな演目にチャレンジした。いくつかのトラブルに見舞われたものの、最終的には上手くまとまり、園児たちの笑顔も引き出すことができた。

 

「今日はごめんなさい! 私、張り切りすぎちゃって……」

 

「いやー、友奈がセットを倒した時は焦ったけど、なんとかなるもんね!」

 

「うん。東郷先輩のアドリブのおかげです」

 

「咄嗟だったから強引なところもあったけど、みんながノッてくれて助かったわ。やはりあの子達にも大和の血が流れていると改めて実感したわね……」

 

「今の話の流れでそこに着地するんだね、美森ちゃん……」

 

「でも、本当にごめんね。特にりっくんは、あんなに頑張って作ってくれたセット、壊しちゃって……」

 

「まあまあ、今日だけ使えれば良かったんだし、気にしないでよ。倒れないように補強しなかった俺にも落ち度はあるしね」

 

 みんなにケガがなくて良かった、と笑って麺を掻き込む陸人。

 反省すべきところは反省して、それをズルズル引きずらない。それもまた大切なことだ。大好きなうどんをすすり、ちょっと落ち込んでいた友奈の調子も戻ってきた。

 

 

 

 結城友奈

 東郷美森

 犬吠埼風

 犬吠埼樹

 御咲陸人

 

 彼らは『讃州中学勇者部』

 人のためになることを勇んでやる、勇者達が集まった部活だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んーっ! 美味しかったぁ、もうお腹いっぱい」

 

「たくさん食べてたものね、友奈ちゃん」

 

「風先輩ほどじゃなかったけどね。夕飯大丈夫なの?」

 

「う……ご飯の前にちょっと運動しようかな」

 

 帰路に着く3人。同じ家に住む陸人と美森、家が隣の友奈は、いつも一緒に帰っている。美森の車椅子を友奈が押す日もあれば、陸人がハンドルを握ることもある。逆にこの2人以外に美森が車椅子を預けることは滅多にない。たまに両親が後ろに着くくらいだろうか。

 美森はそれくらいに2人を信頼していたし、人懐こく友達が多い友奈も、この2人は自覚的に特別扱いしている。

 迷子の幼児から足が悪いお年寄りまで、困っている人には例外なく手を伸ばす陸人にしても、特別な相手はいる。1番過保護にしているのは間違いなく美森で、逆に1番頼りにしているのは明らかに友奈だ。

 

 出会ってから1年半ほど。3人には言葉にせずとも伝わる特別な空気感があった。だから陸人も友奈も分かっている。美森が2人の秘密を疑っていることも、誤魔化せる限界が来ていることも。

 

「それで、リクは昨日急にどうしたの? 友奈ちゃんが言うには財布を忘れたって話だけれど……あれは嘘よね?」

 

「えっ……いや、嘘なんて」

 

「だって私、あの日ずっとリクのこと見てたもの。飛び出した時点で財布はポーチに間違いなく入っていたわ」

 

「えーっと、その……」

 

 陸人はやせ我慢は得意だが、嘘をつく才能がない。友奈も人を騙すということに致命的に向いていない。結果2人は危ういと分かっていながらも『財布を忘れた(or落とした)』という言い訳をこれでもかと使い続けた。

 今まで突っ込んでこなかったのは、美森が2人の人柄を信頼していたからだ。悪いことなどしないという信頼の上で成り立っていたある意味白々しい関係。

 

 そんな美森も我慢がきかなくなってきた。最近の陸人に危うさを感じたからだ。連絡が取れなくなることも稀に起こり、先日の外泊の詳細も未だに聞けていない。曖昧に済ませるにも無理が出てきたのだ。

 

(……りっくん……)

(自己満足もここまで、かな……)

 

 陸人にとって、どんな無理を押してでも守りたかった『東郷美森の平穏』

 そのためなら慣れない隠し事も続けてきたし、どれだけ辛くても彼女の前では笑顔を維持してきた。

 

 しかしそんな意地が今彼女から笑顔を奪っている。ここまで来たら教えた方が美森の気持ちが楽になるだろう。諦めて全てを話そうと口を開き――

 

「……!」

「うひゃっ⁉︎ なになに〜?」

「……樹海化、警報……?」

 

 各々の端末から突如響く警報音。見覚えのない画面が表示され、どう操作しても音が切れなくなっている。そして同時に起こった異変がもう1つ。

 

「人が動いてない……いや、人だけじゃないな」

 

「風も景色も……これはいったい……」

 

「これじゃまるで、世界が停まってる?」

 

 目の前で発生する異常現象に目を丸くする3人。陸人はアンノウンの線を疑ったが、これほどの規模の特殊能力を持った個体を察知できないとは考えにくい。

 もっと大きな何か、世界そのものに干渉できる存在が動いている。そして何故か、陸人たちはそれの関係者となってしまったらしい。

 

「……何か来る。2人とも、俺から離れないで」

 

「何かって、いったい何が……」

 

「りっくん、もしかして……?」

 

「無関係ではないだろうけど、多分別口だな……そうか、これが……」

 

 かつて国土志雄が言っていた本当の戦い。時期から見てもそれが始まったと見ていいだろう。

 彼方から迫り来る光に呑まれながら、陸人は2人の手を強く握りしめる。大切な者を、何があっても守り抜くために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(眩い光を抜けると雪国であった、とかなら良かったんだがな……)

 

 気付いた時には幻想的な空間の真っ只中に佇んでいた。空の色も漂う香りも普通じゃない、森のような異質な空間。見慣れた街並みは何処にもなく、陸人たちは訳も分からず歩くしかなかった。

 

(……何があるか分からない。美森ちゃんの前だけど、変身する心持ちでいないと――!)

 

 近づいてくる足音に気付いて、2人の前に出て構える陸人。近づいてきた影を視認して警戒を解く。足音は2人分、同じ勇者部員だった。

 

「良かった、全員無事ね! みんなスマホ持ってて助かったわ」

 

「み、みなさん……やっと会えたぁ」

 

「風先輩、樹ちゃん!」

 

 仲間と合流できた安堵から、2人に抱きつく友奈。美森も張り詰めていた気を緩め、肩の力が抜けている。しかし冷静さを維持できていた陸人は、安堵より先に疑問が湧いていた。

 

(スマホ持ってて助かった……風先輩は何か知ってるってことか?)

 

 ひとしきり再会を喜んだ後、風は知る限りの事情を説明した。

 それは神世紀に蘇る人と神の争い。限られた者のみが知る、最新の神話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……つまり、話を整理すると……」

 

「お姉ちゃんは大社に所属していて、私達には特別な素養がある……」

 

「神樹様を脅かす危険に立ち向かう『勇者』として、私達が選ばれて……」

 

「ここは『樹海』っていう神樹様の結界で、勇者はここで戦う……」

 

「……向こうを飛んでるデッカいのが戦う相手の『バーテックス』で、アレを倒さなきゃいけない、と……」

 

 あまりの情報量に頭を抱える一同。冗談のような話だが、すでに冗談のような光景を見ている以上笑い飛ばすこともできない。

 

「要点だけまとめるとそういうことね……理解できないのは分かるし、今すぐ戦ってくれとは言わないわ。アイツはあたしがなんとかするから、樹のことを――」

 

「ま、待ってお姉ちゃん! 1人じゃ危ないよ……」

 

「樹……」

 

 手を震わせながらも姉をまっすぐ見つめる樹。彼女は普段から弱腰ではあるが、心そのものは年齢不相応に強い。

 

「ついていくよ、何があっても……!」

 

「……分かったわ……樹、続いて!」

 

「うん!」

 

 覚悟と共にアプリを起動する姉妹。メッセージアプリに仕込まれた真の機能、勇者システム。使用者の心に従って、神樹の力をその身に宿す人類の切り札。

 

 黄色の装束を纏い、大剣を担ぐオキザリスの勇者、犬吠埼風。

 

 緑色の装束を纏い、ワイヤーを使う鳴子百合の勇者、犬吠埼樹。

 

 神樹を守る勇者が2人、樹海の地に降り立った。

 

 

 

 

 

「それじゃ陸人……あんたは2人をお願い」

 

「その前に1つ……近くにアンノウンもいるみたいです。それは俺が対処すればいいですか?」

 

「……アンノウン? ごめん、なんの話?」

 

「……え……?」

 

 大社の人間だという風は、当然自分やアンノウンのことも把握していると思い込んでいた陸人。一瞬呆然とした直後、自分の勘違いに気づいた。

 

(アギトのことを知らされてない、どころかアンノウンも知らない……となると、俺がやるのが1番だな)

 

「ちょっと待ってください。俺にも秘密があるんですよ……とっておきが1つね」

 

 嘘と我慢でやり過ごせる段階は超えてしまった。こうなれば、全力を尽くして速やかに障害を排除するしかない。1年以上守ってきた平穏を諦めて構えようとした右腕を、震える細腕が掴んで離さない。

 

「……美森ちゃん」

 

「リク……あなた、何をする気? こんなところで、何をしようとしているの?」

 

 普通に呼吸をするのも苦しげなほどに、美森は混乱していた。

 信頼していた先輩が大きすぎる秘密を抱えていたこと。

 知らぬ間に重い使命を背負わされていたこと。

 何も知らない(じぶんとおなじ)はずの家族が、冷静に事態を受け止めていること。

 さらに何かとんでもない秘密を明かそうとしていること。

 

 無意識のうちに陸人の袖口を掴み、彼の行動を止めようとしている。それは現実逃避の一種だ。現実味のない状況に放り込まれた今、1番近くにいると信じていた陸人まで遠くに行ってしまったら。見ないふりをしても現実は変わらないと分かっていても、美森は知りたくなかった。

 

 ずっと訝しんでいた陸人の秘密が、こんな遠い世界の事柄だったのだとしたら。

 それすら知らなかった東郷美森という少女は、彼にとっていったいなんだったのか――

 

 

 

「大丈夫、大丈夫だよ美森ちゃん」

 

 真っ青な顔で震えている美森を温めるように、陸人が自身の胸に彼女を抱き寄せる。馴染んだ匂いと暖かさに、少しだけ美森の呼吸が落ち着いていく。

 

「俺はずっと美森ちゃんに隠してたことがある。言えなかったのは単に心配をかけたくなかっただけなんだ。俺の自己満足に付き合わせて、本当にごめんね」

 

「……リ、ク……」

 

「落ち着いたらちゃんと話をしよう。今度こそ全部正直に話すから……だから、ちょっとだけ待っててくれ」

 

 宥めるように言葉を紡ぎ、ゆっくりと美森から離れる陸人。少し落ち着いてくれた彼女の涙を拭い、いつも通りに微笑みかける。

 

「友奈ちゃん、美森ちゃんをよろしくね」

 

「……うん、りっくんも気をつけてね」

 

 小さく頷いて構える陸人。ここがどこであろうと、アンノウンがいるならやることは1つだけ。

 

「――変身‼︎――」

 

 変貌したアギトを見て、美森は目を丸くして固まる。

 

(アレは……夢で見た……)

 

「……えっと、陸人? それはいったい……」

 

「風先輩と同じですよ。俺にもあったんです。特別な秘密が」

 

(どうしてリクが……どうして?)

 

 めまぐるしく動く状況に呑み込まれ、美森は完全に混乱しきっている。そんな彼女を心配そうに一瞥して、アギトと勇者2人は戦場に飛び立っていく。

 

「東郷さん」

 

「友奈ちゃん、私……」

 

「ごめんなさい、私は知ってたんだ。りっくんのこと」

 

「……え……」

 

 1番身近な2人が知っていて、自分だけがこんな大事を知らなかった。その事実がさらに美森の視野を狭めていく。

 

「落ち着いたら私も一緒に説明するから。今はりっくんを信じて……お願い、東郷さん」

 

「私は……」

 

 言葉に詰まった美森の視界に人影が飛び込んでくる。大きく跳ね飛ばされる金色の戦士の後ろ姿。アレは陸人が変身した姿ではなかったか。

 

「りっくん!」

「リク……!」

 

 目を覆う美森とハンドルを握る手を震わせる友奈。もどかしく複雑な思いをしているのは、美森だけではない。ハンドルが軋む音が、美森の耳に重く響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンノウン、見つけた……!」

 

「アレがアンノウン? バーテックスと比べて小さいわね」

 

「お互い知った相手を担当したほうがいいですね。あいつは俺が。済み次第そっちに行きますから、無理はしないでくださいね」

 

「世界の命運がかかってなければその言葉にも頷けたんだけどね〜、まあアテにさせてもらうわ。あんたも気をつけるのよ」

 

「樹ちゃんも、やばいと思ったら呼んでくれ。飛んでいくから」

 

「あ、ありがとうございます……でも、私もできるだけ頑張ります。足手纏いには、なりたくないんです……!」

 

「樹……ありがとう、一緒に頑張りましょう!」

 

「それじゃ、行きますか!」

 

 アギトはアンノウンに。風と樹はバーテックスに。それぞれが見知った敵を相手取る流れになった。アギトの敵はジャッカルに似た異形『スケロス・ファルクス』

 

(……! 速い!)

 

 速度を武器としたアンノウンの猛攻。重量がある大鎌を使っているにも関わらず、スピードで優位を取られている。無手のグランドフォームが拳を振るうよりもファルクスが2回鎌を振るう方が速いほどだ。

 

 "目にも留まらぬ"と表現できる速度に翻弄されたアギトが、ストームフォームに変身しようと構える。その一瞬の隙に、ファルクスは武器の真価を発揮して、無力な命に狙いを定める。

 

「動クナ……!」

「なっ! 友奈ちゃん、美森ちゃん!」

 

 鎌から真空の刃、いわゆるカマイタチを発生させ、遠く離れた友奈と美森に向けて放つファルクス。陰にしていた根を切断し、2人の足元スレスレに大きな傷ができる。

 

(コイツ、『隙を見せたら2人を殺す』って言ってるのか……ふざけたことを……!)

 

 狡猾な手段で詰め手を封殺されたアギト。こうなるとフォームチェンジもトルネイダーも使えない。グランドフォームでファルクスを倒すしかなくなってしまった。

 

「やっぱりお前たちは認められない、必ず倒す!」

 

「死ヌノハ貴様ノ方ダ、アギト……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆発を捌くのに必死の風と樹。翻弄されて防戦一方のアギト。苦しむ仲間を見て、友奈は端末を強く握り、それでも一歩踏み出せずにいる。彼女の前には車椅子の美森がいる。彼女を置いて出ていくわけにはいかない。陸人とも約束したのだから。

 

「……友奈ちゃん、行って……」

 

「東郷さん?」

 

 悔しさを噛みしめる友奈の手を、美森がそっと握る。彼女の眼は迷いながらも強く友奈を見つめていた。彼女なら大丈夫、そう信じきっている眼だ。

 

「私は大丈夫。風先輩を、樹ちゃんを、リクを助けて……お願い」

 

 美森自身まだ心の整理がついていないのは明らかだ。それでも今優先すべきは仲間たちのこと。いつだって先陣を切って行動してきた友奈に、自分を含めたみんなの命を託す。心からの信頼がなければできないことだ。

 

「行ってきます、東郷さん。待っててね」

 

「ええ、行ってらっしゃい友奈ちゃん」

 

 美森の車椅子を根の陰深くに移動させ、友奈が駆けていく。真の勇気を宿した勇者が、光に包まれ姿を変える。

 

 

 

 

 

 

 

 

「チィ……! こんのぉっ!」

 

 ファルクスを捉えることができず、切り刻まれるアギト。追い込まれた彼の耳に、聞き慣れた声が飛んでくる。

 

「勇者ぁぁぁぁ……!」

 

 その声に反応して同時に動きを止めたアギトとファルクス。信を置く仲間の声だと認識したアギトの方が一瞬早く動き出し、ファルクスを羽交い締めにして動きを止める。

 

「パァァァンチッ‼︎」

 

 無防備になったファルクスの胸部に、彼方から飛んできた桜色の拳が直撃する。敵の背に張り付いたアギトもろとも数メートル後退させるほどの衝撃。たった一撃でアンノウンの耐久限界を超えたダメージを与え、ファルクスが爆散、消滅した。

 

「友奈ちゃん、どうして……」

 

「りっくん、私も戦える……戦うよ」

 

 山桜の勇者、結城友奈。彼女の眼には一切の迷いがない。武術を活かせる籠手を備えた両腕を構えて宣言する。

 

「私、ずっと辛かった。りっくんを1人で戦わせることが……でも、これで私も一緒に戦える!」

 

「君は……」

 

「止めないで、りっくん。私の気持ちはあなたと一緒だから……誰かを傷つけないために、誰かが戦わなくちゃいけないのなら……私が頑張る!」

 

 2人の頭上から飛んで来たバーテックスの爆弾を拳で軽く打ち返す友奈。初めてとは思えないほど果敢な戦い方。これが勇者たる者の心意気とでも言うのだろうか。

 

「私は讃州中学勇者部、結城友奈!」

 

 誰かのために奮い立つ心――それが勇気。

 勇気を胸に立ち上がる者――それが勇者。

 

 

 

「私は……勇者になる‼︎」

 

 

 

 なればこそ、今この瞬間、結城友奈は紛れもなく勇者であった。

 

 

 

 

 

 

 

 




原作1話と同じところでいい感じに切れました。さて、ここから数話は原作沿いにストーリーを消化していきます。必要があってやっていることですが、その中でどれだけオリジナリティを出せるか……頑張ります

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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犬吠埼風は頭を抱える

本当はもっとギスギスした方がらしいと思うんですが、作者の力量不足で半端な形になっているかも……




 アンノウンは撃破したものの、まだ戦いは終わらない。肝心のバーテックスを止めないことには世界の危機は継続中だ。

 

 乙女座の異形『ヴァルゴ・バーテックス』が、爆弾を撒き散らして進撃する。アレが神樹に到達すれば全てが終わる。今さっき話を聞いたばかりの友奈たちには実感が湧かないが、とにかく動きを止めなくてはならない。

 

「来い、トルネイダー!」

 

「うえぇっ⁉︎ ナニコレ⁉︎」

 

「俺の相棒だよ。友奈ちゃんも乗って、まずは接近しないと」

 

「そっか、あの時乗ってたやつ……よし、行こうりっくん!」

 

 空飛ぶバイクに目を丸くする友奈。基本的に接近しないことには勝負もできない2人には、爆撃を掻い潜る手段が必要だ。アギトにエスコートされて友奈も飛び乗り、バーテックスに接近する。

 何も手がかりがない吹きさらし、それもかなり荒く飛び回るという乗り心地最悪のマシンだが、友奈は持ち前の運動神経ですぐさま適応した。

 

「もう大丈夫だよ、りっくん……ありがとう」

 

「さすが、それじゃちょっと飛ばすよ!」

 

 掴まっていたアギトの肩から手を離した友奈。彼女を気遣っていたアギトも、彼女の眼を見て配慮は不要と判断する。最高速度でヴァルゴに接近するトルネイダー。敵も近づいてきた影に火力を集中させる。

 

「うわっ、ととっ……ひゃあ〜!」

 

「風先輩、樹ちゃん、爆弾はこっちで引き受ける!」

 

 悲鳴を上げながらもどこか余裕がある友奈と、的確に攻撃を見切って回避するアギト。間近を飛んでいく爆弾を掴み取って投げ返す頼もしい2人を見て、地上で苦戦していた風と樹の眼にも戦意が宿る。

 

「陸人……友奈も。よし、決めるわよ樹、ついてきて!」

 

「う、うん……行こう、お姉ちゃん!」

 

 空中のアギトたちに気を取られているヴァルゴの下に降り立った勇者2人。妹をリードしながら風は儀式を開始する。

 高い再生力を持つ神の使徒を倒すための『封印の儀』。これを行うことで、バーテックスの中枢にして急所でもある逆四角錐の物体『御霊』を露出させることができる。

 

「バーテックスの弱点よ! アレを壊せば倒せるの!」

 

「よーし、私が――――パーンチッ‼︎……っていったぁ〜!」

 

 御霊に突撃して拳を振り下ろす友奈。しかしその堅牢さは予想を超えており、仕掛けた側がダメージを負ってしまった。

 

(なるほど、弱点にはちゃんと防備してるってことか……見た目の割に賢しいやつだ)

 

 友奈でダメとなると一撃では壊せないということだろう。手をこまねいている間にも儀式の陣に表示されたカウントは減っていく。0になった時、封印は不可能になる。ぐずぐずしている余裕はない。

 

「友奈ちゃん、合わせてくれるか?」

 

「もちろんだよ、りっくん。私達ならやれる!」

 

 友達にして仲間。秘密を共有してきた関係である2人は、ごく僅かな言葉を交わすだけで意思の疎通ができる。トルネイダーの上で必殺技を構えるアギト。思い切り高く飛び上がる友奈。

 

「フゥ――……くらえぇぇっ‼︎」

 

 トルネイダーの加速を合わせた必殺キック『ライダーブレイク』が決まる。御霊の側面にアギトの足が突き刺さる……が、そこまでだ。技の勢いが殺され、御霊に食いついたまま停止する。

 

「ここだ、友奈ちゃん!」

 

 突き刺さった足を基点に力を込め、強引に御霊の向きを変えさせるアギト。傷を負った側面を上に向け、そこからさらに力づくで足を抜き取る。

 御霊から離れたアギトの影から飛来する勇者。友奈が先程よりも力を込めた拳を引きしぼる。

 

「今度こそ――勇者、パァァァンチッ‼︎」

 

 落下の勢いを込めた拳が、真上に向けられた傷に直撃する。表層を破られた御霊の中心にまで拳が通った。

 陸人が装甲を削り、友奈が決める。2人の連携により、ヴァルゴの中枢は砕け散り、バーテックス本体も霧散していく。

 

 その光を見届けると同時に、樹海全体も光に包まれて消えていく。勇者たちの視界が白に包まれ、やがて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここ、学校の屋上?」

 

「ええ、この辺で樹海に飛んだ時は、ここに戻ってくることになってるわ」

 

「ということは、戦闘終了ってことでいいんですよね?」

 

「そうね。私たちの勝利よ、お疲れ様……いきなりだったけどよくやってくれたわ」

 

「うう〜……おねえちゃーん……」

 

 ハイタッチを交わす友奈と陸人。抱きつく樹をあやす風。それぞれが勝利の余韻と安心感に包まれる中、1人だけ暗い表情で俯いている。唯一参戦できなかった美森だ。喜び合う仲間をしばし見守った彼女は、やがて徐に口を開く。

 

「それで、風先輩。説明してもらえるんですよね?」

 

「東郷……ええ、全部話すわ。だけど……」

 

 気遣わしげに陸人に目を向ける風。彼女自身もアギトのことは全く知らなかった。樹も友奈も、陸人と美森の顔を交互に見やって言葉に窮している。

 

「今日は解散にしましょうか……もう遅いですし、明日部室に集まりましょう。まずは風先輩の事情から話してもらえますか? 俺のことはその後自分で説明しますから」

 

 まっすぐに美森の顔を見て告げる陸人。戦ってでも守りたかったもの……偽りの平穏を捨てる覚悟はできたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界を守るためにバーテックスと戦う選ばれた存在『勇者』

 人を襲うアンノウンと戦う謎の力『アギト』

 

 勇者に選ばれなければそのままなかったことにするつもりだった風。心配をかけないために普通を装い続けてきた陸人。

 それは2人なりの優しさであり、責任の取り方でもあった。それでも、美森のショックは大きい。

 彼女は元来精神が強い方ではない。美森の趣味趣向が逞しく雄々しいものに偏っているのも、無意識に頼もしい存在を求めている面もあるのかもしれない。

 

「……話せなかった理由は分かります。それでも、私は教えてほしかった……! 勇者のことも、アギトのことも!」

 

「美森ちゃん……」

 

「リク……どうして友奈ちゃんには話したの? なんで私には教えてくれなかったの?」

 

「東郷さん、それは私が――」

 

「私たちは家族じゃないの……? 何も知らない私を見て呆れてたの……? 私のこと、そんなに信じられなかったの⁉︎」

 

 感極まった少女の双眸から涙が溢れる。心の叫びを残して、美森は部室を出ていった。陸人も友奈も、自分たちの選択がどれだけ彼女を傷つけたのか、それを思い知って動けずにいる。

 

「りっくん……」

 

「…………」

 

 特に陸人はかなり焦っていた。彼は人間関係でトラブルを起こさないようにずっと気を回してきた。そのため、交友関係は広く、コミュニケーション能力も高い割に、拗れた場合どうすべきか、ということが分かっていない。しかも相手は家族同然の大切な存在。珍しく陸人は頭が真っ白になって固まっている。

 

「ほら、ボサッとしない! 早く追いかけなさい」

 

 そんな少年の背中を力強く叩く手。前世含めて陸人の周りにあまりいなかった『先輩』の後押しだ。

 

「風先輩……でも、今何を言っても傷つけてしまいそうで……」

 

「はぁ〜、あんたはもう、気が効くクセに分かってないわねぇ。

いい? 人と人っていうのは考えるだけじゃダメなの。感じたまま、思ったままの本音をぶつけることも時には必要なのよ。今の東郷みたいにね」

 

「本音……」

 

「そ。陸人はいつも東郷に優しかったし、それは悪いことじゃないわ。けど、きっとあの子はあんたの本音を知りたかったはずよ。だって家族なんでしょ?」

 

 陸人にとって東郷美森は『守りたいと心から願う大切な人』

 しかしそれをはっきり伝えたことは当然ない。伝える必要もないと陸人は思っていた。

 

「女の子っていうのはね、100回行動で示されるよりも、1度だけでもいいから言葉にしてほしいって望むものなのよ。

特に陸人は誰にでも優しいから、分かりにくいところも、勘違いされるところもあるしね」

 

「俺は、ただ……」

 

「ほら、その続きをあの子に伝えてあげなさい。いつもみたいに気を遣わずに浮かんできた言葉、それがあんたの真実なんだから。そのまま言うの。

そうすれば、2人はこれまでと違う関係になれるはずよ」

 

「ありがとう、ございます……行ってきます」

 

 

 

 

 ようやく顔を上げ、陸人も部室を立ち去る。いつもの調子に戻った後ろ姿を見送った勇者部3人は、ようやく肩の力を抜いて座り込んだ。

 

「ふぅ〜、焦ったぁ……あの2人があんな揉めるとはね」

 

「お互いのこと、すごく大切にしてるから。すれ違いがあるのが認められなかったんだと思います……私も後で謝らなくちゃ」

 

「でもお姉ちゃん、カッコよかったよ。すごく先輩って感じだった」

 

「えへへ、そう? まあそれほどでもあるわ、なんたって先輩で、部長だからね!」

 

 胸を張って高笑い。しかしそんなテンションも長くは続かず、背中を丸めて頭を抱える風。まだ懸念があるようだ。

 

「風先輩?」

 

「お姉ちゃん、どうしたの?」

 

「やー、勇者のこと。きっと東郷は反発あるとは思ってたんだけど、陸人まで地雷を持ってたのは予想外で……あんな東郷初めて見たし。

あの2人が落ち着いても、あたしはあたしで謝らなくちゃいけないわけで、どうしようかと……」

 

 自分の問題は何1つ解決していない。それでも悩める後輩の背中を押した風はまさに先輩であり、同時に、今になって思い出したように困り果てる姿はまさに年相応の少女そのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 部室から少し離れた渡り廊下。美森は1人落ち込んでいた。もちろん先程の自分の発言についてだ。頭では分かっていても心の悲鳴が抑えられなかった。

 

(あんなこと言うつもりなかったのに……リクが家に来た当初を思い出すわね。私は本当に進歩がない。こんなに感情的な人間だったかしら?)

 

 どうにも陸人のこととなると自分の感情を制御できなくなる。その理由も分からないまま、後悔ばかりが押し寄せてくる。気分を変えるために自動販売機でお茶を買おうと手を伸ばし――

 

「ここの自販機では緑茶……だったよね?」

 

 車椅子では微妙に届かない高さのボタン。美森の趣向を把握している陸人が横から代わりに押してボトルを渡す。

 

「……リク」

 

「……さっきの質問に答えるよ。"なんで美森ちゃんに黙っていたか"だよね」

 

 陸人が自分の分の飲み物も買い、2人は並んで窓の外を眺める。間も無く日が1番高くに昇る時分。雲ひとつない青空が広がっている。

 

「俺は誰にも話す気は無かった。巻き込みたくなかったからね……友奈ちゃんが知ってたのは偶然。たまたま見られて、そのまま協力してもらうことになったんだ」

 

 大方そんなところだろうと美森は分かっていた。陸人が自分から友達を危険に晒すようなことはあり得ない。しかしそれで納得できるかと言われれば話は別だ。

 

「それでも友奈ちゃんに知られた時点で美森ちゃんにも話すべきだったのかもしれない。そうすれば少なくとも今君を泣かせることはなかったんだと思う」

 

 美森が何よりショックだったのは、陸人が夢で見た仮面の正体だったことでも、自分たちが勇者だったことでもない。

 陸人が当事者で、友奈も知っていて、なのに自分だけ何も知らなかった。彼が命を懸けている時にも、自分だけ呑気に過ごしていたこと。

 要は寂しかったのだ。喜びも悲しみも共有してきた3人の輪から除け者にされた気がして、それが嫌だっただけだ。

 

「それでも俺は、間違ってたとは思わない。後悔もしてない。

こんな風に美森ちゃんも当事者になっちゃったけど、そうでなければ今でも君の日常は続いてたはずなんだ。たとえ君に嫌われても疑われても、俺は君の幸せを守るために戦う。それは絶対に変わらない」

 

「……なんで、どうしてそこまで……」

 

 陸人のスタンスは徹頭徹尾変わらない。誰かの――特に美森の"いつも通り"を守ることにはこだわってきた。

 陸人は自覚がないが、彼の記憶の隅の隅には、鷲尾須美のこともまだ残っている。それが無意識下で美森に日常を過ごさせようとしているのかもしれない。

 

「そんなの、当たり前だろ? 美森ちゃんが大好きだから……大切だからだよ」

 

「……なら、私も言わせてもらうわ。私に隠し事をするのはやめて。リクが大好きだから……大切だから」

 

 それでも1番のモチベーションはきっと違うところにある。家族として、友達として、それ以外の何かとして……その関係にどんな名前を付ければいいのか、それはまだ誰にも分からない。

 そんな曖昧で、だけど深く強い絆で結ばれた2人だから。陸人は美森を守るためならなんでもできるし、美森は陸人の全てを知りたいと心から願っている。

 

「……ははっ」

「ふふっ」

 

 過去にないレベルで拗れた2人。しかし蓋を開ければ、微笑ましいほど純粋な愛の告白合戦だ。傍から見たらカップルの元鞘のようなやり取りだった。

 

「それでもやっぱり、私はリクに頼りないと思われてるのね……」

 

「えっと、なんで?」

 

「態度を見れば分かるわ。この件の友奈ちゃんと私……お互いの立場を入れ替えて考えてみなさい。私が先に知ったとして、あなたは協力を頼んだかしら?」

 

「……あー、うーん……」

 

「いいのよ。頼もしさで言えば友奈ちゃんほど優れた子はいないもの……私のことを過ぎるくらいに心配してくれたんだ、ってことにしといてあげるわ」

 

「アハハ……美森ちゃんはよく見てるね」

 

「そうね。少なくてもあなたと友奈ちゃんのことなら、自信はあるわ」

 

 緩やかに言葉を交わし、2人は部室に戻る。いつものように、陸人の手は美森の車椅子を押している。

 

「風先輩にも謝らないと……さすがに口が過ぎたわ」

 

「美森ちゃんの動揺は半分以上俺のせいだからね。一緒に謝るよ」

 

 

 

 

 いつもの勇者部に戻ろうとした、そんな穏やかなタイミングで、世界は再び停止する。それは異形と異界が迫り来る足音。

 

「連日か……仕事熱心なことだな」

 

「リク……」

 

「大丈夫、焦って戦おうとしなくていいよ。戦えないのが普通なんだから。美森ちゃんの勇気をどこで使うか。それは君が自分で決めていいんだ」

 

 戦える者だけが戦えばいい――それが陸人の考え。

 真に戦える者と呼べるのは、この世界では己だけ――それもまた陸人の考えだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




話の切り方が微妙だったかもしれません……次回、第2戦です。振り返ってみるとアニメ一期のバーテックス襲来ペースは凄かったですよね。のわゆやわすゆを経て、敵側も学んだのでしょうか?

この辺はアンノウンを適宜参入させるくらいしか差別化する方法がない……難しいところです。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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東郷美森の目が据わる

今回はタイトルが全てを物語っています。あの時の美森ちゃん、すごかったですよね、っていう話です。




「すみません、遅れました!」

 

「おっ、どうだった? お嬢様とは仲直りできた?」

 

「おかげさまで……状況は?」

 

「3人とも準備はできてるんですけど……敵が、その……」

 

「昨日のと同じくらいデッカいのが、3体もいるんだよ。アンノウンの方は?」

 

「なるほど…………さらに悪い知らせだ。アンノウンも3体。合計で4対6、これは参ったね」

 

 各バーテックスに1体ずつアンノウンがついている。こうなると分散してアギトが仕留めるというのも難しい。数的不利を覆すには、やはり奇襲が常套手段か。

 

「集中攻撃でバーテックスをまず1体堕とそう。そしたら戦力差は1人分だけだ。俺がちょっと踏ん張れば各個撃破できる」

 

 的が大きいバーテックスなら攻撃を集中させやすい。そこから手分けして各々で足止めする。横槍さえ入らなければアンノウン2体くらいはアギトだけでもすぐに仕留められる。

 

「それしかなさそうね……というか陸人、随分慣れてるみたいね? あたしも多少訓練受けた身なんだけど……」

 

「まあ、アイツら数が多いんですよ。それなりに経験はあるってことです」

 

「それじゃりっくん、どれを狙うの?」

 

「前に出てきてる尻尾があるやつ……アイツにしよう」

 

「分かりました……同時攻撃ですね」

 

 4人は構え、同時に飛び出した。接敵直後の一斉攻撃で1体仕留める。その狙いは悪くなかったが――

 

「盾⁉︎ どこから……!」

 

「アレッ⁉︎ すり抜けちゃった……なんで?」

 

(見抜かれてたか。連中のトップは随分達者なんだな……!)

 

 人類を学習した敵側にも、その常套手段を見切る程度の知恵は備わっていた。

 

 

 

 

 蠍座の『スコーピオン・バーテックス』

 蟹座の『キャンサー・バーテックス』

 射手座の『サジタリウス・バーテックス』

 

 昨日のアンノウンと同じ狗型の個体『スケロス・グラウクス』

 エイ型のアンノウン『ポタモトリゴン・ククルス』

 同じくエイ型の『ポタモトリゴン・カッシス』

 

 これが今回の敵戦力。この組み合わせには戦術的意味がある。攻撃と防御を分担して連携する、実に人間的な戦術が。

 

 前に出たが故に狙われたスコーピオンを守るために、キャンサーの遠隔反射板を展開し、風と樹の攻撃を完全ガード。

 さらに、突破力に優れた友奈とアギトの攻撃は、防ぐのではなくすり抜けることで対応した。

 ククルスとカッシスが共通して持つ特殊能力、触れた対象を非物質化する力で、2人の突撃を無力化。勇者たちの同時攻撃は完璧に凌がれてしまった。

 

 奇襲が失敗すれば、攻守はあっさり逆転する。すり抜けたまま飛んでいった友奈とアギト。跳ね返された風と樹。二手に分断され、さらに高速のアンノウン――グラウクスが対アンノウンに不慣れな友奈をアギトから引き剥がす。

 

「うっ、速い……わひゃっ⁉︎」

 

「友奈ちゃ――っと!」

 

「陸人、友奈!……ああもう、邪魔よアンタら!」

 

「う、わっ……バーテックスとは違う、狙いにくい……!」

 

 犬吠埼姉妹もエイ型2人に抑え込まれ、バーテックス3体が完全にフリーになってしまった。特に白兵戦に不向きな樹を風がフォローしているため、突破しようにも隙も作れない。

 サジタリウスの斉射がアギトを追い込み、キャンサーの反射板が矢の軌道を変えて背後から狙い、スコーピオンの尾が飛び回る金色を完全に捉え、吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……リクッ!」

 

「ぐぅ……効いたなぁ……」

 

 樹海の空に舞う背中を見て、美森は全身の血の気が引いていくのを実感した。動いてはいるものの、相当なダメージを負ったはずだ。遠くに見える他の仲間達も確実に追い込まれている。このままでは全滅も時間の問題だ。

 

 ――美森ちゃんの勇気をどこで使うか。それは君が自分で決めていいんだ――

 

 戦闘前の陸人の言葉を思い返す。彼はどこまでも美森を巻き込みたくないのだろう。それは分かる。しかし――

 

(何をしているの、東郷美森……! 私の勇気の使い道? そんなものは決まってる。私の大切な人のために、私を大切に思ってくれる人のために――!)

 

 バーテックスに感じていた正体不明の既視感と恐怖心。それはアギトを見てすぐに立ち消えた。昨日は使えなかった勇者システム。それも今ならきっと。

 ククルスと剣で迫合い、歯を食いしばる風。カッシスの鰭の攻撃を必死で避ける樹。グラウクスの速度に翻弄される友奈。

 そしてスコーピオンの刺突を躱そうともがくアギト――御咲陸人。全て美森の大切な相手だ。だからこそ、勇気を振り絞ることができる。

 

 

 

 

 

(私を選んだと言うのなら、力を貸してください……神樹様!)

 

 光に包まれた車椅子の少女は変身する。開花の光が収まった次の瞬間には、手にした銃で蠍の針先を撃ち抜いていた。

 自慢の武器を破壊されて怯んだスコーピオンにさらなる連射。前のめりに攻めていたバーテックスを後退させた。

 

「美森、ちゃん?」

 

「ええ、私よ……リク、大丈夫?」

 

 動かない足をフォローする触腕。移動補助用の機能を使ってアギトの元まで飛んできた美森が、倒れた戦士に優しく手を伸ばす。いつも助けられる側だった少女は、ようやく彼女が望む関係を手に入れた。

 

「友奈ちゃんは私が。リクは2人を助けに行って」

 

「……分かった。任せるよ、美森ちゃん」

 

 背中を預け、力を合わせる対等な関係。車椅子で生活してきた美森にとって、ずっと切望していたものだった。

 

 

 

 

 

 

(不思議なくらいに落ち着いている……武器があるから? それとも……)

 

 二丁の散弾銃に持ち替えた美森が、スコーピオンとグラウクスを同時に攻撃。足を止めて、追い込まれていた友奈に離脱のチャンスをもたらした。

 

「東郷さん、変身できたんだね! カッコいいよ!」

 

「ふふっ、ありがとう友奈ちゃん……まずはあのアンノウンよ、私が止めるから――」

 

「分かってる、行こう、東郷さん!」

 

 言葉と同時に飛び出した友奈。皆まで言わずとも理解して命を預けてくれる。その背中で友情を示す友奈が、美森には輝いて見えた。

 

「大人しくなさい――今よ、友奈ちゃん!」

 

「勇者ぁぁぁぁ、パァァァンチッ‼︎」

 

 自慢の脚力を足元への斉射で封じられ、グラウクスは仲間と同様に桜色の拳に倒れた。援護役の美森とフィニッシャーの友奈、最高の友達の即席コンビネーションが完璧にハマった形だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「2人とも、伏せろっ!」

 

 スライダーで飛んできたアギトが、車体をぶつけてアンノウンを吹き飛ばす。クセの強い武器を持ち、慣れない白兵戦に苦戦していた2人を救出した。

 

「陸人っ、大丈夫?」

 

「友奈さんは……」

 

「美森ちゃんが変身したんだ。向こうは大丈夫だよ」

 

「東郷が……」

 

 手短に状況を説明するアギト達の頭上から矢の雨が降り注ぐ。しかし落ち着いてしまえば何のことはない。大剣の盾とワイヤーの防御陣、姉妹の二重防御で完全に防ぎきった。

 

「よし、仕切り直しよ! バーテックスは私と――」

 

 態勢を立て直し、風が指示を出そうとしたところで、目の前に大きな影が広がり、巨体が彼方から降ってきた。

 

「エビ運んできたよー!」

 

「いや、サソリでしょ⁉︎」

 

「どっちでもいいよ、お姉ちゃん……」

 

 スコーピオンを吹き飛ばし、友奈たちも合流する。微妙な雰囲気のまま戦闘に突入してしまった美森が、風に通信を入れる。

 

『風先輩、先ほどは失礼しました。先輩の気持ちは分かっていたのに、あんなことを……』

 

「東郷……こっちこそ、ごめんなさい。一緒に戦って――」

 

 風が言い切るよりも早く、スコーピオンに連続スナイプが命中し、その巨体はあっという間に沈黙した。

 

『ええ、もちろんです。援護は任せてください!』

 

「は、はい……よろしくお願いします……あと、ホントすいませんでした……」

 

 美森の頼もしさと恐ろしさに冷や汗を流す風。とにかくこれで封印の儀に入れる。御霊が露出し、友奈が突っ込もうとした瞬間、御霊が高速回転し始めた。

 

「何あれ? めちゃくちゃに回ってる……」

 

「アレを止めないと壊せないな……美森ちゃん!」

 

「……任せて……!」

 

 再びの連続スナイプ――正確無比な3連射。1発目で回転を止め、2発目で表面を削り、3発目で同じ箇所を撃ち抜いて破壊した。

 

「すごい……東郷先輩」

 

(確かにすごい。東郷も友奈も陸人も……巻き込んだ元凶が気張んないでどうするってのよ!)

 

 風は勇者部に負い目を感じていた。仲間たちが頑張ってくれている以上、このままでは終われない。一勇者としても、勇者部の部長としても。

 

「あたしたちも負けてられないわ! 陸人、そのバイク貸してくれる?」

 

「分かりました、俺はアンノウンを……」

 

「樹、あの鬱陶しいバーテックスは、犬吠埼姉妹で片付けるわよ!」

 

「……! 分かった、やろうお姉ちゃん!」

 

 スライダーに乗って飛翔する風と樹。射撃に巻き込まないためか、サジタリウスとキャンサーは寄り添うようにして構えている。それはつまり、まとめて狙える位置にいるということだ。

 

「樹、防御よろしく!」

 

「分かってるよ、お姉ちゃん!」

 

 全方位から飛んでくる矢をワイヤーで捌く樹。スライダーの機動力も活かせば、矢の雨を凌ぐのは難しくない。そしてこの機動力があれば、キャンサーの防御も掻いくぐることができる。

 

(あの反射板が展開されるより早く、一撃で2体まとめて……!)

 

 2体の頭上に昇り、スライダーから飛び降りる風。最大サイズまで巨大化させた大剣を振り上げ、全力を込める。

 

「食らえ、あたしの女子力ぅぅぅ‼︎」

 

 全霊を込めた振り下ろしで、2体を同時に両断。バーテックスの身体は限界を超え、そのまま封印の儀に突入。弱点の御霊が発生する。

 

「御霊が分かれた……! 全部落とせっていうの?」

 

「うわっ、この御霊速いよー⁉︎」

 

 あらかじめ御霊に狙いを定めていた美森と友奈だったが、出てきた急所はそれぞれが厄介な特性を持っていた。

 美森の散弾銃でも撃破が追いつかないほどの分裂増殖。

 的確に友奈の拳を避ける敏捷性。

 このまま粘られれば時間切れ。焦る2人に、上空から声がかかる。

 

「2人とも下がってください! 私がやります!」

 

 普段の印象とは大きく外れた樹の力強い声。彼女の武器の特性は殲滅力。そして上空というのはそれを活かす絶好のポジションだ。

 

(増える箇所、タイミング、個数は掴めた……動く方も、この範囲からは抜け出さない。だったら……!)

 

 観察して分析して、狙いはすでに定まった。スライダーで接近し、ワイヤーを広く展開する。

 

「全部まとめて――これでぇぇっ‼︎」

 

 直上から降り注ぐワイヤーの雨。行動を読まれた御霊に凌ぐ術はなく、文字通り一網打尽にされ、連携を得手とする2体は消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(みんな慣れてきてる……選ばれたっていうのは、本当らしいな)

 

 仲間の戦況を横目で見ながら、アンノウン2体をいなしていくアギト。能力が割れた個体なら、2対1でも片手間で勝てる。それだけの実力差があった。

 

 触れたものを非物質化させるカッシスの鰭。投げつけられた刃はアギトの首を捉えた。しかしこれもアギトの狙い通り。

 

「コレデ……!」

「遅いんだよ!」

 

 能力を発動させるよりも早く、思い切り鰭を引く。膂力で負けているカッシスはいとも簡単に引き寄せられ、ライダーパンチをまともに受けて吹き飛んでいった。

 

 

 

 

「シャアァァァッ‼︎」

「そろそろ終わらせるぞ……!」

 

 剣を振って突っ込んでくるククルス。必殺の構えを取ったアギトの視界の端で、友奈が親指を立てている。アレは."一緒に行く"のサイン。

 

(一緒に決めよう、りっくん!)

「了解…………ダアァァァッ‼︎」

 

 アギト必殺のライダーキックを剣で受け止めたククルス。しかし武器で防ぎきれる威力ではない。刃は爆散し、殺しきれなかった衝撃で大きく跳ね飛ばされる。その先にはもう1人のフィニッシャーが待ち構えていた。

 

「勇者ぁぁぁぁ、パァァァンチッ‼︎」

 

 飛んできた背中に友奈の拳が突き刺さる。予想外のダメージを受けたククルスはあっけなく爆散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コ、コノママデハ……」

 

 なんとか消滅せずに生き残っていたカッシスは、おぼつかない足取りで撤退しようとしていた。敗北したアンノウンに戻る場所はない。それでも一縷の望みにかけて逃走を図っていた異形の背後から、凍てつくような銃声が響く。

 

「ガッ……キサマハ……!」

 

「正体が何であれ、私の友達を傷つけたあなたたちは、絶対に許さない……!」

 

 スナイパーの視野で逃げようとする背中を捉えた美森が、気配を隠して接近していた。胸を撃ち抜かれて崩れ落ちたカッシスの頭部に銃口を突きつけて、極めて冷静に弾丸を叩き込んでいく。

 

(許さない……逃がさない……絶対に!)

 

 結局カッシスが爆散するまで引き金を引き続けた美森。何発撃ったかは本人も把握できていない。

 

「美森ちゃん、そっちは――」

 

「――っ! リク……こっちは終わったわ。ケガはない?」

 

 爆風を見て駆けつけたアギトの声に、ハッとしたように振り返る美森。一時的に視野が狭まっていたようだ。

 

「俺はなんとも……美森ちゃんは平気?」

 

「私も大丈夫。精霊バリアってすごいのね……」

 

「そうだね。友奈ちゃんたちも大丈夫そうだし、大したもんだ……」

 

「リクのアギトにも使えればいいんだけど……難しいかしらね?」

 

「多分根っこから別物だからね。厳しいと思うよ」

 

 なんて事のない話をしながら樹海の崩壊を眺める2人。第2戦にしてかなり大規模になった戦いは、人類側の勝利に終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全員の無事を確認し、解散となった勇者部。しかし陸人には、帰った先でもう一つ修羅場が待ち受けていた。

 

「えっと……美森ちゃん、これは何でしょうか?」

 

「誓約書よ。私とあなたの約束事を明文化しておこうと思って」

 

 唐突に美森の部屋に呼び出された陸人は、渡されたプリントの束をめくり、内容を読んで頭痛を抑えられなかった。

 

 

 

 1.御咲陸人は東郷美森に嘘をつかない

 

 2.御咲陸人は東郷美森の質問には包み隠さず全て答える

 

 3.アンノウン発生時、御咲陸人は東郷美森に事前または事後に連絡する

 

 

 このような内容が延々続いている。項数が3桁に到達した辺りで陸人は把握するのを諦めた。

 隠し事をされていた反動で、美森の自制が効かなくなってきたらしい。これを承諾したら、陸人の自由はほぼ完全に消滅する。冗談のような内容だが、美森の顔は真剣そのもの。サインをしないことには今夜眠ることもできないかもしれない。

 

「えーっと、本気?」

 

「もちろん! あ、でも想定外の事態もあるでしょうし、誓約だけでなく物理的な手段も必要よね……やっぱり盗聴器と発信機は……

 

 非常に物騒な単語が聞こえた気がしたが、陸人はなかったことにした……命が惜しかったからだ。

 

(……まあ、これも自業自得かなぁ?)

 

 愛が重たい女の子だと分かっていて、隠し事を続けた自分が悪い。そうでも思わなければやってられない陸人だった。

 

 

 

 

 




今回の友奈ちゃんとアギトのコンビネーションは、またもファイズを踏襲しました。
番組終盤(何話か忘れました)の、ファイズとデルタの連携
ルシファーズハンマー→グランインパクト
アレも好きなんですよね。ファイズは人間関係がやたらドロドロしてる割に、アクションシーンの連携は見事でかっこいいですよね。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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三好夏凜は胸を張る

長らくお待たせしました。みんな大好きにぼっしーちゃんの出番です。




 2度目の襲撃からしばらく、バーテックス関連は何の音沙汰もなかった。アンノウンは数度出現したものの、アギトと、時に勇者たちの活躍によって被害を抑えることができた。

 いつも通りの勇者部活動に加えて、外を出歩く際に気持ち周囲を気にするようになった。彼らの日常における変化は、その程度でしかなかった。

 

「さーてと、お久しぶりの敵さんね……今度は1体だけか」

 

「アンノウンは……同じく1体。数を出して負けた割に、おとなしい手勢ですね」

 

 そんな穏やかな時間を経ての3戦目。敵の数を見る限り、前回よりも楽に対処できそうに見える。

 

「まあ少ないならそれに越したことないよ。久しぶりだし、油断せずに頑張ろ――――って、ええっ⁉︎」

 

「何だ? 攻撃……?」

 

「私たちじゃない……じゃあ誰が?」

 

 仲間を鼓舞するように友奈が拳を掲げたのと同時に、バーテックスの表皮を削るように複数の爆発が発生した。勇者部とは別の何者かが、バーテックスに攻撃を仕掛けている。

 

「――上か!」

 

「ちょろいっ‼︎」

 

 連続攻撃に怯んだバーテックスの直上、急降下する影が見えた。その少女は赤を基調とした勇者服を纏い、二刀を構えて強気に笑っている。

 

 そんな乱入者に、ようやく敵側も対抗の手を打つ。山羊座の『カプリコーン・バーテックス』の全身から霧が発生する。敵の視覚を奪い、距離を取るための一手だが、赤い少女は怯みもしない。

 

「はん、そんなモンがこの私に――っと!」

 

 構わず霧に突っ込んでカプリコーンに迫る少女の軌道を遮るように、新たな影が飛び出してくる。ピラルク型のアンノウン『ピスキス・アラパイマ』だ。三叉の鉾を振るい、少女と正面から激突する。

 

「チッ、アンノウン……邪魔をするなぁ!」

 

 白兵戦にも手馴れた様子の少女は、軽やかな二刀捌きでアラパイマを翻弄し、霧の向こう側にはじき返した。しかしそれは敵の目論見通り。霧の奥から緑色の光が明滅し、それを見た少女の意識が遠のいていく。

 

 

 

 

 

 

「マズそうだな……俺が行く。みんなは念のために距離を取って様子を見ててくれ」

 

「あっ、りっくん!」

 

 闖入者の戦闘を訳も分からず傍観していた勇者部だったが、どうやら少女の方が軽くピンチらしい。素性の知れない相手ということで、仲間は置いてアギトが援護に向かう。

 

「どう思う? 東郷」

 

「服装は私たちに近いものに思えます。人間なのは間違いないですし、どちらが味方かといえば向こうでしょうね」

 

「そこは同感……だけどあたし何も聞いてないのよね」

 

「お姉ちゃんが知らない……でも、同じ勇者に見えるけど」

 

「とりあえず今は警戒しておきましょう。陸人ならヘマもしないでしょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい! しっかりしろ、君!」

 

「……ぅわっ! 何よアンタ!……ってそうか、アンタがアギトね」

 

 飛び込んだアギトが、動かない少女を霧から連れ出して強めに肩を揺する。催眠効果はまだ浅かったようで、少女の意識はあっさり回復した。

 

「俺を知ってることも、君自身のことも後回しだ。あの光は催眠か麻痺か、何かあるらしいな。注意しないと」

 

「フンッ! ちょっと不意を打たれて対処が遅れただけよ。見てなさい」

 

 不服そうに鼻を鳴らし、少女が再び突貫する。無謀にしか見えない行動を止めようとしたアギトだったが、彼女は眼を閉じていた。

 催眠光を視認しないために自ら視覚を封じ、その上で接近戦に臨む。直接ぶつかり合う武器同士の戦いで一方が視覚を封じるというのは、あまりにも大きなハンデになるのだが……

 

(眼を使わなくても……気配で見えてんのよ!)

 

 そのハンデをものともせず、アラパイマを圧倒する少女。敵の足音やぶつかった感触から、敵の位置と体勢を割り出して切り結んでいる。よほどの修練をこなさなければできない神業だ。

 しかし敵の罠は催眠光だけではない。

 

(……何よコレ、体が動かない? でも光は見てないのに……!)

 

 一方的に押していた少女の動きが鈍っていく。少しずつ感を握る手の感覚が怪しくなってきた。

 

(そうか……この霧、目くらまし以外にも効果があるのね。どこまでも小細工を……!)

 

 眼を閉じている少女には分からないことだが、最初にカプリコーンが発生させた霧とは微妙に濃度が異なる別種の霧が周囲を包んでいた。

 その正体はアラパイマの能力、吸った相手を麻痺させる瘴気だ。

 

 催眠光を見切った時点で、新たに瘴気が発生すれば警戒したかもしれない。しかし吸い込んでも特に問題なかったカプリコーンの霧に紛れさせることで、意識の隙間に入り込んだ。アラパイマの妙手だ。

 

「あぁぁもう、めんどくさい!」

 

 麻痺しかけた身体に無理やり力を込めて、少女が高くジャンプする。危険地帯である霧の中を抜け出し、真上の足場に飛び上がった。

 

「だったら、これでどうよ⁉︎」

 

 複数の刀を生成し、霧の中に投げつける。目を閉じたままではおおよその方角しか分からないが、数を投げて狙いの甘さをカバーしている。

 20本ほど投擲したところで、他の刀とは違う着弾音が少女の耳に届いた。

 

「捉えた……そこねっ!」

 

 無造作に見えて、頭の中で敵の位置と投げた方向をイメージしていた少女。手応えがあった場所に突入し、見事にアラパイマを捕捉した。

 そのまま激突して、霧の中から押し出す。アラパイマを下敷きにして樹海の地面に墜落していった。

 

「――っとと……面倒なことしてくれたわね。アンタみたいなタイプ嫌いなのよ!」

 

 落下のダメージでふらついたまま立ち上がるアラパイマ。文句を言いながら刀を構える少女。両者は向かい合い、同時に走りこんで獲物を振るう。

 

「シャアァァァッ‼︎」

「甘いってのよ!」

 

 鉾の下に潜り込み、敵の得物を跳ね上げる。隙だらけになったアラパイマの胸にXの字を刻むように、少女の二刀が閃く。

 技巧で完全に上を行った勇者の剣でアンノウンは倒れ、爆散した。

 

 

 

 

 

「さて、後は……って! 霧で分かんなかったけど、かなり進行してんじゃないの!」

 

 アンノウンの相手をしている間に、カプリコーンは静かに樹海の奥に進んでいた。そろそろまずいと感じた他の勇者たちが踏み込もうとしたところで、樹海に風が巻き起こる。

 

「鬱陶しい霧ごと、吹っ飛ばしてやるよ……!」

 

 ストームフォームに変化したアギトが、カプリコーンの周囲に竜巻を発生させた。流石に本体を吹き飛ばすとまではいかないが、面倒な霧は瞬く間に晴れていき、風が全体に少しずつダメージを与えている。

 

(アギトが竜巻を起こして足を止めている……だったら!)

 

 少女は植物を足場に高く跳び、竜巻の発生地点の上から急降下する。目に見えない中心の無風地帯。それを感覚で見切って入り込んだのだ。

 

「封印開始!」

 

 無風地帯から刀を投げ、単独で封印の儀を始動する少女。現れた御霊は、これまでと違い特に抵抗のアクションを起こす様子がない。アギトの風で霧が出せず、身を守るすべがないのだ。

 

「小細工を弄するヤツってのは、それが崩れると脆いのよね!」

 

 無防備な御霊に突っ込み、全力の斬撃を叩き込む。カプリコーンは最後、隠れることすらできずに消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果としては闖入者とアギトの2人だけで勝利を収めた。そんな2人は近くも遠くもない距離感のまま、勇者部の元に降り立つ。

 

「お疲れ様、リク」

 

「今回は大したことしてないよ、俺は。彼女のおかげだね」

 

「……それで? あんたはどこのどなた様なワケ?」

 

「……フン、アンタたちが神樹様に選ばれた勇者、ねぇ?」

 

 値踏みするように全員の顔を見つめてから、少女は咳払いをして胸を張る。

 

「私は三好夏凜。大社から派遣された()()()勇者よ。アンタたちとは違ってね」

 

 自信満々、と全身で表現している少女、三好夏凜。5人目の――本人曰く完成型――勇者の登場だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、澄ました顔で陸人たちのクラスに転入してきた夏凜を含め、全員が部室に集合、会議が始まる。

 

「アンタたちの戦闘データを収集、応用して強化された完成型勇者、それが私よ!」

 

「なるほどね〜。でもあたしたちだって実戦をくぐり抜けてきたんだから、そこはアンタに対してのアドバンテージって言えるんじゃないの?」

 

「むっ……優れているのがシステムだけだと思わないでよ。私自身も長い間勇者になるための訓練を受けてきてるんだから!」

 

(ふむふむ、気が強くてプライドが高い……意地っ張りだけど悪いことはできない真面目ちゃん……そんな感じかしらね)

 

 風がおちょくるようなコミュニケーションで夏凜の性格を把握していたり……

 

 

 

「つまり、憂国の志を持った同士ということね。お近づきの印に、ぼた餅どうぞ」

 

「な、なんでここでぼた餅なのよ。私には煮干しがあるからいらないわ」

 

「……煮干し? 好きなの?」

 

「なによその眼は。煮干しはすごいのよ? 完全食なのよ?」

 

 美森が熱いぼた餅アタックを仕掛け、煮干しVSぼた餅の異種格闘技戦が勃発していたり……

 

 

 

「それじゃ一緒に頑張る仲間だね。よろしく、夏凜ちゃん!」

 

「いきなり呼び捨て……距離感近いやつね」

 

「アレ? ダメだった? 夏凜ちゃん、って可愛い名前だと思って……」

 

「っ! まあ、呼び方なんてどうだっていいわよ。好きなように呼びなさい」

 

 友奈が人誑しを炸裂させて、夏凜の顔を赤く染めていたり……

 

 

 

「わ〜っ! か、夏凜さん……何回占っても死神しか出ない……」

 

「勝手に占って不吉なレッテル貼らないでよ!」

 

「あ、でも逆位置も出たし……死神って言っても、悪い意味だけじゃないんですよ?」

 

「え、そうなの? タロットなんて見たこともないから、ちょっと教えてくれない?」

 

 樹お得意の占いから、夏凜の素直な反応を引き出していたり……

 

 

 

「あーもう、なんなのよコイツら。緊張感がないったら……」

 

「あはは、これがこの部のスタイルだよ。か……三好さんもそのうち慣れるんじゃないかな?」

 

「私が1番分からないのはアンタよ、御咲陸人」

 

「……そう? 割と簡単な性格してると思うんだけど」

 

「……まあいいわ。私がやることに変わりはないし」

 

 陸人にしては珍しく、他の仲間たちより遠い距離感で夏凜と接していたり……

 

 

 

 会議の体を成していない時間が過ぎていき、気づけば小一時間が経過していた。勇者部の小ボケ(一部天然)に片っ端からツッコミを入れ続けた夏凜はひどく疲弊している。

 

「ゼェッ、ゼェッ……話が進みゃしない。なんでこんな苦労しなきゃいけないのよ」

 

「まあまあ落ち着いて。ほらぼた餅どうぞ」

 

「それはもういいっつーの……と、とにかく! 要点を整理するわよ」

 

 風もしっかりとは把握していなかった勇者システムの機能について。正式な勇者を名乗る夏凜からいくつかの新事実が明かされる。

 

「戦って、レベルを上げることで強い力が使えるようになる……これは『満開』と呼ばれているわ」

 

「……!」

 

 そのうちの1つに、陸人が小さな反応を示したが、誰も気づくことはなかった。

 

「今後はアンノウンの出現があったら、私達の端末に連絡が来るわ……もっとも、アギトの方が先に気づくかもしれないけど」

 

「……ああ、やっぱり大社にもアンノウンを察知する手段があったんだね。役立つと思うよ。俺も毎度間に合うわけじゃない」

 

「じゃあこれからはアンノウン退治も一緒にやりやすくなるんだね、りっくん」

 

「そうなるね……俺としては1人で行きたいんだけど……」

 

「まだそんなことを言うの? リクももっと私達を頼りなさい」

 

「そうは言うけど、俺と違ってみんなは顔が出てるだろ? もし見られたら……」

 

「その時は大社で対応するそうよ。完璧とはいかなくても、そこまで気にしなくていいと思うわ」

 

「……大社が、ね……」

 

 陸人が話すたびに、夏凜は彼が持つ大社への警戒心を嫌でも感じ取った。自身のことはそれほど意識していないようだが、彼は何に引っかかっているのか。大社から聞く分には、ほとんど接触はなかったはずだ。夏凜にもアギトは本人の自由にさせるようにと指示が出ている。

 

「アンタ、大社に何か思うところがあるの?」

 

「いや、そういうわけじゃないよ。まともに知らない人の指示で動くのが、ちょっと怖いってだけさ」

 

「ふーん、まあいいけど……私としてもアンタたちを認めたわけじゃないしね」

 

「言うわねぇ……でも昨日だって完成型勇者様は陸人の手を借りたじゃないの」

 

「援護があったのは事実よ。でも実際アギトがいなくても、私1人でどうとでもなったわ」

 

「そんな言い方は……」

 

「まあそうだろうなぁ」

 

「リク……?」

 

 陸人を軽んじるように聞こえる言葉に、美森の顔に不機嫌が浮かぶが、陸人自身もその言葉に賛同していた。

 

「俺が見た限り危なかったポイントは2つ。

俺が割り込んだ時の催眠光。だけどアレは一撃でも貰えばその衝撃で目が醒める程度のものだった。

多分アレで時間を稼いで、瘴気で相手の自由を奪うのがアイツの戦術なんだろうね。だけど生身の人間ならともかく、勇者システムなら瘴気が回るより早く回復できたはずだ」

 

「……へぇ」

 

 陸人の解説に、夏凜が関心したように頷く。強がりでも何でもなく、夏凜には勝利の確信があった。自分のシミュレーションと全く同じ説明を目の前の少年がしてみせたのは、彼女にとって純粋に驚きだった。

 

「もう1つ、バーテックスが進行してたこともそう。念のために風で足を止めたけど、三好さんの速さならあれがなくても倒せただろうね。霧だって無効化できてたから、御霊を壊すにも支障はない」

 

「分かってるじゃない。ただ力を持ってるってだけじゃなさそうね」

 

「訓練とか受けたわけじゃないんだけどね。なんとなく……戦い始めてそこそこ長いしね」

 

 本人さえもたまに疑問に思うが、陸人は戦い慣れすぎている。アンノウン戦の経験? それもあるだろうが、それだけでは到底説明がつかない勝負勘と胆力。とても中学生とは思えない。そんな彼のプロフィールの1番上にはご丁寧に"記憶喪失"ときた。怪しさ満点である。

 

(悪い奴には見えないけど……他の連中とは何かが違う。アギト、ね……)

 

 お気楽な勇者連中。不明点だらけのアギト。夏凜は転入早々頭が痛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 一通り話が済み、解散となった勇者部。下校しようとする面々と別れ、陸人は夏凜を呼び止めた。

 

「何よ、他のやつらには聞かれたくない話ってわけ?」

 

「どうだろう……そうなるのかもしれないね」

 

「……はぁ?」

 

「満開について、知ってる限り詳しく教えてほしい。ある筋から、満開に注意しろって言われてるんだよ」

 

 謎の書き置きと世界を支える一大組織。普通に考えればどちらを信じるかは一目瞭然。

 しかし陸人は違う。黒い影が見える大社を信じることはできないが、あの睡蓮の香りになら命を懸けられる。

 

……そう思える理由すら、思い出せないというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 




チョロイ属性が目立つ夏凜ちゃんですが、彼女は大社が選んだ精鋭ですから、不審人物には警戒もします。
というわけで、夏凜ちゃん編は仲良くなるまでにワンクッション挟みます。ちょっとみなさんの期待とは逸れたことやってるかもしれませんが、良ければお待ちください。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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犬吠埼樹は気を配る

夏凜ちゃん編その2。
ちょっと短い上に内容薄い……かも?






「攻撃したり、されたりでゲージを貯める。一定量貯まったら任意でそれを解放して、莫大な力を宿す……私が聞いたのはそれくらいよ」

 

「……その莫大な力、っていうのはノーリスクで扱えるような都合のいいものなのかな?」

 

「……何? アンタ私のこと疑ってんの?」

 

「いや、か……三好さんが嘘ついてるとは思わない。けど、三好さんが本当のことを教わってるとは限らないだろ?」

 

「……結局は大社が信用できないってことね」

 

「ん……まあ、そうなるね」

 

 気まずそうに眼をそらす陸人。夏凜も頭を掻いて面倒そうな顔をする。

 

「確かに大社は秘密主義の組織よ。私が知らないことなんていくらでもある。アンタに無理に信用しろとも言わないわ」

 

「……ごめん」

 

「謝らなくていいわよ。ただ、覚えておいて欲しいのは、私にとって大社……いえ、大社に与えられた勇者の資格。これが何より大切なの。勇者になるために訓練に明け暮れた……他の同年代の子が遊んでる時間を使って、私は今ここにいるの」

 

「……うん」

 

「だから私は大社に命じられた勇者の役目を全力で務める。アンタと大社なら……悪いけど大社を取るわ」

 

「それは当然だよ。俺も自分の意見を押し付けるつもりはないさ」

 

「そ、良かったわ。思ったより拗れずに済んで……じゃ、そういうことだから」

 

「うん……ゴメンね?」

 

「だから、謝んなくていいっての」

 

 片手をヒラヒラと振りながら夏凜が離れていく。彼女自身は信じられると確認できたが、肝心の満開についてはほとんど何も分からなかった。

 

(あの書き置き……"注意して"っていうのはどういう意味だ? "使わないで"って書かなかったのは何でだ?)

 

 改めて考えると、何とも微妙な書き方だ。受け手次第でどうとでも取れる。

 

(……いや、もしかしてそれが狙いか? 警戒するきっかけだけ与えて、選択を本人に委ねるための……)

 

 残した本人を知らない以上、どんな想像も今ひとつ足りない感覚がある。大切な仲間たちに関連することだと分かったからには、このまま放置というわけにはいかない。しかし夏凜の手前、あまりおおっぴらに大社を否定するようなことも言いにくい。

 

(ああくそ、なんであの時もっと早く起きれなかったんだ……もう一度、会いたいな……)

 

 聞きたいこともあるし、言いたいこともある。そして何より、顔を見てみたい。陸人がここまで特定の個人に執着するのは、例の彼女だけだったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……なんで私がこんなことを……」

 

「まぁまぁ、やってみれば夏凜さんも楽しさが分かりますよ」

 

 勇者部に新人が加わって数日。この日は手が空いていた樹と夏凜が週末のこども会で行う演劇準備に取り組んでいた。当初は勇者の仕事ではないと突っぱねていた夏凜だったが、あくせく働く部員たちを横目に煮干しをかじるだけの時間が耐え難かったようで、文句を言いながらも協力してくれている。

 今は背景の仕上げ。細かい着色や破損個所のチェックをして、本番に備える段階だ。

 

「これ、よくできてるけど……あんたたちで作ったの?」

 

「そうですね。道具は廃材をもらったりして……この背景は陸人さんが作ってくれたんです。すごく器用なんですよ」

 

 御咲陸人。この学校に来てからしょっちゅう耳に入る名前だ。それだけ手広く活動しているということだが、その度に夏凜は先日の何かを言い淀んでいる彼の顔を思い出してしまう。

 

「ねぇ、樹から見て御咲陸人ってどんな人間?」

 

「え? 陸人さんですか?」

 

 彼をよく知る者の視点から見れば、違う一面が分かるかもしれない。夏凜の唐突な質問に、樹は疑問符を浮かべながら言葉を探す。

 

「陸人さんは、見ての通りのいい人で……自分よりも他人。困ってる人が笑ってくれたら嬉しい。そんな風に心から思って、行動している人だと思います」

 

「……まあ、そうよね」

 

 大多数の人間が彼のことをそう見ているのだろう。夏凜だって、大社の前情報さえ無ければ同じ意見だったはずだ。

 

「……でも、時々不安そうというか、何かを怖がってるようにも見えることがあります」

 

「……不安? アイツが怖がる?」

 

 付き合いの浅い夏凜には想像できなかった。人が思い描くヒーロー像を体現したような善人。自分が傷つくことを厭わないあの少年に、不安や恐怖という言葉はまるで結びつかなかった。

 

「何が怖いのかは分かりませんし、私の気のせいかもしれません。ただ、何か見たくないもの、知りたくないことがあって……それから目を逸らそうとしてる気がするんです」

 

「ふーん……そのこと、誰かに話した?」

 

「いえ、でも勇者部はみんな気にしてると思います。アギトのことだったのかな、とも考えたんですけど、それだけじゃないようにも……」

 

 御咲陸人は記憶喪失だ。その奥に何があるのか、それは本人も分かっていない。その辺りに、彼の人間らしい弱さの根っこがあるのかもしれない。

 

「……ありがとう、参考になったわ。意外と言ったら悪いけど、よく見てるのね、樹も」

 

「何度も助けてもらいましたから。いつか助けになれたらと思って……私にできて陸人さんにできないことなんて、想像もつかないですけど……」

 

「そんなことないわよ。確かに何でもこなすように見えるけど、それでも悩んだり間違えたりするんでしょ? アイツが困ってる時に何でもない顔で手を貸してやればいいのよ。せっかくすぐ近くにいるんじゃない」

 

 夏凜は自分の言葉に自分で驚いた。1人で努力を重ね、勇者になった。ゆるく馴れ合う勇者部のことも、否定的に見ていたはずなのに。

 樹も一瞬ポカンとしていたが、すぐに嬉しそうに顔を緩める。

 

「えへへ、ありがとうございます。夏凜さんはやっぱり優しい人ですね」

 

「そんなんじゃないわよ。余計なことに悩んで戦場で足引っ張られちゃたまんないから――」

 

「そんな夏凜さんなら、きっと陸人さんとも仲良くなれるはずですよ」

 

 樹は夏凜のことも気にかけていた。この数日で、プライドは高いながらも意識せずとも人に優しくできる夏凜の本質は全員が理解できた。第一印象よりもずっと早く、勇者部の面々と打ち解け始めている彼女だが、陸人とだけは今ひとつ壁があるように樹には思えた。

 お互い自然にしようとしていて、結果意識しすぎてぎこちなくなっている、そんな印象だ。

 樹には夏凜の立場も、陸人の事情もよく分からない。それでも一緒に頑張る仲間で、相性だって本当は悪くないはずなのだ。上手くいってほしいと願うのは当然のことだ。

 

「1回思いっきりぶつかってみるといいんじゃないでしょうか? 陸人さんは何を言っても受け止めてくれると思いますよ」

 

「……ま、憶えておくわ。早く終わらせちゃいましょ。残ってる仕事は?」

 

 小さく笑って作業に戻る2人。樹の助言は、遠回しを嫌う夏凜好みの分かりやすいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 週末、6人全員で児童館を訪問し、新しい演劇も大好評で幕を閉じた。夏凜が知る予定では、ここで挨拶をして引き上げるということだったが……

 

「よし、みんなありがとー! 続いて、サプライズパーティーを始めまーす!」

 

 そんな風の号令に首をかしげる夏凜。だが、そんな反応をしている者は他にいない。訳も分からず周囲を見渡しているうちに、どんどん状況が変化していく。

 

 電気が消え、カーテンが閉められ、いきなり部屋が真っ暗になる。混乱する夏凜の元に、ロウソクの火が近づいてくる。よく見るとその火は14本。ケーキの上に並んでいる。

 

『かりんおねえちゃん、おたんじょうび、おめでと〜!』

 

「……は?」

 

 園児たちの言葉と同時に、クラッカーの音が鳴り響く。夏凜の頭は一瞬思考を放棄し、全ての行動を停止した。

 

「いやー、その顔! サプライズ大成功ね!」

 

「事前に話を通して、みんなにも協力してもらったの」

 

「……なんで、私の誕生日を?」

 

「夏凜さんの入部届けに書いてあったのを、友奈さんが見つけたんです」

 

「もうすぐだーって思って。そしたらりっくんが『お楽しみ会の日だし、一緒にやっちゃおう』って提案して、企画まで立ててくれたの!」

 

「御咲陸人……」

 

「こうすれば三好さんも逃げられないでしょ? 勇者部はこういうイベント多いから、早いとこ慣れてもらわないとね」

 

 周到な準備のもと行われたサプライズは、見事に成功した。呆気にとられたままの夏凜の元に、昼間彼女が折り紙を教えてあげた子供――夏凜にはトロ子と呼ばれている――少女がバースデーカードを持ってきた。

 

「はい、これどうぞ、かりんおねえちゃん」

 

「……アンタ、トロ子……」

 

 彼女を含めた子供たちとは今日会ったばかり。短いどころか付き合いと言えるものすらまだない間柄だ。にもかかわらず、彼らは心から夏凜の誕生日を祝福してくれている。

 もちろん彼らの純真さもあるだろうが、夏凜自身がこの短時間で彼らの心に入り込めるくらいには、今日一日頑張っていたからだろう。

 

「おたんじょうびおめでとーございます! またきてくれますか?」

 

「……気が向いたらね!……ありがと……」

 

 1人にだけ聞こえるように呟いた本音を聞き、トロ子は嬉しそうに夏凜に飛びついた。

 ぼくもわたしもー、とじゃれついてくる子供の波に呑まれながら、真っ赤な顔で1人ずつ相手をしていく夏凜。その顔には戸惑いと羞恥、そして隠しきれない喜びが浮かんでいた。

 

「おーおー、すごい汗かいてる。こういうの、初めてだったんでしょうね」

 

「でも、夏凜さん楽しそう」

 

「ええ。子供の笑顔は無敵だもの」

 

「うまくいったね、りっくん!」

 

「うん、みんなのおかげだよ」

 

 喧騒から離れたところで見守っている勇者部。計画した友奈と陸人は小さくハイタッチを交わしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「御咲陸人、ちょっと付き合ってくれる?」

 

「……ん? 分かった」

 

「えぇぇっ⁉︎」

 

 翌日、いつも通り集まった勇者部で、夏凜が急に口を開いた。何故か大きく反応した美森をよそに、当人たちは淡々と部室を出ていった。

 

「何? 何なの? いつの間にあの2人はそんな関係に……」

 

「お、落ち着いて東郷さん! 多分そういう意味じゃないよ!」

 

「わっかんないわよ〜。昨日随分楽しそうにしてたし、心境の変化があったとしても……」

 

「もう、お姉ちゃん! おかしな方向に煽っちゃダメ!」

 

 姦しい勇者部部室。最終的に、誤解を加速させた美森がハチマキを固く締めて特攻しようとするのを3人がかりで引き止めるハメになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな噂の渦中の2人はというと、誰もが予想もしない展開に突入していた。

 

「御咲陸人! アンタと手合わせがしたいの。受けてもらえるかしら?」

 

「……はい?」

 

「アンタがお人好しだってのは分かった。いろいろなことを考えて行動してるのも何となく理解できる……だから後は私の気持ちの問題なの。私らしいやり方で、アンタとぶつかりたいと思ってる」

 

 この場に樹がいたら、ツッコミを入れていたことだろう。

 

――違う、ぶつかるっていうのは物理(そう)じゃない、と。

 

「お互いに変身はナシ。得物や形式は問わない一本勝負……どう?」

 

 数秒首を傾げて考えこむ陸人だったが、やがて諦めたように顔を上げた。

 

「……よく分からないけど、三好さんに必要なら俺は受けるよ」

 

「そう来なくちゃ。話が早いやつは好きよ、私」

 

 物事はまっすぐ分かりやすく。大切なものこそシンプルに。

 

 それが彼女の心情で、『勇者 三好夏凜』の強さの本質だ。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、陸人くんVS夏凜ちゃん。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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御咲陸人は戦い続ける

夏凜ちゃん編ラストです。




 夏凜のいつものトレーニングスペースでもある海岸。2人は向かい合うように立っていた。

 

「記録じゃアギトは刀も使うってことだけど……武器はどうする? 私は見ての通り、二刀で行かせてもらうわ!」

 

「そうだね……それじゃ同じ条件ってことで、俺にも2本貸してもらえる?」

 

「……スペアは2本あるし、構わないけど」

 

 訝しげにしながら、2本の木刀を投げて渡す夏凜。感触を確かめるように素振りをする陸人。どう見ても二刀に慣れている者の動きではない。

 

「二刀はトーシロがやってもケガするだけよ。一刀にしておいたら?」

 

「……そうだね。()()()()()2()()()()()()()()()()()()()()

 

 しっくり来なかったようで、陸人もあっさりと左の木刀を地面に置いた。一刀の具合を確かめるように軽く振り、徐々に力を込めて――

 

「――なっ⁉︎」

 

「木刀振るのは久しぶりだなぁ」

 

 地面に向けて振り下ろした一刀が、砂浜に深い溝を刻み込んだ。風が巻き起こり、砂塵が舞い上がる。相当な腕力と正しい力の込め方が両立して初めてできる一閃だ。

 

「そっちも自信ありってわけか……上等よ、本気で来なさい!」

 

「了解……さて、準備できたよ三好さん」

 

「それじゃ、模擬戦開始!」

 

 人外の身体能力を持つ少年と、長い時間を剣に捧げてきた少女。現人類最高峰の実力者が、なんの変哲もない砂浜で激突する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ〜、ようやく落ち着いてくれたわね、東郷……」

 

「ごめんなさい、取り乱しました……そうよね、流石にそんなことはないわよね」

 

「あはは……冗談は置いといて、どうしたんでしょうね? 夏凜さん」

 

「う〜ん、もしかしたら浜辺でぶつかり合ってるのかも? こう、拳と拳で分かりあう、みたいな」

 

「いやいや、古ーい少年漫画じゃあるまいし」

 

「ですよねー」

 

 和やかな笑い声が響く部室。ここでは冗談のネタでしかない友奈の一言が、少し離れた場所で実践されていることを、誰も知らずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(速い……! 剣の腕自体は私に劣るけど、体捌きは完全に上を行かれてる!)

 

(なるほど、かなり鍛えてきたんだな。隙がない……!)

 

 夏凜の二刀に防戦一方の陸人。一見すると攻めている夏凜の優勢だが、両者とも相手を崩すことができず、膠着状態が続いている。

 

(普通の剣じゃ勝てない、だったら――)

 

 陸人が大きく飛び退いて間合いを開く。さらに踏み込んでくる夏凜の胸の中心に狙いを定め、手にした木刀を一直線に投げつける。

 

「なっ⁉︎――コイツ……!」

 

 ギリギリで身を翻して回避した夏凜。しかし再び陸人に目を向けた直後、視界いっぱいに陸人の膝が迫ってきていた。

 

(今度は蹴り⁉︎ なんなのよいきなり!)

 

 両腕を重ねてなんとかガードが間に合ったが、衝撃は抑えきれない。体勢を崩した夏凜を飛び越えるようにして、蹴りの勢いそのままに陸人が背後に回る。

 

(だったら、着地のスキを――!)

 

 地に足をつけた一瞬を狙い、夏凜が振り返りながら真横に刀を振る。しかし振り向いた先に陸人はおらず、代わりに回避した木刀が砂浜に突き刺さっていた。

 

「流石に反応早いね、三好さん!」

 

「チッ、身軽すぎるでしょ、アンタ!」

 

 突き立った木刀の柄頭に手をついて、逆立ちの状態でカウンターを避けた陸人。軽業師のような身のこなしに、夏凜は陸人の評価を1段階上げた。

 

 木刀を間に挟んで安全に着地した陸人が、砂浜に突き刺さった得物を抜き取る。全力で引き抜いた勢いに引っ張られ、大量の砂が夏凜の目の前で舞い上がる。

 

(視界封じ⁉︎ 意外と小狡いことしてくんのね!)

 

 砂の波を後ろに跳んで回避する夏凜。技量が低い相手ならともかく、陸人相手に目隠しで対処するのはいくら彼女でも無理がある。

 

「行くよ、三好さん!」

 

「どんどん早くなってくる……さっきまでは手を抜いてたってわけ⁉︎」

 

「まさか! どうすれば勝てるか考えてたのさ!」

 

「なるほど! それで、私に勝つ算段はついたのかしら⁉︎」

 

「それはもうすぐ分かるよ!」

 

 ぶつけるような勢いで言葉を交わしながら切り結ぶ2人。滅多にいない自身と互角に渡り合える相手との勝負。知らず知らずのうちにどちらもテンションが上がってきているようだ。

 攻守が目まぐるしく交代し、攻める側が一歩踏み込むたびに防ぐ側は一歩退がっていく。激しく飛び回りながら戦っていた2人は、やがて最初の立ち位置に戻ってきていた。

 

「これでっ!」

「――っ、重い……!」

 

 陸人の振り下ろしを、二刀で何とか防ぐ夏凜。さらに力を込めて押し切ろうとする陸人。もう一歩踏み込もうとした左足が、砂浜の溝に引っかかる。最初に陸人が削り取った跡だ。

 

「――しまっ……」

「もらいっ!」

 

 体勢が崩れた陸人の剣を切り返し、反撃に出る夏凜。らしくないミスをしたはずの少年の顔に笑みが浮かんだことに気づいた、次の瞬間――

 

 足元に置かれていた木刀が蹴り上げられ、夏凜の顔面スレスレに跳ね上がってきた。

 

(まさか、最初に手放した2本目⁉︎ どこまで計算して――)

 

 反射的に大きくのけ反った夏凜。反撃どころではない彼女の首に、左手でキャッチした陸人の2本目が迫る。

 

(終わりだ!)

(まだよ、私は!)

 

 互いの意地が込められた最後の攻防。制したのは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 荒れた砂浜を軽く整理し、帰路につく2人。どちらの顔にも少なからず疲労の色が残っている。だが、2人とも対決前にあった相手を伺うような雰囲気が消え、スッキリした表情をしている。

 

「まさかあそこから追いつかれるとは……驚いたよ」

 

「たまたまよ。私自身負けたと思ったもの。次は多分できないでしょうね」

 

 夏凜は致命的に追い込まれた状態から、かつてない反応速度で左の刀を振るい、陸人の首を捉えた。それと同時に、夏凜の首元にも陸人の刀が添えられていた。2人は同じタイミングで寸止めして、結果としては引き分けに終わった。

 

「実際のところ、アレは私の負けよ。得意分野の剣で打ち合ったんだもの。あの条件を決めた時点で、私にとって勝ち以外は全部負けだったの」

 

「そう? 俺も剣と呼ぶには些か無理がある技も色々使った気がするんだけど」

 

「それは関係ないわよ。あれがアンタの本気だってことでしょ。"本気で来なさい"って私が言って、アンタが応えた。それだけよ」

 

 それに加え、夏凜はもう1つ気づいていた。陸人が自覚しているかは知らないが、さっきの一戦、彼は本気ではあっても全力ではなかった。

 最初は様子見と言いながら、夏凜の腕を正確に測っていた。あの時間でどの程度なら耐えられるか、見定めていたのだ。

 夏凜が対処できるギリギリの力を出して斬り合い、間違ってもケガをさせないように気を遣っていた。型破りな技も、その手加減を誤魔化すためのものだったのかもしれない……夏凜は正しく汲み取ってしまったが。

 

(コイツに仲間を傷つけるなんてできそうにないしね。私相手に出せる限りの"本気"がアレだったってわけだ)

 

「……三好さん?」

 

 それでも最終的にあの形に終わったのは、夏凜が最後の一瞬で陸人の想定を超えた証拠だ。それが分かっているから彼女は何の文句も言わない。

 普段の負けず嫌いな夏凜なら、不平の1つも零していただろうが、それ以上に自分の成長を実感できたのが嬉しかった。それによって陸人を驚かせることができたのが誇らしかった。

 

(加減されるのはその程度の腕しかないこっちが悪い……いつか必ず、コイツに全力を出させてやるわ!)

 

 勇者のお役目とは別に、夏凜には新たな目標ができた。全力を出せるほどの相手が仲間にいれば、きっと陸人も今よりもっと仲間を頼るようになる。そうすれば樹や他のみんなの心労も少しはマシになる。考えれば考えるほど素晴らしいアイディアのように思えて、夏凜は知らず微笑んでいた。

 

「よしっ、御咲陸人! また相手しなさい! 今度は――ってあれ?」

 

 ようやく思考の渦から上がってきた夏凜。気づいた時には隣にいたはずの陸人がいなくなっている。キョロキョロと周りを見渡していると――

 

「ほら、三好さんの分――」

「ウヒャッ‼︎――ななななに⁉︎ 何よいきなり!」

 

 後ろから首元に冷たい何かが触れる。思い切り飛び退いて振り向くと、目を丸くした陸人が缶を持って立っていた。

 

「……いや、なんかボーッとしてたから水分不足かと思って。スポーツドリンク買ってきたんだけど」

 

「……そ、そう。もっと普通に渡しなさいよ。ありがたくもらうけど……あ、お金……」

 

「いいっていいって。今日は楽しかったから、お礼だよ」

 

「そう? 悪いわね……それじゃ、次の機会には私がおごってあげるわ」

 

「あー、次がある予定なんだね?」

 

「何よ、アンタも楽しかったって言ったじゃない」

 

「まあいいけどさ。それで、気分は晴れたの?」

 

「ええ、おかげさまで……ありがとね、()()

 

「……! どういたしまして」

 

「私のことも夏凜でいいわよ。悪かったわね、私に合わせて距離感気にしてくれてたんでしょ?」

 

「分かってたの? 鋭いなぁ()()()()()は」

 

 剣を通じて伝わるもの。言葉で表せない相手の本質、本音。その一部に触れられた気がして、夏凜はもう陸人を警戒するのがバカらしくなっていた。

 

「満開の危険性、だったわよね? 私の方でもちょっと調べておくわ」

 

「……いいの?」

 

「私にできることなんて、せいぜい兄貴に聞いてみるくらいだけど……大社の本部筋には知られない方がいいでしょ?」

 

「それは助かるけど……」

 

「兄貴は前はエリートだったんだけど、なんか派閥争いに巻き込まれたらしくてね。今は幹部からも外されてる。その分話は通しやすいはずよ」

 

「じゃあお願いできる? みんなに何かあってからだと遅いから……」

 

「過保護ねぇ……了解、個人的に連絡してみるわ」

 

 今でもやはり、大社と陸人なら前者を取る。それは変わらないだろう。しかし、それとは別に『御咲陸人は信頼できる』という揺るぎない確信を得ることができた。夏凜はようやく、本当に勇者部の一員になれたのだ。

 

「アンタは……あいつに似てるわ」

 

「……あいつ?」

 

「……私ね、今の勇者の候補生よりも昔に、別の大きなお役目の候補だったことがあるの」

 

 訓練開始から半年ほど、最初のふるい落としで脱落したため、幼い夏凜は役目の詳細を知らなかったが、彼女にとってそれ以上に大きな出来事があった。

 

「その頃の私は、親に構ってもらえなかったからかな。何かとイラついたり、泣いたり……正直面倒な子供だったわ」

 

 そんな状態で続く鍛錬の日々。心が摩耗していった夏凜は、ある時癇癪で問題を起こしてしまった。そこを庇ってくれた同年代の少年。彼の姿は、周囲に絶望していた夏凜が再び前を向くきっかけとなった。

 

「小さい頃のことだったし、名前も分からないんだけどね。あいつを見て思ったの……本当の強さっていうのは、誰かのために頑張れることだって」

 

「本当の強さ、か……考えたことなかったな」

 

「アンタはそうでしょうね。でも、だからこそかな。陸人は自然体でそれができてる。この私が保証するわ!」

 

「はは、ありがとう」

 

 あの時の少年の背中に見えた輝き。同じものを描いて努力を重ねた。当時の選抜からは脱落してしまったが、それからも自分を磨いてきた。そして再びチャンスが巡ってきた。世界を守る勇者の資格。

 

「あの時の出会いがなければ、今でも兄貴や家族に拘ってたのかもしれない。だけど今は、誰かのために戦える本当の勇者であり続けたい。そう思ってる……知らない間に兄貴が落ちこぼれ扱いされてて、なんか力抜けちゃったってのもあるけどね」

 

「……それが、夏凜ちゃんが勇者であることを大事にしてる理由?」

 

 陸人の問いかけに、夏凜は小さく笑って端末を取り出す。勇者の生命線である端末を見つめる眼は、懐かしいものを見るように穏やかだった。

 

「コレが欲しかった人は大勢いる……私以上に勇者になりたがってたやつもいた。だから私は選ばれた代表として、全力で役目を果たす」

 

「そっか……じゃあ、一緒に役目に臨む仲間として俺は合格ってことでいいのかな?」

 

「とりあえずは、ね……アンタも含めて勇者部全員、これからも私が見ててあげるわ。同じ勇者としてね」

 

 そう言って手を差し出す夏凜。陸人も意図を察し、軽く掌を拭って握手に応じる。やっと本当の仲間として出会えた2人。その手は固く結ばれていた。

 

 

 

「――っ! 夏凜ちゃん、アンノウンだ」

 

「……! ちょうどいいじゃない、私たち2人で片付けるわよ!」

 

 踵を返して走り出す陸人と夏凜。今の自分たちならやれる。過信でも錯覚でもなく、2人は確信していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 讃州中学のほど近く、おそらく勇者部狙いだったのだろう。ピラニア型のアンノウン『ピスキス・セラトゥス』は突如割り込んできた天敵の出現に身構える。

 

「アギト、マタ邪魔ヲ……!」

 

「悪いな、趣味なんだよ」

 

「おっと、逃がさないわよ。諦めて私に斬られなさい」

 

 正面にアギト、後方にはサツキの勇者。完璧に挟まれたセラトゥスには少なくともどちらかを打倒するしか道はない。

 

「……ナメルナヨ、貴様ラ如キニ!」

 

「そうだ、来い! お前を終わらせてやる!」

 

 素手で殴り合うアギトとセラトゥス。力に優れたアンノウンの打撃は、グランドフォームにも決して劣らないものだったが……

 

「アンタたち相手に正々堂々なんてつもりはないからね、邪魔するわよ!」

 

 無防備な背後から斬りつける夏凜。セラトゥスは2人に対処するために鉾を召喚、夏凜の二刀とぶつかり合う。

 

「ムンッ! ヌオォッ!」

 

「力はあるけど、遅すぎんのよ!」

 

 上体を後ろに倒して大振りを回避した夏凜は、刀を投げ上げて後方回転。セラトゥスの顎を蹴り上げた。

 

(陸人!)

(了解!)

 

 アイコンタクトは一瞬。それだけで2人の作戦会議は完了した。

 距離を開けた夏凜は、落ちてきた刀を手でキャッチせずに足を振り上げる。

 

「せーのっ!」

 

 空中の刀の柄頭を蹴り、矢のように発射する。異形の頭部を狙ったその一刀は、すんでのところで回避された。

 奇襲をしのいだセラトゥスが踏み込んでくるも、夏凜の顔には笑みが浮かんでいた。

 

「残念、ハズレよ」

 

 ゆったりと新たな刀を形成して構える夏凜が、後方を指で指し示す。

 何かをキャッチした音が、セラトゥスの耳に届く。

 

「今のは攻撃(シュート)じゃない、補助(アシスト)よ」

 

 次の瞬間、セラトゥスの両腕は同時に切断され、宙を舞っていた。

 後ろから追い抜きざまに斬り裂いたアギト。フレイムフォームに変化した彼の手には、フレイムセイバーともう一振り、夏凜が蹴飛ばした刀が握られていた。

 

「そんでもって!」

 

 アギトとすれ違うように、セラトゥスの正面から夏凜が突っ込み、異形の両足を切り落とす。四肢を失ったセラトゥスは、何もできないダルマに成り下がった。

 

「これが……!」

「本命よ!」

 

 敵の正面に立ち、フレイムセイバーを上段に構えるアギト。

 敵の背後に回り、右の刀を居合のように構える夏凜。

 

 2人は同時に刃を振り抜き、動けない敵の身体を斬り裂いた。セラトゥスは前後から十字を刻むように斬撃を受け、何もできずに爆散した。

 

 

 

 

 

 

「殲滅完了ね!」

「お疲れ様、夏凜ちゃん」

 

 変身を解いてハイタッチを交わす陸人と夏凜。明らかに雰囲気が変わった2人を、遠くから仲間たちが見つめていた。

 

「警報が出たから慌てて駆けつけてみれば……」

 

「なんだか分からないけど、うまくいったみたいですね」

 

「さすがりっくん、ってことでいいのかな?」

 

「まあそうね。仲がいいのは良いことだわ……2人ともー! 大丈夫?」

 

 アンノウン出現の報を受け、飛び出してきた勇者部の面々。いつの間にか関係改善していた2人と合流する。

 

 見られていたことに気づき赤面する夏凜。

 素直な彼女の様子をからかう風。

 言い合う2人を仲裁する樹。

 車椅子を押しながら陸人を労う友奈。

 何故か圧の強い笑顔を陸人に向ける美森。

 いきなり騒がしくなった仲間を見つめ、楽しそうに笑う陸人。

 

 この6人が讃州中学勇者部。世界を守るために、時代に選ばれた最新の勇者たちだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大社本部、技術部。ここでは勇者システム等の技術の開発、改修の他、いくつかの役目がある。

 

「班長、三好夏凜の端末から三好晴信にメールが送られました」

 

「内容は――ふむ、どこから知ったのか……ひとまずこのメールを削除、新たな動きがあれば報告を」

 

「了解しました」

 

 そのうちの1つが、構成員間の情報統制。端末の動きを監視、場合によっては割り込んで削除することで機密を保持している。

 最重要人物である勇者の端末にすら監視の目が入っている。それが今の大社のやり方だ。

 

 

 

 

 

 

 

 




夏凜ちゃん編終了。彼女自身は原作よりも更にしっかりした子になりました……おかしい、最初はそんな予定じゃなかったはずなのに。

さて、とりあえず次は日常回になるかと思います。メインストーリーから少し外れた話を挟んで山場に突入……かなぁ。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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恋で愛 特別な人

日常回……日常回?

みんな揃ったので、ちょっと箸休め的な回を描いてみようと思います。

完全オリキャラ出てきます……今更か。
でも今回は初の試みとして、主人公じゃないオリキャラを中心に据えた話になります。

後書きにちょっと解説アリ




 夏凜も大分勇者部に馴染んできたある日。勇者部はいつもの通り、何件かの依頼を受けていた。

 

「今日の依頼は……飼い主が見つかった仔猫のお届けと、部活の助っ人要請が2件。分担しましょう、誰か指名入ってたっけ?」

 

「指名はなかったけど、剣道部の依頼は私が行くのが1番いいでしょ。どの程度のものか見てあげるわ」

 

「んー、夏凜ちゃんとは鍛えてるレベルが違うと思うから、ほどほどにしてあげてね?」

 

「分かってるわよ。一般人に本気出すわけないじゃない」

 

 2人で話した一件以来、目に見えない気まずさのようなものが払拭された夏凜と陸人。喜ばしいことではあるが、部員たちの間ではあの日何があったのか、度々憶測が上がっていた。

 

「……夏凜さん、陸人さんには結構素直ですよね」

 

「うーん、やっぱり人には言えない男女のアレコレが……」

 

「それはないと思いますけど、東郷さんはどう思う?」

 

「……大方、浜辺でぶつかり合って友情を築いたりしてたんじゃないかしら?」

 

 この話題になると妙に不機嫌になる美森。その機微を素早く悟った陸人が声をかける。

 

「どうかした? 美森ちゃん」

 

「いえ、なんでもないの。他の依頼はどう割り振りましょうか?」

 

 美森の圧を持った笑顔に、風がコクコクと頷く。勇者部で1番権力を持っているのは、本当は彼女なのかもしれない。

 

「そ、それじゃあソフト部には友奈、お願いできる?」

 

「はい、了解しました!」

 

「あたしと樹、陸人で猫担当ね。なにせ件数多いから、効率よく回るわよ」

 

「うん!」

「分かりました、風先輩」

 

「東郷はパソコンで進展がないかチェック。あと、新しい依頼が来た時のために部室待機ね」

 

「かしこまりました、部長」

 

「よし。そんじゃ今日も張り切って行くわよ! 勇者部ファイト――」

 

『オオーッ‼︎』

 

 讃州中学勇者部。たとえ戦うことがなくとも、彼らはその在り方が常に勇者そのものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、あと1匹で完了ね」

 

「つ、疲れた〜。結構遠くまで歩いたね」

 

「樹ちゃんファイト、帰ったら美森ちゃんのお菓子が待ってるよ」

 

「あ、ありがとうございます……頑張ります!」

 

 今回は、近隣の捨て猫を拾っては育てていたお年寄り、通称『猫おばあちゃん』からの依頼。近所の有名人だった彼女も、自身の高齢を感じ、面倒を見れなくなる前に引き取り手を探してほしいと勇者部に頼んできたのだ。

 どうにか全ての猫の引き取り先が決まり、3人は手分けして猫を届けていたが、最後の一件ということで合流して歩いていた。

 

「しっかし、なんでこうもペットを捨てる家っていうのは無くならないのかしら……今回なんて特にひどかったわ」

 

「自分で飼うって決めたのに、どうして……」

 

「ペットを飼うっていうのは、その命に対してすべての責任を負うってことだ……だけど、それを正しく把握して決断している人は、残念だけど多くない」

 

「陸人……」

 

「大多数の人間は"責任"って言葉が嫌いだからね。投げ捨てても自分の立場が危うくならないなら、って思っちゃうんだ。

 もちろんそれはいけないことだけど……中には増えすぎてどうしようもなくなったとか、家が突然貧しくなったとか、仕方ない場合もあるかもしれない」

 

 捨てられた動物を目につく範囲で拾って次の居場所を探す。それくらいしかできない陸人たちには、飼い主の事情は分からない。

 

「だけど、今すぐには無理でも、いつか必ずこの問題は人の手によって解決されると俺は信じる。

 ずっと昔には、食べられない働けもしない動物なんか見向きもしてなかったんだ。それが今は一般家庭でも愛玩動物を飼える世の中に変わってきた。だったらきっと……」

 

「……陸人さんは、本当に人間が好きですよね」

 

「そう? 普通じゃない?」

 

「あんたが人類基準になったら、綺麗すぎて逆にやり辛い世の中になりそうね」

 

「そんなことないと思いますけど。俺はそこまでできた人間じゃないですから」

 

 勝手なエゴで家族にまで嘘をつき続けた人間が、そんな立派な人格であるはずがない。それが陸人の自己分析だ。

 

「あんたはもう少し自分へのハードル下げたほうがいいと思うわよ。ただでさえ人に対してはダダ甘なんだから」

 

「……えっと……」

 

「陸人さんが普段私たちを心配してくれるように、陸人さんを心配してる人もたくさんいるってことです……だよね、お姉ちゃん?」

 

「それそれ、よく言った妹よ」

 

「はぁ……憶えておきます」

 

 釈然としない態度でとりあえず頷く陸人。

 彼は性善説を信じてはいない。誰の心にも黒はあるし、人が白と黒のどちらかを選ぶこと自体は個人の自由だと思っている。

 それでも陸人は白……明るく正しく生きている人が大好きで、全ての人間が持っている、白の可能性を愛し、大切に思っていた。

 

 

 

 

「ん、電話……美森ちゃん?」

 

 陸人のポケットから唐突に響き渡る前時代の香り漂う軍歌。先日強請られてスマホを貸した際、美森に設定された彼女用の着信音だ。抱えていた猫の箱を風に預けて電話に出る。

 

「美森ちゃん、どうかした?」

 

「リク、今どの辺り?」

 

 現在地と依頼の進展状況を報告すると、少し機嫌悪そうな声で用件を伝えられる。

 

「部室に依頼者が来てるの。3年生の先輩で、リクをご指名みたいだから、済んだらまっすぐ部室に戻ってきてくれる?」

 

「指名? 分かった、早めに戻るよ」

 

「お願いね。お相手も待ち焦がれてらっしゃるようだから、い・そ・い・で……帰ってきてちょうだい」

 

「……わ、わっかりましたー……」

 

 終始怒りを滲ませながら、美森との通話は終わった。

 

「陸人? どしたー?」

 

「東郷先輩、なんて言ってたんですか?」

 

「いや、俺にも何が何だか……」

 

 とりあえず聞けたことをそのまま伝えると、姉妹はウンザリしたように溜息をついた。

 

(なーるほど……依頼者ってのは女子なのね)

 

(それで、話を聞くうちに東郷先輩が知らない陸人さんとの縁が見えてきて……って感じかな?)

 

 単純なようでややこしい関係の陸人と美森。その2人と濃い付き合いを続けてきた姉妹にとって、現状の予想を立てるのはそう難しいことではない。

 

「分かった分かった。こっちはあたしたちでやるから、陸人は走って部室に戻りなさいな」

 

「えっ、でも……」

 

「いいから、部長命令よ!」

 

「陸人さん、しっかりお話聞いてあげてください。依頼者さんはもちろんですけど、東郷先輩のことも……」

 

「よく分からないけど……分かりました。あとお願いします!」

 

 やはり美森が気になるのか、かなりのスピードで学校に駆け戻る陸人。ああも人の心を振り回し、なおかつ本人は何も悪いことをしていないというのだからタチが悪い。

 

「あーあ、また後で東郷の方もフォロー入れなきゃかしら」

 

「私はまだ入学して少しだからあまり知らないけど、そんなにすごいの? 陸人さんって」

 

「んー、言うほどモテモテってわけじゃないけどね。アイツに引っかかる子に限って人気者だったりウワサの人だったりするのよ。だからこそ陸人が世話を焼いた結果、ってことなのかもね」

 

「あー、なるほど……」

 

 優しさが裏目に出るということは往々にしてある。樹は1つ学んで大人になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陸人が目立たない程度に急いで部室に戻ると、一時期よく顔を合わせていた先輩の姿があった。

 

「ただいま、美森ちゃん――あれ? 宮守先輩?」

 

「あ、御咲くん。久しぶりね!」

 

 腰まで伸ばした艶やかな黒髪。スラリと伸びた手足に均整のとれたスタイル。白い肌に整った顔立ち。小さな唇が弧を描き、薄紅色の瞳が細められる。

 どこか美森に近い雰囲気の、宮守と呼ばれた和風美人が歩み寄ってくる。

 

「お久しぶりです。依頼者って宮守先輩だったんですね」

 

「うん。ちょっとお願いしたいことがあって……」

 

「ふ〜、楽しかった〜……って、お客さん?」

 

「ん……タイミング悪かった?」

 

 話を切り出そうとしたところで、今日の依頼を済ませた友奈と夏凜が帰ってきた。入って最初に2人が気づいたのは来客の存在、そして何故かまたしても美森がご機嫌斜めなことだ。夏凜は面倒な空気を感じ取って逃げようとする。

 

「いえ、これから本題に入るところだから。2人も聞いて……いいわよね、リク?」

 

「えっ……あ、うん。先輩が良ければ――」

 

「私は大丈夫。それじゃ改めて説明するね」

 

 美森の不機嫌に気づいていないのか、あえてスルーしているのか、依頼者の3年生――宮守(みやもり)和葉(かずは)は話を切り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 話の内容をまとめると……

 

 もうすぐ宮守がマネージャーを務める陸上部の夏の大会がある。

 3年生の彼女にとって、関われる最後の公式大会。選手たちにできるだけのことはしてあげたい。

 そこでなにか手製のお守りのようなもの、お揃いのアイテムを用意したいと考えた。しかし彼女はそういった経験はなく、陸上部のマネージャーは現在1人だけ。

 なので困った時に助けてくれる勇者部――とりわけ以前交流があり、その器用さも知っている陸人にヘルプを求めてきた……とのこと。

 

「……話は分かりました。それじゃあ――」

 

「すみません、その前に。リク……御咲さんとはどういった経緯で知り合ったのか聞いてもいいでしょうか?」

 

 穏やかすぎて逆に怖い表情の美森のインターセプト。普段の礼節を重んじた彼女らしからぬ行動に戸惑いながら、陸人が口を開く。

 

「ほら、1年のスポーツテストでさ。俺が変に目立っちゃったことあっただろ。その記録を知って、一時期陸上部に勧誘されてたんだよ」

 

「へぇー、なるほど……ところで御咲さん? 私は宮守先輩に聞いたつもりだったんだけど?」

 

「えっ、あ……すみません」

 

 気圧されっぱなしの陸人。友奈と夏凜も迂闊に助け舟を出せずにいる。そんな空気を知ってか知らずか、宮守が鈴を転がすような声で笑う。

 

「仲がいいのね? 御咲くん」

 

「あはは、いつもはもうちょっと円滑というか、円満というか……コホン、それで部員にプレゼントですよね」

 

「ええ。私、こういうの不慣れで……」

 

「それじゃあやっぱり、王道はミサンガですかね……友奈ちゃん、どう思う?」

 

「えっ! そ、そうだね〜。ミサンガで間違い無いと思うよりっくん!」

 

 話を振られると思っていなかった友奈が、上ずった声で賛成票を入れる。夏凜を見れば、私に質問をするなと言わんばかりにそっぽを向いているし、美森の方は顔を見るのも怖い。賛成2、無投票2でミサンガが可決された。

 

「大会参加する部員全員ってなると、結構な人数になりますよね?」

 

「そうね。あとでちゃんと数えておくけど、1クラス分くらいにはなるはずよ」

 

「1人でみんなの分やるつもりですか?」

 

「ええ、私なりの感謝と応援を伝えたいの。だから、できれば全部私の手で……」

 

「了解です。俺でよければ協力しますよ、先輩。まずは材料を用意しないとですね。数が数ですし、買いに行った方が――」

 

「ありがとう! 御咲くんならそう言ってくれるって信じてた!」

 

 了承の言葉を遮り、陸人の右手を包み込むように抱きしめる宮守。いたく感動しているのは分かるのだが、陸人としては今この場では勘弁してもらいたかった。

 

(リ〜ク〜?)

 

「と、とりあえず行きましょう! いい店知ってますし、モノを見ながらどんなのを作るか考えてみるのがいいですよ!」

 

「あら、あら? 御咲くん、そんなに押さないで……皆さん、失礼しますね〜」

 

 宮守の背中を押して緊急離脱する陸人。なんとも言えない空気に取り残された友奈と夏凜の額に汗が浮かぶ。

 

 

 

「お疲れ〜。さっき陸人が宮守さんと歩いてたけど、依頼者って……」

 

「あ、お帰りなさい。風先輩、樹ちゃん」

 

「ただいまです。東郷先輩は……ああ、やっぱり」

 

「まあ御察しの通りよ……風、あの先輩のこと知ってるの?」

 

「同じクラスだからね。特別仲がいいってわけでもないけど」

 

「……あの人、どんな人なんですか?」

 

「と、東郷近いわ……えーっと、宮守さんね。陸上部のアイドル様よね。こないだの実力テストも学年トップって噂だったかな? あのお姫様ーって雰囲気もあるし、見ての通りの美人だし。ウチの学年の1番人気よ」

 

「なるほど、才色兼備の和風美人か……東郷みたいね?」

 

『あっ……』

 

 友奈、風、樹の3人が声を揃えたその瞬間、部室の気温が2℃ほど低下した。夏凜は対人経験の足りなさゆえか、時々空気を読めずに発言してしまうことがある。

 

「そうね……日本人らしい、素晴らしい女性なんじゃないかしら?」

 

 発言者の夏凜も他のみんなもそんな風には考えもしていないのだが、美森本人はこう受け止めてしまった。

 

 ――"車椅子じゃない"東郷みたい――

 

 日頃陸人に世話を焼かれている自覚もあり、自分の上位互換のようにも見えてしまう宮守の存在が、嫌でも気になってしまう。

 

(リクは……ああいう人の方が好きなのかしら?)

 

 宮守の方から向いている矢印は見るからに明らかだった。となると陸人の気持ち次第では……

 笑顔を取り繕ってはいるものの、美森の心にさざ波が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日から、宮守は昼休みのたびに勇者部を訪れて陸人の監修の元、ミサンガ制作に励んでいる。数をこなせば慣れてきそうなものだが、彼女はもともと家庭科的な作業が人一倍苦手だった。

 彼女に憧れる生徒たちは知らない、優等生の意外な弱点。陸人は前々から知っていたので、何も言わずに宮守の作業に付き合っている。

 

「いつもゴメンね、つき合わせちゃって……」

 

「先輩1人じゃ何本ダメになるか分かりませんからね。驚かせるためにも教室以外で作る方がいいでしょ?」

 

 俺がいれば部室が使えますからね、と笑う陸人。何も言わずとも分かってくれるところが、宮守がこの後輩を特別視する最たる理由だ。

 

「……そういえば御咲くん。こうして話すのは久しぶりだけど、あれからどう? 好きな人とかできた?」

 

 あくまで自然な雑談を装って、宮守が探りを入れる。美森たちがいないこともあり、陸人の口も軽くなる。

 

「特にはないですかね……ただ、会ってみたい人はいますよ」

 

「へ、へぇ……それって女の子?」

 

「はい。ほら、俺記憶がないでしょ? 多分その頃に会ったことのある子で……頭の隅っこにチラチラしてるんですよ」

 

 そういう意味なのかどうか、非常に判断に困る反応が返ってきた。とりあえず喫緊の問題はなさそう、と判断した宮守が更なるアタックを仕掛ける。

 

「……あ、あの! もし良かったらなんだけど……ミサンガ、早めに仕上げたいの。週末、ウチに来てくれない?」

 

「……先輩が良いのなら、俺は構いませんけど」

 

「ホント? ありがと〜!」

 

「特に他の依頼も入ってませんし。去年お邪魔したあの家ですよね?」

 

「うん……憶えててくれたんだね」

 

「あんなこと、早々ないですからね」

 

 恥ずかしそうに顔を赤らめる宮守。年上で優秀な人であるものの、時折可愛らしい面が出てくるところが、陸人がこの先輩を好ましく思っている理由だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はちょっと出かけてくるよ。夕飯までには帰るから」

 

「そう……どこにでも好きに行きなさいな」

 

「えっと……美森ちゃん?」

 

「どうしたの? 人と会うんでしょう? 待たせちゃダメよ」

 

「あ、はい……行ってきます」

 

 朝から非常に不機嫌な美森に見送られ、陸人は逃げるように家を出て行った。閉まった玄関をしばらく見つめ続けた美森が、ゆっくりとスマホを取り出す。

 

(遠くに行かないでほしい……私の知らない何かがリクに起きてほしくない……)

 

 意地になって送り出してしまったが、いざ離れると途端に後悔の念に襲われる美森。

 

 待ち受け画面にはいつもの3人で撮った写真。その中で、車椅子の少女はとても幸せそうに2人を見つめている。

 

(でも、やっぱり……ただの"家族"でしかない私に、あの子の好意に甘えてるだけの私に、そんな権利はない……)

 

 少し悩んで、途中まで操作したスマホをしまう美森。非常に複雑な心境のまま、陸人の帰りを待つことに決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東郷家ほどに広くはない、あくまで平均的な一般家庭である宮守家。一人娘のお嬢様然とした雰囲気は、環境に依らない突然変異的なもののようだ。

 

「これで全部ですね。お疲れ様でした」

 

「ありがとう。あ、お菓子食べない? 作っておいたものがあるの」

 

 どこか楽しげに台所から小皿を持ってきた宮守。その上には、店売りのものと遜色ない、大きなシュークリームが乗っていた。

 

「これ、先輩が作ったんですか?」

 

「えへへ、分かる?」

 

「先輩が伺うように見てたので。いただきます……うん、すごく美味しいです。ホント上手になりましたよね」

 

「ん、御咲くんのおかげだよ」

 

 懐かしむように目を閉じる宮守。思い出すのは1年ほど前、陸人を異性として意識するきっかけとなったある日のこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん〜……なんでうまく行かないんだろう?」

 

「ま、まぁ……誰にでも向き不向きはありますから」

 

 形の良い眉を顰めてトボトボと歩く宮守。腹を抑えて苦しそうに歩く陸人。2人は数日後に迫る陸上部の校内合宿のため、料理の特訓をしてきた帰りだった。

 

 陸上部への勧誘を断り続けていた陸人。宮守の粘り強さに根負けし、困った時に何か1つ、部活のために手を貸すことを条件に話をつけた。

 今回の味見役はそれを理由に引き受けた。当初は気楽に構えていた陸人だったが、彼の予想以上に宮守の料理音痴は致命的だった。

 

「ホントにゴメンね。私もがんばってるつもりなんだけど……」

 

「陸上部の人に振る舞う前に練習して正解でしたね。3日間で少しずつ上達してますし、この調子なら合宿には間に合うと思いますよ」

 

 最初はうどんが謎の紫色に染まるほどだったが、今は多少味が攻撃的に仕上がる程度に収まっている。そこに至るまでの生産物は残らず陸人の胃に消えたため、さすがの彼も疲労してはいるが。

 

「あぁ、私……なんでこんなに……」

 

「先輩?」

 

 一方で宮守の疲労もかなりのものだ。陸人の反応を見て心を痛めた彼女は、この3日徹夜で料理の研究を続けてきた。総合的な体調では似たような状態だった。

 

「……あ、あれ?」

「ちょっ、先輩⁉︎」

 

 通学路の半ばで崩れ落ちる宮守。隣を歩く後輩の腕にしなだれかかり、そのまま眠りに落ちてしまった。

 

 

 

 

 

「う……う〜ん?」

 

「あ、先輩。大丈夫ですか?」

 

 宮守が目を覚ましたのは、彼女の自室。ベッドの横では陸人が心配そうに様子を伺っていた。

 

「御咲くん……あれ? なんで私の部屋に」

 

「すみません。先輩途中で寝ちゃったから。生徒手帳に書いてあった住所に運んで。親御さんに上がっていってって強引に……」

 

 とんでもない醜態を晒した事実に気づいた宮守。湯沸かし器のごとく顔から湯気を出し、布団に頭まで潜り込む。

 

「ご、ごめんなさい御咲くん……ものすごい迷惑かけちゃって……」

 

「いえいえ、お気になさらず。こちらこそ、勝手に部屋に入っちゃって申し訳ないです」

 

「んーん、でも恥ずかしいところ見られちゃったな。私の部屋、変なものとかなかったよね?」

 

「特には……あ、でも先輩が頑張ってるって分かったのは、良かったかもしれません」

 

「え?……あ」

 

 宮守の勉強机には、料理のレクチャー本やレシピ集が並んでいる。書き込みや付箋も多く、いかに真剣に取り組んでいるかが一目で分かる状態になっていた。

 

「それじゃ、先輩も大丈夫そうですし。失礼しますね」

 

「あ、うん……ホントにゴメンね。今日はありがとう」

 

「最後に1つ……俺は先輩は料理に向いてないとは思いませんよ」

 

「え……でも……」

 

「努力すれば必ず成功するなんて無責任なことは言えません。でも――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩? どうかしましたか?」

 

 陸人の声に意識を引き戻される宮守。長い時間ボーッとしていた。気づけば陸人の皿はすでに空になっていた。

 

「あ、ごめん……なんでもないの」

 

「そうですか……これで全員分完成しましたし、後は渡すだけですね。俺はこれで――」

 

「あ、待って御咲くん! 良ければ、その……お夕飯! 食べていかない?」

 

 乙女の勇気を最大限振り絞った誘い。真っ赤な顔で告げられた言葉に、陸人はようやく彼女の真意を悟ることができた。一瞬苦しげに顔を歪めると、困ったように頰を掻く。

 

「すいません……今日はちょっと。美森ちゃんがご飯作って待ってるんで」

 

 所在無さげに玄関に向かう陸人。彼らしくもない淡々とした背中に、宮守は焦って声をかける。

 

「そ、そっか。じゃあまた今度、遊びに行かない? 今回のお礼ってことで、先輩が奢っちゃうよ?」

 

「いえ、先輩も大会近いでしょう? そちらに集中しないと」

 

「う、うん! だから全部終わったら。引退したら私も時間取れるし――」

 

「先輩!」

 

 家から被ってきた帽子を取り、宮守の頭にそっと乗せる陸人。目元を隠すように深く被せ、悲しげな少女の立ち姿を視界に入れないよう、彼方を見ながら口を開く。

 

 

 

 

「ごめんなさい……先輩の泣いてるところ、見たくないんです」

 

 

 

 その一言に込められたたくさんの感情。感謝、後悔、謝意、好意。

 これまでの付き合いで、陸人の思いの全てを受け取ることができた宮守は、自分の気持ちは決して届かないことを理解した。

 

「そっか。そだね……私も、御咲くんには泣き顔見られたくないかも……」

 

「……身勝手な後輩ですみません」

 

「ううん。それが御咲くんの優しさだって、分かってるから」

 

 涙が滲む目元を帽子で隠し、あくまで明るい声で答える宮守。陸人も振り返ることなく、帰り支度を整える。

 

「ねぇ、御咲くん……私が作ったシュークリーム、あの子のよりも美味しかった?」

 

「……あの子?」

 

「部室にいた車椅子の……東郷さん、だったかな?」

 

「……美森ちゃんは和菓子派なので。あの子のシュークリームは食べたことないですね」

 

「……そっか……「でも」……ん?」

 

「今日食べたシュークリームは、今までで1番美味しかったです」

 

「そう……なら、良かった。御咲くんに"1番"って言ってもらえたなら、私はそれだけで満足です」

 

「ごちそうさまでした……失礼します」

 

 最後まで振り返ることなく出て行った陸人。

 その背中を見送った宮守は、ドアが閉まると同時に崩れ落ちた。

 陸人の手前堪えてきた涙が床に溢れ、すすり泣く声も抑えられない。

 

 "それだけで満足"なんてただの強がり。本当はもっと違う言葉が欲しかった。気づけば人の中心にいるあの後輩の、1番近くに立ちたかった。

 

 

 

 

 

――努力すれば必ず成功するなんて無責任なことは言えません。でも、成功のための第一歩は努力することですから。先輩は自然にそれができてます。

 俺みたいな他人に不得手を晒すのも厭わないくらいに、部活の仲間を大切に思える先輩なら大丈夫ですよ。

 少なくとも俺は、そんな先輩の料理ならいくらでも食べられますから。好きなだけ練習台にしちゃってください――

 

 

 

 

 

 あんな風に自分の不器用なところも受け止めてくれる、優しい人の"特別"になりたかった。

 

 

 

「御咲くん……大好きです……!」

 

 

 

 本人には伝えることすらできなかった心からの言葉。自分しか聞く者のいない告白は、静寂に溶けて消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、陸人は暇を持て余して校内をぶらついていた。陸上部の友達にミサンガを自慢され、居た堪れずに教室を出てしまったせいで行くあてがない。なんとなくで勇者部に向かうと、部室の前に宮守が立っている。

 

「……先輩?」

 

「あ、御咲くん。おはよう!」

 

 何事もなかったかのような様子の宮守。気持ちの整理がついたことを伝え、陸人の気を楽にさせようという気遣いか。

 

「おはようございます……先輩はここで何を?」

 

「あ、うん……これを渡したくて」

 

 そう言って宮守が差し出したのは、あの日置いて行った帽子と、シュークリームのレシピ。陸人が1番と評した味を再現できるよう、彼女がまとめたものだ。

 裏を返せばそれは、もう2度と自身が彼にシュークリームを作ることはない、という意思表示とも取れる。

 

「御咲くんが自分で作ってもいいし。東郷さんにお願いしてみてもいいと思うよ。そんなに難しいことしてるわけじゃないから」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「うん、それじゃまたね」

 

 用件はそれだけだったようで、サッと踵を返して離れていく宮守。陸人は反射的にその背に手を伸ばすが、引き止める言葉が思いつかない。

 ある程度距離が開いたところで、宮守が思い出したように振り返る。

 

「あ、そうだ! 陸上部(ウチ)の大会、良ければ見に来てよ。御咲くんの友達もいるでしょ?」

 

「あ……」

 

「例えば私とかも……これが最後の大会になるしね」

 

 いつも通りの笑顔で誘う宮守。それが彼女なりのケジメだった。

 

「分かりました! 予定空けておきますね」

 

「よし、約束だからね!」

 

 宮守和葉は御咲陸人のことを何も知らない。彼の特別になることは絶対にない。

 

 それでも彼らは友達で、こうして当たり前に約束を交わせる間柄であった。

 

 

 

 

 




めっちゃ長引いた……そして書き上げて気づいたけど、これ誰得だ?そういう作品でもないのにオリキャラ同士の恋愛描写って……

何が書きたかったかっていうと、陸人くんだって年頃の男子ですってことと、彼にとっての特別はちゃんと特別なんだってことです。
それだけならもっと簡潔にまとめられたはずなんですけど、興が乗りすぎましたね。

宮守さんは、今後出番は予定していません。完全一般人っていうある意味美味しいポジションなので、ふと思いついたら使うかもしれませんが、もうメインを張ることはないでしょう。




――前話の夏凜ちゃんの幼少期に出会った少年について――

作者としては結びつくように描いたつもりだったのですが、該当のストーリーから間が空きすぎたのと、濁しすぎたせいか伝わりにくくなってしまったようなのでヒントをば。一応前話読んでない人のためにネタバレ防止として明記はしません。

わすゆ編第8話『咲いて、散って、返り咲く』を読めば分かるはずです。
不親切で不明瞭な表現をしてしまい申し訳ありません。読み手の認識を想定して描くべきでした。猛省します……

今後につながる重要な要素というわけでもないのですが、一応そこの結びつきの中にひっそり表現したかったテーマがあるので、読み返して思い出してもらえると凄く嬉しいです。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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嵐の前の――

大一番の一歩手前です。



「基本戦術?」

 

「ええ。バーテックスの出現周期は乱れに乱れてる。アンノウンの出現頻度も増してるし、こちら側もできることはやっておくべきよ」

 

 その日の勇者部は珍しく何の依頼も抱えておらず、開店休業状態だった。暇を持て余していた部員たちが精霊を呼び出して遊んでいたところ、何やらイキイキとした夏凜が現れ、黒板に力強い文字で"戦術!"と書き込んだ。

 

「私はともかく、アンタたちはロクに訓練も受けてないど素人なんだから、戦術理解は必須よ!」

 

「うーん、私難しいのはちょっと……」

 

「私も……今までも上手くいってますし」

 

「そこ、情けないこと言わない! 向こうだって失敗した手を何度も使ってくるマヌケじゃないんだから、油断してると痛い目見るわよ」

 

 苦手分野の気配を感じ取った友奈と樹が弱音をこぼし、夏凜が鋭く諌める。何だかんだ勇者部のゆるい雰囲気にも溶け込んできた彼女だが、やはり緊迫した空気の方が馴染むのだろう。いつもより気力に満ちていた。

 

「できることはやっとけ、っていうのはまぁ、真理よね」

 

「ええ。常在戦場の心持ち。憂国の志士として素晴らしい覚悟よ、夏凜ちゃん!」

 

「敵方も戦術を学んでるのはなんとなく分かる。時間もあるしいいんじゃないかな」

 

 心情的には樹たち寄りではあるものの、命に関わる以上お気楽ではいられない風。

 何やらおかしな方向に夏凜を褒め称える美森。

 記憶にこそ残っていないが、かつても同じように戦術を学び、連携して戦ってきた経験がある陸人。

 賛成多数により、この日の勇者部は有事の基本戦術の会議になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずは分かりやすいところから。東郷は後方から援護射撃。これは決定ね」

 

「ええ。他に狙撃ができる人はいないし。機動力では私が一番劣るものね」

 

 複数の銃器を用いて、唯一遠距離で戦える美森。彼女は基本的に狙撃銃を構えた援護を担当する。戦場での落ち着いた動きと視野の広さから、後方からの戦況把握も務めてもらう。

 

「何かあった時、真っ先に気付けるのも後衛の役目よ。いざとなったら的確に指示が出せる東郷に向いてると思うわ」

 

「ふふっ、ありがとう。夏凜ちゃんったら、意外と私のこと高く評価してくれてたのね。期待に添えるよう頑張るわ」

 

「ま、まぁ他のお気楽どもよりはマシってだけの話よ!」

 

「えぇ〜……部長のあたしの役目は〜?」

 

 東郷の言葉に薄っすらと頬を赤らめる夏凜。その後ろでは涙目になった風が妹に慰められていた。

 一瞬陸人の方に目を向け、表情を引き締める美森。その後ろには、彼女の精霊『青坊主』『刑部狸』『不知火』の3体が輪を描くようにクルクルと回っている。主人の戦意を表現しているのだろうか。

 

 

 

 

 

「……で、次に風。アンタの長所はタフさと馬力でバーテックス相手でも多少はゴリ押しできるところよ。強力な攻撃が来た時に剣で防ぐこと。でかい敵を打ち破ること。パワーが必要な場面ではアンタが中心になるわ」

 

「うーん……言ってることは分かるんだけど、女の子に対する評価じゃないわよね。タフだの馬力だのパワーだのって……」

 

「ズレた不満を言うな。アンノウンはともかく、バーテックスはサイズ差もあって基本私達よりも間合いが広いからね。こっちの距離に持ち込むまでは風を先頭に置いて動くのがいいと思う」

 

「つまり、仲間を守る役目ってことです。最年長で部長の風先輩だから任せられる大事な仕事ですよ」

 

「むぅ……確かにあたしに向いた役割ね。いいでしょう! お姉さんに任せなさい!」

 

 淡々とした夏凜の説明を陸人が引き継ぐ。風のツボを心得た彼のフォローで、とりあえず風も納得してくれた。

 彼女の精霊『犬神』が、釈然としない様子の主人の肩を慰めるように叩く……なんだか人間臭くも見える。

 

 

 

 

「次に樹……アンタの武器は変わってるからね。基本は中衛で、前後の遊撃を担当してもらうのがいいと思うんだけど……」

 

「……夏凜さん?」

 

 樹への説明の段になって、少し口ごもる夏凜。あのワイヤーは異質すぎて、従来の戦術に当てはめるのが難しかったのだ。

 

「樹ちゃん、勇者としての君の強みはなんだか分かる?」

 

「えっと、強みですか?……うーん」

 

 詰まった夏凜に代わって陸人が問いかける。樹は考えてみたこともなかったのだろう。頭を抱えて俯いてしまう。

 

「広い範囲にワイヤーを広げられること……1度にたくさんの敵を狙えること、ですか?」

 

「うん、それがまず1つだね。俺を含めた他の誰も、樹ちゃんほどの広範囲攻撃はできないんだ。それは憶えておいてほしい」

 

 サジタリウスのような数で押してくるタイプの対処には、樹の力が有効だ。加えてもう1つ、陸人が着目した樹の特性がある。

 

「樹ちゃんの武器には応用性と自由度がある。ワイヤーは長いし、数もあるからね。使い手の樹ちゃん本人にも、これはちょっと考えてほしい点だね」

 

「応用性と自由度……」

 

「極端な例だと、仲間を縛って、そのまま振り回すとか。でかい剣を持ってる風先輩なんていいんじゃないかな?」

 

「おお、いいわねそれ! 剣を構えたあたしを樹がぶん回してバーテックスにぶつける……名付けて『犬吠埼大車輪』! イケるわよこれ」

 

「えっと、あの……冗談ですよね?」

 

「俺は冗談のつもりだったけど、風先輩はどうだろうね?」

 

 テンション高く犬吠埼大車輪のイメージトレーニングを始める風。この調子では、いつか本当にやるかもしれない。

 

「今のはボツとしても。そのまま攻撃や防御に使うなら"ワイヤー"だけど、何かを結ぶなら"紐"。縛るなら"縄"。縫って纏めて、形を作るなら"糸"になる。こういうのは樹ちゃんの発想次第だから、暇な時とか考えてみてくれると嬉しいな」

 

「紐、縄、糸……例えば、ワイヤーを組み合わせて"網"を作る、とかですか?」

 

「そうそう、そんな感じ。さすが樹ちゃん、その発想力が大事だよ」

 

 自分の武器を思い描き、恐る恐る回答する樹。陸人に頭を撫でられ、嬉しそうにはにかむその姿は小動物を思わせる。

 主人が他人の手でご機嫌になっているのが面白くないのか、樹の頭上に彼女の精霊『木霊』が飛んできた。陸人の手を払うと、満足げに主人の頭の上でポンポンと跳ねている。かなり懐いているようだ。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ次に。友奈ちゃんに任せたいのはフィニッシャー……トドメ役だ。爆発力と突破力がある君には、他のみんなが削った敵にデカい一発を打ち込んでもらいたい」

 

 いつの間にか会議の主導権を陸人が握っているが、あまりに手慣れたその口振りに、夏凜も口を挟めなかった。

 

「トドメ役かぁ……じゃあ御霊を狙うこととかを意識すればいいのかな?」

 

「バーテックス相手だとそうだね。これまでの戦闘から見て、奴らは御霊にそれぞれのやり方で防備を敷いている。多種多様な対策を突破するには、友奈ちゃんが向いてるよ」

 

 威力に優れる上に無手で戦う分、小回りが利き、手数も少なくない。樹とは違う意味で汎用性があるのが友奈だ。

 

「それから、友奈ちゃんには性質上、アンノウンの相手をしてもらうことにもなると思う。もちろん手が回るなら俺がやるけど、どうにも連中、いくらでも数がいそうだからね」

 

「うん。それは私も思った。アンノウンと戦うなら、東郷さんや樹ちゃんよりも私だろうなって」

 

 対バーテックスとしての存在である勇者。その力に、人間大の敵を相手取った白兵戦は想定されていない。それでも勇者から対アンノウン要員を選ぶなら、やはり友奈と夏凜ということになる。

 

「難点として、君は防御手段が限られてる。特にアンノウン相手に、盾として使える得物がないのは危険だ。間合いも短いし、精霊バリアを破れる敵がいるかもしれない。そこは気をつけてね」

 

「うん。心配してくれてありがとう、りっくん。バリアに頼り切らないように気をつけるよ」

 

 陸人と友奈がどちらからともなく拳を向ける。そのままゆっくりと拳を合わせ、コツンと音が鳴る。2人だけの"頑張ろう"のサインだ。

 合わせたまま微笑み合っていると、お菓子をかじっていた友奈の精霊『牛鬼』が寄ってくる。フヨフヨと拳に近づくと、精霊の小さな手を2人に重ね合わせる。このコンビも仲は良好のようだ。

 

 

 

 

 

「夏凜ちゃんは……自分でも分かってると思うけど、切り込み役だね。勇者の中で1番速い君が、敵を振り切って一撃目を叩き込むんだ」

 

「ま、当然よね。私が一番槍、そのまま決めちゃってもいいけど――」

 

「それで倒せるようなら構わないけど、絶対に無理はしないでくれ。夏凜ちゃんなら引き際を見誤ることはないだろうけど、焦らなくてもみんないるから。頼ることを忘れないで」

 

「……分かってるわよ。それと、アンノウンが複数出た時には私も出なくちゃね」

 

 対人の模擬戦も含めた訓練に打ち込んできた夏凜。アギトを除けば最も白兵戦に優れているのは彼女ということになるだろう。

 生身での決闘を経て、戦士としての陸人を1番理解している夏凜なら、アギトとの共闘にも支障はない。

 

『……諸行無常……』

 

 意気込む夏凜の傍で、彼女の精霊『義輝』が言葉を発する。主人曰く、"人語を解する優秀な精霊"とのことだが、陸人にはワードチョイスが独特すぎると苦笑された……夏凜に似合っているかと問われれば肯定するしかないが。

 

 

 

 

 

「後は俺だね。基本はアンノウンの相手として……やっぱり、戦況を見て誰かのフォローに回るのがベストかな」

 

 アギトはできることが極端に多い。攻撃力は1番、精霊バリアこそないものの、防御力自体は高い。トルネイダーを使えば空を高速で動ける。フォームチェンジであらゆる敵に対応できる万能性。総じてどの役割でも十全にこなせる能力がある。

 

「リクは戦い慣れているし、それがいいと思うわ」

 

「難しいことはよく分からないけど、今言われたことを気にして、みんなで助け合おうってことでいいのかな?」

 

「だいたいそれで合ってるよ。みんなに共通して言えるのは、攻めるよりも自分の身を優先してほしいってこと。精霊バリアが絶対だとは思えない」

 

 絶対の防御手段。そんな都合の良いものがあるならもっと早く事態は解決していただろう。夏凜が厳しい訓練を通ってくる必要もなかったはずだ。

 現にこれまでの戦い、傷こそ負っていないが、勇者たちは吹き飛ばされたり痛みを感じたりはしてきた。バリアにも耐久限界はきっとある。ならば攻撃を受けないに越したことはない。

 

「さて、こんなところでいいかな。一気に詰め込んでも身にならないだろうし」

 

 この日の会議は終わった。陸人の年齢不相応に熟成された戦術眼に疑問を持った者。チンプンカンプンだった者。有意義な時間だったと満足げな者。反応は様々だが、らしくないシリアスな空気は霧散し、いつもの勇者部の雰囲気が部室に戻ってきた。

 

 

 

 

 

「陸人、ちょっと……」

 

「夏凜ちゃん?」

 

 連れ立って部室を出た陸人と夏凜。姦しく雑談に耽る部員たちをよそに、緊迫した表情のままに夏凜が口を開く。

 

「連絡がつかない?」

 

「ええ。兄に連絡なんて、これまでほとんどしたことなかったけど。ちゃんと連絡先は確認したし、両親からの連絡にはちゃんと返事が来てるらしいのよ」

 

「……ってことは、夏凜ちゃんの連絡だけが遮断されている?」

 

「考えたくないけど、そうかもしれない。下手に親を巻き込むと余計に警戒がキツくなりそうだったから、何も教えてないんだけど……」

 

 夏凜も大社の秘密主義は承知していたし、この頃の本部筋が怪しいとは思っていたが、ここまでくると恐怖すら感じる。何せ彼女は大社が用意した部屋に、大社が用意した資金で生活しているのだから。

 

「どうする? もし本当に大社が私の個人メールまで監視してるとしたら、アンタの話も現実味を感じられると私は思うけど」

 

「そう、だね……ここは――」

 

 

 

「おーい! 2人とも、今日の依頼始めるわよー」

 

「……依頼? 今日は何もなかったんじゃ……」

 

「樹の歌のテスト! パスするために対策考えるの、いいから来なさい」

 

(……また今度話そう)

 

(そうね……)

 

 陸人たちは話を切り上げ、部室に戻る。この時の彼らには油断があった。きっとまだ時間に余裕はあるはずだ、と。何の根拠もないのに。

 

 

 

 

 

 

 樹の悩みは近々行われる歌のテスト。人前では緊張して上手く歌えないことだった。

 

「んー、でも樹ちゃん、お風呂場では上手に歌ってなかった?」

 

「えっ……」

 

「……あ……」

 

 失言に気づき顔が引きつる陸人。全員の視線が彼に集中し、部室が沈黙に包まれる。

 

「な、なんで知ってるんですか⁉︎」

 

「えーっと……そ、そう! 前に風先輩に聞いたんだよ、樹ちゃんは誰も聞いてない場所ではすごく上手だって!」

 

「そ、そんなこと話したの、お姉ちゃん?」

 

「え? あー、どうだったかしら? 言ったような言わなかったような……」

 

(風先輩、すみません……)

「と、とにかく、樹ちゃんは歌自体は上手いんだから、緊張しない方法を探すのがいいんじゃないかな?」

 

 なんとかやり過ごし、話題を変える陸人。そのままカラオケに向かうことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局カラオケでは樹の緊張は克服できず、次の日も勇者部は各々のやり方で緊張緩和の方法を探っている。

 

「サプリ……お菓子……α波……うーん、どれもイマイチだね」

 

 なんだか変なのが混じっている気もするが、各員が真面目に考えた結果、どれ1つとして成果は上がらなかった。

 

「樹ちゃん、手を出してくれる?」

 

「陸人さん?」

 

「昨日調べた付け焼き刃だけど、緊張をほぐすツボってのを覚えたから、ちょっとやってみるね」

 

 樹の手を握り、ゆっくり揉むように刺激する陸人。ネットや本を漁った浅い知識だが、それなりに様になって見える。

 

「……よし、こんなもんかな」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「樹ちゃん、緊張っていうのは究極的には自分の意識でどうにかするものだ。ゲンを担いだり、何かに祈ったりするのはあくまでメソッドなんだ。それらを通じて自分は大丈夫って思うこと。これが必要になる」

 

「そう、ですよね。分かってはいるんです」

 

「そうだなぁ……勇者として戦うのと比べたら、歌のテストなんて楽勝だと思わない?」

 

「それは……そうですね」

 

「そんな感じで、軽く考えられればこっちのもんだよ。樹ちゃんなら緊張さえしなければ絶対に上手くいく。お姉さんや俺たちの言葉を信じてみて、ね?」

 

 言いたいことは言えたのか、陸人は先ほどのツボを1人でも実践できるようにレクチャーを始める。樹はほんの少しだけ、気が楽になったのを感じた。それはツボの効果なのか、陸人の言葉が効いたのか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 来たる歌のテスト、樹の番。壇上に上がった彼女が歌詞カードを開くと、樹に向けたメッセージがまとめられたルーズリーフが挟まっていた。

 

 

 

 "周りの人はみんなカボチャ 東郷"

 

 "テストが終わったら、打ち上げでケーキ食べに行こう 友奈"

 

 "怪物にだって立ち向かえる君の勇気は本物だから、自分を信じて 陸人"

 

 "気合よ"

 

 "周りの目なんて気にしない! お姉ちゃんは樹の歌が上手だって知ってるから 風"

 

 

 

 

(……みんな、私のことを……)

 

 大切な仲間からのメッセージ。大好きな姉からのエール。これだけあれば、樹はもう何も怖くない。さっきまで感じていた空気の重たさは何処かへと消えてしまった。

 

(私は、歌が好き……お姉ちゃんが褒めてくれた、私の歌が――!)

 

 迷いのなくなった樹の歌は、その場にいた全ての人を感動させ、見事にテストを突破した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 樹のテスト終了祝いも終えた数日後、その日の依頼を完了した勇者部は部室でのんびりと過ごしていた。そこにいるのは5人。樹はこの日部活に顔を出さなかった。

 

「今日は樹ちゃんどうしたんですか?」

 

「なーんか用事があるんだって。最近ちょっと変なのよあの子。何か調べ物してたり、急にパソコン持って出かけたり……」

 

「珍しいですね。樹ちゃんが風先輩にも何も言わないなんて」

 

「そうなのよねー。まさか、急に姉離れを志したとか⁉︎ ダメよそんなの、樹にはまだ早いわ!」

 

 勝手に想像して1人慌てている風に、夏凜が冷めた視線を向ける。

 

「何を1人で大騒ぎしてるんだか……アンタの方が先に妹離れした方がいいんじゃない?」

 

「なにおー⁉︎ 夏凜にはこの複雑なお姉ちゃん心は分かんないわよ!」

 

「別に分かんなくていいわよ、そんな面倒なもの……」

 

「まあまあ、もしかしたら新しい趣味とか目標なんかが見つかったのかもしれませんよ。樹ちゃんなら自分で納得できるところまでいったら教えてくれるんじゃないですか?」

 

「ふーむ……確かにそういうことならあんまり干渉しすぎるのもアレか……」

 

 テンションが迷子になってきた風を宥める陸人。とりあえず見守るという結論に落ち着いてくれたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

「――っ‼︎ これは……!」

 

「……リク?」

 

「アンノウンだ……それに」

 

 日常を打ち破る不穏な気配に思わず立ち上がる陸人。彼の言葉を遮るように鳴り響く樹海化警報。レーダーにはかつてない数の敵性反応。これまでとは規模がまるで違う、本当の戦いが始まる。

 

 

 

「……ここからが本番ってわけだ」

 

「樹にも連絡しないと……すぐに合流、と……」

 

「すごい数。でもここを凌げば……」

 

「うん! みんなで頑張って、勝って終わろう!」

 

(この気配はなんだ……アンノウンとは、少し違う?)

 

 光に呑まれる勇者達。その中で陸人は1人、慣れない気配を宿したナニカが、どうしても引っかかっていた。

 

 

 樹海に飛び込むその一瞬、静寂の中で嫌にはっきりと聞こえた――

 

(……水……?)

 

 水滴が落ちる音が、陸人の耳に強烈に残って離れなかった。

 

 

 

 

 

 

 




樹ちゃんのストーリーは、原作が完璧に出来上がってたのでうまく挟み込めず、ほぼそのままになってしまいました……

戦略面はゆゆゆいを参考にでっち上げてます。この作品ではこうなんだと思っていただければ良いかなと。

次回、大軍勢と共にヤツが登場!

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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水面(みなも)に沈む(あか)

どうでもいいことですが、サブタイの読み方にこだわってみました。
"水面"で"みなも"ってオシャレですよね。



 樹と合流し、接近してくる敵の様子を伺う勇者達。バーテックスの数は7体。残存する全てがこの戦場にそろい踏みしている。それだけでも厳しいのだが、さらに異質な光景を作り出しているのがアンノウン。陸人が数えた限り、総数30。これまでにない行列を作って侵攻してきている。

 

「困ったわね……あの数はちょっとどうしようもないわよ」

 

「分断しかないでしょうね。優先して片付けるべきはまずバーテックス。俺が風で軽いアンノウンを吹き飛ばしますから、みんなは――」

 

「りっくん、1人でアンノウンを相手するとか言ったら流石に怒るよ?」

 

「最低限、私と友奈くらいは連れて行きなさいよ。アンタが言ったんじゃない。アンノウン要員だって」

 

「……分かってる。ただ、バーテックスの方は時間制限があるってことを忘れないで。マズイと思ったらそっちの援護に回ってくれ」

 

「うん、分かった!」

 

「友奈ちゃん、夏凜ちゃん、お願いね。私もそっちに回れたらいいんだけど……」

 

「美森ちゃんは貴重な狙撃手だからね。バーテックスを止めてもらわないと……何があるか分からない。最後方からみんなのフォローをお願いすることになる……頼りにしてるよ」

 

「ええ……リクも、無理はしないで」

 

「遮二無二で勝てる相手じゃないからね……特にアイツは」

 

「あの中心のアンノウンですか? 陸人さんはアレと戦ったことが……?」

 

「いや、初対面だ。見覚えがあるのはむしろ他だな……あの軍勢の半分は倒したはずの顔だ」

 

「ちょっと、どういうこと?」

 

 鯨を思わせる容貌に、特異な形状の槍を持った異質なアンノウン。その個体を中心としたアンノウンの大軍勢。かつてアギトが撃破したはずの個体がその半数を占めている。

 

「同系統の個体はいたけど、瓜二つっていうのはこれまでになかった。多分だけど、アイツが復活させたんだ」

 

「復活……そんなことができるの?」

 

「分からない。けどヤツからはそれくらいはやってのけそうな……格の違う力を感じるんだ」

 

 アギトとしての感覚が告げていた。あの青い敵は、ただのアンノウンとは次元が違うと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陸人の予想は当たっていた。多数のアンノウンを引き連れている特異な存在――アンノウンの棟梁たる神霊『テオス』の切り札、最高位のアンノウン『エルロード』

 その1柱である『水のエル』がアギトを殺すため、戦場に顕現した。

 

 生命の源たる"水"を司るエルロードの能力は"完全再生"

 消滅した個体の身体の一部――欠片1つでもあれば、そこから元の肉体を再生させ、支配下に置くことができる。

 水のエルはこの力を使うため、現世に降り立つ全てのアンノウンの欠片を事前に回収、手元に残していた。

 一度に使役できる再生アンノウンの数に限りはあるものの、ほぼ無制限に兵力を増強できる能力。これが水のエルの特性だ。

 

(……アレガ、コノ世界ノアギト……)

 

 盟主の指示にあった特異存在。この世界でアギトが増える可能性を断つために、陸人を確実に討ち亡ぼす刺客として喚ばれた天使。

 標的を視界に収め、じっくりと見定める。

 

(ナルホド、テオスガ警戒スルノモ無理ハナイ……)

 

 純然たる人間とは違う、アギトの力との親和性。一目見ただけで、陸人の特質を朧げに掴み、警戒レベルを引き上げた。

 

 

 

 

 

 

「仕掛ける前に……みんな、"満開"は使わないでくれ。絶対に」

 

「リク……?」

 

「満開って、勇者の切り札っていうアレよね? ちょっと陸人、この状況で出し惜しみなんて――」

 

「分かってます! それでも……良くないものかもしれないんです。お願いします」

 

 戦場で深々と頭を下げるアギト。その姿に、何か言いたげだった風や夏凜も何も言えなくなってしまう。

 

「分かったわ。満開はナシ……風、みんなもそれでいい?」

 

「良く分からないけど、りっくんがそう言うなら」

 

「私も……でも、大丈夫でしょうか?」

 

「詳しい説明は欲しいけど、今はそれどころじゃなさそうね」

 

「……OK、それでいきましょ。ただし、あんたも1人無茶しちゃダメよ」

 

「……ありがとう、みんな」

 

 何の説明もできなかったものの、全員が陸人のことを信じてくれた。後はどうにかして勝利すればいい……それが何より難しいのだが。

 

 

「……行くぞ!」

 

 水のエルの視線を感じ取り、アギトがスライダーで突撃する。ストームフォームの力でアンノウン達を吹き飛ばす作戦だ。

 ハルバードを構え、竜巻を発生させた瞬間、何もなかったはずの空間から突如大量の水が噴き出してくる。

 

「なんだ⁉︎」

「見通シガ甘イナ、アギト。己ト同ジコトガ出来ル存在ガイルトハ考エナカッタカ……!」

 

 水流は風の勢いも利用して、天高く上昇していく。昇り竜のような2本の水流が、空中のアギトを挟み込むように接近し、スライダーもろとも呑み込んでしまう。

 

 濁流に運ばれて遥か彼方に墜落したアギト。それを追って飛び去っていく水のエル。両陣営の最高戦力が離脱し、バーテックスは変わらず侵攻を続けている。勇者達にとって最悪のパターンだ。

 

「りっくん!」

「リク……!」

 

「――っ! 作戦変更! 友奈、夏凜でなんとかアンノウンの足を止めて! 樹はその後ろで数を減らす! 東郷とあたしで……」

 

「バーテックスを1体ずつ迎撃、ですね。かなり厳しいですが……」

 

「友奈! 私たちだけじゃあの数は倒せないわ。この際時間稼ぎだけに集中して。囲まれないことを意識して立ち回りなさい!」

 

「う、うん!」

 

「樹、アンタも敵との距離を保って、私たちの前には出ないように!」

 

「分かりました!……あの、陸人さんは?」

 

「大丈夫……リクなら、絶対に……!」

 

 即席のフォーメーションで挑む勇者達。あのアギトがたった1人に打ち負けたという事実は、大きな焦燥感となって彼女らの精神を追い込む。

 36対5。圧倒的な数の暴力が少女達に襲いかかる。

 

 

 

 

 

 

「クソ……なんなんだアイツは……」

 

「貴様ト同ジ、コノ世界ニオケル特異存在、トイウコトダ」

 

 震える足に力を込めて立ち上がったアギトの前に現れる水のエル。言葉の意味は分からなかったが、1つだけはっきりしていることがある。

 

(コイツをどうにかしないことには、俺たちの負けは確定してる……)

 

 フレイムフォームに変化、炎を乗せた斬撃を飛ばして攻撃する。水に対抗して炎で攻めたアギトだったが、敵の力は想定を超えていた。

 

「微温イ炎ダナ、コレデ本気カ?」

 

「……こっちはいつでも全力だよ、バケモノめ……」

 

 撃ち出した炎は槍の一振りで消滅する。羽虫を潰すようにアギトの攻撃を無力化した水のエルは、彼我の実力差を知らしめるように悠然と歩み寄る。

 セイバーを構えて接近するアギト。超能力勝負では勝てないと悟り、斬り合いに持ち込む算段だ。

 

(硬い……!)

「言ッタハズダ、見通シガ甘イト!」

 

 左手でセイバーの刀身を掴み、右手に握る槍でアギトを滅多斬り。フィニッシュに掌から衝撃波を放ち、一直線に吹き飛ばす。ノーバウンドで植物の根に激突したアギトが崩れ落ちる。

 

「お前達は、なんなんだ……? 何故人間を狙う? 何故神樹様を狙う?」

 

 身体に力が入らないアギトが、震える声で問いかける。水のエルは暫し逡巡し、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「アノ"バーテックス"トヤラノ事ハ知ラヌガ、コノ世界デ我等ガ人間ヲ殺ス理由カ……滑稽ダナ、貴様ガソレヲ問ウノカ? 元凶タル貴様ガ……」

 

「……な、に……?」

(俺が元凶? どういうことだ……)

 

 体力回復の時間稼ぎのつもりで訊いただけだったが、陸人にとって聞き流せない答えが返ってきた。

 

「忘レテユク生物……人間トハ哀レナモノダ。イヤ、貴様ハ違ウノダッタカ……」

 

「何の話をしている……?」

 

「自身ノ事スラ残ッテイナイカ、ナラバ良イ。ココデ朽チ果テル者ニ話ス事ナド無イ……!」

 

「ふん、どうかな……案外、果てるのはアンタの方かもしれないぜ?」

 

 ゆっくり立ち上がり、グランドフォームに変化するアギト。角を展開し、必殺のライダーキックの構え。何かを知っているようではあるが、今この場では速やかに倒すべき相手でしかない。

 

「スゥ――……くらえぇぇぇっ‼︎」

 

 全霊を込めた一撃は、水のエルに当たる1cm手前で、水の膜に阻まれて静止した。一見脆く見える液状の防御壁。しかしその硬度はライダーキックの威力を完全に殺しきるほどのものだった。

 

「グッ……こんのぉ……!」

 

「何度モ言ワセルナ。分断スレバ勝テル……接近スレバ戦エル……コノ技ナラ倒セル……ソウイッタ認識の尺度ガ、私ト貴様デハ違ウノダ!」

 

 空中で静止したアギトに、水の力を込めた槍が振り上げられる。高く跳ね飛ばされたアギトの視界に、大量の水分が収束していく様がスローモーションのようにはっきりと映る。

 

「"エルロード"ヲ侮ルナ……脆弱ナ()()()()()ガ!」

 

 水のエルが槍の石突で地面を叩くと、背後から水の龍が顕現する。先程よりも巨大で広大な龍に喰われ、アギトの身体が吹き飛んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇者とバーテックス・アンノウン連合の戦場。各員の奮闘により、牡羊座の『アリエス・バーテックス』とアンノウンを数体撃破することができた……しかし、牡牛座、天秤座、水瓶座、獅子座の4体が合体した最強のバーテックス『レオ・スタークラスター』の圧倒的な力に追い詰められていく。

 未だに敵戦力の8割が残っていながら、勇者達は限界まで消耗していた。全員が肩で息をしている状態。そんな最中、後方の美森が乱入者を発見した。

 

「あれは……! 全員退がって!」

 

 美森の号令に従い、飛び退く4人。一瞬前まで彼らがいた地点に、猛烈な勢いで逆巻く水流が飛び込んできた。

 水が収まった先にアギトが倒れている。スコープ越しに力無い姿を確認した美森は、思わず持ち場を離れて彼に駆け寄って行く。

 

「リク! しっかりして、リク!」

「りっくん! 起きて!」

 

「……美森ちゃん、友奈ちゃん……逃げて……!」

 

 何とか意識を保っているアギト。彼の身を案じて集まった勇者達。彼らの目の前に、恐怖の化身が降り立つ。

 

「ホウ、手勢ガ減ッテイル。人ノ子如キニシテハ悪クナイ……ガ、ココマデダ……!」

 

 異形の欠片を取り出し、地面にばら撒く水のエル。人には聞き取れない呪文を唱え、欠片に一滴水を落とす。するとほんの数秒で、倒したはずのアンノウンが元の姿のまま水面から浮かび上がってくる。

 

「……そんな……」

「嘘でしょ……?」

 

 友奈と夏凜と樹が力を振り絞って撃破した3体のアンノウンが、水のエルの超能力によってあっさりと復活してしまった。

 

 

 

 

「サテ……コノママ押シ潰スノハ容易ダガ、貴様ラハ未ダ希望ヲ失ッテハイナイヨウダ。

 ナラバ教エテヤロウ……私ニ歯向カウ事ノ無意味サヲ。愚カナ貴様ラニモ理解デキルヨウ、分カリヤスイ形デナ……!」

 

 嘲るように吐き捨てた水のエルが飛翔し、スタークラスターの上に飛び乗る。槍を突き刺し、自身の力を異形の巨体に行き渡らせる。

 エルロードとバーテックス。根幹から異なるため、完全に支配することはできないが、一時的に動きを誘導するくらいは水の天使にとって造作もない。

 

 太陽のような熱量を秘めた巨大火球を発生させるスタークラスター。その正面に、火球と同等の質量を誇る巨大な水球が形成される。配下のアンノウンを後退させ、水のエルは準備を終える。

 

「あれは、まさか……!」

 

「冗談じゃないわよ、あんな規模でぶつけられたら!」

 

「……や、めろ……!」

 

 勘が良い何人かは危機を悟り動こうとするも、距離が遠すぎる。アギトも力を振り絞り、何とか立ち上がり、ストームフォームに変化する。

 

「貴様ラノ言語ニ、分カリヤスイ言葉ガアッタナ」

 

 バーテックスの火球が前進し、水のエルの水球に向かっていく。

 ここまでくれば疎い友奈や樹も想像できた。慌てふためく仲間達を背後に、アギトが風を巻き起こす。

 水が高温の物質と接触することで気化、体積が一瞬で増大して起こる爆発。

 

 

 

「確カ……"噴火"ダッタカ……?」

 

「――ちっくしょうがぁぁぁぁっ‼︎」

 

 

 

 "水蒸気爆発"と呼ばれる現象が、自然界ではあり得ない規模で発生する。

 視界は白く染まり、世界から音が消え、かつてない衝撃を全身に受けた勇者達は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆発から数分後。ようやくある程度の視界を確保できる状態まで落ち着いた。水のエルは荒れ果てた樹海を見渡して、敵の姿がないことを確認する。

 

「消シ飛ンダ……訳デハ無イダロウ……奴等ヲ捜セ。既ニ死体カ、瀕死ニハナッテイルダロウ。確実ニ始末シロ」

 

 配下に命令を出し、自身はスタークラスターの上から神樹を見据える。本命の周囲には破壊の痕跡が全くない。バーテックス以外では神樹を害することはできないというテオスの言葉が正しかったことを把握する。

 

(シカシ、後ハコレガ到達スレバ終ワル。抵抗トシテハ下策ダッタナ、神樹ヨ……)

 

 勝利を確信する水のエル。その思考には、既にアギトや勇者のことは残っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつてアギトに敗北したシマウマ型のアンノウン『エクウス・ノクティス』は、今の主人である水のエルの指示に従い、吹き飛んだ敵を捜索していた。地面が焼け爛れ、根が千切れ落ちている樹海を走っていると、水音が耳に入ってくる。

 音の方向を探ると、水のエルの猛威の残滓、大きな水溜りに波紋が広がっている。水面に落ちる雫の色は紅。当然エルロードの水とは違う。

 雫が落ちる先を見上げ、ノクティスは我知らず歓喜した。

 

 

 太い枝の上に横たわる影。頭から淀みなく血を流して倒れ伏す、御咲陸人の姿がそこにあった。

 

 

 

 

 




水のエルとスタークラスターの組み合わせで真っ先に思いついた合体必殺技"大噴火"

水のエルさんが想定外におしゃべりになった……無口キャラだと行間が……

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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己が内なる炎を以て

わすゆ編で難易度上げすぎたせいで、中間テスト的な位置のこの戦闘のハードルが高い高い……この調子だと、シリーズ全体のラストバトルはどうなるんでしょう……?



「みんな、無事……?」

 

「胸張って"無事"って言い切るにはあちこち痛いけどね……」

 

「なんとか大丈夫だよ、お姉ちゃん」

 

「私も……友奈ちゃんは?」

 

「私も大丈夫――りっくんがいない」

 

 勇者達は陸人を除いて全員が近くに吹き飛ばされていた。軋む体に鞭打って、なんとか立ち上がる5人。変身も解除されているが、重傷を負ったものはいない。精霊バリアと、そして……

 

「……とにかく動かないと。あのデカブツ、神樹様に向かってるわ」

 

「そうね。陸人も動けるならアレを追って来るはず……みんな、行くわよ」

 

 いつも通りに振舞っているものの、5人とも気づいていた。自分を含めた全員が、無理して強がっているだけだと。

 いつだって体を張り、鼓舞してくれた陸人の不在。1番危険な位置にいた彼を心配するあまり周囲を見れなくなっている友奈。

 ムードメーカーの2人が機能していない。再変身こそできたものの、勇者部の士気は下がる一方だった。

 

 

 

 

 

 

 

 シマウマ型のアンノウン『エクウス・ノクティス』は枝に飛び乗り、ゆっくりと陸人の首にその手を伸ばす。1度殺された、いわば己自身の仇。その命をこの手で摘み取れる高揚感に酔っていたノクティスは気づかなかった。

 目の前の少年の体から、うっすらと光が溢れていることを。

 

「――ッ‼︎」

「負けるわけには……いかないんだよ……!」

 

 伸びてきた腕を左手で掴み取り、万力のような力で握りつぶす。ゆっくりと立ち上がった陸人は右手を強く握り、拳を構える。

 

「お前らなんかに、くれてやる命はない!」

 

 光を宿した拳が唸る。右の正拳が異形の腹部を貫通、復活したノクティスの仮初の命を再び消しとばした。

 

「……ァ……ガ……!」

「邪魔を……するな!」

 

 刺さった右腕を引き抜き、ノクティスの身体を地に落とす陸人。身体中に痛みはあるが、それ以上に違う感覚が全身を満たしている。

 

(痛覚が壊れたとか、そんなんじゃない……これまでにない何かが、俺の中で燃えている……!)

 

 陸人の中で燃え盛る炎。眠っていた新たな力が、外に出るのを今か今かと待ちわびていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 進撃するスタークラスターの上に陣取り、高みの見物に興じていた水のエルの目の前に、潰したはずの敵が姿を見せた。

 

「……素直ニ驚イタゾ……マダ生キテイタカ」

 

「直撃した俺が動けるんだ。みんなだって無事なはずだよ」

 

「ナラバ後程私ガ直接片付ケニ出向クベキカ。貴様ラヲ見誤ッタ事ハ認メヨウ。ダガ、ソノ身体デ如何ニシテ私ヲ倒スツモリダ?」

 

「正面からぶっ飛ばすに決まってるだろ。さっきのは本気で頭にきてんだよ!」

 

 雄々しく叫び、走り出す陸人。狂人を見るような気持ちで、水のエルは再びバーテックスに指示を出す。先ほどと同サイズの火球が迫るも、陸人は足を止めず、むしろさらに加速して火球に突っ込む。

 

「おおおおぉぉぉぉっ‼︎」

 

「……何……⁉︎」

 

 人の身体など即座に焼却できる程の火力に身を晒して尚、陸人は前進を続ける。一歩ごとに内なる炎と外部の熱が混ざり合い、その出力が上がっていく。

 

(――掴んだ、ここだ――‼︎)

 

 内外の熱が同じ領域に達した瞬間、陸人は新しい力の覚醒を感じ取る。

 

 

 

「――――変身‼︎――――」

 

 

 

 

 火球の熱を全て取り込み、圧倒的な熱量を奪い取った。太陽が消えた先から、1人の戦士の影が飛び出して行く。

 

「ぶっ飛べぇぇぇっ‼︎」

 

「何ダト……⁉︎」

 

 強烈なアッパーカットを受け、跳ね上げられる水のエル。スタークラスターの上に着地し、向かい合う2人。水のエルの正面に立つ戦士は、見たことがない姿をしていた。

 

『バーニングフォーム』

 

 灼熱の赤で染め上げられた身体は力強く膨張し、内に篭った熱が漏れ出している。ベルトの霊石は紫に変色し、瞳の色は輝く黄色。これまで必殺のタイミングで開いていた頭部の角も常時展開し、その進化を形容する。

 かつてない強敵の出現に刺激されて目覚めた、アギトの次なる進化の形。

 

「……何ダ、ソノ姿ハ……!」

 

「さあな。俺自身アギトについては知らないことだらけで、振り回されっぱなしさ……だけど、1つだけはっきり分かってることがある」

 

 折りたたまれた状態でベルトから現れる新しい武器『シャイニングカリバー』を展開。上下に刃を備えた薙刀状の『シングルモード』にして構える。

 

「これは……お前を倒すために手に入れた力だ!」

 

「調子ニ乗ルナ……未ダ進化ノ過程デ足踏ミヲ繰リ返ス、未成熟ナ生命ガ!」

 

 水のエルが槍を振り下ろすだけでいくつもの瀑布が形成される。

 アギトの一振りで空気すらも焼け付く熱が振り撒かれる。

 

 炎と水。相反する力を極めた2人の戦士が、樹海の上空で激突する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何あれ、とんでもないことになってるわね」

 

「リク……すごい……」

 

「……行かなきゃ、りっくんを助けに!」

 

 遠目にも分かる程に破壊的な力を振りかざすアギトと水のエル。彼方で巻き起こる戦闘に圧倒されていた勇者部は、友奈の言葉にハッとして武器を構える。

 

「でも、私たちの力じゃあそこには……」

 

「悔しいけど、今の私たちじゃ足を引っ張るだけだわ。木っ端のアンノウンもまだまだ数が残ってるし」

 

「だったら、強くなればいいんだよ。そのための力は、みんなもう溜まってる」

 

 友奈の言う通り、アンノウンとの戦いで既に全員満開ゲージは溜まりきっている。しかし戦闘に入る前に陸人と約束してしまった。"満開は使わない"と。

 にも関わらず満開を示唆した友奈の言葉に、美森は驚いていた。友奈は何があっても友達との約束を守る、そういう少女だったはずだ。

 

「なんでさっき、みんなが近くに吹き飛ばされてたと思う? りっくんが風を操って守ってくれたからだよ」

 

 ストームフォームの風で障壁を作り、同時に気流を操作して仲間達が吹き飛ぶ先を調整していた。数十ものアンノウンが跋扈する現状で、仲間を孤立させないために。

 精霊バリアと風の盾、その上で仲間を纏めておいたアギトの判断のおかげで、まだ彼女達は戦うことができる。

 

「約束破るのは……あとでちゃんと謝る。でも今りっくんを1人で戦わせたら、もう謝ることもできなくなる……そんな気がするの」

 

 悲しそうにアギトの戦いを見つめる友奈。確かに今は互角に見えるが、敵は水のエルだけではない。こうしている今もスタークラスターは前進を続け、世界の終焉は着実に近づいている。

 

「りっくんが止めるのはきっと、満開には私たちにとって良くない何かがあるってことだと思う。それをみんなに受け入れろなんて言えない……だけど私は使うよ。りっくんを1人にしたくないから……ずっと一緒にいたいから!」

 

 その言葉と同時に戦場に飛び込もうとする友奈。そんな彼女を引き止めるように肩に手が置かれる。満開について懸念を持っていた夏凜の手だ。

 

「言いたいだけ言って飛び出そうとすんじゃないっての。私だって覚悟はできてるわ。ここで動かないで、完成型勇者は名乗れないんだから」

 

 友奈の隣に並び立つ夏凜。更にその両側に勇者の姉妹が並ぶ。

 

「ったく、部長のあたしを置いて話を進めないでちょうだい。陸人が頑張ってるのに、先輩が逃げ出すなんて許されないのよ」

 

「ちょっと怖いですけど、私も同じ気持ちです。戦うならみんな一緒で……帰ってくるのも、みんな一緒がいいです!」

 

 覚悟を決めた仲間たちの前に歩み寄り、美森がゆっくり頷く。

 

「そうよね。先に隠し事をしてたのはリクの方なんだから……1回くらいこっちが約束破ったって、怒られる筋合いはないわ」

 

 強引で子供染みた言い訳を口にして、美森も勇者の列に加わる。これで勇者部一同、満場一致だ。

 

「そんじゃ行くわよ! 勇者部――――」

 

『ファイトォォォッ‼︎』

 

 号令と共に、同時に切り札を使う勇者達。仲間との明日のために。人に許された領域の一歩外へ、少女達は踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アギトと水のエルは実力伯仲。しかし敵には、まだまだ厄介な伏兵が多く残っている。

 

「良イノカ? 其処デ留マッテ……」

 

「何?――グッ⁉︎」

 

 地面から飛び出してきた巨大な異形。魚座の『ピスケス・バーテックス』が、地中潜行能力を活かして不意打ちを仕掛ける。反応できずに跳ねあげられたアギトに、追撃の水流が迫る。

 

「クッソ……舐めるなぁっ!」

 

 カリバーで薙ぎ払い、何とか捌いたアギト。ピスケスが邪魔で、水のエルに集中できずにいる。

 

「りっくんを、傷つけるなぁぁぁっ‼︎」

 

 全員の警戒の外から飛び込んできた桜色の衝撃。満開して大型のアームを備えた友奈が、その巨大な拳をピスケスに叩き込む。致命的な一撃を食らったバーテックスは、御霊すら出さずに消滅していく。

 

「友奈ちゃん……その姿、まさか――」

 

「ごめん、使ったよ。満開……みんなで一緒に」

 

 振り返った先には、満開の猛威を振るってアンノウンの群れと戦っている仲間たちの姿。アギトの中に後悔が生じる。

 

「どうして……いや、俺のせいか」

 

『そうじゃない、そうじゃないわよ陸人! 私達はみんな自分のために選んだの』

 

 友奈の端末から風の声が聞こえる。戦いながらも陸人に言葉をかけようとしているのだ。

 

「自分のため……?」

 

『陸人さんと、みんなと一緒に日常に帰る。そんな自分の願いを叶えるために、自分の意思で決めたことです』

 

 続いて聞こえるのは樹の声。普段とは印象の異なる落ち着いた声色は、彼女の確かな覚悟を感じさせる。

 

『陸人がどれだけ強かろうが、その責任までは横取りさせないわ。勇者の使命だって、本来は外様のアンタじゃなくて私が背負うべきものなんだから!』

 

 夏凜の力強い声。勇者としてのプライドと、その根底にある優しさ。それがある限り、彼女は絶対に逃げたりはしない。

 

『リク……』

 

「美森ちゃん……」

 

『少しだけ、あなたの気持ちが分かったわ。約束を破る、嘘をつく……友達を裏切るって、こんなに苦しいのね』

 

「……俺は……」

 

『だからもうこんな苦しみ、あなた1人には背負わせない。リクと正真正銘の対等な仲になるためなら、私はどこまでもついて行くわ。たとえあなた自身に止められてもね』

 

「……参ったな……それを持ち出されたら、俺はもう何も言えないよ」

 

 隙を晒したアギトを狙った水のエルの攻撃を、彼方から青い砲撃が呑み込んだ。満開した勇者の力は、エルロードにも通用するレベルにまで到達している。

 

「……想定外ダ。アギトナライザ知ラズ、神聖ヲ借リルシカ出来ナイ人間ガ、ココマデ至ルトハ……」

 

「そうだな……俺とお前だけが、みんなの強さを分かってなかったんだ」

 

 端末を返し、友奈と別れるアギト。スタークラスターを含めた残敵全てを勇者達に任せ、水のエル1人に集中する。

 

「"エルロードを侮るな"とか言ってたな……大方、それがお前の種族の名前なんだろう」

 

「ソレガ何ダ……」

 

「今度はこっちから言わせてもらうぜ……人間を、ナメるなよ!」

 

 水のエルが軽んじた5人の勇者。彼女達は間違いなくただの人間だが、人間だからこそできることがあり、人間だからこそ得られる強さがある。

 

 

 

 

 

 

 

「邪魔すんじゃないわよ、雑魚に用はないんだから!」

 

 夏凜の満開は背面に大剣を握るアームの追加。自身の両腕と合わせて、6本の刃を巧みに扱って敵を斬り刻む。

 

――勇者の中で1番速い君が、敵を振り切って一撃目を叩き込むんだ――

 

 満開してシルエットが大きくはなったが、夏凜の持ち味であるスピードは衰えるどころか更に増している。勇者部の切り込み隊長は、敵に斬られたことすら気付かせず、一方的に打倒していく。

 

「まだまだここからよ! どいつもこいつも、振り切ってやるわ!」

 

 夏凜にとってスピードとは、誰にも追いつけないほどの速さで敵を倒すためのもの。

 そして、助けを求める仲間の元に誰よりも早く辿り着き、その手を掴むためのものだ。

 

 

 

 

 

 

 

「そぉぉりゃぁぁぁっ‼︎」

 

 風の満開は基礎能力の向上と、武器の強化。これまでよりも更に巨大化させた大剣を振り回し、周囲の敵を一掃していく。

 

――仲間を守る役目ってことです。最年長で部長の風先輩だから任せられる大事な仕事ですよ――

 

 陸人の言葉を思い出し、上空の妹に視線を向けると、彼女の背後から迫る矢が見えた。

 

「――樹っ!」

 

 満開の機動力で間に割り込み、大剣で弾き返す。樹はそこでようやく死角の敵に気づき、ワイヤーで手早く撃破する。

 

「お姉ちゃん、ごめん!」

 

「大丈夫、これがあたしの役割だもの! 樹も、自分の役割を思い出してみなさい!」

 

 姉の言葉を聞いて、先日の会議を思い返す樹。あの日、自分にしかできないと任せられた仕事が確かにあったのだ。

 

――樹ちゃんの武器には応用性と自由度がある。ワイヤーは長いし、数もあるからね。使い手の樹ちゃん本人にも、これはちょっと考えてほしい点だね――

 

「……お姉ちゃん、ちょっとだけ守ってもらってもいい?」

 

「考えがあるのね? お姉ちゃんにまっかせなさい!」

 

 背後を姉に任せ、樹は周囲を見渡し、戦況の把握に徹する。敵の位置や人数、それぞれが持つ特性に、最優先ターゲット(スタークラスター)の動向。全てを頭に入れて、最善の戦術を構築する。

 

(ここから、ここまで……後はあっちに――)

 

 樹の満開は扱えるワイヤーの増加と強化。今の彼女なら、大抵のものは自前で用意できるだけの自由度と物量がある。

 

 並び立つ太い根2つの間にワイヤーを通し、何重にも重ねて太く強くしていく。中央には更に束ねて足の踏み場も作る。神樹に接近する本命の敵、スタークラスターに当てるために角度を調整して準備は完了。樹は短時間で()()()()()()()()()発射台(カタパルト)を完成させた。

 

「お姉ちゃん!」

 

「オッケー、要はスリングショットね!」

 

 妹の策を瞬時に理解した姉が、最大限に大剣を大型化してカタパルトの中央に思い切り飛び込む。

 風自身の勢いと、樹がワイヤーで引き絞ったことで蓄えられた弾性エネルギー。その全てが風に、そして大剣に集約される。

 

「いっけぇ、お姉ちゃん!」

 

「名付けて……犬吠埼バズーカァ‼︎」

 

 些か気の抜けるネーミングを叫び、風が撃ち出されていく。大型建造物サイズまで巨大化した刃が、樹の想定通りのコースを飛ぶ。流星のような突撃は、一切の逃げ場も与えずに進路上のアンノウンを殲滅する。

 

 道中6体ほどのアンノウンを片付けた風の大剣が、まったく衰えない勢いでスタークラスターに直撃。相当なダメージを与え、これまで斬っても撃っても止まらなかった巨体の動きが停止した。

 

 

 

 

 

 

 

(みんな、順調に数を減らしてる……このままいければ……!)

 

 美森は満開によって得た飛行ユニット――多数の砲塔を備えた、いわば空中戦艦――を用いて戦場全域を見渡せる高度に滞空し、仲間たちの状況を見極めていた。

 

――美森ちゃんは貴重な狙撃手だからね。バーテックスを止めてもらわないと……何があるか分からない。最後方からみんなのフォローをお願いすることになる……頼りにしてるよ――

 

 今の美森なら、どの仲間の元にも援護攻撃が届く。それだけの射程と威力を以って、仲間自身も気づいていない窮地を的確に救っていく。

 

「……え?――まさか!」

 

 突如端末から鳴り響くアラート。何故か今の今まで気づかなかった、神樹の間近まで侵攻している敵影。双子座の『ジェミニ・バーテックス』が、その小ささと素早さを活かして、人類にチェックをかけていた。

 

「このっ――――小さい上に、速い!」

 

 美森の砲撃を軽やかに躱し、尚も神樹に接近していくジェミニ。夏凜のスピードや樹のワイヤーでも補えないほどに、勇者達との距離は開いてしまっていた。

 

(どうすれば……どうすれば――!)

『だいじょ〜ぶ、任せて〜』

 

 焦る美森の思考に割り込んできた、覚えのない声。戦場にそぐわない間延びした少女の言葉が、何故か端末から聞こえてくる。

 

「どういうこと? あなたいったい――」

 

『ま、いいからいいから〜……とりあえず、せ〜のっ!』

 

 少女の掛け声と同時に、端末の向こうからいくつもの武器が突き刺さるような音が響く。数秒後、神樹のすぐ近くまで詰めていたジェミニの反応が消滅した。

 

「……あなたが、やってくれたの?」

 

『ま〜ね〜。これでもそこそこ強いんよ〜』

 

 強者の雰囲気が一切感じ取れないが、この謎の人物は確かに力があり、ひとまず協力してくれるらしいことは美森も分かった。

 

「……最後の防衛線、お願いしていいかしら?」

 

『お任せあれ〜。でもあの合体したでっかいのとか、あっちの水の人とかは正直自信ないかな〜』

 

「分かってるわ……そっちは私達が必ず倒す。あなたは万一の撃ち漏らしを止めてもらえる?」

 

 美森は本来、こんな形の闖入者をあっさり信用するようなタイプではない。それでもこの僅かな会話で声の主を信じる気になったのは、どこか既視感があったからだ。

 

「あなたの名前、聞いてもいい?」

 

『……う〜ん、名乗るのはまだ早いかなとか思っちゃったりして〜……今日のところは"スイレン"さん、とでも呼んでくれる〜?』

 

 一瞬何かを噛みしめるように言葉を選んだ声の主。ふざけた調子で教えられた仮称は、これまた引っかかるものがあった。弟分(陸人)の『思い出の彼女』を象徴するワードがここで出てきたことに疑問を覚えつつも、美森は頭を振って戦闘に意識を切り替える。

 

「分かったわ。スイレンさん、後ろお願いね」

 

『……なんかポジション逆転した気分〜』

 

「何か言った?」

 

『な〜んにも〜、背中は任せてくださいな〜』

 

 一方だけが感じる懐かしさ。2年の時を経て、色々と様変わりした両者の連携が一瞬の復活を遂げた。

 

 

 

 

 

 

 

「でぇぇぇやぁぁぁぁっ‼︎」

 

 巨大な拳を2つ備えた友奈の満開。破壊力に優れた豪腕が唸り、アンノウンが吹き飛んでいく。盾代わりにもなり、素早く振るえば連打もできる。飛行能力も手に入れ、バランスの良いフィニッシャーとして進化した友奈は、片っ端から異形を潰して回っている。

 

――友奈ちゃんに任せたいのはフィニッシャー……トドメ役だ。爆発力と突破力がある君には、他のみんなが削った敵にデカい一発を打ち込んでもらいたい――

 

(トドメ役……私の役目は、あのデッカいのを倒すこと!)

 

 周囲の敵影を減らした友奈は、遠方のスタークラスターを見据える。轟音が響き、巨体の動きが停止した。仲間が足を止めてくれたようだ。

 

「この世界は、壊させない!」

 

 巨腕で大地を殴り、桜の勇者が高く飛び立つ。接近に気づいたスタークラスターも、火球を形成して迎撃に出る。

 

「友奈ちゃん、決めて!」

 

 彼方から青い閃光が火球を呑み込み、霧散させる。美森の援護射撃だ。

 

「ありがとう、東郷さん!……勇者ぁぁぁ、パァァァンチッ‼︎」

 

 巨体の中心に拳を叩き込み、甚大なダメージを与える。そのまま4人で封印の儀に移行。あとは御霊を壊すだけ……だったのだが……

 

「ウッソでしょ⁉︎」

「冗談キツイわよ……!」

「あわわわわ……!」

「往生際が悪すぎる……!」

「ひゃあ〜、これは……」

 

 唖然とする勇者達。戦いはまだ、終わってはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ諦めて、俺に斬られろアンノウン!」

 

「侮ルナト言ッテイル、アギト!」

 

 何度目かも分からない鍔迫り合い。既に両者とも疲労はピークに達している。押し切れずに間合いを開き、一息をついたアギトは周辺が静かになってきたことに気づいた。

 

「はっ、配下の数がずいぶん減ったみたいだぜ……もう在庫切れか?」

 

「フン……コレ以上ハ必要無イ。私一人デ十分トイウダケダ」

 

 一瞬、覚えのある香りを感じ取ったアギト。それは気のせいとしても、睡蓮の彼女にも背中を押されているような気分になれた。

 

(みんなが力を貸してくれる。あとは、コイツらを倒せば……!)

 

 カリバーを振り上げるのと同時に水のエルの奥、はるか向こう側にあまりにも巨大な異物が出現したのを目撃し、アギトの動きが停止する。

 

「なんだ……アレは……⁉︎」

 

「アレガ天ノ神ノ仕込ミカ……確カニ、強引ナダケノ愚物デハ無イヨウダナ」

 

 スタークラスターの内より現れた御霊。それはこの星に収まりきらないほどのサイズを誇り、その大部分が宇宙にまで飛び出していた。

 

 立ち竦む勇者達。

 勝利を確信する水の天使。

 勝ち筋を探し続けるアギト。

 それぞれの譲れないものを懸けて。舞台は地球さえ超え、決着の刻が迫る。

 

 

 

 

 




また微妙なところで切ってしまった……

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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星の海さえ壊すほどに

中間テスト終了です。



「アノ規模ハ貴様等デハ壊セン。人類ノ敗北ダ」

 

「勝手に決めるな……俺たちはまだ諦めない!」

 

 スタークラスターの御霊を見て、時間切れを狙う天の神の公算を悟った水のエルは、策を破る可能性を持つ最大のイレギュラー、アギトを止めることに専念する。

 疲労が溜まってきた水のエルと、傷が癒えていない陸人。2人の激突は泥仕合の様相を呈し、戦況は膠着していく。

 

 

 

 

 

 

 

「……やろう、みんな!」

 

「友奈ちゃん?」

 

「どんなにでかくても、御霊なのは間違いないんだから。これを壊せば私たちの勝ちだよ!」

 

 友奈の言葉に、固まっていた勇者達の体に力が戻る。スケールの大きさに圧倒されてはいたが、状況自体は勇者側有利なのは確かだ。敵は追い込まれ、弱点を晒している。あとはトドメだけ……王手をかけているのは彼女たちの方なのだ。

 

「よし、役割分担していくわよ! 地上に残って封印を継続する面子と――」

 

「宇宙に上がって、御霊を破壊する役ね。まだアンノウンが残ってるから、地上側にも戦力は必要になるわ」

 

「私、行きます! りっくんに頼まれましたから。私は勇者部のフィニッシャーだって!」

 

「私も行きます。このサイズなら、きっとまだ抵抗してくる……私が露払いに回って、友奈ちゃんを守ります」

 

「分かった、頼んだわよ2人とも!」

 

 飛行ユニットに乗って宇宙に上がる友奈と美森。危険な役目だが、見送る3人にも同じく大変な仕事が残っている。

 

「樹、ワイヤーで封印の陣を囲って! アンタ自身と封印を守るの」

 

「私と夏凜でアンノウンを減らすわけね。封印は1人に任せることになるけど――」

 

「大丈夫! 私だって勇者だもん……みんなの帰る場所、絶対に奪わせたりしない!」

 

「よく言ったわ、マイシスター!」

 

「私たちの背中を預けるから……樹も、背中は任せなさい!」

 

「はい!」

 

「行くわよ!」

 

 勇者達の消耗もかなりのものだ。切り札である満開を長時間使ってしまった上に、それ以前のダメージも抜けていない。

 それでも守りたいものがあるから。その願いさえあれば、何度でも立ち上がれる。それこそが神が選んだ勇者の在り方だ。

 

 

 

 

「地上のフォロー、お願いするわ……スイレンさん」

 

「どうかした? 東郷さん」

 

「なんでもないわ、友奈ちゃん。そろそろ敵の迎撃があるかも。気を引き締めましょう」

 

「うん! 絶対に勝とうね!」

 

 

 

 

 

 

「任されました〜……頑張ってね、わっしー……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「しつこい奴だな……そこをどけよ!」

 

「貴様コソ諦メロ! 最早手遅レダ……()()()()()ヲ世界ニ生ミ出シタ人間ハ、滅ブシカ無イノダ!」

 

「なんの話か知らないがな……身に覚えのないことで、滅ぼされてたまるか!」

 

「ナルホド、"覚エガ無イ"カ……確カニソウダロウ。ダカラトテ、ソレデ当事者ノ1人デアル貴様ノ罪ガ消エル訳デハ無イ!」

 

 ここまで断言されると、流石に誤解や逆恨みという線は考えにくい。失ったまま戻らない陸人の記憶。その中で、目の前の異形やそれに類するモノと何かがあったのは間違いなさそうだ。

 

「大変興味深いお話だがな……今はアンタのご高説を伺ってる暇はないんだ。通してもらうぞ!」

 

 アギトがカリバーを高く掲げ、頭上で高速回転させる。刃が回る毎に戦闘の余波で周辺に撒き散らされたバーニングフォームの炎が収束、圧縮され、赤黒い火球を形成する。

 燃え盛る灼熱の力を凝縮して放つ遠距離攻撃技『バーニングブラスト』

 水のエルに向かって真っ直ぐ放たれた火球は、迎撃の水龍と衝突。先程よりは小規模な水蒸気爆発を発生させ、両者を吹き飛ばした。

 

「――っ‼︎ ヤハリ貴様ハ危険スギル……事ガ済ムマデ此処デ踊ッテ貰ウゾ、アギト!」

 

「そうかい、だったら……」

 

 体勢を立て直し、槍を構える水のエル。油断なく待ち構えたはずなのに、予想外の方向からアギトの声が聞こえてくる。

 

「無理にどけとは言わない……アンタには大嫌いな人間と相乗りする勇気、あるかな?」

 

 吹き飛んだ勢いそのままにトルネイダーに飛び乗ったアギト。爆炎に隠れて敵の背後に回り、スライダーで体当たり。同時にカリバーを突き刺して身体を固定。前部に水のエルを貼り付けた状態のまま、友奈と美森を追って宇宙へ飛び立つ。

 

「こっちは急いでるんでな。付き合ってもらうぜ……空の向こうまで2人乗り(タンデム)と行こうか!」

 

「貴様、コノ私ヲ……!」

 

「口を開けばそんなことばかりだな、アンタ。何もかもを見下して、生きてて楽しいのか?」

 

「余計ナ"感情"ナド、私ニハ無イ……アルノハ果タスベキ"使命"ト、ソノタメノ"能力"ノミ……!」

 

「そうかよ。だけどこっちだって、人類殲滅なんてふざけた使命果たされる訳にはいかないんだ……大人しくしててもらうぞ!」

 

 突き刺したカリバーに炎の力を注ぎ込み、水のエルの集中を乱すアギト。切羽詰まった現状では、この強引な手しか思いつかなかった。

 水のエルを完全に仕留めることは、できるとしてもかなりの時間を必要とする。そしてこの難敵をどうにか振り切って宙に上がっても、今度は地上の仲間が危険にさらされる。

 よってアギトはリスクを承知で、水のエルを運んで友奈たちの元へ向かうことにした。幸いここまでの戦闘で、ダメージを与え続けている内は超能力を使えないことは分かっていた。主力武器(カリバー)が使えなくはなるが、最大の強敵を封殺しながら最後の舞台にアギトが上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……来た、小さいのがたくさん!」

 

「友奈ちゃんは力を温存して……雑兵は私が蹴散らすわ」

 

 一足先に宇宙に上がった友奈と美森の眼前に、超大型御霊から発生した小型バーテックス『星屑』の大群が迫り来る。

 トドメを決めるために友奈を庇い、美森が全火力を開放して撃ち落とす。まさに名前の通りに数えきれない数で押し寄せてくる星屑の群れ。それでも美森は諦めず、1匹も撃ち漏らすことなく撃破していく。

 

「道を開けなさい……私達は、まだまだこんなところで終われないの!」

 

 火力を収束した砲撃で標的までの道を拓き、同時に御霊の表面を破壊した美森。限界が来たのか、徐々に満開の武装が花弁となって散っていく。

 

「私にできるのはここまで……あとはお願い、友奈ちゃん」

 

「うん……見てて、やっつけてくる!」

 

「……ずっと見てる……」

 

 沈んで行く美森を心配そうに見つめる友奈。美森の強い信頼の眼差しに背中を押され、前を向いて飛び出して行く。目指すは御霊、その中心部。

 

 少しずつ勇者の力が抜けていくのを感じながら、地上に落ちていく美森。友奈の勇ましい背中を見つめ続けていた彼女の視界の端に、赤と青がぶつかり合う姿が映る。

 

「あれは……やっぱり、来てくれたのね……」

 

 困った時には必ず助けに来てくれる、自慢のヒーロー。そんな彼も颯爽登場、とはいかずに苦戦を強いられていた。

 

 

 

 

 

 宇宙まで昇ったアギトと水のエル。目指す御霊の手前に、飛びかかっていく友奈の姿。

 

「……見えた、友奈ちゃん!」

 

「……止ムヲ得ヌ……此処デ貴様ハ終ワリダ!」

 

 いよいよ後がなくなった水のエルが上位種の誇りをかなぐり捨てた。肩に突き刺さったカリバーから逃れるために自らの左腕を諦め、強引に身体を引き剥がす。

 片腕を失いながらも自由を取り戻した水のエル。宇宙でも一切の淀みなく、水龍を形成してアギトの行く手を阻む。

 

「チッ……上から目線の頭でっかちかと思えば、面倒なところで根性見せてきたな!」

 

「滅ビネバナラヌノダ……貴様等ハ……!」

 

 薙刀と槍がしのぎを削り、炎と水が打ち消し合う。宇宙でさえも自在に飛び回れる水のエルと、慣れない無重力下でスライダー頼みのアギト。

 足回りの差でアドバンテージを取られ、徐々に御霊へのルートから外れていく。焦りは心身の乱れを生み、僅かな隙に水のエルの槍が迫る。

 

「――しまっ……!」

「果テヨ!」

 

 絶体絶命の一瞬。そんな結末を、アサガオの勇者が許すはずもない。

 

「――リクッ‼︎」

「何ダト……⁉︎」

 

 水のベールの隙間を縫うように、青の砲撃が槍に直撃し、弾き飛ばす。最後に残った一門の砲塔を使い、落下しながらも的確に狙撃した美森。力の大半を使い果たし、最後の砲塔も花と散っていく。

 

「さっすが! 愛してるぜ美森ちゃん!」

 

「……私もよ……信じてるわ……」

 

「ああ、応えてみせる!」

 

 追い込まれすぎてテンションと言語中枢が壊れ始めた陸人と、そんな彼を優しく見守る美森。窮地を救われたアギトが、カリバーを大きく振り上げる。燃えるアギトの全身に光が宿り、刃に紅炎が奔る。

 

「アギトォォォ‼︎」

 

 武器を失った水のエルが、水龍を放ちアギトを狙う。

 足元に迫る水龍の攻撃を、スライダーから跳び上がって回避するアギト。

 

「オオリャアアアアッ‼︎」

 

 炎の力を収束した渾身の斬撃『バーニングボンバー』が炸裂。水のエルの胸を斜めに斬り裂き、その身体が炎に包まれる。

 

「馬鹿ナ……私ハ、水ヲ司ドル……エルロー……」

 

 最後の言葉を言い切ることはできず、水の天使はその身を失った。青い魂が何処かへ飛び去っていったものの、アギトは既にそれどころではなかった。

 

(邪魔者は倒した……あとは……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うぅ……まだ届いてない……まだ足りないのに……!」

 

 御霊に組みつき、巨腕の連打で表層を砕いていった友奈。しかし彼女もここに来るまでに激戦を繰り広げてきた。その消耗の積み重ねが最悪のタイミングで表面化してしまう。

 左のアームが砕け、同時に友奈の身体から力が抜ける。残った右腕を振るうこともできないほどに、全てが重たく、意識も遠くなっていく。

 

(ごめん、東郷さん……みんな……りっくん……)

 

「友奈ちゃん‼︎」

 

 あまりの脱力感に身を預けてしまいそうになった友奈だったが、遠くから迫ってくる声と気配に、落ちる直前で意識を引き戻す。

 

「勇者部五箇条――ひとつ!」

 

 水のエルを斬った勢いのままに友奈の右隣に飛び移ってきたアギト。まだ必殺の炎が残るもう一方の刃を振り上げる。

 

「――なるべく諦めない‼︎」

 

 叫びと共にカリバーを振り下ろし、御霊の傷に叩きつける。その一撃で酷使してきたカリバーが限界を超えて砕け散る。しかし同時に、ギリギリまで壊されていた表層はアギト渾身の必殺技で完全に破壊できた。巨大な表層の奥に存在していた小さな御霊、正真正銘本物の急所が現れる。

 

(やっぱり、りっくんは凄いなぁ……)

 

 何度でも、どんな時でも助けてくれる大親友の登場に、友奈の内から力が湧き上がってきた。一瞬前まで嫌になるほど重かった右のアームを振り上げ、最後の力を振り絞る。

 

「勇者部五箇条――もうひとつ!」

 

 友奈の根性を見たアギトもまた、最後の力を左手に込める。砕けた武器を放り投げ、構えた拳に炎が宿る。

 友奈の右拳とアギトの左拳。2つの必殺が重なり、その力が1つとなって御霊に迫る。

 

『なせば大抵、なんとかなる‼︎』

 

 宣言を合わせ、同時に拳を叩き込む2人。真の御霊を粉砕し、全ての力を使い果たした勇者が倒れる。おびただしい光と共に最後の標的が崩れ落ち、脱力した2人の身体も落下していく。

 

 

 

 

 

「……2人とも、お疲れ様。凄かったわ」

 

 飛行ユニットの台座部分だけはなんとか維持していた美森。落ちてきた友奈とアギトを受け止め、そのまま3人並んで倒れこむ。友奈と美森に挟まれて横になっているアギトの変身が解け、御咲陸人が姿を見せる。

 

「いけない、リク……!」

 

 美森が慌てて台座の天井部分、花弁のようになっているパーツを閉じて外界から隔離する。なんとか宇宙空間に陸人の生身を晒すという最悪の事態は避けられた。

 眠る陸人の様子を見る限り、変身解除しても残っているベルトの力か、呼吸や気圧については特に問題なさそうだ。痛ましい格好なのは間違いないが。

 

「リク、ひどい傷……友奈ちゃんも……」

 

 陸人は頭から血を流し、身体の至る所に火傷の跡が残っている。精霊バリアに守られているはずの友奈も、顔や体に傷があり、意識が戻る気配もない。

 

「みんな……大丈夫、か……?」

 

 意識も疎らな状態で、それでも仲間を心配し続ける陸人。そんな彼に応えるように、同じく意識がないはずの友奈が彼の手をキュッと握る。自分はここにいる、と伝えるように。

 

(そうね……私もここにいる。あなたたちと一緒なら、何があっても怖くない……)

 

 空いている陸人の右手を握り美森も目を閉じて意識を落とす。

 この2人とならきっと助かる、という想いが9割。残り1割は、2人となら死んでもいい、という願いがひっそり混ざった複雑な気持ちで眠る美森。

 3人を乗せた飛行ユニットは、重力に引かれて落下する。流星の如く落ちていく影は、落ちたらまず助からない速度にまで加速していた。

 

 

 

 

 

 

 

「――っはぁ……次はどいつよ!……って、アレ?」

 

「自壊していく……?」

 

 地上で多数のアンノウンを相手に大立ち回りを演じていた夏凜と風。2人を囲んでいたアンノウン達が糸が切れたように倒れ、砂のように散っていく。

 アギトが水のエルを撃破したことで超能力が途絶。水の力で存在していた再生アンノウンが形を保てずに消滅した。

 

「多分、陸人があの親玉を倒したのね。アイツが操ってたんだし」

 

「そっか……あのバカでかい御霊も壊れてくし、これで私たちの――」

 

 勝ちね、と続けようとした風の言葉は、天空から急速落下していく光を見て断ち切られる。遠目だが、アレは間違いなく仲間達だ。

 

「……私が、受け止めます!」

 

 封印の陣を守っていたワイヤーを再展開して、多重のセーフティネットを張る樹。何百というワイヤーを編み込んだ強固なネットのはずだが、加速がついたユニットの勢いは止まらず、次々と引きちぎられてしまう。

 

(このままじゃ……!)

『勢いはこっちでどうにかして落とすから〜、地上スレスレにとびきり硬いの張ってくれる〜?』

 

「――っ⁉︎ だ、誰ですか?」

 

『いいからいいから〜、お願いね〜』

 

 端末から届く謎の声。樹の頭が真っ白になる。次の瞬間、落ちていくユニットの周囲に11個の光が発生する。樹からは細部まで見えなかったが、あれは声の主が宿す精霊の光。それぞれが持つバリアを重ね合わせて、落下の衝撃を抑える緩衝材として展開する。停止させることは出来ないでいるが、確実に勢いは減衰していく。

 

「よし、これなら……」

 

「待って……アイツ!」

 

 一瞬安堵した夏凜と風だったが、そこに更なる障害が割り込んでくる。再生アンノウンの軍勢に混ざっていた通常タイプ。崩壊に紛れて隙を伺っていた未だ健在の梟型アンノウン『ウォルクリス・ウルクス』が、翼を広げて精霊に迫っていた。

 万一に備えて水のエルが仕込んでおいた隠し球が牙を剥く。このギリギリのタイミングで横槍が入れば、まず間違いなく陸人達は助からない。

 

(クッソ……足が動かない……!)

 

 邪魔者を排除しようとするが、満開は解けて疲労も限界を迎えている。特に右足の反応が妙に鈍くなってしまった夏凜は、上空の敵を止める手立てがない。

 

(冗談じゃないわよ。私達は勝ったんだから……ここまで来て、完全勝利にケチがつくなんて許せるわけないでしょ!)

 

 刀を杖にして無理やり立ち上がろうともがく夏凜。完全に視野が狭まった彼女の後ろから、部長の声が届く。

 

「夏凜、乗りなさい!」

 

「……風?」

 

「足、動かないんでしょ? あたしも視界がぼやけてきたけどね、敵の影くらいは見えてる。これでアンタの足代わりをしてあげるわ」

 

 不敵に笑って大剣を掲げる風。額の汗を拭う余裕すらない彼女だが、夏凜はその笑顔に不思議と頼もしさを感じた。

 

「……いいじゃない。今が1番イケてるわよ、風」

 

「でしょ? アンタもいい顔してるわ、夏凜」

 

 風に負けない笑顔を浮かべ、刀を突き立てた勢いで飛び上がる夏凜。大剣に降り立った仲間を受け止め、風が思い切り武器を振りかぶる。

 

『いっ……けぇぇぇぇっ‼︎』

 

 砲弾のような勢いで赤の勇者が打ち上げられていく。周囲の警戒を怠っていたウルクスは、後ろから迫ってきた夏凜に反応できない。すれ違う一瞬で夏凜の刀が何度も閃き、邪魔者をバラバラに解体した。

 

 

 

 

 

 

 

 

『今だよ〜』

「――ええいっ‼︎」

 

 正体不明の声をひとまず信じることに決めた樹。合図に従い、最後のネットを構築する。

 

「お願い……止まってっ‼︎」

 

 樹の全力を込めたワイヤーは、大きくたわみながらも千切れることなく落下の勢いを受け止め切ることに成功した。

 完璧に静止して、美森の満開も消滅する。地上1mほどの高さから安全に落下する陸人たち。それを見届けた地上組も、力尽きたように崩れ落ちる。

 

 

 

 

 

「くはぁ〜……きっつい……みんな大丈夫〜⁉︎ 生きてる人は手を挙げて!」

 

「……ぅ……はぁ……」

「……生きてる、わよ……!」

 

 部長の呼びかけに震えながら何とか応える樹。意地で力強く拳を掲げる夏凜。

 

「3人、生きてます……なんとか……」

 

 そして微かに意識を取り戻した陸人が、眠ったまま繋がれた美森と友奈の手ごと両腕を挙げる。ボロボロではあるものの、全員生きて帰ることができた。

 讃州中学勇者部は、ここに完全勝利を果たしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

(……なんか戦うたびに、謎が増えてないか? 俺……)

 

 薄れゆく意識の中、思い出すのは水のエルの言葉。

 

――滑稽ダナ、貴様ガソレヲ問ウノカ? 元凶タル貴様ガ――

 

――当事者ノ1人デアル貴様ノ罪ガ消エル訳デハ無イ!――

 

 "元凶"、"当事者"……無視するには重みがありすぎる言葉が、陸人の脳裏に焼き付いていた。

 

(……いつまでも見て見ぬフリ、ってわけにはいかないってことか……)

 

 ふと横を見ると、自分の側に顔を向けて眠る美森。反対側には同じ体勢の友奈。2人は変わらず、陸人の手を強く握って離さない。

 

(……まぁ、今はとりあえず勝ちを喜ぼう。俺は、俺の大切なものをちゃんと守れたんだ……)

 

 樹海が解ける光に包まれて、陸人の意識は再び落ちていった。

 

 

 

 

 

 英雄の炎は燃え続ける――全てを照らすほどに眩く、その身さえ滅ぼすほどに強く。

 

 

 

 

 

 




星の海=星団=star cluster

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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守れなかったもの、護りたかったもの

案外普通に執筆進みました。
思い返すと、自分は投稿しないしない詐欺をしがちなことに気づきました。あんまり保険をかけすぎるのも良くないのかもと思います。

嵐が過ぎ去り、またいつも通りの毎日が続く……誰もがそう信じていました。



『カンパーイ!』

 

 大社管轄の総合病院。決戦を勝ち抜いた勇者部の面々は、全員仲良く意識を失い病院に担ぎ込まれた……が、翌日には目を覚まし、こうしてみんなで祝勝会ができる程度には回復している。

 ちなみに1番の重症だった陸人は、驚異的な回復力を発揮。多少の火傷が残っている程度で、医者が匙を投げる速度でほぼ全快した。

 

「樹ちゃん、声が出ないの?」

 

 "先生が言うには、身体に負担をかけすぎた一時的な反動だそうです"

 

「風先輩、その眼帯は……?」

 

「いやー、あたしにも反動ってのが出たみたいでね。左目が見えなくなっちゃって」

 

「夏凜ちゃん、身体はどう?」

 

「面倒ったらないわ。鍛えてる私だから日常生活はなんとかなるけど。杖ついてちゃトレーニングも満足にできやしない」

 

 仲間達にもあの激闘の痕は残っている。それほどギリギリの戦いだったと言えるが、陸人は嫌な予感を拭えなかった。そんなことを考えていたせいか、ジュースを口に含んだ際の友奈の反応が妙に目に留まった。いつもと違う戸惑ったような表情に、不穏なものを感じ取った陸人が声をかける。

 

「友奈ちゃん、どうかした?」

 

「あっ……んーん、なんでもないの。炭酸、久しぶりに飲んだ気がして。美味しいなぁって」

 

「……そう」

 

 誤魔化したような友奈の笑顔に既視感を覚える陸人。遠いどこかで、似たような言葉を聞いたような気がした。

 

「みんな無傷とはいかなかったか……リク、あなたは本当に大丈夫なの?」

 

「ん? ああ、全然平気。ちょっと服の裏に火傷があるけど、それくらいだよ」

 

「私が最後に見たリクは、頭からすごい量の血が流れていたと思うんだけど……傷、ないわね」

 

「見間違いじゃない? 大変な状況だったし、美森ちゃんも疲れてたんだよ」

 

 不自然なほどに傷の治りが早い身体。違和感を覚えないことはないが、陸人からすれば自分の意味不明っぷりは慣れたものだ。実は人間じゃありませんでした、とか言われても信じられそうなくらいに、陸人は己の記憶と身体については大雑把に捉えていた。

 

「ま、みんなその内治るでしょ。全員が退院したら、また勇者部再開よ!」

 

「やれやれ、勇者のお役目は完遂したのに、まだやることあるの?」

 

「なーに言ってんのよ夏凜! むしろこっちがあたしたちの本分でしょうが」

 

(勇者部の本分……でも、私は……)

 

 "夏凜さん、どうかしましたか?"

 

「なんでもないわ……気にしないで。ほら樹、これも食べなさい」

 

 誤魔化すように樹の口に菓子を突っ込む夏凜。何か思うところがあって、今は仲間に言う気はないようだ。

 

(リクが言っていた満開の危険性……もしかしたら……)

 

「東郷さーん、これ食べた? 美味しいよ」

 

「……ん、いただくわ友奈ちゃん」

 

 風、樹、夏凜には目に見えて問題が残っている。友奈や美森自身にも違和感があるように思える。心配性で考え込むタイプの美森にとって、透明な不安が拭えない現状はよろしくない。友奈や陸人の手前笑ってはいるが、いつまで保つか。

 

(バーテックスはこれで打ち止めとしても、アンノウンはどう出るかな……あの水の奴が親玉ってことはないだろう。俺が倒した後でも動ける敵がいたらしいし)

 

 端末を預け、勇者の力を手放した仲間達とは違い、陸人の力は健在だ。いざとなれば1人で戦うことになる。彼自身は慣れていると言えばそこまでだが、一度は肩を並べた彼女達の心情を考えると、少しやりにくくはなるだろう。

 

 

 

 祝勝会であるにも関わらず、彼らの半数はそれぞれの不安を抱え、それを表情に出さないように取り繕っている。そんな仲間の顔を見て、桜の少女は小さく拳を握っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、元々の障害もあって検査が長引いている美森を除いた全員が無事退院した。

 個室でしばらく考え込んでいた美森は、なんらかの結論が出たのか、陸人を呼んで話を切り出す。

 

「……満開の後遺症?」

 

「風先輩の左目。樹ちゃんの声。夏凜ちゃんの右足。私も確かめてみたら、左の耳が聞こえなくなってる……それに友奈ちゃんは……」

 

「「味覚の消失……」」

 

「やっぱりそうよね……気のせいかとも思ったんだけど」

 

「俺もだよ。でも、俺たち2人が同じ結論に至ったなら確定だ」

 

 満開した仲間全員に後遺症とも取れる身体機能の障害が残っている。身体を酷使した一時的な反動だという医者の言葉も納得はできるものだ。しかし、一度でも疑いを持ってしまえば全てが怪しく見えてくる。

 

「リク……どうしたらいいのかしら? もし、このまま戻らないなんてことがあったら……友奈ちゃんが、ご飯を美味しく食べることもできないなんてことになったら……」

 

「大丈夫、大丈夫だよ美森ちゃん。確かに怪しいところはあるけど、今後にも関わる大事なことを黙っているはずがない。そんな代償があるなら、少なくとも夏凜ちゃんには伝えてるはずだ。

 俺の方でも調べてみるから、美森ちゃんは考えすぎないで……退院したら何がしたい? なんでも付き合うよ」

 

 俯く美森の頭に手を乗せて優しく撫でる陸人。顔を上げた美森を元気づけるために、彼女の目の前で指を鳴らす。お得意の手品でアサガオを一輪出すと、綺麗な黒髪を軽く梳いて耳の上辺りの髪に添える。

 

「あ……リク、ますます上手になったわね」

 

「練習したからね。退院したら、美森ちゃんにも1つネタを教えようか?」

 

「……それもいいかもね。ありがとう、リク」

 

 頭に添えられた陸人の手を握る美森。しっかり握った手を自分の頰に持ってきて、感触を確かめるように優しく擦り付ける。陸人はなんとなく気恥ずかしくなったが、満足そうな美森の顔を見て振り払うのは諦め、されるがままにその笑顔を見つめていた。

 

(私にはこの人がいる。だから、きっと大丈夫……)

 

 安堵の笑顔を見せる美森。そんな彼女を見て、陸人もコッソリと安堵の溜息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夏凜ちゃーん!」

 

「……友奈?」

 

「最近部活に来ない夏凜ちゃんを迎えに来ました!」

 

「……別に、もう私が行く必要はないでしょ? バーテックスは全て殲滅した。私があそこにいる理由はもう……」

 

 夏凜は退院して以来、ずっと部室に顔を出していない。クラスで話しかけても適当に流されてまともに話もできない。そんな状況が続き、とうとう友奈は放課後の夏凜の日課に突撃した。

 

「確かに夏凜ちゃんが勇者部に来たのはバーテックスが理由かもしれない。でも夏凜ちゃんが今勇者部であるのは違うよ」

 

「……え」

 

「夏凜ちゃんが友達だからだよ! 友達だから……東郷さんも、風先輩も、樹ちゃんも、りっくんも……もちろん私も、夏凜ちゃんのこと大好きだから!」

 

 片足が上手く動かないなりに運動していた夏凜。トレーニングで若干紅潮していた彼女の顔は一気に赤く染まった。こうまでストレートに好意をぶつけられたことは、閉鎖的だった夏凜の人生で初めてのことだった。

 

「私は夏凜ちゃんが真面目で努力家なのは知ってる。勇者の使命に真剣なことも知ってる。でもそれだけじゃなくて、すっごく優しくて友達想いなところも知ってる。だから一緒に行こうよ、勇者部!」

 

「私は……」

 

「部室に行く理由、ないといけない? う〜ん、だったら……私がどうしても来てほしいから!……じゃ、ダメかな?」

 

 両手を合わせて拝むようにしながら上目遣いで伺ってくる友奈。こうなってしまえばもう、夏凜の意地の耐久力などハリボテ以下だ。

 

「……しょうがないわね。行くわよ、行けばいいんでしょ勇者部!」

 

「うん! 今日行けば罰則の腕立ては免除だって風先輩が」

 

「待って、そんなもんあったの? あんなフワッとしたスローガン掲げてるくせに」

 

 言い合いながら学校に向かう友奈と夏凜。夕日を背に並んで歩く制服姿の2人組。夏凜がなんと言おうと、紛れもなく友達同士の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また別の日、退院した美森を迎え、改めて部室で祝杯をあげる勇者部。その祝いの場から離れた陸人は、屋上で風に当たっていた。交友関係が広い彼が1人になりたい時によく来るスポットだ。陸人はここから校庭の生徒や住宅地など、人の生活を眺めるのが好きだった。

 

(あの時、みんなが満開してくれなければ間違いなく俺は死んでいた……もっと力があれば……)

 

 これからのことを建設的に考えようとしていた陸人だが、度々思考がマイナス方向に逸れていく。元々他者に異様なほど寛容で自分に厳しい、自罰的な程に責任感が強い性格ではある。その上今回は目に見える形で傷を残してしまった。陸人の後悔と自己嫌悪は際限なく続いていく。

 

「……だーれだっ⁉︎」

「――っと?」

 

 思考に没頭して珍しく隙だらけになっていた陸人。息を潜めて近づいてきた友奈が背後から彼の両目を塞ぎ、戯けた声で問いかける。

 

「……んー、誰だろう? 分かんないや……」

 

「えっ? またまたぁ、私だよ私っ」

 

 犯人の正体は即座に看破できていたが、陸人は敢えてしらばっくれる。仕掛けた側の友奈がむしろ焦り出す。慌てる様子に笑いをこらえている陸人にも気付かず。

 

「りっくん、私だってば。ほら、りっくんって呼んでる!」

 

「うーんと……あぁ、八百屋のおばあさんかな?」

 

「えっ、あのおばあちゃんもりっくんって呼ぶの?……ってそうじゃなくて!」

 

 ここまで来れば陸人がふざけていることに気づきそうなものだが、友奈は本当に自分のことを分かってもらえていないと思い込み、ますます焦る。これも純真さゆえか。

 

「じゃあヒントをもらえない? 質問するから、正直に答えてよ」

 

「いっ、いいよー! なんだって答えちゃう」

 

 実際その手を離せば済む話なのだが、友奈はあくまで陸人の言葉に乗っかっていく。純真と単純は紙一重と言うべきか。

 

「質問1。君は俺と同じクラスの生徒だ」

 

「はい、クラスメイトです」

 

「質問2。君は勇者部に入っている」

 

「はい、同じ勇者部員です」

 

「なるほど、だいぶ絞れてきたよ……よし、最後の質問だ」

 

「ホント? よーし、なんでも来い!」

 

 両者共に目的を忘れてこの問答を楽しみ始めている。怖いのはこの間2人が密着状態のまま、それをお互気にしていないことだ。思春期真っ盛りの男女の距離感ではない。これはどちらも異性として見ていないのか、それとも性差を忘れるほどに親密な証拠なのか。

 

「じゃあ質問3。君は俺の大好きな人だ」

 

「……! えーっと、どうかな?」

 

 予想外の質問に硬直する友奈。それでも身体は離さず、どう答えるかを考えている。

 

(……ま、この辺で切り上げるか)

 

 親友の反応が面白くて、少しからかいすぎてしまった。名前を言い当ててこの問答を終わらせようと陸人が口を開いた瞬間――

 

「でも、うん……そうだね。私はりっくんが大好きだし、りっくんも私のこと"好きだ"って思ってくれてたら……凄く嬉しいです」

 

「……!」

 

「あはは、恥ずかしいね……ゴメン、変なこと言っちゃった……」

 

「……いや、俺の方こそ……からかってごめんね、友奈ちゃん」

 

「あー、やっぱり分かってたんだ。もう、ひどいよりっくん」

 

 気恥ずかしさに頰を赤く染め、どちらからともなく離れていく。照れ笑いをしながら目線を彷徨わせる友奈。気まずそうに頰を掻いてそっぽを向いている陸人。自分たちの大胆さにようやく気付いたようだ。

 

「そ、それでりっくん! 1人で何してたの?」

 

「……特に何してたわけじゃないんだ。考え込んでたっていうか」

 

「そうなんだ。悩み事なら相談乗るよ?」

 

 そう言って笑う友奈。彼女こそ味覚が利かないという傷を負った被害者なのに、そんな雰囲気は微塵も感じさせない笑顔で陸人に手を差し伸べる。

 

(本当に、君はすごいよ友奈ちゃん……)

 

「りっくん?」

 

「いや、もうそのことはいいんだ。結論は出たから……友奈ちゃんのおかげだよ」

 

「私? 何にもしてないけど……りっくんがいいならいいや」

 

 2人並んで街を眺める。しばらくそうしていると、屋上に数人の生徒が上がってきた。共に目の前の景色を守り抜いた仲間たちは、無言のまま隣に並び、勇者部全員が一列に並んで世界を見渡す。

 

「これが当たり前の世界……私達が護ったもの」

 

「誰もそんなこと知らないし、考えもしないでしょうけどね」

 

「それでも俺たちが頑張った結果が、こうしてここにある……それはまぎれもない事実だよ」

 

 満足げに、誇らしげに微笑む一同。夏凜は端末に届いたメールを見て、安堵の表情を浮かべる。

 

「夏凜ちゃん、どうかした?」

 

「なんでもないわ。ほらほらアンタたち、バーテックスを倒しても勇者部の役目は続くんでしょ? あんまのんびりしてられないわよ」

 

「あらら、どうしたの? 打って変わって乗り気じゃないの」

 

「ゆるゆるで大雑把な部長だけじゃ立ち行かないでしょ? 私がしっかりしないとね」

 

「なにおー! 前から思ってたけど、夏凜には上級生への敬意が足りないわよ」

 

「だったらもっと敬えるようなところを見せてみなさいよ」

 

 "夏凜さん、言い過ぎですよ。確かにちょっと勢い任せすぎるところはありますけど"

 

「樹⁉︎ あぁ……妹に背中から刺される日が来るなんて」

 

「だいじょーぶですよ風先輩! 先輩の良いところは私たちみんな分かってますから。ね、東郷さん?」

 

「うふふ、もちろんよ友奈ちゃん。風先輩の勢い任せあってこその勇者部ですもの」

 

「あんたら……揃いも揃って、人をイノシシみたいに言うなー!」

 

(そうだ、俺たちは確かに勝った……確かに、護れたはずなんだ)

 

「リク、どうかした?」

 

「何でもないよ……そういえば風先輩、慰安旅行がどうのって言ってませんでした?」

 

「あ、そうそう。大社からの連絡なんだけど――」

 

 

 

 彼らは讃州中学勇者部。神に見初められ、()()()世界を護った最新の勇者たちだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




美森ちゃんの不信を払ったのは陸人くん。
夏凜ちゃんの葛藤を払ったのは友奈ちゃん。
友奈ちゃんの不安を拭ったのは陸人くんで、陸人くんの罪悪感を減らしたのは友奈ちゃん……そういう役割分担ですね。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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夏と海と男と女

たまには不穏な空気ナシで行こうかなと思います……無理かな。



 夏のとある日、勇者部の6人は大社の手配で慰安旅行に来ていた。学生には不似合いな高級旅館。すぐそばには美しい大海原。最高のロケーションに、少女たちのテンションは上がりまくりだ。

 

「青い空、白い雲……と来たら、やっぱ海よね〜」

 

 "天気もいいし、最高だね!"

 

「大社も太っ腹だねー、こんな良いところに行かせてくれるなんて」

 

「確かに……海水浴用の車椅子まで用意してくれるとは思わなかったわ」

 

(なんだからしくないわね。純粋な善意なんてものが、今の大社にあるのかしら……後で陸人とも話しておいたほうがいいかも)

 

 大社の裏の顔を知る夏凜は、不気味なほど丁重な扱いに違和感を感じてしまう。杖では砂浜は苦しいということで美森と同じ海仕様の車椅子に腰を下ろしている彼女は、ここにいない仲間を探して周りを見渡す。

 

「あれ? 陸人いないわね」

 

「あっちで釣りをしてくるって言ってたよ。竿のレンタルもあるみたい。私もやってみようかなー」

 

「釣り? ホント多趣味ねアイツ」

 

「どうかしら? 私もリクから釣りの話なんて聞いたことないけど」

 

 "陸人さん、やったことない釣りに1人で行ったってことですか? どうしてでしょう?"

 

「あー、なるほど……そりゃアレよ。さすがの陸人といえども、これだけの美女が揃って水着なんだから気恥ずかしくもなるわ」

 

 訳知り顔で頷く風。彼女を含め、勇者部の5人は各々が自分で選んだ水着を着て海にいる。それぞれの個性が出た水着姿は、一般的な年頃の男子には刺激が強い光景だろう。

 

「うーん、りっくんがそういうの気にするかなぁ?」

 

「どうかしらね。いつも余裕そうな顔してる印象だけど……確かに焦ってたりしたら面白いわね」

 

 "東郷先輩と一緒に暮らしている陸人さんなら慣れてそうですけど"

 

「でも、リクはお風呂上がりとか寝起きとか……そういう姿は見ないようにいつも気を遣ってくれてるわ。私の服にも極力触らないし、水着姿なんて見せるのはこれが初めてね」

 

 性差を意識していないように振舞ってはいるが、その実相手に嫌な思いをさせないことを第一に考える陸人だ。四六時中と言ってもいいほど一緒にいる美森でさえも、彼にここまで肌を見せるのは初めてだったりする。

 

「そんじゃ、遊ぶ前に陸人に見せてきましょうか。せっかく一緒に来てるのに何も言われないのは嫌でしょ? 東郷も友奈も」

 

「はい……ってあれ? なんで私達だけ名指しされたんですか?」

 

「まあいいからいいから、釣りってことは防波堤の方かしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(結局来ちゃったな。俺はいいって言ったのに)

 

 水着にパーカーを羽織ったラフな格好に着替えた陸人は、仲間を避けて1人で釣竿を握っていた。彼女達の予想通り、陸人は水着の少女達に囲まれるのが気まずくて逃げ出したのだ。

 

(こういう旅行は男女比が重要になるんだから。俺1人のせいで手間も金も余計にかかるんだし)

 

 旅行の話が出た時点で、陸人は不参加を表明していた。大社の手配ではあるが、陸人1人のための別部屋には余計な料金が必要になる。

 ゆったり過ごそうという目的の慰安旅行で男子が一緒にいれば、いくら見知った仲間でもどうしたって気を遣わなければならない場面が出てくる。

 お邪魔虫抜きで女子同士のんびりしてほしいと伝えた結果、5人の機嫌は急降下した。仲間外れを認めるような彼女達ではない。大社に話をつけて6人一部屋に変更してしまった。

 

(夜は廊下に出るか……最悪押し入れに入ればいいか)

 

 "お邪魔虫"なんていない、ということを証明するためらしいが、流石によろしくないだろう。半ば強引に連れてこられた以上仕方ない。

 旅行の間はなるべく気を遣い、健全な距離感を維持することに専念する。そのためにわざわざやったこともない釣りに興じて時間を潰しているのだ。

 最近妙に充電の減りが早いスマホを取り出し、時間を確かめる。そろそろ着替えを終えて遊んでいる頃だろうか。

 探しに来られても見つからないように、事前に調べた穴場スポット、岩場を抜けた先に拓けた砂浜でひっそりと釣り糸を垂らしている。

 

「りっくーん!」

 

 だからこそ、その声は陸人にとって不意打ちだった。

 

「いたいた、ほんとにこんな陰みたいなところに」

「よく分かったわね、東郷」

「うふふ、リクならきっと見つからないような場所にいるだろうなって思って」

 "でもここ、すごく綺麗ですね。人もほとんどいませんし"

 

 結果的に勢揃いしてしまった勇者部。遊びに出る前、真っ先に探しに来てくれたようだ。

 

「みんな……」

 

「リク、もう諦めて一緒に楽しみましょう? あまり気を遣われすぎても寂しいわ」

 

「……参った、降参だ。せっかく来たし、ここでちょっと遊んでいこうか?」

 

「うん! りっくん、私も釣りやってみたいな」

 

「よし、2本借りたからみんなで交代してやろうか」

 

「あ、そうそうその前に……」

 

「風先輩?」

 

「私達のこの格好見た感想は? 1人ずつお願いね」

 

「え〜……」

 

 思わず後ずさるが、5対1では逃げ場がない。誠心誠意言葉を尽くし、全員を満足させるのに10分かかった陸人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぉぉぉ……美味しい、どれもこれも美味しすぎる!」

 

「なんというか、不釣り合いな高級品口に入れてる気がして怖いね」

 

 "これも勇者のお役目を終えたご褒美なんでしょうか?"

 

 遊び尽くした勇者達は日が暮れる頃宿に戻り、そのまま夕食へ。質も量もとんでもなく豪勢な食卓に圧倒されながらも、各々は慣れない高級御膳を楽しんでいた。

 

「ほら友奈ちゃん。これも食感いいよ、食べてみて」

 

「ありがとうりっくん……う〜ん、食感、のどごし、凄くいい!」

 

 舌が利かない友奈も、別の方向で食事を楽しんでいる。

 

「マナーを守って楽しく食事とは言うけど、食べ慣れないものが並んでるとちょっと困るわよね」

 

「その辺は美森ちゃんを参考にするといいんじゃないですか? 家でも常に綺麗ですから」

 

「……は、恥ずかしいわ、リク……」

 

「……あ、食べ方がって意味だよ?……いや、もちろん美森ちゃん自身も綺麗だとは思うけど!」

 

 言葉足らずで美森を赤面させてしまった陸人。慌てて訂正するが、一度滑った口は止まることなく余計なことばかり飛び出していく。

 

「……コホン、まあとりあえず見知った仲間しかいないわけだし、不快に思わない程度であればマナーは重視しなくてもいいんじゃないかな?」

 

「はーい、分かったよお父さん!」

 

「……お父さん?」

 

「私としてはもう少し厳しく躾けてあげてほしいわ、ねえアナタ?」

 

「あ、あなたぁ?」

 

 なぜか唐突に始まった家族ごっこ。陸人が父、美森が母、友奈が娘らしい。

 

「お父さん、お椀が空いてるよー」

 

「あら、お代わりいる? アナタはよく食べるから大盛りね」

 

「え、あ、うん……お願いします」

 

「お父さん言葉遣い変なのー」

 

「そうね、アナタは家長なんだから、もっとどっしり話してくださいな」

 

「えぇぇ……じゃあよろしく。美森、友奈も」

 

 旅行の楽しさにあてられたのか、友奈と美森のテンションがいつもより若干高い。戯れてくる2人に困惑しながらも付き合う陸人。

 

「相変わらずすごいわね、あの3人」

 

 "距離感に遠慮がないですよね"

 

「あれで友達だ家族だって言うんだから分かんないわよね、この子達」

 

 卓の向かいから陸人達の寸劇を眺めていた風、樹、夏凜。自他共に認める強い絆で結ばれた仲間ではあるが、あの3人と自分たちの間には、割り込めない何かがあると理解していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事を終え、旅館の温泉を満喫した一行。存分に楽しんで部屋に戻ると、先に戻っているはずの黒一点の姿がないことに気づく。

 

「あれー? 陸人のヤツ、またなの?」

 

「ロビーとかじゃないかな? お土産屋さん見てるとか」

 

「いえ、部屋の中にいるはずよ……ね、リク?」

 

 すべてお見通しといった余裕の態度で部屋の奥に入っていく美森が、勢いよく押入れの襖を開く。

 

「……びっくりした。よく分かったね、美森ちゃん」

 

「ふふ、前に言ったでしょ? あなたのことならなんでも分かるって」

 

 押入れの上の段に布団を敷いて横になっていた陸人。どうにか女子達の寝床から扉1つ隔てて寝ようとした彼だったが、ジトっとした翠眼の圧に負けてしまった。

 

「あーあー、陸人ってばまだ気にしてたのね」

 

 "陸人さんなら大丈夫ですから、一緒の部屋でのびのび寝ましょう"

 

「らしくないわよ。誰もアンタがやましいことするなんて思ってないんだから」

 

「……分かったよ、それじゃ俺の布団はこの辺に――」

 

「じゃあ逃げようとした罰ってことで、りっくんは真ん中! 私と東郷さんの間ね」

 

「友奈ちゃぁん……」

 

「ふふっ、それがいいわ。リク、観念なさい」

 

 無邪気に逃げ場を封殺してくる友奈と、圧のある笑顔で追い詰めてくる美森。最後の最後まで、陸人には逃げ場が存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……変な時間に起きちゃった。枕が違うからかな?)

 

 一頻り騒いでから就寝した勇者達。全員が寝入ってから数時間後、普段は寝起きが悪い友奈だったが、この日は珍しくパッチリと目が覚めた。まだ時刻は早朝と言ってもいい。仲間達の様子を見渡し……

 

(あれ? りっくんと東郷さんがいない。靴がないってことは外に出たのかな?)

 

 空が少しずつ明るくなってきた時分、まだ人も物も動いてはいないだろう。だとすれば、あの2人が行きそうなところは1つ。

 

(そーっと、そーっと……)

 

 仲間を起こさないように、友奈はひっそりと部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何度もごめんなさい、リク。私ももっと強くならないとね」

 

「いいさ、不安になるのも仕方ない。1人くらいは心配性な人がいる方が集団ってのはうまくいくものだしね。俺で良ければいつでも話を聞くよ」

 

 2人は海岸に出ていた。ふと現状の恐怖がぶり返して目が冴えてしまった美森を気遣って、陸人が連れてきたのだ。せっかくの機会、水平線から昇る朝日を見て気持ちも晴らそうと考えた。

 

「ほら、もうすぐ日の出だよ――」

「東郷さ〜ん! りっく〜ん!」

 

「あら、友奈ちゃん?」

 

 海を見つめる2人の背中に、聞きなれた声が飛んでくる。砂浜を全力疾走してくる友奈。足場が悪く、その足元は不安定で危なっかしい。

 

「ぁわっ!」

「――っと、大丈夫?」

 

 友奈が体勢を崩し転倒する直前、恐ろしい加速力で走り寄った陸人がその身体を支える。一瞬前まで隣にいたはずの少年の速度に、美森は驚愕と違和感を覚えた。

 

(リク……最近ますます人並み外れてきてる。そもそもあんな傷が1日で治るなんてあり得ない。昔からすごい子ではあったけど)

 

 それでもここまで人外じみてはいなかった。そして何よりおかしいのは、陸人自身がそのことに疑問を持っていないこと。

 

(アギト……考えてみれば、私たちもリク本人ですら、あの力については何も知らない。アレの本質が良いものが悪いものかも……)

 

 美森の心配の種はいくらでもある。治る気配がない身体の異変。今後の敵の動向。そして陸人の異常。その度に陸人に励まされ、自分を誤魔化しながら日々を過ごしている。

 

「あっ、ほら2人とも。日の出だよ!」

 

「おおっ! すごいキレイ……これを見にきてたんだね」

 

「ええ、本当に綺麗ね」

 

 美森は自分の行いが現実逃避に過ぎないことを理解している。陸人もそんな彼女の心境は分かっているだろう。

 それでも、昇る太陽に負けないくらいに明るく笑う友奈を見ていると、そんな不安もどこかに行ってしまうような、確かな希望を持つことができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 慰安旅行から帰った数日後、いつも通り部室で依頼に励む勇者達。

 

「あ、そうそう。みんなにプレゼントがあるんだ」

 

「プレゼント? お土産なら一緒に見たわよね」

 

「買ったものじゃないんだ。これなんだけど」

 

 そう言って陸人が取り出したのは、美しい貝殻のストラップ。それぞれ違う色の麻ひもとビーズで彩られた5個の手作り品が机上に並べられる。

 

「これ、もしかして……」

 

「ああ、この前の海で拾ったんだ。綺麗な場所だったよね。いい貝殻もたくさんあって」

 

 拾ってきた貝殻を洗い、穴を開け、装飾してストラップにした。陸人はどちらかというと買ったものより自分で作ったものを人に贈ることを好んでいた。

 

「紐がピンクのやつが友奈ちゃん。赤が夏凜ちゃん。黄色が風先輩で、緑が樹ちゃん……で、青が美森ちゃんの分ね」

 

「わぁぁ……すっごい可愛い! ありがとうりっくん」

 

「ふーん、まぁ悪くないんじゃない?……ありがと……」

 

「あんたもホント器用よね。あんがと、鍵にでもつけようかしら」

 

 "ありがとうございます、陸人さん。私はカバンにつけようかなぁ"

 

「あなたがくれるものはいつも素敵ね、リク。部屋に飾らせてもらうわ」

 

「うん、好きなところに置いてほしいな。一応俺の分もあるんだよ」

 

 陸人はペンケースを取り出す。そこには同じデザインのストラップが、白い紐で結ばれていた。

 

「じゃあこれは勇者部のお揃いってことだね」

 

「うん。あの日の記念ってことで。これでいつでも思い出せるでしょ?」

 

「あ……」

 

 陸人は直接言わなかったが、美森はその真意に気づいた。自分や陸人の境遇から、思い出というものにこだわる美森。このプレゼントは彼女のために旅行の思い出を形にしたものだ。全員が同じものを持っていれば、それを共有できる。

 

「ありがとう、リク……」

 

「うん。お金も手間も大してかかってない、簡単なものだけどね」

 

「そんなことない……凄く嬉しいわ。大切にする」

 

 美森が全てに対して感謝を伝えても、陸人は気づかないふりで受け流す。いつもそうだ。それでも美森は陸人への感謝を忘れないし、陸人もちゃんと心で受け取っている。それが2人の関係性だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の帰り道、用事が重なって珍しく1人で歩いていた陸人。彼の第六感に、久しぶりの衝撃が飛び込んでくる。

 

(これは……アンノウンか。やっぱり、まだ……!)

 

 踵を返して走り出す陸人。誰かに危害が及ぶ前に。仲間がそれを見つける前に。迅速に無駄なく、アギトは異形を殲滅しに向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これって……!」

 

 帰宅した風の眼前に現れた精霊、犬神。餌付けをしたりとうまく信頼関係を築けていた相棒は、以前と変わらない距離感で顔にすり寄ってくる。

 

「犬神……久しぶりね。この感触、変わらない。でもどうして……」

 

 再開できた喜びも束の間、卓上に並べられた5個の端末。入院した際に大社に預けたコレが返ってきた。そして変わらず端末には精霊が宿っている。このことから導き出せる結論は……

 

 

 

 

 

 

 

(今日はコレで打ち止めか。手早く済んで良かった……けど……)

 

 新たな力を使うまでもなく、単独でさまよっていたアンノウンを即座に撃破したアギト。変身を解除して思考に耽る。薄々予感していたが、コレで確定した。陸人や美森の不安は、杞憂ではなかったのだ。

 

 

 

「戦いはまだ……」

 

「終わってなかった……」

 

 事実を目の当たりにして、覚悟を新たにする2人。しかし本当の現実は、そんな2人の想像を大きく凌駕する、最悪の展開に進んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回も原作をなぞるような形になり、ちょっと味気なかったかも。不穏オブ不穏! やはり私には完全平和ストーリーは不可能なようです……

最後の方、分かりにくかったかもしれませんが、陸人くん→風先輩→陸人くん→2人視点っていう流れです。ラストのセリフはよくある離れた場所の2人が画面を分割して同時に喋る演出を想像してもらえると良いかと。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに。



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できること、やるべきこと、やりたくないこと

原作でも物議を醸した暴露回、この辺りはいじりようがなくて困ってます。



「延長戦ってことですか……」

 

「そうなるわ。終わったと思ったんだけどね」

 

 大社から返された端末……勇者としての力。それが必要な事態がまだ続いている。つまりまた戦う必要があり、身体に異常が残る可能性があるということだ。

 

「でもほとんどはもう倒したんですよね? だったら……」

 

「ええ。いつでも来なさいってね」

 

 それでも勇者達は怯まず、端末を手に取る。自分たちにしかできないことがあり、やらなければ失われる命がある。それを守るために戦う。少し決着が延びただけ。それだけのはずだと、誰もが自分に言い聞かせていた。

 

(本当に、そうなの? この胸騒ぎは何……?)

 

(アンノウンもまだ動いてる。だとしたら……)

 

 美森と陸人の顔は晴れない。考えられる可能性があまりに多すぎるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後、ついに現れた延長戦の相手。敵はバーテックスとアンノウンが一体ずつ。前回のような大規模戦闘にならずに済んだことに安堵する一同。しかし陸人は、これまでとは違う脅威を感じ取っていた。

 

(何かが違う……普通のアンノウンとも、エルロードとかいう奴とも)

 

 人に近い姿をした双子座の『ジェミニ・バーテックス』

 その隣を歩くカブトムシ型のアンノウン。気配は紛れもなくアンノウンのもの。しかし、多くのアンノウンを屠ってきた陸人は違和感を覚えた。その落ち着いた佇まいには、人間のような雰囲気があった。

 

「それじゃ打ち合わせ通り、アンノウンは俺がやるよ。バーテックスはよろしくね」

 

「ええ……あのバーテックス、前回の戦闘にもいたわ。双子、ということなのかしら」

 

「ああ、覚えてるわ。やたらすばしっこいやつよね。どうやって倒したんだっけ?」

 

「あれでしょ? スイレンさんとかいうのが片付けてくれたって」

 

 美森と樹が通信で会話した謎の助っ人"スイレンさん"のことは大社に聞いても不明としか返ってこなかった。全て終わったと考えていた勇者達は深く追求しなかったが、こうなると何が嘘で誰を信じればいいかも分からない。

 

「とにかく今は、目の前の敵をやっつけなくちゃ。足が速いならみんなで連携して倒そうよ!」

 

"私のワイヤーも、役に立つはずです"

 

「……そうね。よし、円陣しましょう!」

 

 肩を組んで円になり、心を1つに合わせる。どんな状況でも信じられる仲間と繋がり、勇気を奮い立たせる。

 

「これできっちり勝って、延長戦もゲームセットよ!――勇者部――」

 

『ファイトォォォッ‼︎』

 

 号令と共に別れて飛び立つ勇者達。目指すは完全勝利。その先にあるはずの、当たり前の平穏。

 

 

 

 

 

 

 

 

 カブト型と激突したアギトは、一合でその実力の高さを把握し、同時に戦慄した。

 

(エルロードとは違う。種族のスペックや超能力じゃない、戦士としての強さがコイツにはある……!)

 

 闘い方を知っている動きでアギトについてくるカブト型。メイスと盾で武装し、攻防ともに隙がない。人間を殺すだけの他の個体とは違う。間違いなくかなりの戦闘経験を積んでいる。それもアギトのような、力のある存在との殺し合いを。

 予想外の強敵の出現に、陸人は改めて目の前の敵に集中する。切り崩すためにフレイムフォームに変化。セイバーとメイスが激しく火花を散らす。

 

「…………」

 

(冷静にこっちを見極めてきてる……! 真っ向からじゃ難しいな)

 

 必殺技を決めるにしても、盾を弾くか壊すかしなければ防がれるのは目に見えている。ストームの速度で翻弄する手も考えたが、アギトの体感では、目の前の敵はまだ実力の半分も出していない。おそらく速度も風の力と互角以上はあるはずだ。

 

「なるほど。それが貴様の力か」

「なに……?」

 

 何度目かの鍔迫り合い。至近距離で睨み合う中、アンノウンらしくない流暢な言葉が飛んできた。反射的に飛び退いたアギトが言葉を発する前に、遠く離れた地に光の柱が発生する。

 勇者達がバーテックスを撃破した光だ。それを確認したアンノウンは、背を向けて離脱していく。

 

「……水入りか。小手調べとしてはこんなところか」

 

「待て……お前、何者だ?」

 

「さあな。闘い続ければ、また相見えることになるだろう」

 

 終始余裕を崩さず、カブト型は悠然と光の奥へと消えていった。それを見届けた直後、アギトもまた光に包まれる。

 

(……いつもの帰還と違う、この感覚は――?)

 

 何かに引っ張られるように、アギトは崩壊する樹海から、何処かへと転移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……」

 

「美森ちゃん、友奈ちゃん!」

 

「りっくんも来てたんだ、良かった……なんか変だよね? ここ、いつもの屋上じゃない」

 

 樹海が解け、陸人たち3人が降り立ったのは学校の屋上ではなく、それなりに距離があるはずの大橋の目の前。なぜこのような事態になったのか、陸人が周囲を探っていると……

 

「良かった〜、成功したよ〜……会いたかった〜」

 

(この声……!)

 

 やたら間延びした少女の声。その方向に進むと、違和感だらけの空間が広がっていた。

 屋外であるにも関わらず、病室からそのまま持ってきたようなむき出しのベッド。その上に身体を預けているのは、これまた屋外向きではない薄着の少女。傍には大社の仮面を付けた小柄な人物が1人。

 3人をここに来たのは彼女達の思惑のようだ。

 

「えっと、あなたは……?」

 

 戸惑いながら友奈が2人に視線を送る。誰かの知り合いか、という疑問の目線に、美森は一瞬悩んで首を横に振る。それを見た少女の目にほんの僅かな悲しみが宿ったことに、陸人だけが気づいた。

 

「ここに俺たちを呼んだのは、君ってことでいいのかな?」

 

「そうだよ〜。会いたいって何度言っても聞いてくれなかったから、勝手にやっちゃったんだ〜。お名前教えてもらえる〜?」

 

「えっと、結城友奈です」

「東郷美森です……」

「御咲陸人……その仮面、君は大社の?」

 

「ん〜、厳密には違うかな〜。私はどっちかといえばあなた達と同じ立場、勇者だよ〜」

 

「……勇者……?」

 

 のほほんと告げられた自分達以外の勇者の存在。そこでようやく、美森は彼女と同じ声の主を思い出した。

 

「そうか……あなた、スイレンさんね?」

 

「「……!」」

 

「そうそう〜。ある時は国防仮面二号、またある時は謎の勇者スイレンさん、かくしてその正体は〜?」

 

 そのままタメを作って黙り込む少女。反応に困った陸人達は、首を傾けて同じく黙り込む。

 

「……その正体は?」

 

(あ、そう乗っかるべきだったのか)

(この声、女の子?)

 

 見兼ねた仮面の少女が小声で合いの手を入れる。流石に初見の3人にその返しは無理があった。

 

「そう、その正体は〜? じゃじゃじゃ〜ん、乃木園子っていいま〜す。あなた達よりもちょっと前に、ここ大橋で勇者やってました〜」

 

 頭部や左腕、胸部等に包帯を巻き、その肌は病的に白い。不自然なほどに脱力した身体からは、普通の人間にある活力が感じられない。

 それでも少女は朗らかな笑顔で、相変わらず間延びした声で名前を名乗る。

 

「先代勇者、乃木園子さん……」

 

(この子が睡蓮の彼女で間違いない……なるほど、勇者だったわけか)

 

「乃木さん。あなたの身体は、その……バーテックスとの闘いで?」

 

「う〜ん、まぁそうとも言えるし、違うとも言えるかな〜」

 

 言葉を濁す園子。少しだけ表情を曇らせて躊躇った彼女は、一瞬の後に再び笑顔を作って口を開く。

 

「友奈ちゃん。美森ちゃんも、満開したんだよね?」

 

「あ、はい……」

「満開には、やっぱり何か……?」

 

「りくちーから聞いたんだね〜。もっとハッキリ伝えられれば良かったんだけど……大社の目が厳しくて〜」

 

「……りくちー?」

「あー、今は置いといて……満開が、どうしたの?」

 

「よくできたネーミングだよね〜。"満開"……咲き誇った花は、その後どうなると思う?」

 

「……ぁ」

「まさか……」

「咲ききった花は散るしかない……まさか、そういうことなのか?」

 

「……うん。満開した後、体の一部が不自由になったと思うんだけど、心当たりある?」

 

「……!」

(そうか……やはり)

 

 反射的に口を抑える友奈。左耳に触れて苦い顔をする美森。2人の素直な反応を見て、おおよそ把握した園子が話を続ける。

 

「その様子だと、まだ一度だけなんだね〜……"散華"って言うんだ。勇者は神樹様に力を借りて戦う。だからより強い力を授かりたい時は、代償に自分の何かを捧げなくちゃいけない」

 

 "まだ一度だけ"

 その言葉に、陸人は目の前の少女にずっと抱いていた違和感の正体を悟った。

 

「君の身体、外傷には見えなかったけど……満開の代償で?」

 

「そうなんだ〜。これでも謎のヒーローさんが助けてくれたおかげで少なく済んだんだけどね〜。1人だったらきっと倍以上を捧げなくちゃいけなかったと思う」

 

 全身を包帯で覆い、手足の動きも悪い現状をまだマシと言い切る園子。ずっと笑顔で話しているが、まだ子供の彼女にとって、笑って流せる状態ではないはずだ。

 本当は泣きたいだろう、怒りたいだろう、恨みたいだろう、呪いたいだろう。その全てを封じ込めて自分達と向き合ってくれている勇者の姿に、陸人は喉まで出かかった言葉をなんとか飲み込んだ。

 

「そのかわり……なんて言い方は正しくないかもしれないけど〜、勇者は死なない。ううん、死ねなくなるんだよ」

 

「それは、つまり……」

「どんな無茶をしても、後退せずに戦い続ける。そういうことでいいのかな?」

 

 言い淀む美森に代わって、陸人が残酷な現実を口にする。ここまで来たら、下手に誤魔化すよりも事実と向き合う方がいいと判断した。

 

「そういうことだね……今の私の身体は、その悪い例として見てもらえればいいかな〜」

 

 のほほんとしてはいるが、そのうちに秘めた苦悩はどれほどのものか。出会ったばかりの陸人達には想像もできない。

 

「なんで君や美森ちゃん達みたいな子供が選ばれるのか、聞いてもいいかい?」

 

「簡単なことだよ〜。いつの時代にも決まってることだからね……神様の供物として見初められるのは、無垢なる少女。神世紀でも、古代でも……西()()()()()

 

 "西暦の勇者"

 そんな無関係なはずの言葉が、陸人の胸に強く響いた。

 

「誰かがやらなきゃいけなくて、私達にしかできないこと。やりたいとかやりたくないとか、そんな次元の話じゃない。

 大社が秘密主義なのは、優しさもあるのかもしれないけど……こっちとしてはたまったもんじゃないよね」

 

「供物……それじゃ私達は、これから先も自分を失い続けて――」

「で、でも! バーテックスは全部倒したんだよ! だからもう……」

 

 美森の不安をかき消そうと、驚愕を隠して彼女の手を握る友奈。おぼろげな希望に手を伸ばす2人を見て、園子が新たな言葉を紡ごうとして――

 

「邪魔が……!」

 

 ずっと黙ったまま気配を消していた仮面の少女が、園子を庇うように傍に立つ。気づけば、同じ仮面を被った大人が10人以上。陸人達を囲むように迫ってきていた。

 

「なに……なんなの?」

「りっくん……」

「嫌な感じだ……2人とも、俺から――」

 

「はい、そこまで」

 

 剣呑な雰囲気を発しながら近づいてくる仮面集団は、園子の鶴の一声で一斉に動きを止めた。先ほどまでとは打って変わって冷たく響く声に、陸人は思わず園子の表情を伺う。彼女は間違いなく怒っていた。

 

「3人に何かしたら、私……()()()()()()?」

 

 相手の反応を気遣いながら話していた園子だったが、大社職員に対しての声色はひどく冷たい……いや、激情を必死に抑えようとして結果的に冷たくなってしまっている。

 言葉の1つ1つが見えない圧力となって、大の大人達を跪かせていく。

 

「もう終わらせるから。あなた達は先に帰ってて……いいね?」

 

 その言葉に従い、無言で立ち去っていく仮面たち。全員が消えてようやく、園子は気が抜けたように息を吐いた。

 

「はぁ……ゴメンね。あの人達も必死なだけなんだけど、極端すぎて……」

 

「園子、これ以上は……」

「うん……見張られてるだろうし、今日はここまでだね〜」

 

 密かに言葉を交わし、仮面の少女が離れていく。ここでお開きのようだ。

 

「知りたいことがあったら、大社を訪ねてきてくれるかな? これ以上誤魔化そうとはしないはずだから〜」

 

「……分かったよ。園子ちゃん」

「えっと……ありがとう、ございました」

 

 眉根を寄せて何かを言い淀む美森。やがて意を決した彼女は、ずっと感じていた疑問を園子にぶつける。

 

「乃木さん、あなたは……」

 

「どうかした〜?」

 

「あなたは、私のことを知っているの?」

 

「……! う〜ん、そうだね〜。()()()()()()()()()()、私は何も知らない。今を今として生きているあなたに言えるのはこのくらいかな」

 

「……そう」

 

 ひどくぼかした返答に、美森はひとまず引き下がる。その手は無意識に髪を束ねるリボンに触れる。気持ちを落ち着かせる際の彼女のクセだったが、それを見た園子は懐かしいものを見るように目を細めた。

 

「そのリボン、似合ってるね〜」

 

「……! ありがとう。どうしても思い出せないけれど、すごく……すごく大切なものなの」

 

「そっか〜……」

 

 美森も、2人のやりとりを見ていた陸人と友奈も大まかに事情を把握し、何も言うことができなかった。

 

「タクシーを呼びました。邪魔が入る前に、どうかお急ぎを……」

 

 戻ってきた仮面の少女が告げる。彼女と園子はよほど大社を信用していないらしい。民間の足を用意して帰宅を急かす。全ては陸人達を守るために。

 

「それじゃあ園子ちゃん、今日はありがとう」

 

「うん……気をつけてね、色々と」

 

「ああ……また来るよ。君に借りっぱなしだった羽織、今度は持ってくるから」

 

「……楽しみにしてるね〜」

 

 仮面の少女に見送られ、立ち去っていく3人。その背中が見えなくなった頃、園子は密かに涙を流す。

 この出会いは喜ばしいものではなかったかもしれない。残酷な真実を知った彼女たちの痛みも、決して軽いものではないだろう。それでも園子は嬉しかった。

 

 

 ――どうしても思い出せないけれど、すごく……すごく大切なものなの――

 

 

 ――また来るよ。君に借りっぱなしだった羽織、今度は持ってくるから――

 

 

「えへへ、ありがと〜……りくちー……わっしー……」

 

 誰にも聞こえない感謝を告げ、涙を流しながらも園子は笑った。義務感で貼り付けた作り笑顔ではない、本物の笑顔の花がそこに咲いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 陸人達を乗せたタクシーが何事もなく彼らの家まで到着し、美森の車椅子を押して友奈が東郷家に入っていく。用心して家路まで同乗してきた仮面の少女は、無言のまま美森の後ろ姿を見つめていた。

 

「そうだ、園子ちゃんにこれ渡してくれる?」

 

 陸人が差し出したのは、連絡先が綴られたメモ用紙。ようやく出会えた思い出の彼女との繋がりを維持したい。基本受け身な陸人にしては珍しい積極的な行動だった。

 

「申し訳ありません。園子様の端末は大社に管理されています。普段は彼女の手元にはありません」

 

「そこまでか……じゃあ君のならどうかな? 友達なんだろ?」

 

「……なんで分かったんだ?」

 

 声色と態度で出来る限り平坦な人物を作り上げていた少女。靴や服装も工夫して、なるべく自身の小柄さも誤魔化せていたつもりだったのだが。

 

「見れば分かるよ。園子ちゃんとの距離感が違うからね」

 

「そっか。すごいな、御咲陸人」

 

 観念したように息を吐いた少女が、仮面を外して素顔を晒す。陸人の予想通り、自分と同年代の幼さが残る少女の顔がそこにあった。

 

「アタシは三ノ輪銀。お察しのとおり、園子の友達だ。今はアイツの側付きをやってる」

 

「そして、()()()()()()()……かな?」

 

「……ホントに察しが良いな。アタシも勇者だった。園子と違って、今はもう適性を無くしちゃった役立たずだけどな」

 

「不自然なくらいに右手を使わない挙動が気になってね。あんな話の後だったのもあって……散華っていうのは、勇者の資質そのものを失うこともあるのかい?」

 

「ああ、本末転倒な気もするけどな。神樹様でも捧げる対象は選べないみたいだ」

 

 参った参った、と頭に手をやる銀。先ほどまでの態度は全て演技だったらしく、仮面を外した彼女は感情を素直に表現する気質のようだ。

 

(この子と園子ちゃんが先代勇者……だとしたら美森ちゃんの足と記憶は……)

 

 散華、乃木園子、三ノ輪銀、東郷美森。今日1日で知ったことは多い。懸念事項も同じだけ増えてしまったが。

 

「それじゃ今日はありがとう。これからは園子にアタシの端末貸して連絡させてもらうよ」

 

「うん。俺が言うのも変な話だけど、園子ちゃんのことよろしくね。またすぐ会いに行くよ」

 

「おう、伝えとく。そっちも須美のこと……東郷さんのこと、よろしくな」

 

 気安く手を振り、別れの挨拶を交わす。銀が乗ったタクシーが離れていくのを見送り、陸人はこれからについて考えを巡らす。

 

(今後の戦い、俺が中心になって戦うにしても限界がある……いや、その前にみんながどう受け取るか。もうこれ以上奪わせないためには……)

 

 陸人は仲間の強さを信じている。そしてそれ以上に彼女たちの幸福を願っている。

 

 やっと手に入れた真実は苦く、戦いが終わる兆しはまだ見えない。

 内なる炎が瞬き、胸にチクリと痛みが刺さった気がした。

 

 

 

 

 

 

 




この辺は割と原作に近いかな? ここからどこまで鬱タイムが続くのか……

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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歪みの始まり

ゆゆゆを語る上で欠かせない鬱展開。ですが作者はその辺の耐性があまりないので、出来るだけ短くまとめたいと思います(じゃあなんでこの作品描いてんだって話ですが)




 残酷な現実を知った翌日、陸人は風と夏凜を東郷家に呼び出した。樹を呼ばなかったのは、樹本人というよりも風に配慮した結果だ。彼女にとって何より大切で守りたいもの。その妹にどう伝えるかは、姉本人に任せるべきだと考えた。

 

「先代勇者、散華……あたし、そんなの聞いてないわよ……樹、樹は……」

 

「私もそうね。身内を騙すような真似してまで秩序を守りたいわけだ、大社は」

 

 満開の後遺症、治らない身体の欠損。樹はもう2度と声を出せない。それを知った風の憔悴ぶりは見ていられないほどだ。自らも左目の視力を失いながらも口にするのは妹のことばかり。こんな時にも風は姉だった。

 反対に夏凜はどこかサバサバしていた。前々から満開の危険性について考えていたこともあり、絶望や脱力感よりも先に、これほどの大事を隠していた大社への怒りが湧いてきている。いくら大恩ある所属組織といえど、今回の件は常軌を逸している。

 

「彼女が言っていた "勇者は死なない "という言葉の意味。考えてみましたが、おそらく精霊の存在なのではないかと」

 

「精霊が……?」

 

「彼らは非戦闘時にも行動できる。利便性を求めただけといえばそれまでですが、もしかしたら……日常での危険に対しても防護しているのかもしれません。流石に試すのは止められたけれど……」

 

「当たり前だよ。次危ないことしたらビンタくらいは覚悟しなよ?」

 

 美森は精霊の機能、 "勇者を何があっても生き残らせる力 "を検証したいと考えた。しかし、美森のすぐそばで彼女の心境を気にかけていた陸人が即座に阻止。自殺まがいの自傷実験を間一髪で食い止め、珍しく美森の方が延々と説教を受けることとなった。

 結果としてそれまでの捨て鉢な考えはなくなったが、依然として不安は消えていない。毎日のように元気付けてくれる陸人と友奈のおかげでなんとか踏みとどまっているのが美森の現状だ。

 

「どうすれば……治る方法は、何かないの?」

 

 風が藁にもすがる思いで問いかける。妹の声を取り戻したい、今の彼女はそれしか考えられなかった。

 

「彼女たちの様子を見る限り、難しいと思います。ですが、大社にも他に俺たちに協力的な人はきっといるはずです。希望を捨てないでください……風先輩」

 

「……どんな怪我してもすぐ治っちゃうアンタと違って、こっちは以前と同じ生活ができるかどうかの瀬戸際なの。

 アギトって便利よね、満開も散華もないんだから。アンタが全部――」

「風先輩!」

 

「……ぁ……」

 

 今、美森が止めなければなんと言っていたのか。

 いつもの彼女らしくない、八つ当たりのような言葉。陸人本人は気にもしていないが、風は自分の口から飛び出した言葉に、自分で驚いていた。

 

「風先輩は疲れてるんですよ。しばらく休んでください……今日のこと、樹ちゃんに伝えるかどうか、どう話すかは先輩にお任せします。俺たちからは話しませんから。ゆっくり考えてください」

 

 あくまで優しく語りかける陸人。自分が情けなくなった風は、返事もそこそこに部屋を出て行った。

 

(さっきの一瞬、風先輩に見えたあの影は……見間違い? 他のみんなは見えてないみたいだし……)

 

 風の語調がキツくなった瞬間、彼女の体を覆うように見えた()()()()()()()()。不吉なものを感じた美森だったが、彼女自身平時の精神状態を維持できていない自覚はある。気のせいだと判断して思考から振り払った。

 

「風、重症ね。あんなこと言うなんて……」

 

「夏凜ちゃんは大丈夫? もう足が……」

 

「こうなった時にもしかして、くらいには考えてたことだからね。勇者になった時点で死ぬかもしれないと覚悟は決めてたし。私のことは気にしなくていいわ。それよりも、問題はトーシロのアンタ達よ」

 

「うん。私は大丈夫……ご飯の味が分からないのは辛いけど、でも普段身体動かす分には不自由ないんだし……それに、これで私達は世界を守れたんだもん」

 

「私も、今はもうこっちがいくら考えても仕方ないからね。それよりもこれからのことよ」

 

 友奈は表情に多少翳りがあるものの、ちゃんと笑えている。現実を受け入れて、それでも大事なものを見失わない。真なる勇者の魂を、彼女はその身に宿している。

 美森もまた、そんな友奈と陸人に支えられて前を向いている……後ろを振り返りたくない、と言うのが正しいのかもしれないが。

 

「これから……アンノウンのことね」

 

「今後は俺が中心になって対処する。もうみんなは戦うべきじゃない。もともと少し前までは1人で動いてたんだ。問題ないよ」

 

 陸人が強い口調で断言する。風の言葉通り、アギトはバリアがない代わりに戦うことで不都合が起きることはない。美森や友奈は何か言いたげだったが、彼の意思を揺るがす言葉を持たず、閉口したままだ。

 

(こうは言うけど、陸人のことだから1人で無茶するんでしょうね)

 

「夏凜ちゃん?」

 

「一応了承しとくけど、私は大社の所属でもあるからね。情報が入れば動くわよ」

 

「……分かった。本当にどうしようもなくなったら、頼らせてもらうよ」

「夏凜ちゃんは、やっぱりまだ大社として動くの?」

 

 美森が気遣わしげな眼で尋ねる。彼女の中で大社への信用度は底を割ってしまっている。そんな組織に友人が残るというのは、どうしても心配してしまう。

 

「ま、ほとほと呆れてるのは確かだけどね。家柄込みでズブズブなのよ。私も、私の家族もね……そう簡単には抜けられないわ」

 

「そっか……」

 

「でも……」

 

 見るからに落ち込んでいる友奈と美森の表情に我慢できず、夏凜は胸の内を明かす。いつの間にか、彼女の中で1番大切なものが入れ替わっていることを初めて自覚した。

 

「でも、私はアンタたちを優先するから。何を言われても、どんな状況でも、勇者部の1人として動く。約束するわ……アンタたちは私の……その、友達だから……」

 

「夏凜ちゃん……」

 

「……そう言ってくれて嬉しいわ」

 

「ああ、頼りにしてるよ。切り込み隊長?」

 

「……ふんっ、任せなさい。変身しようがしまいが、私が完成型勇者だってことに変わりはないんだから」

 

 真っ赤な顔を隠すことなく、胸を張って宣言する。片足が使えなくなった程度で、完成型勇者は止まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんふん、そんなことがあったんだ〜」

 

「ああ、あの時は大変だったよ。美森ちゃんは一度スイッチが入るとね……」

 

「分かる分かる。須美ってばお上品な雰囲気出してる割には猪突猛進なとこあるよな」

 

 大社本部、最奥に位置する一室。社とも病室とも取れる異質な雰囲気が漂う室内で、3人の子供がこれといって中身のない思い出話に興じていた。

 陸人から銀に連絡を入れ、園子の強権で訪問許可を取った会談の場。前回とは打って変わって和やかに談笑している。銀も仮面を外し素を見せているし、陸人も園子も意識的に緩い雰囲気で会話を続けている。

 園子の境遇を知った陸人が放っておけるはずもなく、借りた羽織や手作りのお菓子などを持ち寄って遊びに来ていた。陸人もずっと会いたいと願っていた少女との逢瀬。状況は状況だが、彼自身無自覚に気持ちが浮ついている部分もあるのかもしれない。

 

 この3人が揃って話すとやはり内容は東郷美森=鷲尾須美について。実際にお互いの思い出に残る彼女について語ると、変わった点と変わらない点があるようだ。

 

「いや〜、須美が男子といるってのも想像しにくいけど……」

 

「でも楽しくやってるんだね〜。だいぶ柔らかくなったみたいだし、それもりくちーのおかげ〜」

 

「どうかな? 俺としては友奈ちゃんの影響が大きいんだと思うけど」

 

「友奈ちゃんか〜、あの子にもまた会いたいね〜」

 

「確かに。陸人とあの子が一緒にいてくれるならって、アタシも園子も安心してたんだ」

 

 ベッドに身を預ける園子と、椅子を並べて隣に座る陸人と銀。付き合いと呼べるものはほとんどない彼らだが、驚くほど馴染んで話せている。陸人の人徳と相性の良さが見て取れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ〜……こんなに楽しいのは久しぶりかも。ね、ミノさん?」

 

「そうだな。園子以外の誰かとこんなに話すこともここ2年なかったしな」

 

「今すぐ現状を打開することは俺にはできないけど。少しでも楽しめてたなら良かった。俺も嬉しいよ……特に何度もニアミスしてきた園子ちゃんとは、ずっと会いたいと思ってたんだ」

 

 大胆な告白に何も言えなくなる園子。枕を持ち上げて隠したその顔は、夕日よりも赤く染まっていた。

 

「……もう何度も思ってたけど……陸人、すごいなお前」

 

「何が?」

 

「いや、なんでもない」

(こりゃ大変だ……園子も須美も)

 

 しかも無自覚。厄介な相手と出会ってしまった親友達の心境を思うと、銀は思わず頭を抱えたくなる。

 そんな彼女は、色恋方面に想いを馳せたことで思い出してしまったらしく、園子のベッドの向かいに閉じられているカーテンを見つめる。

 

「……聞いていいかな? あのカーテン、誰がいるの?」

 

 銀の様子を見た陸人が尋ねる。陸人の優れた感覚は、カーテンの向こうに人の気配を捉えていた。まるで動きがないので、眠っているのは予想がついたが、部屋に入った時から気になってはいたのだ。

 

「ミノさん……」

 

「大丈夫。陸人には本当のことを話すって決めただろ。アイツのことも、無関係じゃないさ」

 

 気遣わしげな園子と、そんな主の頭を撫でて宥める銀。彼女達の、特に銀にとって大きな傷となる誰かがいるのは陸人も理解した。

 銀に伴ってカーテンの奥に入っていく陸人。その中には園子のものと同じベッドと、複数の医療器具が置いてある。

 

「……彼は……?」

 

「篠原鋼也……アタシたちと一緒に戦った仲間なんだ」

 

 ベッドの上で眠るのは、同年代の少年。いくつものチューブに繋がれた痛々しい様相をよそに、穏やかな顔で眠り続けている。

 

「勇者は、女の子しかなれないって聞いたけど」

 

「ああ。だから正確には勇者じゃない。アタシたちも詳しいことは知らないけど、どっちかというとアギトに近い……ギルスって呼ばれてた。すごく強くてさ……アタシたちを守るために戦って、こんな風に寝たきりになっちゃったんだ」

 

 銀が端末にギルスの画像やデータを表示して見せる。陸人から見ても、確かにアギト寄りの力であるのは間違いない。

 

「俺の前にも、同じような力を持った人がいた……」

 

 一切の反応を示さず、浅い呼吸音だけを出して眠り続ける鋼也。自分の知らないところで戦っていた先達への敬意を込めて、彼の毛布をかけ直す陸人。その手が鋼也に触れた瞬間、暖かい何かが2人の間を行き交った。

 

(……! 今のは……?)

 

「陸人、どうかしたか?」

 

「……いや、なんでもないよ」

 

 一瞬の出来事だったので陸人本人も理解できなかったが、悪い感触ではなかったのでひとまず保留することにした。

 

「辛いこと話させちゃったね。教えてくれてありがとう」

 

「ああ。辛いのは辛いけど、アタシたちは信じてるからな。絶対に目を覚まして、また一緒に遊べる日が来るって」

 

「その通り〜。だからしののんの身体はこうして私達のすぐ近くに留めてあるんよ〜」

 

 カーテンを閉じて鋼也のベッドから離れる陸人と銀。先代勇者たちも、自分たちと同様に苦境を超えて今がある。陸人はそれを改めて理解した。

 

 

 

 

 

 

 

「先輩も大変だったんだね。こんな簡単な言葉じゃ、足りないくらいに」

 

「まぁね〜。私もミノさんも今はこんなだし……でも、りくちーにとって私達が先輩か、って言うと実はちょっと違うのかもしれないんだよね〜」

 

「……どういうこと?」

 

「りくちー、自分の過去のこと……知りたい?」

 

「……!」

 

 その言葉に激しく動揺する陸人。もともと園子……スイレンの彼女は自分のことを知っているのでは、とは思っていたが。

 

「んーん。私もりくちーと会ったのはあなたの記憶が抜け落ちる直前に1回だけ……だから直接知ってることはほとんどないの。ただ、教えてもらったんだ〜……神樹様に」

 

「神樹様に……?」

 

 アギト、エルロード、神樹……陸人の過去に関わるキーワードは、どれもこれも規模が大きい。何があればこんな物騒な方向に話が広がるのだろうか。

 

「もちろん私が聞いたことが全てじゃないだろうし、あなたにとっての真実かどうかは分からないけど……教えることはできるよ?」

 

「……教えてくれ。俺は、知らなきゃいけないんだ」

 

 一瞬だけ躊躇した陸人は、悩みを振り払い園子と向き合う。加速する負の連環から友奈や美森、仲間たちを守るためには全てを知らなければならない。

 これ以上状況に振り回されないために、自分の意志で戦う道を選ぶために、ずっと逃げてきた真実と向かい合う覚悟を決めた。

 

 

 

 

「分かったよ〜。あなたの歴史を知るために、まずはこの世界の真実から話すことにするね〜。先代勇者として私達がいるのも知らなかったと思うけど、そもそも勇者っていうのがいつから存在してたと思う?」

 

「それは……分からない。君達が初代ってわけじゃないんだな?」

 

「そ〜なんよ。本当はね、勇者の始まり……世界の終わりが始まったのは300年前、西暦の時代からなんだ」

 

 "西暦"という年号は、歴史の授業でしか聞かない単語だ。それほどに勇者のルーツは深く長いものだった。

 

「その時にバーテックスが世界中を襲った。結果として今ある地域、四国を除いた地球の大部分が壊滅した。人類も9割以上が死亡して文明が滅んだ」

 

「やっぱり、そうだったんだね」

 

「知ってたの?」

 

「詳しくは何も。ただ、前回の戦闘で宇宙に飛んでね。その時に見た地球は、燃えるように真っ赤だった。ウイルスが蔓延しただけならあんなことにはなってないだろ? それと壁の外から来るバーテックスを合わせて考えれば、なんとなく想像はつくよ」

 

 あの時はそれどころではなかったので気に留めなかったが、思い返せば最悪の可能性を考えられるくらいには、燃え盛る地球は異様な光景だった。

 

「うん。なら全部話しても大丈夫だね。バーテックスを遣わした神霊……神樹様と同じ神々の集合体、天の神って呼ばれてる存在が人類殲滅を決めたの。

 壁の外は全て天の神の支配下にある。外では今もバーテックスが作られ続けて、準備が済んだらまたやってくる……勇者の戦いに、終わりはないの」

 

「決して死なない精霊バリア。欠損を伴う満開と、それを補う勇者システム……なるほど、都合のいい時間稼ぎ要因ってわけか。ふざけた話だな……!」

 

 沸き上がる激情を抑えて、冷静に事実を受け止める陸人。半ば予想通りとはいえ、ことごとく最悪の想定をなぞるように明かされる真実には怒りを隠せない。

 

「このことを他のみんなに話すかどうかは、りくちーに任せるよ。私からは伝えないから、あなたが信じるようにしてあげて。きっとそれがみんなにとって1番いいと思うから」

 

「……ありがとう。このことは、慎重に扱わせてもらうね」

 

「ん……それで、ここからが本題なんだけど〜」

 

「こんな深刻で壮大な前置きも、そうそうないだろうな……」

 

 ずっと黙っていた銀がお茶を差し出す。一息つこうという気遣いだ。園子の側付きとしてもう2年。大雑把さが目立った彼女も成長している。

 

「ありがとうミノさん〜…………さて、いよいよりくちーのルーツのお話なんだけど、あなたはそもそも神世紀の人間じゃないんだよ」

 

「……え?」

 

「西暦に生きた世界の英雄……"伍代 陸人"。それがあなたのかつての名前。"クウガ"として戦い続けて全てを捧げた英雄譚(ヒーローサーガ)を、私が知る限りでお話するね〜」

 

 遡ること300年。人として生まれ、戦士として生き、神へと至り現世を離れた。英雄、伍代陸人の物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――つぅ、なんなのよもう……!」

 

 家に帰った風は、止まない頭痛に苦しみ、ベッドに身体を投げ出した。満開の真実を聞いてからずっと響く、頭の奥から殴りつけられるような痛み。頭痛と心労に呑まれてひどい暴言を口にしかけたことをずっと気にしている。

 

(なんであんなこと……私達は、覚悟の上で満開した。それは樹だって同じなのに)

 

 風の中の冷静な部分は激情を抑えるように言い聞かせている。それでも内の感情は引くことなく、風の身体を熱くする。

 

(陸人が、最初から全部教えてくれてれば……そもそも、なんで私達がこんな……樹を引き込んだのは、私……?)

 

 怒りを向ける矛先さえ見失い、風の思いは迷走する。見えなくなった左目に触れれば、声を出せなくなり、困ったように笑う妹の顔を思い出す。

 

(……! 電話……?)

 

 錯乱しつつある風は、突如鳴り響いた受話器を取り、平坦な声で対応する。それが彼女が踏みとどまった最後の一線を越えさせる知らせだと、誰も気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――今のりくちーの力……アギトについてはよく分からないけど、クウガと関係のある何か、なんじゃないかな〜」

 

 園子の口から語られたひとつ前の自分の歴史。口を挟むことなく聞いていた陸人は、頭を手で押さえて固まっている。よく見ないと分からないくらいに、その手は小さく震えていた。

 

「りくちー、大丈夫?」

 

「おーい、陸人?」

 

 銀が肩に手を置いた瞬間、弾かれたように立ち上がる陸人。その眼は血走り、食いしばった拍子に唇を切って血も流していた。

 

「……ぅ、ぁぁ……ぁぁぁぁああああああっ‼︎」

 

 両手で頭を抱えて咆哮を上げる陸人。脳内に浮かび上がる無数のイメージが、鋭い針となって痛みを与えてくる。本来戻るはずのない記憶が回帰したことで、反動がダメージとなって陸人を襲う。

 

「陸人、落ち着けって陸人!」

「俺は……俺は……がぁぁぁぁぁっ‼︎」

 

 狂乱し、のたうちまわる陸人を羽交い締めにする銀。陸人はいつも超人的な膂力を意識的に加減しているが、そのリミッターも効かなくなっているらしい。鍛えている銀を振り払い、部屋に備えられた神具まで壊し始めた。

 

「りくちー」

 

 破壊的な腕力を振りかざす陸人の前に、立つのも覚束ない有様の園子が歩み寄る。無防備な笑顔に、狂気の拳が迫り――

 

「ダメだよ〜。あなたの手は誰かの手を掴んで、その誰かを守るためのものでしょ?」

 

 その拳は、一切力がこもっていない小さな両手に包まれて止まる。慈しむように拳を包み込んだ園子は両腕を広げて、固まった陸人の身体を抱きしめる。

 

「ごめんね。嫌なこと、思い出しちゃったんだね……大丈夫、ここにはあなたを苦しめるものは何もないから。あなたはここで、ゆっくり休んでいいから……落ち着いて、戻ってきて、りくちー……」

 

 柔らかい声に導かれ、陸人は両目を閉じて脱力する。園子にもたれるようにして眠りに就く。記憶のフラッシュバックで混濁した脳を整理するために一時的に意識を手放した。

 

「すっげ……相変わらず園子は私にできないことをやってのけるよなぁ」

 

「えへへ〜……ところでミノさん、手を貸してくれる? りくちーを支えるの、ちょっとキツイ……!」

 

「わわっ、ごめんごめん!」

 

 騒ぎを聞きつけた大社職員を追い払い、陸人をベッドに寝かしつける。束の間の安らぎだと分かっていても、園子は陸人に穏やかな時間を与えてあげたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ぇ……うおおおっ⁉︎」

 

 1時間ほど経過した夕刻。陸人はスイレンの香りに包まれた穏やかな夢から醒めた。起床一番目の前に飛び込んできたのは、園子の寝顔どアップ。夢見心地から一瞬で覚醒した陸人は飛び起きようとして、背中に回された園子の両腕に阻止された。

 

(なんだ、どういう状況だこれは⁉︎)

 

「…………あ、起きた〜? おはよ、りくちー」

 

 あくまでのほほんと、園子が目を覚ました。とろんとした瞳で呑気に挨拶をしてくるが、彼女はこの距離感について思うところはないのだろうか。

 

「……おはよう、園子ちゃん。早速で悪いんだけど、離してくれる? そもそもなんでくっついて寝てたんだ俺たち……」

 

「ん〜? りくちーが寝ちゃって、でもしののんのベッドに寝かせるわけにはいかないでしょ〜? だから私のベッドで一緒にお昼寝〜」

 

「いや、起こしてくれて良かったのに。というか一緒に寝ることないでしょ」

 

「え〜? でも私の服を掴んで離さなかったのはりくちーのほうだよ〜?」

 

「えっ……」

 

 意識を手放しながらも、離れたくないと言わんばかりに園子の服の裾を掴みっぱなしだったらしい。そこで園子は同じベッドで眠ることにした……まあ抱き合うようにして寝ていたのは園子に何かしらの他意があったのかもしれないが。

 

「えっと、ごめん。招いてもらったのに寝ちゃって……あげくこんな迷惑を……」

 

「気にしないで〜。迷惑なんかじゃないよ。りくちーとお昼寝するの気持ち良かったし、またしよ〜」

 

「あはは……機会があればね」

 

「おっ? 起きたか。おはよう園子、陸人も」

 

 タオルと飲み物を取りに行っていた銀が部屋に戻って来る。軽くニヤついているあたり、さっきまでの光景はバッチリ目撃していたらしい。

 

「さっき中央の方覗いてきたんだけどさ、なんかあったらしい。大人達が騒いでたよ」

 

「そっか。今日はもう帰ったほうがいいかもしれないな」

 

 顔を拭き、さっぱりした表情の陸人が帰り支度を始める。やけにアッサリとしたその態度に、さっきの暴走を見た園子と銀は違和感を覚えた。

 

「ねぇ、りくちー。さっきの話だけど――」

 

「さっきの? ああ、壁の外が敵の支配下って話だね。大丈夫、みんなへの伝え方は考えるよ。しばらく様子を見たほうがいいかもな」

 

「「……!」」

 

 目覚めた陸人は、直前に話した彼の過去についての一切を忘れていた。陸人自身が忘れたかったのか、それとも彼の身体に設定された拒否反応か。

 

(園子、これは……)

 

(よく分からないけど〜、口で伝えるだけじゃダメってことなのかも?)

 

 あの苦しみようを見れば、もう一度試すのも躊躇われる。早急に知らせるべきことだけは定着したようであるし、今は様子を見るべきかと判断した。

 

「園子ちゃん、銀ちゃん……どうかした?」

 

「いや、そうだな……須美とかが知ったら暴走しそうだし、気をつけといてくれよ」

 

「うん。りくちーなら分かってるだろうけど、よろしくね〜」

 

「ああ。それじゃ、また来るよ」

 

 別れを告げ、陸人が退室しようとしたその刹那。大社職員がいつもの荘厳とした雰囲気に似合わない焦った様子で部屋に入ってきた。

 

「園子様!」

 

「ん〜? 慌ててどうしたの?」

 

 楽しい時間の余韻をぶち壊された園子がご機嫌斜めな声色で問いかける。職員の方はやはり焦っているらしく、園子の様子にも気付かずに報告する。

 

「現勇者の1人、犬吠埼風が暴走しました。勇者の力を使ってこちらに向かっています。三好夏凜に向かわせましたが、念のため園子様にもご準備をお願いしたく――」

 

 全て言い切る前に、横で聞いていた陸人が職員の胸ぐらを掴んで言葉を中断させる。

 

「どういうことだ! 風先輩が暴走?」

 

「グッ……こちらもまだ状況確認中でして……ですが、武器を構えて本部に攻め込もうとしている模様。なんとしても止めなくては……!」

 

(様子がおかしいとは思ってたけど……!)

「園子ちゃん、銀ちゃん。俺がなんとかするから心配しないで……今日はありがとう!」

 

 早口でそれだけ言って部屋を飛び出す陸人。仲間の窮地を見逃したことを悔いながら全力で走る。

 

(間に合ってくれ……風先輩!)

 

 仲間の強さを信じていた陸人。しかし事態は、予想外の存在の介入で加速度的に悪化していく。

 

 

 

 

 

 

 

 




情報の整理と、不穏フラグ爆発第一弾。まぁここまで読んでくださった方ならお分かりかと思いますが、作者は一つの悲劇を長く引っ張るのは苦手です。しかしまだ二の矢三の矢を用意していますのでお待ちください。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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報復の行方

風先輩爆発回。あそこは原作見てて胸が痛かった……



「大社を潰してやる! どきなさい夏凜、友奈!」

 

「落ち着けっての! 気持ちは分かるけど、らしくないわよ風!」

 

「風先輩! 何があっても、暴力に訴えちゃダメです!」

 

 大社本部に続く道。樹海ではなく、あくまで普通の道端でぶつかり合う勇者達。夕焼けに染まる空を、身体能力が底上げされた3つの人影が飛び交う。

 

「大社はあたしたちを騙してた! 満開の後遺症は治らない!」

 

「まだそうと決まったわけじゃないでしょ! 陸人も言ってたじゃない!」

 

「うるさい! その陸人だって……そうよ、もっと早く教えてくれてたら。あたしはあんたたちを……樹を戦わせたりはしなかった!」

 

「風、アンタ……」

 

「風先輩……」

 

 大社や陸人に怒りを向けながらも、1番責めているのは自分自身。両親の復讐という個人的な感情に仲間や妹を巻き込んだ。その軽挙を狂いたくなるほどに後悔し、その絶望と悔恨を分かりやすい報復対象の大社にぶつけようとしている。

 

「樹の声は……やっと見つけたあの子の夢は……もう絶対に叶わない! あたしが、大社が……この世界が、あの子の夢を潰したんだ!」

 

 犬吠埼家に届いた一本の電話。あれはボーカリストオーディションの合格通知だった。樹が最近内密に動いていた歌手への道。その夢の第一歩を踏み出すことができたのに、肝心の声を失ってしまった。

 

 電話の後、樹のパソコンに残っていた音声を聞き、風の天秤は完全に傾いた。姉への感謝、尊敬、姉と並び立てる自分になりたいという希望……その全てを込めた歌手という夢。ほんの少し前までは続いていたはずの道だった。

 

――私には大好きなお姉ちゃんがいます――

――本当は私、お姉ちゃんの隣を歩けるようになりたかった――

――私自身の生き方を持ちたい。そのために今、歌手を目指しています――

 

 いつも控えめで、姉の背中に隠れがちだった妹が自分で見出した初めての夢。風は心から嬉しかったし、応援したかった。一緒に一喜一憂して、いつか輝く場で堂々と立つ樹を1番近くで見たかった。

 

「もう取り返せない……だったらせめて、もう失わないために。勇者なんてものはあたしが潰す! もう誰も戦わなくていいように!」

 

 激情を武器に乗せて振り回す風。加減ができなくなっている彼女の攻撃に対して、受ける側の夏凜と友奈はどうしても本気になれない。防戦一方の2人は、数的優位がありながらどんどん追い立てられ、風の目的地に少しずつ近づいてしまっている。

 

「こうなったら、多少痛めつけてでも……!」

 

「で、でも夏凜ちゃん!」

 

 少なくとも対人戦において、5人の勇者の中で最も強いのは間違いなく夏凜だ。本気で戦えば錯乱している今の風を力尽くで沈めるのは難しくはない。

 そうしなかったのは、風の心情が理解できるから。許されるなら、風の思うままにしてあげたいと思ってしまったからだ。

 

(今大社がダメになるのはまずい。世界を守るどころじゃなくなって……!)

 

 完成型勇者としての冷静な思考が告げている。風を倒せ、と。

 勇者部の一員としての心が訴えている。仲間と戦いたくない、と。

 

 隣の友奈は懸命に言葉を探しながらギリギリで攻撃を捌いている。彼女の性質的に、間違っても風とまともに戦おうとはしないはずだ。

 

(私が、やるしか……!)

 

「友奈ちゃん、夏凜ちゃん!」

 

 覚悟を決めて、新たな刀を形成したところで、背後から声が飛んでくる。大社本部からトルネイダーで飛翔してきた陸人が、夏凜たちと風の間に割って入る。

 

「……陸人」

 

「風先輩……」

 

 本部から現れたことで、陸人に対する敵性認識が余計に強まってしまった風。周囲に広がる破壊の痕跡を見て、無言で構える陸人。

 

(2人は退がってて。俺がなんとかするから)

 

(りっくん……)

 

(……やばいと思ったら割り込むからね)

 

 時間稼ぎが精一杯だった友奈と夏凜は、渋々引き退る。目つきがどんどん怪しくなっていく風が、大剣を翻して風を切る。

 

「あんたも邪魔するわけね? 陸人……」

 

「あなたに誰かを傷つけさせはしない。それだけです」

 

「どいつもこいつも……どけって言ってんのよ!」

 

「――変身‼︎――」

 

 攻撃が届く一瞬前にグランドフォームに変身したアギト。防御も回避もせず、胸部に大剣の一撃を受ける。

 

「――ッ!……この力は、人に振るうものじゃないでしょ……!」

 

「うるさいっ!」

 

 続く横薙ぎの一閃をジャンプで躱し、背後に回るアギト。隙だらけなほどに大振りを繰り返す風の連撃を紙一重で回避し、少しずつ本部から引き離していく。

 

「樹ちゃんは、あなたにそんなことを望んじゃいない!」

 

「分かってるわよ、そんなこと!」

 

 平らな面を向けた打撃、バッティングのような大振りをあえて受け、跳ね飛ばされる形で戦場を移動させるアギト。風に気づかれないように、かつ自分を狙うように言葉を絶やさず、相手の気を引きながら戦況をコントロールする。

 

(夏凜ちゃん、アレって……)

 

(さすが、冷静ね。だけど最終的には風自身をどうにかするしかない……陸人、どうするつもり?)

 

 アギトが選んだ方法は、本人のダメージが蓄積するという致命的な問題がある。いつまでも続けてはいられない。傍から見ている夏凜からすれば、危なっかしくて仕方ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

(距離はだいぶ稼げた……後は時間か)

 

「あんた、知ってたんでしょ? 満開は使うな、って陸人が言ったんだものね?」

 

「……はい。その時は具体的なことは分からず、危険かもしれない程度でしたけど……」

 

「あんたがもっと正確に警告してくれていたら……! 樹の声は!」

 

 冷静に的確に進めてきた陸人だが、風の言葉に思わず思考が止まる。ずっと後悔していた本心に、その糾弾は突き刺さった。

 

「……そうです。俺がもっと深刻に捉えていれば、止められたかもしれません」

 

「なんで……どうしてあの子が……あの子の夢が……!」

 

 風だって本当は分かっている。友奈も美森も夏凜も樹も、風本人も自分で選んだのだ。警告を無視して、全員の日常を守るために選択した先の未来が今だ。少なくとも今更陸人に当たり散らすのは筋が通らない。

 

 それでも何かにぶつからずにはいられない。風にとって1番大切な妹の夢が潰えたこと。その原因の一端が自分にあること。それを認められず、狂気のままに暴れまわっている。

 

「樹ちゃんのことは、俺に責任があります。だから、その怒りは俺にぶつけてください……!」

 

 そんな風の不安定さをあえて利用し、矛先を自分に誘導するアギト。怒りに染まった大剣を無防備に受け続け、着実にダメージを重ねていく。

 

「あたしは……あたしはぁぁぁっ‼︎」

 

「……なんだ、あれは……?」

 

 激昂する風の背中に見える、黒い炎のような影。巫女の適性を持たない者でも捉えられるほどに、今の風は濃く深く染まってしまった。

 

 渾身の突きをまともにくらって、受け身も取れずに吹き飛ばされる。なんとか立ち上がろうとするアギトの視界に落ちる暗い影。風が大きく飛び上がり、詰みの一撃を振りかぶって迫る。

 

(まずい、足が――!)

 

「りっくん!」

「陸人!」

 

 出遅れた2人が割り込むよりも早く、誰も認識していなかった勇者が風の前に立ち塞がる。

 

「なっ、樹⁉︎」

「――っ――」

 

 両腕を広げて陸人の盾になるように立ちはだかる樹。声が出ないまま、必死に想いを伝えようと口を動かす。

 そんな妹の姿に、ずっと張り詰めていた風の神経が緩み、黒い影も薄れていく。

 

 しかしタイミングが悪かった。ジャンプして振りかぶってしまった状態では、風の意思ではもう止められない。樹は恐怖に耐え、目を瞑らずに姉を見つめ続けた。

 

「樹、避けて!」

「……っ!」

 

 大剣が届く刹那、樹の肩に力強い手が置かれる。無理やり体を起こしたアギトが、華奢な身体を庇うように前に出た。

 

(陸人さん!)

「……大丈夫……」

 

 一瞬でバーニングフォームに変化したアギトが、シャイニングカリバーで頭上から迫る大剣を弾き返す。大剣は力が抜けていた風の手を離れ、誰にも当たらず真上にかちあげられた。

 

「……アアアアァァァァッ‼︎」

 

 カリバーを持たない左手を握り、その拳が真っ赤に燃える。着地した風の顔面めがけて、炎のストレートが撃ち込まれ――

 

「――ッ!……ぇ? 陸人……」

 

「フゥ――、危なかった……」

 

 風の顔のすぐ前で炎が炸裂。爆音と熱風が直撃したが、髪の毛一本燃やすことなく、アギトは拳を目の前で留めた。

 

「陸人、風……」

「樹ちゃん、大丈夫?」

 

 追いついてきた夏凜たち。友奈の心配に頷いて返す樹の真後ろに、跳ねあげられた大剣が突き刺さる。派手な金属音と共に、風が膝から崩れ落ちる。妹の登場と最後の衝撃を受けて、ひとまず落ち着いたようだ。

 

「なんでよ……なんで一発も殴り返さないのよ……」

 

「すみません……」

 

「なんであんたが謝るのよ……」

 

「すみません……」

 

 俯いた風の顔は見えないが、彼女は声を出さずに泣いていた。涙の雫がこぼれ落ち、地面に小さく水が溜まる。

 

「なんでよ……なんでぇ……」

 

「すみません……」

 

 謝りながら変身を解く陸人。捌き損ねたダメージが蓄積し、額や肩から血が流れている。

 

 

 

 

 

「なんで何も悪くないあんたがそんなボロボロで……酷い八つ当たりしたあたしが一発も殴られないのよ……!」

 

「すみません……でも、そんな顔してる風先輩を殴るなんて、俺にはできませんよ」

 

 いつも通りの顔で微笑んで、何もなかったかのように背を向ける陸人。後のことは妹の樹に任せて、傷を見せないように離れていく。

 

 "陸人さん、ありがとうございます。大丈夫ですか?"

 

「俺のことは気にしなくていいから。お姉ちゃんのこと、支えてあげて」

 

 走りながら樹に連絡を入れていた陸人。ここまで傷だらけになったのは予定外だったが、おおよそ想定通りに風を抑えることができた。

 

(こんな時にも冷静に、打算的に……なんなんだろうな、俺って……)

 

 どんな状況でも心の何処かに怖いくらいに落ち着いた部分がある陸人。そんな自分に嫌悪感と恐怖心を抱いていた彼の傷に、そっとハンカチが当てられた。

 

「りっくん……大丈夫?って聞いても大丈夫って返すだろうから、もう聞きません。傷、見せて?」

 

「友奈ちゃん……」

 

「ヒヤヒヤしたわ。アンタのことだから樹のことも呼んでたんだろうけど、もうちょっと自分も大事にしなさいよね」

 

「夏凜ちゃん……」

 

 手慣れた動きで甲斐甲斐しく手当てをする友奈と、呆れたように肩を叩いて労う夏凜。陸人も力を抜いて座り込む。なんとか被害を出さずに事態を収めることができたのだ。

 

 

 

 

「私が……勇者部なんて作らなければ……」

 

 "勇者部がなかったら、歌手になりたいって夢も持てなかった。勇者部に入って本当に良かったよ"

 

「……樹……樹……うぁぁぁぁぁぁ……」

 

 かつて歌のテストの際に勇者部が送った寄せ書き。その用紙の余ったスペースに、樹は自分の素直な気持ちを書いた。妹の本音を聞き届けた風は、妹の小さい身体を力一杯抱きしめて泣き崩れた。溜まっていた淀みを洗い流すように泣き続け、樹はそんな姉の背中を優しくさする。

 

「良かった……なんて言うべきじゃないのかもしれないけど、なんとかなったわね」

 

「うん。これ以上誰かが傷つくのはイヤだもん……」

 

(それでも……このまま戦い続ければ、いずれまた誰かが限界を迎える。根本的な解決策を見つけないと、誰一人救えない……)

 

 バーテックスはこうしている今も増殖を続けている。アンノウンに至っては出自も総数も分かっていない。

 この世界の歪みは、迫り来る脅威を打ち倒すだけではどうやっても解決できない。それほど深く重い闇が、世界全てを覆っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唯一現れなかった勇者、東郷美森。彼女はどこで何をしていたのか。

 

(バーテックスは潰えることはない。アンノウンも不明なことが多すぎる。私達の戦いは終わらない。彼女たちのように、まともに生きることさえ困難になるその時まで使い潰されるだけ……)

 

 自室に篭り、一心不乱に何かを書き続ける美森。敵の情報、仲間の現状、勇者システムの詳細に世界の真実。その全てを書き記し、考えられる未来の可能性をシミュレートし、希望のある選択肢は全て不可能と結論が出た。

 

 机の端に置かれた美森の端末。その中には1つだけ、他の誰も持っていないアプリが入っている。美森が自作した盗聴機と発信機の機能を併せ持った秘蔵アプリだ。

 仕込みをした対象の端末が起動中、随時録音してそのデータを自分の端末に転送する。もちろん仕込みについては気づかれないようにカモフラージュされている。

 家族として非常に距離感が近い美森なら、陸人の端末に仕掛けることも難しくない。現に彼は全く気づいていないし、だからこそこうして重大な秘密を美森に知られてしまったのだ。

 

(リクはこの時代の人間じゃない。何も悪くないのに人としての生を捨てて、挙句この時代にまで引っ張り込まれた、英雄という名の生贄……私達と同じ犠牲者……)

 

 もちろん美森とて陸人の盗聴データ全てをチェックしているわけではない。アギトという重大な秘密を抱えていた彼への保険として用意し、何か不審な点がある時だけ時間を区切って確認していた。

 

(そこまでしないともたないほどに……かつての功労者に頼らざるを得ないくらいに、この世界は終わっている。だったら、もう……!)

 

 行き先を告げずに姿を消した陸人に不安を覚えた美森。悪いと思いながらも確認したデータの中に、陸人と世界の真実が秘められていた。逆に言えば、それだけ美森の精神が不安定だったということでもある。

 

「もういい……みんなの身体を捧げるくらいなら……リクをいつまでも苦しめ続けるくらいなら……!」

 

 美森は筆を動かし続ける。全てを終わらせるためにはどうすればいいか。確実に仲間を解放するための手順を模索し、演算し、想像する。

 

「友奈ちゃんも、風先輩も、樹ちゃんも、夏凜ちゃんも……もうこれ以上苦しませない……私が、あなたを解放するわ、リク……!」

 

 追い込まれればどんな極端な結論でも爆走する。鷲尾須美でも東郷美森でも変わらない。彼女の長所であり、短所でもある個性だ。

 

 

 

 

 

 




実はちょっとずつ建てていた美森ちゃん盗聴フラグ。気づいた人がいたらすごいと思います。誰にも気づかれない自己満足としてやってたので。

〜東郷美森の徹底監視の日々〜

ゆゆゆ編11話『東郷美森の目が据わる』
――やっぱり盗聴器と発信機は――

ここから始まりました。

15話『恋で愛 特別な人』
――大方、浜辺でぶつかり合って友情を築いたりしてたんじゃないかしら?――

みんなには話していない陸人くんと夏凜ちゃんの事情を一人だけ把握している美森ちゃん。

――先日強請られてスマホを貸した際、美森に設定された彼女用の着信音だ――

この時に仕込まれました。

――少し悩んで、途中まで操作したスマホをしまう美森――

実はこの時、連絡しようとしたのではなく、盗聴アプリでリアルタイムで確認しようとして踏みとどまった、という描写でした。

21話『夏と海と男と女』
――最近妙に充電の減りが早いスマホ――

余計な機能を後付けされたせいです。

――うふふ、リクならきっと見つからないような場所にいるだろうなって思って――
――ふふ、前に言ったでしょ? あなたのことならなんでも分かるって――

この時も仲間に気づかれないようにこっそりと発信機の機能を使っていました。

こんな感じです。自分にしては珍しく、気づかれないくらいひっそりコソコソと罠を張っていました。
やってることは実際犯罪ですが、美森ちゃんは原作でもそれほど変わらないことをやってのけた強者なので、読者の皆様にはおおらかな心で見逃してもらえると嬉しいです。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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千里の堤も蟻の穴から

一期の終わりが見えてきました。ここはアギトとゆゆゆをベストマッチさせて独自の展開を描いていこう……と思っています。



 高架下でぶつかり合う2人の人外。アリ型の白いアンノウン『フォルミカ・ペデス』とアギト・グランドフォームが人知れず拳を交えていた。

 

「これで最後だ!」

 

 大地の力を凝集したライダーパンチがアンノウンの顔面に直撃、異形の身体を粉微塵に爆砕した。

 

 

 

 

 

「ふぅ……いくら弱いといえど、このペースで出て来られると面倒だな」

 

 一戦を終えた陸人が凝った身体をほぐしながら呟く。昨日から数えて11体目。未だかつてないハイペースで襲撃が続いている。今のところ一切被害者を出さずに撃退できているものの、これが続けばいずれ1人では限界が来るのは明白だ。

 

(かといって、今満足に動けるのは俺くらいだし……)

 

 風の暴走からまだ4日。心を癒すにも、恐怖を振り払うにもあまりに短い時間だ。満開して身体機能を失う可能性がある以上、仲間を戦わせるわけにはいかない。

 

 夏凜は大社の命令を受けて警戒態勢で待機。

 風は学校も休み、部屋にこもっている。

 樹はそんな姉を放っておけず、ずっと側についている。

 美森も精神的ショックは大きく、笑顔に陰りがある。

 いつも通りを維持できているのは友奈くらいだ。

 

 友奈と2人、仲間を支えようと考えていた矢先に連続して襲い来るアンノウン。止むを得ず、仲間は友奈に任せて陸人は戦場に出ている。

 

『りっくん、終わった?』

 

「今片付いたところ。すぐ戻るよ」

 

『良かった。それじゃ――』

 

「……! ごめん、まただ。ちょっと行ってくるね」

 

『……そっか。気をつけてね』

 

 友奈との電話もそこそこに走り出す陸人。このままペースアップしていけば、いずれ犠牲が出るのは避けられない。

 

(どんなに力があっても目の前の敵を倒すしかできない俺たちじゃ、この事態を解決させることはできない……アンノウンも考えたな……!)

 

 物量と時間差で攻めてきたアンノウン。仲間といえど、"個"の集まりでしかない勇者部には"群"を相手にする術がない。人類側で現状を打破できる組織はただ一つ。陸人が何より警戒している大社の力が必要だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リク、お水飲める?」

 

「……ああ、ありがとう美森ちゃん」

 

 すっかり暗くなった時間に帰宅した陸人。まっすぐ歩けないほどに疲弊した彼は、そのままベッドに倒れこんだ。見兼ねた美森が世話を焼くも、普段の彼らしくないそっけない反応しかできていない。ここまで消耗した陸人を、美森は見たことがなかった。

 

(やっぱりおかしい。リクが……リクばかりがこんな負担を背負わされて……)

 

「美森ちゃん?」

 

「なんでもないわ。今日はもう寝なさい。明日は早めに起こしてあげるから」

 

「ごめん、助かる……おやすみ」

 

「ええ、おやすみなさい」

 

 陸人の頭を撫でて寝かしつける美森。いつもと立場が逆転した状況だ。安心しきった顔で眠る少年。その寝顔を見つめる少女の瞳は暗く澱んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、陸人たち勇者部に大社から呼び出しの連絡が来た。これまでは風か夏凜に対して一方的に近い無機質な通知を寄越すだけだった大社。かつてない状況に、陸人の嫌な予感は止まらない。

 

(距離を保って秘密主義を貫くこともできないくらいに切羽詰まっている……そういうことだな)

 

「風先輩、大丈夫ですか?」

 

「ええ、いつまでも部長がウジウジしてらんないでしょ……立場はみんな同じだしね」

 

 力なく笑う風の目元には濃いクマが浮かんでいる。まともに眠れていないようだ。隣に寄り添う樹も若干顔色が悪い。犬吠埼姉妹の状態は、悪化はしていないが好転もしていない。このまま放っておけばいずれまた爆発するのは明確だ。

 

「辛いと思ったら無理せずに下がってくださいね。話なら後で俺から伝えますから」

 

「うん……陸人、本当にごめんね」

 

「言いっこなしですよ、風先輩。俺たち仲間でしょ?」

 

「……ふふっ、ありがと」

 

 "それで、呼ばれた場所って?"

 

「大社本部だって。一応直属の私ですら滅多に入れないってのに。どんな魂胆があるのやら……」

 

「まぁまぁ。最初から疑ってかかるのはあんまり良くないよ夏凜ちゃん」

 

「最近はアンノウンの動きも活発になっているわ。このままじゃリクの負担が大きすぎる。その解決策でもあるのならいいけれど……」

 

 

 

 

 全員が不信を抱えたまま、勇者部は本部に到着。案内されるままに会議室らしき場所にたどり着いた。

 

「失礼します――っと、あれ? 確か国土さん、だったよね?」

 

「久しぶりだ、御咲陸人。お互いまだ生き残れていたようで何より」

 

 そこにいたのは1人の少年と数人の少女達。少年の方は陸人とも面識があった。

 国土志雄。人工強化スーツを装着して任務に当たる大社の貴重な戦闘要員の1人。

 

「どうしたの陸人――ってアンタ、もしかして……」

 

「……三好、夏凜……!」

 

「楠芽吹……なんでここに?」

 

「夏凜ちゃん、知り合い?」

 

「……ええまあ、ちょっと前にね……」

 

 夏凜の知り合いもいたらしく、なにやら剣呑な雰囲気で見つめあっている。知り合いは知り合いでも、あまり穏やかな付き合いではなかったようだ。

 

「国土さん、この集まりは?」

 

「"防人(さきもり)"だけでなく、君たち勇者まで呼ばれたということは、それだけ大掛かりな任務ってことかな」

 

「任務? つまり――」

「そう、頻発しているアンノウンの襲撃。それに対抗する作戦です」

 

 音もなく入室してきた仮面の女性。唐突な出現に慄く勇者組を尻目に、先にいた防人という一団は慣れているらしく、淡々と席に着く。おそらくこれが平常運転なのだろう。

 

「勇者様方もご存知の通り、現在アンノウンの出現数が爆発的に増加しています。これまでになかった動き。我々はこれを警戒し、壁の外に何か動きがないかを調査していました。そこで撮影されたのがこちらです」

 

 下りてきたスクリーンに表示されたのは、有機と無機が混ざり合ったような異質な巨大物質。

 城塞を敷地ごと削り取ったような、まさに空中要塞と言える巨体。

 人工的な城塞の全体に触手が絡みつき、異質な雰囲気が漂う本丸。

 下部に搭載された推進装置らしき部分からは青い炎が立ち上り、浮かぶはずのない大質量を飛行させている。

 全方位をカバーするように展開する多数の砲門。映像から目測して、口径は優に60〜70cmはあるだろうか。

 

 総じて異常の一言に尽きる。何もかもが規格外の存在が四国結界に向かって飛翔していた。

 

「これは3日前に撮影された映像です。見ての通り、結界に近づいています。この巨大要塞のコードを『ネスト』とします」

 

「ネスト……"巣"ってことは……」

 

「はい、この頃頻発しているアンノウン……あの白いアリ型はここから四国に侵入していることが確認されています」

 

 つまりこのネストは、超巨大な空飛ぶアリの巣ということだ。映像を分析した結果、バーテックスと同じ成分で構成されていることが分かっている。

 アンノウンとバーテックス、テオスと天の神の合作と言える存在。人類にチェックをかける、敵の切り札が遂に現れた。

 

「こんなのが結界にぶつかって、神樹様の方は耐えられるんですか?」

 

「こちらの計算では五分五分といったところです。単純に大質量をぶつけるだけなら、おそらく持ちこたえることは可能と試算は出ていますが……」

 

 他のバーテックスが加われば天秤はあちらに傾く。それだけ状況はギリギリまで追い込まれている。

 

「つまり今回の任務は、このネストが壁に到達する前に破壊することですか?」

 

「破壊……できるの? あんな大きいのに……」

 

「あれほど巨大で、素材がバーテックスなら……あるはずだ。アレを一つの個体にまとめている中枢……御霊がね」

 

 冷静にデータを確認していた志雄が発言する。乗り込むことができれば、勇者たちの手で他のバーテックスと同様に撃破する術はあるということだ。

 

 

 

 

「その考えは恐らく正しいわ。ただ、事態はそう簡単じゃないのよね」

 

 後方の入り口から会議室に入ってきた新たな大社職員。仮面こそしているものの、まとう雰囲気が他と明らかに違う。口調にも人間味が強く出ている。

 

「ね……室長。時間は厳守していただかなくては……」

 

「ああ、ごめんなさい。神事部の方から報告があってね。新しい作戦を立てられそうなの」

 

 乱入してきた女性の方が一枚上手らしい。疑問符を浮かべる職員を他所に、テキパキと持ってきたデータを表示していく。

 

「はい、説明引き継ぐわよー。問題のネストなんだけどね? 実は今対象をロストしちゃってるのよね。ずっと監視してたのに、昨夜霞のように姿を消したの」

 

「ハァ⁉︎ どういうことよそれ」

 

「じゃあ今どこにいるのか分からないってことですか?」

 

 アッサリと告げられた更なるピンチ。街一つ分に匹敵する質量がある日唐突に姿を消す。まず間違いなく敵の能力だろう。

 四国結界のどこから攻めてくるか分からない。迎え撃つ側としては圧倒的に不利な立場に追い込まれてしまった。

 

「これは参った。ピンチなんてもんじゃないぞ……」

 

「ああ。裸玉で将棋打たされてる感覚だ。始まる前から詰みが半ば確定してるのがどうにも……」

 

 机に突っ伏す陸人と、頭を抱える志雄。下手に頭が回るだけに、2人は問題の深刻さを即座に理解できた。

 攻められてから向かっていては間に合わない。あんなバケモノ決戦兵器が壁を超えてきたら、空いた大穴からどれだけの敵が湧いてくるか分からない。人類殲滅に一直線だ。

 

「そうなの。だからその前に見つけなきゃいけない。そこで神事部……巫女様の出番ってわけね」

 

 神樹の神託を受け取り、人類のためのヒントを手に入れる。それが巫女の使命であり、神事部の役目だ。

 

「どうやらこのステルス機能はネスト由来のものじゃないらしいのよ。高位のアンノウンが、超能力で外部から覆い隠している……これもまた一種の結界みたいなものね」

 

 そして神託によれば、その下手人はそう遠くない場所で状況を確認しているらしい。それを捕捉、撃破できれば……

 

「私が提案するのは両面作戦よ。A班が壁の外に出て、結界を張っているアンノウンを捜索。ネストを隠しているステルスを破る。

 そしてB班が、姿を現したネストに強襲をかけて撃墜する……不確定要素が多すぎるのは気に入らないけど、現状これ以上の策はないわ」

 

 防人組から少数を選抜し、結界の外で見ているステルス能力者を倒す。それまでの間、他の防人と勇者で襲いくるアンノウンを撃退して時間を稼ぐ。そして本丸が姿を見せ次第勇者が突入、御霊を破壊する。

 神樹、大社、巫女、防人、勇者。人類側の全てを結集させた一大作戦になる。

 

「……お話は分かりました。でも……」

 

「あたしたちは大社を信用できない。この眼も、妹の声も、みんなの身体はあんた達がだんまり決め込んだからこうなってるんだから」

 

 風が怒りを抑えて淡々と言葉を紡ぐ。緊急事態といえど、それとこれとは話が別。自分たちの人生が狂うほどの秘密を隠し持っていた相手を信じて背中を託すことができるほど、犬吠埼風は大人ではなかった。

 

 美森や夏凜も表情に陰りがある。当然といえば当然だが、こんな信頼関係では作戦に支障をきたすのは確実だ。友奈や樹はフォローしようとしているが、焼け石に水。陸人も口を挟まず、各々の意思を尊重している。

 大社職員2人と勇者部の睨み合いの構図となってしまった。事情を深く知らない防人組は傍観者に徹している。

 

(……ま、当たり前の話よね。どうするの? 私に任せてくれれば、女子中学生を論破するくらい難しくないけど……)

 

(あなたは黙っていてください。従えるのではなく協力してもらうのです。そこを間違えては、私達も本部(ゲス)と同類です)

 

 何かを言いかけた2人目を制して、1人目の職員が前に出る。彼女はゆっくりと膝をつき、仮面を外して素顔を晒した。

 

「勇者様方のお怒りは当然のもの……信じてくれと言うのもおこがましい話でしょう。ですが、道理を無視してでも、私達はやらねばならないのです。勇者様のお力がなければ、ネストを撃退することはできず、人類を守ることもまた叶いません」

 

 正座の体制から、深々と頭を下げる。いわゆる土下座をして懇願する女性。かつて勇者を導く役目についていた安芸(あき)真尋(まひろ)。彼女には何の力もない。だからこうして、大人としての責任と誠意を示すしかできなかった。

 

「事が済んだ後、私のことはお好きなようにしてくださって結構。死ねと言われればこの命を捧げましょう。ですからどうか、どうか……!」

 

 尋常ではない懇願の言葉。中身のないその場しのぎの発言ではないことは一目で分かる。力無き大人は、自分が持つ唯一の武器"命"を交渉台に乗せてみせた。

 

「あなたは……」

 

「なんで、そこまで……」

 

「かつて、あなたたちと同じように、自分を犠牲にこの世界を維持した勇者達がおられました。その内1人は今も目を覚まさず、他の方々も苦しみ続けています。彼らの献身を無為にしないために、私にできることは全てやると……2年前、己に誓ったのです」

 

 "2年前の勇者"

 その言葉で、唯一正確に事情を知っている陸人は反射的に美森を見た。彼女もまた、思い出そうとしてできずにいるらしく、頭を抑えて顔をしかめている。

 

「……分かったわ。今回はそっちの指図にのってあげる。ただし、信じたわけじゃないから。こっちの判断が正しいと思ったら、勝手に動かせてもらうわ」

 

 根負けした風が、それだけ言って憮然と座り込む。流石に命まで持ち出されては、無碍に返すこともできなかった。

 

「あ! それから、命は大事にしてくださいね。その勇者さん達だって、あなたが死んじゃったらもっと苦しくなると思うんです。だから……」

 

 友奈が慌ててフォローに回る。どんなに憎くても、彼女達に人の死を願うような残酷な思考は存在しない。そうでなくては勇者などに選ばれるはずがないのだ。

 

「……それじゃ話がまとまったところで作戦を説明するわよ。ほら、真尋も立ちなさい。アンタに死なれたら私も、他の子達も困るんだからね」

 

 2人目の女性が安芸を立たせて会議を再開する。安芸の方は、本気で死を覚悟していただけに、どこか脱力した様子でされるがままに引っ張られている。

 危うい部分は多々あるが、ここに勇者と防人、讃州中学勇者部と大社の革新派の同盟が成立した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ネストのイメージとしては、fate/Apocryphaの虚栄の空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)
あれに樹海の雰囲気が混ざってちょっと生物的になった感じです。

……この話を描いてからアニメを見て思い出したのですが、最近の作品だと、『とある魔術の禁書目録』のベツレヘムの星がシルエット的にはイメージしやすいかもですね。

勇者部と防人の邂逅……ちょっとアッサリめなのは、アニメ一期分が終わってからくめゆ編を予定しているからです。彼らのエピソードは彼ら主役の話でじっくりと……まあ、これもまた先の話です。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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"強さ"の定義

前回でも軽く触れましたが、くめゆ組の活躍についてはそちらの主役エピソードを用意していく予定なのでお待ちください。



 作戦の詳細を詰め、国土志雄たち防人第一小隊が壁外調査に出撃した。それとほぼ同時に始まったアンノウン側の大侵攻。存在が小さいせいで神樹の警戒網に引っかからないアンノウンも、これだけの数で動けば樹海で捉えることができる。勇者達と残った防人は安芸を中心とした大社革新派の指示のもと、四国各地に出没するアリ退治に従事していた。

 

「東郷さん、そっち行ったよ!」

 

「風、お願い!」

 

「――っ!」

「しまっ……」

 

「させるかぁ!」

 

 動きにキレがない風と美森。その隙をついてきた2体の『フォルミカ・ペデス』は、割り込んできたアギトの剣で両断された。周囲の敵を一掃できたことを確認すると、一声かける間も無くアギトは別の戦場に飛んで行く。

 単体戦力として最強の駒であるアギトは、この混迷極まる戦況において引っ張りだこになっていた。樹海の端から端までをトルネイダーで飛び回り、勇者や防人の援護をしては次の敵へ。

 アンノウンが結界を囲むように全方位から攻めてきたことで、四国全域に広がった樹海。その全てをカバーしているアギトの負担は相当に重い。

 

「りっくん!」

「ラストッ!」

 

 それでも疲労を見せずに立ち回るアギト。必殺のライダーブレイクで最後のペテスを撃破。侵攻開始から数えて第四波となる大規模戦闘が終息した。

 

「……ハァ――、流石にきついな」

 

「りっくん、大丈夫?」

 

「ああ、まだやれる……けど、ちょっと休もう。さっきから頭痛が治まらない」

 

 大社が用意した車に乗って帰投する勇者達。素早い情報伝達のため、戦闘がないときには大社本部で待機することになっている。

 

「風、東郷……気持ちは分かるけど、もっと集中して。これじゃ陸人の負担がでかすぎるわ」

 

「……そうね。ごめんなさい、リク」

 

「……ごめん、分かってはいるんだけど……」

 

 疲労から静寂が保たれていた車内で、夏凜がおもむろに口を開く。これまでの戦い、何度も連携に綻びが出ている。その全てはこの2人の不調が発端だ。陸人も毎度フォローしているが、その結果彼は1人だけ簡易ベッドに横たわっている始末。次はもう危ないかもしれない。その危機感が、戦士として鍛えてきた夏凜を焦らせている。

 

「俺なら大丈夫……だけど、確かに今の2人はいい状態じゃない。少し戦線を離れて休むべきかもしれないな」

 

「それを言うなら真っ先にあなたでしょ、リク。本当にごめんなさい。説得力ないだろうけど、ここからは目の前の敵に集中する。もうあんな無様は晒さないわ」

 

「あたしも、ホント大丈夫だから……ごめん、みんな」

 

 ハッキリと断言する美森だが、陸人には心ここに在らずに見える。戦場ではない何処かを意識しているような、勝つこと以外の何かを目指しているような、妙な態度が気にかかった。

 

 一方の風も言葉は前向きだが、仲間の顔もまっすぐ見られないほどに、その精神状態はボロボロだった。樹海でも現世でも隣に寄り添う樹が懸命に支えてなんとか持ちこたえているが、やはりまだ根本的な問題『妹達を苦しめたこと』に対する自分なりの答えが見出せずにもがいている風。

 

 勇者部は今、内側に爆弾を二つ抱えたまま戦っているに等しい。頼みの陸人も、今は戦闘で手一杯。樹は声が出せず、友奈と夏凜も上手い言葉が見つからない。

 一応は勝利している側とは思えないほどに、勇者達を包む雰囲気は重苦しいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(どうすればいいのかな……私にできることって……)

 

 大社本部の食堂。長時間の待機も予想される勇者達への配慮として解放された休憩スペースで、樹はお茶を飲みながら悩んでいた。姉の心境は徐々に悪化してきている。ここまで戦ってこられたのは奇跡に近いと言っていい。

 声を失った樹が文字でどれだけ想いを伝えても、風は作り笑顔で返すだけ。ずっと守ってくれていた姉の窮地に何の力にもなれていない。樹は自分の無力を責め続けていた。

 

「あれ? 樹ちゃんも小腹が空いたの?」

 

 誰もいないと思っていた食堂に、気づかぬうちに入ってきていた陸人。樹は驚いて思わず立ち上がる。何せ彼は帰りの車中で眠りにつき、そのまま点滴を付けて医務室に運ばれたはずだったのだから。

 

 "もう大丈夫なんですか?"

 

「ああ、ちょっと寝落ちしただけなのに大袈裟だよね。全然平気。医務室に見張りが張り付いてて落ち着かなかったから抜け出してきたんだ」

 

 顔は青白く、立つ姿にもいつもの覇気がないが、それでも笑う陸人を見て樹は安堵した。

 

 "そうですか、良かった……あの、ちょっと相談いいですか?"

 

「うん?……ああ、風先輩のことだね」

 

 "お姉ちゃん、どんどん顔色も悪くなって……このままじゃ大変なことになりそうな気がするんです"

 

「そうだね。今の風先輩は色々なことに罪悪感を感じてて、それに押しつぶされそうになってるんだと思う」

 

 勇者部を作ったこと。仲間達を巻き込んだこと。その結果、取り返しのつかない傷を残させてしまったこと。

 陸人を責めるような言葉を放ってしまったこと。錯乱して刃を向けたこと。今も足を引っ張り続けていること。

 

 そして何より、最愛の妹が初めて見つけた夢を永遠に奪ってしまったこと。

 

 これらが風の頭に延々とループし、自身の心を苛んでいる。風の心が壊れるのが先か、集中を欠いて戦場で死ぬのが先か。犬吠埼風はそこまで追い詰められていた。

 

 "陸人さん、お姉ちゃんを助けてください。お願いします!"

 

 端末に文を表示し、深々と頭を下げる樹。彼女にとって御咲陸人は、何度も自分達を助けてくれた頼れる先輩。心も強く、共感能力も高い、理想的なヒーローだった。

 

「樹ちゃんの気持ちはよく分かるよ……でもごめん、俺にはできない」

 

 だからこそ、そのヒーローが首を横に振った時、樹は心の底から驚愕した。あの陸人が、手を伸ばした誰かに応えなかったのだ。

 縋るように陸人の服を掴んで詰め寄る樹。声こそ出ないが、その口と表情は"どうして⁉︎"という情動を雄弁に示していた。

 

「俺は結構我慢強い方だと自覚してる。それでも、この状況で疲れてることを表に出さないようにするのは無理だ。苦しそうにしてる俺が何を言っても、風先輩は自分を責める……今回の件に関して、残念だけど俺の言葉には何の説得力もないんだよ」

 

 頼みの綱だった陸人のお手上げ宣言。樹は意気消沈して俯く。ならば、いったい誰が苦しみ続ける姉を救えるのか――

 

「だから、お姉ちゃんは君が守るんだよ。樹ちゃん」

 

 思わぬ言葉に顔を上げると、陸人はいつもの人を安堵させる笑顔で樹の頭に手を乗せていた。

 

「風先輩が1番気に病んでいるのは君の声だ。だから君が、自分の言葉と想いを示すしかない。お姉さんの心が前を向いてくれるまで何度でも。誰の受け売りでもダメだ。樹ちゃんが心から信じることを、心から大好きな風先輩にぶつけ続けるんだよ」

 

 これまでずっと言葉を尽くして姉に寄り添ってきた。それでもダメだったのだと嘆く樹。陸人は落ち込む彼女の両頬に手を添え、優しく引っ張って口角を上げさせる。いつもの愛らしさは何処へやら、ひどく不自然な笑顔が完成した。

 

「そんな顔で何を言っても、心を閉ざした人には届かないよ。スマイルスマイル。樹ちゃんは可愛いし、風先輩は君の笑顔が大好きなんだからさ」

 

 しばらく樹の柔らかい頬をこねくり回し、満足した陸人が解放した頃には、彼女はもう俯くことなく前を向いていた。

 

「傷ついた君に、酷なことを言ってるのは分かってる……それでも、今風先輩を救えるのは、俺でも友奈ちゃんでも美森ちゃんでも夏凜ちゃんでもない。1番長く、1番近くで彼女を見てきた樹ちゃんだけなんだ」

 

 その言葉に、樹はずっと沈んでいた心の闇に、一筋の光が射したのを感じた。

『お姉ちゃんの隣に立って、一緒に守りたい』

 歌手の夢とある種同様の、彼女の密かな目標。それを叶える時は、もしかしたら今なのかもしれない。

 

 "ありがとうございます、やってみます!"

 

「ああ。俺は正直自分の面倒見るので手一杯だから、樹ちゃんに任せるよ」

 

 それと同時に、いつからか密かに願っていたもう一つの目標、"陸人に頼られること"も、今この瞬間に達成されようとしていた。現状が追い込まれ過ぎているのもあるが、陸人が困った時に頼ろうと思えるくらいには、樹も強くなれたのだ。

 

 "任されました。でも意外です。陸人さんができない、って言葉を使うとは思いませんでした。"

 

「去年辺り言わなかった? 俺だって無理なら無理ってちゃんと言うってさ。残念ながら、俺には完全無欠のヒーローは土台無理らしくてね……そのくせ守りたいものばっかり多く抱えてるから、こうしてみんなに助けてもらってるんだ」

 

 戯けて笑う陸人に釣られて、樹も久しぶりに笑うことができた。

 

(この子も変わった。強くなった……いや、違うな。最初から強さを持ってて、俺がそれに気づかなかっただけか)

 

 "強さ"と一口に言っても、その実色々な性質がある。

 友奈のように、常に誰かのために動く優しさという強さ。

 夏凜が持つ努力してきた自分を信じること、誇りという強さ。

 風が見せた、大事だからこそなんでもやってしまえる愛の強さ。

 美森が秘める人間らしく、弱さと臆病さを忘れないことだってその一つ。弱さを知るという強さだ。

 

 そして樹にあるのは、どんな時も1番大切なものを見失わない芯の強さ。声を奪われても夢を断たれても、大好きな姉のために前を向き続ける。それが樹の勇者たる所以。

 

「風先輩のことは、樹ちゃんにお任せする。無責任に聞こえるかもしれないけど、俺は樹ちゃんの強さを信じてるよ」

 

 "はい。犬吠埼樹、その依頼引き受けます!"

 

 ホッと一息ついたその時、突如として本部中にアナウンスが流れた。

 

『先遣隊の報告がありました。勇者様、及び防人各員は第1会議室に集合願います。繰り返します――』

 

 その言葉は、誰もが望んでいた吉報。先の見えない暗雲を晴らす、人類逆転の一手が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第一小隊がステルス能力を持った特型アンノウンを発見。苦戦の末術を使っていた装備を破壊。ネストを覆い隠していた結界を解除することに成功した。

 

「この方角は……丸亀城の辺りか。避難の準備はもう?」

 

「ええ。こちらの派閥で手が空いたものを総動員。並びに上里家、乃木家をはじめとした大社本部でも正常な思考を保てている方々の協力も得られました。

しかし、ネストが実際に侵攻してしまえばその被害はどれほどのものか……遠方の市街地に到達することも十分考えられます」

 

 樹海にダメージが広がれば、その分現実世界でも影響が出る。ネストの規模で壁の内側で暴れられれば、過去最大級の被害が残ることは確実だ。

 

「アリの巣が壁にぶつかる前に撃墜するしかないってことね。侵入の手筈は?」

 

「ネストは対空砲火の他にも飛行能力を備えたアンノウンの群れ、更にはバリアのようなものを全方位に張り巡らせています。なので――」

 

「あなたたちには突入班と牽制班に分かれてもらう。牽制班は敵の迎撃を捌きつつ突入のサポート。そのまま外側の戦力の相手と、ネストの足止めを担うことになるわ」

 

「そして突入班は内側から御霊を探してこれを破壊。ネストを堕とすことが目的です。侵入できたらこちらで用意した偵察ユニットを用いて内部を検索。目的地までは我々が案内しますので」

 

 そう言って渡されたのが手のひらサイズの円盤。起動することで空を飛び、カメラやマイク、センサーで周囲を偵察できるドローンだ。

 

「一時的に見失ってしまったことで、かなり距離を詰められている。ここからは時間との勝負よ……こちらでも打てる手は打つけど、長引けば長引くほど不利になる。お願いね、勇者様方」

 

「……了解です。それじゃ俺たちは――」

 

 言い切る前に、全員のスマホからアラームが鳴り響く。アンノウンの全方位同時侵攻、第5波がこのタイミングで発生した。

 

「アンノウンの対処は防人で行います。皆様は急ぎネストに向かってください」

 

「でも……」

「陸人、行きましょう。一刻も早く本丸を落とすのが最大の援護になるわ……アンタも分かってるでしょ?」

 

 後ろ髪を引かれる思いで駆けて行く陸人たち。ここからは誰にとっても正念場だ。勇者にも、防人にも、大社にも、何も知らない市民たちにとっても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、班分けはどうするの?」

 

「そもそも突入するには空を飛ばなきゃいけない。満開抜きで考えれば、アギトのバイクしか手段がないわ。だから……」

 

 変身し、走りながら作戦会議を行う勇者たち。と言っても発言しているのは友奈と夏凜だけだ。

 風は戦意こそあるようだが、未だに表情は暗く沈黙を保っているし、樹は前のめりではあるがそもそも声が出せない。

 美森はまたしてもどこか遠くを気にして、意識が目の前に向いていない。陸人もまた、後ろをチラチラ振り返りながら後悔したような顔で黙りこくっている。

 

「ちょっと陸人! 聞いてるの?」

 

「あっ、ああ……ごめん、なんだっけ?」

 

「突入はアンタと友奈と私の3人、ってことでいい?」

 

「うん……それでいいと思うよ」

 

「りっくん……」

 

「リク、一度引き返してアンノウンを蹴散らしてきた方がいいんじゃないかしら?」

 

 いつまでも吹っ切れない陸人に、美森がハッパをかける。ネスト攻略に不可欠なアギトを、一度置いていくということだ。

 

「ちょっと東郷、アンタ何を……」

 

「このままじゃネストと対面してもリクは集中できないわ。後顧の憂いは先に潰しておくべきよ。アギトならすぐに追いつけるし、私たちが先行して突入のための威力偵察ってことでいいでしょ?」

 

「東郷さん……?」

 

 ずっと集中していなかった美森が、ここに来て不自然なまでに積極的に発言する。友奈はらしくない友人の姿に違和感を感じたが、ずっと市街地が気になっていた陸人は、渡りに船とばかりに美森の意見に乗ってしまう。

 

「ごめん、夏凜ちゃん。行かせてくれ……すぐに戻るから!」

 

「ああもう、行っちゃった……しょうがないわね、私たちだけでもできるだけ相手の戦力を削っておくわよ!」

 

 こんな時に号令をかけるのが風の役目だったが、やはり一言も発さない。どこか言動が不自然な美森といい、夏凜の懸念は増すばかりだ。

 

(これでリクは引き離せた。後は動く刻を見計らって……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい加減、諦めろ!」

 

 ハルバードでペデスの群れを一掃したアギト。まだ全ての敵を片付けたわけではないが、ここまで数を減らせば後は防人に任せても問題ないと判断して、再びネストの方向へ向かう。

 

「陸人様。ご助力はありがたいのですが、これ以上は作戦に支障が出ます」

 

「分かってます。すみません……みなさんを信用していないわけではなかったんですが、どうしても不安で」

 

 陸人はここ数日共闘して、防人たちのことをかなり高く評価していた。個々の能力はアギトと比べるべくもない。勇者にも遠く及ばない戦闘能力しか持ち得ないが、この戦場では別の持ち味が光る。

 徹底された連携戦術と、広域通信による戦略レベルの集団行動。どんな手段を用いているのか不明だが、あの2人の大社職員は樹海化していても普通に動けるらしく、戦況を分析して指示を伝達。戦場に出ている者では不可能な広い視野を持って的確に指揮をとっている。

 

 こと集団戦に関しては、アドリブで押し通す勇者部よりも遥かに上をいっている。今の援護も陸人にとっては念のためという程度のものだった。これで後ろを気にせずネスト攻略に打ち込める。意識を切り替えた陸人だったが――

 

(……! これは、どういうことだ……⁉︎)

 

 端末のレーダーを確認した陸人が思わず瞠目する。作戦ではネストの進路を変える、または足を止めるために結界から離れた方向から攻撃を仕掛けて突入の支援をするというのが第一段階だった。

 しかし、1人のアイコンが結界とネストの間、それもかなり結界に近い危険地帯に移動している。そこに攻撃を受ければ四国結界に届くことは、誰が見ても明らかだ。

 

「何をする気だ、美森ちゃん……!」

 

 東郷美森。彼女はただ1人、人類を守護するという目的から外れた行動を取っていた。その目的は、愛する者たちを解放すること。ただ、それだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




クライマックス感マシマシです。美森ちゃんはタガが外れても計画的に物事を進める賢い子だと思っています。
陸人くんのおかげで原作よりも冷静さを保てていること。
陸人くんの事情を知ったことで、より絶望が深くなったこと。
そのせいで原作の破れかぶれよりも、余計に順序立てて破滅への道を激走していく危ない子になってしまいました。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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生きるも死ぬも

敵はネスト……そして、最愛の家族。そろそろ陸人くんの胃がダメになってそう……




 ネストと接敵した勇者達は、飛行できないなりにジャンプや飛び道具で気を引いて敵の侵攻を少しでも遅らせようと分散して仕掛けた。その段取りを無視したのが東郷美森。彼女は1人になった瞬間、なんと躊躇いなく満開。飛行能力と圧倒的な火力でネストの意識を自分に向ける。

 

「東郷さん! 何してるの⁉︎」

 

「アンタ、そっちはダメだって……ていうか、なんで満開を!」

 

「ごめんなさい、友奈ちゃん、夏凜ちゃん。でも、これで最後だから……」

 

 端末の通信を切り、飛行ユニットで移動する美森。彼女は予定通り結界のすぐ近くで停止してネストを待ち構える。そして後ろを振り返り、火砲を起動する。その照準はずっと人類を護ってきた最後の砦、四国結界に。

 

(私がここに穴を開ければ。ネストは簡単に壁を突破できる。それで全部終わり。勇者(わたしたち)の身体を捧げて……全てを使い潰して未来を繋げた陸人(えいゆう)まで引っ張り出して……そこまでしてやっと維持している歪な世界は、この一撃で終焉を迎える)

 

 たとえ何もかもを壊してでも、大切な人を苦しめ続ける運命から解放してあげたい。それが美森の愛の深さだった。その愛は、決定的な引き金に指をかけ――

 

 

 

「美森ちゃん!」

 

「――! さすがリク……思った以上に早かったわね」

 

 その照準を飛んできたアギトに変更。容赦なく全力砲撃。ギリギリで回避したアギトはトルネイダーから落下し、結界の上に着地した。

 

「一応聞くよ。なんでこんなことを?」

 

「あなたこそ、なんでそこまでするの? あなたほどの気高く優しい魂が使い潰されるほどの価値が、この世界にあるとは私には思えない」

 

 陸人はあの日語られた真実を覚えていない。だから美森の言葉の半分も理解できていない。それでも彼女は陸人絡みの何かに追い込まれて、陸人のためにこんな暴挙に出たのだということは把握した。

 

「君が思いつめていたのは気づいてた。それを後回しにしていたのは俺のミスだ。本当にごめん」

 

「ほら、そうやって全部自分のせいにする。それがあなたを追い詰めていくの。お願いだから自分を大事にして。私の邪魔をしないで」

 

 噛み合っているようで噛み合わない2人の会話。一方だけが知っている事実があり、もう一方はそれを知られているということさえ知らない。そんなややこしい状況が、普段は無言でも意思疎通ができる2人の間に致命的な齟齬をもたらしている。

 

「教えてくれ、美森ちゃん。君が苦しんでいるのなら俺は助けたい。だから助けさせてくれ、俺に本当の気持ちを教えてくれ!」

 

「無理よ。あなたがあなたである限り、私は現状を良しとは思えない……いつだって助けられてきた。だから今度は私が、あなたを!」

 

 満開を経験したことで手に入れた遠隔射撃兵装を使い、アギトを翻弄する美森。射撃の網を掻い潜ってなんとか接近しようともがくアギトだったが、足場が悪く近づけない。

 

「ほら、いい子だから大人しくしてて。すぐに終わるからね? 最後の時まで、一緒にいましょう?」

 

 幼子をあやすような口調で儚く微笑む美森。その手が差し伸べられた先で抗い続ける陸人は、彼女の顔を見ていられなかった。全てに絶望した、光なき瞳。陸人を見ているようでその実何も映していないその眼は、彼が美しいと心惹かれた輝きを完全に失っていた。

 

「何度でも言うぞ。俺は君を守る。何があっても、どんなものを敵に回してもだ!」

 

 みんなに笑っていてほしい。それだけのために命を懸けてきた陸人にとって、今の美森の在り方は到底認められるものではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あたし、なんでこんなに頑張ってるのかな……樹も、みんなも……悪いことなんて何もしてないのに)

 

 頭上のネストから湧いてくるペデスと戦いながら、風は理不尽な世界に嘆き続ける。友奈や陸人の心が頑強すぎるせいで忘れてしまいそうになるが、彼女たちはまだ中学生。世界を背負わされるにはあまりにも若い魂だ。悩み続ける風は極めて一般的な感性で考えているに過ぎない。

 

 "良いことしてる人は幸せになるべきだ"

 "苦しいことは悪い人に向けばいい"

 

 誰もが思う当たり前の考え方。そうあれば、人間が大好きな"平等"という理屈が通ることになる。その見方で言えば、勇者部は総じて"良いことしてる人"の部類に入るだろう。ならばなぜこんなに苦しまなければならないのか? 風が割り切れないのは、そういうことだ。

 戦闘中に考え込んで、大剣を握っていた手から力が抜けて隙だらけの風。背後からのペデスの一撃で大きく跳ね飛ばされてしまう。

 

「……もう、いいかな」

(お姉ちゃん!)

 

 風が諦めかけたその時、離れたところでワイヤーを振るっていた樹が姉の身体を突き飛ばして間一髪助け出す。泣きそうな顔をしていた風とは対照的に、樹の眼には強い光が宿っていた。

 

「……樹……」

 

 "見てて。お姉ちゃんは私が守るから"

 

 前もって用意していた画面を示し、樹が力強く頷く。風が手放した大剣を手にして果敢にペデスの群れに向かっていった。

 

(樹、強くなったのね……)

 

 自分の前に出て敵の攻撃を捌いていく妹の背中を見つめる。彼女も世界の理不尽に打ちのめされた1人だ。なのに今、ああやって世界を守るために戦っている。なぜ樹は戦えるのか? なぜ姉である自分にはできないのか? 風は樹のパソコンに残った音声データを思い出す。

 

 

 ――私には大好きなお姉ちゃんがいます――

 ――本当は私、お姉ちゃんの隣を歩けるようになりたかった――

 ――私自身の生き方を持ちたい。そのために今、歌手を目指しています――

 

 

 確かに世界だって樹が守りたいものだろう。しかし彼女の本質は違う。お姉ちゃんが大好きだと公言して憚らないあの妹にとって、何より大切なのは。

 

(そうだ。あの子は、私と……みんなと……当たり前の時間を過ごすことが何より大好きで……)

 

 

 ――陸人さんと、みんなと一緒に日常に帰る。そんな自分の願いを叶えるために、自分の意思で決めたことです――

 

 

 樹が今もなお後悔を見せずに戦えているのは、勇者としての根幹がブレていないから。大切な日常を守るためなら、何があっても振り返らない。それがあの小さな身体を動かす彼女の勇気だ。

 

(そっか。私、お姉ちゃん失格だな。あの子のことを"守らなきゃいけない妹"って枠に押し込めて。あの子自身の意志と成長をちゃんと見てなかったんだ)

 

 隣に立ちたい、立てる自分になりたい、と樹は言った。しかし風から見て、今の妹は既に姉を追い越して前にいる。その背中で己の意志を示し、頼れる姉が戻ってくることを信じて戦い続けている。

 風はようやく一切のフィルターを抜きにして、曇りなき眼で妹を見つめることができた。

 

 慣れない大剣に振り回されて隙を晒した樹。頭上からの攻撃が樹に迫り――

 

「……ゥアアアアアアアアッ‼︎」

 

 ずっと溜まっていた毒を吐き出すような、重く力強い咆哮。淀んだ弱気を吐き出して飛び出した風がペデスを弾き飛ばして妹を救った。

 

「貸してみなさい、樹。コイツはこうやって使うのよ、ね!」

 

 大剣を受け取り全力で振り回す。ただでさえ大きい刃を更に大型化して、周辺一帯をまとめて薙ぎ払う風の得意技が炸裂した。

 

(お姉ちゃん!)

 

「遅くなってゴメン、樹。こんな奴らさっさと片付けて、みんなを助けにいくわよ!」

 

 それは樹が憧れ続けた姉の姿。人を引っ張り、人を纏め、人を助け上げる、犬吠埼風の勇者としての在り方。

 

「さあ行くわよ! 犬吠埼姉妹の女子力、見せつけてあげるわ!」

 

 大剣を構えて叫ぶ風と、頷いてワイヤーを展開する樹。真の意味で互いを信頼した姉妹が、異形の群れに突貫していく。どれだけ詰みが近くとも、諦めない者がいる限り勝敗は誰にも分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このまま戦い続けて、それでどうするの? 私たちは……あなたはどうなるの⁉︎

 身体を少しずつ失って……いつかまた彼女たちのように、あなたたちのことを忘れてしまうかもしれない。あなたたちの方が私を忘れてしまうことだって……そんなことになったら!」

 

「そうはならない! この戦いには黒幕がいるはずだ、それを倒せば……」

 

「それまでに、あと何回戦えばいいの? あとどれだけ、自分を捧げれば終わるの?」

 

「みんなが戦わなくてもいいように、俺が……!」

 

「本当の居場所が別にあるあなたは……もしかしたら何処かに消えてしまうかもしれない。戦い続けて、思い出したら……私ならこんなところにいたいとは思えない。あなたには優しい世界があったんだもの。そちらに行きたいってきっと思う! そんなことは耐えられない!」

 

(本当の居場所? 優しい世界? 美森ちゃん、誰に何を聞いたんだ?)

 

 砲撃を続けながら心中を吐露する美森。下手に避ければ結界が傷付く位置どりになってしまったせいで、全てを弾き落とすしかアギトに選択肢はない。後がない瀬戸際で、それでも陸人は美森に言葉をぶつけ続ける。彼女の心を救うために。

 

「このまま終われば……あなたが思い出す前に全てを永遠にしてしまえば……あなたはずっと、私と一緒に……」

 

「半分くらい意味が分からなかったけど、君は間違ってるよ美森ちゃん! 俺は君達を置いて何処かに行ったりはしない!」

 

「全部思い出しても、同じことが言えるの⁉︎ 絶対に⁉︎」

 

「ああ、誓えるさ! 俺も最初は怖かった。思い出した時、今までの俺はどうなるんだろうって。消えてしまうんじゃないか、今の居場所がなくなってしまうんじゃないかって、思い出すことを避けてた!

 だけど今は違う。昔の俺がどんな奴だったかは関係ない。今の俺がどうありたいか、それさえ揺るがなければ、何があっても俺たちは変わらずにいられる!」

 

 それは風と樹を見ていて辿り着いた、陸人の新しい境地だ。

 変わってしまったことに恐怖と後悔を抱いた風。彼女の姿が、記憶に怯える自分と重なった。

 そして樹。何を失っても変わらない彼女の姿に、陸人は自分のあるべき未来を見つけた。自分の中の大切なもの。その芯さえブレなければ、きっと変わらずにいられる。そう思えば未知の記憶も怖くない。

 

「俺は絶対に美森ちゃんから離れたりしない! 今は苦しくても、絶対に君が心から笑える世界を取り戻してみせるから!」

 

「だけど……だけどっ!」

 

 迷いなき宣言に、美森は返す言葉を失った。それでも持て余す焦りと嘆きを込めて砲撃を繰り返す彼女に、陸人は敢えて変身を解除した。

 

「リク、何を……!」

 

「ほら、撃ってみなよ美森ちゃん。この程度の距離、君なら眼を閉じてたって頭を撃ち抜けるはずだろ?」

 

 挑発するように両手を広げて煽る陸人。こと仲間に対してはいつだって優しかった彼らしからぬ言動に、美森の動揺は加速する。

 

「リク……どうして分かってくれないの!」

 

「君がやろうとしているのはこういうことだろ? 世界が終われば俺も死ぬんだ。なら今ここで殺したって変わらない……違うか?」

 

 不敵に笑って言葉で攻撃を続ける陸人。武器を構えている美森の方がどんどん追い込まれている。空に浮かぶ満開が少しずつ後退していくのを見て、陸人は人外の身体能力を解放、飛行ユニットに飛び移る。

 

「――ッ! ダメ、離れて……お願いだから、やめて、リク……!」

 

 美森が手に装備した散弾銃の銃口を掴み、自分の胸に突きつける陸人。引き金さえ引けば、御咲陸人の生命はその瞬間終わりを迎える。

 

「どうして? 君はこれと同じことを何万人もの人にやろうとしてたんだろう? だったら引いてみせろよ、俺1人分の生命しか乗ってない引き金なんて軽いもんだろう!」

 

「ぅぁ……ぅぅ、あああああっ‼︎」

 

 とうとう錯乱し、狙いもつけずに砲撃をばら撒く美森。四方八方に破壊を撒き散らす彼女を見て、陸人は覚悟を決める。

 

 

 

 何があっても守ると誓った女の子を、この手で殴る覚悟を。

 

「東郷……美森っ‼︎」

 

 隙だらけの美森の懐に飛び込み、右の拳を硬く握りしめる。それを見ていた精霊は、なぜか静かに引き下がった。まるで陸人を見逃すように。大切なものを見失った主人を救うために、あえて道を譲るかのように。

 

「リクッ!」

「ゴメン、美森ちゃん……歯を食いしばれっ‼︎」

 

 反射的に遠隔射撃兵装で足止めを狙う美森。死角から飛んできた迎撃を屈んで回避した陸人が、下からすくい上げるような軌道で拳を打ち込む。バリアも発動せず、美森の顔を捉えた一撃は彼女を高く跳ね上げ、その戦意を喪失させた。

 

 

 

 

 

「……リク……私は……」

 

「美森ちゃん。俺のこと、信じられない?」

 

「そんなこと……でも、怖いの。あの乃木さんたちだって、そう思ってたはずだもの。忘れたりしないって……だけど、私は思い出せない。あんなに悲しい気持ちは湧いてくるのに、この気持ちの原点がどうしても思い出せないの」

 

「散華したことについても、このままにしておくつもりはない。方法は分からないけど、何年かけてでも取り戻してみせる。そのためにも、今はこの世界を終わらせるわけにはいかないんだ」

 

 拳を振り抜いた陸人は、脱力して倒れた美森の体を支える。焦点さえ合わなくなってきた翠眼は、光を求めてさまよっていた。

 

「どうして……私は……」

 

「……分かった。じゃあ約束しよう。俺は絶対に君を忘れないし、置いて行かない。

 それからもう一つ。君が世界に絶望したのは、元を辿れば隣にいながら君の幸せを守れなかった俺の責任。だから約束だ。俺の残りの人生全部使ってでも、君の幸せを見つけ出す」

 

 まるでプロポーズのような言葉だが、陸人にそんなつもりは欠片もない。ただ前を向いてほしい。その一心で、自分に出来る最大限を尽くそうとしているだけなのだ。

 

「もしそれでも、どうしてもこの世界が嫌になったら、全てを終わらせたくなったなら、まず俺に言ってくれ。自殺を考えるよりも、世界を終わらせようとするよりも早く」

 

 陸人は俯く美森の顔を両手で包み込み、互いの額を合わせてゆっくり語りかける。

 

「その時は、責任持って俺が一緒に死んでやる。この世界がダメなら、死んだ先の何処かで、君の幸せを探す旅を続けよう」

 

「――!」

 

 それはまさに文字通りの殺し文句。愛が重すぎるゆえに、一時的に死生観すら歪みかけている今の美森には効果抜群の一言だった。

 

「だから、勝手に死のうとするな。君が心から幸せだと思えるその時まで、生きるも死ぬも俺たちは一緒だ。君の命は俺が預かるし、俺の人生は君のもの。また誓約書でもなんでも作ってくれていいし、これは俺の本心。嘘はつかないよ」

 

「リク……あなたは、どうしてそこまで……」

 

「何度でも言うよ。俺は君が大好きで大切だから、君が生きるこの世界を守りたいし、君に世界を好きになってほしい。そのために、俺にできることはなんでもやる……それだけのことなんだ」

 

 秘密を明かしたあの日から。陸人の芯はブレていない。結城友奈を、犬吠埼風を、犬吠埼樹を、三好夏凜を、東郷美森を。

 御咲陸人が好きだと思った全てを守る。それが彼の勇気だ。

 

「どうかな? 美森ちゃん。俺にはこれ以上懸けられるものがないんだけど……」

 

「そうね……私も、あなたと一緒に見つけたい。この世界で、私が幸せになる未来を」

 

 美森の瞳に光が戻る。ずっと狭まっていた視界が、上を向いて太陽の輝きを見つけたのだ。陸人の内に燃え盛る炎が、闇に沈んでいく少女の心に火を灯し、引っ張り上げることに成功した瞬間だ。

 

「ごめんね。君を追い詰めて、傷つけるようなことを言って……」

 

「ううん、いいの……どうしても私に手を上げたくなかったんでしょう? こちらこそごめんなさい。あなたに、らしくないことをさせてしまったわ」

 

 甘えるように抱きついて、陸人の胸に縋り付く美森。ぬくもりを求めるように顔を擦り付けるその様は、やっとの思いで親を見つけた迷子の幼子のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、それじゃ――マズい!」

「きゃっ⁉︎」

 

 美森の手を取って立ち上がらせた陸人は、一瞬で変身して彼女を庇うように背中に隠す。気づけば目と鼻の先に、あまりにも巨大な空中要塞、ネストが迫ってきていた。その中心に位置する巨大な砲口。すでにチャージを終えた破壊兵器には、莫大な光が収束していた。

 

「美森ちゃん!」

「回避っ!」

 

 慌ててユニットを操作して射線から離れる美森たち。余りにも完璧に不意を打たれた2人は失念していた。自分たちの後ろに何があるのかを。

 

「しまった!」

「結界が……!」

 

 本来バーテックスの力では破れないはずの結界。しかし何事にも例外は存在する。神世紀には文献でしか残っていないことだが、かつて天の神は神樹が使う防御の対処法を構築し、怪人2人を利用して実際に攻略している。

 その技術を応用した破界砲。威力もさることながら、対神樹兵器としての性能を有しており、近距離で最大威力を叩き込めば、四国結界さえも風穴を開けられる。

 

 ついに破られた結界の内側に、ネストが侵攻していく。止めようにも、質量差がありすぎて勇者たちにはなす術がない。

 

「りっくん、東郷さん!」

「詳しい話は後で訊くとして、ここからどうするかよ!」

 

「みんな、無事⁉︎ 状況は……全員分かってるみたいね」

 "とにかく追いかけないと!"

 

 無事に合流し、ネストを追って結界の内側に飛び込む陸人たち。その先には、予想外の光景が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……え? 街がある?」

 

「どういうことよ。樹海化してたはずじゃない!」

 

 壁の向こうには見慣れた植物の世界ではなく、それ以上に見慣れた文明が作る景色。現実世界の市街地のすぐ近くまで、ネストは詰め寄ってしまっていた。

 見慣れた晴天に影を落とす、超常的な空飛ぶ城塞。四国のどこからでも目に入る異常な光景。何も知らない市民達には、一体どのように映っているのか。

 

「リク、これって……」

 

「結界を破った以上、樹海を無効化できてもおかしくはないか……」

 

 かつてン・ダグバ・ゼバがやってみせた樹海破り。ネストにはその能力さえも搭載されていた。まさに天の神の切り札。人類殲滅の決戦兵器。

 

「マズいわよ。ここで砲弾一発でも見逃せば……」

 

 風の呟きに、樹も勢いよく頷いて焦りを表現する。樹海化していても、現実への影響は0ではない。それでもかなりリスクを減らすことができ、また戦闘中にはある程度周囲を気にせず戦えるという利点もあった。

 しかしこうなってしまえば、街や市民への被害はダイレクトに発生する。目の前で悲劇が起こる光景を見ながら戦えるほど、勇者たちは達観してはいない。

 

「りっくん、どうしよう⁉︎」

 

(後がない……俺たちにも、人類そのものにも……!)

 

 背水の陣どころの問題ではない。腰までしっかり水に浸かったような状態で、勇者たちの必死の抵抗が始まる。

 

 

 

 

 

 




ここからは純粋にバトルです。後数話でアニメ一期分は終わるかな。そこからはくめゆを予定しています。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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響き合う心

しばらく忙しくなりそうなので、その前に結城友奈の章を終わらせようと思います。何日に投稿するかは分かりませんが、来週までに章の区切りをつけたいなと考えています。
……あ、それから感想頂いて気づいたのですが、今作100話を突破しました!これは101話目になります。
こんなに長く続くとは……これも皆様の応援のおかげ、ありがとうございます。
特に感想は私のモチベーションに直結するので、いつも本当に助かっています。
これからも本作をよろしくお願いいたします……要約すると……
感想待ってまーす‼︎(懇願)



絶望的なシチュエーションで始まる突入作戦。アギトと勇者の本領発揮です。



 空を進むネストを止めるためには、まず空を飛べなくては話にならない。しかし、現状まともな航空戦力はアギトのトルネイダーと、すでに満開した美森だけ。これでは対処のしようがない。

 

 "お姉ちゃん!"

 

「……ええ、大丈夫。分かってるわ。行くわよ樹!」

 

 顔を見合わせた犬吠埼姉妹が、覚悟と共に前に出る。大切なものを見失わないこと。取り戻した勇気を持って、禁忌の力を解放する。

 

「満開!」

(満開!)

 

「風先輩! 樹ちゃん!」

 

「作戦通りに行くわよ! 突入班は温存しときなさい。ここは、あたしたちの出番よ!」

 

「了解です……私が引き起こした窮地、ケジメをつけないと!」

 

 満開を解禁した風、樹、美森がネストの前に出て迎撃を始める。単独で飛べない夏凜と友奈をトルネイダーに乗せたアギトは、その背中に手を伸ばすが……

 

「陸人、今は戦いに集中しなさい……何も支払わずに勝てるなんて奇跡はあり得ないって、アンタも分かってるでしょ?」

 

「……ああ、分かってる、分かってるさ……!」

 

 迷いを振り切って飛ぶアギト達。一刻も早くネストを止めること。彼らにできるのはそれしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「硬いわね、あのバリア……!」

 

「撃ってみて初めて分かりましたが、あれは多重防壁です。2……いや、3枚の結界を重ねがけして確実に防御する。こちらも相応の攻撃を3発用意しないと……」

 

「あちらさん、完全に詰ませに来てるってわけね。挙句向こうからは砲弾もアンノウンも好き勝手に通過してくるし……都合良すぎでしょ!」

 

 ネストを守る結界は、球状に全体を覆っていて隙がない。敵側の攻撃で一瞬揺らぐかと思えばそれすらない。全力で攻撃してようやく結界1枚破れる程度。まさに鉄壁の防護と言っていい。

 

 美森が地上を目指して飛ぶペデスの撃墜。樹が砲弾の防御。風が結界の破壊をそれぞれ担当しているが、全てギリギリ。陸人達が地上の救援に回っているため、これ以上戦力は増やせない。始まって早々に手詰まりになりつつあった。

 

 

 

 

 

『準備に時間がかかり申し訳ありません。こちらの奥の手が用意できました』

 

 膠着状態を打ち破ったのは、安芸からの通信。その声に全員が反応した次の瞬間、市街地の直上に迫っていたペデスの一団が弾けて消えた。

 

「何だ今の……⁉︎」

「爆撃……?」

 

 爆発の真下で大きな駆動音を鳴らして構える影。車輪が前後に2つ。それだけならバイクに見えなくもないが、二輪車と呼ぶには些か異形すぎた。

 

 車体前部には大型砲塔。サイドには車体と同サイズのミサイルユニット。本来ハンドルがあったであろう場所からは、カメラアイを備えた頭部のようなものまで伸びている。

 

『これが私のとっておき、遠隔制御型の戦闘兵器『GENERATION 2』略して"G2"よ。性能はさっき見せた通り。地上は任せてもらって問題ないわ』

 

 G2なるバケモノ兵器の後ろには、大社の特殊トレーラー。そこから戦場を把握し、操作するのがG2の運用法だ。数十ものアンノウンを一瞬で消滅させた火力は、勇者達さえも絶句するほどのものだった。

 

『皆様、混乱も不安も分かりますが、今は敵に集中を。最終兵器を投入する以上、こちらも万全の注意を払っておりますので』

 

 見るからに危険な雰囲気を宿しているG2。実際に設計直後に1度暴走事故を起こして大社の地下フロアを1つ破壊している。

 しかし、G3等の実践稼働と再調整を重ねるうちに、人の手に委ねる部分とサポートAIに任せる領域の適切な線引きを把握し、見事暴走の危険性を排除することに成功した。総合スペックは多少落ちたものの、兵器としての信頼性は比較にならないほどに向上。こうして土壇場で実践投入できるレベルに至った。

 

 

 

 

「あれが奥の手、ねぇ……」

 

 花火のように空中の敵を派手に爆散させていくG2の猛威を目にした夏凜が呆れたようにつぶやく。戦車もかくやという破壊兵器を隠し持っていた彼女達には感心するより先に引いてしまう。

 

「あんなおっかないのがあるなんて聞いてないっての……よし、勇者部、ネスト攻略に集中するわよ!」

 

「はい! りっくん、夏凜ちゃん!」

 

「ああ、俺たちも――っ⁉︎ 風先輩、バーテックスが来ます!」

 

 ネストが撃ち抜いた結界の風穴。その奥に、数週間前勇者部を追い詰めた強敵の姿が迫る。

 

『レオ・スタークラスター』

 

 4体のバーテックスが融合し、圧倒的な力を振るう最強のバーテックス。ただでさえ手が回りきらない状態で、最悪の増援がやってきた。

 

「どうすれば……」

 

「あの、りっくん……」

 

「どうしたの? 友奈ちゃん」

 

 窮地のオンパレードに頭を抱えたくなる陸人。そんな彼の肩を遠慮がちに叩いた友奈が、自身の端末を指し示す。変身中は端末が使えない陸人宛ての連絡らしい。

 

『あ、もしもし〜? りくちー、元気〜?』

 

「……園子ちゃん?」

 

 相手は乃木園子。相変わらず緊急事態っぷりを忘れさせる語調は健在だ。

 

『ごめんね〜、大社の人達なかなか端末返してくれなくて。今ミノさん達が頑張ってくれてるんだけど〜、そっちにお手伝い行くのはちょっと遅くなるかも〜』

 

「……大社本部、か。何を考えてるんだか」

 

 アギトを抜きにすれば最強の勇者である園子。最後の最後まで保身のために温存する気か……考えたくはないが、このまま破滅を良しとしているのか。

 

『それで〜、遅れちゃうお詫びにアドバイスを送ってしんぜよ〜』

 

「アドバイス?」

 

 通話しながらも片手間でペデスを撃破していくアギト。遠目にその様子を見ていた住人からすれば、スマホを使いながら格闘する仮面の異形はさぞ不思議な生き物に映ったことだろう。

 

『りくちーは私と初めて会った2年前のこと、思い出した〜?』

 

「……薄ぼんやりとは。あの時も大分ギリギリの戦いだったね」

 

『そ〜そ〜。その時やったのと同じことをすればいいんだよ。仲間を信じて、力を重ねるの』

 

 園子が言っているのは、2年前の決戦で2人とも無自覚に使いこなした力の共鳴(レゾナンス)。トリニティの風と炎を、園子の満開に上乗せしたあの力のことだ。

 

「でも、あんなことができたのはあれっきりで……」

 

『私とできて他のみんなとできないってことはないはずだよ〜。できないならそれはりくちーの考え方が違うってこと。あの時私に感じてくれた気持ちと、今の仲間に向ける気持ち。どこか違うところがあるんじゃないの〜?』

 

「俺の考え、俺の気持ち……」

 

 2年前、助けようと思って飛び出した少女は、陸人が思っていた以上に強い心を持った勇者だった。満開のリスクを正しく認識しながらも幾度も行使して戦い続けた園子。そんな彼女を守りたいと思いながら、同時に頼もしさを感じていた。

 一方で今の陸人が勇者部の仲間に向けるこの気持ちは……

 

『散華が怖いのは分かるよ。何も失わせずに終わらせたいっていうのも分かる。だけど守りたいって気持ちは、あなた1人だけのものじゃないはずだよ〜……守るってことと頼るってことは、本当に両立できないものなの?』

 

「……!」

 

 何のために彼女達が満開してまで戦っているのか。陸人はもう何度も教えられているはずではないのか。

 "大切な日常を壊させないために"、彼女達は自分に出来る精一杯を尽くしている。優しい彼女達は、率先して負担を背負いに行く向こう見ずな陸人(えいゆう)も、きっと日常の中に含めてくれていたはずなのだ。

 

(そうだ。みんなは守られるだけのお姫様じゃない。自分の大切なものを自分で守るために戦う、俺の仲間(ゆうしゃ)で……)

 

 大切にすることと、過保護すぎることは違う。信じてくれと、頼ってくれと行動で示し続ける勇者達の気持ちを無視して独りよがりな戦いを繰り返すだけでは、本当の仲間とは言えない。

 

「ありがとう、園子ちゃん。ちょっと頭が冷えたよ」

 

『お役に立てたならなにより〜。私も出来る限り急いでお手伝いに行くから、りくちー……ガンバ‼︎』

 

 隣で立ち回る友奈に端末を返して、アギトは声を張り上げる。なにより大切で、1番守りたくて、誰よりも頼もしい、偉大なる勇者達の力を借りるために。

 

「風先輩! 先制して奥の合体型を仕留めます! 手を貸してください!」

 

「オッケー! 行くわよ後輩!」

 

 トルネイダーと満開の飛行能力で壁を超え、今まさに結界を越えようとしているスタークラスターに突っ込む2人。強敵なのは間違いないが、今日の戦場ではあくまで前座。こんなところで手こずっている場合ではないのだ。

 

(俺はみんなを信じる……全員で全員を助け合って、誰1人犠牲にせずに生きて帰るんだ!)

 

 アギトと風がアイコンタクトを交わす。もはや言葉は不要。最短最速で目の前の敵を撃破するのみ。

 トルネイダーの上で角を展開して構えるアギト。その後ろで大剣をバッティングのようなフォームで振りかぶる風。2人の心は1つ。でかい敵にはそれ以上の破壊力で力押し。シンプルな答えだ。

 

「いっけぇ、陸人っ‼︎」

 

 ジャンプして大剣の腹に両足を向けたアギトを、満開した膂力をフルに活かして風が撃ち出す。アギトの足と風の大剣が接触した一瞬、両者の間でラインが繋がり力が交差する。アギトと勇者の神聖が行き交うことで互いを高め合い、技の威力が乗算で跳ね上がっていく。

 空中回転してキックの体制に移ったアギトが、ライダーブレイク以上の勢いをもって突撃する。

 

「オオリャアアアアッ‼︎」

 

 敵の中心を穿つアギトのキック。それでも最強を壊すには不足していた。衝撃を殺しきれないと悟ったスタークラスターは、自ら後退することでキックの威力を軽減。そのまま両者は退がり続けていく。これでは撃破しようがない。

 

(考えるようになったのは認めてやる。けどな……!)

(創意工夫と連携は、人間の最大の武器なんだから!)

 

 アギトが飛び立ったトルネイダーに風が乗り、スタークラスターを追い抜いてその真後ろに移動する。アギトと風、ちょうど真向かいに挟み撃ちをする格好だ。配置についた風が、満開の力を込めて大剣を巨大化させる。

 

「まだ……まだよ……まだまだまだぁぁぁぁっ‼︎」

 

 倍加、さらに倍加、その上に倍加と、加速度的に巨大化する大剣。それはやがて、バーテックス屈指の巨体を誇るスタークラスターをすっぽり覆えるほどのサイズにまで至った。

 

「よーく見なさい、これがあたしの……女子力、大爆発だぁぁぁっ‼︎」

 

 最早人間大の存在が扱える領域を大きく逸脱しているが、風は気合と根性と女子力を総動員して構える。スタークラスターから見れば、一瞬前まで何もなかったところに突然強固な壁が出現したようなものだ。

 

「これで……!」

「潰れろっ‼︎」

 

 超威力のキックと大質量の大剣。2つの力で挟み込んで敵を圧殺する必殺技。

 

 共鳴奥義(レゾナンスアーツ)『ライダーインパクト』

 

 どれだけ大きかろうが硬かろうが、一切合切を無為にして破壊する合体技で、スタークラスターは何をすることもできずに退場した。

 一瞬で圧殺した結果か、それとも前回の個体が特殊だったのか。例の巨大な御霊は出現せず、最強のバーテックスは光と散った。

 

「ナーイス、陸人!」

 

「風先輩も、助かりました」

 

 空中で拳を合わせる2人。ずっと塞ぎ込んでいたとは思えない快活ぶりに、陸人はホッと息を吐く。予想通り、樹がやってくれたようだ。

 

「散々迷惑かけちゃったわね。このお詫びはここからするから!」

 

「ふふっ、いつもの風先輩が帰ってきてくれただけで俺は満足ですよ」

 

 最低限の言葉を交わし、2人は結界内に戻る。全てが終わってからゆっくり話せばいい。そのためにも、こんなところで果てるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 G2がその広域殲滅力を遺憾なく発揮し、操作する側も徹底的に市街地に被害が及ばないように細心の注意を払う。更にG2の武器が行き届かない範囲をリアルタイムでナビゲート、それに従った防人達がフォローに回ることで、街の防衛はほぼ完璧な状態になった。今なら勇者達は攻勢に出ることができる。

 

「友奈ちゃん、夏凜ちゃん、乗って! ネストに飛び込むよ」

 

「分かった、行こうりっくん!」

 

「よし、ここから反撃よ!」

 

 突入班がトルネイダーに集まり、ネストに向かう。特にフラストレーションが溜まっていた夏凜は意気揚々と刀を掲げ、湧いてきた防衛戦力のペデス達を睨む。

 

「陸人、行くわよ! まずは雑魚を蹴散らす!」

 

「分かってる、合わせていくよ夏凜ちゃん!」

 

 トルネイダーの先頭に立って構える夏凜と、ストームフォームに変化して夏凜の肩に手を乗せるアギト。触れ合った面から力が交差し、共鳴していく。

 

「数ばかり集めたところで!」

「私達には無意味! 舐めんじゃないわよ!」

 

 夏凜が大量の刀を形成。狙いも軌道も大雑把にとにかく投げつける。1秒に10本前後という圧倒的速度で撃ち出される刀は、狙いが甘くとも十分脅威だ。そして……

 

(空間全体を捉える感覚だ……夏凜ちゃんの投擲を俯瞰して、その全てに俺の風を……!)

 

 ハルバードを回転させて一帯の風を支配する。ストームの能力を使って刀の軌道を操作。更に風を上乗せして威力と速度を引き上げていく。

 

 共鳴奥義(レゾナンスアーツ)『ハルバードストリーム』

 まるで大型ミサイルを回転式機関銃(ガトリングガン)で発射しているような、不条理なまでに高次元な威力と連射速度の両立。瞬く間に対空戦力を削り取り、トルネイダーがネストに接近する。

 

「まずは1枚目、私が楔を撃ち込む!」

 

 最後に形成した一振りを空中高く放り投げ、同時にトルネイダーから飛び上がる夏凜。散華した右脚の代わりに左脚を大きく振り上げる。

 

3(スリー)‼︎」

 

 刀を一直線に蹴り込むジャンピングシュート。アギトの風で貫通力を増した投擲で、1枚目の結界は砕け散った。

 

「続けて行くぞ……!」

 

 トルネイダーで迫り、アギトがハルバードを大きく振り回す。風を纏い、空気を切り裂き、その一振りは必殺の刃と化す。

 

2(ツー)‼︎」

 

 ストームフォーム必殺のハルバードスピンが炸裂。2枚目の結界も破壊できた。

 

(これで最後! 私は、勇者部のフィニッシャーなんだから!)

 

 破壊と同時にトルネイダーから跳び上がったアギトの後ろから踏み込む友奈。突破力と言えば彼女の出番だ。大きく脚を広げ、拳を腰元に構えて力を込めて引き絞る。

 

1(ワン)‼︎」

 

 幾多の強敵を沈めてきた勇者パンチが直撃。ネストを守護する最後の防壁も、呆気なく音もなく、粉々になって無力化された。

 

 ガラ空きになったネストに飛び移る3人。待機していたアンノウンの群れが迎撃に湧いてくるが……

 

「想定済みだ……樹ちゃん!」

(はい!)

 

 直上を飛行していた樹が急降下。ネストに着地して、その圧倒的な物量で隅々までワイヤーを行き渡らせる。要塞下部の砲台も、際限なく湧き出てくるペデスの群れも、全てをワイヤーで掴み固定する。

 

(今です!)

「よし、行くよ樹ちゃん!」

 

 言葉がなくとも通じ合える。ネストの全てを範囲に敵を捉えた樹と、フレイムフォームに変化したアギトが手を繋ぎ、共鳴する。

 高めあった力は出力を増し、セイバーの刃に莫大な炎が宿る。

 

「これで……!」

(一網打尽です!)

 

 全てのワイヤーの集約部にセイバーを突き刺し、刀身の炎が伝っていく。全方位に広がったワイヤーが燃え盛り、ネスト全域を炎で包む。

 

 共鳴奥義(レゾナンスアーツ)『セイバーインフェルノ』

 街1つに匹敵するネストを覆い尽くすように張り巡らせたワイヤーが、捉えた全てを火達磨にしていく。大量のペデスと砲台を焼き尽くし、一時的にネストの迎撃機能を無力化することに成功した。

 バーテックス製となれば、時間が経てば回復する可能性はあるが、それでも時間稼ぎにはなる。総数3ケタに至る全方位砲撃を全て相殺してきた美森の負担も少しは軽くなる。

 

「よし、この隙に……!」

 

 結界破壊と同時に放っていたドローンから、御霊の在り処は掴んでいる。中心の城塞、その最奥だ。アギトは友奈、夏凜と合流して本丸を見据える。

 

 "私はこのままネスト上のアンノウンを倒します。行ってください"

 

 樹は固く決意した表情で頷く。改めて彼女の成長を実感した陸人は、何も言わずに頷いて返す。

 

「行こう!」

 

 ネストを止めて、人類の生存圏を守護する。そのためのラストミッションが始まった。

 

 

 

「あとはあの子達次第、か……東郷! 詳しいことは後で訊くとして。あんたもやらかしちゃったみたいね?」

 

「風先輩……はい、私は過ちを犯しました。この状況は、私が引き起こしたものです」

 

「そこではっきり言い切れるならもう大丈夫ね。お互いみんなにデカイ借りができた身……せめてここは、私達で絶対に死守するわよ!」

 

「はい!」

 

 この広い空を守る。2人だけで務めるには重すぎる大任を、怯むことなく引き受ける。間違ってしまったからこそ、正しい道の先に未来を掴みたい。美森と風は、改めて気合を入れ直して更なる増援に向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だか本当に城、って感じね。城門までこんな立派なものを……」

 

「多分、人類史に残る城塞を参考に作ったんだろうね。人類滅ぶべしとか言っておきながら……」

 

「とにかく行こう。この先に御霊があるんだよね?」

 

 巨大な城門を同時攻撃で破壊し、奥に飛び込む3人。

 

 その領域に一歩踏み込んだ瞬間、異変は起きた。

 

 

 

「――ッ⁉︎ なんだ……この、引っ張られるような……!」

 

「ぐっ……! 力が抜けていく⁉︎」

 

「罠……まさか!」

 

 二歩目を踏み出すことすら叶わず、3人揃って膝をついて蹲る。数秒もがいた彼らはあまりの激痛に倒れ込み、同時に変身が解除された。

 

「変身が……なんで⁉︎」

 

 力を解いたら途端に痛みが引いていった。慌てて立ち上がった陸人が再変身しようと構えるも――

 

(掴めない⁉︎ 寝てる時ですら感じ取れた、俺の中のアギトの力が……)

 

 友奈と夏凜も試してみるが、その姿にはなんの変化も起こらない。それどころか、2人の勇者システムにはいつも宿っていた光がない。アプリの花の紋章が、力を失ったように暗く染まっている。

 

「アギトも勇者システムも使えない……まさか、天の神が何か仕込んだのか?」

 

「そんな……そんなのってアリなの⁉︎」

 

「向こうも、拠点に侵入された時の対策はしてたってか……!」

 

 変身できずとも高い身体能力があるとはいえ、今の陸人は疲労困憊。変身が解ければその消耗と疲労感は一気に襲ってくる。

 友奈は武術の心得こそあるが、生身で異形と戦った経験もそんな訓練もしたことはない。

 夏凜に至っては変身できなければ杖を突いてやっと歩ける状態だ。いくら戦闘訓練を重ねていても、これではまともに戦えない。

 

「俺たちの魂と、俺たちの力が……強制的に断絶された……!」

 

 ネストに突入することには成功した。しかし中に入れたのは生身の中学生が3人。狡猾な天の罠によって彼らの大前提、"勇者である"という絶対条件すらも奪われてしまった。

 

 

 

 

 

 

 




共鳴奥義。またキツめのオリ要素を投下。手放して久しい厨二要素をどうにか引っ張り出して描いています。温かく見守ってもらえると。
次回、またしてもピンチ!(そろそろやめない?)

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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零ではない可能性

今回は大きく跳ね上がるために膝を曲げて力を溜める回。そんなイメージです。


 アギトと勇者。根本的に異なる両者だが、神聖を宿すことで戦う力を得るという点では同じ。そこで天の神は完成したネストに手を加えた。城壁の内側に己の神聖を充満させて陣地とする。その空間内では、天の神の力以外は発動しない。

 

 神樹とつながることで変身する勇者はもちろん、自身の内側にあるアギトの力を表出させることで変身する陸人でさえ、その能力を発現させるきっかけを掴むことができない絶対的な結界となっている。

 

 属性が異なる神聖の一切を発動させない絶対領域。それが天の神が仕込んだもう1つの切り札。勇者達が侵入してくることまで織り込み済み。基本的に力押しでなんでもまかり通してしまう神々らしくない、巧みで嫌らしい手段だ。

 

「……ダメだ。大社との通信も切れてる。通常の電波も、俺たちの端末をどこでも使えるようにしている神樹様のご加護も機能してない。俺たちだけでなんとかするしかないな」

 

「どうする? りっくん」

 

「幸い御霊の大雑把な場所は分かってるんだ。道案内や警備の偵察がないのは痛いけど、奥に進もう」

 

「なら、私はここに残るわ。この脚じゃろくに走れないしね」

 

「ダメだよ夏凜ちゃん! こんなところで1人になったら……」

 

「友奈ちゃんの言う通りだよ。大丈夫、俺がおぶって走るから」

 

「ハァ⁉︎ 冗談でしょ?」

 

 真顔で言い切る陸人。こんな危険地帯に仲間を置いていくことは彼にはできない。しかし人を抱えて動くというのはかなりの負担になる。それは分かっているはずだが……

 

「私も頑張る! だから3人で行こうよ。ね? 夏凜ちゃん」

 

 同じく真顔で懇願してくる友奈。どれだけ不利な状況でも、誰1人見捨てないのが勇者部だ。気恥ずかしさと情けなさで数秒唸っていた夏凜も諦めて息を吐いた。

 

「……分かったわよ。なるべく接敵を避けて奥を目指す。それで行きましょ」

 

 変身できない彼らは、それでも諦めずにネスト攻略に乗り出す。今も外では仲間が戦っている。迷っている時間はないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ネスト突入班との連絡が途絶えて15分経過……これはもう、こっちから何やっても無駄でしょうね」

 

「レーダーも機能していない。方々がどうしているかも把握できない、ですか……最悪ですね」

 

 G2の操作と防人への指示。それと並行して勇者達のナビゲートをするはずだった安芸たち。トレーラーで情報を集約しながら対策を考えていたが、いかなアプローチもネストの内部には届かなかった。

 

「真尋、しっかりなさい。どうあれ作戦は最終段階に入ってる。あとは彼らを信じて託すしかない……勝利の可能性を0にしないために、私達はここでできることをやらなきゃいけないわ」

 

「……やはり、変わりましたね。結果と成果……特に分かりやすい数字に拘っていたあなたの口から、そんな精神論じみた言葉が出てくるなんて」

 

「そう? 昔からの私の持論なんだけど、言ったことなかったかしら? "可能性に0はない。あるとしたら、それは諦めてしまった時だけ"

 だから私は諦めない。自分の正しさを、人類の価値を証明するまでは、絶対に」

 

 その言葉に、最後まで諦めずに戦い抜いた少年と少女の顔を思い浮かべた。安芸真尋という大人の女性は、あの子供達に諦めの悪さを学んだのだ。

 

「その通りですね。勇者様ならやってくれる。全員が勝利することで、誰の努力も無駄にしない。私はそのためにここにいるのですから……!」

 

 いつの間にか、本部に楯突いた気概を忘れかけていた安芸。再び心に火を灯し、改めて戦場に向き合う。大人としての使命──子供達を守るために。

 

(神樹様、こんな事を祈れる立場でないのは承知の上で、恥を忍んでお願い申し上げます……どうか、今を懸命に戦っている全ての者にご加護を──!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネストの城塞、最上階を目指す陸人達。人間の建築物を参考にした結果、アンノウンには不要な窓まで忠実に再現した城。それはつけ込む隙となり、勇者達にショートカットの術を与えてくれた。

 

「よっ、ほっ、たっと……よし、いいよ友奈ちゃん!」

 

「はーい、行くよりっくん!」

 

 夏凜を背負いながら外壁を駆け上り、窓枠を足場にして停止。城の装飾から拝借した鎖を使って下の友奈を引っ張り上げる。これを繰り返して、彼らは既に第六階層まで上り詰めている。残すところ2フロア。このペースなら余計な接敵を0にして目的地に辿り着けそうだ。

 

「ほんと、呆れるしかないわ。こんな無茶やらかしてる癖に、背中の私は怖いくらいに安定してるし……」

 

「いやー、バーテックス製っていう割にはこの壁結構デコボコしてるし。現存する城をまんまトレースして造ったのかもね」

 

「ふぅ、っと……運が良かったよね。中に入って上を目指してたら、絶対に見つかってたよ」

 

 鎖を使って上ってきた友奈の言葉に、陸人は違和感を覚える。確かに運が良かった。

 城内からはアンノウンの気配を感じるのに、外の見張りが一体たりともいなかったこと。

 常人には不可能とはいえ、人工物に近い造りの甘さから侵入ルートを構築できたこと。

 そして何より……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にも関わらず、ここに至るまでまるで迎撃の気配がなかったこと。

 

(ここまで狡猾に仕掛けてきたのに、肝心のココの警備がザルすぎる……まさか!)

 

 陸人が1つの懸念にたどり着いたのと同時に、彼らが背を預けていた外壁が内側から攻撃を受けて爆発、3人もろとも弾け飛んだ。

 

「──ッ! 夏凜ちゃん、手を離すな!」

 

 夏凜を信じて、彼女を支えていた両手を離し、友奈の肩と鎖をそれぞれ掴む。落下する直前の一瞬、不気味な浮遊感に呑み込まれながらも冷静に狙いを定める。

 

「夏凜ちゃん、友奈ちゃん、踏ん張ってくれよ!」

 

 落下しながら窓に鎖を投げつけ、4階の窓枠に引っ掛ける。右手に巻きつけた鎖が食い込み血が滲むも、全員仲良く転落死という最悪の結末はなんとか避けられた。

 敵は最初から陸人達を捕捉していたのだ。あえて泳がせ、落下したらまず助からない高さまで登らせてから叩き落とす。今回は九死に一生を得たが、敵の罠はまだまだあるだろう。何せ彼らが今いるのは敵の拠点のど真ん中だ。

 

「セーフ……よし、上がるよ2人とも」

 

「助かったわ……アンタ、ほんとすごいわね」

 

「ビックリした〜、りっくん大丈夫?」

 

「ああ、こうなったら中から上るしかないだろうな。あと4フロアか……」

 

 

 

 

 

 

 左手で抱えた友奈に鎖を掴ませ、ゆっくり慎重に登っていく。やっとの思いで入った城内は、不気味なほどに静まり返っていた。

 

「あれ……? アンノウン、いないの?」

 

「いや、気配はある……伏せて!」

 

 警戒しながら廊下を歩いていた陸人が、突然反転して友奈を抱えて飛び退く。廊下の天井が爆発し、上から大量のペデスが現れた。完全に取り囲まれた陸人達は、前進も後退もできなくなった。

 

「友奈ちゃん、夏凜ちゃんを頼む……俺がコイツらを蹴散らすから、行けると思ったら突っ切ってくれ」

 

「りっくん……」

「無理すんじゃないわよ」

 

「無理して勝てるなら楽なんだけどね……さて、通してもらうぞ!」

 

 ペテスの群れに飛び込む陸人。生身のままで戦うしかない彼らの勝率は、限りなく0に近かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コレデ奴ラガ死ヌノハ時間ノ問題ダナ」

 

「……どうかな? 奴らは必敗の状況を覆し続けて今ここにいる。また突破してくるかもしれんぞ」

 

「……ソウ言ウ貴様ハ何故動カナイ? コノ地ヲ守レト命ジラレタノダロウ?」

 

 最上階、対勇者結界を司る御霊が置かれた大広間にて、2体のアンノウンが向かい合っている。大量のペテスを生み出す、アリ達の女王『フォルミカ・レギア』とかつてアギトと互角に戦ったカブト型のアンノウン。

 

「奴が来るなら、と思ったのだがな……力を使えない者に興味はない。無力な子供を殺して何になる」

 

「理解デキンナ。邪魔者ノアギトヲ確実ニ消セルコノ好機、逃ス手ハ無カロウニ……」

 

 釈然としない様子のレギアに、鼻を鳴らして立ち去っていくカブト型。アンノウンでありながら流儀を重視するこの個体は、同じアンノウンから見ても異質だ。腕が立つ分余計に理解しがたい存在となっている。

 

「マア良イ。マトモニ闘エン者達ヲ殺ス等造作モナイ……奴ラヲ潰シ、人間ノ街ヲ潰ス。ソレデ終ワリダ」

 

 レギアの影から次々湧き上がるペテス達。この無尽蔵の繁殖力こそがレギア最大の武器であり、勇者達を追い詰めている特性だ。

 

 

 

 

(ここで果てるなら所詮そこまで……アギト、貴様はどちらだ? 取るに足らない弱者か、俺が倒すべき猛者か……)

 

 カブト型は階下で抵抗を続ける陸人を見据える。最悪の状況下で何ができるか、最後の格付けをするように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソ……どれだけいるんだ……」

 

「りっくん……」

 

 何とか包囲網を突破してフロアを上がる陸人達。しかし各階の階段がバラバラに配置された迷路のような造りをしているせいでなかなか進めない。見張りに見つかっては離脱を繰り返し、既に突入から40分は経過している。

 今もようやく最上階の階段を見つけたものの、その前にはペデスと、上位種らしきアンノウンも配置されている。今の3人が正面から突破できる布陣ではない。

 

(ここにいる白アリは、多分劣等種なんだろう。外で戦った奴よりかなり弱い……だけどあの赤い奴。明らかに格が違う)

 

 拠点防衛に回されているペデスは、大量増殖の過程で発生した戦闘力の低い個体。言ってしまえば失敗作が閑職に回されているようなもの。

 そしてそれを統括する行動隊長が赤いアリ型『フォルミカ・エクエス』指揮能力と戦闘力、そして知能も高い厄介な個体。

 

(どうする……どうすれば……!)

 

「友奈、ちょっと降ろしてくれる?」

 

「夏凜ちゃん?」

 

 友奈の背中から降りた夏凜が、歩行補助用の杖の内側に隠された刃を抜き放つ。

 

「……! 仕込み杖?」

 

「備えあれば憂いなしってね。アイツらは私が足止めするから、アンタ達2人は上に行きなさい」

 

「そんなのダメだよ夏凜ちゃん! その身体じゃ……」

 

「友奈、アンタが心から心配してくれてるのは分かる。でもね、私は完成型勇者……訓練の果てに選ばれた人間なの。足手まといのまんまで終わるわけにはいかないのよ」

 

 ネスト突入後はずっと2人に抱えられるだけだった夏凜。誰かのために戦う勇者としての自覚が強い彼女には、この状況は耐えられるものではない。

 

「夏凜ちゃん……俺は……」

 

「何つー顔してんのよ。私があんな量産ヅラに遅れを取るわけないでしょ?」

 

 刀で風を斬り、勇ましく断言する夏凜。情熱を燃やす赤の勇者は、どんな危険な役目であっても臆することはない。

 

「……そうだね、信じるよ。夏凜ちゃんが、あの程度の相手に負けるはずがない」

 

「分かってんじゃないの、ほら友奈も。そんなに心配なら、せいぜい手早くカタをつけてくることね」

 

「……うん! 分かった。すぐに終わらせよう!」

 

 3人で拳を合わせ、夏凜が敵集団の前に堂々と立つ。不意を突かれたアンノウンは目に見えて動揺している。

 

「さあさあ、ここからが大見せ場!

 遠からん者は音に聞け! 

 近くば寄って目にも見よ!」

 

 威風堂々とした夏凜の宣言に意識を持っていかれたアンノウン達は、すぐ横を抜けようとしている陸人と友奈に気づけない。

 

「讃州中学2年、勇者部所属……三好夏凜!

 

 ────推して参るっ‼︎────」

 

(今だ!)

(夏凜ちゃん、待ってて!)

 

 左脚一本で高く飛び上がり、敵の群れに飛びかかる夏凜。それとタイミングを合わせて陸人達が階段を駆け上る。何体かのペデスが気づいて追おうとしたが、背中を向けた個体から順に夏凜が斬りつけていく。

 仕込み杖ではアンノウンを倒せるだけの威力は望むべくもないが、夏凜の剣技が冴え渡り、1人の敵も逃がさず立ち回る。

 

「こっから先には行かせない……アンタらの相手は、この私よ!」

 

 階段を背にして構える夏凜。押せば倒れるような状態の少女1人を相手に、異形達は完全に圧倒されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つけた、あれだ!」

 

「あの御霊を壊せば……!」

 

 階段を上りきり、目的の扉を開けた陸人と友奈。1フロア全てを占める大広間の奥には、毒々しい瘴気を放つ御霊が安置されていた。

 

「辿リ着クトハナ……想定外ダ」

 

 御霊と勇者の間に割り込むように現れた女王型のアンノウン『フォルミカ・レギア』

 手にした女王の槍で地面を叩くと、大地から数多のペデスが出現する。アリ型を統べるレギアにとって、兵隊を増やすことなど造作もない。

 

「友奈ちゃん、君は出来る限り敵を引きつけてくれ」

 

「りっくん……」

 

「自分の安全を最優先して立ち回って……御霊は、俺が壊す!」

 

 別方向に駆け出す陸人と友奈。彼らの狙い通り、敵の大半は友奈の方に向かってきた……大半どころか、女王を残した全てのペデスが友奈を追って動き出す。

 

「うわぁっ⁉︎ いっぱい来た!」

「友奈ちゃん!──っと⁉︎」

 

 御霊の前に立ち塞がるレギア。個人の戦闘力でもトップレベルのアンノウンが、生身の陸人に手加減なしの槍を振るう。

 

(速い……コイツを抜けるか? 変身できない今の俺が……!)

 

「貴様等ニハ驚カサレタ……ダガ、ココマデダ!」

 

 執拗な連撃をアクロバティックに回避していく陸人。エクストリームマーシャルアーツを基礎とした敵を翻弄する陸人の動き。しかしこれまでの疲労が重なり、反応速度も動きのキレも明確に落ちている。

 回避に徹する内に逃げ場を失い、徐々に壁際に追い込まれてしまう。そこで陸人は壁を蹴った勢いで反転、突っ込んできたレギアの頭部めがけて飛び蹴りを仕掛ける。

 

「遅イナ。人ノ身デハソノ程度カ……」

(マズい……!)

 

 陸人の悪足掻きは、無数のアリ型の頂点に君臨するレギアには通用しなかった。カウンターの三角蹴りも防がれた陸人は、空中で無防備を晒してしまう。

 

「──ガッ……!」

「りっくんっ‼︎」

 

 レギアの刺突を躱しきれず、陸人の左肩が貫かれた。抜けた穂先がそのまま壁まで突き刺さり、陸人は壁に貼り付けにされてしまった。

 

「りっくんを放せっ!」

 

 1対10の無謀な鬼ごっこを続けていた友奈が、追っ手を振り切ってレギアに飛びかかる。押し倒すつもりでぶつかった友奈だったが、女王は全力のタックルを意にも介さず、片手で振り払い叩き落とした。

 

「うぁっ……」

 

「先ニ死ニタイト言ウナラバ……望ム通リニシテヤロウ」

 

 空いている左手を開き、倒れた友奈に向けるレギア。その掌中に収束する光。純粋な破壊の力を収束して放つ、上位のアンノウンだけが使える超能力だ。

 

「……ぐ、ぁぁ……ぅああああっ‼︎」

「馬鹿ナ……!」

 

 人間にはあり得ない握力と腕力で、無理やり肩に突き刺さった槍を抜き取る陸人。自由を取り戻した少年は、真っ直ぐに女王の懐に飛び込み拳を握る。

 

「友奈ちゃんに、手を出すなぁっ‼︎」

 

 顔面を正確に捉えたパンチはレギアの上体を大きく仰け反らせたが、それが限界だった。目に怒りを宿らせた女王は、体勢を立て直すと同時に槍を振りかぶり、陸人の身体を斜めに斬り裂いた。

 

「──ッ‼︎」

「……ぁ……りっくん……?」

 

 左肩から右腰にかけて、内臓まで届くほどに深々と斬り裂かれた陸人。心臓を断った感触と、その目から失われた生気。直接間接問わず、数多の命を屠ってきたレギアは確信した。この厄介な敵は確かに絶命したと。

 陸人の全身が脱力して膝をつき、倒れかけたその時──

 

「……! 貴様、何故……!」

 

「友奈ちゃん、今だ……!」

 

「りっくん! でも……」

 

 顔を上げることもできないまま、陸人はレギアの両腕を掴んで抑える。その身体の端々からは淡い光が漏れている。今にも倒れそうな有様でありながら、レギアでさえ振り払えないほどの握力でしっかり捕らえて離さない。

 

「いいから、早く行け……友奈ァッ‼︎」

「──ッ! 分かったよ、りっくん!」

 

 動きを封じられたレギアの横を走り抜け、友奈が御霊に到達する。彼女が構えるのはいつもの必殺技。たとえ変身できなくとも、友奈の拳は勇者の一撃。

 

「これで決める!──勇者ぁぁぁ、パァァァンチッ‼︎」

 

 全力の拳を叩き込む友奈。これまで多くの敵を殴り抜いてきた感覚から、彼女は手応えのなさを正しく感じ取った。

 

(ダメだ、硬い……私だけじゃ壊せない!)

 

「友奈ちゃん!」

 

 初陣の時も、スタークラスターの時もそうだった。いつだって彼らは並んで戦う。結城友奈と御咲陸人が肩を並べれば、壊せないものはない。

 

「オオリャアアアアッ‼︎」

 

 レギアを振り払った陸人が、生身のままライダーキックを放つ。友奈の拳と同じ箇所を正確に蹴り抜いた一撃で、とうとう御霊を打ち壊した。

 砕けた御霊の内側から光がほとばしり、友奈と陸人を包み込んでいき──

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに……ここは?」

 

「この感覚……どこかで……」

 

 薄暗く、何もない世界。身体から外れた魂魄の状態で佇む2人。御霊を生身で破壊した衝撃で、陸人と友奈の魂は肉体を離れて高次元まで飛ばされてしまった。

 

 ──来てしまったか。予想していたからこそ、準備して待っていたわけだが、お前は本当に変わらないな──

 

 はるか上空から舞い降りてきた鳥。全身を青く染めた美しい翼が現れ、どこか親しげに言葉を掛けてくる。音を遮る何かを間に挟んだような、男女の区別も付かないくぐもった声は、明らかに目の前の鳥から発せられている。

 

「え? えっ⁉︎ 鳥が喋った⁉︎」

 

(またこのパターン(記憶にない知人)か……どんな交友関係持ってたんだ昔の俺は)

 

 素直に驚く友奈と、最早驚愕する体力も残っていない陸人。そんな2人の反応を愉快そうに見た青翼の背後に、人の形をした光が浮かび上がる。長い髪を後ろで束ね、刀のような長物を持った少女のシルエット。淡く輝くこの少女の形が、声の主らしい。

 

 ──まあ今は何も理解できないだろう。だから分からなくていい。とにかく付いて来てくれ。この先にお前達の身体を用意している──

 

「私たちの身体……?」

 

 ──ああ、なにせ一切の加護も無しに御霊に触れたんだ。現世を生きるための肉体ではとても耐えられない。だから先回りして御姿を用意してある。すべて元のままとはいかなくとも、このまま果てるよりはマシに済むはずだ──

 

 前置きの通り、陸人と友奈にはまるで理解できない事ばかり口にする青翼。少なくとも悪意を感じ取れなかった陸人達は、半信半疑で後ろに続く。少し進んだ先に、死んだように眠る自分たちの身体が横たわっていた。

 

「これ……私の身体だ。本当に、今の私は魂だけ抜けちゃってるんだね」

 

 ──今の不安定な状態を長く続けると、新しい器を見繕っても現世に戻れなくなる。急いで帰るんだ。戦闘もまだ終わっていないしな──

 

「……何から何まで理解できなかったけど、ありがとう。これでまだ戦える」

 

 陸人の言葉に、青翼は一瞬言葉を詰まらせて黙り込む。言うべき言葉を吟味して、改めて言葉を発する。

 

 ──これもまた理解できないだろうが……お前の魂はつい先程限界を超えてしまった。御姿を作り直してもそれはやり直しがきかない。後はもう時間の問題だ。決して無理をするな、長く現世にいたいならば──

 

 不吉過ぎる言葉の羅列に、陸人は少し考えてから笑顔で返す。彼は変わらない。何があっても、どれだけ経っても。

 

「よく分からないけど、心配してくれてるんだよね? ありがとう……だけど俺は後悔しないよ。何をしてしまったのだとしてもね」

 

 御姿に宿り、体の調子を確かめる陸人。隣の友奈共々、問題なく定着できたようだ。

 

「後悔は死んでからでもできる。だから生きている間は、後悔するだけの時間を使って一歩でも前に進む……ずっと前からそれだけは決めてるんだ」

 

 ──そうか。本当に……変わっていて欲しかったところも、変わらないでいてくれて嬉しいところも含めて、お前はお前のままなんだな──

 

 光の少女が陸人に近寄り、腕と思われる部分を回して抱きしめる格好になる。実体を感じ取れないため感触こそないが、芯から安らげるような暖かさが陸人の全身に伝わっていく。

 

「本当に助かったよ。次に会う時には……君の名前、思い出せるように頑張るから」

 

 ──ああ。楽しみにしているぞ……それと──

 

「どうかした?」

 

 ──お前に他意がないのは承知しているが、年頃の女子に刺激の強い殺し文句をぶつけるのは止せ。誰にでも愛情をばら撒くのは、誠実とは言い難いぞ──

 

 感触こそないが、抱きしめる力が一瞬強くなったように感じた。思うところがあったようだ。

 

「えっ、と……」

 

 ──ああ、すまない。大した話じゃないんだ。忘れてくれ──

 

「いや、正直なんの話かさっぱりなんだけど……落ち着いたら考えてみるよ」

 

「りっくん!」

 

「ああ、行こう!」

 

 ──そうだ、お前達が戻る前に伝えておくことがある。例の空中要塞、どうやら御霊は2つあったようだ。両方を破壊しなければアレは完全には止まらないぞ──

 

「……そうきたか。グズグズしてられないな」

 

「重ね重ねありがとうございます! この御礼はいつか必ず!」

 

 ──気にするな。懸命に抗い続ける後輩に、少しくらい先輩風を吹かしたくなっただけさ──

 

「それじゃ、改めて……」

 

「うん、行ってきます! 見ててくださいね!」

 

 何者も侵せない魂が安らぐ場所。束の間の安息を得た2人の勇者が、再び戦場へと舞い戻る。

 

 

 

 

 ──生きることを、生かすことを諦めるな。それさえ忘れなければ、お前は最強の英雄だ。そうだろう? 陸人──

 

 最後に陸人の耳に届いた声は、それまでと違いしっかりと耳に響き、彼女の信頼の念がはっきり感じ取れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 壊された御霊からあふれ出した光。それが晴れた先には、肩を支え合って立つ2人の勇者がいた。

 

「りっくん、今のって……」

 

「何もかもがさっぱりだったけど、助けてくれたのは確かみたいだ」

 

 そう言って陸人は自分の胸元を指し示す。そこにはついさっき付けられたはずの傷跡が綺麗に消えていた。服こそ破れたままだが、その奥に見える肌には傷1つ残っていない。

 

「考えるのは後だ……行くぜ、友奈ちゃん」

 

「うん……これで最後にしよう、りっくん!」

 

『──変身っ‼︎──』

 

 命懸けの特攻で取り戻した勇者の力。闇の結界を打ち払い、神秘の光が世界を照らす。

 並び立つアギト・バーニングフォームと一気に満開状態まで至った友奈。圧倒的な破壊の力を持つ両者が、万全の状態でその腕を振るう。

 

「さあ、ボーナスタイムはおしまいだ!」

 

「今も戦っているみんなのために……この世界で、変わらない今日を生きている人達のために!」

 

「ここからが本番だ……人間を、ナメるなよ‼︎」

 

 人の可能性の極致であるアギトと、神の手を借りて人の域を超えた勇者。長い歴史の中で人が見出した進化の道を行く者達が、可能性を閉ざすための神の遣いと対峙する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちなみに……エクストリームマーシャルアーツは動画を探せば「ああ、これか」ってなるんじゃないかな、と。
仮面ライダーで言うとウィザードのアクション。確かスーアクさんかアクション監修さんにXMAの人がいたって聞いた気がします。



前回唐突に出したG2について――

当時の漫画雑誌の読み切りで登場したGシリーズの試作モデル。他とは違い、人が装着するのではないバイク型の無人操縦機。
人工知能を搭載し、コントローラーで命令を受けて動くタイプ。戦闘力自体はG3-Xすら上回るものの、暴走の危険を孕んでいるために封印されていた……という設定の曰く付きのモンスターマシンです。
今作では、紆余曲折あって完璧にコントロールできるようになったという設定です。その紆余曲折はくめゆ編で描くかもしれませんし、スルーかもしれません。
外見のイメージでいうと、カイザのサイドバッシャーが1番近いかと思います(この作品を読んでくださっている皆様ならこれで通じるはず……!)

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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目覚めろ、その魂

今回、序盤にとあるライダーをかなりそのままオマージュしたシーンがあります。作者が1番好きなサブライダーです。愛が暴走したんだな、と優しく見逃してもらえるとありがたいです。

推奨BGM
『疾走のアクセル』、『Leave all Behind』

……これもう隠す気ないよな……




 防衛戦力を相手に1人残った夏凜は、ハンデを抱えた生身でありながら非常に奮戦していた。右脚が満足に動かせない分を杖でフォロー、カウンター主体の戦術でうまく時間を稼いできた。

 

「シッ!――遅いってのよ!」

 

 杖を支点に空中回転。敵の同時攻撃を躱しながら頭上からのカウンター。十全に動けなくなった夏凜が即興で編み出したアクロバティックな体捌き。陸人との手合わせや鍛錬で学んだエクストリームマーシャルアーツを今の自分用にアレンジして集団相手に応用している。

 

 立って走るのも難しいなら、いっそ空中戦に持ち込んだ方がやりやすい。長年の訓練で、片足でも日常生活が送れるほどのバランス感覚を養っている夏凜。その達人技と言える体重移動で敵を翻弄、戦闘の主導権を握り続けている。

 

「モウ良イ。我ガヤル」

 

(チッ、面倒なのが……!)

 

 ボロボロの人間1人に手こずる配下を見て、業を煮やしたエクエスが前に出る。行動隊長であるこの個体は、並みのアンノウンを凌駕する戦闘力を持っている。

 

 夏凜も警戒を露わにして構える。両者が同時に踏み出そうとした、その瞬間。

 

(――! これは、まさか!)

 

「……馬鹿ナ! 破ラレタノカ?」

 

 城塞を覆っていた重たい空気が霧散していく。夏凜が端末を取り出すと……

 

 夏凜を象徴するサツキのアイコンが、1度失った光を取り戻して力強く輝いていた。

 

「フフッ、どうやらウチのデタラメコンビがやってくれたみたいね」

 

 再び起動状態に戻った勇者システムのアイコンを示し、夏凜が不敵に笑う。高い知能を持ち、今回の作戦も詳細を把握しているエクエスは焦燥を隠しきれなかった。

 

「何故……貴様等ノ能力ヲ封ジタ上デ、確実ニ仕留メル策ダッタ筈ダ!」

 

「アンタ達は私らを甘く見過ぎたってことよ」

 

 仕込み杖を投げ捨て、夏凜が大きく構える。積もりに積もった鬱憤を晴らすのに丁度いい相手が目の前にいる。ここからは反撃の時間だ。

 

「さあ、思い切り――……」

 

「一斉ニカカレ! 奴ヲ止メロ!」

 

 エクエスの号令で飛びかかるペデスの群れ。逃げ場のない全方位攻撃が夏凜に迫る。

 

 

 

「――振り切ってやるわ……!」

 

 

 

 

 夏凜が光に包まれ、次の瞬間彼女の足元にはペデスの屍が山となっていた。変身から一瞬の間もなく、迫り来る敵全てを斬り捨てたのだ。

 

 音に追いつくほどに早く、時間を抜き去るほどに速い。最速の勇者、三好夏凜。何もかもを振り切った剣閃は、相手に斬られたことすら自覚させずにその命を絶つ。

 

「コウナレバ仕方アルマイ……貴様ハ我ガ屠ロウ!」

 

「上等、やってみなさいよ!」

 

 エクエスの鎌と夏凜の二刀がぶつかり火花を散らす。ペデスが反応すら出来なかった超スピードを、エクエスは完全に見切っている。

 

「人間風情ガ、調子ニ乗ルナ!」

 

 パワーに優れる鎌の大振りで軽い少女を吹き飛ばす。対する夏凜は敢えて後ろに飛び、後方回転で衝撃を受け流しながら後退する。

 

「へぇ、言うだけのことはあるわ。だけど悪いわね、アンタ如きに足踏みしてられるほど、今の私はヒマじゃないのよ!」

 

 右の刀を掲げて意識を集中する夏凜。言葉の通り、こんなところでグズグズしている暇はないのだ。

 

 

 

 

「全て、振り切ってみせる!――満開‼︎」

 

 

 

 

 迷わず切り札を使い、夏凜のシルエットが大きく変わる。周囲のペデスをバラバラに解体しながら、更なるスピードを得て突撃する。巨大な四刀流とせめぎ合い、パワーでもエクエスが圧倒され始めた。

 

「何ダ、コノ力ハ……⁉︎」

 

勇者部(わたしたち)の前に立ちはだかるものは、何であっても斬り捨てる! それが私の役目なのよ!」

 

 勇者部の切り込み隊長である夏凜。仲間の敵を真っ先に斬るために極めた彼女のスピードは天井知らずに加速していく。

 

 

 

 

 

 

『せぇー、のぉっ‼︎』

 

 バーニングライダーパンチと満開勇者パンチの同時攻撃。その衝撃は巨大な爆風を生み、レギア以外の全ての敵を大広間から消滅させた。

 

「友奈ちゃん、ここは俺に任せてくれ。君はもう1つの御霊を」

 

「でも、どこにあるのか……」

 

『お待たせしました。全エリアの検索終了。2つ目の御霊を発見しました。お2人がいる地点のほぼ真下。地下の最下層です』

 

 機能を取り戻した偵察用ドローンから安芸の声が届く。敵は要塞の最上部と最下部にそれぞれ要所を配置したようだ。

 

「よし、頼むよ友奈ちゃん。君なら地面を砕いて一直線に突破できるはずだ」

 

「分かった。でもりっくんは?」

 

「俺は敵の頭を潰す。それから……」

 

 アギトは言葉を切り、広間の入り口に目を向ける。ゆっくりと開かれた扉の奥から、以前戦った強敵が現れた。

 

「アリの群れに一匹だけ、面倒なカブトムシが混じってたみたいだからね。駆除してくるよ」

 

「そう来なくては面白くない……やはり貴様は当たりだ、アギト」

 

 アリ型の頂点に位置するレギアよりも更に強い存在感を放つカブト型の特異なアンノウン。奴の狙いは今回も変わらずアギトだけに絞られているようだ。

 

「……了解。すぐに終わらせるから、りっくんも怪我しないでね」

 

「ああ。お互いに勝って終わらせよう」

 

 友奈が地面を殴り抜いて階下に降りる。激烈な拳は、一撃で地上までの8フロア全てを殴り壊して一直線の穴を形成した。

 一気にネストの地表まで落下した友奈は、着地と同時に休むことなく拳のラッシュ。削岩機のような勢いで大地を破壊して地下に向かう。僅か1分足らずで、地下深くの安置スペースまで辿り着いた。

 

「上ノ御霊ハ壊サレタヨウダナ。最早貴様等ヲ只ノ人間トハ思ウマイ……!」

 

 御霊の正面に陣取るエクエスと配下のペデス達。この防衛陣を突破して、可及的速やかに御霊を破壊しなければ市街地に被害が及ぶ。

 

「私はその奥に用があるの……邪魔をしないで!」

 

「最上級ノ敵性存在ト認識、全力デ排除スル!」

 

 人類の未来を左右する攻防戦。光も届かない地下深くで、拳と鎌が正面からぶつかり合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――どけぇっ‼︎」

 

 アギトが2人まとめてカリバーで薙ぎ払う。炎が宿った一閃をそれぞれの得物で捌いたレギアとカブト型は、飛び退いて1度距離を取る。

 

「やはり素晴らしい……闘いとはこうでなくてはな!」

 

「遊ンデイル場合デハナイ。早ク本気ヲ出セ、直グニ此奴等ヲ始末シテ城ヲ立テ直サネバ……」

 

「知ったことか。言われずともここから本気は出す……が、貴様は邪魔だ。引っ込んでいろ」

 

 アンノウン同士の口論という珍しいなんてものではない可笑しな場面に、アギトも思わず動きが止まる。

 

(どこまで変わり種なんだ? あのカブト型……)

 

「どの道この作戦は終わっているだろう? 残りの御霊も暫くすれば桜の勇者が破壊するはずだ。それで失敗……今回は貴様等の敗北だ」

 

「巫山戯ルナ! アレホド手間ヲ掛ケタ策ガ、人間如キニ……!」

 

「それがお前の限界だ。人間の強さをまず認めろ。それが出来なければ戦場に上がることすら出来はしない」

 

「何ヲ言ッテイル! "テオス"ガ価値ナシト判断シタ存在ガ、強イナドト……!」

 

「うるさい奴だな……退がれと言っている!」

 

 食い下がるレギアに業を煮やしたカブト型が、手にしたメイスを振りかぶる。攻撃されるなどとはまるで考えていなかったレギアはその一撃をまともに食らって吹き飛んだ。

 

「ガハッ……貴様、何ヲ……?」

 

「黙って見ていろ。お前の出番は終了した」

 

 あくまで一騎討ちを望むカブト型が、邪魔者を排除して改めてアギトに向き直る。これまで幾多のアンノウンと戦ってきた陸人からすると、目の前の光景は到底理解の及ばないものだった。

 

「お前、いったい何がしたいんだ?」

 

「無駄を省いてやったまでだ。お前はやっと見つけた俺が倒すべき戦士だからな」

 

「戦闘狂か……お前と同じような奴とどこかで会った気がするな」

 

 陸人の過去に繋がりそうな存在はどれもこれもが物騒極まりない。こんな調子では陸人でなくても思い出すのが億劫にもなるだろう。

 

「そう呆れたような反応をするな。ここからが本番だ……見せてやろう、俺の全力を!」

 

 屋内でありながら突如として雷雲が発生する。それらはカブト型に向けて一斉に稲妻を落とす。雷撃のエネルギーを蓄積し、その身体が強化、変質していく。

 角が伸長し、筋肉が肥大化。体色が金色に変わり、手にしたメイスは大きな刃を備えた剣に変化した。

 

「これを実戦で使うのは初めてだ。せいぜい長持ちしてもらいたいものだな……!」

 

「言ってろ。最初で最後にしてやるよ!」

 

 叫び、同時に駆け出す両者。炎の刃と雷の剣が激突し、炎が一方的に掻き消された。パワーに優れたバーニングフォームが、真っ向からの力押しで負けてしまったのだ。

 

「何だ、この力は⁉︎」

 

「強さを求め続けた、これはその答えの1つだ!」

 

 吹き飛ばされたアギトを抜き去って、カブト型が後ろから斬りかかる。間一髪背後にカリバーを挟んで防御するも、無理な体勢で受けたせいでまともに競り合うこともできない。力でも速度でも、完全に凌駕されている。

 

「冗談だろ……お前、あの上位種ぶってたエルロードとやらより強くないか?」

 

「俺と奴らの違いは戦闘力ではなく、存在そのものだ。通常のマラークにはできないことを奴らはできる。逆に実力でエルロードの上を行く者もいる……まあ、俺くらいしかいないがな」

 

「戦闘狂の上に自信過剰か……面倒な奴だな!」

 

 追い込まれたアギトが、掌中に込めた炎の力を炸裂させて大爆発を発生させる。不利な体勢から立て直すために、大きく弾いて距離を取る。自身も多少ダメージを受けるためできれば避けたい緊急手段で無理やり体勢を整える。

 

「そうだ。時に強引で大胆な戦術も迷いなく断行する。そこが人間の……貴様の優秀な点だな」

 

「さっきから知ったようなことを……率直に言って気持ち悪いぞ、アンタ!」

 

 正面から突っ込んでいくアギト。迎え撃つカブト型。速度で負けている相手にまともに立ち向かっても勝負にはならない。それは陸人も承知していた。

 

(ここだっ!)

「ほう……!」

 

 カブト型の間合いの一歩手前でアギトは自身の能力を発動。足元を爆発させて反転、敵の頭上を飛び越えて背後に着地した。一瞬で背後を取り、アギト必殺の拳が燃え盛る。

 

「――! 反応早すぎるだろ……」

 

「惜しかったな。いい動きだったが、俺を出し抜くには足りん」

 

 来るのが分かっていたかのように自然な動きでカブト型が盾で防いだ。バーニングフォームの全力は、盾を揺るがすことすらできずに防御された。

 

「まだ、だぁっ‼︎」

 

 盾の突起を掴み、強引に防御をこじ開ける。開いた隙間めがけてカリバーを振り抜くアギト。炎を宿した必殺の斬撃『バーニングボンバー』でカブト型の首を狙い――

 

「言ったろう……足りん、とな」

 

「チィ……これも防ぐのか」

 

 あくまで冷静なカブト型は剣を真上に放り投げ、空いた右手でカリバーを掴んで止めた。刃に走っていた炎は異形の手が触れた瞬間、ロウソクを吹き消すように呆気なく打ち消された。

 

(おかしい。いくらなんでも、今の反応は早すぎる……)

 

「どうした? 何か気になることでもあったか」

 

「……お前、なんで俺の動きを知ってる? 前回の、あんな短時間で見切ったなんて言わないよな?」

 

 陸人は戦いながらずっと違和感を抱いていた。

 他のアンノウンにはない先読みのような超反応。御咲陸人という人間の本質を理解したような言動。

 例えば夏凜との立会いのような、既知の相手と撃ち合う中で時折受ける感触。アギトの動きを事前に知っていたとしか思えない動きが、端々にあったのだ。

 

「フ……天の神(こちら)側も色々と用意はしていてな。アギトのこれまでの戦いを、記録して参照する技術があるのだ」

 

 2年間アンノウンを撃退し続けてきたアギト。最優先警戒対象を研究するために、数名の戦巧者は各々のスタンスで分析を重ねていた。

 特にアンノウンの中でも異質な人格を持っているカブト型は、穴が空くほどに記録映像を参照してシミュレーションを繰り返してきた。

 

「なるほど。知らない間にストーカーが付いてたってわけだ……!」

 

「そう邪険にするな。少なくとも俺は単に、極上の愉しみを味わうためにやったに過ぎん。今のところ、その甲斐はあったと言えるな!」

 

 カリバーを放し、左手の盾をアギトの顔面に叩き込むカブト型。シールドバッシュで上体を跳ね上げられたアギトは揺れる視界の中、頭上に妖しく輝く剣を見つけた。

 

(あれはさっき投げた剣……そうか、長々喋ってたのは……!)

 

 カブト型が手放した剣には、先程よりも更に濃密な雷光が蓄積している。アレの収束(チャージ)のための時間稼ぎとして、余計な情報を口にしていたのだ。

 稲妻が迸る剣を見たアギトは再び足元を爆破。バックステップを更に加速させて一瞬で距離を取る。アレとまともに撃ち合って、勝てる想像がどうしてもできなかったからだ。

 

「さすがだ。追い込まれても冷静で、判断も早い」

 

 賞賛の声と共に、カブト型は収束が完了した剣を超能力で手元に引き寄せた。100m近い距離が開いた状況で、御構い無しに刃を振りかざす。

 

「しかし残念ながら……その対応は不正解(ハズレ)だ」

 

(ウソだろ……そんなのアリかよ⁉︎)

 

 カブト型が振り抜いた剣先から、長く大きく幅広く伸びた雷撃の刃が発生。間合いを引き延ばした一振りは、距離を取っていたアギトの肩と盾にしたカリバーをまとめて斬り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ネストの動き、だいぶ大人しくなってきたわね」

 

「リク達がやってくれているんでしょう。完全に停止するまで、こちらでも精一杯時間を稼がないと……」

 

 外側からネストの攻撃を捌き続けていた風と美森。少しずつ勢いが減衰していく空中要塞に、仲間の奮戦を感じ取って気合いを入れ直す。

 そんな2人を嘲笑うかのように、破壊的な光が中心の城塞から発生する。

 

「何、今の光は……?」

 

「内側から壁を破壊した? アレは、リク!」

 

 電撃形態のカブト型の必殺技"雷迅閃"は、アギトの後ろの壁さえ断ち切って城を崩した。吹き飛ばされたアギトは8フロア分の高さから落下し、受け身も取れずに背中から墜落した。

 

(いっ、てぇ……クソ、なんだあの技。咄嗟に武器を前に出してなかったら左腕持ってかれてたぞ……!)

 

 起き上がることもできずにのたうつアギト。カリバーは刀身の一方を両断され、左肩にも深い傷を刻まれてしまった。

 

「手応えはあった……とはいえ、いつまでも苦しんでいては次に対処できんぞ」

 

 頭上から降ってきた声に、アギトは反射で転がってその場を離れる。ジャスト1秒後、アギトがいた場所に雷を宿した剣が突き刺さった。

 落雷のような勢いで落下してきたカブト型が、ネストの地表に巨大なクレーターを形成する。

 

「もっとも……首を落としてほしいと言うのなら、望み通りにしてやるが?」

 

「バケモノめ……余裕のつもりか?」

 

 肩を抑えながら立ち上がったアギトが斬りかかる。無事な方の刃で雷刃と競り合うも、深刻なダメージを受けた身体では明らかにパワーが足りていない。

 

(刃はまだ帯電してる。あの威力で、単発技じゃないのか……!)

 

「どれだけ撃てるかは俺も分からんが、少なくとも100や200で弾切れとはならんだろう。そんな退屈で陳腐な終わりは御免だからな」

 

 またしても陸人の思考を読み取ったような発言。あらゆる面において、敵の掌中から逃げられないアギト。研究と戦術で勝ってきた彼にとって、同じように研究を重ねた敵は厄介どころの話ではなかった。

 

(……来る!)

 

 カブト型の剣から激しい雷鳴が轟く。雷迅閃の予兆を察知したアギトが身構える。どれだけ剣が速くとも、敵の構えを見ていれば飛んでくる方向自体は見切れる。

 

「ほう……! 悪くない反応だ」

 

 雷迅閃はその性質上、発動中は激しい雷鳴が止まらない。その音を頼りに、刃の位置を把握。首を狙った横薙ぎの一閃を屈んで回避した。

 

「見切ったぞ、その技!」

 

「そうか。ではもう一度……おっと、後ろにいるのは誰だ?」

 

「なに?……樹ちゃん!」

 

 離れた戦場で戦っていた樹は、必殺剣の間合いに入ったことに気づいていない。このまま振り下ろされれば、間違いなく直撃する。

 

「このっ……ふざけるなぁ!」

 

 カブト型本人をどうこうするには距離がある。一か八か、アギトは先ほどと同じ要領で刃の位置を見抜き、その横っ腹に向けて炎の拳を叩きつけた。振り下ろしに対して真横から衝撃を加え、何とか剣の軌道を逸らした。

 

「やるな……今のを凌ぐとは思わなかったぞ」

 

「樹ちゃん、離れてくれ‼︎――お前、俺にしか用はないんじゃなかったのか?」

 

 ギリギリで捌いたアギトが慌てて樹を退がらせる。陸人は、てっきりカブト型はネストにも他の勇者にも興味がないものだとばかり思っていたのだが。

 

「そうだな。確かに他の者には興味がない。だが、そちらはそうはいかないのだろう? お前の大切な者に手を出せばどんな反応をするのか……まあ戯れだな」

 

「お前は、強い敵と戦うことにしか興味がないんだろ? だったらなんで邪魔者がごちゃごちゃいる時に仕掛けてくるんだ?」

 

「そうだな……確かに平時に挑めば、こうも面倒なことにはなっていないだろう。だがそれではお前の本質は活かされない。

 俺には理解できんが、お前は自分以外に大切なものを多く抱えている。ならばそれを全てまとめて脅かせば、本気以上の全力を引き出せる……違うか?」

 

「つまりお前にとってはこのネストが街を壊すのも、俺の仲間が必死に戦ってるのも、全部は戦いを盛り上げるためのスパイスってわけか……」

 

「そうなるな……事実お前は前回よりも遥かに強い。互いに様子見に徹していたとはいえ、手応えがまるで違う。それでこそだ」

 

 カブト型からすれば、純粋に敬意を持って褒め称えたつもりなのだろう。しかし遊戯感覚で大切なものを狙われている陸人にとっては最大級の地雷となり得る。

 

「……そうかよ。結局お前も、アンノウンの1人に過ぎないわけだ」

 

「何か癇に障ったか?」

 

「別に……勝手に期待して、勝手に失望しただけの話だよ」

 

 陸人はカブト型を特別視していた。危険な相手ではあるものの、人を襲わないなら戦う以外の道もあるかもしれない。話が分かるアンノウンがいるなら、この先人類が取れる選択肢が増える可能性もある。

 そんな陸人の考えは、所詮は甘い幻想でしかなかったのか。

 

(やっぱりコイツらとはどうあっても話が合わないらしいな……!)

 

 戦ってばかりだった陸人だが、彼は戦闘自体はどちらかと言えば嫌いだった。戦わずに済むのなら。そんな希望を持ってしまった弱気を振り払い、改めてカリバーを構える。

 

 

 

 

 

 

「さあ、もう一度機会をやろう。正しい対処はなんだと思う?」

 

 愉快そうな声で問いかけるカブト型。目にも留まらぬ4連斬で菱形を描くように斬撃を飛ばしてきた。

 雷迅閃はただ間合いと威力を引き上げるだけの技ではない。剣から切り離すことで遠隔斬撃としても使える上に、カブト型の剣速なら同時に複数の斬撃を飛ばすことも可能。

 アギトの四肢を切断する角度で放たれた斬撃。アギトは臆することなく正面から向かっていき、菱形の中心に突撃した。

 

「フン、正解(アタリ)だ」

 

 ギリギリの隙間に滑り込んで、間合いを詰めることに成功したアギト。これ以上の斬撃を止めるために剣を弾き飛ばそうと狙うが……

 

「これで――!」

「頭上注意、だな」

 

 カブト型の言葉に、アギトは上から降ってきた遠隔斬撃を紙一重で察知。鼻先をかすめるギリギリのところで回避した。

 

「――ッ! 今のは……!」

 

「あらかじめ()()()()()()斬撃だ。研究を重ねればこんな芸当もできる」

 

 カブト型はかなり高い精度でアギトの動きを先読みできる。それに基づいて、自身の行動でアギトの行動を誘導することさえ可能。後はタイミングと距離を図って仕掛けた遠隔斬撃が当たるように立ち回ればいいだけ。

 カブト型は、ようやく十全に振るえる己の本気を楽しんでいた。

 

(威力に優れた長距離斬撃、遠隔斬撃に、罠として使える遅延斬撃か……どこまでも人間みたいな手を使う!)

 

 全方位を警戒しながら踏み込むアギト。彼にはこれ以外の勝ち筋が見えなかった。より正確に言えば、半分ヤケクソに近い心境でもあった。

 

「そうだ。俺の剣を防ぐためには、振り抜かせないように接近して攻め立て続けるしかない。その判断は正しい。が――」

 

 やっとの思いで間合いに捉えたカブト型に渾身の一撃を振りかぶるアギト。その一振りは虚しく空を斬り、挙句に隙を晒してしまった。

 

「問題が1つある。相手よりも早く動けなければ意味がないことだ」

 

 遥か後方に移動していたカブト型。その手には、再び雷撃を収束して激しく迸る黒雷の剣。それは音もなく振り抜かれ、今度はアギトの右腕部分に命中。肩の生体装甲が斬り落とされた。

 

「あのタイミングから直撃を避けたか……やはり大したものだよ、お前は!」

 

 大きく仰け反ったアギトの至近距離まで間合いを詰めて、胸部に全力の突きを入れたカブト型。上に跳ね上げられたアギトは、城の足元から数百メートル離れた平地まで飛んでいった。

 

(愉しかったが……ここまでだな)

 

 一方的に攻め続けてきたカブト型は、アギトの限界を悟っていた。次の一撃でトドメを刺す。気が早い思考に耽っていたせいで見逃した。空を照らす太陽が、一際強く輝き始めたことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(強すぎる……どうすればいいんだ……)

 

 仰向けに倒れたまま動けないアギト。激痛と虚脱感で、意識を保っているのも辛い有様だ。力で上を行かれ、戦術を見極められた。完璧に凌駕された上での敗北は、陸人の心を深く絶望させていた。

 

(俺では勝てない……そもそも、なんだってこんな力が俺に宿ってるんだ。もっと上手くやれる人だって、きっとどこかに……)

 

 自分の努力を否定するかのようにことごとく攻め手を封殺された陸人は戦意を喪失しつつあった。元々訳も分からず戦ってきた身だ。嫌になってしまうのも無理はない。何故自分なのか、それすら知らないのだから。

 

(……! あれは!)

 

 諦めて意識を手放そうとしていたアギトの視界に、緑色の閃光が走る。樹が大量のワイヤーを束ねて太くした必殺の一撃だ。

 遠くを見れば、大剣が空を埋め尽くすペデスをハエたたきのように正面から叩き落としている。復活し始めた砲台の一斉射撃を、青い光が片っ端から撃ち落としていく。

 

(みんな……)

 

 横たわっているネストの大地が大きく振動する。きっと地下で戦う友奈の技だろう。城塞の方でも大量の破壊と激突の音が響く。夏凜が防衛陣を相手に立ち回っているのだ。

 

(そうだ……俺に力がある理由、それは今どうでもいい、関係ない)

 

 陸人が戦ってきたのは、そうしなければ護れないものがあったから。そしてそれは、戦ってでも護りたいと思える大切なものだったからだ。

 

(みんながまだ諦めてない……男の俺が一抜けだなんて、そんなふざけた話が許されるわけがない!)

 

 脱力した肉体を気力で奮い立たせ、アギトが再び立ち上がる。よろめきながら、頭上で堂々と輝く太陽を見つめ、戦意をたぎらせていく。

 

(世界とやらに、意識があるのなら……俺が力を持ったことに、何か意味があるのなら……!)

 

 神に祈り、世界を信じる。御咲陸人はたまたま力を得たのではなく、意志あるナニカによって選ばれたのなら。

 彼が今ここにいることに、意味があるのだとするならば。

 

(名も知らない誰かに、どうかお願いする……俺に力を貸してくれ。みんなを守れるだけの強さを、俺に授けてくれ……!)

 

 その祈りは世界に届き、アギトに施された最後の封印が解かれる。祈りとはある種の決意表明という面もある。陸人にとって何が何でも譲れない願い。その意志の硬さを認めた世界そのものが、現世の救世主たり得るアギトの力を次の段階へと誘う。

 どの次元、どの時代でもなし得なかった、前人未到の領域へと。

 

 

 

 

 太陽の光を浴びて、アギトの内に燃え盛る炎がその勢いを増していく。強くなった炎が内側から肉体を焼き、バーニングフォームの硬い装甲を破り、脱ぎ捨てる。

 赤い装甲の中から現れたのは、眩く輝く白。全体的にスリムで身軽な身体へと変化した。

 

(この力は……そうか。アギトとは、()()()()()()と繋がって、進化を繰り返す存在……!)

 

 環境に適応して進化するのが生物の本質。それを極限まで追求したのがアギトの性質だ。簡単に言ってしまえば、()()()()()()()()()()()()()()どこまでも強くなれる。

 仲間との絆で結ばれることで互いを高め合う。『人』と繋がるクウガとは対照的に。

 アギトは世界という『天』と1つになることで、無限の進化を可能とした力だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ……私ですら知らない、新しいアギトだと……⁉︎」

 

 いくつもの次元の壁を越えた先、神霊の世界から様子を見ていたテオスが驚愕する。人間が、いや、たとえ根幹に神霊の属性を宿していたとしてもあり得ない。アギトの力があの領域まで伸びることはない。根源であるテオスの思惑を超えることなど、本来あるはずがなく、あってはならないことだからだ。

 

「何故だ……何故こうも繰り返し私の想定を上回る……御咲陸人!」

 

 焦燥するテオスに声をかけることなく傍観する光の集合体。テオスよりも早くから、陸人の異質さを知っていた天の神からすれば今更驚くことでもない。むしろテオスがこれまで気づかなかったのが悪いとでも言わんばかりだ。

 

 そんな二柱の神霊の遥か後方。何度か現世でも目撃された()()()()()()()()の集合体。不穏な印象しか与えないその影は、値踏みするようにテオスの様子を伺っている。

 

 両手で頭を抱えて錯乱する彼の背中にも、同じ影が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アギト・シャイニングフォーム』

 

 バーニングフォームの表皮を打ち破って現れた真の姿。光の力を収束して、爆発的な戦闘力を解放できる。

 白く鋭いボディは、より速度を重視した形。光のように動き、敵を焼き尽くす力の現れ。

 

 ベルトから新たに現出したシャイニングカリバー。バーニングフォームの時とは違い、2つの刃を分割した二刀の剣『ツインモード』で構える。

 

「なんだ、その力は……⁉︎」

 

 アギトの変質に気づいて急ぎ駆けつけたカブト型が、驚愕を隠さず問いかける。

 

「さあな。相変わらず分からないことだらけさ。アギトとはもう2年の付き合いなんだが……今でも誰かが解説書を渡してくれないかと期待してるくらいだ」

 

 本質をつかんだところで、まだまだ謎だらけ。しかし陸人にとって重要なのはそこではない。今のアギトに、目の前の強敵を倒す力があるかどうかだ。

 

「実戦どころか、発現したのも今が初めてだ……せいぜい長持ちしてほしいものだな?」

 

「……フッ、言っておけ。最初で最後にしてやろう!」

 

 最初の言葉をそのまま返す両者。彼らは確信していた。どちらが勝つにせよ、決着は遠くないことを。

 

「これだ……戦士同士が全てをぶつけ合う。お前となら、至高の勝負ができる!」

 

「俺はお前を戦士だなんて認めない……衝動に任せて暴れるだけの奴が戦士を名乗るな!」

 

 圧倒的な力を持っていながら身勝手な破壊にしか使わないカブト型。その在り方が陸人はどうしても許せなかった。かつてないほどに怒りを表に出したアギトが、その光輝の力を開放する。

 

「もう一度、改めて言うぞ……人間をナメるなよ、この虫野郎がっ‼︎」

 

 ネスト突入から1時間。それぞれの戦場で、決着の時が迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




シャイニングフォームが太陽の光を浴びて進化する描写を突き詰めて屁理屈を構成しました。今作では、シャイニングは別格の強さを持つということになります(原作ではバーニングに劣るスペックもあったりしましたが)

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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『勇者』であれ、と己に誓った


結城友奈の章、完結です。


「速度は落ちてるけど、まだ止まらない……そろそろ街が危ないわね……」

 

「このままではいずれ砲弾が市街地に届きます。どうすれば……」

 

「それじゃ大砲の半分は私が受け持つよ〜。それなら手が回るでしょ〜?」

 

 緩やかな声と共に戦場に現れた巨大な空中船。圧倒的な数の刃が飛翔して砲弾を斬り飛ばしていく。当代最強の勇者、乃木園子が遅れて参戦してきた。

 

「タクシーのお仕事も終わったし、後はここのお手伝いをするよ〜」

 

「タクシー?」

 

「えへへ、その話はまた今度。置いといて〜」

 

 園子とは初対面の風。話には聞いていたものの、その独特のテンポに早速翻弄されている。何か良いことがあったのか、切羽詰まった状況を理解していながら、園子は心なしかいつも以上にフワフワしていた。

 

「乃木さん、あなたは……」

 

「みんな頑張ってるからね〜。今はアレを止めることに集中しよ〜、わっしー……ううん、東郷さん」

 

 園子は既に10回以上満開してしまっている。そんな身体で飛んできた彼女を案じる美森だったが、彼女の笑顔に後ろ向きな感情を打ち消されてしまった。園子の言う通り今はただ、目の前の敵を止めること。

 

「分かったわ。でも無理はしないでね……それから、私のことはわっしーで構わないわ。その方が呼びやすいのでしょう?」

 

「……いいの?」

 

「ええ。思い出せてはいないけれど、あなたにそう呼ばれていたという事実はあったんだってなんとなく分かるの。だから気を遣わないで、ね?」

 

「……そっか〜……うん、それじゃ行くよわっしー! 一発だって見逃さない!」

 

「分かってるわ。全て撃ち落として、守ってみせる! 私達が帰る場所を!」

 

 並び立つ2人の勇者。広く空を守れる彼等の役目は重大。それでも2人ならばやれる。園子も、記憶がない美森もまた、理屈抜きで確信していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しつこいわねぇ、どんだけいるのよ木っ端どもが!」

 

 倒した端から湧いてくるペデスを斬り捨てながらエクエスに迫る夏凜。城塞自体に仕掛けをしているらしく、壁や床から無尽蔵に雑兵が現れては進路を塞いでくる。面倒極まりない戦いを繰り返し、夏凜の忍耐力は限界を迎えつつあった。

 

「如何ナル手段ヲ用イテモ、貴様ハコノ場デ排除スル!」

 

「あぁぁもういいわよ面倒くさい! ホントは陸人に勝つための技だってのに……」

 

 温存したかった奥の手を使うことを決意した夏凜。こんな相手に解禁するのはプライドが邪魔をしたが、これ以上意地を張ってもいられない。

 

「スゥ――……どうやって斬られたかを知った上でくたばりたかったら、死ぬ気で目を見張っておきなさい。一瞬で終わらせてやるから」

 

 そう言うと、夏凜は大量の刀剣を召喚。自分の周囲に浮遊させる。その中から数本を手元に持ってきて、指の間に挟み込む。片手で4本、計8本。

 更に生身の腕に倣うように、満開で得た巨腕にもそれに適したサイズの大剣をそれぞれ4本ずつ装備。六本腕に各四刀流。合計二十四刀流という数えるのも面倒なほどの刃を装備した。

 

「何ダ……何ナノダ、貴様等ハッ‼︎」

 

「私に……質問をするなぁぁぁっ‼︎」

 

 装備過多になっても些かも落ちない速度で突進。全身を細かく振って、各所に備えた刃で敵を斬り裂く夏凜。こんな無理のある握りでは当然最高の斬撃には至らない。

 だからこそ、失敗した刀は即座に手放して次の一本に切り替える。半ばで刃が止まったら次の刀で押し切る。刃筋が通らずに弾かれたなら、即座に二の太刀で斬りつける。更には足元に刀を移動させて、蹴りで刀を飛ばす芸当も披露。文字通り全身を剣として踊るように全てを斬り裂いて前進する。

 

 景色が溶けるほどに疾く、風が叫び出すほどに迅い。その処理速度は要塞の召喚速度を凌駕しており、僅か数秒でエクエス以外の全ての敵を殲滅してみせた。ハリネズミのような格好になっている夏凜は、ようやく拓けた進路を直行、エクエスに正面から斬りかかる。

 

「じゃあね、赤アリさん……!」

 

「オノレ……馬鹿ナァァァッ‼︎」

 

 ドリルのように錐揉み回転しながら突っ込む夏凜。大小様々な刃を備えた高速回転は、粉砕機のような勢いでエクエスを塵へと変えた。

 

「まったく、しつこすぎだっての……本気出す羽目になったじゃない」

 

 ついさっきまで強敵だった塵の山に一声かけて、夏凜は飛び立って行く。まだ仲間が戦っている。完成型勇者の使命は終わっていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドウシタ、ソノ程度カ?」

 

(やっぱりおかしい。身体が思うように動かない……!)

 

 地下の御霊前。友奈は苦戦を強いられていた。かつてないほど動きが悪い。踏ん張りは効かず、拳の威力も大きく落ちている。

 

(さっきのアレが関係あるのかも……とにかく今は、このアンノウンを何とかしないと!)

 

 全身を御姿に入れ替えた影響で、これまでの自前の肉体との差異が発生している。問題なく噛み合うように設計されてはいるものの、やはり完全な適合(フィッティング)には時間を要する。

 そもそもは戦闘後に欠損を補うためのものであって、入れ替え直後に戦場に出ることなど考慮されてはいないのだ。元々御姿で現世に降り立った陸人はともかく、先程まで普通の人間の身体だった友奈に、この短時間で完璧なパフォーマンスを要求するのは土台無理な話だ。

 

(脚が重い……力も入りにくいし、思った通りの方向に力が向かってくれない……!)

 

 特に無手の友奈は、傍目では分からない程精密な肉体操作を必要としている。踏み込み一つとっても位置、タイミング、体重の乗せ方、足の向き。染み付いた感覚から、それらの最善を選択して流れるように身体を動かす。全身を使って力を行き渡らせることで初めてその拳は威力を発揮する。

 

 高い戦闘力を誇るエクエスを相手に、ゆっくり調子を確かめながら拳を振るってもまず当たらない。長物を使う敵に翻弄され、友奈は自分の持ち味をまるで活かせていなかった。

 

「拍子抜ケダナ……奥ノ手ヲ1ツ潰シタ貴様等ヲ、過剰評価シテイタヨウダ」

 

「私は、自分が特別強いなんて思ってないよ。勇者に選ばれはしたけど、ちょっと武術ができるくらいの……普通の中学生」

 

 荒くなった息を整え、友奈は前方の敵を見据える。既に雑兵は蹴散らした。エクエスさえ倒せば、奥の御霊を破壊できる。

 

「だけど、私は託されたんだ。りっくんに、御霊を壊す役目を任されたんだ……みんなが、この要塞を止めるために頑張ってるんだ!」

 

 現状、最も重要な役割を背負っているのは間違いなく友奈だ。その自覚こそが、何度あしらわれようともその度に彼女に拳を握らせる。

 

「だから私は負けない。あなたも、御霊も、この手で壊す! 私は勇者部のフィニッシャー……勇者、結城友奈‼︎」

 

「今ノ貴様ノヨウナ様ヲ、無駄ナ努力ト言ウノダッタカ?」

 

 満開した巨腕の間合いの内側、かつ素手の友奈の拳の間合いの外。絶妙な死角に入り込み、エクエスが鎌を振るう。これまで繰り返してきた友奈対策。このエクエスもまた、敵を分析して対策を練る程度には人間を警戒していた。

 

(ごめん、りっくん……ちょっとだけ無茶するよ!)

 

 エクエスの鎌を敢えて防ぐことも避けることもせずに前進する友奈。精霊バリアとぶつかった鎌は、その衝撃が友奈に伝わるまでのほんの一瞬、その動きが静止した。以前バリアに頼り切るなと陸人に言われていた友奈は、初めてその助言を無視して戦術に組み込んだのだ。

 

「――ここだっ!」

「何……⁉︎」

 

 その一瞬を待っていた友奈は、静止した鎌の柄を両手で掴み取る。バリア越しに衝撃で吹き飛ばされるまでのコンマ数秒の隙。それが友奈の狙いだった。

 止まっている得物を掴むだけなら力は必要ない。問題は一瞬のタイミングを見極めて捉えることができるかどうか。友奈はこれまでの経験と鍛錬に全てを賭けて、そして勝利した。

 

「離セ、貴様……!」

「させない……!」

 

 一度素手で捕まえてしまえばこちらのもの。零距離まで接近した状態から、友奈の背中から伸びる巨腕が蠢く。外側からエクエスの両腕を握り、強引にその腕を開かせていく。4本腕と2本腕。どちらが有利かは言うまでもない。

 

「これで決める!」

「――ガッ⁉︎」

 

 両腕を引いてくる巨腕と、鎌を奪おうとする細腕。4本の腕を相手に不利な綱引きを強いられたエクエスが、それでも必死に抵抗して鎌を手放さない。

 粘る敵を引き離すために、友奈は頭を振りかぶってエクエスの額に叩きつける。不意打ちの頭突きは、エクエスの虚をついて鎌を離させることに成功した。

 

「おおおおぉぉぉぉっ‼︎」

 

 巨腕で捕まえて敵の動きは封じてある。今必要なのはスピードではなく、あくまでパワー。いつも以上にゆっくりと段階を踏み、感覚を確かめながら友奈が拳を構える。狙うはエクエス。その剥き出しの胸部ど真ん中。

 

「勇者ぁぁぁ……ダブル、パァァァンチッ‼︎」

 

 右拳から左拳のワンツーパンチ。一発ごとに溜めが必要で隙が大きく、通常はまず当てられない大技を叩き込み、エクエスの身体を中心から破壊した。

 

 バラバラになったエクエスを踏み越えて、その奥の本命まで駆け抜ける。ネストを堕とすための、これが最後の一撃(フィニッシュブロー)だ。

 

「デッカいので、もう一発! 勇者ぁぁぁ、パァァァンチッ‼︎」

 

 高く飛び上がり、満開の巨腕に力を込める。最大最強の拳が、最後の御霊を粉々に打ち砕いた。

 

「やった、これで……って危ない! ここ地面の下!」

 

 ネストの機能をギリギリで保っていた中枢が壊されたことで、要塞の各部が崩れていく。自分がいる場所が地下深くであることを思い出した友奈は慌てて上昇、地上に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうした? ずいぶん遅くなったじゃないか!」

 

「馬鹿を言うな……貴様が速すぎるだけだ!」

 

 障害物のない、拓けた平地。雷のように鋭く動くカブト型と、光のように捉えどころなく駆け抜けるアギト。音さえも置いていく速度域でぶつかり合う2人の軌道は、まるで反発する磁石のように激しく止まらない。

 

 シャイニングフォームはこれまでのアギトをすべての面で凌駕した、人間の可能性の次なる極地。電撃形態のカブト型をスピードで撹乱し、パワーで圧倒していく。

 研究から得た先読みでなんとか追いすがってはいるが、アギトは切り返しの度に速く激しくなっていく。一方のカブト型は徐々に動きに綻びが見えてきた。このまま続けば、決着は誰の目にも明らかだった。

 

「お前と違って、こっちは遊びで戦ってるわけじゃないんだよ!」

 

 回し蹴りが直撃し、カブト型が大きく跳ね飛ばされる。陸人は一刻も早く決着をつけて仲間の援護に向かうことしか考えていない。

 

("遊び"か……確かに、俺に守るものなどない。お前達からすれば遊んでいるようにも見えるだろう。だが……!)

 

 一方的に押されていくカブト型は、最後の力を振り絞って跳躍、ネストの直上で雷光を収束していく。一か八かの大技勝負に打って出た。

 

「俺は戦闘そのものに全てを懸けている。強者と戦い、勝利することだけが、俺の存在意義だ!」

 

 全てを込めた最大級の雷迅閃。ネストそのものを破壊しかねないサイズの刃が、真っ直ぐに振り下ろされる。その軌道上には、まだ要塞内で戦う勇者達も入っている。

 

「そうかよ……だけどな!」

 

 カブト型が言っていた通り、雷迅閃の対処法は振り切らせないこと。アギトは両腕のカリバーに光を集約して、真っ向から飛び込んで行く。下手に避ければ仲間が斬られる。この太刀が届く前に切り払わなくてはならない。

 

「自分のことしか考えられず、力無きものには見向きもしない。誰かのことを慮ることすらできない!」

 

 2本のカリバーを交差させて、刃で挟み込んで叩き斬る必殺技。

『シャイニングクラッシュ』が炸裂。最大出力の雷迅閃を半ばから切断した。

 

(ここまで、か……)

「そんな視野の狭い、器の小さい奴に……負けるわけにはいかないんだよっ‼︎」

 

 駒のように回転して双剣を振りかぶるアギト。再び力を収束した刃で、盾の上からカブト型の胴体を真横に両断した。

 最強の矛と最硬の盾を破られ、完璧に敗北したカブト型。上下で2つに裂かれた異形は、何も言葉を発することなく落下していった。苛烈に戦場を求めていた姿とは裏腹に、どこか穏やかで満たされたような様子で静かに退場した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(崩壊し始めたか。友奈ちゃんが上手くやってくれたんだな。後はアリの女王を……)

 

 ネストは間もなく沈む。残る脅威はアリ型の根源であるレギア。頭を潰して群体を制すれば、この戦いは完全に終息する。女王を探して飛び回っていたアギトは、崩壊した城の跡地で恐ろしい光景を目の当たりにする。

 

(共喰い……⁉︎ そうか、傷を癒すために)

 

 カブト型の一撃で動けなくなったレギアは、自身が生み出したペデスを大量に召集。その身を喰らうことで自分の傷を回復させていた。既に10以上の屍が周囲に散らばっている。見たところ、殆ど完治しているようだ。

 

「しつこいんだよ、そろそろご退場願うぜ!」

 

 アギトが真上からカリバーで強襲する。直前で察知したレギアは、ペデスの身体を盾にして双剣を捌いた。全快したところで、レギアではシャイニングフォームに至ったアギトには到底及ばない。それは自覚しているらしく、アギトの姿を視認した女王は冷静さを失い、狂乱しきっていた。

 

「失敗ハ許サレヌ策ダッタノダ。ソレガ貴様等如キニ……貴様如キニィィィッ‼︎」

 

 絶叫するレギアの影から夥しい数のペデスが現れるも、その全てが一切の身動きを取らずに生物らしき反応すら見せない。限界を超えた大量増殖の結果、命が宿っても魂がない、空っぽの雑兵が出来上がってしまったのだ。

 

「貴様ダケハ……貴様ダケハァァァッ‼︎」

 

 無茶は承知で数を呼び出したレギア。屍に近いペデスを大量に積み上げ、塔のような形を形成する。絶えず肉体を生み出し続けて質量で押しつぶそうとしている。

 

 ネストの城塞を上回る高さまで積み上げたペデスの塔。その頂点に立つレギアが、槍を構えて突撃する。幾千幾万のペデスの圧力が、アギトを潰さんと迫ってくる。

 

「悪いな、アンタの玉座は今日限りだ……!」

 

 カリバーを手放し、脚を開くアギト。普段は足元に発生するアギトの紋章が正面に現出する。

 

「勝負だ、アリの女王様!」

 

 青く輝く紋章を通過して力を増したアギトが突貫する。最強のアギトによる最高の必殺技『シャイニングライダーキック』がレギアに直撃した。

 女王の身体も、足元のペデスの塔も、たった一撃で残らず消しとばした。進化したアギトには、質量差など問題にもならない。

 

 

 

 

 

 

 

 着地して一息ついたアギト。長い戦いが、ようやく決着した。

 

 

 

 ――と、誰もが気を抜いたその瞬間、ネストの最後の機能が発動した。

 

『皆様、警戒を! ネストの中心に高エネルギー反応です!』

 

「ハァ? なんだって今になって……」

 

 端末越しに安芸の焦燥が伝わってくる。感知した出力は、これまでで最大レベル。四国結界を破った破界砲が再起動。残ったエネルギーを収束して放とうとしている。

 

 2つの御霊が壊されたことで、ネストは迎撃機能が停止し、その巨体を維持することができなくなった。そうして行き場を失ったエネルギーが破界砲に集められていく。

 天の神か、テオスか、はたまた別の存在か……何者かが仕込んだ万一失敗した際の次善策。崩壊時には最後の一撃を放つように設定されていたのだろう。

 

「照準は⁉︎」

『最も近い市街地……丸亀市です!』

 

 ネストの最後の悪足掻き。特攻性能があったとはいえ、長年人類の生存圏を守護してきた結界に風穴を開けた砲撃。そんなものが落ちてしまえば、その被害は街1つ程度では足りないだろう。避難もまだ完了していない。そもそも避難地まで届く可能性も十分にある。

 

「させるかよ……!」

 

 崩れ落ちかけた膝に力を込めて、アギトが光のスピードでネストから飛び立つ。破界砲の正面に移動して、トルネイダーで足場を維持する。

 踏ん張る体制を整えた瞬間、迸る破界の力が砲門から放たれた。

 

 

 

「……っぉぉぉぉぉおおおおおおおっ‼︎」

 

 カリバーを交差して光を受け止めるアギト。自身の身長の数十倍の大きさを誇る光球と正面から激突。疲弊しきった今のシャイニングでは、不安定な空中で踏ん張り切ることができなかった。

 

(マズい……少しずつ押されてる……!)

 

 速度こそ落ちたものの、砲撃は淀みなく街に接近していく。アギトが潰れるのが先か、街に落ちるのが先か。この時点で、アギト1人では破界砲を止められないことは明白だった。

 

 

 ――そう、1()()()()不可能だった。

 

 

 

「行くわよ! 勇者部――……」

 

『ファイトォォォッ‼︎』

 

 アギトの周囲に並び、バリアで砲撃を受け止める勇者達。5人分の精霊バリアを同時展開することで、アギトが止められなかった砲撃の進行を停止させてみせた。

 

「東郷さん、りっくんを!」

 

「ええ!」

 

 勇者達が砲撃を止めた隙に、潰れかけたアギトを美森が救出。バリアの後方に退避した。

 

「リク、しっかりしてリク!」

 

「美森ちゃん……ごめん、助かったよ」

 

 動くのも億劫な程に痛めつけられたアギトが、ぎこちない挙動で立ち上がる。手にしたカリバーの刀身が根元からグズグズに溶かされていた。破界砲の威力はそれほどのものだという証拠だ。

 

「リク……」

 

「みんなが押さえてる今なら、攻勢に打って出ることもできる。美森ちゃん、合わせてくれ。俺たちの力を1つにして、砲撃を撃ち返す」

 

 前方を見据えたまま、アギトが後ろ手に美森に手を差し出す。この窮地を脱するには、触れ合うことで力を高めあって放つ共鳴奥義(レゾナンスアーツ)に賭けるしかない。

 

 陸人の覚悟を悟った美森は一瞬躊躇った後、アギトの掌を無視して彼の背中に抱き着いた。ぴったりとくっついた両者の身体から、互いの力が行き交って上昇していく。

 

「……っと、美森ちゃん?」

 

「……約束、守ってくれるのよね?」

 

 あの人生を懸けた約束からまだ2時間も経っていない。それでも美森は怖かった。それだけ目の前の状況が絶望的だったからだ。

 

「私を置いていかないで……お願い、リク……」

 

「当たり前だろ? 君の幸せを見つけ出すまで、俺は君から離れないよ。大丈夫、こんなのピンチでも何でもない。俺たちなら勝てる……そのために、美森ちゃんも力を貸してくれ」

 

 背中から回された美森の両手を握って力強く宣言する。その迷いなき言葉に、美森も改めて覚悟を決めた。

 

「……ごめんなさい。行きましょう、リク!」

 

「ああ。これで本当に、最後の最後だ!」

 

 脚を開き、腰を落とし、必殺の構えを取るアギト。残った力を全て込めて、一発の砲弾に収束する美森。2人の前方に、ターゲットサイトのようにアギトの紋章が浮かび上がる。

 

「おおおおぉぉぉぉっ‼︎」

「リク……行ってっ‼︎」

 

 ライダーキックを放つアギトの後ろから、その勢いを加速させる美森の砲撃。光に包まれたアギトが、仲間が張った多重バリアの中心に開いたスペースに突っ込んでいく。

 

 共鳴奥義(レゾナンスアーツ)『シャイニングドライブ』

 

 アギト最強のシャイニングライダーキックを、美森の最大火力で更に強化した、一点突破の究極奥義。勇者達のバリアで少なからず減衰させられていた破界砲と激突し、少しずつ押し返していく。

 

「……っぅぅぅぁぁぁああっ‼︎」

 

「陸人、もう少しよ! もう少し踏ん張りなさい!」

(陸人さんなら、負けるはずないです!)

「そんなもんじゃないでしょ! 見せてみなさいよ、アンタの全力を!」

「りくちーは私の、そしてみんなのヒーロー。お願い、勝って!」

「なせば大抵なんとかなるよ! だって、りっくんだもん!」

「まだよ……もっと、リクに力を!」

 

 仲間達も声援を送りながら、結界や砲撃で必死に援護する。中学生の身で人類の命運を託されてしまった彼女達は、この瞬間だけそんな背景の一切を頭から除外していた。ただただ友人の勝利を信じて。これからも変わらない時間を共に過ごすことだけを夢見て全力を振り絞っていた。

 

「約束したんだよ……こんなところで、終わってたまるかぁぁぁぁぁぁっ‼︎」

 

 体力、気力、その他全てを絞り出し、アギトの力が最高潮に達した。拮抗していたせめぎ合いが、一気にネスト側に押し返されていく。

 

「今だよ〜、全員押してっ‼︎」

 

 半数は園子とは初対面だったが、そんなことも忘れて少女達は心を1つに重ねる。陸人のための最後の援護として、精一杯の力でバリアを押し出してアギトの突撃の補助をする。

 

 

 

 

「オオオオオオリャアアアアァァァァッ‼︎」

『いっ……けぇぇぇぇぇぇぇぇっ‼︎』

 

 

 

 6人分の力に背中を押されたアギトのシャイニングドライブが、破界砲の出力を凌駕した。先程までの拮抗がウソのような速度で押し返し、そのままネストに到達。内部に突入してもなおその勢いは衰えず、要塞の中心を突き破った。

 

 史上最大の規模を誇った人外の決戦兵器は、魂を燃やして抗い続けた勇者達の一撃で、木っ端微塵に破壊された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 崩壊したネストの破片は大小かなりの数が海、及び大地に落下していく。街に落ちるコースに乗った大きな破片は、勇者達が細かく破壊して被害が出ないように対処した。

 

 1分後、やっと落ち着いてきた頃合い。ようやく美森が気づいた。

 

「リク……? リクはどこ⁉︎」

 

 その声に園子がレーダーを起動。なんと陸人は、1分経過した今もまだ勇者達よりも上空にいた。

 

「……あそこ! マズいよ、意識がないまま落ちてる!」

 

 ネストを突き破った勢いはなかなか止まらず、あわや宇宙にまで飛び出しかけたところでようやく静止。一気に落下した。その時点で変身は解除され、陸人の意識も飛んでいる。今は風に煽られながら海に向かって真っ逆さまだ。

 

「りっくんっ!」

 

 1番近くにいた友奈がその巨腕でなんとかキャッチ。脱力した陸人を抱きとめた。

 心の底から安堵した仲間達も友奈の元に合流。これにて完璧にネスト攻略戦は終了した。

 

「陸人……陸人? ちょっと、大丈夫?」

 "寝息……お休み中みたい。寝かせてあげましょう"

「そうね。ここ数日息つく暇もなかったし。私も流石に限界近いかも……」

「友奈ちゃん、リクは苦しそうじゃない? うなされてたりは――」

「大丈夫みたいだよ、東郷さん。そんなに慌てないで、私達が騒いでるとりっくん起きちゃうよ」

「それじゃ、一件落着〜。降りよっか〜……りくちーもみんなも、病院で診てもらわないとね〜」

 

 陸人に負担をかけないようにゆったりと降下する勇者達。誰1人欠けることなく終わりを迎えることができた。今はただ、そのことに対する喜びしかなかった。

 

 「おやすみりくちー……すご〜くカッコ良かったよ。さすが私のヒーローさん」

 

(――っ⁉︎ 何、今の寒気は……?)

 

「東郷さん?」

(アレ? なんだろ……胸のあたりがチクっとしたような……)

 

 そんな他愛もない少女達のアレコレもあったりしたが、そんな日常もまた、全員で守り抜いた尊い時間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神世紀最大の決戦から数週間が経過した。奇跡的に死亡者が出なかったこともあり、大社の手回しで騒然としていた四国も表面上は落ち着きを取り戻した。

 

 あの決戦にはバーテックス、アンノウン勢の戦力の大部分を投入していたらしく、壁外の敵性戦力の動きが沈静化しているとのこと。その褒美ということなのか、なんと勇者達が散華で失った身体機能が返還された。

 友奈の味覚も、樹の声も、夏凜の脚も、風の眼も。美森に至っては耳だけでなく2年前の両脚と記憶も含めて全てが戻ってきた。

 銀と園子の欠損も快癒したと連絡があった。大社があまりに忙しなくしているせいで会えてはいないが、どうやら他にも良いことがあったらしい。陸人は近いうちに会って話す約束もしている。

 

 そんな彼女達の手元には勇者システムはない。今代の勇者のお役目は完了。次代に引き継ぐという話だった。言葉では言い尽くせないほどにたくさんのことがあった。めでたしめでたしとは言い難いが、本当に守りたかったものに関しては、守り抜けたと言ってもいいだろう。

 

 こうして普通の中学生の部活動『勇者部』として再スタートした6人。本日行われるのはその最初のイベントである文化祭。

 かつて保育園で演じた劇をベースに、友奈と陸人を主役とした演劇を披露。

 表の主人公、友奈が演じる勇者と、裏の主人公、陸人扮する魔王が織り成すそれぞれの正義がぶつかる冒険劇。幼児相手には適さない対象年齢高めのテーマは大好評。いよいよクライマックスのシーン。

 

 

 

 

「何故そこまでして抗う? 貴様が全てを尽くして守る価値が、この世界にあると本気で思っているのか?」

 

 陸人がらしくない魔王のセリフを情感を込めて口にする。どちらかと言えば、彼は似たようなことを言われた側の人間だ。

 

「世界には嫌なことも悲しいことも自分だけではどうにもならないこともたくさんある!

 だけど、大好きな人がいればくじけるわけがない。諦めるわけがない!」

 

 友奈の最後の決め台詞。ここで勇者の剣で魔王を倒してフィナーレという流れだ。

 

「大好きな人がいるのだから、何度でも立ち上がる!」

 

 友奈の剣が陸人に届く、その瞬間――

 

(――っ⁉︎ これは……!)

(えっ……りっくん……あれ? 私も……)

 

 2人が同時に倒れこむ。一瞬意識が遠のき、立っていられなくなった。慌てて壇上に駆け寄ってくる仲間達。

 問題が起きたのは本当に一瞬のことで、2人とも何の不調もない。何とか演劇を再開しようとしたところ――

 

 割れんばかりの拍手と歓声に包まれ、勇者部の演劇はフィナーレを迎えた。

 元々自分なりの正義を持った人物として表現されていた魔王。もう1人の主役と呼べる彼をただ斬るのではなく、両者が同時に崩れ落ちた(ように見えた)結末はかえって好感触だったらしい。

 

 ギリギリで準備した演劇が大成功を収めたことを証明する歓声に対し、勇者部は心からの笑顔で返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(何だったんだ? あの立ちくらみみたいな感覚は……)

 

 文化祭の打ち上げと称した勇者部パーティーの最中。陸人は1人抜け出して屋上にいた。あれ以来、時折自身の肉体がうまく動かないことがあった。

 御咲陸人という肉体に、御咲陸人の魂がうまく定着していないような感覚。言葉に表すとますます意味が分からなくなるが、陸人にはこれが気のせいだとは思えなかった。

 

「だーれだっ⁉︎」

 

 だからこそ、こんな懐かしい声と共に目元を塞ぐ暖かさに、陸人は心から安堵した。

 

「また? 友奈ちゃん好きだね、この遊び」

 

「アレッ? 今度は引っ張らなかったね、りっくん」

 

 パッと離れた友奈が、陸人の正面に回って顔を覗き込んでくる。今の平穏な時間が本当に嬉しいのだろう。満面の笑みを浮かべている。

 

「どうしたの? りっくんちょっと怖い顔してるよ?」

 

 そう言って陸人の眉間を指で押す友奈。ほぐしてあげようという意図なのは分かるが、相変わらず男女の性差を感じさせない距離感の近さだ。

 

「何でもないよ。友奈ちゃんは、あれから身体おかしかったりしない?」

 

「もー、本当にりっくんは心配性だなぁ。大丈夫だよ、ただの立ちくらみ。りっくんもそうでしょ?」

 

「……ああ、そうか……うん、そうだよね」

 

 自分のことだけなら掴み所のない不安でしかなかったが、友奈も同じだとすれば1つの可能性に思い至る。"御姿"という未知の概念だ。

 

(友奈ちゃんは完全に覚えてないみたいだし、俺の方もどんどん記憶が薄れてきてる……)

 

 あの不思議な空間での出来事について、おそらくもう半分も覚えていない。物忘れとは違う、記憶が削り取られているような感触。いつまでも思い出せない陸人の過去とも関係があるのかもしれない。

 

(もしかしたら、知らない間にとんでもない物を失ったのかもしれないな。俺たちは……)

 

「ほらもう、また眉間にシワ寄せて。クセになっちゃうよ?」

 

 懲りずに陸人の眉間のシワを伸ばそうと触れてくる友奈。よく見えるようにと顔まで近づけてくる。遠目からではキス待ちにすら見えるかもしれない体勢だ。

 

(……何をやらかしていたとしても、ここで悩んでも仕方ないか。守りたいものを、大切な人を見失わない強さ。それが俺に必要なものだ)

 

 目の前で背伸びをして覗き込んでくる友奈が、不意に愛おしくなった陸人。特に深く考えずにその身体を抱きしめた。当然友奈は大混乱。陸人からこんなアプローチをしてくることなど一度もなかったのだから。

 

「りりりりり……りっくん⁉︎」

 

「あ、ごめん。つい……可愛いなって思って」

 

「ふぇぇ……?」

 

「もうこんな時間か。友奈ちゃんは俺を探しにきてくれたんだよね? ありがとう、そろそろ戻ろうか」

 

「……ぅぅぅぅ……ってアレ⁉︎ りっくん待って!」

 

 何事もなかったかのように扉に向かう陸人。顔を真っ赤にしてショートしていた友奈も、あまりにいつも通りな彼を見て何とか落ち着きを取り戻した。

 

(うぅ……何だったの今の? りっくんはいつも通りすぎるし……)

 

(友奈ちゃん、まだ顔赤い。もしかしてハグって友達同士でやることじゃなかったのか? 美森ちゃんは割とよくやってくるし、友奈ちゃんとも似たようなことはあった気がするけど……)

 

 今回の事故は半分自業自得だった。やたらとスキンシップしがちで距離が近い友奈。心を許した相手の温もりに触れることを好む美森。1番近くにいたのがこの2人だったことで、基本常識人の陸人の中で歪んだ非常識が形成されてしまっていた。

 

(……でも、りっくんからしてくれたってことは……少しは期待してもいいのかな?)

 

(しかし、友奈ちゃんいい匂いしたな……いや、それはないだろう。変態か俺は)

 

 

 

 

 勇者として過ごした日々は辛いことの連続だった。それでも戦いばかりではなく、少年少女の大切なナニカを進展させるきっかけにもなったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――次回予告をやってみた――――

 

 

 

 勇者達が戦っているのと同じ頃、別の場所で抗う者達がいた。

 

「『G3システム』?」

 

「私が提唱するのは、神樹様に頼らない新しい戦力。いつか庇護下から巣立つ時のために必要になる力よ」

 

「なるほど、僕はうってつけの人材というわけだ」

 

 資格を失い、友の手を掴めなかった少年は、失意のままに武器を取る。

 

 

 

 

 

「僕は僕の目的があってここにいる。君達は違うのか?」

 

 少年が出会ったのは、彼と同じく神に選ばれなかった少女達。

 

「私は勇者になる……勇者に、なれるはずなの!」

「死にたくないって思うのは、そんなに悪いことなのかな?」

「弥勒家再興のため、無駄な任務など1つもありませんわ!」

「勇者は……カッコ良かった。そのギルスって人も……そうなんじゃないの……?」

「ただ、無事に帰ってきてほしい。私が祈るのはそれだけです」

 

 

 

 

 

 

 出会いと戦いを繰り返し、彼らは自分の存在意義を探し求めていく。

 

「僕達はここにいる。勇者じゃない。僕達は僕達として、今……ここにな……!」

 

「人が人に犠牲を強いる世界。それでもあなた達ならば、もしかしたら――」

 

 

 

 

 A New Hero. A Next Legend 楠芽吹の章

 

 

「G3、エンゲージ!」

 

 

 

 ――目覚めろ、その魂!――

 

 

 

 

 

 




はい、というわけでアニメ一期分が終わりました。ネスト戦ちょっと引っ張りすぎたかもしれません。ピンチの連続は多様しすぎると作者も読者も疲れますね。

事後の流れが簡素になりましたが、これはくめゆ編とその先のお話のために取っておくということです(決して細かいところを詰めきれずに後回しにしているわけではありませんよ?)

深夜テンションで次回予告を書いてしまいました……この通りに進むとは限らない、というか多分変わります。これ書いた時点ではくめゆ編一文字も進んでませんから。

次は新章、リアルが忙しくなってきたのもあってしばらく時間が空くかもしれませんし、早く感想が欲しくて先走るかもしれません。気まぐれに投稿するものと思って期待せずにお待ちください。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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楠芽吹の章
Guardian


 
お久しぶりです。就活が少しだけ落ち着いたのでとりあえず1話投稿します。
前置きしすぎたせいで整合性の取り方に悩まされているくめゆ編、始まります。
 


 乾いた銃声が鳴り響く。暗く密閉された一室は連続する銃声と薬莢が落ちる音だけが続き、硝煙の匂いに満ちていた。

 

 奇抜なヘルメットを被り、身体にいくつかの機械部品を装備した奇妙な出で立ちの少年。まだ義務教育も終えていない年頃にも関わらず、手慣れた調子で弾丸を装填して再び射撃。今度はセミオートでの連射を試してみる。

 

「終了よ。国土くん……命中率96.6%。上々ね」

 

「そうですか……今日は終わりでしたね?」

 

「ええ。記録はこちらで纏めておくから、今日はもう上がって――」

 

 上司の言葉を遮るように、少年が手にした端末からけたたましい警報音が響く。仕事の合図だ。

 

「――と言いたいところだけど、残業発生ね。『G3』出撃よ」

 

「了解、準備します」

 

 間違いなく緊急事態なのだが、少年の顔に動揺は見られない。やるべきことをやる。その意志を固めた今の彼には、この程度は日常の一部に過ぎないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へ〜、あややにはお兄さんがいるんだね」

 

「はい! お役目の関係でしばらく会えていませんが、自慢のお兄様です」

 

 大社管轄の施設、通称ゴールドタワー。勇者候補として集められ、その後運命の数に選ばれなかった少女達が過ごす場所だ。

 ここにいるのは勇者の選定に漏れ、その後少しの時を経て再び召集された者達。その適性を有効利用するために充てがわれた予備役のような立場……『防人』と呼ばれる少女達だ。

 

 勇者と比べてはるかに劣る『戦布(いくさぎぬ)』と呼ばれる装備を身に纏い、偵察から調査、特殊工作といった雑用じみた任務全般を請け負う。言ってしまえば便利屋のような存在。

 大社における彼女達の今の立ち位置はそんなものだ。

 

 その防人部隊の中でも中心的と言える5人の少女達が食堂で話に花を咲かせている。話題はそれぞれの家族について。

 

「亜耶ちゃんのお兄さんか……確かに亜耶ちゃんは妹って感じがするわね」

 

 32人の防人を束ねる隊長である楠芽吹(くすのきめぶき)がうどんを啜りながら頷く。基本的にぶっきらぼうな彼女も、小さく愛らしい亜耶を相手にすると若干態度が柔らかくなる。

 

「分かる分かる。あややからは守ってあげたいオーラ? みたいなのが出てるよねー……いやでも私もめっちゃ出してるからね守ってオーラ! メブ、感じてくれてる⁉︎」

 

 亜耶や芽吹を愛称で呼ぶ少女は加賀城雀(かがじょうすずめ)。ミカン片手に喋りながらテンションが迷子になるくらいに話好きな彼女だが、戦闘関係ではかなり臆病。芽吹のような実力者に常日頃から取り入るような言動が多い。

 

「隙あらば擦り寄ろうとするのはいい加減お辞めなさいな雀さん。同じ防人として情けなくて仕方ありませんわ」

 

 カツオの叩きを食しながら優雅に髪をかきあげたのが弥勒夕海子(みろくゆみこ)。お嬢様然とした立ち振る舞いをしているが、その態度の端々から嘘臭さが滲み出ている。それなりに付き合いがある芽吹達からは"エセお嬢様"、"設定"などと言われてしまっている。

 

「……加賀城のアレはもう不治の病、言うだけ無駄……それより、国土の兄ってどんな人……?」

 

 ラーメンの器を置き、静かな口調で毒を吐いたのは山伏(やまぶし)しずく。普段は物静かだが、有事には口調が荒く攻撃的な別人格『シズク』が出てくる多重人格者……などというなかなか濃いパーソナリティを持つ少女。

 

「お兄様はそれはもう素晴らしい人です。いつも思慮深くて冷静で。だけど決して冷たいわけではなくて、私にもすごく優しくて色々なことを教えて下さるんです! 些細なことでも気づいて指摘してくれて、私がお掃除に慣れたのもお兄様のおかげです」

 

 熱量高く語るのは国土亜耶(こくどあや)。ゴールドタワー唯一の巫女。防人専任の巫女として、彼女達のサポートをしている。誰に対しても優しく大らかで、邪気をまるで感じさせない純真な少女。仲間内からは妹のように思われているのだが、彼女自身実際に妹であるらしい。

 

(……言葉だけ聞くと完璧超人みたいだけど……)

(あややのことだからな〜。また無自覚に過剰評価してるかも)

(亜耶ちゃんの言葉。それを踏まえて改訂すると……)

(頭でっかちで神経質な小姑タイプ……会ったこともない相手に失礼ですが……)

 

((((……めんどくさそう……))))

 

 防人としてチームを組んでしばらく経つが、初めて4人の意見が一致した瞬間だった。

 

「皆さん? どうかしましたか?」

 

「あーいや、なんでもないよなんでも――っとぉ⁉︎ 召集だ! お呼び出しかかったよメブ、みんなも!」

 

「そ、そのようですわね。食事も済みましたし、参りましょうか!」

 

 敬愛する兄君に対して失礼な想像をしてしまったことを言うわけにもいかず、タイミング良く届いた召集連絡を利用して、その場を乗り切った防人達。

 一時間後、彼女達は身を以て実感する。

 

『噂をすれば影がさす』という言葉が真理であることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「壁の内側に用事なんて珍しいね、メブ」

 

「確かにね。生身ではできない壁外の調査をやらされることが多かったけど……」

 

「"今回は見るだけ"とも仰っていましたわね。街外れに向かっているようですが……」

 

「……新しい装備……新しい敵、かも……?」

 

 防人担当官から告げられた本日の任務。ある場所に行き、あるものを見る、という曖昧すぎる指示を受けて車で移動中。端末は念のために持っていけと言われたものの、いつものように装着はしていない。今回の任務はこれまでとは毛色が違うものらしい。

 そうこうしているうちに、車が停まる。特に何もない山道。草木生い茂るこの場所で、いったい何が見られるというのか。

 

「各員、耳をすませてください。戦闘音が聴こえますね?」

 

 担当官の言葉に、全員が聴覚に意識を向ける。すると確かに、奥から銃声やぶつかり合う音が聴こえてきた。樹海でも壁外でもないこの地で、誰かが戦っているのか。

 

 

 

 

 

 

「視認できる場所まで移動を――する必要はなかったようですね」

 

 担当官が指示の途中で頭上を見上げる。呻き声を上げながら、人外の異形が一同を飛び越えるように吹き飛んでいった。

 

「ぅええええっ⁉︎ なになになに、なんなの今の⁉︎」

 

「アレはアンノウン。貴方達が防人として活動するよりも以前から、散発的に人類を襲っているもう1つの脅威です。そして……」

 

 吹き飛んだ異形を追うように飛んできたもう1つの影。青と銀を基調とした機械的なフォルムの戦士は、同様に防人達を飛び越えて、彼女達とアンノウンの間に着地した。

 

「……戦闘エリアに複数の民間人を確認。どういうことですか?」

 

『あー、その子達は大丈夫よ。ほら、大社の人間がいるでしょう? 例の"防人"の子達だから』

 

「なるほど。では、アンノウンの撃破を優先します」

 

 小声で通信していた戦士は、連絡を終えると背後の防人達に振り返る。見渡した複数の少女の中に、彼にとって懐かしい顔を見つけた。その一瞬だけ動揺したが、すぐに取り繕って一言だけ告げる。

 

「話は聞いている。怪我をしたくなければ――」

『GM-01 active』

 

 戦士がベルトの側部に触れると、機械音声が流れる。よく見ると防人達のものと同様の端末が据え付けられていた。

 次の瞬間、戦士の手元には光と共に現れた拳銃が握られ――

 

「――そこを動くな」

 

 戦士はすかさず銃を真後ろに向けて発砲。背後から強襲しようとしていたアンノウンの頭部に直撃。再び昏倒させた。

 

(今、敵を見てすらいなかった……!)

(音と気配だけで、正確に眉間を撃ち抜いたんですの⁉︎)

 

 尚も起き上がろうとするアンノウンの頭部を連射し、動きを封じながら接近していく。足音ひとつ取っても機械的で、異物感が強い印象を与えてくる。

 

「今の声って……あの方は?」

 

 亜耶が震える声で問いかける。戦士の声は若い少年のものだった。それも、亜耶には聴き覚えがあった。

 

「防人とは別のアプローチで勇者以外の戦力を確立する。そのプロジェクトの成果です。『G3』と呼ばれるパワードスーツ。資格の有無を問わずに誰もが扱える新たな形の戦士です」

 

『GENERATION 3』

 神樹の恵みとそれに連なる技術に特化し、また神聖視もしている大社では異端とも言える存在。()()()()()()()()()()()()()()()()。そのために特別な資格や素養を必要としない、()()()()のために造られたある種罰当たりなシステム。

 

 勇者服とも、自分達が使う戦布ともまるで雰囲気が異なるG3の存在感に圧倒される一同。接近戦に移行した両者のぶつかり合いは、これまでの厳しい任務や訓練が遊びだったのかと思うほどに苛烈だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(動きが遅い。力も大したことはない……戦闘力が高い個体ではなかったか)

 

 様々な武術を取り入れたオリジナルの格闘術で敵を圧倒するG3。敵の動きはどんどん鈍くなる。これまで倒してきた相手の中でも、比較的御し易いタイプだと結論づけた彼はさらにペースを上げる。格付けが済んだ敵に用はないのだ。

 再び専用拳銃『GM-01 スコーピオン』を呼び出して至近距離で連射。アンノウンを追い詰めていく。

 

(調整にもならないな。終わらせよう)

『GG-02 active』

 

 続けて駄目押しの一手、『GG-02 サラマンダー』を呼び出す。スコーピオンと連結して使うグレネードランチャー。G3の装備でも最高の破壊力を誇る武装だ。

 

「消えろ……!」

 

 サラマンダーが直撃、胸部が炸裂して吹き飛ぶアンノウン。G3は手応えから次の一撃で倒せると確信した。次弾を構えて狙いを定める。

 

 しかし距離を開けたのは失策だった。亀型のアンノウン『テストゥード・テレストリス』は背中を向け、自慢の甲羅を前面に出す。サラマンダーは弾かれ、本体には些かのダメージも届いていない。

 

(強固な亀甲……見掛け倒しでは無いか)

 

 背中を向けたまま突っ込んでくるテレストリス。次弾も弾かれ、甲羅をぶつける体当たりでG3の身体は大きく吹き飛ばされた。

 

「あぁ……!」

(くっ、私達も加勢を……)

 

 自分のことのように顔を曇らせる亜耶。それを見た芽吹が端末を取り出すが……

 

『必要ないわ。そのまま見ててくれない?』

 

 後方から大型トレーラーが近づいてきた。防人達が乗ってきたものと同型の車体には、大社の紋が刻まれている。

 

『あの程度、G3にとっては危機でもなんでもない。見てれば分かるわ。今後組む相手としても、あなた達にはよく理解しておいてほしいの――私達の実力と目的をね』

 

 通信越しの声からは溢れんばかりの自信を感じ取れた。G3の性能、そしてそれを使いこなす装着者への全幅の信頼がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 形成逆転して愉快そうに嗤うテレストリス。その声が癇に障ったG3は、即座に立ち上がってサラマンダーを格納した。

 

「調子に乗るなよ……少し硬いくらいで、人間に勝てると思うな!」

 

 再びスコーピオンを構えて走る。やはり銃弾は全て弾かれるが、G3は構わず連射。テレストリスの周囲を円を描くように走り込みながら撃ち続ける。

 

(死角を狙ってる?……でも、だとしたら絶えず撃つのは悪手……)

(何をしようと……あら? 少しずつ近づいているような?)

 

 G3が回り込むのに合わせて甲羅の角度も調整し、全ての射撃を防ぎきっているテレストリス。しかし異形は気づいていない。王手をかけるための布石が既に打たれていることに。

 

 円軌道で撃ち続けながら徐々に距離を詰めていく。絶えず銃弾が飛んでくれば、両者の距離までは意識が向かなくなる。

 ジャンプで届く距離まで近寄ったG3。敵はまだ気づいていない。

 

(ここだっ!)

 

 高く跳躍し、真上から甲羅の裏を射撃する。連射しながらテレストリスを飛び越えたG3は敵の正面に着地した。

 

『GS-03 active』

 

 着地と同時に端末を操作、近接武装を装備する。

『GS-03 デストロイヤー』左腕に装着して振るうソードユニット。

 高周波振動するブレードはかなりの切れ味を誇り、一撃でテレストリスの腹部を貫いた。

 

「今度こそ終わりだな……!」

 

 デストロイヤーの電圧をさらに強化。貫通した刃の威力を最大まで引き上げる。フルパワーでテレストリスの身体を縦一文字に両断した。

 綺麗に真っ二つにされた亀の異形は、呻き声1つあげられずに爆散、消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すごい……」

「展開が急すぎて訳が分かりませんわ」

 

「事前説明の時間を取らなくて悪いわね。アンノウンは突然現れるものだから」

 

 トレーラーから降りてきた女性。通信の声の主だ。大社職員の服装ではなく、きっちりとしたパンツスーツ姿で顔も隠していない。他の職員とは異質の、人間味に満ちた容貌の女性が出てきた。

 

「まずは自己紹介からかしら……小沢真澄(おざわますみ)よ。こんなナリではあるけどれっきとした大社の人間。G3をはじめとした特殊兵装の開発チームの主任を務めてるわ。よろしくね、防人の皆さん」

 

 快活に挨拶する真澄。彼女が名乗った瞬間、防人付きの仮面の職員が一瞬動揺を見せたが、すぐ隣にいた芽吹以外は気づかなかった。

 

(何かあるのかしら、この人達……確かに他の大社職員とは違うようだけど)

 

「ほら、()()()()も。顔見せて挨拶なさい」

 

 トレーラーの陰から様子を伺っていたG3が、上司の呼びかけに応えて前に出てきた。端末を操作して装備を解除。光と共に装甲が透けて消えていく。

 

「……え……?」

(国土くんって、まさか……!)

 

 光が晴れた先には1人の少年。防人達と変わらない年頃の、まだまだ華奢な子供が立っていた。眼や髪の色は、彼女達がよく知る巫女の少女と同じもの。そして国土という苗字。一拍遅れて、防人達は事態に気づいた。

 

「G3装着員の国土志雄(こくどしお)だ。よろしく頼む」

 

 簡潔に名乗る彼の瞳からは何の感情も読み取れない。あくまで淡々と、目の前の少女達の顔を見渡している。

 

「……お、お兄様……?」

 

「久しぶりだな、亜耶。元気そうで安心した」

 

 言葉とは裏腹に、その表情は全く動かない。それどころか、努めて目線を合わせないようにしているように見える。半年ぶりの兄妹の再会は、あまりにも寒々しい形に終わった。

 

 楠芽吹

 加賀城雀

 弥勒夕海子

 山伏しずく

 彼女達32人の防人部隊。

 

 そして巫女、国土亜耶とG3、国土志雄

 

 特別な資質を持たない彼らの出会いは、やがて人類と世界の未来を変えるための、大きな大きな最初の一歩だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは、選ばれなかった人間が描く物語。

 

 勇者が魔王を倒して世界を救う、そんな英雄譚の裏で起きた争いの記録。

 

 

 

 

 神に選ばれたからではなく、世界に望まれたわけでもない――

 

 

 

 ただ自分の魂に従って、抗い続けた子供達――

 

 

 

 ――彼らが運命に叛逆する御伽噺――

 

 

 

 

 

 




次回は志雄くんのこれまでについてです……なんか章構成がわすゆ編そっくりだな

しばらく期間空いた癖にその間ほとんど執筆できなかったので、実はまだ手探りでくめゆ編やってます。しかしジオウのアギト編を見て、これに乗っかるとか何か理由つけて今の内に再開しないともう手遅れになりそうな予感がしたので勢いで書き上げました。多分この章は他と比較してクオリティ低めでお届けすることになるかと思われます、申し訳ない……

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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Entry code

 
章構成がわすゆ編にそっくり……自分の引き出しのなさにビックリしてます。
流れを構成する都合上、原作イベントはほとんど描写しないことに決めました。既に終えているか、描写していないところで進んでいると思ってください。時系列とか関係性とかまで気にするとストーリーが出来上がらなかったんです、申し訳ない……
 


「おー痛ぇ……降りることまで考えてなかった」

 

「君は相変わらず無鉄砲だな。あんな無理な体勢で動けば危険なことくらい分かるだろうに」

 

「バカで悪かったな。他の手が思いつかなかったんだよ」

 

「だから大人を呼んでくると言ったのに……おかげで僕まで頭を打ったぞ」

 

 まだ彼らが普通の子供でいられた頃、いつものように鋼也と志雄が言い合っている。

 外で遊んでいた時、風に飛ばされた帽子が木に引っかかってしまった。取ろうとした鋼也が渋る志雄を踏み台にして何とか回収……したまでは良かったが、勢い余って転倒。2人仲良くタンコブをこしらえて涙をこらえている。

 

「まぁまぁ。結果的に帽子は取れたんだし良かったじゃない。ねぇ亜耶ちゃん」

 

「うん! ありがとう、こうやくん! おにいちゃん!」

 

 2人の口論を慣れた様子で宥めているのが沢野香(さわのかおり)

 戻ってきた帽子を被りなおして満面の笑みを浮かべているのが志雄の妹、国土亜耶。

 

「気にすんな。汚れてねーか?」

「うん、だいじょうぶみたい!」

「良かった良かった。ほらお兄ちゃんも、いつまでもむくれてないの」

「やめてくれ、香にそう呼ばれると気味が悪い」

 

 帽子越しにやや乱雑に亜耶の頭を撫でる鋼也。

 顔を赤らめつつも楽しげに悲鳴をあげる亜耶。

 憮然としている志雄の頰を突いてからかう香。

 煩わしそうに香の手を払って溜息をつく志雄。

 この頃の彼らは何も知らずに今を楽しんでいた。これから先も、変わらない時間が続くと信じて疑わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……夢か」

 

 国土志雄が目覚めて最初に目に入ったのは、見慣れない天井と爽やかな朝の日差し。ゴールドタワーに用意された彼の自室だ。

 

(久しぶりに亜耶と会ったからか……懐かしい夢を見たな)

 

 身だしなみを整えて手早く準備をする。訓練場を1人で使えるのは早朝ぐらいしかないので、急がなくてはならない。

 

(……今日も仮面は問題なく被れているな……行くか)

 

 鏡で自分の無表情を確認して小さく頷く。共に過ごすことになった以上、より気をつける必要がある。

 最後に写真を入れられるロケットを首に下げて、服の内側にしまいこんで部屋を出る。いつの間にか、暖かかった夢の景色のことは頭から抜け落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの! おはようございます……お兄様」

 

「……おはよう」

 

 挨拶1つでやたらと力んでいる妹と、どこまでもそっけない兄。とても兄妹とは思えない距離感の2人は、今日もやはり目が合わない。より正確に言うと、兄の方が意識的に目を逸らしている。

 

「お兄様もこれから朝食でしょうか? だったらご一緒に――」

 

「悪いな、今済んだところだ」

 

「あっ……」

 

 食堂に向かう道で、明らかな嘘をついてその場を離れる志雄。彼がゴールドタワーに来て数日。一度も妹とまともに話そうとはしなかった。

 

「お兄様……」

 

「あやや、大丈夫?」

 

「何ともそっけないですわね。ご兄妹だというのに……」

 

「いえ、きっと私が何かお兄様の気に障ることをしてしまったんです」

 

 誤魔化すように笑顔を浮かべる亜耶。しかし悲しみや寂しさを隠しきれていない。部隊全体の清涼剤である彼女の笑顔を曇らせる志雄への不満はそこここで沸いている。

 

「……でもあの人、他の防人には結構親切……」

 

「え? そうなんですの?」

 

「訓練場でアドバイスされたって子が何人か……私もこの前落とした手帳届けてもらった……」

 

 亜耶への態度だけを見れば他者に無関心な冷血漢とも取れる……が、行動の端々から善良な部分も見えている。何とも掴みづらい人物だった。

 

「変な人ね……亜耶ちゃんはどうしたい?」

 

「それは……昔のように仲良くしたいです。お兄様に話したいこと、たくさんありますから」

 

「あ、本人がダメなら他の人に聞いてみたら? お兄さんと一緒に来た女の人! あの人なら何か知ってるかも」

 

 雀の提案で今日の自由時間の予定が決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 物言いたげな妹の視線を振り切り、志雄は外出許可を得てゴールドタワーの外に出ていた。道中で簡単に食事を済ませ、辿り着いたのは瀬戸大橋。アトラクションのような勢いで橋が反り返り、奇怪なオブジェのようになってしまったかつての決戦跡地。志雄の親友が全てを懸けて戦った証でもある。

 

(鋼也……僕はちゃんとできてるかな。君が起きていたらやっていたであろう役目を……代役を務められているだろうか。力を持たない僕に)

 

 志雄は度々この地を訪れ、自分の存在意義と親友の偉大さを再認識している。本人が大社本部で眠りに就いているのは知っているが、面会許可が下りるとも思えないし会うつもりもない。

 

 長い間顔を合わせなかったこともあって、志雄の中で篠原鋼也という人物は絶対的な英雄となっている。自分が1人腐っていた間にも、望まずして手に入れた力を正しく使って人を守っていた。我が身も顧みずに戦い続け、最後には起きることもできなくなった漢。そんな彼の代わりを務めようと立ち上がったのが今の志雄だ。

 

(亜耶と顔を合わせて、少し気が緩んだか……もっと気を張らないと)

 

 全ての私情を切り捨てて、ただ戦うこと。それが志雄が自身に課した罰だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 G3ユニットの研究室。亜耶達が向かった時、先客が入室していくのが見えた。防人の担当官である大社職員、安芸真尋だ。

 

「……失礼します」

 

「はいはいどなた――って、真尋じゃない。どうしたの?」

 

「お互いやっと手が空いたようですし、事情を聞いておこうと思いまして。国土志雄のこと……そして、なぜあなたが大社に戻ってきたのかということです……()()()

 

 扉に張り付いて様子を伺っていた防人達は驚愕する。突如浮上してきた血縁関係は、国土兄妹だけではなかったのだ。

 

「あなたにそう呼ばれるのは久しぶりね。でも今の私は小沢真澄よ。安芸真澄ではないわ……大社には戻ってもその名前は変わらないわ」

 

「そうですか……では改めて聞きます。異端の研究成果を披露して大社を放逐されたあなたが、なぜ戻ってきたのですか? それもG3などという技術を持って」

 

 小沢真澄。旧姓、安芸真澄。彼女は元々大社信仰下にある安芸家の生まれだった。幼少期から天才的な頭脳を発揮し、いずれは大社の中枢を担う研究者になることを期待されていた。

 僅か9歳で勇者システムの開発部を凌駕する知識量と発想力を持っていた彼女は、当時技術発展に行き詰まっていたシステムのブレイクスルーに大きく貢献した。それほどの天才であった彼女だが……

 

「"いずれ神樹様は限界を迎える。神に頼らない手段を模索すべき"……当時の大社でそんな主張をすれば、追い出されるのも仕方ないわよね」

 

「やはり、承知の上であの案を出したのですか。なぜそんなことを?」

 

「頑固に神様に縋り続ける上の連中に一発かましたかったのと……大社から離れて研究に没頭したかったからかしらね。家が家だから、よほどの理由がないと離れられないでしょ?」

 

 何かに呪われているかのように歪み始めた大社に危機感を感じて大社を離脱した真澄。その後母方の旧姓を名乗り、外部機関で研究を進めてG3を設計した。

 

「あの時真尋も連れて行こうとしたけど……あなたは首を縦に振ってくれなかったわね」

 

「当時の私にとって、父や母、そして大社は絶対の存在でしたから。あなたの行動は気が触れたとしか思えませんでした」

 

 そうして姉妹は別れ、姉は国土志雄と出会い、妹は篠原鋼也と出会った。

 

「私についてはこの辺でいいでしょう……本題の国土くんのことだけど――あなた達、そこじゃ聞こえにくいでしょ? 入ってきなさい」

 

 扉の前で数人の慌てたような足音がバタバタと聞こえ、観念した亜耶達がおずおずと入ってきた。

 

「あなた達、聞いていたのですか……」

 

「ごっ、ごめんなさい! 私もお兄様のことをお尋ねしたくて……」

 

「まぁいいじゃない。むしろ気づかなかったあなたの失態よ、真尋」

 

 最初から気づいた上で聞かれても問題ないように言葉を選んでいた真澄に言われると、真尋も返す言葉がない。

 

「お兄様とは2年前から会えなくなりました。その頃、何があったのですか?」

 

「そうね。妹さんには話しておくべきでしょう……他の子達もまあいいわ。ついでに聞いていきなさい」

 

 国土志雄。彼の人生はどこまでも"普通の人間"であることの苦痛が付いて回る。ある意味神に選ばれるよりも残酷で逃れようのない現実との戦いの繰り返しだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小沢真澄が国土志雄と出会ったのは3年前。役目を降ろされた彼は大社に席こそ置いているが、特に仕事に加わることもなく普通の学生として過ごしていた。ずっと努力してきた成果を誰のせいでもない悲劇で奪われたこと。そして何より、兄妹のように育ってきた幼馴染を失ったことで以前の勤勉さからは考えられないほどに無気力な毎日を過ごしていた。

 

 両親や友人もかける言葉がないのか、腫れ物に触るように扱われ続けた。唯一の例外だった妹の亜耶とは、巫女としての素質が開花したことで会える時間が目に見えて減った。この頃の彼は、間違いなく一人ぼっちだった。

 小沢真澄と出会ったのは彼が11歳の頃。自分の殻に籠って誰の顔も見ようとしない志雄とは、最初は話をするにも苦労した。

 

「……ギルス?」

 

「やっぱり知らなかったのね。あなたのお友達は今も必死に抗ってる。そこにどんな気持ちがあるのかは私には分からないけど」

 

「鋼也は、力が残ってたから……でも僕には……」

 

「そういう資質の有る無しで全てを定める大社が嫌で私は抜けたの。今のあなたのような人にこそ、私の研究を使ってほしいと思ってるわ」

 

 鋼也が築いた壁を壊したのは今も戦う"友"と、脱落した自分でも手が届く"力"の存在。

 

「……『G3システム』?」

 

「神樹様の恩恵を直接利用することなく、それに限りなく近い力を引き出せるパワードスーツよ。かつての英雄やあなたの友達のデータを使って組み上げた、"誰でも扱える"戦士の姿」

 

 クウガやギルスの力を徹底的に解析、大社の研究も利用して神性を人為的に再現した。アンノウンはもとより、通常兵器が通用しないバーテックスにも対抗し得る人類の新兵器。それこそが真澄が家名を捨ててまで創り上げた『Gシリーズ』の構想。

 そしてその内の1つ、安全性と信頼性を重視した『G3』を鋼也に託そうというのだ。

 

「いつか人は神の庇護下から巣立つ時が来る。そのために……」

 

「なるほど、まさに僕はうってつけの人材だ」

 

 次代の英雄としての訓練を最後までやり遂げた経験を持ち、今の自分の無力に打ちひしがれている志雄。

 神に選ばれずとも運命に逆らうための力を生み出し、それを正しく使える人物を求めている真澄。

 

 完璧な形で需要と供給がかみ合っている2人。まさに理想的な出会いだった。

 

「あなた達に何があったのかは記録上のことしか知らないわ。だから今の思いも、想像することしかできない……だけど、少しでも今の自分を変えたいと思っているのなら、そのキッカケとして私とG3を利用してくれて構わない」

 

 俯く志雄にそっと手を差し伸べる真澄。この先は茨の道、選ぶのはあくまで自分の意志でなければ意味がない。

 

(……あの日、僕は何もできなかった。香を守ることも、壊れた鋼也を止めることも……当事者の1人だったはずなのに、全ての悲劇を傍観するだけだった)

 

 あの日まで大人達に褒めそやされてきた資格を持った者だったのに、結局何もできずに全てを失った。その無力感が数年もの間、志雄から活力を奪い続けてきた。

 

(今からでも出来ることがあるなら……鋼也と同じ場所に立てれば、もう一度向き合うことができるのかな……)

 

 そうして志雄は真澄の手を取った。今もまだ戦い続けている友達と向き合うため。この時の志雄にとって、戦う理由はそれだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

「それから本格的に実験と調整の日々が続いたわ。バーテックスが本格的に動き出した頃には、まだ実戦配備は間に合わなくてね」

 

「その頃からお兄様はあまり家にも顔を出さなくなって……それでも以前よりもずっと明るい表情をしていました」

 

 当時、亜耶は兄に事情を聞こうとしたが志雄は話さなかった。大社に籍を置きながら外部の研究機関に入り浸り、大社の研究成果をも利用して兵器を開発していたとは流石に教えられなかったのだろう。

 

「変わらず生真面目で堅苦しかったけど、友達に近づいている実感があったんでしょう。仕事以外の時間では年相応な顔も見せてくれてたわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだか嬉しそうね。何かあったの?」

 

「小沢さん……あの、今度鋼也と会うことになりまして……」

 

「あら、良かったじゃない! 聞いた話じゃ戦況も少し落ち着いてるそうだし、そういうことなら予定を開けることも――」

 

「いえ、予定通り行けば6日後には大社との契約も含めて全ての準備が完了します。どうせなら、僕達の成果を手土産にアイツを驚かせてやりたいんです」

 

「なるほど、これからは一緒に戦えるって証を引っさげて再会するのね? いいと思うわ。トラブルなくスケジュールを片付けていきましょう。私も協力するから」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

「妹さんには伝えたの?」

 

「いえ、亜耶はギルスのことを知らされていないので。鋼也の事情を把握してから話をするつもりです」

 

 この時の志雄は少年らしい対抗心を抱いていた。ずっと対等だった友との再会、やはり同じ立場に立っていたい。それだけの微笑ましい意地が、2人の距離を大きく隔てることとなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから僅か数日後、瀬戸大橋の決戦が終わった。

 

「国土くん、ギルスのこと……」

 

「……家に連絡がありました。咄嗟のことで、妹をごまかすこともできませんでしたよ」

 

「知られてしまったのね」

 

「絶対に泣いてほしくない、そう思ってたんですけどね……」

 

 最大規模の侵攻を抑えるために、勇者達はほぼ壊滅。ギルスも倒れてしまった。命こそまだ保っているが、回復する保証はない。

 あと一歩のところまで近づいたその時、唐突に足元が崩れ落ちて全ては台無しになった。志雄が夢見た、2人が肩を並べて戦う光景は訪れることなく終わってしまったのだ。

 

「国土くん、あなたは……」

 

「安心してください。G3から降りる気はありませんから……ギルスの記録を見せてもらって分かったんです。今のアイツには守りたいものがちゃんとあって、それを守りきったんだって」

 

 自分が足踏みしている間に、鋼也は大切なものを見つけていた。命を懸けるだけの理由をもって、彼は最後まで諦めずに戦い抜いた。

 

「間に合わなかった以上、僕にできることは1つだけ。アイツの代わりに守ります。鋼也の仲間も、家族も、アイツが生きた世界も……そのためにも、僕は今G3を失うわけにはいかないんです……!」

 

 2度の喪失は志雄のナニカを奪い取ってしまった。罪悪感と強迫観念。どれだけ硬く、どれだけ強くとも、決して熱くはなれない2つの心理。それだけを胸に、国土志雄は力に手を伸ばし続けている。

 

(この世界は、懸命に尽くした人間から倒されていく……なら、次こそは誰にも背負わせない。鋼也の役目は僕が……僕だけが引き継げばいい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 それ以来、志雄は取り憑かれたように熱心に訓練と調整に打ち込むようになった。まだ子供である彼が兵器の扱いに時間と情熱の全てを注ぎ込む異様さに流石の真澄も思うところはあったが、彼女の言葉は志雄の内側に入り込むこともできなかった。

 やむなく志雄の望むままにG3の開発を進めるしか彼女にできることはなかった。

 

「エントリーコード、ですか?」

 

「ええ。量産の目処がつくまではG3はあなたのワンオフ機として扱うことになるわ。G3の起動キーである端末自体にもロックをかけてあなた以外使えないようにはしているけど、念のために展開プロセスにも声紋認証とパスワードを組み込むの。単語はなんでも構わないわ。ここで記録した声と言葉でコードとして登録するから」

 

 手渡された端末を片手に考え込む志雄。彼は戦士となるべく鋼也……ギルスの戦闘記録を穴が空くほどに観てきた。その中で友が意識を切り替えるために口にしていた言葉。それが不意に浮かんできた。

 

(鋼也……君の強さを俺にくれ。君が守りたかったもののために)

 

「――――」

 

 紡ぎ出すは4つの音。受け継がれる戦士の言霊。

 この日、志雄は改めて覚悟を決めた。戦士として、その命を燃やし切る覚悟を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここから先は想像通り。鬼気迫る様子で実験と実戦に明け暮れた彼のおかげでG3は無事完成……結果を出して大社の信用を得て、今はあなた達と組むことになった」

 

 望んだ特別は手に入らず、力を欲したその瞬間、彼は2度とも無力であった。その結果共に過ごした2人を失い、今また自分の道をも見失ったまま……立ち止まることだけはできずに彷徨っている。

 

「私、何も……知らなくて……!」

「亜耶ちゃん……」

 

 それでも妹のことはまだ気にかけているのか、彼女には何も伝えず姿を消した。大事なものこそ離れたところに。2度の喪失で志雄はそう決めてしまったのかもしれない。

 

「私も今のままでいいとは考えていない……しかしこちらでは最低限のメンタルケアしかできない。だから今回の任務、防人との合流を引き受けたの」

 

「それは、国土さん……妹さんがいるからですか?」

 

「ええ。彼は自分を篠原鋼也くんの代わりと定義している。そんな彼に残っている"国土志雄"に触れられるのは、ずっと大切な存在であり続けた亜耶さんしかいないと思ったの……だけど予想外ね。むしろ避けるようになるとは」

 

「お兄様にとって、私は邪魔なのでしょうか……?」

 

 知らないところで失くし続けてきた兄の過去を知った亜耶。すぐ近くにいたはずなのに完全に部外者になっていた事実は、すっかり彼女から自信を奪い取っていた。

 

「……国土くんにとってはそうなのかもしれないわ」

 

「姉さん……!」

 

「だけど、それであなたは納得できるの? お兄さんに構うなと言われて、それで本当に全て忘れることが正しいと思うの?」

 

 亜耶は元々誰かの望みに沿うように生きてきた人種だ。いつだって自分の気持ちは二の次に。そんな彼女に真澄は問いかける。自分が信じるものは何かと。

 

「お兄さんの考えとあなたの望みは違うでしょう? まだ若いんだから、もう少しワガママに生きても誰も文句なんて言わないわ」

 

「私は……私が望むのは……」

 

「亜耶ちゃん、素直に言っていいわよ。あなたには私達もお世話になってるもの」

 

 悩む亜耶の肩に、芽吹の手が優しく添えられる。後ろに立つ雀達も同意見らしく、亜耶の言葉をじっと待っていた。

 

「私は……お兄様と、昔のようにお話がしたいです。もう一度、お兄様の笑顔が見たいです……!」

 

「……決まりね。第一小隊の次の任務、それは国土志雄の眼を醒まさせること。すぐ側で泣きそうになっている妹と向き合わせて、きっちり頭を下げさせる……意見のある者は?」

 

 隊長の芽吹の言葉に、無言で頷く防人達。亜耶のため、志雄自身のため。本当の仲間になるために。

 

「芽吹先輩……」

 

「協力するわ、亜耶ちゃん。私達としても共に戦う相手とは本音で向き合いたいしね」

 

「グスッ……あんまり荒っぽいことは避けてくださいね?」

 

「確約はできないわね」

「まあメブだもんねぇ」

「聞いてしまった以上放置もできませんしね」

「力尽く……楠の得意技……」

 

 選ばれなかったことに絶望したまま堕ちて行こうとしている志雄。

 

 選ばれなかったままで終わらないために足掻いている防人達。

 

 似ているようで決定的に違う両者は、この日初めて本当の意味で出会った。運命はまだ、決まってはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 心を新たにした彼女達の端末から響く警報音。市街近くにアンノウンが出現した報せだ。

 

「――! 敵襲警報……アンノウン?」

 

「行くわよ。すぐに出れる人員と私達で――」

 

 壁外の危険地帯に何度も飛び込んだ場慣れからか、行動が早い芽吹達。即座に退室して現場に駆け出して行った。

 

(……国土くんが……また、あそこに行っていたのね)

 

 1人部屋に残った真澄がレーダーを確認すると、警報から1分足らずで志雄が現着していた。彼がよく行く場所のすぐ近くだったと思い出す。

 

「彼の頭の硬さは筋金入りよ……お手並み拝見させてもらおうかしら、防人の皆さん」

 

 志雄の心を前向きに変える。自分にはできなかったことをやろうとしている少女達に一縷の望みをかけて、真澄は自分の仕事を再開する。今より良い装備を提供する。研究者である彼女の本分はやはりそこに集約するのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瀬戸大橋のほど近くに出没したアンノウン。進路を塞ぐように立ちはだかった志雄が、ゆっくりと端末を敵に向ける。

 

(人を傷つけるお前達を……一匹でも多く消去する。それこそが……!)

 

『G3 All safety release』

 

 端末を操作して戦闘モードを起動する。銃のように異形に向けた端末を引き、マイク部分を口元に持ってくる。

 

「……変身……!」

『Acception』

 

 エントリーコードを認証し、端末から光が溢れる。志雄を囲むようにG3の装甲が転送、順に装着されていく。光が晴れた先には1人の戦士。全身を青と銀の装甲と黒の特殊スーツで覆った科学技術の結晶。

 

 顔の横に構えた端末を手放し、ベルトの側部にマウントする。それで変身プロセスは完了。G3の橙色の瞳が輝き、正面の敵を見据える。

 

「G3……戦闘開始(エンゲージ)!」

 

 友を失ってなお自分だけが生き残った意味を求めて、機械仕掛けの戦士は武器を構える。

 

 ゴールを定めずに始めたマラソンほど辛く果てしないものはないと、誰もが知っているはずなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 




やっぱりわすゆ編に近いな……似たような話の焼き直しになったらごめんなさい……
ここからはオマケ、作者の自己満足なので読み飛ばしてもらって大丈夫です。

〜G3変身プロセス〜

①端末を右手に持って敵に向ける
②画面をタッチして変身モードに移行する(この時『G3 All safety release』の音声が流れる)
③右手を引いて、端末を顔の真横、左側すぐ近くに持ってくる
(ここまでのイメージはスナイプの変身が近いかも)
④端末に届くようにエントリーコード「変身」を発声する
(この時の電子音声は『Acception』構えはカイザに近い。より手前側、口の近くにマイクが寄るように持つ)
⑤装甲を装着したら端末を離す。落下した端末は真下にあるベルトのソケットにマウントされる。この時に両目が光って変身プロセス完了。

以上、本編より細かく変身解説。クウガ、アギト、ギルスではできなかった平成ライダー感を出したくて機械音声を挟んでみました。作者個人的なくだらないオリ要素全開です。G3ならオリジナルを挟む余地がたくさんあるなと思いやってしまいました……
音声の方は、テンポが悪くなるので基本的には初出のものと描写的に目的がある場合以外はいちいち書きませんのでご安心を。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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Nobody's perfect

 
ちょっと迷走してきました……読み応え薄くなってたらごめんなさい。
 


 真澄が用意した対アンノウン用シミュレーター。この日は防人全員と志雄の合同訓練で用いられていた。

 

「判断が遅い。バーテックスのような大きな予備動作は奴らにはないぞ」

 

「クッ……護盾隊、構え!」

 

「アンノウンの中には特に素早い敵もいる。一方向に偏る陣形は適さない」

 

「うひゃぁぁ、飛び越えてきた⁉︎ メブー!」

 

「私が抑える、みんなは……!」

 

「不合格だ……あとは僕がやる」

 

 4体のアンノウンに翻弄されて陣形を崩された防人の右往左往っぷりに見切りをつけ、G3が銃を連射。内側に入り込んできた個体を撃破した。

 

「やはり君達の戦術はアンノウンにそのまま転用できるものではないな。対応が鈍すぎる」

 

「……そこまで言うなら、分かったわ。全員距離を取って注意を引いて! 私が倒す!」

 

 号令をかけて飛び出す芽吹。指揮官とは思えない脳筋思考ではあるが、仲間達はその判断を信頼しているようで乱れなく態勢を立て直していく。

 

(……分からないな。個々で見れば悪くない者もいるが……)

 

「ダアァァァッ‼︎ 調子乗ってんじゃねーぞバケモンが!」

 

 G3が一体、芽吹が一体。残る個体は山伏しずく……シズクが相手取っている。普段の彼女からは考えられない苛烈な言動と激烈な攻撃。初めて見た志雄は違和感を拭えなかった。

 

(山伏しずく……純粋な戦闘力で言えば隊内トップクラス。あの調子では指揮などとても取れそうにないが、少なくとも楠の命令は破っていないようだ)

 

「私も出ます! ここが弥勒家の誇りの見せ所ですわ!」

「ストップストップ! 弥勒さんこれシミュレーターだから! 陣形勝手に崩さないでってば!」

 

(弥勒夕海子……平凡な能力と完成された精神性を持った極めて()()()戦士。

 加賀城雀……身を守ることに限定すれば天才的。体よりも先に口が回る普通の少女。

 尖った人物が多いこの隊でも、あの2人ほどアンバランスな者はいないな)

 

「射撃を止めて……私が決めるわ!」

 

(そして楠芽吹……この不安定な集団を実力と執念で取り纏めるリーダー。彼女は別格だな。問題は頭の硬さとアンノウンのことを知らない点か)

 

 他にも光る人物はいるが、特に目立つのはこの4人。何の因果か、妹の亜耶とよく一緒にいるメンバーばかりだ。先のことを考えれば、少なくとも彼女達に死なれると志雄も困る。アンノウンに関しては全て自分で引き受けるつもりだったが、決まった話に割り込める権限は彼にはない。

 

(自分勝手を通すために、誰かのために時間を費やす必要もあるか……)

 

 

 

 

 

 

 

 連携と呼ぶには拙すぎる集団戦闘、結果はC評価。このまま実戦に出れば誰かが死ぬ。それを痛感した芽吹は1人訓練に没頭する。隊長として誰も死なせないことを己に課している彼女にとって、今日の結果は受け入れがたいものとなった。

 

(国土志雄と何が違うの……それが分からないことには……!)

 

 迷いが乗った剣にはいつものキレがない。今日はもう切り上げようかと汗を拭っていたところで……

 

「楠芽吹。今いいかな?」

 

「――っ! 国土志雄……何か用?」

 

 色々な意味で芽吹の心境の中心にいる人物が気付かぬうちに部屋にいた。気配を絶って近づいてきた彼に若干の嫌悪を込めた視線を送る。

 

「いや、済まない。集中していたようだから一息つくまで邪魔しないようにと思ってね……少し戦術面の話をしたいんだ。いつも一緒にいる面子を呼んでくれないか」

 

「いつもって……雀達のこと?」

 

「ああ。加賀城雀、弥勒夕海子、山伏しずく、楠芽吹……今回はこの4人でいい」

 

「構わないけど……亜耶ちゃんはいいの?」

 

 他人行儀ながらもはっきりモノを言ってくる志雄だが、妹の話題になると途端に口が重くなる。芽吹はそれが気に食わなかった。

 

「……これは戦闘時の話だ。巫女の彼女を呼んでも意味はない」

 

「そう。他の話題なら誘ってたの? そんなわけないわよね。あんな風に突き放して……」

 

「悪いが君には関係ない話だ。隊長ともなれば他人の家の事情にまで首を突っ込む必要があるのか?」

 

「そんなつもりはないわ。ただ、あなたたちはちゃんと向き合って話すべきだと――」

 

「僕は防人部隊に所属はしていないし、亜耶だって厳密には君の指揮下には入っていない。もう一度言うが無関係だ。君達に口を挟まれる理由はない」

 

 頑なな言葉に、芽吹が先に白旗を揚げた。やはり今の関係で何を言っても響かない。志雄が無視できない価値を、自分の言葉に付与させる必要がある。そのためには――

 

「悪かったわね。話を戻しましょう、こちらとしても対アンノウン戦術について聞きたいことがあったし丁度いいわ。すぐに呼んでくるから」

 

 自分と防人部隊が強くなること。それが志雄の心を開かせることにつながる。芽吹が力を求める理由が1つ増えた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 ゴールドタワーの一室を借りて開かれた戦術講座。ホワイトボードを使って淡々と解説を続ける志雄は教師のようだった。当初は気乗りしない様子だった雀達も、意外と丁寧で誠実な志雄の説明に気づけば前のめりになっていた。

 

「あの、私……できるだけ攻撃を貰いたくないんだけどどうすればいいのかな?」

 

「護盾隊が言っていい言葉ではないが……そうだな、奴らの多くは接近戦しかできないから距離を取ること。遠距離攻撃ができるタイプもいるが、そういう奴には特定のパターンがある。予備動作やリズムが一定であることが非常に多いから、そこをよく見て攻撃を見極めれば危険は回避できるんじゃないか」

 

「なるほどなるほど……敵をよく見ろ、っと」

 

(もっとも、生存本能に素直になった君の防御を抜けるアンノウンがいるかは分からないが……)

 

 痛いのはイヤ、怖いのもイヤ、死ぬのなんて絶対にイヤと常々豪語している雀は真面目な顔で生存戦略を構築している。あけすけすぎる態度には志雄が逆に感心してしまった。

 

「私は功績を挙げねばなりませんの。敵にとどめを刺す際のコツなどはありませんか?」

 

「共通の弱点と言えるようなものは発見できていないが、やはり首から上を攻撃した方が手応えはあったな。特に目玉が弱いという生物共通の欠点は奴らも例外ではないらしい」

 

「ありがとうございます。頭部を狙って斬りこめば良いのですわね!」

 

(彼女の資質も加味すれば、射撃でヘッドショットを狙った方がいいと思うが、この猪突猛進ぶりでは言うだけ無駄か)

 

 決して馬鹿でも無能でもないはずなのだが、実力以上に気持ちが前に出てしまうせいで空回りしている夕海子。このままでは知らない間にひっそりやられていそうで志雄は不安だった。

 

「……丁寧に教えてもらったけど……私の身体は非常時には"シズク"が使うから、意味は無くなっちゃうかも……」

 

「だったら今日覚えたことを鍛錬で体に染み込ませればいい。君と別人格との関係は詳しく知らないが、同じ身体を共有しているならクセを無視するようなことはないだろう」

 

「あ、そっか……分かった。シズクにも教えておくね……」

 

(見たところ食の好みや歩き方は似通っている。特に問題はないはずだ)

 

 多重人格という極めて珍しい性質をもつしずく。志雄も初めてのケースであるため、他のメンツよりも注意深く観察していた。

 

「……とまぁ、大まかにはこんな具合だ。バーテックスとは対処がまるで異なるからそれを意識しないといけない。より繊細な行動が求められるわけで――」

 

 講義に熱が入ってきたタイミングで端末が鳴り響く。水を差された志雄が通知をチェックすると、アンノウン出現の報。

 

「……講釈だけでは退屈だろう。復習も兼ねて実戦だな。1匹だけのようだし、5人で行こう。今回は僕の指示で動いてもらうぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 警報に従って現着した河原には、以前撃破したカメ型と同種の『テストゥード・オケアヌス』がゴールドタワーに近づいてきていた。周囲の人払いを完了させ、G3を含めた5人が交戦に入る。

 

「各員敵を囲い込み、円状に走って一斉射! 加賀城は一歩退がって反撃に備えろ!」

「さあ、撃ちまくりますわよ!」

「弥勒さん、前に出ないで! 包囲が崩れます!」

 

 G3、芽吹、夕海子、しずくの4人で円形に敵を包囲。的を絞らせないように周回移動しながら射撃で追い込む。円の中心に敵を固定して一斉射。防御が硬いオケアヌスに対して有効な戦術を志雄はすでに構築していた。

 

(そして奴らは総じて堪え性がない……手も足も出せなくなればすぐにでも)

 

 志雄の予想通り、包囲を無理やり突破するためにオケアヌスは跳躍。夕海子目掛けて突進する。

 

「加賀城、止めろ!」

「はっ、はいぃ〜‼︎」

 

 壁役として残っていた雀が前に出る。盾の防御力と雀本人の技術で、完璧に防ぎきった。

 

「加賀城と弥勒で敵を押さえ込め! 楠、山伏、斬り込むぞ!」

「ハッ、えっらそーに! 遅れんなよ!」

「いいから行くわよ、シズク!」

 

 デストロイヤーを装備したG3。芽吹とシズクと3人で斬りかかる。雀と夕海子が羽交い締めにしたことでガラ空きの胸部に同時に一閃。✳︎を刻むように深々と斬り裂かれたオケアヌスは爆散、あっけなく消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シミュレーションでは全員でも手こずったのに……」

 

「随分あっけなく終わりましたわね。これが……」

 

「正しく戦術を立てればこの程度の個体は問題にはならない。これで僕の実力は証明できたかな?」

 

「……そうね。少なくとも戦力としてのあなたは認めるわ。けど、それと亜耶ちゃんのことは別問題よ」

 

「しつこいな、君も……好きに思えばいいさ。だが君に他人を気にする余裕はないぞ。これから隊長の楠には僕が培った対アンノウン戦術を全て覚えて使いこなせるようになってもらう」

 

「え……全て⁉︎」

 

「当然だろう。防人全体が従うのは君なんだ。ならば僕と君でまったく同じことができなければ意味がない。早く戻ろう。課題はすでに用意してある」

 

「……やるしかないか」

 

「頑張れ〜メブ〜!」

 

 肩を落とす芽吹を中心に帰路に着く防人達。その中で1人、志雄の言葉に疑問を持った者がいた。

 

(まったく同じこと……そこまでする必要があるの……?)

 

 しずくが引っかかったのはその一言だ。今後協力していくなら、いずれG3と志雄の実力は部隊に知れ渡ることになる。そうなれば自然とアンノウン戦における志雄の立ち位置も確立されていくのは間違いない。それならば部隊の指揮権の一部だけでも芽吹から預かればそれで済む。わざわざ一から教え込むよりずっと効率がいいはずだが……

 

(……頭が良いのは話しててよく分かる。だけど、合理的に見えてどこかチグハグで危なっかしい感じ……)

 

 仲間との連携はしっかり取れている。戦闘時にも危ういところは見られない。しかし何処か自分のことを軽視しているような、いなくなることを前提にしているような行動が端々に見られる。

 

(……なんだろう、何がしたいのか……どんな未来を見ているのかが、いまいち分からない人……初めて会うタイプかも)

 

 人格を分けるという方法で精神のバランスを保っているしずくとシズクにとって、志雄は心のバランスがうまく取れていないように思えた。

 

(気にしておいた方がいいかもしれねぇな……妹のこともある。国土志雄……お前は何でここにいるんだ?)

 

 しずくが感じたのは違和感。シズクが嗅ぎ取ったのは危機感。

 大社と通話しながら歩く志雄の後ろ姿を見つめる。足取りはしっかりしているのに、その背中は迷い子のように弱々しく見えた。

 

 

 

 

 




少しずつ話が進んでいきます。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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Encounter

 
クロス小説としてはそれぞれの強みで補い合っていくのが理想だと考えています……この作品がそうできていたらいいなぁ
 


 何件かのアンノウン発生を乗り越え、防人達も少しずつ慣れてきた。バーテックスとは勝手が違う相手との戦闘にも、自分達の生活スペースに男子が1人混じったこの状況にも。

 

 しかしその間、G3は芽吹の指示には従わず、独断でアンノウンに立ち向かい撃破していった。結果として最も被害を少なく済ませた形になったことと「G3ユニットはあくまで協力者、君の指揮下には入っていない」の一点張りで話にならなかった。

 

 かと言って志雄に協調性がないのかと言えばそれも間違いだ。少なくとも平時の彼は紳士的で物静かな優等生だった。

 

「あっ、おはよー国土くん」

 

「ああ、おはよう」

 

「この前のアドバイスを頭に入れて射撃訓練やってるんだけどさ、良ければまた見てくれないかな?」

 

「今日の夕方で良ければ空いているが」

 

「じゃあお願い! ちょうどその時間に私の班が訓練室借りてるから、他の子も見てくれると嬉しいんだけど……」

 

「……仕方ないな、今回は引き受けよう。自分や仲間のために君はメモを取っておけよ。いつでも見てやれるわけではないからな」

 

「分かった、ほんとありがとー! 今度何か奢るからさ」

 

 このような光景も珍しくはなくなってきた。離れた席から見ていた芽吹達にとっても別に悪い話ではない……隣で泣きそうになっている亜耶を除けば。

 

「……うぅ、私以外の方とは普通にお話しするのですね。お兄様」

 

「う〜ん、こうして見るとちょっと素っ気ないけど割と友好的な人だと思うんだけど……」

 

「なかなかの紳士ではあるはずですが、何故ああも妹の国土さんを避けるのかしら?」

 

 志雄と防人達の距離感が縮むほどに浮き彫りになっていく国土兄妹の不和。特に部隊の清涼剤でもある亜耶が避けられているというのはどうしても目立ってしまう。

 

「アイツが考えなしの馬鹿じゃないのは分かる……けど、誰にもその考えを言わないんじゃどうにもならないわ」

 

「……あの人自身、迷ってるんじゃないかな……」

 

「迷うって、何に?」

 

「さあ……私にはずっと苦しんでるように見える。どんな結末でもいいから、早くどこかにたどり着いて楽になりたい……みたいな」

 

 しずくの不吉な言葉に亜耶の不安は増すばかり。今日は調査任務がある。志雄にとって初めての壁外だ。亜耶としては心配でならない。

 

「みなさん……それぞれが命がけの戦場に赴くのに、こんなことを頼むのは許されないことだとは思います。それでも……」

 

「皆まで言わなくていいわ、亜耶ちゃん。国土志雄は必ず無事に連れて帰る。誰1人犠牲にはしないと誓うわ」

 

 誰も犠牲にしないことを掲げている芽吹。馴染もうとしない志雄のことも、彼女は勘定にしっかり含めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 壁外調査に出た防人部隊+α。指示された地点に到着して土壌のサンプル採取を開始したところで敵に発見されてしまった。この作業については隊長の芽吹でさえも反攻作戦の一環としか聞いていない。いつだって肝心なことは知らされず、使えなくなれば取り替えが効く消耗品。そんな扱いに不満を抱きながらも、彼女達は任務を遂げてきた。

 今回もまた逃げられない。防人に逃げていい戦いなど無いのだから。

 

(実際に見たのは初めてだが……)

「G3、エンゲージ!」

 

 小型の星屑の群れが空から舞い降りてこちらを喰わんと襲い来る。志雄はシミュレーション通りに動いて冷静に対処するも、やはり勝手の違いで苦戦していた。

 

(予備動作がない敵の動きは読みにくいな……偏差射撃のしようがない)

 

 スコーピオンの銃弾を不規則な軌道で回避する星屑。手足も翼もなく空を飛んでいる異形に慣れていないG3では無理もない。

 

「国土さん、星屑の頭部の向きに注意するのです! それでおおよその進路は予測できますから」

 

 後ろから飛んできた誰の声か一瞬で分かるお嬢様口調。G3はそれに従って星屑の前部、頭と予想される部位の動きに注視する。

 

(なるほど……確かに方向転換する際に僅かに振っている。ならば……!)

 

 コツを掴めば何のことはない。背後の敵にヘッドショットできる志雄の腕ならば、予備動作を見切った星屑に当てるのは容易だった。防人の銃剣よりもはるかに優れたスコーピオンの連射性能をフルに活かして次々と数を減らしていく。

 

(いける……! G3の攻撃はバーテックスにも通用する)

 

 通常兵器が通じないバーテックス。それに対抗するために、真澄はギルスのデータを徹底的に分析した。神の遣いに爪を立てるための力……いわば"対バーテックス属性"を科学的に再現したのがG3だ。

 動力(バッテリー)素材(マテリアル)に特殊な調整が必要となるため、他の兵器に転用こそできていないが、史上最高の頭脳を持つ小沢真澄の手で、人類の技術は神の領域にまで手が届いたのだ。

 

「オラオラオラァッ! 失せろザコども!」

 

 少し離れた戦場ではシズクが星屑の群れを相手に大立ち回りを演じていた。真下や後方に滑り込み、敵が反応できない死角を突いて一閃。囲まれた状態から上手く敵の突撃を捌きつつ的確に数を減らしていく。言動とは裏腹に戦闘での判断力も相当なものだ。

 

(星屑の対処法は死角を狙うこと……おかしなナリしてるが、眼で見て動いてるらしいな)

 

 個人技に限れば部隊全体で見てもトップクラスの実力を誇るシズクを参考に、G3は接近戦も試してみる。星屑の耐久力ならばデストロイヤーを使わずとも素手で引きちぎることもできた。

 

「隊長! 敵が作業中のメンバーを狙ってる!」

「クッ……雀!」

「うえええ〜! 人使い荒いよメブー!」

 

 文句を言いながら無防備な仲間の正面に立って盾を構える雀。時にはじき返し、時に受け流し、巧みに盾を操って特攻を凌いだ。

 

「メブー! だ〜ず〜げ〜で〜!」

 

「よくやったわ雀。護盾隊集合! 作業完了まで採取班の警護に回って!」

 

 雀に遅れて集結した盾持ちの防人が陣を組んで採取班(と雀)を囲む。その頼もしさに涙目だった雀の涙腺は容易く決壊した。

 一方、敵を撃ち落としながら一連の流れを見ていた志雄は、自分の思い違いに気づいた。

 

(そうか……加賀城が楠に縋るのは、何も彼女が一番強いからというだけでなく……"隊長"としての楠芽吹を信じているから。彼女なら無茶な指示は出さないと確信しているから、ああして泣きながらも命を預けている)

 

 他の防人達も同じだ。犠牲を許さない心意気とその言葉に見合う努力。その背中を見てきたから、誰一人疑うことなく芽吹に従っている。

 そして芽吹もそれを分かっているからどんな時でも迷わずに指示を下す。自分の判断に迷った時でも、絶対にそれを表に出さず常に自信を滲ませて一番前に飛び出して行く。

 

 しずくを守るための存在、と自称するシズクが曲がりなりにも連携を崩さないのも……

 誇り高く、功績を求めて無理をしがちな夕海子が歳下の芽吹をリーダーとして認めているのも……

 臆病な雀が、口では文句を言いながらもチームのために逃げずに戦っているのも……

 全ては芽吹が道を曲げず、逃げ出すことなく抗い続けたからだ。

 

 決して実力に物を言わせたワンマンチームではなく、下が考えもせずに上官を盲信する烏合の衆とも違う。本物の信頼で結ばれた仲間達。32人の防人は、誰の期待も受けずに命を張る日々の中でこれだけの絆を紡いできたのだ。

 

(防人か。流されるままに戦っているのかと思ってたが……大したものだ)

 

 芽吹の背後の星屑を撃退しつつ、G3がリーダーに近づく。周囲を一掃しながら合流した2人。背中合わせの体勢で言葉を交わす。

 

「楠、君と君達のことを見誤っていたようだ。謝罪して訂正するよ」

 

「何⁉︎ 今忙しいんだけど……」

 

「君達はいいチームだ。僕も態度を改める……ついては君に、G3(ぼく)の指揮を任せたい。この力、うまく使ってくれ」

 

「……は? いきなりどういう風の吹き回し――」

「後ろだっ!」

「――って、ちょっと!」

 

 背中合わせのまま、入れ替わるように相方に迫っていた敵を切り捨てる2人。ペアダンスのように立ち回る両者の呼吸は、奇跡的なほどに噛み合っていた。

 

「勤勉な君のことだ、G3のスペックも頭に入ってるんだろう? その情報とこれまで見てきた僕の戦い、全て合わせて使いこなしてみせるんだ。隊長なんだろ?」

 

「……いいわ、そこまで言うならやってあげる……シズク! G3と合流、2人が先頭に立って――」

 

 即興とは思えない的確な指示で戦線をコントロールする芽吹。その指示に120%の成果で応える志雄。急に素直になった彼に首を傾げながら各々の仕事を果たす防人達。

 各員の奮闘により、作業の時間を稼ぐことに成功した。

 

「隊長、指定のサンプル集まったよ!」

 

「よし、撤退よ。各小隊合流して!」

 

 燃える大地から採取した土壌。既に何度も繰り返してきた任務だが、これが具体的にどう反抗に繋がるのかは知らされていない。それでも彼女達は腐らず逃げずに任務に当たる。それぞれの理由を胸に秘めて、少女達は命を懸けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良かった〜。後は振り切って逃げるだけだね」

「少々物足りませんが、役目は果たせましたわね」

「サッサとトンズラしようぜ。壁外(ここ)は息苦しくて仕方ねえ」

 

「……待て、大物が来たぞ……!」

 

 防人のものより高性能なG3のレーダーがキャッチした敵性反応。周囲に爆弾を巻きながら接近してくる影。

 

 乙女座『ヴァルゴ・バーテックス』

 集団戦に長けた爆弾使いが、疲労しきった小兵達に牙を剥く。

 

「来るぞ!」

「全員散開!」

 

 絨毯爆撃をギリギリで躱す防人達。重要なサンプルを抱えているメンバーもいる以上、ここでこのバーテックスとまともに相対すれば間違いなく犠牲者が出る。芽吹は暫し目を閉じて熟考。覚悟と共に目を開いて高らかに指示を出す。

 

「小隊単位で撤退開始、敵に的を絞らせないように同時に動いて! 敵を囲んであらゆる方向から縫うように動いて離脱しなさい!」

 

「でもでもメブー! 誰かが足を止めないと……」

 

「殿は私が務めるわ。みんなは――」

「僕も残ろう。体力的にも稼働時間的にもまだ余裕がある」

 

「……分かった。悪いけど、頼らせてもらうわ」

 

「らしくないな。さっきみたいに勇ましく命じればいい。"私を守れ"とな」

 

「冗談じゃないわ。自分の身くらい自分で守るわよ!」

 

「その意気だ、行くぞ隊長!」

 

 

 

『うあああぁぁぁぁっ‼︎』

 

(退がるな、踏み込め、前を向け!)

(私達が進んだ一歩が、みんなの命を繋ぐ……!)

 

 退避する仲間達とすれ違いながら、2人は宙に浮かぶ異形に挑み掛かる。弾幕に呑み込まれ、爆風に煽られながらも力強く前へと踏み出し続ける。仲間との距離を取るため、誰も犠牲にしないために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如響いたガタン! という音に安芸が振り向くと、並んで歩いていた亜耶が平坦な廊下でいきなり転倒していた。

 

「どうしました? 国土さん」

 

「ご、ごめんなさい。なんだか急に頭がボーッとして……」

 

「神託関係でしょうか……立てますか?」

 

「あ、はい。大丈夫です」

 

 慌てて立ち上がり、両手を振って何事もなかったことをアピールする亜耶。ウソがつけない彼女の目には困惑と不安が宿っていた。

 

(芽吹先輩、皆さん……お兄様……どうかご無事で……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ……ここまで時間を稼げば、みんなはもう大丈夫ね」

 

「ああ。こちらのレーダーにも防人の反応はない。逃げ遅れもなく撤退できたはずだ」

 

 敵を誘導して仲間から引き離したG3と芽吹。その結果として、2人は脱出地点から大きく離れてしまった上に離脱コース上にはヴァルゴがいる。既に疲労がピークに達している彼らに足で振り切るという選択肢はない。

 

「あとは、アイツを倒して帰るだけね」

 

「策はあるのか? 僕はバーテックスについては資料以上のことは知らない。君の交戦経験に頼るしかないが……」

 

「ええ。アンタレス、だったかしら? ワイヤーユニットの……あれを使って懐に飛び込めば何とかなるわ。あのタイプは張り付いてしまえばロクな反撃手段がないの。タイミングとしては爆弾の一斉投下が止んだ直後、次の動作までのタイムラグね」

 

 以前遭遇した際には逃げるのが精一杯だった防人達。それを悔やんだ芽吹が密かに立てていたヴァルゴ対策がここで活きてくる。

 

「なるほど……だったらもっといい手がある」

『GA-04 active』

 

 腕に装着して使うワイヤーユニット『GA-04 アンタレス』を展開。爆撃体勢に入ったヴァルゴに向けて構える。狙いは一点、最初に撃ち出された爆弾だ。

 

「……そこっ!」

 

 ワイヤーを射出して爆弾を掴み取る。これまでの攻防で爆弾の耐久力、どの程度の力が加われば炸裂するかを把握していたG3は、ギリギリの力加減で敵の武器をホールド。そのまま2個3個とまとめて絡め取っていく。

 

「自分の爆弾……受けてみろ!」

 

 ワイヤーを振り回し、遠心力を加えてヴァルゴ本体に爆弾を叩きつける。3発同時に着弾、炸裂した威力はその巨体をもってしても無視できるものではなかった。絶えず爆弾を放っていた射出口が停止し、高度が少しずつ下がっていく。

 

「怯んだな……今だ!」

 

 アンタレスを隙だらけのヴァルゴの下部に巻きつけて固定。これで接近戦に持ち込める。進路を確保したG3が芽吹に手を伸ばす。

 

「あなたって、頭脳派に見えて割と力押しよね……」

 

「ベストを尽くしていると言ってくれ……行くぞ!」

 

 呆れたような顔をしながらもG3と手を繋いだ芽吹。アンタレスのワイヤーが巻き取られ、絶叫マシンのような勢いで2人はヴァルゴに向けてすっ飛んでいく。

 

「飛べっ、楠!」

「――ッ‼︎ ここだぁっ!」

 

 ワイヤーを巻き切った瞬間、ここまでの勢いを乗せてG3が芽吹を高く投げ上げる。ヴァルゴの頭上まで飛び上がった芽吹は、頭頂部に着地して銃剣を突き刺す。G3も同じようにデストロイヤーを差し込み、上下から同時に刃を進める。

 

「おおおおっ!」

「断ち切るっ‼︎」

 

 ヴァルゴの身体を駆け下りながら斬り落としていく芽吹と、駆け登りながら斬り上げていくG3。両者の刃が中心でぶつかり、それと同時にヴァルゴが限界に到達する。体を揺らして2人を振り落とし、一目散に離脱して行った。

 

「……つぅ……逃げられたか」

「仕留めたかったけど、被害なしで済んだことを喜ぶべきでしょうね」

 

 勇者でなければ倒せない十二星座型バーテックスを撃退した芽吹と志雄。言葉とは裏腹に、その顔には確かな手応えを得た喜びが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛っ……もう少し優しくやってくれませんか?」

 

「これくらい我慢なさいな。あれだけの無茶をしたのですから」

 

「ん……楠も国土兄もこの程度の怪我で済んだのは運が良かっただけ……少し反省すべき……」

 

「頭は少し切れただけでも派手に出血するってだけだ。実際には擦り傷程度だよ」

 

 なんとか帰還した芽吹と志雄は、仲間達と合流して医務室で傷の手当てを受けていた。たった2人で殿を務めたことに関して、少なからず不満があるらしい。

 

「でもでも、流石に2人だけで残るのは無茶だったと思うな〜」

 

「そう言うなら、次は雀にも残ってもらいましょうか?」

 

「えっ……それはちょっと……」

 

「雀さん! そこで引いてどうするんですの!」

 

 先程まで命のやり取りの現場にいたとは思えない軽妙なやり取り。志雄は女三人寄れば姦しい、というのが真実であることを理解した。

 

「手間をかけたな、すまない」

 

「……そういう時は"ごめん"よりも"ありがとう"だって、国土妹が言ってたよ……」

 

「……ありがとう、山伏……それでは失礼する」

 

 混ぜかえすようなしずくの言葉に苦い顔をしながらも、素直に礼を告げて立ち去る志雄。戦いを経て、防人達に対する見方が少し変わったようだった。

 

「なんか今日のあの人ちょっと柔らかい感じだったね」

「理由は分かりませんが、良い傾向ですわ。妹さんのためにも」

「……楠、国土兄と何かあった?」

「なっ、なんで私に聞くのよ。別に何もないわ」

「む〜ん? 怪しいな〜」

 

 やっと志雄が仲間に加わった。全員がその感覚を確かに共有していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……亜耶……」

「あっ……お兄様……」

 

 その日の夕刻、食堂で兄妹がエンカウントした。普段は志雄の方が食事時とズラして訪れるために会うことはなかったのだが、疲労と空腹感に耐えかねて時計を見なかった志雄の失敗だった。既にうどんを受け取ってしまった以上、出ていくわけにもいかず、兄は気まずそうに顔を逸らした。

 

「あ、あの……お怪我は……」

「問題ない。G3は頑強だから」

「……そう、ですか……」

 

 兄の気持ちを慮って医務室に行かなかった亜耶が会話を試みるも、驚くほどに弾まない。とにかく離れようと足を踏み出した志雄だが。亜耶が持った定食の中身が目に留まった。

 

「……それ、亜耶の夕食か?」

「えっ……あ、はい。おまかせ定食です」

(なるほど、メニューを確認できなかったのか)

 

 納得したように頷いた志雄は徐に亜耶に近づくと、彼女のお盆からトマトを取って一口で平らげてしまった。

 

「あ……お兄様?」

 

「トマト、苦手だったろう。隠していたつもりかもしれないが」

 

 亜耶は基本的に好き嫌いはない。彼女自身の性質もあるが、規律がしっかりした国土家では偏食は良くないと育てられたからだ。そんな彼女が唯一苦手としているのがトマトだ。なぜこれだけ改善されなかったのかというと、実は志雄のせいだったりする。

 

「……ご存知だったんですね、お兄様」

 

「初めて食卓に上がった時、反応が顕著だったからな」

 

 他のものとは違う生理的な拒否反応。それを見た志雄が、国土家の食事番に内密に頼んだのだ。両親に気づかれることなく、亜耶にはトマトを出さないように話を通していた。このことは亜耶も両親も未だに気づいていない。

 

「ありがとうございます、お兄様」

 

「作り手のことを考えて言い出せなかったんだろうが、あの人達はそれが仕事だ。これからは自分の口でちゃんと伝えなさい。無理に食べて体調を崩しては元も子もない」

 

「あ……はい!」

 

 説教じみた言い方だったが、亜耶は嬉しそうにしている。こんなやりとりも数年ぶりだったからだ。

 

「それじゃあな」

「あ……」

 

 言いたいことを言った志雄が離れていく。一瞬でも昔の兄妹に戻れた気がした亜耶は名残惜しそうな声を漏らす。

 

「……ああ、そうだ」

「はい?」

 

 すれ違って数歩分離れたところで、思い出したように志雄が振り返った。

 

「大方その辺りで転んだのだろうけど、ちゃんとその足、医務室で手当てしなさい。今の時間なら担当官以外はいないから気を使うこともない」

 

「お兄様……!」

 

 足の痛みからほんの僅かに歩き方が変わっていた亜耶。兄である志雄はその僅かな違和感を見逃さなかった。他の誰も気づかなかった小さな変化に気づいた。それは普段から亜耶のことをしっかり見ていた証拠でもある。

 

「大したことないと思った軽傷から大事につながる可能性もある。人に優しいのはいいが、自愛も忘れるな」

 

 ぶっきらぼうだが、確かに妹を気遣っている志雄の言葉。亜耶はそれがどうしようもなく嬉しかった。

 

「はいっ、以後気をつけます。お兄様!」

 

 元気よく頭を下げて離れていく亜耶。志雄が来てから始めて笑顔を見せた瞬間だった。

 

(……しまった、激務を終えて気が緩んだか……喋りすぎだ、馬鹿者。何のために今まで……)

 

 喜色満面の妹に対して、兄の方は自分に呆れたように頭に手を置いた。これまで距離を置いてきた妹相手にうっかり気安く会話してしまった。

 

(お兄様は知っていてくれた。覚えていてくれた……気づいてくれた……!)

 

(今更兄貴面したくなったか。度し難いほどに愚かだな、僕という人間は……!)

 

 2人にとってこの出来事はいい変化だったのか悪い変化だったのか、それはまだ誰にも分からない。

 

 

 

 

 




亜耶ちゃんのトマト嫌い、および国土家についてはオリ設定です。実際格式高い家っぽい雰囲気は感じますよね。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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Relation

ようやく話が進みます……みなさんが望んだ方向かは分かりませんが
 


(楠たちが期待以上だったからと、浮かれた結果あのザマか……!)

 

 志雄は一晩中射撃場に篭って引き金を引く。最早的が原型をとどめなくなってもまだ、一心不乱に撃ち続ける。

 

(忘れるな……僕にはもう、選ぶ自由なんて許されてないんだ)

 

 思い返すは5年前、目の前で冷たくなっていく沢野香の眠る顔。あの日の絶望は、今なお志雄の心を絡め取って離さない。

 

(今更あの頃に戻りたいなんて、間違っても望むな……! 香は何かを願うこともできずに死んだんだ!)

 

 鬼気迫る、という表現がぴったり似合う様子で模擬弾を撃ち尽くした志雄が倒れこむ。周囲には数え切れない薬莢が散らばり金属音を鳴らす。

 

(僕の命の使い所……それはきっと遠くない。その時に躊躇うようなことがあってはならないんだ)

 

 間に合わなかった、置いて行かれた志雄にとって"命の使い所"という一見おかしな考え方こそが生きる原動力となっている。間違いなく危うい精神状態だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっか、じゃあ少しお話しできたんだ?」

 

「はい! 昔と同じように私のことを気にかけてくださいました!」

 

 休憩スペースでいつもの5人が楽しげな雰囲気でテーブルを囲んでいる。特に亜耶の笑顔がいつも以上に眩しい。昨日の一幕からずっとご機嫌な状態が続いている。敬愛する兄の本質が変わっていなかったことがそれほど嬉しかったのだ。

 

「本人がいないことですし、亜耶さんの口からお兄さんのことをお伺いしたいですわね。彼は自分の話はしたがらないタイプのようですから」

 

「そうですね。お兄様はとても博識で頭が良くて……何か疑問を持ったらお兄様に尋ねるのがその頃の私のクセでした。

 あとは……変わったところだと声帯模写がお上手でしたね。動物の鳴き声だとか、学校のチャイムの音なんかを真似てよく披露してもらいました」

 

「声帯模写……ちょっと予想外の持ちネタが出てきた……」

 

「すごく似てるんですよ。近所のネコちゃんたちなんて1匹ずつ演じ分けができたんですから!」

 

 志雄の人となりを多少知った上で聞く彼のパーソナルな部分についての雑談は意外と盛り上がった。

 話が弾んできた頃、噂の当人が通りかかる。変わらず上機嫌な亜耶が声をかけようとしたが……

 

「あ、お兄――」

「うわっ、なにあの目のクマ。縁取りしたみたいになってるよ」

 

 鬱屈した雰囲気と疲弊しきった表情を見て、なにも言えずに見送ってしまった。すぐ近くを通ったのに亜耶達に気づいた様子がなかった辺り、よほどの重症らしい。

 

「どうしたのでしょうか? 昨日は割と穏やかに見えましたのに」

 

「夢見が悪かった……だけでああはならないよね……」

 

「国土……?」

 

 その後志雄は部屋で眠ったようで、その日彼を見た者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、志雄を含めた防人隊は前回と同じくサンプル採取のために壁外に遠征に出ることとなった。

 

「あーあー、また雑用出勤かぁ」

 

「文句の多い方ですわね。少しはしずくさんや国土さんの静かさを見習いなさいな」

 

「……そういえば国土……声帯模写が得意と聞いた……今度聞かせてほしい」

 

「……亜耶から聞いたのか。悪いが昔の話だ。もうできないし、忘れてしまったよ」

 

(やっぱり昨日から様子がおかしい。もともとよく分からない奴ではあったけど……)

 

 燃える大地以外何もない壁外での任務は、基本的にポイントに着くか敵に見つかるまでは退屈な時間が続く。地獄のような光景も数をこなせば慣れてしまうもの。肝心のタイミングで集中を途切れさせないために、道中は各々割と好き勝手に雑談しながら進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

「……よっし、作業終わったよ!」

 

「あとは帰還するだけね」

 

「……! 敵襲だ。前回と言い、妙にタイミングが良すぎる気がするが……」

 

「同感だけど、まずはこの場を切り抜ける。考えるのは帰ってからでもできるわ。総員警戒態勢!」

 

 全員が一息ついた、図ったようなタイミングで迫ってきたのは蠍座『スコーピオン・バーテックス』

 一撃の威力だけならば全バーテックス中でも最上位の強敵だ。

 スコーピオンは防人隊の姿を捉えると、初手で高く跳躍。陣の中心に着地して連携を真上から崩壊させた。

 

「うひゃあ〜! メブー‼︎」

 

「落ち着いて! 護盾隊はワイヤーを使って、敵の足を止めなさい!」

 

 G3のアンタレスを見た芽吹が進言して形となった新装備。敵の拘束や移動手段としても使えるワイヤーアンカー。攻撃能力が低い護盾隊の戦衣に導入された。

 隊長の指揮の下、散開した護盾隊の各員がワイヤーを射出。スコーピオンの多足に巻きつけて拘束、足を止めた。

 

「よし、銃剣隊構えて!」

 

「――待て、まだ来るぞ!」

 

 上空から羽音を響かせながら異形が急降下してくる。ハチ型のアンノウン『アピス・メリトゥス』が軽やかに旋回してワイヤーを次々と切り離してしまった。

 

「ワイヤーが……!」

「全員防御態勢!」

 

 拘束から解放されたスコーピオンが鬱憤を晴らすように巨大な尾を回転して叩きつける。囲い込むように展開していた防人達はまとめて吹き飛ばされた。

 

 防御性能の高さから真っ先に復帰したG3。スコーピオンを狙って構えた銃は、横から伸びてきた異形の腕に阻まれた。一切の気配なく目の前に現れた敵に、志雄の危機感は加速する。

 

「また新手か!」

「国土!」

「アンノウンは僕が引き受ける! 態勢を立て直せ!」

 

 クラゲ型のアンノウン『ヒドロゾア・イグニオ』を引っ張って防人達から引き離すG3。1対1の殴り合いに持ち込んで圧倒する。

 

(何だ……動きが掴めない)

 

 格闘能力は高くないが、動きが不規則な上に時折テレポートのような異常な高速移動を織り交ぜてくる。気づけば真後ろや懐に入られている。読めない動きを繰り返す異形を相手に、G3は銃を構える余裕もなかった。

 渾身の拳をテレポートで回避したイグニオは、G3の背後で右腕を構えた。クラゲの始祖たるイグニオの超能力が発動する。

 

(何か来る!)

 

 直感に従って身を翻したG3の鼻先をかすめるように青い稲妻が落下してきた。頭部アンテナをへし折り、電流でG3のシステムにまで影響を及ぼすほどの威力の雷光で大きく吹き飛ばされる。

 

「……なんだ、視界が? カメラがやられたのか……!」

 

 内側は精密機器で成り立っているG3。高出力の電撃を受けたことでシステムの一部に異常が発生した。顕著に影響が出ているのが直撃した頭部。カメラで常に確保していた鮮明な視界にノイズが走り、まともに前も見れなくなってしまった。

 

「だったら……!」

 

 カメラが使えないと分かった志雄は即断即決、頭部パーツを外して生身の首を壁外に晒す。G3の端末には万が一強制解除された場合を考えて装着者保護の障壁発生機能が組み込まれている。しかしそれもあくまで壁外の灼熱を防ぐ程度の効力しかない。それを承知で躊躇わず志雄は勝つために急所をさらけ出した。

 

「邪魔をするなっ!」

「……ムゥ……!」

 

 正常な視界を取り戻した志雄は両手に抱えたG3のヘルメットを手放し、サッカーボールのように蹴り込んだ。顔面に向けて一直線に飛んできたシュートに虚を突かれたイグニオは大きく態勢を崩した。その一瞬を、志雄は見逃さない。

 

「サラマンダー、発射(ファイア)!」

「グムッ……オノレ……!」

 

 ヘルメットの陰に隠れるように放ったグレネード弾がイグニオの頭部に直撃。思わぬ痛手を被ったクラゲの異形は、テレポートで離脱した。

 

(マズイな……視界が霞んできた)

 

 敵の離脱を確認したG3が崩れ落ちて膝をつく。電撃の影響でどんどん出力は下がっていき、頭部の保護を手放したせいで体調まで加速度的に悪化している。

 

 

 

 

 

「ヤバイってば〜、死ぬ、ほんとに死んじゃうよ〜!」

「ああもう、気が散りますからお黙りなさい! ただでも狙いにくい相手だというのに……」

 

 雀や夕海子を含む一団は、自在に空を舞うメリトゥスに苦戦を強いられていた。常に頭上を取りながら、一撃離脱で着実にダメージを与えてくるメリトゥス。すぐ側で暴れ回るスコーピオンの威圧感もあって、防人達は防戦一方に追い込まれていた。

 

「加賀城、弥勒先輩!」

 

「国土さん!」

「お〜た〜す〜け〜!」

 

 若干危うい足取りでG3が合流した。ハチを撃ち落とすべく銃を連射するも、照準アシストなしの拳銃ではどうしても当てられない。

 

「仕方ない……加賀城、盾を真上に掲げてくれ」

 

「えっ⁉︎ 何するの?」

 

「ジャンプ台になるんだ、跳ぶぞ!」

 

「ウソでしょ〜⁉︎」

 

 反論する間も与えずに助走を始めるG3。表情こそパニックが極まっているが、なんとか無茶ぶりに応えた雀。即興ながら完璧に息のあった連携で、G3の身体が宙を舞う。

 

「捕らえたっ!」

「ギィッ⁉︎ 何ヲ……!」

「堕ちろぉぉっ‼︎」

 

 抱きつくような体勢でメリトゥスを捕まえたG3。デストロイヤーで羽を切断、もがく敵ともつれるように墜落した。

 落下の勢いのまま、組み合った状態でゴロゴロと転がる両者。どちらも大きなダメージを負っていたが、先に復帰したのはG3の方だった。

 

「……ガッ……ハァ……」

 

「……消去(デリート)だ……!」

 

 倒れたままのメリトゥスに馬乗りになってサラマンダーを構える。両手を抑え込み、完全に制圧した体勢から引き金を引いて発射。ゼロ距離のグレネード弾に耐え切れるほどメリトゥスは頑丈ではなかった。

 

 

 

 

 

 

(目が回る……今、まっすぐ走れているのか?)

 

 メリトゥスの爆風に飛ばされて剥き出しの頭を強打した志雄。いよいよ挙動がおかしくなってきたが、まだ戦いは終わっていない。一番厄介な敵がまだ残っている。

 

 鋭利な針を備えた尾を振り回して猛威を振るうスコーピオン・バーテックス。その足元に人影が2つ。負傷したのか、うずくまる防人ともう1人。隊長の芽吹が彼女を庇うように立っていた。

 

(やらせない……()()()()()()()、もう誰も……!)

 

 傷の痛みも忘れて志雄が走る。あの時のような、間に合わなかった痛みよりマシだと自分に言い聞かせて。

 

 

 

 

「――楠っ‼︎」

 

「ぁ……!」

 

 芽吹を狙った蠍の針は、割り込んできたG3の腹部に直撃。堅牢な装甲を突き破って生身の腹部まで針が到達する。貫通こそしていないが、相当な重症だ。

 脱力した志雄はもがくこともせずに突き刺さったまま、スコーピオンの尾の先で揺らされている。

 

「国土っ‼︎」

 

「……まだ、だ……!」

 

 芽吹の声で彼方に飛んでいた意識を引き戻す。志雄は最後の力を振り絞ってデストロイヤーを装着。針の付け根に刃を入れていく。

 

 

「ジタバタするな……大人しく斬られろ!」

 

 尾を振り回して引き剥がそうとするスコーピオン。その度に腹の傷が抉られ、意識が遠のいていく。それでも歯を食いしばって耐えたG3の刃が尾の半ばまで進んだ。

 

「国土、離れて!」

「国土さんっ!」

 

 針を切り落とされる寸前、スコーピオンは全力で尾を地面に叩きつけた。その衝撃でG3がついに振り落とされる。蠍の主力武器である針を落とすことはできなかった。

 

「国土! しっかりしなさい!」

 

「楠……撤退指示だ……」

 

 その身を案じて駆け寄ってきた芽吹をよそに、志雄は震える声で撤退を進言する。限界を迎えたG3システムも機能停止、変身も解けてしまった。一言口にするごとに、血の塊を吐き出す様はあまりにも痛々しい。

 

 自慢の針を失いかけたことで警戒心が増したのか、スコーピオンはゆっくりと後退していった。全員が傷を負いながら、なんとか全ての敵を撃退できた。

 

「次が来る前に……逃げろ……」

 

「いいから黙って! 一番危ないのはあなたよ!」

 

 装着者保護機能で生身の志雄は壁外でも活動できる。しかしそれはあくまで無傷の状態に限った話だ。この異様な空間から1秒でも早く離脱しなくては命に関わる。

 芽吹の指示の下、防人達は志雄をフォローしながら全速力で離脱した。

 

(思ったより……早かったな……ここが、僕の終点か……)

 

 視界が暗くなっていく最中、志雄はどこか満足げな顔をしていた。誰かの盾になれたことに達成感を抱いていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな形で意識を手放した志雄は、ゴールドタワーの病室で目を覚ました。腹部には突っ張ったような痛みが残り、全身がひどい筋肉痛に苛まれている。

 

「……ここは、ゴールドタワーか」

 

「国土……! 起きたのね、大丈夫?」

 

 ベッドの隣に座っていた芽吹が声をかける。心から安堵したというような表情。ずいぶん心配していたようだ。

 

「あれから、どうなったんだ……?」

 

「なんとか敵を追い払って、全員で離脱したわ。あなた以外はそれほど重いケガもなかった……でも少し不安になったわ。あなた、1週間も目を覚まさなかったから」

 

「1週間……」

 

「亜耶ちゃん、ずっとあなたにつきっきりだったけど、流石に長すぎたから交代で様子を見てたの。あんな取り乱したあの子は初めて見たわ」

 

「…………」

 

 話を振っても志雄の反応が鈍い。調子が悪いのだと判断した芽吹が医者を呼ぼうと席を立ち――

 

「……また、死に損ねたのか……」

 

 志雄の呟きを聞いた瞬間、そんな気遣いは頭から吹き飛んでいった。

 虚ろな目をした志雄の襟首を掴み、至近距離で睨みつける。

 

「今、なんて言った……?」

 

「楠……?」

 

「あなたは……全員が必死になってやっと全員で帰ってきたって時に"死に損ねた"って、そう言ったの⁉︎」

 

 死なないこと、死なせないことを第一義としている芽吹にとって、到底聞き流せる言葉ではなかった。あの戦場で1人だけ、志雄だけが他とは違う目的を持って立っていたのだ。

 同じ立場、同じ目線の"仲間"にはなれずとも目的を同じくする"同士"にはなれたと思っていたから。多少なりとも志雄のことを理解したつもりでいたからこそ、芽吹の瞳は怒りに満ちていた。

 

「メブー、交代……って、なになに⁉︎ どうしちゃったのこの状況⁉︎」

 

「芽吹さん⁉︎ ちょっと落ち着きなさいな、怪我人ですのよ⁉︎」

 

「ストップ楠、傷開いちゃうから……!」

 

 様子を見に来た仲間達が慌てて芽吹を引き剥がす。それでも芽吹は変わらず怒りのこもった瞳で志雄を強く睨みつけ続ける。今この瞬間、芽吹は志雄が怪我をしていることも、自分を庇って怪我をしたことも忘れていた。

 

「あなたは死にたかったの? 私達が懸命に抗ってる横で、どうやって死ぬかを考えてたの?」

 

「……そうじゃない。ただ、僕は本当なら死んでなきゃいけなかった命だから。誰かの代わりに死ぬことでしか、僕の意味は果たせないんだ」

 

 後から入ってきた雀達はイマイチ状況をつかめていないが、以前聞かされた志雄の過去と合わせて、しずくが本質的な問いをぶつける。

 

「それは……国土の友達を助けられなかったから?」

 

「知ってたのか……そうだよ。5年前のあの日、香じゃなくて僕が死ぬべきだったんだ。1番弱かったんだから。

 鋼也だってそうだ。僕が腐ってる間に、あんな大変な戦いを続けて……追いつこうとした時には、全て手遅れだった」

 

 志雄にとってのトラウマ。それは5年前"目の前で香が死んだこと"と、2年前"後一歩のところで鋼也に伸ばした手が届かなかったこと"の2つ。

 生まれた時から3人一緒だった親友。英雄の役目だって最後には3人並んで引き受けることになった。口にはしなかったが、運命共同体だと互いに自覚していたほど繋がりが強かった。その2人が遠くに行ってしまったことで、志雄は自分の存在意義を見出せなくなっていた。その結果が歪んだ破滅願望へと繋がっていく。

 

 "2人にできなかったことを生き残った自分がやらなくてはならない"

 

 "2人がいない世界でのうのうと生きている自分に耐えられない"

 

 "2人の代わりにこの命を人を守るために消費できたら"

 

 "恥知らずに生き延びたことに意味をもたらすことができれば"

 

 そんな複雑で、他人には理解しがたい矛盾した願いを抱えて、志雄は努力を重ねてきた。

 身体を鍛えたのは最高の死に場所まで戦い抜くため。

 戦術を学んだのはより有意義に命を使うため。

 G3を使ったのは"誰でも使える"システムなら自分が落伍しても次の可能性が繋がるから。

 

 防人達を強くすることに積極的だったのも、自分が死んだ後に妹を任せるため。

 再会してからずっと亜耶を避けてきたのも、死んだ時に少しでもショックを小さくするため。

 

 最後の件に関しては両者の性質的にうまくいかなかったが、それでも志雄は徹頭徹尾死ぬために生きてきた。まともな人間から見れば明らかに間違っている、矛盾だらけの歪んだ目的。志雄にはそれしかなかった。

 

 まとまりのない志雄の独白を聞いた4人は何も言えなかった。怒りに染まっていた芽吹でさえも、志雄がその内に溜め込んでいた闇の深さにかける言葉が見つからない。

 

 やがて騒ぎを聞きつけた医者が入室し、検査が始まったことで4人は退室することとなった。後ろ髪を引かれる思いで帰っていく彼女達の姿は、志雄の淀んだ瞳には映っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうすればいいのかな……どうなったら、良かったのかな?」

 

「分かりませんわ。私達は結局外様……彼にとって1番大事な時にはまだ知り合ってもいなかった。又聞きの話で知ったつもりになっていたに過ぎませんもの」

 

「……ちょっとだけ気持ち分かる。私にはシズクがいてくれたけど、国土にはきっと誰もいなかったんだよ」

 

 自分と同じように傷ついた亜耶に吐き出すわけにいかなかった。そうなればもう志雄には寄る辺がない。

 

「……だとしても、自分から死を望むような生き方を肯定はできないわ」

 

 最近は防人としての自負と責任も自覚してきたが、少し前までの芽吹は勇者コンプレックスとも言える精神状態だった。己の全てを注いで結局落伍した無価値な人間。そう突きつけられた当初は今の志雄と同様に死にたくなるほどの自己嫌悪があった。

 

「気持ちが分かるなんて軽々しく言うことはできないけど……少なくとも亜耶ちゃんは今泣いていて、国土がそれを見ようとすらしていないのはまぎれもない事実よ」

 

 誰よりも優しく穢れない少女の涙を黙って見過ごすことはできない。約束したのだから。

 

「私達に仮面をかぶるのは別にいい。でも亜耶ちゃんには、心からの本音を伝えてほしい。そう思ってる……みんなはどう?」

 

「賛成〜!」

「右に同じ、ですわ」

「ん……どうにかしたい……」

 

「決まりね。国土の本音を引き出すこと。それを亜耶ちゃんに聞かせること。そのために――」

 

 亜耶の優しさは防人の誰もが身にしみて知っている。

 志雄の優しさだって、これまでの日々で何度か触れてきた。

 だから笑ってほしい。優しい人には上手くいってほしい。まだまだ子供の彼女達にとって、それは至極当然な感情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴールドタワーの研究室。目にも留まらぬ速さでタイピングを続ける真澄と画面越しに呆れたような視線を向ける真尋の姉妹がそこにいた。

 

「国土志雄が目を覚ましました」

 

「あらそう……思ったより早かったわね。良かった」

 

「会いにはいかないのですか? 何やら様子がおかしいようですが……」

 

「彼が良くない感情を抱えているのは前から分かってたから。それを含めて妹さん達にお願いしたの。私の役目はここにあるわ」

 

 志雄はこのまま復帰できない可能性もある。真澄はそこまで踏んでなお、G3の改修に専念していた。志雄がいつ戻ってきてもいいように完璧に仕上げる。それこそが相棒たる自分の役割だと、大人な彼女は分かっていた。

 

「……ならば私が様子を見てきます。何か伝えることは?」

 

「ないわ。彼の好きにさせてあげて」

 

「承知しました」

 

 退室していく真尋。姉の淡白な部分を久々に実感して思わず嘆息する。

 

(昔からそう。思いやりがあるのに、やたらと対応が冷たく見える。そのせいであの人は子供の頃から友達もろくにいなくて、孤独で……)

 

 幼い頃を回顧しながら歩く真尋の前に、1人の青年が歩み寄ってきた。久しく会っていなかった、志を同じくするはずの人物だ。

 

「あ、真尋さん。良かった、やっぱりここにいた」

 

「あなたは……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、真尋が出ていった研究室。1人になった瞬間、真澄は大きく息を吐いて脱力する。

 

(悪いわね真尋……こっちも大詰めなのよ)

 

 画面に表示されているのは新兵器の図面。後は組み上げを待つだけの最終段階まで作業は完了していた。

 その名称は『G3-X 』

 これまでの戦闘データを加えて設計したG3の改良発展型。

 

(国土くんが倒れたのは、ある意味タイミングが良かったのか……その逆か……)

 

 そしてもう1つ、真澄には懸念事項があった。内密に進めてきたはずのG3-Xの導入を、どこからか大社が嗅ぎつけてきたらしい。

 

(いつか邪魔が入ることは覚悟していたけど、こんな直接的な手に出てくるとはね)

 

 デスクの上にはある人物の資料が置かれていた。その表題は『G3-X装着者候補』、そしてその人物の名前は――

 

  "大社中央会議直属 三好 春信 "

 

 

 

 

「三好くん……あなた、どうして……」

 

「お久しぶりです。安芸さんに話しておきたいことがあったんです」

 

 三好春信。勇者三好夏凜の兄にして、真尋や篠原真由美と同じ革新派の人間。特に優秀な人材として認められた証 "麒麟児 "の称号を持つ、頼もしい仲間であるはずの青年が、志雄の対抗馬として現れた。

 

 

 

 

 

 




G3-Xが出てきます。原作でも数話かけてゴタゴタした部分、こちらでも少し再現しようと思います。アレほどギクシャクはしないでしょうが。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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Acception

くめゆ編折り返し地点です。ようやく志雄くんが防人達と向き合います。
 


 志雄が目を覚ましてから1週間ほどが経過した。その間、毎日防人第一小隊の誰かが病室を訪ねてきた。1人だったり4人だったりと日によってまちまちだが、総じて志雄と雑談をしにきている。はじめは薄い反応しか返さなかった志雄も、連日の訪問で絆されたのか普通に会話するようになってきた。

 

「……というわけでして――って、国土さん聞いてますの?」

 

「ああ、聞いてるよ。その事件の解決に尽力したのが弥勒家なんだろ」

 

「そうなのです! そもそも弥勒家は――」

 

 1人で病室を訪ねてきた夕海子。何用かと思えばこの調子で好き放題に語り尽くす。しかもさっきから話題がループしている。志雄の記憶が確かならこのくだりはもう4回目だ。

 志雄もいい加減うんざりしているが、怪我が癒えない限りこれまでのように立ち去ることもできない。

 

「……で、あなたはそれを語って聞かせてどうしたいんだ? 弥勒家シンパにでも加われって言うのか?」

 

「あ……コホン、失礼しました。熱が入りすぎましたわね」

 

 恥ずかしそうに咳払いして自身の気を落ち着ける夕海子。既に2時間近く語り続けていたのに、恐ろしいことにまだ本題に入っていなかったようだ。

 

「国土さん。私がなぜ防人としての任務に従事しているかご存知ですか?」

 

「いや……大方その家名が関係あるんだろうとは思うが」

 

「その通りです。私の大望は弥勒家の再興。かつて世界を救った家柄の1つ……その誇りを取り戻すことが私が命を懸ける理由ですわ」

 

 胸を張って断言する夕海子の姿は眩しかった。折れ曲がって沈み込んだ今の志雄にとって、その真っ直ぐさは憧憬を覚えるものだった。

 

「……それが、手柄にこだわる理由でもあるのか」

 

「ええ。今はまだ芽吹さんやシズクさんには敵いませんが、いずれ部隊一の戦士になって功績を大社に認めさせてみせます!」

 

 胸に手を当てて高らかに宣言する夕海子。自分はついに手にできなかった誇りと自負を宿している年上の少女の姿が、志雄には眩しく見えた。

 

「それなら1つアドバイスだ。訓練や実践の様子を見させてもらった限り、あなたは近接よりも射撃に向いているよ」

 

「え……射撃、ですの?」

 

 戦闘技術そのものは近接も射撃も押し並べて平均的。身体能力的には特筆できるのは体力がある、という点くらいしかない。それが夕海子に対する大社の評価で、志雄も概ね同意見だ。

 

「技術や能力は多少の時間で補うことはできる。しかし精神(うちがわ)の問題はそうもいかない」

 

 しかし温度のない目線で表面的にしか判断しない大社と志雄では違うものが見えてくる。夕海子の場合はその年齢不相応に成熟した精神性だ。

 弥勒家再興のために。その一念を突き通して愚直なほど真っ直ぐに努力を重ね続ける。それは口で言うほど簡単なことではない。

 

 遠大で不明瞭な目標を掲げて、努力しても報われることもない。そんな環境にも関わらず、夕海子は一度も弱音を吐かず、理不尽を嘆いたりはしない。自分が頑張ればその分一歩理想に近づく。当たり前で難しい真理をこの歳で彼女は胸に刻んでいるのだ。

 腐らず焦らず前向きにひたむきに、一歩一歩前進できるのが弥勒夕海子という人間の魅力だ。目立ちたがる気質とは裏腹に、誰も見ていないところで人前以上に努力しているのを志雄は知っていた。

 

「その根気強さと土壇場の思い切りの良さは狙撃手向きだと僕は思う」

 

「狙撃、ですか……」

 

「それに、そのポジションは今の防人には誰もいない。部隊の狙撃手としての役割を構築できる。いわば第一人者、パイオニアになれれば……それはきっと大きな手柄になるんじゃないか」

 

「第一人者……パイオニア! 素晴らしい響きですわ!」

 

 このように乗せられやすい点など、精神的に未熟な部分もあれど、こと戦闘と鍛錬に関しては彼女の忍耐は見習うべきものだ。

 

「ありがとうございます、志雄さん。さっそくやってみますわ! 退院できたら練習にお付き合いいただけますか?」

 

「……考えておく……」

 

 なぜそんな約束をしてしまったのか。この時の志雄は自分で自分を理解できていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まぁ、そんな感じでな。オレはクソみてぇな親や周りの連中からしずくを守るために生まれた。それはこれからも変わらねぇ」

 

「そうか。月並みなことしか言えないが……大変だったんだな、君達も」

 

 しずくが見舞いに来た日、志雄は軽い気持ちでシズクについて質問してしまったことを後悔していた。虐待、孤児、孤立、孤独……しずくがいた場所は、とても普通の精神状態で耐えられる環境ではなかったのだ。

 

「楠達にもここまで詳しくは教えてねえ。他の奴らには間違っても言うなよ」

 

「どうして、教えてくれたんだ?」

 

「しずくがいいって言ったんだよ。じゃなきゃこんな話するかっての」

 

 不服そうに吐き捨てて、シズクの気配が薄れていく。彼女達を深く観察していた志雄は、しずくに戻ったことを感知できた。

 

「……単純に並べたり比較したりはできないけど……国土兄は私と同じだと思ったから。逃げたくなる現実があって、どう向き合えばいいか分からなくなってる……」

 

「確かに、そうかもしれないな。僕はどこかで自分を特別扱いしていたのかもしれない……悲劇の主人公ぶって、誰にも相談せずに……君達のように苦しんできた人が他にもいることに気づきもしなかった」

 

 こんな世界だ。悲劇なんて探せばいくらでも湧いてくる。志雄の人生が苦しみ多きものだったのは間違いないが、決してそれは彼1人だけではない。志雄だけが特別不幸だったわけではないのだ。

 

「……不幸自慢がしたいわけじゃない……ただ、どんな過去があっても……それで未来を持つ資格を失うってことはないと思うから……」

 

「それで昔のことを教えてくれたのか。すまない、酷なことを話させてしまった」

 

「……私、前にも言ったよ。こういう時は……」

 

「そうだったな。ありがとう、山伏……もう1人の山伏も、感謝する」

 

 小さく笑う2人。シズクの方にも礼を述べた瞬間、人格が入れ替わったのが志雄の目に留まった。

 

「楠にも話したことがあるけど……先代の勇者を見たことがあるんだ」

 

「ああ……そういえば君は神樹館の生徒だったと資料にあったな」

 

「隣のクラスの3人組だったんだけど……少なくとも学校では普通の子だった。ちょっとだけ人より優しくて、強くて……だけどそんなちょっとだけがすごく立派で、カッコよかったのを覚えてる」

 

「そうか……」

 

「ギルス……篠原って人、私は知らないけど……その人もそうだったんじゃないかな。だから勇者達とも仲間になれて、その人にとって大切なものをちゃんと守り切れたんだと思う……」

 

「鋼也を特別視しすぎてたってことか?」

 

「何も知らない他人の意見だけど、少し前の楠がそうだった……自分の中で高く上げすぎたハードルを越えるのは……すごく辛くて難しいことだから……」

 

「……何が正しいのか、今の僕には分からない。でも、その言葉は覚えておこう」

 

「……ん……」

 

 満足げに微笑んだしずくが目を閉じて俯いた。数秒後、先程までとは異なる雰囲気を放って目を開く。

 

「随分軽快に入れ替わるんだな。君達は」

 

「あ?……へぇ、よく分かったな。ここまで気軽に交代できるようになったのは本当に最近だけどな。戦闘を重ねたせいかもしれねえ」

 

 ベッドの隣に置かれたカゴからリンゴを1つ掴んでかぶりつくシズク。志雄への見舞い品だが、彼女にその辺の遠慮はないし、志雄も今更気にしていない。見舞いに来るたびに何か食べて帰るのだ。病室に来るのはおやつの時間とでも思っている節すらある。

 

「ちなみに、お前はどうやってオレ達を見分けてるんだ? 今なんて口開く前に気づいただろ?」

 

「ああ、簡単だよ。わずかな挙動でも2人には微妙な差異があるんだ。例えば重心の置き方とか、食事の時に手をつける順番とか、廊下で外側と内側どちらを歩くかとかな」

 

 あっさりと言い切った志雄だが、一歩間違えれば視姦魔かストーカーの言い分だ。現にシズクは少し引いている。

 

「お、お前……そんなとこ見てたのかよ」

 

「ああいや、すまない。婦女子に無礼だとは思ったんだが、戦う上でそれぞれの性質を理解しておく必要があると思ってな」

 

 申し訳ない、と深々頭を下げる志雄。怪我した腹部に響くのを我慢してまで謝罪されてしまえば責める気にもなれない。気まずくなったシズクは相方に任せて引っ込んでしまった。

 

「もういいよ……そこまで私達のことを知ろうとしてくれた人は、いなかったし……それで、何か戦闘に活かせる発見はあった?」

 

「本当に済まない……このようなことは二度としないと誓う。

 それで、発見か……どちらかと言うと思いつきなんだが、君達は2人同時に意識を表出させることはできないのか?」

 

「2人、同時に……?」

 

 志雄か見る限り、身体能力や反射速度はシズクが明らかに上だ。しかし彼女には目の前の敵に意識を向けすぎるクセがある。その点しずくは常に周囲に気を配り、回収作業中の仲間への的確な援護ができていた。集団戦を基本とし、戦闘が本分ではない防人においてその判断能力は重要になってくる。

 

「それぞれの長所……野生的な戦闘力と理性的な判断力。これを両立できれば、君達は楠にも劣らない戦士になれると思う」

 

「……そっか。私、厳しい戦いは全部シズクがやってくれてたから……私は足手まといなんだって、ずっとそう思ってた……」

 

「そんなことはないだろう。もう1人の方だって、いざという時には君というストッパーがいると分かっているから、ああして思うままに戦っているんじゃないか?」

 

「勝手なこと言うんじゃねーよ! オレはしずくを守る存在だ、それがしずくを頼ってちゃ意味ねえだろ」

 

「急に変わるな、驚くだろう……別にいいと思うがな。文字通り二心同体なんだ、持ちつ持たれつの方がお互い気が楽なんじゃないか」

 

「お前、実はおしゃべりでお節介なやつだったんだな。ちょっと前までムッツリしてやがったくせに」

 

「話を振ってきたのはそちらだろうに……まあいい、単なる思いつきだ。忘れてくれて構わない」

 

「……ううん、考えてみる……私とシズク、両方のことを考えてくれて、ありがとう……」

 

 感謝の言葉を告げて退室するしずく。その変心の早さには慣れないな、と呆れながら志雄も軽く手を振って見送る。いつの間にか彼女達を身内のように感じている自分に、志雄はまだ気づいていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また別の日、病室には芽吹が来ていた。話題は彼女が戦う理由について。

 

「なるほど、君は勇者候補としての鍛錬を積んできたのか。道理で他のメンバーとは地力が違うと思った」

 

「けど、私は選ばれなかった。だから私は戦う。ここで結果を出して見返してやる。私と、私達の価値を認めない大社に見せつけてやるのよ」

 

「そのための目標が"誰も死なせない"ことか。君はすごいな」

 

 余談だが、夕海子も芽吹と同じく勇者候補として訓練を受けていた。志雄はともかく芽吹は知っていることなのだが、どうやらまた忘れられたらしい。同じ経歴を持ちながら成績がパッとしない夕海子に問題があるのか、仲間になってからも変わらず夕海子に関してアウトオブ眼中を突き通す芽吹が悪いのか……

 

「私達は代えが効く消耗品じゃない。一人一人が意志を持って必死に生きてる人間だってことを、効率主義の大社に叩き込んで頭を下げさせる。それが当面の私の目的ね」

 

「君は勇者に拘っていたと聞いたが、それはもういいのか?」

 

 デリケートな問題に果敢に切り込む志雄。目覚めた日に全力の怒気をぶつけられたせいか、芽吹には特に遠慮がない。

 

「確かに手柄を上げて勇者と認められたいとは今も思ってる。だけど自分の仲間も守れないで勇者を名乗るなんて馬鹿のやることよ。私は目の前のことを一つ一つ片付けて、全てが終わった先で堂々と勇者を名乗りたい。その時こそ真に勝ったことになると思うの」

 

「勝つ、っていうのは誰に対して?」

 

「勇者に選ばれた三好夏凜……彼女を選んだ大社……そして今も私達人類を脅かすこの世界の全てに対してよ。私は絶対に負けない。誰が相手でも、仲間全員を連れて生き残ってみせる。

 私が……私たちこそが防人だと。未来のために今できることを懸命に果たしてきた誇りある戦士の名だと、証を立ててみせるわ」

 

 その中にはきっと志雄も入っているのだろう。芽吹は真っ直ぐに目線を合わせて宣言した。こんな強い意志を持って戦ったことが自分にもあっただろうか。志雄は自身が情けなくなっていった。

 

「やはり君はすごいな。敵わないと本気で思ったのは、鋼也以来だ」

 

「私だって訓練では何度もあなたに負けてきた。だから怪我を癒したらまた相手をしなさい。私が勝ち越すまで、ドロップアウトなんて許さないから」

 

 芽吹は時々こうして志雄に釘を刺してくる。志雄は決まって曖昧な言葉を返すだけ。首を縦にも横にも振ったことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でさでさ、メブったらキリッとした顔でその巨大ジオラマを設置しようとしてるの! もうどこからツッコんだらいいか分かんなくてさ!」

 

「真面目な雰囲気でたまにズレてるところがあるんだな、楠は」

 

 その日は防人一のおしゃべり少女、雀の番だった。大分雰囲気が柔らかくなった志雄に気を許したのか、主に仲間と過ごした時間のことを嬉々として語り続ける。仲間内で素直に聞き役に徹してくれる相手がいないのか、水を得た魚のような勢いで、その口は止まらない。

 

 それでも亜耶のことだけは徹底して話題に上げないのは、志雄に気を遣っているのか万一にも志雄の逆鱗に触れないようにしているのか……おそらく後者だろう。

 

「思ったよりも愉快な日々を過ごしているんだな。もっと殺伐としていると思ってたが……」

 

「いやいや、私達ほんとなら中学生だよ⁉︎ こんなところで毎日のように命懸けてる時点でどうかしてるって!」

 

 雀の言葉は正論だったが、この空間においてそんな正論は何の意味も持たない。いい加減覚悟を固めたかと思えば、未だに1日に数回は現状への愚痴と嘆きを口にする雀。切り替えた方が精神的に楽だろうに、と志雄は他人事ながら気の毒に思ってしまう。

 

「そう落ち込まずとも、君の生存本能……及び防衛能力は群を抜いている。少なくとも防人を壊滅させられるほどの敵でも来ない限り、君はしぶとく生き残ると僕は思うぞ」

 

「じゃあじゃあ、そんな強敵が現れたら結局は死ぬんだね⁉︎ あーあーあー! やだやだ死にたくなーい!」

 

(そっちに受け取るのか……マイナス思考もここまで来たら一種の才能だな)

 

 しかし、雀の場合はもうこれでいいのかもしれない。いつも最悪の可能性に怯え続けることで、逆に生存本能を活性化させることができる。臆病な人間ほど危機管理能力が高い。そういう意味では、下手に場慣れして油断するよりはマシな結果を出せるかもしれない。

 

「怯えるのは仕方ない。だが、自分を必要以上に卑下するのはやめた方がいい。君がいたから生き延びた仲間もいるはずだ。そのことはちゃんと覚えておくべきだ」

 

「そうなのかな……あややもメブもそう言ってくれるんだけど。私は、自分が卑屈で弱虫なの、ちゃんと分かってるから……」

 

 防人一のおしゃべり娘の雀。その内半分は泣き言と助力嘆願で占められる。言葉の割に行動には時折勇敢な部分が見えたりもするのだが……

 

「実はね。私、会ったことあるんだ……国土さんのお友達が変身してたっていうギルスに」

 

「なに……?」

 

 初耳だった。それどころか、雀はこの話をゴールドタワーの誰にも教えていない。安芸は知っているかもしれないが、雀が自分から話したのは志雄が初めてだった。

 

「ずっと逃げるかうずくまるかしてたから、よく覚えてないんだけど……アンノウンが家の近くに出ちゃってさ。今思えば適性のせいなんだろうね、追われちゃって……必死に逃げてたらいきなり出てきた緑色の人がズバッてやっつけちゃったんだ」

 

 まだ勇者達が参戦するよりも前の話、アンノウンが一度だけ大社本部とは違う方向に向かった事件。その時のターゲットが雀だった。

 事後処理に現れた大社の暗示によって、勇者候補になるまでは夢の中の光景だと思い込んでいた雀。ギルスのことを正確に知ったのは本当につい先日のことだと言う。

 

「最初はバケモノの仲間かと思ってた。勇者のことを知ってからも、大人が戦ってたんだと思い込んでた。まさか、同い年の男の子だったなんてね」

 

「そうか……君もまた、アイツが守った1人だったんだな」

 

「私もあんな風になれたらって、思わないわけじゃないんだよ。かすかに残ったイメージに自分を重ねて、夢に見ることもある……だけどダメなんだ。私は弱虫で泣き虫で自分が1番大切だから、それを実現することができないの」

 

 誰かのために、と奮い立つ勇気がない。候補とはいえ勇者になるかもしれない1人に自分が選ばれたことが、雀は未だに信じられずにいた。

 

「まあそうだな。君ほど臆病で他者に恥ずかしげもなく縋り付く人間は見たことがない」

 

「――ってアレ⁉︎ そこバッサリ言っちゃうの⁉︎」

 

「それが君の本質であるのは間違いない。しかし人間は一面だけで成り立っているものではない。根底に自己防衛があったとしても、君には誰かを守るために身体を張れるだけの胆力がある。それもまたまぎれもない事実だ」

 

「じゃあじゃあ! 私がピンチになったら助けてくれる?」

 

「……さあな」

 

 何それー⁉︎ と騒ぐ雀をよそに、志雄は回復してからの身の振り方を考えていた。心中を知られた上に、こうして対話を重ねて決意が綻び始めていることも自覚していた。また戦いに戻るのか、このまま降りるのか……彼はまだ決めかねていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また別の日には、少女達は4人揃って見舞いに訪れていた。傷を負って考えが変わったのか、凝り固まっていた志雄も少しずつ心を開き始めてきたこのタイミングで、芽吹は彼の過去について本人に直接話を聞くことにしたのだ。

 

「鋼也は決して馬鹿ではなかったが、感覚で動くタイプでな……まだ幼い時分から僕と香はフォローに苦労させられた」

 

「それでも楽しかったんでしょう? 亜耶ちゃんも言ってたわ。いいトリオだったそうね」

 

「そうだな。友達としても仲間としても、あの2人は最高だった。英雄の後継だって、当初の枠は2人だったのに最後は3人で選ばれたんだ。きっとそういう縁で結ばれてたんだと思う」

 

 目を閉じて薄く微笑む志雄。思い返すだけで笑みがこぼれるほどに、幸せな時間だったのが分かる。

 

 想定よりも気軽に口を開いてくれている志雄に安堵する5()()。実は扉の向こうでは亜耶が話を聞いている。だまし討ちのようで芽吹達も心苦しかったが、手段を選んでいる猶予もない。渋る亜耶を何とか説き伏せ、志雄の本音を聞き出そうとしている。

 

「亜耶さんも含めて、4人で一緒に遊んだのでしょう?」

 

「ああ。訓練が始まるまでは毎日のように共にいた。亜耶にとっても2人は特別な存在だったはずだ。特に鋼也は……」

 

「それって……」

 

 幼い頃の亜耶は、現在の彼女に輪をかけて人に気を使う受動的な子供だった。そんな亜耶にとって、快活で力強くも優しく手を引いてくれる鋼也は一緒にいて1番楽しい相手だった。兄とは違う魅力を持った、初めての異性の友人。まだ色恋も知らない幼い心に宿った無邪気なものではあったが、あれが亜耶の初恋だったのは間違いない。

 

「へ〜、そうだったんだ〜」

(あややも、流石にそこまでは教えてくれなかったからな〜)

 

「雀?」

 

「な〜んでもないよ、メブ」

 

(志雄から見て)本人不在の場で明言こそしなかったが、言葉の調子から雀だけは乙女の秘密を悟った。彼女は他の仲間とコイバナに興じることも珍しくない。女子力を戦闘力に変換しているフシすらある他の面々と比べて、恋愛センサーの感度が良かった。

 

(お、お兄様……! お気づきだったのですね)

 

 一方で焦るのが聞き耳を立てている亜耶だ。兄が気づいていたことも、匂わせるように言ってしまうことも予想外だった。今すぐ出て行って止めたい衝動に駆られるが、この場は芽吹達が用意してくれた志雄の本音を知る貴重な機会。私情で台無しにはできない。

 

(雀先輩の反応は……お兄様、早く話題を変えてください〜〜!)

 

 結局、顔を赤く染めながら心中で叫ぶ以外に亜耶にできることは何もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「香はよく気が効く子だった。亜耶にもすごく優しくて……僕や鋼也では気づけないことも女子の目線から気をつけてくれた。本当の姉妹のように懐いてた」

 

「そっか……」

 

「僕と鋼也がぶつかった時に間に入ってくれるのもいつも香だった。思えば、香がいなかったら僕達は成り立たなかったかもしれない。それだけしっかりした、よくできた女の子だったんだ」

 

「あのさ、国土さん……」

 

 感慨深そうに呟く志雄の様子に、またも雀の恋愛センサーが反応する。少しだけ聞きづらそうにしながら、それでも思い切って問いかける。

 

「国土さんは好きだったの? その、香さんのこと……」

 

「…………………………ああ。自覚したのは香がいなくなった後だったけど」

 

 長い沈黙の果てに小さく首肯する志雄。雀を除いた全員が驚愕を隠そうとして全く隠しきれていない。これまでの志雄の印象からすれば無理もないが、年頃の娘が揃いも揃って恋愛ごとにここまで耐性がないのは如何なものか。特に亜耶は驚いて体勢を崩したのか、扉の奥から何かをひっくり返したような音が聞こえてきた。

 

「なんだ? 誰か……」

 

「やーやーやー! 職員さんが何か運んでてスッ転んじゃったんじゃないかな?」

 

「そ、そのようですわね! まったく仕事はもっと優雅にスマートにこなすべきですのに!」

 

 脂汗をかきながら全力で誤魔化す雀と夕海子。朴念仁の芽吹とこの手の話題に不慣れなしずくはまだ頭を整理できていないらしい。

 

「そ、それで! イヤだったらいいんだけど……香さんのこと、今はどう思ってるか聞いてもいい?」

 

「む……どう、と言われてもな。香は死んだ。流石にその事実から目を背けるほど愚かじゃない。今でも大切な人だと思っているが、それだけだ」

 

「そ、そっか〜……」

(ヤバイ、焦って変なトコ突っ込んじゃったかも……空気が……!)

 

「じゃあ、なぜあなたは死に急ぐように戦ってきたの? 沢野香のことは過去の話だと理解しているんでしょう?」

 

 復活した芽吹が本題中の本題に切り込む。これ以上長引かせるとこちらが保たないと判断したようだ。

 

「さっきも言ったように、僕達はずっと一緒だった。なのに終わる時だけは1人ずつ。香も鋼也も、何も悪いことなんてしていないのに、だ……残った僕はそれが我慢できなかった」

 

 同じ痛みを受けて果てたかった。同じ苦しみを背負って戦いたかった。しかしそれは叶わなかった。命の危険もなく、残酷な力を宿すこともない。1人安全圏でぬくぬく生きる自分が、志雄は嫌で嫌で仕方なかった。

 

「自分を呪う気持ちは……理解できるとはとても言えませんが、納得はできます。しかしそれならば、生きて真っ当に戦い抜く道もあったはずではありませんか? 生き抜いて守り抜く。そう考えることはできませんでしたの?」

 

 夕海子が気遣わしげな顔で、それでもはっきりと自分の意見を述べる。それを聞いた志雄は、脱力したように表情を消して俯く。やはり彼女達と自分は違う。宿した心の強さは比較にならない、と自嘲するように小さく笑った。

 

「僕に、そう言える強さがあったら……違ったのかもしれないな」

 

「国土兄は、分かってたんだね。自分が間違ってるって……誰も喜ばない道を選んだんだって……」

 

「そしてそれを承知した上であなたは邁進した。他に選択肢はなかったって自分に言い聞かせるために……振り返ることも、人を頼ることさえも自らに禁じた」

 

 しずくと芽吹の言葉にも志雄何の反論もしない。ここまで弱々しい彼の姿を、防人達は初めて見た。あるいはこの姿こそが、虚勢も仮面も捨てた国土志雄の本当の顔なのかもしれない。

 

「僕は君たちとは違う……この世界に前向きな目的なんてない。それでも何かをしなければ2人の存在が否定されるような気がして……自分なりに頑張ってきたつもりだったんだ」

 

 だから死ぬことを目的に設定した。死ぬまでの過程で自分の命の価値をできる限り上げること。これを意識して行動すれば、少なくとも表面的には前向きに生きているように見える。

 

「あなたの気持ちが分かるとは言えない……でも、今の国土には見えていないものが多くあるはずよ。あなたには他に何もないの? その2人以外に、大切だと思える相手がいなかったの?」

 

「それは……」

 

 もちろん志雄だって分かっている。亜耶を残していくことに罪悪感はあった。だからこそ彼は芽吹達にできる限り協力した。彼女達が妹を支え、守ってくれることを期待して。

 

「それがズレていると言ってるんですのよ。いくら私達が強くなって、亜耶さんと仲良くなれたとしてもあなたの代わりは務まりませんわ。たった1人のお兄様なのでしょう?」

 

「でも、僕は……」

 

 志雄から見て、芽吹達と亜耶の距離はかなり近かった。数年会っていなかった状況をも利用して、亜耶の中で防人が占める割合を大きく増やそうとしたのだ。

 

「バカなの……? 国土は大切な人にそんな順位付けはしない。私たちの存在が大きくなったからって、それで国土兄の存在が小さくなるなんてことはあり得ない……」

 

「それでも、僕じゃダメなんだ……一度泣かせてしまった僕では……」

 

 鋼也の報せを受けた時、志雄と亜耶は一緒にいた。だから妹が泣き崩れる姿もよく覚えている。その時兄である自分には何もできなかった。手のひらからこぼれ落ちた喪失感で動けずにいた。流れる涙を拭うことも、震える小さな身体を抱きしめてやることもできなかった。

 

「大好きな人を2度も失って、泣いている妹に何もしてやれなかった。そもそも僕がもっと早く話していれば……少なくとも亜耶だけは鋼也に会うことができたかもしれないんだ」

 

 下らない意地でそのチャンスを奪い取った。その罪悪感もあって、志雄は亜耶と向き合うことを避けた。死に逃避したとも言える。

 

「だーかーらー! それも含めてちゃんとお話ししなよって言ってるんだよ! どうして1人で勝手に結論を決めつけるの? 何年も会わずにいたクセに、あややのことを分かってる気になって逃げ続けて……そんなのは責任感でも何でもない、臆病なだけだよ!」

 

 言い訳を繰り返す志雄の醜態に、珍しく雀が語気を強めて詰め寄る。いつもネガティブな発言を繰り返す雀だが、実は彼女はそんな自分のことを嫌ってもいる。強い人だと信じていた人物が、いつもの自分のように泣き言を重ねて俯いている姿に、同族嫌悪が止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

「"生き残った責任"とか考えてるのかもしれないけど、その前にあなたはまず"兄としての責任"を果たすべきよ……亜耶ちゃん!」

 

 芽吹が入口の方に声を掛けると、溢れそうな涙を必死にこらえて震えている妹、国土亜耶が入ってきた。

 

「亜耶……!」

「お兄様……」

 

「後は2人で話しなさい……行くわよみんな」

 

 すれ違いながら亜耶に激励を送り、防人達が退室していく。最後に残った芽吹が扉に手を掛けて立ち止まる。

 

「……あなたにどんな思惑があったにせよ、私が助けられたのは事実。ありがとう、国土。あなたのおかげで助かったわ」

 

 ずっと言いそびれていたお礼の言葉を告げて、今度こそ芽吹も部屋を出て行った。

 最後に、芽吹はどうしても知っておいてほしかった。志雄には自分で思っているよりもずっと大きな力があることを。それを正しく使えば誰かを救うことができるのだと。

 

 

 

 

 

 

 

「お兄様にとって、私は何でもない存在だったのでしょうか?」

 

「そんなことはない! ただ幸せになってほしかったんだ。そのためには、僕は邪魔になると――」

「バカにしないでくださいっ‼︎」

 

「……あ、亜耶?」

 

 突然の大声に言葉を詰まらせる志雄。いつも穏やかな妹が声を荒げるところなど初めてだったからだ。

 

「確かに香ちゃんや鋼也くんのことは悲しかったです。今でも思い出すだけで泣きそうになります……だからこそ、お兄様にはそばにいて欲しかった、それ以上に幸せでいて欲しかったんです!」

 

 ずっと思いつめた顔ばかり見せる兄の笑顔を、妹もまた心待ちにしていた。似た者兄妹だったということだ。

 

「もういいです。分かりました。ちょっとワガママな言い方になるかもしれませんが……」

 

 いつまでも目を合わせようとしない志雄に業を煮やした亜耶。若干顔を赤くして深呼吸、長く封印してきたスイッチを切り替える。

 

「聞いて……()()()()()()……!」

 

「亜耶……?」

 

「鋼也くんのことが起こる前のおにいちゃんは楽しそうだった。その頃も滅多に会えなかったけど、充実してるのが分かったから何も言わなかったの。いつか全部教えてくれるって……ホントはすごく寂しかったの、我慢してたんだよ?」

 

 いつもの丁寧で礼儀正しい亜耶ではない。国土志雄の妹の亜耶として、兄と向き合っている。昔のように、遠慮を捨てて裸の心をぶつけることでしか、この兄妹は分かり合えない。

 

「あの日だって……ホントは縋り付きたかった。慰めて、励ましてほしかったけど、我慢した……おにいちゃんも辛いんだって。なのにいきなりいなくなって……私が、どれだけ、心配……したか……!」

 

 言葉の途中でとうとう泣き崩れてしまう亜耶。焦った志雄は気まずげに周りを見渡して一瞬躊躇したが、やがて恐る恐る手を伸ばし、その真っ直ぐな涙を指で拭い取った。

 

「おにいちゃんの手……久しぶり。やっぱりあったかい……」

 

 伸びてきた兄の右手を掴み、頰に擦り付ける亜耶。こうして触れ合うこと自体、香の件が起きて以来だった。

 

「おにいちゃんはあったかいもん。ちゃんとここにいるよ。だから死んでるはずだったとか、生きる意味がないとか、寂しいこと言わないで」

 

「亜耶……僕は……」

 

「私は今も昔も、おにいちゃんにそばにいて欲しいって思ってる。それが無理ならせめて、笑って生きていて欲しい。だから、自分が生きていること自体を責めるのはもうやめて。生きてちゃいけない人なんていないんだから」

 

 ずっと目をそらし続けてきた亜耶の願い。それと向き合ってしまえば、然程心が強くない自分の決意は必ず崩れる。それが分かっているからこそ志雄はずっと逃げてきた。亜耶の願いを却下したことなど一度だってないのだ、この兄は。

 

「それに、おにいちゃんは1つ忘れてるよ。鋼也くんは死んだわけじゃない……捨て鉢になるのは早すぎるよ」

 

「……! それは……」

 

 志雄が目を逸らしてきたもう1つの事実。鋼也が目覚める可能性。志雄はもう会えないと決めつけて覚悟を固めていたが、確かにまだ鋼也の心臓は動いている。

 

「でも、もう2年もあのままだ。目覚める予兆もないって……」

 

「だけどそれはこの先ずっとそうだとは限らないでしょ? 私もちゃんと話を聞いたけど、何もかもがイレギュラーだから何が起きてもおかしくないって」

 

 それは明日急に命を落とす可能性も示唆しているが、同時に明日急に目を覚ますと可能性もあるということ。全てはまだ決まっていないのだから。

 

「鋼也くんが強い人だって、私もおにいちゃんもよく分かってるはず……私達が信じなきゃダメだと思う」

 

「亜耶……強くなったな」

 

「どんどん先を進むおにいちゃんに追いつきたくて、頑張ってきたもん!」

 

 フン、と胸を張る亜耶。微笑ましいだけで力強さや頼もしさは醸し出していないが、志雄は確かに妹の成長を感じ取った。ずっと目を背けてきたから、今日まで気づかなかった変化だ。

 

「コホン……ねえ、おにいちゃん……」

 

 小さく咳払いをして、亜耶が改まった様子で口を開く。今にも沸騰しそうな真っ赤な顔で、それでもしっかりと両眼は志雄を見つめている。

 

「どんな形であっても、おにいちゃんが生きててくれたことがすごく嬉しい。これが、私の本心……です」

 

「亜耶……君は……」

 

「だ、だから! もう勝手にどこかに行かないで……私を1人にしないで……お願い、します……」

 

 そこまで言って羞恥心の限界が来たらしい。亜耶はピューッと木枯らしのように勢いよく部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(そういえば、昔は甘えたがりな子だったな。忘れていた……いや、甘えられなくなったのか)

 

 兄としての責務を放棄していたことにようやく気付いた志雄。改めて自分を見つめ直していた彼の端末に業務連絡が届く。

 

「G3-X……装着者選抜?」

 

 身体は予定通りに回復してきている。問題は心……もう一度戦う理由をその胸に宿せるかどうか。他の候補がいるのなら、この区切りに戦列を離れることも考えられる。

 

(僕がここにいる理由……僕でなければならない理由……)

 

 志雄が再び立ち上がるためには、オンリーワンの譲れないものが必要だった。

 

 

 

 

 

 

 




夕海子「狙い撃ちますわ!」

シズク「反射と思考の融合だぁ!」
しずく「分かってる!」

芽吹「私が……私達が、防人だ!」

何故かソレスタルなんちゃらっぽくなった防人の皆さん。こうなると雀ちゃんもなんか考えたいけど、共通点が見つからない……防御が固いところとか?
そしてどんどん面倒な子になっていく志雄くん。ここからどう持っていこうか悩んでいます。

今週は小説に時間を割けなかったのでこの先はまだ描けていません。今週は1話のみとさせて頂きます。申し訳ありません。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに


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Trial

G3-Xは誰の手に⁉︎編です。
 


「はじめまして、三好春信です」

 

 明らかに歳下のこちら側にも礼節と愛想を欠かさない完璧な挨拶。志雄はこの一言だけで目の前の人物の優秀さを感じ取った。

 

「話は聞いてるかな? 今度のG3-Xは──」

 

「聞いています。実戦向きに強化した機体が完成したから、改めて正装着者を決めるんですよね」

 

「──そう。もちろん経験者の君がそのまま引き継ぐのが一番面倒がない。だけど上はここ最近のG3ユニットの成果に注目していてね。アップデートはちょうどいい機会として、最も適した人材を選定しようということだ」

 

 それはつまり、志雄は適任ではないと判断された、ということになるが……志雄はその点については異論はない。自分が力を持つに足る人間だとは到底思えなかった。

 

「資料には複数の候補者が選ばれたとありましたが、あなた以外の候補者は?」

 

「ああ、それについてはもう終わっているんだ。君がまだ完治していないこと。プロジェクト立ち上げから装着者として従事してきたことも踏まえて、国土くんには特別枠が設けられている。いわばシード選手だね」

 

 これまでの功績を認め、志雄は最終選抜までは合格したものとみなし、それ以外の候補者が一次選抜からふるいにかけられていく。そうして残った最後の候補者が、目の前にいる春信ということらしい。

 

「君の傷が完治して、リハビリ期間も含めて2週間後……厳しいスケジュールになるが、それ以上は引き延ばせないらしくてね。そこで最終選抜が行われる。内容はシミュレーターでの直接対決。互いにG3を装着した設定で1対1の模擬戦闘だ」

 

「……それはまた、随分と偏った試験内容ですね」

 

「ハハ……元々はアンノウン鎮圧シミュレーションのスコアで競う予定だったんだけどね。君は最高成績をすでに出しているだろう? 私も先日同じ記録を出してね。これでは勝敗が決まらないということで代案が出されたんだ」

 

 何のことはないといった様子で語られた言葉に、志雄は絶句した。装着者の志雄であっても、あのシミュレーターのフルスコアは実戦経験を積んで、本当に最近になってようやく取れたものなのだ。

 目の前の男がG3に関わってからの期間は、恐らく1ヶ月もないだろう。それで最高得点で並ばれたとしたら、優秀などというものではない。並外れた才覚に、それを腐らせないだけの努力を積んだ、本物の強者、まさに"麒麟児"と呼ぶに相応しい。

 

「今日は挨拶に来たんだ。どちらが選ばれるにしても、お互い全力を尽くそう」

 

「……あなたの方が、いいのかもしれないな」

 

「えっ?」

 

「いえ……聞いてもいいですか? G3-Xを求める理由について」

 

 誤魔化すように問いかける志雄。しかしこれも聞いてみたいことではあった。自覚できるほどに不安定になっている今の自身のメンタル。それを立て直す参考になればと考えたのだ。

 

「……まあ、命令を受けたっていうのはあるけど、私自身のモチベーションとしては……これで妹と同じように戦える、ということかな?」

 

「妹……? そうか、三好って……」

 

「そう。現勇者の1人、三好夏凜は私の妹でね。少し素直になれない部分はあるが、真面目で優しい可愛い子なんだ」

 

 そう言って微笑む春信の顔に嘘はない。心から妹を愛し、妹の身を案じているのが伝わってくる。

 

「そんな妹が危険な役目に就いている。代わってやりたくても私は勇者にはなれない。しかしG3、これは素晴らしい。資格の有無を問わず、誰もが戦う力を持てる。これならば私も夏凜と同じ戦場に立てる……とまあ、個人的な理由としてはこんな感じだね」

 

 私情を挟んで申し訳ないが、と苦笑する春信。志雄には迷いなく言い切る彼のことがまぶしく見えた。

 

「……もしかして君は、自分が戦う理由に悩んでいるのかい?」

 

 反応が芳しくない志雄を見た春信が鋭く切り込む。図星を突かれた志雄は返答に窮し、曖昧に頷いた。

 

「そうか……確かにこんな役目はあまりに常識離れしすぎている。まして君はまだ子供だ。大まかな経緯も知っている。無理もない話だと思う」

 

 薄く微笑み、言い聞かせるような語り口の春信。年長者として悩める若人に伝えるべき言葉を吟味している。

 

「だけどそれなら、君は戦士になるべきではないかもしれないな」

 

「──っ! それ、は……」

 

「目的のない力ほど危険なものはない。周囲にもそうだし、君自身にも良い結果はもたらさないだろう。ゴールも定めずにマラソンのスタートを切るようなものだ。いずれ破綻するのは目に見えている」

 

 すでに一度破綻した結果が今の志雄だとしたら、その警告には確かな説得力がある。

 

「もちろん君が決めることだ。戦士になるというなら止める気はない……ただ、数少ない戦士の枠に入って戦うということは、自分以外の多くの命に責任を持つということだ。芯を持たない不安定な人間には難しいし、辛いだけだと私は思う……経験者の君には、釈迦に説法だろうけどね」

 

「それは……」

 

 言葉に詰まる志雄を見て、春信は言葉が過ぎたと謝罪して立ち上がる。

 

「確か国土くんにも妹さんがいるんだったね。それならば私の気持ちが分かるかもしれないし、逆に家族の安全を願う妹さんの気持ちを慮ることも考えられるのかもしれない……どんな結論だろうと私は応援するが、相対する時には手加減はしない。覚えておいてくれ」

 

 最後まで朗らかに爽やかに立ち去る春信。心を覗き込まれたかのように的確な言葉を残していった彼に、志雄は冷や汗が止まらない。

 

(あの人と争うわけか。本当の強さを宿し、こちらの方もちゃんと調べて……その上で、()()()()()()()忠告してきた)

 

 ライバルへの牽制といった邪心は一切感じ取れなかった。あくまで1人の大人として、1人の子供を案じて言葉を掛けてくれていた。それが分かるこそ、志雄は悩んでいた。

 

(あの人よりも上手くやれる自信はない……降りるべきなのか? ──いや、この考え方がダメなんだな)

 

 そこまで考えた時、志雄はようやく自分の悪癖を自覚した。これを直さない限り、いつまで経っても前には進めない。

 

("べき"だの"はずだった"だのと、結果だけを見た上からの視点でモノを考えすぎだ。たかがちっぽけな人間1人、全てを背負うような真似はできない)

 

 元々志雄は自分達が引き継ぐことになっていた西暦の英雄。その伝説に憧れていた。その神話に一瞬手が届きそうになった経験もあり、どこか自分達を特別視していた部分があった。

 

(いつまでも"特別"に縋り付くな……何もなくなって、それでも生きてる。向き合って生きていかなくちゃいけないんだ)

 

 その結果、"できる"という可能性や"やりたい"という自分の希望よりも"やるべき"、"やらなきゃ"という義務感や責任意識が先に立ってしまっていた。これが志雄の視野を狭め、道を見失わせた1番の要因だ。

 

 自分に対する色眼鏡を外すことで、彼は初めて自分の中にある剥き出しの願望と向かい合うことができた。

 

(友達も過去も関係ない。今の僕が本当にやりたいことは……なりたい自分は……)

 

 ──いずれ部隊一の戦士になって功績を大社に認めさせてみせます!──

 ──オレはクソみてぇな親や周りの連中からしずくを守るために生まれた。それはこれからも変わらねぇ──

 ──未来のために今できることを懸命に果たしてきた誇りある戦士の名だと、証を立ててみせるわ──

 ──私は弱虫で泣き虫で自分が1番大切だから、それを実現することができないの──

 

 防人達はそれぞれの目的を持って戦っていた。同じ目標を持って一致団結しているのも確かだが、その"目標"を志す前に立つ"目的"は、きっと32人に32通りのものがそれぞれあるのだろう。

 

 ──自分が生きていること自体を責めるのはもうやめて。生きてちゃいけない人なんていないんだから──

 

 そして亜耶。彼女はあれだけのことがあってもブレることなく今ここにある大切なものを見つめ続けていた。兄のようにヤケになるわけでもなく、思い出に浸って現実逃避に走るのでもなく。あくまでも悲しみは胸に秘めて、できることに全力を尽くす。それこそが生きる者の務めだと、彼女はちゃんと分かっているのだ。

 

(みんなはそうして今日を生きている。僕にだって──)

 

 目を閉じて内なる世界で光を探す志雄。そうして己と向き合って、志雄が見つけた答えは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故ですか⁉︎ 亜耶ちゃんを壁外に連れて行くなんて──」

 

「今度の任務は偵察や調査ではなく、本格的な反攻です。そのためには巫女の帯同が必要不可欠。それだけです」

 

「それだけって、あなたは──!」

 

「あなた達が守ってみせなさい。犠牲を出さずに任務を遂行する、でしたよね?」

 

 温度のない声で挑発をしてきた神官──安芸真尋に、隊長である芽吹は怒りを隠さずに宣言する。

 

「上等です! 誰1人死なせずにその反攻とやらを終わらせてみせますよ」

 

「ええ……期待しています」

 

 その最後の一言には、仮面の奥に秘めた本音が乗っていた……ように芽吹には聞こえていた。

 

「あなた達のためなんかではない。亜耶ちゃんのため、仲間達のため……あとは私自身と、あの素直になれないダメ兄のためです」

 

「そうですか。しかしタイミングが悪かったですね。神託があった決行の最適な日取りは、G3-Xの装着者選抜と重なっています。彼抜きで動くしかありません……彼が戦うことを選ぶならの話ですが」

 

「構いません。お互いの戦いをするまでです」

 

 芽吹の言葉に迷いはない。志雄が立ち上がることを確信しているようだった。

 

「おや、彼がこのまま降りるのでは、という危惧はないのですか?」

 

「心配はいりません。何故なら──」

 

 芽吹の端末が震える。メッセージの差出人を確認すると、そこにあったのは"国土志雄"の名前。芽吹は小さく笑みを浮かべて断言する。

 

「可愛い妹にああまで言われて、黙って引き下がるような兄はいませんから」

 

 楠芽吹は、国土兄妹のそれぞれを想う気持ちの強さを知っていた。2人の絆を信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで? わざわざ呼び出してどうしたの?」

 

 指令を受理したその足で病室に向かった芽吹。彼女を出迎えた志雄の目にはこれまでにない光が宿っていた。

 

「話は聞いた……僕の選抜と同じ時間に亜耶も連れた任務があるんだろう?」

 

「耳が早いわね。私もさっき聞いたのに……亜耶ちゃんのことなら心配しないで。必ず──」

 

「何かあればすぐに連絡をくれ。最短で終わらせて援護に向かう」

 

 志雄は語調を強くして言い切った。G3-Xに挑み、そして必ず手に入れるという宣言だ。

 

「随分と目の色が変わったように見える。心境の変化でもあったの?」

 

「いや、思い出しただけさ。自分の望みを」

 

「そう。なら、本当にマズくなったらアテにさせてもらうわ。もちろん私たちも全力を尽くすけどね」

 

「ああ、信じるよ。君と君達の強さを」

 

 そう言うと、志雄は深く息を吐いてベッドから立ち上がる。なんの補助もなしの運動はまだしていなかったが……

 

「ちょっと、大丈夫なの⁉︎」

 

「──っ……ああ、問題ない。何せ時間がないからな。グズグズしていられない」

 

 脂汗をかきながら痛みを堪える志雄。やせ我慢なのは明らかだったが、何もしなければ何も得られない。志雄は自分が認め、同時に憧れた戦士である芽吹に己の覚悟を示したくて呼んだのだ。

 

「お互いの全力で亜耶を……大切なもの全てを守り抜く。いいかな?」

 

「……ええ。何も犠牲にはしない。そこだけは決してブレてはならないもの、分かってるわ」

 

 笑みを浮かべて拳を合わせる2人。この残酷な世界で、それでも彼らは"全て"を守ることを諦めなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(この男、見れば見るほど弱点がない。麒麟児の称号はダテじゃないわね)

 

 真澄は自室で春信の戦闘記録を確認していた。彼と志雄のどちらかが現時点における自分の集大成を使うことになる。ここまで二人三脚でやってきたという贔屓目を抜きにしても、志雄以上の適任はいないと考えていたのだが……

 

(一条、杉田、桜井、氷川、北条、小室……候補者はいずれも格ある名家のエリート達。そんな彼らに圧倒的大差をつけてトップに立った三好春信。1番厄介なのはこれだけの実力がありながら一切の隙がないところ)

 

 選抜開始から彼は一貫して首位を取り続けた。全行程の半分を終えた段階で次点の一条や氷川との差は歴然。ここまで来れば多少の油断や慢心、またはペース配分を考えて手を緩めようという考えが浮かびそうなものだが、春信にはそれがない。徹頭徹尾全身全霊。それができるだけの精神力とスタミナ。これに打ち勝つのは容易ではない。

 

「小沢さん!」

 

「……国土くん?」

 

 そんな真澄の危惧を跳ね除けるような勢いで部屋に駆け込んできた志雄。まだ全快とは言い難いらしく、病室からここまでは然程長くない距離だが、肩で息をしている。

 

「三好さんの記録を見せてください。小沢さんなら、持ってますよね?」

 

 そこにあるのは純粋な信頼。真澄がこの急すぎるトラブルにも対処を進めていることを確信している眼差し。少なくとも心の方は調子を取り戻した志雄を見て、真澄はホッと安堵した。

 

「もちろんよ。全体の映像記録と、リザルトをまとめて分析をかけたパーソナルデータも出力済み……さて、あなたはここからどんな勝ち筋を見出してくれるのかしら?」

 

「勝ちますよ。G3は小沢さんと僕で作った明日のための力だ。行き着くところまで面倒を見ます。投げ出したりはしない」

 

 そのまま分析と作戦会議に没頭する2人。結局その日、真澄の部屋から明かりが消えることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2週間後、Augmented Reality(拡張現実)の技術を利用したシミュレーションルームでは2人の候補者が対峙していた。

 模擬実戦用の装備に身を纏い、特殊なディスプレイ越しに外を見ている両者の視界には、お互いに相手がG3を装着している姿が見えている。

 

「身体の方は問題ないようだね……それで、答えは見つかったのかな?」

 

「いえ、僕でなければと言うハッキリとした動機付けは、結局できませんでした」

 

「……そうか」

 

「でも、思い出したんです。自分の望みを」

 

「望み、かい?」

 

 まるで教師に相談する生徒のように穏やかな空気が両者の間に流れる。

 

「僕はただ、力がない自分が悔しかった。強くなって、妹を守ると胸を張って言えるように……あの2人に誇れるようになりたかったんだ」

 

 最初に願ったのは、本当に彼が望んだのは……大切な人達に顔向けできる自分であること。そこに罪悪感やサバイバーズギルトが重なっておかしな方向にねじ曲がってしまったのだ。

 

「先に逝った香が安心できるように……いつか目覚める志雄に堂々と会いに行くために……努力してきた亜耶の兄を名乗り続けるために……僕は生きて戦う」

 

「それが君の答え、君の理由かい?」

 

「はい。僕が生き残った理由は、戦いながら探す。見つからなかったら、その時自分で作ればいい。まず大事なのは立ち上がることだったんだ」

 

 誰に認めてほしいわけでもないくせに、万人が納得するような行動原理を求めて迷走していた志雄。しかし今の彼は違う。妹や仲間達を見習って、心の声に従って前を向いている。

 

「だから、あなたには悪いが……G3-Xは僕が使う」

 

「そうか……君が再び立ち上がる力を取り戻したのなら、まずはそれを喜ぼう。ただしそれと選抜は話が別だ。誰もが使える戦士の力……これを持って、私は戦場に立つ。妹と同じ場所に」

 

「三好さん、あなたには感謝しています……ですが、負ける気はありません。僕の全てを使って、勝ってみせる」

 

 互いに勝利を宣言して構える。相手がいかに好ましい人物であっても、枠は1つ。力に手が届くのはどちらか1人だけだ。

 

 

 

『さて、そろそろいいかしら? 2人とも開始地点についたわね……それじゃG3-X装着者選抜、最終試験……開始‼︎』

 

 真澄の号令と共に開始のブザーが鳴り響く。それを聞くや否や、2人のG3はほとんど同時にスコーピオンを展開、正面の敵に斉射した。

 

「──っと、危ない危ない」

(2……4……)

 

「ちぃっ! なんだってこんなに慣れてるんだこの人!」

 

 春信の方が僅かに早く発砲し、その結果志雄は数発着弾し、一方の春信は全弾回避した。この時点で志雄は確信した。実戦経験を持つ自分よりも、春信の方が戦闘技術は上であることを。

 

 戦闘フィールドとして設定されているのは無人の機械工場。開いたスペースと遮蔽物が多いスペースが乱立している戦場では咄嗟の機転と対応力も試される。戦士としての能力差を悟った志雄はイレギュラーな要素を増やすべく機械類やパイプが多いスペースに移動する。

 

「そう来るか……だったら!」

 

 入り組んだ場所に逃げ込んだ志雄を冷静に追う春信。適当に銃を連射して牽制……と思いきや、その銃弾は機械や床に反射して志雄の右肩に直撃した。

 

(まさか、跳弾攻撃……⁉︎ 小器用なんてレベルじゃないぞ)

 

 プレス機の陰に座り込んで身を隠す志雄。跳弾は一時期志雄も練習して、結局形にはならなかった超高難度技術。それをあっさりと成功させた相手に戦慄を隠せない。

 

「このっ!」

「無駄だよ。我武者羅な射撃は弾の無駄遣いだ」

(10……16……)

 

「……それはどうかな?」

 

 正面から撃つしかない志雄の弾丸はあっさりと見切られて当たらない。しかし志雄の狙いは春信ではない。その後ろのガスパイプだった。

 

「おっと……目くらましか」

「もらった!」

 

 留め具を撃ち抜かれたパイプが折れ曲り、春信の視界を塞ぐように白いガスが噴出する。その煙幕に紛れてデストロイヤーを構えた志雄が距離を詰める。射撃では勝てないという割り切った判断だった。

 

(なるほど……銃はともかく、G3の近接武装は他ではまず使わない……その慣熟訓練の差を詰めてきたわけか!)

 

「思った通り、こっちの腕は銃ほど冴えてないな!」

 

「確かにね……でも、それで負ける気はないよ!」

(あと、54発か……)

 

 扱いにくいチェーンソー、それも振り回すのが難しい閉所での戦闘に持ち込むことで技量の差を埋めた志雄の策。それがうまくハマり、2人のぶつかり合いはほぼ互角にまで持ち込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あやや、身体の調子悪かったりしない?」

 

「大丈夫です。お気遣いありがとうございます、雀先輩」

 

 同時刻、亜耶を連れて壁外任務に出た防人部隊。指定のポイントに"種"を植えることで、四国の外に人類側の陣地を増やすための重要な任務だ。その儀式のためには巫女の同行が必須。そのために亜耶が灼熱に耐え得る"羽衣"を備えて壁外に出てきたのだ。

 

「今頃、お兄様も全力を尽くしているはず……私も頑張らなくては!」

 

「そうですわね。きっちり終わらせて、胸を張って帰りましょう」

 

 後々陣地を広げるための第一歩である今回は、目的地は結界からそう遠くない。接敵することなく到着できそうだと芽吹がレーダーを確認した、まさにそのタイミングで。

 

「ポイントに敵性確認……! まさか、待ち伏せされてたの⁉︎」

 

「オイオイ、前にもあったぞ似たような流れ!」

 

 即座に亜耶を守ることを重視した陣形を展開する防人。彼女達が目指していた地点には、複数の強敵が待ち構えていた。

 

 前回の任務で逃げ延びたクラゲ型のアンノウン『ヒドロゾア・イグニオ』

 同じくG3に受けた傷を癒して再び現れた蠍座の『スコーピオン・バーテックス』

 その時に志雄が撃破した個体と同種のハチ型アンノウン『アピス・ウェスパ』

 そして、かつて何度もスコーピオンと組んで勇者を脅かしてきた強敵。蟹座の『キャンサー・バーテックス』と射手座の『サジタリウス・バーテックス』

 

 

 

「流石に、撃退するのは無理があるわね」

 

「うひ〜……どうしよどうしよ、とにかくあややを守らなきゃ……」

 

「数が多いですわね。狙い撃つにしても、この状況では……」

 

「チッ、国土の奴がいてくれりゃあな」

 

(皆さん……お兄様……!)

 

 目的地はスコーピオンの足元。待ち受けるは五体の異形。身を守る術すら持たない亜耶を抱えて、圧倒的に不利な戦闘が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 開始から数十分が経過し、2人は共に戦いの終わりを察知していた。

 

(こっちの耐久値は限界に来ている。そして与えたダメージ量はほぼ互角)

 

(なら、向こうも同じだけ消耗している。おそらくあと数発で決着だ)

 

 このシミュレーターには対戦ゲームのように耐久限界が設定されている。受けた攻撃の威力や損傷箇所によってダメージの結果は変動するが、最終的には相手の耐久値を削り切ることで勝利となる。自分の耐久値については視界に表示されているが、相手の耐久値については戦う中で大まかに想定するしかない。

 

「よくやったよ……だが、ここまでだ!」

 

「クッ……まだだぁっ!」

 

 春信のデストロイヤーが胸部を一閃。一気に志雄の耐久値を削っていく。一方の志雄もやられるばかりではない。仰け反り、後ろに倒れこみながらもスコーピオンを2連射(ダブルタップ)。春信の左腕と左肩を撃ち抜いた。

 

 撃たれた左半身を引いてデストロイヤーを突き出す春信。

 尻餅をつきながらスコーピオンを構える志雄。両者は同時に動きを停止した。

 

「ふぅ……大したものだな、君は」

「そちらこそ。G3に触れて1ヶ月とは思えない」

 

 春信の刃は志雄の首元を捉え、同時に志雄の銃口は春信の腹部、システム上重要なベルトに向いていた。互いにすぐにでも一撃を入れられる体勢。そして両者共に耐久値は一桁まで減っていた。

 

「しかし今回は私の勝ちは決まっているよ」

「……まだ、分からないのでは?」

「とぼけなくていい。弾丸、残っていないのだろう?」

 

 春信はここに至るまでの数十分、志雄が撃ち放った弾数を正確にカウントしていた。残弾数が表示される自分の武器ならまだしも、敵が何発撃ったかなど、目まぐるしく変化する戦況の真っ只中で把握するのは至難の業。まして志雄はリズムを狂わせるためにセミオート射撃とフルオート射撃を織り交ぜて撃っていた。

 その中で、春信はスコーピオンの装弾数72発を撃ち切るまでそのカウントを継続しながら戦闘を続けていた。時に目で弾丸を追い、体勢的に無理がある時には耳で発砲音を聞き分ける。そして弾切れを確信したこのタイミングで本格的にトドメを刺そうと刃を突き立てたのだ。

 

「どうかな? トリガーを引くまでは……カードを開くまでは、勝負は決まりませんよ」

 

「その通りだ。ではショウダウンといこうか。私と君、どちらが出し抜けたのか……これで決まる!」

 

「──っ!」

 

 

 

 2人は同時に動き出し、決着は一瞬だった。

 

 勝者が腕を下ろし、敗者が崩れ落ち、終了のブザーが鳴り響く。

 

 戦闘時間32分40秒。G3-Xの装着者が決定した。

 

 

 

 




1つの戦場で決着がつき、もう1つの戦場では今まさに大ピンチ。

ちょっと後引く形で区切ってしまいましたが、残念ながら今週もここまでになります……というか、ちょっと筆の進みが遅くなってきました。週一ペースは維持したいと思いますが、これ以上減速する可能性もあります。申し訳ない……

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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Identity

今作もはや1周年。話数も112話!(単純計算で3日に1話ペース。我ながら悪くないのでは?)
こんなに続くとは私自身思いませんでした。むやみに遠大で全体像がフワフワした進みが遅い拙作にお付き合いいただきありがとうございます。今後もよろしくお願いいたします。

G3-Xの出番がようやく来ました。名前が出たのが5話。ここが8話。引っ張ったなぁ……
 


 シミュレーションルームに終了のブザーが鳴り響く。勝利したG3がゆっくりと構えを解いて緩やかに立つ。その視線の先には、敗北したG3が倒れている。

 

 シミュレーターが停止して何の変哲も無い部屋に戻り、2人もインナースーツ姿に戻る。両者は同時にヘルメットを外して目を合わせる。

 勝利して立つのは国土志雄。敗北して倒れるのが三好春信。最後の最後で、少年は格上を相手に見事な逆転を果たした。

 

「……聞いてもいいかな。何故、君の銃に弾が残っていたんだ?」

 

「ああ、簡単なことですよ。1発だけカモフラージュしたんです。こうやってね──」

 

 ゆっくり上体を起こした春信に向けて指で銃の形を作る。疑問符を浮かべている彼の額に狙いを定めて……

 

「──Bang‼︎」

 

 志雄の口から銃声が飛び出す。それはスコーピオンの発砲音を完璧に模倣しており、目の前で口を動かしていたのにも関わらず、春信ですら撃たれたのかと錯覚してしまうほどの完成度だった。

 

「僕は声帯模写が得意なんです。あなたも僕のことは調べていたようですが、大社の筋からじゃ趣味・特技の欄があるような可愛げのある履歴書はなかったでしょう」

 

 志雄からすれば日常的に聴き馴染んだ愛銃の発砲音。声帯模写を得意とする彼にとって真似るのは容易な音だ。春信の視界がこちらを捉えていない、耳でしか捉えられないタイミングで。さらにフルオート射撃の間に挟み込めば、まず判別はできなくなる。

 

「あなたのこれまでの選抜の映像を見て、恐ろしく洞察力がある慎重派であること、敵味方の残弾数を逐一把握しているのは分かりました。それに打ち勝つには、最低でも同じ条件に持ち込まなければならない。しかし僕にそんな器用な真似はできない」

 

「……だからあえて私が正確にカウントすることを前提に策を練った、というわけか」

 

 相手が秀でているのなら、それを利用する。敵の能力を前提として作戦を立てる。これまでの経験を踏まえて、志雄の思考は柔軟さを増している。元々考えて動くタイプであり、戦術眼にも長けていた彼の長所がますます伸びていく。

 

「ある程度食らいつくことさえできれば、慎重なあなたは万全を期すために弾切れを狙ってくる。それさえ分かっていれば動きの予想も立つし、詰めてくるタイミングもこちらで計れる」

 

「なるほど。戦況を把握しているつもりが、戦いの流れをコントロールされていたのは私の方だったということか。参ったよ、完敗だ」

 

 志雄の手を借りて立ち上がる春信。負けたにもかかわらず、その顔には悔いも憂いも見られない。それどころか戦う前よりもスッキリした、胸のつかえが取れたような表情をしていた。

 

「2人ともお疲れ様です。素晴らしい勝負だったと思います」

 

「というわけで、G3-Xの装着者は国土志雄。異存はないわね?」

 

 外から様子を見ていた真澄と真尋が降りてきた。真澄の手にはG3のものと同型の携帯端末。これがG3-Xの制御装置となる。

 

「国土くん、受け取りなさい。使用者の設定は済んでるわ、エントリーコードも含めてね」

 

「ありがとうございます、小沢さん……でもそれって──」

 

「横から失礼します。今しがた入った情報ですが、防人達が交戦中とのこと。バーテックスが三体にアンノウンが二体……厳しい状況のようです」

 

「それは……!」

 

「優秀な人材ほど休みなしね。国土くん、G3-X出動よ」

 

「了解!」

 

 

 

 

 最低限の休息と準備だけ済ませて、志雄達はゴールドタワーの屋上に上がる。時間がないため、結界までの最短ルートを使う。

 

「基本はG3と同じだけど、スペック差や新兵装の扱いについては道中確認しなさい」

 

「戦況もリアルタイムで更新してそちらに送りますので、確認をお願いします」

 

「分かりました」

 

 最終確認を手早く済ませる志雄に、春信が声をかける。

 

「国土くん……」

 

「三好さん?」

 

「自惚れるわけではないが、君は私に勝った。大社の人員で最も強く、正しくG3-Xを使いこなせるのは君だ。それは自信にしていい……試験の前に私に言ったことを忘れずに、君が信じる戦いをしてくれ」

 

 できればいずれ妹達の助けにもなってやってほしい。そんな副音声が聞こえた気がした志雄は、力強く首肯した。

 

「任せてください……出ます!」

 

 戦いたくてもできない人はたくさんいる。それを改めて実感した志雄は勝ち取った端末をジッと見つめ、まっすぐに構える。

 

『G3-X All safety release』

 

「──変身!──」

『Acception』

 

 変身は一瞬で完了した。全体的に重厚になった各部の装甲。特に高出力化に伴って大型化したバッテリー含む背部のバックパックの変化が著しい。より力強く、より洗練された戦士としての機能美。

 

『GENERATION 3-EXTENTION』

 

 稀代の天才、小沢真澄が最新の戦闘データを取り入れて開発した強化戦士。量産化を視野に入れず、ワンオフの新機能を多数備えた特化戦力。勇者に頼らずに扱える、勇者にも劣らない新しい力。

 

「問題なさそうね? それじゃさっそく、新機能を試してみなさい」

 

「はい……スラスター起動!」

 

 端末を操作すると、バッテリーソケットの側部が可動。隠れていた噴出口から青白い炎が発生する。

 

「G3-X、行きます!」

 

 一歩踏み切ると同時に、G3-Xの青いボディが空へ舞い上がる。旧世紀の戦闘機のような勢いで飛び立った志雄は、そのまま一直線に結界を超えて姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋上に残された3人。開発者の真澄は想定通りの性能を示したG3-X満足そうにしているが、両隣の2人は驚愕しっぱなしだ。

 

「姉さん、まさかパワードスーツによる単独飛行を可能にしたんですか⁉︎」

 

「んー、単独飛行と言うには、航続距離も飛行時間も延ばせなかったけどね」

 

 あのスラスターは長時間の使用はできない。構造上メインスラスターをバッテリーのすぐ近くに装備することになった。これにはメリットとデメリットが混在している。

 ダイレクトに供給できるためにエネルギー効率は良いが、スラスターの熱が命綱のバッテリーにまで届いてしまう。長時間の使用は摩耗や損傷に繋がる危険がある。

 

 そのため、飛行というよりはジャンプやステップの延長、もしくは加速に急停止、姿勢制御といった用途に向いている。足裏や肩にもサブの推進装置を備えているため、ある程度は細かい軌道にも対応できる。

 

「それでもとんでもないことですよ。西暦以前からの人類の夢と言っても過言ではない。そして戦闘においてもその優位性は計り知れない」

 

 この頃増えてきた飛行能力持ちのアンノウン。そしてほとんどの個体が巨体と飛行能力で頭上から襲って来るバーテックスへの対処法として"こちら側にも飛べる戦力がある"というのは非常に大きい。

 

 興奮気味の2人に水を差すように、金属が転がる音がした。G3-Xが飛び立つ際に足下の地面を踏み抜いて破壊してしまったのだ。屋上の真ん中に奇妙な破壊痕が残っていた。その有様を見た真尋と春信は少しだけ落ち着いたようだった。

 

「……まあ、その辺の力加減は装着者の問題ね。その内慣れるでしょ」

 

「後で修理を手配しておきましょう……それにしても素晴らしい。真由美さんが言っていた通りですね。"小沢真澄は不世出の天才、人類全体の至宝だ"と」

 

「身に余る高評価どうも……やっぱりあなた、本部の人間じゃなかったのね?」

 

「あれ? お気づきでしたか」

 

「本部の……敵対している間柄にしては真尋の態度が柔らかかったのと、あなたからは連中みたいにおかしな雰囲気を感じ取れなかったからね」

 

 春信は今も変わらず大社革新派……篠原真由美の側近のままだ。しかし今回はあくまで敵だと認識してもらう必要があったため、事情を知る真尋にも話を合わせてもらい、立場を偽装して選抜に参加した。

 

「目的は……G3ユニット(わたしたち)がどこまでの力を持っているか、どれだけ信じられるかを当事者の視点で探ること。それと国土くんにハッパをかけること、かしら?」

 

「ご明察です。国土くんに続いて、私はあなたにも敗北してしまいましたね」

 

「へぇ……あの選抜自体は手を抜いてなかったわけか」

 

「ええ。真由美さんからの指示は仰られた通りですが、同時に"やりたいように動いていい"とも言われていましたから。

 G3-Xを手に入れたいというのは私個人の本心でしたし、そのために全力を尽くしました。結局は負けてしまいましたが。私が使うよりも良い結果をもたらしてくれると、信じられる人材を見つけられた……十分以上の結果です」

 

「そう……まあ、こちらとしては後々余計な邪魔立てをしてこないなら何でもいいわ」

 

 軽く手を振って踵を返す真澄。階下に降りようとする背中に、最後に春信が言葉をかける。

 

「それにしても、あなたも随分と信頼しているのですね。国土くんのことを」

 

「……何のことかしら?」

 

「G3-Xの端末ですよ。いくらあなたの作業が迅速でも、決着からわずか数分でパーソナライズが完了するはずがない。あなたは最初から確信していたんだ。アレを使うのは彼だと」

 

 問われた真澄は言葉を返さず、ただ強気な微笑を残して去っていった。まるで当たり前のことを大仰に言及されたことを小馬鹿にしているような反応だった。

 

 

 

 

「……本当に参りました。結果として私は、2人にとって都合のいいピエロを演じてしまったわけだ」

 

「あなたにしては珍しいわね。ここまで自分の思うように事が進まなかったのは」

 

 残った2人が脱力した調子で気安く会話する。芝居の必要がなくなった事で、語り口も柔らかくなっている。

 

「こうも私の想定を覆したんだ……この先も予想外の未来を手繰り寄せてくれると期待しましょうか」

 

「ええ。小沢室長(あの人)の底知れなさは私が保証するし……何より、大人の凝り固まった頭で考えたことを軽々しく超えていく。子供はいつだってそういうものだから」

 

 日に日に信じられる相手が少なくなっていく現状。2人は久し振りに希望を持てる存在が現れたことに、心から歓喜していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 防人の戦場では33人全員がその命を燃やして戦っていた。銃剣隊は敵の弱点を探り、少しでも有効にダメージを与えるべく試行錯誤を繰り返す。護盾隊は最優先防衛対象の亜耶と多くの仲間を守るべく一丸となって陣形を維持。戦闘力を持たない巫女の亜耶も、負傷して盾の内側に運ばれた防人への応急処置に尽力していた。

 既に種を植えて祝詞を唱えるという任務は果たされた。後は結果を見届けて離脱するのみ……その離脱のきっかけを掴むために全員ができることに努めている。

 

「わーきゃーひゃーぎゃーっ‼︎ 来る来る来るぅ! 来ちゃってるよメブ〜‼︎」

 

「いいから黙って防ぐ! あなたが捌かなきゃ隙ができないでしょ!」

 

 そんな中芽吹率いる第一小隊は危機的状況を打破するために、他の敵は仲間に任せて、スコーピオン・バーテックスを撃退するべく果敢に攻めていた。

 

「やはりあの尾の針が厄介ですわね。G3を貫いた以上、一撃貰えば私達の装備にも風穴が開くのは避けられませんわ」

 

「となると、まずはアレをなんとかしろってか……んぁ? あー……おい楠! しずくが奴の尻尾に飛び乗って叩き折れってよ!」

 

「なるほどね……なら私が仕掛ける! フォローは任せるわ!」

 

 内にこもって敵の観察に徹していたしずくからのアドバイス。バーテックスは多くが共通して持つ弱点として、上からの攻撃に対する防備が甘い。巨大であり、なおかつ空を飛べる個体が多い弊害であるが、天の神が遣わした存在としての驕りから成る欠点とも取れる。

 

「弥勒!」

 

「分かっておりますでございますことよ!」

 

 シズクと夕海子が左右に回り込んで足元を攻めて動きを止める。小賢しい攻撃に痺れを切らしたスコーピオンが尾を突き出す……4人の狙い通りに。

 

「なんで私がこんな身体張ってるの〜⁉︎」

 

 文句を言いながらも尾の先端に回り込んで盾で防ぐ雀。当たる直前に針の上から盾を振り下ろして押さえ込むように地面に突き立てる。防御に熟達した雀だからできる手段で、敵の主力武器を封じ込めた。

 

「よくやったわ、雀!」

 

 後ろに控えていた芽吹が尾に飛び乗り、針と尾の接続部。見るからに脆そうな場所に銃剣を叩き込む。その刃はしっかりと入り込み、あと一歩で斬り裂ける、というところで──

 

「芽吹さん、後ろですわ!」

 

 夕海子からはスコーピオンの陰になって撃てない角度。ハチの羽音を鳴らしながら『アピス・ウェスパ』が突撃を仕掛けてきた。蠍の尾に集中していた芽吹は完全に不意を打たれて直撃、高く掲げられた尾から落下して空中に投げ出された。

 

(マズイ、身動きが──)

 

 足場もない状態で懐に迫るウェスパを捌く術がない。目の前に伸びる異形の爪に、芽吹が歯を食いしばる。

 

「らしくないな。君にそんな顔は似合わないぞ」

 

 心のどこかで待ち望んでいた声が、聞こえた気がした。

 

 

 

 ギャルルルルルルルッ──‼︎

 悍しいほどの破壊的な音と共に、目の前の異形に数えきれない数の風穴が開いていく。ハチの異形は文字通りハチの巣にされて爆散した。それを見届けた直後、横から攫うような力強い腕が投げ出された芽吹の身体を抱きかかえる。

 

 物語のお手本のような姫抱きの格好で着地。敵も味方も、あまりにも唐突かつ鮮やかな乱入者に注目して動きが止まっていた。乱入してきた青い戦士は芽吹を優しく下ろすと、肩に担いでいた大型のガトリングガン『GX-05 ケルベロス』を構え直して名乗る。

 

 

 

「G3-X──国土志雄、エンゲージ……!」

 

 34人目の頼れる仲間が、ここでようやく合流を果たした。

 

「国土……!」

「うわ〜ん、志雄さん助けて〜!」

「よくぞ来てくださいました、それが新装備ですわね?」

「オラ国土兄! 勝ったんならサッサと来やがれ、こっちは手が足んねえんだよ!」

 

 信じていた仲間の到着に防人の士気が上がる。志雄は彼女達の言葉に片手を上げて応え、戦況を確認する。

 

「楠、状況は大体把握している。まずは蠍から、だな?」

 

「ええ。あと一歩のところで邪魔が入って……」

 

「ならアイツは君が倒すんだ。これを貸すよ」

「──えっ? これ、あなたの武器じゃ……」

「防人の銃剣よりは切れ味いいはずだ。うまく使ってくれよ」

 

 端末を操作すると、亜耶の右手にデストロイヤーが展開される。これがG3-Xの新機能の1つ。防人の端末と連動、自分の武器を転送して使わせることができる。防人との連携を重視した真澄と真尋の考案だ。

 

「さぁ、行くぞ」

「えっ……って、ひゃあ⁉︎」

 

 芽吹を荷物のように肩に担ぎ上げる。さっきの優美で幻想的ですらあった対応は何処へやら。そっち方面への興味が強い防人数名から落胆の溜息がこぼれる。

 

「ちょっ、国土!」

「口を閉じろ、舌を噛むぞ!」

 

 スラスターを起動。スコーピオンの直上に飛び上がり、その尾の先端に芽吹を雑に放り投げる。銃剣を突き立てて何とか飛び移った芽吹が不満げに睨みつけるが、志雄は取り合わずに牽制射撃をしながら降下していく。

 一見乱雑で素っ気ない対応に見えるが、これは志雄なりの信頼の形だった。芽吹なら多少大雑把でもうまくやる、という信頼と、芽吹ならこれくらいやっても許してくれる、という甘え。仲間に頼ることを覚えた志雄が見せた人間らしさを、芽吹は呆れつつも理解した。

 

(まったく、今の私じゃなかったらもう一回落ちてたわよ)

 

 終わったら1発殴る、と胸に誓い、先ほど入れた傷に改めてデストロイヤーを叩き込む。2度目の攻撃で限界を超えた尾の接続部はあっさりと分断されて崩壊。今度こそ蠍の攻撃力はほぼ失われた。

 

「おっと、逃がさねえよ!」

「針をやられたら逃げの一手。あなたのやり方は前回覚えましたわ!」

「神の遣いだって言うけど、なんか親近感湧いちゃうなぁ。その逃げ腰……」

 

 スコーピオンの撤退を読んでいたシズク達が退路を塞いで追撃。一度はG3を打倒したバーテックスをたった4人の防人が撃破、消滅させた。

 

(情報通り、核がない不完全体か……)

「よし、雀と弥勒さんは護盾隊、私とシズクはそれぞれのバーテックスの方に回る。流れはこっちに来てる、殲滅するわよ!」

 

「えぇ〜、人使い荒すぎだよ。バーテックス倒したのに〜」

「一区切りごとに文句を垂れるんじゃありませんわ。ほら、行きますわよ!」

「へっ、1人で戦況を覆しやがって。いつの間にか立ち直ってるしよ、おかしな奴だぜまったく!」

 

 なんとか離脱を図っていた芽吹の指示が変わった。G3-Xという戦力、国土志雄という希望がそれだけ大きいということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「亜耶、大丈夫か?」

 

「お兄様……私はなんとも、みなさんが守ってくださいましたから」

 

「そうか……」

 

 無機質な掌で優しく妹の頭を撫でる。ここが戦場であることを忘れそうになるような穏やかな時間が2人の間に流れる。

 

「お兄様、お気持ちは決まったのですか?」

 

「ああ。ここにいるのは僕だ……勇者ではなく、三好さんでもない。ましてや香や鋼也でもない。国土亜耶の兄として、防人隊の仲間として、G3-Xの装着者として……国土志雄がここにいる」

 

 画面越しには見えないが、亜耶には兄の素顔が見えた気がした。幼い頃から彼女の理想だった、正しさと優しさに妥協しない真っ直ぐな瞳。かつての国土志雄が、数年の時を経て帰ってきた。

 

「大切なのはそれだけだ。許せないモノを討って、守りたいものを守る──」

 

 亜耶の頭に置いていた手を離し、素早く拳銃を展開して向ける。

 

「──そのために、手に入れたG3-X(チカラ)だ!」

 

 狙いは虚空。そこに今まさに転移しようとしていた『ヒドロゾア・イグニオ』の眉間を正確に撃ち貫いた。

 

「盾から出るなよ、亜耶……すぐに終わらせる」

 

「行ってらっしゃいませ、お兄様……ご武運を……」

 

 兄妹どころか夫婦のようなやり取りをして2人は別れる。志雄はイグニオに個人的なこだわりがあった。相棒でもある上司の努力を示す、絶好の機会だったからだ。

 

 

 

「この前はやってくれたな。今度は一味違うぞ?」

 

 立て直したイグニオが稲妻を落とす。前回もこの攻撃が有効だったことを覚えていたのだ。しかし、人は成長する生物。まして今回の相手は人類の最先端を切り開く天才、小沢真澄の最新作だ。

 

「──ッ⁉︎ ナ、ゼ……?」

 

「言っただろ? 違うってな!」

 

 頭上から放たれた雷光を左手で受けるG3-X。そのボディにもシステムにも些かの不具合も発生していない。全ての電流を表面で受け流して無効化した。新しい装甲は以前想定していなかった雷撃対策も完備している。

 

「さあ、お次はコイツを披露しようか。もう一度撃ってみろ」

 

 どこか楽しげな志雄が左脚にマウントした武装を取り出す。特殊警棒『ガードアクセラー』刃を持たず、攻撃力が低い代わりに頑強な近接武器。

 

 挑発を受けたイグニオが先程よりも出力を増した雷撃を落とす。元からできたのか土壇場で習得したのか、当たる直前に軌道を捻じ曲げてG3-Xの真横から雷光が迫る。

 

「無駄だ!」

 

 多少の小細工は想定していた志雄は稲妻を見切り、ガードアクセラーで受け止める。警棒は電撃の全てを吸収、帯電した。

 

「これは外の電流を内に溜め込むことができる。当然、放つこともな!」

 

 一気に懐に飛び込み、警棒を叩きつける。吸収した稲妻とアクセラー元来の電流が同時に流れ込み、耐性があるイグニオの身体を焼き焦がす。

 

『GX-05 active』

「終わりだ……!」

 

 力なく膝をついたイグニオの目前、頭部に向けて複数の銃口を束ねた攻撃的な武器が狙いをつけていた。端末の操作でケルベロスほどの大型武器も自在に取り出せる。G3-Xに隙はない。

 一瞬で吹き飛ばされるイグニオの頭。そのまま胴体、脚も穴だらけにされた異形は爆散すらせずに朽ち果てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「残り二体、このまま押し切って──」

 

「待て、なんか動きが変わったぞ!」

 

 味方が減ったことを認識したキャンサーが反射板を操作。防人全員を囲い込むように広く展開する。

 

「まずい! 楠──!」

 

「総員集合! 護盾隊は円陣を組んで!」

 

 サジタリウスの最大火力が炸裂。膨大な矢が放たれ、いくつもの反射板を経由して防人達を襲う。耐えることのない全力斉射は一分の隙も与えない。

 

「やばいやばいやばいよ! うひゃあっ、今顔掠めた〜!」

 

「どうすんだよ、このままじゃジリ貧だぞ!」

 

 離れた場所にいた攻撃要員はG3-Xがスラスターで回収。何発か食らいながらもなんとか護盾隊の陣の内側に退避して凌げているが、いずれ崩壊するのは間違いない。そうなれば真っ先に死ぬのは無防備な亜耶だ。

 

「亜耶、大丈夫か?」

 

「へ、平気です。お兄様、私のことは大丈夫ですから行ってください。私には戦いのことはよく分かりませんが、G3-Xにしかできないことがあるんですよね? お顔は見えませんが、ご様子で分かりますよ……兄妹ですから」

 

 陣の内側で自身を盾にするように妹に覆い被さっていた志雄。亜耶はそんな過保護な兄を安心させようと笑いかける。戦場に立つ以上、戦闘力を持たない彼女もまた1人の戦士。その覚悟を感じ取った志雄は、妹の乱れた襟元を優しく整えるとゆっくり立ち上がった。

 

「……僕が突破口を開く。まずは盾使いをG3-Xの切り札で排除する」

「ちょっと、待ちなさい国土!」

 

 それだけ言って、G3-Xが上から飛び出して行く。ケルベロスの弾幕なら、サジタリウスとも互角に撃ちあえる。矢の雨を撃ち落としながら接近したG3-X。反射板の包囲網を抜け、真下の死角に滑り込んだ。

 

(やはり、一度に出せる盾の数は決まってる。今なら!)

 

 端末を操作してセーフティを解除。ケルベロスにスコーピオンを連結、更に先端にロケット弾頭を装着する。G3-X最高の威力を持つ必殺武器『GXランチャー』の照準をキャンサーに合わせた。

 

 足元でガチャガチャ動く小兵に気づいたバーテックスが急ぎ2枚の反射板を操作。恐ろしい速度で真下のガードを固めてしまった。

 

「チッ、対応が早い!」

 

「1人でカッコつけてんなよ、バカヤローが!」

 

「私達にも良いところをお譲りなさいな!」

 

 飛翔する反射板に飛びついていたシズクが、防御の内側から本体に攻め入る。そして同時に別方向から夕海子の狙撃がキャンサーに迫る。

 

(テメーの性質はもうバレてんだよ!)

(1番近い攻撃に自動的に反応してしまう、だからこそ──)

 

 G3-Xに対して備えたはずの反射板が、2人の攻撃に対応すべく動きを変える。キャンサーの自動防御(オートガード)機能をここまでの戦いで見切っていたシズクと夕海子はそれを逆用した。

 

「ナイスだ2人とも! GXランチャー、発射(シュート)‼︎」

 

 G3-X最強の必殺技『ケルベロスファイヤー』がキャンサーの本体に直撃。その巨体全てを巻き込む爆発を起こし、解けるような光になってキャンサー・バーテックスは消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シズクと同時に芽吹はサジタリウスに向かって飛び出した。デストロイヤーと銃剣の二刀流で矢を捌きながら接近していく。優れた反射神経で全方位からの射撃を凌いでいた芽吹だったが、やがて後方からの攻撃がなくなったことに気づく。

 

(そうか、片割れを倒したのね……あとは!)

 

「次で最後だ、突破するぞ」

 

 キャンサーを始末してすぐに追いついてきたG3-Xが並ぶように隣を走る。腹部のエネルギーゲージは2割を切っている。余裕ある態度とは裏腹に、稼働時間は限界が近い。

 

「……あなたの考えてることは大体分かるわ。ほら」

 

「……話が早いな。弾もエネルギーも限界が近いから助かるんだが」

 

 苦い顔をしつつも素直に手を差し出す芽吹。G3-Xも手早くその手を取って芽吹を抱え上げる。この場合彼がどんな戦術を選ぶのか。既に把握していたからだ。

 

「時間がないんでしょ? すぐに終わらせましょう……志雄!」

 

「了解……掴まってろよ、芽吹!」

 

 残り僅かなスラスターを点火、G3-Xが空を舞う。矢を掻い潜ってサジタリウスの直上に浮上。

 

『GK-06 active』

「穴を開けるぞ!」

「了解……!」

 

 G3-X専用のコンバットナイフ『GK-06 ユニコーン』とガードアクセラー、芽吹の銃剣とデストロイヤー。4本の近接武器で強引に表皮を切り裂き、穴をこじ開ける。

 

「切り開けぇぇぇっ‼︎」

「こんのぉぉぉっ‼︎」

 

 バーテックスの上部に穴を切り開き、銃口を突っ込む。ガス欠間近のG3-Xでも確実にとどめを刺すために、内部に打ち込む必殺の一手。

 

「決めなさい!」

「最後だ……!」

 

 サラマンダーを3連射。グレネード弾の爆風はサジタリウスを内側から破壊し、最後の一体を跡形もなく爆散させた。

怪しい光になって散っていく異形。選ばれなかった者達の手で、神の異形に打ち勝った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆発の中から舞い降りた志雄と芽吹。焼き直しのように姫抱きの格好で帰還した2人をからかいながら賞賛する防人達。誰1人死ぬことなく勝利した喜びを分かち合う姿。そこには年相応の笑顔があった。

 

「メブ〜!」

「お兄様!」

 

 勝利の立役者に駆け寄ってくる仲間たち。その笑顔を見て、芽吹と志雄はようやく勝ったことを自覚、一気に脱力した。

 

「……志雄」

「ああ、芽吹……」

 

『お疲れ様』

 

 力無く座り込み、ゆるく笑いながらハイタッチを交わす2人。幾多の苦難を乗り越えて、彼らは見事に約束を果たすことができた。

 

 

 

 

 

 

 




まさかのガードアクセラー大活躍の巻。ガードチェイサーの出番がない分を取り戻すために機能を追加した結果です。

G3-Xが空を飛ぶのはかなり早くから予定していましたが、何をイメージしていたのかは自覚していませんでした。
しかし先日復讐者ズをテレビで見て初めて分かりました……ああ、某アイアン男だ。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに。



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One of us

恒例のラストバトル前の箸休め回……といいつつ毎度のように不穏なフラグを立ててしまう、これはもはや癖です。直したいような、このままでいきたいような……
 


「亜耶、腹は減ってないか?」

「掃除か? 僕も手伝おう」

「いい茶葉を買ったんだ。休憩にしないか? 亜耶」

 

「わあ、ありがとうございますお兄様!」

 

 戦線復帰してからというもの、志雄は妹の亜耶に何かと構い倒すようになった。対する亜耶も嬉しそうに応じている。ギクシャクしていた兄妹を知っている仲間達も最初は微笑ましく見ていたが、流石に1週間もあの調子では辟易してしまう。

 

「どうなってんのアレ? 志雄さん、気付いた時にはあややの近くにいない?」

 

「……反動、かな? ずっと我慢してたんだし……」

 

「とはいえこのままではお互いの日常業務に差し支えるのでは? 2人が楽しそうなのは良いことですが……」

 

「志雄もやるべきことはちゃんとやってるけど、それ以外の時間を全て亜耶ちゃんに向けてる感じね。アレじゃそのうち体調を崩すかも」

 

 兄バカが過ぎてG3-Xが肝心の場面で不調、などとなったら目も当てられない。芽吹達がそれとなく窘めても……

 

「志雄、亜耶ちゃんはしっかりした子だし、もうちょっと放任というか……」

 

「そうかもな。しかし僕はこれまで兄としての責務を放棄してきた。今更取り返せるとは思ってないが、それでもできるだけのことはしてやりたいんだ」

 

 こう言われると言葉が続かない。亜耶の方も迷惑がるどころか心から喜んでいる。どちらかが落ち着くまでは様子見ということになった。

 

 

 

 

 

「志雄、それどうしたの?」

 

 ある日の夜、ゴールドタワーの廊下で志雄と出くわした芽吹はギョッとした。彼にはお世辞にも似合わない可愛らしい入浴道具と女物の寝巻きを持っていたからだ。

 

「ああ。亜耶が昔のように一緒に風呂に入りたいと言うんでな。アイツの部屋から持ってきたんだ。相当楽しみだったのか、大浴場の時間になったら駆け出してしまって……」

 

 そこまで聞いた芽吹は脊髄反射で動いた。戦闘時にも出せない超スピードで志雄の手荷物をひったくり、息を荒げて真っ赤な顔で詰め寄る。

 

「あ、あ、あなたねぇ! いくら兄妹でも一緒にお風呂って! 亜耶ちゃんだって歳で言えば中学生だし、そもそもここは共同生活の場なのよ⁉︎」

 

「あー、やっぱりマズかったか? 薄々そんな気はしてたんだが……何せ僕達が普通に仲の良い兄妹をやってた頃、亜耶は幼年部生だったからな。まだその時の感覚なのかもしれない」

 

 困った顔で頭を掻く志雄。基本常識的ではあるが、お互いのこととなると途端にブレーキがバカになるのが国土兄妹の欠点らしい。

 

「兄妹といえど、異性なんだから……疚しく思われたくはないでしょ?」

 

「むぅ……でも亜耶は楽しみにしてるし……」

 

 それを聞いてしまうと兄妹水入らずを邪魔するのは悪いような気もする。しかし芽吹も色々な感情的に見過ごすわけにはいかなかった。亜耶に対してももちろんだが、志雄が妹とはいえ異性と入浴というのがどうにも認められなかった。

 

「そ、そういうことなら私が亜耶ちゃんと入るわ。代わりにはならないかもしれないけど……」

 

「本当か? それは助かるよ、ありがとう。それならちょっとしたコツを教えるから──」

 

「コ、コツ……?」

 

 志雄がレクチャーしたのは亜耶の頭の洗い方。幼い頃から髪を伸ばしていた妹の髪をきれいに保つのは、当時は彼の仕事だったのだ。髪を洗う手順、湯船に入る際の髪のまとめ方、揉むと喜ぶ頭のツボ。芽吹は困惑しながらもメモを取った。真面目な子である。浴場でメモが読めるかどうかは置いておいて。

 

「なるほど……しかし細かいところまでよく覚えているわね」

 

「僕が洗ってやってたのは随分昔のことだから、今は色々変わってるかもしれない。最初は本人に聞いてみてくれ。ただあの子は髪を洗ってもらうのがとても好きだったから、芽吹にやってもらえたらきっと喜ぶよ」

 

 兄妹の絆の強さを思い知った芽吹。間接的でも亜耶のためになるのならと引き受けることにした。

 その後レクチャー通りにやったら亜耶にすっかり気に入られてしまい、定期的に一緒に入る約束をしてしまうことを彼女はまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すっかり昔のような仲睦まじさを取り戻したある日。兄と昼食を共にしていた亜耶は、突如神託を受けて立ち上がった。

 

「亜耶、どうした?」

 

タワー(ここ)地下(した)で、強大な力が爆発するような……数分後に危機が訪れると……!」

 

 ゴールドタワーの地下。志雄はそこに心当たりがあった。G3ユニットの開発フロア。G3-Xの兄弟機が保管されている、ある意味四国一危険が転がっている施設があることを知っていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 慌てて地下まで降りた2人は、そこで破壊を撒き散らすバイク型の機動兵器を目撃した。実験スペースに保管されている他の兵器類を片っ端から吹き飛ばしている。

 

「小沢さん!」

 

「国土くん……! ちょうど良かった、連絡しようと思ってたのよ」

 

「アレは、G2ですね。なんで今になって動き出したんです?」

 

「侵入者よ。今の大社はああだから、かなり警戒してたんだけど……」

 

 独自の開発品がG3ユニットの施設で暴走。これが発覚すればチームの管理不行き届きとして問題にできる。それを大義名分にしてGシリーズを自分達の管理下に置く。本部筋の人間の仕業なら、そういった狙いが考えられる。

 

「あれが外に出る前に抑えればいいってことですね……変身!」

 

 変身して実験場に飛び降りるG3-X。戦闘力を持つものをターゲットにするようプログラムされたG2が前面の砲塔を起動、ミサイルを発射。

 

(相変わらずのバカ火力……! 落とせるか?)

 

 ケルベロスで迎撃。なんとか全弾撃ち落としたが、その爆風で設備は吹き飛ばされ、周囲はメチャクチャになってしまった。

 爆風で封じられた視界の中、煙を突っ切って怪物バイクが急接近してくる。100m以上離れていた距離を一瞬で詰めて、G3-Xの鼻先で急旋回。車体を回転させて後輪部分を叩きつける。最高速度だけでなく、加速力と制動力にも長けているからこそできる芸当だ。

 

「ガッ──速い……!」

「お兄様!」

 

 真っ直ぐに吹き飛ばされてノーバウンドで壁に激突。頑強にできているはずの隔壁に深々と埋まってしまう。AI稼働のG2は機械的な思考の元、身動きできない相手に無慈悲な数のミサイルを斉射。鮮やかな爆風がG3-Xを包む。

 

「国土くん!」

「……大丈夫です!」

 

 ギリギリで背面のスラスターを最大出力で吹かせて抜け出していた。それでも全ては避けきれず、動きが悪くなっているG3-X。このままではいずれ捉えられるのは誰の目にも明らかだった。

 

 

 

 

 

 

 

「このままじゃ……小沢さん、アレはそもそもどういったものなのですか?」

 

「私がG3よりも前に開発した遠隔制御式の無人兵器、『GENERATION 2』……旧型だけど、無人機である分人体に配慮する必要がない。火力や機動力はG3-Xを上回るわ」

 

「遠隔……よく分かりませんが、リモコンのようなものはないのですか?」

 

「一応そこにある腕時計型端末がそうだけど、今は命令を受けつけない状態になってる……私のプロテクトを突破したことと言い、ここに入り込んだネズミ、かなり腕が立つみたい。余計な置き土産がいくつか残ってる……!」

 

 元々G2はコントローラーで行動目的の指示を受け取り、そのための細かい状況判断を自律型AIで行う。しかし今のG2は命令を受託する機能を破壊されているため、外部からの干渉ができなくなっている。

 

「今は基礎の命令である"戦闘力を持つ者を撃破せよ"っていうオーダーだけが生きてる状態。敵味方の認識プログラムまで消去されてる……やってくれるわね!」

 

 ごく短時間でこれだけの工作をやってのけた敵の手際に舌を巻く真澄。人類史に残るレベルの天才である彼女と比較してもそう劣らない技術者がいた可能性も考えられる。

 

(他にも何か手をつけていった形跡がある……ここを空けていたのはごく短時間だったのに!)

 

 画面を睨んで打開策を探る真澄は気づかなかった。

 先程までこちらに質問を投げかけていた亜耶が、コントローラーを持って部屋を出て行ったことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(さすが自律思考型……挙動が正確で無駄がない!)

 

 スラスターも使いながらなんとかG2の攻撃を回避していくG3-X。制圧力が高い火器を掻い潜って取り押さえるには、まずターゲットサイトから逃れる必要があった。

 

(一瞬でも狙いが逸れてくれれば、接近してコンソールを壊せるんだが……!)

 

 速度と火力で劣っている現状、敵に明確な隙ができなくてはその差は詰められない。仲間を呼ぶことも考えたその時、実験場の入り口が開いた。

 

 

 

「じっ、G2さん! ここにあるのはあなたのコントローラーです!」

 

 息を切らせて駆け込んできた亜耶が掲げたのは、G2の制御用端末。それを認識したAIは一気に思考が混乱した。

 外部干渉を跳ね除けたとはいえ、一度登録した端末が近くにあるというのは放置できない。かといって、それを持っているのは戦闘力がない無力な巫女。機械にさん付けするような、およそ戦場が似合わない幼い少女。傷つけてはならないと刻み込まれている存在だ。

 突如戦場に現れたイレギュラーは、G2の機械的思考を乱しに乱し、その挙動を静止させた。

 

「亜耶、なんで──」

「お兄様、今です!」

「──っ、まったく!」

 

 ようやく訪れた必勝のタイミング。G3-XはG2の真上に飛翔してガードアクセラーを投擲。武装や行動を司るコンソールを叩き壊して電流を流す。少しの間抵抗するようにフラフラと走行していた怪物バイクは、やがて力尽きるように停止、横転した。

 

 

 

 

 

 

 

「亜耶! なんて危険なことをしたんだ!」

 

「ごめんなさい……お兄様」

 

 G2の停止を確かめるよりも先に、真っ直ぐ妹に駆け寄る志雄。怪我がないことを確認して安堵したのも束の間、余りにも危険な行為に及んだ妹への説教が始まった。

 

「君には戦う力がないんだ。何かあった時に身を守る術を、何1つ持ってないんだぞ⁉︎」

 

「分かってます。だから出ていったんです……無力な私なら撃たれないと思って」

 

 確かに事実G2のAIは亜耶を敵と見なさなかった。しかしそれは結果論。暴走したシステムにどこまでその前提が通用するかは誰にも分からなかったのだから。運が悪ければ今頃亜耶は焼死体になっていたかもしれない。

 

「無防備な人間が前に出るのがどれほど危険か、防人を見てきた亜耶なら分かるだろう?」

 

「はい……それでも私にできることがあるなら、それでお兄様の助けになれるなら……そう思ったら、体が勝手に動いてしまいました」

 

 声も姿勢もシュンとしたままゆっくり言葉を紡ぐ亜耶。心から反省しているのが伝わるが、志雄は同時に、妹が間違ったことはしていないと考えていることも気がついた。

 

「正直なことを申しますと……私、羨ましかったんです。防人の皆様が。いざ戦いになれば、巫女の私にできるのはご無事を祈ることばかり。だから、私にもできることが見つかって、つい……」

 

 申し訳ありません、と涙目を隠すように深々頭を下げる亜耶に、志雄はこれ以上何も言えなかった。その無力感には心から共感できてしまったから。

 

(僕だって、今の亜耶に偉そうに説教できる立場じゃないな……)

 

 観念したようにため息をついた志雄が、亜耶の頭を上げさせてゆっくりと額を合わせる。幼い頃、妹が泣いた時にはよくこうして宥めていた。

 

「とにかく、無事で良かった……今回うまくいったのはたまたまだ。もう2度とこんなことはしないでくれよ?」

 

「はい、お兄様……本当に、ごめんなさい──」

「ああ、もう謝らなくていいよ。僕がもっと手際よくやれれば済んだ話だ……助かったよ、ありがとう亜耶。本当に強くなったね」

 

「……! はい! お兄様もお怪我がなくて何よりです!」

 

 亜耶が望んでいたのは、一方的に心配されて守護される関係ではない。互いに助け合い、尊重し合う関係。もっとくだけた言い方をすれば、頼られたい。褒められたい。認められたい、という無垢な願望だった。

 そして今、少しだけだがその願いは叶えられた。想い想われて成長していく。ちょっと変わった形だが、確かな兄妹の愛だった。

 

 その日から、暴走気味だった志雄の兄バカはひとまず落ち着きを取り戻した。良くも悪くも昔のままではいられないことを思い知ったのだ。それでもそれを嘆くようなことはない。今の彼には、妹の"変化"を"成長"として前向きに受け止められるだけの余裕があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 G3-Xとして復帰した志雄も合流して任務を再開した防人部隊。この数日で陣地構築の作戦を4度決行していずれも成功させている。一見順風満帆だったが、そのうち2回は敵の待ち伏せを受けたことが志雄は引っかかっていた。

 

「十中八九、内通者でしょうね。この前の騒動も含めて」

 

 G2の暴走騒ぎから数日、システムメンテナンスの待ち時間、志雄は一番信じられる大人である真澄に相談を持ちかけた。あっさりと告げた彼女の認識は、志雄と同様のものだった。

 

「出戻り直後から違和感は感じてた。アンノウンもバーテックスも活発に動いている非常時も非常時だってのに身内の監視がキツすぎる。注力すべきはそこじゃないでしょ。つまり、様子がおかしい連中には知られたくない秘密があるってことよ。

 ……洗脳を受けてるのか、元からおかしな考えに取り憑かれてたのかは知らないけどね」

 

「三好さんから聞いた話だと、この前の選抜候補の中には本部筋の……おかしな動きをしている人員も混じっていたそうです」

 

「でしょうね。それを知った革新派がそれに乗っかる形で偽装してきたわけか。でもまあ、あの派閥は今の所信用して良さそうね。向こうもG3ユニット(こっち)には同じような評価を下してるだろうし」

 

「……そうなんですか?」

 

「本人に聞いてはいないけどね。どうやらここ数年資金や人員、資材の用途不明な動きが続いてるみたい。私達もその容疑者として上がってたんだと思うわ。三好春信は内情視察も兼ねてたんでしょう」

 

 つい最近まで外部の研究機関で動いていたG3ユニットは確かに疑う余地がある。チームの調査、本部に対する妨害、G3の再評価、本人の個人的希望。春信の行動には実は様々な意図があった。

 つくづく底の知れない人だ、と志雄は肩をすくめる。未だに自分が彼に勝てたことを夢のように感じてしまうことすらある。

 

「例の侵入者が相当な技術者であることは間違いない。私と似たようなアプローチで何かを開発しているとしたら、その資材の流用と同一犯かもね」

 

「同じ組織の中でも得体の知れない敵がいる。ただ命令に従って、向かってきた敵を倒すだけでは……」

 

「そうね。でもそれは大人(わたしたち)の担当よ。あなたはいつどんな命令が来てもいいように、自身と装備を万全にしておきなさい……ほら、調整終わったわよ」

 

「ありがとうございます」

 

「まだ確定情報じゃないけど、もしかしたらこれまでとは規模が違う任務が近々言い渡される可能性が高いわ。G()3()-()X()()()()()()()()()も、解禁することになるかもしれない。覚悟はしておいて」

 

「……了解」

 

 G3-Xの端末が返される。最新機である以上、こまめに実戦データをフィードバックする必要がある。スペックデータを確認していた志雄は、奥で見慣れたアーマーが修繕されているのを目にする。

 

「小沢さん、あれは……」

 

「ああ。後継機がひと段落ついたからね。G3の修理にようやく手を回せたわ」

 

 工房スペースで磨き上げられていくかつての愛機。自暴自棄になりかけていた志雄の行動で大穴を開けられたG3が完璧な状態に復元されていた。

 

「……小沢さん、1つお願いがあるんですが……」

 

「なに? 言ってみなさい」

 

 誰も死なせないために最善を尽くす。それには自己鍛錬や土壇場の精神力も肝要だが、事前準備も必要不可欠だ。

 

 "人事を尽くして天命を待つ"

 

 それが親友達に固すぎる、頭でっかちなどと揶揄されてきた国土志雄の座右の銘だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、真澄の予想通り緊急事態が発生した。ゴールドタワーではなく大社本部に召集された防人部隊。最速で情報が集まる中心地。秘密主義を一時破ってでも対処しなければならない問題が起きたということになる。

 

「う〜ん、あっちこっちで大人がバタバタしてる……それだけヤバいことが起きてるってことだよね……ヤダヤダ死にたくない〜!」

 

「……加賀城、うるさい……」

 

「説明を受ける前から泣くんじゃありませんわ! めんどくさい方ですわね」

 

「しかし、本部に呼ばれるのは初めてだ。穏やかな状況じゃないんだろうな」

 

「説明はまだかしら? 防人(わたしたち)はもう揃ってるけど……」

 

 

 

 

 

 

 各々が漠然とした危機感を感じながら待っていた会議室の扉が開かれる。入ってきたのはある意味防人(かれら)に近く、またある意味で防人(かれら)から最も遠い存在だった。

 

 

 

「三好、夏凜……!」

 

 

「楠芽吹……なんでここに?」

 

 

 

 かつて1つしかない勇者の席を取り合った芽吹のライバル。そして──

 

 

 

「……あれ? たしか国土さん、だったよね?」

 

 

「……久しぶりだな、御咲陸人。元気そうで何より」

 

 

 

 かつて一度だけ言葉を交わしたアギトに変身する少年。彼とその仲間の現勇者達。それぞれの戦場で命を燃やしていた戦士たちが、ついに肩を並べることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




言うほど箸休め回にはならなかった……何故いつもこうなるのか。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに




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No limit

ラストバトル防人sideです。
 


 防人部隊と勇者部。人類側でまともに戦力と呼べる存在が一堂に会した。そこで知らされた圧倒的不利な現状と、迫り来る敵の規模の大きさ。説明途中で恐怖のあまり白眼を剥いて気絶した雀を放って役割を決める。

 

「ステルスを仕掛けている敵性の捜索に出せるのは、市街地の防衛に必要な戦力を考えると1小隊が限度ね。行くのは私と──」

 

「僕もそちらに回ろう。少数精鋭となれば、G3-Xの力が必要だ」

 

「……楠が行くなら、私も付き合う……」

「私もご一緒しますわ。鍛えた狙撃の腕をお見せしましょう!」

 

「なんだか、いつものメンツになってきたわね」

 

「ならその勢いで雀さんも連れて行きますか? 盾持ちが一人いた方が良いでしょうし」

 

「確かに、チュンチュン鳴き出す前に決めてしまうか」

 

 気の毒なことに、失神している間に危険な戦場に飛び込む役を勝手に決められてしまう雀。その哀れさは学校を休んでいる間に面倒な学級委員を押し付けられた学生の如く。

 

「連携面でもこれで問題ないわね。よし、この5人が先発隊よ。残るメンバーは指示に従って市街の防衛。意見のある者は?」

 

 本人の意思確認無しに話を進めていくリーダーに、誰一人反対しない。芽吹の人望が成せる業か、雀の日頃の行いのせいか。普段から泣き言ばかりの彼女に対する仲間達の扱いが垣間見えた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 作戦開始の前、芽吹と夏凜は2人で話す時間を取っていた。お互いに意識しないようにと意識しすぎて挙動不審になっているのをそれぞれの仲間に指摘された結果だった。2人とも……特に芽吹には言いたいことがいくらでもあったはずなのだが。

 

「その、知らなかったわ。防人って……アンタも別のところで戦ってたのね」

 

「ええ。最初は思うところもあったけど、今は……今の自分のことは、それほど嫌いではないわ」

 

 勇者の称号を子供のように欲し続けていた頃よりはね、とは言わなかった。その称号を現在進行形で背負っている夏凜に告げるのはなんだか癪に触ったからだ。

 

「状況は最悪と言ってもいい。私たちもあなた達も、誰か1人がミスをすればそこで総崩れ、なんてことが容易に起こり得るわ。気を引き締めないと」

 

「分かってるわ。でも今はちょっと内側にも問題が発生してるのよね」

 

「内側?」

 

「そう。東郷と風、勇者の仲間なんだけど。ここ最近見るからに不安定で──」

 

 そこまで言って夏凜は口を噤んだ。彼女の知る楠芽吹は、他者に関心を向ける暇で自分を鍛えるという考えだったから。しかし──

 

「それは良くないわね。三好さん、正規の訓練を受けてきた勇者はあなただけなんだから、メンタル面のフォローもちゃんとしないと」

 

「……アンタ、本当に楠?」

 

「……どういう意味かしら?」

 

「だってアンタ、一緒に訓練してた頃は他人を気にかけるなんて無駄だって言ってたじゃない」

 

「それは……昔の話よ。今はちゃんとその大事さは分かってるつもり。こちらは大所帯で、私はリーダーを務めてるしね」

 

 夏凜は素直に驚いた。自分も大概勇者部に染められた自覚はあるが、彼女の変わりようも相当だ。もしかしたら自分達は、そういう面で似た者同士だったのかもしれない。

 

「そっか。もしも楠が訓練生時代から今のような性格だったら、私は勇者になれなかったかもしれないわね」

 

「それはないわよ。私が今の私になれたのは……亜耶ちゃん、雀、弥勒さん、しずくにシズク、防人のみんな、それと志雄……仲間達のおかげだから」

 

 目を閉じて、まぶたの裏に仲間の顔を思い浮かべる。芽吹の笑顔はどこか誇らしげだった。

 

「ふぅん。いい仲間を持ったのね、アンタも」

 

「三好さんも。この正念場こそ仲間の支えが重要よ。力になってあげて……私は誰も犠牲にしない。誰にも死んでほしくない」

 

「言われなくても。そっちもしっかり頼むわよ。私達の攻撃も全てはアンタたち第一陣にかかってるんだから」

 

 勝気な笑顔を浮かべて別れる2人。それぞれの道でライバルが成長を遂げていた。負けず嫌いの彼女たちにとって、大きな起爆剤となる貴重な時間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お……話し始めた。いやー、沈黙長かったなぁ」

 

「もう大丈夫だろう。無意味に考え込んでいただけで、話したいことはあるはずだからな」

 

 そんな2人の様子を廊下の端から伺っていた志雄と陸人。お互いに口下手なところがある仲間を案じていたが、気まずい空気が消えたことを確認してホッと息を吐く。

 

「先発隊のみんなはこの後すぐ出撃なんだよね?」

 

「ああ。まずはステルスを仕掛けている敵を見つけてそれを解除する。神託ではそう遠くはないらしい。能力の射程限界があるのかもな」

 

「それでもあれほどの巨大な構造物をすっぽり隠せるほどの超能力だ。多分並みのアンノウンじゃない。エルロードの可能性も……」

 

「エルロード……君や鋼也が戦った特型アンノウンか」

 

「アイツの力は尋常じゃなかった。一軍を相手にするくらいの気持ちでいた方がいいと思うよ」

 

「それほどか……映像は見たが、それでもやるしかない。僕らがしくじれば、人類は終わりだ」

 

 意気込んだ志雄が強く拳を握りしめる。それを見た陸人は柔らかく微笑んで自分の胸を叩く。

 

「あまり気負いすぎちゃダメだ。向こうは常識が通用しないトンデモ生物なんだ。常に頭はクールで柔軟に。俺が戦った奴は驕りが過ぎるタイプだったから、冷静さを失わなければ付け入る隙はあるよ」

 

「御咲……」

 

「人間は滅ぼされなきゃいけないような存在じゃないってこと、証明しよう。君達が繋いでくれれば、俺たちが必ず勝利をもぎ取ってみせる。目の前のことだけ考えてくれ」

 

 まともに話すのは2回目だが、なぜかこの言葉は信じられた。嘘も謙遜も虚勢も気休めもない。純度100%の信頼を向けられているのが分かるからだろうか。陸人の経歴は大まかには知っている。不安要素はいくらでもあるはずなのに、彼はブレずに人を、仲間を、人間を信じている。その揺るぎない心の出所を聞いてみたい気がしたが、きっと聞くだけ無駄だろう。

 

(こういう奴に理屈はないんだ。信じたいから信じて、信じたから信じられてる。きっとこういうのが"本物"なんだろうな)

 

「国土さん?」

 

「志雄でいい。僕も名前で呼ぶ」

 

「分かったよ、志雄。先駆けよろしく頼むぜ?」

 

「任せろ、陸人。君こそヘマするなよ」

 

 "彼になら賭けられる"

 この短い邂逅で、2人の男は確かな信頼関係を築き上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さてと、そろそろ時間ですわね」

 

「……ん、アンノウンを迅速に見つけて、倒す……」

 

「待って待って待って! なんで私ここにいるの⁉︎ 知らない間に何が決められちゃったの⁉︎」

 

 それぞれがそれぞれのやり方で覚悟を固めて瀬戸大橋に並び立つ……そんな中、1人だけ覚悟を決めるどころか状況についていけずにチュンチュン喚く雀。人一倍敏感な彼女の危険センサーが全力で警鐘を鳴らしていた。この先にいるのはかつてない強敵だと。

 

「私帰る〜! 市街地防衛の方がまだマシだよ。人数多いし、勇者様もいるし!」

 

「ここに来てゴチャゴチャと……諦めなさいな、あなたの役目はこちらですわ」

 

「開始時間になってんだ。お前の愚図りに付き合ってらんねえんだよ」

 

「雀、勝手に決めたことは謝る。けど私達にはあなたが必要なの」

 

「ヒック……グス……私が?」

 

「そうだ。君は頑なに認めようとしないが、単純に身を守ることに関しては、加賀城が誰より優れている。その力は少数で動く僕達に必要なんだよ」

 

「どのみち作戦が失敗すればみんな死ぬの。私達は、負けるわけにはいかないのよ」

 

 背中をさする志雄と頭を撫でる芽吹。子供を宥めるように優しく気を使うその姿に、側から見ていた夕海子とシズクは違和感しか感じなかった。亜耶ならともかく、雀相手に彼らが優しさを向けることなどなかったからだ。

 雀的カーストツートップの柔らかい言葉に、劣等感が強い雀の心は暖かくなる。誰かの役に立ちたいと願いながら自分を信じられなかった少女にとって、間違いなく強い人間である2人から求められたことは望外の喜びだった。

 

「う〜〜っ‼︎ 分かったよ、行けばいいんでしょ! でもほんとお願いだから私を守ってね⁉︎ 私ほんとに弱いんだから‼︎」

 

 涙を滲ませながらも了承した雀。なんとか足並みを揃えることができた。

 

(ふぅ……慣れないことしたら疲れたわ)

(亜耶のおかげだ。加賀城には褒めて認めて説得した方が早い)

 

 いつも泣き言を漏らす雀に淡白な反応をしてきた2人らしくない優しい言葉をかけていた芽吹と志雄。それは優しさの権化とも称される亜耶が普段からやっていることを模倣した結果だった。

 いたく感動している雀には気の毒な話だが、今の言葉のどこまでが彼らの本心か、それは当人にしか分からない。

 

 

 

 

「それじゃ改めて……総員戦闘準備、これよりステルス能力者の捜索を開始する!」

 

『了解!』

「──変身‼︎──」

 

 結界を乗り越える第一小隊の5人。神託で大まかな方角は絞り込めている。まずは手分けして近場から捜索する──予定だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだ?」

 

 降り立った瞬間、志雄は景色が回転する奇妙な感覚に呑まれて、気付いた時には結界が彼方に見える位置まで移動していた。周囲を見回しても、仲間の姿はない。

 

「ホウ、"最初ノ1"ヲ引イタ者ガイタカ……」

 

「──! お前は……」

 

 上空から舞い降りてきた一体のアンノウン、"風のエル"

 純白の鵬翼を広げ、身の丈ほどの大弓を携えた鳥類系の異形。首から下げた輝石の首飾りが怪しく光を放つその様は、どこか神秘的でこれまでのアンノウンとは明らかに存在感が違う。

 

(そうか、エルロードってやつか。確かにモノが違うな)

「他のみんなはどこだ?」

 

「知ラヌヨ。"風縄"ニ掛カッタ者ハ、例外ナク他ノ縄ニ移動スル。ソウ遠クニ行ッテイナイ事ヲ祈レ」

 

 風のエルの特殊能力の1つ『風縄』

 術者の神聖を空間に設置することで、不可視の転移陣を仕掛けることができる。触れたものは全て別の陣に移動させられ、その移動先は風のエルが仕掛けた全ての風縄が対象となる。

 

「小細工が上手いタイプか……ネストにステルスを仕込んだのも、お前で間違いないな?」

 

「ネスト、トヤラガ例ノ空飛ブ浮島ノ事ナラバ正解ダ。私ハ最モ術ノ扱イニ長ケタ"エルロード"ダカラナ」

 

 風のエルの特性は、エルロードの持つ膨大な神聖で複雑な術式を編み込む事で多彩な術を使用する事である。マラークやエルロードには元々生まれ持った超能力があるが、それは生来のものしか扱えない。しかし長い時間をかけて研究を重ねた風のエルは、神聖に数式や合理性を組み込む事で多くの能力を再現することに成功した唯一のロードだ。

 

「当タリヲ引イタ褒美ニ教エヨウ。貴様ノ言ウ"ステルス"ハコレガ司ッテイル。破壊出来レバ、其方ノ目的ハ達成サレル」

 

そう言って首飾りに触れる風のエル。ステルスの力と他の術を並行して使うために自身で用意した神聖を込めた道具……霊装の1つだ。

 

 天界での争いでも前線に立って戦ってきた三体のエルロード。

 地のエルは速攻性と破壊力に優れた一撃必殺で指揮官や大将首を討ち取るアタッカー。

 水のエルは無制限に近い戦力を自在に持ち出して自軍を率いるコマンダー。

 そして風のエルは多彩で広範囲に作用する術式で戦場全体を支配するトラッパー。

 

 純粋な戦闘力では他2人には及ばないものの、事前準備を入念にする時間さえ取れれば、水や地にも完勝できるだけの力が風のエルにはある。そして今回の作戦に関して、敵方は十分な時間を取っていた。ネストに先行してアリの群れが仕掛けてきた目的の1つは、風のエルの動向に気づかせないためでもあったのだ。

 

「私ガ周囲ニ仕込ンダ風縄ハ六千以上……1ツ目デ私ニ通ジル数少ナイ当タリヲ引イタ貴様ハ、運ガ良イノカ悪イノカ……ドチラダロウナ?」

 

「それは、今から証明してやる……!」

 

 ケルベロスを斉射しながら接近する。秒間30発の超連射は、全て残らず風のエルの手前で静止した。身体の数cm手前に見えない障壁が展開されている。

 

「無駄ダ。ソンナ玩具デ私ニ触レル事ハデキヌ」

 

 風のエルが指を鳴らす。次の瞬間、挟むように竜巻が発生。重量があるG3-Xを高く吹き飛ばす。スラスターを使っても姿勢制御がままならないほどの風圧に飲み込まれた志雄は、100mほど上空から一気に叩き落とされた。背中を強く打ち付けてしまい、スラスターとバッテリーに負荷が発生、システム内でアラートが鳴り響く。

 

「ガッ……なんて威力だ……」

「迂闊ニ動クノハ勧メンゾ。其処ニハ──」

 

 呻きながら手をついた地面には、風縄が仕込まれていた。再び上空に転移したG3-Xは、今度は冷静にスラスターを起動。安全に着地しようとした瞬間、風の矢が飛んできた。

 

「遅イナ……!」

(見切られてる……⁉︎)

 

 紙一重で矢を回避。掠めた肩部のアーマーが一部灰になって消滅した。

 

「注意セヨ。余リ彼方ニ飛バレテモ後ガ面倒ナノデ、転移先ハ近場ニ設定シテイルガ……繰リ返ストソレダケデ人間ニハ負担ダ」

 

(遊んでる……それだけの実力差がある……!)

 

 戦闘開始から風のエルは一歩も動いていない。にも関わらずG3-Xは既にアラートだらけだ。これがエルロード、これが天の使いの力。

 息を吸うのと同じ感覚で世の理を書き換えられるほどの神聖の持ち主が、ただの人間に狙いを定めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「進んでも進んでもおかしな所に飛ばされてる……もう2時間くらい経ったよね?」

 

「罠だらけかよ……これじゃ捜索どころじゃないぜ──って、またかよ⁉︎」

 

 雀とシズクは同じ地点に飛ばされていた……というのも、転移の瞬間、直感で危険を悟った雀が近くにいたシズクの肩をひっつかんだことでまとめて転移したためだ。以来雀はずっとシズクの手を握りしめており、何度飛ばされても同じ所に移動している。

 

「さっきの竜巻……多分あっちで誰かが戦ってるんだと思うけど……」

 

「方角が分かったところで、この状況じゃ進めやしねえぞ。マジでどうしろってんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「志雄! ……ダメね、誰にも繋がらない。通信妨害まで完備とは……用意周到なやつ」

 

 何度通信を試みてもノイズが聞こえるだけ。合流しようにもレーダーも何も映さない。こちらから攻め込むつもりで動いたはずだったのに、気づけば敵の掌中でいいように転がされている状況だ。

 

(トラップの配置に規則性はない……跳ねても伏せても引っかかる。どうすればいいの……!)

 

 考えながら踏み出した一歩で、またしても転移する芽吹。3ケタは繰り返した感覚に、特別気が長いわけでもない彼女のフラストレーションは頂点に達しつつある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我ガ銘ハ"風"……空間全テヲ支配スル者ダ!」

 

 上空に大量の矢を放つ風のエル。風縄に命中した矢が四方八方に転移して囲い込むように飛んでくる。術者自らが放った攻撃までも転移させる力があり、その全ての転移先を風のエルは把握している。

 

「かわせ、ないっ……!」

 

 撃ち落とし、回避し、それでもやりすごすことができずに射抜かれていく。インサイドループで矢を振り切ろうと上昇した先で、またしても風縄に引っかかってしまう。

 

「良ク来タ……ソシテ、サラバダ」

「舐めるなぁぁっ‼︎」

 

 風のエルの真上に転移、完全に無防備を晒す形になった。特大の矢をバレルロールで回避したG3-Xが急降下、ケルベロスを構えるが……

 

「舐メテイルノハ其方ダ。私ガ狙ッタノハ貴様デハナイ」

 

「──っ、う……あっ!」

 

 回避した矢が、先程G3-Xが転移した風縄を通して再転移。真横から飛来してきた一撃を為すすべなく受けて吹き飛ばされる。装甲の隙間を撃ち抜かれ、システムと同時に装着者もレッドゾーンに突入する。

 

 この期に及んでもなお、風のエルは一歩たりとも動かない。それが彼我の実力差だと、言外に証明するかのように。身じろぎ1つが自分を追い詰めるという極限状況下で、志雄は突破口を見出せずに追い込まれていた。

 

「サテ……ム、今ノハ……?」

 

 トドメを刺そうとした風のエルの鼻先に飛んできた銃弾。当然目の前で倒れているG3-Xの攻撃ではない。2人は銃弾の軌跡をトレースして発砲者を探る。

 

(まさか……)

(結界の上から……?)

 

 数km離れている結界の上。そこから風のエルを狙うノーマークのスナイパーがいた。

 

「あん、もう! また逸れましたわ!」

 

 弥勒夕海子は特注のスコープと鍛えた狙撃能力で正確に敵を狙っていた。それでも当たらないのは、銃弾が命中する前に風縄に当たって転移したせいだ。実はもう10発ほど角度を変えて挑戦しているのだが、彼方へと弾丸が飛びまくっていたせいで誰も気づかなかった。

 

(今はとにかく撃ち続けて意識を逸らしませんと、志雄さんが……!)

 

 夕海子は延々続く転移ループに早々に見切りをつけて、結界の真上に引き返した。狙撃ができる自分なら、高台に止まって狙う方が効率がいいと判断した。焦燥感を煽る状況でも急がば回れを実践できた。弥勒夕海子は普段の言動から見て取れるように、優等生とはとても言えないが決して地頭が悪いわけではないのだ。

 

『──ろく、ん……き、る?』

 

「通信……もしもし、なんですの⁉︎」

 

『良かった、通じたわね。弥勒さん、小沢よ。トラップの規則性が分かったわ』

 

「本当ですの⁉︎」

 

『あなたが敵の領域外に出てくれたおかげで目処が立ったわ。ここから反撃開始よ!』

 

「承りましてよ!」

 

 万策を試す余裕すらなかった戦場に、天才がもたらした一筋の光明。

 敵はアンノウン一の知恵者。しかしそれがどうしたと真澄は笑う。

 

『力がある前提で戯れに小細工してるだけの素人が……誰を敵に回したか教えてあげるわ!』

 

 考えること。それこそが今日の人類の繁栄をもたらした最古にして最強の力。その人類の最先端を独走する真澄が、天使の知恵遊戯に正面から挑む。

 

 真の賢者は、人類か天使か──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




たまーにいる本物の天才って自分の専門以外でも引くほど覚えが良かったりしますよね。真澄さんはそういうタイプです。過去現在未来全ての時空において、頭脳労働で勝てる人はいません。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに


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3rd time's the charm

今回序盤にひどく分かりにくい解説文が入ります。内容が難しいだけならとにかく、書いてる本人が詳しくないのでかなり拙い文になっていると思われます。風のエルの小賢しさと真澄さんの天才性を表現したくて不慣れなことしちゃっただけなので、それだけ分かってもらえれば読み飛ばしていただいてなんの支障もありません。

読みにくい文章を描いて大変申し訳ありません。

この話には無関係ですが、たびだび誤字報告をしてくださる読者様方、ありがとうございます。いつも助かっています。この場を借りて感謝の言葉を記させていただきます。
いつまでも誤字が無くならない駄目作者ですが、頑張りますのでよろしくお願いします。
 


『敵は空間を数独のマス目のように区分して罠を仕掛けてるわ』

 

「……えっ、数独? あれだよね、小難しいパズルみたいな……」

 

 夕海子の視覚情報から即座に通信障害を解析、解除した真澄が全員に通信で解説を入れる。数独とは、9列9段のマス目を3列3段のブロックに分割し、各列・各段・各ブロックに1から9までの数字を重複しないように入れるパズルの一種。

 今回風のエルが仕掛けたのはその発展形、81×81のマス目でできた高難度のパズルだ。1マス数m四方のマス目に見立てて仕込まれた風縄は、次の数字のマス目に転移するように設定されている。

 

『同じ数字の内どれに繋がるのかはノーヒントだったけど、これまでのみんなの動きを見て規則性は分かったわ』

 

(やべえ、何言ってんのかサッパリだ。しずくは分かるか?)

(……うん。サッパリ分からないっていうのは分かるよ……)

 

 81のブロックにも不規則に番号を振り分けて、その順番に次のブロックの次の数字のマスに転移している。

 例として──右上端のブロックを④として、右下端が⑤であれば、右上端ブロックの1から右下端ブロックの2に飛ぶことになる。

 

『完全に解き明かすにはヒントが足りなすぎるけど、アイツに近づくルートはきっちり割り出せた。指示した通りに進みなさい』

 

「とにかく今は指示に従いましょう。解説は全部済んでから……聞いても理解できないかもしれないけど」

 

 そして防人達を困惑させていた要素の1つ、高さ。これはそれぞれの番号に固有の高さを設定して高低差をもたらしていた。

 実際の数独問題のように数字が記されていないため、防人達の転移の軌跡を全て記憶して仮定と検証を繰り返す必要がある。風のエルが告げた"最初の1"と、同じ番号なら高さは同じというルールだけをヒントに、見えないマス目を埋めていく膨大な処理作業。

これをアナログで演算できるのは、世界広しと言えども小沢真澄くらいのものだろう。

 

 

『全部は把握できてないけど、7のマス目は約60m、9のマス目は45cmって感じね。数字の大きさとは比例しないみたい。道をちょっとでも間違うと余計な怪我するわよ』

 

 これまでの防人達の動きでヒントは不規則に散らばっていた。とはいえ、膨大な数独という仕掛けを即座に看破した真澄。天才の指示のもと、これまで遅々として近づけなかった戦場に防人がどんどん接近していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前の獲物を撃ち落とすことに集中している風のエルは後ろから敵が迫ってきていることにも気づいていない。まるで見えているかのように的確に風縄を避けて動くG3-Xに、違和感はやがて確信に変わる。

 

(見抜カレテイル? 馬鹿ナ、人間如キガ……)

 

 自身の力と賢さに誇りを持っている風のエル。彼は自身が編み出した独自法則と考えているが、実際のところ数独はそこそこメジャーなパズルゲームだ。難易度は桁違いに高いものの、馴染みのあるルールを持ち込んだ時点で真澄に敵うはずもなく。

 

『国土くん、そこから上昇! それで背後に回れるから』

 

「了解!」

 

 並列思考で5人それぞれに最善のコースを割り出して指示を出す真澄。膨大で不明瞭な情報を憶える記憶力、変動する状況で最善を考え続ける判断力、それらを5人分同時に行う並行処理能力。

 

 今この瞬間、風のエルは人類史最高の頭脳とぶつかっているということを、本人は分かっていなかった。

 

 

 

 

「イイ加減ニ、沈メ!」

 

 反撃もせずに粘り続けるG3-Xに業を煮やした風のエルが、周囲を覆い尽くすほどの大量の矢を形成。風縄も使った一斉掃射で逃げ場を奪う大技を繰り出す。

 

(やっぱり、これは完全には避けられない……だけど!)

 

 不条理な制圧力に沈むG3-X。しかし如何に風の天使と言えども、これほどの技は気軽に連発できるものではない。身体や能力の消耗、そしてその大技の直後は確かな隙になる。

 

 

 

 

 

「──今だ!」

 

「ようやく会えたなぁ、さっそくくたばれ!」

 

 獰猛な笑みを浮かべたシズクが敵のすぐ右から転移して突っ込む。目の前の敵相手に視野が狭まっていた風のエルは完全に不意を突かれた。それでも冷静に束ねた矢を投擲して迎撃する。迫り来る大量の矢に、シズクは止まるでも逃げるでもなく、後ろ手に掴んでいた仲間を前方に投げた。

 

「出番だオラ行け、加賀城!」

 

「人をモンスターみたいに召喚しないでよ、ああもう!」

 

 キミに決めた、と言わんばかりに清々しく投げ込まれた雀。文句を言いながらも華麗な盾さばきで全ての矢を受け流した。

 

「やりゃできるんだから最初からやれっての!」

(……シズク、ここまでの戦闘を見た限り、背面の方が防御が薄い……)

 

 雀の肩を蹴って飛び上がったシズクが銃剣を掲げる。狙いは相棒の助言通り風のエルの背中、その翼。

 

「その羽千切って羽毛布団にしてやるよ!」

 

「不可能ダ、貴様等ニハナ!」

 

 刃が翼に届く数cm手前で風のバリアに阻まれる。シズクが渾身の力を込めても、あと一歩でその障壁は破れなかった。

 

「無礼者ガ……身ノ程ヲ知レ!」

 

 至近距離で停止した身体が思い切り蹴り上げられた。肉弾戦に不向きといえど、やはりエルロード。大きく吹き飛んだシズクは上空の風縄に触れて何処かへ転移していった。

 

 

 

 

「頭上にご注意、ですわ!」

 

 息つく間もなく転移の気配。風のエルの真上、はるか上空に位置した風縄からGXランチャーを構えた夕海子が落ちてきた。事前にG3-Xが武器を貸与して、気づかれないように風縄を利用して接近していた。

 

(無駄ダト分カラヌノカ……イヤ、アノ武器ハ!)

 

 ランチャーの威力を察知して弓を構える。あの火力をバリアで凌ぎ切れる確信がない。両者は同時に発射した。

 

「狙い撃ちますわ!」

 

「私ニ射抜ケヌ物ハ無イ……!」

 

 最大火力の切り札、ケルベロスファイヤーは2人の中間で撃ち抜かれて爆発。ダメージを与えることは叶わなかった。しかし……

 

(うまくいきましたわ!)

 

(爆風……狙イハ最初カラ!)

 

 爆風までは凌げず、風のエルの視界が煙に閉ざされる。それと同時に爆風の威力で周辺の風の流れをかき乱す。これで風力操作も一時的に封殺できる。

 

(……ナラバ、次ハ自ズト)

 

「……もらったっ‼︎」

「──ソウ来ルダロウナ!」

 

 風のエルの背後、緊急離脱用の風縄から芽吹が仕掛ける。バリアが使えない無防備な背中に刃を突き立て……弓で防がれた。

 

「三段攻撃カ。悪クハ無イガ、私ニハ通用セヌ」

 

 反応されてしまえば、防人のスペックではどうしたってエルロードには敵わない。それでも芽吹は零距離で鼻を鳴らす。高慢な天使を嘲るようにふてぶてしく堂々と笑みをたたえて。

 

「残念ね……私も囮よ!」

 

 風のエルがその言葉に反応するよりも早く、その首元にワイヤーが伸びてくる。死角を突いたアンタレスの鋼線は、ステルスを維持する霊装であるペンダントをからめ取って引きちぎる。1秒にも満たない早業だった。

 

「何ダト……⁉︎」

 

 バチン、と音を鳴らして奪われた霊装。作戦の上で最重要のアイテムを見事に掠め取ったG3-Xは手元まで巻き取ったペンダントを握りしめて破壊した。

 

「これで、僕達の勝ちは決まりだな」

 

「貴様……!」

 

「姿さえ見えれば勇者達が動ける。場を整えてしまえば、彼らが遅れを取るはずがない」

 

「……随分自信ガアルノダナ。アノ質量ハ見タノダロウ?」

 

「向こうには陸人がいる。アイツは僕のような半端者とは違う。全てを守り、全てを掴む……本物の英雄だ」

 

 実戦に出るようになってからも、アギトの映像は繰り返し見て参考にしてきた。彼がどれほど厳しい戦いをくぐり抜けてきたかも知っている。そして何より、会って話せば分かる。陸人は1度言ったことは必ず成し遂げる男だと。

 

「さっきから動きもしないで、余裕のつもりなんだろうが……それが好きならずっと置物やってればいいさ。ステルスを破った時点で人類(ぜんたい)の勝利は決まってる……後は僕が、僕達がお前を倒して──」

 

 芽吹が、雀が、夕海子が、シズクが。仲間達が風縄も利用して合流する。作戦開始早々にバラバラにされた防人第一小隊が、ようやく集結した。

 

「完全無欠のハッピーエンドだ!」

 

 それぞれの武器を構える5人。その瞳に格上の存在に対する恐怖は見られない。その堂々とした態度が、自身を絶対の上位者と位置付けている風のエルは気に入らなかった。

 

 

 

 

 

「粋ガッテクレル……()()()()()私ヲ1度出シ抜イタ程度ノ事ガ、余程気分ガ良イヨウダナ!」

 

 傲慢さを捨て、本気を出すことを決めた風のエル。不動を維持して閉じていた翼が開かれる。自分の身体よりも大きく広がる鵬翼は、戦場に不釣り合いなほどに美しい。

 

「貴様等、ソコカラ一歩デモ動ケルト思ウナ!」

 

 その翼で風を掴み、驚異的な速度で飛翔。防人の周囲を高速旋回しながら射抜いていく。その最高速度は風の矢を上回る程で、射った矢が届くよりも先に移動して次の矢を放っている。

 

「速い……ってか、速すぎんだろ!」

「眼に映らないんじゃ、狙いようがありませんわ!」

「痛い痛い痛い! 助けてメブー!」

「全員落ち着いて! とにかく致命傷だけは避けるように──」

「動けない、足を狙われてるのか……!」

 

 獣じみた反応速度を誇るシズクも、眼の良さで言えばトップクラスの夕海子も、生存能力に特化した雀も、最強の防人である芽吹も、システムアシストがある志雄でさえも。

 誰一人反応することすらできず、矢の嵐に呑み込まれていく。

 

「先程ノ大口ハドウシタ? 立ッテイルダケデハ置物ト同ジデハ無イカ」

 

「……気にしてたのか? 案外小さいな、エルロード!」

 

「黙レ!」

 

「志雄さん、挑発しないでよ!」

 

 挑発を受け流せる精神状態ではない風のエルはあっさり乗った。風縄も織り混ぜてこれまで以上の勢いでG3-Xに矢が集中していく。装甲の厚さに望みをかけて盾役になろうとした志雄だったが、その目論見は芽吹に見抜かれていた。

 

「総員円陣、志雄を守って!」

 

「な……!」

 

 G3-Xを囲んで仁王立ち、体を張って防壁を組む4人。あの雀を含めて、文句も言わず指示に従った。全員が分かっていたからだ。状況を打破できる可能性があるのは1人だけだと。

 

「みんな、無茶だ! どいてくれ!」

 

「これもお役目の1つ、文句はありませんわ」

「ここまでしてやったんだ、勝たなきゃ承知しねーぞ」

「痛いのは嫌だけど、私だけ残っても何にもできないからね……最後に孤立するよりもマシだよ」

「隊長命令よ、ここは私達が守ってあげる……だから、アイツを倒しなさい!」

 

 絶え間なく続く射撃に晒されながら、誰1人迷いはない。その身を盾として、嵐が止むまでしっかりと大地を踏みしめて立ちふさがり続けた。全ては最後に勝つために。"完全無欠のハッピーエンド"のために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分後、やっと気が晴れた風のエルが攻撃を止めた。一撃の威力こそ低いものの、優に4桁は撃ち込んだ。エルロードでさえも多少の疲労感を感じる全方位射撃に、確かな手応えを感じていた。

 

「……コレデ、思イ知ッタカ?」

 

 エルロードは長い刻を生きる上でそれぞれに追求してきたものがある。

 地のエルは"個としての強さ"、それ故に彼はどこか武人気質なところがあり、戦いの勝敗に対するこだわりが強い。

 水のエルは"生命への干渉"、上位存在として生命に関わる上でその在り様に興味を抱いた。その行き着く先が再生と支配という辺りにエルロード特有の驕りが見える。

 

 そして風のエルの場合は"知恵"、要は誰よりも賢い生命であらんとしてきた。風縄の配置に数独の要素を組み込んだのもそうした気質故だ。しかしつい先程自分が練った謎掛けがあっさりと解かれてしまった。

 その怒りが風のエルから遊びを奪った。力で全て排除する。己より賢い者などあってはならない。天の遣いとは思えないほどに、今の彼には余裕がなかった。

 ……砂埃の奥に、未だ健在で立っている敵がいることに、すぐに気づけなかったほどに。

 

 

 

 

「……何故、未ダ動ケル?」

 

「あいにく、誰も死んじゃいない……死にそうな目には散々合ってきたからな。僕も含めてしぶとさは一級品だ」

 

 盾になってくれた芽吹達4人は意識を失って倒れているが、全員ちゃんと息はある。戦闘続行は難しいだろうが、おかげでまだ志雄は戦える。

 

(託された以上、勝つしかない……今度こそ、僕の手で守ってみせる!)

 

 志雄はこれまでに2度、手を伸ばせば届く所で大切な友を守れなかった経験がある。その度に死にたくなるほどに自分を呪い、病的に己を律して強くなってきた。その成果を、とうとう示す時が来たのだ。

 

「三度目の正直、ってね……付き合ってもらうぞ、エルロード!」

 

「フン、彼我ノ実力差モ理解出来ヌ愚カ者ガ……」

 

 G3-Xが両手を交差して深く息を吐く。その構えは、あの日見事な生き様を見せた彼の親友を思わせるものだった。同時に装甲各部が盛り上がって展開。隙間から白い蒸気が排出される。

 

「教えてやる……僕達の真骨頂、G3-Xのもう1つの名前をな!」

 

「何ヲ……」

 

 G3-X周囲の温度が目で分かるほどに上がっていく。橙色の瞳が、危険を示す赤に染まる。高まりきったエネルギーの余剰分が、光の粒子となって周辺にこぼれ落ちる。

 

解号(コード)── "EXCEED(エクシード)"‼︎」

『Boost up』

 

 凝縮したエネルギーが解放され、光の柱が立ち昇る。金色の粒子に覆われて輝くG3-X…… "GENERATION 3-EXCEED"がその真名を解放した。

 

「人ノ創造物ガ……ヨモヤコレ程ノ……」

 

「こうなると時間がないんでな……行くぞ!」

 

 

 

 言い切ると同時に衝撃。決して風のエルは目の前の敵から注意を逸らしてはいなかった。にも関わらず、フェイントもターンもなしに、正面からまっすぐ突っ込んできたG3-Xに反応できなかった。

 

「バリアか……鬱陶しいほどに頑強だな!」

 

 両拳は身体から数cm手前で風のバリアに止められている。最高出力であっても、ただぶつけるだけでは破れなかった。

 

「だったら──!」

 

「速イ……!」

 

 鼻先を突き合わせていたG3-Xが、またしても一瞬で消える。周囲を探るよりも早く、背中を襲う衝撃。背面上空、死角からのケルベロスを乱射。空間把握に長けた風のエルを完全に翻弄している。

 

「普通に撃っても無駄か。なら、お前を見習うことにしよう!」

 

 ついていけていない標的を中心に据えて、円を描くように高速旋回。多方向からの斉射で追い詰めていく。先程自分が仕掛けたのと同等の弾幕に呑まれた風のエルは一歩も動けない。

 

「自慢の翼、もらうぞ──!」

 

「──ッ、痴レ者ガ!」

 

 残像が残るほどのスピードで接近したG3-Xが右手を伸ばす。全方位に長時間展開したバリアは、今最も減衰している。何発か受けるのを覚悟して、風のエルが急上昇。背後から迫った腕を避けた。

 

「チッ、一枚だけか。だけど次は、根元からもぎ取る……!」

 

「貴様……」

 

 息を切らせて滞空する風のエル。その声は震えていた。目障りな人間如きの手に、自分の羽が一枚握られていたからだ。

 

「触れることはできない……だったか? 間違いだったなァ、えェ?」

 

「何ナノダ……ソノ力ハ!」

 

「お前は潰す……絶対に、ここでツブスッ‼︎」

 

 足元に大きなクレーターを刻んで飛び上がるG3-X。その態度や言動が、普段の彼から離れていっていることには誰も気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 G3-Xの最たる新機能『EXCEED』

 普段は人間が運用できるレベルまで落として使っている戦闘用のAI。これのリミッターを解除して理論上最大値まで戦闘力を引き上げるシステム。エネルギーも専用のサブタンクのものを用いることで100%のパフォーマンスを発揮できる。

 もちろんそのまま使えば人体に致命的なダメージを負わせることになるため、様々な補助がなされている。

 

 外部刺激によって装着者の体温と心拍数を上昇させて、肉体のコンディションを強制的に向上させる。

 更に感覚情報の制御、脳内分泌物の調整等の工程と装着者本人のメソッドによって極限集中状態──いわゆる "ゾーンに入る"ことを人為的に促す。

 ちなみに、ゾーンに入るのは本人の資質がなければ不可能なことだ。志雄は以前から構想自体は出来上がっていたこのシステムを使いこなすために長年鍛錬を重ね、生来の才能も相まって8割の成功率を叩き出している。

 

「遅い、遅すぎル!」

 

「クッ、人間風情ガ……!」

 

 バリアの上から蹴り飛ばし、更に飛んでいった風のエルをスラスターで追い抜いて背後に移動。反対方向に蹴り返す。1人でキャッチボールでもするかのように蹴り返し続け、徐々に高度が上がっていく。

 

「落ちロ、エルロードォォォッ‼︎」

 

 ピンボールのような軌道で天高く跳ね上げた風のエルを、更に上に回り込んで踵落とし。風のバリアを物ともせず、一方的に叩きのめしていく。

 ……しかし同時に、ここまで完璧に近かった挙動に少しずつノイズのような不自然さが混ざり始めた。

 

 

 

『進化しすぎた人工知能』に人間が無理やり合わせる形で完成する禁断の能力がEXCEEDだ。もちろん装着者の脳や肉体への負荷は尋常ではない。安全を保障できるのは60秒で、連続稼働限界は85秒。それ以上は強制的にモードが解除される。

 そしてもう1つ、この力には致命的な欠陥がある。

 

 

 

 

 

「ズアアアアッ、消エロォォォッ‼︎」

 

「フン……マルデ獣畜生ダナ……!」

 

 ケルベロスを鈍器のように叩きつけるG3-X。勢いこそあるが余りにも非効率な攻撃。これが最大の弱点、理性の喪失。

 無茶に無謀を重ねて、不可能でコーティングしたような無理くりがすぎた力は装着者を極度の興奮状態に持っていく。長く続ければ続けるほどに影響は如実に出て、次第に頭も満足に回らない、目の前の命を食い潰すケダモノに近づいていく。

 

 この錯乱によって装着者の判断がAIの指示から外れていき、そのズレが一定を超えると挙動にまで影響が出てくる。

 本来は本格的な暴走に至らないギリギリのデッドラインとして時間制限を設けていたのだが、モード起動前から肉体とシステム両面に深刻なダメージを負っていたせいでその目算がずれてしまった。

 安全ラインの60秒を超えた時点で、既に志雄は正気ではなかった。

 

 

「ガアアアアアッ!」

 

「確カニ速ク、強イ。ソレデモ──」

 

 ケルベロスで頭をフルスイングされて吹き飛ぶ風のエル。しかしどこか余裕ある態度で、緩やかに両手を合わせる。G3-Xは構うことなく直進し──

 

 

 

「考エル頭ヲ無クシタ人間ナド、獣ト何ラ変ワラナイ!」

「──ッ⁉︎」

 

 コース上に仕掛けられた風縄に引っかかり、はるか上空に転移した。

 攻防の間に後ろ手で指を組んだり、地面をさすったりと気になる行動はあった。普段の志雄なら違和感を覚えただろうが、AIに意識を振り飛ばされそうになっている現状では気づけない。

 

「ソシテ……」

 

 真っ逆さまで空中に移動させられたG3-X。一瞬で変わった景色に動揺した意識の空白。1秒にも満たない小さな隙だが、風の天使にはそれで十分だ。

 

「獣ヲ御スル術ナド、幾ラデモアル!」

 

 必殺の一矢が寸分違わず背部のバッテリーに直撃。G3-X全体に致命的なダメージが広がる。

 同時にEXCEEDがタイムリミットにより強制解除。力無く地面に落下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぅ、ぁ……」

(まずい、記憶が飛んでる……今どうなって……?)

 

 EXCEEDの解除と共に理性を取り戻した志雄。知らない間にボロボロになった身体を見て、制御に失敗したことを悟る。

 

(暴走したか。しかもG3-Xの方も限界だ……)

 

 バッテリーの損傷がリカバリ不能な域にまで達してしまった。あと1分足らずで爆散、G3-Xは大破するという警告がひっきりなしに頭に響く。禁忌の切り札まで使っても、エルロードには勝てなかったということだ。

 

(……いいや、だったら……!)

 

 諦めずにもがく志雄。身動きもままならない有様で虫のようにモゾモゾ動く様が気に入らなかったのか、風のエルは鼻を鳴らしてトドメの矢を番える。

 

「人間ニシテハ良クヤッタガ、ココマデダ」

 

 

 力を振り絞って起こした上体に風の矢が無慈悲に直撃。火花を散らして破壊のダメージが全身に広がっていく。

 

(タイミングが勝負だ……見誤るな──!)

 

 

 おぼつかない挙動で左腕を後ろに回した直後──鮮やかな爆風に包まれて、G3-Xは爆散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし……園子、準備はいいか?」

 

「おっけ〜、それじゃミノさん、行ってきま〜す」

 

 大社本部、乃木園子の病室。渋る幹部から力尽くで端末を奪取し、遅れながらも戦場に出向こうとしていた。

 

「気をつけろよ……半端ない修羅場みたいだからな」

 

「お〜……って、あれ? 今何か……」

 

「……え?」

 

 園子が出撃しようとしたその時、カーテンの奥から物音が聞こえた。そんなはずがない。あの奥で動くものといえば、ずっと眠り続けた友人しか──

 

 

 

 

 

「……ったくよ、そこかしこでヤバそうな気配がウロチョロしてやがる。おちおち寝てもいられねえ」

 

 2年寝たきりだったとは思えないほど淡々とカーテンを開け放って現れた少年。2人がずっと待ち望んでいた声が部屋に響く。

 

「うそ……」

 

「……お前……ほんとに……」

 

 

 

 

「銀、園子……いきなりで悪いが、状況教えてくれねえか? 寝起きの運動するにはいいタイミングみたいだからよ」

 

 

「──鋼也っ‼︎」

 

 

 

 英雄の光を分け与えられたことで、少年の時間が再び動き出す。絶対の窮地に、それぞれの生命がその意味を果さんと熱く燃えていた。

 

 

 

 

 




小難しい文章多めになってしまって申し訳ないです。
そしてようやく目覚めた第2主人公。長かった……
ちなみに時間軸的には、陸人くんたちは変身を封じられたままもがいている頃かな、と浅く想定しています。

読者様からの感想で気づいたのですが、風のエルの風縄は、Wのゾーン・ドーパントをイメージしてもらえれば入りやすいと思います。

話変わって、珍しく活動報告を利用してみました。今回の楠芽吹の章全体を通したある仕掛け(言うほど大したものではありませんが)についてです。お時間のある方は覗いてもらえるとありがたいです。作者の名前から作者ページに移動してもらって、そこから活動報告に進めます。


感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに


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X day たとえ『勇者』と呼ばれずとも

くめゆ編クライマックスです。
 


(時間ヲ掛ケ過ギタナ……今カラデモ援護ニ行クベキカ)

 

 G3-Xの爆散を見届け、風のエルは次にどう動くかを考える。ステルスを破られたのは想定外だったが、第一目標の結界の破壊は完了したのを確認している。ならば自分も出向けば、より迅速かつ確実に敵を殲滅できる。

 そんな算段を立てながら、ゆっくりと志雄のもとに歩み寄る。彼の手にはまだステルス維持用の霊装が握られている。破壊されたとはいえ、この首飾りは風のエル自慢の一品だ。手放すのは惜しい。

 

(霊装ヲ回収シタラ即結界内部ヘ突入……全テヲ破壊スル)

 

 

 

 

 確かめもせずに抱いた仕留めたという確信──時としてこの余裕は、油断となる。だからこそ風のエルは驚愕した。

 

 

 

 

 

『G3 All safety release』

 

 

 

 臨戦態勢を告げる機械音声が、目の前の死体から聞こえたからだ。

 

 

 

「──変……身っ‼︎」

『Acception』

 

 

 負けることなど認めない。あってはならない。許されない。その傲慢なまでの意地と根性で立ち上がった志雄が、旧式(G3)の鎧を纏って銃を突きつける。

 

 

 

「何ッ……貴様ハ!」

 

「この距離なら……バリアは張れないな‼︎」

 

 

 風のエルの腕を掴んでホールド。完全に油断した敵の腹部にスコーピオンの銃口を押し付けて連射する。逃れられない連続射撃に、身体自体の耐久力は高くない風のエルが唸る。

 

(何故ダ……今ニモ力尽ツキヨウトシテイル身デアリナガラ……何故諦メナイ!)

 

「言ったろ、三度目の正直ってな……今度こそ、守り抜いてみせる!」

 

「忌々シイ……何処マデモ!」

 

 

 

 空いた左腕に風を纏って振りかぶる風のエル。吹けば飛びそうな有様のG3に触れれば、それだけでトドメとなり得る。

 鷹の爪が届く……その刹那、背後からの銃弾と盾の投擲がその一撃を逸らした。

 

 

 

 

「やらせませんわ、私達には勝ちしかありませんのよ!」

 

「こんだけ身体張った挙句負けるとかあり得ないから! 最弱の私が死ぬ気で頑張ったんだよ⁉︎」

 

 

 

 限界の身体を押して追いついてきた夕海子と雀が、崩れ落ちながらも風のエルの両脚にしがみつく。銃撃を受け続けているせいでバリアを張る余裕もない。お互い、これ以上ないほどに追い詰められていた。

 

 

 

 

 

「成程……仲良ク心中シタイト言ウナラ、望ミ通リニシテヤル!」

 

 

 大翼を広げる風のエル。3人まとめて吹き飛ばし、テリトリーである空に飛び上がってしまえば勝ちは確定だ。しかし頭に血が上った彼は忘れていた。敵は3人だけではないと。

 

 

 

「今度こそもらうぜ、その翼ぁ‼︎」

 

「逃がさない……ここで終わらせる!」

 

 真後ろから飛び込んできた芽吹とシズクが同時攻撃で両翼を切断。白く美しい羽が、風に乗って周囲に舞い散る。空にも逃げられなくなった風のエルの両腕を2人が抑える。これで四肢全てを封じ、退路を完全に断ち切った。

 

 

 

 

「ハッ、言ったろーが。テメーの羽を布団に仕立ててやるってな!」

 

「それは正直どうかと思うけど……これ以上好き勝手されちゃ困るのよ!」

 

「帰りたい休みたい寝たい泣きたい……だから早くやられちゃってよお願いだからぁ!」

 

「雀さん、恐怖で言動がおかしくなってましてよ……ですがこれで王手、ですわ!」

 

 

 

 朦朧とした意識の中、それでも頭に響く仲間の声。そのエールが崩れそうな身体に力をくれる。スコーピオンを全弾打ち尽くした志雄が、詰みの一手を仕掛ける。

 

 

「全員離れろ、決めるぞ!」

 

 スコーピオンで散々撃ち抜いた腹部にデストロイヤーを突き立てる。人の技術の結晶たる刃は、最早バリアや他の能力を使う余裕もない敵の身体を深々と貫通した。

 

「グッ……ムゥ……!」

 

「僕には仲間がいる……それが、お前が()()()()に負ける理由だ‼︎」

 

 

 更にダメ押し。傷口めがけてサラマンダーの銃口を構えてまたも連射。G3の持ち得る全火力をつぎ込んだ必殺のコンビネーションだ。

 

 

 

 

「僕達の勝ちだぁぁぁっ‼︎」

 

 

「馬鹿ナ……馬鹿ナ馬鹿ナ馬鹿ナァァァァァァァァッ‼︎」

 

 

 

 

 グレネードを全弾叩き込み、弱り切った胴体を力一杯斬り裂く。上半身と下半身が見事に断ち斬られた風のエルは、最後まで人間を見下し続けて爆散した。

 その爆風は周辺一帯を飲み込み、踏ん張る力も残っていない防人達をまとめて吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員、無事……? 返事をしなさい」

 

「国土志雄、なんとか生きてる……あー、瞼が重い……」

 

「弥勒夕海子……よゆーで生きてますわ……ゲホッ、ゴホッ……」

 

「山伏しずく、同じく……シズクは疲れて寝ちゃってる……」

 

「うぇぇぇ〜……死ぬかと思ったよぉ〜」

 

「雀も無事ね。良かった……」

 

 カタツムリのようにノロノロと這って集合した5人。生存確率で言えば2割は切っていただろうが、全員が分が悪い賭けに勝利した。こんな事態に至った時点で不運なのか、なおも生き残れたのが幸運なのか。それは誰にも分からないが……この日証明されたことがある。

 

 たとえ選ばれずとも、戦って守ることはできる。個として特別ではなくとも、運命に逆らって盤面を変えることはできるということだ。

 

 

 

 

 

 

「しかし、志雄さんは先ほどの爆発をどうやってやり過ごしたんですの? 確かにG3-Xが爆散したのを見たのですが……」

 

「ああ。Gシリーズは制御端末が使えなくなった時のために、安全措置もちゃんと備えてるんだよ」

 

 例えば端末が故障した時、最悪いつまでも装甲が外せなくなる可能性がある。そのため、ベルトの裏側に外部から強制解除するためのスイッチが用意してある。

 

「バッテリーが炸裂する一瞬前にパージして、同時に爆発の起点となるパーツを高く跳ね上げる。後は爆風に飲まれる前に伏せた……完全には凌げなかったけどな」

 

 風のエルに気づかれないように、本当にギリギリのタイミングで回避するしかなかった。その結果、志雄の背中は制服が焼き崩れて、肌も焼け爛れている。

 

「……で、あとは不用意に近づいてきたアイツの不意をついて、端末に戻しておいたG3を装着したってわけだ。ここまでうまくハマるとは思わなかったが何でも用意しておくものだな」

 

『本当に。あの機転は見事だったわ。みんなもお疲れ様。全員の力で掴んだ勝利よ。私達だけでも、神霊に打ち勝つことができる。最高の結果よ』

 

 EXCEEDのことも考えて、志雄は戦闘中のエネルギー切れを警戒していた。スペアとして修理が完了したG3システムも同じ端末にインストールしておいたのが功を奏した。

 総じて、人間が持つ知識、技術、心理が天使を瞬間的に上回って得た勝利と言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激戦を乗り越え、緊張の糸が緩んだ5人は気づかない。爆風の中に消えた風のエルが、残った上半身だけで矢をつがえていることに。

 

(巫山戯ルナ……コノ私ガ……!)

 

 この身体はもう保たない。それは自覚している。負けたということだろう。しかしそれでも、風の天使として長く生きて育てられた自尊心は、このまま終わることを認められなかった。

 爆発の瞬間に幻惑の術を使い、残った身体を隠して逃げた。センサーの範囲外からの狙撃。警戒していない今なら、1人2人なら倒せるかもしれない。

 

 

 

「……タダデ帰スト思ウナヨ……チッポケナ生命ノ分際デ!」

 

 

 

『……攻撃……! みんな避けて!』

 

 真澄の警告が飛ぶも、あまりにも遅かった。気の抜けた彼らの反応は間に合わず、志雄めがけて一直線に飛ぶ風の矢は──

 

 

 

 

 

 

 

「させっかよ──オラァッ‼︎」

 

 

 

 突然空から降ってきた乱入者──緑の異形(ギルス)の爪の一閃で、嘘のようにあっさりとへし折られた。

 

 

 

 

「馬鹿ナ……貴様ハ……!」

 

「……ギルス……?」

 

 両者の間に着地し、防人達を庇うように立ちはだかるギルス。最後の悪あがきも阻まれた風のエルの身体が、今度こそ限界に至る。

 

(チッ……ココマデカ……)

 

 爆散と同時に離脱していく魂。ギルスは一瞬追いかけようと踏み出しかけたが、後ろで膝をつく防人達を思い出して踏み止まった。彼の目的はあくまで彼らを助けることだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと近づきながら変身を解くギルス。その仮面の奥には、ずっと夢でしか見てこなかった懐かしい顔が笑っていた。

 

「鋼也……君は……」

 

「んぁ? 久しぶりだってのに何だよそのリアクションは」

 

 特に感慨を浮かばせることなく志雄の手をとって立ち上がらせる鋼也。あくまで昔と変わらない。何事もなかったかのようなその態度が、かえって志雄の涙腺に響いた。

 

「なんなんだ……君は本当に……何もかもが唐突すぎるんだよ。起きる前に一声かけろ……!」

 

「いやお前今大分無理難題言ってるぞ? 分かってるか?」

 

 言いたいことが山ほどあった。聞きたいことが星ほどあった。そして何より、謝りたかった。避けていたこと、間に合わなかったこと、何もできなかったことを謝罪したかった。

 しかし完全に予想外のタイミングで再会してしまったことで、言葉が全く出てこない。傍目には分かりにくいが、今志雄は人生最大級に混乱していた。

 

 

「……なんで、ここに?」

 

「ああ。夢ん中で香が教えてくれたんだ……で、園子の船に途中まで乗せてもらって、ここまでバビューンと」

 

「そうか……香が……相変わらず、よく気を使う子だな」

 

「全くだな。あいつが起こしてくれなきゃ、もう少し寝坊してたかもしれねえ」

 

 鋼也が目覚めたきっかけは、陸人が分け与えたアギトの光だ。そしてそれが鋼也の中で香の形で働きかけた。志雄もそうだが、やはり特別なのだ。沢野香という少女は。

 

 

 

 

 

「しっかし、ちょっと見ない間にお前も変わったみてーだな。まさかそんなボロカスになるまで体張って戦ってる志雄なんざ見れるとは思わなかったぜ」

 

「……そうかもな。君を真似てみたんだ。いきなり眠りに就くようなバ……向こう見ずの尻拭いは、昔から僕の役目だったからな」

 

 やっと出てきた言葉は憎まれ口。それでも鋼也は……いや、志雄も、そんな"本来の自分達"が戻ってきたことが嬉しかった。

 

「おい、今バカって言いかけたな? 言っとくけどな、さっきの奴と同等の敵を相手に俺は2人で勝ったんだぜ? つまりお前らの半分以下の人数だ。分かるか? 俺はお前より強いってことだ」

 

「相変わらず馬鹿なことしか言わない口だな……そもそも前提条件が違う。君の仲間は勇者だろう。こちらにはスペックが大きく劣る装備しかないんだ」

 

「だけどあの時には他にもバーテックスがいたんだ。つまり敵戦力はこっちの方が上だった。分かったら潔く認めろよ」

 

「今回は敵が事前に罠を敷き詰めていた。いわば敵陣での戦闘だったんだ。その中で勝利を収めるのは単純な戦力計算だけでは計り知れないほど難しいことなんだ」

 

 額をぶつけ合うような近さで言い争う2人。感動の再会を邪魔しないように黙っていた防人達も、これには笑うしかない。

 

 

(何アレ? 数年ぶりの再会じゃないの? 志雄さんあんなに幼馴染のこと褒めちぎって特別視してたのに……)

 

(志雄さんがあんなにムキになってるところ、初めて見ましたわ)

 

(……でも、もしかしたらあれが国土兄の素なのかも……)

 

(確かに、長年の親友相手だし……だとしたら、少し複雑ね)

 

 自分達もかなりの修羅場をくぐり抜け、絆を育んできた自負があった。それでもやはり幼馴染には勝てないのか、と。友情の嫉妬心がないわけでもなかった。それでも彼女達は、子供らしい顔をやっと見せてくれた志雄と、それを引き出してくれた鋼也の再会を心の底から喜んで、祝福していた。

 

 

 

 

 

『あー、お二人とも? お邪魔して悪いのだけど、敵が動き出したわ』

 

「……敵?」

 

「お? 大人の女性の声……なんだ志雄、お前女所帯でウハウハだったのか? 嫌な成長しやがって」

 

「うるさい、君だってそうだろう……星屑の群体か」

 

 地平の果てから迫り来る、空を舞う小さな異形の群れ。その名を示すように、星屑が天空を覆い尽くすほどの規模で蠢いていた。

 

「うっそぉ〜、もう勘弁してよ。身体中痛くて痛くて……」

 

「雀さん! ボロボロなのはみんな一緒ですわ……しかし、結界を狙うにしては妙なタイミングですわね」

 

「……多分、さっきの鳥怪人が……私達みたいなノーマークの寄せ集めに負けたのが想定外だったんじゃないかな……」

 

「なるほど。それで泡食って手持ちの戦力を追討に差し向けてきたのね。でも実際、今の私達では……」

 

 立って歩くだけで身体が軋むのだ。まともな戦闘行為などできるはずもない。ジャイアントキリング直後の決定的な隙を狙われてしまった。

 

 

 

「つまりアレは全部俺の獲物ってことでいいんだな? だったら早く帰りな。一匹たりとも通さねえからよ」

 

 

 

 あっさりと言い切る鋼也。虚勢でも無鉄砲でもない。自分ならできると、鋼也は心から確信していた。

 

「やれるのか? 二年寝太郎のくせに……」

 

「問題ないね。なんなら今ここでお前を先にぶっ飛ばして証明してやってもいいんだぜ?」

 

「やってみろ病み上がりめ。できもしない大口を叩くのはみっともないと教わらなかったか?」

 

「ちょちょちょ! なんでいつまでもケンカ腰なの⁉︎ やばい状況なんだからさ」

 

「それが2人のデフォルトなのは何となく分かったけど、状況は弁えてもらわないと困るわ」

 

 延々と言い争う少年達の間に割って入る防人達。流石に冗談抜きで急がなくてはならない状況だ。

 

「……すまない、隊長命令には従うよ。僕達は帰還しよう。今の状態じゃ足手まといだ」

 

「……へぇ、あの志雄が素直に従う隊長さんか。少し驚いたぜ」

 

 自分が知らない間に親友が築いた関係を眩しそうに見つめる鋼也。国土志雄はどちらかというと狭く深い人間関係を好むタイプだと知っていたから、その驚きは大きい。

 

「それはどうも……それで、篠原さんと呼ばせてもらうわ。任せてもいいのね?」

 

「楽勝だね。リハビリにはちょいと物足りねえくらいさ」

 

「志雄が信じる人物が、そこまで言い切るのなら私も信じるわ。背中、よろしくね」

 

「大船に乗ったつもりでいな……流石に園子の船ほどとはいかないが」

 

 

 

 

 

 

 全員で肩を組んで、少しでも楽に進める隊形を組む5人。一番の重症で、真ん中で支えられた志雄が首だけで振り返る。

 

「鋼也……その様子じゃ、どうせ起きてすぐ飛んできたんだろう?」

 

「……まあな」

 

「亜耶や君の仲間の勇者達は、ずっと待ってたんだ。きっと言いたいことも溜まっていることだろう……これ以上待たせるようなことになったら、僕は君を許さないからな」

 

 不器用で素直じゃないエール。その"待っていた人達"の中に自分を含めないのは、志雄に残った小さな男のプライドだった。

 

「分かってるさ。話さなきゃならねえ人が大勢いるんだ……こんな雑魚に邪魔されてたまっかよ」

 

「分かっているなら、いい……覚悟しておけ。君と会ったら、亜耶は絶対に泣くぞ」

 

「ゲッ……これから戦うって時に気が重くなること言うなよな、お前ホントにさぁ……」

 

 困った声を出す親友に小さく笑う志雄が、震える手で拳を差し出す。鋼也も応えるように拳を合わせる。

 

 

 

 

「……頼むぞ、鋼也……」

 

「ああ……任せな、志雄」

 

 

 

 本音を交わすのに言葉は要らない。拳を1つ合わせれば、それだけで長年の空白だって埋められる。

 

 国土志雄と篠原鋼也は、そんな絆で結ばれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空を白く塗り潰す星屑の群れ。数えるのも嫌になる数の暴力が、鋼也の目前に迫っていた。

 

「フン……ただでさえ空がおかしな色してるってのに。気持ち悪い光景だな」

 

 そんなことは危機でもなんでもない、と鋼也は悠々と首を鳴らす。起きてからずっと、力がみなぎって仕方ないのだ。

 

(寝てる間になんかあったのか……とにかく今なら、負ける気がしねえ……!)

 

 肉体面ではなんの問題もない。そして肝心の精神面も……

 

 

 

「園子の船の上から色々見てきた……中でも外でも、随分好き勝手やってくれたようじゃねーか」

 

 

 

 ──鋼也、志雄を……みんなを助けて。それができるのは、あなただけだから──

 

 

 香の声に導かれて一直線に飛んできたから全てではないが、鋼也は混沌の最中を見てきた。

 結界の内側を突き進む巨大な空中要塞。蠢くアンノウン。

 そして新しい勇者達や、見知らぬ仮面の戦士。志雄とその仲間。

 

「バケモノ如きが調子に乗りやがって。忘れたんなら思い出させてやるぜ……

 テメエらの天敵が誰かってことを……この俺の恐ろしさをなぁ‼︎」

 

 その眼は怒りに燃えていた。何も知らない人の暮らしまで脅かされた怒り。親友を死んでもおかしくないほどに傷つけられた怒り。

 そして何より、肝心な場面に出遅れた自分自身への怒り。

 

 ギルスの強さは意志と感情に大きく左右される。病み上がりではあれど、怒りに満ちた今の鋼也はベストコンディションと言っても過言ではない。

 

 

 

「……変身っ‼︎」

 

 

 

 2年の刻を経て、バケモノを狩る野性の戦士……ギルスが帰還した。牙を剥き、爪を伸ばし、その全てを切り刻む。

 

 

 

「──屑はクズに、還りやがれぇぇぇっ‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う〜……なんか目の前がグルグル回ってるんだけど……回収とか頼めなかったの?」

 

「向こうも手一杯だろうから断っておいた。真澄さんまで今は出張ってるみたいだしな」

 

「そんなぁ……私達だって緊急じゃん、もう死にそう……」

 

「それだけ口が回れば当分大丈夫ですわね。いいから足を動かしなさいな、ペース落ちてますわよ」

 

「……あ、結界……そういえば、どうやって飛び越えるの……?」

 

「考えてなかったわね……でも、全員で同時に踏み切ればなんとか超えられるんじゃない?」

 

 5人横並びで肩を組んで歩く防人。まっすぐ歩いているつもりでフラフラと進路がねじ曲がっているあたり、かなりの重症だ。常人の歩行よりも更に遅いペースで、ようやく結界の目前まで到達した。

 鋼也が来てくれなければ、間違いなく逃げ切れなかっただろう。

 

「……みんな、ありがとう……」

 

 ゴールを目前にして、志雄が小さく呟く。

 

「? 何、急に……」

 

「今回の戦闘、僕だけだったら……いや、誰か一人でも欠けていたら負けていた。僕達5人だから成し得た結果だ。君達と出会えて……肩を並べて戦えることに、感謝してる……」

 

「い、いや〜、そんな風に言ってもらえるなら……これからは私を修羅場に巻き込まないようにしてくれれば……イタッ! 痛いよメブー‼︎」

 

「……改まって何を言うかと思えば……別にあなたのためじゃないわよ。私達はみんな自分の目的があってここにいるの……だから、大仰なお礼なんて必要ないの、仲間じゃない」

 

「そういうことですわ。私は弥勒家再興のため、今後も結果を出していく必要があります。まるで最後のようなセリフはやめてくださいな」

 

「……しずく(わたし)とシズクのこと、長所として活かせ……なんて言ってくれたのは国土兄が初めてだった。こちらこそ、感謝してる……」

 

 防人部隊32人+α。各々が自分の目的や主義を持って戦っている。それでも決して自分勝手ではなく、全員がフォローしあって全員の目標が叶う最高の結末を求めて、今日も命を張っている。

 

 それが彼女達の強さ。勇者部とは少し違う、我が強い集団が組織として成立できている最大の秘訣でもある。

 

 

「そうか……そうだな。つまらないことを言った、忘れてくれ……」

 

「おっと、そうはいくかよ。せっかくテメーの可愛げのある言葉が訊けたんだ。これは是非とも部隊で共有すべきだよなぁ?」

 

「シズクさん……ええ、そうですわね。他の小隊にも通達しておきましょう。志雄さんは私達がいないと何にもできないと」

 

「……んむむ、これは弱みを握れるチャンスでは?」

 

「おいこらお前たち……特に加賀城、あまり調子に乗ると毟るぞ」

 

「ヒエッ、なに⁉︎ どこを毟るの⁉︎ 具体性がない分かえって怖いやつ!」

 

「ハイハイ、その辺にして……飛び越えるわよ──せーのっ!」

 

 

 

 

 

 

 息を合わせて壁を飛び越えた志雄達。疲労から合流地点を見誤った彼らは、見事に海中に落下。回収船が大慌てで迎えに行ったものの……後日全員仲良く風邪をひいた。

 

 

 

 

 

 

「いやー、まさかこんな笑えるオチまで用意してるとは……やっぱ変わったなぁ、志雄」

 

「──っくしゅん! ……うるさいな、好き好んで海に落ちたわけじゃない……」

 

 数時間に及んだ一大決戦は、アギトや勇者、その他多くの人間の奮戦によって無事に終結した。残敵の掃討を終えた鋼也は、志雄の見舞いに来ていた。

 

「……それで、仲間と話はできたのか?」

 

「ああ。なんか1人今は離れてるらしいんだけどな……園子が言うには近いうちに思い出すって話だから、全員揃ってってのはまたそのうちって感じだ」

 

「そうか……とにかく君が起きてきただけでも、安心したことだろうさ」

 

「まあな。銀は泣きやまねーし離れねーしで大変だったぜ」

 

「なんだ惚気か? 史上最大級の寝坊をかましたくせに、いいご身分だな」

 

「うるせーよ、肝心なところに間に合わせて助けてやったのは誰だと思ってんだ」

 

「頼んだ覚えはない。自力でなんとかしたさ」

 

「よく言うぜまったく……」

 

 息を吐くように言い合いに移行する2人。それでも表情に険はない。一切の遠慮がいらない相手とまた触れ合えることを、素直ではないが喜んでいた。

 

 

 

 

 ──ガシャンッ! カラン……──

 

 

 

 病室の入り口で、何かが落ちる音がした。2人が振り向くと、持ってきた志雄の食事を落としてしまった亜耶が、口元を両手で抑えて震えていた。

 

「……こ、こうや……くん……?」

 

「……あー、もっといいタイミングで顔見せるつもりだったんだが……久しぶり。大きくなったな、亜耶」

 

「──鋼也くん!」

 

 涙を浮かべながら駆け寄り──その胸に飛び込む寸前で急停止。反射的に受け止める姿勢になった鋼也も、突然ブレーキをかけた亜耶も、ベッドから見ていた志雄も、微妙な表情で固まってしまった。

 

 

 

「……えーっと、どうしたんだ? 亜耶」

 

(どうしようどうしよう……鋼也くんにはもうお相手がいるみたいだし……私も今はもう吹っ切れてる……うん、多分吹っ切れてるはずだし……そもそもお兄様の前だし……かといって今のボロボロのお兄様に飛びついたら痛いかもしれないし……)

 

 いつも可憐な亜耶らしくない百面相。頭から湯気が立ち上り、顔は茹で上がって眼は泳ぎまくっている。彼女の脳内では乙女的な一大事が巻き起こっていた。外から見ている野郎2人には到底理解できない世界だ。

 

「おい、妹熱暴走してねーか? どうすりゃいいんだお兄ちゃん」

 

「気色悪い呼び方をするな……よく分からんが君のせいだろう、何とかしろ」

 

「理不尽すぎんだろーがクソ兄貴!」

 

「君に兄呼ばわりされる筋合いはない!」

 

 そして何故か再燃する2人の口論。そんな懐かしい"いつも通り"を目撃したことで、亜耶も少しずつ落ち着いてきたらしい。

 

「ふふ……あははっ、本当に帰ってきたんですね。鋼也くんが」

 

「お? おう、大分心配かけちまったな……悪かった」

 

「いえ、ちゃんと帰ってきてくれれば、私はそれだけで」

 

「……は〜……志雄も大概変になったと思ったが、亜耶も変わったなぁ。いい方向に成長したっつーか」

 

「おい、まるで僕がおかしい奴みたいに言うな」

 

「えへへ、私だってもう一人前です! 巫女のお役目もちゃーんとこなしてるんですよ?」

 

「そーかそーか! 兄に似ずに育ってくれて俺は嬉しいぞ、亜耶!」

 

「なんで君はいちいち細かく僕にケンカを売るんだ!」

 

 

 

 完全に元通り、と言うには1人足りないが……それでもずっと求めていた幸せだった時間が帰ってきた。国土兄妹の夢が1つ、成就した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決戦は終わった。その中で結界と樹海を破られたことで、これまで隠してきた敵と戦いの存在が四国中に知れ渡ることとなった。

 特にアギトは、一際目立つ破界砲を防いだ姿が何人かの命知らずによって撮影、動画が拡散されてしまった。

 これに対して、大社は西暦の反省も踏まえて事実の一部開示で対処することを決めた。

 

 神樹様に敵対する存在が使徒である怪物を召喚して侵攻してきた。

 これに対して神樹様も同様に使徒を招集して対抗。その使徒がアギトをはじめとした仮面の戦士──『仮面ライダー』

 その呼称を使い、同時にギルスやG3-Xの情報も公開することで民衆の注目を一点に集める。

 

 既に表沙汰になってしまったこともあり、仮面のおかげで正体を見抜かれない彼らを前面に押し出すことで勇者達や他の真実への追及をかわす方針だ。

 

 大社は同時に、これまでことが起こるたびに隠蔽してきたアギトの目撃情報の規制を一部だけ緩めた。大社からの情報を皮切りに各所から助けられた、という声が上がることで、突然現れた謎のヒーローへの警戒心を薄めることにも成功した。

 

 見た目が派手なライダー達を矢面に立たせて、更に神世紀で何よりも強い"神樹信仰"を利用することで、大社は必要最低限の情報開示のみで危機を乗り越えることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 後の時代、歴史学者が過去を振り返る際に、この日は人類史の転換点と称されることとなる。

 人が真実の一端に辿り着き、これまで一部の人間だけが関わっていた世界の危機に、他人事でいられる時間は終わりを告げた。

 そしてその存在を知られた再臨の英雄。この日を境に真実の価値は跳ね上がり、闇と光の闘いは新たな階梯へと移行する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大社本部最上階、大社で最も価値があるとみなされている人物との謁見場。そこには鋼也の母親、篠原真由美が訪ねてきていた。

 

「しかし、"仮面ライダー"ですか……」

 

「あら、お気に召しませんでした? 私一生懸命考えたのですが……」

 

「いえ、そのようなことは……ただ、彼らには面倒を押し付ける形になってしまったなと……」

 

「そうですね……ですが西暦の戦時中には、勇者様を盛り立てた結果反発や誹謗中傷が広まったそうです。ヒーローが同じ人間、というのはどうしても不安の種になってしまうのでしょう」

 

「なるほど。その点彼らは顔が見えませんからね。神樹様の使徒と言ってしまえば疑うことはない……ですか」

 

 部屋の主の年頃は14か15歳といったところ。しかし一児の母にして、大社の一派閥を仕切る立場の真由美は常に少女に敬意を示し、少女の方もかなり高い壇の上から地面に座した真由美を見下ろして会話している。

 

「あなたが不満を持つのは仕方ないことだと思います……息子さん、ようやく目覚めたんですもの」

 

「……私情を挟んで、申し訳ありません」

 

「ああ、ごめんなさい。責めてはいないのですよ? ただ、私は会ったことがないものですから……勝手に重責を押し付けてしまった戦士達に」

 

 小さくため息を落とす少女。作り物じみた美しい顔が憂いに歪み、その小さな挙動に絹糸のような柔らかい黒髪が揺れる。人ではないものの加護をめいっぱい受けている彼女は、見目そのものが光を放たんばかりに麗しい。

 

「そうだ、会ったことがないなら会ってみれば良いのです! 何故こんな簡単なことが思いつかなかったのかしら?」

 

 名案を思いついた! といった笑顔で両手を打ち鳴らす。真由美は少女のこういった純粋さを好んでいたが、実際のところ仕事と責任が増えるのは実質的な側近の位置に立っている彼女の方だ。

 

「……それはつまり、アギトですか?」

 

「ええ! 我々神世紀に生きる全ての命の大恩人、御咲陸人様に是非ともお会いしたいです……どうでしょう?」

 

「かしこまりました。近日中に機会を作りましょう」

 

「私の都合でお呼び立てするのは申し訳ないし、こちらから出向けたら良いのですが……」

 

「そんなことをすれば本部中の人員が血眼になって追ってきます」

 

「……ですよね。では申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします」

 

「お任せください……それでは失礼します、()()()()()

 

 

 

 

 

 深々と頭を下げて退室する真由美。

 一人になった少女の顔には、隠しきれない歓喜の情が浮かんでいた。

 

(たった一度の邂逅であの園子ちゃんの心を掴んだ王子様……

 時代を超えてまで全てを守ろうと戻ってきた救世主……

 個人的にもすごく興味があります……ああ、どんな方なのかしら?)

 

 

 

 

 

 

 神に愛された少女と、神に至った少年。

 その出会いがもたらすものは、絶望か希望か……

 

 

 

 

 

 




まさかの志雄くん橘さん化……伝説の銃ライダーを見習ってみました。ネタは豊富ですが、負けないくらいカッコいい見せ場もあるギャレンが私は大好きです。

先週の活動報告の答え合せですが――

くめゆ編のサブタイトルの頭文字を縦読みすると『GENERATION3X』になります。G3-Xの正式名称……正確には GENERATION 3-EXTENTION。
ここまで書ければよかったんですが、話数が伸びすぎるので……本当は全11話『3』で終わらせる予定だったんですが、予定外に1話増えまして、尻切れとんぼな感じになってしまいました。やはり難しいですね、本文外で遊ぶというのは。

これにてとりあえず各ライダー一周したということで……次は勇者の章、と思いきやオリジナルに寄り道予定。
この章はライダー色強め、ゆゆゆ要素かなり薄めでお届けすることになるかと思います……今更かもしれませんが。


ジャンプ漫画的な章タイトルをつけるなら……
『大社動乱編』でしょうか。形にするのに時間がかかることが予想されます。お待ちください。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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またたきの章
三位一体の三重奏(トリオ)


新章入ります。章の間という区切りでうっかり休むとそのまま復帰のきっかけを見失いグズグズと間が空くという罠に前回引っかかったので、あえて通常のペースで投稿していくスタイルッ……!

全体の流れはオリジナル、アギト要素を増やしつつ、伏線回収と最終ゴールの提示を目標としています。
イメージとしては劇場版。ただしメインストーリーにがっつり食い込みます。
まだ全体仕上がってないので、変わったらごめんなさい。
 


 ギルスの爪が閃き、G3-Xの銃が火を噴く。狙いは同じく、黄金に光るアギトの身体。

 

「──シャラァァァッ‼︎」

「そこだっ!」

 

(目まぐるしく飛び回るギルスと、頭上から弾をばら撒くG3-X……しかもこの2人、やたらと息が合ってる……!)

 

 空を飛び跳ねるギルスと飛翔するG3-X。いくらアギトでも、頭上のデッドアングルをチラチラ気にしながらギルスを振り切るのは容易ではない。G3-Xの射線を切るために、ひとまず森林地帯に逃れる……が、閉所での戦闘はギルスの得意分野だ。

 

「オラオラオラァッ! どうしたアギト⁉︎」

 

(……身体が柔軟で反応も早い。殴り合いでは不利だな……!)

 

 木々を飛び跳ねて爪を立てるギルス。野生的で先が読めない攻撃に防戦一方。アクロバットじみた派手な挙動と、敵の虚をつく無軌道な攻撃が彼の持ち味だ。

 

「戦い方が固いんだよ、それじゃ着いてこれねーぜ!」

 

 そう言ってギルスは上下反転、なんと逆立ち状態で回転蹴りを打ち込む。首を刈り取る軌道で振り抜かれる両脚を必死に避けるアギトの背後から、スラスターの起動音が響く。

 

「僕も混ぜてもらおうか……!」

 

 2人まとめて狙ったケルベロスの斉射。組み合っていた2人は弾かれたように離れて弾丸の雨をやり過ごす。射程という面で絶対的なアドバンテージを持つG3-Xを倒すには、グランドフォームでは相性が悪すぎた。

 

 

 

 

「志雄、今俺ごと狙いやがったな!」

 

「別に協力するとは言ってない」

 

 事あるごとに幼稚な口論を始める2人。束の間の休息を取れた陸人は、息を整えながら振り返る。

 

(まったく……なんでこんなことに……)

 

 事の起こりは3日前。突然大社に呼び出されたあの日から始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「模擬戦パフォーマンス?」

 

 呼び出されて向かった先で合流した3人。実は鋼也から見ると陸人は初対面なのだが、満足な挨拶の時間も得られずに説明が始まった。

 3人の誰とも面識のない大社職員。彼女が言うには、噂の矢面に立った3人に依頼という形で提案がなされたらしい。

 

「僕達が戦う姿を四国中に放送して、その力を改めて理解してもらう……なるほど、それで余計な詮索を封じようってことか」

 

 真実の一部を明かし、何ら心配ないというスタンスを表明した大社。しかし誰もがそれで納得するほど、神世紀の四国は危機感が欠如した社会ではない。

 そこで人知れず全てを守ってきた使徒様の力をアピールして、これまで通り"神樹様のおかげだ"、"これなら大丈夫"と思わせるためのパフォーマンスが必要となった。

 

「つまり何だ? 俺たちに"神樹様の使徒"ってやつを演じろってか……あの笑える噂の通りに?」

 

 仮面の戦士──仮面ライダーは、勇者や防人と比べて人間離れした容姿をしている。これを利用して、全ての戦いは人の域を超えた存在が何とかしてくれる、と思わせることができれば成功だ。西暦時代、勇者を前面に押し出す方針は結果として、同じ人である勇者への不信へと繋がってしまった。

 これを踏まえて、今回は最初から人外同士の争い……悪く言えば次元違いの話だと刷り込ませることにした。それが正しいかどうかは、まだ誰にも分からない。

 

 

 

「僕は立場上受けることになるな……2人はどうする? 依頼という以上、断れないことはないと思うが」

 

「俺は構わないよ。今の説明で、それが必要だってのは納得できたからね」

 

「俺も引き受けるぜ。この際だ、お互いの実力をはっきり示しておくのもアリだろ」

 

 

 そうして話はまとまり、数日後に開催されることとなった。

 しかし──

 

 

「裏が取れない?」

 

「ああ。今回の模擬戦、誰が発案したのかを僕の上司達が確認しようとしたんだが、どうもはっきりしないらしい。理屈が通っていたとはいえ、本部の差し金だったとしたら……」

 

「何か狙いがあるかもしれないってか? たかだか模擬戦1つに」

 

「ずっと眠っていた君には実感がないかもしれないが、今の大社は何をしでかすか分かったものじゃないんだ。警戒はできる限りしておくべきだろう」

 

「なるほど……なら、奥の手まで解禁するのは避けたほうがいいかもな」

 

 

 そして当人達の間でそれぞれの切り札は使わないというルールが追加された。アギトはバーニング及びシャイニングフォーム。ギルスはエクシード化。G3-XもEXCEED起動はナシ、という縛りだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……だってのに、いつの間にか俺に狙いが集中してるな)

 

 開始当初はまともな三すくみの戦いだった。しかし初めてアギトの力を身に受けて、2人は直感的に悟った。1番強いのは間違いなくアギトだと。

 

 そしてもう一つ、彼らは互いに『コイツにだけは負けたくない』という意地があった。最も望ましいのは、1対1で白黒はっきりさせること。そのためには最も強く最も邪魔なアギトから倒したい。

 そんな両者の思惑は見事に一致し、図らずも2対1の戦況が出来上がってしまっていた。

 

 

 

 

 

「どうしたどうしたぁ⁉︎ 動きが鈍くなってきたぜ!」

 

「そろそろ限界か? アギト!」

 

 流石は同じ鍛錬をくぐり抜けた幼馴染と言うべきか。2人の連携は完璧だった。両極端な特性を持ったギルスとG3-X。2つの力を有効に使って、格上のアギトを着実に追い込んでいく。これが初めての共闘だと言っても誰も信じないだろう。

 

 

 

「これは一般公開されるんだぞ、この偏った戦い方は良くないんじゃないか?」

 

「だからこそだろ。記録にも記憶にも残る場で、志雄に負けるなんて恥を晒せねえんだよ!」

 

「僕も同じだ。肩を並べる仲間のためにも、こんな寝坊助には負けられない!」

 

「……ああ、そうかよ。だったらもういい……!」

 

 

 

 

 

 根気良く付き合ってきたが、陸人ももう我慢の限界だ。大ジャンプで2人を振り切り、ベルトに手を添える。

 

「そっちがその気なら、俺も遠慮はしないぞ!」

 

 変化するのは金青赤の三色の姿。大地と風と炎の力を併せ持ったトリニティフォーム。

 

 

「げっ、マジかよ!」

 

「アレは、まずい……!」

 

 ベルトからストームハルバードとフレイムセイバーを飛ばして投擲。離れて構えていたギルスとG3-Xを一箇所に誘導する。

 

 

「先にアンフェアな手に出たのはそっちだってこと、忘れるなよ!」

 

 2本の武器を手にして力を込める。ハルバードの風が唸り、セイバーの炎が燃え盛る。2つの力を重ね合わせて、大きな波濤を巻き起こす。

 

 トリニティ必殺の『ファイヤーストームアタック』で、両者をまとめて吹き飛ばした。

 

 

 

「〜ってぇ……! あんなのアリかよ⁉︎」

 

「怒らせてしまったようだな……!」

 

「興行としてはもう十分だろ……終わらせるぞ!」

 

 両手の武器を交差させ、鋒から炎と竜巻が奔る。吹き飛んだ2人を囲うように轟いてその動きを封じ込めた。

 

 

「──オオリャアアアアッ‼︎」

 

 

 全力を両脚に込めた必殺のドロップキック『ライダーシュート』が炸裂。白熱した模擬戦に終止符を打った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生放送のカメラが止まったことを確認して、変身を解除する3人。多少の倦怠感と爽快感が全身を包む。

 

「感謝してくれよ? 2人があんまりにも負けたくないってうるさいから、わざわざ同時にKOしたんだからな」

 

「チッ……そこまで言われちゃ認めるしかねーな。お前さんにゃ敵わねーよ、陸人」

 

「ああ……すまない、熱くなりすぎた。迷惑をかけたな」

 

「反省してくれ。俺はともかく、向こうで作業してるスタッフさんは随分慌ててたぞ」

 

 倒れる2人の手を引いて立たせる陸人。とりあえず放送中に顔を晒すという最悪のミスは避けられたが、あの妙な流れはうまく誤魔化せたのか。解説役のアドリブ力を信じるしかない。

 

 

「ま、放送が終われば今日は解散だ。メシでもどうよ? 勝者には特別に奢ってやるぜ」

 

「そりゃいいや。ゴチになりまーす」

 

「ふむ、では外食か……近くにいいうどん屋があるぞ」

 

「いいけどよ……お前に奢る筋合いはねーからな?」

 

「分かっている。むしろ陸人の分は僕が払おう。君は自分の分だけ数えておけ、その寂しい財布の中身をな」

 

「バッカお前、俺の懐具合舐めてやがんな? 上等だ、全員まとめて面倒見てやるよ」

 

「無理はするな。二年寝太郎にたかるほど僕も鬼じゃない。多少の手当てはもらっているしな。ここは広い心で全部出してやろう」

 

「ハハハ……2人で割り勘って発想はないのか?」

 

 どんな話題でも小競り合いに発展する志雄と鋼也を、楽しげに眺めて時々茶々を入れる陸人。

 付き合い自体は短いが、同じ戦士として──『仮面ライダー』として、彼らの仲は極めて良好だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ、そんな感じだったの……鋼也くんも昔の友達相手だとはしゃいだりするのね、ちょっと意外」

 

「流石に本番で意地張り合うとは思わなかったけどね……観てた人達、変な反応してなかった?」

 

「ええ。街頭の大型画面でみんなと観ていたけど、好評だったわよ。あの2対1の構図も、解説の人が連携訓練って言ってうまく誤魔化していたわ」

 

 東郷家のリビング、多忙な日々の中で久々に帰ってきた陸人。美森はお茶を淹れてゆったりと団欒の時間を取っていた。

 

 流石に大社も生放送という博打を打つに際して、最大限準備していたのだろう。口が上手い人物を解説に用意したようだ。

 ちなみに神の使徒が人語をペラペラと話すのはイメージ戦略的にNGとの事で、音声はカットして放送された。あの少年っ気全開の会話は世間にお届けされずに済んだという事だ。

 

 

 

「先代の4人で集まるのって、明日だっけ?」

 

「そうよ。正確にはもう1人……当時の担当官で、担任の教師でもあった安芸先生も一緒に」

 

「そっか。直接顔を揃えるのは久しぶりだろう? 楽しんでおいで」

 

「ええ、ありがとうリク」

 

 

 陸人といる時は基本ご機嫌な美森だが、今日は特に雰囲気が明るい。それだけ明日が楽しみなのだろう。

 

 散華した供物が返還されてから1ヶ月以上が経過した。この間、勇者達は復活した機能を安定させ、勇者になる前の日常を取り戻そうとしていた。それぞれのリハビリがある程度落ち着いたということで、明日の約束までやっと漕ぎ着けたのだ。

 

 

 

「リクも、明日は久しぶりのお休みでしょう? ゆっくり羽を伸ばしてね」

 

「そうさせてもらうよ。ここ最近、今までにないタイプの疲労感がひどくてね……」

 

 

 仮面ライダーとして市民に支持を得るために、数日ほど大社に宿泊させられていた陸人。

 アギトをはじめとした仮面ライダーのイメージを固めさせる作業。

 それに基づいた今後の立ち回り……戦い方にまで口を挟まれて辟易した集中講義。

 更にはあくまで偶然の産物に見せかけて、なおかつ美しく威厳のある1枚を目指して行われた撮影会。

 何をやっているんだろう、と仮面の奥で自分を見つめ直すこと幾百度。あれほど心を無にして過ごす時間は後にも先にもこれっきりだと断言できる。

 

 

 

「本当に大変だったのね、お疲れ様……でも、成果はあったんじゃない? リクがもらってきた写真。ほらこれとか、素敵だと思うわ。広げて部屋に飾ろうかしら」

 

「勘弁してくれ……家にまでそんなのがあったらいよいよ泣くぞ俺……」

 

「あら、残念ね」

 

 

 なんだかんだ苦労は多くとも、あの決戦から一月、戦闘が起こることはなかった。世界全体で見れば平和な時間が過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は約束があるんだろう? 時間はいいのか?」

 

「あー、昼からだから大丈夫だよ。それに、俺はずっとサボってたからな。お前は毎月来てたのに……」

 

「仕方ないさ。僕だって自己満足に過ぎないことは自覚してるしな」

 

 

 翌朝、鋼也と志雄は墓地に来ていた。2人の親友、沢野香の月命日。志雄は欠かさず訪れていたが、志雄は数年ぶりの墓参りだ。

 

「綺麗にしてあるんだな」

 

「当然だ……ほら、君の花も」

 

 不慣れな鋼也に志雄が手を貸しながら、いつものように清掃と黙祷を行う。ようやく2人揃って彼女の前に顔を出すことができた。

 

 

 

 

 

 

「俺はここから直接待ち合わせ場所に行くけど、志雄はどうすんの?」

 

「僕はいつも通りだ。タワーに帰って訓練を」

 

「カーッ、ようやくあのモデルの真似事みてーな苦行から解放されたってのに訓練かよ。もうちょい日々を楽しんだらどうだ?」

 

「余計なお世話だ。あそこには家族も友達もいる……それで十分なんだよ────っと、失礼」

 

 

 墓地の出口で人とすれ違う。ぶつかりかけた謝罪を口にしながら、何気なく相手の顔を伺う。サングラスをかけて、全身黒で統一した大人の男性。年の頃は36〜37といったところか。

 鋼也も志雄も、何故かその顔に見覚えがあったような気がして、思わず凝視してしまう。

 

 

「……何か?」

 

「あっ、いや……」

 

「不躾に申し訳ありません……どこかでお会いしましたか?」

 

「いえ、覚えはないですね……今日は墓参りに来たのです、失礼しても?」

 

「……重ね重ね失礼しました。それでは……」

 

 

 まだ引っかかるのか、首を傾げながら去っていく鋼也と志雄。そんな子供達が見えなくなるのを待ってから、男は目的の墓石に向かう。

 先程まで2人がお参りしていた、香の墓へ。

 

(この花、あの2人のものか……)

 

 2人が供えていった花を捨てて、自分が持ってきた花に差し替える男。サングラスを外して瞳を閉じる。

 

 

(もうすぐだ。世界に問いかける時が来る……)

 

 

 黙祷を終えた男の懐で端末が鳴る。画面に表示されたのは、簡素なメッセージ。彼が待ち望んでいた合図。

 

 

 

 "事前準備は全て完了。予定通りに決行"

 

 

 

(私の選択を超えられないなら所詮そこまで……その果てに世界が終わろうが、知ったことか……!)

 

 男の背中から、禍々しき黒い炎が立ち昇る。人の魂を闇に寄せる凶兆が、人類の生命線たる大社に牙を突き立てようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、陸人は呼び出しを受けて大社本部に訪れていた。休む予定だったのだが、結局彼には自分の都合で頼みを断ることなどできなかったということだ。

 

(まったくこき使ってくれる……いや、逆か? 俺がメール1本でホイホイ出てくるから軽く見られてるのか?)

 

 少しは強気に出るべきなのか。そんなことを考えながら誘導に従って進んでいくと、いつもとは違う神聖な雰囲気の広間に通された。

 色彩や装飾も独特だが、室内にも関わらず数頭のアゲハチョウが舞っていて、空間の異質な雰囲気を助長していた。

 

(なんだ、ここ?)

 

「ふふ、気になりますか? 私の体質なんですよ。屋内でも時々蝶が寄ってくるんです」

「──っ⁉︎」

 

 唐突に背後から少女の声。陸人は一切の気配を感じ取れなかった。

 振り返るとそこには、柔らかく微笑む巫女服の少女。かなり小柄だが、包み込むような大きく暖かい雰囲気。所作の1つ1つが優美かつ穏和。見るからに華奢な少女なのに、陸人は人間と向かい合っている気がしなかった。

 

「君は……?」

 

「あら、申し訳ございません。ご挨拶が先ですね」

 

 いつの間にか部屋の奥に立っていた少女。入口は陸人の側にしかないのだが。不思議極まる彼女は、楽しげな笑顔でゆっくりと歩み寄ってくる。蝶の髪留めでハーフアップにまとめられた濡れ羽色の長髪が、歩みに合わせて柔らかく揺れる。

 

 

「上里家当主、大社神事部の長を務めております……筆頭巫女の"上里かぐや"と申します。よろしくお願いしますね、御咲陸人様!」

 

 

 弾むような声で名乗る上里かぐやなる巫女の少女。握手を求めて伸ばした右手を振って催促する様は年相応……むしろ少し純真すぎるくらいに見える。

 しかし、事情に詳しくない陸人でも聞き流せない肩書きを連発された後では反応も難しい。そして何より……

 

(上里……上里?)

 

「どうかなさいました? 陸人様」

 

 戻らない記憶の底にいる()()に、とてもよく似た女の子。陸人は一月ぶりに何かが動き出したのを確信した。

 神妙な表情で固まる陸人。細い肩に蝶を乗せたまま小首を傾げるかぐや。その可愛らしさに、緊迫した空気は数秒で霧散してしまった。

 

 

 

 

 

 




――各ライダーの支持率について――

アギト……きっかけとなった動画や「助けてもらった」という証言が多数出てきたこともあって、総合的には1番人気。
ヒロイックな容姿と色鮮やかなフォームチェンジなどが好評で、特に女性、子供からの人気が高い。
アイドル風に言うと人気投票1位ライダー。
もっと言うと激単推しライダー。

ギルス……一見怪人チックだが、それはそれでアリという声も多いアグレッシブ系。
野性味溢れる容姿と戦闘スタイルが特徴的。ワイルドさに惹かれた中高生男子や社会人の男性からの支持が厚い。
アーティスト風に言うと若者のカリスマライダー。
もっと言うと今キてる超エモいライダー。

G3-X……とにかく機械的で、実は人間が作ったロボットなんじゃ? と真実の一部を突かれつつあるメカニカル系。
その見た目や武器、戦闘スタイルからミリオタや二次元好きなど、いわゆるマニア層の組織票が付いていたりする。
オタク風に言うと今期の覇権ライダー。
もっと言うと安定の優勝ライダー。

教育が行き届いた神世紀でなければ、発表直後のネットは大変なことになっていたでしょうね。
美森ちゃんあたりは放っとけば良いのに、無闇に突っ込んで炎上とかしてたかもしれません。


感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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御子であり、神子となる見込みもある巫女

さて、何回"みこ"って言ったでしょーか?

ガッツリ説明回です。面白み薄めな自信があるので読み辛いようなら流し読みしちゃってください。
 


(おお、すごいな……宝珠にお札に……)

 

(そういえば、男の方をお部屋に入れたのは初めてかも……変なものとかなかったかしら?)

 

 かぐやの私室に案内された陸人。価値観自体は小市民な彼は豪奢な部屋に圧倒されて珍しくカチコチになっている。

 

「ふふ、見た目ほど高価な物は置いてありませんよ。肩の力を抜いてリラックスしてくださいな」

 

「あ、ごめん。いただきます──あっつ!」

 

 出された紅茶を一口。これまた陸人に馴染みのない高級茶葉の味だったが、それ以前に慌てて口に入れたせいで熱さに耐えられず噎せてしまう。そんな子供らしい所作に、かぐやはクスクスと忍び笑いを漏らす。

 

「どうかした?」

 

「いえ、すみません。勝手に思い描いていた陸人様像は、紅茶で噎せたりはしなかったもので」

 

「ハハ、ガッカリした? 残念ながらこれが俺だよ。ただ変わった力があるってだけの、普通の子供さ」

 

「そうなんですね……いえ、むしろその方がお話ししやすくて嬉しいです」

 

 かぐやは陸人がどう取り繕っても"普通の子供"の枠には収まりきらないことを知っているが、ここでは何も言わない。疑問を抱く自分自身に言い聞かせるような彼の言葉を、否定する気にはどうしてもなれなかった。

 

 

 

「最初に聞いていい? 今日は俺以外……鋼也達も呼んでるのかな?」

 

「いえ、私がお誘いしたのは陸人様だけですが、何故でしょう?」

 

「鋼也や美森ちゃんにとって、今日は大事な約束の日なんだ。先代勇者達がやっと集まる重要な……予定が変わってないなら良かったよ」

 

「ふふ、お優しいのですね。少々お待ちください…………

 ご安心を。園子ちゃん達は先程合流してお店の方に向かいました。大丈夫ですよ」

 

「……え? 今、なにを……」

 

「驚いていただけましたか? 実は私、ちょっとした魔法が使えるんです」

 

 数秒瞳を閉じただけで、見てきたかのように断言するかぐや。これが筆頭巫女たる彼女だけができる霊術、縁結び。

 直接関わって互いに心を開いた相手を対象に、現在地や様子を離れた場所から把握することができる。神樹の寵愛を多分に受けてきた彼女が、人の身でありながら単独で行使できる霊的術式の1つだ。

 

 

「先程、"筆頭巫女"と名乗りましたが、私は歴代の筆頭の中でも最高の適性を持って生まれたそうで……神樹様との対話、並びに力の一部をお借りして自分の意思で使うことができるんです」

 

 もちろん自由自在とはいきませんけどね、とおどけて笑うかぐや。実際に戦闘に特化した力を振るう陸人から見ても、あまりにも常識から外れすぎた力。散華という残酷な現実を見てきた彼にとって、見過ごせるものではない。

 

「それは大丈夫なのか? それほどの力を、なんの代償もなしに……」

 

「ご心配いただきありがとうございます……代々優秀な巫女を輩出してきた上里の歴史の中でも、私は特別なのだそうです。神様の恩恵を受け止めて馴染ませる器官のようなものが際立って強力なのだとか。物心ついた頃には神樹様とお話ができましたが、それで身体や心に支障が出たことはありません」

 

 最高の勇者適性を叩き出した友奈よりも更に上の資質を持って生まれた突然変異。神がその手で拵えた御姿よりも神聖に馴染む天然の神懸かり体質。それが今代の筆頭巫女、上里かぐやだ。

 

(そうか。一目見た時から感じてた違和感……この子は、気配が神樹様にそっくりなんだ)

 

 言ってしまえば常に神を宿しているに近い。本人の気質もあって戦闘には使えないものの、ほぼノーリスクで神の権能を引き出すことができる。その上、常に天運に恵まれ続け、呪いや言霊といった術的障害も一切受け付けない。

 

(……それともう一つ、この違和感は……)

 

 同時に、目の前の少女に引っかかる点が一つ。眩いばかりの笑顔を見せてくれているが、それが心からのものだとは陸人にはどうしても思えなかった。

 

 

 

「でも、これはこれで苦労も多いのですけれどね。特に幼い頃は力の制御もままならず、騒ぎを起こしたことも何度かありました」

 

 人の心の内を読み取り、偽りを見破る千里眼。限定的な未来予知と言ってもいい占術。現世を彷徨う死霊を宿して対話ができる憑依術。

 周りを舞う蝶達も、彼女が宿す神聖によって使役される使い魔のようなもの。元来"死者の魂がこの世に舞い戻った姿"とされてきた蝶。神樹に近い魂を持つかぐやに惹かれて集まっているのだ。

 

 他にも様々な人知を超えた能力を使うことができる。それもなんの修行もすることなく。上里の家名も含めて、かぐやは産まれた瞬間から通常の社会では生きられないことを定められていた。

 普通なら何かしら人格が歪んでもおかしくない……むしろそうなる方が自然と言ってもいい環境だ。彼女が今のように極めて清廉な人物に育ったのは、一番の話し相手だった神樹の影響も大きい。

 

「実演してみますね、たとえば──」

 

 周囲を舞う蝶に向けて指を伸ばす。ふわりとその先に止まった羽を暫し見つめると、何か得心したように頷いて小さく笑う。

 

「陸人様は昨日、一緒に暮らしている東郷美森様とお話をされていました。やはりあのメディア戦略はお気に召しませんでしたか?」

 

「……驚いたな。まるで見ていたみたいだ」

 

「昔はこれの制御が効かなくて、周りの人の秘密を覗いたりバラしてしまったりと大変でした……

 あ、ちなみに東郷様ですが、本当にあの写真を飾るおつもりのようですよ。家に帰ったら抜き取られた写真がないか、確認することをお勧めします」

 

「えぇぇ……分かった、ありがとう、かぐやちゃん。本当にすごいね」

 

 聞いておいて良かったが、できれば聞きたくなかった秘密を知った陸人は参ったように頭を振る。あまり望ましくない結果で、かぐやの能力が実証された。

 

 

 

 

 

「それで、かぐやちゃんの力はよく分かったけど、本題はこれじゃないよね?」

 

「はい。陸人様のことは色々聞いていて……園子ちゃん達から」

 

「さっきも名前を出してたね。大社がらみの知り合い?」

 

「ええ。乃木と上里は大社の二柱。歳も同じですし、良いお友達ですね」

 

 園子が勇者に選ばれてからはしばらく会えていなかったが、彼女が祀られてからは同じ本部で過ごす間、度々話をしてきた。陸人のことを園子に教えたのもかぐやだ。特殊な環境に産まれた2人は、唯一の同じ立場の友達として、幼い頃から互いに頼り頼られる良好な関係をずっと続けている。

 園子にとってもかぐやにとっても、相手が最初の友達だ。それもあって、園子の心を守ってくれた陸人のことを、かぐやは初対面から好意的に見ていた。

 

「それから神樹様からも、よくお話を聞かせていただきました」

 

「神樹様が、俺を……?」

 

「そのことも含めて、私は陸人様の過去を一通り知っています。お伝えすることもできますが……」

 

「いや、やめとくよ。この前園子ちゃんに聞いたけど、一度あの子からも昔のことを教えてもらってるらしいんだ。だけど結局俺は暴れて、その記憶ごと頭からかき消してしまった。少なくとも、人に聞いてどうにかなる問題じゃないんだと思う」

 

 困ったように笑う陸人。思い出すべきなのか、このままにしておくべきなのか。思い出したいのか、忘れたままでいたいのか。自分のことなのに、彼はまだ何一つ決められずにいた。

 

 

 

「そうですか。では、そのことには触れずに本題をお話ししますね……この世界を蝕む悪意について……さらに言えば、この戦いの元凶についてです」

 

「……! 元凶……それは天の神じゃないのか?」

 

「確かに天の神も奥に潜む存在の一角です。ですが、それと並び立つ存在が他に二つ……我々が打倒しなくてはならない敵がいるのです。

 ……長い話になります。内容的に難しいかもしれませんが、力を抜いて、ゆったりと聞いてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ人という種が生まれるよりも前、はるか過去のこと。世界は数多の意思が融合した唯一神が管理していた。一つとなった神の中で、数えきれない意思がぶつかり合い、それでも最終的には結論を見出して世界に被造物を増やしていった。

 

 そんな中、神の中で己の意向を却下され続けた意思達が少しずつ世界や神そのものを呪う思念を持ち始めた。神の一部としてあってはならない"悪"の生誕だ。

 

「神々の間では、この悪の集合体を罪爐(ザイロ)と呼称しています……罪を集め、燃やし、大きな炎とする存在という意味合いでしょうか」

 

「罪の(いろり)……罪爐(ザイロ)……」

 

 罪爐は負の思念を集めて瞬く間に成長。現世に影響を及ぼすほどにまで膨れ上がった。神の被造物たる生命達を脅かすようになった罪爐を放置できず、神はついに立ち上がる。

 

 現世を壊さないためには力を落とさなくてはならない。一つだった唯一神は意思ごとに分裂して罪爐を討滅すべく現世に降り立った。

 神と罪爐は激しくぶつかり合い、その中で数多の命と、神の一部であった意思達も多くが失われた。

 

 特に、最初に"悪"感情を生み出してしまった意思達は罪爐と向かい合った途端に吸収されて敵の力へと変換されてしまった。そうして力の総数ではほぼ互角となった決戦は長く続いた。

 現世の生命の半数以上が失われ、ようやく戦いは終結。神の一撃が罪爐をカケラも残さずに消滅させたのだ。

 

 しかしその内に秘めた力は神の想定を大きく上回っていた。消滅と同時に解放された"悪"の力は、世界を構築する"壁"を千々に引きちぎった。一つだった世界は幾千幾万に別たれ、同時に分裂したままだった神の意思達もそれに引きずられるように分かれて散っていった。

 

 

 

 

「これが俗に言う『並行世界』の真実です。悪意の爆発によって、世界は"唯一絶対の一"という在り方を保てなくなりました。理論的な話は、私にはよく分かりませんけど」

 

「……開幕から飛ばすね。それで、枝分かれした先の一つが俺たちが今いる世界ってことでいいのかな?」

 

「はい。別の世界のことは神樹様もほとんどご存知ないとのことですから、割愛させていただきます……さて、なんとか"悪"を討滅して安寧を取り戻した世界ですが、失ったものも多くありました」

 

 

 

 

 そもそもの問題は神が"悪"というものがあること、己の内から生まれ得ることを知らなかったゆえに起きた。生命を壊され、力も大きく削がれた神だったが、このことを教訓にゆっくりと世界の再構成を進めた。以前のような速さには到底及ばなかったが、罪爐を生まないことに注意して、ゆっくりと世界はかつてのように……かつてを超えて生命で溢れる場所になった。

 

 数えきれない時間が過ぎて、人間と呼べるものも少しずつ成長していった。神も安定した世界に安堵して、このまま緩やかに世界そのものが成長するのを見守ろう。

 そんな結論を出そうとしていた矢先──

 

 

 

 

「人に極めて近い戦闘種族が、古代の人類を虐殺する遊戯を始めたんです……戦闘種族は『グロンギ』、標的とされた部族は『リント』……世界分裂以来の激しい戦いが続きました」

 

(……グロンギ……リント……なんだ? 何が引っかかる?)

 

「その頃には神が直接生命を創造することも殆どなくなっていました。グロンギは世界の進化に任せた結果生まれてしまった……"悪"へと繋がる生命だったのです」

 

「人によく似た、人を襲う戦闘種族……」

 

「……当然これを放置できず、神もリントに力を貸しました。現世への影響も考えて直接討滅には出向けませんでしたが、神霊の権能を授けることでグロンギを封印する戦士を生み出したのです」

 

「……それが……"クウガ"……」

 

「何か思いだしたのですか?」

 

「いや、頭に浮かんできて……ゴメン、続けて」

 

 話がグロンギに移ったあたりから頭痛が止まらない。これは思い出せという叱咤なのか、思い出すなという警告なのか。

 

 

 

「そのクウガと神々の共同戦線で、なんとか全てのグロンギを封印することができました。クウガも封印を盤石にするために同じ祠で眠りに就いたそうです。

 争乱自体はそうして終息しましたが、同時に大きな問題が発生していました。命を奪われる争いの中で、人類の感情が再び罪爐を蘇らせてしまったのです」

 

 当時、悪を生み出せるのは神だけと考えられていた。しかし、神から理性と自由意志を授かった人間もまた……罪爐を生み出す素養を持ってしまった。

 神の真理の一部にまで手が届く存在に進化した人間。そして一方で堕罪を経て悪を回避することができなくなった人間は、負の宿業までも受け継いでしまったのだ。

 

 

 

 

「少し話は逸れますが、罪爐について私が知る限りをお教えします。罪爐は人間や神霊のような自身を定義する"個"がありません。だからこそ尋常な手段では討滅できず、悪感情があればあるだけその力は肥大化していきます。

 そして何より危険なのは、罪爐は個の魂や世界そのものに干渉することができる点です」

 

「魂に干渉ってのは何となく想像できるけど、世界に干渉ってどういうこと?」

 

「1番近い言葉は因果律制御、でしょうか……起こり得るいくつもの未来の可能性の中から、自分に都合の良い現実を引き寄せて自然の流れを書き換えることができます」

 

「……何だそりゃ……」

 

 身もふたもない、とはこのことか。人類が終わる未来を引き寄せられれば、その瞬間300年に渡る奮闘は水泡に帰する。生存闘争にルールはないといえど、流石に反則だと言いたくもなる。

 ……が、現実として今そうなっていないということは、敵にはそれができない理由があるということだ。

 

「もちろん無制限に何でも操れるわけではありません。罪爐が支配できるのは、自分の呪いがかかった存在にまつわる運命のみ。そして完全に堕ちた魂でなければ生死に関わるほどの大きな干渉はできないようです」

 

 個の魂に干渉して、悪の方向にその意思を傾けさせる。その支配の完成度に応じて関連する因果を操れる領域も変動する。

 平易に言い換えると、相手が呪術にハマればハマるほど、その魂に関する現実を好き放題できるようになるということだ。

 

「大社にもその魔手は伸びています。私達も対処してはいますが、全体の7割には罪爐の手が回っていると考えています」

 

 それでもギリギリで大社が堕ちていないのは、全ての職員の根底にある"神樹信仰"が踏みとどまらせているからだ。

 かぐやの術で加護を受けている上里とその庇護下にある真由美の派閥。本部から離れて独立行動をとっている防人部隊。これらの奮闘もあって、何とか大社の初志は崩さずに今日までやってこれた。

 

「これまでいくつもの不祥事や、偶然で済ませるには不自然なほど不運な事故がありました。全てを罪爐のせいにするつもりはありませんが、そのうちいくつかは呪いに堕ちた者が干渉を受けた結果なのでしょう」

 

(不運な事故……あれ? 誰かに聞いたような……)

 

 大社にまつわる過去の惨劇。何人も介した又聞きだったせいではっきりとした内容は伺えなかったが、数年前に大きな出来事があったと最近になって陸人は話を聞いていた……が、後に続く話の規模の大きさに流されて、薄ぼんやりとした記憶は再び頭の奥にしまいこんでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「以前のように世界に干渉できるほどの規模には程遠い状態でしたが、人間の感情によって復活したのは明白……神達は慎重に様子を伺いながら人間の進化を見守っていました」

 

 その後、幾星霜を超えて人間は時に新たな社会構造を生み出し、時に人類同士で争いながら成長していった。

 それと同時に、ゆっくりと、だが確実に人の感情を喰らって罪爐が成長を遂げてきた。その都度神も対処はしていたものの、根源から討滅しようとすれば、また世界全てを巻き込んだ闘争が巻き起こることになる。

 

「そして西暦も2000年を過ぎた頃、神々は意見の相違からまたしても分裂、対立することとなります。

 罪爐から世界を守るには、根源たる人間を滅ぼすしかないと考えた過激派の神々の集合体が"天の神"。

 あくまで人間は護られるべきこの世界の生命の一種であるとして人類側についた穏健派の神々の集合体が"神樹"様です」

 

 そうして起きたのが始まりの勇者達の戦い。人間の可能性を恐れたものと人間の可能性を信じるもののぶつかり合い。

 それは9割以上の人類と四国以外の地球の全土が滅びることとなり、数多の犠牲の果てに痛み分けのような形で終わりを迎えた。

 

「この戦乱を終結させた英雄は、人の身に生まれながら最終的に神の位に到達して、その力で天の神を打ち破りました……それは神々にとっては有り得ない、あってはならない事態だったのです」

 

 最初の神と悪の争乱で分かたれた世界。その境界線である世界の壁は、事故的な流れで生まれたせいで不安定な造りをしていた。ごく稀に、一瞬世界の境目が揺らいで隣の世界との距離が非常に近くなるタイミングがある。

 何千年という長い周期で訪れるために神霊以外は気づきもしないが、逆に言えば神はそのタイミングを確実に知覚できて、その上権能を用いて他世界に干渉することも不可能ではない。

 

「そのタイミングが、恐ろしく悪かったってことかな?」

 

「はい。ちょうど英雄が現人神へと至ったまさにその瞬間、2つの世界は密着状態でした。すぐ隣の世界にいた別世界の神……"テオス"はそれを感知。なんと()()()()に転移してきました」

 

()()()()でも人間に関して何かあったのか、訪れたテオスは人間に対して過剰に警戒心を持っていた。人から神に至るという誰も考えなかった可能性を示してしまった人類。再び罪爐が蠢いている現状もあって、テオスは人類殲滅に肯定的だった。

 

「それだけならまだ良かったのですが、テオスは総体としての人類に対して愛も持っていました。しかしその愛はやがて憎しみへと変わっていきます……神が絶対に持ってはならない、"悪"の感情です」

 

 自分の世界で起きた何事かの影響、そしてこちらの世界の状況の悪さが複合して、テオスの感情をひっくり返してしまった。そして神の悪感情は、罪爐にとって人間のそれとは比較にならないほどに上質な餌となる。

 

 理性を持つものとして産み出された人間には、罪爐に力をもたらす性質がある。同時に、罪に堕ちた人間には悪感情を出さない、と己を律して貫き通すことはできない。罪爐からすれば定期的に餌を確保できる都合の良い寄生相手だ。

 

 一方で神霊は、一度犯した過ちから感情を揺らさないように己に枷をはめていた。しかし、一度でもその枷を外してしまえば、手に入る悪の力は人間の比ではない。罪爐にとっては手間をかけてでも狙うべき優先目標だ。

 

 そしてテオスは、自分の世界で起きた動乱──己の使徒の離反と、それによって神に届き得る進化をしてみせた人間達──によって心を乱されていた。

 そんな彼に追い打ちをかけるように、隣接世界で実際に神に至った英雄。更に復活した罪爐の存在によってテオスの心は限界を迎えた。乱れきった神の魂の隙をついて罪爐が憑依。不完全ながらある程度その意志を支配するまでに至った。

 

 

 

 

「これが、近年になってバーテックスと並ぶ形でアンノウン……マラークが人間を脅かすようになった経緯です」

 

「スケールでかすぎて頭痛くなってきたな……つまり、敵は天の神と、そのテオスと、元凶の罪爐ってわけか?」

 

「その通りです。天の神に関しては、テオスと罪爐が本格的に活動するまでは静観の姿勢を貫いていたのですが……呼応するように動き出してしまいました。私達は最低でもその3つを打倒しなくてはなりません」

 

 ──パァンッ!──と両手を合わせて大きな音を打ち鳴らすかぐや。その一瞬で屋内だった周囲の景色が一変。煉獄の炎に焼き尽くされ続ける壁外の光景が広がっていく。

 

「単独で世界をこんな風に変えてしまえるほどの存在が三体、敵に回っているということです。この絶望的な事実を、最強の勇者である陸人様にお伝えするために、今日はご招待させていただきました」

 

 重すぎる真実を告げるその声はわずかに震えていた。常に浮かべていた微笑を引っ込めて、厳粛な雰囲気で陸人を見つめるかぐや。周囲の炎が映る瞳の奥には陸人への期待と、隠しきれない不安や恐怖が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 




かぐやちゃんはとにかく神秘的で優美な女の子をイメージしました。これからも彼女には大事な役目を担ってもらう予定なので、できれば応援してあげてほしいキャラクターです。

そして駆け足で明かされた世界の真実。色々な哲学や自然法論をこねくり回して独自の世界観をでっち上げました。ツッコミどころは多々あると思いますが、もともと予定になかったアギトを絡めるために突貫で組み上げた背景設定なので、粗さは大目に見てもらえるとありがたいです。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに




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前夜の仮面舞踏会

 
前話を書き上げ、投稿してから読者として読み直してみて……あらためて「神様転生、転生特典」などと呼ばれる手法が流行る理由が分かりました。
書き手としてアレほどクロスさせやすいやり方はありません。好きな能力、好きなキャラを無理なく(原作の世界観を考えると転生とかいうワードが出てくる時点で無理がある、という意見もあるかもしれませんが)好きな作品世界に投入できる。
書き手が書きやすい≒読み手が読みやすいともなります。この作品のように、無理に整合性に拘って世界観を広げて伏線もどきをばらまいて結果長引くということにもなりにくい……

なにが言いたいかというと、分かりづらい話にして申し訳ありませんでした。
 



 自分達が戦わなくてはならない敵の強大さと現状の劣勢っぷりを聞かされた陸人は、少し悩むように目を閉じて唸っていた。

 事の重大さは理解しているし、不安を感じていないわけでもない。それでも、陸人にとってはそんな明日以降の話よりも優先すべきことがある。

 泣いている誰かの涙を止めたい。笑顔になってほしい。

 どれだけ時を重ねても、陸人の根底は変わらない。

 

「あのさ、この事は誰かに話した?」

 

「え? ……いえ、陸人様以外にお話しした事はありません。おいそれと広められる内容ではないですし。園子ちゃんにもある程度の事情は教えましたけど、あの子をあれ以上追い詰めるような事はできませんもの」

 

「そっか……」

(それが、この子が背追い込んできた重荷か)

 

 陸人はゆっくり立ち上がると、かぐやの正面に膝をついて目線を合わせた。

 

「……えっ、あの……陸人様?」

 

「辛かっただろ? それだけの秘密を誰にも話せず、1人でずっと打開策を探してきたんだ……お疲れ様、よく頑張ったね」

 

 少し緩やかな口調で、子供をあやすように語りかける陸人。その手はかぐやの頭を優しく撫でている。一本一本にまで神聖が満ちている彼女の髪が柔らかくなびく。

 

「教えてくれてありがとう。会ったばかりで失礼かもしれないけど、かぐやちゃんと俺は似てる気がするよ」

 

「私と陸人様が、ですか?」

 

「うん。気付いた時には特別な力を持ってたこと。それが自然すぎて、普通が未だによく分かってないこと……それから、誰かの負担になるのが怖くて、1人で抱え込んでしまいがちなところもそうかな」

 

 陸人も、アギトがない自分というものを全く知らない。記憶喪失もあって、一般人とは言い難いのも自覚している。バーテックス襲来までの2年弱、人知れずアギトとして戦ってきた点など笑えないほどにかぐやとそっくりだった。

 

「だけどさ、もう1人で背負い込む必要はないんだ。これからは俺が何でも話を聞くし、やらなきゃいけないことがあるなら力になる。お役目以外でもかぐやちゃん個人の希望だって可能な限り叶えたいと思ってる。だからもう、無理して笑わなくてもいいよ……少なくとも俺の前ではね」

 

「……でも、私は筆頭で……当主で」

 

「大切なのは人が君に何を望むかじゃない。かぐやちゃん自身が何をしたいかだよ。自分の心にウソをつくのは、ひどく辛い生き方だから」

 

「──ッ! ぅぅ……ぐすっ……ぁぁ……!」

 

 決壊したかぐやが頭に乗せられた陸人の腕を掻き抱いて、縋るように抱きしめる。巫女服越しの年齢不相応な柔らかさを感じて、陸人の顔に熱が集まるが、男のプライドでポーカーフェイスを維持する。美森の教育を受けた大和男児、御咲陸人は泣いている女の子に恥をかかせるような真似はしないのだ。

 

「私、わたしは……生まれつき特別な巫女、だからって……!」

 

「うん。そうやって、自分を律してきたんだね」

 

「学校だって行ったことなくて……園子ちゃんを……羨ましく思うことも、あって……!」

 

「うん。みんなと同じように学校に行って、友達を作って、一緒に遊びたかったよな」

 

「お父様もお母様も、私が力を使ってお役目を果たすと……喜んでくれたけど……本当は、もっと……」

 

「うん。普通に勉強やスポーツを頑張ったりして、褒めてもらいたかったんだよな」

 

「それでも私は知ってしまったから……私が何とかして、未来を見つけ出さなきゃって……こんなこと、誰にも……」

 

「うん。言えないよな。みんなには他にやりたいことも、大切なものもあるって、そう思って遠慮しちゃったんだよな。分かるよ」

 

「り、くとさまぁ……!」

 

 何度拭っても止まらない落涙。気付いた時には景色が元の室内に戻っている。幻術も維持できないくらいに脱力しているのだろう。

 陸人の肩に押しつけるようにして顔を隠すかぐや。ボロボロに泣き崩れる彼女に配慮して、空いている腕を背中に回して優しく抱擁する。泣き顔を見ずに背中をさすってリラックスを促す。あまり褒められた特技ではないかもしれないが、陸人は取り乱した異性への対応に慣れつつある。

 

(この暖かさ……そうなのですね、神樹様……あなたが陸人様と話すことを勧めてくださったのは……)

 

 ずっと足踏みしていたかぐやが今回の対面に踏み切ったのは、神樹の勧めがあったからだ。最初は陸人が持つ英雄の力を頼れという意味かと受け取ったが、それは間違いだ。会って話して、大きく暖かく柔らかい魂に触れて、その真意を悟ることができた。

 神樹もまた最も身近な人間であるかぐやを心配していたのだ。どうしたって神霊である己では彼女の心を救えないから、神樹は陸人に託した。

 

「陸人様……良ければ、私とお友達になってもらえませんか……?」

 

「もちろんだよ! 一緒に笑って、一緒に頑張って、一緒に明日を生きる……俺たちは友達だ」

 

 人を信じる道を選んだ神は、それほどに"陸人"という人間を信じ、認め、愛していた。

 

 

 

 

 

 

「ごめんな。最初から積極的に俺が動いてたら、もっと早く君に出会えてたかもしれない」

 

「そんなこと……私が、決心するのに時間をかけてしまっただけで……陸人様に何の非があるというのでしょう」

 

 少しずつ落ち着いてきたかぐや。それでも顔は見せないし陸人の腕も離さない。隙間から覗く紅潮した頬と全身の小さな震えを見る限り、今度は自分の羞恥心と戦っているらしい。

 なにせ上里かぐやは文字通りの箱入り娘。同年代の異性との交流自体皆無に近い。なのに初対面でここまで密着して涙まで見せてしまった。彼女は今、恥ずかしさで失神しそうになる己を最後の意地で繋ぎ止めている状態だった。

 

「……あー、落ち着かないなら今日は俺、もう帰ろうか? 外暗くなってきたし。かぐやちゃんも顔を洗って、なんならお風呂とか入ってさ。ぐっすり寝たらきっとサッパリするよ」

 

 一方の陸人も、いつまでもこの体勢に耐えてはいられない。美森ほどのメガロポリスではないにしても、かぐやもまた同学年とは思えない女性的なスタイルをしていた。こうも遠慮なくしがみ付かれては、意識を逸らすにも限界がある。

 

「……え? もう、行ってしまわれるのですか?」

 

 これ以上心乱れた女子に邪な感情を向けないための離脱の提言だったが、言われたかぐやの表情は捨てられた子犬、なんて可愛いものではない。明日世界が終わると宣告されたかのような絶望一色。上げかけた陸人の腰は光速で元の位置に戻った。

 

 かぐやの反応は無理もない。ずっと心の底で求めていた理解者、自分が握る秘密の全てを明かしてもいいと思える相手に出会えたのだ。その上、筆頭巫女へのお目通りというのは大社職員であっても容易なことではない。根本的には部外者の陸人が、会いたいからと簡単に訪れることができる場所ではないのだ。

 

「だ、大丈夫! さっきの言葉は嘘じゃないよ。ここまで案内してくれた人が、別れ際にこの部屋直通の裏ルートを教えてくれたんだ。時間は選ぶ必要があるけど、これで前よりもずっと簡単に会えるだろ?」

 

 ここまで来る際に、いつもと明らかに雰囲気の異なる道筋を辿って最上階まで上がってきた。この邂逅が大社の大多数にとって内密であることは陸人にも察せられた。

 陸人を案内した大社職員は顔を隠した篠原真由美。去り際に"必要な時にはご自由に"と渡されたメモとカードキー。おそらくトップクラスの秘匿事項だと思われるが、事情を把握するまでの彼はこれは受け取っていいものなのかと戦々恐々だった。

 

(そうですか……真由美さん、あなたも信じてくれたのですね。陸人様のことを……)

 

 これまでの陸人の経緯。信頼する筆頭巫女の太鼓判。更に真由美はかぐやから西暦の英雄の正体も明かされている。その分の評価も加わっているのだろう。そして何より──

 

(裏に小さく書いてあった"息子を助けてくれてありがとう"ってなんだろう? 先月の戦闘で、家族が街にいたとかかな?)

 

 どれだけ手を尽くしても目を覚まさなかった愛する息子が起きるキッカケをくれた陸人。素性を伝えて正面から感謝ができない真由美なりの、お礼の品だったりするのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 懇願するかぐやに負けて、翌日もその次の日も陸人は彼女の私室を訪れていた。張り詰めていた糸が切れたのか、陸人に対しては少しずつ甘えるような態度が目立ってきたかぐや。一方の陸人もそろそろ美森の訝しげな視線を振り切って家を出るのが厳しくなってきていた。

 

 

「むっす〜」

 

「えっと、その……どうしたの? 園子ちゃん」

 

 更に陸人から連日の逢瀬を聞き出した園子も参加してきた。しかも乱入早々何やらご立腹。園子ほど見目が整っていれば怒った顔も可愛らしいが、いつまでも擬音しか口にしない少女が目の前にいるのは精神的によろしくない。

 

「ふ〜んだ、りくちーなんて知らないもん。いつの間にか私のお友達のかーやんと仲良しになっちゃってさ。かーやんもかーやんだよ。りくちーとお話しするなら私にも教えてくれればいいのに」

 

「ふふ、ごめんなさい園子ちゃん。でもその日は園子ちゃん達も大事な約束があったから」

 

「む〜……それはそうなんだけどさ〜」

 

「そ、そうそう。美森ちゃんからは聞いたけど同期会、でいいのかな……どうだった? 楽しかった?」

 

「楽しかったよ〜! そりゃもう楽しかったさ〜……だからこそさ〜、私はりくちーにも来て欲しかったんだよ〜」

 

「あはは……でも俺は君達が一緒に戦ってた頃にはいなかったからさ。お邪魔はしたくなかったんだよ」

 

「それでも今やりくちーは私達先代組とお友達なわけだし〜? 参加してくれても良かったと思うわけですよ〜……なのにりくちーときたら〜! 知らない間にかーやんまで〜!」

 

「え、えぇぇ……? かぐやちゃんまでってどういうこと?」

 

 何を言っても園子の膨れた頬は戻らない。戯れに突いてみようかと指を伸ばすと、機敏な動きで回避される。予想外の形でリハビリの順調さを見せつけられることになった。

 

「うふふ……園子ちゃん。楽しいのはよーく分かるけど、これ以上続けたら陸人様が可哀想よ」

 

「ありゃりゃ、やっぱかーやんは分かっちゃうか〜」

 

「え? ……え⁉︎」

 

「ごめんね、りくちー。ちょっと一回やってみたかったんだ〜、"この泥棒猫! "とか言っちゃう昼ドラみたいな修羅場ごっこ〜」

 

 やけに可愛らしい修羅場もあったものだが、園子的には満足の芝居だったらしい。手元が見えない速度でペンを走らせている。新作の構想を練っているようだ。

 

 

 

 

「いやはや冗談はさておいて〜、実際の所私は安心しているのだよ〜。りくちーがかーやんの心を軽くしてくれたみたいでね」

 

「そうなの? 特別なことをしたつもりはないけど」

 

「そんなことないよ〜。りくちーに会う前のかーやん、私にも敬語だったもん。きっと少しずつ楽にしていこうって思ったんじゃないかな〜?」

 

「へぇ……じゃあやっぱりかぐやちゃんにとって1番心許せる友達は園子ちゃんってことじゃない? 俺には敬語のままだし。出会ったばかりだから当然っちゃ当然だけどさ」

 

(う〜ん、それはそうなんだろうけど……りくちーに関してはどうなのかな〜?)

 

 お茶を淹れ直しにかぐやが席を立って2人きりになる。サッと肩を寄せて内緒話の体勢に移行した園子が、心からの安堵がこもった声で囁く。彼女自身ずっとかぐやのことは気にかけていたのだ。同時に身体の半分を供物にしてしまった自分では友達の支えにはならないことも理解していた。だからこそずっともどかしかった。

 

「俺はたまたま立場やタイミングが良かったんだ。当たり前のことをしたら、それがあの子を少し楽にしてあげられた……それだけの話だよ」

 

「……"それ"を当たり前だって言い切って実行できるのが、りくちーの凄いところだと思うけどな〜」

 

 なんてことない風に言う陸人だが、誰にでもできるかと言うと園子には疑問が残る。あれほどの秘密を……自分の命にも関わる重大事を告げられた直後でも、初対面の少女を優先して、彼女の心を見つめ続けて誰もあげられなかった"1人じゃない安心感"を与えた。

 

「お茶が入りましたよ。陸人様が持ってきてくださったお菓子も」

 

「ああ。かぐやちゃんがお菓子の類をほとんど食べた事ないって言ってたから。今日はお茶に合う和菓子を厳選してきたよ。口に合えばいいんだけど」

 

「ありがとうございます、陸人様。いただきますね」

 

 園子からみた限り、陸人とかぐやは友達……兄妹のような間柄まで一足飛びに進展していた。陸人は言わずもがな。実は相当な世間知らずであるかぐやもまた、異性とどうこうといった発想自体がないようだ。2人とも恋愛というものと自分を結びつけて考えないタイプ。おかしなところでよく似た2人だった。

初めての関係に、かぐや本人もどうすればいいか分かっていないのだろう。そんな初々しく愛らしい情動をもたらしたのも陸人だ。

 

(きっとりくちーだからできたこと。やっぱりこの人は"ヒーロー"だよね〜……ちょっと複雑だけど〜)

 

「園子ちゃん、どうかした?」

 

「んーんっ! りくちーがいてくれて良かったな〜ってね」

 

 分かってはいたが、彼は自分だけのヒーローではない。そんな複雑な乙女心を笑顔で覆い隠して、手元のメモ帳を1ページ破いて隠す。握りつぶしたページに書かれた最後の言葉──『嫉妬』

 

「でもでも〜、やっぱりナイショにしてたのはいかんと思うわけですよ〜。だから、今度は私の部屋にも遊びに来てね〜?」

 

 園子は自分が案外普通の女の子だったことに、小さく安堵していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ〜、結局今日も何事もなかったな。1日訓練場で終わっちまった」

 

「なんだ、問題が起きてほしかったのか?」

 

「そうじゃねーよ。ただ、長いこと音沙汰ねえのは何かの予兆かって考えちまうんだ。志雄も同じだろ? だから今日訓練に誘ってきた」

 

「まあな。一月前の事件は確かに最大級の規模の戦いだった。しかしアレが全ての終息だとは思えない。だから大社も僕達のプロモーションなんて回りくどいやり方を選んだんだろう」

 

 訓練終わりに外食に出た鋼也と志雄。空きっ腹にうどんをぶち込んで、今はそれぞれの居所への帰り道。

 

「あー、アレな。マジで勘弁してほしいぜ。なんだって変身して写真撮られなきゃなんねえんだか」

 

「全文同意だが、実際に民衆の動きは落ち着いてきている。全てに決着がつくまでは我慢するしかないだろう……なんだ?」

 

 四方山話をしながら歩く2人の背後で、ナニカが高速で横切っていった。

 

「今の……鋼也、見えたか?」

 

「いや、気のせいかと思ったが……志雄も感じたか」

 

 アンノウンであれば鋼也は察知できる。そしてあの影の速度は明らかに人間のものではなかった。

 

「……追うか?」

 

「時期が時期だ。火種は速やかに潰すに限る」

 

 気配が去って行った方角に走り出す。人気のない方向に向かう気配に、2人は警戒心を強めていく。そして数分駆け抜けた先の行き止まりに行き着いた。

 

 

 

「よく来たな。篠原鋼也、国土志雄」

 

 

 後ろから追っていたはずなのに、背後から響く男性の声。身構えながら振り向くと、そこには先日墓地で出会った男性ともう1人、かつて毎日のように顔を合わせていた女性が立っていた。

 

 

 

「アンタは、香の……!」

「雪美、さん……なんで……?」

 

「久しぶりね、香の葬儀以来だから……6年ぶりになるのかしら?」

 

 凍ったような眼はそのまま、口元だけで薄く微笑む白衣の女性、沢野 雪美(さわの ゆきみ)。沢野香の母親であり、娘の死後行方をくらました元大社の研究職。鋼也と志雄にも良くしてくれた、優しく穏やかな女性だったはずだ。病的に白い肌は記憶のままだが、ああも温度のない瞳をしてはいなかった。

 

「鋼也くんも志雄くんも、大きくなったわね……それだけの時が経てば、素顔で会うのは年に数回程度だったこの人に気づかないのも無理はないか」

 

 雪美の隣に立つ男性がサングラスを外す。改めて素顔を見たことで、志雄の古い記憶が想起される。

 

 

 

 

「そうか……あなただったのか、哲馬さん……」

 

「そっちは香の親父さんだと……? 何がどうなってんだ」

 

「久しいな。特に篠原の……長く眠っていたと聞いたが、問題はないようだな」

 

 

 

 たくましく鍛え上げられた長身に、痛みきしんだ薄茶色の髪。当時の英雄候補達の教導官でもあった香の父親、沢野 哲馬(さわの てつま)。仮面を外した父親としての顔は年始の挨拶くらいでしか見せなかったため、鋼也も志雄もすぐには思い出せなかった。

 

 

「何故、あなた達がここにいる……今までどこにいたんですか?」

 

「質問に答えてあげたいところだけれど……先にこちらの用件を済まさせてくれない?」

 

「用件……こんな時間にコソコソ寄ってきて、俺達に何をしろって?」

 

「簡単なことだ……2人とも変身しろ。全力を以って俺と戦え」

 

「……なに?」

「哲馬さん、あなたは何を言って……」

 

 目の前にいるのは間違いなく人間だ。ギルスやG3-Xの力を振るう相手ではない。それでも、2人は哲馬から溢れる押しつぶされんばかりの重圧に、構えを解くことができなかった。

 

 

 

「この姿ではその気になれんのは当然か……」

 

(っ! この感じ……まるで陸人みたいな)

(なんだ、あのベルトは……?)

 

 哲馬の腰に突如として表出したベルト。中心の目玉のような霊石は、アギトやギルスと同質の力が満ち溢れている。

 

 

 

「……変身……‼︎」

 

 

 

 一瞬の発光の後に現れる、仮面の異形。Gシリーズとは違う、有機的な身体。意匠はアギトやギルスに近いが、その二種よりもマッシブで力強いフォルム。全体的に深緑のボディに対して、差し色のように目立つ朱色のマフラーが風にたなびいて闇夜を切り裂く。

 

 

『アナザーアギト』

 

 

 発展途上のまま顕現してしまった鋼也のギルス、覚醒に至る経緯が人間とは異なる陸人のアギトとはまた別の、新たな一歩を踏み出した革新者。娘を失った父親の慟哭。その大きすぎる絶望の爆発に引き寄せられて、香の身体に残っていたアギトの光の残滓が取り付いて発現した戦士。

 

 

 

「明日の本命に向けて、お前達で力を確かめたい……相手をしてもらうぞ」

 

 

「くっそ、訳わかんねえ……けど、変身っ‼︎」

 

「なんでだ……なんで、こんな……!」

 

「志雄、とにかく今はやるしかねえ! お前も聞いたろ……明日の本命って。どう考えても見過ごしていい計画じゃないのは確実だ、だから……」

 

「……そうだな。ああ、分かってるさ……変身!」

 

 戸惑いながらも臨戦態勢に入った鋼也と志雄。アナザーアギトは満足そうに頷くと、両手を広げて緩やかに構える。

 

「それでいい。始めようか……その力を見せてみろ!」

 

 

 

 G3-Xがスコーピオンで足元に牽制射撃。その全てを回避して、アナザーアギトは高く跳躍、両足を広げたドロップキックで、2人同時に蹴り飛ばす。

 

(この力、ハッタリじゃねえ……!)

(パワーで言えば僕達より上……陸人にも負けてない)

 

 立ち止まることなくアナザーアギトが懐に飛び込んでくる。ギルスの角をガッチリ掴んでからのニードロップ。仰け反った敵の首を掴んでネックハンギング。ダーティで荒々しい戦術で、瞬く間にギルスを追い詰めていく。

 

「鋼也を離せ!」

 

 ミドルレンジからスコーピオンを連射。両腕が塞がっている状態では回避も防御もできない、必中のタイミング……のはずだったが。

 

 

 

「なんだ、弾かれた……?」

 

「あら、来てしまったのね」

「……余計なことを……」

 

 上空からの射撃で、全弾叩き落とされてしまった。弾丸で弾丸を撃ち落とす。そんな曲芸をやってのけた黒い影は、アナザーアギトとG3-Xの間に着地……いや、墜落と言っていいほどの速度で落下してきた。

 

 夜空に溶け込む漆黒のボディに、妖しく輝く青の双眼。G3とG3-Xの中間のようなフォルム。左肩部には"G4"の刻印。これらが示す真実は1つ。

 

「まさかGシリーズ? 馬鹿な……僕は何も……」

 

「ケホッ……おいおい、次から次へと……勘弁してくれよ」

 

 Gシリーズを形にできるのは小沢真澄ただ1人。そして彼女はプロジェクト関連の進展については、必ず志雄にも共有してくれていた。

 それでも、目の前にいるのがGの系列であることは明らかだ。長く計画に携わってきた志雄だからこそ確信が持てる。

 

 

 

『GENERATION-4』

 

 G3と同じく人間が装着するパワードスーツでありながら、人体への負担を一切考慮せずに設計された戦闘特化型。普通の人間ではまず耐えられない"AIによる完全自律制御"を採用しており、『システムが装着者というパーツを利用して戦う』という逆転した設計思想で完成した最強のGシリーズ。

 

 

 

「来るなと言ったはずだが……」

 

「いいじゃない。私も最終調整ってことで」

 

 どこか重苦しく声をかける哲馬に対して、片手をヒラヒラと振って軽く返すG4。その声は、見た目の印象に反して年若い少女のものだった。

 

「………………ぇ?」

「今の声……」

 

 怒涛の展開についていけずにいた2人が、G4の声を聞いて静止する。少し変化してはいたが、その声、その語調。かつては毎日のように聞いていた()()のものに酷似していた。

 

 

 

「さてと、せっかく来たんだから……楽しませてよ、ねっ‼︎」

 

「──っ! クソッ……」

 

 背部のスラスターを吹かせて飛翔、突撃を仕掛けるG4。G3-Xオリジナルの革新的な武装だったはずの飛行機能だが、G4も当たり前のように使いこなしている。

 

 

 

「志雄っ……そこをどけっ!」

 

「予定は変わったが、まあいい。ギルスの進化がどれほどのものか、見せてみろ!」

 

「なんなんだ……なんなんだよっ、どいつもこいつも‼︎」

 

 理解できないことが多すぎる。こういった不明瞭な状況が嫌いな鋼也は、それでも自衛のために爪を振るうしかない。今戦っている理由も分からないままに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1日の業務を完了して、自室で休んでいた真澄。今日はもう寝てしまおうかと時間を確認したところ、様々なデータを管理するために複数所持している端末の1つがアラートを鳴らす。

 

(なにが…………G3-Xが起動してる? でも、樹海化もアンノウン出現も感知されていない……)

 

 システム管理者である真澄の元には、G3-Xの起動状態がリアルタイムで送られる。戦闘の予兆もなく、訓練時間でもない。間違いなく異常な何かが起きている。

 

(この時間だと、大社の人員を動かすのは難しいわね。あまり頼りすぎるのは心苦しいけど……)

 

 志雄は鋼也と一緒にいたはず。だとすれば、現状で連絡できる人物は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(この動き……スペックが違いすぎる……!)

 

「ホラホラどうしたの? そんなものかなぁ、G3-X!」

 

 武器を格納しての肉弾戦。黒い乱入者は、志雄を完全に圧倒していた。大きく弾き飛ばされたG3-Xが、飛び退きながらスコーピオンを展開、カウンターの8連射を浴びせるが……

 

 

「冗談じゃないぞ……」

 

「アハッ、もしかして今のが通用すると思ってた? う〜ん、ナメられちゃってるなぁ」

 

 

 

 不安定な姿勢からの射撃だったが、それでも全弾正確に胸部直撃コースだった。しかしG4はその全てを十指の間に挟み込んで止めてみせた。いくらシステムアシストが優秀であったとしても、人間の感覚神経でできる業ではない。

 

(さっきの射撃といい、まさか……!)

 

「気づいた? そう、私のG4は最高スペックのAIで制御されている。あなたの"EXCEED"、だっけ? アレを常時使ってると言えば分かりやすいかな」

 

 効率的すぎて装着者の限界を超えた稼働を強制するシステム。その一点さえクリアできれば、破格の戦闘力をもたらす諸刃の剣だが……

 

(あり得ない……あの真澄さんですら時限式で妥協するしかなかった力だぞ。いったいどうやって安定させてるんだ?)

 

 世紀の大天才が不可能と判断した完全AI制御の安定稼働。それの例外である不可能の結晶が、余裕を示すように駆動音を鳴らす。

 

 

 

「つーまーりぃっ‼︎」

 

「グッ……ぅおあっ!」

 

 一瞬で懐に詰め寄り、鞭のように鋭くしなる前蹴り。間一髪両腕でガードしたG3-Xだが、その出力差は絶大。ガードの上から跳ねあげられて大きな隙を晒してしまう。

 

 

「あなたでは私に勝てない‼︎」

 

 

 大きく踏み込み、大きく振りかぶり、大きく殴り込む。G4の全力を込めたストレートが、空中のG3-Xに直撃した。

 

 

「──ってことだよ、理解したかな?」

 

「……ぐ、くそ……」

 

 真っ直ぐに数メートル吹き飛ばされたG3-Xは端末に走った衝撃で変身解除。志雄も立ち上がれずにもがくしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう一方の戦場。攻め込んでいるのはギルスだが、追い込まれているのもまたギルスだった。力で負け、防御力は元来高くない。挙句自慢のスピードも完全に見切られていた。

 

(まだだ、まだ加速しろ……! 敵の反応を超えろ!)

 

「それが全力か? だとしたら、拍子抜けだな」

 

 ピンボールのように敵の周囲を跳ね回り、切り返すごとに加速して翻弄する、ギルスの得意技。しかしアナザーアギトの眼は正確にその姿を捉えている。

 

「こんのぉぉぉっ‼︎」

 

「手が詰まれば遮二無二斬り込む……やはり若いな」

 

 トップスピードに乗ったギルスが、真後ろから飛びかかって必殺の爪を伸ばす。『ギルスヒールクロウ』がアナザーアギトの肩口に向かい──

 

 

 

 振り返ったアナザーアギトの左脚が、ギルスの脚を蹴り止めた。

 

「見切られた……?」

 

「甘いな……!」

 

 アナザーアギトの足下に紋章が浮かび、光となって右脚に宿る。その怪しい緑色に、悪寒を感じたギルスが退がろうとしたが一手遅かった。

 

 

「弾け飛べ、ギルス!」

 

 

 アギトのライダーキックに劣らぬ必殺の右脚『アサルトキック』が炸裂。脇腹に叩き込まれたギルスは、きりもみ回転しながら吹き飛んでいく。

 

 

「ガハッ……やばい、いいのもらっちまった……!」

 

 志雄の近くに落下したギルス。変身も解けて、同じくなす術なく倒れ伏す。

 神世紀が誇るヒーローが2人、突然の襲来者に完全敗北を喫してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、まあ最新のデータ取得としては十分かしら」

 

「えー? もう終わり?」

 

「そもそもお前に来いとは言っていない」

 

「もー、つれないなぁ。()()()()()()

 

「「……っ⁉︎」」

 

 

 G4の無邪気な言葉が、振り切った疑念を再燃させる。突如現れた父親と母親。過去を思い出させる少女の声。そして共に鍛えた日々によく見た動き。これ以上否定するのは不可能だった。

 

 

 

「はぁ〜ぁ、分かったよもう。それじゃ最後にご挨拶だけして帰ろっか。挨拶する時はちゃんと顔を見せないとね」

 

「っ! 待ちなさい!」

 

「よせ、その必要は……」

 

「はい、ポチッとな!」

 

 雪美と哲馬の制止を無視してG4が変身を解除する。その仮面の奥で笑っていたのは、鋼也と志雄にとって最も会いたくて、最も見たくない顔だった。

 

 両親譲りの肌と髪。記憶の中よりもずっと大きくなった身体。かつては性差も感じない幼い身だったが、目の前にいるのは明確な"女の子"の姿だった。

 

 

「ふざけんな……冗談にしたってタチが悪いぞ!」

 

「なんでだ、なんで君がいるんだ……香っ‼︎」

 

 

 

 

「ふふっ、なんと私でした〜……あれ? どしたの2人とも……あっ、そっか。ずいぶん久しぶりだもんね、ビックリしちゃったかな。

 沢野(さわの) (かおり)、帰って参りました!」

 

 笑顔で敬礼のポーズを取る少女、沢野香。死んだはずの彼女が、6年の時を経て成長した姿で、古い友の前に突如現れるという異常事態。

 

 大社始まって以来の大事件が発生する、12時間ほど前のことだった。

 

 

 

 

 

 




この章の本筋を握るのはこの3人です……オリキャラ主導で話を作るのは非常に難しいのですが、始めてしまった以上形にせねば……

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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本丸落城

大社争奪戦、勃発
 


「……それで、2人の容態は?」

 

「今はまだ眠っているけど、傷はそれほどのものではないわ。じきに目を覚ますでしょう」

 

 ゴールドタワーの医務室。その入り口の前では、傷を負った2人を連れてきた陸人が真澄と向き合っている。しっかりと話すのはほぼ初だが、今は悠長に挨拶をしていられる状況ではない。

 

「助かったわ、御咲くん。あの時間の連絡に応えてくれて」

 

「いえ、俺は連れ帰ることしかできませんでしたから……」

 

 G3-Xの起動を知った真澄が連絡を取ったのはもう1人のライダーである陸人だった。大社からの帰り道だった彼は、座標を聞いて即座に飛び出し、トルネイダーで乱入したのだった。

 

「G3-Xの記録映像で大まかな事情は把握したけど、解除後は分からない。あなたが見た限りのことを教えてくれるかしら?」

 

「分かりました、と言っても、俺もほとんど何も聞き出せませんでしたが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アハハ、2人ともまるで死人に会ったみたいな顔しちゃって……って、それで合ってるんだっけ」

 

「……ぁ……え?」

 

「クソッタレ……なにをしやがったんだよ、お二人さんよお!」

 

「…………」

「それは……」

 

 非難混じりの鋼也の追求に、哲馬も雪美も何も返さない。

 自分の眼からは紛れもなく沢野香の姿が見える。しかし本人そのままと言うには、違和感が拭い去れない。生前の彼女とは少し性格が違う。こんな奔放で、言ってしまえば無責任な態度は取らなかった。

 

 

 

「えー? ひどいなぁ、あんなに一緒だった幼馴染を忘れたの?」

 

「うるせえよ、テメーが香だと? 俺の神経をこれ以上逆撫ですると、どうなるか分かんねえぞ」

 

「ふーん? でも志雄の方はちょっと違うみたいだけど?」

 

 ずっと黙っていた志雄はというと、全身で混乱しきっていた。目は泳ぎ、口は半開き、呼吸は浅く、全身を細かく震わせてなんの挙動も起こせずにいた。

 

 

 

「おい、志雄……志雄⁉︎」

 

「さて、それじゃちょっとの間おネンネしててもらおっかな」

 

 香が再び端末を構える。動けない志雄を引きずって逃げようとする鋼也だったが、そうする本人もダメージは残っている。逃げようにもそんなスピードが出るはずもない。

 

 

 

 

 

「変、身っ! んじゃ、おやすみ──」

「──させるかよ!」

 

 上空から舞い降りる金色の影。トルネイダーで急行したアギトが両者の間に割り込んできた。アギトは弱った仲間達と敵対する3人を視認すると、最低限の状況把握を終えて構えた。

 

「おっ、出た出たアギトだ!」

「今回はあくまで様子見……こんな大物釣り上げるつもりはなかったんだけれどね」

「釣れたものは仕方あるまい。それに、少し興味もあった」

 

「なんだ、あなたたちは……見たこともないGシリーズに、アギトに近い力……それに、白衣のあなたの仕込みか? この周辺に配備された銀色のパワードスーツ達は」

 

「そうよ、"V1"は交通整理代わり。無関係な邪魔者が紛れたら困るからね。戦闘音が聞こえる範囲は人払いしておいたの」

 

 ここに来るまで、陸人は銀色の影が警邏のように周囲を回っているのを目撃した。トルネイダーで雲の上から飛び込んだおかげで捕捉されなかったが、陸路からでは確実に見つかっていただろう。

 

「あれだけの戦力を保有している。鋼也と志雄を追い込むほどの実力もある……なんなんだ、あなたたちは」

 

「……あと半日待て。そうすれば分かる」

 

「……その口ぶりだと、半日以内に何かしでかすって言ってるように聞こえるな」

 

「そう言ったつもりだが?」

 

「それを聞いちゃ、見逃すわけにはいかないな……!」

 

「そうか」

 

 向かい合う2人のアギト。両者は同時に足を開き、必殺の紋章が地面に浮かぶ。

 

「……ぉおおおおおおっ‼︎」

 

「スゥ────…………ムンッ──‼︎」

 

 "ライダーキック"と"アサルトキック"のせめぎ合い。空中で正面から衝突した両者の必殺技は、周辺に破壊的な衝撃を撒き散らし、膨大なエネルギーが炸裂した。

 

 

 

 

(……っ、互角……いや、わずかに押し負けたか)

 

 着地したアギトが顔を上げた先には、誰の影もなかった。必殺技の激突で生じた混乱に乗じて離脱していたようだ。周辺に感覚を向けると、あれほどいた見張り役のパワードスーツも全員撤退している。

 組織的行動があまりに迅速すぎる。よほど良い指揮官がいるのか、革新的なシステムでもあるのか。

 

 

 

「……そうだ、鋼也、志雄!」

 

 先の衝撃で意識を失った鋼也と志雄。陸人はひとまず2人を乗せて超特急でゴールドタワーに帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう、改めて助かったわ。あなたが来てくれなかったら今頃どうなっていたか……」

 

「いえ……あのアギト、相当な実力者です。俺も全力を出したわけではありませんでしたが、それは向こうも同じでしょうし」

 

(そしてあの失敗作をあちらは制御している。あの"沢野雪美"が敵に回ったとなると、他にもまだカードがありそうね)

 

 防人や満開を実現レベルまで引き上げた発展研究のエキスパート、沢野雪美。彼女なら雛形たる設計図さえ手に入れればどうとでもできるだろう。数ヶ月前、真澄の研究施設に侵入したのは彼女と見て間違いない。

 

(作ってはみたけどすぐにボツにしたG4……盗られたデータは他にもあった。それに……)

 

「姉さん、御咲くん、緊急事態です!」

 

 高速で回り出した真澄の思考を止めたのは、妹である真尋の呼びかけ。珍しく焦りに焦ったその声は、並々ならぬ事態を予感させる。昔からこの妹は自分で思っているほど感情の制御がうまいタイプではないのだ。

 

 

「大社本部が、制圧されました!」

 

 ほらやっぱり、と真澄は頭を抱える。こういう時の知らせというのは、大抵ロクなもんじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「状況を整理するわよ」

 

 作戦会議に参加しているのは僅か3名。小沢真澄、安芸真尋、御咲陸人だけ。陸人と並ぶライダーである篠原鋼也と国土志雄はまだ目を覚まさない。そして他の力を持つ少女達だが……

 

「最初から狙っていたとしか思えません。相当数の離反者がいるとみて間違い無いですね」

 

「確かに……決行のタイミングも、ここまでの手際も。ポッと出の反抗勢力じゃない。最悪な予感が的中しちゃったわね」

 

 まず現役の勇者。彼女達は現在システムを手放し、勇者としての役目を外れている。戦力と数えることができない以上、今回の件には巻き込まない。陸人の強い主張で、現状を伝えない方針に決まった。

 

 次に挙げられるのがこのゴールドタワーに常駐している防人部隊。しかし彼女たちもまた今回は戦力として含めない。防人システムを無力化されたからだ。

 本部の意向からは多少外れて行動の自由が広く認められている防人だが、その代償としてシステムの管理者権限を本部にも持たせる形でお互いの妥協点としていた。それを利用して、敵は全防人の端末をダウンさせた。

 管轄外である防人に関しては、いかな真澄といえど短時間で復活させることは難しい。そして現状はそんな余裕を許さないほどに切羽詰まっていた。

 

「大社本部で狙うとしたら、なんだと思いますか? 安芸さん」

 

「私が天の神側であれば、真っ先に神樹様ですね。本部には御神体直通のルートがあります。逆にその道以外は絶えず強固な結界で覆われている。直接狙うならそこが一番の急所です」

 

 大社本部の敷地は神樹の本体を覆い隠すように面している。数十年前の大改築によって、その唯一の道も筆頭巫女が許可しなければ開かないように作られている。

 

「神託を受ける巫女達でさえ、御所とは壁で隔たれた滝で修行を行います。今の時代で直接御目通りをしたことがあるのは、お歴々の数人と筆頭巫女様だけでしょう」

 

 筆頭巫女の役目の1つは、神樹に近づく人間の選別。逆に言えば、かぐやを確保して従わせることができれば、ノーリスクで御所に入れるということでもある。

 

「……まずいな、かぐやちゃんが危ない」

 

「筆頭巫女様がいる最上階の警備は厳重ですが、その警備を担当する者達の内こちら側でいてくれるのが何人いるか……」

 

 

 

 

 

「本部が堕とされた、と聞きました……」

 

「それ、マジな話か? だとしたらのんびりしてらんねえぞ」

 

 微妙に動きがぎこちない身体を引きずって、会議室に入ってきた2人。行き交う職員の話を聞いて、いてもたってもいられなかったのだ。

 

「鋼也、志雄……」

 

「2人とも、怪我はもう平気なの?」

 

「国土志雄、問題ありません……いつでも出れます」

 

「右に同じくだ。本部には銀達がいる、ほっとくわけにゃいかねーだろ」

 

「! そうだ、巫女の合同鍛錬として、亜耶も昨日から本部に……!」

 

「オイオイ、ヤベエじゃねーか!」

 

 焦りを隠さず、考え無しに飛び出そうとする鋼也と志雄。しかし陸人はそれを見過ごせない。素早く入り口の前に割り込んで足止めする。

 

 

 

「……陸人、どいてくれ」

 

「無策で動いても助けられない。ひとまず落ち着いてくれ」

 

「んなこと言ってる場合かよ⁉︎ こうしてる今も──」

 

「分かってる! だからこそ迅速に確実にみんなを助ける手段を見出そうとしてるんだ! いいから一回座って、傷を診てもらうんだ」

 

 らしくない荒い声を上げた陸人。その剣幕に、2人の頭に登った血が急速に降りていく。力無く席に座ったライダー達を見て、真澄が再び会議を主導する。

 

 

「ハイハイ、頭冷えたならこれを見てちょうだい。念のために本部に内密に仕込んでおいた隠しカメラの映像よ」

 

 スクリーンに映し出される本部の状況。明らかな問題発言だったが、この非常時にそこに突っ込む者はいなかった。

 

「見張りは……例の銀色が何体か。思ったより少ないな」

 

「いや、屋外に戦力を回してるみたいだ……あのバイク、まさかG2か?」

 

 本部の敷地を囲うように展開しているパワードスーツ。全体の数は確認できないが、50体以上は確実だ。しかもその全てが奇妙なバイクに跨っている。細部は異なるが、Gシリーズの自立機動兵器によく似ていた。

 

「なるほど……G4と一緒にG2のデータも持っていって、強化開発に量産までこの短期間で……相変わらず器用な人ね」

 

 操縦者を擁することで制御の安定化と性能の向上を図る。こうした発展、改造が研究者沢野雪美の得意分野だった。

 

「なあ、俺達は香の母親ってことしか知らねーけど、そんなにすげえ人なのか?」

 

「ええ。私が抜ける前だから、10年ほど前になるけれど……私が口出しした勇者システムのブレイクスルー、アレをより実践的な形に整えたのはあの人だったはずよ。精霊バリアや満開の基礎理論なんかは彼女の頭から生まれたものなの」

 

「調べたところ、その危険性を訴えて採用を見送らせた直後に娘の事故が起きて……そのまま姿を消したとあります。姉さんとは別種の才覚の持ち主と言えるでしょうね」

 

「あの人は眼が良いのよ。現存するもののどこが不要で、どこを伸ばせば良いか、それを見抜くのが異様に早くて正確だった」

 

 小沢真澄を0から1を生み出す天才だとするならば。

 沢野雪美は1を1000に伸ばす天才だと言って良い。

 その彼女が作り上げた一大戦力。アナザーアギトやG4だけに気を取られていてはそこまで辿り着くのも難しいだろう。

 

「そしてG4……私がG3-Xよりも前に設計した欠陥兵器。アレは人間が扱えるシステムじゃない、むしろシステムが人間を扱う、最悪のマシンよ」

 

「G4……そうだ、真澄さん。あの装着者、あれは……」

 

「……記録映像から調べたけど、反応はアンノウンであることを示していたわ。他者の姿を写し取るような能力を持っているのか、それとも……」

 

 少し躊躇しながら説明する真澄。

 何故死んだはずの沢野香が生きてあの場にいたのか。

 何故人間には耐えられないはずのG4を使いこなしていたのか。

 簡単な話だ。"人間ではない"という一言を前提に挟み込めば、全ての不条理はまかり通る。

 ……いったいどんな心境で死んだ娘の現し身を連れているのかは、誰も理解できなかったが。

 

「……やっぱそうか」

 

「篠原くんは感知していたのね?」

 

「ああ。他のアンノウンと比べるとかなり気配が薄かったけど、変身解いた瞬間に分かった。それ以外にもおかしなところはあったしな。志雄もそうだろ?」

 

「そうだな……まず香の死は僕達がこの目で確認している。それに、生前の香とは、うまく言えないが、何かが違った。雰囲気というか、言動というか……時折驚くほど似ていたが、時折目を疑うほどに差異があったんだ」

 

 死者は蘇らない。鋼也も志雄も、そんな摂理は最初から理解していた。だからこそ、このまま引き下がることはできない。大切な友達の死と生を冒涜するようなやり方を見過ごせるほど、2人は達観してはいないのだ。

 

(だけど、1つ引っかかることがある……どんな手段で、()()姿()をしているのか)

 

 真澄は生前の沢野香の写真を見たことがある。昨夜の映像と照らし合わせて、確かに鋼也や志雄から見ればあの姿は紛れもなく成長した香に映るのだろう。しかし、もしそうだというのなら。

 何故誰も知らない成長後の姿を模倣することができるのか。あの年恰好の彼女はこの世にいたことはない。誰の記憶にも存在しない。アンノウンの超能力、の一言で片付く問題なのかどうか。もっと大きな力が働いている。真澄の鋭敏な第六感は、新たな危機を予感していた。

 

 

 

 

 

 画面は切り替わり、最も広い講堂が映る。そこには本部に残っていたまだ染まっていない職員達が集められていた。

 

「不確定要素を一箇所に固めようとしている……つまり、敵はまだ目的を達していないということになるわ」

 

「全体を把握したい、カメラを切り替えてもらえますか?」

 

 講堂全体を見通す陸人達。各自見知った顔を探して状況把握に努める。

 

「かぐやちゃんがいない……まだ逃げてるのか、別のところに捕まってるのか……」

 

「銀は……いた。大人しくしてるな。でも園子がいねえ、アイツらがはぐれるなんて……」

 

「……亜耶もいたな」

(あの子は下手に動くと怪我をしそうだから、むしろ安心か……ん? あれは三好さんか。あの人がいるならひとまずは大丈夫だな。急ぐ必要はあるだろうが……)

 

 どうやらまだ敵は本部の全てを掌握しきれていないらしい。今ならまだ間に合うかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 緊迫した空気を吹き飛ばすように陽気な着信音が鳴り響く。陸人が端末を確認すると、画面には"乃木園子"の文字。慌ててスピーカーで応答すると……

 

「繋がった! りくちー、今どこ?」

 

 いつもの間延びした口調とは違う園子の声。それだけ事態が逼迫していることを物語っている。

 

「園子ちゃん、良かった。本部のことは大体分かってる。今は鋼也達と作戦を立ててたんだ。そっちの状況を教えてくれ」

 

「ほんと? ちょっと安心したよ。今かーやんと2人で隠れてるんだけどね」

 

「かぐやちゃんが一緒なのか?」

 

「はい、ご心配おかけしました。私は無事です。どうやら狙われているようですが……」

 

 園子とは異なる少女の声が届く。陸人以外はかぐやの声を聞くのは初めてだったが、話の流れで彼女が件の筆頭巫女だということはすぐに分かった。

 

「乃木さん、安芸です。あなたがいる場所と、見てきた限りの状況と経緯を話してちょうだい」

 

「あ、せんせー。分かりました、えっと〜……」

 

 

 

 

 

 園子の話では、夜中に事態を察知した篠原真由美が2人を叩き起こして逃がしてくれたのだそうだ。その途中で真由美は足止めに別れ、本部から出ようにもすでに出口は全て塞がれている。とりあえず資料室に隠れて追っ手をやり過ごしているのが現状だ。

 

 

 

「それで、職員の大半が黒い影に覆われて、そのまま挙動がおかしくなったのね?」

 

「そうなんです。正常な人達が時間を稼いでくれて私達は逃げられたんですけど」

 

「そして侵入者に従うようになった人員にV1を装着させて部隊を展開、か……見たところ主犯はほんの数人みたいね、舐められたもんだわ」

 

「大分状況が掴めてきたわ。ありがとう、乃木さん」

 

「いえいえ〜、すみません。勇者の力が手元にあれば……」

 

「そんなことないよ、2人が無事で本当に良かった。これで俺達も動ける」

 

「りくちー……えへへ、ありがと〜」

 

 あまりにも手際良く制圧された理由はここにある。年単位の呪術的侵攻によって、大社の警戒網は意味を成さないレベルで無力化されていたのだ。

 

「陸人様、お気をつけください。先程から何故か神樹様と繋がることができなくなっています。巫女として生きて十余年、このようなことは初めてです」

 

「前に話してくれた、超常の存在の仕業かもしれないってことか」

 

「はい。本部全体を覆う影が濃くなっております。今までは職員に取り憑いている程度だったのですが……」

 

(大物が直接出張ってきた可能性もある、か。新しいアギト、新しいGシリーズ、敵の首魁……考えること多くて嫌になるな)

 

 敵の目的は神樹への直接攻撃。そのためには本体を守護する結界を解除できるかぐやを狙っている。そして当のかぐやは包囲を抜けられず、敵陣地と化した本部の中にいる。まさに土俵際だ。

 

 

 

 

 

「ありがとう、状況はよく分かった。俺達が必ずなんとかする。2人は自分たちの安全を最優先してくれ」

 

「りょーかい〜」

「分かりました、よろしくお願いいたします」

 

「……そうだ、園子ちゃん。今日の約束は、君の部屋に17時で合ってたよね?」

 

「え?……それで合ってるけど、急にどうしたの〜?」

 

 かぐやにかかりきりになっていた最近の陸人が面白くなくて、園子が珍しく強引に取り付けた逢瀬の約束。2人だけで夕食を共にして、ゆっくり話をする予定だった。

 

 

 

「今は9時15分……約束の時間までに全部片付けて、必ず君に会いに行く……だから、信じて待っててほしいんだ」

 

「っ! りくちー……君は本当に、律儀で優しくて……変な人だよね〜」

 

 これほどの一大事だ。園子自身約束のことは言われて思い出したくらいだった。それなのに。

 

「俺は約束は絶対に守るよ。それだけは自分を誇れる……譲れないところなんだ」

 

「……ふふっ、分かったよ。それじゃあ園子さんはりくちー達を信じて待ってるから……」

 

 緊迫していた園子の心がほんの少し、だが確かにほぐされたことを、隣で見ていたかぐやの眼にはっきりと見て取れた。

 

 

 

「なるべく早く来てね? りくちー、約束だよ」

 

「ああ。"仮面ライダー"の名にかけて」

 

 

 

 心からの誓いを最後に、通信が切れる。

 出会うたび、戦うたびに背負うものは増えていく。そしてそのたびにより毅く進化するのが、御咲陸人という勇者だった。

 

 

 

「ヒューッ、言うじゃねえの色男」

 

「あんな無茶なことを言い切って、本当に大丈夫なのか?」

 

「俺は自分の言葉は曲げない。できないことは最初から言わないし、一度交わした約束は絶対に守る」

 

 微笑を浮かべて断言する陸人。その眼には一切の迷いがない。自分の力に自信があるのではなく、何がなんでも諦めない不屈の誓い。それこそが今日まで陸人を陸人たらしめてきた心の光だ。

 

「なら、俺も手ぇ貸すぜ。やらなきゃならねえこともあるしな」

 

「僕達が負けたからこんな事態に陥った。そのケジメはつける」

 

「……いいのか?」

 

「ああ、今度は負けねえ。本気を出せば……」

 

「その本気を出せるのか? 俺は大まかなことしか聞いてないが、迷いを抱えたままでは連れて行けないぞ」

 

「……やれる。陸人も言ってただろう? 仮面ライダーの名にかけて、って。僕達も同じだ。ヒーロー気取りの若造、などと思われるわけにはいかないからな」

 

 陸人に負けじと強い瞳で見つめ返す鋼也と志雄。それぞれ、ケジメをつけなければならない相手がいる。それは男の意地、の一言で片付くようなものではあったが、同じ男である陸人には2人の気持ちが正しく理解できた。

 

「……分かった。それなら、外の戦力は俺が引き受けよう」

 

「いいのか? 俺達にとっちゃありがてーが」

 

「適材適所さ。例の2人はどちらも屋内にいるし、こっちは3人しかいない。役割分担としては妥当だろ」

 

「すまん、助かる……必ず勝って、全てを守ると約束する」

 

「ああ。それじゃ行こうか……死ぬなよ、2人とも」

 

 2人に向けて拳を突き出す陸人。同性の仲間というのが初めてなこともあり、いつもより少し楽しげだ。

 

「心配すんな、俺は不死身だ」

 

「このバカの世迷い言は置いといて、僕はそんなヘマはしないさ」

 

「んだとコラ志雄!」

 

「ハハッ、調子出てきたんじゃないか?」

 

 

 

 

 拳を合わせて必勝を誓う3人。こうして、世界の明日は少年たちに託された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ頃、誰も知らないところで別の思惑も参戦しようとしていた。

 

(なるほど。この頃妙に静かだと思えば、人間を操って姑息な策略を進めていたわけか)

 

 本部から少し離れた高層ビルの屋上、そこには1人の異形が佇んでいた。つい先月、アギトと死闘を繰り広げ、最後には真っ二つにされて敗北したカブト型のアンノウンだ。

 

(しかし、俺はほとほと奴と巡り合わせが悪いらしいな。傷を癒して、再戦を申し込もうとした矢先にコレか)

 

 

 ──自分のことしか考えられず、力無きものには見向きもしない。誰かのことを慮ることすらできない!──

 

 ──そんな視野の狭い、器の小さい奴に……負けるわけにはいかないんだよっ‼︎──

 

 

 あの言葉と必殺の刃に斬り裂かれたことで、奥底にくすぶっていた魂が覚醒。()は自分の本質を取り戻した。

 そして一月、これまでの自分の行いを恥じながらも調子を取り戻すために壁外で1人時を過ごしていた。

 

()()も似たようなことがあったな。あの時は奴が錯乱した仲間に刺されていたのだったか)

 

 今度こそ向こうが気兼ねしない状況で1対1の勝負を挑むつもりだったが、さすがにこの状況ではそれどころではないのは彼にも分かる。

 

(さて、どう動くか……一応はマラークの1人。その役目を果たすか……傍観に徹するか……)

 

 らしくなく次の行動に悩む自身を鼻で笑い、異形は屋上から飛び立つ。自分の望みを果たすためにできることは何か。悩むべきはそのための手段であって、根底の目的について今更考える必要などない。

 

「決まっている……俺はいつだって、自分の望むままに動くのみだ……!」

 

 かつて英雄に嫌悪された、己のことしか考えられない自己完結した怪物らしいパーソナリティ。しかしそれは、裏を返せば善悪に囚われずに本質を追い求めることができる資質とも言える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本格的にまたたきの章、始まって参りました。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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人間VS人間

ここからはバトルバトル&バトルです。

試験期間につき、来週は投稿お休みさせていただきます。もしかしたら再来週も難しいかも……ハンパなところで申し訳ありません。
 


「……うーん、やっぱ運転席に人がいねえってのは違和感がスゲーな」

 

「ひとりでにハンドルやペダルが動くのはどうにもな……だが小沢さんの話だとこれくらいの技術はそのうち一般に広がってもおかしくないらしいぞ」

 

「まあ確かにG3-Xが空を飛ぶわけだからな。固定観念にとらわれてはいけないってことかも」

 

 作戦を詰めて出撃した3人のライダー。しかし彼らは個別の移動手段を持っていない。かといって非戦闘員を伴えば諸共に狙われる危険がある。そこで真澄が急遽用意したのが予備のGトレーラー、そこに自動運転システムを組み込んで本部まで直行することに。

 

 

 

「現着まであとどんくらいだ?」

 

「そろそろ用意したほうがいいかな、もう見えてきたし」

 

「……しかし、この量は詰め込みすぎたんじゃないか? というか()()を使うこと自体僕は反対なんだが……」

 

 普段は修理やオペレート用の機器が並んでいるトレーラー内部には、なんとか3人が座れるだけのスペースを残してコンテナが詰め込まれている。積載限界ギリギリまで敷き詰めた貨物の中身を知っている志雄としては、うっかり開いてしまいそうで気が気でない。

 

「まあまあ、数で負けてるこっちはできるだけ派手に意表をつく必要があるんだって、小沢さんも言ってただろ?」

 

「なんだよ志雄、ここにきてビビってんのか?」

 

「ハァ、もういい……文字通り乗りかかってしまった以上、言うだけ無駄か」

 

「そうそう、ここまで来たらやるだけやるさ。俺達には後がないんだからな」

 

 状況は圧倒的に不利。これをひっくり返すためには、手段を選んでいる余裕はなかった。そしてもうひとつ、陸人には気になることがあった。

 

(モニターで見る限り、なんでか本部の辺りだけやけに雲が分厚い……というか、全体の空気が淀んでるような。かぐやちゃんが言ってたのってそういうことか?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 制圧された大社本部の会議室。そこには実行犯リーダーの哲馬と雪美が、1人の捕虜と対面していた。

 

「なるほど、今の大社にも少しは鼻が効く人材が残っていたのかと感心していたが……お前か、篠原」

 

「ふふん、お久しぶりね沢野くん、雪美ちゃんも。言いたいことはいくらでもあるけど、とりあえず元気そうで良かったわ」

 

「ふふ、真由美さんもね。長く眠っていたそうだけど、相変わらず若々しくて羨ましいわ」

 

「そういう雪美ちゃんはちょっとやつれたわね。私も憧れた美白が蒼白になっちゃってるじゃない、ちゃんと気を使わないと」

 

「そうね、もう何年もそういうことには気を向けてこなかったから……事が済んだら考えてみるわ」

 

 椅子に手足を縛り付けて拘束されているのは篠原真由美。鋼也の母親として、哲馬や雪美とも親交が深かった大社職員。かぐやを園子に任せた後、追手を止めるためにV1相手に脇差一本で大立ち回りを演じた女傑でもある。

 

「その事、ってのをまずやめて欲しいんだけど……この状況じゃ聞いちゃくれないわよね。10年来の友達に拘束されるなんて悲しいわ」

 

「ごめんなさいね。あなたは放っておくと色々余計なことをしそうだから」

 

 真由美は長年の友人として飾らない態度で接しているが、対する雪美達の反応は驚くほど無機質。言葉こそ返してはいるが、表情も態度も一貫して無感動。これも目の前の人物を警戒しているからこそだ。いくら拘束したといっても油断できない。先代"麒麟児"は侮れないのだ。

 

 

 

 

 なんとか彼らの目的を聞き出そうとする真由美と暖簾に腕押しの哲馬達。押し問答が続く中、突然施設中に警報が響き渡る。

 

「……来たわ、予定通り3人揃って近づいてる」

 

「よし、ここからだな……初手は任せるぞ」

 

「ええ、分かってる。全力でお出迎えさせてもらうわ」

 

 敵襲の報を聞き、部屋の出口に向かう2人。残された真由美は慌てて止めようと声を上げる。

 

「ちょ……ちょっと待ちなさいよ!」

 

「……篠原、お前に危害は加えない。ただし邪魔をされても迷惑だ。ここでジッとしていろ。状況はモニターで確認できるようにしておく」

 

「ごめんなさいね、真由美さん……あなたのところの鋼也くんたち、少しお借りするわ」

 

「……最後に聞かせて。あなたたちの目的は何? 香ちゃんの復讐? それとも……」

 

「……今はまだ言えんが、見ていれば分かる……その答えを出すのは俺たちではないかもしれんがな」

 

 意味深な言葉を残して立ち去る2人。真由美には、その背中が実際の距離以上に遠く見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大社本部は市街から少し離れた平野を開発して作られた複合施設だ。本庁舎である高層ビルに、研究、開発、実験、修行、生活スペースといった関連施設が付近に散りばめられて一個の空間となっている。

 その敷地を巡回している複数のパワードスーツ、"V1"。一体一体が特殊バイク"G2-X"に乗って、広い敷地をカバーしている。

 

 その内の一体が、高速で接近してくるトレーラーを視認、その上には3つの影。

 

「見えた……やはりかなりの数だな……!」

 

「ハッハァ! んなの分かりきってたろーが、とにかく突っ込むんだよ!」

 

「ああ。翔ぶが如く、ってな!」

 

 どんどん加速するトレーラーと、それに乗った最警戒対象。目撃したV1は即座に周囲の仲間に通達した。10体ほどで陣を組んで一斉に迎撃にかかる。

 

「ハッ、きたきたきたぜぇ!」

 

「っと、本当にすごいなこのオートパイロット……回避も完璧とは」

 

 正確な射撃を大きな車体からは想像できない運動性で回避するトレーラー。真澄謹製のプログラムに隙はない。迎撃をかいくぐって敷地に突入する陸人たち。敵陣のど真ん中にトレーラーが突っ込む、その瞬間……

 

「──今だ、飛べっ!」

 

 荷台の上に乗っていた3人が同時に飛び降りる。トレーラーはそのまま突入、そして──

 

 

 

 V1が密集した地点で荷台が大爆発。大量の爆薬が炸裂して警戒網をズタズタに引き裂いた。その爆炎の規模は凄まじく、密集隊形を組んでいたV1部隊の内18体が飲み込まれて吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 爆風に煽られながらもなんとか着地した3人。残ったV1部隊が囲むように動き出す。

 

「やっぱりあの火薬量は多すぎだろ! 裾が焦げたんだが⁉︎」

 

「バーカ、お前がトロいのが悪いんだよ。俺の服は無傷だぜ」

 

「ハイハイ、その辺の文句は小沢さんに言ってくれ……行くぞ」

 

 3人で背中合わせに円陣を組む。多少数は減らせたが、まだまだV1はこちらを包囲するくらいは余裕でできる。

 

「予定通りだ。ここからが本番だな」

『G3-X All safety release』

 

 襟元を正して端末を構える。いつもの機械音声が志雄のスイッチを切り替えた、

 

「ああ、分かってる。俺がコイツらを抑えて──」

 

 目を閉じて足を開く。陸人の内にある力が呼応し、ベルトが表出した。

 

「俺と志雄が内部に突入、分かってんよ。ちゃんと役目はこなすさ」

 

 深く息を吐いて両腕を交差する。鋼也の意識が切り替わり、緑の光がその身を包んだ。

 

 

 

 

『────変身っ‼︎────』

 

 

 

 無限の力を引き出す可能性の化身。仮面ライダーアギト。

 強い意志によって進化する突然変異。仮面ライダーギルス。

 人の叡智が生み出した科学の結晶。仮面ライダーG3-X。

 神世紀を生きる3人の勇士が並び立って降臨した。

 

 

 

 

 

 

「よしっ、行け2人とも!」

 

 ライダーパンチで地面を砕いたアギトが、包囲網に穴を開ける。G2-Xには悪路走行能力ももちろんあるが、突如発生した地割れには対応できない。

 

「シャアアアアッ‼︎」

「G3-X、突入する!」

 

 その穴を突いて、ギルスとG3-Xが包囲を突破。敵の主力がいる本庁舎ビルの外壁に風穴を開けて、内部へと突入していった。

 

 

 

 

 

「俺は上、みんなが閉じ込められてる講堂だ」

 

「僕は地下、神樹様に繋がるゲートを死守する」

 

 突入を成功させたギルスとG3-X。ここからは個別に動く作戦だ。掌握された本部の奪還と神樹の守護。この2つを同時にこなさなければならない。隠しカメラでの偵察から、お互いの相手がどこに配備されるのかも把握していた2人は予定通りに分担を確認する。

 

「ヘマすんなよ、誰か1人でも負けたら終わりなんだからな」

 

「君に言われるまでもない」

 

「……あの日のケジメは、俺とお前でつけなきゃならねえ」

 

「……その通りだ。必ずこの手で……!」

 

 2年前の事故、2人にとっては生涯付いて回る悲劇の記憶。今回の敵はその亡霊とも呼べる者達だ。この決着だけは、誰にも譲るわけにはいかなかった。

 

「デクに用はねえんだよ……そこをどけぇっ‼︎」

 

「加減している余裕はない……怪我をしたくなければ、引っ込んでいろ!」

 

 反対方向に駆け出し、ビル内に配備されていたV1部隊に斬り込むギルスとG3-X。時間がなく、敵の戦力も未知数。絶望的な攻城戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっそ……分かっちゃいたが、速いし多い!」

 

 ビル前の広間で多数のV1を相手取るアギト。G2-Xの機動力に翻弄され、一方的に攻撃を受け続けている。風や炎を撃ち出す以外に遠距離攻撃の手段を持たないアギトは、一定の距離を保ちながら射撃を繰り返す敵陣に対処できずにいた。

 

(それにしても、なんだこの読みの正確さは……連携も一切の隙がない。素人にスーツ着せただけじゃなかったのか?)

 

 アギトが振りかぶるのと同時か一瞬早いくらいのタイミングで回避行動を取っているV1。

 陸人の脳内を覗いているかのように、気づけば移動先に回り込んでくるG2-X。

 アギトには見えていない何かが見えているとしか思えない動きで、数と射程を活かした包囲網が追い詰めてくる。

 

 銃撃をしのぎながら、近づいてきたV1をカリバーで斬りとばすアギト。数を一つ減らすごとにそれ以上のダメージを受けていては、先に力尽きるのはどちらか、考えるまでもない。

 

『ふふふ……さすがにあなたでもこの状況では上手く立ち回れないみたいね』

 

「この声……沢野雪美さんか! どこに……」

 

「ここよ、ここ」

 

 戦場のすぐ近くに停まっていたトレーラーの荷台が開く。その中には、大規模な演算装置と、それに囲まれて特殊なシートに腰掛ける雪美がいた。彼女の頭部にはSFチックなヘッドギアが装着されていて、そこから延びるケーブルは周囲の装置と直結していた。

 

「なんだそれは……直接戦闘能力を持たないあなたが、何故戦場にいる?」

 

「賢いあなたなら、想像はつくんじゃないかしら……このシステムこそが私の切り札よ」

 

「それこそが……まさか、指揮管制システム?」

 

「そう、私の脳と演算装置で弾き出した予測に従って動いているの。擬似的な未来予知と言ってもいいわね」

 

 各G2-Xから送られてくる膨大な情報量。その中から必要不必要を雪美の脳で選別処理、必要な情報だけをスパコンで演算。このプロセスを可能な限り高速で行えるように調整して、リアルタイムで予知に近い予測を可能としたバックアップ機能。『GENERATION2-EXPECT』の根幹だ。

 

 それこそが烏合の衆を一級品の部隊に仕立て上げた秘密。数十の兵士が一つの思考に従って動く。個を持った存在である以上不可能な絵空事でしかなかったはずだった。しかし、罪爐の侵食で意思を限りなく薄弱にされているV1装着者達ならば、機械的な思考の一部に徹することもできる。

 これが沢野雪美が研いで極めた到達点。小沢真澄とは違う、もう一つの革新の形。

 

「それからもう一つ教えておくと、V1の中にいるのはあくまで普通の大社職員よ。穢れに打ち勝つ強さがなかったから呑まれてしまった、哀れな人達……優しいあなたは彼らをどうするの?」

 

「っ! それは……」

 

「アンノウンやバーテックスと戦う時と、人間を相手にする時とではあなたの戦意も、戦闘能力そのものもまるで違う……英雄の弱点は先日確かめさせてもらったわ」

 

「なるほど……あの模擬戦、仕組んだのはあなたか」

 

 用意周到とはまさにこのこと。アギトを足止めする役目を買って出た雪美は事前に徹底したデータ収集とシミュレーションを重ねて備えてきた。加えて最新の戦闘記録を取るために、ライダー同士の模擬戦で人間相手のデータまで拾い集めた。表に出る前から、彼女の戦いは始まっていたのだ。

 

 その中で雪美が見つけたアギトの特性、神狩の力。天の神の創造物たるバーテックス。テオスに連なるアンノウン。それら神秘の眷属に対するカウンターとしての力を持つアギトは、彼らを敵にした時に最も強い力を発揮できる。

 根幹がアンノウンやアギトに近いギルスとの戦闘時と、純粋な技術で出来上がったG3-Xとの戦闘を比較して、スペックの差が明確に出たことで初めて明らかになった。これまで陸人はほとんど人間相手に戦闘をしてこなかったため、本人も気づかなかった新事実だ。

 

「あなたほどの人にとっては、優しさは強さなのかもしれない。けれど現実には自分の外側に急所を作る足枷でしかないわ。少なくとも戦う上では捨てるべき不要物よ」

 

 同時に御咲陸人というパーソナリティの急所もついている。人間……それも特段悪いことをしたわけでもない人物を相手に全力で拳を振るえるほど割り切りが早い性格であれば、陸人はこんな面倒な生き方はしていない。

 仲間の手前平然としてはいたが、仮面の奥では人を斬りつけることへの嫌悪感で顔を歪めていた。アギトと陸人、2つの要素にとっての弱点が見事に合致してしまった。

 

 ヘタに力技で圧し潰そうとすればV1を装着している職員に大怪我をさせ、最悪死人を出してしまう可能性もある。そして消極的な戦い方ではV1部隊を抑えられない。

 

(向こうは恐ろしく頭が回る、事前準備も万全だ……さあて、どうしたもんか)

 

 銃撃の嵐を駆け抜けながら逆転の一手を探す陸人。数多の強敵を退けてきた彼ではあるが、これほど相性の悪い相手は初めてだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 職員がまとめて閉じ込められた大講堂。恐慌する彼らを、壇上に腰を下ろして眺めていた沢野香──正確には同じ姿の別存在。そんな彼女に恐る恐る声をかける少女がいた。

 

「……あ、あの! あなたは香ちゃん? いったいどうして──」

 

「んー? ……ああ、国土亜耶ちゃんだ! 久しぶりー、あなたは警戒対象に入ってなかったから思い出すのに時間かかったよー」

 

「っ! やっぱり……香ちゃんとは違う、あなたは誰なんですか?」

 

 幼い時期を共に過ごした故人と同じ顔をしたナニカが突如制圧に乗り込んできた。そんな異常事態でも自身を奮い立たせて立ち上がった亜耶。自分を見つめる香の眼は、昔のような暖かさがまるで無い無機質なものだった。

 

「キミのことは何にも指示受けてないんだよね。だから、殺しちゃっても良いのかな?」

 

「え──?」

 

 微笑みは絶やさず、あくまでも穏やかに淡々と物騒なことを呟く香。その腕が、亜耶の頭に延びて──

 

「──やめろ、何する気だ!」

 

「ここで騒ぎを起こすのは、そちらにとっても不都合なんじゃないか?」

 

 大慌てで飛び込んで、亜耶を背中に庇う銀。

 冷静に香の腕を取って抑え込む春信。非常時慣れしていた2人が、香の気まぐれを阻止した。

 

「あー……お兄さんの方は知ってるよ。気をつけろって言われてる……女の子の方は──元勇者だっけ? うろ覚えってことは多分大したことないんだね」

 

(なんなんだ、コイツ……写真見せてもらった子と、確かに同じ顔だけど)

 

(おそらく異形の擬態。あの人は、こんなことまで許容するほどに……!)

 

「なんでも良いけどさ、自分たちの立場分かってる? あんまり目障りな態度だと──」

 

「何をしている。ここの人員に手出しをするなと言ったはずだ」

 

 まさに一触即発の雰囲気に割って入ってきたのが沢野哲馬。この制圧作戦のリーダー。彼は状況を一瞥すると、鼻を鳴らして忌々しそうに命令を下す。

 

「お前にはゲートの確認とセキュリティの破壊を任せたはずだ。遊んでないで早く行け」

 

「はいはい分かったよ。パパは人使い荒いなあ……じゃあまたね、志雄の妹さんに、鋼也のお気に入りさん?」

 

 最後まで煽るような微笑を浮かべたまま、ヒラヒラと片手を振って去っていく香。見たことのない幼馴染の表情に恐怖を隠しきれない亜耶だったが。

 

 

 

「あ、そうそう。あなたの草履、鼻緒切れそうだから気をつけた方がいいよ。もしここでドンパチが始まって……恐慌のど真ん中で転んだりしたら悲惨だよ〜。その可愛くて小さな身体じゃ余計にね」

 

 振り返りもせず、どうでも良さげに言いたいだけ言うと、今度こそ香は出て行った。亜耶が自分の足を確かめると、確かに履いていた草履の鼻緒が半ばまで擦れていた。

 

「なんなんだ? アイツ……」

 

「分かりません、でも……」

(最後の一瞬、本物の香ちゃんみたいだった。お兄様と鋼也くんについていくだけで大変だった私のことをよく見てくれていた……お姉さんみたいな香ちゃんに……)

 

 屈み込んだ銀が草履の応急処置をする横で、亜耶はもう会えなかったはずの後ろ姿を想起する。あの朗らかな姉貴分とは、同じ笑顔でも明確に雰囲気が違った。それでも根底に染み込むような懐かしさを感じてしまう。彼女が兄達の敵に回っているという事実が、亜耶にはどうしても受け入れ難かった。

 

 

 

「沢野さん……」

 

「ここにいたか、三好。お前も警戒対象だったが、流石にこれだけ足手まといがいては動けんか」

 

 大社所属当時、武官長だった沢野哲馬は若い世代の戦士を幾人も育ててきた。麒麟児の称号を得た三好春信もまた、彼の弟子の一人だ。

 

「あなた達の事情は知っています。行動を起こしたくなる気持ちも理解はできる……だけど、あんな娘の姿形を側に置いていることだけは、それを国土くん達にぶつけようという神経だけは、理解できません……!」

 

「……そうだな、俺もだよ」

 

「……え?」

 

「……お前には関係のない話だ。大人しく座っていろ。すぐに状況は──動いたようだな」

 

 

 

 

 

「──ここかぁぁぁぁぁっ‼︎」

 

 

 哲馬がゆっくりと扉の方へ向き直る。次の瞬間、下の階層の入り口が強烈な衝撃で吹き飛んだ。そこから現れるは野性の仮面ライダー、ギルス。捕らえられた職員達を解放し、哲馬を倒すために一直線にここまで飛んできたのだ。

 

「見つけたぜ……沢野のオッサン!」

 

「想定の時間より30秒早かったな。褒めてやろう」

 

「これだけのことをしておいて……ふっざけんなぁっ!」

 

 講堂の上層に立つ哲馬に向かって飛び上がるギルス。銀達の前に着地し、仲間を隠すように立ちはだかる。

 

 

 

「鋼也!」

「鋼也くん……!」

 

「遅くなって悪いな……銀、亜耶も。バカ兄貴も一緒に来てるから安心しろ」

 

(お兄様も……じゃあやっぱり、香ちゃんと……!)

「あ、あの……鋼也くん! 香ちゃんは……」

 

「亜耶……お前の気持ちも分かる。けど、俺はアレが香だなんて認めねえ。俺にとっての香は、生きてる時も死んでからも、何度も何度も助けてくれた……この胸の中にいるアイツだけだ!」

 

 それは亜耶に言い聞かせると同時に、目の前の哲馬への宣言でもあった。対する哲馬は何の反応も返さず、それでもまっすぐにギルスを見つめて視線を逸らさない。

 

「アンタ、前に志雄に稽古つけてた人だよな? 相当腕が立つと見て頼む。ここの人達を逃がしてやってくれるか」

 

「ああ、任せてくれ。他の武官とも協力して、全員無事に脱出させてみせる……三ノ輪さん、国土さんも手伝ってくれるかな?」

 

「はっ、はい!」

「了解!」

 

 鋼也の頼みを承諾した春信が備え付けの机の足を蹴る。すると足元の地面が開き、バネ仕掛けで薙刀が跳ね上がってくる。非常時に備えて勝手に仕込んだ防衛策の一つだ。

 

「君たちの突入で警備の網も崩れているはずだ。必ず突破してみせる!」

 

 最も得意とする得物を振るって駆け抜ける春信。これなら後ろの心配はしなくて済みそうだ。鋼也は小さく安堵した。

 

「鋼也くん、無理、しないで……!」

 

「自分が正しいって思う道を突き進めよ。それが一番鋼也らしいんだからな!」

 

「ハッ、分かってるよ……お前らも怪我すんなよ!」

 

 避難する人々を彼らに任せて心配の種を一つ解消し、改めて相手に向き合う鋼也。哲馬は逃げ出す者達を止めるでもなく、ギルスに襲いかかるでもなく、ただ黙って成り行きを眺めていた。

 

「放っといていいのか? 人質が逃げるぜ」

 

「構わん。もとより人質などというつもりで集めたわけではない。お前達を誘導するための餌だ。予定通りに事が進んだ今、留めておく必要もない」

 

 それはつまり、今目の前にギルスがいることこそが重要ということになる。決行前夜の強襲といい、どこか非効率な彼らのやり方には疑問が残る。

 

「……ずっと気になってた。アンタ達は何がしたいんだ?」

 

「そうだな、教えてやってもいい。ただし、耐えられればな……変身!」

 

 緑の光を発して顕現するアナザーアギト。静かで厳かなオーラの中に、確かな闘気が満ちている。

 

「昨日と同じと思うなよ? そっちが姿を消してた間、俺も結構な修羅場を超えてきたんだ!」

 

「今も昔も跳ねっ返りは相変わらずか……口先だけで終わるなよ?」

 

「これまでの戦い、アンタの教えで助かった部分もある……その辺の一切合切もこの拳に込めて、仮面の奥の本音を聞かせてもらうぜ!」

 

「良いだろう、最後の稽古だ……俺を超えてみせろ、ギルス!」

 

 短時間で手際良く全員が避難してガラ空きになった大講堂。ギルスとアナザーアギト、二人の超越者が再び激突する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かーやん、どう?」

 

「……駄目、やっぱり振り切れてない……こっちに近づいてきてる」

 

 本庁舎から出られず逃げ続ける園子とかぐや。隠れられる場所を転々としながら、なんとか追手を撒こうとしているのだが、そろそろパターンが読まれ始めたようだ。

 

「……せめて勇者システムが手元にあればな〜」

 

 悔しそうに顔を歪める園子の言葉に、かぐやの肩がビクッと跳ねる。昔から素を出している時には全く嘘がつけなくなるのが上里かぐやという幼馴染だ。その分かりやすい反応を、園子が見逃すはずもない。

 

「かーやん、何か隠してな〜い?」

 

「……な、なんのこと? それより早く次の隠れ場所を──」

「かーやん!」

 

 強張った笑顔で誤魔化そうとするかぐやに詰め寄る。今彼女を守れるのは自分だけ。そう思えば、いつもの園子らしくない大声も出てくる。

 

「勇者システム、持ってるんだね〜?」

 

「う、うん……筆頭巫女(わたし)直轄の神官さんが、いざという時の備えに、って」

 

 使用者の園子ではなくかぐやに託されたのは、その身を守るために使えと……かぐやから園子に使わせろと、そういう意味だろう。しかし当のかぐやはそんなことはできない。

 

「でも、駄目だよ。確かにシステムは改修されて、供物の機能は封じられたって報告はあったけど……」

 

 今の状況も考えると、その言葉も信じがたい。仮にその通りだったとしても、園子は必要に迫られればまた無茶をする。少し前までの、欠損だらけの痛ましい親友の姿が忘れられない彼女にとって、それは看過できるものではない。涙をこらえながら懐の端末を隠すように両腕を回すかぐや。その素直な様子に、園子は破顔して右手を伸ばす。

 

「かーやん、心配してくれてありがとね〜」

 

 たまに陸人が自分にやってくれるように、園子はゆっくりかぐやの頭を撫でる。される側のかぐやにとっても、陸人を思い起こさせるその温かさに、張り詰めた心が解れていく。

 

「私はね、身体が壊れちゃった事自体は後悔してないんよ〜。戻る前も、戻った今もね」

 

「園子ちゃん?」

 

「やらなきゃいけないことをやったわけで〜、その結果私は守りたいものはちゃんと守れたからね〜……ただ、ミノさんやかーやんが私を見るたびにちょっと泣きそうになるあの顔。アレだけはダメだったな〜」

 

 友達のあんな顔を見たくて頑張ったわけではない。美森……須美に忘れられたのもあって、園子はかなり参っていた。表にこそ出さなかったが、陸人のことを知らされなければ絶望はもっと長く続いていたかもしれない。

 

「だから約束するんよ〜。今度はもうみんなを泣かせるようなことにはならない。"いつも通りの私"も含めて、全部を守る。そのために戦う」

 

 なんだか陸人に似てきた。園子の宣誓を聞いたかぐやの感想だった。

 大事な友達を守るなら、その心ごと守り抜かなくては意味がない。一度それで失敗したからこそ、園子は大切なことを胸に刻み込んでいる。

 

「かーやんがずっと、大きな秘密に悩んでるのは分かってた……勇者になればそれもお手伝いできるかも、な〜んて思ってたこともあるんだよ〜」

 

「……え?」

 

 唐突に秘密に触れられ、かぐやは絶句するしかない。本当の意味で賢い上に察しも良い園子には、特に気をつけていたのだから。

 

「それが何なのかは分からないし、今更聞かないよ。りくちーのおかげで少し落ち着いたみたいだしね〜……でも、1つだけ分かってることもあるの」

 

「それは、なに……?」

 

「私とかーやんが望む未来は、絶対に同じ方向にある、ってこと! だから2人の、みんなの未来を掴むために……私にできることをやらせてほしいな」

 

 そう言って手を差し出す園子。ここまで言われて拒絶できるほど、かぐやは親友に対して強く出れない。おずおずと懐から園子の端末……勇者システムを取り出して手渡す。

 

「園子ちゃん、やっぱり陸人様に似てきたね……」

 

「おっ? そっかな〜、嬉しいような、嬉しくないような〜?」

 

「2人ともそうだけど、お願いだからもう少し、自分を大切にして……ちゃんと帰ってきてね?」

 

「だ〜いじょ〜ぶ〜! 乃木さんちの園子さんは、マブダチとの約束を破るような悪い子じゃあないんだぜ〜」

 

 園子にできる最大限のキリッとした顔でキメを作る。その様があまりに似合わなくて、かぐやは思わず吹き出してしまう。

 

「うんうん、笑えるなら笑っちゃお〜……それじゃ、私が言うまでここから動いたらダメだからね?」

 

「……はい。偉大な勇者に、神樹様のご加護を……」

 

「いえ〜い、筆頭巫女様のお祈りいただいたし〜? チョチョイのホイッ、だぜ〜!」

 

「そこはチョチョイのチョイ、じゃないんだね……」

 

 どうにもシリアスな空気に耐えきれなくなったのか、冗談を交えながら園子は明るく出ていった。その右手には、再び力を宿したスイレンが光を放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 隠れていた端末室を飛び出した園子。廊下には1小隊編成のV1達。捕縛対象が自分から出てきたことに一瞬面食らった彼らも、即座に戦闘態勢に移行した。

 

「あなた達も、もしかしたらこんなことはしたくないのかもしれない。耐えきれなかったから、ただ運が悪かったからここにいるだけかもしれない……それは分かってるんよ〜」

 

 一度自身の半分を奪った悪夢のシステム。普通なら、あんな目に遭えば触りたくもないと恐れるだろう。しかし園子は迷いなく端末を構える。

 

「だけどかーやんを狙うなら、あの子を泣かせるのなら、私は戦う。あなた達を倒すよ!」

 

 光が溢れ、花弁が舞う。白と紫の装束を翻し、鮮やかな槍を振りかざす。

 

──勇者になれば、かーやんの力になれるのかな〜? もしそうなら、頑張らないとだね〜──

 

 勇者候補として話を受けた時に真っ先に思い浮かべた最初の希望。乃木園子という勇者の原点。それを思い出して、スイレンの勇者は再臨する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 講堂を後にした香は、地下にある御神体へ続くゲートに向かっていた。そこを塞ぐ霊的結界はかぐやを確保しないことには突破できないが、その前に物理的な警備だけでも解除しておくことが目的だ。

 

(ここを壊せば王手がかかるってわけか……それじゃ早速──)

 

 G4に変身してスコーピオンを展開。手始めに城門レベルのサイズと強度を誇る大門から。狙うは制御パネル。これで開かなければ、面倒だが()()()()()に頼れば良い。

 

 まさに引き金が引かれる、その一瞬────G4の背後から、耳に馴染んだ発砲音が連続して飛び込んできた。

 

「──おおっと、甘い甘い!」

 

 即座に振り向き、同じ数だけ発砲。自身に向けられた弾丸を後出しの射撃で撃ち落とすという神業を軽くやってのける。G4の精密性は尋常ではない。

 

「……それで? 一応聞いとくけど、何しにきたわけ?」

 

 奇襲をあっさり捌ききったG4は襲撃者に気安く声をかける。お前ごときが何をやっても無駄だと、その声は言外に表現していた。

 

「決まっているだろう──邪魔しにきた……!」

 

 対する襲撃者──G3-Xも迷いなく返す。その姿に、弱気も迷いも感じられない。数時間前には完全敗北を喫して大地に伏していたというのに、香は目の前の少年の心情が理解できなかった。

 

「一晩やそこらで何かが変わるとは思えないけど……なんだか自信があるみたいだね、志雄」

 

「自信? 馬鹿を言うな、そんなものあるわけないだろう。僕を散々に負かしたのは君じゃないか」

 

「……じゃあ、なんで志雄は今ここに立ってるのさ」

 

 数少ない仲間とも別れて、1人でここまで辿り着いた。ここにG4がいることも承知していたはずだ。なのに本人は自信もないと言う。()()()()()()()()()()()()()()()()()()香は、いよいよ混乱してしまった。

 

「今僕の中にあるのは自信じゃない。もちろんヤケになってるわけでもない……ここで君たちを止めなければ、何もかもが手遅れになるという事実だけだ。その重大さに比べれば、僕個人の自信の有無なんて考えている場合じゃない」

 

 戦わなければ終わる──だから戦う。

 負けても終わる──だから勝つ。

 

 志雄はそんな子供のようなシンプルな現実1つを支えに、今ここに立っている。世界の終焉を引き延ばすために。旧知の者達の凶行を止めるために。彼らの真実を聞き出すために。

 

「僕は勝つ自信なんかない……だけど、勝つしかないのだから勝つ、そう確信しているだけだ」

 

「……何が違うのか、私にはよく分からないけど……いいんじゃない? 石頭の志雄らしくてさ」

 

「そうやって時折香そのもののような顔を見せる。君についても全部教えてもらうからな……!」

 

「いいよ、楽しませてくれるならなんでも教えてあげる。どうせ最後にはあなただって死んじゃうんだもの。今度は本気で……久しぶりに遊ぼうよ、志雄!」

 

 全速力で突撃する青と黒。人類の可能性を信じた"人のための"システムと、効率を追求した"人を使う"システム。

 別の道を辿って現行の頂点に君臨した『G』の双璧が、雌雄を決するべくその炉心を熱く燃やす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アギトメタを張ってきた敵部隊と交戦する陸人くん。
自分と同種の力を持ち、経験豊富な同類と衝突した鋼也くん。
あらゆる面において自分の上位互換と相対する志雄くん。
病み上がりで圧倒的不利な防衛戦を強いられた園子ちゃん。

視点変更多くてスミマセン、次回もこんな感じでそれぞれの戦いを描くことになるかと思います。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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引鉄の価値、撃鉄の意味

視点移行が多々あって読みにくいかもしれません。申し訳ない……
 


 本庁舎の2階、正面通路。紫に輝く光刃が閃くも、黒い影たちは難なく躱していく。

 

「──んっ!……あぁ、また外れちゃった〜」

 

 かぐやを守るべく単身立ちはだかる園子。神世紀最強の勇者である彼女でも、この戦況は厳しいものだった。

 最初の4人は不意をつけたのもあってなんとか撃破できたが、そこからが予定外だった。同胞のシグナルレッドを感知して、別のフロアにいたV1が続々と集結してきたのだ。新手に苦戦しているうちに沈黙させた敵もどんどん復帰していき、気づけば9対1という絶望的な戦力差に追い込まれていた。

 

(なんか手応えに反して回復が早いし……仕掛けがあるのかな〜?)

 

 V1の一斉射撃を、飛翔刃を操作して叩き落とす。捌き損ねた一発がバリア越しに園子の髪を掠めていった。

 彼女1人では妙にしぶといV1を完全に撃破するのは難しい。いや、奥の手を使えば可能かもしれないが。

 

(私の満開は屋内で使うには規模がでかすぎるし、万一それで仕留め損ねたら一気に不利になる……ここは粘り強く機会を待つしかないか〜)

 

 新たな勇者システムは、満開とバリアのエネルギーを共用している。それによって満開に使う爆発的なエネルギーを備えて散華を防いでいるのだが、この仕組みには欠点がある。

 一度満開で多量のエネルギーを消耗すると、精霊バリアが使えなくなる。オマケに満開自体も使えるのは一度きり。セバスチャンの力でなんとか致命傷を避けている今の園子には、そのリスクは大きすぎた。

 

「でっかいこと言っといてちょいとカッコ悪いけど……りくちー達を信じるしかないね〜」

 

 それでも園子は希望を捨てず、笑顔も絶やさない。彼女は知っているからだ。こんな窮地を幾度も覆して全てを守護してきた"ヒーロー"がいることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ疲れが出てきたんじゃない?」

 

「なーに、まだここか──っらあぁっ‼︎」

 

 大火球、バーニングブラストで敵を吹き飛ばすアギト。しかし仕留めた1体の奥にいたV1の銃撃をモロに食らって倒れてしまう。先程からこれの繰り返しだ。

 

 G2-Xの動きは速度と未来予測システムのせいで捉えきれず、そしてV1の方も呆れるほどに回復が早い。20を超えた辺りから撃破数のカウントを諦めた陸人だが、復帰した個体がいることを無視すれば、感覚的には既に50以上倒しているはずだ。

 

(なんでだ……このアーマーの手応え、普通の装甲とは違うのか?)

 

「気づいたようなので、教えてあげるわ。V1の正式名称は『VERTEX 1』……勘の良いあなたならこれで分かるでしょう?」

 

「それは……つまり、天の神との共同制作ってことか?」

 

 V1──正式コード『VERTEX 1』は、その名の通りバーテックスの特性を備えたGシリーズとは異なる設計思想のもとに辿り着いたシステムだ。自己変異、自己修復機能を持つバーテックスの身体。それが身体として形成される前の、いわばバーテックス因子をシステムに掛け合わせている。

 最新の科学技術で作り上げられた装甲に、修復機能を持った神秘の性質をミックスしたことで1つの技術革新が起こった。"自己再生する金属"という独自の性質を得て、V1は進化した。

 元の汎用性と信頼性に優れた基本スペックはそのままに、継戦能力と耐久力が大幅に向上した。さらにそれを量産し、足と頭に当たるG2-Xに乗せれば。

 

 最強の英雄(アギト)さえも追い詰める、至高の一団の完成だ。

 

 

 

(なるほど……斬った時と燃やした時で手応えが違うのはそのせいか。有機的な反応をするバーテックスの性質が混ざっているから──)

 

 そこまで考えて、陸人の脳裏に1つのアイデアが浮かび上がる。賭けの要素が大きいが、決まれば一気に状況をひっくり返せる。耳元のインカムを用いて仲間に連絡を入れる。変身前から装着しておけば、仮面の奥でも使えることは以前付き合った調査で実証済みだった。

 

「小沢さん、ここの地下施設の情報を教えてください!」

 

『……どういうこと?』

 

「逆転の一手です。一か八かではありますが、地の利ってヤツを活かしてみようかと……」

 

 陸人の記憶は相変わらず戻ってはいない。それでも、はるか昔に戦友に教わった言葉が、頭ではなく身体の方には残っていた。

 

 

 

 ──"天の時、地の利、人の和"って言うけど、私達は常に仕掛けられる側だし、樹海はいつも変わらないから、天の時と地の利はどうしようもなくて……だからせめて、人の和だけは大切にしなくちゃいけない。そう思って作戦を立ててるんです──

 

 

 

 本が好きで、豊富な知識をもって何度も助けてくれた少女。陸人の脳裏にはそこまではっきりとしたビジョンは浮かんでいないが、その教えは胸の内に確かに宿っていた。

 

「今のうちに謝っときますね……大社の設備、ダメにするかもしれないんで!」

 

 灼熱を両手に宿し、アギトが敵陣に飛び込んでいく。諦めない心で頭を回し続けて、見出した小さな突破口に全てを懸ける。"陸人"という英雄は、はるか昔からそうして戦い抜いてきたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 狭い室内をスラスターで縦横無尽に駆け抜けるG3-XとG4。最初は互角に渡り合っていたものの、ぶつかる毎に出力差は如実に顕れていく。飛び交う二筋の軌跡は、やがて青が一方的に黒を追いかけていく形となった。

 

「どうしたのさ? 勝つしかないから勝つんじゃないのっ!」

 

(分かってはいたが……追いつけない、当てられない、防げないでは勝負にならないな)

 

 連射速度と瞬間火力に優れたケルベロスでさえも、G4を捉えることができずにいる。装備されていないのか、単に使う気がないのか、G4はスコーピオン以外の武装を使っていないにもかかわらず、G3-Xが一方的に攻撃を受けていた。

 

「志雄の動きは全部見えてる……それじゃダメなんだよねぇ!」

 

「クッ、随分と出来のいい人工知能だな!」

 

「それもあるだろうけど、志雄は分かりやすいんだよ。昔からそうだった」

 

 国土志雄は3人の中で最も武術の才能がなかった。のちに努力である程度克服したが、その際は愚直に基礎を積み重ねて地力をつけていったタイプだ。簡単に言うとオーソドックス。戦技も思考方法も飛行時のマニューバも、基本的には教えに忠実で突飛な発想や独創性がない。G3という特殊な装備を使うにあたって、独自の立ち回りを考えこそしたものの、それも既存の習得技術から組み上げたものだ。

 

「僕に、予想を超えるセンスがないってことか?」

 

「さあね。少なくとも昨日も今も、あなたの動きが予想を超えたことはないよ」

 

 G4が真上に回り込み、頭部を掴んで地面に叩き落とす。スラスターの勢いを殺せなかったG3-Xは地面を抉るように引きずられ続けた。フロアの支柱にぶつかってようやく止まったところに、追撃の蹴り。サッカーボールのように蹴飛ばされて壁に激突した。

 

「これじゃ昨日の焼き直しだよ。つまんないなぁ」

 

「ハァ、ハァ…………君達の狙いはなんだ? どうしてそんな姿で……こんなマネをする?」

 

 それは志雄がどうしても聞きたかったこと。直接見ていない真澄達からでは、予想の域を超えた答えは得られなかったからだ。

 

「なに、勝てそうにないから時間稼ぎ? まあいいよ。どの道あなたたち以外敵になるような存在もいないんだし、ゆっくり遊ぶ時間はあるよね」

 

 どうでも良さそうに首を回し、顔を上に向けて言葉を選ぶ香。うまく説明するために、顎に人差し指を置いて唸る。その仕草は、生前の香のクセと同じもの。見ていた志雄の胸に、チクリと何かが突き刺さる感覚があった。

 

「計画を立てたのはパパとママ……2人は私が死んでしばらくした後に、この私の創造主と出会ったの」

 

 娘を失い、喪失感を拭えぬまま組織を去った沢野哲馬と雪美。ある日、そんな2人の精神に直接声が届けられた。それがアンノウンの頭領であるテオスだった。彼の声に導かれ、2人は壁の外で神々と接触。世界を壊すための共闘を持ちかけられた。

 

「私みたいな犠牲者は歴史の陰にいくらでもいる……そこまでやっても最後には敗北するしかない。その現実を知った2人は人類を見限ったんだよ。どうせ滅びるなら、自分達の手で、ってね」

 

「哲馬さんほどの人が、絶望に呑み込まれたのか……?」

 

「んー、理由は色々あるんじゃない? 私が完成したのはその後の話だから、実際に見たわけじゃないんだよね……正直パパが何考えてるのかは私もよく分かんないよ。ただ、あの憎しみは本物……それだけで十分なの」

 

 喪失感と矛先を見失った憎しみは彼らの中で膨れ上がり、人類全てへ向けた凶刃に変わった。罪爐の本体と接触したことで、他とは比較にならないほど深くまで侵食された影響もあるのだろうか。

 

「だからこそ、まず最初にココを堕とすことにしたの。取り繕うことばかり考える愚かな人類の要、身勝手な理屈で子どもの命を使い潰す愚物の集まり……大社を潰して、その絶望の真っ只中で希望の象徴たる神樹を破壊する……最っ高に最低だと思わない?」

 

「筆頭巫女様を捕らえて、結界を解除……無防備な神樹様を討ち滅ぼす算段か」

 

「ああ、知ってたんだ? そっちにも少しはできる人がいるんだね」

 

 ぎこちなく、頼りなく、それでも力強くG3-Xが再び立ち上がる。やはりどうあっても譲ることはできない。その一心が軋む身体に火を灯す。

 

「……そちらの絶望はよく分かった。だが、こんな終わりかけの世界でも笑って日々を過ごしている人がいる」

 

「"一般市民"って呼ばれてる、現実を知らない愚か者の集まりだね」

 

「……そんな人達のために命を懸けて戦い続けている人もいる」

 

「勇者だ英雄だって持ち上げられて、最後には奉られて尊い犠牲、とか言われちゃう哀れな道化達だね。志雄や鋼也も含めて」

 

 一言ずつ辛辣に斬り捨てる香。いつまでも折れない志雄の強靭さにイラついているように見える。

 

「たとえ道化に終わっても……犠牲になるつもりはない。僕が死ぬよりも早く、この争いを終わらせてみせる!」

 

「ふーん、どうやって?」

 

「これまで影も形も見せなかった黒幕の存在が、少しずつ表に現れてきた。君のような不自然すぎる存在を登用していること自体が、そちら側の余裕の無さを証明している……違うか?」

 

「……相変わらず目端が効いて神経質で、言うことはだいたい正しい。嫌われるからいいかげん直した方がいいよ?」

 

「容赦がなくなったのは、裏を返せば余裕を失っているということでもある。大方先月の決戦で人類側の損耗が想定外に少なかったんだろう? それに加えて、じっくりと準備を整えてきたらしいこの作戦を止めてしまえば……」

 

「オーケー、よーく分かったよ……あなたにはもう黙ってもらった方がいいってことがね!」

 

 志雄の追求を遮り、香が武装を展開する。それは他が使うことを許さないG4オリジナルの切り札。

 

 巡航4連ミサイルランチャー『ギガント』

 

 人間の全長に近いサイズ、圧倒的な重厚感。四門の弾頭を向けられた志雄は、驚愕で動きを停止した。

 

「なんだそのデタラメは……屋内でぶっぱなしていい兵器にはとても見えないんだが?」

 

「そうだね、とりあえずフロアの半分くらいは吹っ飛ぶんじゃないかな? アハハッ、楽しそう!」

 

「アハハじゃないだろ馬鹿か!」

 

 発射準備に取り掛かった隙をついて突貫。それを読んでいたG4も合わせるようにスラスターで回避。屋内の超低空ドッグファイトが再開された。

 

「事が済んだ後誰が片付けると思ってるんだ……僕は絶対にやらないからな!」

 

「私だってやーよ。というか、そんな心配する必要ないんじゃない? だって私達が志雄達を倒して──」

 

 弾丸をばらまいてなんとか発射を止めようとするG3-X。しかしその全ては、重荷を背負っているはずのG4を捉えるには至らなかった。壁に足をついた切り返しのタイミング、静止する一瞬を見極めて真下に滑り込む黒い影。

 

「しまっ──!」

「──世界が終われば、片付けなんてしなくて済むでしょ?」

 

 回避できない至近距離で、最強の破壊兵器が火を噴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全員が避難した大講堂に、硬いものがぶつかり合う音が響く。獣のような叫びと共に緑の影が空を跳ねる。

 

「今度こそ、くらえぇっ!」

 

「動きに無駄が多すぎる。敵を翻弄する狙いもあるのだろうが、その速度を見切れる相手には何の意味もない」

 

 子供をあしらうようにギルスの足を掴んで止めたアナザーアギト。そのまま片手で軽々と投げ飛ばす。驚異的な膂力と、的確な受け方があって初めてできる技だ。

 机に突っ込んでなぎ倒したギルスは、椅子の山に埋もれてしまう。それを見たアナザーアギトが、雪崩れた椅子に指を向ける。

 

「崩されたならすぐに立て直せ。休むな」

 

 何かを描くように指を動かし、空中に紋章が浮かび上がる。アギトのそれに近い緑の紋章が降下、椅子に触れた途端、周囲を飲み込む規模の大爆発を引き起こした。

 

「うおわあぁぁぁっ⁉︎」

 

 強引に爆風から逃れたギルス。焦った彼は、敵の真正面に無防備に飛び出してしまった。

 

「ヤッベ……!」

「位置関係は常に把握しろ。とっさの判断を誤るな」

 

 光を宿したアッパーカットが吸い込まれるように直撃。上方に大きく跳ね飛ばされた。力無く崩折れるギルスの姿に、哲馬は落胆したように息を吐く。立ち上がれず横たわる身体を足で踏みつけ、なじるように踏みしめる。

 

「大きな口を叩いておきながらその程度か」

 

「グッ……うるせえよ。死んだ娘のパチモンひっつけてるような、未練タラタラ後ろ向きまっしぐらのクソ親父に負けてたまるか……!」

 

 彼は普段から口調が荒っぽくはあるが、ここまで無遠慮な物言いはしない。頑なな哲馬の口を割らせるための挑発だった。

 

「……アレは俺達が望んだものではない。ヤツがいきなり作って寄越しただけだ」

 

「……んだと?」

 

 挑発に乗った哲馬の返答。それは鋼也の予想外だった。あの姿をチラつかせることで敵が2人を利用している可能性も考えていたのだが。

 

「俺達は最初から自分達で道を決めた。他のものは関係ない……神々も、あの香も、呪いもな」

 

「呪い……?」

 

「見くびるなよ、小僧……俺が今ここにいるのは紛れもなく自分の意志だ」

 

「ハン、だったらあの香はなんだ? どんなカラクリであのナリをしてやがる?」

 

 鋼也が一番知りたかったこと。死者が生者のように時を過ごした姿。容姿のコピーでは説明がつかない。

 

「天上に居座る者たちの中に、運命と魂の扱いが上手いヤツがいた。輪廻の輪から娘の魂を引き戻して運命を書き換えた……今現世にいる香は、あの日死なずに済んだ可能性の先にある姿だ」

 

 戦闘力を持たせて操りやすくするために、(なかみ)が消失したアンノウンの肉体(うつわ)を与えて現世に呼び戻された存在。それがG4装着者、沢野香だ。

 原点の香の記憶も経験も保持しながら、アンノウンとしてテオス達の指示に従う人形。人間とマラークの合いの子と言ってもいいかもしれない。

 

「アンタは、それでいいのか……? そんな不条理なモンに、娘を使われることを良しとしてんのか?」

 

「……お前の知ったことではない」

 

「ざっけんな、香はアンタの娘ってだけじゃねえ! 俺達にとって大切な親友なんだよ!」

 

「そうだな……お前たちがどう思い、何を言おうがそれは自由だ。香の友であるお前たちには手出しをする権利もある……だが、邪魔をしようというのなら俺は潰す、こんな風にな!」

 

「こんの……頑固オヤジが!」

 

 ギルスを踏みつけていた右足に光が収束する。大技の発動を予期した鋼也は、手足のクロウで素早く床を斬りつけて深い傷をつける。

 一瞬後、アサルトキックの威力に耐えきれなかった床が崩落、大きな穴が空いた。ギルスはダメージを負いつつも、なんとか拘束から抜け出して1つ下のフロアに着地した。

 

「さて……」

 

「仕切り直しか」

 

 アナザーアギトも階下に飛び降りて、いざ第2ラウンド、というまさにその瞬間──

 

「ぐっ……がああぁぁぁっ‼︎」

「アハハハハハハッ!」

 

 更に階下から天井……ギルス視点では床を打ち壊してG3-XとG4が吹っ飛んできた。

 志雄はあの絶体絶命のタイミングで、回避でも防御でもなく迎撃を選択した。とっさにユニコーンをギガント本体とミサイルの接続部に投擲。正常な発射シークエンスをこなせなかったミサイルはその場で起爆、使用者であるG4まで巻き込んで大爆発を引き起こした。

 

 その威力はやはり尋常ではなく、指向性を持たない爆風だけにもかかわらず、吹き飛ばされた2人が4フロアをぶち抜いて上階に到達してしまうほどだった。

 

「……め、滅茶苦茶な武器を使うな……死ぬかと思ったぞ」

 

「いやー、半分は志雄のせいでしょ? でも案外楽しかったかも」

 

 少し動きがぎこちないが、両者共に戦えるようだ。予想外の形で合流を果たした仲間に、ギルスが近づいて声をかける。

 

「よう志雄、まだやれっか?」

 

「鋼也……そうか、ここまで飛ばされたのか」

 

「ビビったっつーの。新手のアトラクションじゃねーんだからよ」

 

「遊んでたわけじゃない。僕だって予想外だったんだ、あんなのは」

 

 軽口を交わして相方の調子を確かめる2人。これだけ口が回るなら、まだ大丈夫だという結論に同時に達した。

 

「好き放題暴れているようだな」

 

「あっ、パパ! ゴメンゴメン。期待してなかったんだけど、G3-Xも意外と面白くてさ……いや、この場合志雄の方なのかな?」

 

「そうか……期せずして合流できたしな、相手を変更するぞ」

 

「なんでー? 私志雄と遊びたいのに」

 

「どちらも見極められるならそれに越したことはない……篠原の方も、楽しめるはずだぞ」

 

「ホント? んー、じゃあいいよ。私、鋼也とも遊んでみる!」

 

「ん? ……ってうおぁっ⁉︎」

 

 言うが早いか、G4はスラスターを起動してギルスに突撃していった。バク転の動きでなんとか蹴り飛ばすも、たった数秒でG3-Xとは随分引き離されてしまっていた。

 

「ふふっ、遊ぼうよ。鋼也も楽しませてよね」

 

「志雄がどう考えてるか知らねえがな、俺の前で香の真似事はやめろ……ただでもイラついてんだ。これ以上俺を怒らせるな」

 

「あれ? なんだか反応が違うなぁ。鋼也は嬉しくないの? 私に会えて」

 

「俺にとっちゃ、テメエはバケモノの一種にすぎねえ。それも親友の皮を被って好き勝手やってる、最低最悪の下衆でしかねえんだよ」

 

 鋼也は重度のバケモノ嫌い。そのバケモノが、よりにもよって大切な幼馴染の顔を使っている。そのせいで志雄はずっと悩みながら引き金を引いている。相棒に任せた手前我慢していたが、自分の番が回ってきた以上堪えるつもりはない。

 

「変わらないね。鋼也は感情に素直で、よく怒ってて……でも本当は、いつだって誰かを思っての憤りだった」

 

「……俺は志雄ほど甘かねえからよ。覚悟しな!」

 

 感情のままに爪を振るうギルス。香の声で、香の顔で、時折本人のような言葉を吐く目の前の敵が、鋼也はどうしても許せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 G3-Xとアナザーアギトの戦場。こちらは攻撃側と防御側が目まぐるしく交代する忙しないぶつかり合いと化していた。

 

(俺の対人格闘術はこの人から教わったもの……殴り合いでは勝ち目がない!)

 

(……などと考えて距離を取りに来る。ならば──)

 

 武術訓練の成績は芳しくなかった元教え子の思考を読み取った哲馬は、距離を取ったG3-Xに急速接近。展開直後のスコーピオンを右のハイキックで蹴り上げた。

 

「っ! 速い……」

 

「手放した武器に目をやる間に立て直せ、隙を見せるな」

 

続く左足で顎を蹴り抜き、たたらを踏むG3-Xに向けて、落ちてきたスコーピオンを構える。そのトリガーは固く、銃口は沈黙を維持し続けた。

 

「無駄です、セイフティを解かなければ──」

 

「そんな小細工が()()()に通じるとでも?」

 

 許可を出していないものの手に渡った時点で、G3-Xの武装は自動でロックがかかって使用不可になる。しかしアナザーアギトは、ロックを強引に壊してトリガーを引いた。

 

「なんだと──くっそぉ!」

 

 予想外の発砲に対応が遅れたG3-Xが直撃を許す。それでもなんとか立て直し、ユニコーンとガードアクセラーの二刀流で銃弾を弾き落として距離を詰める。

 

「ほぅ、少しはマシになったようだな」

 

「あなたが消えて、どれだけ経ったか忘れましたか? 僕もいつまでもヒヨッコのままじゃない!」

 

 スコーピオンを放り投げて飛びかかるアナザーアギト。頭上から狙ってきた敵を見切り、G3-Xはスラスターを起動。紙一重で後ろに回り込み、ガラ空きの背中にカウンターを叩き込んだ。

 

「そしてこれは生身の組手じゃない。Gシリーズを1番上手く扱えるのは、この僕だ!」

 

「悪くない……悪くないぞ、国土!」

 

 超能力でマフラーを操作して直撃をしのいだアナザーアギトが態勢を立て直す。G3-Xもケルベロスを再展開、得意の間合い(レンジ)で睨み合う。

 

「実際に打ち合えば分かる。あなたは根っこから闇に染まってはいない……堕ちた人間に、こんな真っ直ぐな拳は振るえないはずだ」

 

「一端の口をきくようになったな、未熟な子供が……」

 

「……"軽い引鉄(トリガー)に価値は無く、落ちない撃鉄(ハンマー)には意味がない"……それを常に考え続けろと、僕に教えてくれたのはあなただ」

 

「よくもまぁ、そんな幼い時分のつまらん説教を憶えているものだな」

 

「香のことも含めて……全てを話してもらう、力尽くでもだ!」

 

 志雄は、自分が持つ銃の価値も意味も失わないように、胸に刻んで戦ってきた。今回も同じだ。戦うべきと自分が思った時に、倒すべきと自分で決めた敵に向けてのみ引き金を引く。それが国土志雄の、G3-X装着者としての譲れないプライドだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦の音が聞こえる……盛り上がっているようだな」

 

「……我々ガココカラ手ヲ下セバ簡単ニ終ワルノデハ無イカ?」

 

 大社本部のはるか上空、雲のさらに上から地上を見下ろす2人の異形。片方はかつて、その戦闘力と死徒再生の異能で陸人ら勇者部を追い詰めた天使の一角、水のエル。

 そしてもう一方は、頭部に力強い双角を生やし、三又の槍を持った牛型のアンノウン『タウルス・バリスタ』

 

「そう急くな。何のために我がここまで時間と手間をかけてきたと思う?」

 

「ドウセ、マタ貴様ノ大好キナ"悪感情"ヲ得ル為ダロウ」

 

「その通り! 分かってきたではないか、水の」

 

 通常のマラークであるはずのバリスタから発せられる圧倒的な存在感と死の気配。格上のエルロードに対等以上の接し方。まるで人間のような流暢な言葉と態度。どれを取っても普通ではなかった。

 

「人と人とでぶつけ合うのが最も純で甘い感情を生み出す術よ。なにせ殺された側も殺した側も残るのは絶望のみなのだからな」

 

「私モ散々命ヲ刈リ取ッテキタ身ダ。行動ノ是非ヲ問ウ立場デハナイガ……」

 

 くつくつと、心から愉しそうに笑う()()()()()()()()()()()()()を見て、水のエルは呆れた態度を隠そうとしない。

 

「貴様ニ目ヲ付ケラレタ奴等ハ、コノ私デスラ少シ哀レニ思ッテシマウナ……()()ヨ」

 

「くくっ、我はこれでも救ってやっているつもりなのだがな? 小さな下界で、下らぬ些末事に駆けずり回る愚かで愛らしい人間という生命を」

 

 バリスタの笑い声に共振するように、その身体から濃厚な黒が放出される。人を呪い、世界を壊し、全てを歪めて捻じ曲げる。文字通りの悪の化身が、ついに人の世に顕れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回ラスボスのガワという大役を勤めてもらうバッファローロードは、ディケイドのアギト編に登場したヤケに流暢に喋るあの怪人です。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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仮面ライダーとして

ここで一区切りつける予定だったのですが……3人分それぞれの戦闘となると、やはりボリューム過多になりますね。


 圧倒的な物量差を埋めるべく、陸人は策を巡らす。まずは敵を振り切って主導権を奪うこと。トルネイダーを呼び出して、地対空の奇妙なチェイスが始まった。

 

「どうした? 俺1人に追いつけないのかよ!」

 

 入り組んだ工廠エリアを縫うように飛行して運動性で翻弄していく。純粋な速度ならまだしも、空を翔けるスライダー相手に小回りで勝つのはG2-Xでは不可能だ。

 

(攻撃の意思が見えない。単純に振り切ろうとしている……何か狙ってるのね、だったら──)

 

 低空飛行で狭い小路を抜けて射撃を避けるターゲットに、V1部隊は数的優位をまるで活かせていない。しかし、システムの生みの親である雪美は当然トルネイダー対策も考えていた。

 

「追いつけないのなら、そっちから出てきてもらえば済む話よ……こんな風にね」

 

 数機のG2-Xに一斉射撃の命令(オーダー)。目標は近隣市街地、その中心。多少離れてはいるが、特定の施設や人物を狙わなくて良いのなら、ここからでも十分届く。

 急に追跡をやめて射撃隊列を組み始めた敵を見て、アギトは背筋が凍るような寒気に襲われる。

 

「っ! まさか……」

「発射」

 

「こなくそっ──落ち、ろぉぉぉっ‼︎」

 

 上空に放たれたミサイル群目掛けて飛ぶアギト。何とか追いすがり、爆炎の刃を飛ばす必殺技『バーニングボンバー』で叩き落とした。

 

「さすがね。でも残念、隙だらけよ」

 

「っ⁉︎ 第二射──」

 

 目の前しか見えなくなっていた陸人の死角、爆風の奥から飛んできた二射目のミサイルをまともに受けて墜落するトルネイダー。100mほどの高さから叩き落とされたアギトは、地面に落ちる瞬間に爆発を起こしてその反動でギリギリ立て直して着地した。

 

 

 

 

 

「ハッ、ハッ……やってくれる……」

 

「本当に頑張るわね、理不尽なくらい。何がそこまであなたを突き動かすのか、聞いてもいいかしら?」

 

 雪美は本心から疑問だった。御咲陸人には記憶がない。自分がアギトである理由も知らないし、血の繋がった家族もいない。そんなフワフワした足場に立っていながら、彼はなおも他人に手を伸ばし続けている。世界というものに打ちのめされた雪美にとって、まるで理解できない行動だった。

 

「大層な理由なんてないですよ……ただ、俺たちを信じてくれてる人がいるから、応えたいだけです」

 

「信じてくれる人?」

 

「この仮面を見て、ヒーローだって……"仮面ライダー"だって、応援してくれてる人がいる場所を……燃やさせるわけにはいかない」

 

 隠れて戦っていた時期が長かった陸人にとって、一般市民からの好意の証である仮面ライダーの称号は特別だった。自分の存在が公に認められた気がして、何もないと思っていた自身のことが少しだけ誇らしく思えた。

 

「……プロパガンダ用の名前なんて、あなたは疎ましく感じているとばかり思っていたわ」

 

「そりゃ面倒だと思うこともあったけど、それでも俺は嬉しかった。勇者部のみんなや、仲間たちは……御咲陸人の一部としてのアギトを受け入れてくれた。でも、何も分からないアギトそのもののことは、ずっと俺の気がかりだった」

 

 記憶が戻らない以上、陸人の中のアギトの真実という不安は尽きない。仮面ライダーという名前がついた時に、少しだけその重荷が軽くなったのだ。

 

「だから、俺は負けない。御咲陸人として……仮面ライダーアギトとして!」

 

「そう……立派だと思うわ。けれど、ごめんなさいね」

 

 まだ動ける全てのV1がアギトを囲むように集う。トドメの包囲殲滅陣が迫る中、アギトは右手を高く掲げた。

 

 

『全員範囲に入った、今よ御咲くん!』

「沈めぇぇぇっ‼︎」

 

 足元に渾身のバーニングライダーパンチ。動いている敵全てを巻き込んで一帯の地面を崩壊させた。落下していくアギト達が降り立ったのは本部の地下施設、大型実験場の1つ。

 

「──まさかっ⁉︎」

 

「そう、ここは大規模な兵器の試験場……世界一の耐熱設備!」

 

 陸人が真澄の指示のもと、敵を誘導していたのはこの施設の真上に全員を集めるため。地下という密閉空間、耐熱処理が万全の隔壁、そしてバーテックス因子という異物を混ぜたV1。

 

「なるほど……お見事、ここまで来たらもう私にできることはないわね」

 

 陸人の狙いを理解した雪美は、諦めたように息を吐いてヘッドギアを外した。これ以上はどんなオペレートをしても無駄だと、聡明な彼女は把握した。

 

 トリニティフォームに変化したアギトが、風を操って瓦礫を操作、天井を塞いで空間を密閉した。

 

「さあ、準備完了……ちょっと熱いけど、我慢してくれよ!」

『倒れたV1は遠隔端末で可能な限り解析してある。生命維持機能は万全よ、遠慮なくやりなさい!』

 

 フレイムセイバーを足元に突き立て、焔がほとばしる。ほんの数秒で施設全体を駆け巡った灼熱は、元々の設備もV1達もまとめて焼き尽くす。

 

「蒸し焼きだ……!」

(斬撃の傷と比較して、炎の跡は治りが遅かった。異形の存在に強いアギトの炎が強く作用するのなら)

 

 陸人は戦いの中で些細な違和感を鋭敏に感じ取っていた。攻撃方法による敵の回復速度の違い。再生能力の大元であるバーテックスの弱点をそのまま引き継いでいるとしたら。アーマーそのものの耐熱機能とは別に、仕込まれたバーテックス因子を焼き尽くして再生機能を壊すことができるのではないか。

 

「グッ、つう……ぅああああっ……!」

 

 だがこの方法には1つ欠点がある。逃げ場を封じて蒸し焼きにするためには天井を風で塞ぐしかない。そして炎と風を同時に操るには、耐熱能力がフレイムの1/3しかないトリニティで耐え凌がなければならない。

 

 やがて限界が来たのか、1人、また1人と火花を散らして倒れていくV1。それでもまだ両手の指では足りない数がアギトを止めようとぎこちなく動いている。

 

「……クハッ……さあて……が、我慢、比べと……いこうぜ……!」

 

 震える声で強がる陸人。システム内のバーテックス因子が全滅するのが先か、仮面の奥の陸人が息絶えるのが先か。変則チキンレースが始まった。

 

(ここからは彼の、自身との戦い……もし勝てたのなら、その時は──)

 

 モニター越しにその様子を眺める雪美。この時代に自分から火刑に処されるような無謀に走った、愚かな程優しい少年。彼を見据える眼には、僅かに生の感情が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

(思ったよりキツイな……左側の感覚が、おかしい……!)

 

 アギトの炎は物理法則を超えた超高温で燃え盛る。熱を逃がす隙間もないまさに蒸し焼き状態。煉獄の焔が術者本人の生命さえも脅かして勢いを増していく。

 発火から1分と少し。アギトの力をもってしても、呼吸がままならなくなってきた。視界まで安定しない始末だ。

 

 ──本当に頑張るわね、理不尽なくらい──

 

(確かになんで俺がこんなこと、って思うこともある……だけど)

 

 自らの炎に呑まれ、息もできない地獄の中、陸人は自分の原点を思い出す。家族の、仲間の、友達の、知らない誰かの、みんなの笑顔。それが当たり前に続く時間を守りたい。

 そして何より、ほんの数時間前に誓ったばかりなのだ。

 

 

 

 ──なるべく早く来てね? りくちー、約束だよ──

 

 ──ああ。"仮面ライダー"の名にかけて──

 

 

 

(苦しみ続けたあの子には、せめてこれから先、幸せだけが待つ未来を──!)

 

 園子との約束を破るわけにはいかない。こうしている今も待っている彼女のもとに、何がなんでもたどり着かなくてはならないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 強大な闇に操られた傀儡と、譲れない約束を胸に戦う少年。内に秘めた熱量の差が勝敗を分けた。

 

「……俺の……勝ちだ……!」

 

 地面に膝をつき、剣を支えになんとか倒れずに堪えている有様だが、意識を保てているのはアギト1人だけ。全てのV1はバーテックス因子の焼失によって発生したバグと、あまりの高熱にシステムダウンを起こして完全に停止している。

 

「ええ、私の完敗。数が多くて耐熱処理まで手が回らなかったのよね」

 

(本当にそうか……?)

 

 アギトが炎を武器にするのは、少し調べれば分かることだ。裏から手を回してまで最新のデータを取ってきた雪美にしては、些か迂闊すぎる。

 

「フフ、素敵なものを見せてもらったわ。これなら思ったよりもいい気分で()()()()()()()()()

 

「っ⁉︎ なんだ?」

 

 落下したままV1達の近くに横転しているG2-Xが、突如火花を放ち始めた。戦車以上の火力とエネルギーを内蔵した兵器が、今にも炸裂しそうな勢いで崩壊していく。

 

「G3-Xと同じく、『GENERATION 2-EXPECT』にももう1つの名前があるの……なんだと思う?」

 

「……まさかっ⁉︎」

 

 直感で危機を悟ったアギトが、風を巻き起こす。倒したばかりのV1達を押し上げて地上に打ち上げた。それでも、一気に全員逃がすには数が多すぎる。

 

 

 

「正解は……『GENERATION 2-EXPLOSION』……勝とうが負けようが全てを焼き尽くす、破壊兵器の到達点よ」

 

「間に合えぇぇぇっ‼︎」

 

 

 

 

 

 

 陸人達が仕掛けたトレーラー爆弾に匹敵する威力の爆発が数十回。地下の実験フロアは完全に崩壊した。

 間一髪全員を離脱させて自分も飛び上がったアギトは、爆風に煽られながらもなんとか脱出できた。

 

「……ひ、久しぶりに死ぬかと思ったぞ」

 

「そう、あなたならきっと助けられる。そこまでは計算できていたわ」

 

 安堵の溜息を吐いた陸人は、先程よりも遠くから聞こえる雪美の声に気づいて周囲を見渡す。すると、いつの間にか遥か遠くまで移動していたトレーラーが、G2-Xと同様に火花を散らして轟音を響かせていた。

 

「さっきの自爆は、それが狙いで──⁉︎」

 

「もう限界でしょう? あなたは素晴らしいわ。よく頑張った……だから、私のことはいいの」

 

 自爆シークエンスに突入したGトレーラー。離脱しようとしない雪美に、慌てて駆け寄ろうとするが……

 

(っ! こんな時に、足が動かない……!)

 

 身体も能力も酷使しすぎた。膝から崩れ落ちるように倒れこんでしまう。その間にも、無情にもカウントダウンは進んでいく。

 

「御咲陸人くん、合格よ。あなたのような人がいるのなら、もしかしたらまだ終わってないのかもしれない……無責任な言葉だけど、頑張ってね」

 

「待て……待ってくれ!」

 

 

 

 

 カウントが10秒を切り、最早両者の距離ではどうやっても間に合わない。運命が決まったと、誰もが思ったその瞬間──

 

 

 

 ──全く、手間のかかる──

 

 予想外の横槍が、予想外の方向から飛んできた。

 

 ──相変わらず難解で厄介で、愉快な生き方をしているな。お前という人間は──

 

 

 

 

 突如としてトレーラーの真上から轟く雷光。超自然的な出力の稲妻の一閃は、雪美が調整したトレーラーのシステムを一時的に停止させた。

 

「何……⁉︎ これは、電撃?」

 

「あれは……アイツの?」

 

 ──止まらず走れ……稼げる時間は長くないぞ──

 

 遠くから響く、あの強敵の声。驚愕を隠せない陸人だが、今は何よりも雪美だ。震える足を殴りつけ、気力で強引に身体を引っ張り上げた。

 

 

 

「どうして……? どうしてそこまでするの? 私は、救いなんて求めていないのに」

 

「それでも救う! あなたが求めなくても、誰に望まれなくても!」

 

《自爆シークエンス、再起動。カウント、リスタート──9──8──》

 

 

 

 

 多くの謎を抱えたまま、半ば成り行きで戦ってきた陸人。そんな中で、彼は多くの生命と意志を見てきた。

 

 流儀も信念もなく、ただ命じられるままに人を狙う異形。

 自分たちこそが絶対だと、上から目線で破壊を撒き散らす天使。

 衝動と本能に身を任せて、戦いを愉しむ変異種。

 

 そして不安定な世界でも、変わることなく笑顔で明日を描く人間。

 そんな誰かのために全てを懸けて抗い続ける勇者達。

 

 そうした激動の日々の中、陸人は自分にとっての真実を見つけた。

 

「俺が死なせたくないから……俺があなたに生きていてほしいと思うから!」

 

《──7──6──5──》

 

 絶対的な正義など分からないし、そんなものには興味もない。そして望まれるままに戦うだけでは、いつか自分の意味さえ見失ってしまう。だからこそ陸人は決めた。自分が戦うのはあくまで自分のためだと。

 自分が守りたいと思うものを守る。相手が守られたいと思っているか、そんな面倒なことは守り切ってから考えればいい。

 ある意味誰よりも強引で身勝手な結論に至った今の陸人は、誰よりも毅くて強い。

 

《──4──3──》

 

(ああ、そうか。これが……)

 

「手を伸ばさなくてもいい……首根っこ掴んででも、必ず引き上げてみせる! それが俺の──!」

 

(これが私達に足りなかったもの。理屈ではなく、本能で正しい道を選べる……英雄の資質)

 

《──2──1──……0》

 

 橙色の閃光が曇天を照らす。今日1日で考えられないほどの爆発が大社本部で発生したが、その中でも1番と言える大爆発。轟音が大気を揺らし、衝撃が地を裂く。

 

 地球最強の機甲部隊は、たった1人の英雄に完全敗北を喫した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッハァ! 慣れてきたぜ、そのスピードにも!」

 

「へぇ、実はまだ最高出力じゃなかったりするんだけど……どうする? 本気でやろっか?」

 

「言ってろ。全力出してねーのは俺も同じだ」

 

 G4とギルスのスピード勝負。こちらはそれぞれの速度の質の差が表れている。AIの判断速度とトップスピードの速さで圧倒するG4に対して、ギルスは柔軟で鋭敏な反射神経と運動能力で食い下がっている。

 

 ギルスがジャンプで回避すると見切り、そのコース上に弾丸をばらまくG4。跳んだ先に飛んできた射撃に、ギルスは慌てて身をよじって回避。アクロバットのような動きでギリギリ全弾避けきった。

 

「見えてる景色に沿ってるのに……なーんで当たらないかなぁ?」

 

「舐めんなよ……データで全てが把握できると思ったら大間違いだってんだよ!」

 

 感情が昂り、その能力が高まっている今のギルスなら、予測に基づいて動くG4の反応を見てからでも脊髄反射で対応できる。

 言わば常に後出しの権利を有しているのがG4。その後出しの手の動きを見切って、相手と同時に手を変えているのがギルス。四角四面な行動パターンと、マシンスペックに縛られている志雄にはできない対処法だった。

 

 鋼也のコンディション次第で大きくスペックが変動するギルス。今日の彼は、G4のデータベース上にあるどの状態よりも調子が良かった。古い縁を敵に利用された怒り故か、いつまでも振り切れない自分への失望故か。

 

「すっ飛びやがれパチモン!」

 

「調子に乗りすぎだよ、鋼也!」

 

 しかし敵もさる者。ギルスの飛び蹴りを掻い潜って懐に飛び込み、ゼロ距離でサラマンダーを展開。胸部に銃口を突きつけて発射した。一撃で大打撃を食らったギルスは、空中で同じように吹き飛ばされてきたG3-Xと激突した。

 

 

 

 

「──ガッ⁉︎ つぅ……志雄? 何やってんだお前」

 

「こ、こちらのセリフだ……少しデカイのをもらっただけ、まだまだやれる……!」

 

 どんな時でも2人揃えばこの調子な鋼也と志雄。そんな2人の足元に、緑色の紋章が浮かび上がった。

 

「っ! コイツは……」

「──どけ、鋼也!」

 

 ギルスを紋章の範囲から押し出し、同時に自分も転がるように逃げるG3-X。一瞬後、紋章の範囲に複数の爆発が巻き起こり、地面を爆砕した。

 

「ふむ……数回の攻防で"紋章術"の対処を身につけたか。いい反応だ」

 

「フゥ──、超常の能力者とは、何度も戦ってきたものでね」

 

『紋章術』

 呪術を得手とする罪爐の穢れを色濃く受け続けた影響で、哲馬が習得したアギトの力の応用形。何らかの意味を持たせて力の象徴たる紋を描くことで、攻撃、防御、拘束といった種々の効果を発揮する汎用性の高い超能力。身1つで立ち回るアナザーアギトの弱点を補う手段だ。

 

 得意の射撃戦に持ち込んだにもかかわらずG3-Xが押しきれなかったのは、この攻防一体の能力を破れなかったからだ。ケルベロスは全て防がれ、返す刀で死角から紋章が迫ってくる。予兆が大きいので気づくのは簡単だが、どこにでも瞬時に現れるせいで不意を突かれると反応できない。

 

 

 

 

「オイオイ、何だそりゃあ⁉︎」

 

(っ! マズイ、またあれを……!)

 

 紋章術を攻略する術を考えていた志雄の耳に、数分前の自分と同じ驚愕の声が届いた。膠着状態が続く戦況に我慢の限界が来た香が、またしても禁断の兵器を展開したのだ。

 

「今度はきっちり当てるからね……はい、ドーン‼︎」

 

「はいドーンじゃねえんだよバカヤロウ!」

「鋼也避けろ!」

 

 倒れこむように真横に飛び退いて、なんとかギガントを回避した2人。しかしまだ終わりではない。ミサイルの射線上には、アナザーアギトの紋章が刻まれていた。

 

「術というのも侮れん……突き詰めれば、こんなこともできる」

 

 今回の紋章に込められた意味は"反射"。躱したはずのミサイルが、背後から全く速度を落とさずにもう一度向かってくるという予想外の悪夢。着弾2秒前に態勢を立て直した鋼也と志雄。絶体絶命、と思われたそのタイミングで──

 

(アイツなら……)

(合わせてくれるはず!)

 

 言葉もアイコンタクトも交わすことなく、2人は同時に動いた。ギルスフィーラーとアンタレスの併用でミサイルを縛りつけ、勢いを軽減。そのままハンマー投げのように振り回して制御を奪った。

 

(よっしゃ!)

(あとはこれを……)

 

 ギガントの出力は破壊的。2人の呼吸が完全に噛み合っていなければ、力が余計に分散してそのまま撃ち抜かれていたはずだ。

 それでも彼らは成功させた。打ち合わせしたわけでも、似たようなケースを経験したわけでもない。ただ相手への信頼1つだけ。『アイツならこうする』と『アイツなら分かってくれる』という確信が、土壇場で2人の呼吸を完璧にシンクロさせた。

 

(いっ、せぇ──)

(──のぉ、せっ!)

 

 完全に抑え込んだミサイルを壁面に投げ飛ばした。ギガントの威力はやはり凄まじく、外壁を爆砕して4人をまとめて吹き飛ばした。

 

「……あーっぶねぇ、あんなのまともに受けたら一瞬でお陀仏だぞ」

 

「僕なんか2度目だぞ……勘弁してくれ、この恐怖は夢に出そうだ」

 

 

 向かい側の壁に叩きつけられたギルスとG3-Xが、互いを支えてなんとか立ち上がる。九死に一生といった有様だが、流石に今のを凌ぎ切ったのは予想外だったらしい。同じく吹き飛んだ敵の二人も驚愕を隠せずにいる。

 

「んー、今ので最低でも片方は仕留めるつもりだったんだけど……なんだろ、イライラしてきたなあ。なんでそんなにしぶといワケ? 勝ち目なんてないのに頑張りすぎでしょ?」

 

「大した根性だ……が、それだけでは何も変えられない。それはお前たちも分かっているだろう?」

 

「フン、いつまでも上から目線で語ってんじゃねえぞ」

 

「だからー、最後にはみんな死んじゃうんだって────へぇ、ちょっとビックリ。パパ、表のV1たち負けちゃったみたいだよ。こぞって停止してる……これはシステムの大元から壊されたっぽいね」

 

 G4のディスプレイに飛び込んできた警告情報。雪美が統括していたV1とG2-Xの機甲部隊が全機機能停止したという。それが意味するところは1つ。

 

「……雪美も逝ったのか」

 

「どうだろ? そこまでは──「無事だよ」──え?」

 

 敵側の会話に、息も絶え絶えになりながら口を挟む志雄。彼にとっては当たり前のことだ。

 

「陸人が、目の前の生命を見殺しにするわけがない。何がなんでも救うはずだ」

 

「……だな。今頃代わりに大怪我してんじゃねーか? あのバカは」

 

「見てきたように言うのだな。付き合いと呼べるものはほとんどない間柄だろうに」

 

「付き合いの長い短いじゃねえんだよ。ちゃんと話せば、アンタらにだって分かるはずだぜ。アイツはどんな夢みたいな理想でも、現実に変えちまうファンタジスタだ」

 

「陸人が勝った……なら、僕達がグズグズしているわけにはいかないな。彼が追いついてくるまでに、決着をつける……!」

 

 挟むように両側に立つ敵に対して、2人も背中合わせに構える。ギルスはアナザーアギトに、G3-XはG4に向かって。

 

「……ほう?」

 

「アレ? 結局最初の組み合わせに戻るの? さっきまでの方が相性良いように感じたけど」

 

「ハッ、相性? んなもん関係ねーよ」

 

「そんな小さなことは、この一手で吹き飛ばしてやる!」

 

 鏡写しのように、2人同時に両手を交差して力を込める。彼らの奥の手は、発動手順が非常によく似ていた。

 

 

 

 

 

 

「──ッ、ゥオオオアアアアアッ‼︎」

 

解号(コード)──EXCEED‼︎」

『Boost up』

 

 

 数多の刃をその身に宿した攻撃的な進化形態、エクシードギルス。

 一時的に安全措置を全て取り払った最高状態、EXCEED。

 戦う中で鍛え上げた各々の切り札が、ここでようやく切られた。

 

「アハッ! きたきた、やっとその気になってくれたね志雄!」

 

「さっさと済ませるぞ……勝負だ、G4!」

 

 タイトな時間制限が課されている志雄は、目にも留まらぬ速度でG4に突撃、両者はエレベーターシャフトに飛び込んでいった。

 

 

「その姿……やはり一度きりの奇跡ではなかったか」

 

「舐めんなってんだよ。俺はまだまだ止まんねえぞ」

 

 全身の細胞が泡立つような高揚感。ギルスの身体は、その力は、まだ進化できると全身で訴えていた。

 

「第3ラウンド、スタートだ!」

 

「これが最後だ……全てをぶつけてこい!」

 

 

 

 

 科学技術VS科学技術、超越者VS超越者。似た者同士の決戦は、最終局面に突入する。

 

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと間延びしてしまった感。次でとりあえず今の戦闘は決着つける……予定ではあります。お付き合いいただければ幸いです。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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本能と努力

ライダーバトル、決着。

ちょっと行き詰まったのと執筆時間が取れなくなったので、次回の投稿は遅れるかもしれません。
 


 ミサイルでも落ちたのかというような爆音に叩き起こされた雪美は、自分が本庁舎ロビーのソファに寝かされていたことに気づいた。

 

「私は……」

 

「あ、起きましたね」

 

 状況を整理しようとしたタイミングで、見るからにボロボロな風体の陸人が入ってきた。特に身体の左半分に広く火傷の跡が見える。流石にあの炎熱地獄に居座り続けたのはアギトであっても厳しかったようだ。

 

「何を……しているの?」

 

「ああ、倒れてる人たちの安否確認と、救助の要請をしてました。あのV1って凄いですね。俺でもこのザマなのに、みんな殆ど傷がありませんでした」

 

 まあ小沢さんがそう教えてくれたからあの手が使えたんですけど、と笑う陸人。敵の身体を案ずる余裕があるなら自分の傷も考えろ、と言いかけた雪美は間違っていないはずだ。

 

「それで、まだ死のうとか考えてますか? もしそうなら身体を拘束して動きを封じるしかないんですが……できれば避けたい選択肢です」

 

 本心から不本意そうな顔で言及した陸人を見て、雪美は背負い続けた重荷を下ろすように、深い深い溜息を吐いた。

 

「安心して。無理やりとはいえ命懸けで救われた身だもの。無意味に投げ出すような真似はしません。そんな気力も体力も残ってないしね」

 

「そうですか……良かった」

 

 確かに敵だったはずの自分のために、ここまで心を砕ける人間がいる。世界の全てを知った気でいた雪美だったが、目の前の少年には調子を狂わされっぱなしだ。

 

「戦う道を選んだ経緯も、死を求めた本意も俺には分かりませんけど、終わらせるのは最後の最後でもいいと思うんです。悩みに悩んで結論を出した方がきっと後悔しませんよ」

 

「簡単に言うわね。これでも随分悩んだつもりなのだけれど」

 

「ならもっともっと悩むんですよ。たくさんの人に相談もして。気分を変えるために色々な場所に行って、知らない景色を見て回る。そうすればいつか、生きてても良いと思える日が来るかもしれません」

 

「……それでも、どうしてもそう思えなかったら?」

 

「それでも考えることをやめなければ、その頃には人の一生分くらいは終わってるはずです。結果的には最後まで生き抜くことになりますね」

 

「なぁにそれ? 昔話のオチみたいね」

 

 死ぬか生きるかについて、寿命が尽きるまで悩み抜けとは。トンチのようなことを大真面目に言い切る陸人には、雪美の表情筋も思わず緩む。

 きっと彼も同じように、悩みながらも生きているうちは歩みを止めないと誓って戦い続けているのだろう。アギトの勇姿を見続けた雪美には、そんな確信があった。

 

「とにかく俺に言えるのは、悩めるだけ悩めばいい。きっとそれが生きている証で、死んだらできないことだから……こんな戯言が、何かの参考になれば良いんですが」

 

「いえ、とても中学生とは思えない含蓄のある言葉だったわ。胸に刻んでおきましょう……あなたになら、教えた方がいいかもしれないわね」

 

 言いたいことを言い切ったらしく、奥に進もうとした陸人を引き止めて、雪美はゆっくりと口を開く。

 

「私達が決起した理由……この戦乱の奥にいる存在と、私達の関係について」

 

 その言葉は人類側の誰もが求め、現時点では一人として辿り着いていない真実への入口だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「追いつける……もう少しで、追い抜ける!」

 

「わっかりやすく調子に乗ってくれちゃってさあ! だから甘いんだよ、G3-X(あなた)じゃG4(わたし)には勝てないんだってば!」

 

 貨物用の大型エレベーターの通路、上下に大きく広がったトンネルのような道を、2人は縦横無尽に駆け巡る。最高状態のG3-Xと常にフルスペックのG4。香の言葉の通り、両者は頑張っても五分五分。限られた時間内に志雄が押し切るのは不可能としか見えない。

 

「もしかして地形を利用してスペック差を埋めようとか思った? ざーんねん、そっちが知っててこっちが知らないことなんてないんだよ!」

 

「確かに、そのようだな……!」

 

 G4のAIにはエレベーターシャフトの構造詳細までインプットされていたらしく、暗所で閉所という最悪の状況下でもその動きには一切の淀みがない。逃げながら的確に反撃してダメージを与えていくG4。必死に追いすがりながら弾丸をばら撒くG3-X。先程よりもマシになったとはいえ、戦況は変わらず不利のまま……だが、それはあくまで彼1人の場合だ。

 

「……今だ、小沢さん!」

 

「……? 何を」

 

 下に向かって追走していたG3-Xが、目の前で突如反転して距離を開いた。その不自然な軌道に違和感を覚えてG4も速度を落とす。

 次の瞬間、やっと見せた無防備な背中全体に叩きつけるような衝撃が走る。

 

「っ⁉︎ これは……!」

 

「君達は上を見過ぎなんだよ……だからこうして足元を掬われる!」

 

 G4の背後、つまり階下から襲ってきた衝撃の正体はこの空間の主、貨物搬送用大型エレベーター。制圧の首謀者が一通り戦闘に出たのを見計らった真澄が、監視カメラと同様に前々から本部のメインシステムに仕込んでいたバックドアを使用。目立たないようにごく一部の制御のみを奪還していた。

 あとは頃合いを見て志雄と打ち合わせ、エレベーターを所定の階層に待機させておくだけ。不可視の大規模数独マップをアナログで解き明かした天才にとっては、陸人のナビゲートの片手間でも済むような簡単な仕事だった。

 

「──獲った!」

「こんな手にっ!」

 

 隙だらけのG4に、ユニコーンを突きつけて突貫するG3-X。持ち前の超反応でガードは間に合ったが、完全には捌けなかった。戦闘開始から無傷の状態を保ってきたG4の装甲、右腕部に浅く刃が突き刺さった。

 

「ようやく、そのピカピカのボディに傷が入ったな」

 

「志雄……これ以上は遊びじゃ済まさないよ?」

 

「僕は最初からそのつもりだ!」

 

 上昇し続けるエレベーターから飛び立ち、2人のドッグファイトが再開される。青と黒の航跡は螺旋を描き、衝突しては火花を散らして上へ上へと飛翔していく。

 

(EXCEEDの稼働限界はあと15秒。負荷に耐えて多少延ばしてくるかもしれないけど……)

 

 EXCEEDの弱点、時間制限も当然敵に知られている。稼働時間の殆どを使い切ったG3-Xを嘲笑うように、G4は3度奥の手を解禁、ギガントを展開した。前を飛ぶ背中に照準を定め……まだ発射はせずに勝機を待つ。

 

(あと10秒で速度が一気に落ちる。数秒のズレも考えて──)

 

 香本人も、G4自体も同じ結論だった。10〜15秒後にG3-Xの出力は急速に落ちる。そこを狙えば勝利は決まる、と。

 

(よし、釣れたな……単純な奴だ!)

 

 だがしかし、ここに1つの見落としがあった。戦闘経験が少ない()()()は、言ってしまえば戦闘機に憧れる子供に近い。スペックが高ければ強い、カッコいい。些か幼稚な言葉をあえて選べば、そういう考え方をしている。

 G4のAIも同じく、経験不足もあってまだ人間の不確定さを完全に演算に組み込むことはできていない。意図的にスペックを落とすような非効率な手段が有効であるなどと考えられるほど柔軟ではなかった。

 

 制限時間とはそれ以上使えないというだけであって、なにもその時間いっぱいまで使い切らなくてはならない理由はないのだ。

 

「──ここだっ!」

「……えっ?」

 

 時間切れよりも前にEXCEEDを解除、敵の予想よりも5秒早く急減速したG3-Xが一瞬で背後を取り返した。全身にかかる強烈な反動に耐え、志雄は無防備なバッテリー(急所)に狙いを定める。

 

「引っかかったな、頭でっかちの間抜けAI!」

 

「……う、嘘……なんでこんな……!」

 

 温存していた最後のマガジンをケルベロスに装填。これまで以上の全力斉射で背部を撃ち壊す。動力部を蜂の巣にされたG4はスラスターの制御を失い、煙を上げて落下してくる。

 

「スペックの高さが全てじゃない!」

 

「どうして……私のG4は……!」

 

「能力が下回ることも、限界さえも利用して勝機を掴む……それがGシリーズの戦い方だ!」

 

 Gシリーズの強さと弱さを知り尽くした志雄の渾身の拳が、体勢を崩して落下するG4の顔面に直撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本庁舎2階、数分前まで銃声と金属音が鳴り響いていた廊下は、嘘のように静かになっていた。

 

(止まった……りくちーたちが、なんとかしてくれたのかな……)

 

 糸が切れたようにバタバタと倒れ伏したV1部隊。統括していた何者かを仲間が制圧してくれたらしい。限界を迎えた肉体を精神力で引っ張っていた園子は、安堵から腰を抜かして、槍を支えに座り込んでいた。

 

「園子ちゃん、大丈夫⁉︎」

 

「かーやん……いいって言うまで来ちゃダメって……」

 

「でも、でも園子ちゃん……!」

 

 ハラハラしながら涙目で様子を伺っていたかぐやも飛び出してきた。役目を意識している場では大人顔負けの迫力と威厳があるのだが、筆頭巫女の肩書きを外した彼女はどこまでも普通の女の子だ。最も、園子はかぐやのそんなところが好きで守ってあげたいと願っているのだが。

 

 

 

「……ま、だだ……」

 

「「っ⁉︎」」

 

 沈黙していたV1の1人が、重たい体を引きずるようにして銃を構えてきた。機能を停止したV1は重りでしかない。震える手で、それでも執念で構えた銃口は園子とかぐやを捉えていた。

 

「こんな世界は間違っている……我々は、我々は……!」

 

 この装着者は、単に呪いに侵されたわけではなく、自分の内側に大社と世界への破壊衝動を抱えていた。それが爆発した結果、システムの縛りから解かれてもなお勇者達に牙を剥いている。

 

「園子ちゃん!」

 

(駄目……かーやんだけでも!)

 

 園子をかばうように抱きしめるかぐや。園子も誰よりも失われてはならない命であるかぐやを守ろうとするが、一切身体が動かない。勇者システムまで解除されてしまった。ここまで消耗しきった状態では、精霊バリアも万全に使える保証はない。

 

 

 

 

「解放する……この終わった世界に縛られた者たちを!」

 

「──やめろおおおおっ!」

 

 発砲の恐怖に眼を閉じた園子の耳に、聴き馴染んだ声が届く。その瞬間、全ての緊張と悪寒が全身から抜けていった。それだけの安心感を与えてくれる、ヒーローの登場だ。

 

「陸人様!」

 

(ああ、これで3回目……狙ったようなタイミングで、必ず助けに来てくれる……)

 

 園子が好む王道物語の主人公のように。本当に困った時にはなんて事のない顔をして現れて、誰にも予想できないハッピーエンドを掴み取る。

 しゃがみこむ2人を飛び越えて、銃を蹴り飛ばした少年の後ろ姿。2年前に初めて出会った金色の姿と重なる頼もしい背中を見て、園子の意識はとうとう断ち切れた。

 

(私のヒーローは、どこまでも──)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう? 園子ちゃんは」

 

「消耗は酷いですが、大きな外傷はありません。じきに眼を覚ましてくれるはずです」

 

「そっか、良かった……でも驚いたよ。かぐやちゃん、随分手慣れてたね」

 

「ふふっ、上に立つ筆頭巫女らしくはありませんよね」

 

 意識を失った園子を担いで逃げ込んだ救護室。かぐやの適切な処置によって、園子はベッドで穏やかな寝息を立てている。

 

「いずれ私も狙われることは予期していました。避けるべき事態ですが、万一戦場に出てしまった時に私にできることはないか。考えて習得したのが応急処置の技能でした」

 

 戦力皆無でありながら神樹侵略の最重要人物となるかぐや。もし鉄火場に立たされてしまった場合にもただの足手まといで終わりたくない。そんな健気な努力が、今日園子を救ったのだ。

 

「それじゃ、園子ちゃんのことは任せていいかな? V1はみんな停止してたから、とりあえず危険はないと思う」

 

「はい、お任せください……ですがその前に」

 

 たおやかに微笑みながら近寄ってくるかぐや。その笑顔に妙な圧力を感じた陸人が一歩退いた瞬間、逃がさんとばかりに少女の細腕が陸人の左頬に触れる。火傷が残る肌に触れられ、陸人の顔が苦痛に歪んだ。

 

「ご自覚なさっていないようですが、陸人様も軽い傷ではありません。火傷は早い処置が肝要です。少しお時間をくださいな」

 

「いや、手当てはいいよ。上の戦いはまだ続いてるみたいだし──」

 

「お時間を、ください、な?」

 

「……はい」

 

 笑顔の圧に負けた陸人は、大人しく座って手当てを受ける。シュンとして小さくなっている目の前の英雄が、かぐやにはとても可愛らしく見えた。

 

「陸人様、また人を救うために無茶をなさったのでしょう?」

 

「俺は無茶とは思ってないんだけどね……」

 

「そういうところが陸人様の悪い部分です。あなたを案じる人は大勢いるということをもっと意識してください」

 

「……ごめん」

 

「まあ今はいいです。それで、沢野雪美さんからなにか訊けましたか?」

 

「うん……あの人の話を信じるなら、俺たちはこの戦いの本質を勘違いしてたのかもしれない」

 

 言いにくそうに言葉を濁す陸人。確かめる前に話すには内容が重たかった。それを感じ取ったかぐやは首を横に振って静止。あくまで深入りしないと態度で示した。

 

「そうですか。ですが陸人様の指針は変わらないのでしょう?」

 

「俺の、指針?」

 

「園子ちゃんが言っていました。『りくちーは誰かの笑顔のためならなんだってできちゃうヤベー子なんだよ〜』と」

 

「アレ? 俺今危険認定されなかった?」

 

「私もこの数日で陸人様の本質は多少理解したつもりです。行ってあげてください。園子ちゃんを守ってくれたように。私を救ってくれたように。道を違えた彼らの手もできることなら掴みたいと、そう思っているのでしょう?」

 

「……ああ、そうだな」

 

 陸人は迷っていた。誰も傷つけずに全てを守りたい。それが彼の本願だが、かぐやは敵に狙われている身だ。そんな甘いことを言える状況ではない。

 しかしかぐやは、そんな陸人の優しさも全て汲み取ってあえて微笑みを絶やさない。すっかり御咲陸人というヒーローのファンのようになっているかぐやは、自分に遠慮して彼らしさが失われることが何より耐え難かった。

 

「……はい、処置完了です……私は陸人様が信じるものを信じます。ですからあなたは迷うことなく進んでください」

 

「ありがとう、かぐやちゃん……園子ちゃんをよろしく、行ってきます!」

 

 上里かぐやは、ただ守られるだけのお姫様ではない。身体を張って戦う英雄の心を癒して救う。それが助けられる側(ヒロイン)の務めだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおおああああっ‼︎」

 

(格段に力が増している……それに……)

 

 スティンガーを織り交ぜて立体的な挙動で攻め込むギルス。狭い屋内での殴り合いは、本領を発揮したギルスの得意分野だ。まるで獣のように体勢を低くして、地を這うように爪を振るう。人間相手に鍛えてきた哲馬にとって、自分の常識が通用しない初めての相手だった。

 

「まだまだぁ! こっからだぜ!」

 

 クラッシャーを開いて咆哮を響かせるギルス。その昂りに反応するかのように、背中から伸びるスティンガーが脈動し始めた。

 

「なんだ……?」

 

「アンタの防御が硬すぎるんでね……こじ開けさせてもらう!」

 

 次の瞬間、太く強靭な2本の触手が裂けるように枝分かれしていった。細く薄く、それでも鋭く伸び続ける赤い触手は、ほんの一瞬でアナザーアギトを取り囲むように壁や床を突き抜けていく。

 

「これは……檻のつもりか」

 

「それだけじゃねーよ? コイツには、こういうこともできるんだよ!」

 

 スティンガーで形成したジャングルジムのような檻の中に飛び込むギルス。彼が足場にした触手は、触れた瞬間に大きくしなってその勢いを倍加させる。切り返す度に速度が上がる弾丸のような加速は哲馬といえど捌けるものではなかった。

 

「切り刻んでやらぁ!」

 

(速い……いや、速すぎる!)

 

 触手を足掛かりに跳ね回り、アナザーアギトを縫い止めるように連続攻撃。強靭さと柔軟さを併せ持ったスティンガーの特性を最大限活かし、全方位から爪を立て続ける。

 

「だが、速いだけではな……!」

 

 少しずつ、確実にダメージを重ねてくるギルスに対して、アナザーアギトは大規模な紋章術で対抗した。自分を巻き込むことも厭わず足元から炸裂させて触手の檻を吹き飛ばす。

 

「アンタならそう来ると思った」

 

 先を読んでいたギルスは、爆風を利用して高く跳躍。スティンガーを収縮させて脚の爪を掲げる。全てを断ち切るケダモノの一閃、『エクシードヒールクロウ』で勝負に出た。

 

「先が読めるのが自分だけだと思うな!」

「っ⁉︎」

 

 そして先の先まで読んでいたアナザーアギトの右足に光が収束していく。上から下への動きで敵をぶち抜く必殺技に対して、死角となる真横からのカウンターで技の発動ごと潰す策だ。

 

 跳び上がってしまった以上、あとは重力に任せて落下するしかない。落ちてくるギルスに対するアサルトキックのタイミングは完璧だった。しかし、今のギルスはそんな常識を超越している。

 

「──っぶねえ‼︎」

 

(触手で無理やりタイミングをずらした、だと⁉︎)

 

 スティンガーを壁面に突き刺して思い切り突っ張る。自由落下中のギルスの身体は、弾いたギターの弦のように揺れながら滞空した。その結果、横っ腹に突き刺さるはずだったアサルトキックは虚しく空を切るのみに終わった。

 

「こっちは若いんだ、体も頭も柔らかいんだよ!」

「チィッ!」

 

 石頭の中年への挑発も混ぜながら、ギルスは反転してドロップキックを叩き込む。全体重にスティンガーの収縮の勢いを上乗せした蹴りは、文字通り一直線にアナザーアギトの身体を壁面に叩きつけた。

 

「次で決める!」

 

「そういうところが……」

 

 ここが好機と見て突っ込むギルス。勢いに乗って視野が狭まった彼は気づかない。後ろ手に描かれた、"反射"の紋章の存在に。

 

「詰めが甘いというのだ、若造が!」

「──いっ⁉︎」

 

 壁にめり込んだ体勢から一瞬で飛び込んできたアナザーアギト。コマ落としされた映像のような、不自然な急加速が乗ったクロスカウンターがギルスの顎を捉えた。全力で前に向かっていたギルスの勢いも合わさってその威力は必殺級……のはずだったが。

 

(なんだ? この感触は……)

 

 殴った手応えが妙に柔らかい。骨ではなく肉を殴った、という訳でもない。軟体動物のような柔和で掴み所のない感触は。

 

「ダメもとだったが、案外やれるもんだな!」

 

「そうか。お前の進化は、もうそこまで……!」

 

 アギトとギルス。本質的には同種の両者だが、最たる違いはその肉体組成だ。アギトは内より迸る光が装甲や武器を形成しているが、歪な形で顕現したギルスはその力を表面化させるために、組織の1つ1つが独立した生命を持っている。語弊を恐れずに言えば、無数の微生物が集合してギルスという形を成しているようなものだ。

 

「ギルスの力を制御できる今の俺なら、多少は好きに身体を組み替えられる!」

 

(資質を持って力を育てた資格者と、俺のような紛い物では……やはり進化の段階が違うということか!)

 

 仲間との出会いや幾多の激戦を超えて、ギルスの力を正しく受け入れた今の鋼也にとって、肉体組成を自らの意思で変化させることも不可能ではない。今の攻防は、殴られる瞬間に頰の部分を軟体化させて受け流したのだ。

 エクシードを使いこなしているのも、スティンガーを分裂させられたのも同じ。ギルスはギルスのままで、アギト同様に進化を続けている。

 

 

 

「おおおらああああっ!」

 

「勢いづくと足元が疎かになる……何度も言わせるな!」

 

 足元に起爆の紋章を展開して迎撃を仕掛けるアナザーアギト。それに対してギルスは、ハンドスプリングで紋章を飛び越えてみせた。

 

「ワンパターンはアンタも同じだろうが!」

「グッ⁉︎」

 

 前転の勢いを乗せて、上下逆のまま両足で額を蹴り飛ばす。たたらを踏んだアナザーアギトにさらに攻め込む。直立の体勢に戻り、同じ箇所を頭突きで追撃。頭部に重ねて衝撃を受けたアナザーアギトは、耐えきれずに膝をついた。

 

「ぶっ飛べぇぇぇっ‼︎」

 

 弱ったアナザーアギトをスティンガーで拘束。周囲を引きずり回して壁に叩きつけた。手足を押さえ込んで身動きを封じ、決定的な勝機に持っていく。ここに来て最高速度に至ったギルスが、三度特攻を仕掛けた。

 

「今度こそもらったぜ、オッサン!」

 

「まだだ、まだ俺は……!」

 

 右拳に光を収束させて拘束を弾き飛ばしたアナザーアギト。自由になった右手で最後の悪あがき、爆発の紋章を描く。突如目の前に仕掛けられた罠、加速しきっているギルスに避ける術はない。

 

 直後、空を舞い踊るギルスは超常的な威力の爆風に飲み込まれた、が──

 

「クソッタレがぁぁぁっ‼︎」

「止まらない、だと⁉︎」

 

 爆炎を突っ切ってなおも飛ぶ緑の影。装甲は剥がれ、血も吹き出す有様だが、ギルスの牙はまだ折れていない。ズタズタの身体を触手で引っ張り、野生の勇者が間合いに飛び込んだ。

 

「これで、最後だっ‼︎」

「──っ!」

 

 

 

 

 ギルス渾身の一撃は、アナザーアギトの顔面に迫り──顔のすぐ横に爪が深々と突き刺さった。その一振りは強固な壁面を突き破り、外壁を崩壊させて大穴を開けた。

 

「……何故、トドメを刺さなかった?」

 

「バカにすんなってんだよ。こんなに殴り合えば、アンタが限界来てることくらい分かるっての。俺が奥の手使った辺りでもう変身してるのもキツかったんじゃねえのか」

 

 アナザーアギト、沢野哲馬は正当な能力者ではない。事故的な流れで力を受け入れ、罪爐の手でその力を馴染ませて形になった歪なアギト。生来の資質を持っている陸人や鋼也とは違い、戦う上での限界がある。

 

「どんどん動きが悪くなってた。アンタ自身分かってただろ?」

 

「フン……それでも勝てると判断したまでだ。どうやら、甘く見過ぎていたようだがな」

 

 変身を解いた両者。生傷が残る鋼也の方が痛々しいが、消耗が激しいのは哲馬の方だ。頭を抑えて蹲り、肩で息をしている。

 

「俺の勝ちだ……アンタの戦いは、ここで終わりだ」

 

「……どうやら、そうらしいな」

 

哲馬は壁に背をつけて座り込んだ。何かに納得したような、何かを吹っ切ったような、安堵の表情で柔らかく微笑んで天を仰いだ。

 

(結論は出た……賭けは俺達の勝ちだな……雪美)

 

 

 

 

 

 

 

 

 敗者が敗北を認めた次の瞬間、エレベーターシャフトが爆発し、奥から2人の戦士が転がるように飛び出してきた。

 

「うあっ!……やってくれたね、志雄!」

 

「勝敗は決した。武装解除して投降しろ!」

 

「何言ってるのかな? ちょっと不意を突いた程度でさあ!」

 

 バッテリーから煙を吐きながら立ち上がるG4。出力は相当落ちたようだが、それはG3-Xも同じことだ。双方すでに満身創痍。決着が次の一手で決まることは誰の目にも明らかだった。

 

「負けない、私は負けちゃダメなんだよ!」

 

(残弾もギリギリ、一回勝負だな……!)

 

 ここまでの戦闘で、G4にも()()()()が存在するのは確認している。あとは確実に狙い撃つのみ。G3-Xは残り2発となったスコーピオンを構える。

 

「勝つことこそが存在意義、だから私は──!」

 

 暴発寸前のスラスターが火を吹き、G4が空を翔ける。そのコースを見切った志雄は、極めて冷静に1つ息をついて引き金を引いた。その銃弾はG4の顔の横を掠め、壁際の機材に跳ねた。

 

「どこ狙ってるのかな、おマヌケさん!」

 

「いいや、今のでチェック、そして――」

 

 続く2発目、スコーピオンを上空に向けて最後の弾丸を放った。その意味不明な行動に、対するG4が一瞬真上を見上げ──

 

「読み通り、これでチェックメイトだ!」

 

 一瞬後、G4のシステムがダウン。全ての装甲がパージされた。呆然とした表情で倒れこむ香。脱力感と疲労でその身体は立ち上がる力さえ残っていなかった。

 

 

 

 

 ──跳弾を当てるには迅速な計算、的確な予測、そして自分の腕を信じる勇気が必要だ──

 

 ──安全措置まで完備するのは開発者の最低限のプライドよ。あの人にまだ人の誇りが残っているのなら、狙い目があるかもしれない──

 

 射撃の名手である春信との訓練、そして真澄の見識があって初めてできた跳弾狙撃。G3と同様にベルトの裏に仕込まれた緊急停止スイッチを、2段階の跳弾で狙い撃つ神業。志雄の不断の努力と、香を傷つけずに終わらせたいという強い願いが引き寄せた奇跡の二撃必殺だった。

 

 壁に跳ねてG4の背中に向かう1発目と、天井にぶつかって斜め下に落ちる2発目。

 G4の背面間近で1発目が2発目のボディに横から直撃し、その進路を強引に捻じ曲げる。結果外からは非常に狙いにくいベルトの裏側という死角に滑り込んだ2発目の弾丸が、G4唯一の弱点に直撃して勝利を奪い取った。

 

「こんなことが……あり得ない!」

 

「それがあり得るから今君はこうなってる……言ったろ? チェックメイトってな」

 

 小さく笑って変身を解除した志雄。やはり生傷が目立つものの、その表情はなんとか望んだ決着に持っていけた達成感に満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

勝利を掴んだ2人の勇者が一息ついたところで、ドアが吹き飛んだ入り口から最後のヒーローが到着した。

 

「――鋼也、志雄、無事か⁉︎」

 

「陸人、お前も……いや、お前の方がボロボロじゃねーか」

 

「随分手こずったらしいな。僕らも人のことは言えないが」

 

たった3人の反逆者はそれぞれの戦場でそれぞれの勝利条件を掴み取った。

 

「誰も死んでない……上手くやれたんだな、2人とも」

 

「普通に倒すより難しかったがな」

 

「あー、疲れた。だがまあこれで後は――」

「……ッ、ィ……ァ……イヤァァァァァァァァァァァァッ‼︎」

 

顔を合わせて勝利の実感を噛み締めていた彼らの耳に、狂気的な悲鳴が響いた。

 

 

 

「どうして……どうして私が…………うあっ⁉︎」

 

「……香?」

 

「うぅぅぅ……ぁぁぁああっ‼︎」

 

 敗北の事実を受け入れられずに息を荒げていた香が、突如頭を抑えて蹲る。自分の内から滲み出るナニカと抗っているかのようにのたうち回る様はあまりに痛々しい。

 

「どうしたんだ、香!」

 

「っ! 待て志雄──」

 

 思わず駆け寄ろうとした志雄を遮るように、滝のような水流が立ち上り、視界を塞いだ。その奥に舞い降りた2人の上位種。ライダー達が姿を見て即座に変身して構えるほどに、その身が放つプレッシャーは圧倒的なものだった。

 

「フム……我が仕込んだ駒は揃って敗北、しかも誰一人として死んでもいない。ここまでつまらぬ顛末が待っているとは、逆に少し驚いたぞ」

 

「余興トシテハ悪ク無カッタガナ。ドノ道此処デ全員殺セバ結果ハ同ジダ」

 

 全ての元凶、最悪の呪いそのものである罪爐。

 復活し、さらに力を増した天使の一柱、水のエル。

 

 激戦を終えて満身創痍の勇者達の前に唐突に降り立ったかつてない強敵。状況はここに来て、最悪のさらに下にまで悪化した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ギルスの軟体化は完全なアドリブです。後になって志雄くんに「変身している君自身の身体はその時どうなってるんだ?」と至極真っ当な質問をされた鋼也くんは、深く考えることをやめました。ろくな想像ができず、ゾッとしたからです。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに。



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絶望の中の四重奏(カルテット)

 
今回、かつてないほどに執筆に手こずりました。何故かこの先の最終章に描きたいシーンばかり浮かんでは消え、筆が進まないのなんの……とりあえず次の話はまだ一文字も書けていないというピンチ、どうしよう……
プロットも下書きもない行き当たりばったりで100話以上進めてきた本作、今後も似たようなことはあるかもしれませんが平にご容赦を。
そんな訳でいつも以上に拙い部分あるかと思います。余裕がある時に手直しするかもしれません。



 突如として現れた乱入者、水のエルともう1人、別次元の存在感を放つタウルス・バリスタ。牛の異形は周囲をひと眺めすると愉快そうに笑い声をあげた。

 

「クッ、ククク……これは笑えるな。手駒は言うことを聞かず、潰すはずの邪魔者は五体満足。挙句こちらで用意してやった人形まで壊れて帰ってくるとは」

 

「なんなんだ……なんなんだよお前は!」

 

 自分に語りかけるようにブツブツと呟くタウルスに耐えかねた志雄が声を荒げて問いただす。すると相手は、まるで今気づいたような態度で緩やかに両腕を広げた。

 

「これは失礼した、自己紹介がまだだったな。我が名は……おい水の。この器の名はなんと言ったかな?」

 

「興味ノ無イ事ハ即座ニ忘レル貴様ニ教エテモ無駄ダロウ」

 

 世間話でもするかのように気軽に話を振られた水のエルはつっけんどんに返す。そんな問答には興味がないと態度で示していた。

 

「やれやれ、つれない奴よの……では改めて、我に真名はないが、他者が我を呼称する際に最も多く使われる名は『罪爐(ざいろ)』……お見知り置き願おうか」

 

「っ! 罪爐……お前が……」

 

 かぐやから世界の真実を教えられた陸人は、その名に驚愕を隠せない。今起きている戦乱の原点とも言える闇の元凶。それが今目の前にいる。

 

「ふむ、神樹が教えていたかな? 我も汝のことは知っていてな。御咲陸人……人にして神、クウガにしてアギトである特異点。散々に邪魔をしてくれた愛すべき目の上の瘤よ」

 

「罪爐、クウガ……知らねえ単語を畳み掛けてくんじゃねーよ。もうずっと訳わかんねえまま戦ってんのによ!」

 

「陸人、いったい何の話だ」

 

「悪い、今細かいことは説明してられない。とにかく敵、それもとびっきりの大物が出てきたとだけ分かっててくれ」

 

 早々に話についていけなくなった鋼也と志雄に対して、陸人は珍しくぞんざいな態度で制した。それだけ余裕がない証拠だ。

 

「会いたかった……ああ、実に会いたかったぞ、陸人よ。今日は非常に気分がいい。なあ水の!」

 

「……目的ガアッタノデハ無イカ?」

 

「おっとそうであった! 重ねて失礼をした。まずはこちらの用事を済ませなくては、な!」

 

 なにがそこまで面白いのか、罪爐はクツクツと笑いながら腕を振るう。すると次の瞬間、彼の両腕には哲馬と香が収まっていた。沈黙を貫いていた哲馬と、声もなく悶え続けていた香。罪爐はこの2人のために出てきたのだ。アナザーアギトの力を安定させたのも、香の姿を現世に呼び戻したのも罪爐。いわば今回の首謀者と言ってもいい。

 

「さて、沢野哲馬よ。貴様が余計なことを繰り返したせいで作戦は失敗したようだが、まだ戦う力はあるか?」

 

「……問題ない」

 

「そうかそうか! では次は我らも手を貸してやろう。この場は我らに任せて汝は巫女を捕らえてくると良い。それくらいはできるだろう?」

 

「……変身……!」

 

 罪爐の腕を振り払い、再度変身した哲馬がゆっくりと前に出る。対するライダー達も改めて構え直す。綱渡りを繰り返してきたこの状況でさらなる増援となれば、流石に勝ち抜ける自信は持てなかった。

 

 

 

 

 

 

「ああホレホレ、そちらは我らがやると言ったであろう。無理をするな」

 

「いや、まだ戦える……貴様を叩く程度にはな!」

 

 右足に力を収束したアナザーアギトが反転。罪爐の首に不意打ちのアサルトキックを叩き込んだ。

 

「……ふむ、驚きが半分、納得が半分といったところか?」

 

 しかし実際にはその肌の数mm手前で不可視の壁のようなものに防がれていた。アナザーアギト渾身の一撃を受けても微動だにしない圧倒的な防御力。これが罪爐という存在の強さだ。

 

「何故、防げた……?」

 

「我の支配下にありながら行動に不自然な点があったこと。貴様の伴侶が計画にない妙なものを用意していたこと。

 ……疑っていた理由はいくつかあるが、今のを防げた理由は簡単だ。貴様の一撃よりも、この器に抑えきれなかった我が力の残滓の方が強い……それが彼我の実力差だ」

 

 罪爐は常に周囲を警戒して障壁を展開していたわけではない。単なる一マラークには収まらない闇が結果的にシールドの役目を果たしたに過ぎない。

 羽虫を払うような動作でアナザーアギトを吹き飛ばした罪爐は、左腕で捕まえたままグッタリとしている香に目を向けた。

 

 

 

 

 

 

「さて、父親の方はこの体たらくだが、こちらも既に使い物にはならんか」

 

「……ぅ……ぁ……パ、パパ……?」

 

「何せ()()()()()()()()()()()()()くらいだ。やはりただ人形を作るだけでは限界があるか」

 

「パパ……志雄……鋼也……」

 

「……香……?」

 

「っ⁉︎ そんなハズはねえ……アイツが、なんで……⁉︎」

 

 弱々しく顔を上げた香。その眼には生前と変わらない暖かみが宿っていた。本人と面識のない陸人には少し雰囲気が変わったとしか受け取れなかったが、志雄達にとってはずっと望んでいた再会だ。

 

「上面ヲ整エタ人形デハ無カッタノカ?」

 

「いや、確かに器に定着させる際に本来の人格は塗りつぶした筈なのだがな……何せ我自身初めての作業であったし、何より生前の縁深き仲と接触し過ぎたことが原因であろうな。完璧に沢野香本来の人格が戻ってきている……ホレ、せっかくだ。旧知の者に挨拶をしてやれ、さっきまでの記憶はあるだろう?」

 

「……志雄、鋼也……私、あなたたちに……ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 

 混乱と恐怖がピークに達した香の涙腺が崩壊する。真っ直ぐに零れ落ちる涙は、今目の前にいるのが本物の沢野香であることを物語っていた。

 

「間違いねえ、アレは香だ……なんだってんだ?」

 

「……奴の言葉通りだ。あれは肉体こそ別物だが、内包する魂は香のもの。なんらかの仕掛けが戦いの中で外れたということだろう」

 

「……苦しんでる……あれが香なら、僕は……」

 

「私、ずっと見てたの……表には中々出られなかったけど……パパのことも、ママのことも、志雄や鋼也を傷つけた時も、ちゃんと……」

 

「あ〜も〜、わっけわかんねえ! とにかく一度泣き止め香! 落ち着いたらゆっくり話聞くから」

 

「待っててくれ、香。すぐに──」

 

 とにかく香を取り戻す。そのために踏み込もうとした2人だったが。

 

 

 

 

 

 

「……とまあ、ほんの少し感動の再会を味わってもらったところで、どんでん返しといこうか!」

 

 罪爐が指を一つ鳴らしたと同時に、香の頰にヒビが入った。その亀裂はどんどん広がり、パラパラと香を構成する表面が剥がれ落ち、内に眠る灰色の本体が顕になる。

 

「なんだ、何を……?」

 

「人間というのは都合の悪いことをすぐに忘れる……まあそんなところも可愛らしいが。此奴は我がマラークに魂を上書きして造った人形。我の意思一つで本性に戻るのは当然であろう?」

 

 死した魂に本来の人格が残っていた。それはまさしく奇跡としか言いようがない。しかしそれでも、今ここにいる香がアンノウンであるという事実は変わらない。造られた外見が綻ぶと同時に香の魂も削り取られてしまう。やっと表に出てきた沢野香という存在が、異形の魂に塗りつぶされていく。

 

「……え? あれ? 私、私は……」

 

 助けを求めるように伸ばした右腕も、そのほとんどが異形の姿に変わっていた。残酷な現実に打ちひしがれながらも、片目が怪物のソレに変わってしまえば涙もまともに流せない。

 

「っ、テンメェェェッ‼︎」

 

「どこまで人の娘を弄べば気が済む、罪爐!」

 

「水の、足止めを」

 

「怒リハ最モダガナ、滅多ニ見レヌ光景ダ。モウ少シ待テ」

 

 精神的な陵辱と言ってもいい残虐な行いにキレた鋼也と哲馬だったが、踏み込む前に水の障壁に遮られた。容易には突破できない防御力がありながら、透き通った水膜の奥は綺麗に覗き込める。大切な少女が怪物に成り果てる様を見届けろと、罪爐はそう言っているのだ。

 

(ふざけた真似を……とにかくこの壁を吹き飛ばして──志雄?)

 

「……もういい……」

 

 陸人が壁を打ち壊す炎を収束させようとした隣で、志雄が静かに震えていた。怒りが沸点を超えて逆に冷静になっていた志雄は、障壁を突破するための準備をすでに終えている。

 

「──もういいだろっ‼︎」

『Boost up』

 

 残り数秒のECXEEDを解放。最大出力の突撃で障壁を突き破ったG3-Xは、憎き異形達には見向きもせず、苦しみ続ける少女に一直線に飛び込み──

 

 

 

(いいよ、やって──志雄)

 

「……ぅああああっ‼︎」

 

 振りかぶった右拳で、半ばまで変貌した香の胸を貫いた。

 

 

 

 

「っ、志雄⁉︎」

「………………」

 

「フム、そう来たか。やはり可愛らしいな、人間とは。愛する者を自らの手で滅ぼしてまで、醜いものを見たくないか……ならば、我も手伝って──」

 

「罪爐ぉぉぉぉっ‼︎」

 

 まだ横槍を入れようとする罪爐に、香の件に関して1番の部外者であるアギトが剣を向ける。

 

「悪趣味にも限度があるだろう! お前はっ!」

 

「全ク同意見ダガ、如何ニ醜悪デアロウトモ今ハ同志ナノデナ」

 

 両者の間に割り込んでカリバーを受け止めた水のエル。以前倒した時とは、明確に手応えが違う。ただ復活したわけではないというのは、陸人も一合で理解した。

 

「邪魔をするな、エルロード……また燃やされたいのか!」

 

「私ガ来タノハ其レガ理由ダ。貴様ヘノ借リヲ返ス為ニ……!」

 

「善哉善哉。エルロードも人間も、己が望むようにすると良い。それが巡り巡って我の絶望(ちから)となる」

 

「ここまで頭に来る敵も珍しい。流石悪感情の化身だな……罪爐っ‼︎」

 

 崩折れた香に駆け寄る鋼也達3人。アギトは最後の別れの時間を稼ぐべく、最上級の強敵2人に単独で果敢に挑み掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、はは……ゴメン、やっと話せたのに……もうお別れみたい……」

 

「……香……」

 

「そんな顔しないでよ、志雄……あなたは私を助けてくれただけ。本当にありがとう……辛いこと押し付けちゃってゴメンね?」

 

 アンノウンとしての肉体が死亡したことで、香の変貌は途中で停止。半人半魔といった容貌のまま、沢野香はニ度目の死を迎えることとなった。

 

「香、すまねぇ。俺は気づけなかった……お前がずっと中にいたこと、助けを求めてたこと……」

 

「気にしないでよ、鋼也の判断は正しい。私は怪物で、みんなの敵だった……最初からこうなるべきだったんだよ」

 

 誰よりも痛くて、辛くて、苦しいはずなのに。それでも香は笑顔を見せる。二度目はちゃんと別れが言えることに感謝していたから。彼らの眼に映る最後の自分には笑顔でいてほしかったから。

 

「パパ……」

 

「香……」

 

「パパは気づいてたんだよね? 私のこと」

 

「確信はなかったが、可能性は考えていた。本来のお前が内に眠っているのではないか、と……」

 

「っ! だったら、だったらなんで……!」

 

「いいの、鋼也。パパもママも分かってたんだよ……許されないことをしてるって」

 

「娘が戻るから辞めるなどと、言えるわけがない……それに、俺はすぐにまた会える。そう決まっていたからな」

 

「そっか。パパはもう走り切っちゃったんだね?」

 

「ああ。最後の仕事を終えれば、俺もすぐに行く。寂しい想いはさせん」

 

「分かった。待ってるね、パパ……2回も先立つ親不孝者で、ごめんなさい」

 

「何を謝ることがある。今も昔も、香は俺と雪美の……自慢の娘だよ」

 

 2人だけで通じ合う親子の会話についていけない志雄と鋼也に、香がゆっくりと腕を伸ばす。

 

「志雄……鋼也……2人には、本当に辛い想いをさせちゃったね……謝って済むことじゃないけど、本当にごめんなさい」

 

 泣き笑いのようなグシャグシャの顔で謝罪する香。志雄も鋼也も、そんな幼馴染の手を縋るように握りしめて首を横に降る。本当は2人とも分かっているのに。別れが避けられないことも、これが今度こそ今生の別れになることも。

 

「何を謝ってんだ馬鹿ヤロー。香は何一つ悪いことなんざしてねえだろうがよ……!」

 

「その通りだ。弱気になるなんてらしくない、やっと会えたんだぞ? 亜耶だって、他のみんなだって香と話したいことはたくさん……」

 

「ふふ、相変わらず優しいなあ……ねえ、2人は幸せだった? 私と出会って、私と過ごして……楽しかった? 会えて良かったと思ってくれてる?」

 

「……当然だ、君がいたから僕達は……!」

 

「分かり切ったこと聞くなよ……香がいたから、今の俺たちがあるんじゃねえか」

 

「そっか……良かった」

 

 その言葉に最後の心の支えが取れたのか、脱力した香の身体が仄かに光を灯して消えていく。魂も肉体も散々に弄ばれた香には、土に還るという人間の当たり前すらも許されていなかった。

 

「香っ!」

 

「いくな……いくなよ!」

 

「志雄……鋼也……」

 

 最後の力を振り絞り、消えかけの香が震える声で囁いた。

 

 

 

 

「私のこと……もうニ度と……思い出さないでね……」

 

 

 

 

 

 その言葉を最後に、沢野香の魂を宿したマガイモノは淡い光の粒子となって、天へと消えていった。一瞬前までその身体を抱きかかえていた2人の腕は虚しく空を切り、彼女がそこにいた証は何一つとして残らなかった。

 

(僕はまた……守れなかった)

 

(思い出すなって……最後の最後でそれかよ、香……!)

 

(よく頑張った……親として誇りに思うぞ、香)

 

 拭うことも忘れて涙を流し続ける志雄。ヒビが入るほどに強く地面を殴りつけて感情を放出する鋼也。瞳を閉じて静かに娘を想う哲馬。

 三者三様の在り方で自分の感情と向き合っていた3人の静寂を破るように、アギトが吹き飛ばされて突っ込んできた。

 

「ガッ、ハッ……!」

 

「っ、陸人!」

 

「済まない、俺1人じゃこいつらの相手は無理そうだ……!」

 

 ただでさえここまでの戦いでボロボロの陸人。1人での時間稼ぎは既に限界を迎えていた。

 

「こっちこそすまねえ……もう大丈夫だ」

 

「本当に、いいのか?」

 

「ああ。今はただ、奴らを殴りたくてしょうがない……哲馬さん、あなたはどうする?」

 

「思うところはあるだろうが、この場は帯同させてもらう。事を起こす以上覚悟はしていたが、それと娘をいいように弄ばれるのは別の話だ」

 

 怒りを隠そうともしない3人が再び変身する。これで状況は4対2。人類側の有利のはずだが、不思議なことに誰1人として自分達が優位に立っているとは思えなかった。

 

「先刻まで拳を交えた間柄がもう共闘か? 昔も今も、人間の面の皮の厚さには感心してしまうな。厚顔無恥と言うのだったか?」

 

「貴様に、恥の有り無しを問われる筋合いはない!」

 

 一足で罪爐の懐に飛び込むアナザーアギト。振り抜いた拳は、またしても目の前で静止した。罪爐もまるで気にした様子もなく指で小突いてアナザーアギトを吹き飛ばす。

 その隙に左右から飛びかかったギルスとG3-Xも同様に、攻撃の寸前で見えない力に縫いとめられて弾き返された。これでは戦いにすらなっていない。

 

「くっそ、どうなってやがんだアイツ⁉︎」

 

「奴は周辺一帯に己の力を充満させて自分の領域を作っている。それがあのデタラメな能力のタネで、あの穢れの化身が神樹の目前でも平気で動いていられる理由だ」

 

 大社制圧に際して、罪爐は本部全域を自身の領域とすることで職員の支配をスムーズにした。流石に神樹が自身の身を守るために張っている最上級の結界内部までは作用していないが、それ以外の大社本部は全て罪爐の支配下にある。

 

「そうか、それで……ここに来てからつながりが悪いと思った」

 

 そしてこの結界はアギトに対する妨害としても効果を発揮する。世界と繋がって無限に進化するアギトだが、ある領域を超えるにはその度に天の光を浴びて世界の認証を受けなくてはならない。アギトと世界のリンクを切断してしまえばシャイニングフォームは使えない。

 全てをひっくり返す可能性を持つ奇跡の火種は、戦いが始まる前に潰されていたのだ。空を覆い尽くす黒い雲はその具現化。全てを照らす輝き無くして、絶対的な闇の集合体に勝つ術はない。

 

「そういうことだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()、せっかく会えたのだ。この場で全員ご退場願おうか」

 

 罪爐が持つ三叉槍に破壊の力が収束していく。迸る力はアギトやエルロードを凌駕していた。

 

「マズい……!」

 

「そうら、弾けろ!」

 

 黒い光の奔流が迫り、アギト達をかばって前に出たアナザーアギトの胸に直撃、爆散。外壁に開いた大穴から、アナザーアギトが落下していった。

 

「哲馬さん!」

 

「ヤバイぞ……!」

 

「まずは1人……」

 

「クッソ、これ以上やらせるか!」

 

「貴様ノ相手ハ私ダ、アギト!」

 

 混迷極まる戦場には、落ちていった戦士の身を案じる余裕すらない。暴れ狂う水流と不可視の圧力に翻弄され、仮面ライダー達は徐々に、だが確実に追い詰められていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相当な高さから落下した哲馬は、変身も解除されて意識を失っていた。

 

 ──力が欲しいか?──

 

(……ああ、これは……)

 

 ──力が欲しくば、我の声に従え。こちらに来い──

 

(そうだ。俺は頭に響くこの声に導かれて、奴らと出会った)

 

 娘を失い、失意のまま大社を離れて抜け殻のように生きていた哲馬の胸に直接響いた問いかけ。それに引き寄せられて壁の外に出た彼が出会ったのは、仇敵と教えられてきた天の神。異界の神と名乗るテオス。そしてこの世の醜悪を全て1つにまとめたかのような濃く強い黒の塊、罪爐。

 そこで自分の内にアギトの力が秘められていること、大社がやってきたことは全くの無意味であったことを思い知った哲馬は汚れを受けた。世界を呪い、半ば自暴自棄になって自分の手で人類に引導を渡してやろうとさえ一度は考えていた。しかし……

 

 ──本当にそれで良いのか? 貴様はまだ、隠された真実に辿り着いていないというのに──

 

「あなたが本当にそうしたいのなら私は手伝う。でも話を聞く限り、少し向こうに都合が良すぎるように思うのだけど」

 

 罪爐とは異なる声に引き止められ、傍の雪美の説得もあり、改めて与えられた情報とこれまでの事実を精査してみた。時に大社の秘匿情報も抜き取って、強引に世界の真実にまで到達した。

 

(何のことはない。娘の命を奪った事故、あれもまた罪爐が引き起こしたことだったのだ)

 

 何故タイミングよく娘を失った直後の哲馬にコンタクトしてきたのか。何故哲馬の身体にアギトの力が移ったのか。全ては罪爐が裏で手を引いていたからだ。神樹が用意した人類の守護者を、自分たちの側で利用する駒とするために。

 

 それを知った哲馬はあらゆる手で罪爐に対抗する道を探した。

 自らを実験台にして、雪美と共に穢れへの対抗手段を開発した。侵攻のための戦力集めと嘯いて、大社内にいる罪爐の手がかかった人員の炙り出しも行った。弱点を探るべく、穢れを積極的に引き受けて自分の属性を罪爐に近づけるという無茶も犯した。

 

「あなた達がパパとママ? だよね?」

 

 そんな中、罪爐が寄越してきた香を模した人形。その顔を見た時の感情はとても一言では言い表せない。

 また出会えた歓喜。これほど似ていても本人ではない悲嘆。命と思い出を弄ぶ罪爐への憎悪。そんな複雑な心境は、日に日に香らしさが増していく彼女を見ていく内に更に複雑化していった。

 

「アレが香なのでは……そんな風に思うことが増えてきた」

 

「私もそうね。だけど、もう決めたのでしょう?」

 

「ああ、分かっている」

 

 そして哲馬は1つ賭けをした。自分を引き止めた存在を相手に、人類全てをベットした大きな賭けだ。

 

(彼らが……次の時代を切り開く若き勇者達が俺達の試練を乗り越えた暁には、人類に生き残る価値アリとみなして協力する。思えば、こんな無茶な賭けによく乗ってくれたものだ)

 

 哲馬は自分の命も賭けの道具として使い潰す覚悟で挑んだ。賭けの条件はあくまで全力で潰しにかかること。罪爐の呪いに侵されていたせいで、気を抜けば本懐を忘れて破壊衝動に呑まれかけたこともあった。

 それでも、雪美の特効薬と元来の精神力で穢れに抵抗し続けた。表面上は従うフリをしながら、敵の策の裏で自分達の思惑を推し進めてきた。

 

(彼らは俺達を乗り越えてみせた。大社内部の病巣も全て炙り出せた。あとは……)

 

 罪爐本体が出張ってきたのは予定外だったが、逆にこの場を乗り切ればかなりの時間を稼げるチャンスでもある。そのために今できることを……沢野哲馬は、娘が命を懸けたこの世界に変わらない明日を求めていた。

 

(逆転の鍵は御咲陸人……この結界さえ破れれば、勝機はあるはずだ)

 

 倒れたまま紋を描く。罪爐に一矢報いるために磨き上げてきた独自の業……結界破りの紋章に力を注ぎ込んでいく。

 

 ──パパは、私がお役目を果たしたら……褒めてくれる?──

 

 ──この前の試験で1番だったの! さすがパパの娘だって──

 

 ──私が頑張って、パパとママの頑張りを形にできる。それがすごく嬉しいの──

 

 その短い人生の中、過ぎるくらいに良い子として生きてくれた最愛の娘。

 

 ──久しぶり、っていうか初めましての方が良いのかな? パパとママで合ってるよね?──

 

 ──相変わらずパパは根を詰めすぎだよ、ママが心配するよ?──

 

 ──2回も先立つ親不孝者で、ごめんなさい──

 

 理不尽な運命に振り回されて、それでも必死に沢野香であり続けた自慢の娘。

 

「娘を二度も奪われて、黙っていられる親がいるものか……!」

 

 怒りに震える拳を地面に叩きつける。哲馬の身体に隠れる程度のサイズだった紋章が、本部の敷地一帯を覆い尽くすほどの大きさまで展開されていく。これが最後の切り札だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水流と雑兵を操る水のエル。空間そのものを支配する罪爐。制圧力に長けた2人を相手に、消耗しきったライダー達は完全に押さえ込まれていた。

 

「ふむ、こうして実際に打ち合ってみると上から見ていたほどではないな。拍子抜けとしか──む?」

 

 両手を広げて余裕を見せる罪爐が何かに気づいた。脱落させたつもりだった哲馬が、人間らしい泥臭さで抵抗を続けている。罪爐からすれば赤子の児戯に等しい悪あがきだ。

 

「頑張るものよ。可愛らしいが……水の!」

 

「顎デ使ッテクレル……全ク」

 

 水のエルが再生怪人の種を撒き散らす。本庁舎の下で紋を描く哲馬を囲むようにアンノウンが展開された。立ち上がる力さえも術に注いでいる今の哲馬に対抗する手段はない。

 

「鋼也、志雄! 行ってくれ!」

 

「はぁ⁉︎ マジで言ってんのか陸人」

 

「僕らが抜けたら、この場をどうする気だ?」

 

 2人の反論も最もだ。哲馬を守るにしても、1人向かわせればいい話のはず。しかし敵はエルロード、その気になれば無から一軍を生み出せる超越者だ。

 

「ヤツはその気になればいくらでも兵隊を呼び出せる。隙を抜かれたら終わりだ」

 

「けどよ……」

 

「こっちはなんとかする。それより今は哲馬さんだ……あの人は何か狙ってる、きっと逆転手を握ってるんだ。それを守るためにも、2人は……」

 

 人を守る際には細やかに気を配る癖に、自分のこととなると"なんとかする"という雑すぎる一言で済ませるあたりが陸人の陸人たる所以。そして実際になんとかしてきたのが御咲陸人だ。

 

「……分かった、間違っても死ぬなよ」

 

「あーもう、すぐに済ませるぜ志雄!」

 

 陸人を説得するよりも手早く片付けた方が早い。そう結論づけた2人が飛び降りて行く。4対2で苦戦していた戦場で、まさかの1対2にまで数が減ってしまった。

 

「何を考えているのやら……よもや汝、自殺志願者か?」

 

「フン、お前達のような卑怯者、俺1人で十分なんだよ」

 

 誰でも分かる強がりだったが、強がれなくなったらそれこそ終わりだ。両刃に爆炎を灯し、裂帛の気合と共に斬りかかる。

 

「本当ニ無駄ナ事ガ好キナノダナ、貴様ハ」

 

 斬り裂いた筈の敵の姿が雫と散っていった。水のエルの特性、液状化で必殺の刃を回避されたアギトは、一瞬で瀑布に呑まれて身動きを封じられてしまった。

 

(不味い、この水の中は……!)

 

「水のの力を我の術で補強している。その中ではアギトの焔も使えんぞ」

 

「漸ク捕マエタ……散々邪魔シテクレタ羽虫ヲ」

 

 球状に固められた水の檻に囚われたアギト。剣も振るえず炎も出せない。文字通り手も足も出せなくなった英雄を前に、罪爐が舌なめずりするように顔を近づける。

 

「随分と弱っているな。今なら、試してみるのも面白いか?」

 

「何ヲスル気ダ?」

 

「此奴は人類にあるまじき強靭な魂を持っている。そのせいで我は精神支配はおろか、直接因果をいじくって殺すことすらできなかった……が、この至近距離で消耗しきった今の状態なら、我の(いろ)で塗りつぶせるかもしれん。こんな風に、な」

 

 アギトの角を掴んで強引に引き寄せた罪爐が、額を合わせて漆黒の影を流し込む。それはいわば罪爐そのもの。人類が長い歴史をかけて溜め込んできた悪感情の集合体。人を穢して世界を歪める呪いの力が陸人の身を直接蝕んでいく。

 

「カッ……ぅ……ギィッ!……何を、した……!」

 

「これでアギトを我が駒にできれば都合が良い。このまま潰えるならそれはそれで良し。楽しませてもらうぞ?」

 

「……ふ、ざ、け……やがっ、て……!」

 

 必死の抵抗も虚しく、アギトの身体は水の檻に囚われたまま、陸人の意識は闇に堕ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(参ったな。すごい勢いで肉体と精神が引き離されていく……このままじゃ戻れなくなるぞ)

 

自身の精神世界に引き込まれた陸人。罪爐の穢れに呑み込まれて肉体と精神の乖離が進んでしまう。戻れなくなってしまえば、自我を失って敵の操り人形に落とされてしまうのは間違いない。

 

(知らない景色が流れ込んでくる……これは、罪爐が見せているのか)

 

 押し寄せる闇の狭間に、見たこともない記憶が垣間見える。

 神々の威光。砕け散る世界。蘇る闇。殺されていくリントに殺すグロンギ。そんな地獄を切り拓く一筋の光明、クウガの姿。

 

(これが世界の歴史……あのクウガ……そうだ、俺は……俺も、あの姿に……)

 

 やがて飛び込んでくる景色の時代が移り変わり、今の街並みに近い光景が映る。西暦を終わらせた戦乱の時代だ。

 

(空を覆う星屑……それに抗っているのは……あの子達は、どこかで……)

 

「戦闘終了、だな」

「楽勝楽勝! もうタマ達無敵じゃないか?」

「もう、そんな油断してると怪我するよ?」

「でも確かに今回は楽な戦いだったね。数も少なかったし」

「……偵察、時間稼ぎ、色々考えられるけど……」

「バット、考え過ぎるのも良くないわ。ここで悩んでもアンサーが出ることじゃないでしょうし」

「そうですね。ひとまずはみなさんお疲れ様でした。みなさんのおかげで今日も四国は平和です」

「戻ったらお昼にしようか。ちょうどいい時間だし」

 

 刀を抜き放つ少女。盾を投げる少女。矢を放つ少女。拳を握る少女。鎌で斬り刻む少女。鞭を振るう少女。そんな勇者達に寄り添う、2人の少女。

 

(この時代の勇者と巫女……そして、あそこにいるのは……!)

 

「みんな、お疲れ様。怪我してない?」

 

 そんな8人の集まりに合流したクウガ。先達の戦士の仮面の奥にいたのは──

 

「こちらは問題ない。()()こそ大丈夫か?」

 

「ああ。こっちも大した数じゃなかったよ」

 

 自分と同じ顔、同じ声。御咲陸人は伍代陸人の顔を初めて目にした。

 

(そうか……そういうことか……!)

 

 急速に浮かんでくるかつての記憶。大切な仲間、護るべき世界、そのために彼は──

 

 

 

 ──……と……陸人……陸人!──

 

 精神世界を黒く染める罪爐の闇を切り裂く青い翼。どこかくぐもった懐かしい声に導かれて、陸人は記憶の波から抜け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむふむ、深いところまで堕とすことはできたようだが……ん?」

 

 沈黙を続けるアギトを呑気に眺めていた罪爐だったが、ここに来て少しだけ余裕の皮が崩れた。自身が前もって仕組んだ結界が綻び始めたからだ。

 下を見ると、哲馬の紋章術が想定以上の規模で展開していた。火事場の馬鹿力というものを侮っていた罪爐は、それでもまだ決定的な危機感は感じていなかった。

 

「水の、直接行ってくれ。アギトは我が見ておこう」

 

「私ハ貴様ノ小間使イデハ無イガ……」

 

「良いではないか、テオスにも我に従うように命じられているのだろう?」

 

「全ク……」

 

 忌々しげに飛び降りた水のエル。哲馬の息の根を確実に止めるべく、水の刃を複数展開、投擲する。

 

「させっかよ!」

「邪魔をするな!」

 

「篠原……国土……」

 

 哲馬の護衛についたギルスとG3-Xが全ての刃を叩き落とす。それぞれ思うところはあるが、今は目の前の敵に勝つために。

 

「成程、貴様等ヲ突破シテトドメヲ刺スノハ確カニ手間ダナ」

 

 小さく呟いた水のエルが槍を一振り。すると目の前にいたはずのエルロードの身体が雫と消えた。

 

「っ⁉︎ どこに──」

 

「──ナラバ、スリ抜ケテシマエバ良イダケノ話ダ」

 

 目を離した一瞬で肉体を再構成。倒れ伏したまま紋を描いていた哲馬の腹部を長斧で貫き、先端に引っかけるようにしてその身体を高く掲げてみせた。これで終わりだと、そちらの切り札は不発に終わったと知らしめるように。

 

「哲馬さん!」

「──ちっくしょうがぁ!」

 

 激昂して飛びかかろうとした2人を、割り込んできた再生アンノウンが制する。人知を超越した水の天使を相手に、ギルスとG3-Xは完全に出し抜かれてしまった。

 

「沢野哲馬、ダッタカ。貴様ノ立場ハ哀レニ思ウガ、運ガ無カッタト諦メテ冥府ニ落チヨ」

 

「……く、くく……何を勘違いしている? まさか、勝ったつもりでいるのか?」

 

 絶望の表情を拝もうとしていた水のエルだったが、予想に反して哲馬の口からは嘲るような笑い声。沢野哲馬は逆に勝利を確信した笑みを浮かべていた。

 

「一手遅かったな……既に仕込みは完了した……!」

 

 足元の紋章が光り輝く。空間全体を支配する結界。それを打ち破るべく空間に働きかける結界破りの紋章術。2つの神秘がぶつかり合い、一帯の空気そのものが激しく軋む。

 

「コレハ……コレ程ノ……!」

 

「隙ありだ、クジラ野郎!」

「いつまで人をぶら下げているつもりだ!」

 

 雑兵を蹴散らした2人のライダーが左右から攻める。隙を突かれた水のエルは、穂先に捕らえていた哲馬を放って離脱した。

 

「哲馬さん!」

「大丈夫かよオイ? 思いっきりブチ抜かれてたぞ」

 

「問題ない、血は止めてある……それよりここからだ。この場の支配を取り返すぞ」

 

 何もないはずの空間にヒビが広がっていく。罪爐が支配してきた領域が、少しずつ壊されていく証だ。

 

 それを上階から眺めていた罪爐は、想定外の速度で支配権を奪還されてしまっている事実に疑問を抱いた。

 

(いくら力を注いだところで、奴如きが我の結界を破れるはずがない……この感触、外から干渉を受けているな)

 

 罪爐に通用するレベルの神聖を扱える存在は、今の世界にそうはいない。結界内部にいるアギトと神樹以外で考えられる候補は二つ。そこから敵対する可能性がない者を除けば、消去法で一つに絞られる。

 

「なるほど、ここにきて我を出し抜こうという腹か。なかなかの演技派ではないか」

 

 何かに納得した様子の罪爐が楽しげに頷く。次の瞬間──

 

 ──カシャン、というガラス細工が壊れたような小さな破壊音が空間に響いた。

 

「……オオオオアアアアアッ‼︎」

 

「──チッ、ここまでか……!」

 

 それと同時に、罪爐の支配下にあったアギトの意識が浮上。水のエルが離れて拘束力が弱まった水の檻を打ち破り、罪爐を殴って諸共に落下。これで全員が再び同じ戦場に合流した。

 

 

 

 

「ハッ、ハッ……これで、条件はイーブンだな」

 

「哲馬さん、あなたの身体は……」

 

「自分のことは自分が1番分かっている。何も言うな」

 

「……了解」

 

 再合流した陸人と哲馬が言葉を交わす。人の域を超越した陸人から見て、同類たる哲馬の状態は一目で把握できた。

 

「それよりも、見ろ……空に光が戻ったぞ」

 

 二本の足で立つのもやっとな有様の哲馬が上を指差す。本部に突入してからご無沙汰だった太陽だったが、ようやく雲の切れ間からその姿を現していた。

 

「行くぞ。これ以上奴等が好き勝手しているのは……我慢ならん!」

 

「同感です。あのお高く伸びまくった天狗の鼻、叩き折ってやる……!」

 

 並び立つは2人のアギト。互いにこの世で唯一の、正しい意味での同類の存在。

 

「──変身っ!──」

 

「……変身……!」

 

 取り戻した世界との繋がりを駆使して到達した、アギト・シャイニングフォーム。

 最後の力を振り絞って変身した勇猛たる戦士、アナザーアギト。

 

「さあ、お膳立ては完了だ!」

 

「こっからは、大逆転の時間だぜ……!」

 

 2人に並び立つ勇者、ギルスとG3-X。四者四様の仮面の戦士が、今ここに肩を並べて顕現した。

 

「随分調子ニ乗ッテイルヨウダナ。人間ノ延長上デシカ無イ儚キ者達ヨ」

 

「これ以上そちらに付き合う理由はないのだがな。そう張り切られては相手をしなくては失礼にあたるか」

 

「もうこれ以上口を開くな……雪美の悲しみ、香の痛み、この俺の怒り……全てまとめて返させてもらうぞ!」

 

「こうなったらこっちのもんだ! 行くぜ……()()()()()()()()()‼︎」

 

 かつての自分と最強の力を取り戻した英雄が、同胞と共に最悪の魔王に立ち向かう。

 

 お伽話のような決戦の勝者は、光か闇か──

 

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと分かりづらくなったかもしれないので解説。

〜沢野哲馬の軌跡〜

①香の死後、大社を離脱して罪爐達と出会う。敵側に都合良く改撰された世界の真実を教えられる。

②穢れを取り込み、アナザーアギトとして覚醒。罪爐の意思に呑まれたこともあり、世界の破壊を目論む。

③とある存在と妻である雪美に引き止められて正気を取り戻し、独自に世界の真実に辿り着く。同時に、香の事故が罪爐の因果律制御のせいで起きたことにも気付く。

④罪爐の裏をかいて反逆することを決意。穢れ対策も行いながら作戦を立てる。この時点で人形の香とも出会っていたが、悩みながらも準備を進めた。

⑤大社の裏切り者候補の炙り出しと、とある存在を味方につけるための賭け、そしてライダー達を鍛える意味も兼ねて作戦を決行。

とある存在、というのは次回か次次回あたりで明記します。まあこの時点で分かるかもしれませんが。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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『勇者』たちの子守唄(ララバイ)

 
予定外に長引いてしまいました。
またたきの章、これにてピリオドでございます。
 


 陸人の精神世界に飛び込んできた青い翼。以前にも神樹の導きで出会った存在、その正体に今の陸人は見当がついていた。

 

 ──陸人、こちらを見てくれ。私の声が聞こえるか?──

 

「ああ、大丈夫。こんな状態で意識、って言葉が正しいかは分かんないけど、意識ははっきりしてるよ」

 

 ──そうか。私がここまで来れたということは、罪爐の支配が弱まった証拠だ。今なら──

 

「身体に戻って戦線復帰できる、か。急がないとだね」

 

 翼に導かれ、自分の身体に戻る道を進む精神体の陸人。神樹の遣いのような存在が助けに来れたということは、哲馬が罪爐の結界を破ってくれたということだろう。ここまでお膳立てされた以上、なんとしても勝たなくてはならない。決意を新たにした陸人の視界に光が広がる。

 

 ──あの奥に進めば戻れるはずだ。悪いが、私はこの先は付き添えない。行ってくれ──

 

「分かった。また助けてくれたんだね、ありがとう!」

 

 止まった翼を追い抜いて前へ進む陸人。出口の一歩手前で思い出したように立ち止まって振り返る。

 

「前に助けてくれた時に話したよな。次に会う時に思い出しておくって」

 

 ──陸人……お前は──

 

「ギリギリだったけど、その約束守れたよ。必ずまた会おう……()()()()()

 

 時間がなさすぎたため、それ以上言葉を交わすこともできずに2人は別れた。残された翼は嬉しさ半分、悲しさ半分といった複雑な心境を声に乗せて小さく呟いた。

 

 ──思い出したか、陸人……思い出してしまったなら、いよいよ限界ということだな──

 

 人に説明されても定着しなかった記憶が戻ったこと。これが何を意味するかを知っている翼にとって、手放しで喜べる事態ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アクション映画でもあり得ないほどに、今日の大社本部は爆発に見舞われている。罪爐の槍が一つ振るわれるごとに、放たれた光球が周囲を焼き払う。体力もエネルギーも気力も残弾も尽きかけているライダー達は、爆風に煽られながら近づくこともできていない。

 

「大見得切ってそのザマか? 結界を破ったからとてここで死んでは意味がないぞ!」

 

 高らかな笑い声をあげて破壊を撒き散らす罪爐。バラバラに攻め込んでは全滅必至ということは誰の目にも明らかだった。絶対的な防御手段である闇のオーラこそ結界と共に消失しているが、その分を弾幕で補っている。

 

「志雄、オッサン! このままじゃジリ貧だぞ」

 

「分かってる! 哲馬さん、合わせてもらえますか?」

 

「……構わないが、出来るかはまた別の話だぞ。お前達と組むのはこれが初めてだ」

 

「問題ありません。隙を作るのは僕と鋼也でやります。哲馬さんにはトドメを任せたい」

 

「シメの一手のタイミングを待っててくれりゃいいさ。俺と志雄なら必ずやれる」

 

 下手に不慣れな人員を連携に混ぜるくらいなら分担をはっきりさせた方がいい。彼らはそれだけ、ギルスとG3-X2人の連携に自信を持っていた。

 

「承知した……頼むぞ、お前達」

 

「任せとけって。アンタが仕込んだ弟子の実力、確かめてみろよ」

 

「僕らは全員長期戦に耐えられるコンディションじゃない……波状攻撃で確実に決めるぞ!」

 

 言うが早いか、G3-Xはケルベロスを携えて爆風の嵐に飛び込んでいった。絶え間なく射出される光球を撃ち落としながら距離を詰める。防御を考えていない無謀な特攻。一見すると追い込まれてヤケになっているとしか思えないが……

 

「ガムシャラになって勝てるほど、我は甘くないぞ?」

 

 呆れたように槍の先端を向ける罪爐。これまでは広範囲にばら撒いていた光球をG3-Xにまとめて撃ち出した。

 

「ッ、うおおおおおっ‼︎」

 

 残弾全て撃ち尽くす勢いで迎撃するも、全てを落とすには及ばず、G3-Xの身体が爆発に消えた──彼らの狙い通りに。

 

「引っかかったな、バァァカ!」

 

 爆風の奥から跳び上がる影。G3-Xの腰にスティンガーを巻きつけていたギルスが、触手を巻き取って高速で前進。仲間の影から一気に距離を詰めて飛び出した。

 

「これだから小物は……気配が小さくて見つけにくい!」

 

「どうした大将? 挑発が安いぜ!」

 

 光球で迎撃するには距離が近すぎる。別の迎撃態勢に移る一瞬の隙をついてギルスのスティンガーが蠢く。首、肩、手首、股関節、足首といった挙動に必要な関節に絡みついて全ての動きを封殺した。

 

確保(フィーッシュ)! ちょろいぜクソ野郎!」

 

(むぅ……この肉体では抜けられそうにないな)

 

 罪爐の後方に着地して、更に触手を引き絞るギルス。罪爐の肉体が軋む音が聞こえるほどにキツく激しく締め付けていく。

 

「志雄、今だ!」

 

「──離すなよ、鋼也!」

 

 煙を突っ切って駆けてきたG3-X。光球が命中する寸前、スティンガーで叩き落として直撃を避けていた銃手が、最大火力の武器を構える。

 

「賢しく密やかでせせこましい……ご苦労なことだな」

 

「なんとでも言え、お前はそんな小物に負けるんだ……GXランチャー、発射(シュート)‼︎」

 

 撃った本人が後ずさる程の強烈な反動。大型のロケット弾頭を放つGXランチャーが、身動きできない罪爐の胸部に直撃した。

 

 

 

 

 

 

 G3-X最強の大火力を受けた罪爐が大きく吹き飛んでいく。スティンガーの拘束も解け、身体の調子を確かめるようにゆっくりと立ち上がる。

 

「この身体ではもう限界か……この場限りとは言え、もう少しいい物を誂えるべきだったな」

 

(あの結界はやりすぎだったな……気を抜きすぎるクセがついているぞ!)

 

 うまく動かない借り物の身体の調子を確かめていた罪爐は、静かに狙いを定めていた戦士の視線に気づかない。元々戦う存在ではない罪爐は、能力頼みな部分が多くあった。

 

「積年の恨み、この一撃に込めて!」

 

「おっ、と? これはマズイ──」

 

 恨み憎しみ怒り悲しみ、様々な情念を乗せたアナザーアギトの必殺技、アサルトキック。寸前で反応した罪爐が両手を前に出して障壁を展開。薄皮一枚といった状態のまま、障壁ごと罪爐の身体が押し出されていく。

 

「こ、の──!」

 

「汝に力を与えたのは我だ……その底は知れている!」

 

「フッ……人間を、舐めるなよ……!」

 

 地につけた両足が大地をえぐるほどの衝撃に耐えながら後退し続ける罪爐。本庁舎ビルにぶつかっても、90度転換して外壁を削りながら上昇する。あまりにも罪爐の踏ん張りが強く、アナザーアギトはいつまでもトドメを決めきれていない。

 

「コイツ、どこまでも……!」

 

「汝の力は把握している。それでは我は倒せない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水のエルが斧を振るい、数多の水流が押し寄せる。その全てを二刀で薙ぎ払いながら進むアギト。シャイニングフォームの力の前では、水のエルの能力は触れた端から打ち消されていく。

 

「馬鹿ナ、以前ヨリ更ニ強ク……⁉︎」

 

「温いんだよ、もらったぞ!」

 

 道が拓けた瞬間、光の速さで踏み込んで斬りつける。胴体を両断する軌道で振り抜かれた刃は、多量の水滴を斬るのみに終わった。

 

(ソレデモ、今ノ私ヲ傷付ケル事ハ誰ニモ……)

 

「面倒な奴だな、相変わらず」

 

 液状化を維持したまま飛翔する水のエル。それを追うアギトもトルネイダーを駆って空へ昇る。水と光の軌跡がぶつかり合い、美しい螺旋を描く。

 

「お前のような奴には、これが効く!」

 

 水のエルを抜いて上に行ったアギトが、太陽を背負って右腕を挙げる。陽光に神聖を込めて、不可避の異能が降り注ぐ。

 

(何ヲ…………ッ⁉︎ 身体ガ、固定サレテ……)

 

「お前の身体は『あくまで固体』……そう定義づけてしまえば、チョロチョロと目障りな液化は防げる」

 

 正しい使い方を思い出した今のシャイニングフォームは、存在としての格がエルロードを大幅に上回っている。世界そのものと接続して力を得るアギトなら、常世の条理を覆す超能力であろうとも、格下の力であればたやすく封じられる。記憶を取り戻した陸人は、神の一柱として働いていた経験も同時に思い出していた。

 

「コンナ事ガ……水ノ天使タル私ガ、一度ナラズ二度迄モ!」

 

「見下される気分はどうだい? エルロード!」

 

 液状化で逃げることもできなくなった水のエルを滅多打ちにするアギト。膂力でも超能力でも完全に上を行かれた以上、どうあがいても勝ち目はない。

 

 

 

 

「ナラバ、貴様等ノ弱点ヲ狙ウマデ……」

 

「何を……」

 

 正面勝負では勝てないことを悟った水のエルが、本庁舎に向けて己の水を向かわせる。狙う先は救護室、そこで今も甲斐甲斐しく園子の世話を焼く頑張り屋の巫女の少女。

 

「お前、まさか!」

 

「大局的勝利ヲ取ラセテモラウ!」

 

 戦う力のない人間を横から掻っ攫うような卑劣な手段。怒りと焦りからアギトの動きも鈍る。その隙を狙って水のエルが大技を構えた、その瞬間。

 

 

 

 

「恥知らずも大概にしろ……愚か者め」

 

 轟く雷鳴、煌めく雷光。

 またしても最高のタイミングで、当事者の誰もがマークを外していた乱入者が横入りしてきた。

 

 

 

 

 

「ッ⁉︎ 奴ハ……」

 

「またアイツか、何考えてるんだ?」

 

 雷をそのまま振りかざすような強烈な斬撃で、向かわせた水流が千々に斬り裂かれた。ビルの外壁に空いた大穴を覗くと、そこには特異な存在として独自行動を続けているカブト型のアンノウンが剣を握っていた。

 

「他者の戦いに割り込む気はなかったのだが。あまりにも醜いやり方をしていたのでな……邪魔をさせてもらうぞ」

 

「貴様、"マラーク"ノ一体デアリナガラ……!」

 

「その前に、俺は俺だ。誰が悪いかと言えば、俺の前で俺の流儀に沿わないことをした貴様が悪い」

 

 淡々と告げるカブト型の身に稲妻が迸る。次に同じことをしたら本体を粉砕すると、言外に警告している。

 

「罠を貼るのも策を練るのも一向に構わん。だがな……戦う力を持たず、戦士でもない者の命を戦いの中で利用することは絶対に認めない……!」

 

 その威風に押された水のエルは、返す言葉をなくしてしまった。カブト型もそんな天使を視界から外し、宿敵と認めた戦士にハッパをかける。

 

「……さて、アギトよ。思わず手を出してしまったが、本来はお前の役目だ。早く済ませろ」

 

「傍若無人も大概にしとけよ……まあ、さっきも含めて助かった」

 

 短く返して空中戦を再開するアギト。無粋な手を封じられた状況、最早水のエルにできることは何もない。

 

「私ガ負ケル……? 罪爐ノ能力マデ使ッテ、強クナッタトイウノニ……!」

 

 苦し紛れに再生アンノウンを生み出し、盾として逃げる時間を稼ごうとする水のエル。しかしそんなものが通用しないことは、彼自身薄々分かってはいたはずだ。

 

「そんな薄い壁で、俺は止められない!」

 

 紙切れのように一瞬でアンノウンを粉砕して突破するアギト。光の力の前に、半端な闇では立ち塞がることすらできはしない。

 

「お前が強くなったことは認めてやる……けどな、俺はお前達に合わせてやるほど悠長じゃない!」

 

 アギトの進化は止まらない。昨日より今日、さっきより今。記憶を取り戻した今の陸人は、先程までの彼よりも明確に強くなっている。

 

 

 

 

「何故ダ……何故、人間如キガ」

 

「今味わっている屈辱が、これまでお前が他者に押し付けてきたものだ……地獄に堕ちても忘れるなよ!」

 

 シャイニングカリバーを投擲してビルの際に追い詰めていく。同時にトルネイダーで真上に移動、必殺の構えを取って接近する。

 

「今度こそ終わらせてやる!」

 

 トルネイダーの落下の勢いを乗せて、右足に全てを込めた必殺の蹴り『シャイニングライダーブレイク』が水のエルの頭部を捉える。真上から叩き落とすように落下していく彼らの軌道上には、反対の軌道で上昇していくアナザーアギトと罪爐がいた。

 

 

 

 

 

「オオオオリャアアアアアッ‼︎」

 

「くらえぇぇぇっ‼︎」

 

 背中でぶつかり合う罪爐と水のエル。2人のアギトの必殺キックに挟まれて、逃げ場を失った衝撃が全て受け手の2人に降り注ぐ。

 

「コレガ人間……コレガ……」

 

(この場は、これで幕引きか)

 

 上下から押しつぶされた2人の身体は一瞬で爆散。その肉体はカケラも残さずに消滅した。

 背中合わせに着地した2人のアギトが見上げた先には、異様なほど真っ黒な爆煙が広がっていた。

 

 

 

 

 

「……やれたのか?」

 

「いや、エルロードはともかく……身体を壊した程度で死ぬような可愛げが奴にあれば、俺がとうに始末している」

 

 ──クク、分かっているではないか。そう、我は不滅。この時代に、呪いそのものである我を滅する手段は存在しない──

 

 脳に直接響くような悍ましい声。爆煙の向こうから漆黒の影が上昇していった。その影は、青く煌めく水の魂を絡め取っている。

 

「なるほど、それがお前の本体ってわけか……確かにそんな状態の奴を消す手はちょっと思いつかな──っと⁉︎」

 

 諦観と共に陸人が呟くと、横合いから轟音と共に稲光が立ち上って影をすり抜けていった。いつの間にか隣に降り立っていたカブト型が剣を振り上げて唐突に攻撃したのだ。

 

「確かに、俺の雷撃が素通りしたということは、物理や術式でどうにかできる相手ではなさそうだな」

 

「お前、いきなりぶっ放すなよ。新手かと思ったぞ」

 

 ──直接会うのは初めてか。汝もまた()()()()の1つ。期待しているぞ──

 

「……何の話だ」

 

 ──ここで全て語っては面白くなかろう。我はこうして傷1つ負っていない、まだ戦いは続くのだ……とはいえ、汝らに予想を覆されたのも事実。今日のところは我の負けとしておいてやろう。これ以上続けて、水のの魂をうっかり無くしてしまっても面倒だ──

 

「勝手なことを!」

 

 ──いいのか? 他に優先すべきことがあるのは、そちらも同じだと思うのだが──

 

「……なに?」

 

 罪爐の気配は哲馬の方を向いていた。限界まで力を行使し、生身で大きな傷を負っていた彼に。

 

 ──ではまた会おう……いや、沢野哲馬とはこれが今生の別れとなるか。特に感慨深くもないな──

 

「同感だ。さっさと失せろ……お前もまた、そう長い生ではないだろう。必ず彼らが、倒してくれる」

 

 ──終わらせてくれると言うのなら、それもまた楽しみだ。それではな──

 

 その言葉を最後に、上空の影と共に重苦しい気配は去っていった。水のエルの魂魄も、かなり弱っていたが完全には消えていない。結果としては仕留め損ねたということになるだろう。

 

 

 

 

 

 

「──ガフッ……グブッ、つぅ……さすがに、見抜かれて、いたか……」

 

 全員がひとまずの勝利に一息ついたタイミングで、血だまりができるほどの量の血を吐き出し、哲馬の身体が地面に崩れ落ちた。

 

「哲馬さん⁉︎」

「オイ、オッサン!」

 

 慌てて駆け寄るライダー達。これまで何故平気な顔で戦っていられたのか、不思議な程に今の哲馬の顔は血の気が引いていた。水のエルに刺された腹部からも多量の出血。アギトとしての肉体操作でギリギリ塞いでいた傷が完全に開いている。

 

「決着まで……よくもったものだ……」

 

「しゃべんな! ジッとしとけ!」

 

「すぐに救護が来ます、意識をしっかり保ってください!」

 

「無駄だ……この傷はあくまできっかけ……俺の身体はもう限界を超えている」

 

 本来の資格者ではない立場でありながら、陸人や鋼也にも引けを取らない段階までアギトの力を引き出していた哲馬。その反動として、適合できていない肉体は磨耗しきって、生命力は枯れ果てていた。

 本来はギルスとの戦闘を終えた時点で倒れてしまいそうな程に消耗していた。罪爐への怒りで無理やり意識を保っていたに過ぎない。

 

「僕は……香も助けられず、哲馬さんも……!」

 

「ざっけんなよ……認められるかよ、そんな結末!」

 

「お前達に、非はない……せめて、この哀れな姿を教訓としておけ……これまでが恵まれていただけ。戦いというのは、本来こういう終わりを迎えるものだ……」

 

「哲馬さん……何か、言うことはありますか?」

 

 鋼也と志雄は、香のこともあって錯乱しかかっている。2人に代わり、人の死に関して慣れがある陸人が今際の言葉を拾い上げようとする。

 

「まず、御咲には感謝を……雪美を救ってくれて、ありがとう……生き残ったのなら、その理由が必ずある……それを見つけろと、2人で見守っていると……そう伝えてくれ」

 

「……分かりました、必ず伝えます」

 

 結果的に1人残すことになってしまった妻への伝言を残す哲馬。続けて、最後の最後に師匠越えを果たしてくれた有望な弟子達に顔を向ける。

 

「国土……娘を解放してくれたこと、礼を言う」

 

「いえ……僕は何もできなかった……今回も、あの時も、すぐそこにいたのに……!」

 

「俺はあの時、覚悟はしていたにも関わらず、あと一歩踏み出せなかった……香を楽にしてやるために決断してくれたお前のおかげで、あの子の最後は穏やかだったはずだ……あの時とは違うと、あの子の父が保障しよう」

 

「……あなたがそう言うのなら、僕も、そう信じてみます」

 

 瞳を閉じて俯く志雄。泣いているのは傍目でも分かるが、それでも顔を隠し、拭うこともしない。自分に後を託そうという人の前で、泣き顔を見せることは志雄自身が許せなかった。

 

「篠原……ギルスの力は、まだまだ進化の余地がある……全てはお前の心次第だ……」

 

「オッサン……」

 

「過去を乗り越え、今と向き合うだけでは足りない……どうありたいか、未来を見据えるのが、お前達若者の仕事だ」

 

「──ッ、痛ぇ……よし、その言葉刻んだぜ。絶対忘れねえ」

 

 泣きそうになる顔を両手で引っ叩いた鋼也。ここで涙は必要ない。師匠に認められたのは、強く曲がらずまっすぐな戦士である篠原鋼也なのだから。

 

 

 

「さて、言うべきことも伝えきれた……こんな愚かな生き方しかできなかった人間の終わりとしては、恵まれすぎているな……」

 

「哲馬さん……」

 

「あぁ……迎えに来てくれたのか……これからは、何の邪魔もなく香と共にいられる……やっと……やっ、と…………」

 

 薄く微笑みながら、哲馬の身体が脱力した。光が消えたその両眼には、最後の最後で彼にしか見えない誰かが映っていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 程なくして到着した事後処理要員が、唯一の死者と多数の重軽傷者を搬送。損壊した施設の処理等に取り掛かった。そんな中、陸人は1人で工廠地帯の裏、死角となるスペースに向かっていた。覚えのある気配が待っていたからだ。

 

「終わったようだな」

 

「ああ。完璧とは言い難いが決着はついた。癪だがアンタには感謝を──」

 

「不要だ。俺はただ、何の憂いもないお前と戦いたかっただけ。そのために早期解決を後押ししたに過ぎん」

 

「……だろうと思ったよ。なら、今ここでやるか?」

 

 ベルトを現出させて構える陸人に、カブト型は頭を振って背を向けた。見るからに傷だらけで消耗しきった今の陸人と拳を交えても、彼の望みは決して果たされない。

 

「万全でないアギトを倒しても意味がない。いずれまた、こちらから出向こう。その時こそ最後だ」

 

「分かった。今回の借りもある。1対1で勝負だ……()()()

 

「……! 思い出したのか、お前も」

 

「まだ整理がついてない、他人のアルバムを覗いてるみたいな違和感があるけどな……でも、これで俺はまた強くなれるはず。次は必ず勝負を受けると約束する」

 

「その言葉が聞けただけで、今日ここに来た甲斐があった……では、さらばだ」

 

 その言葉を最後に、稲光を残してカブト型……ゴ・ガドル・バは姿を消した。300年の時を超えて再び現世でぶつかることとなった2人。数奇に過ぎる運命の歯車は、時代を経てもなお陸人という少年を振り回し続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 検査と手当を終えて、廊下を歩く陸人、鋼也、志雄。あまりにも多くのことが起きすぎて整理がついていないのか、誰一人として口を開かない。

 周囲では職員達が忙しなく駆け回っている。哲馬達の狙い通り、大社内で罪爐に堕とされる危険がある人物の選別、隔離は完了した。しかし、それは同時に全体の3割程度しかいない残りの人員でやっていかなくてはならないということだ。

 ただでも激動の事件直後な上、人手も不足している。今後のことも考えると、頭が痛くなる光景だった。

 

「……みんな、大変そうだな」

 

「ああ、俺達もここにいると邪魔になりそうだ……帰るか」

 

 手当を受けている間も覇気がなかった志雄と鋼也。そんな2人を慮って、陸人は言うべきか悩んでいた言葉を伝えることを決めた。

 

「なぁ、2人とも。沢野香さんが最後に言っていた言葉、覚えてるよな?」

 

「あ? ああ、"二度と思い出さないで"……そう言ってたよ」

 

「きっと、僕達に気を遣ったんだ。自分のことを気に病まないようにと……」

 

「そうなのかもしれないな……でも、俺には違う意味に聞こえたよ」

 

「……?」

「なんだって?」

 

 戦いながらもその優れた聴覚で最後の言葉を聞き取っていた陸人。今際の際に残した言の葉に込められた想い。全くの他人だからこそ感じ取れた意味があった。

 

「"思い出さないで"っていうのは、"忘れて"って意味じゃないと思うんだ。それならストレートに言えばいい。あえて迂遠な言い方をしたのは、別の意味があったんじゃないかな」

 

「別の意味……」

 

「彼女のことを何も知らない人間の勝手な推測だけど……

 "思い出す"ってのは、一度忘れないとできないことだろう? だから"思い出さないで"って言葉は、転じて"忘れないで"、"ずっと覚えていてほしい"って意味になるんじゃないかと思うんだ」

 

「……! それは……」

 

「鋼也も志雄も、昔のことを乗り越えて強くなろうとしてた。それは決して間違いじゃないと思うけど、もしかしたら香さんは寂しかったんじゃないかな。だから昔のことだと割り切るんじゃなくて……忘れずに抱えたまま、それでも強くなってほしかった。

 でもそれを直球で言うのは躊躇われたから、ちょっと分かりにくい言葉になった……俺はそう聞こえたよ」

 

「あ……」

「……香が」

 

 そう言われると、香と付き合いが深い2人もしっくり来た。どこか陸人に似て、人に気を遣いすぎるところがあった彼女だ。死ぬ間際になっても本音をそのまま伝えられなかったというのは頷ける話だ。

 

「死者は何も語ってはくれない。俺の解釈は全くの見当違いかもしれない……でも、どうせなら先に逝った人達が向こうで安心してくれるような、そんな風に生きた方がいいと思うんだ」

 

 解釈はそれぞれに任せる、と伝えて陸人が出口に向かう。大事な約束がある。待っていてくれる人がいるのだ。

 

「陸人……園子のところか?」

 

「ああ。ギリギリだから急がないと」

 

「そっか、なら簡潔に……ありがとな、色々と。この礼は、いつかちゃんとさせてもらうからよ」

 

「僕からも感謝を。今の言葉で、自分のやるべきことを思い出せたよ」

 

「俺は大したことは言ってないさ。同じライダー同士、頑張っていこうぜ」

 

 サムズアップして去っていく陸人。同性同年代の仲間というのは、彼の生涯ではほとんどいなかった。同性で対等で遠慮がいらない、背中を預けられる同胞。その居心地の良さは、陸人にとって初めてのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天上の世界、神々の次元。消滅寸前の水のエルの魂魄を抱えて、罪爐が帰還した。

 

「よく戻りました。如何でしたか?」

 

 黒衣の青年の姿を模した異界の神、テオスが声を掛ける。罪爐は黒い影のまま蠢き、声だけを響かせて答える。

 

 ──第一の目的は首尾よく果たせた。実験台として、実に有用な結果を見届けることができた、有意義な時間であったよ──

 

「そうですか……では、彼らの方は?」

 

 ──ああ。実際に戦ってみて初めて分かることもあるな。なかなか愉快な者達だ。特に御咲陸人。あれなら一度神に打ち勝ったのも頷ける。だが、奴にはすでに楔を打ち込んである──

 

「楔、ですか。では次の狙いは彼ですか?」

 

 ──そうなるな。奴は自分の記憶が戻ったことが何を意味するかまでは思い至っていない。まあ無理もないがな、今頃降って湧いた記憶に混乱していることだろう──

 

「いくら彼でも内と外両面の問題を一度に相手するのは難しい、ということですね」

 

 ──ああ。天の神は力押しに拘りすぎて、最終的に奴の爆発力に押し負けた……そうだ、そうであった。天の神は何処に?──

 

「天の神は少し前にここを離れましたが……どうしました?」

 

 ──いやなに、少し尋ねねばならぬ事があってな。まあ急ぐことでもない。優先すべきは……やはり我の新たな身体の調達だな──

 

「以前から目星をつけていたあの身体を使いますか?」

 

 ──ふむ、そうだな……他にもあの地に必要な物を取りに行かねばならぬし、ちょうど良いか──

 

 罪爐は今回の戦闘、勝とうが負けようがどちらでも良かった。そのため次の段階に移るのも異様に早い。罪爐はあらゆるイレギュラーを想定して計画全体にかなりのゆとりを持たせている。人間を知り尽くした悪感情の集合体だからこそ、罪爐は良く理解しているのだ。

 

 人間の進化の余地も、感情1つで理屈や条理を覆す不安定さも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(もうすぐ約束の時間……でも、ついさっき落ち着いたばかりだし、やっぱり無理だよね〜)

 

 園子も検査と手当を終えて自室で休んでいた。時計が示す時刻は16時57分。約束の時間までは3分を切っていた。

 

「ううん、そんなこと考えちゃダメ……りくちーは私とかーやんも助けてくれたんだから〜」

 

 これ以上はワガママでしかない。事の顛末は園子も聞いている。今日1日で色々なことがあった。優しい彼が心を痛めていないはずがない。さらに自分まで甘えるのはキャパオーバーだろう。そう思っても、心のどこかで期待している自分がいる。園子はずっと抑えてきた自身の感情が制御できなくなってきたことを自覚した。

 

(ちょっと前まではもっと長い間ガマンしてきたのに……やっぱりりくちーのせいで私、変わっちゃったのかな〜?)

 

 彼と再会するまで、園子は2年間も孤独と戦ってきた。傍らに銀がいてくれたが、素顔で話せる時間などそうそうなく、かぐやもたまに顔を見せる程度が精一杯だった。それに比べれば約束が延期になるくらいなんてことない、はずなのに。

 

 1人悶々としていた園子の端末にメッセージが届いた。送信してきたのは親友である筆頭巫女、上里かぐや。

 

『愛されてるね、園子ちゃん。ちょっと羨ましいくらい。

 今日はありがとう。2人の時間、楽しんでください』

 

 その短い文面に首を傾げる園子。約束のことはかぐやも聞いていたが、愛されているというのは何のことだろう。また特有の霊力で何か感じ取ったのだろうか。

 

 とにかく返信しようと画面を開いた、その瞬間──

 

「園子ちゃん!」

 

 ──バァン、と彼らしくない乱暴な開け方で、部屋の扉が開かれた。

 

「りくちー……」

 

「ごめん、待たせちゃって……俺、遅刻したかな?」

 

 苦笑いしながら頭を掻く左腕には包帯。顔にはガーゼ。他にも至る所に傷や処置の跡が見える。

 髪は半乾きだし、シャツのボタンも掛け違えている。あれだけのことがあった後でも、女子の部屋にお邪魔するということで最低限身嗜みを整えようとして慌てたのだろう。

 

「園子ちゃんは……もう一生分"待つ"ってことをやってきたはずだから……君との約束だけは、遅れないようにって思ってたんだけど」

 

 息を切らせながら本音を零す陸人。疲れているせいか、普段なら口にはしないだろう内心がうっかり漏れ出ている。

 

(そっか……そんな風に思ってくれてたんだ)

 

 人並み以上に辛い経験をしてきた自覚はあったが、陸人やかぐやのように生まれつき普通じゃなかった人間を知っている園子は、自分が特別不幸だと思ったことはなかったのだが。

 

(りくちーは、私にだけ優しいわけじゃない……でも、少しくらい特別な存在になれてるって、自惚れちゃってもいいのかな〜?)

 

 どんな形にせよ、想い人が自分のことを特別に考えてくれていた。園子はそんな有り触れたことが、どうしようもなく嬉しかった。

 

 

 

 

「園子ちゃん?」

 

「ん〜んっ! だ〜いじょうぶ、りくちーはちゃんと間に合ってるよ。来てくれてありがと〜」

 

 

 

 16時59分56秒。御咲陸人は紙一重で、乃木園子との約束を守ることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事を終え、2人並んでベッドに腰掛ける。傷の言い訳が思いつかなかったこともあり、美森の顔を見るのが怖くなった陸人は一晩泊めてもらうことになった。

 自身の回復力に賭けた時間稼ぎ。終業式の学生が成績表を隠そうとするような幼稚な現実逃避でしかないが、園子から見ればそんな可愛げがあるのも陸人の良いところだ。

 

「さすが、園子ちゃんの部屋だね……いい匂いがするよ」

 

「そ、そっかな〜?……りくちー、ちょっと眠い?」

 

 乙女的にはなかなかビックリすることを言う陸人。疲労のせいで今の彼は言葉の取捨選択が正しくできていない。幼子のように思ったことを素直に喋っている状態だ。もともと感受性が強い上に物事を良い方向に受け取るタイプである陸人は、この状態になるとかなり照れ臭いセリフも平然と口にしてしまう。

 

「この匂い……俺が()()()になってすぐの時に感じた……だからずっと残ってるのか……」

 

「……えっ……えっ?」

 

 記憶の整理が完了していなかった段階で感じ取った、園子のスイレンの香り。御咲陸人にとって初めての匂いとも言える。だからこそ記憶が整理されても、戻ってからも変わらずにこの匂いは明確に感じ取ることができた。

 今日の戦いで真っ直ぐに園子の元に辿り着けたのも、実はスイレンの香りを追ってきたからだったりする。

 

「好きだなぁ……この匂い……」

 

「り、りくちー……もうやめて……って、ひゃっ?」

 

 こくりこくりと船を漕いでいた陸人だったが、とうとう完全に瞼が落ちて横に倒れる。狙いすましたかのように園子の膝の上に頭を落とした彼は、匂いの元を探るようにモゾモゾと頭を擦り付ける。

 

「そっか……これ、園子ちゃんの香り……だから、こんな、にも……」

 

「り、りくちー?……寝ちゃってる」

 

 小さな寝息が聞こえてくる。激動の1日を終えて、園子との約束も守れたことで限界を超えてしまったらしい。人前ではあまり隙を見せない彼らしくなく、完全に無防備な寝顔を晒している。

 

(……ド、ドキドキしちゃった……も〜、言うだけ言って寝ちゃうなんてズルイよりくちー)

 

 反射的にムッとしてしまったが、同時に少しだけ安堵もしていた。このまま陸人の本音垂れ流しが続けば、心臓が無事に済む自信が園子にはない。

 

(りくちーのバカ、アンポンタン、唐変木……も〜、も〜っ、も〜っ!)

 

 

 

 

 

 起こさないように細心の注意を払いつつ、うまく陸人をベッドに寝かせ直した園子。改めてその寝顔を見つめていると、自分の顔に熱が集中していくのを感じる。

 

(私は、やっぱり変わっちゃったんだ。りくちーのせいで……りくちーのおかげで)

 

 気取られないようにゆっくりとベッドに上がり、陸人の身体の上に四つん這いになって近づく。間近で見る彼の寝顔は、いつもより子供っぽい印象を受ける。誰からも頼られ、誰をも助ける大人びた少年の年相応な部分が垣間見えて、また一つ彼の好きなところが増えた。

 

(前よりも子供っぽくなって……前よりもワガママになって……前よりもちょっとだけ弱くなったかもしれない)

 

 高鳴る胸に手を当てて、改めて自分の感情を自覚する。かぐやと出会った時、須美と銀と友達になった時にもこんな風に感情が跳ね回ったのを覚えている。

 

(でも、そのおかげで今の私はすごく幸せだし、毎日が楽しみでたまらない……こんなにドキドキする感情も初めて知った)

 

 違うのは、息が切れそうなほどに動悸が激しくなること。顔の熱が引かないこと……そして相手にも、同じだけの気持ちを抱いてほしいと願っていること。

 

「……りくちー()、悪いんだからね……」

 

 唇が重なり、2人の吐息が1つになる。

 寝込みを狙う理由としてはあまりに稚拙な言い訳を口にしながら、園子は自分のはじめて(ファーストキス)を眠る想い人に捧げた。

 

 

 

「……んっ……はあ、ぁ……」

 

 数秒の接触の後、園子はゆっくりと唇を離し、そのまま静かに陸人の横に寝転んだ。

 

(やっちったやっちゃったやってしまいましたぞ〜〜〜‼︎)

 

 ビクビクしながら陸人の寝顔を伺う。そっと触れる程度の微かな接触。眼を覚ますほどの刺激ではなかったようだ。

 

(……今まではわっしーのこととか考えて、遠慮しなきゃと思ったりもしてたけど……ごめんね、もう無理だよ〜)

 

 赤くなった頰を綻ばせ、おずおずと陸人の右手を握る。睡眠下の無意識反応だろうが、陸人も園子の手を優しく握り返してくれた。

 

「……えへへ〜……おやすみ、りくちー」

 

 今夜はきっといい夢が見られる。そんな確信と共に、園子も眼を閉じて眠りに就いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 沢野哲馬、沢野雪美、沢野香。

 

 長い時間をかけて準備してきた一世一代の大勝負は、時間に換算すれば半日にも満たずに終結した。

 しかしその中で彼らは必死に魂を燃やし、一瞬に煌めく命の輝きは次代を担う若者達の瞳にしっかりと焼き付けられた。

 

 

 

 遥か彼方……宙の向こうから、距離も時間も飛び越えて降り注ぐ──

 

 ──星のまたたきのように

 

 

 

 

 

 

 




ほぼ完全オリジナル、またたきの章が終わりました。頭と終わりだけ考えて描き始めたせいで途中大分苦戦しました。もうちょっと考えて話進めないとダメですね、反省。
次章は少しお時間頂きます。もしかしたら番外編を挟むかもしれません。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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英雄の章
いつも通りの日々


新章、そして最終章突入!

あまり間を空けると意欲がなくなりそうだったので、なんとか仕上がった一話だけとりあえず投稿。週一更新は難しいかもです。しかも荒い……

またたきの章から地続きで読んでいる方がいらっしゃったら、先に番外編の"尊き『にちじょう(タイムリミット)』"を読んでからの方が入りやすいと思われます。描写上の都合で不親切な流れになってしまい申し訳ありません。



最初に言っておくと……タイトル詐欺です。


「はーい、会議始めるわよー! 全員集合‼︎」

 

 最年長にして勇者部部長。犬吠埼風の号令が部室に響く。

 

「あいっかわらず声でかいわね。みんな部室にいるんだからそんなに声張らなくても聞こえるっての……」

 

 ブツクサ言いながら立ち上がる部内きっての武闘派、三好夏凜。

 

「まあまあ、お姉ちゃんも部長らしいことがしたいんです。付き合ってあげてください」

 

 苦笑いで姉のフォローに回る最年少にして風の妹、犬吠埼樹。

 

「あら、私は好きよ? 風先輩の号令のおかげで身も心も引き締まる感じがするわ」

 

 長かった車椅子生活から最近脱却した大和撫子、東郷美森。

 

「そうそう、朝眠い時とかに風先輩と挨拶するとスッキリするよね!」

 

 笑顔で美森に同意する勇者部のムードメーカー、結城友奈。

 

「ゆーゆはお寝坊さんなんだね〜。それをわっしーが起こしに通っていると……なるほど、メモメモ〜」

 

 常人には理解できない何かを受診して高速でメモを取る新入部員の乃木園子。

 

 

 

「さて、()()()()()()()()()今日の部活会議を始めるわよ」

 

「はーい! あっ、新しい校内新聞出てたんですね」

 

「そうそう、文化祭の劇の記事、バッチリ目立つようになってるわ」

 

「写真も……いいじゃない。やっぱり友奈のあの衣装似合ってるわね」

 

 黒板に貼られている校内新聞。その中心には勇者部の演劇に関する記事と、衣装で撮影した集合写真がデカデカと掲載されていた。

 

「私はこの時まだ学校来れてなかったんだよね〜。もうちょっと早く復帰できてればな〜」

 

「そうね。来年こそは一緒に、最高の文化祭にしましょう、そのっち」

 

「来年はもうちょっと余裕を持って準備できるでしょうし、頑張りましょう園子さん」

 

 その写真に写っているのは5人。文化祭時点で所属していなかった乃木園子を除いた勇者部メンバー()()で撮影した集合写真だ。

 

 結城 友奈

 東郷 美森

 犬吠埼 風

 犬吠埼 樹

 三好 夏凜

 乃木 園子

 

 彼女たち6()()は讃州中学勇者部。『人のためになることを勇んでやる』を理念に、様々な人助けやボランティアに励む部活動だ。

 

 

 

 

(あれ? この写真って……5人で撮ったんだっけ?)

 

 桜の勇者が抱いた、ほんの僅かな違和感。友奈と美森の間に不自然に空いた1人分の空白。そんなささいな引っかかりも、忙しない勇者部活動に押し流されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもの調子で各部の助っ人やら教師の手伝いやらで放課後を過ごした勇者部。少し前までの殺伐とした日々が嘘のように、ここ数日は何事もなく普通の学生生活を送れている。

 

「う〜〜ん、やっぱり運動した後の疲労感って好きだなぁ。身体使ったーって感じで」

 

「脚も治ったし、今なら私もその気持ち分かるわ友奈ちゃん」

 

「今日は予定通り依頼を果たせたし、最近いい調子よね」

 

「問題といえば……お姉ちゃんの受験勉強でしょうか?」

 

「あ〜、言わないで妹よ。考えないようにしてたのに……乃木先生、ホント……ホントお願いします!」

 

「ふっふっふ〜、任せなさ〜い……と言っても、今日はこれから予定があるから、勉強会はまた明日ってことで〜」

 

「あ! 大社のお友達に会うんだよね」

 

「ええ。2年前、共に戦った護国の同志よ。こうもあっさり許可が取れるとは、大社もかなり柔軟になってきたわね」

 

「ま、色々あったんじゃないかな〜? てなわけで私めとわっしーはここらでドロンさせていただきます。ではでは〜」

 

 パタパタと駆けて行く美森と園子。待っている相手がどれほど大切な存在なのかよく分かる。少し前まで走るどころか立つこともままならなかった彼女達だ。後ろ姿を見送る側も嬉しくなってしまう。

 

(あの写真のこと、東郷さんに聞いてみようと思ったんだけど……また明日でいいかな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空間そのものが焼きついたような息苦しい匂い。視界を覆い尽くす漆黒の炎。元から異様としか言いようがないのが壁外の常だったが、志雄の目前には今まさに煉獄と呼ぶに相応しい火の海が広がっている。

 

防人部隊(ぼくたち)が少しずつ拡げていった陣地を破壊して回っていた未知の反応……これだけの力を持っているとなると──)

 

 緊急事態の報を受けて単独で飛び出したG3-Xが現着した時には、周囲の地形は破壊し尽くされていた。これでは再び儀式を施しても陣地とするのは不可能だろう。

 

 

 

 

「……ス……消……スベテ……」

 

 

「──ッ、誰だ⁉︎」

 

 

 

 獣の唸りのような重たくくぐもった声を、G3-Xの優秀なセンサーが捉えた。振り返り、銃口を向けた先にいたのは──闇。

()()()()()()()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「スベテ消ス……常世ニ在ルモノ、スベテヲ……!」

 

 

 無明の黒で染め上げられた身体は力強く膨張し、内に篭った闇が漏れ出している。ベルトの霊石は銀に変色し、瞳の色は深い紫紺。深く反った双刃の薙刀からも、ドス黒い瘴気が漏れ出ている。

 

『■■■ エクリプスフォーム』

 

 眩い太陽が黒い影に覆われるように。闇に染め上げられて完成した破壊の戦士。

 

「……お前が、コレをやったのか?」

 

「…………」

 

 黒い異形は何も答えず、右手に握ったカリバーを大地に突き立てた。それを合図に、周囲に燻っていた黒炎が急速に勢いを増加。G3-Xの装甲越しでも命の危険を感じるほどの熱量が一帯を覆い尽くした。

 

「……燃エロ……スベテ……」

 

「これほどの……待て、この……!」

 

 センサーの挙動もおかしくなるような熱の中、去っていく異形に向けて志雄はGXランチャーを展開。初手から奥の手を解禁せざるを得ない強敵だと、彼は邂逅した瞬間に悟ったのだ。

()()()()()()()()()()、アンノウンとは次元が違うと。

 

 

 

(背後は無防備……当たれ──!)

 

「…………」

 

 

 

 不意打ちで発射したGXランチャーは、確かに命中した。命中した、はずなのだが、黒い異形は意にも介していない。

 

(……冗談だろ……どうやったらアレをシカトできるんだ?)

 

 衝撃も爆風も一切を無視。歩調も姿勢もまるで乱れることなく立ち去っていった。

 借り物の姿だったとはいえ、あの罪爐にさえ通用したランチャーは黒い異形にとってあってもなくても変わらない、その程度の攻撃でしかなかったということだ。

 

「ここに来て新顔の怪物が追加されるとはな……」

(これまでのアンノウンとは似つかない姿……でもなんだ? 何が引っかかっているんだ?)

 

 結局あの異形はG3-Xには見向きもしなかった。今までの敵とは明らかに違う、文字通りのアンノウン。志雄はその背中に、言い知れぬ不安と違和感を感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミノさ〜ん! しのの〜ん!」

 

「おおっと! いいぞ園子、前よりも感触が重たい、ちゃんと食って動いて身体ができてきたな」

 

「も〜、女の子が女の子に言うセリフじゃないよ〜」

 

 合流早々に挨拶がわりのハグをかます園子。それをガシッと受け止めた銀は、かつて人の手を借りなければ動けなかった園子の回復を体感して笑う。

 ……決して回復して1ヶ月でスタイル的に追い抜かれたことを気にしているわけではない。断じて違う。

 

「1週間ぶりね。鋼也くんも変わらないようで良かったわ」

 

「まあな。そっちは……お変わりあったようで。大変そうだな」

 

「分かる? そのっちのボケが止まらなくて……特に夏凜ちゃんなんてすごく苦労してるわ」

 

「ああ、そこ須美じゃねえんだな……まあお前さんも随分キャラ変わったから。あの頃の優等生に見せてやりてーよ」

 

「ふふっ、なにせ名前を変えて、記憶も飛んでだからね。そりゃ中身も変わるってものよ」

 

「違いねぇな」

 

 身体機能の大部分を捧げて人間の域を逸脱しつつあった園子。

 両脚と記憶を失って"鷲尾須美"ではなくなった美森。

 女性としての機能を失くして夢を奪われかけた銀。

 2年もの間目覚めることなく眠り続けた鋼也。

 

 そんな悲惨な過去を乗り越えて万全の状態で再び揃った先代勇者組。彼らは共に過ごせなかった空白の時間を埋めるように、定期的に4人で集まって語らう時間を作っている。時折担当官だった安芸先生もここに混ざったりもして、今という時間を精一杯楽しんできた。

 

「仕事の方はどうなの?」

 

「ここんところ出てくるのはアンノウンの中でも歯ごたえのねえ雑魚ばかり。俺と志雄だけでちゃんと対処できてるよ」

 

「そう……でも鋼也くん達だけに押しつけるのは心苦しいわね。次の代の勇者というのは、まだ決まっていないのかしら?」

 

「どうなんだろうな? 今大社バタバタしててな、その辺は聞けてねーんだ」

 

「私も大社じゃ下っ端だからなー。でも雰囲気はかなり良くなったんだぜ。大人達もあの仮面しなくなったし」

 

「そっかそっか〜、頑張ってるんだね〜」

 

 1ヶ月ほど前の内乱以降、大社全体が自己改革を進めている。風通しが良く、能動的でクリーンな体系を志している。規模は縮小したものの、勇者部から見れば良い変化だ。

 

 

 

 

 

 

「……っと、悪い……緊急連絡?」

 

 穏やかな雰囲気を切り崩す着信音。人類の最高戦力たる鋼也の端末に連絡が入った。

 

「……んだよそれ。何も分かんねえってことか?…………ああ、あー了解。すぐ戻るよ、その方が早そうだ」

 

 相手は国土志雄。鋼也は1分ほどの通話でこれでもかと言うほどに苦々しく眉間にしわを寄せて電話を切った。

 

「どうしたの、鋼也くん?」

 

「いや、いまいち要領を得なかったんだが……」

 

 壁外で新種のアンノウンと遭遇、その敵の力があまりに異様で底知れない存在だったため、至急合流して警戒態勢に移行するように、という用件だった。

 

「そっか〜、それは気になるね〜……じゃあ今日はお開きか〜」

 

「悪いな。俺も銀もすぐに情報共有しとけって話だ」

 

「アタシもか? よっぽどの大事になってんだな」

 

「残念だけどお別れね。2人とも気をつけてね」

 

「ああ……ん? 追加情報?」

 

「どしたよ、鋼也?」

 

 鋼也の端末に送られた補足情報のメール。そこには画質が荒い調整前の異形の画像。現時点で把握しているデータが記載されていた。

 

「コードネーム? さっきの今で決まったのかよ……"アギト"?」

 

「……!」

「え? 鋼也くん、今なんて……」

 

「あ? だから"アギト"だとよ。例のアンノウンのコードネーム」

 

『アギト』

 その三文字が、美森と園子の頭に横から殴りつけるような衝撃を与えた。

 

「どうしたんだ2人とも? なんか顔色悪いぞ?」

 

「……わかんない……どこかで聞いたような〜?」

 

「ごめんなさい、帰らせてもらうわ。銀も鋼也くんも、無理しないでね」

 

 ノイズのように誰かの後ろ姿が脳裏によぎる。手を伸ばしても届かない影。美森も園子も、その影の素顔がなぜか無性に気になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はい。敵性コード、アギト……至急周知をお願いします。それでは」

 

 体制改革真っ只中の大社本部。最上階の自室でかぐやは、電話を終えると物憂げにため息をこぼしてベッドにその身を投げ出した。

 

「とうとうこうなってしまいましたか……()()()

 

 待ち受け画面に表示されるのは自分1人だけが笑顔で写った記念写真。しかし本当はその隣にもう1人いたことを、かぐやは唯ひとり覚えていた。

 

(ここまで来たら、私にできるのはこれくらい……あとは)

 

 現在の大社で暫定的に最高権力者の椅子に座っているかぐや。その権限を用いて発見から数時間しか経っていないアンノウンの情報を全速力で拡散させた。そこに、かぐやしか知り得ない名称を付け加えて。

 

「園子ちゃん、勇者部の皆様……お願い致します、どうか──」

 

 ──あの人を助けて。

 その願いは、声として発されることなく溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 珍しく1人になった帰り道、友奈は目に付いた路上のゴミを拾いながらゆったりと帰路についていた。

 

「あらぁ、友奈ちゃん。偉いわねぇ」

 

「あ、こんばんわ! えへへ、なんだかちょっとゴミが気になっちゃって」

 

「そうなのよねぇ。ちょっと前まではそんなことなかったのに。最近散らかすような子が増えたのかしら?」

 

「確かにな。だがまあ、君のように積極的に片付けてくれるいい子だっている。すぐに落ち着くだろうさ」

 

「そんな、私は大したことはしてないですよー」

 

 近所の老夫婦と会話しながらテキパキとゴミを拾う友奈。何気ない会話の中で感じる既視感。少し前、同じような会話を聞いたような、うっすらとした記憶。

 

(……違う、これは私が話したわけじゃなくて……誰かがいて……この辺りのゴミはその人がずっと──)

 

 誰かが道を綺麗にするのを見ていた覚えがある。その誰かがいなくなったせいで、今日はこんなにもゴミが気になったのか。

 いつ、誰がやってくれていたのか。何故覚えていないのか。友奈の頭は次第に混乱し始めた。

 

「あの、友奈ちゃん大丈夫?」

 

「あ! な、何でもないです。大丈夫、結城友奈元気ですよー!」

 

 今の世界は何かがおかしい。その世界に順応しきっている自分の記憶もおかしい。最高の勇者である友奈は、朧げながら世界に疑問を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、友奈、美森、園子は夢を見た。違う場所で違う時間に眠りに就いたにも関わらず、不思議なほどに似通った内容の夢。少し前まで勇者として共に戦ってきた、大好きで大切な少年との思い出だ。

 

 

 

 ──じゃあ質問3。君は俺の大好きな人だ──

 

 ──私は■■■■が大好きだし、■■■■も私のこと"好きだ"って思ってくれてたら……凄く嬉しいです──

 

 結城友奈にとって、その少年は"日常"だった。平時でも戦場でも、求めた時にはいつだって隣を見れば傍にいて、あの優しい瞳で笑いかけてくれていた。

 

 ──美森ちゃんが大好きだから……大切だからだよ──

 

 ──私に隠し事をするのはやめて。■■が大好きだから……大切だから──

 

 東郷美森にとって、その少年は"中心"だった。戦う道を選んだのも、世界に絶望したあの日に、それでも生きることを決めたのも、彼の存在があったからだ。

 

 ──■■■■とお昼寝するの気持ち良かったし、またしよ〜──

 

 ──あはは……機会があればね──

 

 乃木園子にとって、その少年は"憧憬"だった。誰よりもまっすぐに生きる彼に、自分を物語のお姫様のように大事にしてくれる彼と生きる未来に憧れを抱き続けていた。

 

 

 

 

 

 ──いいから、早く行け……友奈ァッ‼︎──

 

 ──俺の残りの人生全部使ってでも、君の幸せを見つけ出す──

 

 ──そっか……これ、園子ちゃんの香り……だから、こんな、にも──

 

 戦う時の凛々しく勇ましい彼も、まっすぐにこちらを思ってくれる優しい彼も、ふとした時に素を出してくれる可愛らしい彼も。

 全ては確かにここにいた。同じ場所で同じ時間を過ごした彼が、絶対にいたはずなのだ。

 

(忘れてた……いや、違う)

(消されてた? なんで……)

(とにかく今は、あの人の名前を──)

 

 そうだ、自分は彼のことを特別な呼び名で呼称していた。2人だけの形が欲しかったからだ。彼はそんな心を理解はしていなかっただろうけど、呼べばいつだって笑って応えてくれた。

 

(……りっくん、りっくん──!)

 

(リク、どこにいるの? リク──!)

 

(あなたがいなきゃダメなんだよ、りくちー……!)

 

 神の権能が上書きした情報が剥がれ落ち、本来あるべき記憶(カタチ)に戻る。人の想いは頭にのみ宿るものではなく、身体や魂だけのものでもない。

 自分が自分である限り、刻んだ時間はなかったことにはできないのだ。

 

 

 

 

 

 

 長い夢を見ていた。最愛の彼がいない世界で、なんの疑問も抱かずのうのうと過ごしてきた夢だ。

 

「探さなきゃ、あの人を」

 

「見つけなくちゃ、あの子を」

 

「その手を掴まなきゃ、彼のように」

 

 何度もそうしてくれたように、今度は自分たちが彼の手を掴む。目覚めた3人は、布団を払いのけて駆け出す。

 

 世界そのものとはぐれた迷子の男の子を、見つけて抱きしめなくてはならないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




ヒロインズが彼をアダ名で呼んでいたのはこのシーンのためです。それぞれが独自の呼び名で呼ぶことに意味があります。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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さよならまでの序曲(プロローグ)

不穏極まる英雄の章……何故彼がああなったかという導入部です。
 


「冷静に考えましょう。私達の記憶だけでなく写真や家の中までリクの痕跡が消えている以上、人間ではない何者かの力が働いているのは間違いありません」

 

「……ってことは、また大社が何かしたってこと?」

 

「ん〜、今回は多分主犯じゃないんだと思うな。もちろん何か知ってはいるだろうけど」

 

 

 

 勇者部部室で仲間と合流。陸人の名前を出して風、樹、夏凜の記憶も復活した。世界全体で起きている"御咲陸人の消失"という異常事態。これにどう対処するべきか、部員達は暗い顔で議論を進めていた。

 

「冷静に考えて、私達よりも大社が情報を持っていることは確実です。一度安芸先生に連絡を……」

 

 冷静に、と何度も繰り返す美森の手は震えていた。あれほど心の多くを占めていた大切な家族を、昨日まで存在丸ごと忘れていたと思い知ったのだ。その恐怖と自己嫌悪は止まらない。

 

「落ち着いて、わっしー。りくちーがいなくなってからも、安芸先生と会ってる。先生の態度が、何かを隠してるようにわっしーには見えた?」

 

「それは……いいえ。いつも通りの先生だったわ」

 

「でしょ? つまり大社の中でも事態を正しく認識できてる人は限られてる。もしかしたら1人しかいないかもしれない」

 

「1人って、園子さんは心当たりがあるんですか?」

 

「うん。どんな不可思議なことがあっても、絶対に揺るがないだろう特別な人を、1人知ってるの」

 

 園子が示した端末の画面に表示された連絡先、名前は"上里かぐや"。全てを見通す眼と、全てを打ち消す加護をもたらされた、史上最高の筆頭巫女。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待ちしておりました。今代勇者の皆様」

 

 殴りこむような勢いで本部に乗り込んだ勇者部は、肩透かしなほどにあっさりとかぐやとの面会室まで通された。最悪実力行使まで覚悟していたが、どうやら本当に大社の悪意は今回絡んでいないらしい。

 

「かーやん。あなたは全部知ってるよね?」

 

「……はい。陸人様がいなくなった経緯も、今どのような状態にあるのかも存じています。あの方と最後に会ったのは……彼を送り出したのは、他ならぬ私ですから」

 

 その言葉に、かぐやと面識のない5人は警戒度を引き上げる。今の言い方では、確かに陸人に害意アリと思われても仕方ない。

 

「だいじょぶだよ、みんな……かーやん、事情があったのは分かる。だから本当のことを話して。わざと露悪的な言葉を使っても、りくちーが悲しむだけだよ」

 

「……そうですね。ごめんなさい、園子ちゃん」

 

 全て知っていて止められなかった。そんな罪悪感がかぐやの中に燻り続けていた。しかし今はそんな個人的感情を挟んでいる場合ではない。目を閉じて深呼吸。意識を切り替えて筆頭巫女としての顔を作ったかぐやが、再び口火を切った。

 

 

「陸人様が姿を消したのは2週間前のことです。その前後と、私の力で把握できた限りの情景を皆様にお見せします……今からお伝えすることは、全て真実です。覚悟を持って、受け止めてください」

 

 かぐやの柏手と共に、スクリーンのように周囲に映像が映し出される。映像は、陸人が内なる穢れに自覚を持ち、行動が変化し始めた頃に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大社の内乱として処理された事件から2週間ほど経過したある日。かぐやは本部に報告に訪れていた陸人をお茶に招いていた。

 

「陸人様、この頃調子が悪いように見受けられますが……」

 

「そう? 俺はいつも通りだけど……何か見えた?」

 

「いえ、陸人様は出自故か、非常に見通しづらいものでして。ですが顔色も良くないですし……ちゃんと眠りにつけていますか?」

 

「……ああ。確かに最近寝不足かも。気をつけるよ」

 

 "調子が悪そう"と伝えた時、陸人の目がその日初めてはっきりとかぐやの目を見つめた。その瞬間確かに警戒の色が宿っていた。そして"見通しづらい"と言った瞬間、その警戒が薄くなり、目線を下に向けて顔をそらした。

 何かを隠しているのは明らかだが、それが何かは分からない。

 

「……それじゃごちそうさま。今日はこれで失礼するよ」

 

「あの、陸人様──」

 

「今度、前に話した専門店の美味しい飴、買ってくるよ。今の大社ならその辺お咎めないでしょ?」

 

「あ、はい……ありがとう、ございます」

 

 物言いたげなかぐやから逃げるように、陸人は茶を飲み干して立ち去った。後ろめたそうなその背中は、陸人にはまるで不似合いで格好が悪かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(消えろ……ここはお前たちがいていい場所じゃないんだ)

 

 翌日、例によって例の如く現れたアンノウンを迎撃するアギト。最早通常のアンノウンではライダーの相手にはならない。

 

(まるで手応えがない……何が狙いだ?)

 

 バーテックスがすっかり鳴りを潜めたこともあって、無意味に戦力の小出しを繰り返すアンノウン側の意図が読めずにいた。

 

「ありがとー、アギトーッ‼︎」

 

 思考に沈んだ陸人の意識を、幼い声援が引き上げる。アンノウンが狙っていたと思われる少年が、母親と手を繋ぎながらもう一方の手を目一杯振っていた。

 仮面ライダーは崇高な神樹様の使徒。当初はそのように距離を置かれていたのだが、最近は子供たちを中心にその壁が薄くなりつつある。陸人も思わず手を振り返したりしてしまうので、どんどんアギトは取っ付きやすいヒーローになってしまっていた。

 

「えへへ……あっ、ボーシが!」

 

「……っ!」

 

 またもやってしまったファンサービスに興奮した少年の頭からキャップが離れていく。風に煽られて彼方へ飛び立ちかけたその時、アギトがそのジャンプ力を発揮してキャッチ、見事に取り戻した。

 

「…………」

 

「わあ、ありがとうアギト!」

 

「あ、ありがとうございます……本当に」

 

 軽く埃を払ってから少年の頭に被せてやるアギト。そのまま優しく頭を撫でると、少年も面白いように笑顔を咲かせる。傍らの母親も恐縮しつつも息子が楽しそうにしているのが嬉しいようだ。それを見ていた観衆も微笑ましそうな目線を向けている。

 

(やばい……やってしまったな)

 

 ついいつもの御咲陸人のクセで動いてしまったが、今の行動は明らかに人間臭すぎた。神の使徒としての立ち回りを大社で叩き込まれた陸人は、慌ててその場を飛び去った。

 その背中に、幾人もの感謝と声援を受けながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本格的にどうかしてるな……今の俺は」

 

 仲間たちと距離を取っているせいで人恋しくなったのか。それとも陸人とアギトの区別が明確につかなくなってしまったのか。相当なポカをやらかしてしまった。人気のない路地裏で頭を冷やす陸人。

 

(気を引き締めろ……このまま何事もなく終わるなんてあり得ない。楽観視してられる余裕はもうないんだ)

 

 襟を開いて服の裏を見れば、すでに左胸部は黒と肌色の比率が半々といった状態だ。それに比例してか、食欲や睡眠薬といった人間にあるべき生理現象が薄くなっている。大社の検査によると内臓の機能が弱まってきているらしい。

 

 

 

 

 

 

(俺が本格的におかしくなる前に決着をつけるには…………敵か!)

 

 物思いにふける陸人の感覚に呼びかけてくるアンノウン接近の気配。反射的に変身の構えを取り──

 

「……いや、試してみるか」

 

 幸いアンノウンの近くに人の気配はない。陸人は前々からの懸念を確かめてみることに決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハヤブサ型のアンノウン『ウォルクリス・ファルコ』は混乱の只中にいた。盟主の指示のもと、人間を狩ろうとした次の瞬間、真後ろからの衝撃で顔面を強かに壁に打ちつけたのだ。

 

 振り返った先にいたのは制服を着た少年。教えられていた警戒対象だったが、様子がおかしい。その少年は戦う時にはアギトに変身していた。そうして初めて力を振るうことができるはずなのだが。

 

「どうしたアンノウン……立てよ」

 

 陸人は倒れ伏すファルコを冷たく見下してその腹部を蹴り飛ばす。人間の姿のまま異様な膂力を発揮する目の前の敵に、ファルコも本気になって翼を広げるが……

 

「遅いんだよ……!」

 

 動きを読んでいた陸人が飛び立ったファルコのさらに頭上を取っていた。頭を鷲掴みされ、顔から地面に叩き落とされるファルコ。2度の衝撃で、目や鼻はすでにボロボロにされていた。

 

「……グ……ギィ……!」

 

「どうした怪物?」

 

 ──こんなものか?──

 

 路傍の石を見るような無機質な瞳に恐怖を感じたファルコはなりふり構わず逃亡を試みるが、人間の姿である陸人の方が動きが圧倒的に速かった。

 

「終わりだ」

 

 サッカーボールを蹴るように、ファルコの首から上を思い切り蹴り上げた陸人。異形の首は千切れ飛び、鮮血とともに空に跳ねた。

 

「フン……」

 

 自由落下してきた首を片手でキャッチした陸人は、そのまま頭部を握り潰して粉砕した。

 

(その怪物をこんな一方的に潰せる俺も、十分バケモノか)

 

 戦闘を終えたら途端に頭が冷えてきた。今の陸人は制御できないほどに不安定だ。特に戦闘に入ると、自分で自分の手綱が握れなくなってしまう。

 

(この手で守りたかった。実際に、少しくらいは守れたつもりだった。だけど……)

 

 異形の血に塗れた右手を見つめる。数刻前には子供の頭を撫でていたのだと思うと、自分で自分が怖くなった。

 

(俺はなんなんだ……これからどうなる……どうすればいいんだ)

 

 記憶を取り戻し、呪いを受け、人間を逸脱しつつある。あまりに多くのことが同時に起きすぎたことで、強靭な陸人の精神もガタガタになっている。

 

 

 

 

 

 

 

「その答えが知りたいか? ならば我と共に来い」

 

 誰もいない路地裏に響く女性の声。陸人は、一切の気配なく背後を取られていた。

 

「──っ! 誰だ⁉︎」

 

「フフ、誰だと思う?」

 

 条件反射で飛び退いた陸人。突如現れた女性の顔は記憶にない。それでもその気配には覚えがあった。忘れようとしても忘れられない、この世の闇を凝縮したような濃厚な黒い重圧感。

 

「お前……罪爐か。それは新しい器ってわけか?」

 

「ああ、今度のはなかなか具合が良くてな。いわゆるお気に入りというやつだ」

 

 戯けるように笑って両手を広げる罪爐。アンノウンの肉体を使っていた前回と違い、今回は人間の女性の容貌をしている。

 ふわふわとカールした黒髪に、ミステリアスな雰囲気の美貌。服装はワンピース型の黒いドレスに同じく黒のロングケープ。普通であれば華美に過ぎるように思える髪や首元の装飾も、彼女ほどの美貌があれば違和感がまるでない。

 何より目を引くのは女性の額に刻まれた、()()()()()()()()

 同じく額に白いタトゥを持つ怪物を知っている陸人の直感が、全力で警鐘を鳴らしていた。

 

「お前が事ここに至って普通の人間を器にするはずがない……その肉体、どこで調達した?」

 

「フフ……流石に分かるか? 察しの通り、汝の知るガドルやダグバと同類……グロンギの中でも一等我との相性がいい個体だ。

 確か名前は……"ラ・バルバ・デ"、であったか?」

 

 

『ラ・バルバ・デ』

 

 古代に生きた戦闘民族グロンギの1人。総じて戦闘に全ての思考を割いているグロンギの中で珍しく、様々なことを探求、観察していた特異な存在。

 グロンギ達独自のルールで開催される戦闘ゲーム『ゲゲル』の監督・審判役を務め、独自の立場と権力を有して集団を統率していた上位の人物。実力もさることながら、他のグロンギにはない特殊な力を多く習得しており、罪爐はその特異性が己の呪術を使いこなす上で適応すると見越して器に選んだ。

 

 

 

 

「なるほど……あの場所を、また荒らしてくれたわけか。お前達は……!」

 

 静かな怒りに拳を震わせる陸人。グロンギ達が眠る壁外の遺跡。あそこは陸人にとって犯されざる聖域に近い。無遠慮に墓荒らしなどされれば頭にくるのも無理はない。

 

「そう怒るな。あの地には有用なものが多く眠っているのだ。前回の汝が張った炎の結界を破るのに時間はかかったが、ようやく支配権を奪い返すことができた。この通りにな」

 

「……それで、新調したドレスを自慢しにここまで来たわけじゃないだろう。わざわざ1人で、何しに来た?」

 

「話が早いな……いや、一刻も早く我から離れたいだけか? 辛いのだろう。我が近くにいるだけで、その身を蝕む呪いは激しく軋むのだからなぁ?」

 

 冷たい微笑と共に陸人を見つめる罪爐。両者の視線がかち合った瞬間、陸人の内側の闇が迸るように暴れ始めた。

 

「──ガッ⁉︎ やっぱりお前か……あの時だな。ロクでもないモン仕込みやがって……!」

 

 大社での決戦の際、水のエルの檻に囚われたアギトを黒く染めようと、罪爐は自身の呪いを注ぎ込んだ。結果としては陸人の記憶を呼び起こすだけに終わったが、あの時点で誰も気付かぬ奥底に祟りの呪印(マーキング)は完了していたのだ。

 

「……こんなことをしても、俺はお前の思い通りにはならない。無駄なことだ……!」

 

 息も絶え絶えの有り様で、壁に手を付いて必死に耐える陸人。常人であれば発狂しているほどの激痛と飢餓感に、それでもかろうじて自我を保っている。

 

「フム、やはりその頑丈さは大したものだ。認めよう、御咲陸人。我の力をもってしても、()()()()()()汝の心は壊せなかった……ならば、ここらで少し趣向を変えてみよう。どうだ? 汝自身も知らぬ昔話に興じるというのは」

 

「昔、話……? なんのことだ」

 

「我は西暦の時代に産まれたその時から、ずっと汝を見てきた。その魂の輝きはとても無視できるものではなかったからな。いずれ我の邪魔になるとすぐに確信した」

 

 伍代陸人が産まれた西暦の終盤、その頃には罪爐は既にこの世界で自我を持つまでに至っていた。数百年という長いスパンで世界を自分の好みに塗り潰す計画を立てていた最中、唐突に生まれ落ちた鋼の魂を持つ特異存在(英雄の卵)

 警戒しないわけがない。殺すなら当然幼い頃の方が簡単だ。悪辣極まりない罪爐が、赤子1人消すのに躊躇する理由もない。

 

「その頃には並の強固さしか持たぬ凡俗共であれば因果に干渉する程度のことはできたからな。色々と手を試したよ。汝の周囲の人間を利用して殺しにかかり、偶然を意図的に引き起こして事故を多発させた……が、それでも尚赤子は死ななかった」

 

 陸人……当時はそう呼ばれてはいなかったが、その赤子の周囲には、いかなる干渉も許されない清廉な光の領域があった。因果の鎖を目視して操れる罪爐にしか分からない加護だったが、産まれた直後の赤子は今のかぐやにも劣らないほどに世界に愛された命だった。

 

「そうそう、話は変わるが……御上(みかみ)正一(しょういち)……この名に憶えはあるか?」

 

「なに……?」

 

「やはり分からぬか……汝の名だよ。この時代に生まれ直すよりも前、善良な兄妹に拾われるよりも前、戦火の中で番号を振られるよりも前の、汝が実の両親に与えられた最初の名前だ」

 

 当然だが、伍代兄妹に救われて得た伍代陸人という名前は真の名前ではない。戦地のど真ん中で人を殺すようになるよりも前、少年には本当の親と本当の名前があったはずなのだ。

 

「もう1つ、この顔に見覚えはあるか?」

 

 罪爐が指を鳴らすと、空間に家族写真と思しき画像が現れる。白衣を着た壮年の男性と、その隣で抱えた赤子に微笑みかける女性。見たことのない顔、会ったこともない相手……のはずだが、陸人の中の何かが反応している。あれは、あの2人は……

 

「そう、汝の血の繋がった両親だ。三百余年の時を経て、感動の親子再会だ! まあ、過去の投影に過ぎないがな」

 

「……何故、それを知ってる?……まさか、お前は……!」

 

 動転する心を落ち着けながら、罪爐を睨む陸人。まさか親切心でこんな画像を見せたわけではないだろう。

 

「そう焦るでない。面白いのはここからよ……周囲をいかに煽っても汝はしぶとく生き延びた。となれば取れる手は1つ。最も近しい肉親を利用するまで」

 

 正一少年の両親は、中東の小国家で医療に従事していた。医者の手が足りない発展途上国に救いの手を差し伸べるという志のもと、働く中で2人は出会い、惹かれ合い、やがて愛の結晶として子供を得た。

 

「父親は汝によく似ていた。他者のために懸命に尽くす、我からすれば理解できない精神構造をしていた。母もそうだ。子供を抱えながらもできることに従事して夫と患者達を支え続けた……他人なんぞを気にせず帰国していれば、あんなことにはならなかったのになぁ?」

 

 

 

 ──人として正しく、一本筋を通して生きられる子に、という意味で正一。お前は僕達の希望だ──

 

 ──今受け持っている患者さんが落ち着いたら、一度日本に帰りましょう。正一、あなたもお友達をたくさん作りましょうね──

 

 

 動画に切り替わり、2人の声が響く。愛情に満ちた、優しく語りかける声。陸人は初めて、自分に向けられた親の愛を感じ取った。

 

「いやはや、監視のためとはいえ美しい家族愛を見させてもらったよ。あの時の我に涙腺があれば涙の1つも流していたかもしれぬなぁ」

 

 罪爐の綺麗な顔が、嗜虐心で妖しく歪む。笑いを堪えているようで一切堪えていない。クツクツ、クツクツと、非常に耳に障る忍び笑いが口から溢れている。

 

(落ち着け……奴の狙いは明らかにこちらへの挑発……落ち着け、落ち着け……!)

 

「まずは両親を直接操って殺そうと試みたが……やはり血の繋がり故か、汝ほどではなくとも抵抗力が強くてなぁ。生意気に抗ってくるものだから、もっと大きな規模で干渉することにしたのだ」

 

「大きな規模?……っ、まさか、お前……!」

 

 陸人は以前自分の出自について考えてみたことがあった。何故日本人である自分が戦災孤児として戦地にいたのか。

 国が違うのは、親の都合と考えれば説明はつく。しかし何故戦争が始まるという段階で国に留まったのか。赤子を抱えたままでいるには危険すぎたはずなのだ。

 陸人は最終的に自分が親に疎まれて捨てられたのかと結論づけていたが、今の情報でそれが間違っていたことは明白だ。だとしたら……

 

「国の上層部を操って、あの内戦を引き起こしたのだ。あまりにも唐突な開戦だった……国外に避難する余裕などないほどにな」

 

 人外の思惑が混じった不自然な内戦勃発。その戦火に巻き込まれて、御上夫婦は幼い正一を抱えたまま逃げることさえできなかった。

 

「お前は……そのためだけに内戦を起こしたってのか? 息をするように人が死ぬあの地獄を、俺を殺すためだけに作り上げたのか?」

 

 陸人の声が震えている。無理もない。今もなおトラウマとして胸に残る悪夢のような日々。それの発端が目の前にいるのだ。

 

「そうだ。理解したか? ならばもう1つ考えを進めてみろ。あの戦争で幾人死んだ? 汝の友も、見知らぬ誰かもアッサリと逝った……それらは全て我の仕組んだこと。そしてそもそもの原因は……

 そう! 他ならぬ汝自身だ!」

 

 怒りに震えていた陸人の全身が硬直する。

 

(元凶は……俺? 俺が生まれてきたから、俺が罪爐の目に留まったから……偶然俺と同じ国にいたから、みんな死んだのか……?)

 

 元々の自罰的な性質もあって、陸人はドツボにはまっていく。目の前の邪悪が論点をずらそうとしているのは分かっているが、突っぱねて否定するには今の精神状態があまりにも悪過ぎた。

 

「そうだ。汝と同じく番号を割り振られた子供達は、汝の近くにいたから死んだ。汝を愛した両親もまた──おっと、とっておきの記憶映像があるのだ。見てみるか?」

 

 返事を待つこともなく、罪爐は映像を進める。写るのは正一の母親。赤子を庇うように覆い被さり、全身血塗れで今にも事切れそうになっている。今際の際の一瞬だ。

 

 

 

 ──お願い、神様……この子だけは──

 

 ──正一、生きて。この戦争はいつか終わる……その時、あなたは……始まることが、で……き──

 

 

 最後まで言い切ることなく画面がブラックアウトする。絶命した瞬間だ。最後まで映像を映し終えた罪爐が、決壊したように高らかな笑い声を上げる。

 

「アッハハハハハッ‼︎ 何度見ても堪らんなぁ、コレばかりは! 息子のせいで治した患者が死に、夫も死に、自らも命を落とすというのに、最後に残した言葉はその息子宛て!

 これだから人間というのは可愛らしくて面白い。何も知らぬというのは、ある種何よりも残酷で、何よりも幸せなのかもしれんな」

 

(これは挑発これは挑発これは挑発……乗るな聞くな受け取るな……落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け────‼︎)

 

「ああ、今でも思い出せる……御上(しずか)に御上(とおる)、思えばあの2人が見せてくれた死に様があまりに愉快だったのが、こうして他者の因果を操る娯楽に目覚めたきっかけだったかもしれん。

 両親の名前を教えてやったのは、その返礼のようなものだ。感謝して胸に刻め?……汝を最初に愛してくれた……汝が最初に殺した者達の名前だ」

 

 その、あまりに無責任で無慈悲で無神経で無惨な一言が──

 

 ──ブツンッ──

 

 陸人の理性をかろうじて繋ぎ止めていた最後の糸を断ち切った。

 

 

 

 

 

 

 

「──……ぅぅぅぅううううあああああああっ‼︎」

 

 空間そのものを焼き尽くすような業火を撒き散らし、一瞬でバーニングフォームに変身。罪爐の腹部を拳で突き破った。

 

「──ガッ、ハァッ!……フフ、いいぞ。その憎しみ……それを待っていた!」

 

「黙れ……殺す、殺してやる! 貴様だけは絶対に!」

 

 かつてないほどの憎悪に呑みこまれたアギト。罪爐の狙いは、この瞬間にあった。

 足元から伸びてきたバラのツタが、アギトの全身を包み込むように展開、隙だらけの背中を突き刺す。

 

(……っ! 何かが、流れ込んでくる⁉︎)

 

「汝を染め上げるには、その魂の硬さがどうしても邪魔だった。だからこそ汝自身の悪感情、憎しみを呼び覚ますためにこんな手の込んだ昔話を語って聞かせたのだ。責任感でも罪悪感でも義憤でもない。汝の内より迸る、ドス黒く醜い感情の発露が、心の防壁に隙間を作り出す!」

 

 陸人はこれまで一度として、個人的な憎しみで力を振るったことは無かった。あのダグバに対してすら、自分以外の誰かを守るために義心と勇気だけを持って立ち向かっていった。

 その陸人が、今はすっかり憎しみに染まっている。これが悪感情の化身、世界の悪意の集合体、罪爐のやり方だ。

 

(マズい……奴の狙いは最初から……!)

 

 陸人が憎しみに沈み、心に致命的な隙をさらした瞬間を狙っていた。前回は拒絶できたはずの罪爐の闇が、これまでの御咲陸人を塗り潰していく。既に内に抱えていた呪いも共鳴し、陸人の自我が薄れていく。それに比例して、アギトの体も変色し始めた。爆炎の赤から闇黒の黒へと。

 

「ざ……い、ろぉ……!」

 

「言っただろう? 面白いのはここからだと、なぁ!」

 

 アギトの全身が黒に染まり切り、抵抗するように震えていた身体も完全に静止した。輝く太陽を反転させたような、あってはならないアギトの姿──エクリプスフォームが姿を現す。

 

 

 

 

 

 

 

「ククク、クハハハハハッ! これで日輪は影に沈んだ! さぁどうする? 勇者、神樹、大社……愛しき邪魔者たちよ」

 

 心の底から愉快そうに、罪爐が空に輝く太陽に手を伸ばす。その光ごと潰すように手を握ると、快晴だった空があっという間に雲に包まれて豪雨が降り注ぐ。

 

 

 

 

 人類にとって、世界にとって、あまりにも長い暗雲の時の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




……という訳で、バルバ姐さん登場。ガドルとダグバを出すと決めた時に、彼女もどうにか出したいと思っていました。やたら時間かかりましたが念願かなって満足してます。
もちろんバルバ姐さんがここで選ばれた理由はあります。原作キャラを使う以上は必然性を伴うようにしていますので、本領発揮まで長〜めにお待ち下さい。
ちなみに、衣装は中盤の白いドレスの黒バージョンをイメージしてください。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに。



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私の味

サブタイを見て、意味深な方向を想像した人……先生は怒らないから正直に手を挙げなさい。



「──ハハハハハハッ!……ハァ〜、愉快愉快。さて一度戻るか、共に行くぞ? これからは汝も我の同胞(はらから)だ」

 

 雨が降り注ぐ中、一頻り高笑いを続けた罪爐が振り返ってアギトに手を差し伸べる。蹲っていたアギトは無言のまま手を掴み……

 

「──死んでもゴメンだってんだよ!」

「おおっと……」

 

 その手を引いて、罪爐の首にカリバーを振り抜いた。

 

「ククッ、何ともしぶとい。そのザマでまだ動けるとはな」

 

 渾身の一撃を呆気なく回避した罪爐が呆れたように笑いを溢す。

 闇のアギトに存在の9割以上を蝕まれた陸人は、それでもまだ肉体の制御を保っていた。カリバーを振り下ろして密着状態の罪爐を引き離す。

 しかし、できたのはそこまで。追撃しようと踏み出した右足は、そのまま力なく崩れ落ちて倒れ込んだ。

 

 

 

「グッ……ち、くしょう……!」

 

「だが、それも時間の問題だ。汝自身も分かっておろう? もう既にその肉体も魂も人外に変異した……1時間、保ったら喝采ものだな」

 

「黙り、やがれぇぇぇっ‼︎」

 

 陸人の憤怒に呼応して周辺の大気が燃焼、陸人を覆うように火柱が上がった。対する罪爐も予想していたのか、慌てることなく転移して姿を消した。

 

 ──ほぅら、その焔が明確な証だ。何の道具も術も無しに、それだけの力を使える人間が何処にいる? 自覚せよ、汝はもうこちら側なのだ──

 

 陸人は人間ではない。その事実を突きつける声を最後に、ドス黒い圧迫感が消えていく。どうやら壁外まで引き上げたらしい。本当に陸人を焚きつけることだけが目的だったようだ。

 

(好き勝手言ってくれる……俺は、まだ──!)

 

 壁に手をついて立ち上がろうとした瞬間、触れたコンクリートは飴細工のようにたやすく融けて崩れた。アンノウンのような超常現象。陸人は慌てて内から吹きこぼれていく力の残滓を落ち着かせた。

 無意識に落ち着かせることができた、ということは既に力を使いこなせているということ。陸人の進化は、その身に完全に馴染んでいた。

 

(なるほど……どうやら今度ばかりは本気で、どうしようもないらしいな……)

 

 あの陸人が諦めるほどに完璧に、罪爐は御咲陸人という人間を壊し尽くしていった。

 沈んでいく意識の中、誰かが自分に駆け寄ってくる気配を最後に陸人は目蓋を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に目を覚ますことはないかもしれない、と覚悟はしていた。そんな陸人の予想を裏切り、目覚めて最初に目に入ったのは見知った少女の顔。陸人の右手を握り一身に祈りを捧げる、心優しき巫女がそこにいた。

 

「……かぐや、ちゃん?」

 

「っ! 陸人様!」

 

 感極まったかぐやが、横になったままの陸人に抱きついた。状況を把握できていない陸人だったが、涙を流して呻く彼女を見て、そっと抱き返してやるしかできなかった。

 

「良かった……良かった……!」

 

(そうか、この様子……かぐやちゃんは、全部知ってるんだな)

 

 かぐやが気を遣ってくれたのか、担ぎ込まれた先は彼女の私室。機密性はかなり高く、神聖に満ちていて邪魔も入らない。

 

(立つ鳥跡を濁さず、かな……)

 

「陸人様……?」

 

「かぐやちゃんに頼みたいことがあるんだ。神樹様にお願いがしたくてね」

 

 少年は覚悟を決めた。

 

「"俺の記憶や痕跡、御咲陸人が存在した証を結界全域から抹消してほしい"……そう伝えてくれ」

 

 御咲陸人として培ってきた全てを捨てて、この世界から消える覚悟を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな頼みを黙って引き受けるかぐやではない。いつもの穏やかさをかなぐり捨てて烈火の如く追求してきた。何故そんなことをしなければならない、と。

 対する陸人の返答は、"このままでは自分は罪爐の闇に染まって敵の手に墜ちる"

 "筆頭巫女と神樹様の手でも癒せない以上、これは避けられない"

 "自害しようにも、今の自分が首を落とした程度で死ねる自信がない"

 "アギトが敵に回るだけでも最悪なのに、勇者達が戦うことを躊躇してしまえば勝機は0になる"

 "すぐにでも消える命なら、せめてかける迷惑を最低限にしてから終わりたい"

 

 あらかじめ用意していたような完璧な弁論に、かぐやは返す言葉を持たなかった。陸人が起きるまでの間、手を握って浄化を続けてもなんの手応えもなかったのは事実だから。"もう打つ手がない"という見解を、自ら後押ししてしまっていたから。

 自害、死ねない、などと聞きたくもない言葉もポンポンと出てくる。普段の陸人はもっと言葉選びに気を遣っている。それだけ余裕がないことの証左だ。

 

 

 

 

 

 

「だからって、陸人様……無くなってしまうんですよ? 自分の全てが……皆の思い出にも残らずに」

 

「それはイヤだね……でも、このままだともっとイヤな未来が来る。俺の手でみんなを殺すことになるくらいなら、知らない誰かとして消えた方がまだマシなんだ」

 

 自己犠牲の優しさにも思えるが、見方を変えればこれほど独善的で身勝手なセリフもないだろう。忘れる側の、置いていかれる側の辛さを全く考慮していない。

 

(どうして……この人の笑顔は、本当の笑顔はもっと……)

 

 かぐやにとって陸人はまさに英雄だった。優しい言葉、大きな背中、力強い瞳、温かい心。今目の前にいる人間との違いを見て、少女はようやく気がついた。自分がいかに都合の良い部分にしか目を向けてこなかったのか、ここにきてやっと理解できた。

 

(本当はもっと柔らかく眩しく笑う人なのに、どうしてこの人はこんな痛々しい顔で笑っているの……?)

 

 眉尻は下がり、口元は歪み、いつも宿っていた目の奥の光が霞んでいる。今の陸人には、ハリボテの笑顔で取り繕うことしかできなかった。

 

 

 

 

 

「──いや、です……行かないでください、陸人様……」

 

「ごめん……本当に俺は成長しないなぁ。何度繰り返しても、最後には必ず女の子を泣かせてる」

 

「なんで……なんでぇ……!」

 

「ほんと、なんでいつもこうなるのか……約束、今度こそ守りたかったんだけどな」

 

 かぐやとも、美森や友奈達とも、たくさんの約束を交わした。全てを守ってきたつもりだった。しかし遥か昔に生きた、忘れていた頃の自分は何より大切な人との約束を破っていて、今もまた自分から繋がりを断ち切ろうとしている。

 

(やっぱり俺には、完全無欠のヒーローは無理だったってことか。2回目のチャンスも棒に振るんだからな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 幼子のようにぐずるかぐやをあやす事数分。納得できないまでも時間がないことは理解した彼女は渋々神樹と交信、了承の返答を受け取った。

 神樹の内側にいる彼女達から何か反応があるかと思ったが、驚くほどあっさりと神樹の承諾を得られたことに陸人は少なからず驚いた。

 

(こっちに伝えられないだけか、他になにかしてるのか……まあ、早いに越したことはないな)

「よし、それじゃ俺は行くよ」

 

「……っ、もう、行かれるのですか?」

 

「ああ、かぐやちゃんのおかげで随分楽になったからね。今のうちにできるだけ結界から離れておきたいんだ」

 

 その言葉は半分嘘だ。確かにかぐやの処置と、神樹の気配が強いこの空間にいるおかげで罪爐の闇は一応沈静化している。しかしそれはあくまで一時的な対症療法。今でも一瞬気を抜けば倒れ込みそうなほどに気分は悪いし身体も重い。いつも通りの痩せ我慢で笑顔を作る陸人が、思い出したように上着のポケットから何かを取り出す。

 

「……あ、そうだ。忘れるところだった……約束した飴、昨日買っといたんだ。いやー、良かったよ。最後に1つだけでも約束守れて」

 

 上品な装丁の包みを手渡す陸人の笑顔は酷くぎこちなく、差し出した腕は小さく震えている。そんな状態で、最後に言うことがこんなささいな約束事なのだ。

 

 なんだそれは。

 無言で飴を受け取ったかぐやは、怒りとも悲しみともつかない感情に包まれた。こんな仕打ちを受けてもなお、彼が気にするのはこちらのことばかり。

 いっそ無神経なほどに自分に無頓着な陸人に、少女は心中でずっと張っていた予防線を踏み越えた。

 

 

 

 

 

「ありがとうございます、いただきますね……あら、美味しい。こんな良い物を頂いてしまっては、何かお返しが必要ですね」

 

 どこか芝居がかった笑顔で飴を口に含んだかぐやが、頭の後ろに手を回す。髪をハーフアップにまとめていた蝶の髪飾りを外して、美しい黒髪が重力に従って落ちていく。いつもの陸人であれば頬を赤らめるくらいの反応は期待できるほど、その所作には不思議な色気があった。

 

「かぐやちゃん……?」

 

「コレをお持ちになってください。この髪飾りは私が長年身につけてきたもの。拵えが特別な神具ではありませんが、御守り代わりにはなるかと思います」

 

 黒染めの蝶。清廉な神聖に満ち溢れたかぐやが身につけてきた髪飾りにもまた、多少の神聖が宿っている。元来特別な神具を持って動けば、目敏い罪爐は必ず気づく。これがかぐやにできる精一杯の援護だった。

 そしてもう1つ、授けるものがある。

 

 

 

 

「ありがとう、かぐやちゃ──」

 

「……ごめんなさい……」

 

 誰に向けたものかも分からない謝罪を口にして、陸人の手を強く引き寄せる。立つのもやっとな有様の陸人は、少女の細腕にも抗えずに体勢を崩し──

 

 

 

 

「…………ぇ……?」

 

「────っ、んっ……ふぅ……うまくいきましたね」

 

 

 

 

 2人の唇が合わさり、かぐやの口にあった飴玉が陸人の口内に移された。

 これには今の陸人でも流石に動揺を隠せない。よろよろと後退り、口を押さえたまま眼は泳ぎっぱなし。頭の中は衝撃と疑問符でグチャグチャだ。

 

「陸人様、お味は分かりますか?」

 

「………………レモン味」

 

「正解です! では、その味を私の味だと思って……忘れないでくださいましね?」

 

 ファーストキスはレモンの味。そんな少し古臭いフレーズを思い出したかぐやは、込み上げてくる羞恥心を隠して平然とした顔を作る。なんでもいい。少しでも陸人の気持ちを上向かせることができれば、と必死だった。

 

「かぐやちゃん、君は……」

 

「人には2段階の死が訪れると言います……1つ目は、肉体の死滅。そして2つ目が存在の消滅です。

 人はこの世の全てに忘れ去られた時、真の意味で死を迎えるのです」

 

「そうなんだ……じゃあ、俺はこれから──」

「だから、陸人様は大丈夫です。私がいますもの」

 

 自分は本当に死にに行くのか、という自嘲を遮り、かぐやは力強く宣言する。

 

「私が何者か、お忘れですか? 神樹様が如何様に世界を改変しても、御身と直接繋がっている私には意味を為しません。何があっても私だけは、貴方様を忘れないということです」

 

 神霊の干渉力は同じ神霊には通じない。神樹の一部と言ってもいいほどに深く適合しているかぐやには、罪爐だろうと天の神だろうと神樹本体だろうと干渉できない。

 裏を返せば誰もが知らない、誰もが忘れたことであっても無かったことにはできない。1人だけ違う視点で生きていくしかないという過酷な運命でもある。

 

「私が、絶対にあなたを死なせません。だから陸人様も、私のことを忘れずにいてくださると……本当に嬉しいです」

 

 ポカンと間の抜けた顔で呆ける陸人の手に改めて髪飾りを持たせ、そのまま両手で握る。案じるように優しく、愛おしむように暖かく。

 

 

 

「この髪飾りと……私の初めてを捧げた口付けが、誓いの証ですから」

 

 そう言って微笑むかぐやの笑顔に、陸人は我知らず見惚れていた。答えを求めるわけでもなく、気持ちを言葉にするでもない。想いの全てを笑顔1つに詰め込んだ上里かぐやはその一瞬、陸人の時間を止めて、心の全てを占めていた。

 

 

 

 

 

 

(ひなたちゃん……君の血は本当にすごいね。上里の子には、いつだって敵わない)

 

 かぐやの舌先が触れた唇が、舌と共に僅かに入り込んだ彼女の唾液が、微かに呪いを和らげていく。ほんのりと広がる暖かさが陸人に力を与える。軽く背中を押す程度の小さな力添えだったが、陸人の心にはそれ以上の意味があった。

 

「ありがとう、かぐやちゃん……君と同じ時代に来れたことは、間違いなく俺にとって幸運だった」

 

「私も、陸人様と出会えた奇跡に……心から感謝しております」

 

「後のこと、よろしく頼むよ」

 

「はい。こちらは任せて、最後まで心の赴くままに真っ直ぐ進んでください。それが私の願いです……行ってらっしゃいませ、陸人様」

 

 深々と頭を下げて見送るかぐや。背けた顔から真っ直ぐ零れ落ちる雫だけが、彼女の本音を物語っていた。

 

 

 

 

 

「……さよなら……」

 

「……ご武運を……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神樹様……私は、うまくやれたでしょうか」

 

 崩れ落ちるように冷たい床に座り込むかぐや。陸人の手前、頼りになる姿を示すために張っていた虚勢は見る影もない。

 

「最後に、少しでもあの方の重荷を減らすことはできたでしょうか……少しくらいは安心してくださったでしょうか……」

 

 繰り返す問いかけに返事はない。かぐや自身も答えを求めて口にしているわけでもない。

 

「もっと他に道はなかったのでしょうか……私に、もっとできることは……なかった、でしょうか?……ぅ……ふ、ぐ…………陸人さまぁ……!」

 

 陸人の気配が完全に遠のくまで女の意地を張り通したかぐや。幼子のようにボロボロと泣き続けるその声を聞きとめたのは、常に寄り添う神樹だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トルネイダーで結界を超えて飛ぶ陸人。姿勢を維持するのにも疲弊する有様。寝転ぶようにスライダーに乗って少しでも四国から距離を取っていく。

 

「救世の英雄が寂しく一人旅か? 哀れなものだな」

 

「──チッ、もう来たのか!」

 

 地上から伸びてきた無数のツタに捕まり、陸人はトルネイダーごと燃え盛る大地に墜落した。

 

「フフ、別れの挨拶は済ませてきたか? いや、忘れられる身ではそれもできんか……喜べ。そんな孤独な汝には、とびきり派手な散り様を用意してやったぞ」

 

 上機嫌に微笑む罪爐の後方、常軌を逸したサイズの植物が地面から湧き出てきた。ツタの一本一本が人間の胴回りほどの太さで唸り、花弁は人を丸呑み出来そうなほど大きく咲き誇っている。全体の大きさはゴールドタワーに近いほどだ。想像の産物である"人喰い花"が、突如として現出した。

 

「これが新たな身体で得た我の力……"曼珠薔薇(まんじゅばら)"と名付けた。この巨体の全てに我の呪いが溢れんばかりに詰まっている。今の汝にとっては、まさに劇薬よな」

 

 巨大毒花、曼珠薔薇。手で触れればそこから毒が移り、ツタを斬り裂けば断面から毒が吹き出し、満開の花弁からは常に毒が散布され続けている。その濃度は、視界全体が毒の色である紫に染まるほどだ。

 

「……ハッ……種撒いて水やって、せっせと歓迎の準備してたわけか……園芸趣味とはな……似合わないにも程があるぞ」

 

「ククッ、まあそう言うな。我の戦い方は器に大きく左右される。今の身体で最もうまく扱える力がこの形になったまでよ。不似合いなことをしている自覚はあるとも」

 

 話しているだけでも意識が遠のく。あの怪植物がここにあるだけで、陸人のタイムリミットは無慈悲な速度で減っていく。

 

「……タダで消えてやるほど……俺は潔い人間じゃないぞ」

 

「であろうな。汝がもう少し諦めの良い性質であれば、今頃我は目的を果たしていただろうさ」

 

 闇に包まれるように姿を変える陸人。最早ベルトを介さずともアギトになれる。それほど人間としての陸人の存在が薄れてしまっていた。

 

「案外俺は寂しがり屋でな……1人は心細いのさ。

 喜べ。俺のあの世への道連れは、お前に決めたぞ……罪爐!」

 

 黒炎を巻き起こしてカリバーを振りかざすアギト・エクリプスフォーム。大切なもの全てを手放した男の、捨て身の最終決戦が始まる。

 

 

 

「それはなんとも恐悦至極。だが2つ、訂正させてもらおうか」

 

 指を2本立てて、悠長に会話を楽しむ罪爐。その顔には余裕と愉悦だけが浮かんでいる。

 

「1つ、我や今の汝ほど条理を逸脱した存在は、朽ち果てた先に逝き場はない。人間が言うところの天国や地獄のような、魂の拠り所には歪な我らは立ち入れんのだ……もちろんかつて汝がいた、神樹の中の世界も同じくな」

 

 呪いに染まりきってしまえば最後、死してなお帰る場所もない完全な孤独に沈む運命にある。現世での居場所を手放した陸人は、これであらゆる縁を失ったことになる。

 

「2つ、汝が我を倒すという未来は存在しない。たとえ星の回りが逆転することがあろうとも、こればかりは覆りようがない。絶対不変の摂理というものだ」

 

 明日太陽が西から昇るような天変地異が起きたとして、それでもこの勝敗だけはひっくり返らない。いくつも枝分かれする未来の可能性を認知し、さらにそれに干渉する能力を持つ罪爐だからこそ断言できる。

 

「……悪感情の集合体じゃ、しょうがないのかもしれないが……いちいち腹が立つな、お前の言葉は」

 

 そしてそんなことは陸人自身分かっている。勝ち目がないからこそ、一方的に別れを決めて飛び出してきたのだから。

 だが、それはただ諦めたわけではない。負けた時のことを考えて動くのと、負けが決まったからと投げ出すのとではまるで違う。

 

 敵が周到、いつものこと。

 不利な戦い、いつものこと。

 負ければ終わり、いつものこと。

 結局のところ、陸人のやるべきことには何の変わりもないのだから。

 

「……怨霊ごときが好き勝手言ってくれたな……人間を、ナメるなよ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その戦いに、特筆すべきことはない。

 

 

 

「ふむ、概ね筋書き通りといったところか。テオスの方も順調とのこと……」

 

 中途半端に淡い黒と、この世の闇を集めて煮詰めたような純黒。両者がぶつかれば、より濃い方に呑み込まれて塗りつぶされる。

 

「ここまで来れば、後はしばらく静観して時が経つのを待つのも良いかもしれぬな」

 

 そんな予定調和で分かりきった結果に終わる、なんてことのない戦いだった。

 

 

 

「しかしまあ、汝には毎度驚かされる。まさか我の見通しを大きく上回って、7()2()()()()耐え忍ぶとは」

 

 ただ──そんな当たり前の結果に至るまでに、三日三晩粘り続けた少年がいた。

 

「全て失った上で何を守ろうと言うのか、我にはまったく理解できんよ。御咲陸人」

 

 自分のことを覚えていない誰かのために、既に自分の居場所がなくなった世界のために、増え続ける毒にも負けずに抗い続けた戦士がいた。

 

「だが、その努力も水泡に帰した……これからは、我の騎士として働いてもらうぞ……アギトよ」

 

 

 

「……消ス……スベテ……消ス……消ス!」

 

 

 

 

 ただそれだけの、誰も知らない戦いがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちなみに、陸人くんが結界の外に出た瞬間に神樹様の改変が行われたので、陸人くんは自分がいなかったことになっている世界を背に戦い続けたことになります……せつない……

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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成れの果て

しばらく主人公が主人公してないパートが続きます。


「──以上、私の力で見通すことができたのはここまでです。それ以降、昨日アギトが出現するまでの間のことは分かりませんが……罪爐の手に堕ちたと考えて間違いないでしょう」

 

 かぐやは自分が知る限りの経緯を見せて伝えた。一部、年頃の乙女として秘密にしておきたい部分は切り取って流したが、知るべきことに関しては全て共有できたと言ってよい。

 

「……私、何も知らなかった」

 

「わっしー、自分を責めちゃダメ。これは誰が悪いって話じゃないんよ」

 

「その通りよ。今はとにかく陸人のこと。他のことに気を取られてる場合じゃないわ」

 

「……うっ、ヒック……そう、ですよね……しっかり、しなきゃ!」

 

「樹、まず涙を拭きなさい。完全に蚊帳の外でここまで話が進んでたなんて……本当に陸人は変わんないのね」

 

「行かなきゃ……りっくんのところに、早く行かなきゃ……!」

 

 勇者部の反応は様々。自己嫌悪に陥る者。怒りに震える者。涙に沈む者。それでも全員に共通しているのは、誰もまだ諦めていないこと。置いていかれたなら追いつく。奪われたなら取り返す。その諦めの悪さが勇者の勇者たる所以だ。

 

(……やはり勇者様ですね。少しだけ……羨ましく思ってしまいます)

 

 かぐやの眼には自分の感情に素直な勇者部の面々が眩しく映った。世界と人類全てに責任を持つ筆頭巫女として、戦う力を持たない少女として、追いかけたくても踏み出せない葛藤があるのだ。

 

「皆様にお見せするものがもう1つあります」

 

 かぐやは手を打ち鳴らして付き人を呼びつける。粛々と現れた神官は1つのスーツケースを抱えて来た。

 

「これは……」

 

「こちらで調整が完了した勇者システムです。()()()()()()()、自分のものをお持ちになってください……私共の方からは、強制も依頼も致しません」

 

「……かーやん……」

 

「随分態度が変わったのね? 大社様は」

 

「これまでの経緯を考えれば、大社を信用できないのは当然のこと。ですが私にできるのはこれだけなのです」

 

 一時期の親友の酷い顛末を知っているだけに、勇者の力を再び使えと強要する気にはどうしてもなれなかった。陸人が大切に想っていた彼女達に生きていてほしいという願いも、確かに本物なのだから。

 

「ご自身の望む未来のために、今この力が必要かどうか、1人1人が自分の意思で決めてください」

 

 既に所持している園子の分を除いた5つの端末が並べられる。かつて悪夢のような時間をもたらした力の象徴に……

 

「決まってる。あの子に追いつくのに、この力は必要だもの」

 

 以前の戦いでは誰よりも深く悩み抜いたであろう美森が、真っ先に自分の端末を手に取った。

 

「……東郷様……」

 

「リクは約束してくれました……私が幸せを見つけるまで一緒にいるって。勝手に反故になんて、させないんだから」

 

「うん……このままなんて認めない。りっくんがいない明日なんてあり得ないよ」

 

「まー部長のあたしに断りもなくいなくなられたんじゃ、見つけ出してお説教するしかないわよね」

 

「もちろん。今度ばかりは頭に来たわ……見つけ出してまず一発ぶん殴る! 話はそれからよ」

 

「お、お姉ちゃん、夏凜さんもお手柔らかに……でも、私も陸人さんには一言文句を言いたいです」

 

 よりにもよって記憶まで消してから姿を消すとは何事か。そこまで頼りにならないと思われていたのか。一方的に別れを決めつけられた少女達には悲しみと怒りが渦巻いていた。

 

「皆様……」

 

「かーやん、そういうことだから後は任せて〜」

 

「園子ちゃん……」

 

「教えてくれてありがとう。必ずりくちーを見つけ出して連れて帰るから」

 

「………………うんっ!」

 

 上里かぐやは賭けに勝った。勇者達は知らぬ間に封じられた記憶の鍵を打ち破って立ち上がった。彼女が1人で背負ってきた御咲陸人という存在は、新たに6人の少女達に委ねられたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に目撃情報が上がり次第、真っ先に連絡を回して勇者部が動く。話をつけた彼女達は、讃州中学の部室に向かう。かぐや以外の誰もが事情を知らない大社では、勇者は自由に動けない。ならば自分たちの拠点でできる限りの準備をしておくほうが生産的だ。現役中学生である彼女達だが、今の6人に授業という概念は頭になかった。

 

「それじゃ〜部室に着いたら園子さんが新しい勇者システムについて教えてしんぜよ〜」

 

「それはいいけど……まさか知らない間に一悶着あって、園子だけ先に勇者に復帰してたとはね」

 

「ホントよ、銀達と口裏合わせてそんな大事なこと黙ってたなんて……リクを取り戻したら、その辺りについてもしっかり話してもらうからね、そのっち」

 

「あはは〜、お説教はイヤだな〜……ごめんなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 慣れ親しんだ通学路。平和な日常の象徴である校舎の前まで辿り着き、校門を見据え……その横には見るからに怪しい黒尽くめが立っていた。

 

(なに……? この、肌が焼けるような殺気は)

 

 今は午前11時、昼前の授業の真っ最中。登校時間を大幅に遅れていて、人気もほとんどない。

 見た目もシチュエーションも不審すぎる人影に、夏凜は警戒心を顕にする。

 

「夏凜ちゃん、どうしたの?」

 

(フードで顔が見えない……アイツ、なんなの?)

 

 黒いローブで頭から爪先まですっぽり覆った怪しい風貌。まるで太陽に浮かぶ黒点のように、周囲の雰囲気から逸脱した異質な存在感。男か女かも判然としないその黒尽くめは、勇者部を認識した途端に恐ろしい速度で突っ込んできた。

 

「……ん? なにあの人」

 

「こっち、来てる……?」

 

「──チッ、全員退がりなさい!」

 

 背負っていた竹刀袋から木刀を抜いて構える夏凜。襲撃者は一切速度を緩めず、呆けたまま1番前にいた友奈めがけて飛びかかった。

 

「──えっ……?」

 

「なんなのよ、アンタはぁっ!」

 

 2人の間に割り込んだ夏凜が木刀を盾に不意打ちの蹴りを防御。襲撃者は冷静に反転、着地するとすぐさま体勢を整えて拳を振るう。

 

(コイツ、速いし強いし硬い……それにこの動きは……)

 

 人間として最上級の実力を誇る夏凜が得物を持ってなお防戦一方。それほどに襲撃者の戦闘力は人間離れしていた。

 

(左……右……足払いで体制を崩したら、撃ち落とすような上からの一撃!)

 

 相手の動きを、まるで見たことがあるように完全に先読みした夏凜が怒涛の連撃を捌いていく。身体能力では大きな差をつけられているが、動きが分かっていれば対応はできる。

 

(……身体が自然と対応する。この感覚、まさか……!)

 

 何故夏凜は顔も見えない相手の動きが分かるのか。対処が体に染みつくほど競り合ってきた相手……1人だけ、当てはまる人物がいた。

 

「夏凜ちゃんから離れて!」

 

 いきなり攻撃を仕掛けてきた謎の人物に、友奈も後方から仕掛ける。生身でも十分な威力を誇る勇者パンチは、恐ろしい反応速度で身を翻した襲撃者の左手で防がれた。

 

「……ぇ? この感触……」

 

 事あるごとに握ってきた彼の手。何度もこの手に救われた。友奈が間違えるはずもない。

 

「──せぇぇいっ!」

 

 片手が塞がった襲撃者の後頭部に木刀が迫る。黒い襲撃者は、2人に挟まれた状態から大きく飛び退いて回避した。重力の縛りを無視したかのような軽やかなジャンプで全員の頭を飛び越えて着地する黒。その衣服がフワリと舞い上がり、顔を隠していたフードが重力に従って頭から落ちた。

 

 

 

 

 

 

「……そんな、どうして?」

 

「君は……」

 

「りっくん……りっくん!」

 

 全員が今心の底から会いたいと願っていた勇者部の仲間にして、みんなのヒーロー……御咲陸人がそこにいた。

 

 

 

 

 

「……ちょっとちょっと、知らない間に随分雰囲気変わっちゃったんじゃない? 陸人ってば」

 

「陸人さん……どうしてこんな……」

 

「探す手間が省けた、なんて楽観視できる状態じゃないわね」

 

 身体は全体的に痩せ細り、顔色も病的なレベルで青白くなっている。自分たちの前では笑顔を絶やさなかった顔は、何の感情も見えない無表情。陸人の心の暖かさを示すように常に光を宿していた両眼は、目の前の仲間達すら映さぬ漆黒に染まりきっていた。

 

「……………………」

 

 勇者達の言葉に一切の反応を示さず、陸人は無感情に首元を緩める。その奥の素肌に、悍しい黒の痣……呪いの印が見えた。既に首にまで侵食している。

 眼がいい美森がそれを視認した次の瞬間には、陸人は黒いアギトに変貌していた。いつもの彼を知る仲間から見ても、その変身はあまりにもシームレスで無駄がなかった……まるでこちらが本来の姿だと言わんばかりに。

 

「りっくん、あの……!」

 

 友奈の呼びかけも無視して右腕を掲げる。その拳には、黒い焔が宿っていた。

 

「っ! みんな変身して、早く!」

 

 園子の声に、反射的に変身する勇者達。仲間を見つけるために再び掴んだ力は、皮肉なことに今目の前にいる彼と対峙するために使われることとなってしまった。

 

「……消エロ……全部、纏メテ……!」

 

「っ、マズい!」

 

 くぐもった声でアギトが呟き、焔を撒き散らす。周囲の家屋に被害が及ぶ一瞬前、ギリギリで樹海化が間に合った。

 友奈がホッと息を吐いたのも束の間。周囲の変化を気にも留めず、アギトは黒く染まったシャイニングカリバーを召喚。仲間に向けて容赦なく振り下ろした。

 

「こんのっ!……なんだってのよ、コラ陸人!」

 

 夏凜の二刀でも受けきれない圧倒的なパワー。徐々に押し込まれた夏凜はガードをこじ開けられてしまい、脇腹に強烈な蹴りを受けて吹き飛ばされた。

 

「夏凜ちゃん!」

 

「──友奈ちゃん、前!」

 

 宙を舞う夏凜を目で追った友奈の真正面に、アギトが斬り込む。上段に構えられた刃が振り下ろされる直前に、緑のワイヤーが絡み付いてその一撃を引き留めた。

 

「うぅっ……なんて力……陸人さん!」

 

 綱引き勝負で樹がアギトに敵うはずもない。力負けした樹は足が宙に浮く勢いで引っ張り込まれてしまう。その小さな身体に、アギトは躊躇わず黒焔の拳を振りかぶる。

 

「そんなことする奴じゃないでしょ、アンタはぁ!」

 

 引き寄せられる樹と構えるアギトの間に風が横から割って入る。大剣を盾にして拳を防ぎ切った、ように見えたが。

 

「…………ッ!」

 

「ウソッ⁉︎」

「ひゃああっ!」

 

 拳に宿る焔が爆裂、至近距離でモロに衝撃を受けた2人は高く跳ね飛ばされる。追撃しようと踏み出しかけたアギトの足は、目の前を通過した青の光弾と紫の光刃に止められた。

 

「……やめて……やめてよ、りくちー!」

 

「どうして、あなたがこんな……!」

 

 一切当てる気のない、見るからに威嚇でしかない攻撃。美森も園子も、唐突に訪れた悪夢のような邂逅に頭と心が追いついていない。

 事態を把握した時に、覚悟はしていたつもりだった。しかしそれでも、実際に刃を向けられた衝撃はあまりに強すぎて。自分の中の陸人のイメージと目の前のアギトの姿が、どうしても重ならずに受け入れることができなかった。

 

「くっ……勇者ぁぁぁ……!」

 

 躊躇しながらも拳を構えた友奈が踏み込む。数多の強敵を打ち破ってきた退魔の必殺技は──今度ばかりは、炸裂することなく停止した。

 

「……パンチ、できないよ……りっくん、どうすればいいの?」

 

 鼻先で止まった拳。目の前で苦悶の表情を浮かべる友奈を気にした様子もなく、アギトは無感情に刃を地面に突き立てた。

 

「……燃エテ、尽キロ……」

 

 火山が噴火するかの如く立ち昇る火柱。至近距離にいた友奈はもちろん、美森と園子も巻き込んで、地獄の業火が燃え盛る。一瞬で3人から、立ち上がる力と共になけなしの戦意を奪い取った。

 

「……りく、ちー……!」

「あのリクが、私達に攻撃を……?」

「どうして……どうしたら?」

 

 まさに一騎当千、天下無双。いくつもの修羅場を潜り抜け、歴代でも屈指の強者である勇者部の面々を軽く蹴散らす。これが御咲陸人……いや、真なる覚醒を果たしたアギトの本領であると、黒い影は無言の内に証明していた。

 

 

 

 

 

「……全テ消ス……首ヲ寄越セ……」

 

 1番近くに倒れ伏していた友奈を最初の首級に選んだアギトが悠然と歩み寄っていく。絶えることなく刃先に燃え続ける黒焔。アレに斬られれば精霊バリアとてどこまで保つか分からない。

 

「りっくん……お願い、帰ってきて……!」

 

 自分の首元に刃を据えられても、友奈は"やめて"ではなく"帰ってきて"と叫ぶ。しかしそんな少女の切なる声も、今のアギトには雑音でしかない。首を両断するべく、その刃を高く掲げて──

 

 

 

「こんの……バカ野郎がぁぁぁっ!」

 

 彼方から跳んできた赤い勇者に対処すべく、振り返ってその刃を弾き返した。夏凜の全霊の斬撃は、軽く振るわれたカリバーに打ち負けた。二刀の片方が半ばから両断され、全力を込めた突撃の勢いも完全に殺されて真上にかち上げられた。

 

「……無意味……無価値……」

 

「ボソボソと鬱陶しい……いつからそんな陰気になったのよ、アンタはぁ!」

 

 宙に投げ出された夏凜を貫かんと刺突の構えを取るアギト。夏凜は鍛えた体幹とバランス感覚をフル活用。何もない空中で重心を無理やり移動させて身をよじる。

 

「頭を冷やせ、バカ陸人!」

 

 ギリギリで串刺しを免れた夏凜は、逆立ちの姿勢でアギトの両肩に手を付いて停止。脚部を振ってガラ空きの後頭部を全力で蹴り飛ばした。予想外の衝撃に、流石のアギトもよろけて体制を崩す。

 その一瞬の隙が夏凜の狙いだった。すぐ下で倒れる友奈、近くで蹲る美森と園子も回収して緊急離脱。触れるな危険状態のアギトから距離を取ることに成功した。

 

「……逃ゲル……無意味……」

 

「お願い、止まって!」

 

 追おうとしたアギトだが、縫い止められたようにつんのめって動きを止める。いつの間にか、地面を突き破って伸びてきたワイヤーが両足を大地に縫い付けていた。この方法なら直接力比べをせずとも動きを封じられる。樹は陸人に教わった"武器の自由度を生かす戦い方"を、望まぬ形で教授された本人に対して活用していた。

 

「口で言っても聞かないなら……ちょっと痛いけど我慢しなさいよ、陸人!」

 

 棒立ちの体勢になったアギトの視界を、人影が暗く染める。大剣をさらに大きく強化した風が、押しつぶさんばかりの勢いで斬りかかってきた。

 

「……無意味……無価値……」

 

 投げかけられる言葉の意味も理解できず。無感情に機械的に、アギトはその力を使って只管に破壊を繰り広げる。まるでそれしか知らない幼子のように、純粋に一心に焔を撒き散らしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ったく、アンタ達もアンタ達よ! 戦いたくないからってボンヤリしてたら命がいくつあっても足りないわよ!」

 

「ごめん、夏凜ちゃん……でも……」

 

 煮え切らない反応の友奈達。何度も撃ち合って互いを鍛え合った、戦士としての陸人に最も長く向き合ってきた夏凜だからこそ、今の彼女たちに言えることがあった。

 

「ハァ〜……ま、アンタ達の気持ちが分からないでもないけど。少なくとも私に言わせれば、今そこにいるアイツは陸人じゃないわ」

 

「……え?」

「夏凜ちゃん?」

 

「自分を完全に見失ってる……目の前にいるのが誰かも分かっちゃいない。衝動のままに人を傷つけるヤツを、陸人だなんて私は絶対に認めないわ」

 

 夏凜が知る御咲陸人は、いつだって誰かの為に必死になって生きていた。見ている側が不安になるほど我が身を顧みない、度を超えたお人好し。間違ってもあんな破壊魔ではない。

 

「アイツは全部忘れてるのよ。

 勇者部として人のために頑張ってきたことも、みんなで遊んで笑い合ったことも、互いを守って戦い抜いたことも、全部!

 そんなヤツに御咲陸人を名乗らせてアンタ達は平気なの? 私は許せないわ。アイツにはまだ勝ててないんだから、このままいなくなるなんてあり得ないっての!」

 

「……にぼっしー……」

 

「アンタ達だって同じでしょ? あの馬鹿に伝えたいこと、まだ伝えられてないことがあったんじゃないの? だったらしょぼくれてる場合じゃないでしょ! どこに行ったかも分からない迷子が向こうから出てきたんだから、シバいてでも引き止めるくらいの気概でいかなきゃダメでしょーが!」

 

 夏凜の叱咤激励が一息ついたタイミングで、遠く後方で戦っていた風と樹が吹き飛んできた。2人とも肩で息をしている。今のアギト相手では時間稼ぎも命懸けだ。

 

「あ〜痛っ……やってらんないわねあの強さ」

 

「さすがアギトだね……でも、このままじゃ終われないもん……!」

 

「風、樹……大丈夫?」

 

「ちょっちキツイけどまだいけるわ。それより聞いてたわよ〜、夏凜ってば熱いことも言えるんじゃない。あんだけツンケンしてた完成型勇者様が、ここまで素直に……おねえちゃんは嬉しいわ〜」

 

「──んなっ⁉︎」

 

「ハイハイ、揶揄っちゃダメだよお姉ちゃん。立て込んでるんだから……でも、私も夏凜さんと同じ気持ちです。あんな眼をした人を、陸人さんだとは認めたくない。

 だから、私達の陸人さん(いつもどおり)を取り戻す為に必要なら……戦います。相手が誰でも!」

 

「樹も成長したわね……うん、部長も同意見ってところね。

 私が散々迷惑かけたあの時、陸人はただ受け止めてくれた。子供みたいに駄々こねて武器を振り回してたあたしに、一度だって反撃せずに体を張って抑えてくれた。

 やりたくもないことやらされて、きっと今1番苦しんでるのはあの子自身よ。だからこれ以上誰かを傷つける前に、強引にでも止める。それが歳上で先輩で、部長のあたしの役目だもの!」

 

 あんな冷たい眼をした者を、陸人と認めることはできない。心に触れた相手を温める光が、陸人の瞳には常に瞬いていたのを樹は覚えている。

 

 誰かを傷つける者を、陸人と認めることはできない。自分を痛めつけてでも誰かの笑顔を守る、それが陸人の生き様だと風は知っている。

 

 自分達との思い出を持たない者を、陸人と認めることはできない。過去を知らないからこそ、陸人が思い出を大切にしていたことを、夏凜は理解している。

 

 

 

「アンタ達がどうするかは、自分で決めれば良いわよ。だけど、アイツに仲間殺しの罪なんて背負わせたくないなら……俯くのはやめなさい」

 

「……ごめん……」

「わたし……私は……!」

「……りっくん……」

 

 

 

 

 友奈、美森、園子が顔を上げた瞬間、周辺の温度が急速に上昇した。

 

「なに、急に⁉︎」

「アギトの力……?」

「っ⁉︎ 上よ!」

 

 勇者達が見上げた先に、太陽と見紛うほどの熱量が空に瞬いていた。かつて勇者部を追い詰めた合体型バーテックス『レオ・スタークラスター』

 その異形が得意としていた大火球の数倍のエネルギーが込められた黒い太陽。アギトは勇者達の言葉をただ聞いていたわけではない。チマチマと分散して攻めてくる勇者達を一掃するための準備をしていたのだ。

 

「冗談じゃないわよ、あんなのが落ちてきたら……!」

 

「私達どころか、樹海越しでも街までヤバいことになるわよ!」

 

 風の大剣で防げる規模ではない。

 樹のワイヤーでは力不足。

 夏凜の速度でも今からでは躱せない。

 美森の射撃でも撃ち落とせない。

 友奈の馬力でも太刀打ちできない。

 最強勇者の園子であっても打つ手がない。

 

 

 

 

 

「全テ等シク……消エ失セロ……!」

 

 黒焔を凝縮した破壊の塊が大地に落下する、その刹那──

 

 

 

 

 

「……貫けぇぇぇぇぇぇっ‼︎」

 

 樹海の空から轟音と共に稲妻が唸る。闇も光も全てを断ち切る、雷鳴の一閃が轟いた。

 直上から一直線に落ちた雷刃が、黒い太陽を貫通、瞬く間に霧散させた。

 

「うひゃあぁぁぁっ⁉︎」

 

「なになに今度は何よ⁉︎」

 

「──あ、あのアンノウンは……?」

 

 大質量の衝突によって爆風が吹き荒れる。なす術ないまま吹き飛ばされる勇者部。そんな嵐の中友奈が目にしたのは、見覚えのある異形が舞い降り、アギトに斬りかかる瞬間だった。

 

 

 

 

「無様だな……あの日俺に見せた光輝の力が見る影もなく真っ黒ではないか!」

 

「…………ッ!」

 

 落下した勢いそのまま、雷の剣がアギトに落ちる。直接触れずとも衝撃だけで大地が砕けていく。地形が変化するほどの斬撃を放つ方も異常だが、それを受けても微動だにしないアギトも大概どうかしていた。

 

「罪爐の闇に呑まれたか……正直な所見損なったぞ。こんなことで我を失う程度だったのか? 貴様の信念……戦う理由は!」

 

「乱入者……関係無イ……全テ消スノミ……」

 

「落ちるところまで落ちたか……ならばもう良い。俺の手で引導を渡してやろう、アギト!」

 

 黒を引き裂く雷霆一閃。カブト型のアンノウン、否……『ゴ・ガドル・バ』が、混沌極まる戦場に乱入してきた。

 

 

 

 

 

 

 

 




ヒロインのピンチに颯爽登場
ド派手な演出と共にダイナミックエントリー
ボス敵の必殺技を出鼻で強制キャンセル

どういうことだこれは……まるでガドルが主人公のようではないか⁉︎

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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すれ違い、果し合い

分かる人にしか分からない話をします。
スパロボZって面白かったですよね……主人公選択式の良さが活かされてました。



 雷と焔の鍔迫り合い。環境さえ支配する絶対強者の2人は、ただぶつかるだけで周囲を爆心地に変えてしまうほどの力を持っていた。

 

「その眼、気に食わんな……少し前の自分を見せられているようだ!」

 

「…………ッ!」

 

 鼻先がぶつかるほどの距離で競り合っていた両者が、弾かれるように飛び退いて距離を開ける。彼らの狙いは奇しくも共通……大技を放って一点突破。

 

「……燃エ尽キロ……!」

 

 カリバーを旋回させて焔を収束、黒い火球を再構成したアギト。『エクリプスブラスト』で一切を焼き尽くさんと力を込める。

 

「今の貴様に、遅れを取るわけにはいかないな……!」

 

 剣の腹に爪を立てて、引っ掻くようにして稲妻を宿す。尋常ではない音を立てて、ガドルの必殺剣『雷迅閃』が光を放つ。

 

「ちょっと、アレはヤバいでしょ⁉︎」

「全員後退、急ぎなさい!」

 

 空間そのものを燃焼させながら前進する黒い火球。

 天をも貫かんばかりに伸びる雷の刃。

 

 超自然的エネルギーの衝突により、樹海全体を揺るがすほどの衝撃が発生。四方八方に破壊を撒き散らして、閃光と轟音が全てを包み込んだ。

 

「おおおおおおおおっ‼︎」

 

「……無駄……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 衝撃が収まった1分後、中心に立っていたのはガドル1人だけだった。アギトは既に樹海の領域外まで離脱したのか、気配すら掴めなかった。

 

「逃げられたか……」

(無傷とはいかないだろうが……)

 

 アギトが立っていた場所に、刃の一方が切断されたシャイニングカリバーが落ちている。鮮やかな引き際を考えると、全てのダメージを武器で捌き切ったと見るべきだろう。

 ガドルは右手に握った愛剣に目を向ける。同じく刃の中間辺りから見事に真っ二つにされていた。互いの技が想定以上の威力を持っていたということだ。

 

(思ったよりも腕が立つ。いや、単に力の総量だけで言えば本来の奴よりも……)

 

「……ぁ、あああのっ!」

 

 どこか緊張したような声で、ガドルの思考は中断された。見上げれば、いつの間にか目の前には桜の勇者。少し後ろには他の勇者もいる。突然現れて場をかき乱した怪人にどう接触すべきか悩んでいるのだろう。

 

「……どうした、奴はもういないぞ」

 

「あっ、はい!……じゃなくて、あなたはアンノウン、ですよね? その……なんで私達を助けてくれたのかなって……」

 

「お前達を助けたわけではない。俺もアギトに用があった。妙な気配が混ざったせいで見つけにくくなったあの男を、ようやく捉えたのが偶然今だったというだけだ」

 

「そっか……私、結城友奈って言います。りっくんのこと、何か知ってるなら教えてください!」

 

「……俺が知ることなど、お前達とそう変わりはない。自我を奪われたこと、罪爐の手に落ちたこと、放っておけば全てを壊すまで止まらないだろうということくらいだ。

 それだけ分かれば十分だろう。奴がこれ以上無様を晒す前に、命を絶って止めてやる……それが俺の目的だ」

 

 迷いなく言い放たれた殺害宣言。あまりにも堂々としたガドルに、勇者達は何も返すことができなかった。

 

「……反論があるなら聞いてもいいが、代案無しには止まれんぞ? このままでは奴は命も誇りも戦ってきた意味さえも失う。そうなる前に、拾えるものだけでも拾ってやらねば……あれほどの男が、あまりにも不憫に過ぎる」

 

「殺すまでいかなくても、他に陸人を取り戻す方法は……」

 

「甘いな。お前達がその手段を即答できない時点で、そんな都合の良い未来が無いことは明らかだ。そちらにも神がいる。その神がなにも可能性を提示しない時点で手詰まりだと、本当はお前達も分かっている……違うか?」

 

「それは……だけど、今は無理でもこれから探せば──」

 

「その間奴が引き起こす被害はどうする? お前達に奴を物理的に止める手があるか? そもそも奴自身、いつくたばるか分かったものではないというのに」

 

「でも……でも!」

 

「お前達の知るアギトは死んだのだ。その死体が動いているせいで実感を持てていないだけのこと。お前達が言っているのは、物言わぬ冷たい亡骸に目を開けと叫んでいるのと変わらない」

 

 武士の情け、とでも言うべきか。ガドルもまた、今のアギトを陸人とは認めていなかった。戦うべき強敵ではなく、既に終わってしまった哀れな亡霊。

 堕ちた宿敵を、せめて鎮めるためにできることをやる。それがガドルの決断だった。

 

「話が済んだなら俺は行くぞ」

 

「……居場所は分かってるの?」

 

「気配は掴み損ねたが、行き先には見当がついている。罪爐が呼び戻したのだろうからな」

 

 樹海が解除され、いつもの空に戻る。ガドルは人間体に姿を変えて、勇者達に背を向けた。

 

「待って!……私は、私達は……」

 

「この先、覚悟の無い者は来るな。半端者にできることなどない……ただ傍観するだけなのは、何よりも辛い筈。奴とてお前達にそんな思いをしてほしくないから、あのようなやり方で姿を消したのだろう」

 

「それは……」

 

「結論が出た者だけ、後を追ってくるがいい。俺の気配を辿れば方角は分かるだろう」

 

 雷光と共に姿を消すガドル。最後の言葉には、宿敵の心残りに対する僅かな気遣いと、勇者達の強さへの無自覚な期待が込められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 変身を解除した勇者達は、部室で体を休めながら各々物思いにふけっていた。いつも誰かが笑わせて、そこから笑顔が全体に伝播していく。勇者部の本来あるべき雰囲気が微塵も感じ取れない。葬式のような粛々とした物悲しさが空間を包んでいる。

 

 

 

 

「皆様! お怪我はありませんか?」

 

「うえっ、かーやん? どうしたのこんなところまで……というか大社の外に出て大丈夫なの〜?」

 

「はっ、はっ…………うん、大丈夫じゃないから抜け出しちゃって。この状況を把握してる人が他にいないから、説明もできないんだもの」

 

 そんな空気をぶち壊す、清廉な神聖を纏った少女、上里かぐやが前置きもなく現れた。いつもの巫女服ではなく、シンプルなワンピースにカーディガンを合わせた学生らしい私服。走ってきたのか、らしくなく息を乱す姿は付き合いの長い園子から見ても珍しい光景だった。

 

「皆様、お見せしたいものがあります」

 

「それは……リクのことで?」

 

「勿論です。皆様がお帰りになられてから見つけたのですが……」

 

 息を整えたかぐやが話を始める。布に包まれて丁寧に扱われる小さなアクセサリー。貝殻を加工して作られたそれは、夏に行った慰安旅行で陸人が拾って拵えた思い出の一品だった。

 

「これは……」

 

「この紐の色、りっくんのだ……間違いないよ」

 

「はい。私達とお揃いの、あの日の思い出を形にしようって、プレゼントしてくれた……」

 

 同種のアクセサリーを渡された5人が、鞄から自分のものを取り出す。不安はあれど、明日が楽しいものであるようにと願って、そこに全員が揃っていると信じたあの日。つい最近の話なのに、遥か昔のことのように感じてしまう。それだけ色々なことがあり、今も切羽詰まったままでいるせいだろうか。

 

「やはりそうでしたか。陸人様がお持ちになっているのを思い出しまして……これは陸人様が最後に飛び立っていった本部の屋上で見つけたものです」

 

 立って歩くのも精一杯だった陸人が、結界内で最後に足をつけた場所。勇者達に全てを伝えた後、陸人の最後の景色を共有したくて屋上に上がったかぐやが、2週間を経て見つけた落とし物だった。

 

「この中に、陸人様が刻んだと思われる一文があります……きっと、誰に見せるつもりもなかったのでしょうけれど」

 

 このアクセサリーは、留め具を取り付けて開閉式に作られている。小さな飾りを中に入れたり、シールや写真を貼ることもできる。

 そんな手の込んだ手製のアクセサリーの中に、陸人が封じ込めた願いは……

 

 "As long as there is one of us, there is all of us"

 

「……これ、英語? ダメだ、読めないや」

 

「私も無理ね。そのっち──そのっち?」

 

「……りくちーらしいね。うん、これは有名な文学作品の一文をちょっと変えてある文でね〜……たぶん、これにりくちーが込めた想いを一言で表すのなら……」

 

『離れていても、ずっと一緒にいる』

 

 かつて、友と並んで買ったドッグタグにも刻んだメッセージ。仲間に言って心配をかけたくなかった彼は、昔も今も自分が身につけるものに刻み込むことで心を律していたのだ。

 

「なによ、もう……1人だけで覚悟決めてたってこと? 身勝手すぎるでしょ」

 

「本当に……悩んだら相談、って、私達の決まりなのにね……?」

 

「バカ陸人バカ陸人バカ陸人……1人でカッコつけてんじゃないわよ!」

 

「綺麗に終わる準備をするくらいなら、ちょっとくらい弱音吐いてくれたらいいのに……りくちーったら水臭いんだから〜」

 

「話を聞いた時すごく悲しくて……同じくらい悔しかった。リクにとっての私達は、後がなくなれば手放してしまえるような存在でしかないのかな、って……でも、そうじゃなかったのね」

 

「そうだよ。この字、すごく震えて歪んでる……りっくんもすごく辛かったんだ。いつもの笑顔で隠して、私達の日常を守ってくれてたんだよ」

 

 陸人がこれを落としたのは偶然。この一文もあくまで自分を鼓舞するもので、誰かに見せるためのものではなかった筈だ。しかしそれでも、このメッセージは陸人が自分自身すら欺いて隠し通した、弱音の発露のように彼女達は感じ取った。

 

「──みんな、行こう!」

 

「友奈ちゃん……」

 

「あの人が言ったことは間違ってない。私達には作戦も力もない……だけどそれで諦めたら、今度こそりっくんが1人ぼっちになっちゃう。そんなお別れ、私は絶対に嫌だ!」

 

「今は無理でも、1分先の私達なら何かできるかもしれない。リクがそうやってみんなを守ってきた姿を、見てきたんだものね」

 

 根性論、精神論と言ってしまえばそこまで。しかし何かを成す時の第一歩は、いつだって心持ちから始まるのだから。

 勇者は根性。どれほど辛い現実を前にしても、諦めない者だけが明日の希望を掴み取れる。

 

「改めて……皆様の覚悟を聞かせていただきました。返礼として、私から1つ案があります……うまくいけば、陸人様の心を解放できるかもしれません」

 

「──っ⁉︎ それは、本当に……?」

 

「ええ。先程のアギトの気配を探って気づきました。罪爐は1つ見落としをしている……そこが唯一の突破口となり得るのです」

 

 かぐやが直接勇者部を訪れたのは、英雄の落とし物と起死回生の策を授けるため。その鍵を握るのは……

 

「私が預けた髪飾り……そして"天の逆手"。罪爐が陸人様を手中に収めて他の要素を軽んじている今このタイミングが、敵の思惑をひっくり返せる最初で最後のチャンスです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦を詰めた勇者部はすぐに出撃した。まずはアギト……そしてガドルに追いつくことが最重要。預かり知らない所で決着がついてしまえば策も何もあったものではない。

 

「方向はこっちで合ってるのよね?」

 

「はい。あのアンノウンの痕跡を辿って──この反応は……来ます!」

 

 全速で進む勇者部の前方に大経口の砲撃が着弾。爆風と煙が全員の足を止めた。後方から唸る派手な駆動音が、立ち止まった勇者達を抜き去って進路を塞ぐ。勇者部が直接見たのは一度だけだが、あのインパクトはそうそう忘れられるものではない。

 

「オラオラ止まりな! なーにやってんだ勇者様よぉ!」

 

「来たわね、ゲテモノバイク……!」

 

「この状況で独断行動は認められない。戻ってもらうわよ」

 

「楠芽吹……面倒臭いのが出てきたか」

 

 突如無断で行動を始めた勇者部を追跡してきた大社からの追手。防人第一小隊が"G2-X"を駆って現れた。

 人体に無理のある指揮管制システムをオミットし、防人でも扱えるように操縦系統を簡略化した改修型。

 ハンドルを握っているのは山伏シズク。

 その後ろに座って火器管制を担うのが弥勒夕海子。

 右の砲塔に立って前方を見据えているのが楠芽吹。

 左の砲塔に半ベソでしがみ付いているのが加賀城雀。

 かなり無理くりな4人乗りで、それでも後追いで勇者部に追いついてきた。G2-Xにはそれだけのスペックがある。

 

「……何しにきたわけ? こっちは忙しいんだけど」

 

「それはこちらのセリフよ。貴方達、現状が分かっていないの? 先日現れた新顔に対する警戒態勢を敷くから、勇者は指示があるまで待機と言われているでしょう?」

 

 新顔というのは言わずもがなアギトのこと。陸人がいなかったことになっている今の世界では、勇者達は2人のライダーに次ぐ最高戦力として扱われる。本人達はそれどころではなくて聞き流していたが、勇者として復帰したことで大社の指揮下に入っているのだ。

 大社で事態を正しく把握しているのは上里かぐやただ1人。内乱以降、彼女は大社全体の指揮権を確保しつつある。とはいえ、改革真っ最中の現在、上意下達が即座にできるほど内部環境が整っていなかった。

 

「奥で仲間が苦しんでるの。私達は行かなきゃいけない」

 

「仲間? そちらは全員揃っているようにお見受けしますが……誰のことですの?」

 

「御咲陸人……って言っても、今のあなたたちには通じないよね〜」

 

 ここで問題となるのが認識の齟齬。陸人がいたことを憶えている勇者部と記憶を改変された防人とでは、見えている世界が違う。

 防人から見れば、勇者部は予断を許さない状況下で勝手なことをしている違反者。

 一方で勇者部から見た防人も、世界の命運よりも大切な仲間……御咲陸人を助ける道を阻害する邪魔者でしかない。

 

「いきなり勇者様達が壁外に出たって聞いて……大社の人たち大慌てだったよ? そこでちょうどコレの試運転してた私達が駆り出されたの」

 

「私達は何もあなた達の足を引っ張るつもりはないの。説明するのは難しいけど、この先に会わなきゃいけない人がいる。やらなきゃいけないことがあるだけなの、そこを通して!」

 

「あなた、今自分がどれほど無茶なことを口にしているのかお分かりで? 今の人類に余裕はない。過酷な定めだとは思いますが、あなた方の背中には四国400万の人命がかかっています。勝手な行動は許されませんわ」

 

「そーいうこった。サッサと戻んぞ。いつあの黒いのが襲ってくるか分からねーんだ」

 

(やっぱり、他の人達にとってりっくんはただの敵でしかない。これじゃどう説明しても……)

 

 G2-Xの力を示した上で説得しても、勇者達は帰還指示に従う様子がない。隙をついて突破しようと構えている6人を見て、芽吹は口では意味がないことを悟った。

 

「……どどどどうしようメブー? 勇者様達、引き下がる気なさそうだよ?」

 

「幻術か何かで認識を操られてる可能性もあるわね。やむを得ない、腕尽くででも連れ帰るわよ……シズク、弥勒さん!」

 

「了解ですわ。気は進みませんが……」

 

「悪く思うなよ、こっちも任務なんでな!」

 

 ガシュッ、と嫌な機械音が響き、勇者達は一斉に距離を取る。

 

 

 

 

「バリア越しでも、コイツは痛いぜ!」

 

「一斉射っ!──ですわ‼︎」

 

 

 

 

 G2-Xの砲門が開き、多連装のミサイルが射出された。余りにも性急な実力行使に驚いた勇者達に、圧倒的な火力が襲いかかる。

 

「ちょっ……待ってよ⁉︎」

 

「なんで⁉︎ 話が噛み合わないだけならともかく、どうして急に……」

 

「夏凜、どうなってんのよアンタの知り合い! 気ぃ短すぎない⁉︎」

 

「私に言われても困るわよ! 確かに融通効かないタイプだったけど、こうまで喧嘩っ早い奴じゃなかったわ」

 

「……となると、他に何か理由があるのかな〜?」

 

「それも気になるけど、今は何より時間がないわ。どうにかして突破しないと」

 

 G2-Xの火力を振りかざして強引に四国側に後退させられていく勇者部。刻一刻を争う中、これ以上のロスはできない。

 

「……仕方ない、手分けしましょう。ここは私がなんとかするから、みんなは奥に進んで」

 

「夏凜ちゃん⁉︎」

 

「対人戦なら私が1番向いてるもの。顔馴染みもいることだし、陸人のことは任せるわ」

 

 誰かが足止めに回らなくては事態は好転しない。夏凜は自分の役割をしかと心得ていた。

 

「なら私も残ります。あのバイクは完全に止めないと後ろから追いつかれる……足止めなら私が1番向いてるはずです!」

 

「よし、じゃあ私もこっち側ね。ゲテモノバイクとパワーで張り合えるのは私くらいのもんでしょ。人数的にも3人は欲しいし」

 

 樹と風も足止め役を買って出る。もっともらしい理由を挙げてはいるが、結局のところ彼女達は信じているのだ。陸人を連れ戻すのは友奈、美森、園子の3人に任せるべきだと。

 

「風先輩、樹ちゃん、夏凜ちゃん……」

 

「ほら、分かったら早く行きなさいな。あの子のこと、お願いね」

 

「陸人さんを連れて、4人で帰ってきてくださいね」

 

「あの分からず屋に教えてやんなさい。私達はアイツが思ってるほどヤワじゃないってこと」

 

 本音を言えば、夏凜達だって陸人の下に行きたい。言いたいこともあるし、その手をつかんでやりたいとも思っている。しかしそれ以上に、今彼に会いたいと切望している仲間のために、縁の下で体を張ることに決めていた。

 

「──ありがとう!」

 

「先行します、こちらは任せました!」

 

「すぐに連れて帰るから、待っててね〜」

 

 

 

 

 

 

「そんじゃ行くわよ……勇者部────」

 

『ファイトォォォォォッ‼︎』

 

 

 

 号令と共に、すれ違い様にハイタッチを交わして進路を分かつ。突破班と残留班が背中合わせに逆方向に駆け出した。全ては陸人を連れ帰るために。ほんの少し前まで当たり前にあった日常を取り戻すために。

 

「分散? そこまでして!」

 

 迂回してG2-Xの射程外から奥を目指す友奈達。当然芽吹も妨害に動く──が、これ以上の邪魔を赤の勇者は許さない。

 

「楠、芽吹ぃぃぃっ!」

 

「──っ、三好夏凜!」

 

 弾丸のような勢いで真っ直ぐ突っ込んだ夏凜が、芽吹をG2-Xから強引に引き剥がした。まずは指揮官を孤立させて統制を乱す。集団戦のセオリーだ。

 

「悪いわね、こっちにも譲れない理由があんのよ! ここらで勝負といきましょうか……ハンデはどれくらい必要かしら?」

 

「甘く見ないで! 今の戦布は改修を重ねて、基本性能は勇者にも劣らない領域まで進化しているのよ……シズク!」

 

「ほらよ、使いな隊長!」

 

 シズクが投げた銃剣を受け取り、自分の武器と両手で構える。かつて夏凜と同じ勇者装束を扱うべく鍛えてきた二刀流の構えだ。

 

「これで武器の面でも互角ね……対等の果し合いよ、勇者、三好夏凜!」

 

「上等! 決着つけようじゃない、防人隊隊長、楠芽吹!」

 

 精霊バリアや満開、対バーテックス、アンノウンとしての機能を除けば、現行の防人の装備と勇者システムに大きな差はない。人類最強レベルの戦士同士。真っ向からの果し合いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

「オイオイ、なんか楠熱くなっちまってるぜ」

 

「そのようですわね。では、こちらはあの3人を追いましょう」

 

「うう……ヤダなあ、勇者と戦うなんて」

 

 3人を乗せたG2-Xが方向転換──しようとして前後輪共に、細い糸が絡んで動きを封じられていた。

 

「行かせません! あなた達にはここに残ってもらいます」

 

「チッ、足を抑えられたか……加賀城!」

 

「え〜……うわ、すんごい細かく仕込まれてる。これちょっと解くの大変だよ?」

 

「そのバイクにどんな力があっても、タイヤで走るなら私の糸で止められます。友奈さん達を追いかけたいなら、私を倒してからにしてください!」

 

 樹のワイヤー操作技術は最早職人芸の域だ。いかに馬力があっても、踏ん張るための足元がおぼつかなければ意味がない。

 樹の武器は、勇者部の中で最も自由度が高い。同時に最も加減がしやすい武器でもある。人と対峙することになったこの戦場に争いを嫌う彼女が残ったのは、それを自覚していたからだ。

 誰かに流されるのではなく、自分にしかできないことを自分の頭で考える。樹は1人の勇者として、心身ともに最も成長した存在でもある。

 

「──そんでもって、樹を倒そうってんならまずはあたしからってねえ!」

 

 動きが止まったG2-Xの右側から、巨大化した大剣が迫る。風は平らな腹の部分を叩きつけるように振り抜いた。

 

「防げ加賀城!」

「ウッソでしょ⁉︎」

「シャキッとなさい!」

 

 足が止まった大型バイクを、風は真横からの衝撃で横転させるつもりだった。しかし、その一撃は衝撃を受け流されて上滑りしていった。

 G2-Xをすっぽり覆い隠すほどの大質量の一撃を、手持ちの武器で即座に捌いてみせたのだ。

 

「ガラ空きですわよ!」

 

「──っ、ヤバッ!」

 

 夕海子の狙撃を大剣を縮小して防ぐ風。剣を通して感じた手応えから、風は目の前の防人がどれほど場慣れしているのかを察することができた。

 

(あの3人、あの一瞬で完璧に息を合わせて私の攻撃に対処した……見下してたつもりはないけど、認識を改める必要があるかもね)

 

 衝突の瞬間、雀が盾で剣を受け止める。

 攻撃が止まった直後に、夕海子が剣の端を射撃。3発同時に着弾させ、真横だった剣の角度を強引に斜めに押し曲げた。

 そうして衝撃の逃げ場を作ってから、シズクがハンドル操作とブレーキングで重心移動。機体を傾けて大剣を頭上に滑らせて衝撃を逃した。

 

 どこかでタイミングがずれれば押しつぶされていただろう。アドリブで対処しきったこともそうだが、何よりも瞬時に仲間を信頼して行動に移る迷いの無さに驚嘆した。

 

(いいチームね。こんな形じゃなきゃ、もっとうまくやれてただろうけど……!)

 

 言っても詮無いことだ。今の風達にとって1番大切なのは自分のチームメイトである陸人のこと。相手が誰であれ、ここで折れるわけにはいかないのだ。

 

「お姉ちゃん!」

 

「気を引き締めなさい、樹。あのバイクもだけど、乗り手の子達も相当な腕よ!」

 

「向こうもその気になってくれたんなら、遠慮はいらねえなぁ!」

 

「ええ〜……今の一撃とかすごく痛かったんですけど」

 

「いいから構えなさいな! 次が来ますわよ」

 

 どちらが間違っているわけでもない。互いに譲れないもののために、持てる全力でぶつかり合う。本心では誰も望んでいない、報われない戦いがここにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 追手を振り切り、ガドルの後を追う勇者部。その人数は半分まで減ってしまっていた。

 

「……みんな、大丈夫かな……」

 

「防人の人達は確かに様子が少し変だったけど、バリアもあるから大きなことにはならないはずよ」

 

「こっちも危害加えようってわけじゃないしね〜、私達が早く戻ればそれだけ無意味な戦闘も早く終わって────そうだよね〜、防人が来るなら来てるだろうと思ってたんだ〜」

 

 迫り来る新たな反応。勇者でもアンノウンでも防人でもない、オンリーワンの気配に園子が真っ先に気付いた。

 

「そのっち?」

 

「どうしたの、園ちゃん?」

 

「2人とも止まって……来るよ」

 

 荒々しい足音と共に、不規則に風を切る音が凄まじい速度で迫ってきている。緑の異形が、勇者達の頭上を飛び越えて着地した。

 

「ようやく追いついたぜオラァ!」

 

 首を鳴らして威圧的に振り返ったギルス……篠原鋼也。共に戦った仲間である美森や園子に対しても警戒心を解いていない。

 

「G3-X、エンゲージ」

 

 挟み込むように後方に降り立ったもう1人の仮面ライダー、G3-X……国土志雄。彼も同じく銃口を向けながら勇者達の挙動に注目している。

 

「鋼也くん、それに国土さん、だったわよね」

 

「ちゃんと話すのは初めてだな。こんな場で挨拶したくはなかったんだが」

 

「防人達から話は聞いたけどよ、お前らが何考えてんのかはさっぱりだったわ。こんな時に戦力を遊ばせてる余裕はねえって、分からんお前らじゃねーよな?」

 

「う〜ん、話を聞いてくれるなら説得できる自信はあるんだけどね。ちょっと時間がないんだよね〜……道中説明するからついてきて、って言ったらどうする?」

 

「論外だな。強引にでも連れて戻るまでだ」

 

「はぁ……須美が考えすぎて妙なことになんのはまだ分かるがな。園子、お前まで一緒になって何してやがんだよ」

 

「だから説明させてくれるならそこを通してってば〜」

 

「それはできねーってんだよ。いいからお前らが戻れって。言いたいことがあるなら大社の方に話せ」

 

「そんなつれないこと言わずにさ〜、お友達でしょ〜?」

 

 ニコニコしながら言葉で様子を伺う園子。やはり手応えが違う。口先だけで突破するのは無理があるようだ。

 

(やっぱりこの2人も変だね〜。こんなピリピリしてる人じゃなかった)

 

(そうね。国土さんはよく知らないけど、鋼也くんの反応が刺々しすぎるわ)

 

(じゃあ、やっぱり……?)

 

(……ん。この2人を抑えるにはこっちも最低2人は必要だね〜。となると……)

 

(行って、友奈ちゃん。リクの手を掴んであげて)

 

 小声で算段を立てる園子達。それに気づいた鋼也と志雄が、攻撃態勢に移った。

 

「なーにコソコソやってんだオイ!」

 

「実力行使させてもらう、悪く思うな……!」

 

 ギルスが正面から飛びかかり、後方からはケルベロスの斉射。前後から迫る攻撃を散開して避ける勇者達。大地を裂くギルスの一撃を見る限り、この2人も本気で無力化させようとしているらしい。

 

「早く行って、友奈ちゃん。この2人は強いわ、捕まったら逃げられないかもしれない」

 

「でも、東郷さん!」

 

「かーやんも言ってたでしょ? りくちーを助けるカギはその拳だって。曖昧な言葉だったけど、あの子は間違ったことは言わないから……信じて進んで、ゆーゆ!」

 

「園ちゃん……」

 

「それだけじゃない。友奈ちゃんは、誰よりもリク個人の心に寄り添い続けてきたもの。私もそのっちも、あの子にどこか英雄としての姿を重ねてしまっている。全てを無くしたあの子に手が届くのは、きっとあなただけなのよ」

 

 園子は初めから陸人とアギトを=で結び、ヒーローとしての彼を見てきた。

 美森はアギトである陸人の在り方に思い悩んで暴走した過去がある。

 友奈だけなのだ。初めて出会った時から、アギトのことを知っても、勇者としての運命を聞いても何も変わらなかったのは。

 友奈にとっての御咲陸人は、強くて優しくて頼もしくてカッコよくて、たまに危なっかしくて隣にいたくなる。そんな親友で、仲間で、大好きな男の子。何を知っても知らなくても、その関係は不変だった。

 

「大切なのは、人としての"御咲陸人"を取り返すこと。それにはきっとゆーゆが適任なんだと思うよ〜……ただ、それとりくちーのお相手云々は別の話だから〜、そこんところよろしくね〜?」

 

「あはは……うん、分かったよ。私行きます。りっくんは任せて!」

 

「おっけ〜、待ってるよ」

 

「いつだって信じてるわ、友奈ちゃん」

 

 一直線に駆け抜ける友奈。何も考えずに仲間を信じて一点突破。そんなバカ正直な疾走を、追手が見逃すはずもなく。

 

「行かせるかよ!」

「止まってもらう!」

 

「ところがどっこい〜」

「通してもらうわ!」

 

 光刃と弾丸の嵐が巻き起こり、ギルスとG3-Xの動きが止まる。弾幕に一箇所だけ開いたルートを走り抜け、友奈が炎の奥へと突き進む。

 

「行ってきます!」

 

 その声を最後に、仲間全員の想いを託された桜の勇者は炎の奥へと消えていった。とうとう1人になってしまったが、これで大社からの追手は打ち止めで間違いない。残る問題はアンノウンやバーテックスの妨害だが……

 

「──ったく、なーに考えてんだお前らは。あの奥に何があるってんだよ?」

 

「しののんが忘れちゃった、大切な真実があるんだよ……だから、ゆーゆの邪魔はしないで」

 

「分からないな。何をそこまで必死に求めているのか」

 

「今は分からなくて結構。あなた達には、ここで私達に付き合ってもらうわ」

 

 美森と園子。鋼也と志雄。どちらも同じ訓練を乗り越え、強い絆で結ばれている。

 

「俺らに勝てるつもりか? 須美、園子」

 

「勝つ必要なんてないよ〜、負けるつもりもないけどね」

 

「手早く無力化して結城友奈を追わせてもらう……行くぞ」

 

「させないわ。こちらも譲れないのよ!」

 

 最強コンビ決定戦と言っても良い好カードが、世界の端で激突する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「さて、とりあえず初仕事ご苦労、と言いたいところだが……」

 

 四国結界からぐるりと星を回って真反対、人類の生存域から最も離れた対蹠地に罪爐の領域がある。帰還命令を受けて本拠に戻ったアギトは、帰投直後に薔薇のツタに囚われて身動きを封じられていた。

 薔薇のトゲが全身に突き刺さり毒が流れ込む。そんな拷問じみた拘束を受けているアギトの前に、罪爐が悠然と歩み寄る。

 

「我は出会い頭に最大火力で焼き尽くせ、と命じたはず。何故変身せずに殴りかかるような悠長なマネをした?」

 

「…………」

 

 罪爐は確実に勇者を葬り去るつもりでアギトを差し向けた。頼みの綱であるアギトが、同じ希望である勇者を殺した。この事実を突きつけて残る人類から絶望を得ることを目的として、最低でも2、3人は仕留められる公算だったのだが。

 

「まあ、今の汝に答えを返せというのも無理な話だな。しかし、御咲陸人の心は完全に殺したはずだが……まだ肉体にその頃の感覚が残っているということか?」

 

「…………」

 

 どれだけ力があっても、命令を忠実にこなせない人形に価値などない。アギトを手中に収めるまでの手間を考えれば、もっと利用したいと思うのも当然だった。

 

「では多少荒療治ではあるが、汝を更に我の色に染めてやろう。まだ心が残っているのなら非常に苦しいものになるが……汝であれば身体までは壊れまいよ」

 

 アギトの額に指を突きつけ、ドス黒い闇を流し込む。器の奥にある魂の底の底まで、完膚なきまでに黒く染めるために。

 

「……ギ……ガ……ッ‼︎」

 

「拒絶反応……やはり、しぶとく宿っていたか。英雄(りくと)の残り滓が。今度こそ消えてもらおうぞ、死に損ないが……!」

 

 動けない状態で身をよじらせていたアギトが、やがて力無く意識を落とす。次に目覚めた時には純度100%の悪の人形の完成だ。

 

「まったく手間のかかる……さて、こちらはこちらで出迎えの支度をせねばな」

 

 眠るアギトの頬を撫でつけ、罪爐は踵を返してその場を離れていく。ヒールの足音が、何もない無明の空間に不気味なほど深く反響する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何故そこまで人間であろうとする? 人にそこまでする価値はないではないか』

 

 アギトの脳内で声が響く。己をさらに深い闇へと誘う罪爐の呼び声だ。

 

『そもそも汝は真っ当な人間ではなかったであろう? 生きにくいと思ったことも多くあったはずだ』

 

 罪爐は呼びかけ続ける。人間を捨てるように。こちら側に来るように。

 

『汝の始まりの記憶は人殺しだ。生きるためなら殺しても良い。汝の真理だ。誰に教わるでもなく、最初にそう決めて仲間にもそう擦り込んだ……でなくば子供の集まりがあれほどの戦果を上げられるわけがない』

 

 ──堕ちてゆく

 

『あの孤児達が死んだのは我のせいではない。殺した兵士のせいでもない。汝があの子らに殺しの手段を提示したからだ。人を殺せる力を、仲間に与えたからだ。殺しを続ければ、いずれ必ず報いとして殺される時が来る。あの惨劇は汝が引き起こしたことだ』

 

 ──堕ちてゆく

 

『それで? たまたま伍代雄介という善人に拾われたら今度はあっさりと宗旨替えか。滑稽なほど惨めだな。仲間を巻き込んで殺し尽くした汝の真理は、出会い1つであっさり捨てられる程度のものだったのか?』

 

 ──堕ちてゆく

 

『そこまでして手に入れた一見真っ当な人としての価値観。それもまた他人の猿真似でしかない。誰かの笑顔を守る……汝は常々言っていたが、それは汝自身が本当の意味で他者の笑顔に価値を見出したからか? いいや違う。尊敬できる人間がそう言っていたから、その価値観をそっくりそのまま真似ていたに過ぎない』

 

 ──堕ちてゆく

 

『所詮空っぽなのだよ汝は。だから環境や近くの人間の影響をたやすく受けて変化する。それが分かっているから、汝は無意識に自分を軽視している。誰かのために命を懸ければ、空虚な己にも価値が付随するとでも? そんな発想自体が既に人を逸脱していると何故気付かない?』

 

 ──堕ちてゆく

 

『汝は西暦でも神世紀でも、様々な娯楽や芸事に手を出していたな。アレもまた己の空虚を誤魔化したかったのだろう? 才能に任せて一定の結果を出し続ければ、少なくとも傍目からはさも充実した生き方に見えるだろうからなぁ?』

 

 ──堕ちてゆく

 

『西暦の決戦。神に至ると決めたのだって、結局は自分の価値を高めるため……言ってしまえば承認欲求を満たしたかっただけ。己の価値に自信が持てぬから、誰にも真似できない偉業を果たして認めてもらいたかった。違うか?』

 

 ──堕ちてゆく

 

『誰かのためと嘯きながら、その実自分のことしか考えていない。空虚な自分が誰かに目を向けてもらうためには人の役に立たなければならない。そんな強迫観念に近いものが、汝を突き動かしてきたのだ。惨めにも程がある』

 

 ──堕ちてゆく

 

『そうだろう? 真に友のためを想うなら、勇者になろうとする者達を死に物狂いで止めるべきだった。それをしなかったのは、誰かと並んで戦いたかったから。無価値な自分が身体を張るべき、と断じておきながら1人は嫌だと甘えを見せた。その中途半端な覚悟と偽善のせいで、あの娘達は大きな傷を負い人としての幸せを失うところだった』

 

 ──堕ちてゆく

 

『娘達との向き合い方もそうだ。少なくとも記憶を取り戻してからの汝は気付いていたであろう? あの中に汝を恋い慕う者がいることに。それでも鈍いフリを続けたのは、怖かったからだ。彼女達の真っ直ぐな想いに向き合うのが。特別な誰かを作ることが。これを不誠実と呼ばず何とする?』

 

 ──堕ちてゆく

 

『全てにおいて半端者。衆愚に迎合して普通の人間になりきるでもなく、孤独を貫き1人傷つく覚悟も決められない。それが何よりも周囲を傷つけるということが何故分からない? 汝は人の世界にいるだけで、多くの悲劇を巻き散らす存在なのだと自覚せよ』

 

 ──堕ちてゆく

 

『あちらに汝の居場所はない。人でありながら神にも劣らぬ魂を持って生まれ落ちた時点で、汝に"普通"は手に入らないことが定まっていたのだ。潔く諦めてこちらに来い。堕ちてしまえば、そう悪くはないものだぞ?』

 

 ──堕ちてゆく

 

『こちらに不自由はない。我だけは汝の全てを理解してやる。受け入れてやる。望みを叶えてやる。我や汝こそが世界に生きるべき優れた存在だ。弱者が蔓延る今の世界の方が間違っているのだ。全て消して、作り直そう。我等が我等のまま生きられる世界をこの手に。さすればその空虚も埋まるはずだ』

 

 ──堕ちてゆく

 

『我の手を取れ。汝には資格がある……これまで苦しんできた分、世界を好きにする権利がある、これは当然のことだろう? 汝等人間は大好きではないか──努力した者が報われる結果というものが』

 

 自分をやたら高い棚の向こう側までぶん投げて一方的に語りかける罪爐。その言葉が陸人の本質を突いているのかどうか、それは陸人本人にしか分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんとも無様だな。あの日の英雄と同じ人物だとはとても思えない」

 

 光も音もない、ただ沈黙する人形が一体存在するだけの闇の空間に、不似合いな程白い影が降り立った。

 上から下まで白装束で包み、全身から神秘的な輝きを放つ人影。テオスが人を真似て作った肉体と瓜二つの顔立ち。黒いテオスと対の姿で、その存在は現れた。

 

「…………」

 

「起きろ。この私に拳を叩き込んで説教までしたあの気概は、いったいどこに消えたのだ……伍代、いや……御咲陸人よ」

 

 かつてテオスが自身の世界で対峙した天使の一角、"火のエル"。その存在に酷似した肉体を使って、誰とも違う立ち位置にいる神霊がアギトに接触してきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後半にツラツラ書き並べたのは、あくまで罪爐の私見です。罪爐は読者視点(神の目線)に極めて近いものの見方ができる存在です。その視点から、可能な限り穿った見方をして、思いっきり世の中を斜めに捉えた世界一の性悪が思う陸人くん像でしかありません。
作者がそういった人物として彼を描いてきたわけではないですし、私自身彼をそういうキャラクターだと捉えているわけでもありません。

陸人くんの本質について、作者から明言することはありませんが、ここまで長ったらしい今作を読み進めてくださった読者様方が思う彼で間違いないかと思います。

今回の展開は少し否定的に見られるかもとは思いましたが、一度徹底的に否定されることでなけなしのカタルシスを求めてみました。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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過去と未来を縁で結んで

 
ゆゆゆのベストアルバム手に入れました。のわゆ組の新曲をはじめどれも素晴らしく、感激ものです。
ゆゆゆい新章、3月のイベントと5周年で色々と波が来ていますね。この調子でのわゆアニメ化も期待したいところ……!
 



「なんたる無様……随分と見窄らしくなったものだ。実につまらない」

 

 純白の容姿からは想像もつかない辛辣な言葉が項垂れるアギトに降り注ぐ。かつて人類の9割9分を滅ぼした無慈悲なる神霊、天の神。

 

「罪爐とテオスの警戒を掻い潜るのも楽ではないのだがな。あまり手を焼かせないでほしいものだ」

 

「…………」

 

 何を言ってもアギトの反応はない。今の彼は、内なる声になけなしの力で抵抗を続けている状態だ。天の神が目の前にいることも、かけられている言葉の中身も分かっていない。

 

(余程深くまで沈められたようだな。これは私の手ではどうにもならんか……)

 

 罪爐の闇の奥底に流された御咲陸人の魂の残滓。天の神でさえも手が出せない状態になっている。悪霊の執念に呆れた天の神は、ひとまずアギトを拘束しているツタを焼き消した。

 

「……ぅ……」

 

 身体が解放されると同時に闇が弾けて変身が解けた。現れた素顔に刻まれた呪印。罪爐が押し付けた祟りは右頬まで浸食している。

 

(これがあの男……沢野哲馬が信じた、人の可能性の極地)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天の神と陸人の関係は西暦にまで遡る。圧倒的不利な状況から五分五分にまで盤面を立て直し、強烈な拳と独自の正義を叩き込んできたイレギュラー。その時既に陸人は、神と称される最上位の存在に己を省みさせるという偉業を成し遂げていた。

 

 その後の300年、傷を癒しながら人類を見直していた天の神。陸人のような存在が再び現れることもなく、不定期に惨劇を巻き起こしながら少しずつ悪の感情を育ててゆく毎日。人類に対してどのように断ずるべきかを考えていたある時、遂にソレが自我を持って動き出した。

 

 ──やあやあ、汝のおかげでここまで力を取り戻せた。人類殲滅が目的なのだろう? ならば我と共に動かぬか?──

 

 いつの間にか異界の神を手中に収めてやってきた世界の呪い、罪爐。天の神は悩みながらもその手を取った。懐に潜り込んで討滅する好機を伺う。最初は人類の可能性など、毛程も考慮に入れてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──本当にそれで良いのか? 貴様はまだ、隠された真実に辿り着いていないというのに──

 

 気づけば声をかけていた。哀れなほど悲劇の渦に飲み込まれ、それでも尚最後の一線を踏み越えないために足掻く男と女。娘を奪われ、人生全てを翻弄されながらも諦めない2人に、かつて一度だけ言葉を交わした英雄の光を見た。

 

「賭けをしよう。俺達は全てを滅ぼすつもりで策を練る……人類が敗北したなら、その時は俺達の力、研究、時間、命……全てをあなたに譲渡する。

 けれどもし……もしも人類が屈することなく打ち勝ったなら、その時はあなたの力を貸してほしい。人間には運命を覆す力がある、そう認めてほしい」

 

 分を弁えずに提案された賭け。それに乗ったのはほとんど気まぐれだった。懸命に抵抗を続ける彼等に、自分くらいは慈悲をもたらしてやろう、くらいにしか考えていなかった。その夢物語が現実味を帯びてきたのは、あの英雄が時代を超えて還ってきた頃だった。

 

 

 

 ── 何も分からない俺でも、君の一言があればこの命を賭けられるから──

 

 ── お前を倒すために手に入れた力だ!──

 

 ── 約束したんだよ……こんなところで、終わってたまるかぁぁぁぁぁぁっ‼︎──

 

 

 

 彼は変わらなかった。相変わらず誰かのために奔走し、一人傷つき、かかる悲劇をひっくり返し続けた。かつて神の断罪を乗り越えた人類の救世主が、名前を変えて再び可能性を証明しだした。

 全て滅ぼすつもりで組み上げた切り札(ネスト)さえも突破した英雄達を見て、天の神は今一度人の可能性を見定めることに決めた。

 

 

 

 

 ── 今度はもうみんなを泣かせるようなことにはならない。"いつも通りの私"も含めて、全部を守る。そのために戦う──

 

 ── これまでの戦い、アンタの教えで助かった部分もある……その辺の一切合切もこの拳に込めて、仮面の奥の本音を聞かせてもらうぜ!──

 

 ──"軽い引鉄(トリガー)に価値は無く、落ちない撃鉄(ハンマー)には意味がない"……それを常に考え続けろと、僕に教えてくれたのはあなただ──

 

 ── これからは、何の邪魔もなく香と共にいられる……やっと……やっ、と──

 

 

 1人の人間との対等な賭け、その対象となる戦いにおいて……英雄以外にも可能性を感じさせる人間を見つけた。300年を経て、英雄だけが特別だったのだと諦めつつあった天の神にとって、彼らは新たな希望の光だった。1人の男の生き様と死に様を見届けて、神は長きに渡る苦悩に結論を出した。

 

(あれだけの死を撒き散らした結論を覆すのは、我が事ながら恐ろしい……しかしここで見て見ぬフリをするようでは、罪爐の宿業からこの世界を解放することなど永劫叶わない……なれば……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(だと言うのに、肝心の英雄がこの有様ではな……)

 

 陸人の額に優しく触れて、自分には手の施しようがないことを確認した天の神。憂うように汗を拭い、そっと陸人の懐を探る。目当てのものは、やはり罪爐には奪われていなかった。

 

(神樹の巫女が授けたというのはこれか……確かに奴の目を欺く程度には微弱だが、目印の役を果たせる程度には力が宿っている)

 

 かぐやが御守りとして渡した蝶の髪飾り。陸人が大切に懐にしまっていた巫女の贈り物には、ごく僅かな神聖が宿っている。確かめるように持ち上げて、両手で優しく握り込んだ。すると、豆電球のような微かな光が灯る。

 

「……神樹の要請通り、鍵は開けてやった。重たい扉をこじ開けて、その先に踏み出せるかはお前達次第だ……そら、いい加減起きろ寝坊助」

 

「──グッ⁉︎」

 

 励起状態になった髪飾りを陸人の懐にしまい、そのまま腹部を殴って叩き起こした。覚醒と同時にアギトの姿に戻る陸人。起き抜けに目の前にいた天の神を見て、反射的に距離を取って武器を構える。

 

「……誰ダ……」

 

「誰でも良い。罪爐はお前を閉じ込めておくつもりのようだが、それではつまらん。外に出ろ、お前が会うべき相手が来ている」

 

「…………」

 

「行けと言っている……これ以上私の手を煩わせるな!」

 

 突き出した右手から波動を放ち、強制的にアギトを闇の領域の外に叩き出した。理解不能な力で不意を突かれたとはいえ、今のアギトが反応すらできないほどの圧倒的な力。これが天の神と称される神霊の格だ。

 

(この私を相手に真正面から殴り込んできた勇気……己の信じた正義を貫き通す根性……取り戻せ、御咲陸人)

 

 闇の向こうに消えていったアギト。彼を見送った天の神。その顔が小さく笑みを浮かべていたことには、本人も気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて……どいつもこいつも面倒をかけてくれる……貴様もそうだ、テオス!」

 

「──っ! お気づきでしたか、流石です」

 

 アギトが消えていった方角を暫し眺めていた天の神が、突如真後ろに波動を叩き込んだ。波動が闇を晴らした先には、ごく小さな手傷を負ったテオスが隠れていた。

 

「途中から見ていたな……もっと早く手を出してくると思っていたのだが。アギトを追わなくていいのか? 罪爐(しゅじん)の言いつけは奴をこの場に留めておくことだろうに」

 

「ええ。本来なら彼を止めなくてはならないのですが……今のアギトは罪爐以外には等しく牙を剥く獣同然です。アギトの暴走を抑えた上であなたを相手取るのは無理がありますから」

 

「奴をあんな様に変えておいて、被害者のようなことを言うのだな。やはりお前達とは合わんな。手段も目的も」

 

「それは残念です。私も罪爐も、あなたとはうまくやっていけていると思っていたのですが」

 

 穏やかに会話を交わしながらも二柱の神は力をぶつけ合う。天の神の真上、空間そのものに風穴が開き、テオスの正面に光の柱が立ち昇る。指一本動かすことなく、世界のあり方さえも変質させていく。これが本物の神霊同士の激突。

 

「私も少し気に入らないことがあります……何故その姿を使ったのですか? あなたは私とその者の因縁を知っていたはずですが」

 

「だからこそ、だ。この顔をぶら下げて動けばお前の心を乱せるかもしれない。その程度の浅い付け焼き刃……それに見事に釣られたお前も、神としては相当に浅はかだがな」

 

「……余裕がありますね。この私を前にして」

 

「それはこちらのセリフだ。アギトと私を同時に相手取りたくない、とほざいていたな。それはつまり、1対1なら私に勝てると考えたわけだ……甘く見るなよ?」

 

 天の神の背中から、あまりに大きな翼が伸びる。闇を切り裂く眩い光の双翼。絶対的な力の奔流に、大地が揺れ動き大気が叫び出した。

 テオスはあくまで隣接世界を司る神。今この世界において誰よりも強く権威を振りかざすことができるのは、罪爐でもテオスでもなく唯一天の神だけだ。

 

「我々の格はほぼ同等……であれば、私の領域であるこの世界において負けるわけがない。外様の分際で出しゃばってきたこと、後悔するがいい……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1人になってしまった友奈。仲間を案じながらも全力で足を前に踏み出し続ける。一刻も早く彼を取り戻すために。仲間達ともう一度笑い合うために。

 

 

 

 

 

「……! いた、あの人!」

 

 駆け抜けて駆け抜けて駆け抜けた先。数えるのも億劫なほどのアリの群衆を相手に、1人のアンノウンが一方的に蹴散らしていく異様な光景が広がっていた。

 

「……来たか。ならばもう、お前達で暇を潰す必要もないな」

 

 雷刃片手に大立ち回りを演じていたガドル。友奈の到着に気づくと、剣を掲げて雷雲を召喚する。

 

「あっ、あの!」

 

「少し下がっていろ……先に掃除を済ませる」

 

 数多の雷霆が降り注ぎ、数千もの雑兵をまとめて焼き尽くした。その気になれば一瞬で片付けられる戦場だった。単に勇者が来るのを待つ間の暇つぶしとして遊んでいたに過ぎない。

 

「……すごい……」

 

「そう大したことでもない。お前達と肩を並べてきたあの男……アギトにもこの程度は容易にできるだろう」

 

 友奈は圧倒されながら称賛するが、ガドルから見れば雑魚をいくら抹消しても力の証明にはなり得ない。

 剣を消して向き直る。誰か来るだろうとは予想していたが、たった1人というのは少々予想外だった。

 

「来たのはお前だけか……他の仲間はどうした?」

 

「あっ、それが──」

 

 ここに来るまでの経緯を簡潔に語る友奈。らしくなく攻撃的な味方の妨害。罪爐のことをよく知るガドルには思い当たることがあった。

 

「おそらくは罪爐が手を出したのだろうな。忌々しいことに、四国結界の外は連中の力が及んでいる。お前達勇者のように強い加護もなく、アギトのような例外でもなければ奴は干渉できる。完全な操り人形にはできずとも、思考の方向性を少しいじる程度なら難しくもないはずだ」

 

「そっか。それで……」

 

「だが、前提としてアギトのことを忘れているから起きた事態だ。奴を取り戻すことさえできれば全て解決すると考えて間違いない」

 

「なるほど……分かりました、ありがとうございます!」

 

 ペコリ、と音がつきそうな勢いで深々と頭を下げる友奈。その素直な態度に、人間慣れしていないガドルは少し狼狽えた。

 

「……何の礼だ?」

 

「だって、あなたには直接関係ない私達の揉め事についてもしっかり考えてくれて、解決方法まで教えてくれるなんて……」

 

「そんなつもりはない。余計なことに気を揉んで、お前に足を引っ張られても困るだけだ」

 

 冷たく言い放って背を向けるガドル。そのまま駆け出した背中を、友奈が慌てて追いかける。

 

「わわっ、待って待って! この先にりっくんがいるんですか?」

 

「ああ、確実にな……だが、その前に障害物があってな。俺ではどうにも壊せそうにないのでお前(専門家)が来るのを待っていたのだ」

 

 暫し走った先に、紫色に光る壁が見える。罪爐が認めた者以外は通れない結界。陣地を守る壁がそそり立っていた。ガドルは罪爐が手を加えて甦らされた生命。属性が近い罪爐の結界を破ることは相性的に不可能だった……が、彼女は違う。今ここにいるのは神への切り札。"天の逆手"を拳に宿した今代の"友奈"である。

 

 

 

「勇者ぁぁぁ、パァァァンチッ‼︎」

 

 

 

 

 神さえ蝕む悪の塊に対しては、桜の勇者の力は一等強く響く。

 飴細工のように呆気なく崩壊していく結界。ガドルは改めて友奈の力を認め、内心の評価を引き上げた。

 

「やるではないか。それでこそアギトが認めた勇者だ」

 

「まだです。りっくんを見つけて、助けて、全てはそれからですから」

 

 強く拳を握ったまま走る友奈。その肩には、見て分かる程度には力が入っていた。

 

「まだ少し距離がある。深く息をして気を落ち着けろ……逸ったところで疲労するだけだ」

 

「……ありがとう、ございます……スゥ──、フゥ──……落ち着きました……あの、あなたはどうしてりっくんを?」

 

 アドバイス通りに深呼吸して心を休める友奈。落ち着いた彼女は隣を走る異形に会話を振る。元来おしゃべりな彼女は、一時的とはいえ肩を並べる相手の為人を知りたくなったのだ。この場合()()となりという言葉が正しいのかは誰にも分からないが。

 

「……奴とは西暦の戦場で出会った。何度も殺し合い、奴や仲間に深い傷を刻んできた。最後には俺の負けで戦いは終わり、その後の奴はお前も知っているだろう……

 あの時満足して果てたはずの俺だったが、罪爐達のせいで幸か不幸か呼び戻されてしまった。数奇な運命の果てに得た再戦の機会、俺は本気の奴と戦いたい。今願うのはそれくらいだ」

 

 詳しく話すこともないだろう。経緯が伝わる程度に一気に語り、質問は受け付けんとばかりに口を閉ざした。思っていたよりも丁寧な説明をもらえたことに、友奈は小さく笑って返す。

 

「よく分かりました。私はりっくんに戦ってほしくはないけど……それとは別に、協力してくれてありがとう!」

 

「フン……お前の言う"最後のチャンス"が無為に終われば、その時はすぐに奴の首を取る。そのつもりでいろ」

 

「了解! そうならないように全力で行きます!」

 

 噛み合っているようで微妙に噛み合っていない。人と怪物、勇者と戦士の奇妙な縁がここに結ばれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ、随分と仲が良いな?」

 

 先を急ぐ2人の足を掬うように、大地から薔薇のツタが伸びてくる。ガドルは冷静に回避しつつ、逃げ損ねた友奈に絡むツタを焼き斬った。

 

「ほう、あのガドルが人間を助けるとは……まさかとは思うが、汝そういう趣味ではあるまいな?」

 

「戯言に付き合うつもりはない……貴様自ら出てきたということは、奥に進まれては困るということか?」

 

 黒いドレスに身を包んだ妖艶な美女……の身体に宿った醜悪な精神体、罪爐が現れた。平素な服装と人間にしか見えない容姿は、煉獄を思わせる壁外の光景とアンバランスな形でマッチしている。

 

「あなたが罪爐……?」

 

「ああ。直接顔を合わせるのは初めてだな、勇者よ……我が汝から英雄を奪い取った張本人、罪爐と呼ばれている。どうだ、憎いか?」

 

 悪意を煽る享楽的な笑顔で名乗る罪爐。しかし友奈はこの悪魔との向き合い方をしっかり理解していた。

 

「どんなに憎んでもりっくんは取り戻せない……それどころかあなたの力が増すだけ。そっちのやり方は知ってるよ、あなたの狙い通りにはならない……!」

 

 怒りこそ隠せていないが、それ以上には昂らせない。罪爐に対して憎しみを抱けば全てが水の泡。陸人が味わった地獄の苦しみを、目を逸らさず見続けた友奈の心は揺らぐことがない。

 

「……ほう、少しはできるようだな。勇者」

 

「この娘のような人間はさも珍しく映るのだろうな……貴様のように、全てが自分の思うままに動くと思い上がっている者の眼には」

 

「挑発的だな。我の真似か?」

 

「いいや、貴様のことが生理的に気に食わん……それだけだ!」

 

 

 

 

 

 剣を構えるガドル。足元から大量のツタを発生させる罪爐。

 ガドルと罪爐が相対する、そのちょうど中間点に──

 

「……見ツケタ……!」

 

 どこまでも黒く、どこまでも暗い戦士……アギト・エクリプスフォームが飛び込んできた。

 

「りっくん!」

 

「向こうから出てきてくれるとは、探す手間が省けたか……!」

 

(アギトの拘束はこの上なく頑強だったはず……此奴、いったいどうやってここに……?)

 

 元々アギトを探しにきた友奈とガドルは意気込み新たに構え直す。味方側であるはずの罪爐の方が、むしろ警戒心を顕にしていた。

 

「勇者よ、準備はいいな?」

 

「はい!……それと私、結城友奈って言います。あなたは?」

 

 戦場ど真ん中とは思えないやりとり。それだけ今の友奈は平常運転である、ということだ。気の抜けるような問いかけに、ガドルも脱力してしまう。

 

「……ガドル……そう呼ばれている」

 

「じゃあガドルさん。まずはりっくんの状態を確かめるので、よろしくお願いします!」

 

「承知した……ヘマをするなよ、結城!」

 

 肩を並べて駆け出す2人。相対するは完全に破壊衝動に呑み込まれた闇の英雄。

 

「……今度コソ、消ス……」

 

「それしか言えないのか。いっそ言語そのものを奪われた方がまだマシだったろうに」

 

「りっくん、今起こしてあげるからね……たとえあなたを倒してでも!」

 

 桜の勇者、結城友奈と古の戦士、ゴ・ガドル・バ。

 あまりに奇妙な取り合わせの急造コンビがアギトに挑む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出撃前、かぐやから伝えられた奇跡の逆転手(ウルトラC)。それはかなり強引で分の悪い賭けだった。

 

「……"天の逆手"って?」

 

「始まりの勇者様の代から途切れ途切れに受け継がれてきた勇者の力です。由縁については省きますが……バーテックスやアンノウンといった異質な悪意に対して非常に相性が良い武器になります」

 

 高嶋友奈から始まった、悪を穿つ清廉なる拳。勇者が秘匿されるようになってからも風習として続いた"友奈"の名前を持つ今代の勇者、結城友奈がその拳に宿している力。いわば対神霊特効ともいえる、人の身で神を打ち砕くための切り札だ。

 

「これは罪爐にとって特に効果的に働きます。この力を撃ち込めば、陸人様の魂を食い潰す呪いを掻き消すこともできるかと」

 

「なーに? つまりは友奈がブン殴れば解決ってこと? だったらそう難しいことでも……」

 

「いえ、残念ながら事はそう簡単ではありません。既に呪いは陸人様の殆どを侵食していると見るべき……となれば、その一部を殴って消したところでまた湧き出してくるだけ。あの方をお救いするには至りません」

 

「じゃあ満開ならどうかな? みんなで隙を作って、一瞬でも全力を叩き込めば……」

 

「仮にその方法でアギトを上回ることができたとして、そうなれば陸人様諸共に消滅する危険があります。今のアギトは存在の大半を呪いで構成されている。一息に打ち破れたとしてもそこには何も残らないかもしれません」

 

「それじゃあ、いったいどうすれば……?」

 

 弱すぎても意味を為さず、強すぎれば取り返しがつかない。神殺しの拳とは、それほど扱いが難しく危険な武器でもある。

 

「そこで、皆様と陸人様の絆が重要になります。先程のアギトの気配を探ってみたのですが、彼は今も私の髪飾りを持ったまま変身しています……言い換えれば神樹様の力をごく僅かですが懐に秘めているということです」

 

 罪爐は気づかなかった。陸人の悲痛な決意を見届けながら悦に浸っていた邪霊は、別れ際の贈り物に込められた力を見逃していた。

 

「もちろんこれだけでは何かを為せるほどの効果はありません。ですがこれを目印にすれば、今も残っている陸人様の本質に手が届くかもしれません」

 

「りくちーの本質? まだあの人は、全て奪われたわけじゃないってこと〜?」

 

「はい、神樹様もそう見ています。先程の襲撃、罪爐の指示に従ってはいるようですが、それにしては些か爪が甘いというか、遊びがあるように思えました。希望的観測も多分に含まれてはいますが、まだ陸人様には人としての心が残っている。これを前提として話を進めます」

 

 それはつまり、その予想が外れていれば全ての策は無意味になるということ。それだけ状況は逼迫しており、こちら側には確実性を求める余裕もないことを意味している。

 

「まだ心が内側で抵抗しているのなら、そこに手が届きさえすれば陸人様の精神世界に入ることができます。精神世界、という言葉は耳馴染みがないでしょう。人の魂の中にあるもう1つの世界、と理解してください」

 

 陸人がアマダムと共にクウガとして戦っていた頃、彼自身の人格を保護するために外からの干渉には度々精神世界に逃れて対処していた。今回の作戦は、天の逆手の力でアマダムの代わりに陸人の人格を保護しようということだ。

 髪飾りの光と、陸人の心の光を接続して道を作る。光を集めて闇を打ち消す天の逆手の能力で、その道を強引に突き進んで魂の内側に飛び込む。全てが憶測と感覚で構成された穴だらけの策だが、これに賭けるしか道はない。

 

「それで、その精神世界とやらに友奈が入れたとして……そこからどうすれば陸人は元に戻るの?」

 

「……申し訳ありませんが、私にはそこから先の手段は提示できません。外部から精神世界に乗り込むという方法自体、前例のないことですから」

 

 ここにきてアドリブでなんとかしろという無茶振りが飛んでくる始末。しかし当の友奈は、理解できているのかいないのか自信満々に胸を張って応える。

 

「大丈夫、要はりっくんの心の中でお話しして元気づければいいんでしょ? そういうことなら私でもできるよ。良かった、もっと頭使うややこしい方法だったらどうしようかと思ってたんだ」

 

 あっけらかんと言い放つ友奈に、かぐやは目を丸くして閉口するしかない。我ながら無茶な役目を押し付けている自覚はあったからだ。しかしその笑顔には些かの気負いも見えない。今の友奈にとって、陸人を救える可能性が僅かでも提示されれば他は全て些事。あとは自分たちの努力と根性で1%を100%に変換すれば良いだけの話。

 

「ありがとう、かぐやちゃん。絶対にりっくんを連れて帰ってくるからね!」

 

 かぐやの両手を握って感謝を伝える友奈。その太陽の如き輝きは、かつて陸人との初対面で感じたものによく似ていた。

 

「……いえ、友奈様のお心が決まったのであれば、これほど喜ばしい事はありません。実働を勇者の皆様にお任せするしかない私の役目ですもの」

 

 友奈とかぐや。神に愛された魂という意味では2人に大きな違いはない。異なるのは、勇者と巫女という各々の役目。かぐやは以前、親友と並んで戦う力を求めて勇者になりたいと望んだことがある。事前準備と事後処理しかできない己の立場を呪ったこともある。

 しかし、友奈と出会ってその気持ちは見事に吹き飛ばされた。優れた適性を持つもの同士、自分が巫女で彼女が勇者。今ある形が最善なのだと肌で理解した。

 

(いくら適性があっても私では彼女のようにはなれない。そして彼女のような勇者を支える役目も、きっと私でなければ務まらない……神樹様は、全て分かっていらっしゃったんだ)

 

 手順を詰め、準備を始める勇者部一同。最も事情に詳しいかぐやを中心にした会議が進む。

 

「んじゃあ何を置いても友奈を陸人のところまで送り届けることが肝心ってことね」

 

「ええ。道中妨害が入ることが予想されます。その際は私たちが露払いに回るべきですね」

 

「ねえ、要の髪飾りだけど……見つかって壊されたりとかしないの?」

 

「それに関しては神樹様が手を打つとのことです。詳細は分かりませんが、信頼して問題ないかと。あの御方もまた陸人様のことを大切に思っておいでですし」

 

 今この瞬間、かぐやはかつての希望──友と、勇者と共に未来に貢献する自分──を確かに叶えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まずは、りっくんのどこに光があるか探さないと……!)

 

 迫りくるアギトを見つめても、神樹の光は見当たらない。巫女の素養を持つ美森がいれば見えたかもしれないが、少し特殊とはいえ勇者でしかない友奈には微かな加護を見破る事はできない。

 

「どうした? 突破口を探るのだろう」

 

(その場合、確か──)

 

 ガドルがアギトと打ち合いながら首だけをこちらに向けて進捗を伺う。友奈は焦る心を落ち着けながらかぐやのアドバイスを思い出す。

 

「ねえ、りっくん!」

 

「…………」

 

 何度もこの呼び名で、この声で呼んできた。完璧に無視されたことに多少痛みは覚えるが、今はそれより先にやるべきことがある。

 

「りっくん、かぐやちゃんから御守りもらったんでしょ! それ今どこにあるの? りっくんなら女の子から貰ったものを粗末にするはずがないよね!」

 

 今度は無視しきれなかったのか、ほんの少しだけアギトの視線が自分の身体、左胸部の辺りを向いた。その瞬間視線の先、心臓の辺りに突然灯り出した小さな光。アギトが意識を向けたことで、髪飾りに秘められた神聖が表出し始めたのだ。

 

(見えた……多分、内ポケットの中!)

 

「おい、どうなった⁉︎」

 

「大丈夫、場所は分かった。行きます!」

 

 弾き飛ばされたガドルと交代するように友奈が走る。狙いは一点、陸人の心への直通ルート。

 

(もう迷わない、躊躇わない……悩んでいる間に、あなたが傷つくのなら!)

 

「私は勇者、結城友奈! 今度は私が、りっくんの手を掴む‼︎」

 

「……何ダ……オ前ハ……!」

 

 同時に拳を握り、同時に体を捻り、同時に踏み込む。アギトの闇に共鳴するかのように、友奈の手甲に光が集う。

 

「勇者ぁぁぁ……パァァァンチッ‼︎」

 

 迷いを振り切った天の逆手は、膂力で大きく負けているアギトの拳と激突。

 

「──ぅあああああっ!」

 

「…………ッ⁉︎」

 

 正面から殴り飛ばした。予想外の威力に声もなく驚愕するアギト。体勢を崩されて無防備を晒した懐に、二の太刀ならぬ二の拳が迫る。

 

(次は左、今度こそ!)

 

「何ナノダ……ソノ拳ハ……!」

 

 今の手応えに危険を感じたアギトは、左の二撃目を足の裏で受け止める。膝を曲げて威力を吸収し、勢いを利用して跳躍、大きく距離を取った。

 

「しまった……!」

(今ので決めきれなかった……次は潜り込めないかも)

 

 今のは初撃だったから懐に入り込めた。友奈の拳の脅威を悟ったからには殴り合いには応じないだろう。

 

「案ずるな、隙は俺が作る」

 

「っ! ガドルさん!」

 

「手応えはあったようだな」

 

「はい、左胸に当てられれば、きっと何とかできるはず!」

 

「それだけ分かれば十分だ……俺に任せろ、場は整えてやる」

 

 天の逆手はアギトに通用する。それさえ分かれば次はガドルの番だ。剣に雷光を宿し、最大出力で斬撃を飛ばす。

 

「……消ス……オ前モ、アイツモ……!」

 

「やれるものならな……本来のアギトならいざ知らず、今の貴様如きに負けてやるつもりはない!」

 

 黒焔が広がり、雷光がそれを斬り裂く。力と力の分かりやすい衝突。互いに防御を捨てた泥臭い斬り結びが天災級の破壊を広げていく。

 

 

 

 

 

(奴等、何をするつもりだ? アギトを介錯してやるつもりにも見えんが……)

 

 罪爐はまだ見えていない。神樹と天の神。自分と異なる神の威光が混ざり合ったことで、邪心の化生(けしょう)には見抜けない二重の隠行となっている。神樹が天の神を頼ったのは、これが理由だ。

 

(アギトの闇は確実に濃くなっている……まあ、暫く無駄な足掻きを見物するのも一興か)

 

 この時罪爐には油断があった。長年の邪魔者を手中にできたことへの傲りが、抜け目のない悪霊の瞳をほんの僅かに曇らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……弾ケロ……!」

 

「──チッ、馬鹿力め……!」

 

 剣や手だけでなく、あらゆる所から黒焔を放って周囲を焼き尽くすアギト。より深く闇に取り込まれた影響か、数刻前よりも明らかに出力が増している。

 

「だが行動が単純すぎる……判断が遅すぎる!」

 

「……何故ダ……何故……!」

 

 しかしそれでも、ガドルを仕留めるには至らない。全ての攻撃を避けて至近距離からのカウンター。力に振り回されている今のアギトでは、何度も渡り合ってきた宿敵に届かない。

 

「まったく癪に触る……己を取り戻す前の俺もそんな無様だったのかと思うと、腹が立って仕方ない!」

 

「……何ヲ……」

 

「笑顔を守るために鍛え上げた力で仲間に手を上げるだと? 傍迷惑にも限度がある!」

 

 ガドルは許せなかった。アンノウンとして蘇り、不完全な復活の影響で恥知らずな戦い方をしていた過去の自分。それを叩きのめし、説教までしてガドルを呼び起こした張本人が、その頃の己よりも遥かにヒドイ醜態を晒していることが。

 

「俺はまだいい……所詮どこまでいっても戦闘と殺戮に浸る戦狂いだ。もともと落ちぶれるほど見上げた生き方などしてはいない」

 

「……オ前ハ……」

 

「──だが! だが貴様は違うだろう……貴様だけは、絶対に()()()()に行ってはならない存在だっただろうが!」

 

 ガドルはアギトとしての力だけでなく、御咲陸人としての在り方そのものを認めていた。自分ではなく誰かのために。戦士でしかないガドルには手に入らない強さだと理解して、ある種の敬意すら抱いていたかもしれない。

 だからこそ、あの日の輝きが見る影もない今のアギトの有様がどうしても認められなかった。

 

「貴様の出力と容赦の無さは認めてやる……だがな、全てが浅はかな今の貴様は、俺が知る奴には遠く及ばん!」

 

 稲妻を思わせる高速かつ不規則な動きに翻弄されていくアギト。渾身の横薙ぎも、その身を低く伏せたガドルの角しか斬り飛ばせなかった。

 顔を地面につける勢いで屈み込んだガドルが、目一杯身体を縮めて溜めた力をバネのように解放して剣を振るう。

 

「──出直してこい!」

 

 真下から立ち昇る稲光のような神速の一斬。抜刀の構えから抜き放たれた雷刃がカリバーを両断、漆黒の胸部を深々と斬り裂いた。落雷のような威力で斬り上げられたアギトは宙を舞い上がり大きく吹き飛んでいく。

 

(さて、ここからは奴の役目……やり遂げろよ、結城)

 

 灼熱の大地に落下、ゴロゴロと転がってようやく止まったアギトは、無明の空に彗星の光を見た。

 

「──ウオオオオオッ‼︎」

 

「……アレハ……!」

 

 否──見違えた光の正体は勇者の拳。倒れ込んだアギト目掛けて一直線に落ちてくる友奈。天の逆手に収まりきらない力の残滓が、彗星の尾のように粒子となって空に舞い散っていく。

 

「何故ダ……何故諦メナイ……!」

 

「取り戻すんだ! りっくんを、私達の当たり前を!」

 

(……まさか、彼奴等の狙いは……!)

 

 ここに来てようやく友奈の照準がどこに向いているかを悟った罪爐が、アギトの前に大量のツタで壁を形成する……が、時すでに遅し。今更気づいたところでどうしようもない。

 

「無粋な横槍は遠慮願おう……今は2人の時間だ!」

 

 横からの雷撃で全てのツタが焼き消された。ガドルは場を整えるという自分の言に誓って、完璧に役目を全うする。

 

「お願い……りっくんの本当の声、私に聞かせて?」

 

「────ッ‼︎」

 

 友奈の拳がアギトの左胸に吸い込まれるように直撃する。その瞬間、栓を抜いたような勢いで閃光が迸り、周囲を純白が覆い尽くした。

 

「……誰か……助けて……」

 

「私は約束したもん! だから……絶対に助ける!」

 

 助けを求める声あらば、どんなに小さくても必ず聞き届けてその手を伸ばす。それが英雄の英雄たる所以。勇者・結城友奈もまた、彼と同じ資質を持った人間である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光が収まった先には、白い球状の結界が張られていた。ちょうどアギトと友奈が接触した場所を起点に広がっている。中は覗けないが、その奥では大切なものを取り戻すための奮闘が始まっているのだろう。

 ならばガドルがやるべきことは1つ。目の前の邪悪に、余計な茶々を入れさせないこと。

 

「……なるほど、まさか精神世界に外部から飛び込むとは。盲点であった」

 

 当の罪爐はというと、己の考え足らずに呆れるように片手で頭を抱えて小さく笑っている。意表を突かれて驚いているのは本当だろうが、まだ余裕を持って対処できる範囲の誤差。それこそ今すぐにあの結界を壊してしまえば勇者達の努力は呆気なく無為に終わる。

 

「貴様の相手は俺だ。奴等の邪魔はさせんぞ」

 

「ククッ、本当にらしくないな。自分の闘争とそれによって得られる快楽にしか興味がなかった汝が、どんな心境の変化があったのだ? まさか人間達に絆されたなどと言うつもりか?」

 

「言ったはずだ。俺は貴様が気にくわん……個人の忘れたかった過去を穿り返して古傷をえぐるようなやり口も、死者を引っ張り出して欲望のままに利用する神経もな」

 

「よもや、この身体を使っていることを怒っているのか? これは失礼、確かに同族だった汝に配慮が足りなかったな」

 

 ガドルがこの2週間罪爐の動きを追っていたのは、グロンギにとって忘れられないあの遺跡を荒らされたからだ。生前、最上級の戦士だったガドルは、同じくグロンギの上位者であり審判者でもあったラ・バルバ・デともそれなりに親交があった。

 

「その者には貸しもあれば借りもある……そしてなにより、我らにとってバルバは象徴。決して傷つけられず、汚されない聖域でもあった。それに不用意に手を出した貴様は、俺の誇りに刃を向けたも同然だ」

 

 グロンギにしか分からない文化のようなもの。荒くれ揃いの怪物達の間でも厳格なルールや流儀が存在する。バルバに関しても同じ、グロンギにとって、彼女に手を出すのは粛清対象にされても文句を言えないほどのタブーなのだ。

 

(何より、あの女の顔でそんな醜悪な笑みを向けるな……!)

 

 バルバは特殊なグロンギだった。力こそが絶対の世界で、彼女だけが外界の未知なる存在に興味を抱いていた。その興味の対象は標的たるリントでもあり、邪魔者であるクウガでもあった。理解したいという欲に忠実、それでいて自分の役目にも全力を尽くす。

 

 飽くなき力への探究心に突き動かされて生きてきたガドルにとって。未知への探究心を持ち続けたバルバはどこか同類のようで、好感を抱いていた。彼女が戦う姿こそ終ぞ見たことはなかったが、ガドルが認めた数少ない存在でもあったのだ。

 古の時代、何度かあった同族同士の諍いの最中、ガドルが一貫してバルバを助ける側に付いたのは……種族の掟とは別に、彼女に価値を見出していたからかもしれない。

 

「思っていたよりも感傷的なのだな、驚いたぞ」

 

「貴様は俺を復活させた時点で全てを掌握したつもりだろうが、魂とはそんな単純なものではないということだ。アギトに関しても同じ……すぐにでも奴は復活するだろうよ」

 

「……いいや、それはどうだろうな?」

 

 分かっていないのはお前だ、と言わんばかりに髪を掻き上げて首を傾げる罪爐。多少の想定外が生じたところでその余裕は失われない。

 

「随分自信があるのだな。余程悪辣な手を仕掛けたと見える」

 

「人聞きの悪いことを言う。今のアギトに追加で鞭打つほど我は非情ではないよ」

 

「よく言う……これまでの自分の行動を省みてみろ」

 

「フフ、手厳しいな。ともかく本当さ、我はあの者を傷つけるようなことはしていない……アギトが戻らないのは彼奴自身の望みなのだよ」

 

「……なに?」

 

「汝は先程全てを掌握はできないと言ったな……ああ、その通りだとも。そもそも必要ないのだから。何もかもを支配などという手間をかけずとも、条件さえ整えてしまえば後は勝手に破滅する。そこが人間の可愛らしいところだよ……何せ自らの首を絞めている自覚がありながら、それでも止まることができないのだからな」

 

「貴様……いったい何をした?」

 

 魂に寄生し、悪感情を集めて成長する無限の悪意──罪爐。神話の時代からそうして生きてきた悪霊は、心を弄ぶ術というのをこれでもかと熟知している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結城友奈は目覚めた時、着慣れた讃州中学の制服に身を包み、自分の教室の自分の机に突っ伏していた。

 

(……え? あれ……?)

 

「結城さん! 私の授業を聞いていましたか?」

 

「うぇあっ! はいっ、先生!」

 

「よろしい、では前に出てこの問題をやってみせてください」

 

「あぅぅ……すみません、分かりません……」

 

「部活動を頑張っているのは知っていますが、学生の本分を忘れないように。現に同じ部活のお友達はちゃんとやれていますよ?」

 

 呆れたような教師の叱責に小さくなる友奈。近くの席にいる友人達からも声をかけられる。

 

「友奈ちゃん、大丈夫? 起こそうとしたんだけど、いつも以上に深く寝入ってたわ」

 

「まったく、先生の言う通りよ。部活が大変ってのは授業サボる口実にはならないんだからね?」

 

「その通りだ。気の緩みは正さなくては……今日は私と鍛錬するか? 結城」

 

「ごめん、ありがとう。東郷さん、夏凜ちゃん、若葉ちゃん……──っ?」

(アレ? 今自然に名前呼んだけど……若葉ちゃんって?)

 

 見逃してはならない何かを忘れそうになっている、そんな漠然とした危機感に押されていつも通りの教室を見渡す。まったく知らない顔や、少なくとも同じ教室にいるはずがない顔が机を並べている。

 

 

 

 

「なはは、結城もツいてないな。タマなら気づかれないようにもっと上手く寝てやるぞ」

 

「もう、タマっち先輩? それは自慢するようなことじゃないからね?」

 

「あ〜眠ぃ……おい志雄、俺ちょっと寝るから前の席のお前がうまいこと俺の身体隠してくれよ」

 

「我慢しろバカ鋼也。この流れで今から寝入りにかかるとか、先生に喧嘩売ってるようなものだぞ」

 

 

 

 

(なに? この整理できない曖昧な違和感……そうだよ、そもそも私はいつからこの教室に──)

 

「──い……おーい……もしもーし、友奈ちゃん?」

 

 すぐ隣から聞こえてきた声。友奈が今心から望んでいた、彼の声。

 

「どうしたの、ボーッとして……調子悪いなら保健室行く? 俺が付き添おうか?」

 

 一切の不調を感じさせないいつも通りの微笑みを浮かべて、御咲陸人が心配そうにこちらを伺っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──痛み苦しみだけで彼奴を堕とすというのは、確かに不可能だろう──

 

 ──だが、人は苦痛には耐えられても……幸福には抗えん──

 

 ──あの者のように、幸せから縁遠い生き方をしてきた人種は特にな──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




週一更新がどんどん厳しくなってきましたが、最近は仕上げて字数を見ると平均の倍以上詰め込んでたりする……これは単に切りどころが難しくて二週分の作業量をしてしまっているせいでは……?
まあそれはそれで楽しいし筆が乗っているということなので構わないのですが。
ということで、来週は予定が入り投稿できないかもしれません。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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溺れそうな夢の中で

長らく間を空けてしまい申し訳ありません。快復こそしていませんが、調子を取り戻しつつ投稿していきたいと思います。


「なあなあ陸人! お昼一緒に食べないか? この前教えてくれたおかず作ってみたんだ。食べてみてくれよ」

 

「ん……分かったよ、杏ちゃんも一緒だけどいい? 昨日から約束してたんだ」

 

「む? あんずめ、タマに内緒で……抜け駆けか?」

 

「そんな人聞きの悪い。そもそも料理だって一緒に教えてもらったじゃない、上達の程を見て欲しいって思うのは自然なことでしょ?」

 

「あらあら、楽しそうですね。そういうことなら是非私達もご一緒させていただきたいです。ね、若葉ちゃん」

 

「う、うむ……偶然今日は私も手作り弁当でな……良ければ、交換なんかどうだろうか?」

 

「へえ、それはもちろん構わないけど……珍しいね、若葉ちゃんが自分で作ってくるなんて初めてじゃない?」

 

「うふふ、偶然なんて言っていますけどね。若葉ちゃんったら球子さんと杏さんが陸人さんにお料理教わったって聞いて急に私にレクチャー頼んできたんですよ。対抗心でしょうか……可愛いでしょう?」

 

「こっ、こらひなた!」

 

「盛り上がってるじゃないの。オフコース、私も参加させてもらうわ! 愛を込めて育て上げた野菜達をふんだんに盛り込んだマイ弁当の前に平伏すがいいわ。ね、みーちゃん」

 

「うたのん、なんで悪役みたいな言い方するの……もちろん私も行くけど、この人数じゃ教室だと邪魔になるかもね」

 

「確かに……あっ、千景ちゃんもどう? 最近は弁当だったよね」

 

「…………そうね、迷惑じゃなければ……いいかしら?」

 

「迷惑なんて、みんなで食べた方が美味しいよ。じゃあ天気もいいし、屋上に行こうか」

 

 男子1人に女子7人の集団がゾロゾロと教室を出ていく。中学生としては異様な男女比だが、この教室では珍しいことでもない。

 

「あいっかわらずねー、あの子達……というか陸人は。なんだってアレで誰からの気持ちにも気づかないんだか」

 

「ホントに……東郷先輩に園子さんに友奈さん……両手の指じゃ足りなくなっちゃうよ」

 

「風、樹……今その話題はやめてくれる? ウチの爆弾娘がピリピリしてんのよ」

 

「うふふふふ……お友達が多いのはリクの美徳だもの。私はなにも気にしてないわよ?」

 

「ん〜、そういうわっしーの笑顔が黒い、黒いよ〜。黒わっしーだ〜」

 

「あはは、園ちゃんもちょっとご機嫌ナナメに見えるけど……」

 

 友奈が授業中に妙な夢を見たあの日から1週間、友奈は未だにこの日常に違和感を抱きながらも平々凡々な毎日を過ごしていた。

 

(なんだろう、時々目の前にいる人が誰か分からなくなる……それに)

 

 何より不思議なのは、陸人の笑顔を見るたびに泣きたくなるほどに胸が痛む。彼はいつも通りの彼のままなのに。陸人が心から楽しそうにしていることが、何よりも尊く思えて切なくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、帰ろうか。美森ちゃん、友奈ちゃん」

 

「ええ」

「は〜い!」

 

 今日もまた賑やかな1日が終わり、日も暮れた頃。陸人、美森、友奈の3人で家路に着く。最近はどこにいても違和感が拭えない友奈だが、この3人でいる時だけは自分の中で何かがしっくりくる感覚があった。

 美森と話している間は最も心落ち着ける時間。陸人と寄り添う帰り道は何より胸が暖かくなる時間だ。

 

「ねえ東郷さん、りっくん──」

 

「あー! 陸人いたー!」

 

 そんな安息の時間も長くは続かない。陸人が結んだ人との縁は学校の外にも広がっている。

 曲がり角の奥から元気な声と複数の足音が近づいてくる。揃いの練習着を着た10人程の園児の集団──その中心にいた少女が、陸人の姿を捉えた途端全速力でその胸に飛び込んできた。

 

「──っと、海花にみんなも。そっか、今日はレッスンの日だったな」

 

「そうなの、陸人聞いて聞いて! この前お手本見せてもらったステップ、私たちみんな出来るようになったのよ!」

 

「おれがいちばんはやかった──」

 

「──わたしせんせいにほめられて──」

 

「ぼくも──」

 

「あたし──」

 

 他の子供たちも陸人を囲むように近くに寄って我先にと話しかける。彼らは近所の……陸人の家の近くにあるダンススクールに通う幼稚園児達。陸人が近所付き合いでスクールの手伝いに行った際、あっという間に懐かれて以来の縁だ。

 特にグループでも年長組の海花という少女の懐きっぷりは凄まじい。本物の兄妹のようなやり取りに、美森は少しずつ歳上の余裕という仮面が剥がれそうになっているくらいだ。

 

「あ〜待った待った。一斉に話されても分からないって……週末のレッスンには行く予定だから、そこで今日の成果を見せてもらうよ。今日はもう遅いし、まっすぐ家に帰りな」

 

「仕方ないわね……みんな、陸人もデート中っぽいし今日はお邪魔しちゃダメ! 帰るわよ」

 

「でーと?」

「でもおねーさんふたりいるよ?」

「ウワキ〜?」

「ふりん〜?」

「いけないんだーりくとってば」

 

「はいはい分かった分かった、いいから早く帰りなさいっての」

 

『バイバーイ!』

 

「気をつけて帰れよ〜……っと、まったく最近の子供はどこでああいう言葉を覚えてくるんだか……なあ?」

 

「あ、あはは……困っちゃうよね〜」

 

「ま、まったくよね……まだ私達には交際の事実は存在しないというのに、気が早すぎるわ」

 

 ぎこちなく笑顔で返す友奈と、なにやら早口で捲し立てる美森。少し頬を赤らめている2人の様子に、陸人は何かを悟ることなく首を傾げるだけだった。

 ……ちなみに、今の子供達もまた友奈にとっては違和感の対象だ。陸人が老若男女問わず仲が良いのは知っていたが、勇者部ではなく陸人個人で親交がある園児がいたかどうか、その辺りの記憶が曖昧なままなのだ。

 

(なんなんだろう……あの子達と一緒にいる時のりっくんは、昔からの仲のように自然体なのに)

 

「──あら、陸人。おかえりなさい、ちょうどいい時間だったわね」

 

 うんうん唸りながら歩いていると、陸人の家……()()()()()()()"()()"()()()()()()()家の前で、妙齢の女性と顔を合わせた。

 

「ああ、()()()。ただいま、それ夕飯?」

 

 問いかけながらあまりに自然な所作で荷物を引き受ける陸人と軽く礼を言って袋を渡す母。紛れもなく理想的な母子のやりとりがそこにあった。

 

「友奈ちゃんと美森ちゃんも、おかえりなさい。本当にいつ見ても仲良しよね」

 

「あっはい! こんばんはです、おばさん」

 

「おば様、こんばんは……母がまた料理を教えてほしいと申しておりました。良ければ機会を作ってあげてください」

 

「あらら、この前のレシピ気に入ってくれたのね。分かったわ、予定合わせてまたやりましょう」

 

()()()()()()()()()()()()御咲家は、それぞれ家族ぐるみで親交があった。特に母親同士は度々一緒に食事や買い物に出向くほどだ。

 優しい微笑みを絶やさない彼女は、息子とその友人2人を見比べると、内緒話をするように静かに首を近づけてきた。

 

「……それで、そろそろ陸人に告白する気にはなったのかしら? どっちがウチの子になっても私もお父さんも大歓迎よ」

 

「えっ⁉︎」

「……おば様、あまりご冗談は」

 

「冗談なんかじゃないわよ? 親バカかもしれないけどあの子はなかなかの優良物件だと思うの。それに、話聞く限り2人だけじゃないんでしょ?

 陸人が選んだ相手なら私は反対しないけど、どうせなら昔からよく知ってる友奈ちゃんや美森ちゃんだとおばさん余計に嬉しいんだけどなぁ〜」

 

「えっと、あの、その……あぅぅ……」

「それにつきましては、息子さんがいないところでいずれじっくりお話しさせていただければ」

 

「あらあら、それは楽しみね」

 

「……母さん、なにしてるのさ?」

 

「うふふっ、なーんでも。それじゃ友奈ちゃん、美森ちゃん、続きはまた今度、ゆっくりとね?」

 

「えっ、あっ……はーい……」

「楽しみにしています、それでは失礼しますね」

 

 中学生の子供達相手に嫁入り後の話はさすがに飛躍が過ぎるが、それだけ彼女達を気に入っているということでもある。

 息子の恋愛事情を楽しみながら戯れの範囲で口を挟み、彼ら彼女らを優しく見守る。そんな理想の母親像を体現したような女性が()()()()()()()()()()()。それが友奈にはどうにも首を傾げてしまう事実だった。

 "昔からよく知ってる"相手だというのに、友奈の違和感はずっと思考の片隅で警鐘を鳴らしている。家族と共にいる時の陸人の幸せそうな笑顔が、どうしても頭から離れてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんて事のない日々の中、友奈はふとした時にこことは違うどこかの光景がフラッシュバックする生活を続けていた。妙な気疲れを覚えた彼女は心配そうに見てくる親友達を笑ってやり過ごし、1人部屋で横になっていた。

 

(……何かを忘れてる? 違う、みんなが忘れてるのかな……いや、そもそも……)

 

「もしもーし、大丈夫? 聞こえてる?」

 

 らしくなく考え込む友奈の思考に、聞き慣れた声が割り込んできた。誰もいないはずの部屋から聞こえた声に飛び起きる友奈。気づくと目の前には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が覗き込んできていた。

 

 

 

 

「……ぇ……あれ?……あの、あなた誰?」

 

「えへへ、顔を合わせるのは初めてだね。私は友奈、高嶋友奈だよ……よろしくね、結城ちゃん」

 

 同じ顔が正面から向かい合う。一方はベッドの上で目を丸くして驚愕し、もう一方はその素直な態度を見て柔らかく微笑む。

 人の心の隅の隅で、時代を経て2人の友奈が邂逅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勇者パンチ、って決める時には一呼吸置いてから──」

 

「ふむふむ、私の場合は連撃に繋ぎたいから腰元で──」

 

 自分と同じ顔と対面した衝撃も、結城友奈にとっては数分で無くなる程度のものだった。かつての陸人の仲間だと分かれば、微かな警戒心も霞と消える。同じ勇者であり、同じ友奈であり、同じ想いを持つもの同士。共通の話題にも事欠かない2人、気が合うのは当然であった。

 

「そうなんだ、りっくんは変わらないんだね」

 

「そうそう、出会った時からりっくんはずっと──」

 

 その中でも最も話が弾むのは、2つの時代を跨いだ英雄のこと。

 

「誰かのために命を削ることが自分の幸せに繋がる……伍代陸人くんは、そんな苦しい生き方を貫いた人だったよ」

 

「人が笑っているのを見れればそれだけでいい……御咲陸人くんは、迷いなくそう言い切れる人だね」

 

 お互いの認識は共通していた。あのどうしようもなく自罰的で向こう見ずな彼を、どうしようもない程大切に思っていた。

 

「……結城ちゃん。この世界が何処なのか、あなたは覚えてる?」

 

「ううん。おかしいなっていつも思うのに、肝心な所は何も分からない。何かやらなきゃいけないことがあって、ここにきたはずなのに……」

 

「やっぱり……私も同じだった。誰もここのことに疑問を持ってない。ここにいる私とあなた以外はこの世界……りっくんの心の中の住人なんだよ」

 

 陸人の精神世界で広がっている四国。ここで今を生きる全ては、陸人の潜在的意識が生んだ存在……語弊を恐れずに言えば、この世界の全てが妄想の産物だ。

 

「結城ちゃんは外から飛び込んできた。私もそう。神樹様の中から仲間の力を借りてりっくんの心に干渉している……この"掌"を持ってる私達だけが、この世界の異物として存在していられるの」

 

 高嶋が拳を握ると、勇者としての装備である籠手が現出する。それは結城が戦う時に使う武器と、非常によく似ていた。

 "天の逆手"は聖を集めて邪を払う特攻兵器。罪爐の力で成立しているこの世界の理……記憶や意識の改変から逃れることもできる。

 

「りっくんが自分を諦めた時、あの人ならきっとこうなると思って準備してたの。だけどいざ飛び込んだら私も罪爐の力に完全には抗えなかった。結城ちゃんが来るまで、りっくんの隣の席で違和感に首を傾げながら毎日過ごしてたんだ」

 

「じゃあ、高嶋ちゃんがあの教室に居なかったのって……」

 

「そう。私がいた位置にそっくりそのまま結城ちゃんが配置された……このまま停滞することを望んでる世界にとって、イレギュラーである私達への対処としてできることがそれしかなかったんだろうね」

 

 外部からやってきた最初の例外、高嶋友奈に対して罪爐の闇は全力で干渉して認識をずらしていた。しかし続いての例外、結城友奈の侵入によってその天秤が崩れた。2人のイレギュラーに同時に対処しようとした結果、この世界に来て時間が経っていた高嶋友奈の方は改変の影響を完全に脱することができた。

 

「なら、高嶋ちゃんがりっくんのところに行けば──」

 

「それがダメなんだよねー。私がいた位置に結城ちゃんが来たから、私はこの世界において立ち位置がない。結城ちゃん以外の人にはここにいる私のことは認識できないの。私と同じ世代の勇者の仲間達も、りっくん本人も、私がいないことに何も言わなかったでしょ?」

 

 この世界の仲間達にとって、高嶋友奈という友達は存在しないことになっている。自分がいなかったことになっている世界で楽しく過ごしている仲間を見るのは、どんな心境だっただろう。

 

「高嶋ちゃん、あの……」

 

「あっ、んーん、気にしないで。ちゃんと分かってるから……私の仲間はちゃんといる。ここじゃないところで、今も必死に頑張ってるって、分かってるんだ。だから大丈夫だよ」

 

 高嶋友奈は強い。世界でたった1人、誰とも異なる視点を持たされ、孤独に立たされた。それでも揺らぐことなく機会を待ち続けた。何度も救ってくれたあの人を取り戻すために。

 

「そうなると、りっくん本人と話ができるのは結城ちゃんだけなんだけど、今のままじゃ無理だよね」

 

 結城はまだ本来の自分を取り戻せていない。この世界に閉じ込められた陸人を救う。その目的を思い出さなければ説得も何もない。

 

「だから、私の力をあげる。2人分の加護で魂を護れば、きっと完全に干渉を打ち消せる」

 

 そう言って目を閉じる高嶋。すると彼女の輪郭が徐々に薄ぼけていき、その気配が小さくなっていく。彼女の右手、籠手から花弁のような光が放たれ、結城の右手に集っていく。

 

「高嶋ちゃん⁉︎」

 

「私じゃダメだから……りっくんに……あの人に声が届かなかったから……」

 

 笑顔を咲かせて消えていく高嶋。先ほどと何も変わらないはずの笑顔。結城はどうしてか、それが泣き笑いのように見えた。

 

「お願い……私の、私達のヒーローを──」

 

 

 

 

 ──りっくんを、笑顔にしてあげて──

 

 

 

 

 解けるように消えていった高嶋。結城は彼女の光が宿った右手を強く握る。

 

「約束する……私が、りっくんの手を掴む。高嶋ちゃんと……みんなとりっくんを繋ぎ合わせてみせる」

 

 世界からの干渉は打ち消せた。後は陸人を悪夢から連れ出すのみ。結城友奈は部屋を飛び出し、家の玄関を蹴破らん勢いで開けて──

 

 

 

 

「……え……? なに、ここは……?」

 

 何もない漆黒の空間に、その足を踏み出した。

 

 

 

「……そっか……全部、取り戻したんだね。友奈ちゃん」

 

「……りっくん……?」

 

 虚無の空間に一人佇む陸人。先刻の幸せそうな面影はなく、見たくないものを目の当たりにしたように、俯き気味に笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「如何に趣味の悪い罠を張ろうと、奴らは必ず打ち破る! これまでそうだったように、これからも!」

 

「果たしてそうだろうか? ならばとうに奴は目覚めていなければおかしいのだがな?」

 

 灼熱の大地で激突する2人のグロンギ……正確には片方は外見が異なり、もう片方は中身が別物だが。

 

「どういうことだ⁉︎」

 

「いくら我でも、奴ほどの強固な魂を自分の力のみで抑え続けることは不可能。これほど長い刻を闇の中で過ごしているのは、奴自身が望んでいるからだ」

 

「奴は強い。貴様の姦計に大人しくハマるとは──」

 

「そう! そこが汝らの誤りの根本よ。御咲陸人は強い。それは純然たる事実だ……ではそれは何故だ? 如何な理由があってあの男はあれほどの強さを手にした? もっと言えば、何のために奴は強くなった? その原因がない世界があったなら、そこで奴はどんな自分になると思う?」

 

 陸人が強くなったのは尊いものを守るため。

 守るために強さが必要だったのは、それを脅かす敵意が存在したから。

 では、その強さを振るう相手がいなければ? 敵も味方も、陸人に強さを求めるものが何一つない世界に行けたとしたら、元来争いを好まない彼は、どんな未来を選ぶのか。

 

「もしそちらの世界にいる方が幸せなのだとしたら? 奴が向こうを求めたのなら、それを許してやるべきではないか?」

 

「……全て貴様のせいだろうに、偉そうに救済者気取りか。烏滸がましいにも程がある」

 

 罪爐の言葉は常にそうだ。真理を突いているように聞こえるが、自分のことを度外視した上から目線が癪に触る。何もかもが掌の上と言わんばかりの余裕ぶった態度もそれに拍車をかけている。

 

「やはり、貴様とはどこまでいっても平行線だな。言葉を交わしても、力でぶつかり合っても、些かも理解できない」

 

「やれやれ、嫌われたものだな……では終わりにしようか。汝が我に興味がないのと同様に、我も用事があるのは汝の後ろだ」

 

「随分余裕があるな……盤外戦を挟まない実力勝負なら、貴様に遅れをとるつもりはないぞ……!」

 

 その気になればいつでも倒せた、と態度で示す罪爐。その微笑みが気に食わなかったガドルが、全身から稲妻を放出して構える。

 

「アギトを落としたことで自分の実力を高く見積もったか? 貴様が作ったこの身体にはその毒は効果が薄い。精神攻撃と相性で押し込んだアギトと俺を一緒にするなよ」

 

「ククク、確かにそうだな。曼珠薔薇では汝は倒せない……だが、そこまで理解しているならもう一つの可能性に至っても良かったろうになぁ……」

 

「もう一つの、可能性……?」

 

 目元を掌で覆って力の抜けた笑い声を漏らす罪爐。戦闘力で自身より上を行く者を相手にしているとは思えないほど、その顔には呆れと侮蔑の感情が乗っていた。

 

「我の創造物であるその身体は……いつでも我の好きにできるということだ!」

 

 罪爐が優雅に指を鳴らす。次の瞬間、ガドルと罪爐の間にエネルギーのラインが接続、そこから凄まじい勢いでガドルの生命力が吸い出されていった。

 

「……グッ⁉︎……な、にを……!」

 

 脱力して膝をつくガドル。かつての決戦ではその身が砕け散るまで膝をつかなかった誇り高き戦士が、そのプライドを維持することすらできなくなっていた。

 

「ほぅ、身体どころか自我まで残っているとは。やはり汝も特別誂えだな……まあ、ここまで来ればもう用済みなのだが」

 

「貴様……俺の力を……」

 

「そう、その肉体を構成する我の力を全て没収した。本来ならこれで存在ごと消え失せるところだが、今日まで汝自身が鍛えて伸ばしてきた力が残っているのだろう……とはいえ全体の8割以上は抜き取れた感触があった。これだけ奪われれば、動くのも厳しいのではないか?」

 

 嗤う罪爐の掌中には黒い球状のエネルギー体がある。ここに凝縮されているのが、ガドルの素の力全てということだ。存在の核とも呼べる中枢を奪われれば、彼我の実力差はあっさりと逆転する。

 

「さて、貴重な実験体として役立ってくれた礼だ。苦しまぬよう終わらせてやる……その次は、あの勇者を始末してアギトを回収。計画の最終段階に移行する。もう誰にも止められん……誰にもなぁ!」

 

 ガドルも友奈も、今の罪爐の眼中にはない。因果を見通す眼を持つ超越者にとっては、万物全てが予定通りに動くことが当たり前……むしろ想定外など起こり得るはずがない。それが罪爐の自負であり、実績に裏打ちされた事実でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうこと……? りっくんは、ここの幻に囚われてたんじゃないの?」

 

「ここは俺の世界だよ。いくら罪爐に手を加えられたからって、俺自身を惑わすなんてことはできないさ。最初からずっと自覚はしてた……ここが夢みたいなものだってことも、現世(そと)では今も戦いが続いてることも」

 

 それはつまり、自覚的に高嶋友奈と結城友奈を無視していたということになる。あの陸人が、友達が傷つくと分かっていて何も言わず演技を続けていた……それだけの理由があり、それだけ追い込まれていた。

 

「だったら!」

 

「だったら?……目を覚まして呪いと戦えって? 自分を取り戻せって? 

 そうだね、それが真っ当な意見だ。御咲陸人ならそうするべきだよ、分かってるさ」

 

 陸人はこのまま果てるつもりでいた。その覚悟をしていたが故に、罪爐があてがった世界を拒絶しなかった。幸福とも思える残酷な悪夢を、最期の光景とするために甘んじて受け入れていた。

 

「りっくん……あなたは」

 

 友奈は目の前の人物が本当に御咲陸人なのか、確信が持てなかった。これまで何度も触れ合ってきた感覚は彼の声と気配を本物だと捉えている。だが、その声で発せられる言葉から感じる退廃的な態度、覇気のない表情、全てが彼女が知る少年とは結びつかないものだった。

 

「これまでそうやって頑張ってきたよ。こんな俺でも守れるものがきっとある……手にした力は、人の笑顔を守るために使うべきなんだって、嘘偽りなく信じてた」

 

 自嘲するように口角を上げて虚ろな眼で頭上を見上げる陸人。そこには青空も雲もなく、ただ漆黒の虚無だけが広がっていた。

 

「だけどその結果がこれだ! 俺が道理を無視したせいで部外者だったはずのテオスが介入してきた! アンノウンのせいで本来出なくていいはずの被害が増えて、奴等は余計に悪辣な手段で人類を害するようになった!」

 

 隣接世界の主神たるテオスは、本来であればこの世界の抗争に参戦することはないはずだった。それが罪爐に取り憑かれたとはいえ積極的に人類殲滅に動き出したのは、伍代陸人の進化……神化が大きすぎる衝撃となってテオスの警戒心を煽ったからだ。

 

「園子ちゃんや美森ちゃん、三ノ輪さんに鋼也……先代やそれ以前の勇者達が苦しんできたのは、300年前の俺の無茶のツケを払わされた結果だ……こんな不条理な話はないだろう?」

 

 友奈は言葉を返せない。元来自罰的な性格ではあったものの、自分の身体にナイフを突き立てるようなひどい有様の陸人を見たのは、特別距離が近い彼女でも初めてのことだった。

 

「防人や大社の人達……いや、何も知らずに生きてる人達にだって、アンノウンはきっと把握しきれないくらいの痛みや苦しみをもたらしてきたんだ」

 

 両親や生まれ故郷の真実を知ったことで、陸人は自分を客観視することができなくなった。今世界を苦しめている全ての事象は自分が引き起こしたことであり、それすら知らずにのうのうと生きていた自分は誰より罪深い存在だと。彼は誇張抜きでそう断じている。

 

「その上、物心つく前から国を巻き込む規模の惨劇の原因だったんだってさ……ハハハ、ここまで救いようのない命があるなんて、我ながらビックリだよ」

 

 自分を客観視できなくなれば、自然と外側からの声に傾倒するようになる。陸人は完全に罪爐の悪意だらけの解釈を絶対の真実と認識してしまっていた。

 

「命の価値を決めるのは自分自身、か……どの口が偉そうにほざいてたんだ……ふざけんなよ……!」

 

 かつて自分が戦う理由として胸に刻んでいた信念。それもまた何の価値もない戯言にしか思えない。陸人から見て、自分ほど価値のない命はないのだから。

 

「伍代の時も、御咲の時もそうだ。俺は都合の悪いことからは目を背けて、記憶を封じて、何食わぬ顔で綺麗に生きてる人の隣で笑ってた。まるで自分にも生きる価値があるかのように、何もかもを知らないまま……!」

 

 生後すぐのことを覚えていないのは至極当然のことであり、テオスの件に関しても陸人が関知できることではなかった。しかしそんなことは陸人には関係がない。自分のせいで起きた全ての悲劇を、こうなるまで知ろうともしなかった己を許せないのだ。

 

「だからもう俺はいないほうがいいんだよ。このままこの世界で、俺という存在が朽ち果てるのを待つ……友奈ちゃんははやく帰りな。いつまでもここにいれば、君も危ないよ」

 

「どうして、どうしてそうなるの? 話は大体聞いてたけど、なんでりっくんが自分を責めるのか、私には全く分かんないよ!」

 

 一方の友奈からすれば、この意見もまた当然のものだ。これまで起きた全ての責を誰かが負うのならば、間違いなくそれは罪爐になる。子供でも分かる帰結だ。それが分からないのならば、本格的に思考能力が壊れているか──

 

「俺が無謀なことをしたからテオスが現れた。俺が戦わなきゃ良かったんだ……俺が生まれたせいで国が一つ燃えた。俺が……」

 

「いや! 聞きたくない! それ以上言わないで!」

 

「俺が生まれてこなければ、それで良かったんだよ。一番価値のない命って……俺のことだったんだよ、友奈ちゃん」

 

 目の前にある現実すらも映らないほどに瞳が曇りきっているか、そのどちらかだろう。

 陸人の瞳は何も映していない。今にも泣きそうな親友の顔も、無自覚に震えている己の指先も。

 

 ただただ虚空が広がる黒い世界で、光のない眼で英雄は自分を殺そうと言葉の刃を突き立てていた。

 痛いと叫ぶ(ほんね)に耳を塞ぎ、零れ落ちる血液(なみだ)を見ないフリをしながら。

 

何をやっても悲劇しか起こせない運命ならば。どうやっても希望を見出せない残酷な世界ならば。

世界を呪うか自分を呪うか、追い込まれた人間にできるのはその二択だけだ。愛する娘を失ったかつての哲馬は前者を選んだ。

そして、愛するものが多くある世界を憎みきれなかった陸人は後者を選ぶしかなかった。これもまた、当然の帰結でしかない。

 

 

 

 

 

「もういいだろ……帰ってくれ。俺の身体で暴れてるアギトは……そうだな、ガドルがその気になれば多分殺せるだろ。友奈ちゃんが一人で戻れば、きっと奴もその気になってくれるさ」

 

 陸人らしくない無責任すぎる他人任せ。最早彼にとって、全ての事象はどうでもいいことになってしまったのか。

 

「何言ってるの! りっくんも一緒に帰るんだよ、みんなのところに!」

「──来るな!」

 

 離れようと背を向ける陸人。逃すまいと踏み出した友奈だが、2歩目を踏み出すことはできなかった。

 陸人の周囲に黒い焔が立ち昇る。自分の外にある全てを拒絶するように激しく燃え盛る。陸人の拒絶を示すかのように、少しずつ焔はその領域を広げていく。

 

「ほら、もう俺はこんな焔に晒されても熱も痛みも感じない。壊れてるんだよ、もう手遅れだ」

 

「……りっくん……」

 

「もう嫌なんだよ……誰かのためにと伸ばしたこの手で、違う誰かを傷つけるのは……怖いんだ。俺のせいで誰かが死ぬのが」

 

 これまでに何度もそうした形で悲劇が起きている。今更それを自覚したからと言って、同じようなことが繰り返されない保証はない。新たな火種になる前に消えてしまいたい。これまたらしくないほどに自己中心的で独善的な破滅願望に呑まれていた。

 

(ああ、そっか……)

 

 涙を流さず泣き続ける陸人を見て、友奈はやっと違和感の正体を理解した。

 

(今のりっくんは、私が知ってるりっくんとは違ってたんだ)

 

 会話をしても返ってくる答えが御咲陸人ではあり得ないものばかり。仲間が戦っているのを知っていながら膝を抱えて動かない姿勢。自分のことしか語らず、友奈の言葉には耳も貸そうとしない一方的な態度。

 

「りっくんは、勇気を奪われちゃったんだね……」

 

「……勇気……そうかもな。そんな上等なものが一瞬でも俺の中にあったのなら、そういうことなのかもしれない」

 

 何かを成すための最初の一歩。勇者を勇者たらしめるもの。陸人の中で最も多くを占めていた心の起爆剤。

 

 勇気なき者は勇者ではない。勇者ではない陸人に、この地獄でもう一度立ち上がる力は残されていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




陸人くんは自分が成したことで守れたもののことは度外視して喋っています。その辺の不条理さもまた彼の不安定さの証です。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに。


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握った勇気で道を拓く

予約投稿ミスしました。定期更新路線に戻ろうと先週誓ったばかりなのに……!




思ったから思われて、想われたから想って。気持ちを交換し合って愛を深めていく。そうして人の命は"意味"や"価値"とも呼べるもので色付いていくのです。


「話は終わり……早く帰るんだ」

 

「りっくん……」

 

「これ以上は君自身も危な────グッ⁉︎」

 

 友奈に背を向けて離れようとしていた陸人が、突然胸を押さえて崩れ落ちた。周囲を渦巻いていた焔が天高く凝集し、人型のナニカを形成していく。

 

「なん、だ……これは?」

 

「りっくん、りっくん大丈夫⁉︎」

 

 陸人の中からも闇が抜き取られ、集まった黒が成した形は、2人にとって非常に見慣れた姿だった。

 

「まさか……アギト、だと?」

 

「ウソ……だってりっくんはここに……!」

 

 光を失った双眸とベルトの輝石。燃える赤を染めた漆黒のボディ。マッシブで力強い肉体が、双刃を振るって黒い波濤を撒き散らす。

 中身(りくと)を除いて形成された罪爐の闇の集積体──アギト・エクリプスフォーム。

 消えかけの陸人の魂(オリジナル)にトドメを刺すために、罪爐が再現できる最強の姿を模って、刺客として顕現した。

 

「皆殺シ……皆殺シッ!」

 

「──ぅあっ!」

「ひゃああっ!」

 

 問答無用で斬りかかってきたアギトの攻撃をギリギリで回避した陸人と友奈。アギトが敵という、考えたくもない最悪の状況だった。

 

「りっくんこっちっ!」

 

 疲労からか動きがぎこちない陸人の腕を引っ張り、友奈は全力で逃走を開始。アギトの方も急いで始末する気はないのか、ゆっくりと歩み寄ってくるため距離は簡単に広げられた。

 

「ハッ、ハッ……りっくん、あれって……」

 

「……多分、罪爐が保険として仕掛けたんだろうな。俺がしぶとく生き残った時のために。友奈ちゃんはすぐにここから出ていくんだ……アイツの標的は俺だけで──」

「はい、そういう発言禁止! そんなことできるわけないでしょ?」

 

 投げやりな言葉を、口を塞いで中断させる友奈。陸人の中の闇が抜けても、やはり本調子には程遠いらしい。罪爐が奪った心の光──勇気を取り戻すには、まずあのアギトを倒さなければ始まらない。

 戦えるだけの精神力を持たない陸人の指先は小さく震えている。それを見た友奈は覚悟を決めた。

 

「よし……ねえ、りっくん?」

 

「……友奈ちゃん?」

 

「りっくんは、自分がいないほうが良かったって言うけど、私はそれは違うって思う。だから証明してくるよ」

 

「証明? 何をする気だ?」

 

「りっくんのおかげで強くなれた私があのアギトを倒す……そうすれば、りっくんがやってきたことに意味があったってことでしょ?」

 

 結城友奈は、陸人がいなくても勇者になっていた可能性は高い。しかし、今の彼女ほど強くなれたのは紛れもなく陸人が守り、助けてくれたから。そんな彼を守り、助けたいと願ったからだ。いわば、陸人が成し遂げた正の影響、その代表者。

 そして今こちらの命を狙っている純黒のアギト。あれは陸人が戦ってきたこれまでの結果生み出された、陸人の負の影響の象徴。

 

「りっくんの影響で失くしちゃったものはあったのかもしれない。でも、りっくんが残してきたものだってたくさんある……それがどんなに凄いことなのか、今から私が証明してくるよ」

 

 結城友奈(正の影響)エクリプス(負の影響)を上回れば、相対的に陸人のやってきたことの正しさが証明できる。

 些か強引すぎる論理展開ではあるが、頭脳労働が苦手な友奈が必死に考えた、陸人を肯定するための理屈づけだった。

 

「友奈ちゃん、君は……なんでそこまで……」

 

「りっくんはちょっと疲れが溜まって調子が悪くなってるだけ……あなたが休む時間を作るくらい、私にだってできるよ」

 

 結城友奈は信じている。どれだけ折れて曲がって捩くれても、陸人の根源は絶対に変わらないことを。

 

「りっくんが私のこと、好きでいてくれたから……私がりっくんのこと、大好きだから!」

 

 震え続ける陸人の両手を優しく握り、友奈は1人飛び出す。勇者装束を身に纏い、ただひたすらに前へ。少しでも陸人から引き離すために、爆発しそうなほど力強く神性を込めた右拳を振り上げて。

 

「その姿は……その力は、世界一優しい人しか使っちゃいけないものなんだよ」

 

「皆、殺ス……!」

 

「返してもらうよ……アギト(それ)はりっくんだけのものだ!」

 

 中身のない虚な英雄のハリボテに、真っ向から突撃をかました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天地の叫びが聞こえてきそうな程の大破壊が広がる戦場。天の神とテオスの衝突は、周囲に甚大な厄災をもたらしながらも決着を迎えつつあった。

 

「こうなってしまう故に、あまり積極的に手出しはしなかったのだが……ここまで来れば致し方無し。最低でも貴様だけはこの場で退場願おうか」

 

「フゥ……流石ですね。私1人ではとても敵わない……ですが」

 

 大翼を広げて、地に叩き落としたテオスを見下す天の神。その背後に、不可視の術式を用いて転移してきた二柱の天使が迫る。

 

「隙有リ……!」

「あまり私を舐めるなよ」

 

 風と地のエルロード、2人がかりの奇襲。それすらも読み切っていた天の神は翼の一振りで周囲の重力を歪めて2人を墜落させた。

 

「馬鹿ナ……私ノ風縄ヲ察知シタトイウノカ?」

 

「この世界は私の庭だ……自然の摂理に逆らう何らかの力が働けば、どんなに隠蔽しても我が目に留まる。子飼いの天使を一匹二匹混じえたところで結果は変わらんぞ」

 

 この世界において、天の神にはあらゆる霊的術式は通用しないということになる。これが主神、かつて人類の九分九厘を絶滅させた絶対神の実力だ。

 

「確かにあなたは強い。尋常な手段ではあなたにはまず届かない……ですが、それでもあなたは"最強"ではあっても"無敵"ではない。現に何度か遅れを取った経験もある……伍代陸人のような特異点相手に、ね」

 

「何を……」

 

「大変心苦しいのですが、全ては我らの目的を果たすため。禁じ手を使わせてもらいました」

 

「──な、ん……⁉︎」

 

 テオスの言葉が終わると同時に、天の神は背後から()()()に胸を突き破られた。

 主神の知覚や障壁を突破する、神の力に頼らない純粋な戦闘力。天の神は、忌々しい事に1人だけ心当たりがあった。

 

「……貴、様は……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぅ……ぁ……」

 

「……皆殺シ……皆殺、シ……」

 

 友奈の首を締めて無造作に持ち上げるエクリプス。ネックハンギングを受けて、宙に浮いた足をバタバタ振って必死に逃れようともがく友奈。

 

 両者の実力差は明白だった。陸人が変身するバーニングフォームすら凌駕するエクリプスを相手に、たった1人の勇者が敵うはずもない。頼みの天の逆手も、織り込み済みだった敵には通用せず。徹底的に警戒された友奈の拳は一度も決まらず、一瞬の隙に必殺の斬撃が直撃した。

 バリア越しに意識が飛びかけるほどの衝撃を叩き込まれた友奈は、成す術なく地に伏せた。

 

 

 

 

(駄目だ、このままじゃ友奈ちゃんが……!)

 

 離れたところで戦闘の一部始終を目撃していた陸人は、指先どころか全身を震わせながら、息を荒げて立ちすくんでいた。

 

(くそ、どうすればいい……どうすればいいんだ⁉︎)

 

 本当は分かっている。こんな時にすべきことはただ一つ、戦場に割って入って友奈を助けること。しかしそれは、勇気を失った今の陸人にはあまりにもハードルが高かった。

 

(ちくしょう、何なんだよ俺は……友奈ちゃんは俺のために1人で戦いに挑んだんだぞ⁉︎ そんな子を見殺しにするのかよ!)

 

 震える膝を殴ってみても、足に力が入らない。立ち向かうには恐怖が大きすぎる。逃げ出すには罪悪感が大きすぎる。結果として前にも後ろにも踏み出せない、何とも中途半端な醜態を晒す少年が1人。

 

(どうしてここで走り出せないんだ……前の俺ならもっと!)

 

 ── りっくんはちょっと疲れが溜まって調子が悪くなってるだけ……あなたが休む時間を作るくらい、私にだってできるよ──

 

(違う、あの子が信じてくれたのは"前の俺"なんて区別した他人のことじゃない。今ここにいる、こんな無様な俺のことを……!)

 

 御咲陸人の勇気は確かに奪い尽くされた。しかしそれはあくまでその時点で胸に宿る炎が消されただけ。今この瞬間に足を動かすだけの熱が生まれれば、何回だって立ち上がって、その度に強く早く前へと踏み出せる。

 

(たとえ俺が無価値な命だとしても、目の前にいる女の子を助けることくらい──!)

 

 きっかけ一つで、人は何度でも胸の炎を滾らせることができる。何かを成すための第一歩、それこそが勇気……不変不滅の勇者の証だ。

 

 

 

 

 

 

「──うおおおおおおっ‼︎」

 

「りっくん⁉︎」

 

 全速力、全体重を乗せた不用意で隙だらけのタックル。横合いから飛び込んできた陸人の身体を、エクリプスは極めて冷静に片手で捕らえた。

 

「グッ!……友奈ちゃん、今だ!」

 

「ッ! うあああっ!」

 

 最初から陸人の狙いは敵の注意を一瞬でも逸らすこと。片手まで使ってくれれば、友奈が抜け出すには十分な隙ができる。首を締め上げる力が緩んだタイミングで、友奈はエクリプスの腕に膝を叩き込んで拘束を振り払った。

 

「御咲陸人……滅ボス……」

 

 対するエクリプスも、最早友奈など眼中にない。最優先ターゲットである陸人が自分から手元に飛び込んできたのだ。これ幸いとなんの力も持たない少年の身体を振り回して天高く投げ飛ばした。

 

「──させ、ないっ!」

 

 砲丸のような勢いで飛んでいく陸人に向けて追撃の黒焔が翔ぶ。ギリギリで友奈がバリアで凌いだが、我が身を盾にした捨て身の防御でも防ぎきれず、2人まとめて爆風に煽られて宙を舞う。無明の空間では距離感覚もおかしくなるが、友奈の体感では100m近い距離を地面と水平に吹き飛ばされてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぐ、痛ぅ……」

 

「り、りっくん……!」

 

 倒れる陸人の身体は未だに震えている。戦士としての覚悟も勇気もないままに飛び込んだ彼は、身体を襲う痛みと精神を蝕む恐怖と必死に戦っていた。

 

「りっくん……どうして、助けてくれたの?」

 

「……たとえ俺がどれほど無価値な人間だったとしても、それで友奈ちゃんが傷ついていい理由にはならない……そう思ったんだ」

 

(ああ、そっか……りっくんはたくさんのものを奪われても、それでもやっぱり"御咲陸人"のままなんだ)

 

 どれほど追い込まれて自分に嫌気が差していても、結局目の前で苦しんでいる誰かを見捨てることができない。傷つく誰かを目にした。ただそれだけで、300年の苦悩も自身への絶望も全て後回しにして走り出してしまう。

 

「俺が苦しむのも、消えるのも自業自得だ。そこに君を巻き込むのは間違ってる……今更何言ってんだ、って自分でも笑っちまうけど」

 

 今ここにいるのは御咲陸人。誰もが生きる上で当たり前にやっている"見て見ぬフリ"ができなかったせいで、時代を跨いで命を懸け続ける愚かな程に優しい人間だ。

 

「ううん、笑わないよ。それがあなただもん」

 

 友奈のなかで渦巻いていた不安が晴れていく。このままの陸人を連れ戻すことが正しいのか。陸人にとってはここで果てる方が幸せなのではないか。

 そんな懸念は、あの勇姿と今の答えで全て振り切れた。極限状態まで追い込まれても体が動いてしまう。それこそが嘘偽りなき本当の信念。どれだけ言葉を重ねても誤魔化せない陸人の真理。

 

『苦しむ誰かを助けたい』

 それこそが人間・御咲陸人の原点にして終着点。紆余曲折を経ても変わることのない絶対の真実。

 

「りっくん、ありがとう。おかげで助かったよ……もう大丈夫」

 

「友奈ちゃん……」

 

 それさえ分かればもう迷うことはない。邪魔者を倒して陸人を取り戻す。

 

「あとは任せて。あのニセモノ、すぐにやっつけてくるから!」

 

 単純で考えが足りない。それが友奈の短所だ。

 こうと決めたら一直線。それが友奈の長所だ。

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせ……仕切り直しだよ」

 

「………………」

 

 手傷も消耗も見当たらないエクリプスの前に、満身創痍の友奈が再び立ちはだかる。誰が見ても絶対的窮地だったが、彼女の心は先ほどまでよりも軽く晴れやかだった。その拳に陸人をはじめとした多くの仲間の想いを乗せて、もう一度強く握り込む。

 

「みんなの、高嶋ちゃんの希望を託されたんだ。こんなところで……」

 

 両拳を打ち合わせて走り出す。手甲に刻まれた桜の紋が激しく輝く。いつもの桜色とは少し異なる──赤味が強い、もう1人の桜の勇者の色に変わった。

 

「──死ねるかぁぁぁっ‼︎」

 

 

 

 結城友奈は勇者である。

 歴代最高の適正を持ち、その心、その力、生き方全てで勇者としての在り様を体現している……どこにでもいる女の子でありながら、どこにもいない特別な勇者である。

 

 

 

 

「──ッ⁉︎」

 

「……変わった……!」

 

 クロスカウンターでエクリプスの顔面に叩き込んだ右腕部が光に包まれて変化する。風にたなびく白い羽衣に覆われ、手甲の光はさらに強まる。

 

(これなら……!)

「やっ!──せいっ、だあぁぁっ‼︎」

 

 左脚、右脚、左腕と、攻撃を叩き込むごとに友奈が纏う装束が変わる。満開時の羽衣に近い姿だが、それとは明確に力の上昇量が違った。

 

「せーの、やぁっ!」

 

「……ッ!」

 

 敵の肩を両手で押さえつけてからの、全力のヘッドバットが炸裂した。たまらず後退するエクリプス。距離を取って改めて目の前の敵を見据えると、外面も内面も大きく様変わりしている。

 

 満開時以上の神々しさを放つ、背部の装備と羽衣。

 仲間を思わせる六色の水晶が、闇を照らして光をもたらす。

 大きく広がった桜色の長髪には、一本一本にまで煌めく神威が宿っている。

 

「負けない……私は、りっくんと並び立つ勇者だ!」

 

 頭突きの体勢から顔を上げて敵を見据える友奈。その眼は赤と緑のオッドアイ。友奈という"人間"と"神樹"が真の意味で融合を果たした証の虹彩異色。

 

 システムを用いて神の力を借り受ける『勇者』

 システムの安全措置を一時取り払って神の力の許容量を引き上げる『満開』

 これはその先にある、人と神が対等に混ざり合うことで至る勇者の姿──『大満開』

 

 強靭な魂と高い適正を持つ特別な勇者、結城友奈。彼女の潜在能力を土台にして、そこから仲間の願いを授かり、高嶋友奈の力を受け取り……更に高嶋を経由して神樹自身からも力を与えられてようやく踏み入れた最強の勇者である。

 

 

 

 

 

(なんとなく分かる……この力は、長く使ってられるモノじゃない!)

 

 大満開はシステムの保護を受けない、いわば非正規の裏技(チート)に近い。前例もなく、危険の度合いで言えばあの満開以上。長く使えば何が起こるか分からない。

 

「勇者ぁぁぁ……」

 

 狙うは短期決戦、拳を構えて突撃する友奈。思い返すと彼女はこの戦い、ずっと突撃しかしていない。当然エクリプスもその動きは読んでいる。黒いカリバーを振りかざし、友奈の直線的なルート上に刃を置き──

 

「──キィィックッ‼︎」

 

 ひっくり返るように上体を逸らしてカウンターを回避。その勢いのままにエクリプスの顎を全力で蹴り上げた。

 大満開のパワーで高く高く跳ね上げられていくエクリプス。友奈はトドメの大技で決めるべく、しゃがみ込んで力を溜める。

 

(みんな……力を貸して!)

 

 足元に光の紋章が浮かび上がる。

 山桜

 アサガオ

 オキザリス

 鳴子百合

 ツツジ

 スイレン

 

 それら六種の紋章は友奈と共に空を舞い、莫大なエネルギーのレールを形作るように一列に並んで光を放つ。

 

「これで決める……!」

 

 勇者キック一発でかなりのダメージを負っていたエクリプスだが、力を振り絞って友奈の拳をカリバーで受ける。ギリギリのところで耐え凌ぎ、2人の高度はどんどん上がっていく。

 

「皆殺シ皆殺シ皆殺シ……ミナ、ゴロシィ……!」

 

「その姿で……その声で……そんな言葉を、使うなぁぁぁぁっ‼︎」 

 

 盾としたカリバーが粉微塵に崩れ落ちる。いよいよ打つ手がなくなったエクリプスを前に、友奈は再び拳を引き絞る。

 友奈の怒りに応えるように、紋章の一番下に新たな光が宿った。一番上と同様の山桜の紋。友奈のそれよりも若干赤く色づいた、高嶋友奈の桜の紋だ。

 

 

 

 

「──勇者ぁぁぁ、パァァァァンチッ‼︎」

 

 

 

 7つの紋章が目も絡むほどに光を放ち、最高潮に達した勇者の力。その全てを右の拳に込めて叩き込む。

 

「──────ッッッッッッ‼︎‼︎⁉︎⁉︎」

 

 最大最強の勇者パンチが、英雄の贋作を粉砕する。黒いアギトは最後まで自分の身に起きた事実を理解できず、声にならない叫びを残して消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陸人の中の希望、勇気といった前に進むための想いの一切を奪っていた罪爐。その闇の化身が爆散したことで、精神世界の空に光の雨が降り注ぐ。

 奪われた光は、宿主の魂に吸い込まれるように帰っていき、やがて全てが陸人の内に戻ってきた。

 

「ね、言ったでしょ? りっくんがもたらした絶望なんかより、あなたが守った希望の方がずっと強いんだって」

 

 天空で決着をつけた友奈が舞い降りてきた。着地と同時に立ち尽くす陸人に駆け寄り、呆然とするその顔を自分の胸に抱き寄せる。

 

「友奈、ちゃん?」

 

 抱き締める体勢のまま、陸人に寄りかかるように体重をかける……というより自分を支えられずに脱力する友奈。この距離に来てやっと分かったが、今の彼女はかなり消耗している。息は荒く、体温は高く、脈拍は普通の人間に許された速度を超えている。

 

「友奈ちゃん、友奈ちゃん⁉︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(私、あんなに近くにいたのに……何も分かってなかったんだ)

 

 心が悲鳴を上げている陸人を目の当たりにして、友奈は己を恥じた。胸の内に秘めていた嘆き苦しみにまるで気付かなかった。

 

(『悩んだら相談』……本当は相談される側も相手をよく見てあげなきゃいけないのに)

 

 頼ってほしいなどと、どの口で言っていたのか。自分が情けなくて仕方ない。

 

(りっくんが無理してることなんて、ずっと前から分かりきってたのに……この人なら大丈夫って、勝手な思い込みで一人背負わせてた)

 

 後悔はどれだけしても足りない。それでも、自分まで俯いてはいられないと前を向く。折れてしまった英雄にもう一度光を見せてやれるのは、今ここにいる友奈だけなのだから。

 

 

 

 

「友奈ちゃん?──友奈ちゃん!」

 

「……ぁ、なに?……エヘヘ、ごめんりっくん。ちょっとボーッとしてた……」

 

 意識が飛びかけていたことをごまかすために、笑って陸人の頭を撫で続ける友奈。それでもやはり体に力が入らないのか、陸人に寄りかかるようになったまま。陸人もやがて耐えきれなくなり、崩れ落ちるように2人揃って座り込んだ。

 

「友奈ちゃん、いったん離れてくれ。今の君は普通じゃない、その姿もそうだけど、一度様子を──」

 

「やーだ、りっくんは目を離すとすぐいなくなっちゃうんだもん。もう絶対に離してあげない」

 

 まるで子供のケンカのような友奈の言い分。いつも通りの微笑みを浮かべる彼女の顔は、玉の汗が浮かんでいてもなお美しかった。

 

「……ねぇ、りっくん」

 

 友奈に負担がかからないように楽な体勢を探す陸人。友奈はそんな彼を抱きしめる力をより強めながら語りかける。

 

「りっくんは自分がいなければって言ってたけど、私はそんな風には思わないよ。だってあなたがいたから、今の私がいるんだもの。私は……ううん、私だけじゃない。勇者部のみんなも、街の人も、大社も……りっくんが頑張ったから守れたものはたくさんあるはずだよ」

 

「……そうじゃない。俺はただ、自分の撒いたタネを摘んで回ってただけだ。感謝も好意も、受け取る資格なんて……」

 

「りっくんは勇者だよ……少なくとも、私にとっては世界一強くてカッコいいヒーローだもん」

 

「……それは、友奈ちゃんはたまたま助けることができた人だからそう思うだけで……そうだ、俺のこの手はたくさんのものを取りこぼしてきた。友奈ちゃん達のことだって、俺がいなければ別の誰かがもっとうまく──」

 

「──んもう! なんでそうなるの⁉︎ さっきからりっくん言ってることめちゃくちゃだよ!」

 

 ああ言えばこう言う状態の陸人を黙らせるべく友奈が動いた。密着状態から首だけで振り被り、渾身の頭突きが陸人の頭部に直撃する。

 鈍い衝撃に頭を揺らす陸人。だが、仕掛けた友奈の方が余程苦しそうに唸っている。

 

「──っ、痛ぇ……」

 

「ほら、さっきもそうだったけどやっぱり痛いんでしょ? 痛みがあるっていうのは生きてる証。りっくん自身が生きたいって叫んでるんだよ」

 

「違う……俺に、そんなことを願う資格は……」

 

「聞いて、りっくん。確かにあなたには特別な力があって、人より多くのことができるのかもしれない。でもね? だからってそれを理由に誰かの責任まで奪い取るのは間違ってるって私思うんだ」

 

「……責任を、奪い取る?」

 

「そう。前にりっくんが言ってたことだよ。人は善悪どちらにもなれて、どちらを選ぶかはその人の自由なんだって」

 

 時に醜い一面を覗かせる人間という種。それでも陸人はその在り方を好ましく思っていた。善にも悪にもなれる選択肢を与えられて、そこから自分の意志で善を選べる人間に敬意を持ち、いつか全ての人間がそうあれることを願っていた。そんな未来のために、自由と可能性に満ちた人間を守ることを自分に誓って戦ってきた。

 

「人は自由に生きる権利がある。だったら、その人生の終わり方に責任を持てるのもその人だけなんじゃないかな。今のりっくんは、全ての死を自分のせいにしたがってるようにしか見えないよ」

 

 いつもの友奈らしからぬ筋道通った語り口。地頭が良く弁も立つ陸人を説得する、という作戦が決まった際に美森達と相談していたのだ。何が陸人を追い込んだのか、陸人は何を見失ったのか。そう長い時間は取れなかったが、仲間と共に悩み抜き、陸人を救うための筋道を探し続けた。

 

(みんな……俺が諦めた、俺の自己満足に巻き込んだみんなが、ここまで来てくれてたのか)

 

 その時間は決して無駄ではない。陸人の眼には、目前にいる友奈だけでなく、かぐやや勇者部の仲間……心を通わせた多くの友人が重なって見えた。

 

「いくら力があっても、それだけで世界の全部を背負わなきゃいけない義務なんてないよ。神樹様でも全ては守れなかったこの世界を、どうして()()()()()()()()()()りっくん1人で守らなきゃいけないの?」

 

「──ッ、……俺は……」

 

 かつて神だった少年、御咲陸人。彼はその数奇な経緯もあって、生来の責任意識の強さを悪い方向に膨れ上がらせてしまった。過剰な責任感、人としての原点で生じた罪悪感、強すぎる力を得て肥大した驕りにも等しい自意識。これら全てが罪爐に唆されて爆発した結果が今だ。

 

 無理もない。300年を神霊として生きたと言っても、それは所詮止まった時間の中での話。神霊となった時点で成長や変化といった要素は失われる。陸人の時計は神世紀に再臨するまでの300年、凍りついたままだった。

 人間としての実年齢で言えば、2つの生を合算しても長く見積もって18年。成人すらしていない子供には、あまりにも重すぎる運命だったのだ。

 

「みんなで考えたよね、勇者部(わたしたち)の連携パターン……あれと同じだよ。私達は1人では限界がある、それを知ってる……だから隣にいる人と協力して、もっと遠くまで届くように手を繋ぐ。これ、りっくんが教えてくれたんだよ?」

 

「……でも、俺の手は……数えきれない人の血で汚れきってる……こんな俺の手を……!」

 

「掴むよ。私は絶対に諦めない。

 りっくんがどれだけ汚れてるって言っても、私はこの手が綺麗だって言い続ける。

 りっくんが何回逃げたって、その度に追いついて何度でも手を繋ぐ。

 りっくんが何度振り払ってもしがみついて、押し倒して、噛み付いてでもこの手を離さない」

 

「友奈、ちゃん……」

 

 陸人はこれまで、心を閉ざして暗い覚悟を決めた誰かを、言葉と行動で何人も救い上げてきた。その心には確かな熱があり、紛れもなく愛と真心に満ちていた。

 

 友奈の言葉も同じだ。男女でありながら色気の"い"の字もない状況ではあったが、言の葉に乗って伝わる胸の想いは何より熱く、暖かかった。

 

「私だけじゃない。みんな今も戦ってる……りっくんにこの気持ちを伝えるために……りっくんと一緒に、新しい明日を迎えるために!」

 

 陸人は生まれて初めて、誰かに心の壁を言葉で打ち破られた。いつも破る側だった彼は、いかに嬉しく心地良いことなのかを初めて知った。

 自分が勝手に思い詰めて張った防壁を越えて、手を差し伸べてくれる誰かがいる。それがどれほどの救いとなるか。隣で陸人を見続けてきた友奈だからできたことだ。

 

 

 

 

 

 

 

「俺は……ちくしょう、俺は……!」

 

 陸人は焦っていた。今すぐ反論できなければ、数秒後には自分の心は自分を許してしまう。その確信があった。こんなにも愛してくれる誰かがいる。それだけで、自分にも生きる価値はあるのではないか。そんな風に自分の中の弱い部分が叫んでいた。

 

(違う……何のためにみんなとのつながりを断ち切ってここまで来たんだ……俺はここで、自分を殺すために──!)

 

「りっくん、もういいの。りっくんが償わなきゃいけない罪なんて、最初からなかったんだよ……周りを見て」

 

 言われてほんの少し顔を上げて周囲を見渡す陸人。先程までは何も無かったはずの空間に、いくつもの人影が見える。

 

「あれは……丸亀城のみんな……村のみんな……兄さんと姉さんも……」

 

 守りきれず死に別れた者。守りきって別れた者。守るために肩を並べた者。陸人がその短くも長い生の中で出会い、関わり、大なり小なりその人生を変えてきた者達が、笑顔を浮かべて見守っていた。

 生きていていいのだと、お前の居場所はちゃんとあるのだと無言で伝えるように、目を逸らさずに笑いかけていた。

 

「父さん……母さん……」

 

 直接会って話すことは終ぞできなかった実の両親。罪爐の記憶から創造した、本物とは似ても似つかないかもしれない想像の産物。その2人が全てを理解しているというような笑顔で歩み寄ってきた。友奈に抱きしめられたままの背中を優しくさする2人の手。他の誰かとは違う暖かさが、陸人の全身に広がっていく。

 

「違う……ここにいるのは俺に都合良く作られた空想……本当のみんなが許してくれたわけじゃ……」

 

「ねえりっくん。かぐやちゃんが教えてくれたんだけどね……死んじゃった人は誰かが覚えている限り、その中でまだ生きてるんだって。ならさ、少なくともりっくんにとっての"本当のみんな"っていうのは、ここにいるみんなのことなんじゃないのかな?」

 

 人は死んでしまえば誰かの思い出の中でしか生きていけない。その中で良くも悪くも生前の本質からズレた人物像になることもある。あまりに大きく歪めてしまえば死者の尊厳を踏みにじる形になってしまうが、いわゆる思い出補正というのは別に悪いことではない。

 

「りっくんが今を生きるために……あなたが信じるみんなが、きっと"本当のみんな"なんだって私は思うよ」

 

 親しい誰かの死を乗り越えて生きていかなければならない生者。その過酷に耐えるためにも思い出の中の死者に思いを馳せる。それは誰もがやっていることであり、生命の連環でもある。

 

「……俺が信じる、みんな……」

 

 本当は会ったこともない両親が微笑みながら光と消える。少し離れたところから見守っていた仲間達も、彗星の如く星となって陸人の胸に集っていく。一つ胸に収まるたびに、心の痛みが癒えていく。冷え切っていた心が、目を逸らしていた自分自身の記憶によって暖められていった。

 

「りっくんはどんなにボロボロになってもみんなのことを想い続けてた……嬉しかったはずだよ。忘れられるのって、きっと凄く悲しいもん」

 

 思い出すのは悲しげに微笑む自分と同じ顔。陸人や美森、園子や高嶋を見てきた友奈は、忘れる辛さも忘れられる悲しさも痛いほど理解していた。

 死んだ者の気持ちは誰にも分からない。それでも考えに考えて、ほんの少し分かったようなつもりになって、1日1日を懸命に生きる。それが死者を悼むということだ。

 陸人が苦しみ続け、気持ちと記憶を歪めながらも決して手放さなかった人間の尊い営みだ。

 

「りっくんの中にはこれだけの人の想いが込められていて、その全てがりっくんの今を応援してくれてる……これってすごいことじゃない?」

 

 陸人の内にあるものが、全て現実にいた彼らそのままではないかもしれない。だが、全てが偽りということもない。自分の心がダイレクトに表現される精神世界において、全く存在し得ない人の想いを創造することはできない。

 これほど陸人が愛された世界を作り上げられたのは、現実で出会った彼らもまた確かに陸人を想い、愛していたという証だ。

 

「俺の中にある、俺だけの思い出……」

 

「神様だからじゃない、アギトだからじゃない。りっくんがりっくんだからこそ……あなた自身に残ったものは、ちゃんとあるよ」

 

 陸人の胸には誰かに与えられた愛が、抱え切れないほどに詰まっていた。誰かに愛される者の命が無価値などということはあり得ない。

 陸人が愛した人間達が陸人の生き方を正しいと、美しいと肯定してくれているのだから。

 

「俺に……?」

 

「うん!」

 

「俺にも……!」

 

「うん‼︎」

 

 身体を震わせて涙を流す陸人。子供のようにボロボロと泣き尽くす想い人を抱き寄せて、友奈は優しく額を合わせて包み込んだ。今は泣いていいと、無言のまま熱を分け与えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいのかな……こんな大事なことにも気づかなかった俺が、みんなの希望を託されるアギトでも」

 

「違うよ、私もみんなもアギトだからりっくんを信じたんじゃない。りっくんがアギトだから、あなたがみんなを守ってきたから、信じて希望を託してきたんだよ」

 

「そう、なのかな……ありがとう、友奈ちゃん」

 

「それに! 今の自分に自信が持てないなら、これから変わればいいんだよ。みんなにも自分にも胸を張れる"御咲陸人"っていう男の子に!」

 

「変わる……俺が」

 

「私も手伝うし、みんなだってついてる。りっくんが心配することなんて何ひとつないんだよ?」

 

 陸人にとっては目から鱗だった。自分のせいで、自分がダメだから。そんな風に思うことは誰にだってある。大切なのはそこから何を得るか、どう変わるかだ。

 

「いつも言ってるじゃない、"変身"だよりっくん!」

 

 それは陸人が戦場に立つ際にいつも口にする宣誓の言葉。強い自分へと変身して、また日常に帰るための自己暗示の一種。

 

「そっか……"変身"か」

 

「そうだよ! "変身"だよりっくん!」

 

 幼子のように変身変身と繰り返して笑う2人。ようやく取り戻せたいつもの雰囲気が嬉しくて、お互い少し精神年齢が下がっているようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 少し休んで陸人の精神状態も友奈の体調も少しマシになり、2人はようやく密着状態から離れた。若干名残惜しそうな顔をしている友奈の手を取り、立ち上がらせようと引き上げた瞬間……疲労からか膝から力が抜けて思い切り体勢を崩した。

 

「うおわっ!」

「きゃあっ⁉︎」

 

 腕を引き寄せていた力が行き場を失い、友奈が陸人に覆いかぶさるように倒れ込み──

 

 

 奇跡的な噛み合わせの良さ……あるいは悪さによって、両者の唇が重なった。

 

 

 

 

「「────っ‼︎⁉︎‼︎⁉︎」」

 

 急転直下すぎる展開についていけず、困惑しながら動きを停止する2人。重なった唇を通じて、両者の間を神樹の光が移譲される。

 大満開に至った友奈から、長らく光を奪われていた陸人へ。欠損を補うように力の行き来が行われた。

 

「──ぷはっ! ごっ、ご……ごめん!」

 

「い、いやいや……こちらこそ?」

 

 妙な感覚に自意識を取り戻した2人がようやく離れる。冗談のような出来事だったが、乙女的には結構な大事件だ。

 

「あ〜……あの、ホントにごめん。友奈ちゃん……ここを出たら、どんな形でもお詫びはするから」

 

「あっ、ううん! そんな気にしないでいいよ…………イヤじゃなかったし……」

 

 急激なデクレッシェンドで乙女の本心を聞き損ねた陸人は首を傾げる。目の前の友奈は、顔こそ見たことないほどに赤く染まっているが、よくよく見ると手で隠された頬は緩んでいるようだし、それほど深刻に捉えなくてもいいのかもしれない。

 

「──って! ここを出たらってことは、りっくん!」

 

 そんな結論を出して1人頷いていた陸人の両肩を思い切り掴んで揺さぶる友奈。変身している状態でそんなことをされれば陸人の首は大変なことになる。

 

「──ぅあいっ! そう、だねっ! めいわく、かけたけどっ! それでもよければっ!────ごめん友奈ちゃん一旦離れて!」

 

 首をガックンガックンさせながら話したせいで頭痛が酷い。頭を抑えて唸っていた陸人に、またもや締め付けるような勢いで友奈が抱きついてきた。

 

「友奈ちゃん痛い──って……」

 

「良かった……良かったよぉ、りっくん……」

 

 密着していて顔は見えないが、声と体の震えから今どんな表情をしているのかは想像できた。陸人は自分のバカさ加減に呆れながら、優しく穏やかに少女を抱き寄せて背中をさする。

 

 

 

「まず何よりもこのことを謝るべきだったね……心配かけて本当にごめん。それから──ありがとう、迎えに来てくれて……本当に嬉しい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこから更に数分後、諸々がようやく落ち着いたところで、友奈は何もない無明の世界を見渡して呟く。

 

「そういえば私、帰り方とか聞いてないや……どうしよう、りっくん?」

 

「あらら、まあ友奈ちゃんらしいか。さっき、神樹様の光と一緒にイメージが流れ込んできたんだ。多分、今の俺ならいけるはず」

 

 そう言うと陸人は友奈から少し離れ、足を軽く開いて両腕を構える。陸人お馴染みの変身の構えだ。

 

「りっくん?」

 

「ここはウジウジしてた俺が作った世界……なら、新しい俺に"変身"すれば、この空間ごと崩壊して外に出られる!」

 

 思えば、陸人がこの言葉を戦闘の掛け声として選んだのはもう300年も前のことになる。当時は何の意識もしていなかったが、もしかしたらその頃から自分を嫌っていた陸人が無意識のうちに願っていたのかもしれない。

 

 今とは違う自分に、胸を張れる自分に──

 

 

 

「──変身っ‼︎──」

 

 

 新しい自分に変身したい。そんな思いを込めて、御咲陸人はこの言葉を叫び続ける。

 これまでも、これからも──

 

 

 

 

 

 

 

 




ようやく逆転フェイズです。長かった〜……

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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300年の因縁

最終章、前半戦終了。一区切りです。

天の神、ガドル、罪爐、そして……
実は陸人くんと付き合いが長いのは仲間より敵陣営だったりします。
 


 灼熱の大地に剣戟の音と雷鳴が鳴り響く。毒花に力を吸い尽くされたガドルは、崩れそうな身体に喝を入れて未だに剣を振るっていた。

 

「……まだだ、まだ終われん……!」

 

「我が言うのも可笑しな話だが、汝も大概バケモノよな。核を抜かれた肉体(いれもの)は数秒で朽ち果てるはずなのだが」

 

「フン……何もかもが貴様の公算通りに進むわけではないということだ。俺も、あの男もな」

 

 陸人と友奈が消えていった球状の光。それを背にしたまま、ガドルは一歩も引かずに罪爐の攻撃を凌ぎ続けている。今の状況を客観的に見つめ直して、あまりのらしくなさに自分で笑ってしまった。

 

「ふむ、どうかしたか? 何やら嬉しそうに見えるが……」

 

「なに、一つ納得できただけだ。自分以外の何かを守るために戦うのは、これが初めてでな……」

 

 思えばあの宿敵はいつだって自分ではない誰かの命を背負って戦場に立っていた。どんな窮地においてもその瞳は光を失わず、理不尽を跳ね除けて大切なものを守り抜いてきた。

 

「これが、守るための戦いというヤツか。あの男は常にこんな心持ちで……なるほどな」

 

 ──勝てないわけだ──

 

 最後の部分は声にこそならなかったが、ガドルの中で積年の疑問が氷解していくような清々しい開放感があった。陸人と友奈を守るために剣を振るったこの戦いで、ガドルは大切な答えを一つ手に入れた。

 

 

 

 

 

 

「奇妙な奴よの…………む?」

 

「フッ……遅いぞ、愚か者め」

 

「──〜〜ぅおあああああっ‼︎」

「──ひぃやああああああっ‼︎」

 

 光の空間が砕け散り、その奥から2つの人影が飛び出してきた。2人は脱出の勢いを殺しきれず、前方で立ちはだかっていたガドルの背中を追い抜き、地面に落下。ゴロゴロと転がってようやく停止した。

 

「……いってぇ……戦線復帰する前に死ぬかと思ったぞ」

 

「あいたた……と、とりあえず無事に出てこれて良かったよ。ね、りっくん!」

 

 見慣れない勇者装束を纏った結城友奈と、御咲陸人──アギト・バーニングフォーム。かなりの消耗が見て取れるが、本来の調子の彼等が五体満足で現世に復帰した。

 

「出てくるにももう少しなんとかならなかったのか……締まらない奴だな」

 

「うるさい……なんでここにいるのかもよく分からん奴に言われたくないね」

 

 陸人の復活を確信していたガドルだが、無事に顔を見たことで少しだけ肩の力みが抜けていた。

 一方で"御咲陸人の魂"を完全に消したつもりでいた罪爐の驚愕は隠し切れるものではない。

 

「何故だ……何故、汝がここにいる? あれだけ丹念にすり潰して、何故まだ正気を保っているのだ?」

 

「俺1人だったら、多分お前の策に落ちてたよ。それだけよく練られた、俺のことを知り尽くした上での巧妙な手だった」

 

「そうだ、我は汝自身すら覚えていない頃から観察を続け、弱点を集め、精査に精査を重ねて追い込む筋道を……」

 

「そう、お前は執念すら感じさせるレベルで俺への対策を完成させた。だからこそ俺以外に向ける警戒が甘くなった。この時代で俺と出会った友奈ちゃん……彼女達が持つ強さにまで思考が回らなかった。それがお前のミスだ」

 

「ふんっ!……えへへ……」

 

 鼻を鳴らして胸を張る友奈だったが、アギトの無骨な掌で頭を撫でられた途端ほにゃりと破顔して頬を赤らめた。基本的に戦士としてのパーソナリティが完成した少女ではないのだ。

 

「仕方あるまい。予定は変わるが、まだ調整は効く。今すぐ全員叩き潰して、今度こそ戻らないように徹底的に責め堕として──」

「悪いがそりゃ無理な話だ」

 

「……異な事を言う。立っているのもままならない今の汝等になにができると?」

 

「あなたには聞こえない? みんな来てるよ」

 

 確信に満ちた笑顔の友奈。彼女が握っている端末が鳴り響く。

 

 

 

「──ちゃん! 友奈ちゃん、大丈夫なの⁉︎」

 

「友奈! こっちはどうにかなったわ、陸人の方は──」

 

 友奈の端末から仲間の声。無事に膠着状態から脱することができたらしい。

 

「東郷さん、みんな、私は大丈夫! それから……」

「心配かけてゴメン……御咲陸人、ただいま戻りました」

 

 端末を借りて陸人自身の言葉を乗せる。勇者部が求めてやまなかった、人を安心させる温かみのある声だ。

 

「──リク……リクなのね?」

「はふぅ〜、良かった……良かったよぉ……!」

「案外元気そうじゃない? 散々心配させてくれちゃって、まったく」

「素直じゃないわねぇ夏凜。とりあえず涙拭きなさい……また話せて、心からホッとしてるわ、陸人」

「さすが友奈さんです! 陸人さん、おかえりなさい」

 

「ああ。ゆっくり話したいところだけど、今ちょっと切羽詰まってるんだ……助けてくれるか?」

 

 

『──当然!』

 

 

 

 レーダーに表示される仲間達のマーカーがすごい速度で集まってくる。それに紛れて、勇者とは違う反応も同じく合流を目指して移動を始めた。

 

「おう陸人! 知らねえうちに記憶飛ばされて知らねえうちに戻ってたぞ! お前今度は何やったんだ?」

 

「聞きたいことは山ほどある……すぐに追いつくから、覚悟しておけ」

 

「鋼也……志雄……スマン、迷惑かけたな」

 

「……まあいいさ、お互い様だ」

 

「どうやら邪魔をしてしまっていたらしいしな。足を引っ張った分は働くさ」

 

 ギルス、G3-X、G2-X、防人。人類が持つ全戦力が、罪爐と陸人を目指して集結しつつあった。

 

 

 

 

 

 

「……なるほど、汝が常世に戻ったことで神樹の記憶封印が解けたのか。これではすぐにでも我は包囲されてしまうな」

 

「そういうことだ。追い込まれたのは、お前の方らしいぞ?」

 

「それは困った……流石に全員相手取るのは無理がある──我一人では、な」

 

 ──罪爐、お待たせしました──

 

 空間に響き渡る穏やかな声。陸人は堕ちていた頃に朧げながらこの声を聞いた覚えがあった。

 

「テオス、あんたが出てきたか!」

 

 ──ええ。ですが私だけではないのですよ。あなた方の馴染みの顔を連れてきました──

 

 テオスの声に合わせて、光無き壁外次元の空が裂けた。空間の切れ目から舞い降りてきた影は4人分。

 ひとつは長剣を握る獅子型の天使、地のエル。

 ひとつは大弓を携えた鷹型の天使、風のエル。

 ひとつはただの人間にしか見えない器に異界の神を宿した本物の神霊、テオス。

 そして最後の一体は──

 

 

 

「オイオイ、冗談じゃないぜ……!」

 

「馬鹿な……何故ヤツがここに?」

 

 

 

 胸部のど真ん中に風穴が空いた白衣の青年。火のエルの姿を模した天の神を小脇に抱えて降り立った異形。

 

 妖しいほどに白く、悍しいほどに白く、重苦しいほどに白い破壊の悪魔。

『ン・ダグバ・ゼバ』が、300年の雌伏を終えて現世に再臨した。

 

 

 

 

 

 

 

「アギト……ゴ・ガドル・バ……目障リナ邪魔者ガ揃ッテイルナ」

 

「その声、その口調……中身は水のエルロードか……!」

 

「ご明察。流石に汝と同等の規格外をそのまま蘇らせては厄介だからな。身体と能力だけを呼び覚まして、都合良く浮いた天使の魂を利用したのよ。ダグバの力を扱うには最低限エルロード程度の格は必要なのでな」

 

「今の彼はダグバにしてエルロード……"白のエル"、とでも称しましょうか」

 

 再構築したダグバの肉体に、水の天使の魂を込めて動かしている新たな脅威、白のエル。相性が致命的に悪いことを加味しても、最高状態の天の神を打倒したその実力は本物だ。

 

「そうか。先日の墓荒らし、バルバの身体を掘り返すだけにしては随分時間をかけていたとは思ったが……ダグバの因子を拾い集めていたのか」

 

「墓荒らし……そうか、あの遺跡から」

 

「その通り。言ったであろう? あの地には有用なものが()()眠っているとな」

 

 ガドルとダグバ。共に復活させられたグロンギという意味では同じだが、その内情には大きな差異がある。

 肉体が爆散したガドルは、魂だけ引き戻されて器は似た性質を持つマラークのものをあてがわれている。

 一方ダグバはその逆。制御が効かない魂にはノータッチで、あくまで力を利用するために肉体のみを復元している。

 ダグバがその力を振るった痕跡から残滓をかき集め、更に長い間封印されていた遺跡の墓土も用いることで完璧な形でダグバの肉体を再構築することに成功した。

 

 

 

 

 

「さて、形成逆転だ。ここから総力戦で邪魔者全てを潰すのは容易い……が、ここまで我の計画を狂わせてくれた汝等3人に関しては別。自らの手で捻り潰させてもらおうぞ」

 

 罪爐が指を鳴らす。大地が揺れ、轟音が鳴り響く。

 

「っ! これは……」

「気をつけろ……面倒なのが出たぞ」

 

 堕ちかけのアギトにとどめを刺した怪植物──曼珠薔薇が罪爐の背後に顕れた。歪な巨大植物は一瞬で周囲の土壌を掌握、合流を目指していた仲間達を分断するように太く頑強なツタで壁を形成。各々の行く道を遮断した。

 

「何この植物……斬れない!」

 

「飛んで越えようにも、絶えず伸長し続けているな……これでは推進剤の無駄遣いだ」

 

「貴様等如キデハ越エラレン」

「ココデ果テヨ……潔ク」

 

 更には足止めを食らった彼等を追撃するべく、地と風のエルロードが風縄で壁を超えて攻め込んできた。

 

「クッソが……園子、須美! お前らは何とかしてこの壁越えろ、コイツらは俺達で抑える!」

 

「何とか、って言われても……!」

 

「う〜ん、こっち側(わたしたち)だけじゃどうしようもないかもだね〜」

 

 風の矢が降り注ぎ、大地の刃がそそり立つ。勇者と防人とライダーが入り混じった歪な戦場は、とても合流などと言っていられる状況ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして壁の内側には罪爐と白のエルという最悪の組み合わせを前に、半死半生のライダーが1人、勇者が1人、グロンギが1人。戦力比がまるで釣り合っていない。

 

「白の、手を出すなよ。此奴等は我の客だ」

 

「……好キニスルガ良イ」

 

 絶え間なく足元から隆起してくるツタの奇襲。足元すら覚束ない3人は避けるので精一杯だった。

 

「りっくん! どうしたら……」

 

「手はある。あのバケモノ花とは散々やり合ったんだ、弱点は分かってる」

 

 半分意識がないまま戦っていた前回はそこを突くことこそできなかったが、三日三晩も競り合えば急所の当たりくらいはつけられる。そして白のエルが完成したことで増長している今の罪爐には、そこを狙えるだけの精神的な隙があった。

 

「ガドル!」

 

「……チッ」

 

 陸人の呼びかけに不承不承ながら従ったガドルが極大の雷を落とす。雷光と爆風で距離を取ったアギト達。デコボコだらけの即席トリオにとって、あまりにも短くとても貴重な作戦タイムを確保した。

 

 

 

「時間稼ぎか……無駄な努力がよほど好きらしいな」

 

 曼珠薔薇の触手の一振りで煙が晴れる。視界が開けた先には、フラフラの身体を互いに支えるように寄り添うアギトと友奈。2人の前に立つガドルが剣を構えていた。

 

「頼むぞ……ガドル」

 

「お前がこの期に及んで的外れなことを言うとは思っていない。この場はアテにしてやろう」

 

「クハッ、愉快愉快! まさか汝等が並んで我に歯向かう姿を見れようとはな!」

 

「そうか。こちらとしては貴様の笑い声はイチイチ不愉快で堪らんのだが」

 

「それはすまんな! だが直す気もない、諦めてくれぬか?」

 

「ならばその声、2度と聞けないようにするまでだ!」

 

 突貫するガドル。対する罪爐は一歩たりとも動くことなく、攻防一体のツタを生やして雷剣と撃ち合う。明らかに動きが悪いガドルの剣は、そこまで速くない薔薇の防御ですら捌き切られてしまう。

 

「ほれ、どうした? 戦いの腕しか自慢のない汝が得意分野ですら我に劣ってはおしまいだぞ」

 

「チィッ……だったら!」

 

 バックステップで距離を取ったガドルが剣先を地面に突き立て、地表の下から雷撃を流し込む。前面に広がったツタの防壁を掻い潜り、罪爐の足元から稲妻が炸裂した。

 

「悪くない手だが、見え透いているな」

 

 正面から仕掛けた奇襲攻撃。当然罪爐も見切ってくる。大きく飛び退くことで大地から生えてくる雷撃を避けた罪爐。その優美で余裕ある姿を見据え、ガドルは小さく鼻を鳴らした。()()()()()()()()()()()敵への嘲笑を込めて。

 

 

 

「「──おおおおおああああああっ‼︎」」

 

「なんだと……⁉︎」

 

 後方に控えていたアギトと友奈が突撃。飛び上がった罪爐の下を潜り、曼珠薔薇の本体に一直線に走り抜けた。硬く指を組んで繋がれた手から、溢れんばかりの光が迸る。勇者とアギトの共鳴(レゾナンス)が発動。更に力を増したアギトと大満開の友奈の光は、これまでとは比較にならない破邪の力を宿していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの花の弱点は正面足元、根に当たる部分だ。毒を撒く上で必要なのか、あの部分だけ防御が薄い。今の俺達でも共鳴すれば破れるはずだ」

 

(無防備過ぎる無謀な賭けだが……)

 

「なんで罪爐はあんなデカブツ呼び出しておいて、わざわざ自分が前に出てると思う?」

 

(お前の言うことにも一理ある)

 

「あの位置に踏ん反り返ることで、弱点への攻撃を防ぐためだよ」

 

 己の力を誇示するように仁王立ちを続けていた罪爐。曼珠薔薇の巨体を背にしたプレッシャーは相当なモノだった。だが、もしそれだけではなかったら。視覚的な意味以上の理由があるのだとしたら。

 

 陸人は自分の直感を信じている。

 友奈は元から陸人を疑うようなことはない。

 ガドルはそんな2人の迷いない眼を見て、かつて自分を打ち破った西暦の英雄コンビを思い出して口を閉じる。

 わずか数秒の作戦会議で、一点突破に全てを賭けることが決まった。

 

「行け……結城、アギト!」

 

 

 

 

 

 

 

「勇者は根性!」

「燃えろぉぉぉっ‼︎」

 

 手を繋いで駆け抜けるアギトと友奈の周囲に炎が立ち昇る。2人を包んで燃え盛った炎は、やがて1つの巨大な拳を形作っていく。

 狙うは薔薇の根、ツタの防御が届かない絶対の急所。太陽よりも熱く眩い拳が唸りを上げる。

 

 

 

 

「勇者──!」

「──ダブルッ!」

 

「──パァァァァァァァンチィッ‼︎」

 

 

 

 

 

 重ねた拳に炎が集い、巨大な火拳が風穴を開ける。友奈とアギトの共鳴奥義(レゾナンスアーツ)──『バーニングストライク』が炸裂した。

 

「……ぅあっ……もう、身体が……」

「──つぅっ! やれた、のか……?」

 

 薔薇を貫いたところで電池が切れたように力尽きて倒れ伏す2人。足元に巨大な空洞ができた曼珠薔薇は、それでもまだ触手を蠢かせて敵を狙う。

 

「そんな……!」

「マズい、まだ……友奈ちゃん!」

 

 立ち上がれない身体で覆いかぶさるようにして友奈を庇う陸人。死を覚悟した瞬間、視界が真っ赤に染まった。大噴火レベルの業火が、瞬く間に薔薇の巨体全てに燃え移る。

 

「馬鹿な……我の曼珠薔薇が……?」

 

「フン、まあ及第点といったところか」

 

 "バーニングストライク"……拳の突破力と煌炎の火力。効果の異なる2つの威力であらゆるものを破壊し尽くす必殺技。

 周囲に張り巡らせたツタまで燃え盛り、跡形もなく消えていく。

 一晩で星をひとつ落とせるだけの猛毒を秘めた巨大な毒花は、その全てを浄化するかの如く眩く燃え盛る煌炎に包まれて焼失した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇者達を分断していたツタの壁にもあっという間に炎は燃え移り、全てが焼き尽くされていく。

 

「何……?」

「出シ抜カレタカ、罪爐メ」

 

「──今! 行くよわっしー!」

 

「ええ! 友奈ちゃん、リク!」

 

 仲間のフォローを受けて園子と美森がエルロードを突破、動けない友奈とアギトの元にやっと辿り着いた。

 

「リク、リク!……あぁ、良かった……!」

 

「お帰り、りくちー。とにかく今は逃げるよ」

 

「ああ……美森ちゃん、園子ちゃん……ありがとう」

 

 涙を堪え切れていない美森と、心から安堵を浮かべている園子。陸人は改めてどれほど心配をかけたのかを思い知った。それでも謝罪より先に感謝の言葉が出るあたり、少しは成長したのかもしれない。

 

「よっし、回収したら即撤退よ! 2人の安全確保が最優先!」

 

「こちらも勇者部に合わせるわ! 防人各員、遅滞戦術で追手を引き付けなさい!」

 

 

『──了解!』

 

 

 

 勇者部部長と防人隊隊長の指示の下、全員が動き出す。アギトを園子が、友奈を美森が抱えて一直線に結界方向へ撤退。残る勇者と防人達は分散して壁を作り、捕まらない距離を保ちつつ徐々に後退していく。

 

殿(しんがり)は僕と……」

「──俺が引き受ける!」

 

 それぞれのエルロードと浅からぬ因縁を持つギルスとG3-Xが最前線に立つ。人類の総力をもって、最大貢献者たる2人を守る撤退戦の構えを敷いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「如何しますか? 今からでも追えば潰せるでしょうが……」

 

「ふむ、そうだなぁ……」

 

「……さ、せ……るか……!」

 

緊迫感のない声で唸る罪爐の目前に、焔の鎖が延びてきた。罪爐、テオス、白のエルをまとめて縛り付けて動きを封じた。白のエルに足蹴にされたままの天の神の権能だ。壁外は全てが天の神の領域、この程度の小細工は指一本動かさずとも可能だ。

 

「おやおや、まだこれだけの余力があったのか。流石にこの世界の主神、底が知れぬな」

 

「あの者達を追おうというならば……もうしばらく私と踊ってもらう……!」

 

「……そうだな。かつての盟友に免じて、今回は我の負けとしておこう。地のと風のにも適当なところで切り上げて戻るように伝えてくれ」

 

 テオスに判断を仰がれた罪爐は、一瞬熟考した末に戦線の引き上げを決めた。らしくない消極的な判断に、白のエルが驚いたように声を上げる。

 

「……良イノカ?」

 

「どの道アギトを奪還された時点で計画変更を余儀なくされた。混迷した現状でただ殺しても我が得られる旨味は少ない。ならばもう一度状況を整えてから仕掛け直したほうがこちらの取り分は多くできる……楽しみは後に取っておく、ということよ」

 

 アギトが自我を取り戻したことも、ただの勇者が呪いのエクリプスを打倒したことも罪爐の予想外だったのは確かだ。しかしそれでも予定を修正することで対処可能な範囲の誤差に過ぎない。

 罪爐は完全に一本取られてもまだ、その気になればいつでも潰せると確信していて、それを裏付けるだけの力を持っていた。

 

「奴らには相応しい舞台を用意して、華々しく散らせてやろう。闇夜に浮かぶ花火のように、なぁ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よし、ここまで来れば」

 

「ここは……観音寺港だね〜。救助の連絡しま〜す」

 

 人気のない波止場に降り立った勇者達。一目散に結界内を目指したこの4人はとりあえず無事に帰還できた。

 

「友奈ちゃん、大丈夫?」

 

「うん。変身解いたら随分楽になったよ。やっぱりあのすごい満開みたいなのはあんまり身体に良くないみたい」

 

 安全な結界内に飛び込むと同時に友奈の大満開は解除された。溢れる勇気で道理を踏み倒した奇跡の最強形態は、いくら友奈でも長く保てるものではない。

 

「リクの方は……変身、解かないの?」

 

「……あーいや、ちょっとね。大丈夫、さっきより楽になってきたよ」

 

 コンテナに寄り掛かった疲労困憊の状態でありながら、陸人は変身を解除しようとしない。何かやり残しがあるのか、人の姿に戻ることに懸念があるのか。

 

「っ! アレは……」

 

 美森が何かを問おうとしたところで、人間とは違う異形の足音が近寄ってくる。勇者達の前に出て結界まで誘導してきたガドルだ。

 

「あのアンノウン、どういうつもりで……」

 

「あ、大丈夫だよ東郷さん。あの人……でいいのかな、は悪い人じゃなくてね。私も助けてくれたし、ガドルさんがいなかったらりっくんは取り戻せなかったんだから」

 

 警戒して銃を取り出した美森を宥めて友奈が駆け寄る。ガドルの消耗も相当なものだが、異形由来の回復力か、彼個人の意地か、表面的にはピンピンしているように見えた。

 

「ガドルさーん! 大丈夫ですか?」

 

「問題ない。お前の方も……思った以上に元気そうだな」

 

「はい! おかげさまで。本当にありがとうございました。ガドルさんが手伝ってくれなかったらどうなってたか……」

 

 ペコリ、と折り目正しく頭を下げて感謝の意を示す友奈。どこまでいっても怪物でしかない自分にここまで好意的に接してくる少女に、思うところがないわけではない……が、それだけだ。

 今やるべきことは決まっていて、ガドルに今さらそれを覆すことはできない。

 

「……感謝していると言うならば、行動で返してもらおうか」

 

「はい!……えっと、何をすれば?」

 

「今から()()がすることに一切の手出し口出しを禁ずる。ただ黙って成り行きを見ていれば良い」

 

「……え? あの、ガドルさん?」

 

「案ずるな……お前達にとって悪い結果にはならんだろうさ」

 

 あまりにも一方的で不穏な物言いに友奈も眉を潜める。そんな彼女の頭にポンと手を置くと、固まった友奈を置いて歩き出した。

 

「っ! 何か用……ですか?」

 

 真っ直ぐにアギトに向かって歩み寄るガドル。美森は未だ立ち上がれないアギトを抱き寄せるようにして庇う。戦場から離れたこの場において、剣を手放さない目の前の異形を信用できなかった。

 

「お前ではない。用があるのはいつまでも蹲っている愚か者の方だ」

 

「だから! リクに何の用だって聞いているのよ!」

 

 銃まで抜いて臨戦態勢に入る美森。ガドルはそんな美森の形相も意に介さず、鋒をアギトの首元に突きつけた。

 

 

 

「約束の時だ……立て、アギト」

 

「………………っ!」

 

 ── 1対1で勝負だ……ガドル──

 ── 次は必ず勝負を受けると約束する──

 

 

 

「何を……何を言ってるの! リクが戦える状態じゃないって、あなたの方がよく分かってるでしょう⁉︎」

 

「そうだな。普通ならまず戦えん……だがコイツは違う。いくつもの不可能をひっくり返してきた本物の超越者だ」

 

「だからって! そんなに戦いたいなら互いにもっと万全の状態であるべきじゃないの?」

 

「確かにそれが一番望ましい形ではあるがな。だがお互いの消耗度合いは似たようなものだ。対等な条件、と言えないこともない」

 

 どんな言葉も今のガドルを止めるには至らず、意識が飛びかけているアギトは何の反応も示せない。

 動かないアギトを急かすように、ガドルは剣を振り上げて──

 

「……チッ……」

 

「やめて! 今のりくちーにあなたの相手は無理だよ」

 

 周囲の警戒と連絡のために離れていた園子が、割って入ってその一撃を食い止めた。

 

「そんなに戦いたいなら、私が相手になるよ〜」

 

「貴様では代わりにならん……いや、誰であっても代理は務まらん。俺を満たせるのはアギトただ一人」

 

「どうしても今じゃなきゃダメ?」

 

「急ぐ理由がある。俺にもアギトにもな」

 

「それはどういう意味かな〜?」

 

「教える義理はない」

 

「そっか、ならごめんね〜、それは聞けない──」

「いいよ、園子ちゃん」

 

 構え直した園子の肩に熱を持った力強い手が乗せられる。ようやく呼吸を整えたアギトが、自分の足で立ち上がってきた。

 

「りくちー……」

「ダメよリク! あなたは今……」

 

「園子ちゃん、美森ちゃんもありがとう。俺は大丈夫だから退がっててくれ」

 

「フン、その気になったか」

 

「分かってるよ、ガドル。アンタもう時間がないんだろ?」

 

「…………」

 

 図星を突かれて黙り込む。存在の核を罪爐に抜き取られたガドルは、鍛え上げた後天的な力でなんとか存在を維持している状態だ。もってあと数時間。お互いの回復を待っていては、再戦の機会は永遠に失われることになる。

 

「言われなくても承知してるさ……俺から言い出して交わした約束だからな」

 

 足を引きずるようにして拓けた場所に進むアギト。波止場の中央で振り返り、カリバーを召喚して大きく構える。

 

 

 

 

「いいよ、やろうか……ガドル!」

 

「ハッ……それでこそだ、アギト!」

 

 万の言葉を交わすよりも、一度剣をぶつけた方がよほど多くを分かち合える。それが戦士という生き物だ。

 

 

 

 

 

 

 

「戦う前に教えておいてやろう」

 

「何をだ?」

 

「罪爐の言う『計画』とやらについてだ。奴は俺のことを"特別誂え"、"実験体"などと称していた。俺と同様に興味の視線で奴が観察していた対象はいくつかあった。その内特に目をつけていたのが俺ともう一人……大社での戦いで黒い鎧を纏っていた娘だ」

 

「……沢野、香さんのことか」

 

「それが何を意味するのか、奴の目的にどう関わるのかは知らん。だがお前の仲間には頭の切れる者もいるのだろう。情報は有効活用できる者に回すべきだからな」

 

「やけに親切だな。痛めつけられた時に頭でも打ったか?」

 

「なに、奴があまりにも気に食わなくてな。ほんの嫌がらせと、単なる気まぐれだ」

 

「へぇ……らしくない──なっ!」

 

「ああ、まったく──同感だ!」

 

 同時に踏み込み、得物を振るう両者。最後の決闘は唐突に火蓋を切った。

 短くない時間、呪いに犯され続けたアギト。存在が危ぶまれるほどに力を奪い取られたガドル。

 

「ここからは正真正銘の決闘だ! 一切の容赦は無用!」

 

「そんなもの……最初からアンタに期待しちゃいないっての!」

 

 死に損ないと言っていいほどに追い詰められた戦士2人の意地が、晴天の下で激突する。

 

 

 

(凄い、いざとなったら横入りしてでも止めるつもりだったけど……)

 

(止めなきゃいけないのに……言葉が出てこない。引き金も引けない。リクがこの決着を心から望んでるのが分かる……!)

 

(りっくん、ガドルさん……)

 

「──だぁぁりゃぁぁぁぁっ‼︎」

「──ヌォォォォォォォォッ‼︎」

 

 爆炎が舞い散り、紫電が迸る。一合ごとにどちらかに傷が増え、その度に2人の勢いはさらに増していく。

 

「やはり貴様は強い! この強さは貴様が貴様であるからこそ、なのだろうな……!」

 

「どうした? 今日は随分らしくないことを言うじゃないか! 殊勝なアンタなんて気味悪いだけだぞ!」

 

「ハッ! そういう日もあるのだろうさ、なにせ今は気分がいい! これほどまでに心躍る戦いは300年ぶりだからなぁ‼︎」

 

「チッ……俺はつい最近もアンタと本気で潰し合ったばっかりだ! いい加減にしてくれよこの戦狂いがぁぁぁ‼︎」

 

 殴り、斬り、投げ、蹴る。力技の応酬で僅かな体力をすり減らしていく両者。ほぼ互角に見えた撃ち合いは、バーニングカリバーの刃が断ち斬られたことで終着した。

 

「──なにっ⁉︎」

「もらったぁぁぁ!」

 

 身を縮めた低い体勢から懐に飛び込んだガドル。膨大な量の紫電を纏った渾身の斬り上げでアギトを大きく吹き飛ばした。その破壊の規模は凄まじく、遠く離れたタワークレーンが雷撃の余波だけで大破してしまった。

 

 

 

 

 

「……あーいってぇ……やるじゃないか、ガドル」

 

「ハァ……ハァ……貴様、本気を出さずに終わる気か。容赦は無用と言ったはずだ」

 

「……何のことだ」

 

「あの光の姿……あれが最強のアギトだろう。あれを使えば、少なくとも今の一撃くらいは避けられたはずだ。これだけ動ければ使えないほどに消耗が重いというわけでもあるまい」

 

 流石の洞察力で陸人の図星を的確に突いてくる。なんだかんだと非常に長い付き合いだ。陸人が奥の手をあえて切っていないことも、その理由も分かっていた。

 

「貴様のことだ。手助けを受けた俺に対して情が湧いているのだろうが……ふざけるなよ、アギト。俺がこんな状況でも仕掛けたのは、本気の貴様と戦うためだ。そんな腑抜けを斬るために重い身体を引っ張ってきたわけではないぞ」

 

「ガドル……」

 

「俺がお前達に協力したのは、本来のアギトと雌雄を決するためだ。断じてお前の仲間や人類に対して何かの感情を抱いたりはしていない」

 

「ああ、そうかい……」

 

「忘れるなよ、アギト。目の前にいるのは人類の敵、世界の敵……そして何より、お前の敵だ」

 

 迷いなきガドルの戦う理由。そんな宿敵の姿に、アギトは戦士としての在り方の理想を見た。覚悟を決めて、深呼吸を一回──自分の内にあるスイッチを切り替える。

 

「上等だ……本気で潰すぜ、ガドル‼︎」

 

 太陽の光を集め、肉体の表面が剥がれ落ちていく。内に秘めた白銀の装甲。アギトの真なる最強が、その封印を解き放つ。

 

 

 

 アギト・シャイニングフォーム──解放。守るべきものを守るために、世界が認めた光輝のアギトが三度降誕した。

 

「こうなったからには時間はかけられない……いくぜ?」

 

「そうだ来い! その輝きを今度こそ──」

 

 言い切るよりも早く、その姿が消える。一瞬の後、気づけばガドルは積み上げられたコンテナに叩きつけられていた。

 

「ガッ……ハッ……⁉︎」

(馬鹿な……前回よりも更に速いだと⁉︎)

 

 ガドルも無策で再戦を挑んだ訳ではない。身体に染み付いた前回のシャイニング戦の記憶をもとに、打倒するために一から自分を鍛え直してきたのだ。

 

「遅いんだよっ!」

「──グッ、ヌアアアッ‼︎」

 

 真上から飛んでくる白銀の閃光。稲妻を宿すことで飛躍的に引き上げた反応速度は、本物の光速には及ばず一方的に攻め立てられていく。

 

「悪いな、だんだん調子良くなってきたぜ!」

 

(この成長速度……そうか、罪爐の力を秘めていた影響で……!)

 

 罪爐の呪いを受け続けた期間は約2週間。それだけあれば、陸人の魂に許された神性の許容量も桁外れに膨れ上がる。今の陸人は元来神霊の力であるアギトの能力を、大元のテオスにも劣らぬ階梯にまで引き出すことができる。

 

(やはり、そうでなくてはな……アギト、貴様と戦うことで確信に至った)

 

「さっきのお返しだ!」

 

 上空に逃れたガドルの背後に回ったアギトが、重ねた両拳を振り下ろして叩き落とした。ほぼ垂直に落下したガドルは、その衝撃で舞い上がった土煙に呑まれて姿を消した。

 

 

 

 

「フゥ──……出てこいよ、ガドル。この程度で終わるアンタじゃないだろう?」

 

「──無論ッ‼︎ まだ終わらん……終われんのだっ‼︎」

 

 雷の柱が立ち昇り、煙幕を斬り拓いて光を放つ。残る力を全て注いだガドルの必殺剣『雷迅閃』の構え。

 神速のアギトに対してガドルが選んだのは、最短最速で相手に届く一点突破の型──"突き"の雷迅閃。引き気味に右手で剣を握り、鋒に左手を添えて正面に向ける。

 正面以外からは隙だらけのこの構え。陸人が真っ向勝負を受けると確信していなければできない、後先を無視した攻め一辺倒の背水の陣。

 

「我が全霊の一撃をもって、貴様との因縁に終止符を打つ……来い、御咲陸人‼︎」

 

「いいだろう、これで最後だ……ゴ・ガドル・バ‼︎」

 

 対抗するようにアギトも真正面で構える。脚を開いて腰を落とし、アギトの紋章が前方に広がる。ガドルの覚悟に対する返礼として、今のアギトが誇る最強の必殺技で受けて立つ。

 

 

 

 

「おぉぉぉぉ…………りゃぁぁぁぁぁぁっ‼︎」

 

「──貫けぇぇぇぇぇぇぇぇっ‼︎」

 

 

 

 アギトの『シャイニングライダーキック』とガドルの『雷迅閃』が正面から衝突する。一瞬の拮抗の直後──

 

(やはり、届かないか……)

 

 莫大な威力を秘めた雷刃は白銀の波濤に触れた瞬間、砂糖菓子のように呆気なく噛み砕かれ、ガドル本人もろとも呑みこまれた。

 シャイニング最強の必殺技を胸に受けたガドルは、全力で真後ろに弾き飛ばされて背後に広がる海に落下。全ての力を出し切ったまま、水底に沈んでいく。

 

(これでいい。決闘は敗れたが、俺が得た結論は正しいことが証明できた)

 

 三度の生の全てを戦士として生きてきたガドル。彼はその生涯の中で数多の勝利といくつかの敗北を経て、一つの結論に至った。

 

("自分以外の命を背負って拳を握る者"こそが真に最強の戦士。俺には終ぞ辿り着けなかった境地に、奴はいる)

 

 彼が得た結論は、護る戦いこそが戦士の極地という真理。つまりは陸人の生き方こそが最強であるという答え。ガドルは自分を完全に負かしたあの少年こそが誰より強いと確信していた。

 

(ならばこの先も……罪爐との決戦も必ず奴が勝つ。俺を倒した者が誰よりも強い戦士だった。そう思えば、悪くない終わりだろう)

 

 海の底から空を見上げる。水面越しに映る太陽は、今まで気にも留めなかったことを悔やむほどに眩く美しく輝いていた。

 

(そうだ……自分を取り戻させてくれた借りは返せた。最強の戦士に引導を渡された。偶然得た仮初の命の終着点としては──……)

 

 決して届かないと知りながら天上の光に手を伸ばし、そして──

 

 

 

「悪くなかった……愉しかったぞ、御咲陸人!」

 

 

 

 超常の力が蓄えられたガドルの肉体が爆発四散。間欠泉のような勢いで海面が盛り上がり、極地的な海水の雨を降らせた。

 

 

 

 

 

 

「……りっくん、大丈夫?」

 

 ガドルの爆発を見届けたまま動かないアギトの後ろ姿に、友奈が遠慮気味に声をかける。どこか遠くに想いを馳せている彼の背中が、どうにも見ていて不安になってしまった。

 

「アイツは、さ……」

 

「うん」

 

「ガドルとは西暦の戦場で初めて出会ったんだ──」

 

 そこからアギトはポツポツとガドルとの縁を語った。改めて口にすることで、戦ってばかりの関係だったと再認識する。それでも、どうしてか懐かしくて物悲しくなってしまった。

 

「ガドルさんが戦う前に言ってたの。悪い結果にはならない、って。もしかしてだけど……」

 

「ああ。あの戦狂いが負けるつもりでふっかけてきたとは思えないけど……でも、実力差に気づけないようなバカじゃなかったはずなんだ」

 

 もしかしたら、ガドルは神世紀の世に自我を取り戻した時に何かを決めたのかもしれない。陸人に借りを返すため。自分の運命を弄んだ元凶に一泡吹かせるため。

 理由はたくさんある。きっとそこには、かつてのガドルの全てだった戦闘と強さへの渇望以上に優先した何かがあったはずなのだ。

 

「悪い人、だったのかな。私にはよく分からないけど」

 

「どうだろう。少なくとも俺はアイツのせいでロクでもない目にあった思い出はたくさんあるよ……でも、今俺がこうしていられるのは間違いなくアイツのおかげでもあるんだ」

 

 ガドルが最後の一撃を放った場所に、彼が握った剣が落ちている。あまりにも強い思念を注いだその剣は、使い手が果てた後になっても変わらずその形を保っていた。

 

「決闘に応じたことに後悔はないんだ」

 

「うん」

 

 ガドルと戦ったことは後悔していない。それを悔やむのは、彼との約束を踏みにじる行為だから。

 

「アイツを倒したことにも後悔はないんだ」

 

「そっか」

 

 ガドルを倒したことにも後悔していない。それを悔やむのは、決着を望んだ彼を侮辱する行為だから。

 

「それでも……それでも何かが違えば別の結末があったんじゃないか、って思ってしまうのは……自分で思ってるほど覚悟ができてなかったってことなのかな」

 

 拾ったガドルの剣を握り締め、倒した宿敵を思うアギト。刃に肉が食い込むほどに力を込めていくその手を、友奈の暖かい両手がそっと包み込む。

 

「違うよりっくん。それは弱さじゃない。あなたはどんな相手にもその心に寄り添って考えることができる。誰かのために戦うりっくんの、その優しさは強さだよ」

 

「そう、か……じゃあ、もしかしたら仲間になれたかも、なんて未来を思うことくらいは……アイツも許してくれるかな」

 

「きっと許してくれるよ。だってガドルさん、りっくんのことちゃんと理解してくれてたもん。もしかしたら、私達以上に」

 

 決着がついた後になって、ガドルの心の断片に触れた陸人。

 戦士としての一面に限れば、誰よりも陸人を理解していたガドル。

 彼らのような関係こそが"好敵手"と呼ぶにふさわしいのだろうと、友奈は頭に残った手の感触に想いを馳せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「む……ガドルが逝ったようだ」

 

「そうですか。アレも予定を超えてかなり長持ちしましたね」

 

「まったくだ、愉快な生命だったよ……」

 

 故人を悼む、などという感傷は罪爐にはない。ただ見ていて面白かった玩具が壊れたような、無機質な喪失感があっただけだ。

 

「さて、次はアギトだ。奴に仕掛けた爆弾は健在、まだまだ楽しませてもらおうではないか」

 

「爆弾、ですか?」

 

「ああ。奴は自身に仕込まれた危険因子は全て取り除いたつもりだろうが、まだあるのだよ……手付かずのとっておきが、ひとつだけな」

 

 罪爐から見ればこの世の全ては等しく玩具に過ぎない。それをどう利用して計画を果たすか、その過程でどう愉しむか、それにしか興味がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「……あの、りっくん?」

 

「りくちー、どしたの〜?」

 

(なに? この悪寒は……)

 

 変身したまま黙りこくってしまったアギト。呼び掛けられても反応を示さず、肩に触れても微動だにしない。流石に奇妙に思った友奈が強く肩を揺すると──

 

「…………ゥ、ァ……!」

 

「──え?」

「リク?……リクッ!」

「りくちー、どうしちゃったのりくちー⁉︎」

 

 全身の力が抜けたように(くずお)れて人間の姿に戻った陸人。その身体は、中心から左半分が祟りの黒い痣に染め上げられていた。

 

「──ッ、────ッ‼︎」

 

「りっくん! しっかりして、こっちを見てよりっくん!」

 

「落ち着いてリク! 呼吸がうまくできてないわ、大きく息を吸って!」

 

「なんだろこの痣、すご〜く良くない感じ……!」

 

 焼き付くような黒い呪印が陸人の身体を蝕んでいく。筋肉が痙攣し、肌は蒼白に染まり、呼吸不全の上に焦点も合っていない。

 

(やっぱりな……あの罪爐が、ただで帰してくれる訳がない、か……)

 

 自分を呼ぶ少女達の声も遠くなり、その顔も見えなくなっていく。神経の半分が閉ざされていく感覚を最後に、陸人は意識を彼方へと飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(陸人様……陸人様……!)

 

 大社本部、会議室。上里かぐやは1人で使うには広すぎる部屋の中を忙しなく歩き回り、報告を待っていた。全員の帰還こそ確認したものの、肝心の陸人の状態があまりに不穏だったのが恐怖を煽る。

 

「かぐや様、御咲様の処置が完了したそうです!」

 

「そうですか! それで、陸人様の容体は?」

 

 滑り込むように急いでやってきた篠原真由美。焦りと悲しみが入り混じった側近の表情に、かぐやの不安が加速する。

 

「御咲様は……あの方は──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(りっくん……りっくん、りっくん!)

 

 最低限の応急処置を受けた友奈は本部の廊下を走っていた。自分よりもずっと重篤な状態で運び込まれた陸人の様子が気になって仕方なかった。

 

「──みんな!」

 

「あ……友奈……」

「友奈、さん」

 

 陸人の病室の前に、勇者部の仲間が揃っていた。犬吠埼姉妹の表情は悲嘆に染まり、夏凜は抑えきれない憤怒を壁を殴りつけて晴らすばかり。美森に至っては園子の胸を借りて咽び泣いていた。

 

「クソ……クソッ、クソッ、クソォッ!」

 

「……グス……ぁぁぁ……!」

 

「わっしーは私が見てるから、ゆーゆは入って……辛いだろうけど自分の目で見なきゃいけないと思うから」

 

「……うん、分かった。りっくん、入るね?」

 

 覚悟を決めて、病室のドアを開ける。カーテンの奥に設置されたベッドの上には、友奈の想像を超えた悲痛な姿の想い人が眠っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「あの方は現在、身体のちょうど半分。左半身を人ならざる力で侵されています。今は侵食速度が落ちていますが、完全には沈静していません。長く見積もっても一月、それ以上経てば肉体全ての機能が停止するものと……」

 

 顔、胸、腕、脚。その全ての左半分が包帯に覆われ、その奥で少しずつ呪印が範囲を広げていく。肌が焼けるような鼻につく匂いと、ほんの微かな燃焼音が、今も侵食が続いていることを物語っている。

 

「筋組織や骨格は表面上形を成していますが、内面の組織は溶けたような状態に変わっていて、自発的な運動は不可能らしく……」

 

 骨や筋肉が正常な形を保てなくなり、指先や関節が不自然な方向に折れ曲がっている。しかもその形に痛みや違和感もないのか、脱力した姿勢からピクリとも動かない。

 

「内臓機能も半分近く停止しています。今は神樹様の光でなんとか生命を繋いでいますが、血液は通らず、酸素も行き届かず、分泌系も作用していないとのことです」

 

 首が据わらず傾いた顔も生気が薄く、左眼を覆った部分の包帯には赤黒い血が滲んでいる。息を吸ってはいるが、呼吸音は小さく胸もまったく動いていない。

 

「直前まで変身して戦闘を行なっていたことから、おそらくアギトになれば問題なく動けるものと思われますが……人間としての御咲様の身体は、治癒する術が見つからないとの報告がありました」

 

 

 

(そんな……そんなことって──)

 

 あまりの凄惨な状態に、友奈が膝から崩れ落ちた。こんな姿にするために陸人を連れ戻したのではない。ほんのひと時心が参ってしまった、ただそれだけでこんな罰を受けねばならないというのか。

地面に手をつき、ボロボロと涙を零す。その落涙を、嘆きの声を、止められる者は誰もいない。

 

「……うああああぁぁぁぁっ‼︎」

 

 その悲痛な叫びを止められる暖かい手の持ち主は、地獄の辛苦の真っ只中にいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




精神的に立ち直ったと思ったらこれだよ!

ちなみに……ガドル閣下が勇者達を港に誘導したのは自分の爆発による被害を抑えるためです。最後の必殺技の撃ち合いの際にも、それを意識して位置取りしていたりします。
中だるみしたり暗くなったりしがちな本作を長く盛り上げてくださった閣下に……敬礼!


今年も応援ありがとうございました。次週は年始の予定があるので投稿できないかもしれません、スミマセン……

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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宣戦布告

色々あって昨日は投稿できなかったので24時間後に更新です。年度内にどうにか区切りをつけたいところ……!
ボス戦手前のセーブポイント的な。
 


「見た目ほど辛くはないんだ。まあ降って湧いた休暇とでも思って休ませてもらうよ」

 

 激動の1日が終わり、陸人は翌日にはケロっとした態度で笑っていた。その笑顔も半分包帯で隠れていたせいで勇者部を安心させる効果はなかったが。

 

「感覚はないし動かないけど、それでも無事な右側はなんともないんだ。変身してみたらちゃんと動けたし、なんとかなるさ」

 

「……アンタがそう言うなら私らは信じるけど、痛みとか苦しさとかあったら絶対に隠すんじゃないわよ。いつ何が起こるか分からないんだから」

 

「それは、はい……今回の件で自分がどれほど周りが見えてなかったか身に染みて分かったので。ちゃんと相談しますよ」

 

 口や頬も麻痺が入っているのか、ほんの少し話し辛そうにしている陸人。本人の態度とは裏腹に、身体の半分を包帯やガーゼで覆われた様は悲惨の一言に尽きる。

 

「りっくん、無理して笑ってない? 本当に大丈夫?」

 

「アッハハ、自業自得とはいえ信用ないなぁ俺」

 

「あ、いや……そんなつもりは」

 

「大丈夫だよ。むしろ昨日よりずっと気分がいいんだ」

 

 半身が焼かれていく様子を目の当たりにした3人、特に直前まで隣にいた友奈の憔悴ぶりは凄まじい。目が合うだけで泣きそうな顔になる彼女はとても見ていられなかった。

 上体を起こすこともできなくなった陸人は、ベッドを起こすことで前傾になって右腕を伸ばす。

 

「視界は半分になったけど、すぐそばにある大切なものはちゃんと見えてるから……手を伸ばせばそこにいる、目の前の君に焦点が合ってるから」

 

「──……っ」

 

 友奈の頬に手を添えて、にじむ涙を指先で拭う。一つしか使えなくなった瞳で、手で、それでも何度でも救い続ける。身体がどうなろうが、彼のやることに変わりはない。

 

「……あ、あああのっ! りっくん喉乾いてない? ちょっと下で飲み物買ってくるよ!」

 

 至近距離から微笑みかけられて照れたのか、友奈は顔を真っ赤にしてパタパタと病室を出ていった。

 

「どうしたんだ、アレ?」

 

「さあね〜?」

 

「自分の胸に聞くと良いんじゃないかしら?」

 

 手を伸ばしたままの不格好な体勢でキョトンと固まる陸人。不意打ちで乙女心を引っ掻き回す誑しヤローを見る仲間達の視線は冷たい。

 

(なーんか、前より素直になった分余計に厄介な男になったわね。陸人のやつ)

(うーん、良い傾向なのかもしれないけど……ますます荒れそうだなぁ、争奪戦)

(まったくスケコマシめ……いいかげん自重してくんないと学校で何故か私が苦労するんだから勘弁してほしいわ)

 

 半身を失っても笑顔を欠かさない陸人。そんな彼につられて、少しずつ勇者部は明るい雰囲気に上向いていく。昨日までよりはずっとマシな状態だった。

 

 

 

 

 

 ──四国400万の全国民に告げる。我が名は罪爐……汝等の平穏は間もなく終わる──

 

 

 

 

 そんな日常を打ち砕くように、唐突に悪しき呪いの声が響いた。

 

「なに、これ?」

「この声……」

「罪爐、か?」

 

 病室のテレビが勝手に起動し、どの局とも違う周波数を受け取って結界の外が映し出される。燃える大地をバックに笑う怪しい雰囲気を纏った美女……ラ・バルバ・デの肉体に憑依した罪爐が四国中にその顔を晒していた。

 

 ──急な挨拶で失礼。汝等ときたら当事者でありながら全くと言っていいほどなにも知らされておらぬのでな、こうして顔を見せて話をさせてもらった次第だ──

 

「テレビが操作を受け付けない。外部からの干渉?」

 

「お姉ちゃん! スマホのラジオも全部ジャックされてるみたいだよ」

 

「ネットも同じね。電波を全て制御されてる? そんなことが……」

 

「できてるんだから、できるんだろうさ。そしてそこまでして宣言したいことがある……愉快な話じゃないのは確定だな」

 

 あらゆるメディアを支配下に置いて、四国中の眼と耳を独占してみせた。結界越しにここまで大仰な干渉ができるほどに今の罪爐は力に満ちている。

 

 ──諸君らも知っての通り、四国の安寧を司る神樹……それを狙う不届き者が存在する。まあ、我らのことなのだが──

 

 ──そしてそれを阻むべく遣わされた神樹の使徒……()()()()()()戦士、仮面ライダー。我等と彼奴等の小競り合いを目撃した者も少なからずいるだろう──

 

 愉快でたまらない、といった様子でクツクツと笑いながら言葉を紡ぐ罪爐。その表情には侮蔑と愉悦しか浮かんでいない。

 

 ──これまでは下調べや時間稼ぎが主で、あのようなせせこましい戦闘を繰り返してきたが……喜べ民衆よ、そんな退屈な日々は終わりだ──

 

 ──我等の準備がようやく完了した。次が最後の戦闘になる。こちらの全戦力を投じて四国を攻め落とす。これまでのような遊びとは違う、本物の戦争というものを、平和ボケした汝等に見せてやろう──

 

「なんだ、これは……」

 

「ふざけてるようにしか見えないけど、これはマジなのよね?」

 

「宣戦布告、か。なんだってこんな大々的に」

 

 ──まあ待て。そう慌てることはない。何も数秒後に攻め込むと言っているわけではないのだ。死に支度をしたい者もいることだろう、ちゃんと猶予はくれてやる──

 

 市民の混乱を直接見ているような振る舞い。人心掌握の技術と精神干渉の能力。この2つを突き詰めれば、対象との距離すら無視して弄ぶことも容易だ。

 

 ──10日後だ。12月31日、年を締めくくるこの日の正午。神世紀300年の終わりと共に、人類の歴史そのものにも幕を引いてやる──

 

「10日後……?」

 

「なんなのよコイツ、ホントに……!」

 

 ──ふぅ、我としたことが性急すぎたな。突然このようなことを宣言されては頭の弱い人間如きでは理解が追いつかんのも無理はない。では余興をひとつ……海を見よ──

 

 言われた市民達が遠くに見える海に視線を向ける。勇者達もカーテンを開けて遠く瀬戸内の海を見て──

 

「なによ、アレ?」

「うわ……でっか……」

 

 そこにそそり立つ白いキバの異様に、言葉を失った。荘厳な存在感を放つ衝角状の純白の結晶体。頂上は雲に隠れて見えないが、傾斜や幅の変遷からみて全長は20km以上はあるだろう。

 天を衝かんばかりに伸びるキバが、四国を囲むように四方に配置された。その異常な光景から想像できる最悪の未来とは。

 

(あのバカでかいのが倒れるなり移動するなりして四国を押しつぶす。アイツが考えるとしたらそんなところか)

 

 ──見えるであろう? 四国のどこからでも目に留まるように必要以上の大きさにしたのでな。我等が汝等を殲滅した後に、文明の残骸はあのキバが全て噛み砕く。街も森も山も、人間の手が入ったものは例外なく、全てな──

 

 どうやらあれで直接四国民を殺戮するつもりはないらしい。だとしたら、このタイミングでキバをお披露目した目的はひとつ。自分の力をわかりやすい形で示して、人民に恐怖と絶望をもたらすこと。

 

 ──今日の挨拶はこんなところか。10日後の戦争の様子は、今と同じようにちゃんと市民諸君にもお見せしよう。自分の命がかかった戦いの模様を把握できないというのは気の毒だからな──

 

 ──では残り10日の命、後腐れなく終われるように過ごすが良かろう。もしくは、そうだな……仮面ライダーの勝利に祈りを捧げる、というのも悪くないかもしれんな。では、さらば──

 

 

 

 最後まで一方的に言いたいことだけ言い切って映像が途切れる。ネットやラジオの回線も同時に回復したらしく、何事もなかったかのように通常の状態に戻った。

 

「終わった?……うわぁ、緊張しちゃった。対面したわけでもないのに」

 

「まあ樹の気持ちも分かるわ。なんだか生理的に無理っていうか、生きてる次元が違う感じ」

 

「ていうかなんだったの? あんな大々的に攻め込んでくることを宣言したって、こっちが準備する時間ができるだけじゃない」

 

「もしくは10日後というのが嘘で、不意打ちを狙ってるとか?」

 

(あの物言い……なるほど、業突く張りめ)

 

 仲間達があーだこーだと敵の思惑について考えを巡らしている中、陸人は罪爐の狙いに確信を持った。

 

「りっくん? どしたの、大丈夫?」

 

「……ああ、大丈夫だよ。友奈ちゃん、行きたいところがある。手を貸してくれ」

 

「リク?」

 

「奴の考えは分かった。大社にも連絡を。すぐに作戦会議だ」

 

 準備期間は約240時間。それで全てを補うには、今の人類には不足が多すぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全メディアジャック、という数百年ぶりの大事件から1時間。組織の再編成がようやくひと段落ついた大社の各部門代表が揃った会議室。陸人をはじめとする3人のライダー、勇者部代表の風と園子、防人隊隊長の芽吹らも出席。最高位にいるかぐや主導で会議が進む。

 

「罪爐の最終的な目的は分かりませんが、あの宣戦布告とキバを出した理由はおそらく、四国住民の絶望を煽るためです」

 

「絶望を煽る……そうか、罪爐は絶望を喰らって力を増すから」

 

「はい。決戦の様子を中継するなどとふざけたことを宣ったのも同様。俺達が無様に破れていく様を突きつけたいんでしょう。

 視覚に訴える分かりやすい絶望の象徴と、10日というタイムリミットで焦燥感を高めに高めて、さらに決戦で希望の象徴たる仮面ライダーを市民の目がある中で撃破すれば、膨張しきった恐怖と絶望が破裂する。それが奴のシナリオだと思われます」

 

 現時点でも市民から信頼を得ている仮面ライダーへの依存心を強めるための一手間。これがあるだけで、全滅間際の市民がもたらす罪爐のエサは桁違いに膨れ上がることになる。

 

「なので、奴が提示した10日という期限についてはとりあえず信用していいかと。市民の前で宣言した日取りを無視すれば、そこには"卑怯だ"、"正々堂々戦えば仮面ライダーは負けない"といった感情の逃げ道が発生してしまう。罪爐としてもそれは避けたいでしょう。

 中継すると言い切った以上同様の理由でそれも撤回できないはず……おそらく、不意打ちといった見て分かるレベルの姑息な手段は使ってこないと考えていいと思います」

 

(陸人様……)

 

 もちろん警戒は必要だが、事前準備の目安は10日後に定めて問題ないというのが陸人の考えだ。少し前までその身に罪爐の一部を宿していた影響か、人ならざる者の思考をある程度理解できるようになってきている。それが良いことが悪いことか、車椅子の後ろに立って様子を見ていたかぐやには分からない。

 

「それでは大社の基本指針としては10日後の最終決戦を見据えて各部門準備を進めるという形になります。意義のある方は挙手を」

 

 かぐやの進行に異議を唱える者は誰もいない。アギトのこれまでの功績と、かぐやが示してきた能力と実績。これに正面から楯突くような不穏分子は今の大社には存在しない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、市民の避難計画、防人や勇者達の強化案、神樹の神託といった諸問題についてもひとまずの結論を出して会議は終了した。座る姿勢を維持することすら難しい状態で誰よりも多く発言し続けた陸人はすっかり疲弊しきっている。

 

「陸人様、大丈夫ですか?」

 

「……ああ、うん。少し疲れただけだよ、俺はあとは休むだけだし大丈夫」

 

「そうですか……それでは今夜、病室にお邪魔させていただいてもよろしいですか?」

 

「えっ……? い、いいけど」

 

「ありがとうございます。それでは後ほど」

 

「あっ、かぐやちゃ──」

 

「りくちー、帰ろ〜?」

 

「えっ、あ、うん……なんだったんだ?」

 

 陸人は後に何も考えずに了承したことを後悔することになる。常に他人を気遣う彼にしては珍しく、色々なことが一度に起こりすぎて失念していた。

 帰還してからまだ一度もかぐやとちゃんと話せていないことを。

 あんな別れ方をしたまま、次に会ったときには悲惨な姿を見せた上になんのフォローも入れられていないことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴールドタワー地下、小沢真澄管轄の研究施設。そこには主人たる真澄の他にもう1人、彼女と同等の速度と精度で作業を進める女性の姿があった。

 

「──で、この日のテストまでに形にすること。会議の結論としてはこんなところよ」

 

「把握したわ。おおよそ予想通りといったところかしらね」

 

「まあね。しかし、まさかあなたと組んで仕事する日が来るとはね。どういう風の吹き回し? 沢野雪美さん」

 

 沢野雪美。1ヶ月前の大社で起きた大規模抗争において、自ら設計したV1とG2-Xで構成された大部隊を用いて一時的に本部を制圧した張本人。主犯陣で唯一生存した彼女は大社に拘束、監視下に置かれていたのだが。

 

「こんな私の手も借りなきゃいけない状況ってことでしょう? わざわざ牢から出したのは大社(そちら)じゃない」

 

「ええそうね。でも私が聞きたいのはそこじゃなくて、事件が終わってからずっと無気力だったあなたがいきなりやる気になったのは何故かってことよ」

 

 寄り添い続けた夫の死亡と、最愛の娘の2度目の喪失。家族を愛する妻であり母である彼女の心を折るには十分すぎる結末だった。そこから生きる気力を失うことまでは真澄も理解できる。

 しかし今目の前にいる彼女の眼は忙しなく画面上の情報を追いかけ続け、あの日の絶望は見当たらない。彼女の立場なら、人類の滅亡などどうでもいいものと見做しているとばかり思っていた。

 

「確かに人類の未来にはさして興味はないわ。あなた達が滅ぼされても、ついでに私が消えてもどうでもいい。そう思ってたけど……言われちゃったの。あの子に」

 

「あの子?」

 

「誰かのために無茶ばかりやって、とうとうミイラみたいになっちゃった彼よ。本当に、下手くそな生き方しかできないんだから」

 

 

 

 

 

 

 陸人が自分の痕跡を消していなくなる数日前。無理やり面会許可を取った彼が、雪美に会いに来たことがあった。もっともその記憶もつい先日思い出すまでは無かったことにされていたのだが。

 

 

 

「雪美さんは、これからどうするつもりなんですか?」

 

「……さあね。あの人の宿願を果たすことだけを考えて生きてきたもの。それが終わった今、私がここにいる意味は思いつかないわ」

 

「そうですか……所詮部外者の俺に言えることは何もありません。だけど、生きて欲しい。協力しろとも、戦えとも言いません。ただ自分の命を投げ棄てるようなマネだけはしないでほしいです」

 

「……あなたの言葉はいちいち綺麗ね。頭にくるくらいに。私情で人類を滅ぼし掛けたような大罪人が、いまさらどんな顔で生きればいいの?」

 

 自分も死ぬ予定で組んでいた、全てを掛けた計画が終わった。沢野雪美が今も生きているのは死に損ねたから、ただそれだけだった。無理やり手を取って自分を救い上げた陸人を前に、大人げないと分かっていても感情を抑え切ることができなかった。

 

「あなたには分からないわ。強くて、優しくて、正しくて迷わない。大切なものを守り抜いてきたあなたに、守れなかった私達の気持ちは……!」

 

 退廃的でこそあったが、常に大人の余裕を漂わせていた雪美の、唐突な感情の爆発。陸人は少し言葉に迷ってから、意を決して言葉を紡いだ。

 

「それはまあ、そうですね。俺にはあなたの気持ちが分からないし、あなたに俺の気持ちは分からない。それは何も俺たちに限った話じゃない……人の気持ちになるなんて、誰にもできやしませんよ。思いやって、慮って、寄り添うことならなんとかできますけどね」

 

「…………」

 

「雪美さん。大社の人に聞いたんですが、あなた達は計画を進める上で1人の死者も出していないそうですね」

 

 あれだけのことをしでかして、と思われるだろうが、沢野哲馬、雪美が仕掛けた反逆行為は徹底して状況をコントロールされた緻密な計画だった。準備段階で邪魔になる人物に関しては罪爐の力で遠回しに妨害し、実力行使の際にも重篤者が出ないように配慮されていた。

 

「それが何……?」

 

「直接殺したのが18人。仲間にやらせるか、罠で一網打尽にしたのが59人。合わせて77人。俺の過去は知っていますよね? 西暦の時代、俺が殺した人の数です」

 

「────!」

 

 西暦の仲間にも神世紀の仲間にも教えたことがない、内戦時の陸人……4号の殺害記録(キルスコア)。日本であればランドセルを背負う歳よりも前から、彼は銃を手にして戦場に出ていた。

 

「死体の処理までが仕事でしたから、全員の顔を憶えています。相手が子供だと知って銃を下ろした女性の背中を撃ったことも、みすぼらしい格好で同情を買って首を取ったこともあります」

 

「……もういいわ。それ以上自分を苦しめる思い出話は結構よ」

 

「戦時中だった、殺さなきゃ死んでた、言い訳はいくらでもできます。それでも俺はあそこで人殺しを繰り返してた。その罪はこの先何があっても変わらずに背負い続けなきゃいけないと思ってます。でも、今の俺は罪悪感で戦ってるわけじゃない」

 

「今は……?」

 

「友達が……大事な友達が、俺に教えてくれたんです。人は生きていくうちに、必ず誰かと関わり、その誰かにとって必要な存在になっていく。無価値な人間、生きてちゃいけない人間なんていないんだって」

 

 黒く染まった心の内側で、友奈が光を見せてくれた。その輝きは今も陸人の眼に焼き付いている。あの光さえ忘れなければ、御咲陸人は何度だって立ち上がれる。自分の命を走り切る覚悟を持てる。

 

「悩むのはいい。立ち止まるのだって必要です。だけど、生きるという道から降りるのはダメだと思うんです。一度踏み外せばもう戻れない。この世は生きてさえいれば大体のことは取り返せます。逆に言えば、命だけはどうしたって取り返せないんですから」

 

「ずっと悩んできたのよ。あの子が死んでからずっと、私が生きる理由を……それでも、これから先も悩み続ければ答えは出るのかしら?」

 

「出ないでしょうね、簡単には。でも、それでいいと思うんです。俺だって確固とした生きる理由があるわけじゃない。ただ生きてる限り、今生きているそこがあなたの場所です。その場所で、自分に胸を張れる自分を目指せばいいんじゃないでしょうか」

 

「私の場所、か……考えたこともなかったわね」

 

 両手で顔を覆って俯く雪美。今は1人にすべきだろうと察した陸人が席を立つ。

 

「そうだ。哲馬さんから雪美さんに、言伝があります」

 

「……あの人が?」

 

「"生き残ったのなら、その理由が必ずある。それを見つけろと、2人で見守っている"と……お伝えするのが遅れて申し訳ありません。それでは失礼します」

 

 振り返ることなく部屋を出ていく陸人。ここから先は彼女本人の問題だと、ちゃんと分かっていた。

 

「……そう、あの人……見ててくれるの……そっか」

 

 雪美の瞳に微かに光が戻る。空の上から見守る誰かがいるのなら、どんな時でも2人に恥じない生き方をするのが生き残った者の義務だと、彼女は自分にルールを課した。

 

(これが最後……2人のために流す最後の涙。だから今日だけ見逃してね……哲馬さん、香……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう、御咲くんがそんなことを……」

 

「ええ。1人で塞ぎ込んでる自分がバカらしくなっちゃってね……それに助けてもらった恩もある。大社に協力することに思うところがないとは言わないけど、優先順位はちゃんと定まってるから心配しなくていいわ」

 

「……なら、心置きなくコキ使うけど文句ないわよね? 先輩」

 

「ええ。あなたのタスクを半分こなせば良いのでしょう? 特に難しいとは思わないわ」

 

 挑戦的な笑みを浮かべて向き合う真澄と雪美。時代を席巻するレベルの天才2人がタッグを組んだ。全ては10日後の決戦に間に合わせるため。その先にある未来を掴み取るために。

 

「まずはコレの再調整ね。私は()()()の担当でいいわよね?」

 

「ええ。そっちはあなたの設計だもの。手早く完璧に、お願いするわ」

 

 画面に表示されるのは2つのシステムの図面。G3に酷似した、Gシリーズの新境地。表示されるコードは──"G4-B"と"G3-M"。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──って流れで、なんでかひなたちゃんと一緒に料理することになってたんだ。まあ美味しくできたからいいんだけどさ」

 

「ふふっ、強かな方だったんですね。私の先祖、上里ひなた様は」

 

 すっかり夜の帳が降りた頃、陸人の病室にはかぐやがいた。夕食もシャワーも終えて面会時間も過ぎた時分になって静かに訪れた彼女は、特に何をするでもなく雑談を続けていた。

 

「やはり陸人様とお話しすると楽しいです。初代様方との話は勿論ですが、陸人様のお声が聞けるというだけで魂が洗われていくような心地です」

 

「そ、それは大袈裟すぎない? かぐやちゃんの声の方がよほど綺麗だと思うけどな。話し方も落ち着いてて、聞いてて安らぐよ」

 

「ありがとうございます。神様とお話しする役割ですから、そういった稽古も受けてきたのですよ」

 

「そうなんだ……ところでかぐやちゃん、そろそろ帰った方がいいんじゃない? もう日付け変わる時間帯だよ」

 

 現在23時45分。陸人の価値観では、交際もしていない男女が同じ空間に2人きりでいるには問題のある時間だ。

 

「ああ、言い忘れておりました。今夜は私帰りません、この病室に泊まらせていただきます」

 

「……はい?」

 

「ですからお泊まりさせていただきます。陸人様の隣、失礼しますね」

 

 そう告げていつもの巫女服を脱ぎ出したかぐや。あまりの急展開に、陸人は動かせる右半身をフルに使って拒否の意を示す。

 

「待った待った! なんでそういう話になったの? というか許可とか──」

 

「施設の方に宿泊申請は出しましたし、筆頭巫女付きの皆さんにも通達してありますよ?」

 

「俺の! 肝心の俺の許可は⁉︎」

 

「忘れておりました。陸人様、一緒に寝かせていただけますか?」

 

「いやダメだよ! なんで許可すると思うのさ!」

 

「……ですよね。では強行させてもらいます」

 

 肌の色が見えそうなほどに薄手の襦袢姿になったかぐやが、ベッドの左側に乗り上げる。今の陸人にとって完全な死角。こうなればかぐやを強引に跳ね除けることもできない。

 

「ほんとにどうしたんだよ……かぐやちゃんらしくないぞ?」

 

 根回しが済んだと言っている以上、人を呼んだところで事態が好転するとは思えない。渋々諦めた陸人は長い溜息をついて脱力した。

 

「ふふ、陸人様。これは決していやらしいものではないのですよ? 陸人様の侵食を少しでも抑えるために必要な処置なのです」

 

「侵食を?」

 

「はい。陸人様の身体を治すことはできませんが、侵食の速度を落とす程度のことなら私の力でも可能です」

 

 無意識でも相当な神性を放っているかぐや。彼女と隣り合って横になれば、それだけで多少の抑制にはなる。多忙なかぐやの時間を取らないために、睡眠時間を充てれば無駄もない。

 

「そうは言ってもなぁ……」

 

「陸人様、昨夜は全く眠れていないのでしょう?」

 

「……よく分かったね」

 

 感覚は消えて一切動かないにも関わらず、陸人の左半身には痛覚だけが残っている。自分の身を内外から焼くような痛みが止まず、陸人は一睡もできなかった。

 

「その痛みを和らげることくらいはできるかと。私のことは安眠枕か何かだと思っていただければ」

 

「えぇぇ……」

 

 枕だと思えと言われて、目の前の美少女を枕に見立てることができる男がいるだろうか。

 文字通り箱入りで育てられた肌はシミひとつなく、清楚そのものといった純白の身体。

 長く伸ばした黒髪は艶やかで、夜闇の中でも髪自体が光を放っているかのように麗しい。

 同年代と比較して身長はやや低めだが、女性的な部分は不相応に大きく育った美しい曲線を描くボディライン。

 パーツのバランスが取れた顔立ち、赤みがかった大きな瞳が一際目立つ。

 総じて、陸人のかつての仲間……その中でも特に女性的な魅力に溢れた巫女の少女との共通点が多い、文句なしの絶世の美少女だ。

 かぐやは育ちが特殊なせいか自意識に大きなズレがある。常に巫女にして神子として扱われてきたせいで、自分がどれほど容姿に優れているか自覚がないのだ。

 

「本来なら、(しとね)を共にする2人は何も纏わず肌を合わせるのが良いのですが……」

 

「しっ、褥って言い方はやめてくれませんか⁉︎ それ以上脱がれたら俺は逃げますよ、眠るどころではなくなるので!」

 

 混乱してなぜか敬語になってしまった陸人。彼にしては珍しく、一度たりとも自分のペースに持ち込めていない。

 

「うふふ、ええ、分かっています。そう仰られると思ってこの格好で来ましたの。少々薄着ですがお気になさらず」

 

 就寝にあたって開放感を求めたのか、かぐやが襦袢の胸元を緩めた。身長の割に豊満な胸部が強調され、陸人は眼を閉じるしかなかった。

 

「では陸人様、失礼して……」

 

 感覚が死滅した左腕を抱きしめる格好で横たわるかぐや。感覚がない上に見てもいない陸人だが、物音や気配でその距離の近さを感じ取ってドギマギしてしまう。

 

「こ、こんなに密着する必要あるのか?」

 

「はい。襦袢と包帯越しですから、可能な限り接近しなくてはなりません。陸人様、逃げようなどとは考えないでくださいな?」

 

 かぐやが眠りについたらなんとかして抜け出そうと考えていた陸人だが、出鼻を挫かれてしまった。どうにもこの筆頭巫女の勘の良さには勝てそうにない。

 

「やっぱり変だよ、かぐやちゃん。いくら治療とはいえ、他にやり方が──」

 

 陸人はその先の言葉を続けられなかった。初めて会った日と同じように、かぐやが自分の肩に顔を擦り付けて震えていたから。

 

「陸人様……私は怖いのです。今ここにいるあなたは幻ではないか、本当は私が送り出したあの日、現実の陸人様は本当に消えてしまったのではないか。そんな風に考えて、悪い夢を見て、あなたを見失ってしまう。ですのでどうか、眠る間だけは陸人様を感じさせていただきたいのです」

 

 涙を零すまいと必死に堪えるかぐや。これまでの彼女の不安は如何許りか。2週間だけとはいえ、陸人がいなかったことになった世界で1人彼を思い続けていたのだ。自分の記憶が間違っているのか、本当は夢を見ているのでは。そんな風に考えるのも無理はない。どれほどの資質と精神力があるとしても、上里かぐやは齢14歳の女の子だ。

 

「……ごめん。ずっと、心配かけてたんだよな」

 

「陸人様が謝ることではありません。私がもっと強く自分を律していれば……」

 

「分かった。隣で寝ることでかぐやちゃんが安心するなら、俺はもう何も言わない。望むようにしてくれ。できることはするから」

 

 あれだけの不安と重荷を背負わせておいて、かぐやの願いは聞き入れないなどという不条理は許せない。目の前の少女の涙を止めるためなら、自分の気恥ずかしさなど考慮するまでもない。

 

「──まあ、本当ですか⁉︎ それでは今日から決戦の日まで、毎晩お邪魔致しますね!」

 

「……えっ……」

 

 僅か5秒で発言を撤回しそうになってしまう陸人。治療であり、時間の節約のために就寝時間を使うのだから毎晩というのは自然な流れだ。自然なのだが……

 

「マジか……マジかぁ……」

 

「はい! えらくマジです!」

 

(まぁ、いいか……自業自得、だよなぁ)

 

 心から嬉しそうに微笑むかぐやを見れば、言いたいことも引っ込んでしまう。女の涙は最強の武器。救世の英雄といえども決して敵わないリーサルウェポンだ。

 

 

 

「……陸人様。明日から私は日中の時間全てを使って、重要なお役目をこなすことになります」

 

「かぐやちゃん?」

 

「うまくいけば陸人様達の大きな力になれます。ですが失敗した場合……皆様の希望を奪う結果にもなりかねません。なので、勇気を分けてくださいませんか? 陸人様のお力があると思えば、きっと強い私であり続けられると思うのです」

 

「……そっか。よく分からないけど、分かったよ」

 

 動ける右半分だけでなんとか体勢を変えて、かぐやの背中に右手を回す。子供にやるように優しく、トントンと手を当てる。かぐやの不安を晴らすために。自分の熱を分け与えるために。

 

「大丈夫。かぐやちゃんはすごい人だよ。俺もみんなもそれをよく知ってる。君が今まで気を張って多くのものを背負ってきたから、今がある。自信を持っていい。上里かぐやは、絶対に自分の使命をやり遂げられる人だ」

 

(ああ、やっぱり……あなたはその時本当に望んでいる言葉をくれる。勇気をくれる、優しさをくれる)

 

 無言のまま子供をあやすような時間が暫し続いた。布団の暖かさもあって、少しずつ緊張がほぐれていく。

 

「どう? 落ち着いた?」

 

「はい……ありがとうございます、陸人様……おやすみなさい」

 

「ああ。おやすみ、かぐやちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局その夜、陸人は痛み以外の要因で一睡もできなかった。感触こそないものの、隣で熟睡するかぐやの寝息、気配、匂い。陸人がどんな心持ちで長い夜を過ごしたのかは、想像に難くない。

 

(これは……睡眠薬とかもらわないと決戦までに死ぬな、俺……)

 

「おはようございます、陸人様。よく眠れましたか?」

 

「おはよう……うーん、大丈夫。寝起きバッチリだよ」

 

「……嘘ですね?」

 

 上里かぐやに嘘はつけない。大変な1日を経て、陸人が得た大切な教訓だった。

 

 

 

 

 

 

 




いよいよラストバトルが迫ってきました……と言いつつ、次でそこに行けるかはまだ分かりません。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに。



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絆の繋ぎ方

RPGのラスダン解放後に全てのサブイベントが解放された感じ。作品時間では世界崩壊まで秒読みってところなんですが、やり込み派はここで一番時間かけたりしますよね。
 
 


「陸人様には決戦までの準備期間、出来る限り多くの仲間とお話をしてほしいのです」

 

「うん?」

 

 寝乱れた格好を整えたかぐやが唐突に切り出した。焼き付いた左腕を抱きしめたまま平然と話を進めている。陸人も感覚と左側の視界がなくなっているせいでこの体勢に違和感を持っていない……傍目では恋人同士以外の何者でもない。

 

「陸人様は、罪爐が身体に呪いを残したのは何故だとお考えですか?」

 

 アギトとしての戦闘力を妨げることには繋がらず、体内に呪いが溜まることで力自体はむしろ上昇している。単に戦力を削るという目的なら逆効果だ。

 

「うーん……俺達から攻め込むのを止めるため、俺の身体を見た仲間に絶望を抱かせるため、あとは……俺個人への嫌がらせとか?」

 

「さすが陸人様、私もほぼ同意見です。その中でも特に問題なのが2つ目、陸人様を穢すことによる陣営全体の士気消沈ですね。10日という期日は絶妙なものでした。心境を整え切るには短く、目前の脅威だけに集中して過ごすには長い」

 

 この短くも長い準備期間の間、ジワジワと弱っていく陸人の姿を見せることで人類側の戦力を挫く。堂々と提示した10日という期限すらも盤外戦略の一環だとするなら、罪爐には何手先が見えているのか。

 

「そこで、陸人様が自らお話をすることで皆の気持ちを上向けていただきたいのです」

 

「普通ならそこは俺との接触を減らすところだと思うけど、逆なんだ?」

 

「罪爐の策にのっかる必要はありませんもの。それに陸人様には、人の心に熱を与える力がありますから」

 

「かぐやちゃんは俺のこと過大評価しすぎだと思うけど……まあこの身体じゃ何もできないからなぁ。暇してるし、やるよ。特に何か言えってことでもないんだろ?」

 

「はい。いつもの陸人様でいてくだされば。よろしくお願いしますね」

 

 そんな流れで、御咲陸人の決戦当日までの予定が決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、それで私達が呼ばれたわけですか」

 

「大社の内情には詳しくないので人選はお任せしたんですが……ご迷惑でしたか?」

 

「いえ、必要なことだと思います。姉さんと国土博士に休息を取らせることもできますし」

 

「ん〜、やっぱり不思議ね。あなたの身体、今どうなってるのかしら……一度掻っ捌いて中覗けば多少は分かると思うんだけど、どう?」

 

「真面目な顔で物騒なこと言わないの、御咲くん顔引きつってるわよ……でもほんとに興味深いわね。この数値の上昇なんて──」

 

「申し訳ありません。2人とも徹夜明けでハイになっているだけなんです」

 

「あー……いえ、そんな常人離れした頭脳こそが今の俺たちには必要ですから」

 

 陸人のバイタルデータを閲覧して怪しげな笑みを浮かべる小沢真澄。

 そんな彼女を宥めつつも横目でデータに引き込まれつつある沢野雪美。

 陸人そっちのけで議論し始めた2人から目を逸らしつつ頭を下げる安芸真尋。

 この面子に精神面のケアが必要なのか、首を捻らせる御咲陸人。面談は初手から妙なことになっていた。

 

「姉さん、沢野博士も。御咲様のご厚意なのですから」

 

「そうは言ってもねえ、ここでなに話す必要もないでしょ」

 

「私達は出来る限りの準備をして、戦える人に託す。それだけよ」

 

 病室に入ってきてから、陸人と2人は一度も目を合わせていない。会話をするよりも身体の方に興味津々だ。こうまで対話の意思なしでは陸人といえどやりようがない。

 大人の余裕と言えば聞こえはいいが、彼女達は頭脳に優れる代わりに少々対人関係に問題がある。

 

「うーん、流石にプロですね。ブレないというか」

 

「唯我独尊すぎるだけです。これだから研究者というのは……」

 

 陸人は明確に大人と呼べるほど歳が離れた相手との関わりはそう多くない。その上クセの強いパーソナリティの持ち主となれば、リズムを合わせるのも難儀だ。これまでは緊急時での接点しかなかったので表面化しなかったが、ゴーイングマイウェイなタイプとはあまり相性が良くないのだ。

 

「御咲様に大変な失礼を。2人には私からよく言い含めておきますので」

 

「いえいえ、そんな大袈裟なことじゃないですよ。それと口調ももっと崩してくれた方がいいかな。俺なんかに畏る必要ないですから」

 

「ですが……」

 

「苦手なんです。拝まれたり、有り難いものみたいに見られるの」

 

 陸人の過去を鑑みれば、その言葉にも実感がこもる。誰も知らない遠い昔の話だが、もともと彼は英雄にも神様にも、戦士にだってなりたくなかった普通の少年だったのだから。

 

「……そうで──そう、気をつけるわ」

 

「ふふっ、真尋の方が困らせてるじゃない」

 

「うるさいですよ、そこ!」

 

(安芸先生か。美森ちゃんと園子ちゃんが、今もまだ慕うのも分かるな)

 

 教師時代の癖か、ビシッと指を突きつける真尋。美森達の思い出の恩師。その時の名残がまだ彼女にも残っている。それが知れただけでも陸人は嬉しかった。

 

「もっと肩の力を抜いた方がいいわよ、真尋。この機会だってそのためのものでしょう?」

 

「それは……」

 

「ちゃんと分かってるつもりよ。私達の働きが如何に重要なのかも、それを考慮してこちらのコンディションに気を遣ってくれてるのも」

 

 バイタルデータの主なところは目を通したのか、端末を手放して顔を上げた真澄。その日初めて2人の目線がかち合った。

 

「この私がお膳立てして、この子達が実践するのよ? 何も不安がることなんてないじゃない」

 

 一切の迷いなき断言。そこには自分の才への自信と、その天才が勝利を確信できるほどの、絶対的な仲間への信頼があった。

 

「……ですね。俺も特に心配はしてませんよ」

 

「あらあら、さりげなく私を省いてくれたようだけど……今のところ作業の到達度はこちらが上ではなかったかしら?」

 

 揶揄うような目線で真澄を煽る雪美。自分を取り戻した本来の彼女は、他人を揶揄う癖があるらしい。

 

「あらそう? そういうこと言っちゃう? いいわ、今すぐ再開よ。見かけの完成率では測れない、緻密な計算の上で成り立つ効率的な作業の美しさを教えてあげるわ」

 

 数少ない自分と同じ目線で会話ができる相手からの挑発。稀代の天才はあっさりと乗り、足音を響かせて病室を後にしていった。弄り甲斐のある後輩の後ろ姿をクスクス笑って眺めていた雪美は不意に陸人の手を取った。

 

「こんな姿になってしまったことは残念だけど、会えて良かったわ」

 

「俺もです。雪美さんが前を向いてくれて、本当に嬉しい」

 

「前準備も後始末も大人に任せて、目の前のことに全力を注ぎなさい。きっとそれが、あなたの力を1番引き出せる方法よ」

 

「そのつもりです。任せてください」

 

 前回会った時よりも表情と言葉に自信が乗っている。陸人もまた、人のと触れ合うことで心の力が増していく。英雄の前向きな変化を確かめた雪美は、陸人の手を労わるように撫で続けた。

 

「とりあえず命を救われた分の働きはするわ。大船に乗ったつもりでいなさい」

 

 大人として、母親として、人としてできることをやる。娘と変わらない歳の少年に、雪美は誓いを立てた。

 

「それじゃ私も失礼するわ。あなたの端末は預かります。大社との連携用に手を加えて、明日には返せるはずよ」

 

「あ、そうだ。頼みたいことがありまして」

 

「あら珍しい、なにかしら?」

 

「大社が回収してるなら、俺に回してほしいものがあるんです──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 大社職員のうち何人かとの面談を終えた陸人。次は2日をかけて32人の少女達と顔を合わせた。最後の一組になった頃にはすっかり日が暮れていた。

 

「大変ね。教師でもなんでもないのに一日中面談続きなんて」

 

「この身体だと退屈でね。ずっと人が訪ねてきてくれるから俺としては助かってるよ」

 

「そう。それでどうだったかしら? 私の仲間たちは」

 

「みんな個性的だったね。仮面ライダーファンだっていう美杉さんは俺よりもアギトに詳しかったなぁ……あ、榊さんがいずれ隊長の座を奪い取るって言ってたよ。楠さんも気が抜けないね」

 

「……驚いた。もしかして全員の名前と顔覚えてるの?」

 

「まあそれくらいはね。忙しい中時間を縫って来てくれたんだから」

 

 防人第一小隊。楠芽吹、加賀城雀、弥勒夕海子、山伏しずく。それぞれ個性が尖りまくった人材が奇跡的なバランスで噛み合っている防人部隊最強の小隊。

 

「いや〜、御咲さんのおかげで訓練から抜け出せたよ。ほんとにありがとうございます、できたら明日以降もお声がけいただけると……」

 

「雀さん! これはあくまでお役目の一環、サボりの口実に使おうなどと許されませんわよ?」

 

「でもさ〜、こうして御咲さんの近くにいられれば訓練免除で戦場にも出なくて済むかも──」

「いや、敵側に1番マークされてるのは俺だろうから、かえって危険なんじゃないかな」

 

 強者としての風格を感じ取ったのか、露骨に陸人との距離を詰めようと仕掛ける雀。しかし今の状況で最も危険なのは、他ならぬ彼の隣であることは間違いないだろう。

 

「ほら見なさい。次で勝てば終わるのですから、いいかげんシャキッとなさいな」

 

「私達はともかく、部隊外の人に迷惑をかけるのはやめなさい。雀のせいで防人全体のイメージが悪くなるでしょう」

 

「3人ともうるさい……ここ病室」

 

 よほど訓練が嫌なのか、平身低頭で擦り寄ってくる雀。芽吹と夕海子が慣れた手つきで彼女を引き剥がしにかかる。この少女のネガティブと腰の低さは平常運転なのだと陸人もすぐに理解した。

 

「ん〜……なんつーか、想像してたより華奢だな。もっとガチムチなのかと思ってたぜ」

 

「えっと、山伏さん?……ああ、君がシズクさんか。志雄から聞いてるよ、本当に自然に移るんだね」

 

「あん? 国土のヤロー事前にネタ明かしてたのかよ。つまんねーな」

 

 俯きがちに小声でツッコミを入れていた少女が、突然無遠慮に顔を近づけて覗き込んできた。二重人格という希少な性質を持つしずくとシズクは、英雄・御咲陸人に興味があるようだ。

 

「聞く限り、アンタも相当な環境で生きてきたんだろ? よくもまあそんな真っ当なツラしたまんまでいられたな」

 

「……真っ当なツラってのがどう見えてるのか知らないけど、俺は自分がマトモだとは思ってないよ。マトモなままじゃ、なにも守れなかったからね」

 

 至近距離で見つめ合う陸人とシズク。互いの瞳の奥に確かな闇が残っていることに、両者が同時に気がついた。

 

「……へぇ、やっぱ噂なんてアテにならねーもんだな。御咲陸人、二つに分かれたオレたちよりよっぽどぶっ飛んでるぜ」

 

「褒め言葉として受け取っておこうかな」

 

「……シズク、さすがに失礼。もう退がってて」

 

 表層に戻ったしずくが気まずそうに頭を下げる。相方の気性が荒いせいで苦労することもあったのだろう。しかし、その全ては守るべき存在であるしずくのため。一つの身体を共有する2人の、理想的な関係があった。

 

「山伏しずくさん。今更俺なんかが言うことじゃないだろうけど、相棒を大事にしてあげてくれ。それは君たちだけが持てる、大切な絆だから」

 

「……ん……ありがとう、御咲」

 

 自分の経歴故か、陸人は昔から過去に傷を持つ者を見分けるのが得意だった。戦場ではしずくのような精神の乖離が出る例も稀にあった。

 

(でもこの子は違う。あの頃の俺には作れなかった、仲間を思い合う環境がここにあるんだ)

 

 こんなご時世、悲惨な出来事はどこにでもいくらでも転がっているし、そのうちの大半は当事者達が自然と解決していくものなのだ。

 全ての悲劇を勝手に背負おうとしていた過去の自分が、改めてバカらしく思えた陸人は恥ずかしそうに小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

「そっか。みんな元気なんだね」

 

「ええ。陸人は事故で入院中って話になってるわ。端末返されたら通知だらけになってるかもよ?」

 

 1人ではベッドからも出れなくなった陸人のために、勇者部は学校や勇者部活動で馴染みのある地域に顔を出して様子を見てきた。彼らのホームである観音寺市は、決戦の際には避難地域に指定されている。慌ただしくなる前に、日常を忘れないためにという配慮で1日だけ自由行動が認められていた。

 

「そういえば、風先輩は受験とか大丈夫ですか? もう年末ですけど」

 

「うっ……それを言わないで。今は考えないようにしてるの」

 

「あー……まあ仕方ないですよ、これだけの事件が続けば」

 

「違うんですよ陸人さん。おねえちゃんったら2年生の園子さんに受験勉強見てもらってたんです」

 

「ええ?」

 

「その情けなさと後輩にすがるしかない余裕の無さで追い詰められてるわけ。風って案外脆いところあるわよね」

 

「なるほど……じゃあ全部片付いたら俺も勉強付き合いますよ。違う視点がある方が捗るでしょうし」

 

「ホント⁉︎ 園子と陸人がついてくれれば……って! アンタも後輩じゃないの〜……でもお願いします、助けて〜」

 

「泣きながら突っ込んで懇願して……忙しいやつね」

 

「ごめんなさい。おねえちゃん本当にギリギリなんです」

 

 風にとって年度末に待ち受ける受験戦争は、来週の決戦と並ぶ強敵だった。荒れ狂う部長を落ち着かせるのに数分の時を要した。

 

「これで今日からは訓練と会議の日々ね。2人共存分に楽しめた? 当分学校とも家ともお別れよ?」

 

「大丈夫だよ、お友達とちゃんとお話できたから。頑張ろうって気合も入りました!」

 

「私も。樹海を破る術が相手にある以上、神樹様の力を温存する必要がある……私たちが抜かれればみんなにも危険が及ぶ。絶対に退けない勝負になるわね」

 

「ああ。一緒に戦ってきたみんなの強さは、俺が1番よく知ってる……頼りにしてるよ。夏凜ちゃん、樹ちゃん、風先輩」

 

 陸人が掲げた右拳に、3つの拳が重なる。

 犬吠埼風は勇者であり、犬吠埼樹は勇者であり、三好夏凜は勇者であり、御咲陸人も勇者である。胸の勇気を滾らせて、重ねた手から熱を合わせる勇者達だ。

 

「フフン、そこまで言われちゃあ仕方ないわね! 先輩として部長として、珍しく頼ってきた後輩に力を貸すのは当然、ドーンと頼りなさい」

 

「そこまで言ってないんじゃないかな……私がいて、陸人さんがいて、おねえちゃんがいて、みんながいる。それが私にとっての日常で、当たり前の光景なんです。私はそれを失いたくない。だから……絶対に負けません」

 

「完成型勇者に不可能はない……アンタと私達が組めば、ますます無敵よ。これからもこれまでも変わらない。邪魔する奴をぶっ飛ばして、みんなで学校に帰るんだから、忘れんじゃないわよ陸人」

 

 時に意見を違え、拳を交えたこともあった。そんな過去を乗り越えたからこそ、今の勇者部は歴代のどの勇者にも劣らない結束力がある。

 

「そういえば、他の3人はどうしたの? 今日は顔見てないんだけど」

 

「ああ、あの子達は1人ずつ話がしたいんだって。後日時間作ってあげて」

 

「はぁ、それは構いませんけど……」

 

「……陸人さん、女の子に恥をかかせないでくださいね?」

 

「無駄よ樹。陸人のコレは病気だもの」

 

「あーいやゴメンゴメン、分かってるよ。ちゃんと分かってる。みんなの気持ちとしっかり向き合うから。約束する」

 

 今までとは違う、恋愛絡みの話でも認識がちゃんと噛み合っている陸人の言葉。恋する乙女側の1人相撲っぷりを見てきた仲間達が、ずっと待ち望んでいた返答だ。

 

「……なんか変わったわね。陸人、アンタそういうのはホントにダメなんだとばかり思ってたわ」

 

「いつまでも逃げてるわけにはいきません。俺もみんなも、これから先ずっとこの世界で生きていくんですから」

 

 自分の命を軽く見ていた頃とは、見ている景色が違う。今の陸人は戦いの先にある未来を正しく見据えることができていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はじめまして、御咲陸人様。防人付きの巫女、国土亜耶と申します」

 

 折り目正しくお辞儀する国土亜耶。敬虔な神樹教徒である彼女にとって、伝説の英雄である陸人もまた憧れの存在だった。

 

「はじめまして、亜耶ちゃん。志雄から話は聞いてるよ、すごくよくできた妹さんだって」

 

「おい、陸人……」

 

「お兄様が……えへへ、嬉しいです」

 

「ハハッ、志雄は否定してっけど相当なシスコンだからなぁ」

 

「うるさい、兄妹として普通のことだろう」

 

「気持ちは分かるけどなー。亜耶ちゃんめちゃくちゃ可愛いし」

 

 国土志雄、篠原鋼也、三ノ輪銀。いずれも陸人とは独特の縁を持つ3人が、緊張していた亜耶に付き添う形で同伴している。亜耶の可憐さにやられてしまった銀がその小さな身体を抱きしめて擦り付いていく。なんとも微笑ましい光景だ。

 

「鋼也は分かるけど、三ノ輪さんも亜耶ちゃんと仲良いんだね」

 

「ん? ああ、アタシは鋼也の側付きみたいなもんだからな。防人や亜耶ちゃんともよく一緒になるんだよ」

 

 勇者部の美森や園子の親友でもある銀。実は誰よりも広い人脈を有していたりする。

 

「亜耶はずーっと陸人に会いたいって言ってたもんな?」

 

「あぅ……鋼也くん、恥ずかしいですよ」

 

「あーもう可愛いなぁ亜耶ちゃんってば!」

「ひゃう、銀さぁん……!」

 

「程々にしてやってくれ、銀。亜耶が茹で上がりそうだ」

 

 揶揄い、じゃれつき、宥める。色々とあった4人だが、こうしている今はまるで家族のようだった。幼少期の4人組──銀の位置に沢野香がいた組み合わせの時も、きっとこのように一緒に過ごしてきたのだろう。

 

(友達、仲間、家族……どれにも当てはまってどれとも違う関係があるんだろうな)

 

「陸人様、私達巫女も非力な身ながら出来る限りの援護をさせていただきますね」

 

「ああ、巫女の祈りは神にも届く。君達にしかできない役目が必ずあるはずだよ……怖くはない?」

 

「少し怖いです。だけど、防人の皆さんも鋼也くんもお兄様も……私の大切な人が戦うのですから、私もせめて心は共にいたいのです」

 

「……本当に、よくできた妹さんだね志雄」

 

「ああ、まったくだ。兄妹なのに僕とは正反対。正しく優しい女の子だ」

 

 自分を卑下するように笑う志雄。亜耶はそんな兄に近寄ってその手を握る。

 

「本当ですか? 嬉しいですお兄様、やはり私達は兄妹ですね!」

 

「……ん?」

 

「亜耶、どういう意味だそれ?」

 

「だって"正しく優しい"の反対は"優しくて正しい"でしょう? まさにお兄様そのものです!」

 

 トンチのような亜耶の発言。本人は真面目に言っているのだろうが、聞いていた4人はその純心すぎる言葉にすっかり脱力してしまった。

 

「……アッハハハハ! いやまったくその通りだ、本当にすごいね亜耶ちゃん」

 

「こりゃあ一本取られたな、おにいちゃん?」

 

「……うるさい、まったく……亜耶、ありがとう。君の言葉を裏切らない兄であり続けることを約束するよ」

 

「いい子だよなー亜耶ちゃん。ウチの弟もこれくらい素直だったらなあ」

 

 元は仲間達の不安を晴らすために始まった面談だったが、結果陸人の方がほっこりしてしまった。こんな純心な命が産まれていくこの世界を守る。その使命の意義を改めて実感した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




クライマックスに向けてあらゆる縁を結んでいく回。少々味気なかったかもです。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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命短し恋せよ乙女

時間がある今年度中にひと段落つけるためにペースアップです(ただし次の投稿までそのペースが続くかは不明。自信ナシ)

神世紀におけるソレ方面のイベントを一挙にまとめていきます。


 12月30日、決戦前日。疲れを本番に持ち越さないために、この日は午後から戦闘要員の訓練は一律禁止。待機状態ではあるものの、各々が仲間と共にのんびり過ごすことを許されていた。

 

「じゃああの子達がりっくんの最初の仲間だったんだね」

 

「ああ。物心ついた頃には一緒だった、生きるという目的のために並んで戦った仲間だ」

 

 昼食後に病室を訪ねてきた結城友奈。精神世界で西暦の仲間とも顔を合わせた彼女は、陸人が唯一昔話ができる貴重な存在だった。

 

「──そっか。初代勇者のみんな、素敵な人達だったんだね」

 

「勇者の名にふさわしい、強さと優しさを併せ持った人達だった。君達と同じく、今でも俺の誇りだよ」

 

「……ね、りっくん。高嶋ちゃんとはどんな関係だったか……聞いてもいい?」

 

「高嶋──友奈ちゃんのこと?」

 

「うん。りっくんの心の中でちょっとだけお話ししたんだけど、すごく仲良さそうだったから。恋人、とかだったのかなって……」

 

 どうにもならない状況で力を貸してくれた、同じ名前と顔を持つ少女。恩は忘れていないし、気の合う友達とも思っているがそこはそれ。自分のそっくりさんが想い人と浅からぬ関係を持っているというのは、女子中学生的に看過できなかった。

 

「友奈ちゃんは特別仲がいい友達の1人で、何度も助けられた仲間の1人で、最後の最後に俺を選んでくれた大好きな人の1人だね」

 

 同じ"友奈ちゃん"という呼び方でも、声のトーンや表情でどちらが呼ばれているかはなんとなく分かる。苗字を使えば分かりやすいのに、頑なに名前呼びを崩さないのは、どちらかの呼び方を変えてしまうことに抵抗があるのだろうか。どちらの"友奈"も、陸人にとってはかけがえのない存在だから。

 

「えっと、1人っていうのは……」

 

「こう言うと聞こえが悪いかもだけど、あの頃の俺には何より大切な女の子が8人いたんだ。一緒に生きて、一緒に戦って、死んでからも一緒にいてくれた存在」

 

「8人、8人かぁ……」

 

 友達より深く、仲間より強く、家族より近く、恋人より熱い絆で結ばれた9人。言葉では言い表せない特別な仲の相手が、西暦の伍代陸人には8人もいたという事実に流石の友奈も動揺を隠せない。

 陸人は恋仲とは明言しなかったが、少なくとも相手がそういった感情を持っているのは話を聞いただけの友奈でも理解できた。

 

「あっ、あの世界でりっくんの近くにいた……」

 

「そうだね。友奈ちゃんもその1人。他には……若葉ちゃんとも会ったことあるよね? ほら、ネストの時の」

 

「ああ、あの凛とした声の人が。みんな、何度もりっくんと私達を助けてくれてたんだね」

 

「うん。きっと今も見守ってくれてるはずだ。俺の気持ちを汲んで、神世紀に送り出してくれた。みんなのためにも、この世界を必ず守ってみせる」

 

 閉じた瞼の奥には、きっと置いてきた仲間の姿が浮かんでいるのだろう。友奈はそっと陸人の左手を取った。感覚もなく体温もない、冷たい左手を。

 

(りっくんのことだから、そういう人もいたんだろうとは思ってたけど……8人はちょっとびっくりかも)

 

 ここに来てよく知らない恋敵が8人追加。いつだって一直線の友奈でも少し尻込みしてしまう。

 だが、ここで引き下がることはできない。今日この日に一歩でも前に進むと覚悟を決めて来たのだから。

 

「りっくん、ちょっとこっち向いてくれる?」

 

「……友奈ちゃん?」

 

 そう告げた友奈が、陸人の両頬に手を添える。右手から伝わる冷たさで陸人の余裕のなさを感じ取り、左手から伝わる暖かさで陸人に今も残る命の力を感じ取った。

 ベッドに乗り上げて正面から見つめ合う。互いの瞳に映る自分の顔が分かるほどの至近距離。見間違いも聞き違いもあり得ない。

 

 

 

「私、りっくんのことが好き。この"好き"は他の誰とも違う……りっくんだけを想う、私の初恋だよ」

 

 

 

「りっくんといられる今がすごく幸せで、この幸せをずっと続けていきたい。これまでとは違う、特別な1人として」

 

 

 

 解釈違いすらも介在し得ない、まっすぐで分かりやすい恋心の告白。一途で真っ直ぐな友奈らしい言葉が、黙って聞いている陸人の胸に深く入り込んでいく。

 

「ありがとう、友奈ちゃん。言葉にして伝えてくれて。今すぐ答えを出すことは……ゴメン、まだできないけど」

 

「あっ、いーのいーの! むしろ今は何も言わないでほしいというか……ただ聞いてもらいたくて。決戦の前にこの気持ちを吐き出したかった私のワガママ。気にしないで?……約束もあるし」

 

「……?」

 

「なーんでもない」

 

 言いたいことは言い終えたのか、パッと陸人から離れた友奈は楽しげにくるくる回って笑顔を見せる。

 

「答えは必ず出す。明日勝って、その先で必ず」

 

「うん。信じてるよ、りっくん」

 

 陸人は片方しか残っていない眼に、太陽のような輝きを焼き付けた。どんな絶望を前にしても決して絶えることのない、勇者の笑顔を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(厄介な罠の対策はある程度立てられた……が、おそらく地力も跳ね上がっているだろうし)

 

 ゴールドタワーの一室。志雄は昨夜からぶっ通しで記録映像を閲覧し続けていた。その全てが風のエルとの戦闘記録。明日の決戦で間違いなく脅威となる天使を倒すために対策を練っていたのだ。

 

「電気くらい点けたらどう? 生身の視力だって重要でしょう」

 

「……芽吹か。ノックくらいしてくれ」

 

 唐突に扉が開き、真っ暗な部屋に明かりが灯る。食堂のトレーを持った芽吹が入室してきた。朝も昼も食堂に来ない志雄の様子を見にきた彼女は、予想通りの有様で篭りきりの戦友に呆れるしかない。

 

「適当に持ってきてあげたわ。不眠不休の上栄養不足じゃ捗らないわよ」

 

「そうだな……すまない、ありがとう」

 

 張り付いていた画面から目を離して目頭を揉み解す志雄。疲れている自覚はあったらしく、素直に食事に手を伸ばす。芽吹は"適当に"と言うが、栄養バランスと志雄の好みを考慮した最善のメニューが並んでいた。

 

 

 

 

「それで算段はついたの?」

 

「いや、十分とは言えないな。風のエルロードとの戦闘経験があるライダーは僕だけだ。奴が出てきたら引き受けなければならない。だというのに……」

 

 白のエル、地のエル、風のエル……敵方の最高戦力であり、各々が一騎当千の能力を持っている。エルロードが出てきた際にはそれぞれライダーが対応して主戦場から引き剥がすことになっている。G3-Xの担当は当然風のエルだ。

 

「先日相対した時の僅かなデータだけでも、基礎戦闘力が段違いだった。おそらく新たな能力も得ているだろうな」

 

「まったく……相変わらずね、志雄は」

 

 見るからに行き詰まっている志雄。追い込まれると思い切りがいいクセに、時間があると考え過ぎてしまう。彼の欠点を正しく理解している芽吹は強引に彼の身体を引き倒してベッドに放り投げた。

 

「──っと? 芽吹?」

 

「いいから寝ときなさい。これまでの分析は私の方でまとめておくから。寝惚けた人間に背中を預けるつもりはないわ」

 

「でも……」

 

「アイツと戦ったことがあるのはあなただけじゃない。ぶつかる時には私だって付き合うわよ」

 

「芽吹……」

 

「あなたの隣には私がいて、私の背中はあなたに預けてる。それを忘れないで」

 

「そう、だったな……ごめん……」

 

「ほらやっぱり眠いんじゃない。いい頃に起こしてあげるから休みなさい」

 

「……ありがとう。君は、僕が……まも……る……」

 

「……! 志雄?」

 

 沈黙、数秒後に小さな寝息。素面で言ったのか微妙なタイミングで爆弾を投下した志雄は、芽吹が振り向いた時にはもう夢の中に旅立っていた。

 

(言うだけ言って……結局、味の感想も聞きそびれたわね)

 

 綺麗に空になったトレーを見つめる。志雄は食堂で頼んできたと思っていたが、芽吹は一度もそんなことは言っていない。

 

(淀みなく食べてたし、不味くはなかったのよね……うん、みんなにも見てもらったもの、これは成功よね?)

 

 元々手先は器用だが料理の経験は多くない。信頼する仲間の騒がしい監修の元、なんとか仕上げた昼食は見事志雄の腹に収められた。

 食欲と睡眠欲を満たされ満足げな志雄。穏やかな寝顔を軽く撫で、毛布をかけ直すと気持ち良さげに寝返りを打った。

 

「おやすみ、志雄」

 

 明日に向けて、少しでも穏やかな心地で。志雄を見つめる芽吹は我知らず笑顔になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空が茜色に染まる頃、微睡んでいた陸人は優しく頬を突く暖かい指先の感触で目が覚めた。

 

「おはよ、りくちー」

 

「……おはよう、園子ちゃん。寝てたのか……」

 

「寝るならベッド倒したほうがいいよ〜、寝落ちしちゃったんだろうけど」

 

「ああ、変な時間に寝ると夜に困るからな。起こしてくれてありがとう」

 

「ふっふっふ〜、夜にはかーやんとの添い寝が待ってるもんね。少しでも早く寝つきたいよね〜」

 

「……もしかして怒ってる?」

 

「さて、どうでしょ〜?」

 

 笑顔の奥の感情がいまいち読みにくいミステリアスな少女、乃木園子。苦しい時も泣きたい時も常に笑い続けてきた勇者は、今日この時も変わらず微笑みを湛えていた。

 

 

 

 

「……少し前とは、立場が入れ替わっちゃったね〜」

 

「そうか……そうだね」

 

 散華を繰り返した結果、ネスト戦を終えるまでの園子はまさに今の陸人に近い有様だった。かろうじて動くことはできたが、内面の欠損具合では似たようなものだ。

 

「満足に動けないのは辛いね。こうなって初めて園子ちゃんの気持ちが分かった気がするよ」

 

「こんな形で理解してほしいなんて思ってなかったんだけどな〜」

 

 園子の場合はこれが2年だ。当時小学生だった彼女が、どれほどの苦しみに苛まれていたか察するに余りある。

 

「でもりくちーはこうしてる今も呪印の侵食が進んでる。やっぱり痛いんでしょ? 私は、痛みも何も感じなかった。全部無くしたわけだからね〜」

 

「いや、俺にはみんながいてくれる。本音を晒せる相手がほとんどいなかった園子ちゃんの方がずっと辛かったはずだよ」

 

「ううん、りくちーだよ──」

 

「いやいや、園子ちゃんの方が──」

 

 より苦しいのはどちらか、というよく分からない競争はしばらく続いた。どちらも不幸自慢なんて不毛な真似は好まないのだが、それだけ互いを案じ、思い合っているということだ。

 

 

 

 

「……前から聞きたかったことがあるんだけど、いいかな?」

 

 無駄な押し問答を終えて椅子に座り直した園子が恐る恐る問いかける。いつもの彼女らしくない、どこか躊躇したような態度だった。

 

「改まってどうしたの? 俺達の間に遠慮なんかいらないって」

 

「私とりくちーが初めて会った日のこと、覚えてる?」

 

「もちろん」

 

 御咲陸人が始まった最初の戦い。2人の縁が結ばれた運命のあの日。西暦を含めた陸人の経緯は仲間内には周知されていたが、園子はどうしても本人の口から確認したいことがあった。

 

「りくちーが神世紀に来たのはさ……傷ついてる私を助けるためだった、ってホント〜?」

 

「……ああ、そうだね。今でこそ守るべきものは山ほどあるけど……あの日後先考えずに飛び出したのは、1人になっても諦めない君が眩しかったから。その背中を守るために、こっちの世界に降りてきたんだ」

 

「そっか〜……えへへ、そっか〜……!」

 

 嬉しそうにパタパタと両脚を振り、上体もむず痒そうに揺らして微笑む。顔を赤らめた園子は、油断すれば窓からFly Awayしてしまいそうになる身体を必死に押さえつけて笑っていた。

 

「えへへ、えへへへへ〜!」

 

「……園子ちゃん?」

 

「ありがとりくちー、感謝のぎゅ〜〜〜‼︎」

 

 破裂しそうな喜びを発散するべく、心配そうに覗き込む陸人の首に飛びついた。

 復讐者だろうが戦狂いだろうが、誰にでも優しいのが御咲陸人だ。自分だけが特別に思われているわけではないということは、園子も理解している。それでも、彼がこの時代に降りてきた最初のきっかけは他ならぬ自分を助けるためだったというのは確かな事実。

 

「本当にありがとう……言葉じゃ表せないくらいに嬉しい。あなたと出会えて良かった……」

 

「……こっちのセリフだよ。ありがとう園子ちゃん」

 

 恋する乙女の1人として、そんなに嬉しいことがあるだろうか。心躍ることがあるだろうか。

 

 

 

 

 

「今日は空が綺麗だよ〜。夕日も夕月もよく見えてる」

 

 一頻り騒いでようやくテンションが落ち着いた園子。若干乱れた髪を整えて、窓の外に目を向ける。沈みかけの夕日も綺麗だったが、何より園子の目を奪ったのは南の空に浮かぶ月の美しさだった。

 

「ね、りくちー」

 

 昔趣味を深める上で知ったフレーズを不意に思い出した園子は、胸の内からこみ上げてくる情動を乗せて呟いた。

 

 

 

 

「──I love you(月が綺麗ですね)──」

 

「…………!」

 

 

 

 旧世紀の著名な小説家が残したとされる翻訳。西暦が終わる100年前に活躍した偉人の俗説だ。神世紀の現在、文学に造詣が深い人間以外は聞いたこともない雑学の類。突然告げられた陸人もポカンとしている。

 

 

 

「……あはは〜、ごめんりくちー。なんでも……」

 

「──死んでもいいわ──」

 

 

 穏やかな声で紡がれた言の葉に、園子は耳を疑った。この時代において、その返しは相当にマニアックな知識だ。陸人が知らない前提で、返事など望まずに放った告白だったのに。

 

「……とは、今の俺には言えないかな。ゴメン、園子ちゃん」

 

「う、ううん……それより、なんで知ってたの? 今のは──」

 

「園子ちゃんの趣味を知ってから勉強したんだ。あの頃の君は、物を読むのも書くのも難しかっただろう?」

 

 陸人が知識を蓄えれば、せめて好きなものの話くらいはできるようになる。その一心で、余裕のない日々の中でコアな雑学まで片っ端から吸収した。それを披露する前に事態が大きく動いたせいで今日まで活かす機会がなかったが、その努力は無駄ではなかった。

 少女のいじらしく複雑な恋心を、取りこぼさずに拾い上げることができたのだから。

 

「視界も狭けりゃ首も回らなくて、今の俺には月も見えてない。だからこの身体が戻ったら……その時にはちゃんと答えを伝えるよ。もう少しだけ、待っててくれるか?」

 

「……うん、その言葉が……私の告白(気持ち)を受け取ってくれたことが、すごく嬉しい。ありがとう、りくちー」

 

 得意の笑顔でも隠しきれない羞恥と歓喜に満ちた園子。見事に浮かぶ上弦の月を端末で撮影して陸人に見せる。この世界は美しいと、尊いものはいくらでもあると証明するように。

 

 

 

「私、待ってるから。明日を超えた先の未来で、待ってるからね」

 

「ああ、この月に誓う……俺は絶対に、生きて帰る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よう」

 

「おう……」

 

 大社職員の多くが暮らす、一般宿舎の屋上。鋼也と銀は示し合わすことなく合流し、特に言葉もなく並んで空を見上げている。

 

「今日は空がキレーだなー……星がよく見える」

 

「ああ……つっても、これだって本物の星が見えてるわけじゃねーんだよな」

 

 結界の内側から見える空は作られた光景だ。狭い国土の中だけで人間社会を成り立たせるために、神樹は自然環境に大きく手を加えている。天候もそのひとつ。神樹が一度その権能を解除すれば、すぐさま紅蓮の炎が包み込む地獄に早変わりする。

 

「そうだったな。でもキレイなものはキレイだ。アタシはそれで良いと思うぞ」

 

「……確かにな。そうかもしれねえ」

 

 それでもありのままの世界を愛おしく思っている神樹は、人間に都合良く調整しながらも可能な限り本物の空に近い光景を作り続けてきた。

 それを本物と取るか贋物と取るかは本人次第。園子や陸人が前者で、鋼也は後者だった。それだけの話だ。

 

 

 

 

 

「明日、銀はどうすることになってんだ?」

 

「んー、それがよく分かんないんだよなぁ。一応市街地に出る班に加われって話なんだけど、なんか開戦直後のタイミングで呼び出されてるんだよ」

 

「なんだそりゃ? 相変わらず時々訳わかんねーよな、大社って」

 

「でもまあ、今の大社はそう悪い雰囲気でもないし……とりあえず命令通りに動くよ」

 

 毛布を敷いた上に並んで寝転がる2人。どちらからともなく手を繋ぎ、互いの存在を確かめ合う。共に傷やタコが目立つ手ではあるが、彼らはそんな生き方を選んできた相手のことを同じだけ誇らしく思っていた。

 

「鋼也が戦ってる時にアタシがどこで何してるかは分からないけど、これだけは言える」

 

「あん?」

 

「鋼也の中にはアタシがいて、アタシの中にも鋼也がいる。ギルスが戦う時には、いつだって2人で戦ってるんだ……そうだろ?」

 

「ハッ、なかなか恥ずいこと言うじゃねーの……まあ、サンキュな」

 

 目覚められない苦しさと、寝顔を見守るしかできない辛さ。

 戦い続ける痛みと、戦えない悲しみ。

 2人は同じ時違う場所で、同じように悩み続けてきた。それも全て、明日勝利すれば終わる。

 今度は同じ時同じ場所で、同じ幸せだけを分かち合うことができる未来に繋がるかもしれない。

 

「あのエルロードも出てくるだろうし、銀の分の借りもついでに返しといてやるよ」

 

「アイツには散々やられたもんな。あーあー、アタシの分も勇者システムがあればなぁ」

 

 今の神樹は寿命が迫り、これまでのイレギュラーとそれに対して無茶を重ねたせいで限界が近い。多方面に求められる神の威光によるバックアップも考えれば、いくら適性者がいたとしても勇者の枠を増やすような余裕は無かった。

 

 

 

 

「こんなところじゃ終われねえ。高いところから見下しただけで人間様を理解した気になってるクソ野郎……絶対にぶちのめして、俺とお前の未来を掴んでやる」

 

「おうよ。その時はまたウチに来いよ。アタシの家族と、鋼也の家族も一緒に……馬鹿みたいに騒いで笑おう」

 

 

 

 

 2人の距離が0より近づき、影がひとつに重なる。心の距離も体の距離も、鋼也と銀には必要ない。幼く柔らかい男女の愛を、星空だけが見つめていた。

 

「アタシの元気……今のうちにたっぷり分けといてやるからな」

 

「ハッ、大きなお世話だっつーの……心配すんな、もう2年も待たせるようなマネはしねえよ」

 

 胸元にしがみつく銀の身体は少しだけ震えていた。その恐怖を跳ね除けるように、鋼也はより力強く抱き寄せる。

 明日もその先も、この温もりに触れるために。それが鋼也と銀の……ギルスの闘う理由だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいリク、口開けて……あ〜〜ん」

 

「あ、うん──ん、美味しい」

 

「本当? 良かった……まだまだあるからたくさん食べてね」

 

 手製のぼた餅を持参してやってきた美森。母のように姉のように甘やかしてくる。普段より浮き足立ったその態度は、隠しきれない不安の現れか。

 

「美森ちゃん、ちょっと落ち着いて……夕食直後でそんなには食べられないよ」

 

「あっ……そう、そうよね。ごめんなさい。それじゃあ他に何か欲しいものはある? してほしいこととか」

 

「大丈夫だよ。今はなにより君と落ち着いて話がしたいかな……どうしたの?」

 

「……ごめんなさい、私はいつまで経ってもダメね。結局いつもいつも、あなたに心配をかけている」

 

 重く息を吐き、脱力する美森。なにかと考え込みがちな彼女には、陸人の前でいつも通りを装うことはできなかった。

 

「明日が不安?」

 

「そうね。戦うこと自体はそれほどでもないの。ただ、明日の決戦には賭けるものが大きすぎる……それに、きっと四国の誰もがその行く先を見届けることになるわ」

 

「うん。勇者は神樹様のご加護で個人が分かるような映像にはならないはずって聞いたけど」

 

 元々勇者システムや防人の戦布には不測の事態に備えて一般人の目を欺く機能が備わっている。ネスト戦で市街地での戦闘になった際にも、この機能のおかげで市民の興味をライダーに絞り込むことができていた。

 

「そうじゃないの。私達じゃなくて……リクは人が見てないところでも頑張れる人だけど、人が見ている前では余計に頑張ってしまうでしょう?」

 

 以前よりも背負い込み癖はマシになったとはいえ、陸人は仮面ライダーに託された使命と立場をしっかり自覚している。いざ戦場に出てしまえば、市民の心の安寧のために何らかの無理をしてしまうことは十分に考えられる。

 

「リク、自覚がないようだから改めて言うけど……あなたはもう限界などとっくに超えているの。これ以上他人の荷物を肩代わりしていては本当に壊れてしまうわ」

 

「美森ちゃん……」

 

「自分の身体、ちゃんと見て……そんなボロボロのあなたを戦場に送るしかない私達の気持ちも、ちゃんと分かって……お願いよ、リク」

 

 陸人は身体を蝕まれてからずっと、どうすれば仲間が気に病まず決戦に臨めるかということしか考えていなかった。そんな義務感だけで作り上げた笑顔を、美森はどんな気持ちで見続けていたのか。

 

(俺は……どうすれば良かったんだろう)

 

 今目の前で泣き崩れている美森を見て、陸人は何も言えなかった。結論から言えば、陸人は間違ったことはしていない。最悪の状況での最善手を選び取り、完璧に役割を果たした。

 

(美森ちゃんを泣かせたくない……これまでずっとそう思って戦ってきたのにな)

 

 しかし最善はあくまで最善、最高には程遠い。一度でも罪爐の闇に侵された時点で、美森が泣かない最高の結末は訪れなかったのだ。

 

「ごめんなさい、こんなこと言うつもりじゃ……こんな、子供みたいに……」

 

「いいんだ、我慢しないで……ごめんな」

 

 とうとう陸人の腕に縋り付くように泣き崩れた美森。そんな彼女に何かを言おうとしては口をつぐむ、いつになく弱々しい陸人がそこにいた。

 

 

 

 

 

「……取り乱しました。大変な失礼を」

 

「いや、元々俺が悪いんだし……」

 

 まだ赤い眼で必死に取り繕っている美森。明日に向けての激励のつもりで来たのに、いつの間にかこちらが宥められていた。

 

(本当に……この人の前でだけは自分を偽れない。こみ上げてくる想いを堪えられない)

 

「楽になった?」

 

「ええ、ありがとうリク。あなたには迷惑ばかりかけているわね」

 

「誰かを思って心のバランスが崩れてしまうのは、それだけ君の中で他者を思う心の配分が大きいっていう証拠だ。それは絶対に悪いことじゃない。恥じる必要なんてないんだよ」

 

 相変わらず他人の美点を見つけるのがうまい。根本的に人を愛しているが故なのだろう。

 

「リク……今日は渡すものがあって来たの」

 

「渡すもの?」

 

「ええ。これなんだけど、私が拵えたの……受け取ってくれる?」

 

 おずおずと差し出されたのは、白地に青で刺繍された御守り。優美であり且つ華美でない上品な装丁。仄かに伝わるアサガオの香り。美森を思わせる出来栄えに、作り手本人の隠された意図が見え隠れしている。

 

「美森ちゃんが拵えたってことは……」

 

「ええ。私には巫女の適性もあるって聞いたから。上里さんにお願いして、本職の巫女さん達の修行に混ぜてもらったの」

 

 神の声を聞く資質を持つ者──巫女。

 神の力を宿す資質を持つ者──勇者。

 この2つの資質を1つの身に持つ者を『救世主』と呼ぶ。美森は勇者と巫女の長い歴史の中でもごく少数しか確認されていない救世主の1人。友奈とは別ベクトルで特別な存在だ。

 

「最初は勇者としての力を高めることに繋がるんじゃないかと思って、精神鍛錬のつもりで始めたんだけど。神樹様の威光を形あるものに取り込むっていう修練があってね」

 

 その過程で一般的な神職と同じように、祈祷から始まる御守り作りをやってみたという。基本的に何かを願うなら"安産祈願"や"交通安全"といった特定の内容に沿って祈るものだが、不慣れな美森はいくつもの願いを欲張って込めている。

 

「"私が心から慕う男の子を、どうか奪わないでください"って祈りを込めてあるの」

 

「……!」

 

「明日も、その先も……きっとあなたを守ってくれる。私の想い、持って行ってくれる?」

 

 "必勝祈願"、"健康長寿"……そしてほんの少しだけ"縁結び"の願いを込めた手製の御守り。陸人を思う美森の心の全てを詰め込んだ世界で一つだけの贈り物だ。

 

「今のリクだと持ち歩くのも難しいと思って、長めの首紐を付けておいたの。掛けてもいい?」

 

「ああ、ありがとう」

 

 ベッドに腰を下ろしている陸人の上に、マウントを取る形で乗り上げた美森。首の後ろに手を回して、動かない陸人の身体に密着。そして──

 

「──っ!……美森、ちゃん?」

 

「ごめんなさい、体制崩しちゃって……どうかした?」

 

「……いや、なんでもない」

 

 首の付け根に一瞬鋭い痛みが走る。右側まで感覚が怪しくなってきたせいでよく分からなかったが、唇が触れたような感触があった。

 

(……うん。初めてやったけど結構うまく残せたかしら。今のリクなら朝には消えてるかもしれないけど……)

 

「……あの、何かついてる? 俺自分の身体に目線向けられなくて」

 

「いいえ、なんにも?」

 

 それにしてはやけに首元を凝視されていたような。いや、凝視というより、どこか熱っぽい視線が向けられていた。心なしか美森の頬も赤いような気もする。

 

「私からの贈り物ふたつ……大切にしてね?」

 

「ああ、ありがと──ふたつ?」

 

「それじゃ、また明日。おやすみなさい、リク」

 

「え、あ……うん、おやすみ」

 

 何故か来た時よりも軽い足取りで去っていった美森。疑問符を浮かべる陸人の首元には、虫に刺されたような赤い痕があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時に穏やかに、時に慌ただしく、時に妖しく、時間は万人に等しく流れていく。そして──

 

 

「……今日、か」

 

 

 神世紀300年12月31日。世界の成り立ちからずっと全ての命を呪い続けてきた悪意との決着。世界の終わりと、新たな世界の始まりを賭けた一戦の日がやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




完全な余談――首へのキスマークには独占欲や執着といった意味合いがあるそうです。

一人一話とかでじっくり描けたら良かったんですが、これまでに積み上げたフラグと信頼関係が盤石すぎてそこまで話を盛れなかった……

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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八方塞がれたなら、九方向目からブチ破れ

ラストバトル……と銘打ちつつも超大規模の団体戦なのでかなり長くなると思います。


(……違う……違う、一手遅い……選択肢のひとつとして保留……悪くはないが、この場合既に無意味……)

 

 筆頭巫女のみが自由に立ち入れる御神木の間。いわば大社という巨大組織の中心である社殿。巫女にして神子であるかぐやが最も強くその力を発揮できる場所で、彼女は一心不乱に未来を視ていた。

 

(……やはりこれ以上良い形はない、ということですか)

 

 神子として使える霊的術式のひとつ、"風詠み"。起こり得る幾千幾万の未来の可能性を予見できる異能。かぐやはこの10日間、筆頭巫女としての業務と陸人との逢瀬以外の殆ど全ての時間を使って未来を視続けてきた。そこで得た情報を見極め、少しでも未来を好転させるべく時に人を、時に組織を使って準備を進めてきた。

 開戦1時間前の今もまた、少しでも役に立つ情報を手に入れるために試行していた。

 

『筆頭巫女様、お時間です』

 

「……そう、ですね。すぐ向かいます」

 

 しかしこれ以上は本番に差し支える。部下の連絡を受けて儀式を中断。装いを整えていたところでプライベート用の端末が鳴り響いた。

 

「……陸人様?」

 

 かぐやの個人端末の番号を知る者は限られている。そのうちの一人である陸人からのメッセージが届いていた。

 

 

 

 "肩の力を抜いて、俺たちならやれる。背中は任せた"

 

 

 

 あまりにもタイミングが良い激励。かぐやは自分の役目について何も教えてはいない。それでも直感で無理をしていることに気づいたのだろう。端的ながらも的確なメッセージだった。

 

「ありがとうございます、陸人様。やはりあなたは私の──」

 

 私の、何と言おうとしたのか。ただ口を塞いで言葉を止めたかぐや本人にしか分からないが、悪い感情が浮かんだ訳ではないのだろう。その口元は緩く弧を描いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見えた……相当な数です」

 

「向こうから戦争だ、なんて言ってきたんだもの。これくらいでないと張り合い無いわ」

 

 仮面ライダー、勇者、防人。人類側の全戦力が結界の上に集結している。視界の奥の奥には大量に蠢くアンノウンの群れ。その内7割は白いアリ型、再生アンノウンも多く混じっている。予想通り、バーテックスの気配はない。

 

「アンノウンばっかりってことは〜、天の神様は敵対してないと見ていいのかな〜?」

 

「多分な。それでも壁外が未だにこの光景ってことは、天の神は捕らえられて無効化されたか、干渉できなくなるほどに痛めつけられたか……かぐやちゃん」

 

『はい。天の神の所在、こちらでも探っておきます』

 

 大社本部に増設された、戦場全体の情報が集約される司令室。そこと各員を端末で繋げることで、万全の指揮態勢が敷かれている。

 破られる可能性が高い樹海を初めから使わないという大胆な決断のおかげで、これだけ情報面で恵まれた状態で戦闘に臨める。

 

「防人各員、最終確認よ。第一から第四小隊は前線に突入して近接戦に参加する」

 

「第五から第八小隊で結界上に絶対防衛線を構築。G2-XやV1の火力を用いて援護、及び結界を狙う攻撃を撃ち落とす。分かってるわよ、隊長」

 

「あ〜あ〜あ〜! なんでまた私は前線に回されるのさ〜?」

 

「あなたの取り柄はしぶとさだけでしょう。射撃要員に回っても役立たずでしかありませんわ。文句を言いたいのは私の方です。今日までの訓練で更に磨きがかかった狙撃の腕を……」

 

「前に出る人員の中にも射撃役は必要……つまり弥勒は頼りにされてるってこと……」

 

「……なるほど! そういうことなら仕方ありませんわね!」

 

「うわ〜……簡単すぎない? エセお嬢様」

 

 防人部隊も強化されている。戦衣の強化はもちろんのこと、何より大きいのは各小隊に1機ずつ配備されたG2-XとV1の存在。

 陸人が損傷の少ない方法で無力化したことで、この日までに各8機の実戦運用が間に合った。バーテックス因子や指揮管制システムといった危険要素をオミットして信頼性を高めた量産モデル。

 今回は変則的に、指揮官役の防人1人、G2-Xに防人3人、V11人の五人一隊(ファイブマンセル)で動くことになる。

 

「氷川さん、一条さん。初の実戦ですが調子はどうでしょう?」

 

「三好さん。こちらは上々です。歳下とはいえ、戦場では彼女達の方が先達。足を引っ張らないよう全力を尽くします」

 

「僕も問題ありません。ようやく子供だけに戦場を任せずに済む。そう思えばどんな痛みも怖くないです」

 

 V1の装着者は、主にG3-X装着者候補から選抜されている。当然その中には最高成績者の三好春信も含まれていた。

 

「ん?……今、兄貴の声が聞こえたような」

 

「夏凜さん、どうかしました?」

 

「いや、そんなはず……なんでもないわ。樹、緊張してる?」

 

「本音を言うと、少し……なので、良ければ夏凜さんオススメのサプリ、もらってもいいですか?」

 

「おっ、樹も分かってきたじゃない! ほら、とっておきよ」

 

 開戦まであと僅か。戦術や装備を確かめる者。仲間と談笑して緊張をほぐす者。各々が迫る決戦に向けてモチベーションを上げていた、その矢先。

 

 

 

 ──ご機嫌よう、人類諸君。約束の時だ──

 

 

 

 10日前と同じく唐突に、世界を蝕む声が響く。敵集団の中心に転移してきた女性──その身体を器とする罪爐。どこまでも余裕を感じさせる態度のまま、侮蔑の笑みさえ浮かべて初手から最前線に出現した。

 

 ──汝等の様子は暇潰しに覗かせてもらったが……実につまらん。もっと集団自殺に走るなり、道徳精神を失った犯罪者が溢れ返るといった反応を期待していたのだがな──

 

 どこまで本気か分からない声色で、非常に物騒なことを言い出した。やはり猶予を与えたのはその間に絶望という好物をかき集めるためだったのか。

 

 ──まさかとは思うが、汝等……仮面ライダーとやらに希望を抱いているのか? だとすればそれはあまりにも物を知らぬと呆れ果てるしかないな。彼奴等はつい先日も我の策に落ちて全滅しかけた。我に傷一つつけられず逃げるのがやっとだった連中だぞ?──

 

 

 

 

 そこまで聞いた陸人は動く半身だけをよじって、肩を貸してくれていた友奈と園子の腕から無理やり離れた。

 

「りっくん⁉︎」

「りくちーっ!」

 

 1人では立つこともできない陸人は当然のように体勢を崩し、結界から足を踏み外して──

 

 

 

 

「──うるっせぇぇぇぇぇぇっ‼︎」

 

 

 

 

 遠くからでも罪爐の声をかき消すほどの声量が炸裂。ちょうど12時00分00秒、少年の怒号が火蓋を切った。

 

 爆発のような叫びと共に、その身体が光に包まれる。どこからともなくやってきたトルネイダーに飛び乗った時には、その姿は既に戦士のものへと変わっていた。

 

 掴むは大地、握るは拳。金の輝きをもって全てを叩き潰す戦士──アギト・グランドフォーム

 

 スライダーの最高速度で敵の群れに突っ込み、多くを吹き飛ばして轢き潰していく。

 

「いちいち"自分は全てを知っている"ってアピールしなきゃ戦えもしないのか? 壮大なる悪の権化様が、随分と器の小さいことだな!」

 

 真上に飛翔し、頭上から一直線に落下する軌道で必殺の『ライダーキック』

 地を蠢くしかないアリ型を一挙に爆砕した。

 

 

 

「全ての命が自分の掌の上で踊るしか能がないなどと……傲慢にも程がある!」

 

 纏うは風、振るうは薙刀。青の輝きをもって全てを薙ぎ払う戦士──アギト・ストームフォーム

 

 そのスピードで敵集団の中心に飛び込み、ど真ん中からハルバードを振り回し、巻き起こした旋風で一網打尽にしていく。

 

「常に上からしかモノを見てないから、誰かの痛みが分からない。これまではそれでも良かったのかもしれない……だがなっ!」

 

 巻き上げられて宙を舞うアンノウン達。必殺の『ハルバードスピン』で、無防備な敵を猛スピードで切り裂いていく。

 

 

 

 

「お前は今、俺たちと同じ目線に立っている。この戦場で、いつものお前の屁理屈が通用すると思うなよ!」

 

 宿すは炎、抜くは刀。赤の輝きをもって全てを断ち斬る戦士──アギト・フレイムフォーム

 

 豪炎を纏わせた刀身が1人、また1人と異形の肉体を斬り裂く。紙を裂くように気安く、軽く。斬られたアンノウンには炎が回り、骨すらも残らず消えていく。

 

「人の運命がお前の手の中にあるなら……俺が、俺達が奪い返す!」

 

 刀身に奔る炎がその勢いを増し、本来の間合いの3倍以上の長さにまで炎刃が延びる。大上段からの振り下ろし一閃、必殺の『セイバースラッシュ』が決まり、数多のアンノウンの身体を断ち斬り、焼き尽くした。

 

 

 

「今のうちに気が済むまで軽口叩いておけ。すぐにその余裕を引き剥がしてやる」

 

「ふむ。少なくとも本人のやる気はあるらしいな」

 

 たった1人で敵陣に飛び込み、華麗な必殺技で群体を圧倒。これ以上なくセンセーショナルで英雄的な、最高の立ち上がりで決戦は幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

「ヒューッ! やってくれるぜ陸人の奴」

 

「ああ。罪爐の口上で市民の不安が高まりつつあった。その気勢を一手で引き戻したな」

 

 民衆の不安はダイレクトに敵方の力に変換される。リアルタイムで戦況が伝わるこの戦場、目に見える情勢というのが大きな意味を持つ。

 

「さぁーて、そろそろ俺達も行かねえとだな」

 

「仮面ライダーは陸人だけではない。僕達もまた、人々の期待を背負う戦士だ」

 

 前髪をかきあげて首を鳴らす鋼也。ポンポンと端末を弄ぶ志雄。アギトの派手な第一手のおかげか、程よい緊張感を持って戦場と向き合えている。

 

「志雄、遅れんなよ? 今回ばかりは待っててやる余裕はなさそうだからな」

 

「僕が君を待たせたことが一度でもあったか? そちらこそ足手まといにはなるなよ、鋼也」

 

『──変身‼︎──』

 

 仮面ライダーギルス。

 仮面ライダーG3-X。

 神世紀という時代が生んだ、神秘と科学の戦士達。世界が、人類が希望を託した3人のヒーローがここに揃った。

 

「勇者部戦闘準備! 行くわよみんな!」

 

「防人各員奮闘せよ、今こそこれまでの訓練の成果を見せる時よ!」

 

 勇者と防人も武器を抜き、突撃の構えを取る。ここからはまさに戦争と表現できる大決戦となる。

 

 

 

「いっ、くぜぇぇぇぇっ‼︎」

「陸人に続く、遅れるなっ‼︎」

 

 

 

 前に出る戦士と、残って構える戦士。四国400万人の明日がかかった最終決戦。全ての力ある者がその戦地に乗り込む。

 勇者の拳が異形を貫き、防人の盾が敵の矢を防ぐ。大地が呻くほどの大量の足音が、すぐ隣にいる仲間の声すら遮って響き渡る。

 

 

 

「クハハハハ……盛り上がってきたではないか。これぞ戦、命が水のように溶け合い流れゆく祭り! 楽しませてもらおうぞ!」

 

 アギト達のはるか頭上を抜けていく有翼種のアンノウンの群れ。四国を直接狙う空戦部隊だ。たとえアンノウン一体でも内部に侵攻されれば、全戦力が出払っている四国には打つ手がない。

 

「抜かれた……!」

 

「いや、問題ない」

 

 

「総員構え──撃てぇっ!」

 

 結界上部に並んだ射撃部隊の砲口が一斉に火を噴く。防人達の息のあった連携狙撃。簡易量産版のケルベロスで弾をばら撒くV1。そして何よりG2-Xの大火力が、チリすら残さず敵部隊を崩壊させた。

 花火のような光を残して全てのアンノウンが墜落していく。2人の天才がもたらした近代的な科学兵器が、神の使徒を一方的に圧倒した。

 

「うーわ、おっかない火力ね。東郷の満開みたいだわ」

 

「多少の取りこぼしはきっちり掃除してくれそうね」

 

(だが、全ての武器には残弾数が決まってる。いつまでも景気良く撃ち続ける事はできない)

 

「りくちー、今のうちに上、やっちゃお〜!」

 

「園子ちゃん……よし、合わせるぞ!」

 

 束ねるは三色、重なるはスイレン。地火風の三属性を併せ持つ戦士──アギト・トリニティフォーム

 その背中に園子が合流、2人の手が重なり力が混ざり合う。

 

「せ〜のっ!」

「撃ち落とす、全て!」

 

 園子の槍から放たれた数多の穂先に、アギトの炎と風が付与されていく。共鳴奥義(レゾナンスアーツ)『ファイヤーストームフィニッシュ』

 爆炎の暴風雨としか形容できない超常の大災害が敵陣を飲み込み食い潰す。天地悉くを蹂躙し、千を超える異形をまとめて薙ぎ倒した。

 

 

 

「あれ……メブは?」

 

「何か急に呼び出されたみたい……半ギレ気味に退がってった」

 

「あらまあ何かしら……ではその間指示は私が──」

 

「去り際に指揮権を私に寄越してったから、ここからは私が指示出す。とりあえず加賀城は前進、弥勒はちょっと後退……」

 

「ええ〜!」

「ちょっと!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ……いくら十把一絡げと言えど、そう軽々吹き飛ばされては堪らんな」

 

「雑兵をいくら増やしても無駄だと分かっただろ。さっさと本命をよこせよ、出し惜しみなんてガラじゃないだろうが」

 

「そうかそうか、ではお望み通り……疾く来い、使い走り共(出でよ、エルロード)!」

 

 漆黒の天球を貫いて光柱が地に落ちる。1人で自然界の摂理を覆すほどの権能を持つ天使が三柱まとめて舞い降りた。

 一度世界を滅ぼしかけた悪魔の身体に魂を移した"白のエル"

 天まで届き得るほどの大地の牙を振るう"地のエル"

 目に見えず、何よりもありふれた大気を支配する"風のエル"

 

「ハッ、思ったより早いとこ出てきたじゃねえかアイツら!」

 

「確かにな。もっと重役出勤になると踏んでいたが」

 

『陸人様!』

 

「ああ。手筈通りにな……引き剥がしてタイマンだ!」

 

 自分の手で止めるべき相手を見つけたアギトが、再度その姿を変える。

 迸るは焔、放つも焔。内より立ち昇る灼熱を力に変えて、全てを燃やし尽くす戦士の姿──アギト・バーニングフォーム

 

「来イ……アギト!」

 

「面倒なヤツの身体持ち出してくれて……! 叩き潰す!」

 

 真正面からの突撃、バーニングライダーパンチで白のエルを捉えたアギトは、その勢いで戦場の中心地から敵方の特記戦力を引き離した。暴走トラックが轢いた相手を引っ掛けたまま爆走するような格好で、ダグバの力を持つ厄介な敵を結界から遠ざけた。

 

 

 

「ヤハリソウ来タカ……苦労スルナ、守ルモノガ多イト」

 

「分かりやすい手だろうが、やらないよりマシだ。お前の相手は僕がする」

 

「私トシテハ貴様ト相対デキタダケデ上々ダ、ギルスヨ」

 

「ご指名どーも、さっさとあの世にお帰り願うぜ!」

 

 3人のライダーと三柱のエルロード。大方の想定通り、それぞれが一対一の形に移行した……ように見えた。

 

(さて、何分で気がつくかな? あまり鈍いと手遅れになるぞ……)

 

 戦場全体を見渡し、1人ほくそ笑む罪爐。首魁自ら手を加えて強化した天使の力は、大社の想定を大きく超えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白のエルはダグバの身体を用いている。圧倒的な戦闘力はもちろんのこと、その特性は神の力をも飲み込む存在の大きさだ。通常マラークはおろかエルロードですら無視できない神樹の最終防御結界。四国の最後の砦である絶対防御さえも、白のエルなら破壊できる可能性がある。

 それを懸念した陸人は、出現を確認後すぐに結界から遠くへ移動させた。優先順位という意味では、罪爐を超えて第一位にあたる。

 

「早いところ片付けるぜ!」

 

「言葉ハ強イナ……言葉ダケハ」

 

 拳がぶつかる度に大気が揺れ、轟音が響く。ダグバの膂力に水のエルの能力を重ねた白のエルは、今のアギトとも対等に張り合えるだけの力を持っていた。

 

(だが、身体に精神が追いついてない……本来の宿主ほどじゃないな)

 

 頭のてっぺんからつま先まで是戦い、と染まりきっていたあの悪魔と比較すれば、動きのキレや殺意の乗り方が段違いだ。シャイニングフォームを使えない壁外での戦闘に一抹の不安を抱えていた陸人だったが、バーニングのままでも最低限互角には戦える。

 

……そう、1人ならバーニングフォームでも十分だったのだ。

 

 

 

「──ッ⁉︎ これは……」

 

「惜シカッタナ」

 

 全力の右ストレートが当たる瞬間、足元が浮き上がるような奇妙な感触。一瞬前まで大地を踏みしめていたはずなのに、はるか上空にいた。吹き飛ばされたのとは違う、この感覚は……

 

(幻術……いや、転移か!)

 

 なんとか着地した瞬間、足元から強烈なプレッシャー。直感に従って全力で上体を逸らしたアギトの鼻先を、大地の牙が掠めていった。

 

「あんなに堂々と登場かました辺りから妙だと思ってたが……最初からそういう算段だったわけだ」

 

 不意打ちをギリギリで捌いたアギトが振り返った先には、先程引き離したはずの二体を含めた三柱の天使が揃い踏みしていた。

 

「さっき向こうにいたお前達は……幻術の類か」

 

「御明察。其方ガ私ヲ警戒シテイタノト同様、我々ニトッテ最モ邪魔ナノガ貴様ダカラナ」

 

「なるほど……都合良く孤立した駒を確実に獲りにきたってわけか」

 

「思イ出サセテヤロウ、貴様達ハアクマデ狩ラレル側ダトイウ事実ヲ」

 

「とんだサマ師だな。神様の使徒のくせして」

 

「悪イガ、人間ノ言葉ニハ疎クテナ……"サマ師"トイウノハ褒メ言葉カ?」

 

「ああ、褒めてるよ。その天使とは思えないツラの皮の厚さをなぁ!」

 

 序盤から敵の罠にかかってしまったアギト。天の神の焔で景色こそ変わらないが本来の地形で見れば、仲間がいる結界付近は海一つ挟んで向こう側。合流するのにどれだけかかるか分からない上に、そもそも振り切れる相手ではない。

 

(ヘマしたか……さて、どうにかしないとな)

 

3対1の絶望的な状況で、それでもアギトの焔はより一層強く立ち昇る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 楠芽吹は焦っていた。何故か開戦直後に本部に呼び出し。あまりにもタイミングが悪すぎる。こうして老化を進んでいる今も、仲間達が命懸けで戦っているというのに。

 

「急ぎましょう、三ノ輪さん。どんな用件か知らないけど、さっさと済ませて引き返さないと」

 

「……おっ、おう」

 

 元々不機嫌に思われがちな芽吹の顰めっ面だ。同じ場所に呼び出されて途中合流した銀はひたすら居心地の悪さに耐えて足を動かし続けるしかない。

 

「楠芽吹、入ります!」

「み、三ノ輪銀、入りまーす」

 

 2人が呼び出されたのは本部最大規模の開発室。そして当然そこの主は──

 

「早かったわね。迅速なのは良いことだわ」

 

 画面から目も離さない小沢真澄。隣には沢野雪美も同様に作業を続けている。

 

「何故このタイミングで? 正直あなたの考えることはいつも理解できません」

 

「よく言われるわ。でも今回はちゃんと理由があるし、説明もするわよ。今回の戦闘において機密性が非常に重要なの」

 

「機密性?」

 

「罪爐のことは聞いてるでしょ? アレは人間の心理に干渉できる。その気になればこっちの手札は覗き放題ってことになるわ。それを避けるために今日まであなた達にはこのプロジェクトについて知らせなかった」

 

 戦場に出てしまえば、流石に罪爐でも敵陣の思考を探りにかかる余裕はなくなる。だからその時まで情報を共有する者は極力減らして進めたかった。

 最高権力者でありあらゆる干渉を跳ね除けることができる上里かぐや。彼女の強権を用いれば内外の追求を全て潰して計画を推進できる。資材や設備の手配といった根回しは彼女がいなければ不可能だっただろう。

 そして開発者である小沢真澄と沢野雪美。プログラミング、設計、開発、シミュレーション……雑用のような下仕事まで自分達だけでこなした2人の負担は半端なものではない。2人分だけ用意できた特殊な神具によって罪爐の干渉を避けて準備を進めてきた。

 

「……うーん、よく分かんないけど……敵を欺くにはまず味方からってこと?」

 

「その認識で間違ってないわ。コソコソしながら作り上げてきたシロモノが──」

 

「──これよ、あなたたちの新しい力」

 

 部屋の奥がライトアップされ、ラックに配置された強化装甲が姿を見せる。黒の装甲と青の装甲。Gの系譜であると一目で分かるフォルムに、組み上げ直後の光沢が目立つ新装備。

 

「右の黒が『GENERATION4-BEYOND(G4-B)』、左の青が『GENERATION3-MILD(G3-M)』……六徹の果てに作り上げた私達からのプレゼントよ」

 

「Gシリーズ、それにコイツは……」

 

「そう、私が組み上げて娘が使ったG4の改修型。装着者保護と戦闘力を両立させた機体よ。あなたにはこれを任せたいわ、三ノ輪銀さん」

 

「これを、アタシに?」

 

「あの子は今も見てくれてるはずだから……鋼也くん達を助けてあげて? あなたの希望に沿うだけの性能はあるはずよ」

 

 銀はこの巡り合わせに不思議と納得していた。

 鋼也や国土兄妹と接する中で、今はいない誰かの面影を重ねられていることは察していた。彼らと過ごす上で沢野香は無視できる存在ではない。彼女の数奇な人生についても調べたし、複雑な感情を抱いたりもした。

 

「アタシが、この力で……みんなを守る……!」

 

 そんな香が使っていたG4。今はいない彼女の分も誰かが戦わなければならないなら、きっとその役目に相応しいのは自分なのだろう。

 勇者を降りたとはいえ、銀には力と意志があり、守りたいものも山ほどある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私には防人としての力がある。それなのに、何故私に? V1の人達に回す方が良いのでは?」

 

「このG3-Mは他とは違うのよ。G3-Xとの連携を前提に設計されたサポート特化のワンオフ機。ここまで言えば理解できるでしょう?」

 

「G3-Xのサポート……志雄の僚機、ということ?」

 

「楠さん、あなた……彼の隣を他人に任せられる? 私から見て最適な人材にオファーしてるつもりなのだけれど」

 

 全て分かっているといった真澄の態度が癪に触る。芽吹は彼女が好きではなかった。いつも余裕綽綽で、未来を見通したような優れた知能の持ち主。芽吹が嫌う大社の大人とは違うと理解していても、反発心は生まれてしまう。実直な芽吹と、自分の考えを他者と共有しようとしない真澄の相性は良くない。

 

(この人はなんでこう……人を試すような物言いばかり)

 

 そして何より、志雄のことを深く理解していると言わんばかりの振る舞いが気に食わない。同じプロジェクトで長く協力してきた2人だ。彼にとっての恩人なのは分かるが、以前目と目で通じ合うようなやり取りを見た時には思わず割って入ってしまった。しかも慌てて挙動不審になった芽吹を見て笑っていたのだ。面白くない存在なのは間違いない。

 

「いいでしょう。見事使いこなして、あなたの想定を超えてあげます」

 

「あら、私はあなたならこの子のスペックを120%発揮できると踏んでいるけれど?」

 

「っ、ああ言えばこう言う……!」

 

「あなたよりも大人だもの。気に障ったなら謝るわ」

 

 ノセられている自覚はある。しかしここで子供のように反抗したところで惨めなだけ。非常事態に弁える程度の分別は、半ギレ状態の芽吹にもまだ残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フィッティング、パーソナライズ共に完了。マニュアルは内部ディスプレイで確認できるから。ちゃんと送り出してあげられなくて、ごめんなさいね」

 

「了解……ま、アタシは出たとこ勝負とか慣れっこなんで!」

 

「私達はまた別の仕事があるから、悪いけどナビゲートはできないわ。自分でなんとかしてね」

 

「もとより頼るつもりはありません。私達はずっと、己の力で生き抜いてきたんですから!」

 

 専用の端末を渡された2人。準備不足にも程があるが、そこは装着者の技量でカバーするしかない。そして銀も芽吹も、それだけの資質がある。

 

「うっし、久々に……やりますか!」

『G4-B All Safety Release』

 

「まずは本隊と合流、戦況を把握しましょう」

『G3-M All Safety Release』

 

 エントリーコードは決まっている。誰かのために身体を張って、前に立ち続けた彼らに敬意を評して。

 

「──変身っ‼︎」

『Acception』

 

「……変身……!」

『Acception』

 

 

 

 純粋な戦闘力ならシリーズ最高峰の黒い戦士──GENERATION4-BEYOND

 G3-Xの欠点を補い、共に高め合うパートナー機──GENERATION3-MILD

 停滞し始めた盤面に投入される人類側の隠し玉のひとつ。新たなる"G"が起動した。

 

 

 

 

 

 

 

 




ここに来てちょっと変化球を投げました。
といいつつ、次で彼女達の出番まで回るかは分かりません。お待ちください。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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掌と拳

落ちそうな人の手を掴むのは掌。
人を落とそうとしている悪を殴るのは拳。

同じ手でもできることは様々です。その手に特別な何かが宿っている勇者なら尚のこと。
 


「動キガ鈍クナッテキタカ?」

 

「──ッ、残念……そりゃあんたの勘違いだよ!」

 

 激烈なハイキックをなんとかガード、そのままカウンターで拳を入れる。殴られた衝撃を殺すために自ら後ろに跳んだ白のエル、それを追うアギト。踏み込んだ一歩が、不可視の罠を踏んだ。

 

「残念、ソコモ外レダ」

 

(クソ、またこれか!)

 

 気づけば視界がひっくり返り、反応できない真後ろから攻撃が飛んで来る。先程から似たような流れが続いている。

 

 タイマンならアギトは白のエルと互角に渡り合える。しかし数合の間に必ず横槍が入れられるせいで思うように動けていない。

 気づけば自分や相手が遥か遠くに飛ばされている。

 なんの変哲もない地面から突如刃や盾が形成される。

 こんな変則的な戦場で100%のパフォーマンスを引き出すことはまず不可能。しかも時折思い出したかのように2人のエルロードも直接割り込んでくる始末だ。

 

「沈メ……!」

「折レロ!」

 

「邪魔を、するなぁ!」

 

 右腕で剣を、左腕で矢を捌いたアギトは、白のエルが視界から消えたことに一瞬遅れて気がついた。

 

「朽チ果テヨ、アギト!」

 

「っ! 上か──!」

 

 仲間に隙を作らせて、高空からの飛び蹴り。間一髪両腕でガードしたが、その威力は常識外れ。踏ん張ったアギトの足元が衝撃で抉り取られて沈んでいく。なんとか凌ぎ切った頃には、大隕石でも落ちたかのような巨大なクレーターが出来上がっていた。

 

 

 

「粘ルナ、アギト……無駄ト理解シナガラ」

 

「その"無駄"ってのはいつ誰が決めたんだよ? お前らの信奉する神様だって言うなら聞く気はないぞ。俺は断然神樹様信徒、宗派違いだ」

 

「口ノ減ラナイ男ダ」

 

 白のエル──元・水のエルが両手を打ち鳴らすと、頭上の空間がねじ曲がり何もなかったはずの場所から大量の水が流れ込んできた。

 

「これは……!」

 

「丁度良イ水瓶ガアルノデナ、使ワセテ貰オウ!」

 

 地のエルが地盤をめくり上げてフチとなる岩壁を形成、アギトを中心としたクレーターに水が溜まっていく。ものの数秒で大規模な湖を作り上げてしまった。

 

「貴様ノ基本属性ハ地、風、火……サテ、水ニハドウ対処スル?」

 

 ダメ押しとばかりに風のエルが風力操作で超自然的な渦と激流を発生させる。水の天使でもあった白のエル以外はまともに動けない最悪の環境が完成した。

 

(チッ、散々戦ってきたが……水中戦なんてロクにやったことないぞ!)

 

「遅イナ、遅過ギルゾ、アギト!」

 

 過度な流れができている水中を舞うように潜航して攻撃を仕掛けてくる白のエル。慣れない環境に適応できていないアギトはされるがままだ。

 

(マズいな、詰みが見えてきたかもしれない……!)

 

 長い長い星の歴史において、命の発展に隣り合ってきた水。ありふれた存在だったはずのモノが、最悪の武器として襲い掛かってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライダーとエルロードが離れた主戦場。幻術に気づいたギルスとG3-Xは急いでアギトの反応を追っていったが、相当に距離が開いている。たどり着くのにどれほどかかるか。

 

「さて、次はどれで遊ぼうか……」

 

「見つけたわよ、悪霊!」

 

「降りてきなさい!」

 

 上空から戦場全体をゆるりと見渡していた罪爐の眉間に青い光弾が飛んできた。当然のように自動障壁が防ぐ。次の玩具が決定した。

 

「来たか、勇者達よ……!」

 

「ニタニタ笑ってんじゃないわよ、アンタのせいでどれだけの命が……!」

 

「絶対に許しません!」

 

「許さない、か。息巻いているところ悪いが、その発言は不適切だな。我は汝等如きに許しを得る必要など最初から無いのだよ……存在の格が違う。地を這う虫をいちいち気に留めながら生きている人間などいないだろう? それと同じだ」

 

「……そう。とことん罪の意識がないんだね」

 

「ほう、案外冷静ではないか、桜の勇者。もう少し熱くなるかと思っていたが」

 

「りっくんが言ってた。あなたと対峙するなら絶対に心を乱すな、一瞬の隙からぬるりと内側に入り込んで来る気持ち悪さがあるからって」

 

「ハッハッハ! 随分な言われようではないか、この我を捕まえて病原菌のように。愉快愉快……一度殺す程度では済まさんぞ?」

 

 罪爐の顔からずっと浮かべていた嘲笑が消えた。氷のような殺意と、絶対的な重圧。虫を潰す感覚で国をひとつ堕とせる悪意の権化がその本気を解放する。

 

「狂い咲け……曼珠薔薇!」

 

 大地が蠢き、巨大な薔薇の怪物が顕現する。以前撃破した"曼珠薔薇"だ。

 

「なによ、偉そうなこと言っといてまたソイツ? 芸がないんじゃないのアンタ」

 

「まあそう慌てるな。愉しくなるのは、ここからだ……!」

 

 罪爐が掌を掲げると、重厚な力を感じさせる球体が発生する。友奈はこの気配に覚えがあった。

 

「まさか、その力は……」

 

「ご明察。これは我が抜き取ったガドルの力の根幹……あの時は予定外が積み重なって使い損ねたが、ここで切らせてもらうぞ」

 

 まるでゴミを捨てるかのように無造作に球体を放り投げる罪爐。後ろの曼珠薔薇が、餌に飛びつくペットのようにそれを飲み込む。

 

「進化せよ、その力で全てを壊せ!」

 

 その変貌は異様の一言に尽きた。あれだけの巨体が脈動するかのようにドクンと蠢き、その組成が変化する。植物の生育を早送りで見ているかのような異常な成長速度。色もより深くより重い紫に染まっていく。ただでも巨大で悍しい容貌だった薔薇が、気づけば見上げても頂上が見えないほどに伸長していた。

 

「この揺れ……さっきまでとは規模が違うね〜」

 

「た、立ってられない……しかも、地面だけじゃなくて……」

 

「空もおかしいわね。あんな雷雲、壁外にはなかったはず」

 

「間違いない、ガドルさんの雷だ……!」

 

 天が鳴き、地が叫ぶ。死に絶えたはずの世界から、まだ養分をしゃぶり尽くして大きく成長していく怪植物。奪えるものを求めて暴れ狂うツタは、ついには主である罪爐本人をも吸い上げて呑み込んだ。

 

 ──これが我の切り札、"曼珠薔薇・紫電"……小さくみみっちい汝等を叩き潰すために手ずから作り上げた最高傑作だ──

 

 薔薇の内部に取り込まれた罪爐の声が響く。全長70mオーバー、ツタを目一杯伸ばした際のスパンは、ここからでも容易に結界まで届くだろう。身体の至る所から紫電を撒き散らす眼にも肌にも悪そうな毒々しい薔薇の化生(けしょう)が、三度人類に牙を向く。

 

 

 

 ──さて、まずは小手調べだ──

 

「全員退がりなさい、全速力!」

 

 磨き上げてきた夏凜の直感が警鐘を鳴らす。信頼する仲間の警告にノータイムで反応した勇者部が後退し、その一瞬後──大地が崩落した。

 

「なんっ……! 見えなかった⁉︎」

 

「早過ぎる、何をしたのかすら見切れなかった……!」

 

 高速戦闘を得意とする夏凜も、狙撃手として優れた視力を持つ美森もまるで捉えられなかったが、やったこと自体は単純だ。曼珠薔薇・紫電は今の一瞬で2万を超える回数ツタを振り抜いて地面を陥没させたのだ。

 

「みんな、距離を取るわよ!」

 

 近づけばツタのラッシュで挽肉にされる。最悪の想像ができてしまった風が後退の指示を出す。全力で距離を取る勇者達を見て、罪爐はどこまでも愉しそうに笑っている。

 

 ──ふむ、良いのか? 長物というのは先端ほどより速く振れる、常識であろうに──

 

 ──ジュッ……という何かが焼け焦げたような音が手元で聞こえた。慌てて目をやると、風の大剣、夏凜の双剣、樹のワイヤーユニット、園子の槍、美森の狙撃銃。狙い澄ました一撃で5人の武器が切断されていた。斬り口には焦げ付いた痕。あまりの速度と威力で焼き付いたらしい。

 

「冗談じゃないわよ……!」

 

 ──どうする? このまま我を退屈させるなら、予定を切り上げて結界を壊すまでだが──

 

 戯れに伸ばした一本のツタ。何の気なしに平然と振るわれた一撃は、あまりにもあっさりと四国結界に風穴を開けた。

 

「結界が⁉︎」

「くっ、全員あの巨大植物に照準!」

 

 ──無駄だ。凡夫に傷つけられるほど我は安くない──

 

 射撃部隊も反応できない速度域の一撃。風斬るツタの一突きが変則狙撃(スナイプ)となって城壁を打ち崩した。

 絶対防衛線をたやすく侵された防人達が反撃の一斉射撃を仕掛けるも、超速のツタが全ての弾を弾き落とす。

 

「まずい……神樹様の影響は⁉︎」

「市民の動揺が大きい。市街地の誘導員を増員、フォローを徹底させろ!」

「中継のメカニズムの解析はどうだ⁉︎」

「まだ50%です!」

「急げ、このまま追い詰められる映像が続けば逆転の芽まで摘み取られる!」

 

 300と余年人類を守り続けたご加護の象徴が、暇潰し感覚で傷つけられた。四国を守るべく戦う一同に走った衝撃は大きい。神樹に与えた影響、市民の精神的動揺、それら全てを管理しなければならない大社──とりわけ司令室は大変な騒ぎとなっていた。

 

(罪爐本人にここまでの戦闘力があるとなると……ここからできることは……)

 

「筆頭巫女様?」

 

「外からしか見えないものがあるかもしれません。あの異形が出現してからの映像を回してください。もう一度見直してみます」

 

 戦場で力を振るうだけが戦いではない。情報を伝える者、市民の対応にあたる者、武器を作る者、敵を探る者。誰もが皆、自分と隣人が当たり前に生きていける未来のためにそれぞれの役目を果たしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──次は、今のを300本同時だ。今の神樹に耐えられるかな?──

 

「くっ……勇者部突撃! とにかく動きを止めないと!」

 

 数秒前の指示を撤回せざるを得ないほどの圧倒的な破壊力。攻撃の規模からこれまでの敵とはまるで違う。攻撃にラグがない分、あのネスト以上に対処に困る相手だ。

 

「素でアレとやり合うのは流石に無理か……しょーがないわね」

 

「夏凜?」

 

「私の満開はここで切るわ。策を練るにしても時間稼ぎができる誰かがいないとダメでしょ」

 

「夏凜さん……それなら私も行きます! 私の満開ならさっきみたいに結界を狙われても止められるかもしれませんし」

 

「ちょっと樹! 夏凜も……」

 

「この先バリア抜きってのはキツいけど、ここを乗り切らなきゃどの道全滅よ。覚悟決めてるんでしょ? 部長」

 

「大丈夫だよ、おねえちゃん。私達、今日まで頑張って訓練したきたもの。ここまで戦い抜いてこれたのは、バリアがあったからってだけじゃない。みんなと一緒に、絶対に諦めなかったからだよ」

 

 後輩と妹の成長に、風はこんな時だというのに嬉しくなってしまった。

 満開は持ってて嬉しいコレクションではない。使うべき時に使うことができる勇気ある者だけに許された、人を超えて人を守る力だ。

 

「頼むわよ樹、夏凜。みんなも気合入れて! まずはあいつの注意を引きつつ攻撃を捌く!」

 

「はいは〜い」

「承知しました」

「よっし、頑張ります!」

 

 無茶で具体性がない、指示とも呼べないスローガンのようなことを叫ぶ風。それでも構わない。彼女は知っているのだ。こんな大雑把な言葉でも、それを信じて実行してしまうのが勇者部の仲間なのだと。

 

 

 

「行くわよ樹!」

「はい、夏凜さん!」

 

 

 

『──満開!──』

 

 

 

 戦場に咲く大輪の花。眩い光と穢れなき白の羽衣を纏った勇者が二人。

 四つ腕それぞれに巨大な剣を携えたサツキの勇者、三好夏凜。

 千を超える糸を束ね操る鳴子百合の勇者、犬吠埼樹。

 万能の防御と引き換えに一度だけ許された切り札を解禁し、曼珠薔薇に挑む。

 

「後ろ、お願い!」

「任せてください!」

 

 満開した夏凜は歴代勇者の中でも最速。そのスピードを生かして前衛で敵を撹乱。そして後衛として攻撃範囲の広さではアギトをも上回る樹の満開が結界を守る。残る勇者達が付かず離れずの距離から遊撃と本体に攻める隙を探るという役割分担だ。

 

 

 

「──せぇりゃぁぁぁぁっ‼︎」

 

 ──ほう、確かに早いな。人間にしては──

 

(なんとか追いつけてるけど、これ本気じゃないわね。嬲り殺そうってわけ? ナメられてる……ナメられても尚埋められない力の差がある!)

 

 視界を覆い尽くすほどの物量を誇る音速のツタ。その全てを振り切り、断ち切り、削り取っていく夏凜。しかしそれは傍から見るよりはるかにギリギリの綱渡りだった。

なにせ一撃で結界を貫いたのだ。掠めただけでも大ダメージは確定。その上一瞬でも足が止まればタコ殴りされて終わる。太刀が一本のツタを斬り落とすまでに、夏凜はそれ以上に体力と精神力を削り取られていた。

 しかも曼珠薔薇には再生能力もある。本体はともかく、ツタの先端程度ならどれたけ落とされても数秒で元に戻せてしまう。

 

 ──そぅら、後ろの者共も退屈はさせんぞ?──

 

「くっ、止まって!」

 

 夏凜を弄ぶ片手間で結界にもツタを伸ばす曼珠薔薇。その総数300本。樹は満開で得た物量と制御能力をフルに活かして全ての攻撃を縫いとめてみせた。

 

 ──単純な突撃思考の集まりかと思えば、小器用な者もいるではないか……だが、小兵の力で我と綱引きができるか?──

 

「うぅっ!──まけ、ない……絶対に、負けないんだから!」

 

 ツタを絡めとることはできても、力で押さえ込むには樹は小さく力も弱い。これまでにも何度か糸を引き寄せられて体勢を崩してきた経験があり、本人も弱点だと理解していた。

 

(だから頑張ってきたんだ……短い時間だったけど、生まれて初めて身体を鍛えた!)

 

 その弱点を克服するために、決戦までの訓練期間を使って樹は夏凜に師事して筋力トレーニングに励んできた。

 生身なら陸人とも張り合えるという人外一歩手前まで至った夏凜のトレーニングだ。半年前まで一般人の中でも貧弱な部類だった樹には過酷すぎる。

 

「夏凜さん曰く、無理だと思える内はまだやれる!」

 

 罪爐側に傾きつつあった綱引きの趨勢が変わる。両者の武器が動きを止め、完全に互角に引き合っているのだ。

 もちろんたった数日のトレーニングで目に見える強化など見込めない。それでも筋トレマニアの夏凜が樹を鍛えたのは、その心を強くするためだ。

 勇者の強さは心の強さ。昨日の自分にはできなかった過酷なメニューを今日の自分はやり遂げられた。そうした経験が自信へと繋がり、元々根性という強固な柱で支えられていた樹の精神に、外側から補強する"自信"という要素が加わる。今の樹は、山一つ分の巨大な敵とだって真正面から力比べができるほどの勇気を持つ者だ。

 

(私がこうして粘れば、その間に夏凜さんが……)

 

「ナイス根性! さすが私の弟子ね、樹!」

 

 樹に足気が向いた一瞬の隙に、夏凜が本体を守るツタの一部を斬り捨てた。少しずつ、それでも確かに、人は罪爐に追い付きつつあった。

 

 ──小癪な、どいつもこいつも雑兵の分際で──

 

「ハッ、物を知らないわね……雑兵なんて名前の命は存在しないのよ! 樹、言ってやんなさい!」

 

「はい! 私は犬吠埼樹、この人は三好夏凜さん! 私達は、あなたに勝って日常を取り戻す……勇者です!」

 

 力で対抗し、言葉で翻弄する。圧倒的格下として視界にも入れていなかった存在の思わぬ粘りにイラついた罪爐は2人の思惑に乗ってしまう。

 曼珠薔薇出現から20分。弱点を見つけるには十分な時間が過ぎていた。

 

 

 

 

『友奈様、皆様、聞いてください』

 

 距離を開ければ四国が危険。かといってミドルレンジにも入りきれず、向こうだけが一方的に攻撃を届けられる最悪の間合いに縫い止められてしまった勇者部のもとに、筆頭巫女の声が届いた。

 

『一撃。一撃でいいのです。友奈様の手が届けば、最低でもあの巨体を維持できなくなる程度の損傷は期待できます』

 

「私の、ってことは……」

 

『はい、天の逆手です。アレは罪爐のような悪性を滅ぼすための概念武装の一種。本人にも間違いなく効くはずです』

 

「でもさっきは神樹様の四国結界を壊したのよ? そのへんの弱点を克服したのかも」

 

『いえ、それはありません。この眼で確認しましたから。罪爐が朽ちた触手を切り離すのを』

 

 映像で全体像を確認できたかぐやだから気づけた一瞬。膨大なツタを同時に操ることで誤魔化したようだったが、結界を貫いた一本だけが急速に風化して朽ち果てていった。常世の悪意を煮詰めたような存在である罪爐には、神樹を直接害することだけはどうあっても不可能。

 嵐のような乱撃の最中に使えなくなった部分を斬り落とした決定的な瞬間を、かぐやだけは見逃さなかった。

 

『罪爐が一度敗れたあの薔薇をなぜ強化してまで再び持ち出したのか。何故自身を取り込ませたのか。何故速度に特化させたのか。何故大仰に結界を狙うようなパフォーマンスに出たのか。

 全ては罪爐が恐れているからです。己の存在を絶対的に否定する力……天の逆手を』

 

 この世の一切を等しく見下している罪爐が曼珠薔薇に妙に拘るのは、大きく力強いその姿に頼もしさを感じているから。

 その中に取り込まれたのは、自身を守る鎧が欲しかったから。

 ツタの速度を強化したのは、天敵である友奈を間合いに入れたくなかったから。

 無理を承知で結界を狙ったのは、敵方の焦燥を煽って冷静さを奪いたかったから。

 

「何よそれ……つまりあんな偉そうに踏ん反り返ってたアイツは……」

 

『はい。端的に表現すれば、友奈様に怯えていたのです。一度触れるだけで自身を滅ぼし得る天敵、桜の勇者に』

 

 落ち着いて考えればすぐに辿り着く簡単な答え。天の逆手という特攻兵器の存在から人類側の意識を逸らすために、罪爐は笑みの裏で必死に策を巡らせていたのだ。

 

「ハハッ、さすがは筆頭巫女様。今の話だけで随分気が楽になったわ」

 

「さすがかーやんだよ〜。それじゃ、次は私達がひと頑張りする番だね〜」

 

「行きましょう、友奈ちゃん!」

 

「うん! 罪爐は、ここで私達が倒すよ!」

 

 勇者部が動く。友奈、風、夏凜が前衛として前へ。美森、樹、園子が後衛として後ろへ。それぞれの能力を活かせる最高のフォーメーション。それを使ったということは、勝機が見えたということだ。

 

 

 ──なんだ? 次はどんな悪あがきを見せてくれるのだ?──

 

「あーあーめんどくさいわね。もういいわよ、余裕あるフリは。逆に惨めよ? 今のアンタ」

 

「アンタが友奈の拳にビビってんのは分かってんのよ。思春期のガキじゃないんだから、いちいちマウント取りに来るのはやめなさいよ!」

 

「それだけの力を持ち、あれだけの罪を侵しながら、消滅の恐怖に震えている。あなたは救えない、救いようがないわ……救う気もまったくないけれど」

 

 ──なんだと?──

 

「くっ、悔しかったらその花の怪物から出てくればいいじゃないですか! でっかいのの中に引きこもらなきゃ戦えないなんて、ここにいる誰よりも臆病な証ですよ!」

 

「う〜ん、あなたはもっとどっしり構えた大物なんだと思ってたけど、ちょっとがっかりかな〜……全ての元凶がこれじゃお話が盛り上がらないよ」

 

「勝機はこの手にある。私達はあなたがどんな力を示しても恐れないよ。卑怯な手を使わなきゃここに立てないあなたには!」

 

 心根が優しい彼女達らしからぬ罵倒の数々。あからさま過ぎる挑発だったが、その全てが的確に図星を突いてくるせいで罪爐はそれを聞き流せない。ずっと恐れられるか崇められるかの二択しかなかった罪爐の対人経験において、こうまでコケにされたのは初めてだった。

 

 ──良かろう。余程愉快で物珍しい形の死体になりたいらしいな!──

 

 罪爐の激情を示すように、薔薇の触手が一瞬で倍に増えた。数える気も起きない一切攻撃が勇者部を襲う。

 

「行きましょう、みんな」

 

「あいつを倒せる拳を友奈が持ってるなら……」

 

「敵の触手を全て叩き落として……」

 

「友奈さんを本体まで届ければ!」

 

「ゆーゆなら、絶対にやってくれる……!」

 

「みんなお願い、力を貸して!」

 

 彼女達は恐れない。怯えながら両腕を振り回すしかできない駄々っ子相手に、臆している暇などないのだから。

 

 

 

「ここが気張りどころよ、勇者部────‼︎」

 

『────ファイトォォォォォッ‼︎』

 

 

 

 

 

 ──愚かな。正面突破だと?──

 

 友奈と夏凜の2人が本体に突撃。馬鹿正直かつ無防備に、真正面から一直線。当然迎撃は彼女達に集中するが──

 

()()()()()()、ひと〜つ!」

 

 逆に狙いを絞り過ぎて数の利をまるで活かせていない。一箇所に纏まったツタを伐採せんと長槍が伸びる。

 

 

「──挨拶は〜、きちんと〜‼︎」

 

 

 柄も穂先も最大限伸ばしきった園子の槍が、倒れ込むように纏まったツタを切断。本体を覆い隠していた防壁が破られた。

 

 

 ──舐めるな、斬り落とした程度で──

 

 切断面が蠢き、散ったはずのツタが再度友奈を狙う。しかしそんな所業を、友奈大好きスナイパーが見過ごすはずもない。

 

「勇者部六箇条、ひとつ……!」

 

 狙撃銃と散弾銃を同時に構えた美森が、全ての残骸に照準を定めた。狙い撃ちと早撃ちの両方を突き詰めた今の彼女に、捉えられないものはない。

 

 

「──なるべく諦めない!」

 

 

 斬り落とされたまま有機的に動いていた残骸をひとつ残らず撃ち落とす。青い閃光に呑まれたツタは跡形もなく焼き消えた。

 

 

 

 ──まだだ、我に届くにはまだ足りんぞ──

 

 全身を続ける2人を包み込むように全方位からツタが迫る。逃げ場を失った彼女達に、緑色の鋼糸が救いをもたらす。

 

「勇者部六箇条、ひとつ……!」

 

 ツタよりも細く柔軟な糸が、クモの巣のように編み込まれて敵の攻撃をシャットアウトする。器用に形作られたネットが、敵の妨害と同時に2人の足場も形成していた。

 

 

「よく寝て、よく食べる!」

 

 

 糸を編んで作ったジャンプ台を踏んで、友奈と夏凜が天高く舞い上がる。接近を拒む罪爐の迎撃を掻い潜り、少しずつ確実に間合いを詰めていく。

 

 

 

 

 

 ──ええい、羽虫がチョコマカと鬱陶しい!──

 

 余裕が無くなってきた罪爐が、鎧のように本体に絡みついていたツタまでも迎撃に回してきた。

 

「勇者部六箇条、ひとーつ!」

 

 その全てを夏凜が片っ端から斬り払う。アーム二本で友奈を確保し、残る二本と自身の両腕の四刀流で数百の打撃全てに対応する神業。剣の速さ、動きの速さ、判断の速さ。今の夏凜はあらゆる速度が人間に許された域を大幅に超過していた。

 

 

「──悩んだら、相談っ‼︎」

 

 

 満開で得た巨腕を盾に、ツタの囲いを突破した夏凜。破壊されたアームの奥には未だ無傷の友奈がいた。

 

「友奈、アンタならやれる!」

 

「ありがとう、夏凜ちゃん!」

 

「──行ってこい‼︎」

 

「行ってきます‼︎」

 

 ようやく本体までのルートが拓けた。全力で投げ込まれた友奈が、弾丸のような勢いで突撃。自分の間合いまで踏み込む、その一歩手前で──

 

 ──勢いだけで我に勝てると思うな!──

 

 大地を突き破って現れた大量の触手。保険として仕込んでいた最終防壁が友奈に迫る。空中で身動きできない友奈は四肢を捕らえられてしまう。

 

 ──人間にしてはよくやった方だが、それもここまでだ。楽に死ねるとは──

 

「やっぱり焦ってる? 私にも奥の手があること、あなたが見逃すなんてね──満開っ‼︎」

 

 桜の波濤が迸り、友奈を拘束していた触手が消滅した。全ての能力が10倍増、しかも友奈には属性上の優位がある。対罪爐に関しては一回限りの無敵状態と言ってもいい満開の使い所を、友奈はここだと見極めた。

 最後の囲いを突破し、とうとう拳の間合いまで詰め寄った友奈。これで決まると、全員が確信した瞬間だった。

 

 ──認めぬ、我が人間に劣るなどと‼︎──

 

 罪爐の消滅への強い恐怖。翻せば存在への強い執着が、土壇場で曼珠薔薇に新たな進化をもたらした。人間でいう頭部にある巨大な花弁が大きく広がり、開いた空間に莫大なエネルギーが収束していく。数ヶ月前の地獄のような死闘を覚えている勇者部は、肌で感じるプレッシャーからその正体を一瞬で把握した。

 

「あれは、まさか……!」

「ネストに仕掛けられてた大砲⁉︎」

 

 四国結界に巨大な風穴を開けた破界砲。罪爐の記憶の中で最も高い攻撃力を誇る破壊の象徴。罪爐自身も仕込んでいない超兵器が、自己進化の果てに突如現出した。友奈との距離が0に近い、この最悪のタイミングで。

 

 ──消えろ、我を害すモノは全て!──

 

「──させるかってーのぉ‼︎」

 

 防御不能な超威力の砲撃が回避不能な零距離で発射される、その寸前。巨大な砲口に蓋をするように大きな影が割り込んできた。風が限界まで巨大化させた大剣だ。発射を塞がれて砲口内部で炸裂する砲撃。世界を脅かす威力の全てが、風の大剣に注がれる。

 

(ただ満開しただけじゃ、これは防げない……満開で全体の強化に回されるエネルギーを全て、武器と私の両腕に!)

 

 満開ゲージの光がひとつずつ散り、それに比例して風の力が増していく。彼女の満開は全体をバランスよく強化したオールラウンダータイプ。それぞれ尖った強化が目立つ他の面々と比べると些か物足りない印象も受ける。

 

「勇者部六箇条、ひとつ‼︎」

 

 しかし言い換えれば、特化した進化など必要ないということでもある。犬吠埼風は満開に頼らずとも既に完成された実力を持った、勇者部の頼れるリーダーだ。

 

 

「なせば大抵……なんとかなぁぁぁぁるっ‼︎」

 

 

 破界砲を真正面から打ち返した風。勇者システムの理論上あり得ないことだが、風の大剣は瞬間的に四国結界を上回る防御力を示していた。風の努力と根性と勇気と、あとは女子力がなし得た奇跡なのかもしれない。

 

 

 

 

 

「ここで決める!」

 

 ──我はまだ負けてはおらぬ!──

 

 棚ぼたで得たチャンスも失った罪爐は、それでも悪足掻きをやめない。自分を守る鎧としてアテにしていた曼珠薔薇から抜け出し、巨体を挟んで友奈の反対側に逃走した。薔薇の巨体を盾に天の逆手をやり過ごして、その隙に離脱しようという往生際の悪さ。流石の友奈も怒りや苛立ちがピークに達していた。

 

(逃さない、絶対に!)

 

 突きの構えを解いて、右腕全体を後ろに大きく振りかぶる。満開の巨大アームも全関節を開き、限界までそのリーチを伸ばしていく。

 

「勇者ぁぁぁ……!」

 

「なんだ、あの構えは……⁉︎」

 

 友奈といえば勇者パンチ。敵も味方もその認識で共通していたし、現に彼女はここ1番の決め手として常に拳を選択してきた。

 だからこそ用心深い罪爐でさえも見逃した。手を届かせるだけなら、なにもパンチである必要はないという事実を。

 

 

 

「────ビンタァァァッ‼︎」

 

「なんっ──がぁぁぁぁっ‼︎⁉︎‼︎⁉︎」

 

 

 

 薔薇の横を回り込む軌道で伸びる横薙ぎの掌底──パーの形に開いた巨大アームを叩きつける勇者ビンタが、罪爐の頭部に炸裂した。天敵の力に接触したことで、ボロボロと崩れ落ちながら真横にふっ飛んでいく。

 主が重傷を負ったことで、曼珠薔薇もまたその力を失って消滅。四国を脅かした巨大すぎる脅威は消え去った。

 

 

 

 

「ぐぅ……まだだ、ここを離脱すれば存在の補充はいくらでも……!」

 

 身体の半分が崩れ落ちていたが、それでも罪爐はまだ動ける。もともと存在としての"個"を持たない罪爐は、陣地に戻れば存在の力を無限に充填できる。この世に蔓延る悪感情など、それこそ吐いて捨てるだけ充満しているのだから。

 

「させないわよ……勇者部突撃ぃ!」

 

『了解っ‼︎』

 

 友奈が構えを変えた瞬間、その意図に気付いて動き出した勇者部がボロボロの罪爐に組みついて動きを封じる。樹が地面から糸を使って両足を捕らえ、園子が右腕、風が左腕、美森が胴体で夏凜が首。

 動き出しの起点を全て抑えられた罪爐は、これで逃走の術も失った。

 

「馬鹿な、貴様ら……何故⁉︎」

 

「あなたと違って、私達は戦闘以外でも仲間と共にある……友奈ちゃんが何をするかなんてすぐに分かるのよ!」

 

 友奈のビンタは完全なアドリブだ。それでも彼女達は即座に合わせて、罪爐の着地点に先回りしていた。全ては絆の為せる業。人間にあって罪爐にない、勇者部最強の武器だ。

 

 

 

(もう一度……今度こそ!)

 

 身動きできない罪爐に再度突貫する友奈。その拳は強く握られ、かつてない程に眩い桜色の光を纏っていた。

 

「あり得ぬ、認めぬ、許さぬ……我は全てを侵し全てを操る、絶対の──」

「勇者部六箇条、もうひとつ‼︎」

 

 創部時にみんなで決めた勇者部五箇条。つい先日、陸人以外のメンバーでの活動の際にもうひとつ項目が追加されていた。

 不幸を減らすことと幸せになることの区別がついていない、面倒なヒーローのために内緒で増えた約束。

 

「無理せず自分も幸せであること‼︎ そのために、あなたを倒す!」

 

 陸人が自分の幸せと向き合うためには、理不尽な不幸がない世界にしなくてはならない。諸悪の根源(罪爐)がいない世界にしなくてはならない。六箇条目は、そんな勇者部の決意の表れでもあった。

 

 

 

「こんなところで、この我が……そんなはずが──‼︎」

 

 

 

「勇者ぁぁぁ……パァァァンチッ‼︎」

 

 

 

 悪を許さず、穢れを滅ぼす勇者の拳。闇を切り裂き光をもたらす勇者パンチが、常世にこびりついた醜悪な呪いをカケラも残さず掻き消した。

 大きく吹き飛ぶバルバの肉体から叩き出された黒い瘴気は、どこに逃げることもできず溶けるように消失していった。

 

 

 

 

 

 

 

「──ッ! 罪爐の反応、消滅‼︎」

 

 その一報は、限界まで疲弊していた司令室の士気を一気に頂点まで引き上げた。

 

「よっしゃあああっ、さすが勇者様だ!」

「敵の首魁を打ち倒した、これは大きい戦果だぞ!」

「全体に通達、市民にも伝えるんだ!」

 

「……ふぅ……」

 

「やりましたね、筆頭巫女様!」

 

「ええ。ですが敵はまだ全滅したわけではありません。引き続き各々の役目を果たしてください」

 

「了解です! でもこれで確かな光明が見えましたよ!」

 

(どうでしょうね……私の感覚では、世界を蝕む嫌な気は些かも減ってはいない。いえ、それ以上にあの罪爐の行動には違和感がある)

 

 何故あそこまで露骨に天の逆手を恐れていながら、自ら前線に出てきたのか。弱点が戦場で健在と分かっていて挑む合理的な理由がない。そして敵の首魁が滅んでも、敵陣営にはほとんど動揺が見られない。

 ここまであっさりしていると、()()()()()()()()()()()()()()()()すら怪しく思えてしまう。

 

(いえ、これ以上はここで考えても詮無いこと。目の前の戦況に集中しましょう)

 

 そう言い聞かせながらも、器用で優秀なかぐやの頭脳は片隅で別のことを考えていた。特別誂えの好相性の肉体(ラ・バルバ・デ)よりも安全な隠れ蓑があるとすれば、それはいったい何処なのかと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぅ……わたし、は……」

 

「あれっ? 起きちゃった」

 

 罪爐に駆体として利用されたラ・バルバ・デが目を覚ました。倒したはずの相手が動き出したことに警戒心を露わにする勇者部。しかし意外なことに、彼女は力の抜けた笑みを浮かべただけだった。

 

「そうか……今際の際に自我が戻ったか。数奇な話だ」

 

「えっと、あなたは……?」

 

「……呼び名が欲しければバルバで構わん。お前達に分かりやすく言えば、ガドルと同族。人間殺しの化物だ」

 

 これまで身体の制御こそ奪い返せなかったが、香やガドルと同様に本来の魂は宿っていた。これまでの経緯も見ているし、同胞の最後も把握している。

 

「バルバさん……私は結城友奈っていいます。バルバさんは、私達と戦うつもりとかあったりしますか?」

 

 "バルバさん"などと砕けた呼称をしておきながら、妙に遠慮気味に問いかけてきた友奈。戦闘中の彼女とのギャップが可笑しくて、バルバは珍しく本心から笑ってしまった。

 

「フフッ……いや、心配するな。私にお前達を害する理由はない上に、もうこの身体は限界だ。私にできることは何もない」

 

 そう言って笑うバルバの左耳が、水に濡れた粘土細工のようにポロリと落ちた。ヒビ割れは身体全体に広がり、崩壊はもう止められない。

 

「ごめんなさい、私のせいで……」

 

「何を謝る? お前は世界の敵を倒しただけのこと。それに聞いていただろう? 私とて数えきれない命を奪ってきた存在だと」

 

「それは……嘘じゃないんだとは思います。でも私は、バルバさんが酷いことをしたのを見てないし聞いたこともない。だから少なくとも、今の私にとってはバルバさんも被害者のひとりなんです」

 

 友奈もこの発言が正しいものではないと理解している。それでも、眠りについていたところを無理やり身体を奪われて非道の限りを尽くす羽目になった。そんな相手をただ敵だと断ずることはできない。

 

「やはり面白いな、結城友奈。あのガドルが気に入るわけだ」

 

「え……?」

 

「そこまで罪の意識があるというなら、遺産のつもりでこれを受け取っておけ。私だけが持つ唯一無二の品だ、壊すなよ」

 

 ずっと付けていた独特の形状の指輪を外す。牙のように鋭く尖った装飾品。人間と違う文化を感じさせる造形だ。

 

「これは……?」

 

「もし必要になれば自ずと使い方が分かるよう、指輪に仕込んでおいた。それを使うことを運命が選んだなら、何もせずともその機会が訪れるだろう……転ばぬ先の杖、程度に考えて持っておけ」

 

 あまりにも抽象的すぎる言葉。しかしバルバはそれ以上説明する気はないらしい。首を傾げながら、とりあえず友奈は手を伸ばして指輪を受け取る。触れ合う瞬間、2人の手がほんの数秒だけ握手のような形で交わる。

 

「あれ? えっ、と……」

 

「忘れるな。手とはただの武器にあらず。形を作り、絆を結び、想いを繋げる万能の力だ。この指輪がその一助になることを期待して……お別れだ」

 

古代の生命と現代の生命。怪人と勇者。女と女。運命の気紛れで一時だけ交差した2人の道は、握手した手と同時に離れていく。

 

「ガドルと共に、向こうで楽しませてもらうぞ……お前達と罪爐の、未来を賭けたゲゲルの行く末をな」

 

 バルバの身体が光に包まれて消滅する。閃光が晴れた先には、赤い薔薇の花弁だけが散っていた。

 未知を探求し、闘争を率いた怪人、ラ・バルバ・デ。彼女の2度目は悪意に振り回され続けながらも、最後には面白い未知に出会えた……悪くない形の幕引きとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エルロードとアギトの戦場。水中戦に移行して十数分。陸人はようやく形勢逆転の手を見出していた。

 

「溺レ死ヌ覚悟ハ出来タカ?」

 

(パターンは読めた……あとは!)

 

 テリトリーである水中で一方的に攻め立てる白のエル。しかし優位に立ったせいで警戒心が薄れ、攻撃が単調になっていた。アギトは動きを読み切り、接触の瞬間に両腕を捕らえた。

 

「……何……⁉︎」

 

「ここからだ……!」

 

「チッ、不味イ……戻レ!」

 

 バーニングフォームの溢れる豪炎を全開放。周囲の水を一気に加熱する。火山噴火級のエネルギーを受けた湖の水分が、一瞬で蒸発して干上がった。

 あまりにも莫大な質量変化。その影響は並大抵の衝撃では収まらない。アギトは自分で起こした水蒸気爆発に吹き飛ばされて相当なダメージを受けてしまった。

 

「しくじったか……」

 

「良イ手ダッタガ、此方ハ一人デハ無イノデナ」

 

 風のエルの能力によって、白のエルは寸前で湖から転移。地のエルが構築した盾によって爆発の威力を完全に受け流していた。窮地からは脱したが、結果としては大仰な自滅となってしまった。

 

「如何ニアギトト言エド、孤立サセレバコノ程度カ」

 

「モウ良カロウ。他モアル、片付ケルゾ」

 

(クソ、さっきの衝撃で足が……)

 

 絶体絶命の状況。それでも陸人は諦めない。諦念からは何も生まれないと知っているから。諦めずに足掻き続けた結果の今があるから。

 

 

 

 

「だったら……一人じゃなければいいんだろう?」

 

「数揃えなきゃケンカもできねえ卑怯者が、調子に乗ってんじゃねえぞオラァ‼︎」

 

 

 

 

 

 舞い降りた2人の戦士。

 仮面ライダーギルス、篠原鋼也。

 仮面ライダーG3-X、国土志雄。

 共に陸人が救い、陸人を助けた同じ称号を背負う仲間。

 

「鋼也、志雄……」

 

「オイオイ大丈夫かよ陸人。フラッフラじゃねーか」

 

「遅くなってすまない。だが、これで条件は同じだ」

 

 助けられたから助けたい。救った誰かに救われる。

 そうした努力と献身が、他者を救い続けた事実が、人の縁として今日の陸人を助けてくれる。因果とはそうして巡っていく。

 

「悪いが、ちょっと手詰まりでな。助けてくれるか?」

 

「おうよ、そのために来たんだ」

 

「陸人が示してきたことじゃないか……ライダーは助け合い、だろ?」

 

 その字面から誤解されがちな"情けは人の為ならず"の本来の意味を、陸人と仲間達はその生き様で体現している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




めっちゃ長引いた……そして当然のようにGシリーズ出てこなかった。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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Give a reason

この作品世界において、仮面ライダーは3人だけです。他のGシリーズやアナザーアギトは仮面の戦士ではあっても"仮面ライダー"にはカウントされません。
地の文とかでそのように表現していたらそれはミスです。見つけたら教えていただけると助かります。





 "仮面ライダー"

 

 筆頭巫女が命名し、大社主導で浸透させ、徐々に市民権を得ていった単語であり、ある3人の戦士を表現する呼称である。

 仮面ライダーアギト。

 仮面ライダーギルス。

 仮面ライダーG3-X。

 

 半ば流されるままに担ぎ上げられた彼らだったが、いくつかの戦いを経て心境が変化していき、今ではその名に確固たる誇りと責任感を持っている。仮面ライダーだけの信念、生き様。それを共有できる彼らには、3人にしかない絆と連帯感があった。

 

 

 

 

 

「──シャラァァァァッ‼︎」

 

「どけえっ!」

 

「2人とも、一歩退がれ!」

 

 最前列でダイナミックに跳ね回って敵を翻弄するギルス。その隙を埋めるように重たく鋭い追撃を仕掛けるアギト。敵の能力発動を阻害すべく至近距離から弾丸をばら撒くG3-X。

 大規模な能力使用を封じられる接近戦に持ち込んだライダー達は、完璧に近い連携で一方的に攻め立てていく。

 

 

「燃え盛れぇっ!」

 

 バーニングカリバーを振り回し、その刀身に焔が宿る。かつて水のエルを両断した必殺技にエルロード達も警戒態勢を取るが、陸人の狙いは予想の斜め上を行っていた。

 

「鋼也、頼む!」

「──オーライッ!」

 

 振りかぶったカリバーを思い切り放り投げるアギト。その先に構えていたのがエクシードギルスのスティンガー。

 

「オラオラオラオラァッ‼︎」

 

 柄を絡め取って炎刃を受け取ったギルスは、触手を旋回させて周囲に破壊を撒き散らす。ギルスのスピードとアギトのパワーの合わせ技。エルロードの拙い連携網をズタズタに引き裂いていく。

 

(ダガ、コンナ大規模攻撃ヲ仕掛ケレバ当然仲間ニモ──)

 

「陸人!」

「そら、返すぞ!」

 

 地のエルが屈んで避けたカリバーが後ろにいたアギトに迫り、当のアギトは簡単に殴り返した。回避したはずなのに背後から倍速で返ってきた攻撃は、流石に対処できずに直撃する。

 

 

「仕方無イ……仕切リ直シテ」

 

「させるか……!」

 

 最も厄介な能力を使う風のエルには、長射程のG3-Xがマンツーマンで張り付いて動きを阻害する。1人に集中した志雄を振り切るのは容易ではない。うまく転移を使っても、簡易的な風縄で転移できる範囲には限りがある。G3-Xから離れることに気を取られた風のエルは、アギトのことを完全に考慮に入れていなかった。

 

「陸人!」

「頭隠して、ってな。見えてるぜ!」

 

「何……?」

 

 アギトの真上に転移した風のエルは、直下から飛んできた弾丸に翼を撃ち抜かれた。気づかれないようにしてアギトに譲渡されたスコーピオンが火を吹き、隙だらけの天使を狙い撃つ。

 

 

 

 

 

「チィ……何故コウモ噛ミ合ウノダ、奴等ハ」

 

「ハッハァッ! ただ効率良く合わせるだけのお前らと一緒にすんなよ!」

 

「僕達は同じ名を背負い、人々の希望を託されている同士だ。過去はそれぞれでも、見据える未来は同じ……!」

 

 仮面ライダーという概念が、いつからか確かな力を持って3人の波長を合わせている。これを言霊と捉えるか、使命感の共有によって息が噛み合っただけと見なすかは判断に悩むところだが、これだけは言える。

 

「俺達は仮面ライダー……人々の自由を守るための戦士。そのためには、まずアンタ達が邪魔なんだよ!」

 

 ゴールは3人同じ場所を見据えている。それさえハッキリすれば、共闘経験が少なくてもアドリブで合わせることはできる。

 

 

 

 

「仕上げだ、吹っ飛べ!」

 

「不味イ、散レ──!」

 

 翻弄され、誘導されていると知りつつも合流した3人のエルロード。彼らの中心にカリバーが投げ込まれ──アギトの能力でその焔が瞬時に炸裂、大爆発を起こす。

 

「──しゃあ!」

「直撃だ。うまくハマってくれたな」

 

 爆風に呑まれて姿を消す天使達。全てはこれを直撃させるための連携、ライダー達は一切のアイコンタクトも無しにパターンを確立させて敵を嵌め倒した。

 

 

 

 

 

「……いや、やはりあの程度じゃ無理か」

 

「少々肝ヲ冷ヤシタ……ガ、ソノ程度ダ」

 

 爆風が晴れた先には無傷の3人。その体表には先程までなかった怪しい光が宿っていた。

 

「ゲッ……おいおい、さっき裂いてやった傷まで消えてやがるぞ」

 

「翼の穴も癒えている……ここからが復活した奴等の本領というわけか」

 

「忌々シイガ、本気デ掛カル他無イカ」

 

「与エラレタ我々ノ真価……貴様等デ試サセテ貰ウゾ」

 

 テオスの加護と罪爐の闇。ふたつの力を加えられたエルロードには、これまでにない新たな階梯がある。アギトで言うバーニングやシャイニング、ギルスで言うエクシードに近い。

 完成した存在を自称していたエルロードが、プライドを捨てて手に入れた新たなる力。ここからがようやく全力勝負だ。

 

「コト連携ニ於イテ、奴等ガ上ダ。ソレハ認メザルヲ得ナイ」

 

「フン……下位存在ガ無駄ナ足掻キヲ」

 

「ナラ、話ハ簡単ダ……行ケ」

 

 

 

「──うおあっ⁉︎」

「なにを……⁉︎」

 

「鋼也、志雄!」

 

「仕切リ直スゾ。貴様ハ私ノ獲物ダ」

 

 足元が隆起し、空高く打ち上げられたギルス。正面から旋風が巻き起こり、飲み込まれたG3-X。

 土壁と突風に不意を突かれて、仲間が彼方へと飛んでいった。2人を追うように、地と風の天使も姿を消す。一手で数分前の一対一に盤面を立て直した。

 

「今ハ私シカ見テイナイ……モウ強ガル必要ハ無イゾ」

 

「見抜いてて分断したのか……ハッ、腹の立つ奴だな」

 

 ──ガシャン!──と電源を落としたように崩れ落ちて膝をつくアギト。体の動きは鈍く、息は荒い。仲間の手前やせ我慢で動いていたが、すでに気力ではカバーしきれないほどに心身ともに追い込まれていた。

 

「罪爐ノ闇ガ貴様ノ強サヲ引キ出シテイル……ガ、同時ニ消耗モ早メテイル。普段ノ感覚デ動ケバ、ソノ分限界モ近ヅク」

 

「どうかな?……俺のしつこさは、アンタも知ってると思うけど」

 

「ソウダナ……デハ油断無ク手早ク無駄無ク、引導ヲ渡シテヤロウ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「落チロ、羽虫ガ……」

 

「こっちのセリフだ!」

 

 弾丸と矢が飛び交う空を、ふたつの影が飛翔する。戦闘機のドッグファイトのように宙で交差し、激突を繰り返しながら互いにダメージを重ねていく。

 改造を重ねた今のG3-Xは航行速度、航続時間共にエルロードに劣らない。相手を蹴落とすように頭上を取り合い、至近距離で射撃の殴り合い。

 

 

 

「──そろそろ邪魔させてもらうわよ」

 

 そのドッグファイトは、地上から飛んできた弾丸に邪魔されて終わりを迎えた。2人の間を正確に抜けていった射撃。横槍の下手人は、仲間の防人を後ろに従えて二丁拳銃を構えていた。

 

「あの声は……芽吹? それに、後ろのみんなも」

 

「新手カ……面倒ナ」

 

 地上に降りた2人。G3-Xの元に集まる仲間達。数ヶ月前と同じ状況。最たる違いは、リーダーが纏う武装か。

 

 

 

「芽吹、だよな? それは……」

 

「あの人にいきなり渡されたの。G3-M、あなたのサポート機らしいわよ」

 

「そう、か。えっと……」

 

「なに、その反応。もっと言うことないの? せっかく約束守るために来てあげたのに」

 

「あ……」

 

 ── あなたの隣には私がいて、私の背中はあなたに預けてる。それを忘れないで──

 

 仲間であり、相棒であり、それ以外の想いもある。そんな複雑な芽吹の覚悟がこもった言葉を志雄は思い出した。

 芽吹達は勇者ではなく、志雄もアギトの系譜ではない。それでも、天上の存在から見れば半端者でしかなくとも、やれることはある。それを証明するために、これまでずっと並んで戦ってきた。少し形は変わったが、やることはいつもと変わらない。

 

「頼むよ、芽吹……みんなも」

 

「あ、良かった〜。完全に2人の世界作っちゃってたから、もしかして見えてないのかと」

 

「なっ……なにを言ってるの雀!」

 

「フフン、まあ私の力を借りたいと思うのは当然のこと。存分に頼りなさいな」

 

「早く終わらせて、楠と国土の続きも見たいし……」

 

「しずくまで……ああもう、全員集中! ここは戦場なんだから」

 

 

 

「──ソノ通リダナ」

 

 親しき仲の合流に緩んだ雰囲気が、突風で消し飛んだ。見れば風のエルの周辺には、人間大の風の塊が数えきれない数並んでいる。

 

「私ニ屈辱ヲ与エタ者達ガ丁度揃ッタ。何トモ幸運……イヤ、貴様等ニハ不運カ」

 

「フン、逆だ馬鹿め。僕達が全員揃ったんだぞ? これでもうお前の勝ち目は完全に消えた。たった1人に、負けてる場合じゃないんだよ」

 

「ホウ、1人デハ不足ト言ウカ。ナラバ増ヤシテヤロウ……フム、二百モ集メレバ満足カ?」

 

「何……?」

 

「刮目セヨ……我ガ秘術ノ真奥ヲ!」

 

 風のエルが天空に向けて矢を射る。天蓋の奥まで伸びた一閃は、やがて幾百もの光の雨となって地上に降り注ぐ。

 

「今度はどんな手品……だ……?」

「ちょっと、あれは……」

 

 風の塊が光を浴びて膨らみを持つ。頭を持ち、腕を持ち足を持ち、翼を持った白い異形。"風のエル"そのものの姿で実体が形作られていく。その数200。これまでに倒した凡百のアンノウン達とほぼ同じだけの人数を、風の天使は一瞬で生み出してみせた。

 

 

 

「サア、後悔ノ時間ダ。人ノ身デ私ニ歯向カッタ愚行ヲ呪エ……!」

 

「お得意のまやかしでビビらそうってか? ナメんじゃねーよ!」

「っ! 待ちなさいシズク!」

 

 先陣を切って飛び出したシズクに、200の矢が集中する。恐るべきことに、その全てが痛みを与える実体の攻撃。志雄達もフォローに回るが圧倒的に手が足りない。

 

「クッソ……だったらぁ!」

 

 スラスターで急上昇、射撃の範囲から外れたG3-Xがケルベロスで反撃。数多いる分身を8体一気に撃ち抜いた。

 

「よし、これで──」

「甘イナ」

 

 撃破した分身が解けるように姿を消し、突風が吹き荒ぶ。一瞬の後に、その風が再び収束してG3-Xの背後に新たな風のエルが8体形成された。誰もいなかったはずの方向から飛んできた矢に撃ち抜かれてG3-Xは墜落していく。

 

「そんな……どうして⁉︎」

 

「風ハ何処ニデモ存在シ、誰ニモ捕ラエラレナイ……常世ノ摂理ダ」

 

 風さえあればどこにでも分身を生み出せる。風さえあれば何度でも再生できる。尋常な手段では数を減らすことすらできない、敵に回すには厄介過ぎる超能力。風のエルがテオスと罪爐の洗礼を受けて手に入れた新たな術式だった。

 

「纏メテ、弾ケロ!」

 

 全ての矢が一箇所に収束し、巨大な風の塊へと収斂していく。尋常ではない圧力と緻密な風力操作によって強引に原子を分解、電離させた。

 

「なに、あのバチバチしたヤツ……?」

「まさか、気体を無理やり電離させている……?」

 

「風ハ何ニデモ変ワル……総テヲ凪グ盾ニモ、全テヲ貫ク矛ニモナ!」

 

「──っ! 全員逃げろ‼︎」

 

 全宇宙の大半を占める物質の第4形態──プラズマがその破壊力を解放した。維持が極めて難しい電離状態のまま、防人達目掛けて飛んでくる眩い光球。物質を悉く消し飛ばす破壊の塊が灼熱の大地をさらに上から焼き尽くした。

 

 

 

 

 

 

 核兵器でも落ちたのかと思わせる惨状。あらゆるものを吹き飛ばした巨大なクレーターの奥に、5人の戦士が倒れていた。

 

「無事か……みんな」

 

「いったぁ〜……ギリギリ、ってところかなぁ」

 

「情けないことに、力が入りませんわ……」

 

「クソッタレ……なんなんだあの冗談みたいな威力」

 

(今すぐ動けるのは……私と志雄。Gの装甲に助けられたわね)

 

 触れた対象を熱エネルギーで破壊する電離気体。志雄の声掛けで直撃は避けたものの、地表に触れて炸裂した膨大なエネルギーが肌を焼き、装甲を砕き、身体を吹き飛ばした。

 

「フム、マダ全員生キテイル……ヤハリ羽虫ハ直接潰ス他無イカ」

 

 風のエルの一団が少しずつ接近してくる。もう一度今の技を使われたら次は避けられない、全滅だ。今かろうじて戦えるG3-XとG3-Mでなんとかするしかなかった。

 

(賭けにもなりはしないが、奥の手を使って時間を稼ぐしかないか……)

 

 今の風のエルに唯一通用する見込みのあるG3-Xの切り札、"EXCEED"。一度使ってしまえば先の勝機は皆無になってしまうが、仲間を守るために選べる手段が他にない。

 

「待ちなさい、志雄。1人で走りすぎよ」

 

 G3-Xの肩に優しく触れるG3-Mの手。芽吹が呆れたような諦めたような声色で志雄の無茶を制止した。

 

「芽吹……」

 

「EXCEEDを使うつもりでしょ? だったらいい手があるわ」

 

 ヘルメットの奥、志雄の視界にポップアップで共有情報が表示される。"G3-Xをサポートするためのワンオフ機"というコンセプトを象徴するG3-Mだけの特殊機能。

 

「これは……君の負担も相当なものだぞ?」

 

「何度も言わせないでくれる? あなたの隣に立つのは私の役目よ。2人なら戦える……みんなと一緒なら、アイツに勝てる。そうでしょ?」

 

 敵は強大、自分たちは損傷甚大、ぶっつけ本番の出たとこ勝負。負ける要因はいくらでも挙げられるのに、勝てる要素は見つからない。それでも、負けられないから諦めない。勝つしかないから足掻き続ける。

 

 

 

「……預けるぞ、芽吹」

 

「任されたわ、志雄」

 

 

 

 国土志雄はライダーであり、楠芽吹は防人である。望む未来を掴むために運命に屈さず、"選ばれない者"のままで戦い続けた戦士達だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 風のエルの一団の正面に立ちはだかるふたつの"G"。傷ついた仲間の元には行かせない、ここで止める。その硬い意志を無言のままに表明していた。

 

「先ズハ貴様等カ……死ヌ覚悟ハ出来タカ?」

 

「どうかな。覚悟がいるのは、お前の方かもしれないぞ」

 

「私たちは進み続ける。立ち止まるわけにはいかないのよ」

 

 装甲が一部展開し、内包するエネルギーが励起していく。安全面に配慮してセーブしているシステムの全力が、今この瞬間に解放される。

 

 

 

解号(コード)──EXCEED‼︎」

 

解号(コード)──MATCHING‼︎」

 

 

 

『GENERATION3-EXTENTION』の別名でもある決戦機能、AIのフルスペックとエネルギーの全てを引き出して敵を殲滅する"EXCEED"。

『GENERATION3-MILD』の別名でもある同調機能、G3-Xと波長を合わせることで判断・行動を最適化する"MATCHING"。

 

「行くぞ、芽吹……!」

 

「ヘマしないでね、志雄!」

 

 ふたつの青が駆け抜ける。目の前の敵を全て討ち滅ぼすために。後ろの仲間を守り抜くために。

 

 

 

 

 

 

「──ウオオオオオッ‼︎」

 

(前方の3体を撃破後、8時方向からの矢を捌いて距離を詰める……そこでケルベロスを一度格納してユニコーンによる格闘戦に持ち込む……!)

 

 圧倒的な速度で戦場を飛び回り、幾多の天使を蹂躙していくG3-X。その真下には牽制と援護を徹底する縁の下の力持ち、G3-Mがいた。

 

『GENERATION3-MATCHING』の本領は、G3-Xとの完全な同調にある。AI同士の連携はもちろん、装着者の脳波も同期させることで両者の思考を完全なシンクロ状態に移行する。1秒先のビジョンを共有することでG3-Xの行動をG3-Mが完璧にフォロー、同時にG3-X側の負担を減らすことができる。

 

「散れ、散れ散れチレチレェェェッ‼︎」

 

(景気良くぶちまけちゃって……! 本当にEXCEEDって面倒なのね)

 

 倒した先から再臨していく風の分身を片っ端から撃ち抜いて回るG3-X。後先考えていない勢いで残弾が減っていく。それを補うのがG3-Mの仕事だ。

 

 ふたつの高性能AIで同時演算することでシステムの負担を減らし、同時に援護や補給といったバックアップで行動面でも消耗を防ぐ。これによりEXCEED最大の欠点である稼働時間を大幅に引き延ばすことができる。

 徐々に装着者の理性を削っていく危険性も、安定状態のG3-Mが隣にいれば十分フォローが効く。

 

(志雄、マガジン交換!)

 

「──ッ、オオオアアアッ!」

 

 何の合図もなしに、G3-Mが後ろ手でマガジンを投げ上げる。1秒後、当たり前のようにG3-Xが飛行ルート上のマガジンを受け取って弾丸を装填する。

 

 G3-Xが進みたいルートを阻害する敵を牽制し、残弾が危なくなればありったけ用意してきたマガジンを受け渡して補給させる。スペックは及ばず、飛行もできないG3-Mだが、相方がどう動くかを把握していれば手は回せる。最高状態のG3-Xには到底及ばないスピードでも、先回りで動くことで完璧に噛み合った連携を見せる。

 

「そこだっ!」

 

(2秒後に志雄が急降下する……それを待って──)

 

 洗練されたペアダンスのような、2人で1つを形作る理想的な連携の在り方。今の志雄と芽吹は、コンビプレーの究極を体現していた。

 

 

 

(想定ヨリ強クナッタ……ダガ!)

 

 思わぬ反撃に対応し切れていない風のエル。EXCEEDの制限時間の短さを考慮して策を練っていた彼にとって、MATCHINGの力は完全に予想外だった。

 しかしそれでも、自身の勝利は疑わない。ただ闇雲に数を減らすだけでは一生かけても倒し切ることは不可能。力押しでは風の天使は倒せない、その自負がエルロードの眼を曇らせる。

 目の前で踊る2人以外の敵の存在を、この時完全に思考の外に追いやってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吹き飛ばされた衝撃からようやく回復してきた3人。まだ動きは悪く、EXCEEDの戦場に割り込んでも邪魔にしかならないのは明らかだった。

 

「く、ぅ……私達も、なにか……!」

 

「俺だって行けるもんなら行きたいけどよ、今の身体じゃあの速度にはついてけねーぞ」

 

「……ぅ!……ぅひぃっ⁉︎……ひゃ〜」

 

「うるっせーぞ加賀城! さっきから何にビビってんだお前⁉︎」

 

 チラチラと戦場を見ては怯えた声を上げる雀。彼女が怯えているのはいつもの事だが、ただ単に風のエルに恐怖しているにしては途切れ途切れの反応が奇妙だ。

 

「いや、あの〜……なんか存在感が違うのがいるんだよね。あのソックリさんの中に」

 

「はい? どういうことですの?」

 

「なんだろ……際立って怖いっていうか、見てて寒気がするヤバい個体がいるんだよ。しかも見る度にその気配を感じる相手が変わってるような……」

 

「相変わらず訳のわかんねーことを……」

(待って、シズク……加賀城の自己防衛本能は異常。もしかしたら、鋭すぎる恐怖へのアンテナが無意識に本物を察知してるのかも……)

 

 シズクの内側で冷静に状況を俯瞰していたしずくが思考を巡らす。他者に関心が薄いように見えて、その実彼女は周囲の人間をよく見ている。雀のビビリは裏返せば身に迫る危険への鋭敏な感覚でもあるということもちゃんと理解していた。

 

「……加賀城、端末のレーダーでその"ヤバい個体"を識別することってできる?」

 

「なにそれ? いやまあ、眼で見た位置とレーダーを照らし合わせればできると思うけど……」

 

「加賀城がビビってる奴は敵の本体かもしれない……それを見極めることができれば、きっと勝てる……!」

 

「ええっ⁉︎ そ、そんなこと言われても……私なんかの感覚が、そんな正確なんてワケ……」

 

 これまでほとんど経験のない頼られ方をした雀は、どうしても尻込みしてしまう。自分に自信がない彼女にとって、自分の感覚ほど信用できないものはない。

 

「雀さん!」

 

「うひゃっ⁉︎ み、弥勒さん?」

 

「あなたの臆病さと生き汚さは人並外れています。それについてだけは、あなたも自信を持っていいはずです。この弥勒夕海子が保証いたしますわ」

 

 褒められているようには聞こえない言葉だったが、夕海子が雀を心から認めた初めての激励だった。それは雀が防人になる前から求め続け、半ば諦めていた言葉でもある。

 

「加賀城……どの道今のままじゃジリ貧。国土達の切り札が切れたらそこで終わる……だったら不確実でも加賀城の感覚に賭けたい」

 

「失敗したって別にお前のせいになんてしねーよ。みんなで戦ってんだろうが」

 

「私達も、芽吹さんも、志雄さんもあなたを信じています。これでもまだ不足ですの? 雀さんは欲張りすぎですわ」

 

「しずく……シズク様……弥勒さん」

 

 雀は自分を信じられたことが一度もない。今だって自信があるわけでもない。それでも、ここまで言ってくれる仲間の信頼には応えたいと思った。

 臆病で否定的で自分の安全が何より大切なのは確かだが、仲間意識も人一倍強いのが加賀城雀だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(マズいわね、この速度で数を減らしても向こうは一切堪えていない。このままじゃ先に力尽きるのは……!)

 

 空を駆ける暴れ馬(G3-X)の手綱を握りながら、芽吹は手詰まりを感じていた。そんな状況を切り開くのは一発の銃声。はるか後方から飛んできた狙撃が、風のエル達の動きを一瞬封じ込めた。

 

「よっし、当たりましたわ! 雀さん、どうですの?」

 

「ダメ、また移った……次はコレ!」

 

 狙撃体勢で構える夕海子の隣、雀が端末のレーダー反応を眼で追いながら指示を出している。一際強いプレッシャーを感じさせる個体──すなわち本体の魂を宿した風のエルの位置を常に指し示している。

 

「狙撃の直後は確かに動きが悪くなる……しずくさんの読みは当たっているようですわね」

 

「それに加えて、前線の2人に本体の位置も知らせられる……弥勒、外したらダメだよ……」

 

「承知しておりますわ! 私に任せなさいな!」

 

 風のエルの分身、その本領は本体が別の個体に移れることにある。風の天使の強大な魂は、同じ形をした器のどれにでも自由に憑依できる。200体もいればどのタイミングでも安全地帯にいる個体は必ず存在する。そこに移り続ければ本体が侵されることはまずない。

 

「さっきのやつの奥、今飛ぼうとしてるのを狙って!」

 

「アレですわね……行かせませんわ!」

 

 しかしこうして絶えず的確に本体を狙われ続けては、魂の移動に専念しなければ逃げ切れない。あくまで本体の制御下にある分身の動きは確実に悪くなる。

 

「ソコカァァァァッ‼︎」

 

「グッ、振リ切レン……!」

 

 更に仲間達の策を把握した芽吹が、AIの演算にその条件を追加入力。G3-Xまで本体を追い込むように動き出した。

 狙撃を避け、G3-Xを遠ざけ、魂を安地に移す。処理要件が減って安定したG3-Xと対照的に、風のエルがこなすべき措置はどんどん増えていき、追い詰められていく。

 

(小兵ガ……目障リダ!)

 

 数体の分身を狙撃手の方向へ飛ばす。足元にも及ばない立場でチョロチョロ動く小物から潰さなければ封殺はできないと判断した。

 

「うっへぇ……こっち来てない?」

 

「来てますわね、確実に……」

 

「あっちは私達に任せて……2人は本体を狙うことに集中。これ、副隊長命令……」

 

 差し向けられた刺客に、しずくが1人立ち向かっていく。格上の存在を複数相手取って、無理を承知で時間稼ぎに徹する。

 

「チッ──弥勒はまだしも、まさか俺達が加賀城を守るために身体張るハメになるとはな」

(加賀城の感覚は貴重で必須……あの2人がやられたら私達に勝ち目はなくなる)

 

「分かってんよ。別に文句はねえさ、勝つためだ……全員で生き残るためだからな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──そこよ、志雄!」

「モラッタァァァッ‼︎」

 

「ッ! オノレ……!」

 

 夕海子の狙撃で縫い止められた風のエル本体。一瞬で背後に張り付いたG3-Xが、ユニコーンの一振りで翼を斬り落とした。

 術式を維持できない程のダメージを受けて、とうとう200の分身が消失した。

 

「──ふっ、ようやく追いついたぞ、卑怯者!」

 

「何故諦メナイ……何故コウマデ食ライツクノダ、貴様等ハ!」

 

 同時にEXCEEDが切れたG3-X。訓練を重ねて解除後即座に動けるように鍛えた志雄が、勢いのまま風のエルを押し倒して両腕を踏み抑える。

 

「お前達は先に進んだ生命体なのかもしれない……けど、そこで立ち止まった時点でお前の器は知れた!」

 

 倒れた風のエルの顔面に向けられるケルベロス。最後のマガジンを装填、これで残弾は120発。目の前の天使を撃ち砕くには十分な数だ。

 

 

 

「僕達は前へ進む……お前如き相手に足踏みしている暇はないんだよ!」

 

 

 

 破壊的な銃声が響き、エルロードの全身に風穴が開いていく。使命感、責任感、恨み辛みその他諸々を込めた斉射が、あっという間にスクラップをひとつ生産していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「志雄……やったの?」

 

「……いや、これは……! やってくれる、諦めが悪いのはそっちだろうが!」

 

 風となって解けて消える風のエルの亡骸。ここまでの負傷と負担で怯んだ一瞬の隙に、幻覚と入れ替わって逃走していたのだ。

 

(どこだ……どこにいる……上か!)

 

 G3-Xのセンサー範囲を広げて天使を捜索。3時方向はるか上空に、ボロボロの身体を引っ張って不安定に飛ぶ風のエルを発見した。

 

「まだ射程内、いける────な、にっ?」

 

 最大火力を持つ最終兵器、GXランチャーを展開した瞬間、ここまでの無理のツケが回ってきた。武器も仮面も装甲も瞬時に格納、生身の国土志雄に戻ってしまった。

 

(エネルギー切れ……こんな時に!)

 

 それでも諦めず、端末に残された1%未満のエネルギーの残滓を使ってGXランチャーと右手のマニピュレーターだけはなんとか展開できた。しかしそこまで、生身のままではG3-Xの武器は使いこなせない。

 

(重すぎる……しかも、ヘルメットの照準も使えない。これで当てられるか?)

 

 ランチャーの重量は約7Kg。システムのパワーアシスト無しにブレを抑えて構えるのは至難の業。そして生身の視力で捉えられない程度には、標的との距離は開いている。敵も傷ついて速度が出ていないとはいえ、この状態で撃つのは神頼みに近い。

 

 

 

 

「総員集合、G3-Xをフォローしなさい!」

 

『──了解っ!』

 

 

 

 消耗が限界を超えて装備が解除された4人の仲間。今のG3-Xと同じく無力になった少女達は、それでも諦めずに志雄の傍に集まっていく。

 

「──重っ、くぅ〜……弥勒さん、どっち⁉︎」

 

 雀が砲身を肩に乗せて照準の高さを固定する。

 

「仰角はこれで良し……シズクさん、もう少し右ですわ!」

 

 夕海子が志雄の眼となって狙いを定める。

 

「人使い荒いぜ……どいつもこいつも!」

 

 シズクが志雄の右側に回り、砲の角度を調整する。

 

「全員踏ん張りなさい……反動で外したなんて笑い話にもならないわ」

 

 芽吹は背中に回って志雄の体勢を支える。五人一組(ファイブマンセル)で構える必殺技。防人第一小隊全員の意志が込められた砲弾が、風のエルに照準を合わせた。

 

「……ハハッ……やはり君達は最高だな……これで決めるぞ!」

 

「当然よ!」

 

 

 

 

『GXランチャー……発射(ファイア)‼︎』

 

 

 

 

 G3-X最大最強の必殺技、"ケルベロスファイヤー"が5人の力で発射される。その軌道は清々しいほどに真っ直ぐで、遥か彼方の白い翼を迷いなく追っていく。

 

「コレデ……──ッ! 何ダト⁉︎」

 

 風のエルが気づいた時にはもう手遅れ。5人の執念に追い詰められた風の天使には、この一撃を凌ぐ余力は残っていなかった。

 

 

 

「私ハ"風"……人間如キニ────‼︎⁉︎‼︎⁉︎」

 

 

 

 

 異様な色彩に染まる壁外の空を、鮮やかな爆風が彩る。世界のどこにでも手が届く悪魔的な風の天使は、花火となって天空に散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(やった、か……)

 

 発射と同時に吹き飛ばされた志雄達。標的の撃破だけはかろうじて確認できたが、それが限界。ランチャーの反動がトドメとなって、身体の芯から力が抜けていく感覚。脱力感に呑まれて閉じかけた志雄の瞳に、迫り来る大きな影が映った。

 

(アレは……車? G、トレーラー……?)

 

「お兄様! みなさんも、しっかりしてください!」

 

 その声が聞こえれば、国土志雄は立て直せる。いるはずのない最愛の妹がそこにいた。

 

「亜耶……どうして」

 

「私のお役目です! V1の方と共に、前線の支援に向かえと……」

 

「そういうことだ。最低限の補給環境は整っている。君と仲間の安全は保証しよう」

 

「その声……三好さん?」

 

「そうだ。君は一度眠るといい。まだ戦いは終わっていないからね。今はとにかく休むんだ」

 

「お兄様、ご立派でした。この場は私達に任せてください」

 

「そう、か……なら、任せる……よ」

 

 信頼できる大人と愛する妹の言葉に甘えて、今度こそ志雄の意識が落ちた。アギトでもギルスでも勇者でもない、神様から何も与えられていないただの人間。神の遣いを撃破した、偉大なるただの人間も寝顔は年相応に幼いものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死ニ損ナイガ……消エロ!」

 

「っ!……ぁ、が……」

 

 シャイニングカリバーを模した双剣が、アギトの胸を貫いた。エルロードの水の力と、ダグバの炎の力をそれぞれに秘めた黒い双刃。アギトの体内で対照的なふたつの属性が融合、昇華して新たな力として炸裂する。

 

「コレデ最後ダ、アギト!」

 

 お得意の水蒸気爆発を敵の体内で発生させるという荒技。回避も防御もできない文字通りの必殺技が、アギトの内から立ち上がる力を奪い取った。

 

「……こんな、ところで……!」

 

「サラバダ、アギト……偉大ナ邪魔者ヨ」

 

 刃を抜かれて、力無く崩れ落ちたアギト。精魂尽き果てても変身が解かれないのは、それだけ"御咲陸人"が呪いに侵された証か。

 

(梃子摺ッタガ、最大ノ障害ハ取リ除カレタ。後ハコノ身体デ神樹ヲ潰シテ終ワル)

 

 横たわるアギトに目を向けることなく、白のエルが結界に向かう。神樹を守れる戦士が倒れた現状、その歩みを止められる者は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 




描いていた時は自覚なかったのですが、読み返して気づいた事実。

風のエル「圧縮圧縮……空気ヲ圧縮ゥ!」

志雄「コネクティブ芽吹!」
芽吹「アクセプション!」

パクリと追求されれば言い訳のしようがない仕上がりになってしまいました……反省せねば。

感想、評価等よろしくお願いします。
次回もお楽しみに



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鳥籠の少年

ずっと描きたいと願っていた展開がついに……⁉︎的な回です。


 風を切り、大地が砕ける。ギルスと地のエルの戦場は、一進一退の刃のぶつかり合いが続いていた。

 

「どうした? こんなもんかよ!」

 

「ギルス……貴様ダケハ私ノ手デ潰ス。『地』ヲ冠スル"エルロード"トシテ、ソレダケハ譲レン!」

 

 地のエルの剣が、燃え盛る大地を斬りつける。方陣を描くように足元に刻まれた傷が光を放ち、地面が強く脈動する。

 地盤が隆起し、砂塵がエルロードを包み込むように収束していく。大きすぎる蟻地獄を作るように地形が変動し、その中心に40m級の巨人が佇んでいた。

 

「オイオイ……なんの冗談だぁ?」

 

『大地ハ生命ノ母……器ナド幾ラデモ大キク作レル』

 

 地のエルをそのままスケールアップした容姿。周囲の地盤を破壊、結合して組み直した巨人の体躯。岩石や鉱物を圧縮した堅固な装甲と、大きな身体に溢れるパワー。剣を振るだけで暴風が吹き荒れる。

 怪人から超獣へと進化を果たした地のエル……改め大地のエル。ギルスを片手で握り潰せるほどのサイズ差が発生してしまった。

 

『潰ス……覚悟ハ良イナ』

 

「──ったく、インチキ野郎め。怪獣映画じゃねーんだぞ!」

 

 巨体でありながら従来の身のこなしは健在。横薙ぎの一閃が大地を裂き、岩盤をめくり上がらせた。間一髪跳び上がって回避したギルスも、嵐のような破壊の波に呑まれて吹き飛んでいく。

 

(パワー馬鹿かよ、まともに相手してたら粉々だな……)

 

 サイズ差は人と羽虫に近い。相手の間合いでは踏み潰されるのが見えている。スティンガーを巻き付けて間合いの内側……大きな両腕が回らない至近距離に踏み込めば、一方的に攻めに回ることもできるかもしれない。

 

『ソウ、貴様ノ勝チ筋ハ其レシカ無イ……故ニ!』

「──んだとっ⁉︎」

 

 地面が隆起、極太の大地の剣が立ち昇り、スティンガーを半ばから両断した。リフトのように空中を移動していたギルスは支えを失い急速落下。更にその真下からニ撃目が迫っていた。

 

「うおおおおっ⁉︎」

 

『ヨク逃ゲル……羽虫ソノモノダナ』

 

 飛んできた剣の腹に足を着いて反転、軽業師の如く空を跳ね回って攻撃を避けた。人間ではまず不可能なアクロバットで追撃を避け続けるギルス。絶え間なく大地から剣が飛び、大地のエルも刃を振るう。

 

(ハエ叩きに追っかけ回される気持ちを理解できる日が来るとはな。笑えねえ……!)

 

 一撃喰らえば文字通りペシャンコにされる。プレッシャーが少しずつギルスの精神を追い詰め、徐々に距離も詰めていく。

 

『捉エタゾ!』

 

「クッソが……!」

 

 とうとう完全に無防備を晒したギルス、その頭上に剣が落ちてくる。膨大な質量が直撃する、その刹那──

 

 

 

 

「──鋼也ぁぁぁっ‼︎」

 

 剣の腹にミサイルが直撃、爆風で太刀筋が大きく逸れてギルスは九死に一生を得た。乱入者──G4-Bは空を翔け、ギルスを拾い上げて着地した。

 

「危なかったな、鋼也!」

 

「お前……銀か。なんだよそのカッコ」

 

「へへっ、鋼也を助けるために貰った力だよ。やっぱお前はアタシがいないとダメだな〜」

 

「……へっ、うるせーよ」

 

 画面越しで表情が見えずとも、一言交わせばそれで足りる。鋼也が銀との未来のために戦っていることも、銀が鋼也のためにここまで来たことも互いに理解している。

 

『来タカ、赤ノ勇者。いや……元・赤ノ勇者カ』

 

 ギガントで破壊された剣の刃が、みるみる再生していく。地の天使はケイ素をはじめとする大地の構成要素全てを操る能力を持っている。地球上において、単純な力技ででこの巨体を壊し切るのは不可能に近い。

 

「暫く見ない間に大きくなってくれちゃって……育ち盛りの弟達でもここまでじゃないぞ」

 

「やめろバカ。金太郎で想像したら鳥肌立ったろうが」

 

 ギガントの残弾は残り3発。巨体を削り切るには足りず、再生速度を上回るにはもっと足りない。今の大地のエルを倒そうとするのは、自分が足をつけている母なる大地そのものを敵に回すのと大差はない。

 

「だがまあ、やることは2年前と同じだ……ここから先には、行かせない!」

 

「俺達が揃えば負けはねえ……ここからは、ライダーの時間だ!」

 

 それでも2人に敗北のビジョンはない。一番守りたい存在であり、戦う理由でもある相棒が隣にいる。その事実が、2人の心を奮い立たせる。

 

 

 

 

 

 

『踊レ、我ガ掌ノ上デ!』

 

 大地のエルが足元に剣を突き立て、方陣が周辺数十kmまで広がっていく。陣の光が大地に溶け込み、地面が蛇のように蠢き出した。

 

「うおああっ⁉︎ 何だコレ、地面が暴れてる?」

「ざけんな……! 走るどころか、立ってらんねえぞ」

 

 隆起と陥没を繰り返し、波打つように足元が流動的に変形し続ける。地盤に飲み込まれないように逃げるので精一杯。更に不意を突くように剣が飛び、2人の体力と神経を削り取っていく。

 

「チッ……銀、ソレ飛べんだろ! 上下から攻めるぞ」

 

「えっ……あ〜、了解!」

 

 なにかを言い淀んだ銀が躊躇いながら空を舞う。その軌道は見るからに頼りなく、右へ左へとフラフラ重心をずらして流れていく。

 

「──っておい! なにやってんだ銀⁉︎」

 

「しょうがないだろ、飛行訓練なんか受けてないんだから!」

 

 速度もまるで出ていない上に、無防備に大地のエルの目前に飛んでいくG4-B。間違いなく飛行の制御ができていなかった。

 そもそもパワードスーツによる単独飛行は傍目よりもずっと難易度が高い。全体のフォルムが生身に近いため、繊細な重心操作とスラスター制御を両立させなければ望んだようには動けない。

 志雄もG3-Xの基礎設計が完成する以前から、先々の展望として飛行システムの制御訓練をみっちり重ねてなんとか形になっているのだ。アドリブに強い銀ではあるが、流石にこれは無茶振りが過ぎた。

 

『ドウシタ? 空ハ不慣レカ?』

 

「うおおおっ⁉︎ あっぶな!」

 

 虫を払うように振るわれた左腕がG4-Bを掠める。たったそれだけのことで暴風に煽られ、まともに飛べない銀は墜落していった。

 

「銀っ!」

「大丈夫……でもゴメン、飛ぶのは厳しそうだ」

 

 背中から落ちた結果、G4-Bの背部スラスターは中破。飛行機能はほぼ失われた。ここからは敵のテリトリーである地上で立ち回るしかない。

 

「クソが……走れ銀、止まってると落ちるぞ!」

 

 地震、地割れ、大地の剣、陥没と、足場が次々に形を変えていく異常事態。()()()()()()()には、非常に動きづらい環境に立たされていた。

 

「鋼也、後ろっ!」

「っ! ヤベッ──!」

 

 大地のエルが蹴り上げた土石が、崖崩れのようになってギルスに迫る。視界全てを覆い尽くす波に呑まれて消えていった。

 

「鋼也! 鋼也ぁぁぁっ‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……いってぇ、なんなんだよあのデタラメ……卑怯とかいうレベルを超えてるだろ)

 

 上下も分からぬ暗闇の中、全身が軋む痛みで鋼也は目覚めた。完全に土石流に流されたらしく、身動き一つ取れなくなっている。

 

(落ち着け……まずはここから抜け出す、そのために……俺にあるのはギルスの力。考えろ、この力には何ができる? 俺がこれまで引き出してきた力と、まだ眠っている力、全てを使って……)

 

 思い出すのは、かつての師との激闘。自分達と敵対したように偽って、未来への希望を掴み取ろうとしていたもう1人のアギト。彼は戦いの中でも、教え子である鋼也達に何かを伝えようとはしていなかったか。

 

 ──動きに無駄が多すぎる。敵を翻弄する狙いもあるのだろうが、その速度を見切れる相手には何の意味もない──

 

 ──そういうところが…… 詰めが甘いというのだ、若造が!──

 

 そうだ。拳を交えながら、敵対する相手を教え導こうとする彼との戦いで、ギルスは新たな段階に足を踏み入れていた。

 

(部分的に肉体の組成を変質させる、なんて小さな使い方じゃ足りねえ。必要なのは、今この戦場に最適化されたギルスの力……)

 

 ──篠原……ギルスの力は、まだまだ進化の余地がある……全てはお前の心次第だ──

 

 ギルスはアギトの資格者が何らかのイレギュラーを経て覚醒した際にしか発現しない、極めて希少な超越者だ。その力はあまりに不安定で、時に資格者本人にさえ牙を剥く。

 しかしそれでも、無限に進化するアギトと同様、資格者の意志に沿ってどこまでだって強くなれる。仮面ライダーギルスに限界はない。それこそ、篠原鋼也が自分を諦めない限りは。

 

(やれるはずだ……俺に、仮面ライダーの資格があるのなら!)

 

 諦めるな、漢の意地を貫き通せ。

 それが篠原鋼也の選んだ道、仮面ライダーを名乗ると決めた少年の生き様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鋼也……そんな、鋼也!」

 

『先ズ一人……次ハ貴様ダ。並ベテ眠ラセテヤル』

 

 G4-Bに向けられた剣。それが振り上げられた直後、ギルスが埋まった大地が爆散し、一つの影が空に跳ねた。

 

 

 

「──勝手に殺してんじゃねえぞ……このクソ野郎がぁぁぁっ‼︎」

 

 

 そのフォルムは異様の一言に尽きた。背は曲がり、両脚は縮み、シルエットは四足歩行の獣そのもの。高速で蠢くスティンガーが翼のように広がり、野性的な咆哮をあげるその姿は、ゲーム等でお馴染みの空想生物──ドラゴンを思わせる獰猛さがあった。

 

『エクシードギルス・ワイルドブラッド』

 

 どんな足場でも踏破できる四足歩行。

 突発的な足元からの攻撃にも対処できる敏捷性。

 身体を縮めた上で多数のスティンガーを伸ばし、空中でも軽やかに動ける運動性。

 

 最悪の状況に最適な進化を。鋼也がギルスの本質を掴んで手に入れた、人の姿を超越した新しいギルスの姿だ。

 

「行くぞ、オラァッ‼︎」

 

 まさに獣といった動きで駆け抜ける野性の王(ワイルドブラッド)。力強い4本の足が、流動的な地面をしっかりと踏みしめて前進していく。

 

『ギルス、マサカコノヨウナ進化ヲ……!』

 

 大地のトラップが次々と差し向けられ、その全てを踏み越えてギルスは突き進む。8本に増えたスティンガーが、大地のエルの両腕を巻き止めた。

 

「噛み付いてやるさ、何度でも……俺達はちっぽけでも、絶対に諦めない生き物なんだよ!」

 

 ついに至近距離まで詰め寄ったギルスが真っ直ぐ飛び掛かる。喉笛に一直線で突っ込み、その牙で首筋に噛み付いて大きく削り取った。

 

『グ……ム……!』

 

「やっぱ中のお前自身にもダメージがいくんだな! まあ、そうでもなきゃあんなデタラメは成立しねえだろうが」

 

 身体が大きいせいで、多少の手傷では止まらない。

 しかし身体が大きいせいで、小さな的に狙いを絞りづらいのも事実。

 

「銀、来い! 2人で行くぞ」

 

「おうよ!」

 

 着地したギルスの背にG4-Bが飛び乗る。ワイルドブラッドの走破力で足元の変化に対応し、G4-Bの火力を叩き込むフォーメーションだ。

 

「走れ、鋼也!」

「狙え、銀!」

 

 跨っているのはギルスで、構えているのはミサイルランチャーではあるが、やっていること自体は弓騎兵に近い。足と武器を用意できれば、戦いやすさは一気に変わる。

 

(さっきの反応、狙うならやっぱり……頭!)

 

「足元に滑り込む、振り落とされんなよ!」

 

 あらゆる大地の罠を突破し、爆風を背に戦場を駆ける牙。機動力と運動性でかき回し、無防備な足元に飛び込んだ。

 

「この距離ならどんなヘタクソでも外さねえだろ……銀!」

 

「馬鹿にすんなよ……そんな気使われなくても、当ててみせるさ!」

 

 ギルスに跨ったまま上体を倒し、寝転ぶような体制で真上にギガントを構えたG4-B。死角に潜り込んだ小虫を覗き込むように屈んだ大地のエルと、バッチリ目が合った。

 

「照準バッチリ……いっけぇぇぇっ‼︎」

 

 ここを勝機と見据えた銀が3発同時に撃ち込んだミサイルは、両眼と眉間に直撃。頭部に大きな風穴を開けた。あまりにも大きな衝撃を受けた大地のエルは、屈んだ姿勢から一転、大きくのけ反ってたたらを踏んだ。

 

「トドメ、いくぜぇ!」

「よっしゃあ!──解号(コード)『BRAVE』──燃えろぉっ‼︎」

 

 青い複眼が赤く染まり、G4-Bの両手に巨大な戦斧が握られる。それは2年前、牡丹の勇者が使っていた武器に非常によく似ていた。

 かつて勇者だった三ノ輪銀のためにチューンした、GENERATION4-BEYONDの真骨頂──GENERATION4-BRAVE。

 

「なっつかしいなぁ! やっぱアタシには飛び道具よりこっちが馴染む!」

 

 三ノ輪銀の勇者としての戦闘データや今の彼女に眠る勇者適性を解析してGシリーズの技術に応用した新機軸。かつての赤の勇者に限りなく近いコンディション、装備、スペックを時間制限付きで再現できる。精霊バリアや満開といった特殊機能は不可能だが、人の技術が神の御業に追いついた証明でもある。

 

 再びスティンガーで頭上まで這い上がるギルス達。幾多の爪牙と灼熱の戦斧が、呻く巨人の首を狙う。どれだけ大きく、どれだけ硬く、どれだけ強くても関係ない。愛する者が隣にいる限り、どんな障害も突き破って前へ。

 

 

 

「裂けろ、デカブツ‼︎」

 

「あの日のお返しだ、叩っ斬ってやる‼︎」

 

 

 

 クロウ、スティンガー、ヒールクロウまで使って踊り狂うように斬り刻むギルス。

 灼熱迸る斧を嵐のように振り回し、全てを寸断するG4-B。

 2人の刃の響宴が、大地の巨人の頭を粉微塵に打ち砕いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鋼也、これで……」

 

「ああ。梃子摺ったが、これで終わりか」

 

 砂粒となって崩壊していく巨人の身体。砂塵の滝を浴びながら、ギルスはようやく一息ついて──

 

「残念ダガ、私ノ戦イハコレカラダ」

 

「──あ……?」

 

 大地のエルを構成していた大量の土石や砂粒。その全てを再構成した超巨大な大地の剣が突如建立。ギルスの腹部を穿ちベルトにヒビを入れた。数百m上空まで跳ね上げられたギルスは、抵抗も反応もできずに彼方に飛んでいった。

 

「コレダ……奴ニコノ一撃ヲ叩キ込ム瞬間ヲ、ズット待ッテイタ……!」

 

「鋼也、鋼也……返事しろよ、おい!」

 

 

 

 

 

 

 地のエルは巨人の術でギルスを倒し切れない展開も織り込み済みだった。重要なのは、大地のエルを形成する際に集約される膨大な大地の構成要素とそれに付随するエネルギー。

 巨人が崩壊した直後。地を司る天使にとって最高の環境となる一瞬が狙い目だった。過去最高に力を練り込んだ最強最速の大地の剣。気が抜けていたとはいえ、エクシードギルスでさえ反応できなかった超速の一撃は、確かに宿敵の中心を抉って刻んだ。

 

「お前はぁぁぁっ‼︎」

 

「ギルスヲ仕留メタ以上、貴様ダケデハ相手ニナラヌ」

 

 激情のまま斧を振るう銀。頭に血が上った今の彼女では、能力技術経験全てにおいて上回っている地のエルには勝てない。一刀で呆気なく二刀を払い退けられ、装甲を少しずつ削られていく。

 

「ちくしょう、なんで……!」

 

「一度命ヲ拾ッタ経験ガ勘違イサセタ様ダナ……コレガ人ト天使ノ格ノ差ダ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(クソ……今日はこんなことばっかだな。全くツいてねえ)

 

 全身を包む虚脱感から逃れられず、体に力が入らないまま倒れ伏すギルス。要のベルトが傷つけられたことで、自慢の再生力も大きく落ちてしまった。

 

(あの日を思い出す……俺は片腕持ってかれて、そんな無様な俺を庇って銀が……そう、ちょうどあんな風に……銀⁉︎)

 

 その視界の端に、一方的に追い詰められていくG4-B──銀の姿が映る。正に2年前の再現。動けないギルス、攻め立てる地のエル、防戦一方の銀。あの日は最悪の結末だけは避けられたが、2人にとって辛く苦しい時間が長く続いたきっかけとなった戦いだった。

 

(ざっけんな! 約束したんだよ……もう待たせねえ、絶対に当たり前の日々を取り戻して、今度こそ俺は銀と……みんなと……!)

 

 身体が動かないのは、肉体にその力が残っていないから。

 ならば話は簡単。意思に沿って進化するギルスの性質を利用して、傷ついた細胞を強制的に作り替えればいい。

 いわば能動的、意識的な強制再生。従来の無意識下の再生以上に身体に負荷をかけるが、今大切なのは何よりも銀だ。

 

(ヤツは今誰よりも速くて強い……ただ突っ込んでも勝ち目はねえ)

 

 再生を待ちながら、必死に頭を回す。先ほど食らった大地の剣は大きさ、威力、速度の全てにおいて最高の一撃だった。あんなことができるなら初手から使えばいい。それだけでギルスは間違いなく負けていた。

 この局面で使った理由──地のエルが巨大化を布石に力を貯めていたことくらいは流石に察しがつく。

 

(今必要な力……それはなんだ?)

 

 ワイルドブラッドは確かに強力だが、あれはあくまで大地のエルを倒すために最適化した形。今必要とされる進化はまた別の形だ。

 大地のエルと比較して、今の地のエルは脆い。攻撃力はそこまで重要ではない。

 特筆すべきはやはり速度。地のエルを超えるスピードが今求められている力だ。

 

(速さ、速さだ。アイツに追いついて、追い越して、振り切れるだけのスピード……惚れた女の窮地に、一瞬で手が届くだけの、絶対的なスピードを俺に寄越せ!)

 

 ギルスの身体が熱を帯びて、再び肉体が組み替えられていく。銀を救う、そのための力に手を伸ばし続ける少年の想いが形として世界に現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 G4-Bの全武装を破壊した地のエルが、その首元に鋒を突きつけた。

 

「ヨク粘ッタガ、ココマデダ」

 

「グッ……お前なんかに……!」

 

「サラバダ、赤ト黒ノ勇者ヨ」

 

 上段から振り下ろした剣はG4-Bの首を捉え──ることなく、何もない空を切り、その手にはなんの手応えも残らなかった。

 

(……何……?)

 

 暫し唖然とする地のエル。数秒遅れて、左腕が半ばから切断されて宙を舞った。その傷と痛みに、ようやく敵襲に気がついた。

 

「斬撃……? 馬鹿ナ、マサカ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 ──ズザザザザザザンッ‼︎──というあまりにも荒々しい地面を削り取るような足音が彼方から聞こえてきた。振り向いた先には、G4-Bを抱えた緑の人影。何度も仕留めたと確信し、その度に蘇ってきた忌々しい宿敵の姿。

 

「……フゥ──!……フゥ──!」

 

「……こ、鋼也……?」

 

 ギルスを知る誰もが、今の彼を見れば目を疑うだろう。あの野性味溢れる姿が見る影もなく痩せ細っていた。

 手足は全体的に痩せ衰え、銀を支える立ち姿はあまりに頼りない。

 特徴的な生体装甲も胸部を最低限覆うのみ。肩部や腕部を守る緑色は消失し、黒い体表が見えるだけ。

 雄々しく猛々しいスティンガーや全身の刃もなくなり、右腕から伸びるギルスクロウひとつしか武器らしい武器がない。

 

『エクシードギルス・オーバーソニック』

 

 不要な装備を極力排して、只管に速度を追い求めた進化の形。あまりにも一芸特化でピーキーに過ぎる、鋼也だから選べた危険極まりない新しいギルス。

 

「鋼也、お前……大丈夫なのか?」

 

「……ああ、ちょっと休んどけ。アイツは俺が狩る!」

 

 荒い息を整えて、ギルスがG4-Bを左腕で抱えたまま前に出る。不安定すぎる有様の鋼也に、それでも銀は言葉をかけられなかった。

 

「潰す……今度こそ完全にな……!」

 

 震える声に宿る怒りの炎が、銀から全ての言葉を奪っていた。

 

 

 

 

 

(片腕ヲ落トサレテモ気付ケナイ速度……死ニ損ナイト侮ル事ハ出来ヌカ)

 

 ギリギリ視界に映るかどうかという距離を詰めて、一瞬で目の前にいた仲間を掠めとって更に片腕までもぎ取る。これを知覚されずに完遂するには相当な速度差がなければ不可能。地のエルは、今のギルスのスピードを眼に映らない領域だと判断した。

 

 

 

 

「ナラバ、見エズトモ倒セル手ヲ打テバ良イ……コノ様ニナ!」

 

 範囲は地のエルを中心に半径20km。その全ての大地を掌握し、全ての土壌を剣に変える。全方位に大地の剣を隆起させ、面積全てを破壊で占める超能力。

 あらゆる逃げ道と攻め手を封殺する、絶対攻撃にして絶対防御。どんな敵でも圧殺できる、地の天使の切り札が発動した。

 

 

 

(上空ニモ地下ニモ攻撃ハ届ク……コレハ絶対ニ避ケラレ──)

「こっちだよ、ノロマ」

 

 勝利を確信した地のエルの胸部に、深々と刺さる爪。

 ギルスはG4-Bを抱えたまま剣が生え揃うまでの僅かな時間差、僅かな隙間を縫うように踏破。全ての剣を避け切って術者の真後ろ、攻撃が唯一届かない零距離まで踏み込んできた。

 

「ナ……ガ……馬鹿ナ、有リ得ン!」

 

 無理やりクロウを引き抜いて、振り向き様に剣を振るう。しかし振り向いた先には誰もいない。振り抜いた剣はまたも空振り、しかもその刃も根元から断ち切られていた。

 

「だからよ……」

 

 再び後ろから響く声。耳に届くと同時に地のエルの視界は遥か上空、光なき壁外の空を映していた。カメラを切り替えたような異様な視界の移り変わり。しかも妙に身体が軽く感じる。

 

「遅ぇんだよ、俺を捉えるにはお前の剣は鈍すぎる」

 

「……ァ……ァァ……!」

 

 その声が妙に真下から聞こえると気づいた時にはすでに手遅れ。自分の首が飛ばされたのだと理解するよりも速く、地のエルの頭部は砂の様に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「へへっ、なんだよ……大した事、ねーなぁ……」

 

「鋼也?……おい、鋼也!」

 

「楽勝だぜ……エルロー……」

 

 全身から力が抜け、電池が切れたように崩れ落ちた鋼也。アドリブで2度も超進化したツケか、身体中を稲妻のような痛みが駆け巡って動けない。

 

「鋼也、しっかりしろ鋼也!」

 

「あー……や、大丈夫だ。思いっきり体動かした直後みたいな……多分、筋肉痛に近いもんだ」

 

 ワイルドブラッドは、生物としての形から変容するため身体への負荷が大きい。普段使わない筋肉や器官に過剰なダメージが行く。その上でオーバーソニックの殺人的な加速とGのダブルパンチ。鋼也でなければ失神からの失禁という最悪のコンボもあり得ただろう。

 

「ほんとに大丈夫か?」

 

「ああ。暫く休まねーと戦闘は無理だろうが……少なくとも後に響くような感じはねえな」

 

「そっか……そっかぁ! アタシ達、今度こそ完全にアイツに勝てたんだな」

 

「そうだな……俺達は何も失っちゃいねえ。しかも前みたく魂が逃げ出した痕跡もない。完全勝利だぜ、銀」

 

 銀もようやく安堵したのか、変身を解除して鋼也の身体を抱え上げる。しばらく奮闘して、どうにか膝枕の体勢に落ち着いた。

 

「戦いはまだ続くんだろうけど、ここで一区切りだな。ちょっと休もう」

 

「ん……ああ、寝かせてくれるのか……」

 

「眠いのか? なら寝ちゃえよ。なんかあればちゃんと起こしてやるからさ……おやすみ、鋼也」

 

「おやすみ……ぎ、ん……」

 

 夢の世界に旅立った鋼也。そんな彼の頭を優しく撫でながら微笑む銀。燃え盛る大地にあまりに不釣り合いな恋人の逢瀬。

 そんな空気を知ったか知らずか、遠く彼方からサイレンを鳴らしたGトレーラーが近づいてきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「至急戦力を呼び戻せ! ここが何より最優先だ!」

「ダメです! 戦闘の余波と戦場の拡大で、通信が……」

「不味いぞ、他はまだしも奴の力は神樹様の命に届き得る!」

 

 エルロード二体の撃破という朗報も響かない程に、大社司令室は狼狽していた。アギトが動かなくなったこと。その張本人であり、最も神樹に近づけてはならない敵性である白のエルが結界間近まで乗り込んできたこと。

 これらが意味するのは人類全滅まで秒読み状態という事実。結界上の防衛部隊も奮戦しているが、結果は火を見るより明らかだ。

 

(私が見た未来はこの先に続いていた……ですが、もし何か見落としていたとしたら?)

 

 かぐやは無言で考え続ける。彼女の本命の策はここを乗り越えた先にある。なのにここで躓いてしまっては意味がない。

 

(どうすればいい? 今更私になにができる?……神樹様……陸人様!)

 

『──、丈夫だ……』

 

 目蓋を閉じて混乱を隠していた筆頭巫女の耳に、今最も聞きたかった人の声が届いた。

 

「陸人様っ!」

 

『大丈夫……俺が、行く……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「邪魔ヲスルナ……木端共ガ!」

 

 白のエルが戯れに片腕を振るえば、それだけで防衛線は瓦解する。炎の渦が結界上部を焼き尽くし、市街地への被害を0に抑えてきた精鋭達をまとめて吹き飛ばした。

 

(ヤハリ、アギト以外デハ話ニナランカ)

 

 悠々と結界を超えて四国に上陸した白のエル。既に神樹の場所は把握している。一直線に大社本部──御神体の在り処に迷いなく突き進む。

 

 

 

「……そこ、までだ……!」

 

 その歩みを止められる唯一の存在、爆炎を宿したアギトが進路を塞ぐように落ちてきた。全身の筋肉は硬直し、呼吸ひとつままならない。胸の傷も塞がらないまま飛び出してきた、愚かな程優しく無鉄砲なヒーローの乱入だった。

 

「ヨクゾ追イツイテ来タ。貴様ナラ来ルト思ッテイタゾ」

 

「……なん、だと?」

 

「貴様ガ殺シテモ死ナンノハ承知シテイル。ダカラ此処マデ呼ビ寄セタ」

 

 殺したつもりの一撃でも、心が折れなければ陸人は何度でも道理を覆して戻ってくる。それを理解していたからこそ、エルロードはあえてアギトを確殺せずに戦場に捨て置いた。神樹の間近で対面するために。

 

「人類ト世界ノ拠所ヲ目ノ前デ破壊スレバ、流石ニ貴様デモ堪エルダロウ?」

 

「お前、そのためにわざと……」

 

 神樹を潰す光景を目の当たりにさせる。そうして守りたかったものが壊れていく世界で、ゆっくりとどめを刺す。それが白のエルの筋書きだった。

 

「神樹ハアノ建造物ノ真下……今ノ私ナラ此処カラデモ届クナ」

 

 白のエルが右腕を抱え上げ、その上に巨大な火球を形成する。ダグバも使っていた得意技、その威力は陸人が1番理解している。地面も本庁舎も破壊して、神樹に届き得るだけの力があり、白のエルにそれを躊躇う理由はない。

 

(不味い──!)

 

「別レヲ告ゲヨ……今日マデノ、コノ世界ニ!」

 

 火球の落下点に回り込んだアギト。その身を盾にしたところで、大社や神樹を守り切れる可能性は低い。それでも──

 

「……! 下ラヌ感傷ヲ。所詮貴様モ人ノ身カ」

 

「お前なんかに、分かってたまるか……!」

 

 諦めない心ひとつで全てを守ってきた陸人にとって、選ぶ道はひとつだけ。どれだけ分の悪い賭けでも、未来に繋がる可能性が1%でもあるのなら。

 

 

 

 

 木が燃え、壁が燃え、空気が燃えた。

 アギトごと全てが燃え尽きる──そう誰もが幻視したが、現実は違った。

 

 

 

「──好き勝手もそこまでだ!──」

 

 

 

 地下──御神体の方向から飛んできた6色の光球が、火球を堰き止めてかき消した。急激な温度変化と気体の状態変化で旋風が吹き荒れる。本部の中央広場は一気に荒廃したが、それでも本庁舎も地下もまだ崩れていない。

 

「何ダ? 今ノ光……」

 

(懐かしい感覚……もしかして……!)

 

 紙一重で人類全滅を食い止めた光球達は、戯れるようにアギトの周囲を舞い、大きく力強く輝きを増す。人間大まで増大した光の中に、人間らしき影が見える。

 

 

 

「待たせてしまったな。よく頑張ってくれた、さすが陸人だ」

 

 青の光から響く凛とした声。刀を携えた武士のような雰囲気の少女。

 

「う〜、やっと出てこれたぞ。久しぶりだな、陸人!」

 

 橙色の光からは幼さの残る声。大きな盾を掲げた活発な雰囲気の少女。

 

「神樹様の近くじゃないと私達は出て来れなくて。ずっと会いたかったです、陸人さん」

 

 白の光からは控えめで可憐な声。弩を備えた理知的な雰囲気の少女。

 

「私はちょっと前に会ったけど、あの時はロクに話せなかったしなぁ……ちゃんと会えて嬉しいよ、りっくん!」

 

 桜色の光からは今もよく聞く彼女に似た声。手甲を付けた優しげな雰囲気の少女。

 

「……無理をしすぎよ、そんなになって……でも、それがあなたなのよね、陸人くん」

 

 赤の光からは静かで落ち着いた声。大鎌を握る儚げな雰囲気の少女。

 

「いつでもどこでもあなたはあなたってことよね。もちろん私も変わらずあなたの傍にいるわ、陸人くん!」

 

 緑の光からは溌剌とした力強い声。鞭を持つ堂々とした雰囲気の少女。

 

 

 

「あ……ああ……!」

 

 光が晴れた先にいた6人の少女が、アギトを庇うように前に並び立つ。300年前と同じように。それから今日までできなかった分も、力強く胸を張って。

 

「初代勇者達……"クウガ"ノ仲間カ!」

 

「みんな!」

 

「これまでの経緯は全て見ていた。やりたい放題やってくれたな……ここからは我々も相手になる。文句は言わせんぞ、天使気取りの悪魔共!」

 

 青の少女が刀を抜いて宣言する。今こそ共に戦う時と。やっと追いつくことができたのだと。

 ひとりで無理をし続ける彼の隣に立てる者は、現世にいる勇者達だけではないのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この展開を待っていてくれた方もいると思います……が、誰よりもこれを待ち望んでいたのは間違いなく作者本人でしょう。長かった……

感想、評価等よろしくお願いします。
次回もお楽しみに。



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英雄

前回に続いて、懐かしい要素のカムバック回です。


 


 乃木若葉

 土居球子

 伊予島杏

 高嶋友奈

 郡千景

 白鳥歌野

 

 神に選ばれた最初の資格者にして、クウガ(伍代陸人)と共に戦い抜いた偉大なる勇者であり、陸人と縁を結んだ少女達。歴史上の偉人となってしまった彼女達が、300年の時を超えて再び常世に集結した。

 全ては陸人を救うため。陸人と自分達が繋いだ未来を、もう一度守り抜くために。

 

「さて、陸人よ。一旦退がれ」

 

「え?」

 

「今も倒れそうなのを必死に我慢してるでしょ……分かるよ、りっくんのことだもん」

 

「……そんな状態のあなたを前線に立たせるほどこっちも馬鹿じゃないわ」

 

「いやでも──」

 

「ほぅれ」

 

 気の抜けた掛け声と共に、球子がアギトの肩を軽く小突いた。子供の戯れのような力加減にも耐えられずに崩れ落ちたアギト。その様で戦うというのは、なるほど確かに馬鹿としか言いようがない。

 

「タマの指一本で尻餅つくような状態で何ができるってんだ。ここはタマ達に任せてちょっと休め」

 

「お二人、陸人さんのことお願いしますね」

 

 座り込んだアギトの肩を支えるように、両側から2人分の温かい手が差し伸べられた。その手の懐かしさに絆されたのか、意識が飛んでも消えなかったアギトの鎧が解かれて御咲陸人が顔を見せた。

 

(この温度、この匂い、この気配は……)

 

「お久しぶりです、陸人さん……見ないうちに随分雰囲気が変わりましたね」

 

「すごく冷たくなってる……陸人さん、大丈夫? 苦しくない?」

 

「ひなたちゃん……水都ちゃん」

 

 陸人の存在を確かめるように額をすり寄せてきた上里ひなた。

 人の温かみを失った左半身に、案ずるように優しく手を触れる藤森水都。

 共に激動の時代を駆け抜けた、伍代陸人が最も大切に思っていた仲間。

 

「陸人を頼むぞ。ひなた、水都」

 

「お任せください」

 

「みんなも気をつけて……!」

 

「ああ。向こうもそろそろ待ちきれなくなってきた頃だ」

 

「……みんな」

 

「案ずるな、私達とて備えはしている。たまには頼ってくれ」

 

「……いつだって頼りにしてるさ。他でもない君達のことだからな」

 

 陸人の言葉に満足気に微笑んだ若葉達。頼もしい背中を示したまま、6人の勇者は荒ぶる灼熱に真っ向から駆けていく。昔と変わらない後ろ姿に、機能を停止したはずの陸人の左眼から滴が落ちた。

 

 

 

 

 

 

「埃ヲ被ッタ中古品ガ……邪魔ヲスルナ!」

 

 白のエルが大気を変質させて焔の渦を巻き起こす。触れたもの全てを焼き尽くす地獄の業火が勇者達に迫る。

 

「球子!」

「おうよ、タマに任せタマえ!」

 

 その破壊的な豪炎に正面から飛び込むのは大きな旋刃盤を備えて防御にも長けた勇者、土居球子。広がる爆炎を武器で受け止め、そのまま前進して距離を詰める。

 

「だぁらぁぁぁっ!」

「止マラナイ、ダト?」

 

 懐に飛び込んだ球子が旋刃盤を振りかぶる。自身の炎と白のエルの焔を重ねて収束した豪炎のシールドバッシュを叩き込んだ。

 予想外の手応えを感じ、飛び退いて距離を取った白のエルにさらなる追撃が迫る。

 

「ジャストミート! そこに逃げるのは読めてたのよ!」

「多方向から同時に攻めれば……!」

 

 着地点を先読みした歌野の鞭が地面を突き破って足元から迫り、アドリブで合わせた杏の矢が頭上から降り注ぐ。上下から挟み込む同時攻撃。永く同じ時を過ごした仲間だからできる完璧な連携だったが、白のエルの戦闘力はその努力を容易く上回る。

 

(甘イナ、ソノ程度デハ)

 

 迫る挟撃を、周辺の大気を発火させて焼き尽くした。雪の矢も、大地の鞭も焼却する焔の壁。神樹の加護さえ灰に還すその火力は驚異だが、勇者達はそれさえ織り込み済みだった。

 

「……集団戦で視界を塞ぐのは悪手よ……!」

「遅いな、"奴"なら反応できていたぞ!」

 

 大規模な爆発を起こしたことで白のエルの視界が塞がった一瞬。その刹那に、千景と若葉が踏み込んだ。5人の自分自身を(デコイ)に使って左に詰め寄る千景。爆発的な加速力で右側から回り込む若葉。長物を振るう2人は自分の獲物で白のエルの両腕を押さえ込み、両側面から挟み撃ちで動きを封じた。

 

「チッ、小癪ナ……!」

 

「最後は私が行くよ──勇者ぁぁぁ……パァァァンチッ‼︎」

 

 結城と同じく、闇に対する特攻兵器"天の逆手"を有する高嶋友奈が突撃。最速最強の拳が迫り──直撃する直前に大気を炸裂させて無理やりに距離を開いた。

 白のエル自身にもダメージが残る緊急手段で強引に仕切り直した。錆び付いた過去の戦士だとタカを括っていた天使にとって、この抵抗の激しさは予想外過ぎた。

 

「西暦ノ戦イノ記録ハ、罪爐ニ見セラレタ。ダガ、今ノ貴様等ハ……」

 

「何を当然のことを。陸人を送り出した私達がただ指を加えて見ているだけだとでも思ったか?」

 

「今日みたいな日が来て欲しかったわけじゃないけど……いつか必要になると思って準備してきたんだよ」

 

「……陸人くんを害した瞬間から、あなたは私達()()を敵に回した。その意味をたっぷり教えてあげるわ……」

 

「それでフルパワーな訳? 同じ姿をしてても、あの白いデビルと比べて随分手応えが違うわ」

 

「……貴様等ヲ見誤ッタ事ハ認メヨウ。ココカラハ全霊ヲモッテ打チ滅ボシテクレル!」

 

 白のエルが地面を殴り抜き、その権能を大地に流し込む。世界そのものを噛み砕くように、数多の炎柱と氷柱が立ち昇った。雲さえ突き抜けて伸びた灼熱と氷結の塊。結界の内側でこれだけの力が暴れれば、一般市民への被害は計り知れない。

 

「貴様等モ神樹モ愚民共モ、総テ纏メテ消シ去ル!」

 

「さすがにダグバの身体、力は凄いなぁ。でも……!」

 

「私達だって、それくらい承知で来たんですから!」

 

 

 

「そこまでだ……水の、海の力を破壊に使うなど、私が許さない」

 

「ここで好き勝手されると困るんだよねー、ちょっと大人しくしてもらいますか!」

 

 地面の下、御神体の方向から再び顕現する幾多の光。色とりどりの光球が空を翔け抜け、柱を包むように舞い上がる。白のエルの権能を解きほぐして霧散させた。

 

「何……マダ出ルノカ?」

 

「……言ったでしょう、全員って。()()()()で彼と繋がっていたのは私達だけじゃないのよ……」

 

 光が人の形を取り、各々雰囲気が異なる装束を纏った少女達が舞い降りた。白のエルを囲むように武器を構えた、総勢77人の勇者達。神樹の内側に広がる魂だけの世界──神域から常世を見守り続けた英霊の魂魄が、四国最大の危機を前に一堂に介した。

 

「大本命のド派手な登場に面食らっているようね。まあ無理もないわ! この弥勒の威光を目の当たりにしたんだもの」

 

「レンちのそういうところ私は好きだけど、ここは控えた方がいいんじゃない? 今回私達は陸人様へのお礼に出てきたんだしさ」

 

「水の天使……そう名乗る割には、海の神様のような力は感じないな」

 

「じゃあその程度の相手だってことじゃないですか? 陸人くんに勝てないからって他人の身体使うような奴なんでしょ」

 

 光刃、鉄拳、双棍、投槍。個性豊かな武器を備えた見目麗しい少女達が、ほんのひと時常世に返り咲く束の間の饗宴。神樹の献身と魂たちの善意、そして陸人と結んだ縁が生んだ奇跡の瞬間だった。

 

「亡霊ガ雁首揃エテ……死者ハ死者ノ居場所ニ還レ!」

 

 囲まれた白のエルが再生アンノウンを大量投入。万一に備えて温存していた戦力をも用いた総力戦の構え。大社本部に戦場を移して、一大決戦の第二ラウンドが幕を開ける。

 

「弥勒の活躍を盛り上げる引き立て役まで出してくれるなんて、気が効くわねエルロード!」

 

「行こうレンち──火色、舞うよ!」

 

 彩り豊かな勇者の軍勢と、形状豊かなアンノウンの軍勢が正面から激突した。

 

 

 

 

 

 

 英霊と怪物の戦争。目の前に広がる光景がどれほどの奇跡の上で成り立っているのか、その尊さを誰よりも理解している陸人は見惚れるように目を見開いていた。

 

「みんなも……来てくれたんだな」

 

「ええ、神樹様が一時的に扉を開いてくださいました。生死の境界を侵す禁忌なので、本来なら許されない所業なのですけどね」

 

「陸人さん、もうひとつとっておきのお土産があるの……静さん、こっちです!」

 

 水都が呼びかけたのは戦場のさらに奥。常世と神域の境界から騒がしい声が届く。

 

「ほいなほいなー……っと! これはアカンな、抜けられへん……アカナ、ロック、手ぇ貸してくれ!」

 

「──よっと。大丈夫シズ先輩……それが?」

 

「そや。リッキーへのプレゼント。今1番大切なモンを抱えてるウチを護ってくれるか? 2人とも」

 

「英雄へ繋げるバトンを守る……それもまた弥勒の偉業のひとつに加えられる。承りましょう!」

 

「私達のことも勇者として大事にしてくれた……陸人様への恩返しだもんね、きっちり護るよ」

 

 小気味よくやり取りをしながら戦場を抜ける3人の影。光刃の勇者と鉄拳の勇者に護られた巫女の少女が陸人達の元まで辿り着いた。その腕に抱えた()()()()()()()()が、ぼんやりと光を放った。

 

「──よっしゃ着いたぁ! 桐生電鉄、定刻通りにただいま到着や!」

 

「ありがとうございます、静さん。最後の調整をお一人で受け持ってくださって」

 

「ええてええて。この戦いはウチら全員の問題やし、なにより他ならぬリッキーのためやからな。2人が飛び出したくなる気持ちも分かるて」

 

「あ、あはは……ごめんね静さん」

 

「フッ、何も謝ることはないわ。人が人を想うのは自然なことで、同時に止めようがない感情だもの」

 

「また会えて良かった。キツイだろうけど、もう少しだけ一緒に頑張れる? 陸人様」

 

「静さん……蓮華さん……友奈さん……」

 

 いずれも神域で友誼を結んだ少女の魂。自分達が繋いだ未来を守るべく体を張り続ける陸人に恩を返すために、無理を通して常世まで降りてきた頼れる仲間達だ。

 

「陸人さん、これを……神域で眠る全ての巫女が力を注いで再現したものです」

 

「これは……」

 

 石でできたベルトのような遺物。伍代陸人がなによりも頼りにした相棒がそこにあった。

 

「陸人さんは最後まで戦いから降りたりしないでしょ? だから私達も自分にできる限りの準備をしてきたの」

 

「……アマダム……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(数が増えたのはこっちも同じだけど……向こうは削った分だけ再生してる。これじゃキリがないわね)

 

 普段の様子からは結びつかないが、白鳥歌野は戦場において類稀なる戦略眼を持っている。たった1人で諏訪を守っていた経験と、全域を掌握できる精霊の力を併せ持つ彼女は集団戦に長けていた。今やるべきことは何か、優先すべきは誰か、奥の手を切るのは何時か。歌野が機を見誤ったことは一度もない。

 

「ここがフィーバータイムね──フォローミー『悟』、『滑瓢(ぬらりひょん)』‼︎」

 

 歌野の装束に黒が混ざり、その姿が霞と消える。歌野の新聖霊、"滑瓢"の特性が発動した。

 相手の認識から外れて自由に動けるいわばステルス能力。悟の先読みと合わせれば、どれだけの数でごった返した戦場でも自分の狙うままに動き、他者の狙いを尽く阻害できるようになる。

 敵と敵の間を縫うように駆け抜け、延ばした鞭で囲いを作る。敵集団を一挙に縛り上げて拘束、数の不利を一手で覆した。

 

「ほらほら、あんまり固まってると危ないわよ?」

 

 敵の動きを読み、暴動の中を自在に動き回って集団を一か所に纏めた歌野。20以上のアンノウンが見えない襲撃者に追い立てられて、気付けば密着状態で固められていた。

 

「球子さん、杏さん!」

 

「よっしゃあ!──張り切って行くぞ、『輪入道』、『餓者髑髏(がしゃどくろ)』‼︎」

 

「後は任せてください──おいで、『雪女郎』、『百々目鬼(どどめき)』!」

 

 西暦勇者の援護担当、球子と杏が精霊を解禁する。明るい橙色が薄く灰色に染まった球子と、白地に紅色を差した杏。2人もまた神樹の内側で決戦に備えて新たな力を宿していた。

 

「もっと、もっとだ……もっとデカく燃えろぉぉぉっ‼︎」

 

 球子の旋刃盤が炎を灯してどんどん大きくなる。球子本人の3倍まで肥大化してもまだ止まらない。大きすぎる武器を持て余すことなく軽々と振り回す球子。そんな彼女の後ろからフォローするように旋刃盤を支える骨の腕。巨大な骸骨が球子の背後霊のように君臨していた。

 

「せぇの……いっけぇぇぇっ‼︎」

 

 半径5mはある旋刃盤とも釣り合うほどの異様な巨体が、球子の動きに合わせて炎の塊となった武器を投げつけた。逃げ場がないアンノウン達は一瞬で火達磨と化し、四方八方に吹き飛ばされた。

 

 

 

 

(まだ……ここで徹底的にトドメを刺さないと、いつまで経っても数が減らない)

 

 吹き飛んでいく雑兵達を目を細めて捕捉する杏。その視線は雪のように冷たく、一度捕らえた相手は決して逃さない。

 

「……四、八、十六……そこっ!」

 

 頭上に大量の雪の矢を放った杏。虚空に飛んだ矢は、突如空間を裂いて開いた眼玉に吸い込まれて消えた。

 1秒後、散り散りになったアンノウン達の頭上に開いた眼玉から、先程の矢が降り注ぐ。一瞬前まで何もなかった空間から飛んできた一撃には誰も反応できず、矢を浴びたアンノウンは瞬時に凍りついて砕け散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、強くなってる……」

 

「陸人さんが出て行ってから、いつか今のような事態が起こり得ると考えてずっと備えをしてきました。みなさんが強くなったのも、()()が間に合ったのも、2年かけた下準備のおかげです」

 

「アマダム……でもこれは……」

 

「うん。私達に用意できたのはあくまで器と内包する力の一部だけ。でも陸人さんなら……陸人さんとアマダムの絆を通して、消えた光を取り戻すことができるかもしれない」

 

 アマダムは普通の生物とは違い、神々が直接手を加えた創造物だ。その魂も通常の生物と異なり、常世から消えたところで神域や輪廻に逝く訳ではない。であれば、存在していた時分に最も深く繋がっていた陸人と、再び器が接続すればその縁を依代にして呼び戻せる可能性は0ではない。

 

 

 

「見ツケタ、アギト……!」

「奴ハ動ケナイ、殺セ!」

 

「んにゃー、そうはいかないんだなぁ、これが」

 

 話し込む陸人達の死角、頭上から強襲を狙っていた有翼者のアンノウンが、横合いから飛んできた槍に二体まとめて串刺しにされて砕け散った。

 

「危ない危ない……陸人くんに会えて嬉しいのは分かるけどさー、あんまり長々話し込んでる時間は無いんじゃないの? お二人さん」

 

「雪花さん……」

 

「まあそう言うな、雪花。ひなた達がどれほど再会を待ち望んでいたか、私達は知っているだろう……」

 

 陸人達の背後に回っていたアンノウンを音もなく一瞬で撃破した双棍の勇者が、投槍の勇者の隣に降り立つ。準備が終わるまで守ってみせる。その背中が言外にその意思を語っていた。

 

「クウガが……そしてアギトが頑張ってきたことはここにいる誰もが分かっている。そんな陸人のためだから、これだけの人が集まったんだ」

 

「棗さんも……ありがとう」

 

「うんにゃ、気にしないでいーよ。私達も好きで出てきたんだから……何せこの機会を逃したら、陸人くんに恩返しするチャンスなんてもう二度とないかもしれないからね」

 

「そういうことだ。私達は自分の意思で戦い、護る。陸人がこれまでそうしてきたように」

 

 ここにいるのはいずれも、かつて神樹に見込まれ、見出され、認められた高潔な魂の持ち主。たとえ自分にとっては死後の出来事であっても、生まれた世界、護りたかった大切なものを護りきってくれた陸人への恩を忘れたことはない。

 一時的に常世と神域を繋げているだけであって、彼女達は蘇った訳ではない。この状態で死傷レベルのダメージを負えば魂の消滅さえあり得る。その危険を承知の上で、神域で世話になった分も含めた恩を返すためにここにいる。

 

「おっとぉ? ウジャウジャ出てきちゃって……重傷者相手に恥ずかしくないのかねぇ」

 

「奴らに恥の概念はないんだろう。でなければああも卑劣な手段ばかり使っては来ないはずだ」

 

「フッ、弥勒の首級が増える分には構わない……と言いたいけれど、この数相手に防衛ミッションは少し考えものね」

 

「ちょいちょいロック、アンタがそんな弱気なこと言うとホンマに不安になるって!」

 

 陸人を狙うように指示が飛んだのか、数えるのも面倒な数のアンノウンがグルリと囲むように集結した。この場にいる戦闘要員は4人、護衛対象も4人では、護る上でかなりリスクが高い。

 

「でもやるしかないよ。視野を広く保って、お互いの背中を守りながら──」

「……全員動かないで……!」

 

 鉄拳の勇者の言葉を遮り、直上から迫る7人の気配。ひとつひとつが最高峰の実力を持つ勇者、分散した郡千景が飛んできた。

 

「来なさい……『七人御先』、『玉藻前(たまものまえ)』!」

 

 七人に増えた千景が更に精霊を使用。獣の尾のような装飾が追加され、その背中には桜色の煌炎が怪しく輝いている。

 

「……焼き尽くすわ、一斉掃射……!」

 

 天の逆手と同様の対神特攻を備えた狐火を七人同時に撃ち込んだ。友奈達が持つ力には質では及ばないものの、身体から離して撃ち放つことができる狐火は通常アンノウンに耐えられる代物ではない。滝のような豪炎の濁流に呑まれ、陸人達を囲っていた敵の群れは嘘のように綺麗さっぱり焼失した。

 

「千景ちゃん……」

 

(陸人くん……)

 

 周辺一帯を掃除し終えた千景が、ゆったりと陸人の目前に舞い降りた。変な所でよく思われたい願望が強い彼女は、今にも抱きつきそうになる身体を意地で押さえ込み、可能な限り優雅に髪をかき上げて背を向けた。

 

「千景ちゃん?」

 

「話したいことはたくさんあるけど……今はいい。あなたの顔を見れて、安心したわ」

 

「……ああ、俺も安心した。千景ちゃん強くなったね、頼もしいよ」

 

「……っ!」

 

 それはずっと千景が欲していた言葉。陸人に心から頼りにしてほしい。生前は途中離脱してしまったせいで消化不良に終わってしまったが、300年の時を経て、少女の可愛らしい願いはようやく成就した。

 

「フフッ、なら存分に頼るといいわ……ちゃんと見ててね

 

「えっ……?」

 

 陸人に聞こえない声で何かを呟いた千景は、意気揚々と敵の群れに飛び込んでいく。やっていることは勇ましいが、胸の内を知る仲間達から見ればなんとも微笑ましい張り切りっぷりだった。

 

「うわ何あれ……かーわいっ」

 

「うん、素直なのは良いことだ」

 

 誰かが照れて、誰かが揶揄って、陸人が疑問符を浮かべる。結局どの時代でも変わらない光景に、ひなたと水都は思わず顔を見合わせて笑ってしまった。

 

 

 

 

「陸人さん、あなたは変わらなかった。時代を経ても、身体が壊れても、魂が削られても、誰かの為にという想いを捨てずに生きてきた。その姿が、何もできずにいた私達にとってどれほど励みになったか……」

 

「生きて結んだ縁と、死んでから結んだ縁と、生まれ変わって結んだ縁。これはクウガでもアギトでもなく、陸人さんだから築けた強さ……"人望"なんだよ。陸人さんはもっと自分を誇っていいと思うな」

 

「そっか……俺は自分のこと、今はまだ好きなのか嫌いなのか分からない。でも2人がそう言ってくれるなら……こんなにたくさんの人が認めてくれるなら、捨てたもんじゃないんだって、そう思えるよ」

 

「はい……そんなあなただからこそ、信じて託します。私達が再び集めた希望の象徴、アマダムを」

 

 ひなたと水都がアマダムを陸人に装着する。暖かい光が全身を包み、冷めきった左半身に微かな熱が灯った。

 

(この感覚、あの頃も……同じようにおかしくなった俺の身体を支えてくれていたのは……)

 

 ゆっくりとだが機能するようになった左腕を振って調子を確かめる陸人。本来の視界を取り戻した両眼で、希望を届けてくれた2人の巫女をまっすぐ見つめる。

 

「ありがとう、ひなたちゃん、水都ちゃん……戦場のど真ん中でも、もう一度会えて本当に嬉しい……ありがとう、ありがとうっ……!」

 

 言葉の途中で感極まったように2人を抱き寄せた陸人。一瞬驚いたひなた達だったが、やがておずおずと両腕を回して抱き返す。

 

「あらあら。戦場で並び立てない無力なこの身を呪ったことは何度もありますが……今回ばかりは役得でしたね。こんなご褒美をいただけるなんて」

 

「えへへ……私達も、ずっと会いたかった。全部終わったら、ゆっくりお話し聞きたいな。西暦(むかし)のことも、神世紀(いま)のことも」

 

「ああ。もう少し待っててくれ……今日で全部、終わらせるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰モ彼モガ鬱陶シイ……何故無駄ナ抵抗ヲ繰リ返ス!」

 

「その答えはお前も知っているだろう! 諦めないことの大切さを……戦うことは無駄じゃないと証明し続けた男がいるからだ!」

 

「滅びは変えられない運命なんかじゃない。だったら本当に全部が終わるその時まで、私達は折れたりしない!」

 

 翼を生やした若葉と、角を生やした友奈。最高状態の2人で挟むようにして白のエルを攻め続ける。何度挫いたと思ってもその都度更に強くなって戻ってくる人間という種のしぶとさにエルロードは圧倒され、恐怖すら感じ始めていた。

 

「モウ良イ……消エロ……消エテクレ!」

 

 若葉の斬撃を手刀で返し、刀身を両断した白のエル。武器をひとつ奪ったことで安堵した天使を前に、武器を奪われた側の若葉は不敵に笑ってみせた。

 

「──っとと、ナイスキャッチ私!」

「何……⁉︎」

 

 空高く弾け飛んだ刀身を空中で受け止めた友奈が、刃を立てて急降下してくる。反応できなかった白のエルの肩口から胸部に、折れた刀が浅く突き立てられた。

 

「グッ、コノ程度……!」

「まだだっ!」

 

 翼を広げて飛び上がった若葉が、中途半端に突き刺さった刀身の断面を全力で蹴り込む。強烈な後押しを受けた刃は奥深くまで進み、白のエルの体内、重要器官まで届いた。

 

「行くよ、若葉ちゃん!」

「ああ、友奈直伝──」

 

『──勇者、パンチッ‼︎』

 

 かつて若葉に刀の扱いを教わった友奈は、その教えを思い出して無理なく刀身を突き立てた。一方の若葉も、無手での体術は友奈の教えを参考にしている。そんな2人が培ってきた絆と経験が乗った拳は、白の天使をプライドごと吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 2人の勇者の拳を鼻先に受けて思い切り吹き飛んだ白のエル。心身共に追い詰められ始めた天使は、それでもなんとか刀を抜き取って傷の修復に力を回す。

 

(未ダ問題無イ……神樹サエ砕ケバ私ノ勝利ダ。奴等ヲ一瞬デモ振リ切レレバ)

 

「悪いがそいつは不可能だよ、エルロード」

 

 焦り続ける白のエルにとって、その言葉は死神の宣告にも思えたかもしれない。やっと追い込んだと思っていた最大の邪魔者が、平然として歩み寄ってきたのだ。

 

「貴様……何故動ケル?」

 

 御咲陸人は既に死に体。変身して無理やり身体を引っ張っているだけで最早動ける状態ではない、そう聞いていたのに。

 

「確かに、俺だけじゃ罪爐の呪いには敵わなかった。でも、1人じゃなければどうだ?」

 

「マサカ……!」

 

 陸人の腰にはベルトがあった。赤い輝石を中心に嵌め込んだ、アギトに似た……しかし明確に異なる輝きを宿した豪奢なベルトだ。

 

 

「ようアマダム……目覚めはどうだい?」

 

 ──複雑だな。最初に見る光景が世界の窮地なのは最悪だが……最初に見る顔が陸人だったのは、最高と言ってもいい──

 

 男とも女とも取れる、中世的かつ神秘的な落ち着いた声。伍代陸人に力を与え、時に道を示し、時にその意思に引っ張られた、最初にして最高の相棒。

 

 ──まあ、総合的に見て良しとしようか。陸人とまた会えたのは望外の幸運だ──

 

 アマダム。神に造られ、人に使われ、陸人と共に英雄となった光の意志が再び目覚めた。

 

 

 

 

 

 

 

「来たか、陸人……思ったより早かったな」

 

「もうちょっとゆっくりしてても良かったのに。りっくんは頑張り屋さんだからなぁ」

 

「十分休ませてもらったよ。それにコイツを倒し切るには、俺達の力が必要みたいだしね」

 

「なんだなんだ? もう陸人のターンか。まだまだやれたのにな」

 

「フフッ、タマっち先輩張り切ってたもんね。陸人さんに久しぶりにイイトコ見せてやるって……まあ、私もだけど」

 

「ああ。ちゃんと見てたさ。やっぱりみんなは最高だ。俺の自慢だよ」

 

「それはこっちのセリフよね。その姿、懐かしいわ……見てるだけで嬉しくなっちゃう」

 

「……あなたはその力で私たちを何度も救ってくれた。アギトも良いけれど、やっぱり私はそっちの方が好きだわ……」

 

「そう? ありがとう……それじゃ、リクエストにお応えして──」

 

 仲間達と言葉を交わして前に出る陸人。その思いを察した勇者達も示し合わすことなく自然と一歩下がる。まだ敵は健在だが、誰も不安を感じてはいない。陸人の背中を、憧憬や歓喜をもって見つめていた。

 

 

 

「久しぶりにカッコつけてみますか……アマダム!」

 

 ──ああ。私と陸人が揃えば不可能はない。もう一度証明するまでだ──

 

 右腕を突き出し、左腕を腰へ。300年前、全ての礎を築いた始まりの英雄、その顕現の構え。

 

 

 

 

「──変身っ‼︎──」

 

 

 

 

 ベルトの輝石が輝き、陸人の姿が変わる。稲妻が走り、黒いモヤが広がり、破壊的な力が暴発して空気が震えて弾ける。

 

『クウガ・アルティメットフォーム』

 

 戦う中で陸人とアマダムが力を鍛え上げて到達した究極の力。全てを壊して総てを救う"凄まじき戦士"。人の縁と想いと努力が繋いだ奇跡の果てに、神世紀の地上にもう一度現れた。

 

 

 

「あの頃は称号がなかったからな。改めて名乗らせてもらうぜ。

 俺は、仮面ライダー……仮面ライダークウガだ!」

 

「馬鹿ナ……クウガ、ソレモ究極ノ姿ダト⁉︎」

 

「覚悟してもらおう、エルロード……出し惜しみはナシだっ‼︎」

 

 陸人がいて、アマダムがいる。それさえ違えなければクウガは何度でも蘇る。

 人の笑顔を守るために、何があっても諦めない戦士。それが仮面ライダークウガなのだから。

 

 

 

 

 

 

 




ずっと書きたかった話なのですが、同時に盛り過ぎて散らかった感があります。読みにくかったらスミマセン。
そして切りどころを間違えたかもしれません。次の話がメチャ短くなるか、凄い中途半端になるか……これだから無計画な作者は……

感想、評価等よろしくお願いします。
次回もお楽しみに。



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REVIVER

引っ張ってきたフラグを一気に消化します。如何に勢い任せでやってきたかが分かる回です。
作者バリバリの文系でして、本文中に加えた数学的知識は超付け焼き刃です。ミスがあった場合、コイツは馬鹿なんだと嘲ってスルーするか、ご指摘いただければと思います。





 白のエルは焦っていた。天使として永く生きてきた中でかつてないほど焦燥していた。ここにきて原初の英雄、それも最高状態の敵が出てくるなどとは全く想定していなかったのだから無理もない。

 

(落チ着ケ……ダグバトクウガハ互角、冷静ニ駒モ使エバ)

 

 勇者達によってかなり数を減らされたが、ストックはまだ腐るほどある。肉体の一欠片──再生の種を溢れ返るほどにばら撒いて肉盾を召喚する。まずはクウガの状態を把握してから。その判断は間違っていない、が……

 

「無駄だ」

 

 クウガが軽く右腕を振るう。たったそれだけの動作で、3桁を超える再生アンノウン全てが焔に包まれて焼き消された。着火から焼失までの速度が冗談のように速い。幻覚だと言われた方がまだ納得できる、異様な早業だった。

 

「雑魚をどれだけ出しても意味はないよ。直接来い」

 

「ヌ、グ……舐メルナァァッ!」

 

 破れかぶれの突撃。じゃれつく子供をやり過ごすようにあっさりと、その拳をはたき落として蹴りを返すクウガ。肉体のスペックはほぼ互角でも、陸人とエルロードでは見えているものが明らかに違った。

 

「オノレ……私ハマダ……!」

 

 バーニングフォームにとどめを刺した双剣を展開、炎と水の二刀流で斬りかかる白のエル。しかし復調した陸人は一度見た技を二度くらうような三流ではない。

 

「脆いな、スカスカだ。武器作りには向いてないよお前」

 

 クウガも同型の双剣を展開。白のエル以上の速度で生成された武器はあっさりと相手の双剣をへし折り、そのまま肘、肩、脚部の衝角を斬り飛ばした。

 

「アッ、ガ……貴様ァァッ‼︎」

 

「喚くなよ、みっともない……お前達が散々他者に押し付けてきた痛みだろうが。自分に向いた途端に怯え出すってのは、筋が通らないんじゃないか?」

 

 双剣を手放し、再び肉弾戦に移行する両者。ガムシャラに繰り返す拳や蹴りをひとつひとつはじき返し、クウガは執拗に白のエルの顔面を殴り飛ばす。ひたすら右ストレートで殴り続ける姿から、溜まり溜まった鬱憤を吐き出しているのは明らかだ。

 

「キッ、貴様……300年、程度ノ、若輩者ガ……!」

 

 まともに言葉も言い切れない勢いで殴打されまくる白のエル。ここまで一方的では天使の威厳もなにもあったものではない。

 

「その姿で俺に勝てる奴がいるとしたら、それはあの悪魔だけ……お前じゃないよ」

 

 回し蹴りで思い切り吹き飛ばした白のエルに自然発火能力を発動。ある種の美しさすら感じさせる白い身体が真っ赤に燃え盛る。これまで好き勝手やってきた報いの如く、火達磨と化した白のエルはジタバタと転げ回る。自分の能力でも鎮火できず、もがくしかない。クウガと同等にまでダグバの力を引き出すには、エルロードでは存在の格が不足しすぎていた。

 

「ィ……ギ、ァ……!」

 

「そろそろ終わらせるか……」

 

 これまで苦しめられた仲間の分の怒りを叩きつけてきたが、やはり陸人の性格上憤怒だけで戦うのは長続きしなかった。次の一撃で終わりにするべく、両脚に力を込める。

 

「飛べ……!」

「グッ! 何故ダ、何故……!」

 

 一瞬で懐に飛び込んだクウガが、白のエルの顎を真下から蹴り上げる。天高く跳ね上がった天使を更に飛び越える大ジャンプ。その両脚には黒い焔が迸っていた。

 

 クウガ究極の必殺技『アルティメットキック』が、白のエルを貫くその刹那──

 

 

 

「……予定通りによく動いてくれた。これで仕上げだ……!」

 

 この世の黒を煮詰めたような、重く暗く濁った気配。隠し切れない闇を纏った異世界の神の声。

 突如現れた乱入者の能力で強制転移された白のエル。クウガの必殺技は虚空を貫き、不発に終わった。

 

「なんだ、今の?」

「転移術……エルロードじゃない」

「あれって……確か、テオス?」

 

 誰も察知できなかった大物の乱入。息も絶え絶えでぐったりしている白のエルの襟首を掴んで引きずったまま歩くテオスには、かつてないほど不気味で底知れない存在感があった。

 

「陸人さん、あれは……」

 

「ああ。テオスじゃないな、アンタ……罪爐か」

 

「ふっ……ここまで表に出していれば、流石に汝や巫女の眼は欺けんか」

 

 淡々と無表情で佇む常のテオスとは明確に異なる、邪悪な微笑みを浮かべる罪爐。そこから溢れる悪寒と重圧は、これまで前線に出ていたバルバの中身とは桁が違う。

 

「勇者部が倒したお前は、偽物か何かか?」

 

「偽物というのは正確ではないな。そもそも我に個の定義はない。目立つ所で動く我がいた方が都合が良い故、一部を切り離して人形を拵えただけのこと。汝等に蹴散らされた我もまた、自分こそが罪爐だと最期まで認識したまま逝ったのだよ」

 

「どこから切っても罪爐は罪爐ってわけか? 金太郎飴かよ」

 

「くくっ、なかなか面白い表現だ。我を捕まえて菓子呼ばわりとはな」

 

「ギ……グッ、ざ、罪爐……」

 

 愉快そうに喉を鳴らす罪爐の腕の先、まともに動くこともできない白のエルが呻いた。その身の内には今もなおクウガの焔が燃え続けていた。

 

「おお、先に汝の件を片付けなくてはならんな……よくやってくれたぞ、白の。我の計画通りに踊り、クウガを引き出し、見事に敗北を喫した。これにてお役御免だ」

 

「……ナ、ニ……?」

 

 テオスの左腕に暗色の光が宿り、鮮やかな貫手一発で胸部を貫いた。救援だと信じていた腕に刈り取られた白のエルは、呆然としたまま抵抗もできない。

 

「ガッ⁉︎……罪爐、貴様……!」

 

「用済みということよ……この先汝は必要ない」

 

「私ハ、天使……テオスニ仕エシ、最高ノ……」

 

「……さらばだ」

 

 引き抜かれた罪爐の手には、淡く輝くエルロードの魂が握られていた。無理矢理ダグバの身体から取り出された天使の本質。それはあまりにも呆気なく握り潰されて霧散した。

 長く陸人を苦しめた水の天使は、誰もが予想し得ない味方からの不意打ちで終焉を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、お待たせしてしまったかな?」

 

「なに……なんなの、アイツ?」

 

「見えてる世界が違う。価値観がまるで噛み合わない……!」

 

 完全に動かなくなった白のエルの肉体を蹴り転がし、罪爐が改めて向き直る。仮にも同胞を手にかけたとは思えないほどあっさりとしたその態度に、罪爐慣れしていない英霊達の何人かが寒気を堪えるように自身を掻き抱いた。

 

「お前、本当に自分以外は全部駒に見えてるんだな……」

 

「なんだ? 白のに哀れみでも覚えたか? 奴をあそこまで追い詰めたのは汝だろうに」

 

「そうだな、別にあんな奴に思い入れなんかないさ。ただ、お前が嫌いだっていうのを再認識しただけだよ……!」

 

 クウガの背後に立ち昇る炎。どんな相手であろうと、あんな真面目で理不尽な死に方を押し付ける理由はなかった。命の在り方に価値を見出す陸人にとって、罪爐のやり方は到底見過ごせるものではない。

 

「まあそう焦るな。我が何のためにここまで面倒な下準備をしてきたと思う? 今こそ悲願成就の時。愛すべき我が邪魔者、御咲陸人よ。汝には歴史の目撃者となる栄誉を与えよう」

 

「何を……」

 

「上を見よ。汝等の眼がいかに節穴か分かるであろう」

 

 罪爐の指先を追って空を見上げると、そこには見たことのない異様が広がっていた。

 天球の半分ほどを覆い尽くす紫色の光球。雲の奥で輝く怪しい光が、晴天の空に不可思議な色を差している。

 

「あれは汝等人間の負の感情を収束して空に打ち上げたその塊……汝等が見過ごしたキバの力よ」

 

「なんだと……? かぐやちゃん!」

 

『こちらでも確認しました。四国を囲むように現れたあの"キバ"は、こちらの索敵範囲外……大気圏外まで伸びています!』

 

 大社の調査でも破壊兵器としての機能以外は判明しなかったために放置していたが、罪爐の宣戦布告時に海を食い破って建立した異様な巨大物質──通称キバにはもっと重要な役目があった。

 

「四国の大地に生きる全人類の絶望を集めて空に放つ。地の神たる神樹が知り得ない空で、ずっと力を集めていたというわけだ」

 

 突如仕掛けてきたキバに、警戒しなかったわけではない。それでも大社の目を欺けたのは、罪爐が人間の心理を人間以上に知り尽くしていたから。あまりにも堂々と隠す気なく仕掛けられたものに対しては、表面的な脅威以上の警戒心は抱けないのが人間だ。

 

『おそらくキバの長さはこちらの想定以上。宇宙にまで飛び出して、こちらの警戒範囲外で稼働していたのでしょう……裏をかかれてしまいました……!』

 

「そういうことだ。思っていたより人民の絶望感が弱かったせいで、戦闘中まで引っ張る必要があったが……それも今、汝等の絶望が十分に集約された。お楽しみは、ここからだ!」

 

「──陸人、アレ!」

 

「アイツ、何する気だ……?」

 

「汝を手元に置いておければ、こんな手間をかけずに済んだのだがな。掠め取られてしまったせいでこんな大事にするしかなかった」

 

 陸人を闇に堕とした時点で、罪爐の狙いは9割完遂されていた。手元に置いたアギトに手を加えてクウガを再現すれば済む簡単な話だったのに、敵に回ったせいで状況を整える必要があった。

 香やガドルを蘇らせたのも目的は同様。ダグバの器だけを都合良く呼び覚ますための臨床実験だった。

 

(まさか、ここまでの流れは全部……!)

 

「神樹を追い込めばクウガを呼び起こすしかない。潰しきらず、適度に追い込む。この加減には手間がかかったぞ……地と風のが逝ったのは予想外だったが、概ね計画通りだ」

 

 陸人と白のエルがぶつかるように戦況をコントロールし、アギトを追い込んだ上で神樹に程良く接近し、さらにクウガを復活させる。膨大な未来予知とシミュレーションの果てに、ようやく至った理想的な展開だった。

 

 

 

 

 

 

「祭り第二幕……そして、終幕だ!」

 

 罪爐が指を鳴らすと同時に、空が陰り闇が広がる。宇宙に集約した罪爐の力……四国民の絶望の心が、地表の罪爐目掛けて放射された。夥しい光量が天を切り裂き地に満ち溢れる。その様はまさに天上への階段。神話を思わせる幻想的で圧倒的な光景に、誰1人手が出せない。

 

「これだ……この力! クウガの炎、ダグバの肉体、呪いを集めて最高状態まで至ったテオスの神格に、我自身!──これでようやく全ての材料が揃ったぁ‼︎」

 

 横たわる白のエルの身体が空に浮かび上がる。天からの呪いを浴びて、死体同然だった肉体が励起していく。罪爐と白のエルが同色の光に包まれて接続する。脈動する紫の光が、両者の共鳴を如実に表していた。

 

 

 

 

 

 

「地面が揺れてる……というより」

 

「なんだろ、何か違う。まるで地球そのものが震えてるような……!」

 

 地球の拒絶を示すように、治まらない地鳴り。あってはならないナニカの顕現を、世界そのものが拒んでいた。

 

(クウガの炎に、ダグバの肉体?──罪爐の奴、まさか⁉︎)

 

 ──馬鹿な。()()は数多の偶然の結晶、いわば奇跡の産物だ。再現しようとしてできるものでは──

 

「それができるのだよ。全次元、全時代、全世界で我だけが、奇跡を確かな形にすることを許されているのだ‼︎」

 

 罪爐の光の中に呑み込まれる白のエルの肉体。テオスの内側であらゆる要素が結合する。究極のクウガの炎、ダグバの白き闇、四国400万の絶望、創世記より世界を蝕んできた罪爐の呪い。

 ひとつの世界を統治する主神であるテオスに、単独でも世界の在り方を変容させかねない巨大な力が収束していく。

 

「アイツ、西暦の焼き直しをするつもりか。俺とダグバの力を重ねて……!」

 

 ──不可能なはずだ。だが、奴はあまりにも入念に準備をしてきた。それはつまり、確かな勝算があるということ──

 

 その中でも一等混ぜるな危険、な要素がふたつ。クウガの炎とダグバの闇。それが合わさった時にどれほどの力となるか、陸人とアマダムが1番理解している。人の身を神の段階まで昇華させた──アルティメットフォーム•ユナイトの奇跡。

 

 

 

 

 

 

 

「やってみせるさ……人間(なんじ)にできて、罪爐(われ)にできないはずがない!」

 

 中身を吸い出されたダグバの肉体が乱雑に放り出され、テオスが変わる。人の皮を被った神から、戦うための戦士の姿に。黒く鋭く熱く眩い、陸人や勇者達にとってあまりに馴染み深い姿へと。

 

 

 

 

「────変、身……!────」

 

 

 

 

 破壊的な光が収まった先には、見覚えのある戦士が立っていた。

 究極のクウガを更に攻撃的に尖らせて大きくしたような荒々しい造形。

 本家にはない翼のような黒い光の奔流。それが触れた空間そのものを壊すかのように歪みと衝撃音を撒き散らしている。

 

「アレって……クウガ?」

「嘘、だってりっくんはここに!」

 

「究極のクウガ、その先にある奇跡の姿……」

 

 ──ああ。どうやら罪爐は意識的に辿り着いてしまったらしい。かつて我等が一瞬だけ踏み込んだ領域に──

 

 

 

「クク、クハハハハ……ハーッハッハッハーッ! 完成だ!」

 

 

 

『アルティメットフォーム・ジェネシス』

 

 300年前目撃した陸人の偉業を基に、罪爐が手繰り寄せた奇跡の再現。

 

 本来引き出せるクウガの力の限界が『アルティメットフォーム』

 陸人とアマダムは、かつて諦めない心とダグバの置き土産を賭け代にして億千万分の一の博打に勝ったことがある。その結果生まれた奇跡が『アルティメットフォーム・ユナイト』

 そして今罪爐は、数百年に及ぶ下準備と世界を巻き込んでの材料集めという苦労を経て、一切の偶然に頼らず奇跡を再現してみせた。しかも土台のテオスは正真正銘の神霊。ベースが人間だったユナイトとは、格も地力も遥かに上回る。それが『アルティメットフォーム・ジェネシス』

 

「先程の汝に倣って、我も名乗ろう。我が名は仮面ライダークウガ……これだけでは区別できんか。では仮面ライダークウガ・ジェネシス、とでも名乗らせてもらおう。以後お見知り置きを、人類諸君?」

 

 まさに創生神(ジェネシス)と呼ぶにふさわしい、常世に産まれてはならない絶対存在が君臨した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、似た容姿の戦士が揃ったわけだが……どちらが上か、試すとしようか?」

 

「……お前、そこまでして……」

 

「ああ。今日までの全てはこのための布石と、あとは暇潰しよ。世界の壁さえ越えて干渉できた汝等の奇跡。それを我の力で再現すれば、この世界だけではない。全次元を好きに弄べる、絶対的な力となる……!」

 

「──ふっざけんな! クウガの姿も、仮面ライダーの名前も、お前なんかが使っていいものじゃないんだよ!」

 

「っ! 待て、みんな──」

 

 罪爐が戯れに放った挑発の言葉は、陸人ではなく隣にいた勇者達の方に如実に突き刺さった。彼女達にとって救世主たるクウガの姿、そして陸人の誇りである仮面ライダーの称号は汚されざる神聖なもの。諸悪の根源が使うことを許せるはずもない。

 

「──おおあああっ!」

 

(この数で同時に攻めれば──)

 

「死人に用はないのだが……まあよい」

 

 ──"次元断層"──

 

 ジェネシスが小さく呟くと同時に、全英霊の半数──35人の勇者が取り囲むようにして同時に仕掛けた。近中遠あらゆる距離からの同時攻撃。まさに必殺のタイミングだったはずだが──

 

「なっ……止まった?」

「違う、この手応え……なんだ?」

 

「簡単に言えば、干渉不可能な次元に触れた感触だ。今の我は汝等とは違う次元に立っている」

 

 三次元に生きる人間が二次元の絵や図を好きに弄れるが、"空間+時間"で成立する四次元に関しては三次元からでは観測も干渉もできない。つまり低次元の存在からは、より高次元に位置する存在には一切干渉できないのが絶対のルールだ。

 

「試しに使ってみたが……なるほど大したものだ。物理にも摂理にも簡単に干渉してねじ曲げることができる。これなら別の世界に跳ぶのも容易だな」

 

 罪爐はそれを利用し、自らを11次元以上の高次元存在として再定義して一切の干渉を無効化した。光と音を調節してわざと存在を認識できるようにしてはいるが、その遊び心がなければ今のジェネシスは三次元からは認識することもできない高位存在となってしまっている。

 

「全員離れろ!」

 

「もう遅い」

 

 まるで三次元の人間が二次元の紙を折り曲げるように。高位次元に位置するジェネシスが指を軽く動かすだけで空間は捻じ曲がり、ワームホールが発生した。

 

「なんっ、吸い込まれる……?」

「──させるかぁぁぁっ!」

 

 地点AとBを結び、その間に存在する空間の在り方を捻じ曲げるワームホール。その引力に呑まれかけた30人以上の仲間達を、クウガは瞬間移動を連発してなんとか救出した。

 

「……ハァッ、ハァッ、ハァッ──くそ、なんだあのデタラメ……」

 

「ご、ごめん陸人……足引っ張っちゃって」

 

「いや、それよりアイツをどうにかする手を考えないと……冗談じゃないぜ。これまでの戦いがまるでママゴトだ」

 

 次元や空間自体に働きかける力。世界の成り立ちすら否定しかねないその権能は、常世に生を受けた全ての存在にとって抗いようのない能力だ。

 

 

 

 

「クク、いや済まぬな。今のは流石に一方的すぎた。あれでは戦いにもならん。これは封印しよう、汝等如きに振るうには過ぎた刃だ」

 

 そう言って罪爐は次元断層を無効化。どこかブレたように映っていたジェネシスの実像がはっきりと眼で捉えられるようになった。

 やっと手に入れた創生の力をもっと試したいらしい。少なくとも現状で今の理不尽な能力を再度使うつもりはないようだ。

 

「どこまでもふざけた奴だな、お前は!」

 

「そう、長きに渡り邪魔をしてくれた汝だ。その顔を絶望で歪めたくて堪らないのだよ我は!」

 

 軽く足踏みをひとつ。そんな軽快な動作で、周辺一帯を爆撃のような爆発が襲う。炸裂は連鎖し、ジェネシスから離れるごとにその破壊規模は広がっていき、大社本部は一等頑強な本庁舎を除いて瓦礫の山と化した。

 

 ──陸人。壁の内側で奴と戦うのは危険だ。市街地への被害も気になるが、なにより神樹が危うい──

 

「ああ、分かってる……若葉ちゃん、みんな、ごめん。俺は──」

 

「皆まで言うな。それが最善なのだな、杏?」

 

「はい。悔しいですが、私達が参戦するメリットよりも、神樹様へのリスクの方がはるかに高いと考えられます」

 

 英霊達は御神体から離れれば存在できなくなる。しかしこれ以上神樹の近くで戦うのは危険すぎる。罪爐は今のところ陸人しか目に入っていないようだが、それでも弾みで地下までブチ抜かれる可能性はある。

 

「私達は次に繋がる準備に入る。口惜しいが、直接手を貸せるのはここまでだ」

 

「次の準備? それって──」

 

「詳しくはこの場では説明しきれん。だが信じろ、陸人。私達を、今を生きる仲間達を、そして何よりお前自身を。その先に必ず勝機はあるはずだ」

 

「……分かった──みんな! 会えて嬉しかった、助けてくれてありがとう!」

 

 修羅場ど真ん中でありながら、仲間への感謝を忘れずにクウガは結界の外側へ離脱した。陸人を弄ぶことを最優先しているジェネシスも彼を追って結界の奥へ向かう。そうして、あまりにも短い再会の時が終わった。

 

「若葉ちゃん……」

 

「そんな顔をするな。私たちにはまだやるべきこと、やれることがある! もう一度陸人と話すためにも、己の使命を全うするぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 壁外の敵勢力の殲滅に当たっていた勇者部は、司令室からの危機迫った招集に戸惑いながら結界に向かっていた。

 

『動ける戦闘要員は大至急結界に集結してください。罪爐が力を増して侵攻しています!』

 

「まったく……あんだけ苦戦してやっと親玉倒したってのに、いったいどうなってんのよ?」

 

「とにかく行くわよ。幸い雑兵は一通り殲滅済み……陸人の援護に戦力を回せるわ」

 

「結界越しでもすごいプレッシャーを感じます。園子さん、これって……」

 

「そだね〜いっつん。巫女でもない私達でも感じるほど、分かりやすい力の塊。これは罪爐の計画って奴が進んだのかもしれないね〜」

 

「…………」

 

「東郷さん、大丈夫?」

 

「友奈ちゃん、私……震えが止まらないの。あの敵は強すぎる、いくらリクでも……」

 

 そう呟く美森は震えていた。身体も指先も、前を見据える瞳さえも。彼女の内に宿る巫女の素養によって、他の勇者以上に鋭敏に敵の脅威を感じ取っているのだろう。

 友奈はそんな親友の手を取って、恐怖を和らげるように優しく握りしめた。

 

「大丈夫だよ。りっくんは負けない、約束してくれたでしょ? それに私達だっている。みんなでりっくんを守れば、あの人は絶対、最後には帰ってきてくれるよ」

 

 友奈はこの言葉を心からの本心として発した。それだけ陸人を、自分たちと彼の絆を信じていた。それから1時間もしない後に、自分の希望的観測を後悔することになるとは知らずに。

 

 

 

 

(……え、アレって)

 

 結界の間近まで到達した所で、ふと壁の上を見上げた友奈は空を舞う影を見つけた。その影は人間大ではあったが、明らかに人外じみたシルエットをしていた。

 

「もしかして……!」

 

「ちょっと、友奈⁉︎」

 

「みんなは先に行ってください! 私もすぐに追いつきます!」

 

 戸惑う仲間を他所に、影が落ちていった地点へ走る友奈。自分の中の直感がアレを追えと叫んでいる。そして何より、先程から異形の魔女から譲り受けた指輪が脈打つように熱を浴びているのだ。

 

 ── もし必要になれば自ずと使い方が分かるよう、指輪に仕込んでおいた。それを使うことを運命が選んだなら、何もせずともその機会が訪れるだろう──

 

(バルバさんが言ってた"運命"が、きっとこの先にあるはず!)

 

 

 

 

 

 

 走って奔って疾った先に友奈が見つけたのは、敵幹部のうちの一体。そのガワとも言うべき肉体だけの抜け殻。

 

「アレって、西暦でりっくんが戦ったっていう……たしか、ダグバ?」

 

 指輪の導きで見つけた悪魔の肉体。目覚めさせるための鍵は、既に勇者の手の中にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クウガの拳を横に回って回避したジェネシスが、回転の勢いを利用して裏拳でカウンター。殴った当人としては軽く小突く程度の加減だったが、クウガの頭部は大地を抉り取るほどの勢いで思い切り沈んだ。

 

「なんだ、この力……!」

 

「まずはこの身体で汝をいたぶる感触を味わいたい……そう簡単に死んでくれるなよ?」

 

 クウガの頭部を鷲掴み、結界に叩きつけたまま引き回して痛めつける。四国を守る頑強な防壁を玩具のように削り取る腕力が、クウガの衝角をへし折った。

 

「ぐっ、ぁぁぁぁ……!」

 

「引き回しの刑の次は……よし、跳ねてもらおうか」

 

 あまりの激痛に脱力してしまったクウガをサッカーボールのような勢いで蹴り飛ばす。雲を突き抜けてまだ上へと跳ねていくクウガ。既に意識は半分なくなっている。

 

「球遊びというのはこんな感覚なのか……案外楽しいものだな、人間の遊戯も」

 

(マズい、このままじゃ──)

 

 空間転移でクウガの上に移動して待ち構えていたジェネシスが、双拳を振り下ろして真下に叩き落とす。ピンボールじみた急角度で跳ね返されたクウガは地表に落下、巨大なクレーターを作り上げた。

 

「まだだ。まだ付き合ってもらわねば、ここまでの労力にまるで見合わんぞ!」

 

「……調、子に……のるなよ!」

 

 身体の軋みを無視して、倒れたクウガが右腕を伸ばす。"超自然発火能力"──数えきれない超常能力を使えるアルティメットフォームにとって最も使い慣れた破壊的な異能が、上空のジェネシスを襲う。

 

「そうだ、もっと抵抗してくれ……これまでのように、でなくば面白くない!」

 

 ──"絶対零度"──

 

 陸人を上回る罪爐の異能が発動、大気を燃やす爆炎が一瞬の内に凍り付いていく。クウガから放たれた業火はそのままのルートを伝って返され、氷結の槍が突き刺さった。氷に触れた端から氷結が広がり、わずか数秒でクウガの全身は氷の中に封じ込められてしまった。

 

「ふふ、世界一豪奢な氷像の完成だ……これを壊した時、汝はまだ生きていられるか?」

 

 真下の氷塊に急降下。氷ごと踏み砕かんとするジェネシス。クウガも発火能力でなんとか脱出しようとしているが、到底間に合わない。

 

(動けない……この氷硬すぎる! 間に合わ──)

 

 

 

 

 

「へぇ、思った以上に面白いことになってるみたいだね」

 

 そんな窮地を救ったのは、誰もが予想し得ない闖入者。氷塊に一直線に迫るジェネシスに真横から突撃し、その軌道を強引にねじ曲げてクウガを助けた。

 

「む……汝は……」

 

「やぁ、すごいね君。一目で"ボクより強い"って分かる相手なんて初めてだよ」

 

 挨拶がわり、と言わんばかりに飛んできた拳にジェネシスもクロスカウンターで合わせる。闖入者の拳は避けられ、返す拳でその異様に白い身体が吹き飛ばされた。

 

「アッハハ、凄い凄い! ボクがまるで子供扱いだ!」

 

「……お前、なんで……」

 

 やっと氷塊を溶かして脱出したクウガの隣に着地した白い闖入者。それは陸人にとって非常に因縁深い相手だった。

 

「やあクウガ……いや、今はアギトでもあるんだっけ? 面倒だからリクト、と呼ぼうか。久しぶりだね」

 

 明らかに警戒している陸人にも朗らかに声をかける少年じみた態度。

 ジェネシスの圧倒的な力を前にしても歓喜しかしない戦闘狂的なパーソナリティ。

 目が痛むほどに白すぎるボディと、その中に収まりきらない破壊的な闇の影。

 300年前、今と同じ姿をしたクウガが死力を尽くして打倒した悪魔がそこにいた。

 

『ン・ダグバ・ゼバ』

 

 古代において殺戮ゲームに興じて幾多の死者を出した戦闘種族、グロンギ最強の戦士。西暦最後の戦闘で究極のクウガと死闘を演じた生粋の戦闘狂が、宿敵を追うように神世紀に再臨した。

 

 

 

 

「何が狙いだ……と言っても、お前から"戦いたい"以外の返事が来るとは思えないが」

 

「さすがリクト、よく分かってるじゃないか。確かに君とはもう一度遊びたいよ。でもそれは後回しだ」

 

「……なに?」

 

 仮面越しでも、陸人が目を丸くして驚いたのが伝わる。目の前にいる悪魔に、状況を鑑みて我欲を控えるような殊勝さがあるとは思えなかった。

 

「あっちのクウガはもっと強そうだ。それにしてはまったくソソられないのが不思議だけど……ガドルやバルバを好きに利用してたのもアレでいいんだよね?」

 

「あ、ああ……奴はこれまでの全ての元凶だ。神世紀だけじゃない、西暦で俺とお前が戦った時からアイツはずっと自分の目的のために暗躍してたんだ」

 

「なるほど、相当気の長いタヌキがいたわけだ」

 

 疲労が溜まり、膝をつくクウガ。ダグバはそんな彼に無言のまま手を差し伸べる。

 

「……どういうつもりだ?」

 

「言ったろ? まずはあっちと遊ぶって。君も譲れない理由があるなら、一緒にやるのも面白いと思ってさ」

 

 これまたダグバの口から飛び出すとは思えない言葉の数々。実際に拳を交えて彼の異常性を肌で感じ取った経験がある陸人にとって、そうあっさり頷ける言葉ではない。

 

「一度死んだら随分と性格変わったな。以前のお前なら俺と罪爐まとめて敵に回していたと思うが?」

 

「それもいいかと思ったけどね。らしくないこと言われてしまったから……たまには"ン"らしく振る舞ってみようと思っただけさ」

 

 陸人の挑発的な発言にも顔色を変えない。これまでの気分屋で快楽主義な戦闘狂とは違う。ここに来るまでに何かしら心境を一変させる出来事があったらしい。

 クウガは暫し逡巡した後、ダグバの手を払い除けて自力で立ち上がった。

 

「いいだろう。ただし、俺達は仲間じゃない。お前も分かってるだろうが、お互い先に倒す相手がいるってだけだ。妙なマネしたら……」

 

「分かってるよ。むしろそれくらいがボク達にはちょうどいい、だろう?」

 

 一時的な休戦協定が結ばれたと同時に、ジェネシスが派手に土煙を撒き散らして着地した。

 

「ダグバ……汝は間違っても目覚めんように手を加えておいたのだがな」

 

「らしいね。でも君はボク個人のことは警戒しても、ボク達のことは完全に侮っていた。ボクが今ここにいるのはその油断が産んだ結果だよ」

 

「……そういうことか、おおよそ理解したぞ。しかし少しばかり遅かったな。我がこの力を手に入れる前であれば、汝も加われば勝てたかもしれんが」

 

「黙れ。こんな奴がいようがいまいが関係ない。人間は人間の力で、必ずお前を倒す!」

 

 クウガが気合で頭部の傷を塞ぎ、ダグバが背中の装飾を翻して闘気を高める。奇跡の産物を例外とすれば、この世界の歴史上最も強い生物2人が並び立つ格好となった。

 

「クウガ……ダグバ……試運転の相手としては申し分ないか」

 

「足引っ張るようなら諸共に潰すからな」

 

「それもまた愉しそうだけど、できもしないことは言うもんじゃないよ」

 

「フン、その言葉……忘れるなよ!」

 

「ボクが殺す前に死んだら許さないよ、リクト!」

 

 

 

 

 黒と白。守護と破壊。英雄と悪魔。両極端な二つの道を、それぞれ極め抜いた戦士が並び、最低最悪の奇跡の産物に立ち向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ダグバ復活時のアレコレは次回に挙げる予定です。

感想、評価等よろしくお願いします。
次回もお楽しみに。



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嘆きのリフレイン

 
罪爐のこれまでは全て創世神に至るためでした。彼岸成就したヤツは絶好調です。
ちなみに本作はあの2人の姉弟説を採用しています。

二話に区切った方が良かったかも。過去最長な上にやりたい放題すぎてとっ散らかりました。

 


 数多の命を奪った罪だらけの『ン・ダグバ・ゼバ』の魂は死後、当然のように地獄の最下層に送られた。罪過の焔に焼かれ続ける日々。そんな罪人はある時唐突に常世に呼び戻された。

 

「……これって……あれ? バルバ?」

 

 ──成功したようだな。結城友奈は機を活かせたか──

 

 自身の器に戻ったダグバの魂が最初に認識したのは、霞のようにぼやけて映る同胞にして()()()でもある『ラ・バルバ・デ』の姿。

 

「ああ、なるほど……君も神様に叩き起こされたのか。ボクに至っては完全に死んでたはずなのに」

 

 ──正確には少々事情が異なるがな。お前を引っ張ったのは私の意思だ──

 

 バルバが事態の概要を説明する。それを興味もなさげに聞き流すダグバ。強者との戦闘以外には須らく関心が薄い彼らしい。

 

「……で? なんだって今更ボクを呼んだのさ。人間と神様の問題だろう」

 

 ──確かにな。グロンギにもお前にも直接関係はない。死者である我々が首を突っ込むこと自体が道理としては正しくないかもしれん。しかし、お前はそれでいいのか?──

 

「……なんの話?」

 

 ──あそこにはクウガがいる。唯一お前に土をつけた英雄が……敗者が地獄で燻っている間にも、勝者は挑戦と成長を続けている。お前達の差は広がる一方だな──

 

「へえ。でもあの時戦ったのはクウガだけじゃなかった。1人相手なら、ボクが勝ってたと思うけど」

 

 ──そう思うのは勝手だが、ここにあるのはダグバが負けたという事実のみ。今のお前がどれだけ言葉を尽くしても、負け犬の遠吠え以外のなんでもない──

 

 冷酷に思えるほど冷静な態度を崩さない姉にしては、珍しく挑発的な言葉の数々。共に死者である現状、誰よりも気分屋である弟を煽って何がしたいのだろうか。

 

 ──そしてもうひとつ、強い力を感じるだろう? アレが今代におけるクウガの敵だ。明らかに強い……クウガより、お前よりもな──

 

「……本当だ。どんな手を使ったのか、いろいろな気配が混ざり合ってすごい力に至ってる」

 

 ──勝ち目がないのはクウガも承知しているだろうが、それでも逃げない。だからこそ、奴は死ぬだろう……それで良いのか?──

 

「ようやく話が見えてきたよ。ボクにあそこに混ざれって? 気分じゃないなぁ」

 

 ダグバらしからぬ返答。しかしそれも無理はない。古代──自分の時代では不意打ちで封印されたせいで消化不良だったが、西暦の決着は満足のいくものだった。生きているだけで湧き上がり、自分でも抑えられない破壊衝動が抜けていくあの開放感。負けることも死ぬこともなかった無敵の悪魔にとって、『死』というのはなんとも心地良い終わりだった。

 

「ボクのゲゲルはもう終わってるんだよ。負けて死んだ奴が出しゃばるのは気乗りしないかな」

 

 ──そうか、それは残念だ。私はお前が嗤って戦う姿を見るのが嫌いではなかったがな──

 

「へえ?」

 

 ──圧倒的な力を容赦無く振りかざし、誰にも平等に死を振りまく悪魔。そこには善意も悪意もなく、ただ純粋な愉悦のみ。ダグバの戦いには、他の誰にもない美しさがあった──

 

 バルバが生前このような話をした事は一度もない。勝ち上がるだけ勝ち上がり、『ラ』になってからは進行役とチャンピオンという関係性以外で接することもなかった。

 

 ──私はもう一度お前が戦っているところが見たい。西暦のクウガとの決戦は見損ねたのでな……心から愉しむお前の顔を、ダグバが全てを蹂躙する姿を──

 

「君は……」

 

 ──そして何より、我々の頂点に君臨する『ン』が、この世の頂点にも至る姿を見届けたい。『ラ』としての私の本音だ──

 

「……!」

 

 ダグバはそんな風に考えたことがなかった。ただ勝ち続けていくうちに到達した立ち位置に過ぎない。グロンギとしての同族意識やプライドなどありはしないし、何なら嬉々として同族を殺して回ったこともある。

 

「そうか……ボクは、グロンギの頂点。そうだったね」

 

 それでも、数は少ないが関わりがあった相手のことは覚えている。

 戦う事に誇りとこだわりを持って、自分に挑もうと追いかけてきてくれた武人気質の彼。

 そして何かあるたびに我儘に付き合ってくれた、管理者にして実の姉。

 

「まあ、そこまで言われて黙ってるのもボクらしくないかな」

 

 そんな彼らを無理やり叩き起こして、利用して、弄んだ下衆がいる。ソイツはあの眩しい太陽のような英雄の陽を消そうとしているらしい。

 ン・ダグバ・ゼバは考える。自分を倒した彼が、卑劣な悪霊に潰されるというのはどうにも気分が悪い。

 

「やってみようか。負けっぱなしもシャクだし、その罪爐ってのも気に入らない」

 

 ──真に最強の存在は、クウガでもアギトでも罪爐でもない。証明してみせろ。あの時代、我々の誰もが恐れ慄き、どうしようもなく憧れた究極の闇……その強さを──

 

「今回は乗せられてあげるよ。そっちの方が……タノシソウダ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダグバの意識が浮上する。まず飛び込んできたのは目を丸くして驚く桜色の少女の顔。その手にあるのはバルバの指輪。それを使ってダグバを呼び起こしたらしい。

 

「君は、クウガの仲間?」

 

「クウガ?……えっと、はい! あなたは……ダグバさん、で合ってますか?」

 

「そうだよ。よく知ってるね」

 

「りっくん……クウガから聞きました。あなたは、クウガの敵ですか? それとも……」

 

「そうだなぁ、ボクは……」

 

 言葉を選ぶダグバ。気まずそうに目を泳がせる友奈。2人の間に流れる微妙な空気。そこに、馴染み深い音と臭いが飛び込んでくる。

 

「っ! あの爆発……りっくん?」

 

「盛り上がってるね。早く行かないと出遅れそうだ」

 

 大量の爆音と煙の臭い。ダグバが幾度もまき散らしてきた破壊の気配。白い悪魔の闘争心を刺激するには十分な演出だった。

 

「さっきの質問に答えると……ボクはとりあえず、あの破壊魔の敵かな」

 

 ダグバは嗤う、どんな時でも。生きることは戦うこと。戦いはダグバの最高の娯楽。嗤って戦うことこそが、ン・ダグバ・ゼバの全てだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「右から仕掛けろ!」

「ヤダね、断る!」

「あーそうかい!」

 

「クハッ、まさか戦場で漫才が観られるとは……愉快愉快!」

 

 言葉だけ聞くと噛み合っているようにはとても思えないが、その実クウガとダグバは初めてにしてはうまく連携できていた。天邪鬼なのか楽しんでいるのか、悉く陸人の指示の逆を行くダグバ。対する陸人の方もそれを前提に指示を出しながら逆に回って動くようにしているため、結果としてピッタリ嵌っている。

 

「硬いね……殴っても斬ってもまるで手応えがない!」

「さっきのおかしな能力は使ってない……純粋に装甲の強度が桁違いってことか?」

 

 腕が二本に足が二本、両脚で立って頭部でモノを見る。基本的な性質は人間と同様だが、ジェネシスの刺々しく膨張したフォルムは人と獣の中間点と言える。

 軽く腕を振るっただけで、直接触れてもいない大地が裂けて大気に穴が開く。そんな規格外を敵に回して、クウガとダグバはよくやっていた。

 創世神を相手に数分もの間、()()()()()()()()()()()()のだから。

 

「羽虫の戯れは眺める分には愉快だが、チクチクと突っかかられ続けると流石に不快よな」

 

 罪爐の言葉を書き終えた直後、陸人は急に胸が軽くなったような、奇妙な開放感を味わった。

 

「……えっ、な……⁉︎」

「クウガ!」

 

 目線を下に落とすと、黒い胸部装甲に深々と広がる真一文字の傷。対峙するジェネシスの手には、何故現出を見逃したのかも分からないほど巨大で異様な獲物──3本の刃を備えた大鎌が握られていた。

 

「この手応え……やはり己が手で刈り取る感触こそ至高! まだまだ試し斬りさせてもらおうぞ!」

 

 明らかに本人の身の丈以上に長い大鎌を軽々と振り回すジェネシス。横薙ぎの一閃は2人を掠めるだけで終わったが、この鎌の真骨頂は斬れ味だけではない。

 

「なんだ、溶ける……?」

「この炎、消せない?」

 

 二本目の刃が掠めたクウガの肘部の衝角は一瞬で腐食してドロドロに溶けた。

 三本目に斬り飛ばされたダグバのマントのような装飾は燃え盛り、ダグバでもその炎は消せない。結局両者とも攻撃を受けた部分を切り離すことでしか対応できなかった。

 

「ククッ、これぞ我の獄鎌──婆娑羅(ばさら)。一振りで三種の死を与える。便利であろう?」

 

 罪爐の呪いと殺意を収束、圧縮して形に変えた獄鎌・婆娑羅。その力にも使い手の悪意が詰まっている。

 

 1番前、最も大きな刃はひたすらに斬れ味を高めた斬殺の牙。クウガの装甲すら問答無用で斬り落としたその威力、常世に斬れぬものはない。

 

 真ん中、二番目の刃には罪爐の呪いを物理的な有害物質へと変換した致命の毒が塗布された毒殺の牙。一滴で山ひとつ滅ぼせるほどの繁殖力と腐食速度を誇る。

 

 最後の三本目には獄炎の仕込みがされている。煉獄の焔の素をたっぷりと染み込ませて斬撃の摩擦で着火、炎は一瞬で対象に燃え移りそのまま焼き尽くす焼殺の牙。

 

「これで斬った相手は自分が何に苦しんでいるのか、どのように殺されたのか理解できないまま絶命する。その困惑の様がなんとも滑稽でな。我もコイツは気に入っているのだ」

 

 それぞれが必殺ならば、三本の刃を一纏めにすることには何一つメリットがない。罪爐らしい遊びの要素に偏った、嗜虐欲求を満たすこと以外に一切の利がない趣味の凶器だ。

 

「さあ、汝等ならば一度や二度では死なんだろう? もっと我を愉しませてくれ!」

 

「悪趣味にも限度があるだろうが!」

「ゲゲルでもないのに自分を縛って……気に入らないなあ!」

 

 婆娑羅は武器としてはあまり優れた代物ではない。一撃の威力は全次元含めても随一だが、刃が多すぎて重量バランスが悪く取り回しに難がある。攻撃範囲は広いがそもそも一本の刃を避けられる相手なら三本あっても回避はできる。逆もまた然りで、複数の刃が同方向にあってもさして有意には働かない。

 間合いが長すぎるせいで懐に空く死角も相当に広い。飛び込まれれば隙だらけだ。屈指の戦巧者である2人がこの弱点を見逃すはずもない。

 

「ハハハ、踊れ踊れぇ!」

 

「クッソ、速すぎる……!」

「踏み込めない!」

 

 それでも尚、ジェネシスが一方的に2人を追い立てていられるのは、彼我の実力に武器の欠陥を補って余りあるほどの開きがあるからだ。

 ジェネシスは特に考えず、新しい玩具を与えられた子供のように獲物を振り回しているだけ。そんな大雑把な振りでも、行動速度において大きく劣っているクウガとダグバには避けられない絶対の壁となり得る。

 

 中の罪爐には戦士としての才能など欠片もない。クウガやダグバのように長く戦場に身を置いて培った経験もない。

 それでもジェネシスが一方的に押しているのは、1人だけ立っている次元が異なるから。ジェネシスがあまりにも速いから、2人は一向に追いつけない。ジェネシスが圧倒的に硬いから、2人は一切ダメージを与えられない。ジェネシスが桁違いに強いから、2人はその攻撃でどんどん追い込まれている。

 

 

 

 

 

 

 

「勇者部──」

「防人──」

 

「「突撃っ──‼︎」」

 

 レベルの違う攻防についていけず、周囲を囲みながら乱入の機を伺っていた人類側の全戦力が一斉に突貫。クウガと、ついでにダグバを救い出すべく同時に仕掛けた。

 

「やはり祭りはこうでなくてはな……花のように散れ!」

 

 ジェネシスの背中から絶えず放出され続ける翼状の闇が、天空目掛けて迸り数十本に枝分かれを始めた。流星のように天から降り注ぐ闇の槍。一本だけでも結界を突き破るだけの威力を秘めた破壊の暴風雨が吹き荒れる。

 

「みんな逃げろ! 散開だ!」

 

「でも、りっくんが──!」

「早く!」

 

「……もう遅い!」

 

 ──天鳴轟槍──

 

 

 

 直後、夥しい量の闇の槍が着弾。地殻を破壊する勢いで炸裂した。

 半径10kmにも及ぶ爆撃は、敵対勢力の身体に深刻なダメージを与え、全員の意識を根こそぎ刈り取った。

 

「ぐ……みんな!」

 

「ハッ……まさかボクの炎より手早く、これだけの範囲を破壊し尽くせるとは」

 

 まさに天変地異。クウガとダグバを除く全員が倒れ伏し、いくつもの地割れやクレーターで溢れた大地。台風と大地震と山火事と大津波と土砂崩れと噴火が一度に起きたような、地獄と呼ぶにふさわしい光景。凄惨な世界を一瞬で作り上げたジェネシスは何処までも愉快そうに嗤っている。

 

「やはり凡俗ではこの程度か。我と遊ぶことができるのは汝等だけのようだ」

 

 補給を受けて万全の態勢だったG3-Xも、防人達も。

 休息を取って完全復活したギルスも、G4-Bも。

 天の逆手を持つ友奈も、彼女を擁する勇者部も。

 皆等しくジェネシスの天鳴轟槍を受けて地に沈められた。なんとか直撃は避けたのか全員息はあるが、このままでは余波だけでも死に至る危険は十分ある。

 

「……ぁ、ぐぅ……!」

「……冗談キツイぜ……こんな怪物、どう、やって……!」

「リク……だめ、逃げ……」

 

「みんな……!」

 

 かろうじて意識を保っている数人も、身体を起こすこともできない様子。それほどジェネシスの巻き起こした破壊は圧倒的で一方的で完璧だった。

 

「ダグバ、アイツをみんなから引き離す!」

 

「ええー? 面倒、と言いたいけど合わせてあげるよ。じゃないと君まともに戦えなさそうだしね」

 

 急速反転して距離を取る2人。仲間が倒れているど真ん中で攻防を繰り返すわけにはいかない。最早クウガとダグバをどういたぶるかという点しか見ていないジェネシスもあっさりとついていく。

 

「さあさあ、ダンスの続きと洒落込もうか!」

 

「調子に乗ってるとケガするよ? その鎌の間合いにはもう慣れた!」

 

 十分距離を立ったのを見計らって、ダグバが仕掛ける。速度差は如何ともし難いが、仕切り直しのタイミングは最大の狙い目だ。先手を取って踏み込むことさえできれば──

 

「獲った!」

「馬鹿な──なんてな!」

 

 大振り直後の一瞬の隙。大鎌の刃の内側に入り込んだダグバの胸部に、毒殺の刃が突き刺さる。一瞬前まで何もなかった鎌の反対側、柄の部分から突如として三本の刃が生えてきたのだ。

 

「ガフッ‼︎──なるほど、自分の一部から造った武器だったっけ?」

 

「ああ。我は無形、我は無限。故に……形質も質量も自由自在よ」

 

「ダグバ!」

 

 クウガの横槍で離れる両者。自分の肉体組成すら自在に操れるダグバでも、今の毒はそう簡単には分解できない。一気に動きが悪くなった。

 

「ここからだ、ダンスの曲調を変えていこう……目端を変えねば客は食いつかんぞ!」

 

 S字状に両端から刃を生やした婆娑羅を構えて踊るように回転しながら攻め立てるジェネシス。円舞のような優美で曲線的なステップがクウガを翻弄、防御も回避もできない状況に追い込まれていく。ただでさえスピード差は圧倒的。動きの先読みで補っていた分も、ここにきて通用しなくなってしまった。

 

(左……右……左……いや、右⁉︎)

 

「残念、下だ」

 

 婆娑羅を地面に突き立て、足元から刃を生やす不意打ちの斬撃。先の横一文字と対になるような縦一文字の斬撃痕がクウガの胸に刻まれる。

 更にジェネシスは柄を切り離して婆娑羅を分割。シャイニングカリバーのように二刀流にして構え直した。

 

「素っ首、貰い受ける!」

 

 左右から首を挟み切るように迫る二刀の鎌。獲物の変形に気を取られた陸人は完全に反応が遅れていた。

 

「なーにやってるのさ!」

 

 首が胴体と別れる寸前、ダグバの装飾が鞭のように伸びてクウガの足首をからめ取る。そのまま引っ張られてクウガは転倒、一息に上体を倒してギロチンを回避した。

 

「──っ、おおおらぁぁぁ!」

 

 鎌の真下に潜り込む体勢となったクウガは、掬い上げるように刃を蹴り上げる。初めて見出したジェネシスの決定的な隙。攻防の最中の一瞬の空白。そこに身を滑り込ませたクウガが拳を叩き込んだ。

 

「……嘘だろ」

 

「戯れでも……そろそろ気は済んだかな?」

 

 正面から眉間に拳は直撃した。それでもジェネシスは微動だにせず、その身に一切ダメージは通っていない。

 一歩間違えれば絶命、という綱渡りを何百回も潜り抜けた攻防の果てにようやく掴んだ勝機だった。タイミング、踏み込み、拳の振り、全て完璧だった。にも関わらず敵は無傷。ジェネシスには力があった。"必殺"や"必勝"でさえも"無意味"に変えてしまう、絶対的な力が。

 

「もっと演目を派手にしなくてはつまらんな。趣向を変えるか」

 

 両腕の鎌を振るってクウガを引き剥がすジェネシス。間合いを開くついでと言わんばかりの気安い動作で胸部に斜め十字を刻み込む。ちょうど"米"印を描くように、陸人の魂を守る装甲は完膚なきまでに斬り刻まれていった。

 

(演目を変える?……アイツ、今度は何を?)

 

「人類諸君、星は好きかな?」

 

 クウガ達だけでなく、この場にはいない民衆に向けて言葉を投げかける罪爐。一方的な戦闘を見ているしかできない民間人達の心は不安に苛まれていた。ここに来て直接の声がけ。陸人でなくとも嫌な予感が止まらない。

 

「我は大好きだ。夜空に輝く星々は、常世の広さを教えてくれる。ここを制圧した後には他の星も堕としてみたい。この姿を得て果たすつもりでいた目的のひとつがそれよ」

 

 罪爐はずっと民衆の目というものを意識していた。最初にバルバの身体で敗北したのは束の間の希望を持たせるため。最終形態、クウガ・ジェネシスが陸人のクウガに酷似しているのは、希望の象徴たる仮面ライダーの姿形で四国を滅ぼすことでセンセーショナルな絶望をもたらすため。

 

「……というわけで、我はこれから星を落とす。場所は……そうだな。四国結界の中央にしようか。大方、避難場所もその付近に固めているのだろう?」

 

 全方位から仕掛けてくる可能性がある限り、壁外からの侵攻から遠ざかるには中央しかない。罪爐は人間の心理──不安や恐怖からは少しでも距離を取りたがる性質を理解していた。

 

「逃げ惑うも良し、座して死を待つも良しだ。最後の数十秒、楽しめよ」

 

 ──天球支配──

 

 ジェネシスが指をひとつ鳴らすと、突如として高高度に巨大な岩石が出現した。遠く木星圏のアステロイドベルトから引っ張ってきた小惑星、そのひとつが四国直撃コースを辿って急速落下している。

 

「さあどうする? 仮面ライダー。その身体であの質量と対峙すればどうなるか分からんぞ?……ああ、あの岩の塊を処理するまで我は直接手は出さないでおいてやろう。これも余興だ」

 

「お前……お前はいつもそうやって、人の命を……!」

 

「フフッ、我に怒りをぶつけている暇があるのか?」

 

「クソ……! ダグバ、頼む!」

 

「あ〜あ、さっきからいつも気にしないようなことばかり……ホント面倒臭いなぁ!」

 

 傷だらけの身体を押して飛ぶクウガ。毒でまだ不調のダグバも後に続く。2人は四国に向かうコース上に移動し、小惑星を迎え撃つ。

 

「あのデカさだとボクでも一瞬しか保たないかもよ?」

 

「分かってる……その一瞬で決める!」

 

 ダグバが先行して小惑星の上側に回り込む。超高速で落下する岩石になんとか追いすがり、右手が微かに触れた。

 

(よし……ここまで弄れば……!)

 

 グロンギ最高のモーフィングパワーを持つダグバ。彼なら一瞬でも触れてしまえば大抵の物質は変質させることができる。大気圏をも超えてきた小惑星の耐衝撃性を減衰させることも容易だ。

 

「クウガ!」

 

「ああ、助かったぜ……砕けろぉぉぉっ!」

 

 迫りくる小惑星に、待ち構えていたクウガの全霊の貫手が突き刺さる。落雷のような勢いと、噴火のような爆発力を併せ持った必殺の一撃が岩の塊を突き抜ける。直径60kmを超える天体の奥深くまで衝撃が走り、岩石は爆砕、飛散した。

 

「フゥ──、ぎりぎり何とかなったか」

 

「へえ、やるじゃないか。リクト」

 

 究極の戦闘能力と、最高峰の性質変換能力を持つ2人だからこそできた連携攻撃。一方が自分たちに優位になる性質変化を行い、もう一方が全力で相手を粉砕する。クウガとダグバ以外には真似できないコンビネーションだ。

 

(四国の直上に入る前に迎撃できた……結界を突き破るほど大きな破片が降り注ぐこともないはず)

 

「ハッ、英雄様は苦労が多いな? 身ひとつで戦う中でそんなことにまで頭を回さねばならんとは」

 

「っ! 罪爐──」

 

「遅い!」

 

 人類の危機を紙一重で回避した陸人は、一瞬気を抜いてしまった。そこを目敏く狙って転移してきたジェネシスの回し蹴りを受けて地面に落下していく。

 

「ああもう! 何でもありだな君は!」

 

「それは当然だ……既に名乗ったはずだがな」

 

 背後から殴りかかるダグバも容易くあしらい、万力のような握力でその頭部を握り潰すジェネシス。頭蓋が粉砕しそうな圧力に、流石のダグバも身動きが取れない。

 

「我は創世の神……この世界において我にできないことはない!」

 

「……──クッ、ソ……!」

 

 ガードの上から何度も蹴りを叩き込む。一発でも必殺の威力を、秒間600発の速度で同じ位置に撃ち込まれたダグバの防御は一瞬で砕かれた。

 

「先ずはクウガだ。汝は暫く消えておれ!」

 

 渾身のキックで吹き飛ばされたダグバ。一瞬で地平線の奥まで跳ね飛んでいき、星のように視界から消えた。

 

 

 

 

「……ダグバ! くっそぉぉぉ!」

 

「そうだ来い! 勝てぬと分かって尚挑むその姿勢! それこそ我が手ずから潰したいと願った邪魔者の姿よ!」

 

 ジェネシス降臨から数十分。敵はいまだに傷らしい傷も、消耗も全くないまま嗤っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……リ、ク……!」

 

 一瞬で蹴散らされた勇者・防人連合の1人。東郷美森の勇者としての特技は狙撃。それもうつ伏せの体勢からじっくり狙って撃ち抜く伏せ撃ちが最も得意とする戦闘スタイルだ。もともと足が健在でなかった頃に確立した戦術で、機動力を重視するアンノウン戦ではあまり使われなかったが、これには隠密性や狙撃安定性の他にも利点がある。

 

(身体の芯が折られた感覚……でも、まだやれる!)

 

 単純だが、立たなくてもいいということ。美森の他にも意識を残している戦士は何人かいるが、彼らも同じく立ち上がるだけの力が残っていない。だが美森だけは寝そべったままで、戦場から遠く離れたここからでもできることがある。照準に黒い翼を生やしたクウガ・ジェネシスを捉えて、大きく深呼吸。

 

(満開分の出力は使えなくても、今出せる精一杯の威力で……)

 

 開戦前にかぐやに命じられた『東郷美森と乃木園子の満開禁止』

 この土壇場において、何度も解禁してしまおうかと考えたが、あの筆頭神子が意味もなく特令を出すとも思えない。彼女をよく知る園子の賛同も信じて、今もその命令を守っている。

 

(これで倒せるとは思ってない……せめて、少しでもリクの助けに!)

 

 背後からの不意打ちで一瞬でも動きが止まれば儲け物。そんな健気な一撃は、寸分違わずジェネシスの背中に向かい──黒い翼に叩き落とされた。

 

「っ! 自動防御機構⁉︎」

 

 ジェネシスの挙動を見る限り、この距離の狙撃を察知していたようには思えないし、迎撃し終えた今になってもこちらを気にするそぶりもない。半永久的にエネルギーを放出し続けている翼が本体とは別の独立意思で動き、美森の狙撃を撃ち落としたのだ。

 

「マズい、こっちに来る。何の役にも立てないで……!」

 

 青い光弾を弾いた右の黒翼が蠢き、無粋な邪魔者目掛けて飛んできた。足腰立たない今の彼女では、先のように直撃を避けることもできないだろう。美森はせめてもの意地で、迫りくる恐怖から目を逸らさず待ち構え──

 

「……さ、せ……ないっ……‼︎」

 

 美森の危機を直感で悟って飛んできたクウガが、左脚を犠牲に黒翼を止めた勇姿を目撃した。

 

「リクッ!」

 

「美森ちゃん……!」

 

 必殺のアルティメットキックでさえも力負けした。それもジェネシスの無意識下での迎撃行動相手に。膝から両断された黒い脚部が空を舞う。

 

「急に消えたと思えば、足手纏いのお守りか? もっと我に集中してもらいたいものだ」

 

「抜かせ……!」

 

 斬り飛ばされた左脚を掴み、挑発するように振り回すジェネシス。クウガは背後の美森を回収して離脱体勢を取る。

 

「逃すと思うか?」

 

「無策で逃げると思うか?」

 

 クウガやダグバのモーフィングパワ──―物質の形状や性質を変化させる特殊能力は、ある程度の距離ならば遠隔でも干渉できる。そして対象の物質は選ばない……たとえ自らの肉体でも。

 

「弾けろ、罪爐!」

 

 ジェネシスの手中にあったクウガの左脚が炸裂。膨大な爆風と煙幕を巻き起こして爆散した。核弾頭クラスの大爆発を間近で受けた上に視界も塞がれたジェネシスは追撃を停止。陸人達の離脱を許した。

 

(干渉能力の速度、精度、強度も上がっている……奴はまだ進化するということか、愉しませてくれる)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リク……リク大丈夫?」

 

「……スゥ──、フゥ──……ああ、まだやれる。美森ちゃんはみんなを集めて撤退させてくれ。このままここにいたら危険だ」

 

「そんな⁉︎ あんな怪物の相手をリク達だけに任せるなんて」

 

「だが、奴の異次元の強さは今ので身に染みただろ? 正直俺もみんなをフォローする余裕はないんだ」

 

 いつもの陸人ならまず言わない言葉。直接口にしないだけで、美森は彼の本意を正しく汲み取っていた。

 "足手纏いだから退がれ"──ずっと仲間の絆で勝利を掴んできた勇者部の1人として、陸人を想う者の1人として聞き入れ難い……しかし聞き入れるしかない命令だった。

 

「でも、リク……あなたその脚じゃ」

 

「なーに、2年前の鋼也にもできたんだ。俺にも同じことができたって、不思議じゃない……!」

 

 左脚の切断面に爪を立てて刺激を送り、細胞を活性化。あり得ない超速細胞分裂で、自ら爆砕したはずの脚が再生した。動かした具合も問題なし。最早今の陸人は、人間の常識が通用しないほど変質しきっていた。

 

「リク……!」

 

「みんなを頼むよ、美森ちゃん」

 

「……分かった……分かったわよ、リク」

 

 いつものように頭を軽く撫でて飛び立つ陸人。その仮面の奥でどれほどの痛み苦しみを堪えているのか、分からない美森ではないのに。それでもいつも通りを必死で演じる以外のやり方を知らない不器用な少年に、少女はこれ以上逆らうことができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「罪爐ぉぉぉっ‼︎」

 

「やはり汝の場合、他者の命が関わる方が反応が良いな。まだ面白い物が見られるかもしれん」

 

 ガムシャラに攻撃を繰り出すクウガを右腕であしらい、残る左腕に力を込める。宿す術式は長年の悲願のひとつ。標的は300年間人類圏を守護してきた絶対防壁。

 

「今度は何をする気だ?」

 

「そろそろ愚民共の悲鳴が聞きたいのだよ……その方が盛り上がるだろう?」

 

 ──聖域崩壊──

 

 ジェネシスが地面に手をつき、大地を通して呪詛を流し込む。100kmは離れていたにも関わらず、ものの数秒で呪詛の光は結界表面に到達し、呪いが全体へと伝播。そして──

 

「まさか……お前!」

 

「おめでとう……人類に残された最後の生存圏はたった今消滅した」

 

 

 

 四国を囲んで建立していた四国結界が積み木崩しのように崩落した。

 遠く離れたクウガからもよく見える。巨大な壁面がガラガラと崩れ落ち、その破片が矛のように鋭く変形して浮遊している。

 結界なくして世界の侵食は防げない。バーテックスのような敵性がいなくとも、上書きされた世界そのものが人類が生きられない炎の大地として侵食し、やがて四国も壁外と同じ地獄に変わる。

 以前大社が行ったシミュレーションによると、結界崩落から四国の完全侵食まではおよそ3時間もあれば済んでしまう計算だった。

 

「これで民衆は自分達の窮地をより明確に実感できる。生中継のライブ感というものを楽しんでくれ!」

 

「ふっざけんなぁっ!」

 

 ハイキックでクウガを蹴倒し、踏みつけて動きを封じたジェネシス。尚もがく陸人を煽るように嗤って、罪爐は崩壊した四国結界を指差した。

 

「我はこう見えて倹約家でな。あるものは最大限利用する質なのだが……見えるか? あの結界の破片、これからどこに向かうと思う?」

 

「……な、に……?」

 

 巨大な壁面を形作っていた神性の結晶が、鋭い矛状になってフワフワと浮いている。その先端が指し示す先には、複数の人影。先程の陸人の指示に従って撤退を始めた仲間達がいた。

 

「お前っ!」

 

「人類を守護する最後の盾が、勇者達を貫く矛となる……なかなか気が効いた演出だと思わんか?」

 

 完全に頭に血が昇った陸人には、罪爐の挑発はまるっきり入ってこなかった。踏みつけられた姿勢から地面を炸裂させてスペースを作り脱出。瞬間移動を連発して必死に急ぐ。

 

「無駄だ。間に合わん」

 

 クウガやダグバが使う瞬間移動には射程距離も連続使用制限もある。ましてやここまでの戦闘でかつてないほどに痛めつけられたクウガの肉体は既に限界を迎えていた。指一本動かさずとも結晶を操作できるジェネシスに追いつくには、圧倒的に時間が足りない。

 

(──失って、たまるか……!)

 

 陸人は馬鹿ではない。そんな理屈は承知していた。それでも、何一つ見殺しにはできなかったから、今日まで戦い抜いてきたのが彼だ。

 

(俺はまた守れないのか? そんな結末は認めない! みんなはこんなところで死んでいい命じゃない。そもそも罪爐なんかの手で命が奪われる理不尽を認めてたまるか……

 そうだ、アイツは自分の格を高めに高めて事象の改変能力を得た。もし俺にも同じことができれば……西暦の最後の奇跡のように、俺自身を高めて、アイツと同じ領域まで──)

 

 最高に茹だった頭を回し続けて、有りもしない勝機を探す。その身体に仄かな光が宿った。黒い身体を照らす、淡く優しい白の光。それは徐々に勢いを増していく。

 

「まずは仲間、次に民衆、最後に汝自身だ!」

 

 抵抗を続ける陸人を嘲笑うように、ジェネシスが操る結晶が仲間達の戦闘を進む友奈と園子に迫り──

 

「友奈ちゃん! 園子ちゃん!」

 

「えっ……?」

「りっく──」

 

 2人がその声に足を止めて振り向いた直後、その胸を結晶の矛が貫いた。人間以上の大きさの構造体が心臓や肺の区別もなく、胸部全てを貫通したのだ。誰がどう見ても即死の傷、それを目の当たりにした陸人は叫んだ。叫ぶしか、できることがなかった。

 

「──ぁぁぁぁぁぁあああああああアアアアアアァァァァァァッ‼︎」

 

 次の瞬間、世界はクウガの光に呑みこまれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ッ⁉︎ 今のは」

 

(……何だと?)

 

 殴り合いの真っ最中、陸人と罪爐はあまりの驚愕に停止した。一瞬の後に、数分前の状態に戻っていたのだから無理もない。

 

(今のは夢……罪爐の幻? いや違う、だったら奴がこんな動揺するはずがない)

 

(馬鹿な……勇者連中も、結界も健在のまま。何が起こった⁉︎)

 

 ここ1時間ほどは無視しっぱなしになってしまっている大社からの通信に耳を傾けても、先程の光景に触れる情報は全く入らない。遠くを歩く仲間達もその歩みに迷いはない。

 結界の崩落も、仲間の死も、覚えているのは陸人と罪爐だけのようだ。

 

()()、まさか我と同様の事象改変能力を──?」

 

「知るかよ……だが、さっきの手品は無効になったらしいな!」

 

(此奴、自覚的に使ったわけではない? ならば今始末すれば間に合うはず)

 

 もし陸人がジェネシスと同じ階梯まで至る資質を持っていたとしたら、生かしておくには危険すぎる。力の差がある今のうちに確実に消さなければ足元をすくわれるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

(アマダム、今の察知してるか?)

 

 ──ああ。ジェネシスと同規模の事象改変……クウガの力だけではまず不可能な所業だ──

 

(アレを自在に使えれば、罪爐にも勝てるはずだ!)

 

 ──だが何故あんなことができたのか、皆目見当がつかん。大切な者を失った激情が引き金になったのは間違いないが、そもそもの力は何処にあるのか──

 

 アマダムでさえ理解できない超常の次元干渉。クウガ、ダグバ、テオス、罪爐。それだけの超越存在を集めてようやく到達した創世神に並ぶ力など、いったい陸人の何処にあるのか。

 

 ──いや、待て。もしや──

 

(アマダム?……っ! くっ、がぁぁぁっ⁉︎」

 

 思考を中断させられるほどの、身を焼き焦がす痛み。気づけば天空から落ちる雷撃と大地から迸る爆炎に挟まれて焼かれていた。

 

「死ね……ここで死ね!」

 

 天雷と灼熱。上下から挟み込む必殺の責め苦に抗いながら、陸人は昔の記憶を呼び起こした。

 

(そうだ。あの時も雷に打たれた……死ぬほど痛かったけど、それがきっかけで新しい力に)

 

 雷はクウガの力の象徴。そして炎はアギトの力の象徴。その二つに挟まれたことで、陸人の内なる光がより強く眩しく輝いている。

 

(アマダム、あの時と同じ要領だ。攻撃に耐えるんじゃなくて、力を受け入れて俺の中に……)

 

 ──そうか。雷と炎、それが陸人の中にある力……だとしたら──

 

 傷だらけの胸部に爪を立てて装甲をこじ開ける。あの時のクウガよりも硬くなった装甲が今だけは邪魔だった。開いた傷に雷も炎も集まっていく。もちろん痛みは先の比ではないが、陸人は我慢強さなら誰にも負けない。

 

「──っぉぉ、コレを……受け入れて、次の段階へ……!」

 

「なんだ? 奴は何をしている……」

 

 創世神の力を取り込み、陸人の魂が昇華する。人が振るうクウガの力。それに許された究極の領域の、一歩先へ。

 

 

 

 

「出し惜しみは……ナシだっ!」

 

 

 

 究極のクウガの黒い装甲に、銀色の装甲が上乗せされていく。刺々しい装飾以外はスリムだったアルティメットから、重厚で豪壮なフォルムへと。

 クウガの特徴的な頭部の衝角も、銀色に染まり枝分かれして伸びていく。

 

 

『クウガ・アメイジングアルティメットフォーム』

 

 

 己が内なる力の進化によって至ったアルティメットのさらに先。創世神の力を我がものとして取り込み進化した超強化形態。アルティメットもシャイニングも超えた、今の陸人が欲した新しいクウガ。

 

「まさか……人の身で究極を超えたのか?」

 

「俺だって理解しちゃいないさ……だが、求めればいつだって応えてくれる、それが俺にとってのクウガだ!」

 

 ──これが陸人の次なる進化か? だとしたら、先程の改変で感じた力とは、何かが──

 

(どうしたアマダム? 行くぞ!)

 

 ──む、そうだな。気をつけろ、この姿……究極のクウガ以上に扱いづらい。完全な制御はできない上に、時間制限も厳しいぞ──

 

「分かってる、短期決戦だ!」

 

 銀と黒に染まったクウガが駆け抜ける。策もなしに一直線にジェネシスへと突っ込み、真っ正直なストレート。

 

「この手応え……見掛け倒しではないようだが、それで勝てるつもりなら甘いと言わざるを得ないな」

 

 当然のようにその拳を防ぐジェネシス。しかしクウガとて、馬鹿正直に殴りかかって勝てるとは思っていない。

 

「言われなくても……俺の本気はここからだ!」

 

 予想以上にクウガの力が増していたのか、ジェネシスの体勢がわずかに崩れた。その微妙な揺らぎを陸人は見逃さず、鞭のように鋭くしなる蹴りで敵を直上に蹴り上げた。

 

「そこでジッとしてろっ!」

 

「む……これは、紋章術?」

 

 かつて戦ったもう1人のアギト──沢野哲馬が編み出した万能の術式。一度だけ見たその技術を、陸人は練習もなしにこの土壇場において出たとこ勝負で成功させてみせた。拘束の紋章で宙に縫い止められたジェネシスに向けて、十指を組んだ両拳を構える。

 

「フゥ──……ぅおおおおおおおおおおっ‼︎」

 

 ──制御はこちらでやる。陸人は全ての力を絞り出すことに専念しろ!──

 

 クウガから超高出力の稲光が走る。その煌めきは収束し、一つの大きな光球へと変わる。離れていても肌を焦がさんばかりの熱量。呼吸すらままならないほどに周囲の大気まで影響する大質量の破壊の塊。

 

 ──今だ、放て陸人!──

 

「──いっ……けぇぇぇぇぇぇぇっ‼︎」

 

 クウガがギリギリで抑えていたエネルギーが解放、放出された。壁外の暗い空さえ照らすほどの莫大な力が全てジェネシスを打ち砕くために向かっていく。

 究極さえ超越したクウガ(アメイジングアルティメット)が持てる力全てを込めた超必殺『アルティメットアーク』

 

「……! これほどの……力が何故……⁉︎」

 

「ここで終われぇぇぇっ!」

 

 ジェネシスでさえも抑えきれなくなった力の奔流が、創世神の胸を貫いた。それでもまだ止まらないエネルギーは天に昇り、天の神が拵えた天蓋にまで風穴を開けて外に逃げていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッ、ハァッ……流石に死ぬかと思ったぞ」

 

 ──想定以上の出力だったな。アレがもし地表に当たっていたらどうなっていたか、想像がつかん──

 

 全ての力を出し切り、アメイジングの鎧が霧散していく。銀色を失い黒に戻ったクウガは、地に膝をつけて立ち上がれない。身体を支える力までフル動員しての必殺技だったのだ。

 間違って地面に当たれば周囲の環境を激変させ、下手したら星そのものの崩壊すら招いたかもしれない。その危険を避けるために、一か八かのアドリブまで加えてジェネシスを空中に固定してから放つ必要があった。

 

「あれだけの力が一撃で全部抜けてった。アマダムの言う通りかなり扱いづらいな、あのクウガ」

 

 ──そうだな……しかし、文字通り全身全霊懸けた甲斐はあったのではないか?──

 

「……ああ」

 

 クウガが見据える先には、胸から腹部にかけて巨大な風穴を開けて倒れているジェネシス──罪爐の姿があった。

 

「……手応え、アリだ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クウガが新たな力でジェネシスを撃破した。その報はすぐさま全通信網を駆け巡り、人類側は歓喜に沸いた。そんな中で、浮かない顔で思案にふける少女が1人。筆頭巫女の上里かぐや。彼女は自分が見た未来とは異なる決着に疑問を抱いていた。

 

(私が見た唯一の勝ち筋と違う……私が見逃していただけ? それとも──)

 

 もうひとつの可能性に考えが及んだ瞬間、神樹から最後にして最重要の神託が届いた。それを信じるなら、ここからが上里かぐやにとっての大一番だ。

 

「分かりました、神樹様……ごめんなさい、陸人様」

 

 その瞳から溢れた涙の理由を知る者は、全能の地の神以外にはまだいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クハハハハ……いや、見事見事」

 

「っ⁉︎」

 

 ──馬鹿な──

 

 もう二度と聞かずに済むと安堵していた声が、目の前の死体から聞こえてきた。ジェネシスの肉体は、風穴が空いたままマリオネットのような不気味な挙動で立ち上がった。関節を無視したような高速かつ奇妙な動作を繰り返し、徐々に傷が癒えていく。

 

「そんな……アレを受けてまだ動けるのか?」

 

「いや実際、少し肝は冷やしたぞ。如何に創世神といえど、あの威力は堪えた。故にあの光が我を貫くよりも早く、我の時間を変えておいたのだ」

 

「……は?」

 

 ──時間への干渉……攻撃を受けなかった時間軸と自身を繋げて──

 

 罪爐はあらゆる可能性とそれに付随して枝分かれする全ての時間軸を観測することができる。更に今ならジェネシスの力を使って別の時間軸と現在を接続することすら可能。

 つまり罪爐は、攻撃を受けて自分が倒れるよりも前に改変能力を行使。攻撃を受けずに健在だった時間軸と自身を接続することでダメージを無かったことにしたのだ。

 今のジェネシスは、クウガの必殺技を受けた時間軸にいながら、受けなかった時間軸のジェネシスとして存在している。

 

 

 

 

「そんな……じゃあ!」

 

 ──罪爐があの能力を使える限り、こちらに勝ち目はない……!──

 

「惜しかったな。最初は我も()()()()きたのかと焦ったが、やはり違うな。究極を超えたことは褒めてやるが、汝は未だ我の領域には至っていない!」

 

 勝利を確信したジェネシスが、先のクウガと同じ光を発生させる。世界を照らし、地を揺らし、天を貫く破壊の光。

 

「アレは……どうしてお前が!」

 

「一度見た技だぞ? 創世神に再現できぬわけがなかろう……さて、全く同じことをやってもつまらん。少々工夫を施すか……例えば、より遠くまで拡散して飛ばす、など良いと思うのだが?」

 

「っ! まさかみんなを……」

 

 "より遠く"、"拡散"。その言葉を誰よりも性格が悪い罪爐がわざわざ言及したその意味。背後に守るべき仲間と帰るべき場所を背負っている陸人はすぐに理解した。その光が大切なものに届かないように、自分にできる最適解も含めて。

 

「弾けろ、クウガァァッ‼︎」

 

「──ちっくしょおぉぉぉっ‼︎」

 

 ジェネシスの手元で輝く光球が解放される、その刹那。クウガは光球に覆いかぶさるように飛びかかり、扇状に広がる光を全てその身で受け止めた。

 

(……痛すぎて……痛みを感じもしない……これはホントに、ダメかもな)

 

 ジェネシスさえ貫いた光を防げるはずもなく、クウガの全身は散々に砕かれて吹き飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぁ……ぁあ……」

 

 ──陸人! 陸人! しっかりしろ!──

 

「フ……大したものだ。そのザマで、それでも他には一切の被害を出さずに抑えるとは」

 

 光の炸裂がようやく止んだ。罪爐の視線の先に倒れているのは、先のジェネシスが比較にならないほどにボロボロにされたクウガだった。

 四肢の半分は途中で切断され、残った部分も関節があり得ない方向に曲がっている。

 傷は頭部にも及び、クウガの大きな赤い左眼は綺麗に抉り取られて風穴が空いていた。

 力の象徴であるアマダムにも傷が広がり、陸人は自分に呼びかける相棒の声もろくに聞こえていない。

 

 陸人が文字通りその身を盾にしたことで、後ろには全く破壊が広がっていない。クウガが吹き飛ぶ前に立っていた地点を境界線として、まるで異なる空間をつなぎ合わせたような不自然な光景が出来上がっていた。

 

 

 

「心から敬意を表するよ、御咲陸人。同じことをやれと言われても、我にはできん」

 

 白々しくも拍手を混じえて陸人を称賛する罪爐。その声には隠す気もない愉悦が乗っていた。

 

「我が身を犠牲に他者を守る……そんな愚かな行為をここまで突き詰めるなど、到底できんよ我には! アッハッハッハ──!」

 

「……うる、さい……」

 

 全身を震わせながら、片方しかない脚で、それでもクウガがゆっくりと立ち上がった。まだ終われない、その一心で。もう動くはずのない身体を気力ひとつで引きずっていた。

 

「ほう、まだ立つのか。本当に汝は面白いな……参考までに教えてくれないか? 何故そこまで他者の命を守ろうとする? 自分を犠牲にしてまで戦う理由はなんだ?」

 

「……理由?……理由かぁ……そうだな……」

 

 姿勢を維持することもできず、最早視線はジェネシスどころか前すら向いていない。そんな有様で、陸人は自分を見つめ直す。なんのために戦うのか。何故誰かの命を守ろうとするのか。

 

(……ハッ、馬鹿か俺は。考えるまでもないだろうに)

 

 仮面の奥で、だれにも見られずに陸人は笑う。今更そんなことを考え直している自分があまりに滑稽だった。

 俯いていた顔を上げて空を見る。アルティメットアークで開けた風穴から、天蓋の奥──美しい青空がほんの少しだけ覗いていた。

 

「……強いて言うなら、空が綺麗だったから……かな?」

 

「……なに?」

 

「もしかしたら……朝ご飯が美味しかったからかもしれないし……いい夢を見て目覚めが良かったからかもしれないし……すれ違った誰かの笑顔が綺麗だったからかもしれない。

 俺の理由なんて、そんなもんだよ……今更聞くようなことじゃないのさ」

 

「そうか。興味深くもなければ、理解する気にもなれんな」

 

「へっ、誰も……お前に理解されたくなんか、ないってんだよ……」

 

 陸人が他者の命に拘るのは、命は掛け替えのない大切なものだから。

 陸人が戦うのは、そうしなければ守れない命があるから。

 その先にも奥にも、万人が納得するような理由などない。人が食べるように、人が眠るように、人が異性に惹かれるように。

 御咲陸人が守るのは最早本能。理由やら理屈やらで止められるものではないのだ。

 

 

 

 

「これ以上聞くこともない……終わりにするぞ」

 

「同感だ……お前の相手も、良い加減飽きた……」

 

「どこまでも減らず口を!」

 

 ジェネシスの拳をジャンプで回避。相手を飛び越えて背後に回る。

 

「馬鹿が!」

 

 当然ジェネシスも反応して真後ろに裏拳を放つ。しかしそこには誰もいなかった。

 

(……よし、今までにない良いリズム、これなら……!)

 

 ジェネシスの挙動から右の裏拳の起動を見切り、反対の左側から回り込むことでもう一度背後を取り直したクウガ。余計な力が抜け、思考もクリアになったせいか、ジェネシスの動きにもなんとか喰らいつけている。やっと手に入れたチャンスに、全霊を込めた右のパンチを放ち──

 

「……ぁ……?」

 

 その右腕の肘から先が、既にないことにようやく気づいた。

 拳がそこに繋がっていれば間違いなくジェネシスの顔面に届いていたであろうパンチは、間抜けにも敵に腕の断面を突きつけるような格好で止まってしまった。

 

「ククク……クハハハハハッ! これは愉快だ、汝まさか我を笑い死にさせる策か?」

 

 一瞬だけ反応が遅れたジェネシスは一瞬停止し、なにが起きたのか把握した途端高笑いと共にクウガの首を掴み上げた。

 

(そうか……もう、右側まで感覚が……)

 

 左半身の感覚が死んでいるのはこの10日間で慣れていた。だから戦闘中も左側の負傷や欠損には注意して眼で確認していた。

 しかし、ここに来て右側まで感覚が死滅してしまい、その上それに気づくことができなかった。戦いの果てに、御咲陸人という人間が完全に崩壊した証だ。

 

「愉快な見せ物の礼だ。苦しまぬ方法で葬ってやろう」

 

 高笑いが落ち着いたジェネシスは、右腕でクウガの首を掴み上げ、左腕に妖しい光を宿していた。

 

「水のを始末したのと同様に、魂そのものを消滅させてやろう……これで汝はもうどこにも行くことはできず、誰と会うこともない。誰かがいれば無条件で助けようとしてしまう汝のために……これは我の優しさだぞ?」

 

「……優しさ、だと? 似合わないな……ええ? 悪霊、ごときが……」

 

「フン、その減らず口もこれで最後と思うと……特に物悲しくもないか。ではさらばだ」

 

 胸部の傷からクウガの内側まで突き立てられるジェネシスの貫手。陸人の中心、魂を掴み取った罪爐は迷いなくそれを握り潰して破壊。御咲陸人の核を全ての世界から消失させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歯痒い気持ちを抑えながら、仲間同士助け合ってどうにか結界付近まで撤退した勇者・防人連合。しかしそんな努力を嘲笑うように一瞬で、創世神は追いついてきた。

 

「罪爐っ!」

 

「まあ待て。そう殺気立つな……まずは汝等に返しておこうと思ってな……()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 片手で引きずっていたナニカを投げて寄越してきた。友奈が反射的に受け止め、逆光で見えなかったその正体を改めて覗き込むと──

 

「……え? りっくん……?」

 

「フッ、終わってみれば……なんとも呆気ないものよ。なあ? 御咲陸人」

 

 魂の消失と共にクウガの力も消え、変身が解除された。そこにいたのは、右腕左脚左眼を失い、左半身どころかほぼ全身を黒い呪印で染め上げられた哀れな姿。

 これを見て本人と断定するのが困難なほどに変わり果てた1人の少年、御咲陸人の成れの果てがそこにあった。

 

「嘘……嘘よ! リクが死ぬはずない!」

 

「死んだのではなく消えたのだよ……汝なら分かるのではないか? 巫女の素養を併せ持つ汝なら」

 

 言われた美森は慌てて陸人の死体と向き直る。数秒見つめ続けて、その瞳が絶望に染まった。

 

「東郷さん……? ねえ、どうしたの?」

 

「友奈ちゃん……どうしよう……リクを、リクを感じないの……ずっと胸の奥に伝わってきた、暖かい感覚が……」

 

 勇者と巫女の資質を併せ持つ美森には、朧げながら陸人の特異な魂を察知することができていた。それこそ出会った頃、まだ記憶を失い勇者としての自覚もなかった時から。陸人が闇に蝕まれて記憶から消えていた時でも、正体不明の感覚として暖かい気配──魂の繋がりを感じ取っていたのだが。

 

「これで理解したか? もうどこにも御咲陸人は存在しない! 英雄譚はここで幕引きだ!」

 

 何度も何度も世界の窮地を救ってきた陸人という少年。そんな彼でも"消滅"という絶対の終着点からは逃れることはできなかった。

 

 

 

 

 

 




アメイジングアルティメットは、ライジングアルティメットの色違いを想像してもらえれば良いかと。

分かる人だけ分かる例え話

クウガ・アルティメット=マジンカイザー
アギト・シャイニング=マジンエンペラーG
ン・ダグバ・ゼバ=真ゲッター
……とすると、
クウガ・ジェネシス=マジンガーZEROとゲッターエンペラーを足したまま2で割るのをうっかり忘れたようなもの
……くらいの実力差があります。

この作品を読んでくださっている方の大多数に通じるであろう形で言うと……
新フォームのお披露目回という絶対的な補正が通用しないくらいの実力差です。


感想、評価等よろしくお願いします。
次回もお楽しみに。



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FINAL COMMANDER

 
王道、ベタ……時にそう揶揄される要素は、それだけ愛されている証でもあります。最後の逆転フェイズです。




 ──それ見たことか

 

 この手で存在を滅却された陸人を見て、彼の亡骸を前に膝を折る少女達を見て、罪爐の胸には達成感と同時に少しの失望が去来していた。

 結局何かを守ろうとする力は、余計な荷を背負い込むせいで破壊しようとする力には敵わない。その事実が罪爐自らの手で証明された。

 

(だから言ったのだ。我と共にあれば、こんな窮屈な世界と心中することもなかったというのにな)

 

 永い時間の中で、罪爐が唯一本当の意味で同胞となれると認めた少年は、結局人間としての生き方を捨てられずに消えた。せっかく見つけた罪爐の闇でも壊れない頑丈な魂。自ら討ち滅ぼす結果となったのは、少しもったいなく思えた。

 

(これで我は今ある世界を破壊して、新世界に一人君臨することになる、か……分かっていたことだが、つまらん幕引きだな)

 

(自分達の感情から産み出しておきながら、誰も彼もが我が悪だと、誤った存在だとほざく。ならば何故、我は今なお存在しているのだ?)

 

 罪爐の起源は神の不完全性の産物。そして一度世界を壊した後に復活したのは、人類の悪感情を基にした結果だ。常世に産み落とされたことも、こんな悪辣な存在としてある有様も罪爐が望んだわけではない。このように定義づけて産まれたから、このようにしか生きられないから今の罪爐がある。

 

(そちらの都合で産み出して、そちらの都合で悪と断じる……汝等に正悪を定める資格があるというなら、何故我を消さない? 何故誰一人として我に届かない?)

 

 もし他の者が言うように罪爐が悪だと、存在してはならないものであれば……とうに滅ぼされていなければおかしい。"あってはならない邪悪"だというなら尚更だ。

 天罰も人の意思も届かないという事実が、逆説的に罪爐の存在を認めている。少なくとも当人はそのつもりで今日まで邪智暴虐を重ねてきた。

 

(汝なら、我を消してくれるかと思ったのだがな……)

 

 初めて自身を打倒し得ると見込んだ英雄も、結局はこのザマだ。誰も止められないのなら、罪爐は悉くを破壊し尽くすしかない。

 覇道を止めてくれる邪魔者としても、隣に立つ同胞としても、唯一の例外だった陸人を倒した以上もう誰にも止められない。

 

(我が勝ったということは、存在すべきは我だということ……我以外の全てを壊してでも、この世界に生きて良いということだろう?)

 

 陸人にとっての他者の命と同じ。罪爐が全てを壊し、殺し、奪い尽くすのは最早本能。自分自身でも止められなくなった衝動は、邪魔者が消えたことで更に勢いを増していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……リク……リク……あぁ、リク……!」

 

(こんな……こんなのって……!)

 

「…………」

 

 陸人の亡骸を縋るように抱き締める美森。パクパクと口を動かしながらも言葉にならず立ち尽くす友奈。何を考えているのか、どこを見ているのかも分からない無表情で沈黙する園子。

 特に酷いのはこの3人だが、この場にいる全員が心の芯をへし折られていた。陸人がいれば最後には勝てる。そんな無責任で幼稚な安心感が、若き勇者達を支えていたのだ。

 

『みなさん! 顔を上げてください、一度退がって!」

 

「……かーやん?」

 

 一同の耳に、筆頭巫女の叫びが届く。同時に前線組を隠すように煙幕が発生した。

 

「ほう? ここにきて小細工……まだ諦めていない者がいたのか」

 

 宿敵を打倒したことで余裕を取り戻した罪爐は、その露骨な時間稼ぎに乗ってやることにした。ここにきて未だ抵抗の意思を失わない人類に、僅かな期待を抱いたのもあるかもしれない。

 

 

 

 

『私の言葉を聞いてください、まだ手はあります!』

 

 一切の希望的観測が入り込む余地のない、徹底的な終わりを突きつけられた現状で、まだ方法があるというのか。

 

『みなさんには謝罪しなくてはなりませんが……私はこの未来を知っていました。決定的な手を打たなければ避けられない終焉、陸人様の消滅を』

 

「……それは」

 

『はい。私はあの方の最後を承知で黙っていました……許せないとお思いでしょう、それについては落ち着き次第煮るなり焼くなり好きにしていただいて結構。今は私の策に従ってください』

 

「……つまり、今からならやりようがある。そういうことでいいの? かーやん」

 

 多少無神経なほど強気な言葉。分かっていて手を打たなかったということは、手段がなかったことを示している。

 そしてここで告げたということは、ここからなら打開策があるということだ。

 

『その通りです。仔細に教えては時間を浪費する上敵に悟られます……皆さんには時間稼ぎに徹していただきたい、これ以上を説明することはできません……それでもやっていただけますか?』

 

「それは……」

「でも、それしか」

 

 困惑する一同。特に勇者部は意図的に情報を制限されたことで、知らず知らずのうちに肉体を喪失した経験がある。疑心暗鬼になるのは仕方のないことだと言える。

 

「上里さん、ひとつだけ聞かせて」

 

 その時期に最も混乱し、心をかき乱された美森が口を開く。自分の過去の過ちも知らないことへの恐怖心も、今は全てどうでもいい。大切なことはただひとつ。

 

「あなたの策で……リクは帰ってくるの?」

 

『成功確率で言えば確約できる数値ではありません……ですが、求められているのは一般市民も含めた全人類の心の力。言わば世界における陸人様の信頼、人望です……それについて疑う余地がないことは、私よりも皆さんの方がよくご存知かと』

 

「……そう、よく分かりました。あなたの言葉を信じます……リクが信じた人として、同じ想いを持つ者として」

 

『……! ありがとうございます。簡潔に説明を開始します──」

 

 中継を見ている市民も巻き込んだ一大作戦。全ては今までの陸人の行動、それに伴って積み上げられた関係性。ならば、誰より近くで彼を見てきた美森に疑う要素は微塵もない。

 それが恋敵の……陸人を想い、陸人に想われている相手の言葉なら尚のこと信を置ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ作戦会議は終わりか?」

 

「ああ、待たせたな!」

「その余裕が命取りだ!」

 

 白い煙の奥から四方八方に分散して走る影。友奈、美森、園子を除いた勇者部と防人、鋼也と銀で計10人。クウガとダグバを赤子扱いで打倒した怪物を相手に、無謀な時間稼ぎが始まった。

 

「とにかく走って! 罪爐に的を絞らせず、意識を散らせることに専念しなさい!」

 

「無理に攻撃しなくていい! 効かない攻撃よりも一分一秒稼ぐことに全神経を集中!」

 

 乱雑に武器を振り回しながら、接近と撤退を繰り返しては後ろの仲間と位置を交代。これを繰り返して罪爐の攻撃から逃げ続ける、どう見ても足止め以外の何物でもない遅延戦術。

 

「なんだ? ここに及んでまだ悪足掻きか……一分一秒でも破滅を引き伸ばしたいと、哀れなことだな」

 

「なんとでも言え、それでも……!」

 

「お前を止める、それが俺たちの役目だ!」

 

 自身の手の内に堕としていない相手から読み取れるのは表面的な情報や感情に限られる。作戦の詳細を知らされていない勇者達から何も引き出せなかった以上、罪爐は"無駄な抵抗"としか受け取らなかった。

 壁の向こうで何が起きているのか、想像することすら出来ずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「沢野さん、そちらの方は?」

 

「これで……! フフ、ギリギリになったけど、約束通り間に合わせてあげたわ。四国全域の通信、奪還完了よ」

 

「流石です、では参りましょう……

 大社各員、我々が今日まで多くの過ちを犯しながらも恥知らずに存在し続けた理由──存在意義が今問われていると心得なさい!」

 

 ──了解!──

 

 誰とも異なる視点で未来を目撃した超越者、上里かぐや。大社のトップにして先導者である彼女の号令の下に、人類を維持するためにあらゆる手を尽くしてきた大社──"大いなる神の社を守りし者達"が、その集大成を示す。人を信じ、人を救ってくれた神樹と英雄に今こそ報いるために。

 

 

 

「作戦を最終フェイズに移行……作戦名(オペレーション)『Be the one』発動します!」

 

 

 

 

 

 走る。

 市民の避難誘導に当たっていた大社職員が、その補助として各地を回っていた警察官が、救急隊員が、有志の協力者が走る。

 指示があるまで決して見るな、開封後は何があってもその指示に従え。そんな曖昧で一方的な命令に従ってくれた面々が、"仮面ライダーを助けるためだ"の一言で全ての疑念を取り払ってくれた力無き人間達が、逆転への布陣を敷く。

 

「ここで間違いないな⁉︎」

「はい、私の配置はここです!」

「皆さん、こちらに集まってください! 大切な通達が始まります!」

 

 指定ポイントに巫女を配置、更にその周囲に付近の市民を集結させる。クウガの敗北を見て動揺著しい市民の前で、ジャックされたスクリーンの映像が途切れる。絶望的な戦場を映していた画面は、次の瞬間1人の少女を映していた。神聖な巫女服を纏い、迷いなき瞳で前を向く毅然とした少女──上里かぐやを。

 

『今この時を生きる全ての人類に向けてお話しします。私の名前は上里かぐや……大社の総長を務めております。今日は皆さんにお願いがあってこの場を用意させていただきました』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「常世に残る死霊の残滓、その全てに同時に繋いでいます。私の名前は上里ひなた。300年前、西暦の戦いを巫女として生き抜いた者です。今日はあの日からこれまでに生きて死んだ皆様にお願いがあってこの場を用意させていただきました」

 

 同じ頃、神域でも同様の演説を行う者がいた。上里ひなた。かぐやと同じ筆頭巫女として自分の時代で辣腕を振るった戦力なき女傑。神樹の力を借りて、未だ常世から離れられずにいる死者の残留思念に語りかける。300年前のバーテックス襲来で散った命。西暦の戦いの最中、またはその後の神世紀に生きて死んだ命。

 前者にとっての陸人は、自分の命こそ間に合わなかったが、無念を晴らしてのちに続く世界を守ってくれた存在。

 後者にとっても、陸人がいたからこそ自分達は生まれ、生きて、死ぬことができた。つまり人生全ての根底を守ってくれた恩人に当たる。

 

「皆さんの力を貸してください。我々全ての祈りをもって、かの英雄を取り戻すのです」

 

 

 

 

 

 

 

ひとつになれ(Be the one)

 生者死者問わず全ての魂の祈りをかき集めることで消滅した陸人の魂を一から作り直すという最終手段。四国各地に巫女を配置することで、人の祈り──思念の通り道を構築。それを辿って常世にある全ての思念を集約、増幅。陸人をよく知る者達の記憶と繋がりを使って"陸人"という魂の形を確定させて、神樹の力も借りて再構成する。

 

『皆さんの邪念なき一心の祈り。それが英雄の呼び水となるのです』

 

 九分九厘失敗する絵空事のような奇跡だが、かぐやは4万通りを超える未来を覗き続けた果てに一度だけ、この試みが成った未来を予見した。つまり成功率は0ではない。限りなく0に近いというだけで、決して不可能ではないのだ。

 

「既に死したと言えど、皆さんが生まれ生きた世界です。少しでも守りたいと思ってくれているのなら、陸人さんに恩義を感じているのなら……力を貸してください!」

 

 

 

 2人の演説が終わり、思念の集約が始まる。しかし、大社が期待したほどには市民の祈りは集まらなかった。神域側、死者の世界の方は比較的順調なのだが、生者の側は恐怖心に打ち勝てずに多くの者が二の足を踏んでいる。

 

「……そんなこと、急に言われても」

「僕達、何も知らないし、なんの力もなくて……」

「私には関係ないじゃない! できる人達だけでやってよ!」

 

 市民の反応も無理はない。なにせ世界を巻き込む規模の争い事があることすら数ヶ月まで知らなかった上に、それを聞いてからも天上の出来事、自分たちには無関係だと教えられていたのだから。いきなり当事者のポジションに引っ張り込まれて即応できる人間ばかりではない。

 

「皆さん、お願いします!」

「時間がないんです!」

 

 かぐやの演説でおおよその事情を把握した大社の人員が呼びかけるが、大きな成果はない。当然だ、ずっと秘密主義を通してきた組織の……少し前まで顔を隠して動いていた人員の言葉にどれほどの説得力があるだろうか。

 

 

 

 

『皆さんに問います。あなたに、守りたいと願う大切な人はいますか?』

 

 頭を下げたまま動かなかった、映像の中のかぐやが顔を上げて問いかける。彼女とてすんなりうまくいくとは思っていない。それでも、自分の言葉で四国の全員の心を動かせなければ終わりだ。今彼女はその小さな背中に人類の行く末を背負っていた。

 

『家族、恋人、友人……人は生きる上で多くのつながりを持ちます。きっと誰もが、その中のいくつかを特に大切に思って生きていくでしょう。それが人生というものです』

 

 そこでかぐやは一瞬言葉を飲み込んで沈黙する。何かを躊躇うように束の間目を閉じて、覚悟を決めた彼女は一つの画像を表示した。

 魂を抜かれて沈黙するクウガ、御咲陸人の姿だ。

 

『ですが彼は……御咲陸人様は違います。彼は誰も彼もを大切に思っている。すれ違っただけの赤の他人でも、見たこともない相手でも等しく守る対象になる。彼にとって全ての生命と笑顔は、自分の命を懸けてでも護りたい尊いものなのです』

 

「えっ……?」

「ウソだろ、あれ……御咲?」

「ボロボロすぎてよく見えねーけど、確かにあの顔は……!」

「酷い傷を……まだ子供じゃないか!」

 

 市民は仮面ライダーの正体、その画面の奥を初めて目撃した。陸人を知る者はその素顔に、知らない者も年端もいかない子供が身体を張っていた事実に驚愕した。

 

『無論彼のようになれ、とは言いません。あの方の生き方は尊くも、人としては明らかに歪んでいる。ですが分かってほしいのです。我々大社が無責任に重荷を背負わせ、あなた方市民が無自覚に重荷となっていたあのヒーローもまた人間であったことを。悩み苦しむ少年1人に背負わせるには、この世界は重すぎるのだということを』

 

 映像の陸人は酷い有様だった。身体の八割は黒い呪印に侵食され、残る僅かな肌色も赤黒い血に染められている。頭蓋の形も人のソレではなく、右腕と左脚が欠損した人型としても不完全なシルエット。

 幼稚園児の粘土遊びでも、もう少しマシな人形を作れるだろうというほどにボロボロだった。

 

「あ、あの……! 御咲くんは凄い人なんです! 優しくて、器用で、頭が良くて、気が利いて……勇者部ってご存知ないですか? 讃州中学の子達が近隣のボランティアのような活動をしてたんですが……」

 

 とある避難場所にて、陸人を知る者が声を上げる。

 宮守和葉。かつて陸人に心を救われて彼を慕った少女。陸人にとっても共に青春を過ごした大切な友人の1人。彼女は自分が知る限りの陸人のことを伝える。そこから波及して、勇者部と関わりがある市民が続々と後に続いて口を開いていく。

 

「ああ、あの子か。山の中まで行ってウチの子を見つけてくれた……」

「いつもゴミ拾いしてくれてた……そう、あの子が」

 

 また別の場所では、かつてアギトに命を救われた少年が大人達を相手に全力で思いの丈をぶつけていた。大好きなヒーローの良さを伝えるために、勇気を出して声を上げてくれた。

 

「アギトは凄いんだよ! あっという間に僕の目の前で怪物をやっつけて、帽子も取ってくれたんだから!」

「ええ、ママも覚えてるわ。そうね……画面の奥の素顔は、あんなに幼かったのね」

 

 御咲陸人として紡いだ縁。アギトとして築いた縁。これまでの彼の尽力が身を結び、今こうして彼自身を救う絆のネットワークが形成されていく。まさに"情けは人の為ならず"

 誰かのために動き続けてきた陸人が、誰にも助けてもらえない。そんなことはあり得ないのだ。

 

 

 

 

『皆さん、今この状況に恐怖を感じるのは当然のことです。無茶なことをお願いしている自覚はあります。ですがそこを曲げて、ほんの少しだけ自分以外に心を配ることはできないでしょうか? これまでの世界を支えてきた彼のように。今まさに前線で身体を張る彼らのように』

 

『皆さんは悔しくはありませんでしたか? 罪爐の我々を見下したあの言葉が。力無き者には何もできないと、あの悪霊は決めつけて油断しています。今こそ鼻を明かしてやるチャンスなのです』

 

『お願いします……私は彼を、陸人様を失いたくない。彼が普通の人間として生きられる未来を取り戻したい、そこで彼と共に生きていきたい。皆さんにもそう思う相手がいるのではないですか? 自分が望む未来のために、誰もが未来に希望を抱ける世界にするために、力を貸してください!』

 

 時に真摯に、時に挑発的に、時に少女としての素の顔で。かぐやは市民の心に楔を打ち込んだ。どの語り口が誰に響いたのかは分からないが、かぐやの必死の説得と陸人のこれまでの功績によって、思念の総量は加速度的に増幅していく。

 

「あんな子供に任せっぱなしで、いい大人が指咥えて眺めてられるかよ!」

「私にもあの年頃の子供がいるのよ。親として恥ずかしくない道を……!」

「バカにしやがって……なんの力もなくたって、できることはあるはずだろ!」

 

 この高揚は一時的なものに過ぎない。罪爐の指先ひとつで世界が終わるという現状から目を逸らしているのは事実だ。

 しかしそれでも、英雄を救うために全人類の想いがひとつになったのもまた事実。今この瞬間、人間は歴史上初めて文字通りの一体となれたのだ。

 

(強くて優しいあの人を……!)

(ずっと頑張ってくれたあの子を……!)

(見ず知らずの僕を助けてくれたあのヒーローを……!)

 

 

 ──もう一度、今度こそ!──

 

 

 

 

 

「凄い、本当にひとつになってる……」

「こんな時だってのに、嬉しくなっちまうな。さて、ここからは俺たちの仕事だぞ!」

「分かっています、巫女として選ばれた使命を今こそ……!」

 

 巫女も含めた大社職員達も市民と同じだ。数分前までこの作戦については何も聞かされていない。指示を受けたら指令書の通りに。たったそれだけで迅速に動ける。そこには絶対的な信頼があった。

 自身の上司たる筆頭巫女と、何度もすべてを守ってみせた英雄への、揺るぎない信頼が。

 

 

 

 

 

 

 

 

『園子ちゃん、天の神の本体の所在が掴めました! 座標を送ります』

 

「さんきゅ〜だよ、かーやん……これは、ほぼ真上だね〜」

 

「なるほど、それを見越して私達の満開を温存してたのね」

 

「そうなの? すごいね、かぐやちゃん」

 

 仲間達が命懸けの時間稼ぎに徹している最中、園子、美森、友奈の3人は空を見上げていた。彼女達の役目は壁外に広がる天の神の結界を破ること。アギトとしての陸人の力は、太陽の下でこそ本領を発揮できる。陽光を取り戻すことで初めて、陸人復活の希望が見えてくる。

 

「まあかーやんだからね〜、私たちには見えないものが見えてるんよ〜……よし、それじゃゴールが見えたところで……いくよ、わっしー」

 

「ええ、私達でリクの身体を守りつつ天の神を覚醒させて壁外の支配権を奪還する。友奈ちゃん、準備はいい?」

 

「いつでもいけるよ、東郷さん、園ちゃん。私は満開使っちゃったから、途中まで2人に頼ることになるけど……」

 

「も〜まんたい、だよ。ね? わっしー」

 

「ええ。リクを取り戻して、敵を倒して、国土を守る。やることはいつも通りよ」

 

『──満開!──』

 

 人を乗せて飛ぶことができる美森と園子の満開。この事態を見越してかぐやが伏せておいた切り札がここで開示される。友奈を乗せた園子の船と、陸人を寝かせた美森の砲台が天蓋に縛られた天の神目掛けて飛翔する。

 

「わっしー、見張りが出てきた!」

 

「雑兵は私に任せて、2人は本命に飛んで!」

 

 罪爐が念のために配置していたアンノウンの空中戦力。天の神を手元に確保しておくための見張り番が侵入者を迎撃すべく展開する。

 しかし今更ただのアンノウンが相手になるはずもなく、美森の一斉放射で粉微塵に消えていく。これだけで済むなら問題ない。園子はそう見立てていたが──

 

「そのっち、避けて!」

「っ⁉︎」

 

 何もない空間から七色の光を纏めた極太の光波が落ちてきた。かろうじて直撃は避けたが、掠めただけで船体の半分程が消し飛ばされてしまった。

 

「この力……まさか」

「位置的にも間違いないね〜、天の神自身の権能を無理やり使ってるんだ」

 

 砲撃が抜けていった周囲の空間を歪めるほどの威力。レーダーに表示された天の神の座標から飛んできた迎撃の光は、満開でも到底防ぎきれない。しかも一発限りではないらしく、次弾を装填するように光が集まっている。

 

「そのっち、次の一発は私が何としても撃ち落とすわ。あの連射速度なら、三発目までには届くでしょう?」

 

「東郷さん……でも危ないよ?」

 

「危険なのはみんな一緒よ。今罪爐に立ち向かっているみんなも、天の神の本体に特攻する2人もね。これはただの役割分担、リクを助けるためなら私は何だってできるわ」

 

「……お〜け〜わっしー。昔とおんなじだね〜、私が前でわっしーが後ろ」

 

「そういうことよ……次、来るわよ!」

 

 虹を凝縮したような色鮮やかな光波が、天空より降り注ぐ。園子の船目掛けて放たれた砲撃を見据えて、船の後方で構えた美森が満開の力を全開放する。

 

「私の力、全部使って……勇者砲、撃てぇっ‼︎」

 

 虹色と蒼色が正面から激突し、空間を震わせるほどの衝撃が広がる。数瞬の拮抗の後に、両者が同時に霧散、消滅した。

 

「……今! いくよゆーゆ!」

「うん!」

 

 砲撃が止み、拓けた突破口に船が突撃する。ボロボロの船体で最大船速を維持するのは負担が大きい。船のあちこちから火花が散り、爆発が起きる。それでも園子はすべてを無視して上昇を続ける。後でどうなっても、友奈を送り届ければこちらの勝ちだ。

 

「園ちゃん、船がもう限界だよ!」

「……ゆーゆ、乗って!」

 

 園子の言葉と同時に、船全体が爆発、崩落した。船の先端にいた2人も爆風に飲み込まれて消えた、が……

 

「友奈ちゃん! そのっち!」

 

 

 

「──まだまだまだぁ〜〜〜〜っ‼︎」

 

 

 

 爆煙を突っ切って現れた槍の勇者、乃木園子。彼女は自分の得物を目一杯伸長して振りかぶっていた。その穂先に頼れる仲間を乗せて。

 

「ゆーゆ!」

「園ちゃん!」

 

「「行っけぇぇぇっ‼︎」」

 

 園子が全力で槍を振り抜き、その先端に乗っていた友奈が真上に打ち出される。遠心力と勇者の膂力を乗せて放たれた友奈の身体は、花火玉のような勢いで真上に飛んでいく。

 

「届けぇっ!──っ⁉︎ これって、結界⁉︎」

 

 目的の座標に到達した友奈だったが、不可視の結界に阻まれた。天の逆手を宿した拳で突破を試みるが、まるで手応えがない。多くの結界や強敵をその拳で打倒してきた経験から、友奈はこの結界は自分では破れないことを感覚で理解してしまった。

 

(そんな、ここまできて、どうすれば──)

 

 ──私の力を使え──

 

 頭の中に直接響く声。ギョッとして周囲を見回しても、ここは上空。当然誰もいない。前を向き直すと、結界にぶつけ続けた拳に黒い光が灯っていた。

 

(この声、なに……って! もう次の砲撃が⁉︎)

 

 零距離で収束する虹色の光。空を飛べない友奈では避けようがない。眼球を焼くような眩い光を前に、友奈は何もできず歯を食いしばるしかなかった。

 

 

 

 

 

「こちらには西暦から神世紀にかけて生きてきた70億以上の魂がある」

「死霊の祈りでは、生者と比べて効率は悪いでしょうけど……」

「その分は数でカバーだよ、ほらぐんちゃんも! りっくんをよく知る私たちの祈りは特に重要だって話だったよね?」

「はい。一人の魂を構築するだけの想いの力が集まっても、そこに確かな記憶と縁がなければ陸人さんにはつながりません。ですから……」

「う〜ん、話がややこしすぎるぞ。タマはさっぱり分からん」

「要するに、私達の祈りがそのまま陸人くんのソウルを形作るってことでしょ? ちゃんと彼を取り戻せるかは私達にかかってる」

 

 神域ではかつての勇者達が先導する形で、死霊70億もの祈りが集約されていく。特に重要なのが関わりが深かった初代勇者達の祈り。

 集まった思念を、歴代でも上位に入る巫女であるひなたと水都が中心となって常世に誘導する。

 

「みんなの祈り……お願い、届いて!」

「大丈夫ですよ、水都さん。陸人さんは、どこにいても私達が呼ぶ声を聞き逃したりはしない人ですもの」

 

 

 

 

 

「神樹様を通して()()()()の方々の思念も集まってきます!」

「国土さん、射出後の誘導は壁外にいるあなたが要よ!」

『承知しました、全霊をもってお役目、努めさせていただきます!』

「思念の集約率、120%を突破!」

「凄い……事前の計算を大きく上回ってる、これなら!」

 

 上里かぐや、小沢真澄、沢野雪美。罪爐の眼を欺ける筆頭巫女と、この世に二つしか用意できなかった特殊な神具で干渉を防いだ2人の研究者。この3人だけで開発、演算まで行った急拵えのシステム『Be the one』

 それらをぶっつけ本番で使いこなして作戦を進める司令室のメンバー。ここにいるのは大社でも有数のエリート達。アドリブ力の高さと仲間への信頼の強さにおいて、かぐやが誰より上だと認めた者達で構成されている。

 

「ありがとう、皆さん……小沢さん!」

「分かってるわよ……真尋、準備いいわね!」

 

『当然です、誰の妹だと思っているのですか……千景砲、起動!』

 

 大社本部から少し離れた防人達の拠点、ゴールドタワー。その最下層の機関室にひとり待機していた安芸真尋が切り札を起動する。ゴールドタワーに隠された奥の手、"千景砲"。

 タワー全体を砲身に見立てて集約したエネルギーを上空に放つ超巨大砲塔。結界内部に侵攻された場合に備えて設計された代物だが、この作戦においては攻撃とは別の用途がある。

 

「全ての思念をゴールドタワーに集約……発射態勢で構えてください。私の合図でいつでも撃てるように」

 

(ここまでは予想以上にうまくいっている、後は……!)

 

 ここからは壁外で直接戦っている彼等の尽力が不可欠。ずっと頼り切ってきた相手を最後までアテにしなければならない己の無力を噛みしめ、それでもかぐやは祈る。全ては最後に笑うために。最高のハッピーエンドを掴むために。

 

(友奈様……お願いします!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 万事休すかと思われたその瞬間、陸人を助けたいと願う同士が横から割り込んできた。

 

「うひゃっ⁉︎ アレ、このバイク……りっくんの。たしか、トルネイダー?」

 

 アギトの愛機、マシントルネイダー。空陸問わずに駆け回れるトンデモバイクが、主人を救うために自分の意思で友奈を助けに来たのだ。

 

「ありがとう、もう少しだけ付き合ってくれる? いっしょにりっくんを助けよう!」

 

 クウガの愛機のひとつであるゴウラムと違い、トルネイダーに確固たる意思はない。それでも、ゴウラムとビートチェイサーが主人に合わせて進化した姿がトルネイダーだ。物言わぬアギトの相棒の声が、友奈には聞こえた気がした。

 

 

 ──もう一度言う。私の力を使え。我が光を恐れぬのなら、の話だが──

 

「あなた、もしかして……天の神?」

 

 ──人類がそう呼称するだけだが……その認識で誤りはない──

 

「あなたの力を使えば、あの結界を消せるの?」

 

 ──本来なら神樹由来の勇者の力が最適なのだが、既に切り札を切ってしまったのだろう? 今の貴様では力が足りん。それを補えるのは私だけだ──

 

 それはつまり、神樹とは異なる光をその身に宿すということ。そもそも神の力を人が振るうというだけで相当な危険が伴うのは満開で実証済みだ。その上で神樹と別種の力、それも人類に敵対していた天の神の力など宿せば、友奈にどんな影響があるか分からない。

 

「難しいことはよく分からないけど……それであなたに届くの?」

 

 ──ああ。私を縛る罪爐の結界さえ破れれば、私はすぐにでもこの空間の支配を解除できる。それが貴様らの目的なのだろう?──

 

「分かった、やるよ。どうすればいいのか教えて」

 

 友奈は迷わない、悩まない。道を切り開く可能性が少しでもあるなら、そこに飛び込んで全力で拳を振るう。自分にできることを全力で、真っ直ぐに。

 

 ──良いのか? 自分で言うことではないが、私が貴様らにしてきたことは──

 

「なにも思わないわけじゃないよ。でも、今は何より大切なことがあるの。それに……りっくんならきっと、ここで迷ったりしないから」

 

 ──そう、だな。あの男ならば……基本は神樹の力と同様だ。私の力を受け入れてその身を預けるように──

 

 友奈はいつだってそうだ。ずっと敵だった相手とでも手を繋ぐことができる。自他共に認める馬鹿でお気楽な彼女だが、それでも友奈が皆に信じられているのはこういうところだろう。

 1番大切なところで間違うことなく正しい道を選べる。それこそが陸人が殊更頼りにしていた友奈の勇者たる所以だ。

 

「スゥ────、っうおおおおおおっ‼︎」

(受け入れて、身を預ける……この力で、私はりっくんを!)

 

 ──この娘、御咲陸人のような特別性もない只人でありながら、これほどの素養を──

 

 友奈を中心に黒い光が吹き荒れる。奔流が全身を包み込み、友奈の装いが変わっていく。

 

「……満、開……!」

 

 光が晴れた先には、白を黒に、金を銀にそっくりそのまま逆転させた大満開装備の友奈がいた。黒い羽衣を靡かせて立つその姿は、まさに威風堂々。天の神による"大満開"……言うなれば"裏満開"。友奈はシステムと人間の限界を超えて、二柱の神の力をその身に宿して手中に収めてみせた。

 

「行くよ……!」

 

 四発目の砲撃を左腕であっさり払いのけた友奈が、再び結界に突貫する。構えるは右拳、ここでも彼女が頼るのは最も自信がある得意技。

 

 

 

「今度こそ決める……勇者ぁぁぁ、パァァァァァァァンチッ‼︎」

 

 

 

 黒が混じった桜色の拳が、不可視の結界を突き破り、その奥に眠る天の神の本体まで届いた。触れた指先が光を灯し、天の神を罪爐の縛りから解放した。

 

 ──無理難題を押し付けたと思ったが……大したものだ、私も応えなくてはならんな──

 

 火のエルの姿を模した天の神が指を鳴らし、壁外の全域を支配していた結界を解除する。300年間世界を覆い続けた炎の空間が、嘘のようにあっさりと消滅した。地も空も海もあるべき姿を取り戻し、陽光が降り注ぐ。

 

「友奈ちゃん、やってくれたのね!」

 

「東郷、さん……園ちゃんは」

 

「大丈夫、そのっちも受け止めたわ。ほらここに」

 

「よかっ、た……」

 

 無理な力の使い方をした反動で意識を失った友奈。園子と並べて砲台の台座に寝かせた美森が、作戦の成功を通達する。

 

「上里さん、壁外の解放成功です!」

 

『流石です、これで全ての条件はクリアされました……千景砲、発射!』

 

 

 

 

 

 ゴールドタワーの頂上から思念の輝きが迸り、彗星のような光が結界を超えて戦場を駆け抜ける。青空を照らす淡い流れ星。その幻想的な光景は、当然ギルス達相手に遊んでいた罪爐の目にも入った。

 

「アレは……人間の思念の集積体?」

 

『フフッ、今頃気付いたのですか? あなたの眼も案外節穴なのですね』

 

 罪爐が用いた通信網をハッキングした司令室から、かぐやの声が届く。彼女らしからぬ挑発的な感情がその声に乗っていた。

 

「こちらの通信に割り込んできた、だと?」

 

『何を驚くことがあるのやら。そもそもあなたが使っている技術は私がそっちにいた頃に見せたものを応用したのでしょう? だったら私に奪い返される可能性も考えておきなさいな。知ってる? あなたのような想像力に欠けている者を"馬鹿"と呼ぶのよ』

 

 冷たく刺々しい雪美の声。自分や家族を散々利用して弄んだ罪爐に、ようやく意趣返しができたことでかなり気分が高揚している。

 

「人間、如きが……」

 

『あなたはその人間如きに劣ってるって言ってるのよ。言葉通じてる?』

 

 システムチェックと並行して真澄も口を挟む。神世紀が生んだ稀代の天才2人が示した人類という種の底力に、罪爐は完全に翻弄されていた。

 

「汝等……何故、そのような謀の気配は何一つ……」

 

『なまじ感覚が鋭いと、それだけ傲慢にもなってしまうのでしょうね。あなたの眼に映るものが、世界の全てではないということですよ』

 

「あり得ない……何も教えることなく、これだけ複雑で大規模な計画を実行するなど!」

 

『あら? こんな簡単なこともご存知ないのですか?……ああ、あなたとは結びつかない概念ですものね。こちらの配慮不足でした、申し訳ありません』

 

 かぐやが更に煽る。いつも状況を整えて自分が上の立場に立ってから会話に入る罪爐にとって、このような状況は経験がなかった。つまり罪爐にはこの場において必要なものが決定的に不足していた。

 

『何も言わずとも信じ合える……これが絆というものです……ね? あなたには最も縁遠い言葉だったでしょう? 友も仲間も存在しない、孤高で哀れな罪爐様には』

 

「……貴様、今すぐ黙れぇっ‼︎」

 

 自分が不利に立たされた際に求められるもの──煽り耐性がなかったのだ。それも全くと言っていいほどに。

 見事に挑発に乗ったジェネシスは、周囲を爆破して群がる勇者達を一掃。結界越しにかぐやがいる大社本部を撃ち抜かんと砲撃を放った。

 

「後悔するがいい、我を相手に言葉を選ばなかった己の愚かさを!」

 

 どす黒い雷が収束し、結界の上を飛び越えて落ちるように、放物線上に照射される。間違いなく本部直撃コース、絶体絶命の窮地だったが……

 

 

 

 

「ちょっ⁉︎ 筆頭巫女様⁉︎」

「やりすぎでは? こちらに攻撃が……」

 

「大丈夫よ。この子はそれくらい計算に入れてる……でしょう?」

 

「はい。これで少しですが時間は稼げました。後はお任せしましょう……西暦の世を震わせた、白い悪魔様に」

 

 

 

 

 

 

「ハーッハッハッハッハ‼︎ 楽しい、楽しいねぇ!」

 

「ダグバ? ここで来たか!」

 

「そう、ここで来るのさ……どうやら、誰かの思うままに操られてるようだけど、ね!」

 

 遥か彼方に吹き飛ばされたダグバが大きく跳躍して帰還した。

 罪爐の砲撃コースは、ダグバの帰還ルートとかち合っていた。かぐやは問答のリズムと罪爐の行動パターンを予測して完璧なタイミングで両者をぶつけたのだ。

 

「もらうよ、その力!」

 

 ダグバの特性──いかなる力も空虚なほどに大きな器に吸収して自分のものへと変換する能力。かつて天の神の大半を食い尽くしたダグバの悪食が、罪爐の砲撃を残らず取り込んだ。

 

「チィ、厄介な……」

 

「鋼也!」

「わーってる!」

 

 最高戦力の帰還を確認した志雄と鋼也が爆風を超えて、ジェネシスを挟むように突っ込む。2人の狙いは敵の主力武器、二振りに別れた大鎌・婆娑羅。アンタレスとスティンガーで鎌を絡め取り、両側から引っ張って動きを封じた。

 

「っ⁉︎ しつこいぞ、羽虫共が」

 

「うるせえ、その羽虫一匹仕留められないテメーは何様だってんだ!」

「力があるだけのど素人が、調子に乗りすぎだ!」

 

「ハッハァ! 隙だらけだよ!」

 

 罪爐の雷を吸収して力を増したダグバが上空から迫る。綱引き状態で動かせなくなった婆娑羅を二振り同時に粉砕した。

 

「──ええい、どいつもこいつもぉっ!」

 

「っ、まだこんな……⁉︎」

「いっ、くそ……かわせねえ!」

 

 激昂したジェネシスが、砕け散った鎌の破片を操って飛翔刃として飛ばす。至近距離で構えていたダグバも、2人のライダーも避けきれずに切り刻まれる。特にギルスとG3-Xはここまで時間稼ぎの中心として立ち回ってきた疲労も蓄積しており、とうとう変身も維持できなくなり、地に沈んだ。

 

「あとは貴様だ、ダグバ!」

 

「どうしたのさ? 随分イラついてるねぇ」

 

「黙れ……貴様や御咲陸人ならまだしも、我が人間相手に……」

 

「戦えない人にも、かなり出来るのがいるみたいだね。ボクや君まで手玉に取るとは……さすがあのリクトが街や民間人(1番大事なもの)を任せただけはあるね」

 

「認めん……人間など、我の指先一つでその人生も、生き死にも好きに操れる……その程度の存在なのだ。それなのに……!」

 

「メッキが剥がれてきたね。やっぱり君は戦うのには向いてないよ」

 

 ジェネシスとダグバ。その実力は未だに隔絶した差がある。それでも、ダグバはようやく彼らしい嗤いが出てきたのに対し、罪爐の態度には明らかに余裕がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千景砲から放たれた思念は、一直線に陸人に向かっていった。攻撃が飛んでこない上空で待機していた美森の満開に、溢れんばかりの祈りの輝きが舞い降りる。

 

「これが……人の想い。リクを想うみんなの願い」

 

 死者70億、生者400万。それだけの人の心の光が一点に集まり、陸人の亡骸に注がれていく。最初はその幻想的で美しい光景に目を奪われていた美森だったが、すぐにその表情は怪訝そうに変わる。全体の二割程吸収されたところで、勢いが急に衰えたのだ。少しずつ呪印が剥がれ始めていた陸人の身体も、回復が止まった。未だに顔色は死人のまま。明らかに何かが復活を阻害していた。

 

「上里さん、これって……」

 

『そんなはず……まさか、私が見た未来のどれとも違う流れが?』

 

 かぐやは4万通りの未来を見てきた。しかし、全ての未来を最後まで見通してきたわけではない。彼女は効率化のために参考にならないと思った時点で未来視を切り上げて別の未来に移っていた。そのせいで見過ごしていた、最後の最後で発動する可能性がある死の罠。

 

『迂闊でした。最後の最後で油断した……!』

 

 陸人が消えてもなお肉体に残る罪爐の闇。それがここに来て光の吸収を妨害している。このままではいくらやっても陸人の魂は作れない。

 

(どうすればいい……どうすれば……)

 

 通信越しに本部の混乱が伝わってくる。何もかもお見通しだったかぐやでさえ予想していなかったアクシデント。だとすれば、現場で1番近くにいる美森がなんとかするしかない。

 

(私には何ができる? 私にあるのは、勇者の力と巫女の……巫女? そうだ、巫女には人の思念や神の光を導く力がある。だったら──)

 

 元来優秀な美森の脳がフル回転。1分足らずで有効と思われる結論を見出した。ただしそれは、少しばかり乙女的勇気を必要とする手段だ。美森は深呼吸して覚悟を決めると、誰も見ていないと知りつつも周囲を見渡す。若干赤く染まった顔を隠すことなく、陸人の両隣に横たわる二人の親友の様子を伺う。

 

(友奈ちゃんもそのっちも、起きそうにないわね……よし!)

 

 力なく倒れる陸人の身体を抱き寄せて気道を確保する。色々と趣味が濃ゆい彼女は、人工呼吸の手順も頭に入れていた。

 

 

 

 

「これは医療行為これは医療行為これは医療行為……東郷美森、行きます!」

 

 

 美森はゆっくりと陸人の唇に自分の唇を重ねる。互いの口腔が繋がり、そこから美森の呼気が陸人の中に入っていく。巫女としても高い特性をもつ美森の性質が体内に注がれたことで、思念の吸収もより活性化。罪爐の闇の妨害も止まり、凄まじい勢いで陸人の肉体が回復していく。

 

(初めてがこんな形になるとは思わなかったけど……ここまでやって起きなかったら許さないわよ、リク……お願い、帰ってきて!)

 

 そんな陸人の変化にも気づかず、美森は瞳を閉じて一心に人工呼吸を継続する。触れた手から感じる熱が少しずつ高まり、そして──

 

 

 

 

 

「……美森、ちゃん?」

 

「っ!」

 

 心から恋焦がれた声が再び聞こえる。眼を開けた美森は、密着状態の彼の瞳を、そこに映る自分の顔を見てようやく実感を持てた。

 

「リク……本当に、リクなの?」

 

「うん……今回は特に危なかった、心配かけたね」

 

「……馬鹿……リクの馬鹿ぁっ!」

 

 感極まった美森が胸に飛び込んでくる。陸人も抱き返そうとしたが、両手を引っ張られて動かせない。両隣を見ると、友奈と園子が意識を取り戻して手を握っていた。

 

「友奈ちゃん、園子ちゃんも……迷惑かけてゴメン」

 

「ううん、りっくんが帰ってきてくれれば、それだけで……」

 

「うんうん、あんな貴重なシーンを間近で見れたしね〜。私としては大満足だよ〜」

 

「……ちょっと待って、そのっち起きてたの⁉︎」

 

「あはは〜」

 

「笑って誤魔化さない!……え? まさか友奈ちゃんも?」

 

「えっと……ごめんなさい、東郷さんすごいなぁって……」

 

「そんな……あぁっ……!」

 

「ちょっ、美森ちゃん⁉︎」

 

 羞恥心で倒れそうになった美森を支える陸人。復活早々に妙な雰囲気に呑まれてしまったが、そのやり取りは通信を通して司令室、さらには四国中に流れていたりする。全体の悲壮感が消し飛んでいったのは良い事だが、この事実を知った時の美森が心配だ。

 

「……さて、そろそろ行かないと」

 

「りっくん……」

 

「心配しないで。みんなのおかげでかなり調子がいいんだ。さっき掴みそこねたあの感覚も今なら……」

 

「気をつけてね〜。終わったら話したいこと、たくさんあるんだから〜」

 

「分かってる。俺も、随分たくさんの人のお世話になったみたいだからね。ちゃんとお礼を言いたいし、すぐ戻るよ」

 

「……リク……いってらっしゃい」

 

「ああ……いってきます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「邪魔をするなぁ!」

 

「チッ、やるじゃないか!」

 

 ジェネシスに顔面を鷲掴みされたダグバは、そのまま後頭部を地面に叩きつけられた。周囲に地割れが広がるほどの威力は堪えたのか、とうとうダグバの動きが止まった。

 

「まったく、しぶといにも限度がある……大体、何故貴様は我の邪魔をする? 人類や御咲陸人に肩入れする理由などないだろう」

 

「んー? そうだね。ボクは別にアッチに加担してるつもりはないよ。ただ……なんて言うのかなぁ」

 

 脱力したダグバは、戦場に似つかわしくない気の抜けた態度で飄々と言ってのけた。

 

「君のことが嫌いなんだよ。見てるだけで腹が立って、壊したくなるんだ」

 

「……ほう。そうかそうか……では、二度と不快な我の姿を見ないで済むように地獄に送り返してやろう」

 

 横たわるダグバの首に手を伸ばすジェネシス。その動きは、触れる寸前のところで停止した。すぐ後ろに、誰より忌々しい気配を感じ取ったからだ。

 

「……まさか、あそこまでやっても戻ってくるとはな」

 

「ああ。俺も今度ばかりはダメかと思った。みんなのおかげだよ」

 

 そこに立つのは御咲陸人。制服こそボロボロだが、黒く染まった左半身も、欠損した肉体も完治している。完全復活を果たした英雄が再び戦場に舞い降りた。

 

「してやられたよ、貴様の仲間には……次は全人類と貴様、同時に滅ぼすことにしよう」

 

「させないよ。そのために戻ってきたんだ」

 

「止められるつもりでいるのか? 二人がかりで手も足も出なかった貴様が!」

 

 ジェネシスの翼が蠢き、陸人に向かって飛んでいく。クウガの脚も簡単に砕いた一撃が生身の陸人に迫り──

 

「──変身っ!──」

 

 一瞬でシャイニングフォームに変身したアギトのカリバーで薙ぎ払われた。復活前ではまるで対応できなかったはずの攻撃。明らかに調子の良し悪しだけではない。

 

「貴様……いったい何をした?」

 

「別に? ただ気づいただけさ。お前がやったのと同様に、俺の中にも奇跡の材料はちゃんとあったんだってな!」

 

 シャイニングカリバーを大地に突き刺し、アギトが構える。両手をベルトにかざし、紫色の輝石に金色が灯る。

 

「アマダム、やれるな?」

 

 ──無論だ。奇跡が必要と言うなら、何度でも起こしてみせよう──

 

「ああ、いくつもの奇跡的な幸運に恵まれてここまで来た。見せてやるよ、罪爐……これが最後の奇跡だ!」

 

 右腕を前に出して、左腕をベルトに添える。西暦を支えた最初の英雄、クウガの構えをアギトが取っていた。

 正面に銀色のアギトの紋章が浮かぶ。同時にアギトを挟んで反対側、後方には金色のクウガの紋章が発生した。ふたつの力を重ねることで爆発的な力を引き出すことを奇跡と呼ぶならば、陸人の中にはずっと前から奇跡の種が芽吹いていたことになる。

 

 

 

「──超変身っ‼︎──」

 

 

 

 クウガの変身プロセスを行ったアギトに、ふたつの紋章が挟むように融合する。天空から落ちる雷と大地から立ち昇る炎に包まれたアギトの姿が変わる。

 

 

 

「出し惜しみはナシだ……人間を、ナメるなよっ‼︎」

 

 

 

 光の奥にいたのは、クウガでもアギトでもない新たな戦士。

 赤と黒を基調としたボディに、金と銀のラインが走る、二種のライダーの最終形態を組み合わせたようなカラーリング。

 頭部の衝角はより長く伸長し、8本に枝分かれして光を放つ。

 天使を思わせる純白の翼を4枚伸ばし、羽ばたきと共に羽根が舞い散る姿は、現実離れした美しさを誇る。

 

 

 

「クウガとも、アギトとも違う……なんなのだ、その姿は⁉︎」

 

「そう。今の俺はクウガじゃない。アギトでもない……お前を倒して訪れる新しい世界……新時代の一号──仮面ライダーノヴァだ‼︎」

 

 

 

『仮面ライダーノヴァ・オリジンフォーム』

 

 アマダムと再融合を果たしたことで、陸人の内で並び立ったクウガとアギトの力。呪いに穢された身体では万全に振るえなかったが、今の陸人は違う。その身には純粋な人の善意が詰まっている。70億と400万の祈りを土台に、クウガとアギトの力を重ねて融合進化した戦士。新星(Nova)の名に相応しい、最新にして最強の仮面ライダー。

 

 

 

 

 

「ノヴァ、だと……巫山戯るな、我は全てを知る絶対存在。我の知らない戦士など、あってはならない!」

 

 時間操作と空間操作を併用して一瞬で距離を詰めたジェネシス。通常の次元で生きている者には反応のしようがない必中のハイキックが、ノヴァの首を刈り取るように振り抜かれた。

 

「──っ、馬鹿な……!」

 

 回避も防御も不可能、何があったか理解するより早く絶命するはずだった必殺の一撃を、あろうことかノヴァは左腕一本であっさりと受け止めた。

 

「ようやく、だな……」

 

「っ! 何を……」

 

「ようやく追いついたぞ……罪爐っ‼︎」

 

 防がれたまま呆然としていたジェネシスの顔面に、ノヴァの右拳が突き刺さる。吸い込まれるように直撃した一撃は創世神の鉄壁を突破して、ノーバウンドで10m以上吹き飛ばすほどの威力があった。

 

「なんだ、この力……我が痛みを?」

 

 驚愕とダメージで立ち上がれないジェネシスの正面に歩み寄り、ノヴァの全身に力が漲る。爆炎と雷光が迸り、翼を広げた神々しいその姿は、罪爐には死神に見えたことだろう。

 

「立てよ罪爐……お前が軽んじた人間の可能性ってヤツを、骨の髄まで叩き込んでやる!」

 

 

 奇跡は成った。あとは勝利を掴むのみ。世界の起源から続く生命と呪いの争いに、確かな終わりが近づいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




決戦までのかぐや様のお仕事

①膨大な数の未来を覗き回り、最も期待値の高い未来を選択
②選んだ未来に到達するために必要な要素、不要な要素を可能な限り拾い上げる(ゲームにおけるセーブ機能のようなものはなく、どんな未来を観れるかも完全にランダム)
③フローチャートがある程度埋まったら、部下に伝えても敵にバレないギリギリのラインを見極めつつ周知、事前準備を進める
④開戦後もイレギュラーの発生に目を光らせながら采配を振るって予定通りの未来へ導く
ちなみに、準備期間は僅か10日。全て伝えて頼れるのは研究職の2人だけという悪条件。

筆頭巫女様マジチート、な回でした。

感想、評価等よろしくお願いします。
次回もお楽しみに。



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Be The One

いよいよクライマックスです。ここ最近特にですが、ひっじょ〜〜に表現がゴチャゴチャしている自覚があります。読みにくくなってしまって申し訳ない。今は直せる余裕がありません……




「随分大人しくなったじゃないか罪爐! 今さら殊勝になっても遅いぞ」

 

「チッ、戦いばかりの野蛮人が……!」

 

「お前にだけは言われたくないな……俺がこれまで戦ってきたのは誰のせいだ!」

 

 殴り合い、蹴りの応酬、背後を取り合い投げ飛ばす。全次元の頂点に君臨する絶対強者の2人の激突は、意外なほど小規模な小競り合いが続いていた。それというのも、ここまで猛威を奮っていたジェネシスの権能が悉く封じられたからだ。

 

「クッ、"時空制──」

 

「させるかよ!」

 

 目にも映らない超速の殴り合いに織り交ぜて時間操作で優位に立とうとするジェネシス。しかしその干渉能力は発動前に霧散する。ジェネシスと同時に指を鳴らしたノヴァの力で、干渉を受けた現実を再改変したのだ。

 

「お前程手慣れちゃいないが、そっちの手品を無効化するくらいはできるらしいな……今はそれで十分だ!」

 

(此奴、恐ろしい速度で力を増している。手にした支配権は我と同等、もしくはそれ以上に……!)

 

 何者の干渉もない自然な世界を維持する力。それが陸人に与えられたノヴァの権能。摂理に逆らった強制支配や干渉を打ち消すことができる、いわば創世神に対する守護神。あるがままの美しさを愛する陸人だからこそ使いこなせる優しい力だ。

 

「真っ向勝負なら、お前みたいな素人に負けるかよ!」

 

 戦闘力に限れば、ノヴァとジェネシスは完全に同格。干渉力や支配力の強度といった存在の格では未だジェネシスが圧倒的に上。ではノヴァがそれを埋めるにはどうするか。

 

「喧嘩もできない引き篭りが、粋がって出てきたのが失敗だったな」

 

「調子に乗りすぎだぞ、人間!」

 

 答えは技量と経験。望まない結果ではあれど、陸人は人類史上最も激しい戦乱を潜り抜けてきた歴戦の猛者。翼の猛攻を掻い潜って懐に飛び込む立ち回りひとつ取っても、喧嘩の素人である罪爐とは大違いだ。

 核ミサイルのスイッチを持っている一般人と武術の達人の勝負に近い。距離が空いていればどうしたって後者の勝ち目はないが、逆に正面からのタイマンに持ち込めば形勢は一気に逆転する。

 

「遅いんだよぉっ!」

 

 右のロー、と見せかけて、踏み込む足を換えて左からのハイキック。フェイントを見切る眼などあるはずもないジェネシスに直撃した。大規模な権能で人類全体を圧倒してきた罪爐が、為すすべなく地に伏せた。

 

 

 

 

 

 

 

(何故だ……?)

 

「どうした大将? もう限界か?」

 

(何故貴様が我を見下す? 何故我が倒れている?)

 

 罪爐にとって、自分が全ての頂点に立っているのが当然だった。とれだけ命を弄んでも存在を許されてきたのは、己が誰より優れた存在だったから。その認識は罪爐自身を支える根幹であり、不定形で他者に依存しなければ存在できない自分を確立する唯一のアイデンティティだった。

 

「誰であろうと、我を見下すことは許さん‼︎」

 

 自分自身を守るために、罪爐は己より上に誰かがいることを認めない。見上げる対象など、絶対にあってはならないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──陸人、離れろ!──

 

 アマダムの警告に条件反射で従ったノヴァ。目の前で倒れていたジェネシスの翼が爆発的に膨れ上がり、その闇色が空を覆い尽くす。その奥に浮かぶ幾千幾万の影が並ぶ。それらは全て同じ形をしていた──その背に闇の翼を生やした、創世神の影。

 

「おいおい、随分捻りのない事始めたなアイツ……」

 

 ──単純だが効果的だ。なにせあの影ひとつひとつが、創世神の力を宿している──

 

 世界や他者への干渉ならノヴァはいくらでも無効化できるが、ジェネシスがその権能で自分を強化する分には干渉できない。必要以上の能力を求めなかった陸人の隙をついた罪爐の一手が、世界に影を落とした。

 

「さぁ、ここからが本当の蹂躙だ。この肉体を分かち、精神を裂き、我による我だけの軍団を作る……そちらの国では面白い概念があったな、"八百万(やおよろず)の神様"と……それに合わせてやったぞ」

 

 視界を埋め尽くすほどのクウガ・ジェネシスが空に並ぶ。たった1人で世界を堕とせる創世神が800万体揃った。過剰戦略にも程がある。罪爐がそこまでノヴァを危険視している証拠でもある。

 

「……御咲陸人よ、どうする? この圧倒的な戦力に挑む気概はあるか?」

 

「……上等!」

 

 空から雪崩れ込んでくる創世神の津波に、真っ向から突撃する。800万に増えたからどうした。敵が罪爐である以上、逃げることも見逃すことも有り得ない。

 

 ──右、左……陸人、下だ!──

 

「グッ、動けない……!」

 

 適当に腕を振るえば当たる程に創世神が飽和した密着状態。5、6体吹き飛ばしたところで、足元から迫ってきた新手に捕まった。

 

「弾けろ、ノヴァとやら!」

 

 2人がかりでホールドされた状態からの自爆特攻。原子爆弾以上のエネルギーの炸裂を浴びたノヴァが煙を浴びて墜落、大地に沈んだ。創世神の全てを込めた爆発が2人分。一瞬で受けたダメージは尋常ではない。

 

「クク、やはりこれこそが正しい姿だ。我が上、空を支配し……貴様は下、泥に塗れるのが似合いよ」

 

「……アマダム、今ので何人減らせた?」

 

 ──自爆した者も含めて8体だ──

 

「なるほど……つまり、これを100万回繰り返せばアイツは弾切れってことか」

 

 勝ち誇るジェネシスを尻目に、ノヴァはしっかりと大地を踏み締めて立ち上がる。その脚に、背に、絶望はない。いつもと同じ、頼もしく勇ましく立つ英雄がそこにいた。

 

「思ったより簡単じゃないか……なあ、アマダム?」

 

 ──そうだな。我々ならば取るに足らない相手だ──

 

「貴様……貴様らは、何故ここまでやっても立ちはだかる!」

 

 それが強がりに過ぎないことは誰の目にも明らかだった。それでも陸人は真っ直ぐにジェネシスを見て言い切った。物理的な立ち位置こそ上になったが、未だに陸人は罪爐の下には落ちていない。むしろ必死になって見下そうとしている罪爐の方が哀れ。自尊心ばかり気にする空虚な支配者そのものだった。

 

「滅ぼす……我の視界に二度と入らぬように、徹底的に──!」

「──滅ぼされるのは、キミかもよ?」

 

 激昂したジェネシスの視界は瞬間的に狭まり、悪魔の接近に気付けなかった。軍団の端に並んでいたジェネシスの一体。その胸を背後から白い腕が貫いた。

 

「っ!……貴様、ダグバ……!」

 

「フフッ、こんなにたくさんいるんだ。1人くらい──ボクが貰ってもいいよね?」

 

 ダグバの手が、ジェネシスの中枢にある白い光の球体──魂魄を抜き取った。創世神の根幹を握りつぶし、その力を自らの内へ。かつて天の神にそうしたように、ダグバはジェネシスすらも自身の糧として吸収、変換していく。

 

(これは……初めての感覚だね。これだけデカいのが入れば、リクトにも──!)

 

 ダグバの身体が変わる。隅々まで白い体表面に赤と黒が混じり、少しずつ肉体が膨張する。背中の装飾が変形し、蝙蝠の翼のような形に広がっていく。翼の膜にあたる部分は翡翠の光を放ち、大気を焼き尽くしている。

 

 

 

「アッハッハッハッハ‼︎────ボクに限界はないっ‼︎」

 

 

 

『ン・ダグバ・ゼバ・ルゲン』

 

 ダグバの器にジェネシスの力を注ぎ込むことで、罪爐や陸人と同じ次元──奇跡の壁を超えて至る階梯に到達した最新最強のグロンギ。

 ン・ダグバ・ゼバ・ルゲン(無限のダグバ)の名の通り、無制限無敵の力を振るう第3の奇跡の体現者。

 

「これでやっとボクもキミ達と一緒に遊べる……愉しくなるのは、ここからだよ」

 

「忌々しい、どこまでも計算を狂わせる特異点が……!」

 

 力を吸い尽くしたジェネシスを放り投げ、進化を果たしたダグバがノヴァの隣に降り立つ。一瞬で自分達に並び立った宿敵の異常性に、陸人はもはや笑うしかない。

 

「相変わらずデタラメだなお前……こっちが散々助けられて、苦労して、ようやく至った高みにあっという間に追いついてくれちゃって」

 

「ハハッ、ボクがいつまでも誰かの下にいて我慢できるわけないだろ? 安心しなよ、ジェネシスをやるまではキミには手を出さないさ……なんなら競争でもするかい? ボクとキミ、どっちがより多くのジェネシスを始末できるか」

 

「勝手にやってろ。まあとにかく──」

 

 隣を見ることなく、互いに拳を横に突き出す。対等な立場に並び立った2人の拳が合わさり、共鳴するように光が瞬く。

 クウガの特性、力の共鳴だ。ノヴァについていけるだけの力を持つ者──ダグバ・ルゲンとしか結べないラインを通じて、両者の力が指数関数的に増加し始めた。

 

 

 

「遅れるなよ、ダグバ」

 

「その言葉、そっくり返すよリクト」

 

 互いが互いを、誰より手強い敵だと認識している2人。それは裏を返せば、味方としては最も心強い相手でもある。

 

 

 

 

「おおおおおおおおおおっ‼︎」

「アハハハハハハハハハッ‼︎」

 

 純白の羽根が舞い散り、光の翼が空を断つ。2人の特異点が創世神の群れを切り開いていく。流星のように眩く大空を切り裂いて飛ぶその姿は、まさに奇跡と呼べるほど美しかった。1秒毎に強くなる2人を止めるには、800万でもまだ足りない。

 

 

 

 

「調子に乗るなと」

「言ったはずだ!」

 

(1人じゃキツいか……だったら!)

『connect──SHIELD()!』

 

 20人のジェネシスが隊列を組んで一斉砲撃。軍団を薙ぎ払って飛ぶノヴァを正面から捉えた雷霆が白い翼に向けて飛んでいく。それと同時に、ノヴァは手首に備えた黄金のブレスレット『ノヴァセレクター』を回転させる。

 

「危なかった……助かったよ、ありがとう」

『いいってことよ! 仲間を守るのがタマの役目だからな!』

 

 爆風を突っ切って無傷のノヴァが飛び出す。左腕に構えた旋刃盤で雷撃を防いでいた。手の甲に浮かぶのは姫百合の紋章。西暦において、仲間を守る盾として体を張った勇者との絆の証。

 

「そうだったな……一緒に行こう、球子ちゃん!」

『よっしゃあ! 勝ちに行くぞ陸人!』

 

 これこそがノヴァの真骨頂。全ての人の祈りで再誕した陸人の力。距離も時間も飛び越えて、縁を結んだ相手と力を合わせることができる絆の力。

 

「邪魔をするな!」

 

 旋刃盤を盾にして包囲網を突っ切る。勇者の歴史の中でも数少ない、"防御の力"を宿した球子の武器はそう簡単には破れない。敵集団の背後に回り、頭上を取ったノヴァの右手に紫羅欄花(アラセイトウ)の紋章が光る。

 

『connect──CROSSBOW()!』

「杏ちゃん、頼む!」

『うん、任せて……全部まとめて、撃ち抜いてみせる!』

 

 杏のボウガンを天に向けて撃ち放つ。数百の雪の矢が降り注ぎ、創世神の群れを蹂躙する。さらに続けて、炎を宿した旋刃盤を振りかぶる。雪の次は炎。冷気と熱の必殺コンビネーションだ。

 

「2人とも!」

『おうよ! タマと杏と陸人が揃えば──』

『絶対に負けません!』

 

 炎の渦と猛吹雪の連撃。急激な温度変化に晒されたジェネシスの装甲が剥がれ落ち、その身が崩壊していった。

 

「御咲陸人! これ以上は──!」

 

『connect──SCYTHE()!』

 

 上から飛んできたジェネシスの一撃で、ノヴァの身体が真っ二つになって消えた。まるで霞のように消えゆく肉体。手応えの無さに戸惑ったジェネシスは、視界の奥に並ぶ()()()()()()に目を剥いた。

 

『……あなた達なんかに、陸人くんをやらせはしないわ……!』

「ありがとう千景ちゃん……こっちも数を増やして勝負だ!」

 

 彼岸花の紋章が輝き、7人のノヴァが鎌を構える。800万には遠く及ばないが、数が増えればそれだけ戦いやすくなる。

 

『……行きましょう、陸人くん』

「ああ、鏖殺してやる……!」

 

 仲間との絆を武器にできる。仮面ライダーノヴァとは、陸人が成した奇跡の形。その能力も含めて、この上なく陸人らしさを表している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アッハハハハハハ! 愉しい、愉しいねぇ!」

 

 翼を振り乱して破壊を撒き散らすダグバ。翼から発生する光を時に剣の形に圧縮して握り、時に刃状に固めて雨のように撃ち放つ。使った端から翼に光が充填されていき、何百と抜き放ってもその勢いは全く衰えない。

 グロンギ特有の超能力、モーフィングパワー。ダグバは進化に際してこの能力を極める形を選んだ。大気を分解することで、無限に変化する性質を秘めた独自のエネルギー──未確認物質を形成している。

 

「さっき食べたキミは美味しかったよ……まとめて喰らえば、きっともっといい味が出るよね?」

 

「何を……?」

 

「ほらほら、ボーッとしてると真っ二つだよ!」

 

 100mを超える長さの大矛を形成。振り回すだけで突風が吹き荒れる物騒な得物を回転させて、敵集団を一か所に誘導する。ある程度固めたところで、ダグバは矛を投擲。数えきれないほどのジェネシスを一挙に刃で捕らえた。

 

「ハッハァ──! 串刺しの時間だぁ!」

 

 矛の真後ろからライダーキックと同質の飛び蹴りを放つダグバ。矛の柄尻を後ろから蹴って突き抜けた。大軍を一撃で貫いた悪魔の高笑いは止まらない。

 

「あぁぁ、気持ちいい……さて、次はどうやって死にたい? 要望があれば聞くよ、聞くだけなんだけどねぇぇ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノヴァセレクターが回り、光を放ち勇ましい音声が響く。仲間の絆が、何度でも陸人に力を貸してくれる。

 

『connect──WHIP()!』

 

『行きましょう、陸人くん。フィナーレはすぐそこまで来てるわ!』

「ああ! 頼らせてもらうよ、歌野ちゃん」

 

 鞭を握るノヴァの手の甲には金糸梅の紋章。集団戦に強い彼女の力で、数的不利を一気にひっくり返す。

 

「ほらそこっ! 動くなよ……一網打尽だ!」

『見える、聞こえる……ジェネシスくんって、案外シンプルな思考回路してるのね。読みやすくて助かるわ!』

 

 敵の思考を読み取り、的確な鞭裁きで群衆の動きを封じ込めていく。いいように敵を誘導したところで、分散して動いていた大技担当の出番だ。

 

「あとは任せるぞ、そっちの俺!」

 

「了解したぞ、俺……一緒に行こう、友奈ちゃん!」

『connect──FIST()!』

『うん、もう一度……何度でも一緒に!』

 

「俺に任せろ……仕掛けるぞ、若葉ちゃん!」

『connect──SWORD()!』

『承知した。一匹残らず切り捨てる!』

 

 七人御先の能力で分かれたノヴァ達が上下から迫る。桜の光を宿した下のノヴァと、桔梗の光を宿した上のノヴァ。共に速度に特化した、西暦最高峰の勇者の力。

 

「一、十、百……千…………!」

『万、回! 勇者──パンチッ‼︎』

 

 風を纏ったノヴァの両拳が唸る。片っ端から殴り飛ばし、創世神を蹴散らしていく様はまさに嵐の如く。

 

『踏み込め、誰よりも早く!』

「斬り捨て御免、ってなぁ!」

 

 八艘飛びの伝説を体現するノヴァと若葉。手にした長刀で斬っては次に飛び移りまた斬り捨てる。重力の鎖から解放されたかのような軽快な跳躍の連続。味方ばかりで視界不良のジェネシス達では捉えようがない。

 

「無駄に数ばかり増やすから……」

「こうなるんだよ、間抜けっ!」

 

 上からは最速の居合切り。下からは竜巻と共に振り抜くアッパーカット。上下から神速の必殺技に挟まれたジェネシスがなす術なく噛み砕かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(さて、半分くらいは減らしたが……)

(なんだか手応えが変わってきたね。こちらの動きを学習したのか?)

 

「こちらが無為に数を増やしたとでも思ったか? 我等は全て同一存在。感覚情報も記憶も共有されるのは当然だろう!」

 

 徐々に2人の動きに対応するようになってきたジェネシス達。皆無に近かった戦闘経験を、400万の自分を捨て石にすることで稼いでいる。陸人とダグバが罪爐を上回っている "戦い慣れ"という唯一の要素を埋められてしまえば、完全に勝機は潰えることになる……あくまで埋められれば、の話だが。

 

「フン、どれだけ自分を増やしてやられる経験ばかり溜め込んだところで!」

 

「試験勉強じゃないんだ……一夜漬けが通用するほど、俺達は甘くないぞ!」

 

『connect──TWIN SWORD(双剣)!』

『connect──FIST()!』

「学習して対処してくるなら、パターンを変える……夏凜ちゃん、友奈ちゃん!」

 

 両腕のセレクターを回してツツジと山桜、二つの輝きを合わせる。西暦の勇者の奥の手である二重顕現の応用──いわば勇者の二重融合。ノヴァのみに許された奇跡のデタラメ必殺技。

 

『ようやく出番ね。完成型勇者に任せなさい!』

『私達なら、絶対にやれる……夏凜ちゃん、りっくん!』

『combo──THOUSAND ARMS‼︎』

 

 ノヴァの背中から伸びる純白の翼が光に包まれてその形を変える。背面に日輪を思わせる形状の装飾を背負い、その中心からは大小様々な腕が計千本生えている。巨大なアームを宿す友奈と夏凜の満開を融合させた、千手観音に近い神々しい姿── "ノヴァ・サウザンドアームズ"。

 

「大掃除だ、行くぞ2人とも!」

『燃えてきたわ。千人斬りなんてレベルじゃないわね!』

『りっくんの……私たちの道を遮るものは、この手で打ち砕く!』

 

 斬って、殴って、刺して、投げる。人間相手の戦闘技術に慣れてきても、人とは違う巨腕による攻撃には対処できていない。勇者2人の力を重ねた力で、先程以上の速度で数が減っていくジェネシス。シュレッダーにかけられたかのような勢いで削り取られていく様は、いっそ哀れですらある。

 

 

 

 

『connect──GRADIUS(大剣)!』

『connect──WIRE()!』

 

「さあ、デカイの行こうか。風先輩、樹ちゃん!」

『オッケー! 犬吠埼姉妹+αで、あの技やってみましょうか!』

『えぇ、ホントに……もう、しょうがないなぁ』

 

『combo──HURRICANE‼︎』

 

 オキザリスと鳴子百合の光を重ねて、再びノヴァの姿が変わる。樹の満開と同様の大型ワイヤーユニットを背負い、数千本のワイヤーを束ねた極太の鋼糸の先には、風の超巨大剣。鍔でさえ人間大以上のサイズを誇る、規格外の巨大兵装を備えた姿──"ノヴァ・ハリケーン"。

 

 ノヴァの膂力でも到底扱いきれない剣を、柄尻に繋がったワイヤーを掴むことで振り回していく。身体ごと回転し、周囲の敵を切り刻んで磨り潰す。遠心力と剣の重量も合わさって、その威力と勢いは止まることなく膨れ上がる。

 

「これが、ずっと暖めてきた超必殺──!」

『いっ、犬吠埼ぃぃぃ……!』

『超──! 大! 車! りぃぃぃんっ‼︎』

 

 回転の勢いが上がりすぎて台風を巻き起こして突き進むノヴァ。さながら洗濯機のように回転して一帯の不純物を巻き上げて粉砕する、犬吠埼姉妹と陸人の合体技──"犬吠埼超大車輪"が炸裂した。

 

 

 

 

『connect──SPEAR()!』

『connect──BULLET()!』

 

「仕上げだ──園子ちゃん、美森ちゃん!」

『呼ばれて飛び出て〜、乃木さんちの園子さんが力を貸すぜ〜』

『これで最後にしましょう、リク!』

 

『combo──BATTLESHIP‼︎』

 

 結合するスイレンとアサガオの光。三度ノヴァの姿が変わる。大剣を構築していた光が、巨大な空中戦艦へと変化する。側面にいくつもの刃を据え付け、艦首には一際目立つ巨大砲塔を装備した、雄々しく力強い戦艦に乗り込んだ最後のノヴァ──"ノヴァ・バトルシップ"。

 

「全部ブチ抜く。準備してくれ、2人とも」

『お任せあれ〜。周囲の警戒と射線の確保は私がやるよ〜』

『照準固定……誤差修正……!』

 

 艦首の砲塔が起動し、光が収束する。砲塔正面に刃が並び、射線を通すと共にエネルギーが充填されていく。指を銃の形にして正面に構えるノヴァ。両側から感じる少女2人分の手の感触。今ここに、3人の力が合わさった必殺の一撃が放たれる。

 

「『勇者砲……撃てぇっ‼︎』」

 

 色の認識ができなくなるほどの強烈な閃光が走り、視界の全てを白く染め上げる。星図すら変えかねない最大出力の勇者砲が、残る数百万のジェネシスを一息に消滅させた。

 

 

 

 

 

「……ん? まだ1人いる?」

「へえ、今のを耐えきったのか。大したもんじゃないか」

 

「フゥ──、フゥ──……紙一重だったが、間に合ったな。もう貴様等の攻撃は我には通じんぞ!」

 

 光の濁流の中で唯一消滅していなかった最後のジェネシスがその翼を広げる。不自然なほどに傷一つない完全無傷の状態。力の多くを使い切ったノヴァとダグバに、獣のような威勢で突撃してきた。

 

「我にここまでさせるとは……覚悟はできているな⁉︎」

 

「なんだ、コイツ……攻撃が、まるで堪えてない?」

(手応え自体は硬いのに、柔らかいものを殴ってるような徒労感……何をした?)

 

 斬撃はまったく刃筋が通らず、打撃は一切の衝撃が届いていない。のれんに腕押し、糠に釘。感覚としてはジェネシスが最初に使った次元断層に近いが、今の状況は明らかに違う。摂理に逆らう能力行使なら陸人は感知できるし、そもそも攻撃自体はジェネシス本人に当たってはいる。その先にダメージだけがまるで通っていないのだ。

 

「800万全て使い切る羽目になるとは思わなかったが、これでようやく正しい順列に並べ直せる……我が上! 貴様等が、下だぁ‼︎」

 

「ガッ!……この期に及んでまだそんな……!」

「チィ……!」

 

 天空から大地に叩き落とされた2人。黒い波濤として伸び続けるジェネシスの翼に上から押しつぶされ、立ち上がることもできず地面に縫い付けられてしまった。

 

「このまま潰れろ、潰れろ、潰れろぉぉぉっ‼︎」

 

「ま、ずい……なんとかしないと……!」

 

「リクト、さっき触れた感触からして……アイツは多分800万の戦闘経験からボク達の性質を分析したんだ」

 

「性質……?」

 

「ノヴァの武器の性質、ボクの翼の性質って具合にね……いくら仲間の力を借りても、技を放つのは結局キミ自身だからね。ノヴァの力を通さないように自分の組成を再構築すればあんなインチキもできるようになるってことさ」

 

「そうか、それであんな手応えに……!」

 

 世界に働きかけるのではなく、あくまで自分の存在を変質させるだけならノヴァにも止められない。自身と同格の存在の底まで解析するには800万体分の時間を要したようだが、それでも自分に()()()()()()()()()()()()()()()特性を宿せば勝利は確定する。

 

「我より上などいてはならない……これ以上手を煩わせるな!」

 

 罪爐は常にそうやってきた。ゲームで勝てなければ、練習して腕を上げるのではなくシステムをいじってチートを手に入れるタイプ。

 常に予習復習を欠かさないのが陸人で、生まれつきの地頭の良さでテストを乗り切れるのがダグバならば。誰にも看破できないカンニングペーパーの作成に全力を注ぐのが罪爐。

 本人の歪みまくった誕生経緯もあってか、熱意を向ける方向性も決定的に捻くれているが、正攻法で挑む陸人達相手にはそれが有効だったりする。

 

「さてどうする? ちなみにボクにはこの状況で使える手札はないよ」

 

「だったら……」

 

 しかし不正技は不正技で欠点がある。正道と違い、想定外の事態に対応できるだけのゆとりがないのだ。

 

「これでどうだぁ!」

 

 ノヴァが端末を呼び出して格納した武器を取り出す。最後の決戦の折に好敵手が残した置き土産──"ガドルの剣"としか形容できない、無銘の黒剣。稲妻を宿した刃がジェネシスの黒翼を斬り裂き、拘束を断ち切った。

 ノヴァとも、その基であるクウガともアギトとも違う、勿論ダグバとも異なる性質の武器。この剣でなら、今のジェネシスにも届く。

 

「アレは……ガドルの?」

「へぇ、キミって物持ちいいんだねえ」

 

「これもまた、お前に弄ばれた命が残した力。お前がやってきた勝手のツケが、こうして回ってきたんだよ!」

 

 ガドルの剣を両手に握ったノヴァが飛び上がる。迎撃に飛んでくる黒翼を斬り払い、ただひたすらに前へ。チマチマ削っていてはまた解析されて今度こそ打つ手がなくなる。

 

(一撃で奴の防御特性を剥がす。それしかない!)

 

 剣に雷が集まり、帯電の音と光がどんどん大きくなっていく。何度もアギトを苦しめた、ゴ・ガドル・バの必殺技の構え。

 

「ガドル、だと……? あんな小物が、この局面で我を──!」

 

「ガドル……力を貸してくれ!」

 

 見様見真似──"雷迅閃"。刀身に乗せた雷光を叩きつけて全てを斬り裂く必殺剣が、ジェネシスの体表面から内部構造まで悉くを焼き尽くし、急拵えの絶対防御を剥離させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──何をやっても上回ってくる。我こそが絶対存在ではなかったのか。

 

 雷迅閃で叩き落とされた罪爐の思考は混乱の極地にあった。ずっと信じてきた、自身の絶対性。それが今まさに揺るがされている。もし自分が絶対ではないならば、これまでの自分は何だったのか。正義や悪といった概念が自分にも当てはまってしまうなら、己は間違いなく大罪の者となってしまう。

 

「どうした? 手品はもうネタ切れか?」

 

 蹲るジェネシスの首元に鋒を突きつけるノヴァ。もう数をばら撒く余力はない。絶対防御も破られた。とうとう手詰まり。それでも罪爐は自分の敗北を、自己の絶対性の否定を受け入れることはできなかった。

 

「何故だ? 人類や神の未熟で呼び覚まされた我が、貴様等を害して何が悪い⁉︎ 元を辿れば貴様等の自業自得であろうが! 何を根拠に我を悪と断じて剣を向ける⁉︎ 貴様等に正悪の決定権があるのか⁉︎」

 

「それは……」

 

 散々好き勝手された人類側から見れば、みっともない恨み言。命乞いにしか聞こえない発言だった。しかしそれでも、陸人はその言葉を真剣に聞き入れ、胸に受け止めた。それが陸人の本質、英雄の資格だ。

 

「我が産んでくれと一度でも頼んだか……否! 全て貴様等の不完全性が起こしたことだ。己の感情すら制御できない……半端な理性しかないせいで自身を律することができず、その癖自分達は理性的な上等生物だと錯覚して、省みることもしない!」

 

 罪爐の恨み言の羅列に、ノヴァは少しだけ鋒を下ろした。その一瞬の隙に、ジェネシスは体勢を立て直して飛びかかる。

 

「その傲りが許しがたいというのだ、人間!」

 

「……そうかい」

 

 罪爐の醜悪さを熟知している陸人が警戒を解くはずもなく、当たり前のようにカウンターの拳を合わせて殴り返した。罪爐の言葉自体は正当だったとしても、それで奴のこれまでが許されるわけがない。

 

「お前が産まれた経緯に、俺達の責任があることは確かだ。けどな、罪爐が犯した罪は……どんな理由があっても正当化なんてできないんだよ……!」

 

「御咲……陸人ぉ……!」

 

「いい機会だから俺個人の主義を教えてやる。どんな理由、どんな経緯があったとしてもな……命を奪うことが正義として認められることは絶対にない! 

 どれだけ時が経とうと、どれだけ世界が発展しようと、これだけは絶対に覆ることはない……命を守ること、それが俺の正義だ!」

 

 この世で唯一絶対に取り返しがつかない大切なもの──命。それをイタズラに弄ぶ者を、陸人は絶対に許さない。

 

「だが、そうだな……お前がどうしても納得できないなら、この戦いにひとつ意味を追加してやる」

 

「なに……?」

 

「お前が言う不完全性──それが良いものか悪いものか、そういう賭けだ。俺は人の祈り、善意でここに呼び戻してもらえた……自分で言うのも何だが、人類の正の面の象徴だ。

 一方のお前は、人類の悪感情が集積して産まれた、人類の負の面の象徴。俺とお前のどちらが勝つか、その結果で人類の不完全性──感情ってものに存在意義があるかどうかを測る……どうだ?」

 

「つまり、我が勝てば不完全なままの人類に存在価値はない。そういうことだな?」

 

「ああ。そして俺が勝てば、人類は善意で悪意に打ち勝つことができる証明になる……少し乱暴だが、お前がやってきたことに比べれば随分分かりやすい勝負だろ?」

 

「よかろう……その賭け、乗ってやる」

 

 ジェネシスが再び立ち上がった。策を弄さず、術を介さずに戦う。そんならしくない提案に乗ってきたのだ。

 

「成立だ……ダグバも、そういうことだから手出しするなよ。これは罪爐と人類の勝負だ」

 

「ふ〜ん? ()()()()()()、ね……よく分かったよ」

 

 互いの信じるものを賭けて、いよいよ最後の勝負が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最後に言っておくことはあるか?」

 

「いいや? 生き残るのは我なのだから、言葉を残す必要などない」

 

 互いに構えを取って力を溜める。この一撃で最後、今出せるすべての力を引き出していく。

 

「スゥ──……ハァァァァ……!」

 

(……フン、ここだな……!)

 

 ノヴァは必殺の一撃のために。ジェネシスは、最高のタイミングで不意をついて離脱するために。

 ほんの一瞬でジェネシスが消えた。転移と超高速移動を連発して、地球の外まで抜けるために大空を翔ける。

 

「間抜けめ……何故我が下等生物と対等な勝負をしなくてはならないのだ」

 

 罪爐に勝負に付き合うつもりは最初からなかった。少しでも陸人から逃走に対する警戒を薄めるために話を合わせただけだ。

 完璧に出し抜いた。そんな暗い喜びに心を焦がしていた罪爐だったが、突如その前進が止まる。地上で悠然と構えていたダグバの翼から鎖が伸びている。その金色の縛りがジェネシスの身体に絡みついて逃走を阻害していた。

 

「ま、そうなるよねぇ?」

 

「ダグバ、貴様……!」

 

「あ、言っとくけど気付いてたのはボクだけじゃないよ? リクトだって分かってたさ。じゃなきゃボクにあんなことわざわざ言わない」

 

 絶対に手出しするな。右と言えば左に走るダグバにそんな指示を出したのは、こうなると分かっていたから。自分と正反対に人の負の面を凝縮した罪爐なら、こう動くと確信していたからだ。

 九分九厘裏切られると分かっていて、それでも陸人は正面勝負の可能性を切り捨てなかった。罪爐を生み出した人類の1人としての責任感か、気紛れか。予想通り裏切られた今の陸人の心境は誰にも分からない。

 

「散々してやられたからな。嵌められる気持ちも、最後に味わってから……消えていけ!」

 

 ジェネシスとノヴァを繋ぐように、光の道が形成されていく。そのルートに沿って次々に並んでいく勇者の紋章。両者を結ぶ、光のウイニングロードだ。

 

 

 

 

『all connect──Be The One‼︎』

「みんな、これで最後だ……俺に力を貸してくれ!」

 

 

 ──「『了解!』」──

 

 

 

 

 常世で存命の勇者達、神域で見守る勇者達、その全ての光がノヴァに注がれる。上里かぐや、藤森水都、上里ひなた。全時代含めてもトップクラスに優秀な巫女がふたつの次元を接続し、時代が異なる勇者の力を今ここに結集させている。

 

「繋ぎます!」

「お願い、届いて……!」

「決めろ、陸人!」

「今度こそ、絶対に!」

「ハッピーエンドで終わらせよう!」

「……ラスボス戦、これで最後よ」

「やろう、りっくん。私たちみんなで!」

「フィニッシュは任せるわ、陸人くん!」

 

 2人の巫女に導かれて西暦勇者の紋章が並ぶ。

 最初にクウガの紋章

 桔梗

 姫百合

 紫羅欄花

 彼岸花

 桜

 金糸梅

 

「私たちの思いは常に、陸人様と共に」

「いって、りっくん! 勇者は根性!」

「最高の見せ場よ、カッコよく決めなさい!」

「部長命令よ、陸人! 勝って、無事に帰ってきなさい!」

「お願いします。全員揃って、また私たちの日常を……!」

「忘れないで、リク……成せば大抵──」

「なんとかなる〜!」

 

 筆頭巫女の導きのままに、神世紀の勇者の紋章も光り輝く。

 山桜

 ツツジ

 オキザリス

 鳴子百合

 アサガオ

 スイレン

 最後にアギトの紋章

 

 

「──おおおおああああああっ──‼︎」

 

 強く大地を踏み抜いて、ノヴァが空に舞い上がる。純白な翼を翻し、神話のように高く飛び立つ。標的は諸悪の根源、罪爐。ひとつ紋章を潜るたびにその右足に力が注がれ、天井知らずに上昇していく。

 

「クッ、こんなことが、あっていいはずが……!」

 

「これが俺の、俺達の……!」

 

 激突する両者。ジェネシスは諦め悪く、翼を身体に巻きつけて防御に使ってきた。しかしそんな悪足掻きが通用する段階はとうに超えている。音を立てて黒翼が砕け散り、その身に必殺の一撃が届く。

 

「何故ここまでの力が出せる⁉︎ 我と貴様、いったいなにが違うというのだ⁉︎」

 

「おいおい、そんなことも分からないのかい?」

 

 いつの間にか目の前まで飛んできたダグバが呆れを隠さず口を開いた。どこか誇らしげに、どこか苦々しげに。

 

「リクトの背中には全ての死者と生者の願いが乗っかってる。いくら君が大きな存在でも、自分のためにしか動けない奴が勝てるわけないだろ?」

 

 みんなが叫ぶ。

 勇者が

 巫女が

 防人が

 ライダーが

 大社職員が

 市民が

 生者が

 死者が

 

 全ての魂が同じ未来を見つめて、今この瞬間に心を一つに重ね合わせた。

 

 

 

 

「──いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ──‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 仮面ライダーノヴァ最強の必殺技『Be The One』が炸裂。永劫に等しい時間を費やしてため込んだ罪爐の呪いが解けて消えていく。創世神の身体と、悪霊の本質が粉微塵に砕け散った。

 

 満点の青空に、黒と白が織り混ざった輝きが星々の如く煌めいて降り注ぐ。世界一鮮やかな雪景色となって、最低最悪の創世神は滅び去った。

 

 

 

 

 

 

 

 人の心は白と黒が混在していて、黒に染まってしまうことも多々ある。それでも、人は自分の意思で内なる黒に打ち勝つことだってできる。その可能性を、人が人である価値と意義を、御咲陸人と人間達はこの日証明してみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




奇跡の領域に至った表現として、彼らは独自の翼を得ています。

ノヴァ・オリジン=ウイングガンダムゼロ(EW版)の翼
ダグバ・ルゲン=ランスロット・アルビオンのエナジーウイング
クウガ・ジェネシス=一方通行の黒い翼

絵心がないのでせめてイメージが近い例を挙げておきます。想像の助けにでもなれば。

次回敵のアレコレ、味方のアレコレ、色々とまとめにかかって、その次がエピローグ。あと二話で終わる……予定です。予定は未定、ここに来てペースダウンの可能性すらあるという状況です。期待せずお待ちください。

感想、評価等よろしくお願いします。
次回もお楽しみに。



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HEATS

ラスダン終了後、って感じのお話です。
ご都合主義と馴れ合いの連続で批判もあるかもしれませんが、ご容赦ください。




「我は、どうして生まれてきたのか……ここで敗けるというのなら、絶対ではないのならば」

 

 ノヴァの必殺技がジェネシスを砕く寸前、両者の魂の距離は0となった。極限まで高められた魂は現実世界の時間をも超えて、2人だけの次元で最後の対話が行われる。

 

「我を生んでおきながら、誰も彼もが我を否定する。だから我は戦った。他者に依存せずとも我が我として生きるために」

 

「お前の存在には俺達全員に責任がある。そういう意味では、これまでの全部についてお前のせいだと言うのは間違いなのかもしれない」

 

 最後の最期で、ようやく2人は何の虚飾も障害もなく、素直に向かい合うことができた。罪爐が抱えていた根源的な恐怖も、陸人が抱えていた罪悪感も、初めて言葉として交わされた。

 

「だとしても、それでお前の行いが許される事はない。罪爐にとっては勝手な言い分かもしれないが、この世界は命あるものの居場所だ」

 

「そう、らしいな。我が目を逸らしていただけで、ずっと世界は我を拒絶していたのかもしれん。汝のような特大の特異点を産み落としたのがその証拠だ」

 

 罪爐はその性質上、必要以上に過剰で悪辣な手法を選んできた。そのせいで誰もが気づかなかったが、遠大な計画の最終目的はただひとつ。確立した一個の命として生きたかった。

 もっと言えば、罪爐は散々見下してきた人類のように普通に存在すること。それだけが望みだったのだ。

 

「このような在り方しかできない我には、居場所など最初からなかった。そういうことだろう」

 

 似合わない寂寥感を滲ませた声。散々苦しめられた仇敵だというのに、陸人はその悲しみを無視できなかった。

 

「罪爐、お前は倒さなきゃならない。これは絶対の真実だ……だけどひとつ、約束してやる。もう二度とお前のような存在が現れない世界にしてみせる。人が自分の意思で闇に打ち勝てる新しい未来を、必ず作り出す」

 

「……汝は……」

 

 陸人は300年に渡って罪爐に苦しめられてきた、最大の被害者と言ってもいい。そんな彼が、罪爐に誠意を示す理由など皆無。強いて挙げれば御咲陸人だから、だろうか。

 

「お前の罪を裁くのは俺の役目じゃない。世界の摂理に任せるけど、全ての罰と贖罪がもし終わる時が来たら、その時は──会いに来いよ。お前と俺なら、常世でも来世でも天国でも地獄でも、会おうと思えばきっと会えるさ」

 

「……我を恨んではいないのか? 汝の親を、仲間を、多くの罪なき命を奪ったのは我だぞ」

 

「……どうだろうな。死んでいったみんなの恨み憎しみは、当人達に任せる。友奈ちゃん達に救い出されてから、そう決めて戦ってきたつもりだけど」

 

 超常の力を持つ者として、恨み憎しみで力を振るうのは許されない。そんな綺麗事じみたお題目を本気になって守っている。それが陸人の強みであり歪み。理性と本能の狭間で揺れ動く不安定さを突く罪爐の呪いに打ち勝った、強靭すぎる理性。

 

「……お前に次があるのかは知らないけどさ、次は意地張って一人で何とかしようとするなよ。自分が不安なら、弱音を吐いて頼れる誰かを見つけるべきだ。お前が本音でぶつかれば、本音で相手になってくれる誰かが絶対にいるはずだから」

 

「……覚えておこう。汝も一度吐いた大言壮語、忘れるなよ」

 

 それが最後。御咲陸人と罪爐、長きに渡る因縁は誰も予想し得ない形で終焉を迎えた。

 

『Be The One』の光が、罪爐の闇を粉砕する一瞬前。神も悪魔も知り得ない二人だけの秘密の逢瀬があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「りっくん……」

「リク、大丈夫かしら……」

「あっ、あれ〜!」

 

 遠く離れた地上から決戦を見守るしかできなかった勇者達が、天の光に祈りを捧げていた。そんな健気な少女達の頭上から、美しい羽根が舞い散る。御咲陸人の奇跡の断片だ。

 

『──陸人っ‼︎──』

 

「……終わったよ、みんな……」

 

 決着をつけたノヴァが天空より帰還する。その腕に、異界の主神を抱えて。

 

「テオス、気分はどうかな?」

 

「……問題ありません。が、疑問があります」

 

 罪爐の縛りから解放された黒衣の青年がゆっくりと自分の足で立ち上がる。変身を解いた陸人と向き合うテオス。身体を支配されていた消耗はあるようだが、存在に関わる致命傷は受けていない。

 

「あなたの力は絶大だった。最後の一撃は、私ごと罪爐を討滅できた……いえ、むしろそうなる方が自然だったはずです。何故あなたは、態々力の向きを調整してまで私を生かしたのですか?」

 

「うーん、何故って言われてもなぁ」

 

「答えに窮する質問でしたか?」

 

「いや、なんていうか……当たり前のことだからさ。テオスは加害者の一人ではあるけど、同時に被害者の一人でもあるだろ? だから決着をつけるなら、必ず解放するつもりだったんだ。

 それにアンタを消したりしたら、アンタの世界の命が大変なことになるんじゃないか? これ以上被害を増やすような真似はしたくないよ。当然だろ?」

 

 罪爐ほどではなくとも、テオスもまた陸人からすれば手を焼かされた相手だ。それでも恨みを後に引きずるようなことはしない。譲れないものがあったから戦うことになった。ならば事が済んでからも争う意味はない。それが罪爐にも語った、新しい未来の人類の在り方。陸人は自分の理想を自ら示していた。

 

「……なるほど、天の神や罪爐が躍起になっていた理由が分かりました。同時に、彼等を相手に最後まで退かなかったあなたの強さも」

 

 テオスは小さく笑って眼を閉じた。神を憎まず人を愛す。敵を倒すのではなく仲間を守るために。言葉にするには簡単で、実行するにはあまりに難しい理想論。人が神に『許し』を与えるという、本来とは立場が真逆になってしまっている現状がどうにも可笑しくて、テオスはしばらく笑いが止まらなかった。

 

「あなたは、既に神に相応しい力と格と質を備えている。惜しいことです。あなたが私の世界の住人であれば、側に置いていたのですが」

 

「現役神様にそうまで言われるのは悪い気しないけどな。俺は俺だよ。人間だから今日まで戦ってこれた。人間だから、罪爐に勝てたんだ」

 

「ふふ、そうかもしれませんね……では、あまり勝利の喜びに水を差したくありませんので、そろそろ失礼します。私がこの世界に持ち込んだマラークは連れて戻りますのでご安心を」

 

 テオスが左腕を天に掲げると、空から柱状の光が降り注いできた。テオスを囲むように届いた光が、青年の肉体を粒子状に解いていく。見れば遠方にも幾多の光柱が同様に降っている。言葉通り、全てのアンノウンが本来いた世界に帰還するようだ。

 

「迷惑をおかけしたお詫びに、コレを差し上げます。使い途はご随意に」

 

 去り際に陸人の腹部に手を当ててから消えていったテオス。触れた箇所からは、アギトの炎に似た仄かな熱が残っていた。

 

(今の……なんだ?)

 

「りっくん?」

「リク……これで、終わったのよね?」

 

「ん? ああ。これで罪爐もテオスもいなくなった。天の神とは、いずれ話はしなきゃいけないけど、当面問題はないはずだ。後は──」

 

 不安そうに覗き込んでくる少女達に、陸人は笑顔で返す。そんな和やかな空間に馴染めない異邦者が、まだ一人残っていた。

 

「──ねぇ」

 

 小さくともよく通る声。同時に響く、鈍い破壊音。ガレキを蹴り砕いた破片が背後から陸人に迫り──対する陸人は背を向けたまま片手で受け止めた。

 

「もういいかい? リクト」

 

「ああ。お前にしちゃよく我慢した方かもな……ダグバ」

 

 戦勝ムードをぶち壊した最後のグロンギ、ン・ダグバ・ゼバ。いつも通りの微笑みを浮かべて挑発的に近寄ってきた彼に、陸人もまた笑みをたたえて歩み寄る。最初から分かっていたというように、手を伸ばせば届く距離まで近づいていく2人。

 

「えっ? ちょっと……」

「りくちー? まさかまた〜?」

 

「ああ、悪い。でもこれがダグバの目的だから……最初から、俺と戦うために出てきたんだろ?」

 

「さすが。キミの話が早いところ、好きだよ」

 

 ここまで聞けば全員が理解できた。陸人とダグバは、ここで雌雄を決するつもりだと。この全てが終わった達成感の中、なんの意味もない個人的な意地で戦いを続けるつもりだと。

 

「そんな! これ以上戦う必要なんて……」

 

「そうだね。この戦いに必要性も生産性もない。だからみんなの手は借りないよ。今度は正真正銘、一騎討ちだ」

 

「いいねぇ、やる気があるようで嬉しいよリクト」

 

「だからお前も、この戦いに誰も巻き込むな。俺以外の誰一人傷つけないと約束しろ……でなきゃ勝負は受けない」

 

「もちろんそれで構わないよ。ボクはキミと遊ぶためにここにいるんだ。むしろここからがボクの本番さ。それ以外なんて最初から興味ないね」

 

「それからもうひとつ……今回は罪爐との戦闘で借りができたから相手をするんだ。お前の遊びに付き合うのは、これっきりだからな」

 

「ああ。十分だよ、リクト……!」

 

 仕方なく、という風に言ってはいるが、今の陸人は戦うこと自体に乗り気なのは見て取れた。ダグバはともかく、陸人がここまで戦闘に意欲的なのは見たことがない。仲間達は不毛な喧嘩を始めようとしている2人を止める言葉を探していたが、そこへ割って入る者がいた。

 

「やめとけよ。男の意地に口挟むもんじゃないぜ」

 

「同感だ。今の陸人は何を言っても聞かないだろうしな」

 

「鋼也、志雄……」

 

 この中で数少ない、彼等と同じ男である鋼也と志雄。2人は陸人の今の気持ちをおおよそ理解できた。ずっと使命感で戦ってきた陸人の変化に、同じ男子として気づける部分があった。

 

「ずっと誰かのためだけに力を振るってきたアイツが、ようやく自分のやりたい戦いを見つけたんだぜ? 邪魔するのは野暮ってもんだろ」

 

「彼がやっと見せた初めてのワガママだ。一度くらい許してやってもいいだろう? ここまで散々助けられたのだから」

 

 そこまで言われると、美森達も何も言えない。ため息を吐くなり、肩を落とすなりで呆れたような反応を返すしかできなかった。"これだから男の子は"という気持ちが言葉にせずとも聞こえてくるようだ。

 

「鋼也、志雄、フォローありがとう」

 

「いやなに、気にすんなよ」

「心置きなくやるといい」

 

「りっくん、本当に……やるしかないんだね?」

 

「そうだね。これからは戦う以外の手段で道を切り開く時代が来ると思う……だからこそその前に」

 

「りくちーがりくちーであるために、必要なことなんだね〜?」

 

「うん、ダグバとの決着だけはつけておきたい。最後に残ったコイツとだけは……!」

 

「……ハァ、よく分かりました。お好きになさいな……ただしリク、終わったらお話があります」

 

「あー……了解。全部済んだら聞くよ」

 

 若干後が怖いような気はするが、これで準備は完了だ。世界の命運を賭けた死闘は終わり、ここからは私闘が始まる。

 

 

 

 

「──変身!──」

 

「ハッハァッ!」

 

 アギト・シャイニングフォームとン・ダグバ・ゼバが衝突する。白と白の饗宴、双剣を手にした両者は一歩も引かずに剣をぶつけ合わせていく。

 

「いいねいいねぇ、やっぱりキミが1番だよリクト!」

 

「そうかよ……楽しそうで何よりだ!」

 

 速度では僅かにアギトが上。力ではダグバが若干だが上回る。技量はほぼ同等──格上ばかりを相手にしてきた経験がある陸人と、神霊すら脅かす戦士としての才能で暴れるダグバ。総合的な結果は互角。

 

「……ふう、小手調べはこんなものでいいか?」

 

「そうだねぇ。そろそろ本気で遊ぼうか!」

 

 何度目かの鍔迫り合いの後、耐久限界を超えた互いの得物が砕けると同時に、両者は距離をとって構え直す。

 

「出し惜しみはナシだ……!」

 

「これだよ……この瞬間を待ってたんだ!」

 

 クウガの構えを取り、稲妻と爆炎を宿すアギト。

 頭部に手をかざし、全身から光を放つダグバ。

 

 

 

「────超変身っ‼︎────」

 

 

「──ボクに限界はないっ‼︎──」

 

 

 

 顕現する2人の超越者。奇跡の領域に意識的に踏み込めるほどの規格外。

 仮面ライダーノヴァ・オリジンフォーム

 ン・ダグバ・ゼバ・ルゲン

 全時代全次元全世界を含めても3本の指に入る稀代の戦士がぶつかり合う。ただどちらが上かを決めるためというくだらない理由で。

 

「人間を舐めるなよ、ダグバッ!」

 

「キミの全てをボクに見せてよ、リクトッ!」

 

 この戦いに必然性はない。この勝負に生産性はない。

 史上最高の好カードを組んで、史上最も意味のない最終決戦が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 天の神の支配を脱した今、世界はありのままの姿を取り戻している。西暦のバーテックス侵攻で既に荒廃しているといえど、新しく命が生きる場所を壊すのは避けたい陸人は、ダグバを引き付けて天へと翔け上がる。2人はそのまま重力の枷を超えて星の海までその翼を伸ばした。

 

「ここなら遠慮はいらない。全力で行くぞ!」

 

「そうだよ。散々おあずけされたんだ、これ以上ボクを退屈させないでくれよ!」

 

 二筋の白い飛跡が交差しながら宇宙を舞う。やがて2人は月軌道に乗り、そのまま月面に墜落した。夜空を照らす地球唯一の衛星。かつて人類の夢の舞台だった星に立ち、ダグバはそんな有り難みなど微塵も気にせず力を振るう。

 

「アハハハハハッ! ちょうどいい石コロ見つけたよ!」

 

「クッソ、月が石コロかよ。無駄にスケールでかい奴だな!」

 

 ノヴァの顔面を鷲掴んで、月表面に叩きつけたまま引きずり回す。希少な研究資料であった月の石が惜しげもなく散っていく。対するノヴァも、翼に莫大な力を込めて月面ごと爆散させて強引に距離を開けた。未確認のクレーターの完成だ。

 

(やっぱり勝手が違うな。足場がある分踏み込めるだけマシだが、重力の差が足を引っ張る……!)

 

「ククッ、いいねぇ。盛り上がってきたよ!」

 

「チッ、なんでお前はそうポンポンと慣れられるんだ」

 

 ちなみにダグバの方は宇宙に飛び出すと同時に宙間戦闘のコツを掴み、自分の感覚をアジャストしている。置かれた環境下で必要なものを即座に揃えられるのが、ダグバのダグバたる所以。戦いの天才の本領だ。

 

「何にせよここで派手にやり過ぎるのはマズい。場所を変えないか?」

 

「ヤダね。地上から出た時点で既に一度キミの都合に合わせてる……これ以上付き合う気はないよ」

 

 あっさり拒否して足元に拳を叩き込む。右肩まで地面に埋まるほど深々と突き刺すと、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「おいおい、お前まさか……!」

 

「言っただろ? ボクにとってはこれくらい、石コロと一緒さ!」

 

 両翼を広げ、天体ひとつを丸ごと抱え上げたダグバ。純粋な膂力だけで月を破砕することなく掌握している。せいぜい全長2m前後の生物にできていい所業ではない。

 

「アハハハハハ……ハハハハハハハハハッ‼︎」

 

「笑えないんだよ、お前のやることはいつもいつもっ!」

 

 砲丸投げのようなフォームで月を振りかぶったダグバ。全宇宙で例を見ない珍現象──衛星の遠投事件──を止めるために、反対側からノヴァが月に組みついた。直径3,500kmの天体を挟んで、2人の超越者の力比べが勃発する。

 

「ほらほら、潰れちゃうよぉ!」

 

 お互いが両端から押し返す状態で拮抗する両者。このまま続けば圧力に耐えきれずに月そのものが崩壊する。かといってダグバの暴挙を許せば、地球や他惑星にどんな影響が出るか分からない。

 

「グッ、いい加減に……!」

『active──AGITΩ!』

 

 そこで陸人は、ほんの少しかける力を上向きにして圧力の均衡を崩した。ほんの一瞬、修正に動いたダグバに隙が生じる。刹那、ノヴァが瞬間移動を行使してダグバの背後に回り込んだ。

 

「──しろぉっ!」

 

 右腕のノヴァセレクターが回り、手の甲にアギトの紋章が輝く。ノヴァ・オリジンフォームの必殺パンチ『オリジネイトインパルス』が炸裂した。幼子のように無邪気に月を押し出すことに夢中になっていた白い悪魔を、背後から全力で殴り飛ばした。

 

「──ったく、焦らせてくれる……アマダム、計算は任せていいか?」

 

 ──ああ。正しい軌道に戻さないと後々怖いからな──

 

 力尽くで月軌道から外された月面に触れ、適切な方向と力加減であるべき位置に移動させる。月が正しい軌道から外れてしまえば、自転や潮の満ち引きの関係で地球環境に悪影響が出る。無自覚ながらも天災を引き起こすダグバ。やはり悪魔は悪魔だった。

 

 

 

 

「──なーに遊んでるのさ、リクト!」

 

「チッ、もう戻ったのか!」

 

 宇宙の彼方まで吹き飛ばしたダグバが戻ってきた。まさしく光速で飛ぶダグバがノヴァを捉え、2人のドッグファイトが再開する。光を散らして衝突しながら二筋の閃光が地球の外縁を飛び廻る。

 

「あっ、アレ!」

「あの光、あいつらか?」

「ほんとデタラメだなぁ。なんだよあの速さ、流れ星じゃないんだから」

 

 淡い光を降らせながら、星の帯が空を彩る。地球から見たその光景はあまりにも美しかった。神話を思わせる優美な景色、それを描く奇跡の体現者達の戦いは、何も知らない民衆の眼をも釘付けにして離さない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フゥ──、スゥ──……」

 

「ハッ、ハッ、ハッ……! クフフ、クハハハハハ。たまらないよ、自分の中身をすり減らすこの感覚!」

 

 彗星と彗星のチェイスは小一時間ほど続き、最早地球を何周したかも分からない。流石の2人も体力は限界に近く、肩で息をしている。そもそも宇宙空間で通常通り呼吸を行えている時点で異常だが。

 

「おいダグバ、小競り合いはもうたくさんだ。決めるとしようぜ……!」

 

「ボクも同じことを考えてたよ。やっぱり気が合うねぇボクら」

 

「気持ち悪いことを言うな……獲らせてもらうぞ、ダグバ!」

『active──AGITΩ!』

『active──KUUGA!』

 

『ignition──NOVA‼︎』

 

「いいや、勝つのはボクだ!」

 

 奇跡を為した証でもある特徴的な翼。ここまでの戦闘で度々拡張していたその象徴が、ここに来て最大の規模にまで膨れ上がっていく。地球を覆うほどに幅広く、太陽に届きそうなほどに長く。

 

 

 

 

「──ダグバァァァァァァッ‼︎」

 

「──リクトォォォォォォッ‼︎」

 

 

 

 仮面ライダーノヴァが単独で放てる最強必殺技『The Origin』

 ダグバがライダーを真似て会得した必殺技『無限のキック(ルゲン・ビブブ)

 

 2人のキックが月軌道上で衝突し、膨大なエネルギーが銀河に煌く。太陽の如く眩い光が走り、地球の空を白く染めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 必殺技で生じた閃光が星全体を束の間包み込んだ。数秒の暗転の後に通常の色を取り戻した空に、折れた翼が描くふたつの隕石が見えた。煙を吹きながら地上に落下していく光。勇者達が見守る地からそれほど遠くない地点に墜落していった。

 

「あれって、まさか……!」

「堕ちてる⁉︎ りっくん!」

 

 泡を食って落下地点に向かう一同。走って走って走り抜いた先には、とても人間大の質量が落ちた跡とは思えない、大規模なクレーターが出来上がっていた。

 

「だぁりゃぁぁっ!」

 

「ハハッ、シィィィッ‼︎」

 

 瓦礫が散乱し、地面を踏み抜いて地下水が染み出している悲惨な破壊跡。そんな不安定なクレーターの中心地で、陸人とダグバは殴り合っていた。既に変身を維持する余力もなく、フラフラなまま相手の顔面を殴っては殴り返されている。示し合わせたように一発ずつ、殴り殴られ血肉を撒き散らす。凄惨なほど単純明快な意地の張り合いだった。

 

「そろそろ、沈めっ!」

 

「ハッ、誰が!」

 

 アッパー気味に振り抜かれた陸人の左拳を、ダグバは頭を振って迎え撃った。インパクトのタイミングをずらされた上に硬すぎる頭蓋骨を叩きつけられた左手は、一瞬で五指の骨を砕かれた。

 

「しまった……!」

「これで終わりだよ!」

 

 予想外の痛みに後退した陸人に、ダグバが踏み込む。空中で体を捻り、反動と体重を乗せて威力を増した飛び蹴りが胸部に直撃。吹き飛ばされた陸人は、背後に反りたっていた壁面の残骸をブチ抜いて倒れた。

 

「……ぁ……ぐ……!」

 

「──リク!」

「りくちー!」

 

 瓦礫ごと地面を転がっていった陸人は、呻き声を上げて停止した。うつ伏せのまま微動だにせず、地面に血溜まりを作って沈黙している。遠くにいた勇者達には、死んだようにしか見えなかった。

 

「ボクの勝ち……? クハハ、ボクは勝った……やっとリクトに、ボクが最強だ! バルバは正しかった! アーッハッハッハッハ‼︎」

 

「──……る……ぇょ」

 

 ダグバの勝鬨(かちどき)と高笑いは大きく響いていた。それでも掠れた小さな囁きの方が、不思議と耳によく届く。意地と痩せ我慢で戦い抜いた英雄は、まだ死んではいない。

 

「相変わらず……お前の笑い声は耳に障る……おちおち寝てもいられない……」

 

 まるで幽鬼のようにゆっくりゆったり、体を起こしていく陸人。やっとの思いで取り戻した正常な顔も身体も、半分以上が赤く染まっている。それでも眼だけはしっかりと、前に立つダグバを捉えていた。

 

(視界が赤い……身体の感覚も怪しい……どこが痛いのかも分かりゃしない……でも、なんだろうな……悪くない気分だ)

 

(胸の奥で何かが叫んでる……負けたくないって──勝ちたいって──コイツにだけは!)

 

(そうか……これが、熱くなるってことか……!)

 

「──ォォォォオオオオオオオオオオッ‼︎──」

 

 咆哮と共に立ち上がる、血だらけの少年の姿。突けば倒れそうなボロボロの有様で、それでも二本の足で強く大地を踏み締めて立つ。初めての高揚感に魂を熱く滾らせて、自分のためだけに拳を握る。

 

「そんなになってもまだ立ち上がる……いいよリクト! やっぱりキミは──」

「うるさい……!」

 

 喋りながらも油断なく距離を詰めてきたダグバの拳に、あえて砕けた左拳を合わせて迎撃した。左で反撃されるという可能性を除外していたダグバは完全に虚を突かれた。

 

「なに……?」

「──ッオオオオオオッ‼︎」

 

 真っ直ぐ立つのも難しい失血状態にもかかわらず、陸人はさらに一歩踏み出して拳の威力を引き上げた。予想外のカウンターに対処できなかったダグバは力負けして吹き飛んだ。

 瓦礫に身を預けるように崩れ落ちた白い人間体もまた、陸人と同様に血に塗れている。

 

「ゼェッ、ヘッ、ハァッ……オネンネするのはまだ早いんじゃないか? ダグバ」

 

「ククク、まさかこのボクがそんなこと言われる日が来るなんて。キミと遊ぶと新しいことばかりだ……ああ、本当に──この瞬間が楽しい」

 

 恍惚とした雰囲気で天を仰ぐダグバ。膝に手をついて崩れそうな身体を必死に支える陸人。どちらもこれ以上泥試合を続ける余裕はない。

 次で最後、どちらも口には出さず理解していた。

 

「……フフフ、さぁ──いくよ!」

 

 先に仕掛けたのはダグバ。言うことを聞かない脚で走るのを諦め、一歩目で高く跳躍。思い切り振りかぶった右拳を陸人の頭部に振り抜く。

 

「……っ……!」

 

「っ! 馬鹿な……」

 

 回避できない必中のタイミングだった。天の気まぐれか英雄の徳か、たまたま一瞬だけ陸人の意識が飛び、たまたま一瞬だけ脚が崩れて、狙いの頭部を大きく下げる格好になった。意図せず攻撃を避けられたダグバは、空中で腕を空振ったまま無防備になってしまった。

 

「もらうぜ……!」

 

 膝をついて崩れた陸人が、再び膝を伸ばして立ち上がる反動も込めたアッパーを撃つ。寸分違わず顎を砕き、ダグバは噴水のような勢いで血を吐いて倒れる──

 

「──まだだ」

「……!」

 

 ダグバが頭から倒れる直前、陸人は撃ち込んだ左手で襟元を掴んで引き上げた。自分で身体を支える力も残っていないダグバを引き寄せ、残った右手に全ての力を注ぎ込む。

 

「これが最後の一撃だ……自分が砕け散る感覚、よーく味わって──」

 

「……ハハハ……いいねぇ」

 

 脱力したまま笑顔を見せるダグバ。態度とは裏腹に、その身体にはもう指一本動かす力も残っていなかった。

 

「そして絶対、忘れるなよ……!」

 

 全体重を拳に乗せて、身体全体でぶつかるような捨て身のパンチ。左頬を捉えた一撃でダグバは吹き飛び、瓦礫の向こうまで転がり落ちていった。

 

「…………」

 

「…………」

 

 数秒待ってもダグバは立ち上がらない。どころか、身動き一つなく、仰向けに倒れて空を見上げている。今にも頽れそうな身体を精神力で無理やり引っ張って立ち続ける陸人は、ここでやっと勝利を確信した。

 

「俺の……勝ち、だな……!」

 

「ああ……ボクの敗北だ」

 

「──……〜〜しゃあっ‼︎」

 

 滅多に見せない歓喜の声を上げる陸人。この瞬間、全次元最強の戦士が決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気分はどうだ? ダグバ」

 

「思ったより悪くないよ。一騎討ちで、言い訳の余地もなく完全無欠な敗北ともなれば、もっと悔しいのかと思ったけど」

 

「……お前は、以前よりずっと強かった。その拳には、お前以外の誰かが乗ってたように感じた」

 

「分かるのか。さすがだね……キミはずっとそうして戦ってたもんね。最後の最後だけ思い至ったからって、それで勝とうなんてのはムシが良すぎたかな」

 

 ダグバもまた、陸人との繋がりの中でガドルと同じ真実に辿り着いていた。"自分以外の誰かのために戦うこと"こそが最強の資質。それを教えてくれたバルバを想って、グロンギの誇りを思い出させてくれた姉のために、ダグバは最強という華を手に入れようとしていた。

 

「とにかくこれで誰が一番強いかハッキリしたろ。もう二度と絡んでくるなよ?」

 

「ん〜、どうかな? 忘れた頃にまた来るかもね。地獄から戻る手段なんてなくても、ボクならいずれなんとかできそうな気がするし」

 

「勘弁してくれ……一度しか言わないぞ」

 

 少し照れ臭そうに咳払いをして顔を背ける陸人。本人は認めたがらないだろうが、陸人の方も同じように、ダグバの影響で変わった点があった。

 

「お前との戦い、悪くなかった……楽しかったぞ、ダグバ」

 

 長く戦い続けた陸人が、初めて口にした戦闘を肯定する言葉。何も背負わず、負けたくない相手を倒すために。御咲陸人にとって、最初で最後の自分のための戦いだった。

 

「……! アッハハ、それが聞けただけでも、こっちに来た甲斐があったよ……それじゃリクト、縁があればまた会おう。お友達にもよろしく……ハハハハハ、ハッハッハッハ──‼︎」

 

 光と共に消えていく白い青年、ン・ダグバ・ゼバ。誰よりも戦いに生き、戦いに死した白い悪魔は、最後に少しだけ英雄に変化をもたらして消滅した。その末期まで、彼らしい笑いと共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(終わった…………いや、なんだ?)

 

 ダグバの消滅を見届けた陸人が天より降り注ぐ光に包まれた。その奥に広がるのは神域の風景。死者でありながら生者と共に戦った、かつての仲間達が並んで待っていた。

 

「みんな……それにこの気配、神樹様も見てるのか」

 

「ああ。神樹もとうとう限界を迎えた。常世にほど近いこの世界も維持できなくなる……お別れだ」

 

「そんな、それって……ん? これは」

 

 目を伏せた若葉が無念そうに呟く。お別れという言葉を聞くと同時に、陸人の中で暖かい何かが脈を打つように活性化し始めた。テオスに託された光が胸の内から飛び出し、人の形に変わっていく。

 

「え? あの光、あの姿は……」

 

「もしかして、陸人か……?」

 

「うん、うまくいったみたいだな」

 

 御咲陸人と向き合うように立つ少年、伍代陸人。西暦と神世紀ふたつの記憶と経験を宿した御咲陸人から、その半分を抜き取って一個の人格として再構成した姿。

 

「君は……俺?」

 

「そうなるな。俺は君……の中の西暦の時間と、クウガの力を分離した……いわば分身みたいなものかな」

 

 ──当然私もこちら側だ。普通の人間として生きる分には、私の力はむしろ邪魔になるからな──

 

「アマダム……」

 

 ──そんな顔をするな。元々300年前に消えた立場だ。一瞬の邂逅でも、私は嬉しかった──

 

「そうだな、俺もだよ。ありがとう……アマダム」

 

 元々クウガとアギトの力は両立できない。かつての力と記憶を取り戻し始めた頃から陸人の身体に異常が発生したのは、同じ肉体に過剰な力を併せ持った積載過多も理由のひとつ。

 それを危惧したテオスが、伍代と御咲が別の人格として分離できるように手を加えてから消えていったということだ。

 今の御咲陸人はアギトの力を宿している以外は普通の人間。

 そして伍代陸人はクウガの力を昇華しきって神霊に至った最高状態。

 

「この形が一番安定するんだよ。俺も、君もね」

 

「……そうなのか。よく分からないけど、もう俺の身体は心配ないってことでいいんだな?」

 

「ああ。少しずつ西暦の……伍代の記憶は君の中から抜けていくだろう。君はこの時代で人として生きていける」

 

 もうこの時代に神を超えた英雄は必要ない。これからは、人が人として生きていく強さが求められる新時代だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ改めて、お別れだ。君には感謝しているよ……俺の時代の不始末もカタをつけられた上に、ダグバとの決着まで。ありがとう、って自分の顔に礼言うのも変な気分だけど」

 

「これからどうなるんだ? みんなはすでに死んでいるけど……」

 

「神樹様の御神体が常世に存在できなくなりましたが、私達の魂が消失するわけではありません」

 

「本来の神様達の居場所……神域よりもずっと遠い世界に、他のみんなは先に還っていったよ。神樹様もそこに行くんだって」

 

 ここには伍代陸人と共に戦った8人以外の勇者がいない。神域の魂達は死者が本来あるべき場所に還り、いつかの再誕まで休むことになる。

 

「みんなは、ってことは君達は……」

 

「俺は既に神樹様から独立して神霊として動けるだけの力がある。罪爐の影響が他の世界にまで及んでいないか、調べることにするよ」

 

「他の世界に?」

 

「テオスの世界のように、ここから遠くない別世界はいくつもある。各世界間の調和を誰かが保たなきゃいけないからな。俺がやるべきことだと思うんだ」

 

 神霊の格があって初めてできる世界を跨いだ人助け。自由に動けて力もある伍代陸人にしかこの役目は果たせない。

 

「そっか。まだ、戦うのか」

 

「そんな顔するなよ。俺に引け目を感じる必要はないからな? これは俺が好きでやってるんだ。こんな風に選択できたのも君のおかげだしな」

 

「俺の?」

 

「君がこの世界で当たり前の幸せな時間を過ごしている……そう思えば、俺は永劫の時だって戦い抜ける。だから君は生きてくれ、君だけの人生を」

 

 伍代陸人にとって、もう1人の自分とも言える御咲陸人。彼自身として過ごした記憶は消えても、過ごした事実は無くならない。その繋がりだけあればいい。それが伍代陸人の結論だ。

 

「もちろんタマ達も付き合うぞ!」

 

「神樹様の世界でずっと一緒だったからかな? 今の私達は陸人さんっていう神様の眷属みたいな立場なんだ」

 

「りっくんが他の世界に行くなら、私達も行ってそこの人たちを助けるよ。ね、ぐんちゃん?」

 

「……そう、これは私達全員が自分の意思で選んだ道よ……御咲くん、あなたも自分の道を進みなさい」

 

「よくやってくれた、御咲陸人。初代勇者として、心からの敬意と感謝を」

 

「こちらこそ本当にありがとう……神樹様にも、お礼が言いたいんだけど」

 

「神樹様のお声はもう私達にも聞こえませんが、今ならまだこちらの声は届くと思いますよ」

 

「分かった……神樹様! 人間を信じてくれて、俺を助けてくれて、ありがとうございました!」

 

「──返事はないけど、聞こえたはずだよ。暖かい光が増えてるもん」

 

 偉大なる先達と、大恩ある地の主神。それぞれが新しい居場所で新しい道を行く。勝って未来を手に入れた結果訪れた、希望あふれる別れだ。

 

「さよならだ、俺」

 

「ああ。またいつか、だな──俺」

 

 その別離に涙はなく、明日への期待に満ちた笑顔だけが咲いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神域に繋がる最後の光が消失。常世と天国を結ぶ境界は神樹と共に永遠に消え去った。ひとり地上に帰還した陸人は、そこでようやくクレーターの周辺で見ていた仲間達に気づいた。

 

「みんな……」

 

「リク……」

「りっくーん!」

「りくちーっ!」

 

「これで、本当に……全部終わった、よ……」

 

 本人も忘れていたが、ダグバ戦の大量失血は全く回復していない。脚から崩れ落ちた陸人は前に倒れ込み──

 

「──ふぅ、今度はちゃんと受け止められたわね」

 

「これからは、私達がりっくんを受け止める番だよ!」

 

「えへへ〜、ナイスキャッチ〜」

 

 頭全体で感じる柔らかい感触。両手を掴み止めてくれた女子らしい小さな掌の熱。種々様々な花の香りに包まれて、陸人はやっと心から安堵できた。少しずつ意識は遠のき、脱力した身体を仲間達に預ける。

 

「それじゃ帰ろっか〜。かーやん、回収お願〜い」

 

『すぐに車両を回します。安静にしていてください』

 

「防人、任務完了を確認。帰投するわよ!」

 

「勇者部、家に帰るまでが遠足よ。油断なく帰りましょう!」

 

「あれ? りっくん、持ってるのって──」

 

「ああこれ? みんなにお土産、月の石……」

 

「リク……戦いながら回収してたの? まったくもう──」

 

 

 

 

 

 

 

 暴力だけで何かを守る時代は、ここで終わる。

 これからの人類は、自分を信じる強さと、誰かを信じる強さ。

 そのふたつで自分達の居場所を守るための、新しい戦いが始まる。

 

 

 

 

『敵性の全滅及び別世界への離脱を確認。四国防衛戦、完遂です。皆さん、よくやってくださいました』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご都合主義全開で鼻につくかもしれませんが、ビターエンドはのわゆ編だけで十分なので。全体のエンディングは可能な限り頑張ってきた彼らに都合の良いハッピーエンドをと思って描いています。

次回エピローグにて完結です。

感想、評価等よろしくお願いします。
次回もお楽しみに。



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青空になる

これにてひと段落、サラッとまとめていきます。

他作品の要素を大量に織り込んでいきますが、続きを描く予定は当分ありません。単なるネタです。ご了承ください。

ちなみに、8話前辺りからサブタイにアニソン、特撮ソングの曲名を引用していましたが、お気づきになられた方はおりましたでしょうか?
個人的にその話の主役のイメージに合わせて選びました。想像の一助にしていただければ。どれも名曲です。



 輝ける九色の魂。再び神霊に至った伍代陸人と、彼の眷属──テオスにとってのエルロードのようなもの──に昇華した8人の少女達。彼らは無明の空間を当てどなく漂っていたが、やがて目的地を見つけることができた。

 

「──おっ、見えてきたな。次の世界だ」

 

 罪爐の影響で境界線が曖昧になってしまった、世界と世界の間。伍代陸人と仲間達はその狭間にいた。そんな何もない場所にポツンと浮かぶ青い星。神樹が陸人達に救援を頼んだ別世界の地球だ。

 

「罪爐の暗躍、ジェネシスの降誕と消滅。これだけの異常事態が起きてしまった以上、この世界にも何かしらの影響が及んでいても不思議ではありません」

 

「それを調べようってことか。でもタマ達は部外者だぞ? どこか変になってたとして、それに気づいてどうにかできるのか?」

 

「ああ。神樹様が言うには、俺達の世界におけるバーテックスやアンノウンのような、明確に世界の在り方を歪めるような異変が起きている可能性があるんだって。そうなればどれだけの命が失われるか……それを阻止するための一助になってほしいって頼まれたんだ」

 

「……一助に、ということは……私達以外にも対抗戦力があるのかしら?」

 

「うん。そもそも世界には負の働きが活性化したらそれを抑えるための正の動き……自浄作用みたいなものが備わってるの。私達で言う陸人さんや勇者と同じ。基本的にはその人達と協力するのがいいと思う」

 

「リアリィ? それじゃ新しい仲間に出会えるかもしれないってことね。俄然楽しみになってきたわ」

 

「もしかしたら、この前会った士さんみたいな例外の戦士もいるかもしれないし」

 

「あの男か……正直私は好きになれそうにないが、陸人とは意外と話が合うようだったな?」

 

「少し気難しいところはあったけど、同じ仮面ライダーだからね」

 

 陸人は少し前、立ち寄った別世界で出会った青年を思い出す。"通りすがり"を名乗り、憎まれ口を叩きながらも目の前で苦しむ誰かを見捨てない。他者に疎まれても自分の信念を貫く仮面ライダーとしての在り方に、陸人は尊敬に近い感情を抱いた。

 

「とにかく、やることは変わらない。命を守って笑顔を咲かせる……いつも通りだよ。今度はみんなと一緒だしね」

 

「うんうん! 私達はみんなでひとつ、9人揃えば何があっても大丈夫だよ」

 

「それじゃ陸人さん、いつものやつお願いします。アレ、元気が出るので」

 

「了解、それじゃリクエストにお応えして……」

 

 若葉が鋭い眼で前を見据える。

 ひなたが穏やかに微笑む。

 球子が右手を高く突き上げる。

 杏が両頬を叩いて気合を入れる。

 友奈が両拳を打ち鳴らす。

 千景が髪をかき上げて小さく笑う。

 歌野が襟元を正して首を鳴らす。

 水都が柏手を打って深く息を吐く。

 

「次の世界はカストディアンが興した奇跡と因縁渦巻く混沌の時空……だけどそれは、今を懸命に生きている人達が脅かされていい理由にはならない。だから……!」

 

 伍代陸人は変わらない。助けを求める声あらば、距離も時間も飛び越えてその手を掴む。

 雑音(ノイズ)を止めろ。

 歌女(うため)を救え。

 少女の歌に血が流れているというのなら、その血ごと掬い取って歌を守ってみせろ。

 

 戦場に歌が響く時、救世の英雄が降臨する。

 

「次も必ず、守り抜いてみせる──出し惜しみはナシだっ‼︎」

 

 ────おうっ‼︎────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界を手中に収めんとした罪爐と人類による、生き残りを賭けた一大戦争『天地戦役』から5年の月日が経った。土壇場まで蚊帳の外だった一般市民にも事実の大部分が開示され、四国400万の人民はそれぞれあの日に学んだことを胸に刻みながら生きている。どす黒い闇の恐ろしさも、自分達の力で起こした奇跡の光の眩しさも忘れないように。

 

 それでもこの5年、全人類が無自覚に抱えていた外界への恐怖。真実を知らないが故の恐ろしさを払拭することができた今は、以前よりも前向きになれる動きが増えてきた。

 例えば娯楽。四国内だけでは保ちきれない多種多様な文化やスポーツ、エンターテインメントが埋没しつつあったが、大社が解体されて情報操作がなくなったことで過去の資料から様々なアクティビティが息を吹き返しつつある。

 

 

 

『それじゃ次はいよいよ、このイベントの目玉が登場だ! とびきり派手なの一発頼むぜっ!──カモン、"Beat(ビート) Riders(ライダーズ)"‼︎」

 

「──っしゃあ、行くぜ銀!」

 

「おう、トチるなよ鋼也!」

 

 とあるストリートダンスのイベント。陽気なアナウンスに呼ばれてステージに現れた一組の男女。3年前唐突にダンス動画を投稿して若者の間に一大ムーブメントを巻き起こした超人気ダンスチーム『Beat Riders』──高校を出てパフォーマーとして活動している篠原鋼也と三ノ輪銀の二人組。

 

 2人の登場、そしてパフォーマンスに観客の熱気は最高潮。鋼也の重力を感じさせないド派手なアクロバットと、その間を繋ぎつつ時には前にも出る銀の力強いスキル。今や中高生にその名を知らぬ者ナシという、若者のカリスマとなった2人のダンスは、生で見ればより強く観客を引き込み、その熱気の内側に取り込んでしまう。

 

「いくぞ、みんな‼︎」

 

「ビートに乗るぜ──ライダーズッ‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぃ──、おっつかれぃ!」

「おう、お疲れさん!……いいステージだったな。みんなノリ良くて」

 

 大好評の内に幕は閉じて、2人は車内で軽い打ち上げをしていた。ノンアルの缶を打ち合わせて乾杯。変にカッコつけない、この健全で青春らしさあふれるスタイルも彼らの魅力だ。

 

「しっかし、こうやってイベント繰り返してると、久々にアイツとも踊りたくなってくるな」

 

「だなぁ、今どこにいるって言ってたっけか……海の向こうなんだよな? アタシその辺の授業ちゃんと聞いてなかったから分かんないや」

 

 2人が思い出すのは、不定期に『Beat Riders』に合流してはまたバタバタといなくなる非常勤のメンバー"masked Rider"のこと。ある一件で四国中に顔を知られてしまった彼は、仮面ライダーのフルフェイスマスクを着用してステージに上がる。視界も呼吸状況も悪い中で2人に負けないパフォーマンスをやってのける辺りは流石としか言いようがない。

 

「ちょっとみんなに聞いてみるか──おっ? 園子からだ、なになに……?」

 

「どうした? すっかり作家先生として大活躍の園子から連絡とは、珍しいな」

 

「──っ! ヤバいぞ鋼也、すぐ車出して!」

 

「あん? なんだって──」

 

「樹の3周年ライブ! 今日だったの忘れてた!」

 

「え?……うわっ、マジじゃねーかよ! 今からで間に合うか⁉︎」

 

「飛ばせばなんとか開演前に会場入れるはずだ、急げ鋼也!」

 

「しゃーねーなぁ……法定速度ギリギリでぶっ飛ばして行くぜ!」

 

 かつて大人達の思惑と世界の呪いに乗せられて悲痛な別離を強いられた鋼也と銀。

 そんな2人は今、自分達で生み出した未来へ高鳴る鼓動に乗って、前へ前へと進んでいる。

 

ビートに(Beat)乗る者達(Riders)

 仮面ライダーギルス──篠原鋼也

 牡丹の勇者──三ノ輪銀

 

 ── 今は無理でも、敵を全部倒して、お役目が終わったら、普通の子供に戻るわけじゃん?──

 

 ── そしたら絶対、毎日がもっと楽しくなる!──

 

 ── まあ、退屈だけはせずに済みそうだな──

 

 2人はようやく、あの日の夢想を形にすることができたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ頃、ゴールドタワーには元防人──現『Gユニット』所属の面々が集まっていた。大社の解体と同時に役目を終えた防人達だったが、33人全員がこれまでの経験と培ってきた見地を活かすことを選んだ。

 神樹の離脱と共に使えなくなった戦衣に代わって小沢真澄と沢野雪美が設計した簡易量産型パワードスーツ"GENERATION 5"。災害救助や作業補助といった戦闘以外での活用も視野に入れた新システムの実践データ収集と万一の防衛戦力としての訓練が彼女達の主な仕事となっている。

 

「小沢さん、第一小隊揃いました。話というのは……」

 

「久しぶりね、みんな。この前着手した"MATHING"システムの件なんだけど、面白い事実が分かってね」

 

「面白い……私達はあなたの娯楽に付き合うほど暇じゃないのですが」

 

 開発室のトップである真澄に呼び出されたのはかつて防人部隊でトップチームとして活躍した第一小隊の面々。組織再編前からワンオフの機体を持っており、アップデートを繰り返して愛機を使い続けている国土志雄と楠芽吹を擁する5人組。

 

「一応大事な話よ? 今後のシステムの展望にも関わるわ……結論から言うと、国土くんと楠さんは今後お互い以外の相手とはリンクできないことが分かったの」

 

「……はい?」

 

「最初にリンクを結んだ2人の相性がシステムの限界を超えて抜群すぎたのね。波形が2人で合わせるパターンで固定されてて、他の人と組んでも変化がない。言ってしまえば、他人を相棒とは認めていないのよ。あなた達の脳がね」

 

 脳波をリンクさせて完全な思考同調を実現するシステムMATHING。それを唯一実戦で使用したコンビ、国土志雄と楠芽吹。この2人の相性が極めて良かったために、GのAIが他者と合わせることを非効率と判断して拒絶している。そのせいで2人は別の仲間と組んでもシステムが発動しなかった。

 

「なるほど〜、つまり……"私の背中を預けられるのはアンタだけなんだからねっ!"ってことでいいのかな?」

 

「っ! い、良いわけないでしょ⁉︎ ただのシステムトラブルであって、私たちが意図したことじゃ──」

 

「わあっ、そう聞くとなんだかロマンチックですね。お2人だけの絆、ですか。それがシステムを凌駕するほどの強い力を発揮して……」

 

「亜耶ちゃんまで……やめてよ、そういうの」

 

 研究室の手伝いとして働いている国土亜耶が目を輝かせてうっとりしている。実の兄と、姉のように慕う先輩の間に特別な絆がある、と科学的に証明された事実が嬉しくて堪らないらしい。

 当人達はと言うと、芽吹の方は口では否定しているが顔は赤く、視線を彷徨わせてはチラチラと志雄の方を伺っている。本人は認めないが、彼女が相棒にどんな想いを抱いているかは仲間全員が理解していた──肝心の相手を除いて。

 

「ふむ、まあいいんじゃないか? 僕と芽吹が一番コンビとして慣れているわけだし。他は他でベストな相方を見つけてもらうのが効率的だ」

 

「志雄……あなたねぇ……」

 

 肝心の志雄はこんなザマだ。彼の朴念仁っぷりは改善するどころか年々酷くなっていった。おかげでこの5年2人の関係に進展らしいものはほとんどない。仲間達が分かりやすく雰囲気を作っても、芽吹が意を決して踏み込んでもサラリと受け流す。ワザとでなければ最早病気の域だ。

 

「君とのコンビは継続できそうで何よりだ。嬉しいよ芽吹、やはり僕には君が一番だ。今後ともよろしくな」

 

 かと思えば唐突に思わせぶりな台詞を吐いたりもする。芽吹の想いを知っている仲間達は、色々な意味で心臓に悪い相棒を持ってしまった彼女の心労を察するしかない。

 

 

 

 

 

 

「あっ、あー! そうだ、今日樹ちゃんのライブ呼ばれてたじゃない? そのチケットもらってたんだよ」

 

 微妙な空気のまま退室した一行。空気を払拭するべく、雀が意図して明るい声を出す。仲間達に配ったチケットは、そのうち2枚だけが明確に他と装丁が異なっていた。

 

「ん? ねえ雀。私のチケット、ペア席って書いてあるけど」

 

「あーそれ! 樹ちゃんがどうしてもその形でしか人数分確保できなかったんだって。だから悪いんだけど、メブと志雄さんだけ3階のペア席で観てくれない?」

 

 もちろんこれも雀達の仕込みだ。樹に頼んでわざわざペアチケットを用意してもらった。今更どれだけ効果があるかは微妙だが、ライブという特殊な環境で2人だけが特別に近い空間に置いてみれば何か変わるかもしれない。

 

「あ、あなた達、何のつもりで──」

 

「良いではないですか! せっかく用意してもらった席、使わなければ失礼ですわ」

 

「こっちは呼んでもらう立場……文句を言うのは筋違い」

 

「ご一緒できないのは残念ですが、お二人はお二人でぜひ楽しんでください」

 

 畳み掛ける第一小隊の連携口撃。律儀な芽吹と真面目な志雄に効果的な文言の数々で、なんとしても2人の空間を作ろうと必死だ。

 何しろ5年進展ナシなのだ。かつて14だった子供達も今年で20歳、大人の仲間入りをする年齢になる。このままでは冗談抜きでアラサーアラフォーになっても付かず離れずの関係が続いてしまう。

 自慢のリーダーと頼れる仲間のそんな有様は見たくないと、防人第一小隊+@は今日も懸命に2人の背中を押している。

 

「僕は構わないが、芽吹は嫌なのか?」

 

「……いえ、別に嫌ってわけじゃ」

 

「ならいいじゃないか。特別席なら一般チケットよりもよく見えるかもしれないぞ」

 

「〜〜っ、分かったわよ。それじゃ着替えてくるから、寮の前で待ってて」

 

「ん? いつも私服出勤じゃないか。着替えが必要なのか?」

 

「これでも女ですから、色々準備があるのよ。いいから黙って車出して」

 

「はは、それは失礼した。それじゃ今から──」

 

 後ろの仲間をほったらかして話を進める2人。恋とか愛とかの気配は微塵もない癖に、彼らは度々2人だけの世界を作り上げるから始末が悪い。

 

「ふふ、お兄様と芽吹先輩、いつも通りですね。収まるところに収まるには、あと何年かかるでしょうか」

 

「オレはあと3年はかかると見たぜ。しずくはどうだ?」

 

「……んー、なら私は5年かな」

 

「いえいえ、この私が仲を取り持つのですから、あと1年! それまでになんとかしてみせますわ!」

 

「弥勒さん、去年も一昨年もそう言ってなかった?」

 

 

 

 

 彼らは変わらない。運命が選ばれずとも役目は果たせると、その身で証明した人類の可能性の体現者。

 自ら運命を切り開いた戦士達。その恋の運命もまた、神さえ知らない無限の可能性が広がっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「園子ちゃ〜ん、みなさ〜ん!」

 

「あっ、かーやん、来れたんだね〜!」

 

 犬吠埼樹アニバーサリーライブ。会場前で仲間達が続々と集う。かつて人類と世界を救うために各々の役目を十分以上に果たした英傑達だ。

 一流大学の史学科に進み、主席とミスの座を独占中の東郷美森。

 美森と同じ学校に一芸入試で見事合格を勝ち取った結城友奈。

 プロ作家として執筆作業とキャンパスライフを両立している乃木園子。

 高校3年間だけ仲間と青春を謳歌し、その後政府の復興省の協力者として動いている上里かぐや。

 

「政府の相談役、というのはやはりお忙しいのかしら?」

 

「ええ、最近は少し落ち着きましたけど。やることはいくらでもありますから……皆様は学校の方は如何ですか?」

 

「こちらもなかなか大変よ。そのっちは締め切りもあって出席日数が危ないし、友奈ちゃんは科目によって得手不得手がはっきりしすぎているし」

 

「えへへ、先週の期末でも東郷さんにお世話になっちゃって……」

 

「ごめんね〜わっしー。いつもありがと〜」

 

「なるほど……ちなみに皆さんは、()()()からご連絡はありましたか?」

 

 穏やかな空気流れる美女達の集まりに、唐突に爆弾が落とされた。それぞれタイプが異なる美人揃い。遠巻きにチラチラと彼女達を伺っている男性陣も、まさかこの4人が4人とも同じ人物に懸想しているとは思うまい。

 肝心の彼はちゃんと答えを出そうとした──1人を選び想いを告げるその直前、タイミング悪くトラブル発生。挙げ句やっとの思いで帰ってきた四国では新たな問題が勃発。市内にいられず今は遠く離れた地を一人で旅している始末。かれこれ半年近く会えていない。

 

「……いつも通りメールのやり取りはしているけれど、そちらは?」

 

「はい、ツテを辿ってあの方のご予定は把握しておりましたので、先日あちらが落ち着いた頃合いにお電話させていただきました」

 

「え〜、それはずるいよかーやん。私達だって声聞きたいの我慢してるのに〜」

 

「うーん、そういうことなら私も今度お願いしちゃおっかな。電話してほしいって」

 

 直接顔を合わせて話をしたい。そんな彼の誠実さ故に宙ぶらりんになってしまっている五角関係。事実として確定していない現状、諦め難い3人もそれぞれに彼との交流を図って心変わりを期待している。

 天運に見放されたような間の悪さのせいで、なんともカオスな関係が続いていた。

 

「……なるほど。とりあえず全員決定的な何かがあったわけではないようですね」

 

「あったらちゃんと教えてるよ〜、そういう約束だもん」

 

「じゃあこの話はここまで! 今日は樹ちゃんが主役なんだから」

 

「そうね。来られなかったあの子の分も、ちゃんと応援しなくちゃ」

 

 かと言って、それで彼女達の仲が険悪になるということもない。恋愛(ソレ)恋愛(ソレ)友情(コレ)友情(コレ)。口で言うほど簡単なことではないが、この4人は恋愛が絡んだ女性同士の友情、という極めて壊れやすい人間関係を5年以上維持し続けている。同じ志をもって死闘をくぐり抜けた仲というのは、それだけ強い絆となっている。

 

『──開場時間となりました──』

 

「それじゃ行こっか、みんな!」

 

「ええ」

「は〜い!」

「はい、参りましょう」

 

 彼女達の誰もが今日を笑顔で生きている。一時的に傍にいられずとも、英雄が最も大切に想っている者達の幸福は、確かに実現されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──アンコールありがとうございます! こんなにたくさんの方の声に包まれて、本当に幸せです!』

 

「樹、いい感じね。この規模の観客を前にしても笑顔でちゃんと歌えてる」

 

「当然よ! あの子は3年間誰より努力してきたもの。世界一のシンガー! マイシスターイズナンバーワーン‼︎」

 

「ちょ、裏で騒いでも樹には届かないわよ。落ち着きなさいシスコン」

 

 アンコールを迎えて盛り上がりも最高潮を迎えている会場、そのバックステージ。スタッフとしてライブ準備をしていた風と夏凜が、今日の主役の勇姿を見守っていた。スポットライトを浴びて輝く自慢の妹の笑顔。目に焼き付けるように見入っていた。

 

「そういえば、次の曲って……」

 

「ええ。あの子がアイツのために選んだとっておきよ」

 

「配信は見れるように装備持ってるとは言ってたけど、ちゃんと見てるんでしょうね?」

 

「大丈夫でしょ、今日来れないこともメッチャ謝ってたくらいだし。それに、電波に乗せなくたって届くわよ。私達とアイツの縁があれば」

 

 

 

 

 

 

『次の曲は、私の大事な仲間に向けて作った曲です。今日はここにいないんですけど、その人にまで届くように歌いたいと思います!……いいですかー?』

 

 樹が客席にマイクを向けると、歓声と拍手で返事が来た。一つ息を吐いて、歌手としてのスイッチを切り替える。

 

『それでは聞いてください──"青空になる"!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四国から見て、地球のほぼ反対側。300年前に時間が止まったきり、変化がない荒廃した世界。ずっと人が足を踏み入れなかったその地に、御咲陸人は立っていた。

 

(かなり遠くまで来たな。まあ、今の四国はちょっと帰りづらいし仕方ないか)

 

 "タイムジャッカー"と呼ばれる異能者の陰謀により、歴史と共に人間関係を書き換えられた陸人。異界からタイムジャッカーを追って現れた仮面ライダー達と協力してなんとか事態を解決させることはできた。

 しかし陸人は、その件で再び人前で力を振るった。ある程度時勢も落ち着いた時期にその圧倒的な力を他者を守るために使う姿を示した結果、一部の市民に信仰されるようになってしまった。

 神樹の消滅で空いた心の穴を埋める対象として見られてしまった仮面の英雄──御咲陸人を奉る新興宗教、"アギト教"の誕生だ。若干過激で強引な勢力の動きが沈静化するまで、素顔を知られている陸人は四国を離れざるを得なかった。

 

 元大社の人員を多く擁する新政府の手引きで、遠隔地でも通信や物資提供が行き届くだけの用意を与えられ、名目上は四国外の調査──実際は厄介払い兼休暇──として外に放たれた陸人。

 最初は戸惑いや不満もあったが、初めて手に入れた誰にも気を遣わずにいられる自由を満喫するようになった。ずっと責任や義務感に縛られていた彼にとって、貴重で新鮮な時間。培ってきた価値観を変化させるだけの刺激と発見に満ちた今の生活を、陸人は意外と気に入っている。

 

(俺を王様にしようとかって話まで出てるらしいし、勘弁してほしいよ──そういえば、王様志望のあの人は自分の夢、叶えられたかな?)

 

 タイムジャッカー騒動で出会い、共闘した魔王候補の仮面ライダー。独特ながら善良な価値観と、王を名乗るにふさわしい大きな器。別世界も含めた世界の広さを教えてくれた、少し変わった友人を思い出す。

 

 

 

 

 

 

「──この音、まさか……?」

 

 誰もいないはずの地で、複数の破壊音。陸人は音が聞こえる方向にバイクを走らせ、気配の元──種族の異なる雑多な怪人集団を発見した。

 

「……ム、何者ダ⁉︎」

 

「こっちのセリフだよ。またタイムジャッカーの仕業か……それとも大ショッカーか? どちらにせよしつこい奴らだ、コレで──」

 

 数は少数、特別強者の気配もなし。陸人は懐に入れてある友人からの授かりもの──"ノヴァライドウォッチ"から手を離して悠然と構える。

 

(……いや、この程度の相手に伍代の力を借りる必要はないか)

 

「貴様、何者ダト訊イテイル!」

 

 余裕の態度を崩さない陸人に、2人の怪人が襲いかかる。大仰な武器を振り回して迫る異形の攻撃を軽やかに避け、カウンターで蹴り飛ばした。

 

「知らないなら分かりやすく教えてやるから、よく見とけ」

 

 構えと共に現れるベルト。人間の可能性の光を宿した宝珠か光り、世界を照らす。

 

 

 

「俺は……そうだな、()()通りすがりの仮面ライダーだ。覚えておけ────変身っ‼︎────」

 

 

 

 

 太陽の下、顕現するこの世界の守護者──仮面ライダーアギト。

 たとえどんな企みであれ、それが誰かの命を脅かすものであるならば、彼は何度でも立ち塞がって邪魔をする。

 

「お前達がどこから来たか知らないが、この世界で勝手は許さない──人間を、舐めるなよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一団を軽く蹴散らした陸人。拓けた草原に出た彼は、開放感のまま大地に寝そべった。重い荷物を枕にして、青空を眺める。彼が心の奥底で望んでも手に入らなかった自由と平穏。御咲陸人は、かつての恩人にして理想──伍代雄介の生き方にようやく追いつくことができた。

 

「──ああ。ライブの配信、リアルタイムで観てたよ。本当にすごかった。今度会えたら直接言うけど、樹ちゃんに素敵だったって伝えてくれる?」

 

 電話からは女性の声。呆れたような安心したような声色で、気安く暖かい会話が広がっている。

 

「次はいつ帰れるかな。予定が分かったらちゃんと連絡するよ……うん、うん……そうだね、帰ったらみんなで集まりたいな。食事会とかどうかな?」

 

 陸人の方も安心しきった態度で和やかに話す。仲の良い友人は多い陸人だが、電話の相手とは他とは違った特有の雰囲気が流れている。

 

「ん? 2人で過ごす時間、か……分かった、約束するよ──ちゃん。それじゃまたね」

 

 こうして陸人はまたひとつ約束を交わした。破っても誰も死なない、けれど絶対に破りたくない"平和な約束"を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さーて、そろそろ行こうかな」

 

 立ち上がり、身体を払い、バイクに跨る。目的地は特になし。誰の命も背負わず、何の責任も負わず、ただ自分が望むまま道無き道をひた走る。見たことのない何かを見つけるために。

 

(父さん、母さん、兄さん、姉さん──)

 

 天高くから常に地上を見守っている太陽。いつだって力をくれた偉大な天体に、別れた者達を思い描く。

 

(ガドル、ダグバ、罪爐、テオス、天の神、西暦のみんな、伍代──)

 

 無二の陽光に手を伸ばす。決して届かない天空の太陽に、それでもいつか到達するために。

 

「……見ててくれ……」

 

 旅立った者達に恥じない未来を掴み取る。陸人はもう一度、太陽に誓いを立てて走り出した。誰もいない世界を、いつか命溢れる地に戻すために。

 

 

 

 

 

 

 

 

『天』より授かりし力を振るうアギト。

『人』と繋がって力を増すクウガ。

 その二つを結び、ひとつとする『地』──"陸"人。

 

『天地人』──万物の要素を併せ持ち、全てを護るという過酷な運命を持って生まれた奇跡の英雄、伍代──御咲陸人。

 彼はその役目を果たし、力の半分を手放すことで、ようやく普通の人間として生きる自由を手に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて完結。色々と続編や番外編に繋がりそうな要素をばらまきましたが、回収予定は特にありません。流石に少し疲れたのと、新生活が始まるのでこれまでのような更新は不可能と思われます。

それでも、このエピローグでは表現できていない部分もあるので、のわゆ編のような雑記、または追加エピローグ、後日談、番外編、ヒロイン別ルート等、思いつく展開自体はたくさんあります。気が向いた時、時間が空いた時にふと更新することもあるかもしれません。期待せずにお待ち下さい。

長らく応援ありがとうございました。感想、評価等大変心強く、執筆意欲に繋がりました。

(いつかの)次回もお楽しみに。



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