英雄伝説〜王国の軌跡〜 (空母 赤城)
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注意
本編を読む前に


前回ご指摘いただいた仙人について検討しました結果なしの方向になりました。今後ともよろしくお願いします。


この作品は日本FALCOMより発売されている軌跡シリーズの二次創作となります。

 

※本編を読む前に

 

英雄伝説空の軌跡の舞台となる国リベール王国は非常に小さな国です。国土面積で言うと日本の県より小さいと思ってもらってかまいません。しかし物語の進行の上で重要となる設定に、リベール王国は緩衝国であるというものがあります。

 

現実世界においては第二次世界大戦前のタイがイギリスとフランスの緩衝国でした。タイの外交努力があったことは否定しませんが、両国は戦略的な価値がないタイを相手国と対立してまで獲得する気がなかった。またある程度タイが大きかったからこそ実現できたものでした。

 

対してリベールはこの世界において最高レベルの技術力を有しており、また国土人口いずれも低いです。この条件では緩衝国の役割を果たすどころか、大国の領土紛争の場所にしかなりえません。この条件では始まる前から詰んでいるので設定の追加と変更を行います。

 

変更点① 不明部分の歴史を追加

 

リベール王国は1000年の歴史があるということを生かして、もともと大国だった国が時代の流れで内紛等を起こしてしまい、その結果他国の介入を招いてしまった。戦争は終結したものの、領土内で実力者の乱立する状態になった。(史実における三十年戦争後の神聖ローマ帝国。)そして、もともと同一国家だったので防衛同盟は結んでいるが、大国の圧力で有名無実化している。

 

変更点② 領土の拡大

 

日本の県以下の領土を、オランダ相当とします。(約4万平方キロメートル。)

 

詳細設定の変更

 

この世界には特有の単位体系が存在しますが、圧倒的に足りない単位が多すぎるので現実世界のメートル法表記を採用させていただきます。

金銭単位として<ミラ>というものがありますが、大きい小さいが不明なので、為替レートを1ミラ=1円の固定とします。

 

これ以外に不都合が生じた場合はその都度報告させていただきます。

以上の設定変更に同意できない方はこの作品を読み進めないでください。

 

~蛇足~

 

ここではこの作品に登場する国を現実世界の国家に例えて解説をします。余計な先入観を持ちたくない方は飛ばしていただいてかまいません。なお、例えに出した国はあくまでイメージであるので、直接作品内の国の国力は表しません。

 

エレボニア帝国

 

政治:ドイツ第二帝国 経済:イギリス 軍事:ソビエト連邦 技術:ロシア連邦 資源:ロシア連邦 国土:カナダ 気候:ロシア連邦

 

補足

 

ゼムリア大陸西部に広がる大国。貴族制が存続しており封権体制をとるが、帝国宰相の権限が非常に大きい。

 

著者の中でのロシア的存在。貴族制の弊害で経済はあまり力はなく、まるでイギリス病。戦車の国であり、著者の偏見で畑から兵隊から取れそう(笑)なので軍事はソ連。

 

カルバード共和国

 

政治:アメリカ合衆国 経済:ドイツ連邦共和国 軍事:フランス第五共和制 技術:フランス第五共和制 資源:アメリカ合衆国 国土:モンゴル 気候:フランス第五共和制

 

補足

 

ゼムリア大陸南西から中部に広がる大国。大統領制をとる多民族国家。多民族国家なので治安は悪く、多数派民族が力ずくで少数民族の反政府運動を抑えている今の中国を髣髴とさせる。

 

アメリカとフランスを足して割ったイメージ。アメリカ分のおかげでフランスみたいな政治的迷走はしないが、中国の治安レベル。強いけど出来れば住みたくない国。

 

リベール王国

 

政治:イギリス 経済:日本国 軍事:アメリカ合衆国 技術:ドイツ第三帝国 資源:イギリス 国土:オランダ 気候:日本国

 

ゼムリア大陸南西部に位置する小国家。高い技術力を有しており、加工貿易によって成立している。政治がイギリスになっているが、貴族制は廃止されている。

 

原作では県以下の都市国家でありながら、最強の陸軍を擁する帝国をフルボッコにした変態技術国家。三ヶ月で軍事用飛行艇を実用化するとか異常すぎ。おそらくドイツ第三帝国を超える力を持っている。…小さいけど。

 



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少年時代
第一話 シャルル=ブライト


七耀暦1176年11月7日リベール王国のロレントで一人の少年が生を受けた。彼の名はシャルル=ブライト。リベール王国陸軍大尉・カシウス=ブライトとレナ=ブライトとの間に出来た待望の一子であり、長男であった。

 

「レナに似てかわいらしい顔をしているぞ。」

 

「ふふ。でもあなたのようにしっかりとした眼光をしているわ。将来は大物になるわね。」

 

母と父の愛情を一身に受けて育つシャルルはやがてしゃべるようになり、いろいろ質問するようになった。しゃべるようになったら今度は自分の興味が言ったものは何でも聞いていき、それにレナは答えた。そんな日常のある日の寝床でシャルルは質問をした。

 

「ママ、遊撃士って何?」

 

「遊撃士って言うのはそうね…。試験に合格した人が出来る、人助けのお仕事よ。でもどうしたの急に。シャルルはまだ4歳なんだからなれないわよ?」

 

「うん。でもね、すごくでっかい剣を持ったおじさんが落し物探してて、おかしかったからおじさんに聞いたら、遊撃士の仕事だよって言われたんだ。」

 

目をきらきらさせてそのときの様子を語るシャルルの話に耳を向けながら、レナは息子の成長を純粋に喜んでいた。

 

「そういえば、パパは何のお仕事をしているの?いつもおんなじ服ばっかり着てるけど?」

 

「パパはね、軍人さんなの。みんなを悪いやつから守るために毎日夜遅くまでがんばってるのよ。」

 

「じゃあ、パパは剣も強いし正義の味方だね!僕も大きくなったら正義の味方になるんだ!」

 

子供のほほえましい夢を聞きながら、二人はいつの間にか眠っていた。

 

-------------------------

 

「また会ったな、坊主。」

 

「あっ!遊撃士のおじさんだ!久しぶりです。今日もお仕事してるの?」

 

5歳になったシャルルは例の遊撃士と再会していた。シャルルは一回り大きくなり、おじさんは少し老けた様だった。

 

「今日もなんかすごい話があるの?」

 

「ああ。とびっきりのがあるぞ。」

 

遊撃士として長く各国を歩いて、そこで経験したことを話をするおじさん。わくわくしながらそれを聞いているシャルル。

 

「そんでな、でっかい火の玉が飛んできたんだがな、仲間と一緒に倒したんだよ。あれは大変だったぞ。」

 

「おじさん、そんなのも倒せるんだ!仲間って大切なんだね。」

 

「おうよ。だから友達は大事にしろよ。…まあ、もっとすごいのを一人で倒せるお前のお父さんもすごいぞ。」

 

これを聞いて驚いたのはシャルルだった。

 

「パパって強いの?ママが賢いとは言ってたけど、いっつもママに怒られてるよ?」

 

「あはっはっはっ!剣聖も奥さんには尻にしかれてるんだな。よく覚えて置けよ坊主。お前の父さんはこの国で一番強い剣士だ。だから、なりたいんだったら父さんに頼むのが一番手っ取り早いぞ。」

 

そういって荷物をまとめるおじさん。

 

「パパってすごいんだ…。おじさんもすごいの?」

 

「さあな。一応A級遊撃士だぞ。」

 

そう言って立ち去っていくおじさん。その後姿をシャルルは見つめていたが、思いついたようにおじさんに何か話しかけた。

 

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軍人とは大変な仕事である。いつ攻められるかわからず、いざ戦闘が始まると死と隣り合わせ。平時においては国民から白い目で見られ、戦争のときは政治家に無理難題を押し付けられる。ここリベールでもそれは変わらなかった。

 

「こんな小さい国で、おまけに国防費まで減らされたらどうしようもないぞ!」

 

陸軍准佐に昇進して出世ルート万歳とは行かなかった。上層部から渡されたレポートを見てカシウスは悲鳴を上げていた。ほかの仲間も沈んだ表情をしており、また呆れていた。

 

「買収されていないのはモルガン中将ぐらいか…。この国の上層部は腐ってるな。」

 

かといってどうすることも出来ずに、途方にくれて帰途につくのであった。

 

「あなた、お帰りなさい。」

 

「お父さん、お帰り。」

 

妻と息子が出迎えにやってくるのを見て、唯一の心の安息場に帰ってきたことを肌で感じる。

 

「ねえねえ、明日お仕事ある?」

 

「いや。明日は休みだが…。どうかしたのか?」

 

「明日ね、その…けんをおしえてほしいの!ダメ?」

 

「父さんはかまわないが、母さんはどうなんだ?」

 

「一昨日ぐらいに外から帰ってきてからずっとこの調子なのよ。どうしてもやりたいみたいだし、明日だけでも付き合って上げれないかしら?」

 

レナは困ったようにカシウスに言った。

 

「この子がこんなにいうのも珍しいしいっちょやって見るか…。よし、シャルル。明日朝ごはんが終わったら教えてやろう。ちゃんとできるか?」

 

「出来ます!軍曹殿!」

 

「父さんは少佐だよ。」

苦笑いしながら、明日の計画を立てるカシウスであった。

 

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翌朝、準備を終えた二人がレナが見守る中訓練を始めた。

 

「まずはじめに、父さんの使う剣術は八葉一刀流といって刀を使うが危ないから今日は木刀でしよう。」

 

「はーい。」

 

そんなこんなで素振りを始めたシャルル。それの細かいところを注意しながら型を見るカシウス。シャルルの素振りは始めはひどかったがだんだんと修正されていき、休憩を挟みらながらであるが昼ごはん前には子供にしてはきれいな振りをするようになった。

 

「中々筋がいいぞ、シャルル。その調子だ。だが、やはりというか体力はまだまだ足りんな。まあ、成長途中だから無理はしてはいけないぞ。」

 

「………はい。」

 

ヘロヘロになったシャルルはご飯を食べた後すぐに寝てしまった。3時のお茶をしながらレナは今日の訓練についてカシウスに聞いていた。

 

「親馬鹿みたいだけど、素人目に見てもシャルルは結構筋はいいんじゃないかしら?」

 

「ああ。あの年にしてはかなりが根性あるし、俺も驚いてるよ。でも急に剣なんて昨日聞けなかったけどなんかあったのか?」

 

「ちょうど剣々言い出したのはシャルルの好きなおじさん遊撃士が来たころよ。たぶん魔獣討伐の話を聞いて触発されて、それで身近なあなたに教えてくれって頼んだんじゃないかしら?」

 

「なるほどな。そういうことか。まあ、筋はいいが続くとは限らない。出来れば才能が開花するまで続けたいが、いやならそれでもいい。今日の晩御飯のときに聞いてみるか。」

 

何か新しいものを見つけた子供のようにカシウスは笑った。

 

「久しぶりにあなたの笑顔を見た気がするわ。仕事もいいけどストレスとかも溜めすぎない様にね?」

 

「ありがとう。気をつけるよ。」

 

そういって、カシウスは苦笑した。

 



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第二話 妹

チチチチ…

 

森の中に響いて消えていく鳥の鳴き声。

「………。ハッ!」

 

掛け声とともに周りに立てられていた簀巻き五本が音もなく切れる。シャルル=ブライト9歳。初めて剣を持った日から順調にその腕を伸ばし、父を感心させている。6歳からは通い始めた日曜学校もよい成績を取り続けており、文武ともに精力的に励んで過ごしていた。今は七耀暦1185年の春。母、レナのおなかには妹がいる。そのおなかはだんだん大きくなっており、シャルルも家事の手伝いなどをするようになっていた。

 

「がんばっているようだな、シャルル。だがもう少し腰を入れて振るようにしろ。刀を腕だけで振っているぞ。」

 

「帰ってたんだ。仕事はもう終わったの?」

 

陸軍少佐となった、父・カシウスが家の裏の鍛錬場にいつの間にかやってきていた。

 

「ああ。資料作成も終わったから休憩がてらにな。…シャルル、少し話がある。」

 

笑っていた父が真剣な顔をしていたので素振りを止める。

 

「何かあったの?」

 

「母さんがおなかに赤ちゃんがいるのは知っているだろう?これから母さんはだんだん体が重くなって、家事やら何やらが負担になる。俺も仕事の関係上いつも家にいられるわけではない。お前も手伝ってくれているが大変なのは間違いない。そこでだ、カルバード共和国にを俺の剣の師匠がいるんだが、赤ちゃんが生まれるまでそこで修行をしてみないか?」

 

「父さんの師匠?その人は強いの?」

 

「俺よりもずっと強い。道場を開いているがセンスがあるやつしか教えない堅物の爺さんだ。俺も散々しごかれて強くなったから、安心しろ。」

 

「…。わかったいく。強くなって父さんをも超えるよ。」

 

「ははは。それはまだまだ先になるだろうな。じゃあ、出発は来月だから準備しておけよ。」

 

「了解。」

 

言い終えるとカシウスは家へと帰っていった。シャルルは剣をしまうと、翡翠の塔へと向かって走り出した。

 

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~翡翠の塔入り口前~

 

ここはリベール王国に四つある史跡の塔のひとつで、その色合いから翡翠の塔と呼ばれている。しかし、中には魔獣が非常に多く誰も人が寄り付かない寂れた場所であった。そのおかげで、シャルルはここで人目を気にしないで実践を行うことが出来た。次々出て車中を倒しながら屋上までくると、持ってきた荷物の中からお菓子を取り出し外の景色を眺めながら休憩を始めた。

 

(一ヵ月後か…。楽しみだな。剣術をはじめて早四年ほどか。自分でもぢぶ強くなったと思う。その師匠の元に行けば強いやつはいるのかな?本当に待ちどうしい。)

 

菓子を食べ終えると、剣を抜いて集まってきた魔獣を倒していった。彼らの落とすセピスが、シャルルの主な財源であった。しょっちゅう荒稼ぎして資金調達を行う彼の姿があった。

 

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「忘れ物はないな?全部持ったか?」

 

父の言葉を聴いて再度荷物を確認し、

 

「大丈夫。全部ある。」

 

「よし。じゃあ言ってくるよ、レナ。」

 

「いってらっしゃい。シャルル、迷惑かけないようにするのよ。」

 

「わかってるよ。母さんこそ体に気をつけてね。」

 

一ヵ月後、少しの暇を頂戴したカシウスは、シャルルを連れてルーアンの船乗り場に向かった。そこから船に乗って、カルバード共和国の西にある港から鉄道に乗って移動しやっと到着する場所に先生の家はある。着くまで大体二日かかるという中々大変な旅路である。

 

「父さんが修行に行ったときは一週間ぐらいかかるド田舎だったんだが鉄道が近くを走るようになってだいぶ利便性がよくなったらしい。いい世の中になったよ。」

 

船についてベットに横になると父は寝てしまった。

 

「仕事で疲れてるんだな…。いつもありがとう。」

 

そういって、シャルルは船の探索を始めた。好奇心は相変わらずである。出航した後はひたすら海で特に見るものもなく、ラウンジや廊下で大人たちの会話に耳を傾けていた。そこでは、自分の知らないことがたくさん聞け、たまに混じる聴いたことのない言葉を聴きながら、気がつけばジュースの入ったコップを片手におっさんのひしめくバーの一席を占領していた。

 

次の日、港から鉄道に揺られながらまったりと目的地に向かい、三時ごろに終点に到着した。

 

「うわ~。ロレントも大概田舎だけど、ここも相当だな。港とは大違いだな。」

 

シャルルの感想はもっともである。畑、畑、畑、山、畑…。と地平線まで続きそうなほど視界が開けている。

 

「師匠の家はまだまだだぞ。バスがあるらしいからそれに乗っていこう。大体、一時間弱で着くらしい。」

 

「辺境過ぎて言葉も出ないな。絶対に人が住むところじゃなかっただろここ。」

 

「文句を言ってもつかんぞ。まあそう急がず行こう。」

 

田舎にくると時間の経過がゆっくりに感じるのはなぜだろう。まるで悠久の時を過ごすかのような気分になる。

 

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「やっと着いた。でもだいぶ早く着いたな。」

 

「十分遅いし、遠すぎだろ。おまけに山の中腹だから階段がやたら多いし!」

 

夕方になってようやくたどり着いたブライト親子。シャルルは一日の体力を使い果たしているようだった。

 

「なにやら騒がしいと思ったら、カシウスか。久しいの。お前の事は遠く聞き及んでいるぞ。して、その子供がお前の息子か?」

 

「はい、そうです。カーファイ先生。この子が私の息子、シャルルです。」

 

挨拶を促す父に答えてシャルルは自己紹介した。

 

「はじめまして。シャルル=ブライトです。これからしばらくよろしくします。」

 

「ふむ。中々よい目をしているな。だがはじめにお前の実力を見させてもらう。奥にある道場で待っていなさい。」

 

シャルルは荷物を持って道場へ向かった。

 

「カシウスはどうする?仕事の関係で早めに帰らないといけないのではないのか?」

 

「ええ。ですが、今日はここに泊めて貰おうと思うのですがかまいませんか?」

 

「かまわん。適当に空いてる部屋を使えばいいぞ。ではワシもを前の息子を見させてもらおう。」

 

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着替えを終えたシャルルは精神統一していた。

 

(実力者しか見ないといっていたな。これから試験だろうからがんばらないとな。)

 

「準備は出来ておるな。木刀を持って少々の打ち合いをさせてもらうぞ。」

 

入り口にはカーフェイとカシウスがいた。カシウスは道場の隅に座ってこちらを見ているので、これから試合が行われるのだろう。そう思うと緊張してきたシャルルであった。

 

お互いに礼をして構えるシャルルとカーファイ老人とは思えないほどに威圧感を放っているその姿にシャルルは気おされないように気を引き締める。隙のない構えにともに膠着していたが、カーファイのワザと誘うように作られた隙に、罠とわかっていながらシャルルは攻めに及んだ。

 

小手につきこむような形で突っ込む。カーファイは剣で受けることもないと思ったのか体をずらして避ける。そこでシャルルは予想外の行動に出た。それは足への回し蹴り。ロレントは田舎とはいえ一応地方の重要都市ではある。ゆえにそれなりに力のある格闘を主体とする遊撃士も出入りしている。そのような人に目をつけて教えを受けていたのだ。武術への類まれな素質を持つ彼の一撃は荒削りではあってもそれなりの力を持つ。掠る程度だったものの完全に無防備にすることが出来た。ここぞとばかりに打ち込んで行くシャルル。翡翠の塔の中で鍛えた勘や攻め方。それらをつぎ込んで勝ちに行こうとする。

 

一閃

 

カラン、と木刀の落ちる音がする。シャルルの手には感触があるのでかまわず攻める。だが相手の一撃が早いので受けようとして気付く。自分の木刀の刀身がなくなっていることに。目の前で止まる剣。

 

「久しぶりに骨があるのが来たと思ったら、9歳の小童とは思えない戦い方をしよるな、カシウスよ。どんな教え方をしたんだ。」

 

嬉しそうな顔で聞くカーファイ。カシウスは困った顔をして答える。

 

「剣は教えましたけどそんな戦い方は教えた覚えはありませんよ。私が教えたのは剣の振り方だけです。」

 

「ふふふ。シャルルといったか。合格だ。件の試合で体術を使うと思わなかったが、それでも一瞬本気にさせたその力、将来有望と見た。これから鍛錬を受ける覚悟はあるか?」

 

「はい。これからよろしくお願いします。」

 

「ならば紹介しておく必要があるな。アリオス、挨拶をしておきなさい。」

 

「はい、先生。私の名はアリオス=マクレイン。よろしく、シャルル君。それからお久しぶりです、カシウス殿。」

 

「おお!アリオスか。元気そうにやっているな。これから俺の息子も混じるが、よろしく頼むぞ。」

「よろしくお願いします。えーっと、アリオスさん。」

 

「アリオスで構わないよ。」

 

こうしてシャルルは無事に道場入りを果たした。

 

その晩一泊したカシウスは、リベールへと戻っていきシャルルの鍛錬が本格化していった。朝から晩まで剣尽くしの毎日。顔を合わせるのは師匠か奥方そして兄弟子のアリオスの三人という生活を半年ほど続けているとカシウスから手紙が届いた。中には、妹が生まれそうだから一度帰って来いというものだった。師匠に許可をもらって、久しぶりのロレントに戻って来た。

 

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「ひさしぶり~。どっかに行くなら言ってくれたらいいのに。」

 

ロレントの入り口に行くと見知った奴がいた。彼女の名はアイナ=ホールデン。ここ、ロレントの地元名士の家系の娘で、2歳下の幼馴染である。

 

「別にお前にいう必要ないし、関係ないだろ。それより何でこんなとこにいるんだ?」

 

「おじさんが仕事で帰れないから私が代わりに迎えに来たの。シャルルのお母さんはお医者さんに安静にしてなさいって言われたからね。」

 

「動けないほど大変な状態なのか?」

 

「結構大きくなってたよ。お母さんにあった後でいいから、劇団が来てるし夜、見に行かない?」

「わかった。家に迎えに行くから先に帰ってろ。」

 

そう言って別れたシャルルは家に向かう。家の横に備えてあるウッドデッキで母は編み物をしていた。

「ただいま、母さん。元気にしてた?」

 

「お帰り。こっちにおいで。」

 

ウッドデッキに上って母の元に行くと抱きしめられた。

 

「筋肉がついて体が大きくなっているわね。がんばって訓練している証拠かしら?でもあなたは子供なんだから無茶したらだめよ。」

 

「わかってるよ。でも父さんの師匠…。今は僕の師匠でもあるけど、すごく厳しいけど、いろいろすごいよ。」

 

師匠の家での話をしているうちに夕方になっており、父が帰ってきた。

 

「おお!シャルル、戻っていたのか。どうだった?師匠は?」

 

「きつかったよ。まあ、あれだけやって強くなれなかったら剣の道は諦めたくなるね。」

 

「ははは。まあまだ子供だし、ボチボチで構わんぞ。…そういえば今日、劇団が来てるらしいぞ?」

 

「アイナと約束してたしそろそろ行ってくるよ。母さん、無茶したらだめだよ?」

 

「はいはい。気をつけていきなさいよ。」

 

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ロレントは田舎である。故に、これといった娯楽は存在しない。だからたまにやってくる劇団には子供を含めた、たくさんの人がやってくる。

 

アイナと合流したシャルルは人ごみの中を歩いていた。

 

「相変わらず人が多いな…。」

 

「仕方ないわよ、みんな暇なんだし。日ごろの楽しいことはお酒の飲み比べぐらいじゃない?」

 

「否定はしない。まあ、有り金全部摩って荒んだ人間が多いよりはましだな。」

 

「…何かあったの?ってうわ!いつものより派手じゃない。なんか楽しめそう!」

 

「あんま期待しないほうがいいんじゃないか?前のはヘボかったし。」

 

「見る直前まで楽しいからいいの!」

 

二人で話しながら入場して席に着く。しばらくすると団長らしき人が出てきて挨拶を始めた。型にはまった挨拶を終えるといよいよ芸が開始された。昔ながらのよくある典型的な物語の流れであったが、役者の演技とそれに合わせる裏方の演出がマッチしておりすばらしい作品といえた。二部まで終わり、ようやく最後の場面に入る直前の休憩タイムになにやら焦った人がシャルルのもとにやってきた。

 

「君がシャルル=ブライト君かな?」

 

「はい、そうですが?」

 

「よかった。私はあなたのお母さんを見ている医者の補助をしているものなんだけど、妹さんが生まれたよ!早く家に戻ろう。」

 

その言葉を聴き終える前にシャルルは駆け出していた。妹が出来る。正直それがどんなものなのかよくわからなかった。だが新しい家族というものには興味が会った。行きかう人にぶつかりながら家の前まで来たとき、家の中から今まで聴いたことのない泣き声が響いた。

 

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「お帰りシャルル。思ってたより早かったな。…ほら、エステル。お兄ちゃんが帰ってきたよ?」

 

そういっている父の腕にはまだ毛も生えていない泣き叫んでいる女の子。エステル=ブライトがいた。

 

「元気な女の子でしょう?あなたも今日から、兄という立場が増えたからエステルのことを大切にしてね。」

 

「母さん。動いて大丈夫なのか?それにしても兄か…。」

 

いまだに実感のわかない肩書きに戸惑うシャルル。

 

「ふふふ。そんなに気負わなくても大丈夫よ。少しずつ慣れていけばいいわ。」

 

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「ちょっと!何で昨日放って帰ったのよ!探したのよ。」

 

次の日、日課の鍛錬をしているとアイナが怒鳴り込んできた。

 

「仕方ないだろ、妹が生まれたんだから。あと静かにしろ。エステルが寝てる。」

 

「えっ!もう生まれてたの。名前はエステルって言うんだ。見たいんだけど。」

 

「今寝てるっつってんだろ。後にしろよ。」

 

「えー。」

 

ブーブー文句をたれていると気付いた母が出てきて中に連れて行ってしまった。

 

「いや~。赤ちゃんはやっぱりかわいいよね。シャルルにはもったいないわ。」

 

「お前も一応女だからそういう気持ちもあるんだな。」

 

「どういう意味よそれ。」

 

「日ごろの行動を鑑みることだな。それと俺は明日出発するから。」

 

「早くない?もっとゆっくりしていけばいいのに。」

 

「師匠にあんまり迷惑かけるわけには行かないからな。早めに出ることにした。」

 

「そう…。まあがんばりなさいよ?」

 

「まかせとけ。」

 

母の手伝いをするといって、アイナはまた部屋に入っていった。

つかの間の家族との団欒をおえて、再び剣の道を歩き始めるシャルル。その顔は今までのような子供の顔に兄らしさが出てきているようだった。

 

 



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第三話 出会い

七耀暦1188年 初夏

 

アリオスとの朝稽古を終えたシャルルは昼飯に加えるデザートの果物を近所の森に採りに行こうとしたところを師匠に呼び止められた。

 

「何かあったんですか、先生?」

 

アリオスも昼寝をしないで呼び出されているようであった。

 

「うむ。今日おまえたちを呼び出したのはほかでもない修行に関しての質問だ。二人とも剣の修行をしていてどれほど自分の力が上がったかわからんだろう?」

 

「ええ、まあ確かに。」

 

「二人しかいないし、師匠は強すぎて比較にならないからしょうがないけど、確かに言われて見れば強くなってるか実感はないですね。」

 

ド田舎で二人しかいない空間でひたすら打ち込んできて五年以上がたっているが、どの程度強くなったか比較対象がいないので当然ともいえる。たまにやってくる弟子に入ろうとする人たちも大した人がいないので正直なところ鍛錬そのものはマンネリ化していた。それでもアリオスもシャルルも素質が高く、意識も高いので問題は出ていなかった。

 

「まあたまには世間を見るというのも必要だ。そこで今年はリベールで開催される武道大会に出場してもらう。そこでは当然二人とも優勝を狙ってもらう。運の面もあるが、決勝戦で戦うというのが理想だな。」

 

リベールで開催される武道大会は全国的に有名で、反社会的でない集団に属していなければ誰でも参加可能かつ、腕に自身のあるに人間が集まってくるので経済効果もあり、王軍スカウトの品評会のような役割も果たしている。おまけに優勝すれば晩餐会にも出席できるという副賞もすばらしい大会である。

 

「リベールか…。行った事がないからわからないけど、どんなところなんだい?」

 

「基本田舎だけど、歴史を感じさせるし中々いいところだと思うよ?まあ、しばらく帰ってないからわかんないけど。」

 

「予選は来月にあるから、それまでにカシウスに許可をとって泊めてもらえるだろうか?」

 

「大丈夫だと思いますよ。手紙に一応書いておきます。師匠、早めに行って観光していいですか?」

 

「…。たまにはいいだろう。ゆっくり休養をとってきなさい。ただし、鍛錬はサボるでないぞ。」

 

「わかってますよ。」

 

「心得ています。」

 

「よし、話はこれだけだ。昼飯が終われば山に入るぞ。」

 

数週間後の休暇を前にして気合の入るシャルルとアリオスであった。

 

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「む…。レナ、シャルルとアリオスが泊りにくるそうだ。なんでも武道大会に参加するとか何とか。」

 

息子からの質素な手紙を受け取ったカシウスは久しぶりの帰宅をする息子の成長に期待を膨らませながら妻に用件を伝える。陸軍中佐となり順調な昇進を続けているものの相変わらず国の懐は寒く、予算削減にあえぐ国軍は健在であった。金食い虫の海軍にいたっては虫の息も同然であった。

 

「そう。なんだか久しぶりね。アリオスって言うのは前に行ってた兄弟子の子かしら?確か二歳上だったはずよね。」

 

「そうだよ。ほとんど同い年だから仲良くやっているようだ。」

 

「ママ、アリオスって誰?」

 

妹のエステルは三歳になり、生来の活発さで周りを困らせていた。元気いっぱいでやさしいところが特徴のワンパク少女になっていっていた。

 

「エステルのお兄ちゃんのお友達よ。ちゃんと挨拶できるかな?」

 

「エステル、ちゃんとできるよ!」

 

成長したエステルを見たらシャルルもびっくりするでしょうね、と思いつつ息子の帰りを待つ母であった。

 

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「ふう。やっと着いた。結構時間がかかるもんだね。」

 

「そらそうだよ。田舎だから。それにしても、あんまり変わってないな。」

 

ロレントに着いた一行はとりあえずシャルル宅に向かった。

 

「確かにきれいだけど、田舎レベルは先生のほうが上だね。」

 

「あれと比べたらだめだろ。あそこはもはや原生林だからな。いったん迷ったら出てこれそうにない。」

 

「田舎だけど田舎っぽくないのがいいよね。結構気に入ったよ、ここ。」

 

「さっきから田舎、田舎うるさいわよ。そんなに変わってないでしょうが。」

 

「おお!アリオス、こちらがロレント名物~動く噴水~だ。意味は…。」

 

「言わなくてもいい!」

 

顔を真っ赤にして口をふさごうとするアイナ。酔わないからって、調子に乗って飲みすぎてあれになったことを馬鹿にされたあだ名は恥ずべき彼女の汚点である。主にシャルルのせいだが。

 

「こんにちはアリオス=マクレインというものです。シャルルがいつもお世話になっています。」

 

「こちらこそ。シャルルが迷惑かけてませんか?」

 

「おまえら俺の保護者かなんかか?」

 

気の会った二人はすぐに仲良くなり、近くの喫茶店で昼食をとることになった。

 

「へ~。いろいろ大変なんですね。でもどうしてアリオスさんは急にリベールに来たの?修行は山篭りとかじゃないの?」

 

「それもあるけど、客観的実力を知るためにここの武術大会に参加しに来たんです。」

 

「なるほどね。シャルルも出るの?」

 

「当たり前だ。目標は俺たち二人で優勝争いだとよ。相変わらず無茶苦茶だぜ、師匠は。」

 

「否定できないね、それは。」

 

「大変そうなのね…。そういえば、エステルちゃんにもうあった?まだだったら早くあったほうがいいよ」

 

「これから家に帰るから会うだろうけど、どうしてだ?なんかるのか?」

 

「兄とは大違いで、めちゃくちゃかわいいよ。シャルルにはもったいないぐらい。」

 

「今は確か三歳だったな。そっちも気になるしそろそろ行くか。」

 

会計を済ませて(シャルル:880ミラ、アリオス:1,000ミラ、アイナ:3,500ミラ)三人はブライト邸に向かった。

 

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「ただいま。」

 

「「お邪魔します。」」

「いらっしゃい。それと、お帰りシャルル。」

三人が玄関に入るとレナが出迎えてくれた。その後ろには成長したエステルの姿があった。

 

「ただいま、エステル。」

 

「…。誰?」

 

「お兄ちゃんのシャルルですよ。この人は友達のアリオス。」

 

「シャルルお兄ちゃんとアリオスお兄ちゃん!」

 

太陽のような満面の笑みを浮かべたエステルに癒された一行は家でくつろぎながら、今後の予定を話していた。

 

「とりあえずゆっくりしたら、武道大会の予選に行ってくるよ。」

 

「いつあるの?私も見に行きたい。」

 

「予選は非公開だから見れないけど、本戦は八月の中旬にあるぞ。」

 

「そのときはうちのもうひとつの家をつかったら?グランセルでやるんでしょう?」

 

「そうだけどいいのか?」

 

「別に使ってないし大丈夫だと思うよ。それにお金が浮くからいろいろ遊べるでしょう?」

 

「じゃあ、許可が下りたらありが高く使わせてもらうか。アイナ、頼んでいいか?」

 

まかせなさい、といって家に戻るアイナ。今行かなくても大丈夫なのにと思いつつ見送る。

 

「こっちにいるのは一ヶ月ぐらいなのね。それまでゆっくりしていきなさいよ。」

 

7月20日 武道大会予選まであと一週間。

 

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「ここが王都グランセルか。きれいなところだね。」

 

グランセルは千年王国:リベールの首都であり、近代化されていながらも、昔ながらの街並みを残す歴史を感じさせる町であった。赤レンガでできた建物、ステンドグラスをふんだんに用いた教会。そしてひときわ目立つのが、白の宮殿とでも呼べそうな真っ白な王城。この景色に二人は心を打たれていた。

 

「とりあえず、予選の対戦相手の確認をしにいこうぜ。そのあと荷物を置いてみて回ろう。」

 

「そうだな。どんな人とあたるんだろう?カシウスさんは出てるの?」

 

「父さんは出てない。でもモルガンって言う強い爺さんが出てるらしい。将軍だってさ。」

 

「その人が関門か。ほかに遊撃士もたくさん出てるみたいだからがんばらないとな。」

 

会場に着くと大きな紙に対戦表が張り出されていた。決勝トーナメントに進めるのはわずかに16名だけ。倍率5倍以上の関門を突破する必要がある。

 

「俺は…Cグループみたいだな。アリオスは?」

 

「私はEグループだよ。お互い優勝目指してがんばろう。」

 

「そしたら観光に行きますか。俺たちの試合は明日の午後から見たいだな。」

 

貸してもらった家に荷物を置いてグランセル市内の観光に回る二人。いろいろなところを回りながら明日の大会予選のことを考えていた。

 

-----------------------

 

ついにやってきた予選当日。二人のグループには特に強力なライバルとなりえる、著名人はいなかった。それでも大会での初の対人戦という事で緊張していた。

 

「先生とやるときとはまた違った怖さがあるね。」

 

「待ってる時間が一番つらいんだよな。終わったらどこかに行こうぜ。」

 

「今日はグランセルから出てみる?」

 

気を紛らわせようと試合が終わったあとのことに花を開かせる二人。

 

『Cグループの方は第二試合場に集まってください。繰り返します…』

 

「呼ばれてるから行ってくる。」

 

「がんばれよ。」

 

言葉は少ないがお互いに気合は十分入っていた。召集場所に行くと、士官らしき人と、ムキムキな人など自分を入れて6人がいた。監督者らしき人が言うには、予選もトーナメント式で、くじを引いて同じ色の人と戦ってもらうらしい。勝ったらまた同じようにくじを引き、余った人はDグループのあまりと戦うそうだ。シャルルは赤色を引き、ムキムキの人と対戦となった。

 

「あら?坊やは何歳かな?もしかしてまだ二桁にもなってないかもしれないね~。そんな子供を相手にするのはつらいから降参してくれない?」

 

「…。よくしゃべるね、おっさん。うるさいよ。」

 

「言うじゃない。泣いてママと呼んでも助けは来ないわよ。」

 

「君たちけんかをしない。さあ、所定の位置について。…これよりCグループの第二戦を始める。両者、構え。……はじめ!」

 

「いくわよ!覚悟しなさ…!」

 

「ふっ!」

 

おっさんの動く前にシャルルが先手を取った。

 

疾風

 

八葉一刀流の中でも最速を誇る剣術、弐の型。その基本技をアリオスがしていたのを見よう見まねでここまで完成させたが、威力は一流であった。肉だるまのおっさんはその速さについていくことがかなわず、一撃の峰打ちで意識を飛ばされた。

 

「勝者、シャルル=ブライト。それにしてもすごいね、君。中々の早業だよ。」

 

「それほどでも。相手が油断してたからですよ。もっと早いのもいますしね。」

 

その次のくじではD級遊撃士と対戦したが、こちらも問題なく突破した。一方アリオスも初戦に親衛隊相手に苦労したもの、何とか決勝トーナメントに上がっていた。

 

「さて、決勝トーナメントに上がったあなた方は再来週の決勝戦に出場する資格が出ました。おめでとうございます。対戦相手は当日発表なので楽しみにしていてください。」

 

司会の言葉で解散する予選突破者たち。その中の初老のおじいさんがシャルルたちの下に来た。

 

「君がカシウス=ブライトの息子、シャルル君かね?」

 

「ええ、そうですが…どちらさまでしょうか?」

 

「ワシの名はモルガン。モルガン=バーナードだ」

 

「え!リベールの将軍が僕に何か用ですか?」

 

「カシウスの息子で剣術を習っていると聞いたからな。顔の確認だよ。今回の大会試合、楽しみにさせてもらうぞ。」

 

「はい。決勝トーナメントで戦えたらいいですね。」

 

「子供に負けるほどワシは老いとらんが、まあ楽しみにしておくわ。口だけでないことを祈っておくぞ。それとそっちの君は何者だね?」

 

「同じところで学んでいるアリオス=マクレインです。」

 

「そうか。では君の戦いぶりも見させえてもらおう。二人ともがんばれよ。」

 

そういって去っていく闘将。その貫禄はさすがであり、二人の前に立ちはだかるさも城壁のようであった。

 

「世界は大きいな、アリオス。」

 

「違いない。」

 

隣町への観光のことなど忘れて帰ったらすぐに鍛錬を始めた。

 



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第四話 武道大会

武道大会当日。市内では祭りも並行して行われており、大白熱した中での開催となった。観客も一般の市民から王族関係者まであらゆる位の人が集結していた。

 

シャルルの周りの人ではアイナ、エステル、カーファイ、カシウス、レナが来ていた。

「まさか、シャルルたちがこんなに早く実践に入るとはな」

 

カシウスは感心したように言葉を漏らした。

 

「あら?そんなに珍しいことなの?」

 

不思議そうにレナは尋ねた。

 

「師匠は毎度免許に入る前にこの大会を使って実践をさせるんだ。俺は13歳の時にこれをさせられたから、大体一年ほど早いな。レベルの高いライバルがいてお互いに認めてるから鍛錬に精が入るんだろうな。いつ見ても楽しそうだ」

 

「剣聖のあなたを超えるのはまだまだといってたけど、案外早いかもしれないわね。」

 

「抜かれないようにがんばらないとな。まったく、子供の成長とは早いもんだな。エステルも気がつけば大きくなってるんかも知れんな。」

 

「そうね。でも親にしかできないこともあるから、がんばらないとね」

 

ひざに抱えたエステルを抱きながらレナはそういった。

 

--------------------- 

 

決勝トーナメントの会場となるのは王都グランセル東地区にある巨大な競技場。その大闘技場にあたる第一競技場でそれは開催される。建物は重厚な石製で、流れ弾を防止するために導力により特殊なバリアーが張られており、最新鋭の装備がなされている施設である。その中心には16名の予選通過者がいた。

 

『ご来場の皆様にお知らせです。本日はリベール王国最大のイベント、総合武道大会にご来場いただきまことにありがとうございます。』

 

会場の観客席にアナウンスがかかるといよいよか、と観衆が静まり返る。

 

『まずデュナン=フォン=アウスレーゼ公爵より開会の宣言がございます』

 

「紹介に預かりました、デュナンです。この伝統ある大会に参加する誉れある16名にエイドスの加護を。そして優勝を目指してがんばってください。」

 

大きなは握手がなされれる。静まるとアナウンスにより進行がなされる。

 

『大会に関しての注意をさせていただきます。本大会のルールはきわめて単純、相手が降参するか審判が止めにはいるかです。また、会場内でのお食事は認められていませんのでご了承ください。それではまもなく第一試合です。選手たちに拍手を!』

 

先ほどより大きな拍手に包まれる会場。口笛なども響きヒートアップしていく。

 

拍手がやむのを図ったように掲示板に対戦者の名前が掲げられる。

 

『第一試合。王軍国境警備隊:バゼック=フォールVS子供:シャルル=ブライト』

 

--------------------------

 

「いきなりかよ。おまけになんだよ『子供』って。馬鹿にされそうだからやめてほしいんだけど」

 

「笑いたいけど、私もあれになるから笑えないな…」

 

アリオスと二人でちょっと落ち込んでいると監督者からシャルルに準備するように声がかかる。気持ちを切り替えてその監督者の後ろについていった。

 

『さあ、赤コーナーからも選手が出てきました。彼、バゼック=フォールは国境警備隊の大尉。一番油の乗ってる勢いのある時期です。それに対して青コーナーは12歳の少年、シャルル=ブライト。予選で対戦者を瞬殺するという見かけによらない高等な剣術を扱う少年です。』

 

アナウンサーが対戦者についての軽い説明をする。それをいていたシャルルはまるで動物園の見世物動物になった気分だった。緊張と憂鬱に縛られいるシャルルに監督者の声がかかる。

 

「両者位置について構えてください。……はじめ!」

 

開始の号令とともに突撃する大尉。相手の武器はレイピア。突きを主体としておりまた、さすがは軍人格闘センスも中々である。お互い刃をつぶしている武器を使っているが直撃すれば大怪我をするのは変わりない。シャルルの様子を見るように丁寧にまた軽快なステップをふむように小手、小手、胴、足と攻める。だがそれでも剣を抜かないシャルルを見かねたのか、声をかける。

 

「まだ剣を抜いていないがどういうつもりだ?降参するなら痛い思いをする前のほうがいいぞ。」

 

「忠告どうも。でもまだあたってませんよ?」

 

「言うな、坊主!」

 

そういって大きく踏み込みシャルルの腹を打とうとする。が、その剣が届くことはなかった。

 

 

・岩切・

 

シャルルがカーファイより本来学んでいた、八葉一刀流 壱の型《焔》の基本技で、高速抜刀と氣の組み合わせによる防御無効化攻撃である。武器や甲冑を狙えばそれを破壊することもできる派生技のベースになるものであった。

 

細いレイピアはその一撃に耐え切れずに折れてしまった。

 

「…。降参だ。子供だと思って侮っていたよ」

 

「こちらこそ。堅実で攻めにくかったです。参考になりました」

 

「どうせなら優勝目指せよ」

 

現役の軍人からの激励の言葉をもらって内心売れ子音を隠して、毅然とした態度をとったつもりでいた。顔は笑っていたが。

 

『勝者、シャルル=ブライト!』

 

観客席中から歓声が上がる。子供ながら強かったのが意外だったのだろう興奮はさめる様子はなかった。

 

控え室に戻ると笑顔のアリオスがいた。

 

「お疲れ様。結構落ち着いていたね。緊張しなっかたの?」

 

「最初はガチガチでかわすのが精一杯だっただけだよ。なんとか避けてたけど、人前で戦うの初めてだし慣れないとつらいかな?」

 

「そうか。つぎはモルガン将軍みたいだよ」

 

アリオスの言葉で競技場のほうを見ると赤コーナーより出てきた闘将の振るうハルバードがとんでもない威力で、対戦相手を一撃で戦闘不能にしていた。爆発音のした武器が叩きつけられた地面はへこみ、直撃してないのにもかかわらず相手は吹き飛ばされていた。

 

「恐ろしいな。実戦だったらあの人間違いなく三枚卸しにされてるぞ。」

 

シャルルの言葉に周りの対戦相手たちは同意せざるえないほどの惨状が目前に広がっていた。

 

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その後も順調に試合は進み第七試合でアリオスが呼ばれた。

 

対戦相手は猟兵のようだった。猟兵は軍人ではなく傭兵のようなものである。反社会的集団は禁止されているはずだが、彼はそういうのにはまだ所属していたことはないらしくおそらくここで優勝して箔をつけるつもりなのだろう。

 

武器は導力銃と短剣二本で距離を選らばない中々厄介そうな敵であった。アリオスは落ち着いていた。シャルルが一回戦を突破するのを見てから気持ちが穏やかになったのだ。プレッシャーはあったがいつも通りにしたら勝てるという彼からの月並みのアドバイスが今は心強かった。どれだけトリッキーな動きをしても先生に習ったとおりに避けて反撃する。そして日ごろの打ち合いで磨いた隙を突く嗅覚が役に立った。武器を変える一瞬をアリオスは逃さなかった。

 

 

・裏疾風・

 

アリオスが学んだ八葉一刀流 弐の型《疾風》の基本技。この前の予選でシャルルの使った疾風の発展型。純粋な高速居合い切りを前方に行う。ただそれだけで人間離れした威力とするのがこの男の力であった。

 

隙を疲れた猟兵は胸を打たれた衝撃で失神。アリオスの勝利となった。

 

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一回戦がすべて終了した時点で、昼休憩が1時間半ほど取られた。その頃カシウスはカーファンと話していた。

 

「あの二人も中々やりますね。十代前半だが基本的な動きはほぼ完璧にできています」

 

「うむ。やはりライバルというものは大きいな。成長を加速させるのには一番早い。カシウス、おまえの言うとおり今まで教えたことは完璧に使いこなせている。少々早いが免許に進んでも問題ないだろう。このあとは自分より実戦豊富な人間相手にどれだけくらい喰らいつけるかが見ものだな」

 

久しぶりに骨のある教え子の勢いある成長に嬉しそうなカーファン。これほどの素質を持つのはカシウス以来であった。

 

「師匠。シャルルのことで少し話しがあります。ウチの陸軍少将のモルガン殿がシャルルに興味を持っていまして、この大会が終わったらしばらくこちらに預けておいてもらえませんか?ただシャルルが嫌だといったらやめますが一応免許前の一区切り着くところなのでどうにかいけませんか?」

 

「おお。そうか。さすがのワシでも二人同時に免許皆伝するとなると骨折れるから渡りに船だ。アヤツが嫌がった場合でもしばらくおまえが見てやってくれ」

 

「わかりました」

 

そこで弟子についての話は終わりレナの作ったお弁当を食べるためにカーファイを連れて競技場外の広場に向かった。そこでの会話の種はやはりエステルであった。

 

----------------------

 

「やっほー。シャルルにアリオス。すごかったよ。周りの人みんな驚いてた!『あの子供たち将来とんでもない化け方をするな』って過ごそうな人が言ってたよ。いやぁ~知り合いがほめられるっていいものね」

 

昼飯を食べに出たところを満面の笑みのアイナに捕まった。何かたくらんでいるのか思ったら、なんでもホテルのランチを予約していてくれたらしい。

 

「わざわざそんな高いのを選ばなくてもいいのに。子供だけなんだからそこらの定食屋でもいいぞ?」

 

「本当に。何なら昼抜きでもいいですよ?」

 

さすがに子供だけで5桁ランチはハードルが高いようで少年剣士たちは暗に行きたくないことを伝えようとする。

 

「大丈夫だよ。お父さんがとってくれたから問題なし。午後からも試合があるんだしおいしいものを食べて気合入れないと!」

 

「「ありがたくご馳走になります」」

 

ホテルのおいしい高級料理を二人はをたくさんいただきました。

 

--------------------

 

昼休みを終えた選手と観客が帰ってきたころに再びアナウンスが入った。

 

『まもなく午後の部が再開します。会場外に御用の方はお早めにお済ませください』

 

昼飯を食べた後は軍人達の位置どっている特別席でカシウス一家とカーファイは一緒に見に来ていた。

 

「いよいよ準々決勝か。カシウスよ、アヤツたちはどこまで行くと思う?」

 

エステルをひざに乗せてカシウスは少し考えながら、

 

「自分の後輩としては優勝してほしいですが、モルガン少将には勝てないでしょう」

 

「そんなところだろうな。だがおまえのように何かしらの大きな変化があるかも知れんな。まあ、おまえと違って二人ともまじめだがな」

 

「…返す言葉もありません」

 

苦笑いするカシウスと、懐かしい記憶に思いをはせるカーファイ。だが、カーファイもカシウスの分析におおむね同意していた。残っている8人はシャルル、アリオス、モルガンの他に遊撃士2名、武術家2人、親衛隊から1人が残っていた。遊撃士は二人ともB級でそこまでの脅威とはならず、警戒すべきは二人の内の片方の格闘家であった。泰斗流という強烈な拳法を使い、それは使い手次第であらゆるものを破壊するとんでもない流派であった。

 

「武道家の男は警戒するべきだな。ただあの将軍に当たればその時点で終わりだが」

 

そこに対戦者の名前が表示される。

 

『準々決勝一戦目 子供:アリオス=マクレインVS王軍少将:モルガン=バーナード』

 

控え室ではシャルルがあわてていた。

 

「うわ。いきなりかよ。どうするんだよ、アリオス」

 

掲示板に表示された名前を見てシャルルがまたうめく。別に自分が戦うわけでもないのに、である。だが優勝最有力候補でこれまでの試合を一撃で終わらせることが多い将軍と会ったからには当然の反応ともとれた。

 

「…。自分全力をぶつけるだけだ。経験の差があるが何とか活路を見出して勝ってみせるよ!」

 

そういってアリオスは会場に躍り出て行った。

 

「冷静なのに柄にもなく興奮してるな、あいつ。」

 

少し驚いたようにポツリ、とシャルルは漏らした。

 

事実アリオスは実に興奮していた。普段教えを請う先生以外で隔絶した差があると感じた人であり、また興味があるのはシャルルだけという将軍の態度が彼の闘志に火をつけていた。競技場に出ると老将はすでに待っていた。

 

「シャルルより先に君にあったか。相当の実力者というのは先の戦いで理解しておる。楽しましてくれよ?」

 

さもこれから趣味のなにかでもするかのごとく余裕のある雰囲気であった。

 

「安心してください。決して飽きさせませんから。全力で当たらせともらいます」

 

アリオスも負けじと気合の入った回答をする。それを見て少し笑うモルガン。

「両者構え、…はじめ!」

 

その掛け声でモルガンはすぐに斬りにかかったが、アリオスは無理をしないで距離をとった。

「どうした?威勢は口だけだけか?」

 

モルガンの挑発を無視してアリオスはうちに氣を集中させる。

 

 

・軽功・

 

剣を扱う者としては基本の精神統一。それによって集中力を高め、氣を練りこむことで爆発的な戦闘力上昇を行う。

 

子供らしからぬ覇気にモルガンは思わず関心の声をあげる。今までいろんな人間とやってきたが久々に血が沸くのを感じた。

 

「よかろう。おまえのその力認めよう。全力でかかって来い!」

 

それと同時に二つの影が動き出す。一撃、二撃、三撃と武器をぶつけ合う二人。お互いまったく引かずまさに有働大会の名にふさわしい試合であった。ただ力では勝てないアリオスは持ち前の速さを生かしてなるべく攻撃を避けながら技を入れていく。

 

「くっ!」

 

それでも将軍の攻撃のすべてを避けきることはかなわず、重い一撃で少しずつダメージがたっまていく。まるで骨が軋むような重さであった。再び距離をとったアリオスは焦っていた。

 

(軽功を使って底上げしてやっと同じ土俵か。だがそれもいつまでも持つものでないし早くカタを付けに行かないとまずいな…)

 

(餓鬼の癖にやりおるわ。これは帰ったら軍も鍛えの直さんといかんな。…ん?目をつぶっているだと?何か仕掛けてくるか?)

 

「ふー」

 

深呼吸して刀を鞘に納めたアリオスはじっとモルガンを見つめる。動く気配のなさそうなその姿を見て、何かの技を出す気なのがありありと感じられたが、そこは猛将モルガンはあえて進んだ。その瞬間アリオスは急加速しながら抜刀した。

 

 

・風神烈破・

 

弐の型の奥義のひとつ。風の闘気をまといながら相手の懐に飛び込み斬撃を繰り出し、飛び上がって最後に両断する強力な技。

不完全ではあるものの、それに近いものをやってのけたのだ。これにはモルガンも不意をつかれた。そしてそのまま最後まで決めようとしたが、そう簡単にはいかなかった。不完全ゆえの隙を突いたモルガンの攻撃はアリオスに完全に入り、ここに勝負は決着した。

 

「ここまで手を焼かせる子供は初めてだ。すばらしい腕前だ」

 

『勝者、モルガン=バーナード』

 

--------------------

 

観客席が興奮に包まれる中、カーファイは驚いていた。

 

「不完全とはいえまさか奥義を使いよったか…。これは皆伝まで意外と早いかも知れんな」

 

「モルガン少将にあれだけ喰らい付いたのも始めてみましたよ。観客が盛り上がるのにも同意できます。」

 

「武道家のほうも意外と敵にならんかも知れんな。あとはシャルルか…。誰が残るかの」

 

 

カーファイはなんとなくそんなことを考えていたが現実そう甘くいかなかった。

 

-------------------

 

「すげーなアリオス。あの爺さん相手にあそこまで大健闘するなんて」

 

シャルルは純粋に驚いていた。すぐに負けるだろうと思ってた、諦め気味だった自分を恥じた。

 

(アリオスもあそこまでがんばったんだ。俺もがんばらねば。)

 

そう気合を入れて準々決勝最終試合にのぞんだ。対戦相手は親衛隊の人だったのだがアリオスほど強くなく難なく倒せた。

そうして準決勝。一試合目にモルガンが決勝進出を決めて盛り上がる中、シャルルと泰斗流の拳士との戦いになった。

 

「…」

 

「…」

 

「両者構え、…はじめ!」

 

リーチの短い拳士がいきなり突っ込んでくることもなく、内功を使って体幹強化を行った。シャルルも相手を警戒してそれに合わせるように強化を行い試合が始まった。相手のリーチは腕そのもので剣より短いので、こちらの攻撃を誘いながらジャブを打ち様子を伺っていた。シャルルも隙を見せないように慎重にせめていったのでお互いに攻撃回数が減ってしまった。シャルルは再び距離をろうと射程外で脇を緩めた瞬間、いきなり瞬間移動のごとく接近してきて発頸を打ち込んできた。その異常な速度に焦ったものの致命傷だけは何とか避けた。

だがシャルルは内心で恐慌を起こしていた。

 

(危なかった。だが今のはなんだ?まるで距離がつかめないような動き…。あんなに人間は早く動けるわけ…またっ!)

 

思考する隙も与えないように近づいてくる拳士。いくつかの拳が直撃し動きが回避行動が鈍る。

 

(まずいな。近づかれたら相手の独壇場だ。かといって攻めてみても守りに入られる。やりにくいことこの上ないな。っく!またか)

 

付かず離れずで追い詰めるように攻撃していき、しばらくするとシャルルの動きは明らかに鈍っていった。そこで拳士ははじめて口を開いた。

 

「もはやおまえの体内にはダメージがたまりすぎていてこれ以上動けまい。降参したまえ。まだ子供だから誰も文句は言わんよ」

 

ひざを突いているシャルルにそう言葉をかける。

 

「ご忠告ありがたいが断る。まだ俺は負けちゃいないし諦めてはいないぞ」

 

その目には確かに闘志がこもっていた。

 

「ふん。やせ我慢を。次で終わらせてやる」

 

そういって再び攻撃に入ろうとした拳士はシャルルを見失った。

 

(どこにいった?…!)

 

「油断しすぎだ、バーカ」

 

そう。シャルルはいつの間にか拳士の目の前にいた。一瞬で近づいたのは敵の使っていた泰斗流の歩法。気を抜いてなめてかかっている敵には付け焼刃程度でも十分だった。おまけに子供の身長であるためうまく拳士の死角に収まっていた。

 

「っく!」

 

「ようやく焦った顔になったな!だが遅い!」

 

 

・雲耀・

 

壱の型の剣技。本来剣圧を飛ばす技で最も強力な技であるが、至近距離での威力は言わずもがなであった。

 

「ガハァ!」

 

モロに喰らった拳士は吹き飛ばされたが気功のおかげで何とか態勢を取り戻したが相当効いているようだった。

 

「貴様、泰斗流の歩法をどこで知った!」

 

「今ここだよ。攻撃しても避けられるからアンタの動きだけを見て特徴を探しただけだよ。馬鹿の一つ覚えみたいに使うから何とかわかったよ。まあ、攻撃を喰くらいすぎた感があるけど良しとしよう」

 

「ふざけやがって!そんな短時間で見破れるか!くらえ!」

 

自分の長くかかった習得時間に比べて、たった10分弱でできるはずがないという思いからもう一度その得意の歩法を使う拳士。しかし相手が悪かった。シャルルはハッタリでもなく、本当に理解していた。

 

「その技はもう飽きた」

 

先ほどまでモロにくらっていたはずの攻撃をヒラリとかわすと、もう一度雲耀を叩き込んで試合は意外にも始め押されていたシャルルの勝利に終わった。

 

-----------------------

 

「あれだけ押されていながら勝つとわな。剣聖の遺伝子は伊達ではないな。同門としてどう思う?」

 

モルガンの質問に意識を取り戻し、治療を終えたアリオスは笑いながら答えた。

 

「嬉しいですよ。彼と一緒にいたからこそここまで気合を入れてがんばれましたから。」

 

「ふっふっふ。そうか。では大事にすることだな。そんなやつ大きくなるほど探すのが難しくなる」

 

そういってハルバードを持ってモルガンは会場に出て行った。

 

『次はいよいよ決勝戦です。皆様ここまで勝ち進んできた両選手の健闘を祈りましょう』

 

アナウンスが終わると、主賓席から公爵が出てきた。

 

「最終試合、決勝戦はこのデュナン=フォン=アウスレーゼが監督させてもらう。お互いに悔いの残らない試合にしてくれ」

 

「「はっ!」」

 

「それでは両者位置について、…はじめ!」

 

「オラァ!」

 

開始早々にいきなり雲耀を使い積極的にせめていくシャルル。さっきと打って変わり積極攻撃に出る。

 

「どうした?余裕がなさそうだぞ?」

 

「当たり前ですよ。リベール陸軍きっての猛将相手に出し惜しみなんてできるほど強くないですよ。おまけにさっきの人と違って長柄武器は近くにいないとやりにくい。ハッ!」

麒麟功で体幹強化もしている用意周到のまさにシャルル=ブライトの全力であった。そのアクセル全開ぶりを見てモルガンも楽しそうに笑う。

 

「おまえもカシウスと同じで生粋の武人だな。そして同じ力技型と来た。さっきのアリオスというの試合もおまえの同門との試合も燃えたが、おまえはもっと盛り上がりそうだ!」

 

モルガンのまわりに氣が噴出すような感覚にとらわれる。まるで闘将の体が一回り大きくなったようなそんな感じであった。ゆらりと動くモルガン。その圧倒的な迫力に気おされるがシャルルも負けじと動く。

 

「ウォォォォー!」

 

「ドリャァァァ!」

 

意地と意地、力と力。小手先の技も回避行動もなくただひたすら得物と得物をぶつけ合う二人の姿はさながら雄牛同士の角のぶつけ合いのようだった。十、二十と打ち合ってようやく距離をとった。

 

 

観衆はこの大会一番の大盛り上がりであった。対照的にいつもは落ち着きのない監督者の公爵が息を呑んで試合の行方を見守っている。今までのお互いの技の効いた芸術のような戦いも会場を魅了し楽しませていたが、やはり人間の一番盛り上がり、心が躍るのは小細工なしの純粋な力のぶつかり合いの試合であった。

 

「すごい盛り上がり方だな。ここまでの盛り上がり方は大会以来初じゃないか?」

 

少し息を切らしながらモルガンはシャルルに声をかけた。シャルルもだいぶ無理をしているようで息が長い。

 

「…その時、その場所に戦士としてその場に立てていることを誇りに思いますよ」

 

大きく息をついて、

 

「でもそれも次で終わりです。この試合俺がもらいます!」

 

「それはこちらのセリフだ!」

 

二人の雄たけびが響き渡り、自身の持つ最高の技が激突する。

 

 

・焔・

 

八葉一刀流壱の型《焔》の基本剣技でありながら、使い手の実力に比例する技。その爆炎をまとった刀で叩き斬る。

 

 

・激獣乱舞・

 

ハルバードに氣をこめて叩きつけ、そのあとに氣を開放する大技。機甲化される以前に幾多もの兵を屠ったモルガンの取って置き。

 

二人の攻撃が交錯した。衝撃は競技場を駆け抜け、王都グランセルに響き渡ったという。静まった競技場で観客が身を乗り出してその様子を見ようとする。背を向けていた二人。刹那、片方はひざを突きながらも耐えきり、もう1人は気を失って仰向けに倒れ、ここにこの激戦の勝者が決まった。

 

静かな競技場に監督者、デュナン=フォン=アウスレーゼ公爵の声が高らかに響き、観客たちの歓声が轟いた。

 



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第五話 将来

観客の熱狂がさめない中表彰式が行われていた。優勝したのはモルガン=バーナード。くしくも敗れ去ったシャルルも同じく表彰を受けていた。

 

「シャルル=ブライト君。子供ながら実に見事な戦いぶりだった。惜しくも二位であったがその悔しさをバネにして今後もがんばりたまえ」

 

デュナン公爵よりお褒めの言葉を預かり、メダルを授与されて表彰式は終了した。観客に祝福されるなかで総合武道大会は終わりを迎えた。観客の退場していくころには日はだいぶ傾いていた。

 

・競技場控え室・

 

シャルルは今日の試合を思い出していた。最後の瞬間確かにモルガンに攻撃は届いてるはずだった。手ごたえもありやったと思ったが実際は届ききっていなかった。何が足りていないかわからず悶々としていた。

 

「お疲れのようだな。中々の戦いぶりだったぞ」

 

入り口には師匠が立っていた。顔は笑っており純粋にほめているようであった。横に来ていすに腰掛けると少し息を吐いた。

 

「今日の試合を見た結果だが、今後おまえは免許に進む腕があると判断した。今後は皆伝を目指して進むことになる…。どうした?あまり嬉しそうじゃないな」

 

本来免許に進めるというのは大変に名誉なことであったが、シャルルはうつむいたまま顔を上げなかった。

 

「今日の最後の試合、俺は勝つつもりで望んで最後も自分の出せる全力でいきました。確実に当たってにいったのに押し切られてしまった。何が足りなかったんですか?」

 

深刻そうな顔をするシャルルにカーファイはやさしく声をかける。

 

「おまえはまだ剣を握って十年もたってない。センスとやる気、アリオスの存在がここまで強くしている源泉だ。それこそスポンジが水を吸うように知識と力を吸収していった。だがスポンジではだめだ。おまえがこれからするのは吸い上げた水を腐らないように経験というセメントで固めていく必要がある。剣が届かなかったのは何十年も最前線で戦ってきた男との経験の差だ。じきに埋まっていくから気にしなくていい。悔しいのはわかるがそれがおまえを強くする。だから堂々と誇っていいぞ。このワシが言うのだから間違いない」

 

ハラリ、とシャルルの目から涙が零れ落ちる。カーファイはその頭を静かになでていた。

 

------------------

 

ひとしきり泣いたあとシャルルは荷物をまとめてカーファイトともに出口に向かった。門の前ではアリオスと見たことのない身なりの良い初老のおじいさんがいた。

 

「あなたはシャルル=ブライト殿ですね?」

 

初老の方はアリオスも何か声をかけていたようだった。

 

「私の名はフィリップ=ルナールと申します。デュナン公爵のお供をさせていただいている者です。公爵がアリオス殿とシャルル殿の戦いぶりに感動されて、お話がしたいとおっしゃっているの少し時間をいただきたいのですが?」

 

子供に対しても非常に物腰の柔らかい方だった。アリオスはシャルルに任せるといったらしく、任せるという雰囲気であった。

 

「師匠、行ってもいいですか?」

 

「うむ。カシウスたちにはワシから話しておこう。だがあまり遅くにならないように気をつけなさい」

 

「わかりました。じゃあフィリップさん、案内をお願いします」

 

フィリップはカーファンに頭を下げると二人を連れて競技場のVIP席控え室に連れて行った。

 

・VIP席控え室・

 

「おおっ!フィリップ彼らをつれてきたかね?」

 

控え室に入ると最終試合で審判をした身なりのいい若い男がいた。デュナンはドーナツを食べていたようだった。

 

「はい、公爵。アリオス=マクレイン殿とシャルル=ブライト殿を連れてまいりました。」

 

「ご紹介に預かりました、シャルルです」

 

「アリオス=マクレインです。お招きありがとうございます」

 

相手は王族なので緊張しつつも自己紹介をする。

 

「私はデュナンだ。さてここに君たちを呼んだのは今日のパーティーに参加してもらおうと思ってね。パーティーは今日王城の空中庭園で開催される。ぜひ参加してほしい」

 

いきなりすごい頼みごとをされて戸惑う二人。しかしなぜ自分たちが呼ばれるのかがわからなかった。パーティーは先の武道大会優勝者に対して参加を許される社交会であり、おいそれ子供の参加できるようなものではなかった。

 

「理解しかねます。パーティーは優勝者に対して送られるものであり、特例でその他の参加者に示しがつかないのでは?それにそのパーティー参加者は王族に関わりのある人が多く参加するのではないのですか?」

 

シャルルが質問すると公爵は少し驚いた顔になったがすぐに笑い出した。

 

「ははは。随分はっきりとしゃべるな。おまえの心配は別に特に問題ない。このパーティーは確かに普通一般人が参加するには優勝するしかないが、私が個人的に招けば問題あるまい。それにモルガンも呼んでほしいといっておったからな」

 

「服装に関してもいかんせん急なことなので特注ですぐに作りますので問題ありません。参加数石が歩かないかだけを確認させていただければよいですよ」

 

フィリップさんの言い方に今更いかないとは言い出せなくなり、仕方なくいくことになった。礼儀作法とかも何もわからない二人はそのまま応急の二回の来賓用の部屋に入れられて体の採寸が終わったあと最低限のマナーを教えてもらい、そのままパーティー参加となってしまった。

 

「どうしよう…。みんなに知らせてないんだけど」

 

「そのまま直で連れて行かれたから言い出す暇もなかったよね」

 

パーティー開始の一時間前に二人はどうやってパーティー参加を伝えるかで悩んでいた。外に出るにも入り口は巨大な城門二層で完全に切り離されており、見回りの親衛隊もいるので外に出られないんだ。反対側は湖で廊下には誰もいない。帰ったらいろいろヤバそうだと思っているとメイドの人がやってきた。

 

「アリオス様とシャルル様、まもなくパーティーが始まりますので付いてきてください」

 

丁寧な口調で所作の整った姿を見て感心するシャルル。あきれた面持ちで彼を見ながらアリオスはメイドに伝言を頼むともうそのことは大丈夫といわれた。いろいろと手際がいいようだった。どうやって家族の位置を特定したかは謎だったが。

 

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リベール王国の歴史は長い。最初にこの国のことが文献に見えるのはこの文明の始まりといっても過言でない大崩壊の直後に完成したとされている。大崩壊後の無秩序状態の世界で最も早くできた秩序の世界は瞬く間に勢力を伸ばし、七曜教会を国民の拠り所に据えた支配体制は一時期ゼムリアの覇権を握るほどの勢いをもたらした。しかし、盛者必衰の定めは例外なくこの国に襲い掛かった。最盛期の王による贅沢な生活や教会への寄付は政治を腐敗させ離反させる辺境地区を相次いで生み出した。

 

度重なる戦乱に頭を悩ませているうちに国民の人心も離れていった。気がつけばかつての輝かしい王国の威光ももはや過去の遺物となり、代わってできたのがかつての辺境の領主であった。幾多の生存競争を勝ち残り勢力を拡大したその領主はリベールの王を越える者として皇帝を名乗った。皇帝率いる帝国と王国の戦いの激しさは増し、戦いは新たな国を生んだ。戦争の英雄は市民の支持の元に国を建てて、帝国と王国に平和を求めた。三竦みとなり一時は平和をもたらしたかのようだった。

 

しかし、人間とは欲深いものである。弱っている目の前のえさには喰らいつきたくなるのが自然。英雄が死んだあと帝国に乗せられた共和国は二国で王国を潰そうとした。だが、腐っても元大国。意地で踏ん張り完全併合は防いだものの、王国の内部は荒れ果ててしまい小さな領邦に分かれることで首の皮一枚で国家の体裁を守り通した。

 

国家間において真の友好はありえない。同盟もまた然り。かつて同盟を結んで戦った領邦たちの多くは痛い記憶を忘れると強いものは逆らわず、体面上の独立を残すか、力で併合されていった。リベールは1000年王国の伝統とそこ間に培ってきた外交技術を頼りに形骸化した同盟関係を守るのが精一杯という、日の沈みかけた老王国の今日の姿であった。

 

現在の国家元首、アリシア=フォン=アウスレーゼ(アリシアⅡ)は政治・外交面に優れた女王であった。そのため先代よりは治世が安定しており数少ない王国の誇りである技術力を駆使した加工貿易によって大きな利益を上げており、こうして毎年のようにパーティーを開けるのであった。

 

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会場となるのはかつての最盛期の王・カール=エリック=アウスレーゼ(カールⅠ)がヴァレリア湖の湖畔に造営した夏の離宮であり、現在の王城として使われているグランセル城、白の宮殿とも呼ばれるそこの空中庭園で開かれていた。参加者は女王を含む王族や貴族制が廃止されているとはいえ王族と関係の深い元貴族、地方有力者、政治家に高級軍人などいわゆる社会の上流階級が集まっていた。

「どうしよう。やっぱり来ない方がよかったかもしれないな。場違い感がすごい」

 

シャルルのうめくような言葉であった。アリオスも黙っているが内心は試合のときより緊張していた。知り合いが誰もおらずどうしていいかもわからずに隅っこのほうで二人でおとなしくしていた。

どれぐらい時間がたったのだろうか、気がつけば女王が出てこられてお話をされていた。よくわからない政治の話から今日の祭りのことまでいろいろ話し終えるといよいよお待ちかねのパーティーが始まった。かといって別に子供二人の緊張がほぐれる訳でもなく、ますます居場所がなくなっていた。

 

 

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アリオスとシャルルの二人はこざらに盛られたご飯を食べていた。するとそこにモルガンがやってきた。軍服正装姿でグラスを片手にしていたが、表情はひどく真剣だった。

 

「シャルル=ブライト、話がある。こっちに来なさい」

 

返事も聞かずに強引に連れて行かれる、シャルル。アリオスは絶望した顔だったが放っておいてどこに連れて行くのかモルガンに聞いた。

 

「着いたら話すが、連れて行くのは将軍連中のところだ。」

 

それだけ言うと黙ってしまったモルガン。質問しても何もこたえそうにないのでシャルルは黙ってついて行った。

将軍たちは王城内にあるバーの二階にいた。

 

「待たせたなみんな。連れて来たぞ」

 

モルガンはそういって席に着く。合計六人の将官、すなわちこの国の国防をつかさどる首脳陣がいた。

 

「さて、いきなり来てもらって驚いているかもしれないが別にとって食うつもりはないから安心したまえ。私は陸軍中将のエドワードだ。君の活躍は見ていたよ。その年でモルガンといい勝負をするとはさすがは剣聖の息子だ」

 

フレンドリーに話しかけてくるこの将軍は顔は笑っているが、何を考えているかわからなかった。

 

「ありがとうございます。それで子供の私をここに連れてきたということは言うことはそれだけでないのでしょう?」

 

「察しがいいね。その通りだよ。君の実力を買ってなのだが軍に入らないかね?本来の入隊は15歳からだが、軍属ということにすれば今からでもいける。それだけの力があれば問題ない。どうだろう?考えてもらえないだろうか?」

 

元々考えてはいたが、こうも突拍子な話だったのでシャルルも驚いていた。いきなり軍人になれといわれても普通は困る。

 

「いきなりすぎてなんとも…。今すぐ答えないといけませんか?」

 

「いや。いつでもかまわないよ。君は剣術を学んでいるらしいからそれからでもいい。選択肢の一つと考えていてほしい。話はそれだけだ。迷惑をかけたね」

 

すまないね、とエドワードに謝れたが、さっきまで黙っていたモルガンが再び立ち上がって送ってくるといってシャルルを連れ出した。バーを出て上に行く途中、モルガンは急に立ち止まった。

 

「あの将軍たちを見てどう思った?正直にいっていいぞ」

 

ぶっきら棒な感じででそう質問するモルガン。

 

「…。気持ち悪かったです。目は私を見ていたのにその目は私を捉えていなかった。」

 

「よく見ているな。もともとワシが個人的におまえを軍に引き込もうとしてたんだが、話が変わってな。あいつらが絡んできてややこしくなってしまったんだ。すまないな。」

 

「あの将軍たちに何かあるんですか?」

 

「…。詳しいことはおまえの父親に聞け。碌でもない奴とだけ言っておこう」

 

起こったようにはき捨てると再び歩きだし、シャルルを送り出すとパーティーから帰ってしまった。

 

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アリオスの元に戻ってから少し食事をしたらメイドの人が来て子供はもう帰ってもいいといわれた。シャルルは何か腑に落ちず、アリオスは特に得るもののなかったパーティーは終了した。そしてアイナの家に戻ると先生がいた。

 

「やっと帰ってきたか。おまえたちも大変じゃの。さて、いろいろあって疲れてるだろうが少しおまえたちに話がある。シャルルにはもう言ったが、今回の戦いの戦いぶりを見ておまえたちは免許へと進むことを決定した。」

 

その言葉がすごく嬉しいようで二人ともニコニコしている。免許に進むということはすなわち奥義を習得することである。

 

「ただ、免許の道を二人同時に教えることはできないので、シャルルはここに残ってカシウスの元でしばらく修行をするように。もしくは軍属の話が来ているだろう?それに乗っかるというのでもいいぞ」

 

「何で師匠が知っているんですか?さっと聞きいたところなんですけど…」

 

驚いているシャルル。アリオスもさっきはそんな話をしていたのかという顔をしている。

 

「うん。まえにカシウスにそういうことがあるかも、というのを聞いておったんでな。二人教えれないからちょうど良かろう?」

 

「はい。父と相談して決めてみます」

 

「カシウスは隣の地区のホテルの四階に泊っているそうだ。今から言ってみたらどうだ?」

 

カーファイの提案に乗ってシャルルは久しぶりの家族団らんに向かった。

 

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「父さん、少し話があるんだけど」

 

ホテルの部屋に戻るといくとカシウスをつれて大浴場に向かった。夜も遅かったのも誰もいなかった。体を洗って湯船につかる。

 

「軍属の話なら聞いているぞ。シャルルの好きにしたらいい」

 

沈黙の中カシウスが話を切り出した。

 

「確かにそれもあるけど、郡の将軍クラスに何か問題があるの?」

 

そう聞くと父は少し驚いた顔をして話し始めた。

 

「モルガン中将から聞いたのか。なるほど、誰もいない大浴場の端にまでつれてくるわけだ。軍人として才能あるんじゃないか?」

 

おどけたような顔をして言う。咳払いをした後カシウスは小さな声でまるで誰かに聞かれたくないように質問した。

 

「まず、おまえは軍に入るつもりなのか?」

 

シャルルもそれに合わせて小さい声で答える。

 

「師匠の下を去ったあと軍か遊撃士か迷っていたけど、今回のオファーで軍に決めたようと思ったけど何か裏がありそうでモルガン中将に聞いたら父さんに聞けって言われたから…」

 

「おまえを信頼して言うがほかの誰にも言うなよ。今一番軍縮を推し進めているのは今の将軍クラス。本人が判断してそうしていたらは別に問題ないんだが、裏で国会議員とつるんでいてその議員が帝国系なんだよ。つまり…」

 

「賄賂で上層部が骨抜きにされている。おまけに相手が仮想敵国第一位のエレボニアときたから問題あり、ということ?」

 

「そうだが良く知っているな。どこでそんなこと知ったんだ」

 

息子の思いもよらない方向絵の成長に思わずため息をつくカシウス。シャルルはほめられたので嬉しそうな顔で、

 

「普段いるところが娯楽のない辺境だから娯楽は読書。でも子供はお金を持ってないから家にある本を読む。だが父親は現役の軍の佐官とくれば息子も影響されてこうなったんじゃないかな?」

 

と答えた。

 

「まあそう言うことだ。幻滅したか?」

 

「別に。せっかく入れって言われているんだから入るよ。それに現役の軍人ともなるといい実践になりそうだし」

 

子供じみた理論であり、人を殺すかもしれないという認識が欠けているシャルル。カシウス自身も若いころは己の剣術を極めることを目標に邁進してきたので、少し懐かしいような気がした。それと同時に息子の認識の甘さを危うくも感じた。

 

(まあ、まだ10代前半でもあるしおいおい認識は変わるか。今は剣の道に生きがいを感じているようだし、師匠の下にしばらくしたら一度戻るから今は放っておくか)

 

カシウスもまた人の子であった。危険だと頭ではわかっていても楽しそうにしている自分の息子にわざわざ落ち込ませるようなことも言うのも野暮かと思ってしまった。

 

「まあ一年ぐらいすれば免許の道だからな。呼び戻されるまで家では父さんが剣と軍事についていろいろ教えてやろう」

 

その後は他愛無い話となりその日は終わった。

 

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次の日、アリオスとグランセル郊外にあるエルベ離宮に向かっていた。ここに来たとき本来観光予定だったが、モルガンにあったことでそんなことを忘れて鍛錬をしていたから回れなかったのだ。しばらくといえどもずっと一緒に行動してきた兄弟のような関係であり、二人とも寂しいようで言葉は少なかった。もくもくと進みでてくる魔獣も路肩の小石をけるごとく倒していると目的地に着いた。

 

「きれいなところだな」

 

アリオスの言葉にシャルルも頷く。

 

「そうだな。…しばらく会えなくなるががんばれよ」

 

「ああ。早く弐の型の皆伝を達成するよ。そうしないとシャルルの分の席が空かないからな。だけどここに残っている間は何をするんだ?」

 

「軍属になってしばらく実戦経験をつんで待っておくつもりだよ。まあアレだ、コネ万歳というやつだ」

 

シャルルのくだらない言葉にアリオスは失笑して自分の将来について少し話し出す。

 

「ということはそのまま軍人になるのか。私は故郷のクロスベルに戻ったら警察になるつもりなんだ。形は違えど少し似ているな」

 

「ああ。でも辛気くさい話はこれで終わりにしよう。今日はパーッと楽しもうぜ」

 

そこからは年相応の子供のように観光をしてふざけあって次の日にアリオスと師匠はカルバードに帰っていった。

 

シャルルも父に連れられて陸軍の司令部に赴き、幕僚会議で正式に認められてモルガンとカシウスのいるハーケン門の見習い准士官として任官された。

 

この日からシャルルのハードスケジュール生活が始まった。

 




※軍部のコネについて

この世界の軍では割と階級の昇進縛りは弱く、30台前半で大佐だったり、外部からの引き抜きで身元不明の人が少尉をしたりしていましたので12歳(もうすぐ13歳)の軍属も目をつぶっていただきたいです。


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第六話 力

「残り五週!終わり次第門の前に集合!」

 

ハーケン門の裏にある鍛錬場でひたすら走っていたある小隊に担当将校が声をかける。戦車の訓練も行える広大な敷地の外周を20週走らされていた。ハーケン門名物で白兵戦の演習に勝ったら10週、負ければ20週というランニングつき訓練であった。走る兵たちは今日戦った相手の指揮官のことを思い出していた。

 

「くっそ。餓鬼だと思ってなめてかかったらボコボコにやられた。小さいのに強いだけじゃなくて、用兵もうまいとかなに者なんだ!」

 

晴れ渡る空の下で最前列を走る負けた組の指揮官だった男は隣を走る同僚に声をかけた。

 

「…さあ、わかりません。…あとで説明があるんじゃないですか?」

 

ヒイヒイ言いながら走っていたが指揮官は心中ではとんでもない奴が来たのではないかと思っていた。走り終えて疲れた体を引きずって門の前に行くとモルガン中将がいた。顔は怒っており、彼らも怒られる理由は見当がついていた。新兵泣かせの将軍にこの状態で絞られるとなると憂鬱であった。

 

「全員そろったか。まったく貴様らは何を考えているんだ。あの子供に勝てないにしても気を抜きすぎだ、馬鹿たれが!」

 

大気を震撼させるほどの声に久しぶりに体が反応してしまう。入隊時の怒鳴られたトラウマは簡単には消えてくれないようだった。

 

「お言葉ですが将軍。はじめから我々が負けると思っておられたのですか?」

 

モルガンの発言に引っ掛かった指揮官が質問する。ほかの兵士たちも気になったようで、顔に書いてあるようだった。

 

「詳しいことは第二練兵場で話す。だが強さは大体ワシと同じぐらいと思っておけ。次からまた気を抜いたらこれだけじゃ済まんからな!」

 

兵士たちはモルガンの言葉を半ば信じられずに第二練兵場へと向かった。そこにはハーケン門付の兵士たちが集められており、月に一回ある全体集会の並びとなっていた。恐らくあの子供兵士のことがいろいろ伝えられるのだろうが、そこにはいくつもの憶測が飛び交っておりいつもより騒がしく落ち着きがなかった。

 

壇上にモルガン中将が現れて皆が静かになるが、横には先ほど自分たちを倒した子供がいた。拡声器を使わなくても響くその大きな声でいつものように話し始めた。

 

「本日よりわがハーケン門守備隊に加入する軍属を紹介する。本来なら軍属一人のためにわざわざ兵を集めないが、いかんせん特殊なので皆を集めさせてもらった。将来の士官候補として本日より勤務するシャルル=ブライトだ。年齢は十二歳だが階級は准尉相当という決定となった。この決定は将官クラスの会合によって決定したことであるので遵守するように」

 

12歳の子供が軍に入ってくるということで集会が終わったあともその少年のことで持ちきりであった。おまけに白兵訓練を見ていた者たちのうわさによって、本人置いてきぼりでますます注目されていってしまったのだった。

 

 

-----------------------

 

 

「今日から一年ほどこの小隊で世話になりますシャルル=ブライトです。よろしくお願いします」

 

シャルルは集会で壇上につれられて紹介されたあと、食堂で所属班の人間と顔合わせをしていた。小隊の数は大体30人程度なので、気分は飛び級した学生みたいな感じであった。

 

「私はこの小隊を預かるロバート=ケニー少尉だ。君は一応副官扱いになるらしいからよろしく頼むよ」

 

ロバートは笑顔で歓迎する。今年士官学校を卒業したばっかりであったがなかなかに優秀な好青年であった。シャルルは緊張しながらも差し出された手を握り返した。そのあと小隊の1人1人に挨拶に回り顔と名前を一致させるのにを苦労した。何人かは懐疑的な目であったが特に嫌がらせもされることなくそのまま昼の訓練に流れ込んでいった。教練上で行われるのは住の射撃訓練や近接格闘術であった。二人一組でいろいろするのだが、シャルルだけ別に部屋で少尉に仕事やその他施設についてなど今後の活動に必要になる事を丁寧に教えてもらっていた。その間は少尉の部隊はほかの隊と共同で訓練や警備をしていた。

 

「なんか気に食わないな。12歳の餓鬼にいったい何ができるってんだ!ブライトって名前だったから剣聖サマの息子で、どうせコネ入隊なんだろう」

 

「おい!声がでかいぞ。曲がりなりにも准尉なんだから怒られるぞ」

 

こんな声はハーケン門の各所で聞かれた。今まで清流として軍内から尊敬を受けていた分、ついに腐ってしまったかという風にシャルルの軍属の決定は見られていた。だがそれも仕方ないことではあった。

 

中将の執務室ではカシウスとモルガンが今後について話をしていた。

 

「やはりこうなりましたか。まだ喧嘩に発展していないのが幸いですが、シャルルは割りと好戦的なんで心配ですね」

 

カシウスの漏らすような声が聞こえる。わかっていたことだが少し後悔をしているようだった。

「この程度は想定範囲内だ。常に最低1人の将校が付くように言ってあるからしばらくは安心してもいいぞ。ただそれもいつも守られるわけでないから何らかの対策を組んでおく必要はあるな」

 

モルガンとカシウスは普段の業務に加えていろいろと面倒ごとを抱え込むことになってしまった。

初めのほうは監督者もシャルルに気をつけていたがある程度仲良くなり、警戒感が薄れてくるとシャルルも1人で動くことが多くなってきた。たいていの人間が友好的な子供に喧嘩を売るといった大人気ないことはしないので、先入観も薄れていき1人の仲間という意識が皆の間に広がっていた。ただ残念ながら、全員がそうであるということは無く相変わらず敵対関係のような状況の人たちが一部にいた。

 

そしてシャルル入隊して初めての冬に食堂の些細な喧嘩にシャルルの部隊の人間が関わっており、それを上官として止めに入ったシャルルが逆に相手の上官に喧嘩を売られてしまったのだ。当然問題を起こしたくないシャルルは無視して立ち去ろうとするがそれを見て肩をつかんだところまでは良かったが、相手が子供ということを考慮せず引っ張ったため態勢が崩れてしまいそこから乱闘のようになってしまった。

 

部隊長が出てきてその場は収まったが多数派の親シャルル派と少数派の反シャルル派という歪な関係がそこで決定的になってしまった。この関係は後々大きな問題の原点となる。

 

 

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ごく一部からは大変不評なシャルルであったがそれらの人がハーケン門内でわざわざ一士官に会いに来ることもないので、もともと居た部隊を中心に仲の良い人を増やしており剣を基本として銃を訓練したり、格闘術をしたり、見回り、サバイバルなど軍人として必要な実践事項から父や上官に個別で教えてもらい、戦術その他理論の知識を貪欲に吸収していった。

 

若いころの覚えは良いというのは確かでもとあった骨組みに肉付けしていくように一回り、二回りと成長していった。

 

アリオスや師匠とも手紙で月一でやり取りしてお互いの状況を語り合った。アリオスのほうは弐の型の奥義を順調に習得する道を進んでおり中々幸先がいいらしい。

 

シャルルはと言うと実はカシウスに奥義を一部学んでいた。

 

「奥義は数こそは少ないが、いわば自らの最高の一撃たる技でないといけない。だから皆伝自体は今までと比べて時間がかかるというわけではないがそれを進化させていくのは自分自身の日ごろの鍛錬によって決まる。だから先生のところで型を学んだからといって気を抜いてはだめだぞ。」

 

剣術を極めた身として口がすっぱくなるように繰り返すカシウス。それに答えるようにシャルルも日ごろの仕事に加えて朝連と夜の居残りに積極的に取り組んだ。体を壊しては意味がないので週に何回するか決めて父に教えてもらい、昼間に仲間を使ってそれを確認するということを続けた。

 

「准尉、どんどん強くなりますね。はじめから強かったですけど何処となく頼り無い感じだったのが筋肉付いてがっしりしてきてますよ。身長も伸びました?」

 

剣の相手をしているのは部隊内で一番強いエーカー軍曹。鬼の軍曹という言葉があるが別段そういうこともなく客観的にいろいろ指摘してくれる優秀なアドバイザーであった。

 

「そうですか?」

 

「ええ、たぶん165位ありますよ。っと、剣速も速くなってますからいつまで相手になるか…」

 

一年近くに渡る実践を含めた訓練はシャルルのポテンシャルを大きく引き出しており、モルガンと後刻の勝負をしており偶に勝ったりしているほどであった。銃のセンスはあまり無かったようだが人並みには扱え、格闘術は軍人として十分合格点に達しており総合的な戦法を取れるようになっていた。カシウスから学んだ奥義を元に自分に合うように改良を加えておりいつでもカーファンのもとで免許皆伝できる態勢を整えていた。

 

そして晩秋に届いたアリオスからの手紙にはとりあえずずべてを学びきってあとは熟成する期間に入った、という旨の手紙が届いた。つまりシャルルが奥義皆伝を受ける身になったということであった。

 

「そうか。ついに来たか…。もともと一年程度でおまえの一時入隊も終わるはずだったからちょうどいい。すぐにでも向かうのか?」

 

父に報告するとそうたずねられた。夏の終わりで軍属が終了予定であったのを少し引き伸ばしていたのだ。

 

「とりあえず部隊の人に挨拶してから出発するよ」

 

その日の晩御飯のときみんなに伝えることになった。自分が出て行くと聞いて喜ぶのかと思っていたが意外と寂しがられて驚いた。なんだかんだで仲良くやっていたのがわかって少しほっこりのシャルル。

 

「また戻ってくるのか?」

 

そんな声は将校組から多かった。武術訓練だけのただの脳筋では無く、事務的な手続きも手早く処理し文句もあまり言わないのでいろいろと自分たちの隙間を埋めてくれる便利な存在だったようである。本人に自覚は無いがカリスマMAXのカシウスの息子であり、太陽の子と呼ばれることになるエステルの兄なだけはあって人望は子供ながら厚かった。

 

皆伝を受けたら帰ってくるというとがんばれ野コールになり、酒飲み大会のお別れかいになってしまった。年上の人としばらくの別れをして再びカーファンの道場に戻ってきた。

 

 

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しんとした道場に一人剣を構えて周りに立てられた的を心の目で見るかのように気持ちを静める髪の長い男。目を開くと同時に抜かれた剣はすべての的を切り裂いていた。踏み込みがまだ甘かったか、と一呼吸おくと入り口から手拍子が聞こえてきた。

 

「だいぶ速くなってるな。これぞ弐の型の真髄ってやつか?」

 

「もう着いていたのか。それにしてもゴツクなったな。身長は少し負けてるな。やはり軍は厳しいか?」

 

剣を納めて入り口までやてっくるアリオス。お土産の饅頭の箱を空けて道場の外の石壇で話す。身長は少し抜かしていたが髪の毛が伸びて精悍な顔つきになっていた。

 

「うん。朝から晩まで書類か人間と格闘だからな。アリオスは俺が教えてもらっている間どうするんだ?」

 

「クロスベルに一時的に帰ってもいいんだがあいにくこの年で雇ってはもらえないんでね。シャルルみたいなコネはないし山篭りでもするよ」

 

近況報告をしたあと一本軽く打ち合っているとカーファイがやってきた。相変わらず年を感じさせないハイスペック爺さんであった。

 

「早速打ち合いか。精が出てるな。どうだ、調子の方は?」

 

「万全です。いつでも教えてもらえますよ」

 

「ならば今晩からだな。アリオスは山入りだったな?」

 

カーファイは奥の部屋に今晩の用意をするために入っていった。晩御飯まで実践方式の打ち込みをしていよいよ奥義伝授が始まった。

 

シャルルの学んでいるのは八葉一刀流壱の型《焔》という剣術である。遠く東の島国を発祥としているらしいが定かではない。ただこの剣術の習得者はすべからく錬度が高いことで有名である。壱から伍の型までありすべてに共通しているのは抜刀攻撃を取り入れているところにある。伍の型《残月》はその抜刀を極めた剣術である。壱の型《焔》は攻撃を重点におき炎を司り、アリオスの弐の型《疾風》は速度に重点をおき風を司るといった型ごとに少しずつ特徴がある。皆伝を取るまではいかなくても目録程度の技を使ったりすることもある。

 

「さて、カシウスに頼んでおいたからひとつだけ鍛錬はしておったんだな?」

 

「はい。一年間奥義の《烈破》だけを鍛錬していました」

 

「ならばそれをとりあえずやって見なさい」

 

「わかりました」

 

外の開けた場所で的に向かってシャルルは《烈破》を行った。この奥義の名前はすべての型に共通しているが、自身の学ぶ型によって技の原型が大きく変わることを特徴としており、そこに最終的なオリジナルが加わっていくのでまったくちがうモノになる。

 

シャルルの一撃が炸裂し的が壊れる。壱の型の威力を体現した強力な一撃であった。大地は抉られており、焦げたようなにおいもする。カーファイもその威力には感心しているようでうなづいている。

 

「カシウスは中々うまく教えたようだな。すばらしい攻撃だ。次の目標はそこからオリジナルを加えていくところにあるが、大体の方向性は決まっているのか?」

 

「はい。アリオスと一緒にずっと学んできたのである程度弐の型の風を扱うこともできるので二つを組み合わせました」

 

再び構えて先ほどの的にあったところに放つ。瞬間、辺り一帯に響き渡る爆音。カーファイは己の目を疑った。まるで自分の周りで爆弾が爆発するかのようなひどい音がしたのだ。しかしこの達人を驚かせたのは目の前に広がる人間の何倍のあろうかと言う一直線に伸びる炎の壁であった。理性と本能の両方に襲い掛かる炎そのものの根源的な恐怖を感じさせるようなそれほどの攻撃であった。

それを示すかのように攻撃を放ったシャルルの剣にはまだ静かに燃えていた。

 

「父の鳳凰烈破を元にしたんですけど、実力不足でまだ炎のカーテンはかけれませんね」

 

笑いながらその少年は答える。その様子を見てカーファイはこれまでにないほどに震えていた。

「すばらしい。すばらしいぞ!」

 

思わずそう叫ばずに入られなかった。これこそが教えるものの喜びなのだろう。青は藍より出でて藍より青し。

 

まさこの言葉が示すようであった。剣の純粋な破壊力はカーファイを超えてカシウスに近いものをすでに得ていた。

 

「その烈派を必ず完成させなさい。これほどまでに破壊力のある剣は早々にないぞ。それがシャルルの持ち味になるだろうから、しっかりと定着させなさい」

 

「わかりました。でも何処でしたらいいですか?父とはヴァレリア湖の湖畔でして居たんですが…」

 

少し考えたカーファイは思い出したように山脈の麓にある湖を思い出した。カーファイの家から十分通える距離にあり比較的大きい湖なので鍛錬に持ってこいの場所であった。

 

「しばらくはいろいろアドバイスするが一通り完成すればもうひとつの奥義に移行するぞ。そちらも大変だから覚悟するように。今からはいけないからしっかり体を休めなさい」

 

「了解しました」

 

大自然囲まれた中での久々の鍛錬が始まる。以前のようなただひたすら剣を学ぶだけでなく将来に向けて勉強もしていた。お互い目指す道は違えど志を共有した仲として切磋琢磨する。巣立ちの日を目指して。

 

 

------------------------

 

 

時は流れる。

 

15歳になって初めての年の終わり、の下で学んでいた二人は道場の中心でカーファイと対面していた。ピンと張り詰めた空気の中で厳かにカーファイが話し始めた。

 

「本日1190年の終了をもって、アリオス=マクレインに八葉一刀流《弐の型》奥義皆伝そしてシャルル=ブライトに八葉一刀流《壱の型》奥義皆伝を認める。この皆伝の書を受け取ったら一人前の剣士となったことになる。よって剣に恥じない生き方をするように。」

 

「「はい!」」

 

必死に涙を耐えながらも泣くまいと気合の入った返事をする二人。嬉しさと寂しさなどがごちゃ混ぜになった顔をしているがカーファイには成長した凛々しい男の顔に見えた。

 

「よろしい。今までご苦労だったな。だが本当の剣の道はこれからはじまっていく。おまえ達はようやくそのスタートラインにたったことになる。お前たちはワシの生きてきた中で一番の弟子だ。故にこれからの長い人生の道のりをしっかりと歩んでいきなさい」

 

カーファイも少し寂しげな声をしながら二人の頭を抱きしめた。うめくような泣き声だけが夜の道場に響く。月を隠していた雲が晴れて、月光が上場の窓から差し込んでくる。それはまるで二人を祝福してるようだった。

 

アリオス=マクレインは16年のうち6年過ごし、シャルル=ブライトは14年の人生のうち4年半を過ごしたまさに二人の第二の故郷とも言えるユン=カーファイの道場を巣立った。

 

後の世に《風の剣聖》と《炎の剣聖》として名を轟かせる二人の人生物語のプロローグは今終了した。この物語はまだ始まったばかり。波乱万丈の道のりはただ神のみぞ知る。

 



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軍人時代
第七話 軍人


「1191年3月を以って48名の幹部学校卒業生と特別入隊者1名をリベール王国陸軍少尉として任官する。今後君たちは兵士を指揮する側になる。つまり部下の命の責任を持つということだ。そのことを肝に銘じておくように。それでは君たちの任官先を読み上げていく。呼ばれたら返事をして立ち上がるように」

 

合計49名の少尉任官者たちは真新しい陸軍の軍服を身につけて陸軍司令部内にある大講堂で任官式を受けていた。将来この国の国防を担う若者たちのスタートラインであった。その中でシャルルは周り同期たちの奇異の目線にさらされながらも自分の任官先を言い渡されるのを静かに待っていた。

 

「次!シャルル=ブライト」

 

「はい」

 

「貴官の任官先は北西部のスビアボリ要塞です。ただモルガン中将からの伝言で一度はハーケン門をよるように、とのことです」

 

「了解しました」

 

任官書類を受け取り敬礼をして講堂の外に出た。晴れ渡った空の下、ハーケン門で何かあるのか、という疑問を抱きながらそちらに向かった。

 

 

・ハーケン門・

 

 

門の中に入ると何処から聞きつけたのか知らないが旧知のメンバーにいろいろ祝福された。軽く話をした後モルガンのいる執務室に向かった。ノックをして入室許可をもらう。

 

「ブライト少尉入ります。…お久しぶりです、モルガン将軍」

 

「うむ、久しぶりだな。軍服は似合っているな。どうだ?元気にしておったか?」

 

「はい。気分も気合も十分です。それで今日任官前にここに呼ばれたのは何でですか?」

 

「これを渡そうと思ってな」

 

モルガンは机の中から書類をいくつか取り出してシャルル渡した。

 

「これは…許可証と推薦状ですか?」

 

それは軍属時代の部下だった者との一緒に異動することに関するさまざまな書類であった。

 

「これからしっかり働いてもらうための餞別だ。もっていけ」

 

ニヤリ、とモルガンが笑う。

 

「わざわざ手配ありがとうございます。」

 

執務室から退室して放送室に向かう。連れて行くことにした先輩であり部下だった4人の名を注意音のあとに続けて放送で呼び出す。

 

『フェアファックス=マーカス曹長、フランク=エーカー軍曹、パース=ジェリコー軍曹、シェリフ=スタイナー伍長、以上の四名は至急小会議室に参集するように』

 

放送をおえて小会議室でしばらく待っていると4人がやってきた。

 

「久しぶりだな、准尉。いや少尉か?」

 

そういって入ってきたのはマーカス曹長だった。

 

フェアファックス=マーカス曹長はいわゆるベテラン兵士であった。かつては猟兵として戦場を知り尽くしており、文書知識のみで圧倒的に経験点のなかったシャルルを現実面の知識を与えた人物である。長年の経験によって磨かれた戦闘技術も確かだが、筆頭すべきはサバイバル能力でありあらゆる状況での生存技術を持っている。

 

「ちゃんと帰ってきたんだな。そのままどこかの企業に就職とでも思ってたぞ。ハハハ!」

 

爆笑しながら続くのはジェリコー軍曹。

 

パース=ジェリコー軍曹はもともと導力器の配線などをする仕事をしていたが爆発物を扱う主人公の登場する本に影響されて入隊し、今では通信や技術兵的なことを得意とした爆破も出来る工兵の役割を担っている陽気なおっさんであった。

 

「一応上官なんだからちゃんと話しなよ、ジェリー。他で聞かれてたら怒られるよ」

 

ジェリコーを諫めながら入ってくるエーカー軍曹。

 

フランク=エーカー軍曹はまじめで誠実な人で兵から信頼される人間性の持ち主だった。剣術と格闘術に優れており、シャルルの格闘術の先生であり、准尉時代に日頃からお世話になっていた人である。

 

「久しぶりです。今日は何のようですか?」

 

最後に来たのはスタイナー伍長。

 

シェリフ=スタイナー伍長の実家は代々猟師の家だったらしく非常に銃の扱いにすぐれていた。ただ三男だったので家を継がずに軍に入隊したらしい。猟師としての隠密と狙撃能力は大変貴重なものでありシャルルが最初に目をつけた人だった。

 

全員そろったところでシャルルが話し始める。

 

「本日より少尉としてスビアボリ要塞勤務になったシャルル=ブライトだ。モルガン中将の御好意により軍属時代の部下の連れ出し許可をいただいた。そこでお前たち4人を選んだのだが、ついて来るか?」

 

「「「「「Yes,sir!」」」」

 

四人はシャルルの質問に間髪入れることなく即答した。一年間という限られた時間であったが信頼醸成は十分してあった。返事に満足してシャルルは頷いた。

 

「俺は今日行かないといけないからスビアボリにすぐに行くけど、四人は今週中でいいぞ。それとこれが推薦状は曹長が持っていって要塞の守備隊長に渡してくれ」

 

「わかりました」

 

代表して曹長が答える。

 

「話はそれだけだ。向こうで待ってるからな」

 

小会議室で解散をしてシャルルはモルガンに報告をして飛行場に向かい、四人はハーケン門の整理に向かった。

 

 

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飛行場で飛行客船に乗ってスビアボリの最寄の都市ボース市に向かった。ちなみにこの客船はアイナの祖父が経営しているホールデン飛行公社のものなので、ちゃっかりフリーパスを持っておりファーストクラスが使えたりもする。

 

リベールに存在する五大都市のうち商業を基盤として国内で最も繁栄しているのが目的地のボースであった。街の中心に据えられた巨大なショッピングモールを中核として計画的に整備された街は商業を行う為に最適な造りをとっており、元貴族が市長になることの多いこの国で珍しく商家出身のシコルスキー=アークライトがその地位を占めていることからも力の大きさがよくわかる。広大な計各都市の郊外に設置された飛行場にシャルルは到着していた。

 

「しかし馬鹿でかいな、この街は。まあ、ロレントと比べたら何処でも都会になるか。デパートには何でも揃ってるらしいからあいつ等が来たときに何かおいしいものでも買っておくか…」

 

トランクと地図を持ってシャルルは買い物に向かったがそこで目にしたのは想像を超えた建物であった。5階建て+地下二階建ての専門店が数百店舗も収まっている建物はもはやひとつの山のようであった。

 

「商人が強いのが大変良くわかる建物だがでかすぎるだろ。維持費だけで目玉が飛び出るような金額なんだろうな。食品関連で何個も店舗が有って大変だがさっさと買って要塞に行かないとな」

 

あふれ返る人の中必死に走りまくってベーコンなどのおつまみとアルコール飲料をいくつか買い込んだシャルルは荷物をまとめて目的地を目指した。

 

目的地たるスビアボリ要塞は北西に位置しハーケン門と並んで帝国に対する重要な防御拠点であった。しかしハーケン門は中世の城砦を少々近代化したに過ぎず老朽化は諫めなかった。

そのためスビアボリ要塞はもともとそれの援護基地と司令部能力の移転先として近代的要塞として大きく作る予定で着工されたのだが軍縮傾向の強い軍において真っ先に計画変更を迫られてしまい、何回かの変更を経て今の形になったのであった。そのため規模が初めより小さくされて十分な拠点防御力がない中途半端なものとなってしまい、いまだに北部防衛の拠点はハーケン門という残念な要塞だった。

 

 

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しかし小さいとは言えども要塞。中は最新式なので比較的快適であり、きれいだったので居住性は悪くなさそうだった。案内の兵に連れられて守備隊長室にやってきた。

 

「本日付でスビアボリ要塞勤務となりました新任のシャルル=ブライト少尉です」

 

「スビアボリ要塞守備隊長のグランツ=ペイ少将だ。ハーケン門からの異動組のことはモルガン中将より聞いている。君の活躍を期待しているよ」

 

激励の言葉をいただいて正式に着任したシャルルは自分の配下に入ることになる小隊のいる大部屋に向かった。少尉の役割は陸軍において25人から50人で編成される小隊を指揮して戦闘行動を行うことが基本である。リベールでは一小隊35名の兵士に加え、下士官を合わせて合計40名による編成であった。またいくつかの小隊が合わさって中隊を編成することになる。

 

 

・小講堂・

 

 

「今日来る士官って子供らしいぞ。大丈夫なのか?」

 

「知ってる知ってる。士官学校卒業しないでいきなりの少尉任官だったらしいな」

 

「軍属として少しの間いたらしいぞ。おまけにめちゃくちゃ強かったって前ハーケン門勤務だった奴が言ってたぜ。なんでも剣聖殿の息子だとか」

 

講堂でシャルルを待つ兵士たちはいろいろな噂話をしていた。本当のことから嘘まで、憶測も含めたものが飛び交っていた。ただその根底にあるものは不安と期待である。

 

講堂のドアが空き教室にシャルルが入ってくる。ピタリと話しが止み、全員が起立する。

 

「座ってくれていいよ。…本日よりスビアボリ要塞守備隊第5連隊所属48小隊の小隊長となったシャルル=ブライト少尉だ。下士官連中は今週中にやってくるが訓練を受ける前に君たちにはいくつかのテストをしてもらう。内容はプリントを配るから質問があるなら聞いてくれ」

 

入隊時にいろいろテストをしたのにという疑問を持ちながらシャルルから配られた解説プリントを読む。

 

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~体力テストについて~

 

1,フル装備での持久走(3キロ)

 

2,格闘術(ナイフを含む)

 

3,剣術または銃剣術

 

4,銃術(ライフルと拳銃)

 

5,爆発物の扱い(手榴弾など)

 

6,四人一組のグループ実践戦闘

 

7,サバイバルの基本知識(ペーパー)

 

8,応急手当の基本知識(ペーパー)

 

9,お楽しみ

 

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「9って何ですか?」

 

他は大体何かわかったので、この質問をしようとしてたものが多かったがシャルルはさらっと流して、先にできるペーパーテスト二つをやらせることにした。

 

戦術的な教育を十分受けていないとはいえ戦場に立つ以上最低限必要だとシャルルが感じた知識をを簡単なテストにしたものだった。ただ、ゼムリア大陸では一般的に皆が絶対に行くのは日曜学校だけであり、そこで生活に必要な読み・書き・計算を下級学年で学び、もう少し高等なことを上級学年で習う。一部の賢い人や貴族などはそのまま高等教育の学校に進学するがあいにくここにはそういう人間はいないので、知らないことを答えさせているので点数崩壊覚悟でやらせていた。

 

テストが終わり試験が終了するとある兵士から質問が飛んだ。曰く、

 

「兵卒が勉強する必要はないのでは?そんなことをするんだったら訓練をして強くなるべきでは?」

 

ということであった。確かにゼムリアの軍においてシャルルのしていることは普通はありえないことであった。兵卒は戦う為にあるものであり、武器がうまく扱えればそれで良いとされていた。

 

「なるほど。確かにそうだな。だが残念なことにその一般論を適用できるのは一部の強国だけなんだ。頭数があれば兵区分を細かくすることに問題はないが、リベールのような小国はそんなことはできない。なぜなら兵士の数が絶対的に少ないからだ。故にその一般論を実行する為には君たちが一人二役、三役を担わないといけないことになる計算になる。でもこれらの知識は自分の生き残りの為にも有効だ。他の隊がどうであってもブライト隊は命令に従いかつ思考する兵士をめざして指導していくつもりだ。一年後からわが隊が最強・最優秀になるように気合を入れていけよ。今日は会議はこれで終了だ。」

 

 

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グランセルの北、ヴァレリア湖畔にある陸軍総司令部将官会議室では帝国派の将軍たちと政治家が集まっていた。本来国家に尽くすべき人間たちの集う根拠地で大手を振舞って売国的な謀議をできるのは、この国の中枢がどれだけ汚染されているか良くわかる状態であった。

 

今後の帝国との外交関係から国内の反帝国派に対する対処までさまざまな方面について話し合っていた。その中にはシャルルの名も出ていた。

 

「最近、剣聖・カシウス=ブライトの息子、シャルル=ブライトが上層部の推薦で軍に入ったと聞いたが帝国との関係の障害にはならんかね?」

 

元貴族の貴族院議員より質問が出る。リベール王国は貴族制を廃止しているが、旧制の名残で貴族院の名が残っていた。特に元貴族のみが所属しているわけではなかったがやはり力があるのは公・候クラスか金持ちの議員であった。

 

「シャルル=ブライトはなかなか切れ者の子供のようでおまけに戦闘能力も高いときています。成長すれば間違いなく父とともに帝国の障害になる男になります。故に早いうちから軍に縛っておき、激戦地になる可能性の高いスビアボリ要塞勤務にしています。モルガンのせいで少尉になっていますが、万が一生き残って中枢に関わる階級になっても発言力を持つ前に退役させて力を持たせないようにしますので安心ください」

 

陸軍のエドワード中将が答える。シャルルの昇進スピードと昇進クラスはすでに決定されており、綿密な計画と上層部の監視下で軍から雇用されていたのだった。すでに形成されかけていた反シャルル派を帝国派としての取り込みも行っており、将来の追い落とし準備を整えていた。

 

 

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老害共によってそんな計画が立てられているとはいざ知らず、シャルルは異動してきた部下にこの間のテスト結果を見せていた。内容はそこまで難しくなかったものの平均点は予想以上低く、マーカス曹長は訓練をしながら勉強させるための無理のない授業設定について頭を悩ませていた。

他のメンバーも自らの技術を教える為の準備に追われていた。ただ体力テストの方はそこまで酷くなく、一部に芽が出そうな者もいて悲観的な内容ばかりではなかった。ちなみにお楽しみの内容はシャルルvs小隊の兵士全員の試合であった。年齢によって舐められるのを防ぐ為に割りと本気でボコボコにしてしまったシャルル君。そのせいか兵士たちのシャルルへの不安の原因が頼り無さから上官への畏怖に180度変わってしまっており、晴れて(物理的に)頼れる上司にランクアップしていた。

一方シャルル本人は士官としての勉強を続けつつ、会議に出たり他の尉官や佐官クラスの人間関係の醸成に努めてたりとかなり忙しい生活を送っていた。部隊ではプロフェッショナルたる4人の下士官の補助と近接戦闘訓練の相手を務めたりしていた。要塞防衛の部隊として、この連隊は弾薬庫の警備と外の哨戒任務を担当していたが、哨戒という名目で一週間のサバイバル訓練なんかも良いかな、とか考えていた。

この思いつきによってこのあと月一で一週間の隠密の訓練も含めたサバイバルを要塞の東西に広がるにある山々の森を使ってやらされることになり、一緒にやらされるかわいそうな巻き添え部隊も続出してしまうことになる。

 

 

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ハーケン門勤務であったカシウスは本部に戻り大佐として再び軍の財政のを担当していた。今日はリベール南東にあるツァイスへ視察に来ていた。ツァイスはリベール王国におけるグランセルに次ぐ最重要都市であった。山間部に位置しており、街の中心となるのがツァイス中央工房(略称:ZCF)であった。ZFCは今文明において最高の業績とも考えられている導力革命の拠点となった工場であり、今のなおその分野においてトップクラスの技術と人的資源を有する半国営企業である。そこの工場長は政治家でもないのに市長も兼任するという普通では考えれないほど異様な都市であった。それは技術が非常に重宝されていることの裏返しなのだが、現在その座に着く老人の名をアルバート=ラセッルと言った。

 

この人が導力革命を主導したとも言えるほど偉大な人であるが、カシウスは陸軍の新兵器開発の相談に来ていた。

 

「お久しぶりです、ラッセル博士。設計図のほうはどうですか?」

 

工場の一室で大きな金属の乗り物をいじっていた老人が煤まみれになっている顔をのぞかせた。

 

「おお!カシウスか!軍用飛行艇の案はまだできていないがお前の息子の頼んできたのならいくつか出来ておるぞ」

 

倉庫の奥から引っ張り出してきたのは人間一人が担げるぐらいの大きさの筒状のものだった。ほかにも不思議な形の銃など今では猟兵しか使っていないとも言われる火薬を使用した武器たちであった。

 

「お前の息子の考えることは中々面白いな。ワシの創作意欲も沸くからどんどん頼めといっておいてくれ。それでこれなんだが大体厚さ15センチぐらいの装甲をぶち抜ける個人用の砲だ。火薬は最近流行らなくなったおかげで利権団体が減ってるから、大量に材料を安く入手できるてだいぶ費用を抑えて作れたぞ」

 

そういって自分の開発した新兵器を自慢げに見せるラッセル博士。頭は良いがお茶目な爺さんである。彼が開発したのは現実で言うところの無反動砲であり、シャルルの取り回しのいい火薬を使った対戦車兵器という要望に基づいてラッセルが形にしたものだった。

 

導力革命により七耀石の需要が高まり値段がどんどん上がっていくので、最近では需要を満たす為に端材になったいるセピスですら高く買い取られる世の中になったいた。そのため兵器産業に対して以前のような力が火薬兵器企業に無く、酷いところは倒産していた。そのため利権として守られていた生産ラインや原材料が手放されて非常に安くで火薬を手に入れられること、火薬市場は縮小していたが火薬そのものの爆発力は軍事利用するのに十分であることにシャルルは目をつけた。

 

シャルルはスビアボリ要塞の弾薬警備班なのでまず兵器管理担当の上官である中佐と仲良くなり、その後それらの利点を説いて父を通して新兵器の導入するように頼んでいた。スビアボリのペイ少将も初めのうちは下級将校がコネを使って自由にするのを見て注意をしようとしたが、いつもに比べて大幅に安い値段を見たことで軍縮と常々うるさい上を黙らせられるということ、使っているのはコネだけで他には特に問題点はなかったこと、以上の二点から考えて黙認することにしていた。

 

ZFC側も安いことで研究費がかさまず、政府からとやかく言われないので中堅の研究員が自分たちのアイデアを具体化できる良い機会ということもありお互いにWIN-WINの関係だったのでいろいろな人のアイデアが実現されていた。

 

使えないものもあったが先ほどの無反動砲に加え、サプレッサー内蔵の火薬銃、対戦車用の地雷、擲弾銃などの良質の火薬兵器がスビアボリ要塞に納品されていっていた。

 

カシウスも息子の名がすでに本部に届くほどの状況に驚いており、また誇らしくもあった。自分も研究を頼んでいる皆のだがシャルルの注文するものに比べてだいぶ高いので上の支持をもらうのが大変そうであった。

 

こうして陸軍内で頭角を現して着々と勢力を拡大するシャルル。彼への対策をとっていながらも危機感を抱き始める上層部。静かな対立はまだ隠れていたがしかし、そこにそんなことを忘れさせるリベール王国建国以来最大の危機と後世で言われることになる戦争がすぐそこに迫っていた。

 

 




新登場のオリジナル軍人の解説をまとめたほうがいいのかな?


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第八話 戦争

1192年4月

 

シャルルが入隊して大体一年が経った。スビアボリ要塞において階級以上の権限を実質的に持つシャルルに対する反発は意外にも要塞内部には少なく、帝国派の多い中央司令部に集中していた。シャルル主導の導力兵器偏重から火薬兵器もうまく用いた混成体制の確立したその手腕は表ではあまり語られないものの、一目置かせるものであった。

 

また徹底的な教育と訓練によって総合力においてリベールの全部の部隊で見ても頭がひとつもふたつも飛びぬけている程に第48小隊を成長させたシャルル式練兵法は始めの馬鹿にされていたような雰囲気は無く、たった一年で周囲に認めさせる完成した教育体系となっていた。

今日はその教育と訓練の代名詞たるサバイバル訓練に出る日であった。

 

「第48小隊と合同訓練の第62小隊がそろいました」

 

マーカス曹長の報告を受けて訓練が開始された。

 

このサバイバル訓練は二つの小隊を使って行われ隠れる側は山の中で分隊ごとに隠密を含めたサバイバルを行い、山の麓に陣取る側は歩哨任務の訓練をかねたサバイバルをする。全滅判定を受けた方は罰ゲームつきで一週間緊張を解けない一番実践に近い訓練だった。

 

今回はシャルルの部隊が隠密側であり下士官4名指揮を含めた5分隊体制で各自行動していた。ところが山に入って二日目おかしなことが起きた。晴れた空の下昼食の準備をしていると雷が遠くのほうで鳴ったのだ。雷自体はおかしくないのだが鳴っている回数が異常に多かったのに引っ掛かった。違和感を感じたシャルルは無線でほかの分隊を呼んで一度集合することにした。

湖の近辺を待ち合わせにして待っていると第48小隊が全員集合した。

 

「少尉、あの音は間違いなく砲撃の音です。一度62小隊に連絡を取ってみてはいかがですか?」

 

集まるなりマーカスがそういってくる。サバイバル中は基本的に外部からの無線は切っており、外部通信できるのは隊長の無線機だけであった。その提案に乗ったシャルルはとりあえず山の麓に居る第62小隊に連絡をする。

 

『こちら48小隊。62小隊長応答せよ』

 

『こちら62小隊副隊長。緊急事態が発生しました』

 

焦った様子の62小隊の副隊長の声は無線越しでも良くわかった。

 

『ハーケン門に対してエレボニア帝国が侵攻を開始。今こちらの小隊長が要塞に確認に向かい…』

 

そこで近くで爆発音が響いた。状況から察するにスビアボリ要塞への砲撃が始まったのだろう。

 

『第62小隊副隊長に命令。一度湖畔に集合しろ。そちらの小隊長の生存が確認されるまで第48小隊のシャルル=ブライトが指揮を執る』

 

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リベール王国首脳陣は混乱に陥っていた。帝国の辺境の村を王国が攻撃したといういわれの無い理由でいきなり宣戦布告を喰らったのだ。今まで帝国とつるんでいた人間は焦ってた。

エレボニア帝国の軍事力は強大で陸軍に関しては現在大陸最強といっても過言ではなく、実に二十を超える機甲師団を保有していた。その大国が小国に対して奇襲をかけてきたのである。北部辺境防衛の要ハーケン門とスビアボリ要塞は即日中に陥落した。橋頭堡を確保した帝国はリベール全土を制圧するために着々と戦力を集めていた。

 

リベールも国家非常事態宣言を出して抵抗を図ろうとした。

 

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第48と62小隊は森の中に集結していた。

 

「どうだ、ジェリコー?無線傍受できたか?」

 

「ええ。ハーケン門も陥落してますね。スビアボリのペイ少将は戦死。モルガン中将は脱出しようしたみたいですが失敗。現在ハーケン門の牢屋の中。それと…帝国の方は今日は一日は進軍停止みたいですね」

 

緊急時のためにと常に持ってきていたジェリコーの無線傍受のセットが役に立ったが状況は最悪であった。兵士たちの中にも混乱が広がっていた。

 

「…。全員その場に座れ」

 

考え込んでいたシャルルは言葉を発する。

 

「これより第62小隊は俺が指揮下に入ってもらう。そしてこれより二小隊でスビアボリ要塞の封鎖作戦を行う。質問は?」

 

62小隊の兵士たちにどよめきが広がる。曰く、こんなに少ない数で敵うわけがない、降伏するべきだと。それに対して48小隊の兵と喧嘩になりそうになる。

 

「黙れ、貴様ら!」

 

普段優しいエーカーが怒号を上げる。今にも殴りかかりそうな軍曹を制止してシャルルが話しだす。

 

「この期に及んで勘違いしている馬鹿がいるから言っておくが、これは命令で君たちは兵士であり軍人だ。俺が許可したのは質問であり、誰が異を唱えろといった。その手元のライフルは玩具か何かか?」

 

「敵を殺す武器です」

 

静まった兵たちを代表してマーカスが答える。

 

「ではその銃口は国を守り敵を殺す為にあるはずだ。わが国は圧倒的に劣勢。時間が経てばより不利になる。戦場に最も近くまた敵から認識されていない我々の採るべき行動は敵に対する奇襲ではないか?」

 

その言葉に62小隊の副隊長が反論する。

 

「しかしこの兵力差で正面から戦っても勝ち目はありません。何か作戦はあるのですか?」

 

「捕虜になっている兵力を合わせても要塞を維持するのは不可能だ。だが破壊して補給基地として使えなくすることなら可能だろう?弾薬庫には大量の対戦車兵器と高性能爆薬がある。ここは山で大型車両の通路は要塞を通るしかない。昼の間に敵の補給部隊の来るタイミングを見極めて、本日の夜から俺とエーカー率いる部隊かが敵部隊を陽動する。そしてスタイナー率いる狙撃部隊が監視兵を射殺。混乱する隙に西から48小隊、東から62小隊各選抜3分隊が進入し弾薬庫より兵器を回収する。順次捕虜を解放し、爆薬をセットして次に来る補給部隊ごと吹き飛ばし、対戦車地雷を設置して要塞を封鎖する」

 

作戦の成功確率はとても低いように感じられたがやるしかなかった。

 

「この作戦の要は陽動部隊にあり、死亡率も高くなるだろう。死ぬ覚悟のある奴だけ来い」

 

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昼間の間偵察を行い様子を確認したところ、序戦の完勝で完全に気が緩んでいた。兵力は維持に必要な一連隊だけで工兵が多いようだった。ただ、18輌の重戦車が防衛としていた。その夜シャルル率いる任務部隊が静かに行動を開始した。

 

「俺たちは通信機器の破壊と指揮官の排除が目的だ。そのあと爆弾工作だ。今ある分だけとりあえず設置するぞ」

 

ジェリコー率いる通信機器破壊部隊が裏口よりすぐに侵入できるように、近くの空き倉庫内で待機した。それが完了したと聞いたシャルルの陽動部隊は奇襲をかけた。

 

「今、ジェリコー隊の準備完了が確認された。今回の作戦の要は俺たちだ。それを肝に銘じておけよ」

 

「「「「Yes,sir!」」」」

 

「よし!いくぞ!」

 

射撃許可が下されてサプレッサーによってかき消された特有の湿った銃声があちこちから響く。地上で警備していた帝国兵たちは次々に倒れていった。

 

「敵襲だ!」

 

そう誰かが叫んで帝国軍は攻撃に気付く。兵士たちはあわてて応戦し、戦車が機関始動しようとするがエンジンの始動していない戦車など唯の的であった。陽動部隊が主砲に手榴弾を投げ込み次々と大破させていく。

兵士と戦車を駆逐しているといくつかの戦車が動き出したのを見てシャルルを残して他は一時撤収する。

 

「くそったれ!ブチ殺してやる!」

 

仲間を殺されて怒っている敵兵は戦車に備え付けられた機関銃を使ってシャルルに攻撃する。しかしその弾はシャルルを捉えることは無かった。

この世界で武術を極めたものは普通の人間ではありえないような戦闘力を持っていることがあった。持つだけで身体能力が上がる戦術オーブメントから察するに、七耀石が人間の体と何らかの反応を起こして身体能力に影響を与えると考えられた。ともかく、シャルルは生身で兵器や軍隊渡り合える側の人間であった。

 

涼しい顔をして銃弾を弾き仲間が次々に切り殺されていく。それを見て驚愕した戦車の砲手は人間に対して本来使うものではないが主砲を放った。一帯に鈍い音が響いた。要塞の壁すら砕く威力は絶大で爆炎を噴きながらえぐり、地面の煙で視界が覆われる。

これは流石に殺ったか?と考えて銃眼から外を見ていた砲主の顔にいきなり剣が突き刺さった。剣の持ち主には怪我ひとつ無く、周りで戦車を援護していた人間は切りつけられてすでに息途絶えていた。

 

「ヒッ!しっかりしろ兵長!…畜生、押しつぶしてやる!」

 

即死した遺体を見て焦った操縦士はアクセルをおもいっきり踏み込み前進する。シャルルは腰から催涙弾を抜いて割れた銃眼に投げ込む。炸裂した催涙弾は白い煙を出した。目とのどを潰すその痛みは尋常ではなく敵のことを忘れて乗組員が外に脱出する。出てきたところシャルルに捕まえられて戦車も鹵獲された。

 

「エーカー!こいつらから戦車の操縦方法聞きだしておけ!」

 

奥にいた部隊を呼んで鹵獲兵器の接収のために尋問して聞き出させる。その間にシャルルは裏に残っているほかの戦車を排除しに向かった。

順調に外にいる帝国兵が排除されていく様子を敵指揮官は見ていた。

 

「何だあの餓鬼は!?仕方ない。応援を呼ぶか…」

 

戦闘の一部始終を監視塔内部から双眼鏡で見ていた要塞の敵警備隊長は応援を呼ぶ為に指揮室に向かった。

 

「通信兵!応援をよ…グァ!」

 

通信室に入ろうとしたとき乾いた銃声が響き絶命する。

 

「こちらは帝国の方は立ち入り禁止です、なんてな。運が悪かったな」

 

硝煙を上げる銃口に息を吹きかけるジェリコー。

 

「軍曹、通信室も制圧を完了しました。この階への爆弾設置も現在進行中です」

 

「そうか。完了次第下に移動するぞ」

 

指揮室はジェリコー隊によって占拠されており、通信機材も壊されていた。要塞の占領責任者たる帝国の大佐も殺されており、敵軍の頭脳部分は完全に機能不全になってしまった。

外ではスタイナー率いる狙撃部隊が要塞を囲むように静かに位置取り、すべての出入り口をスコープで捉えていた。活動する陽動部隊を援護しつつ、そこの近くを通る敵兵はすべて女神の下に送られていた。

 

「貴様ら援護に向かうぞ!敵は少な…ガッ!」

 

警戒中や戦闘中の部隊で体の見えている人間は次々に撃たれていった。

 

「隊長!くそ、何処から撃ってきてやがる!頭を出せば撃たれるぞ!」

 

「もう嫌だ!いったいどうなっているんだ!」

 

敵からすると暗闇から一方的に狙撃される恐怖にさらされて積極的に動けず、戦車隊の援護に果敢に向かった者もたどり着く前に死んでいた。おまけに伏せているところを侵入した王軍に見つかって撃たれてしまい、外部に展開する帝国の警備部隊は最早八方塞であった。あれこれしているうちにシャルル隊によってほかの戦車やトラックも次々に鹵獲され、外での抵抗はほとんど無くなっていた。

完全に要塞内に押し込められた帝国の先遣部隊は今度は侵入してきた王国軍に手間取っていた。本来は緊急脱出口だったところから侵入し、王軍は一直線に弾薬庫と地下牢屋に向いつつ、敵を分断するように要所をおさえて各個撃破していった。通路を確保して次々に武器を運び出していき、捕虜になっていた多くの味方を引き入れると各地に爆弾を設置しながら掃討戦を始めた。

 

「爆薬は遠隔起爆でセットしろ!やり終えたらすぐに移動して、常に一転で止まるな!」

 

「敵は西側に追い詰めていけ!」

 

各所通路や部屋で散発的に起こる銃撃戦。ただ十分に施設地形を理解しきれていない帝国軍は後手に回っており、バリケードを構築されて狭い場所に追い込まれており死傷者がかなりの数で出ていた。一方王軍は何人かが負傷したものの第48小隊の活躍や捕虜解放による戦力増強で死傷者は少なかった。

 

「武器はこっちにあるぞ!王国軍の力を見せてやれ!」

 

「捕虜だった奴らはしっかり働けよ!」

 

ここまで圧倒してたのは要塞は急襲されて陥落したので無傷で捕虜になっていた兵士は多かったのも大きかった。外に出てきた友軍と協力して鹵獲戦車などを移動させていき、2時間程の戦闘の後、帝国軍は組織的な抵抗が終始まったく出来ずに壊滅した。

少し戦況が落ち着いたところで指揮室に将校が集まっていた。

 

「要塞より敵の完全排除を確認しました。また外で警備していた部隊が補給部隊を強襲し、物資を奪取しました」

 

「報告ご苦労。下がっていいぞ」

 

ペイ少将が戦死し、現在一番階級の高い准将がその代理を勤めていた。そこに今回の作戦の立案者がやってくる。血によって赤く汚れた制服をまとったその姿は今回のシャルルの働きを示すものであった。

 

「ご苦労だったな。それと捕虜だった者の代表として礼を言っておこう。ありがとう」

 

「気にしないでください。当然のことをしたまでです。現在帝国軍の完全排除を完了し、また補給物資も回収完了したので本作戦の最終段階としてスビアボリ要塞を破壊しますがよろしいですか?」

 

シャルルは遠隔起爆スイッチを取り出して机に置く。作戦の概要を軽く説明すると反対意見がいくらか出た。曰く、篭城に要塞を再利用するべきだ、ということだった。

 

「援軍もない状況で篭城しても意味がありません。おまけに要塞の陥落を知れば帝国はもっと多くの部隊を送ってきます。それをとめる手立ては我々にない。ならばせめて侵攻ルートを限定する為に要塞を破壊して周囲の道路を地雷原にしたほうが得策です」

 

反対意見に対するシャルルの回答は理にかなっていた。大方の将校も賛成していたのでそのまま爆破が決定された。

 

リベールの兵士たちが見守る中、耳を劈くような音と共に爆破解体され、スビアボリ要塞は短い生涯をおえた。また帝国の方面に大量の対戦車地雷がまかれて、この地雷はその翌朝一番にやってきた帝国軍の部隊を壊滅させ、スビアボリ方面のルートを潰すシャルルの作戦は功を奏することになる。

地雷散布後外に作られた野営テントに再び集まった士官は今後について話し合っていた。そして准将は今回の作戦などさまざまな報告ために少数の護衛を率いて陸軍の中央司令部に撤退していった。残された部隊が次に向かったのはハーケン門であった。

 

--------------------------

 

部隊は1個連隊と補給物資運搬のトラックなどをを連れて山道を行軍中であった。山道は狭く帝国軍の戦車が通れない広さであり、裏道でもあったので帝国に気付かれることはなかった。一晩休憩を取るために山の中で野営していた。

シャルルは自分の部隊のテントから離れて小高い丘に来ていた。木にもたれるように座ると大きくため息を突いた。

 

(まだ人を殺したときの感触が残っているな。筋肉がかたまって剣が抜けにくくなるあの何ともいえない感触…。魔獣を初めて刺したときと変わらなかったが人間相手だと気分が悪くなるな…)

 

飛び散った臓腑や腐った生き物の臭いに慣れていると思っていたがそうでもなかった。同じような姿をした生物が魔獣のような鳴き声で無く、自分にわかる言葉を放ちながら死ぬのは中々こたえた。

 

「隊長、どうしたんですか?」

 

ふらりとマーカスがビンを片手にやってきた。

 

「アルコールは飲んだらだめだろ。行軍中だぞ」

 

「一杯だけなら許可が出ていますよ。どうぞ」

 

そういって、グラスにウイスキーを注いで渡してくる。シャルルはそれを掴むと一気にあおった。

「初めて人を殺したんだが気分の悪い」

 

「初の実戦ですからね。仕方ありませんよ。しばらくしたら慣れます、あなたの場合は」

 

マーカスもウイスキーを飲みながらつぶやく。

 

「?それはどういう意味だ」

 

「そのままの意味ですよ。人殺しにもいろいろなタイプ目がありますが隊長の目は猟兵のように鋭く、本能的だからです。剣聖のような純粋な武人の目ではない。だが身につけた力は理性的でであり、本能的ではない。本能と理性の相反するものが一つの人格内で同時に存在している。強くなりますよ」

 

残ったものを飲み干して話を続ける。

 

「逆だったら弱くなったでしょう。理性的な頭と本能的な力。競合してお互いが潰しあいをしてしまうが、本能の頭と理性的な力。これなら競合しないで人間の力のすべてを出せる。元猟兵としての勘ですがね」

 

黙って先輩の話を聞いていたシャルル。テントのほうも静かになってきておりそろそろ就寝時間だった。早朝に警備交代もしないといけないので早めに戻ることにした。

 

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次の日の朝、警備を終えて朝食をとっていると招集がかかった。ハーケン門に向けての作戦会議を行うとのことだった。

 

「おそらく今回の要塞の作戦の報告からハーケン門の警備は厳重になってると思われるがどうする?」

 

野営テントの中で地図を広げて集まった作戦参謀たちに連隊長が聞いた。即時向かってハーケン門を落とすべしというのが大勢であったがシャルルは反対した。将校として一番下っ端の少尉であり、士官学校を出ていないので一蹴されるだろう思っていたが、昨日の作戦が案外評価されているようだった。

 

「先ほどおっしゃられたように、おそらく昨日の攻撃でハーケン門の警戒は厳になっていると思われます。連隊程度で攻めたところで、奇襲にならなければ無駄に兵力をすりつぶすだけです。かといって日を空ければ捕虜が移送されてしまう可能性があります。そこで少数精鋭を基地に潜り込ませてモルガン中将だけを救出することを提案します」

 

「他は見捨てるのか?」

 

「ハーケン門で即戦力として使えそうなのは私の知る限りモルガン将軍のみです。余裕があれば全員救助したいところですがそれは無理です。余った部隊はいろいろなところで陽動を仕掛けて兵力分散を狙ってください」

 

「しかたないが贅沢も言ってられないな…。対戦車兵器もあることだから陽動自体は可能だが何処の部隊が潜入するんだ?」

 

「我々第48小隊にさせてください。必ず成功させて見せます」

 

「…わかった。ほかも異論は無いな」

 

参謀陣からも特に反対意見は無く明日の日の出と共に作戦開始となった。

 

--------------------------

 

「というわけで我々が潜入担当になった。仮眠は早めにとって置けよ」

 

小隊のテントに帰ってきて報告をすると喝采が起きる。少し意外だったが普段からしている訓練の成果を前回出せたことが大きな自信になっているようだった。

 

「お前ら気を抜いてると死ぬぞ。ここは戦場なんだ。引き締めていけよ」

 

現場監督たるマーカスからの訓辞をもらい、いそいそと準備に取り掛かる。前回と違って今回は隠密を基本とするので軽装備であった。準備を終えると仮眠に入っていった。

 

日が沈み晩御飯を食べた後、本隊と分かれた48小隊の精鋭5名シャルル少尉、マーカス軍曹、ジェリコー軍曹、エーカー軍曹、ダン兵長は待機ポイントに向かっていた。

ダン=メイヤー兵長は第48小隊の中で一番兵士としてのセンスが高いとして下士官連中に鍛えられていた若者だった。

残りの兵士たちもスタイナーに率いられて狙撃ポイントに向かっていった。彼らは万が一潜入部隊が見つかったときの攪乱のために動いていた。

十分ほど歩いていると待機ポイントに着き、日の出前まで待機となった。何時間そこで待っていたのだろうか、ふと遠くのほうから砲撃の音が聞こえてきた。それに合わせてハーケン門が騒がしくなる。

 

「始まったようだな。これから裏口から侵入してモルガン中将を救助する。」

 

「「「「 Yes,sir 」」」」」

 

消えるような声で返事をして作戦が開始された。敵に見つからないようにゆっくりと裏口にまわるとそこでは二人の兵士が雑談していた。

 

「リベールの奴ら攻撃してきたらしいぜ。おまけに中隊ぐらいで」

 

「兵力足りてないんだろ。あーあ早く終わんねぇかな…」

 

そういってタバコをつけるためにもう1人に背を向ける。その隙を逃さなかった。

 

「そういうなよ。来月には終わって…ムグッ!」

 

「?どうし…!」

 

二人は後ろからいきなり口を押さえられて茂みの中に引きずり込まれた。抵抗できないようにナイフを首元に当てられておりいきなりの展開に混乱していた。

 

「変な動きをすれば死ぬが情報を吐けば助けてやる。どうすることが得策かわかるな?」

 

シャルルの質問に首を必死に振る敵兵。

 

「モルガン将軍は何処にいる?」

 

「こ、こ、ここの地下にある牢屋の一番奥に入れられている。どっちかはわからない。頼む殺さないでくれ」

 

「エーカー、一番奥の牢屋だそうだ。…おい、もう1人がいってる場所と違うらしいがどういうつもりだ?」

 

手元のナイフを首に押し付けると少し切れて血が出てくる。あまりの恐怖に失禁したようだった。

 

「ほ、本当だ。俺は嘘をついていない。信じてくれ」

 

その通り。彼は嘘をついていなかった。もう1人もマーカスの尋問に一番奥の牢屋と答えたが確認の為に脅しただけだった。

 

「そうか。それでは…さよならだ」

 

そういうとそのまま首をナイフで切り裂いた。噴出すように血の出てくる死体をエーカーとダンの掘った穴に捨てて埋める。もう1人も処理されたようだった。

 

「モルガン中将はハーケン門本館地下東の第一監獄か西の第二監獄にいると思われる。今回の作戦はスニーキングミッションだ。戦うことが目的ではない。それを肝に命じていくぞ」

 

「「「「Yes,sir」」」」

 

「こちらα、β隊。これより作戦を開始する」

 

無線に話しかけて作戦開始を告げて電源を切る。外にいた狙撃部隊も警戒態勢に入った。

表ではあわただしく動いていたが中はそうでもなかった。貴族の士官クラスのみが本館で生活しており、ほかの士官は北館で一般兵はほとんどが外で野営という帝国の封建的な名残の残った人員配置であった。そのため警備の兵士も出入り口のみという緩々の警戒態勢であった。裏口から入った五人は二手に分かれて東をマーカスとエーカーが、西をシャルルとダンが担当し、ジェリコーは入り口横の倉庫で外部との無線通信を担当した。

 

東側から侵入したので割りと近くにあった地下への階段を下りていく。すると牢に入る前のドアには流石に警備の兵が二人いた。見つかるのはまずいので物音を立てて1人をおびき寄せた。普段誰も来ないはずのところで物音がしたので様子見の為、角を曲がってみると空き部屋になっている部屋に明かりがついていた。誰が電気をつけたんだ、と思いながらドアを引いて開ける。

 

兵士が首を出したところをエーカーのナイフが横から貫通した。男は一声も上げられずに前のめりに倒れた。死体を中に入れて隠していると帰ってこないのを怪しく思ったもう1人が銃を構えて持ち場を離れて様子を見に来た。

 

「マックス?何処にいった?何かあったのか?」

 

彼もやはり明かりのついた部屋に気をとられてドアノブに手をかけ入ろうとしたとき、反対の詰め所で兵士を排除した部屋にいたマーカスに後ろから腕を回されてに首を折られて絶命した。

 

「オールクリア」

 

敵を排除した二人は周囲を警戒しながら中に入って行った。

西も同じように警備の兵が1人いた。さっくり倒して死体を隠し中に入るとモルガンがいた。

 

「将軍助けに来ました」

 

「!その声はシャルルか!」

 

「はい。今空けますんで離れていてください。」

 

そういって鍵を撃って破壊してモルガンを外に出す。護身用に銃を渡して作戦を軽く説明して脱出するようにいう。

 

「まて。それならもう1人連れて行ったほうがいい奴がいる。確か反対側にいるアラン=リシャールという名で頭の切れるカシウスの部下だ」

 

「わかりました。ジェリコー聞こえるか?」

 

『あいあい。こちらジェリコー。どうぞ』

 

「β隊にアラン=リシャールという奴を助けるように伝えてくれ」

 

『了解しまし…』

 

そこまで言った所で門の中に警報が響く。西門を警備しているのは1人ではなかったのだ。相棒が帰ってこない異常に気付いたもう一人は無線で詰め所に連絡したが出なかったので、異常に気づき警報をしたのだった。

 

「クソ!気付かれたか。ジェリコー頼んだぞ!」

 

『わかってます』

 

そういって無線を切ると銃の安全装置をはずし臨戦態勢に入った。

 

「一気に中央を駆け抜けて東に脱出します。…3,2,1,GoGoGo!」

 

シャルルの掛け声で通りに躍り出る。駆けつけた警備兵に銃弾を浴びせながら通路を駆け抜けて言った。

 

東の方に連絡が行きリシャールをつれてβ隊は脱出口の確保を行っていた。外でもジェリコーの指示で狙撃が始まっておりあとはα隊の到着を待つだけであった。

シャルルが殿となって退却し時間を稼いでる間に他の二人は脱出口にたどり着いた。

 

「隊長も早く戻れ!敵が増えてきてるぞ」

 

そういって援護を始めるジェリコー。外に出たモルガンとダンは茂みに逃げ込もうとしたとき狙撃部隊の見逃した外の敵がいた。

 

「危ない!」

 

モルガンをかばうようにダン叫びながら飛びかかった。そこに一発の銃弾が命中し、ダンが倒れた。モルガンは渡されていた銃で敵を撃ち殺すとダンを抱えて森の中に入っていった。中にはβ隊と近くにいた狙撃部隊の何人かが撤退用の車を用意していた。

 

「将軍!肩が!」

 

「ワシはいい、それよりもこいつを見てやってくれ」

 

抱えていたダンをトラックに乗せる。

 

「ダン兵長!しっかりしろ!」

 

車に乗せてられたダンにマーカスが必死に声をかける。

 

「…すいません曹長。やられて…しまいました」

 

口から血を流していた。背中から入った弾は肺を貫通していたようだが出血は止まらなかった。そこに撤退してきたシャルルとジェリコーが乗り込んでトラックは出発し山道を駆け抜ける。

 

「何があったんだ?大丈夫か!」

 

シャルルの質問にモルガンが答える

 

「わしを庇ってこうなった。すまんな、お前の部下を…」

 

「いえ戦場ではこういうことは仕方ありません。過去を後悔しても状況は好転しません。今は治療に専念しましょう」

 

そういって上着を脱いで応急処置を始める。

 

「…無理です、隊長。自分は…」

 

「黙って自分の生きることに専念しろ。作戦成功でお前が死んだら意味ないだろうが!」

 

必死に治療しようとするもまともな器具や薬のない状況で様態を好転させることはできず、だんだん弱っていくのが目に見えてわかった。ハーケン門から離れる中で必死の治療をしていた。ふと、シャルルが手を止める。

 

「……。すまない、ダン。尽くせる手はすべてしたが最早お前を救うことはかなわなそうだ。何か言い残すことはあるか?」

 

「…マノリア村にいる両親とアン…彼女には…立派に戦死したと…伝えてください。それだけで…いいです」

 

「わかった必ず伝えよう。今までご苦労だった」

 

「…この部隊に勤めて…最期を…迎えたことを…誇りに…思います。…絶対に勝ってくだ…さ…い…」

 

リベールの国歌を隊員が車内で歌う中、ダンは笑いながら一緒に歌い静かに瞳を閉じ、その瞳は再び開かれることは無かった。

リベール王国陸軍 スビアボリ要塞守備隊 第5連隊48小隊所属 ダン=メイヤー兵長 ハーケン門南東18キロ地点撤退中のトラック車内で失血死。享年21歳。

 

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陽動部隊による牽制戦闘も終了し一連の奪還作戦は終了した。しかし陸軍の奮戦もむなしく西の港湾都市ルーアンと北部の商業都市ボースは帝国軍によって占領されることになる。だがスビアボリ要塞の破壊とハーケン門の襲撃によって後方を攪乱された帝国軍はその進軍スピードを予定よりも大幅に遅らせることになる。東部のロレントで連隊と合流したシャルルたちはモルガン将軍を預けて補給物資を受け取り、山岳地帯の村々を拠点としたハーケン門-ボース間における補給線の破壊とゲリラ活動を中心に帝国軍を翻弄していくことになる。

 

黄金の軍馬と白い隼の戦い。後に百日戦役とも帝王戦争とも呼ばれるこの戦いはまだ始まったばかりであった。

 




結構頑張った。おかしなところがあったら指摘してください。


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第九話 最終防衛ライン

帰ってきたぞー


ロレント北西のタルア村近辺にシャルル率いる王国軍の部隊はいた。モルガン中将とリシャール大尉を連隊に引渡し、銃弾や食料を補給し二日間の療養の後深い森の奥にあるこの村にやってきたのだった。本部との連絡と補給物資の運搬は帝国軍の使えない裏道を使用してしばらくの間補給線の破壊の任務を命じられていた。

「本日付でこの特別遊撃部隊の隊長に就任したシャルル=ブライト少尉だ。階級は少尉だが特例でこの部隊の指揮官として作戦を遂行することになった」

元48小隊に隊長の戦死した小隊などを加えて戦闘要員は実質的には大隊クラスの人数だったがモルガンの判断で小隊として銘打ったので隊長は少尉のシャルルだった。

「スビアボリ要塞所属の者でも俺の訓練を十分に受けていなかった者も多いと思う。だが今は国家の一大事であるゆえ君たちには実戦の中から多くのことを学んでほしい。もちろん基礎は叩き込んでからの話になるがな」

シャルルは部隊を、攻撃、防御、訓練、休養の4チームに分けてローテーションを組むことで限られた人員を効率的にまわすことにした。

目的はハーケン門-ボース区間を行き来する敵補給部隊や戦車隊などに対してヒットアンドアウェイ攻撃によって進軍スピードを低下させ、南部での部隊の建て直しを行う為の時間稼ぎであった。事実、南部のツァイスやグランセルではカシウス大佐主導で部隊の再編が急がれていた。

 

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太陽が沈み始めていたころ5人×5チームで分散した部隊のうち、シャルル率いるゲリラ部隊は幹線道路わきの木がうっそうと茂っている森の中で小高い丘から双眼鏡で敵の部隊を探索していた。

「何かいたか?」

「いや、いませんね」

下で警戒にまわっていたシャルルが木の上にいる監視任務を持っている兵士に尋ねる。特別遊撃隊は通常部隊の着てるようなカラフルな王国軍軍服ではなく、グランセルの織物商が考え付いて急遽採用され、ツァイスのテクノロジーで生み出された森林迷彩の戦闘服を着ており、顔にも特殊な塗料を用いてまわりの風景に完全に溶け込めるようになっていた。

短距離小型無線ですべてのチーム同士が繋がっており、各チームで違う場所で待ち伏せしながら高度な連携行動をとりつつ作戦が取れるように配置されていた。シャルルが水筒をあけて水を飲もうとすると無線が入った。

『こちらδチーム。敵の補給部隊を発見。ポイントBをおよそ三分後に通過する模様。なお前方1と後方2の計3輌の戦車を確認』

『αチーム、了解。ポイントC付近にて待機せよ』

『了解』

無線を切り、周りで警戒中のメンバーを呼ぶ。

「αチーム、ポイントCに向かうぞ」

「「「Yes,sir」」」」

リベール王国は山がちな地形で平坦な道や大通りは少ない。自然と大部隊は縦に長くなり側面が薄くなる。おまけに帝国軍の運用する戦車は大型・重装甲で山岳地帯の護衛に使えば道幅いっぱいを占めるレベルである。しばらく待機していると帝国軍の戦車が低速で警戒しながら現れた。その後ろに続いて歩兵を乗せたトラックと補給車隊がやってきた。キャタピラの音が近づく中無線機に一言告げる。

『補給部隊を狙え。タイミングは地雷の作動音だ』

 

「最近このあたりでよく王国軍に襲われるらしいな」

補給部隊のトラックの中にいた兵士が同僚につぶやく。占領したルーアンでの治安維持を担当する予定部隊の第一陣であった。

「らしいな。おまけにこの間、ハーケン門の失態もあったから前線部隊の将軍は更迭されたらしいぞ。代わりに来たのがヴァンダール中将なんだそうだ」

「本当か!それはありがたいな。あの方は家柄だけの将軍じゃなくて実績のある方だから安心できる。下っ端としてもありがたいな」

「護衛に戦車もつけてくれているし安心できるな」

ハーケン門とボース間の道はきれいに舗装されておりトラックで物資を運んだりするのには苦労しなかったが、車道の横はすぐに森で、まったく遮蔽物など無く森の中からは丸見えという守りにくいところである。

談笑しながらトラックに揺られていると前方で大きな爆発音が響いた。それと同時に両サイドから銃撃が始まる。紛れも無い王軍からの奇襲攻撃であった。

「くそ!応戦しろ!」

トラック群が急停止して中から帝国軍の兵士たちが出てきて応戦しようとする。それを見計らって王国軍の対戦車無反動砲が一斉に放たれる。トラックの爆発に巻き込まれ次々に兵士が吹き飛ばされ、補給物資を載せた車両が延焼していく。遮蔽物のない中で左右からの挟撃を喰らい、前後が戦車で閉じられた輸送隊は弾薬輸送車に引火したことで火災による被害は拡大する一方だったがふと銃撃が収まった。警戒していた帝国軍であったが少数による奇襲攻撃だったので反撃を恐れて敵は撤退したようだった。

「通信兵!誰かここのことを知らせろ!もう無茶苦茶だ!」

日がくれる前に撤退しなければ再び袋叩きに会うので急いで消火し、撤収する準備を進めていった。

 

「いったい護衛部隊は何をしていたんだ!」

ハーケン門にスナイダー大将の怒鳴り声が響く。精鋭の重戦車と治安部隊と共に歩兵もつけたのにもかかわらず、有効打を打つこともできないで一方的にやられて、敵に撤退されてしまったというのが彼を怒らせる原因だった。

「しかし大将。王軍は一撃離脱を基本としておりますので捕捉するのが難しいのです。森の中を追うにも慣れていませんので追いつけないという手詰まり状態です」

「わかっておる。今は数に任せて補給物資を送り込んでいるがもっと補給線が延びたらますます進軍速度が落ちるぞ」

そのとき司令部室のドアが開く。中に入ってきたのはヴァンダール中将だった。

「なぜ貴様がここにいる。ゼクスト=ヴァンダール中将殿」

機嫌の悪いスナイダーが問いかける。

「なぜといわれましてもな。上に言われてここで指揮を執れといわれただけです。これが指令書です」

そういってにセットの書類を渡す。

「俺がデュッセルドルフの総司令部に着任だと?そしてお前が前線指揮官と。……栄転などとふざけた手紙を添えよって。ふん、まあここは貴様に任せる」

「ええ。デュッセルドルフは今回の王国侵攻作戦の総司令部と補給基地ノアr場所ですあら後方支援をよろしくお願いします」

自室に戻り移動の準備に向かったスナイダーを見送り今回の被害報告に目を通すヴァンダール。

「歩兵の大部隊によるネズミ捕りをさせろ。そのあとそのいったいを地雷原にしろ。それでしばらくちょっかいはかけてこなくなるだろう。そのあとルーアンに兵を進めるぞ。持久戦になればこちらが有利になるが、こんな小国はさっさと落としてしまわねば帝国の面子に関わる。まあ梃子摺るとすればカシウス=ブライトのいる南部ぐらいだろう」

帝国軍の警戒度のアップと遊撃部隊への閉鎖作戦により動きが制限された王国軍であったが隙を見て地雷の除去と間を縫ってのゲリラ作戦を展開した。しかし所詮はゲリラ活動。帝国は被害を受けているとはいえ決定打になる程の被害にはなりえず、ル進駐軍によりルーアンをが完全に掌握されたのを確認したシャルルは本格的な討伐戦が始まる前にロレントへ退却した。それとは対照的にヴァンダール中将率いる帝国軍は順調にその勢力を広げ、王国領土内に橋頭堡を築いた帝国軍前線部隊は少しずつではあるが次の目標である王都・グランセルに迫っていた。

 

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五大都市のひとつとされているロレントではあるがその実は唯の田舎の中心部であり、補給能力や防衛能力は皆無であった。それは帝国軍の作戦対象都市に名を連ねていないことからも明らかであった。もちろんシャルルもそんなことは承知していたので王都へ帰還する為の補給のみ済ませてロレントを出発していた。トラックに載せられた兵員と勇敢な兵士たちの形見を乗せて特別遊撃隊はレイストン要塞に収容されてその任務を終え、要塞守備隊の一部隊となった。シャルルは話がある、ということで上層部からの呼び出しを喰らっていたので陸軍省に向かっていた。

陸軍省の将官室にやってきたシャルルは以前のように帝国派に小言を言われることを予想しつつ、ノックをした。

「特別遊撃隊のシャルル=ブライト少尉です。入室します」

「どうぞ。入りたまえ」

中から返事をしたのは帝国派の筆頭・エドワード中将であった。部屋には南部を担当しているコリンズ大将を除いたリベールの陸将5名がいた。

「要塞では世話になったな。今回はたいした話じゃないから気張らんでもいいぞ」

入って声をかけてきたのはモルガンであった。

「久しぶりだねシャルル君。軍に誘ったとき以来かな?アレから君に会っていなかったがココでも君の名を良く聞いたよ。優秀な子がいると上も安心できる」

エドワードも挨拶をしてくる。

「お褒めに預かり光栄です、中将。しかし今日はどのようなことで呼び出されたのですか?たいした話でなくても社交辞令だけではないでしょう?」

貼り付けたような笑みのエドワードは水を一口含んで続けた。

「社交辞令ではないよ。帝国からの侵攻を食い止める為に奮戦したことは報告書でわかっているからね。君に伝えなければならないことは明日の夕方、グランセル城にて受勲式が行われるのだが、モルガン中将が君を推薦したからそこに出席してもらいたいということだ。より正確には特別遊撃隊を推薦したのだがね。これまでの実績を見て国威発揚のためにも君が適任なのだよ」

エドワードの言葉ににモルガンも続く。

「お前は宣伝にちょうどいい素材だからな。剣聖・カシウス=ブライトの長男で顔、頭、武術の三拍子そろっただとマスコミの連中が騒ぐだろうから、軍に協力的な社会体制を作れる。政治屋の余計な口出しを防ぐ為の人気取りにはもってこいだ。ついでに中尉に昇進もする」

「……わかりました。そういうことなら喜んで受けさせていただきます。しかしいいのですか?陸士を出ていない軍人がスピード昇進などしたら後で揉めるのではないのですか」

「気にすることはない。我々が承認し、女王陛下も認められたことだ。嫉妬を受けるのも有能な人間の使命だよ」

あらためて式の詳細の書かれた紙をもらったシャルルは上に指定されたグランセルのホテルに向かいそれまでの疲れを癒した。

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次の日、準備を整えて王城の控え室に向かったシャルルを南方軍のコリンズ大将が待っていた。

「これは……。南方軍の将軍殿がどうしてこちらに?」

「そう緊張しなくてもいいぞ、ブライト少尉。君の父からいろいろ聞いておる。さて今回ここの呼んだのは察しがついてると思うが君への受勲が行われるからだ。最近暗い話ばかりで国民の士気も落ちる一方。君のこれまでの活躍はジョーンズ准将とモルガン中将から聞いている。そこでそれらを総合して考えてこういう流れになった。政治的パフォーマンスがたぶんに含まれるが我慢してくれ」

「昨日他の将軍方からもご説明いただきました。滅相もありません。私のような弱輩者の我が身にあまる栄誉です。謹んでお受けさせていただきます」

「そういってくれて嬉しいよ。なぜ帰ってきたかは、まあ一応私が一番階級が上の陸軍将官であるのと、南方は君の父親のおかげでだいぶ落ち着いているからね。マスコミからいろいろ質問されるだろうからスピーチか何か考えておくといいぞ」

そういい残してコリンズは部屋から去っていった。

 

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謁見の間にはアリシア2世女王陛下や王国の政治家の重鎮たち、中央の将官クラスの軍人、宣伝の為に特別に入城を許可された報道関係者が待機していた。そして謁見の間の扉がゆっくりと開く。シャルルの視線、通路の真ん中に惹かれた赤い絨毯の先にはこの国の国家元首たるアリシア女王陛下が玉座に座していた。横に構えた儀仗兵の合図で多数の参列者の目線とカメラのフラッシュにさらされながらシャルルは歩いた。

壇の前に着くと女王が立たれた。一礼したあとシャルルも壇の上に立つ。壇の下の両サイドにはコリンズ大将や王国議会の二人の議長をはじめとするこの国の文武の頂点が腰掛けていた。

「シャルル=ブライトさんですね。顔をお見せください」

女王の言葉に応じて敬礼をしつつ返事をする。

「リベール王国女王・アリシア=フォン=アウスレーゼの名において金隼殊勲十字章、白銀星章および王国紅綬章の以上3種を授与します」

その言葉と共にシャルルに3つの勲章の入れられた箱が渡された。その姿を写そうとかめらのフラッシュ一段と多くがたかれる。

隼殊勲十字章は金、銀、青銅の3つのクラスがあり、金がその中の最高勲章である。ゼムリア大陸最古の勲章であり軍の指揮官として多大な成果を挙げた将校に対して送られるもので、スビアボリ要塞封鎖作戦の立案実行と特別遊撃隊としての多大な功績に対して送られた。星章は黄金、白銀、青銅の3クラスで受勲者本人の戦功に対して送られる。シャルルの場合、単騎での帝国軍戦車部隊の撃破戦功に対しての授与。そしてもうひとつ、王国紅綬章は自らの命を顧みずに救助した者に対して送られるもので、スビアボリ要塞の捕虜解放とハーケン門でのモルガン中将救助が認められたものだった。

「また、彼の部下として勇敢に戦われて戦没された方々には黄金星章、従軍章、戦没勲章の3つを授与します」

勲章を手に取り段の下におりると首脳陣代表としてコリンズ大将がシャルルの王国への功績について高らかに述べた。要約すれば帝国との戦争という未曾有の国難に子供ですら体を張ってがんばっているからだから大人ももっと軍に協力しろ、だった。

国難における少年の英雄誕生に世間は沸いた。ドラマ性の高いシャルルの生い立ちがそれにいっそう拍車をかけた。今までの暗い雰囲気を一掃するようなめでたい話と負け続けと思っていた王国軍の意外戦果。世論の風向きが少しだけ変える材料となった。絶望の中に見えた一筋の光と根拠はないがなんとなく出てきた自信。忠君愛国が世論を風靡していた。コリンズ大将の炊き付ける様な演説は軍首脳の思惑通り働き、国民は一致団結の方針へと向かっていくことになる。

 

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受勲式が終了すると報道記者に囲まれてプライベートなことを嬉々として質問してくるあたり本当に戦中下の国民なのか疑問に思える。そんなことも思いつつ、記者からのさまざまな質問攻めに会い、お茶を濁しつつ何とか答え終えて外に出ると今度は式の話を聞きつけた国民たちに囲まれて酒場に連れて行かれしまった。開放されたのはだいぶ遅くになってからだったが、久しぶりに肩書きを忘れて楽しんだシャルルであった。

 

「長く居過ぎたな。速くホテルに戻らないと……」

飲んだくれの山から脱出したシャルルは日が落ちて少し肌寒くなった外にいた。戦時下とはいえ王都だけあって人が多数行き来していた。平時ほどの活気はないがそれでも田舎のロレントとは比べ物にならないものであった。武道大会に参加して以来、幾度となく来たが歴史的な部分を残しながら発展していた。速く平和な世の中に戻さないといけないな、という決心をして広場のベンチに腰をかけていた。

「随分と深刻そうな顔をしているね、シャルル君。この国の未来でも考えているのかい?」

「……リシャール大尉ですか。そうですね、戦争が速く終わることを考えていました。身近な人がばたばた死んでいくのは精神的に良くないのでね。それにしても、我が父のお守りはしてないんですか?」

後ろから話しかけてきたリシャールに軽口を飛ばす。リシャールは手にあった飲み物のうちひとつをシャルルに渡しながら横に座った。

「今はカシウス大佐の部下ではないよ。本部の戦況解析と情報部門を担当している。君のお父さんみたいに優秀な人がいないから中々大変だよ。ハーケン門では世話になったね、ありがとう」

「別に、お礼を言われるようなことはしていないんですが。今は人手不足ですし、1人でも多くの見方を獲得するのは当然ですよ。モルガン中将が優秀というのだからそうなんでしょう、主席殿?」

「英雄殿にそういってもらえて1将校としては光栄ですよ」

にっこり、と満面の笑みでそういうリシャールに何ともいえない顔のシャルル。ハーケン門での出来事で知り合って以来、現地指揮官と中央の作戦部隊の参謀という形でたまたま接点があり、いろいろとやり取りがあった二人。年は少し離れているが頭の切れるもの同士ということでお互いに信頼しているなかだった。

「で、そんなお世辞言う為に呼んだのかよ、タマネギ。俺だって暇じゃないんだよ、中央の参謀様と違ってな!」

ふてくされた言い方に苦笑いしつつ遠くを見つめ真面目な表情になるリシャール。

「そんなに怒ることはないだろう。君もまだまだ子供だね。……君を呼んだのは他でもない、生の戦況を聞こうと思ってね。中央に上がってくる戦況報告だけではどうしてもわからない部分もある。そういうところもきちんと見てきているんだろう、少尉?教えてくれ、今この国はどういう状況なんだ?上に進言しても静観するか、現状維持としか言わない。もう交渉のテーブルについているのか、それとも降伏するつもりなのか。それを判断する為の材料がほしいんだ」

今にも立ち上がらんばかりのリシャールに冷や水を浴びせるようにシャルルが答える。

「熱くなるなよ。叫んだところで状況は好転しないし、冷静さを失うことになる。まぁ、今の戦況は限りなく詰みに近いな。まともにかち合えば、敗北は必死。一致団結をしようにも上がポンコツぞろいとなれば結果は推して知るべし。おそらくだが上からの返事が適当なのは帝国派と共和国派、徹底抗戦派が三つ巴になっているからだろう。一番威勢がいいのはいつも帝国派だが今回ばかりはそこに攻められている上に、その理由が謎のまま。意思疎通がうまくいっていないから答えがうやむや。ただ他の二派の主張が帝国の利でないからあくまで否定するだけ。答えが出ないなら出す指示はひとつ、現状維持という一番愚かな選択肢になっているんだろうな。あと、俺は中尉だ」

ふぅ、と軽くため息をついて手元の水を飲む。リシャールもシャルルの話を聞いて落胆しつつも冷静さを取り戻したようだった。目線を落としながら思考の海に沈んでいる。

「満足したか?所詮俺たちは下級将校に過ぎない。何を言ったところで無駄だよ。これ以上の被害が出ないようにおとなしく帝国に併合されてしまうのがいいのかも知れんぞ?」

そんな諦めたシャルルの言葉に愛国心の強いリシャールは人目をはばかることもなくいつもでは見せないような形相で襟首を掴んで怒鳴った。

「ふざけるな!貴様それでも王国の一兵士か?帝国に飲まれろなどとよくもそういうことをぬけぬけと……」

「じゃあ逆に聞くがこの状況かどうにかできると思っているのか?主席を取ったその優秀な頭で考えてみろ。感情論に走った時点で終わりだ。言ったはずだぞ、冷静さを失うなと!」

一応、上官であることも忘れてシャルルは手に握ってた水をリシャールにかけた。いきなりの行いに非難の顔を見せるリシャールを冷めた目でシャルルが見下ろしていた。

「なぜ君はそんなに簡単にこの国を諦められるんだ?教えてくれ。君は何の為に軍に入ったのだ?私はこの国のために軍に入り、相応の努力をしてきたつもりだ。君が諦めているのは親のコネで入ったからなのか?」

非難から一転して悲壮な表情を浮かべてたずねる。これまで黙って聞いていたシャルルだったがナショナリズムだけでなくパトリオティズムすらも否定するような物言いが彼の癪に障った。

「黙って聞いていたら舐めたことを言いやがって。俺が親のコネで入ったから国を守る気がない?諦めているだと?ふざけるな。俺が軍に入ったのは俺の意志で、まだ諦めてもいねぇよ。勝手に決めんな、ボケ」

「だが君はなんらこの状況に対して手を打とうとしていないじゃないか。それに『この状況を何とかできるのか?』という物言いはそうとられてもおかしくないだろう?何がしたいんだ君は?」

「それはこっちのセリフだ。お前になんらかの案を提案したら採用するのか?そんな権限貴様にないだろうが。大尉風情に頼むことなんて高が知れてるんだよ!俺がするべきことはそれなりの力を持つ人間に頼んでる。あんたも知ってるだろう?俺の父親が誰かを」

怒りに満ちたシャルルの顔を見て逆に冷静さを取り戻したリシャールは素直に謝った。

「……そうか、そうだったのか。すまない。少し頭に血が上っていた。君のことを侮辱したように行ったのはすまなかった。しかしカシウス先生に何を頼んだんだ?この状況を打破するには少し弱い気がするが」

「そうでもないぞ。あれでも剣聖と呼ばれてるだけあっていろんなところに顔が利く。そして陸軍の首脳が動かせないなら、対抗勢力を動かして陸軍も巻き込めばいい。ここまで行ったら正解がわかるだろう?頭良いんだから少しは使えよ。それに話しながら思ったが大尉風情でも使い道があったぞ。いいことを思いついた」

いたずらを考えたような無邪気な笑みを浮かべる。少し君の悪さのあるそれを見て背筋が凍るような感覚を覚えた。

「場所を変えよう。ここで話すにはいささか刺激が強い。そうだな……地下道にでも行くか」

 

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王都には東西南北あらゆる方向に向かって地下の下水道が広がっている。古くに作られて、無計画に拡大され続けたそれは都市全体を張りめぐった迷路になっていた。長期間放置され続けたことによって、魔獣の住処になっており道を知らなければ出てくることが困難な上一般人が入れば市に直結する場所だった。故にそこは国によって厳重に管理されている。はずだった。

「ここの鍵は壊れてるんだよ。まぁ、正確には俺が壊したんだがね。昔、鍛錬するのにちょうどよさそうな場所を探していて離宮方面の道路とかにも行ったんだが武道大会前だったから人が多くてな。地下にもいそうだと思って鍵ぶっ壊したら案の定大量の魔獣がいたから狩らしてもらったんだよ。ハッハッハッ!」

「何をやっているんだ、君は。子供が入ったらどうするつもりなんだ……。それで、海軍の人間たちは陸軍と比べて帝国派より共和国派や忠誠心の強い人間が多いから動かすのはわかるが私に出来ることは何だ?参謀部の掌握とかは無理だぞ」

「わかってるよ。だが情報部ぐらいなら何とかなるんじゃないか?あれは最近出来たところで、重要視されていない。各地から飛んで来た情報を整理したりするのが仕事だろう?その中にいくつかの誤情報を乗せればいい。帝国軍のイメージに沿ったきわどいモノを」

地下道の中を歩きつつ奥に奥にと進んで行くと広々とした空間に出た。地下の下水設備に入る為の入り口で鉄格子や水密隔壁等で構成された部屋だった。魔獣はおらずかつて管理人がいたような痕跡として操作室の中には椅子やロッカーがあった。シャルルが部屋に入って操作室の前に立ちリシャールの答えを待つ。

「帝国軍の持つイメージ。というよりはその国そのもののイメージは貴族、蛮勇、傲慢といったところか。そして国民感情を揺さぶるものは軍人による虐殺や性犯罪。規模や誤情報の信憑性をもたせるには性犯罪のほうが難易度が低いか。海軍の首脳と陸軍の首脳をもめさせている前にそこはかとなく事件性を匂わせておいて、会議の開かれる前後に事件が起こる。適当にサクラを混ぜたデモを起こして単純なデュナン公爵に嘆願書を出す。あの人なら王室を動かすことぐらいは出来るだろう。正義感に燃える自分に心酔するだろうからおそらく周りの言うことを聞かない。大まかな流れはこんなところか」

「お前ほんとに王室を尊敬してるのか?」

あきれたような顔でシャルルが言葉を漏らす。

「まぁ、そんなもんか。盛りすぎたら収拾がつかなくなるしな。さてそこの君に感想を教えてもらおうか?」

「ッ!」

部屋の端でかすかな人影が動く。かなりの距離がありリシャールは気づいてていなかったようで、驚いた顔を推して刀を構える。

「逃げられんよ。何の為にここまで連れて来たと思っているんだ?水密区画を操作できるのはこちらのパネルのみ。出たければ俺たちを殺すことだ。1人で突っ走って俺に気づかれたことをあの世で恨め」

刹那、影から武装した1人の男が突進して来た。それなりに訓練されているであろう動きであったが相手が悪かった。最強クラスの剣士二人相手に勝てるはずもなく意識を飛ばされた。

「生け捕りにするとはどういう魂胆だい?聞かれていたんだから殺したほうがいいんじゃ……。いや、さっきの作戦に使えるな。生の帝国兵の射殺体があれば信用性も増すし、こちらのプロパガンダにもなる」

「そう言う事だ。しばらくここのロッカーに縛り付けて保管しておく。点滴を打って作戦日まで生きておいてもらおうか」

哀れな諜報員の運命は決まったようだった。

 

 

 

 



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第十話 決断

リベール王国陸軍主力部隊は南部を拠点として北部主要都市占領後も逼塞したまま動かないでいた。王国の南部には現在二つの主要な部隊が存在していた。ひとつは王都近辺からロレント付近を守備する第一、二軍。司令部ははレイストン要塞。もうひとつは工業先進都市・ツァイスを防衛する第三軍である。直面する帝国軍に対して王都側が正面、ツァイス側が背後となるがどちらも陥落を許されない超重要都市であった。王都側は戦術上陥落しても被害が少ないが、戦略上では国家元首を戴く都市ということで世論、士気に密接に関係するため強固な防衛線が張られていた。ツァイスはゼムリア大陸ではいわずと知れた工業都市で導力革命発祥の地である。導力革命によりオーブメントと呼ばれる機械にクォーツと呼ばれる七耀石の破片のセピスを加工した部品を組み合わせることで、近代文明に必要なあらゆる現象を起こせるようになった。その革命の第一人者たるエプスタイン博士の弟子であるA=ラッセル博士のいるこの街は大陸有数の研究開発機関でもあった。つまりリベール王国の大部分の最新兵装がこの街で開発・研究されている。故にこの街の陥落は即リベールの滅亡に繋がり、万が一帝国軍に接収されることがあれば帝国と国力の拮抗している同盟国のカルバード共和国にも深刻なダメージを戦略上与えうるため諸外国からも注目されていた。

二つの都市を防衛する軍団のうちツァイスのほうに最高司令部は移されていた。今のところ帝国軍はシャルル率いる遊撃隊の被害からの立て直しを図っている段階であり、攻撃は無かったが陸軍軍部の消極的な姿勢が垣間見られた。帝国派はこの膠着状態を利用して保身に走り、共和国派は諸外国からの支援に期待するという世間への威勢の良さとは間逆の状態であった。反対に即刻戦端を開くべし、というグループもあった。それは海軍将校たちである。リベールは水辺の多い地形の為自前の国力に反して比較的規模のある艦隊を保有していた。しかし、北部にあった海軍の本拠地であるルーアンが敵の支配下に入ったことで南部へ司令部ごと移したのだった。いくら街を占領されたとはいえ、つい先ほどまで自国の主要都市であったところに対して艦砲射撃をするわけにもいかず陸海からの挟撃を避ける為早々と戦闘を避けて南部に逃がれていた。そのことを不満に思う将校が多く、なんとなく日々が過ぎていく現状への反発はまた不甲斐無い陸軍にも向けられていた。

 

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~エルベ離宮大会議室にて陸海軍参謀本部連絡会議~

「いったいいつまで帝国軍から逃げ回っていたら気が済むおつもりですかな、陸軍将校の皆さん」

会議の招集後全員が揃うやいなや、海軍の代表である海軍大将であり、海軍大臣であるジェームス=サーマルは強い口調で問うた。

「現在準備中とそちらの連絡官に言い続けられているが、いい加減ましな言い訳でも考えたらどうかね?それともなんだ、あれほど普段から予算を分捕っておいていざとなったら何も出来ませんと女王陛下に泣きつくつもりか!私が今回ここまで腹が立っているのはな、今回の帝国軍の侵攻が始まってから一度でも戦闘部隊を派兵してまともな戦闘も起こさないで南部にまで下がってきたことだ!まともな戦果報告は『特別遊撃隊』という少尉指揮の小部隊だけで、あとは歩哨同士の小競り合いだけではないか。残念なことに海軍は陸軍の支援と、ドックのある都市からの補給が無ければ何もできん唯の金属塊に過ぎんのだ。故に煮え切らない思いを腹にしまって予算も陸軍優先で分配してきた。だが実際はどうだ?最近では占領下で婦女暴行事件も起きているそうではないか。国民も守らぬと言うつもりなのか?答えてもらおうか」

サーマルの激しい口調での質問が途切れ、議場に一瞬の静寂が生まれる。その質問に答えるべく立ち上がったのはカシウスであった。

「……質問に答えさせていただきます。まず今回の戦争、我々だけの戦力で帝国軍とまともに張り合うのは実質不可能です。現在は南部の貴族の兵と皇帝の直轄軍の一部を動かして侵攻していますがまだ西部と北部に十分な兵力を擁しています。対して我々は全土から国軍を結集させても今の侵攻部隊と張り合うのが精一杯です。そういう現状であるためこれまで純粋な戦闘を避けてゲリラ戦に持ち込んで敵の進軍遅延を謀っていました。もしこれが無ければすでにココも敵も手中でしたでしょう。そういう意味では『特別遊撃隊』は十分な時間を稼いでくれました。帝国軍は王都-ツァイス間にて迎撃いたします。」

会議場がどよめく。それもそのはず、王都-ツァイス間ということはつまりグランセル城は帝国軍の手に渡っているということになるからである。仮にそうなったとすれば王都陥落による士気の低下はさけられず、政治家どもからの批判が噴出することが予想される。しかも万が一会戦に負ければ即滅亡という博打打ちもいいところであった。

「待ちたまえ、カシウス大佐。我々受けた説明とは違うぞ。いったいどういうつもり……」

バンッ、と議長の槌が叩かれる。

「静粛に!現在カシウス=ブライト大佐による海軍への返答中である。発言は許可していないぞエドワード中将」

「っ!……失礼しました」

第一・二軍を担当、つまり王都防衛の任を持つレイストン要塞の司令官たるエドワ-ド中将の質問を第三軍の現在は議長であるコリンズ大将がさえぎる。

「話を続けさせていただきます。今回の戦争で圧倒的な不利なのはわが国であることは周知の通りです。また今回の侵攻方面が重要拠点の少ない北方だったということもあり、諸外国からの十分な支援も取り付けられず押し込まれた状況が続いています。帝国側としてもこの戦争が長期戦になることは望んでおりません。小国への戦端を自ら切っておきながら、収束のメドがたたないなどという失態は避けたいでしょうし。つまりこの戦況を覆すには会戦において帝国軍に対して何らかの打撃を与えることが必要です。そのためには数がモノ言う野戦ではなく、山岳地帯へ引き込んでの戦いが必要であると考えます」

静かになった議場に海軍側から再び質問が出される。

「その作戦の成功確率と今後の海軍に対する考えについて教えていただきたい」

サーマルの質問はもっともであった。王都の放棄。それはつまり海軍の整備基地の喪失を意味した。南部にも海運基地はあるがそれは大規模なドック設備を持たない補給基地であり、万が一損傷艦が出ても修理することが出来ないことを意味するのだ。陸軍が海軍を放棄するというのなら海軍大臣として作戦に反対する必要があった。

「王都の放棄は一時的です。会戦が終了次第奪還の第一目標として海軍施設の奪還を約束します」

「会戦に負けた場合は?」

「そのときにはわが国の陸軍は存在しません。東方の故事によるところの背水の陣です」

「状況が厳しいのはどちらも同じだ。我が海軍はその作戦に同意しよう。施設奪還までの間は通商破壊に専念させてもらう」

海軍側の一部から反対意見が出る前に計ったように大臣として作戦を飲むことを伝えられた陸軍側はコリンズが責任者として応答し会議は終了した。

 

-----------------------

 

連絡会議の開催される前、カシウスはモルガンから来訪の旨を伝えられていた。一応名目上はツァイスの工房視察となっていたが、他に何らかの案件があるとふんでいた。

「久しいな、カシウス。南部の様子はどうだ?」

部下を二人連れて面会にやってきたモルガンに司令室の執務室にいたカシウスは久しぶりの尊敬する上司に頬を緩めたがすぐに真面目な顔をになって答えた。

「良くはありませんね。……今回はどういった用件ですか?」

「工房で詳しく話す。防音機能のある部屋をひとつ借りてくれ。そこで話す」

 

~工房内機械工作室~

 

二人で密談をするつもりと考えていたカシウスだったが何故か新しく連れてこられた見張り二人をドアの前に立たせて側近らしき人間を中に入れていることを疑問に思い口にした。

「中将。どういうつもりですか?二人で話すのでは……?」

「何だよ、親父。俺たちがいたらなんか問題でもあるのか?」

「そうですよ。カシウス大佐。今回の会談の企画者は我々ですよ」

目深にかぶっていた帽子をとった顔は自身の良く知る顔だった。まさか息子と弟子だとは思っていなかったようで驚いている。

「シャルルにリシャールか!久しぶりだな。それにしてもシャルル!おっきくなったな!父さん嬉しいぞ」

「はいはい。早く本題入りましょー」

華麗にスルーされた父親は息子にも反抗期が来たようだと悟ったようであった。

「わしも詳しいことは知らんのでな。外の奴らに怪しまれんように早めに始めようか」

「息子よ……。……そうだな。長時間いたらさすがに感づかれるか」

「その点は心配しなくても大丈夫だ……ですよ。外の警備と見張りも含めて全員遊撃隊のメンバーに差し替えてあるので。リシャールのおかげで手間が省けた」

「そういうことですので、安心してください。それでお話しすることですが……」

そこからリシャールが地下道での話し合いについて話した。そのあとの大衆扇動から始まる徹底抗戦への地盤固めに関する作戦を話した。上官二人は黙ってそれを聞き、話し終えるのを待っていた。

「……ということです。我々二人だけで考えたものですし、この部屋に盗聴器は仕掛けられていないので外部流出の可能性は今のところありません」

目をつぶっている二人だったが先に口を開いたのはカシウスだった。

「これを考えたのはどっちだ?」

「俺が提案して、リシャールが穴を埋めた。それがどうかしたのか?」

「やっぱり、と思ってな。正直な観想を言うと、やり過ぎかつ過激だ。民衆扇動と王室、海軍を利用を利用した陸軍上層部の巻き込みで抗戦への地盤を作る。悪くはないが後処理のリスクが高すぎる」

「確かにな。だがカシウスよ。今の状況が最悪であることも確かだ。降伏したところでこの国が存続する確率は低い。中途半端な作戦で負け確定の戦いに挑むか、背水の陣による状況打破をするか。まぁ、この二択しかないほとんど選択できない時点で負け戦の匂いしかしないがな。賭けてみるしかないのじゃないか?」

「……。今ツァイス工房の地下である研究をしています。それがもし短期間で成功すれば一発逆転の手札になり、この作戦もやる価値が出てきます。ただいつになるかわからないものに待てといっていられませんし。やるしかないのか……」

「その研究は何なんだ?」

カシウスの意味深な言葉に反応するシャルル。

「それはな……」

 

------------------------------------

 

~陸軍省将官会議室~

「カシウス大佐にコリンズ大将。いったいどういうつもりですかな?我々に承諾を得ずに無謀な作戦を立てるとは!」

陸海連絡会議のあと陸軍の主要メンバーのみが集まった会議で帝国派筆頭のエドワ-ドが声を上げた。帝国と完全に決別する作戦を彼らが飲めるはずもなかった。

「別に黙っていたわけではありません。先日の事件が起きたことで私とコリンズ大将で急遽練り上げた案ですからね。同意いただけると思ったのですが……」

「ふざけるな!彼我の実力差を理解しているのか?帝国とまともにやり合えば負けるのはこちらなのですぞ!」

「では何か代案があるのですか?先日の事件で国民の反帝国のストレスが跳ね上がっていますが、陸軍に対する批判も後を絶ちません。実力で排除されたようですが先日のデモで国民に圧力をかけたのはミスですよ。我々が理性的な判断をしたとしてもそれが受け入れられないような案であったりしたら下級将校たちの離反は避けられませんよ?最悪の場合帝国と戦う前に内乱に突入します。そのことを理解したうえでの案に反対しているのですか?それに付け加えておくとこれは我々だけの案ではありません」

カシウスが一息ついて周りを見渡すと苦虫を噛んだような表情をしていた。遊撃隊によって仕組まれた帝国軍による婦女暴行。占領地での悪評。あることないことを織り交ぜ、情報部による偽装も加えることでノンフィクションの皮をかぶせた扇動は戦争によるフラストレーションの捌け口を求めていた国民の心を掴んだ。それは今も各地で起こるデモや集会といった形で現れておりエスカレートしつつあった。

「その通りだ。今回の一連の混乱の原因は帝国だけでなく陸軍にもあるのではないかな?エドワード中将殿」

「デュナン公爵!?なぜこのようなところに?」

会議室に入ってきた男の姿を見て思わず素っ頓狂な声を出す帝国派の面々。それもそのはずだった。カシウスの言うほかの支持者がデュナンである場合作戦反対の為には正当な理由が必要だったが、彼らには国民をなだめつつ、作戦を中止させる提案が出来なかった。相手が王族である以上いつものような無茶をすることも出来ず、おとなしく引き下がるしかすべはなかった。

「君たちもこの国の為に作戦に協力してもらいたい。優秀な君たちなら必ずや帝国の不法から我々を守ってくれるだろう!」

満足げな顔をしてそう語るデュナンに頷いた。もはやこの場においてエドワードになす術はなく、トップが黙った以上帝国派の面々もおとなしく会議が進むのを眺めているのが関の山だった。

 

---------------------------

 

1192年6月

アリシア女王陛下による公式発表により戦況悪化を受けて王都をグランセルから一時的にツァイスへと移すことが公表された。これにより王都内で少々混乱が起きたが女王陛下は遷都を発表したものの実際はグランセル城から動かなかったので混乱はすぐに収束した。形式上の遷都と受けた国民であったが実際は女王個人の意志であった。

「なりません。国民の皆が砲火を恐れているというのに私一人だけ逃げるなどということが出来るでしょうか」

「しかし陸軍からはツァイスで無ければ作戦の都合上、命の保障ができないといっております。陛下!今回はお逃げくだされ。陛下が生きていらっしゃれば何とかなります」

「陸軍が心配しているのは私ではなく王都でしょう?首都が占領されれば陸軍の面子がつぶれるなどという魂胆なのでしょう?かまいませんよ、王都を移すのは同意しましょう。しかし私はここの残ります。王都ツァイスからグランセルへ出向いているということにすればいいではありませんか?」

「良くありません!どうかお考え直しください!」

……

 

というやり取りがあったが結局侍従長の説得は成功せず、結果グランセルに女王が居座ることになっていた。

「申し訳ありません。私の力では及ばず……」

「いえいえ。こちらこそ申し訳ない。このような醜態をさらしているのは我が陸軍の責任でもあります。いざとなったら力ずくで動かしますので何卒ご容赦を」

「はい。陛下の身の安全をよろしくお願いします」

コリンズも久しぶりの女王のわがままを笑いたかったが戦況がそれを許さなかった。本格的な攻勢の準備が帝国軍で始まっているとの情報が入っており、その対応に追われていたのだった。

 

--------------------------------

 

一方そのころレイストン要塞地下研究所とツァイスの工房ではカシウスの言っていた新兵装である飛行艇の試作機が製作されていた。レイストン要塞では高性能機の試作が、ツァイスでは量産機の試作がされていた。開発はもちろんアルバート=ラッセルが担当しており、開発は急ピッチで進められていた。

「ラッセル博士。機体のほうはどうですか?」

カシウスにつれられてシャルルは地下研究室にやってきた。二十四時間態勢の強固な守りで固められており、許可された人間以外は地下にすらいけない徹底ぶりであった。現在将校組で許可されているのはモルガンとカシウス、そしてシャルルだけであった。

「うむ。順調に進んでいるぞ、カシウス。そっちの子供がお前の息子か?」

「シャルル=ブライト中尉です。お会いできて光栄です。ラッセル博士」

「私は仕事で一度南部に戻らないといけませんがその間の開発報告や仕様変更などは息子に伝えてください。私が一通りレクチャーしていますので南部に戻っている間は私の代わりだと思ってください」

「そうか、そうか。南部に戻ったら娘によろしく言っといてくれ」

わかりました、といって地下室から出て行くカシウス。それを見送ったあと休憩室に移動して席に着く二人。

「さて、シャルル君といったかな?今回のこちら側の飛行艇のことは何処まで知っているんだい?」

何か飲むかい?と聞きながら自分のコーヒーを注ぐ博士。

「お気遣い無く。……そうですね、こちらのほうが少数精鋭型で高級であることや空戦タイプということは知っていますよ?スペックは知りませんが」

「なるほど。カシウスの奴は本当にざっくりとしたことしか教えていないんだな。こんな世紀の大発明を教えないなんて……。良し!では今からワシが徹底的に軍用飛行艇のすばらしさを教えてやろう!聞きたいか?」

年甲斐も無く子供のようにすごくたのしそうな顔をしてシャルルに尋ねるラッセル博士であったがエンジンの細部の話をされてもわからないので愛想笑いしながらカタログスペックを眺めていた。

(戦車以上の防弾能力と拡張性の高い武装。余裕ある設計による居住性のよさに加えて大きな倉庫も装備しているから長期作戦も適しているな。だが、なんと言ってもスピードだな。先説明された何たらエンジンを搭載しているから200から300km/hぐらいの速度が出る。通常の飛行艇の3倍近い速度だな。確かに空戦にもってこいの期待ではあると思うが……)

「……ということだ。聞いているか?」

「はい、もちろん。ところで教授、この飛行艇に関しての提案があります」

「何だね?これ以上の速度上昇は少々骨が折れるからすぐには出来んよ?」

「違います。速度は十分です。ただ空戦モデルに作っているこの機体の用途変更をしてほしいんです。空戦は帝国軍が飛行艇を投入するまで行われません。だが昨今の戦況を見るにこの新兵器を取っておくという選択肢はありえません。ようは倉庫やその他の居住区画の一部を潰して爆装を出来るようにしてもらいたい。その程度のマイナーチェンジはすぐに出来るでしょう?」

「待ちたまえ。対地攻撃用に南部で量産型を作っているのだからそちらのほうがいいのではないかね?」

「あっちの飛行艇はこの国の工業力と資源を抑えるために割合と小型化されている。しかも親父の考えている攻撃対象はおそらく帝国軍の戦車だ。つまりあの国の戦車正面の重装甲をぶち抜くためにかなり大型の兵器を搭載することのなっている。つまり爆装させれば間違いなく過載積になる。空中で動きが鈍くなれば撃墜の危険性が高くなる。それを考えるともともと余裕にあるこちらを改造して戦闘爆撃機にしたほうが価値があると思う」

「なるほどな。話はわかった。確かに空戦をするにしても倉庫は要らないな。船を作るつもりで勢いでつけてしまったわ。しかし何を爆撃するんだ?帝国側にまで爆撃しに行くのか?」

「搭載する爆弾はクラスター。速度を生かして決戦前の敵歩兵師団のど真ん中にばら撒いて先制攻撃に使う。圧倒的劣勢のこちら側としては布陣している間は一気に叩くことが出来るチャンスだ。空からの奇襲など考えもしていないだろうから一方的に押し切れる」

「クラスター?聞かない名だな。……いや、スビアボリ要塞の武器調達担当が火薬兵器を提案してみんなで出し合った案にあったかな?あぁ、スビアボリが陥落したからあの企画も無くなったのか。短い間だけだったがいい気分転換だったのに惜しかったな……。って、すまんな。いきなり回想に入ってしまったわ。というか何でお主がクラスターのことを知っておるんだ?」

ころころと表情を変える博士を見て、研究者って変わり者が多いのか?という疑問を胸にしまいつつ質問に答える。

「知ってるも何も、俺が元スビアボリの兵器担当ですよ?提案された兵器はピンからキリまで覚えています。拡散する地雷なんて国内で使い道が無いと思っていましたが、まさかこんなところで役に立つとは思いませんでしたよ。信管変えれば爆弾として応用できますよね?」

「そうか……お主がそうであったか。うむ、爆弾そのものはできるぞ。久々になんだかテンションが上がってきたわ。しかし仕様変更はカシウスに伝えなければならんな。説明するのは面倒だな……あっ!」

何か思いついたと思うとシャルルのほうを向いてにやりと笑った。

「仕様変更するぞ。カシウスの代理人?」

「許可します。おねがいしますよ、博士」

コーヒーを飲み終えた博士はそのまま作業へ戻りシャルルはその戦闘爆撃機を基にした作戦を立案する為情報部にいるリシャールの元に向かった。

 

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1192年6月下旬

着々と準備を進めていた帝国軍はついに作戦を本格化させた。南下を始めた帝国軍は開戦以来ずっと進軍の妨害をしていた特別遊撃隊の根拠地であった地方都市ロレントを占領した。本来の遊撃隊が解散した後名称を引き継がせたそれはエドワード子飼の部隊となっていた。下士官までの兵士は普通の王国兵であるが将校は帝国派のみで構成されておりエドワードと帝国軍のつなぎの役割を担っていた。つまり王国側からの手引きで占領下も同然であった。軽い戦闘が起きたもののすぐに降伏したので損害も無く王都へと進軍し激突は時間問題と思われた。

「久しいね、シャルル君」

ある晩にレイストン要塞を訪れた男がいた。第一、二軍司令のエドワードだった。

「お久しぶりです、エドワード中将。野戦軍総司令官殿自ら1将校に挨拶しにいらっしゃるとは思いませんでした。何か御用ですか?」

「謙遜しなくてもいい。君の優秀さは陸軍は愚か国民も知っているさ。……今回の会戦には優秀な参謀が必要だと思って抜擢しに来たのだよ。どうだい?私の参謀として戦ってはくれまいか?」

「ありがたい話ではありますが陸軍省からの正式な通達か直属の上官からの指示が無ければ要塞守備の任をやめるわけにはいきません。中将なら他に優秀な部下がいらっしゃるでしょうからそちらをあたってはどうですか?」

決戦を前にしての身内の敵からの誘い。今までいろいろと探りを入れたりしていたのを知っている身としてはほいほいついていくわけには行かなかった。理由も正当である以上さっさと帰れと思うシャルル。だが、相手は中々諦めてくれない。

「君ほど優秀な人を他に私は知らないよ。緊急事態である以上陸軍省の指示なしでも構わんだだろう。モルガンに関しても私のほうが先任官である以上断れないだろう。今後の出世にもつながるだろう。どうだね?」

「お言葉ですが中将、私を要塞守備の任につかしているのはコリンズ大将とデュナン公爵です。要塞司令官のモルガン中将の下に南部から出向する形で本来少尉である私がに守備隊長になっていますので。なんでも階級規定に厳しい方が将官にいらっしゃるそうで、批判をかわす為に大将ひいては王室からの勅命という形になっていて将官の命令とはいえ自由に動けませんので。力添えできなくて申し訳ありません」

一瞬厳しい顔になったエドワードであったがすぐに表情を戻して去っていった。デュナンからの口ぞえは遊撃隊の司令官たるシャルルと表彰式であったとき面識があったこともあって公爵自身がシャルルの事を気に入ったのでコリンズからの頼みを聞いてアリシア女王名義の勅命を引き出したのだった。ちなみに階級にうるさいのはエドワードのことである。シャルルがスビアボリや遊撃隊長時代に割りと好き勝手やって帝国軍をボコボコにしていたので、階級以上の権力に関してことあるごとに問題にしていたのだった。去っていったのを見届けてあと地下工房に向かった。ラッセル博士が爆撃のための機能を除いてほぼ完成したから見に来いといわれていたのだ。

最悪の事態になるおよそ70時間前の出来事であった。

 

----------------------------

 

「コリンズ大将とカシウス大佐に伝えることがあります!緊急事態です!通してください!」

通信担当しているであろう男が焦った顔でツァイス工房の入り口につめかける。

「おい!ここは立ち入り禁止だぞ。入りたかったらパスか許可証を出せ」

レイストン要塞と同じく飛行艇の研究をしているここは立ち入り制限があった。

「そんなこと言ってる場合ではないんですよ!早くしないと!」

「どうしたんだ騒がしい」

あまりにもうるさかったんだろう、たまたまホールにいたコリンズが出てきた。

 

 

「緊急事態発生しました!野戦軍の無抵抗降伏で女王陛下が脱出できず、敵の捕虜になられた模様です!」

 

 




ちょっと更新遅くなるかも.
皆さんの良心に基づいたアドバイスをくれたらうれしいです。


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第十一話 四面楚歌

リベール王国南部の臨時首都であるツァイスではただならぬ雰囲気が流れていた。グランセルより届いた知らせ、帝国軍の手にアリシア女王陛下の身柄が拘束されるというのは司令部の人間にとって青天の霹靂であった。そもそも決戦の日にはすでに南部に向かって移動していなければならず、万が一遅れても第一軍と第二軍を相手取ればそれなりに時間がかかり、帝国軍とはいえ女王一行を捕捉することは不可能なはずであった。にもかかわらず捕まった場所はグランセル近郊であったと続報は本来なら考えられないことのはずだった。

「エドワードが裏切った」

誰が言ったのかわからないがそれが一番しっくり来る理由だった。南部は帝国派でなく共和国派が多かった。それゆえ首都移転で一緒に来るはずだった帝国派は共和国派によって阻止され最前線で指揮を執ることになっていた。それは最悪の結果を運んできた。共和国派の筆頭たるコリンズなど自室にこもってしばらく出てきていない。それほどの失態だったのだ。軍全体に流れる諦めのムード。キングを取られた時点でこの戦争はチェックメイトであった。

ただ全員が諦めていたわけではなかった。グランセルは占領されたがレイストン要塞はまだ陥落はしていなかった。ただそれでも絶望的な状況には変わりなかった。

 

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グランセルの異変に最初に気づいたのはスタイナーであった。軍曹に昇進した彼は己の本分たる狙撃術の訓練を行うため部下を連れて要塞近くの森で魔獣狩りをしていたときに砲撃音がしたような気がしたのだ。戦場はなにがあるかわからない。万が一野戦部隊が突破された場合を考えて訓練を中止し、己の上司たるシャルルに報告した。報告を受けたシャルルはすぐに偵察隊をおくった。彼らの持ち帰った情報は血の気を引かせるものだった。女王の捕縛と野戦軍の無抵抗降伏。そして最前線の部隊指揮をしているのはヴァンダール中将でなかった。こちら側の事情をすべて知る、そしてそこにいてはいけないはずの敗軍の将・エドワード=アーネット中将の名があった。

最悪の事態を見せられながら思考は止まっていなかった。すぐにモルガンと相談し一通りの対応策を練った。まず、要塞へ続く道の地雷原化と湖の機雷散布。時間がないため地雷は表面にばら撒くだけだが時間稼ぎを狙いだった。帝国軍の砲艦による艦砲射撃を防ぐ為にもありったけの機雷をまいた。そして要塞前の橋を落として完全の孤立状態にした。外部からの支援が絶望的である以上もはや陸と繋がるよりは侵入経路を遮断するべきだというシャルルの意見が採用されたのだった。エドワードもモルガンやシャルルの手ごわさを理解していたので勝手に孤立した彼らを包囲するだけにして南部への侵攻を急いでいた。

「女王陛下を救出します」

会議はシャルルの発言から始まった。南部と同様に将校には諦めが見えていた。

「具体的な作戦は?救出の見込みは?それもわからないのにどうやって……」

ある佐官からそんな声が漏れた。他からも同調するような意見が出た。その負のムードはドミノのように連鎖していき仕舞いには降伏を勧めるものが出てき始めた。その様子をモルガンは黙ってみていた。するとシャルルが手を叩いた。

「静かにしてください。この状況をひっくり返すことは出来ませんが上を宇野救出程度なら出来る秘密兵器があります」

そういって資料を配るシャルル。手元に与えられた資料には飛行艇に関する記述が書かれていた。それを読んでみなの顔にさまざまな表情が出た。可能性の明かりに喜ぶ者や新しい物への抵抗感があるのか微妙な顔をする者おのおのが違った反応を見せた。

「それを見たうえで降伏と抵抗の多数決を取ります。降伏派は扉側、主戦派は奥に立ってください。相談なしで自分の意志で決めてください」

そういうと皆まちまちに動いた。新兵器を信じる者は抵抗を、帝国派と保守派は降伏にまわった。その割合はおよそ6:4。ぎりぎり抵抗派が多かった。

「もういいですか?変えるなら今ですよ?……主戦派のほうが多いですね。それでは遊撃隊の諸君入って来い」

シャルルの掛け声で完全武装した遊撃隊のメンバーが会議室に入ってくる。それをモルガンは不審そうな目で見ていた。

「そいつらを拘束して地下牢にほりこんでおけ。やる気のない奴らにこの局面で邪魔されたら面倒だ」

「横暴だ!貴様は憲兵でもないのに逮捕権はないぞ!モルガン将軍も何とか言ってください」

「エドワードの腰巾着がほざくなよ。銃殺されないだけましだろうが。連れてけ」

ぎゃあぎゃあわめくのを黙らせて部屋からつまみ出したあと再び作戦ついて話し始めた。

「さて、邪魔もいなくなったので始めますか。今回の作戦は王城にいる女王陛下の救出作戦の概要を説明します」

「何で陛下が王城にいるってわかるんだ?」

質問がされる。それは当然の疑問であった。

「孤立してから三日間寝てただけじゃないんですよ。グランセルには私と情報部の友人で張り巡らした諜報網があります。そこに引っ掛かった報告によると現在帝国軍は本格的に戦闘が送ると考えられる南部作戦に向けて準備中ですがヴァンダール中将に代わってスナイダー大将がでしゃばって配置換えが起こります。そのときに女王陛下も一緒に帝国領に護送する話になっているようです。その日は今日から4日後。それまでの間は王城にて軟禁状態にするとのことです」

「そんな情報よく掴んだな。信頼度はどの程度なんだ?」

モルガンの問いにシャルルはパーフェクトと伝える。この情報は盗聴によってもたらされていたからである。それを聞いて皆も納得したようであった。

「続けます。皆さんご存知の通り往生はかなりの広さがあり、軟禁状態とはいえかなりの警備がいることが考えられます。しかし占領地の中心部ということもありかなり警戒レベルは低いと考えられます。つまり速さ、正確さ、不意打ち。以上の三条件を満たせば成功します」

一息ついて皆を見ると真剣な顔をして聞き入っていた。掴みは上々か、と思いながら話を続ける。

「まず戦闘能力の高いメンバー10名を選抜します。そして泉水具をつけてラッセル博士に依頼して作った魚雷を改造した簡易の水中移動用の乗り物で要塞地下から出撃し、王城裏の遊覧用の桟橋に向かいます。そこから敵に見つからないように上階を目指します。女王の身柄を確保した後に照明弾を打ち上げます。おそらくここで確実に気付かれますが飛行艇の速度を考えれば十分可能です。今回は殲滅戦でないので見つからないことが前提です。一応消音機能つきも武装をしていきますが見つからなければ手を出さない。アクションは迎えが来るまで起こらないのが理想です」

一通り話し終えると次々に質問が飛んだ。携帯武器は?王城内の敵兵の始末の仕方は?気付かれて射ち合いになったら?

これらの質問に対してスムーズに答え、質問がなくなるとモルガンに意見を求めた。

「以上が私の立てた作戦ですが許可をいただけますか?」

その質問を聞いてモルガンは笑った。

「そこまで言っておいていまさら中止などとは言わんわ。ただしこれが最初で最後の作戦になる。失敗すればこの国は滅びる。それを肝に銘じて取り掛かれ。信頼しているぞ」

 

そこからは速かった。メンバーの選抜と作戦に向けての徹底的な訓練。要塞を王城に見立てて何度も侵入の確認がなされた。また壁に見えないうちと深夜に飛行艇の操縦訓練が行われた。一回一回の訓練をこなすうちにメンバーはさまざまな技術を貪欲に吸収した。自分の動きがこの国を変えるという重責を担うことになった以上弱音を吐いている場合でなかった。作戦に必要なものが次々に用意され満を持して決行の日を待った。

 

「最後のブリーフィングだ。良く聞けよ」

王城の地図を背景にシャルルが話し始めた。

「諸君はアルファとデルタチームの2つに分かれて潜入する。自分の所属する方の人間の顔は暗闇でもわかるようになっていると思う。カービンとサイドアームのサイレンサーはしっかりつけておくこと。照明弾発射後に気付かれた場合のみ威嚇の意味も含めてサイレンサーをはずすことを許可する。今から一時間後、ここを出発する。準備が出来次第地下に集合しろ。上陸後内部に潜入したら二手に分かれて上へと向かう常に警戒を怠らず3階の広場を目指す。前も行ったが出来るだけ手を出すな。目的は女王陛下の救出であることを忘れないように。万が一についてだが……」

シャルルの説明は続いた。隊員たちは皆真剣に言葉を聴いていた。説明を終えるとモルガンがしめた。

「短い時間だったができるだけのことはしたはずだ。おのおのが自らの責務を果たせば必ず成功する。それだけだ」

 

作戦開始時間となり隊員たちが集まった。主に遊撃隊メンバーで構成される潜入隊はゴム製のドライスーツに酸素ボンベと各自の武器を装備して魚雷を改造した小型潜水艇の前にそろった。

「こんなちゃっちなモノですまないな、シャルル君。戦争が終わればきちんとしたのを開発しておくよ」

申し訳なさそうに言う博士。この短時間で仕上げたには十分すぎる代物だが博士は満足がいかないらしい。

「いえいえ。こちらのわがままに付き合ってもらってありがとうございます」

「そういってくれて嬉しいよ。明かりは下に向かってしか出ないようにしている。岸から離れすぎないように気をつけたまえよ」

要塞の人間に見守られながら静かに作戦は開始された。

 

シャルルたちは潜水艇に乗って王城の桟橋付近にまで到達していた。前方の部隊にいる夜目の利くスタイナー軍曹が潜望鏡で桟橋を確認し手話で様子を伝える。

(桟橋に人影あり。武装してる。潜水艇を捨てて排除する)

(了解。エーカー曹長以外は水中で待機)

後方の部隊にもジェリコーが同じことを伝えいよいよ臨戦態勢に入る。ゆっくりと水面に近づき敵を視認する。どうやら用足し中のようだった。休憩がてら外に来たと考えられた。

刹那、水面から飛び出したエーカーに水中引きずり込む。声を上げるまもなく帝国兵は首をかききられ湖底に沈んでいった。

『オールクリア』

エーカーからの無線が入る。それを聞いて全員桟橋に上がり、ボンベを捨て武器を装備する。桟橋から王城内に入るとそこは倉庫であった。王族たちが湖で色々と興じる為の道具がおいてあった。部屋を出ると左右に続く廊下があり途中に階段がある。ここからが本番であった。廊下は静かであり帝国軍の兵士が本当にいるのか怪しいほどであった。

裏口から侵入したシャルル率いるアルファチームは左へと進み階段の近くにまで来ていた。元々離宮だったので防衛上の複雑さはなく、サクサクと進んでいた。暗闇の影に隠れて巡回の兵をやり過ごし、上階の状況を確認すると一回の入り口に二人、二階の階段の上に1人いた。ただし下の階の二人は居眠りをしているようだった。その二人を無視して、二階の敵に照準を向けた。百メートル先の目標の目玉をぶち抜けるレベルのメンバーにかかれば近距離の狙撃など朝飯前だ。しかし確実という保証はない。こちらが静かに撃っても、相手が静かに死ななければ意味はない。そこで二人に撃たせることにした。二人がかりで一人を狙えば成功確率はほぼ100に近い。二階にいた敵兵は頭に一発の鉛弾が確実に叩き込まれ、声も上げることなく死んだ。

敵の排除を確認してアルファチ-ムは前に進み、死体を軽く処理してロッカーの中にほりこみ何事もなかったようにする。デルタに進むようにジェスチャーで指示し後方の警戒しつつ、デルタと入れ替わるようにもうひとつの入り口を確認しに行くアルファ。明かりの消えた廊下を静かに進んでいくと突き当たりについて、角からその先を確認する。しかしもう一箇所の入り口は警備をしやすくするためかバリケードで完全に封鎖されており、加えて明かりのついた部屋には交代要員と思われる兵士たちがトランプを興じていた。ルートの確認を終えこちらの道が使えないことを確認するとアルファはもと来た道を戻った。

一方デルタはもうひとつの入り口近くにいた。屋上に続く道を確認すると二人の警備兵が立っていた。こちらも通路を封鎖する為に鉄条網らしきモノがついておりアルファの確認した側ほど出ないが封鎖されていた。角から二人の兵士の様子を確認し丁寧に排除していく。上へと繋がる鉄条網の扉には鍵がついていた。死んだ敵兵の体からは鍵が出てこずこれ以上は進むことが出来なくなった。仕方なく鍵を破壊し先に進むと屋上に出た。屋上には土嚢などが置いてあり、遮蔽物のない空間でも侵入者と戦闘ができるようになっていたが警備の兵士はいなかった。何かの罠かと警戒したが本当に何もなく、敵に見つからないで終わりそうだとシャルルは安堵しかけたがすぐに気を引き締めて先に進んだ。

グランセル城の最上階。そこには女王陛下の居住区画があった。城の平坦な屋上に追加でつけられたそれは、城の材質に合わせ大理石を基調としており全体の雰囲気を崩さないように注意して設計されていた。本来宮中関係職の人間以外は入れる場所でなく、シャルルたちが一般人の中では第一号である。大理石の大きな岩で出来た扉を開けると一階には広い空間があり、上の階に女王の個室がある。現在一階には帝国軍の兵士が5人ほどいた。他の階にも警備がいるうえに街そのものが支配下にあったこともあってこちらも気が抜けていた。武装を外して歓談中であったようで突然入ってきた集団を見て馬鹿みたいに口をあけて硬直した。

「こんばんは」

にっこりと笑顔になったシャルルは次の瞬間に引き金を引いていた。サプレッサーカービンのくぐもった発射音が鳴った。あるものは吹き飛び、ある者は床に崩れ落ちた。死亡確認をし上の階に行こうとしたとき、深夜のグランセルに特大の警報音が鳴り響いた。

「気付かれましたか。かなり敵をかわして上がったつもりでしたけどやはり無理だったみたいですね」

スタイナーが言ったがここまで来ていたら十分だった。後は照明弾を射ち、迎えを待つだけである。

「決めていた通りに迎撃態勢に入れ。指揮はシード少尉に任せる。迎えが来るまで10分ぐらいだ。ここまできたら誰も欠けないで帰るぞ!」

「「「Yes,sir!」」」

 

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シャルルは戦闘を任せている間に女王の個室にやってきた。部屋をノックして自分の所属と名を名乗る。

「レイストン要塞守備隊長代行、シャルル=ブライト中尉です。女王陛下の救助に参りました。失礼承知の上で入室の許可をお願いします」

中から返事があったので入る。すると机に座って完全に起きている女王陛下がいた。

「救出に参りました。詳しいことは後になりますが最低限必要なものがあればまとめてください。10分ほどで迎えが来ます」

「何処から逃げるのですか?警戒態勢が築かれている以上逃げれませんよ?」

飛行艇のことを知らない女王は陸から逃げると思っているのだろう。よく判らない顔をしている。シャルルは質問に答えずにベランダに向かいドアを開けた。夜風が入ってきたその先に見渡す夜のヴァレリア湖は絶景だった。懐から取り出した照明弾を打ち出す。マグネシウムのまばゆい光は要塞に届いたことだろう。振り返ったシャルルは先ほどに質問に答える。

「空には敵はいませんよ?女王陛下」

 

 

一方他の隊員たちは屋上に上がってくる敵をサプレッサーを外して応戦していた。

「いやー、これ持って来ておいて正解だったな」

ジェリコーはそういいながら軽機関銃を撃っていた。作戦前は邪魔になるしサプレッサーがつけられないからやめろといわれていたがゴネて持って来ておいて正解だった。750発/分の破壊力は戦車や飛行艇のいない平地においては無敵を誇った。銃弾だけでなく絶え間ない発砲音は兵士に恐怖心を植え付ける。おまけに侵攻経路は一本だけなので弾をばら撒く必要もなく、中々帝国軍の兵士は屋上に上がれていない。暇になったスナイパーたちは増援のために地上に集合した兵士たちを狙撃し始めておりもともと防衛戦に向いている地形をうまく活用していた。敵が前進するのを完全にシャットアウトしていた。

 

「コイツら何処から沸いて出てきたんだ!正面玄関にはかなりの警備兵を割いていただろうが!何であんな重装備の奴を発見できなかったんだ」

「正面じゃなく裏の桟橋から侵入してきたんだ!気付いていない奴ばっかりだったが何人か殺されてた。万が一女王が連れ去られでもしたら大変なことになるぞ!」

「安心しろ裏にも警備艦を回して陸の方も厳戒態勢に入っている。しばらくは乱射していられるだろうがすぐにでも弾切れを起こすに違いない。それからゆっくり包囲していけば確保できるだろう」

帝国軍も突然の来襲に虚を疲れて混乱していたが、包囲が完成したあたりから落ち着きを取り戻し敵に弾を使わせる作戦に変更していた。警備艦も湖のほうで警戒しており逃げ道は完全にふさがれたように見えた。

「!あいつら奥のほうに引っ込んでいくぞ!追いかけろ」

機関銃の連射音が止まり外の様子を確認すると侵入者たちが女王の居住区に撤退していくところが見えた。

「居住区に入ったようだ。包囲して投降させろ。無いとは思うが人質も道連れにされたら面倒だ。くれぐれも下手な刺激はするなよ」

敵が全員入ったことを確認し前に進もうとしたとき爆発音が夜空に派手に鳴り響いた。煙の先は無残に壊れた居住区画の入り口だった。瓦礫の山になっており入ることができなくなっていた。

「通路が封鎖された。工兵の支援を頼む」

無線の要請に基づいて帝国軍の工兵隊によって明朝まで通路の確保が行われた。開通後、帝国軍の精鋭たちは二階に上がり投降することを中に向かって何度か呼びかけたが返事が無かった。不審に思い突入すると全開になった窓が目に入った。そして次の瞬間、耳を劈くような強烈な爆発音が彼らを襲った。

 

 

「おー、うまいこと引っ掛かったな」

レイストン要塞の屋上から双眼鏡を使ってグランセル城を見ていたシャルルは感心したような声を上げた。グランセル城からはかなりの煙が吹き出ておりその爆発の凄惨さが見て取れた。

「ちゃんと起動していたら上にいた奴らはほとんど吹っ飛んだんじゃないのか、ジェリコー?」

「おそらくね。導力爆薬なら感知されたかもしれませんが今回はTNTを使ったんで検知出来てないんでしょうな。無線を使った誘導で連動爆発して屋上も阿吽の地獄絵図ですよ、今頃は」

火薬の爆発でぐちゃぐちゃになった死体が今頃転がっているのだろう。もはや死体の判別もつかないのかもしれない。

「戦争とは言え気持ちのいいものではないです。まともな死に方は出来そうにありませんね。……今頃、陛下とラッセル博士は南部に到着したんだろうか?」

ふとエーカーが漏らした。救出に成功した後要塞にまで帰還した飛行艇は救出部隊を下ろして、代わりにラッセル博士を中心とした技術者メンバ-や飛行艇の資料を乗せて南部へと報告に向かわせたのだ。

「そうだな。……機密情報は運び出すか焼却処分したからここはもはや守備する価値も無くなったわけだが、いつになったら外からの援軍が来るのかねぇ~」

 

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南部の作戦会議室は荒れていた。女王陛下が捕らえられた以上もはや打つ手なし、と主張するグループとあくまで抵抗を主張するグループに分裂していた。ただどちらも無茶であることを理解していたので会議は堂々巡りだった。南部に避難してきていたデュナンもいたがたいした能力の無い彼は発言することも無くただ座っているだけだった。

「会議中失礼します。コリンズ大将至急報告せねばならないことがあります」

情報部の人間からの報告者が部屋に入って来て一時的に議論が中断する。静かになったことで少しためらいがちにコリンズのほうを見る。

「構わん、言え」

「はっ!偵察部隊が先ほどツァイスに向かう所属不明の飛行艇を確認しました。敵味方の判別はついておらずまっすぐにこちらに向かっているそうです。飛行物体のカラーリングは白で現在確認を急いでいます」

ざわっ、と騒がしくなる。飛行物体が帝国軍の新兵器であった場合ますます王国軍の勝率は低下する。さまざまな憶測が飛んでいるようだった。

「カシウスよ、心当たりはあるか?」

「おそらくレイストン要塞で開発中だった軍用飛行艇でしょう。鹵獲されていない限りはこちらの新兵器です」

コリンズの質問への回答を聞いてますます騒がしくなる。

「とりあえず敵か見方過の判断をしませんか?」

 

 

ツァイス上空に現れた飛行艇は上空を旋回していると民間の飛行艇の発着場からの誘導を受けた。それにしたがって徐々に高度を落としていき、無事着陸した。発着場の出入り口には武装した兵士と参謀部のメンバーが待っていた。後部の搭乗口から出てきた人影を見た者は全員言葉を失った。優雅に出てきたのはなんと自分たちが一番安否の確認をしたかった人間が出てきたからでてきた。

それに続いて飛行艇研究のメンバーやその他レイストン要塞にいた重要な人間が多数出てきた。

「女王陛下ご無事でしたか!」

コリンズが真っ先に駆けつける。

「詳しい話は後です。すぐに参謀本部に集合して作戦会議を行います」

「「「了解しました!」」」

 

必要な駒はすべてそろった。反撃の時は近い。

 

 

 

 

 

 

 

 




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