赤いベーシストはバンドもしたいけど恋もしたい! (倉崎あるちゅ)
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番外編
8.25 Happy Birthday!! Lisa!!


本編更新は今回無しです。

私はただこれが書きたかった。


 

 

 

 今日は八月二十五日。つまり、アタシ──今井リサの誕生日だ。

 その筈なのだが、ショウや友希那からおめでとうのメールすら来ない。去年は来ていたのに。

 友希那は忘れてそうだなぁ。最近作曲や作詞に忙しそうだし。ショウは……どうなんだろう。彼の性格からしてこういう誰かのイベント事って毎回覚えてると思うんだけど……。

 うーん、うーん、とベッドに横になってゴロゴロと転がりながら唸る。

 今年に入って、RoseliaのメンバーやPoppin'Partyをはじめとしたガールズバンドパーティの人達に出会って知り合いも増えた。日菜や薫、モカ達After glowと言った同じ学校の子達とPoppin'Party──ポピパの有咲とかはおめでとうのメールや電話が来て祝ってくれた。

 ただ、Roseliaのメンバーはまだ、誰一人としてメールや電話がない。別に無くてもいい。少し、ほんの少しだけ悲しかったりするけど。

 

「……ショウも、忘れてたりするのかな……?」

 

 携帯を見ながらその言葉を発して、目に涙が浮かぶ。ボフッと顔を枕に埋めた。

 このまま寝てしまおうか、なんて考えた瞬間、家のインターホンが鳴った。今、母さんは買い物に行ったきり戻ってこないため家にいない。必然的にアタシが出ないといけないんだけど、今とてもそんな気分じゃない。

 何度かインターホンが鳴ったが、しばらくして鳴り止む。

 すると、玄関の扉が開く音が下から聞こえてきた。

 

「えっ?」

 

 母さん? 買い物袋が多過ぎて開けて欲しかったのかな? いやでもそのまま二階に来ないよね? なんでこっちに来てるんだろ。

 枕から顔を上げて、自室の扉を凝視する。

 足音が止まり、一拍置いた次の瞬間、バンッ! と扉が勢いよく開け放たれた。

 

「おいこらリサ! いるなら出ろよ!」

 

 眉間に皺を寄せて、口をへの字に曲げた少年が、ポカンと口を開けたアタシに言う。

 いやいや、なんでショウがいるの? 鍵確か閉めてあったはずなんだけど。

 そう言いたいのに言葉が出ない。

 

「……ん? リサ、何泣いてんだ? 何かあった?」

 

 アタシの目に浮ぶ涙を見て、ショウがアタシの方に歩いてくる。傍まで来ると頬に触れ、優しく涙を払ってくれた。

 

「なんだー? お化けが出る夢でも見たか?」

 

 ニヤニヤと笑いながら訊かれる。

 そこでやっと頭が動いて、ショウに頬を触れられている事を意識してしまい、一気に熱を帯びる。

 

「ち、違うから! というか、なんでショウがアタシの家に……」

「暇してたからリサ誘って買い物にでも行こうかなって」

「で、でも鍵閉めてたはずなんだけど」

「それはさっき、おばさんから鍵預かってな。寝てたら起こしてってのも言われた」

 

 アタシは母さんの行動に呆れて何も言えなくなった。確かに、部屋から一歩も出てないから寝てるって思われても仕方ないんだけど。

 

「さて、リサは身支度済ませて降りてこいよ。下で待ってる」

「え、ちょっと!」

「いいから支度すること! 色々と目のやり場に困んだよ!」

 

 そう言って彼は部屋から出て下に降りていった。

 というか、目のやり場に困るって……? 少し考えると、アタシの今の格好って部屋着のままだった。しかも、ショートパンツだし脚が大きく露出してる。

 私服の時もショートパンツ履いてるけど……部屋着とお洒落してる服とはまた違う。

 

 ──すっごい恥ずかしいんだけど!!

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 で、家で軽くご飯を食べたらすぐにショウに手を引っ張られて、いつも来るショッピングモールとは違う、アクセショップに来た。看板を見る限り、お店の名前は『Feel』というらしい。

 なんか、高校生が手を出すには敷居が高いものばかり置いてあるんだけど。

 

「ここ、ハンドメイクのアクセショップなんだ。SNSで知り合った人がここの店長さんでさ、すげぇ綺麗なアクセサリー作るんだよ」

 

 そう言ってショウは、如何にもこだわりがありそうな装飾が施された指輪を手に取る。

 言われてみれば、ここに置かれている商品達は、いつも行くアクセショップより温かみを感じる。一つ一つ丁寧に作られて、まるで命を吹き込むような、そんな感じ。

 

「あら、ショウ君じゃない。いらっしゃい」

 

 ショウといろいろ見て回っていると、女性店員さんが話しかけてきた。この人なのかな、店長さん。

 

景子(けいこ)さん。こんちは。(かい)さんは?」

「主人なら製作途中よ。もう少しで終わると思うわ。……そちらにいる女の子は、ショウ君の彼女さんかしら?」

「うぇっ!?」

 

 チラリとお店の奥を見て言ったと思ったら、まさかアタシの方に来た!? しかもうふふ、なんて気品のある笑い方をされたら悪気があるのかないのかわからないよ。

 

「違うって景子さん。この前話したRoseliaのベーシスト。わかってて言ってんでしょ。うちのベーシストはこう見えて純情乙女だから、からかわないでやって下さいよ。顔真っ赤にしてるし」

「ふふっ、ごめんなさいね。今井リサちゃんよね? ショウ君から話は聞いてたけど、本当に可愛いわねー!」

 

 イマイチ理解が追いついてないアタシはパチパチと瞼を瞬かせるだけだった。

 ショウから話を聞くと、この女性の方は富山(とやま)景子さんと言うらしく、このお店の店長さんの奥さんらしい。そして、奥の部屋で作業をしているのが店長さんらしい。ショウはその店長さんに用事があるみたいで、奥の部屋に向かっていった。

 その間にアタシは景子さんと話をしながら、可愛らしい商品を見ていた。

 

「──それで、今日はアタシの誕生日なのに、ショウやRoseliaのメンバーはおめでとうも言ってくれなくて……」

 

 若干不貞腐れながら景子さんに愚痴を言う。彼女の雰囲気がそうさせているようで、どこか安心する。ほんの少しだけ母さんに似てるかもしれない。

 

「そう……。でも大丈夫よ。話を聞いていただけだけど、ショウ君やRoseliaの皆は貴女の誕生日を忘れるなんてしないと思うわ」

「でも……」

「大丈夫! わたしも昔はそういうのもあったから、言えるわ。いい事が起きるはずよ!」

 

 だからね、と景子さんは笑いかけてくれる。

 

「リサちゃんはいつも通りにしていればいいわ」

「……はい!」

 

 景子さんに励まされ、だいぶ気持ちがスッキリした。

 またしばらくお話してショウの事を待つ。少しして、奥の部屋からショウと男の人が一緒に出てきて、男の人が店長さんなのだとわかる。

 

「悪いリサ、待たせた」

「ううん、景子さんといっぱい喋れたし大丈夫♪」

「待たせたお詫びになんでも良いから持ってこいよ」

「え? いや、いいよ別に。悪いし」

「んー……リサはやっぱそう言うよなー」

 

 どうするか、と言って首を傾げると、ショウは何かを見つけたみたいで、それを取ると店長さんを連れてレジの方に向かった。

 ──って、それもしかして。

 

「これでよし。ほらリサ」

「……やっぱり」

 

 ポン、と手に握らされるラッピングされた四角い箱。

 どう考えてもアタシが、いい、って言ったお詫びのものだろう。ホントにいいのになぁ。そこら辺頑固なんだから。

 

「俺が買いたいから買った。それをリサにあげたいからあげたんだよ」

「……ありがと」

「ショウ君買ったやつ、女の子にすごい人気のやつだから期待するといいよ」

「櫂さん、余計な事言わなくていいっス」

「ははっ、ごめんね。つい」

 

 まったく、とショウは溜息をついてアタシの手を掴んだ。

 

「んじゃ、そろそろお暇します。ありがとうございました」

「うん、またねー」

「気をつけて帰ってね」

「へーい」

「あ、ありがとうございました!」

 

 アタシ達を見送る二人に頭を下げて、お店を出る。

 しばらく歩いてカフェで休憩することにした。注文を済ませて、アタシはさっき貰った箱の中が気になって、対面に座るショウに訊いた。

 

「ねぇ、ショウ」

「ん?」

「もらったもの、開けていい? 気になっちゃってさ〜」

「いいよ。リサにあげたものなんだし」

「ありがとう♪」

 

 ショウに開けていいか訊いて、了承してくれたから早速ラッピングを丁寧に剥がす。

 うわっ、箱凄い高そうなんだけど!? 中は一体どんなのが……。

 緊張する手で箱の蓋を開けると、そこには銀色に光る、二つの輪っかが重なるブレスレットが入っていた。所々に紅い石が嵌められていてとても綺麗なアクセサリーだった。

 

「……い、いいの? こ、こんな綺麗なアクセサリー……アタシに」

「リサにあげるって言ってんだから素直にもらっとけよ」

 

 そう言ってショウは視線を逸らして左耳を触る。

 彼がピアスが着いた左耳を触る時は、隠し事や嘘をついてる時、もしくは照れてる時だというのは一年とちょっと接してきてわかった事だ。

 何を企んでるのかはわからないけど、景子さんも言ってたし、何かあるんだろうなぁ。あ、これが誕生日プレゼントなのかな? でもまだおめでとうも聞いてないし……あとでサプライズ的なのあるのかな?

 

「あー……リサ、その、だな」

「ん? どしたの?」

「……誕生日おめでとう。言うの遅れてごめん」

「っ! ううん、いいよ! ありがとう♪」

 

 そっかぁ、あの時左耳触ってたのは言い遅れて、今更言うのが気恥ずかしかったからかー。やっぱりショウってばそういうとこ可愛いなー♪

 アタシがそう思ってると、ショウがそれと、と言葉を繋げる。

 

「そのブレスレット、内側に名前掘ってあるんだ。櫂さんがサービスしてくれたんだ」

 

 言われてブレスレットを手に取って確認してみる。

 ホントだ。文字書いてある。綺麗な筆記体で『Lisa』って書いてある。凄いなぁ、ブレスレットの幅、そんなに無いはずなんだけど。

 流石はプロ、と店長の櫂さんを讃える。

 今着けていいかも訊いて、いいよって言ってくれたからアタシは手首に着けた。凄く綺麗で可愛い♪

 その後注文したものが届いて、軽食を食べながらなんでおめでとうを言うのが遅れたのか訊いたら、アタシが泣いてたのを見て吹っ飛んだらしい。その時にショウは顔を少し赤くしてたけど、多分アタシも顔を赤くしてると思う。

 チャットじゃダメだったのかって訊いてみると直接言いたいからだって。ホントそこも頑固だ。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 カフェを出てから、ショウとショッピングモールで秋服が出てたから、どんなのが良いか相談しながら買い物をした。他にも、本屋に立ち寄って、恋愛物やライトノベルを見て回った。

 ライトノベルも読んでいくうちに、あこが好きそうだなぁ、とか、友希那と紗夜に似てるなぁ、とか燐子に似合いそうな服だ! とかいろいろ思うようになって来て、それをショウに言ったら彼も笑ってくれた。

 その次に、ショウが珍しく俺の家に来て欲しいって言ったから、今はショウの家の前まで来ている。いつ来ても大きい家だと思う。

 中に入って、靴を脱ぐ。先にリビングに行こうと思ってリビングに続くドアを開けた。

 すると──

 

 パンッ! パパンッ! パンッ!

 

「きゃっ!」

 

『リサ、誕生日おめでとうー!!』

 

 クラッカーを手に持ったRoseliaのメンバー、アタシの母さんと父さんにAfterglowのメンバーと雨河さん、まりなさんが笑顔で待っていた。

 

「え……え? な、なんで……?」

「そりゃあ、リサの誕生日を祝うために決まってんだろ?」

 

 戸惑うアタシの頭に手を乗せて、ショウが悪戯が成功した時の子供みたいな顔でニヒヒと笑う。

 もしかして、あの時に左耳を触ってたのはこれだったの!? え、でも理由聞いた時嘘ついようには見えなかったけど。

 

「ちなみに、カフェの出来事はぜーんぶホントの事な。嘘ついてもバレるってわかってるし」

 

 ショウがニヒヒと笑いながらそう言う。

 

「ショウには嘘をつかないように徹底させたわ。その方が成功する確率もあがるもの」

「そうですね。紅宮君はわかりやすいですから」

「あー! それあこにもわかります! ショウ兄ってばすーぐ左耳触るよねー!」

「わたしにも……わかる……くらいだもん……ね」

「お前ら! それ俺が単純って言いたいのか!?」

 

 友希那、紗夜、あこ、燐子に次々に言われると、ショウが心外だと言わんばかりにツッコミを入れる。

 それを聞いて他の皆にも笑いが湧いた。

 アタシも笑って、笑いが収まると、皆の目を見て行って口を開いた。

 

「皆……ありがとう! 凄く嬉しいよ♪」

 

 お礼を言うと、異口同音にどういたしまして、と返される。

 あこが、アタシの手を引いてこっちこっち! と興奮気味に椅子に誘導してくれた。テーブルには、つい先程並べられたであろうご馳走が湯気を立てている。

 他の皆も椅子に座る。アタシ両隣には友希那とショウがいる。

 

「さぁ、主役が登場したんだ! せーので歌うぞー!」

 

 今回の事を企画したと思われるショウが、皆に言う。あことモカ、ひまりがおー! と返事をした。

 

「よし! ……せーの!」

 

『Happy Birthday〜 dear リサ〜♪ Happy Birthday〜 to you〜♪』

 

『おめでとー!!』

 

「……ホントに皆、ありがとう……!」

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

「さて! 皆、お腹も落ち着いてきてプレゼントも渡し終えたかな? ここからは、俺達Roseliaのライブだ! リビングを出て向かいに防音室があるから、そこに入ってくれ!」

 

 しばらくモカ達と喋っていると、ショウが楽しそうにそう言った。

 アタシはもちろん、母さんと父さんにモカ達や雨河さん、まりなさんは知らなかったみたいで、皆首を傾げていたけど言われた通り防音室に向かった。

 そこでは、もう既に準備万端のRoseliaのメンバー達がいた。さっきから見かけないと思ってたらここにいたのかー。

 

『ライブと言っても、二曲しかやらないんだけどな。んじゃ頼むぜ、友希那、紗夜、あこ、燐子』

 

 マイクを手にしたショウが言うと、四人が頷く。そして、マイクをスタンドにセットして、次に彼が手にした物は、白色の一本のベースだった。

 スティングレイと呼ばれる、高音にクセのあるベースだ。

 友希那、紗夜、あこ、燐子。そしてショウの五人で演奏するようで、まさかショウが演奏するなんて思っていなかったであろう皆が驚きの表情を浮かべている。アタシも、まさか観客側になってショウが弾く姿を見れるとは思ってもみなかった。

 

『まず一曲目、ショウがBirthdayソングだって言うから、演奏します。……Re:birth day』

 

 あはは、違うと思うんだけどなぁ。でも、ショウらしいや。それに乗っかってあこと燐子が賛成したんだろうなぁ。

 アタシじゃなくて、ショウだから曲も少しアレンジが加えられてる。おそらく、これ練習したの最近じゃなくて一ヶ月以上も前だと思う。拙いものだったら、友希那と紗夜が許さないもんね。

 アウトロが終わり、次の曲に移る。次の曲はなんだろうと思ったら、聴き慣れたイントロが流れた。

『陽だまりロードナイト』。アタシが凄く好きな曲だ。

 聴いた瞬間、涙が流れる。拭わないでそのまま、演奏するRoseliaのメンバー達を、アタシは笑顔を浮かべて見つめ続けた。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 演奏が終わり、聴いていた皆から拍手が送られた。

 俺は四人と顔を見合わせ、楽器を置いて皆の所へ戻る。すると、リサが微笑みながら泣いていて、俺と友希那に抱きついた。

 

「ホントに……ありがとう、友希那、ショウ……! 今日の日は一生忘れないから……!」

「大袈裟ね、リサは……」

「あぁ、ホントだよ。それに、感謝を言うのは俺らの方だからな?」

 

 ハンカチでリサの涙を拭いてあげて、俺は一つの紙袋を部屋の端っこから持ってくる。

 中身を取り出して、その箱の蓋も開ける。

 そこには銀色のネックレスが収められていた。装飾に薔薇が施されていて、花弁に紅い石が嵌められている。実は、リサに買ったブレスレットもこれと同じシリーズなのだ。

 

「Roselia全員とお揃いのネックレス。皆石の色が違うんだぜ?」

「ちょっと、ショウ、それ私達聞いてないわよ?」

「言うわけないだろ、俺個人のプレゼントだし」

 

 なんで言ってくれないのー! とあこからも言われたが、俺がそうしたいからしただけだ。

 そうやってRoseliaの面々と会話をしていると、リサが黙っている事に気づいた。

 

「……本当……ぐすっ……あり、がと」

 

 さっきより泣いて、俺の服を掴んでお礼を言われた。

 

「あー! ショウ兄がリサ姉の事泣かせたー!」

「いけないんだーショウさん」

「女の子泣かせたらあかんっていつも言ってるやろー?」

 

 あこ、モカ、雨河さんがわかってるくせに言ってくる。とりあえず無視して、リサの頭を撫でる。

 いつもは髪が崩れるから嫌がるけど、許してくれた。

 

「こちらこそ、いつもいつもありがとな、リサ」

 

 

 

 

 

 ──陽だまりのように眩しい彼女に、感謝を。




イベもあるわ、執筆もあるわ、仕事もあるわ、リサ復刻来るわで大変でした( ̄▽ ̄;)
完成してよかった。

ちょっとネタバレもありましたが、御容赦下さいm(_ _)m

今回のリサ復刻で、リサに全てを賭ける覚悟でガチャを回したら水着リサ来てくれました。
書いたら出るんだなって実感しました。

今回、読んでいただけてありがとうございました。それではまた近いうちに。


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リサと将吾の日常 彼女の弟と将吾

本編投稿しないで番外編、しかもエリア会話ネタなんてものを書いてました。すみません。

紅宮くんに至っては暴走してます。ごめんなさい。次はちゃんと本編投稿しますので、お許しを……。


※10月13日
お姉ちゃんガチ勢の作者、効果音さんとのコラボネタを突っ込みました。

それと今回からタイトル変更行います。
理由はあらすじにも書きますが、陽だまりってリサのことを指す良いワードだけど、結構ほかの作者さんたちも使ってるので埋もれるんですよね。なので、タイトルを変えました。そこも併せてお詫び申し上げます。


 ガム

 

 

 ひまりと巴がバイトをしているというファストフード店の店内で将吾、リサ、紗夜が会話をしていた。

 

「リサ、ガム持ってないか?」

「え、アタシも欲しいんだけど」

「紗夜持ってないか?」

「いえ、私は持っていませんが……。どうしたんですか二人とも」

「いや〜なんか口寂しくてさ〜」

「俺も」

「どうするショウ? コンビニ行っちゃう?」

「……行くか! どっちが先に着くか競走しようぜ」

「お、いいね! 負けないからね♪」

 

 そう言った二人はファストフード店を飛び出して行った。

 取り残された紗夜は目をパチパチと瞬かせて首を振る。

 

「本当、忙しい人達ね」

 

 そのまま振り返って、紗夜は彩が担当するレジに向かい、ポテトLサイズを頼んだ。

 

 

 

 

 厨二発言

 

 

「天を裂き地を断つ剣! ばびゅーん!」

 

 将吾とリサ、あこが商店街を歩いているなか、カッコイイ言葉が浮かんだのであろうあこがいきなりそう発言した。

 

(あこ、今日も元気だなぁ……)

(あー……昨日の燐子の詠唱に触発されたんだろうな)

 

 そんなあこを見守る将吾とリサは互いに顔を見合わせて苦笑を浮かべる。するとそんな二人に、振り返ったあこが笑顔で言った。

 

「ショウ兄とリサ姉も一緒にやろうよ! カッコイイよ!」

「えぇ!? あ、アタシはいいよ!」

「遠慮しないでさー! ほら、『我が右目の魔眼が……』って! ほら、ショウ兄もー!」

「いやいやー、流石にショウはしないってー」

 

 あのショウがする訳、と思って隣の将吾を見るリサ。しかし、リサの期待は外れ、彼は左手で顔を隠し、右眼だけを出すようなポーズをとっていた。

 さながら反逆の皇子である。

 

「おお!」

 

 それを見たあこが興奮したように飛び跳ねる。

 

「──我が右眼は悪しき神の力を封じられた魔眼……!この魔眼が解き放たれれば貴様達の命は潰えるであろう!!」

 

 無駄に良い声で言う彼を見てリサは口をぽかんと開けた。

 

「さっすがショウ兄! 魔眼系のスキルでそれ使えるね!」

「あぁ、即興で考えたけどなかなかに良くないか!」

「すっごくいい! カッコイイよショウ兄!」

 

 無邪気にハイタッチをする二人は呆然としているリサを置いてけぼりにする。

 一通り楽しみ終わったのか、標的はリサに変わり、将吾とあこの目がギラりと光った。

 

「さぁ、リサもやろうぜ? 意外に楽しいぞ?」

「さぁさぁリサ姉!!」

「か、勘弁してよー、ショウ、あこ〜……」

 

 

 

 お母さん

 

 

 将吾はリサと燐子が商店街を歩きながら楽しそうにしているのを偶然見つけた。

 

(今井さんとお話ししてると安心する……。なんだか、お母さんと話してるみたい)

 

 黙る燐子を不思議に思ったのか、リサが首を傾げる。

 

「んー? どうしたの燐子ー?」

「あっ、いや、あの……お母さんが……じゃなくて……」

「お母さん?」

「な、なんでもないです……」

「???」

 

 顔を真っ赤にして俯く燐子。リサはわからずにまた首を傾げる。

 全てを悟った将吾はぶふっ! と吹き出した。

 

 

 

 虫

 

 

 いつも通りに、下校途中に羽丘に寄る将吾。リサとモカと一緒に帰ることになり、羽丘の校門から離れようとすると、

 

「うっわ!?」

「っ! なんだよリサ?」

「もー、いきなりなんですかリサさーん? というか自然にショウさんに抱きつきましたねー」

「そそそんなことより、くくく、蜘蛛! ほらそこに!」

 

 指差す方向を見ると、そこには小さな蜘蛛の姿があった。

 

「えー……って、あんなに小さいじゃないですかー」

「あー、ホントだかなり小さいな」

「む、虫はダメなんだよぉ〜……」

 

 リサが若干涙目に言って将吾に抱きつく力を強めた。

 その時、将吾とモカはチラリと目を合わせる。

 

(可愛いな〜リサさん)

(リサが……すごく可愛い……)

 

 

 

 フライヤー

 

 

 ライブハウス『CiRCLE』の前。そこではRoseliaのフライヤーが好きに取れるように設置されていた。

 その近くで将吾とリサ、友希那が会話をしている。

 

「フライヤーってさ、このサイズがいいよね?」

「ん? なんで?」

「アタシさ、このフライヤー写真立てに入れて部屋に飾っちゃったんだー♪」

「ただのフライヤーじゃない。そこまでする必要はあるの?」

「アタシにとっては友希那との思い出の品だもんね♪ アタシ達の歴史には、絶対に欠かせない一枚じゃん!」

「……リサって、いつも大げさ」

 

 笑顔で言うリサを見て、友希那は呆れたように言うが嬉しそうに微笑んでいた。

 

「えぇ〜? そう? アタシはホントにそう思うんだけどな♪ ショウもそう思わない?」

「んー、まぁ思い出の品っていえばそうだな」

「えぇ、ショウも反応薄い……」

 

 思ったよりも反応が無い将吾を見てリサは不貞腐れる。彼が味方だと思っていたようだ。

 しかし、

 

(言えないよなー……俺も飾ってて、まさかのリサのやつしか入れてないなんて)

 

 

 

 将吾とカズ

 

 

「俺のベースがぁぁぁぁ!!」

 

 紅宮将吾は少しばかりベースをスタンドにかけたせいで謎の激流にベースを流され、それを追いかけていた。しかし近くのマンホールに吸い込まれてしまった。

 

「お、おう……マジか」

 

「へい、将吾ォ……元気してる?」

 

 何か変なの出て来た。と思わざる得ない状況だった。そもそも何でマンホールの下に入っているのか、何で名前を知っているのか。

 

「ダブルネックギターは良いぞ、将吾ォ……ギターとベース両方を一人で引けるんだぜ……?」

 

 それ以外奇抜さしかない上に相当上手くないと並み以下の演奏に成り下がるのは内緒だ。

 

「そうか、俺はベースやるから他の人にギター頼むわ」

 

「まぁ、そう言わずにこれ見てみろよ……」

 

 先程流されたベースを見せびらかしてきた。この時点で彼の性格の悪さが伺える。

 

「俺のベース!」

 

「ダブルネックギターを始めるなら返しても良いぞ……ダブルネックギターも付ける」

 

「インテリアにしかならないと思うんだけどな」

 

「姉k……リサはこういうのは好きだぞ」

 

「なんでリサの名前が……」

 

 かなり嫌々だが背に腹は変えられない。マンホールに手を伸ばした。

 

「掛かったな! ノロマめ! 姉貴になにしとんじゃボケがぁ!!!」

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

「今井カズは憤死した。敵を引きずり込んだは良いものの、結局話し合いになり、彼のシスコン度数が高過ぎた為に紅宮将吾の惚気とも取れる話に耐えられなかったのだ」

 

 

 

「私かい? 私はただの竜胆の花が大好きなハムスターなのだ……」




皆思ったはずだ。リサのことをお母さんと読んでしまったりんりんとの会話で、尊いと!!! 吐血した人もいるはずだ!! だからこそ、私は紅宮くんをそばで見る形にしたんだ!!!()


完全に暴走しました。本当は矢坂しゅうさんの、リサモカ書きたかったんすけど、私にあれは無理だと……というか書いてるうちに心臓が止まるんで書きませんでした。

Roselia組書けて良かった(*´ω`*)


ペニーワイズネタコラボでした。ガチ勢の作者、効果音さんが倉崎さんの紅宮くんとカズくんのやつできたって言ったので気になって読んだらこれでした。少し加筆してます。

それでは失礼します!


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一章 出会い
一曲 人は見かけによらぬもの


今までストライク・ザ・ブラッド等々を書いてた倉崎です。初めましての方も初めましてじゃない方も、よろしくお願いします!

では! どうぞ!


 高校に入学してしばらく経ったある日。

 俺──紅宮(あかみや)将吾(しょうご)は趣味の読書のため、ショッピングモールにある本屋に赴いていた。

 前回読んだものが伝記物だったから今回は恋愛物に手を出してみようかな。

 そう思い、恋愛小説が多く並べられている本棚に向い、良さそうなのを探す。

 伝記物やミステリー、ホラー、ライトノベルは読んできたけど恋愛物は初めてだな。慣れるためにラノベみたいな恋愛物を探すか。

 しばらくの間探していると、表紙に可愛らしいイラストが描かれた小説が、他の小説と一緒に積み上げられていた。

 運のいい事に現在出されているのがこの一冊だ。人気なのだろう。

 その一冊を手に取ろうとした瞬間──

 

「「──っ!?」」

 

 自分の手と自分のではない、ほっそりした白磁のように白く、可愛らしいネイルが施された手が触れ合ってしまった。

 急な事に驚いた俺は手を引っ込め、反射でその人物を見やる。

 容姿は先程のネイルである程度察していたが、予想通りのギャルだった。

 染めているのかどうかはわからないウェーブがかかった茶色の長髪。それを頭の高い位置で結った髪型をした、どことなく猫のような少女だ。

 彼女も驚いたのか目を見開いて固まっている。

 いち早く硬直から回復した俺は、取ろうとしていた本を再び手を伸ばしてそれを少女に差し出す。

 

「はい」

「……え、えっと?」

 

 俺の行動の意味がわからなかったのか、彼女は目を瞬かせる。小首を傾げるのがあざとくなく、可愛らしく見える。

 

「これ、取ろうとしたんだよな? どうぞ」

「え、えっと……い、いいんですか?」

 

 戸惑いつつそう訊いてくる。派手な見た目に反して、存外礼儀正しいようだ。

 

「あぁ。ラノベみたいだなって思って取ろうとしただけだから」

 

 はい、と言って少女の手に小説を握らせる。

 

「え、えぇっと……。ありがとう、ございます……?」

 

 まだ戸惑っているのか、感謝の言葉が疑問形になっている。

 そうだ、少し思い付いた。

 この人他にも恋愛小説読んでそうだし何か良い本がないか訊いてみよう。

 

「俺さ、恋愛小説ってあまり読まないんだけど何か良いのあるかな?」

 

 すると、彼女は少し驚いたように目を開いた。

 

「恋愛小説読むんですか?」

「恋愛物だけじゃないけど……他には伝記物や神話物、あとはラノベとかかな」

「へぇ、そうなんですね。……ちょっと意外かも」

 

 最後は小さく言ったつもりだろう。しかし残念、俺は生まれつき耳が良い。バッチリ聞こえている。

 まぁ、外見だけ見れば俺が本を読んでるだなんて意外だろう。

 如何にも人を殺しそうな目付きの悪い眼。片耳だけ付けたピアス。適当なシャツの上から着た黒のテーラードジャケットに黒のスキニーパンツ。これでギターケースやらキーボードケース背負ってたら何処かのバンドメンバーだ。

 

「ええっと……これ、シリーズ物で三巻目なんですよ。なので一巻目のこれどうですか?」

 

 そう言って少女は俺に一巻目らしき小説を手渡した。

 表紙を見れば似たタッチで描かれたイラストが表紙を飾っている。

 なるほど、俺はシリーズ物の途中から手を出そうとしていたのか。あぶねぇな。

 

「あー、シリーズ物だったのか」

「結構内容良いんでオススメですよー! アタシなんて何度も読み直しちゃうくらいだし♪」

 

 好きなのだろう。さっきまで戸惑っていたにも関わらず機嫌良く話している。

 

「へぇ、そこまでオススメされたら買うしかないな」

「その方がいいですよ!」

 

 そう言う彼女は微笑む。

 この人って見た目派手だけど、見かけによらずしっかりしてて礼儀正しいんだな。人は見かけによらぬもの、とはよく言ったものだ。

 すると少女は思い出したように、そういえば、と口を開いた。

 

「さっき言ってたラノベって何ですか?」

「ん? ラノベ? ラノベってのはライトノベルの略称で、これみたいにアニメ調のイラストを用いた小説の総称だよ」

 

 手にしていた恋愛小説の表紙を指し、軽く説明をする。

 

「……恋愛小説みたいなのってあります?」

「んー、恋愛小説がどんな形式をとってるかは解らないけど、大体は複数の女子が一人の男子に恋をするというのが多いかな? まぁ、必ずしもそうとは限らないけど」

 

 大半はハーレム系が占める。さもそれが王道だ、とでも言いたげだ。

 しかし、俺はそうは思わない。読者の数だけ王道がある。これが王道だと思えばそれは王道となる。俺はそう思っている。

 少し脱線したが、俺が以前読んでいた、一途なラブコメを描いた作品があったはずだ。人気もあり、少し有名になったからそれを勧めるとしよう。

 そう思った俺は早速話しをしようと口を開いた時に、彼女が手首に着けていた可愛らしい腕時計を見て、ギョッと目を剥いた。

 

「あっ! ご、ごめんなさい! アタシ、バイトあったのすっかり忘れてた!」

「じゃあ、早く行かなきゃな」

「走って行ったら間に合うかも! それじゃあ、また今度会ったらラノベの事、教えて下さいねー☆」

「リョーカイ。……気を付けて」

 

 俺の最後に紡いだ小さな言葉が届いたのか、去り際にこちらを向いてパチリとウインクをし、パタパタとレジに走っていった。

 

「さって……。別の本も見ておこうかな?」

 

 そう独り言ちり、俺は別の本棚へ足を向けた。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 タッタッタッ、と軽快な音を立て、少女──今井(いまい)リサはバイト先であるコンビニへ走って向かっていた。

 ウェーブのかかった長い栗色の髪を靡かせ、彼女は先程出会った少年を思い出す。

 

──さっきの人、アタシとそんなに歳が変わらない感じだけど、あの見た目で読書するのってなんか意外かも。

 

 黒のテーラードジャケットを羽織った、薔薇色の石──ロードナイトのピアスを身に付けた少年。

 最初、切れ長の眼で見られた時は少し冷や汗を流したリサだったが、話してみると案外優しく、最後には去り際に気を付けて、と言ってくれた。

 

──少し面白そうだったなぁ♪ 今度会えたらラノベについて教えてもらおーっと!

 

 無事にバイト先へ着き、遅刻も無く、彼女はバイトに精を出した。




読んで下さりありがとうございます。

今までSF系、ファンタジー要素のある戦闘物ばかり書いてきましたが、今回、初めて純粋なラブコメ物を書いてみました。
拙いところが目立ちますが、どうか暖かい目で見てくださいm(_ _)m
本当は5月13日に投稿したかったのですが、完成しなかったのでこの日にちになりました。ほぼ一週間ですね。

さて、タイトルでお分かりの通り、ヒロインはリサを置いてます。
元々私自身がリサが好きだっていうこともあるんですが、声優の遠藤ゆりかさんがご引退されるという事もあり、さらに好きになってしまって書いた次第です。
今日発表された一章の動画を見て、涙ぐんでしまいました( ^ω^ ) 何せ、もうストーリーでゆりしぃの声が聞けないんですから。
まさか、思い出の方も差し替えとは驚きましたけど。
中島由貴さんのリサも若干幼くなった感じで好きですけどねw

今回の引退の件があり、ますますリサやRoseliaが好きになったので筆を取りました。他の小説同様、不定期になりそうな感じはしますが、仕事も安定してきたので大丈夫!(と思います)

では! 長文失礼しました。また次回にお会いしましょう!


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二曲 孤高の歌姫

少し遅れて申し訳ありません。
それと、戦闘無しの作品は初めてで慣れてないので文字数少なめです……。もっと増やせるようにします!


そして! 第一話早々お気に入り登録して頂いた皆様ありがとうございます。


 派手な見た目だが、礼儀正しい少女と出会った翌日。

 俺は高校を入学してからやり始めたバイトをしていた。

 場所はライブハウス『CiRCLE』。そこで俺は雑用係的な事をしている。まだ始めて間も無いため仕方のない事だ。

 今はバンドのライブで使用する器具のセットをスタジオに運んでいる。

 ……なのだが、どうも今運んでいる物をどこに置けばいいか解らない。訊くしかないか。

 

「まりなさーん? これどこに置けばいいですかー?」

「んー? あ、それこっちに持ってきてー!」

 

 少し離れた所にいる、女性店員──月島(つきしま)まりなさんがミディアムヘアの黒髪を揺らして振り向き、手招きしてくる。

 俺はまりなさんの下へセットを持って行き、指定された場所に置いた。

 

「ありがとうショウ君。次はライトの位置確認お願いしてもいいかなー?」

 

 ショウ君、というのは俺の事だ。

 親しい人は俺の事を将吾と呼ばずにショウ、と略して呼ぶ。逆に将吾と呼ばれると違和感がある。

 

「了解です。脚立取ってきますね」

「うん、お願いねー」

 

 さっ、あと少しでライブ始まるし慌てず丁寧に、尚且つ迅速に準備してしまおう。その分休憩時間も増えるしな。

 そう意気込み、着々とライブの準備を進めていった。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 何組かのバンドが演奏し終え、スタジオ内は熱気に包まれていた。

 今日のまりなさんは何故か、この時間に休憩をくれた。いい機会だからライブ見ているといいよー、と朗らかに言って仕事に戻っていったが……何がいい機会なのだろう。

 そう思っていた時、一際大きな歓声が上がった。

 

友希那(ゆきな)だよ友希那!」

「すっごく歌が上手いんだってね! あー、楽しみっ!」

 

 友希那? そういえば今日の予約リストにそんな名前があったような。

 ステージに目を向けると、そこには色素の薄い白髪を長く伸ばした綺麗な少女が一人、スタンドマイクを手にして優雅に立っていた。

 

「……一人だけ?」

 

 俺のその独り言は、彼女の凄まじい歌声に掻き消された。

 さっき演奏していたバンドのボーカルより、遥かに上回る歌唱力と脳に焼き付くような歌声。

 “孤高の歌姫“。(のち)に聞いたその名に恥じぬものだった。

 もし仮に、彼女が腕の立つリズム隊とバンドを組んでいたのなら、それはきっと、()()()()に立てる程だろう。

 俺は彼女が歌を終えた後、盛大な拍手喝采の会場から出てまりなさんの下へ向かった。

 

「まりなさん、すこしいいですか?」

「あれ? 休憩まだ少しあるけどいいの?」

 

 質問をしたら質問で返されてしまった。

 仕方なく俺は頷いて返事をし、それで、と話を繋げる。

 

「たった一人でライブをする女の子がいたんですが、何者なんですか? 明らかに周りとレベルが違い過ぎる」

 

 俺のその言葉に、まりなさんはうんうんと頷いて笑顔を浮かべた。

 

「やっぱりそう思うよね。うちのお店の中でボーカルだと一二を争うくらいかなー? 名前は(みなと)友希那(ゆきな)。ショウ君と同じく高校一年生だよ」

「……歳の情報いらないんすけど」

「まぁまぁ! で、友希那ちゃんは今、バンドメンバー探しててね。いい感じの子をスカウトしてるんだって」

 

 なるほど。あれほどの声量と綺麗な歌声なら、バンドを組んで挑戦してみたいよな。

 ふと、さっきまで居たスタジオを見やる。

 時間的にはそろそろ全バンドのライブが終了する頃合だ。

 そう思った時にちょうど扉が開き、ぞろぞろとお客さん達が出てきた。

 口々にあのバンドが良かった、ギターカッコイイし弾いてみたいな、などの思いを口している。

 

「大半が、さっきの人の話ばかりだな……」

「ふふっ、友希那ちゃんって凄いよねー!」

 

 まったくだ。たった一人でこれなのだから、腕の立つ人達とバンドを組めばもっと話題になるのでは、と思う。

 

「ありがとうございましたー!」

 

 店を出て行くお客さん達に挨拶をし、スタジオ内の掃除をしようかと体をそちらに向ける。

 すると、湊友希那さんが残念そうに小さく溜息をついていた。

 あの雰囲気の様子だと、めぼしい人はいなかったみたいだな。他人の事だけど、どうもああいう表情を見ると放っておけない。

 俺の悪い癖だ。昔から困った人を手伝ってなんでもやってしまう。良くないって解っててもしてしまうので、もうこれはどうしようならない。

 俺は彼女に近付き、どうも、と声をかける。一瞬ビクッと肩を震わせたが、小さく会釈をしてくれた。

 

「さっきのライブ、拝見しました。とても心に響く歌声でした」

「……ありがとうございます」

 

 おお……。ライブの時はあんなに情熱的に歌っていたのに、会話になるとこうも差があるのか。クール系っていう第一印象通りだな。

 

「まりなさんから貴女の事を聞きました。バンドメンバーを探してるんだとか」

「えぇ、私はあの『フェス』──FUTURE WORLD FES. に出場するために探しているわ」

「──っ!」

 

 FUTURE WORLD FES.

 奇しくも俺が彼女の歌を聴き、出られるのではないか、と思った舞台だ。

 フェスに出るコンテストでさえプロが落選するとされる、このジャンルにおける頂点に立つイベント。

 そのための練習量とライブの場数はシャレにならないし、何よりもフェスに出るという覚悟と努力がなければ到底叶わないだろう。

 ……声をかけて正解だったかもしれない。

 少し不謹慎かもしれないが、少しワクワクする。

 

「……俺で良ければそのメンバー探し、手伝わせてくれませんか?」

 

 その言葉を聞いた湊さんは目を見開いて少し考えた後、その綺麗な唇から言葉を紡いだ。

 

 




ヒロインが出ていないって? 大丈夫です。すぐ出します( ΦωΦ )


……親戚にイベントのリサを引かれてショック受けてますが、何とか頑張ります(*´・ω・`*)グスン


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三曲 世間って狭い

あらー、投稿してしばらくは各週になる倉崎さんじゃなーい( ΦωΦ )


……はい、珍しく各週で更新してます。いやですね? 凄い筆が進むんです。ストブラとかもうやってられないってレベルで筆が進んで進んで……。
リサパワー&ゆりしぃパワー凄いですね(*ΦωΦ)
ゆりしぃのライブ行けなかった私は、絶対円盤出たら買います。なので、ライブ行った人いたらその人巻き込んでRoselia実況みたいにしません?wwwww


※何か違和感を感じると思ったら多機能フォームやってませんでした……。修正しました。6月4日現。

それでは!! 本編です、どうぞ!!


 ライブが終わったその翌日。

 放課後になった後、俺は学校を足早に去ってこの前来たショッピングモールに訪れていた。

 この前買った恋愛小説が思った以上に良く、買ったその日に読み切ってしまった。昨日はCiRCLEのバイトがあったので買いに来れなかったが、今日はバイトも無いしゆっくり本を探せる。

 次巻と他にも手を出したいかな。何を読もう。意外と恋愛小説も楽しくて良かったからなぁ。

 

「あ、この──だ! おー──」

 

 お、このイラスト、前に読んでたラノベのイラストレーターさんじゃん。やっぱり可愛いよなぁ。目の描き方といい髪の質感といい。

 

「──いって──っ! 聞いて──」

 

 これも買おう。あ、シリーズ物じゃないよな? ……うん、シリーズ物だけど一巻目だな。購入決定。

 そういえば、さっきから何か声が聞こえるような。後ろから?

 なんだと思いながら後ろを振り返る。

 

「おーいってば! もー! やっとこっち見た」

 

 腰に手を当てた、俺が通う高校の隣の学校、羽丘女学園の制服を身に纏った少女がそこにいた。

 ウェーブがかかった栗色の長い髪。両の耳に着けられた苦悶の表情を浮かべるウサギのピアス。猫みたいな大きな眼。

 制服を着ていても派手だとわかるこの雰囲気は、以前会った少女だろう。

 

「……?」

「何度も呼んだんですよー? いくら呼んでもこっち見ないし心折れるかと思ったなぁ」

「あ、あぁ。悪い、気付かなかったよ」

 

 思わず手を後頭部に回して軽く頭を下げる。

 少女はまったくもう、と苦笑を浮かべた。

 

「ごめん。ちょっとこれ見てて」

 

 そう言って買う予定の本を見せる。それを見ると、彼女はおっ、と興味を持った。

 

「それ、アタシも興味あったやつだー! 面白そうなんですよねー」

「目をつけて正解かな? オススメしてもらった本も凄く良かったし。やっぱり買い決定だな」

 

 俺の言葉を聞いた少女は嬉しそうに、えへへーと笑った。

 その笑顔が魅力的で、少々見惚れてしまう。

 

「この前の良かったんですね! 良かったぁ。オススメして駄目だったらどうしようかと」

「……普段ラノベか伝記物ばかり読んでいるから、新鮮だったよ。ありがとう」

 

 感謝の言葉を伝え、それと、と言葉を繋げる。

 

「歳近いだろうし、タメ口でいいよ。俺なんて最初からこんなんだし」

「あ、そういえば、その制服って」

「そうそう、君の学校の隣の学校。今年入学したんだ」

「え!? 同い年!?」

 

 年上だと思ってた、と小さく呟かれる。

 まぁ、あんな格好でピアス着けてるからな。それに目付きも悪いし……。

 

「あはは……。まぁ、そういう事だから敬語無しで」

「あ、はい。じゃなかった……うん、わかったよー♪」

 

 それにしても、会うのが二回目だと言うのに対応力というか、コミュ力というか……高くないか? 自分でもここまで話せたのが不思議なくらい……いや、昨日初対面の湊さんに話しかけた時点で不思議という訳でもないか。

 謎の納得をしていると、あとあと、と続けた。

 

「名前! お互い教えてないよね? アタシは今井(いまい)リサ。リサでいいよー☆」

「よろしく、リサ。……俺は紅宮(あかみや)将吾(しょうご)。ショウって呼んでくれ。皆そう呼んでる」

「うん、よろしくねショウ♪ あっ、そうそう! ラノベの事教えてよ! 知りたいんだー」

 

 ここまでスムーズに話ができるあたり、少女──リサの性格あってのものだろう。一応接客業をやっている俺でもこれほど会って間もない人とは話せない。

 ……いや、俺も俺で応えているあたり変な奴かもしれないな。

 自分が変な奴、と思ってしまい地味にショックを受けるが、質問された以上黙っている訳にはいかない。しっかり答えなければ。

 

「あぁ、この前オススメしようと思った作品があるんだ」

「わっ、ホント? どんな感じ?」

「バンドを組む主人公と一途に想い、支えるヒロインとのラブコメでな。以前読んだけど、登場人物も男女平等に登場するし音楽についても詳しく描写されてて、音楽やってる身としては嬉しい作品かな」

 

 感想をまとめると、リサはおおー、と興味深そうに何度か頷いた。すると、彼女は何処かで引っかかりを覚えたのか、ん? と片眉を上げる。

 

「ショウって音楽何かやってるの?」

 

 なるほど、そこに疑問を持ったか。確かにあの発言だとそうなるよな。

 

「あぁ、小さい頃からな」

「へぇ〜! 何やってるの? ギターとか?」

 

 ギター。その単語を聞いて一瞬胸がチクリと痛みが奔ったが、無理やり押し殺し、次の言葉を口にする。

 

「ギターは少し。メインはベースだな。と言っても、最近は忙しくて弾いてないけど」

「ベースやってるんだ! アタシもさ、昔ベースやってたんだよねー♪」

 

 なんともまぁ、よく趣味が被るものだ。恋愛小説にベース。もしかしたら他にも共通点があるのかもしれない。

 それから少しの間俺とリサはラノベについて語り、ベースの事も話したりした。

 その会話の中で、やはり彼女は見た目は派手だが、性格は礼儀正しく凄く乙女なのだと確信した。

 恋愛小説に手をつけている時点でお察しなのだが。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 どれくらい時間が過ぎたのだろう。喋っていると、俺の後ろからなにやら聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「リサ、探したわよ。そろそろ帰りましょう」

「あ、ごめーん()()()! つい話し込んじゃって☆」

 

 ……ゆきな?

 頭の中でクエスチョンマークが浮かび上がる。

 振り返って後ろを見ると、つい先日に話しかけたお相手が羽丘の制服を着てレジ袋を手に提げて佇んでいた。

 

「湊、さん……?」

 

 湊さんの名前を呟く。すると、彼女も俺に気付いたらしく、小さく驚きの表情を浮かべた。

 

「貴方は、昨日の……確か紅宮さん、よね」

「は、はい……紅宮です」

 

 お互い驚きのあまり会話が成り立っていない。

 隣のリサは俺達の顔を交互に見てキョトンとしている。

 

「え? 二人共知り合いだったの?」

「つい昨日、バイト先のライブハウスで」

「バンドメンバーを探している時に声をかけられたわ」

 

 俺と湊さんでそう言うと、リサは、えぇぇ!? と声を上げた。

 声を上げたいのはこっちもなんだがな……。まさか、リサと湊さんが友達だったとは。

 

「……世間って狭い、なぁ……」

 

 小さくぼやくとあはは、とリサは苦笑を漏らした。

 俺は短く咳払いをし、話題を変えるため湊さんが提げているレジ袋を指差した。

 

「湊さんは何を買ったんですか?」

「えぇ、今日は月刊ロックンロールの発売日だったから」

 

 湊さんはレジ袋から本を取り出して見せてくる。

 それを見た俺はあー、と呻く。

 

「それも買わなきゃ……。買うもの多いな今日は」

「あはは! 大変だねーショウ?」

「……あんな面白い小説を勧めたリサが悪い……」

「えー? アタシが悪いのかなー?」

 

 ニンマリとした表情を浮かべるリサに、とぼけやがって、と小さく恨みがましく言う。

 などと、俺とリサの会話を見ていた湊さんが不思議そうに、コテンと首を倒した。

 

「……随分仲がいいわね」

「今日本格的に話したんだけどねー」

「知り合ったのは一昨日なんですけど……話しやすいというか、なんというか」

 

 ねー! とリサがこちらに笑いかけてくる。その後彼女はあ、という今思い出したかのような声をあげた。

 

「あのさ、なんでショウは友希那に敬語なの? アタシの時なんて思いっきりタメ口だったのに」

 

 どういう事? と訊かれる。確かに、その辺の事を言ってなかったな。敬語の理由を話しておこうか。

 

「湊さんに対して敬語なのは、話しかけた時バイト中でさ。お客さんに対してタメ口はアウトだろ? だから敬語で話してたんだ」

「あー、なるほどね。確かにダメだよね。じゃあさ、今ならバイト中って訳でもないしタメ口にしたら?」

 

 リサの提案を聞き、俺は湊さんの方へ目を向ける。彼女もこちらに目を向け、一つ頷いて承諾の意思を表した。

 

「じゃあ、これからはタメ口でいかせてもらうわ。これからよろしく、湊」

「名前でいいわ。こちらこそよろしく、将吾」

 

 互いに握手を交わし、俺は苦笑いを浮かべる。

 

「なら、俺も将吾じゃなくてショウでいい。皆そう呼ぶからな」

「わかったわ」

 

 そんな俺達を見ていたリサは、うんうん、と嬉しそうに笑っていた。何故笑っているのか訊いてみると、友希那に友達が増えて良かったー♪ といった返事が返って来た。

 

「……雰囲気通り、ぼっちなのか」

「………………ぼっちじゃないわよ」

 

 小さく呟いたはずなのだが……。どうやら、友希那も耳が良いらしい。気を付けないとな。

 あぁそうそう、返事聞かないと。

 

「でだ、友希那。返事、決まったか?」

「ん? 返事って?」

「昨日、友希那にバンドメンバー探してるなら俺も手伝う、って申し出たんだ。とりあえず保留って事になったんだが……どうだ?」

 

 リサに昨日の説明を軽くして、友希那に返事を訊く。

 昨日は彼女に、他のライブハウスとの繋がりもあるし結構広く探せる、と伝えてあるので手伝わせてもらえると思えるんだが……どうなんだろうか。

 

「……えぇ、手伝ってもらうわ。私だけでは数も限られてくるし、私がいない時に貴方が見て候補を挙げてくれれば、探しやすくなるもの」

「よし、決まりだな。知り合いの人達に声掛けていい人いたら候補に挙げておく。連絡先も交換しておこうか?」

「そうね、その方が効率も上がるでしょう」

 

 利害の一致、という感じで連絡先を交換した、のだが、何故か隣のリサから視線を感じる。

 

「……どうした、リサ?」

「いーや、別にぃ? 友希那とはしておいてアタシとはしないのかなーとか思ってませんけどー?」

 

 思ってんじゃん、とは流石に言えない程不機嫌な雰囲気を漂わせている。どうも俺は、不機嫌な女の子と接するのは苦手だ。

 昔にやらかしたせいで、それが少しトラウマになっている。いつ鉄拳が飛んでくるか……。あー、ダメだ。顎が痛くなってきた。

 と、とりあえずここはリサとも連絡先を交換した方がいい、のか?

 

「えぇーっと、リサ? 交換する?」

「する! もっとショウとラノベの事とか、ベースについても聞きたいし☆」

 

 質問したら即答された。

 どうやら、今回は選択をミスらなかったようだ。良かった。命拾いをした。

 

「ショウ、貴方ベースを弾けるの?」

 

 あー、今度は友希那からの質問……。どっちも質問ありそうで大変だなこりゃ……。

 そんな事を思いつつ、俺は二人からの質問に応え、時には躱して、乗り越えた。

 

 

 

 今回の人助けは……なかなか面白く、大変で、とても大切な事を教えてくれそうだ。

 帰り道にスマホに届いたメッセージを読みながら、俺はふとそう思った。

 

 

『これからよろしくー♪ byリサ』




書きたいことをそのまま書いた作品なので、後から修正入れようと思います。
誤字脱字、報告よろしくお願いしますm(_ _)m

※早速見つけました誤字脱字。修正しました。6月4日現。

今回出てきたラノベは、私が勝手に作ったやつなので、実際にそんな作品はありません。(ないよね? あったら読みたいんですが)

そして! ペンギン13さん、評価ありがとうございます! 嬉しいです!!

それでは皆さんまたお会いしましょー!!


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四曲 もう一つの趣味と温もり

毎週投稿が板についてきました。
いやー、なんでバンドリではこんなに捗るのかな。不思議ですね( ꒪Д꒪)

それでは、本編をどうぞ!

※6月10日8時40分頃、細かい誤字脱字修正しました。


 リサと友希那と知り合ってから数週間経った頃。

 リサとはほぼ毎日スマホのメッセージでラノベやらドラマの事、あるいは学校での事をよく話す。

 学校も隣なので、よく一緒に登校もした。

 友希那は、あれ以来俺に会う度にバンドメンバーにならないかと声をかけてくる。

 何故かと言うと、一回、仕事でスタジオのセッティングを行うために自分のベースを使って、試しに弾いたのだ。まりなさんからはせっかくだし弾いたらどうかなー、と笑顔で言われたからと言うのもある。

 それを偶然見た友希那が俺に、という訳だ。

 もちろん断った。俺のレベルじゃとても友希那とは釣り合わないし、今人気を誇るのは普通のバンドではなくガールズバンドだ。友希那には俺でなく同性で探してほしいと言ってその時は諦めてもらった、のだが……。

 どうも諦めきれないのか、それともダメ元で言っているだけなのか解らないが、彼女は毎回俺を誘ってくる。

 

 ジョーカー『──って事があってさー。楽しいんだけどなんとかならないものか……』

 

 カタカタと素早くパソコンのキーボードを叩き、俺は読書とベースの他に、もう一つの趣味を今楽しんでいた。

 NFO、そう呼ばれるMMORPGのチャット欄に俺が打ったチャットの下に新たに、ポンッと文字が追加される。

 

 聖堕天使あこ姫『やればいいんじゃないかなー? バンドってカッコイイし! ね、りんりん!』

 

 りんりん『バンドの事はよくわからないけど、ジョーカーさんが楽しめる方を選んだらいいと思うかな(≧▽≦) 』

 

 この二人がNFOをやり始めてすぐに仲が良くなったフレンド達だ。この二人とはほぼ毎日クエストに行ったり、ただおしゃべりしたりしている。

 ……俺が楽しめる方、か。

 確かに友希那とバンドを組んでベースが弾けるなら、それはさぞ楽しいに違いない。彼女はフェス──FUTURE WORLD FES. に参加すると意気込んでいるのだ。練習もライブもハードだろう。

 俺はどちらかと言えばハードであればあるほど燃える性格で、中途半端にはしたくない。

 故に、ガールズバンドとしてやっていってほしいと思っている以上、俺の性格に反するし、楽しめないと思う。

 やはり、友希那には悪いが断るしかないな。

 心の中でごめん、と謝罪してゲームのチャット欄を見る。

 すると、そこには聖堕天使あこ姫が企画するオフ会なる文字があった。

 ──って!?

 

「……オフ会!? 待て待て! 性別不詳で通している俺はアウトだろ!!??」

 

 以前、別のゲームをやっている時に素の自分を出し続けたせいで、男だとバレて執拗に個人チャットに連絡をしてくる女性プレイヤーとゲーム内で会った事がある。

 その件があったおかげでMMOは多少性格や性別を作ったり偽ったりする方がいいんだなと肝に命ぜられた。

 それに、確かこのフレンド二人は俺の事を女性だと思っていたはず。なおさら悪い。今は離席で逃げるしかない……!

 聖堕天使あこ姫──あこが次にチャットを打つ前になんとしても離席して逃げなければ。

 

 ジョーカー『ごめん、私はこれで落ちるよ。仕事の電話が来てしまってね』

 

 聖堕天使あこ姫『えー! オフ会について話したかったのになー!』

 

 ジョーカー『すまないね(;゚∇゚)』

 

 りんりん『しょうがないよあこちゃん(*´ω`*) また今度話そう٩(ˊᗜˋ*)و』

 

 はぁ……なんとかなった。

 ではノシ、とチャットを打ってゲームのクライアントを落としてまたもう一度溜息をつく。

 人に嘘をつくのはやっぱり気が引ける。あまり俺は人に嘘をつく事をしないから、こういう些細であろう嘘でもすぐに罪悪感を覚えてしまう。

 

「……なんか甘いものでも買ってこよ」

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 気分転換も兼ねて、俺は近所のコンビニへと足を伸ばした。

 普段こういう買い物は夕方頃にスーパーに買いに行って冷蔵庫に置いてあるのだが、今回は冷蔵庫に置いてないし、ちょうどお茶やコーヒー、ジュース類なども切れているため、タイミングも悪くない。

 ……金額が高い事に目を瞑ればの話だが。

 高いんだよな、と思いつつコンビニまでやってきた。

 店の扉を開けて中に入る。すると、

 

「しゃーせー」

 

 ──凄く適当な挨拶をもらった。

 店員を見ると大学生くらいの男性の人が眠そうに目を擦っている。

 確かに時間はもうそろそろ午後二二時を回る。しかもお客が俺一人となれば暇で眠くなるだろう。バイトをしていると、本当はダメなのだが大変だし仕方ない、と思えてしまう。共感だろうか。

 大変だよな、と頭の片隅で思いながら飲み物が並んでいる棚へ向かって自分が飲む物をカゴの中に放り込む。

 パタン、と棚の扉を閉めてふと隣を見る。

 

「「…………」」

 

 視線を元に戻して、もう一度隣を見る。

 

「「…………………………」」

 

 おかしいな。俺の視界に見覚えのある栗色のウェーブ髪をしたギャルが、コンビニの制服を着て映ってるんだが。

 

「……リサ、なんでいる」

「そりゃ此処でバイトしてますから♪」

「だよな……」

 

 返事が予想通り過ぎて思わず、はは、と苦笑いを浮かべる。

 まさかリサのバイト先が家の近所だなんて。

 なんだ今年は。本屋でリサに会って、次に友希那と会って、その次の日にリサと友希那が一緒に居て、それと遭遇するとか。学校の通学路も一緒だし。偶然が重なり過ぎて怖く感じる。他にもまだあるのか……?

 

「ショウってここ来るんだ。家ってこの近くなの?」

「まぁな。いつもはスーパーで済ませるんだが、たまたまこっちに」

「へぇー! じゃあ偶然なんだ♪ なんか多いね、こうやってショウと会うの」

 

 リサも俺と同じ事を考えたようで、こちらは俺と逆でなんだか嬉しそうに笑顔を見せている。

 その笑顔は大変魅力的で、先程の怖さが吹き飛んでしまうほどだ。

 俺はそうだな、と相槌を打ってもう一度飲み物が並べてある棚を開けて飲み物数本カゴに入れた。

 その次にデザートが置いてあるコーナーへ行き、美味しそうなミニパフェをカゴに投入する。

 

「あ、そのパフェ美味しそうだよね。アタシも今度買おーっと☆」

 

 その言葉を聞きながら二個目のパフェに手を伸ばす。

 

「二個も食べるの!? 太らない……?」

「今日で二個食べるわけないだろ!? ……明日食べるんだよ」

 

 ピアスが着いている左耳を触りながら答えてレジへ向かう。

 会計はリサがやってくれて、その時に電子カードの方がポイントも貯まるしいいよー、と教えてくれたのでそれを作ってもらい、リサのノルマに貢献した。

 

「ありがとね! おかげでノルマ達成だよ♪」

「コンビニは大変だって聞くしな。それに一々現金で払うのもキツいものがあるし丁度いいよ」

 

 主に学校での食堂や自動販売機で小銭が消え失せていく。徐々に財布が軽くなっていくあの感覚は恐怖しかない。世の中の既婚男性はその感覚を毎回味わっているのだろう。尊敬する。

 

「さー! アタシもあと少しでバイト終わるし頑張りますかー!」

「おう、頑張れ」

 

 そんな会話をしていると、おー! と意気込むリサに向けて男性店員が話しかけてきた。

 

「あー、今井ちゃん。意気込んでるとこ申し訳ないんやけど、もう上がってもええよー」

 

 …………え、関西弁?

 エセ関西弁じゃなくて本場の関西弁だった。もう、それはそれはスムーズに、息を吸うような関西弁だった。

 

「え、いいんですか? まだ時間じゃないですけど……」

「ええよええよ。この時間帯ほとんど来いへんから。タイムカードオレ押しとくし、上がって彼氏クンと一緒に帰ったらええやん」

「か……カレシ……」

「彼氏……? え、俺?」

 

 男性店員がニマニマした顔でそう言って、リサがほんのりと頬を朱に染める。

 つか、彼氏ってなんだ。俺とリサはそんな関係ではない。友達だ。

 俺は首を振って違う違う、と否定をする。

 

「なんや、違うんか? そりゃ失礼したなぁ。いやぁ、今井ちゃんすまんなぁ? お似合いやったしぃ」

 

 なんだこの店員。ゲスい顔してリサの事煽っているんだが。リサなんて顔真っ赤にして肩震えてるし。

 

「──っ! もう雨河(あめかわ)さんは黙ってて下さいー! それじゃアタシお先に失礼します!!」

 

 キッ、と雨河と呼ばれた男性店員を睨んで、彼女はパタパタとstaff onlyと書かれた部屋に引っ込んでいった。すると、リサが扉を少し開けて顔だけ出した。

 

「ごめんショウ、ちょっと待ってて」

「……リョーカイ」

 

 手を軽く挙げて扉を閉めるリサを見送る。

 俺は男性店員に視線を向けて彼に話をかける。

 

「雨河、さんでしたっけ。さっきの煽り、完全にわざとッスよね」

「おー、なんやなんや今ので解るん?」

「まぁ、リサが初心(うぶ)だって事は知り合って少しでわかりましたし、早く帰すためにあんな煽りをしたのかと思って」

 

 彼女はわかりやすい。

 恋愛小説、ドラマ、漫画の話をする時にたまに顔を赤らめたり挙動不審になったりする事がある。

 その時に確信した。すげー乙女じゃん、と。

 

「くはははは! よう見てるんやな。ま、早く帰したかったのはな? あの娘、暗いのがちょっち苦手みたいなんや。それもあってな」

「へぇ……」

「ちゃらんぽらんに見えるおにーさんでも、ちゃーんと考えてるんだよー!」

 

 自他共に認めるちゃらんぽらんかい。本当にそうなのかね。普通、自分の事をちゃらんぽらんなんて言わないんだがな。

 テンション高めにそう話され、突然あ、と男性店員は思い出したように声を上げた。

 

「自己紹介してなかったやん! オレは雨河(あめかわ)怜士(れいじ)いいますー! 後輩達からはれいにぃって呼ばれるかなー?」

「……俺は紅宮将吾です。ショウって呼んでください」

 

 よろしくー! とぶんぶん握手をされ、手が抜けるかと思った。

 テンション高めで、あこと気が合いそうな感じだ。一緒にいて退屈しない人、と言えばいいか。

 自己紹介も終えたところで、丁度いいタイミングで、リサが戻ってきた。

 

「ショウー、ごめん遅れて」

「ん、別にいいよ。雨河さんと話してたし」

 

 そう言うと、彼女はえぇ……と頬を引き攣らせた。

 

「雨河さんと会話出来たの? すごいね……」

「ちょっとぉ!? 今井ちゃん酷くない!?」

 

 アタシ無理だよ、と首を振る。

 どうやら、以前に俺の話を雨河さんにしたところ、それで盛大にいじられたらしい。彼の自業自得としか言いようがない。

 それから俺達はコンビニを出て、出来るだけ街灯が多く、明るい場所を通るように歩いていた。

 

「ごめんね? 送ってもらっちゃって」

「謝らなくていいよ。夜も遅いのに一人で帰らすなんてとても出来ないし」

「……ありがと」

 

 リサは照れくさそうはにかんだ。街灯の灯りでチラリとそのはにかんだ顔が見える。

 

「あと、はいこれ」

「え?」

 

 リサに、パフェと飲み物が入ったレジ袋を手渡す。袋は別けてあるので、自分の分は移してある。

 戸惑っている彼女はその猫目をぱちぱちと瞬かせ、レジ袋と俺を交互に見る。

 そんなリサに一言伝える。

 

「お疲れ様」

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

「お疲れ様」

 

 街灯に照らされ、薄く微笑みながら言うショウを見て、アタシは今まで経験した事の無い胸の痛みに襲われた。

 彼の微笑む顔を見るのが気恥ずかしくて、スッと目を逸らす。

 どうしたんだろ……。さっきから心臓の鼓動が、鼓膜にまで伝わってうるさい。

 

「確か、この辺だったよなリサの家」

「えっ? ……あ、うん。そだね……」

 

 この感覚がなんなのかわからなくて返事が悪くなってしまった。

 不思議に思ったショウが少し距離を縮めて来る。

 

「? 大丈夫か、リサ? あ、コーヒーダメだったか?」

「っ、大丈夫大丈夫! コーヒーは好きだしなんでもないよ☆」

 

 あはは、と笑うが、ショウは訝しげに片眉を上げた。少しの間見つめられ、バクバク言っている心臓の鼓動を聴かれるんじゃないかとヒヤヒヤする。

 

「ち、ちょっと急だったから驚いただけだから! ありがとー♪」

「……まぁいいや。早く帰ろう。せっかく雨河さんが早く上げてくれたんだし」

「そうだね! よしっ、早くいこ──」

「──リサ!」

 

 なんとかこの鼓動を抑え、気を取り直して進もうとしたその時、アタシの手をショウが強く握って彼の方へ引っ張られた。

 そしてアタシの体はショウの腕の中に収まり、突然の事で硬直する。

 

 ──瞬間。

 

 信号無視をして来たセダン車が猛烈なスピードで目の前を横切って行った。

 ……危なかった。

 ショウが気付かなければアタシは今頃あの車に轢かれていたかもしれない。あのスピードだ。最悪死んでいたかも。

 急に怖くなり、腰が抜けそうになったが体はショウが支えてくれているため座り込む事はなかった。

 

「危なかったな……。あの運転手、若かったしいつか事故るな」

 

 お願いだから人様に迷惑かけんなよ、とショウが呆れたように呟いた。次にアタシの方を向いて心配そうに訊いてきた。

 

「怪我、ないか? それと手、強く握ってごめん。痛かったろ?」

「だ、大丈夫。引っ張ってくれてありがとう。助かったよ」

 

 アタシがそう言うと、ショウはほっと息をついて良かった、と独り言を呟いた。

 さ、行こうと声をかけてくれるが、アタシは動けずにいた。不思議そうに首を傾げる彼に向けて、アタシはあはは、と苦笑する。

 

「ごめん……さっきので腰少し抜けちゃったや」

「あー……しゃーねぇなそりゃ」

 

 そう言ってショウはピアスが着いている左耳を触る。コンビニでもその仕草を見たが、癖なのだろうか。

 なんて思っていると、ショウが目の前でしゃがんで顔をこちらに向けて顎でしゃくった。

 ……これって、乗れって事……?

 え、え? と戸惑っていると彼は速く、と言いたげに、ん、と小さく声を出す。

 アタシは急かされるままショウの背中に掴まり、体を預けた。

 重くないかな、と不安に思ったその時には既に目線はいつもより高くなっていた。

 男の人の割に細いし、華奢な雰囲気だった彼が軽々と人を背負う事が出来るのが凄いと感じる。それと、少しの申し訳なさも。

 

「ごめんね、おんぶしてもらって」

「歩けないんだし、しょうがないって。それに今日のリサ、謝ってばっかだぞ。どうしたいつもの明るさは」

「……あはは、アタシもわかんないや」

 

 なんだそれ、とショウは笑う。

 事実そうなのだから他に言いようがない。

 また鼓動がうるさくなってきて、頬もだんだん熱を帯びてきた。

 ショウに聴かれたらどうしよう、と思うと恥ずかしくて耐えられない。

 早くこの時間が過ぎればいいのに、と願うと同時に、心の片隅でもっと……と願っている自分がいて困惑した。

 そして、家まで着いて、アタシはショウの背中から降ろされた。

 心地よかった温もりが離れ、少し寂しくなるが、それを表に出さずに笑顔で彼にお礼を言う。

 

「ありがと♪ おかげで無事に帰れたよー」

「どういたしまして。家も近いし、夜のバイトの時はこうやって一緒に帰ってもいいぞ?」

「あ、それは嬉しいかなー☆ アタシ暗いの、少し苦手でさー」

 

 アタシがそう言うとショウはハッ、と鼻で笑った。

 

「……幽霊とか出そうって?」

「やめてよ! アタシそういうの無理なんだから! 眠れなくなったらどうすんの!?」

「寝なきゃいいんじゃね」

「肌が荒れるしやだ! 責任取ってよね!」

 

 えー、と面倒くさそうに呻いた。その次に彼は、でもまぁ、と言葉を続けて、

 

「そん時は寝るまで電話なりメールなり付き合うよ……」

 

 困ったように笑って、左耳に手を触れさせた。

 その笑顔でまた、アタシは胸に痛みが奔る。けれど、その痛みは何処か温かくて、心地よく感じた。

 




オリキャラが出てきました。このキャラは私の知り合いの性格を使っています。結構ゲスくて面白いので許可をとって使わせていただきました。この人もバンドリやってて、アフロ推しでしたねw

今回、急に展開が早くなりました。ちょっと、とある方の作品を読んで糖分過多になってしまいましてね。今幸せいっぱいなんです(昇天しかけ)

これからも毎週投稿出来るように頑張りますので、どうかよろしくお願いしますm(_ _)m


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五曲 可愛い

少し遅くなりました。
今回は、次回のお話をする上でのお話なので、つまらないと思いますがよろしくお願いしますm(_ _)m

あ、あと、ランキング20位ありがとうございました! 凄く嬉しかったです。また入れたら嬉しいです。

では、どうぞー!!

※脱字ありましたので修正しました。6月24日現。


「……あちぃ」

 

涼しい涼しいライブハウスのロビーから家に帰る最中、俺は背負っているベースケースを背負い直して独りごちた。

季節は夏。

リサ達と知り合って早三ヶ月が経ち、あと少しで夏休みに突入と来た。

北海道の時より夏休みが長くて若干嬉しいが、それより暑過ぎる。

ちなみに、俺は小学四年あたりまでこちらに住んでいたが、高校に入るまでは北海道で過ごしていた。

北海道は夏も十分暑かったが、こちらは別の意味で暑い。湿気やら、都心部に行けばビルに反射する日光やら、酷いものだ。

スーパーに寄ってスポーツドリンク買って行くか。熱中症にでもなったら大変だし。

 

で、スーパーに来たわけだが……。

 

「なんだこれ……」

 

レジに並ぶ人達と、特売に汗を流しながら奪い合う主婦達。

そんな光景を見てズルっとベースケースの肩紐がズレた。

 

「うっひゃあ〜! 凄い人だねー」

「……私帰るわ」

「待ってったら友希那ー! クッキー食べないのー?」

「……仕方ないわね」

 

チラリと視界に映る、カゴを乗せたカートを押す栗色の髪の少女とそれについていく長い白髪の少女。

どう考えてもリサと友希那だった。

俺は二人に近付き、二人の視界に入るようにして声をかける。

 

「よっ、二人共」

「あ、ショウじゃん♪ ショウも買い物ー?」

「スポドリ買いにな。ただ、人が多くて……。そういう二人は何買いに来たんだ?」

「アタシ達は友希那がクッキーが食べたいーって言うからその材料を買いに来たんだー! ね、ゆーきなっ☆」

 

そう言ってリサは隣の友希那の腕をくんだ。

腕を組まれた友希那はうっすら頬を染めてプイッと顔を逸らす。

 

「あー、そういや言ってたよな。クッキー作れるって」

「昔から作ってるからねー! 自信あるよ♪」

「一度俺も食べてみたいもんだな」

「あ、じゃあ一緒に買い物しよ? ショウが好きな味も作ってあげる!」

 

友希那もいいでしょー? とリサが確認を取り、友希那もえぇ、と了承してくれた。

……そういえば、俺って女の子の手作りクッキーって初めてじゃね……?

 

 

 

♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

なんとか買い物を終わらせ、二人を引き連れて買い物袋を持って俺の家に来ていた。

 

「……おっきくない?」

「……大きいわね」

 

玄関に着くと二人して目をぱちくりさせて固まってしまった。

確かに俺の家は大きいが、それでも一般家庭の家に一部屋増設したくらいだぞ。

 

「突っ立ってないで中に入るぞー」

 

最初はリサの家でクッキー作りをする予定だったのだが、どうやらお客さんが来てたらしく、彼女の家に行けなくなったのだ。では友希那の家は、というと、リサがせっかくだしショウの家でやろー! と言い出したため言えずにここまで来たわけだ。

鍵を開けて中に入ると、電源がオンの状態のエアコンが元気よく冷たい息を吐いていた。

おかしいな、ちゃんと家を出る時にエアコンは消したはずなんだが。もしかして両親のどちらかが帰ってきてたのか。あの二人は結構ズボラだしやりかねない。

 

「お邪魔しまーす♪ あ、あれ? 外からは大きく見えたのに中は結構普通?」

「元々普通の一軒家を改装してから増設したからな。そりゃそうだろ」

 

靴を脱いで廊下を歩き、リサと友希那が物珍しそうに見回す。

すると、友希那が重そうな扉の前で立ち止まった。扉に付けられているプレートには『防音室』と書かれている。

 

「……防音室?」

「ん? あー、親もベース弾くからさ、それでそこを造ったんだ」

 

二人は異口同音になるほど、と言って先に歩く俺の後を追ってくる。

リビングに入ると、廊下よりも室温が低く、体が震え上がった。

 

「さっむ……。なんでこんな寒いんだ……って!? なんで15度!? 頭おかしいんじゃねーのうちの親!!」

「うひゃー! これは極寒だねぇ」

「確かに、これは寒過ぎね……」

 

三人共同じように手で腕をさすり、少しでも暖めようとする。

肩出しの、ハートの絵柄が入った半袖シャツを着るリサは勿論のこと、長袖の友希那がぷるぷるしている。

俺はすぐに壁に掛けてあるエアコンのリモコンを手に取り、温度を適温に設定した。

少し経てば室温も程よくなるだろう。

 

「さて、少し寒いけどクッキー作りの準備しようか」

「そうだねー! 調理器具の場所教えてよ♪」

「リョーカイ。……友希那は──」

 

言いかけて、言葉を紡ぐのをやめた。

何故なら彼女は若干目をキラキラさせながらソファに座っていたからだ。

なにそんな子供っぽい事してんだ。普段とギャップ凄いからやめてくれないか。

俺がそんなふうに思っていると、隣からふふっ、と小さな笑い声が聞こえた。

 

「友希那、料理出来ないんだー。ああやって待ってる姿、結構可愛いでしょ?」

「ギャップが凄くてやられそうだな」

「うちの友希那はやらないぞ♪」

 

俺がふざけて言うとリサもノリノリでおどける。

 

「大丈夫だ、見向きもされないさ」

「その時は慰めてあげよーか?」

「遠慮しとく」

「えー、なんで?」

 

実際、万が一そうなった時は俺が惨めだろ。リサに慰められるとか……あれ、なんか心地良さそう。

血迷った考えをしていると、足に何か擦り付けられるような感覚を覚えた。下を見るとそこには、右前足が靴下のように白い毛並みの小さな黒猫が、俺の足に擦り寄ってきていた。

 

「なんだ、上から降りてきてたのか」

 

そう言うとみゃぁ、と甘えるように鳴く。

 

「んん? わっ、猫だー! 可愛いなぁ」

 

鳴き声で疑問に思ったのか、リサが足元の黒猫を見て破顔した。抱っこしていー? と訊かれたので頷く。

 

「わー! もふもふで可愛い♪ ほら友希那も! すっごく可愛いよー!」

 

言いながらすりすりと頬擦りをする。リサもどことなく猫っぽいから、親猫が子猫を可愛がるようで微笑ましく見える。

友希那の方を見てみると、ソファから立ち上がってこちらに来てうずうずしていた。

 

「……可愛い

 

リサが抱く猫を見て、友希那が小さく、微かに聴これるか聴こえないかの声で呟いた。

 

「前足、靴下みたいで可愛いだろ」

「えぇ……そうね」

「ほら友希那も抱っこしなよ♪ 人懐っこくて可愛いからさ!」

 

頬に前足を置かれながら、リサが友希那に猫を抱かせようとする。

なにこの光景。写真撮りたい。

 

「ショウって猫飼ってたんだねー。名前はなんていうの?」

「つい最近だけどな、飼い始めたの。名前はナウってつけた」

「ナウちゃんかぁ♪」

「……にゃあ……何故その名前にしたの? 他にも色々つけられる名前もありそうだけれど」

 

小さく鳴き声の真似をして頬を緩めている友希那からそう訊かれ、俺はすぅ、と視線をリサに移して、すぐに逸らす。

 

「……直感だよ」

 

言いながら左耳に触れる。

 

「ふぅん……」

「……なんだよ、リサ」

「べつにー? 今度ちゃんと聞くからいいかなーって」

「何を聞くつもりなんだ……」

 

なんだかリサにバレかけてるけど、大丈夫だよな?不安に思う。バレたらすげー恥ずかしい。

何故ならナウの由来は、リサと再会したその後に公園で拾って来た事から来ている。

ナウが目を細めた時など、リサが笑う時の目元に少し似てるため、今井リサの『今』を英語にしてつけたのだ。

まぁ、目を細めた時にあ、リサに似てるなとピンと来たから直感と言えば直感なのかもしれん。

 

「友希那はナウの相手しててくれ。リサ、さっさと準備済ませよう」

「あ、クッキー作るんだったね、忘れてたや」

「今日のメインだぞ……」

「あはは、ごめんごめん☆」

 

 

 

♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

その後、クッキーを特に怪我もなく作り終え、三人でコーヒーや紅茶を飲みながら談笑していた。勿論、クッキーは今まで食べたクッキーの中でダントツに美味しかった。それと、友希那が苦いものが苦手というのがわかった。クールな雰囲気のわりに舌はお子様らしい。バレたら殴られそうだな。

そんな彼女はさっきから話しかけても、ナウを抱いたまま上の空。談笑と言っても俺とリサが話しているだけだ。

 

「でさ、雨河さんの後輩の娘──青葉(あおば)モカっていうんだけどさ、その娘がもうもう雨河さんの性格とそっくりで! 雨河さんだけでも苦労するのに、その娘まで追加されちゃって大変だったよ〜」

「俺達の一個下だから、中三か。もしかしたら来年はそのモカって娘もバイトし始めるかもな」

「……その時はショウも来ようか」

「……CiRCLEだけで手一杯だ」

 

頼むよ〜、と懇願されるが断る。あの雨河さんの後輩の相手なんて想像するだけで疲れる。

 

「お願いだから! このとーり!」

「そんな上目遣いで見てもダメ! やらねぇからな!」

 

そんなふうに騒がしく談笑していると、唐突にリサが、あ、と声を上げた。

 

「そういえばさ、ショウって夏休みの予定何かある?」

「無いな。バイトも人手が足りてるみたいで休みにされたし」

「良かった〜! いやぁ、友希那のお父さんから良かったら友達と一緒に、ってこれ渡されちゃってさー?」

 

これ、と言って四枚の、デザインは違うが見慣れた紙切れ──チケットを見せられ、一緒に行かない? と言われた。

 

「へぇ……。あ、これ今人気のバンドじゃん。良いのか、俺なんか誘って。女子の友達を誘えばいいのに」

「私がショウを誘おうと思ったからよ。一緒に行くなら知ってる貴方を誘った方が気が楽だもの」

「そういう事! 会場は新しく出来たビーチでやるみたいでね、足は用意してあるから安心して♪」

「あー、つい最近出来た所か」

 

と言っても、距離はとても高校生が行ける距離ではない。足がある、という事は車で行くのか。誰が運転するのだろう。

……海か。水着用意しておこう。

 

──リサと友希那の水着なんて期待してないからな。……期待してないからな。




さてさて、次のお話は私としても楽しみにしてた回です。プロットはもう既に出来てて、多少書いてありますので投稿するのが楽しみです。

あと、小説と関係ないですが、Roseliaの新曲「R」のBlu-ray付き、予約できました。7月25日が楽しみでなりません。ライブ映像がONENESSというのもありますね。
もう一個、紅宮くんのイラストがあと少しで出来そうです。出来ましたら、挿絵にしておきます。

では、次回にお会いしましょー!


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六曲 興味はある

一週間遅れて申し訳ありませんでしたm(_ _)m
どうかお許しを……:(´◦ω◦`):

遅れた理由としては、私、先週に声優の柿原徹也さんのライブに行きまして……。それが初めての声優のライブでして、凄くテンション上がっちゃったんですよ……。帰ったらテンション上がり過ぎで気付いたら布団の中にいました(目逸らし)

そんなこんなで遅れました申し訳ありません、許してください、なんでも(ry



 

 ライブ当日。午前五時。

 微かな朝日が路面を照らし、小鳥の囀りが聴こえてくる。日課であるランニングを少し時間を繰り上げて、終わった後は速攻でシャワーを済ませた俺はリサの家と、その隣の友希那の家まで歩いて向かっていた。

 

「楽しみだなー。どんなバンドなのか気になってたし」

 

 それにしても、海か……。一応水着持ってきたから泳げるっちゃあ泳げるけど、きっと人が多くてそれどころじゃないんだろうな。

 そう考えて歩いていると、いつの間にかリサと友希那の家の前に辿り着いた。

 携帯で時間を確認すると時間も余裕のある三十分前だ。

 時間を確認し終えたと同時に、ガチャ、と扉を開ける音が聞こえた。

 

「それじゃ母さん、行ってくるねー♪」

「気をつけて行くのよ──ってリサ!」

 

 扉を開けたリサが中にいる母親であろう人物に手を振って出てきた。何か言いかけてた気がするんだが、良いのだろうか。

 

「あ、ショウ! おはよー♪」

「おはよ、リサ」

 

 手を挙げて挨拶を交わす。すると、リサの家からまた扉を開ける音が聴こえてきた。

 

「リサ後ろの髪、はねてるわよー!」

「えっ!? 嘘!?」

 

 リサの母親が顔を出して言うと、リサは慌てたように髪を押さえながらバタバタと家に戻っていってしまった。

 その五分後、顔を真っ赤にして俯くリサが出てきた。

 

「……お待たせ」

「まだ集合時間より早いし、ゆっくりで大丈夫だぞ?」

「大丈夫、ちゃんとセットしてきたから」

 

 そっか、と相槌を打つ。チラリと隣のリサを見ると、確かにしっかりと髪をセットしてきたようだ。いつも見る、ふわふわなウェーブがかかった綺麗な栗色の髪だ。

 そんなふうに彼女の事を見ていると、急にリサがあれ? と声を上げる。

 

「ナウちゃん? なんでいるの?」

「え……」

 

 バッ、と下を見ると、俺の足と足の間にちょこんとお座りしている黒猫がいた。まて、何故お前がいる。置いてきたはずなのだが。

 

「ショウったら連れてきたのー? ほらナウちゃんおいで♪」

 

 みゃぁ、と可愛らしく鳴いてリサに飛び付いた。腕の中で場所を整え、すりすりと顔をリサの頬に擦り付ける。

 

「あははっ、本当に人懐っこいねー♪ 可愛いやつめ〜」

 

 うりうり〜と、リサは楽しげにナウを撫で回す。

 何故ここにナウがいるのだろう。確かに置いてきたはずなのだが。もしかして、いつもなら玄関まで見送ってくれるのに今日来なかったのは、もう既に俺の足元にいたから……?小さいから余計にわからないよな。

 一旦家に帰って置いていくか。いや、それだと時間がかかるし。連れてくしかないか……リサと友希那もいるし、逃げて何処かに行く事もないだろう。俺の家とリサと友希那の家が近いとはいえ、ここまでついてきたくらいだし。

 家に置いていく事を諦め、十分くらいリサと一緒にナウを構っているとリサの家の隣の家から扉を開ける音が聴こえた。

 

「二人共おはよう。朝から元気ね」

 

 ナウと遊ぶ俺達を見て、家から出てきた友希那が苦笑いを浮かべながらこちらへ歩いてくる。

 リサに抱かれてゴロゴロ喉を鳴らすナウの目の前に来るとで頭を優しく一撫でした。

 

「それでリサ、ライブ会場まではどうやって行くのかしら? 何も聞いていないのだけれど」

「うん、それは大丈夫♪ そろそろ着くと思うから」

 

 何が、と言いかけた瞬間、路肩に高級メーカーの乗用車が停められた。運転席の窓が開かれ、そこから顔を出したのは見慣れた大学生くらいの青年だった。

 軽く手を挙げ、うぃーす、と軽薄に挨拶される。

 

「雨河さん? どうして」

「いやー、雨河さんがどうしてもライブ行きたいって言うから、じゃあ足になってほしーなーって言ったらなってくれたよ♪」

「蘭とかモカに散々文句言われたけど行きたいもんは行きたいやん?」

 

 この人、後輩達より自分の欲望を優先したか。まぁいいか、おかげで移動出来るし。

 そういや、友希那と雨河さんは会ったことあるのだろうか。そう思って彼女の方を見ると誰だこの人、といったような目で雨河さんを見ていた。

 

「リサ、この人は……?」

「バイトの先輩だよー。大学一年だって」

「雨河怜士でーす! 君の事は今井ちゃんやCiRCLEのライブで聞いたり見たりしてたでー」

「ライブにも……。ありがとう、ございます」

 

 雨河さんがCiRCLEに来るようになったのはつい最近、厳密には俺がそこでバイトをしていると聞いてから来るようになった。

 雨河さんはサングラスをかけ、さて! と声を上げる。

 

「車に乗れ乗れー! このれいにぃさんの華麗なハンドルさばき、魅せたるでー!」

「「あ、そういうのいらないです」」

「なんでや!?」

 

 知り合ってから、いつもやっている雨河さんいじり。

 彼の反応が面白くて毎回毎回リサとこうして、相談もなしにやっている。リサとも短い間しか付き合ってないが大体考えてる事がお互いわかるようになってきた。

 彼女と一緒になって笑っていると、友希那が俺達三人を見て困ったように小さく、僅かに笑った。

 

「本当、朝から元気ね」

「みゃあぁ」

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 しばらく一般道を走り続けて現在高速道路を走行中。

 車の中では雨河さんが鼻歌を歌いながら楽しそうに車を運転している。後部座席に隣合って座るリサと友希那楽しそうに会話をしている。主にリサが一方的に喋って友希那が相槌を打つ形だが。

 

「にしても、その猫めっちゃ大人しいやん。オレにくれへん?」

「嫌です。というより、多分こいつ行かないっすよ」

「せやろな、そんなにべったりやとなぁ」

 

 助手席に座った俺の膝の上で丸くなるナウをチラリと見て、雨河さんは頬を緩める。この人もまた猫好きのようで、乗る時にこいつも良いですか、と訊いたら凄くいい笑顔で、もちろんやで! 乗せろ乗せろ! と言ってきたほどだ。

 

「つーか、隣は女の子が良かったなぁ……」

「どーもすみませんねー、男で。けど、仕方ないでしょリサが嫌がったんだから」

 

 最初、雨河さんが助手席は女の子がいいー! と言っていたのだが、リサが却下した。理由は彼女自身が雨河さんは嫌だ、という事と友希那はまだ会って間もない事から俺が助手席に座る形になった。

 

「雨河さんの隣なんて何されるかわかんないからさー」

「しないと思うんだけどな……」

「しーまーせーんー! オレはそんな事せえへん!」

「どーかなー? うとうとしてる時に脚触られるかも……」

「せえへん!! 絶対せえへん!」

 

 しっかり前を見ながら小さく首を振る。雨河さんの目にキラリと光るものが見えた気がしたが、彼の名誉の為にも気のせいにしておこう。

 

 そんなこんなでライブ会場である、新しく作られたビーチに到着。

 俺と雨河さんは更衣室で水着に着替え終え、リサと友希那の着替えを待っていた。

 

「いやぁ、二人の水着楽しみやな、ショウくん!」

「そーっすね」

「なんや、興味無さそうに言いおって。本当は興味ありありなんやろ? このムッツリめ」

「……」

 

 黙秘権を行使しよう。沈黙は肯定と取られるかもしれないが、黙る。そろそろ二人共来るだろうし、もし仮に興味があると言って丁度良く二人が来たらいたたまれない。

 もちろん、二人の水着は興味ある。男だし。

 

「おまたせー♪」

「着替え終わったわよ」

 

 ほら、着替え終わってこっちに来た。言ってたら聞かれてたかもしれないな。良かった、恥ずかしい思いしなくて。

 後ろを振り向いてリサと友希那の方に体を向けると、

 

「──っ」

「おおー! いいやんいいやん!」

 

 そこには、それぞれ水着を身にまとう二人の姿があった。

 友希那はその髪の色や肌の色と同じ白色で統一したビキニタイプ。腰にはパレオが巻かれていてスレンダーな彼女に似合った水着だ。

 そしてリサは──

 

「ね、似合ってる? いい感じ?」

 

 瞳を揺らし、少し不安そうに彼女は訊いてきた。

 普段はハーフアップにしている髪をポニーテールにしてまとめている。水着はオレンジ色のフレアフリルビキニで、四月あたりの休日に着ていた肩出しの洋服のように綺麗な鎖骨や肩を惜しみなく出している。

 友希那もそうだが、リサは十分魅力的で可愛らしい少女だ。そんな彼女達が水着を着て見せてくれている事が凄く嬉しい……のだが、女の子の水着なんて見慣れていない故、結構気恥ずかしくなる。

 気恥ずかしくなってきて、すすっ、と視線を逸らした。

 

「ねーショウ? どうかなー?」

 

 そんな事など知らないリサは俺の視界に入るように目の前に立つ。どうやら雨河さんの言葉はスルーするようだ。

 腕を広げ、これでもかと言う程見せてくる。

 

「……似合ってる」

「ホント? えへへ、ありがとー♪」

 

 根負けした俺は気恥ずかしく思いながらもリサの水着をもう一度見て、次に彼女の眼を見てからそう言った。

 リサは嬉しそうに笑って、友希那と俺の手をとる。

 

「ほら、早速海に入ろーよ!」

「ちょっとリサ……走らないで」

「コケるコケる! 急に走んなって!」

 

 前につんのめりながら走る俺と友希那は、お互い苦笑いを浮かべてリサと一緒に人混みの中に走っていった。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 その後、雨河さんも含めて知らない人達がやっていたビーチバレーに参加させてもらったり、遠泳しよーぜ! と言ってきた雨河さんを海に沈めたり、ナンパしよーぜ! と言ってきた雨河さんを砂浜に頭から埋めたりと楽しく午前を過ごした。

 ……あれ、雨河さんの事沈めたり埋めたりしかしてないな。おかしいな。リサと友希那と遊ぶつもりだったのに。

 

「ライブは三時からだっけか?」

「うん、その前にね? こんなイベントがあるんだって〜」

 

 パラソルの下で俺、リサ、友希那の順で座ってリサが取り出したチラシを俺と友希那が頭を寄せて覗き込む。その際にリサの膝の上で寝ていたナウが起き、俺によじ登って肩に乗った。

 

「「海の、歌うま大会……?」」

「そうそう♪ 優勝したらこのビーチの海の家でビッグパフェ食べられるんだってー!」

 

 確か、そのビッグパフェって高級ってわけではないけど高めのフルーツ使ってるって聞いたな。

 生クリームやバニラアイスも濃厚だと噂だ。

 

「やってみない? 友希那はあんまりこういうの好きじゃないかもしれないけどさ」

 

 ライブハウスでよく歌う友希那だが、確かにこういう場所で歌う姿があまり想像出来ない。

 断るのかと思った時、か細い声が聞こえた。

 

「……やるわ」

「「え?」」

「でるわよ、その大会」

 

 その言葉で俺とリサは友希那の顔を凝視した。

 

「め、珍しい……あの友希那が」

「出ないと思ってた」

 

 二人で信じられないといった表情を浮かべていると、友希那が俺の目を見て口を開く。

 

「ショウ、貴方も出なさい。耳もいいし歌も上手だという事はまりなさんから聞いてるわ」

「まりなさん今度覚えとけよ……!!」

「リサも、貴女だって歌が上手だし声もいいのだから、出るわよ」

「ええ!? ほ、本気?」

 

 絶対まりなさんにはバイトの時に、事務所にある冷蔵庫の中にあるアイスやプリンを食ってやる。

 それにしても、何故友希那は俺達まで出させようとしてるんだ……?

 俺はそう思い、彼女の様子を伺う。すると、友希那はいつぞやの俺の家でクッキーを作った時のように目を輝かせていた。

 

「ちょい、リサ」

「え、なに?」

 

 リサの肩をちょんちょんと突き、目を輝かす友希那から少し距離をとってリサに耳打ちをする。

 

 

「友希那、様子変だけどどうしたんだあれ」

「いやぁ……多分だけどパフェに釣られたんじゃないかな……?」

「え、パフェだけで?」

「友希那ってあぁ見えて甘いの好きだからさ。それでかも」

「あー……クッキーもそうだったけど、飴とか口に入れてたな」

「そうそう」

 

 互いの顔を寄せ合って──ナウが間にいるが──ひそひそと話していると、友希那が立ち上がって俺達に声をかけてくる。

 

「リサ、ショウ。受付時間まで時間が無いわ。急ぐわよ」

「お、おー」

「おー!」

 

 そこまで食べたいか、パフェ……。

 普段じゃ考えられない友希那の姿に、俺は苦笑いを浮かべ、リサは穏やかな笑みを浮かべていた。




あけしゃんの卒業が発表され、凄く複雑な気持ちです。大好きなRoseliaがまた……と。
ですが、一番辛いのは声優さん本人で、一番涙流してるのはその人なのだと思うと、今回のあけしゃんの件は、ゆっくりと体の調子を戻して、いつの日かRoseliaのライブでキーボードをまた演奏してくれると信じて待とうと思います。


……この作品、りんりんほとんど出てませんけどね!!!!!
紗夜さんのさの字すら出てないけど!!!! ごめんなさい、あと少しで原作ストーリーに行くから!!! 待っててください!!!


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七曲 ノリノリでいこーぜ!

海の回終わりです。
期間が空いたため、少し長めです。大変申し訳ありませんでしたm(_ _)m

では、どうぞ!


 

 

 大会の受付を済ませた俺達は、砂浜に埋まっている雨河さんの下へ向かった。

 頭だけ出されて生首状態で大量の汗をかいている彼は俺を見るとパァっと表情を明るくする。

 

「やっと来てくれた……! ショウくん! 流石にもう出してくれへん?」

「いいっすよ。ただ、俺ら歌うま大会に出るんでその間ナウの事お願いします」

「歌うま大会? あー、あれか。ええでーナウちゃん預かるわ」

 

 雨河さんの了承も得て、すぐに彼を砂浜から脱出させる。自分で埋めたのだが、思った以上に穴が深かくて出すのに時間がかかった。

 そして、俺達三人は今、出場者の待機所で自分の出番を待っていた。

 

「うぅー、次はアタシの番かぁ……ちゃんと歌えるかなー?」

「リサなら平気よ。いざという時に強いのは私がよく知っているもの」

 

 緊張しているリサに友希那が励ます。リサは若干頬を染めて笑う。

 

「あはは、幼馴染にそう言われたら頑張るしかないね♪」

「楽しみにしてるよ、リサの歌」

「ちょっと、ショウー? 折角緊張解れてきたのに、また緊張しちゃうじゃん」

 

 ジト目でそう言われる。

 まぁまぁ、とリサの背中を押してステージの方へ向かわせる。ステージでは前の出場者が最後の一節を熱唱している。

 

「リサが終われば次は俺だ。ノリノリでいこーぜ?」

「──っ!」

 

 俺がそう言うとリサがビクッ、と肩を震わせた。

 

「……そうだね! よーし! ノリノリでいこー♪」

 

 リサの反応に少し疑問を持ったが、前の出場者が歌い終えてスタッフがリサを呼んでいたし、なにより彼女が笑顔だったため気にせずに送り出した。

 リサが歌う曲は確か、とある女性アーティストの曲だったはずだ。曲名は『knight-night.』だったかな。先程原曲を聴いたらリサにピッタリだなと思った。

 ステージ横側の待機所から見る彼女の横顔は、先程の緊張など感じさせない程生き生きとしている。楽しげに歌うその姿はまるで歌姫のようで、友希那とはまた違った魅力がある。

 

「リサ、楽しそうね」

「だな。やっぱりリサの声って綺麗だよな」

「……当たり前じゃない、私の幼馴染だもの」

「ははっ、その通りだ」

 

 そうこうして友希那と一緒にリサを見守っていると、リサの歌が終わって彼女が待機所まで帰ってくる。

 次の番である俺はスタッフに呼ばれステージに向かう。

 

「お疲れ、リサ」

「ショウも頑張ってよー? 応援してるから♪」

「ま、やるだけやってみるさ」

 

 そう言ってすれ違いざまにパシン、と互いにハイタッチを交わした。

 ステージに上がった俺は意外に観客が多い事に驚いた。待機所から見るとそんなに多いと思わなかったが、ステージ上から見るととてもそんな事を思う事は出来ない。

 ……すげぇな、リサ。この中をあんなに楽しそうに歌うなんて。

 平静な表情浮かべて心の中でリサに賞賛していると、司会の人から俺の事を紹介される。紹介と言っても俺の名前と歌う曲だけの簡素なものだ。

 俺が歌う曲はとある声優の曲で、『トコナツウェーブ』という文字通り夏を感じさせるような曲で、俺が好きな曲である。

 ──それじゃあリサに言ったように、ノリノリでいこーかね。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 結果を言えば、我が友希那姫が優勝をもぎ取りました。それはもう圧勝で。

 彼女が歌った曲は『Red fraction』で、観客並びにスタッフ、待機していた出場者を圧倒した。

 現在は海の家にてビックパフェをリサと友希那が美味しそうにつついて食べている。

 

「予想通り、友希那の優勝だったね☆」

「それわかった上であの話したんだろ? ほぼほぼ八百長じゃないか」

「嫌な言い方だなー。楽しかったじゃん」

「……まぁ、良かったけどさ」

 

 ロングスプーンを手に取り、その大きな濃厚そうなバニラアイスをくり抜いた。

 友希那はパフェを食べる事に夢中になっていて、俺達の会話なんざ耳に入っていないようだ。

 

「うまっ」

「ね、美味しいよね♪」

 

 くり抜いたアイスをパクリと口に放り込むと、噂通りの濃厚なミルクとバニラエッセンスの味がした。まるでとろけるような甘さが口に広がる。

 本当に友希那には感謝だな。彼女のおかげでこうしてパフェが食べられるわけなのだし。

 

「三人共すげー歌上手かったな! 湊ちゃんはCiRCLEで聴いてたけど、ショウくんや今井ちゃんのは聴いたことなかったし新鮮やったわ」

「自分でも上手くいったなって思ったけど、あまり観客には興味が無いような曲だったかな」

「あれって声優の曲なん?」

「そうそう、男性声優で、演技もそうだけど歌もかなり上手いんすよ」

 

 言いながらパクリとまたバニラアイスを口に入れる。

 

「あと少しでライブ始まるなー! 楽しみやわ」

「ですね。気になっていたバンドだし尚更」

 

 雨河さんはコーヒーを飲み、俺はパフェをつつきながらコーラをちびちび飲む。

 あまり勢いよく飲むと腹壊すしな。

 ……とか思ってるとリサの顔色悪いんだが。

 

「リサ、花摘みに行ってこい。腹痛くなってきたんだろ?」

 

 隣に座っていたリサに小声で言う。一瞬、俺の息が耳にかかり、くすぐったかったのかビクッと震えたがコクリと頷いた。

 

「ごめん、アタシご馳走様♪ お花摘みに行ってくるね〜」

「おう。迷子にならんように気ぃつけてな」

「リサ、一人で大丈夫?」

「そんな子供じゃないんだから大丈夫だよ友希那♪ 雨河さんもありがとー! 行ってくるねー」

 

 白色のパーカーを羽織って、リサは海の家を立ち去った。

 腹を壊した人にとっては残念な事に、この海の家にトイレは無い。少し離れたところに複数ある。

 仮設トイレでも海の家に置けよと思わなくもないが、今はトイレを作っている最中なのだそうだ。

 

「完全に完成してからビーチを開けばいいものを……」

「今日のライブに合わせてのものだったのでしょう。仕方の無い事よ」

「……そうだけど」

 

 俺の独り言に友希那がパフェを食べながら応えた。

 とりあえず、財布から胃腸の調子を整える薬出しておこう。これからライブだし、また調子を崩したら大変だ。

 パーカーはさっきリサが着てたから大丈……夫って、あいつ俺のパーカー着て行ったぞ。まぁいいけど。少し厚手だし腹も暖かくできるだろ。

 いろいろ準備して、リサが帰ってくるのをパフェを食べながら待つ。

 十分経過してそろそろ帰ってくるかと思ったのだが、帰ってこない。

 どうしたのだろう、と思っていると突然脚に引っ掻かれたような痛みを覚えた。

 

「つっ……。な、ナウ? どうしたんだよ?」

 

 下を向いてみればそこには右足だけ白色の黒猫がいた。その右足は俺の脚に触れている。

 普段爪を立てるなんてしないのに、どうしたのだろうか。

 俺は疑問を持ち、黒猫を持ち上げる。

 すると、飼い始めて見た事がない顔をしていた。子猫では想像出来ないくらい程眉間に皺を寄せて、そのクリっとした瞳で力いっぱい俺の事を睨んでいる。

 低く唸って今度は俺の手を引っ掻いた。

 痛みで思わず、ナウを抱いていた手を離してしまう。

 

「お、おいナウ? どうしたんだよ?」

「なんや、どしたん?」

「接してきて短いけれど、初めてね。こんなに苛立っているのは」

 

 ナウの珍しい行動に気付いた友希那と雨河さんが、目の前で毛を逆立たせている黒猫を見る。

 

「何かあったのかしら?」

「何かって、何が──」

 

 あるんだよ。そう言いかけて、俺は口を噤んだ。

 そうだ。ナウはリサが来たら基本的にいつも彼女にべったりだ。今回だってリサが暇していたらすぐに彼女の膝の上で横になったり丸くなっていた。

 さっきだってナウはリサに寄り添うようについて行ってた。

 そんな子猫が一匹で帰ってくるか? いや、帰ってこない。こいつならその場で大人しく座って待ってるはずだ。

 

「──もしかして、リサに何か……?」

 

 小さく呟くと気のせいか、ナウはそれに応えるようにみゃぁ、と鳴いた。

 嫌な予感がして冷や汗が顎先から滴る。

 リサのパーカーを引っ掴んで海の家を出る直前に、友希那と雨河さんにライブには先に行ってくれと伝え、彼女が向かったであろうトイレ付近まで全速力で走った。

 海の家を出る瞬間に友希那と雨河さんの声が聴こえたが気にしていられない。

 隣ではナウがしなやかな動きで追従してくるのがわかった。

 

「一人で行かすべきじゃなかったな……!」

 

 ナンパだろうが、暴行だろうが、窃盗だろうが、どんな事に巻き込まれているのかわからないが、リサは俺が接してきた数少ない女の子の中でも凄く可愛いし美人だ。雰囲気が派手で、言い方悪いけどギャルっぽいし、ナンパ辺りが妥当だろう。

 ──待ってろ。

 何故か、俺はリサがナンパされていると想像した時、焦燥感と嫌悪感が同時に心を占めた。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 もぅ〜……折角楽しくパフェ食べてたのにお腹壊しちゃうなんて。

 最悪だ、ともう一度パーカーを羽織る。

 

「あれ? アタシのパーカーこんなにおっきかったっけ?」

 

 袖を通してみれば、袖は余ってぶかぶかで、羽織った時に香る匂いはどこか陽だまりのようで、温かい気持ちにさせてくれる。

 ──って!?

 

「これショウのじゃん!? え、えと……え?」

 

 あまりにもびっくりし過ぎて頭が真っ白になってしまった。

 次第に状況が掴めてきたアタシは、ショウのパーカーを着て匂いを嗅いで落ち着いていた事に気付いた。頬が一気に熱を帯びていく。

 日差しのせいだって思いたいけど、自分に言い訳する事ですら恥ずかしい……!

 パタパタと手を振って頬に風を送る。それだけでまたショウの匂いがして頬の熱がより一層強くなる。

 

「……ホント、どーしちゃったんだろアタシ」

 

 歌うま大会の時に彼が掛けてくれた言葉が、今もまだ耳に残っていて、思い出す度に胸が締めつけられる。

 ──ノリノリでいこーぜ?

 また胸が締めつけられる。

 あの時言ってくれた言葉は、まだアタシが小学生の頃に迷子になっていたのを助けてくれた、同い歳くらいの男の子の言葉と重なって聴こえた。

 あの時の男の子が成長したのがショウだった、なんて言われたら信じてしまうかもしれない。

 それ程重なって聴こえたのだ。

 アタシは軽く深呼吸をして気持ちを切り替え、足元に寄ってきたナウちゃんを抱っこする。

 やっぱりこの子はもふもふで、大人しくて可愛い♪

 そう思いつつ海の家に向けて歩いていると、二人の男性達がアタシに話しかけてきた。

 

「ねーねー! キミ一人なの?」

「暇してたらオレらと遊ばないか? 楽しいぜ?」

 

 あからさまなナンパだった。

 如何にも女遊びしてそうな軽薄な感じの人達で、アタシは自分でもわかるくらい嫌な顔をする。

 雰囲気を感じ取ったのか、ナウちゃんがアタシの腕から抜けて、海の家の方向に走り出していった。

 

「いえ結構です。友達と来てるんで」

「そう言わずにさぁ。なんならその友達も一緒にさ?」

 

 割と口調を強めにして言うが、ヘラヘラと笑う男性二人が少しずつアタシににじり寄って来る。

 ビーチに来て、今まで声をかけられなかったのはショウや雨河さんが一緒に居てくれていたお陰だったと再認識した。

 

「結構です。貴方達と一緒に行くつもりなんて無いので」

「まぁまぁ、そう言わずに……」

 

 一人の男性が、その大きい手でアタシの手首を掴もうとした瞬間、逆に男性の手首が掴まれ、上に掲げられる。

 えっ、と驚きの声を上げるアタシと男性二人。男性の手首を掴んだ者の正体を知る為、少し上に視線をずらすと、そこには眉間に深い谷を刻み、一筋の汗を垂らしたショウの姿があった。

 彼はその翡翠色の瞳を細め、男性二人を睨みつける。

 

「悪い、連れなんだ。勝手に連れていくなんて事しないでくれるか」

 

 低く唸るように言うと、男性二人は怯んだように後ずさった。

 ショウは掴んでいた手首を離し、そのまま彼は後ろを向かずに手だけでアタシを背中の方へ移動させた。

 

「悪いけど、ナンパするなら他を当たって欲しい。何分、大切な彼女なんでね」

「か、かの……!?」

 

 真剣な声音で彼女と言われ、アタシは大いに動揺した。もちろん、その場の嘘だって事はわかる。けど、彼女と言われて何故か嬉しく思えた。

 男性二人はぶんぶんと首を縦に振る。

 

「わ、悪かった! 他当たるよ! 邪魔したなっ!」

「お邪魔しましたぁぁ!」

 

 九十度の角度までお辞儀をして、二人は足早に去っていった。その間に、ギャルなら行けるって言ったお前が悪いだの、軽そうだったからだの聴こえてきた。

 

「言いたい放題言っちゃって……」

 

 ヒクヒクと口元を引き攣らせて、アタシは去っていった二人を睨む。

 何事も無く去っていった安堵とギャルや軽そうなど言われた怒りで複雑な気持ちでいるとショウがこっちに体を向けてアタシの顔に白い何かを被せた。

 

「わわっ!? なにこれ!?」

「リサのパーカー。お前、俺のパーカー持ってったろ?」

「そ、そうだけど何も被せなくても……! 髪型崩れるし」

 

 もー、と被せられたパーカーを剥ぎ取り、着ていたショウのパーカーを脱ぐ。彼の匂いが離れて少し名残惜しい気持ちが湧いてきて、動きが固まる。

 

「……? どうしたリサ?」

「ううん、なんでもない」

 

 首を横に振ってショウにパーカーを返す。

 

「……ありがとね、助けに来てくれて」

「気にすんなよ。礼なら知らせに来てくれたナウに言ってくれ」

「そっか、ナウちゃんが……」

 

 やっぱりこの子は頭いいな〜。

 足元に座っていた黒猫の頭を軽く撫でる。

 

「それじゃ、気分変えてライブ行こうぜ。そろそろ始まっちまう」

「あ、そういえばそうだったや」

 

 ナンパされたりその場だけでも彼女と言われたりして、すっかり今日のメインであるライブの事が抜け落ちてた。

 自分のパーカーを羽織り、ナウちゃんを抱き上げる。

 すると、目の前に細くて綺麗な手が差し出された。

 

「走って会場まで行くぞ。時間もないし」

「あ、うん」

 

 その手を取ると優しく、しかし力強く握られる。

 彼の手は温かくて、まるで陽だまりにいるような感じがした。

 さっ、と声を出して、ショウはアタシに笑いかける。

 

 

「ノリノリでいこーぜ!」

 

 

 この時、アタシは確信した。

 小学生の頃に助けてくれた同い歳くらいの男の子は、ショウ──紅宮将吾だったのだと。

 恐らく、彼はその時助けたのがアタシだと気付いていない。何かきっかけがあれば、あの時ちゃんと言えなかったお礼を伝えたい。

 そして──この心地良いとさえ思える胸の苦しさの理由が、いつか解ればいいな♪




いやぁ、暑くなってきましたね。
北海道はそうでもないんですが、本州のお住まいの方々は大丈夫ですか? 被災された方々も土砂を退かす作業も大変でしょうけどあまり無理をなさらずに……。

さて、今回は歌うま大会なるものを開催。
リサが歌ったのは「knight-night.」
皆さんご存知我らがゆりか姫の曲です。モノクロームオーバードライブと迷ったのですが、被りそうだったのでこの選曲です。
エモブレの最初の曲に入ってますのでまだの人はこれを機会に聞いてみてください。

紅宮くんが歌ったのは「トコナツウェーブ」
柿原徹也さんという声優さんの曲です。知ってる人は知ってるかな? あまり私も知らなかったのですが、この間妹と一緒に柿原徹也さんのライブに行ってハマってしまいまして。それで今回夏ならこの曲かな、と出しました。

友希那が歌ったのは「Red fraction」
ガルパではお馴染みの曲ですね。魂のルフランや残酷な天使のテーゼとかと迷ったのですが、ゆりしぃの曲と同じく他の作品と被る傾向にあるので、この選曲です。

長ったらしくなりましたが、読んでいただきありがとうございます。
これからもよろしくお願いしますm(_ _)m


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幕間
誰かのヒーローになりたくて


章通り幕間です。
前回の話で触れた過去のお話をちょろっと。実際これやりたいがために作った回なのでプロットなんて作ってません。なので支離滅裂かもしれませんがよろしくお願いしますm(_ _)m


 

 

 

 

 懐かしい夢を見た。

 それはまだ俺が小学生の頃の事で、あの頃は暇があればいつも人助けできないかずっと考えていたし、歩き回っていた。

 親の海外出張を機に、俺は北海道に住む祖父母の家に預けられる事になる予定だった。

 大好きなこの街から離れるのが嫌で、祖父母が迎えに来る前に家を飛び出して人混みの中へ行こうとショッピングモールに向かった。

 ショッピングモールで人混みに紛れていると、困ったような声が聴こえてきた。人助けをしていたから、そういう困った声、嗚咽、悲鳴などには敏感だったからだ。

 

「ど、どうしよ……。──とはぐれちゃったし、ママとパパとも……」

 

 はぐれちゃった、の前に誰かの名前を言ったようだが生憎と聴こえなかった。

 幼い俺はその声の主を探し出す。

 ほんの少し見回して、人混みの中で小さく立ち竦む女の子をすぐに見つけ出した。

 栗色のウェーブがかかった長い髪の後ろ姿。それを見た俺は心臓が跳ねた。どこかで見た事があるようで、それが喉のところまで来ているのに思い出せない。

 

「ねぇ、君迷子? 大丈夫?」

「ふぇ……?」

 

 幼い俺が女の子に声をかける。振り返る彼女の顔はモヤがかかっててどんな子なのかわからない。

 

「あ……あたし気付いたら、──と、ママとパパとはぐれちゃってて……」

「──って言うのは友達なのかな? まぁいいや! 探すの手伝うよ! どこではぐれたの?」

「ライオンの像があるとこ……」

「ライオン? ライオンなんてあったっけ……?」

 

 ちなみに、今も昔もショッピングモールにライオンの像なんてあった事は一切無い。あるのは街の商店街で有名なマスコットキャラクターである、ピンク色の熊の姿をしたミッシェルという可愛らしいキャラクターの像だ。

 

「あー、もしかしてミッシェルかなぁ……あれ熊だよ」

「そうだったの? わかんなかったや」

「紛らわしいし、しょーがないよ!」

 

 いや、どこが紛らわしいんだよ幼い俺よ。あれはどこから見ても熊だろ。

 幼い俺は女の子の手を引き、ミッシェル像の周辺まで来た。

 像を一周するようにして女の子の友達と両親を探す。

 

「うぅ……どこにもいないよぉ」

「あー……きっと君の事を探してるんだよ! もしかしたら入れ違いかも! 他のところ行こ! お昼ご飯どこで食べたの?」

「和食のお店……」

「和食……えーっと……あ、あそこか」

 

 女の子が言う和食の店を案内図で確認した幼い俺は、泣きそうな雰囲気のある女の子を元気付ける。

 

「大丈夫! おれがちゃんと見つける! 冒険してる感じで楽しいよ!」

「でも……」

「ほーら、これで涙拭いて……うん、OKだね」

 

 女の子の目元をハンカチで拭い、幼い俺は彼女の手を優しく引いてニヒヒ、と笑って言った。

 

「──ノリノリでいこーぜ! 楽しくさ!」

 

 この頃でも使ってたんだな、この口癖。

 中学に入ってあまり使う機会が無かったが、ここ最近使う頻度が高くなってきた気がする。

 幼い俺の励ましが効いたのか、女の子は幼い俺の手を強く握る。

 

「うん!」

 

 その時の女の子の表情は、きっと満面の笑みだったと思う。

 

 ──そうだ。俺は、誰かのヒーローになりたくて……。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 ピピピピピ、と携帯でセットしていたアラームが部屋に響く。

 布団から手を出して携帯を探る。少し離れたところにあって、手を伸ばしてどうにか携帯をとる。

 アラームを切って、布団を退かす。

 

「……ふわぁ……」

 

 時刻は十時半頃。

 本日は休日で、バイトもない。

 楽器店に行ってベースの弦を見て回るのも良いし、このまま家にいて読書を楽しむのも良い。

 ──とりあえず朝飯食べよう……。

 寝惚けた頭で考え、部屋から出る。後ろからナウがついてくるのがチラリと見えた。

 階段を降りてリビングに行こうとドアノブに手をかけた瞬間、家のインターホンが鳴り響いた。

 

「……誰だ、この時間から?」

 

 まだ寝惚けている頭で考える。

 荷物なんて頼んでないし、海外にいる両親から荷物が来るなんて連絡を受けていない。

 つまり誰か訪問しに来たのだろうが、誰か来るなんて連絡もない。新聞だろうか。

 とりあえず応対しなきゃな………………眠い。

 

「はーい、どなたですかー」

 

 間の抜けた声が出た状態で玄関の扉を開ける。

 新聞の勧誘なら速攻で扉を閉めてやろうと思いながら開けると、そこにはいつも通りにオシャレに決めたリサの姿があった。

 

「……リサ? どーしたんだこの時間から」

 

 太陽の日差しが眩しくて、目を細めて彼女を見る。すると、リサは苦笑いを浮かべた。

 

「いやぁ、友達と遊ぶ予定だったんだけどさ? ドタキャンされちゃって。……というか、ショウ今起きたでしょ?」

「あぁ、さっき起きた。これから飯食べるとこ……」

「へぇ……寝起きのショウってこうなるんだー♪ 友希那に少し似てて可愛いかも」

「可愛くねぇ……」

 

 ニマニマとした笑みを浮かべるリサを家の中に通す。冬に入り始めたため、寒いのであまり玄関外で話すわけにはいかない。

 おっじゃましまーす♪ と上機嫌に彼女は家の中に入る。

 

「ドタキャンされてなんで俺の所に? 友希那はどうしたよ?」

「友希那は今日ボイストレーニングあるからって」

「他の友達は?」

「皆用事」

「家で大人しく……」

「やだ、遊びたいじゃん? あ、その前にショウは朝ご飯食べなきゃだね。アタシが作ってあげるよー♪」

 

 俺の言葉など聞かずに、彼女はキッチンに向かっていった。

 もうどうでもいいや。

 冷蔵庫開けるねー、と言われたので適当に返事をする。

 

「ショーウ? 冷蔵庫空に近いんだけどー?」

「あー、昨日使い切る感じで作ったからな……」

「じゃあ、朝ご飯食べて、遊んで、帰りに夜ご飯の買い物しなきゃね♪ 夜も作ってあげるよ」

「いや……そこまでは……」

「いーからいーから! 朝ご飯作っちゃうからショウは歯を磨いて顔洗ってくる事! あ、あとは服も着替えてきてよねー」

 

 何時からかはわからないが、最近リサは良く俺にお節介を焼く事が多くなった気がする。

 実際、たまに弁当をくれる時とかすごく助かっているのであまり強く言えないでいる。今日だって朝飯を作ってもらう事も助かっているわけなのだし。

 ただ、注意事項がある。

 あまり連続でリサの料理を食べると、次に自分の料理を食べるとガッカリするし、また食べたくなってくる。そこが怖いところだ。

 ──今日は一日暇だし、リサに付き合うとするか。

 歯を磨いて顔を洗い終えた俺は、リビングに戻ってキッチンで手際よく調理している彼女の後ろ姿を見つめる。

 ハーフアップに結われた栗色の髪がゆらゆらと揺れている。

 そういえばナウは何処に行ったのだろう。

 そう思って周りを見ると、いつもナウがご飯を食べる場所で嬉しそうに尻尾を振りながらご飯にありついていた。

 

「ありがとな、ナウにご飯あげてくれて。……あれ、ご飯のある場所知ってたのか?」

「いーよ、別に♪ 場所は何回か来てるし把握しちゃったなー」

 

 なるほど。なら、何かあった時とかリサに鍵預ければナウにご飯あげられるな。

 ふむふむと納得していると、キッチンから出来たよー! というリサの声が聴こえた。

 テーブルに着くと目の前に置かれている白米と豆腐とワカメの味噌汁、昨日の残りのおかず。

 おかずは昨日の残りのはずだ。にも関わらず俺が作った時より美味しそうに輝いて見えるのは何故だ。

 

「いただきます」

「はーい♪」

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 すごく美味しかった。特に味噌汁。

 俺は味噌汁は薄味が好きなのだが、見事に俺の好みの味を突いてきた。はなまるをあげたいレベルだ。

 少し多めに作られた味噌汁は底を尽き、俺の胃袋へと消えた。

 

「すげー美味しかった。ごちそうさま」

「あはは、凄い食べっぷりだったねー! お粗末さまでした♪」

 

 嬉しそうに笑ってリサは空いた食器を下げる。

 流石に食器洗いまでやらせるわけにはいかないので、男のプライドに賭けて俺がやることにした。

 食器を洗い終えると、リビングのテーブルにはホットコーヒーが置かれていた。

 

「コーヒーまで……いつの間に……」

 

 リサの事だから、腹を落ち着かせたら遊びに行こうって言うんだろうな。

 果たして俺の予想は的中し、腹を落ち着かせて遊びに出る事になった。

 秋風が頬を撫で、羽織ったテラードジャケットがふわりと靡く。

 

「それで、どこに行くんだリサ」

「んー、まずはアクセショップかなー? その後は服見たいな♪」

「服か……俺も新しいジャケットとか買わなきゃな……」

「あ、じゃあアタシがショウの服コーディネートしてあげるよ♪ 普段とは違う感じでいいんじゃない?」

「そうかもな。じゃよろしく」

「リサ姉に任せなさい!」

 

 機嫌よく張り切る彼女はショッピングモールのアクセショップに向かって歩きはじめた。

 ……リサ姉ってなんだろう。

 疑問に思って訊いてみたら、後輩がそう呼んでいるらしい。その後輩の名前が宇田川(うだがわ)あこ、というらしいのだが、その名前を聞いてNFOのフレンドで心当たりがなくもない。まぁ、同名なんてよくある話だ。

 

「ゲームが好きみたいでさ、アタシはよく分からないんだけど、闇の力がーとか言ってるよ」

「……へ、へぇ」

 

 嫌な予感がビリビリ来たのは気のせいだな、うん。

 聖堕天使あこ姫とかいう厨二発言を良くするフレンドなんて知らない。

 リサと一緒に遊べたのは楽しかったが……まさか、あこ姫について知る事になるとは思ってもみなかった。



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二章 青い薔薇 芽吹く
一曲 正確無比なギタリスト


さてさて、一年生編改め、出会い篇が終わり、今回から第二章! Roseliaのバンドストーリーに入ります!
劣化版になる可能性大です。オリジナリティ溢れる作品にしたいと思っていますので期待していてください!

それでは本編をどうぞー!


追記:8月25日。
リサの誕生日回を投稿しました。1話に変更しましたので、そちらになります。


 あの日、本屋でリサと出会ってから一年が経った。

 あの時以降から俺の周りはガラッと変わり、私生活もまたガラッと変わった。

 まず一つは登校時。リサと友希那と合流してから行くようになったこと。

 二つめは下校時。下校時もまた俺が羽丘に寄って一緒に下校するようになった。下校については、冬に友希那がファンの女の子にストーキング紛いの行為をされ、それを危惧したリサが俺も一緒に下校したらもしもの時の安全だ、と言ったためだ。

 最後の三つめは俺の食生活。お節介が増えたリサにより、休日以外はコンビニで済ませていた朝食がちゃんとした料理に変わり、学食で済ませていた昼食もリサ手製の弁当に変わった。夜もまた然りだ。

 コンビニ、学食で済ませていた俺を見かねてリサが強制……もとい提案してくれた。

 ほぼ全てにおいてリサか友希那が関わってくる。別の学校だというのにここまで一緒にいるのは凄い事なのでは、と思う。というより雨河さんにそう言われた。

 そして今、俺は友希那の家の前でリサと一緒に友希那が来るのを待っていた。

 

「はい、今日のお弁当♪ 少し多くなっちゃったけど、ショウなら食べられるでしょ」

「いつもありがとな、凄く助かる」

「別にいいってば、アタシがしたくてやってる事だし」

「それでもだ、ありがとう」

 

 毎朝言っている事だが、やっぱりリサには感謝しかない。

 朝と昼と夜。三食全て彼女の料理が食べられるのはラッキーとしか言いようがないだろう。ただ、やはりと言うべきかなんと言うべきか、自分で作った料理を食べると物足りなくなってしまったのはどうにかならないのだろうか。

 

「おはよう、二人とも……またやってるのね」

「だって、アタシがしたいだけなのにお礼を言われるとちょっとムズ痒いというか……」

 

 あはは、と笑うリサを見た友希那が、苦笑いを浮かべてこちらに歩いてくる。

 実際に助かってるわけだし俺は毎朝感謝を伝えるとも。

 行きましょ、と友希那が歩き始め、俺とリサは先に歩く彼女を追いかけた。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 学校に着いた俺は教室の中に入り、自分の席に座って机に突っ伏した。まだ時間には余裕があるし、HRが始まるまで寝ようとする。しかし、バンッと突然机を叩かれた。

 

「……なんだ、朝から」

「なんだとは失礼だな!? 折角ギタリストの候補を教えに来たのに」

「用件を聞こうか」

「切り替え早……」

 

 俺の切り替えの早さに呆れる目の前の男子生徒は、去年から付き合いのある友人の香月(こうづき)飛鳥(あすか)だ。彼には去年からCiRCLE以外のライブハウスで有力なギタリストやベーシストなどを探してもらっている。名前が女子っぽい事にコンプレックスを抱えているらしいが、気にしなくていいと思うのは俺だけか。

 

「それで、どんな人なんだ?」

「まぁまぁ慌てんなよショウ。曲録音したから聴いてみてくれ」

 

 どれどれ、と差し出される端末とイヤホンを受け取り、録音された曲を聴く。

 イヤホンから流れる曲はとあるバンドのカバーだった。友希那の基準で言うならば、まだまだレベルが足りないバンド。しかし、ひとりひとり音を聴いていくとギターだけ頭抜けて上手い事に気付いた。

 一言で言うならば、正確無比。言葉通り正確で、まさにお手本のようなギターの音だ。

 どれだけ努力したらここまで上手くなれるのだろう。

 

「……凄いな」

「だろ? 名前は氷川(ひかわ)紗夜(さよ)。おれらと同い年らしい。結構練習とかストイックだって有名らしいぞ?」

「ストイック、ね。友希那と気が合いそうな練習スタイルだな」

 

 やっと、あの孤高の歌姫に見合うレベルの候補が出てきた。去年は見つけては却下され見つけては却下されの繰り返しだったからな。

 

「今日、CiRCLEでライブするみたいだし声掛けたらどうだ?」

「あー、確かリストに紗夜って名前あったな……。ま、友希那に相談してからだ」

 

 全部俺が決めるわけにはいかない。それに、あの友希那の事だし演奏を聴いてから決めるって言うだろうな。

 チャイムが鳴るまで飛鳥と他の候補について話したが、まだ見つかっていないようだ。

 俺もCiRCLEに出入りする人達に声をかけてはいるが、効果は見られない。

 過去最難関の人助けだ、これは。まぁ、友希那には悪いが、その方がやり甲斐もあるし、楽しめる。

 

 

 昼を食べ終えて、あっという間に放課後になった。

 最近、紅宮って昼食べた後柔らかく感じるよな、とか言われるようになった。何故かは俺はわからないが、飛鳥は毎回俺の弁当見ては割り箸を握り潰している。

 そんな飛鳥とも教室で別れ、俺は羽丘まで走って行った。今日は友希那もCiRCLEでライブがある。ストーカーも居なくなりつつあるが、もしもの事があったら大変だし一緒に行くようにしている。

 羽丘の校門まで来ると、リサが同じ羽丘の生徒と話しているのが見えた。

 すると、彼女も俺の事を目視したようで、手を振ってくれる。

 

「やっほー! ショウ♪」

「よう、リサ今朝ぶり」

 

 軽く手を挙げて応えると、羽丘の生徒が驚いたような顔をしてリサに質問する。

 

「え、もしかしてリサの彼氏? いつできたの!?」

 

 あー、そういう感じか。そう捉えられても仕方ないと思う。ただでさえ羽丘は女子高だし、恋愛云々は興味津々だろう。

 質問されたリサは、頬を染めて慌てふためく。その姿が面白くて、俺はつい口を挟めた。

 

「あぁ、そうだよ俺ら付き合ってるんだ」

 

 リサの隣に立ち、彼女の肩を抱くとビクッと震える。

 

「ちょっ──!?」

「おめでとうリサ! あ、じゃあわたしはお邪魔みたいだし帰るねー!」

 

 そう言って羽丘の生徒は走っていった。

 すると、ドカッと足の甲を思い切り踏まれた。俺の靴の上には小さなローファーが置かれていて、それがグリグリと動かさられる。

 

「いつつ……。強すぎないかリサ」

「ショウがいきなり変な事言うからでしょ! 凄い驚いたんだけど!」

「悪いって、ちょっとした出来心というか! だから靴退かして下さい潰れる」

 

 最後にふんっ! と強く踏まれ、俺は痛みで悶絶する。痛過ぎ。

 

「どーすんのさ、誤解解くの大変なんだけど?」

「……そ、そこはほら、俺が発端だし、勿論協力するから」

 

 腰に手を当ててリサは、悶絶する俺に見下ろしながら言う。

 やばい、足ヒリヒリする。まだ痛い。

 

「はぁ……ほんとショウって最初の頃と印象違い過ぎだよ」

「学校じゃ、その印象通りだぞ。最近はそうでもないらしいけど」

「んー、確かに最初の頃はクールっぽかったっけ? 今じゃポンコツ化してきてるけど」

「ポンコツ言うなよ……」

 

 飛鳥曰く、俺は最初の頃は刃物みたいだったようだ。近寄れば切る。そんな雰囲気だったそうで、そんな奴が教師の手伝い、いじめの撲滅、商店街などで人助けをしていたのが異常に見えるらしい。

 そう教えてくれた彼は、学校で教師の手伝いをしていた時に知り合った形になる。

 で、今じゃポンコツ化してきてる、と。……自覚あるけど。元々こういう性格だし。

 

「あ、いけない! 友希那追いかけなきゃ」

「は? なに先に行ったのあの子?」

「うん、新しく出来たアクセショップいこーって言ったら、入りの時間早いからって袖にされちゃって……」

 

 ストーカー行為が減っていってるから良いけど、彼女には気を付けてもらいたいものだ。ただでさえ孤高の歌姫などと言われて有名になってるというのに。

 リサに追いかけるぞ、と言ってライブハウス『CiRCLE』まで走る。

 ダンス部とテニス部を掛け持ちする彼女は、俺が少し早めに走っても横にピタッとついてくる。

 ホント、運動神経もいいし世話焼きだし、性格明るいし、勉強もある程度出来るみたいだし、お洒落だし、ダメな所ないんじゃないかリサって。

 これで彼氏がいないのだから世の中不思議なものだ。……いや、周りで俺がうろちょろしてるから男が来ないのか……? どうなんだろう。

 むむむ? と首を傾げながら走っていると、少し先に歩く色素の薄い長い髪を揺らす後ろ姿が見えてきた。

 

「おーい、ゆっきなー! はぁ、はぁ……やっと追いついた!」

「歩くの早すぎないか、友希那……」

「……! リサ、ショウ」

 

 俺とリサで立ち話してたけど、そんな時間も長くはなかったし、この子どんだけ早く歩いてんだ。

 

「幼馴染置いてくとかひどいぞー? ……って、何回も置いてかれてるか〜」

 

 あはは、とリサが笑う。俺も知り合ってから、リサよりは少ないだろうけど、毎回毎回三人で集まる時俺が置いていかれるんだが。今日だって、友希那が一緒にアクセショップに仮に行ったとしたら、俺が置いていかれる構図だっただろう。なにそれ悲しい。

 

「行かないわよ、アクセサリーショップには」

「うん。ただ、アクセショップ、ライブハウスの手前にあるんだよね♪ それまで一緒に行こ?」

「……わかったわ」

 

 仕方ないと言った表情で、友希那は頷いた。

 三人でテストの話をした。リサは国語の点が思ったより高かったようで嬉しそうに話してくれた。友希那は音楽活動に支障が出なければいいという考えなので、点数はまあまあ低い。俺はほぼ全て平均点は越すようにしているので心配はない。

 そして、話の話題はリサが避けているバンドメンバーの事になった。

 

「もう既に、『フェス』に向けたコンテストのエントリー受付は始まってるからな。条件は三人以上」

「今年こそ見つけるわ、必ず」

「そんな仲間が欲しい孤高の歌姫に、嬉しいお知らせだ」

 

 冗談めかして言うと、友希那がじっと俺を見る。その金色の瞳が変な事を言うな、と言っているようで背筋がゾクリとする。

 

「ギタリストの候補が挙がってきたよ。今回は、友希那も欲しがると思うぞ」

「そう。ありがとう。でもまずは演奏を聴いてからよ」

「言うと思ってましたー、それ。で、その候補──氷川紗夜っていう女の子なんだけどさ。その子も今日のCiRCLEのライブに出るんだ」

 

 続けて、演奏は氷川紗夜さんが前で、友希那が後という事を伝えた。

 友希那はそう、とだけ答えて足を止める。すぐ横には、俺がバイトをするライブハウス『CiRCLE』がある。

 

「ライブハウスに着いたから行くわ。それじゃあ、リサ、また明日」

「あ、うん。またね♪」

 

 笑顔で友希那に手を振って、彼女を見送る。そんなリサの笑顔は、どこか影がさしているように見えたのは気のせいではないはずだ。

 俺は少し残って、リサに話しかける。

 

「なんか、言いたい事あるんじゃねーの?」

「っ! あははー、わかっちゃう?」

「そりゃ、バンドメンバーの話になってから少し暗くなってたし」

 

 一年間接してきたからわかる。彼女がどれだけ友希那を大切に思っているか。

 

「友希那、お父さんのためにってずっと音楽をしてきて……本当は辛いんじゃないかなって……」

「あぁ……やっぱあの湊か」

「知ってたの? 友希那のお父さんの事」

「……俺の親も音楽で生活してるから、名前だけは知ってた。けど、それが友希那の父親とはな」

 

 一度だけ、両親に聴かせてもらった曲があった。もう歌詞もろくに覚えていないけど、音楽が好き、という気持ちが凄い伝わってきたのは今でも覚えている。

 しかし、そんな音楽が好きなバンドはメジャーに行き、しばらくして解散してしまった。辛い思いをしたに違いない。あれほど好きだっただろうに。

 

「アタシもさ、友希那のお父さんは辛かったと思う。でも、だからこそ友希那には、音楽で辛い思いをしてほしくない」

 

 リサ自身もベースをやっていたからこそ、わかる所もあるのだろう。

 

「でもね! ショウが友希那に協力してくれて良かったって思ってる。今まで友希那は一人で抱えてたから。ショウがいれば大丈夫かなって」

「……俺だけじゃない」

「え?」

「なんでもない。俺も行くよ。それじゃあな」

「あ、うん」

 

 俺だけじゃない。リサもいるから、友希那は音楽に真剣に向き合えるんだと思う。リサが見守っているから。それこそ、陽だまりのように。

 

「あ、弁当、今日も美味しかったぜ。明日もよろしくな!」

「──うん!」

 

 ライブハウスの入口手前で、リサに向かって言う。彼女も笑顔で応えてくれた。

 

 その笑顔に影は見えなかった。

 

 

 




今日からドリフェス……。しかもドリフェス終わったら、リサの水着復刻……。来てくれるかな……?

☆4リサをもっていないというリサ推しにはあるまじき事なので今回引けたらいいなと思います。
書いたら出る!!! そう信じて引きますわ!!!


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二曲 青薔薇のはじまり

遅くなってすみません。
北海道が全域で停電していたため、ネットも上手く繋がらず、更新出来ない日々でした。
倉崎は無事です(*´ω`*)
電気も復旧して水道も直りました。


それでは、陽だまりの少女、本編をどうぞ!


 

 ──このバンド、ギターだけ上手くて、他は話にならないわね。皆バラバラでバランスが悪過ぎるわ。

 ショウに紹介されたギタリスト、氷川紗夜さんの演奏を聴くために聴いているけれど、あのフレーズを弾ける技術もだけど、土台となる基礎が尋常じゃないレベルね。流石ショウや彼の知り合いが候補に挙げるわけね。

 そんなショウは真剣な表情で、会場の奥でPublic Address(P A)の仕事をしている。ああやって、どんな演奏でもしっかり責任をもって仕事をするのは彼の良さね。

 だからこそ、ショウには私と一緒にバンドを組んで欲しかった。彼のベースは高い技術がある。それも、プロに負けないくらい。

 結局断られてしまったのだけれど。

 氷川さん達のバンドの演奏が終わり、一旦休憩となった。

 

「あ、ねぇ、あれって友希那じゃない?」

「しっ。聴こえるよ。友希那は気難しいって、有名なんだから」

「……」

 

 ライブを見終わると、数人の観客が私の事を話す。

 ──なんて言われようと別に構わないわ。私は、必ずあのフェスに出る。そしてお父さんの……私の音楽を認めさせる。

 私は氷川さんにバンドの勧誘をするため、会場を出てロビーに来た。すぐ後ろに誰かが来た気配がして、振り向くとショウが来ていた。

 ここ最近、というよりもリサと接してきて、彼女の料理を食べ続けているからか、彼は最初に出会った時より表情や雰囲気が柔らかくなった。リサと同じのようで違う陽だまりのような温かい雰囲気だ。

 

「声かけるんだろ? 俺も行くよ」

 

 友希那だけじゃ言葉足りないからなぁ、と笑うショウにムッと来た私は肘で彼の鳩尾を殴る。

 うっ、と呻く彼を置いて私は氷川さんがいる場所へ行く。しかし、なにやら彼女達は口論しているようで、とてもじゃないが話しかけられるような雰囲気ではない。

 これは、話が終わるまで待つしかないわね。

 

「いくらパフォーマンスで誤魔化しても、基礎のレベルを上げなければ後から出てくるバンドに追い抜かれるわ」

 

 確かにそうだと私も思う。隣のショウも小さく頷いている。

 氷川さんの言葉の後、バンドメンバー達は、練習と課題で寝る時間も無いと言った。その後には氷川さんにバンドの技術以外に大切なものは無いのかと問うた。

 

「無いわ。そうでなければ、わざわざ時間と労力をかけて集まってバンドなんてやらない」

「……っ! ひどいよ! 私達は確かに、いつかはプロを……って目指して集まった。でも皆、仲間なんだよ!」

「仲間? 馴れ合いがしたいのなら、楽器もスタジオも、ライブハウスもいらない。高校生らしく、カラオケかファミレスにでも集まって騒いでいれば充分でしょう」

 

 この子の考え、私と似てる。……そうか、だからショウと彼の知り合いは候補に挙げたのね。

 

「噂以上にストイックだな……。けど、友希那とは気が合いそうだな?」

「えぇ。……そろそろ話が終わるみたいよ」

 

 結果は氷川さん一人がバンドを抜ける形になった。

 他のバンドメンバー達はライブハウスから足早に立ち去っていく。

 それを見送った氷川さんは、はぁ、と溜息をついた。

 今なら話しかけるチャンスね。

 

「……少しいいかしら」

「……っ! はい、構いません。さっきの、聞いてました、よね? すみませんでした。人がいるとは気付かずに……」

「えぇ、聞いていたわ。けれど、私もそう思うもの。馴れ合っている時間があるのなら練習に使う方がいいわ」

「そう言っていただいて助かります。それで、話とは?」

 

 私はショウやリサのように、あまり言葉数は多いとは言えない。むしろ少ない方だ。だから、無理に言葉を多くする事は無い。余計な言葉はいらない。単刀直入に言う。

 

「氷川さん──いや、紗夜。提案があるの。私とバンドを組んで欲しい」

「──えっ?」

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

「氷川さん──いや、紗夜。提案があるの。私とバンドを組んで欲しい」

「──えっ?」

 

 先程抜けたばかりの氷川さんに、友希那がそう提案を持ちかける。

 にしても、いくらなんでも急過ぎるし言葉少ないと思うのだが。氷川さんも驚いて目を見開いてるし。

 

「……私と貴女で、バンドを……? すみませんが、私は貴女の実力もわかりませんし、今はお答え出来ません」

 

 まぁ当然だろう。氷川さん、『CiRCLE(うち)』来るの初めてだし友希那の実力はわからないだろうな。現に彼女は友希那にこのライブハウスは初めてだと言ったし。

 さて、ここからは俺も話に参加しようか。このままだったら、険悪な雰囲気になりかねない。

 俺は前に進み、友希那の隣に立った。

 

「彼女の実力は確かなものだよ、氷川さん」

「貴方は、PAをしていた……」

「紅宮将吾です。ショウや将吾、紅宮でもなんでもどうぞー」

 

 笑ってそう言うと氷川さんは、では紅宮さんと、と生真面目な返事をする。

 

「ショウ、貴方は下がってて。私だけで──」

 

 すると、隣の友希那が食い下がってくる。しかし、俺は最後まで言わさずに遮った。

 

「いやいや、実力もわからない、の時点でお前自分の歌で見せつけてやる的なの考えただろ? 険悪な雰囲気にするつもりかよ孤高の歌姫サマ?」

「…………そんなつもり、ないわ」

「考えてたのか……」

 

 長い間と瞳を逸らす感じからして考えていたらしい。

 少しカマをかけたのだが、まさか当たるとは。

 

「とにかく、まず自己紹介すらしてないのに、なんで最初にバンドを組んで欲しい、なんて言うかなー」

「そ、それは……」

 

 ここで普段のリサの存在が大きく出るな。クラスでどうしてるんだろうか。確かリサとは別のクラスだと思うんだけど。

 ま、そこは追々。今は氷川さんだな。

 俺は氷川さんに視線を向け、隣の友希那の背中をポンと軽く叩く。

 

「彼女は湊友希那。今はソロのボーカルをしてる」

「……挨拶が遅れたわね、湊友希那よ。私はFUTURE WORLD FES.に出るためにバンドメンバーを探しているの」

「で、それを手伝ってるのが俺っていうわけ。氷川さんならフェスの事聞いたことあるんじゃないかな」

「っ! 私も以前からFUTURE WORLD FES.には出たいと……。ですが、知ってるとは思いますがあのフェスはこのジャンルの頂点とも言えます。フェスに出るためのコンテストですらプロでも落選が当たり前」

 

 続けて彼女はいくつものバンドを組んできたが実力が足りず諦めてきた、とも言う。

 

「ですから、それなりの実力と覚悟がなければ、私はバンドを組みません」

「その心配は無いと思う。友希那の実力はここら辺じゃ有名だ。『孤高の歌姫』なんて呼ばれるくらいだからな」

「……私はフェスに出るためなら、何を捨ててもいいと思ってる。貴方の音楽に対する覚悟と目指す理想に、自分が負けているとは感じていないわ」

 

 穏便に済まそうと思って間に入ってるのに、どうしてこうも喧嘩口調なんだ友希那は。それほど氷川さんに入って欲しいって事なんだろうが。

 取り敢えず、だ。彼女には友希那の歌を聴いてから判断してもらおう。

 

「取り敢えず、友希那の歌を聴いて判断してくれないか。その方が手っ取り早そうだ」

 

 友希那に言っておいて、結局はこの結果に落ち着くのか。……前途多難の予感だ。

 

「わかりました。ひとまずは一度、聴くだけです」

「えぇ、それで充分よ」

「あぁ」

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 

 将吾、友希那、紗夜が話し終え、三人はそれぞれの場所に向かった。将吾はPAの仕事。友希那はステージで待機。紗夜は観客としてだ。

 友希那の歌が始まる前に観客の人数が増え始め、それを見た将吾は笑みを浮かべる。

 ──一年前より大分増えたな、友希那のファン。

 そう思いながら彼は自分の近くにいる紗夜の背中を見た。

 その彼女は予想よりも観客が多く、その観客達が口々に友希那の名を呼ぶものだから大いに驚いていた。

 ──すごい熱気。こんなにファンが……? しかも押しているのに全然騒がない。……皆、あの子の歌を待っているみたい……。

 ゴクリ、と喉が鳴る。

 静かな会場の中、入口から入ってきた二人の人物が会話をする。

 

「ほら、ここがドリンクカウンター。ステージから一番遠いから、ここにいれば押されないからね……って、りっ、りんりん!? あわわわ〜! りんりんの顔が青いー!」

「……う、うちに……わたし……帰……」

「りんりんしっかりしてぇ〜!」

 

 会話が聞こえてきた将吾と紗夜は、その方向に目を向け、人物を確認する。

 ──りんりん? え、なに、まさかNFOのりんりんじゃないよな? 違うよな?

 ──あの人……確か同じクラスの白金(しろかね)さん? 彼女もファンなの? それにしても、隣の子騒がしい……。

 将吾は顔には出さずに内心汗をダラダラと流し、紗夜はクラスメイトの少女の隣の背丈が小さい少女に対しムッとした表情を浮かべる。

 彼女が注意しようとした、その時──

 

「───♪」

 

「っ!」

「……! やっぱ……カッコイイ……!」

 

 曲が流れ始め、友希那がその美しい声を響かせる。

 紗夜は目を見開き、背丈の小さい少女は目を輝かせた。

 ──!? ……なに、この声……? ……こんなの……。

 紗夜のクラスメイトの少女は青白かった顔色が治まるほど驚いている。

 ──本物……だわ。やっと……やっと見つけた……!

 ステージ上で歌う友希那を見て、紗夜はそう確信付けた。

 そして、ライブハウス端にいた見た目が派手な少女──今井リサが幼馴染の成長を見て呆然としていた。

 アクセサリーショップに行くと言っていた彼女だったが、やはり気になったのか、将吾がライブハウスの中に入ってしばらくした後に彼にバレないように入ったのだ。

 

「去年の海の時より……凄い……」

 

 将吾からは毎回友希那のライブの様子を聞いて知っているが、直接見たのは久しぶりだった彼女は呆然とした後、温かな笑みを浮かべる。

 一方PAをしている将吾は観客の反応、歌っている友希那の状態を見て、浮かべていた笑みを一層深めた。

 

 




原作コピペにならないように、在り来りですがライブハウスにリサを紛れ込ませました。
どうなるかはお楽しみに!



…………感想………………来ても………………いいのよ…………? (/ω・\)チラチラ


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三曲 なにコソコソしてんの?

遅くなりました。

Roseliaのファンミ、最高でしたね!
ライブビューイングでしたけど、100の質問や格付けクイズ、ミニライブ、とても充実した時間を過ごせました。
Roseliaを好きで良かったと思えました。
昼の部だったので夜の部のあけしゃんの、燐子を譲りたくないというお言葉は聞いていないのですが、Twitterやブログで知った時は泣きました。本当に燐子が好きなんだと。

さて、それでは本編にどうぞ!

※9/25
誤字修正しました。


 ライブ終了後、俺は手早く片付けを行い、まりなさんにあらかた終わった事を伝えると友希那のところに行っていいよ、と笑顔で言われた。

 ありがとうございます! と頭を下げて友希那の所に向かうと、ちょうど氷川さんと話し始めるタイミングだったみたいだ。

 

「……どうだった? 私の歌」

「何も……何も言う事はないわ。私が聴いたどの音楽よりも、貴女の歌声は素晴らしかった」

 

 友希那の金色の瞳を見て、氷川さんはそう感想を口にする。よかった。友希那の歌が彼女に響いたようだ。

 そのあとに氷川さんが友希那とバンドを組まさせて欲しいと言って、無事に友希那はバンドを組む事が出来た。

 俺が微笑んでいると友希那が俺に気付いたのか、ほんの少しだけドヤ顔を浮かべる。

 腹立つわ。普段そういう事しないくせに、こういう時だけやってくるの。

 頬が引き攣りかけたが、顔に出さないようにして彼女達の下へ向かう。

 

「無事に組めたみたいだな。よかったよ」

「紅宮さん……はい、ありがとうございます」

「いやいや、俺は何も。ただ友希那に紹介しただけだし」

「それでも、です。ありがとうございました」

 

 腰を折ってまでお礼を言われ、俺は素直にそのお礼を受け入れる事しか出来なかった。

 ギターの音もしっかりしてたけど、こうも性格までしっかり者とは。でも、この人なら友希那と気が合いそうな気がする。

 その後、二人は練習をするために予定を合わせてスタジオの予約を入れ、今後について話し合いを始めた。

 

「湊さん、他に決まっているメンバーは?」

「いいえ。まだ誰も。ベースとドラムのリズム隊、それにこのジャンルに重要なキーボードも。ショウにも探してもらっているけれど……」

 

 そこで友希那が俺の顔を見る。他にいないのか、と金色の瞳が物語っている。

 俺はその瞳から視線を逸らして左耳を触った。

 

「……一応、ベースは当たりを付けてる。けど、ドラムとキーボードはまだ」

「そう。私も探すけれど、頼むわ」

「私も力になれるかわかりませんが、探してみます」

 

 友希那と氷川さんがそう言ってくれた。正直助かる。飛鳥と一緒に探しているが、どうもいまいちピンと来ないのだ。この人だと言える確証が。

 三人であれこれバンドや曲について話し、俺は氷川さんの事を紗夜、と名前で呼ぶ事になり、紗夜は俺を紅宮くん、と呼ぶようになった。

 さんがくんになっただけじゃないか、と文句を言ったら頬を赤くして、今まで男の子とここまで話した事がないので、だそうだ。通っている学校が花咲川女子学園という事から、俺も納得した。

 話をしながらCiRCLEのカフェテラスに出ると、友希那の名を呼ぶ声が聴こえてきた。

 

「ゆ、ゆ、友希那だよりんりん……! ど、ど、どうしよう。ここで待ってたらもしかしたらって思ったら、本当に……!」

「あ……あこちゃん……わたし、もう……」

 

 あれ、確かこの二人って……。

 友希那のライブ前に来た二人だ、とわかった途端に頬が引き攣った。ライブハウスで見た、紫色に見える髪を両サイドに結った髪型の小柄な少女に長い黒髪が綺麗な大人しそうな少女。

 

「あのっ! あの……さっきの話って……本当ですかっ? 友希那……さん、バンド組むって」

「えぇ。その予定よ」

「……! あ、あの! あこっ、ずっと友希那さんのファンでした! ……だ……だからお願いっ! あこも入れてっ!」

 

 あこ、と名乗る少女のその言葉で、俺は動転していた意識をなんとか切り替えた。

 黒髪の子も驚きの表情を浮かべて小柄な少女を見ている。

 

「!? ……あこ……ちゃん……?」

「あこ、世界で二番目に上手いドラマーですっ! 一番はおねーちゃんなんですけど! だから……もし、一緒に組めたらっ」

 

 ドラムか。こんな小柄な体型でドラムをやるなんて凄いな。しかも友希那に対してバンドに入れて欲しいなんて、それも凄いな。身長は俺より二十センチ以上も離れている、勇気ある彼女の行動に、おぉ、という視線を送る。

 

「遊びならよそでやって」

 

 いいじゃないか、そう思った俺を裏切るように、友希那がバッサリ切った。

 

「私は二番であることを自慢するような人とは組まない。行くわよ、ショウ、紗夜」

「えぇ」

 

 少女に見向きもせずに友希那と紗夜は去ろうとする。

 

「あ……」

 

 それを見た少女が悲しそうに声を出して、二人を、友希那を見て目を伏せた。

 せっかく自分から声掛けてきてくれたのに、あんまりじゃないか。それに、まだこの子の音を聴いていない。

 

「待てよ、友希那」

 

 パシっ、と俺は友希那の手を掴んだ。

 友希那と紗夜が俺の行動に目を見開く。

 

「俺達はまだ、この子の音を聴いていない。判断するのはそこからでもいいんじゃねぇの?」

「……言ったでしょう。二番を自慢するような人とは組まないって」

「現状、ドラムとキーボードを探すのは時間がかかる。ベースだって当たりはあるけど、決まっている訳でもない。コンテストの日まで刻一刻と迫っているのに、贅沢言ってらんないだろ」

 

 友希那の手を離し、次に小柄な少女を見る。

 

「悪いけど、自己紹介してくれるかな。なんて呼べばいいかわからないし」

「あ、うん! あこは宇田川(うだがわ)あこって言います! あこって呼んでください!」

 

 ハキハキと元気よく自己紹介をしてくれる、宇田川あこさん……あこでいいか。

 にしても、宇田川、って事はやっぱりそうか。凄く嫌だけど仕方ない。

 

「宇田川か。じゃあお姉ちゃんは(ともえ)かな」

「っ! うん! おねーちゃんの事知ってるんだ!」

「あぁ、CiRCLE(うち)のライブハウスをたまに使ってるし、雨河さん繋がりでな」

 

 Afterglow(アフターグロウ)、高校一年生のみで結成されたガールズバンドの名前で、そのメンバー全員雨河さんの後輩、というか幼馴染だ。巴もその一人で、ドラムをやっている。小さい頃から雨河さんと商店街の祭りで太鼓を叩いていたみたいで、ドラムの実力もある。この目と耳で見たり聞いたりした。

 

「雨河さんからたまに聞いてる。巴の妹も凄いって事」

 

 俺があこにそう言うとぱあ、と表情を明るくさせてわーい! と喜んだ。

 さて、友希那もAfterglowについては少し知ってるし、これで説得しやすくなるな。そう思って振り返ると、ジトっとした目で見られた。

 

「ショウ、雨河さんにそう聞いていたなら何故私に紹介しないの?」

 

 紹介していたならもっと早く練習出来たのに、とまで言われた。

 やはりそこを突いてきた。俺が彼女に言わなかった最大の理由。なんとか避けたい。友希那にはこの理由を言いたくない。

 

「ちょっと色々立て込んでてな。とにかく、一度聴いてから判断してもいいと思う。聴いてもいないのに拒否するのはあんまりじゃないか?」

 

 友希那と紗夜の目を順に見て訊く。紗夜は不満そうに眉をひそめているが何も言わない。おそらく友希那に任せようとしているのだろう。

 対して友希那は少し目を閉じ、目を開けてあこを見つめた。

 

「……わかったわ。私も紗夜に歌を聴いてもらってバンドを組んだ以上、フェアじゃないわね。……あこ、って言ったわね。一度貴女の音を聴かせてもらう。都合のいい日をショウ経由で教えて。紗夜も、それでいいかしら」

「湊さんがいいのでしたら、私は構いません」

 

 それじゃあ、と友希那と紗夜は帰っていった。

 ふぅ、と軽く息を吐く。なんとかあこにチャンスを作ってあげられた。結構なゴリ押しだったし失敗に終わるかと思ったけど、そもそも友希那も紗夜に歌を聴いてもらったしそこを引っ張れば良かったな。

 

「あ、ありがとうございました!」

 

 友希那達の後ろ姿が小さくなったのを確認し、あこが俺に頭を下げて来た。

 

「別にいいって。ただ俺は、あこの音も聴かずにあしらうなんてあんまりだ、って思っただけだし」

「それでも! ありがとうございました!」

「…………おう」

 

 純粋な笑顔で言われ、思わず左耳に触れる。

 

「あの……少し……い、いいですか……?」

「ん?」

「あ……そ、その……何故さっきの、人に……あこちゃんが……ドラムやってるって、言わ……なかったんですか……?」

 

 あこの隣の少女、あこはりんりんって言ってたな。その子が俺に、先程の会話の事を訊く。

 友希那相手なら彼女の性格も知ってるし、少し罪悪感湧くけど誤魔化す事は出来る。しかし、ここまで突っ込まれた質問となると誤魔化す事が出来ない。

 ……言いたくないけど、言うしかないのか。

 はぁ、と溜息をついた。

 

「君達二人……NFOっていうゲームやってるでしょ……?」

「「えっ?」」

「あこが、聖堕天使あこ姫だろ? んで、君がりんりん」

「「…………」」

「俺が、ジョーカーなんだよ。二人のフレンドの」

 

 ガシガシと頭を掻いて言うと、二人がぽかんと口を開けて立ち尽くした。

 軽蔑されたかな。女性だと思っていた人が実は男でしたー! なんて。俺のNFO生活終わったなぁ……。

 内心そう涙していると、

 

「や、やっと会えたー! やっと! やっとだよりんりん!」

「うん……そう、だね……会いたいって……言ってたもん……ね」

「えっ?」

 

 あこのキラキラとした眼を見て、今度は俺がぽかんと口を開ける。りんりんも怯えたような表情だったのが、少しだけ柔らかくなっている。

 

「あこ、本当にジョーカーさんに会いたかったんだー! いつもあこ達の事を手伝ってくれて、助けてくれたりしてくれてたし!」

「わたし……も、少し……怖かったけど……会いたいかな……って」

「実際会ってみてどうだ……? 女性だって思ってたろ?」

「確かに……そう思ってた時も、ありました……。けど、所々男性……なのかなって、思う時も……ありましたよ……?」

「あこはどっちなんだろ? ってわからなかったけど、実際に会ったみたらゲームの時と変わらないなって思ったよ! 友希那さんに説得してくれたし!」

 

 嘘だろ……。絶対軽蔑されるって思ってたのに、そうでもなかった……?

 なんか、良かったのか良くないのか、どちらかわからない。少なくともりんりんにはバレかけていた訳だし。

 

「それじゃあ、改めて! 聖堕天使あこ姫、宇田川あこです!」

「りんりんの名前で……やってます。白金(しろかね)燐子(りんこ)……です」

 

 あこ、りんりん──燐子が笑顔で自己紹介する。

 俺は今まで必死に隠してたのが馬鹿馬鹿しく思い、思わず吹き出してしまった。

 

「……ははっ、もっと早くオフ会に参加してたら良かったな。ジョーカーこと、紅宮将吾だ。大体の人はショウって呼ぶかな。それと、あこは巴と雨河さんもそうだけど、リサから聞いてる。ダンス部なんだってな」

「リサ姉の事も知ってるの!?」

「あこが、あこ姫だって知ったのはリサからなんだよ。だから、さっきの話になるけど、あこがドラムやってるって言ったら避けてる意味が無いからさ」

「……そういう……事……だったんだ」

 

 なるほど、と燐子が頷く。

 すると、あこがじゃあ! と声を上げた。

 

「じゃあじゃあ! あこ、ショウ兄って呼ぶ! リサ姉とも知り合いだし、なんだかリサ姉みたいな感じする!」

「リサみたいな、ってなんなんだ……」

 

 そう言うと、彼女はうーん、と唸って雰囲気? と首を傾げながら言った。自分でも感覚的なものらしい。

 

「わたし……は、ショウくんで……いいかな……?」

「あぁ。よろしく、あこ、燐子」

 

 二人と握手をし、俺は無事にたった二人のフレンドを失わずに済んだ。

 こんな事なら、早く二人に会いたかった。その事で少し、俺は後悔した。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 あこと燐子と連絡先を交換し、メッセージアプリの方に『NFO! 』というグループチャットが追加された。

 そろそろ帰るか、と言ったところで、ライブハウスの出入口付近でキョロキョロと周りを確認している人物を発見した。

 その人物の影が見覚えのあるものだったので、辺りが暗くなってきいるので少し目を凝らして見る。

 

「あ……」

「……ん?」

 

 俺を見たのか、その人物は慌てたようにライブハウスに引っ込んだ。

 

「ショウ兄どうしたの?」

「誰か……いた……?」

「いや、なんか見覚えのある人影が……」

 

 言いながらライブハウスの中に入る。すると、わわっ、と慌てて物陰に隠れようとするギャルがいた。

 

「……なにコソコソしてんの? リサ」

「あれ? リサ姉じゃん!」

 

 呆れ気味にそのギャル──今井リサに言うと、彼女は頭に手を当ててあはは、と困ったように笑う。

 

「い、いやー、そのー、なんと言うか……」

「友希那にバンドメンバーが集まるかもってなったから気になったか?」

「……はい」

「全く、それならそうと二人で話した時に言ってくれれば良かったのに……」

「だ、だって……」

「あ?」

「ごめんなさい」

 

 恥ずかしいのはわからなくもないけど、何もコソコソしなくてもいいだろうに。

 しゅん、と縮こまるリサの頭を乱暴に撫で回す。

 

「ちょ、ちょっと……! 髪崩れるよ!」

「何も心配する事ないよ。無事にギターは集まったし、友希那とも気が合うはず。それに、あこがバンドに入りたいって自分で言ってきたし」

 

 な? とあこに言うと元気一杯にうん! と返事が返ってきた。

 リサから手を離すと彼女は複雑そうな顔で髪を直す。

 

「友希那がバンドを組めるのは幼馴染として嬉しいけど……なんか複雑……」

「アタシの友希那がーって?」

「だって、友希那だよ? 言葉足らずな時だってあるし、アタシとしてはちょっと心配で……」

 

 ……まぁ、そうなるよな。家族以外で一番近くで友希那を見ていた訳だし、心配はもちろんするよな。

 いっちょ、ここで言ってしまおう。

 

「そんなに心配なら、見守るんじゃなくて、自分で支えてみたらどうだ?」

「自分で支える……」

「言ってただろ? 友希那には辛い思いをさせたくないって。だったら、リサがそうさせないようにするんだよ」

「そ、そんなのどうやって……」

 

 困惑するリサに、俺は一拍置いてから彼女の目を見つめて口を開く。

 

 

「リサが友希那のバンドに入って、ベースを弾くんだよ」

 

 




あこと燐子を堂々と出せて良かった……。これでRoseliaメンバー全員出せたよ……もう満足……………………しない!!!! まだ書くから安心してください。
NFO早く書きたいな。その時は戦闘描写書きまくりたい。



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四曲 支える

どうも! 今回短いですがキリがよかったので投稿です。



 

 あの後あこに、友希那が歌う曲を教えて、ドラム練習を頑張れと伝えてから、彼女は燐子と一緒に帰って行った。

 リサは燐子と自己紹介した後から会話に参加せずに、ずっと考え事をしているのか上の空だ。

 こんな感じで悩んでるリサを見るのは少し苦手だ。調子が狂う。

 どうしたものか、と思った時、ふと数時間前のことを思い出した。

 

「アクセショップ、行ってないだろ? 行くか?」

「あ……うん」

 

 本調子ではないリサを連れてアクセショップに行き、どんなものがあるのか見て回る。

 去年だったらこういう店は入りづらかったのだが、リサに連れられて入る機会が増えたため周りの視線も痛くも痒くもない。俺自身、アクセサリーに興味は持っているため見ているのも楽しいものだ。

 

「なんか気になるものあったか?」

「んー、あるにはあるけど……微妙かな〜」

「そっか。じゃあ、今度来た時はいいやつ入荷してたら良いな」

 

 そうだね〜、とリサは頷く。先程よりだいぶ元気が出てきたようだ。そのあとはアクセショップを出て二人で帰る。

 友希那の歌を久しぶりに聴いたリサは少し興奮気味に感想を口にしていた。

 次に話題に出たのは、やはり気になるのか、紗夜についての話になる。いくつものバンドを組んできた事、音楽に対する真剣さ。そして、なにかに対する意地のようなもの。

 

「あ、そういえば、うちのクラスに氷川日菜(ひな)って子がいるんだよねー」

 

 思い出したようにリサが言う。

 

「へぇ、同姓……って事は姉妹なのかな。写真ある?」

「待ってね、確か新学期始まる時にみんなで撮ったような……」

 

 リサがスマホを操作して写真を漁る。しばらく待つとあった! と言ってずいっとスマホを突き出して俺に見せてきた。

 画面を見ると、画質は粗いがしっかりとその人物が映っているのが見えた。

 おお、この氷川日菜って子、確かに紗夜そっくりだな。という事は双子なのか。

 その子について訊くと、性格は元気いっぱいで、なおかつ少し不思議なところがあるようで、たった一人で天文部なる部活に入っているらしく、理由を聞いたら、るんっ♪ って来るかららしい。

 本当に紗夜と姉妹なのかと疑問に思う。顔以外似てない。

 あれこれ話してたらリサの家に着いた。

 それじゃあ、と言って俺は帰ろうとした時に、呼び止められる。

 

「……さっきの、アタシが支えるっていう話なんだけど……」

 

 俯いて話す彼女に、何も言わずに続きを言うように促す。

 

「本当に、アタシに出来るのかな。……アタシ、中二の頃にベースやめちゃったからブランクあるし……初心者に近いんだよ……?」

「確かにブランクはあるだろうな。けど、結構前に友希那が言ってたんだ。リサはいくら口で忘れたーとか言ってても体は覚えてる、って。ダンスにしてもテニスにしても、そうじゃないか?」

 

 不安そうに瞳を揺らすリサの眼を見つめて言うと、彼女はハッとしたように少し眼を見開く。身に覚えがあるようだ。

 

「ベースだってそうかもしれない。口で忘れてる、って言っても、きっと体は覚えてるかもしれない」

「…………」

 

 リサは黙ったまま俺の言葉を聞き入れている。俺はそのまま、もし、と言葉を繋げた。

 

「もしも、本当に忘れてたなら……俺が教える」

 

 次の言葉を言おうとすると、少し心臓の鼓動が早くなる。なんでだろう、と思いはするが、そんな疑問は無視して俺は彼女の瞳を見つめて言葉を紡ぐ。

 

 

「──俺が、リサを支える……!」

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 頬がかあぁ、と熱くなる。

 ショウから聞かされたその言葉を理解した瞬間に、アタシの心臓の鼓動は早鐘のように打つ。

 

「友希那を支えるリサを、俺が支える……!」

 

 だから、と続ける。

 

「友希那と一緒に、バンドを組んでみてほしい。リサなら絶対うまくいくって、俺は思う」

 

 翡翠色の瞳がアタシを見つめ続ける。視線を逸らしたくても逸らせない。……違う、逸らしたくない。

 ここまで一生懸命な彼の気持ちを無下にするなんて事をしたくなかった。

 アタシは胸に手を置き、未だに鼓動が早い心臓をおさえるようにする。

 

「……わかった。アタシ、やってみる! 友希那を支えてみるよ」

 

 アタシがそう言うとショウは安堵したように笑みを浮かべた。アタシもいつもみたいに笑う。

 

「だから、ショウはアタシの事支えてよね♪」

 

 調子に乗ってウィンクもする。するとショウはわかったよ、と言ってアタシの頭をワシワシと撫でた。

 

「ちょっ! 髪崩れるってばー!」

 

 もー! と睨むと彼は左耳に触れていた。

 ははーん、さてはショウ照れてるなぁ?

 

「なにショウ? 照れてる?」

「照れてねー」

「嘘だー!」

 

 ほらほら〜、と顔を背け始めるショウの視界に入るように動いていると、ガチャ、と玄関のドアが開く音が聞こえた。

 

「リサ〜? 帰ったの? 何騒いでるの〜?」

「ぁ……」

「…………」

 

 振り向いて確認するとドアを開けてこちらを見るアタシの母親の姿があった。

 しかも今のアタシとショウは結構近く、というかほぼ密着している。

 た、タイミングが悪過ぎるよ……。

 

「か、母さん……」

「あらあら? お邪魔しました〜♪」

「ちょっ、ちょっと待ってっ!?」

 

 バッ、とドアにかじりつき、アタシは母さんを呼び止める。

 

「なになに、どうしたの? ゆっくり彼氏くんとお喋りしてていいのよ?」

「ち、違うから! か、彼氏じゃないから!」

 

 めっちゃ笑顔でそう言われて、アタシはまた頬が熱くなったのを感じた。

 

「そうなの? ご飯出来てるから、彼も一緒にどうかしら?」

 

 母さんがショウを見て笑いかける。

 あ、アクセショップ見て回ったし時間遅くなっちゃったし、ショウの家行ったら結構遅くなっちゃうなぁ。

 

「あー、どうする? この時間からショウの家行ってアタシ作っても遅くなるよ?」

「…………バカリサ」

「ふぇ?」

 

 ショウが頭を抱えて何故かアタシの事を罵倒してくる。よくよく考えてみると、アタシは失言をしたのだと理解した。

 

「ふふっ」

 

 隣を見るとニコニコと微笑む母さんがいる。

 

 

「違うからぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 ムスッとした表情で隣に座るリサが黙々と、彼女のお母さんが作った料理を食べている。それをニコニコとした表情で見守るリサのお母さん。

 あはは、と笑いながら二人を見る俺。

 どういう状況なんだ。いや、リサの家でご飯食べてるだけなんだけど。あ、この肉じゃが美味しい。やっぱり親子だな。味付け似てる。

 

「ごめんって、リサ。機嫌直して」

「母さんなんて知らない」

 

 顔を背けて白米をはむはむと食べる彼女を見て、リサのお母さんは困ったように笑う。

 

「でも驚いたわ。リサがよく話す男の子がこーんなかっこいい子だったなんて」

「い、いえ、俺なんてただ目付きが悪いだけなんで……」

 

 ふいにかっこいいなんて言われ、気恥ずかしくなり左耳を触る。

 

「去年から付き合いがあるのに紹介してくれないんだもん、母さん悲しいわ」

「だって今回みたいな事になりそうだったし……」

 

 どうやら、去年の海の時は俺の事は見えていなかったらしい。

 そのあとも根掘り葉掘り俺とリサの関係やら友希那の事、学校、バイトの事を訊かれて、俺とリサは訊かれた後はげっそりとした雰囲気を漂わせていたと思う。

 そして、一番の爆弾発言は、俺の家で夜ご飯や弁当を作るリサの事を通い妻、と言った事だろう。これには俺とリサはお互い顔を真っ赤にした。

 ──なんでこんな事になったんだ。これは多分、リサも思ったに違いない。




最近、Twitterが活発になってきていろんな作者さんと絡むようになったんですけど、なかなかに皆さん面白かったです。

それと、ハーメルンに登録してない方、Twitterの方で更新情報上げてますのでどうぞ。
@kurasaki_hameln
でやってますので。

それでは、失礼しまーす!


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五曲 音

すみません少し遅れました。その分前回より文字数多いので勘弁してくださいお願いしますっ!!!


 

 リサがベースをやり直すと決意して数日後の休日。

 前使っていたベースは友希那のお父さんが持っていた物で、自分の物はないというリサにベースを貸し出すため、現在いる場所は俺の家だ。

 数ヶ月間も俺の家を出入りしているからか、リサの足取りは軽快そのものである。勝手に冷蔵庫を開けてはあれがない、これがない、と文句を垂れている。練習が終わったら買い物に行くそうだ。もちろんついて行くとも。俺の晩御飯と弁当のために。

 すっかり胃袋を掴まれてしまい、料理関係ではリサには逆らえない。

 いつも作ってもらって悪いなと思っていたし、今回のベースの練習はそのお礼とまではいかないけれど、何かの足しにでもなれば、と思う。

 

「どのベース使いたい? 結構種類あるけど」

「んー、どんなのがいいんだろ……?」

 

 防音室に入った俺達はベースが置かれているスペースに行き、リサに合いそうなベースを探す。

 家に置かれているベースは、ボディの形がオーソドックスなものから異形のものまで幅広く、種類は大まかにジャズベース、プレシジョンベース、PJタイプベースといったものがある。

 俺のお気に入りはミュージックマンのスティングレイ、ESPのFOREST-STDとBOTTOM BUMPだ。

 スティングレイは高音にクセがあって弾いている時、あの音が好きだ。ESPは形も音も好きで、親も使っているため愛着がある。

 リサはうーん、と悩みながら手にしたのは俺のお気に入りのBOTTOM BUMP。

 

「それにするか?」

「そうだね〜。友希那のお父さんに借りてたやつもこういう形でこのメーカーだったと思うし、扱いやすいから」

「そっか。じゃあ、調整したら早速練習しようか」

「はーい♪ お願いします先生♪」

 

 リサが可愛らしくウィンクして言うので、調子に乗るなと意味を込めて額を指で弾く。あはは、と額を押さえて彼女は笑った。

 俺もお気に入りのベースを取り出してスタンドにかけ、エフェクターやアンプなどの機材を準備する。

 今回俺が使うのはFOREST-STD。ボディの形が特徴的でカッコイイベースだ。それの紅色。リサが今肩に下げているBOTTOM BUMPも紅色だ。

 

「おおー、様になってるね〜」

「そうか? リサこそ、いい感じじゃないか?」

「えへへ、そうかな?」

 

 互いにベースを持つ姿を褒める。中二の頃に辞めたとは言っていたが、やはり体は覚えているのか構え方が慣れている。

 それに、紅色のベースがリサに合っていると思った。

 二人で準備をしていき、早速練習を始める。

 ブランクがあって初心者に近いという事を自覚している為、最初は基礎練習から始める。

 しばらく基礎練習をし、そのあとに次のステップ、それが終わればまた次と、ハイスピードな練習を休憩を挟んで行われた。

 ここでわかった事は、本当にブランクがあるのかと聞きたくなる程だ。それ程リサのレベルは高い。

 

「ふぅ。少しは弾けるようになったかな?」

「少しどころじゃないぞ。お前本当にブランクあるの……?」

 

 リサの言葉に思わず口に出してしまう。すると彼女はホントだよー! と反論してきた。

 まぁ、確かに細かいミスや遅れはあったけど、これならあと数回練習したら友希那も認めるくらいの実力になると思う。

 視線をリサから手元の手帳に移して、あらかじめ彼女から渡された予定と自分の予定をすり合わせて確認する。

 あことのセッションは来週の休日。明日はリサが朝から部活でお昼には予定が空くからその時に練習をしよう。リサには辛いとは思うが、その分彼女には甘い物などをあげよう。それしか出来ない。

 手帳を閉じて足元に放る。すると、ベースを鳴らしていたリサがそういえば、と口を開いた。

 

「アタシ、ショウの演奏聴いた事ないかも。友希那からは聞いたりするけど直接はまだじゃない?」

「あー……そうだな。簡単なヤツだけど、聴くか?」

「聴きたい!」

 

 マジマジと見つめて即答され、俺は苦笑いを浮かべる。ベースを構え直してこの前友希那が歌っていた曲を弾く。

 あまり長くやっても意味もないし、Aメロをやって終わる事にする。

 ギターよりも太い弦が指に触れ、振動し、ベース独特の低音がアンプから流れて防音室に響き渡る。その音は形を作り曲となった。

 サビもアウトロも終わり、弦から指を離してリサの方を見ると口を開けて固まっていた。

 

「り、リサ? どうした?」

「……」

 

 おーい、と彼女の顔の前で手を振るが反応を見せない。

 しばらく続けていると、ハッ、と我に返ったのかリサが俺に詰め寄ってきた。

 

「なに今の!? ショウって本当にアマ!? プロの間違いじゃないよね!?」

「お……落ち着けよ。俺はプロじゃないし、今のだって基礎固めてたら出来る事だから……」

 

 近過ぎるリサの肩を抑え、椅子に座らせる。それでもまだ興奮が冷めないのか、何故そんなに弾けるのか、どんな練習をしているのかしつこく訊かれる。

 

「前にも言っただろ、親がベースやってるって。昔から弾いてる姿見てきてたし、それをただ真似てるだけなんだ」

 

 海外に行っている両親は今頃、どこかでライブをやっているのだろう。俺の母親はそれなりに有名なベーシストで、父親もマネージャーとして母親の所属するバンドを支えている。そんな二人に憧れてベースを始めて母親の真似をしてきて今に至る。

 そう、真似ているだけ。中身が無くて空っぽ。そこに俺の()はない。

 

「それでもだよ! すごいじゃん♪ プロ顔負けの実力だよ! 友希那が最初誘ってた理由がわかる気がするな〜」

 

 けれど、笑顔でそう言われると悪い気はしない。

 

「アタシもショウみたいに弾けるように頑張るぞ〜!」

 

 いつか、自分の()を手に入れる事が出来たら、成長したリサと本気で演奏(セッション)したい。

 頑張るぞ、と意気込むリサを見て俺はそう思った。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 数日後、ついにやってきたあことのセッションの日。場所はライブハウス『CiRCLE』。そのスタジオ内では、一生懸命練習したのか、ボロボロのスコアを握ったあこと、俺のベースが入ったケースを背負うリサ、困惑気味の友希那と紗夜の姿がある。

 俺は機材のセッティングをしている。一年間やってきたから手際も良くなって、こうしたらもっといい音が聴こえるんじゃないか、など視野が広くなってきた。角度とか気にしたら何時間かかるんだか。

 ……決して友希那の視線から逃げてるとか、そんなのではない。違う。違うったら違う。

 

「ショウ、ベーシストを連れてくると言っていたけれど……。まさか、リサなの?」

「…………」

 

 友希那がリサと俺を交互に見ながら言う。そんな彼女をリサが不安そうに見つめる。

 

「あぁ、リサなら友希那との相性もいいし、友希那だってリサの性格も知ってるから何かとやりやすいと思って」

「確かにそうね。……でも、それとこれは別よ。リサがベースをやってた事は私がよく知ってる。けれど、中学二年で辞めたからブランクだってあるわ」

 

 友希那が首を振って厳しい意見を言う。俺もそれには同意見なのでひとつ頷く。

 

「確かにこの前リサと練習したけど、その時はブランクもあって初心者みたいだった。でも、基礎は固めたし技術も短い間だが身に付けた」

 

 ちらりとリサを見て視線を友希那に戻す。

 

「リサなら大丈夫だ。俺が保証する」

 

 ハッキリとした声でリサなら大丈夫だと、強い意志を込めて友希那の目を見て言った。

 友希那と見つめ合う事数秒、彼女の方が折れた。はぁ、と息をついてほんの少し微笑む。

 

「まぁ、ベースに関してはショウに一任していたし、何も言わないわ」

 

 それを聞いて俺とリサは互いに顔を見合わせ、やったー! と興奮気味にハイタッチをした。そんな俺達を見た友希那はただし、と言葉を続ける。

 

「リサ、貴女もあこと同じで今日テストしてもらうわ。それでダメなら……」

「うん、わかってるよ友希那。元よりそのつもりだからさ♪」

 

 そう言ってベースが入ったケースを背負い直す。

 なんとか、リサをテストさせてもらう事が出来た。紗夜が何か言うんじゃないかとひやひやしたものだが、どうやら友希那が何も言わなければ彼女は特に口を出さないようだ。

 

「さ、機材のセッティングはOKだ。ほら、リサと紗夜はベースとギターにシールド刺して。友希那とあこはマイクとドラムの位置大丈夫か? 」

「はーい」

「わかりました」

「大丈夫よ」

「おおー! 凄い! 丁度いい位置!」

「そりゃよかった」

 

 リサがベースを取り出し、シールドを刺す。その時に彼女の指を見たのか、慣れた手つきでシールドを刺した紗夜が口を開く。

 

「今井さん、でしたね。ネイルをしているようですが……」

「あぁ、これ? 大丈夫だよ、アタシ指弾きしないから!」

「爪を保護するためならネイルも手だな。割れやすい人とか透明のネイルをしてる人もいるし。現に俺もしてるぞ?」

「そうだったんですね。私はあまりそういうのは詳しくないので」

 

 紗夜に自分の爪を見せると、感心したように頷いた。

 

「アタシのは少し長いからショウみたいに指弾き出来ないけどね〜」

 

 アタシも短いやつにしようかな、と自身の手を見てリサが呟く。

 それぞれ準備が出来たのでセッションを始める。イントロが始まり、歌が入り始める時に俺は一つの違和感を覚えた。

 それは四人も思ったようで驚いたような顔をしている。

 普通なら初めてセッションしたら互いに気を遣ったり遠慮したりして思う存分に弾けない事が度々ある。だが、四人にはそれがなく、逆に指が、手が自然に動き、声が出ている。ベースを弾くリサがこの前より上手くなっているようだ。

 

「「…………」」

 

 演奏が終わり、友希那と紗夜が唖然としている。リサも驚きでフリーズしており、俺だって今まで感じた事の無いものだったのでリサ同様フリーズしている。あこは黙る皆を見て不安そうに友希那と紗夜を交互に見る。

 

「あの……皆さっきから黙ってるけど……あこ、バンドに入れないんですか?」

 

 その言葉で俺と友希那、紗夜が復活した。

 

「あぁ、そうだったな。俺はいいと思うけど二人は?」

「そ……う、だったわね。ごめんなさい。いいわ、リサもあこも合格よ。紗夜の意見は?」

「いえ、私も同意です。ただ、今のは……」

「「いやったぁー!」」

 

 困惑する紗夜の言葉を遮り、リサとあこが飛び跳ねた。

 飛び跳ねるあこが興奮冷めやらぬ勢いで先程の演奏の感想を口にする。

 

「それにしても、なんか、なんか凄かった!! 初めて合わせたのに体が勝手に動いて! ねぇリサ姉!」

「うん! アタシもそう思ったよ! ショウとやった時も似た感じがあったけど、それ以上に凄かったよねっ♪」

「だな。今のは誰もが体験するものじゃないくらい珍しいものだ。人や楽器、技術、機材、コンディションではない、その時でしか揃い得ない条件下で奏でられる()……」

 

 一瞬、自分で言っていて羨ましい、と思ってしまった。

 きっと俺がリサの代わりにベースを弾いていたら、ここまで凄い演奏は出来なかっただろう。ただ親の技術を真似て、ただ知識を叩き込んだだけの俺より、友希那を支えたいと思うリサだからこそ出来た事だ。

 友希那と紗夜、あこもそうだ。誰か一人が別の誰かだったら出来ない事だろう。

 

「さーって、これであとはキーボードだけだな?」

「えぇ、そうね。私も探すからショウも頼んだわ」

「おう、任せておけよ!」

 

 ネガティブな方向に行きそうだった気持ちを切り替えて、俺はニヒヒ、と笑う。

 後はキーボードのみ。ライブハウスで探すのは効果が薄そうだから、ちょっとアプローチの仕方を変えるとしよう。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 翌日。俺は羽沢珈琲店にてコーヒーを飲みながら、そこ店員──羽沢(はざわ)つぐみとキーボードについて話をしていた。幸いお客さんは俺一人だ。

 つぐみはピアノを七年やっており、キーボードは三年もやっている。それにAfterglowのキーボード担当だ。そんな彼女に、ピアノのコンクールで凄い人がいなかったかどうか聞いているところである。

 

「──てなわけで、誰かいないかつぐみ」

 

 そう訊くとつぐみは、んー、と唸った。

 短く切られた栗色の髪が首を傾げた際に揺れる。『ザ・普通』を体現するつぐみだが、こうやって人の話を聞く姿勢は俺も見習う程だ。誰に対しても真摯に接してくれる。あの雨河さんにでさえしっかり接するからな。その性格もあってか、学校では生徒会をやってるみたいだが、モカやひまり、雨河さんに無理するなと釘を刺されているようだ。

 

「いなくはないんですけど……」

「ですけど?」

「聞いたところによると、その人引き籠もりらしくて」

「あー……んー……他いる……?」

 

 引き籠もりはまぁ、リサやあこが無理矢理連れ出しそうだからいいけど、友希那や紗夜がそういう人をバンドに入れる事を許すかどうかだな。実力があればいけるとは思うけど。

 

「他だと……んー」

 

 少し唸った後、何かを思い出したのか、ちょっと待ってて下さいと告げてつぐみは奥に引っ込んだ。

 待ってる間に冷めかけているコーヒーを飲み干すと、ちょうどつぐみが本を手にして帰ってきた。

 

「お待たせしました! これなんですけど……」

「ん?」

 

 開かれた本の中は写真が入っており、アルバムになっていた。つぐみが指で指し示す写真を見る。

 

「これ、私が大賞を逃した時なんですけど、その時に大賞になった人の写真なんです」

 

 ステージに並ぶ数人の少女達。その中にはつぐみの姿もある。入選はしたのだろう。悔しかったんだろうなと思いつつ、つぐみの指先に目を移すと、俺はガバッと立ち上がった。

 

「わわっ! ど、どうしたんですかショウさん……?」

 

 急に立ち上がった俺に驚いて、つぐみが後ずさる。

 だが、俺はそれよりも写真に写る大賞になった少女に意識が持っていかれていた。

 長い艶やかな黒髪、大人しそうなアメジストの瞳をした肌の白い少女。

 その少女は──

 

 

「──燐子?」

 

 

 ついこの間リアルで出会ったNFOでのフレンドだった。




ネイルの話ですが、ただの個人的な意見です。この間仲のいい作家さんから、保護用にネイルすると野球でピッチャーやってても割れないよって聞いたので。(話の大元は私の右手の親指の爪が仕事の都合上、ふやけてミルフィーユみたいになったからです)

リサとあこのテストはすみません、ほぼ原作コピペのようになりました。運営からメッセ来ないといいけど……

では皆さん、失礼します!


※活動報告にてアンケートを設けました。内容はそちらにてご確認ください。


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六曲 ボロボロのネイル

一週間以内に更新できた!

文字数は5500くらいです。前回がエリア会話ネタに走ってしまったので、お詫びということで……


 

「──燐子?」

 

 アルバムに載っている黒髪の少女を俺は凝視する。

 間違いない、ついこの間リアルで会ったフレンドの白金燐子だ。

 

「ショウさん、この人の事知ってるんですか?」

「あぁ、俺と同じゲームをやっててフレンドなんだ。ついこの間会って話もした」

 

 にしても、まさかこんな身近にピアノをやっている人がいるなんて。本当に、早く彼女達とオフ会をしていれば良かった。そうしたらもっと早く友希那が望むバンドが出来たというのに。

 過去の自分を殴りたくなるが、もう後の祭り。考えても仕方が無い。

 俺は椅子に座り直し、つぐみにコーヒーをもう一杯貰うことにした。

 

「悪い、つぐみコーヒーおかわり頼めるか?」

「はい! 少々お待ち下さい!」

 

 ポケットからスマホを取り出し、メッセージアプリを開いてつい最近登録した名前をタップする。

 メッセージを送る相手は燐子。

 ダメでもいい。訊いてみないと現状は何も変わらない。

 彼女にこんにちは、とまず最初に送り、今メッセージのやりとりをしていいか訊く。

 

 将吾『燐子、少しいいか? 話したい事があるんだけど』

 

 その一文を送り、一旦スマホをスリープ状態にする。ちょうどその時につぐみがコーヒーを持って来た。

 彼女にお礼を言い、カップに口をつける。その間にメッセージアプリの通知が来て、コーヒーを飲みながらメッセージを開く。

 

 燐子『こんにちは( *>ω<*)/ 話って何かな?』

 

 将吾『実は今、ピアノのコンクールに出てた友達と話しててさ。それで写真を見せてもらったら燐子がいたんだ。……もし良かったら、キーボードとして、あことリサ、それとこの間一緒にいた湊友希那と氷川紗夜っていう二人と一緒にバンドを組んでみないか?』

 

 少し長文になった文章を送り、返事が来るのを待つ。数分後、ポコッという音を立てて返事が送られてきた。

 

 燐子『ごめんねm(_ _)m わたしには無理だよ……。わたし、人前に立つのは苦手で……(>人<) 治したいとは思うんだけど……』

 

 将吾『そうか……』

 

 燐子『ごめんね』

 

 その文と一緒に頭を下げるマスコットのスタンプが送られてくる。

 仕方ない。ライブは結構人も来るし、人前が苦手なら無理強いは出来ないな。ちょっと残念だけど。

 頭でそう理解するが、どうも諦め切れない自分がいた。だから俺はスマホの画面に指を走らせた。

 

 将吾『いや、いいんだ。こっちも悪い。もし、気が向いたり、あこと一緒に演奏したいなら声掛けてくれ』

 

 燐子『うん、ありがとう(*´ω`*)』

 

 将吾『人前が苦手な事を少しでも改善したいなら、いつでもいいから声掛けて。それじゃあ、またゲームでな(`▽´)』

 

 メッセージアプリを落とし、スマホをポケットに戻してふぅ、と息をつく。

 傍には心配そうに見つめるつぐみの姿があった。

 

「どうでした?」

「いーや、人前が苦手だからーって」

「あー……そうですよね。私もあまり得意じゃないです」

 

 つぐみがあはは、と苦笑いを浮かべる。

 俺もあまり人前で演奏した事はない。昔、中学一年の時にクラスメイトに披露したくらいだ。

 一瞬、その時隣でギターを弾く長い金色の髪をした少女が脳裏をよぎり、ズキリと胸が痛んだ。

 そっと胸に手をやり服をぐしゃりと掴む。傍にいたつぐみはお客さんが来たのでその対応に行っている。

 北海道に引っ越して初めて出来た友達。幼馴染と言えるかもしれない。そんな彼女は中学二年の頃、俺を庇ってトラックに撥ねられ、現在も意識が戻っていない。

 忘れていた、とは言わない。ギターを見る度、触る度に彼女の事を思い出してこうして胸が締め付けられる。CiRCLEのバイトで、ギターを触る時はまりなさんに事情を話して代わってもらっている。

 ──ホント、不意に来るのやめて欲しい。凄い苦しい。

 痛みで顔を顰めていると、急にバシン! と肩を強く叩かれた。

 

「いっつ!?」

「よっすー! ショウくん!」

 

 先程とは違う、物理的な痛みが走り、叩かれた肩を押さえて振り返る。するとすぐ近くに、長めの黒髪に赤色のメッシュを入れた雨河さんの顔があった。

 

「……雨河さん……どうも」

「なんやシケたツラしてんなー! このれいにぃさんに相談してみぃ?」

 

 鋭利な顎を撫でてニヤーっと笑う。俺はなんでもないっす、と適当にあしらって雨河さんと一緒に来たであろう、クリーム色の髪をショートヘアにした碧い瞳の少女を見る。

 

「よう、モカ。今日は雨河さんと一緒なんだな」

「こんにちは〜ショウさん。れいにぃがやまぶきベーカリーのパンを奢ってくれるって言うので〜」

「ちゃうやろ、モカが駄々捏ねたんやろ……」

 

 げっそりしたように雨河さんは肩を落とす。

 その彼の片手にはパンの香ばしい匂いを漂わせる、やまぶきベーカリーの袋が抱えられている。

 

「えーモカちゃんはー、誰か買ってくれる人いないかなーって言っただけだよー?」

「何回もオレの方向いて言ってたやろ! ほんっまにこの子はー! 嘘だけはついたらあかんっていつも言ってるでしょー!」

「まぁまぁ、モカちゃんもれいにぃさんも……」

 

 いつも通りのモカのマイペースな言葉に雨河さんが興奮気味に叫ぶ。本当にテンションが高い人だ。

 そんな二人を宥めるのが、二人の事をよく知るつぐみだ。

 宥めるつぐみに、雨河さんがおよよと泣きつく。

 

「つぐーオレの財布が軽いよー……。あ、このパン蘭達と分けてな」

「あはは……ありがとうれいにぃさん」

 

 一八〇センチに近い雨河さんが、一五五、六のつぐみに抱きつく光景は大の男がぬいぐるみに抱きつくようなものだった。

 これがいつも通りの光景なのだろう。モカが買ってもらったパンを黙々と食べている。

 なんだこれ、シュールじゃないか。

 

「ショウさんも一つどーですかー?」

「え? あ、あぁじゃあ貰おうかな」

「はーい、どーぞー。やまぶきベーカリー渾身のチョココロネー」

 

 呆然とその光景を見つめていると、モカがチョココロネをくれた。

 珍しい事もあるものだ。あの、やまぶきベーカリー中毒と言っても過言ではないモカがパンを人に差し出すなんて。雨河さんとつぐみも驚いて目を見開いている。

 

「あのモカちゃんが……」

「人にパンをあげた……やと……?」

「ひどいなーモカちゃんだってそういう時くらいあるよー」

 

 そう言ってモカはメロンパンを取り出してかぶりついた。

 何かと察しのいい彼女の事だ。雨河さんが気付いたように、モカもまた気付いたのだろう。俺が辛気臭い顔をしていたのを。だから気を遣ってパンをくれたとかそういう──

 

「あ、チョココロネ一個しかなかったやー。ショウさんやっぱり半分にしましょーよー」

「どっちなんやモカァ!?」

「まぁまぁ、れいにぃさん……」

「はは! はいはい、どっちがいい? チョコ多い方かそれともちょっと少なめか」

「じゃあ、多い方でー」

 

 やっぱりモカはモカだったみたいだ。

 チョココロネをうまい具合に半分にしてチョコが多い方を彼女に渡す。

 美味しそうにばくりと食べるモカを見て、俺は苦笑した。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 数日後の放課後。

 普段通り自分の学校から羽丘まで行く。校門前で友希那とリサ、あこが立ち話しているのを発見して、俺は三人に手を振って声をかけた。

 

「おーい、お待たせー!」

「あ! ショウ兄!」

「やっほー♪ ショウ」

「来たわね」

 

 合流すると、リサとあこから、また友希那が一人でスタジオに向かうところだったと聞かされた。またか、と意味を込めて友希那を見るが素知らぬ顔をしてそっぽを向いている。

 まったく、と呆れ気味に息を着き、皆でスタジオに行こうとしたその時、一瞬、リサの手に違和感を覚えた。

 

「ん?」

「どーしたのショウ兄?」

 

 あこが訊ねてくるが、それに答えずにリサの手を掴み上げる。リサがちょっ、と慌てるが無視してその手を凝視した。

 

「……リサ、なにこれ」

「ぁ……い、いや、これは……」

「リサ姉、その指……」

「っ! ……リサ……」

 

 自分の声のトーンが下がったのがわかる。あこも友希那も心配そうにリサを見つめる。

 綺麗なネイルでお洒落をしていた彼女の爪は、ネイルが剥がされ、ボロボロになっていた。

 

「こ、これはその…………イメチェン! イメチェンだよ! なんかネイルするだけがギャルじゃないからさー?」

 

 リサが目を泳がせて、理由(わけ)を話す。

 

「リサ、ネイルを取るのは正しいわ。けれど、ペースを守らないと指を壊して……」

「大丈夫! そこはわかってるってばー♪ ……で、ショウ? そろそろ手を離して欲しいカナ?」

 

 若干頬を染める。しかし、俺はリサの手を掴んだままその爪から目を逸らさない。

 このくらいなら、家にあるセットで手入れができるかもしれない。普段自分の爪しか手入れしてないから出来るか不安だが、やらないよりマシだ。

 

「リサ、練習が終わったら真っ直ぐ俺の家に行くぞ」

「え? か、買い物は?」

「いらない。今日と明日の朝は余り物で済ませる」

 

 弁当も明日はいらない、と言って彼女の手を離した。

 

「今日の俺の家での練習は無し。その代わり、そのボロボロの爪を手入れする。焦るなって毎回練習の時言ってるのに……」

 

 まったく、と先程ついた息よりも大きく息が出た。

 リサがうぅ、と申し訳なさそうに声を出し、ごめんと小さく呟く。

 

「リサの手に関しては俺に任せておいてくれ友希那」

「えぇ、任せるわ」

「よーし! それじゃあスタジオにいこー!」

「あこ、少し静かにして」

「「あはは……」」

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

「んっ…………ぁ……し、ショウ……」

「……リサ」

「ふぅ……んっ…………」

「……」

 

 静かなリビングに反響する(なまめ)かしい声。

 俺はその声を聞きながら手を動かし続ける。たまにぺちゃ、という音がした。

 ちょうどその時にまたリサが声を出す。

 ──我慢ならん。

 

「…………おいコラ」

「ふぇ?」

「ただ単に爪のケアしてるだけだろ!? なんでそんな声出すかなぁ!?」

「い、いやぁ……だってくすぐたかったし……」

「そこで頬を染めんな!」

 

 練習のあと、リサを連れて帰宅。二人で手を綺麗に洗って行ったのがボロボロになったリサの爪のケアだ。

 白くて綺麗な手をしてるのに爪がボロボロになっていて、見ていて痛々しい。

 しばらくの間は浸透補水液という、爪の縦すじ、二枚爪、割れやすい、薄いなどを改善させるものを塗っていく。その次に爪の保護で水に強いものに変えていって、短いネイルに変えていくのもありだな。

 知り合いにネイルの店を経営する人がいるし、その人に頼めば安くなるしリサにも負担にならないだろう。

 

「……たっく、もうこんな事しないように。まだ酷くなってないから俺でもなんとかなったけど……本当に指を壊す可能性だってあるんだから、気を付けてくれよ?」

「うん……ありがと」

 

 最後に小指の爪を塗って終わり、乾くまでそのまま放置させる。その間会話でもしていたら退屈もしないだろう。

 

「この前も言ったけど、ベーシストだってネイルつけてる人もいるんだから、無理しなくていいんだぞ?」

「でもさ、少しでも上手くなりたいなぁ、って。ほら、ショウの指弾き凄かったからさ」

「俺は俺、リサはリサだ。自分のペースで練習していこう。焦っても良い事ないから」

 

 そう言うとリサは不満そうに頬をふくらませる。

 座っていた椅子から立ち上がり、飲み物を取ろうと冷蔵庫まで歩く。リサに何飲むか聞いてお茶、と言うからお茶を引っ張り出す。

 二つのコップに注いでお盆に乗せて運び、一つをリサの目の前に置いた。もう既に爪の方は乾いている。浸透補水液は乾くのが早いのだ。

 

「これ二週間くらい続けるんだっけ?」

「そう。これ、水に弱いから、水仕事したあとと風呂に入ったあとにまたやってな」

「毎回かー……でも仕方ないよねー」

「こんなにボロボロにしてたらな」

「ぐぅの音も出ない……」

 

 うぅ、とテーブルに突っ伏した。

 俺も一回、爪がボロボロになるまで弾いてた事がある。その時は母さんに小言を言われながらケアをしてもらっていた。本当、親子って似るんだな。こうやって俺も小言を言いながらケアをしてるんだし。

 

「爪のコーティングに移るまで指弾きはしない事、しばらくはピック弾きだな」

「はーい」

 

 突っ伏したまま不満げなその返事をして、リサは自分の栗色の髪を指に絡ませて遊ぶ。

 子供みたいだな、と思った時、ポケットに入れていたスマホが振動した。

 

「ん? あこから?」

「あこから? どーしたの?」

「ちょっと待って」

 

 メッセージアプリを開き、あこからのメッセージを確認する。

 その内容は、燐子に今日練習した時に撮った動画を送りたいから欲しいというものだった。俺はそれを承諾し、あこに動画を送る。今練習中のオリジナル曲、カバー曲など複数の動画を送り、メッセージアプリを落とした。

 

「燐子に練習の時に撮った動画を送りたいから欲しいって内容だった」

「そっか。でもいいの? 送っちゃって」

「別に見られても困るものじゃないし。それに、燐子には見てほしいかな。それであことバンドをしたいと思える事が出来れば重畳(ちょうじょう)

「え? あの子って音楽出来るんだ?」

「あ、そうか、知ってるの俺だけか。あぁ、ピアノのコンクールの大賞を取るくらい上手いはずだよ」

 

 俺がそう言うと、リサは上体を起こし、ジトッとした眼で俺を見た。なんだよ、と訊くとなんでもないと返され、彼女はお茶をぐびぐび飲む。

 どうやら機嫌を損ねたようだ。何故だ。

 

「なんかモヤモヤする」

「モヤモヤって、なんで?」

「アタシもわかんない。……だからさ」

 

 ガバッと椅子から立ち上がり、リサは口に笑みを浮かべる。

 

「今日は無し、って言ってたけど、ベース練習しよ♪」

「……少しだけな」

「やった♪ じゃあアタシ準備してくるねー!」

「へいへい……」

 

 本当は今日のバンド練がキツめだったから休ませてあげたかったんだがなぁ。リサ自身が練習したいなら、いいか。

 リビングを出ていくリサの後ろ姿を見て俺は静かに笑った。




Twitterでちょろっと話した紅宮くんの過去をやっと出せました。
第一話の伏線回収完了です。この事があったからギターの単語で反応があったんです。

爪のケアについては現在私がやってる事です。二枚爪になるのが痛くて痛くて……。大事にしてた爪なので今一生懸命にケアしてます。
……リサの爪を大事にしたい。

感想、評価お待ちしてます。

では、失礼します。


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七曲 決意

少し遅くなってすみません。

今回のイベ、リサ欲しくて課金しましたけど全く出ませんでした。泣きたい。有咲出たから実質リサ出たと暗示かけてます。

それと、お気に入り登録数があとすこしで400行きそうです。ありがとうございます。評価も下さって嬉しいです。


 

 

結局、ベースの練習をしたあとリサと買い物に行った。料理はしなくていいと言っていたため、俺が頑なにリサに料理をさせなかった。

不貞腐れていたが、俺の、リサの料理とは比べ物にならないくらい拙い料理を食べたら機嫌が良くなっていた。自分で食べても彼女に比べたら美味しくない。

リサは満足そうな、俺は不満の表情を浮かべ、リサの家まで来た。

 

「ありがとねー♪ 美味しかったよ、ショウの料理」

「自分のじゃ全然美味しくないって思うんだがな……」

「そんな事ないって! 自信持ちなよー」

 

リサにそこまで言われて、渋々納得する。

家に送ったし帰ろうとすると、リサに呼び止められる。なんだ、と思って振り返って彼女の方を見た。

 

「この間、友希那のお父さんに良いベース無いか聞いたんだ。そしたら、知り合いから一本使わないベースあるから貰うって話があるんだって。それアタシにくれるらしいんだけど、慣れるために練習付き合ってほしいなーって思ってさ」

 

ダメかな、とリサが不安そうに訊いてくる。俺は呆れたように溜息をついて彼女に言う。

 

「リサの事、支えるって言っただろ? 遠慮してないでどんどん言っても大丈夫だから」

「ホント? よかったぁ」

「にしても一本使わないから、ね……」

 

使わないにしてもベース一本に相当な金額が必要になる。それを使わないから、という理由で誰か譲渡するのはただの馬鹿か、金持ちか。

そんなことを思っていると、リサが俺にスマホを見せてきた。

 

「これがその貰う予定のベースなんだけど……」

 

見せられた画像を見ると、一人の女性が紅い色のベースと一緒に映っていた。

長い黒髪で、顔の両サイドで紅い紐で結われた髪形。切れ長の翡翠色の瞳の見た目30代前半か後半の見た目。

そこまで見て思考が停止した。

これは俺の母親だ。俺とよく似た髪色に瞳の色。目元まで俺とそっくり。完全に俺の母親──紅宮優凪(ゆうな)その人だった。

アホだ。アホとしか言いようがない。何やってんだあの母親。去年の年末に少し帰ってきたと思えば急に居なくなるし、その次はまさか使わないベースを他人に譲るとかアホか。

しかも友希那の父親と知り合いだったなんて。通りで湊で聞いたことあるなと思ったわけだ。

 

「凄い綺麗な色だよねー♪ 楽しみなんだー届くの!」

「早く届くといいな」

「うん!」

 

リサにはこの事は言わなくていいだろう。言って気を遣わせるのが嫌だ。

というか、このベース、あのアホ専用カラーのベースで一本しかない筈なんだけど。やっぱ馬鹿でアホだ。それを忘れてる可能性が大きい。

顔に出さずに心の中で自分の母親を罵倒して、俺はリサに別れを告げ、さっき通った道を歩いていく。

しかし、ここでリサが自分のベースを持つのは大きい。俺の家だけでなく、彼女の家で自主練習もできるので上達する速度が早くなるだろう。オリジナル曲の完成度も上がる。

あとはやはりキーボードか。俺個人としてはあこと親しい燐子に入ってもらいたいのだが。この間断られたし、入ってくれるなんて都合のいい話あるわけないか。

はぁ、と軽く溜息をついて前を見ると、そわそわして挙動不審な動きをする燐子がいた。

 

「何やってんの、燐子」

「ひゃっ……!? ……あ、ショウくん……か。良かった……」

 

ビクッと肩を震わせて俺の姿を確認すると、燐子は胸を撫で下ろした。辺りも暗いし驚いたのだろう。

それにしても、何故ここに? 迷子になったのだろうか。

 

「どうしたんだ? 俺の家の前で」

「ぁ……いや……その…………くて……」

「ん?」

「は、話……直接……聞いて、欲しくて……」

「話? いいぞ。どんな内容?」

 

言いながら家の鍵を開けてドアを開ける。燐子に家の中に入るように促して家に入れる。

お茶をコップに注いで椅子に座らせ燐子の前に置く。

 

「えっ、と……今日、あこちゃんに……動画を見せて……もらったんだけど……」

「あぁ、あれか。どうだった?」

「……凄かった……ピアノと、合わせて弾いて……みたら……引き込まれる、みたいで……。動画……じゃなくて……本当の演奏と……合わせたら……どうなんだろう……って思って」

 

必死に自分の思いを伝えようと、燐子は俺の眼を見つめて言葉を紡ぐ。逸らしそうになる瞳がずっと揺れている。

 

「バンド、入りたいって思った?」

「わ……わたし、ずっと……ずっと一人で……弾いてたから……皆と演奏したいかな、って……」

「ライブで人前に立つ事になるけど、大丈夫?」

「そ……それは……」

「立つ自信が無ければやめといた方がいい。オススメしない」

 

少し、嫌な事を言った。

仲のいいフレンドで、友人である燐子を試すようにそう言って、俺はお茶を飲んだ。彼女は少し俯き、しばらく黙り込む。

燐子のはあくまで演奏してみたい、という興味。しかし、俺が求めているのは興味ではなく挑戦や決意だ。これは友希那も同じだろう。

そして、次に燐子が顔を上げた時、その瞳には決意の光が灯っていた。

 

「わ……! わたし……! 頑張る、から……! 動画じゃなくて……実際に、皆と弾きたい……!」

「っ!」

 

実際に会ったのはこれで二回目くらいだけど、大きな声なんて出してるの初めて見た。

 

「ひ、人前に……立てる……ように、変わりたい……!」

 

その言葉は正しく、俺の求めていたものだった。挑戦、決意。自分を変えたいという挑戦する事の決意。これならピアノの実力を見て、友希那に再度バンドに入ると言うことが出来たなら、燐子は加入することが出来る。

俺はパン、と柏手を叩いて椅子から立ち上がった。

 

「よし! よく言い切った! 友希那には俺から連絡しておくよ。キーボードが見つかったって」

「っ……うん、あり……がとう……ショウくん」

「いいや。お礼を言うのは俺の方だ。ホントに、自分の意思で伝えに来てくれてありがとう」

 

そう言って燐子に手を差し出す。彼女も俺の手を恐る恐る手を握る。

 

「嫌なこと言ってごめんな。でも、それくらいやらなきゃ友希那とか紗夜がうるさいかと思ってさ」

「ううん……大丈夫、だよ……」

 

再度ありがとう、と燐子に言って手を離す。

あとは友希那にキーボードが見つかったと報告するだけだ。そしてオーディションの日程。それで加入する事が出来たら、俺の役目は終わり。一年探してきた友希那のバンドメンバーが遂に集まる。

 

「それじゃあ友希那に報告しておくよ。他に何か用事ある? 聞くけど」

「大丈夫。あ……でも」

「ん? 何かあった?」

「ゲーム……する時の、環境……とか知りたい……なって……」

「あー、なるほどね。いいよ、んじゃ俺の部屋行こう。……あ、猫大丈夫? 部屋に猫いるんだけど」

「大丈夫……だよ」

 

良かった、と言ってお盆にお茶が入ったコップ二つとクッキーなどのお菓子を乗せてリビングを出て二階の俺の自室に足を運んだ。

俺の部屋を見るなり、パソコンのスペック、ゲーム機、本棚にある本達を見た燐子がテンション上がってたのが強く印象に残った。

 

 

 

♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

数日後のCiRCLEのカフェテラス。

あの日、燐子を家に送ってから友希那に連絡をし、予め燐子の都合のいい日程とバンド練習の日程をすり合わせて、今日、燐子のオーディションが始まる。

あこは燐子がピアノをやっていた事を知らなかったようで、なんで教えてくれなかったのー! と言って、その前に知っていた俺にも飛び火した。理由を話しても彼女は不貞腐れていた。

もう既に燐子には何個か動画を送っていて、それで練習してもらっている。他には課題曲をやってもらう事で技術の底上げを図った。

 

「燐子さんといったかしら? 課題曲は貴女のレベルに合ってた?」

「友希那……さん……! わ、たし……動画と……その……たくさん一緒に……」

「動画? 演奏レベルを確認したいのだけれど、それは難しかったという意味?」

 

訝しげに聞く友希那の表情は厳しい。誤解を生まないためにもしっかりと言わなければならない。

 

「そういう訳じゃないんだ。練習の動画を燐子に送って、それで練習をたくさんしてきたんだ。もちろん、課題曲も俺が目と耳で大丈夫な事も確認済み」

「そう……。そういう事だったのね。オーディションはリサとあこの時と同じで、一回だけ。それでダメなら帰ってもらうわ」

「はい……わたし……が、がん……ばり……ます……」

 

少し緊張気味の燐子はそう言って肩を強ばらせた。俺はそんな燐子の肩を優しく叩いて大丈夫大丈夫、と励ます。

 

「動画に合わせてたようにやれば上手くいく。自信持って、な?」

「そーだよ! りんりんならいける! ってあこもそう思う!」

「期待に応えてくれる事を祈っています」

「気張らずにやろうよ♪」

 

俺の他にもあこ、紗夜、リサが口々に燐子を励ましていく。彼女もはい、と頷いた。

 

「それじゃあ、スタジオに入るわよ」

 

友希那のその一言で俺達はぞろぞろとスタジオに入っていく。今日はまりなさんが居ないのか、男の先輩が対応してくれた。その際に女の子多くて羨ましいな! などとからかわれたが、友希那と紗夜の冷ややかな視線を受けて、先輩は黙って作業に戻って行った。

可哀想に。けど自業自得だ。

用意されたスタジオに入り、俺は楽器のチェックとアンプやエフェクターなど機材のチェックに入った。あんまり時間をかけたくないため、友希那と紗夜、リサにも手伝ってもらってすぐに終わる。

 

「準備はいいですか、白金さん」

「は……はい……」

 

俺は音がよく聴こえる位置に座り、五人の演奏を聴く。

いやはや……。最初から、この前の四人とは比べ物にならないくらい良いものになってる。バンドに入って実りのある練習をしているからか、リサとあこはこの短い期間で実力もつきつつある。紗夜も録音したものを聴いた時より格段にミスが減っている。

燐子が弾くキーボードに引き寄せられるように、五人の音がひとつにまとまっているのが解る。

 

 

曲が終わり、この前と全く同じことが起きた。

友希那が信じられないものでも見たかのように固まっている。それもそうだろうと俺も思う。そう何度も起きる事の無い、特別なものが何度も起きているのだから。

 

「なんか……凄かった。四人の時より……」

「私は問題無いと思いました。ちなみに、湊さんは?」

「……何故? こんな事何度も……おかしいわ……」

「えっ。そ、それって……。こんなにも良かったのにダメって事? な、なんでですかっ?」

「違う違う、前回みたいな体験が今回も起こっただろ? しかも今回は前よりも一体感があって、それで驚いてるんだよ友希那は。ほら、あこが勘違いするから戻ってこーい友希那ー」

 

残念そうに肩を下げるあこの頭を撫で、俺は友希那に声をかける。我に返ったのか、ハッとして友希那は燐子の方を向いた。

 

「あ……。ごめんなさい、ボーッとしてたわ。演奏に問題は無いわ。技術も表現力も合格よ。ぜひ加入して」

「……あ……」

「や……いやったぁぁ! やっぱりんりん凄い! 最強だよ!! ノーミスだったもんね!」

「あ……りがとう……。でも……ショウくんに……アドバイス……もらったり……家で、何度も……動画と、一緒に……弾いてたから……」

 

燐子のその言葉で四人共なるほど、と頷いた。

 

「ショウ兄ってホントなんでも出来るよね! こう……全知全能の神が舞い降りたって感じ!」

「キーボードもわかっちゃうって凄いよね〜」

「だからこの前も言っただろ? 親がベーシストだって。それで、バンドの事はある程度わかるんだよ。……あとあこ、それだと俺が神様みたいになるからやめてくれ」

 

あことリサが俺の事を変に担ぐ。あこに至っては少し友希那と紗夜に慣れたのか、いつもNFOで言っているセリフを口にしている。

先程の会話に疑問を持ったのか、紗夜が口元に手を当てて俺に質問してきた。

 

「……紅宮くんの親御さんって、もしかして海外でバンドをしている『Red Ride』のベーシスト、紅宮優凪さんですか……?」

 

やはり、彼女くらいのレベルだと俺の母親に辿り着くか。隠している訳でもないし別にいいのだが。

 

「あぁ、合ってるよ」

「やはりそうだったんですね。苗字が一緒だったのでもしかしたら、と思っていたんです」

「まぁ……ある意味であのアホ集団は有名だからな……」

 

リーダーのボーカル、赤間(あかま)祐希(ゆうき)さんをはじめ、あのバンドは中々にやらかしてくれる。なにせメンバー全員名前につく色が赤系だからRedにして、語呂がいいからRideにするというハチャメチャなネーミングセンスをしている。

友希那とリサもRed Rideの名前を知っているのか、目を見開いて驚いている。

 

「さ、一旦この話は終わり! 後でいくらでもアホ達の話してあげるから。それより、さっきチラッとライブハウスのスケジュール見たらライブの日程があってさ。運が良かったら入れるかもしれないし、聞いてみようぜ」

「あとで絶対聞くわよ、ショウ。……そうね、五人揃ったのだし、ライブに出る」

「よし、確認しに行ってくるわ。皆はそのまま練習してて」

 

俺はそう言って怖い顔している友希那から逃げた。

あれは絶対、何故言わなかった、と怒っているに違いない。目がマジだった。

スタジオの重たいドアを閉め、ふぅと息を着いた。すると、ちょうどよく先輩が掃除をしていたのか、ロッカーにモップを片付けている最中だった。

 

「あ、先輩。聞きたいことあるんすけど」

「ん? どうしたー? 彼女ならいないぞ」

「高校生に手を出したらしょっぴかれますよ。……そうじゃなくて、ライブが近々あるんですよね? それって枠空いてたりします?」

 

最近彼女と別れたらしい先輩はフリーであると主張してくるが、そんな情報はいらない。それよりライブについて欲しい。

先輩はんー、と唸ってから受付のカウンターまで戻った。俺もその後ろ姿を追う。

 

「あったあった。えーっと……うん、空いてるわ。どうやら向こうの日程が合わないらしいな。……もしかして」

「はい、今ようやくキーボードが見つかって五人揃ったんすよ。なのでライブでも、と」

「なるほどねー! うん、まりなさんに伝えとくし参加してもいいと思うぞ」

「ありがとうございます。とりあえず、友希那にも伝えておきます。帰りに参加するか言いますね」

 

了解、と先輩は快活な笑みを浮かべた。

俺はスタジオに戻り、ライブの事をみんなに話して、全員の同意の上ライブに参加する事が決まった。それを帰りに先輩に伝えて、無事に、初ライブの予定が決まったのだった。

この地域では登竜門とされる少し大きめのライブだ。友希那と紗夜はやる気を見せ、リサとあこもはしゃいでいた。燐子は自信がなさそうだったけど、変わりたいと願った彼女なら大丈夫だろう。

ライブまでの練習がキツくなる事でリサとあこから魂が抜けてたのは苦笑いが思わず出たけど。

 

──それと、夜遅くまで友希那とリサとのグループチャットで質問攻めされるのは辛かった。寝かせてくれ。頼む。




少し時系列いじってるからこれくらいならいいかなと思ってます。
主人公がメンバー探しに介入してるなら速くなっても違和感ないなと。というか、1年間何やってたんだ、紅宮くん。

Red Rideについては完全に思い付きです。メンバー全員名前のどこかに赤系の色が入ってるなんて当初予定してなかったですw

感想、評価お待ちしております。
それでは失礼します!


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八曲 BLACK SHOUT

少し遅くなってすみません。ちょっと難産でした。それと体調不良が少しありまして。すみませんでした。




 ついにやってきたライブ当日。

 アタシはついこの間届いたベースが入ったケースを背負い、ライブハウス前まで着ていた。……着いて、いたんだけど……ガチガチに緊張して若干脚が震えてる。燐子も緊張してるみたいで、隣でぷるぷる震えてる。

 そんな中、一緒にいるあこがすごいやる気を見せている。

 

「うん。ついに当日だねっ。ほらりんりん、このボード見て元気だして! あこ達のバンド名だよっ!」

Roselia(ロゼリア)……そっか。友希那いろいろ考えてたけど、これにしたんだ〜」

「夜遅くまで名前に付き合った甲斐あっていい名前になったな……」

 

 はは、とショウが乾いた笑い声を出す。話を聞くとアタシのベース練習が終わったあとに友希那からの相談をずっと受けていたらしく、ここ数日の彼は疲れからか目の下のクマが酷い事になっている。

 ショウのおかげで新しいベースには慣れたけど、ライブ、上手くいくかな……。

 

「よーしっ! Roselia初ライブ! 行くぞー! おー!」

「「……っ! お、おー……」」

 

 緊張しすぎて反応が遅れた。

 

「って、えっ? りんりんだけじゃなく、リサ姉も緊張……」

「しっ……してない、してないよ〜……。ダンスの大会でも、一緒にステージに出てるじゃん? あははは……」

 

 とか言って、結構緊張してんじゃんアタシ……。はぁ……。緊張を紛らわせるために、緊張してないあこと、ライブをしないショウと話したいけどそろそろ時間もないし、そもそもショウは燐子と話してて話せないし。

 確かにさ? 燐子緊張してるし、緊張ほぐすのは大切だけどさ。アタシも緊張してるんだけど。しかもさ、なんか距離近くない? そんなに近い必要ないと思うんですけど。ちょっとは弟子に何かあってもいいんじゃないかな。

 

「……? どーした、リサ?」

 

 アタシの視線に気付いたようで、ショウがきょとんとした表情でこちらを向いた。アタシはふん、と鼻を鳴らしてライブハウスの方に顔を向ける。

 ここ最近、あこと燐子と接しているショウを見ると妙な気持ちになる。去年はあんなに楽しそうにアタシや友希那以外の人に話す事は無かった。どこか刃物みたいな雰囲気だったのが、段々今みたいに温かくて、それこそ昔アタシを助けてくれたショウみたいで、懐かしく思える。昔みたいになってくれた事を喜ぶべきなのか、それとも、今弟子であるアタシを放っておいて燐子と喋る事に怒ればいいのかわからない。

 

「さっ! そろそろ行かないとあの二人に怒られるよー!」

 

 アタシはその妙な気持ちを表に出ないように押し殺し、少し震える脚を動かしてライブハウスの中に入った。

 すると、アタシはこつん、と入口の段差に躓き、前のめりに倒れそうになった。しかも背中にはベースが入ったケースもある。普段から一緒に持って行くようにしてるけど、やっぱり慣れてないから体勢を整えることが出来ない。

 盛大に転ぶと思ったアタシは目を瞑った。

 

「よっ……と」

「え……?」

 

 転ぶ寸前に、お腹の辺りに腕が通された。アタシは不思議に思って隣を見ると、すぐ近くにショウの顔があった。

 

「っ……」

 

 ぎゅぅ、と胸が締め付けられるような痛みを感じる。毎回こうやって不意にショウに助けられたり、なにかあったりすると、こんなふうに胸が苦しくなる。

 

「転ばなくてよかったな。転んでたら一大事だ」

「ぅ、うん……。ありがとう……」

 

 ……だ、ダメだ。ショウの瞳から目が離せない。今のお礼の言葉だってやっと出せた。ホント、最近こういう事が多い。爪の時だって、ショウに手を握られた時は頭が真っ白になった。急だったし。

 ショウもこの距離に気付いたようで頬が赤くなった。

 

「リサ姉大丈夫?」

「今井……さん、怪我とか……ない……ですか……?」

 

 後ろにいるあこと燐子が心配そうに聞いてきてくれた。アタシはハッとなりショウから距離を取って後ろの二人に振り向いて笑顔を浮かべる。

 

「大丈夫だよー! ごめんね〜」

「よかったー! ショウ兄のファインプレーだね!」

「ショウくん……早かった、ね……」

「……いや、危ないなって思っただけだし」

 

 そう言ってショウは目を逸らして左耳に触れた。

 アタシとショウが顔を赤くしているなか、あこと燐子がライブハウスの中に入っていく。残されたアタシはショウの方に目を向けると、ショウもアタシを見ていたのか、お互いの目が合う。

 

「「っ……」」

 

 合った直後に逸らす。

 ちょっと、あこ〜燐子〜……気まずいから帰ってきてぇ……。まりなさんもニヤニヤしてるから帰ってきてぇ〜。

 

「……とりあえず、行こっか……」

「おう……」

 

 そう言ってアタシとショウは楽屋まで一緒に向かった。

 カウンターにいたまりなさんに青春だねーって言われたけど、アタシ達は無視した。だってショウとはそんなんじゃないし……。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

「遅いですよ、紅宮くん、今井さん」

「「ごめんなさい……」」

 

 将吾、リサが楽屋に入った直後、遅刻した二人に紗夜の叱責が飛び、二人は打ち合わせでもしていたかのように、綺麗に揃って頭を下げた。

 

「大丈夫なの、リサ。あこから転びかけたと聞いたけれど」

「大丈夫だよ☆ ショウが支えてくれたから♪」

「そう、ならいいわ。体調管理はしっかりして」

「うん、ありがと友希那、心配してくれて」

「……別に、心配なんて……」

 

 リサの言葉に、友希那は若干頬を染めて準備に戻って行った。それを見たリサと将吾は顔を見合わせて微笑む。

 

「わ……わたし……も、皆さんと……演奏するって……決めたから……が、頑張り……ますっ」

「口だけではなく、音での証明をお願いね」

「は、はい……! いっぱい……練習した……ので、自信……あります……!」

 

 まだ緊張している燐子は、その緊張を払い除けるようにやる気を示す。紗夜もやる気を示す燐子を見て、期待を込めてそう言葉を紡いだ。

 ──バンドで技術が足りないのはアタシだけ。……やるしかない。結果を出して、友希那の隣に……! そして、ショウといつか本気のセッションをしたいから……!

 ベースを取り出したリサがベースを真剣な表情で見つめ、心の中でそう誓う。

 すると、あ、とあこが思い出したように声を上げる。

 

「そういえば友希那さん、なんでバンド名、Roseliaなんですか?」

 

 ひと足早く準備を終えた彼女は、ドラムスティックを片手に荷物を整理する友希那にバンド名について問いかけた。

 

「薔薇のRoseと、椿のCamelliaからとったわ。……とくに青い薔薇……そんなイメージだから」

「イメージ……?」

 

 ──青い薔薇……花言葉は『不可能を為し遂げる』……だっけ。

 友希那とあこの会話を聞いていた燐子は青薔薇についての知識を掘り返していた。一方将吾は夜中まで友希那とバンド名について相談されていたため、意味を理解しており、彼女を見て微笑んでいるだけだった。

 

 

「ラスト、聴いてください。『BLACK SHOUT』」

 

 友希那のMCで、リサ、紗夜、あこ、燐子が演奏を始める。

 リサはついこの間届いた、真紅のベースを手にベース独特の低音を、ドラムを叩くあこと一緒に響かせていく。燐子の優しいキーボードの音が包み込み、紗夜の正確無比なギターの音が皆を先導する。その音に友希那の綺麗な歌声が合わさり、観客達は一気に歓声を上げる。

 

 ──わーいっ! もっと見て! Roseliaって超カッコイイでしょっ!

 

 ──不思議……あんなに緊張してたのに……わたし……凄く、楽しんでる……! ……これなら……変われるかな、わたし……。

 

 ──凄い……ショウと練習した時よりも上手く弾ける……! 二人で弾く時の楽しみとは違う、別の楽しさがある……!

 

 ──今井さんのベース、練習の時よりまた上手くなってる。宇田川さんも白金さんも……。この前よりももっと、()に引き寄せられる……!

 

 ──行けるかもしれない、このバンドなら!

 

 ──そうだ。これが見たかった……! 凄いバンドメンバーと、その音に合わせて歌う友希那の歌。このバンドなら、絶対行ける……!

 

 あこ、燐子、リサ、紗夜、友希那、そして将吾は同時にそう思った。このバンドなら行けると、そう確信めいた予感を抱いたのだった。

 この日、初めてRoseliaはライブをし、見事に大成功を収めた。これが、青薔薇のはじまりである。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 ライブが成功し、あこがお腹が減ったと言ったのでRoseliaのメンバーと一緒に俺はファミレスに入った。それぞれ、手軽に食べられるポテトやサンドイッチなどの軽食類を頼んだ。

 

「あははっ! お腹痛い! あこ、もっかい、もっかリクエスト!」

「この……闇のドラムスティックから……何かが……アレして……我がドラムを叩きし時、魔界への扉は開かれる! 出でよ! 『BLACK SHOUT』!!」

 

 あこ、決してBLACK SHOUTは召喚魔獣ではないぞ。どちらかというと魔法系というか……別にいいかそんなの。

 にしても、この時間にファミレスに来るのは久々だな。いつもならリサの料理を食べてる頃だ。

 

「ほーら、友希那も紗夜も! 初ライブの記念なんだからさー! 二人もなにか話して話してー? ショウも! さっきから黙ってるなんてらしくないぞー?」

 

 おっと、少しボーッとしていたら目の前のリサに言われてしまった。ちなみに、席は通路側から、紗夜、友希那、俺。反対側は、燐子、あこ、リサの順だ。

 ドリンクバーで既に皆の分はコップにそれぞれ好みのジュース、お茶等入れてある。

 紗夜はお茶を少量飲んで口を湿らし、口を開いた。

 

「……湊さんが、こんなところに来るなんて意外でした。私はこういった、得体の知れない添加物系のメニューは受け付けませんので」

「! ……私だって普段は来ないわ。用がないもの。リサ、私がしたいのは音楽の話だけよ」

 

 ……果たしてそれは本当だろうか。俺は知っている。紗夜はファストフード店に出入りしていることを。友希那は俺やリサに誘われたら文句を言いながらついてくることも知っている。

 

「同感ね。……でも、ここはともかく、今日の演奏は良かった。今井さん、貴女、この短い期間でとても良くなったと思う」

「……! ほ、ホント? あ、ありがと。ショウが教えてくれたおかげだよ」

「いや、リサは飲み込みが速いから。全部、リサの実力だよ。俺は何もやってない」

 

 そう。俺は何もしてはいない。ただ、基礎練習を見ただけで、あとは彼女が精一杯努力した証だ。

 

「そうね。この短期間で、Roseliaの実力は確かに上がった。あこ、燐子、貴女達もよ。……だから、この()()で本格的に活動するなら……あこ、燐子……リサ。貴女達にも、そろそろ目標を教える」

 

 友希那の言葉を横で聞いていて、俺は疑問に思った。六人と言ったか、このボーカルは。おかしい。俺はRoseliaに入った覚えはないのだが。

 

「ちょっ……友希那、なんで俺が入ってんの……」

 

 会話を中断させ、俺は友希那に訊く。

 

「? ショウもRoseliaの一員よ。メンバーを集めてくれたり、練習の手伝いをしてくれたのも貴方のおかげじゃない。……だから、これからも、私達を助けて欲しい」

「私達は貴方のおかげで、こうして集まることが出来ました。どうか、これからもよろしくお願いします」

「あこ達もそう思うよショウ兄!」

「……うん」

「そうだね☆ ショウがいなかったらもっと大変そうだしさ、これからも……ね?」

「……」

 

 五人とも俺の目を見てそう言ってくれた。

 俺は、メンバーを集めたらそこで終わりだと思っていた。Roseliaに関わる事はもうバイトやリサのベース練習だけだろうと思っていた。しかし、五人ともそう思ってはおらず、これからも手伝って欲しいと本心で言ってくれている。

 ──俺も、

 

「俺も……皆と活動していきたい。改めて、これからよろしく」

「えぇ、よろしくショウ」

「やったね! じゃあ友希那、さっきの話に戻そ! なんて言おうとしてたのか気になるなー!」

「そうだったわね。簡単に話すわ」

 

 リサの言葉に友希那は頷き、先程話そうとしていた目標について語り出す。

 FUTURE WORLD FES.に出るための出場権を手に入れるため、次のコンテストで上位三位以内に入る事。そのためにはRoseliaの実力を極限までに上げること。

 次は練習メニューについてこれなくなった者は、その時点で抜けてもらう。ちょっと厳しいが、これは仕方ない。リーダーである友希那が決めた事だし、俺も一理あると思う。

 

「ふゅーちゃー……」

「……わーるど……ふぇす……?」

 

 その名前を知らないのであろう、あこと燐子が首を傾げる。彼女達には後で教えてあげよう。

 俺がそう思った時、友希那は少し息を吸って、小さく吐いた。

 

 

「あこ、燐子。……リサ。貴女達、Roseliaにすべてを賭ける覚悟はある?」

 

 

 

 




リサのモヤモヤとした心情上手く書けたか不安ですが、もう気にしない()


現在、新作で花音ちゃんの弟モノ書いてます。良ければそちらもどうぞ。まだ一話しか投稿してませんけど。

評価、感想お待ちしております。


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九曲 姉の苦しみ

遅れてすみませんでした。
そして今回少し強引です。文字数も少ない……。


 

「それじゃお先に失礼しまーす! お疲れ様でした!」

「うん、お疲れ様〜! 気を付けて帰ってねショウくん」

「まりなさんも帰る時気を付けてくださいねー」

 

 CiRCLEのバイトが終わり、まりなさんと他の先輩スタッフに挨拶をして、俺はRoseliaがバンド練習しているスタジオに向かって走りだした。

 今日の練習はCiRCLEのスタジオではなく別のスタジオなので、こうしてバイト終わりに走ってスタジオに向かっているのだ。今日はあまり忙しくなかったから疲れてないが、疲れてる時に走らされるのは本当に厳しい。

 しかし、練習に来なかったらリサと友希那からメッセージやら電話などで小言を言われる。それが最近、あこと燐子からも来るようになったのだから尚更行かねばならない。

 しばらく走って、俺はRoseliaが練習しているスタジオに着いた。早速中に入ろうと近寄ると、中から人が出てくる。

 ギターケースを背負った水浅葱色の長い髪をした少女──氷川紗夜が俺の目の前に現れた。

 

「紗夜? どうした?」

「っ! 紅宮くん……」

「あ、もしかして練習終わった? やば……また小言が……」

「……いえ、まだ練習していますよ」

 

 まずい、と思った俺に、紗夜がそう言う。

 安堵した俺だったが、ふと疑問に思った。練習しているのなら何故紗夜はここにいるのだろうか。具合が悪いとかなら早く帰してあげないとな。

 

「紗夜は? もしかして具合悪い?」

「……私は……その……」

 

 そう訊くと、紗夜は珍しく歯切れの悪い返答をする。

 彼女は目を逸らして俯く。俯く瞬間に顔が歪められたのを俺は見逃さなかった。

 練習に行かなかったら怒られるけど、それよりも今目の前で苦しそうにしてるバンドメンバーを放っておくのはよろしくない。

 

「……少し、話さないか?」

 

 なにか奢るぞ、とつけて誘うと紗夜は少し間を置いてコクリと頷く。俺は彼女の手を引き、スタジオから離れる事にした。

 少し歩くと開けた広場に着いた。ちょうどそこでクレープを移動販売してるお店があり、そこでクレープを買う事に決めた。紗夜はクレープなんて、って渋ってたが、メニューを見るなり何にするか悩んでいる。

 

「……キャラメル、チョコレート、カスタード……んー……どれも捨て難い……」

 

 小声で呟いてるけど、全部俺の耳が拾っているんだよなこれ。やっぱり紗夜ってファストフード店とかこういう店が好きなのかもしれない。

 既に俺は頼むものは決めているため、あとは紗夜の注文を聞くだけだ。

 

「あはは、紗夜決まったか?」

「っ! ……えぇ、とっくに決まっているわ」

「いや、決まってなかっただろ。無理すんな」

 

 強がる彼女にそう言うとプイっと顔を背けられてしまった。どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。

 

「…………ではチョコレートで」

「OK。……すみませーん、チョコレートと抹茶でお願いしまーす」

 

 店員さんにそう注文して二つ分のお金を渡す。少し待つとチョコレートと抹茶のクレープが差し出された。

 

「ほら、紗夜の分」

「ありがとうございます。あの、お金を……」

「いらない。奢るって言っただろー?」

「……ありがとうございます」

 

 近くにあったベンチに並んで座ってクレープを食べ始め、少し落ち着いてから話し始める。

 躊躇いつつも話してくれた。

 どうやら今日の練習の前に楽器店でとあるポスターを発見したようで、それに写っていたのがギターを持っていた紗夜の妹、氷川日菜だったそうだ。

 Pastel(パステル)Palettes(パレット)というアイドルバンドグループで、つい最近デビューしたとクラスメイトの香月飛鳥から聞かされた。

 そのアイドルバンドグループのギター担当ということで、紗夜はショックを受けている。

 

「それで、そんな思いのまま練習をしてあこに当たった、って事か……」

「はい……おねーちゃん、おねーちゃんって、憧れられる方の負担も知らないで、と」

 

 なんでも真似をして、自分の意思はないのか。姉がする事が全てなら自分なんて要らない。

 そうあこにぶつけたそうだ。

 俺は一人っ子だから妹や弟に憧れられるっていうのはわからない。けれど、妹や弟が姉や兄、または親に憧れる気持ちは少なからずわかる。俺もそうだったから。

 

「……俺はさ、弟も妹もいないから紗夜の気持ちを理解する事は出来ない。……けど、憧れる気持ちはわかるよ」

 

 手元にあるクレープの欠片を口の中に放り込んで飲み込み、俺は遠くの方を見た。

 

「その背中が眩しくてさ。いつか、こんなふうにカッコよくなれたらなって、思うんだ」

「それは……紅宮優凪さん……紅宮くんのお母さんの事ですか……?」

「あぁ。母さんが言ってたのは、憧れられるのは嬉しい事だって言ってた。その分ライバルが増えて楽しくなるって」

 

 母さんはそう思っていた。しかし、紗夜の場合は精神的にも余裕はない。ライバルが増えて楽しくなる、という感覚は掴めないかもしれない。

 

「けど、こうも言ってたよ」

「……?」

「絶対に負けない、って。例えどんな人が後ろから追いかけて来ても、それを蹴落とすくらい成長するって言ってた」

 

 チラリと紗夜を見ると俯いて何かを考えてるのか、押し黙る。俺は視線をまた遠くに戻して、だからさ、と言葉を続けた。

 

「……紗夜もさ、妹が同じ土俵に来たならそれを蹴落とすくらいの気持ちでいたらいいと思うよ」

 

 俯く紗夜の方を向き、俺はトン、と彼女の背中を軽く叩いた。

 

「……そう、ですね。今はそう思えないかもしれませんが、いつか、いつかそう思えたら……」

 

 そう言って彼女は俺の顔を見て、ふっ、と憑き物が取れたようなスッキリした表情で微笑む。

 

「少し、考え方が変わりました。日菜には負けない。後ろから来ても蹴落とすくらい成長してみせるわ」

「ははっ、そうだな。紗夜はそうやって上を向き続けるのがらしいな。姉として意地見せてくれよ、おねーちゃん?」

 

 俺には兄や姉の苦しみはわからない。

 けれど、こうして思った事を吐き出して楽になってくれたなら、俺はいくらでも相手になろう。

 

「やめてください。貴方に姉と言われたくありません」

「えぇ……」

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 翌日の朝。

 学校へ向かっている最中、俺は昨日の練習に来なかった事をリサにぐちぐちと小言を受けていた。

 しっかり事情は話しているため今回は普段より小言は言われなかったのが救いか。

 今日は友希那は先に学校に行っていて、今は俺とリサの二人だけだ。こうして二人で登校するのは久しぶりな気がする。

 

「それで? どーだったの、クレープ」

「美味かったよ。抹茶を頼んだんだけど味が濃くて美味しかった。今度は紗夜が食べてたチョコレート頼んでみようかな」

「ふーん……」

「なんだよ、自分から聞いといてふーんって」

 

 別に、と返事をして、だんだん不機嫌になっていくリサに、俺は首を傾げる。もしかして、この前メッセージでやりとりしてた時にクレープとかスイーツ系の話してたし行きたかったのか?

 

「今度一緒に行こうか?」

「えっ?」

「だからクレープ、一緒に行くかって言ったんだよ」

 

 リサはしばらく驚いたような顔をして、その次にはにやーっとした笑みを浮かべた。

 

「行くっ! ショウの奢りね! 紗夜にも奢ったんだからさ♪」

「……うっ……ま、まぁ、普段からリサには世話になってるからな。当然だよな……うん」

 

 少し財布がキツイがまぁいいだろう。リサには本当に世話になっているのだから。

 

「どうする? 今日行く? バンド練習無いしさ」

「あぁ、そうだな。俺も予定無いし行ける」

「じゃあ決まりだね☆ それじゃ、放課後にねー!」

 

 羽丘に着き、リサは後ろにいる俺に手を振りながら走っていった。俺はその進行方向には人がいるのを見て、声を荒らげた。

 

「おう……って、リサ! 前見ろ!」

「うわっ!? ご、ごめんね~! ってヒナじゃん!」

「あ、リサちーだ! おはよー! ……お? なになに、あの人リサちーのカレシ?」

「違っ!? 違うから! 友達!」

 

 どうやら、紗夜の妹の氷川日菜さんのようだ。

 少し遠いけど十分聞き取れる範囲なので、バッチリ彼女達の会話が聞こえてくる。

 顔を真っ赤にして抗議しているリサを尻目に、俺は自分の学校へ向かおうとすると、急に肩を叩かれた。

 

「つっ……誰だよ……って、なんだよ飛鳥か」

「なんだよとはツレないなー」

 

 叩かれた肩を押さえて、隣に来た友人である飛鳥を睨む。そんな彼はまぁまぁ、と笑っている。

 

「それより! お前、あんな可愛い子と知り合いなのかよ! もしかして彼女か!?」

「ちげーよ、アホ。友達」

「なわけあるか! あんな楽しそうに手を振ってだぞ!?」

「学校の帰りにクレープ食いに行く約束したから、クレープ食えるの楽しみなんだろ」

 

 騒ぐ飛鳥をあしらうように雑に言うと、急に彼は立ち止まった。

 

「……許さん」

「は?」

 

 小さく呟いて、飛鳥はギラりと憎悪が篭もった眼で俺を見てくる。そして一気に詰め寄り俺の襟を引っ掴んだ。

 

「許さねぇぞショウ! アレだろ! 去年から持ってきてる弁当、アレもあの子の手作りだろ!」

「……なんだよ、急に」

「いいから答えろ!!」

 

 血走った眼で見られ、俺はコクコクと首を縦に降る。

 すると飛鳥はバッ、と襟を離して涙を流して膝を着き、天に向かって手を組んだ。

 

「神様……あなたはなんて惨い事を……!」

 

 なんの事だ。

 俺は飛鳥のテンションについていけず、そのまま彼を置いて学校に向かった。

 放課後になって、リサと一緒に紗夜と行ったクレープ屋ではなく、リサおすすめのクレープ屋で一緒に食べた。

 流石リサがおすすめするだけあってとても美味しかった。CiRCLEのカフェのメニューの参考にしようかとすら思える程だった。

 

 




これで紗夜さんと日菜ちゃんの関係が少しマシになればいいな……なるよね?


感想、評価お待ちしております。気軽にどうぞ。


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十曲 スカウト

また遅れてすみません。
夜勤とか被ると一週間に1度の更新が間に合わない時があるんです。
今回、3200文字程度の話です。もう少し長めに書きたい……。


 

 今日はRoseliaのバンド練習がなく、皆それぞれ個人練習や用事、休みを満喫している。俺は昼からCiRCLEのバイトをしていて、先程個人練習をしに来た友希那の受付を行った。

 しばらく経ったあと、何冊か音楽雑誌が配達され、俺は確認のために適当に雑誌を引っ掴んでパラパラと眺める。すると、Roseliaの初ライブの時の写真が掲載されていた。一番大きい写真には五人とも一生懸命演奏していて、とてもカッコイイ写真が載っている。

 ふと、その近くの写真に目が行き、焦点がそちらに定まると、

 

「──ぷっ!」

「ん、どうしたのショウくん?」

 

 いきなり吹き出した俺に不思議に思ったのか、隣にいるまりなさんが首を傾げた。俺は口元を押さえてその雑誌をまりなさんに渡す。すると、彼女も俺と同じものを見てぷふっ、と吹き出した。

 

「あはははっ!」

「くっ……ふっ……あははははは!」

 

 まりなさんの笑い声でつられてしまい、俺も堪えていた笑いを出した。笑った理由は単純明快。五人揃って写っている写真で、一人だけ浮いている人物がいるのだ。

 

「あー、思わず笑っちゃった~」

「怒られると思うけど、これはなぁ」

 

 その人物とは紅いベースを手にした見た目が派手な少女──今井リサだった。

 写りがどうこう、というより彼女だけギャルっぽくて浮いているのだ。周り四人がそうでもないのにリサだけギャルっぽい。

 

「統一感がないせいか、見事にリサだけ浮いてて……ふっ……」

「こらこら、これ以上笑わない笑わない」

「すんません」

 

 まだリサを見て笑っているとまりなさんが俺の頭に拳を軽く落としてきた。落とすと言うよりコメカミに当ててきた。身長差があるので仕方がない。

 そのあとはやるべき仕事を手っ取り早く終わらせ、再びまりなさんと雑誌をペラペラと捲って雑談をしていた。

 すると、ライブハウスの入口のドアが開かれ、お客さん達が入ってきた。

 

「いらっしゃいませー!」

「あっ! ショウさん! こんにちはー!」

 

 まりなさんと一緒に挨拶をすると、明るい髪を二つに結った髪型の少女が笑顔で手を振ってこちらに駆け寄ってきた。

 

「なんだ、ひまりか」

「なんだってなんですか!?」

 

 俺の素っ気ない言葉にひまり──上原(うえはら)ひまりは涙目でなんでですかー!? と詰問してくる。

 

「ひーちゃんだしね~」

「あ、あはは……」

 

 後ろから来るのはマイペースなモカと、苦笑いを浮かべるつぐみだ。すると、その後ろからまた二人やってきた。

 

(ともえ)~! ショウさんがいじめるー!」

「よしよし、いつもの事だろ? ショウさんこんにちは」

「ショウさん……こんにちは」

「よっ、(らん)、巴」

 

 後からやってきたのは高めの身長と赤みがかかった長い髪をした、男の俺でもカッコイイな、と思える少女と雨河さんと同じく黒髪に赤いメッシュを入れた無愛想な少女。あこの姉の宇田川巴と美竹(みたけ)蘭だ。

 この五人がAfterglow。ギターボーカルの蘭。ギターのモカ。ベースのひまり。ドラムの巴。最後にキーボードのつぐみ。ちなみにリーダーは俺が先程いじったひまりだ。

 彼女達が来て、まりなさんはスタジオの準備をしてくるね、と言ってこの場を離れた。

 

「今日は雨河さんはいないんだな」

「れいにぃなら、大学でやらないといけないのがあるって」

 

 俺の質問に蘭が答えた。まさか雨河さんがちゃんと大学生をしているのが信じられなく、頬を引き攣らせる。

 

「……ちゃんと大学生やってるのか……」

「いつもあんなんだからな、れいにぃは」

「巴が一番雨河さんと付き合い長いんだっけ?」

「一番って言っても、蘭達と一、二週間ぐらいの差ですけどね。商店街の祭りで太鼓を叩く時に会ったんですよ」

 

 なるほど、と巴の言葉に頷く。

 雨河さんと知り合ってもうそろそろ一年経つが、Afterglowのメンバー達と知り合った経緯は知らなかったな。モカと話しててもそんなに昔の事を話さないし、雨河さんもそこら辺はあんまり言い出さないから。

 

「あ、皆! スタジオの準備出来たよ~」

 

 スタジオの準備に行っていたまりなさんが帰ってきて、五人を案内する。俺は彼女達に手を振ってスタジオに送り出した。

 すぐにまりなさんは帰ってきて、休憩に入るね、と告げて『staff only』と書かれた部屋に引っ込んだ。

 まりなさんが休憩に入って数分後、自主練習をしていた友希那がスタジオから出てきて俺の下へやって来る。

 

「スタジオ、空いたわよショウ」

「おっ、お疲れ、友希那」

 

 やって来た彼女に労いの言葉をかける。

 ふと、友希那の表情が辛そうになっているのを感じた。些細な事だが、ストイックな彼女にはその些細な事が危うい。

 

「なぁ、友希那。何かあったか……? 辛そうな感じだけど」

「っ…………なんでもないわ。それより、Roseliaの次の練習の時なのだけれど──」

「──すみません、ちょっとよろしいでしょうか」

 

 俺の言葉に驚いたような表情を浮かべて間を置いて首を振り、友希那は次のバンド練習について話をしようとした。しかし、それはCiRCLEに入って来た、スーツを着た女性によって遮られた。

 

「友希那さん、少しお時間いただきたいんですが」

「失礼ですが、どなたでしょうか?」

 

 友希那がそう訊くと女性は名刺入れのようなものから、紙片を取り出してこういう者です、と友希那に手渡す。

 

「率直に言います。友希那さん、うちの事務所に所属しませんか?」

「なっ……!?」

 

 女性のその言葉に、俺は思わず声を上げて友希那を見た。だが彼女は首を振って、

 

「事務所には興味ありません。私は、自分の音楽で認められたいから」

 

 女性の勧誘を即答で断った。

 話は終わった。そんな雰囲気の友希那に、女性は必死な表情で声を上げる。

 

「待ってください! 貴女は本物だ! 私……いや、私達なら貴女の夢を叶えられる! 一緒に、FUTURE WORLD FES.に出ましょう!!」

「「……!?」」

 

 本気だ、この人。本気で友希那をスカウトしに来ている。

 聞いてみるとこの人は友希那のライブ二回目の時にスカウトしに行って断られているようで、諦めきれずに調べて、今に至ると。

 

「バンドにこだわっている事も知っています。だから、貴女のためのメンバーも用意しました」

 

 まずい。

 俺はごくりと生唾を飲み込む。

 Roseliaの初ライブが成功し、皆不安点もあるが好調で活動している中でこんな話題を出されたら何が起きるかわかったものでは無い。

 

「コンテストなんて出る必要ない。本番のフェスに出場できるんです! ステージだって、メインステージです! お願いします! 友希那さん……!」

 

 ここで友希那が頷いてしまったら、同じくフェスの出場を願っていた紗夜の気持ちは。友希那のかっこよさに惹かれたあこは。自分を変えたいと願った燐子は。幼馴染を支えたいからまたベースを手にしたリサは──

 

 ──どうなる。

 

 俺の気持ちなんかどうでもいい。ただの自己満足で手伝っただけだ。友希那がフェスに出られたらなと、ただそれだけを考えてメンバー集めを手伝ったから。

 でも、リサや紗夜、あこに燐子の気持ちは一体……。

 

「私……は……」

 

 彼女がどんな答えを出すか、俺の不安は募るばかりだ。

 

「確かに……Roseliaでは、次のFUTURE WORLD FES.でメインステージに立つ事は難しい」

「……友希那さん? すみません、何か気に触るような事を言いましたか?」

 

 何を言うつもりなんだ友希那。

 俺はこちらに背を向けている彼女の小さな背中を見つめる。

 友希那がフェスに出たいというのはメンバーを集める当初からわかっていた事だ。けど、今はRoseliaがある。集まったメンバーを無視して頷くのか……?

 そう思えば思うほど自分の顔が険しくなっていくのがわかる。

 

「……少し……待って欲しい」

「……!」

 

 俺はその言葉を聞き、今すぐ答える訳では無いと知り安堵した。

 これならバイト終わりにでも友希那と相談できる。一体彼女が何を感じて何を考えているのか、それを確かめなければならない。

 Roseliaのためにも。




この話数、バンスト13話だと学校行ってるんですけど、そのあとみんな私服なんすよね。なので友希那さん自主練習の時の日は休みの日でもいいかなって思い休みの日にしました。
この裏でリサとあこ、燐子がお茶会してます。バンストと一切変わりありません。
リサ出てないけど、間接的にリサ出てるからいいよね()


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十一曲 叫びと挑戦状

遅れて申し訳ありません。夜勤がちょうどぶち当たりまして。

物語が動くといいんすけどね……。


 

 友希那が事務所の女性からスカウトの話を持ちかけられたその日の夕方。

 バイトが終わるのを待っていてくれた彼女に礼を言って一緒に帰宅する。その時に、歩きながら俺は友希那にスカウトの件について話を訊く事にした。

 

「……私は……」

 

 まだ悩んでいるのだろう。それもそうか。彼女は今までフェスに出るために、元からあった才能を磨き上げてきたのだから。

 

「俺個人の意見言ってもいいか?」

「えぇ」

「出来るならスカウトは受けないで欲しい」

 

 俺がそう言うと、友希那は意外に思ったのか驚いたような表情を浮かべてこちらを見た。

 

「……せっかくバンドメンバーが集まったのにさ、勿体ないかなって。それに紗夜もフェスに出たいって言っていたし」

「……」

 

 友希那の方をチラリと見ると、彼女は前を向いたまま表情を動かさない。

 何を思っているのかわからないが、俺が言いたい事は言えた。あとは彼女がどう決めるかだが……どうするのか。

 

「……私は、何をしてでもフェスに出る。それしか考えてないわ」

「っ!? じゃあスカウトは受けるって事か? Roseliaはどうするつもりだ……?」

 

 まるでRoseliaを見ていないかのような台詞に衝撃を受け、俺は震える声音でそう問いかけた。

 

「……」

「フェスに出たがってた紗夜は……お前に惹かれたあこは……自信を持てるように頑張ってる燐子は……もう一度ベースを始めたリサはどうするんだよ……!」

 

 次第に語気が荒くなり、動かしていた脚を止めて少し前にいる友希那の小さな背中を睨む。

 

「俺の事はどうでもいい! けど、あいつらの事は考えねぇのかよ! 必死に練習して、フェスのコンテストに出るために頑張ってるのに……!」

 

 犬歯を剥き出しにして叫び、思わず涙が出そうになる。

 最初の頃は、友希那がフェスのコンテストに出られるようにバンドメンバーを集めるだけのつもりだった。それが今じゃ俺もRoseliaの一員となり、メンバー達と接して、それぞれ必死になる理由も解った。

 紗夜は妹の日菜に負けないように。あこは自分だけのカッコイイ存在になれるように。燐子は自信を持てるように。そしてリサは友希那を支えるために。

 友希那は友希那で、父親のためにと思っての考えだというのも理解している。しかし、頭で理解していても心では納得出来ていない。

 俺の叫びを聞いてもなお彼女は黙り続ける。それがいやに腹が立ち、ギリッと歯を軋ませる。

 

「なんとか言えよ! スカウトを受けて、そのあとはどうするつもりだ!」

 

 子供の癇癪だと自分でもわかる。四人の気持ちがどうだとか、そんなのは建前だ。ただ、俺は……。

 

「……俺は、お前にRoseliaのボーカルでいて欲しい。一人で歌っていた時より、Roseliaとしての湊友希那が一番良かったから」

 

 孤高の歌姫として歌っていたあの時よりも、Roseliaで皆で演奏していた時が楽しそうで、紗夜も最初の時に聴いた演奏より上手くて、あこはずっと笑顔で、燐子も怖がっていたのに演奏が始まってから笑みを浮かべて、リサも弾いていくうちに上手くなっていって……俺も、過去に無いほど彼女達といるのが楽しくて。

 ──Roseliaは、一人でも欠けたら意味がないんだ。

 

「最初に皆とセッションした時に、友希那も思っただろ……? あんな演奏は滅多に起きない。奇跡に等しい」

「……えぇ」

「Roseliaなら自分達の音で演奏出来る。自分達の音で頂点に立てる。でも用意されたバンドなら? 自分達なんていう個性なんてない、ただの商売目的の音楽だ。それでもいいなら──」

 

 息を吸って、俺はその先の言葉を吐き出す。

 

「──勝手にしろ」

 

 自分でも驚くくらい低く、底冷えするほどの声でそう言った。

 

 

 気付けば辺りは暗くなり、街路灯がつき始めた。隣を見ればもう既に友希那とリサの家の前まで来ていた。

 静寂が俺と友希那を包み込む。しかし、そんな静寂は前方から駆け寄ってくる人物によって掻き消された。

 

「やっほ~! 友希那! ショウ!」

 

 私服姿に身を包むリサが栗色の髪を揺らしてこちらに来る。

 

「リサ……」

「おかえり、友希那♪ ショウもお疲れ~! バイトだったんでしょ?」

「……あ、あぁ」

「ん? 何かあった? 二人共暗い顔してるけど……」

 

 流石に、さっきまでああいう会話をしていたら暗い表情になるか。

 俺はなんでもない、と言って首を振る。

 本当はリサにさっきの事を言いたい。しかしあの話は友希那本人がしなければ意味が無いと俺は思う。俺が言えば、自分でも混乱気味なのに皆を混乱させてしまう。

 

「友希那もなんでもないの?」

「……えぇ、なんでもないわ」

「そっ……か。でもさ、友希那。本当にヤバい時は、ちゃんとアタシに話してね?」

「……」

 

 話す気はないか。ここで話をしてくれれば、少しは好転するかと思ったのだが。

 とりあえず、今はこの話題から切り替えよう。リサも気まずそうだし。

 

「リサ、今日はあこと燐子とお茶会してたんだろ? どうだった?」

「あっ! そうだったそうだった! 二人にさ、提案があるだけど」

「「?」」

 

 にひひ、とリサが白い歯を見せて笑う。

 

「Roseliaの衣装、作ってもいい?」

 

 リサからお茶会での会話を聞き、だいたいの事は理解出来た。

 すなわち、統一感が無くてリサだけギャルっぽくて浮くから衣装作らないか、という事だ。さりげなくあこが紗夜の服装を『ちょっとアレ』と言ったらしいが、まぁ、衣装があれば統一感が出て演奏の締まりも良くなるだろう。

 しかし、友希那がスカウトを受けるかもしれない状況下でこの話はキツイのがある。

 

「俺は……いいと思うぞ。……友希那は?」

「……好きにして……」

「へへ☆ ありがとー! 皆にメッセージ送っとこー♪」

「……私はもう帰るわ。それじゃあ」

「あ、うん! また明日ね~友希那!」

 

 足早に去って行く友希那を見送り、家の中に入っていく彼女を見届けて俺は軽く息をついた。

 

「やっぱり……何かあった?」

 

 困ったように笑って、リサは俺にそう尋ねてくる。

 今ここでリサに全てを話してしまえばどうなるだろうか。混乱させて状況が悪化するか、否か。言わなければ最悪、知った時が後手に回ってRoseliaの解散の可能性が高くなる。

 どうしたらいいんだ、俺は。

 

「ちょっとショウ、ホントに大丈夫? 顔色悪いし怖い表情(かお)してるよ?」

「っ……あぁ、大丈夫」

「……ねぇ、ホントは何かあるんでしょ? アタシには言えない事……?」

 

 友希那が言わないと意味が無い事は明白だ。しかし、今の彼女が言わないというのも目に見えてわかる。そして最後になって告げて最悪の事態を招きかねない。

 全てをリサに話して彼女と協力していけばなんとかなるかもしれない。

 

「…………いや、聞いて欲しい。Roseliaに関わる事だから」

「Roseliaに関わる事……?」

 

 目を見開いたリサはどういう事なの、と問いかけてくる。俺はごくりと生唾を飲み、口を開いた。

 

「友希那が事務所からスカウトされてる。しかも、フェスにコンテスト無しで出場させるという条件付きで」

「え!?」

「友希那も悩んでるみたいで、返事は待ってもらってる状態」

 

 話を聞くリサはむぅ、と唸って腕を組む。

 

「Roseliaとして軌道に乗ってきたのにここでそう来るかぁ……」

「あぁ。フェスに出るっていう目的は達成されるけど、問題はそのあとだ。残された俺達はどうするか。続けるか、解散か」

「絶対嫌」

 

 俺の最後の言葉を聞いた瞬間にリサは即座に首を振った。

 

「アタシは今のRoseliaがいい。だって、友希那があんなに楽しそうに歌ってるんだもん。……ずっと、そばで見てきたからわかる」

「俺もそう思う。だから、なんとしても友希那にはこのままRoseliaのボーカルとして居てもらう」

「でもどうするの? アタシ達二人だけで」

 

 確かに俺とリサだけだと正直に言って力不足だ。出来る事も限られてくる。しかし、俺達には心強い味方がいる事をリサは忘れている。

 俺は鼻を鳴らしてニッ、と口の端を吊り上げた。

 

「俺達だけじゃないだろ? まだ協力出来る奴らが残ってるさ」

「あっ、そっか! じゃあアタシメッセージ送っておくね♪」

 

 頼んだ、とリサに言い、俺はスマホを取り出してメモ帳のアプリを起動させる。そしてタイトルには、安直だがこう綴った。

『湊友希那の改心作戦』と。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

「っ! また……」

 

 友希那と将吾がまだ話している頃、氷川紗夜は安定していないフレーズの練習のため自室にてギターの練習を行っていた。

 何度も何度も同じフレーズを練習しても精度が上がらず、彼女は思わず舌打ちを打つ。

 ──何度もやっても精度が上がらない……! …………ダメね、集中力が足りてない。少し休憩した方が良さそうね。

 苛立っている事に自分で気付き、紗夜は肩にかけていたギターを傍らにあるスタンドに立て掛け、休憩に入ろうと座っていたベッドから立ち上がった。

 

「……っ!」

 

 瞬間、少し酷い目眩が紗夜を襲った。ガタッ、と膝をついて彼女は目元に手を当てる。

 

「おねーちゃん!?」

「……日菜」

 

 先程の膝をついた音が妹の日菜にも聞こえたのか、焦ったような表情で彼女が紗夜の部屋に入ってきた。

 急いで紗夜に駆け寄り、背中に手を添える。

 

「大丈夫!? おねーちゃん!」

「……えぇ、大丈夫よ。少し立ちくらみをしただけだから」

「…………」

 

 慌てる日菜に彼女は手を挙げて制し、苦笑を浮かべた。最初は不安そうな日菜だったが、顔色に変化がないのを確認してふぅ、と安堵の息をつく。

 ふと、日菜は疑問に思った。

 いつにもの姉もならなりふり構わず怒鳴るはずではないかと。

 

「ぁ、じゃああたし部屋戻るね。おねーちゃんの練習の邪魔しちゃ悪いし……」

 

 大好きな姉に避けられているというのは自覚している。自身を煩わしく思われているという事も。

 それが嫌で日菜は部屋から出ようと立ち上がる。そのまま去ろうとしたところで、紗夜が彼女の手を掴んだ。

 

「待って、日菜」

「!? な、なにおねーちゃん」

「少し、話をしましょう」

「……おねーちゃん……?」

 

 今までにない、落ち着いた雰囲気の姉を見て、日菜は首を傾げた。

 目眩が和らいでから二人はベッドに並んで腰掛けた。最初は黙ったままだったが、先に口を開いたのは紗夜からだった。

 

「日菜、ギターを始めたのよね」

「う、うん。面白そうだなーって」

 

 そう、と紗夜は会話を一旦切る。

 そして彼女は少し視線を落として独り言を呟くように話だす。

 

「私は……日菜に真似されたくない、負けたくない、そう思ってギターの技術を高めてきた」

「……」

「でも、日菜はギターを始めた。私にはギターしかない。いつも真似されて私より好成績を残して」

「あ、あの……おねーちゃん」

 

 紗夜のその独白に対し、日菜謝ろうと言葉を紡ごうとするが、紗夜は首を振って日菜を見てふっ、と微笑んだ。

 

「謝らなくていいわ。紅宮くん……Roseliaのサポートをしてくれている人に相談したら、日菜の気持ちも少し理解出来たから」

 

 紅宮、その名を聞いて日菜は学校で度々耳にする名だと思い出した。羽丘と近い場所にある共学の高校の男子生徒で、何かと商店街や学校周辺で人助けなどを行っているとたまに話題に上がる。

 姉が所属するバンドと一緒のリサとの会話にも、話す時には度々名前が出てくる。

 

「今はまだ、私自身気持ちの整理が出来ていないところもあるけど……とりあえずこれだけは言っておくわ」

 

 微笑みから一転、紗夜は好戦的な笑みを浮かべた。

 

「私と同じギターをやる以上、日菜、貴女が私に追い付く事は無いわ。何故なら、私が貴女を蹴落とすもの」

 

 その言葉を聞いて、日菜は心が踊った。彼女の言葉で言うならば、るんっ♪ と来た、だろうか。

 昔と同じように、一緒に同じ事が出来ると日菜は心の底から嬉しく思った。

 何より紗夜からの、言わば挑戦状。

 

「今のおねーちゃん、すーっごくるんっ♪ って来た!」

 

 そう言って彼女は無意識に紗夜に抱き着いた。

 

「ちょっ! 日菜、離れなさい! ……もうっ。休憩が終わったら離れてちょうだい」

「はーい!」

 

 文句を言って離れようとする紗夜だが、離れないで抱き着く力を強める日菜に彼女は諦める。

 そんな時にポンッと紗夜のスマホに通知音が鳴った。

 

「おねーちゃんメッセージ来たよー?」

 

 紗夜のスマホを手に取って、日菜は彼女に手渡す。ありがとう、とお礼を言って紗夜はメッセージを確認する。送り主の名前には『今井リサ』の名前がある。

 

「今井さんから? っ!? これは……一体……?」

 

 そのメッセージの内容を確認した紗夜は驚きで目を見開いた。

 友希那がスカウトを受けている。そして返事は検討中という大まかなものではあったが、大体の理解は出来る。

 

「これは……なんとかしないといけないわね」

 

 紗夜も将吾やリサと同じだ。やっと見つけた自分の場所。それを失いたくないと言う気持ち。

 スマホを見れば招待されたグループには燐子とあこも驚きのメッセージが送られ、なんとかしようというものもある。

 以前に練習終わりにあこから言われた。自分だけのカッコイイを見つけるためにこれから頑張る、と。紗夜もその時に強く当たってしまって悪かったと謝った。

 皆、目指すものがある。友希那もそうかもしれないと思う紗夜だが、こんな中途半端な状況では納得出来ない。

 この状況をどうしようか、と紗夜は日菜と共に考えるのだった。




だいたいわかったと思いますが赤恋はこんな感じでいきます。
恋愛面とバンスト面の両立は大変ですが頑張っていきます。

感想、評価お待ちしております。あと、誤字報告もあればよろしくお願いしまーす!


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十二曲 六人で

お久しぶりです。

大変遅くなり申し訳ありませんでした。
リアルの事や別の事情で執筆する時間がなく、遅れました。
以後このような事がないように努めますので、よろしくお願いします。


 

 

 数日後。

 あれから数日が経ち、友希那のスカウトの話を皆にしてから最初の練習の日がやってきた。

 スタジオには俺とリサ、紗夜がいつでも練習出来るように準備していて、二人共苦手なところを克服しようと個人練習をしている。

 紗夜の正確なギターの音色が続き、そろそろ彼女が苦手とするフレーズに差し掛かる。ミスなく終わりそうな雰囲気だったが、途中、音が少しズレた。

 

「……」

 

 一通り終わった紗夜は黙って自分のギターを見つめる。

 俺とリサは苦笑いを浮かべて互いに顔を合わせて、また紗夜を見た。

 

「紗夜ー? まだ早いし少し休んだ方がいいんじゃない?」

「そう、ですね。些か不満ですが」

 

 リサの言葉に頷き、紗夜はその藍色のギターを床に置いてあるスタンドに立て掛ける。俺は彼女に水が入ったペットボトルを投げて渡した。

 

「ありがとうございます」

「あともう少しで皆集まるだろうしそれまで休憩な」

 

 リサにもペットボトルを渡し、俺も喉が渇いたため自分用のものを飲んだ。休憩中、紗夜にどうしたら改善できるか訊かれ、中学の時に少ししか触れていない俺は彼女に何も答えてあげることが出来なかった。リサもベースしか触れていないため、俺同様答える事が出来なかった。

 しかし、何もしないで見ているだけなのは嫌なので、今どこかでライブをやっているであろう親のバンドグループのギタリストに訊いてみる、と伝えた。

 しばらく二人と話していると、リサのスマホが鳴り出した。リサがスマホの画面を開いて確認すると、神妙な表情でこちらを見てくる。

 

「何かあった?」

「あこからメッセ来たんだけど……友希那がホテルでスーツの女の人と話してるのを見たって」

 

 ピクっ、と紗夜の眉が動いた。

 おそらく、そのスーツの女の人は友希那をスカウトしに来た事務所の人間だろう。とりあえずあこ達には友希那より早くスタジオに着いてもらおう。友希那より遅かったらそれで一悶着ありそうだし。

 

「だいたい想像出来る。とりあえず、あこ達に早めに来るように言っといてくれる?」

「うん、わかったよ」

 

 リサに指示を出し、彼女はすぐにスマホに文字を打ち込んでいく。打ち終わってすぐにあこから返信が来て、もう既に移動しているようだ。行動が速いのはおそらく燐子の判断だろう。

 

「ねぇ、ショウ。どうしたらいいんだろ……?」

 

 リサが不安そうな顔でスマホを見つめて俺にそう問う。

 

「今は友希那を待つしかないと思う。皆の気持ちを伝える事ができれば、あいつも考えが変わるとは思うけど……」

「こればかりは湊さんが来ないとわからないですね」

 

 何はともあれ、皆が集まらなければ話にならない。

 友希那の事だから何も言わずに練習をするだろう。最初は練習してその後にでも訊くとしよう。

 その後、あこと燐子がやって来て、すぐあとに友希那もスタジオに着いた。その時の彼女の表情は、凄く迷っているようだった。

 それを気付いたのは長い間一緒にいた幼馴染のリサはもちろん、俺達全員だ。友希那は取り繕っていると思っているが、とても取り繕えてなどいない。

 

「……待たせたわね。さぁ、練習するわよ。時間が無いわ」

 

 迷いと焦り、その感情が滲み出ていて、あこと燐子が不安そうに友希那を見つめる。

 俺はパンパン、と柏手を打って明るく声をかけた。

 

「はいはい、練習やろうぜ。BLACK SHOUTの完成度も上げたいし、今日はそこを重点的にやろう」

「んっ、そーだね♪ ほらあこと燐子ー? ぼーっとしてないでやろうよ☆」

「あ、うん! ちょーっと待ってて! スティック出すから!」

 

 リサとアイコンタクトをして場の空気を変えてもらう。やはりこういう立ち回りが上手いのはリサだ。空気が読めて人の気遣いができるのは助かる。

 あこがバックから自分のスティックを取り出し、ドラムの方へ走っていく。その時に、まだ先程のホテルの件が尾を引いているようで、足を何も無いところで躓かせた。

 

「わわっ!?」

「まったく……少し落ち着いたらどうなの、宇田川さん」

「紗夜……さん、ありがとうございます!」

 

 慌てて支えようと俺が動き出したが、それより早くドラムの近くにいた紗夜があこを支えた。その表情はまるで妹を見るような暖かいもので、この前の棘のあるような雰囲気ではない。

 紗夜とあこも大丈夫そうだな。燐子もリサと打ち解けて笑顔が見えてるし、安心だな。

 

「さっきショウが位置とか合わせてたからすぐ弾けると思うよ」

「あ、あり……がとう、ショウくん……」

「おう、それが俺の仕事だからな。……友希那、マイクはどう?」

 

 ほんの少し胸を張ったあと、友希那にも確認を行う。大丈夫よ、という素っ気ない返事をもらい、練習を始める。

 BLACK SHOUTの厳かなイントロが流れ、友希那が歌い出す。あこやリサの細かなミスが出てくるが、今は全部通して、最後に指摘する形でいいだろう。

 そろそろ終盤に差し掛かった時、友希那の集中力が切れた。先程まで涼しげに歌っていた彼女の表情は苦悶の色に染められ、若干声量が下がった気がする。そのまま最後を迎え、友希那はまずあこに体を向けた。

 

「あこ、走り過ぎよ。もっと合わせてちょうだい。リサも、あこにつられてペースが乱れていたわ」

 

 確かに友希那の言う通りだ。だが、指摘を受けるのは何もリサとあこだけじゃない。

 

「そういう友希那も、集中力が切れてなかったか? 最後、声量も少し下がっていた」

「っ……えぇ、そうね。気を付けるわ……」

 

 そういう彼女の眉は顰められ、まだ集中出来そうではなかった。

 

「友希那、スカウトの件……まだ悩んでんのか?」

「っ!」

 

 スカウトの話を切り出した俺に驚き、友希那はリサと紗夜、あこ、燐子を順に見てまた驚く。大方、スカウトの話を聞いても驚かない彼女達を見て驚愕しているのだろう。

 

「さっき、ホテルで女の人と話してるのを見たってあこ達から連絡を受けてな。友希那には悪いけど、俺から皆にスカウトの件は話してる」

「……そう。…………えぇ、まだ私はスカウトを受けるかどうか悩んでいるわ」

 

 俺達と顔を合わせないように視線を落として語る。そんな友希那に対し、紗夜は真っ直ぐに彼女を見つめて、いや睨んで口を開いた。

 

「湊さんは、自分だけがフェスに出ることが出来さえすればそれでいいと、そう思っているんですか?」

「っ! …………私、は……」

 

 逡巡するように、友希那は瞳を揺らす。

 

「友希那さん……あこ達は、フェスに出るための捨て駒だったんですか……? あこ、せっかく目標出来たのに……」

 

 ドラムの目の前に座るあこがドラムスティックを握りしめて友希那に問いかける。すると彼女は紗夜に向いていた体をガバッとあこの方に向かせた。

 

「それは違うわ! ……確かに、最初の時はフェスに出るために集めてた……」

 

 けど、と言葉を続けて彼女は次に俺の方を見てきた。

 

「この前ショウに言われて気付いたわ。スカウトを受ければ確かにコンテストに出ること無くフェスに出られる。けれど、受けてしまえば自分達の()なんて無く、ただ売るための音楽に成り下がる」

 

 どうやら、俺がこの間言った言葉は届いていたようだ。それが気付くきっかけになれたのなら良かった。

 

「結論から言うわ。私は、スカウトを断ろうと思う」

 

 その言葉を聞き、俺達五人は目を見開く。

 

「皆が集まって練習をして、気付けば私はお父さんの事よりもRoseliaの事ばかりで……」

「……お父さん?」

 

 友希那の父親の事を知らない紗夜とあこ、燐子が首を傾げてわからない、といった表情を浮かべた。

 

「本当の私は、ただ私情のために音楽を利用してきた人間よ」

 

 そこから語られる友希那の父親の話は、いつの日か、俺の母親から聞かされた話だった。

 友人のバンドが苦しんでいて、何もしてあげられない事を悔やんでいたのを当時中学生だったのを今でも覚えている。

 父親のことを語り終えたあと、紗夜はそのバンドを知っていたのか、驚いたように目を丸くした。

 

「そのバンド……雑誌で見た事あるわ。インディーズ時代のものは特に名盤だって……。湊さんのお父さんが……そうだったの……」

「私はRoseliaを立ち上げ、私情を隠し、自分たちの音楽を極めると偽り、自分のためだけに貴女達を騙した」

 

 申し訳なさそうに顔を歪め、友希那はまた視線を伏せる。

 

「……私と違って、貴女達の信念は本物よ。──だから、こんな私はRoseliaから抜けるべきだと思う」

「お、おい──!?」

「ちょっと、待っ──」

「あ、あこだって──!」

 

 俺達五人は驚き、声を上げる。

 何も抜ける事はないだろうと、言いかけた瞬間、友希那は俺達の言葉を遮って口を開いた。

 

「──でも! でも私は……こんな自分勝手で、理想も信念も元を正せばただの私情だけど……! このメンバーで音楽がしたい……! リサがいて、紗夜がいて、あこがいて、燐子がいて……ショウがいて……この六人じゃなきゃダメなの!」

 

 都合が良すぎるのもわかっている、と繋げ、友希那は今思っている事を話してくれてた。

 

「……俺も、そう思う。このメンバーじゃなきゃ、意味が無い。友希那は私情を持ち込まないって言ったけど、始める理由や続ける理由なんて私情まみれだろ。高尚な理由なんて後付けだって思うぜ、俺は」

 

 そう言うと、あこがドラムスティックを振って立ち上がった。

 

「そーだよっ! あこだっておねーちゃんみたいに、って始めたんだし! 友希那さんの理由と全然一緒だよっ!」

「わたしも……自分を、変えたくて……自信を持ちたくて……」

「アタシは友希那と……まっ、言うまでもないか♪」

「抱えているものは、それぞれにあっていい。どうしても手放せないから、抱えているのでしょう。だったらそのまま進むしかない。……そうじゃない?」

 

 あこに続き、燐子とリサ、紗夜が友希那に言葉を送る。

 

「それに、私もこのメンバーで音楽をしたい」

「あこも! したい! りんりんはー?」

「わ、わたしも……した、い」

「もちろん、アタシもだよ♪ ショウは? たまには一緒に演奏してくれるよねー?」

「え、俺はサポーターだし……わかったっての、睨むなよリサ」

 

 皆思っている事は一緒のようで、笑って頷き合う。

 

「皆……」

 

 微かに目に涙を浮かべ、友希那はごく僅かに頬を緩めた。

 んじゃ、と俺は友希那の方に歩み寄って自分より低い位置にある彼女の頭を撫で回す。ちょっと、と嫌がる友希那を無視して、俺は頬を吊り上げて笑う。

 

「Roseliaとして、フェス──FUTURE WORLD FES.のコンテストに出場する。それでいいな、皆?」

「「「「はい!」」」」

 

 リサ、紗夜、あこ、燐子が声を揃えて返事をする。俺はただ一人返事をしない隣の人物に視線を送った。

 

「友希那、返事は?」

「えぇ……もちろんよ。皆、ありがとう……」

 

 その表情は、覚悟を決めたいい表情だった。

 

 




ドリフェスが始まりますね。
私はリサを引くために課金します。誰か、私の骨を拾ってください()

今年最後の更新です。
元旦にも更新されますのでお楽しみに(*´꒳`*)

それでは皆様良いお年を( *>ω<*)/


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十三曲 緊張

元旦に間に合わなかったの辛い……。
すみません、リアル雨河さんが北海道に来てて遊びで書く暇ありませんでした。
申し訳ないです。

そして、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いしますm(_ _)m


 

 その後、スタジオの借りている時間が過ぎてしまい、練習は解散。友希那はスカウトしてきた事務所に断る旨を伝えると言っていた。

 なにやらあこと燐子がそわそわしていたが、どうやら衣装があこの分が作れたらしく、感想を聞いて欲しかったようだ。感想を聞くのは紗夜に任せて、俺はリサがバイトが終わるまで暇を潰す事になった。

 どうせ夜に俺の家でベース練習したり一緒にご飯を食べたりするし、バイトが終わって一緒に帰る事にしたのだ。

 ふと、空を見上げるとオレンジ色に染まるはずの空が暗い分厚い雲が空を包んでいた。

 

「雨が降りそうだな……」

 

 暇を潰していた本屋から出て俺はそう独りごちる。

 雨は苦手だ。ギターやベースのネックが湿気で曲がる時だってあるし、外へだって出たくても出られない。

 そんな事を思いつつ、別の所で時間を潰そうかと思った時、俺の近くの路肩に乗用車が一台停まった。

 何事もなく素通りしようとすると、窓が開かれ、アホみたいに元気な声が聞こえてきた。

 

「ショウくーん! やっほー!!」

「雨河、さん?」

「今からバイト行くんやけど、ショウくんもどうー? 飲み物奢ったるでー!」

「は、はぁ、いいっすけど」

 

 雨河さんのいつも通りのバカみたいなテンションに圧倒されつつ、俺は彼の車に乗る。雨河さんは俺がシートベルトを締めた事を確認して車を動かした。

 

「今井ちゃん迎えに行くと思って行きしなに拾おうと思ってな!」

「あ、そうだったんすか」

「それに早く着いても暇やからなぁ」

「本音それっすよね絶対」

 

 明らかにリサ云々の話なんてどうでも良くて、単純に暇を潰したかったんだな。いや、別にいいんだけどな。俺自身も暇を持て余していたんだし。

 

「いやー、最近つぐが倒れてな? アフロのメンバーも忙しくてあんま話せんくて」

「え、つぐみが倒れたんですか?」

「そうなんよ。生徒会の仕事とかバンドの練習を無理してて倒れたんやわ」

 

 Afterglowの方も大変のようだ。

 雨河さん自身、モカや巴、ひまりから聞いただけであまり状況把握が出来ていないため上手く動けずにいるらしい。加えて蘭が元々良くなかった父親との関係が悪化して不安定だということもあって、彼は相当頭を抱えている。

 

「蘭の家は結構長い華道の家でなー? 親父さんは蘭がバンドをする事に渋ってるみたいで、そんで衝突してるんや」

 

 今はもっとやべぇと思うけど、と雨河さんらしからぬ苦笑いを浮かべて言う。

 それから今日のRoseliaの事やアフロの事を話し合い、雨河さんは何かを思い付いたのか犯罪者のような悪い顔をしていた。解決したようで何よりである。

 リサがバイトするコンビニに着き、雨河さんが事務所入ってええでー、と言うので入らせてもらう事にした。その時にコンビニの中に入るので必然的に、仕事をしているリサと会った。

 

「あ、あれ、ショウ、どーしたの? まだ早いと思うけど」

「暇潰ししてたら雨河さんに捕まってさ。飲み物奢ってくれるって言うからついてきた」

「あはは……子供じゃないんだから、そーやってついて行かないの!」

 

 困ったように笑って、まるで母親のような事を言って人差し指を俺の胸に突き付けてくる。しかし考えてみて欲しい。どっちにしてもコンビニまで来るのだから早くてもいいのではないか。

 

「どうせリサを迎えに来るんだし変わんないだろ?」

 

 俺がそう言うとリサは何も言わなくなった。微妙な表情を浮かべてうーん、と唸る。

 そんなリサに雨河さんが近付き、快活に笑って手を挙げた。

 

「おはー、今井ちゃん!」

「あぁ、なんだ雨河さんか。おはよーございまーす」

「ちょ、冷たくね今井ちゃん!?」

 

 さして興味もないかのようにリサは事務的に挨拶を返した。当然雨河さんは反応するが彼女は全くそれに取り合わない。

 

「いつもの事じゃないの〜?」

「モカもそんな事言わんといてや!?」

 

 お客が居なく暇だったのだろう。モカがトン、と彼の肩に手を置いた。

 その後雨河さんに飲み物を買ってもらい、リサと雨河さんが入れ替わるまでバンドの事や、北海道に最近出てきたバンドの事も聞いた。全員男と言っていたが、その実力は今のRoseliaと互角なのだとか。

 これは俺達も負けられないな、と闘志を燃やしているとリサが終わりの時間を迎えたのか、事務所に入って来た。

 

「おまたせー! 終わったよショウ!」

「お疲れ様。ゆっくりでいいから、着替えて来いよ」

「はーい♪」

 

 パタパタと更衣室に入って行くリサを見送ると、雨河さんが店頭に立つために、パソコンの前に置いてある椅子から立ち上がる。

 

「んじゃ、ショウくん! 今井ちゃんの事よろしくなー! 今日はありがとうー!!」

「いんや、俺もありがとうございました」

 

 おーう、と去り際に手を振って雨河さんは事務所を出ていった。

 ホント、あの人は相談に乗る時とかはいい先輩なのに、真面目モードが短いのが玉に瑕だ。直ぐにちゃらんぽらんな人に変わってしまう。本当に不思議な人だ。

 

「よし、着替え終わったよ。買い物して帰ろっか?」

「そーだな。今日はあんまりバンド練習も出来てないし家でして行くか?」

「あ、うん! して行きたいかな♪ もうベースを弾きたくて弾きたくて! ほらほら、決まったなら早く買い物して行こーよ☆」

「ま、待て待て……はしゃぎ過ぎだってリサ」

 

 俺の手を引いて連れ出すリサについていき、事務所を出て次にコンビニを出る。出る時に雨河さんとモカの二人に挨拶をするのは忘れずに出て、今日の晩御飯のための買い物にそのまま向かう。

 最初こそ二人でよく行くスーパーのレジのおばちゃんに何故か訝しげな目で見られていたが、今ではなにやら生暖かくて気味の悪い目で見られている。

 さっさと買い物を終わらせ俺の家に帰り、リサがエプロンを着けてキッチンに籠る。やけに張り切っていたので邪魔しない方が良さそうだ。怒られるのは勘弁だ。俺は黙って一階に降りてきたナウを構っていよう。

 

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 

「リサそこ違う」

「うっ……はい……」

「タイミングズレた、もう一回」

「りょ、りょーかい……」

 

 ベース練習をする時のショウは凄く厳しい。

 普段あんまりそういう厳しめの事は言わないから余計にそう感じるかもしれない。

 最初は普段と練習の時のギャップが凄くて戸惑ったけど今ではもう慣れた……んだけど、厳しくてたまにアタシは泣きそうになる。

 その分上手くいって褒められた時は凄く嬉しくて飛び跳ねそうになった事もあった。

 今はアタシが苦手なフレーズの所を練習してて、過去にショウも苦手な所だったらしい。

 

「次上手くいったら終わりにしよう。少し遅くなっちゃったし」

「え、もうそんな時間?」

「あぁ。リサが熱心なおかげで俺も時間を忘れてたよ」

 

 そっか、もう結構な時間練習したんだ……。全然気付かなかったや。よし、次こそは上手く弾いてみせる。少しでもいいからショウに追い付きたい。

 

「じゃあ……お願いショウ」

「おう。リラックスな、リサ」

 

 うん、と頷き、アタシは紅いベースを構える。

 課題曲の序盤から始めていき、苦手なフレーズな所に差し掛かる。しっかりとスピーカーから流れるドラムのリズムを聴いて、アタシはベース特有の太い弦をピックで弾いた。

 ネックに添える手を出来るだけ滑らかに動かし、音をよく聴きタイミング良く弾いていく。

 集中すればするほど感覚が研ぎ澄ませれていく。Roseliaの皆と弾く時はまた違う感じで、形容しきれない感覚。

 気付けば曲は終わっていて、アタシはベースから目を離して目の前のショウを見た。

 

「どう……だったかな?」

 

 訊いてみると、彼はパチパチと目を瞬かせて呆然としていた。

 

「ショウ? ショウってば。……おーい、将吾〜?」

 

 名前を呼んでも反応がないから、初めてあだ名のショウではなく将吾と呼んだ。すると、彼はハッ、としてアタシを見る。

 

「ご、ごめん。あまりにも良くてボーッとした」

「ビックリしたよ、反応ないんだもん」

「悪い悪い。……うん、予想より何倍も良くなっててイチャモンの付けようがないな」

「ホント!? やった!」

 

 ショウに笑顔でそう言われ、アタシは小さくガッツポーズをとった。それを見たショウはあはは、と笑って機材の片付けを始めた。

 アタシもベースをケースにしまってショウの手伝いをする。

 数分で終わり、アタシ達は防音室から出た。瞬間、ドラムの音を大きくして酷くさせたような音がアタシ達の鼓膜を叩いた。

 

「ひゃっ!?」

「うおぅ!?」

 

 ビクッと肩を震わせ、アタシは咄嗟にショウの服を掴んだ。

 

「な、なんだ、今の音」

「楽器が落ちた音とかじゃないよね……?」

 

 もし幽霊だったらどうしよう……アタシ無理なんだよぉ……。

 若干泣きそうになっていると、次は外からバケツをひっくり返したような水音が聞こえてきた。アタシはビックリして掴んでいたショウの服に力を入れた。

 

「え、あ、雨……?」

「おいおい、台風が来たとかじゃないだろ……? なんでこんな酷いんだ……」

 

 アタシ達がリビングに行くと、さっきの大きな音──雷に驚いたのであろうナウちゃんがアタシに飛び込んで来た。

 怖かったのか震えている。

 

「お、おい、リサ……」

「どーしたの?」

「……これ見ろよ」

「?」

 

 テレビを付けたショウが頬を引き攣らせてアタシを見た。

 アタシは首を傾げてリビングに置いてある大きめのテレビを見た。すると、ニュースにはこの雨は明日のお昼まで続くと放送されており、アタシの頭は真っ白になった。

 

「今、窓から外見たけどとても傘さして帰られるものじゃないぞ……」

「え、えっと……これ、どーしたらいいんだろ」

「最悪、泊まるしかないな。これは」

 

 厄介な事が起きた、と頬を引き攣らせる。

 

「え、えと……その……車とかは?」

 

 それを見てアタシもつられて頬をひくつかせた。

 

「今ここにいるか? 車運転出来る人。他の人にも頼もうにもこの天気だと厳しいぞ」

「そ、そーだよね。あ、あはは……」

 

 あはは、と乾いた笑い声を上げ、アタシ達は頭を抱えた。

 

「……俺の家、ゲストルームあるんだけどホコリだらけだし親のファンの贈り物とかで埋まってるんだ……。親の部屋も入る事禁止されてて……」

「……う、うん?」

「俺の部屋しか使えない」

 

 え、えと、それはショウと同じ部屋で寝るとかそういう……!? え、あの、嫌だとかそんなのとかじゃなくてすっごい恥ずかしいんだけど!

 そう思った途端顔が熱くなってきて、心臓がバクバクと音を立てて鼓動し始める。

 

「まぁ、俺はリビングで寝るようにするし、リサは気にせずに寝て構わないから。ちょうどよく昨日布団新しくしてな。新しい洗剤にもしたし、いい匂いだぞ」

 

 手を左耳に当て、ショウは視線をアタシから逸らして言う。

 あの、あの……そーいうのはアタシが意識しちゃうからやめて欲しいかなー? 胸がぎゅぅって締め付けられて苦しいから。

 

「う、うん。わかった」

「とりあえず浴槽洗ってくるわ。練習して汗かいただろ?」

「そ、そーだね」

 

 そう言ってショウはお風呂場に行ってしまった。手が空いたアタシはナウちゃんを抱いてソファにポスっと座り込む。

 すぅ、と息を吸ってアタシはナウちゃんのモフモフな毛に顔を埋めた。

 

「あぁぁぁぁ……! なにこれすっごい緊張するんだけど……!?」

 

 ビクッ、とナウちゃんが震えたけどそのまま抱かれ続けている。

 男の子の家に泊まるのなんて初めてだし、それよりも男の子の家でお風呂借りるとかハードル高いと思うんですが!

 そうやって悶えていると浴槽を洗い終わったショウが帰ってきた。

 

「リサ、すげー顔赤いけど大丈夫なの?」

「大丈夫だから! 気にしないでいいよ!」

「そ、そうか」

 

 食い気味に即答してしまったからか、若干引いたようにショウが返事をする。

 というか、なんでショウは少し時間が経ったら普段通りになってるのかな。アタシなんてまだ恥ずかしいし緊張してるんだけど。いつも家に来ているとはいえ泊まる事やお風呂借りるのとは違う。

 

「悪いけど、着替えも俺のしかないんだ。大きいけど許してくれ」

 

 やっぱりそうなるよね。そうだろうなと薄々思ってたけど。

 アタシはわかったー、と頷いた。

 まだまだ夜始まったばかり。アタシの心臓、大丈夫なのかな……?

 

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 

 とくにトラブルなども起きず、俺達は順番に風呂に入った。リサに俺の部屋に案内し、適当に彼女にラノベやら少女漫画、恋愛小説を手渡す。

 

「男の子の部屋に初めて入ったけど、想像してたよりずっと綺麗だね?」

「そりゃ片付けくらいするだろ。ゲストルームまでは手が届かないけどな。あ、でも友達の部屋はすげー汚いぞ」

 

 飛鳥の部屋なんて足の踏み場がないほどだったからな。

 お部屋ならぬ汚部屋を思い出していると、リサが本を持ってそわそわして居心地悪そうに俺のベッドに座っていた。

 

「ん……? あれ、リサって俺の部屋初めてだったっけ?」

「そーなんだよね、結構ショウの家に出入りしてるはずなのに部屋に入った事無くてさ〜」

 

 あははとリサが笑うと、彼女の視線はとある所で止まった。俺もそちらに視線を移すと、そこには幼い頃の俺の写真が飾られていた。

 

「ん、あぁ、昔の写真か。親と一緒に演奏した時の写真とか飾ってんだ俺」

「見てもいい?」

「お好きにどーぞー」

 

 そう言って俺はベッドにドカッと座る。リサは立ち上がって写真を見ようと一歩歩こうとしたその時──

 

「え゛」

「へっ!?」

 

 シュルッ、と俺の服を着ていた、リサのハーフパンツが下がった。

 ちょうどいい大きさのTシャツを着ているせいで、俺の視界には彼女の可愛らしいピン──

 

 

 「見ないでぇぇぇぇ!!」

 

 

 俺が色を確認する瞬間に、パァン! と、顔を真っ赤にして、瞳に涙を浮かべたリサが俺の頬をひっ叩いた。

 




皆が好きそうな展開を書いてみた。
ラッキースケベとかこの作品やってなかったから、どうかな? 私は書いてて楽しかったです(*´꒳`*)



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十四曲 あの時

大変遅れまして申し訳ありません。
ゲームのイベントやらで遅れてました。


 

 

 リサにひっ叩かれた。

 じんじんと熱を持つ頬。俺は部屋に置かれた姿見で顔を確認した。頬には綺麗な紅葉が咲いていて結構強めにされたのだと理解する。心配するナウが俺の空いた手にすりすりと自分の体を擦り付けてきた。

 リサは今、ベッドの角に座って俺の枕を抱きかかえて、涙目で俺の事を睨んでいる。

 

「悪かったって、リサ」

 

 宥めるように笑いかけるが、頬が痛くて引きつったような笑みになった。リサは猫が威嚇するみたいな雰囲気でより一層強く睨み付けてくる。

 

「あー、ホントにごめんって……」

 

 どうしたらいいかわからなくて、ガシガシと乱暴に自分の頭を掻く。

 というか、ハーフパンツがずり落ちたのは俺のせいではないと思うんだけどな。渡した時に大きいから気を付けるように言ったはずだ。

 気まずい空気が流れる中、リサがはぁ、と溜息をついた。

 

「……まぁ、ショウのせいじゃないし、今回はもういいよ」

「ありがとうございます」

 

 許してくれなかったら泣きそうだった。俺は震える声でお礼を言う。安堵を覚えていると、その代わり、とリサが口を開いた。

 

「許してあげる代わりにアタシの質問に答えて欲しいかな」

「質問? 答えられるなら答えるけど」

 

 思ったより簡単な要望だったので首を縦に降る。

 リサに写真とって、と言われたので素直に従って、机に置いてあった写真立てを彼女に手渡す。その時に俺の指とリサの指が触れ合う。ピタリと一瞬リサが止まるが、次の瞬間にはひったくるように写真立てを奪われた。

 そんなに触れた事が嫌だったのか。いや、でも今日何回も触れた時あったし、なんなんだ一体。

 

 「……やっぱり」

 

 むむ、と唸っていると、そんなリサの小さな呟きが聞こえてくる。彼女の顔を覗くと得心がいった、というような表情をしていた。

 

「リサ? なんかあった?」

 

 どうしたのだろう、と思って訊いてみるがリサはしばらく黙り込む。俺もしばらく黙って首を傾げる。

 すると、彼女は視線を写真に固定したまま口開いた。

 

「ねぇ、ショウってさ今まで助けてきた人の事覚えてる?」

「え? 助けてきた人の事? まぁ、覚えてなくはないけど」

 

 少しだけなら、と言葉の最後に付け足す。

 結構昔から人助けをしてきたため、昔の頃は特に記憶が曖昧だ。印象的なものだったら覚えているかもしれないが。

 

「じゃあさ、ショッピングモールで迷子になった女の子とか覚えてる?」

「ショッピングモールで? ちょっと待ってくれ、思い出す」

 

 ショッピングモールで、か。確かに何度か女の子を助けた覚えはあるが、少し多過ぎてわからないな。

 リサにいつ頃なのか訊くと、俺達が小学四年生か三年生の頃だと言う。確か、その頃は俺が活発的で、いろいろな場所に駆け回っていた頃だ。

 ダメだ、余計にわからなくなった。

 

「悪いリサ、多過ぎてわからない」

 

 頭に手をやり、俺はリサに謝罪をした。すると彼女は視線を写真から俺に移して真剣な面持ちで俺の瞳を覗き込む。

 

「ホントにわからない? ミッシェルの像の周りで親探さなかった……?」

「ミッシェルの像……」

 

 そう言われると、去年の初冬にそんな内容の昔の記憶の夢を見た気がする。

 小四か小三の頃に、祖父母の家に引っ越す前にどうしてもここから出たくなくて悪足掻きでショッピングモールに逃げ込んだ。その時に迷子だった子を助けたのだ。

 

「リサ、それって両親ともう一人でショッピングモールにいなかったか? 思い当たる節としたらこれくらいしかない」

「うぅん、合ってるよ。……その子の事って覚えてる?」

「悪い、その子の顔を思い出そうとしてもモヤがかかって思い出せないんだ」

「……そ、っか」

 

 基本的に、一年や二年は覚えていても小四、小三の頃は覚えていない。

 俺の目を見つめていた彼女の瞳は大きく揺れ、次第に潤んでいく。すぐにリサは顔を俯かせた。

 そんな姿が、昔の記憶に残る少女と重なって見えた。

 もしかして、リサが話すその迷子の子って、リサ自身の事なのか? やけに積極的に訊いてくるしピンポイントな質問だし。

 俺はそう思い、彼女に訊いてみる事にした。

 

「もしかしてリサが、昔俺が助けた女の子だったりする……?」

 

 ガバッと俯いていた顔を上げる。リサのその眼には涙が溜まっていた。

 

「っ! ……うんっ、アタシ、ずっとショウにお礼言いたくて……! でも、タイミングがわからなくてさ」

「結構前から知ってたの?」

「一緒に海に行った時から」

 

 去年の夏の頃から……。そんなに前から知ってたのか。言えずにいたのはRoseliaの事や友希那の件があったからだろう。

 

「あの時、助けてくれてありがとう……! ずっと、言いたかったんだ」

 

 ニコリとリサが笑う。その時に眼から一筋の涙が滴り落ちた。

 その笑顔を見てズキ、と胸が痛んだ。今までにない程の痛み。幼馴染(あいつ)の事を思い出す時の痛みではない、心地の良い痛み。

 

「どういたしまして」

 

 俺も頬を緩めてそう口にした。

 

 

 その後、俺とリサは互いにあの時の事を思い出せる範囲の事を話した。

 俺はあの時、リサの両親ともう一人──友希那を見つけたあとまだ幼い彼女の背中を押して三人の下へ向かわせた。少し彼女達と話して別のところに行こうと思っていた矢先に、俺の事を探していた母さんと父さんに見つかり家に連れ戻された。

 リサとその両親がお礼を言おうとしていたらしく、タイミングが悪く、俺は既にその場からいなくなっていた。

 リサはその後しばらくショッピングモールやその周辺を通っては俺の事を探していたみたいで、それを中学に上がるまでしていたようだ。それを話している最中に怒られたが、全く俺は悪くないと思うのだが。

 高校に上がって俺と本屋で出会い、友希那も連れて一緒に海に行った時、俺がその時に言ったノリノリでいこーぜ、という言葉で、俺がリサを助けた人だと分かったらしい。

 

「ホント、よくもまぁ、覚えてるもんだなぁ」

 

 俺があの時言ったのなんて一回しかないというのに。

 感嘆していると、急に左側が重くなった。

 そちらに顔を向けると、リサが俺に寄りかかって寝息を立てていた。

 

「なんで寄りかかるかな……」

 

 普通に寝てくれたら掛け布団をかけて部屋を出て行ったのに。これだと一回起こさなければ。

 

「リサー、寝るならちゃんと寝ろよー。おーい」

「んぅ……」

 

 寝惚けているのか、子供がよくするイヤイヤをして、手を俺の服にかけ、しがみつくようにした。

 やめろ、なんでしがみつく。俺も寝たいんだ。もう深夜二時付近だし。

 

「リサ、ほら離し──」

 

 彼女の手を握って服から離そうとした瞬間、収まりつつあった外の豪雨が酷くなり、雷鳴を轟かせた。

 不意に来たため、俺はビクッと肩を震わせる。それに連鎖してリサも震え、目を開けた。

 

「な、なに、いまの……」

「雷だよ、結構でかい音だったな」

 

 チラリと窓を見るがカーテンに隠れて外の状況は掴めない。雨音がよく聞え、また土砂降りだという事がわかる。

 静かな部屋の中で、雨音と寝息が聞こえる。

 ……ん? 寝息?

 

「って、リサ何また寝てんの!? ちゃんと横になって寝ろよ!」

 

 手を掴んで離そうとしても離れない。無理やり立ち上がって怪我されても困るし。

 くそ、と内心で悪態をついて、溜息を吐く。俺は仕方なくそのままリサの方に体重をかけて彼女を押し倒した。

 シーツにリサの髪が広がり、香りが舞う。同じシャンプーを使ったはずなのにいい匂いがする。

 

「朝早く起きれば問題ないか……」

 

 俺も眠くなってきた。

 壁にかけてある照明のリモコンを操作して明かりを消した。

 重たい瞼を逆らう事なく閉じ、俺は両腕に温もりを感じたまま意識を手放した。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 優しくて、安心する温もりを感じながら微睡んでいると、急に寒くなった。

 アタシは無意識に隣に手を伸ばし、抱き寄せようとするが、手は空振り、アタシの手はシーツの上に落ちた。

 そこでやっとちゃんとアタシの頭は覚醒する。

 部屋に差し込む太陽の光で部屋の中は照らされ、その光でアタシの目を焼く。

 眩しくて、枕に顔を埋める。お日様のような香りですごく落ち着く。そこでふと、アタシは思った。

 この枕、アタシのじゃないよね、と。

 

「──っ!!」

 

 ガバッと体を起こして部屋を見渡す。

 ダークブラウンで統一された家具と本棚に大量に詰め込まれた本達。

 そうだ、ここはショウの部屋で、さっき顔を埋めたのは彼の、枕で……。

 

「あぁぁ……! なにやってるのアタシ……!」

 

 よく考えてみれば夜も枕を抱きかかえてた。

 今更ながら恥ずかしい。とりあえず、リビングに行こう。ショウ起きてるかもしれないし。

 そう思ってアタシは階段を降りてリビングに向かった。

 扉を開けるといい匂いがした。キッチンの方に目を向けると、料理をしているショウの姿があった。彼はアタシに気が付くと、ニッ、と笑う。

 

「お、起きたか。朝ごはん出来るから待ってろよ」

 

 その間ナウと遊んでて、と言ってまた調理に戻っていく。

 呆然と、アタシは調理に戻っていくショウを見て、胸に手を当てた。

 もう、無理かもしれない。胸が痛くて苦しい。アタシ、なんでこんなにも……。

 

 

 ──こんなにも、ショウの事が頭から離れないんだろ。

 

 




今回短くてすみません。
次回はしっかりと書きますので。どうか御容赦を……。


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十五曲 Re:birthday

大変遅くなり申し訳ありません。
いつもどおりの、文字数です(4500文字)

話の矛盾もあると思いますが、御容赦ください。


 数週間後、遂にやってきたFUTURE WORLD FES.に出場するためのコンテストの日。

 朝早くに俺の家でRoseliaのメンバー達は最終チェックを済まし、電車に揺られて会場前に着く。

 

「もう一度確認するけど、忘れ物とかないよな?」

「大丈夫だよショウ兄! りんりんとリサ姉に確認してもらったからっ」

 

 チラリとリサと燐子に目を向けると、二人とも笑顔で頷いている。大丈夫のようだ。友希那の方は大方リサが既にしているだろうから確認しなくていいだろ。紗夜もしっかりしてるし大丈夫だな。

 

「じゃあ、結果が決まったら連絡くれ。俺は残っても何もやる事ないからな」

 

 本当は中に入って皆を支えたい。だが、目の前の五人の顔を見ると、その心配はいらないと思った。皆、覚悟を持ったいい顔をしている。

 

「それじゃ、出し切れよ、皆」

「えぇ、もちろんよ」

「当然です」

「ショウに教えて貰ったんだから、当然だよ♪」

「ふっふっふっ……! 我が活躍を心して待つがいい!」

「が、頑張り、ます……!」

 

 五人ともそれぞれそう言って会場に入っていった。

 俺はくるりと会場に背を向けて駅の方に向かう。これからCiRCLEでバイトがあるのだ。急にバイトに出ていいか訊いて承諾も降りた。

 正直に言うと、体を動かしてないとRoseliaの皆のところへ行きそうになるからバイトを入れただけなんだけどな。

 

 

「──って、思ったのに暇過ぎでは?」

「あははっ、ごめんねショウくん」

 

 今日は休日のため、バンドを組んでいる人達が多く来るだろうと思ったのだが一切来ない。来たとしても、前にここで働いてた人が楽器を弾きに来たりするくらいだ。

 あまりにも暇過ぎて事の経緯をまりなさんに話した。苦笑いをして謝る彼女はそっか、と声を出す。

 

「今日だったね、FUTURE WORLD FES.のコンテスト」

「友希那が目指してたもんですからね。いろいろあったけど、そのおかげでそれぞれの目標ができた」

「皆の事、心配?」

「心配っちゃあ心配ですけど……どんな結果であろうと、あの五人なら大丈夫ですよ」

 

 例え、コンテストに受かる事が出来ず、フェスに出る事が叶わなくともRoseliaならそれをバネにしてやる気を出してくれるはずだ。

 

「愛されてるな〜Roseliaは」

「はいはい、そーですね」

 

 せっかく話の内容が良かったのにこうやってすぐ茶化す。この辺は雨河さんと一緒だ。初対面の時に仲良くなってたし。

 

「こんにちはー! 予約してた上原でーす!」

「いらっしゃい、ひまり。ちょうど暇だったんだ助かる」

 

 いよいよどうしようか、と思ったところでAfterglowの五人がやって来た。その後ろには雨河さんの姿もある。

 

「やっほーショウくん! 今日って確かコンテストの日やなかった?」

「そうですよね〜なんでショウさんが〜?」

 

 後ろからやってくる雨河さんとモカが俺にそう訊いてくる。

 やはり、Roseliaのサポーターをやっている事を知っている人からすると不思議に思われるようだ。事情を話すと雨河さん、モカの二人がニヤニヤとした気持ち悪い笑みを浮かべていた。

 

「こいつら……」

「リサさん達愛されてますな〜」

「せやなー! いやぁ、青春してるなぁ!」

 

 話すべきではなかったかもしれない。この二人に言えばこうやってからかわれるのは明白だったのに話してしまった俺の落ち度だろう。

 ぐぬぬ、と口をへの字に曲げていると、見かねたのか、蘭が溜息を吐いてくいっ、と雨河さんとモカの首根っこを引っ掴んだ。

 

「ほら、ショウさん煽ってないで行くよ二人とも」

「あぁ! 蘭ちょっと待てぃ! まだショウくんの事煽りたいんや!」

「モカちゃんも〜まだ〜」

 

 いいから行くよ、と駄々を捏ねる二人を引き摺って、蘭は歩き出す。俺はひまりに何スタジオなのか教えると、彼女も急いで先に行く三人を追いかけた。

 

「あはは、やっぱりれいにぃさんいると楽しくなるね、巴ちゃん」

「確かにそうだな。まぁ、れいにぃがいるとモカもうるさくなるのが玉に瑕だけど」

 

 残ったつぐみと巴が笑って話す。倒れたというつぐみだが、どうやらしっかり休めたようだ。元気そうで良かった。

 

「あの自由人二人をなんとか頼むぞ、二人とも」

「き、きっと蘭ちゃんがなんとか……」

「あたし達が言うより、蘭に言われた方が効くと思いますよ……」

 

 確かに蘭があの自由人二人の手網を握っているようだったけど。

 それじゃあ、とつぐみと巴もスタジオに向かう。コンテストの結果教えてくださいね、と二人に言われ、手を挙げて応える。

 俺はふぅ、と息を吐いて手元にある紙束を丸めて、さっきからしゃがんで黙っている人物の頭に振り落とした。

 

「で、何さっきから笑ってんすか、まりなさん」

「いやっ、だって……! 雨河くんとモカちゃんに煽られて口への字にしてるんだもん! 笑っちゃうよー」

 

 あー面白い、と目に涙を溜めて言う彼女にイラッとして、俺はもう一度まりなさんの頭に丸めた紙束を叩き落とした。

 その後、飛鳥が友人数人連れてスタジオを借りに来た。飛鳥もまたバンド組んではいないが楽器を演奏できる。楽器はキーボードで、他の友人達はギターやドラム担当らしい。

 俺も一時期彼らに誘われてセッションしたが、趣味でやってるという割にレベルが高かった。

 

「んじゃショウ、また後でなー」

「機材壊すなよ」

「壊さねぇよ!? どうやって壊すんだよ!?」

 

 まったく、とぶつぶつ言って飛鳥は友人達のいるスタジオに向かっていった。

 すると、ポケットに入れてあるスマホが振動した。俺はカウンターの影でスマホを確認すると、リサから通知が来ていた。アプリを立ち上げてメッセージを読むと、Roseliaの出番は終わり、今は結果待ちをしている最中らしい。

 そろそろ俺もバイトが終わる頃だしちょうどいい。

 

「リサちゃんから連絡?」

「はい、今結果待ちしてるみたいです」

「そっかー、合格するといいね」

 

 合格出来れば友希那と紗夜が夢見ていたFUTURE WORLD FES.に出られる。友希那は父親の音楽を認めさせる事が出来るし、紗夜は妹の日菜に負けないようにと更なる自信を得る事が出来る。

 その後、バイトが終わった俺はリサに連絡を取ろうとスマホの電話帳を開いた。

 

「っと、リサ?」

 

 電話をかけようとしていた時に、リサの方から電話がかかってきた。

 

『あ、もしもし? 今大丈夫だった?』

「今バイト終わってリサに電話しようとしてた」

『そうだったんだ、ちょうど良かったー! これから皆でこの間行ったファミレスに向かうんだけど、ショウも来れる?』

「わかった、今行く。結果も歩きながら教えてくれよ」

 

 りょーかい、と返事を貰い、俺はスマホを耳に当てたままファミレスの方角へ足を向ける。

 

『えーと、結果から話すとアタシ達落ちたんだ』

 

 若干声のトーンが落ちた。

 えっ、という声が不意に出た。しかし、俺が何か言う前にリサがでもね、と言葉を続ける。

 

『審査員の人達からすっごい認められたんだ。アタシ達Roseliaは伸びしろがあるから、()()じゃなくて、()()でフェスに出て欲しいって』

「……出し切った?」

『うん、頑張った』

「やりきった?」

『もちろんっ♪ 皆も頷いてるよ』

 

 そっか、と呟き、俺は溢れそうになる涙を堪える。

 頑張ったのは彼女達の方なのに、何故俺が泣きそうになっているのか。審査員にここまで評価してもらえた事が嬉しいのもある。けれど、それよりも──

 

「もうそろそろ着くから切るぞ、また後でな」

『はーい、アタシ達も着くよ』

 

 電話の終了ボタンをタップしてスマホをスリープ状態にしてからポケットに突っ込む。

 心の中にあるモヤモヤを吐き出すように俺は大きな溜息を吐く。

 

「──一緒に、ステージに立てたらな……」

 

 ガールズバンドとしてRoseliaがある以上、男の俺は出来てサポーター。一緒にステージに立って演奏する事は叶わない。

 あの時、友希那に最初に誘われた時に受けていれば、俺もコンテストに参加出来ていたのだろうか。

 それが、その思いがあってか、俺の心は悔しさでいっぱいだった。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

「お待たせしました〜! Wハンバーグ&エビフライ&チキンソテーのプレート、ご飯大盛りデザートのセットです〜」

 

 ファミレスに着き、注文をした俺達は俺以外のメンバーの目の前に出された巨大な料理を頂こうとしていた。

 

「皆頑張ったし、今日は俺の奢りだ! ドリンクバーも付いてるし盛大にやけ食いやけ飲みしてくれ!」

 

 いただきます、と言ってそれぞれコンテストの愚痴を吐きながら食べていく。

 電話でも話した通り、皆やりきったようで、口では不満を漏らしていても今までで一番楽しかった演奏だったらしい。友希那と紗夜も口には出ていないが、表情で楽しかったのだと解る。

 

「わ、わたしも……やっぱり、この皆で、FUTURE WORLD FES.に出たいです。……それを目指してきた今までが、とても……楽しかったから」

 

 ハンバーグを食べていた燐子のナイフが止まり、目を逸らさずに俺達の顔を見て話す。

 

「燐子……。アタシも……! アタシもまだ、もっとこのバンドをやりたい。だって……楽しかったから!」

 

 リサの対面に座る友希那と紗夜を見て、彼女はそう言う。

 

「あこも、あこも! なんか今日っ、『あこだけのカッコイイ』をちょっと掴めた気がして……! そしたら優勝出来るんじゃないかって……!」

 

 フォークにエビフライを刺して熱弁する。

 俺はそれをお茶飲みながら聞いていた。皆それぞれ今回のコンテストで思うところもあったようで、今まで以上にバンドに対する熱が強くなった気がする。

 ふると、皆の視線が俺に集まった。

 

「ん? どうした、皆」

「いや、ショウもなんかあるかなーって」

「あこ達は話したけど、ショウ兄は話してなかったから!」

「そうですね、紅宮くんの思っている事も聞いてみたいので」

 

 どうやら、一人だけ話していないのは不公平だと思われているようだ。話すと言っても、俺は今までと何ら変わらない。

 

「話す事なんてないんだけど……まぁ、あるとしたら、今までと変わらず、俺は皆をサポートしていくさ」

 

 それと、と続けて俺は少し残っていたお茶を飲み干す。

 

「来年のコンテストは、俺も行く。皆がどんな場所に立っていたか、俺も見たい」

 

 そう言うと、リサとあこ、燐子がニッコリと笑う。紗夜は涼しげに微笑み、友希那は凛とした表情で俺達五人を見回す。

 

「来年のコンテストに出て、優勝する。その気持ちは同じようね」

 

 今度は、ちゃんと彼女達を見守りたい。信じて待つとか綺麗事なんかより、自分の目で彼女達の勇姿を見ていたい。

 

「練習もそうだけど、これからは互いの事も理解していこーぜ。メンバー同士の理解が深まれば、また一段と凄みが増すと思うからさ」

 

 ひょいっ、とリサのプレートからハンバーグの一切れを貰って口に放り込む。

 なっ、と頬を染めて固まるリサを無視して咀嚼する。

 

「度が過ぎる馴れ合いはRoseliaには要らないわ。友達ごっこがしたい人は、今すぐ抜けてもらうわよ」

 

 度が過ぎる、か。段々友希那の考えが良くなって来て嬉しいな。

 それを察知したのか、他の四人も笑う。

 

 

 ──もっともっと、これからも。

 

 

 




第二章完結です。

バンスト一章がついに完結しました。次は軽くLOUDERです。ほんの触りくらいなものなのでご期待に添えない場合があります。
また、LOUDERのイベストを読み返す必要があるので次回の更新は結構遅くなると思います。LOUDER以降はオリジナルストーリーも挟みますのでそれも加えると遅くなります。申し訳ありません。

オリジナルストーリーは作者の私自身で胸キュンキュンして死ぬので、楽しみにしててください。まだ頭の中なんですけども()

Twitterやってますので、よろしければどうぞー! @kurasaki_hamelnでやってますー!

それでは失礼します。感想お待ちしてますー!


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三章 未完成の歌 未熟な支え
一曲 激しく、繊細な曲


一ヶ月更新しなくて申し訳ありませんでした。
思ったよりLOUDER編の構成が難しくて筆が乗りませんでした。なんとか軌道に乗りそうなので更新です。


 

 CiRCLEのスタジオに、友希那達Roseliaの演奏が響き渡る。演奏してる曲はRe:birthday。俺はいつも通りスコアを見ながら彼女達の演奏に耳を傾ける。

 やはり彼女達の技術力は凄まじいと思う。

 フェスのコンテストで披露したこの曲を、まだ一ヶ月ほどしか経っていないにも関わらず、曲に合わせたアレンジを加えたりオーディエンスへのパフォーマンスをここまで仕上げたりするなんて。

 そう思った俺は熱心に演奏し続ける五人を見て頬を緩めた。

 

「お疲れ様ー! いやー、今日の練習も頑張ったね♪」

 

 演奏し終え、リサが満足そうに皆に声をかける。俺もそれに頷いて彼女達を労う。

 

「お疲れ皆。最後の曲、今までの練習で上手くいってたと思う」

「だよねっ、だよね! あこも上手く叩けたなって思ったんだ〜! ねっ、りんりん!」

「う、うん……あこちゃんも、すごく……よかったよ」

 

 燐子の言葉にあこがえへへ〜、と笑う。褒められたあこはお返しに燐子の事も褒め、彼女は小さくはにかんだ。

 

「うんうん! アタシ達、かなりいい感じにまとまってきたんじゃないかな?」

「そうだな。この調子で、って行きたいところだけど、この程度じゃまだまだだ」

「えぇ、紅宮くんの言う通りよ今井さん。私達は遊びで音楽をやっているわけではないの」

「ちょ、ちょっとちょっと紗夜はわかるけどショウまで!?」

 

 俺が言うのが予想外だったのか、リサが目を見開く。あこと燐子も同様で驚いた顔をしている。

 何が意外だったんだろうか。

 

「確かに、コンテストを終えて間もなく、ここまで完成度を高くする事は凄い。けど、やっぱり結成して一ヶ月と少しだと、まだまだ磨きかけの原石って言ったところかな」

「いやいや、ここは皆の成長を称えあって次のライブに向けて頑張ろー! ……っていう流れじゃないの?」

「あこも、あこもそう思う!」

 

 ……これ、たぶん話噛み合ってないな。いや、俺が単純に言葉が足りていなかったか。

 

「……俺が言いたいのは、今もいいけどそれより完成度を高くしてライブに挑めって事。お前らなら出来るって思ってるし。それは紗夜と友希那も同じのはずだ」

 

 言っていて少し気恥ずかしくなり、目を逸らして後半は早口になった。その最中、つい癖で左の耳に触れてしまう。

 それを見たリサの頬が緩んだ。

 リサの前でこの癖抑えなきゃな。あいつこの癖の事知ってるし。

 俺のこの癖は、だいたいは気恥しさを紛らわせたりするものだ。あと他にもあると思うが自分でわかってるのはこれくらい。

 ()()()なら俺の事を理解してるからわかると思うんだが──ダメだ、思い出すな。俺は逃げたんだ()()()から。

 ズキリと痛み出す胸を軽く押さえる。幸い、メンバー達は友希那の言葉を聞いていて俺の事を見ていない。

 

「次のライブ、私達ができるのは三曲くらいね。何か演りたい曲はある?」

「はいはーい! あこはそろそろ新曲やりたいですっ!」

 

 友希那の質問にあこがぶんぶんと手を振って元気よく答える。

 紗夜は呆れて額に手を当て、リサはいいじゃん、と賛同する。燐子は困ったように眉を八の字にした。

 

「あこ、ライブまであと二週間だぞ? 確かに練習量を少し増やしていけば出来なくはないけど……難しくないか?」

「そうですね、仮に演奏できるようになったとしても中途半端なものはライブでは演奏できない。さっきも言ったけど私達は遊びでやっているんじゃないのよ」

「うー、でも……!」

「あ、あこちゃん……落ち着いて、ね?」

 

 新曲について否定する俺と紗夜にあこが食い下がる。

 俺も新曲を演りたい気持ちはわからないでもない。ずっと同じ曲を演ってきたからな。新しい曲をやりたくもなるだろう。

 

「そろそろスタジオを出る時間ね。新曲を演るかどうかは置いといて、各自明日の練習までにセットリストを考えてくる事。いいわね?」

 

 スタジオに付けられている時計を見て、友希那がそう言う。俺達はそれぞれ異口同音に返事をし、その日のバンド練習は解散となった。

 

 

 翌日。

 スタジオに集まった俺達は、それぞれ考えてきたセットリストを出し合った。

 

「皆が考えてきてくれたセットリストをまとめると……一、二曲目は満場一致で決まりって感じだね♪」

「そうだな。あとは三曲目をどうするか、だが」

「このまま勢いに乗っていくか、それとも緩急をつけていくか、考えどころね」

「あこはこのままバーンっ! っていきたいです!」

 

 むむむ、と紗夜が唸る。真面目な性格の彼女はこうしてRoseliaのために曲を慎重に選んでくれる。対してあこは自分がやりたいのとこうしたらカッコよく演出できるか、などを素直に言ってくれる。

 慎重過ぎるのもいけないから、あこのような子は本当にバンドにとって必要だ。

 

「アタシもあこに賛成! 今回は全曲アゲていきたいっ!」

「盛り上げも大事だけど、ずっと同じテンションの曲では単調に聴こえてしまう可能性もあるわ」

 

 あこの提案にリサが賛成するが、紗夜が首を振って言外に安易に提案を()呑みにするべきではないと言う。

 このままじゃ平行線だな。

 俺はどうしたものか、と頭をひねる。前回のライブの時は緩急をつけたセットリストだった。その前は今回のあこが提案した全曲盛り上げるセットリスト。もう少し別のパターンが欲しいところだ。

 ふと、俺は母親が所属するバンドが演っていたセットリストを思い出した。

 

「じゃあ、俺から提案。最初から盛り上げる曲じゃないけど、徐々に盛り上げるようなセットリストはどうだ? お客さんを煽るようにして最後にぶちアゲる」

 

 一、二曲目を変える必要があるけどな、と付け加えて五人を見る。

 するとあこが目をキラキラさせて飛び跳ねた。

 

「流石ショウ兄! それなら紗夜さんが言ってた事もクリアだねっ」

「紅宮くん、もしかしてその流れは……」

「お、紗夜はわかったか。母親のバンドでよく使われるセットリストでな。今みたいに意見が割れた時とかにやるって聞いたことがあったんだ」

 

 流石に、音楽について友希那と同等のストイックさを誇る紗夜はわかるか。母さんが所属するバンド、Red Rideの曲を何度も練習してるらしいし。

 

「私はこの流れでいいと思います。白金さんはどうかしら?」

「わ、わたしも……いいと、思います」

「リサは? 全曲アゲるってわけじゃないけど」

「うーん、まぁ紗夜の言ってた事も一理あるし、アタシもいいかな♪」

 

 良かった、四人は納得してくれたみたいだな。あとはさっきから黙ってる友希那なんだが。

 俺は心ここに在らず、というような友希那に声をかける。

 

「友希那、流れはこれでいいか? いいなら三曲目をどうするかについて話したいんだが」

 

 声をかけると友希那はハッ、としてごめんなさい、と一言謝ってくる。次に彼女がとった行動はポケットからひとつのカセットテープを取り出した。

 

「……ちょっと皆に、聴いて欲しい曲があるの」

「聴いて欲しい、曲?」

 

 友希那はカセットテープをセットして曲を流す。俺達五人は疑問を抱きつつその曲に耳を傾ける。

 スピーカーから流れるイントロ。ギターやドラム、キーボードにベース、全ての音が激しく響く。その中には激しさだけではなく繊細さも確かにあった。

 力強く、心を動かされるような歌声にそれを支える音。

 曲を聴き終わった俺はすげぇ、と呟きそれと同時に聞き覚えのある歌声だと内心そう思った。それは残りの四人も同じようで、皆目を見開いたり口を開けたりしている。

 

「……っごい」

 

 近くにいるあこが呆然とボヤく。次の瞬間には我に返って先程よりも目をキラキラさせた。

 

「すごい、すごいっ……すっご〜い!! カッコイイ! 超カッコイイ! ね、りんりん!」

「う、うん。素敵な、曲だね」

「あこ、この曲ライブで演奏してみたいっ! さっきの曲の感じもいいけど、こうやってバーン! って叩くの!」

 

 そう言ってあこは自分なりにアレンジをしてドラムを叩く。燐子もドラムを叩くあこを見て微笑んでキーボードに触れる。

 

「凄くいいと思うよ、あこちゃん。……Bメロは、こんな感じとか……?」

「あっ! それもいいね! ならあこはこうしてみようかなっ。サビは激しく叩くから抑えめにして……」

 

 そして、こうっ! とあこは輝かしい笑顔でドラムを轟かせた。どうやらこの聖堕天使あこ姫は大変この曲をお気に召したようだ。

 

「あははっ、完全に気に入ったみたいだね。まぁ、アタシもこの曲好きだな♪」

「俺もいいと思う。えーっと……なら、三曲目にこれを組み込んで……それに向けた練習をしなきゃだな……」

「紅宮くん、少し張り切ってない?」

「そのくらいショウも良かったって事だね」

 

 ポケットに突っ込んでいた手帳を取り出して練習メニューをつらつらと書き殴っていく。横でリサと紗夜が何か言っている気がするがまったく話が入ってこない。

 

「よし、練習メニューはこれくらいか? なぁリサ、ちょっと見て──」

「あ、紗夜はどう思ったー?」

「おい……」

「ん? あ、ごめんショウ、聞いてなかったや」

「もういいよ……」

 

 狙ったかのように俺の言葉を遮って紗夜に質問するリサ。

 くそぉ、結構いいメニュー組めたと思ったのに。燐子に見せようか。

 リサに質問された紗夜も俺やリサ、あこ、燐子と同様に演奏してみたいと答える。

 

「ですが、この曲は一体、誰が歌っている曲なのかしら……?」

「それは……」

 

 紗夜の呟きに友希那が言い淀む。俺もあと少しで答えが出そうなのだが喉元まで出かかっているのに出てこない。

 

「ねぇ、友希那。この曲ってもしかしてさ」

 

 リサは見当がついたのか友希那に話しかける。しかし、彼女は首を振って目を伏せた。

 

「いえ、やっぱりこの曲は今のレベルには見合わない」

「えっ!?」

「ごめんなさい、余計な事に時間を取らせてしまったわね。今の曲の事は忘れて。それと、セットリストの事だけれど、私もショウの提案に賛成よ。次のライブまでに、曲をまた考えてきてちょうだい」

 

 友希那は練習始めるわよ、と言って機材の準備を始める。

 

「かっこいい曲だと思ったのになぁ……」

 

 準備をする友希那の背中を見てあこは頬を膨らませてドラム周りの確認を始めた。燐子や紗夜も少し残念そうにして同様に作業をする。

 リサはどうなのか気になり彼女を見ると、心配そうな表情を浮かべて友希那を見つめていた。

 あの曲、もしかして……。いや、まだ確証は出来ないか。

 俺は手帳に書いた練習メニューに一瞬目を落とし、パタリと手帳を閉じた。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 練習後、友希那は用事があると言って一人で帰って行った。いつもならリサもついていくはずなのだが、彼女もバイト先のコンビニに用事があるらしい。

 リサは今日も家に来るだろうし、あの曲についてはその時にいいだろう。

 

「うー、あこあの曲演奏したい〜!!」

「まだ言ってるのか、あこ?」

「だってー! むぅ、ショウ兄だってさっきから手帳見てるじゃん」

「俺はただ良い練習メニューできたから残念なだけだし」

 

 俺の言葉を聞いて、あこがウソだー! と声を上げた。ホントだって、と俺も言い返してふいに左耳を触る。

 

「ショウくんも……あの曲気になる、の?」

「……まぁ、そうだな。といっても別で気になるだけなんだが」

「別、とはなんの事かしら?」

 

 燐子と話していると少し前を行く紗夜が振り向いて質問してきた。俺は少し悩んで言おうか迷ったが、結局俺は首を振って、

 

「いや、大した事じゃない」

「そう。何かあったら言ってください」

「そーする」

 

 分かれ道に差し掛かり、俺は紗夜と燐子、あこにじゃあな、と告げて一人で暗くなりつつある道を歩く。

 途中で今日の晩御飯の材料をスーパーで購入する。材料を買う時にリサに予め報告も忘れない。

 家に帰り、玄関のドアの鍵を刺して回すと鍵が外れる音がしなく、むしろ回す時が軽かった。

 

「開いてる……? かけ忘れたのか?」

 

 いや、家を出る前に閉めたのは確認してるし、開いてるはずがない。親が帰ってきたか、もしくは泥棒か。

 俺はゆっくりと音を立てずにドアを開けて中に滑り込む。

 泥棒だったら、喧嘩とか出来ないけど、体育で柔道の成績いいしなんとかなるだろ。

 ゴクリと喉を鳴らして靴を脱ぐ。その時に足元を見ると、

 

「…………なんだよ、帰ってきただけか」

 

 緊張して損した。

 そこには普段家にいない親の靴が一足置いてあった。俺はデカい溜息を吐いてキッ、と顔を上げる。

 

「母さん! 帰ってくるなら連絡してくれって何度も言ってんだろ!?」

 

 リビングに続くドアを開けて、ソファで寛ぐ黒髪を長く伸ばした女性──母親の紅宮優凪(ゆうな)を怒鳴りつける。

 

「あ、将吾ーおかえりー」

 

 怒鳴る俺など知ったことかと言うような雰囲気で手を振る。しかも膝の上には気持ちよさそうに寝るナウの姿がある。

 

「突然フラフラと帰ってこられるとご飯の準備とかあるから困るってあれほど言ってんだろ。つか、親父は?」

「お父さんは次のライブの準備あるって言うから置いてきた」

「親父を介して連絡くらい寄越せよバカ親!!」

「なにそんなにカリカリしてるの将吾。いつもの事じゃない」

「いつもの事だからキレてんだよ!」

 

 はぁ、はぁ、と肩で息をしながら母さんを睨む。そんな母親は素知らぬ顔をしてコーヒーが入ったカップを傾ける。

 この自由人を相手するには本当に体力が必要だ。北海道から帰ってきた時はこれより酷かった。

 

「それより将吾ー、お母さんお腹減ったー」

「自分で作れよ! まだ冷蔵庫に材料あるだろ?」

「それお昼に全部使っちゃったのよねー」

「は? え、バカなの? いや、バカだろ!」

 

 疑問系から確定系に変えて実の母親を罵倒する。

 この母親、見た目スレンダーな体型をしているがバカみたいに食欲旺盛なのだ。

 

「そういえば、冷蔵庫にあったお料理凄く美味しかったー! 将吾が作ったの?」

「いや、俺じゃなくてリサ……が……」

「リサ? もしかして彼女!?」

 

 しまった……めんどくさい会話だこれ。

 完全な悪手を打ってしまい、俺は嫌な顔を浮かべる。スーパーで買ったものをキッチンまで持って行って冷蔵庫に詰めていく。中は案の定空っぽである。

 

「ねぇねぇ、将吾ーリサって子は彼女なの? お料理作ってくれるって事はそうよね? どんな子なの?」

「彼女じゃなくてバンドメンバー。それと、どっかの誰かが専用カラーのベース譲った相手」

「バンドメンバー? 将吾が? ……って、え? 湊くんが言ってた女の子なの!?」

 

 えーうそどうしよー! などとテンション高めに騒ぐ。

 これ、今日リサ来させない方がいいんじゃ……。

 四十代でキャーキャー言う母親を引きながら見て俺はふと思った。その瞬間、ピンポーン、と我が家のチャイムが鳴った。

 

「……タイミング悪っ」

 

 絶対リサだ。これ、どうなるんだ……?

 

 

 




最近三人称の作品を書いているからか、一人称が少し辛かったです。誤字などありましたらよろしくお願いします。


感想お待ちしてます。


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二曲 親子

遅くなりました申し訳ないです。

この章が終わったあとの話を書きたい欲が強いので頑張りたいです。


 

 

「……タイミング悪っ」

 

 これ、絶対リサだろ。

 つぅ、と冷や汗が頬を伝う。きゃーきゃー言っていた母親が黙った。

 

「俺行ってくる」

 

 動こうとする母さんを制して玄関へ向かう。玄関のドアには曇りガラスが張られており、向こう側に人がいるかどうかがわかる。ドアのすぐ側にいる人物のシルエットを見る限り、やはりリサのようだ。

 俺がドアを開けると、そこにはスーパーの袋を提げたリサの姿があった。

 

「さっきぶり〜! 一応明日の分も買ってきたん──」

「それよりちょっと面倒な事が起きた」

 

 笑顔で言うリサの口にしっ、と人差し指を押し当てた。

 

「っ!」

「今うちのバカ親が帰ってきてて、ちょうどリサの話してたんだ。今ちょっとテンションおかしいから心の準備しといて」

 

 俺はリビングに続く扉を見ながら言い終えて次にリサの方に目をやると、頬を赤く染め、瞳を揺らして俺の事を凝視していた。

 

「り、リサ大丈夫か?」

「は、はい……大丈夫、です」

「なんで敬語……?」

 

 軽く俯いて消え入るような声音で言う彼女に俺は首を傾げる。よく見てみればウサギのイヤリングを付けている耳も赤くなっている。

 

「そ、それでっ、親ってお母さん? お父さん?」

「あぁ、母さんの方」

「そ、そっかー、あはは……」

 

 母さんだと聞いた途端リサは挙動不審に目を泳がせる。さきほどから彼女の表情は忙しい。

 もしかして、母さんがRed Rideのベーシストだから緊張してるのか。もしそうなら気にしなくていいのに。緊張する相手じゃないし母さん。

 

「とりあえず行こう。テンションおかしいから注意してな」

「あっ、うん」

 

 リサが持っていた材料が入った袋を受け取って彼女を中に通す。

 リビングに続く扉を開け、リサと一緒にリビングに入った。誰だった、と母さんが訊こうとした瞬間、俺の後ろにいるリサを見た途端目を剥いた。

 

「将吾が彼女を家に……!!」

「違ぇって言ってんだろ! さっき話してたリサだよ」

「え!? うそ! その子がリサちゃんなの!?」

 

 俺は再びキャーキャー言うバカ親を呆れた目で見る。リサもこのテンションについていけないみたいでピシリと固まっている。

 

「え、えーっと……」

 

 戸惑うリサを見て、母さんはハッ、として咳払いをして乱れた髪の毛を撫でて平静を取り戻した。

 

「ごめんなさいねリサちゃん。わたしの名前は紅宮優凪。Red Rideのベース担当よ」

「あー、ちなみにリサが使ってる紅いベースなんだけど、それの元の持ち主が母さんな」

「えぇっ!?」

「なに将吾、言ってなかったの?」

 

 なんで言ってくれなかったの、と訊いてくるリサに、俺は気を遣わせたくなかったと顔を逸らして無愛想に答えた。

 

「もう……。あ、あの! ベース、ありがとうございました! すっごく良くて弾くのが毎回楽しいです!」

 

 リサは俺にジトっとした目を向けたあと、母さんに深くお辞儀をした。

 

「そっかぁ! そんなに嬉しそうにしてくれるなんて。譲った甲斐があったわ」

 

 どういった理由で譲ったのかわからないが、楽しそうに話しているようで良かった。俺はリサが買ってきた材料をキッチンにある冷蔵庫や野菜室に詰め込む。スッカラカンだった冷蔵庫に材料が入り、人に見られる程度にはものが入っている。

 さて、リサと母さんの話がヒートアップする前に止めに入らないと。なんか、わたしの事はお義母さんでも、優凪さんでもなんでもいいから、とか聞こえるし。

 

「二人とも話は一旦そこまで。リサ、ご飯作っちゃおう。話はそのあと」

「あ、そうだった! ごめんごめん♪」

 

 リサがあはは、と笑ってこちらにやってくる。俺はポケットから財布を取り出して材料の金額分より少し多めにリサに渡した。

 

「いつもありがとな。はい、立て替え分」

「だーかーらー、毎回言ってるけどいいって言ってるじゃん。アタシだってここで一緒にご飯食べてるんだしさ」

「それだと俺が納得出来ないっていうか……」

「じゃあ今度、買い物に付き合ってよ。そろそろ弦変えようかなって思ってたし、エフェクターも良い物ないか確認したいからさっ」

 

 はい、この話は終わり! とリサは俺にお金を突き返してエプロンを着けて服の袖をまくる。

 あまり納得出来ない俺はしぶしぶ財布を戻して準備を始めた。

 

「将吾が女の子と一緒に料理なんて久しぶりねー」

 

 ふと、ソファに座る母さんがそんな事をボヤいた。聴こえたのは俺だけのようでリサの耳には届いていないみたいだ。

 

「優凪さん、少し時間かかってもいいですか?」

「えぇ、もちろん! リサちゃんの料理楽しみに待ってるわ!」

「あははっ、ありがとうございまーす☆」

 

 そう言ってリサは冷蔵庫から卵と鶏肉を取り出す。

 

「リサ、今日は親子丼?」

「正解。ショウは玉ねぎとみつば出してくれる? みつばはさっきアタシ買ってきたからさ」

「おー、そういやあったな。あ、リサその量だとあのバカ親足りないって喚くぞ」

「えっ、ホント? ごめんもう何個か卵と鶏肉取って。あと玉ねぎ追加!」

 

 リサと分担して調理を進めていく。リサが親子丼の調理をしている間、俺は米を研いで炊飯器にセットする。母さんが大食いなせいでうちの炊飯器はでかいし、二個ある。最初はリサに驚かれた。

 まだ時間は六時になったばかりだし出来るのは七時半とかその辺だろ。母さんには悪いが待っててもらうしかない。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

「ご馳走様でしたぁ!」

 

 美味しかったぁ、と満足そうに言う優凪さんを見て、アタシは頬を引き攣らせた。

 どれだけ食べたんだろこの人。アタシとショウの倍は確実に食べてるはず。この細い体のどこに吸い込まれてるの。

 

「だいぶ前に言っただろ、アホみたいに食べるって」

「いやいや、冗談だって思うじゃん普通」

「炊飯器二個あるんだぞ? ……って、目を逸らすなリサ。現実を受け止めろよ」

 

 あんなに食べても細いとか羨ましいんだけど。現実逃避しちゃうよね、こんなの。

 

「それにしても、将吾ったら隅に置けないわね。こんな良い子を通い妻させてるなんて」

「へっ!?」

「はっ?」

 

 か、か通い妻!? アタシが? いやいや、アタシは別にショウとはそんなんじゃないし。そもそもアタシは昔ショウに助けられたからお礼で来てるだけで……。

 

「母さん、あんまり変な事言うなよ。リサとはそんなんじゃない。ただの友達でバンド仲間」

 

 むっ。そう素直に言われるとムカッとするんだけど。

 食器を片付けるショウが短く笑ってキッチンに向かう。アタシも空になった食器を集めてショウに続く。

 シンクに食器を置いて、アタシはモヤっとした心を紛らわすために隣に立つショウに肘で突く。

 

「なんだよ、リサ」

「別に、なんでもありませんけどー?」

「いやいや、なんかあるだろ機嫌悪いぞ?」

「なんでもない」

 

 アタシだってわからない。玄関であった、ショウがアタシの唇に指を当てた時は胸が締め上げられるみたいに苦しくなって、目の前のショウしか目が入らなくて。前までこんな事無かったのに、なんで最近こんなにも多くなったんだろ。

 先程の事思い出すと耳がだんだん熱を帯び始めた。

 二人で洗い物を終わらせて、コーヒーが飲みたいと言う優凪さんにショウが文句を言いつつ準備してあげる。アタシも手伝おうかと言ったが座って話してろと言われて、それに従って優凪さんとベースやバンドの事を話した。

 

「そういや、リサ」

「ん?」

「友希那が持ってきたあの曲、誰の曲か分かるか?」

 

 あー、あの曲かー。

 アタシは友希那が持ってきた曲を思い出す。

 激しくて繊細で、力強い曲。あの歌声には聞き覚えがある。きっと、あれは友希那のお父さんの曲に違いない。

 

「友希那って、あの友希那ちゃんよね? 湊くんの娘ちゃん」

 

 ショウと話しているとコーヒーカップをテーブルに置いた優凪さんが訊いてきた。アタシは頷くと優凪さんはそっかー、と呟く。

 

「その曲ってどんな曲なの将吾? わたしならわかるかもしれないわよ?」

「あ、そうか母さんに訊けばすぐわかる事だった」

 

 え、いくらプロのベーシストだからって流石にそんなポンポンとわかるかな。

 ショウはスマホを取り出して録音したデータを再生させた。バンド練習の終わりに友希那に頼んで録音させてもらっていたのだ。

 リビングに響く激しい曲。優凪さんはイントロを聞いた瞬間に驚いたような顔をして、サビに差し掛かる頃には口元に笑みを浮かべていた。

 曲が終わり、アタシとショウは優凪さんの顔を見る。

 

「ふぅん……これを友希那ちゃんが持ってきた、か」

「誰が歌ってるかわかるか、母さん。俺は喉元まで来てるけど答えが出ない」

 

 首を横に振るショウに、優凪さんはははっ、と軽く笑う。そして懐かしそうにスマホの画面を見つめて口を開いた。

 

「この曲は、インディーズ時代の湊くんの曲よ」

「っ!」

「……やっぱり」

 

 アタシの予想は当たっていた。中学の頃まで聴いてた曲の声質と似てたから。

 

「友希那ちゃんはこの曲をカバーしようとしたの?」

「今度あるライブで演る曲をどうしようかって話になって、その時に」

「そう。それで、この曲はやるの?」

「それが……友希那、私には歌う資格がないからって……」

 

 アタシがそう言うと優凪さんは穏やかな笑みを浮かべて口を開く。

 

「ホント、親子って似るわねー」

「どういう事だ母さん」

 

 優凪さんはそうねー、と言って背もたれに背を預ける。少しを目を閉じ、昔ね、と言葉を続ける。

 

「インディーズ時代、湊くんのバンドは勢いのあるところでね。それこそさっきリサちゃんが話してくれたRoseliaのようなバンドだったの。技術もあって、メンバー間の信頼もあってね」

 

 Roseliaのような。アタシ達も、友希那のお父さんがいた凄いバンドになれるのかな。

 

「ただ、結成してしばらく経ったあと、湊くんがスランプというかなんというか。それになっちゃって。俺は歌を歌ってもいいのか、とか凄いネガティブでね。こんな中途半端な気持ちで歌っていいのかって」

 

 あの友希那のお父さんがネガティブ……? しかもインディーズ時代で? 全然想像もつかない。

 

「当時、わたしとわたしの夫、あと友希那ちゃんのお母さんでなんとかネガティブ思考を叩き直したの。立ち直った時は……確か友希那ちゃんのお母さんが、そのままの気持ちを歌えばいいって言ってたはずよ」

「そのままの気持ち……」

「この曲は、その気持ちを大きな声で伝えるための曲なの。……ふふっ、友希那ちゃんは湊くんにそっくりね。そして二人はあの頃のわたし達みたい」

 

 くすくすとアタシとショウを交互に見て笑う。

 

「関係性も距離感も、なにもかもそっくり。久々に親子って実感したわー」

「まぁ、俺達親子は離れて生活してるしな」

「結構嬉しいわよ、こうやって似てるところを見つけるの」

 

 より一層笑みを深める優凪さんは本当に嬉しそうだ。そばで見てるとアタシまで笑顔になれそうだと思った。

 

「ショウと優凪さんって、髪の質とか目元も似てますよね。二人共髪の毛綺麗だし」

「そうね、この子は昔からわたしに似てたわ。性格はお父さん似なんだけど」

「俺は親父よりズボラじゃない」

「はいはい、貴方はわたし達よりちゃんとしてるわよ」

「むぅ……」

 

 わ、普段頼れる人オーラ出してるショウが子供みたいな感じになってる! 結構レアなんじゃないかな。ちょっと可愛いなぁ。

 そう思ってるとショウはわざとらしい咳払いをした。

 

「とにかく! 曲が出来たきっかけはわかった。リサ、後で友希那の家に行こう。これ話せばなんとかあの曲演ることが出来るかもしれない」

「うん。アタシも、友希那にこの曲を歌って欲しい。友希那の気持ちも音楽に真剣なものだって気づいて欲しいもん」

 

 アタシとショウは互いに頷き合う。優凪さんはそれを穏やかに微笑んでアタシ達を見つめていた。

 

 ──アタシは友希那を支えたい。ちゃんと気づいて欲しい。友希那の音楽に対する気持ちも、真剣なものだって事を。

 

 

 




まだ文字数増やしたかったんですがキリが悪いのでここで切ります。
頑張って連日投稿したいぃぃぃ!!


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三曲 資格

遅れた事をお詫びさせていただきます。大変申し訳ありませんでした……。

書いてたんですが、約2000文字が吹き飛ぶ事件がありまして……。急いで書いてたんですが結局ここまで延びました。

本っ当にすみませんでした!!!!! 気をつけます!


 

 

「……で、友希那の家に着いたわけだが」

 

 俺は友希那の家の玄関先に立ち止まり、腰に手を当てて呟く。

 今思えば彼女の家を直接訪ねるのは初めてかもしれない。今まではリサの家には行ったことはあるが、友希那の家には行った事がない。登校の時はタイミング良く家から出てくるし。

 

「じゃ、アタシがチャイム鳴らすね〜☆」

 

 そう言ってリサが慣れた動きでインターホンを鳴らす。

 

『……はい』

 

 少し待つと、微かにノイズ混じりの応答があった。声からして友希那のようだ。

 

「あ、友希那、アタシだよ〜♪」

『リサ? 少し待ってちょうだい。今行くわ』

「はーい♪」

 

 そう言ってインターホンの通話が切れた。宣言通り少し待つと、友希那が家の中から出てきた。リサだけだと思っていたようで、俺もいる事に気付くと、その金色の瞳を少し開いた。ちょうど俺のいたところがカメラの死角になっていたようで見えてなかったようだ。

 

「ショウもいたのね。それで、どうしたの?」

「実はさ、今日聴いたあの曲なんだけど……」

「あの曲については忘れてと言ったはずよ」

 

 私には歌う資格なんてないのだから、と目を伏せて、友希那はゆっくりと首を振る。やはり彼女は自分の気持ちは純粋なものではないと思っているのだろう。

 なおさら、母さんから聞いた事を話さなければならない。

 

「今、うちの母親が帰ってきてるんだ」

「ショウのお母さん……紅宮優凪さんね」

「リサとあの曲について話してたら、母さんがどんな曲か訊いてきてな」

「それで友希那のお父さんの曲だってわかったんだよね〜。アタシはもしかしてって思ってたんだけどさ」

 

 俺の言葉に続けてリサがそう言う。俺はそれに頷き、俯き気味の友希那を見ながら口を開く。

 

「加えて、あの曲ができたきっかけも知る事ができた」

「……きっかけ?」

 

 俯いていた顔を上げて彼女は話す俺の事を見つめる。

 俺とリサの二人は友希那に、先程母さんから聞いた、曲ができたきっかけを話した。

 スランプになり、中途半端な気持ちで歌っていいのかと思った事。どうしたらもっと上手く歌えるか。そんな迷いを友希那の母親の一言で払い除けた事も彼女に伝える事ができた。

 

「だからさ、友希那っ」

「今のその気持ちを、そのまま歌に乗せて、ぶつけられないか?」

 

 俺とリサの二人で言うと、友希那は悔しそうに顔を歪めていた。知らなかった事が悔しいのか、はたまた違うものなのかはわからない。

 おそらく、まだ彼女はあの曲を歌うとは言ってくれないだろう。何かもう一押しできるものがあればいけるかもしれない。

 俺は友希那に、お前が音楽に対する気持ちで悩んでいるのは、音楽に対して真剣だからだと気づいて欲しい。上手く言葉がまとまらないが、これはリサも同じ気持ちである事はここに来るまで話してわかった事だ。

 

「おや、リサちゃんじゃないか」

 

 言葉が出ない友希那を待っていると、後ろからそんな声が聞こえてきた。後ろに振り向くとそこには背丈のある黒髪の男性が立っていた。

 

「あ、友希那のお父さん! こんばんは〜」

「あぁ、こんばんは。それで、隣にいるのは……」

 

 リサと挨拶を交わし、彼女に向けていた視線を次に俺に向ける。

 

「はじめまして、紅宮優凪の息子の紅宮将吾です。今日は友希那さんに用事があってご訪問させていただきました」

 

 うわ、自分で言っておいて友希那にさん付けするの違和感しかない。リサなんて笑ってるし友希那も微妙な顔をしてるし。

 

「そうか、君が優凪さんの……。君のお母さんやお父さんにはお世話になったんだ。良かったらここじゃなんだし、家に入っていかないか?」

「えっ、いえ、大した用ではないので」

「なに、遠慮しなくていいさ。俺も君とは話がしたかったからな」

 

 綺麗な笑顔を浮かべる友希那の父親に言われ、助けを求めようとリサを見ると諦めなよ、と口パクで言われてしまった。

 母さん達の知り合いと話すの緊張するからあんまり話したくなかったんだけどなぁ。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

「よく耐えたな将吾くん……! 頑張った……!」

「湊さんも、あのバカ二人がご迷惑を……!」

 

 湊家のリビングに通され、俺達はソファに座って俺と湊さんは互いに昔の話に花を咲かせていた。

 昔にあった俺の母さんと親父がやった珍行動。それに巻き込まれて湊さんは相当苦労したようだ。本当にうちのバカ親が迷惑をかけたみたいで申し訳ない。

 

「ねぇ友希那」

「なにかしらリサ」

「なんでショウとおじさん、あんな意気投合してんの?」

「私もわからないわよ……」

 

 リサが隣に座る友希那にそう質問しているが、友希那は疲れたように首を振る。この苦労を知るのは昔からあのバカ二人と親交のある人達と息子の俺だけだ。

 

「何度も胃を痛めたけど、今こうして音楽関係の仕事が出来てるのはあの二人のおかげだ」

「そう言ってもらえると助かります」

 

 後頭部に手をやり、俺は苦笑いを浮かべる。

 

「君は昔から人助けに走り回っていたと聞いていたからね。家に来る時は毎回人助けしてて会えなかったな」

「あー……そういやそうでしたね。友達の家に行くから着いてこいって言われてても俺が家から飛び出すんで」

 

 すみませんでした、と俺はまた苦笑いを浮かべると湊さんはからからと軽く笑う。

 

「そういうところはお父さんに似ているな。あいつも昔はそうだったよ」

「へー、優凪さんが言ってた通り性格はお父さん似なんだねショウって」

「リサ、言わなくていい」

 

 笑いながら言うリサを、コメカミに手を当てて反対側の手を挙げて制する。

 凄い癪だがここまで似ていると言われると納得せざるを得ないだろう。凄い癪だが。遺憾だが。

 

「……懐かしいな。そうやってリサちゃんと将吾くんを見ていると昔の二人を思い出すよ」

「あ、それ優凪さんも言ってた。そんな感じなんですか?」

「あぁ、まだ学生の頃だけどね」

 

 俺とリサの関係性と母さん達の昔の関係性と似てる、ね。それなら将来俺とリサが付き合って結婚となってもこの周りなら不思議はないという事に──。

 

「「っ!?」」

「っ! 二人ともどうしたの、急に固まって」

 

 いやいやいやいや、ないないない! 俺とリサが? ないだろう。リサが俺の家に来るのはベース練習があるからだし、それがなかったら来ないわけだし。休日に買い物とか行くのは他に遊ぶ女子の友達がキャンセルになったからだ。

 そりゃ、リサとなら、って一度くらいは考えた事はなくもないが、俺となんて彼女が嫌だろう。目付き悪いし。喧嘩とか弱いし。

 

「そ、それより湊さん。ひとついいですか」

 

 熱を帯びる頬をできるだけ無視して、穏やかに微笑む湊さんを見た。

 

「ん? なにかな」

 

 首を傾げて質問を催促する。俺は今回、この家に来た本題を口にする。

 

「──LOUDER、その名の曲について教えてもらえませんか」

 

 しん、と数秒の間湊家のリビングが静まり返った。

 友希那のお母さんはキッチンで先程帰ってきた湊さんのために食事を用意していて、そこからしか音がなかった。

 

「っ、ショウ……!」

「悪い友希那。でも、気づいて欲しいんだよ。お前のその気持ちは例え動機が不純だとしても、音楽に対する向き合い方は純粋なんだって」

 

 止めようとする友希那に俺はそう言うとリサも頷く。

 湊さんに視線を戻すと、彼は瞼を閉じていた。少し待つと目を開いて懐かしそうに笑う。

 

「もう十年、いやそれより少し前……三人が産まれる前だな。あの曲を知ってるって事は大方優凪さんだろう? その顔を見るに、友希那も知ってるな?」

 

 まったくあの人は、と頭を掻く。

 

「大体は知ってるだろうから結末だけ言おうか。どう歌えばいいのか、そう悩んでいた時に俺はこう言われたんだ」

 

 その時を思い出すように、湊さんはキッチンの方を向いて言葉を紡ぐ。

 

「そのままの気持ちをぶつけろ。その思いはとても純粋で、素晴らしいものなんだから、ってな」

 

 にっ、と少年のような笑みを浮かべて湊さんは言った。

 

「……お父さん、私あの曲を歌いたいの」

「あぁ、話を切り出されてなんとなく察していた」

「あの曲から感じる音楽への純粋な情熱……それを私の歌声に乗せて歌える自信がなかった」

 

 でも、と友希那は言葉を続ける。彼女の表情はいつもの凛とした雰囲気を纏わせている。

 

「でも、そうじゃないのよね。私は、この思いを乗せて歌えばいい」

「あぁ、完成していなきゃ演奏しちゃいけない音楽なんて存在しないさ。どんなにお前が技術や精神的な未完成さを思い悩んでいたとしても……その思いはとても素晴らしいものだって俺も思う」

「……ありがとう、お父さん」

 

 これで、歌う意思が固まったかな。

 俺はリサの方に目を向けると、彼女は友希那と湊さんを見てニコニコ笑っていた。俺の視線に気付くとぶいっ、とピースしてきた。

 ふいに可愛いな、と思ってしまい、俺は咄嗟に目を逸らす。

 なんで目逸らしてんだ俺。

 

「よーし、じゃあ次の練習に皆に伝えようぜ。あこも嬉しがるだろうしな」

「そうね。あこや燐子もやりたそうだったものね」

「紗夜もあー見えてやりたそうだったよねー♪」

「練習メニューはもう出来てるし、それやればなんとかライブまで間に合うだろ」

 

 練習メニューを書いた手帳をリサと友希那に見せると友希那は当然ね、と呟く。対してリサはうげっ、と声を漏らした。

 

「ね、ねぇショウ、ホントにこれやるの?」

「当たり前だろ? 安心しろよ、ベースなら俺も一緒に練習するからさ」

「うぅ……キツキツだけど頑張りますかっ」

 

 湊さんから歌ってもいい、という許可も得たし、あとは俺達が一生懸命練習して、本番で演奏するだけだ。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 翌日、俺達は紗夜、あこ、燐子にメッセージで話があると伝えてCiRCLEのスタジオに集まっていた。

 話す内容はもちろん、昨日の湊さんが昔歌った曲についてだ。

 

「おっす、おはよ〜♪ アタシ達が最後か」

「あっ、友希那さんとリサ姉にショウ兄!」

「よう三人とも」

「おはようございます」

 

 俺とリサ、友希那がスタジオに入ると、既に紗夜達がスタジオ内にいた。あこと燐子が楽器の前にいるところを見るに、彼女達二人は結構前からいたようだ。

 

「突然呼び出してごめんなさい。今日は改めて、皆に話したい事があるの。先日聴いてもらった曲なのだけど、あの曲は私の父の曲なの」

  「えぇ〜っ!?」

「友希那さんの……お父さん……?」

 

 それから友希那はどうして昨日曲を忘れてと言ったのか、その時の気持ちを紗夜達に語った。そして最後に、あの曲に向き合いたいという気持ちは本物だと気付かさせてくれた人がいた、と俺とリサの事をチラリと見て言った。

 もう一度、あの曲に命を吹き込みたいと言う友希那は真剣な表情で紗夜とあこ、燐子を見つめる。

 

「ライブまで日がない上に、私情で申し訳ないと思ってる。でも、私は……」

「ダメだなんて言っていませんよ、湊さん。ただ、少し驚いただけです」

「あこは大大だーいさんせいですっ!」

「わ、わたしも……皆であの曲が、演りたい、です」

 

 三人ともやる気に満ちた笑顔で友希那に声をかける。

 

「だってさ、友希那?」

「皆……」

「なにも心配なんていらないさ。皆の性格は期間は短いけどわかる事だろ?」

「えぇ、そうね」

 

 俺達が話していると、あこがうずうずしてドラムの方へ走り寄った。

 

「あの曲が演奏できるの嬉しいなぁー! 頑張らなくちゃっ!」

「演るからには全力でやらなねば、湊さんにも、湊さんのお父様にも失礼よ。これから本番までに練習の時間を増やして完成させるわよ」

「もちろんですっ! あこだってやる気満々ですからねっ! りんりん、練習始めよう!」

「う、うん……やろうあこちゃん」

「練習メニューはもうできてるから、確認頼むな紗夜」

 

 俺がそう言うと、紗夜はわかりました、と頷いて俺がノートにまとめた練習メニューを受け取る。

 

「良かったね、友希那」

「えぇ……皆、ありがとう」

 

 一瞬目を潤ませ、友希那は口の端を少し吊り上げて紗夜達の下へ向かった。

 良かった。これならなんとかなりそうだ。

 

「ありがとね、ショウ」

「ん? 俺はなんもしてねーよ。今回は母さんと湊さんのおかげだ」

「そーだけど、なんとなく、さ?」

 

 ぎゅ、とリサに手を握られる。突然な事にドキリと心臓が跳ねる。リサの方を向くと、彼女は白い歯を見せて俺に可愛らしく笑いかけてきた。

 

「ほらっ、ショウも行こ? ベース、一緒に練習してくれるんでしょ?」

「っ、当たり前だろ! 一人だけ見てるだけなんて嫌だしな!」

 

 リサに手を引かれ、俺は今日のために背負っていたベースが入ったケースを背負い直す。

 

「わー! ショウ兄も練習やってくれるの!?」

「紅宮くんも参加ですか。新鮮ですね」

「ショウくんも……ベース、弾けるって言ってたもんね」

「それじゃあ、練習始めるわよ」

 

 それぞれ準備終え、俺達は配置に着く。中央に友希那、左に紗夜、その後ろにあこ。友希那から右にリサ、そのすぐ近くに同じベースを弾く俺、その後ろに燐子の配置だ。

 

「スコアは皆に行き渡っているわね。少しずつ進めていくわよ」

「おう」

「は〜い☆」

「はい」

「はいっ!」

「わ、わかりました」

 

 異口同音に返事をし、俺達は音を奏でる。

 そのままの気持ちを大きな声で伝えるための曲を。




最近、夫婦以上、恋人未満。という漫画を読みまして。その展開が私好みだったので無意識に何度も読み直ししてるくらいです。
おそらくその漫画に引っ張られる可能性がありますが、ヒロインがギャルなので引っ張られても違和感はないはずです。

よかったら読んでみてくださいな! 赤恋にも反映できそうならやりたいです。

感想、評価お待ちしてます。


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四曲 LOUDER

またまた遅れてすみません。

書くモチベがあまり出ていませんでした。大変申し訳ありません。次からはちゃんとしますので。


 ライブ前日。

 ライブハウスCiRCLEのスタジオで俺とRoseliaのメンバー達は明日行われるライブに向けてラストスパートをかけていた。

 

「リサ、少し遅れてるな。テンポをもう二個くらい上げて」

「オッケー!」

 

 何回目かもわからぬ曲の練習後に、俺はリサに指示を出す。最初は俺も一緒になって弾いていたが十を越してからはこうして本番で弾く彼女達のみで練習をしている。

 

「あこ、リズムが走り過ぎてるわ。もっと皆の音を聴いて合わせて」

「はいっ!」

 

 俺がリサに指示を出していると、少し離れたところでは友希那があこを注意していた。

 俺は次に紗夜と燐子の方へ顔を向けて口を開く。

 

「紗夜と燐子はラストのサビをもっと盛り上がらせよう。まだまだ上げられるはずだ」

「わかりました」

「う、うん……」

 

 二人はRoseliaの中でも実力もあって安定感があるからこういう時は助かるな。すぐに対応してくれる。

 さて、最後に張り切り過ぎてる奴にストップかけるか。

 

「んで、最後に友希那。最初から飛ばし過ぎ。この曲の前に二曲も歌うんだから最後にはバテるぞ」

「……そうね、少し抑えた方がいいわね。気を付けるわ」

「おう。それじゃもう一度最初から始めよう」

 

 俺がそう言うと五人は頷き、演奏を始める。

 ここ数日の間に何回、何十回も聴いた曲のイントロが流れる。皆、疲れているはずなのに友希那の気迫に負けないようにと彼女の歌を支えようとしている。

 この曲を完成させたい、また生命を吹き込みたい、とその意思が伝わってきた。

 

 

 あの後何回か演って、完成度が高くなった。最初から飛ばしてた友希那もだいぶ抑えるようになり、リサとあこも注意を受けたところを直してくれた。紗夜は正確さが売りだが、ほんの少しわざと激しくして音を外す提案もした。燐子もまた同様の提案をした。

 

「お、お疲れ様〜。明日はライブ本番だし、そろそろ上がろっか」

「もうこんな時間になるんだ〜! 練習始めて三時間くらい経ってる……全然気づかなかったなぁ」

「皆、集中してたもんね……」

 

 あこ、燐子が三人で話していると、二人はスタジオ内に備え付けられた時計を見て黙る。

 

「ねぇ、ショウ兄! まだ予約時間残ってるよね!?」

「あぁ、まだ一時間くらい残ってるけど」

「……ギリギリ、まで練習、したらダメかな……」

「え!? ちょ、ちょっと二人ともまだ練習する気なの!?」

 

 あこと燐子の言葉にリサが眼をぎょっと剥いて問う。すると、話を聞いていた紗夜があぁ、と声を漏らした。

 

「私も残ります」

「えっ、紗夜も?」

「私も残るわ」

「友希那まで!?」

 

 困惑するリサにさらに追い打ちをかけるように、友希那も宣言する。え、え、と困るリサを見てると可愛いな、と思ってしまう。

 

「仕方ないな。……わかった。リサは上がるみたいだし俺がベース弾くよ」

「ちょっとショウ! 上がるなんてアタシ言ってないじゃん!」

「え、今の流れだとリサ帰ると思ってたけど」

「なんでいつも一緒に帰るのに今になって一人で帰らせようとするの!?」

 

 外真っ暗なんですけど!? と俺の胸ぐらを掴んでくる。冗談のつもりで言ったのだが、リサは本気だと思っているようだ。

 俺は冗談、冗談、と言って彼女の手を握って胸ぐらから手を離す。

 ていうか、お前どこからその力出してんの? 力強くないか。

 

「もう、休むのも練習のうちなんだからね〜!」

「それで、リサ。貴女はどうするの?」

「皆残るのに、一人だけ帰れるわけないじゃん! こうなったら、アタシも最後まで残るよっ」

 

 暗いのが怖い、ってのもあるか。

 

「ふんっ!」

「いっつ!?」

 

 ぼんやりそう思った瞬間、突然リサに足を踏み抜かれた。

 いかんいかん。声に出してたみたいだ。

 

 

「明日はもう本番、か」

「そーだね♪ 集中してたからあっという間だったなー」

 

 ライブハウスを出て、俺達は暗くなった道を歩く。

 友希那と紗夜が先頭になって歩き、その後ろにあこと燐子。最後尾に俺とリサだ。

 最近になってこうして彼女が隣に来る事が多くなった。前まで紗夜が隣にいたのだが。

 

「皆前に比べて技術も上がったし、あの曲をやって良かったな」

「うん、友希那も凄い張り切ってるもんね。負けないようにアタシも頑張らないとっ」

「あんま無理しないようにな。倒れたら元も子もないんだし」

「大丈夫大丈夫! だって、ショウがアタシの事支えてくれるんでしょ?」

 

 前を向いて歩いていると、リサが俺の視界に入るように身を乗り出す。微笑む彼女の顔が思ったより近くて一瞬ドキリとした。

 

「お、おう……」

「えへへ、期待してるからねー♪」

 

 そう言ってリサはあこと燐子の会話に割って入っていった。

 ……なんなんだよ、これ。

 俺は左耳に触れて、うるさい心臓の音を聞かないようにした。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 家に着いたあと、アタシは真っ直ぐ自分の部屋に篭った。

 母さんが何か言ってたけど、アタシは今それところじゃない。

 

「あぁぁ〜! なーにが支えてくれるんでしょ、なのさぁぁ!」

 

 めちゃくちゃ恥ずかしい。顔熱いし、耳まで熱くなってる。

 ショウ、引いてたよねあれ……。あー、明日顔合わせるのが怖い。何言ってんのアタシ。

 ベッドにうつ伏せになり、枕に顔を埋めて足をバタバタとベッドに叩き付ける。

 

「……なんでアタシ、こんなドキドキしてるんだろ」

 

 足を動かすのをやめて、アタシは乱れた髪の毛を撫でて整えて自分の毛先を弄ぶ。

 

「リサー! 今日はショウくんのところ行かないのー? 行かないならご飯出来るわよー」

 

 階段下から聞こえる母さんの声に、ハッとしてアタシは大きな声で返事をする。

 

「今行くー!」

 

 明日はライブだからショウが来なくていいって言ってくれた。けど、なんか少し、よくわからないけど寂しかったな。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

「なんで少し寂しそうな顔してんだあいつ……」

 

 今日は来なくていいって言ったけど、なんでリサあんな顔したんだ。

 靴を脱いでうーん、と唸りつつリビングに入ると、いい匂いが俺の鼻をくすぐった。

 

「なんだ、母さんまだいたのか」

「あ、おかえり〜将吾」

 

 ただいま、と言ってソファにベースが入ったケースを置く。母さんがいるキッチンに向かうと、母さんの足元にはナウが尻尾を揺らしてうろうろしている。

 俺は黒猫を抱きかかえて、何を作っているのか確認した。

 

「今日は麻婆豆腐を作ったのよ。ほら、将吾好きじゃない?」

「あぁ、好きだけど」

 

 辛いものを食べたい時とかよく自分でも作るくらい好きだ。あんまり自分の料理は満足できないけど。主にリサのせいで。

 

「今日はリサちゃん来ないの?」

「明日がライブだから真っ直ぐ帰した」

「なるほどね。そっかそっか明日か」

 

 リサちゃんにも食べて欲しかったなー、と不平を言う。

 

「また別の日に作ればいいだろ」

「それが明後日の朝にはまたあっちに行かないといけないのよねー」

「明後日の朝ってまた急だな」

「あっ、でも安心して! 明日のライブには行くわ! リサちゃんのベースを弾く姿見たいもの! 友希那ちゃんの歌う姿も見たいわね!」

 

 ぐるんっ、と首を回してキラキラした目で言う。

 あんたいい歳してなにはしゃいでんだ。

 呆れていると腕の中のナウがペロリと俺の頬を舐める。くすぐったいけどやらせとこう。

 

「って、手を止めんなバカ親! 焦げる焦げる!」

 

 グツグツ煮立つ麻婆豆腐を見て俺は慌ててバカの手から木ヘラを取り上げる。ナウは小さいから片手で抱いている。

 ていうか、麻婆豆腐の量多っ!? また大量に食うつもりかこのバカ。

 

「ごめんごめん、つい夢中になっちゃった☆」

 

 てへぺろ、とでも言いそうなテンションで悪びれもなく言う。

 十分豆腐にも火が通ったのでガスの火を止めて、白米やサラダを皿に盛り付けていく。母さんは(どんぶり)に白米を大量に盛り、その上から麻婆豆腐をかけている。俺も丼派だけど流石にあんな量食べない。

 やっぱりおかしいわ、このバカ親。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 翌日。

 ライブハウスCiRCLEにて、この日ライブが行われていた。ライブに出るのはRoseliaはもちろん、Afterglowや他のバンド達だ。

 トリは今勢いのあるRoselia。一曲目は魂のルフラン、二曲目はBLACK SHOUT。最後の三曲目、PAを務める将吾はその曲の音を合わせるため、MCをしている間に調節する。

 

「二曲続けてお届けしました。聴いていただきありがとうございます」

 

 キラリと首に下げるシルバーのアクセサリーがライトに照らされ輝く。

 それをフロアから見つめる男性と女性がいた。

 

「あれ、湊くんのアクセじゃない」

「えぇ、昨日友希那に渡したんですよ」

 

 友希那の父と将吾の母、優凪だ。

 Roseliaのライブを見て湊は昔を思い出し、懐かしそうに微笑む。

 

「友希那ちゃん小さかった頃より歌がプロ並みね。歳を感じるわ」

「ははっ、確かにそうですね。俺もですよ」

「あぁん、でもリサちゃんカッコイイ! 普段あんなにオシャレして可愛いのにライブになるとあんなキリってするなんて! しかもBLACK SHOUTなんてOKの時のあの手振り! 可愛いわホント! 将吾いらないからリサちゃん娘に欲しい!」

「あ、あはは……」

 

 優凪の発言を聞き、湊は苦笑いを浮かべる事しかできない。まさに限界オタクといった様子だ。

 相変わらずな彼女に湊は思わず胃に手を当てる。心の中で、何も言えなくてすまないとPAの仕事をする将吾を見て謝った。

 

「次の曲で最後になります。次の曲は……私が一番尊敬するミュージシャンの曲をカバーしたものです」

 

 友希那がMCをし、曲の説明をする。

 

「そろそろね」

「そうですね。あの曲を友希那が歌うのはちょっと恥ずかしいですけど」

「そう? 友希那ちゃん湊くんに似てるしいいと思うけど」

 

 だといいんですが、と湊はなんとも言えない顔をする。

 

「それでは、聴いてください──LOUDER」

 

 タイトルコールした瞬間、ドラムとギターがアンプを通して鳴り響く。続いてキーボードとベースの音。

 

「優凪さんが譲ってくれたベース、リサちゃんとても大事にしてますよ」

「えぇ、将吾からも聞いて嬉しかったわ。埃をかぶっているより、リサちゃんが使ってる方があのベースも喜ぶはずよ」

 

 徐々にテンションを上げるセットリストのおかげで観客は大盛り上がり。その前の他のバンド達の影響もあるだろう。

 周りが盛り上がる中、二人もRoseliaが奏でる曲を楽しみつつ会話をする。

 

「そうそう、将吾くんなんですけど」

「ん? 将吾がどうしたの」

「リサちゃんにベースを教えてるみたいで。おかげでブランクがあったリサちゃんも前より格段に上手くなったんですよ。やっぱり、将吾くんは優凪さんに似てますね。他人に教えるのが上手い」

 

 湊がにこやかにステージの上の友希那を見つつ会話をするが、優凪はベースを教えてる、と聞いた瞬間からPAの仕事をする将吾を見ていた。否、睨んでいた。

 冷たく、刺々しい視線。

 

 

 ──それは、とても親が子供を見る眼ではなかった。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 ライブが終了し、全員着替え終わった後。

 楽屋に荷物を取りに来た俺達はテーブルの上に何か乗っている事に気付いた。

 他のバンドの人達は荷物をまとめて出て行っている。Afterglowも雨河さんに引っ張られて早く出て行ってしまった。

 

「これは……?」

「スコア、か?」

 

 友希那が手に取って確かめると、スコアの端に走り書きで何かが書いてあった。

 

いいライブだった。父より

 

 湊さん、来てくれてたんだ。って事は……。

 俺は残りのスコアを取り出して内容を確認する。タイトルは母さんが所属するRED RIDEのもの。そしてその端には、

 

今度はRED RIDEの曲もやってねー♪

 

 

紅宮 優凪

 

 やっぱり……。湊さんの乗っかってスコア置いていきやがった。

 

「ショウ? 何見てんの?」

「……これ」

「ん? うわっ、優凪さんのところのスコアじゃん!?」

「──今井さん、本当かしら」

 

 肩越しからリサが覗き込んで、スコアを見て声を上げるとすかさず紗夜がこちらにやってきた。

 俺が持つスコアをひったくるように奪い、紗夜はまじまじとその紙の束を見つめる。そして数秒後、彼女の頬が引き攣り、次に俺の胸ぐらを掴んだ。

 

「紅宮くん……こ、これは……!?」

「まて……落ち着け紗夜……くび、首締まってる……!」

「ほ、本物のRED RIDEのスコアじゃないですか! しかも紅宮優凪さんの直筆……!」

 

 言いながら更にぐい、と手に力を込める。

 やめろ、死ぬ。俺の息の根が止まる。

 

「わわっ、紗夜ストップ! ショウが死ぬから!」

「紗夜さん手! 手放そっ!?」

「氷川さん……ショウくん、死んじゃいます……」

「まったく、貴女達何をしているの」

 

 むり……いしきが……。

 

「ショウ!? ちょっと大丈夫!? ねぇってばー!」

 

 Roseliaにとって大事なライブの日。この日、俺はギターの氷川紗夜の手によって殺される寸前だったが、リサが割って入ってくれて気絶だけで済んだ。

 リサ、ありがとう……助かった……。

 




最後、テキトーになったの本当すみません。こんなギャグで終わらせるつもり無かったのにキャラが動いた……。


感想、評価お待ちしております。


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五曲 SPACE

ほんの少し遅れてすみません。

今回、アニメ一期の内容に触れます。アフロ以外の接点をそろそろ作らないといけないので。

それではどうぞ!


 

 母さんと湊さんが来てくれたライブからしばらく経ったこの日。Roseliaはこの日もライブをする予定だった。RoseliaとGlitter(グリッター)*Green(グリーン)のジョイントライブだ。

 皆と集合するのは夕方から。集合場所はガールズバンドの聖地とされるライブハウス『SPACE』。

 俺はいつでも出発してもいいように学校から帰ってきてから早々に支度を済ませ、リビングでナウを撫でながらテレビを見ていた。すると、ソファに投げ出していたスマホが鳴る。

 音からして電話のようだ。

 スマホを手に持って画面を見ると、そこには普段掛けてこない人物からの電話だった。

 

「はい、もしもし」

 

 電話に出ると膝の上にいるナウが俺の事を見上げる。

 こいつ、リサだと思ってるな。何も俺が電話する相手がリサだけだと思うなよ。

 

『将吾、悪いけど少し頼みがあるんだが』

 

 電話口から聴こえる音を聞き、ナウは片耳を揺らしてリサではないと判断したのか再び膝の上で丸くなる。

 

「ん、なんかあったの、()()()()

『スタッフがほぼ全員インフルエンザにかかったそうだ』

「えっ、マジで? 今行くわ」

『助かる。まぁ、あんたいればどうにか回せるだろ』

 

 それじゃ、と言って電話を切ろうとすると、終わり際に悪いね、と聞こえてきた。

 今の電話の相手は、母さん達がまだ大学生くらい前の頃からの付き合いのある人だ。名前は都築(つづき)詩船(しふね)。もともと全国ツアーもするくらいの名のあるバンドマンで、今は今日俺達がライブをするライブハウス『SPACE』でオーナーをやっている。

 俺にとっては婆ちゃんみたいな人で厳しくもあり、同時に優しい人だ。

 

「ばあさんが謝るなんて珍しい事もあるもんだ。んじゃ、行くとするか」

 

 ナウに大人しくしてるんだぞ、と声をかけてひと撫でする。

 忘れ物がないか確認して家を出て鍵を閉めた。

 しばらく歩き、あと少しでSPACEに着くところでまたしてもスマホが振動する。誰だと思って画面を見ると、ばあさんの名前ではなく今度は見慣れたリサの名前が表示されていた。

 

「もしもし、どうしたリサ?」

『あ、ショウ? ライブまでちょっと時間あるじゃん? だからショウの家で練習したいなって思ったんだけど、大丈夫かな』

「あー、悪い。これから用事なんだ」

『え? ライブあるけど……』

「大丈夫だよ、すぐ終わるだろうし」

 

 なんて言ったって用事の場所がそのライブハウスだしな。

 客を待たせない、という信条でやってるしライブまでには確実に間に合う。

 それじゃあな、と電話を切った。スピーカーから『ちょっ』とか聴こえた気がしたけど気のせいだろ。

 リサと話しながら歩いていたおかげで気付けば、目の前には既にSPACEがある。

 CiRCLEと違って、ここには外にカフェのブースはない。あるのは列を整理するためのスペースだけだ。

 中に入ると、椅子やテーブルを整理整頓する杖をついた白髪のお婆さんがいた。前髪の一部分に明るい紫色のメッシュを入れているのが特徴である。

 

「よっ、ばあさん」

「あぁ将吾。来てもらって悪いね。あんたのところのライブだっていうのに」

 

 軽く手を挙げて挨拶するとばあさんが苦笑いを浮かべる。

 

「気にすんなよ。インフルじゃ仕方ないって」

 

 何やればいい、とばあさんに聞くと、とりあえず上着だけでもSPACEの制服を着ろと言われた。更衣室に向かい、更衣室内にある制服が入ったダンボールを漁る。しかし、サイズは皆女性ものばかり。

 俺着れないぞ、これ。どうしろっていうんだ。

 短く息をつき、俺はばあさんに文句を言いに行こうとSPACEのホールへ向かう。

 

「おーい、ばあさん。制服俺入んな──」

 

 片手に制服を持ってばあさんに文句を言おうとすると、ホール内にはばあさんの他にも数人の女の子がいた。

 紗夜と燐子と同じ制服だというのは見てわかる。ただ、あまり見ない子達だなと思った。

 

「オーナー、凜々子さんから連絡あって!」

「……あぁ、全員アウトだってさ。参ったよ」

 

 ばあさんと話す猫みたいな髪型の女の子は手伝わせて欲しいと声を上げる。その後ろのショートカットの子とポニーテールの子も同様に言う。

 言われたばあさんは、もともと素直な性格ではないためしばらく黙る。

 

「手伝ってもらえよ、ばあさん」

「将吾……」

「難しいのは俺とばあさんでやればいいだろ。この子達は掃除とかドリンクの方やらせればいいし」

 

 俺がそう言うと黒髪の長い髪の女の子と金髪をツインテールにした女の子以外の子達がお願いしますと頭を下げた。

 

「……その椅子、テーブルの下」

「っ! はい!」

 

 テーブルに乗った椅子を指さして、ばあさんははぁ、と溜息をつく。

 今日だけ頼むよ、とばあさんが言う。俺に連絡してきたみたいに素直になればいいのに。

 

「あ、ばあさん制服ないんだけど」

「ここで、ばあさん言うんじゃないよ。オーナーって呼びな。あんたはそのままでいいよ」

 

 仕方ないね、と言ってばあさんは更衣室の方へ向かっていった。おそらく彼女達の制服を用意するためだろう。俺にはしてくれなかったのに。

 

「あ、あのっ!」

「ん?」

 

 制服戻してこよう、と思って更衣室に戻ろうとすると後ろから声をかけられる。首だけ動かして後ろを見ると、猫みたいな髪型の女の子が俺の方を見ていた。

 

「さっきはありがとうございました!」

「あぁ。ばあさんは素直じゃないところあるから。別に俺が何も言わなくても受けてくれたと思うよ」

 

 いくらCiRCLEで慣れているとはいえ、たった二人でライブハウスの開店準備をするのは流石に堪える。それはばあさんもわかっていただろう。俺に連絡を寄越す前は一人でやろうとしたはずだ。そして間に合わないと判断したから俺に連絡が来た。

 俺ならある程度どういう仕事をするか理解してるし、ばあさんとも長い付き合いだからな。

 

「それでもですよ。ありがとうございました」

 

 猫みたいな髪の女の子の次にポニーテールの女の子がお礼を言う。頭を下げた時にほのかにパンのいい匂いがする。

 

「いいっていいって。……俺は紅宮将吾。高校二年だ。Roseliaのサポーターをやってる。よろしく」

「私、戸山(とやま)香澄(かすみ)って言います! 香澄で大丈夫です!」

「ちょ、香澄声大きいだろ! ……コホン、私は市ヶ谷(いちがや)有咲(ありさ)と言います。よろしくお願いします」

 

 すげー猫かぶりだな。切り替えが早い。

 

「あ、あの私、牛込(うしごめ)りみって言います」

「花園たえです。皆からおたえって呼ばれてまーす。よろしくお願いします」

 

 なんだ、この雰囲気から天然が滲み出る子は。

 

「あはは……私は山吹(やまぶき)沙綾(さあや)です。よろしくお願いします」

 

 猫みたいな髪型の子は香澄、金髪ツインテールが有咲、黒髪のショートカットはりみ、黒髪ロングがたえ……俺もおたえでいいか。最後にポニーテールの子が沙綾ね。

 五人はバンドを組んでいるらしく、バンド名はPoppin’Party(ポッピンパーティ)というらしい。

 その後、彼女達は更衣室に着替えに行き、俺は皆が来る前に掃除道具を用意しておく。最初はどこにあるのかわからなかったが、すぐに見つかった。

 今は香澄と有咲、沙綾の三人がドリンクでの注文を練習をしている。

 

「コーラとメロンソーダと紅茶と昆布茶ください!」

「一二〇〇円になります」

「計算はや!」

「いや、全部値段一緒だし……」

 

 香澄が注文をすると、有咲が即答で合計金額を伝える。

 まぁ、全部一緒なら暗算も楽だろうよ。

 さっき会話が聞こえてきたが、有咲は学年一位らしい。花咲川がどんな試験内容かはわからないが学年一位は凄いと思う。今度、紗夜か燐子に内容聞いてみよう。あの二人なら試験内容も把握済だろうし。

 逆に羽丘の試験内容は俺も把握している。リサとも勉強するし友希那がバンドに支障が出ない程度とか言い出してるため、友希那の勉強に付き合う事もある。

 

「お待たせしました〜」

「準備はや!」

「パン屋で慣れてるから」

 

 沙綾も、実家がパン屋なだけあって手際がいい。

 モカと雨河さんがよく行くやまぶきベーカリーは沙綾の実家だとさっき聞かされた。雨河さんからたまにパンをご馳走してもらう時があるが、パン屋には行った事がないし今度行ってみよう。モカは連れていかないが。

 テーブルを全部拭き終えると、ばあさんが香澄達に片付けておきな、と言ってライブを行うフロアの方へ向かった。

 

「……飲んでいいのかな?」

「メロンソーダぁ♪」

「あぁ! 狙ってたのに! だいたいお前なにもしてねーじゃねーか!」

 

 楽しそうだな。ばあさんもそのままドリンクを捨てろとは言わないだろうし飲んでも構わないだろ。

 

「昆布茶いい?」

「……渋いね」

「じゃあ俺コーラ」

「あぁ!? 次に狙ってたのに!」

「遅いぞ、有咲」

 

 あむ、とストローを加えてコーラを飲む。しゅわっとした喉に染み渡り、気分がいい。対して有咲は狙っていたドリンクを二つも取られて頬をひくつかせている。

 

「くっ……わ、私は紅茶で結構ですので」

「ありさぁ〜! 私のメロンソーダあげるから拗ねないでよー!」

「い、いらねー! ってかもう半分も残ってねーだろ!」

 

 香澄が有咲に抱き着くようにカウンターに身を乗り出す。その彼女の手にあるグラスの中は有咲が言った通り、半分も残っていないメロンソーダがある。

 

「そういえば、紅宮先輩とオーナーってどんな関係なんですか?」

 

 微笑ましい香澄と有咲の会話を見ていると、湯呑みを洗い終えた沙綾が俺に問うてくる。

 

「ん、そうだな。ざっくり言うと孫と祖母って感じか……?」

「親戚だったんですか!?」

「あー、いやそうじゃない。だから香澄そんな近くに来んな鼻息荒い」

 

 俺は笑ってぐいっ、と近くに来る香澄の頬を掌で軽く押して退ける。

 

「親とばあさんが昔からの付き合いでな。だから子供の頃から知ってるんだ」

「そういう事だったんですね」

「ばあさん、言い方キツイけど勘違いしないくれな。あぁ見えて優しいからさ。な、有咲?」

「……はい」

 

 様子を見る限り、どうも有咲はばあさんに苦手意識を持っているようだ。少しやりづらそうにしてるのがわかる。

 

「じゃあ俺フロアの方見てくる。テーブルとか拭いといたからロビーは大丈夫だと思う」

「はい、わかりました」

 

 そう言って掃除関係は三人に任せ、俺はフロアへ向かう。フロアの掃除やライトの調整をしているのは、SPACEでバイトをしているおたえとGlitter*Greenのボーカルのゆりさんの妹のりみだ。

 フロア内に入ると、りみが照明のスイッチのところでオロオロしていた。

 

「パーライト!」

「は、はい!」

 

 オロオロするりみにばあさんが指示を出す。りみが照明のスイッチを押すと、パーライトとは違う照明を付けてしまった。

 

「違う、やり直し!」

 

 ばあさんに言われ、りみは慌てて照明を消す。

 俺はりみの下へ行って手元を覗き込む。

 

「りみ、落ち着いて。パーライトはこれ。落ち着いてやれば大丈夫だから。緊張しないように、な」

「は、はい。ありがとうございます」

「ライブまでに覚えておくんだよ。将吾、こっち来てくれ」

「おう。って、ばあさんはやるなよ! おたえ、悪い手伝って」

「はーい。オーナー、私やりますよ」

 

 重い大型のアンプを持とうとするばあさんを諌めて、おたえと一緒に持つ。一人でやると落とした時、持っている人が怪我をするため、二人で持つようにするのだ。

 ばあさんは大人しく指示してて欲しいものだ。万が一怪我でもしたら俺が母さんや親父に怒られる。もしくは殺される。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 無事に準備を終えると、タイミング良くGlitter*Greenのメンバー達がSPACEにやって来た。

 ボーカルのゆりさんが俺に気付き、手を振ってこちらに寄ってくる。

 

「ショウくんじゃない。こんにちは。早いね」

「ゆりさん、こんにちは。見ての通り、スタッフがほぼアウトなのでばあさんに呼び出されたんですよ」

 

 なるほどねー、と彼女は微笑む。

 

「ありがとね。Roseliaのサポートもあるのに」

「頑張ったショウくんには、うちのデベコを触らせてあげよう」

「え、いいんすか?」

 

 ゆりさんと話していると、にょきっ、と横からベース担当の鵜沢(うざわ)リィさんがぬいぐるみを抱えて現れた。彼女が抱えるぬいぐるみこそがデベコである。

 滅多に触らせてくれるわけではないので、これはレアだ。

 

「うわ、めっちゃふかふか」

 

 触らせてもらうと人がダメになるような感覚に襲われる。

 堪能していると、ばあさんにリハーサルをやる、と言われ名残惜しくもあったがリィさんから離れる事になった。

 

「ベース」

 

 ばあさんがPAをやり、次々に音を拾っていく。PAはこうしてバンドと一緒に音を作っていくのだ。

 リィさんがベースを弾き、ベース独特の低音が流れる。

 

「次、キーボード」

 

 キーボード担当の鰐部(わにべ)七菜(なな)さんが軽やかな動きで鍵盤に指を走らせる。

 

「すげー……」

 

 隣で有咲が感嘆の声を上げた。

 七菜さんの技術は凄まじい。燐子と同等、もしくはそれ以上に匹敵する。

 俺は小声で有咲に声をかける。

 

「七菜さん、すげぇよな」

「っ! べ、別に私は何も言ってませんけど……?」

「ははっ、そう照れんなよ」

「て、照れてねーし!」

「そうそう、そうやって俺に猫かぶらなくていいからな?」

「うっ……バレてた」

 

 バレるも何も、香澄達と俺の態度でわかりやすいんだよな。

 顔を赤くして俯く有咲を見てくすくす笑って、次に俺はステージに立つGlitter*Greenの姿を見た。

 

「ゆり、新曲はどうする?」

「いつもよりバンドのサウンドを効かせたいんですけど……」

「なるほど。軽く流してみな」

「「「「お願いします」」」」

 

 おお、Glitter*Greenは新曲か。Roseliaは新曲なしだが前よりもLOUDERやBLACK SHOUTの完成度も高くなったし楽しくなりそうだ。

 俺はそう思い、ニヤリと口の端を吊り上げて笑った。

 




いつもより長くなりました。ざっと1000文字ほど。
本当はもっと書きたかったんですが一旦区切りました。


感想、評価お待ちしてます。


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六曲 わかんないよ

修正ついでに投稿し直し。

文頭に空白入れてなかったのが辛い。平成最後に投稿した意味が無い……。


 

「じゃ、そういう感じで」

「「「「ありがとうございました!」」」」

 

 滞りなく打ち合わせを終え、Glitter*Greenのメンバーはばあさんに頭を下げる。

 

「本番、よろしくお願いします」

 

 七菜さんがそう言うと、ばあさんは頼もしく頷いた。

 まだライブをした事がない香澄はリハーサルを終えて凄いと感じたのかパチパチと拍手する。

 すると、フロアの扉が開いて見慣れた女の子達が中に入ってきた。

 

「Roseliaです」

「よろしくお願いします」

 

 入ってきたのはRoseliaのメンバー。紗夜の挨拶を皮切りに五人とも頭を下げた。

 五人を見た途端、Glitter*Greenのドラム担当の二十騎(にじっき)ひなこさんがわぁ、と歓喜の声を上げる。

 

「Roseliaちゃーん!」

「ハウス!」

 

 飛びかかる寸前にリィさんがひなこさんを言葉で抑えた。ひなこさんはすぐにUターンしてリィさんの下へ戻った。

 

「よっ、皆」

「あー! ショウ兄! 先に来てたの!?」

「あぁ、諸事情でな。で、この五人と開店準備してた」

 

 駆け寄ってくるあこの頭を撫で、顔を後ろに向けてポピパのメンバー達を紹介する。すると香澄が出てきてポピパです、と大きな声で自己紹介をした。

 そんな香澄を友希那は値踏みするように数秒見つめる。

 

「よろしく」

「よろしくー♪」

 

 小さく、確かな声で友希那は香澄を見て言葉を紡いだ。リサも続いて軽く手を挙げて明るく挨拶をする。

 その後、リハーサルをするためにRoseliaのメンバー達はそれぞれ準備をし始めた。Glitter*Greenが前にリハーサルをしていたため、機材の準備は不要だ。

 

「有咲、燐子もキーボード凄いから見てるといいぞ」

「別に私は……!」

 

 気にしてねーし、と有咲は頬を染めて小さく呟く。こんな事を言う彼女だがその視線は燐子の方を向いている。

 素直じゃないなこいつは。

 素直じゃない有咲を見て笑うと凄いジト目で睨まれた。

 

「わ、笑わないで下さいよ!」

「悪い悪い、面白くて」

「面白くねー!」

「あんた達、騒ぐならどっか行きな」

「「すみませんでした」」

 

 騒ぎすぎたせいでばあさんに怒られてしまった。ばあさんに向けて苦笑いを浮かべていると隣の有咲にド突かれた。

 

「紅宮先輩のせいで怒られたじゃないですか!」

「えー、俺のせいなの?」

「アンタのせいでしょ!?」

 

 有咲とそんな会話をしていると、ばあさんがこちらを睨む。

 俺は肩を竦めて口を閉じる事にする。これ以上ばあさんを怒らすのは行けない気がした。

 

「むぅ……」

「ごめんって有咲。あとでジュース奢ってやるから」

「……いいですけど」

 

 ありがとな、と有咲の頭に手を置く。やめろ! って顔を真っ赤にして退かされたけど。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 なに、なんなの。なんでアタシこんなイライラしてるんだろ。

 ライブまで時間があるから、緊張を解消するためにショウの家でちょっと練習してから行こうと思って連絡したら用事があるからって断られた。

 ライブハウスに着いてもショウは来ないし、仕方ないから中に入ったら知らない子達と楽しげに話すショウがいるし。

 今だってアタシ達Roseliaがリハの準備してる最中に金髪の子とあんなに楽しそうに話してるし。

 

「ありがとな」

「やめろ!」

 

 ははっ、と笑って金髪の子の頭に手を置くショウ。そんなショウの手を顔を真っ赤にして払う子を見て、アタシは変な気持ちになる。

 ジリジリと焦らされてるみたいでどうしたらいいかわからない。

 

「──い、──サ?」

 

 周りの音もあまり聞こえない。ベースのネックを持つ手にも力が入らない。

 

「リサー? 大丈夫か?」

「えっ?」

 

 急に肩に手を置かれ、下に向けていた視線を上げるとショウの顔が近くにあった。

 意外と長いまつ毛。怖く見られやすい切れ長の眼。整ったその顔が近くにあって、頬が熱を帯びる。しかもふわりと、ショウの服のさり気ない柔軟剤の匂いか香ってくる。

 アタシが使ってる柔軟剤と同じ匂い。

 柔軟剤が切れたってこの前言ってて、一緒に買い物してる時に同じやつにしてみようかなって言ってたやつだ。

 きゅぅ、と胸が苦しくなる。

 

「な、なんでもない、なんでもないよー!」

 

 アタシがそう言うとショウは、そうか、と言って不思議そうな顔をして壁際に戻って行った。

 心配してくれてたみたいで少し嬉しい。

 オーナーさんがPAをしてくれて、みんなそれぞれ音を出していく。アタシもベースの弦をピックで弾いて音を鳴らす。

 最後にLOUDERを軽く流して、リハーサルは終わり。

 オーナーさんと細かい打ち合わせをしている最中、横目でショウがポピパの子達に指示を出して最終チェックをしているのを見た。ふいにショウがこちらを向いて目が合いそうだったから慌てて目を逸らす。

 今はライブに集中しなきゃ。失敗なんてしたくないもんね。

 打ち合わせが終わったあと、紗夜がアタシのところにやってきた。

 

「今井さん。さっきぼーっとしてたみたいでしたが、大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫。なんともないよ。ありがと♪ 紗夜」

 

 失敗できないんだからしっかりしないと。ショウの事は一旦置いておこう。

 

 

 ──でも、なんでアタシこんなのにも、まだ心臓がドキドキしてるんだろ。わかんないよ。

 

 

 皆がフロアから出ていく中ただ一人立ち尽くし、アタシは思わず胸付近の服を、シワができる事を気にせずに握り締めた。

 

 




令和最初になっちゃった。

もっとリサには悩んで欲しい。


感想、評価お待ちしております。


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七曲 未熟な支え

どうも皆さんGWはどうですか? 私は絶好調で執筆してます。

連日投稿になりますね! 久しぶりの連日投稿で私は嬉しいです。


 

 RoseliaとGlitter*Greenのジョイントライブは結果だけを見れば成功したと言えるだろう。ただし、それはあくまで全体的であり、バンドメンバー個々人にとっては決してそうではない。

 それぞれ課題を見つけ、今の自分でやり切った彼女達はSPACEの控え室に戻った。

 

「うっ……っ……!」

「リサ……」

 

 そして、控え室の中で、衣装に身を包むリサが顔を覆って涙していた。

 友希那や紗夜、あこと燐子が心配そうに彼女を見やる。それを俺は何もできず、ただただ控え室の前で立ち尽くしているだけだ。

 

「ごめ、んね、友希那……アタシっ!」

 

 Glitter*Greenのライブが終わり、次にRoseliaの番がやってきた。盛り上がった状態で彼女達にバトンを渡され、観客を楽しませるためにRoseliaは演奏をした。

 演奏の中盤、リサが一瞬コードを間違えた。ほんの少し動揺した彼女は芋づる式に小さなミスを重ねて演奏を続けた。

 普段ならコードを間違えただけでこんなに動揺なんてしないはずの彼女がミスを重ねた。リハーサル前にリサが緊張をしていたのはわかっていた。にも関わらず俺はなにもしないで見ていただけ。

 

「なにしてんだよ、俺は」

 

 悔し涙を流すリサを見て、俺は歯が軋むほど歯噛みする。

 リサのあんな悲しい顔なんて見たくない。俺は、どうしたら彼女を泣かせなくする事ができる。リサの事を支えるなんて抜かしておきながらこの体たらく。未熟過ぎる。

 そんな事を考えていると、控え室からゆりさん達が出てきた。

 

「あ、ショウくん……」

「お疲れ様でした、ゆりさん。皆さんも」

 

 できるだけ笑顔でそう挨拶をすると、ゆりさん達Glitter*Greenのメンバーは気まずそうな表情をしてお疲れ様、と去っていった。

 気を遣わせてしまった、かな。今度謝らないと。

 

「ちっ」

 

 何もできない。ここから動けない。そんな自分が腹立たしい。

 気の利いた言葉をかけてやる事ができない。できない、というより言葉が出てこない。

 

「行ってあげないのかい」

「……ばあさん」

「ここでばあさんって言うんじゃないよ」

 

 杖を突いて、ばあさんがちらりと控え室の中を見る。少し開いた扉の向こうに今もなお泣いているリサの姿が見える。

 

「……なにも、言葉が出てこないんだ」

「いつも通りに声をかけてやればいいだろ」

 

 ばあさんの言葉に俺は首を振る。

 

「それだけじゃダメな気がする。なにがダメなのかわからないけど」

 

 視線を落として、SPACEの木目の床を見つめる。

 ばあさんも何も言わず、聴こえてくるのはリサの嗚咽とあこと燐子の心配する声。

 拳を握り締めていると、ばあさんが短く息を吐いた。

 

「まったく、なんでこうもあんたはアイツに似るかね」

「アイツ?」

 

 こめかみを押さえて、ばあさんは面倒くさそうな顔をする。

 

「あんたの親父だよ。アイツも、優凪が泣いてるのを見てそうやって立ち尽くしてたよ。ちょうどあんたが立っているところだ」

「親父が……?」

 

 あの親父が俺みたいに? いつもバカみたいな事をするあの人が? じゃあ。じゃあ、親父はどうやってこれを乗り越えたんだ。どうしたら、俺はリサに声をかけてやれる。

 

「ばあさん、俺はどうしたら……」

「それはあんたが考える事だ。私が答えたら意味が無いだろう。まぁ、私から言えるのはあの子達だけじゃない、って事だ」

 

 そう言って顎でRoseliaをしゃくって指す。

 あいつらだけじゃない……。今の俺ではわからないな。どういう意味なんだ。

 

「まぁ、今回は私が行ってあげるよ。次はないないよ」

「……ありがとう、ばあさん」

 

 お礼を言うとばあさんはふん、と鼻を鳴らして控え室に入っていった。

 その前に、あこがショウ兄呼ぶ? と質問してリサがショウには見られたくない、と言っていた。

 それを聞いた俺はとん、と壁に背中を預ける。

 

「あ、あのショウ先輩?」

「……香澄と有咲、か。どうした?」

 

 ホールの方向から香澄と有咲が金庫を抱えてやってきていた。

 有咲は控え室の中を覗いて俺の方を見る。

 

「行かないんですか?」

「どんな言葉をかければいいかわからないんだよ」

 

 俺はそう言ってホールへ向かう。後ろから二人もついてきた。

 

「他の皆は?」

「ステージの掃除に行ってます。私と香澄は金庫を返そうって」

「なるほど」

 

 だから金庫を抱えてるのか。

 

「あの、ショウ先輩」

「ん、なに香澄」

「リサさんなら、ショウ先輩の言葉なら元気出ると私思います! 私なにもわかんないけど、そんな気がします!」

「まぁ、それは私も思います。だって、リハーサルの時なんか嬉しそうだったし」

 

 俺からはそう見えなかったが、香澄達からはそう見えたようだ。

 俺の言葉なら。そうは言うがどんな言葉をかければいい。

 そんな俺の考えた事を見透かしたように、香澄は口を開く。

 

「どんな言葉でもいいと思います。頑張ったね、とかお疲れ様とかでも!」

 

 身振り手振りで一生懸命伝えようとしてくれているのが伝わる。

 情けねぇな。年下の子にまで気を遣われるなんて。

 

「ありがとう。少し楽になった」

「いやぁ、私はそれほどでも〜」

 

 お礼を言うと香澄が若干照れたように後頭部に手をやる。俺はそれを見て自然と笑いが出た。

 

「ジュース、奢ってやるよ。今日頑張ったからな」

「ホントですか!? やったー!」

「ちょ、香澄! 騒ぎ過ぎだろ!」

 

 飛び跳ねて喜ぶ香澄を諌めるため、有咲が彼女を押さえる。二人に何がいい、とリクエストを訊いてそれぞれ好きな飲み物のボタンを押していく。その次に適当におたえとりみ、沙綾の飲み物も買う。

 

「ありがとうございますショウ先輩!」

「ありがとうございます」

「いんや、いいよ。情けないところ見せちまったし。それに有咲はさっきのお詫びも兼ねてな」

 

 苦笑いを浮かべて言うと有咲はさっきの事を思い出したのかぷい、と顔を逸らす。まだ許してくれないみたいだ。

 すると、控え室の方向からパタパタと軽快な足音が聞こえてきた。

 

「ショウ兄ってばここにいた!」

「ここにいたんですね、紅宮くん」

「あこと紗夜?」

 

 着替えを済ませて荷物を持った二人がホールにやってきた。何をやっていたのか訊かれ、皆に飲み物を買っていたと答える。

 

「あこのはもう買っちゃった?」

「いや、まだ俺らのは買ってないよ」

「じゃああこはこれ!」

「はいはい。燐子はこれでいいと思う?」

「いいと思うよ!」

 

 あこが飲みたいというものを買い、燐子のも買う。リサと友希那のはもう予想がつくので何も聞かずに買っていく。

 

「紗夜は? 金用意しなくていいからな?」

「いえ、そういうわけには」

「いいから。ほら、何がいい?」

「……では、お茶で」

「リョーカイ」

 

 二人に飲み物を持ってもらい、控え室に戻ってもらう。俺は香澄と有咲の方に向いた。

 

「香澄、金庫預かる。ばあさんに渡してとく」

「はい! お願いします!」

「それじゃあ、Roseliaの皆着替え終わったみたいだし帰るよ。他の三人にもよろしく言っといて。お疲れ様」

 

 そう言って俺はあこと紗夜の後を追う。後ろから香澄と有咲のお疲れ様でしたという声が聞こえてきた。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 SPACEから出たアタシ達は反省会をするためにいつものファミレスに向かっていた。

 ショウにはさっきアタシが泣いていた事は伝えていない。理由は恥ずかしいから。大丈夫か、って訊いてくれたのになんでもないって突っぱねてしまったから。

 泣いてる時にショウがいなくて良かった。あこに呼ぶ? って訊かれた時は焦ったな。

 

「グリグリ凄かったなぁ」

「そうね。牛込さんはギターも弾いているし私も凄いと思うわ」

 

 アタシの独り言に友希那が反応する。友希那も凄いと感じるほど、Glitter*Greenは凄い。けど、

 

「アタシ達も負けられないね」

「ええ。次のSPACEでのライブは今よりも技術を高めるわよ」

「うん。次こそは大丈夫。オーナーにも言われちゃったしね」

 

 胸を張って自分の出せる力を出す。その時その時をやり切る。

 

「そういやさ、紗夜と燐子に聞きたいんだけど」

「なんですか」

「どうか、した?」

「花女の試験ってどれくらいのレベルなの? 有咲……あー、さっきの金髪の子が花女の一年の学年トップらしいんだけど」

 

 前を歩くショウと紗夜、燐子がそんな会話を繰り広げる。燐子は首を傾げてうーん、と唸る。すると紗夜が確か、と口を開いた。

 

「羽丘と同じのはずよ。日菜と話す時にそのような事を言っていたから」

「お、そうなのか。ならすげーな有咲は。俺も羽丘の内容はどっかのボーカルのせいで把握してるからわかるけどレベル高いもんな」

 

 あはは……。それ、完璧に友希那だよね。ほら、友希那不機嫌そうに眉ぴくぴくしちゃってるよ。

 それにしても、紗夜はヒナと上手くいってるみたいで良かった。

 

「うー、あこ大丈夫かな来年」

「大丈夫だってば、あこ。わからなかったらアタシも教えてあげるから♪ なんならショウも教えてくれるでしょ?」

「んー? おう、どうせ友希那にも教えないといけないしいいぞ」

「ショウ! 余計な事は言わなくていいわ!」

 

 うわ、ショウってば隠さずに友希那の名前出しちゃった。

 ショウは悪かった悪かった、と楽しそうにイタズラが成功したみたいな笑顔を浮かべる。

 

「おーい、ショウー!」

「ん、飛鳥?」

 

 のらりくらりと友希那の文句を避けるショウに、アタシ達が向かう方向から手を挙げる人がいた。

 短い黒髪をツンツンに逆立てた髪型をした少年がショウに向けてよう、と挨拶をする。

 

「今ライブから帰りか?」

「あぁ、学校終わってから家でゆっくりしようと思ったら呼び出されてな。それから今まで」

「あらら、そらお疲れ様。んで? そちらの五人がRoseliaね」

 

 活発そうな雰囲気をした飛鳥と呼ばれた人はアタシ達に視線を向ける。友希那がどうも、と短く挨拶をする。

 

「俺はショウと同じ学校の香月飛鳥! 氷川さんの事をコイツに教えたのは俺なんだー」

「そうだったのね。バンドメンバーを探してくれてありがとう」

「いやいやー。ショウにはいろいろ世話になってたし少しでもな」

 

 ニカッ、と笑ってショウの肩に手を置く。すると、ショウがそうだ、と思いついたように声を上げた。

 

「飛鳥も行くか、ファミレス」

「え、おれも行っていいの?」

 

 自分の顔を指さしてアタシ達に訊いてくる。友希那はバンドメンバーを探してくれていた人だから賛成した。紗夜も間接的だけど紹介してくれた人だという事もあって賛成だ。

 

「学校の時のショウがどんな感じなのか気になるしアタシもいいよ☆」

「あこも!」

「わ、わたしも……大丈夫、です」

 

 結果、満場一致という事で香月くんもファミレスに行く事が決定した。

 ファミレスに着いて香月くん──飛鳥からショウの学校の時の様子を聞いていつもと態度が違うというのがわかった。

 学校ではいつもは刃物みたいに冷たいんだそうだ。でも、先生とか困ってる生徒を見ると助けに行ったりしてるみたい。

 

「あ、あとこいつ。弁当食ったあとって結構上機嫌なんだよ。あれ彼女のだろ! 羨ましいなてめー!」

「彼女じゃないっていつも言ってんだろ。リサだよ。リサ」

「はぁ!? てめー、今井さんに作らせてたのか!?」

 

 隣に座り合う彼らが小競り合いを始める。普段なら止めるのは紗夜なんだけど、今はポテト食べててそれどころじゃないみたい。

 あはは、これは家に行ってご飯作ってる事は言わない方がいいかな。

 そう思って二人の会話を笑いながら見ていると、ふと疑問に思った事があった。

 なんで、お弁当食べたあとそんなに上機嫌になるんだろ。他の人がわかりやすいほど。

 

 

 




これにて三章は終わり。次は何かイベストを挟むか、そのまま四章に突撃します。

感想、評価お待ちしております。


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四章 赤の想い 紅の誓い 赤と紅の協奏曲(コンチェルト)
一曲 親友


ついに書きたかった第四章です。

書きたいことが書けて心が、脳が震えてます。


 

 

 

 SPACEのライブからしばらく経ったある日。学校で昼休みにリサに作ってもらった弁当を食べていた俺は、購買からパンを持って帰ってきた飛鳥といつものようにバカな話をしていた。

 すると、飛鳥が焼きそばパンを口に放り込んで飲み込んだあとにそういえばさ、と話を切り出した。

 

「明日、転校生来るらしいぞ」

「転校生?」

「そ、先生達が話してるの聞いてな。女子らしいぜ」

「へー、んで?」

 

 大して興味を持てないため弁当箱に収まっている卵焼きを口に入れて咀嚼する。ほんのり甘い、俺好みの味で心が温まる。

 

「んだよ、素っ気ないな。いくらてめーに今井さんがいてもよ、なんか反応くれよー」

「だからリサとはそんなんじゃねぇって言ってんだろ」

 

 保温ポットに入った味噌汁を啜り、ほっ、と息をつく。視線を飛鳥の方に向けると彼は眉をピクピクと動かして俺の事を見ていた。

 

「なんだよ」

「いや、美味そうに食うなって」

「文句のつけようのないくらい美味しいからな」

「はー、いいねー毎日毎日弁当を作ってくれる彼女がいて」

「だから違ぇって言ってんだろ」

 

 しつこいぞ、とからあげを箸でつまんで口に放り込む。鶏自体に味をつけているため少し冷えていても美味しいのである。

 からあげに舌鼓を打っていると、飛鳥はすばやく俺の弁当に手を突っ込み、最後の卵焼きを指でつまんだ。

 

「あっ、飛鳥お前!?」

「いいだろひとつくらいよー! てめーは散々食ってんだしよ!」

 

 大きな口を開けて卵焼きを平らげ、彼はウマー、と大声で叫ぶ。思わず俺は大きく舌打ちを打つ。

 

「で、転校生がなんだって?」

「あ、そうそう。その子がハーフらしくてさー。どこの国かは聞けなかったけど、きっと可愛いぜ!」

「聞いた俺がバカだった」

 

 ごちそうさま、と言って弁当箱を持って水飲み場へ向かう。お湯も出るため、ここでいつも弁当箱を洗っている。少しでもリサの負担を減らしたいからだ。

 にしてもハーフ、か。あいつも確かハーフだったな。国はイギリスだったか。

 小学に入る時に日本に来て、日本語が喋れなくて隣に住んでる祖父母に日本語を教わっていたと聞いた。だからあいつは北海道の訛りが多少入った日本語を喋る。

 

「……はぁ」

 

 いや、正確には喋っていた、か。

 チクリとした痛みが胸に走る。忘れる事のない痛み。忘れてはならない痛みだ。

 はぁ、と俺はもう一度溜息をついた。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 あの後、ばあさんから電話が来た。ただ一言、七月中旬にSPACEを閉める、それだけ言ってばあさんは電話を切った。

 おそらく、ばあさんは全部やり切ったんだろう。なら俺達がとやかく言うべきではない。まだSPACEを閉めるには期間があるし、友希那達にSPACE最後のライブをできないか相談してみよう。

 

「えぇ、いいわよ」

「お、おう」

 

 相談したら即答だった。

 

「アタシも賛成だよ。SPACE最後のライブ、盛り上げようよ♪」

「私も賛成です」

「あこもあこもー! 閉店しちゃうのは寂しいけど、リサ姉が言った通り、あこ達で盛り上げよう! ね、りんりん!」

「う、うん……そのために、練習……頑張ろうね」

 

 リサ、紗夜、あこ、燐子が友希那に続いて笑みを浮かべて頷く。

 

「なにをそんなに驚いているんですか、紅宮くん」

「そうよ。メンバーからの提案なのだし、無下にはしないわ」

 

 機材にシールドを挿した紗夜がギターを構えて言い、友希那も腕を組んで強い意思が灯った眼で俺を見る。

 もしかしたら断られるかも、と思っていたけど心配はいらなかったようだな。

 

「あぁ、俺も精一杯頑張る。皆、よろしく」

 

 俺はニッ、と笑って力強く言った。

 

「「はい!」」

「「うん!」」

「えぇ」

 

 五人は異口同音の返事をし、練習に気合を入れる。

 完成度を高めるため、前回SPACEで演った曲を何回か通して練習する。

 途中、ギターの音が一瞬遅れたのを俺は聴き逃さなかった。

 

「紗夜、大丈夫か? 一瞬遅れたけど」

「すみません、少し指が鈍くなりまして」

「少し演りすぎたな。悪い」

「いえ、大丈夫ですよ」

 

 いけないいけない。熱が入りすぎて休憩を挟むのを忘れていた。

 この会話を機に休憩を入れ、紗夜にはお礼に今度ポテトを奢ると言っておいた。そのあとに顔を真っ赤にしてくどくどと説教された。

 俺とリサ、燐子にはバレてんだから隠さなくてもいいのに。

 

「だいたいね、紅宮くんは……」

「あー、はいはい」

「適当な返事をしない!」

「……はい」

 

 理不尽な説教に適当な返事をすると余計に紗夜を怒らせてしまった。不機嫌そうに眉を寄せて小言を投げつけてくる。

 これ、いつまで続くんだ。不機嫌そうな顔見ると顎痛くなってくるんだが。あいつのせいで苦手なんだよな、女の子の不機嫌そうな顔見るの。

 

「さーよっ、そろそろ勘弁してあげたら?」

 

 顎が痛くなりそうになると紗夜の後ろからリサが苦笑いを浮かべて現れ、紗夜の両肩に手を置いた。

 

「……仕方ありませんね。そろそろ休憩も終わりですし」

「……助かった

 

 紗夜が俺の目の前から去っていくのを見てから小さく呟く。近くにいたリサは聞こえてたのだろう、あははっ、と楽しそうに笑う。

 

「あれでも必死に隠してるんだし、言わない方がいいよー?」

「そうしとく……くどさよ怖い」

 

 リサにそう言うと、聴こえていないはずなのにギターを肩にかけた紗夜がギロリと俺を睨んでくる。

 こわ、地獄耳かあの風紀委員。

 

「ショウ、リサ。練習を再開するわよ」

「おう」

「はーい☆」

 

 友希那に声をかけられ、俺とリサは皆の下へ行く。リサは紅いベースを手に取り、キーボードの鍵盤に手を置く燐子の前に陣取る。俺はいつも通りの聴きやすい位置にいる。

 

「あと数曲やればいい時間だな。頑張ろう」

 

 皆揃ってひとつ頷き、あこがスティックを叩いて演奏を始めた。

 SPACE最後のライブは今のRoseliaの最高のパフォーマンスで挑みたい。

 

 

 バンド練習が終わって一人で家に帰っている最中、河川敷の近くを通り、綺麗な夕焼けが俺の目を焼いた。俺は眩しくて手を(かざ)す。

 リサは汗をかいたから一旦家に帰って家に来るそうだ。

 

「今日は一段と綺麗だな」

 

 普段あまり見ないが今日の夕焼けは綺麗だ。きっと、Afterglowのメンバー達は羽丘の屋上でこの夕焼けを見ているに違いない。

 

「そうだな」

「えっ──」

 

 返ってくる相槌に俺は戸惑い、思わず声が出てしまう。聞こえてきた声の方向に体を向けると、ひときわ強い風が吹いてきた。

 顔を顰めてもう一度その方向に目を向けると、風に吹かれ、金色の長い髪が靡く。夕焼けに照らされてその金色の髪が黄金に輝く。

 

「久しぶりだな、将吾」

 

 つり目の赤い瞳。端正な顔立ち。小さな口は挑発気味に歪めて笑っている。

 金色の長い髪の毛先は以前には見た事のない、グラデーションかかった紅い色に染まっている。

 

「──リズ?」

 

 嘘だ。いるはずがない。

 

「おう。お、なんだアタシがやったピアスつけてくれてんのな。サンキュー」

 

 だって、こいつは……リズは──古跡(こせき)リズリットはあの時、トラックに轢かれる俺を庇って車輌に吹き飛ばされて意識不明になったんだ。

 快活に笑う彼女を見て、俺は動揺する。

 

「なん、で」

「ん? 去年目が覚めてよ。頑張ってリハビリしたんだー」

 

 たはは、と照れたように笑って頭に手をやる。

 俺はリズの近くに寄って彼女の事を抱き締めた。

 

「おっ、と。なんだよ将吾」

「っ……よかった……! 生きててっ……よかった……!!」

 

 十センチほど低い彼女を抱き締め、俺は涙を流す。

 死んだと思った。意識不明の重体で、いつ目覚めるかもわからなくて。いつ目覚めるかわからないからとリズの両親から高校に上がる時はこっちに戻っていいと言われた。

 ギターを触る度にリズの事を思い出して、たまに泣いた時だってあった。

 そんなリズが今、目の前にいる。

 

「泣くなって、男だろ」

「俺、リズにっ……謝りたくて……ずっと……!」

「あれはお前が悪くない。悪いのはあのトラックのオッサンだし」

 

 そう言ってリズは俺の背中に手を回してトントン、と手で叩く。俺はその言葉でさらに眼から涙を溢れさせた。

 

「でもまぁ、忘れないでいてくれてありがと」

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 シャワーを浴び終わり、今井リサはウェーブのかかった栗色の長い髪を揺らして、将吾の家に走って向かっていた。

 今日は何を作ろうかと思いながら走り、河川敷に出る道の角を曲がろうとする。

 瞬間、

 

「えっ……」

 

 見覚えのある後ろ姿が、金色の髪の少女を抱き締めていた。

 

「っ……!」

 

 リサは思わず後ずさり、来た道を数歩戻る。口に手を当て、彼女は無意識に眼に涙を溜める。

 ──なんで、なんで?

 リサに何かが喪われる感覚が襲いかかる。彼女自身でも理解できない感情が心を占め、溜めていた涙が頬を伝う。

 理解が追いつかない。何故、将吾が少女と抱き合っているのか、どうしてこんな喪失感を覚えているのか。

 ただ、今はその場から逃げたいと彼女は思った。

 将吾の家に行くなんていう目的など忘れ、リサは来た道を引き返してその場から走り去った。

 そんな涙を流して一心不乱に走るリサは、将吾のクラスメイトの香月飛鳥の横を通り過ぎる。

 

「今井、さん?」

 

 通り過ぎた瞬間にリサの横顔を見て、泣いているとわかった飛鳥は不思議そうに首を傾げた。

 何かあったのだろうと見当はついたが、それが一体何かまではわからず、飛鳥は疑問を抱きつつ家に帰った。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 翌日の朝。

 いつものようにリサと友希那と一緒に登校しようと思い、俺は彼女達の家の前に行く。すると、いつもは俺が来る前にはリサがいるはずなのだが、今日はその彼女の姿はない。

 昨日の夜、リサが来ると思って待っていたのだが、彼女は俺の家に来る事はなかった。一応リサにはメッセージを送ったが返事は返ってこないし既読すらつかない。

 

「ショウ、おはよう」

「あぁ、友希那。おはよう」

 

 家から出てきた友希那が俺に挨拶をする。俺も片手を挙げて挨拶を返す。彼女はいつもと違うと思ったのか、辺りを見回す。

 

「ショウ、リサがいないようだけど」

「わからない。昨日家に来なかったし、メッセージも反応ない」

「何かあったのかしら。私の方にも何もないの」

 

 うーん、と二人して唸り、友希那が口を開く。

 

「とりあえず学校に行きましょう。学校に着いたら連絡するわ」

「あぁ、頼む」

 

 遅れたら元も子ないため、俺達は学校の方へ足を向けた。

 普段リサと会話を回しているからか、こうして友希那と二人になると話が盛り上がらない。

 はぁ、リサには世話になってるしリズを紹介したいんだがな。小学の頃からの親友だ、って。そういや、リズのやつ学校どこだ? 羽丘とか花女か?

 

 

 学校に着き、俺は教室の扉を引いて中に入った。すると、クラスメイト達がざわざわと騒いでいた。

 

「どうしたんだ、これ」

 

 席に座ってカバンを置き、前の席に座る飛鳥に訊く。

 

「お、おはようショウ。昨日話したろ、転校生だって」

「あー、言ってたなそういや」

 

 転校生来るって昨日言ってたな。どんなやつか話の内容すっかり忘れてるけど。

 カバンの整理を終えると、飛鳥がそうだそうだ、と思い出したように話しかけてくる。

 

「昨日の夕方さ、家に帰ろうとした時にいま──」

「おーら、静かにしろテメーら」

 

 飛鳥が話してる途中に教室の扉が開き、俺達の担任教師が入ってきた。飛鳥は話を遮られ気を悪くしたのか、ちっ、と舌打ちをした。

 

「話が広がってるみたいだが、今日は転校生が来た! そして男子! 喜べ、女子だ!」

 

 おおおおおおお! と教師の言葉にクラス中の男子が盛り上がる。中には席を立って歓喜する奴もいる。

 

「さ、入ってきていいぞ」

 

 教師がそう言うと、教室の扉がガラリと開き、中に入ってきてまず目に入ったのが金色だった。

 

「……は?」

 

 周りの男子はおお、と期待の声を上げる。対して俺は困惑の声を出す。

 教壇に立って、転校生は挑発気味な笑みを浮かべる。教師は黒板に彼女の名前を書き出す。その名前は、

 

「古跡リズリットって言いまーす。皆遠慮なくリズ、って呼んでくれよ!」

 

 自己紹介をし、一瞬間が空く。次の瞬間に大音量の歓声。リズの容姿は親友という贔屓目を除いても可愛いだろう。女子もまた可愛い女子がクラスの仲間になる事に喜び。男子共々歓声を上げた。

 

「おお、可愛いなショウ!」

「はぁ……? お前、どこをどう見て俺にそう言える……?」

「は? 何お前、あの子となんかあんの?」

「……俺の幼馴染」

「はぁぁぁ!? 今井さんと言うものがありながら、あんな可愛い子が幼馴染ィ!? 死ねてめぇ!!」

 

 机に突っ伏して答えると、飛鳥が大声を上げて俺の頭をぶっ叩いた。急に叩かれた俺は立ち上がって飛鳥の首元を掴んで持ち上げた。

 

「おーい、香月、紅宮。喜ぶのはいいけど喧嘩すんなよー」

「「すんません」」

 

 教師に注意され、俺と飛鳥は席に座り直す。当然、クラスメイトから注目されるわけで、皆から笑われる。

 そして、あいつにも発見される。

 

「将吾じゃん。なんだ、お前もここだったのか」

「お、なんだ、古跡と知り合いだったのか紅宮」

「幼馴染なんですよ、アタシと将吾」

 

 リズがそう言った途端、クラスの男子全員がガバッ、と俺の方に振り返って睨んでくる。

 

「よし、前から紅宮に学校の案内頼もうと思ってたが、これなら安心だな。紅宮、古跡を頼んだぞ。古跡の席は紅宮の隣な」

「はーい。んじゃ将吾頼むぞー!」

「……はい」

 

 教師からの頼み、親友の頼みというのもあって、俺はリズの学校案内役に抜擢された。

 親友が同じ学校というのは嬉しいが、クラス中の男子から敵視されるのは嫌だなぁ……。

 

 

 




本当はもっとリサを泣かせたかった。こう、リサが泣いてる姿見ると何かくすぐられますよね。心が死ぬけど。

感想、評価お待ちしてます。


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二曲 彼女がいない日

よし、好調に書けました。陽だまりロードナイトのinstrumental聴きながら書くのはいいですね。




 

 昼休みになる頃にはもう、将吾は満身創痍だった。休み時間の時にクラスメイトからのリズリットに関する質問責めに、男子からの憤怒が混じった視線。

 それらを耐え切った彼は食堂のテーブルに突っ伏していた。

 

「ほら将吾、早く食わないとラーメン伸びるぞ」

「わかってる……」

 

 リズリットに言われ、将吾は上体を起こしてどんぶりから湯気を立たせるラーメンを見る。あのあと、友希那から連絡があり、リサは学校を休んでいるようだった。当然朝に会っていないため将吾の弁当はない。

 久しぶりだな、と心の中で呟き、彼は割り箸を手に取ってラーメンの麺を持ち上げた。

 

「ショウ、今日は弁当じゃないのか?」

「……あぁ、今日は休みだって」

 

 カツ丼が乗ったトレイをテーブルに置いた飛鳥が珍しそうに訊いた。答えた将吾はズルズルと麺を啜る。

 飛鳥はへぇ、と相槌を打って昨日の泣きながら走り去るリサを思い出した。それが関係しているのでは、と彼は思ったが、リズリットがいる手前、不用意にその話をしたくはなかった。一回くらいリズリットが離れる時があるだろうし、いいだろうと考えた。

 しかし、教師からアレコレ手伝わされる将吾にそんな暇はなく、飛鳥は結局昨日の事を言えなかった。

 

「将吾ー! 帰ろー」

「悪い、俺今日バンド練習」

「なんだ、お前バンド組んでたのか」

「サポーターだけどな。悪いな、リズ」

 

 そう言って将吾はカバンを持ってひと足早く学校を出ていった。

 

「仕方ないなー。飛鳥ー、帰るよ」

「知り合って間もないのによく誘えるなぁ!?」

「別にアタシはそういうの気にしないし」

 

 パワフルだ、とリズリットに誘われた飛鳥は小さく呟く。リズリットは背中が小さくなる将吾の姿を見てふっ、と小さく笑う。

 

「中学の頃より楽しそうじゃんあいつ」

「リズさん、なんか言った?」

「なんも言ってねーよ。ほら、さっさと靴履く!」

「うわ、待って待って」

 

 靴を履くのに手間取る飛鳥の背中を叩き、彼女は生徒玄関をくぐって外へ出た。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 羽丘の校門に着いた俺はその場に、花女の制服を着た紗夜と燐子がいる事に気付いた。二人とも委員会などがなかったみたいで俺より先に着いていたようだ。

 

「おまたせ、皆」

「ショウ、くん……今井さん、今日来ないみたいだね」

「あぁ。風邪だったのか?」

 

 友希那にそう訊くと彼女はえぇ、と頷く。昨日来なかったのは体調を崩して来れなかったのかもしれない。人の体調なんて突然悪くなったり良くなったりするものだ。特にリサは俺達を支えようと日々明るく接して忙しくしてるし、体調を崩すのも無理はない。

 そうさせないようにするのが俺なのに。ダメだな。

 

「そっか〜、今日リサ姉いないんだ……」

「今井さんがいない練習って……初めてだよね」

「確かに、俺がいない時はたまにあるけどリサがいないのは初めてだな」

 

 今日の練習メニューは少し予定を変えて既存の曲の反復練習かな。新曲の意見とかも聞いておきたかったんだけど、それはまた今度にしておこう。

 

「今井さんがいなくても、私達は普段通りに練習をしましょう。その方が彼女も心配しないはずよ」

「そうね。紗夜の言う通り、リサがいなくてもやる事は変わらないわ。スタジオに向かうわよ」

 

 普段通りに行くといいんだけどな。何かとRoseliaはリサを軸にしてるところが多々あるし、リサがいなくなるとどうなるのか。

 そんな一抹の不安を抱え、先を歩く四人の後を追う。スタジオに向かう道中、あこが昨日のNFOでドロップした素材の話を俺と燐子にし、あれこれとその素材の使い道を話した。

 

「あとは、そうだな。あまり使ってる人はいないけど、その素材から作れるアクセサリーが魔力の底上げにもなるはず」

「ホント!?」

「でも、それよりも高ランクのアクセサリーあるから使うやつなんていないぞ」

「初心者向き、なのかな」

 

 初心者にそのアクセサリーはいいかもしれないが、まずその素材を手に入れるにはレベルを少し上げなければならない。そのため、中級者向け、とされるがそこでも使っている者を見た事がない。

 とどのつまり、あこがドロップさせた素材は不要の産物なのだ。

 

「ちぇー、見た事ないアイテムだったのに〜」

「仕方ないよ、あこちゃん」

「次のイベントは友達招待するとアイテムが貰えるらしいから、それで我慢我慢」

「確か、それってあこちゃん……好きそうだったよね」

 

 燐子の言葉を聞いたあこは拗ねていた表情から一気に笑顔に戻った。テンションの上がり下がりが忙しい。

 燐子とあこの微笑ましい光景を見て笑っていると、突然スマホが振動する。

 

「……っと、すまん、電話出る」

 

 四人に断りを入れ、俺は電話に出た。すると電話口から申し訳なさそうな声が聞こえてくる。

 

『ごめんねー、ショウくん……』

「なにかありました、まりなさん?」

『実は……その……カフェテリアの方に人が足りなくてさぁ。頼めるかなー?』

 

 私がやろうかなって思ったんだけど書類が、と申し訳なさ最大で言う。人手が足りないのならば仕方ない。

 

「ちょっと待ってくださいね。今友希那達に相談するので」

『うん、無理しないでいいからね』

 

 マイクをミュートにして友希那達を見ると、何かを察したのか軽く溜息をついていた。

 

「悪い、CiRCLEで人手不足らしい」

「そう。ショウが行きたいのならいいわ」

「悪いな。リサもいないのに……」

「私達もCiRCLEでスタジオを借りますし、何かあれば呼びます」

 

 わかった、と返事をしてマイクのミュートを解除してまりなさんに出勤すると伝える。ありがとう、と深く感謝され、俺は苦笑いを浮かべた。

 しばらく歩いてライブハウスCiRCLEに着いて友希那達と別れ、俺は更衣室に入った。自分のロッカーに制服の上着を入れてワイシャツの上から赤いエプロンをつける。

 CiRCLEには制服は存在しない。まりなさんはカーディガン着てるし、他のスタッフはトレーナーだったりシャツの上からエプロンをしている。

 エプロンの後ろの紐を縛りながら更衣室を出てまりなさんのところへ向かうと、笑顔で手を振ってきた。

 

「ありがとね、来てくれて」

「いえ、いいんすよ。ただ、Roseliaで何かあったら行っていいですか? 今日リサいなくて」

「あ、そうなんだ! うん、行っていいよ」

 

 まりなさんから許可も貰ったし、これであいつらに何かあっても大丈夫だな。リサがいない日なんて初めてだからいろいろ不安だけど、なんとかなるだろう。

 バイト頑張るか、と両頬を叩いてカフェテリアの方へ向かう。昼までの先輩スタッフの引き継ぎを行い、レジのお金を合わせる。

 

「あれ、ショウくんやん」

「雨河さん。今日はAfterglowの付き添いなんすね」

「おう。バイトも休みでな。暇なら来いやーって蘭とひまりから言われたんや」

 

 そう言って彼はカフェテリアのテーブル席に蘭達が座って待っている方を指さす。雨河さんから注文をとり、オーダーを作り手の後輩スタッフに知らせ、レジに指を走らせた。

 

「合計五万円でーす」

「はいはーい、五万円なー……ってそんな高くないやろ!」

 

 俺のボケに雨河さんが流れるようなノリツッコミをし、作り手の後輩スタッフが笑う。

 

「ホンマにショウくん、オレに会う度にボケかますなぁ」

「雨河さんのツッコミが面白いんすよ。はい、極上コーヒー六つにフルーツタルト五つ」

「まぁ、おもろい言ってくれんの嬉しいけどよー」

「れいにぃ遅い」

 

 トレイを受け取った雨河さんと話していると、蘭が無愛想に雨河さんに苦言を言う。苦言を言われた彼はすまんすまん、と快活に笑った。

 

「それじゃな、ショウくん!」

「はい、また」

 

 トレイを持ち、蘭にあーだこーだと言われながら雨河さんはそんな事知らんと言わんばかりに笑って受け流す。その後ろ姿を見て俺は楽しそうだな、と思った。

 皆、学校が終わってバンド練習や個人練習をしにCiRCLEの併設スタジオにやってくる。練習終わりや練習の合間にここのカフェテリアを利用する人も少なくない。平日は夕方のこの時間がピークになる。

 二時間くらい経てばピークは過ぎ去り、カフェテリアの方は手が開く。その間に各テーブルを拭き掃除をして綺麗にしておいた。

 暇になるとRoseliaの皆は大丈夫かな、と考える。

 ちゃんと休憩は取ってるのかな。リサと俺がいないから止めるタイミングを失っていそうだ。

 そう思っていると、ライブハウスから四人程の集団がカフェテリアにやってきた。友希那達だ。

 彼女達はテーブルに着いて、メニュー表に目を通すと、あこがレジに立つ俺の方へ歩いて来た。

 

「今から休憩か?」

「うん! もうへとへとだよ〜」

「今からって事は結構練習したな。大方、パフォーマンスが落ちたから、ってところか」

「凄い! ショウ兄わかるんだ!」

「そりゃ、Roseliaのサポーターですから」

 

 あこからキラキラした目を向けられ、ふふん、と俺も胸を張る。

 

「それで、注文は?」

「あ! そうだった。えーっと、りんりんがホットミルクあったらそれにしたいって!」

「ホットミルク? 今の時期はないな。……まぁ、俺が準備したらいいだろ。燐子にいいよって言っといて」

「ホント!? わかったりんりんに言ってくる!」

 

 そう言ってあこはパタパタと友希那達のところへ帰って行った。その間にホットミルクの準備をしておく。おそらく友希那はコーヒーを頼むだろうしカップも準備しておこう。

 あ、昨日のお詫びで紗夜にカリカリポテト奢ろう。

 

「悪い、カリカリポテトの準備手伝ってもらえる?」

「はい!」

 

 今年入った新人スタッフだが、この子は元気が良くて動きもいいな。

 

「ショウ兄ー! ホットコーヒーとホットミルク、いちごソフトと抹茶ソフト、あとゴマソフトちょーだい!」

「はいはい。少し待ってて」

 

 会計を終わらせ、あこに待つように言って、ソフトクリームを作っていく。慣れた手つきでソフトを作っていると後輩スタッフとあこがおお、と感嘆の声を上げる。

 そんな見つめんな、手元がブレる。つか、ポテト見ててよ。

 無事に作り終え、ソフトクリームをスタンドに立ててトレイに乗せる。最後に揚げたてのカリカリポテトを置いて終わりだ。

 

「はい、お待ち」

「あれ、ショウ兄ポテトなんて頼んでないよ?」

「これは紗夜のお詫び。昨日俺怒られてたでしょ?」

「あー! ショウ兄紗夜さんに怒られてたもんねー!」

 

 思い出してくれたみたいで、あこがあはは、と明るく笑う。ソフトクリーム溶けるぞ、と言うと彼女は慌てて友希那達のいるテーブルに戻って行った。

 

「確か、Roseliaのドラムの子でしたよね」

「そ。Roselia一の元気っ子」

 

 Roseliaが今よりも近寄り難い雰囲気がないのは、リサの影響もあるだろうがあこの元気な姿もその内の一つだろう。

 あ、しまった。友希那苦いのダメじゃん。砂糖つけるの忘れてた。

 

「ショウ兄ー!! お砂糖ちょうだーい!!」

「ごめん、忘れてた。はい、砂糖」

 

 タイミング良くあこが帰ってきて砂糖を手渡す。

 ダメだな。カフェテリアの仕事する時によくリサと友希那来るけど、砂糖はリサに言われてから付けてるから忘れてるな。

 はぁ、と短く後輩スタッフに気付かれないように溜息を吐いた。

 

 

 Roseliaの練習よりも早くバイトが終わり、俺は四人が使っているCスタジオに入る。中に入るとマイクのケーブルは散らかってるし、友希那はギターのシールドが足に絡まってるし、床には燐子が持っていたであろうホットミルクが零れている。

 

「なんだこの惨状は!? なんでホットミルク零れてんの!?」

「ショウ兄ぃ!」

「あー、あこスカート濡れてるのか。ほら、俺のハンカチ使って。叩いて水分取る感じで拭くんだぞ。で、水洗いしといで臭いついたら大変だから」

「ありがとショウ兄……」

 

 あこはトイレに行った。あとはマイクのケーブルとシールドだな。

 

「雑巾がすぐ近くにあるから取ってくる」

 

 すぐに近くにあるロッカーを開けて雑巾数枚を取り出して紗夜と燐子に投げ渡す。

 

「それでホットミルク乾拭きして。俺は雑巾濡らしてくるから。友希那はマイクのケーブル束ねておいてくれ」

 

 すぐに男子トイレに入って雑巾を濡らして絞る。走ったら危ないので駆け足でスタジオに戻った。ホットミルクはすでに拭かれており、俺はその上から濡らした雑巾で拭き直す。機材にもかかってたしそっちも拭かなければ。

 それから十分後、先程までぐちゃぐちゃだったスタジオは綺麗に片付けられ、紗夜が借りたであろうエフェクターやドラムに使うハイハットにシンセサイザーを返した。

 

「終わった……」

「紅宮くんが来てすぐ終わったわね……」

「的確……でしたね」

「リサほど的確じゃない。リサならもっと早く終わるはずだ」

 

 リサがいないとこんなにも大変なのか。バイトもやって、こうして片付けるの大変だぞ。

 

「ショウ兄ありがとー! おかげで綺麗になったよー!」

「おう。よかったよかった」

 

 あこのスカートが綺麗になったみたいでよかった。シミになったり臭いつくとクリーニングに出さなきゃいけないしお金もかかるからな。

 それにしても、心底思う。リサがいないと本当に大変だ。それは友希那達も思っているようで溜息をついている。

 彼女がいない日はもう二度と来ないで欲しい。

 

 

 




今回は、「Don't leave me Lisa!!!」のイベストに触れました。察しのいい方なら気づくでしょう! 気づくといいな。


感想、評価お待ちしております。


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三曲 この想い

よっしゃー!!連日投稿!

凄く書きたいところだったので頑張りました!


 リサが来なかった日の翌日。この日もまたリサと友希那の家の前まで来るが、リサの姿はなかった。俺と友希那は心配になりリサの家を訪ねたが、彼女の母親が出ただけだった。ただ、少し良くなっているみたいで、おそらく今日は遅れるが登校できるそうだ。

 よかった、良くなったみたいで。昨日のバンド練習が終わったあとにお見舞いに行ってもリサの姿は見られなかったから、良くなったと聞いて安心した。

 

「よかった、回復してるみたいで」

「えぇ、そうね。私も心配したわ」

「今日はバンド練習ないんだったな。ちょうどいいな、リサも休めるし」

「体調が万全ではないのだし、仮にあっても休ませるわ」

 

 心外だと言わんばかりにジトっとした目で見られ、俺は肩を竦める。

 何はともあれ、リサの体調が良くなったのはいい事だ。燐子とあこもストイックな友希那と紗夜の重い空気に耐えられないからな。リサがいてくれるだけでも助かる。

 ……今日の昼飯、どうしよう。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 二時間目の授業が終わったあと、リサは遅れて学校に登校してきた。教室に入るとクラスメイト達が心配したと声をかけ、彼女は普段通りの明るい笑顔を浮かべて心配かけてごめん、と謝る。

 

「リサちー、おはよ。大丈夫なの?」

「ヒナ、おはよー☆ うん、大丈夫大丈夫」

 

 クラスメイト達に向けた同じ笑顔を浮かべると、声をかけた氷川日菜はそっか、と自分の席に座るリサを納得いかない顔で見つめた。

 そんな日菜の隣に、女子にしては高身長な人物が立つ。

 

「私には、とても大丈夫そうには見えないね」

(かおる)くんもそう思う?」

 

 席について、隣の席のクラスメイトと話すリサを見つめ、ハロー、ハッピーワールド! のギターを担当する瀬田(せた)薫は神妙な面持ちで頷く。

 

「何かあったのかなーリサちー」

 

 何かと周りを振り回す日菜だが、友人の不安定な状態を見過ごすほど鈍いわけではなかった。不思議そうに首を傾げ、うーん、と考えた。

 授業が始まるチャイムが鳴り、皆一様に席に座り始める。クラスメイト全員が前向き、リサは教科書とノートを机の上に広げ終わると短い溜息を吐く。

 まだ、彼女の頭の中には一昨日の夕方の光景が焼き付いている。走って帰ってからずっと、リサの心は何かを喪失したかのような感覚が残っていた。

 気分を紛らわそうとベースに触れようとしても将吾の事が頭から離れなく弾けなかった。

 

 ──ショウに彼女がいたって、別にアタシには関係ないのに。

 

 涙は止まった。しかし心は晴れず、今もなお彼女の胸を締め付ける痛みは消えない。理解ができない。あの光景を見ただけで心が締め付けられた。何故か、信じたくない気持ちもあった。

 

 ──もう、ショウの家には行かない方が良いのかな。

 

 彼女がいるなら邪魔したら悪いし、いかなくていいよね、と心の中で呟く。そうすると次の瞬間には止まったはずの涙がまたしても溢れそうになる。

 今は学校にいるため、リサは必死に溢れそうになる涙を止めて黒板の方へ視線を向けた。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 昨日は友希那からリサが登校したと連絡を受けた。しかし、相変わらずリサからの連絡は一切ない。少し寂しい気持ちもあるが仕方ないだろう。

 今日は日直だったため早めに登校した。そのせいでリサと友希那と一緒に登校できなく話す事ができなかった。

 それにしても、彼女の料理を二日だけとはいえ食べていないのは、こう、なんだろうか。モヤッとする。言葉で言い表せないのが痛いが、そんな感じがする。

 一日中リズに付き合っていたせいでへとへとだ。何かあれば手が飛んでくるしあまり逆らいたくない相手なのでついていくしかないのだ。

 のそのそと羽丘に向かって歩いていると、校門前には友希那とあこ、そしてリサの姿があった。

 

「おまたせ」

 

 三人が話しているところで声をかけると、リサがビクリと肩を震わせた。

 

「ショウ兄! 遅いよー!」

「ごめん、ちょっと疲れててさ」

「ショウ、リサにも話したけれど体調管理はしっかりして。貴方達がいないと私達Roseliaは回らないのだから」

「わかったから、そんなマジな顔すんなよ」

 

 気をつける、と付け加えて俺は次にリサの顔を見た。すると彼女は俺の顔を見るなり一瞬固まる。

 

「リサは体調は大丈夫か? 風邪だったんだろ?」

「うん、大丈夫だよ。ありがとね、お見舞い来てくれて♪」

 

 固まったと思いきや、リサは笑顔を浮かべた。しかしそれは無理をしたような笑みで、どこか愛想笑いにも似ていた。

 まだ治ってない……? いや、でもこの表情はきっと、なにかがあるような。

 何故そんな笑みをするのか疑問で、俺はそう考える。

 友希那が歩き始め、俺達は彼女についていく。今日も練習場所はCiRCLEの併設スタジオだ。行く途中に紗夜と燐子とも合流して、二人ともリサの体調の心配をしたあとに練習を欠席しないようにと念を押していた。

 

「そういえばさ、ショウ兄っていっつもリサ姉にお弁当作ってもらってたよね?」

「あぁ、それがどうかしたか?」

「リサ姉いない間どうしてたの?」

 

 あこに質問され、俺は言葉に詰まった。答えない俺に皆の視線が刺さる。

 

「えーっと……その」

 

 左耳につけているピアスに触れて、俺はしどろもどろになりながら二日間の昼飯と夜飯を答えた。

 

「昼は学食のラーメンとか、購買のパン二個くらい。夜はその……」

「夜は、なんですか紅宮くん」

「冷蔵庫になんもないの忘れてて、中にあった豆腐と納豆だけで済ませました……」

 

 そう答えると空気が凍った。

 友希那の眼は凄く冷たくて、紗夜は呆れたような眼で、燐子は可哀想な人を見るようで、あこはえぇ……と紗夜同様呆れていた。そして最後に怖いリサは、もの凄い複雑な顔して俺の事を見ていた。

 

「ショウ、貴方リサがいないとまともに食べないの?」

「いや、そうじゃないんだけど……」

 

 じゃあなに、と苛立たしげに言われ俺は素直に口を割る。

 

「食材買い忘れたってのもあるけど、単純にリサの料理に慣れ過ぎて自分の料理じゃ物足りないというか」

「はぁ……」

 

 後半は自分でもわかるほど小さくなっていき、ボソボソと喋った。友希那は溜息をついてからあれこれと説教をする。やれRoseliaのサポーターなのだからしっかりとしろだの、やれリサがいなくても生活に支障を出さないようにしろだの言ってきた。

 自分だってリサいないとダメなくせによく言うものだ。

 文句の一つも言ってやりたい気持ちもあるがこればかりは俺が悪い。

 

「……」

「リサ? なんだその顔」

 

 眉を寄せたり落ち込んだり頬をひくつかせたりと忙しくしている。行かなかった事に申し訳なく思っているのか、彼女は目を伏せて口を開く。

 

「その、ごめんね行けなくて」

「いいんだよ。そもそも俺が悪いんだしさ」

 

 今日は全員揃ったし、一昨日みたいな事は起きないだろう。今日は新曲について話を詰めて──

 

「……ごめん、電話だ」

 

 どうせまりなさんでしょ。ほら、そうだ。

 スマホを取り出して画面を確認するとまりなさんの名前が表示されていた。友希那達に断りを入れて電話に出ると、一昨日の焼き回しのように申し訳なさそうな声が聞こえてくる。

 

「……ショウ、また?」

「あぁ、また」

「そう」

 

 せっかく揃ったというのに。燐子があー、と同情の眼差しを向けてくるのがわかる。あこも大変そうだなー、と呑気に言う。

 

「仕方ないわね」

「紅宮くんにはあとで新曲についての話をまとめて連絡しておくのでそれで我慢してください」

「……おう」

 

 くそ、俺だけハブかれるなんて。まりなさん、ホント恨むぞ。

 少し急いでるみたいだったので、俺は皆に一言言って走ってCiRCLEに先に向かった。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 スタジオを借りて、新曲について話をするRoseliaメンバー。曲調やベースラインも詰め終わり、次は衣装について話が広げられた。

 

「おおー! 今回は赤がメインなんだねりんりん!」

「うん……曲に合うかなって」

 

 まだ細かいデザインは考えてないけど、と燐子は照れくさそうにはにかんだ。白い紙に描かれた衣装のデザインはどれもドレスを元にしたデザインだった。演奏の邪魔にならない、が前提なため、ノースリーブ、またはオフショルダーのデザインだ。

 ファッションに詳しいリサもこれを見て、興味津々に目を輝かせる。

 

「わー! アタシの衣装とかドレス感強くていい感じじゃん♪ 燐子ありがとー!」

「い、いえ……今井さんに似合うかなって、思ったので……」

 

 嬉しそうにお礼を言われ、燐子は顔を赤くして俯いた。まだ慣れていないようで彼女は落ち着かないようだ。

 

「失礼しまーす。レンタル機材のお届けでーす」

 

 そんな声と共にスタジオに入ってきたのは、シンセサイザーとエフェクター、ハイハットを持ってきた将吾だった。紗夜、燐子、あこはそれぞれ頼んだ機材を受け取って練習するために準備する。

 さきほど、機材をレンタルするためにインターホンで借りる旨をリサが伝えたのだが、将吾ではなくまりなだったため、てっきりリサはまりなが来ると思っていた。そのせいか、リサは将吾を見て顔を伏せて見ないようにしていた。

 

「んじゃ、頑張ってな。何かあったら言って」

 

 そう言って彼はリサの様子に気づく事なくスタジオから去っていく。隣でリサの様子を見ていた友希那は、顔を伏せる彼女に声をかけた。

 

「リサ、ショウと何かあったの?」

「っ……な、なんでもないっ」

 

 さ、練習練習ー! とリサはスタンドに立てかけていたベースを手に取って肩にかける。少し引っ掛かりを覚える友希那だが、練習に集中するため気持ちを切り替えた。

 何度か通しで練習し、その後は各個人で気になる部分を洗い出して互いに納得のいくまで練習をする。

 しかし、その間ベースの音が何回も途切れ、またはズレが起こった。

 

「今井さん、ミスが多いようだけど大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。ごめんね、紗夜」

「……何かあれば言ってください。今日の貴女は少し変です」

「……」

 

 紗夜が心配し、声をかけるがリサは大丈夫の一点張り。友希那もリサ、と声をかけても黙って何も言わない。

 痺れを切らした紗夜と友希那は互いに頷き、リサを取り囲む。

 

「え、ちょっと二人とも!?」

 

 紗夜がベースをリサから取り上げて友希那がベースケースを開いて紗夜から渡されるベースをしまう。

 

「白金さん、宇田川さん。悪いけれど機材を片付けて。今日の練習は中止よ」

「わ、わかり、ました」

「は、はい」

 

 燐子とあこは何が何だかわからない、といった様子で指示通りに片付けをする。

 

「紗夜、リサは任せたわ。私はあこ達とスタジオを片付けるから」

「わかりました。ほら、今井さん行きますよ」

 

 ズルズルとリサを引き摺るように紗夜は歩き、カウンターで仕事をする将吾と目が合うと、彼女は止まってキッパリと言った。

 

「今井さんが調子悪いようなので練習は中止です。今井さんは私が送りますので。では」

「……お、おう。気をつけてな」

 

 再びリサを引き摺るように歩く紗夜を見て将吾は触れてはならないのだと察してそれ以上言わずに見送る。

 必死に大丈夫だと言うリサを無視して紗夜は歩く。そんな行為を繰り返していると、気づけばリサの家の前まで来ていた。

 

「まったくもう……大丈夫なのに……」

「大丈夫には見えなかったから連れ出したのよ。湊さんも気づいているみたいでしたし」

 

 強めの口調で言われ、リサは言葉を詰まらせる。

 唇を噛み、彼女はしばらく黙り込む。そして、リサは小さく呟いた。

 

「……わかった。話す」

 

 入って、と紗夜を家に通す。リサの母親は買い物に行っているのか、家の中には誰もいない。

 まっすぐリサの部屋に招かれ、紗夜は背負っていたギターケースをリサが壁に立てかけたベースケースの隣に立てかける。

 リサは制服のブレザーをハンガーにかけ、クッションを抱いてベッドの奥に座った。

 

「……今井さん、下着……」

「紗夜も女の子だしいいじゃん」

 

 まったく、とリサの言葉に紗夜は頭を抱える。溜息をひとつつき、彼女はリサの隣に座る。

 二人は会話をせず、静寂の時間がしばらく続いた。

 そんな静かな時間を、リサが切り裂く。

 

「この間さ、見ちゃったんだ」

 

 唐突に彼女がクッションに顔を埋めながらそう言う。紗夜はわからずに首を傾げた。

 

「何をですか?」

 

 一拍置き、リサはクッションに埋めていた顔を上げて、一筋の涙を零した。

 

「ショウが……女の子と抱き合ってるとこ」

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

「紅宮くんが、女の子と抱き合っていた……」

 

 アタシの言葉を聞いた紗夜が驚いて目を見開く。

 あはは、思い出したらまた涙出てきちゃった。学校でも出そうになったし、ダメだなー。

 アタシはまたクッションに顔を埋めて紗夜の反応を待つ。

 

「今井さんは、どう思ったんですか」

「どう、って……」

 

 そんなの、ショックだったに決まってる。なんでかはわからない。けど、ショックで、信じたくなくて、悲しくて……。

 

「……」

 

 アタシは要らないのかな、って思えてきて、寂しかった。

 ずっとそんな事考えてて泣いてた。ショウには彼女いるんだし、アタシなんて行かなくていいじゃん、って。

 だんだん顔を埋めていたクッションが涙で濡れてきた。

 

「私は、今井さんならすぐに理解しているものだと思ってました」

「え……?」

 

 顔を上げて紗夜の方を見ると、紗夜は柔らかく微笑んでた。

 

「私がすぐわかったくらいですし、本を読んでる今井さんならわかっていると思ったんですが、気づいてなかったのね」

「気づく?」

 

 わからない、紗夜の言っている事が。

 紗夜は二回目のまったく、と困ったように呟く。

 

「貴女は、紅宮くんの事をどう思っているの?」

「ショウの、事を」

「一緒にいて、どう感じるの?」

 

 ショウと一緒にいて感じるもの。それは、温かくて、柔らかくて、優しくて、楽しくて、そして安心する。ずっと、ずっと感じてたい感覚。もっと一緒にいたいって思う。

 

「……そっか」

 

 気づいてなかった。アタシ、ライブしてる時や練習してる時、ずっとショウの事目で追ってた。もっと見て欲しくてオシャレしたり、髪の手入れしたりしてた。

 簡単な事だった。

 

「……アタシ、ショウの事……」

 

 

 ──好きだったんだ。

 

 

 この想いに気づいた瞬間、アタシの胸が高鳴って、苦しいくらい締め付けられた。

 そうだ、この感じ。ずっと、ずっと前からあったのに気づいていなかった。

 

「ははっ……鈍いなぁ、アタシ」

「周りの事は気づくのに、自分の事になると鈍感ですね、貴女は」

「うん、そうかも」

 

 きっと、この想いは小学生の頃に助けられた時からだ。だからアタシはずっとショウがいないか探して待ってたんだ。

 でも、今気づいたって、遅いよね。

 

「まだ、紅宮くんに彼女ができたと確定したわけではないわ。だから落ち込まないの」

「……紗夜」

 

 またクッションに顔を埋めようとすると、紗夜が優しく頭に手を置いて髪を梳くように撫でる。

 

「応援するわ、貴女の恋を。だから、諦めないで」

「っ……! 紗夜、ありがと……!」

「ちょ、今井さん泣かないでください!」

 

 紗夜の言葉に、アタシは涙を流して紗夜に抱きついた。

 慌てる紗夜は少しして落ち着いてアタシの背中を母親みたいにトントン、と叩いてくれた。

 

 

 




今回の反省点は場面転換が多かったところですね。ここはもっとプロットを詰めれば改善できたと思うので以後気をつけます。

さて、やっと気持ちに気づいたリサ。お楽しみにしてください!!


感想、評価お待ちしております。


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四曲 リサとリズリット

本当は私が投稿している、結城友奈は勇者であるの二次創作を更新したかったのですが、Ewigkeitのライブ映像を見たせいでまたブーストがかかったので、更新しました。

タイトルでお察しの通り、そういう事です。


 

 学校がないこの日、スマホのアラームで起こされた俺は、眠たい目を擦りながらベッドからむくりと起き上がった。ふわりとリサと同じ柔軟剤の香りが舞い上がる。この香りを嗅いでいるとまた眠くなってくる。

 

「ふ、あぁ……」

 

 今日は昼からバンド練習があるため、このまま二度寝するわけにはいかない。

 

「わぶっ!」

 

 少しボーッとしているとベッドの上に乗ったナウが突然俺の顔にしがみついてきた。黒猫を引き剥がして顔の前に持ってくるとペロリと俺の顔を舐める。

 時間的にはあと少しでナウの朝ご飯だ。

 ナウのおかげで目が覚め、俺はナウを抱いて下に行く。リビングについて黒猫を下ろして俺は洗面台に立って冷たい水で顔を洗う。

 最後に歯を磨き終え、キッチンへ。昨日買った食パンを使ってサンドイッチを作り、テーブルの上にコーヒーと一緒に置いた。ナウのご飯も用意してあげて、ナウ専用の器を、まだかまだかと尻尾をゆらゆらと動かす子猫の前に置く。

 この猫、本当に頭がいい。何も言わずとも待てをする。しっかり言う事を聞くし大人しい。躾も必要なかったくらいだ。

 

「いただきます」

 

 俺も椅子に座って作ったサンドイッチを頬張る。

 ん、ソースもう少し濃くした方が美味しくなりそう。

 自分で作ったサンドイッチのソースの感想を心の中で言い、次にコーヒーを飲んだ。

 朝食を食べ終えて着替えを済ませ、再びリビングに帰ってきた俺は、スマホに通知が来ている事に気づいた。

 リズからのメッセージで、今から遊びに行く、と来ていた。

 

「いやいや、今からとか勘弁してくれ。バンド練習あんだから」

 

 ガリガリと後頭部を掻く。バンド練習ある、と返信しようとした瞬間、家のチャイムが鳴った。

 インターホンのカメラで確認するが人はいない。これで確信した。チャイムを鳴らしたのはあいつだ。

 俺は靴を履いて家を出て、塀のすぐ裏側を確認する。予想通り、塀の裏側には金色の長い髪をポニーテールにしたリズが隠れていた。

 

「……ふんっ!」

「いて!?」

 

 くだらない事をする彼女の頭に拳を叩き込み、首根っこを掴んで家に入れる。

 

「お前は毎回毎回! 子供みたいな事しないと気が済まんのか己は!」

「ごめん、いひゃいはなひて」

 

 俺は玄関でリズの頬を抓り上げて怒鳴りつけた。

 こいつは北海道にいた頃からこうして遊びに来る時はピンポンダッシュをしてくる。そして、北海道にいた時は俺の爺さんに見つかると今みたいに頬を抓り上げられる。

 良いだけ抓り上げたので、解放してやると頬に手を当てて、俺を睨んできた。

 

「なまら痛いべや! じいちゃんより痛い!」

「知るか!」

 

 学校にいる時は北海道の訛りを出さないようにしてるのか、久しぶりに訛りを聞いた気がする。

 

「ん? 将吾出かけるの?」

 

 靴を脱いでリビングに行こうとするとリズが不思議そうに俺の格好を見てそう質問してきた。

 

「あと少しでバンド練習」

「えー、またー? 少しは幼馴染と遊んでくれよー」

 

 不満げに言って俺の後に続いてリビングに入ってくる。すると、ナウがリズに向かって毛を逆立てて警戒しだす。

 

「ナウー、大丈夫大丈夫」

 

 警戒する黒猫を抱いて小さな頭を撫でてやる。

 初めて会った相手だからか、警戒が強い。リサと友希那に初めて会ったのが一年前のため、今より幼かったナウは警戒すらしなかった。

 もともと友希那の家が昔に猫を飼っていたと言っていたし、扱いが慣れていたというのもあるだろう。

 

「おお、将吾猫飼ってんのか……」

「あぁ、去年公園で拾った。離しても離しても離れなくて」

「いいなぁ、アタシ猫はてんで懐かれないし」

 

 そういえばリズは猫に懐かれる方ではなかったか。どちらかと言うと犬に懐かれる。

 そーっとナウに手を差し出すが、ナウはリズの顔を睨んで触らせない雰囲気を出す。彼女には悪いが諦めてもらうしかない。

 仕方ないかー、と頭の後ろで手を組み、リズはソファに座る。

 

「あっ、将吾! アタシもバンド練習見ていい?」

「帰れよ」

「あ゛ぁ゛?」

 

 帰れと即答すると指を鳴らして凄んでくる。女の子がしてはいけない顔をして、赤い瞳で俺を睨んできた。

 

「……邪魔さえしなかったらいいと思うけど」

「しないしない! なんなら手伝うぞ」

 

 リズに手伝わせたら危ないし遠慮しておこう。何やるかわからない。

 

「はぁ……連れてくけど、ダメだってなったら帰れよ」

「仕方ねーなぁ」

 

 仕方ない、はこっちの台詞なんだが。

 

「ホントに迷惑かけんなよ」

「わかったって。大丈夫大丈夫」

 

 本当にわかってんのか、この金髪。紅い毛先燃やすぞ。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 ライブハウスCiRCLEのカフェテリアで、早めに来ていた友希那、リサ、紗夜はそれぞれ好みの飲み物を飲んで談笑していた。

 否、リサで談笑していた、というのが正しいだろう。

 

「はぁぁ……無理、緊張する」

 

 自分の気持ちに気づいたリサは朝からずっとこの調子である。将吾に会いたいと思う反面、会いたくない、というのもある。

 そんな彼女を、事情を知る友希那と紗夜は二人で笑っている。

 

「リサ、そんな調子で練習できるの?」

「……でもさぁ」

「あまり意識しすぎると、紅宮くんと今より気まずくなるわよ」

「うぅ……」

 

 友希那がリサの気持ちを知ったのは、彼女自身が友希那に伝えたからである。まさか伝えたら、幼馴染が紗夜と一緒になって笑われるとは思わなかったようだ。

 

「そろそろ紅宮くんが来ますね」

「そうね、だいたいこの時間ね」

「あぁぁぁ、無理だって……」

 

 手を伸ばしてテーブルに突っ伏し、リサは呻き声を上げる。会った時、どんなふうに声をかけたらいいのかと頭で考えても、脳内で将吾を想像しただけで沸騰しそうになる。

 今もなお、うわー、と頬を染めて顔を覆っている。

 

「重症ね、今井さんは」

「耳まで真っ赤よ」

 

 二人は苦笑いを浮かべてリサを見ながら残っているコーヒーや紅茶を飲み干す。リサも落ち着かせるためにコーヒーを飲み終え、深呼吸する。

 よし、と深呼吸をして落ち着きを取り戻すと、後ろから将吾が声をかけた。

 

「何がよしなんだ、リサ?」

「ひゃう!?」

 

 将吾が声をかけた途端、リサはビクッと震わせて変な声を上げた。おそるおそる振り返って彼女は将吾を見る。

 

「こ、こんにちは」

「ん? あぁ、こんにちは」

 

 どうしたー? とリサの顔を覗き込むと彼女はなんでもないっ、と頬を染めて顔を背けて手で将吾の顔を押し退けた。

 

「なに、リサどうした」

「さぁ、どうしたのかしらね」

 

 挙動不審な動きをするリサに疑問を持った将吾が友希那に問うが意味ありげな笑みを浮かべて何も言わない。

 むむ、と考える将吾だったが、リサの耳が真っ赤に染まっている事に気づかない。すると、店側の方からリズリットが片手にソフトクリームを持ってやって来た。

 

「将吾ー! ここのソフトクリーム美味しいー!」

「騒ぐなっつったろ田舎娘!」

 

 将吾が駆け寄ってきたリズリットの頬を抓った。

 突然の事で驚いた友希那、リサ、紗夜は目を瞬かせて困惑する。

 

「え、えーと、紅宮くん、そちらは?」

 

 頬を引き攣らせながら紗夜が訊く。

 ふと、リサはこの間の光景を思い出した。あの時、将吾の肩越しから見えた髪の色、その色は金色だった事を。

 ──この人だ。

 

「あぁ、幼馴染の古跡リズリット。北海道に住んでたんだけどこっちに引っ越してきたんだと。それと、今日の練習見学したいって」

「そ、そうなんだ……」

 

 痛いと繰り返し言うリズリットの頬を離して、彼女の紹介をする。紹介を聴いている間、リサは椅子から立ち上がりたい気分だった。

 テーブルの上に置いていた手が少し震え出す。リサの様子に気づいた紗夜は彼女の手に触れる。

 

「ソフトクリーム落ちそうになったじゃーん……将吾後で覚えてろよ」

「騒ぐなって言ったのに騒いだリズが悪い」

 

 将吾がそう言うとリズリットは痛烈な舌打ちをしてソフトクリームにかぶりつく。ペロリと口についたソフトクリームを舐めとって、リサや友希那、紗夜を見た。

 

「アタシは古跡リズリット。リズって呼んで!」

 

 ニヒヒ、と髪を揺らして笑って自己紹介をする。その際に、彼女の耳に薔薇色のピアスが付けられているのが見える。

 リサはその時、そのピアスに目が惹かれた。

 ──ショウと同じ、ピアス……。

 彼女の心が、砕けようとしていた。

 

「私は湊友希那よ。よろしく、リズ」

「氷川紗夜です。よろしくお願いします古跡さん」

 

 友希那と紗夜が自己紹介をすると、リズリットは紗夜にリズでいいって、と笑う。そして彼女は自己紹介をまだしていないリサに目を向ける。

 視線に気づいたリサは精一杯笑顔を浮かべた。

 

「アタシは今井リサ。リサでいいよ、リズ♪」

「おう! よろしくリサ!」

 

 手を握られリサは固まり、一方的に手を振られる。

 人懐っこい、子犬のような雰囲気でポニーテールの金色の髪が揺れている。

 リサが困っていると思った将吾は彼女とリズを離した。

 

「ほら、アイス溶けんぞ」

「あぁ!? あぶねー!」

 

 将吾に指摘され、リズリットは指近くまで垂れてきたソフトクリームを舐めて、手を汚れる事を防ぐ。

 まったく、と将吾はリズリットを見て呆れたように笑う。優しい眼差し。リサは彼のその目を見て胸が締め付けられる。

 ──やっぱり、アタシじゃダメかな。……ショウのあんな目、見た事ないや。

 リサは内心、自嘲気味に呟いて顔を少し伏せた。

 その後あこと燐子がCiRCLEにやってきて、七人でCiRCLEの併設スタジオに入る。

 

「今井さん、まだ諦めるのは早いわ。まだ確証はないのだから」

「紗夜……うん。ありがと」

 

 スタジオに入る途中、将吾とリズリットに聞かれないよう、紗夜はリサに小声でそう励ました。

 紗夜の励ましのおかげか、この日の練習はミスをする事なく続ける事ができた。

 

「リサ、今日は調子いいみたいだな」

「うん。昨日とこの間練習してなかったし、その分頑張らないとね♪」

「よし、なら今度俺の家来た時はもっと厳しくしていいな」

「ちょっ!? それは流石に勘弁してよー」

 

 厳しい時はとことん厳しいのが将吾の練習方針である。それを知っているリサは冷や汗を流して手加減して欲しいと手を合わせて頼む。

 その光景をリズリットは離れたところで見ていて、楽しそうだな、と小さく呟いた。そこでふと彼女はひとつ疑問を抱いた。

 

「リサは将吾の家によく行くのか?」

「あ、うん。よくっていうか、その……」

「リサはほぼ毎日来るぞ」

 

 リサが言い淀んだ言葉を将吾が平然と言い出す。リズリットはへー、と興味あるように返事をする。

 

「リサには弁当とか晩ご飯も作ってもらってる。俺はベースを教えて、って感じ」

「ほうほう。リサは料理できるのかー! アタシできないからなー」

 

 ダークマターだもんな、と将吾が言うとあ゛ぁ゛? 女性がしてはならない表情(かお)をした。あこはそれを見ておお、と感心し、燐子は怯えて必死に見ないようにしていた。

 

「練習中よ。関係ない話はやめて。リズ、邪魔をするなら帰ってもらう」

「はーい、ごめんなさい」

 

 友希那に注意され、話していた将吾、リサ、リズリットは謝って黙る。

 練習は全員ミスをしても修正できる範囲のものだった。細かい指摘を将吾と友希那がし、各自以前より技術も向上した。

 練習が終わり、将吾はリズリットを見ると彼女は椅子に座って船を漕いでいた。

 

「はぁ、こいつは……」

 

 見学したいと言い出したのはリズリットのはずが、最後には居眠りしていた。これに将吾は苛立ちというより呆れが強く出て、頭を叩くという事すらしない。

 

「あ、あのさ、ショウ」

「ん? なに?」

 

 今のうちですよ、と紗夜に背中を押され、リサは将吾に声をかけた。

 

「その、今日ショウの家にご飯作りに行ったら……ダメ、かな」

 

 将吾とリサの身長差もあり、上目遣いで質問してくる彼女に、将吾は思わず目を背けてしまう。

 ──な、なんだ、リサがすげぇ可愛く見えた。

 もともと可愛い部類であるリサだが、将吾は今までここまで思った事はない。せいぜい今日も可愛いな、オシャレだな、などだ。

 

「お、おう。久しぶり、っていうわけでもないか。リサの料理食べたいかな」

 

 背けていた目を戻して、リサの目を見て返事をする。すると、

 

「そっか♪ うん、じゃあ帰りに買い物しないとだね」

 

 ここ数日の中で一番の笑顔を浮かべて嬉しそうにそう言った。これには友希那と紗夜も陰で小さく互いの掌を叩く。

 しかし、ここでちょうど目覚めたリズリットが声を上げる。

 

「アタシもリサのご飯食べたい!」

 

 口からヨダレを垂らすのでは、と疑いたくなるほど口を開けてリサを見つめていた。

 急な事に驚いたリサは固まっていたが、待てをする犬のような彼女を見てぷっ、と吹き出す。涙が出るほど笑い、落ち着いたところでリズリットに手を差し出す。

 

「いいよ、リズの分も作っちゃう! いいよね、ショウ」

「まぁ、いっか」

「ホント!? ヤッター! それじゃあ早く帰ろう! 今すぐ帰ろう!」

 

 リサの手を掴み、リズリットは目を輝かせた。

 皆に一言入れて将吾、リサ、リズリットの三人はスーパーに立ち寄ってから将吾の家に帰宅した。帰宅するなりリサにナウが飛びついたりとあったが、今はその黒猫は将吾の膝の上だ。

 キッチンにはリサとリズリットが並んで料理をしている。リサがリズリットに料理をしながら教えているのだ。

 時間的に晩ご飯としてはちょうどいいタイミングで出来上がり、将吾は約四日ぶりのリサの手料理を食べる事ができて満足そうに頬を緩めた。リズリットもリサの手料理を口に入れて次々におかずへと箸を進めていた。

 食事を終え、片付けが終わったあと、三人であれこれとお互いの知らない将吾の話をしていると、気づけば時間は既に夜の九時を回っていた。

 

「うわ、もうこんな時間か」

「あっという間だったね~」

「まだまだ将吾の事をリサに話してーんだがなー」

「これ以上、俺の精神がすり減るの? 勘弁してくれないか」

 

 昔話をされて既に将吾のメンタルは危機的だった。

 

「うーん、なぁリサ?」

「なに、リズ?」

「アタシらこのまま泊まらね?」

「えぇっ!?」

 

 突然のリズリットの提案にリサはもちろん、将吾も驚く。

 

「いやぁ、リサがダメなら無理にとは言わないけどさ」

「……ショウがいいなら、アタシも、その」

 

 いいんだけど、と髪を弄りながらリサは横目で将吾を見る。彼は頭を掻いてから、仕方ないな、と左耳を触りながら答えた。

 

「よっしゃ、決まりだな! じゃあ将吾、風呂洗ってこい」

「あーはいはい、ですよね」

 

 入浴は女子にとって大切なもの、と理解している将吾は溜息をつきながら、着替えを取りに二階へ向かう。

 リビングに帰ってきた彼の手には以前、リサが泊まった時に着たシャツとハーフパンツがある。

 

「リサはこの前のやつでいい? リズは適当にこんなん着とけ」

 

 リサには手で渡し、リズリットには適当な服を投げて渡す。この扱いの差に流石のリズリットは頬を引き攣らせる。

 

「扱い酷くね?」

「お前相手はこんなもんだ」

 

 そんな言葉で一蹴され、リズリットは諦めた。

 洗ってくる、と将吾は言い残して浴室に向かった。脱衣場の戸が閉まった事を確認したリズリットは、ぐるんっ、とリサの方に顔を向ける。

 

「ひっ……!」

 

 あまりの怖さにリサが思わず声を上げる。

 

「さてさて、()()()()ってのはどういう事か聞かせてもらおうかねー、リサちゃーん?」

 

 ニヤニヤとした笑みを浮かべて言われ、リサはこの前の事を思い出す。将吾の昔の写真を取ろうとして履いていたハーフパンツがずり落ちて、下着を見られた事を。

 リサの頬がかあぁ、と熱くなる。

 

「なんだよ、その反応! 聞かせろよー! なぁなぁ!」

「あのー、そのっ……お手柔らかに……」

 

 思い出して恥ずかしくなったリサは顔を覆ってそう呟いた。

 まだまだ、夜は長い。

 

 

 

 




茶髪ギャルと金髪ヤンキー? ギャル? がイチャイチャしてるのいいですよね。これ、ある意味私の性癖なんです。

お泊まり会第二弾!! さぁ、今回はどうなるー!!


感想、評価お待ちしております。


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五曲 あと少しで

一周年に間に合わなかったのがつらい……。

はい、遅れましたが赤恋祝一周年です!
一周年にこの話が出来るのは凄く嬉しい。なんたって、私が好きな漫画の要素を詰め込むことが出来たから!!!




 

 

 リズリットに先日の事を話し終えると、彼女は腹を抱えて笑い、ソファにごろんと横になった。ひーひーと笑い、目に涙を浮かべるほど面白かったようだ。

 

「あっははははは! 下着見られて引っ叩いたって!」

「ちょっとリズ! アタシすごい恥ずかしかったんだからね!?」

 

 リサがリズリットにそう苦言を呈すると彼女はごめんごめん、と言いながら目の端に溜まった涙を拭う。

 

「そっかそっか、まぁ将吾のやつは痛かっただろうけど役得だったんじゃねーかなー」

「うっ……」

 

 ソファに横になりながら、リズリットは顔を赤くするリサを微笑ましく見つめる。そんな彼女は近くに寄ってきたナウを抱いて、黒猫のふわふわの毛に顔を埋めている。

 

「……」

「な、なに……?」

 

 ナウを抱いたまま小さくなるリサをニヤニヤと笑って見つめていると、リサが警戒したように質問した。

 

「なぁ、リサ」

 

 リズリットは頬杖をついてだらしなくリサに声をかける。警戒している彼女はナウが痛くないようにほんの少し強めに抱く。

 

「お前ってさ、将吾の事好きでしょ?」

 

 そう訊かれたリサの心臓がドキリと強く鼓動した。

 

「ち、違う違う! アタシは別にショウの事は」

 

 咄嗟に、リサは首を横に振る。

 しかし、リズリットは一瞬彼女の視線が浴室、すなわち将吾のいる所に向けられた事を見逃さなかった。

 

「ホントかぁ? 練習中あいつの事目で追ってたけど。今も一瞬向いてたし」

「っ!」

 

 指摘されたリサはかあぁ、と頬を染める。彼女の反応が面白く感じたリズリットは次の一手を打つ。

 

「なーんだ、リサは将吾の事好きじゃねーのか」

 

 ならさ、と彼女は言葉を続けて横になっていた体を起こしてソファの上で胡座をかく。まっすぐリサを視界に捉え、口を開いた。

 

「アタシが将吾の事、奪っちゃってもいいね」

「そっ、それは……!」

 

 ダメ、とリサは言いかける。言えなかったのは、自分に自信がなかったから。

 これまで将吾の生活を料理などで支えてきたが、彼女の中で、幼馴染の方がいいのかな、ウザくないかな、と後ろ向きな思考の影響ですぐに返せなかったのだ。

 

「アタシが将吾と付き合っても大丈夫だよな?」

 

 好きじゃないんでしょ、とリズリットはさらに追い打ちをかける。

 すると、

 

「ダメ! ……絶対ダメ、だから」

 

 リサはナウを下ろし、立ち上がって必死な表情で拒否する。

 一瞬でも将吾がリズリットと並んで笑っている光景を想像してしまったのだ。それが嫌で嫌でたまらなく、思わず洩れ出てしまった。

 彼女自身、ここまで独占欲があった事に密かに驚愕する。

 

「……ふぅん」

 

 リサの発言を聞き、リズリットは目を細めてニタリと笑う。それを見てリサは嵌められたのだと理解した。

 

「やっぱ好きなんじゃん。なんで嘘ついたー?」

「……だって、この間二人の事見ちゃったから」

「この間……ああー! 夕方の時の!」

 

 言われて思い出したように、リズリットはパンッと柏手を打つ。

 

「ははっ、なに、それでアタシの事最初警戒してたんだ?」

 

 白い歯を見せて笑う。リサはバレていた事に驚き、体を固くする。そんな彼女に、リズリットは優しい笑みを浮かべて話しかけた。

 

「安心しなよ、リサ」

「なにが……?」

「アタシは将吾に恋愛感情なんか持ってねーから」

 

 肩を竦ませて手を大きく振ってないない、と全面否定をする。

 

「アタシはあいつと付き合う気なんてないよ。あいつの事を支えるなんてできねーし」

 

 むしろ願い下げだ、とまでリズリットが言う。リサは何故か質問すると、だってさー、と彼女は浴室の方に目を向けて口を開く。

 

「昔から人助けばっかやって、それが原因でトラブルもあってさ。アタシはなんもできてなかったし。せいぜいできて、轢かれそうだった将吾を庇って轢かれたくらいだし」

「えっ……?」

「あれ? 聞いてなかった? アタシ中学二年の時にトラックに轢かれて去年目が覚めたんだー」

 

 ほら、とリズリットは着ていたシャツをまくると、白い肌に痛々しい傷跡が残っていた。それを見たリサは目を見開いて顔を歪めた。

 

「他にもあんだけど……ま、それはいっか。悪いな! 変なもん見せて」

 

 リズリットは屈託のない笑みを浮かべて、でもさ、と言葉を続ける。

 

「アタシができるのってそれだけなんだよ。でも、リサはそれ以上の事ができる。料理だって、編み物だってできる。明るくて社交性もある」

「明るいって、それはリズだって……」

「アタシはすぐ手が出るからダメだよ」

 

 将吾の顎何度殴ったか、と言って拳を突き出してすぐに拳を解いた。

 

「あいつ、リサといる時すげー楽しそうなんだよ。あんまり向こうじゃ見なかった」

「リズの時とアタシの時の扱いとか全然違くない?」

「おいおい、あんなの意識してるからに決まってんじゃん。逆にアタシは男友達みたいな感じだよ」

 

 リズリットの答えにリサは釈然としなかった。

 不満そうな表情をするリサを眺め、リズリットはひとつ溜息をつく。

 

「不満そうなリサに、ひとつ、アタシからプレゼントだ」

 

 リズリットは傍にあったバッグを引っ張り出して、中を漁る。彼女は小さな箱を取り出して、リサに手招きして近寄らせた。

 

「手、出して」

「う、うん……」

 

 差し出された手に、取り出した小さな箱を乗せて握らせる。リサは首を傾げてリズリットになんなのか目で問う。

 

「開けてみろよ」

 

 優しい笑顔を見せて、リズリットは開けるように促す。リサは頷いて箱の蓋に手をかけて蓋を開けた。

 中に入っていたのは、()()の薔薇色のピアスだった。一セット(二つで一つ)ではないピアス。

 

「将吾がつけてるピアスのもう片方だ。リサにやる」

「えっ、でも……」

「あいつが勝手に置いてったやつだしいいっていいって」

 

 そう言いながら、彼女は邪魔になった長い金色の髪を掻き上げる。その時に両の耳が露わになり、リサは両方に赤いピアスがつけられているのを確認した。

 ──アタシの、勘違いだった……?

 

「本当は今日将吾に返す予定だったんだが……それよりリサにやった方が良いって思ったんだ」

 

 だから受け取ってくれよ? とリズリットは言う。

 リズリットは将吾に恋愛感情はないと言った。ピアスは勘違いだとわかった。将吾がリズリットを抱きしめていた事もわかった。

 リサが懸念していた事全て、綺麗さっぱりなくなったという訳だ。この時点で彼女に、受け取らないという選択はなくなったのである。

 

「ありがとう、リズ」

「いいよいいよ。お礼はライブの時にでもつけてくれたらそれでいい」

「うん、そうする!」

 

 箱の蓋を戻して、リサはその箱をきゅっ、と抱きしめた。

 すると、話が終わった直後に将吾が浴槽を洗い終えてリビングに戻ってきた。扉の開く音にびっくりしたリサは何故か咄嗟に箱を隠す。

 

「洗い終わって今お湯張ってるから。もう少ししたら入れるぞ。……って、なにやってんのリサ」

 

 将吾は箱を背中に隠して不自然な格好で固まるリサを見て変なものを見るような目をする。

 

「な、なんでもない! なんでもないよー!」

「そ、そう? ならいいけど」

 

 次第にジト目になっていき、リサは頬をひくつかせる。あはは、と苦笑いをして彼女は徐々に床に座り込んだ。将吾はまぁいいか、と呟いて足に擦り寄ってくるナウを抱き上げる。

 浴槽に湯を張っている間、三人は他愛もない会話を繰り広げ、リサはここにはいない友希那の話をし、リズリットと将吾はお互いの過去にしたくだらな事を話した。

 そうこうしているうちに湯が規定の量まで溜まった事を知らせるアラームが鳴り、将吾がお湯を止めて、優凪が買ってきた入浴剤をちゃぽん、と投げ入れた。

 

「先いいよ。どっちか決めて」

「ん? 一緒でいいじゃん。な、リサ」

「えっ、まぁリズがいいならアタシもいいけど」

 

 ショウの家のお風呂大きいし、と小さく呟く。

 

「なら脱いだ服洗濯機に入れといて。洗濯終わったら、除湿機フル稼働して明日には乾かせておく」

「あいよー」

「うん、わかったよー♪ って、リズ!? ドアまだ閉めてないのに上脱がないの!」

「んだよー、別に将吾なんて気にならないって」

 

 不服そうにへの字に口を曲げてリサに文句を言う。リズリットの今の格好は水色の下着を惜しみなくさらけ出している状態である。対して将吾はというと眼中にないようで、表情筋がピクリともしていない。

 

「んじゃ、頃合い見てバスタオル持ってくから」

「あ、うん……」

 

 無表情こわ、とリサは心の中で呟く。

 服を脱いで先に入っているリズリットを追って浴室に入る。リズリットは初めて入ったからか大きな浴槽にキラキラと目を輝かせている。

 

「ひろっ!」

「二人は余裕だよねー」

 

 リサとリズリットは口々に感想を言って体を洗ったり頭を洗う。リズリットがリサの背中を洗っている最中、リズリットが手を伸ばし、無防備なリサの胸を掴んだ。

 

「ひゃっ!? ちょ、リズ! 怒るよ!?」

「うわー! リサ意外とおっぱいあるね!?」

「いいから手離してよぉ……! ぁ……んっ!」

「おお、めっちゃすげぇ」

 

 手を動かしてリサの胸を揉みしだく。

 すると、脱衣場のドアが開いた音が聴こえ、ビクリと二人が震える。開けたのはもちろん将吾。ナウを頭に乗せてバスタオルを見える位置に置いた。

 

「バスタオル置いとくからなー」

「おーう! それより将吾、聞いてくれよ!」

「なに?」

 

 リズリットの嬉々とした声音を聞いて、将吾はうんざりとした返事をする。

 

「リサのおっぱい意外とあるぞ! しかも形いい!!」

「……」

 

 この間にもリサの胸はリズリットによって弄ばれている。彼女は将吾に洩れる声を聞かせまいと口を押さえて我慢していた。

 

「リサー、殴っていいぞそのまな板」

「あ゛ぁ゛?」

「自分が鉄板だからって羨ましがってるだけだから」

「あ゛ぁ゛!?」

「まな板鉄板大絶壁」

「てめぇ将吾ォ!! こっち来やがれ! 今すぐぶっとばしてやらぁ!」

 

 将吾の煽りを聞いたリズリットはリサの胸から手を離し、青筋を立てて浴室の扉に手をかけた。

 当然、その隙を逃さなかったリサは息を荒くしながらゆらゆらとリズリットの背後に立ち、ゴスッ、と彼女の頭に拳を叩き込んだ。

 目を回してふらふらしているリズリットの体に着いた泡を洗い流し、彼女を湯船に落とす。

 リサは溜息をついて汗ばんだ体をまた一から洗ってから湯船に浸かった。彼女の中で、リズリットはある意味で油断ならない人物だと認定された瞬間だった。

 

 

 全員無事──かどうかは本人次第だが──に風呂を済ませ、三人と一匹は将吾の部屋へ場所を移動した。

 リズリットはベッドに横になってスマホをいじり、将吾とリサは恋愛小説、漫画、ライトノベルを取り出しては自分の好きなシーンを語り合っていた。

 

「でさ、アタシここ好きなんだー! 名前呼んで欲しくてわざと主人公に対して苗字で呼んでるとこ!」

「あぁ、そこもいいよなぁ!! 俺はこことか好きだけどさ」

 

 将吾がそう言うとリサはわかる! と興奮気味に同意する。互いの趣味が共通しているため、話が噛み合い、延々と二人で会話が進んでいく。ベッドに横になっていたリズリットはそんな二人を見て呆れたように小さく溜息をつく。

 ──こいつら、なんでこれで付き合ってねーんだ。

 リズリットの疑問に、当然誰も答えてはくれない。仲良く話す二人を見つめてから彼女は目を閉じた。

 時計の針が二時頃になり、二人はようやくベッドにいるリズリットが静かになった事に気付いた。大の字に横になり、へそを出して寝息を立てている。

 

「この野郎……」

「野郎じゃなくない?」

「細かい事はいいの」

 

 セミダブルのベッドを一人で占領するリズリットに将吾は呆れた。このままだとリサとリズリットで寝てもらうつもりだったベッドがリズリット一人になってしまう。

 リサをリビングのソファに寝かせるのは気が引ける将吾は金色の少女を起こすべく肩を強く揺らした。

 

「起きろってリズ。それだとリサ寝れないだろ」

 

 少し大きめの声で呼びかけてもすーすーと寝息を立てるだけである。何度か揺すっても起きないため、将吾は今日何度目かの溜息をついて諦めた。

 

「仕方ねぇなこのまな板」

「あ、あはは」

 

 寝返りでスペースが空くだろうと将吾は予測し、リズリットの肩から手を離して、彼はベッドに背を向けた。その瞬間、

 

「のわっ!?」

 

 突然強烈な蹴りが将吾の背中を襲う。不意打ちだったため彼は前につんのめり、バランスを上手くとる事ができずに前に倒れる。

 しかし、前にはリサが座っており、その彼女は突然倒れてくる将吾に驚いて目を見開いていた。

 

「わっ!?」

 

 倒れる将吾を押さえようとして手を前に突き出すが、いくらテニス部とダンス部を兼任するリサといえど、男性、しかも割りとガタイのいい将吾を押さえるのは無理があったのか、彼共々床に倒れ込んでしまう。

 

「いっ、つつ……くそ、リズのやつ……。リサ、大丈──」

「うん、大丈夫だよ──っ!?」

 

 将吾が上体を起こしてリサを見ると、お互いの顔が至近距離にあった。あと数センチ動かしてしまえばキスもできるほどに。

 二人とも、突然の事に驚き、理解が追いついていなかった。先に復帰が早かったのはリサの方で、理解した瞬間に顔を真っ赤にして体を硬直させる。その際に、将吾を押さえようとして突き出した手が力み、彼の服を握りしめる。

 そして、右手が温かい事にリサは気づく。

 

「っ……」

 

 将吾の手だ。二人の手がまるで恋人繋ぎのように重なっている。

 正体を察した彼女の心臓がどくんと鼓動する。

 倒れる寸前、将吾も手を突き出して衝撃に備えようとしていた。その時にリサと手が重なったのだ。

 

 ──なに、この状況!?

 

 簡単に言うならば、将吾がリサを押し倒し、床ドンをしている、という事である。それも、将吾の足が彼女の太ももと太ももの間にあるというおまけ付きだ。

 リサが手と服を握った事で、遅れて将吾も復帰した。彼女の双眸を前にし、徐々に頬に熱を帯び始める。

 

 ──やばい、リサ見てるとすげー胸痛い……。

 

 瞳を潤ませて目尻に涙を溜めて、彼女は将吾を見つめる。彼もリサの事を見つめ返し、互いの視線が絡み合う。

 

「リサ……」

 

 頬を真っ赤に染めて涙を浮かべ、手を握る彼女に、将吾は思わず顔を近づける。

 

 ──なんだ、これ。俺今、何してんだ。

 

 将吾とリサの息が熱く溶け合う。

 

 ──胸、ずっとどくどく言ってる……。ショウが近くて、手温かくて……。

 

 リサは目を閉じ、目の端に溜まった涙を流す。

 あと少しで、互いの唇が触れ合いそうになった瞬間、将吾のスマホに着信が鳴った。

 

「「っ!?」」

 

 二人とも急の事でびっくりして肩を震わせた。

 我に返った将吾はガバッ、と起き上がって床に落ちていたスマホを取り上げて部屋を出ようとする。

 リサは上体を起こして出ていこうとする彼を見る。

 

「このまま俺も寝る。その、なんか、ごめん」

「あっ、う、うん……おやすみ」

 

 おやすみ、と将吾は前髪をくしゃりと掴んで言って部屋から出ていった。

 残されたリサは、ぼう、として人差し指を唇に当てる。

 

「触れた……よね……?」

 

 スマホが鳴った時、互いに驚いた。それにより、ほんのわずか二人の唇は触れ合ったのだ。

 

「っ……」

 

 自覚した瞬間、リサは顔を覆って床に転がった。まるで顔から湯気を出す勢いで左右にゴロゴロと行ったり来たりする。

 嬉しいようで名残惜しいようで。ようやく止まったリサはにやける口を必死に抑えていた。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 着信が鳴るスマホを手に、俺は最低限寝る事は出来るゲストルームに入った。

 電話に出ると相手は飛鳥で、やっと出た、とイラついたような口調だった。

 

『さっきからメッセージとか電話したんだぞ! 無視りやがって』

「悪い……。でも、助かった」

『助かった? なに、どゆこと?』

 

 飛鳥がそう訊いてくるが、俺は何も言わずにスマホを持っていない方の手を口元に持っていき、手の甲で口元を抑えた。

 あぁくそっ……あのままだったら俺は今頃……。

 俺はきっとあのままリサにキスをしていただろう。なんでかはわからない。けど、目を潤ませて頬を染めてた彼女を見ると体が勝手に動いていた。

 ──でも、最後のあの感触は……。

 

「っ……!」

 

 すげぇ、胸苦しい。

 狂おしいほどの感覚を味わい、飛鳥の言っている事に適当に返事をして電話を切った。正直何を話したかわからない。

 俺はベッドに身を投げ出し、胸に手を当てる。

 早鐘のように鼓動しているのがわかる。でもその正体がなんなのか喉元まで来ているのに出てこない。

 

「寝れるわけねぇだろ、こんなの」

 

 心臓の音が鼓膜に振動するほどうるさくて、とてもじゃないが寝れるとは思えなかった。

 

 

 




めっちゃ書いててキュンキュンしたぁぁぁ!!!!
書きたかったやつその2ぃぃぃぃ!!!

個人的に、まな板鉄板大絶壁は知性落とせたと思います。書いてて楽しかった。

感想、評価お待ちしております。感想はなんだっていいので気軽にどうぞー(*´꒳`*)
倉崎がしっぽブンブンしますので。


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六曲 同じ気持ち

お待たせしました。六話です。
次の話にガッツリ書きたいがために今回は文字数少ないです。


 

 アタシがショウの家に泊まってから三日くらい経ったこの日、学校が終わって、アタシは家でクッキーを作っていた。今日はバンド練習がない。友希那がまだ歌詞を完成させてないから、大まかな曲調はできていてもちゃんとした練習ができないから。

 あれから、ショウはアタシと目を合わせてくれなくなった。合わせようとすると逃げるみたいにして燐子とかあこと話し始めるし。

 

「よしっ、できた」

 

 クッキーが焼き終わり、味見で一つ手に取ってぱくりと口の中に入れる。

 

「ん、美味しっ♪」

 

 よし、今日も美味しくできた。アタシはクッキーの粗熱を取った後に何個かに分けて袋に詰めた。リズがアタシのクッキーを食べたいって言ってたから作った。あとは友希那も最近食べてないって言ってたからかな。

 それに……。

 

「ちゃんと、ショウと話したい……」

 

 泊まった日の朝なんてリズと話してもアタシと話してくれないし。凄い隈作ってたから心配したのに。

 思い出すとロクに話をしなかったショウに腹が立ってきた。

 クッキーも作ったし、今日は友希那に渡して明日ショウにも渡そう。これで話すきっかけもできるし、話を逸らされる心配もないはず。

 アタシは料理で使ったものを手早く片付けてからエプロンを外して自分の部屋に行く。窓を開ければ目の前には友希那の部屋の窓がある。

 確か、歌詞作らないと、って言ってたからいるはずだよね。

 

「ゆっきなー! クッキーできたよー」

 

 反応がないため、アタシは何度か友希那の名前を呼ぶ。すると、友希那の部屋の窓が開いて友希那が出てきた。

 

「やっと出てきた。クッキーできたよ♪」

「そう。ありがとうリサ」

「新曲の歌詞、どんな感じ?」

 

 そう訊くと友希那は肩を竦める。結構難航しているみたい。

 友希那は少し考えると、リサ、とアタシの名前を呼んで声をかける。

 

「用事がなければいいのだけど、少し手伝ってもらえるかしら」

「っ! うん! アタシで良かったら手伝うよ!」

 

 今日はショウがCiRCLEでバイトだから行かなくていいし、昨日の残りで済ませるってメッセージ貰ってるから大丈夫。

 それにしても、友希那から手伝って欲しいなんて珍しいなぁ。でも、こうやって言われると嬉しい。

 アタシはベランダの手すりに手をかけて、友希那の家のベランダに飛び移る。

 

「リサ、落ちないようにね」

「大丈夫だよ☆」

 

 友希那に手を貸してもらって無事に飛び移る事ができた。

 足の裏についた砂利を払って友希那の部屋に上がる。机の上にはたくさんのメモが広げられて、そのメモを見ると、書きかけや、消したあとがいっぱいあった。

 

「どんな感じのがいいの?」

「そうね、感謝の気持ちとかかしら」

 

 あぁ、それと、と友希那は言葉を続けて、友希那は珍しくニヤッと意地悪な笑みを浮かべた。

 

「ショウへの気持ちでもいいわよ?」

「っ……ゆ、友希那!?」

 

 うぅ、友希那にまで弄られるなんて。友希那に言ったのアタシだけど、軽率だったかも。いや、多分だけどどっちみち知られたかも。最近燐子にも知られて生暖かい目で見られるし。

 

「リサ、顔赤いわよ」

「友希那のせいだからね!」

「それで、なにかあるかしら?」

「あー、うーん……」

 

 感謝の気持ち、か。

 

「難しいならショウに対して感謝の気持ちにしておきなさい。その方が出てくるでしょう」

 

 ショウに対して。それならいけるかも。

 ショウは、太陽みたいに温かくて優しい。でも優しいだけじゃなくて、厳しい時もある。月みたいに遠くから見てくれたり。迷子の時や去年の海の時に思った。ショウは強い人なんだって。

 アタシはそう思った事を友希那に言った。友希那はメモに単語だけ書いて、他には、と目で催促してくる。

 

「……ショウがいれば、怖くないって思うな」

 

 アタシがそう言うと、友希那はそう、とほんの少しだけ笑った。こうやってRoseliaのおかげで友希那が笑うようになってアタシも嬉しいな。

 

「リサ、他にはある?」

「あっ、あとはさこれとかは?」

 

 友希那の筆箱からペンを取り出してアタシもメモに書く。ショウといえば、というものを書いた。

 

「いいじゃない。私もいいと思うわ」

「でしょー!」

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 CiRCLEでのバイトが終わり、俺は冷蔵庫に入っている残り物で食事を済ませて使い終わった食器を洗っていた。すると、近くに置いておいたスマホが振動した。

 手を拭いてスマホを手に取って画面を見ると、電話をかけてきたのは友希那だった。俺は画面をスライドさせて電話に出る。

 

「どうかしたか?」

『新曲の歌詞作りを少し手伝って欲しいのよ。単語だけでもいいからお願いできるかしら』

「友希那からなんて珍しいな」

『今回はリサに感謝の気持ちを伝えたいのよ』

 

 なるほど、それは確かに友希那だけの言葉より人からも聞いた方がいいな。

 どうやら紗夜とあこ、燐子からは既に聞いているらしく、残りは俺のようだ。

 

「そうだなぁ……まぁ、皆と被るだろうけど、リサはやっぱ笑顔だよな」

『そうね』

「優しくて、温かいくて。日向にいるみたいって言うか」

 

 トクン、とリサの笑顔を思い浮かべると微かに胸が鼓動し、言葉を紡いでいくうちにまた強くドクン、と鼓動した。

 最近ずっとだ。最近というより、リサとリズが泊まってからなんだが。どうもリサと目を合わすと俺が彼女を押し倒した時の光景が思い出されて気恥ずかしくなる。

 

『他にはないかしら』

 

 ほか……ほかか。ちょっと長くなるし、単語でもないが友希那ならなんとか納めてくれるだろ。

 

「リサと会ってから、俺の日々は変わって楽しくなった。大袈裟だけど、世界が変わったみたいっていうか……」

 

 そう、と友希那は電話口で微かに笑う。

 

「も、もちろん友希那達のおかげもあるからな!?」

『わかっているわ。焦らなくてもいいわよ』

「……焦ってねぇし」

『本当かしら』

「ホントだって」

 

 珍しく弄ってくる友希那に切るぞ、と言って俺は電話を切ろうとすると、彼女は待ちなさい、と待ったをかけた。

 

『一回だけ言うわ。リサを泣かせたら、許さないわよ』

「お、おう。わかった」

 

 俺の返事を聞いて、友希那は自分から電話切った。

 まったく、今日のあいつはなんなんだ……?

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 二人の意見を聞いた私は机の上に広げたメモを順に見ていく。最初のうちは気づかなかったが、二人の意見を聞いていくうちに、私は何をやっているのかと疑問を持ちそうになった。

 何故なら、ショウとリサの言っていることがほぼほぼ一緒だったのだから。二人とも、同じ気持ちだったという事がわかる。

 ふっ、と自然と笑みがこぼれる。

 

「ショウはまだ気づいていないようだけど……いったいいつ気づくのかしら」

 

 そう独りごちて私は紗夜と燐子、あこと作った骨組みを基にショウとリサから聞いた単語を言葉を変え、またはそのまま使って歌詞を作っていく。

 しばらく時間が経ち、私は手を伸ばして伸びをする。パキパキ、と背骨が鳴った。時計を見ると針は既に深夜三時を指している。

 

「もうこんな時間なのね」

 

 集中すると時間を忘れてしまうのは悪い癖だとショウとリサに言われる。私は机の上に置いてある飴を一つ手に取って口に入れた。

 舐め終わったら歯を磨いて寝た方がいいわね。あまり遅く起きてると二人がうるさいもの。

 さて、あと一息。あと少しで完成する。

 

 

 結局、飴を舐め終わっても完成するまで続けてしまった。時刻は既に五時。仮眠は取れるはず。

 寝不足だけど歌詞が完成したからいいわ。

 そういえば、曲名考えてなかったわね。

 私はちらりと歌詞の一文を見た。

 

 

「曲名は──」

 

 

 

 




さてさて、次の話で第四章は終わりです。
本文読んでて気づいた人もいると思います。つまりそういうことですね。

紅宮くんの気持ちがだんだんと明確になりつつありますね。さぁどうなるかなー!


感想、評価お待ちしております。


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七曲 陽だまりロードナイト

やっと赤恋で一、二を争う書きたい話が書けました。
長い事活動してましたが、ここまで達成感のある話を書いた事はないです。
もっと二人の想いを書き殴りたかったんですが、私が昇天する寸前だったのでここで止めました。致し方なし。

では、どうぞ!!


 SPACEの最終ライブ当日。リサ達を楽屋に入れて、俺はばあさんの手伝いをする事にした。楽屋には他のバンドの人達もいて男の俺がいると着替えなども差し支えるからだ。

 

「将吾、照明の確認してくれ」

「はい」

 

 前回と違ってスタッフの人達もいるため、しっかりとした言葉遣いで返事をする。今日はばあさんや雑な口調は封印だ。部下達の前で舐められた口叩かれるのは立場的にまずい。

 

「ばあ……オーナー、大丈夫ですよ」

「あぁ、助かる。喋りづらそうだね」

「まぁ、少し」

 

 ばあさんとは家族ぐるみの付き合いだし、しっかりした言葉遣いはやりづらい。

 

「まったく……やりづらいなら無理して使うんじゃないよ」

「え、でも」

 

 俺が食い下がるとばあさんは気にすんな、と片手を挙げてフロアから出ていった。準備の方はもう俺がやる事は無い。スタッフの人に声をかけて俺も出ていく。

 着替えも終わった頃合いを見て、俺は控え室に向かおうとすると角から一人の男の子が走って出てきた。

 

「おわっ!?」

「おっ、と」

 

 俺の腹部に顔が当たり、弾かれて転ばないように俺は咄嗟に男の子を押さえる。

 

「走ったら危ないぞ?」

「あ……え、と」

 

 あ、しまった。この子俺の眼見て固まってる。

 俺の眼は自分でもわかるほど目付きが悪い。切れ長と言えば聞こえはいいが、子供からしたら目付きの悪いあんちゃんだろう。

 

「あっ、ショウ先輩! 来てたんですね!」

「ん、おう香澄か。良かった、合格したんだ」

 

 角から顔を出した猫耳のような髪型をした少女──香澄が俺に声をかけてくれる。SPACEのライブに出たいと言っていたから、SPACE最後のこのライブに出られて良かった。

 

「はい! って、あれ、じゅんじゅん?」

「あぁ、さっきぶつかってさ」

「っ! ば、バーカ! うんこ!」

 

 う、うん……?

 香澄を罵って、男の子は走ってライブハウスから出ていった。すると、沙綾が男の子の声に反応して角から出てくる。

 

「紅宮先輩、ごめんなさい! あいつ私の弟で……! 今連れてきます!」

「沙綾沙綾、じゅんじゅんが言ったの私だよ?」

「まぁ、そうだな。俺はぶつかっただけだし」

「謝ってないですよね? やっぱり連れてきますね!」

「いやいや、気にしないし大丈夫だって」

 

 俺は申し訳なさそうな表情をして、弟を連れ戻そうとする沙綾の肩を掴んで制する。

 でも、と歯切れを悪くさせる沙綾に、俺はいいから、と彼女の体を回れ右させた。

 

「あ、ショウ先輩だー」

「よっ、おたえ」

「紅宮先輩、こんにちは」

「おう、りみ」

 

 俺に気づいたおたえとりみが挨拶をしてくる。俺も挨拶を返す。

 

「有咲もよう」

「あぁ、紅宮先輩ですか。こんちは」

 

 猫被らなくていい、って言ったから返事はするけど雑だな。いやいいんだけど。

 ふと下を見ると小さな女の子がいて、雰囲気が沙綾にどことなく似てた。気づいた沙綾が妹なんですよ、と紹介してくれた。

 少しポピパのメンバーと話してから、俺は楽屋の中に入った。一瞬、視線が俺に集まるがどこ吹く風、とばかりにRoseliaの下へ向かう。

 Roseliaのメンバーを視界に捉えると、衣装が普段と違う事に気づいた。

 

「いつもより凝ったな燐子」

「あ、ショウくん。う、うん……曲に合うかな、って」

 

 ドレスをベースにした衣装で、メンバーそれぞれに合わせてデザインされている。色は全体的に赤色で、とても綺麗な色だ。

 

「ねぇ、ショウどうどう? 似合ってる? いい感じ?」

 

 前にどこかで聞いたような言葉を言って、まず最初にリサが衣装を見せてきた。

 赤い薔薇をふんだんに使用したドレスで、彼女が普段着ている服と同じようにオフショルダーのものだ。髪飾りで、レースがついた薔薇のコサージュに目がいった。

 

「あっ、これ? えへへ、可愛いでしょー?」

 

 友希那達が作ってくれたんだー、と嬉しそうにリサが言う。

 コサージュをよく見てみると、赤色と紫色、そして紅色の薔薇が使われていた。

 嬉しそうに笑顔を浮かべるリサを見て、俺は口を開く。

 

「あぁ、とても似合ってる」

「ありがと♪」

 

 彼女にそう言うと、次にあこがあこはー? と俺に聞いてきた。あこにも似合ってる、と髪型が崩れないように頭を撫でてやる。ニヒヒと八重歯を見せて彼女が笑う。

 

「皆コンディションは大丈夫そうだな。練習も十分したし、思う存分演奏してな。紗夜がいつも言ってるけど──」

「──練習は本番のように、本番は練習のように」

 

 目を閉じて澄ます紗夜が俺の言葉に被せてそう言う。

 

「そうそれ。その意気で頑張って」

 

 五人の顔を順に見て、全員力強く頷く。

 すると、あこが手を突き出した。拳かと思ったが、小指だけが立っている。

 

「あこ、これは?」

 

 不審に思った友希那が胡乱な眼差しであこを見る。

 

「皆でこうやって、円陣っぽいのやりましょうよ〜!」

 

 盛り上げたいのだろう、あこがそう言う。しかし、友希那と紗夜は首を振る。

 

「必要ないでしょう」

「えぇ、私もそう思います」

「えー! りんりんは?」

「わ、わたしは……目立ちたく、ない……」

「アタシはやってもいいと思うけどなー? ショウは?」

「俺も別にいいけど」

 

 つか、俺もやるのか。

 

「じゃあ、小さな声でやればりんりんも大丈夫だよね?」

「そ、それなら……」

「二対四。どうかな、二人とも」

 

 小さくやるという事になり、消極的だった燐子も賛成側になる。友希那と紗夜は二人で顔を見合わせて溜息をついた。諦めたようだ。

 

「仕方ないわね」

「一回だけよ、宇田川さん」

「はい! よーし、じゃあじゃあ、皆で小指だけ立てて、友希那さんが『Roselia』って言って、皆で『ファイトー!』で!」

 

 あこが説明をすると、リサがそれに待ったをかけて、彼女らしい提案をする。

 

「んー、ファイトー! じゃ可愛くないしさ、『ふぁいてぃーん!』でどうかな?」

「さっすがリサ姉! うん、それにしよ!」

 

 えーと、それを俺もやるのか。

 友希那と紗夜もしぶしぶ腕を突き出して小指を立てる。五人とも同じ動作をし、皆一様に俺の方を見つめる。

 

「……はいはい」

 

 一歩進んで彼女達に近寄って俺も同じようにする。友希那は全員準備できたか目で順に見回し、口を開いた。

 

「それじゃあ、やるわよ。Roselia……!」

 

 

「「「「「「ふぁーいてぃーん!」」」」」」

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 BLACK SHOUT、LOUDERを演奏し終え、Roseliaは最後の曲に差し掛かろうとしていた。赤いドレスの裾を揺らし、ボーカル、ギター、ベースの竿隊は演奏のノリや衣装で観客を圧倒していた。

 

「次で、最後の曲になります。その前に、少し時間があるわね。衣装について少し話しましょうか」

「そうそう! この衣装、今まで来てくれた人ならわかると思うけど、今回のライブのために燐子が作ってくれたんだー♪ 可愛いよね!」

 

 リサがドレスの裾を軽く持ち上げてヒラヒラと揺らすと観客はサイリウムを振って大きな声で可愛いと応える。その中には将吾のクラスメイトである香月飛鳥とリサと同じコンビニで働く雨河怜士の声もある。

 すると、どこかからもっと見たい、と声が漏れ、リサが耳敏く反応した。

 

「もっと? しょーがないなぁ!」

 

 紅色のベースを手にして彼女はステージの真ん中に立って、くるりと回転する。ドレスのスカートが舞い、ダンスを踊るような実に軽やかなものだった。

 

「そろそろ次の曲に進みましょうか、湊さん」

「そうね、始めましょうか」

 

 そう言って友希那はマイクをスタンドから抜いて準備をする。

 

「次の曲は、私達をいつも支えてくれる人()に向けての曲です。私達を温かく、導いてくれる、そんな人達に向けての感謝の曲です」

 

 MCをする友希那はリサに目を向け、次に観客と一緒にいる将吾に目を向けた。

 

「リサ、一緒に」

「うん、友希那」

 

 友希那に言われ、リサはマイクスタンドの前に立ってその綺麗な口を近付ける。

 

「「陽だまりロードナイト」」

 

 イントロが始まり、ドラム、シンセサイザー、ギター、ベースの音が鳴り響く。ドラムのビートが鳴ったあと、一際強く音が奏でられる。その際に、ドラム以外のメンバー達がその場でジャンプし、演奏にノる。

 SPACEのライトが、演奏する彼女達を赤く照らす。観客も一様にサイリウムの光を赤に切り替えて振るう。

 イントロを終え、歌い始める友希那。

 歌を聴き、将吾はベースを楽しげに弾くリサを見た。すると、動きに合わせて髪が跳ねて彼女の右耳を露わにした。

 

「っ……あれは」

 

 リサの右耳に付けられていたのは、他の四人が付けているピアスやイヤリングと一緒のものではなかった。彼女が付けていたのは、将吾が今も付けている薔薇色のピアス──ロードナイトのピアスだった。

 そのピアスがキラリと赤く煌めく。

 

「気づいたか」

「……リズ」

 

 ノリノリにサイリウムを振って、リズリットがアタシがあげた、と将吾に言う。彼は深く訊かずにそっか、と呟く。

 

「そろそろ気づいたらどうだ、お前の気持ち」

「そう、だよな。……きっと、これは」

 

 恋だ、と将吾は心の中で呟く。今思えば、この気持ちはずっと前からだ、と彼は思いを馳せる。

 

「俺さ、自分の音がわからない」

 

 サイリウムを振って、将吾は独り言のように言う。リズリットは黙って彼の言葉を待つ。

 

「わからなくて、どうしたら音がわかるんだろって思ってた。……けど、なんだか今なら掴めそう。あいつらと……Roseliaと、リサとなら」

 

 掴めそうな気がする、と将吾が言うとリズリットはそっか、と我が事のように嬉しそうに笑う。小学から中学までの間。自分の音について悩む彼を見て彼女もどうしたら良いかと悩んでいた。

 それが今、解決の道が見えたのだ。

 

「頑張れ、将吾」

「おう、ありがとうリズ」

 

 そのまま会話は途切れ、二人はライブに集中した。

 将吾は演奏を聴きながら、リサは演奏しながら思考する。

 

 ──(アタシ)達の運命を繋げてくれたのは、ベース。きっとそれは赤くて、紅い、一本のベース。

 

 ──将吾(リサ)は優しい人。陽だまりのようで、安心する。大丈夫だって、笑って支えてくれる。将吾(リサ)がいてくれたから世界が変わった気がする。

 

 ──太陽みたいに、月みたいに優しく照らしてくれる。将吾(リサ)は強い人だ。

 

 Bメロの最後に差し掛かる。だんだん弱くなり、友希那も感情を込めて歌を歌う。

 

 ──ショウ(リサ)がいれば、怖くない。

 

 間奏に入り、ベースの独特の音が鳴る。

 ベースのソロだ。そして何より目を惹くのは、普段ピックで演奏するリサがピックを捨てて、指で白銀の弦を指で(はじ)く。

 将吾の家で練習し、自分のモノにした。

 将吾は指弾きをする赤いベーシスト(今井リサ)をその眼に焼き付ける。

 

 ──将吾(リサ)に会ってから、なんて事のない日々が楽しくなった。

 

 そう思った二人の胸が高鳴る。ドクン、ドクン、と心地の良い胸の苦しみが襲う。

 

 ──将吾(リサ)が初めての気持ちを教えてくれた。名前を呼ばれる度に嬉しくなる。もっと呼んで欲しくなる。

 

 最後のサビに入り、リサの隣に友希那が立つ。

 この曲はコーラスが多い曲だ。最後のサビに、そのコーラスを、リサをメインにして歌う。

 友希那とはまたひと味違う、歌姫の歌声がマイクを通して、アンプを通して、観客に伝わる。

 

 

 ──(貴方)に、感謝を。

 

 

 演奏が終わり、友希那はリサの頬に手を添え、二人はコツンと額と額を軽くぶつけて微笑む。

 二人は離れて、割れんばかりの歓声を上げる観客を見渡す。

 

 ──好き。大好き。

 

 頬を朱に染め、リサははにかんで確かに将吾の方を向いてそう口にする。しかし、歓声のせいで彼には何も聞こえない。

 何を言ったのかわからない将吾は首を傾げて、なんだったのかと考える。

 五人でお辞儀をし、ステージ袖に戻る最中、リサはクスリと小さく笑う。

 

「どうしたの、リサ?」

「ん、聴こえてなくてもいいかなって♪」

「さっきの事かしら? 私は聞こえてたわよ」

「恥ずかしいから言わないでよ? ……もぅ」

 

 今度はちゃんと言うんだから、とリサはくるくるとその栗色の髪の毛を弄ぶ。

 それに、と彼女は言葉を続ける。

 

「なんだか、ライブ中、ショウと繋がってた気がするんだ」

「……そう、良かったじゃない」

 

 白い歯を見せて嬉しそうに語るリサを見て、友希那は優しい笑みを浮かべた。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 ライブハウスSPACEはこれで閉店。

 最後のライブを終え、観客、そして演奏したバンドの皆は思い思いに語り、ばあさんに声をかけて退店していった。

 俺は両手に缶コーヒーを持ってライブハウスの外に出た。すると、ライブハウスの前でうっとりしたように破顔する眼鏡をかけた、一人の少女がいた。

 

「はぁ……凄かったぁ」

 

 まるで周囲に星でも出そうな雰囲気だった。それほど今回のライブが良かったのだろう。俺も今まで見たライブよりも良かったと思う。

 

「そうだな、良かったな」

 

 俺はその少女の独り言に相槌を打つ。すると彼女は驚いたのか、ぎょっ、と振り返って固まってしまった。

 

「驚かせてごめん。お詫びと言っちゃなんだけど、これあげるから許して」

 

 軽く笑って、俺は細長い缶コーヒーを少女に手渡す。

 

「え、あ、いや、そんな」

「いいからいいから。間違えて買っちゃったんだよね」

 

 実は先程自販機でもコーヒーを買おうとしたのだが、間違えて普段飲まないやつを買ってしまったのだ。それの処理をどうしたらいいか、と思った時にこの少女がいた。

 

「どのバンドが凄かった?」

「それはもう、ポピパさんです! あ、でもRoseliaさんも……」

「ははっ、別にどっちとも凄いでいいんじゃない?」

 

 即答でポピパが出てきた辺り、彼女はポピパのファンになったようだ。確かにポピパの演奏も良かった。『前へススメ!』という勇気を貰えるような曲だった。

 

「Roseliaさんの最後の曲、とてもいい曲でした」

「……そうだな。とても、とてもいい曲だったな」

「私、来年、絶対こっちに来てバンドしたいです……!」

「へぇ。じゃあ、その時是非ライブハウスCiRCLEをご贔屓に」

「ライブハウスで働いてるんですか?」

 

 少女が小首を傾げて質問し、俺はバイトだけどね、と答える。

 

「ただ……学校どうしよう……」

「んー、俺の高校でもいいけど、ポピパ好きなら花咲川かな? 羽丘もあるけど」

 

 女子校だからあまり詳しくないんだよな。確かリサが他に言ってたと思ったんだけど。あ、そういや特待生とかあったな。

 

「特待生とか狙ってる? 俺のところもあるんだけどすげぇ厳しんだよな」

「さっき言ってくれた学校にもあるんですか?」

「羽丘にあるよ。条件はまぁ、少し厳しいらしいけど」

 

 ふむ、と少女は顎に手を当てて、次には強い意志を灯した瞳で俺を見た。

 

「決めました! 私、羽丘に行こうと思いますっ!」

「そっか、頑張ってな。何もできないけど、応援する」

「ありがとうございます! おかげで決まりました!」

「いやいや、ただのお節介だから気にしないで」

 

 俺が手を振って言うが、少女はそれでもです、と深く頭を下げてお礼を言ってくれる。

 少女は最後まで頭を下げて、立ち去っていった。きっと、来年は今までよりも楽しくなるだろう。そんな気がする。

 

「ショウー! 友希那呼んでるよー」

「ん、わかった。ありがと」

 

 着替えを済ませたリサが俺を呼びに来てくれた。彼女に礼を言って一緒にライブハウスの中に戻る。

 

「あ、そういやリサ」

「ん? なに?」

「ライブ終わったあと、なんか言ってなかった?」

「えっ? え、えーと、なんも言ってないよ?」

「ホントかー? 絶対なんか言ったろ」

「い、いやだなぁ、ホントだってー」

 

 夕日のせいかなにかは知らないが、話しているリサの頬は赤く染っているように見えた。

 でも、そうだな。きっと俺の顔も、赤くなっているに違いない。こんなにも、彼女といるだけで心が温かくなるんだから。

 

 ──俺は絶対に自分の音を掴んでみせる。音楽で、リサと本気でぶつかり合いたい。

 

 立ち止まって誓いを立てていると、リサが振り返って行こっ、と手を差し伸べた。俺はその華奢な手をとり、優しく握った。

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 駅に着き、地元、岐阜に帰る少女は、先程出会った親切で怖そうな青年から貰った細長い缶コーヒーの蓋を開けた。

 カシュッ、と音を立てて開けられ、少女はごくりとコーヒーを口に含んで飲んだ。

 

「でら甘っ!?」

 

 少女が飲んだ缶コーヒーは、練乳を入れた激甘コーヒーである。コーヒーと称していいのかわからないものだった。

 

 

 




はい、ゲストが出てきました。
バンドリ二期を見ていた察しのいい方ならわかるでしょう!!

前話の友希那の最後の台詞の続きは今回のサブタイトルで回収です。
今回、初めての書き方をしたので皆さんの反応が気になります。よろしければ感想お願いします。


それでは! いつも通り、感想、評価お待ちしております!!



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五章 魔法纏いし剣 健気な治癒
一曲 ペアシート


お久しぶりです。四章終わって気が緩みました。
今回から五章です。NFOですよ! この章は場面転換の仕様を変えてます!





「おまたせー! 次のスタジオ練予約してきたよー」

「リサがしたんじゃなくて俺がしたんだけどな」

「細かい事はいいじゃん☆」

 

 CiRCLEからリサと一緒に出て、カフェテリアで待つ友希那、紗夜、燐子、あこに予約した事を伝える。

 あはは、と笑うリサに溜息をつくと燐子が俺達に、あらかじめ頼んでいたコーヒーを差し出してくれた。

 

「いつも、ありがとうございます……」

「いいよ。いつもうちをご贔屓させていただき、ありとうございます」

 

 俺が茶化した言い方をするとリサと燐子が笑う。

 ふと、隣に座るあこに目を向けると、彼女は難しそうな表情(かお)をしてジュースを啜っていた。

 

「あの、宇田川さん」

「へ? はい、なんですか紗夜さん?」

 

 そんなあこに、紗夜が声をかける。

 

「今日はずっとドラムが走り気味でしたね。紅宮くんに何度も注意を受けてましたし」

「あ、そうそう。あこー、なんか悩み事あったら言いなよー?」

「ホント!?」

 

 リサがそう言うとあこが嬉しそうに食いついた。リサはね、友希那? と声をかけると、砂糖を入れて甘くなったコーヒーを飲む友希那がカップをソーサーに置いて頷いた。

 

「ええ、あこの調子が悪いとバンド全体に影響する。問題があるなら、早く解決した方がいいわ」

「じゃ、じゃあ……あこのお願い、聞いてもらってもいいですか……?」

 

 お願い? と友希那と紗夜が首を傾げる。

 俺と燐子はだいたい察して、もしかして、と互いの顔を見合わせた。

 

「あこと一緒に……NFOやってください!」

 

 必死な表情であこは友希那に言う。

 やっぱり、予想した通りの言葉だった。

 

「NFO……?」

「Neo Fantasy Onlineっていう、わたしと……あこちゃん、ショウくんがやってる、オンラインゲームです」

 

 どんなものかわからない紗夜が呟き、燐子が簡単に説明する。

 

「今、そのゲームで友達紹介キャンペーンをやっててな。新規ユーザーと一緒にクエストをクリアすると、あこが好きそうな武器が手に入るんだ」

 

「クエスト? 武器? ショウ、何を言っているの?」

「あー、つまりだな」

「アタシ達と一緒にゲームをすると良いモノが貰えるって事でいいのかな?」

 

 どう言おうか悩んでいるとリサが的確にまとめてくれた。俺はそうそう、と彼女の言葉に頷く。

 紗夜は怪訝そうな眼をあこに向けて口を開いた。

 

「それと今日のドラムの演奏に何が関係あるの?」

「あこ……前からその武器欲しくて……気になっちゃって……その……」

 

 あこの声が不安そうにだんだん小さくなっていく。そんな彼女を、燐子は優しい眼差しを向けた。

 

「だからあこちゃん、ソワソワしてたんだね」

「うん……だから、お願いします! 一緒にゲームやってください!」

 

 あこが頭を下げて友希那に頼み込む。その姿は彼女がバンドに入りたいと言っていた時の姿と被る。友希那の反応は、というと彼女は腕を組んで静かに閉じていた瞼を開く。

 そして、

 

「断るわ」

 

 バッサリ、とあこの頼みを切り捨てた。

 

「えぇ!?」

 

 一切躊躇いのないその断りに、あこは目をぎょっと剥いて仰け反る。続いて紗夜も首を振る。

 

「私も同意見です。ゲームとバンドに関係があるとは思えません。そういうのは割り切って練習に集中するべきです」

「それは……」

 

 あちゃ、こればっかりはあこの分が悪いか。しょうがない。ゲームやってる俺が言うとややこしいし、リサに助け舟を出してもらうとしよう。

 俺は小声でリサに声をかける。

 

「悪いんだけど、一緒にやってもらえないか友希那達に言ってくれるか? あこのやつ、前から楽しみにしてたからさ。なんとかしてあげたいんだ」

「まぁアタシも少し興味あったし良いけど。ショウが言えばいいんじゃないの?」

「俺が言うとややこしくなるの。ゲームやってる身だとあこの味方になるから、取り入ってもらえるか怪しいし。ゲームやらないリサなら、興味あるしやらないかって誘えるからさ」

 

 なんとか! なんとかぁ! とあこが友希那にすがりついて友希那が面倒くさそうにあこを剥がそうとしている。その間にリサと話し、彼女はわかった、と了承してくれた。

 

「アタシはやってみたいかな。前からあことショウから聞いてたしさ」

「リサ姉……!」

 

 まるで救いの神を見るかのようにあこの目が光る。

 

「クエストは……短いです。そんなに時間はかからないと思い、ます」

「道中のモンスターとかは俺が倒せばいいし、友希那達はついてくるだけ」

「ショウ兄がいればすっごく早く終わるもんね!」

 

 どうだ、と念押しすると、紗夜は困ったような顔をして友希那を見る。

 

「どうします、湊さん?」

「……わかったわ」

「やったー! ありがとうございます友希那さん!」

 

 大喜びをするあこに、燐子とリサはよかったね、と声をかける。

 はぁ、と溜息をついた友希那は諦めたような表情を浮かべ、ただし、と言葉を続けた。

 

「ゲームが終わったらバンドの練習をする事。いいわね?」

「はい! それじゃあ明日は皆でネカフェにレッツゴー!!」

 

 おー、とリサが大きく手を挙げ、燐子も小さく手を挙げた。

 

「随分と簡単に了承しましたね、湊さん。良かったんですか?」

「こういう時、反対するだけ無駄だと最近わかってきたの。……それに、どこかの誰かさんが裏で根回ししているようだし」

 

 紗夜と友希那の会話を片耳で聴いてると、責めるような言葉が聴こえてきた。次いで視線が俺の背中に刺さる。

 うーん、気付いてたか。そりゃ今回露骨だったし気付かれてもおかしくない。でも仕方ないだろ。俺だって今回のキャンペーンの武器は欲しいんだ。職業的に俺は装備できないけど、イベント関係の武器とか防具は集めたいんだよ。

 ふと、俺は妙案を思いついた。

 今回は初心者が三人。なら職業をわかりやすくまとめておこう。それを友希那とリサ、紗夜に送って職業を決めておけば時間もスムーズだし、あわよくば紗夜あたりなんかはNFOにのめり込んでくれそうだ。

 思わずふっ、と笑みが零れた。

 

 

 


♪ 翌日 【ネカフェ】 ♪

 

 

 

「大変申し訳ありません。今すぐご案内できる席がリクライニングが二席、オープン席が二席とペアシートが一席でして……」

 

 ネカフェの店員さんが苦笑いを浮かべてそう言う。

 

「全員個席じゃないけど仕方ないし、二人はペアシートだな」

 

 ペアシートは読んで字のごとく。二人用の椅子に座り、二つのパソコンを使って周りに迷惑をかけずに談笑してネットやゲームを楽しむ席だ。

 

「うーん、誰と誰行こっか? アタシ来た事ないからよくわからないんだよね〜」

「んじゃ、あこか燐子ついて行く感じでいい?」

 

 友希那とリサを一緒にしてもいいけどNFO初心者だし、色々わからないだろう。オープン席にリサか友希那を置いてあこと燐子を一緒にした方がいい。

 

「あれ、ショウは?」

「女の子と二人で密室とか流石にダメだろ」

 

 何もしないという自信はあるがいくらなんでも無理がある。リサと一緒にゲーム、というのはちょっと……いや、結構やりたいけど。

 

「あっ、あこはオープンがいい! この前リクライニングだったからさー!」

「じゃあ、燐子、リサと一緒に頼むわ」

「え、あ……そ、その……」

 

 友希那はオープンな、と勝手に手続きをする。あこも同様にし、紗夜は自動的にリクライニング。

 俺の分を書こうとした時、くいっと服の裾をつままれた。

 

「ショウ、くん……もし氷川さんが、わからなくて教える時……同性の方がいいかも……」

「え、そう?」

「だって……場合によっては襲われてる、とか……」

 

 あー、見ようによっては見られるか。いや、そんな事はないだろうけど。

 軽く渋っていると燐子がそれに、と小さく言葉を続ける。

 

「わ、わたし、その……口で説明するのはあまり……」

 

 なるほど。襲われる云々は建前でそれが本音だな燐子のやつ。

 俺は短く息を吐いてわかった、と燐子の手続きをする。続けて俺とリサの分も終わらせる。

 

「じゃあ、俺と一緒だけど大丈夫かリサ?」

「うん、へーきへーき♪ それにショウとは家でも二人になる時多いし今更じゃない?」

 

 それもそうだ。ならなんともないだろう。

 受付を済ませ、俺達はそれぞれのブースに向かう。その途中に友希那と紗夜、リサになんの職業がいいか質問する。

 

「それで、職業は決まったか?」

「私はタンクをやってみようと思います。守りがしっかりしていて安心できそうなので」

「難しい職業ですけど……最初のうちはたぶん、大丈夫だと思います……」

 

 紗夜はタンクね。紗夜が興味あったらそのまま教えてもいいな。

 

「友希那は? なんかあった?」

「いえ、種類が多くてまだ決めてないわ」

「ならあこが決めてあげます! 友希那さんは……そう! 吟遊詩人なんてどうですか! 歌を歌う職業なんですよー!」

「歌を歌う職業なんてあるのね。わかった、それにするわ」

 

 そうやって話しているとブースに着き、紗夜と燐子と別れ、そして次にペアシートのブースに辿り着く。

 

「アタシの職業は楽しみにしてなよー、あこ☆」

「うん! それじゃまたあとでねー!」

「友希那、わからなかったらあこに訊くんだよー」

「大丈夫よ。それよりリサ」

「ん?」

 

 ちょいちょい、と友希那は手招きをしてリサを呼ぶ。二言三言会話をして友希那とあこはオープン席に向かっていった。

 

「リサー、入るぞ」

「ぁ……う、うんっ」

 

 リサに声をかけると、彼女は若干頬を染めてこちらにトコトコと歩いてくる。俺は首を傾げてリサに質問した。

 

「どうかした?」

「な、なんでもないよ〜」

「ふーん。体調悪かったら言えよ」

 

 うん、とリサは頷く。ブースの中に入って、俺は二人で座れるソファに腰掛ける。しかし、リサがまだブースの入り口で立ち止まったまま入ってこない。

 

「何してんのリサ」

「えっ、あ、いやーなんか思ったより狭いなって」

「そう? これでも広い方だと思うけど」

 

 まぁ、元々カップルとか仲のいい人同士で入るところだしな。

 リサは初めてだからかはわからないが妙に緊張したようにぎこちなくソファに座った。それを確認して俺は眼前にある二台のパソコンの電源を立ち上げる。

 駆動音を鳴らしてパソコンのモニターがつく。

 

「じゃあ、デスクトップのこのアイコンダブルクリックして」

「ここ?」

「そ、Neo Fantasy Onlineって書いてあるから。ここペアシートだし多分アプデに時間少し取られると思う」

「そうなんだ。その間どーしよっか?」

「その間に飲み物取りに行こう。せっかくフリードリンクにしたんだし」

 

 NFOのアイコンをダブルクリックすると、予想通り、アップデートのウィンドウが開いた。

 ここのネカフェがNFO推奨のパソコンを導入してるとはいえペアシートはカップルが多く来る。そのため、NFOをやる事は稀でアップデートされる事は少ない。幸い、今回は一つ前のバージョンで止まっていたらしい。飲み物を持って帰ってくる時にはできるはずだ。

 

「アタシオレンジジュースにしよっと」

「俺は……ジンジャーエールにするかな」

「コーラにしないの? コンビニでいつも買ってるじゃん」

「たまにはな」

 

 飲み物を取り、再びブースに入るとモニターにはアップデートが終わったと告げる文字が表示されていた。これで準備OKだ。

 リサにキャラメイクをさせ、次に職業を選ばせる。彼女は昨日の夜に悩み抜いてヒーラーにしようと決めたようだ。リサはこれからも度々やるみたいだしヒーラーは重要な職業だから基本的な動きはしっかり教えないと。

 ……っていうか、リサ。キャラメイクの時に質問するのはいいんだけど近いんだけど。

 

 

 


♪ NFO 【旅立ちの村】 ♪

 

 

 

 NFOにログインした俺は、最後にログアウトした場所に立っていた。直ぐに転移系のアイテムを使って旅立ちの村に行く。

 集合場所は新規ユーザーが最初に降り立つ、旅立ちの村の入口だ。

 

『あっ! ジョーカーさーん!』

 

 ポン、と画面にチャットの窓が浮かぶ。発言したのは聖堕天使あこ姫だ。すぐさまパーティ申請が出され、それを承諾する。すると、パーティチャットの方でチャットが飛んでくる。

 

『ショウ兄来るの遅かったねー?』

『アップデートがあってドリンク取ってきてた』

『ペアシートだからあんまりNFOをしない人が多いからだね(´-ω-)ウム』

『そうそう。一つ前だったからすぐ終わったけどね』

 

 燐子──RinRinも交えてあこと会話をする。カタカタとキーボードを打っていると、横からチョン、とつつかれた。

 

「キーボード打つの速くない?」

「そう? 燐子の方がすげぇ速いけど……」

「いやいや、速いって。それにあこも速いし」

「そら俺達二人とチャットしてると速くなるよ」

 

 若干引き気味に笑ってリサは再びモニターを見る。

 

『そうだ! 友希那さんと紗夜さん、こっちですよー!』

 

 ポン、とチャットの窓が出て、そんな文字が表示されている。チャットを流し読みするとあこ姫とRinRinの後ろからユキナ、サヨと名前が表示されたアバターが出てくる。

 ハットを被った銀髪の女性アバターがユキナ。水浅葱色の髪をした水色の鎧を着ている女性アバターがサヨ。ちなみにリサは、というと、

 

『あっ! リサ姉はヒーラーなんだ! あこがイメージしてたのとあってる!』

『あはは、結構可愛いでしょー!』

『はい。とても可愛いです٩(ˊᗜˋ*)و』

 

 リサの位置は隣のモニターを見ればすぐにわかったので既にパーティ申請を出してパーティに入れている。

 彼女のアバターはヒーラーらしいシスターのような格好だ。髪は現実の彼女と同様、栗色になっている。

 

『ってか、紗夜と友希那さっきから黙ってるけど大丈夫か?』

『友希那ー、紗夜ー? エンターキー押してキーボードで打つんだよ?』

 

 リサがそう教えると、しばらくしてからサヨの頭上にチャットの窓が浮かび上がる。

 

『なるほど。こうしてチャットをするんですね。どうですか、湊さん』

『nnn』

『『『『『?』』』』』

 

 ユキナが発言したと思いきや出てきたのはn三個。打ち間違えだろう。かな入力になるだろうし待っていよう。

 俺がそう思った瞬間にポン、とチャットの窓が浮かぶ。そこに書かれていたのは、

 

『nihongo ga syaberenai』

『あこ、教えてあげてww』

『はーいw』

 

 まさかかな入力できないとは。流石に笑ってしまう。

 

『あ』

『お、できたか』

『教えてきたよー』

『できたわ』

 

 やっぱり友希那をオープン席にしておいてよかったな。こうして誰かが教えてあげられるし。

 俺がそう思っていると、隣にいるリサがくすくすと声を押し殺して笑っている。

 

「はー、nihongo ga syaberenaiだって……! 笑っちゃうよ〜。ね、ショウ?」

「キーボード打つ時手が震えたくらいおもし──」

 

 面白かった、と言いかけた瞬間リサと目が合う。長いまつ毛に縁取られた猫のような眼が俺の目を覗く。

 リサの事が好き、その事をあのライブで自覚してから目が合う度にこうして彼女の眼をまじまじと見つめてしまう。見つめてしまう、というより目が離せなくなるというのが正しいか。

 徐々に頬に熱が帯び始める。リサの頬も赤く染まり始めた。

 

「ぁ……」

「な、なんか悪い」

「い、いや、アタシこそ……」

 

 最初にリサが言った通りだ。思ったより狭かった。横に振り向けばすぐ彼女の顔があって不用意に動けばどうなるかわからない。間違ってもキスはしないとは思うが、万が一なったら嫌われてもおかしくない。

 あー、くそ。急に意識し始めたら心臓がうるさくなってきた。近くにいるんだから聴かれたら恥ずかしいだろ。

 ちらりと横を見ると、リサはその栗色のウェーブがかかった髪を撫でたり弄んだりしていた。

 なんか、気まずい。普段はそんな事ないのに。

 ここまで狭い密室はこれまでの付き合いで初めてという事もあるからだろう。誰かなんとかしてくれ、と俺は左耳を弄りながらそう願った。

 

 

 

 

 




ちゃんとチャットの会話と現実の会話を区切ってるから混ざってないはず。
小説で書くとめんどくさくて困るなこの書き方。

紅宮くんの衣装は次回に説明します! 厨二力を全開にしてお送りしますw


感想、評価お待ちしております。


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二曲 魔剣

NFO編二話目! さぁ、今回から戦闘! だけど短い……残念……。




 

 気まずくなり、俺はなんとかしてくれと願う。すると、ポン、ポンと通知音が鳴った。俺とリサは揃ってモニターを見ると、俺達のすぐそばに着飾った三名のアバターが立っていた。

 

『よーっす! ジョーカー、りんりん、あこ!』

『あー! れいにぃ!』

『こんにちは(*´꒳`*)れいにぃさん』

 

 朱いローブを羽織った女性アバター、Rainがジェスチャーと一緒に挨拶をする。これが雨河さんが使うNFOのキャラだ。ゲームをしないような人相をしているが、あの赤メッシュアニキ、意外とゲーマーだ。

 続けて後ろにいる二人もジェスチャーを混じえてチャットを打つ。

 

『『ナマステー(-人-)』』

『おぉい! ナマステすな!』

『『ナマステー』』

『りんりん!? あこ!?』

 

 後ろの二人、深い青色の鎧を身に纏う男性アバターがとびで、露出が多い服を着ている女性アバターがAngeだ。Angeについては、俺はあんじさん、と呼んでいる。

 ナマステー、とは、雨河さんがよくカレーライスやナンを食べている事からインドの挨拶を使っている。俺もナマステー、とチャットを打って挨拶をする。数秒後、お前もか! とツッコミをもらった。

 

「れいにぃ……? もしかして雨河さん?」

「そうそう、あの雨河さん」

「へー……意外」

 

 大学やバイトではあまりゲームの話をしないみたいだし、知らなくて当然か。

 どうせ雨河さん達がいるのは今回の紹介キャンペーンで旅立ちの村(ここ)にいるんだろうな。

 

『れいにぃさん達もキャンペーンすか?』

『おうよ! あんじの後輩がやりたいゆうてな。それでー!』

『今手紙のおっさんの所で話聞いてもらってます¬(`0´)Г』

 

 やはり彼らもキャンペーンでいたらしい。俺は雨河さん達が立ち上げたNFOでプレイヤーの集まり──ギルドに所属している。彼らのレベルを知っていればこの旅立ちの村にいる事は珍しいため、紹介キャンペーンのようなイベントでないとほぼここには来ない。

 

『ってことはジョーカー達もキャンペーンか! その三人?』

『うん! リサ姉とサヨさん、ユキナさん!』

『おおー! なんやなんや三人共始めたんか! 嬉しいなぁ!』

 

 んじゃ自己紹介しよか、とRainの頭上にチャットの窓が浮かぶ。

 

『どうもー! 冷静沈着クールキャラのれいにぃでーす!』

『冷静沈着……? どこがやねん』

『冷静沈着やろオレは!!』

『いやあちょにぃさんは冷静沈着じゃないでしょ』

 

 それには全くの同感だ。チャットを見て、隣のリサもコクコクと頷く。

 あちょにぃさん、とはボイスチャットでゲームをする時に雨河さんがよく口癖で、あちょ、と口走るからあだ名化したものだ。ギルドのみんなでいつもこれで遊んでいる。

 

『超絶クソ雑魚初心者のとびです、よろしくお願いしまーす』

『初心者じゃないやろ! 嘘ついたらアカンっていつも言ってるやろ!』

『人脈キリマンジャロのあんじいですー┗=͟͟͞͞( ˙∀˙)=͟͟͞͞┛呼び方はお好きにどーぞー』

『人脈キリマンジャロ? チャラじぃの間違いじゃないん?』

『黙っとけ類人猿』

『俺はちゃんとした人間やわ!!』

 

 とびとあんじさんの自己紹介を終えると、紗夜があの、とチャットを飛ばす。

 

『人脈キリマンジャロとは?』

『あぁ、僕割りと顔広いんでキリマンジャロ並ですよーって感じですね٩( ๑╹ ꇴ╹)۶』

 

 あんじさんは今まで色々なギルドを渡り歩いてきて、それぞれのギルドに親しいフレンドを作っては大人数でダンジョンを攻略している。

 かく言う俺もあんじさんと今のギルドとは別のギルドで会って仲良くなった。

 

『そういやジョーカーのキャラ、前よりかっこよくなってんな!』

『この前のPvPのイベントの優勝賞品っすよ。腰布がかっこよくて』

『あー、わかります。俺も好きっすわ。くそ、別トーナメントで負けてなければ……!』

 

 雨河さんが俺のアバターを見て反応を示す。

 俺のアバターは白をベースにした丈の短いジャケットと黒のシャツ、白色のコートのように伸びた腰布、白のパンツを着ている。腰には影より黒い片手剣が吊られている。

 腰布はなんだろ、男の心を刺激してくるんだよな。

 

「そういえば、ショウのキャラって職業なんなの?」

 

 雨河さんの言葉で俺のアバターを見たリサが気づいたように訊いてきた。

 

「あぁ、俺のは魔法剣士だよ。魔法を撃ったり剣で斬ったりっていうやつ」

「へぇ、なんか強そうだね」

 

 魔法剣士は魔法と剣を使う職業。遠距離で魔法を撃ち、近距離で剣を振るう。一年前までは魔法か剣か選んで一極化するのが主流だったのだが、年明けの大型アップデートにより両方取っても強さが衰える事がなくなった。

 そのおかげでこの前開催されたプレイヤー同士の戦闘──PvP戦のイベントで見事優勝する事ができた。その優勝賞品がこの衣装だ。元々付けていた篭手とか脛当ても一緒に付けると今までよりもかっこよくなっている。

 おおー、とリサはまじまじと身を乗り出して俺のアバターを見つめる。流石に近過ぎて、俺は思わず身を引く。

 さっきみたいに気まずくなるのは勘弁してくれ。

 すると、ポンと通知音が鳴った。

 

『おっと、初心者達帰ってきたみたいやしオレらダンジョン行くわ。それじゃなー!』

『ちゃんと教えてあげてくださいよー』

『わーってる!』

 

 手を振るジェスチャーをして、雨河さん達三人はフレンドのところへ戻っていった。

 

『それで、私達はどうしたらいいのかしら?』

『あ、そうですよね。説明しますね(`・ω・´)ゞ』

 

 去っていく三人を見送ってから、友希那がそう話を切り出し、燐子がチャットを打っていく。

 

『ここは旅立ちの村といってNeo Fantasy Onlineの始まりの場所です。小さな村ですが、ゲームをする人が必ず通る思い出の詰まった大切な場所なんです。この大陸、フライクベルト大陸と呼ばれる大陸の最東端にあるので、通称、最果ての村とも呼ばれている場所です(*^ω^*)』

 

 どんなゲームでも最初に降り立つ村や街がある。NFOにおいて、それがこの旅立ちの村だ。

 

『フライクベルトは大陸中央でいつも戦争をしていて、中央に近付くにつれて危険な場所が増えていきます。最果ての村と呼ばれているここは、比較的モンスターも弱く、受けられるクエストも安全なんですよ(*´꒳`*)クエスト、というのはお仕事のようなものです』

 

 最初に降り立つ村で最前線のクエストがあったらたまったもんじゃない。初めてゲームをやっていきなり何十レベルも差のあるクエストに挑むのは無茶や無謀が過ぎる。

 なので、この旅立ちの村で受けられるクエストは調達系、または弱いモンスターを数体討伐するだけのクエストが多い。

 

『NFOの世界を楽しんでもらうため、結構村の構造や家の設計も凝っているので良い所なんですよね(≧∇≦)実はこの村の村長さんは元々この世界で超有名な一騎当千の勇者風だったんですけど、モンスターとの戦争中に人間同士でも争いが起きてしまい、巻き込まれて大怪我をしてしまったんです(´×ω×`)そこで、未来ある若い冒険者達を何千、何万と支援しているんです』

 

 NFOを作った製作会社は凄いよな。これを作るのに何ヶ月も、何年も設定を練りに練ったんだろうし。俺達ユーザーじゃ計り知れない。

 

『今回、わたし達はその村長さんの屋敷で下働きをするジェイクさんという人から手紙を預かって、この村から西に進んだロゴロ鉱山にいる、リンダさんに届けるのが目的です』

『燐子ー、その最中にモンスター、だっけ? それは出るの?』

『いえ、道中には出ませんが鉱山の中はダンジョンになっていて奥にはちょっと危険なモンスターが出てきます。なので、ちょっとだけ気をつけつつ皆で頑張りましょうね( -`ω-)✧』

 

 話をそう締め括り、燐子のチャットが止む。隣に座っているリサは燐子キーボード打つの速いね、と楽しそうに俺に言ってくる。

 友希那と紗夜は一切チャットをしていない。どうかしたのだろうか。

 

『りんりんはキーボード打つのが上手くて、チャットがめっちゃ速いんだよっ!』

『そ、そんな事ないよっ(//∇//)』

『友希那、紗夜、どうかしたか?』

『いえ……白金さんがこんなに沢山話すのは珍しいと思ったので』

『そうね。私もよ』

『え、ええっ? Σ(゚д゚)』

 

 まぁ、普段の燐子の様子を見ているとギャップがあるよな。俺はNFOでの燐子が最初だったからなんともなかったんだけど。

 

『あははっ、大丈夫だよ燐子♪ もっと喋っていいからね』

 

 たまに燐子とメッセージをするリサは慣れたのか、普通に対応している。

 

『私達は、とりあえず手紙を預かればいいのかしら』

『はい! ジェイクさんから手紙を受け取ってロゴロ鉱山にいるリンダさんに届けましょう! "(ノ*>∀<)ノ』

『そ、それじゃあ……そのジェイクさんの所へ行きましょうか』

 

 燐子、あこが歩き始め、紗夜とリサ、俺が続く。すると、綺麗な音が流れ始めた。マウスを動かして周りを見ると、友希那のアバターが歌を歌っていた。

 

『友希那、なんでスキル使ってんの……?』

『知らないわよ、ボタンを押したら勝手になったの』

『何してんのー? 早く行こーよ』

『……これ、どうやって前に進むの?』

『『『……oh(´・ω・`)……』』』

 

 前途多難なクエストになりそうだな、これは……。

 

 

 


♪ NFO 【旅立ちの村】 ♪

 

 

 

 ジェイクの下にやってきた俺達は屋敷の前で仕事をする彼に話しかけた。

 

よく来てくれました旅の方……。実は折り入ってお願いしたい事があります。どうかこの手紙を、鉱山にいるリンダに届けてもらえませんか?

 

 クエスト前の決まり文句だな。だいたいのクエストを受ける際にはこうしてキャラクター達のセリフを聞いてからクエストを受注する。

 

『へぇ、この人がジェイクさん?』

『そうだよっ!』

 

 あんじさんがさっき、おっさんって言ってたけどまだ若いだろ。見ようによってはおっさんだけど。

 

『クエストを受けるにはどうすれば?』

『クエストの受注ボタンを押してください!』

『なるほど……これね』

 

 紗夜がクエストの受注ボタンを押し、俺達の画面にクエストを受けた事を知らせるウィンドウが表示される。これで手紙を届けるクエストが正式に受注できた。

 

本当ですか!? ありがとうございます! リンダは村から出て西に進んだ先の鉱山にいるはずです。どうか、よろしくお願いします……

『これでOKだね☆』

 

 そのまま村を出ようと動こうとした瞬間、サヨの頭上にチャットの窓が出てきた。書かれた文字には、それにしても、とある。

 

『目的地が村を出て西に進んだ先なんて、ずいぶん曖昧なんですね。もう少し具体的な場所を聞いて教えてもらいましょう』

 

 そう言って紗夜はジェイクにまた話しかける。

 あー、紗夜のやつプレイヤーが操作してるって勘違いしてるのかな。

 

『何故この人は同じ事しか言わないの?』

『NPCは同じ事しか言いませんよ?』

『NPC?』

 

 NPCの事もわからないとなると、紗夜は本当にゲームと無縁の生活をしてきたんだな。考えられない。

 

『NPCってのは、Non Player Characterの略で、文字通りプレイヤーが操作しない、簡単なAIが動かしているキャラクター達の事だ。だから決められた言葉しか発する事ができないんだよ』

『なるほど、そういうものなんですね。では、リンダさんも?』

『そう。友希那がわかってなさそうだから言うけど、わかりやすく言うとアドリブができない完璧な役者だ。決められたセリフを言い、行動する。それがNPC』

 

 俺がチャットでそう言うと友希那がわかったわ、と言う。リサもわかりやすい、と言ってくれた。

 まぁ、何事にも例外はあって、特殊なAIを与えられてるキャラもいてプレイヤーの行動に合わせて動きを変えるキャラ達もいる。

 

『よし! それじゃ鉱山に行こー♪』

『『『おおー! ٩(ˊᗜˋ*)و』』』

 

 

 


♪ NFO 【アゼミチ村道】 ♪

 

 

 

 旅立ちの村を出た俺達は鉱山に続く道を歩いていた。

 最初の村周辺には、攻撃しなければ攻撃してこないモンスター達がのどかに草原の上を歩いている。

 

『どれくらいで着くのかしら?』

『すぐですよっ! 最初のダンジョンだからすぐ近くっ!』

 

 友希那とあこがチャットでそんな会話をする。

 またしばらく歩くと今度はリサがあれ、とチャットを飛ばす。

 

『ねぇ、この光ってる草ってなに?』

『これは薬草ですね』

『薬草って事は薬になるの?』

『はい。ショウくんが教えてくれると思うので訊いてみると良いですよ(*¯ω¯*)』

 

 燐子がそう言って取った薬草を調合してHP回復ポットを作って紗夜に渡す。

 

『HPが減ったら使ってくださいね(≧∇≦)』

『HP?』

『HPってのはHit Pointの略。要は生命力だな』

 

 紗夜に説明をし終えて、ねぇねぇ、と俺の袖を引っ張るリサを見る。

 あのですね、リサさん。近い、近いから。

 

「取った薬草ってどーしたらいいの?」

「アイテム欄開いて、薬草を選択して」

「こう?」

「そ。そしたら薬草の欄の横に調合、って所があるんだけど……」

「えーっと……これ?」

「あ、それカーソルもう少し上にして。じゃないと捨てちゃうから」

 

 マウスのカーソルが捨てるの欄に合っていたので、リサの手を握ってほんの少し上に合わせてやる。

 

「ぁ……」

「ん? どうかした、リサ?」

「い、いやっ、その……」

 

 急に彼女は口元に手を当てて顔を少し背けた。俺は疑問を持ち、リサの顔を覗いてみる。すると、彼女は頬を朱に染めていた。

 

「……あー、その、ごめん」

 

 自分で近い近い、とか思ってたくせに何やってんだ俺。あー、くそ。調子出ないな。空回りしてる感じがして嫌だ。

 

「なんでもない、なんでもないからっ。調合のところクリックしたらいい?」

「あぁ、それで回復ポット作れるから」

 

 俺はそう言っていそいそとリサから離れる。するとリサ付けているヘッドホンから調合の音が連続して聴こえてきた。

 

「ちょいちょいリサさん? 何してんの」

「え? 回復ポット作ってるんだけど……」

「なんで君、そんな作ってんの?」

「えー? いっぱいあった方が良くない? ほら、ショウにもあげる!」

「えぇ……」

 

 燐子とあこもチャットで、なんでそんなに作っているのかと疑問を浮かべている。

 

『ありがとうございます:(´◦ω◦`):ポットでアイテムスロットがいっぱいに……』

『あ、あはははは……』

 

 俺もアイテムスロットいっぱいになりそうなんだが。

 

『そんなものを使う所にこれから行くのね』

『鉱山の中はダンジョンになってるからな。奥に行けば行くほどモンスターも強くなっていくんだ』

『でもりんりんとショウ兄は強いから大丈夫ですよ友希那さん!』

 

 まぁ、あこの言う通り、今回は俺がモンスターを薙ぎ払えばいいからな。ホントは友希那達にも戦ってもらって楽しんでもらいたいんだが、ゲームが終わったらバンド練もあるから長くできないんだよな。

 俺達はリサが作った回復ポットを持って鉱山の中に入る。

 

 

 


♪ NFO 【ロゴロ鉱山】 ♪

 

 

 

 画面が暗転しロード画面を挟み、次の瞬間には俺達は鉱山の中に入っていた。

 

『ここが鉱山の中?』

『うわぁ……暗いね……』

 

 マウスを動かして周りを見たリサが嫌そうに顔を顰める。どうやらゲームの中とはいえ怖いらしい。

 

「リサ、ここはホラー系のモンスターも出ないし大丈夫だよ」

「ホント? 幽霊出ないの?」

「骸骨出るけど鎧着てるし、怖がらせるようなもんじゃないぞ」

「そ、そっか……うん、頑張ろ」

 

 頑張ろ、と言ってジリジリと俺の方に、ペアシートのソファの上を移動してくる。

 流石に割り切る事は難しいか。

 

『この奥にリンダさんがいます。あと少しですよ!(๑•̀⌄ー́๑)b』

 

 燐子のチャットを皮切りに、俺達は鉱山の中にある通路を歩いていく。別れ道などあるが、先頭は俺が歩いているため迷う事はない。

 すると、目の前が青く光り、このダンジョンに生息するゴブリンが出現した。よく見るモンスターだが、レベルはそこそこに高い。

 

『お、早速モンスターだねっ』

『皆さんご注目! ショウくんの戦いは凄いんですよ(≧∇≦)』

 

 あこと燐子が呑気にチャットを打つ。その間にもゴブリンは数を増して合計五体が俺の目の前に立ちはだかっている。

 俺は腰に吊っている片手剣を抜剣し、()()のゴブリンにターゲティングした。

 

『深き影より顕現せし魔の剣、今ここにその力の片鱗を魅せよ!』

 

 影を凝縮したように黒い片手剣に、黒紫色のライトエフェクトが螺旋状にまとわりつく。俺はそのまま大上段に構えて、一気に振り下ろした。

 黒紫色の螺旋状のライトエフェクト──魔力が五体のゴブリンを一掃し、軽々とそのHPバーを消し飛ばす。

 今俺が使ったのは、俺が持つ魔剣の固定魔法だ。何個か魔法がセットされているのだが、今使った魔法はかなりの低級魔法であまり使われない。

 

『おおー!』

『派手ですね』

 

 リサと紗夜がチャットでそれぞれ反応を見せる。

 現実の隣を見ると、面白そうに目を輝かせるリサが見える。リサみたいな女の子でも、こういうのが面白く思えるのか、と俺は思った。

 

 

 




書いてて思ったのは戦闘描写がある話を書くとこんなにも私は文字を書くんだなと思いましたw
出身がストライク・ザ・ブラッドや問題児なので仕方ないんですけどね:(´◦ω◦`):


感想、評価お待ちしております。


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三曲 竜の息吹



今回は戦闘描写もりもりです。



 

 

 

 五体のゴブリンを屠り、先に進もうとすると、またしてもゴブリン達が現れる。

 

『今度はあこにやってもらおうか。そのあとは燐子な』

『オッケー! あこの超カッコイイ魔法を見せてくれよう……!』

 

 そう言ってあこはドクロがついた錫杖を取り出し、ドクロの頭をゴブリン達に向けた。そこから明るい紫色のライトエフェクト──魔力が迸る。

 

『開かれよ! 汝は我が下僕。盾となり剣となり、我が魔道を阻む者共を冥界に誘え! 冥界の軍門(ヘルズ・ゲート)!』

 

 あこの周りに魔法文字が円状に描かれ、ゴブリンと俺達の間に大きな扉が出現する。その扉が重々しく開き、そこから西洋の鎧を纏った骸骨兵数体が長剣を携えて門から出てくる。その頭は兜をしてはいるが、中身は空洞だ。

 

「うわっ、し、ショウ! いるじゃん怖いのっ」

 

 急に服を掴まれ、俺はビクッと肩を震わせる。

 

「大丈夫だって。これあこの魔法だし」

「あこの……?」

「そ。あこはネクロマンサーって言ったろ? 死霊術を使って骸骨兵達でモンスターを倒すんだ」

「へ、へぇ……そうなんだ……」

 

 アタシむり、とリサは首を振る。幽霊関係だと彼女はやはり厳しいようだ。できるだけ骸骨兵を見ないようにあこのアバターを見るように努めていて、微笑ましく思える。

 

『──これは魔王より授かった究極の魔法! 大いなる魔力の嵐に呑まれ塵芥に成り果てるがいい!』

 

 あこは前に向けていた錫杖を横に薙ぎ払い、明るい紫色の魔力を一層輝かせる。

 

魔界の竜巻(デモンズ・トルネード)!』

 

 骸骨兵達が一箇所にゴブリン達を留め、その上から大きな魔法陣が出現し、黒い竜巻がゴブリン達を巻き込む。

 骸骨兵は基本的に攻撃力が低い。その場凌ぎか、今みたいに攻撃魔法の準備に使われる。

 黒い竜巻に吹き飛ばされ、ゴブリン達は呆気なくHPバーを散らした。

 

『ふっふっふっ、これが聖堕天使あこ姫の魔法!』

『紅宮くんの魔法もそうでしたが、宇田川さんの魔法も派手ね』

『あこちゃんが使った魔法は、天候を操る魔法なので上位に位置する魔法なんですヾ(*´∀`*)ノ攻撃力も高いですよ』

 

 まぁ、このダンジョンでそんな上位魔法を使わなくてもいいんだがな。初心者三人もいるし良いところを見せたいのは俺もわかるけど。

 

『次は燐子だっけ? 燐子の魔法も楽しみかも♪』

『はい(*´꒳`*)楽しみにしてくださいね!』

『あ、そういえばさ、友希那は? いないみたいだけど?』

『『『え?』』』

 

 リサがチャットで言い、俺はマウスを動かしてフィールドを見回す。あこに燐子、紗夜とリサ、そして俺。リサの言った通り友希那がいない。

 

「いつからかわかるリサ?」

「いやー、アタシもあこの魔法見てたしいつからかは……って、わっ!?」

「うわ、オーガ……」

 

 リサと話している最中、紗夜の前に鉱山に設置されたランプに照らされ、黒光りする体を隆起させた鬼が現れた。

 

『オーガだよ、りんりん! このフロアに出たっけ?』

『基本的には二つ下のフロアのはずだけど、誰かが連れてきちゃったのかな……(゜ロ゜)』

『紗夜、盾構えて! あいつ、紗夜の事をターゲティングしてる!』

『わかりました』

 

 ラウンズシールドを構え、紗夜はオーガを睨む。オーガはその黒くて太い逞しい腕を振り上げ、身長差を活かして紗夜に向かって拳を叩き込む。

 ガガァン、とその拳は紗夜のラウンズシールドに阻まれ衝撃音を鳴らした。

 

『す、凄い衝撃……! こんなに吹き飛ばされるなんて』

『リサ、紗夜にヒールかけて。初期装備でオーガの攻撃を受けたから結構HPが減ってる』

『うんっ。紗夜、今行くから!』

 

 盾で防御したとはいえ、レベル差があるため紗夜のHPは残り三割といったところだ。それに加えて紗夜のアバターは筋力が足りずにノックバックで後方に飛ばされている。

 

「回復のスキルってこれだっけ?」

「そう。紗夜にカーソル合わせてスキル使ってあげて」

「りょーかい!」

 

 リサに質問され、俺は自分の画面と彼女の画面を両方見ながら指示を出す。

 

『ヒール!』

 

 彼女は指示通りに紗夜に回復のスキルを使用した。

 すると、モンスターによって減らされたHPがどんどん回復していく。

 それを確認していると突然、ヘッドホンからゴウッ、と燃え盛る音が聴こえ始めた。

 

『──大いなる焔の竜。其の肺は焔を吹き、爪は焔を纏う。焔竜の息吹(ドラゴニックブレス)!』

 

 焔を纏った竜の頭がRinRinの周囲に現れる。焔の竜はそのアギトを開き、火焔をオーガに向けて吐き出した。

 オーガは火属性の攻撃に弱い。弱点属性で攻撃を行うと二倍近いダメージを稼ぐ事ができる。

 

「す、すご……」

「竜が吐くブレスを魔法で再現したものだよ。あと一撃入れたらあいつも倒れると思う」

 

 リサにそう言っているうちに、燐子は次の魔法を準備していた。

 自身の周囲に火球を数個出現させ、あこの錫杖より長い錫杖でオーガを指し示す。

 

『燃え上がれ、フレアボール!』

 

 火球が錫杖から滑るように撃ち出され、全ての火球がオーガに当たって弾け飛んだ。鬼はHPバーを吹き飛ばされその巨体を呆気なく霧散させる。

 モンスターはこれ以上湧いて出ないのか、モンスター特有の呻き声も聴こえない。

 

『オーガはびびったな。このパーティだと気が抜けないし』

『だね。あこもびっくりしちゃったよ〜』

『凄かったねー。紗夜なんてHPだっけ? それギリギリだったし』

 

 まだレベルが低い上に初期装備の紗夜にはきついからな。でもさっきの戦闘で紗夜とリサはレベルが上がったみたいだ。

 

『氷川さん、もう盾はしまっていいですよ( ̄▽ ̄;)』

『大丈夫ですか? 先程みたいに突然、というのも……』

『大丈夫。突然来ても俺達がなんとかするから。っていうか、それよりも先に友希那だ。あいつどこにいった?』

 

 ただ一人、戦闘に参加していないためレベルが一のままになっている。名前はユキナ。俺達が戦闘している間にどこかへ行ってしまったようだ。

 どうせチャット欄は見てないだろうし……あこに直接行かせようか。その方が早く合流できるし。

 俺はそう思い、チャットを打つべくキーボードに手を触れさせた。

 

 

 


♪ NFO 【ロゴロ鉱山・深部】 ♪

 

 

 

「ここはどこかしら……? まったく、皆勝手にいなくなって……困ったわね」

 

 周囲にリサはおろか誰一人としていない事に気付いた友希那はモニター前で腕を組む。

 

「……? あれは、人? 仕方ないわね。あの人に訊いて……」

 

 近くのオープン席にあこがいる事を忘れ、彼女は鉱山の通路に佇む影に向かって歩いていく。その影が歪なものだと気付かぬまま。

 

 

 


♪ NFO 【ロゴロ鉱山】 ♪

 

 

 

 あこにチャットで、直接友希那に合流するように言ってもらえるように頼もうとしたところで、隣のリサがあっ、と声を漏らした。

 その視線を辿ると、画面の奥。ロゴロ鉱山の深部からハットを被った銀色の髪をしたアバター──ユキナが現れた。

 

『友希那ー!』

『友希那さぁぁぁん!!』

 

 姿を現した友希那に向けてリサとあこがチャットを打つ。俺も彼女に向けてチャットを打とうとした瞬間、友希那の背後に何かが揺らめいたように見えた。

 

「……?」

 

 視点をカメラモードに切り替えて、俺はユキナの背後にカメラを向ける。解像度が増し、揺らめいたものの正体を突き止めた。

 

『あら、貴方達、どこに行っていたの?』

『それはこっちのセリフだよ……って、なにそれ!? 誰!?』

『湊さん、それは!?』

 

 鋭い長剣を携えた、堅牢な鎧を纏う骸の兵。あこが召喚した骸骨兵とは比にならない身長。眼の部分にあたる空洞に赤い光を灯し、カタカタと顎を鳴らす。

 ガチャリ、と鎧と骨を鳴らして長剣を振りかぶるそれの名は、

 

『へ、ヘルスケルトンソルジャァァ!?』

『何連れてきてんだこのポンコツ詩人!!』

『(・・)……( ゚д゚ )……Σ(゚д゚lll)!?』

 

 ヘルスケルトンソルジャー。この鉱山以外にも生息する骨系モンスター。骨系モンスターには階級があり、スケルトン、スケルトンソルジャー、ヘルスケルトンと続いてヘルスケルトンソルジャーとなる。

 出現場所は深部。つまり、友希那は深部でこのヘルスケルトンソルジャーと出会い、それを連れてきた、というわけだ。

 なんだこれ。ロゴロ鉱山が最初のダンジョンでよかったわ。

 ここのヘルスケルトンソルジャーはまだレベルが低いため、俺と燐子、あこで倒せる。

 

『燐子は魔法の詠唱! あこは死霊術で俺の援護!』

『う、うん、わかった!』

『了解! ( ̄^ ̄)ゞ』

 

 二人に指示を飛ばし、俺は腰に吊っている剣を抜剣してランプに照らされた通路を疾駆する。あこは死霊術を使って骸骨兵を呼び出し、燐子は聖属性の魔法の詠唱を開始する。

 

【ガアァ!】

 

 二重、三重にも重なって聴こえる声と共に、ヘルスケルトンソルジャーは長剣を振り下ろす。ぎらりと重く光るその切っ先がユキナの細い背中を斬り付ける瞬間、俺が握る黒い剣がギィン、と火花を散らしてモンスターの攻撃を阻んだ。

 鍔迫り合いを数秒し、俺は魔剣の固定魔法を使った。

 

『魔剣、第一封印解除。筋力、敏捷、耐久、ステータス上昇。──刮目して見るがいい! これが破滅を呼ぶ黒き太陽である!』

 

 背中に黒い太陽を背負い、それが現れるとステータスが上昇した。握っている魔剣の刀身に黒い炎がまとわりつき、ヘルスケルトンソルジャーの長剣をジリジリと焦がしていく。

 上昇した筋力に物を言わせてモンスターを後退させる。すると、後方から光の矢がいくつも射出された。

 ちらりと後ろを見ると燐子が聖属性の魔法を放っていた。放ち終えると次の魔法を撃つために詠唱を開始する。

 

「うわ、腐ってもヘルスケルトンソルジャー。レベル低くても耐久あんな」

「あこの魔法よりこっちの方が怖いんだけど……」

「地獄の骸骨兵だからな……最初は俺もびびったから」

 

 燐子に与えられたダメージは僅かにヘルスケルトンソルジャーの二段のHPバーを削っただけに留まった。

 

『ショウ兄! あこの骸骨兵皆倒れちゃうよー!』

 

 あこが死霊術で止めどなく骸骨兵を召喚しているが、ヘルスケルトンソルジャーと数合剣を交えた後には長剣で薙ぎ払われている。

 俺も攻撃に参加しようと地を蹴る。黒い炎を纏わす剣をヘルスケルトンソルジャーに突き刺そうとするが、モンスターは長剣で俺の剣を上に弾く。

 片手で握っていた剣を両手で握り、俺は黒炎を噴かせながら上段斬りを行った。

 ヘルスケルトンソルジャーの腕を斬り落とす勢いで振り下ろす。その攻撃は黒い炎で攻撃力を底上げされ、HPバーが目に見えて減少した。

 

『ショウくん、離れて!』

 

 燐子に言われ、俺はステップを踏んで後ろに少し下がる。

 

『──大神官より伝えられた聖なる魔法! 邪悪なる魔物よ、これは神が与えた神罰である! セイクリッド・レイン!』

 

 ヘルスケルトンソルジャーの頭上に魔法陣が浮かび、金色の槍が無数にモンスターに降り注ぐ。

 天界にいる神が持つ無限の神槍だ。

 神槍に貫かれ、ヘルスケルトンソルジャーの二段のHPバーが一つ消える。あともう一段削ればこのモンスターは霧散する。

 俺は槍の雨が終わった直後に、再び地を蹴った。

 剣に魔法陣が浮かび上がり、黒い炎が勢いを増す。ヘルスケルトンソルジャーの眼前で急停止し、慣性を使ってモンスターの土手っ腹を左へと横薙ぎに斬り裂く。

 

【ガウアァ……!】

 

 モンスターは仰け反るが、動きを遅くしながらも長剣を俺に振り下ろしてくる。しかし、剣は薙ぎ払われた直後に軌道を変えて長剣を持つ骨の腕に食い込んだ。

 刹那、薙ぎ払われた部位と食い込んだ部位の二箇所が黒い爆炎を起こして弾け飛ぶ。

 黒炎爆裂剣という、魔法剣士だけの接近戦用の魔法だ。

 爆炎を振り払い、ヘルスケルトンソルジャーは長剣を振るって俺を斬り裂こうとする。それをギリギリで躱し、モンスターの鎧に剣を叩きつけた。

 再び爆炎がヘルスケルトンソルジャーを包み込む。

 

『これこそは禁断なる死霊術師の秘術! 蘇れ! 人の国を一夜にして沈めた悪竜よ! その罪過の炎を撒き散らせ!!』

 

 地面に大きな魔法陣が浮かび上がり、そこから巨大な骨と化した竜の手が這い出てくる。苦しそうに藻掻き、竜の頭蓋は紫炎を口から漏れ出していた。

 俺はヘルスケルトンソルジャーの後ろをとり、全力でその背中を斬り付ける。右薙、袈裟斬り、逆袈裟斬り、と次々に斬ると、黒い炎が火花を散らして周囲に漂う。

 最後に渾身の突きを放つ。間を置いて斬り付けた箇所が斬った順番に爆裂する。

 

【ガアァッ!】

 

 呻き声を上げてヘルスケルトンソルジャーは骸と化した竜へと吹き飛ぶ。

 骸竜が撒き散らす紫炎に焼かれながら、モンスターは竜の紫炎のブレスによってそのHPバーを跡形もなく消し飛ばした。

 シン、と鉱山内の通路が静まり返る。遅れてダンジョンの通常BGMが流れ始める。

 どうやらこれで戦闘は終了したようだ。助かった……。

 

「お、終わったの?」

 

 ふぅ、と息をついてソファの背もたれに背中を預けると隣のリサが俺を見て質問する。俺はあぁ、と相槌を打った。

 

『まったく、あんなもん連れてきやがって……』

『知らないわ。声をかけようとしたら何も言わないでこっちについてくるのよ』

『なんで声かけようとしたんですか友希那さん……』

 

 本当、迷子になってモンスター連れてくるとか害悪プレイヤーの仲間入りじゃないか。勘弁して欲しい。

 机の上に置いてあるジンジャエールを飲み、先程の戦闘の緊張をほぐす。すると、友希那がそういえば、チャットを打つ。

 

『どうしましたか、湊さん』

『大した事じゃないと思うのだけど、さっきのモンスターの他にもいたわ』

 

 え、と俺とリサ、燐子、あこがチャットを打つ。全員バラバラのタイミングで、おそらく手が震えているのだろう。俺の手も微かに震えている。

 そして、ドスン、とヘッドホンから音が聴こえてくる。ヘルスケルトンソルジャーが来た方向から、グルグル、という唸り声が響き渡った。

 

『おい、おい……! まだ鉱山の深部にすら行ってないんだぞ! なんでこうもフロア外の奴らが出てくんだよ!』

『うぇぇぇ!! なんで、なんでこのモンスターが!?』

『うそ……Σ(・□・;)』

 

 そのモンスターが俺達の視界に入る。

 それは、獅子の肉体を持ち、背部に山羊の頭を備え、尻尾は長い蛇をしたモンスター。

 このロゴロ鉱山のダンジョンに生息するボスモンスターで、レベルが俺達より低くても複数人で相手しないといけない相手だった。

 

『キメラ……』

 

 その手の知識がない紗夜ですら知っている有名なモンスター。そのモンスターが獰猛な牙を剥き出しにし、俺達を睥睨する。

 

 

【グルゥ……ガアァァァァ!!】

 

 

 たった六人のパーティで、このモンスターを相手にするのは厳しい。なにより、初心者が三人。吟遊詩人のスキルでバフが入るが、吟遊詩人の友希那は操作がわかっていない。ヒーラーのリサもだんだん覚えてきてるけどいきなりボス戦は難しい。タンクの紗夜もレベルは上がったが装備が初期装備。

 無理のある戦いだ。なんとかチャンスを作って逃げるしかない。

 俺は涼しいネカフェのブース内で一人、冷や汗を垂らした。

 

 

 

 






紗夜とリサをもっと動かしてあげたかった。
燐子とあこももう少し詠唱凝りたかったけど、厨二力が足りない私には無理があった……。


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四曲 ダンジョンボス・キメラ


大変お待たせしました。
戦闘描写続きなのでモチベが上がりませんでした。




 

 

 

【グルゥ……ガアァァァァ!!】

 

 

 一歩、また一歩とキメラが足音を響かせてこちらへ歩いてくる。

 まだ奴の視認範囲には入ってはいない。逃げたいところだが、俺達の後ろにある通路は、この先は行き止まりだ。ダンジョンの入口に戻るにはモンスターの目の前を通って脇道に行かないといけない。

 俺はメインメニューを開いてアイテム欄の中から、使わなくなった装備と余った盾を引っ掴んだ。

 

『紗夜、これ使って。流石にタンクで初期装備はキツイ』

『わかりました。……ちゃんと返しますからね』

『別に返さなくてもいいって』

『いえ、それでは私が納得しません』

『はいはい……』

 

 紗夜が、俺があげた鎧と盾を装備したのを見てから、俺は次の指示を飛ばす。

 

『燐子はれいにぃさんに救援メッセ送って! 最悪全滅もありえる!』

『了解! (๑•̀ㅁ•́๑)ゞ』

 

 基本的にダンジョンボスは大人数での討伐がセオリーだ。

 人数的には今の俺達も大人数とまではいかないが、それなりの人数になる。しかしうち三人は初心者のためカウントはしない。いくら高レベルの俺と燐子、あこがいてもダンジョンボスの討伐は難しい。

 

『あこは友希那に直接バフのやり方教えてあげて!』

『わかった! ちゃんと教えてくるね!』

 

 正直、猫の手も借りたい状況だからな。吟遊詩人のバフで少しでも底上げしておきたい。

 そうやって指示出しをして、キメラの方を見るとあと少しで奴の視認範囲に入るところだった。俺は装備していた投げナイフを構えて、モンスターと通路の間を縫うようにして投擲する。

 黄色いライトエフェクトを輝かせながら、ナイフは地面に突き刺さって音を通路に反響させた。

 キメラはその方向に向かって走り、何事かと確認する。そして何もないとわかり、キメラはまた一歩ずつその歩を進める。

 これでなんとか時間稼ぎができた。ほっ、と俺は胸を撫で下ろす。

 すると、俺のモニターを覗いていたリサがねぇ、と俺の袖を引っ張る。

 

「アタシにも何かある?」

「じゃあ、リサにはヒールの上位版を覚えてもらうかな。スキル欄にハイ・ヒールってあると思うんだけど……あぁ、これこれ」

 

 今度は俺がリサのモニターを覗き込んでハイ・ヒールの名前を指差す。

 

「へぇ、靴みたいな名前だね」

「何も知らないとそうなるよな」

 

 俺もそうだったし。

 

「あ、ショウ。これもやった方がいいかな?」

「ん? あぁ、リジェネか。そうだな。戦闘が始まる前にかけてくれると嬉しいかな」

「りょーかい、任せて♪」

「おう、頼りにしてる」

 

 時間経過でHPを回復してくれるリジェネは高レベルのダンジョンでも役に立つ。ハイ・ヒールも併せて使えば、楽に、とまではいかないが負担は減るだろう。

 リサと会話をしていると、ポン、と通知音が鳴る。チャット欄を見ると燐子からのチャットが来ていた。

 

『れいにぃさん達、全速力でこっちに来るって! わたし達でそれまで持ちこたえよう٩('ω')ﻭ』

『ありがとう、燐子。あこ、そっちは?』

 

 メッセージを打ってくれた燐子にお礼を言って、俺は次にあこに確認をとる。

 

『バッチリだよショウ兄!』

 

 少し遅れてから、そうチャットが飛んでくる。

 よし、これで準備は整った。少し不安はあるがれいにぃさん達が来るまでの時間稼ぎだ。なんとか凌ぐしかない。

 先程キメラを誘導したが、もう既に視認範囲ギリギリまで迫っている。

 

『友希那、あこに教えて貰ったスキル使って』

『わかったわ』

 

 返事が来てすぐに友希那がスキルを使用する。

 

『La〜♪ La〜♪』

 

 綺麗な歌声が響き、俺達を鼓舞する。

 筋力と敏捷、耐久がそれぞれ底上げされる。

 

『湊さんと今井さんは私の後ろに!』

『あこも紗夜さんの手伝いします!』

 

 紗夜がタワーシールドを構え、あこが盾を装備した骸骨兵を呼び出す。その骸骨兵達は紗夜の隣に立って術者のあこ、後衛の燐子、友希那とリサを守るように盾を構えた。

 俺は前に進み、腰に吊ってある黒い剣を抜剣する。

 黒い太陽を背中に出現させ、剣に黒い炎を纏わす。

 

『行くぞ……!』

【グルゥアァァァァ!】

 

 視認範囲に入ったキメラが俺達を見つけて雄叫びをあげる。ボス専用の厳かなBGMが鳴り始め、俺は顔を引き締めた。隣のリサも顔を強ばらせて冷や汗を垂らしている。

 走って突貫してくるキメラはその勢いを利用して前脚で俺を切り裂こうと、鋭い爪をもつ脚を高らかに掲げた。

 

『──黒炎よ、我が盾となりて、厄災を焼き払い給え!』

 

 俺とキメラの間に魔法陣が描かれ、その魔法陣は黒い炎を吹き出してモンスターの前脚攻撃を防いだ。防御した事により、キメラに軽いノックバックが生じて少しの隙ができた。

 俺はモンスターの頭上まで跳躍し、山羊の頭をターゲティングする。

 キメラの山羊の頭は遠距離の魔法を使う。蛇の頭なら石化のブレス。獅子の頭なら火炎のブレスを使う。どの頭も遠距離には変わりないが、山羊だけは口から吐き出すのではなく離れた場所に魔法陣を描いて魔法を撃つ。

 そんな魔法を撃たれてはこのパーティはすぐに全滅してしまう。だからこそ先に山羊の頭を攻撃しなければならない。

 

『おら……!』

 

 剣に纏う黒炎が一際強く燃え盛り、俺は山羊の頭と獅子の身体の付け根に魔剣を叩き付けて、すぐに剣を引き戻し右薙に振るった。すぐあとに黒炎が勢い良く爆ぜて山羊の頭が吹っ飛ぶ。

 これでキメラは部位欠損した。遠距離魔法はしばらく撃てないため比較的安全に戦闘ができるだろう。

 

【グゥルゥアァァァァ!!】

 

 部位欠損によるダメージでモンスターが苦悶の声をあげる。

 俺はキメラの後ろ──蛇の頭の前に着地して黒い剣を構えて荒ぶる蛇の頭を剣で斬り付けていく。すると突然モンスターが雄叫びを上げながら後ろ足で立ち上がった。

 これは、ブレスを吐く予備動作だ……!

 

『紗夜! 盾構えて! ブレスだ!』

 

 俺がチャットでそう告げた直後、ゴバァァッ、と灼熱の炎が獅子の口腔から吐き出された。

 俺の画面からは炎に飲まれて何も見えない。ちらりと横のリサの画面を見ると、紗夜とあこの骸骨兵達が必死に炎を堰き止めている。

 

「リサ、ブレスが終わったら紗夜にハイ・ヒールかけてあげて」

「うん、わかった」

 

 俺がそう言うとリサはスキル欄を開いていつでも回復魔法をかけられるように準備をする。彼女の手が若干震えているが、おそらく緊張しているんだろう。

 

「大丈夫、紗夜の今の装備ならそう簡単に死にはしないから。ほら、肩の力抜く」

 

 ポン、と力むリサの肩を軽く叩く。

 すると、ぱちぱちと彼女は目を瞬かせたあと頬を緩ませた。

 

「ありがと、ショウ。初めてだし緊張するんだよね〜」

「俺も初めてのボス戦は今のリサみたいになったからわかるよ。大丈夫、今はRoseliaのメンバーがいるだろ?」

「うん!」

 

 知らない人達とやるより、いつもの仲のいいメンバーで攻略するというのは不思議と安心するものだ。例えそれが、どんな困難でも。

 ……まぁ、俺と雨河さん達は集まるとすぐ慢心して全滅も珍しくないんだが。

 

「よし、ブレスが終わった。リサ、回復」

「りょーかい☆」

 

 火炎が晴れた瞬間、煤だらけの盾を構えた紗夜が現れる。HPを見るとまだレベルも低いためHPが半分程削られていた。

 その奥で淡い緑色の光が輝き、一瞬で紗夜の黄色だったHPバーを緑色に満たす。

 

『今井さん、ありがとう』

『どーいたしまして♪』

 

 リサと紗夜がそうしている最中、俺は噛み付いてくる蛇の頭を切り落とそうと剣を振るう。

 細いくせに全然切れねぇ。ヌメってるせいで爆裂しない仕様なんとかならないのか。

 キメラの尻尾に苦戦していると、ドゴンッ、という音が聴こえてくる。視線をリサの画面の方に向けると燐子が魔法を繰り出していた。

 

『ショウくん、これじゃジリ貧だよ:(´◦ω◦`):』

『まだ開始して五分も経ってないぞ!? れいにぃさん達来るまで我慢!』

『けど……今井さんのヒールだけで足りるか……って、氷川さん危ないっ!Σ(・□・;)』

 

 俺と燐子がチャットをしていると、盾を構えていた紗夜に、キメラが押し潰そうと両前脚を掲げていた。

 

『紗夜さん! それは防御できないです!』

 

 あこがそう言った瞬間、モンスターが紗夜を両前脚で押し潰し、彼女のアバターはダウン。起き上がったところをキメラが鋭い牙で噛み付いて紗夜を壁まで投げ飛ばした。

 

『ぐっ!』

 

 壁に叩きつけられ、紗夜のアバターからそんな苦悶の声が漏れる。

 彼女のHPバーを見ると、先程満タンになったにも関わらず、既にそのHPバーを緑色から黄色へ、そして赤色になり数ミリ残してどうにか持ち堪えた。

 

『紗夜、大丈夫!? 今回復するから!』

『あこちゃん! 氷川さんが回復するまで持ち堪えて! わたしは魔法の詠唱するから(;`O´)o』

『わかったよりんりん! 友希那さん! もう一度バフお願いします!』

『さっきのをもう一度やればいいのね? わかったわ』

 

 皆そう言ってそれぞれ行動していく、のだが──。

 

『ゆ、友希那さん!? それ防御力じゃなくて状態異常耐性ですよー!?』

『間違えたわ。どこだったかしら』

 

 うわー……あこ大変そうだな。助けてあげたいけど俺も俺で危ないしな。いつ石化のブレス吐いてくるかわからないし。

 そんなことを思いつつ蛇の頭の噛み付きを横ステップで回避していく。後方に避けてしまうとブレス攻撃の選択肢が出てしまうのを防ぐためだ。

 

「ショウ、これ大丈夫?」

「微妙。早く雨河さん来てくれると助かるんだけど……あと少しの辛抱」

「うげ。じゃあ皆にリジェネかけておくね」

「お願い」

 

 苦い顔をするリサと短く会話をしてからゲームに集中する。

 リサによるリジェネが入り、あこが召喚した骸骨兵のHPも回復していく。俺の減ったHPも少しずつ回復している。

 

【グゥゥ……ルガァァァァ!!】

 

 雄叫びを上げて、キメラは二回連続で前脚の爪を骸骨兵達に突き立てる。呆気なくあこの骸骨兵達は砕かれ、カランカランと骨が地面に転がった。

 

『ショウ兄〜!』

 

 今にも泣き出しそうなチャットの文面に俺は思わず苦笑い浮かべた。

 紗夜はリサのおかげで体力全快。燐子はあと少しで魔法が撃てるけど時間が必要。逆に俺の魔法は剣で詠唱無しの魔法が撃てる。やるしかないな、これは。

 俺はキーボードを叩き、スキルを何個か使って魔法を発動させる。

 

『紗夜! キメラ暴れると思うけど頑張れよ!』

『まったく、紅宮くんは無理を言いますね。……いいですよ、皆は私が守ります』

 

 俺は体を半身にし、黒い炎を纏う片手剣を顔の右側まで引き付けて構えた。

 確か、この構えは剣術で言うと霞の構えっていうんだったか。この前ピカピカな頭した着物着たおじいさんが言ってた気がする。

 地を蹴り、飛ぶように蛇の頭まで一直線に移動する。俺を喰らおうと口を開けているが、喰われる寸前で剣を突き出した。

 瞬間、突き刺した箇所から十字に黒炎が吹き出し、蛇の頭が弾け飛んだ。その後十字の黒炎が連鎖的に吹き出して獅子の体をも巻き込み、五段のHPバーを二割削る。

 

【ガウアァァァァ!!】

 

 予想通り、部位欠損したモンスターは暴れ、牙、爪による無差別攻撃が紗夜を襲う。しかし彼女はHPを削られながらも一歩も引かずに攻撃に耐える。

 

『天使の翼は厄災を払う。神聖なる光に呑まれよ! ──ホーリー・レイ!』

 

 その後方から、一条の金色の光が飛翔し、キメラの顔面に直撃して煙を立ち上らせる。燐子が魔法の詠唱を終えて撃ったのだ。

 体勢は立て直しつつある。なんとかなりそうだな。

 俺がそう思った瞬間、煙の中から、モンスターの眼光がリサの画面から見えた。

 

『怒り状態……! 氷川さん、後退してください! ∑(O_O;)』

『怒り状態で攻撃されちゃうと紗夜さんだと一撃で倒れちゃうんです!』

 

 燐子とあこがそう言うと紗夜がバックステップで後退する。

 煙が晴れると、キメラは口から赤い炎を漏らしながら唸り声をあげる。予備動作無しで攻撃がしかけられる瞬間、モンスターの頭上に紫色の魔法陣が展開された。

 

『え?』

『これは(゜ロ゜)』

『やっと来てくれたか、れいにぃさん達』

 

 魔法陣が展開して数秒後、紫電が煌めき、キメラの巨体を貫いた。

 

『ふははははは! 待たせたなー!』

 

 朱いローブを羽織った女性アバターが杖を掲げて、俺の後方に立っていた。その後ろに深い青い鎧を装備した男性アバターと露出の高い装備を着る女性アバターが控えている。

 雨河さんとあんじさん、とびの三人だ。

 

 

 

 






3日と4日の富士急のライブに私は行ってきます!
ライブ描写に磨きをかけたいですね。



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五曲 仲間だろーが!

大変お待たせしました。

今回は少し当分多いと思いますよ。





 

『悪いなー、待たせた!』

 

 紫電の雨がキメラに降っている間にポン、とチャットが飛ばされる。

 俺は直ぐにチャット欄を開いてキーボードを叩く。

 

『すみません、こんな事で呼んで』

『気にすんな! 仲間だろーが!』

『そーそー。気にしないでいいですよー。俺も物足りないって思ってたんで』

 

 雨河さんととびがそう言い、あんじさんもその後に僕もですよー、と言ってくれた。

 

『さぁ、やるか! このメンツなら行けるやろ』

『とか言って全滅するやつ』

『それな( ̄Д ̄)ノ』

『れいにぃ……それシャレにならないからやめてよね? あこやだよ?』

『大丈夫や! 死なへん死なへん!』

『本当に大丈夫なんですか?』

 

 そんなチャットが流れ、俺は頭を掻く。

 

「ホントに大丈夫なの……?」

「えー、っと。実際に何度か全滅してるからなんとも」

「えぇ……」

 

 あはは、と頭を掻きながらリサに答えると彼女は頬を引き攣らせた。

 あこと燐子は何度かそれを目の当たりにしてるし、怖いだろうな。

 かく言う俺も全滅しないかひやひやしている。この人達に助け求めたの間違いだったか、と呼んでおいて思い直してしまう。

 

【ウウウ……ルゥアガアァァァァ!!】

 

 紫電の雨、サンダーレインによるスタンが解け、キメラは雄叫びを上げた。

 

『っと。来ますね。んじゃ俺はサヨさんとタンク。あんじさんとジョーカーさんは攻撃に専念! れいにぃさんとりんりんさんで大魔法撃ちまくる。あこさんは遊撃。リサさんは皆の体力見て回復してください。ユキナさんは今すぐバフかけてくださいー!』

 

 ポン、ポン、と次々にとびの指示が飛ばされる。

 燐子と同じような速度でチャットが繰り広げられ、友希那は指示通りに吟遊詩人のスキルを間違える事なく使用する。

 

『サヨさん、スキルにシャウトがあるのでそれ使ってキメラのターゲットをこっちに移しましょ』

『わかりました』

 

 二人はタワーシールドを地面に立てて構え、シャウトのスキルを使う。二人のアバターからそれぞれモンスターのような雄叫びが放たれ、燐子に向いていたターゲットを無理矢理とびと紗夜に移させる。

 

『よしゃー! ぶちかますぞりんりん!』

『はい。やりましょう! ٩(ˊᗜˋ*)و』

 

 そう言って雨河さんと燐子は魔法の詠唱に取りかかった。俺とあんじさんもそれぞれの得物を構えてキメラへ一歩近づく。

 モンスターは再び雄叫びを上げた。姿勢を低くし、とびと紗夜に向かって飛びかかるが二人の盾から白い光が放たれ、キメラはそれに弾かれて宙を舞う。

 キメラが地面に降り立った瞬間、複数の魔法陣がモンスターの周囲に描かれ紫電と蒼雷がキメラの四肢を貫いた。

 

『よっしゃぁ!』

『今です二人とも!(๑•̀⌄ー́๑)b』

『はーい』

『ありがと! りんりん、れいにぃさん!』

 

 二人にお礼を言って、俺とあんじさんはキメラに向かって地を蹴る。

 

『<(`Д´)√アチョー!!』

 

 モンスターに向かって攻撃する際に、あんじさんは自動チャットでそんな顔文字を使う。急に画面に出てくるため笑ってしまうが、あんじさんのアバターはそんな呑気に笑う暇を与えてくれない。

 両手に握る二振りの短刀に灼熱の炎を纏わせては壁を蹴って、きりもみ回転しながら突撃する。炎の弾丸となり、地面に着地した途端にまた跳躍して連続攻撃を繰り出す。

 まるで弾丸が無限に壁に跳弾しているようだ。

 俺も、負けていられないな。

 

『ふっ……はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!』

 

 片手剣を前に突き出し、魔法を撃つ準備をする。足元に魔法陣が展開され、アバターの体から黒い炎が噴き出し始めアバターから苦しそうな声が漏れ出た。

 

『魔剣、第二封印解除。筋力、敏捷、上限突破。HP減少。──万物を灼き尽くせ』

 

 自身のアバターが黒い炎に覆われ、HPバーがジリジリと減り続ける。リジェネによって少し回復していくが減っていく速度の方が早い。

 キメラから少し離れたところで構えて片手剣を振るう。届くはずのない剣が巨大な黒い炎の刃に変って届き、モンスターの強靱な脚に傷跡を残す。

 カクン、と大きくキメラのHPバーが減少した。それを二回、三回と繰り返すとカクン、カクン、と一段目のHPバーが消滅する。

 

「悪いリサ、俺に回復集中して」

「わかった! って、凄い減ってるじゃん!」

「これやるとHPが減り続けるんだよ。ヒーラーいないとできないから使わなかったんだけど、リサいるしいいかなって」

「アタシ初心者だからね!? 忘れてないかなショウ!?」

 

 器用に小声で叫ぶリサに大丈夫大丈夫、と笑って諌める。

 文句言いつつ回復してくれるあたり、やっぱりリサは優しいな。

 そうやってそれぞれの役割に徹して安定した戦闘をしていると五段あったHPバーが残り一段半になった。

 

『あとちょっとや! 余裕余裕!』

『だからそれフラグだってばれいにぃー!!』

『マジで乙んなよれいにぃ:(´◦ω◦`):』

『大丈夫やって! 心配すんなあこ、あんじぃ! ……って、あっっっちょっっ!!!』

 

 会話をしている最中にキメラが雨河さんに向けて火炎のブレスを吐き出した。

 

『やばいやばいやばいやばいちょちょちょちょ!! ちょっと、サヨちゃんオレを、守れ』

 

 そんなチャットを残して、雨河さんのアバターはHPを数ミリ残して黒焦げになった。すぐさまリサが回復に向かうが、その際に、

 

『やっぱサイテー』

 

 チャットと一緒に声に出しながら雨河さんに回復をかけていた。便乗して俺も最低だ、とチャットを打つ。

 

『最低やな!』

『wwwwww』

『れいにぃ……それはないよ……』

『(๑╹ω╹๑)』

 

 あんじさん、とび、あこ、燐子がそれぞれチャットを打つ。友希那はわからないのか何も言わない。

 

『すみません、れいにぃさん。急だったので』

『紗夜さん紗夜さん、れいにぃなんて別に謝んなくてもいいですよ』

『そうそう、この人に謝んなくていいからね、紗夜』

『いえ、私が防げなかったので……』

『自業自得ですから大丈夫ですよ氷川さん(*´꒳`*)』

 

 言いたい放題である。

 実際は、雨河さんの後ろで友希那が無意味に吟遊詩人のスキルを使っていたからなんだが、言わなくていいだろう。

 

『とび、最後の一段俺が全部消し飛ばす。それまで持ち堪えてくれよ』

『いいっすよー。失敗したら今度会った時ジュース奢ってくださいね』

『仕方ないな……』

 

 俺はそう言ってから魔剣の魔法を使うために条件を満たしていく。

 第一封印、第二封印は既に解除している。次は、HPが無くなる前に詠唱を終える事。これはリサが回復してくれるからなんとかなる。

 

『魔剣、全封印解除。魔力上限突破。全ステータス魔力に変換。──是なる魔法は魔の剣に封じられし古の秘術。全てを灼き……叛逆に鉄槌を……深淵に誘え……! 深影灼剣(アイヴォス)!!』

 

 黒剣を地面に突き立ててアバターがそう言うと、足元から黒炎の槍が無数に吹き出す。それらがキメラの四肢を、横腹を、背を、とあらゆる部位を貫いていく。

 HPを見れば、リサが回復してくれた緑色のそれはもう既に赤色まで到達していた。

 

「リサ」

「もう回復させてるよ!」

 

 名前を呼ぶと、ちょうどハイ・ヒールがかけられた。どうやら俺の動きを読んで行動してくれていたようだ。

 

「ありがとう、あと少しだ!」

 

 黒炎の槍でモンスターを貫き、怯んだところで突き立てていた剣を抜いて上段に構える。影を濃縮したように黒い剣をそのまま振り下ろすと、黒炎の奔流がキメラを襲う。

 キメラのHPが勢いよく減少していき、赤色まで減らす。同時に俺のHPもまた赤に染まるがリサが回復をした。

 この魔剣の魔法は、HPが尽きるか任意で解除するかだ。回復したおかげで、魔法を途切れさせる事なくキメラをたおせる。

 

『いけー! ショウ兄!』

『行け行けー!』

 

 黒炎の奔流は勢いを増し、キメラを呑み込む。

 モンスターは憎悪を孕んだ唸り声を上げてジタバタと藻掻く。しかし、その行為は無駄に終わり、奔流に曝され続けその赤く染ったHPバーを散らした。

 魔法を止めて、黒剣を振り払って鞘に収めるとシン、と静まり返る。そのすぐあとに通常のBGMが鳴り始める。

 目の前には『Congratulation!!』の文字が派手に表示されていた。

 

「終わった、の?」

 

 隣に座るリサが背もたれに背を預けて呆然と呟く。

 

「終わった……」

 

 俺も背もたれに体を預けて答える。

 

「……」

「…………」

 

 しばらくの間、チャットの通知音だけがヘッドホンから聴こえてくる。俺とリサは何も喋らず、ボーッと画面を見つめていた。

 疲れた。最初のゴブリンからオーガ、ヘルスケルトンソルジャーの連戦に加えてダンジョンボスのキメラ討伐。初心者三人を連れてやる戦闘じゃない。

 モニターから目を離して机に置いてあるジンジャーエールを見ると、グラスに入った液体は炭酸が抜けてしまったのか、気泡が全くなかった。

 

「……った」

「ん?」

 

 リサが何か言った。疲れて全然耳に入ってこなかった。

 背もたれに預けていた体を起こしてリサの方に向けた瞬間、彼女が俺に抱きついてきた。

 

「──えっ!?」

「やったあぁぁ! 倒したー!」

 

 横から飛びつかれ、俺は狭いブースの壁にぶつかり、ずるずると滑り落ちる。

 体勢的には俺がリサに押し倒される構図になる、のだろうか。

 

「いつつ……」

「ショウ、倒したんだよっアタシ達♪」

「ぁあ、そう、だな」

 

 痛くてそれどころじゃないんだけど。というか、ここ家じゃなくてネカフェなんだが。

 

「一時はどーなるかわからなか──」

 

 まだ大きな声で喋るリサに、俺は彼女の綺麗な桜色の唇にそっと人差し指を置く。

 

「こら。ここはネカフェなんだから静かに、な?」

 

 俺が指を離してそう言うと、リサは徐々に頬を赤く染めていく。目を見開いて、彼女はパクパクと口を開けたり閉じたりと繰り返す。

 はらりとリサの髪が俺の顔にかかったので俺は手を伸ばして彼女の右耳にその栗色の髪をかけた。その時に、右耳につけられた薔薇色のピアスが軽く光る。

 ……付けて、くれてる。俺とお揃いのものを。

 そう思うと嬉しくなった。好きな人と同じものを付けていると心が踊る。

 手を伸ばし、柔らかな栗色の髪に触れたまま俺はリサの眼を見つめる。

 

「っ……!」

 

 彼女の頬が、また一層赤くなったような気がした。

 ドクン、ドクン、と俺かリサかわからない心音が聴こえる。あるいはその両方かもしれない。

 胸が痛い。こんなにも近くにいるのに、拒絶されそうで、抱き締める事が怖い。

 いつまでそうしていただろうか。何も喋らず、俺達は見つめ合ったまま動かなかった。ヘッドホンからは未だに通知音が鳴り続けている。

 

「……ショウ」

 

 小さな声でリサが俺の名前を呼ぶ。

 

「ごめん」

 

 一言、そう謝ってリサは少しずつその整った顔を近付けさせる。

 

「リサ、なに──」

 

 その瞬間、コンコン、とブースの扉がノックされた。リサはビクリと肩を跳ねさせて俺から距離をとって、あたかも何もしてません、と言わんばかりの態度をとる。

 

「今井さん、紅宮くん大丈夫なの?」

 

 声からして紗夜のようだ。

 リサは扉を開けてあはは、と笑った。

 

「ごめんごめん、倒して気が抜けちゃってた☆」

「そう。紅宮くんも疲れてるみたいね」

「……まぁ、な」

 

 実際はリサに押し倒されてたんだけどね。

 

「もうあのモンスター以外に強いのはいないみたいだし、奥に進むと白金さんが言っていたわ。早く終わらせて練習もしなければならないし、急ぎましょう」

「うんっ、そーだね♪ やろやろ!」

 

 では、と紗夜は自分のブースに帰って行った。

 紗夜の姿が見えなくなって、リサは扉を閉めた。ちらりと俺の方に目をやり、目が合うとさっと目を逸らす。

 

「その……さっきは、ごめん」

「いや、別に……。それより、ほら。続きやろう。みんな待ってる」

「あ、う、うん」

 

 席を軽く叩いて座るように促すと、リサは戸惑いながら頷いた。

 そこからは雨河さん達のフレンドとも合流して大人数で、目的のリンダの所まで向かってジェイク宛ての手紙を受け取ってダンジョンを脱出した。

 その際にあこが以前から狙っていたレアモンスター、キラポンを狩る事ができ、あこは大いに喜んでいた。こっちのブースまで声が届くくらい声を出してたから、多分リサより声が大きかったに違いない。

 

 

 


♪ NFO 【旅立ちの村 ♪

 

 

 

 旅立ちの村に帰ってきた俺達は村人、ジェイクの下へ向かい、リンダから預かった返事の手紙を渡した。

 その時にクエストの報酬として、『リンダのサイス』を手に入れる事ができた。これがあこが欲しがっていた武器なのだ。

 

『でも、なんでリンダのサイスなの?』

『実は……この物語を進めると、リンダさんは鉱山のモンスターに体を乗っ取られて魔女になってしまうんです……』

『あの人自身がモンスターになってしまうという事?』

『あぁ、魔女になったリンダがこの村を襲う。その時に持ってる武器がこのサイスなんだ』

 

 リサと友希那の質問に燐子と俺が答えていく。

 

『う、うわー……なんか切ないと思ってたけど、それを通り越してめっちゃへこむ話だね……』

『それならリンダさんを無理矢理連れてくるとか』

『ゲームだからそれは無理なんですよ〜』

『そうなんですね……』

 

 結構な数のゲームをやっていくとそういう感性が薄れていくけど、最初の頃ってこんな感じの事を思ってたりしたな。初心に戻って楽しむ。皆とやれてそれに気付けた気がする。

 何事においても、初心に立ち戻るのは大切だろう。

 

『んじゃ、皆取れたしオレらは落ちるわー』

『乙でした〜』

『お疲れ様でしたー´ω`)ノ』

 

 雨河さん達も無事に『リンダのサイス』を取れたみたいで、俺達がお礼の挨拶を返す暇もなくゲームからログアウトしていった。

 

『それじゃあ、これでゲームは終わりかな?』

『あぁ、これで終わり』

『あの……皆さん、どうでしたか?』

 

 燐子が初心者三人に向けてそう訊く。

 

『初めてというのもあるのでしょうが、覚える事が多くて驚きました』

『そうね。私も、よくわからなかったわ』

『操作は少しわからないところもあったけど、こうやって皆でワイワイ何かをやるのって楽しいよね。お話もちゃんとしてて結構面白かったから、アタシはまたやってもいいなーって感じ☆』

 

 ショウが教えてくれるからね、とリサが横で小さく笑う。

 

『本当、リサ姉!?』

『ホントホントっ!』

『やったあぁぁぁっ! 絶対だよ!』

『あ、でも次やる時は誰かの家ね? ネカフェだと騒げないし……』

『そうだな。あこうるさかったし』

『うっ……それを言うならリサ姉だって!』

『あっ……い、いやぁ、あれはそのー』

 

 ねぇ? と俺に目を向けるが俺はそれに目を合わせない。

 

「ちょっと、ショウ〜こっち見てよー」

「嫌だ」

「ねぇってば〜」

 

 腕を抱えるようにしてリサが揺する。すると、隣のブースからやけに大きな咳払いが聴こえてきた。

 

「「……すみませーん」」

 

 二人揃って小声で隣に謝り、お互いジトっとした目で睨み合う。

 互いに悪い、違うと小さな声で言い合いをしているとポン、とチャットの通知が鳴る。

 

『さぁ、ゲームをやめてバンドの練習に行くわよ』

『そうですね。ゲームをするというのはちょっと寄り道でしたが、宇田川さんのやる気が出たのなら、結果的には良かったのかもしれませんね』

『どうかしら。それは、この後の練習次第ね』

『『あはは……』』

 

 そろそろバンド練習に行くようだ。

 目的のサイスも手に入ったから、ゲームをする理由もないのだろう。

 そう思っていると未だに抱えられている腕をまた揺すられる。なんだとリサの方に顔を向けると、あのさ、と彼女は先程ではないが頬を染めて声をかけてきた。

 

「ショウの家でアタシもゲームできたり、する?」

「……できるよ。パソコンなら使ってない型落ちの奴が二台あるし。一つはリズが使ってるけど、使ってない奴をリサが使えばいい」

 

 親父と母さんが使っていたパソコンをリズが、二つのモニターを一つのモニターとして使っている。文句を垂れるかもしれないが、リサもNFOをやると言ったらすんなり行くだろう。

 リサはそっか、と頬を緩ませる。

 

「ショウってさ、専属のヒーラーいないと本気出せないんだよね?」

「ん……まぁ、そうだな」

「じゃあさ、アタシがなってあげようか?」

「俺のレベル帯についてこれるならの話だけどな」

「そこはショウがアタシの事守ってくれるでしょ♪」

「調子のいいやつめ」

 

 俺は立ち上がって抱えられている腕とは逆の手でリサの頭をわしゃわしゃと撫で回す。

 

「ちょ、ちょっと!?」

「俺の事押し倒した罰」

「っ……」

 

 俺の腕を離して、手櫛で髪を整えながらまた声を大きくしそうだったので、俺は再びリサの唇に指を触れさせる。

 レシートが挟まったバインダーを持ってブースから出ていくと、後ろからばか、と言われた気がした。

 

 

 

 

 




Roselia単独ライブ、『Flamme』『Wasser』とても良かったです。
初日はあんまり見れなかったんですが、二日目は一番後ろでRoseliaの皆さんをこの目でやっと見ることが出来ました。
陽だまりロードナイトを二日ともやってくれた事に感謝です。本当に嬉しかった。

今回のライブを経験し、ライブ描写に磨きをかけるように頑張ります。


感想、評価お待ちしております。


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六曲 恥ずかしい


お待たせしました。

五話分を一話にまとめようとすると約8000文字いく事になったので分割します。





 

 

 

 アタシ達はNFOっていうゲームで、あこが欲しいというアイテムを手に入れるためにネカフェにやってきた。

 空いてる席がオープン席が二席、リクライニングが二席、ペアシートが一席しかないみたいで、アタシ達のうち二人がペアシートに行くようだ。話し合いの結果、アタシとショウがペアシートになった。

 先に燐子と紗夜がリクライニング席に入って行った。

 ペアシートってリクライニング席が二個繋がった感じなのかな。

 ふとアタシはそう考える。すると、もうすぐそこにアタシとショウが入るブースが見えた。

 

「アタシの職業は楽しみにしてなよー、あこ☆」

「うん! それじゃまたあとでねー!」

「友希那、わからなかったらあこに訊くんだよー」

「大丈夫よ。それよりリサ」

「ん?」

 

 ブースに入る直前にちょいちょい、と友希那がアタシに手招きして呼ぶ。

 

「なに、友希那?」

 

 近くに寄ると、友希那は耳元に口を寄せてきた。

 少しくすぐったい。

 

「ショウとの関係を進展させる絶好のチャンスよ」

「へっ!?」

「それじゃ、応援してるわ」

 

 肩を軽く叩いて、友希那はあこと一緒にオープン席に向かっていった。

 しょ、ショウとの関係を……って。何言ってるの友希那ってば。

 アタシがそう思っていると、ブースの方からショウが声をかけてくる。

 

「リサー、入るぞ」

「ぁ……う、うんっ」

 

 不思議そうに首を傾げているショウを見て意識してしまい、少し頬が熱くなる。ショウのところまで歩くと片眉を上げて質問してきた。

 

「どうかした?」

「な、なんでもないよ〜」

 

 もしかしたら今アタシの頬は赤くなってるかもしれない。悟られないようにあはは、と笑った。

 そんなアタシを見て、ショウはふーん、と言う。

 

「体調悪かったら言えよ」

「うん」

 

 最初にショウがブースに入って奥の席に座る。アタシも入ろうとして入り口に立つとブースの内装が全部見えた。

 二人が並んで座れるソファに二つ並んだパソコン。リクライニングの席を二個繋げた感じかなって思っていたら、そんな事はなく、リクライニング席よりほんの少し広いブースに二人が座れるソファと二つのパソコンを並べただけのものだった。

 え、こんな狭いところでショウと二人きりなの……?

 

「何してんのリサ」

 

 入り口で立ち尽くしているとショウが声をかけてきた。

 

「えっ、あ、いやーなんか思ったより狭いなって」

「そう? これでも広い方だと思うけど」

 

 これでも広いの? 二人座ったら近くない? いや、でももともと恋人同士の人達とかが来るような席だし仕方ないのかな。なんか、ショウの隣に座るのが緊張してくる。

 いつもショウの家に行き、頻繁に隣に座っているのに今更緊張してしまう。アタシはショウの隣に座った。ショウとの距離はもう十数センチしかない。

 そのあと、パソコンの電源をつけてゲームのアップデートをしている間、アタシとショウはドリンクバーにジュースを取りに行った。

 アタシはオレンジジュースでショウはジンジャーエール。いつもコンビニでコーラを買っていくのに、今日は珍しくジンジャーエールにするみたい。

 ブースに戻るとゲームはアップデートが終わっていつでもできるようになっていた。すぐにゲームを始めてショウの指示通りにキャラメイクまでいく。

 結構キャラメイクが凝ることができて、うまくアタシに似たキャラを作れた。

 ……そうだ、こういう時に距離を縮めた方がいいのかな。

 

「……ねぇ、ショウ。アタシのキャラこんな感じでいいかな?」

「ん、あぁ。結構リサに似たやつ作れたな。凄いなこれ」

 

 ほんの少し、ショウの方へ体を近づけさせる。しかしショウはなにも反応せず、キャラについての感想しか言わない。

 これくらいじゃダメ、なんだ。これ以上とか恥ずかしいんですけど……!

 その後、あこと燐子、紗夜と友希那と合流してあこと燐子と話していると、友希那と紗夜が何も言わない事に疑問を持ったショウがチャットを飛ばす。

 

『ってか、紗夜と友希那さっきから黙ってるけど大丈夫か?』

『友希那ー、紗夜ー? エンターキー押してキーボードで打つんだよ?』

 

 アタシがそう言うと、まず最初に紗夜からチャットが来た。

 

『なるほど。こうしてチャットをするんですね。どうですか、湊さん』

『nnn』

『『『『『?』』』』』

 

 どうしたのかな友希那。nを三回続けるなんて。

 

『nihongo ga syaberenai』

 

 ぶっ、とアタシとショウは飲んでいたジュースをコップの中で吹いた。

 

『あこ、教えてあげてww』

『はーいw』

 

 あちゃー、普段パソコンなんて作曲の時にしか使わないもんねー。それはわからないか。あこに教えてもらってかな入力の切り替える事ができたみたいでよかった。

 くすくすとアタシは友希那の発言で笑い声を漏らす。

 

「はー、nihongo ga syaberenaiだって……! 笑っちゃうよ〜。ね、ショウ?」

「キーボード打つ時手が震えたくらいおもし──」

 

 二人して顔を向け合うと互いの顔が近く、見つめ合ってしまう。切れ長の綺麗で、吸い込まれそうになる翡翠色の瞳。優凪さん譲りの長いまつ毛。

 キャラメイクの時に近くに寄ってたの忘れてた……! 眼、逸らせない。

 ドクン、と鼓動する。

 さっき落ち着いたばかりだと言うのに、頬がまたしても熱を持ち始める。

 

「ぁ……」

 

 ぎゅぅ、と胸を締め付けられる感覚に襲われ、アタシはふいに声を小さく漏らした。

 

「な、なんか悪い」

「い、いや、アタシこそ……」

 

 うぅ〜、やっぱりここ狭いなぁ。

 嫌ではない。けれどドクン、ドクン、と鼓動する心臓の音をもし聴かれでもしたら恥ずかしい。

 アタシはこんなにもショウの事意識してるのに。ショウはアタシの事、意識してくれてるのかな。

 そう思っていると、アタシはいつの間にか自分の茶色の髪の毛先を弄んでいる事に気づいた。

 

 

 

 


♪ NFO 【アゼミチ村道】 ♪

 

 

 

 

 雨河さん達と少し喋り、燐子からこのゲーム、NFOの説明を受けてからアタシ達は村を出てロゴロ鉱山っていうところに向かっていた。

 その時に光っている草を見つけるとそれは薬草って言って、HP回復ポットになるらしい。

 そのやり方をショウに教えてもらうように燐子が言って、アタシはショウに教えてもらうためにショウの服の袖を引っ張った。

 

「ねぇねぇ、ショウ。取った薬草ってどーしたらいいの?」

「アイテム欄開いて、薬草を選択して」

「こう?」

「そ。そしたら薬草の欄の横に調合、って所があるんだけど……」

「えーっと……これ?」

「あ、それカーソルもう少し上にして。じゃないと捨てちゃうから」

 

 マウスを調合のところに合わせていると、どうやら今合わせているところだと捨てるところになるみたい。

 すると、横から手が伸びてマウスを使っているアタシの手をショウが握ってマウスを少し上に動かしてくれる。

 急な事で心臓が止まる勢いで胸が苦しくなった。

 

「ぁ……」

「ん? どうかした、リサ?」

「い、いやっ、その……」

 

 ダメだ。ショウに手を握られてるって思うとにやけてくる。抑えたくてもできない。

 見られたくなくて、アタシは口元に手を当てて顔を背ける。しかし、ショウはアタシの顔を覗き込んできて、あー、と申し訳なさそうに声を出す。

 

「その、ごめん」

 

 違う。別に手を握られるのが嫌だったわけじゃない。アタシはただ、にやけた顔を見られるのが恥ずかしくて……。

 

「なんでもない、なんでもないからっ。調合のところクリックしたらいい?」

「あぁ、それで回復ポット作れるから」

 

 そう言ってショウはアタシから離れた。もしかしたら誤解されてしまったかもしれない。

 などと思いながら調合していると、ショウから声をかけられた。

 

「ちょいちょいリサさん? 何してんの」

「え? 回復ポット作ってるんだけど……」

「なんで君、そんな作ってんの?」

 

 あ、いつの間にかこんなに作っちゃってた。

 考え事をしている間にアイテムを入れるスロットがいっぱいになっていた。アタシは考え事をしていた事を誤魔化すようにカラカラと笑う。

 

「えー? いっぱいあった方が良くない? ほら、ショウにもあげる!」

「えぇ……」

 

 ショウと燐子、あこに呆れられたような反応をもらったけど、アタシは気にせずに友希那と紗夜にもあまった回復ポットを譲った。

 

 

 

 

 





次の更新は一日置きます。

アンケートとります。よろしくお願いします。

感想、評価お待ちしております。



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七曲 ばか


更新の間隔が短いので注意。六曲目を読んだかご確認を。




 

 

 

 ダンジョンに入ってからショウとあこ、燐子がモンスターを倒す時に魔法を見せてくれた。凄く派手でかっこよかった。あこは大きな竜巻で燐子は炎のドラゴン。ショウは黒い風みたいなやつ。

 燐子の魔法の前に友希那がいない事に気づいたんだけど、話してる最中に紗夜がモンスターに飛ばされた。HPが少ししかない時は驚いたけど、アタシがヒールで紗夜を回復した。

 そのあと、友希那が怖い骸骨のモンスターを連れて来ちゃってショウが友希那に、ポンコツ詩人とか言っていた。

 ヘルスケルトンソルジャーを倒してなんとか終わったって思った途端、ドスン、という音が聴こえてきた。アタシ達はその方向にカメラを向けると、そこにはライオンの背中からヤギの頭が生えたモンスター、キメラが歩いてきていて、ショウとあこ、燐子が慌てていた。

 どうやらアタシ達が逃げるための道はキメラがいるから動けないみたい。

 

『燐子はれいにぃさんに救援メッセ送って! 最悪全滅もありえる!』

『了解! (๑•̀ㅁ•́๑)ゞ』

 

 そのあともショウはあこにも指示を出して友希那にスキルのやり方を教えるように言う。その直後に、ショウはキーボードを叩いて、何かをモンスターの後ろに投げてキメラを誘導した。

 アタシも何かできる事はないかショウに訊いて、ヒールの上位版のハイ・ヒールの事を教えてもらった。

 雨河さん達が来るまでの間、アタシ達は来るまで時間稼ぎをしなきゃいけない。なんとかショウと紗夜、あこがキメラの攻撃を防いでくれたり、燐子が魔法を撃ってくれる。

 もちろん、アタシは何もしてないわけじゃない。紗夜が攻撃を受けてHPがギリギリになった時にはちゃんと教えてもらったハイ・ヒールを使って回復させた。

 その後モンスターは怒り状態というものになって、口から炎を吐き出す瞬間、キメラに紫色の雷が落ちた。

 

『ふははははは! 待たせたなー!』

 

 如何にも雨河さんらしいチャットが来て、雨河さんとその友達二人がキメラの後ろに立っていた。

 雨河さんの友達のとびさんが指示を出してモンスターと戦っていると、友希那が意味もなくスキルを使っていることに気づいた。その直後、キメラが雨河さん──いや、友希那に向けて炎が吐かれる。

 

『やばいやばいやばいやばいちょちょちょちょ!! ちょっと、サヨちゃんオレを、守れ』

 

 そう言って雨河さんのキャラクターは真っ黒になった。

 うわー、可哀想だけどセリフが最低過ぎる……。

 

「やっぱサイテー」

 

 声と一緒にチャットでもそう言うと、ショウも最低だ、とチャットで言う。

 

『最低やな!』

『wwwwww』

『れいにぃ……それはないよ……』

『(๑╹ω╹๑)』

 

 ほら、あこだって引いてるじゃん。

 

『すみません、れいにぃさん。急だったので』

『紗夜さん紗夜さん、れいにぃなんて別に謝んなくてもいいですよ』

『そうそう、この人に謝んなくていいからね、紗夜』

『いえ、私が防げなかったので……』

『自業自得ですから大丈夫ですよ氷川さん(*´꒳`*)』

 

 そうそう。余裕余裕とか言ってたのに危なくなったら女の子に助け求めるとか。まぁ、逆に雨河さんらしいからいいけど。

 そうやってチャットをしていると、ショウが残りのHPを全部俺がやる、と宣言した。

 ショウの魔法は、使うとHPを減らしていく魔法だからアタシが減ったHPを回復させないと。HPがなくなる前にしっかりヒールかけないとね。

 ショウが魔法を使うと黒い炎がツルみたいに別れてキメラを攻撃した。その攻撃を何度もしているとショウのキャラクターのHPが黄色になっていた。多分もう少しで赤色になるはずだ。

 アタシはそう思い、ハイ・ヒールを早めに使っておく。

 

「リサ」

「もう回復させてるよ!」

 

 名前を呼ばれる頃にはハイ・ヒールでショウのキャラクターを癒していた。

 

「ありがとう、あと少しだ!」

 

 無邪気に笑うショウを見て、アタシも笑みを浮かべる。

 その後、宣言通りにショウはキメラの残りの五段の内、最後の一段のHPを消し飛ばした。

 モンスターがいなくなって静かになった坑道に、最初に鉱山に入った時のBGMが鳴り出す。

 

「終わった、の?」

 

 ボーッとソファの背もたれに寄りかかってアタシは呟いた。

 

「終わった……」

 

 ショウは呆然と呟いてポフッ、とアタシと同じように背もたれに寄りかかった。

 

「……」

「…………」

 

 長いようで、短いキメラとの戦いが終わった。その実感がなく、アタシはボーッと『Congratulation!!』と表示されたモニターを見つめた。

 ヘッドホンからチャットの通知音が鳴り、チャット欄では燐子とあこ、雨河さん達が嬉しそうに喋っている。

 そこでアタシは、あのボスモンスターを倒したんだという実感が湧いてきた。

 

「……った」

「ん?」

 

 小さく呟いてから、アタシは思わずショウに抱きついた。

 

「──えっ!?」

「やったあぁぁ! 倒したー!」

 

 ショウに抱きつくとドン、と音が鳴った。しかしアタシはそれよりも嬉しくて仕方ない。

 

「いつつ……」

「ショウ、倒したんだよっアタシ達♪」

「ぁあ、そう、だな」

 

 ずるずると滑り落ちたショウを下にして、アタシはゲームの感想を言おうとする。

 

「一時はどーなるかわからなか──」

 

 瞬間。

 そっと、ショウが人差し指でアタシの唇に触れた。

 

「こら。ここはネカフェなんだから静かに、な?」

 

 指を退かしてショウが困ったように笑ってそう言う。

 そこでアタシは、自分がした事に気づいた。

 な、なにしてんのアタシ……! ショウが下にいるって事はこれって、アタシがショウの事押し倒してるって事じゃん! ホントになにしてんの、アタシ!

 そんな考えが頭の中でぐるぐる回り、アタシは口を開けたり閉じたりを繰り返す。

 すると、はらりと肩にかかっていたアタシの髪がショウの顔にかかった。ショウは手を伸ばして髪を耳にかけて邪魔にならないようにしてくれた。

 ちらり、と一瞬右耳に付けているピアスに目を向けたあと、そのまま手を伸ばして髪に触れ、ショウはアタシの目を見つめる。

 

「っ……!」

 

 見つめられ、頬に熱が帯びる。

 ドクン、ドクン、とショウかアタシかわからない心音が聴こえる。もしかしたらその両方かもしれない。

 胸が痛くて、苦しい。

 いつまでそうしていただろうか。何も喋らず、アタシ達は見つめ合ったまま動かなかった。首にかけたヘッドホンからは未だに通知音が鳴り続けている。

 もう、ダメかもしれない。

 ショウの事を見つめながら、頭の片隅で思った。

 好きって言う想いが強くて、溢れそうになる。無邪気な笑顔、ゲームをしている時の真剣な眼、周りに対する配慮。上げればキリがないし、それより今のアタシにそんな事考えてる余裕なんてない。

 

「……ショウ」

 

 小さな声でショウの名前を呼ぶ。

 

「ごめん」

 

 一言、アタシは謝って少しずつその整った凛々しい顔に近付く。

 

「リサ、なに──」

 

 目を閉じて、アタシはショウの唇に自分の唇を押し付けようとする。

 あと少し、というところでコンコン、とブースの扉がノックされた。アタシはビクリと肩を震わせてショウから素早く離れる。

 あ、危なかった……。今、なにしようとしてたのアタシ。

 

「今井さん、紅宮くん大丈夫なの?」

 

 紗夜が心配して来てくれたみたい。

 アタシは扉を開けてあはは、と頭の後ろに手を当てて笑った。

 

「ごめんごめん、倒して気が抜けちゃってた☆」

「そう。紅宮くんも疲れてるみたいね」

「……まぁ、な」

 

 ごめん紗夜……ショウのこれ、アタシのせいなんだ……。

 

「もうあのモンスター以外に強いのはいないみたいだし、奥に進むと白金さんが言っていたわ。早く終わらせて練習もしなければならないし、急ぎましょう」

「うんっ、そーだね♪ やろやろ!」

 

 では、と紗夜は少し楽しそうに笑って自分のブースに戻って行った。

 紗夜の姿が見えなくなってから扉を閉めて、アタシはちらりとショウの事を盗み見ると目が合い、気まずくなって目を逸らす。

 

「その……さっきは、ごめん」

「いや、別に……。それより、ほら。続きやろう。みんな待ってる」

「あ、う、うん」

 

 ポンポン、とソファを叩いて座るように促され、アタシは頷く。

 そのあと、あこが前から倒したがっていたレアモンスターを倒した。その時に凄い嬉しそうな声がアタシ達のブースまで届いた。

 

 

 

 


♪ NFO 【旅立ちの村 ♪

 

 

 

 

『それじゃあ、これでゲームは終わりかな?』

『あぁ、これで終わり』

『あの……皆さん、どうでしたか?』

 

 アタシが言うとショウが反応する。その後に燐子がアタシと友希那、紗夜に向けて感想を訊く。

 

『初めてというのもあるのでしょうが、覚える事が多くて驚きました』

『そうね。私も、よくわからなかったわ』

『操作は少しわからないところもあったけど、こうやって皆でワイワイ何かをやるのって楽しいよね。お話もちゃんとしてて結構面白かったから、アタシはまたやってもいいなーって感じ☆』

 

 ショウが教えてくれるからね、とアタシはショウに向けて小さく笑った。ショウも肩をすくませて苦笑いを浮かべる。

 

『本当、リサ姉!?』

『ホントホントっ!』

『やったあぁぁぁっ! 絶対だよ!』

『あ、でも次やる時は誰かの家ね? ネカフェだと騒げないし……』

『そうだな。あこうるさかったし』

『うっ……それを言うならリサ姉だって!』

『あっ……い、いやぁ、あれはそのー』

 

 ねぇ? とショウに目を向けるとすぅ、と目を逸らした。

 む、なんで目を逸らすかな。

 

「ちょっと、ショウ〜こっち見てよー」

「嫌だ」

「ねぇってば〜」

 

 アタシはショウの腕を抱えて揺すっていると、隣のブースからやけに大きな咳払いが聴こえてきた。

 

「「……すみませーん」」

 

 二人同時に小声で隣に謝って、お互いジトっと睨み合う。

 目を逸らすショウが悪い、と言うと騒がしいリサが悪いとか、小さな声で言い合いをしているとチャットの通知音が鳴った。

 

『さぁ、ゲームをやめてバンドの練習に行くわよ』

『そうですね。ゲームをするというのはちょっと寄り道でしたが、宇田川さんのやる気が出たのなら、結果的には良かったのかもしれませんね』

『どうかしら。それは、この後の練習次第ね』

『『あはは……』』

 

 あ、そっか。目的は『リンダのサイス』だもんね。それ取っちゃったらやる意味ないか。んー、まだやってたい感じするんだけど、流石にダメだよね。

 そう思っていると、アタシは妙案を思いついた。抱えてるショウの腕を揺する。

 

「ショウの家でアタシもゲームできたり、する?」

「……できるよ。パソコンなら使ってない型落ちの奴が二台あるし。一つはリズが使ってるけど、使ってない奴をリサが使えばいい」

 

 そっか、とアタシは頬を緩めた。

 

「ショウってさ、専属のヒーラーいないと本気出せないんだよね?」

 

 ショウの魔法はHPを減っていくから、回復に専念してくれる人が必要だよね。

 

「ん……まぁ、そうだな」

「じゃあさ、アタシがなってあげようか?」

「俺のレベル帯についてこれるならの話だけどな」

「そこはショウがアタシの事守ってくれるでしょ♪」

 

 アタシがそう言うとショウは立ち上がって白い歯を見せながらニッ、と笑った。

 

「調子のいいやつめ」

 

 頭に手を置かれ、髪をわしゃわしゃと撫で回される。

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

 髪型が崩れるのが嫌でアタシはショウの腕を離して、乱れた髪を手櫛で整えながら文句を言おうとすると、ショウの指がまたアタシの唇に触れた。

 

「俺の事押し倒した罰」

「っ……」

 

 イタズラが成功した時の子供みたいな笑顔を見せて、ショウはレシートが挟まったバインダーを手に取ってブースから出ていった。

 アタシはそっと、自分の唇に指を触れさせる。

 人の気も知らないで、すぐそういう事をするんだから……。

 

 

「──ばか」

 

 

 頬の熱はしばらくの間、引いてくれなかった。

 

 

 

 





これにてNFO編は終わりです。


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幕間
幕間一番 ご褒美



大変お待たせしました。
幕間という形でオリジナルストーリー、もとい単発です。






 

 

 燦々と照りつける太陽の下で、俺はフェンス越しに黄色のボールをラケットで打ち返し、汗を流すリサの姿を眺めていた。

 今日は紗夜と燐子が通う花咲川女子学園でテニスの大会が行われていた。その大会に出るリサに見に来て欲しいと言われ、俺は友希那、紗夜、あこ、燐子の四人と一緒にテニスコートに設置されたフェンス越しで応援している。

 

「リサ姉頑張れー!!」

 

 今リサがやっているのは学年別のトーナメント。相手は俺の学校の女子テニス部の生徒で、リサを応援したいのだが監督の先生に睨まれていてとてもじゃないができそうにない。

 うちの学校は何度も羽丘に、というよりリサに負け続けてるからなぁ。

 

「今井さん、頑張って……ください……!」

 

 燐子も精一杯声を出してリサを応援している。

 リサの持ち味はダンスで鍛え上げたフットワーク。それを活かして軽快なステップでテニスボールを打ち返す。

 

「今井さん! 次、右に来るわよ!」

 

 紗夜がこれまでの相手選手の行動を分析して打たれるところを指示する。リサもそれはわかっていたようで、フォワハンドで打ち返す。コートの線ギリギリでバウンドしたボールはフェンスにぶつかりコートに転がった。

 

「40-30!」

 

 審判がポイントを言う。もちろん、40の方がリサだ。

 

「その調子よ、リサ」

 

 お前が点数入れたわけじゃないだろ。なにドヤ顔してんの。

 よし、と小さくガッツポーズをして、リサは相手選手によるサーブに備えてコートのベースラインと呼ばれる一番後ろの線まで下がる。

 あと一回ポイントを取れば試合終了。晴れてリサは試合に勝つ事ができ、学年別のトーナメントで優勝できる。

 

「ショウ、貴方もリサに声をかけなさい。優勝がかかっているのよ」

「そうだよショウ兄! 応援しよーよ!」

「そうは言ってもな……」

 

 チラリと俺の学校のテニス部監督を盗み見る。案の定歯軋りしそうなほど歯を噛み締めて自分の選手を応援していた。

 

「紅宮くんの学校ですからね。応援しづらいでしょう」

「そうなんだよ……」

「で、でも……今なら小さな声でも聴こえる、かも」

 

 燐子の言う通り、まだサーブを打たれるまで猶予がある。今のうちに短いが応援する事ができるかもしれない。

 

「リサ」

 

 リサの名前を呼ぶとん、と顔を少し後ろに向けて俺を見る。

 俺はただ一言彼女に向けて言葉を投げかけた。

 

「頑張れ」

 

 俺がそう言うと、リサはぱぁ、と表情を明るくさせて笑った。

 

「うんっ!」

 

 頷いてすぐに前を向き、彼女はサーブに備えて腰を低くした。パコン、と相手選手がサーブを打つ。その瞬間にリサはコースを読んでボールが来るであろう場所に走った。

 ひらりとユニフォームのスカートが翻る。

 両手でラケットを握り締め、彼女はボールを相手選手がいる場所ではなく、逆側に打ち返した。

 ポイントを取られたら負けの相手選手は必死に食らいついてはリサが打った強いボールを凌ぐ。

 

「ふっ……!」

 

 対してリサは有名テニスプレイヤーの打ち方で、その力がこもっていないボールを打つ。いや、撃つ、と言った方がいいかもしれない。

 相手選手は今いるところとは逆側にボールが来ると判断したようで逆側に走ったが、残念ながらリサが撃ったボールは同じコースを貫いた。

 

 

 怪我もなく、無事に二学年シングルス優勝を果たしたリサは、監督と部員達と話し終えてから表彰を持って俺達のところへ走って寄ってきた。

 

「みんなー! 優勝したよー♪」

「リサ姉おめでとうー!!」

「今井さん、おめでとうございます」

「おめでとう、ございます」

「リサ、おめでとう。いい試合だったわ」

 

 おめでとう、と言って、あこはリサに抱きついた。

 

「ちょっとあこ〜? アタシ汗かいてるから離れた方がいいよ?」

「ダンス部の時だってそうじゃん!」

「そうだけどさー」

 

 お互い汗をかいてるなら話は別だろうが、流石に同性でも恥ずかしいのだろう。

 俺もリサに祝うために近寄ろうとすると、急に肩をガシッと掴まれた。

 

「紅宮くん……」

「ちょ、な、なに……?」

 

 後ろに振り向かさせられ、目の前に幽霊かと見間違えるほど真っ青な顔をした女子生徒がいた。リサの対戦相手だ。

 

「どうして……」

「なにが」

「どうして……私は応援してくれないのぉぉ!?」

 

 うわ、めんどくさ。

 

「いや、リサとは仲良いし」

「それでも同じ学校じゃない! 紅宮くんが今井さんを応援したら凄い打球だったんだけど!?」

 

 Roseliaメンバー以外、俺がリサの事を応援したなんて知るはずもないのになぜ知っている。

 なんで、なんで! と俺と同じ学校の女子生徒は半ば錯乱状態で俺の肩を揺する。すると、彼女の後ろから同じ部活の女子生徒が取り押さえた。

 

「はいはい、落ち着こうねー。ごめんね紅宮くん。それに今井さんも」

「まぁ、いいけど」

「別にアタシはなんとも……」

 

 いやー、と頭を搔いて女子生徒は笑って、他の生徒達に錯乱した女子生徒をまかせた。

 

「あの子紅宮くんのファンでさ。それでムキになってたのよ」

「俺の?」

「ショウってファンいるの?」

 

 訝しむようにリサに見られ、俺は知らない、と首を横に振る。

 

「結構いるんだよ、うちの学校。カッコイイし優しいしスポーツ万能だし頭もいいし。先生からも人気だよ」

「……そーなんだ」

 

 女子生徒がそう言うとリサは少し考えるように口元に手を当てた。

 

「まっ、あの子の事は気にしないで。次は負けないからね今井さん!」

「あ、うん! 次も勝つからね☆」

 

 ばいばい、と手を振った女子生徒は走って去っていき、女子テニス部の集団の中に飲まれていった。

 なんだったんだ……。

 

「まぁ、いっか。優勝おめでとうリサ」

 

 俺は横を向いて手に持っていたタオルをリサに渡す。彼女はありがとー! と受け取って頬を緩めた。

 

「なんだったのかしらね、さっきのは」

「紅宮くんに応援して欲しかったのでしょう。同じ学校ですし」

 

 俺達の後ろで友希那と紗夜がそんな会話をしている。あこは燐子を連れて、リサと同じくテニス部のひまりのところへ向かって行った。

 燐子すげー嫌がってたけど大丈夫かな。……あ、ふらふらしてる。

 

「大丈夫か? 燐子のやつ」

 

 苦笑い混じりの独り言を言うと、隣のリサがあはは、と笑う。

 

「そうだ、ショウ」

「ん? なに」

「優勝したからさ、ご褒美ちょーだい!」

「ご褒美? 急にそんな事言われても何もできないぞ?」

「なんでもいいからさ! ねっ?」

 

 なんでもいいって言ってもなぁ。まぁ、珍しくリサがこう言うんだし、俺もなにかしてあげたいな。

 

「よし、わかった。日曜日にご褒美をあげるよ。それまで考えとく」

「ホントっ? ありがとうショウ♪」

 

 機嫌良く笑って、リサはあこと燐子のところへ走って行った。

 その日の夜から俺はどんなものがいいかと自室のパソコンを使って調べていた。

 アクセとかは俺の財布が痛いしな。そもそも優勝でアクセとか重いって思われそうで嫌だし。

 うーん、と唸っていると、急にナウが机に飛び乗ってきてキーボードを打つ俺の手で遊んでくる。

 

「こーら、ナウ。おやつはさっきあげたろ?」

 

 ナウを抱いて膝の上に乗せて、構えと猫パンチしてくる脚を優しくキャッチする。

 ……ん? 待てよ。おやつ? 

 

「…………あぁっ!!」

 

 俺は黒猫を抱きながら立ち上がった。別にアクセとか贈り物じゃなくてもいいじゃないか。

 すぐにキーボードを叩き、俺はリサのご褒美に見合うものを見つけ出した。

 これならリサも喜んでくれるだろう。俺はそう思い、キーボードから手を離して机の上に置いてあるスマホを手に取り、彼女にメッセージを飛ばした。

 

 

 

 

 ♪  ♭ ♪  ♭

 

 

 

 

 日付は日曜日になり、俺は準備を終えて家から出た。

 今日はリサの家に行ってから一緒に行くのではなく、駅で待ち合わせしてから目的の場所に向かう。俺がリサを連れていきたい場所があると言って誘ったのだが、その時に彼女が駅待ち合わせがいいと言ったからだ。

 待ち合わせの時間までだいぶ余裕を持って駅に着いてベンチに座り込む。スマホを取り出して時間を確認すると待ち合わせ時間まであと三十分ある。

 スマホをスリープ状態にすると、俺の目の前を誰かが通り過ぎた。

 ふと隣のベンチを見ると栗色の髪を三つ編みにして右に流す髪型をした少女が座って、スマホのカメラかなにかで髪型やメイクのチェックをしていた。

 

「……」

 

 あれ、リサだよな……? 

 服装はオシャレしたのだろう。普段と同じように上着はオフショルダーだが、その下に黒色のホルターネックのニットを着て大人っぽく着こなしている。

 

 ──綺麗だな……。

 

 キラリと耳につけたイヤリングが、太陽に照らされ煌めく。

 そうやって見惚れていると視線に気づいたのか、彼女がこちらに顔を向けた。

 

「……」

 

 お互いの視線が合わさり、瞬きを繰り返す。俺が手を軽く挙げると、リサも手を振って返した。

 

「あ、あはは……」

「ははっ……」

 

 なにこれ。早めに着いておくのがマナーだって母さんやリズに教えられたのもあるけど、相手がリサだし早めに着て心を落ち着けさせようかなって思ってたのにこれじゃ意味がないんだけど。

 俺達は苦笑いを浮かべながらベンチから立ち上がり、歩み寄った。

 

「よ、ようリサ」

「や、やっほー、ショウ」

 

 どうしよう。今の俺、顔引き攣ってるんだけど。全然落ち着けてないし。あれ、今日どこ行くんだっけ。……あぁ、そうそうこの前見つけたところだ。

 

「来るの早いね?」

「そう言うリサも早いだろ?」

「アタシは、ほら。落ち着かなくてさ。ショウは?」

「……俺も」

「そっか♪ 一緒だね」

 

 何が嬉しいのか、機嫌を良くして彼女は笑う。

 

「それじゃあ、少し早いけど行こうか」

「うん。どこに連れてってくれるか楽しみだなー!」

 

 はしゃぐリサを連れて歩き始めようとし、俺はリサの方に目を向けて口を開いた。

 

「リサ」

「ん?」

「その……服、似合ってる」

 

 ボソッと独り言のように呟いて駅の方へ歩き出す。その時に、後ろからありがと! と嬉しそうなお礼の言葉が聞こえてきた。

 駅の中に入って、改札口を通って電車に乗り込む。

 休日のせいか人が多い。幸い近くに一席空いているのでそこにリサを座らせようと促すと、彼女は首を横に振った。

 

「ショウが立ってるのにアタシだけ座るのはやだ」

「別に気にしなくていいのに」

「アタシが気にするの!」

 

 そうやってリサに睨まれてたじろいでいる最中、近くの席は別の乗客が座ってしまった。

 

「それで、どこに行くの?」

「すげー並ぶカフェ。そこのパンケーキが人気なんだって。リサこの前、パンケーキ食べたいなー、って言ってたろ?」

「言ったけど……よく覚えてたねー」

「俺もちょうど食べたいって思ってたからな」

 

 ホントはナウにおやつあげたろ、って言って思いついたんだが。言わない方がいいな。

 

「嘘でしょ、それ」

「え」

「ホントはナウちゃんにおやつあげたりとかしたからじゃないのー?」

「えっ」

 

 やばい、バレた。

 たらりと冷や汗が背中を伝う。

 

「耳弄ってるしバレバレだよーショウ?」

「……実はナウが構えって、調べ物してる時に手にひっつくからおやつあげたろーって言ったらふと……」

「やっぱり」

 

 うわー、凄い恥ずかしい。妙な見栄を張るんじゃなかった。

 極力リサを見ないようにして俺は顔を背けた。

 

「んー? ショウどーしたの?」

「こっち見んな」

 

 ニマニマとした嫌な笑みを浮かべて、リサが俺の顔を覗き見ようとする。しばらくそうやって攻防を繰り返していると人が少なくなり、二人で座れるようになったので席に座った。

 そのあとは俺も落ち着き、互いにSNSで話題が出るドラマや最近見た番組の話をして暇を潰す。暇を潰すと言っても、同じ都内なのでそこまで時間はかからない。

 目的の最寄り駅に着き、電車を降りてエスカレーターで改札口に向かう。

 休日の影響か、人の行き来が多い。ちらりと隣を見ると、さっきまでいたリサが姿を消していた。振り返って後ろを確認すると、人に流され離れそうになっているのがわかった。

 すぐに俺はリサの方へ手を伸ばし彼女の手を握る。そのままリサを自分のところへ寄せて人が比較的少ない柱の近くに移動する。

 

「ごめん、気が利かなくて」

「っ、う、ううん。大丈夫!」

 

 妙に焦ったような返事をして、リサは笑った。俺はよかった、と安堵して彼女の手を握ったまま歩き始める。

 

「しょ、ショウ?」

「今日日曜で人多いし、このまま行こう」

「……う、うんっ」

 

 少し強引過ぎたかもしれないが、リサと手を繋ぐ事ができた。今日はテニスで優勝した彼女のご褒美として出掛けているが、少しでもリサとの関係を詰めなければならない。

 来年のフェスに向けて練習しないといけないし、恋愛なんてしていられないと思うけど。……これくらいならいいよな。

 柔らかな手の温もりを感じながら俺とリサは駅から出た。

 

 

 

 

 ♪  ♭ ♪  ♭

 

 

 

 

 駅から出て人通りの多い道を少し歩いて、アタシとショウは手を繋いだまま洋服店のウィンドウに置かれたマネキンを見たりしながら、ショウがアタシを連れていくところに向かっていた。

 

「あ、雨河さんに似合いそうなシャツ発見」

「うわー、着てそうなシャツ」

 

 派手な柄物のシャツをショウが笑いながら見つける。確かにこれは雨河さんが着てそうかもしれない。

 二人で笑って歩いていると、ふとアタシは思い直す。

 ……これって、アタシとショウ恋人同士に見えたりするのかな? 

 

「っ……」

 

 そう思うと頬に熱が帯び始める。その際にぎゅ、と繋いだ手に力を入れてしまう。

 

「ん、どうかした? もしかして歩くスピード速かったり?」

「な、なんでもないよ! 大丈夫♪」

「そっか」

 

 なんともないようにショウは黒い髪を揺らして再び前を向いた。悟られなかった事を安堵して、アタシは密かに息をつく。

 は〜、恋人同士に見えてたら嬉しい、な。そもそも今回のご褒美は恋人同士に見えるような感じにしたかったし。

 ショウにファンが多い、というのを聞いたアタシは危機感を覚えて思い付きでショウにご褒美を強請った。良くない事だと理解している。それでもショウにとってアタシは特別なんだ、というものが欲しかった。

 それが今日のデートになるとは思いもしなかったけど。

 デートと思っているのは自分だけかもしれない、と不安に思うが、それを振り払ってしっかりとオシャレもしてきた。

 電車に乗る前に、似合ってると言われた時は凄く嬉しかった。苦労して数時間も選び抜いた甲斐があったと思う。

 ダメだ、思い出したらにやけてきた。

 アタシは手を繋いでいる手とは逆の手で口元を隠した。

 そのあとショウと一緒にマネキンが着ている服を見て誰に似合うとか言い合い、デートしてるなと実感できた。

 今日のデートの待ち合わせ場所を駅にしたのは、少しでもデートの雰囲気を作りたかったから、何事もなくこうして手を繋いで歩けるのは嬉しい。

 そう思いながら、アタシに笑みを向けてくれるショウを見て、アタシは笑みを返した。

 

 

 

 

 ♪  ♭ ♪  ♭

 

 

 

 

 しばらく歩いて目的のカフェに辿り着いた。

 ネットで調べた時は結構並ぶと書いてあったが、今はそれほど並んでいるわけでもなさそうだ。

 よかった……凄い並んでたらどうしようかと思った……。

 

「うわお、結構並んでるねー」

「ネットで調べた時はこれより並ぶって書いてあったからまだいい方みたいだな。少し並べば中に入れそうだ」

「あ、じゃあ並んでる間さ、この前アタシが作った歌詞見てくれない?」

「もう新しいのできたのかよ。早いな」

 

 最近、リサは自分にももっと他の事ができないか模索している。その模索した中で見つけたのが作詞だ。

 Roseliaは現状、作詞作曲を友希那一人に任せている。俺も作曲の方は手伝ってはいるが、それでも大半は友希那が占める。

 リサは俺の手を離して、ポーチから手帳を取り出して俺にそれを差し出す。受け取ってパラパラと捲り、新しい歌詞のページで止めた。

 

「ふむ……」

 

 歌詞に使われる青薔薇や刹那という単語が目立っていてとてもRoseliaらしい。しかし見た目はRoseliaでも、中身がそれに伴っていないため、言い方は悪いが空々しく見えてしまう。

 

「どう、かな」

 

 緊張した面持ちで俺を見つめるリサには悪いが、正直に答えるとしよう。

 気を落としたら今日でなんとか挽回するしかないな。

 

「悪くはないけど、中身がないって感じ。見た目はRoseliaだけど中身は空、って言えばいいかな」

「空……」

「なんて言うかな。無理してRoseliaが使う単語を使わなくてもいいんだ。リサはリサの思った通りの詩を作ればいい」

「思った通りの詩を、か」

 

 リサはそう言ってひとつ頷く。

 

「わかった。また考えるよ。あはは、難しいね作詞って」

 

 リサはあはは、と気落ちしたようには見えない明るい笑みを浮かべて自分の髪の毛先を弄った。俺は手帳を閉じて彼女に返してそうだな、と返す。

 

「別に焦らなくてもいいからな。まだフェスまでは時間があるんだし」

「うん。今は何度も書いて書いての繰り返し。頑張らないとね」

「あぁ」

 

 話しているうちに列が進み、俺とリサはカフェの入り口付近まで進んだ。

 

「そういえば、ここって何が美味しいの?」

「それはメニューを見てからのお楽しみ」

「えー、いいじゃん教えてくれてもー」

 

 むぅ、と頬を膨らませて俺を睨む。リサの事だから、てっきりこういうカフェは把握済かと思ったのだが、案外そうでもなかったようだ。

 

「結構有名だし、もしかしたらSNSで写真とか回ってきたりしてるかもな」

「多分流れてたかも」

 

 気になるなー、とリサはスマホの角を顎に触れさせて独り言ちる。

 そろそろまた列が減るだろうし待って欲しい。

 

「お、中で待てそうだな」

「そろそろだね」

 

 店内に入るとコーヒーとミルクの香りが店中に広がっていた。

 ネットで調べただけじゃわからないな。つぐみのところの珈琲店とは違う感じがする。

 椅子に座り、呼ばれるまでリサとカフェの雰囲気や内装の事を話したりして待つ。リサはシンプルな内装を気に入ったようだった。

 そうして彼女と話していると店員さんに呼ばれ、俺達は席へ案内されてリサと対面で席に座る。

 

「はい、お待たせ。メニュー表」

 

 見えやすいようにメニュー表を開くと、おおー、とリサは目を輝かせた。

 

「どれがオススメなの?」

「えっと、このいちごソースがかかったパンケーキかな。木苺を使ってるみたいで甘酸っぱくて美味しいって口コミであった」

「へぇ、木苺かー。んー、他は?」

「他は無難なチョコレートソースとかバニラアイスを添えたやつとかかな」

「うわー、迷う〜!」

 

 そりゃリサが好きそうなメニューを置いていて、加えて人気のあるカフェを選んだからな。

 

「どれも店長が選び抜いた材料を使っているみたいで美味しいらしいから一番気になるやつ頼めよ。まだ気になるならまた来よう」

「くぅ……そうするかなー」

 

 心底悔しそうな顔をしてじゃあ、とリサはメニューを見る。

 

「チョコレートソースにしようかな!」

「りょーかい。んで、飲み物はどうする? 俺はアイスコーヒーにするけど」

「アタシはねー……んー、アイスカフェオレにする」

「はいはい」

 

 注文も決まったところで、店員さんを呼んで注文する。

 注文したものが来るまでに、リサには一から作っているから時間がかかる、と伝えて、待っている間にまたしても歌詞の話になった。どうしたら中身のある、想いが詰まった歌詞になるかと話す彼女は真剣な表情で取り組んでいた。

 そうして歌詞作りに没頭していると注文したものが来たらしく、テーブルの上を片付けて店員さんにパンケーキが乗った皿を置いてもらう。

 

「「すご……」」

 

 思わず二人で声を揃えてしまうくらいパンケーキがふっくらとしていて、食べるのがもったいないくらい綺麗だった。

 

「こういうのは写メ撮らなきゃね☆」

「やると思った。俺もやろっと」

 

 スマホを取り出してパンケーキを撮る。

 後で飛鳥とリズに写真を送り付けて飯テロしてやろう。きっと羨ましがるに違いない。

 

「そういえば、ショウがいちご系って珍しいね。普段チョコなのに」

「ん。そういや最近家で食べるアイスもいちごとかだな。そう言うリサもチョコは珍しいんじゃねぇの?」

「あー、そうかも。あれかな、似てきたんじゃない? アタシ達♪」

 

 にひひ、とリサがはにかむ。俺も自然に笑みがこぼれる。

 

「あ、じゃあさ……」

 

 そう言って彼女はパンケーキをナイフで一口サイズに切って、フォークに刺しておそるおそる俺にそれを向けてきた。

 ……え、それって!? 

 

「あ、あーん……」

 

 頬を朱に染めて言うリサは、凄く可愛かった。

 あまりの事に驚いた俺は固まっていた俺に痺れを切らした彼女はねぇ、と不安そうに俺に声をかける。

 

「そのっ、食べない、の?」

「……た、食べる」

 

 せっかくリサが食べさせてくれるならお言葉に甘えよう。

 そう思い、口を開けてちょうどいいサイズに切られたパンケーキを口に含む。ふわふわしたの感触はわかるのだが、緊張のせいで味がわからなかった。

 その後、お返しに俺もリサに食べさせると、気まずさでお互い食べ終わるまで無言になってしまった。

 

「ショウ」

 

 カフェを出ると、リサに呼び止められた。振り返ってリサを見ると、彼女は微笑んで口を開く。

 

 

「──また来ようね♪」

 

 

 そんな、陽だまりのように温かい笑顔で彼女はそう言った。

 

 

 

 

 




モンスターハンターワールド・アイスボーンが発売されてやっていました。すみませんでした:(´◦ω◦`):

この甘い話でどうかお許しを……。


感想、評価お待ちしております。



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幕間二番 夢オチ


大変お待たせしました。
最初は至って普通の日常を書く予定、いや、書いていたんです。ですが仕事中に天啓が下りまして……。

神が仰ったんです!!! これを書けって!!





 

 

 

 

 一人でCiRCLEの併設スタジオに来た俺はスタジオの扉を押し開けた。ガチャ、と扉が開くとドラムのクラッシュシンバルやキーボードの音色がスタジオ内に響いていた。

 

「でさー、れいにぃってばまた寝落ちしちゃって壁に向かって走ってたんだよ! せっかく蘭ちゃんとモカちんが一緒にNFOやってくれたのに!」

「雨河さんも、疲れてたんだよ……」

「そーだけどさぁ!」

 

 どうやら音の確認をしながらNFOの話をしているようだ。俺が来た事に気付いた二人はこっちを向いて手を振る。

 

「あ、ショウ兄!」

「ショウくん、おはよう」

「よっす二人とも」

 

 俺は二人の近くに歩いていくと、コツン、と何も無いところで躓いた。

 これは、派手にすっ転ぶやつだ。

 

「え」

「ショウ兄!?」

 

 転ぶ寸前にあこが俺の目の前に現れ、受け止めようと両腕を広げる。あこにぶつかった瞬間、ボン、と音が鳴り、次に俺は床に転がった。

 上体を起こして周りを見ると周囲には赤紫色の煙が立ち込めていてそれが晴れると、そこには一匹の小さな赤紫色のイノシシがちょこんと座っていて、あこの姿は見えない。

 

「はい?」

「あ、あこちゃん……!」

 

 なにがなんだかわからず、俺は目を何回も瞬きさせた。

 燐子は焦ったようにあこの名前を呼んでこちらに走ってくる。しかし、彼女もまた俺と同じように何も無いところで躓く。

 

「ちょ、燐子!?」

「しょ、ショウくん……よけ──!」

 

 倒れ込む先は、俺が座り込んでいるところ。もう既に目の前には燐子が着ている白いブラウスが迫ってきている。

 目を瞑って衝撃に備えていると、ふにょん、とした感触が来たあと、またしてもボン、と音が鳴った。

 人の重さがない、という事に気付いた俺は目を開けた。

 灰色の煙が周囲を包んでいたがだんだん晴れていき、目の前がクリアになる。そして、俺の視界に飛び込んできたものは、

 

 

 黒と白、ホルスタインの模様の牛がそこに立っていた。

 

「え、なにこれ。どういう事だ!?」

 

 がば、と立ち上がって俺は牛から距離をとった。

 牛とイノシシは互いを見て、まるで溜息をつくように息を吐く。

 

「えーっと、ショウ兄?」

「あこの声!? どこからだ!?」

 

 この場にいないあこの声が聴こえ、俺は周囲を見回すが人などいない。いるのは俺とイノシシと牛のみ。

 

「あの、ショウくん……」

「今度は燐子!?」

 

 なにが起きているのかわからず、俺はまたしても周囲見る。

 すると、俺の後ろにある扉が開いた。振り向いて確認すると入ってきたのは友希那と紗夜だった。

 

「友希那……紗夜……」

「あら、先に来ていたのね」

「こんにちは、紅宮くん。それと……」

 

 俺の背後にいるイノシシと牛を見て、紗夜は頭に手を当てて苦笑いを浮かべる。

 

「おはようございます、()()()()()()()()()

「おはようございまーす! 友希那さん! 紗夜さん!」

「お、おはよう、ございます……」

 

 再びあこと燐子の声が聴こえ、俺はビクッと肩を震わせた。

 

「動物からあこ達の声が……!?」

「紅宮くん、少し落ち着いて。今から説明をしますから」

 

 紗夜の手が肩に置かれ、俺は深呼吸を数回して気持ちを落ち着かせる。落ち着いた俺を見て、紗夜はひとつ頷いてまず、と話を切り出す。

 

「そのイノシシが宇田川さんで、牛が白金さんです」

「なぜ動物になったか不思議そうね、ショウ」

「そりゃあ不思議だろ。普通じゃありえないし」

 

 人が動物に変身してしまう、なんてそんなのありえない。

 

「動物になる理由はまだわからないわ。ただ、変身する条件はわかります」

「条件?」

「えぇ、条件は異性に抱きつかれる事です。そして、変身する動物は十二支の動物達です」

「……なるほど」

 

 だいたいわかった。

 つまりあこは俺を支えようとして変身した、という事か。燐子は単純明快、俺に激突したからだ。

 

「と、言ってもなぁ。まるで漫画みたいな話だな」

 

 わかったとは言っても実感がない。

 腕を組んで考えていると、友希那が溜息をついてじゃあ、と声を上げる。

 

「こうすれば、納得するかしら」

 

 そう言って友希那はすぐそばにいる紗夜を俺の方に突き飛ばした。

 

「ちょ、湊さん!?」

「お前っ!」

 

 突然の事で反応できなかった俺と紗夜はぶつかり、ボン、と水浅葱色の煙を発生させる。煙を払って散らすと、煙の中から水浅葱色の毛並みをもったゴールデンレトリバーが怒った顔をして友希那を睨んでいた。

 

「ガルル……」

「えぇ……」

 

 この犬が、紗夜なのか? めっちゃ友希那を威嚇してるけど。

 それにしても、と俺は犬の頭に手を置いて撫でながら考える。皆が動物になり、周囲には彼女達が着ていた衣服が散乱している。つまり、だ。

 

「……まずいのでは?」

 

 これ、人間に戻るのっていつなんだ。急に元に戻られても困──

 

「わーい! 紗夜さんも動物になったー!」

 

 あこがそんな嬉しそうな声を上げた。すると、突然俺の脚にドンッ、と衝撃が走った。あこが俺の脚にぶつかったのだろう。

 

「いっ……!」

 

 衝撃もさることながら痛みも凄い。

 あこに突撃され、俺は前に倒れそうになり、前にいた友希那でバランスをとろうとして肩に手を置くが勢いが強過ぎたのか、彼女も巻き込む形で床に倒れた。

 二人で倒れた瞬間、今日何回目かのボン、という音が聴こえてきた。

 

「い、たた……。おい、あこー? 急にぶつかってくんなよ」

「あはは、ごめんショウ兄」

「たっく……。悪い友希那、怪我はな……い……」

 

 怪我がないかどうか友希那に訊こうとすると、友希那を下敷きにしたはずが、そこには彼女が着ていた衣服が落ちており、そこから白い毛並みの猫が顔を出す。

 

「……え?」

 

 猫? え? 十二支って猫いないよな?

 困惑しながら、目の前のナウより少し大きい猫を持ち上げる。

 

「猫って十二支にいないよな?」

「ええ、いないわね」

 

 立ち上がって、手の中にいる友希那に質問するとジトーとした目で俺を見て答えた。

 なぜ猫に変身するのか考えているとスタジオの扉が開いた。そちらに目線を向けると、やって来たのはギグケースを背負ったリサだ。

 

「おっす皆おはよー♪」

 

 笑顔で挨拶するリサだったが、スタジオ内の凄惨な光景を見てその笑顔が引き攣ったものに変わった。

 

「よ、よう、リサ」

 

 猫の友希那を持ち上げたまま、俺も引き攣った笑みを浮かべてリサに挨拶を返す。すると彼女はまるで頭痛でもするかのようにコメカミを押さえる。

 

「あちゃー……バレちゃったかぁ」

「って事は、リサは知ってたのか」

「うん。アタシも動物に変身しちゃうんだー。父さんとぶつかってわかってさ」

 

 あはは、とリサは明るく笑う。

 

「つい最近なのか、それって。俺達って何度か……その……そういうの、あったろ……」

 

 自分で言ってて恥ずかしくなり、だんだん声が小さくなっていき左耳を触りそうになるが、今の俺は友希那を持ち上げており触りたくてもできない。

 俺がそう訊くとリサはあー、と声を出して少し頬を染めて頷いた。

 

「うん、つい最近なんだ。しかも元に戻る時間もバラバラだし結構大変なんだよねー」

 

 リサがそう言った直後、後ろからボン、ボン、と音が鳴った。振り返って後ろを見ると、煙の中から()のあこと燐子が現れた。

 

「なっ……! ……!?」

 

 ぐりん、と振り向いていた顔を戻す。

 幸い煙で見てはいけないところは見ていないが、突然の出来事だったため反応が少し遅れてしまった。

 

「ふぅ、やっと戻ったー!」

「そう、だね」

 

 後ろであこと燐子がそんな会話を繰り広げる。

 というか少しは恥ずかしがれよ。燐子すら恥ずかしがらないなんてどうなっているんだ。

 二人の反応に冷や汗を流していると、またしてもボン、と音が鳴った。自然に目がそちらに向いてしまい、煙の中を見てしまう。

 

「っ……!」

 

 元に戻ったのは犬になっていた紗夜。彼女は煙の中で恥ずかしそうに身を固めていた。

 

「ご、ごごめん紗夜!」

 

 ぶんっ、と持ち上げたままの猫を振り回すくらいの勢いで三人の裸を見ないように動いた。すると、俺の目の前でボン、と音が鳴り、視界を煙が覆う。

 持ち上げた感覚がなくなり、代わりに手が固定される感覚を覚える。

 

「……」

 

 目の前の煙が晴れ、中が露わになる。

 

「……」

「…………」

 

 目の前には、裸の友希那。しかも、俺の手は彼女の脇に挟められている。

 それを理解した直後に手をすばやく抜き、俺はスタジオの壁まで移動して床に額をぶつける勢いで土下座をした。

 

 

「た、たたた大変申し訳ありませんでしたぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 

「あははっ! ふ、はははは!」

「……なにもそこまで笑わなくてもいいじゃないか」

 

 家に帰ってきてリサの手料理を食べたあと、今日の、リサがいない間の事を話し終えると、彼女はお腹を抱えて爆笑しだした。

 二人で並んでソファに座り、リサはむりっ、むり、とひぃひぃ言いながら笑っている。

 

「ごめんごめん♪ ほら、膝抱えていじけないの」

「いじけたくなるだろ、こんなの」

 

 なんだよ、何も無いところで躓くわ、変身されるわ、ぶつかられて変身されるわ、目の前で人に戻るわ……。

 

「皆許してくれたんだしさ、気にしない気にしない」

「と言ってもな……」

 

 見た事には変わりない。とてつもない罪悪感が心を占めていた。

 はぁ、と息を吐いて、俺は気持ちを切り替える。そういえば、と思いリサを見る。

 

「そういえばリサはどんな動物なんだ?」

「あ、気になる?」

 

 質問すると彼女はふふん、と笑う。

 

「なんだその笑み。まぁ、気になると言えば気になるけど」

 

 どんな動物なんだ、と俺は顎に手を当てて考える。

 リサといえばウサギのイヤリングとか小物系が特徴的だけど、猫っぽいといえば猫っぽいし。馬、とか? 馬は大人しいって聞くしな……いや、馬ってよく走るもんな。

 馬といえば競走馬、という固定概念が植え付けられてしまい、あまりリサからは想像できない。彼女もダンスやテニスで練習などで走るが走りがメインではないため違うと思う。

 

「んー」

「なんだと思う?」

 

 うーんうーん、としばらくの間悩み続け、俺は溜息をひとつついた。

 

「ダメだ、わからねー」

 

 お手上げ、と言って両手を上げて降参する。そんな俺を見たリサはまた笑った。

 

「もー、早いなぁ」

「ヒントがないし仕方ないだろ」

「まぁ、それもそっか」

 

 リサはそう言って自分の手を伸ばして爪を確認する。その爪には以前やめたネイルが施されている。

 しっかりと荒れた爪を手入れをし、俺が紹介したネイルサロンで一度してもらい、自分で再度勉強してやっているようだ。

 

「じゃあさ……」

 

 伸ばしていた手を胸元に引き寄せ、リサは横に座る俺に体を向ける。

 

「そのっ……して、みる?」

「え……?」

 

 そんな事を言うリサの頬は朱に染まっており、耳まで赤い。

 

「ほら、異性に抱きつかれると変身するじゃん? 知りたいなら、その……いいよ?」

 

 確かに知りたいが、事故ではなく自分から抱きつくのは少し、いや、めっちゃ恥ずかしい。

 

「しないの?」

 

 黙りこくる俺に、リサは手を伸ばして俺の服を軽く握って目を合わせようとする。揺れる瞳に吸い込まれるように、俺は彼女の肩に手を置いてゆっくりと体を近づけさせた。

 距離が近くなり、腕を背に回してリサが腕の中に収まった瞬間、ボン、と赤い煙が発生する。

 

「毎回毎回煙が濃いなホント」

 

 手で煙を払うとソファの上にちょこんと茶色のウサギが座っていた。

 

「……ウサギ?」

「そうだよー! アタシはウサギなんだー☆」

 

 そう言ってウサギ姿のリサは長い耳をパタパタ動かす。

 これ、おたえが見たら喜ぶやつじゃないかな。

 

「おぉ、いい感じのもふもふ感」

 

 優しく頭を撫でると、手のひらに帰ってくる感触は程よいもふもふ感。ずっと触っていたくなる心地だ。

 そうして撫でていると今まで寄ってこなかったナウがソファの上に飛び乗った。

 

「!!」

「? どうしたリサ。固まって」

「い、いやぁ……その、目線が上でちょっと怖いなって」

 

 あぁ、普段感じない目線の高さか。

 なるほど、と納得しているとナウはウサギ姿のリサとじゃれ合いたいのか、尻尾をゆらゆらと揺らしながら近づいてくる。

 

「こら、ナウ。リサ怖がってるからダメ」

「みゃあ」

「みゃあじゃない。ダメなもんはダメ」

 

 近寄らせないためにリサを抱き上げて膝の上に乗せる。

 

「ナウちゃん、あとで遊ぼ☆」

 

 リサが黒猫にそう言い聞かせるが、当のナウはどこからリサの声が聴こえたのかわからず反応が鈍い。

 

「はぁ、助かったよショウ。ありがと」

「視線が違うと怖いもんな。しょうがないよ」

 

 小さな頭をひと撫でした瞬間、目の前が真っ赤な煙に包まれた。その次に伝わるのは膝の上に()がいるということ。

 

「!?」

「ちょ、ちょっと待って! 早いってば!」

 

 煙が晴れ、ウサギがいた俺の膝の上には、すべすべな肌を惜しみなく晒した──裸のリサが乗っていた。

 顔を真っ赤に染めて、羞恥からか目には涙が浮かんでいる。

 

「み、見ないで……」

 

 ぎゅう、と瞼をきつく閉じて彼女は消え入りそうな声でそう言った。

 対して俺はというと意識が遠のきそうになり、抗おうとしたが無理そうだったため、そのまま意識を手放した。

 

 

 

 

 ♪ ♭ ♪ ♭

 

 

 

 

 瞼の上に何かが乗っている、という感覚で俺は意識を覚醒させた。

 手で乗っているものを退けて上体を起こすと、目の前にはナウが首元を後ろ足で搔いていた。どうやら瞼の上に乗っていたのはこの黒猫の肉球らしい。

 俺はくあ、と一つ欠伸をし、なんの夢を見ていたか思い出す。

 

「あぁ、皆が動物になる夢か」

 

 珍しい事もあるもんだ。俺がそんな非現実的な夢を見るなんて。大概はリサと一緒に買い物をしている夢だったり、Roseliaの皆とライブをしている夢だったり、わりと現実味のある夢ばかりだ。

 ベッドから抜け出し、着ている部屋着を脱ぎ捨てて外出用の服に着替える。

 今日はリサと紗夜と一緒に買い物をする約束をしている。確か、買うものはクッキーを作る際の道具、並びに調味料と材料だったはず。

 最近、紗夜がつぐみの実家である羽沢珈琲店のお菓子教室に行ったようで、そこでクッキーを作ったそうだ。それからお菓子作りに火がついたようで、そのアドバイスにクッキー女王ことリサ、というわけだ。ちなみに俺は荷物持ちという名の下僕。

 今日の気温は少し暑くなりそうだしTシャツの上から夏用のカーディガンでいいかな。下は……そうだな、上が明るいしメリハリつけるためには暗い色にしておこう。

 そう思い、手に取ったのは暗色のジーパン。手早く着替えを終わらせ、ナウを連れて下に降りた。リビングで黒猫を下ろしてから洗面所で顔を洗って歯を念入りに磨く。

 例え付属品(紗夜)がいても、好きな子と出かけるんだし最低限のマナーだ。あとは髪の毛をセットすれば終わりだな。

 若干紗夜に対して失礼な事を思いつつ歯を磨き終えたところで家のチャイムが鳴った。

 

「はーい」

 

 来る人物はだいたい予想がついている。

 

「おっはよー♪」

 

 鍵を開けて扉を開くと、いつも通りに綺麗な肩を出した服装のリサが笑顔で立っていた。

 

「あー、おはよ」

「あ、その反応はさっき起きたなー?」

「顔洗って歯も磨いた」

「でも頭ちゃんと働いてないでしょ」

「そんな事ない」

「嘘だー! 先週だって同じ事言ってお財布忘れそうだったじゃん」

 

 そんな事もあった気がする。

 

「もう、ちゃんとしてよね。今日はいっぱいもの買うんだしさ」

 

 そう言いながらリサはエプロンをつけてキッチンに立つ。いつものように簡単に朝ごはんを作ってくれるようだ。

 白米と味噌汁は昨日の残りがあるためそれを温めるだけで済む。あとはおかずだが、余った材料でなにか作れるものがあっただろうか。

 そんな事をエプロン姿のリサの背中を見ながらボーッと考えていると、ふと今日見た夢の事を彼女に話そうと思った。

 

「そういえば、今日の夢さ」

「夢?」

「Roseliaの皆が十二支の動物に変身する夢見た」

「なにそれー。漫画の読みすぎじゃないの? ほら、この間買ってたじゃん」

「……あー、昨日の夜読んでた」

 

 だんだん意識がしっかりしてきた。

 昨日の夜に、異性に抱きつかれると十二支の動物に変身する、という呪いをかけられた一族と一人の少女の物語を描いた少女漫画を読んでた。アニメも放送されているが、これはリサと、あとは興味のあるやつで見ようと思っていた。

 はいできたよー、とリサがトレイに食器を乗せて食卓に並べていく。

 

「いただきまーす」

 

 俺がご飯を食べている間にリサはナウのご飯を用意して、黒猫の傍に置いた。しっかり定位置で待つあたり、ホントに賢い。

 夢のナウは少しきかん坊だったな。

 その後、食べ終わって食器も洗い終わり、頭もしっかり働くようになる頃にはちょうどいい時間になっていた。

 

「ほらほら早く行こーよ♪」

「紗夜も早めに来てるだろうし急ぐか」

「買い物楽しみでうずうずしてたりして」

「ありそう」

 

 ナウに留守番よろしく、と撫でて家を出る。

 道中、リサのベースの練習動画を見せてもらっていろいろアドバイスもした。

 確実に良くなっているけど……これは、今度厳しめに練習だな。この間教えたところが甘くなってる。

 

「リサ、今度ハードで」

「げぇ!? ちょ、ちょーっと優しくは……」

「ダメ」

「……はい」

 

 

 

 





と、いう夢オチでした。
一度やって見たかったフルーツバスケットパロディ。
凄い軽かったですが、フルーツバスケットはそんなに軽くないので勘違いしないでください。パロだからこその軽さです。


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