イザークの姉は何を見る (ギアボックス)
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へリオポリス襲撃事件

「そんな!こんなことは契約には書かれておりません!それに交戦規定にも抵触するではないですか!」

 

通信相手に怒鳴る。

しかし、相手はそんなこと知らんという風に怒鳴り返してきた。

 

『そんな事はわかっている!しかし、現状であれを動かせるのは君しかおらんのだ!』

 

「私は戦争が嫌でプラントからこの国に来たのですよ!この仕事だって本当は嫌で仕方ないのに…あまつさえ戦闘なんて」

 

『ならばこのまま逃げるか?君がやらなければ、このヘリオポリスは焼かれるだけだ。』

 

「っ……卑怯な」

 

私はやりたくない。

けど、この場所は今や私の家も同然なのだ。

 

結局、戦争から逃れることはできないという事か。

 

『1番ハンガーにM1を待機させてある。あとは君が乗るだけだ。20歳の女学生にこんなことをお願いする小官も心苦しいのだ。わかってくれ』

 

「…………心にもないことを」

 

私は毒づきながら指定されたハンガーへと向かう。

そこには、M1と呼ばれた機体が私を待つようにその視線を向けていた。

 

MBF-M1 アストレイ

 

オーブがMSを開発するに辺り製作したP0シリーズと呼ばれる機体群を元に、本格的な量産型主力MSとして完成させた機体だ。

本来ならナチュラル向けに開発された新型OSを積む予定だったのだが、それの開発については難航している。

そこで一先ず1機だけ先に完成させ、ザフト製OSの改造品で動かしてその稼動データを採っていた。

 

ザフト製OSはコーディネイターが操作することを前提に作られた扱いの難しい代物だ。ナチュラルにはまともに動かせない。

私は、コーディネイターという立場からこれのテストパイロットになっていた。

 

 

□□□□□

 

 

私は今でこそエレナ・ジェーンと名乗ってはいるが、本名はエミリア・ジュール。

母は国防委員会やプラント最高評議会に席を連ねるエザリア・ジュールである。

 

本来なら私はプラントにいるべき人間なのだろう。

しかし、私はこのへリオポリスに移り住んでいた。

 

開戦と血のバレンタインの悲劇。

それが、プラントのみならず私という個人の運命をも大きく狂わせた。

 

 

生家のあるマティウス市はプラントの一大軍需工廠があり、母はその軍需産業との関わりが非常に強い。

娘の私も、ジュール家の令嬢である以上はその産業に携わる事が宿命付けられていた。

 

その為、成人してから"血のバレンタイン"までの数年間、私はプラントの軍需産業を担う者の一人だったのだ。

そして戦争という現実を知った血のバレンタイン以降、自分が作っている品が人を殺している事を自覚するようになる。

 

核と同じ、人を殺す為の道具。

 

そんなものを作っている私は、結局あの日核を使った者たちと同じなのだ。

自分の手が血に染まっているのに気づいた私は、それが嫌で仕方なかった。

 

しかも皮肉なことに、戦争によって受注が一気に増えた事で軍需産業は莫大な利益を獲得し、それに伴ってジュール家の資産も右肩上がりに増えていく。

私にはその数字が戦場で築かれた屍の山のように思えてならなかった。

 

 

それだけじゃない。

血のバレンタインによって多くの人々が死に、プラントも母も変わってしまった。

 

戦争に取り憑かれ、どんどん急進的になっていく母とはいつしか反りが合わなくなっていた。

母は報復を叫ぶザラ氏に同調し、プラントの世論もナチュラルへの報復論で沸騰していく。

 

血のバレンタインで多くの罪なき人々が死んだのは確かに悲しい。

しかし、ザフトが行ったNジャマーの無差別投下では更に何億もの地球の人々が亡くなったのだ。

その事については誰も触れようとしない。

 

耐えかねた私は母にその話を振った。

その時帰ってきた言葉は『いい気味だ』だった。私は母がそんな事を言うとは思っておらず背筋が凍った。

 

報復が報復を呼び、戦火は果てしなく拡大していく。

 

そして、父が戦死した。

私は父を殺した戦争を憎み、弟のイザークがいつそうなるかと恐怖した。

されど母は怒り狂い、より急進的な態度を強めていく。

私はそんな母の態度に強い憤りを覚えた。

 

 

『母上、早く戦火を収めなければイザークが死ぬかもしれないんですよ!?』

 

『黙りなさい!ここで終わらせれば、父上の死が無駄になると何故あなたはわからないの!!』

 

『報復を叫んだところで、父上はもう帰ってきません!なら、イザークだけでも生きて帰ってきてほしいと母上は思わないのですか!』

 

『イザークは覚悟の上でこの戦いに身を投じているのです!同胞が何万と死んでいる中で、臆病風に吹かれているあなたとは大違いよ!』

 

『そんな……私は………』

 

 

私は母との口論の末、生家を飛び出していた。

戦争は私の家族の仲をも引き裂いたのだ。

早く戦争を終わらせたいと思った。

そうすれば、また優しかった母上に戻ってくれると。

 

そんな中、戦争の早期終結へ向けて努力するクライン派の存在を知る。

シーゲル氏らと話を交え、その考え方に共感した私はいつしかクライン派に属するようになった。

 

しかし、対抗派閥に近づいたことで母との復縁は絶望的になる。

それを表すかのように、母から私を離縁するという手紙が突きつけられたのだ。

 

私はそれを見て、もう家には戻れないのだと思い知らされた。

 

 

そんな中、士官学校を卒業したイザークが前線へ出ると知らせに来る。

士官学校を出立てで意気揚々とした様子のイザークを、私は引き留めることができなかった。

私を守る為だといって旅立っていったのだ。

 

弟まで戦争に奪われたと感じた。

私を守るくらいなら、戦争に行かないで欲しかった。

 

血染めの自分、父の死、母との決別、弟の出征。

 

開戦からの数ヵ月で、私のいた家は消えてしまった。

失意に駆られた私はプラントにいることが嫌になった。もうそれくらいしか考えが浮かばなかったのである。

こんな事になった最大の原因である戦争からできるだけ遠ざかりたくて、私は中立国のオーブに身を寄せる決意をする。

そうして、私はプラントを捨てた。

 

 

プラントを出た私は自分で食い扶持を稼がねばならない。貯金も少なからずあったが、遊んで暮らせる程の額ではなかった。

幸いなことに私はコーディネイターで習熟が早く、親譲りの才能もいくつかある。

 

私はヘリオポリス内の工業カレッジ編入生という身分を獲得し、次いで仕事を探した。

 

しかし戦争が嫌でここに来たというのに、どこにいても戦争に関わるしかないというのは血の運命か。

 

私を採用したモルゲンレーテは、オーブの一大軍事企業だった。

年と外見のせいで他の会社には不採用を貰い続けたのに、モルゲンレーテにはすぐ採用されおかしいとは思った。

そして、造船部門に配属されたと思ったらすぐにMS開発部署に引き抜かれたのだ。

オーブは中立を謳いながらも、裏では連合と協力してMS開発を行っていた。

 

皮肉な事に、私はまた兵器開発に手を染めていたのである。しかも、完成すればコーディネイターを殺す為に使われるであろう兵器を。

 

そして今に至る。

 

 

□□□□□

 

 

 

「機体の準備は終わっています!それと、支援AIはオフラインにしていますが…」

 

「支援AIは起動させてください。私は素人ですよ」

 

「は、はぁ……しかしまだ未完成の代物を」

 

「実用には十分なレベルです、無いよりはマシだわ。私は動かせるだけなんですよ………外にいるのはザフトなんでしょう?プロに敵うわけないじゃないですか。」

 

コックピットに潜り混みながら、整備員の男性の声を聞く。

 

突然の呼び出しで私は私服姿のままだ。

幸い私の私服はスリーブレスのシャツに黒いベストとレギンス。

首には弟から貰ったお守りのループタイ。

ファッション用だが手袋も着けている。靴もレザーのショートブーツだ。

 

ヒラヒラしておらず、動きにくくはない。

しかし、万が一の事を考えるとパイロットスーツを着たくなる。

 

支援AIというのは、私が開発を提案した操縦サポート用の人工知能だ。

ヒューマンエラーをカバーする目的で作ってもらった代物だが、気づけば色々な機能が追加されていた。私も全容を知らない程に。

 

キーボードを叩き、機体の起動プロセスを踏んでいく。

低い動作音がコックピットに響き始め、コンソールは機体が稼動可能な状態にある事を知らせてくる。

 

「よし……動けます。」

 

「ライフルとシールドは両脇のラックに。戦闘指示はこちらから出すとの事です。では、お気を付けて!」

 

整備員の男性が機体から離れ、次いでリフトも下がった。

コクピットハッチを閉じ、一人だけの空間となる。

 

 

「…………今は、無事に帰ってくることだけを考えましょう…」

 

一人呟きつつ、機体を動かして武器を装備しハンガーを出た。

外の光景が画面に映し出される。

なぜ、何が悲しくて同じコーディネイターと戦わなければならないのか。

そもそも、何故ザフトがオーブのコロニーを攻めているのか。

私は変わってしまった日常、戦場となったヘリオポリスの光景を見ながらそう思った。

 

 

「───アラートっ!?」

 

突然、機内に警報が鳴り響くと共に機体が回避行動を取った。支援AIが作動したようだ。

私が先ほどまでいたハンガーが爆発を起こし、その破片や瓦礫が周囲へと撒き散らされる。

 

どうやらハンガーから出てきた私を早速撃ってきたらしい。

機体のメインコンソールには、攻撃を仕掛けてきたであろうジンがサブウィンドウに映されていた。

機体の手にはキャットゥスが握られている。間違いなかった。

 

 

撃たれた。

やらなければ、殺されてしまう───

 

私の心を恐怖と黒い感情が支配し、気づけば照準をそのジンに合わせていた。

厳密には支援AIが照準を行ったのだが、私が引き金を引けばジンに向けてビームが発射される事になる。

 

ジンはまだ動いていない。

撃てば当たるだろう。

 

けど、それは……

 

躊躇いで指が強ばり、私はあのジンがどこかへ行ってくれるよう祈った。

 

「っ!──どうして」

 

しかし、敵のジンはキャットゥスの砲口を私に向ける。

私は反射的に引き金を引いていた。

生存欲求が勝手に指を動かしたのだ。

 

放たれた緑の閃光は僅か一瞬でジンの胸を撃ち抜いていた。

ジェネレータが暴走したのか、機体が爆発する。

 

やってしまった。

私は。

 

「──────」

 

人を殺した。

それも、ザフトの兵を。

同胞の筈の彼を。

自分の命惜しさに彼の命を奪ってしまった。

 

胸から込み上げるものがあり、私はそれを必死に呑み込んだ。

機体から降りたくて仕方なくなる。

罪悪感が込み上げてきて私の頭を殴った。

 

私の手は既に血に染まっている。

けれど、引き金を直接引くという生々しさは自覚していない。

敵の命を自分の意思で奪う。

兵器を作り出すのとは大きな違いだ。

 

ジンの残骸が、私を恨めしげに睨んでいるように見えた。

 

「うっ………」

 

胸が締め付けられるように痛む。

兎に角この場を離れようと、私は逃げるように機体を動かした。

 

先程から通信は一切入らない。

通信妨害でも受けているのだろうか。

私からも呼び掛けてみたが反応はなかった。

 

「これからどうすれば……」

 

できれば、もう敵は撃ちたくない。

あんな思いをするのは御免だった。

 

こんな状況、早く終わって欲しい。

そう思った。

 

 

 

□□□□□

 

 

 

「!──あれは」

 

通信を続けながら機体を動かしていると、目の前に私の知るMSとは別のものがジンと交戦していた。

P0シリーズとは別の、鮮やかなトリコロールの機体。

顔は似ているが外見はまるで別物だ。

 

その機体は見事な動きでジンにナイフを突き立て、その行動力を奪っていた。

 

「すごい──ハイドロを狙った…?」

 

あまりの手際に私は思わず感心してしまった。

ナイフが2本刺さった程度でジンは普通止まらない。

それが止まったということは、内部系統を熟知して的確にそこを突いたという事だ。

 

私もああすれば良かったのでは?

ふと、先ほどの事を思い返してそう思った。

敵の命を奪わなくても、自分の身は守れる。

私もかのMSのようにやるべきだったのだ。

 

そんな時、コクピットに接近反応を示すアラートが鳴り響く。

まだもう一機いたらしい。

ジンが重斬刀を構え此方に走ってきていた。

 

「どうしても破壊するつもり!?」

 

放っておけばあのMSは後ろからやられるかもしれない。

幸い、そのジンは狙いをあのMSに定めており此方には向かってきていなかった。

 

私はライフルの照準をジンに合わせていた。

放っておくこともできた。

しかし、私は引き金に指をかけたのだ。

 

ジンとあのMSのパイロットの命を天秤にかけるのは嫌だった。

なら、あのMSのようにジンの戦闘能力を奪えばいいのだ。そうすれば、皆助かる。

 

これが最善の選択だ。

その最善を尽くすために、私は己の持てる力を振り絞った。

 

精神を研ぎ澄ませ、ジンの戦闘能力を奪う為のプロセスを構築する。

あのジンのイレギュラーな行動も選択肢に含め、チェスのように幾通りの手を頭の中に用意した。

 

「よし……!」

 

私はライフルをジンの足元に向けて放ち、ジンの気を此方へと向けさせた。

ジンが立ち止まりこちらを見る。

すかさず照準をジンの頭部に合わせ、更にビームを撃ち込んだ。

 

狙い通り頭部を吹き飛ばすがまだ終わらない。

ジンの両手も撃って破壊した。

大破だ。

もう戦闘続行は不可能。

 

ジンのコックピットからパイロットが脱出するのが見え、私は肩の力を抜いた。

 

 

上手くやれた……

 

 

不必要に命を奪わず、しかも皆の命を助ける事に成功したのだ。

私はチラリとあのMSを見た。

あのMSがいなければ、私はまた命を奪っていたかもしれない。

それを考えると、あのMSには感謝しなければと思った。

 

私がジンを撃退した事であのMSはこちらを見ていた。しかし、武器を構える様子はない。

一応味方と認識してくれているらしい。

 

私は無線をオープンチャンネルにして、その機体のパイロットへと話し掛けた。

 

「こちら、モルゲンレーテのアストレイ。そちらのパイロット、聞こえますか?」

 

何度か呼び掛けていると、通信に気がついたのか返答があった。

しかしその声を聞いて私には衝撃が走る。

 

『───えっと…これであってるのかな──聞こえています。あなたは紅白のMSのパイロットですか?』

 

聞いたことのある声だった。

いや、まさか……

 

「───まさか、キラ…カトーゼミの、キラ・ヤマト君?」

 

『えっ!?……あ、はい…その声ひょっとして──エレナ・ジェーンさん?』

 

「え、えぇ……なんであなたが──と言いたいところだけど、それはお互い様みたいね。一先ず、どこかに機体を止めましょうか。」

 

まさか、あのMSのパイロットが知り合いもいいところ──私が出入りしているゼミの学生だとは。

こんな事誰が予想するだろうか。

とにかく私は彼を先導し、近くの公園へと機体を進めた。

 

 

 

□□□□□

 

 

 

「驚きましたよ。まさかアレに乗っているのがエレナさんだなんて。」

 

「あなたがアレに乗っているのもかなり驚きよ。それにまさか、皆もいるなんて……なぜシェルターに行かなかったの?」

 

機体を公園に止め、あのMS─ストライクから降りてきたキラと話している。

キラの周りには、なんとカトーゼミの他の学生もいた。

ミリアリア・ハウ、トール・ケーニッヒ、カズイ・バスカーク、サイ・アーガイル……

キラも含め、皆私の後輩だ。

 

それだけじゃない。

キラは負傷している地球連合軍の女性士官まで連れていたのだ。

その女性士官は先の戦闘で気絶したらしく、今はミリアリアが見ている。

 

 

「どこもセキュリティレベルが8になってて…閉め出されたんですよ、僕達。」

 

「え……」

 

セキュリティレベル8とは、余程コロニーに重大な被害が出た時しか発令されない。

それが出たということは、戦闘はかなり大規模なものになっているということか。

 

私は黒煙の立ち上るコロニーの景色と、近くに停めているアストレイを見ながら歯噛みした。

 

何が中立だ。

こんなものを作っているからザフトが攻めてきたのではないか。

しかしながら、私はこれの開発に携わった人物の一人でもある。

シェルターから閉め出され、戦場を逃げ惑う事になった後輩達に申し訳ないと思った。

 

 

「その機体から離れなさい!!」

 

「っ!?」

 

突如銃声が響く。

 

見ると、あの女性士官が拳銃をストライクのコックピットへ向け発砲していた。

その銃口の先には、先程から好奇心でストライクを弄っていたトールとカズイがいたのだ。

装甲に弾が弾かれて火花が散る。

二人は突然の事に怯えて身を屈めた。

 

キラがすぐに引き留めにかかるが、女性士官──マリュー・ラミアス大尉の剣幕は収まらない。

あれよあれよと言う内に私達は一ヶ所に集められ、銃口を向けられていた。

 

「事情はどうあれ、軍の重要機密を見たあなた達をこのまま解放する訳にはいかなくなりました。然るべき所と連絡が取れ、その処遇が決定するまでは私と行動を共にして貰います。」

 

「ここは中立です!軍とか関係ない、ただの民間人なんですよ僕らは!」

 

「そうだよ!だいたい、なんで地球軍がここにいるのさ、そっからしておかしいじゃんか!」

 

「そうだよ、だからこんなことになったんだろ!」

 

 

そう告げるラミアス大尉に皆口々に食って掛かる。

 

当たり前だ。

彼らはちょっと前まで普通の学生だったのだ。

それがいきなり、軍と行動を共にしろではそうなるだろう。

 

しかし、ラミアス大尉は銃で空を撃ち彼らを黙らせた。

 

「黙りなさい。中立だと、関係ないと言っていればそれで済むと思っている訳じゃないでしょう?あなた達は地球軍の重要機密を見た。それがあなた達の現実です。」

 

ラミアス大尉の厳しい口調に皆沈黙する。

サイが乱暴なと独りぼやくが、それもラミアス大尉は一蹴した。

 

「乱暴も何も、戦争しているんです。地球とプラント、ナチュラルとコーディネイター。あなた達の外の世界ではね。」

 

そう言うラミアス大尉の言葉に我慢できなくなった私は、黙るのをやめて前に出た。

警戒したラミアス大尉の銃口が私に向く。

私は気にせずラミアス大尉に詰め寄ると、強い口調で言った。

 

「その戦争が嫌で、ここにいる者もいるんです。」

 

「あなた──」

 

「私は……プラント出身のコーディネイターです。あの日──血のバレンタインで多くの人が死んで…ナチュラルを滅ぼせと叫ぶプラントが嫌で、ここに移り住んだんです。なのに、こんな事になって・・・」

 

空気が凍っていた。

ラミアス大尉は意表を突かれたとでもいうかのように青ざめている。

地球連合軍の士官に、民間人のコーディネイターが食って掛かる。銃殺されても文句は言えないだろう。

けど、私はラミアス大尉のあんまりな物言いに我慢できなかったのだ。

 

長い沈黙の時が流れ、私とラミアス大尉のにらみ合いが続いた。

後ろの後輩たちもどうしていいのかわからないというような感じだ。

私は溜め息を吐くと、一歩後ろへ引き下がった。

 

「……失礼しました。あなたも軍務の上でしょう。大人しく従います、銃殺されては敵わないわ。」

 

「………ありがとう。それと……私も、配慮が足りなかったわ。ごめんなさい。」

 

退いた私に対し、ラミアス大尉は頭を下げた。

多分、この人は良い人なんだろう。悪いことをしてしまったと思う。

彼女は私の言葉に酷く思い詰めている様子だった。

 

 

 

 




5/20 指摘のあった箇所を修正しました。
5/31 エミリアの服装について描写を変更しました。


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M1アストレイ、跳躍

ラミアス大尉はストライクのバッテリーを充電させるべく、サイ達に命じてパワーパックを取りに行かせていた。

 

私の機体はまだバッテリーは十分だったので同じ場所で待機している。

何が起こるかわからないからだ。

 

「この機体は、オーブの?」

 

「アストレイと言います。ただ、詳しい事はよくわかりません。私も一介のテストパイロットでしかないので」

 

ラミアス大尉がアストレイを見ながら聞いてくる。

私は一応守秘義務があるため適当にはぐらかした。ラミアス大尉もそういう答えが帰ってくる事はわかっているらしく、深くは追求してこない。

 

「………その、先程は申し訳なかったわ。プラント出身のコーディネイターがいるとは思わなかったから…」

 

ラミアス大尉が申し訳なさそうに言ってくる。

やはり気にしていたのだろう。

 

「……仕方がありませんよ、会ったばかりでしたもの。それに、こういうご時世ですから…」

 

ラミアス大尉の謝罪はしっかりと受け取っておく。

今後しばらく行動を共にするのだ。後腐れないようにしておきたい。

 

「ありがとう……ご両親は元気にされているの?プラントに?」

 

「プラントに母と弟がおります。父は戦争で…」

 

「ごめんなさい、また悪いことを聞いてしまったわね…」

 

「いえ、気になさらないでください。私はプラントが嫌でここに移住した訳ですから。プラントに未練はありません。」

 

「それは…あまり、あなたの身の上は聞かないほうがよさそうね。」

 

ラミアス大尉はばつが悪そうに苦笑いを浮かべていた。

しかし、親子の不仲というのはナチュラルだろうがコーディネイターだろうが関係ない。私が特別というわけでもないだろう。

 

 

ただ、一つ気がかりはあった。

 

イザークの事だ。

母とは疎遠になったが、イザークとは士官学校在学中からずっと手紙のやり取りを続けている。

 

何だかんだでへリオポリスに行った私を心配してくれているらしく、手紙にはその旨が常に書かれていた。

 

ただ、あまり頻繁に手紙を交わすと仲間にからかわれるのでやめてくれとのことで、最近は控えめになっている。

特に前線部隊へ配備されて以降、作戦行動中ということで殆ど手紙が届かなくなった。

 

それでも月に1~2通は交わしている。

戦争に出ているのだ。安否が気になって仕方なかった。

 

今、イザークはどこにいるのだろうかと思う。

へリオポリスをザフトが襲撃したと知ったら心配するかもしれない。

手紙で安否を伝えたいが、こんな状況では出しようもなかった。

いっその事ザフトに投降してしまおうかとも思ったが、私はすでにコーディネイターを一人殺している。

そんな私がプラントに戻っていいものなのだろうか?

それに、ここには後輩たちもいる。

地球軍に連行される彼らを見捨てることは出来なかった。

 

 

そんなことをしていると、サイ達がトレーラーを運転して公園に帰ってくる。

ストライクへのパワーパック搭載作業が始まり、私もアストレイを使って作業を手伝った。

 

 

「っ!爆発…?」

 

突然、コロニー外壁の一部が爆発した。

その破穿から赤いMAと白いMS──シグーが飛び込んでくる。

 

シグーは赤いMAを追っているようで、執拗に追撃しながら機銃を撃っていた。

 

「パックを着けて!早く!」

 

ラミアス大尉が走りながらこちらへ叫ぶ。

私はストライクへのパック装着を急いだ。

 

突如、アラート音が鳴る。

シグーがこちらへ向けて接近してきていたのだ。

 

 

「っ!」

 

パックを装着し終えるや否や、私はアストレイにシールドを構えさせた。

案の定、シグーはこちらへ向けて機銃を撃ってくる。

 

着弾の衝撃で機体が小刻みに揺れるが、機体への損傷はないようだ。

しかし、足元には後輩達がいる。

 

「くっ、こんなところで………」

 

モニターで確認すると皆無事なようだった。

ストライクとアストレイへ攻撃が集中した事で流れ弾は出ていない。

しかし、二度三度同じことが続くとは思えない。

後輩達が退避する時間を稼がなければ……

 

「皆、ここから退避して!私が時間を稼ぐから!」

 

外部スピーカーで下の後輩達に呼び掛けると、私はアストレイを走らせた。

皆から十分に距離を取り、背部スラスターを噴かす。

機体が空へと舞い上がった。

 

注意を引くため、一発だけビームをシグーに向けて撃った。当てるつもりはない。

シグーはビームに気づくとモノアイを私に向けた。

そして突撃機銃を構える。

 

「来るっ!」

 

曳光弾が煌めき、射弾が迫る。

支援AIが回避行動を取り、バレルロールでひらりと弾を避けた。

距離が詰まり白兵戦の間合いとなる。

 

武装をビームサーベルに切り替え、シグーへと抜き様に一太刀浴びせた。

シグーの突撃機銃をサーベルが斬り飛ばす。

 

シグーは使い物にならなくなった機銃を捨てて素早く重斬刀を抜き、反撃の一閃を振るってくる。

上段からの幹竹割りの一撃だ。

支援AIがすばやく機体を制御してそれをシールドで受けとめ、大きな金属音と火花が舞い散った。

 

自動でサーベルが振り出され、シグーは後退してその一撃を避けようとする。

しかし、私のアストレイの方が早かった。

 

シグーの片足がサーベルに切り取られ、地表へと落下していく。

シグーは面食らったように飛び退くとアストレイと距離を取った。

 

 

私は、改めてMS同士の戦闘における駆け引きに戦慄していた。

一瞬の判断の誤りが生死に直結してくるのだ。

敵は支援AIなしであの攻撃を放ってきたのだから、ザフトのパイロットというのは本当に恐ろしい。

この一連のやり取りがわずか数秒で行われているのだから、支援AIの働きには感謝しなければならない。

なければ私はやられていただろう。

 

 

「──何、また爆発!?」

 

突如、背後で爆発が起こる。

なんと、外壁を破って今度は戦艦が姿を現した。

 

 

私の専門は本来は造船工学。

だからこそ、思わずその戦艦に魅入ってしまった。

 

───美しい艦だ、と。

 

 

 

白い戦艦は黒煙を纏いながらへリオポリス内部に躍り出ると、その巨大な船体をゆっくりと進ませていた。

 

その戦艦へ向け、シグーはシールドのバルカン砲を放ちながら突進していく。

戦艦はなんとその巨大な船体をロールさせ、シグーの攻撃を回避していた。

私はその大胆な操艦を見て呆気にとられるが、シグーは再度戦艦に攻撃を仕掛けるつもりらしい。

 

再び旋回して戻ってくるシグーに対し、戦艦はミサイルを発射して応戦した。

 

「あぁっ─」

 

シグーはそのミサイルをコロニーのシャフトを盾にして防ぐ。

シャフトがミサイルによって千切れ、私は歯噛みした。

 

どうやらザフトはこのへリオポリスを破壊することも厭わないつもりらしい。

これ以上あのシグーに暴れられたら大変な事になる。そうなる前に何とかしなければ。

 

私は機体を加速させ、ヒラヒラと飛び回るシグーの後方に接近した。

タイミングを見計らってライフルを射撃する。

 

緑の閃光がシグーの残ったもう片方の足を吹き飛ばした。

これだけ損傷すればもう戦闘は継続できないだろう。

 

「──!?」

 

アラートが鳴り、支援AIによって機体が急に後退する。

そこへ極太の光線が伸びてきた。

その熱線はシグーの右腕を掠め取りながらコロニー外壁に命中し、巨大な風穴を開ける。

シグーは形勢不利を悟ったのか、その風穴から外へと出ていった。

 

「コロニーは───まだ修復できるのかしら……でも、これ以上の戦闘は……」

 

コロニーに開いた風穴はかなり大きい。早めに修復しなければ間に合わなくなるかもしれない。

機体を制動させながら、今度は光線の来た方向を見る。

ストライクが砲を構えていた。

キラ君が撃ったのか。

 

援護しようとして、恐らくその火力を知らないままに射撃したのだろう。

硬直しているところを見ると多分間違いない。

 

起きてしまった後では仕方ないが、私がライフルでさっさとシグーを仕留めていればあるいは…

そう思った。

 

「はぁ……」

 

ため息をつくと、私はアストレイをストライクの近くに着地させる。

コックピットハッチを開き、集まっていた後輩達を見る。どうやら怪我はないようで私は少し安堵した。

 

「皆、無事?」

 

「こっちは大丈夫です。それより、ラミアスさんが何かあるみたいですよ」

 

私の問いかけにサイが答えてくる。

ラミアス大尉が何か用があるというので私はそちらを向いた。

 

「エレナさん、アークエンジェルが降りてくるわ。皆を移送するのを手伝ってほしいの。」

 

ラミアス大尉が指差す先にはあの白い戦艦がいた。

高度を落としてきており、どうやら着陸するつもりらしい。

 

地球軍の戦艦に、それもザフトの襲撃直後に乗り込む。

それがコーディネイターにとってどれほど危機感を募らせる事か理解しているのか。

文句を言える立場にないとは云え、正直気が引けた。

 

 

□□□□□

 

 

私は言われた通り、ラミアス大尉と後輩達をストライクと分担してアークエンジェルに運んだ。

ローンチデッキらしい箇所に皆を降ろし、しばらくコックピット内から様子を見る。

すぐデッキに降りる程、私は地球軍に心を許していない。

 

ラミアス大尉はこの艦のクルーとおぼしき地球軍兵士達と話していた。傍らには後輩達もいる。

するとそこへ、金髪の背の高い男性がやってくる。

パイロットスーツを着ているところを見ると、恐らく先程着艦していた赤いMAのパイロットだろう。

 

彼が来てしばらくの後、急に地球軍兵士の一部が銃を構えた。その視線はキラに集中している。

 

嫌な予感がする。

あのMAパイロットが余計な事でも言ったのだろう。

私はコクピットハッチを開けると、急いで機体から降りた。

 

「おいおい、子供の次はネーちゃんかよ…」

 

色黒の整備士風の男性がそう言うのが聞こえた。

私は気にせずキラ達の元へ行くと、地球軍兵士から後輩達を庇うように割って入った。

 

「ラミアス大尉、こちらは?」

 

「あぁ…アストレイのテストパイロットのエレナ・ジェーンさんよ。彼女もストライクの護衛をしてくれたの。それより銃を下げなさい。彼女もキラ君と同じ、私達の味方よ。」

 

私が出てきた理由を察したのだろう。

ラミアス大尉が他の兵士達に銃を下げるよう促す。

彼らはそれに従い銃を下ろした。

 

ラミアス大尉は私に口を挟むなという風に目線を送ってくる。

問題がややこしくなるのが嫌だったので私も従った。

 

「驚いたな……クルーゼの野郎と渡り合ってたの、君かい?あの野郎が劣勢になっているの初めて見たぜ」

 

MAのパイロットが私に話し掛けてきた。

クルーゼ?

どこかで聞いたことがあるような…

どちらにせよ、やりたくてそのクルーゼさんと戦った訳ではない。

 

「戦いたくてやった訳では……彼らを守るためです。」

 

私の返答を聞き、そのMAパイロットは突然吹き出した。私の言葉がそんなに面白かったのだろうか。

 

「ぷっ──アハハハ!それでやられたんだったらクルーゼも落ちたもんだ。いやぁ面白い。というか、君コーディネイターだろ?あの動きはナチュラルには無理だ」

 

「っ…」

 

さりげなく私をコーディネイターと見抜いてくる。

流石は常に死線を張っているパイロットだ。機体の動かし方一つで見抜いてしまうのだから。

常日頃からコーディネイターの操るMSと渡り合っている彼なら見慣れたものなのだろう。

私が苦い顔をしていると、彼は私の肩を叩いた。

 

「そんな顔しなさんなって。別に取って食おうって訳じゃない、君らの才能に感心してるだけさ。さぁて──ここでのんびりしててもいいけど、早いとこ準備した方が良さそうだな。」

 

「何をです、フラガ大尉」

 

彼─フラガ大尉の言葉に、黒髪の女性士官が反応する。

彼はどこかへ歩いていきながらそれに答えた。

 

「戦闘準備だよ。外にいるのはクルーゼ隊だぜ?銀髪のお嬢ちゃんのお陰でヤツ自身は出てこないだろうが、ヤツの部隊は健在だ。アイツが何もしてこない訳がない。」

 

 

□□□□□

 

 

フラガ大尉の一言で、アークエンジェルは発進準備と物資の積み込みを急いでいた。

私はモルゲンレーテの工場にある物資類を搬出してはトレーラーに積み込む仕事を行っている。

モルゲンレーテの工場なら勝手知ったるものだからだ。

 

現状、コロニーの警報レベルは9。

 

シェルターは完全にロックされ、コロニーの機能復旧が成されるまでは開かない状態だった。

つまり、後輩達をどこかのシェルターに避難させることはできない。それに、ラミアス大尉が彼らを解放してくれるかもわからなかった。

となると、アークエンジェルを守らなければ後輩達が危ないのだ。

私は協力せざるを得なかった。

 

アストレイはアークエンジェルに置いてきている。

今後に備えてバッテリーを充電しておく必要があった。燃費の良い機体ではあるが無限に動ける訳でもない。

雑務は他の地球軍兵士や作業員と共に重機や車両を使って行っている。

 

「水はBエリアの貯水タンクのものを!あそこの水なら飲料水にも使えます、他は工業用水だから気を付けて!」

 

作業員に指示を出し、効率よく物資を集めアークエンジェルへと輸送していく。

とにかく急がなければならない為、集める物資は生存に直結する食料や水、医薬品を優先した。

その傍ら、他にも使えそうな器材や武器弾薬類を集めている。

 

「お嬢ちゃん、コイツは持ってくか!?」

 

作業員の一人に呼ばれ、私はそちらへと向かった。

MS用武器庫に収納されている、アストレイ用の装備。

作業員が指差しているのは試製狙撃型ビームライフルだ。

連射性能が低い代わりに強力な威力と最大400kmに及ぶ射程距離、天体望遠鏡並の光学照準器と高精度のFCSによって高い命中精度を誇る。

 

強力な装備だし、あれば役に立つかもしれないので搬出してもらった。

他にもアストレイのフライトユニット用に開発されていた燃料タンクを兼ねたウイングが一式見つかっており、そちらは既にアークエンジェルへと積み込んでいる。

 

 

 

見つけた武器をアークエンジェルに積込み終えた頃、艦内に警報が鳴り響いた。

ジン二機がコロニー内に再び侵入してきたらしく、アークエンジェルは戦闘体制へと移行する。

 

私もアストレイに乗り込んで待機していると、隣のストライクにキラが乗り込むのが見えた。

やはり、彼の代わりになれる人材は居なかったらしい。

 

私は通信のスイッチを入れ、ストライクのキラに話し掛けた。

きっと怖いはずだ。フォローしてあげなければ。

 

「キラ君、大丈夫?」

 

『エレナさん…』

 

「恐いならストライクを降りた方がいいわ。あなたが降りても誰にも文句は言わせない。この艦は私が守るから…」

 

努めて優しい口調で言った。捉え方を間違われると男の子のプライドを刺激する台詞でもあるからだ。

先程の戦いでわかったが、一瞬の迷いが戦闘では命取りになる。

怖いなら出ない方がいい。

そうでないと命を落とす事になる。

 

『いえ、大丈夫です。エレナさんばかりにキツい思いはさせられませんよ。』

 

「そうは言っても……本当に大丈夫?」

 

『大丈夫です。けど、僕はエレナさんほど上手くは戦えないので援護お願いします。』

 

「………わかったわ。お互い、無事に帰ってこれるよう頑張りましょう。」

 

 

別に、私も戦闘慣れしている訳ではない。

全部支援AIのサポートのお陰。

それでも、サポートがあるだけマシなのだ。キラのストライクには支援AIどころか、当初はまともなOSも載ってなかった筈である。

それをここまで動かせるようにした彼の技術力も中々のものだが、それが戦闘に生きるとは限らない。

 

私達素人の肩には、後輩達を含めアークエンジェルの命運が掛かっているのだ。

それに加えて自分達の命も守らなければならない。お互いに助け合わなければ絶対生き残れないだろう。

 

私は発進までの間に、支援AIにストライクとアークエンジェルの位置を常に把握するよう設定を追加した。

これでどうにかなればいいのだが……

 

『各機MSパイロット、私はCIC担当のナタル・バジルール少尉だ。人員がいないので私がMSの戦闘管制も兼任する。敵はジンが二機、重爆装備が確認されている。』

 

「重爆装備!?」

 

黒髪の女性士官、バジルール少尉の通達に私は驚愕した。

重爆装備といえば、要塞攻略戦に使われるような代物。

D装備と呼ばれるM66キャニスなどの大型ミサイルを装備した状態だ。

そんなミサイルを発射されればコロニーの外壁などひとたまりもない。

私の反応にキラは戸惑っているようで、バジルール少尉は彼にもその脅威を説明していた。

 

『そうだ、命中すればタダでは済まない。ジンがミサイルを撃つ前に破壊しろ』

 

そう告げられた私は、また引き金を引かなければならないのかと思い悩む。

ジンを見過ごせば、アークエンジェルどころかヘリオポリスが危ないのだ。それは十分にわかっている。

もう迷ってなどいられない。

しかし、私はまだ踏み切れずにいた。

 

『時間がない。MS各機、発艦せよ。健闘を祈る。』

 

バジルール少尉の言葉に従い、アストレイをアークエンジェルから発進させた。

カタパルトは使わない。敵が近すぎる。

ローンチデッキから歩行と軽いスラスター噴射で飛び出し、私は再び戦場となったヘリオポリスへと降り立った。

 

 




6/2 一部台詞を修正しました。


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砕けた日常

 

頭上をアークエンジェルが通過していく。

私は機体を地表に着地させると建物の影に隠れた。

援護射撃に専念するためだ。

 

当初は前に出る予定だったが、バジルール少尉からストライク共々アークエンジェルの援護をするよう指示があったのだ。

反論したかったが今は戦闘中であり時間がなかった。

 

精密射撃用のスコープを引き出し、ライフルの照準をジンに合わせた。

支援AIを射撃補整に設定して私の腕をカバーしてもらう。

 

ジンはその注意を完全にストライクへ向けている。

D装備でストライクと戦うつもりなのだろうか。

 

照準とジンの機影が重なる。

その瞬間、私は引き金を引いた。

 

緑の閃光がジンの右足を撃ち抜き姿勢が崩れた。

続けざまにもう一発撃ち、今度はキャニスを破壊する。大きな爆発が起こり、ランチャーは右腕ごと吹き飛んだ。

 

片足と片腕を失えば、戦闘を継続できる程のAMBAC制御は困難な筈だ。

あのジンの脅威度は無くなったと見ていい。

 

私は目標を別のジンに変える。

もう一機のジンはアークエンジェルの後方から迫っていた。

射点を確保するため建物から別の建物の影に移動し、ライフルの照準をその頭部に合わせ射撃する。

 

ビームが頭部を撃ち抜いた。

メインカメラをやられればまともな照準はできないだろう。

 

ミサイルは厄介なので両腕も飛ばしておきたい。

ライフルの照準を修正し、ジンの右腕に向けてビームを撃った。

 

右腕が吹き飛ぶ。

素早く左腕へと照準を切り替えた。

しかし、撃つより先に撃たれてしまう。

 

「しまった!」

 

ランチャーから放たれた二本のミサイルが白煙を引きながらアークエンジェルへと向かっていった。

 

いや、まだだ。ミサイルを撃ち落とす。

照準を合わせビームを連射した。

どれかでも当たればいい。

 

一本にビームが命中し爆発した。

続けて二本目も吹き飛ばす。

支援AIが照準を素早く修正してくれたのだ。

 

「よし……っ!なぜこっちに!?」

 

頭部と片腕を失ったD装備のジンがこちらへ向かってきていた。

あの状態で戦いを仕掛けるつもりなのか。

 

ライフルの照準をジンに合わせる。

両脚のパルデュス短距離ミサイルは使った後のようでポッドは空になっている。

残った左腕を吹き飛ばせば攻撃手段を失う筈だ。

ビームを放つが、敵は複雑なロール運動を行ってビームを避けた。

 

「どうしてその状態で……!」

 

あの機体のパイロットは私に恨みでもあるのだろうか。

回避運動をとられれば精密射撃は一気に難易度を増す。左腕を狙って撃ち落とすのは困難だ。

 

当てようと思えば当てられる。

しかしその場合どこに当たるかはわからない。

コクピットや胴体に直撃する可能性の方が高くなる。

 

撃つしかないのか…

 

私は迷ってしまった。

その間に敵との距離は詰まっていく。

そして、目の前で爆発が起こった。

 

「っ!?──アークエンジェルからの援護射撃ね……」

 

アークエンジェルからミサイルが放たれていたらしく、それによってジンは撃ち落とされたようだ。

 

残骸が重力に引かれて地表に降ってくる。

私が引き金を引いた訳ではない。

それにこのジンは私を撃つつもりで向かってきていた。

それでも、私はどうしても罪悪感を覚えてしまう。

 

『アストレイ、ストライクの援護に向かってくれ!ジンとイージスに襲われている!』

 

バジルール少尉から通信が入り、私は我に返った。

咄嗟に上空を見上げると、ストライクに対して二機のMSが取り付いていた。

どうやらコロニーに開けられた穴から内部へ侵入してきたらしい。

 

一機はジンだが、先程のジンとは武装が異なる。

武器はD装備ではなくM69バルルスと呼ばれる重粒子砲で、いわゆる携行型ビーム兵器。ただ連射は利かなかった筈だ。図体も大きく取り回しも悪い。

しかし、重粒子砲の威力はキャニスに引けをとらない。コロニーへのダメージも無視できないだろう。

 

それともう一機は、どうやら強奪されたばかりの地球軍の機体だ。

詳細は知らないが、性能的にはストライクと同等程度と見ていい。キラには荷が重い相手だ。

重粒子砲を装備して鈍重になったジンと、新型でストライクと同性能のイージス。

私がイージスを相手にするしかない。

 

「!、まずい───」

 

ストライクの背中をジンが取り、重粒子砲を向けていた。

私はスラスターを全開にして飛び上がり、ストライクの背後に着くとシールドを構えた。

ビームがシールドに着弾して弾ける。

私はビームを防御するとすかさずライフルで撃ち返した。

ジンがそれを避けて後退する。

 

「──キラ君、私がイージスを引き付けるわ!あなたはジンを!」

 

『えっ──でも』

 

「ジンの方が動きが鈍いわ!イージスよりは与し易い筈」

 

そう言って、私はスラスターを噴かしてストライクの頭上を飛び越えイージスへと突進した。

ライフルを2~3発連射して威嚇し注意を引く。

 

私が射撃するとイージスもライフルを構えて撃ち返してきた。

支援AIが防御を選択し、シールドでビームを防御する。

 

「なんて射撃…!接近戦に切り替えるしか……」

 

イージスから返ってくるのは恐ろしく正確な射撃だ。

支援AIがなければコクピットを撃ち抜かれている。

ライフルでイージスを無力化するのは厳しそうだ。

 

ランダム回避運動を取りつつ距離を詰めると、イージスも接近戦に移行してきた。

サーベルを出して私の出方を伺っている。

 

本当に隙がない。

下手に手を抜くとこちらが返り討ちにされてしまいそうだ。

 

「引き離すしかないわね……着いてくるかしら」

 

私は接近戦を諦め、イージスをストライクから引き離す事にした。

ライフルでイージスを撃ちながら後退していく。

これだけ撃たれれば無視はできない筈だ。

 

しかし、イージスは何故か私に着いてこなかった。

丁度同じくらいの時にストライクがジンを撃破していたのだ。

爆発が起こり、イージスはそちらを向いていた。

 

チャンスだと思った。

ライフルの照準をイージスの足に合わせて引き金に指をかける。

その時だ。

無線にストライクが行っている通信が響く。

 

『キラ!キラ・ヤマト!君なのか!』

 

『アスラン───アスラン・ザラ!』

 

キラ君の無線通信が私のアストレイにも聞こえていた。

アスラン・ザラ……たしかパトリック・ザラの息子だった筈。

それより、なぜキラの名前を知っているのか。

キラもアスランを知っているようだ。

 

二人の間には何かあると感じた。

私はこのままイージスを撃って良いのだろうか。

引き金に掛けた指に迷いが生じる。

 

『どうして──どうして君が!』

 

『お前こそ、どうしてそんなモノに乗っている!』

 

二人の通信が再度聞こえてくる。

二人は知り合い?

いや、まさか友人……

 

もしそうなら何と残酷な事だ。

友人が敵軍のパイロットとして相対している。

最悪の状況ではないか。

 

「これだから…戦争なんて───」

 

一人呟く。

こんな状況に陥った彼らが可哀想だと思った。

 

ふと、機体が後方へ引っ張られ始める。

何かと思って見ると、なんとコロニーが崩壊を始めていた。

 

「そんな……!?」

 

いつの間にか、コロニーシャフトが破壊されていた。

流れ弾は最小限に押さえていた。ビームライフルの焦点も拡散に設定してあるので地表までは到達しない筈なのに……

 

コロニーの外に放り出されればザフト艦の目の前に放り出される可能性もある。

兎に角アークエンジェルへ戻らなければと、機体をアークエンジェルへ向けた。

 

『うあぁぁぁぁぁ!!』

 

「しまった、キラ君っ!」

 

しかし、ストライクがコロニー外へ吸い出されるのを見て私は向きを変えそれを追う。

一人で宇宙に放り出すわけにはいかないのだ。

気づけばイージスはどこかに消え、戦闘はコロニーの崩壊と共に終結していた。

 

残骸を避けながらストライクに追いつくと、これ以上離されないようアストレイと手を繋げた。

 

『───エレナ、さん…』

 

「大丈夫?機体は損傷してない?空気漏れは?」

 

矢継ぎ早になってしまったが、宇宙空間での損傷は生死に直結してくる。特に私達はパイロットスーツを着ていないので機体に何かあれば洒落にならない。

急いで機体の状況を確認させる必要があった。

 

『えっと………大丈夫です。それより、ありがとうございました。』

 

キラから返答に一先ずは安心した。

そして、気になっていた先程の通信の事を聞く。

 

「援護するって約束したもの、当然よ。それより……その、通信が聞こえたんだけど………アスラン、って……」

 

『………後で、話します。』

 

キラの声色は重苦しいもので、私の予感はどうも当たっているようだった。

話題を変える為、私はアークエンジェルに帰投するようキラに促す。

 

「わかったわ。とにかく今はアークエンジェルに帰投しましょう。ザフト艦が近くにいるかもしれない」

 

そう言うと、私はストライクを先導してアークエンジェルへと向かった。

アークエンジェルの位置はビーコンで掴んでいる。

割とすぐ近くにいるようで安心した。

アークエンジェルに向かっていると、ふとキラ君から通信が入る。

 

『───あの、エレナさん。』

 

「何?」

 

『皆…無事でしょうか……避難した人とか……』

 

やはり気になるのだろう。

キラはご家族がヘリオポリスにいる。安否が気になって仕方ない筈だ。

 

「………シェルターにいれば、それが救命ポッドになる筈だから大丈夫だとは思う。後はその………救助を待つだけになるんだけど」

 

『大丈夫、ですよね…?』

 

とにかく安心させてあげたいが、あまりはっきりしたことは言えない。

戦闘によってコロニーが破壊されたのだ。

確証は持てなかった。

 

「………えぇ、きっと大丈夫よ。国際救難信号も出てるだろうし、すぐに近くのコロニーから救助船が来るわ。それに、ザフトも救命ポッドを撃つなんて事はしないでしょう。」

 

正直、出任せだ。

戦闘後の崩壊したコロニーに周りのコロニーがすぐ救助船を出してくれる保証はない。巻き添えになるのを嫌がるからだ。

それでも、本当の事を言ってこれ以上キラ君を追い詰めたくはなかった。

只でさえ戦闘とザフトにいた友人の事で辛い筈なのだ。

たとえ気休めでも言ってあげた方が良い。

 

 

『………アレ?…あ!エレナさん、救命ポッドがあそこに!』

 

「え?」

 

ストライクが指差す先には確かに救命ポッドがあった。

どうも推進部が壊れているらしく、普通は一点に留まり続けるよう出来ているのに漂流しかけていた。

 

『救助しましょう!推進部が壊れているし、このままじゃ漂流して助からなくなる!』

 

「………」

 

キラ君の声に私は一瞬言葉が詰まった。

確かに、漂流しかけている救命ポッドがいる以上は救助したい。

 

しかし。

果たしてそれをアークエンジェルは受け入れてくれるのだろうか。

アークエンジェルは今戦闘中で、今後もザフト艦の追撃を受け続ける事になる可能性が高い。

アークエンジェルに乗っている方が危険となる可能性すらあるのだ。

 

漂流させてでも救助船に拾われる可能性に賭けるか。

それとも、避難民の命をリスクに晒してでも今回収するべきか。

 

私はその選択に迫られた。

けれど、ここでキラ君の提案を突っぱねれば彼はそれを抱え込むことになるだろう。

ご両親がアレに乗っていたらと想像して救助しなかったことを苦しむかもしれない。

 

「………わかったわ。キラ君が救命ポッドを運んで。私が護衛するから。」

 

私は決断した。

それからのストライクの動きは早く、素早く救助ポッドを捕まえるとこちらに戻ってくる。

私はそのストライクを守るように先導した。

 

アークエンジェルが見え、私達は一先ず無事に帰艦する事ができた。

しかし、相変わらず状況は悪い。

引き上げはしたが、ザフトが再度追撃してくる可能性は十分にあった。

 

それだけじゃない。

私が懸念していた通り、アークエンジェルが救命ポッドの受け入れを渋ったのだ。

 

バジルール少尉の怒鳴り声が通信に入ってくる。

彼女の指摘は正しかった。

誰も救命ポッドの救出など許可していないし、何より戦闘中の戦艦に避難民を収容するリスクを問題視していた。

 

しかし、私は救命ポッドを回収するというキラに賛同してしまったのだ。

今更無下にはできなかった。

 

「バジルール少尉、今は他に急ぐべき事がある筈です。とにかく私達を収容してください、エネルギー残量が心許ないんです。充電にも時間がかかります。」

 

『…………わかった。艦長からも同様の許可が出たところだ、ハッチを開けるから着艦しろ。』

 

不服そうではあるがバジルール少尉は了承してくれた。

暫くしてローンチデッキのハッチが開き、私達はアークエンジェルに着艦する。

 

機体を駐機位置に付けると、私は大きく溜め息をついた。

コクピットの外ではキラが回収した救命ポッドから民間人が降ろされている。

 

「生き残れた、わね……」

 

今までは極力冷静に振る舞ってきた。

しかし、アークエンジェルに到着して緊張が解けた途端感情が心を覆っていく。

凍りつきそうだった。

手はカタカタと震え、冷や汗が額から溢れ落ちる。

 

戦闘と死への恐怖。

人を殺してしまった事への嫌悪感。

ヘリオポリスが崩壊し、家を再び失ってしまった喪失感。

 

「なんで、こんな事に……」

 

何が悲しくて、同じコーディネイターと戦わなければならないのか。

戦争が嫌でヘリオポリスに来たのに、今の私は何をしている?

ここはMSのコクピットの中。戦争の渦中にいる。

 

MSに乗り、人を撃っている。

しかも、操縦中の自分がそれを極めて冷静に行っていることに戸惑いを隠せない。

 

どうやって戦えば自分が生き残れるか。

それをまるでコンピューターのように考え処理していく自分が嫌になった。

 

「……今は、やめましょう。」

 

私は考えることを放棄した。

とにかく今は休むことに専念しよう。そう思った。

 

 

 

□□□□□

 

SIDE:イザーク

 

 

 

「ヘリオポリスが、崩壊しただと…?」

 

俺はその報告を聞いて愕然とした。

恐れていた事が現実になり拳を握り締める。

 

今回の任務がヘリオポリスでのMS強奪作戦という時点でかなり危惧はしていた。

あそこに姉上がいることは手紙で知っている。

そこへ強奪などにいけば間違いなく戦闘となるのはわかっていた。

 

そして作戦当日、俺の想像は現実になる。

民間人のいる居住区画は避けるとの事だったが、地球軍はMSを工廠区画から居住区画を通って港へと輸送しようとしていた。

やむなく味方のジンが発砲を開始し、その流れ弾で周りにも被害が及ぶ。

 

俺は兎に角与えられた任務に集中して姉上の事は忘れるようにした。

割り当てられたデュエルを強奪し、ヘリオポリスを離れる。その際、黒煙の立ち上る風景を目の当たりにして姉上の顔が浮かんだ。

 

あの優しい姉上が、あの火の中にいるのではないか?

そう思うと不安で堪らなくなる。

俺はあの日、姉上がヘリオポリスへ移住すると言った時に引き留めていればと後悔した。

 

何故引き留められなかったのか。

俺が姉上に前線へ出ると報告しにいった時の表情がちらついてしまい、まったく話を切り出せなかったのだ。

姉上はあの日、悲しそうな顔で俺を送り出していた。

 

母上と姉上は顔はよく似ていた。

他人なら髪型が同じだと見間違えるかもしれないくらいだ。

しかし、姉上は髪が長いし赤いカチューシャを着けているからよく目立った。

 

そんな母上と姉上だが、性格はまるで違う。

二人とも俺にはやたら優しいが、母上と姉上では俺への接し方が違うのだ。

その違いを端的に表すなら、母上は俺にやって欲しいことを言い、姉上は俺のやって欲しいことをやる。

だからこそ、姉上の方から俺に何か言ってくる事は殆どなかった。

 

そんな姉上が、言葉には出さずとも俺に戦争へ行くなと引き留めてきたのだ。

しかし、俺は俺自身が戦争へ行かなければならないという使命感を抱いていた事と、母上に期待されている事もあってそれを無視した。

その後ろめたさが、姉上を引き留めようとする気持ちを躊躇させたのだ。

 

その結果がヘリオポリス崩壊と姉上の行方不明だ。

俺は仲間の手前動揺を気取らせないように注意したが、自室に帰ると姉上から送られてきたオーブの御守りを取り出した。

 

「くそっ!姉上、無事でいてくれ…」

 

姉上からの御守りを握りしめ、俺はそう呟いた。

 

 

 

□□□□□

 

SIDE:エレナ

 

私は一人居住区に来ていた。

ミリアリアと同室らしく、彼女に部屋を案内してもらった。

ミリアリアに預かって貰っていた荷物はすでに私の寝台に置かれている。

実はヘリオポリスでの物資搬入の際に軽く幾つか私物も取ってきていたのだ。

 

私物の殆どはモルゲンレーテの私のロッカーにあったものだが、幾つかは襲撃時に所持していたものだ。

その一つがバイオリン。

 

私はバイオリンのサークルに所属していたので、カレッジでもバイオリンはケースに入れて持ち歩いていたのだ。

大切なものなので持ち歩いていてよかったと思う。

 

このバイオリンはイザークからの贈り物だ。

決して高いものではないし、もっと程度の良いものを勧められた事もある。

しかし、弟が初任給をはたいて買ってくれたこのバイオリンが、私にとっては一番大事なバイオリンだった。

 

「わぁ、バイオリン!エレナさんってバイオリン弾けるんですか?」

 

「えっ…あぁ、ミリアリアさん。まぁ、趣味程度だけれど少しね。」

 

私がバイオリンをケースから出して傷がないか弄っていると、いつの間にかミリアリアが部屋に戻ってきていた。

 

そういえば、ミリアリアとはゼミ以外で話したことがない。

私が普段からバイオリンを持ち歩いているのを知らないのだろうか。

しかし、荷物を預けた時点でバイオリンケースは見た筈。

もしかして、私がバイオリンを出すのを待っていたのか?

 

「よかったら弾いてみてくれませんか?」

 

「それはいいけど……ここ、軍艦の中だから少しだけね?」

 

戦闘中の戦艦で楽器を弾くなどあまり誉められた事ではないのはわかっている。

しかし、ミリアリアは私がバイオリンを取り出すのをこっそり待っていた。笑顔を浮かべてはいるが、かなり無理をしているのが伺える。

 

突然の襲撃に強制的な連行、帰るべき家の消失。

彼女もまた、変わってしまった非日常を受け止めきれていないのだろう。

それ故、何か心の平穏を求めているように見えたのだ。

それに応えてあげるくらいはしてあげたかった。

 

私はバイオリンの肩当てを肩に乗せ、あご当てにあごを合わせてボディを固定する。

弓を当て、軽く音の調子を確かめた。

 

「わぁ……」

 

弓を引き、バイオリンの優しい音色が部屋に響く。

奏でるのは有名なベートーヴェンの『歓喜の歌』の一節だ。

簡単だが人気があり、とても奥が深い。

それに、ミリアリアの心情を鑑みればこの曲がいいと思った。

少しでも明るい気持ちにしたいと。

 

僅か40秒の独奏。

けれど、ミリアリアはその調べに聞き入ってくれた。

 

「………ありがとう、ございます。」

 

「………大丈夫。きっと、皆大丈夫よ。今は生き残る事を考えましょう。ね?」

 

 



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サイレントラン

□□□□□

Side:エレナ

 

 

アークエンジェルは、慣性航行を行いながら同じ地球軍の要塞であるアルテミスを目指していた。

避難民を受け入れてしまった為、艦内の物資が足りなくなっているのだ。

その為、消耗した弾薬や備品も含めて早急に補給を受ける必要がある。

 

それにアークエンジェル単艦で月まで行けるかも怪しい。アルテミスにて月と連絡を取り、味方の艦隊に迎えに来てもらった方がいいという判断の元だった。

 

概ね2時間の航路。

息を潜め、ひっそりと向かうような形となっていた。

 

艦内では避難民の身元確認が行われる中、私はアストレイに戻って整備を行っていた。

いつまた出撃になるかわからない。極力万全な状態にしておきたかった。

 

「ネーちゃん!ウイングをバックパックに付けたぞ、リンク確認しといてくれ」

 

「はい。ありがとうございます、軍曹。」

 

「お安い御用ってんだ。スナイパーライフルの接続はそっちでやっとくれ。俺らには難しい。」

 

整備を指揮しているマードック軍曹が報告してくる。

私は感謝の意を込めて頷いた。

 

アストレイにはモルゲンレーテで見つけた燃料タンク兼用ウイングの取り付けを行っていた。ただ、元が専用部品なので然程取り付けに時間はかからない。

推進材が増えたことでかなり贅沢にスラスターを噴かせるようになったのは有り難かった。

 

アストレイはかなり軽量なMSだ。それをこれだけの大出力スラスターで推せば相当な機動力を発揮できる筈。

 

他にも、試製狙撃型ビームライフルの調整を並行して行っている。

持たせて撃つだけならすぐに出来るが、それを狙った場所に当てさせるには調整が必要なのだ。

 

私にマニュアルで当てるだけの技量があればいいが、そんな腕はない。

となると、支援AIに射撃指揮を行ってもらう事になる。支援AIの火器管制系にスナイパーライフルの射撃諸元を入力し、機体の制御もそれに連動するよう調節させた。

 

もう一つ、対艦刀の運用に関しては一先ずキラが組んだソードストライクの格闘プログラムを適用して様子を見るつもりだ。

ただソードストライクのものと異なり実体剣なので、機体のマニュピレーターにどのくらいの負荷が掛かるかはやってみないとわからない。

 

「少し休憩しようかしら……」

 

さすがに働きづめで疲れてきた。

ヘリオポリス襲撃からこの方動きっぱなしだ。バイオリンを弾いて心は幾分か楽になったが、体は疲労している。

私は少し休憩しようとコクピットを出た。

 

すると、ストライクの元にキラがやってくるのが見えた。

マードック軍曹がそれを見つけて怒鳴る。

 

「おせぇぞ坊主!人手が足りねぇんだ、ストライクの面倒くらい見てくれよ!」

 

「す…すみません……」

 

キラは思い詰めたような表情でストライクへ向かっていく。

何かあったのだろうか?

そういえばまだ例の通信の事を聞いてなかった。

いや、今は聞くべきでないのか……

 

そう思っていると、キラの方から私に話し掛けてきた。

 

「あ、エレナさん…」

 

私と目が合い、彼はフラフラと私のところへ近づいてくる。

休憩しようと思っていたが、彼の表情を見てしまうと放っておけなかった。

 

「………どうしたのキラ君、浮かない顔してるわ。」

 

「え?あぁ……大丈夫です。それより、エレナさんはずっとここに?」

 

「いえ、少し部屋で休んできたわ。でも、ザフトの攻撃がいつあるかわからないもの。機体は万全にしておかなければね。」

 

そうは言っても整備の方は粗方肩がついている。

だからこそ休憩しようと思ったのだ。

 

「…………どうして、エレナさんはそこまで冷静になれるんですか。」

 

「………」

 

その質問に私は閉口した。

私は冷静そうに振る舞っているだけで、全然冷静ではない。本当ならここから逃げ出したくて仕方がない臆病者だ。

それでもこの艦を離れないのは、単に後輩達の為であるという事に尽きる。

答えを出せない私に対して、キラはいままで溜め込んでいた感情を吐き出していた。

 

「敵はザフトですよ。僕達からすれば同胞だ。それでも、戦わなくちゃ友達がやられると思ったから戦ってる。けど……」

 

けど……

キラが紡ごうとしている言葉がわかる。

彼が思い悩んでいることの本質も。

 

「そうね……アスラン君、だっけ?ザフトにいるのよね。それも、今襲ってきている部隊に」

 

「……はい。」

 

キラの様子を見ると、どうやらその一件はまだ誰にも打ち明けていないようだ。

 

当然だろう。

打ち明ければラミアス大尉は彼を戦わせられなくなるし、最悪スパイではと疑われる事も有り得る。

自分が出られなくなれば友達が守れない。

だから、全て自分の中に抱え込もうとしているのだ。

 

「仲はよかった?」

 

「ッ……はい」

 

「辛いわね…………そうね、私なら投降するかもしれない。」

 

「えっ」

 

「敵にいて、撃ってくるのよ。ならこちらも撃ち返すしかない。それで、弾がもし当たったら?その友達を自分の手で殺すことになる。そんなの絶対に嫌だもの。」

 

私は、キラに投降も一つの手だと示唆した。

このまま戦い続けるよりはマシな選択かもしれない。少なくとも死ぬ可能性は低くなる。

それに、彼がこのまま仲の良かった友人と殺し合うような事になるのも嫌だった。

 

彼が優しい子だということはゼミで関わっていればよくわかる。そんな彼をこのまま戦わせ続ければ、いつかその重責によって押し潰されてしまう。

そうなる前に、せめて戦争からは遠ざけてあげたかった。

 

「キラ君…あなたの気持ち、私にもよくわかるの。私もね、弟がザフトにいるのよ。もし敵に弟がいたら……撃ってしまったら、なんて思うと怖くて仕方ないわ。だから、あなたが投降したって文句は言わない。もしするつもりなら協力だってする。」

 

そう言うと、キラは大きな衝撃を受けているようで呆然としていた。

まぁいきなりのカミングアウトであるし、何より味方から投降を勧められたのだ。

呆然としていたキラだったが、しばらくすると今度は本気で投降するか悩み始める。

そして逆に私に聞いてきた。

 

「じゃあ、なんでエレナさんは──」

 

なぜ、投降しないのかと。

 

「……………」

 

それを言われれば私も答えざるを得なくなる。

しかし、答えれば間違いなくキラは負い目を感じてしまうだろう。

私は言うべきか迷った。

引き留めるような事を言うべきではない。

 

いや、逆に答えるべきなのか。

答えれば、もしかしたら私の負担を減らそうと投降するかもしれない。

 

「……あなた達がいるから、かしら。ヘリオポリスが襲撃されたのは、元はと言えばオーブがこんなものを作ってたから。そして、こんなものを作った人間の一人が私なのよ。あなた達をこんな目に遭わせてしまった以上、私は責任を取らなければならない。だから…戦ってる。」

 

「そんな……エレナさん一人が悪いわけじゃ…」

 

「でも、誰かが責任を取らなければいけないでしょう?現状でそれができるのは私だけ。これは仕方がない事なのよ。あなたが気負う必要はないの。」

 

「っ………それでも僕は……そんな事聞いたら、エレナさんだけに任せて逃げるなんてできませんよ!」

 

「キラ君……あなたに戦争は似合わないわ。私に気を使う必要なんてない。」

 

「戦争が似合わないのはエレナさんだって同じじゃないですか!あなたみたいな人がどうして、こんな……」

 

「…………」

 

彼の言葉に私は黙った。

どうして、か。

彼の指摘でつい本音を言いたくなる。

私も戦争が嫌だし、戦いたくなんてない。さっさとザフトに投降してしまいたい。

 

そして気づく。

私がキラに向けて喋っていたことは、すべて私自身にも当てはめることができる。

私は知らず知らずの内にキラへ自分を投影していたのだ。

私の本音を、キラへの言葉に変えて喋っていた。

 

「………疲れてるのね、私は…」

 

「えっ?」

 

体の疲労が私の内心を溢れさせたのだ。

一人呟く私にキラは戸惑っていた。

それっきり会話は続かなくなる。

 

「おい、何ネーちゃんとくっちゃべってんだ坊主!ナンパならストライク弄ってからにしろ!!」

 

マードック軍曹の怒鳴り声で沈黙が破られた。

私はまた後でとキラに言い、そのまま部屋へと向かった。逃げるように。

 

 

 

「イザーク、私はどうすればいいのかしらね…」

 

居住区へ続く通路に浮かびながら、私は弟から贈られたお守り代わりのループタイを握りしめる。

 

キラを通した自分への問いかけ。

その答えはまだ出ていなかった。

 

この艦を降りるか、守るか。

 

後輩達の為にもやらなければという思いはある。

むしろそれが今の私の原動力になっていた。

 

しかし、コーディネイターと戦いたくない自分もいる。

戦争が嫌でプラントから逃げたのだ。

それなのに、今の自分はMSに乗ってコーディネイターを撃っていた。

何のために母と仲違いし、生家を飛び出したのかわからなくなる。

 

「おや…こんなところで黄昏てどうした?銀髪のお嬢ちゃん。」

 

「フラガ大尉……いえ、少し疲れただけです。」

 

そんな私の前に、金髪の男性士官──MA乗りのフラガ大尉がやってきた。

フラガ大尉は軽い口調で話し掛けてくる。

 

「ガキのお守り?それとも、戦争にかい?」

 

「なっ!!」

 

「おや、図星か。」

 

そして、私がたった今思い悩んでいることをズカズカと指摘してきた。冗談混じりにだ。

 

「あなたは、その人をおちょくるような態度をどうにかすべきではありませんか?不愉快です!」

 

思わず感情的になって返答してしまった。

ヘリオポリス襲撃からこの方、私は感情的になる事が増えたように感じる。

しかし、フラガ大尉は私の言葉をまるで冗談でも受けたかのように軽く往なした。

 

「いやぁ悪い悪い、こういう性格なもんでね。ていうか、俺がこう言う事言わないと、お嬢ちゃん溜め込んじまうだろう?坊主の方は上手いことガス抜きさせてるみたいだけどさ、お嬢ちゃん自身はどうなの?」

 

「それは……」

 

フラガ大尉には私の心が筒抜けになっているのかと思った。

何か喋る度に揚げ足を取られているのだ。初対面の時からずっと。

 

 

「……お嬢ちゃんの動き見てたけどさ、なんかチグハグなのよねぇ。歴戦のエースみたいな動きすると思ったら、ヒヨっ子みたく尻込みしちまうし。馴れてねぇんだろ?戦場に。」

 

「当たり前です!私だってキラ君と同じでただの民間人なんですから…!後輩達を守りたいから銃を取ってるだけで──」

 

「そんなの当たり前だろ。皆戦いたくて戦ってるわけじゃない。守るために、戦ってるのさ。戦わなきゃ守れんからな。」

 

「────っ」

 

「………俺を嫌いになってもいいけどさ、自分を嫌いにはなるなよな。迷ってると、死んじまうぞ。」

 

戦う自分を嫌いになるな──そう言いたいのだろう。

フラガ大尉の言葉は重みがあり、私は図星に図星を突かれ続けて震えていた。

そんな私を見て、フラガ大尉はバツが悪そうに頭を掻く。

 

「…………あぁ、気分が悪い。お嬢ちゃんみたいな可愛い子ちゃんにこんな事言いたかないんだけどなぁ。ラミアス大尉がやれって言って聞かねぇんだよ。」

 

「……ラミアス大尉が?」

 

どうやら、フラガ大尉の引き留めはラミアス大尉の差し金らしい。

 

「ガキ共のお守りとか戦闘とか、任せっぱなしだろ?悪いと思ってるみたいでさ。で、俺にカウンセラーをやれときた。」

 

「それは……その、先程は声を荒げてしまい──すみませんでした。」

 

どうやら知らない間にあちこちに気を使わせていたらしい。

私は申し訳なくなってフラガ大尉に頭を下げた。

 

「良いってことよ。多少は楽になった?」

 

フラガ大尉のガス抜きのお陰か、私の心はだいぶ軽くなっていた。

迷ってる暇はない、とにかく今は戦うことを割り切れ。

今はそう思う他ない。

 

皆、守りたいものの為に銃を取っている。

私にも守りたいものがある。

それはザフトのパイロットにもあるだろう。

それをお互いに譲らなければ、結局は力の衝突になってしまうのだ。

 

私は殺さない戦い方ができる力がある。

それは敵と味方、お互いの命をギリギリ許容できる範囲で繋ぐことができる。

なら、そうやって戦い守りたいものを守るのだ。

私はそう割り切った。

 

「えぇ、だいぶ……お忙しい中でありがとうございます。差し支えなければ、ラミアス大尉にもフラガ大尉の方からお伝え下さいませんか?気を使わせてしまい申し訳ないと。」

 

「え?俺?なんでまた」

 

「私からは言いにくいのです、ラミアス大尉にどうしても気を使わせてしまうので……」

 

私の事情を知っているラミアス大尉は、どうしても腫れ物を扱うような対応をさせてしまうに違いない。

ラミアス大尉も馴れない艦長代行で負担が大きい筈だ。

私の事で気を使わせたくなかった。

 

「あー……他のヤツなら断るんだけど、お嬢ちゃんはなぁ……まぁ仕方ないか。わかった、伝えとくよ。悪いな、引き留めちまって。」

 

「いえ、こちらこそ。お陰で楽になりました。」

 

「あぁ。あと、また溜め込もうとしてるぞ!溜めんなお嬢ちゃん!」

 

 

 

□□□□□

 

 

"敵影捕捉、敵影捕捉!第1種戦闘配備!軍籍にある者はただちに全員持ち場に着け!軍籍にある者はただちに全員持ち場に着け!"

 

"キラ・ヤマト、エレナ・ジェーンはブリッジへ!"

 

「…………………っ、何!?」

 

ベッドでウトウトしていると艦内に警報が鳴り響いた。

私は遂に来たかと思い、モルゲンレーテから持ってきていた赤いパイロットスーツに手を伸ばす。

それに急いで着込むと、ヘルメットを小脇に抱えてブリッジへと急いだ。

 

ブリッジに到着すると、私の姿を見てラミアス大尉やフラガ大尉、バジルール少尉が目を丸くした。

真っ先にフラガ大尉が口を開く。

 

「お嬢ちゃんそれ、オーブのパイロットスーツか?」

 

「はい。地球軍の物で私のサイズに合うものがなかったので。ワッペンは変えてあります。それでも苦しいところですが……」

 

パイロットスーツについては艦内に積んである物を物色してみたが、残念ながら女性用はなかった。

 

そもそも女性パイロット向けのドレッシングルームもないのだから積んでなくても仕方ない。だから自室で着替えてきたのだ。

 

地球軍の物が無いとなると、自分のパイロットスーツを使うしかなくなる。

オーブのパイロットがザフトと戦うというのは法的にかなり危ないのだが、生身で出撃しろというのは御免だ。

その為、せめてオーブ軍所属を表すワッペンは剥がしておいた。今は地球軍の物に張り替えてある。

 

「仕方ない、か……男性用の小さいサイズのもダメだったのだろう?」

 

「はい。やはり胸が……」

 

「やむを得ないわね。いいわ、それで出て頂戴。」

 

バジルール少尉とラミアス大尉も仕方がないと頷いていた。

同じ女だから察してくれたのだろう。

 

「ありがとうございます。それより、敵艦を捕捉したのですか?」

 

「えぇ。まだ気づかれてはいないけど、このままいけば直に見つかることになるわ。網を張られたようなの。」

 

「詳細な作戦はまだだが、こちらから仕掛けることになるだろう。今のところ、フラガ大尉のゼロでナスカ級へ奇襲攻撃を仕掛けるという作戦が有力だ。」

 

捕捉した敵艦の位置を宙域図に示したものがコンソールに表示される。

そのマップによれば、アークエンジェルの200前方にナスカ級、後方90にローラシア級がいることを示していた。

 

「後方のローラシア級はどうされるのですか?」

 

「現状では無視するしかない。恐らく、本艦がエンジンを噴かせばすぐに食いついてくるだろう。ヤマトとジェーンには、その際やってくる敵MSの足止めをやってもらう予定だ。」

 

バジルール少尉の作戦は現状とれる作戦としては最良のものなのだろう。

しかし、それを聞いた私は危ないのではと感じた。

 

防衛を行うキラと私、それにアークエンジェルのリスクがかなり高い。

それに、フラガ大尉がナスカ級の奇襲に失敗すれば前後から挟撃される可能性もある。

 

 

「………それなら、私に一つ案があります。多数のMSと同時に渡り合うよりはリスクが低いはずです。」

 

「えぇ?」

 

ラミアス大尉が驚いたような表情を見せる。

この状況なら私のアストレイが役に立つ筈だ。

それと()()()()()

 

 

□□□□□

 

 

私の出した作戦が認可された為、私はブリッジから下のデッキへと向かっていた。

隣にはフラガ大尉がいる。

 

「まさか、銀髪のお嬢ちゃんがあんな作戦出すとはね。案外大胆なところもあるんだな。」

 

「リスクを最小限にして、且つ機先を取る為の作戦です。動ける戦力が3機、アークエンジェルは避難民を乗せている関係で戦闘は極力避ける必要がある──となれば、自ずとあの作戦に行き着きます。」

 

「うーん、まぁねぇ……しかし俺とお嬢ちゃんの責任が重大だなぁ。俺はまぁともかく、お嬢ちゃんは大丈夫なのかい?」

 

「大丈夫です、やることはフラガ大尉と同じですから。それより、フラガ大尉こそ失敗には気を付けてください。フラガ大尉が失敗すると、アークエンジェルがナスカ級と砲火を交わすことになります。」

 

軽く会話を交わしながら、ハンガーとブリーフィングルームへの分岐点に差し掛かりそこで一旦止まる。

フラガ大尉には先に出てもらう必要性があるのでココでお別れだった。

 

「へいへい、任された。さてと……俺は先に出るから、坊主への作戦説明宜しく。」

 

「はい。フラガ大尉、どうかご無事で。」

 

フラガ大尉の敬礼に私は会釈で返す。

ハンガーへ向かうフラガ大尉を見送り、私は一人ブリーフィングルームへと向かった。

 

 

すると、途中で何故かサイ達に出会した。

皆地球軍兵士の軍服を着ている。

 

「皆、その格好は……」

 

私が聞くと皆を代表してサイが答えた。

 

「キラやエレナさんばっかりに戦ってもらうのも嫌だったので、僕達でも出来ることをしようと思ったんですよ。それより、エレナさんもソレどうしたんです?パイロットスーツ?」

 

「体の線出ててちょっとエロいかも……」

 

「トール!!」

 

「痛てっ!?すみましぇんミリアリアしゃん!」

 

トールが私の格好を見て鼻の下を伸ばした為、ミリアリアがその頬をつねった。

トールが痛みに呻く。

 

「───フフフ」

 

私はそんな彼らを見て笑ってしまう。

軍服を着ていても、彼らはいつも通りの彼らだった。

それが微笑ましかったのだ。

 

「どうしたんですエレナさん?」

 

「いえ、面白くてね。ミリアリアさん、いい抓りだったわ。トール君、パイロットスーツをそんな目で見ちゃ駄目よ?サイ君、カズイ君、馴れないブリッジでの仕事だろうけど頑張ってね。それじゃ、私もやることがあるから」

 

そろそろキラがブリーフィングルームに着いている筈だ。あまり待たせる訳にもいかない。

私はサイ達に手を振るとブリーフィングルームに向けてハンドレールを掴み直した。

 

「はい!エレナさんも出撃するんですよね?気を付けて!」

 

「頑張ってください!」

 

「えぇ!」

 

皆に見送られ、私はそこを離れる。

ブリーフィングルームに着くと、青い地球軍のパイロットスーツに着替えたキラが待っていた。

 

「……あ、エレナさん」

 

「キラ君、待たせたわね。」

 

そういうキラの表情はハンガーで話した時から然程変わっていなかった。

キラは戸惑いながら口を開く。

 

「い、いえ……それより、その……エレナさんも出るって事ですか、その格好……」

 

「えぇ……戦わなければ守れないもの。やるべき事をしなきゃ、ね?」

 

「フラガ大尉も同じことを言っていました……」

 

どうやら、フラガ大尉はキラの方にも同じような事を話に行ったらしい。

私は先程のフラガ大尉との話を思い出しながらキラに話す。

 

「………まぁ、フラガ大尉の受け売りだもの。私も納得したわけじゃない。けど迷ってもいられないわ。本当はもっとここで気の利いた事を言わないといけないのだろうけど……皆を守りたいのは、キラ君も一緒でしょう?」

 

「……はい。」

 

「なら、今はそれに集中しましょう。考えるのは後でいくらでも出来るわ。」

 

キラ君が頷く。

私も頷き返すと、キラ君に作戦を説明した。

時間がないのでハンガーに移動しながら話す。

 

「えっ、それじゃあエレナさんが─」

 

「大丈夫よ。それより、キラ君が最後の砦になるわ。ザフトのMSに抜けられた時、私もフラガ大尉も引き返すのに時間が掛かる。だから、その時はキラ君頼りになるの。」

 

「………」

 

そうこうしているうちにハンガーへ着いた。

フラガ大尉のゼロは発進した後でもういない。

 

「勿論そうならないように努力する。けど、実戦だから保証は出来ないわ。だから、覚悟は決めておいて。」

 

「………わかりました。エレナさんも皆も戦ってるんだ。僕もできる事をやります。」

 

「皆の事…任せるわ。でも、あまり気負いすぎても駄目よ?危なければ自分の身を第一に。アークエンジェルだって簡単にはやられない筈だから。」

 

そう言うと私はデッキを蹴り、アストレイのコクピットへ向けて飛び上がった。

後ろからキラの声がする。

 

「はい!エレナさんもお気をつけて!」

 

「えぇ!」

 

私は返事をするとアストレイのコクピットに潜り込んだ。

今回の作戦は私の成否がアークエンジェルの命運を左右する。私は気を引き締めると、コクピットのハッチを閉じた。

 

 



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引き金の重圧

□□□□□

Side:エレナ

 

 

 

「エレナ・ジェーン。アストレイ、発進します!」

 

コールと共に機体がカタパルトに打ち出され、体にかかったGでシートに押し付けられる。

 

スラスター推進を行えば熱で探知される可能性が高い。

となれば、カタパルトの運動エネルギーを使って動くしかない。

あとは熱を発生させにくいサブスラスターで推進力を補完する。

 

機体をロールさせ、運動エネルギーを殺さないようにしながらAMBACとサブスラスターで進行方向を180度転回させる。

スプリットSというやつだ。

 

大回りにはなってしまうが、熱探知される可能性はかなり抑えられる。

今回の作戦はとにかく気づかれないことが第一なのだ。

 

アークエンジェルの真下を通過し、私はアークエンジェルの後方へと出た。

そのまま慣性を使って進んでいく。

 

「ローラシア級までの相対距離は……よし、この辺りね。」

 

アークエンジェルの位置、自機の速力、そして発艦時点でのローラシア級の位置や進行方向、速力から大まかな位置を割り出した。

60km圏内からはローラシア級の武装の有効射程圏内に入る。

しかしながら、確実に射止めるには極力接近したかった。

 

私はローラシア級から40km程の地点で機体を減速させ、近くにあった大きめのデブリ──恐らくコロニーの外壁パネルへ張り付いた。

そして、携行している狙撃型ビームライフルを構える。

 

精密照準用スコープが伸びてきて、ライフルの照準器から送られてくる映像が目に写った。

 

機体のメインカメラではとても無理な超望遠映像が映され、私はその性能に驚く。

40km先のローラシア級の船体外壁の傷まで鮮明に見えるのだ。

 

「これならいけるわね。あとは……私の覚悟だけか。」

 

私が立案した作戦。

それは当初のフラガ大尉の奇襲に加え、私が後方のローラシア級を無力化するというものだった。

 

 

ローラシア級はザフト建軍当時からの主力艦で、高い火力と優秀なMS運用性能を持った艦だ。

 

私の生家のあるマティウス市は、軍艦建造を得意とするマティウス・アーセナリーのお膝元でもある。

そして私もまた、そのマティウス・アーセナリーの一部門で働いていたのである。

部署はシステム開発が専門だったが、その職務上ローラシア級の図面は幾度となく見てきた。

故に知っているのだ。

 

ザフトから求められた性能を追求した結果発生してしまった欠点を。

 

プラントは、地球連合を構成する超大国と比べるとあまりにも人口が少ない。

故に人的資源が限られる。

 

そこで、ローラシア級はその運用を少人数のクルーで行えるよう徹底したシステム化とAIによる自動制御化が為されていた。

私はアークエンジェルのブリッジを見て回ったが、地球軍はアークエンジェルでようやくこのレベルに達したのかと驚いた程だ。

 

地球軍のドレイク級の図面も見たことがある。戦前に入手されたものだ。

 

ドレイク級はローラシア級と比べて小型にも関わらず、クルーの数は多い。

それは豊富な人的資源を活用することを前提とした、ザフト艦とは異なる設計思想に基づいたものだった。

 

つまり、信頼性やリスクコントロールを重視してシステム化や自動化を必要十分な程度に抑えた設計なのである。

良く言えば堅実、悪く言えば前時代的だ。

 

そして、その設計は軍艦としては正しいとも思う。

生存性を重視しなければ戦闘続行は難しい。

ザフトはそれができる環境にないから、ローラシア級のような艦艇設計に依らざるを得ない。

 

 

私が狙うのはローラシア級のブリッジ。

そして、ほぼ確実にライフルで撃ち抜けるその窓だ。

 

ブリッジを破壊されれば、それだけでローラシア級は途端に操艦系、火器管制系、MS管制系を失う。

それほどまでに、かの艦級はコントロールをブリッジに集中配置してあるのだ。

 

当然その周辺は強固な装甲で固められ、余程の攻撃を受けない限りは破壊されない。

しかし、窓は別だ。

 

窓を防御するための防郭シャッターもあるが、光学照準器で見る限りは展開されていない。

それに、シャッターを展開したところでビーム兵器の直撃に耐えられるようには出来ていないのも知っている。

ある意味で究極の弱点である。

 

そこを突けば、ローラシア級は戦闘能力を失って離脱を余儀無くされるだろう。

アークエンジェルから後方の脅威を取り除ける。

 

しかし、ブリッジを撃つという事は少なからざる人命を奪うという事を意味している。

また、私の手は血に染まる。

それもおびただしい量の血で。

 

「駄目、迷っては………顔を見たこともないあの艦のクルーより、アークエンジェルの後輩達の方を優先するべきなのだから……」

 

そうやって自分に言い聞かせ、照準をブリッジの窓に合わせる。

すると、窓の奥に人がいるのがわかった。

途端に動悸が激しくなり、呼吸が荒くなる。

 

この引き金を引けば、あのブリッジにいるクルーの命をすべて奪うことになる……

あの人も、私の攻撃で死ぬ。

 

分かっている。分かっているのだ。

やらなければならないことは。迷っている暇もないことは。

 

キラに偉そうな事を言っておいて、私が出来ないのでは話しにならない。

撃たなければ…!

 

けど、あの人にも人生がある。家族だっているはずだ。

それを私の一撃は確実に破壊する。

あの人に子供がいれば?

私のように親をなくす事になる。

 

「う、うぅ………くっ……」

 

気づけば涙が流れていた。

私の指には、あの人やブリッジにいるクルー達の命が掛かっているのだ。良心がやめろと叫んでいる。それが涙となって溢れていった。

 

「っ………!!まさか、気づかれた!?」

 

ローラシア級の格納庫ハッチが開き始めているのに気づく。

 

早く撃たなければMSが出てくる。

そうなれば狙撃など無理だ。

アークエンジェルと、そしてキラにも負担をかけてしまう。

 

一刻の猶予も、ない────

 

 

そうやって私の理性が極端に追い詰められたその時、頭の中で何かが弾けた。

途端に思考がクリアになる。

 

すべてがゆっくりと動いているように見え、感覚は恐ろしく鋭敏になった。

 

私は躊躇いもなく引き金を引いた。

ここなら当たると思った瞬間、指が独りでに動いたのだ。

 

緑の閃光が、まるで吸い込まれるようにブリッジの窓へと飛び込んだ。

 

ブリッジが爆発を起こす中、私は滑らせるように照準を格納庫へと移す。

発艦しようとしている機体に照準が合った。

 

デュエルという地球軍のMSだ。

私はその肩、ハイドロが通っている部分を狙撃した。

 

PS装甲が起動していない灰色のデュエルにビームが着弾する。

ハイドロを撃たれ、デュエルが格納庫内で停止した。

これで後続機は出てこれない。

 

ライフルのロックタイムが終わるのを待ちながら、照準を左へと滑らせる。

次の狙いはカタパルトだ。

 

ビームを放ち、カタパルトを吹き飛ばす。

次いで右のカタパルトも撃った。

 

レティクルをまた格納庫内にずらす。

そして格納庫奥の発艦作業管制室がある箇所に狙いを定め、引き金を引いた。

 

 

 

□□□□□

 

SIDE:イザーク

 

 

すべては突然だった。

 

前方に熱源が探知され、それが足つきのものとわかると俺達に出撃命令が下る。

俺はデュエルに乗って待機し、発艦シークエンスをこなしている最中だった。

 

突然艦が大きく揺れ、MS戦闘管制官のアナウンスが途切れた。

俺は見たのだ。

遥か彼方から伸びてきた緑のビームを。

 

「おい!何が起こったブリッジ!応答しろ!」

 

通信スイッチを叩き叫ぶが、ノイズばかりで何の返答もない。

それですぐ、あのビームでブリッジがやられたのかと理解した。

だが、どこから何が撃ってきているのかは全くわからなかった。

 

そして、再びビームが飛来してきた。

機体に大きな衝撃が走り、コンソールから光が消え電源は落ちた。

コクピットに破片が飛び散り、全身に痛みが走る。

 

「─────痛いぃぃぃいっ゛」

 

何が起こったのかわからなかった。

訳もわからず、真っ暗なコクピットの中で痛みに呻いた。

 

そんなことはお構い無しに震動と爆発音は続く。

 

痛みを通り越し、俺はひたすら恐怖する。

なんだ、この状況はと。

こんな暗闇の中、なぶるような攻撃を続ける敵に(いきどお)る。

殺すなら早く殺せと思った。

 

背後から爆発音が響き、デュエルが腹這いに転倒する。

コクピットから出ようとするが、ハッチが歪んだのか開かない。

ようやく震動が止んだ。

 

しばらくコクピットの中に取り残され、俺は痛みに耐え続けた。

そして頭がクリアになってくると、今度は耐えがたい屈辱を覚えていく。

 

「おのれ………おのれぇぇぇぇぇッッッ!!!」

 

どこのどいつだか知らんが、俺をこんな目に遭わせた奴は絶対許さない。

見つけ出して必ず殺してやる。

 

 

□□□□□

 

SIDE: エレナ

 

 

ローラシア級への狙撃が終わり、感情が心へと戻ってきた。

そして私は自分がやった行いに恐怖し、その反動を受けていた。

 

「あぁ…あぁぁ………わたしは、なにを……」

 

火災に包まれているローラシア級を見て、自分がどれ程の人間を殺したのか自覚する。

様々な感情が脳を駆け巡り、体を鎖のように縛っていく。

 

割り切ったつもりだった。

艦を、皆を守るためだ。

そうやって私は命を天秤にかけることを許容した。

 

しかしいくら理屈で分かっていても、心はまだ馴れていないのだ。

人殺しに。

 

「ごめんなさい…ごめんなさいっ──」

 

奪ってしまった命に対して謝罪する。

けれど、心は全然楽にならなかった。

 

 

□□□□□

 

 

真っ暗な宇宙に、三色の目映い光が煌めく。

アークエンジェルからの発光信号だ。

帰還せよという意味の。

 

私はいつのまにか戦闘が終わっていた事を理解し、フラフラと機体をアークエンジェルへ戻した。

 

ハンガーに機体を止めると余裕が出てくる。

私はヘルメットを脱ぐと、ファスナーを下げてパイロットスーツの首もとを緩めた。

シートベルトも外さないまま、シートに体を預けてぼーっとコクピット内を眺める。

 

コクピット内に水滴が浮かぶ。

殆どはヘルメットを脱いだ時に飛んだ汗だ。しかし、私の目尻りからも水滴が浮かび上がっていく。

 

涙はローラシア級を狙撃してから終始止まらなかった。

 

『おい、ネーちゃん!どうしたんだ!怪我でもしたのか?』

 

外からマードック軍曹の声がして、私は慌てて涙を拭った。

シートベルトを外し、コクピットのハッチを開ける。

 

「うぉ……ネーちゃん大丈夫か?」

 

「えぇ、大丈夫です。少し考え事をしていたので……私、部屋に上がりますね。」

 

「あ……あぁ。」

 

心配そうな顔のマードック軍曹の脇を抜けながら、私は自分の部屋へと向かう。

早く休みたかった。

 

「あ、おい!銀髪のお嬢ちゃん!」

 

「──フラガ大尉……」

 

今一番会いたくない人と会ってしまった。

私は思わず後ずさってしまう。

フラガ大尉はそんな私を捕まえると、やはり図星を突いてきた。

 

「デブリーフィング……と言いたいところだが……そんな余裕無さそうだな。人、殺しちまったのか?」

 

「っ………」

 

胸がぎゅっと締め付けられる。

ヘルメットを握る手に力が入るのを感じた。

 

「何て言うか、もうお決まりだなぁこの流れ……それよりお嬢ちゃん。パイロットってのは、そうなる宿命なんだ。お嬢ちゃんだけが通る道じゃない。」

 

「………私は……わたしは……」

 

パイロットなんかじゃない。

そう言おうとするのを、フラガ大尉は遮った。

 

「いや、今はパイロットだ。むしろ自分の戦果を喜べ。ローラシア級をお嬢ちゃんが潰してくれたお陰で、作戦は大成功だ。ナスカ級も俺とアークエンジェルで潰した。お陰でしばらくは安心だ。お嬢ちゃんは凄い事をやり遂げたんだよ。」

 

「ッ──!!!」

 

そう言うフラガ大尉に、私は感情のままに飛びかかっていた。

 

フラガ大尉は私を慰めてくれている。それは十分わかっていた。

けれど、わかっていても我慢は出来なかった。

そんな余裕が心にはなかったのだ。

 

「そんな───そんな事で誉められても、全然嬉しくなんかないわ!!私は人を──人を沢山殺した…っ」

 

私は叫んだ。

感情を吐露して喚く。

我ながら滑稽な姿だとは思う。

それをフラガ大尉は優しく抱き止めてくれた。

温かい感情が胸へと流れてくる。

 

「あぁ、殺した。だが、そのお陰で沢山の人が生き延びたんだ!難しいと思うが、今はそう思ったほうがいい………溜め込むのは、体にも心にも毒だ。」

 

フラガ大尉の言葉が、私の心に絡み付いていた鎖を解きほぐしていく。

 

「うぅ…ぅっ────」

 

私は感情の赴くままに涙を流した。

 

 

 

□□□□□

 

 

私が落ち着いた後、フラガ大尉はデブリーフィングを行った。

キラ君も帰ってきたようで、彼からの報告もあって先程の戦闘の様相を知ることになる。

 

 

私が発艦してしばらく経った後、私が所定の位置に着いた事を確認したアークエンジェルはメインエンジンを作動させナスカ級へ向け前進したようだ。

それを探知したナスカ級からはイージスが出てきたらしく、ストライクとイージスが戦闘になったらしい。

私が恐れていた事態になっていた。

 

しかし、私がローラシア級を狙撃して無力化した為ザフト側はイージス一機しか送り込む事ができず、アークエンジェルはストライクの援護に全力を使う事ができたようだ。

その為ストライクは適当にイージスの注意を引き続け、アークエンジェルの火力がイージスを翻弄したのである。

 

更には、フラガ大尉のナスカ級への奇襲攻撃が成功しナスカ級は損傷。

そこへアークエンジェルの陽電子砲によって更に深手を負わされ撤退した。その際ローラシア級も曳航していったようだ。

 

つまり、追手がいなくなった。

周囲に敵影は無いらしく、現在アークエンジェルは大手を振っての全速航行が可能な状態となっていた。

 

 

□□□□□

 

SIDE:マリュー

 

 

 

「エレナさんの作戦のお陰で本艦の採れる選択肢が広がった訳だけれど……どうしたものかしらね。」

 

一人艦長席で溢す。

隣ではナタルが私と同様の顔を浮かべてマップを睨んでいた。

 

「敵がいないんなら、無理してアルテミスに入港する必要もないんじゃないの?ほら、戦闘終わったってのに傘は開いたままだしよ。完全に警戒されちまってる。」

 

マップの近くに浮かんだフラガ大尉が、暗闇に浮かぶ緑光に包まれた要塞を指差しながら言った。

ユーラシア連邦の軍事要塞、アルテミスが持つ全方位光波防御帯。その鉄壁の守りがあるからこそかの要塞は持っているようなものだ。

 

その鉄壁の守りが解かれていない。

つまり、かの要塞は本艦も味方と認識していないという事だ。

本艦には識別コードも軍籍もなく、向こうからすればこちらは所属不明の戦闘艦。

その対応は当然だと思った。

 

「しかし、避難民が増えた事で物資の問題があります。とくに水不足は深刻だ。補給を受けなければ、月までの航行はかなり厳しいものになるでしょう。」

 

「けどなぁ、下手すりゃ拿捕されるぜこの艦。あそこの司令官、曲者で有名なジェラード・ガルシアだ。グリマルディで奴と戦ったことがあるが、まぁ大西洋連邦の事快く思ってないのなんのって。そんな中にこんな身元不明の最新鋭艦が来てみろ。間違いなく、奴さんは政治の材料にしやがると思うがね。」

 

「ではどうしろと?飲まず食わずで月まで向かうというのですか?」

 

ナタルがフラガ大尉と意見を交わす中、私は再びため息をついた。

元々、アルテミスへの入港を進言したのはナタルだ。

しかし、アルテミスへの入港はその時よりフラガ大尉から懸念を受け、それは私も同じだった。

できれば入港したくないのが本音だ。

 

「そういう訳じゃないけどさぁ……あまり、俺はアルテミスへの入港は勧めないなぁ。この船にはコーディネイターの坊っちゃん嬢ちゃんも乗ってるしな。難癖付けられるのが目に見えてるよ。」

 

フラガ大尉の言葉に私は強く胸が締め付けられた。

へリオポリスからここまで連れてきてしまった学生達。

中でもキラ・ヤマトとエレナ・ジェーンの二人には強い負担をかけ続けている。

私はそれが心苦しくて仕方がなかった。

そんな二人をこれ以上危険に晒すなど、私の良心が許さなかったのだ。

 

私は補給艦を差し向けて貰えないかと、先程から月基地との連絡を試みている。

チャンドラー伍長に状況を聞いてみた。

 

「…………はぁ──チャンドラー伍長、月基地との通信は取れない?」

 

「無理ですね。デブリが酷くてレーザーは使えないし、Nジャマーのせいか電波状況も最悪です。」

 

ここは地球やデブリ帯が障害となり、月との連絡はかなり厳しい位置にある。

ダメ元ではあったが、やはり厳しかったようだ。

そんな中、パイロットスーツから連合軍の軍服に着替えたエレナさんがブリッジにいつの間にか入ってきていた。

どうやら話を聞いていたらしい。

 

「ひとつ、私に策があるのですが如何でしょうか。」

 

「エレナさん?あ……その、大丈夫?コクピットで泣いてたみたいだけど……」

 

エレナさんの目に涙の跡を見て、私は先にそちらの事を聞いてしまった。

フラガ大尉から彼女が酷く泣いていた事を聞かされ、私は先程からずっと胸を締め付けられていたのだ。

 

「えっ………それは、お見苦しいところをお見せしました。」

 

私の指摘にエレナさんは驚いた様子だった。

そして私に頭を下げてくる。

頭を下げたいのは私の方なのに、この子は……

 

「いえ、こちらもあなたのような子に戦ってもらわなければならない事、とても心苦しく思ってるわ……ごめんなさい。」

 

思わず本心が溢れてしまう。

彼女は本来、私達とは全く関係のない人間だ。

しかし、私が彼女の後輩達を連れてきてしまった事で彼女もなし崩し的に着いてきた。

どういう理由かはわからないが、彼女は後輩達を必死に守っているのだ。

そして、それが彼女の心身を酷く削っている事を私は知っていた。

 

「こんな状況なのです、やむを得ません。私もアークエンジェルとは一蓮托生の身ですもの。」

 

無理矢理連行されたといっていいにも関わらず、この艦の事を考えてくれているのだ。

彼女の言葉に私は頭が下がる思いだった

 

「………それは───ありがとう。それより…策、というのは?」

 

疑問であった彼女の提案を改めて聞き返す。

すると、彼女はマップのとある位置を指差した。

地球を囲うようにできたデブリ帯だ。

 

「あまり心地いい話ではないかもしれませんが……この宙域には、破棄された艦艇やコロニーが漂っています。そういったものから、必要な物資を補給する──というのは如何でしょうか?」

 

「なっ……貴様、自分がなにを言っているのか──」

 

そう言った彼女に対して真っ先に反応したのはナタルだった。

しかし、彼女とて何も知らないわけではない。

わかった上で発言しているのはその悲痛な様子からして間違いなかった。

 

「わかっています。あそこには、ユニウスセブンだってある。私にとっても悲しい場所なのです。ですが、私達は生きなければならない。そうですよね?」

 

「……えぇ、そうね。」

 

彼女からの問いに私は答えた。

死んだものの分まで、自分達が生きなければ。

そんな意味合いで彼女は言っているのだ。

 

彼女は先程、アークエンジェルの安全と引き換えに多くの同胞をその手で撃っている。

そんな彼女だからこそ、ユニウスセブンという悲劇の土地からでも物資を得るという発想に行き着いたのかもしれない。

 

「先程のフラガ大尉の話、お聞きしました。私もキラ君も、危険な目には遇いたくありません。それに、そんな場所にいけばラミアス大尉方にも負担が掛かるかと思います。加えて、月へ急がれるのならデブリ帯を抜けるというのも一つの手です。そうすれば最短ルートで月へと向かう事もできますし、補給の問題も一手に解決します。」

 

「しかし、そんな墓を暴くような真似は……」

 

眉を潜めているが、ナタルも彼女の出した意見の合理性には気づいていた。

合理性を極め、倫理を捨てた意見ではあるが。

彼女はマップから目を外し、ユニウスセブンのある方向を見ながら小さく言う。

 

「………実は、行ってみたいというのもあるんです。かの地に……」

 

「ユニウスセブンへ?」

 

「はい。行ってこの目で見て、追悼の祈りを捧げたいと思っています。ですから、ついでと思っては頂けませんでしょうか?」

 

彼女が出した気休めの一言。

しかし、もうそれで強引に納得するしかない。

 

「…………少し、考えさせて頂戴。」

 




なんでムウさんがジェラードを快く思っていないのかですが、すでに彼の人格を知っているという設定にしました。
本編でもアルテミス入港にケチをつけていたのでもしかしたら知っていたのでは?と思った感じです。


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ガーベラ・ストレート

「…………本当、私って何をしているのかしらね……」

 

 

アークエンジェルを出て先行しながら、私は目の前の壮絶な光景を見て呟いた。

24万人の亡骸が眠る砕けた大地がその凍てついた姿を私に見せつけていた。

 

ここから資源を採ろうと言い出したのは私だ。

しかし、いざ目の前にするとやはり尻込みしてしまう。

 

 

眼前に広がる悲劇の地、ユニウスセブン。

 

核によって切り裂かれたその無惨な姿が、まさにこの戦争の残酷さを象徴している。

 

私は周囲を見渡すと敵影がない事を確認する。

後続のストライクや作業ポッドに向け私は通信を開いた。

 

「こちらアストレイ、周辺に敵影はありません。」

 

『───っ、わ…わかった。各員、調査を進めろ。』

 

一瞬戸惑ったようなバジルール少尉の返答に、皆もこの光景に衝撃を隠しきれていない事を察した。

それぐらい壮絶な光景なのだ。

 

バジルール少尉の指示で作業ポッドはあちこちへと散らばり、船外活動服を着たアークエンジェルのクルー達を下ろしていく。

周辺にあるデブリに使えそうな物資があるか調査する為だ。

 

幸いなことに軍艦や兵器の残骸はこの宙域に数多く流れ着いている。地球軍の物も多い。

弾薬や機材、部品類などはそこから調達できるだろう。

 

いってしまえば、このデブリ帯というのは巨大なジャンクヤードなのである。

 

 

私もアストレイを動かし、物資──特に水の捜索を行った。

 

その時だ。

 

「……爆発?───あれは…!」

 

どうみても民間船、それもマティウス・アーセナリー系の設計の船が連合軍機に襲われていた。

海賊かとも一瞬思ったが、国籍標はどうみてもユーラシア連邦軍のものだ。

 

何があったのかは知らないが、民間船を襲うとは何という暴挙なのか。

 

とにかく私はこれをアークエンジェルへ報告しようと思うが、そこでふと手が止まる。

 

そもそも、なぜアークエンジェルはここに来たのか。

ユーラシアのアルテミス入港を避け、補給が受けられなかったからではないのか。

ユーラシア連邦とのかかわり合いを避けたのが、私達がここにいる理由なのだ。

それを思い出した。

 

「けど──」

 

ユーラシアが襲っているのはまごうことなき民間船なのだ。

それも貿易用の商船や貨物船ではない。

旅客用クルーザーである。

 

どうみても軍事行動との関連が見いだせなかった。

 

もしかして、本当に海賊なのではと思った。

そうとしか思えない。

国籍標こそユーラシアだが、その辺は誤魔化しも利く。

 

けど万が一がある。

もし本当にユーラシアだとしたら、非正規とはいえ大西洋連邦のアークエンジェルが撃ったとなると大問題になる。

 

ラミアス大尉にこれ以上の迷惑は掛けられない。

けど、襲われている民間船を見過ごすなんて真似も出来なかった。

 

守れる力が私にはある。

あとは、私の意思だけ。

 

「──!─あれは──」

 

ふと、民間船を襲っていたメビウスが()()()()()()()

そして、玉散る剣をかざした赤いMSが颯爽と躍り出てくる。

 

どうみても間違える筈がない。あれは───

 

「P02──なぜあそこに!?」

 

MGF-P02アストレイ

 

モルゲンレーテが開発したP0シリーズの一機だ。

私の乗っているM1の開発元になった機体でもある。

当然私も見慣れていた。

 

あれはへリオポリスで放棄されていた筈……

 

しかしそうも言っていられない。

現実にP02はああやって動いている。

それも、開発した覚えのない剣を振りかざして。

 

P02は見事な立ち回りと剣さばきでメビウスを斬りまくり、その戦う姿は美しくさえ見えた。

いや、格好いい──か?

 

乗っているのが誰かは知らないが、いいセンスだと思った。

 

「っ!──危ない!!」

 

前方の敵に気を取られているP02の後ろにメビウスがそろそろと近づいていた。

至近距離からレールガンで撃つつもりだ。

 

P02の装甲はお世辞にも頑丈とは言えない。

動きやすさを重視して装甲部位は最低限に留まり、その代わりに人間のような滑らかな動きができるのだ。

その背中はバックパックがあるとはいえ、レールガンを至近距離で受ければ爆発四散は必定だ。

 

私はとっさに精密射撃スコープを引き出し、狙撃型ビームライフルを放っていた。

 

メビウスのレールガンをビームが撃ち抜き、発射を阻止する。

その爆発で後ろのメビウスに気づいたP02は、振り返り様に剣を振った。

 

斬り上がりの一閃がメビウスのバーニアを斬り飛ばし、メビウスは姿勢制御が出来なくなって迷走する。

 

 

 

…………考え無しに撃ってしまった。

私は自分の愚かさを責めるが、やってしまった以上はどうしようもない。

 

「………っ……このっ!」

 

私は吹っ切れた。

あのP02の熱気に当てられたというのもあるが、私は自分の理念に従うことにしたのだ。

 

狙撃型ライフルを構え、民間船へ攻撃しようとするメビウスを優先的に狙いバーニアを撃ち抜いていく。

 

20km先から戦闘機動を行うMA相手への狙撃ではあるが、機体やライフルの性能もあって命中率は九割近い。

 

時には先程のようにP02の背後を突こうとするメビウスを狙撃し、P02を援護した。

 

私のM1と所属不明のP02の奮闘の結果、12機はいた筈のメビウスはものの数分で無力化され壊滅した。

 

その様相を見ながら、私はP02のパイロットに感銘を受けていた。

あれだけの混戦でありながら、P02は一機のメビウスとてコクピットを斬っていないのだ。

つまり、一人も殺していない。

 

あの人も人殺しは嫌なんだと、私は一人カタルシスを感じてしまう。

殺さない為に不殺の技術を研き、機体を改造して手足のように操っているのだと思うと、私は彼と話したくなってしまった。

 

どうしてそこまでやるのか、と。

 

 

本当なら、このままP02を無視して帰れば我関せずという態度が取れる。

アークエンジェルにも迷惑はかからないだろう。

 

けど、私はどうしてもかのパイロットと言葉を交わしたかったのだ。

 

 

私は機体を隠していたデブリから離れ、ライフルをラックに収納するとP02に近づいた。

 

P02もこちらに気づくが、私に敵意がないと気づくと剣を鞘に収める。

その動きも流れる水のようで気品があり、よくMSであそこまでの動きを出せるものだと感心した。

 

 

「こちら、モルゲンレーテのM1アストレイ。P02のパイロット、聞こえますか?」

 

『うげっ、モルゲンレーテか!?まさかレッドフレームを取り返しに───』

 

私はその声を聞いて、思っていたパイロットのイメージとはだいぶかけ離れていたので意外に思った。

 

けど、悪印象ではない。

通信から聞こえてくる彼の声はむしろ気さくで人情味があるものだった。

だから、私も彼とは本当の言葉で話そうと思った。

 

「そんな意図はありませんよ、驚いてはいますが……私はあなたと話がしたかっただけなんです。私はエミリア・ジュール。あなたのお名前をお聞かせ頂けませんか?」

 

『あ、そうなの?あぁ、えっと───俺はロウ・ギュール。人呼んで"宇宙一悪運が強い男"だ。よろしくな!』

 

私は映像通信をオンにし、P02にコールを送ってヘルメットを脱ぐ。

ロウも映像通信に応じてくれ、画面にはさっぱりとした感じの青年が写し出された。

パイロットスーツを着てないのは度胸が強いのか。

 

「ロウさん……ですか。1つ、お伺いしたい事があります。いいでしょうか?」

 

『な─なんだ?レッドフレームなら──』

 

どうやらまだ気にしているらしい。

まぁこんな宙域で、モルゲンレーテの人間だと明かされてお話があるなんて言われたらそうなるだろう。

 

「いえ、そうではありません。先程の立ち回り、お見事でした。どうしてあのような戦い方を?」

 

私の問いかけにロウはかなり驚いていた。

戦い方を褒められるなど思ってもいなかったようだ。

 

『えっ───そりゃ、俺がジャンク屋だからだよ。それに人殺しはしたくない。それだけだ。』

 

ロウから返ってきたのはずっと単純な答えだ。

私はもっと凄まじいものを想像していただけに拍子抜けしてしまう。

そして、納得のいかなかった私は彼に反論した。

 

「えっ……しかし、その理想を叶えるのにどれほどの技術がいるか……あなたはその理想を叶える為に、そうやって技術を会得した筈です。」

 

『まぁ難しい事だとは思うぜ。けど、そんな難しい事でも、やりたいと思ったら人って努力するもんだろ?あんまりむずかしく考えるより、そうやって馬鹿みたく突き進むほうが楽ってもんさ。』

 

「─────」

 

彼の言葉に、私は言葉を失った。

そして、いままで色々と悩んでいた自分が馬鹿みたいだなと思ったのだ。

私が答えてこないのが気になったのか、ロウは再び喋りかけてくる。

 

『ん?俺、何か変なこと言ったか?』

 

「──ふふふ……いえ、何も。何か憑き物が取れたような気分ですよ。」

 

『?……なんかリーアムみたいな人だなアンタ。』

 

「リーアム?」

 

『仕事仲間でね。コーディネイターらしいんだけど、なんか人間観察が趣味みたいでさ。面白いやつなんだけどなぁ……』

 

「あはは。私もコーディネイターですよロウさん。リーアムさんとは気が合いそうだわ。」

 

『マジかい。コーディネイターってのは……ま、個性ってやつか!』

 

彼と話していると、不思議とこちらの心も軽くなる。

表裏のない彼の性格は話していてとても心地いいものだった。

 

ふと、私はもしかしてと思いロウに取り引きを持ちかけた。

ロウはジャンク屋なのでお門違いかもしれないが。

 

「ロウさん。私はへリオポリスからの避難民で、実は今地球軍の艦に座乗しているんです。それで、その地球軍の艦で水不足が問題になっていて……ロウさんの方で、まとまった量の水を用意できたりはしませんか?」

 

『水かい?パーツとか弾薬じゃなくて?』

 

「はい、水です。お門違いだとは思うんですが……」

 

『いや、大丈夫だ。エミリアさんは俺を助けてくれたんだ、命の恩人からの頼まれ事ならどうにかしてやるさ。いるのはトン単位だろ?こみ入った話になりそうだし、ちょっと着いてきてくれないか?』

 

ロウは私を自分の船に案内してくれる事になった。

 

私はアークエンジェルにジャンク屋に会った旨と水が調達出来そうだとの報告を入れ、ついでに先程襲撃されていた民間船の人命救助を行ってもらえないかと打電した。

長距離電文なのですぐには返答が来ない。

 

 

ロウのレッドフレームに着いていくと、マルセイユIII世級らしき輸送艦がデブリに投錨して停泊していた。

 

『俺たちの"ホーム"さ。まぁ適当なところに着けてくれ。』

 

流石はジャンク屋だと思った。

その竹を割ったような性格やライフスタイルには憧れすら覚える程だ。

 

私はアストレイをホーム内の格納庫に止めるとコクピットから降りる。

そこには先に降りていたロウが待っていた。

私は待っていたロウに近づく。すると、ロウから手を差し出されたのでそれを握った。

 

「ようこそ、ジャンク屋ギュール商会へ。歓迎するぜエミリアさん。」

 

「こちらこそ、お招きいただいて感謝します。」

 

ロウと握手していると、その後ろから赤毛の女の子がデッキを踏み鳴らしながら近づいてくる。

それに気づいたロウはやべっと小さく漏らすと、あろうことか私の後ろに回り込んだ。

 

「ちょっとロウ!また新しいMS引っ張ってきたの!?また方々から因縁つけられちゃうよぉー」

 

「だ─違うんだよ樹里、客人なんだ!MSはこの人のだよ!……すごい欲しいけど」

 

「……あげませんよ?」

 

「あぁ、そうつもりじゃないんだエミリアさん!」

 

悲鳴をあげるロウ。

するとどこからか、髪の長い男性がふらっと現れた。

 

「ふふふ、やはりナチュラルとは興味深いですね。」

 

「あ、リーアム!喜べ、この人はコーディネイターだ!水が欲しいらしいから商談を纏めといてくれ。俺は水の調達しなきゃだから!プロフェッサー!どこだー!」

 

「え、なんで私なんですか!?」

 

驚くリーアムを後に、ロウはさっさと奥へ引っ込んでしまった。

私は苦笑いを浮かべていると、リーアムも同様の表情になっていた。

 

「これだからナチュラルは面白い──と言いたいところなんですがね。リーアム・ガーフィールドです。エミリア・ジュールさんでお間違いないですか?」

 

「はい。あなたがお噂のリーアムさん?ロウさんは面白い人ですね。」

 

私がそう言うと、リーアムは賛同者がいたとばかりに目を光らせた。

 

「そうでしょう?見ていて飽きませんよ。(いささ)か無鉄砲なキライがあるので波瀾万丈な毎日ですが。」

 

「えぇ、でも楽しそうだわ。」

 

「楽しいですよ。さて……では、商談に参りましょうか?」

 

「えぇ。必要な量は──」

 

 

□□□□□

 

 

「えぇー!?タダ働きかよ?」

 

戻ってきたロウはまた悲鳴をあげていた。

リーアムから商談の結果を聞いた為だ。

 

「仕方ないでしょう。レッドフレームを盗んだのはロウなのですから。」

 

「いや、あれはジャンクでだな」

 

リーアム相手に言い訳を始めるロウであったが、それに私が割り込む。

 

「持ち主が不在であればジャンクでしょう。けど、モルゲンレーテの人間がいるとなれば別。私は所有権を主張できる身なのよ?」

 

「それで、レッドフレーム譲渡の代わりに水代はチャラってこと?エミリアさん、顔は綺麗なのにやる事がえげつねぇよー」

 

唸るロウに、今度は味方である筈の樹里が一撃を加えた。

 

「でもロウだって吹っ掛けようとしてたじゃない。」

 

「うげっ、それは言うなって樹里……」

 

「仕方ないでしょ?エミリアさんが言ってる事は間違ってないんだもん。レッドフレームは軍事機密だって言うじゃない。本当なら水代でも払いきれないくらいの請求されてもおかしくないんだよ?」

 

「うぅ、わかった………あぁ、今月のオークションの軍資金がチャラにぃ──」

 

樹里の一言で遂にロウは折れた。

ロウはこの世の終わりだと言わんばかりに頭を抱えている。

それを見てリーアムはにやつきながら言った。

 

「変なもの買われなくてすみますね。エミリアさんには感謝します。」

 

「い、いえ、こちらの方こそ……なんか悪いことしてしまった気分だわ…」

 

「いいんですよ、たまには痛い目みないとすぐ図に乗っちゃうんだから!」

 

頭を抱えて唸るロウと、言葉は辛辣だがそんな様子を楽しんでいるリーアムと樹里。

そんな彼を見て私は羨ましいと思った。

そして、こんな世の中にも関わらず逞しく生きているその姿に感心させられたのだ。

 

商談が纏まり、私はアークエンジェルに再び電文を打つ。

水を確保したとの一報を送ったのだ。

 

水はギュール商会の(ツテ)で他の商会が持ってきてくれる事になっていたので、この宙域に到着するまではしばらく停泊する事になりそうだ。

 

相手は主に生活物資などをギュール商会のような商船や私たちのような補給を受けられない軍艦相手に売っている商会らしく、アークエンジェルに必要な量の水も一度に用意できるとの事だった。

 

本来なら軍艦には相当値段を吹っ掛けるようなのだが、ギュール商会からの依頼ということで組合員価格になっているらしい。

まぁ、支払うのはギュール商会なのだが。

 

 

機体に戻ると電文で返信が来ていた。

見てみると水の確保に対する労いと、先程要請した民間船の人命救助についての報告だった。

 

「っ………そんな…」

 

電文を読んでショックを受ける。

生存者はおらず、船内は損傷と戦闘の形跡で酷い有り様だったらしい。

つまり、私が駆けつけた時点ですでに手遅れだったのだ。

 

今は脱出した生存者がいないか捜索しているとの事だ。

 

しかしよく救助に出てくれたと思う。

へリオポリスの避難民収容すら渋ったのだ。プラント籍の船となれば尚更渋るものと思った。

 

恐らくだが、ラミアス大尉が私に気を利かせてくれたのではと思う。もしそうならラミアス大尉にはお礼を言わなければならないと思った。

一先ずアークエンジェルの様子も気になるので、私は一旦ホームを離れる事にする。

座標をアストレイに記録し、ロウ達に艦に戻る事を伝えた。

 

「あぁ、わかった。どっちにせよボブのとこが来るまでちっと掛かるみたいだし、来たら連絡するよ。」

 

「そうね……お願いするわ。トンズラしないでよ?」

 

「しねぇよ!俺がそんな不義理に見えるのか!?」

 

「フフフ、からかっただけよ。それじゃ、連絡お願いするわね。」

 

「あぁ!」

 

ロウに別れを告げ、私はアストレイをアークエンジェルへ向けて発進させた。

 

アークエンジェルは特に変わった様子はなく、ローンチデッキには忙しなく作業ポッドや物資を積んだランチが出入りしている。

私は邪魔にならないよう避けながらアークエンジェルのハンガーまで入り、駐機位置に機体を止めた。

 

「お疲れさんだなネーちゃん!ジャンク屋相手にタダで水を確保するとはやるじゃねぇか!」

 

「人徳、というものかしらね。マードック軍曹、艦長さんはブリッジに?」

 

「あぁ。お前さんの報告を待ってるみたいだったぜ?」

 

そう言われ、私はパイロットスーツのままブリッジへと向かった。

ラミアス艦長は私がブリッジに訪れるのを待ちわびていたようだ。

 

「あぁ、お帰りなさいエレナさん。突然交信が出来なくなったから慌てたのよ?」

 

「すみません、少し込み入った事になっていたので……」

 

「まぁ、あれでは仕方ないわね。あの船……一体何があったの?」

 

恐らくラミアス艦長もあの船の中を見てきたのだろう。

だいぶショックを受けたような顔をしていた。

本当の事を言うとトラブルになりそうなので適当にぼかす。

 

「どうも海賊に襲われたようでしたので。私が見つけたときには既に…」

 

「そう……あぁ、それと。水の確保、感謝しているわ。ジャンク屋って、どこでそんなものと交渉を?」

 

「偶然出会しまして。その相手が知り合いだったので少しコネを使いました。さすがにお金は払わせられませんから」

 

「…………本当に、何から何まで…あなたには助けられてばかりね。」

 

「いえ、私も艦長さんには助けられていますから。お互い様です。」

 

「…………ありがとう。」

 

ラミアス艦長との会話が途切れたところで、突然ブリッジに通信が入る。

ラミアス艦長がそれに出ると、相手は現場指揮を執っていたバジルール少尉だった。

 

「ラミアス艦長、ハンガーまで来てください!ヤマトがまた──」

 

「えぇ!?」

 

 

 

□□□□□

 

 

 

ラミアス艦長と共にハンガーへ赴く。

そこにはマティウス社製の緊急避難用ポッドが鎮座していた。

 

この型の緊急避難用ポッドはプラント籍の船やザフトの艦艇にも広く使われている品だ。

それが何故地球軍の、アークエンジェルのハンガーにあるのか。

 

答えはキラが持って帰ってきたからだ。

バジルール少尉が嫌味を言ったので、キラは消沈したような表情になっていた。

 

「開けますよ?」

 

私の声に、保安部のクルーが銃を構えた。

私はこのポッドの扱い方を知っていたので、マードック軍曹から作業を委託されたのだ。

緊急避難用ポッドのハッチを外部操作によって開く。

 

「──ありがとう、ご苦労様です。」

 

鈴のような淑やかな声がハンガーに響く。

そう言って中から出てきた者を見るや否や、私は咄嗟にポッドの裏へ隠れていた。

 

何故彼女が……

 

ラクス・クラインが、こんなところにいるのだ!?

 



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彼女たちは何を思う

□□□□□

 

 

ラクス・クライン────

 

シーゲル・クライン氏の娘にして、優れた知性と可憐なその美貌、そして天使のような声を併せ持った稀代の歌姫だ。

 

そして、私の親友でもある。

 

私はジュール家の令嬢だ。

当然社交の場にも幾度となく出ている。ラクスとはそこで知り合った。

私がクライン派に接近できたのも、ラクスを通じてシーゲル氏にコンタクトを取ったからだ。

 

彼女は私より4つ年下ながらとても聡明で、そして何より思慮深い。

ふわっとした外見からはまるで想像つかないが、その知性はとても優れていた。

流石シーゲル氏の娘といったところである。

 

彼女と出会ってから何度話を交わした事か。

ラクスほど私が心を許せる相手もそういない。

 

私は弟のイザークにすら仮面を被る時が多いのだ。

本音で話せる友はとても有り難かった。

 

だからこそ、会えなかった。

彼女と交わす話題にはいつも平和への想いや世界の事があった。

そして、その度に私は武力による戦争の解決を批難していたのだ。

 

それが、今はまがりなりにも地球軍の艦に乗り、MSを操り人を殺しているのである。

そんな私が彼女に会える訳がなかった。

 

ラクスが艦長室へ連れていかれると、私はポッドの裏から出た。

気にはなるが、ラミアス艦長なら悪いようにはしない筈だ。

私は彼女に見つからないよう隠れておく事に決めた。

 

そして、私には取って置きの隠れ場所がある。

ハンガーに駐機されたアストレイのコクピットに乗り込むと、私は整備作業の為キーボードパッドを引き出した。

 

ここにいれば、ギュール商会からの連絡待ちやアストレイの整備作業と言い訳ができる。

私がずっといても不思議ではない筈だ。

そして、仮にも敵国の姫である彼女が地球軍の艦の中をウロウロと出歩く事は出来ないだろう。

ましてやハンガーへの出入りなど許されない。

 

私は籠城の体制を固めると、コクピットで一人調整作業を始めた。

 

しかし、暫くして私は限界に達した。

私は人間なのだ。

アストレイで発艦してから今まで、まともに飲み食いしていない。

ギュール商会のホームで水を1杯飲んだのが精々だ。

 

それにトイレの問題もある。

アストレイの機内には緊急用の簡易トイレはあるが、あくまで緊急用。

使い方が特殊なのであまり使いたくなかった。

 

それに、私はまだパイロットスーツのままだ。

ぴっちりとした着心地は悪くはないが良くもない。

どうしても密着型宇宙服──与圧能力を服の締め付けで補うという構造上、長時間着ていると窮屈になってくる。さすがにそろそろ脱ぎたくなってきた。

 

私はそういった人間の生理現象に耐え兼ね、見つからないようにいけばいいとコクピットを出た。

 

 

 

パイロットスーツから地球軍の軍服に着替え、トイレを済ませてから私は食堂に向かっていた。

ちょうど出会したキラにラクスの処遇を聞いたところ、やはりというか士官室に軟禁されているらしい。

 

私はラクスに出会す可能性がなくなった為胸を撫で下ろし、食事は食堂でゆっくり食べる事にした。

キラも食堂に行こうとしていたらしく、一緒に向かうことにする。

 

「エレナさんはあの子、どう思います?」

 

「どう、って?」

 

「いえ、プラント出身なのであの子ご存知なんじゃないかなと思って。有名人なんですよね?」

 

「えぇ、かなりの有名人よ。アイドルみたいなものかしらね。」

 

道すがらキラとラクスの事について話す。

ラクスについては友人故に彼女の私生活や趣味嗜好までよく知っているが、それは口には出さなかった。

アスランがラクスの婚約者になっている事も。

 

キラの様子を見ていると、どうもラクスが気になっているようなのだ。

彼もやはり年頃の男の子ということか。

 

食堂にはまばらに人がいたが、その中には調度ミリアリア達もいた。

何やら赤髪の女の子─フレイ・アルスターと揉めている様子だ。

彼らに話しかける。

 

「どうしたの?」

 

「あぁ、エレナさん、それにキラも……ミリィがあの女の子に食事を持っていってってフレイに頼んだら、フレイが嫌だって──それで揉めてるんですよ…」

 

カズイが肩を竦めながら答えた。

なんだそんな事かと思うと、私はフレイに話しかけた。

 

「どうしてラクスのところに食事を持っていくのが嫌なの?簡単な事だと思うのだけど…」

 

「え──だって、あの子ザフトじゃない!もし襲われたりしたら…」

 

彼女は、ラクスをまるで化け物か狂人扱いしていた。

それがあまりにも突飛すぎて、私は思わず吹き出してしまう。

 

「ふっ─アハハハハ───」

 

「えっ、何で笑って…」

 

そんな私の態度に侮辱されたと感じたのか、フレイは眉を潜めていた。

私は気にすることなく続ける。

 

「いえ、あの子の事そんな風に言う人は初めてだったから……大丈夫よ。彼女は歌姫様、プラントではかなり有名な歌手なの。いい機会だし、サインくらい貰っておいたら?プラントでは欲しくても中々手に入らないわよ。」

 

「じょ…冗談じゃないわ!なんで私が、あんなコーディネイターの子なんかの……!」

 

私が茶化すように言うと、それがフレイの癇癪に障ったのだろう。

彼女は取り繕うこともなく激昂した。

 

「っ…」

 

「ちょっと!フレイ!」

 

隣のキラがうつむき、ミリアリアが眉を尖らせる。

コーディネイターという括りがキラの胸に刺さったのだろう。

ミリアリアもそれを気にしているようだった。

 

ミリアリアが再びフレイに突っかかると話がややこしくなるので、私はミリアリアを制すように手を翳した。

それを見てミリアリアは大人しく引き下がる。

私は話を続けた。

 

「………なんで、彼女が怖いのかしら?あの子、人畜無害な外見だと思うのだけど」

 

「だって……コーディネイターだし……」

 

彼女、ブルーコスモスの賛同者だろうか?

執拗にコーディネイターを怖がっているように見える。

しかし過激派という程盲目でもないし、学内での彼女の評判は箱入り娘だ。

単に何も知らないだけかと察した私は、フレイと向き合うことを決めた。

 

「じゃあ、キラも怖いの?あなたは。ついでに今あなたと話している私もコーディネイターなのだけれど……」

 

「えっ!?でも地球軍の軍服着て……」

 

「これは成り行きで着ているけど、私はプラントの出身よ。そこで仕事もしてたわ。それで、私が飛びかかりそうに見える?逆に飛びかかったほうがいいの?コーディネイターは、あなたの中では狂暴で何してくるかわからない人達なんでしょ?」

 

「ぅっ……だって、パパが……」

 

やはり、彼女は何も知らないようだ。

コーディネイター=悪と信じ込み、その課程を経ていない。

先入観ですべてを決めてかかっている。

だからこそ、その先入観に相反する事が起こると言葉に詰まるのだ。

私は彼女の父、ジョージ・アルスターを話の引き合いに出すことにした。

何故私が知っているのかと言うと、ジョージ・アルスターはブルーコスモスシンパの官僚としてクライン派からマークされているのだ。

 

「……思い出した。あなたのお父さん、もしかしてジョージ・アルスター?」

 

「知ってるの?」

 

「えぇ、大西洋連邦の外務次官でしょう?ついでにブルーコスモス。でも、あなたのお父さんがなんでコーディネイターの事悪く言うか、考えたことはない?」

 

「………ううん、考えたこともないわ。」

 

首を振るフレイ。

私は彼女に、コーディネイターとナチュラルの差別だけでなく、戦争のことについても話してみようと決めた。

彼女はちゃんと話を聞いてくれると観た。

自分の先入観が怪しくなり、戸惑っているからだ。

 

「お父さんは大西洋連邦の外務次官。つまり、この戦争を終わらせる為の仕事をしている訳よね。それじゃ、どうすれば戦争は終わるとあなたは思う?」

 

「そんなの、わかるわけないじゃない。」

 

「じゃあ、聞き方を変えるわね。戦争で勝つには、どうしたらいい?」

 

「それは、ザフトをやっつけて…」

 

「コーディネイターを皆殺しにすれば終わる。そう言うことよね?」

 

「………」

 

「つまり、あなたが私やキラと仲良くすると、お父さんにとっては都合が悪いの。だって、仲良くなったら私達を殺せないでしょう?」

 

あえて強い言葉で言った。

フレイは俯く。

世界の、どこの誰だかわからない人間ならどうとでも思えるかもしれない。

しかし、それが目の前の人間なら。

皆殺しという言葉が一気に生々しさを帯びてくるのだ。

 

「パ、パパがそんなこと──」

 

「勿論、あなたのパパがそう思ってるかはわからない。そして、あなたのパパだけがそう思ってる訳でもない。それが世界規模で起こってるから戦争は終わらない──いえ、終わらせられないのよ。煽っている人々がいるから、ね。それが誰かは、もうわかるでしょう?」

 

「…………ブルーコスモス」

 

ちゃんと答えが出てくる辺り、フレイは決して馬鹿ではない。

やはり、見立ては間違っていないようだ。

箱入り娘で溺愛されるがあまりに盲目となり、与えられる情報のみを鵜呑みにしてきた。

それが今の彼女だ。

なら、十分に変えられる。

 

「えぇ。でも、ブルーコスモスも単純にコーディネイターが嫌いだから戦争を煽っている訳じゃないのは、あなた知ってるかしら?」

 

「え……」

 

私は極力彼女にもわかりやすいよう、噛んで含めるように説明を始めた。

 

私が考えるこの戦争の本当の姿、そしてその犠牲となった者達を。

 

「──ここで、お金儲けの話をしましょうか。戦争をするとなったら武器がいるわね。じゃあ、武器を用意しようとする。銃1つ作るのにも、お金がかかるわ。」

 

「えぇ。」

 

「軍隊で武器を作る訳じゃない。作れる人や会社が作るのが普通ね。それを軍隊が買って使う。当然、作った人にはお金が入るわ。戦争なんだもの、武器は沢山あっても困らない。作れる人にはビッグチャンス到来、ってやつね。」

 

「!……それで、武器を戦争で使って……」

 

「そういうこと。戦争が続けば続いた分だけお金が手に入るわ。でも、戦争が終わってしまったら?」

 

「武器が売れなくなって、お金儲けができなくなる……」

 

「それ、困るわよね?稼いだお金で生活してるのに、お金が入ってこなくなるんだから。じゃあ、戦争を続けて貰う為には……?」

 

「戦争を、煽る………そんな──」

 

「今の世界経済は、"死んだ人の血で出来たお金"で回ってる。こういうのを、戦争経済っていうの。そして、それで儲ける人達を軍産複合体と呼ぶわ。」

 

フレイは理解が早いのか、私の話をしっかりと吸収しているようだ。

私は続けた。

 

「軍産複合体は、何も武器を作る会社と軍隊だけでできてるわけじゃない。戦争には色んなものがいる。人、物、お金、そして法律。それを準備できる企業や政治家、軍人、ロビイストのような人達が集まって戦争をさせるの。何も知らない人達に、ね。」

 

「何も、知らない人達──」

 

「それには、コーディネイターだけじゃなくて、ナチュラルの人も──いえ、ナチュラルの人がむしろ多いわね。人口的に。ナチュラルの人のほうが、結局沢山死んで血を流しているという事になるわ。」

 

それは、地球もプラントも同じだ。

知識人や良識のある人々はそれに踊らされないが、そうでない人々のほうが圧倒的に多い。

権力者はそういった人々をこう言う。

 

愚かな大衆、と。

それが彼らにとって都合が良いのだから。

 

「っ───」

 

「この戦争はね、コーディネイター憎し、ナチュラル憎しでやってるものとは別の側面がある。本当の側面は、何もわからない純粋な人達を戦わせて、殺し合わせる。そうして出来たお金で優雅に暮らして、笑いながら世界を見てる人達がいる。この戦争は、その人達の為のもの。私はそう思うわ。」

 

「あ、あんまりよ……そんな…そんなのって──」

 

フレイは震えていた。

ブルーコスモスを含めた軍産複合体に踊らされ死んでいく沢山の人々と、それを許容して回る世界の姿に勘づいたのだ。それに自分が含まれていた事も。

 

あくまで、いままでのは私の考えた世界の状況だ。

核心を突いているとは思うが、確信はない。

それでも、フレイの心に一石を投じる事が出来たのは確かだ。

そして、その波紋は私の周りにいるキラやミリアリア達にも及んでいた。

 

しかし、私は騒ぎすぎたらしい。

ここで思わぬ来客が現れた。

 

「──ですから、終わらせねばならないのです。そうですわね、エミリア?」

 

「!?──ラ、ラクス……?」

 

フラりと現れたラクスに、食堂にいた人間は皆騒然となった。

確か軟禁されてる筈では?

そう思うが、どうやらラクスは何かしらの方法で抜け出したらしい。

 

「この艦にいらっしゃるのならお声かけ下されば良いのに。お人が悪いですわ、もう」

 

ラクスは私に近づくと、拗ねたように頬を膨らませた。

私は相変わらずだなと頬を緩ませるが、周りはそれどころではない様子だ。

特にフレイは驚愕の色を隠しきれていなかった。

 

「あ、あなたなんで──」

 

「この子、ピンクちゃんがお散歩好きですの。それに、笑わないでくださいね?少しお腹も減ってしまいましたのよ。それより、私はあなた……フレイ様でよろしいかしら?あなたに飛びかかったほうがよろしいんですの?」

 

突然の物言いに、フレイは面食らっていた。

 

ラクスはこうかしら、こうすればよろしいの?と私に聞きながら、フレイに飛びかかるようなフリをする。

端から見ればものすごく間抜けな絵面だが、ラクスがやると何とも可愛らしく、それで絵になってしまうのがすごい。

 

「あ、えっ………ぅうー、何なのよもう…ワケわかんないわ……」

 

フレイは吹っ切れていた。

私の話もあるだろうが、ラクスの態度に自分が描いていたものが崩れ去り馬鹿馬鹿しくなったのだろう。

ラクスがだめ押しにフレイに聞く。

 

「飛びかかったほうがよろしいんですの?」

 

「あぁもう、飛びかかんなくていいわよ!」

 

フレイがもう勘弁してくれという風に言うと、ラクスはにこやかに笑いながら道化を演じるのをやめた。

 

そう、ラクスはわかってやってるのだ。

あえてふざけてみせる事で、相手の不安を払拭してしまうラクスの得意技である。

 

というか、飛びかかる云々と言っている事はつまり、私の話をだいぶ最初の方から聞いていたようだ。

諜報活動でも出来るようになったのだろうか?

もしや、そういう役を貰った事で覚えたとか。

 

そんな私の思いとは裏腹に、ラクスは朗らかに笑う。

そして、お腹の虫を鳴かせた。

 

「それじゃあ飛びかかりませんわ。それより、あの──お食事を……」

 

「あ、あぁ!そうだ、食べよう!うん、そうしよう!皆いるし大丈夫だよ!」

 

キラの一言で、皆空腹であることを思い出した。

なし崩し的に皆で食事をすることになり、ラクスもそこに同席する。

 

ラクスの登場で、息詰まった雰囲気は簡単に崩れ去ったのだ。

それを全て計算ずくでやり、しかも出てくるタイミングまでしっかりと見極めているこの子は本当に抜け目がない。

 

「───何というか、やっぱりあなたはすごいわ、ラクス」

 

「あなたも、十分にすごいと思いましてよ?それに、あれだけの話で多くを理解したフレイ様も。」

 

「私が…?」

 

突然話を振られ、フレイは驚いたようにラクスを見た。

褒められるとは思っていなかったのか、かなり意外そうな顔をしていた。

 

「えぇ。人は真実を語られても、その都合が悪ければねじ曲げるもの……けど、あなたは違いました。フレイ様は真摯な態度でエミリアの話を聞いて下さったわ。フレイ様は、聡明な方でいらっしゃるのね。」

 

人の心にスッと入ってくる、鋭くも柔らかい声色。

時折ラクスが放つ、シーゲル氏のような政治家の空気である。

 

「私は、別にそんな訳じゃ……けどエレナ……あれ、エミリア?どっちだっけ?まぁいいわ…その話を聞いて、知らないことだらけだからビックリしたのよ。」

 

「それでも、話を聞くのは大変な事ですわ。気に食わぬから撃つ───それがまかり通る世の中ですのに。だから、フレイ様は聡明だと申し上げているのです。」

 

お世辞ではない。

彼女の本心だ。

それはフレイにも伝わったのか、フレイも素直に受け取っていた。

 

「そう………ありがと。あと、その様付けはやめてもらえない?私はフレイ・アルスター、15よ。そんなに歳が離れているってわけでもないでしょう?」

 

「あら、おひとつ違いですの?私は16ですわ!フレイと呼んでも?」

 

「えぇ、よろしくねラクス。あなた、向こうでは有名な歌手なんでしょ?」

 

「あら!サインでしたらお書きしますわよ。高値で取引されると聞き及んでおりますわ。」

 

「ち、違っ──はぁ……なんか、色々考えてた私が馬鹿みたいかも……この人、本当に有名な歌手?」

 

フレイが頭を抱え始める。

ラクスへの警戒心が完全に解けたようで、フレイは自分から自己紹介する程になっていた。

私はそれを微笑ましく思う。

 

「有名なんて話じゃないわね。本当ならこんなところにいることも有り得ないくらいよ。サイン、アースダラーで○○○くらいするかしら…」

 

「─────」

 

「えぇ!?そんなにするんですの!?私、沢山書いてお金儲けしましょうかしら……」

 

フレイが驚愕しているのはわかる。

しかし、ラクスまで反応しているのは予想外だ。

 

……いや、わかってやってる。

これはその時のしゃべり方だ。

 

「やめてラクス、あなたのイメージが…」

 

「あら、当然稼いだお金は寄付しますわよ?私のサインが高く売れるのなら、そのお金で不幸せな方達を幸せにできますでしょう?」

 

「ラクス……」

 

これで本心で言ってるのだから本当に困る。

ひとつ間違えれば傲慢とも取られかねない発言だ。

それを自分で払拭してしまうのも彼女なのだが。

 

 

「あのー……1ついいですか…?」

 

突然、近くにいたキラがおずおずと手を挙げた。

何か気になっているらしい。

 

「キラ君、どうしたの?」

 

「いや、その……エレナさんとラクスさんって、どういう関係なのかなぁ、って。」

 

「エレナ?……エミリアは私の親友ですわ。私、お友達があまりおりませんもので……エミリアはよく遊びにきて下さったんですのよ?とてもお優しくて面白い方ですわ。あれ──エレナ?エミリア、なぜ名前を変えてるんですの?」

 

「うっ───」

 

痛いところを突かれた。

どうする?話すべきか?

 

「あ、それ私も気になってた。」

 

「おれも」

 

「ぼ、僕も…」

 

いや、すでに詰んでいるようだ。

 

「そ、それは………はぁ…潮時かしらね。エミリアは私の本当の名前なのよ。色々あって隠してたけど」

 

「色々って?」

 

「ちょ、フレイ!」

 

「まさか、家出された事が?」

 

ラクスにまで言われてしまった。

もう黙っていることは出来なくなる。

 

「うっ───そ、そうよ。その通りだわ……」

 

「家出って……何て言うか」

 

「もう、フレイもあんまりズケズケ聞く癖やめたほうがいいんじゃない?」

 

「だって、気になるじゃないの?」

 

「はぁー」

 

ミリアリアがため息をつく。

その辺は相変わらず世間知らずの箱入り娘というところか。

ふと、ラクスが目を閉じ何かの匂いを嗅いでいた。

 

「あら、この香水の香り………ミス・ディアナを使っていらっしゃるのはどなた?」

 

「わ…私です…私、ミリアリア・ハウ……」

 

「ミリアリア様というのですね。ミス・ディアナ、私も愛用しておりますのよ?」

 

「そ、そうなんですか!?ちょっと意外…」

 

どうやら、僅かに薫るフレグランスの匂いを嗅ぎ付けたらしい。

多分話題を変えてくれたのだ。

その辺はラクスらしい気配りである。

ラクスはミリアリアとの話の切っ掛けを作るため、ミリアリアから薫る匂いで使っているフレグランスを当てたのだろう。

 

 

「えっ、ミリアリアそんなの使ってるの?似合わないわぁ…」

 

「フレイだってオードパルミ使ってるじゃない!背伸びしすぎよ!」

 

「あら、オードパルミを?フレイは大人ですのね」

 

「ふふん、でしょう?」

 

「もう、フレグランスなんて好き好きでしょうに。リビドールージュくらいが調度いいわ。」

 

「安物……逆に似合わない……」

 

「エレナさんのイメージが……」

 

「エミリア、もう少し気を付けたほうがよろしいのではなくて?……」

 

「え、何これ……」

 

フレグランスの話題で盛り上がるが、私が喋ると何故か皆トーンダウンした。

仕方ないではないか。

私、あまり化粧っ気はないんだから。

 

 

「ねぇ、なんの話してるの?」

 

「わからない……別の世界の話な気がする……」

 

「「「……………はぁー」」」

 

これだから男子は、というように皆溜め息をついた。

キラとカズイはそれによってすっかり萎縮してしまう。

女子会というものの恐ろしさを肌で感じたらしい。

 

 



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迷いと別れの調(しら)

食堂でのささやかな女子会を終え、私はまたハンガーへと戻っていた。

久々にラクスと二人きりで話したかったが、私がMSに乗って戦っている事は話していないのだ。

結局、それをラクスに打ち明ける事はできないでいた。

 

ラクスには一応部屋に戻ってもらっている。

話し相手を欲しがっていたので、とりあえずキラをラクスにあてがっておいた。ラクスが気になっていたようだし。

 

そういえば、どうやって部屋を出たのだろう?

その事については終始話してくれなかった。

 

 

 

コクピットで黙々とキーボードを打っていると、遂にロウから電文が来た。

知り合いの商会がこの宙域に到着したらしく、私の母艦の座標を教えて欲しいとの事だ。

どうやら向こうから来てくれるらしい。

 

私はコクピットから無線を使い、ブリッジにいるラミアス艦長に繋いだ。

 

「ラミアス艦長、今よろしいですか?」

 

『あぁ、エレナさん。どうしたの?』

 

「補給船が到着したとジャンク屋から連絡がありました。当艦の座標を教えてくれとの事ですが、如何致しますか?」

 

『信用できそう?』

 

「ジャンク屋の方は信頼できそうですが、補給船の方はなんとも……ジャンク屋に取り次ぎを依頼しましょうか?」

 

『うーん……一先ず、お願いできる?これで来たのがザフト艦では話にならないもの。』

 

「わかりました。それでは───」

 

ラミアス大尉との通信を終え、私はロウに仲介と立ち合いをしてもらえないか電文を送った。

ついでにアークエンジェルの座標も送る。

ロウからはすぐ返信が来て、渋るかと思ったが快く了承してくれた。ちょっと意外だ。

 

 

それから数十分後だろうか。

ギュール商会のホームと、補給船らしき商船がアークエンジェルの脇に着けてくる。

 

ホームからはレッドフレーム──ロウがP02の事をそう呼んでいた──が発進し、アークエンジェルの傍らへやってくる。

私もラミアス艦長に頼みM1を発進させた。

ロウのレッドフレームと向き合うような状態で機体を止め、私は映像通信を開いた。

 

「ロウ、来てくれて感謝するわ。」

 

『人使い荒いぜエミリア。まぁ信用できねぇってのはあると思ったし、プロフェッサーがエミリアの艦を見たがったしな。』

 

「プロフェッサー?」

 

『あぁ、うちのボスだよ。根っからの技術屋でさ。地球軍の最新鋭艦なんて聞いたら居ても立ってもいられなかったみたいだ。』

 

「あぁ、そういう……取りあえず、取り次ぎをお願いできる?」

 

『OK、ちょっと待ってくれ。』

 

ロウはそう言うと通信を一旦切る。

商船の頭目と話をしているのだろう。

話はすぐ着いたようで、ロウから再び通信が入った。

 

『今から輸送ブームで水を送るってさ。そっちの艦に渡し綱を着けて貰えるか?』

 

「わかったわ。少し艦長と話すからいい?」

 

そう言うと、私は通信相手をラミアス艦長へと切り替えた。

私の説明を聞いたラミアス艦長からも了承を受ける。

 

アークエンジェルからも作業要員を出すとの事で、私はM1を使って船外活動服を着た作業要員を運搬し作業の補助にあたった。

 

作業は数分程で完了し、アークエンジェルでの懸案事項だった水の問題は解決する。

 

水については、周辺宙域ではユニウスセブンの氷付けになった水しか見つかったいない。

そこの水を使うことになるという事態はこれで避ける事ができた。

誰だってできれば墓荒らしはしたくないのだ。

 

 

弾薬や資材については、この宙域に漂っている地球軍やザフトの艦艇の残骸から回収する事に成功している。

 

弾薬類は同規格品の誘導弾や砲弾をかなりの数確保出来ている。

多少の劣化については致し方ないが、整備次第では十分使えるとのことだ。

 

また、思わぬ掘り出し物もあった。

破棄されたローラシア級の一隻の艦内から無傷のシグーが見つかったのだ。

アークエンジェル艦内の搭載能力にも余裕があった為鹵獲している。

 

今は何に使うわけでもないが、万が一の場合は予備機にも使えるし、研究用として第8艦隊へ合流した時の土産にもなるだろうというバジルール少尉の判断だった。

 

ロウはシグーがアークエンジェルの艦内に搬入されるのを見て物凄く欲しがっていた。

しかし、商会への水の支払いで資金に余裕がなかったようで泣く泣く断念したらしい。

どうやら、ジャンク屋界隈ではシグーはかなりのレア物のようだ。

 

『ちっくしょォー、足元見られなきゃこんな事には…』

 

「レッドフレーム、アースダラーで○○○○○○○。即金ね?」

 

『ごめんなさい。』

 

ロウから恨み言を言われるが、レッドフレームの譲渡代を言うと一発で黙った。

 

『あ、そうだ……エミリア、何かあったらコイツらを頼りな。仕事を選ぶけど、アンタ達なら受けてくれるかもしれない。』

 

そう言うと、ロウは連絡先の書かれた電文を私に渡してくる。

 

「サーペントテール…?」

 

『ああ。結構な腕利き揃いだぜ?もし護衛がいるんなら頼んでみたらいい。あぁ、それと──ブルーフレーム……P03だったか?連中が持ってるからな。依頼料は値引いてくれるかもしれねぇ。』

 

どうやら、ヘリオポリス崩壊に紛れてP03までもが第三者へ流出したようだ。

私はその事実に衝撃を受けながらも、ロウの紹介してくれた傭兵集団の連絡先についてはロックしてしっかりとログに残しておいた。

 

民間ステーションのスネイルを拠点にしているらしいが、依頼次第では地球にまで出向く事もあるらしい。

 

「何からなにまで、ありがとうねロウ。本当に助かったわ。」

 

『お安い御用さ。こんな場所でエミリアと会ったのも何かの縁だしな。俺たちはプラントの"出島"かこの辺をウロついてるから、何かあったら来てくれ。連絡はコロニー間伝言メールでもいいぜ。コロニーやらステーションに立ち寄ることも多いからさ』

 

そう言うと、レッドフレームはホームへと帰還していく。

私は音声通信でロウに別れの挨拶を入れた。

 

「ありがとうロウ!またどこかで!」

 

『おう!そっちも元気でなァ!』

 

レッドフレームを器用に操り、M1に向けてサムズアップする。

彼はナチュラルの筈だが、随分と器用にMSを操る不思議な人だった。

そして、兎に角話していて気持ちのいい青年でもある。

いい出会いだったと思った。

 

水の補給も完了し、各種物資のセルフサービスでの補給を終えたアークエンジェルも抜錨した。

メインエンジンに火を入れ、最大船速でこの宙域を後にしていく。

その速力は最速の戦闘艦と名高いナスカ級に比肩し得るものだった。

 

 

□□□□□

 

 

デブリ帯を離れてからしばらく経った頃。

アークエンジェルはL2宙域付近の軌道に乗り、月へ針路を向けて進んでいた。

 

ラクスは今だアークエンジェルに乗っており、そして何故か艦内を散歩する姿が度々目撃されていた。

そういう事もあってなかなかハンガーから出られない時間が続く。

流石に艦内時間で消灯時間帯は部屋に戻るようで、コクピットの中で寝るような事態だけは避けられていた。

 

 

「…………シャワー浴びようかしら……」

 

ふとそう思い、私はコクピットを出るとハンガーを出た。

 

水の使用制限の為シャワーはあまり使えなかったが、今では一部解除されている。

私はパイロットという事で優先的に浴びる事もできたが、不自由を強いられている避難民の事を考えると大手を振ってシャワーを浴びることなど出来なかったのだ。

 

シャワー室は無人で誰もおらず、私は軍服やインナーを脱ぐとシャワーを浴びた。

 

温水が長時間コクピット内に座り凝り固まっていた体をほぐし、溜まった疲れもお湯と共に流れ落ちていく。

髪や体の汚れも石鹸で落とし、久々にさっぱりとした気分になった。

 

あまり長時間の使用はできないよう、シャワーは一定量が出ると自動で止まるように出来ている。

髪と体を洗い終えた私はお湯が止まるまでの間、その温かさを楽しんだ。

 

お湯が止まり、体を拭いて服を着る。

インナーは新しいものに取り替えた。

 

 

 

「私が地球軍……か」

 

再び軍服に袖を通していると、今更ながらに思う。

 

私は地球軍の軍服を着ているのだ。

しかも、キラ達のような兵卒用ではなく白地に赤襟と黒の肩章が付いた士官用である。

 

なぜ士官なのか。

それは、私が予備役少尉としてヘリオポリス襲撃以前に志願した事になっているからだ。

 

予備役少尉ならば野戦任官でいきなり士官でも問題はなく、大西洋連邦は国籍についても予備役に関しては特に定めらしいものがない。

オーブ国籍の私が任官しても問題なかった。

 

ではなぜそうなったのか。

それは私自身がラミアス艦長にそうするよう進言したことによる。

 

元を辿れば私はモルゲンレーテ、つまりオーブの軍属扱いとされてもおかしくない。

そんな私が地球軍の艦で戦闘行為に参加する、しかもそれが地球軍士官による強制では外交問題になるのだ。

それを行ったラミアス艦長の責任は間違いなく追求されてしまうだろう。

そこで、私はそれを避けるためにそのような提言をしたのである。

 

後悔はない。

しかし、プラントを離れた私が地球軍士官になるなどなんの皮肉だろうか。

 

この提言をした時、ラミアス艦長は本当に申し訳なさそうに私に謝った。

そして、私に何故そこまでしてくれるのかと聞いてきたのだ。

 

私は何故かと聞かれ、自分のためだと答えた。

それは半分本音でもある。

士官という立場上、私にはそれなりの発言力や権限が与えられるのだ。

それらを利用して後輩たちを守るつもりでいた。

パイロットとしても士官の方が都合が良い。

 

その旨はあえてその場でラミアス艦長に告げてある。

バジルール少尉には睨まれ、ラミアス艦長にも私が利己主義な人間に映ったであろう。

 

それでいいと思った。

気づけば、私はラミアス艦長──いや、マリュー・ラミアスという女性を放っておけなくなっていたのだ。

 

私が彼女の人格や器量に好感を抱いたというのもある。

それと、声が優しかった頃の母上によく似ているというのも。

 

それに同じ女であるし、ラミアス艦長の苦悩も理解できた。

慣れない艦長職を必死に続け、部下の命のみならず私達学生や避難民の命まで一手に預かっているのである。

その負担がどれ程のものか、察するのはあまりにも容易かった。

 

艦長である以上、弱音を吐きたくとも吐けない。

投げ出したくとも投げ出せない。

そんな彼女の負担を思えば、戦争が嫌だから協力を拒むなどできなかった。

 

だから、せめて彼女が艦長職を降りるまでは極力支えてあげようと思ったからこそ、私は地球軍士官になる決意を固めたのである。

 

この思いはラミアス艦長には告げていない。

告げればまた気を使われてしまうので、そうなれば本末転倒だ。

 

 

軍服を着終えるとシャワー室を出る。

自分で決めた事ではあるが、私は自分がどんどん戦争にのめり込んでいくようで少し嫌な気分になった。

 

 

「おや、銀髪のお嬢ちゃん───いや、今はジェーン少尉か。様になってるじゃないか。袖は俺の真似か?」

 

「フラガ大尉……いえ、これはシャワーを浴びて暑かったので……袖捲りは不味いですか?」

 

「いや、ロールアップは部隊長が禁止してなければ別に大丈夫さ。ほら、俺なんか開襟にもしてるだろ?嬢ちゃんも首もとキツいなら開けていいんだぜ?」

 

「で…では……」

 

フラガ大尉に言われ、私は軍服のファスナーを胸元まで下げて緩めた。籠っていた熱気が外へ逃げていく。

そう、今の私はフラガ大尉のようにだいぶ軍服を着崩しているのだ。

シャワーで体温が上がってしまい、折角さっぱりしたのに熱気で汗をかいては元も子もない。

女としてやはり汗の匂いは気になるところだ。

 

「おっ、セクシー!湯上がり美人のしっとりピチピチな肌、いいねぇ!」

 

「なっ…!?」

 

フラガ大尉の言葉に、私は自分がまんまと乗せられた事を理解した。

よく見れば、フラガ大尉の視線は私の胸に向かっていたのだ。

顔が赤面し、私は折角胸元まで開けたファスナーを慌てて引っ張りあげる。

 

「な、なんですかあなたは!」

 

「だって、まーた溜め込んでるじゃないか。今度はピンクのお姫様の事か。クライン嬢とはどういう関係かい?慌てて逃げてたろ。そして今も逃げてる」

 

「っ……」

 

「まぁ、言いにくいんなら無理に聞きはしない。けど、今のうちに彼女と話しておけるなら話しておいたほうがいいぞ。実はな、第8艦隊からの先遣隊がこっちに向かってるんだ。それに合流したらそんな余裕もなくなる。」

 

どうやら、アークエンジェルは遂に味方艦と合流するようだ。

そして、それはある重大な事態が差し迫りつつある事を示していた。

 

「……やはり、引き渡されるんですか?」

 

「残念ながら、多分な。ラミアス大尉は嫌がってるが、お偉いさん方はそうは思わないだろう。"熱烈に"歓迎されるだろうさ。」

 

フラガ大尉が肩をすくめ、私はその迫り来る事態に危機感を募らせる。

ラクスについての危惧は何も私がMSパイロットとして銃を握っていることを知られたくないだけではない。

 

重大な事態。

それは、ラクスの身柄がアークエンジェルから地球軍へ引き渡されるという事だ。

 

ラクスはプラント最高評議会議長、シーゲル・クラインの娘なのだ。

それが転がり込んでくれば、誰であろうとそれを利用するのが目に見えている。

 

私は、もしかしたらラミアス艦長が開放してくれるかもしれないと淡い期待を抱いていた。

しかし、現実をフラガ大尉から突きつけられれば嫌でも見なければならない。

 

 

 

彼女の身柄が地球軍の手に渡った時、どうなるか。

流石に殺されはしないだろうが、長い監禁生活となるのは間違いない。

常に監視され、好きな歌を歌うこともできなくなるかもしれない。

ハロも取り上げられるだろう。

 

プロパガンダに使われ、衆目の元に晒される姿。

政治に利用され、彼女が内心傷ついていく姿。

プラントに不利益な交渉の材料にもされるだろう。

それはラクスだってわかる筈だ。

 

ラクスは自分を表に出さないのだ。

本当に心を許せる相手にしか。

だからこそ自分を封じ込め、弱っていく。

そうなる姿がありありと思い浮かんだ。

 

そうなるとこの時点でわかっている。

だから、そうなる前に親友を助けたい。

プラントのシーゲル氏の元へ帰してあげたかった。

 

アークエンジェルは刻一刻と月へ向けて進んでいる。

フラガ大尉曰く、順調にいけばあと半日で先遣隊と合流する事になるとの事だ。

 

そうなれば彼女を助けるのは絶望的になる。

私は地球軍に引き渡される親友の姿を、ただ見送るしかなくなる。

しかしどうすればいい?

どうすれば助けられる?

 

手段が、浮かばない……

 

「っ……ラクス……」

 

思わず声が漏れてしまい、フラガ大尉はやはりというような顔をした。

 

「……そういう関係か。プラントの出身っていうから知っているのはおかしくないと思ってたが……なるほど。こればっかりは、俺だけじゃどうにもなんないな。」

 

私とラクスの関係を察したのか、フラガ大尉は頭をバリバリと掻く。

初めて当惑したような表情を浮かべていた。

 

「……私がラクスと関係あると知って、フラガ大尉は報告されるおつもりですか。」

 

唸るように言う。

思えば、私の動向はラミアス艦長にほぼ筒抜けだ。

フラガ大尉が逐一報告しているに違いない。

今回の一件も、恐らくラミアス艦長に報告するつもりで私に話しかけてきたのだろう。

 

「どこに……ってのは、野暮だな。悪かった。俺はここには来てないし、ここで嬢ちゃんに会ってもいない。」

 

「………ありがとう、ございます。」

 

私の気迫に負けたのか、それとも情か、フラガ大尉は逃げるようにこの場を去った。

一応礼だけは言っておく。

 

 

□□□□□

 

 

私は一人、ラクスが軟禁されている部屋の前へやって来ていた。

軍服は脱ぎ、私服姿で扉の前に立つ。

 

そして、パスキーに暗証番号を打ち込んで扉を開けた。

 

「あらエミリア!ようやく会いに来て下さったんですのね!」

 

ラクスがその瞳を輝かせ、入り口に立った私に駆け寄ってくる。

 

「ごめんなさい、色々とたて込んでいたの。入ってもいいかしら?」

 

「えぇ、どうぞ。入ってくださいな」

 

ラクスは私が自分に会うのを避けていた事を悟っているだろう。

だからこそ、今は何も言わない。

 

私はラクスに向き合うように席へ座った。

 

「キラ君とはどんな話を?緊張していなかったかしら?」

 

「最初は緊張されていましたが、すぐ打ち解けてくれましたわ。お優しい方ですのね。そして、悲しい方。」

 

ラクスの言葉に、キラがアスランの事を話したと察する。

恐らく、ラクスはキラを慰めたに違いない。

 

彼も板挟みになって苦しんでいるのだ。

私がキラを支えてあげなければならないのだろうが、たて込んでいてそれどころではなかったのが実際だ。

 

「アスランの事、話したのね……あなたが聞いてくれたから、彼も少しは楽になったと思うわ。」

 

「そうだとよいのですが……あなたは、楽になりませんの?」

 

「……私は………」

 

「何か、私に隠している。後ろめたいから、私とのお話を避けている。違いません?」

 

「悲しいほど、大正解ね。」

 

「そして、話す気になった。という事でお間違いありませんか?」

 

「………その通りよ。」

 

「では、お話になってくださいな。親友の話を聞くくらいしか今の私にはできません。それでも、あなたのお役に立ちたいのですわ。」

 

「………私、今は地球軍の士官なの。MSに乗って、戦ってる────人も、殺した。」

 

「!…………」

 

「この艦には後輩たちが乗っているの。守るために撃った。けど……私の手が血に染まった事に変わりはないわ。軽蔑……する、わよね。ごめんなさい──」

 

私は立ち上がり、部屋を出ようとする。

すると、ラクスが私の前にするりと回り込んで立ち塞がった。

 

「───お待ちになって、エミリア。」

 

「………糾弾、するつもりになった?」

 

「そんな訳、ないではありませんか──ボロボロの友をそんな風に扱うなど。」

 

「私が、ボロボロ?」

 

「エミリア。あなたは敵を撃った銃で、自分も撃っていらっしゃるわ。悲鳴を上げながら、痛みに悶えながら、それでも自分に罪があると言い自分を罰しているのです。罪を贖う為に。」

 

その言葉に、私は思い当たる伏があった。

フラガ大尉の言った事を思い出す。

敵を撃った事ではなく、自分の生かした命を思えと。

私はそれが出来ていなかった。

敵を撃った事ばかりを考え、自分を嫌いになっているのだ。

 

「だから、私は宣告します。エミリア・ジュール。これ以上、苦しまないでください。あなたの罪は、戦争の罪なのです。」

 

「っ……」

 

「父はこう言っております。想いだけでも、力だけでも駄目なのだと。あなたは守る想いから銃を取った。なら、それを責めることは誰にもできません。他ならぬあなた自身も。その罪はあなたのものであって、あなたのものではないのだから。」

 

シーゲル氏が開戦を迎えた際に演説で言った言葉だ。

私がやった事は正しいという事ではない。しかし、戦争という以上責めることもできない。

ラクスはそう言いたいのだ。

 

シーゲル氏の演説はこうだ。

 

『想いだけでも、力だけでも駄目なのだ。戦い、守るためには。

 

諸君の中には、これより人を殺める事になる者もあるだろう。

それは戦争であっても罪である事に変わりはない。

しかしながら、守るために為された罪はすべからく戦争の罪である。

諸君のものであっても、諸君のものではないのだ。

 

諸君、戦争を憎め。

早く終わらせねばと憎め。

罪の贖いは戦争を終わらせることにある。

憎しみを戦争に向け、敵に向けてくれるな。

敵を憎めば、戦争は長引き諸君の罪は贖われん。

守るという想いを無駄にするな。

その想いが戦争を終わらせる力となるのだから。

 

戦争が早期に終わり、諸君の罪が一刻も早く贖われん事を切に願う。』

 

早期終結を願うシーゲル氏の演説は賛否両論あった。

国民を鼓舞するでもない、むしろ反戦的な物言いでもある。

 

だが、私はそれが私のような者に向けられた演説であったとラクスに気づかされた。

罪に苦しむなら、戦争を終わらせる努力をせよと。

 

「………私としたことが、忘れてるなんてね。」

 

そう。

戦争が悪いのだ。

だから早く終わらせねばならないのだと改めて思う。

 

「あなたらしくありませんわ、エミリア。あなたがMSのパイロットになっているのは大切なものを守るためでしょう?それは、何から守っているのですか?」

 

「……戦争から、ね。」

 

「そんなあなたを、私は軽蔑も糾弾もいたしません。あなたの想いに力が伴った。それだけの事ですもの。」

 

 

ラクスに言われ、私はふらふらと席に着いた。

1つ、心の罪が許されたのだ。

 

しかし、まだ終わっていない。

もう1つの事が。

 

私はラクスに、持ってきたバイオリンを見せた。

 

「そちらは……弟君からのプレゼントですわね。」

 

「えぇ。ラクス──1曲、どうかしら?お礼に」

 

「あれだけのこと、礼には及びません。ですからその1曲、私もご一緒させて頂いても?」

 

「───えぇ。あの曲で、いい?」

 

「お願いしますわ。そんな気分ですの」

 

ラクスの一言に私は頷くと、バイオリンを構えた。

ラクスの息を吸う音と、バイオリンの弓が擦れる音が重なる。

 

 

 

───静かなこの夜にあなたを待っているの

 

演奏するのは彼女の持ち歌だ。

別れてしまった二人の思いを籠めた一曲である。

まさしく、今の私達のように。

 

いつも願ってた

今遠くても

また会えるよね───

 

 

「っ───エミリア、私は……」

 

───私は、地球軍に引き渡されるのですね。

 

そう、ラクスの瞳が語っていた。涙を溢しながら。

ラクスは私がなぜ来たのか、そして自分の境遇がこれからどうなるのかわかっていたのだ。

私が告げるまでもなく。

 

「っ………ぅうっ…」

 

私は涙に濡れたバイオリンを弾き、ラクスは震える声で歌い続ける。

自分達の想いを音色に乗せ、刻々と迫る別れの時を私達は憂いていた。

 

 

 

 

 



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失う者の嘆き

□□□□□

 

Side:イザーク

 

 

プラントに戻り、ガモフとヴェサリウスの修復を待つ間短い休暇を貰った。

母上は包帯を巻いた俺を見て大層驚かれたが、これも前線に出れば致し方ないことだと納得して貰っている。

 

そして俺は、それからすぐにマティウス市の行政センターへ向かった。

姉上の安否確認のためだ。

 

行政センターに着くと、俺はすぐにヘリオポリスの被災者名簿と救助者名簿を見に行った。

然るべき手続きを踏めばプラントでも名簿を見ることができるからだ。

 

ヘリオポリスの避難民についてはだいぶ救助が進んでいた。

俺は大丈夫だと思いながら、早速開示された名簿に目を通す。

被災者名簿にはしっかりと姉上の名前があった。

エレナ・ジェーン──姉上の使っている偽名が。

しかし、救助者名簿に姉上の名前はなかった。

 

 

その瞬間、最悪の現実が俺の頭を殴った。

まだ救助されていないという事は、未だ救難ポッドで宇宙を漂流しているか、あのコロニーで死んだか──

そのどちらかなのである。

 

前者であろうと、生存の可能性は殆ど無い。

 

もうヘリオポリスが壊れてから何日になる?

コロニー備え付けの民生用救難ポッドはあくまで非常時の緊急避難用であり、長期間の漂流に耐えられるようには出来ていなかった。

バッテリーや空気などの生命維持装置、そして水や食糧の問題が出てくるのだ。

 

大抵、民生用救難ポッドは48時間が使用期間の目安である。同じ宙域に留まり続け、救助船が来るまで避難民を守れればいいからだ。

それなら48時間程度でも十分役割を果たす。

 

ただ、その宙域に留まるための姿勢や軌道制御装置が破損していた場合は漂流することになるのだ。

漂流すれば見つけるのは困難になる。

48時間以内に見つかればいいが、もし見つからなければ過酷な状況と環境が待っている。

 

空気は減り続け、水も食糧も備蓄が切れれば飢えるのを待つだけ。

バッテリーが切れれば照明も空調も落ち、極端な高温や低温に曝されることになる。

宇宙服がなければ衰弱死するだろう。

そして、大抵の救難ポッドには宇宙服の備え付けなどないのである。

 

だから、救助者名簿に載っていない時点で死亡は確定しているとみてよかったのだ。

 

俺は膝から崩れ落ちた。

そして茫然自失とした状態で家に戻り、周りの目を気にせずよくなると泣き喚いた。

 

姉上が、死んでしまった───

 

父上に続き、姉上までもが犠牲になられてしまったのだ。

 

あの優しかった姉上が、もういない。

あの柔和な微笑みも見れず、透き通った声も聞けない。

そう思うと、俺の涙は止まることがなかった。

 

部屋に置いていた姉上の最後の手紙を握りしめ、それを読む。

それには、ヘリオポリスでの院生生活を楽しそうに綴っていた。そしていつものように、軍務に就く俺の身を案じる言葉で締め括られている。

その手紙を読めば読むほど、俺の目からは涙が溢れていく。

 

父上と共に、家とプラントを守る為と銃を取った。

しかし父上が戦死され、俺は残された母上と姉上だけは守り通すと誓った筈だった。

それが、これでは──

 

「姉上ッ………申し訳、ございません──」

 

俺は前の休暇で返事の手紙を出している。

俺が帰った時、姉上に宛てた筈の手紙はそのまま戻ってきていた。

ヘリオポリスが崩壊した為だ。

 

返事の手紙をしたためていた時の俺はまだ知る由もなかったのだ。

次の任務がヘリオポリスでの強奪作戦などと。

 

ヘリオポリス崩壊の原因は内部での戦闘にある。

クルーゼ隊長は地球軍がコロニー内部での兵器使用を躊躇わなかった為と言った。

 

だから、俺は思ったのだ。

姉上が死んだのは、すべて地球軍のせいだと。

姉上は、地球軍に殺された。

 

そもそも、ナチュラル共がMSなど作らなければこんな事にはならなかった。

中立のオーブも聞いて呆れる。所詮はナチュラルの国でしかないのだ。

 

「姉上の仇は……俺が撃つ。」

 

 

しかし、俺を待っていた悪い知らせはそれだけじゃなかった。

なんと、あのラクス嬢すらも行方不明になっていたのだ。

 

姉上に続き、ラクス嬢まで───

 

それを知った時は愕然とし、それにナチュラルが関わっているというのなら根絶やしにしてやるとさえ思った。

 

 

 

実は、俺はラクス嬢のファンの一人なのである。

あの美しさと歌声に惚れ込み、何度ライブへと足を運んだものか。

 

そんな俺の趣味を知ってか、何と姉上がラクス嬢に会わせて下さったのだ。

姉上はラクス嬢とは友人らしく、懇意にしているとの事だった。

俺は社交にはあまり出たことがなかった為知らなかった。

 

そんな、姉上からのご配慮で憧れのラクス嬢と会って話した時は天にでも昇るかのような心地だった。

 

その時は姉上も交え、ラクス嬢と三人でティータイムを楽しんだ。

緊張でガチガチになっていた俺を姉上はよくフォローしてくださり、気づけば緊張も解れていた。

ライブで見るステージ上のラクス嬢とは違う、普段のラクス嬢というのもとても新鮮だった。

 

姉上はラクス嬢に、俺がプレゼントしたバイオリンを自慢していたのを覚えている。

俺はそれを顔から火が出そうになる思いで聞いていたが。

 

ラクス嬢は「お優しいのですね」と誉めて下さり、更には姉上の伴奏でラクス嬢が俺のために『静かな夜に』を歌ってくれたのだ。

本当に嬉しかった。

 

 

俺の贈ったバイオリンを、姉上はとても大切にしてくれていた。

決して良いバイオリンではないが、姉上はとても気に入って下さったのだ。

ニコルとセッションした時も、姉上は俺の贈ったバイオリンで演奏を行った程だ。

 

 

ラクス嬢と、姉上。

俺の大切なものが続けざまに消えていき、喪失感に心が沈む。

しかし、すぐに復讐の炎で心は燃え上がった。

 

「おのれナチュラル共が………皆殺しにしてやるッ───」

 

 

□□□□□

 

 

休暇を生家で過ごし、俺は再びガモフに乗艦していた。

包帯が取れ、顔には大きな醜い傷が入っている。

プラントの医療技術があれば消そうと思えば消せるのだが、俺は敢えてこの傷を残していた。

 

 

俺にこんな傷をつけた敵。

それは足付きに搭載されていると思われる未確認のMSだった。

 

ガモフのブラックボックスに残っていたデータから解析された赤と白のMSの姿。

地球軍のXシリーズと共通の特徴が見られる以外はまったくデータのない未知の機体だった。

名称も不明な為、その特徴的な頭部アンテナから"赤角"と命名されている。

 

そして、何より恐ろしいのがその長距離狙撃という攻撃手段とそれを成せる敵パイロットだ。

 

奇襲とはいえ、ガモフをたった一機で行動不能に陥れたのだ。

それも、遥か彼方からの針の穴を通すような狙撃で。

 

しかも、敵はガモフ──引いてはローラシア級の弱点を熟知しているようで、そこを的確に撃ち抜いていた。

気密シャッターが閉められ、外からは見えない筈の発艦作業管制室をシャッター越しに撃ち抜くという離れ業すら見せているのだ。

 

何より、そんな技量と効果的な戦術眼を持つパイロットが地球軍にいたというのが驚かれており、評議会や国防委員会で情報収集が図られているところだ。

 

まぁ、どんな奴だろうが知ったことではない。

俺が奴を仕留めるだけだ。

奴を仕留めなければ、ナチュラルの皆殺しなど到底不可能なのだから。

 

 

現在、ガモフはロストした足付きを捜索して月軌道へと向かっていた。網を張る為だ。

 

ガモフと同時に出港したヴェサリウスは、先日より行方不明になっているラクス嬢の捜索任務も受けている。

その為、途中でラクス嬢が消息を絶ったデブリ帯へと進路を変えていた。

 

俺は逐一レーダーマップを睨み付けては出撃準備の報告を待った。

護衛艦、いや、MAでもいい。

一機でも潰してやらんと腹の虫が収まらんのだ。

 

「イザーク、ちょっといいですか?」

 

「……なんだ、ニコルか。」

 

そんな中、同僚のニコルがパイロットルームにやってきた。

優秀ではあるが甘い性格で、どうにも軍人には向いていない印象のある奴だ。

しかし、俺とこいつには奇妙なことに共通点がある。

 

ニコルは姉上とは友人関係なのだ。

音楽仲間であり、家に来てはよくセッションしているのを見かけた。

その関係で、士官学校で会った時は本当に面食らったのだ。こんな性格の奴が何故軍に、と。

 

「───エミリアさん、亡くなったって………本当なんですか……!?」

 

「…………そうだ。ヘリオポリスで死んだんだ、姉上は。」

 

「っ───そんな……あんな優しい人が………じゃあ、僕達の───」

 

「違うッ!姉上は地球軍に殺されたんだ!ナチュラル共が不相応にMSを作るわ、中立のコロニーが平気でMS開発をしているわ………そんな連中に姉上は殺された!!」

 

俺達が殺したなど思いたくもないし、思う必要もない。

すべては地球軍とナチュラルが悪いのだ。

そうニコルに詰め寄ると、ニコルもゆっくり頷いた。

 

「そう、ですよね………じゃないと──」

 

──僕達が、エミリアさんを殺した事になる。

 

そう言おうとしたのだろう。

それを俺は睨み付けて黙らせた。

ニコルもそれに気圧されて閉口する。

 

姉上を俺が…俺達が殺した?

冗談じゃない。

あまりにも不愉快な話だ。

 

「あまり下手な事を言うんじゃないぞ。俺は今、とにかく気が立ってるんだ」

 

「………わかりました。今は、エミリアさんのご冥福を祈りましょう。お葬式もまだなんですよね?」

 

「あぁ……母上の事で少し、な。」

 

母上と姉上は、結局喧嘩別れしたままだ。

姉上はそのまま死んでしまった。

 

母上に姉上が死んだと告げると、母上は俺の手前そんな者は知らないと言って引きこもってしまう。

 

だが、俺は聞いてしまった。

母上のすすり泣く声を。

 

母上は姉上の事をずっと引き摺っているのだ。

姉上が出ていった日や、勘当の手紙を出した日などは酷く落ち込んでいた。

それなら喧嘩しなければいいのにと思う。

 

ただ、姉上の主張は俺も正直聞き入れられない。

母上が姉上と喧嘩してしまうのも頷けた。

 

それに、母上は政治家でありプライドも高い。

姉上がクライン派に着いた以上、身内であっても容赦は出来ないのだ。

クライン派に近づいた時点で、母上と姉上の仲を取り持つことはもう難しかった。

 

母上は、表立って姉上の事を言うことはもうない。

しかし、ジュールの家には姉上の部屋が手付かずで残り、母上の机には家族全員で撮った写真や姉上の写真が大切に飾られている事を俺は知っている。

 

母上は一人の時だけ、評議会議員や国防委員としての顔を忘れ母の顔に戻るのだ。

父上に続き姉上まで失った母上がどう思うかなど想像に容易い。

 

そもそも母上が急進的になったのは、一刻も早く戦争を終わらせ、そして姉上と仲直りする為だった。

母上が姉上を本気で嫌った事など一度もないのだから。

それがもう叶わないとなれば、母上が嘆くのも仕方がなかった。

 

だから、表立って動けない母上の代わりに俺が姉上の墓を立てる準備をしている。

そして、戦争が終わったら母上と二人で姉上の葬式をするつもりだ。

せめて葬式の時くらいは母上に母でいてもらいたいからだ。

 

「……早く戦争を終わらせるぞニコル。その為に、まずは姉上の仇を取る」

 

「……わかりました。エミリアさんの為にも、僕達がやらなければ、ですね。」

 

「あぁ。」

 

 

 

 

□□□□□

 

Side:エレナ

 

 

 

ブリッジは慌ただしくなっていた。

先遣隊との合流を目前に控えていたアークエンジェルであったが、その先遣隊が戦闘中とおぼしき熱反応を感知したのだ。

 

ちょうどブリッジでラミアス艦長と話していた私はその現場に居合わせる形となった。

 

「艦長!モントゴメリから電文!合流は中止、アークエンジェルは即座にこの宙域を離脱せよ、との事です!」

 

チャンドラー伍長が叫ぶ。

それにノイマン曹長は舌打ちし、バジルール少尉はここまで来てと呻いた。

 

 

「くっ──先遣隊の状態は?どうなってるの!?」

 

ラミアス艦長が戸惑いながらも精細な情報を欲し、CICからすぐに報告が挙がった。

 

「待ってください──出ました!ジン2機に……これはイージスです!先遣隊はメビウス6機で応戦中!」

 

「例の隊、という事か……くそっ!」

 

バジルール少尉が悔しそうに叫ぶ。

ヘリオポリスからここまで、例の隊──クルーゼ隊には邪魔されっぱなしなのだ。

バジルール少尉の悔しさも頷けた。

 

 

私はふと、先程あった出来事を思い出す。

かの先遣隊には、フレイの父であるジョージ・アルスターが同行していた。

そして、態々艦隊間映像通信を使ってまで娘の安否を確認してきたのだ。

言ってしまえば軍用通信回線の私的利用である。

 

そんな父だからこそフレイもあぁなったのかと納得する。

が、そんな彼でもフレイにとっては大切な父なのだ。

母は確か病死したとサイから聞いていた。

ここで父まで失えばフレイは身寄りがなくなってしまう。

フレイのためにも、先遣隊を助ける必要があった。

 

「艦長、敵艦の位置は掴めませんか?」

 

「!──トノムラ伍長!敵艦の位置は!」

 

「ハッ……………いました!ナスカ級らしき熱紋1を捕捉──方位インディゴ02!本艦との距離は200!」

 

 

CICからの報告が挙がり、ラミアス艦長の視線が私に向いた。

私はその視線に応えるように頷き、作戦案を話す。

 

「本艦の搭載機で敵艦を叩きましょう。母艦がやられれば敵が退却するのは既に実証済みです。それに、敵がクルーゼ隊なら本艦に標的を変更する可能性も高いです。」

 

「バジルール少尉、ジェーン少尉の作戦をどう思う?」

 

ラミアス艦長は今度はCICのバジルール少尉に、私の作戦が有効かどうか確認するように聞く。

 

「コープマン少佐からの撤退命令に抵触するかもしれませんが──敵のMSは先遣隊に集中し、護衛は手薄な可能性が高いと推測します。確かに好機かもしれません。」

 

バジルール少尉も私の作戦に賛同している様子だ。

それを聞いてラミアス艦長も決心したように見えた。

 

 

「わかったわ──ジェーン少尉とフラガ大尉は出撃して敵艦攻撃に向かって!キラ君はストライクで待機!」

 

ラミアス艦長の指示が飛び、私はブリッジを駆け出した。

そして千載一遇のチャンスに胸を高鳴らせる。

ザフト艦がいればラクスを引き渡せるからだ。

 

フレイとラクス、二人のためにも私がすべてをやり遂げなければ───

 

 

私はそのまま居住区へ走ると、急いでパイロットスーツに着替えてラクスの軟禁されている部屋の前まで来た。

気持ちを切り替えるように、私は大きく息を吸った。

そして部屋の扉を開ける。

 

「──まぁ!エミリ…」

 

「ラクス・クライン。ここから出なさい」

 

ラクスの言葉を遮り、私は鋭く言い放った。

突然現れたパイロットスーツ姿の私にラクスは肩をびくつかせる。

 

「エ、エミリア…?」

 

「早くして。」

 

そう言うと、有無も言わさず部屋からラクスを引っ張り出した。

手を掴みぐいぐいと引っ張りながらハンガーへ向かう。

 

 

 

 

ハンガーは突然の出撃命令に騒然としており、私がラクスを連れ込んだことに気づいた者はいなかった。

物陰に隠れながら素早くハンガーを駆け抜け、ラクスの乗

っていた緊急避難ポッドまで向かう。

 

「乗りなさい。しっかりとシートベルトも締めること」

 

ラクスをポッドの前まで連れてきて、私は中へ入るよう命令した。

ラクスは戸惑いながら私に問う。

 

「一体どうしたというのですかエミリア!これは──」

 

「いいから早く乗って!時間がないのよ!」

 

私は怒鳴り付けるとラクスをポッドへと押し込んだ。

そして素早くハッチを締める。

 

中からラクスの声が聞こえてきた。

 

『エミリア!待ってくださいエミリア!』

 

「………」

 

叫ぶラクスを背に、私はそのままM1へと飛び乗った。

髪を纏めてからヘルメットを被り、M1を起動させる。

 

私は通信を開くとブリッジのミリアリアを呼びつけた。

 

「ミリィ、機体を出すわ!発艦シークエンスを」

 

『えっ!?り、了解───』

 

ミリアリアは突然の事に慌ててアナウンスを開始する。私は機体を移動ラックではなく自力歩行で動かすと、ハンガー端に置かれているポッドを拾いあげた。

 

『お、おいネーちゃん!?それどこに持ってくつもりだ!?』

 

マードック曹長が通信に割り込んでくる。

 

「これを囮に使います!多少気を引くくらいには使える筈!」

 

そう言うと、私はハンガーからローンチデッキへと機体を移動させた。

武器は片手でも運用可能なビームライフルだが、もう片方の腕はポッドを持っている。

シールドは腰にマウントした為、ポッドを放すまでは使えない。

 

「これで───ミリィ、いつでもいいわ!出して!」

 

支援AIを回避行動優先に設定し、私は射出をミリアリアに命じた。

 

『了解!気をつけてねエレナさん───ジェーン機発進、どうぞ!』

 

「エレナ・ジェーン、アストレイ──行きます!」

 

M1がカタパルトに打ち出され、アークエンジェルからみるみる離れていく。

私はバックパックのスラスターを全開にしてナスカ級へ向け全力疾走した。

加速度とGが体にのし掛かる。

 

アークエンジェルからそれなりに距離が開いたところで、私は接触回線でポッドと通信を開いた。

 

「ラクス、無事?」

 

『くるしいですわ───一体なんなんですの』

 

ラクスの声色はよくない。

コクピットの私でもこれなのだ。ポッドの乗り心地は最悪に違いない。

 

私は彼女に暫くの間我慢するよう、申し訳なさそうに言った。

 

「ごめんなさい、でもこれしかあなたを帰す方法がないの……もう少しだから我慢して頂戴」

 

『っ────エミリア──何故─何故です!私は覚悟しておりました。それはあなたもおわかりになっていると──』

 

しかしラクスはそれではなく、別の事を気にしていた。

自分を連れ出した事をだ。

 

「これは私の我が儘よ。恨んだっていい。けど、私はあなたを放っておけないの!だからこうする。」

 

そう、ただの我が儘だ。

やりたいからやる。それだけ。

ロウから学んだ精神だ。

後悔、したくないから。

 

『エミリアっ、あなたはどうなるんです!私を逃がしたとなればあなたは──』

 

「ちゃんと考えてるから心配いらないわ。それより、私がポッドを放したら国際救難チャンネルで救助を呼び掛けて。間違っても撃たれないように」

 

そうこうしている内に、ナスカ級との相対距離が20kmを切った。

いつ対空砲火が飛んできてもおかしくない距離である。

話せるのはここまでだ。

 

「───今から、ポッドを放すわ。ラクス──もう会えないかもしれないから、これだけは言っておく………あなたといれて、私は楽しかった。」

 

楽しかった。

本音で、本当の心で付き合える、本当の私を見てくれる友人。

だから、私はあなたを助けたいと思ったのだ。

そんなあなたが傷つくのが嫌だった。

 

『エミリア──馬鹿!あなたは大馬鹿者です!私もあなたといれて楽しいし、それはこれからも──』

 

ラクスの声が揺らぐ。

多分、ポッド内で泣いてるんだろうなと思った。

私は続ける。

 

「あなたほど気の許せる友人はいないわ。私が仮面を着けずに喋れるのはあなただけ。だから、これは私が吐く最後の本音よ……今まで仲良くしてくれて、ありがとう。本当に嬉しかった……」

 

そう、これは最後の本音だ。

私は、これから自分を偽り続けながら生きる事になる。

そして、長生きは出来ないとも思っている。

だから、伝えておきたかった。

 

『ッ─エミリア───絶対、生きて!生きて私に会いに来てください!そうでなければ承知致しませんわ!』

 

私の別れの挨拶を、ラクスは必死に否定する。

けど、もう話している余裕はない。

私は精一杯の感謝と謝罪の念を込めて、彼女に別れを告げた。

 

「ラクス…………どうか、元気で」

 

『エミリ───』

 

接触回線が途切れる。

私はポッドを放すと、機体を大きく旋回させた。

シールドを腕に装備し、ナスカ級の注意を私に引き付ける。

ラクスのポッドを巻き添えにする訳にはいかないからだ。

 

「私が──私が守るんだ──全部っ!!」

 

そう覚悟を決めて叫び、敵の方へと突っ込んでいく。

ナスカ級からミサイルの発射炎が見え、ミサイルが向かってくるのが見えた。

支援AIが作動し、M1はイーゲルシュテルンを発射しながら機体を機動させミサイルを避けていく。

 

戦闘の炎はラクスの救命ポッドからどんどん遠ざかり、私はライフルを連射しながらナスカ級へと接敵した。

 

ナスカ級にはラクスを救助できる余力を残してもらう必要がある。

となれば火器管制を潰したいが、お決まりのブリッジ集中配置のせいでそれは不可能だ。

なら火器類を地道に潰すしかない。

 

精密射撃用スコープを引き出し、ざっくりと狙いをつけながらライフルを撃った。

狙うはナスカ級の高エネルギー収束火線砲である。

乱射した一発が当たり、砲が爆発した。

 

「よしっ、次…!」

 

そのまま船体上面の連装レールガンを潰すべく機体をナスカ級の上方へと飛ばす。

 

「これで───」

 

『嬢ちゃん危ねぇ!後ろを見ろォッ!!』

 

突然、フラガ大尉の通信がコクピットに響いた。

私は何かとコンソールのサブウィンドウを見た瞬間凍り付く。

 

私の機体の背後に、一機のシグーが食いついていた。

恐らくクルーゼ隊長の乗る機体だ。

 

思い出した……

ラウ・ル・クルーゼ。

 

世界樹攻防戦でモビルアーマー37機・戦艦6隻を撃破してネビュラ勲章を獲得。

グリマルディで地球連合軍第三艦隊を壊滅させたエースパイロットだ。

 

「くっ───振り切れ、ないっ──」

 

そんなのを相手に戦っていたのか、私は。

相手は熟練のエースだ。

攻撃に気をとられた私の隙を見逃す訳がなかった。

 

後方視界ウィンドウに突撃銃から放たれた曳航弾が映った時、機体はナスカ級のミサイルを防ごうとシールドを機体前面に構えていた。

 

だから、間に合わなかった。

コクピット後方に激しく連打されるような衝撃が走る。

思わず後ろを振り返った。

 

被弾した────

 

そう思った瞬間、砕けた破片や火花がコクピットに飛び散った。

ヘルメットが割れ、顔を何かが掠め、体を何かが突き抜けていくのを感じる。

 

「うあ゛ぁっ────」

 

痛みと共に、噴き出した赤い飛沫がコクピットを染めた。

そして、炎が私を包む。

 

友人を泣かせた罰、なんだろうか。

そう思いながら、私は目を閉じた。

 

 

 

 

 



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血の代価

□□□□□

Side:マリュー

 

 

エレナさんが慌てたようにスクランブルして行き、ブリッジには多少の混乱が生まれる。

 

しかし、バジルール少尉は先制の意図があるのだろうと納得していた。

確かに先遣隊が襲われている以上、早急に手を打つ必要がある。一刻も早くという彼女の行動は正しいと思った。

 

彼女は自分を犠牲にするきらいがあるが、その策は正しいことが多いのだ。

 

「軍師様、今回はやけに急いでたな……」

 

「きっと何か考えがあるんですよ。」

 

ノイマン曹長とトール君の私語が聞こえてきて、私は独り眉を尖らせた。

彼女は、クルーの間ではその功績から軍師様と呼ばれ始めていたのだ。

意味としては、好意的に捉えてのものと皮肉としてのものがある。

 

しかし、あまり聞こえがいい呼び名ではない。

 

「まだ第1種戦闘配備です、私語は慎みなさい。」

 

「「っ、ハッ!──」」

 

私が咎めると二人は慌てて背筋を正した。

 

戦闘は既に停止している。

敵のナスカ級が突然引き上げたのだ。

フラガ大尉からはジェーン少尉がナスカ級の艦砲を潰したと報告を受けていたので、その為かと思った。

 

先遣隊は被害甚大で生存艦もモントゴメリ一隻となってしまったが、ナスカ級撤退と共に敵MS部隊も引き上げていた。

コープマン少佐もアルスター外務次官も無事だ。

アルスター外務次官はシャトルで先にアークエンジェルへと向かってきているようだ。

シャトルはキラ君のストライクに護衛に出てもらっている。

 

どうやら、また切り抜けられたようだ。

私は溜め息を吐き、彼女──エレナさんの事を考える。

 

一昨日くらいだろうか。

彼女が自分を予備役少尉の扱いにしてくれと頼んできた。

予備役少尉なら、部隊の長が野戦任官で現役にすることは許されている。

つまり、自分を地球連合軍士官にせよ。という事なのだ。

 

それはつまり、彼女が民間人から軍人になるという事を意味していた。

軍人になれば軍規に縛られ、その指揮命令系統に組み込まれる事になる。

 

彼女は自分の為だと言って聞かなかったし、学生達をその権限で守るつもりだと言ってその時は納得したのだ。

しかし、後々考えてみるも不自然なのだ。

 

なぜ、士官に?

予備役なら兵卒でも良いのではと思った。

 

しかし、すぐに彼女の意図に気づく。

彼女は自分を士官とする事で、艦内にあったコーディネイターである彼女への不信感というものを無理矢理払拭しようとしているのだ。

この艦が無事ここまで来れたのには、彼女の機転や裁量のお陰も少なからずある。

そして、そんな彼女を見て劣等感から不信を懐く者達もいるのが現状だった。

それはコーディネイターと戦闘している以上仕方のない事だ。

 

そんな彼女が士官──つまり上官となれば、それは命令として従わなければならなくなる。

理屈ではなく、責務としてだ。

 

そして恐らくこちらが真の理由だろうが、私を助ける為。

予備役少尉であれば、私がヘリオポリスから強制連行したのではなく、召集により戦闘に参加したという事になる。

彼女の戦闘行為への参加は法規上問題なくなる。

 

他の学生達は軍事機密保全の為連行できる然るべき理由がある。

しかし、彼女はオーブの軍属なのである。民間人と他国の軍属では扱いが異なってくるのだ。

諜報目的でもない限り、おいそれと連行する事はできない。

これは外交問題を引き起こす可能性があった。彼女は、私の責任問題をなくしてくれたのだ。

 

 

何故そこまでやってくれるのかはわからないが、とにかく彼女は献身的に動いてくれるのである。

本当に助かっていた。

 

 

「っ!───エレナさん!エレナ!どうしたの!?」

 

「どうしたハウ、何かあったのか?」

 

ふと、CICが騒がしくなった。

ミリアリアさんがマイクに向け叫んでいる。その報告を聞いたバジルール少尉が血相を変えた。

 

「アストレイ被弾、損傷っ!パイロットとの交信が、できません…!」

 

「なんだと!?アストレイの位置は?」

 

「こっちに向かってきてます。けどエレナさんが何も言わないの……エレナさん!応答して!」

 

悲痛なミリアリアさんの叫びが響いてきて、バジルール少尉は私に向け叫んだ。

 

「ラミアス艦長!アストレイの損傷状態が不明な以上、回収に行くべきかと具申致します!」

 

「そうね!艦首回頭、アストレイ回収に向かいます!」

 

私は即座に指示を出し、アストレイの回収にアークエンジェルを向かわせた。

 

 

□□□□□

 

 

ブリッジから、被弾損傷したアストレイが見えた。

バックパックが破壊され、機体はサブスラスターでフラフラとこちらに戻ってきている。

傍らには小破したフラガ大尉のゼロが寄り添っていた。

 

アストレイはこちらを視認したのか、アークエンジェルに対して着艦シークエンスを開始したようだ。

アルスター外務次官を乗せたシャトルにはアストレイ回収を優先させるため待機してもらっている。

 

「ハンガー要員!セーフティバリア展開!アストレイが入ってくるぞ、急げ!」

 

バジルール少尉の指示が飛ぶ。

アストレイが着艦し、その音がブリッジにまで響いてきた。

 

それから数分後くらいだろうか。

ハンガーから上がってきた報告を聞き、私は愕然とした。

 

 

□□□□□

 

Side:キラ

 

フレイのお父さんを乗せたシャトルをアークエンジェルに搬入しながら、僕はハンガーに置かれたアストレイを見て不安を募らせた。

 

アストレイが被弾したとの事で、僕は外で待機命令を受けたのだ。

そして目の前を中破したアストレイが横切っていくのを見て、事態は深刻な状況になっていると理解した。

 

ブリッジからシャトルと共に着艦するよう指示が出たが、それを言ってきたのは戦闘管制のミリィではなくサイだった。

ミリィがどうしたのか聞く暇はなく、僕は言われた通りシャトルと共にアークエンジェルのハンガーに入ったのだ。

 

アストレイのコクピットにはマードックさん達が群がっていて、トーチやカッターを手にコクピットをこじ開けていた。

被弾で開かなくなったのかもしれない。

 

「マードックさん!僕が開けます!下がって!」

 

機体の外部スピーカーで呼び掛け、ストライクのマニュピレーターでアストレイのコクピットハッチを掴んだ。

そのまま無理矢理引っ張り、ハッチを解放させる。

 

僕はコクピットを出ると、マードックさん達の元へと飛んだ。エレナさんのことが気になったからだ。

そして、マードックさんの太い手に突き飛ばされた。

 

「っ──」

 

「見るんじゃねえ坊主───衛生兵ッッッ!!早くしろ、やべぇぞ!!」

 

一気に周りが慌ただしくなり、担架を持った衛生兵が飛びこんできた。

人垣で中は見えない。

僕はどうしようかと思っていると、ふと赤い水滴が一粒浮かんでいるのに気づいた。

 

「これ───っ!?」

 

それがなにかに気づき、アストレイのコクピットの方を見る。

幾つもの赤い水滴がコクピットから流れ出していた。

 

そして、見てしまったのだ。

血に染まったエレナさんを。

 

「えっ……嘘だ、ろ……」

 

ヘルメットが脱がされ、中に溜まっていた血がこぼれ出す。

エレナさんは意識を失い、肌は青白くなっていた。

表情は血で汚れてよく見えない。

抱き抱えられたエレナさんの体は力なく揺れ、焼け焦げてボロボロになったパイロットスーツが目につく。

綺麗な銀色の髪は血に染まっていた。

 

これだけはわかった。

どう見ても大怪我だと。

 

僕は茫然としながらストライクのコクピットに戻る。

とにかくストライクを駐機位置に戻し、コクピットを出た。

 

ハンガーにはミリアリア達も来ていて、皆エレナさんを見たのか一様に言葉を失っていた。

 

 

 

□□□□□

 

Side:ミリアリア

 

負傷したエレナさんが目の前を運ばれていく。

その怪我の酷さを見て一緒に来たトールと共に言葉を失い、後から来たキラもそれは同様だった。

 

兎に角エレナさんに付き添ってあげたいと、医療班の後に付いていく。

艦橋から降りてきたバジルール少尉が周りに次々と指示を飛ばし、軍医さんや避難民の中にいたお医者さんに協力を依頼していた。

 

エレナさんはそのまま医務室へ担ぎ込まれる。

近くにいた医療班の人に聞くと、今から緊急手術をするとの事だ。

それくらい酷い怪我なのだと認識し、私は頭が真っ白になった。

 

「ね……ねぇ、ミリアリア……あれって……」

 

いつのまにかフレイが傍らに来ていて、先程の私のように驚愕の表情を浮かべていた。

 

「………エレナさん、大怪我だって。命に関わるって……」

 

「う、そ………」

 

「……だ、大丈夫、だよ……だって、エレナさんだし……」

 

トールが何とか私たちを慰めようとしているが、そのトールも言葉は支離滅裂だ。

 

「エレナさんだしって何よ……あの人だって人間じゃない…!」

 

「あ、あぁ……そう、だな。ごめん……」

 

フレイが文句を言うとトールは口を閉ざした。

エレナさんを知っている私達の周りには酷く重たい空気が漂っていた。

 

エレナさんは、いつも私達を気にかけてくれていた。

突然士官になってビックリしたが、それも私達の為だったそうだ。

パイロットとして戦い、弱っていた私達を気づかい、偏見に満ちたフレイを優しく諭す。

 

あの人がどれだけ私達の為に動いてくれていたか改めて思い出す。

そして、私達がどれだけあの人に頼りきり、その負担を背負わせていたのかも。

 

「エレナさん、死んじゃったりしないよね……?」

 

「………わからない。とにかく無事を祈るしかないよ」

 

私がそう漏らすと、キラが答えた。

キラも辛そうな表情を浮かべていた。

 

「エレナさん、僕を気づかってアークエンジェルの護衛に着けたんだ。でも、僕が援護にいけばよかった……」

 

「キラ……」

 

「いつも気にかけて貰って、僕は甘えていたんだ…!あの人に頼りきって……畜生ッ」

 

キラが悔やむように話す。

キラはエレナさんと同じ、MSパイロットとして戦っている。

だから、エレナさんは一際気にかけていた。

キラも、多分それに甘えていたのだと思う。

 

だから、人一倍エレナさんの事には敏感なのである。

キラとエレナさんの事について話していると、憧れを通り越して惚れているんじゃないかというような感情が見え隠れするのだ。

 

「おい、お前ら。」

 

悲嘆にくれていた私達の元にフラガ大尉がやってきた。

フラガ大尉も普段の掴み所がない雰囲気がなく、感情的になっていた。

 

「そこにいても何にもならない。ブリッジに戻る者は戻れ。他は待機しろ」

 

「で……でも……」

 

「でももヘチマもあるか!今は銀髪のお嬢ちゃんを信じるしかないんだ。お前らが信じてやらないでどうするんだよ!?」

 

「「「…………」」」

 

フラガ大尉の剣幕に、私達は持ち場へと戻った。

フレイはお父さんのアルスター外務次官が会いたがっているとの事でそちらへ向かった。

しかし、その表情は昨日パックをしてまで再会を楽しみにしていたものではなく、悲しみに暮れたものだった。

 

 

□□□□□

 

Side:ラクス

 

 

救助されたザフト艦、ヴェサリウスに降り立つ。

周りには私に敬礼するザフトの将兵達がいた。

私は無理矢理感情を押し込め、精一杯の笑顔で感謝の言葉を口にする。

 

しかし、心は不安で一杯だった。

 

救難ポッドで見てしまったのだ。

アストレイが被弾する瞬間を。

 

エミリアの死別の念とも取れる別れの言葉で只でさえ胸は一杯だったのだ。

聞こえる筈がないにも関わらず、私は救難ポッド内で一人友の名を連呼した。

 

そして、私はこれ以上はやめてくれと言うように救難ポッドの通信回線でザフトに呼び掛けたのだ。

助けてくれと。

私を救出してくれと我を忘れて叫んだ。

 

そうすれば、もしかしたら私の救助を優先して戦闘を停止するかもしれないからだ。

その辺の民間人ではない。シーゲル・クラインの娘の呼び掛けなら無視できないはずだと。

 

私の呼び掛けは上手くいった。

ザフトは戦闘を止めたのだ。

軍艦は救難活動中の発光信号を打ち上げて私にMSを差し向け、私を救出した。

 

救難ポッドのハッチを開けた将兵はさぞや驚いたことだろう。私が泣きじゃくり肩を震わせていたのだから。

 

怖かったでしょう、もうご安心くださいと声をかけてくる。

私は涙を拭いながらそれにありがとうと答え、救難ポッドを出たのだ。

 

「ラクス!」

 

気づけば、パイロットスーツに身を包んだアスランがやってきた。

先ほどまで出撃していたのだろうと察する。

アスランは心配そうな表情で私に駆け寄ってくる。

しかしアスランの表情や心境とは裏腹に、私の表情や心境は暗かった。

もしや、アスランがエミリアを撃ったのではと勘繰ってしまったのだ。

ザフトレッドはエリートの証である。

アストレイを撃ったのはシグーだった。と言うことは一般の将兵ではない。

 

「アスラン……」

 

「───っ、さぞや……お辛かった事だと思います。よくご無事でいらっしゃいました。」

 

アスランも、私が救難ポッドで漂流していたと思っているようだった。

エミリアからはそう言うように言い含められている。地球軍の艦にいたことは話すなと。

だから、私は嘘をつくしかなかった。

 

「はい……一人で、とても寂しかった…ですわ。」

 

「っ、ラクス!」

 

アスランが私を強く抱き締めてくる。

アスランは、私が嘘をついているなど全くわかっていないようだった。

ならそれでいい。

 

私はアスランに戦闘の顛末を聞くことにした。

友の安否が気になったのだ。

 

「アスラン……戦闘は、どうなったんですの…?」

 

「一応、終了しました。本艦、ヴェサリウスはラクスの捜索任務を受けていましたので……それに、被弾もした為プラントへ戻る予定です。」

 

「そう、ですか……………あの。赤いMSは、どうなりましたか?紅白の、赤いツノが生えた……」

 

「は?───なぜそれを」

 

「………あの機体が、私をこの艦の前まで連れてきてくださったのです。ですからご恩がありまして……」

 

「─────申し訳ございません。あの機体は、クルーゼ隊長が仕留められたとの事です…よもや、そんな事があろうとは思い────ラクス?」

 

「ぁ──あぁ──あ、あぁぁぁっ゛───」

 

アスランから告げられた言葉に、私は崩れた。

アスランが戸惑うのも気にせず、私は涙を溢す。

 

────ラクス………どうか、元気で──

 

脳裏にエミリアの言葉が甦り、私は慟哭した。

死別の言葉に、なってしまったのだから。

 

「ラ、ラクス…!?一体、どうされたと…」

 

「ばかっ──大馬鹿者ですわ、あなたはッッ──ぅううっ」

 

もう気にせず叫んでいた。

叫ばずにはいられなかった。

 

 

□□□□□

 

Side:フレイ

 

 

「フレイ!あぁ……よく無事で……」

 

士官室の一室にて、パパは待っていた。

パパは私がやって来た瞬間椅子から飛び上がり私を抱き締める。

本来なら私も喜びたい。

パパが態々迎えに来てくれたのだから。

 

しかし、私は素直に喜べない。

友達が戦闘で大怪我したのだ。今も手術中でありそちらが気になって仕方なかった。

 

「どうしたねフレイ…?」

 

そんな私の様子が気になったのか、パパが私を気遣うように聞いてくる。

 

「………友達がさっきの戦闘で大怪我したの。それが気になって……」

 

「あぁ……それは痛ましいことだ。しかし、彼らは軍人だろう?そうである以上、怪我することは致し方ないさ。」

 

「っ───」

 

今までの私なら、そのパパの何気無い言葉に関心も懐かなかっただろう。

けど、エレナの話を聞いた後では違って聞こえた。

 

脳裏に彼女の言葉が甦る。

 

──この戦争はね、コーディネイター憎し、ナチュラル憎しでやってるものとは別の側面がある。本当の側面は、何もわからない純粋な人達を戦わせて、殺し合わせる。そうして出来たお金で優雅に暮らして、笑いながら世界を見てる人達がいる。この戦争は、その人達の為のもの。私はそう思うわ──

 

軍人だから、怪我していいのか?

軍人だから、死んでいいのか?

 

パパの、まるで他人行儀な言葉に私は胸を締め付けられた。

信じたくなかった。

そして、エレナの言ってることは強ち間違っていないと確信した。

 

パパは、戦っている人達の事なんてちっとも気にしていない。

パパは、()()()()人間なんだと。

 

私はパパが怖くなった。

そして、パパをそんな風に変えてしまった世界が許せなかった。

 

けど、今の私にはなにも出来ない。

私は何の才能もない、ただの15の女の子なのだ。

 

悔しかった。

 

 

 

□□□□□

 

Side:マリュー

 

 

エレナさんの緊急手術を終えた医師の報告を聞く。

私はその報告に、ひたすら沈痛な思いを浮かべるしかなかった。

 

「出血性ショック一歩手前、背中から首にかけて火傷、腹部に破片の貫通創、右眼球損傷により摘出──こんなところです。簡易CTしかないので、細かい金属やガラス片を取りきれてないかもしれません。」

 

「そ、そんな───」

 

あまりにも酷い怪我の状態に、私はそれ以上言葉を紡ぐことができなかった。

 

体中に火傷や傷ができただけではない。

彼女は右目を失ったのだ。

それがどれほど女性にとってキツい事か。

 

「パイロットスーツを着てたから少しはマシだったのかもしれませんが……逆に気休めにしかならんかったという事でしょう。とにかく今はあるだけの物を使って様子を見ています。輸液も血液製剤も満足にないので、あとは彼女の生命力次第です。この艦の医療設備では、これ以上はどうしようも……」

 

そうなのだ。

この艦は野戦病院ではない。専門的な医療設備がないのでは、それ以上手の打ちようがなかった。

 

「………生存の可能性は、どのくらいになるんですの?」

 

「彼女はコーディネイターということなので一概には言えませんが……我々ナチュラル基準で考えた場合、50パーセントを切っています。」

 

「っ………」

 

突きつけられた、彼女の死の可能性。

私はいたたまれなくなり、そこから目を背けた。

代わりにバジルール少尉が医師にすがるように聞く。

 

「ど、どうにかならないのか?彼女は我々を……」

 

「どうしようも、としか………私から申し上げられるのは、一刻も早くちゃんとした医療設備のある場所へ移さなければならないという事だけです。」

 

医師の告げた言葉に、私は潤んだ目をバジルール少尉に向けた。

それは少尉も同じだったようだ。

 

「…………艦長。第8艦隊との合流、急ぎましょう。」

 

「えぇ……そうね…そうするしかないわ。」

 

彼女が戦って活路を拓いたお陰で、周辺に敵艦はいない。

とにかく急ぐしかなかった。

 

 

 

□□□□□

 

Side:エレナ

 

 

私は生死の境をさ迷っていた。

全身がひたすら痛むが、声を出すことも体を動かすことも出来なかった。

 

意識が戻った訳でもない。

しかし、何となく自分の体の事は認識できていた。

 

被弾し朦朧とする意識の中で支援AIに帰艦するよう命じ、そこで記憶は途絶えている。

寝かされているという事は、多分ベッドの上だ。

アークエンジェルのベッドだと信じたい。

 

ただ、天使に揺られているというと私はそのまま天に召されそうで嫌だった。

 

誰かが、私に声をかけている。

多分ミリアリアだ。

けど、私はそれに答えることが出来なかった。

 

皆に心配をかけてしまったと思うといたたまれなくなる。

 

焦っていたのだ、私は。

ラクスとフレイの事で頭が一杯になり、ミスを犯してこのザマだ。

皆に申し訳ないと思った。

 

 

この感じはいつまで続くのだろう?

ひょっとして、これが死へ向かう者の感覚というやつなのだろうか。

 

体中が痛いのに、ひたすら眠気が襲ってくるのだ。

楽になりたいとそれに気を許しそうになる。

 

そして多分、眠ったら私は死ぬ。

だから痛みや苦しみ、眠気に耐えているのだ。

 

このまま皆の元を去るのは嫌だったから。

 

そう。

死ぬのは嫌だ。

まだ、死にたくない。

 

「────しにたく、ない───」

 

声が出た。

 

そして、周りの音が鮮明に聞こえ始める。

 

「エレナさん!?──先生!エレナさんが!!」

 

「何!?」

 

慌ただしくなる医務室。

私の目に外の光景が飛び込んでくる。

厳密には、残った左の目にだが。

 

医務室には後輩たちが詰めかけていた。

それを掻き分けるように白衣を着た医師の男性がやってきて、私の目にライトを当てる。

まぶしくなり、私は目を瞑った。

 

「………意識が戻ってる………なんて生命力だ」

 

そう、医師は溢していた。

体は動かないが、声は出せる。

 

近くにいたミリアリアに、私は声をかけた。

 

「──ミリィ──心配、させちゃったわね─ごめんね」

 

「っ───エレナさんっ──!」

 

 

ミリアリアが私の手を握り締める。

幸い、手は無傷だった。

よかった……まだバイオリンは弾ける。

 

医務室には、多くの人々が詰め掛けていた。

後輩達だけではない。ラミアス艦長にフラガ大尉、ブリッジのクルーも。

 

皆、口々に私を心配してくれていた。

ラミアス艦長などいつ泣き出してもおかしくない表情で謝ってくる。

 

私は改めて、皆に迷惑をかけてしまったと自分の行いを猛省した。

そして、決意する。

 

フレイの父は無事だった。

ラクスは無事送り届けたと思いたい。

 

あとは、この船と大切なこの人達を守り通すだけだ。

そのためなら、どんなことだってしてやろうと思う。

 

たとえそれがコーディネイターを殺すことであろうとも、私はもう臆さない。

 

 

 



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傷だらけの策士

□□□□□

 

Side:マリュー

 

 

ジェーン少尉の負傷によって艦の雰囲気は沈んでいた。

それだけ、彼女の存在感は大きかったという事である。

軍師様という呼び方を使う者もいなくなり、クルーの多くが彼女の快復を祈っているような状態だった。

 

今は出せるだけの速力で第8艦隊との合流を急いでおり、あと30分もあれば合流できる見透しだ。

 

だから、油断していたのだろう。

パル伍長がレーダーコンソールを見て叫んだ。

 

「!、レーダー波に干渉!Nジャマー反応増大──」

 

「えっ!?」

 

 

ここまで来て、まさか戦闘を仕掛けてくるなんて思ってもいなかった。

即座に第1種戦闘配備をかける。

 

敵はローラシア級1隻に、奪われたG3機だった。

 

「MA、MSは発進!アストレイが出せないから防戦に努めてッ!速力最大!第8艦隊のところまで振りきるわよ!」

 

「イーゲルシュテルン起動!アンチビーム爆雷用意!後部ミサイル発射管全門セット!」

 

ブリッジに緊迫した空気が張りつめる。

しかし、今回は皆余裕がないようにも感じた。

 

エレナ・ジェーンがいない──

 

それだけで皆、不安が増大しているのだ。

 

ストライク、ゼロが発進していく。

それからまもなく、敵艦からの艦砲射撃が始まった。

G3機の機影で射線が隠され、緑の閃光が船体に着弾する。

 

ラミネート装甲によって破壊はされていないが、艦はビームの質量によって揺れた。

 

「くっ──ゴッドフリート起動!敵の射線から位置を推測、撃ち返せッ!」

 

バジルール少尉の怒声が響き、ゴッドフリートが作動する。

敵はローラシア級であり、その火力は侮れない。

そう何度も被弾している余裕はなかった。

 

しかし、回頭すれば速力は落ち、第8艦隊との合流も延びてしまう。

 

 

するとふと、人の気配を脇に感じて振り向いた。

そして息を飲む。

 

「敵艦の熱映像出してください…! 艦砲の発射前兆と同時に回避運動を取れば、最低限の挙動で避けれます」

 

「あっ、あなた───」

 

ブリッジのクルーが皆驚いていた。

そこには、軍服を肩に羽織ったエレナさんがいたのだから。

包帯まみれの姿で歯を食い縛り、ドレーンのチューブが腹腔に入ったままの状態で彼女はブリッジに立っていた。

チューブの中を膿混じりの血液がドレーンユニットへと流れていく。

 

機材を引っ張ってきたのか、点滴用のスタンドを杖代わりにしていた。

 

そのあまりに痛々しい姿に息を飲むが、彼女は鬼気迫る顔で熱映像を出すよう再度要求してくる。

 

「早くしてください──死にたいんですか!」

 

死にたいのはそっちじゃないのかと言いそうになる。

よくこんな体で出てきたものだ。

医者はどうしたのかと思うが、今はブリッジを離れる余裕もない。

 

彼女はもう待てないというばかりに、艦長席のコンソールを弄ると熱画像を出そうと弄った。

しかし操作に不慣れなせいか、なかなか立ち上げられない。

 

「っ──くっ──」

 

「ジェーン少尉!負傷者は大人しくしていろ!」

 

CICからバジルール少尉が飛び出してきて彼女の肩を掴んだ。

しかし掴んだ瞬間うめくエレナさんを見て、バジルール少尉はその肩を咄嗟に離す。

多分傷に触ったのだろう。

 

「すっ、すまない……」

 

「──早く、画像を──」

 

彼女に睨まれたのか、バジルール少尉は目をそらす。

そして、彼女の代わりにコンソールを弄った。

私はエレナさんを戦わせるつもりなのかと叫んだ。

 

「バジルール少尉!?」

 

「ジェーン少尉の意思、無下にはできません…!」

 

「…………ありがとう、ございます……」

 

エレナさんは小さくそう言うと、ディスプレイに表示された熱画像を残された片方の目で睨み付ける。

 

「……射撃来ます、推定される射線はグリーンチャーリーの方向。本艦予測進路上に撃ってきます……発砲───今ッ」

 

「───ノイマン曹長、回避をっ!」

 

「おりゃッ!!」

 

ノイマン曹長はアークエンジェルを、エレナさんの予測した射線の右脇に平行になるよう操舵した。

アークエンジェル左舷をビームが通り抜けていく。

 

「おおっ……」

 

「す、すげぇ……」

 

ブリッジのクルーが蒼然となった。

見事に彼女の予測が適中した為だ。

そんな事はお構い無しという風に、彼女は熱画像を睨み続ける。

 

「修正してる………艦尾を撃ってきます、発砲と同時にピッチ角上げてください。ビームを飛び越えます。」

 

「わかったわ。ノイマン曹長、エレナさんのタイミングに合わせて!」

 

私が指示を出すと、ノイマン曹長は了解の意で頷き返してくる。

 

「───来ます……今!」

 

「回避、ピッチ角上げ!」

 

アークエンジェルが上方へと飛び上がり、ビームが真下を抜けていった。

一度ならず、二度まで予測して避けてみせるとは……

 

傍らに立つ彼女の顔を見る。

彼女は冷静に次の一手を分析している様子だった。

 

「反撃しましょう──ゴッドフリートの後方射界はどのくらいありますか……?」

 

「140度まであるわ。でも、どうするつもり?」

 

「敵艦を射界に入れて撃ちます。左舷砲を140度まで向けておいてください。それより、右舷に射撃を誘います。船を概ねセクターオレンジのほうへ。」

 

「わかったわ。面舵!ゴッドフリート2番は後方140に指向させて!」

 

 

 

アークエンジェルが右へと回頭を始める。進路が右へ修正された。

 

敵艦もそれに追随するように進路を変えた。

エレナさんがディスプレイに食いつく。

 

「来ます!取り舵を!」

 

「取り舵、進路修正!」

 

それに併せ、バジルール少尉も火器管制に指示を出していた。

 

「ゴッドフリート撃ち方!俯仰角はオートに設定、敵が射線に入った瞬間撃つようセット!」

 

アークエンジェルが左へ曲がり、ビームが右舷方向を掠めていく。

そして、予め左斜め後方に向けられていた左舷のゴッドフリートの砲口が敵艦を捉えた。

 

「ゴッドフリート、発射されました!!」

 

トノムラ伍長が報告してくる。

FCS制御となったゴッドフリートが自動で火を吹いたのだ。

高出力の収束火線砲の一撃が煌めき、ローラシア級の格納庫デッキへと直撃した。

 

大爆発を起こし、見た限りでは中破程度の損傷は負わせられたと推測できる。

命中の瞬間、ブリッジでは歓声が挙がった。

 

「よしっっ!!」

 

「やってやったぜこんちくしょう!!」

 

ノイマン曹長とトール君が一際大きな声で喜ぶ。

アークエンジェルを操艦しているのは二人なので一際達成感があるのだろう。

 

私も隣のエレナさんに視線を送った。

しかし、エレナさんは喜んでいない。

いまだにディスプレイを睨み付け、敵の出方を伺っている様子だ。

 

「まずい───ブリッツ接近!本艦真後ろです!取り付かれます!」

 

チャンドラー伍長の叫びで浮かれていたブリッジはすぐに鎮まる。浮かれすぎてブリッツの接近を見逃していたのだ。

取り付かれれば本艦の攻撃で引き剥がすのは困難であり、至近距離攻撃で大きな損害を負う可能性があった。

しかし、エレナさんの対応は早い。

 

「艦橋後方の対空誘導弾と後部発射管の誘導弾、取り付いたブリッツに全弾当てられますか?」

 

「レーザー誘導なら確実に全弾当てられる距離だが、PSにはヘルダートもコリントスも効かんぞ」

 

バジルール少尉の言葉を聞き、エレナさんは今度は私を見た。

 

「PS装甲の理論は読みましたが、被弾しても稼働時間は維持できるんですか?」

 

「いえ、被弾すればした分だけバッテリーを消耗するわ。ブリッツはミラージュコロイドも使っているから消耗が──まさか」

 

「はい。奪われたのなら取り返しましょう。あえて取りつかせます。」

 

「何っ!?」

 

バジルール少尉が叫ぶが、エレナさんは続けた。

 

「ヘルダートとコリントス、後部のイーゲルシュテルンでバッテリーを削ります。弱りきったところを作業ポッドで捕獲する。いかがですか?」

 

「────面白い。やってみようじゃないか。後部デッキ周辺のクルーは前方の区画に退去させろ。保安部と応急班は鹵獲作業の準備だ!───盗人に一泡吹かせてやるぞ!」

 

バジルール少尉がニヤリと笑い、すぐにCICクルーに指示を飛ばした。

後部デッキにあえて取り付かせるなど自殺行為であるが、ブリッツはすでに本艦の機動では振り払えない位置についてしまっている。

何もしないよりはやってみるほうがいい。

 

私も頷くと、エレナさんは後方視界を映す光学モニターへと視線を移した。

 

ブリッツが後部デッキに取り付き、至近距離からビームを撃ち始める。

ラミネート装甲の温度上昇が始まった。

 

「イーゲルシュテルンでブリッツの注意を引いてください。その間にコリントスとヘルダートを」

 

「了解した。ヘルダート及びコリントス、レーザー誘導!航法パターンをUターンするように変更、弾頭は着発にセット!レーザー照射はミサイルが戻ってくるまで待て、撃てッ!!」

 

バジルール少尉の号令で、艦橋後部発射器と後部ミサイル発射管からヘルダート12発とコリントス12発が発射される。

打ち出されたミサイル達はメインモーターを細かく制御して転回し、本艦へ向かって猛スピードで戻ってきた。

 

イーゲルシュテルンが同時に起動し、マニュアル操作でブリッツを撃つ。

ブリッツは煩わしそうにするが、所詮PS装甲の前には豆鉄砲と侮ったのかすぐには潰してこない。

 

だが、それが運の尽きである。

ブリッツの背後に大量のミサイルが次々と着弾したのだ。

 

爆発の衝撃で船が揺れる。

しかし、そのどれもが軽微なものだった。

クルーは予め退避しているので人的損耗もない。

 

そして、あれだけの量のミサイルを同時に受けたブリッツは無事では済まなかった。

 

爆炎が晴れると、そこにはPSダウンを起こしたブリッツがいた。

シールドでコクピットは守ったようだが、もう戦闘を続けるだけの稼働電力は残っていない筈である。

 

ブリッツは当然逃げようとするが、そのブリッツへイーゲルシュテルンの75mm砲弾が次々と叩き込まれた。

マニュアル照準で直接人が遠隔操作し、関節部やバーニアを破壊していく。

 

堪らずブリッツは姿勢を崩して転倒した。

すかさずバジルール少尉が叫ぶ。

 

「よし、ブリッツが倒れた!作業ポッド展開!」

 

ローンチデッキから、本来は作業用重機である作業ポッドが飛び出し、後部デッキに倒れているブリッツへ取り付いた。

そのままマニュピレーターとワイヤーで吊り上げ、艦内へと収容する。

自爆される可能性もあったが、さすがに敵パイロットは賢明なようだ。

ここで機体を自爆させれば自分は宇宙の藻屑である。

母艦が遠すぎて、救助される可能性が低すぎるのだ。

 

それよりは捕虜に甘んじたほうが生きて帰れる可能性は高い。

敵パイロットもそう判断したのであろう。

 

私は隣のエレナさんを見た。

敵の攻撃を予測して躱しきり、敵艦をブラフに引っかけて撃破し、あまつさえ奪われたブリッツを奪い返してしまった。この数分間でだ。

この子がすべてわかってやっているのなら、それは恐ろしい程の才能である。

 

あまりにも彼女の計算通りに事が運び、ブリッジクルーは喜びを通り越して唖然としていた。

 

 

包帯にまみれたボロボロの姿に、点滴やドレーンのチューブで着れないからとマントのように羽織った軍服。

隻眼の瞳で策謀を巡らせ、敵を翻弄する姿。

 

 

彼女は確か一技師に過ぎない身の筈。

それが何故、こうも戦術眼に長けているのか。

 

甚だ疑問でしかない。

しかし、彼女の戦術眼は確かである。

 

優れた状況観察力と情報分析力、先を読む力。

戦術そのものは単純だが、効果的。

 

フラガ大尉から、彼女はMSでも似たような戦術を取ることが多いと聞いていた。

最小限の一手で、最大限の戦果を上げる。

やっている事は単純で、大した技能はないそうだ。

 

狙撃に関しては光るものがあるらしいが。

 

キラ君のように常人離れした操縦技能を持つわけでも、フラガ大尉のような経験から来る戦術もない。

 

彼女がやるのは、必要な箇所にただ一撃を加えるだけ。

 

自分の技術と知識を生かした、たった一発の有効打。

それが、敵にとっては瀕死級の一撃になるのだ。

 

その過程と戦略を練りだす事こそが彼女の際立った才能であり、特別なことは射撃が上手いくらい。

 

 

「うっ゛──」

 

しかし、彼女は人間である。

体が限界を迎えたのか、彼女の膝が崩れた。

 

「エレナさん!?」

 

「っぁあ゛──う、っ─」

 

慌てて抱き抱えると、彼女は痛みに表情を歪ませて呻いていた。痛み止めが切れたらしい。

私は慌てて医療班をブリッジに呼び寄せ、力尽きた彼女をベッドへと運ばせた。

 

その一連の騒動を見て、私を含めクルーは罪悪感に駆られる。

彼女が無理をしているのに、自分達はそれを止めずに何を浮かれていたのだと。

 

 

□□□□□

 

Side:ミリアリア

 

 

ラミアス艦長を助け、次々と策を打ち出して敵を翻弄するエレナの姿は本当に格好よかった。

 

だから、私はエレナが大怪我をしているということを忘れてしまっていたのだ。

 

「っぁあ゛───ぅぐっ、っ」

 

悲鳴をあげるエレナがブリッジから運び出され、ブリッジは静まり返っていた。

 

その間も、戦闘は刻々と進んでいく。

 

エレナの活躍も凄かったが、キラも凄まじかった。

何かに覚醒したようにストライクを動かしてデュエルを翻弄し、損傷させて撤退に追い込んだのだ。

 

敵は母艦を潰されながらも予想以上に粘り、ブリッツに取り付かれるという事態にすらなった。

けど、ブリッツはエレナの機転で鹵獲され、バスターは損傷したデュエルを連れて引き上げていた。

 

戦闘が終了し、ストライクとゼロが帰艦してくる。

フラガ大尉は鹵獲されたブリッツを見て興奮の声を出し、それはハンガーの整備班の人達も同じだった。

 

第1戦闘配備が解除され、私は急いでエレナのいる医務室へ向かう。

 

そこには鎮痛剤を打たれ横になっているエレナがいた。

 

改めてエレナの姿を眺めると、本当にボロボロだ。

右目を失い、お腹には穴が開いてるのだ。背中や首には火傷も負っている。

こんな状態でどうやって脱け出したのかと思った。

普通、痛くて動けない筈なのに。

 

「………私達を守ってくれるのは嬉しいけど……」

 

それであなたが壊れるのは嫌です。

 

私は内心そう思った。

このままいけば、エレナさんは本当に壊れてしまう。

私達がいるから、エレナさんは無理するのでは?

なら、この艦を降りないとエレナさんが死んでしまう。

そう思うが、私達はエレナさんみたいに頭がいいわけじゃない。

自分達の先をどうするかなど決めきれなかった。

 

 

□□□□□

 

Side:ニコル

 

僕は後ろ手に手錠をはめられ、地球軍の兵士に銃を突きつけられながら医務室へと連行されていた。負傷していた為、一応治療してくれるようなのだ。

 

まんまと敵の策にはまり、鹵獲された時はやってしまったと思った。

この艦があんな大胆な策を取るなんて想像もしていなかったのだ。

 

ガモフがやられたと報告が来て、イザーク達もストライクとMAに追い詰められていた。

 

赤角はクルーゼ隊長が倒したと聞いていたので、僕たちは赤角のいない足つきなど取るに足らない標的だと完全に油断していたのだ。

 

しかし、足つきは追い詰められた獣のように牙を剥いた。

 

その結果、僕たちは逆に追い詰められてしまったのだ。

せめて一矢報いようと、僕はブリッツで馬乗り攻撃を試みた。

MSによる馬乗り攻撃は定石の1つであり、勇猛さを示せる為か好まれる傾向にある。

 

僕はどうしても同僚達から臆病者と馬鹿にされる事が多かった。

だから、見返してやりたかったというのもあるのだ。

 

それに、この艦はへリオポリス破壊の要因となった代物でもある。

エミリアさんを奪った艦だと思うと、僕は尚更仕留めなければと思った。

 

その結果がこれでは情けない事この上ないのだが。

イザーク達には笑われるのだろうなと思う。

 

だが、何よりもこれから自分がどうなるのか不安で仕方なかった。

漂流して死にたくなかったから投降したが。

 

一応、捕虜の扱いについての取り決めや戦時国際法はある。

しかし、それが必ずしも遵守されるかは時の運でしかない。

 

噂では、連合軍の捕虜の扱いはあまりよくないと聞いている。捕虜を管理するのを嫌がり、問答無用で銃殺なんて噂もあるくらいだ。

 

僕は連合軍MS強奪の主犯の一人なのだ。敵だって馬鹿じゃない、すぐにバレるだろう。

何されるかわかったものではなかった。

 

一応怪我を治療してくれるとの事なので、すぐに銃殺される事はないと思いたい。

けれど、その後も命が保証されるかは全くわからなかった。

戦争なのだから。

 

 

医務室に通されると一時的に手錠が外され、パイロットスーツを脱ぐよう指示される。

代わりにシャツと短パンが用意されていた。

 

それに着替え、怪我を治療してもらう。

怪我したのは頭だ。

軽く額が割れたくらいだから大したことはない。

 

それよりも、処置されている間の周りからの視線が怖かった。

周りを取り囲む地球連合軍兵士の群れ。

暴れれば即殺されると思った。

 

手当てしてくれる衛生兵や銃を持った保安要員以外にも、僕とあまり変わらないくらいの女の子もいる。

 

医務室には僕以外にも一人患者がいるようで、すぐ近くのベッドの傍らには血の溜まったドレーンユニットと点滴スタンドが置かれ、チューブがベッドへと伸びていた。

どうも重病人のようだ。若い女の子はその付添人なのだろう。

 

カーテンが閉められていてどんな人かはわからない。

しかし、さっきの戦闘で負傷したのかもと思うと、敵とは云え居たたまれない気持ちになった。

 

そんなことを思っていると、一人の保安要員の下士官が前に出てくる。

 

「所属と名前は?」

 

「……ニコル・アマルフィ。クルーゼ隊所属です。」

 

「わかった。ニコル・アマルフィ、一応貴様はコルシカ条約に基づき捕虜として生命については保証する。本来ならテロリスト扱いであって然るべきだ。我が大西洋連邦はプラントを一国家として承認していないからな。貴様の身柄をどうこうするかは我々の裁量で判断できる。略式の軍法会議で銃殺したってなんのお咎めもない。故に変な真似は起こすなよ?」

 

「…………はい」

 

それだけ言うと、その下士官は後を他の者に任せて退室した。

しかしそのあまりの物言いに、僕はあんまりだと憤った。

 

確かにこの戦争はプラントの独立戦争であり、ザフトは義勇軍だ。

理事国である大西洋連邦を始めとした地球連合軍は僕達を正規軍とは認めていない。プラントそのものを国としていないからだ。

だからそもそもこの戦争はプラント理事国内での内紛であり、僕らは良くて義勇兵、悪ければテロリスト扱いなのである。

 

だが、改めて言われると本当に腹が立つ。

圧政を敷き、僕らを理不尽に弾圧してきたのはプラント理事国なのだ。

僕らはそれに対して自分達の身を守ろうと独立しただけ。

 

僕は悔しさに震えながらも、自分の置かれている状況からぐっと我慢した。

反抗を許される立場にないのだ、僕は。

 

「盗人がどんな奴かと思ったが、ただのガキじゃねえか。」

 

「しっ!あんなんでもコーディネイターなんだ。気を許すんじゃねえぞ。」

 

ひそひそ話が聞こえてくる。

聞きたくなかった。

 

「テロリストなんか、ここでやっちまえばいいんだ。仲間が何人死んだと思う?へリオポリスだってあいつらに壊されたんだろうが……」

 

「おい、その辺にしとけって──」

 

「………横暴だ。」

 

声が漏れてしまった。

途端に空気が険しくなる。

先程悪口を言っていた保安要員の兵士の一人が突っ掛かってきた。

 

「なんだと?貴様、捕虜の分際で楯突こうってのか!この盗人が!!」

 

「へリオポリスを壊したのは、僕達だって本意じゃなかった!むしろ、コロニー内で艦砲を使ったあなた達にだって一端はある筈です!!」

 

僕が口答えしたことで、その兵士は酷く逆上したらしい。

顔を怒りに歪ませ、銃を持つ手がプルプルと震えていた。

 

我ながら愚かな事をしていると思う。

けど、僕だってプラントの為にと戦って死んでいった人達がいる事を知っているし、血のバレンタインの悲劇だって許せないのだ。

自分達だけが正義だと思い込んだ彼らの横暴を許してはおけなかった。

 

「そんなの、てめぇらが攻めてこなけりゃ端っから戦闘なんてなかったんだろうが!勝手抜かしやがって」

 

「MSを中立のコロニーで作っていたのはあなた方じゃないですか!僕だっ──ぐはっ゛」

 

「黙れ黙れッッ!!なんだテメエ知った口聞きやがって……このっ──」

 

気づけば、銃の床尾板が僕の腹を殴り付けていた。

痛みに踞る僕に、その兵士は銃口を向けてきた。

周りが騒然とするが、誰も彼を止めようとはしない。

 

逆上した兵士の銃口の前に立ってまで、敵の兵士を庇おうなんて人間はいないのだ。

僕は覚悟を決めた。

 

このまま死ぬくらいなら、死に物狂いで暴れてやろうと思った。

幸い、手錠は外されている。

銃を奪うくらいは造作もない。

そう思い、僕は敵を睨み付けた。

 

その視線を向けられ、その兵士は銃を安全装置を弾く。

弾が出る前に、やるんだ。

 

僕は曲がりなりにも赤服を着るエリートなんだ。舐めるな…!

 

そうやって、立ち上がろうとした時だった。

僕の前に、一人の女性がフラフラと立ち塞がる。

 

僕を庇うように、だ。

 

その女性はボロボロの包帯まみれだったが、その銀色の美しい長髪には見覚えがあった。

見間違える筈なんてなかった。

 

「──やめてください。捕虜への暴行は禁止されています。」

 

聞き覚えのある透き通った声。

凛とした佇まい。

僕は安堵していた。

 

死んでなかった……

あまりにも痛々しい姿だが、ちゃんと生きてる……

 

 

「……だったらなんだってんだ、こいつは楯突いたんだ!庇うつもりか?」

 

「───『降伏者及び捕獲者は、これを捕虜としてあらゆる暴力、脅迫、侮辱、好奇心から保護されて人道的に取り扱わなければならない』──コルシカ条約4条の条文です。あなた方は、彼に侮辱的な発言をした。その時点で、あなた方は条約に違反……つまり、コルシカ条約を批准している大西洋連邦の軍法にも違反したことになります。」

 

 

彼女は堂々として、保安要員の兵士と対峙していた。

僕の記憶にある優しい面持ちの彼女とはだいぶ印象が違う。

 

「──お、おい、もうよせって……」

 

「………うるせえ。やっぱり、コーディネイターはコーディネイターなんだ……敵兵を庇い立てしてんだぞコイツはッ──」

 

同僚の兵士が彼を止めようとするが、頭に血が上った彼はもう止まらなかった。

銃口が僕から彼女へと移る。

 

まずいと思った。

それは僕だけでなく、他の地球軍兵士も同様らしい。

部屋の空気が一気に慌ただしくなる。

そして、それを彼女は一喝した。

 

「…………っ…地球連合軍少尉として命じます!上官への反逆、捕虜への虐待行為の軍規違反としてこの者を拘束しなさい!!」

 

彼女の()()()、周りの兵士達が一斉に動いて彼を制圧した。

そのままどこかへ連行されていく。

 

そして、僕は呆然としていた。

聞き間違えなければ、彼女は少尉と……敵軍の士官だと、そう言ったのだ。

 

聞き間違えであって欲しいと、僕は彼女に問うた。

 

「───う、嘘ですよね………エミリアさん…?今、地球軍の少尉って……」

 

「………………っ……」

 

片方の目が包帯に埋もれた彼女の顔。

その悲痛に歪んだ顔が真実を物語っていた。

 

僕はもう訳がわからなくなってしまった。

 

 

 

□□□□□

 

Side:エレナ

 

 

 

ハンガーに来た私はボロボロになったアストレイを見上げた。

 

機体前面の傷はそうでもないが、酷いのは背中側だ。

バックパックに諸に被弾した為、推進材が爆発を起こしたのだ。

その爆発の衝撃波でコクピットの内装が剥離し、破片となって私に襲いかかったのである。

 

パイロットスーツが大部分を受け止めてくれたが、大きな破片がいくつか布地を私の肌ごと切り裂いていた。

 

一際大きいのが脇腹を貫いたせいで、私はドレーンユニットを引っ張って歩かなければならない。

腹腔に血が溜まってるのだ。

 

傷は破片によるものだけではない。

僅かに空いた穿孔から吹き込んだ爆風が身を焦がしていた。

背中と首に火傷ができてしまい、創傷被覆ジェルで覆って貰っている。

小さいものは消えるだろうが、大きいものや深いものは痕が残るだろう。

 

 

しかし、こういったものは服で隠せるからいい。

問題は隠し様のないこの右目の傷だ。

 

右目はバイザーの破片で損傷していたらしく、気づけば摘出されていた。

鏡を見るたび、顔の半分を覆った包帯が目につく。

その度、自分の傷物になってしまった顔を見せつけられ気分は沈んだ。

 

社交パーティーやバイオリン演奏の時に着ていた肩出しのドレスなどはもう着れないだろう。

傷が目立ちすぎるに違いない。

 

まぁ、どちらにせよこの顔では社交パーティーになど出られないが。

 

 

私は奪われるばかり。

家族で暮らしたかったのに、その家族も名前も奪われた。

私は平和に暮らしたくて、でもその新しい家も暮らしも奪われた。

守りたいものを守ったのに、綺麗な体を奪われた。

 

戦争が、私から次々と色んなものを奪っていく。

何もかもだ。

奪われたものはもう元には戻らない。

 

「───っうぅぅっ──あぁぁあ」

 

気づけば、私はハンガーの片隅で泣いていた。

冷たい床にうずくまり、傷だらけの体を震わせた。

今まで溜め込んできた分、涙は堰を切ったように流れ出してきて止まらない。

心が悲鳴を上げ、体は目もあてられないくらいボロボロ。

 

どうしてこんなことになってしまったのだろう?

何を間違えたのだろう?

私はどうして、こんな目に遭わなくちゃならない?

 

「っく、ぅう──うぅぅぅっ──」

 

私には、自分の大切なものを守ることも許されていないのか?

いや、違う。

守る度に、私は代価を支払わされているのだ。

 

じゃあ、守らなければいいのか?

それはできなかった。

 

本当に大切なものまで奪われるくらいなら、この身で代価を支払ってやろうと思う。

プラントを離れた時点で、私の運命はこうなると決まっていたのかもしれない。

 

これは、母や弟や生まれ故郷を捨て逃げた私への罰なのだ。

私は自分の命を削り、自分の居場所と大切なものを守るしかないのだ。

 

「っ──くっ………ぅっ……」

 

そして命を削りきった時、私は死ぬ。

その時初めて、楽になれるのだろうと思った。

 

 

泣き止み、一人アストレイのコクピットへと上がる。

コクピット内は未だボロボロになっていて、血の痕も生々しい。

とても操縦できるような状態ではなかった。

 

どちらにせよ、この体では操縦など無理だ。

しばらくはラミアス艦長の補助に専念しようかと思う。

 

操艦は性に合ってるのか楽しさすら感じたくらいなのだ。

むしろ私はそちらの方が向いているのではとすら思った。

 

そして気づく。

 

「私、今……」

 

楽しいと感じてしまった…?

戦いを?

人を殺したんだぞ、私は!!

 

「違う…違う!そんなの、あり得ないわ…!」

 

自分が戦争にはまりつつあるのではないかと思った私は、それが怖くて仕方なくなった。

そうなれば堕ちるところまで堕ちてしまう。

 

 



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将は()くありき

 

□□□□□

Side:マリュー

 

 

第8艦隊旗艦メネラオスの左舷にアークエンジェルを着けながら、私は新たに浮上した問題に頭を悩ませていた。

 

問題は3つだ。

 

まず、捕虜としたブリッツのパイロット…ニコル・アマルフィの身柄について。

 

第8艦隊は、すでに書簡でアークエンジェルに地球のアラスカ本部へと降りるよう指示を送ってきていた。

そして捕虜についても、同時にアラスカへ連れていけというのだ。

 

てっきり、第8艦隊が月へ連れていくものかと思っていた。

しかし、ニコル・アマルフィには政治的利用価値があるとの事で、地球へ降りるアークエンジェルへ同行させる事になった。

彼はプラント最高評議会議員、ユーリ・アマルフィの息子だと言うのだ。

アラスカ本部が早急に身柄を欲しがっているらしい。

 

 

もうひとつは、保護していたラクス・クラインがいつのまにか逃亡していた事。

 

色々と立て込んでいて気づくのが遅れたのだ。

食事をとる様子がないと報告があり、部屋へ行ってみるともぬけの殻だった。

 

逃亡手段は不明であり、ジェーン少尉が囮として使った救命ポッドに紛れていたのではないかと推測したが、今となっては確認のしようがない。

その日、艦内の監視カメラが不調を起こしていた為、何の手がかりも残っていないのだ。ついでに戦闘配置の為目撃者もいない。

 

結局、ラクス・クラインの逃亡についてはその失態を追及されるくらいならと揉み消しにすることにした。端からラクス・クラインを保護していなかった事にしたのだ。航海日誌からも当該項目については削除してある。

どうやってこの艦から逃亡したのかという事になるが、内心では彼女が逃げたことに安堵する自分もいる。

 

 

そして、最後の一つが私を悩ませている最大の要因なのである。

 

ニコル・アマルフィの尋問を行っていた時、それは浮上したのだ。

エレナ・ジェーンという者の素性が。

 

『あなた方が、エミリアさんを………どうして、あの優しい人を戦争なんかに引き込んだんだ!』

 

『エミリア?……』

 

『しまった───』

 

『おい、貴様が言ったのはエレナ・ジェーンの事だろう?何か知っているようだな……貴様が言わなければ、ジェーン少尉本人に聞くしかなくなるぞ!』

 

『っ、卑怯な………』

 

 

 

エレナ・ジェーンの本名はエミリア・ジュール。

プラント最高評議会議員、エザリア・ジュールの実娘だったのである。

 

彼女の功績や状態を考えれば、彼女がどれ程本艦への協力を惜しまなかったかわかる。

スパイの疑いもあるが、本艦は不利になるどころか彼女の尽力で既にザフトの艦艇やMSを多く撃退しているのだ。それはないと見てよかった。

 

しかし素性がわかった彼女に向けられたのは、ニコル・アマルフィと同じく利用価値があるという目だった。

私は彼女の為にも報告にこれは載せまいと思っていたが、バジルール少尉が自分の報告書に記載してしまったようなのだ。

これは地球軍の利になるから、と。

 

キラ・ヤマトの扱いで既に揉めてたという事もあって、今ではバジルール少尉とはかなり険悪な状態になっている。

 

敵の有力な政治家の娘が、プラントを離れ地球軍士官として戦っている。

これほどプロパガンダへの利用価値がある人間もいない。

バジルール少尉のレポートを見た司令部は恐ろしく早いスピードで対応してきた。

 

除隊させ、この艦から降ろすことも考えた。

しかし、アラスカは先手を打ってきたのだ。

 

エレナ・ジェーン少尉の、アラスカ本部への連行を命ずるという命令が届いていた。

これで、彼女を降ろすことはもう出来なくなった。

そこまでしても、アラスカは彼女が欲しいのだろう。

 

彼女が本艦への協力を惜しまなかったのは、守りたいものを守る為だ。

そんな彼女を、このままむざむざとアラスカへ連れていっていいのだろうか?

 

その本部の手段を問わないやり方に憤りを覚えるが、私では手の打ちようもなかった。

 

「………ごめんなさい、なんと言ったらいいか……」

 

私は傍らに立つエレナさんを見ながら呻くように言った。

 

彼女はコーディネイター故か、あれほどの怪我にも関わらずかなりの速度で回復している。

痛み止めを打っていれば、どうにか歩き回ることができるくらいにである。

 

内臓の出血は創傷充填ジェルで抑えているらしく、ドレナージは外されていた。

点滴も常時は必要ないらしい。

その為、普通に軍服を着てストッキングや軍靴を履いた出で立ちだ。

その服の下には包帯まみれの体があると思うと痛々しいとしか思えなかった。

 

私の謝罪に、彼女は私を向くと静かに笑う。

それは酷く悲しそうな笑みだった。

 

「やむを得ませんよ、いつかはバレる事だと覚悟はしていました……こうなることは、少し予想外でしたが。ラミアス艦長が気を揉まれる事ではありません。」

 

「………本当に、ごめんなさい。どうにかしてあげたいのに、私では……こんなことが嫌でプラントを離れたのでしょうに、私が巻き込んだばっかりに……」

 

「いえ、あれは…………アラスカに行けば、私が敵軍にいる事は母に知られますでしょう。遅かれ早かれ、母と私は対決する運命だった……ということです。クライン派──プラントの穏健派は私を当然引き合いに出すでしょうし、それで戦争の早期終結に繋がるなら……本望です。」

 

そういう彼女を、私は抱き締めたくて仕方なくなる。

しかしそれは我慢した。

 

服の下には傷だらけの体があるが、軍服やストッキングに包まれた上からではわからない。

 

その姿は傷ついてボロボロになった心を必死に隠している彼女を表しているようで、触れたら壊れてしまいそうだったのだ。

 

私の心情を察したのか、彼女は話題を切り替えた。

 

「…………デュエイン・ハルバートン准将というのは、どんな方なのですか?」

 

「……とても聡明な方よ。Gの開発計画やこの艦の建造も閣下が主導されたの。もしかして、緊張してる?」

 

「いえ……ラミアス艦長がそう仰るのなら、良い方なのだと思います。お近づきになれるよい機会ですから」

 

彼女は士官であり、私やフラガ大尉などの他の士官と共にハルバートン提督と謁見する事になっていた。

地球軍の将校にプラント出身の彼女が会うのだから緊張するのも当然だろう。

 

ハンガーから、メネラオスからのランチが到着したと報告が来る。

隣のエレナさんを見ると、エレナさんは頷き返してきた。

体が不自由な彼女を支えながら、私はハルバートン提督出迎えの為ハンガーへと向かった。

 

 

「おぉ!へリオポリスが崩壊したと聞いた時はもうダメかと思ったぞ。それをここまで引っ張ってきてくれるとは……感謝している、ラミアス大尉。」

 

ランチから出てくるなり、ハルバートン提督は私のもとへ一直線にやって来た。

ハルバートン提督は私の士官学校時代の恩師なのだ。そして直属の上官でもある。

 

「ありがとうございます…!お久しぶりです、閣下。」

 

「うむ…!先も戦闘中との報告を聞いて気を揉んだぞ……皆、大丈夫だったか?」

 

ハルバートン提督は私以外のクルーにも視線を配り、労いの言葉をかける。

人情味溢れる対応がハルバートン提督の持ち味であり、それがそのまま現場の人望に繋がっていた。

第8艦隊内でハルバートン提督の事を悪く言う者は見たことがないくらいだ。

 

閣下はまず前列の士官へと声をかけた。皆敬礼し自己紹介をする。

 

「ナタル・バジルール少尉であります!」

 

「うむ。よく艦を補佐してくれた。」

 

「はっ!御心遣い感謝申し上げます!」

 

「第7機動艦隊所属、ムウ・ラ・フラガ大尉であります。」

 

「おお、フラガ大尉!君がいてくれて本当に助かったぞ!」

 

「いえ、さしてお役にも立ちませんで。こっちのお嬢──ジェーン少尉を誉めてやってください。」

 

「そう謙遜するものでもないぞフラガ大尉?そして君が……」

 

「エレナ・ジェーン少尉です。御初のお目にかかります。」

 

「ラミアス大尉から報告は聞いている。つらい身の上であるとは思うが、よく頑張ってくれた…!怪我は大丈夫か?」

 

「───っ……い、いえっ、大丈夫です。ありがとうございますっ」

 

「君のような者を戦わせるような事になってしまい、本当に申し訳ないと思っている。君の今後については、私もできるだけの事をするつもりだ。アラスカ本部にもその旨は伝えておいた。今はゆっくり休みなさい。」

 

ハルバートン提督はエレナさんに一際目をかけていた。

報告には彼女のありのままの事を書いたのだ。

ハルバートン提督は私の予想通り、彼女を実の娘のように優しく労っていた。

 

エレナさんはその言葉に目を潤ませているようだ。

彼女は誉められるだけの活躍をしている。ハルバートン提督が目をかけても全く問題はない筈だ。

 

 

 

 

ハルバートン提督は後ろの下士官や学生達にも労いの言葉をかける。

その後、アークエンジェルの艦隊司令室にてハルバートン提督とホフマン大佐、そして私達アークエンジェル士官との面談へと移った。

 

エレナさんは怪我人いうことで、一人座ることを許されている。ハルバートン提督の計らいだ。

 

本来なら出迎えもやるべきではないのだが、彼女は痛み止めを打って無理やり参加していた。

ホフマン大佐から、士官クラスは謁見に全員来るよう通達があったのだ。

怪我の報告をしても聞き入れず、軍規だから出させろの一点張りである。

痛み止めが切れつつあるのか、彼女は傷を擦るような仕草をしていた。

 

「しかしまぁ、この艦とG1機の為にへリオポリスを崩壊させるとは……」

 

ハルバートン提督の傍らに立つホフマン大佐がぼやくように言った。

この男についてはあまり第8艦隊内での評判は良くない。着任以来、ハルバートン提督との対立で艦隊内を二分しようとする動きがあるからだ。

一説にはブルーコスモスシンパとの噂もあった。

エレナさんへ向ける視線があまり良くない事から噂は強ち間違っていないと思う。

 

「だが、彼女達が守ったこの艦とストライクは、いずれ我が地球軍の利となる。」

 

「アラスカは、そうは思ってないようですが?」

 

「ふん!やつらに宇宙の戦いの何がわかる。くだらん利権ばかりにかまけて、どれ程の兵が命を落としているか数字でしか知らんではないか。ラミアス大尉は私の意思を理解してくれていたのだ。問題にすることなど何もない。」

 

「それでは、このコーディネイターの少年についても問題にせぬと言うことですかな?」

 

ホフマン大佐が一枚の書類を取りだし、ハルバートン提督へと差し出した。

それを見てハルバートン提督は顔をしかめた。

 

軍事機密であるストライクを操縦し、その情報を知り尽くした少年、キラ君。

彼を除隊させるよう私はハルバートン提督に具申していた。

 

「キラ・ヤマトについては、友人を守りたいと言う一心でストライクに乗ってくれました。我々がここまで来れたのも、彼の活躍があったからであると考えます。しかしながら、同胞であるコーディネイターと戦うような事になってしまったことに苦しんでおりました。誠実で優しい少年です。彼には信頼で答えるべきかと思います。」

 

私はハルバートン提督に、報告書の文面には書けなかったキラ君の活躍の裏にある苦悩について報告した。

 

本当ならエレナさんについても弁明してあげたい。

しかし、彼女については軍籍にあり、アラスカから直接命令を受けているためハルバートン提督にもどうしようもない。

 

「しかし、軍事機密を知ったこの少年をこのまま解放する訳には……」

 

「僭越ながら、私はホフマン大佐と同意見であります。Gの秘密を知り尽くした彼を解放すれば、それは軍にとって大きな損失となります。」

 

バジルール少尉の具申を聞き、私は歯咬む。

やはりキラ君を戦力として手元に持っておきたいのだろう。

事前に彼の扱いについて話し合ったが、私の意思は伝わらなかったようだ。

 

「……お言葉ですが、バジルール少尉の意見は既に無意味なものと考えます。1機は奪い返したものの、すでにザフト側へ4機が渡っています。ブリッツのデータログを見ましたが、やはり情報を吸い出した形跡がありました。すでに機密事項はすべてザフトへ渡っていると見ていいでしょう。」

 

すると、エレナさんから助け船が出た。

MSに詳しい彼女の意見には説得力があり、ハルバートン提督も目を丸くしていた。

バジルール少尉は睨み付けていたが。

 

「とのことだが、バジルール少尉?」

 

「っ……ですが、彼の能力には目を見張るものがあります!彼の能力あって、ストライクはその性能を発揮したものと考えます。彼の能力は軍に役立てるべきで──」

 

「バジルール少尉、ストライク単機でどこまで戦局に影響するというのですか?それも、戦意も士気も低い少年に操られる機体が。」

 

エレナさんはことごとくバジルール少尉の意見を横から潰してしまい、バジルール少尉はエレナさんを睨み付けるのを隠そうともしなかった。

口調は弱々しいが、指摘は間違っていない。

バジルール少尉の視線から逃れるように、エレナさんは伏し目がちだった隻眼をハルバートン提督へと移した。

 

「僭越ながら、意見を申し上げてもよろしいでしょうか?」

 

「構わん、話しなさい。」

 

「ストライクの性能は、訓練を受けたコーディネイターであれば誰しもが発揮できるものです。私が乗っても、同様の能力を示してくれるでしょう。彼は才能はあるものの、戦意に乏しく不安定です。故に、別段彼に拘る必要性は皆無かと愚考致します」

 

「ふむ……MSパイロットの君の意見ならば問題なかろう。この問題はこれで終いだ。大事なのは今後についてだからな。」

 

ハルバートン提督はにこやかに笑いながら、エレナさんに感謝の視線を送っていた。彼女の助け船は、ハルバートン提督にとってもホフマン大佐の追及に対する助け船になっているのだ。

ハルバートン提督は話題を切り替えると、正式な命令書を私に手渡してくる。

 

「既に知っての事だと思うが、アークエンジェルには現状の人員編制のまま地球へと降りてもらう事になった。一応、我が艦隊から大気圏用戦闘機2機とMS1機、そしてパイロット1名をアークエンジェルに異動させるが、それが精一杯だ。許してくれ。」

 

ハルバートン提督から、アークエンジェルに配属されるパイロット一名の人事書類が入った封筒が手渡される。

私はそれを大事に受け取るが、現状の人員では運行もままならないことをハルバートン提督に訴えた。

 

「御心遣いについては感謝致します。ですが…我々は急造もいいところの……」

 

それをホフマン大佐が遮る。

第8艦隊も現在戦力拡充と練度向上を急いでいるようで、人員に余裕はないという表情だった。

 

「補充要員として送った者の殆どが先遣隊と共に散ってしまったのだ、致し方なかろう。我々もかなり逼迫した状況なのだ。」

 

「へリオポリスが崩壊した今、アークエンジェルとストライクはその全データを持ってアラスカに降りねばならん。あれの開発を軌道に乗せねば、我らは永遠にザフトの後塵を拝する事になる。それなのに、地上の馬鹿な連中は……!」

 

ホフマン大佐の意見に続き、ハルバートン提督も強い口調で私に訴えかけてくる。

その意思を、私はしかと受け取った。

 

「………わかりました。閣下の御心、しかとアラスカに届けて見せます。」

 

「すまない、頼む。」

 

私の挙手の敬礼に、ハルバートン提督は敬礼ではなく頭を下げた。

提督にここまでやらせたのだ。

しかとやり遂げなければ。

 

 

□□□□□

 

Side:エレナ

 

 

「ジェーン少尉、少しいいかね?」

 

「はっ!何でしょうか?」

 

私は会談終了後、ラミアス艦長の計らいで艦長室でそのまま休んでいた。

すると、皆退室した後でハルバートン提督が一人戻ってきたのだ。

敬礼の為立ち上がろうとする私を素早く制して、彼は私と向き合った。

 

「君とはゆっくり話したいものだか、体調もきつかろう。先程の助け船に感謝する。私の言いたいことを君はすべて言ってくれた。お陰で助かったよ。」

 

「いえ、私は……彼──キラ・ヤマトを戦場から遠ざけたかっただけなのです。申し訳ございません。」

 

「いや、その後輩を守ろうとする君の心は立派なものだよ。それはとても良いことだ。君も本当は降りたいのだろうが……私の力不足だ、すまない。」

 

一軍の将が、ただの少尉に頭を下げる。

ラミアス艦長が言った通りハルバートン提督は聡明で、何よりも器量の深い人だった。

それは話していてよくわかった。

考え方はシーゲル氏にも似ている気がする。

もし彼が提督ではなく政治家だったとしたら、この世界の流れは変わっていたのではないかと思った。

 

「致し方ありません。それほどの利用価値が私にあった、という事なのでしょうから………閣下、1つ質問をよろしいでしょうか?」

 

「何だね?」

 

「閣下はこの戦争、どうすれば終わるものとお考えですか?」

 

私は彼を見極めたくなった。

彼がこの問いにどう答えるのか。

 

「うぅむ、難しい質問だ。一軍人としては、敵を撃滅せしめれば終わる、そう言わねばならんのだろうが……」

 

「と言うことは、閣下個人としては如何なのでしょうか?」

 

「撃ち、撃ち返され、その連鎖がこの戦争だ。相手を滅ぼせば終わらせる事もできようが、それでは多大な血が流れる事になるだろう。戦争は本来なら政治の一手段に過ぎん。我が国が早々とプラントの武力を認め、その独立を承認すればそれで終わっていたかもしれん。ただ、残念な事にこの戦争は政治で掌握できる段階を過ぎた。憎しみの連鎖──という奴だよ。こうなると、もう戦争は政治では止められんさ。」

 

その答えを聞き、私はハルバートン提督が戦争の早期終結に望みをかけ、そして敗れ諦めた人なのだと知った。

 

「では、閣下がGの開発計画を主導されたのは──」

 

「うむ、技術力を誇示してイニシアティブを取る為だ。プラントを圧倒する地球連合の国力に、プラントのMSを凌駕する兵器が合わさる。そうなれば、資源や人口に乏しいプラントはじり貧となるだろう。G兵器の存在を知るだけでも、彼らは危機感を募らせ交渉のテーブルに着く。さすれば、一応終わらせる事はできるからな。君にとっては複雑かもしれんが……最早力でしか解決できんよ、この戦争は。ならば、いかに流す血を少なくするか?私はそこに苦心すべきだと考えている。まぁ……それも失敗してしまったのだがね。」

 

Gの奪取。

それにより、ハルバートン提督の描いていたビジョンは崩れたのだ。

 

PS装甲にミラージュコロイド、ビーム兵器の小型化に戦艦並の火力を持ったMSや可変機構を持つMS。

そのどれもがプラントの既存技術を凌駕するものだ。

優れた軍事技術を誇示し、その技術的価値を前面に押し出してプラントを圧迫する。

そして、それに危機感を覚えたプラントは自分達が優勢なうちに講和へ望みたいと考えるようになるだろう。

それが、閣下の考えたビジョンだったのだ。

 

しかし、そのイニシアティブはザフトの手に渡ったことで儚くも崩れ去った。

G計画は、その本質を果たすことなく暗礁へ乗り上げてしまったのだ。

G強奪を聞いた時のハルバートン提督の落胆はどれ程のものだっただろうか。

 

だからこそだろう。

今のハルバートン提督には、何か諦めのようなものを感じるのだ。

しかし私は、ハルバートン提督に諦めてほしくなかった。

 

「閣下…………僭越ながら、まだ諦めるのは早いかと考えます。」

 

「ん?どういう事かね?」

 

「閣下は最早力でしか解決はできないと仰られました。しかしながら、力による解決は問題を先送りにするのみでしかありません。その火種は、またすぐに燃え上がる事でしょう。」

 

「それはわかっているよ。では君には、何か考えがあるのかね?」

 

「何をする力もありませんが、私も考えることはできますので………この戦争、双方にとって利益がなくなれば終わるものと考えます。」

 

私の持論だ。

戦争に旨味がなくなれば、戦争を煽るブルーコスモスなどのロビイストは後ろ楯の国や企業の支持を失い黙る。

そうすれば、講和を妨げている憎しみの連鎖を終わらせる事もできる筈だ。

 

「利益、か。それはつまり、君は"戦争をやらせている側"を動かしたいと。そういうことかな?」

 

「はい。彼らが始めたようなものですから、この戦争は。」

 

プラントからの利益を享受できなくなった理事国は、金を搾り取る方法を支配から戦争へ変えた。

それがこの戦争の発端にある。

 

「ふむ……その彼らの利益を潰す、か。戦場の血を吸い上げて金に変える吸血鬼だぞ、連中は。とにかく厄介だ。普段からやりあっている私が言うのだからな?」

 

流石G計画を主導したハルバートン提督らしく、戦争をさせている連中とのコネクションを持っている様子だった。

戦争を止めたいハルバートン提督と、戦争を続けたい"彼ら"。

利益が相反すれば、お互い相手の存在が邪魔になるのは目に見えている。

ハルバートン提督も彼らの標的にされつつあるのだろう。

 

「それでも、吸血鬼には杭を刺さねばなりません。多くの人が泣くこの連鎖、止めるために。」

 

「閣下、お時間です!」

 

そこへ、一人の連絡将校が割って入ってきた。

ハルバートン提督はとても──とても残念そうにため息を吐くと、良いところでテレビをお預けになった子供のように首を振った。

 

「なんと──良いところで時間切れか。君の大志、また私に聞かせてくれ。それまでは、無事に生き延びろよ少尉。大志を叶えるまで死ぬな!」

 

「はい。閣下も、どうか」

 

立ち去るハルバートン提督に、私は立ち上がり自然と敬礼した。

本当に尊敬できる人物とはこういうものなのだと、私は感慨深く思った。

 

 




5/29 指摘のあった箇所を修正しました。


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()い、(わか)

 

□□□□□

Side:エレナ

 

 

痛み止めを打ってから一眠りした後、私は一人営倉へとやって来ていた。

ニコルに会うためだ。

 

どうやら、ハルバートン提督がニコルについては第8艦隊の所管としたらしく、身柄はアラスカ行きから第8艦隊預かりとなったらしい。

 

第8艦隊に身柄が移れば、もうニコルとは会えなくなる。

だから、今のうちに話しておきたかったのだ。

 

衛兵に面会許可証を見せ、私は中に入った。

入ってすぐ、手前の独房にニコルを見つける。

ニコルはベッドの上で膝を抱え込んでいた。

 

「ニコル……今、いい?」

 

「────っ、エミリアさん!」

 

ニコルは私に気づくと、すぐに独房の柵まで駆け寄ってきた。

私は柵を隔てた状態でニコルに向き合う。

 

「久しぶり……ね。最後の日にセッションした時以来、かしら。お母様は元気?」

 

ニコルとは、私がプラントを出る時お別れの挨拶に行って以来だった。

ニコルの伴奏でバイオリンを弾いたのを覚えている。

 

 

「そう…ですね。母も元気です。あの…エミリアさんは──」

 

「何故この艦に…ということ?」

 

ニコルが聞こうとした事を察し、私はそれに答える。

ここに来れば間違いなく聞かれると思っていたからだ。

 

「はい。ずっと気になっていて……どうしてあなたが!」

 

「どうして、か……多分、あなたと同じ理由だわ。守りたいものができた。それだけ」

 

「それだけで──ザフトの……プラントの敵になって、あなたは地球軍に入ったんですか!?」

 

ニコルは驚愕の念を隠しきれないという風に柵にかじりつき、軍服姿の私を見ていた。

私は予め決めていた答えをニコルに告げる。

 

「守りたいものがこの艦にあったから、私は地球軍に入ったの。プラントの敵になりたくて入った訳じゃない。」

 

「同じことじゃないですか!この艦に乗って戦っているんでしょう?この艦は、僕たちの仲間をどれだけ殺したと思ってるんですか……!」

 

「………悪い、とは思ってるわ。でも、私達も大人しく殺される訳にはいかない。それはわかっているでしょう?」

 

そう、私達は殺される訳にはいかない。

私はその為にずっと自分を押し殺し、後輩たちやこの艦の為に戦っているのだ。

それを曲げてしまえば、私は何のために自分を押し殺してきたのかわからなくなる。

 

「っ………そう、ですね。エミリアさんは自分の身を守ってるだけなんだ───すみません、感情的になってしまって……」

 

私の意志が伝わったのか、ニコルは私に謝ってきた。私も謝り返す。

 

「私の方こそ、ごめんなさい。あなたの気持ち……考えていなかったわ。」

 

ニコルも、大切な戦友達をアークエンジェルとの戦いで失ってきたのだ。

その思いを鑑みれば、私も彼の意思を無下には出来なかった。

 

「………あなたは、変わってしまったと思ってました。でも、今のあなたはあの頃のままで……少し、安心しました。」

 

「…………そう。私はもう自分がよくわからなくなってるから、あなたにそう言ってもらえると嬉しいわ。」

 

ニコルは、昔見たのと変わらない表情で私に声をかける。

私はもう、自分が何なのかよくわからなくなりつつあった。

自分を押し殺して仮面をかぶり続けていると、だんだんそれが本当の自分のように思えてくるのだ。

私にとって、本当の私とは何なのか?

平和を享受していた頃の本当の私を、今の私は見失っていた。

 

「っ……エミリアさん!悪いことは言いません、あなたはこの艦を降りた方がいい!」

 

「………何故?」

 

突然、ニコルが私に忠告してくる。

しかし、そう言われても私はこの艦を降りることはもう出来ないのだ。

私を待つのは、プロパガンダの材料として利用される未来のみ。

自分が籠の鳥だとわかっている。

鳥籠から出られないことも。

 

「デュエルを知っていますか?」

 

「えぇ。元は連合軍の機体だもの、よく知っているわ。」

 

「そのデュエルのパイロットは、イザークなんです。」

 

 

 

 

 

 

「─────、え?」

 

よくわからない。

いや、わかりたくない。

 

「イザーク・ジュール、あなたの弟です。」

 

「………………う、嘘………………よね?」

 

ちょっと待ってほしい。

それじゃ、私は……

 

「嘘なんかじゃないです!あなたはイザークと戦っているんですよ!だからこの艦を─────エミリアさん…?」

 

弟を──

イザークを、撃った?

 

「あぁぁ………わ、私は……なんてことを………っ」

 

「どうしたんですか!?エミリアさん!?」

 

心が掻き乱されていく。

考えがまとまらない。

 

「っ………なんで──よりによって、イザークが──」

 

「──だからです!降りた方がいいって言ってるのは!あなたはイザークと──」

 

違う。

そんな甘いことではない。

私は過ちを犯したのだ。

なんてことをしたのだ。

知らず知らずのうちに、なんてことを……

 

「違う!私は──私はあの子を………あの子を、私は……撃ってしまったのよ」

 

「……………はっ?」

 

「っ………私…MSのパイロットなの……アストレイの……」

 

「!?………アストレイって……赤角……嘘、でしょ」

 

告白してしまった。

でも、今はそんなことどうでもいい。

イザークは生きているのか?

私は殺していないのか?

早く安否を聞かせてほしかった。

 

「イザークは、無事なの!?死んで────」

 

その問いを言い終わる前に、ニコルは豹変していた。

私を見る瞳は、敵の兵士を見る目だった。

 

「───あなた、だったのか……あなたが、ゼルマン艦長を殺した……皆も……なんて、人だ……あなたは…!!」

 

「っ──!?」

 

ニコルの言葉が、掻き乱されていた心に突き刺さる。

銃弾のように。

 

「やっぱり、あなたは変わってしまった……優しかったあなたは、もうどこにもいないんだ……!大勢殺して、守るため…?ふざけないでくださいよ!?」

 

心に銃痕が開き、血が噴き出していく。

 

「ち、違──私は、ただ──」

 

「もう、あなたなんかと話したくない!消えてください!エミリア・ジュールはへリオポリスで死んだんだ!!大切な弟を撃って、同胞のコーディネイターを何人も殺すような人がエミリア・ジュールな訳がない!…………そうだ、あなたはエレナ・ジェーンでしたね。僕は、あなたなんか知らない……!連合軍の士官なんかと……知り合いな訳がない!」

 

言葉の銃弾が、私の心を蜂の巣にしていく。

心から血が溢れていく。

温かいものが全部、流れていく……

 

「────あ………ぁあ………………」

 

空虚になった心にあるのは、喪失感と悲しみと後悔。

私はまた1つ、失ってしまった……

 

 

 

茫然自失としながら、私は一人居住区へと戻っていた。

体の傷が疼き始め、医務室で痛み止めを一本追加で打って貰っている。

 

今はとにかく安静にしていろと軍医に注意されてしまい、私は逃げるよう足早に医務室を出て居住区に向かう。

するとふと、居住区通路に人を見つけた。

 

彼は辺りを見回しながら、仕切りに手元のメモを見ていた。

そして、私はその人の顔に見覚えがあったのだ。

思わず声をかけた。

 

「キャ、キャリー先生……ではないですか?」

 

「ん?あ、あぁ…そうですが──おや……君は…!」

 

「やっぱり……キャリー先生、お久しぶりです……エ………っ……エミリア・ジュールです」

 

「あぁ!当然覚えているよ、君は優秀だったからね。しかし、まさかこの艦に君が乗っているとは思わなかったな……」

 

「私の方も、まさか先生とここでお会いできるなんて……とても驚いています。」

 

私の前に立つ男性──ジャン・キャリー先生は、私の大学時代の恩師でもあるのだ。

工学博士である先生から、私は工学の基礎を学んだ。専門は造船工学だが、先生の教えはしっかりと受け継いでいる。

 

しかし、先生がこの艦にいるとは驚きだ。

争い事を好まない先生がプラントを離れたのは知っていたが、まさか連合軍に入隊しているとは思いもしなかった。

 

それは先生も同じらしく、士官姿の私を見て目を白黒させていた。

それと、包帯まみれの顔も。

先生の顔はとても悲しそうな表情だった。

 

「君も少尉なのか……まさか、教え子と同僚になるとは感慨深いものだ。」

 

「私もです先生。先生はどうしてこちらに?」

 

「う…うむ……実は色々とあってだな……情けない話だが、今の私はMSのパイロットをやっているんだ。」

 

それを聞き、私は耳を疑った。

先生が、MSのパイロット?

これも、戦争だからなのか。

優しいキャリー先生が、MSのパイロットになっているなど想像したくもなかった。

けど、それは私も同じだ。先生の事をとやかく言える立場ではない。

 

「…………私もです、先生……」

 

「何!?……まさか、その怪我は……」

 

「……はい、御察しの通りです。」

 

「…………何ということだ……君が…………可哀想に」

 

 

先生は、そっと私を抱き締めてくれた。

慰めるように頭を撫でてくれ、私は目が潤んだ。

もう十分泣いた筈なのに、涙が溢れてきてしまう。

 

先生は温かくて、私の心にぽっかりと空いた穴を埋めてくれるようだった。

父と、同じだ。

父も、私が辛いことがあるとこうして慰めてくれた。

だから、思い出してしまう。

今はいない父の記憶を。

 

「────っぅ、ぅ──私は─」

 

「泣きたいなら泣きなさい。事情は知らないが、君の性格を鑑みればやむにやまれぬ事があったのだろう。君はよく頑張った。生き残っているだけでも素晴らしい事だ。それを誇りなさい。」

 

先生は私を放し、肩をやさしく叩いてくれる。

私は涙をポロポロと溢しながら声を震わせた。

 

「───うぅぅぅっ……つっ…うぅっ」

 

今になって思う。

私は、誰かに慰めて貰いたかったのだ。

頑張っていると誉めて貰いたかったのだ。

 

だから、優しい先生の気遣いは本当に温かくて、嬉しかった。

傷ついた心に、温かいものが戻ってくるのを感じた。

 

 

□□□□□

 

Side:マリュー

 

 

ハルバートン提督がメネラオスに戻られてから、私は艦長室にて今回配属となった新任のパイロットの挨拶を受けていた。

 

「アークエンジェル艦長、マリュー・ラミアス大尉です。」

 

「この度アークエンジェルに着任となりました。ジャン・キャリー少尉と申します。よろしく」

 

新任のパイロットはジャン・キャリー少尉。

煌めく凶星Jの渾名を持つ連合では数少ないMSパイロットだ。

彼の身の上を書いた書類を見ていると、私はそれに酷く既視感を覚えてしまった。

似たような人物が一人、この艦に乗っているからだ。

 

「ムウ・ラ・フラガ大尉だ。一応あんたの上官となるんだが……年上ってやりづらいな」

 

「軍隊ならよくある事かと思います。気にしないでください。」

 

私に続き、アークエンジェルで戦闘隊長を勤める事になったフラガ大尉がキャリー少尉に挨拶する。

キャリー少尉は41歳でフラガ大尉より一回り年上、更にその落ち着いた雰囲気はまるで正反対という感じだ。

フラガ大尉はそれがどうも苦手らしい。普段の軽口が使えないからだ。

そんなフラガ大尉にキャリー少尉が助け船を出し、フラガ大尉はいつもの調子に戻った。

そのまま戦闘隊の同僚の紹介に移る。

 

「あぁ、わかった。一応、パイロットはあともう一人いるんだ。可愛い子ちゃんだが、一度クルーゼとやり合って勝ってるからな。実力は申し分ないと思うぜ。まぁ……今は怪我で出られないんだが……」

 

「……………エミリア・ジュール、ですか?」

 

キャリー少尉の口から、まだ私を含め艦内ではごく少数の者しか知らない名前が出てくる。

それに私は驚きを隠せなかった。

 

「っ、そちらをご存知なのですか!?」

 

「…………ご存知も何も、彼女は私の元教え子です。とても複雑な気分ですよ。」

 

私はこの奇妙な巡り合わせに呆然とした。

教師と教え子が同僚として再会したのみならず、その二人がコーディネイターでありながら地球軍として戦っているというのだ。

 

「……………」

 

「ありゃあ………銀髪のお嬢ちゃん、顔広すぎじゃないか?コーディネイターで会うヤツ皆知ってるじゃねぇか。どうなってるんだ彼女は」

 

フラガ大尉は彼女の交友関係の広さに驚愕したらしく一人呟いていた。

私もニコル・アマルフィの尋問で彼女の名が出た時は似たようなことを感じている。

フラガ大尉の独り言に反応してか、キャリー少尉が解説してくれた。知り合いだからと追求される前に先手を売ったのだろう。

 

「彼女は有名ですから……かのジュール家の令嬢です。プラントでは有名な家柄の出だ。それが、何故こんなところにいるのか……全く想像がつきませんな。」

 

「マジもんのお嬢様って事かよ……」

 

フラガ大尉は彼女が良家出身と聞いて呆然とするが、私はキャリー少尉の言葉に胸を締め付けられていた。

彼女がこんな場所にいるのは、言ってしまえば私が連れてきてしまったからだ。

 

「……実は、彼女が疎開していたへリオポリスがザフトの襲撃にあったんです。彼女はどうも、へリオポリスでテストパイロットをしていたようでして……それで、なし崩し的にここまで来た、というような形ですわ。その……私が、連れてきてしまったようなものです………申し訳ありません、大切な教え子を……」

 

私は、彼女の恩師であるキャリー少尉にはしっかりと事情を話しておかなければと思った。

私の説明を聞き、キャリー少尉は僅かに眉を潜める。しかし、抱いた感情を口にはしなかった。

 

「少尉になっているのは、どういうことですか?」

 

「野戦任官だよ。予備役少尉だったんだ、嬢ちゃんは。」

 

「彼女が予備役少尉ですか!?……何があったんだ……」

 

キャリー少尉が呻くように言った。

その驚き様から、余程彼女の印象や記憶と現状が合わないのだろう。

そこから、彼女がどれ程戦場と無縁の存在であったのかも察する事が出来た。

尚更、私は彼女を戦場に引き込んでしまった事を後悔して頭を抱える。

 

「………………」

 

「………ま、まぁ兎に角……知り合いって事だし嬢ちゃんの面倒見てやってくれないか?俺だとどうも無理矢理になっちまってね。」

 

フラガ大尉がそんな私をフォローするかのように話を繋いだ。

キャリー少尉もフラガ大尉の提言に賛同したらしく、強く返事しながら頷く。

 

「………わかりました。僭越ながら、やらせていただきます。私とて、これ以上教え子が傷ついていくのを見たくない。」

 

「私からもお願いしますわ、キャリー少尉……彼女は、いつも頑張ってくれるんですが、どうしても自分を犠牲にしてしまうようなので………」

 

「………優しく思いやりのある性格が、悪い方向へ働いてしまった…ということですか。酷いことだ……本当に、酷いことだ…」

 

 

 

 

□□□□□

 

Side:キラ

 

 

僕は手渡された除隊許可証をくしゃくしゃにしてポケットにねじ込むと、呆気に取られた皆を前にこう言った。

 

「エレナさん、残るんでしょ。それも無理矢理。散々助けてもらったのに、放って自分だけ逃げるなんて出来ないよ。」

 

エレナさんが、地球軍から無理矢理アークエンジェルに残される事になったのは知っていた。

除隊許可証を渡してきたマリューさんが僕たちに言ったのだ。

そして僕たちに頭を下げた。

大切な先輩を助けてあげられなくて申し訳ない、と。

 

だから、僕達は決めた。

今度は僕達がエレナさんを守ろうと。

 

「結局、全員って事か。何だかなぁ…」

 

「でもさ……やっぱ、キラの言う通りだと思うし。あの人置いてさ、逃げるなんて出来ないよな。」

 

「えぇ。私達だって少しくらいやれる力はあるんだから。」

 

フレイがそう言うと、皆頷いた。

そう、フレイも残るのだ。

 

フレイはお父さんと喧嘩していた。

月基地に帰るお父さんと一緒に行く筈だったのに、お父さんの目を覚ますといって軍に志願したのだ。

 

フレイはバジルール少尉に入隊許可証を書いてもらい、自分の出来る事は何かと軍の適性検査を受けていた。

フレイも、怪我をしたエレナさんの為に自分が出来る事をしたいのだと思う。

 

皆、決意を決めていた。

自分達の出来る事をしようと。

それがあの人への恩返しになるんだ。

 

 

□□□□□

 

Side:ニコル

 

 

あの人が出ていってからしばらく立ち、僕はだいぶ落ち着いていた。

そして、先程の事を酷く後悔していた。

 

思い出す。

悲痛に顔を歪め、涙を流していたエミリアさんを。

片方しか目がないのに、その残った方の目から涙を流して震えていた。

 

そんな痛ましい姿に、僕は思い出す。

エミリアさんも、被害者なのだと。

クルーゼ隊長に撃墜され、彼女は大事な顔や体を怪我したのだろう。

 

女性にとっては顔に僅かな傷がつくことすら大きなショックとなるだろうに、彼女は右目を失っているのだ。

それがどれ程キツいことか。

プラントの技術でも、失った目を元に戻す方法はないのだから。

エミリアさんが抱えた痛みを、僕は全然わかっていなかった。

 

けど、これだけはわかる。

そんな酷くボロボロで傷だらけだった彼女を、僕は更に傷つけたのだ。

傷を深く抉られ、彼女がどんなに傷ついたか想像もつかない。

 

自分の不注意で無様に捕虜になって、苛ついていた。

そして、彼女が赤角──アストレイのパイロットであった事がわかり、僕はその苛立ちを抑えることができなくなったのだ。

それを、よりにもよって傷だらけのエミリアさんにぶつけてしまった。

 

「っ………何をしているんだ、僕は……」

 

エミリアさんがここに来たのは、多分僕と話したかったからなんだ。

エミリアさんは、僕を心配して来てくれた。それに、地球軍兵士の銃口から守ってくれたのもあの人じゃないか。

 

それなのに、僕は───

 

「っっっ───なんなんだ、僕はっ──馬鹿じゃないのかっ……」

 

味方の筈のエミリアさんを、僕は傷つけたのだ。

いや、殺してしまいかけた。

 

エミリアさんだって、戦いたくて戦ってる訳じゃないのはその言葉でよくわかった。

イザークの事を知ってあんなに心配して、僕にイザークの安否を聞こうとしていたじゃないか。

 

それなのに、僕はエミリアさんを………

 

「うあぁぁぁぁあッッッ───」

 

そんな自分が情けなくて、許せなくて、僕は柵に頭を打ち付けた。

打ち付けたところが酷く痛むが、僕の心は晴れない。

こんな痛みじゃなかった筈なんだ、エミリアさんの痛みは。

 

ズキズキと頭が痛み、僕は呻く。

 

尋常ではない罪悪感が心を染め上げ、愚かな行いをした自分が嫌で仕方なくなる。

 

エミリアさんに謝罪したかった。

でも、僕にあんなことを言われたのだ。もうエミリアさんは二度とここに姿を現さないだろう。

そういう人なんだ、あの人は。

 

「───ニコルっ!?何をしているの!?」

 

「───な、なんで───」

 

衛兵と一緒に、エミリアさんが血相を変えて立っていた。

僕は驚くしかない。

 

なんで、あなたはここに来たんだ。

あれだけ言われたのに、何故──

 

なんであなたは、こんなに優しいんだ……

 

「────エミリアさん、申し訳ございませんでした!!あんな事言ってしまって、僕はどうかしてたんだ!!本当に、申し訳ございません!!」

 

「っ────ここ、開けて。」

 

「はっ?しかし……」

 

「お願い、私の責任でいいから……」

 

エミリアさんが柵の扉を開けて中に入ってくる。

そして、項垂れていた僕の体を抱き締めた。

消毒薬と血の匂いが鼻につく。

でも、その中にはエミリアさんの匂いがしっかりとあった。

 

「えっ……」

 

「私の方こそ、あなたの大切な仲間を殺してしまった……ごめんなさい。」

 

どうして、あなたは……

そんなに、優しく出来るんだ……

僕みたいな愚か者に、どうして……

 

「────っ、エミリア…さん……」

 

「戦争だから、撃たなきゃ殺されるからって……そうやって奪い合うのが嫌だった……だから私は逃げたのにね……でも、結局自分で奪ってた。つくづく、自分が嫌になるわ……」

 

あぁ……

やっぱり、この人は変わってなんかないんだ。

優しくて、思いやりがあって……

そんな人が戦争に参加したりしたら、自分で自分を傷つけるに決まっている。

エミリアさんは、心も体も戦争でボロボロなんだ。

それでも、戦わなくちゃならないから戦っているんだ。

必死に自分を押し殺して。

 

「違いますエミリアさん!あなたは、自分の守りたいものを守っただけなんだ!僕だって、同じような事をずっとしてきた……!だから、僕があなたをどうこう言う資格なんてなかったんだ───それなのに、僕は……!」

 

「ニコル……」

 

下手な謝罪なんかするつもりはなかった。

エミリアさんに許してもらわなくたって構わない。

だから、これだけは伝えてあげないと。

 

「────っ、エミリアさん。イザークはちゃんと生きてます。あなたの狙撃は、イザークを殺さなかった。それと、イザークはあなたを心配してずっと安否確認をして──でも、あなたの名前が名簿にないから、お墓を作るって……」

 

エミリアさんが心配していた、イザークの安否。

それを僕が伝えると、エミリアさんは嬉しそうに、けど悲しそうに笑った。

 

「…………そう……あの子、ちゃんと生きてるのね……よかった。まだ、お墓は作っていないの?」

 

「お墓は、終戦後に作ると言っていました。だから、多分まだの筈です。」

 

「………そう…………あの子が私のお墓を建てる前に、止めさせないと。縁起でもないわ。」

 

エミリアさんは、多分冗談のつもりで言ってるんだろう。

けど、その悲しそうな顔のせいで冗談になんか聞こえない。

このままいけば、間違いなくエミリアさんはイザークと戦うことになる。

イザークはアストレイやストライク、足つき──アークエンジェルを目の敵にしているのだ。

 

あんなにお互いを心配し合っている二人が、戦場で撃ち合う。

そんなことがあっていい訳がない。

 

「…………そう、ですね。エミリアさん、あなたはこのまま……」

 

「………降りられないの。あなたと同じ。だから、イザークとは戦わなきゃいけなくなるわ……」

 

「そんな………」

 

そう告げるエミリアさんの顔は、悲しみの涙で濡れていた。

あぁ、やっぱりこうなるのか……

弟と知っていて尚、戦わなければならないエミリアさんの苦悩はどれ程のものなのか。

まだ知らないほうがどんなに楽だっただろう。

けど、知らずに弟を殺してしまい嘆き狂うエミリアさんなど見たくはなかった。

 

「こんなの、もう嫌。でも、今の私にはどうにも出来ない……」

 

エミリアさんの背中には十字架が乗っている。

殺されるとわかっているのに、人のためにと進み続ける聖者のように。

 

「………戦争なんて、早く終わればいいのに……」

 

「えぇ…………」

 

頷くエミリアさんの横で、僕はエミリアさんの為に何が出来るのか考える。

エミリアさんを磔になどさせない。

絶対に。

 

エミリアさんは、僕がこの後この艦から降ろされ、第8艦隊へと身柄を移されると教えてくれた。

 

つまり、アークエンジェルで地球へと降りるエミリアさんとはもう会えなくなるのだ。

多分、エミリアさんがここに来たのはお別れを言うためだったのだろう。

 

「エミリアさん、僕は……僕は、あなたの為に罪を償います。あなたの名前を吐いてしまったのは僕なんだ。」

 

「えっ……」

 

「だから、あなたの事を絶対に助け出します。それまで、待っていてください。」

 

「………気持ちは嬉しいけど、それはダメよ。」

 

「ど、どうして!?僕では頼りになりませんか!?」

 

「違うわ。あなた、無茶するでしょう?だから、ごめんなさい……その思いには応えられないわ。あなたは、あなたの事だけを考えて。私の事は忘れて生きなさい。」

 

「そんな……エミリアさん、あなたは自分がどうなるか──」

 

「………ニコル、私はエレナ・ジェーン。エミリア・ジュールではもうないの。そうでなければ、私はエミリアとして使われる事に耐えられなくなる……」

 

地球連合に与したジュール家の令嬢。

そういう風に扱われる事はエミリアさんも重々承知なのだ。

プラントからは裏切り者と罵られ、地球軍からは良いように利用される。

そうなる運命なのに、エミリアさんはそこから逃げられない。

 

だから、エミリアさんはエミリア・ジュールという自分の名からせめて逃れる為に名前を捨てるつもりなのだ。

自分はエレナだと思って、エミリアに浴びせられる仕打ちから心を守る。

そうやって自分の名前を盾にしてまで身を守らなければならない程、エミリアさんは追い詰められていた。

 

「それでも……僕のなかでは、あなたはエミリアさんだ。あなたがどれだけ蔑まれても、傷ついても、僕はあなたを助けます。例え、あなたに来るなと言われたって僕は……!」

 

「……………ニコル、もう時間だわ。どうか元気で……ピアノ、頑張ってね。」

 

「エミリアさんッ!待って!!」

 

エミリアさんが、僕から逃げるように営倉を出ていく。

呼び止める僕に、エミリアさんはつらそうな表情で手を振った。

まるで、最後の別れのように。

 



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低軌道会戦

□□□□□

 

Side:イザーク

 

 

「足つきが……今度こそ潰してやるッ」

 

作戦書を睨みながら俺は呟いた。

腸が煮えくり返っているのだ。

 

 

先の戦いでニコルは捕虜になり、ガモフも被弾損傷した。

 

ブリッツが足つきの罠にかかって窮地に陥り、援護に行こうとしたらストライクに邪魔され、しかも損傷させられたのだ。

 

幸いデュエルは右腕をやられただけだ。

アサルトシュラウドと共に送られてきた予備パーツで修復し、現在は出撃可能な状態になっている。

 

しかし、赤角の影に隠れてなまっちょろい戦いしかできなかっただけのストライクに損傷させられるなど屈辱以外の何物でもなかった。

 

 

俺たちは現在、救援に来たポルト隊のツィーグラーに移乗している。

クルーゼ隊長のヴェサリウスは損傷していた事もあり、任務であったクライン嬢を本国へ送りに戻っていた。

 

ガモフも母艦としての能力を失った事から修復の為早々帰投している。

 

俺とディアッカは補充戦力としてツィーグラーに回され、ラコーニ隊のユカワと共に足つきを追撃する任務に就いていた。

 

たった二隻で知将ハルバートン率いる第8艦隊と戦えというのも無茶な話かもしれないが、此方にはデュエルとバスターを含め12機のMSがある。

第8艦隊のハエのようなMAや護衛艦なぞ敵ではない。

 

砲火を潜り抜けて足つきを攻撃するくらいはできる筈だ。

 

クルーゼ隊長の予測では足つきは地球に降りるとの事で、地球に降りられれば追撃は困難になる。

そうなる前に撃沈、最悪でも降下地点をずらしてこちらの勢力圏に落とすよう指示を受けていた。

 

足つきは大気圏突入に入れば大したことはできない。

最悪その間に沈めるつもりだ。

 

幸いな事に、PS装甲のお陰でデュエルとバスターは理論上は単独での大気圏突入が可能だった。

 

コクピット内に大気圏突入時の機体制御用AIモジュールとコクピット冷却装置を追加し、降下シークエンスに入った足つきに2機で攻撃を仕掛ける。

それが、足つきを宇宙で撃ち漏らした時の保険である。

 

「おいおい、冷却装置付きでも100度越えかよ。サウナじゃないか。」

 

「なければ300度を越えるぞ。パイロットスーツを着ていなければ蒸し焼き、着ていてもしばらくは起き上がれんだろうな。」

 

「マジかい……」

 

デュアッカがシュミレーションデータを見ながらぼやくが、俺はそれを一蹴した。

 

ニコルがまだ乗っている可能性もあるので撃沈はあまりしたくないが、任務となればやむを得ない。

身柄が第8艦隊に移されている事を祈るしかなさそうだ。

 

出撃準備を整え、俺はパイロットルームを出た。

今回こそ必ず仕留めて見せる。

追加装甲を纏ったデュエルを前にして俺は呟いた。

 

「頼むぞアサルトシュラウド……俺に力をくれ」

 

 

□□□□□

 

Side:マリュー

 

 

「こんな状況で仕掛けてくるなんて……っ」

 

現在、アークエンジェルは第8艦隊の描く密集陣形の中心点にいた。

第8艦隊は、アラスカへの降下を目指す本艦を降下開始地点まで送るためエスコートしているのだ。

 

少し前、その第8艦隊の策敵網にザフト艦2隻が捉えられた。

ローラシア級2隻の編制は、一見するとただの偵察艦隊と言えなくもない。

しかし、その2隻は着々と第8艦隊との距離を詰めてきており、ハルバートン提督は敵艦隊に攻撃の意思有りと判断したのだ。

 

第8艦隊はMAを発艦させ始め、戦闘態勢へと移行していた。

アークエンジェルにはハルバートン提督から動かないようにと指示があり、メネラオスの隣でひっそりと前に進んでいる。

 

「………………ダメ、これでは第8艦隊の被害が大きくなりすぎる……」

 

「……?」

 

ふと、隣のエレナさんが呟いた。

エレナさんは戦術マップを見ながら何かを考えている。

戦闘が始まるというところで、エレナさんは再びブリッジにやってきたのだ。

 

戦闘の補助をすると言って。

当然引き留めたが、エレナさんの意思は硬かった。

やむ無く艦長席の隣にもう1つ座席を用意させ、そこにエレナさんを座らせている。

 

「………ラミアス艦長、本艦は即座に大気圏突入を行うべきかと思います。」

 

「えっ?」

 

エレナさんの発言に度肝を抜かれた。

それは敵の襲撃してくる中、アークエンジェルだけが単独で逃げ出すというようなものだからだ。

 

「敵はたった2隻でこの大艦隊に攻撃を仕掛けてくる……つまり、2隻でも達成可能な明確な目標があるという事です。」

 

「アークエンジェルが、そうだと言うの?」

 

「はい。そしてハルバートン提督も恐らくそれに気づかれ、第8艦隊を盾にして阻止するつもりかと…」

 

「っ!──だから、被害が大きくなりすぎる…と?」

 

エレナさんの推測通りなら、第8艦隊は防衛網を突破しようとする敵を撃ち落とそうとするだろう。

しかし、旧態然とした第8艦隊の戦力と編制ではMSを有する敵の攻撃に対してあまりに無力だ。

キルレシオに開きがありすぎる。

 

「敵のMSの数は母艦の数から概ね10機以上15機以下。ですが、その数でもキルレシオを覆すにはメビウスが75機以上は必要な計算になります。あくまで統計的には」

 

そう、統計的にはなのだ。

75機いても確実に襲い来る敵MSを倒しきれるかはわからない。

何より、敵が20機のMSを出してくれば押し負ける。

戦力には護衛艦の火力も乗ってくるが、艦艇の対MS 戦闘でのキルレシオはMA以下だ。

 

それに、敵の目標は第8艦隊ではなく本艦なのだ。

適当にあしらえればそれでいいと考えくる筈。

 

邪魔立てする敵を蹴散らしながら進めばいい敵艦隊に対して、本艦の盾とならなければならない第8艦隊。

確かに、被害は甚大になる。

 

「本艦が大気圏突入に移れば、敵の攻撃は本艦に向きます。第8艦隊は被害を免れます。」

 

「しかし、それでは本艦が……敵MSの攻撃を退けながら大気圏突入など無謀だわ。それに、ここで降下してもアラスカには───いえ、でも待って……」

 

───アラスカには無理だが、ここからでも地球軍の勢力圏内には降りられる。

 

私はそれに気づいたのだ。

大気圏突入時の突入角や速度などを算出する際に、万が一に備えて地球軍の勢力圏内──太平洋や東アジア、ユーラシア、南米地域などへの降下も想定には入っており、それぞれ必要な突入角や突入開始位置を割り出してある。

 

この位置からであれば、やや遠くはなるが太平洋周辺には降りられる筈だ。

 

「はい。アラスカには無理ですが、ここからでも地球軍の防空圏内には降りられます。第8艦隊の被害に対して成果が本艦1隻の生存では、ハルバートン提督のお立場が苦しくなる筈」

 

「…………」

 

そうなのだ。

本艦とストライク1機をアラスカへ届ける事の重要性は重々承知している。

 

しかしながら、それで第8艦隊に甚大な被害が出たとなれば閣下のお立場はかなり苦しくなるに違いないのだ。

ただでさえ中央から疎まれ気味の閣下を、これ以上追い詰めるような事はしたくなかった。

 

どうやら、それはエレナさんも同じらしい。

閣下に何かを感じたのだろうか?

 

エレナさんはもう1つ付け加えるように、作戦マップに作戦符号を表示させながら言った。

 

「……それに、空白となるのは何も本艦の防空のみではありません。」

 

「どういうこと?」

 

私が聞くと、彼女はAA─本艦を意味する符号と第8艦隊の各艦艇とMA、及び赤い敵艦隊とMSの符号をマップに表示させた。

 

本艦を地球側に置き、第8艦隊をそこから離す。

その後ろには敵MSだ。

しかし、第8艦隊はそのまま敵艦隊へと肉薄するような位置へと移された。

 

「本艦に敵MSが殺到すれば、敵艦隊の防空直掩は手薄になります。そして、艦艇の数や艦隊戦の能力では圧倒的に第8艦隊が上です。」

 

「!………本艦が囮となって、その隙に第8艦隊に敵艦隊を叩いてもらう───確かに、それならいけそうね。でも、それだと本艦がリスキーだわ」

 

私の指摘に対して、彼女が本艦と敵MSの間にMAを配置した。

本艦直掩にMAを充てて貰うようだ。

 

「MSに対して艦隊防空という概念はあまり意味を為しません、避けられますから。密集陣形そのものがMSに対して有効ではないですし、個艦毎に回避に徹したほうがまだ被弾率を下げられます。」

 

艦隊防空とは、各艦艇の対空火力を統括・集約して襲い来る敵部隊に火力を集中させ迎撃するという概念だ。

 

航空機が戦場で猛威を振るい始めた中世の頃からの概念であるが、戦闘機やMAなどの目標には確かに有効だった。

 

 

しかしNジャマー下におけるMS相手の戦闘では艦隊防空用ミサイルはあまり効力を発揮できず、友軍誤射の可能性から自由な弾幕を張りにくいこの概念は過去のものとなりつつあった。

 

MSは編隊ではなく、単機で突入してくるからだ。

 

しかも変則的な機動を可能とするMSはミサイルを避けるのを得意としていた。

更には、ミサイルで強固な装甲を纏うMSやMAを撃墜するには直撃が必要であり、近接信管による爆発機能が有効ではない事も効力を下げていた。

 

そういったMSに対して有効なのはCIWSなどの個艦防空用火器だが、味方が周りにウヨウヨといる密集陣形では射撃が制限される。

しかし、統計では艦艇の対MS撃墜比率の大半は対空火器や速射砲によるものだった。

 

「本艦へはMA隊を直掩につけてもらいましょう。一撃離脱に徹して貰えば、キルレシオはいくらか緩和されます。フラガ大尉に一撃離脱戦法の陣頭指揮を取って貰えばいいかと。経験豊富なフラガ大尉なら、大気圏突入ギリギリまで戦っても帰投することはできる筈です。」

 

主力MAのメビウスは、変則的な機動や攻撃を行うジンに対しては不利な面が多い。

しかし、単純な運動ではジンよりも高い速力を持っており振り切ることは容易に出来た。

撃墜される機は攻撃に行って返り討ちにあったものが大半である。

 

つまり、一撃加えて逃げるに徹していれば、撃墜数は延びにくいもののこちらもやられにくくなる。

 

 

「…………確かに、それなら閣下の面目も立つし第8艦隊も戦果を挙げられるわね。わかったわ、閣下に具申してみる。」

 

「お願いします。私も、閣下を死なせたくありません。」

 

 

 

私はメネラオスへのリアルタイム通信を開いた。

 

メネラオスを呼び出しながら、私はこの策を練り上げたエレナ・ジェーン……いや、エミリア・ジュールという女性に驚嘆していた。

 

彼女の卓越した戦術眼については幾度となく見てきた。

しかし、その戦術眼は艦隊規模──下手すると地球軍の宇宙戦ドクトリンすら変えてしまうような規模でも発揮できるという事なのだ。

 

以前毒蛇のようだと感じたが、どうも違う。

 

その姿は蛇などではなく、仲間の群狼を駆使して獲物を仕留める狼だ。

献身的に味方と思った相手に尽くし、決死の覚悟で敵の喉元に食らいつく狼。

 

その狼が、私の傍らにいる。

白銀色の、青い瞳を湛えた美しい狼だ。

群れのボスを守るように、隻眼となった手負いの体で牙を剥いているのだ。

 

頼もしくもあるが、同時にその姿に悲しみを覚えてしまう。

 

 

『ハルバートンだ、どうした?』

 

メネラオスのブリッジにつながり、私はエレナさんが提案した作戦をハルバートン提督に具申した。

 

メネラオスのブリッジがざわつき、隣のホフマン大佐が反発する。

 

『何をバカな…』

 

『───、その策は私も考えた。しかし、君たちを危険に晒す。』

 

やはり、ハルバートン提督はどこまでも策を練っていたのだろう。

しかし、私達を最優先に考えている提督はその策を逢えて封じたのだ。

 

「ですが、このままいけば第8艦隊は大きな犠牲を被ることになります。閣下、どうか…!」

 

『ラミアス艦長!一介の艦長に過ぎん貴様が出過ぎた真似をするな!』

 

ホフマン大佐が怒鳴るが、私は引かなかった。

ハルバートン提督がここで敗北を喫し、第8艦隊が犠牲になることは避けたかったのだ。

 

すると、私の持っていた受話器が私の手から離れた。

傍らのジェーン少尉が取っていったのだ。

 

「閣下、僭越ながら申し上げます。ラミアス艦長の提言は、アークエンジェルの護衛ではなく、第8艦隊の戦果を第一と考えたものです。いかにMSがいると言っても敵艦隊は2隻、対してこちらは精鋭の第8艦隊です。()()()において、第8艦隊は大きな優位にあります。」

 

『うぅむ………』

 

ハルバートン提督が唸る。

そして、なんと隣のホフマン大佐も目を丸くしていたのだ。

私はあと一押しいると、ジェーン少尉から受話器を受け取って続けた。

 

「恐れ入りながら、ご無礼を承知で申し上げます。知将と名高い閣下のご采配、私はこの目で見たく思います。勇猛を誇る第8艦隊が、艦隊決戦で勝利する姿を───敵MSは我々が引き受けます!ですから、どうかご決断を!」

 

通信先のメネラオスのブリッジがざわつく。

そう、鼓舞されたのだ。

 

自分達は勝てるんだと。

敵艦隊が相手なら、あれほど苦汁を舐めされられてきたザフトに圧勝できる。

 

将兵が待ち望んだ勝利が、そこにあると。

 

 

ハルバートン提督はニヤリと笑う。

そして高まるメネラオスの熱気にあてられたのか、強く頷いた。

 

『よかろう!一士官にそこまで言われたのだ、私にも意地がある。見せてやろう…第8艦隊の強さというものを!ラミアス艦長、ジェーン少尉。貴官らの具申、ありがたく受けさせて貰おう。MA隊は貸してやる!MSの引き付け、頼んだぞ!』

 

「「はっ!!」」

 

二人揃ってハルバートン提督に敬礼する。

通信が終わり、私達はお互いに顔を見合わせた。

 

「上手くいったわね。」

 

「ラミアス艦長の一押しが効いたからですよ。」

 

「あなたの策がなければ一押しなんて出来ないわ。ありがとう、エレナさん。」

 

「いえ………それよりも、引き受けた以上はやり遂げなければいけませんね。」

 

「ええ……」

 

 

第8艦隊から、直掩のメビウスが外れてアークエンジェルの後方に着いた。

護衛の部隊である。

 

私は大きく息を吸うと、行動を指示した。

 

「本艦はこれより、大気圏突入までの間第8艦隊から敵MS部隊を引き剥がします。短い時間でやらなければならないことは甚大ですが、各員の奮励に期待します!」

 

短い訓示ではあるが、ブリッジのクルーは私を見て頷いてきた。

その中には、降りると思っていたへリオポリスの学生達もいる。皆、強制的に残されるエレナさんを思って残ってくれたのだろう。

 

続けて、私は具体的な指示を飛ばし始めた。

 

「フラガ大尉、味方MA隊を率いて敵MS部隊の侵攻を極力阻止してください!一撃離脱に徹して、味方MAの被害を抑えるよう留意を!尚、フェイズ3までには帰投をお願いします!」

 

『了解した!第8艦隊のヒヨッコどものお守りなら任せろ!一撃離脱くらいはキッチリできるようにしてやるさ!!』

 

「キャリー少尉は本艦直掩を!接近した敵MSを迎撃してください!」

 

『了解しました。戦果は約束できませんが、任務はキッチリこなして見せましょう…』

 

 

フラガ大尉のゼロとキャリー少尉の白いジンが出撃していく。

私は隣に立つエレナさんを共に戦術マップを見ながら、敵の出方を伺った。

 

そこへ、1つ通信が入る。

 

『ラミアス艦長、僕も出ます。キャリーさん一人ではG2機が出てきた時荷が重いですから。』

 

「っ───キ、キラ君!?何故───」

 

私は、いる筈のないキラ君がまだアークエンジェルに乗っていた事に驚愕した。

他の避難民と共にシャトルでメネラオスへと向かった筈なのに。

 

『僕も、残るって決めたんです。守りたいものがあるから──』

 

「キラ君……どうして………」

 

傍らのエレナさんが呻くように言う。

へリオポリスの学生達がブリッジに入ってきた時も似たような事を言っていたのだ。キラ君なら尚更なのだろう。

 

『ごめんなさいエレナさん……でも僕は、あなたを守りたいんだ。頼りないかもしれないでしょうけど───』

 

「っ………どうして、こうなるのかしら……」

 

エレナさんは、それ以上何も言わなかった。

キラ君は一人「行きます」と告げると通信を切った。

 

その後しばらくして、エール装備を付けたストライクが発艦していく。

ストライクはキャリー少尉の白いジンの隣に着いた。

 

前方で爆発と曳航弾の軌跡が煌めき始めた。

MA隊と敵MS部隊との交戦が始まったのだ。

 

「っ………ラミアス艦長、私達も集中しましょう」

 

「そうね……くよくよは後回しだわ。」

 

 

□□□□□

 

Side:イザーク

 

 

『イザーク、ディアッカ!どうやら足つきは早々と地球へ降りるつもりらしい。第8艦隊が足つきから離れた。今がチャンスだ!』

 

デュエルにポルト隊長から通信が入る。

発艦してすぐ、第8艦隊が足つきのエスコートをやめて離れ始めたのだ。

普通なら、俺たちに怖じ気づいて足つきをさっさと地球に降下させ、自分達は引き上げるものだと思う。

 

しかし、こっちはたった2隻なのだ。

MSがいるとはいえ、怖じ気づくようなものなのか?

俺はそう感じた。

 

『へぇー、こりゃツキが廻ってきたんじゃないか?』

 

「…………解せん。何かある……」

 

『はい?いや、余計な壁がいなくなったんだしとっとと落としちまおうぜ。何かあっても連中じゃ何もできないって。』

 

「…………ディアッカ、お前はジン4機を連れて第8艦隊に向かえ。足つきは俺と残りの連中でやる。」

 

『マジかよ!おいおい、そりゃないぜ!』

 

「でかい獲物だろうが!メネラオスをやればネビュラも狙えるんだぞ?」

 

『仕方ねえなぁ……』

 

バスターがポルト隊のジンを連れて第8艦隊へと向かっていく。

俺はラコーニ隊のジンと合流し、裸になった足つきを目指した。

 

ハルバートンが相手だ。

備えに越しておいて損はない。

それに、デュエルにジン6機だ。

いくら足つきにストライクがいるとはいえ、多勢に無勢な筈。

 

 

「ん?あの赤いMAか。各機、あの赤いやつにだけ注意しろ!いくぞ!!」

 

前方に、足つきに乗っている赤いMAがいた。

それだけじゃない、その傍らには白いジンまでいる。

確かエンデュミオンの鷹とかいうクルーゼ隊長のライバルだ。白いジンの方は煌めく凶星、ナチュラルに与する頭の狂ったコーディネイターである。

相手にとって不足はない。

 

俺はビームライフルで赤いMAを牽制した。

他の味方も突撃銃で集中砲火を浴びせる。

その間にキャットゥス持ちのジン2機は迂回し、先行して足つきへと向かった。

しかし、それを足止めするかのように白いジンが立ち塞がる。

キャットゥスは対艦用で対MSには向かない。しかし敵は同じジンが一機だけだ。そこまで苦戦することもないだろう。

 

俺は白いジンを味方に任せ、赤いMAに集中した。

赤いMAはこちらの射撃をスラスラと躱すが、それで精一杯という感じだ。

あの妙な自律砲台で撃ってくるかと思ったが、どうもその余裕すらないらしい。

 

『ぐわぁっ──』

 

「何っ!?」

 

味方のジン1機がリニアガンに撃ち抜かれ爆発した。

それも複数発のだ。

 

何かと思えば上方にメビウス6機が展開し、リニアガンでそのジン1機に集中砲火を浴びせていたのだ。

 

メビウスの編隊はジンを撃破したことを確認すると、素早く旋回して全速で退避していく。

 

「くそっ、調子にのりやがってッッ!!」

 

俺はアサルトシュラウドで追加されたレールガンとビームライフルを連射する。周りのジンも突撃銃で追撃を浴びせた。

その弾幕によって逃げていくメビウスの1機を撃墜する。

 

しかし、メビウスは足が早い。

アサルトシュラウドで重くなったデュエルとジンでは逃げに徹したメビウスを追い掛けるのは容易ではない。

そのまま振り切られてしまった。

 

『クソォ、ちょこまかと───っわぁ!!』

 

「ッッ、ジョルジオー!!」

 

味方のジンが、背後から飛来した複数発の砲弾によってウイングを吹き飛ばされて撃墜された。

 

よく見れば先程の編隊とは別のメビウス6機がこちらに向かってきているのだ。

俺たちは急いでその連中に反撃するが、ソイツらはジョルジオのジンを仕留めるとさっさとケツを捲って逃げていった。

 

『クソガァァアッッッ──』

 

『なんだってんだ、どうなってやがる!?』

 

 

この短時間で、ジン2機がメビウスにやられただと?

メビウスだぞ!?

 

カトンボのようなやつらにジンが───

 

 

「ぐっ─チィ………やりやがったなぁ………」

 

デュエルが突然大きく揺れ、離脱していくメビウスの編隊が見えた。

恐らくデュエルも被弾したのだ。アサルトシュラウドとPS装甲のお陰でどうともないが、撃たれたという事実に変わりはない。

 

「各機密集陣形!周辺に注意しろ!!敵は一撃離脱に徹してくるぞ!来たところを迎撃しろ!!」

 

『了解──』

 

 

残ったジンと共に密集陣形を組み、飛来してくるメビウスに対して防御の体勢を取った。

 

調子に乗るなと、襲い掛かってきたメビウスの1個編隊を集中砲火で全機撃墜する。

そうだ、戦術さえわかれば怖いものではない。

 

舐めるなよ……!

 

しかし、この状態では足つきに近づけないのも事実だ。

ただでさえ時間がないというのに俺は苛つくしかなかった。

足止めとしては確かに優秀な戦術だ。

これを考えた敵は一応誉めてやる。

だが、こっちだってやられるままでは終わらないんだよ。

 

「このままじゃ足つきに逃げられる。ツーマンセルを組め!片方が警戒と援護、片方が前進だ。かかれっ!!」

 

俺ともう1機のジンで隊を組み、残りの2機で組んだもう1つの隊を前進させた。その間、俺の組は援護に徹する。

 

「ベルモット!上だぁっっ!!」

 

前進する組にメビウスが襲い掛かってきた為、俺は素早く警戒を呼び掛けると同時に援護射撃した。

 

先行する組もクルリと機体をロールさせ突撃銃で迎撃する。

リニアガンが何発か放たれるがジンに被弾はなく、メビウスは1機が撃墜された。

 

「ベルモット、デクスター、止まれ!交代だ!バラッド、前進するぞ!」

 

『おうっ』

 

先行の組とスイッチし、今度は俺たちが前進した。

スラスターを噴かし、先行の組に合流する。

 

『イザーク、10時方向から来たぞ!』

 

「ふっ、ナメるな!」

 

味方からの報告に素早くビームライフルを向け射撃した。

隣のジンと合わせてメビウス5機を撃ち落とす。

 

この交互前進を繰り返しながら、俺たちは足つきとの距離を詰めていった。

 

その矢先だ。

 

『イザーク!!ユカワとツィーグラーが!!』

 

デュアッカの報告に、俺は母艦のいる方向を見た。

なんと、二艦とも炎上しているではないか。

その近くにはドレイク級が数隻。

どう考えてもあれに攻撃されたのだ。

 

────してやられた

 

敵の目標は、俺達の母艦だったというのか!?

 

「チクショォォォォッッッ!!」

 

 



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宙から地上へ

Side:エレナ

 

 

流石は知将と謳われるだけあり、ハルバートン提督の指揮は見事なものだった。

一言で言うなら、完全勝利だ。

 

 

 

メネラオスはへリオポリス避難民やニコルを乗せたシャトルをセレウコスに移して先に月へ向かわせると、残った戦力を素早く編成し直した。

 

第8艦隊はネルソン級とメネラオスからなる第1戦隊、高速のドレイク級からなる第2戦隊に分かれる。

 

そして第1戦隊が横一列の単横陣となると、壁のように敵艦隊へと向け前進した。

 

連合軍・ザフトの艦艇を問わず、宇宙艦艇は正面火力を最も重視して設計されている。

正面投影面積を小さくして被弾率を下げるためだ。

つまり、横一列の単横陣が最も火力を発揮しやすい陣形とも言える。

 

そこから派生した、正面から見て十字状の交差陣や巨大な同心円状に艦艇を配置する垂直輪形陣といった陣形もあるが、陣形や配置が複雑な為細やかな動きはしにくい。

故に、ハルバートン提督は機動力と火力を重視した単横陣を取ったのだろう。

 

 

第1戦隊が敵艦隊を圧迫する中、高速の第2戦隊は縦一列の単縦陣で敵艦隊へと肉薄すると素早く各個に向きを変え、単横陣となって展開した。

敵艦隊の側面にである。

 

迫り来る第1戦隊に気を取られていた敵のローラシア級二隻は慌てて正面を向け第2戦隊と相対するが、その頃にはすでに第2戦隊からのミサイルが殺到していた。

 

たった二隻に対して過大とも言える量のミサイルが放たれ、Nジャマーの影響を受けないレーザー誘導ですべてがローラシア級二隻へと吸い込まれていく。

 

当然、二隻とも大爆発を起こしていた。

大破炎上し漂流するローラシア級二隻を眺めながら、第2戦隊は悠々と引き上げていく。

 

 

戦いは一瞬にして決着した。

圧倒的な艦の数であるため、船同士での戦いであれば第8艦隊が圧勝するのは火を見るより明らかである。

 

華麗なまでの艦隊運動により、第8艦隊は無傷で損耗らしい損耗もなく、MAの被害が数機出ている程度。

ハルバートン提督の、敵を見事に釣り上げた采配の勝利だった。

 

こう言えば簡単なことかもしれない。

しかしながら、多くの提督がその采配次第によって勝ち、泣いてきたのだ。

 

撤収すると見せかけてからの艦隊の変針や分離、展開のタイミングなど、艦隊行動の駆け引きを計るのは恐ろしく難しい上、勝敗を別ける重要な部分となる。

ザフト艦にその行動を見誤らせた彼の采配は見事だと言ってよかった。

それ故の完全勝利なのだ。

 

 

母艦を失ったMS隊は投降するものと戦闘を継続するものに分かれ、戦闘を継続するMSは果敢に第1戦隊や第2戦隊へと斬りかかっていった。

 

しかし、フラガ大尉の指導した一撃離脱戦法に翻弄され、各個撃破されていく。

統率する頭がいないためだ。

それにそもそも数が少なすぎる。

今やMS部隊は全滅といって差し支えない状態となっていた。

 

 

 

 

そういった第8艦隊の戦いが進行する中、アークエンジェルは大気圏突入シークエンスのフェイズ2へと移行している。

 

フラガ大尉を呼び戻し、直掩のキャリー先生とキラもアークエンジェルの後部デッキに着艦して様子を見ている段階だ。

 

 

「艦長!敵MS、接近してきます!!バスター、デュエルです!」

 

「母艦が潰されたというのに、どうしても本艦を潰したいみたいね……時間的にはかなり厳しいのに、まだやるつもり?」

 

ラミアス艦長はキラにデュエル、キャリー先生にバスターの迎撃を指示する。

キャリー先生のジンではバスターに対して有効打を与えにくい為、あくまでも遅延戦闘に徹するよう指示が出た。

 

「……………」

 

ラミアス大尉が隣で指示を出していく中、私は一人思い悩む。

 

やはり、避けられないのかと思った。

ニコルから聞いた、デュエルのパイロット。

私の弟のイザーク。

 

デュエルが来ている事は知っていた。

その時点で危惧はしていたのだ。

しかし、私一個人の意向でアークエンジェルを危険に晒すことなどできない。

 

弟がアレに乗っている。

だから撃たないで欲しい。

 

それを言えたらどんなに楽だろうか。

 

イザークがアークエンジェルを目の敵にしているというのはニコルから聞いている。

襲ってくることはわかっていた。

 

弟は撃ってくる。

こちらが撃ち返さなければ、この艦は沈むだろう。

 

では、どうやって弟を止める?

下手に損傷を追わせれば、地球の重力に捕まって離脱できなくなるかもしれない。

最悪、損傷によって本来なら突破できる筈の大気圏突入を失敗してしまう可能性もある。

 

あえてまた取り付かせ、鹵獲してしまうか?

しかし、前はこちらの手の内を知らないブリッツが引っ掛かっただけだ。

弟はバカではない。

ブリッツの鹵獲を見ていて取り付きはしてこないだろう。

 

 

 

そして何より、大気圏突入シークエンスに移ったアークエンジェルは何もできない。

 

 

大気圏突入というのは、言ってしまえば宇宙速度で動く物体を大気にぶつける事によって速度を殺し、減速して地球へ降りていくという行為だ。

 

突入角度や降下軌道には緻密な制御が求められ、それが狂えば結果は大きく変わる。

 

突入角は浅くても深くてもいけない。

浅ければ宇宙速度を殺しきれずそのまま大気圏から飛び出してしまい、深ければ許容不可能な大気プラズマの摩擦熱によって燃え尽きてしまう。

 

アークエンジェルは、流体アブレータの一種である耐熱用融除材ジェルDPX-M30を使用していた。

 

使用中の随時補填が可能な流体アブレータは、割高なものの熱量の耐久許容範囲はかなり大きいという利点がある。

しかし、それでも無茶ができる訳ではない。

 

 

更に重要なのが降下軌道だ。

下手に動いたりすれば予測降下地点を大きくずれる。

私達は銃弾の十倍近い速度で動いているのだ。

1mでもずれればそれだけで大きな誤差になる。

 

 

つまり、何もできない。

この状況で、私はただ手をこまねいて見ているしかないのだ。

 

 

『バスターを大気圏に落としました。無いとは思いますが、そちらに射撃してくる可能性があるかもしれません。一応注意をお願いします。』

 

キャリー先生の通信が入ってきて、私はその戦果に息を飲んだ。

 

格下の筈のジンで、どうやってバスターを?

そう思ったが、戦闘ログを見ればキャリー先生は何ら特別なことはしていなかった。

 

地球の引力を利用した飛び蹴りで、バスターを地球へと蹴り飛ばしたのだ。

蹴られたバスターはそのまま大気圏に放り込まれ、もう自力では戻ってこれない高度にいた。

復帰を諦めたのか、バスターは単独で大気圏へと突入していくようだ。

 

キャリー先生はバスターを文字通り蹴散らし、地球の引力に引かれながらアークエンジェルに無事着艦する。

というより、キャリー先生が来た位置にアークエンジェルが()()

 

引力に逆らわず速度だけ調整して、アークエンジェルの未来位置を予測して進んだのである。

 

やはりキャリー先生は凄い。

ジンをここまで操ってみせるのだから。

 

キャリー先生の活躍を見て、私もMSに乗れれば何かできるかもしれないのにと思う。

しかし、この身体では出撃許可が降りないのは間違いなかった。

 

「…………ラミアス艦長、申し訳ないんですが……少し傷が痛くなってきたので、休ませていただいても…?」

 

「え?あぁ、わかったわ。本当ならこんなところに立つ状態じゃないものね。いいわ、休んでて。」

 

ラミアス艦長は私を労るように優しく言った。

私は内心でそれを無下にする事を謝りながら、一人ブリッジを出ようとラミアス艦長の傍らを離れた。

 

傷が痛くなってきたのは本当だ。

痛み止めを打つと頭が朦朧としてきて、冷静な判断など出来ない。

それ故少なめに打つようにしているので、当然効果が切れるのも早かった。

 

しかし、本当のところはこの状況から逃げ出したのだ。私は。

 

何の打開策も出せず、結果に任せるしかない。

 

イザークを助けたい。

でもこの艦も守りたい。

 

その相反する想いが渦巻き、私は考えることを放棄したのだ。

自分が情けなかった。

せめてMSに乗れればと思うが、この体では無理だ。

とても操縦など満足にできない。

 

仕方がないと自分に言い聞かせる。

そうしてブリッジを出ようとした時、私の耳にある叫びが聞こえてきた。

 

「キラ!キラ!早く戻って!!」

 

ミリアリアが必死にキラを呼んでいた。

まさか、デュエルとの戦闘に苦戦して戻れずにいるのでは──?

 

まずい、どうにかしなければ……

 

 

□□□□□

 

Side:キラ

 

 

「デュエル!?装備が──」

 

再び相対した敵に、僕は驚いた。

デュエルは青い追加装甲を纏っていたのだ。

 

その装備がどれくらいのものか知らないが、しかし僕は引けない。

 

アークエンジェルには皆が乗ってるんだ。

エレナさんも。

 

僕は見てしまった。

エレナさんが一人、ハンガーで泣いている姿を。

その時、僕はちょうどストライクのコクピットにいたのだ。

 

 

初めて見た、あの人の弱さ。

あの人も僕と同じ人間で、しかも女の人だ。

 

あんなにボロボロになるまで戦っているのに、傷つかないわけがなかった。

それなのに、僕はいつまで経っても踏ん切りがつかず甘えてばかり。

 

 

「っ──お前なんかに、アークエンジェルをやらせるものかぁぁぁぁッッッ」

 

だから、決めたんだ。あの人を守るって。

心も体も傷だらけになったあの人を、僕が守る。

 

ビームサーベルを振り出し、デュエルへと突進した。

ライフルの撃ち合いでは決着がつかない。

 

早々に、接近戦で終わらせる!

 

デュエルが振り下ろしてくるサーベルをシールドで受け止め、ストライクのサーベルをデュエルに向けて振るう。

 

デュエルもそれをシールドで受け止め、つばぜり合いのような状態になった。

地球の重力に引かれて機体が重く、思うような動きがとれない。

 

けど、それは向こうも同じだ。

 

僕は咄嗟に、デュエルをシールドごと蹴り飛ばした。

その反動で距離が開く。

 

すかさずライフルを構え、体制の崩れたデュエルにビームを射撃した。

デュエルは素早くシールドで防御する。

 

「くそっ───」

 

機体を横に滑らせ、デュエルの隙を見つけてはライフルを撃った。

しかし、デュエルも素早く反応すると防御しては撃ち返してくる。

 

お互いに再びライフルの撃ち合いとなった。

 

『ストライク、そろそろ突入限界点だ!戻ってこい!』

 

『キラ早く!もう時間がないの!もうフェイズ3なのよ!』

 

バジルール少尉とミリアリアの声が聞こえるが、デュエルは大人しく僕を逃がしてくれる程甘くない。

 

うっかり逃げたりすれば後ろから撃たれて終わりだ。

 

僕は少しでもアークエンジェルとの距離を詰めようとするが、デュエルはそれを阻止するように割って入っては妨害してくる。

 

僕は歯噛みしながら応戦するしかない。

時間は刻々と過ぎていく。

 

最悪、ストライク単機での大気圏突入も考えなければいけなくなった。

 

そもそも、今戦っているデュエルも戻る素振りがないし、ここまで地球に近づいてしまうともうMSの推力では離れられない。

デュエルは単機で大気圏突入するつもりだ。

 

大気圏突入中のアークエンジェルは無防備もいいところだ。そこを一方的に撃たれればひどい事になる。

 

何としても、ここでデュエルをどうにかしなければ……

 

再びデュエルがライフルを撃ってくる。だいぶ正確な射撃で、僕は咄嗟にシールドで防いだ。

向こうも決着をつける気かと思い、ライフルを構えた時だった。

 

突然デュエルの姿勢が崩れ、地球へ向けて吹き飛ばされた。

 

「えっ!?」

 

突然の事に混乱する。

何があったのかと思うが、デュエルは何か大きな衝撃を受けたのは間違いなかった。

 

デュエルとの距離がみるみる開いていく。

ライフルのビームが重力に引かれてまともに届かなくなり、デュエルは戦闘を最早継続できない事を示した。

 

「これで戻れ───っ、くそ!遅かったか!!」

 

機体が重力に引かれ、エールストライカーの最大推力でもまともに進まなくなっていた。

アークエンジェルとの距離がどんどん開いていく。

 

「くそ、進め──進め!」

 

このままでは確実に取り残され、アークエンジェルとは別の場所に降下してしまう。

そうなったら、僕はどうなるんだ。

もし一人、ザフトの勢力圏なんかに落ちたりしたら──

 

 

突然、ストライクがなにかに掴まれ引っ張られた。

 

いや、繋がれたという感じだ。

ライフルを持っている腕を掴まれている。

 

『キラ君!聞こえる!?』

 

「─────エレナさん!?」

 

接触回線だろう。

通信用スピーカーから、アークエンジェルにいるはずのエレナさんの声がした。

 

そして、ストライクを掴んでいるものが正体を現す。

黒い鋭角的なシルエット──ブリッツである。

 

ミラージュコロイドを展開していたらしい。

多分、デュエルを蹴り飛ばしたのだろう。

その飛び方から見て、地球の引力を利用した飛び蹴りに違いない。

 

『───っ、よかった……間に合って……』

 

エレナさんは安心したように声を出す。

どことなく苦しそうな声だ。嫌な予感がする。

僕は何故エレナさんがここにいるのか戸惑うしかない。

 

「どうして……どうしてエレナさんがここにいるんです!?このままじゃあなたも…!」

 

『………あなたを放っておけなかったのよ……それにデュエルを───いえ、何でもない………それより、覚悟しておいて……これから地獄よ……』

 

「わかってますよ……」

 

機体内部がどのくらいの温度になるのか、想像もつかない。

しかし、想像を絶する温度になることだけは確かだった。

 

そして、それがわかっていて出てきたエレナさんには心配を通り越して酷い呆れを感じてしまう。

よくあんな体でMSを動かそうなんて思ったものだ。

痛み止めだって万能じゃない。頭が朦朧としてまともな判断なんて──

 

そういえばあの人は怪我してからも、重要な局面ではしっかりとした判断ができていた。

 

まさか、痛み止めを使っていない?

じゃあ、今ひょっとしてこの人は───

 

「エレナさん、まさか痛み止めを打ってないんじゃ!?」

 

『───えぇ……そんなもの使ったらMSなんて操縦できないわよ……』

 

「嘘でしょ──バカじゃないですかあなたは!?」

 

『───馬鹿、なんでしょうね……』

 

どうりで、通信から聞こえてくる声が苦悶に満ちている筈だ。

エレナさんは痛み止め無しで機体を動かしているのだ。

判断力が鈍るからと。

 

それがどれだけ過酷な事か。

激しい震動や体を圧迫する加速度、G。

それに耐えながら戦うのがMSの操縦である。

 

普通、パイロットスーツの耐Gスーツとしての機能がだいぶ負担を軽減してくれる。

電圧収縮で体を圧迫して、血流がGで滞るのを防ぐのだ。

 

それでも負荷はかかる。

そんな負荷が大怪我している体に掛かったりすれば……

 

僕は無茶苦茶だと思った。

何があって、あの人はそこまでするのだ。

常人なら普通やらない。

 

怪我して、遂に頭がおかしくなったのかと思った程だ。

いや、もしかしたら痛みでハイになっているのかもしれない。

そうであって欲しい。

 

 

とにかくこんな状態にエレナさんを置いておくわけにはいかなかった。

しかし、相変わらずストライクは重力に引かれ続けている。

ブリッツが引っ張ってくれているが、それも焼け石に水だ。

 

アークエンジェルとの距離がどんどん離されていく……

 

『キラ君、シールドを……機体外部温度が』

 

エレナさんのブリッツが、シールドを構えて熱から機体を防御した。

僕もそれに合わせてシールドを構える。

二機分の正面投影面積のお陰でいくらか機体が減速されるが、それも程度の問題だった。

 

そして気づく。

機内の温度がかなりの高温になっている事に。

機体にかかっているGもかなりのものだ。

 

「エレナさん!大丈夫ですか!」

 

『───流石に……キツいわね……痛み止めを打つわ……答えなくなるかもだけど、許して頂戴』

 

通信が途絶える。

多分、今痛み止めを打っているのだろう。

 

機内の温度はかなりの早さで上昇している。

凄まじい温度だ。正直かなり暑い。

いや、熱い。

 

強烈な熱がコクピットを包み、機内はオーブンの中のような状態だ。

 

冷却機能がある筈のパイロットスーツの中に汗が吹き出していく。

外気温を遮断し、強烈な環境の宇宙空間でも生きることができるパイロットスーツだが、その守りを抜ける程の熱が体に伝わってきていた。

 

だんだん頭が朦朧としてくる。

熱さに脳が麻痺してきてるのだ。

 

僕でこれなのだから、エレナさんは相当酷いのでは?

そんなことを思うが、今や自分の事を考えるのに精一杯だ。

 

エレナさんが何も喋らなくなり、僕も喋る気力をなくした。

 

熱い……

早く終わってくれ……

 

そう願い続けながら、ひたすら時間が過ぎるのを待つ。

 

すると突然、機体の揺れが収まった。

 

何だと思うが、僕は目眩がしてそれどころではない。

当然、エレナさんを気遣う余裕もなかった。

 

 

□□□□□

 

Side:マリュー

 

 

「まさかアフリカ…なんてねぇ」

 

「だけど、ストライクとブリッツを失うわけにはいきませんもの…仕方ないわ。」

 

「まぁな……しかし、どうしたものか」

 

本艦から引き離されつつあったストライクとブリッツを回収するため、私はアークエンジェルを()()()に使った。

その結果、軌道は大きくずれる。

 

太平洋に降下する筈が、気づけば北アフリカのリビアに降りていたのだ。

アフリカ共同体──ザフトの勢力圏に、である。

 

「……本艦の目的及び目的地に変わりはありません。このままアラスカを目指しましょう。」

 

「大丈夫か?」

 

「えっ」

 

「バジルール中尉、仲直りしてないんだろ?」

 

「………」

 

 

フラガ少佐の言葉に私は黙る。

少佐の言う通り、バジルール中尉とは険悪な状態のままだ。

 

エレナさんのみならず、キラ君やへリオポリスの学生達まで軍に引き込んでしまったのだ。

エレナさんをあれだけ辛い身の上にしておきながら、よくもそんな事ができたものだと本当に腹が立った。

当然、まだ仲直りなどしていない。

 

フラガ少佐の懸念している事はわかる。

艦長と副長が揉めていては、艦の運航もままならないだろうと。

 

「私情と仕事は別にするつもりです。心配いらないわ。」

 

「そうだといいんだけどねぇ……んじゃ、俺はちょっと馬鹿の様子を見てくるわ。」

 

「…………」

 

フラガ少佐が艦長室を出ていく。

私は二人……キラ君とエレナさんの事を思い浮かべると、ため息をついた。

大気圏突入時の顛末を思い出す。

 

 

アークエンジェルを寄せると、ブリッツはストライクを引っ張ってくるようにして着艦した。

成層圏を抜けて大気圏に入ると、二機を艦内へと収容する。

キラ君は機内の強烈な熱に曝されて重度の熱中症に陥っており、すぐ医務室へと運ばれていった。

 

 

ブリッツについては、コクピットを開ける際かなり慎重になった。

ザフトから取り戻した大切な機体で無断出撃したのだ。

中にいる者は懲罰対象である。

 

 

しかしコクピットを開けて中にいた者を見て、私達は唖然とする。

 

休むといってブリッジを出た筈のエレナさんがいたからだ。

エレナさんは、キラ君が窮地に立たされていると知るやブリッツで無断出撃したのだ。

 

しかも、パイロットスーツではなく船外活動服を着てブリッツに乗っていた。

彼女のパイロットスーツはボロボロでとても着れたものじゃない。多分その変わりだったのだろう。

 

ただでさえ、MSの操縦もままならないような大怪我である。

それを、耐G機能もない船外活動服でコクピットに座っていたという事は、彼女の体には途方もない負荷が掛かったという事を意味していた。

 

そしてそれは、当然酷い結果を伴っていた。

軍医の報告では、船外活動服の中は血塗れになっていたらしい。

強烈な負荷で傷が開き、再出血していたのだとか。

 

それによる失血状態に加え、キラ君と同じ重度の熱中症の症状も重なる。

最悪なことに、彼女は酷い脱水症状や身体機能不全によって意識不明の状態に陥っていた。

軍医曰く、普通はショック死との事だ。生きていたのが不思議なくらいらしい。

 

第8艦隊から医療ポッドを受領して正解だったと思う。

彼女は今その中で集中治療中だ。

本来なら懲罰の対象であるが、傷病兵ということで艦長権限で免除してある。

 

 

今はとにかく彼女が心配で仕方がない。

軍用医療ポッドは大抵の重傷者を治してくれるが、それでも生死については患者次第なのだ。

助からない時は助からない。

 

彼女は未だ意識を失っており、医療ポッドで静かに眠り続けていた。

 

 

□□□□□

 

Side:キラ

 

 

医務室を出れるようになり、僕は一つの機械の前に立っていた。

 

人一人入れるような楕円型のカプセル。

AIによる自動制御によって動き、ロボットアームによる外科手術や投薬などによって重傷の人間を治療するための医療(メディカル)ポッドだ。

 

容器には回復を促進する薬剤が溶け込んだ生理食塩水に満たされ、生命維持のための酸素マスクや様々なカテーテル、センサーパッドなどが患者に繋がれている。

 

恐ろしく高価な代物らしいが、可搬できればどこでも一流の医療技術を受けられる装備として、辺境のコロニーや宇宙船、そして当然軍などでも重宝されていた。

 

目の前にあるのは地球軍が採用している軍用モデルらしい。

 

戦闘で負傷者の出やすい軍での使用を想定して、怪我の治療に重点を置いた機種なのだそうだ。

ただ、原型の医療ポッドはプラント製だというのだから皮肉な話かもしれない。

 

 

 

「──────」

 

その中で死んだように眠る銀髪の女性。

生存している事を意味するバイタルを示したモニターや、排液タンクに溜まっていく血が彼女が生きていると証明している。

しかし、透明な酸素マスクが吐息で曇り、胸が呼吸で膨らむ事が何よりも彼女が生きていると実感させてくれた。

 

 

ポッドについた窓からは顔しか見えないが、その体がチューブやらセンサーまみれになっている事は容易に想像がつく。

僕を助けるために出てきたエレナさんは、恐ろしい程の無茶をして只でさえ重い怪我を更に悪化させたのだ。

 

そこに僕のような重度の熱中症まで患い、彼女は医療ポッドの中で生死の境をさ迷っている。

 

「…………なんで、あなたは………自分をそこまで犠牲にするんですか…!」

 

僕は一人呟く。

この人は、ひたすら他人のために動いてくれる。自分がどうなろうと。

 

すでに彼女はボロボロだというのに、再び僕を庇ったのだ。

それがいたたまれなくて、僕は悔しかった。

 

「………もう少し、自分を大切にしてくださいよ。じゃないと、僕達もあなたを守れないんだ……」

 

窓越しに僕はエレナさんへ呟いた。

生理食塩水に揺られる彼女は表情1つ変えない。

 

でも、何となくエレナさんは返答してくれた気がした。

そんな風に感じたのだ。

 

 

ごめんなさい、と。

 

 

 

 

□□□□□

 

Side:アンドリュー

 

 

「隊長。」

 

部下のダコスタが報告を持ってくる中、俺は淹れたばかりのコーヒーの味を楽しむ。

愛用のデミタスカップから香りたつ芳しい香りに、俺は良い豆が手に入ったと内心胸が踊った。

 

ダコスタから受け取った報告書を見て、俺は更に気分がよくなる。

 

「ほぉ………クルーゼが取り逃した(フネ)、か。随分突然の来客じゃないか。」

 

「こちらの勢力圏に降りたとの事で、ジブラルタルの方から連絡がありました。如何しますか?」

 

「まぁ、まずは様子見……かねぇ。そういえばダコスタ君、聞いたかい?どうもこの艦には面白いものが乗っているようだぞ。」

 

俺は報告書を読みながら、ダコスタ軍に話を振った。

第8艦隊にいるスパイから持ち帰られた情報らしい。

 

「それは………裏切り者のコーディネイター、ですか。」

 

「"煌めく凶星"。怖いねぇ、同胞なのに。」

 

ジャン・キャリー、工学博士にして連合の士官。

何を思って連合に下ったのかは知らないが、手練れというのなら面白そうな相手だ。

 

何せ、ここ最近はレジスタンスの相手ばかりでどうも張り合いがない。

月下の狂犬(モーガン・シュバリエ)とはいかないまでも、そろそろそれなりの相手が欲しかった。

 

この足付きには、凶星以外にも連合の新型MSが2機乗っているようだ。

更には赤角と呼ばれる謎のMSもいる可能性があると書かれていた。

 

実に─

実に面白そうな相手じゃないか。

 

 

 

 

 



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砂漠の虎の洗礼

□□□□□

 

Side:キラ

 

 

「第2戦闘配備ッ!?」

 

エレナさんのポッドにずっと付き添っていると、突然戦闘配備が下された。

急いで部屋を出てドレッシングルームへと向かう。

 

パイロットスーツに着替えると、僕はハンガーのストライクへと向かった。

 

「キラ君!待ちたまえ!」

 

「っ、ジャンさん」

 

ジャンさんが僕を呼び止めてきた。

ジャンさんは軍服姿のままだ。たぶんジンの整備をしていてそのままこの状況になったのだろう。

 

「キラ君、出る前にOSの設定を調整した方がいい。ここは砂漠だ、宇宙の設定のままではまともに動けないだろう。」

 

「ですが今は──」

 

「私がある程度雛形は完成させた。君も手伝ってくれないかな?」

 

そう言うと、ジャンさんは整備用コンソールの画面を僕に見せる。

それを見ると、ジンに搭載されている地上用設定を元に、更にここの環境を加味したデータへと書き換えられている状態になっていた。

 

「──そうですね、このままじゃただの的だ。わかりました、パネルを……」

 

ジャンさんの言うことは尤もだ。

僕は整備用コンソールのキーボードを叩き、アークエンジェルが収集した環境のデータを元に動作設定を構築していく。

 

そして思う。

 

「早い……」

 

初めて、同じコーディネイターと作業して思う。

その作業のスピードや効率が今まで見た整備の人達とは明らかに違うのだ。

ジャンさんは確か工学博士と聞いていた。それもあるかもしれない。

 

こういうのを、カタルシスというのだろうか。

ジャンさんはコーディネイターでありながら地球軍にいる。

僕やエレナさんと同じだ。

僕はふと、何故ジャンさんが地球軍に入ったのか聞いてみたくなった。

作業を同時平行で進めながら訊ねる。

 

「───どうして、ジャンさんは地球軍に入ったんですか……?」

 

「ん?………ふむ……憎しみの連鎖を、止めたかったから──かな。」

 

「憎しみの連鎖…?」

 

「そう……撃ち、撃たれ──それが続く。それを終わらせない限り、この戦争は終わらない。なら終わらせるしかない。本当はもっといい考えもあるんでしょうが、私は政治の事はからっきしだ。だから、終わらせる為に自分が何ができるか考えた。それが、地球軍への入隊です。プラントにこの戦争を終わらせる力はない。終わらせられるのは、戦争を始めた地球連合だけだ。」

 

プラントは身を守っているだけ。

確かにそうだ。

戦争を仕掛けたのは連合で、連合が矛を納めなければプラントもまた剣を納められない。

だからジャンさんはあえて連合に入ったのか。

 

「まぁ……本当にこの選択が正しかったかどうかは結局、答えを見いだせないままにいるがね。私一人が連合にいたところで、戦局を変える力などありはしないというのに。」

 

「ジャンさん………」

 

「…………よし、こんなものか。これを機体にアップデートしなさい。私はこれをシグー用に書き直すから少しかかる……申し訳ないが、先に出て艦を守ってくれますか?」

 

「了解しました!」

 

ジャンさんと完成させた砂漠用の動作補正パッチをストライクのOSにアップデートする。

そのまま僕はリフトに飛び乗り、ストライクのコクピットへと乗り込んだ。

 

集中していたから気づかなかったが、艦は攻撃を受けているのか時折震動する。

早く出て艦を守らなければと、僕はブリッジのミリアリアを呼び出した。

 

「ミリアリア、こっちはいつでも出れる!敵は?」

 

『まだこっちでも全部は掴んでないんだけど、戦闘ヘリが4機飛んでるわ!』

 

『ヤマト少尉、戦闘ヘリは稜線に隠れてこちらの対空ミサイルをかわしてしまう。ストライクで引きずり出してくれ!』

 

「わかりました、ならランチャー装備で出ます。あれなら対艦バルカン砲がヘリに有効な筈です!」

 

ブリッジとのやり取りを終え、ストライクは発艦シークエンスへと移った。

ランチャーストライカーを装備し、カタパルトは使わずにそのままハッチから降りる。

 

ストライクの足が地面に触れ、その柔らかい砂地に僅かに埋まりこんだ。

設定を弄っていてこうなのだ。弄ってなければまともに動けなかっただろう。

 

僕はPS装甲を作動させると、熱センサーで標的の戦闘ヘリを捉えた。

 

「いた!この──」

 

アークエンジェルを攻撃しようと、ザフトの戦闘ヘリが正面から迫っていた。

早速対艦バルカン砲で射撃する。

一機がその砲弾の餌食となり、残りは慌てて引き下がっていった。

 

逃げるなら追う必要はないが、僕の役割は戦闘ヘリの釣りだしだ。 

辺りを見回して警戒する。

 

 

「───っ、ミサイル!?」

 

突如、砂丘の上から何発ものミサイルが飛来してきた。慌ててスラスターを吹かし、ミサイルを避けていく。

 

重力の為、宇宙で慣れていた機体を滑らせるような回避は難しい。

こんなことならシールドを装備してくればよかったと後悔するが、今は取りに戻る余裕もなさそうだ。

 

「うわっ!!」

 

何発かミサイルに被弾して機体が衝撃に揺れた。

PS装甲のお陰で何ともないが、やはり被弾するというのは心臓に悪い。

 

機体を包む煙が晴れ、ミサイルを撃ってきた敵が姿を現す。

 

敵は四足歩行の見たこともないMSだった。

 

「なんだよあれ!?」

 

『キラ!ザフトのバクゥだ!かなり素早いみたいだ、気を付けろ!』

 

ブリッジからサイが報告してくる。

アークエンジェルの方でも敵を捉えたのだろう。

 

四足歩行のMSなんているのかと内心驚愕するが、敵はそんなことお構いなしに攻撃を再開してくる。

 

敵のバクゥは3機。

どうやら犬のような四足歩行とキャタピラー走行を組み合わせた機体らしく、足場の悪い砂漠の砂地を縦横無尽に駆け回ってくる。

 

「うわあぁぁぁぁあ!?」

 

バクゥの一機がミサイルを撃ってきた為避けると、もう一機が後方から体当たりを浴びせてきた。

機体がもろに転倒して、僕はコクピット内で激しく揺さぶられた。

 

『キラッ!?』

 

「っ……くそ!」

 

サイの声が聞こえるが、僕はそれどころじゃないという風にスラスターを噴かした。

機体前面を引き摺るようにして飛び上がり、そのまま上昇する。

 

高度が上がって状況を俯瞰できるようになると、敵のバクゥがいかに不整地での機動性に富むかよくわかった。

 

人型のMSとは異なる、四足歩行による卓越したバランス。

 

設置圧が分散される事で柔らかい砂地でも細やかな動きができ、四足歩行ならではのジャンプ力やダッシュ力も脅威だ。

更にキャタピラー走行によって安定した機動と速力も確保しているなど、とにかく不整地での戦いを追求した機体だ。

地上の戦いでは、環境次第ではどんなMSをも凌駕しかねない。

 

「くそっ、エールにすればよかった…!」

 

あれだけの機動性を持つ敵MS相手に、砲撃主体のランチャー仕様では分が悪い。

装備換装に戻りたいが、それを許してくれる敵ではないだろう。

 

機体が着地し、姿勢が安定すると即座にアグニを構えた。

バクゥの一機に砲口を合わせ射撃する。

 

アグニの高エネルギービームが砂を焼くが、バクゥはそれをするりと避けてしまった。

やはりそうそう容易くは当たってくれない。

 

アグニの射撃でバッテリーのメモリが1つ減る。

威力は凄まじいが、バッテリーの消耗が早すぎるのだ。

とても乱射などできない。

 

『キラッ、避けて!!』

 

「えっ…?」

 

突然ミリアリアから警告されるが、それと同時にアラートが鳴り響く。

見ると、こちらへ向けてアークエンジェルからミサイルが発射されていたのだ。

 

「うわぁぁぁッッッ」

 

ミサイルが着弾しストライクの姿勢が崩れる。

バクゥには一発も当たっていない。

どうやら逃げたらしい。

 

「──なにするんですかっ!!」

 

『すまないヤマト少尉、でもこちらからでも援護しないと……』

 

「一機も当たってないじゃないか!PS装甲だって無限じゃないっ!」

 

僕は通信で怒鳴り返しながら、機体の姿勢を立て直した。

援護の稚拙さに歯噛みする。

 

こんな時、エレナさんがいてくれたら……

 

「っ──畜生っ!!僕は結局、あの人に頼らないとなにもできないのかよ!!」

 

そんな事を考えてしまい、僕は首を振った。

 

アグニを撃とうと砲を敵に向けるも、敵はその機動性ですぐに稜線の向こうへ隠れてしまい有効打を得られない。

ミサイルとはいえ、PS装甲のバッテリーをジリジリ削っているのだ。

あまり食らってはいられない。

 

僕は機体を飛び上がらせ、射界を確保する。

これなら、稜線には隠れられないだろ!

 

バクゥの背中を捉え、空中からアグニを撃つ。

しかし、バクゥはそれすらもヒラリと避けてしまった。

 

直後、背後にミサイルが着弾して機体が地面に引きずり落とされる。

敵の連携プレーは厄介なことこの上無い。

 

まるで獲物に集団で襲い掛かる野犬じゃないか。

 

 

すると、バクゥの1機に曳航弾の雨が命中してウイングが吹き飛ばされる。

 

『キラ君、すまない!遅くなった!』

 

「ジャンさん!」

 

ジャンさんのシグーが援護射撃してくれたらしい。

シグーはアークエンジェルの甲板に立つと、その高い位置から正確に突撃銃の射撃をバクゥに浴びせていた。

 

敵のバクゥの注意がシグーへと向く。

僕はその隙にアグニを敵の一機に向けると引き金を引いた。

 

高エネルギービームが油断したバクゥの胴体を貫き、爆炎を撒き散らして爆発四散する。

 

「よし、一機!」

 

『キラ君!後ろだ!』

 

「っ───」

 

ジャンさんの声に、僕は素早く機体を反転させると拳を振り抜いた。

つき出された右腕に回転する力が加わる。

 

飛びかかろうとしていたバクゥに拳が命中して吹き飛ばした。

 

装甲が砕けたバクゥが揉んどり打ちながら地面に叩きつけられる。

僕はストライクをそのバクゥの上へと飛ばし、敵を踏みつけた。

 

「こんのおぉぉぉぉっ!」

 

そのままアグニをゼロ距離射撃する。

破片と炎を撒き散らすバクゥ。

 

残った一機がストライクの後方に迫るが、アークエンジェルから飛び降りてきたジャンさんのシグーがそこに立ち塞がる。

ジャンさんのシグーが重斬刀を構えるが、それに驚いたのかバクゥは素早く反転して逃げ始めた。

 

「逃がすかッ!!」

 

スラスターを噴かして機体を飛び上がらせ、対艦バルカン砲で逃げるバクゥを機銃掃射する。

 

背中から複数の120mm砲弾を受けてバクゥは崩れた。

 

ストライクのその近くに着地させ、崩れたバクゥへとアグニを向ける。

そのままトドメを刺すようにビームを撃った。

 

 

閃光が煌めき、凍てついた砂漠の砂を炎が焦がす。

 

飛び散る火の粉と敵の残骸から立ち上る黒煙が、まるでストライクにまとわりつくように渦巻いていた。

 

 

「これで………終わり、か?」

 

周囲を見回しながら、残存する敵がいないか確認する。

まだ戦闘ヘリが残ってる筈だ。

 

すると、向こうの水平線からなにかが飛来するのが見え、次の瞬間にはアークエンジェルの周りに土煙が上がった。

 

「アークエンジェルが──!?」

 

どうやら砲撃されているらしい。

その一発に被弾したのか、アークエンジェルは艦尾から煙を出していた。

 

『しまった──敵の母艦がどこかにいるんだ。そこから撃ってきている…!』

 

ジャンさんの呻くような声が通信から漏れ、僕はそれを聞いて歯噛んだ。

しかし、そんな長距離からの攻撃に対して僕やジャンさんは愚かアークエンジェルにも反撃手段がない。

 

ムウさんのスカイグラスパーが飛べれば別だが、まだ発艦する様子はなかった。

 

そこへ、また新たな砲弾が飛来してくるのが見える。

あれがアークエンジェルに命中したら──

どうなる!?

 

脳裏にあの人の朗らかな笑顔が浮かぶ。

そして、次に浮かぶのは血まみれになった姿。

今も医療ポッドで眠り続けているあの人の顔が、僕を奮い立たせた。

 

あの艦には、あの人も乗ってるんだ……!

やらせるか───

 

そう思った瞬間、頭の中で何かが弾ける。

 

アグニの照準を予測される砲弾の未来位置に勘で合わせ、射撃のタイミングを計った。

 

『何っ!?』

 

ジャンさんの声が聞こえるが、そんなことはどうでもいい。

 

「ッッッ───」

 

勘で、ここだと思った瞬間引き金を引いた。

目映いビームが薄暗い空へと伸び、そのエネルギー流が飛翔中の砲弾を捉える。

 

僕は砲弾を撃ち落としたのだ。

 

「……やらせるもんか……アークエンジェルを───アークエンジェルには、あの人が乗ってるんだ…!」

 

突如ミサイルが飛来してきて、ストライクの足元に着弾する。

ザフトの戦闘ヘリだ。

 

対艦バルカン砲とイーゲルシュテルンで撃ち返そうとするが、それより先に警告音が鳴る。

それは、バッテリー残量が危険域に達した事を報せるものだった。

 

「チッ──」

 

アグニを撃ちすぎたのだ。

このままではPS装甲がダウンしてしまう。

 

『キラ君!援護するから君は艦へ!』

 

そう言って、ジャンさんは戦闘ヘリへ向け突撃銃を射撃した。

ヘリは縦横無尽に飛び回っては稜線に隠れ、ジャンさんでも中々撃墜できない。

 

僕はストライクを走らせると、ジャンさんに言われた通りアークエンジェルへと戻った。

その帰る途中で、空を舞っている戦闘ヘリが一機撃墜される。

 

何かと思って振り向くと、武装したテクニカルや戦闘車両が空を舞う戦闘ヘリに向けてミサイルや機銃を撃っていた。

 

どこの勢力だと思うが、今はストライクの充電が先だ。

急いでアークエンジェルへと向かう。

 

「アークエンジェル!補給を!」

 

そう無線で言うと、アークエンジェルのハッチが開いたのでそこへストライクを滑り込ませた。

 

「パックをエールに!ジャンさんの援護に行きます───」

 

『その必要はないわ』

 

エールへの換装を指示するが、それより先にマリューさんが僕を引き留めた。

 

「えっ?」

 

『謎の武装勢力──たぶんゲリラだと思うんだけど、彼らが戦闘ヘリを撃ち落としてしまったの。残ったヘリは撤退したわ。』

 

そう言われ、僕は戦闘が終わったという事に気づかされた。

そう思うと一気に気が緩み、ストライクを駐機位置に戻してコクピットを出る。

そして一目散に第2医務室へと向かった。

 

第2医務室──本来なら雑具倉庫として使われていた一室には、今は医療ポッドが据えられている。

あの人の眠っているポッドだ。

 

「…………よかった、無事だ」

 

ポッドを覗きこみ、あの人がちゃんと中で眠っている事を確認した。

そうしてあの人の顔を眺めながら安堵していると、ふと気づく。

 

あの人の目が、開いていた。

 

 

□□□□□

 

Side:エレナ

 

 

意識が回復した私は未だ医療ポッドの中で、引き続き怪我の治療をしていた。

 

生理食塩水に浸っている体を僅かに動かし、手探りで容器壁面に着いた操作コンソールを弄る。

 

私は退屈しのぎに本を読んでいた。

どうやって水の中で読むのかというと、HMDを顔に着けているのだ。

当然本も電子書籍だが、ラインナップはかなり多い。

調度いいので、今後役立ちそうな知識をピックアップして勉強中だ。

 

ポッドには顔がくる辺りに確認窓が付いているが、今は内側に付けられたブラインドを閉めている。

全裸で入っているのであまり見られたくないのだ。

ポッド内には照明もついているので問題ない。

 

 

 

医療ポッドの存在は知っていたし、それがこの艦に搬入された事も知っていた。

ラミアス大尉が第8艦隊に配備を要請していたのだ。

私が大怪我を負い、それを満足に治療できなかった事を悔いてである。

しかし、その利用者第一号が私になるとは皮肉な話だ。

 

医療ポッドの感想を一言で言えば、"母の胎内にいる感じ"である。

大怪我をしている筈なのに、とても心地良いのだ。

 

体を浸している生理食塩水は人肌程度に温かく、薄暗いこともあって気分が落ち着く。

麻酔が効いていて痛みもなく、何より傷が生理食塩水に浸っているので痛みにくい。

背面は床擦れ防止の為かウォーターベッドのようで、体を包み込むように受け止めてくる。

体が浮かび上がらないように手足や腹にベルトが付けられているが、拘束具ではないので簡単に外せる。

音楽を流す機能もあるようだ。

 

私が気づいただけでもこれだけ列挙できる。

それだけ優れた代物だった。

 

欠点と言えば酸素マスクでしか呼吸できない事、自動排泄処理装置が四六時中着けられていて股間周りに違和感がある事、体に付けられたカテーテルやチューブで中がゴチャゴチャとしている事だが、ポッド内の患者は普通動かないのが前提だから仕方がない。

 

食事ができないのも大きい。

養分や水分も点滴で供給されるので酸素マスクを外す必要はないが、やはり食事は一時の楽しみなのだ。

できれば味わって食べたい。

それが不満と言えば不満である。

 

 

実際に使ったのは今回が初めてだし、使っている場面に出会すこともあまりなかった。

故にその性能を体感してみて、私はこれを発案設計した人間は凄いと思う。

 

重症の人間をいかに治し、苦痛に苦しむ者に安らぎを与えるか。

 

それを叶えるために、この医療ポッドの構造には設計者の執念と言っていい思想や技術が注ぎ込まれている。

 

ただ、1つ不満があるとすれば自動排泄処理装置だ。

何か意気込みが妙な方向へ走っている気がするのだ。

洗浄の勢いが強い上に長すぎるわ、吸引が強いわ、やたら動作時に振動するわ───ここだけは設計した奴バカじゃないのかと思う。

そこだけは本当に不満だ。

機会があればコレについて改善要求書を出すつもりだ。

閑話休題。

 

だからこそ、これ程の優れものが完成したのかと思うと私は感慨深く思った。

 

 

『エミリアさん。今、いい?』

 

「ん………ラミアス艦長?何でしょうか?」

 

ラミアス艦長の声がポッドの中に響く。

内部との通信機能があるらしく、恐らく外に通話用マイクのようなものがあるのだろう。

声はスピーカーから流れてきているようなのだ。

 

『今退屈じゃないかなと思って……私でよかったら、話し相手になるわよ?』

 

「艦長にそんな………いえ、お願いします。調度退屈していましたので……」

 

本当は退屈などしていないが、態々ここに来たという事は何か話があるのだろう。

私は電子書籍にしおりを付けるとHMDを外し、確認窓のブラインドを開けた。

 

『っ───』

 

「そんな顔なさらないで……といっても、無理ですよね……」

 

ラミアス艦長は、私の顔を見た途端悲痛な表情になった。

私の顔の傷を見てしまったのだろう。包帯がないから直にだ。

ブラインドを開けなければよかったと後悔したがもう遅い。

 

『っ───あなたは、なぜそこまで出来るの?私にはわからないの……何故、こんなになってまであなたが動けるのか……』

 

口を開いたラミアス艦長は、声を震わせながら私に尋ねてきた。

ラミアス艦長の疑問は当然だと思う。

表面的な事しか明かしていないのだから、私の動機などわからない筈である。

 

「…………守りたい人がいるから……は、安直ですね。でも、それ以外に良い言葉が見つからないんです。」

 

この艦には守りたい人がいる。

もう、アークエンジェルにいる人達と私は無関係ではないのだ。

知っていて、それを捨てるなんて事はもうできない。

 

『それで自分を犠牲にして、あなたはどうなるの?このままじゃ、エミリアさん本当に死んでしまうわよ…?』

 

そう言われて、私は先日考えていた事が脳裏に甦る。

ハンガーで泣いたときに浮かんだ考え。

 

楽になれるのは、死んだ時。

 

「……………死んだ方が、もしかしたらマシ───」

 

思わずそれを口に出してしまった。

しかし、今の私にはその考えがもっとも現実的ではないのかと思うくらい追い詰められていた。

嫌な考えだとは思う。

 

『ッ…………ふざけないで!!』

 

当然、ラミアス艦長は激昂する。

当たり前だ。フラガ大尉のような偏屈者でもない限り、大抵の人間は否定する。

私だって、そう言う。

 

けど、私に待つのはアラスカで使い潰される運命。

心をヤスリでゆっくり削られるような日々だ。

 

そうなるよりも、私は私の守りたい人達の為に命を使いたかった。

そうやって命を散らした方が、私の尊厳も守られるのだから。

 

「…………」

 

『私にこんな事を言う資格はないかもしれない。あなたをこんな事に巻き込んだのは私なんだもの……けど、それでも────死んだ方がマシなんて言わないで頂戴………お願いだから………』

 

「ラミアス艦長……………すみません」

 

ラミアス艦長の懇願するような眼差しに、私は悪いことを言ってしまったと反省した。

 

けど、私は死に場所が欲しいのだ。

もう、それしか方法が残ってないのだから。

 

そんな私の願望に気づいたのか、ラミアス艦長は話題を変えてくる。

 

『マリュー、でいいわ。6つくらいなら、あなたも許容範囲でしょう?本音で喋れる相手がいる方が、いいとは思わない?』

 

多分、これが狙いなのだろう。

ラミアス艦長は私の表面的な取り繕い──仮面を被った私ではなく、仮面の下の私を知りたいのだ。

絶望に打ちのめされ、死に場所を求めるようになった私を。

 

もう、白状してもいいかもしれない。

ラミアス艦長なら……いや、マリューさんなら悪いようにはしないと思う。

いや、逆に都合がいいのか?

私にとっては……

 

『あなたは重荷を背負いすぎているわ。それを私が手伝うのは義務なのよ。あなたをこんな状態にしたのは私の責任なんだから。』

 

私が悩んでいると思ったのだろう。

マリューさんは朗らかな笑みを浮かべ言った。

その優しさを裏切るような思いを、私は浮かべているというのに。

 

「ですが───いえ、わかりました……マリューさん、心配をかけてすみませんでした。それと………これは一個人として、聞いておいて貰いたい事があるんです。無理は承知で、ですが……」

 

『何かしら?そこまであなたが言うのなら、何かあるんでしょう?』

 

「…………デュエルのパイロット、私の弟なんです。」

 

言ってしまった。

もう後戻りはできない。

 

マリューさんは衝撃を受けると共に、酷く顔を歪ませた。

多分、自分を猛烈に責めているのだ。

姉弟で殺し合いをさせてしまった、と。

 

『っ………あなたが無断出撃したのは、もしかして………』

 

「…………はい。お察し頂けると、助かります。」

 

私が無謀な無断出撃をしたのは、キラを助ける為だけじゃない。

イザークを助ける為だったのだ。

キラに殺されないように。

 

そんな敵を助けた身内など、とても危なくて味方に置いてなどおけない筈だ。

だから、マリューさんは私を危険人物として見るだろう。

そうして、私を捨て駒として扱ってくれた方がいい。

 

敵と通じているなら私を死亡させても言い訳できる。

マリューさんに責任は及ばない筈だ。

負担はかけられない。

 

使い潰してくれた方が、私は楽になれる。

死んでしまえば何も考えなくていいんだから。

イザークの事も。

 

マリューさんは頭を抱えながら、必死に次の言葉を紡ぎだしているようだった。

 

『辛い…どころの話じゃない、わよね。弟さんとは、仲がよかったの?』

 

「はい、とても……誕生日プレゼントにバイオリンを贈ってくれたり、母と喧嘩した私を案じてくれたり……とても、良い子です。私の安否も、ずっと気にしてくれていたようで──」

 

『………っ……』

 

私の台詞がマリューさんの心を抉りにいっているのはわかる。良心の呵責を駆り立てるからだ。

この台詞は、マリューさんに嫌味を言っているようなものなのだ。

 

 

私は嫌な女だ。

だから、そんな嫌な女である私をマリューさんは使い捨てればいい。

そうすれば私という懸念事項はなくなる。

私も楽になれる。

 

「……わかってます。やらなきゃやられる。私は地球軍で、弟はザフトなんですから……でも、弟を殺すことなんてできません。だから、そうなる前に……」

 

私を殺して──

 

『違う!そんなことないわ!あなたがそんな風に思う必要なんて───もういい、もういいわエミリアさん…!あなたがこんな目に遭うなんて、もう見ていられないッ───あなたが戦わなくていいように私が頑張るから!あなたはもう休んで──』

 

 

 

 

…………なんで、そうなる。

私を捨て駒にすればいいのに、この人は……

この人に、私は負担をかけたくないのに。

 

「──それは、できません………」

 

『何故!?あなたが戦う理由なんてどこにもないわ!大切な弟さんと戦わなければいけない理由がどこにあるの!?」

 

ある。

私は……

 

「……私にとっては、弟も大切です。二度と、戦いたくなんてない。けど……私はあなたも──マリューさんも大切なんです」

 

大切なんです。

あなたが。

ずっと私を気遣ってくれて、でもあなたは?

艦長だからって自分を押し殺して……

 

『私、が…?』

 

「マリューさんはここまで、ずっとお一人で頑張っていらっしゃって………私の事も、ずっと気にかけてくださって……でも、それがどれだけあなたの負担になっているかわかっていたから私は、あなたの為に戦ったんです。その気持ちを無下にしたくはないんです。だから……私は戦うんです。マリューさんには少しでも楽になって欲しくて──私、あなたの事好きですから……こんな事言うと変かもしれないけど……嘘じゃないんですよ?」

 

これは本心だ。

私はマリュー・ラミアスという女性が好きだった。

ずっと一緒にここまで来て、私はあなたの人柄に強く惹かれたのだ。

 

だから、死ぬならあなたの為に死にたかった。

アークエンジェルの為なら、私は命など惜しくない。

アラスカで使い潰されるよりずっと良い。

 

『…………っ、こういう時──なんて言えばいいのかしらね…?嬉しいのに、悲しくて──あなたに好かれてたなんて……むしろ嫌われてると思ってたから……』

 

「そんな、嫌ってなんか────私とマリューさんは、お互いに傷を舐め合っているだけかもしれない……ですが、私はあなたに楽になって欲しいし、あなたは私を気遣ってくれる。相手の事を思い合うって、駄目なのでしょうか?」

 

『駄目じゃない──とは思うけど、私はあなたに、そんな風に思ってもらう資格なんてないわ……』

 

「人への思いに、資格なんていりませんよ。」

 

『───ふふ、そうね……その通りだわ……………なにか、不思議な廻り合わせな気がするわね。こんな戦争してて、軍人をやってて──あなたみたいな子に会う事ができたんだから……戦争に巻き込んだ私を、気遣うようなあなたに』

 

私の事で責任を感じているなら、それは違う。

私を戦争に巻き込んだのは、オーブのモルゲンレーテなのだ。

それが結果的にこうなっただけ。

 

「私、悪い意味でお人好しみたいですから……それに、戦争に巻き込んだのはマリューさんじゃないです。マリューさんは私を気遣ってくれる良い人だから、私もマリューさんを好きになったんですよ?」

 

『そう………私も、そんなあなたが大好きよ。だから、無茶し過ぎないでね?あなたが傷つくと、私も辛いの。』

 

 

 

マリューさんの言葉に、死のうという気持ちが揺らいだ。

 

私が死んだら、この人はやっぱり嘆き悲しむのだろうか?

私は父が死んで酷く悲しんだ。

本当に辛いのは残される側という事はよく知っている。

 

私は、アラスカに待つ運命を受け入れてでも、マリューさんと最後まで笑顔で一緒にいた方が良いのではないか?

 

それに、やっぱり死にたくはない。

できるなら笑っていたかった。

 

折角マリューさんと仲良くなれたのに、その最後が死別なんて嫌だ。

 

どうすればいい?

私はどうすれば………

 

「──────善処、しますね。」

 

『あなた…!もう……そこから出してあげないわよ?』

 

そう言われ、私はアラスカに着いた時の事よりも目先の事を強制的に考えなければいけなくなった。

 

そう、マリューさんは私をここに閉じ込めておく事もできるのだ。

医療ポッドの中に私をいれておけば下手なことはできないのだから。

 

重症なら医療ポッドの中は確かに居心地がいいが、体が回復してくると逆にデメリットが目立ち始める。

体がある程度自由に動かせるようになると、このチューブやカテーテルまみれの空間は流石にキツいのだ。

それに先にも述べた通り、自動排泄処理装置の設計には不満しかない。

さっさと外して貰いたかった。

 

「それは勘弁してください……ここ、居心地はいいんですけど……その───お小水を吸われる感覚が苦手で………」

 

『あら………わかったわ。()()()()()()()?』

 

そんな小悪魔的な笑みを浮かべるマリューさんを見て、これはしばらく出られないやつだなと私は苦笑いした。

 



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目覚める銀狼

展開にそぐわなくなった為、ニコルのくれたものと狙撃型ビームライフル……の部分を変更しました。


□□□□□

 

Side:エレナ

 

 

シャワーを浴びながら、私は体に付いた生理食塩水のぬめり気を落としていく。

厳密には医療ポッドの中に満たされた溶液は完全な生理食塩水ではなく、様々な薬品が混ざっている為ぬめり気があるのだ。

 

医療ポッドの性能は凄まじいの一言に尽きた。

自分の体を見てそう思う。

 

医療ポッドの中にいたのは三日間とちょっとくらい。

それが、あれだけの怪我だったにも関わらずほぼ完治したと言っていいくらいの状態になった。

治りかけていた傷が再出血しただけというのもあるが、それでも凄まじい。

 

だからシャワーも浴びれるし、日常動作にも何ら問題がない。

 

大きかった腹部の傷も抜糸され、今では綺麗に塞がっていた。

流石に傷跡や火傷痕は残ってしまったが、このくらいならプラントの再生医療技術で元に戻す事もできる。

 

「…………すっかり、傷物ね……」

 

全身を見ながらそう思った。

綺麗に治ったが、身体中にはその痕跡が至るところにある。

それくらい、体はボロボロだったのだ。

 

背中にある、一際大きな火傷の痕。

その火傷はまるで花が散ったような模様を描き、刺青のように簡単には取れない。

背中に着いた火傷痕は首筋にまで伸びていた。

 

 

視線を体から鏡へと移すと、それを見て溜め息をついた。

鏡に映った自分の顔の酷さに、私はどうしようもない悲しみの表情を浮かべていた。

 

目蓋の腱膜が損傷したのか、私の右目は自力では開かなくなっていたのだ。

現在は眼窩に創傷充填ジェルが入れられ、時折洗眼薬で洗うように指示を受けていた。

目が開けば義眼を入れて誤魔化す事もできたが、これではそれも難しい。

目蓋にも大きな傷が入っている。

 

それを見て、自分の顔なのに酷く醜いと感じてしまう。

自惚れかもしれないが、それなりに顔には自信があった。母上と父上が綺麗に作ってくれたのだから当たり前か。

それが、今では他人に見せられたものではない状態なのだ。

悲しくて仕方がなかった。

 

火傷痕も傷跡も、然るべき処置を受ければ消せる。

しかし、その然るべき処置を受けるためにはプラントに戻らなければならない。

地球上でも受けれなくはないが、プラントと同等の処置を受けると途方もない金額がかかるだろう。

それに、すぐ受けられる保証もないしそんな事ができる状況でもない。

 

結局、この顔とはしばらく付き合わなければならないのだ。

 

私はシャワーブースから出ると体を拭いてから髪の水気を取り、それをざっくりと纏めあげる。

そして、顔の傷を隠すように真新しい包帯で覆った。

眼帯なんて気の利いた物はなかったからだ。

 

 

「あ……エレナさ───」

 

包帯を顔に巻いていると、いつの間にかミリアリアがシャワー室に入ってきていた。

そして、私の体を見て口を覆っている。

 

「…………そんな顔、しないで頂戴………」

 

「でも………こんな──酷すぎる」

 

ミリアリアは悲痛な顔で、傷だらけの私から目をそらした。

私は手早く下着を身に付けると、予め用意していた黒いインナーを着た。

首や手首までピッチリと覆ってくれるので傷を隠せるのだ。

 

その上から軍服に袖を通すと、熱気を逃がすため首元も緩め袖を託しあげた。インナーのお陰で傷や肌は隠せる。

 

弟から貰ったループタイとドッグタグを首から下げた。

お守り代わりだ。

手の傷も持っていたラムスキンの手袋で覆い、足の傷もストッキングで隠す。

私は首から下を隙間なく軍服やインナーで覆ったのだ。

これで多少は他人に見せられる状態になる。

 

「ミリィ、シャワー浴びたら…?汗、すごいわよ。」

 

「あ……はい。」

 

ミリアリアを気遣い、話題を変えるように私はシャワーを浴びる事を勧めた。

外で作業していたのか汗だくなのだ。

ミリアリアは私がその事を指摘すると、弾かれたように服を脱いでブースへと飛び込んだ。

それを見て、私はシャワー室から出るとハンガーへと向かう。

 

 

アークエンジェルが置かれている状況については既にマリューさんから聞いている。

アフリカに降りたことも、既にザフトと交戦したことやレジスタンスと一応の協力関係を結んだ事もだ。

 

だから、私もいつまでも医療ポッドでのんびり読書という訳にはいかなかった。

そうやっている間に艦を落とされては堪らないからだ。

 

現在、アークエンジェル最大の障害は砂漠の虎ことアンドリュー・バルトフェルド。

彼を破らなければアークエンジェルは紅海に抜けることができない。

アラスカなど夢のまた夢だ。

 

砂漠の虎は、ザフト地上軍の中でも最強に位置する部隊だと聞いている。

その戦術はバクゥや陸上艦艇を用いた神出鬼没且つ縦横無尽な機動戦だ。

 

それを破るための策を、私は早急に練らねばならない。

ただ、幸いなことにそれをやるための材料は既に手元にあった。

それと、医療ポッド内で培った新たな知識の数々。

これらを駆使すれば、砂漠の虎を()()()()は不可能ではない。

 

となれば、それらを使った作戦を早急に仕上げなければならなかった。

砂漠の虎は待ってなどくれないのだから。

 

 

□□□□□

 

Side:アンドリュー

 

 

「バクゥ三機が全滅、戦闘ヘリ三機撃墜………ふぅむ。やはり厄介なのはMSか。」

 

「はい。特に予想外なのはストライクです。シグーはどちらかというと援護に回っていましたので」

 

昨夜の戦闘で出た損害を見ながら、俺は次の戦略を練っていた。

足つき──アークエンジェルは峡谷地帯に身を潜めたようで、俺は眉を潜める。

 

あの周辺にはレジスタンスの明けの砂漠が潜伏している筈だ。

協力関係を結んだと考えてもおかしくない。

 

 

 

ひとまず一日程様子を見ていたが、アークエンジェルが動く気配はなかった。

向こうもこちらの様子を見ているのだろう。

 

レジスタンスといえば、戦闘ヘリの損害は連中の攻撃によるところが大きい。

今までは見逃していてやったが、そろそろお灸を据えるべきか……

 

「おイタが過ぎたな、明けの砂漠………よぅし、レジスタンス狩りといこうか。ダコスタ君、出撃するぞ。アークエンジェルをやる前に不安要因は払拭しておきたい。タッシルを焼く。ついでにレジスタンス狩りだ。」

 

「はっ!」

 

レジスタンスというのは基本地下に潜っている。そう易々と身を晒してくる事はない。

となればまず、連中を巣穴から引きずり出さねばならん。

 

目標はタッシル。

民間人のいる町を焼くのは戦時法違反だろうが、言い訳は後でいくらでもできる。

 

武器弾薬燃料──そういった代物があの町に備蓄されているのはスパイからの情報で知っていた。

物資の備蓄がされているなら、その町は立派な軍事目標だ。

軍需品備蓄所扱いできる。

 

町を焼けば怒った旦那方は巣穴から出てくるだろう。

そこを掃討してやろうか。

 

「悲しいけど、これって戦争なのよねぇ。」

 

 

□□□□□

 

Side:マリュー

 

 

「サイーブ!タッシルが焼かれてる!」

 

「なんだと!?くそっ、虎め………半分はここに残れ!半分は町に行くぞ!!」

 

「カガリ、乗れ!」

 

「すまないアフメド!」

 

レジスタンスの頭目、サイーブ・アシュマンが叫び、周りのレジスタンスも慌ただしく動き始めた。

 

砂漠の虎が動いたのだろう。

我々も動く必要が出てくるかもしれない。

 

私は上陸させていたクルーに艦へ戻るよう支持し、警戒体制へと移行させた。

 

私もブリッジへと上がる。

そこには一足先に、装いを新たにしたエミリアさんが待機していた。

肌の露出が一切なく、包帯で顔の半分を覆った姿はガラス片のような鋭さすら感じた。

彼女は、軍服と黒い布地で自分の心すら覆い隠してしまったのだ。

 

「マリューさん、どうされますか?MSはアストレイを除いて全機、戦闘機についてはスカイグラスパー一号機が出撃できます。」

 

「───そうね、一先ずフラガ少佐にスカイグラスパーで偵察に行って貰うわ。ストライクとシグーは待機させておいて。ブリッツも……待機で。エミリアさんはここにいて貰える?」

 

デブリ帯で鹵獲してから艦内に置かれたままになっていたシグーは、整備班とキャリー少尉の手によって稼働できる状態になっていた。

ジンよりは高性能な為、キャリー少尉に乗り換えて貰うことで戦力化したのだ。

流石に色は変えられなかったが、元々の機体色が白に近いのでキャリー少尉は気に入ったようである。

 

私の指示を、エミリアさんはバジルール中尉やフラガ少佐へと伝達していく。

何故そうなっているのか?

 

答えは簡単で、彼女は今アークエンジェルクルーとしては二番目に偉いのだ。

フラガ少佐は同級な上に戦闘隊長で艦長と同格。彼女の上にいる者は私とフラガ少佐しかいない。

彼女の地位はアークエンジェル副長。階級は()()()()()()で大尉。

 

艦長権限で人事異動を行ったのだ。

戦時緊急昇進とは、各部隊長に与えられた部下を臨時昇進させる制度である。

 

戦闘中に死亡した者の枠を急遽補填する為の制度だが、空いたポストを埋める事にも使用できる。

何より、この制度は指揮下の部隊長が下せる。

彼女の原隊はアラスカだが、今はアークエンジェル艦長指揮下にいるのだ。

臨時の為原隊復帰すると元の階級に降格される事もあるが、能力が伴っていれば据え置きの場合もある。

 

ちなみにだが、バジルール中尉は砲雷長に専念させた。

エミリアさんが突然上官になった事は不服そうだったが、命令であると彼女は割り切ったようである。

 

エミリアさんを副長に据えた本当の目的は、彼女を前線に出させないようにする為。

それに、実務的側面から見ても彼女が副長をやってくれた方が助かるのも確かだ。

 

バジルール中尉は現在状況確認のためタッシルへと向かっており、ブリッジにはいない。

フラガ少佐のスカイグラスパーが発進してしばらくの後、タッシル上空に到達した彼から連絡が入ってきた。

 

『やべえなこれは…皆燃えちまってる。町の端に生存者………ん?なんだろうな………どうも、結構な数の皆さんがご無事のようだぜ?』

 

「えぇ?」

 

フラガ少佐が送ってきた画像には、確かに町の端に避難した人々の姿が映っていた。

怪我している者もいるが、町の規模から考えれば殆どの者が助かっているのではという感じだ。

 

『おっ………男衆が町に着いたみたいだな。』

 

画像に、ジープやテクニカルに乗った男達の姿が写し出される。

彼らは町に到着するとすぐ、自分の家族や身内と抱き合って無事を確かめていた。

 

「これは……どういう狙いかしら?」

 

「先日、戦闘ヘリを撃墜された事への報復行動かもしれません。レジスタンスは地下に潜っていて追撃が難しいと思いますから、それなら彼らを支えている後方の人々を焼け出してしまえという考えでしょう。ただ──」

 

「ただ?」

 

「ああやって、レジスタンスやゲリラの男達を釣りだして殲滅するという手法は非対称戦では頻繁にとられるものだそうです。」

 

「罠かもしれない、ということね。」

 

エミリアさんの読みが正しければ、町にいる男達に目掛けてもう間もなくミサイルが飛んでくることになる。

周辺に敵影はないらしいが、どこかに潜伏しているという事は十分に考えられた。

 

彼らがやられる可能性がある以上、私達も放ってはおけない。

 

「ただ、私達にとってもバルトフェルド隊は障害です。丁度いい好機かもしれません。彼らを囮にして、その隙を突いて敵戦力を削りましょう。」

 

「えっ……」

 

一瞬、彼女が何を言っているのかわからなかった。

助けるではなく、囮…?

 

「彼らは囮としてなら利用価値があります。敵戦力が彼らを狩りに出てきたら、我々がその後方を突きましょう。」

 

聞き間違えではない。

エミリアさんはレジスタンスの男達を虎を誘きだすエサにするつもりなのだ。

 

「それでは彼らが……」

 

「マリューさん、私達も現状余裕がありません。ここでいたずらに消耗する訳には……それに、敵は叩ける時に叩くべきです。些か、心苦しいですが……」

 

彼女の言葉に私は黙った。

確かに彼女の指摘は正しい。

 

仮にレジスタンスを援護するにしても、こちらのパイロットやMSに消耗を強いる。艦を動かせばリスクも増えるだろう。

それに対して、一応の協力体制とは言っても彼らはレジスタンスであり、我々が受ける恩恵というのはそう多くないのだ。

態々支援するメリットは殆どない。

 

戦力を割くのではなく、利用する。

確かに合理的だ。

 

最小限の一撃で、最大限の戦果を挙げる。

彼女らしい一手である。

しかし、彼女はこんな事を言う人だっただろうか?

他人の命を犠牲にすることも厭わないような…

 

何かが、彼女の中で変わったのだ。

装いだけじゃない。

 

医療ポッドの中に入っていた彼女と話した時の事を思い出す。

その時に感じたのだ。

もしや、彼女は死に場所を欲しているのではないかと。

 

彼女は手負いの狼のようだった。

仲間の為に、自ら群れから去ろうとしているのだ。

 

狼というのはプライドが高い生き物だ。

犬のようにしつければ誰にでも従順という訳ではない。

その代わりに、自分が選んで忠誠を誓った主人には最後まで尽くす。

 

だから、私を捨ててくれと。

アラスカにつく前に、自分を殺してほしい。

彼女は私にそう望んでいるようだった。

 

その隻眼の青い瞳は、本当に狼のような鋭さがあったのだ。

彼女の生き方は狼そのものだった。

 

私はそんな彼女の内心がわかっていたから、彼女の意見を真っ向からはね除けたのだ。

だから、今は諦めているのだろう。

 

 

しかし、一度死ぬと決めた人間に、他人の命を気遣う余裕などない。

顔も見たことのないレジスタンスの生死など、今の彼女にはどうでもいいのかもしれない。

 

手負いの狼が、死に物狂いで仲間を守る。

地面を自分の血で汚しながら、彼女は虎と対峙しようとしているのだ。

そんな状態で、見ず知らずの他の群れを気にする余裕などない。

 

故に、切り捨てたのだ。

 

 

私の傍らに立つ銀狼は、襲い来る虎をいかにして倒すかに全力を集中させている。

それこそ、死力を尽くして自分の群れを守るつもりなのだ。

虎と刺し違えてでも。

 

けれど、私がそんなことさせない。

群れのボスは私だ。

むざむざ仲間の狼を殺させてたまるものか。

 

「………わかったわ、あなたの案を採用しましょう。敵はレジスタンスをどこで襲うと思う?」

 

「…………町で襲うつもりなら既に襲っている筈です。それを襲わないという事は、出てくるのを待っていると見れるかもしれません。出てこなければ別の町を襲い、レジスタンスが出てくるのを待つ──そういう魂胆かと思います。それを逆説的に考えれば……」

 

エミリアさんは戦術マップを操作し、タッシルとバナディーヤの敵拠点との間に一本の線を引いた。

その線を直径とした円を描き、その中にある幾つかの街道をマークする。

 

その街道のタッシル寄りの場所を更にマークすると、比較的拓けた地形に条件を絞っていく。

そして、ある地点を指差した。

 

「………ここが怪しいと思います。バクゥはある程度拓けた場所でないとその速力を発揮できません。レジスタンス相手とはいえ、態々敵が隠れやすい峡谷地帯や岩場で戦ったりはしないでしょう。となれば、ここしかありません。」

 

そこはタッシルから僅かに離れ、周りを岩山に囲まれた盆地である。

それなりの広さと、タッシルからの距離や街道が通っている事を考えればそこにいる可能性は高そうだった。

 

ただ、何の確証もなくいきなりストライクとシグーを出す訳にもいかない。

まずはスカイグラスパーで空から偵察して情報を得ようと思った。

 

「……まず偵察を出しましょう。スカイグラスパーで遠方から──」

 

「いえ、私が行きます。ブリッツの方が相手に気づかれにくいですし、この場所ならブリッツで行ってもそこまで時間はかかりません。」

 

彼女の言葉に私は黙る。

確かに、隠密戦の得意なブリッツならうってつけの任務だ。

スカイグラスパーは空を飛ぶ関係上捕捉される可能性もあり、そうなれば作戦は破綻してしまう。

 

「………………無茶しないって、約束してくれる?」

 

「……………………はい。私も、死にたくないですから。」

 

私は偵察なら大丈夫だと、彼女を出す決心を固めた。

怪我は治っているし、偵察なら彼女が無茶をする要因も少ないからだ。

 

「わかった。お願いね」

 

「はい。」

 

そう言うと、彼女はブリッジを出てハンガーへと向かった。

それから間もなく、ハウ二等兵のアナウンスでブリッツが出撃していく。

それから数時間ほど後、夜明けの頃だった。

 

『おいやべぇぞ!タッシルの男達が、虎に復讐するとか言って追いかけに行っちまった!』

 

彼女の読み通り、レジスタンスは逆上して襲撃した部隊を追いかけにいったようだ。

わかっていたとはいえ、やはり彼女の先読みの能力には驚かされる。

 

 

 

「やっぱり………………わかりました、フラガ少佐はすぐアークエンジェルへ戻ってください。ジェーン大尉が作戦を発案したので…敵の位置もこちらで把握済みです。」

 

 

出撃してからもう数時間が経過しているのだ。

既にエミリアさんは敵の部隊を捕捉して戦力や動向を掴み、その位置や状況を逐一報告してきていた。

戦闘になっていないという事は、多分敵には気づかれていない。

 

つまり私達は、敵の動きを掴みながらもあえて無視し、レジスタンスが敵部隊へ噛みつくのを待っている状態だったのだ。

 

そして、その状態はレジスタンスが町を発った事で今切り替わった。

レジスタンスと敵部隊は、既にエミリアさんの掌の上で踊っている状態だったのだ。

今ここにはいない銀狼は、じっと息を潜めて獲物を襲う瞬間を待ち続けていたのである。

 

『おっ、軍師様が動いてたのか。こりゃ、嬢ちゃんは全部お見通しだったって事かな?了解、今から帰投する!』

 

 

□□□□□

 

Side:カガリ

 

 

「乗れ!カガリ!」

 

「アフメド!」

 

アフメドの運転するハーフトラックに乗り込み、私は先行するサイーブ達を追い掛けた。

気づけば後ろにはキサカも乗っており、私の分のRPGを持ってきてくれている。

 

急報で慌ててタッシルに戻ってみれば、そこには灰塵に帰した町があった。

何もかも焼かれ、洞窟に隠していた弾薬や燃料まで全部燃やされたのだ。

 

家や財を失ったタッシルの人々はこの後どうなる?

近くの町に伝手があればまだいい。しかし、それすらない者は路頭に迷うしかなくなるではないか。

 

『虎は、本気であんた達を殺す気じゃないようだ。このくらいで済ましてくれるなんて、優しいじゃないの。虎は。』

 

あの地球軍のパイロットが言った言葉が脳裏に蘇ってきて、私は向かっ腹が立つ。

よくもあんな事が言える。その優しい虎は、町に住む人達のすべてを奪ったんだ。

命をとらなかったんだから有り難い?

そんな訳あるか。

 

こんな情勢で何もかもを失った人間に待っているのは結局は死だ。

真綿で首を絞めるのと同じなんだ。

もしかしたら、今から死んだ方がマシな目に遭う者も出てくるかもしれない。

けど、私達にはそれを救う力はないんだ。

 

 

お父様に憎しみの根源を知れと言われ、じゃあとこうやってはるばる北アフリカまでやって来た。

そこで見たのは、ザフトの占領に抵抗して必死で戦う人達だったんだ。

 

私は、そんな熱い思いに命を懸ける人達に胸を打たれ、共に戦う決意をした。

一国の長の娘だからなんて言われるが、私はそんな人達を見捨ててなんておけないんだ。

 

お父様には悪いと思ってる。

けど、お父様だって私を裏切ったんだ。反骨精神を働かせたってしょうがないじゃないか。

まさか、裏で地球軍のMS開発に協力してるなんて思いもしなかったさ。

へリオポリスでアレを見るまでは。

 

そのアレが、まさかこんなところに来るとは思ってなかったけど。

そのパイロットも、よりにもよって私を助けたあの学生だったし。

 

あんなボーッとした奴がストライクのパイロットだと?

どうなってるんだよ、ホント。

 

 

「カガリ!サイーブ達が見えた!」

 

「お、やっと追い付い────!?」

 

 

突然、地面がはぜた。

前方にいたテクニカルやハーフトラックに、巻き上げられた砂埃が降りかかる。

 

バクゥ数機が現れ、ミサイルを雨のように撃ちかけてきたのだ。

 

サイーブ達は慌てて反撃するが、奇襲されたせいで統率が乱れまともに反撃出来ていない。

 

動き回るバクゥ相手に、こちらもテクニカルやハーフトラックで動き回りながら応戦しているのだ。

弾速の遅いRPGやTOWではまともな命中弾を得られない。

 

まだ誰も死んでないのが奇跡だ。

 

「サイーブ!!」

 

「ッ!?──馬鹿、来るな!!逃げろッッッ!!」

 

サイーブの乗るジープの横を並走しながら、私はRPGを構えた。サイーブは私達に逃げるよう叫ぶが、私達だって引くわけにはいかない。

劣勢になった彼らを援護しなければと、私は手近なバクゥに照準を合わせて引き金を引いた。

 

噴煙を引きながらロケットが宙を舞い、バクゥの脚部に命中する。

しかし、厚い装甲に覆われた箇所では当たってもびくともしない。

 

「クソッ────アフメド、腹の下に回り込めるか!?」

 

「行けるぜ!そりゃっ──」

 

ハーフトラックを滑らせるように走らせ、バクゥの脚の間を潜った。

その瞬間、再装填したRPGをバクゥの腹に撃ち込む。

後ろのキサカも撃ったようで、二発のロケットがバクゥの腹へと吸い込まれた。

 

命中し、バクゥは僅かに姿勢を崩す。

流石に腹の装甲は薄いみたいだ。

 

「よし!みんな────」

 

私は周りの皆にバクゥの弱点を攻撃するよう指示しようと座席から立ち上がったが、その瞬間何かが体を揺らした。

近くで爆発が起きたのだ。

 

「───っ、え……」

 

 

その爆発によって飛来してきたのか、私の腹に鉄片が刺さっていた。

鉄片はボディアーマーを貫いていた。

その傷口から流れ出した血が服を赤く染めていく。

 

 

「───カ、カガリッッッ!!」

 

「嘘だろっ──」

 

キサカとアフメドが何か言っているが、私は立っていられなくなりそのまま崩れる。

運悪く、そのままハーフトラックの外へと放り出されてしまった。

砂の地面に叩きつけられ、その勢いに何度も地面を転がる。

 

 

「ぅっ───あ…………」

 

痛い………めちゃくちゃ痛い……

 

動こうとするが、全身が痛くて力が全然入らない。

何なんだよこれ……

私、こんな筈じゃ………

 

 

地面に叩きつけられた血塗れの私を、ハーフトラックから降りてきたキサカが抱き抱える。

ハーフトラックもその場に急停車し、アフメドも飛び降りて駆け寄ってきた。

 

「カガリ───カガリ!しっかりしろ!」

 

「おい、カガリ!死ぬな!カガリ!!」

 

皆が口々に私の名を呼ぶが、私は返事なんて出来なかった。

痛くてそれどころじゃないからだ。

 

 

ふと、視線を移すとバクゥが燃え上がっていた。

私達が倒したのかと思ったが、そうじゃないらしい。

 

空に舞う、あの白い地球軍のMS。

その他にもザフトの筈のシグーや戦闘機が暴れまわり、バクゥを次々と仕留めていた。

 

私達が一体倒す為だけでも入念な作戦を練るのに、連中はいとも簡単にバクゥを屠っていく。

 

あれほど恐ろしかった筈のバクゥが、屠殺場の家畜みたいに憐れに思えた。

あまりに一方的だからだ。

 

どこからか飛んでくるビームに撃ち抜かれて動けなくなったところへ、ストライクが飛びかかってトドメを刺していく。

 

その様子はまるで、狼に教われてる山羊の群だ。

砂漠の虎じゃなくて、砂漠の山羊なんじゃないかと思った。山羊ならここにもいるし。

 

でも、そんなのどうでもいい。

段々体から力が抜けていくのだ。

私の命が、尽きようとしてる。

 

「キ…サカ…お父様、に─ゴホッ──」

 

「カガリ!?喋るな!!」

 

喋ろうとしたら、口から血が出てきた。

これ、本当にヤバイやつなんだな。

 

私、こんなところで死ぬんだ。

お父様に何て言ったらいいんだろう。

レジスタンスに参加するなんて馬鹿なことをしたもんだと後悔したが、もう遅い。

 

 

ふと、私の近くに一機のMSが現れた。

本当に突然だ。何もないところから現れたのだ。

黒いMSだった。

 

ソイツが私の傍らにしゃがむと、パイロットらしき地球軍の軍人がホイストを伝って降りてくる。

 

ソイツは女だった。

軍服と黒いインナーで体の一切を包み、顔半分を包帯で覆った隻眼の女。

 

長い銀髪を風にたなびかせながら、青い瞳で私を見てくる。

ソイツを見て、私はこう思ったのだ。

 

「───オオ…カミ…………」

 

そこに、銀色の狼が立っていると私は思った。

その狼は泣いていた。

 

 

 

□□□□□

 

Side:エレナ

 

 

私はレジスタンスを囮にした作戦を成功させ、アークエンジェルへと帰投した。

負傷したレジスタンスの少女を連れてだ。

 

自分が立てた作戦であったが、いざ目の前でレジスタンスが襲われて劣勢になっていくのを見て、私は鎖で心を締め付けられたような思いになった。

 

非情になろうと心に決めたつもりだった。

私はアークエンジェルの為に、死力を尽くして戦わなければならない。

だから、アークエンジェルの為ならどんな犠牲だって厭わないつもりだった。

 

けど、私は結局そこまでたどり着けなかったのだ。

いくら装いを改めても、心までは変えられない。

 

私は、自分が立てた作戦によって死んでいく者達がいるという事を目の前で見せつけられ、そこから一歩引いてしまったのだ。

 

もう何人も殺してきた。

今更何人増えようが構わない。

 

そう私は私自身に言われたような気がして、血を求めようとする自分に恐怖したのだ。

 

だから、私はそれをはね除けるように自分の立てた作戦を破った。

敵がレジスタンスを撃破してしまい油断したところを突くつもりだったのだ。

 

それを、半ばレジスタンスを援護するような状態へと切り換えた。

立ち止まったバクゥをトリケロス備え付けのビームライフルで至近距離から狙撃し、交戦能力を引き下げる。

後はアークエンジェルから来るストライクやシグー、スカイグラスパーに掃討を任せるというものだ。

 

 

ミラージュコロイドを展開させられるブリッツは、敵の不意を突くのに適した機体だ。

 

敵を餌で釣ってその背後から刺す戦法が得意な私にとって、これほど私の理想を叶えてくれる機体はいない。

 

高いステルス性は肉眼で捉えるのも難しく、音である程度捕捉できるといった程度。

更には発見された場合に備え、PS装甲と最低限の自衛力を有している。

 

このブリッツだからこそ、私の戦術は光ってくるのだ。

 

 

私は気づけば、レジスタンスを守っていた。

結局、私は非情になどなれなかったらしい。

 

それは戦闘で負傷したレジスタンスの少女を見て露呈した。

バクゥの爆発による破片を浴びたのか、彼女は腹部に鉄片が刺さった状態で仲間達に抱かれていた。

 

その姿を見て、私は自分がやろうとしていた業を感じたのだ。

勝手に涙が流れる。

 

彼女が負傷した事への悲しみと、彼女だけで済んだ事への安堵からだ。

 

私は彼女をアークエンジェルへ搬送する事を決めた。

あの傷なら、医療ポッドを使えばまだ助かるからだ。

 

私は結局、自分に嘘はつけないのである。

出来るのは、非情な自分を演じて身を削る事だけだ。

 



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狼と獅子の娘

□□□□□

 

Side:ジャン

 

 

エミリア君が出てから数時間後、漸く我々にも出撃命令が出る。

シグーに乗り換えてからは二度目の出撃だ。

 

機体がシグーに変わった事で、ジンと比べ大幅に向上した性能には流石新型だと目を丸くした。

特に対MS戦を考慮していないジンとは異なり、シグーはMS相手の戦闘も想定された優秀な機体だ。

すばやく防御が行える盾の装備はかなり大きかった。

 

各部に追加されたスラスター類は宇宙での機動性を考慮したものだろうが、地上でも十分に能力を発揮してくれるだけの推力はある。

 

おかげでエールストライクのスピードにも十分に着いていけた。

 

 

ストライクと共に戦場に到着した私は、その状況に思わず呻いてしまう。

 

必死で反撃を行うレジスタンスと、彼らを嘲笑うように追い回すバクゥ。

まだレジスタンスにそれほど損害は出ていないようだったが、彼らに死傷者が出始めるのも時間の問題だった。

 

私とキラ君はすぐに助太刀に入り、それぞれバクゥを相手取って交戦した。

バクゥの相手は初めてだったが、シグーならば決してひけはとらない。

 

便利なのがシールドに装備されたバルカン砲だ。

バクゥの足を撃って動きを封じ、そこに重斬刀を降り下ろす。

獣型のバクゥは後ろ足か前足二本を失えば交戦能力を無くすので、私はそれを狙って重斬刀を振るった。

 

好き好んで人殺しをしたくはないのだ。

キラ君が容赦なくバクゥを撃破していくのとは対照的かもしれない。

 

上空からはフラガ少佐のスカイグラスパーがビームで援護してくる。

ストライク用のオプション装備であるランチャーストライカーを装備しており、その強力なビームをバクゥに当てて撃破していた。

 

そうやって戦っていると、不思議な事に気づく。

ストライクやスカイグラスパーが相対する敵は皆、どこかしら被弾して動けなくなっているのだ。

二人はそれにトドメを刺しているような状態だった。

 

何が起こっているのかと不思議に思っていると、私は信じがたいものを目にした。

 

MSが突然何もないところから現れたのだ。

ハンガーで何度か見たブリッツである。

 

確かエミリア君の乗機だった筈。

特殊なステルス機だというのは聞かされていたが、消える姿を実際に見ると度肝を抜かれる。

ブリッツが姿を現した時には既に戦闘が終了していたので、私はそれをマジマジと観察する事ができた。

 

ブリッツはその姿を現すと、突然機体をしゃがませる。

そして、中から軍服姿のエミリア君が降りていくのが見えた。

 

彼女はつい先日まで医療ポッドに入っていたというのに、今ではMSで前線に出る程までに回復した。

その辺りは女性とはいえ流石コーディネイターだと思うが、医療ポッドから出たその日に大尉に昇進し、アークエンジェル副長に就任していたのには本当に驚かされた。

気づけば彼女の部下になっていたのだ、私は。

 

私は別に出世したくて連合に入った訳ではない。

しかしそんな私とは正反対に、どんどんと功績を上げ昇進していく彼女の姿には違和感しか覚えなかった。

 

彼女はそんな人間ではなかった筈だからだ。

戦争とは正反対の位置にいるはずの彼女が、気づけば連合軍を勝利へ導き、今でもこうして敵部隊を壊滅させているのである。

 

戦いを嘆いていた筈なのに、私はその姿を見て思ってしまう。

敵の血に飢えているようだと。

 

医療ポッドから出た彼女に会った時、彼女の瞳からは獣のような鋭さを感じた。

まるでオオカミのような眼である。

何が、彼女をあそこまで変えてしまったのか。

私は心理学についてはあまり調べた事がない。

彼女が豹変した理由などわからなかった。

 

しかしそんな彼女は今、負傷したらしいレジスタンスの少女を救出している。

ブリッツに乗せてアークエンジェルまで搬送していたのだ。

 

そんな彼女の行為は昔の彼女のようで、他人への思いやりが感じられる。

やはり中身は変わっていないと感じるが、そうなると尚更戦闘に全力を注ぐ彼女の行動心理が不可解だ。

どうも何かおかしい。

 

 

 

□□□□□

 

Side:カガリ

 

 

「────ん………」

 

どこだ、ここ……

なにか狭い容器の中に私は入れられていた。

 

まさか棺桶じゃないよなと、辺りを見回してみるがそうではないらしい。

 

中は温かい液体に満たされており、鉄片が刺さっていた傷口にはチューブが潜り込んで膿や血を吸い出していた。

それ以外にも色んなチューブやらセンサーパッドやらが体に取り付けられている。

 

足や腹にはベルトが着けられていた。

手首にもだ。

ガッチリ付けられていて外れそうにない。

 

「おい、誰か!どうなって──これはなんだ!」

 

まさかザフトに拘束されて人体実験にでも使われてるんじゃないかと、私はマスクをつけられているにも関わらず強く叫んだ。

 

すると、液体に満たされた容器に声が響く。

 

『カガリ様、気がつきましたか?』

 

「その声──キサカか!?」

 

『よかった───カガリ様、これは医療ポッドです。使うのは初めてでしょうがご安心ください。お身体の為です。』

 

どうやら外にキサカがいるらしいが、容器の中から外の様子を見る事はできない。

キサカは安心しろというが、訳もわからずこんなものの中に閉じ込められ、しかも手足をベルトで縛り付けられているのに安心しろという方が無理だ。

 

「安心できるか!ここから出してくれキサカ!」

 

『なりません、あなたは重傷を負っている。傷が痛くないのはポッドのお陰なのです。我慢してください。』

 

「だが──せめてベルトを外してくれ。身動きがとれないじゃないか」

 

『それはできません。外した瞬間暴れて中を壊すのがオチだ。この艦のご厚意で使わせて貰っているのに、それでは面目が立ちません。傷が治るまでは大人しくしていなさい。』

 

「ぐっ………わかったよ。」

 

多分、キサカが懸念した事は私の性格的に十分有り得た。

ベルトがなければ、私は容器を蹴破っていたかもしれない。

キサカの話も尤もだ。

というかこの艦という事は、ここはアークエンジェルの中なのか?

 

「おいキサカ、ここはアークエンジェルの中なのか?皆はどうなった?」

 

『はい、その通りです。明けの砂漠の面々も、アークエンジェル隊の救援のお陰で無事です。』

 

キサカの報告を聞いて、私は一先ず胸を撫で下ろした。

皆無事ならそれでいい。

あんな状況だったのに誰も死んでないのは奇跡だ。

 

この艦については複雑な心境だが、救援に来てくれた事には感謝しなければと思う。

じゃなければ、皆死んでたかもしれないからな。

 

「そうか……助けてくれた礼を言いたい。誰か責任者のような人はいないか?」

 

『お忙しいようなので、こちらの都合では……一先ず、声はかけておきます。私は一度戻りますゆえ、これにて。』

 

キサカが帰ると言い出したので、私は慌ててそれを引き留めた。

心細いという訳ではないが、気になっている事があるのだ。

 

「あ、待ってくれ!サイーブやアフメドの所にいくのか?なら、私が無事だって伝えてくれ」

 

『元よりそのつもりです。では、カガリ様。くれぐれもこの艦の方々に迷惑をかけられませんように。』

 

「……わかっている。」

 

キサカの声が聞こえなくなり、私は再び容器の中で一人になる。

キサカは手のベルトだけは緩めてくれたらしく、ベルトから手を抜くことはできるようになっていた。

 

だからどうだという話だが、なんとなく自由になった腕で容器のあちこちを弄ってみる。

しかしそれも、しばらくしていると飽きてしまった。

 

コポコポという水の音と自分の呼吸音だけが響き、耳をすませば自分の心音も聞こえる。

それをずっと聞いていると何となく眠気が襲ってきて、私はウトウトとしていた。

お風呂に入っているみたいでとても心地いいのだ、この中は。

 

どうせ暇だし、もう一眠りするかと思い始めていた頃。

突然来客があった。

 

『カガリ・ユラさん?今、大丈夫ですか?』

 

「───お前は?」

 

『私はエレナ・ジェーン大尉です。この艦の副長をやっています。何か御用があるとキサカさんから聞いたのですが……』

 

「あぁ……すまない、そうだった───助けてくれて、感謝する。皆の事も、私の事も。お前達があそこで助けてくれなければ、多分皆死んでた。その……本当に、ありがとう。」

 

『──────っ、いいえ。我々もあなた方を放っておけませんでしたので。』

 

「そうか……ん?これ、動くのか──よっと……あれ……?なんでお前、泣いてるんだ?」

 

目の前の壁についたツマミを弄っていたら、それがブラインドだと気づいて開いた。

その瞬間外の光が入ってくる。

そして容器の傍らに立っている、話し相手の副長の姿も。

水の中なのでボヤけてはいるが、あの隻眼の女だった。

何故か彼女は目をぬぐっていた。

 

『っ──これは、その……ゴミが目に入ったので。大丈夫ですよ。』

 

彼女は私が突然ブラインドを開けるとは思っていなかったのか、慌てて涙を拭っているようだった。

なんで泣いているのかは知らないし、聞こうとも思わないが。

 

「ふーん………副長って言ったからどんなのかと思えば、お前だったんだな。」

 

『艦長は艦の指揮で離れられませんので、私が代理です。不服ですか?』

 

「別に不服ではないけど……声は若いなって思ったし……イメージが違うなって思っただけさ。」

 

副長で大尉なんて言うからもっと威厳のある人物を想像していたが、聞こえてくるのは透き通った優しい声だし、姿を見てみれば私より少し年上くらい。

しかも泣いている。

役職や階級のイメージとかけ離れすぎだ。

 

『そうですか。私からすれば、あなたもだいぶ外見のイメージとやっている事がかけ離れていますよ。何故戦場にいるんです?』

 

「そりゃ……苦しんでる人達を放っておけなかったからさ。それ以外になんかないよ。」

 

『そう……それで、オーブの姫があんなところで戦闘に参加している、と。』

 

「なっ!?」

 

彼女の一言に、私は背筋が凍りついた。

バレてる、だと?

私は漏らした覚えがない。じゃあキサカか?

そう思っていると、私の懸念を察したのか彼女は口を開いた。

 

『私は今でこそ地球軍士官ですが、少し前まではへリオポリスにいました……モルゲンレーテにです。だから、あなたの顔くらいは見たことがありますよ。』

 

オーブ国民なら、ニュースを熱心に見ていれば私の顔くらいは知っていてもおかしくない。

私はそれで納得したが、他にも気になることがあった。

 

「………もう言ったのか、周りには…?」

 

『いえ、まだ。』

 

彼女は涼やかに答える。

私がオーブの姫だとバレたら、よからぬ企みをしてくるやつもいるだろう。

拐われてオーブに身代金を要求なんて事になったら目も当てられない。

 

「何が狙いだ……」

 

『何も。ただ、お父上様が何を考えてこんな場所にあなたを放り込んだのか、と考えただけです。』

 

帰ってきた答えは、純粋な疑問のようだった。

それならやましいことなどないと、私は彼女の問いに答える。

 

「…………私が勝手にやっただけだ。世界を見てこいと言われたから、こうして見ているんだ。それの何が悪い?」

 

『……それで命を落とされては、お父上が悲しまれますよ?』

 

なんだ、小言を言いに来たのかコイツは。

なんとなく侍女のマーナみたいで鬱陶しい。

 

「うるさいな。わかってるさ、そのくらい。でも、私は父に言われたんだ。やりたいことをやれってな。だからそうしてるんだ。」

 

『それでも限度があります。レジスタンスなど、根底にあるのは憎しみだけです。それに参加するなど何の勉強になるんですか?』

 

彼女の物言いに、私は腸が煮えくり返った。

酸素マスクが着いているのも気にせず怒鳴る。

 

「なんだと!!お前に皆の思いの何がわかるって言うんだよ!!」

 

『えぇ、わかります。憎しみです。態々身を置いて、それがわかりませんか?なら、あなたを送り出したお父上の心遣いは全くもって徒労と化していますが。』

 

「お前っ──」

 

なんなんだコイツは!

顔は包帯まみれだが見えるところは綺麗だし、声も透き通っていて女らしい。私にはあんな女っぽくするなんて無理なくらいだ。

けど、言うことは物凄くムカつく。

 

『逆に、あなたはどうして憎しみではないと思うんですか?』

 

「それは、皆は守りたいものの為に戦っているからだ!そんなわかりきったことを」

 

私は臆することなく答える。それ以上でもそれ以下でもないからだ。

ぼやけて彼女の表情はよくわからないが、声色は冷淡だ。私の感情とはまるで真逆だ。

 

『じゃあ、何故守りたいからと銃でMSに挑むのかしらね?自分達が勝てないことくらい、わかっていると思うのだけど。まだ正規軍の兵士に志願していた方が説明がつくわ。』

 

「た、倒してるさ!RPGやTOWで、バクゥの一体二体──」

 

『その一体二体のために、仲間は何人死んだの?どれだけの時間と物資を注ぎ込んだの?それだけの犠牲に釣り合うものをあなた達は得ているのかしら?全くもって効率が悪いわね。』

 

大尉は徹底した理詰めで意見を言う。

なんか、ミナみたいなヤツだと思った。

ミナほど老けてないが。

 

アイツは苦手だ。

だから、私は目の前のこの大尉も苦手な種類の相手だった。

 

「効率良く戦って何になるんだよ!地球軍はあそこの人達を助けてくれないじゃないか!だから皆戦ってるのに」

 

『戦わなければならないほど、あなた達は弾圧されたり搾取されたりした?私が知る限り、砂漠の虎は良心的な軍政を敷くことで有名なんだけど。』

 

「それは───」

 

私は答えに詰まってしまう。

確かに大尉の言う通り、砂漠の虎がやった酷い事といえばタッシルを焼いた事くらいだ。

それまでは、軍人を町に寄越すことはあってもMSや銃で脅すなんて事はなかった。

 

『敵わないとわかっていながら、武器をとって戦う。それも、別に戦わなければいけないような相手でもないのに。じゃあ、あなた達は何故戦うの?』

 

「………自分達の土地を、守るためだ。」

 

『彼らは、あなた達の土地を奪いに来た訳ではないと思うのだけれど?』

 

「……………」

 

ダメだ、反論が尽く潰されてしまう。

悔しいけど、大尉の言う事はよくわかる。

納得してしまう自分がいるのだ。

 

『わかった?私が憎しみだっていうのは、そういう事なの。言い方が悪いのはわかるけど、あなた達の戦いは非効率もいいところ……なんの生産性もない、得るものもない、いたずらに命だけが消費されていくだけでしかないのよ。』

 

「じゃあ、どうすりゃよかったんだよ!?」

 

もう、私は感情論に任せるしかなかった。

負けず嫌いの性分なのだ、私は。

やられっぱなしじゃ悔しくて仕方ない。

 

『あのね、民間人がそもそも戦闘行為に参加することそのものが国際法では違法なの。犯罪者一歩手前なのよ。民間人が戦闘行為に参加するには民兵か義勇兵になるしかない。でも、義勇兵は正規軍に従属しなければならないし、あなた達は民兵っていうほど組織化もされてない。国の後ろ楯もないんじゃ認められないわ。あなた達、土地の有力者くらいしかバックにいないでしょ?そういう後ろ楯のない民間人の戦闘行為、戦時国際法では便衣兵とかゲリラって言うのよ。最悪テロリスト』

 

「クソッ───悪かったな、そんなんで。けど、戦うのはそんなに悪いことなのかよ!?」

 

つくづく、大尉は理詰めが好きらしい。

法律とか国際法はならったけど、そこまで考えたことがないのだ。

私が歯軋りしていると、大尉は急に話を変えた。

 

『………あなた達が戦って、得するのは誰?この世界でザフトと戦っているのは?』

 

「…………地球連合」

 

そう聞かれれば、そう答えるしかない。

この戦争はザフトと連合がやってるのだ。それは誰が見ても明らかだ。

 

『そうよね?アフリカ共同体はザフト支援国家だもの。地球連合にとっては鬱陶しくて仕方ないわ。だから潰したい。じゃあ潰すために、予めザフトを弱らせておきたいと思ったら?私なら予め、地元の住民を焚き付けて暴れさせるわね。』

 

「お前っ!!」

 

『例え話よ。でも、違わないでしょ?あなた達は実際に砂漠の虎相手に暴れてるんだもの。自分達が連合の手先だとは知らずに、ね。』

 

「……………っ」

 

言われれば言われる程、大尉の言葉に納得するしかない。

確かに、私達が戦って利するのは連合だ。

でも、連合は私達が死んだって痛くも痒くもない。

つまり、私達は使われるだけ使われて捨てられる存在でしかない。

良いように利用されているのだ、私達は。

憎しみを利用されてるだけの、バカな民衆なのだ。

 

『外から見るのはいい。でも、ほだされて中に入ってしまうのは関心しないわね。あなたがとても他人思いで、困っている人を見捨てられない性格だって事はよくわかったわ。でも、それはお父上の言ったことと相反する事でしょうに。お父上は"困っている人達を助けてこい"と、あなたに言った訳じゃないでしょう?』

 

「…………そうだよ、父には世界の事をなにも知らんって言われて、ムカついたから出てきたんだ。ただの家出だよ。悪いか?」

 

私は敗けを認めた。

これ以上はひたすら惨めなだけだ。

すると、大尉は1つため息を吐くと突然自分の身の上を語りだした。

 

『…………私も似たような事で実家を出たわ……母と喧嘩したの。だから、悪いなんて思わない。けど、褒めもしない。私は家を出たことを何度も後悔した。弟と殺し合わなきゃいけないんだもの。失ったものは、もう二度と戻ってこない………あなた、私が助けなければ命を落としたかもしれないのよ?』

 

大尉は、どうやら私の境遇が自分と似ていると思ったようだ。

大尉は自分の反省を私に生かそうとしているのだろう。

 

しかし、気になるのは弟と殺し合っているという文言。

大尉はどうみてもコーディネイターだ。髪色が自然(ナチュラル)じゃない。

大尉の出身がどこか、わかったような気がした。

 

「お前……もしかしてプラントの出身か?」

 

『そうよ。あなたはまだ戻れる。だから、自分の身の振り方はよく考えなさい………私みたいにならないために。』

 

そういうと、大尉は片目を押さえていた。

あの下には多分目がないのだ。

失ったものは二度と戻ってこないという大尉の言葉が脳内で反芻される。

 

私が大尉に助けられなかったら、私は命を失っていた。

確かに、失っても戻ってこないなと思う。

それを大尉は私にわかって欲しかったのだ。

私はそんな大尉に、素直に礼を述べた。

 

「…………わかったよ。その……ありがとう。」

 

『そう………それと、私はエミリアよ。お前じゃない。』

 

「エミリア、か。じゃあ、私もあなたじゃなくてカガリだ。ん?あれ、さっき別の名前だったよな……」

 

『気にしないで。エミリアが私の本名なの。』

 

多分、身分を隠さないといけないんだろうなと勝手に推測した。

連合にいるコーディネイターなんて、まともな扱いは受けてない筈だ。

 

ふと、私は別に気になることができてエミリアを呼び止めた。

 

「そうなのか。あ…………なぁ、エミリア?」

 

『何?』

 

「これ、トイレってどうすんだよ?」

 

私は催したのだ。

けど、どうやっていいのかわからず我慢していた。

そろそろ決壊しそうなので、たまらず聞いてしまっていた。

 

『………着いてるでしょ、股間に。自動排泄処理装置。』

 

「そのままやれって事か!?」

 

気にしないようにはしていた。

確かに、股間には取り付けられているのだ。それらしい機械が。

当然そんなものが着いていると違和感しかないので外そうかなとも思ったが、思いの外ガッチリ着いていて外れなかった。

多分患者が勝手に外せないように出来てるのだろう。

だから気にしないようにしていたのだ。

 

『そうよ。外に漏れるような事はないから安心しなさい。』

 

「…………わかった。」

 

ここは一先ず、エミリアの言うことを信用しようと思う。

何せ、本当に我慢の限界なのだ。

 

私はブラインドを閉めると、()()()()()

 

 

 

 

 

『………』

 

「────んぁっ!?な、なんだ、これぇっ─あうっ」

 

突然だった。

出たと思ったら、出る端から吸い出されるのだ。

その何とも言えない感覚に歯の根が合わなくなる。

 

『気持ちいいって思えば楽になるわよ、ソレ。傷が治るまでは諦めなさい。』

 

気持ちいいってどういうことだよと思った矢先、水が吹き付けられて洗われる。

てか勢いが強すぎる。ビリビリしてきた。

洗浄機能だと思うが、このリズミカルな水の噴射は悪意があるとしか思えない。

それに装置全体がやたら振動して───

私は思わず叫んだ。

 

「ちょ、まっ──あふぅんっ───だ、出してくれぇッー!エミリアァッッッ!!キサカァァァ!!」

 

『フフフ…………』

 

畜生っ、アイツ覚えてろよ!!

私は羞恥と恥辱に体を震わせながらそう誓った。

 



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バナディーヤの休日

□□□□□

 

Side:キラ

 

 

「バナディーヤ、か………見かけは平和ね」

 

「そうですね。仮にも砂漠の虎が治める街って事でしょうか?」

 

僕はエレナさんと二人、バナディーヤの街に来ていた。

近くには陸上戦艦レセップスが鎮座する、砂漠の虎のお膝元だ。

そんな場所だから寂れていたりするのかと思っていたが、街は賑わい、人々が生き生きと生活していた。

 

 

なんでそんなところに二人で来ているのかといえば、バナディーヤ偵察という名目で僕たちに外出許可が出たからだ。

エレナさん曰くラミアス艦長が気を回してくれたらしい。

 

バナディーヤには僕達だけではなくバジルール中尉達も一緒だ。

アークエンジェルの補給物資や備品を調達するとかで、地元の有力な商人の元を訪ねるのだとか。

 

その間僕達は街を散策する事になっていた。

 

隣の歩くエレナさんの格好は黒いインナーで肌を覆った以外はへリオポリスで着ていた私服と同じだ。

クールビューティーで知性的なエレナさんは学内でもよく目立っていた。

フレイが天真爛漫なお嬢様だとすれば、エレナさんは憧れのお姉さんという感じだ。

 

故にエレナさんを狙っている男子も結構いた。

けど誰も成功したなんて噂は聞いたことがない。

何故なら、エレナさんの容姿やら格やらが自分と違いすぎて皆戦う前から逃げてしまっているのだ。

つまり高嶺の花。

 

まぁ、院生と言いながらプラントでは現役造船技士だったのだから格が違うのは当たり前な気がする。

 

そんなエレナさんが今僕の隣を歩いている。

右目に包帯を巻いてはいるが、見えてる顔の部分は相変わらず綺麗だ。

むしろ包帯によってミステリアスな雰囲気を一層強く醸し出し、大きな魅力になっていた。

 

伏し目がちな透き通った青い瞳は僕の心を惹き付けてくる。

長い銀髪も風に靡いてきらきらと光輝いていた。

 

僕よりも背が高くてスタイルもいい。身長はラミアス艦長と同じくらいだ。

服は体の線が出やすいものを着ているので、エレナさんのしなやかな体つきは服の上からでもよくわかった。

 

憧れの美人女性とデート………

なんて考えが頭に浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返した。

そして僕も男だ。

どうしても目がいってしまうのだ。

シャツの下に隠れた、ラミアス艦長と同じくらい大きな胸に……

 

ってダメだ、この人をそんな目で見ちゃ!

 

「キラ君、少しあの店に寄ってもいいかしら?」

 

「えっ、あ、はい。」

 

エレナさんが突然通りの店の一つを指差すとその店へ入っていった。

なにかと思って着いていくと、なんと薬局らしい。

 

エレナさんは少し店内を物色した後、何かの箱をいくつか棚から取ってお金を払っていた。

 

エレナさんが取っていた箱を見ると、医療用眼帯だった。

 

「包帯じゃ少しね。巻くのも大変だし……ちょっと待ってて貰える?」

 

そう言うと、エレナさんは店と店の間の路地へと隠れるように入り込む。

それから1分くらいで戻ってきた。

 

右目を覆っていた包帯が眼帯に変わり、痛々しさが大幅に軽減された。むしろ白い眼帯がチャームポイントになっている。

 

眼帯なら着けていてもそれほど違和感がなく、事情を知らなければものもらいか何かだと思われるだけだろう。

傷は上手く前髪と化粧で隠れて目立たない。

 

「どうかしら?」

 

「ずいぶんマシになりましたよ、いいじゃないですか!」

 

「そう…ありがとう。それじゃ、一先ず皆に頼まれた物の買い出しに行きましょうか?」

 

「はい!」

 

エレナさんは艶やかに微笑む。

ここ最近はアークエンジェル副長としてずっと気を張っていたのか、目付きが鋭くて少し怖かったくらいなのだ。

 

だが、今のエレナさんはへリオポリスにいたときと殆ど変わらない。

隻眼になっても、エレナさんはとても綺麗な人だった。

 

僕ってひょっとして今物凄く幸せなんじゃないかと思う。

だって学内の憧れの人と一緒に、考えようによってはデートしてるのだから。

 

「えっと次は、フレイの化粧品ね。これは……流石にあるかしら……」

 

「似たものじゃダメなんですか?あそこ、一杯置いてますよ?」

 

「キラ君、女の子がお化粧するのって大変なのよ?普段使ってる化粧品と違ったりすると、肌のりが悪かったりするんだから。」

 

「は、はい、すみません…」

 

「でもまぁ、そうね……どう考えてもこの街にヘリザリオはないし──あそこにしましょうか。」

 

軽く怒られてしまうが、僕を嗜めるエレナさんの表情も新鮮だった。

 

エレナさんは化粧品屋さんに入ると、実際に肌にのせたり匂いを嗅いだりして良いものを探しているようだ。

その女性らしい細やかな仕草はイメージ通りの大人の女性そのものである。

 

「ん……これがそれっぽいわね。これにしましょう。ミリィとマリューさんにも何かお土産に………肌が荒れてるみたいだし、美容液のほうがよさそうね」

 

さりげなくミリアリアやラミアス艦長の事を気にかけ、二人に良いお土産を選ぶ辺りもできる女性っていう感じだ。

ふと見ると、エレナさんは更にもう1つ美容液のビンを手に取っていた。

 

「あれ、それは……」

 

「あぁ、これ?バジルール中尉の分よ。あの人も色々と大変そうだもの。そのくらいは気を遣わないとね。」

 

「でも、あの人は……」

 

思わず言いそうになる。

バジルール中尉の報告のせいで、エレナさんはアークエンジェルに無理矢理残されたのだ。

 

「……思うところがないと言えば嘘になる。けど、同じ艦の同僚よ?生き残るためには皆で協力しなきゃ」

 

「………」

 

エレナさんのお人好しな性格を見ていると、僕は一つの童話を思い出す。

 

『幸福な王女の像』だ。

 

魂を持った美しい王女の銅像が不幸な人々の姿を見て嘆き、自らの装飾物である宝石や金箔を人々に分け与えていく話。

 

その童話では、装飾が剥げてみすぼらしくなった王女の像を街の人々は鋳溶かしてしまうのだ。醜いからと。

 

その王女像がエレナさんに重なるのだ。

他人のために動き、そして傷ついていく。

 

王女像はサファイアでできた片目を飢えに苦しむ少女に与えた。

その少女の歌が好きだったからだ。

 

エレナさんの片目も誰かに与えられたのだろうか?

誰かの命を繋いだから、片目を失ったのでは?

 

王女像は宝石を失った後も、金箔を剥がしては貧しい人々に分け与えた。

後にその人々が自分を砕いて溶かす事になるとも知らずに。

 

エレナさんは何度も血反吐を吐いてきた。

誰のために?

僕達のためにだ。

 

エレナさんはアラスカに着けば、地球軍や政治家によって使い潰される事になる。

 

王女像のように。

 

溶かされた王女像の銅は軍隊に買い取られ、大砲へと鋳変えられた。

大砲へ変えられた王女像の魂は、戦場で多くの命を奪うようになってしまった自分を嘆き悲しむが、自分ではどうにもできない。

 

そして、最後は擦りきれて砕けてしまうのだ。

 

童話の結末がまるでエレナさんの運命を示しているように思えて、僕は胸が締め付けられるような想いだった。

 

そして一つの事を思い出す。

その王女像には、一羽の仲間がいた。

 

渡り鳥だ。

渡り鳥は王女像の肩で翼を休めていた時に、王女像から協力を呼び掛けられたのだ。

渡り鳥は王女像の宝石や金箔を人々に運ぶ役目を持っていた。

しかし、渡り鳥は王女像に献身的に尽くしたせいで渡りの時期を逃し、やがて冬が来て凍え死んでしまう。

 

王女像はそれを嘆くが、死んだ渡り鳥は犬に食べられてしまった。

 

渡り鳥は、もしかして僕じゃないのか?

エレナさんを助けようと戦っているが、その実エレナさんの命を削っていたりしないだろうか。

 

もしそうなのだとしたら、僕が戦うのをやめなければ童話の通りになってしまう。

けど、戦うのをやめてもエレナさんは戦い続けるだろう。

 

僕は渡り鳥の役割をもうやめることはできないのだ。

王女像の肩に止まったその時から。

 

なんて皮肉な話だ。

 

「キラ君、どうしたの?」

 

「───い、いえ、何も。」

 

「………他、行きしょうか。次はキラ君の行きたいところにしましょう。たまには羽を伸ばさないとね」

 

「そ、そうですね。ハハハ……」

 

鳥を連想する単語を聞くと僕は嫌な気分になった。

優しく気遣ってくれるエレナさんが、王女像に思えてしまうから。

 

「………やっぱり、私みたいな傷物女と歩いても…あまり面白くないわよね……ごめんなさいね。」

 

エレナさんが伏し目がちになり、悲しそうにうつむいた。

僕は慌てて取り繕う。

 

「い、いえ!そんなことないです!エレナさんは傷物なんかじゃ───えーっと、あ、あの店行きましょうよ!美味しそうな物売ってますよ!」

 

そう言って、僕は無理矢理エレナさんを引っ張っていった。

適当に目についた露店へと駆け寄る。

美味しそうな匂いがしてたから、何か食べれば元気になると思ったのだ。

 

 

「キラ君………」

 

「ハリネズミの、串焼き………」

 

しかし、その露店で売っていたものを見て僕達は黙りこんでいた。

ハリネズミなのだ。

しかも、焼かれている隣では生きてるハリネズミが檻の中でトコトコ歩き回っている。

 

「匂いはその……美味しそうだけど………」

 

「…………」

 

エレナさんは顔をひきつらせていた。

必死にフォローしてくれようとしているが、僕はそれを見ていたたまれなくなってしまう。

僕はなんで匂いだけでここに来てしまったのか後悔した。

 

冷やかしと思われたのか露店の主から追い払われてしまい、僕達は再びウィンドウショッピングへと戻った。

あまりショーウィンドウはないけど。

 

なんとなく気まずくなり、黙ったまま歩いていた時。

 

銀髪の目付きの鋭い男が走ってくるのが見えた。

物凄い形相だ。

 

僕はどうしたものかと身構えるが、隣のエレナさんは驚きの表情を見せて固まっていた。

 

「イ……イザーク…………?」

 

「姉上ェッッッ」

 

 

その銀髪の男は、僕を押し退けるといきなりエレナさんへ抱きつく。

僕は何がなんだかさっぱりだった。

 

「やはり姉上だったのですね!──よく、よくご無事で───」

 

「イザーク、あなたも…!無事で本当によかった……!」

 

エレナさんはいきなりその男に抱き着かれたにも関わらず、それを抱き締め返していた。

どうもただならない関係らしい。

 

そして、二人を見ていてあることに気づく。

二人とも、顔立ちや髪の色、瞳の色までよく似ているのだ。男の方も中性的な顔立ちな上に髪型も独特で、遠目に見れば女性に見えなくもない。

まさか、姉弟!?

さっきから男は姉上って言っているし間違いない。

 

男はエレナさんの眼帯を見て血相を変え、この世の終わりだとでも言わんばかりに悲鳴をあげた。

 

「姉上、そちらの眼帯はどうされたのですか!?」

 

「───ただのものもらいよ、気にしないでイザーク。それよりも、あなたもどうしたの?その傷」

 

さらりと流すエレナさんに僕は唸る。

顔色ひとつ、目も泳がせず嘘をついたのだ。

弟──イザークさんの顔にも大きな傷があり、それを見てエレナさんは顔をしかめていた。

 

「これは、その……戦場で負傷しまして……」

 

「っ…………」

 

「そんな悲しい顔なさらないでください、これは軍人としての誉れです。それに、戦争が終われば消すつもりです。」

 

「そ、そう………なら……」

 

エレナさんが悲痛な表情を浮かべた為、イザークさんは慌てて取り繕っていた。

あんな顔されたら僕でもそうする。

 

「しかし、まさかここで会えるなんて……というか、無事なら知らせていただきたい!死ぬほど心配したんですよ!?」

 

イザークは物凄い剣幕でエレナさんに詰め寄る。

周りの人が何事だと見るくらいだ。

エレナさんもその剣幕には流石にたじろいでいた。

 

「ご、ごめんなさいイザーク……その、色々あったのよ。手紙を出す余裕もなくて……あなたはどうしてここに?」

 

「任務です。姉上にもこればかりは……」

 

それを聞いて僕はビクリとした。

任務?

そういえば前に、エレナさんは弟がザフトにいると言っていたのを思い出す。

じゃあ、このイザークさんは敵兵って事じゃないか。

 

僕もアスランと敵同士。

最後に戦った時、アスランからは「次会った時お前を撃つ」と言われている。

そう言われた時は本当にキツかった。

 

イザークさんの様子を見ると、僕やアスランのようにお互いを敵軍とは認識してなさそうだ。多分、イザークさんはお姉さんが敵の士官だなんて気づいてすらいないだろう。

 

地球軍士官で副長までやってるのに、まるでそれを微塵も敵軍の弟に感じさせないなんて本当に器用な人だなと思う。

 

「そう……はるばる地球にまで………まだクルーゼ隊にいるの?」

 

エレナさんはイザークさんの配属されている部隊を聞いていた。

 

クルーゼ隊といえばずっと僕達を追ってきた相手。

アスランもクルーゼ隊だった筈だ。

もしかして、エレナさんは弟が敵部隊にいると知っていてずっと戦っていたのか?

 

だとしたら、僕がアスランの事でくよくよしているどころの話じゃない。

肉親と戦わないといけないなんて。

 

「いえ、今はバルトフェルド隊にいます。砂漠の虎なら、姉上もご存じですよね?」

 

ちょっと待て。

バルトフェルド隊は僕達が今対峙している相手じゃないか。

じゃあ、エレナさんはまた弟のイザークさんと戦わなきゃいけないのか?

流石にこれにはエレナさんも動揺しているのか、一瞬言葉が詰まったように感じた。

 

「え、えぇ、知ってるわ。そう……バルトフェルド隊長の元にいるのね。隊長はいい人?」

 

「ま、まぁそれなり───」

 

「誰がそれなりだってぇ?イザーク君?」

 

「バ、バルトフェルド隊長!?いつの間に──」

 

突然、ハットにサングラスを着けた背の高い男がイザークさんに話しかけてきた。

バルトフェルドって、まさか……

 

「僕は神出鬼没が売りでねー。こちらのお嬢さんは……あぁ、かの有名なエミリア・ジュール嬢か。君がびっくりするくらい思いを寄せてる──」

 

「それは言わないでいただきたい!姉上の前なのです、勘弁してください!」

 

「なら僕の悪口言わないでほしいなぁ~。あ、紹介が遅れたね。僕はアンドリュー・バルトフェルド。よろしく」

 

「エミリア・ジュールと申します、どうぞお見知りおきを……いつも弟がお世話になっております。バルトフェルド隊長のお噂は予々(かねがね)……」

 

嫌な予感が的中してしまった。

目の前にいる男が敵の隊長その人なのだから。

エレナさんは普通に挨拶しているが、よくあんなに冷静に対処できるなと思う。

というか、雰囲気が一気に社交的になった。

普通、敵軍の隊長に会ったらもっと動揺するものだろうに。

 

「おぉ、ありがたいねぇ。あと僕と話すときはそんな固くならなくていい。堅苦しいのは嫌いでね。えーっと、そちらの彼は?」

 

バルトフェルドさんはまるでフラガ大尉のようにつかみどころのない人らしく、ヘラヘラと笑いながら楽しそうに喋っている。

そして突然、僕に話を振ってきた。

僕は完全に蚊帳の外だったので意表を突かれてしまう。

 

「あ、えっと……」

 

「キラ・ヤマトです。カレッジの後輩でして……一緒にへリオポリスからここへ」

 

素早くエレナさんが助け船を出してくれた。

僕は内心感謝しながらも、咄嗟に作られたその設定に唸る。

どうやら、僕はエレナさんと二人へリオポリスから脱出したことになったらしい。

下手なことは言わないようにしないと、エレナさんの足を引っ張ってしまいそうだ。

 

「っ…」

 

イザークさんの顔が歪む。

そういえば、へリオポリスを襲撃したのもクルーゼ隊の筈だ。

もしかして、お姉さんのいるコロニーを襲ってしまった事を後悔していたのだろうか?

 

「んー、へリオポリス………そうか、君達も大変だったんだな。恨むならクルーゼを恨んでくれたまえ。」

 

バルトフェルドさんはそんなエレナさんを気遣うように優しく声をかけてくる。

それと、何故か味方のはずのクルーゼを(けな)していた。

元上官を貶されたのが癪に触ったのか、イザークさんがバルトフェルドさんに噛みつく。

 

「隊長!」

 

「何かなイザーク君?」

 

「その、あまり友軍の事を悪く言われては……」

 

そのイザークさんをバルトフェルドさんは適当にいなしてしまった。

イザークさんは歯噛みするが、それ以上は噛みつかない。

それを見るエレナさんは苦笑いを浮かべていた。

 

「そうかねぇ?僕、あいつ好きじゃないんだよねぇ。マスクとか趣味が悪いしさぁ。あ、そうだ!こんなところで立ち話もなんだし、ケバブでも一緒にどうだい?腹が減っただろう?」

 

「えっ……」

 

思わず声が出てしまう。

敵軍の隊長に食事に誘われるなどどう考えてもまずい。

しかし、エレナさんはどうも違うらしかった。

 

「そうですね……それでは、お言葉に甘えて。イザーク、キラ君、どうかしら?」

 

「私は異存ありません。」

 

「ぼ、僕も……」

 

エレナさんに言われ、僕は頷いてしまう。

何か考えがあるのだろうと思ったのだ。

 

バルトフェルドさんは僕達を連れ、お勧めだというケバブ屋に行くと席についた。

オープンテラスの席に四人で座る。

 

何かイザークさんの僕を見る目付きがやたら刺々しく、僕は早くこの場から逃げたくて仕方なかった。

 

「これを4つ頼む、それから飲み物も。コーヒー、飲めない人いるかね?」

 

「私はコーヒーで構いません。キラ君は?」

 

「僕も大丈夫です。」

 

「私は紅茶でお願いします。」

 

「じゃあ、コーヒー3つと紅茶1つで頼む。」

 

「わかりましたネ」

 

ウェイターを呼び止め、バルトフェルドさんは料理と飲み物を手早く頼んだ。

馴染みの店らしく手慣れている。

 

「さてと──いやぁ、しかしよかったねイザーク君、愛しの姉君に会えたじゃないか。死んだと思ってたんだろう?」

 

「ですから隊長!姉上の前ではやめていただきたい!」

 

「えっ、イザーク……?」

 

「い、いえ……その、状況を(かんが)みてですね……」

 

バルトフェルドさんとエレナさんに言われ、イザークさんはしどろもどろになっていた。

だがまぁ、イザークさんがエレナさんを死んだものと認識しても仕方ないと思う。

それだけの事なのだ、コロニーの崩壊というのは。

 

「彼ねぇ、エミリア君のお墓を建てようとしてたんだよ。よかったねぇ、建てる前に見つかって」

 

「全くです!縁起でもない。」

 

「そう……ごめんなさいイザーク。でも、私も大変だった事は理解してほしいの。救命ポッドがたまたま商船に拾われて助かったけど、それからここまで来るのに移動に移動の日々で…」

 

多分、エレナさんはイザークさんに話しているように見せかけて僕にも設定を説明しているのだ。

ボロが出ないように。

 

「そう、でしたか……あの、姉上。実は申し上げねばならないことが」

 

「なに?」

 

「………その、へリオポリスを襲ったのは私の部隊なのです。もうご存じかもしれませんが……姉上をこんな目に遭わせてしまい、本当に申し訳ない。」

 

イザークさんの告白に、僕はなんとも言えない複雑な気持ちになった。

へリオポリスを襲撃したザフト兵が目の前にいて、しかもその人はエレナさんの弟で。

顔も名前も知らなければどうとでも思えたが、目の前にいるイザークさんは姉思いの弟さんなのだ。

そんな人がへリオポリスを襲ったのかと思うと、僕は彼をどんな風に捉えればいいかわからなくなった。

 

「イザーク……いいの、あなたも軍の命令だったのでしょう?なら、あなたが悪い訳じゃない。戦争が悪いのよ。」

 

「姉上……いえ、悪いのはナチュ──」

 

「はいそこまで!感動の再会が台無しになっちゃうじゃないの。今は君の姉上の無事を祝う時だよ?」

 

イザークさんが言いかけた言葉。

それは多分、プラントに蔓延るナチュラル蔑視の影響なのだろう。

エレナさんはこれが嫌でプラントから出てきたのかと思うと、なんと無くだが納得できた。

イザークさんはバルトフェルドさんの横槍で言いかけた言葉を飲み込む。

 

「───はい、隊長。」

 

「よろしい。さて───エミリア君、君達はこの後どうする予定なんだい?バナディーヤに滞在するなら僕が面倒みよう。宿代だって馬鹿にならないだろうし、部下の姉君とそのご友人を放り出すのも目覚めが悪い。」

 

「お心遣い感謝いたします、バルトフェルド隊長。ですが、私はキラ君とオーブへ向かおうと考えておりますので……この後すぐ、また移動しなければなりません。」

 

バルトフェルドさんの計らいにエレナさんはすぐにそれらしい嘘をつく。

知らなければ多分騙されるレベルの精巧な嘘だ。

 

バルトフェルドさんも、話していてわかったが器量の大きな好い人みたいだ。

こんな人が敵軍の隊長なのだと思うと、僕は戦うのが嫌だなと思った。

というか、できれば戦いたくない。

 

「っ……」

 

「あぁそうなんだ、大変だねぇ。ということは、その準備の為にここで買い物してるって事かな?その割には化粧品が多いような──」

 

「あぁ、これは自分用と、他にも何人か友人がいますのでその人達の分です。御察しの通り、移動に備えての買い出しです。この先大きな町もありませんから……」

 

買っている品物を見られ僕は痛いところを突かれたと思うが、エレナさんは見事に切り返した。

嘘なのにそれっぽく聞こえてしまうのが凄い。

 

すると突然、隣のイザークさんが身を乗り出して叫んだ。

周りの視線がこのテーブルへと集まる。

 

「姉上!どうしてオーブになど…!プラントへ戻ればよいではありませんか!?」

 

「イザーク……私はキラ君や友人をオーブまで送り届けなければならないの。それに………戻ったところで、私に居場所はないでしょう?」

 

「ッ……俺がどうにかします!ですから姉上、どうか……もうあんな思いをするのは嫌なんです…!姉上を失うなどと……」

 

「イザーク………ごめんなさい。やっぱり、プラントへは戻れないわ。」

 

「何故です姉上!母上の事がご心配なら、俺が──」

 

「あなたと意見が対立するのよ?再会してすぐに。母上と私が相容れると思う?」

 

「っ───」

 

「…………わかって、イザーク。私も本当はあなたと暮らしたい。けれど、駄目なのよ。戦争が終わらなければ、私は帰れない。」

 

イザークさんはエレナさんに言いくるめられ、歯噛みながら沈黙する。

エレナさんは嘘は言ってない。

僕達を守るためというのは本当の事だし、地球軍士官の彼女は戦争が終わらない限り除隊できないのだから。

 

しかし、こんな嘘をついているエレナさんの心境はどうなっているのだろう?

イザークさんやバルトフェルドさんと戦わなければいけないのに、疎開する避難民を演じている。

本当ならプラントに行きたいだろうに、僕達がいるから行けない。

 

 

「………あぁ、嫌だねぇ。戦争なんてさ。君達みたいな姉弟が仲良く暮らせないんだから。ねぇ、そっちの君?」

 

「えっ、あ……はい。僕もそう思います…」

 

突然僕に話が振られる。

無難に答えると、バルトフェルドさんは同意するように何度も頷いた。

そしてこちらが本題だという風に続けたのだ。

 

「んー、どうすれば戦争って終わるのかねぇ……スポーツみたいに得点や時間もない……色んなものがごっちゃになって終わらせる糸口も見えないってのにね。君達はどう思うね?」

 

「……………」

 

そんなこと言われたって、僕に答えなんか出せるわけない。

僕が出せるくらいなら戦争はとっくに終わってる。

 

「それは、ナチュラルを潰せば終わります!」

 

「どちらかが滅びるまで、か。やっぱ、そうなのかねぇ……」

 

逆にイザークさんは物騒な返答でバルトフェルドさんの質問に答えた。

お決まりの答えなのではないかというくらい、バルトフェルドさんはつまらなさそうに言った。

 

その姿を見て、もしかしてバルトフェルドさんは別の答えを聞きたいのではないかと思う。

 

でも、僕はこういう時頼りになる人を一人知っているのだ。

そして幸いな事に、その人は僕のとなりに座っている。

 

 

「いいえ、バルトフェルド隊長。絶滅戦争(ジェノサイド)は何の利益にもなりません。人類にとって、です。そもそも、この戦争は経済戦争なのです。表書き(コーディネイター差別)が大きすぎて見えにくいかもしれませんが。」

 

「ほぅ……聞かせてくれるかな?面白そうだ」

 

バルトフェルドさんはエレナさんの返答に目を見開かせると、面白そうになってきたと言わんばかりにエレナさんの話に耳を傾けさせ始めた。

 

やっぱり、この人も期待してたんだ。人とは違う答えに。

そして、その答えが出せる人間が出てくるのを。

 

「はい。そもそもこの戦争を極端に単純化すれば、理事国から独立を目指すプラントと、それを阻止しようとする理事国間との内紛に端を発します。ですから、プラント側の自衛のための独立戦争と見ていいでしょう。それが、血のバレンタインやエイプリルフール・クライシスによって双方引くに引かれなくなり、戦局は今日のように泥沼化したものだと思います。」

 

「ふむ、まぁそうだよねぇ。」

 

バルトフェルドさんはとても面白そうに続きを催促する。

僕と、それと多分イザークさんも続きを早く聞きたかった。

エレナさんもそれに応えてくる。

衝撃的な答えで。

 

「結論から先に言わせていただきますね。ザフトの軍人であるバルトフェルド隊長やイザークには癪にさわるかもしれませんが……この戦争を終わらせる事ができるのは、地球連合だけです。」

 

「なっ、姉上ッ!!」

 

エレナさんの台詞にイザークさんが身を乗り出すが、それを手早くバルトフェルドさんが宥めた。

流石に砂漠の虎と呼ばれているだけあって素早い。

 

エレナさんの答えは前にジャンさんに聞いたものと同じだ。

二人が教師と教え子の関係というのは知っているが、まさかどちらかが相手に影響を与えたのではなかろうか?

それなら、同じ答えが出てくるのも納得いく。

 

「ドウドウ、イザーク君。へぇ……僕達がどれだけ頑張っても、戦争は終わらないと。君はそう言いたいのかね?」

 

「はい。極論ですが、プラント側に戦争を終わらせる力はありません。下手な努力はむしろ戦争を泥沼化させるだけです。」

 

「姉上!!まだそんなことを申しているのですか!?」

 

「イザーク君、ちょっと君は落ち着くということを知りたまえ。まあ、僕もやぶさかじゃないんだけど。続き、頼めるかな?」

 

イザークさんはどうもかなりプライドの高い人らしく、エレナさんにも気に食わないことがあると噛みついていくようだ。

バルトフェルドさんも自分の戦いには意味がないと言われているようなものなので、顔は笑っていても目は笑っていなかった。

エレナさんが頷きながら話を続ける。

 

「………先程地球連合しか戦争を終わらせられないと申し上げましたが、厳密には地球連合が戦争を止めなければ終わらないということです。ご存知かもしれませんが、地球連合というのは本質的にはプラント理事国による軍事同盟です。」

 

そうだったのかと僕の目から鱗が落ちた。

でも、言われてみれば納得だ。

 

地球連合の中核になっているのは三か国。

大西洋連邦・ユーラシア連邦・東アジア共和国。

この三つはプラント理事国であり、戦前はプラント運営によって莫大な利益を得ていた。

他国を経済的に引き離して急成長する程に。

 

プラントという名前だって、物を産み出すという意味合いで付けられたのが最初だ。

 

「うん、段々君が言いたいことがわかってきたぞ。つまりこう言う事だろう?プラント理事国はプラントからの利益を手元に置いておきたい。だからプラントを屈服させたい。多少の犠牲を払ってでも、戦後プラントから巻き上げれる利益を考えればやむ無し──そんな感じだろ?」

 

バルトフェルドさんも答える。

エレナさんの答えを補完するような感じだ。

 

「はい。ですから、プラント理事国が戦後のプラントから獲られる旨味を消せば、プラント理事国は戦争継続の意味を失っていくでしょう。そうなれば、(おの)ずと終戦に向かう筈です。」

 

金のなる木を手放したくないプラント理事国。

そこから脱却したいプラント。

こういう構図として見れば確かに、理事国が手を引かなければ戦争は終わらないと思う。

 

逆にプラントが金のなる木でなくなれば、莫大な負担をしてまで戦争を続ける意味はなくなる。

プラント理事国は馬鹿らしくなって戦争をやめたくなるに違いない。

 

ここまで単純化して考えれば、戦争解決への糸口は見えたも同然だ。

それを見出だし、わかりやすく解説してくれるエレナさんは本当に凄い人だと思う。

そう思っているのは僕だけでないようで、バルトフェルドさんは軽く手を叩きながらエレナさんを誉め、イザークさんも先程噛み付いていたのが嘘のように首を縦に振っていた。

 

「うーん、面白い!そして現実的だ。君の姉上の論考は勉強になるねぇイザーク君。君も見習ったらどうだい?」

 

「うっ………そうですね。流石姉上です。ですが、それではプラントはどうなるのですか?連合が手を引くほど旨味がないなど、そんな事をすればプラントは荒廃していくという事ではないですか?」

 

ここにきてイザークさんは新たな質問をした。

確かに戦争は終わるかもしれない。

しかし、金のなる木ではなくなったプラントはどうなる?

プラント市民であるイザークさんとしてはやはり気になるのだろう。

 

「イザーク、何も私は引き算をしろといった訳ではないの。足し算してみなさい。連合の方にね?」

 

「っ………姉上のその抽象的な言い方は嫌いです。」

 

エレナさんはそんなイザークさんに悪戯っぽく聞き返した。

それを見てイザークさんは拗ねてしまう。

 

「じゃあ僕が答えようかな!足し算って事はあれだろう?()()()()を連合に掴ませる。そういうことじゃないかな?」

 

「はい、流石はバルトフェルド隊長です。」

 

成る程、連合が戦争よりも旨味のある別のなにかを知ればそちらに傾く。そういうことなのか。

エレナさんの問いかけの意味がわかった。

 

「ハハハ、誉めてもおごるくらいしかできないよ!で?その具体的な方法は?」

 

「残念ながらそこまでは……期待させてしまい申し訳ございません。」

 

「そうか……いや、君の考えはとても新鮮で面白かったよ。十分過ぎるくらいだ。お、ケバブが来たみたいだな」

 

エレナさんの問答が終わり、バルトフェルドさんは満足そうに何度も頷いていた。

バルトフェルドさんの気持ちもわかる気がする。

 

エレナさんの話を聞くと、この嫌な世界に光明が見えたような気がしてくるのだ。

エレナさんの話から希望を抱きたくなるのである。

 

 

そんな僕たちの元に、注文していたケバブが運ばれてきた。

羊肉を薄くスライスしたものを薄いパンで挟んだ料理らしい。香辛料のスパイシーな香りが絶妙だ。

 

「これが………」

 

「ようし皆聞いてくれ!ケバブにはヨーグルトソース一択だ。チリソースは正直合わんからなぁ!!」

 

バルトフェルドさんはケバブと共にテーブルに置かれた二色のソースボトルを手にし、白い方を持ち上げて赤い方を押し下げた。

何か拘りがあるらしい。

 

「───隊長、まだそんな事を言っていらっしゃるのですか……ケバブにはチリソース、ここは譲れません…!」

 

「──ほぅ…………君とは早々に雌雄を決せねばならんようだな?イザーク君。」

 

「フッ………俺はディアッカのようにはいきませんよ…?」

 

そんなバルトフェルドさんの拘りに、イザークさんは正面から噛み付いていた。

イザークさんはチリソース派らしいのだ。

二人はそれぞれヨーグルトソースとチリソースを貶しては誉めの舌戦を繰り広げ始めた。

凄い白熱した戦いだ。

 

そんな横で、さりげなくエレナさんは自分の分にヨーグルトソースとチリソースの両方をかけていた。

ヨーグルトソース7に対してチリソース3くらいだ。配分が違うところを見ると、単純に両方混ぜただけという感じではない。

僕も二人の論争に巻き込まれるのは嫌なためエレナさんの真似をしてミックスにした。

 

「イザーク、ミックスも美味しいわよ?ねぇ、キラ君?」

 

「そうですね。僕はヨーグルト6:チリ4くらいが丁度いいかも──」

 

そのケバブを一口食べて飲み込んでから、エレナさんは二人の舌戦に割って入った。

僕もケバブを食べてみるが、ヨーグルトソースのまろやかな旨味と酸味の中にチリソースの香りとわずかな辛さが交わりとても美味しい。

 

「姉上………」

 

「なんと………思わぬところに伏兵がいたか……」

 

強制的な停戦に二人は口をあんぐりと開けていた。

そんな二人を尻目にケバブを食べているエレナさん。

こういうところでも器用な立ち回りをするのは、もうこの人の持って生まれた才能なんだなと納得した。

 

 

 



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(いさか)いと(ほころ)

□□□□□

Side:キラ

 

 

 

丁度ケバブを食べ終えたくらいの頃。

 

エレナさんは、そろそろ仲間との合流の時間だとイザークさんとバルトフェルドさんに切り出した。

実際バジルール中尉との合流時間が差し迫っていたのだ。

 

それを聞いたバルトフェルドさんは残念そうに首を振った。イザークさんは何か思い詰めたような表情だ。

 

「そうか、残念だなぁ。君とはもう少しゆっくり話したかったんだが……」

 

「そう思っていただけて光栄です、バルトフェルド隊長。私の方こそお話しできて楽しかったです。お昼までご馳走になってしまって……」

 

「いいよいいよそんな事!しかし、本当に何もしなくていいのかね?あれなら、ザフトの輸送機でカーペンタリア辺りまで送ることもできるけど……」

 

バルトフェルドさんは僕達の身を案じて宿や移動手段の提供を提案していたが、エレナさんは綺麗に断っていた。

 

「お気遣いはありがたいのですが、へリオポリスの一件でザフトを快く思っていない者もおりますので……お気持ちだけ頂戴しておきます。」

 

「そうか……わかった。」

 

僕達の設定上、ザフトを憎んでいる者がいたとしても不思議ではない。

それをエレナさんは上手く利用したのだ。

すると、今度はイザークさんが口を開いた。

 

「あの、姉上!」

 

「何、イザーク?」

 

「本当に、プラントには戻られないのですか?」

 

「………ごめんなさい。」

 

イザークさんは再度エレナさんの引き止めに掛かったようだ。

しかし、エレナさんはそれも断る。

僕はここでイザークさんを頼ってプラントへ行くのも一つの手だとは思った。

エレナさんは、このままアラスカに行けば利用されるだけの生活が待っている。

なら、軍を脱走してでもプラントに行った方がいいと思ったのだ。

 

けど、エレナさんはそれを断った。

多分、僕達を守るために。

それはこの後、そう遠くない未来にバルトフェルドさんやイザークさんと戦うことになるという事を示していた。

エレナさんはそんな運命を受け入れてでも、僕達と行くという選択をしたのだ。

 

「そう……ですか………お心変わりがあれば、俺に連絡してくれればすぐ対応します!ジブラルタルに手紙を出してくれれば俺と連絡が着きますから……」

 

イザークさんは提案を断られて酷く落胆する。

そうなる気持ちはよくわかった。

僕もアスランと似たようなやり取りを交わしたからだ。

 

「わかったわ。その時が来たら、連絡するわね。それとイザーク………一つ、頼めるかしら?」

 

「何ですか姉上?」

 

「──もしラクスに会ったら、私が無事だと伝えてほしいの。あの子、心配していると思うから……」

 

「わかりました。幸い伝もあるので、姉上の事は私が必ずお伝えします。」

 

「お願いね、イザーク……」

 

ラクスさんか…

気づいたらいなくなってたけど、元気にしてるのだろうか?

あの人と話した時は、アスランの事や戦わなければいけない事への悩みを聞いてもらった。

その時の彼女は本当に優しくて、ふんわり包んでくれるような感じがしたのだ。

 

ラクスさんはエレナさんの親友だ。

だから、やっぱり気になるのだろうなと思う。

けど、エレナさんは自力でその安否を確認する手立てがないのだ。

だからイザークさんに頼んだのだろう。

 

 

「…………おい、ヤマト。」

 

「は、はい?」

 

すると、イザークさんは突然僕に話を振ってきた。

あまりに唐突だったのでビックリする。

 

「姉上は他人を優先して自分の事をあまり省みない癖がある。だから、お前にしか頼めん………姉上を、どうか頼む。」

 

イザークさんが僕に頭を下げてくる。

短い間であったが、イザークさんが物凄くプライドの高い人であることはよくわかっている。

それにも関わらず、見ず知らずの僕に頭を下げてくるというのはよっぽどの思いがあるのだろう。

 

「…………わかりました。僕なんかでも、エミリアさんを守るくらいはできます。」

 

僕もその思いには言われるまでもなく応えるつもりだ。

エレナさんが無理をしやすいのはいままで一緒に来てよく知っているのだ。

だから、僕だってエレナさんに無理をさせるつもりはない。

エレナさんは複雑そうな表情でイザークさんを見ていた。

これから待つ定めを理解しているから、尚更イザークさんの言葉がエレナさんの胸に突き刺さっているのだろう。

 

「イザーク………」

 

「姉上のご無事を祈っています……どうか、お達者で。」

 

「私も、あなたの無事を祈っているわ。それじゃ………もう行かないといけない時間だから」

 

「っ………」

 

「そんな顔しないでイザーク……生きていれば、きっとまた会えるわ。」

 

「姉上……」

 

二人のやり取りを見ながら、僕はぐっと胸が締め付けられた。

こんな風にお互いを想い合っている姉弟が、この後戦場で合間見えるのだから。

 

しかも、イザークさんはエレナさんを敵としか認識しない。

エレナさんはイザークさんが敵の部隊にいるとわかっていながら、それを倒さなければならない。

それがどれ程の負担となってあの人にのし掛かっているのか、僕は想像すらつかなかった。

 

「ほら、イザーク君。エミリア君を送り出してあげようじゃないか。エミリア君、旅路の無事を祈ってるよ。」

 

「ありがとうございます、バルトフェルド隊長。イザークも、会えて嬉しかったわ。それじゃ………キラ君、行きましょうか」

 

「はい………」

 

バルトフェルドさんとイザークさんに見送られ、僕達はバジルール中尉達との待ち合わせ場所へと向かった。

その道中は僕もエレナさんもひたすら無言で、それは迎えのジープに乗った後も変わらなかった。

 

「どうしたんです、ジェーン大尉殿。敵情査察は出来たんですか?」

 

助手席のバジルール中尉が聞いてくる。

バジルール中尉は現在エレナさんの部下だ。だからか、皮肉というかやっかみのような感情をその言葉に感じた。

 

それを聞いて僕は腹が立つ。

エレナさんは傷ついているのだ。

弟とただ別れただけではない。

弟や敵の隊長と親しく言葉を交わし、それを今度は撃たないといけないのだから。

 

そんな事情を知らないとは云え、バジルール中尉の言い方はあまりにも無遠慮に感じた。

 

「………バジルール中尉、エレナさんは今傷ついているんです。少し黙っていて貰えませんか?」

 

僕は、気づけば激情に任せてバジルール中尉に噛みついていた。

バジルール中尉は僕にそんな事を言われるとは思っていなかったようで目を丸くする。

しかし、そこは生粋の軍人らしく軍規を全面に出して反論してきた。

 

「………何?じゃあ何か?傷ついていれば、任務は放棄してもいいことになるのか?ヤマト少尉」

 

「キ、キラ君……」

 

「ッ───無茶苦茶言わないでくださいよ!何も知らない癖に!」

 

「貴様ッ──それが上官に対する態度か!!」

 

僕はバジルール中尉の、軍隊が第一という考えがどうにも好きになれなかった。

ホントはあれが正しい軍人の姿なのだろうが、それがどうしたという話だ。

僕達は人間なんだ。

あんな風に言われて黙ってなんておけるか。

 

「上官だから何も言っちゃいけないんですか!エレナさんは……エレナさんがどれだけ苦しんでるのか知りもしない癖に!弟と戦わないといけないんですよ!?」

 

「は?弟?」

 

 

「キラ君!もういい、やめなさい…!」

 

僕はバジルール中尉にも責任を負わせる必要があると思った。

エレナさんが背負わされたものを。

バジルール中尉はそれをエレナさんに背負わせた張本人なのだから。

 

エレナさんが僕を止めてくるが、エレナさんは優しい人だから例え上官になったとはいえバジルール中尉に文句なんて言わない。

だから、代わりに僕が言うんだ。

 

「いや、やめません!この人は自分がしたことを知らなくちゃ駄目なんだ!仲のいい姉弟を殺し合わせておいて、口を開けば軍のため軍のため──無茶苦茶じゃないか!」

 

「なっ───」

 

バジルール中尉が絶句する。

やっぱり知らなかったんだ、この人は。

自分がやったことを。

 

「キラ君…!もう、いいから!私は、大丈夫だから……」

 

「っ───」

 

エレナさんが僕を引き止めてくる。

その悲しそうな表情を見て、僕はやっとバジルール中尉を糾弾するのをやめた。

バジルール中尉は突きつけられた事実に戸惑っている。

一応、こんな人でも情はあるらしい。

 

「お、おい……ヤマト少尉、どういうことだ?姉弟?一体何の話だ…?」

 

聞いてきたって僕は答えるつもりはない。

それに、僕が答えるよりも先にエレナさんが口を開いていた。

 

「──バジルール中尉、報告します。敵の戦力はバルトフェルド隊に加えて、デュエルもいます。バスターがいる可能性も。デュエルのパイロットは──イザーク・ジュール、私の弟です。だからと手を抜く気はないので……ご心配なく。」

 

「なっ…………」

 

エレナさんはあくまで事務的に淡々と、地球軍大尉らしく僕の話した事実を肯定する。

 

その様子に背筋が凍るが、僕はそれ以上にその内容にショックを受けていた。

 

イザークさんがデュエルのパイロットって……

もしかして、エレナさんは全部知っていてずっとここまで戦ってきたのか?

 

デュエルとは僕も交戦した経験がある。

しかし、デュエルを蹴散らしてきたのはいつもエレナさんだった。

 

今になって思えば、それは弟のイザークさんを守っていたのではないかと気づいた。

エレナさんはデュエルにトドメを刺したりはしなかった。

損傷させたり、撤退させたり……

 

それを知っていれば、エレナさんは今まで手を抜いていたという事だ。

けどそれを糾弾できるほど、僕はそれを悪いとは思わなかった。

 

当たり前だ。

肉親とわかっていて殺すなど、できるわけない。

しかも仲違いしているどころか、お互いを想い合っているような仲のいい姉弟なのに。

 

それはイザークさんと話している時のエレナさん──エミリアさんか。その顔を見ていればわかるのだ。

 

 

バジルール中尉はそれ以上の追求はしてこなかった。

アークエンジェルに着くまで、皆無言のままだったのだから。

 

 

□□□□□

 

Side:エミリア

 

 

バナディーヤから戻った後、私は軍服に着替えてマリューさんに報告を済ませるとカガリの様子を見に来ていた。

 

イザークとの一件や帰りの一件もあり、私は仕事を後回しにして一旦休むことにしたのだ。

今は何も考えたくなかった。

 

しかし、一人で部屋に籠っているとふと、私が助けたオーブの姫──カガリの事が気になったのである。

怪我の具合もそうだが、医療ポッドを味わった身としてはカガリの様子が気になる。

間違いなく辟易としているだろうが。

 

「カガリ、調子はどう?」

 

『エミリアか………うんざりだよ、さっさと出せチクショー』

 

案の定、カガリはうんざりといった感じで返答してきた。

本を読む印象も無さそうだし、やることもなく退屈しているのだろう。

カガリは私が来ると確認窓内側のブラインドを開けて私を見た。

本当にうんざりとした様子だ。

 

「まだ傷治ってないでしょ。あなた、そこから出たら痛くてまともに動けないわよ?医療ポッドの中だから痛みがないってだけなのに。」

 

傷は私に比べれば少ないが、それでも重傷であることに変わりはない。

特にカガリはナチュラルなので創傷治癒力や免疫力は私より低い筈だ。

当然傷の治りも遅い。

 

『うるさいな……わかってるよそのくらい。なら()()どうにかしてくれよ!外から設定弄れたりとか出来ないのか?絶対おかしいだろこの設定!?』

 

カガリが言いたいことはよくわかる。

私も設計者の頭を疑ったくらいだ。

 

しかし、医療ポッドを外から見ると設計上やむ無くこうなっているのではと思った。

ただでさえ嵩張る各種設備やタンク類を如何にコンパクトにまとめるかという、設計上の制約があることに気づいたのだ。

 

レシーバーカップとバキュームポンプの位置が近く、振動はどうしても患者に伝わる。

それに振動機能は鬱血防止のためのマッサージ機能という側面もあるのかもしれない。

洗浄の勢いや独特な噴射パターンも少ない水量で清潔を保つためと考えれば納得がいく。

バキュームの強さも汚物を残しにくいようにと考えれば理解できた。

勝手に外せないのは事故防止や機材の故障を避けるため。

 

結論から言えば、性能上やむを得ないという点に行き着いた。

徹底的に合理性を追求した結果がこれなら仕方がないし、何より本来患者は意識を失っている前提なのだ。

医療ポッドは寝たきり患者向けの介護装置ではない。

トレードオフという奴である。

 

カガリに言われ、自動排泄処理装置の操作コンソールを見る。しかし、作動スイッチなどはあるものの設定をいじれるようなボタンはなかった。

 

仕方なく、私はカガリを慰めることにした。

諦めさせるとも言うが。

 

「残念だけど付いてないわ。それにまぁ、その気持ちはよくわかるんだけど……私もちょっと前までそこに入ってたし…」

 

『えっ?』

 

「負傷したのよ。私の顔見たらわかるでしょう?」

 

カガリは驚いたような声を出す。

まぁ、傷まみれの私を見たわけではないから知らないのは当たり前か。

 

『そりゃ、まぁ………ていうか、なんで負傷したんだよ?』

 

「戦ってやられたからに決まってるじゃない。撃たれたのよ、私。」

 

『…………ザフトにか?』

 

「えぇ。皮肉な事にね。」

 

コーディネイターが、本来コーディネイターを守るはずのザフトに撃たれる。

皮肉な話だ。

まぁ、彼らからすれば敵軍の機体を撃墜しただけに過ぎないのだろうが。

 

『………この前、弟と戦ってるって言ってたよな。』

 

「……………えぇ。それがどうかしたの?」

 

カガリがこの前私が言ったことを思い出したのか聞いてくる。

 

『弟はそれ、知ってるのか?エミリアが敵だって』

 

「知らないと思うわ。今日会ってきたけど、そんな様子もなかった。」

 

言ったところで何かあるわけでもないし、マリューさんにも近いうちに話すつもりだ。

何より、敵にデュエルがいるという根拠を提示できなければ作戦立案の際同意を得られず困る。

 

『会った!?おま、お前………』

 

「偶然よ。でも、まぁ………自分が敵だって、告白する勇気はなかったけどね。」

 

『言えば、弟は撃ってこないんじゃないか?』

 

「そうね……そうなる可能性もある、かしら。けど、あの子は手段を選ばない方だから………あの場で言えば、弟は私を殴ってでもプラントに連れ帰ったでしょうね。」

 

カガリが呆気にとられる中、私は淡々と話を進めた。

イザークは優しい性格ではあるが、頭に血が昇りやすく直情的なところがある。 

私と戦うくらいなら何としてでも阻止してくるだろう。

 

『そうか………ていうか、なんでわかってて戦ってるんだよ。脱走でもなんでも出来ただろ?エミリア、頭良さそうだし。』

 

「そう、ね………脱走もできた。弟からプラントへ戻ろうって誘われもしたわ。」

 

『じゃあなんで断ったんだよ。』

 

「この艦、私が守らないといけないもの。簡単には逃げれないわ。」

 

この艦には私が守らないといけないものが沢山ある。

それに、私が脱走すればハルバートン提督やマリューさんに多大な迷惑がかかるだろう。

それを考えると、戦いたくないからと逃げるなんて事はできなかった。

 

『それで弟と戦うのかよ。お前、ホントお人好しだな。あと馬鹿だ。』

 

「言ってくれるわね……なんで、そう思うの?」

 

カガリに馬鹿と言われ、私は何故かと聞き返した。

聞く程でもないが。

自分が馬鹿だというのはわかっている。お人好しだという事も。

 

『やりたくもないこと、無理してやってるからさ。やりたいことやれよ、弟殺してからじゃ遅いんだぞ。』

 

「それができないから………こうなったのよ。やれたら、苦労なんてしないわ。」

 

わかりきった答えに私は落胆した。

できるならやっているのだ。言われるまでもなく。

 

『じゃあ、わかってて弟と戦うのかよ。難儀な性格だな、お前。』

 

「あなたが何も考えなさすぎなのよ。無鉄砲もいいところだわ。」

 

『いーだ!悪かったな、無鉄砲で。どうせ私はじゃじゃ馬だよ。』

 

「でも、そういうの羨ましいと思う。ひたむきにやりたいことへ全力疾走するなんて。私、怖くてできないもの。」

 

私とはまるで正反対な、無鉄砲な性格のカガリ。

これと決めた事に対して、脇目も振らずひたすら邁進する姿は本当に羨ましい。

私なら、あれもこれもと考えながら進んでしまい、無理だと思えばすぐに進路を変えるからだ。

 

『怖い、か。私とエミリア、足して2で割ったら丁度いいくらいなんだろうな。』

 

「そうね……それ、言えてるわ。」

 

本当にそう思う。

ただ、足して2で割ったら何の個性もないような気がしなくもない。

足しただけでいいのではと思った。

 

『だろ?……そういえば、何の義理があってこの艦守ってるんだよ。モルゲンレーテって言ってたよな?地球軍の艦をモルゲンレーテが守る意味がわからないんだけど』

 

「私、モルゲンレーテでテストパイロットやってたのよ。アストレイの。」

 

『アストレイ!?へリオポリスでか!?』

 

この艦に乗ることになったへリオポリス襲撃の日を思い出す。

半ば無理矢理アストレイに乗せられ、私は初めてこの手で人を殺した。

 

「そう。で、モルゲンレーテは地球軍の新型MS開発にも手を貸していた。へリオポリス崩壊は、中立を破って連合に与したモルゲンレーテにも非がある。だから、私はモルゲンレーテの人間として、へリオポリスから焼け出された後輩たちを守る責任があるのよ。」

 

『それは………その………すまない。そうか……エミリアにこんな思いをさせる事になったのは、オーブなんだな。』

 

「強いて言えば、そうね。」

 

連合やザフトにも非はあるが、私が戦うことになった直接的な要因は間違いなくオーブにある。

あの日、呼び出しを無視してシェルターに逃げ込んでいれば或いは……

そんな風にも考えてしまう。

 

そんな私の感情を感じ取ったのか、カガリは申し訳なさそうに私を見た。

彼女はまがりなりにもオーブの姫なのだ。

自分の国の行いによって戦争に巻き込まれた私を見て、申し訳なく思っているのだろう。

 

『………お父様は開発に関わってなかったんだ。誰かが勝手に進めた話らしい。けど……お父様は力がいるからって、結局そのまま…』

 

「……アストレイを完成させるために、多分地球軍の技術が欲しかったんでしょうね。」

 

MSを開発するノウハウを一から作るとなると莫大な時間と労力がかかる。

しかも、自国防衛に際して満足いく性能をとなると尚更だ。

故に、利益が一致した連合と組んででも開発を行ったのだろう。

 

『すまない……オーブを頼ってきてくれたんだろ、エミリアは。なのにこんな事になって……理念を破ったツケを、お前が払わされるなんて』

 

「………プラントを出てオーブを選んだのは私だもの、仕方ないわ。理念で国を守れるなら誰も苦労はしないし。この世界は結局、力が物を言うって事ね。どんなに言葉で言っても、どんなに良い考えがあっても、それに力が伴わなければ聞き入れて貰えない──いえ、話をする権利すら与えられないわ。想いだけでも、力だけでも駄目───そういう事なのよ。」

 

カガリの謝罪を受けながら、私は自分を嘲る。

結局、私はあの日理想論では何も守れないのだと思い知らされた。

自分を戦争に巻き込んだ事についてはよく思わないが、オーブが自国を守るために力を身に付けようとした事については悪いとは思わない。

 

『けど、それで犠牲になった者たちはどうなるんだよ。何も言えない連中は犠牲になるって事だろ!?』

 

「…………そういう世界なのよ。どうしようもないわ。」

 

カガリの言う犠牲になった者達には、多分私も含まれているのだろう。

 

しかし、それでどうにかしようなんていう気持ちにはなれなかった。イザークとの一件もあって気が滅入っていたのである。

 

『じゃあ、変えたらいいじゃないか!』

 

「………どうやって変えるのよ?私達にそんな力なんてないでしょうに……」

 

『やる前から諦めるなよ!やってみなくちゃわからないだろ!?』

 

カガリの真っ直ぐな思いは、私には眩しすぎる。

私はそれを遠ざけるように弱音を吐いた。

前の私なら乗り気になったかもしれない。

けど、尽く打ちのめされ続けた私には希望など持てなかった。

 

「………そんな簡単な事じゃない。変革にどれほど大きな力と犠牲がいるか、歴史を知っていればわかるでしょう?」

 

『あぁ、知ってるさ!でもな、その変革をやってきた連中だって私達と同じ人間なんだ。ましてやエミリアはコーディネイターだろ?やればできる筈だって!』

 

「…………無理よ私には。変革をやったのは一部の限られた人間。私はその他大勢の一人でしかない。」

 

『エミリア………クソッ!ここから出れたらお前を一発殴ってやるところなのに!いつまでもナヨナヨしやがって!!』

 

カガリは医療ポッドの中から飛び出さんとばかりに噛みついてくる。

私の態度が腹に据えかねたのか顔も真っ赤だ。

 

「………私はあなたのバカさ加減に呆れ返ってるわ。」

 

カガリは感情を隠そうともしない。

イザーク以上に直情的で、奥ゆかしさの欠片もない。

よくこれで姫が務まるものだと思った。

 

別にカガリの言葉に怒ったわけではない。

それよりも、高価な医療ポッドを破壊されないかが心配であった。

 

『んだと!?テメェこの弱虫────』

 

「少し落ち着いて頭を冷やしなさい。医療ポッドは高価なの。壊されたら堪らないわ。」

 

『ちょ、まてっ!』

 

暴れたところでポッドからは出れないカガリを見ながら、私は一つため息をつくと踵を返す。

 

先程バカさ加減に呆れ返ったと言ったが、それは悪い意味ではない。

カガリの性格が本当に羨ましいのだ。

なぜそこまで純粋に物を考え、感情を表に出せるのか。

私にあれだけの感情を全力でぶつけてくる。

その感覚が新鮮で、そして嬉しかった。

 

「───呆れ返ったって言ったけど、あなたのその性格は嫌いじゃないわ。ずっと前を見て進んで……偉いと思う。励ましてくれたのも嬉しかった。」

 

「お前……」

 

そう一人呟くように言うと、私は一人部屋を後にする。

 

カガリのお陰か、気持ちは少し楽になった。

カガリには悪いことをしたとも思うが、医療ポッドの中で暴れたあの子が悪いのだ。しばらくは頭を冷やしてもらわなければ。

まぁ、少ししたら謝りに戻ろう。

 

 

「……………」

 

部屋を出ながら、私は直面しなければならない問題の事を考える。

 

近いうちに、私はイザークやバルトフェルドさんと砲火を交わすことになる。

 

弟と敵部隊の隊長か、アークエンジェルか。

私は究極の選択を迫られつつあった。

 

答えは決まっている。

しかし、踏み切れない。

何か良い方法があるはずだと考えるが、下手な手加減は全ての喪失につながる。

 

「考えちゃダメ………今は、敵なんだから……」

 

私は結局、問題を棚上げした。

何も考えず、ひたすら艦を守ることに集中する。

イザークもバルトフェルドさんも強い。

だから、私が本気で挑んでも大丈夫な筈だ。

 

そう自分に言い聞かせながら、私は作戦案を練り始める。

心がズキズキと痛むが、私はひたすらそれを無視するしかなかった。

 

私は地球軍士官なのだ。

やらなきゃ、艦がやられる。

 

イザークやバルトフェルドさんの顔が浮かんでは消えていき、私の心は声なき悲鳴を上げていく。

 

「………考えちゃ駄目……そう、私がやらなければ……全部………」

 

 

そう思えば思うほど、二人の顔はより鮮明に頭に映る。

あの二人を、私が殺すような事になったら………

 

胸が酷くズキズキと痛む。

 

「っ、うっ………」

 

悪心を感じて、私は慌ててトイレへと駆け込んだ。

そこで口から吐き出されたものを見て、私は自分の心と体が限界に近づきつつある事を知った。

 

 

 

 



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穿(うが)たれる虎

□□□□□

Side:エミリア

 

 

「大尉、少し宜しいでしょうか?」

 

「?…………何でしょう、砲雷長。」

 

部屋で次の作戦に向けて戦略を練っていると、そこへバジルール中尉が訪ねてきた。

戸口に立つ彼女は何やら神妙な面持ちで、私が許可するとおずおずとした様子で部屋に入ってきた。

 

バジルール中尉は部屋に入るや否や制帽を取り、私に頭を下げてきた。

私はその行動に意表を突かれる。

 

元々、バジルール中尉は軍人然としたところがあってどうも苦手だった。

 

それが、ここ最近は色々なことが立て続けに重なり、最早険悪な関係といっていいような状態になっていた。

それはクルー皆が知るところであり、艦長派と砲雷長派にクルーが分断されやしないかと内心懸念している。

 

そのバジルール中尉が私に頭を下げに来たのだから、私は驚くしかなかった。

 

「なっ、バ…バジルール中尉?どうされたんですか…?」

 

「………ここからは、階級抜きで話をさせてほしい。エレナ──いや、エミリア……本当に、すまなかった。」

 

「ナタルさん……………」

 

彼女の謝りたいことがわかる。

私を連合軍が利用する結果となった、自分の出した報告書についてだ。

 

彼女が本当に悪い人間だとは私も思っていなかった。

職務に忠実であるだけの、理想的な軍人だ。

軍として見れば、私を自軍に引き止めておきたいのはわかる。

政治的利用価値としてもそうだが、能力としてもだ。

自惚れかもしれないが、私はそれくらいの事を為している。

それを利用したいと思うのは当然だろう。

 

「私は……君が本当に凄い人間だと思ったんだ。劣勢の筈の戦力で何度も優勢な敵を打ち倒し、補給や政治的問題すら一手に解決する策を出す。それに、この戦争の行く末を見通すその推察力や交渉力……君がフレイ・アルスターへ話している場面、私もキッチンから見ていたんだ。ブルーコスモスのような偏見の塊を説得できる人間などそう多くはない。だから、我が軍には君のような人材が是非とも必要だと思った。」

 

バジルール中尉の言葉に、私は彼女に思い描いていたイメージが当たっていた事を理解した。

彼女は地球軍士官として、一心に軍の為になる事をしたのだ。

それを思うがあまりの事だったのだろう。

 

そして、彼女は非情な人間ではない。

ラクスが出歩いている事を知っていても咎めず、会席をしての食事を許した。

話を聞いていたのなら、私とラクスが友人関係だったと知っている筈だ。だから、情をかけたのだろう。

 

「君が連合軍に残ることになって、私はホッとしていた。これで、我々は強力な駒を手に入れられたと。第8艦隊すら動かした君を見て、私はそれを強く確信した。しかし、君は駒なんかじゃなかった。君も、一人の人間なんだな………それを、この前になってやっと実感したよ。私の犯してしまった業も。」

 

私を連合軍に残したことで、姉弟と殺し合わせる結果にしてしまった。

それを強いてしまった事をバジルール中尉は深く悔いているようだった。

 

「私も、父を戦争で亡くした。母も病で急逝した。弟もいるが、アイツも兵士になったからいつ死ぬかわからない。君の身の上を私はよくわかる筈の立場なのに、私は君を戦場に立たせ、あまつさえ弟と殺しあわせている。私は、愚かだった。言い表せないくらい、私は愚かな奴なんだ。君には、謝っても謝りきれないんだ……!本当にすまなかった!!」

 

「………ナタルさん。顔を上げてください。」

 

「…………」

 

ナタルさんが初めて露にした感情を見て、私はこの人も軍人としての自分を必死に貫き通そうとして自己を殺してしまった人間なんだと感じた。

 

私は頭をあげるように言うが、ナタルさんは頭を上げない。

仕方なく、私はナタルさんの元に歩み寄ると顔を上げさせる。ナタルさんは涙こそ流していなかったが、その目は潤んでいた。

 

「あなたが私にした事は、軍人として国を思うあまりの事だと思います。それにあなたの報告書を読みましたが、あなたは私を高く評価してくれていた。私に政治的利用価値があるなんて文言もなく、ただジュール家の娘という一言だけ。ですから、私はあなたを許します。」

 

バジルール中尉が私を利用しようとして工作してまわった訳じゃない。

それを決めたのはアラスカの本部にいる地球軍上層部の人間なのだ。彼女が悪いとは言い切れない。

 

 

それに、私はどうしようもないお人好し。

プライドもかなぐり捨て、必死に謝罪してくる人の思いを無下になど出来なかった。

 

「エミリア…………すまない、本当に──すまない……!」

 

「………階級章を付ければ、ナタルさんと私は部下と上司という事になるんでしょうが、それ以前にこの艦を一緒に守る仲間です。やっと………わだかまりが解けました。」

 

そう言うと、私はバナディーヤで購入していた美容液をナタルさんに手渡した。

それを見てナタルさんは目を丸くする。

 

「これは………」

 

「……勤務、大変だと思いましたので………ずっと板挟みで、一人で。ですから、これは私の気持ちです。受け取ってくれませんか?」

 

「っ───君という、やつはッ………」

 

バジルール中尉は、私の手渡した美容液をとても大事そうに受け取った。

そして、目尻を軽く拭う。

いくら気丈に振る舞っていても、ナタルさんも軍人である前に一人の女性なのだ。

 

本当は此方から行くつもりだった。

いつまでもわだかまりを残しておく訳にはいかないし、私が折れればナタルさんのプライドを傷つけることなく終わると思っていた。

ナタルさんが苦しんでいるのはなんとなく想像がついていたし、キラとの一件でそれが露呈したことで私は確信したのだ。

 

それが、ナタルさんの方から来てくれたのだ。

私は嬉しさすら感じていた。

 

「ナタルさん……短い間ですが、これからもよろしくお願いしますね。」

 

「あぁ…あぁ、勿論だ…!」

 

 

 

□□□□□

Side:マリュー

 

 

日中砂漠を前進するアークエンジェル。

単艦で出せるだけの速力を出し、現在廃工場地帯を目指して前進中だ。

 

傍らには副長席に座ったエミリアさんがいる。

少し寝不足なのか、左目の下には隈ができていた。

プレッシャーで眠れなかったのかもしれない。

 

私は彼女をチラリと横目に見ながら、昨夜の作戦会議を思い出していた。

 

………………‥‥

………………

…………

 

 

「敵戦力はレセップス他、ピートリー級2隻を手元に持っている可能性があります。場合によっては本艦に著しく不利な状況も起こり得ます。」

 

アークエンジェル内にて行われる作戦会議にて、エミリアさんは先の外出で得てきた情報や既に把握されているバルトフェルド隊の編成を元に敵の戦力を算出していた。

 

レセップス級やピートリー級の搭載能力から敵MSやヘリの数まで割り出しており、かなり詳細な敵戦力のデータが提示されている。

中にはデュエルやバスターまでいた。

 

彼女からは、敵の部隊に弟がおり、その搭乗機がデュエルであると既に聞かされている。

同時期にバスターも降下していた為、いると考えるのは妥当かもしれない。

弟と交戦する可能性があるという事については私も十分に把握しており、私はブリッツを出さないことを決めていた。

それなら、多少はマシな筈。

 

「これほどまで虎の戦力を見極めてしまうとは………お嬢さん、アンタ一体何者なんだ?」

 

レジスタンスの頭目であるサイーブがエミリアさんに問う。

彼にも作戦への意見提供を求めてここに来てもらったのだ。彼の指揮するレジスタンスも本作戦には参加することになっており、こちらの戦力としてカウントされている。

 

「ただの一士官ですよ。それより、問題は作戦の目的をどこに据えるかですが………」

 

エミリアさんは薄い笑みを浮かべながらサイーブの問いに答えると、私にどうしたいかを聞いてきた。

 

彼女は私に二つの選択肢を提供してくる。

 

バルトフェルド隊の撃破か、敵中強行突破か。

 

どちらもリスクがある。

前者は言わずもがな、バルトフェルド隊と交戦して撃破しなければならない。

後者も突破したとしても追撃は免れないだろう。

 

レセップスは街道を抑える位置にいるため、エジプトを経由して紅海へ抜けるにはいずれにせよ突破しなければならない相手だ。

山脈を越えられればまだ手はあるが、大気圏ではアークエンジェルはそれほどの高度を取ることができない。

 

戦うしかないのだ。

それを考えると、私は目の前にいるエミリアさんが不憫に思えて仕方がなかった。

敵部隊に弟がいるにも関わらず、それを戦って破る為の作戦を立案しなければならないのだから。

 

今の彼女の心境がどんなものかはわからない。

外見的には、彼女はいつも通りの様子なのだ。

そして、彼女は外見を取り繕うのが上手い。

例えどんな心境であっても、余程でもないかぎり外面には出さないのだから。

 

「マリューさん…?」

 

「──あぁ、ごめんなさいね!少し考え事をしてたわ………どちらにせよ、敵を撃破しなければならないなら前者……バルトフェルド隊撃破を念頭に入れていきましょう。」

 

このリビアであれば、明けの砂漠が味方である以上こちらにも地の利がある。

エジプトに抜けてしまえばそれはない。追撃されればいつかは追い詰められるだろう。

なら、後顧の憂いを絶つ方がいい。

 

「わかりました。では……」

 

彼女は戦闘隊を廃工場地帯まで進出させ、敵のMSを誘引させると言ってきた。

MSの数では向こうが間違いなく上であり、まともにぶつかっても勝ち目はない。

そして向こうも、本艦の戦闘隊が廃工場地帯に出てくればそれに釣られてくると推測していた。

 

「ザフトの陸上戦艦はスケイルモーター推進という関係上、地表に障害物があると進行できません。それにここは廃鉱だらけで地盤が緩い土地も多いとの事。自ずと進行できる箇所も限られてきます。更にこちらが廃工場地帯を取ろうとすれば敵の動きは大幅に制限され、敵戦力が一斉にこちらに向かってくるというような状況は避けられます。そして………それは敵も気づくかと思います。」

 

「えっ」

 

「ですので、当然こちらの部隊が廃工場地帯を取ろうとすれば阻止してくる筈です。自ずと、主戦場はこの周辺地域になるでしょう。」

 

「お嬢さん、それなら俺たちがここに仕掛けた地雷源が使えるかもしれねぇ。虎をバナディーヤに封じようとして仕掛けたモンだが、虎が出てこざるを得ないってんなら引っ掛かるだろう。」

 

「サイーブさん……地雷源には敵も気づいていると思います。良くて足止めくらいが関の山でしょう。」

 

「なっ──」

 

「………ここからが本題です。廃工場地帯周辺が主戦場になるとわかっている以上、これを利用する手はないでしょう。」

 

彼女は符号をマップに表示させると、それらを廃工場地帯に置いた。

 

シグー、更にはレジスタンスだ。

 

「予めこちらの戦力を潜ませて罠を張り、敵MS部隊を廃工場地帯に誘引、各個撃破します。敵も廃工場を取ろうとして乗ってくる可能性が高いです。アークエンジェルは廃工場地帯を盾に、迂回してくる敵艦隊と砲撃戦。フラガ少佐のスカイグラスパーはレセップスを攻撃してアークエンジェルの援護をお願いします。」

 

 

………

……………

………………

 

 

様々なものを餌にした、レセップス迎撃作戦。

それが彼女の立案した作戦だった。

敵の裏をかくという不確定要素の多い作戦であり、今回は本艦単独で複数の敵艦を相手どらなければならない。

 

しかし、彼女が傍らにいると不思議と何故かやれるような気がしてくるのだ。

それはクルー全員がそうだと思う。

 

「敵艦と思われる熱源2を捕捉!こちらへ向けて進行中、本艦前方です!」

 

「来たわね…!ストライクとスカイグラスパーは発進!各砲門開いて!」

 

私が指示を飛ばすと同時に、エミリアさんも指示を飛ばしていく。

 

「カズイ君、廃工場のレジスタンスとシグーに打電を。まだ見つかってないかどうか確認させて」

 

「はい!」

 

「砲雷長。バリアントは貴重な長射程実弾火器です、冷却状況を見て使用をお願いします。」

 

「了解!」

 

矢継ぎ早に指示が飛んでいき、アークエンジェルは戦闘体勢を取った。

ストライクとスカイグラスパーが発進してそれぞれの目標へと向かっていく。

ストライクは廃工場地帯、スカイグラスパーは迂回するようにしてレセップスにだ。

 

「これで、後は敵艦の動きを見るだけね。」

 

「はい。敵がこちらの狙いに気づけば、確実にそれを潰そうとしてくる筈です。本艦は極力、交戦を避けたがっているよう見せ掛けましょう。」

 

「敵を引っかける為、ね?わかったわ。ノイマン少尉!本艦の進路を北北西へ!」

 

アークエンジェルが変針し、進路を変えた。

まるで進みくるレセップスから逃げるようにだ。

 

レセップスからはすでに廃工場地帯へと向かったストライクを捕捉したようで、バクゥを主体としたMS部隊が出撃を開始する。

廃工場地帯を巡った戦いだ。

それに勝利した者が廃工場を盾に使え、状況を有利に運べるようになる。

 

「キャリー少尉より入電!敵MS隊先鋒、廃工場地帯に侵入!」

 

「充分に引き込んでから迎撃させてください。サイーブさんなら心配いらないかもしれませんが……」

 

エミリアさんがすばやくレジスタンスへと行動を通達する。

 

レジスタンスを()()()()()とし、バクゥを撃破する。

それが彼女の立案した作戦の前段であり、レジスタンスの貧弱な火力を地の利によって補わせているのだ。

 

拓けた場所では雑魚でしかないレジスタンスの火器類も、身動きの取りづらい閉鎖空間である市街戦では侮れない代物となる。

それは敵もわかっているからこそ、いままで廃工場地帯にレジスタンスをのさばらせてきたのだ。

無用な犠牲を避けるために。

それくらい、敵にとっても閉鎖空間での対人戦というのは厄介なのである。

 

「レジスタンスより入電!バクゥ2機を撃破!シグーと協同で3機を無力化したとの事です!」

 

「よし………ストライクは?」

 

「はい──────ストライク、バクゥと交戦中の模様!いえ………既に2機撃破したとの事です」

 

戦闘開始からこれまでに7機ものバクゥを撃破したという事は、敵が自由に使える戦力が激減したということを意味する。

残る戦力は敵艦上に確認されたザウート数機とデュエル、バスターだ。

どれも機動戦を仕掛けられるような設計ではない為、MS部隊を廃工場地域に向かわせるにしても時間がかかる。

デュエルとバスターは厄介かもしれないが、ザウートは戦車の延長的な存在でしかない為レジスタンスでも対処しやすい相手だろう。

 

「…これで、予測される最小値の敵MSを撃破したことになります。廃工場地帯での戦闘はこちらが主導権を握ったとみていいでしょう。ミリィ、フラガ少佐から連絡は?」

 

「はい───あ、入電来ました!我攻撃成功!敵駆逐艦一隻を擱座させたとの事です!」

 

「流石フラガ少佐ね……これで、あとは本艦とレセップスのみという事になるけど……どうしたの?」

 

上々たる戦果の筈なのに、エミリアさんは口に指を当てて考え込んでいた。

どうも何か気になる様子だ。

 

「……………1隻、ピートリー級が出てこないのが気になります。それに、レセップスが動きを変えないのも………敵は私の作戦に気づいたのかもしれません。」

 

「えっ?」

 

「廃工場地帯での戦闘が不利となれば、レセップスはこちらへ直接向かってくるような仕草を見せる筈です。わざわざ敵の盾に正面から行くのは馬鹿らしいですから。しかし、レセップスは動きを変えない………挟撃が狙い?」

 

「………確かに、本艦後方に伏兵がいて挟み撃ちとしたいなら、本艦を自艦へ引き付けておきたい筈ね。フラガ少佐に後方に敵戦力がいないか偵察してもらいましょう。」

 

「お願いします。それと、本艦はこのまま進路を維持しましょう。敵にまだこちらが策に気づいていないと思わせなければなりません。まもなくレセップスの砲撃射程圏内に入ります。敵の動向に注意を」

 

「わかったわ。進路そのまま!それとフラガ少佐に本艦後方の偵察を打電!」

 

指示を飛ばしていると、ふとエミリアさんが独り言を呟いたのが聞こえた。

 

「………その手にはのりませんよ、バルトフェルドさん──」

 

敵の部隊長をさん付けで呼んでいる事に気づき、私はドキリとした。

まさかアンドリュー・バルトフェルドとも知り合いなのかと思ったのだ。

 

彼女は今、バルトフェルドとチェスに興じているのかもしれない。

自分達の命を賭けた残酷なゲームに。

彼女は自分の胸を強く押さえつけ、苦悶の表情を浮かべていた。

それくらい彼女は必死なのだろう。

私も彼女の頑張りに報いなければ。

 

 

□□□□□

 

Side:アンドリュー

 

 

アークエンジェルが動き、その動向から廃工場地帯へ向かうと推測した俺は出撃命令を下した。

 

そしてここまで、何度も俺は驚かされている。

部下の士気に影響するので外面には出さないが、俺が練った筈の一手一手をアークエンジェルは確実に察知し、それに対抗してくるのだ。

 

廃工場地帯には予め戦力が配置され、先制した筈なのに突入したバクゥは壊滅。

 

アークエンジェルのケツを抑え込もうとしたヘンリーカーターも見つかってしまい、アークエンジェルは挟撃される前に転進した。

ヘンリーカーターを支援機と共に潰し、レセップスを丸裸にしてきたのだ。

 

動き回るアークエンジェルを相手にレセップスも果敢に砲撃するが、弾速の遅い40cm砲で戦闘機動を行う飛行体(アークエンジェル)に命中弾を出すなど至難の技である。

対空榴散弾頭で至近弾を狙っているが、それではなかなかダメージも蓄積しない。

 

「ピートリー、復旧はまだか!」

 

「いえ、機関区損傷が激しく復旧にはまだ‥!」

 

「そうはやるなダコスタ君。しかしやるねぇ、アークエンジェルは。単艦でこちらの艦を何隻も屠ってきたっていうのは伊達じゃないらしいな。」

 

思わず敵艦に感心してしまう。

あの艦を操っている人物とは一度砲弾ではなく話を交わしてみたいものだ。

余程面白い人物に違いない。

優れた将というのはウィットとユーモアに富むとも言うしな。

 

まぁ、敵なのだから倒さねば此方がやられる。

そうなる前に此方が潰す。

 

本来ならラゴゥで出て厄介な敵MSを潰すつもりだったが、俺はアークエンジェルと本気でやり合ってみたくなった。

 

「甲板上のデュエルとバスターを降ろせ、ハンガーの搭載機とMS用弾薬類も全部な。少しでも船体を軽くしろ!」

 

「はっ!?ですが隊長……!」

 

「向こうは飛んでるんだぞ?足が遅ければやられる。ほら、急げ!敵は待ってくれん!」

 

「っ、はっ!」

 

ハンガーからMSや搭載機に弾薬を持たせて降ろし、廃工場地帯へと向かわせた。

船体も軽くでき、敵MSの注意も引けて一石二鳥だ。

 

「艦橋から全クルーへ告ぐ!死にたくないものは今すぐに艦を降りろ!死力を尽くした戦いだ、命の保証はできん。降りた者にはあとで異動命令書を送ってやるから気にするな。急げよ!」

 

艦内に向けてそうアナウンスするが、誰も降りようとはしない。

むしろ士気が上がったらしい。

 

いい部下を持ったものだと感慨深く思いながら、俺は檄を飛ばした。

 

「本艦はこれよりアークエンジェルとの一騎討ちに出る!敵は手強い!全員覚悟はいいかッッッ」

 

「「「「ハイッ!!」」」」

 

「よろしい………レセップス!砲戦用意ッ!!」

 

久方ぶり──いや、初めての強敵に俺の心は湧き上がっていた。

死力を尽くして戦える相手に出会えた事を体が喜んでいるのだ。

 

 

□□□□□

 

Side:エレナ

 

 

「敵艦、MS展開───っ!?そのまま本艦へ向かってきます!!」

 

CICから報告が上がり、私は耳に付けたインカムに向けて話す。

 

「敵MSはどちらに向かっていますか?」

 

「廃工場地帯へと向かっているようです、甲板のMSもすべて降ろしてます。」

 

それを聞き、敵の不可解な行動に眉を潜めた。

何故そんな事をするのか理解できなかったからだ。

別動隊にするにしても、敵の目の前でやっては意味がない筈。

まさか船体を軽くするため……?

 

お陰でイザークとの戦いは避けられそうだが、今はそれを考えるどころではない。

レセップスは刻一刻とその距離を積めてきている。

砂塵の立ち方から全速でだ。

 

僚艦はいない。

まさか単艦でアークエンジェルに挑むつもりなのか?

どちらにせよ、襲いくる敵は迎え撃たなければならない。

やれるか、私は?

 

「敵艦、ミサイル発射!数30!」

 

「ほぼ全弾……っ……砲雷長、対空防御任せます」

 

「了解した!ウォンバット!手前のミサイルを優先して撃ち落とせ!」

 

ナタルさんの指示でミサイルが打ち出され、距離の近いミサイルを次々と撃ち落としていく。

レセップスに搭載されているミサイルの殆どは対空ミサイルと対地ミサイルだろう。

弾速の遅いものが後者だ。

対空ミサイルを撃ち落としてしまえば、あとはイーゲルシュテルンと回避機動で凌ぎきれる。

ナタルさんはそう判断したらしい。

 

私は視線を移し、マリューさんを見た。

 

「艦長。ミサイル飽和攻撃後、敵は砲戦に出てきます。極力本艦は正面を向け続けてください。火力が限定されてしまいます。私は敵艦の動向に注視しますので、操艦よろしくお願いします!」

 

「わかったわ!艦回頭、面舵!」

 

本来ならこれは越権行為なのだろうが、私とマリューさんは同意の上でやっている。

元々急造編成で、死に物狂いでやらなければ沈むのだ。

柔軟に、臨機応変にいかなければならない。

 

マリューさんが操艦に集中してくれれば、私は敵艦の観察に全力を注げる。

攻撃はナタルさんがやってくれる。

援護はフラガ少佐のスカイグラスパーにお願いした。

 

皆の力を合わせれば、勝てる。

大丈夫、私はやれる。

 

私は熱光学映像をモニターに出すと、どんな些細な動きだろうと見逃さないように注視した。

それと同時にレーダーマップや戦術マップもチェックして、敵艦の大まかな動きにも注意を払う。

 

レセップスが主砲の仰角を引き上げた。

 

「敵艦砲撃来ます。減速させて速度を誤認させて下さい」

 

「第3戦速!エアブレーキ展開、減速!バレないようにゆっくり!」

 

艦の速度を落とさせ、敵のFCSに諸元入力を誤らせる。

艦の減速を体に感じながら敵艦発砲のタイミングを待った。

 

「来た──艦長」

 

「機関一杯!!」

 

私の鋭い叫びに、マリューさんは素早く反応して指示を下した。

アークエンジェルが急加速し、レセップスが放った砲弾は艦の真後ろに落ちる。

 

さっきのは交互撃ち方で、すぐに次が来る。敵も同じ手は食わないだろう。

しかし、敵はバルトフェルドさんだ。

裏をかいてくるかもしれない。

もう一度同じ手でいけば意表を突けるか?

 

「もう一度減速からの回避をお願いします。」

 

「え?っ、わかったわ!ノイマン少尉、減速!」

 

「了解!」

 

再び戦速を落とすが、私はモニターを見ながら目を見開いた。

 

「しまった──裏の裏をかかれました……」

 

「っ、最大戦速!!振り切って!!」

 

バルトフェルドさんは私が裏をかいてくると踏んだのだろう。

減速したところを射撃してきた。

 

慌ててアークエンジェルは全速を出すが、砲弾の方が速かった。

被弾の衝撃で艦が揺さぶられる。

 

「ッ、流石バルトフェルドさんだわ…砲雷長、レセップスはまだ攻撃できませんか?」

 

「あと少しだ!もう少しでバリアントが使える!」

 

アークエンジェルは本来宇宙艦で、武装も宇宙戦での使用を想定した装備だ。

地上での使用では射程距離が大幅に減衰し、レセップスのような地上での運用を前提とした艦と撃ち合えばどうしても不利になる。

 

万能を優先したが為の器用貧乏。

それがアークエンジェルの欠点だった。

 

幸い、全速で航行しているお陰で敵艦との距離は詰まった。

実体弾のバリアントの有効射程に入る。

 

「敵艦、後退していきます!!」

 

突如、レセップスが後退し始めた。

こちらの火器の射程距離が短いことに気づいているのだろう。

一定の砲戦距離を取られ続ければ此方は反撃の手段がない。

 

「射程に気づかれたか……!」

 

ナタルさんが呻く。

敵も速度が速く、しかも射撃してくるのでなかなか距離を詰められない。

砲撃を避けるために旋回したりすれば艦のスピードは落ちてしまう。

それを狙って、レセップスは次々と砲弾をアークエンジェルの前方に撃ち込んできていた。

マリューさんは回避運動の指示で精一杯だ。

 

どうにかしなければと私は頭を抱えた。

このままではやられる。

すると、一つの理論が頭に思い浮かんだ。

 

科学雑誌に載っていた面白い理論だから鮮明に覚えている。

 

「宇宙艦なら、宇宙艦に有利な状況を作れば───艦長、ローエングリンの発射許可を下さい。」

 

「えっ!?でもあれは──」

 

「空気中への発射なら放射能汚染被害もそこまで大きくはありません!どうか!」

 

「………わかったわ、許可します。」

 

マリューさんから発射許可を貰い、私は今度はナタルさんに話す。

 

「砲雷長、ローエングリン発射の用意を!」

 

「待ってくれ、どういう事なんだ!?ローエングリンでもまだ有効射程には入ってないんだぞ?」

 

ナタルさんの疑問は尤もだ。

私はブリッジにいる者全員に聞こえるよう説明した。

 

「ポジトニック・インターファライアンスという現象があります。一時的に陽電子砲で擬似的な真空トンネルを産み出すんです。その中であれば、アークエンジェルは一時的にですが空気抵抗を無視して推進できます。」

 

「!──つまり、それで一気に距離を詰めて」

 

「敵を撃破する、という事か!」

 

マリューさんとナタルさんが私のやりたい事を理解したらしく、二人とも頷いた。

それ以外に打開策もないし、敵もこんなキテレツな戦法を想定してはいないはずだ。

 

私は副長席からCICの火器管制席に行くと、担当のトノムラ軍曹に代わってバリアントを起動させるとマニュアル照準へ切り換えた。

 

責任は重大な為、自分で射撃する事にしたのだ。

ローエングリンは連射できないので一回しかチャンスはない。

ゴットフリートは俯角がそれほど大きくは取れないので、自ずとバリアントを使うことになる。

 

バリアントの連射速度を最大に設定し、私はスティックを握った。

 

「いつでもいいです。急加速しますので、それに備えてください。」

 

「わかったわ!全クルーへ、本艦は一時的に急加速します!各員衝撃に備えて!……ナタル、ローエングリン射撃用意!」

 

「了解、ローエングリン射撃用意!陽電子チャンバー充填!」

 

マリューさんとナタルさんの指示が飛び、ローエングリンが砲門からせり出す。

アークエンジェルは出せるだけの速度を出しながら、ローエングリンのエネルギーをチャージした。

 

バリアントの照準モニターに映ったレセップスが、それを警戒したのか回避運動を取り始める。

 

しかし、マリューさんの操艦がレセップスをしっかり正面に捉えて放さなかった。

 

「各部署、用意よし!」

 

「ローエングリン、発射用意よし!」

 

「っ───ローエングリン、照準は本艦前方!射撃寸前に最大戦速、敵艦との衝突に注意して!ノイマン少尉、任せるわ。いいわね?」

 

「了解、任せてください!やってやりますよ!」

 

「────ローエングリン、てぇッッッ!!」

 

マリューさんの射撃号令に併せ、ナタルさんが引き金を引いた。

二本の陽電子ビームが撃ち出され、艦前方に反物質のコクーンが産み出される。

そこに入った瞬間、アークエンジェルはとんでもない速度で急加速した。

 

「っ─────」

 

「うわぁぁぁあっ!?」

 

「きゃぁぁぁぁあ!!」

 

「くぅッッ」

 

加速度が体にかかり、ブリッジのクルーが慣れないGに悲鳴をあげる。

私は多少は慣れているので、席にかじりつきながら照準を合わせ続けた。

 

レセップスを──バルトフェルドさんをやらなければ、やられるのはこの艦だ。

やらなきゃいけないんだ、私は。

ズキズキと痛む心と胸を空いた手で押さえつけながら、攻撃の瞬間を待つ。

私の一撃にはアークエンジェルの命運がかかっているんだ。

 

 

みるみるうちにレセップスとの距離が詰まり、相対距離が数秒の間に20kmから10kmまで一気に詰まる。

確実に当てられる距離まで待たなければ。

 

「ノイマン少尉!!ゆっくり上昇して衝突の回避を!!」

 

そう指示しながら、引き金に指を掛けて発射のタイミングを測った。

 

まだ、まだ早い──

 

ノイマン少尉の操艦でアークエンジェルが上昇し始めた為、一気に艦が減速していく。

 

5km、今!

 

「っ!!」

 

私はバリアントの引き金を引いた。

砲弾が電磁加速で撃ち出され、敵艦へと吸い込まれていく。

その間も、私は砲身が焼けつくギリギリまで弾を連射した。

 

 

レセップスの船体に5つ、6つと穴が穿たれ爆発が起こるのが見えた。

アークエンジェルはレセップスを飛び越え、余剰となった運動エネルギーを使ってその背後へと飛び抜けていく。

 

 

船速が通常の速度にまで落ち、ブリッジが落ち着きを取り戻した。

 

後方カメラでレセップスを確認する。

すると、そこには大破して黒煙を昇らせるレセップスがいた。

どうみても交戦能力は失われている。

乗員の犠牲も相当なものだろう。

バルトフェルドさんも多分………

 

「…………バルトフェルドさん、私の勝ち…です────さようなら…………」

 

 

私はひとりそう呟くと沈み行く敵艦と犠牲になった者達へ向けて敬礼し、一筋の涙を流した。

 

 

イザークとは結局、戦場で合間見える事はなかった。バルトフェルドさんが降ろしたお陰だ。

しかし、私はこの手でそのバルトフェルドさんを殺したのだ。多くの乗組員も。

 

大気圏突入で無理をした時のように、強烈な痛みが心に突き刺さってくる。

そのまま張り裂けるんじゃないかという程、私の胸の中を痛みが駆け巡っていた。

まるで銃弾で蜂の巣にされたようだった。

 

「───っ、うぅっ……………………っ、また……」

 

吐き気がして、私は咄嗟にハンカチで口を覆った。

悪心が引くまで耐えながら、私は自分の運命を呪う。

最近になって白髪も増えた気がする。体重も落ちてきていた。

 

どのくらいこの心と体が持つのかはわからない。

それに、弟と戦場で合間見える可能性はまだまだ潰えていない。

 

悪心が引いても胸の痛みは無くならない。

私は戦勝に沸くブリッジを背に、気取られないよう一人でひっそりと部屋へ戻っていった。

 




バジルール中尉の身内設定についてはオリジナルの設定となりますのでご了承下さい。
また、先日の話でバジルール中尉の扱いについてご不快に思われた方におかれましては大変申し訳ありませんでした。
行き過ぎた表現であったと反省しております。


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良心という名の蠱毒(こどく)

□□□□□

 

Side:エミリア

 

 

「傷の具合はどう?」

 

「ッ─お前、この前はよくもっ──痛てて…」

 

カガリの様子を見に医務室を訪れると、案の定というか根に持たれていた。

砂漠の虎を撃破し、アークエンジェルはリビアを離れる事になる。となると、医療ポッドにカガリを容れたままという訳にはいかなくなったのだ。

幸い、カガリの傷はポッドから出しても問題ないくらいに回復しており、日常の動作なら問題なく送れる。

 

カガリはかじりつくようにして私を睨むが、その拍子に傷が痛んだのかお腹を抑えて呻いていた。

 

「なんの事かしら?」

 

「とぼけるなよ、途中で逃げやがって──痛ててっ…………くそっ…」

 

私がとぼけるように言うと、カガリはむきになって詰めよってきた。しかし、その瞬間カガリは再び呻く。

傷が完治しているわけではないので、力んだりすればまだ痛いはずだ。

カガリはなにかとムキになりやすいので、押し問答すれば勝手に悶絶することになるだろう。

私は本題へと話を切り替えた。

 

「はいはい、ごめんなさいね。それより……砂漠の虎、倒したわよ。」

 

「─────そ、そうか。」

 

私が砂漠の虎が倒された事を告げると、カガリは呟くようにそう言った。

もう少し喜ぶものかと思っていたので拍子抜けだ。

 

「あまり嬉しくなさそうね。」

 

「………私が倒した訳じゃないからな。それで……この船は、これからどうすんだよ?」

 

「そうね………一先ずは、ジブラルタルから増援が来る前に紅海へ脱出───といったところかしら。あなたはどうする?バナディーヤの病院に移そうかと考えているんだけど……」

 

そこで私は一旦言葉を区切る。

現在、バナディーヤは駐留していた砂漠の虎がいなくなった事で不安定な情勢となっていた。

元より反抗運動やテロが発生していたようで、抑えがなくなった瞬間たまっていた不満が噴出したようなのだ。

 

「バナディーヤ、今どうなってるんだよ?」

 

「……あまり良くはないわね。治安が悪くなってる。ブルーコスモスとか、いままで押さえつけられていた人間が一斉に暴れだしたわ。」

 

「そうなのか………バナディーヤの人にとってみたら、砂漠の虎よりこの艦と私達のほうがよっぽど嫌な存在になるんだろうな。」

 

カガリの意外な言葉に私は内心驚く。

流石にレジスタンスとして地元の人々と同じ目線に立っていた事は無駄ではなかったようだ。

 

「………随分、見方が変わったわね。最初の頃が嘘みたいだわ。」

 

「そりゃ……あんだけ言われりゃ考えも改めるさ。なぁ………私も、エミリア達について行っちゃダメか?」

 

「あなたを?」

 

突然のカガリの申し出に私は驚いた。

着いてくるという事は、一時的とはいえこの艦と運命を共にするという事だ。

 

「バナディーヤの病院よりはこの艦の方が安全だし、処置も適切にしてくれるからな。紅海からインド洋に出るんだろ?マラッカ海峡に着くぐらいには治ってると思うし、そこで降ろしてくれればいいから、さ」

 

カガリの言うことは間違っていない。

リスクについてはバナディーヤに残ってもアークエンジェルに残っても存在する。

しかしアークエンジェルにオーブの姫を乗せるという事は、万が一の場合外交問題に発展する可能性すらあるのだ。

カガリ本人がなんと言おうと、オーブ政府が問題にしないとは限らない。

 

「この船は客船じゃないのだけど?戦闘も間違いなくあるし、最悪沈没のリスクもある。オーブの姫を、そんな危険に晒すわけにはいかないわ。」

 

「でも!その────エミリアが、心配なんだよ……」

 

「え…?」

 

「だってお前、いつも辛そうじゃないか!今日だってそうさ!」

 

「………」

 

カガリの口から出た言葉に、私は驚きのあまり閉口してしまった。

会ってまだ数日だというのに、カガリは私の感情を見抜いている。

上手く隠しているつもりなのだが……

 

「……弟と戦ったのか?」

 

「………違うわ。弟は戦場には出てこなかった。」

 

カガリは私がイザークと戦ったと思ったのだろう。そう聞いてきた。

ただ、運がいいのか悪いのか、デュエルは先の戦闘ではアークエンジェルの攻撃にもこちらのMS部隊との戦闘にも出てこなかった。

 

「じゃあ誰と戦ったんだよ。誰か殺したから、お前は今そんな感情になってるんだろ?」

 

「………誰でもいいでしょう?どうでもいい話よ。とにかく、あなたは連れて──」

 

「どうでもよくなんか──っう───ないッ!」

 

「っ……」

 

私がこの話を切り上げようとした時、カガリはそれを引き止めた。

カガリを見ると、彼女はその真っ直ぐな視線で仮面の下の私を見透かしてくるように見ている。

大声を出して傷が痛む筈なのに、カガリは私の視線を捉えて離さない。

 

「お前のその声だけで思い詰めてるってわかるのさ!それに、私から逃げたのがいい証拠だ!」

 

カガリの言葉に、私は面倒くささを感じて半ば投げやり気味に答える。

さっさとこの話を切り上げたかったからだ。

 

「……………バルトフェルドさんよ、殺したのは。」

 

「………お前、知り合いだったのかよ」

 

「会って話したし、とても優しくて気さくな人だったわ。私はそんな人を騙して、殺した………それで普通でいれると思う?」

 

「なら、なんで殺したんだよ。」

 

至極当たり前な質問だ。

何故知り合いで、仲の良い人間を殺せるのか。

私は一瞬答えに窮するが、結局は在り来たりな答えで返してしまう。

自分自身が納得できていないからだ。

 

「っ──仕方ないじゃない。バルトフェルドさんは──敵だったんだから……私だって、殺したくなんか……」

 

「エミリア……もう、敵の事なんて考えるなよ。なんで、お前そこまで考えるんだ?敵だぞ?」

 

カガリの質問に私は自分の中で何かが外れたような気がした。

 

カガリは私を慰めるつもりで言ったのだろうが、私はそれを慰めとは取らなかった。

むしろ、心の奥底に封じ込めていた疑問やわだかまりが濁流のように噴出し始める。

 

「──カガリ、逆に聞くわ。あなたは、なんで平気でいられるの?」

 

「はぁ?」

 

「殺したんでしょう、もう何人も………何故平気で殺せるの?」

 

自分の口から出てくる言葉は酷く冷淡で、僅かに嘲笑も帯びていた。

私はカガリに、自分の中に溜まっていたものをぶつけ始めたのだ。

 

「お前………別に私だって、そんなに何人も殺してる訳じゃないんだぞ!そんな、人を殺人鬼みたいに…!」

 

「殺人と敵だから撃つのと、何が違うの?殺していい境界ってなんなの?殺されるのは結局同じ人なのに、どこで差が出来てるの?」

 

私はカガリを通して、仮面を着けている自分に不満をぶつけていた。

負の感情はもう止められない。

カガリは私のそんな様子に酷く戸惑っているようだ。

 

「………エミリア、もうそんなこと考えるのやめろよ。私が言うのもアレだけど、馬鹿になれって……エミリア、お前優し過ぎなんだよ。敵の事で思い悩んで、必死に考えてさ。それで、仲間を優先して自分圧し殺して。それって、敵と一緒に自分も殺しているんだぞ?」

 

「うるさい……わかってるわよ、そんな事」

 

「ならどうにかしろよお前!マジで心が壊れちゃうぞ!?」

 

カガリの叫び。

それを聞いて、私は叫び返していた。

ずっと封じ込め、見て見ぬふりをしてきた事実。

それをカガリは無理矢理こじ開け、私に突きつけてきたのだ。

 

「ッ───わかったような口聞かないで頂戴…!私の心はね───もうとっくの昔に壊れてるのよッッッ!!」

 

「っ!?……エ、エミリア?」

 

「───へリオポリスで人を殺した、あの時から壊れ始めて………もう、今はボロボロだって自分でわかるのよ……!髪だってほら……生え際のこれ、白髪なのよ……髪がどれくらい抜けたと思う……?」

 

私は壊れているんだ。

もう、とっくの昔に。

戦争は着実に私の心と身体を蝕んでいた。

吐血している事はまだ誰にも伝えていない。白髪も元が銀髪な為目立たない。

誰も私の状態には気づいていないはずだ。

 

「こんなの………エミリア………くそっ、お前……」

 

「────こんな状況が嫌で仕方ないの…!それでも…戦う度に殺さなきゃいけなくて、それを躊躇わなくなってる自分がいて、それがひたすら怖くて…っ…………それで、敵を殺して!!」

 

「………」

 

「けど……殺した後はもっと胸が苦しくて………なんで殺したんだって…!ずっと、バルトフェルドさんの顔が頭から離れないのよ………!」

 

私に残った良心は、今や掃いて捨てれるんじゃないかというくらい僅かなものになっているように思える。

けど、その僅かに残った良心が私の心を串刺しにするのだ。

何故殺した?

何故やめなかった?

もっと良い方法はあったはず。

 

そうやって良心の呵責が、すべて終わった後で私の心を滅多刺しにする。

その痛みを、私は毎度心の奥底へとひたすら押し込み続けていた。

 

ましてや、今回はバルトフェルドさんだ。

彼は私を気づかってくれた。

私の話を面白いと共感してくれていた。

あの時、話し合えばわかり合えたかもしれない人なのに。

 

それを私は、殺した。

私の勇気がなかったせいで、私は彼を殺す道しか選べなかったんだ。

 

「あの人を……私は敵だからと……それだけで殺したのよ?敵なら、誰だって殺していいの?戦争だからって、誰でも殺していいわけないでしょう!?人がどんどん死んでいくのに、なんでまだ殺さなきゃいけないのよ!!私は馬鹿なの!?ひたすら善人ぶって、いいように見られようと振る舞って───自分にヘドが出る…!」

 

「エミリア………もう、やめろよ………自分を責めて何になるんだよ……痛々しすぎるって」

 

カガリが悲しそうに言う。

けど、私の心の底から溢れてくる汚物は止まらなかった。

 

ひたすら口から出るのは、いままで心の奥底へ溜めてきたもの。

不満と疑問、不信感。

殺しへの背徳さ。

自分が犯した事への後悔と懺悔。

 

私は気づけば、カガリそっちのけで自分を糾弾していた。

かつて親友(ラクス)に言われた言葉、そして、先程カガリに言われた言葉が甦ってくる。

 

自分で自分を撃つ。

まさしく、その通りだった。

 

血飛沫が飛んでいくのも構わず、私は自分の心を撃ち続けているのだ。

立っていられなくなり膝が崩れる。涙が迸ってきて床を濡らした。

 

「…嫌……もう嫌………もう、嫌よ…………なんで、こんな目に………なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ…これが、人を殺した事への報いなの!?私、もう殺したくなんてないのに………ぅうっ」

 

私は床しか見ることができない。

カガリもそこから一歩も動けないのか、立ちすくんだまま私を見下ろしていた。

 

「こんなの……お前、どれだけ溜め込んでるんだよ…………」

 

「っ………これが、私よ。仮面を脱いだ、私なのよ………っうう、ぅぅ…っ」

 

仮面の下も、結局傷だらけ。

体と同じように、心もボロボロ。

 

体は治療することができる。

でも、心を治すことは私にしかできない。

そして、私は心を治そうとはしなかった。

汚いものを隠すように、押し込めていただけ。

 

 

 

幻覚が見えた。

目の前にいるのは、血塗れの私だ。

身体中に銃創が穿たれ、息も絶え絶えになっている。

 

手元には自分の返り血が付いた銃が落ちている。

これが、今の私の心なのだ。

見ようとしてこなかった、本当の私の気持ち。

 

守るという気持ちによって無理矢理押し込めてきたもの。

 

「ぅうっ、ぐっ………っ………ごめんなさい、バルトフェルドさん……」

 

殺した者達と、瀕死の心へ向けて私は独り謝った。

端から見れば、最早私は頭が狂った異常者にしか見えないだろう。

けど、謝らなければ気がすまなかった。

 

 

 

そして、心の中へ沸き上がってくる新たな感情。

 

こんな事は嫌だ。

もう沢山だ。

早く楽になりたい。

 

そんな考えが脳裏に浮かんでくる。

いままでのツケが私を苦しめているのなら、精算するしかない。

 

幻覚の私は、血塗れの手でゆっくりと銃を拾い上げ自分の首もとへと向けた。

引き金に指をかける。

 

私は、自分の心にトドメを刺そうとしていた。

自我を崩壊させれば、楽になれる。

このまま壊れれば、もう何も考えなくていいんだ……

 

「───エミリア!」

 

カガリの声に、私は視線を前へ移す。

その瞬間、カガリは床に踞った私を抱き締めてきた。

その体温がゆっくりと私を包んでいく。

 

「こんなことしか言えない自分が悔しいけど───逃げるなよ、自分から……!お前は今、仮面の下に溜め込んだ感情を吐き出しているんだ。膿を出すのと同じなんだ。」

 

「ッ───」

 

「安直な言葉しかかけられないけどさ……エミリアと違って私はバカだし。だから、楽に考えろよ。難しいだろうけど………」

 

その問いかけを聞き、私は再び疑問で返す。

 

「…………カガリ、どうしたら楽になれるの…?楽に考えるって、何?」

 

「…………私は、普通は時間が癒してくれると思ってる。けど、お前は優しいし頭が良い。だから、多分それは期待できない。けど、お前なりに楽になる方法はある筈だ。だから───」

 

「なら、気休めなんて言わないで。期待してしまうでしょ……何も思い浮かばないなら、何も言わないで……」

 

差し出された手を、私は払いのけた。

手を掴んだところで、助からないとわかっているから。

それを示すように、私はカガリの抱擁を振りほどく。

 

「………馬鹿、なんで救いの手まで拒むんだよ……」

 

「それにすがったところで、あなたは私を引き上げられないでしょ。なら、助けようなんて思わないで。その方が……助かるなんて思った方が……ずっと、辛いのよ……」

 

希望を抱き、それが絶望に変わるときが一番辛い。

私はカガリの心を、ひたすら遠ざけた。

どうせ助からないと思って。

そして、胸がズキズキと痛む。

 

「救いがないって……エミリア、私はお前を助けたいんだ!引き上げられないとか、そんなのやってみなくちゃわからないだろ!?」

 

「…………いい加減にしてよ。」

 

胸の痛みも気にせず、私はカガリの善意を目の前で破り捨てた。

そうすることでしか、カガリを遠ざけられないと思ったから。

 

「───救いなんて、私にあると思う……!?このままアラスカに行っても、私は政治の玩具なのよ!?それで希望を抱けるわけないじゃない……!戦ってもそう!その時が来たら、私はイザークを殺さなきゃいけない!!イザークは………大好きな、大切な弟──ずっと一緒だったあの子を殺さなきゃいけないって、私が一体何したのよ!?他の方法だって考えたけど、それも全部皆の迷惑になってしまう─────ね?私に救いなんてないの…!それに必要もない!このまま壊れたほうが、楽なんだから───あなたのはただのお節介でし、うぐっ゛!?」

 

カガリにぶつけるのは間違っている。

それは私もわかってる。けど、止められない。

カガリへの申し訳なさが胸をかきむしり、身体の中をかけ上がってきた。

 

「エ、エミリア!?どうした!?」

 

「──カガリ……私なんかにかまう必要な、うッ───ゴホッ、ゴホッ────」

 

胃液の臭いを鼻の奥に感じ、私は両手で口を押さえながら咳き込んだ。

その両手の隙間から汚物が迸り、まるで廃液のように床に広がる。

 

「えっ!?──エミリア!?嘘だろ!?おい!!」

 

「─────はあっ、はぁっ………ッ…………皮肉な、もんでしょ──自分の中に溜め込み続けて、他人の助けも拒み続けた結果がこれなんだから………自業自得なのよ、これは……自分で毒を飲んで、自分の心と体を壊したんだからね…………」

 

「お前…………とにかく、吐くなんて尋常じゃない!医者に診てもらえよ!?」 

 

「ストレスで胃炎になってるのよ……そのくらい、自分の体だからわかるわ………ほっといて」

 

「エミリア…………」

 

私は一人、自分の吐いた汚物を拭きあげた。

その作業が結局、私のすべてを表しているように思えた。

部屋を無言が包む。

 

 

するとふと、カガリが口を開いた。

 

「…………………………………お前、私には色々さらけ出すよな。艦長と来た時、お前まるで別人だったじゃないか。あれがお前の仮面なのか?」

 

「……………あなたに話しても、この艦の運航には影響がないもの。仮面を着けてるっていうのなら、多分そうだと思うわ。」

 

何故か、私はカガリに対しては心をさらけ出す事ができた。隠している自分の体の異常をさらけ出したのも、カガリが初めてだ。

いままでそれができたのはラクスしかいない。

何故、カガリには心が開けるのか?

カガリに言ったところで、アークエンジェルには何の影響もないからというのもある。アークエンジェルのクルーには迷惑がかからない。

けどそれとは別に、カガリには本心を話したくなる何かがあるということは事実だった。

 

「………お前、私に愚痴れよ。他の人間には言えない事、私にぶつければいい。」

 

「……………」

 

「私、馬鹿だからさ。お前に何言われたって、正直よくわかってないんだ。だから、感情論くらいでしか返せない。けど、溜め込むよりはマシだと思うんだよ。溜め込んできたから、こんなことになったんだろ?」

 

「………そうね。不思議と、あなたには言えてしまう。それに………少しは、楽になったかもしれない。」

 

いままで溜めてきたものが一斉に流れだし、濁流となった事で心の収拾はつかなくなった。

小出しにしていれば、もしかしたら解決できた問題なのかもしれない。

今となっては手遅れなのかもしれないが……

 

「涙とか愚痴とかさ、そういうのって心の自浄機能だと思うんだよ。私がお前のその機能を発揮させる為の鍵なら、上手く利用しろよ。私はいいって言ってんだからさ。妹みたいなもんだと思ってぶちまけろよ。」

 

「カガリ………………ありがとう。」

 

カガリは、不思議と何かを掴む力があった。

直感的に動くが故に、無意識に最善策を掴むのかもしれない。

私を心配して着いてきてくれるというのは、多分こうなることを直感していたからなのだろう。

私はカガリのそんな好意を嬉しく感じた。

 

 

問題は何一つ解決していない。

結局、私は横たわっているままだ。

しかしその傍らにはカガリが寄り添っていて、私から銃を取り上げ、包帯を巻いてくれようとしていた。

 

 

 

□□□□□

Side:マリュー

 

 

現在、本艦はエジプトを抜けて紅海を進んでいた。

敵の追撃は今のところなく、順調な航行を続けられている。

 

本艦には現在、バナディーヤの政情不安を鑑みてカガリさんとキサカさんを同乗させていた。

バナディーヤの病院には危険すぎて容れられないというエミリアさんの判断だ。

 

「しかし、地球軍も非情なものだな。アラスカまで来いと言っておきながら、補給も寄越さんとは。」

 

ブリッジに立つキサカさんがそうぼやく。

敵勢力圏内という事で補給が難しいのはわかるが、それでも何かしらの支援を回してほしいというのは私も同意するところだ。

 

「ここはまだザフトの勢力圏内ですもの、迂闊に支援を出せば被害も増えることでしょうし……幸い、インド洋まで出れば敵勢力は手薄な筈です。そこを突破するしかない、ですわね。」

 

「ザフトが領土拡張戦をやっていないのが幸いだったな。それにしても……そちらの副長はなかなか頭が切れるようだが、その割りに随分と危ういな。」

 

キサカさんの指摘に、私は眉を潜める。

負担をかけているというのは百も承知だが、危ういという表現に何か違和感を感じたのだ。

 

「と、言うと?」

 

「コーディネイターは、身体的に優れてはいても精神については我々と同じだ。彼女は正規の軍人にしては、随分と精神が脆いように感じる。そもそも感受性が強すぎて戦いに向いていない。普通、ああいった人間は訓練の段階で脱落するものだが………本当に軍人なのか?」

 

「……………」

 

私は答えられない。

彼女は書類上は予備役少尉を経て現在の階級に至っているという事になっているのだ。事実を公表する事はできない。

 

「………放っておけば、彼女は心を病むぞ。いや、もう病んでいるかもしれん。PTSDの兆候が観られる。」

 

キサカさんの指摘に私はドキリとした。

エミリアさんは民間人であり、戦争とは本来かけ離れた場所にいた人だ。

軍服を着て、いかに戦功を立てようが心は変わらない。

 

キサカさんの言うとおり、軍人となる人間はまずブートキャンプにて精神的プレッシャーをかけられる。

戦場という過酷なストレス環境で冷静に任務を遂行するだけの精神力を養わせる為だ。

大抵の者はそれによって馴れていくが、耐えきれず脱落していく者も多い。

 

故に、軍服を着る者は戦場に立てるだけの最低限の精神力を保持しているのが前提であり、その精神力を持ってすら戦場のプレッシャーは兵士の精神を削っていくのだ。

 

それが最悪の形となるのがPTSD──心的外傷後ストレス障害である。

 

戦闘によって生じる過大なストレスに精神を蝕まれた兵士が発症させるストレス障害であり、一度なってしまうと専門的治療が必要になる。

 

「そんな……PTSDの症状はまだ出ていない筈です。彼女は睡眠もしっかり取っていますし、集中力も問題ありません。言動にも問題は……」

 

「PTSDは急性と慢性に大別できる。はっきりとした症状が出ていないだけで、症状が進行している可能性は十分にある。戦闘前後に彼女が記憶の想起を回避したり、忘れようとはしていないか?幸福感の喪失や感情の鈍りもそうだ。物事に対する興味や関心の減退、未来を絶望視していたりは?身体性障害や身体運動性障害………当てはまる傾向にあれば、危ういと考えるべきだ。」

 

「…………………当てはまる、と思いますわ。出会った頃と比べてあまり笑わなくなったようにも………バイオリンを弾いてる姿も見かけませんし………」

 

それに、彼女が未来を絶望視するのはやむを得ない。

アラスカに着いた後の彼女の運命は決まっているようなものなのだ。

それ故に死に場所を求めているような感じもある。

 

思えば思うほど症例に該当する部分がある。

途端に、私は彼女の事が心配になり始めた。

 

「彼女自身にも聞いてみなければわからんが、発症している可能性は十分にある、という事だな。人間の精神は強い負荷がかかると、その機能を麻痺させてでも現状に適応しようとする。それがPTSDの発症メカニズムだ。感受性が強い人間なら、尚更発症しやすいぞ。」

 

「………………」

 

もしエミリアさんが精神を壊していた場合どうなる?

いや、むしろこれからが問題だ。

 

彼女はこれからも副長として動く。ザフトと戦う可能性や、最悪弟と交戦する可能性も十分にあるのだ。

 

それをやらせてしまえば、ただでさえ危険な状態を更に進めてしまう事にもなりかねない。

 

私はそんな彼女の事を考えると、胸が張り裂けそうな思いになった。

 

 

 



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それぞれの葛藤

□□□□□

 

Side:フレイ

 

 

「………やっぱ、ダメかなぁ……」

 

カズイがパソコンを弄りながらぼやく。

その画面にはオーブが映され、アークエンジェルの予定航路とオーブを経由した場合の予測航路の二つが示されていた。

私はサイやカズイとちょうど非番が被った為、一緒に食堂で休憩していたのだ。

 

「だめだろ、そりゃ。距離が違いすぎるんだから」

 

サイがぼやくカズイを嗜めるが、それでもカズイは不満げだ。

 

「だって、アラスカまでならと思ってついてきたんだよ?それが、降りたのは北アフリカだし………こんな筈じゃなかったのになぁ……」

 

「何よ、意気地無し。」

 

そんなカズイの様子に耐えかね、サイの代わりに私が口を挟んだ。

私になにか言われるとは思っていなかったのか、カズイは度肝を抜かれたように私を見る。

 

「だ、だって……フレイはそう思わないのかよ?」

 

「…………そりゃ、私だって………でも、皆頑張ってて私達だけって、ダメでしょ。エレナを手伝うってこの艦に残ったんじゃない、私達は。」

 

私達はエレナを助ける為にここに残っているのだ。

それを途中でほっぽりだしていくわけにはいかない。

 

私はアフリカに降りて初めて、地球軍の兵士として戦闘に参加した。

 

私は暫定的にと医療班に配属され、負傷した人達の看護や軍医さんの補助。クルーの健康管理や衛生保全なんかも仕事だ。

 

だから、北アフリカの戦いでは戦場というものを肌身で感じ、その残酷さと醜さを思い知らされていた。

 

負傷者が出るとそこへ駆けつけ医務室へ移送する。

そこで応急処置、必要ならそれ以上の処置も行うのだ。

 

だから、実際に怪我した人達の姿を何度も見てきた。

切り傷や打撲、軽度の火傷とか、簡単な治療ならもう指示なしでも素早くできるようになった。

それくらいできないと足を引っ張るからだ。

縫合や止血も、歯を食い縛りながら必死に覚えた。

 

痛みに呻く人達を励まし、その血に手を汚しながら処置を行う。

へリオポリスでは考えられなかったような日々だ。

最初は怖くて、気持ち悪くて仕方なかった。

入ったばかりでロクな仕事もできない私は、戦闘で気が荒くなった軍医さんや他の医療班の人達に怒鳴られながらかじりつくように手を動かしたのだ。

 

最初の戦いを終えて、私は戦争というものをその僅か数時間で思い知らされた。

いかに自分が世間知らずで、自分が無力だったかを。

 

憔悴した私を戦闘中は怒鳴りまくっていた軍医さんが慰めてくれて、私は頑張って仕事を覚えようと決めたのだ。

負傷した人達を少しでも楽にしてあげる為に。

 

次の戦闘では馴れたから大丈夫と思っていたけどそんな事はなく、重度の火傷を負った人や鉄片で切って血がドクドクと吹き出す人を見るたびにその凄惨さを味わう。

吐かなくなっただけマシかもしれない。

 

軍医さんに指示を受けながら必死に処置をして、輸液の点滴や痛み止めの注射なんかもできるようになる。

それでも、私の技術は医療班の中では一番下。

 

ブリッジのミリアリアやサイ達と比べて私のなんと無力な事かと、本当に何度も噛みしめさせられた。

 

けど、もうやめたいとは思わなかったのだ。

確かにキツいし、酷い傷を見るたびに背筋が凍る。

けど、いままで感じたことのなかった使命感が私を突き動かしていた。

苦しんでいる人の為にも、与えられた仕事はきっちりとやり遂げなければならない。

私はそう思うようになっていた。

 

皆頑張ってるんだから、私も頑張らないといけない。

そう思えるようになったのである。

 

だからこそ、カズイの弱気な発言には我慢できなかった。

 

「だけどさ……死ぬかもしれないんだぜ、俺達……エレナさん、この前失敗してたし……」

 

「あなたねぇっ!!エレナだって失敗くらいするわよ!皆の命預かるって、どれだけ凄い事だと思ってるのよ!?私なんて、人一人の命ですら満足に預かれないのに……!目の前で怪我して弱ってく人、あなた見たことある!?自分が無力だって、どれだけ感じさせられると思うの!?」

 

「そりゃ………ないけどさ……」

 

「フレイ、もうそのくらいにしときなって。カズイも、わかったろ?今は我慢しなよ。アラスカに着いたら、もしかしたら辞められるかもしれないし」

 

「サイ………」

 

サイにたしなめられて私は黙った。

言い過ぎたとは思うけど、カズイだって悪いのだ。謝る気はなかった。

皆無言になる中、サイがふと思い出したように話を切り出す。

 

「………そういえば、今ハンガーで戦闘機パイロットの適性検査やってるよ。ミリアリアとトールは受けにいってるみたいだ。」

 

「えっ、戦闘機パイロットって……」

 

「スカイグラスパー2号機、パイロットいないからさ。シミュレーター使ってやってるんだ。パイロット探し。」

 

「…………受けてみようかしら。」

 

「えっ!?」

 

私の発言にサイが目を丸くするが、私はもっと役に立ちたかったのだ。

そうと聞いたら居ても立ってもいられず、私はハンガーへと向かう。

慌ててサイとカズイも着いてきた。

 

ハンガーに着くとすぐシミュレーターが目に入り、その周りには人だかりができている。

今シミュレーターをやってるのはトールだった。

 

「おりゃ、このっ!」

 

トールは画面に表示されたターゲットを素早く撃破していく。

それを見た周りからは歓声が上がっていた。

 

「うまいじゃないか、なかなか良いスコアだぞ。」

 

「ほんとですか!俺、ひょっとしてパイロットの才能あったりして?」

 

トールが嬉しそうに言う。

トールが操縦シミュレーションを終わらせてシミュレーターから降りてくると、後ろにいた私達に気づいたみたいだ。

 

「あれ、サイにカズイ、フレイも。二人ともまた受けに来たのか?」

 

「いや、違うよ。フレイが受けてみるって言ってさ。」

 

サイがトールの問いに答える中、私は次やる奴はと言うノイマン少尉の言葉を聞いてシミュレーターへと乗り込んだ。

ノイマン少尉が驚いたように私を見る。

皆も驚いたような目線を私に注いでいた。

 

「あ、アルスター二等兵!?パイロット受けるつもりか?」

 

「やってみないとわからないですし。」

 

そう言って、私はシミュレーションを起動させる。

()()()()()()

 

私は軍のパイロットだった身内が結構いて、実際にシミュレーターをやった経験が結構あった。幼少の頃からだ。

それに、実際に飛行機を飛ばしたこともある。

パパが私のために飛行機教習を受けさせてくれたのだ。

こういう技能を持っておくと社交で便利だと言われ身に付けたのである。

 

いくら軍用機といっても、基本は飛行機だ。

そんなに操縦は違わない。

 

細かい部分はAIで制御されているのは民間機と変わらず、基本は操縦桿やスロットルレバー、フットペダルで動かせる。

違うのは武器が付いているという事くらい。

 

 

「……………」

 

飛行機を動かす事に集中する。

シミュレーターに映される画像や計器パネルのデータを見ながら、指定された機動や飛行コースを飛んでクリアしていった。

 

「う、上手いな君………」

 

「フレイ……そういや、飛行機飛ばしたことあるって言ってたっけ……」

 

「えっ、そうなの!?フレイ凄いじゃない!」

 

「昔ちょっとね。ライトプレーンだけど」

 

体にかかるGなんかがないから、シミュレーターでの操縦はそこまで難しくもない。

実際に本物を操縦するのとは感覚が違う。

 

シミュレーションが操縦から戦闘へと移り、画面上にターゲットが表示されていく。

 

まずは逃げるターゲットを撃つことから始まり、最後の模擬戦闘までこなしていった。

 

「…………」

流石に戦闘となるとそう易々とはいかない。

敵のミサイルを回避しながら、こちらも撃ち返さなければならないのだ。

 

「────あっ、やられちゃった………」

 

気づけば私は撃墜判定を貰っていた。

ほんとに呆気なくだ。

これが本物の戦闘であれば、私は今死んだことになる。

 

「アルスター二等兵、これがスコアだ。まぁまぁ悪くない腕だぞ。」

 

「フレイに負けた僕って……」

 

「僕なんて開始してすぐ墜落だったんだけど」

 

皆が口々に言う中、私はシミュレーターから降りる。

このシミュレーションは遊びじゃない。高スコアを出せば本当にパイロット候補になるのだ。

改めて、私は戦闘というものの恐ろしさを実感した。

こんなに簡単に命が散っていくんだから。

 

「私も受けていいか、それ。」

 

するとふと、ノイマン少尉に声がかけられる。

見てみると、エレナが助けてきたレジスタンスの女の子──カガリだった。

この子もオーブの子らしく、途中まで船に乗っていくとエレナからは聞いていた。

 

「いや、君は……」

 

「受けるくらいはいいだろ?よっと──」

 

戸惑うノイマン少尉を尻目に、カガリはシミュレーターの座席に座るとシミュレーションを開始した。

 

それを傍らから眺めていて思ったのは、この子も操縦がかなり上手いという事だ。

しかもみるみるとスコアを積み上げていき、気づけばトップスコアを叩き出していた。

 

「どうだ?」

 

「───凄いな………能力は、まぁ……申し分なしだ。上手いよ。」

 

ノイマン少尉の言葉に、カガリは満足そうに頷きながらシミュレーターを降りる。

 

「なんというか…………うちの艦は女が凄いんだな……」

 

ノイマン少尉の言葉に、男連中は皆頷いていた。

何なのだそれは。

 

 

□□□□□

Side:イザーク

 

 

 

「隊長!どうか、俺達にあの艦を追わせてください!」

 

俺は宇宙から降りてきたクルーゼ隊長を相手に直談判していた。

バルトフェルド隊に加わったと思ったら、あの隊長はアークエンジェルとレセップスの直接対決の為に俺達を降ろし、そして敗れた。

 

生き残った副長から撤退命令が出され、俺達は屈辱的な敗北を喫した上にアークエンジェルを前にして尻尾を巻いて逃げるしかないという事態となる。

 

俺とディアッカは戦おうとしたが、バルトフェルド隊長の愛人を名乗る女からすぐ撤退するよう言われる。

愛人であるが故に命令する権限もなく、俺達はそれを無視する。

 

しかし、それは命令ではなく忠告だったのだ。

デュエルもバスターも砂に足を取られ、まともに動けなくなっていた。

おかげでゲリラごときのミサイルにすら翻弄される始末であり、俺達は恥の上塗りをすることになったのである。

 

ここまでコケにされた上に、俺達はお払い箱とでも言うかのようにジブラルタルへ戻される。

待っていたのは待機の命令であり、その間もアークエンジェルに逃げられているのかと思うと悔しくて仕方なかった。

 

恨みは益々募っていく。

あの艦をへリオポリスで撃ち漏らしてからというもの、ずっとこの様だ。

 

あの艦は強い。

それも、規格外のレベルで強いのだ。

そこは認めざるを得なかった。

 

無論搭載しているMSも厄介だが、それ以上にあの艦がしぶとすぎる。

同じ地球軍の従来艦が鈍くさすぎるのではないかと思う程、あの艦は兎に角別格の強さを誇っている。

 

それは宇宙でも地上でも変わらない。

バルトフェルド隊長のレセップスを奇策で沈め、宇宙でも友軍艦艇を散々ドッグ送りにしてきた。

 

……いや、違うな、

すべてが噛み合っていて、あの艦は強いのか。

 

自艦のみならず、MSやMA、更には味方の艦隊との連携によって俺達は幾度となく破れてきた。

作戦で負けているのだ。

 

性能だけでも傑出している上に、それを動かす人材のレベルも際立って高い。

だからこそ、連戦連勝を続けられているんだろう。

そんな艦を相手に、俺達は勝たなければいけないのだ。

 

そう考えると、俺は益々あの艦に勝ちたくなる。

俺は負けず嫌いだ。

だから勝利を掴むまで食らいつき続ける。

 

思えば姉上にチェスで負けてからこの方、そういった負けず嫌いの根性が備わってきている。

相手を打倒したいが為に腕を磨き、そうやって俺は強くなってきた。

 

姉上は今はいない。

バナディーヤで再会してからこの方音沙汰はなく、恐らくオーブに着くまで連絡は来ないだろう。

 

いままで、俺の目標は姉上だった。

姉上を目指して走り続けたからこそ、俺は強くなれたのだ。

 

しかし、今破るべき相手は姉上ではない。

あの艦だ。

アークエンジェルを打倒すれば、俺は更なる高みに立てる。

だからこそ、あの艦を倒したかった。

 

「私もオペレーション・スピットブレイクの件で忙しくてな………ならば、君たちだけでやってみるか?」

 

「!…………はい、勿論です!」

 

クルーゼ隊長は、遂に俺達単独でのアークエンジェル追撃を認めてくれた。

宇宙からアスランも合流し、俺達は三人。

皆が皆、アークエンジェルには苦汁を舐めさせられてきたのだ。

それに、ニコルを捕らえたのはあの艦だ。

ニコルの行方はわからず、連合がニコルをどのように扱っているかも不明。

ニコルの雪辱を果たすのも俺達の役目である。

 

そして何より、あの艦がへリオポリスを崩壊させた。

姉上にあんな旅路を強いたのは、全てあの艦のせいなのだ。

 

破らなければならない。

あの艦を破らなければ、この心に溜まり続ける一方の不満は解消されない。

 

「そうだな……アスラン、君が隊長を務めろ。何分、君があの艦に関しては最も因縁があろうからな。母艦の手配に関しては私がしておく。」

 

クルーゼ隊長の言葉に、俺は拳を握りしめる。

なぜアスランが隊長なのだ。

あの艦に因縁があるのは俺も同じだ。

しかし奴がなぜ隊長に贔屓されたのか、俺にはわからない。

わからないが故に嫉妬が募る。

 

だが、まぁいいさ。

アークエンジェルを追える事には変わりない。面倒事は奴に押し付け、俺はアークエンジェル打倒に全力を注げばいいさ。

 

待っていろ、アークエンジェル。

次こそは………

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

Side:マリュー

 

 

「何、潜る!?」

 

ナタルのすっとんきょうな声がブリッジに響く。

その原因はエミリアさんだ。

 

「はい、潜るんです。この艦は元々宇宙艦ですから、気密性や推進力に関してはそのまま海中でも使用できるレベルなんです。耐圧力に関してはラミアス艦長のご意見次第というところもあるんですが……」

 

「うーん………潜れないことはないんだけど──というか、実際に潜れるのよね、この艦は。」

 

この艦の艦長になるに辺り、私はアークエンジェルのマニュアルを隅から隅まで見ている。

その中にはなんと潜航能力が付与されている事すらも書かれていたのだ。

 

まぁ、潜水艦と宇宙艦に求められる能力というのはかなり近いものがあり、宇宙艦の試験を地球上でやる場合はプールや海の中に沈めてやることもあるくらいなのだ。

 

この艦の推進機関はレーザー核融合パルス推進。

その熱エネルギーを利用すれば水中でも膨張圧を使って艦を進めることが可能であり、実際水上航行に使用する予定だった。

気密性についても耐圧性についても問題はなく、潜ろうと思えば潜れるのだ。

潜水艦のようなバラストがないので、実際に潜るとなればあちこちのエアロック──例えばカタパルトデッキなどの気密隔壁などに海水を注入すれば代用できる。

セイルもアークエンジェルに備わった主翼を使えば問題ない。

 

問題は水中での目──ソナー関連についてだが、それも現在ザフト製のものを取り付ける改修作業が急ピッチで進んでいた。

 

つまり、潜航しての航行にはまったく問題がないことになるのだ。

 

エミリアさんが潜っていこうと言っているのは、まず攻撃を受けるリスクを下げるためだ。

潜っていれば被発見率はかなり下げることができる。

ザフトの対潜哨戒網にかからなければまず見つからないだろう。

 

 

そして何よりもエミリアさんから感じる、もう戦いたくないという感情。

静かに海へ潜り、戦争という現実や戦いというものから逃れたいという想いがありありと彼女からは感じられた。

 

彼女はバルトフェルド隊との一戦以来、あきらかに憔悴してきているのだ。

恐らくバルトフェルド隊長を殺した自分を責め、その罪の意識に苛まれているに違いない。

 

彼女の懇願するような瞳に見られては、私も首を縦に振らざる得なかった。

 

「…………あとで、三人でマードック曹長のところに頭を下げにいきましょうか。」

 

「「はい。」」

 

ブリッジでのわずか数分の会話によって、アークエンジェルの潜水艦化が決まった。

かつてこれほど柔軟な運用が行われた艦が他にあるだろうか?

 

おそらく本艦の後にも先にも、これを越えるような艦が現れる事はないのではないかと思った。

 

そして願わくば、このままアラスカまで静かに海の中を行ければとも思う。

 

 

 

 

 

□□□□□

Side:モラシム

 

 

「何、SOSUSに感ありだと……?」

 

休憩しているとブリッジから呼び出しを受け、私は飲みかけのコーヒーを渋々放置するとブリッジへ上がった。

 

SOSUSとは海底に設置されたソナー群による水中監視システムであり、ザフトは地球降下前に連合が設置を行っていたSOSUSを奪取するような形で使用していた。

Nジャマーの影響を受けないSOSUSは貴重な警戒網であり、インド洋や紅海の監視に役立っている。

そのSOSUSに、何やら妙な音が拾われたらしいのだ。

 

「何があった?」

 

「はっ!それが………どうも独特な音を出して動いている艦がいるようでして」

 

「何……ログを聞かせろ」

 

私は新しいヘッドホンを付けると、記録されているその妙な音を聞く。

その音はなんというか、大きな心臓の音とでも言い表せるような一定のリズムを刻んでいた。

 

そんな音だから鯨かとも思った。

しかし鯨にしては巨大らしく、しかもアクティブソナーのピンガーを時折放つ為人工物であるという事がわかっている。

 

「このピンは……我が軍のソナーか?」

 

「そのようです。我が軍の新型艦でしょうか……?」

 

「そのような通達は定時連絡には一切なかったがな。よし、もう少し監視を続けろ。航跡や進路はわかるか?」

 

「はっ!こちらが直近6時間の不明艦(ボギー)移動データです。」

 

その航跡は紅海からアデン湾を経てインド洋へと伸びていた。現在はソマリア沖約1200kmの地点にいる。

 

「東に向かっているな………グーンを偵察に出して様子を見る。モンロー、クストーを出すぞ。抜錨だ、まずはこのボギー1に追い付く!」

 

「はっ!錨を上げろ!クストー、機関始動!」

 

 

 




本来アークエンジェルが潜航能力を獲得するのはオーブでの改装後からですが、今回潜ることは可能なように設定を改変しました。
オリ設定ですのでご了承よろしくお願いいたします。


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思いの先には

□□□□□

 

Side:ジャン

 

 

「艦長、少し話があるんですが……よろしいですか?」

 

「キャリー少尉………どうされましたの?」

 

私はラミアス艦長の部屋を訪れていた。

後ろにはフラガ少佐もいる。

 

その姿が見えたのか、ラミアス艦長は怪訝そうな表情を浮かべていた。

どうも私とフラガ少佐が一緒にいるという事に違和感を抱いたらしい。

 

しかし、私と彼は戦闘隊の上官と部下だ。

それに同僚としてもよく話をしている。一緒にいるのもそこまで不思議なことではないだろう。

 

今回の訪問の理由はエミリア君の健康に大きく関わる事だ。

多少荒療治でもやらなければならない。

 

 

「よぉ艦長。この面子で話すのは久しぶりだな。」

 

「そうですね。ここ最近はそれどころじゃなかったというのもありますが……」

 

「まぁいきなり砂漠の虎と一戦だからねぇ。明けの砂漠との交渉やらでてんやわんやだったみたいだし………で、だ。艦長、俺達は副長がPTSDじゃないかって疑ってるんだ。今日ここに来たのはそのためさ。」

 

「彼女は今のところ該当するような症状は出ていないと思いますが……ただ……」

 

私も、今の彼女の様子からはPTSDであると判断する事はできない。

PTSDの患者というのはもっと精神に異常が出ているものなのだ。

その点で見れば、彼女がPTSDであるとはとても思えなかった。

 

しかし、気になる点がないとは言えないのもまた事実だ。

 

今の彼女は昔と比べて殆ど笑わない。

バイオリンを弾いている姿も見かけなければ、友人と親しく話している姿も見かけないのだ。

 

更に、私やフラガ少佐を明らかに避けていた。

ひたすらブリッジと居室を往復するだけであり、彼女は心を塞ぎこんでいるようだった。

 

「………私も、実は同じことを懸念しておりましたわ。どうも、最近笑わなくなったと思いまして……それはまぁ、戦争ですもの。笑うのは難しいかもしれない。ですが、まったく笑わないというのはやはり不自然というか……」

 

どうやらラミアス艦長も同じような感想を抱いていたらしく、私と同様に彼女のことを心配している様子だった。

ブリッジでの様子を見ていれば、エミリア君はラミアス艦長に心を開いているようにも見える。

 

しかし、彼女の教師として普段の彼女の様子を見てきた私から言わせれば、あれはまだ完全に心を開いているとは言えない方なのだ。

 

彼女が本当に感情を露にした時の事を知っている私から見ると、エミリア君はラミアス艦長に対して一定の心は開いているものの、大事な部分に関しては未だ見せていない。そういう風な接し方をしている。

 

特にこんな非常時では、その大事な部分をさらけ出せる相手がいなければ不満やわだかまりは溜まりにたまっていく一方となる。

特に若い者ならまだ心が未熟であるが故に自分でそれを解消させる事もできない。

 

 

通常、人間には欲求が満たされない状況が続くと、自我の崩壊を防ぐため適応規制と呼ばれる防衛機能が働く。

それは心の安全装置とも言える機能であり、自身の現状を正当化したりなど、欲求を別の方法で解消して心を守るという機能なのだ。

 

ただ、これはあくまで安全装置であって常用するようなものではない。

いわば酒やタバコのように、一時凌ぎの機能でしかない。

その為、人間は欲求に対しては正当な手段で欲求を満たそうとする。

 

だが彼女の場合、最初に適応規制が働く。

それは彼女が育ってきた環境に問題があり、自身に望まれた事を最優先にすることこそが正しいと彼女は刷り込まれているのだ。

 

彼女は良家の令嬢として、自我ではなく周りが望む姿であることを強いられ、そう振る舞ってきた。

いわば操り人形として育ってきたのだ。

 

しかし彼女は聡明であり、操り人形であり続けることをよしとしなかった。

それは当然だろう。

 

自我が形成されていくにつれ、彼女は自分が置かれている環境に疑問を抱いたのだ。

だからこそ、彼女は母親と喧嘩してまで生家から離れたのである。

けれども、幼少の頃より刷り込まれた事はそう易々とは変えられないのだろう。

 

彼女は無意識の内に、他人の事を優先して自分を後回しにする。

献身的と言えば聞こえはいいが、それが彼女の心に適応規制を働かせ続ける要因になっているのだ。

 

 

その結果、ひたすら自我を圧し殺し続け他人に尽くすという憐れな女性が生まれた。

それがエミリア君なのである。

 

 

そんな彼女をこんな状況に追い込むとどうなるかなど想像に容易い。

ひたすら嫌いな行為を自らに強制し、心を削りあげる。

また、それを解消する術も知らない。

 

献身という彼女の中に刻まれた美徳が、今や彼女の心を蝕む毒として機能しているのだ。

 

極論をいえば、彼女を追い込んでいるのは戦争ではなく、彼女自身なのである。

 

「ラミアス艦長、これはあくまで一個人としての意見ですが…………彼女はこの艦から降ろすべきです。」

 

「!…………できるなら、私もそうしたいところです。エミリアさんは本艦に十分すぎるほど尽くしてくれました。これ以上を彼女に求めるのは酷だと……私もそう思います。」

 

「では…!」

 

「ですが…………ここは軍隊であり、彼女は軍人です。退官させるには上の許可が必要です。無茶をすれば彼女にも非が及びますから…………それに何より、エミリアさんは私達が罪を被ることをよしとしないでしょう」

 

「…………」

 

ラミアス艦長の言いたい事は私にもわかる。

彼女の人事権はアラスカが持っており、私たちの手元にはない。

それを無視して降ろせば、私達だけでなく彼女自身にも脱走や命令無視の容疑がかかる事になるのだ。

 

それに彼女の性格からして、私達が上から責任を追求される事を嫌がるのは間違いなかった。

恐らく、無理矢理降ろしても彼女は戻ってくるだろう。

そういう子なのだ。

 

「結局、今は対症療法でやるしかないって事じゃないの。根本的な治療は俺達には無理だ。」

 

「対症療法───彼女の負担を減らすくらいしか、私達にはできない………そういうことね、少佐?」

 

「あぁ。だって、しょうがないだろ。上層部と喧嘩はできないし、嬢ちゃんは嬢ちゃんで闇が深いし。俺達は軍人で、カウンセラーでも心理学者でもないんだ。」

 

フラガ少佐の意見は尤もだし、私達が今エミリア君にしてやれる事はそれに集約されている。

 

「………これくらいしかできないというのが、悔しいところですな。」

 

「………本来なら、私達が人生の先輩として引っ張ってあげないといけないのだろうけど…」

 

私達にできることは、あまりにも限られている。

とにかく、今は彼女の負担を減らす為の手だてを考えるしかなかった。

 

 

 

 

□□□□□

Side:エミリア

 

 

「……………」

 

何故か、私は医務室で休むよう命ぜられていた。

多分カガリが私が嘔吐した事を誰かに報告したのだろう。

 

私はマリューさんから命令を受け、半ば強制的に休ませられていた。

医務室の扉には外からロックがかけられており、殆ど監禁状態。

トイレやシャワーも備え付けられているので一歩も出してもらえない。

 

仕方ないのでベッドの上でひたすら横になっている。

手には点滴のチューブが付けられ、私の体に輸液を流し込んでいた。多分栄養摂取のためだ。

 

ひたすら暇であるが、本を読もうという気分にはなれない。

どうも精神抑制剤を打たれたらしく頭が朦朧とするのだ。

何をする気もおきないので今はひたすら仮眠をとっている。

 

流石に何も考えなくていい為か、胸の痛みはだいぶ収まり楽になっていた。

 

「エミリアさん、入るわよ」

 

ふと、扉が開いてラミアス艦長が入ってきた。

ラミアス艦長はベッドの傍らに来ると近くにあったイスを引き寄せて腰かける。

 

「いかがされましたか、マリューさん。」

 

「………あなたの体調が気になったのよ………どうして、言ってくれなかったの?」

 

「…………心配をお掛けしたくなかったので」

 

これは本心だ。

私が嘔吐したなどと知れば、優しいマリューさんは酷く心配してくるに違いなかった。

その予感は見事に的中しており、マリューさんは泣きそうな表情で私を見てくるのだ。

 

「そう………あなたが自分の事を隠すのは今に始まった事じゃないものね………でも…!体の事くらいは教えてくれたっていいじゃない!?」

 

「っ…………」

 

「あの子──カガリさんが教えてくれなかったら、私はあなたをそのまま戦わせていた……それであなたが壊れてたらと思うと………怖くて………」

 

「マリューさん………」

 

マリューさんは辛そうな顔で私の手を握ってくる。

そして訴えかけるように言勢を強めた。

 

「あなたが私達を大事なように、私達もあなたが大事なのよ……勿論私だってあなたが大切。だから、あなたが傷ついていくのは私達にとっても辛いの……!」

 

「ですが……この状況では」

 

「そういう状況なのはわかってる。だけど………お願いだから、もう無理をしないで頂戴!辛いと思ったらいつでも言ってよ!そんなに私は頼りにならない!?」

 

マリューさんは感情を露にしてくる。

元々感情的になりやすい人なので、周囲を気にしなくていい状況だと簡単にタガが外れるようだ。

 

「そんな事は………ですが、言ったとしてマリューさんはどうされるんですか。私を軟禁して戦わせないなど、この状況が許してくれませんよ……?それでこの艦が沈んだでは、元も子も…!」

 

「…………オーブに向かうわ。そこであなたを降ろす。」

 

「なっ!?言うに事欠いて、そんな……無茶苦茶な!」

 

無茶苦茶な反論に私は目眩がした。

オーブで私を降ろすということは、いわば軍上層部の命令に背くという事だ。

私は脱走兵扱い、マリューさんは脱走の幇助(ほうじょ)と命令違反で軍法会議にかけられるだろう。

艦長が脱走の片棒を担ぐなど聞いたことがない。

 

「無茶苦茶なのは承知の上よ。あなたを巻き込んだのは私……なら、責任は私がとるのが筋でしょう!」

 

「そんな……そんな事をしたらマリューさんは!ハルバートン提督はどうなるんです!?」

 

軍上層部がわざわざ人事権を掌握してまで欲しがった私を逃がしたとなれば、マリューさんは極刑という可能性すらある。

それに、上官であるハルバートン提督にも非が及ぶ事は間違いない。

朦朧としていた頭はクリアになり、胸の中がジクジクと痛みだした。

 

「全責任は私が取るわ。ナタルにもそう報告させる。ハルバートン提督は無関係よ。あなたは何も考えなくていい。私の事は気にしないで」

 

「気にするなって……そんな………」

 

全責任をマリューさんが被れば、マリューさんは間違いなく銃殺刑に処される。

そうなる未来がありありと浮かぶのだ。

 

「────これが、あなたの私達に対する態度よ。助けようとしても拒まれる。手をこまねいて見ているしかできない。どう?無力なものでしょう?」

 

「っ……それとこれとは話が違います……!」

 

マリューさんの方が一枚上手だ。

私のしている事を、マリューさんは自分で再現してみせたのだ。

その無力感と、いままでマリューさんに心配させてきた事への後悔が胸に突き刺さり、私は胸を押さえた。

痛みに胸がズキズキとする。

 

「いいえ違わない!私はあなたを無事に送り届けなければいけない、それがどこであろうとね。あなたがそういう態度を取るなら、こっちも無理矢理そうさせてもらうわ!」

 

「マリューさん、そんな事やめ…うっ──」

 

お腹が痛くなり、そして急速に吐き気が込み上げてくる。

ベットでお腹を押さえて呻く私を見て、マリューさんは酷く取り乱していた。

 

「っ!?エミリアさん!?」

 

吐き気が酷くなり、私はマリューさんを押し退けるようにベットから身を乗り出す。

そして口に手を当てると、胃から込み上げてきたものを必死に飲み込む。

 

「はぁっ…はぁっ………マリュー……さん……お願い、ですから……わたしをたすけようとしないで───その方が、つらいんです……」

 

冷や汗が吹き出してきて、軽く目眩もする。

息が乱れ、肩で息をしているとマリューさんは私をベッドに押し戻し、タオルで私の口をぬぐってきた。

 

「エミリアさん!?とにかく安静にしていて!!」

 

「あなた達に……迷惑をかけたくない……だから──」

 

私は声を絞り出してマリューさんに訴えかける。

それを聞いたマリューさんは酷く顔を歪め、無力感にうちひしがれているようだった。

 

「エミリアさん…………こんな……こんな事って─────私は……私は、どうすれば……」

 

 

□□□□□

 

Side:マリュー

 

 

「…………」

 

彼女を説得するつもりが、結局は彼女を追い詰める結果になってしまった。

今、彼女は医療室で鎮静剤を打たれている。

 

この処置はあくまで対症療法であり、根本的な要因は解決できていないのだ。

彼女を(さいな)むストレスをどうにかしなければ、彼女はまた体を壊す事になる。

 

幸いなことに、彼女が発案した潜水航行によってザフトの追撃は止んでいる。

今のところ戦闘の可能性も低い。

 

しかしそもそも、艦の指揮に彼女の力を借りようというのが間違いなのだ。

となると、やはり軟禁する以外に方法はない。

医務室に入れておけば出てこれないだろうし、精神抑制剤で大人しくしてもらう他ないだろう。

 

「……………エミリア副長の事ですか?」

 

「え?……えぇ。どうしたものか、と思ってね。」

 

私が頭を抱えていると、それが気になったのかナタルが声をかけてきた。

ナタルもエミリアさんの事が気になるらしいのだ。

 

「彼女の扱いは難しいですからね………有能であるが故に誤認してしまいますが、彼女の精神は感受性が強い上に恐ろしく脆い。まるでニトログリセリンです。少しでも扱いを間違えば爆発してしまう。」

 

「………そのニトログリセリンに何度も助けてもらってるのも、また事実なのが何ともいえないわね。」

 

「はい……彼女を安心させられる程我々が強ければいいんでしょうが、我々にそれができるかと言えば……」

 

「正直なところ、厳しいものね……」

 

「………」

 

二人して気分が沈む。

ここまで切り抜けてこられたのは、今病床にいるエミリアさんの功績によるところが大きいのは誰がみても明らかなのだ。

砂漠の虎に勝てたのも彼女のお陰と言っていい。

私達の能力だけで、果たしてどこまでやれたか……

 

思えば、ナタルとこのように話せるようになったのも彼女が私達の仲を取り持ってくれたからだ。

それまで、ナタルは仕事の上での付き合いはしてくれるがプライベートな状況では一切話しかけてこなかった。

それが、今ではナタルの方から艦長室に足を運んでくれるようになったのだ。

 

私とナタルの関係は、(ひとえ)にエミリアさんの存在が繋いでいるのである。

 

「………今は、彼女の快復を待ちましょう。それと、この艦の運航にも集中せねばなりません。」

 

 

「そうね……それくらいしか、私達にはできないものね……」

 

 

 

□□□□□

 

Side:エミリア

 

 

「────…………」

 

目覚めた私は、ゆっくりと周囲を見渡した。

この光景には見覚えがあった。医療室だろう。

私はどうやらあの後治療されたらしく、胸の痛みはなくなっていた。

 

頭が朦朧とする感覚から、恐らく精神抑制剤も投与されているのだろう。

久々のやすらぎというべきか。

 

ここ最近は寝る度にバルトフェルドさんを殺した光景が脳裏に浮かぶ。

そのせいで毎晩うなされて目覚めることもしばしばであった。

私はそのくらい追い詰められていたのだ。

 

微睡むような感覚はそういった記憶や判断力を低下させ、強制的に忘れさせる。

あくまで一時的にだが。

 

結局、私を蝕むものは何一つ根本的には解決していない。

これは私自身の問題なのだ。

カガリに胸中を打ち明けても、マリューさんに噛みついてもちっとも心は楽にならない。

 

戦争に向き合おうとすればするほど、私は追い詰められていく。

自分自身に。

 

ここから出ても、結局はまた同じことを繰り返す事になるだろう。

そうなればまた皆につらい思いをさせ、迷惑がかかる。

そうなる未来がありありと浮かび、私は嫌な気持ちになった。

 

自分の性格が嫌になる。

ひたすら内面を隠し続け、他人に見せるという事をしない。そうして心と体に毒を溜め、自分から蝕まれていくのだ。

 

いつしか私は仮面を外せなくなっていたのだ。

だから、仮面を剥がされそうになると相手に噛みつく。

その仮面が自分の命を貪り喰らう呪いの仮面であると知っていながらだ。

 

自分の未来を絶望視し、助けを拒みながらひとり嘆く。

我ながら嫌な性格の女だと思う。

 

こんな生に意味があるのかと疑問に思った。

 

私は何のために生きている?

ただ苦しむ為に生きているのなら、それは生きていると呼べるのだろうか。

そんな生なら、終わらせてしまった方がいい。

そうでなければ、私自身も周りの皆も不幸になる。

 

つらい思いを抱き続けながらこの世の地獄を歩き続けるよりも、さっさと冥府に下ったほうが私自身にも周りの皆にとっても結果的に幸せではないのか。

 

周りの皆を嘆き悲しませる事にはなるだろうが、それは時が癒してくれる。

その結末ならピリオドがあるのだ。

現状のままいけば、そのピリオドはない。

 

 

 

 

 

そう……簡単な答えだったのだ。

何をいままで迷ってきたのか。

 

私が戦って命を落とせば、それで丸く収まるではないか。

 

「……………そう……………そうだわ……死ねば楽になれる……そうよ……私は戦って死ぬ……それなら、誰にも迷惑がかからない………」

 

他に誰もいない医務室で一人呟く。

 

私は"終わりへの道"へと一歩、この足を踏み出しかけていた。

 

 



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交わる矜持(きょうじ)

□□□□□

Side:カガリ

 

 

「お前………」

 

私は病床のエミリアの傍らに来るとポツリと呟く。

エミリアは酷くやつれていた。

前会ったときよりはマシになったが、憔悴していることに変わりはない。

 

「………何…笑いに来たの?」

 

何故ここに入れられたのかは聞いていた。

他の連中には伏せられているが、私は部外者で特別仲がいいからと教えてもらったのだ。

 

そんな事を聞いて、私は前大丈夫だと言っていたエミリアの顔を思い出す。

あの時だって、どう考えたって大丈夫じゃなかった。

けど、こいつは私が差し伸べた手を払って、そして予想通り体を壊したのだ。

 

「あぁ、笑いにきてやった。お前、さんざん私に体を気遣えって言われたのにこの様かよ。どんな気分だ?」

 

「………そうね……死にたいわ。」

 

「っ───お前っ、ほんとに馬鹿じゃないのかッッッ!?」

 

私はその返答に我慢できず、エミリアが病人だという事も忘れて襟首を掴んでいた。

そのまま強制的に上半身を引きずり起こす。

 

エミリアは私に襟首を掴まれても、まるで糸の切れた操り人形のようにぐらりと揺れるだけで私と視線を合わせようともしない。

 

「……………私、病人なんだけど。やめてくれる?」

 

「っ………クソッ!」

 

こんなときでも正論を言ってくるこいつに腹が立つが、私は歯軋りしながら襟首を手放した。

 

私が襟首を乱暴に掴んだせいで病人着がはだけ、エミリアの体が露になる。

 

そこには火傷と傷跡まみれになった色白の体があった。

これがこいつの体かと言いたくなるほど、綺麗な顔にあまりにも不釣り合いなボロボロの体。

まるで女版フランケンシュタインの怪物の体に、こいつの首を移植したのではないかという感じだ。

 

エミリアは迷惑そうに病人着の乱れを直しながら、その隻眼の瞳で私を睨む。

 

「………結局、何しに来たのよ。私に喧嘩を売りにきたの?」

 

「っ───このっ!軟弱者ッッッ!!」

 

「っ゛──!!」

 

私はその皮肉めいた言葉に耐えきれず、エミリアの襟首を再び掴むとその頬を張った。

医務室に乾いた音が響く。

 

「──なんでお前、生きようとしないんだよ!!死んだら何も出来なくなるんだぞ!?いいのかよそれで!!」

 

「……………いいのよそれで……私が死ねば、すべての問題が解決する。」

 

「────わかった……もういい。ほら、これやるよ。」

 

やはりエミリアには言葉では勝てない。

のらりくらりと躱され、本当に掴み所がないのだ。

だから、私はなげやりになった。

 

こいつを助けたいのに、全部無下にされるのだ。

その態度にいい加減我慢の限界だった。

 

腰のホルスターに入れて携行していた拳銃を抜き、弾倉を抜くと一度だけスライドを引いた。

そして安全装置を外すとエミリアの膝元に置く。

 

「…………何、これ。」

 

「一発だけ出る。そんなに死にたいなら、コイツで頭をぶち抜け。私の銃だから、これを使ってもこの艦のクルーに迷惑はかかんない。」

 

「…………そう。」

 

エミリアは膝元に置かれた拳銃をしばらく見つめていた。

そして、それを手に取る。

 

心臓が早鐘を打った。

目の前で人が自殺しようとしているのだから。

これが友達にしてやる事なのかと良心が騒ぐが、心に溜まったわだかまりが好きにやらせろと放任する。

 

「………ねぇ、カガリ。」

 

「なんだよ。」

 

「これ……どこを撃てば、楽に死ねる?」

 

「知らない。私は死んだことがないしな。」

 

そう言い放つ。

どこを撃てば楽に死ねるかなど知らない。

この拳銃は自分を撃つために持ってる訳じゃないから。

 

「そう………」

 

そう言うと、エミリアはしばらく考えるように瞳を閉じる。

そして、拳銃をゆっくりとこめかみに当てた。

多分、自分の知識で一番楽に死ねる場所としてこめかみを選んだのだろう。

自分で死のうとしている時でも、こいつの頭は冷静に動くのか。

 

「……………ありがとう。」

 

「…………」

 

私がその問い掛けを無視すると、エミリアは目を伏せて銃にもう片方の手を添えた。

引き金を引いた瞬間、自分は死ぬ。

あれだけ感情や生気の無かったエミリアも、流石に死を前にしてカタカタと震え始めた。

 

「っ………くっ──」

 

苦悶の声が溢れる。

自分で頭をぶち抜くなど、そう簡単にはできない。

余程の覚悟がなければできない筈だ。

 

エミリアの目からは涙が流れ落ち、歯は恐怖に耐えるように食い縛られていた。

表情も酷く歪んでいる。

 

それでも、こめかみに銃を当てるのはやめない。

それだけエミリアの覚悟は堅いのだろう。

 

「………こわくなんか……ないっ……これで、終わる───」

 

引き金を引くに引けない。

そんな感じだった。

エミリアは恐怖と覚悟の狭間で、死に物狂いになりながら引き金を引こうとしているのだ。

 

「…………おい、寄越せ。」

 

「───えっ………あ」

 

私は拳銃をエミリアから引ったくると、それをエミリアのこめかみに突きつけた。

 

「私が引き金を引いてやる。それでいいだろ。」

 

「……わ……わかった、わ………おねがい……」

 

エミリアはそう言うと硬く目をつぶり、ガタガタと震えながらその瞬間を待っていた。

涙が目から溢れ落ち、すすり泣く声が一際大きくなる。

 

「いくぞ。楽にしろ」

 

「──────」

 

そう告げた瞬間、エミリアは固まった。

恐怖が極限に達したのだろう。

目を硬く閉じ、歯を食い縛り、体の震えが一瞬止まる。

 

そして、私は引き金を引いた。

 

「ひっ……」

 

エミリアは小さく悲鳴を漏らしながら硬直する。

 

「弾、入ってねぇよ。入れた状態で渡すか馬鹿。」

 

撃鉄が落ちる金属音が響くが、何も起こらない。

そもそも弾は入れてないのだ。

弾倉を抜いてスライドを引いても、撃鉄がコッキングされるだけ。

私は弾を薬室に入れたまま携行する派ではないのだ。

 

エミリアから銃口を外し、ホルスターにしまいながらそう言う。

エミリアは固まったまま私を見ていたが、次の瞬間にはフラフラとベッドに倒れていた。

 

何も考えられなくなったようで、エミリアはただ茫然とした様子で天井を眺め続ける。

そして、それから暫くして漸く口を開いた。

 

「…………こんなことして、何が楽しいの。」

 

「死にたかったんだろ。だから、練習させてやったのさ。」

 

そう私が返すと、エミリアはむくりと起き上がってきて私を睨んだ。

 

「…………そんな事されて、嬉しいと思う?」

 

「さぁな。私は死にたい奴の気持ちなん───」

 

「ふざけないで!!」

 

エミリアは私に掴みかかってくると、そのまま私を押し倒した。

エミリアの方が体格があり、私は起き上がる事ができない。

 

「──なんだよ、死ぬ奴に嬉しいもクソもあるのかよ!!」

 

「私の覚悟踏みにじって、何が練習よ!?馬鹿にしないでよ!!」

 

「馬鹿だろうがお前は!!自分から死のうとしてる奴のどこが馬鹿じゃないって言えるんだよ!?」

 

「このッ────」

 

「お前本当は死にたくないんだろうがッ!!違うのかよ!?」

 

お互いに怒鳴り合いとなるが、私はエミリアの様子を見て感じたことを本人に突きつけた。

 

明らかに、エミリアは死にたがってなどいない。

その覚悟も出来てない。

死んだ方がマシという考えに至っただけで、本当に死にたいとは思ってないのだ。

 

「っ………………」

 

エミリアは図星を突かれたのか、私の上から退くとベッドに戻った。

それきり毛布にくるまって一言も喋らなくなる。

 

私もそれ以上エミリアと話そうとは思えず、一人医務室を後にした。

 

結局、何一つ解決しちゃいない。

エミリアに死ぬことへの恐怖を刻み付けた以外何も変わっていないのだ。

 

「─────クソッ!!!」

 

私は壁を殴り付けながら叫んだ。

私にできるのは、自分の無力さを嘆く事だけ。

 

何しに行ったんだと自問するが、エミリアに最初言われた通り笑いに行ったという答えしか浮かんでこなかった。

アイツの覚悟を笑っただけなのだ、私は。

 

私では、エミリアを助けることはできない…………

 

「───畜生………畜生ッ………馬鹿エミリアっ───」

 

 

 

□□□□□

Side:フレイ

 

 

「……………これはクジラの声ね」

 

私はヘッドホンを付け、じっと海中の音を聞いていた。

今はブリッジのサイの隣の席に座っている。

 

ソナーを動かすオペレーターに予備要員がいるという事で、適性検査の結果私が選ばれたのだ。

 

これほど私に向いている仕事もないんじゃないかと思う。

日がな一日海中の音を聞き、光を通さない海中でアークエンジェルの"目"となるのだ。

 

衛生兵としてもパイロットとしても私は中途半端な腕しかなかったが、ソナーマンとしてなら私はかなりの自信があった。

私自身も知らなかったが、私には意外な才能があったのだ。やっと、私は人の役に立てるのである。

 

私は海中の音だけで、大体の距離や包囲など様々な事がわかる。

まるで海中を見渡すかのように。

自分が海の水の中で揺られているような気分になり、広い海という空間を音を介して認識できるのが私の才能だった。

 

こんな才能が私にあったのかと驚くが、自分の趣味特技を考えれば納得がいった。

 

音楽や自然の音を聞くのが私の趣味だった。

それと人の噂話。

 

些細な事でも耳に入ってくるので、私は人付き合いにはそれほど困らなかった。

その人が私をなんて思ってるか知ってるから。

サイの告白を受けたのも、サイが私の事について友達と話しているのを聞き、好印象を持ってくれていると分かっていたからだ。

 

そのサイは隣で火器管制をやりつつ、ソナーのオペレーター補助をやってくれている。

私がまだ器材の扱いに慣れていない為、サイがソナーの操作や機械が判別した情報を見ては後ろのナタルさんに報告しているのである。

まさに二人三脚といった感じ。

 

ただ、普段みたいに言葉を交わすわけではない。

私はサイの隣でひたすら海の音を聞いてはその感想を言い、サイはそれを聞いて無言で機械を操作する。

一見すると冷えきっているようにも見えるが、サイと私は以心伝心とでもいうかのような厚い信頼関係で結び付いているのだ。

サイの熱心な指導のお陰で、だいぶソナーの扱いも覚えてきた。

各種エコースコープの見方や基本的な操作なら自分一人でもできるようになる。

 

私は皆と同じように、ソナーマンとして立派なブリッジクルーの一人になったのだ。

 

アークエンジェルは今、海の中に潜ってひっそりと進んでいる。

敵から見つからないようにだ。

自分達は今、海面から50mも下にいるとサイに教えられた。

艦橋からは外の様子も見れるが、深度50mだと日没後のような薄暗い景色が延々と広がるだけ。

周りにはなにもなく、そこにはアークエンジェルがポツンと1隻。

魚の群れがたまにいるくらいだ。

 

こんな場所にくるなんて数ヵ月前は想像もしていなかった。

多分、私はとても貴重な体験をしているんだとは思う。

これが戦争じゃなければよかったのに。

 

「……………!……何、この音……速い」

 

「えっ、どうしたのフレイ?」

 

「なにか来るわ、小さいけど速い何か………生き物じゃない、何か機械みたいな音がする。」

 

私がそう言うと、サイは慌てて私の捉えた音を解析していた。

その正体はすぐに判明する。

 

「グーン……!?3時方向より敵機接近、距離5000前後と思われます!」

 

「なにッ!?」

 

私が聞いたのは敵のMSの音だったようだ。

バジルール中尉が第一戦闘配備を命じ、ブリッジの空気が一気に慌ただしくなる。

 

これから戦闘がまた始まる。

しかも、今回は海の中での戦いだ。

私の耳が戦闘に直結してくるのは間違いない。

 

私は緊張で早鐘を打つ心臓を鎮めるように深く息を吐くと、海中の音に再び没頭した。

 

 

□□□□□

Side:エミリア

 

 

第一戦闘配備を告げる声に、私はベッドからゆっくりと起き上がった。

カガリの訪問によって酷く気分は落ち込んでいるが、この状況ではそうも言っていられない。

 

私は処方されていた向精神薬を飲み、病人着から軍服へと着替えた。

 

万が一の閉じ込めを防止する為か、扉のロックは外れている。

体は快調であり、動くには問題ない。

準備を整えると私は医務室を出た。

 

薬が効いたのか、段々と沈みきっていた気分が高揚してくる。

()()()()()いつもの状態に戻った私は、軽く走りながらブリッジへと上がった。

 

エレベーターから出てきた私を見てマリューさんもナタルさんも驚いていたが、この非常事態で追求させている暇はない。

私はとにかく戦闘準備だと、二人を無理矢理黙らせて配置に付いた。

 

第一戦闘配置が発令されたのは、ソナーが敵水中型MSを探知した為だ。

情報が欲しいためCICへと降り、ソナーマンになったフレイの肩を叩きながら尋ねる。

 

「フレイ、数は何機いる?」

 

「エミリア…!……………一機だけね。他にはいない。一定の間隔を保ったままついてくる………」

 

フレイがそう言うと、私はナタルさんと顔を見合わせた。

 

「偵察ですね……攻撃してこないところを見ると、恐らく目的は情報収集です。」

 

「そうか……となると、この後敵が攻撃してくる可能性があるな。しかし、本艦が水中で使用可能な武装はバリアントくらいだ。浮上航行に切り替えるしかないか………」

 

私はナタルさんと話ながらブリッジへと上がった。

マリューさんとも相談するためだ。

 

「話は聞こえていたわ。浮上する?」

 

「…………いえ、少し様子を見ましょう。もしかしたら、敵はこちらが何かまだ掴みかねているのかもしれません。少なくとも、あの偵察のグーンが母艦に戻るまでは攻撃してこないかと思います。グーンが帰ったら、浮上して全速で距離を稼ぎましょう。」

 

ボズゴロフ級単艦が相手ならアークエンジェルでも相手できる。

しかし、問題はボズゴロフ級が搭載しているMSだ。

グーンは通商破壊や海上封鎖のためにザフトが開発した水中用MSであり、潜水艦キラーとしても知られる厄介な相手なのだ。

それに張り付かれればアークエンジェルが被る被害はかなりのものになる。

 

グーン自身の探知能力も侮れない。

グーンは暗い水中で標的を発見するため、赤外線カメラや周辺電位センサー、各種ソナー、MAD(磁気探知機)などが装備されている。

艦艇のソナー程の探知距離はないが、近距離では高い精度を発揮するだろう。

 

ボズゴロフ級は巨体ゆえに鈍重で自身が敵艦に挑むという事は少なく、搭載しているグーンを使った策敵や攻撃を常套手段としているのだ。

だからこそ、グーンをどうにかできれば対処できる。

マティウスで培った知識がこんなところで役に立つとは思わなかった。

 

「本艦の安全潜航深度は多めに見積もっても100mくらいだものね……500m以上潜れるボズゴロフ級相手では分が悪いわ。どこに向かう?」

 

「ここから一番近い浅瀬は………モルディブ諸島か。ここなら深くても30mくらいだな。」

 

「現在地からの距離は───約420km。飛べば1時間程度の距離ですね。」

 

「ディンに追撃されるかもしれないが、ディンが相手ならこちらでも対処できる。艦長、よろしいですか?」

 

「えぇ。グーンが離れ次第動くとしましょう。」

 

 

 

 

□□□□□

 

Side:マルコ

 

 

「ほぅ………まさか、砂漠の虎をやった"銀狼"とはな。奴は飛べるどころか潜れるときたか。」

 

俺は偵察のグーンが持ち帰った敵艦の画像を見ながらそう呟いた。

面白そうな獲物がやってきたものだと思う。

これは是非とも討ち取りたいところだ。

 

砂漠の虎こと、ザフト最強の一角であったバルトフェルド隊を奇策で破った地球軍の新型艦アークエンジェル。

別名"銀狼"。

宇宙でも散々暴れまわっていたらしく、ザフト内部では銀狼とあだ名されるようになっていた。

 

では何故銀狼なのか?

 

それはあの艦が戦いに加わると周りの連合軍艦艇やMAなどの戦力が大幅に強化され、一気に厄介な相手に変わるという事かららしい。

 

羊の群れが狼の群れに化けるのだ。

 

その群狼の(おさ)

群れを統率するボスである白銀の狼。

 

そういう意味で、あの艦──厳密にはその搭載機やら乗組員達やら全てを含めた名前として"銀狼"と名付けられたのである。

 

そんな銀狼が、私のテリトリーであるインド洋にやってきた。

ここ最近はタンカーやら輸送船ばかりで飽々としていたのだ。久々に歯応えのありそうな相手に俺の血はたぎった。

 

 

「敵はモルディブ諸島へと逃走したようです。ディンを出しますか?」

 

「そうだな……浅い海に行ってくれるとは好都合だ。モンロー、銀狼は何隻もこちらの艦を沈めてきた相手だ。気を引き締めてかかれ。」

 

艦長のモンローに指示すると、俺は部下に作戦を支持すべくハンガーへと向かった。

バルトフェルドを倒した奴だ。全力でかからなければ間違いなく此方がやられる。

配備されたばかりのゾノにグーンが3機、ディンも4機。

通商破壊を想定した戦力だが、補給を受けている暇はない。

 

「紅海の鯱に見つかったんだ……逃げられると思うなよ、銀狼め。」

 

 

 

 

□□□□□

Side:キラ

 

 

「僕がストライクで水中戦、ですか?」

 

「無茶だとはわかっているのだけど……お願いできないかしら?」

 

 

エミリアさんに呼び出され、僕は作戦を説明されて驚いていた。

ストライクで敵の水中型MSを浅瀬に引き付け、その間にスカイグラスパーとアークエンジェルが敵艦を攻撃するというのだ。

 

アークエンジェルは今、敵の攻撃から逃れる為モルディブ諸島の一角─アッドゥ環礁へと逃げ込んでいた。

 

この周辺はかなり浅い上に狭いため、敵の水中型MSは縦横無尽な機動ができない。

逆にストライクのような通常型MSでも、動きの鈍った相手なら十分対処できるからという事らしい。

 

「本当は私も出たいのだけど、それは艦長と砲雷長に禁止されてしまって………だから、あなたが頼みなのよ。キャリー少尉は本艦の直掩についてもらう事になるから、あなたにしかお願いできない。本当に申し訳ないんだけど………」

 

エミリアさんが伏し目がちにお願いしてくる。

そんなことされたら誰も断れる訳ない。

 

「いえ、大丈夫ですよ。それに、ここまでお膳立てされてるならそこまで難しくもないですから」

 

「キラ君………ありがとう。」

 

僕がそう答えると、エミリアさんは本当に申し訳なさそうに頭を下げてくる。

僕は慌ててエミリアさんの肩を掴み、その頭を上げさせた。

 

「──頭を上げてください!別に感謝されるような事じゃないですし───僕もその……エミリアさんを、守りたい…ですし……」

 

「え……?」

 

「あ、いや!ほら、イザークさんと約束したので!エミリアさんを守るって!」

 

うっかり口にしてしまった本音に、僕は慌ててそれを取り繕う。

イザークさんの名前を出した時、エミリアさんが辛そうな表情を浮かべるのを見た。

イザークさんの事は出さない方がよかったのかもしれない。

 

「あ………そう、だったわね。すっかり忘れてたわ……」

 

そういうエミリアさんの姿はまるで壊れかけの人形のようだった。

いつ壊れてもおかしくない、そんな危うさと儚さを帯びているのだ。

 

「………あの………エミリアさん。」

 

「何?」

 

「その………カガリから、聞いたんですけど………体、大丈夫なんですか……?」

 

僕は少し前に、カガリからエミリアさんが血を吐いた事を聞かされていた。

それと同時に、僕はエミリアさんを救えないと嘆くカガリを慰めたのだ。

 

カガリは本当に悔しそうに、悲しそうに涙を流していた。

そんなカガリの様子を見れば、エミリアさんがどれだけまずい状態なのかもよくわかった。

 

カガリの言葉を借りるなら、放っておけば死ぬ。

 

そんなの絶対に嫌だ。

けど、僕にエミリアさんを慰めるなんてできるのだろうか?

 

「……あの子、口軽いのね………大丈夫、死ぬほどではないわ。薬も飲んでるから……」

 

「本当、なんですよね?本当に大丈夫なんですか……?」

 

「…………大丈夫よ。心配しないで……」

 

そう答えるエミリアさんの様子は、どう見たって大丈夫じゃなかった。

けど、僕はそれを指摘することなんかできない。

エミリアさんと揉めたくないし、傷つけたくないからだ。

 

「…………僕、エミリアさんがいなくなるの嫌です。だから、本当に──無理、しないでください。」

 

「…………ありがとうキラ君。あなたも、無理しないでね。」

 

助けたいのに、助けられない。

こんなに悔しい気持ちになるのは初めてだ。

 

「…………すみません。無理しないかどうかは約束できないです。僕は、無理すると思うから……」

 

「……………………それは、何故?」

 

エミリアさんの顔が歪む。

僕の言いたいことに気づいているんだろう。エミリアさんはそういう人なんだ。

でも、僕はあえてそれを伝えた。

 

「…………僕は……エミリアさんを守らなくちゃいけないんです。だから、無理してでもエミリアさんがそれで無事なら、僕はそれでいいんです。」

 

「────キラ君、私にそんな価値なんてないわ。私の為と思うのなら、やめて頂戴。」

 

僕の思いを、エミリアさんは突っぱねてきた。

本当に辛そうな表情でだ。

けど、このまま何も言わなければエミリアさんは本当に死んでしまいそうだった。

そのくらい、エミリアさんからは憔悴した雰囲気が漂っていたのだ。

 

「そんな!価値とか、そういうんじゃないです!だからやめませんよ!」

 

「───キラ君……あなたもなの…?」

 

「えっ…」

 

普段とは違う、冷淡な声。

多分初めて聞いた、エミリアさんの()()()()()

 

「ッ───何で、皆……私のこと助けようとするのよ!?こんな、嫌な女のことなんて放っておいてよ……辛くなるだけなんだから………!」

 

そういいながら、エミリアさんは俯くと肩を震わせる。

エミリアさんの泣く姿を見るのは二度目だ。

でも今回は目の前で、しかもエミリアさんは以前よりもボロボロだ。

治すことが難しい心の傷で、エミリアさんは死にかけているのだ。

 

「エミリアさん……!───すみません!!」

 

「えっ───キ、キラ……くん…?」

 

僕は、一言謝るとエミリアさんを抱き締めていた。

もう我慢なんてできなかったのだ。

目の前で泣いている一人の女性を前にして、しかもそれが好きな女性なら尚更だ。

 

「僕は………僕は、あなたの事が好きなんだ!!だから……そんな事言わないでください…」

 

「えっ…………えぇっ…」

 

僕はついに告白してしまった。

エミリアさんが戸惑っているのがわかる。

体が震えているのだ。

僕は言葉を続けた。

もう、思いを伝えるしか手がないから。

そうしなければ、エミリアさんは死んでしまう。

 

「僕の事ずっと気にかけてくれて……それに、いつも優しくて。カレッジの時から、僕にとってあなたは憧れの女性(ヒト)なんだ!それに──僕がうちひしがれてる時、エミリアさんは寄り添ってくれたじゃないですか……だから、今度は僕が……エミリアさんに、寄り添いたいんです。大好きな人が傷ついているのに、放ってなんか置けないんです!!───僕じゃダメ……ですか?」

 

全部言い切った時、エミリアさんはポロポロと涙を流していた。

エミリアさんは僕を強く抱きしめ返してくる。

震える手で。

 

「……っ……なんで、こんな……こんな時に言うのよ……!」

 

「…………すみません。でも気持ちを伝えるしか、僕にはできなくて……」

 

こうやって抱き締めてみて思うのは、エミリアさんも一人の女性だという事だ。

エミリアさんの体はか細くて、柔らかい。

そんな体をボロボロにして、心までボロボロなのにずっと僕たちを守ってくれていたんだ。

 

 

「………そんな事言われて……どうやって、死んでいけばいいのよ………私は──」

 

「っ!──死ぬって……エミリアさん、死ぬなんて僕が許しませんよ!?」

 

エミリアさんの言葉に、なぜここまでエミリアさんが僕を拒絶したのかがわかった。

 

エミリアさんは生きることに絶望していたのだ。

だから死に場所を探しているのだろう。

もうそこまで追い詰められているのかと思うと、僕はエミリアさんを何故もっと早く助けてあげられなかったのかと後悔した。

 

「あなたの思いを聞いて、死ねるわけないじゃない……!! こんな……私だって、本当は死にたくなんて、ない……!もっと、生きていたい……死にたくない……っ」

 

けど、エミリアさんは僕が思いを伝えた事によって変わったらしい。

体をガタガタと震わせ、何かに怯えるように僕を抱き締めてくる。

恐怖の感情だ。そして、生きたいという欲求も。

 

エミリアさんは、多分僕たちのために死のうとしていたんだ。

だから自分の本当の気持ちを圧し殺して、死ぬ覚悟を決めていたのだろう。

 

その覚悟が僕の告白によって揺らいだ今、エミリアさんにとって死ぬという事は大きな恐怖に変わったんだ。

 

誰だって死にたくない。

そんなの当たり前だ。

 

「……死なせませんよ!絶対、死なせるもんか!……僕がエミリアさんを守りますから…絶対に……!!」

 

僕もそれに応えるように強くエミリアさんを抱き締める。

その震える体を止めようとしてだ。

 

「キラ、くん…………っ……」

 

エミリアさんは声を押し殺して泣いた。

ずっと押し込めていた感情を洗い流すように、エミリアさんは涙を流し続ける。

それからしばらくして、エミリアさんは落ち着いたのか嗚咽が止まった。

そして、涙で濡れた声で僕の耳元にそっと呟いてくる。

 

 

「────キラくん………こんな私を好きになってくれて、ありがとう……」

 

「っ………………当たり前じゃないですか……!」

 

エミリアさんは安心したように僕に体を預けてくる。

身長差がある筈なのに、エミリアさんは酷く小さくなったように思えた。

 

エミリアさんはふと顔を上げると、僕と瞳を交えた。

涙で濡れた隻眼の瞳。

その深い青が僕の心を海のように引き込んでくる。

 

「……キラくんがよければ……お礼、してもいい……?」

 

「え?………はい」

 

エミリアさんが何を言いたいのかわかる。

僕はそっと目を閉じると、その時を待った。

 

そして、僕の唇に温かな柔らかい感触が触れる。

初めてのキスは、何となく苦い味がした。

 

 



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海中のカノン

状況がわかりにくい描写表現があった為修正しました。ご了承下さい。


□□□□□

Side:モラシム

 

 

「さて、どう出る銀狼?」

 

モルディブは1200近い島々と26の環礁、更には遠浅の海が続く場所だ。

水中を機動するグーンにはやや不利な土地だが、そう思って敵もノコノコとMSを出してくるだろう。

敵がここに入ってくれたのはかえって好都合だった。

 

アークエンジェルの方にはディンが向かっている。

ディンの火力では撃沈は厳しいかもしれないが、それでも損傷は負わせられる筈だ。

 

まずは銀狼のMSと戦闘機を引き剥がし、そうして手負いとなったアークエンジェルをこちらで仕留める。

いつも通りの群狼戦術である。

それを同じ狼に仕掛けるというのは何とも皮肉な話だが、こちらは"鯱"だ。

狼ごときに鯱が負けるものか。

 

 

 

□□□□□

Side:キラ 

 

 

 

海中に突入したストライクの姿勢を安定させ、海底に着地する。

水深はストライクの頭が何とか海面に出ない程度だ。

武装はソードストライカーを選択して接近戦に備えつつ、飛び道具としてバズーカも装備してある。

 

「来たっ───」

 

敵のMSの姿をメインカメラが捉え、僕は牽制でバズーカを発射した。

 

敵はイカのような形の水中用MS、グーンだ。

直撃はしないが、その爆発で多少はダメージが入る筈だ。

僕の役割は敵MSの陽動。引き付けられればそれでいい。

 

ここで敵を逃せば、アークエンジェルに敵が行ってしまう。

あの船にはエミリアさんが乗ってるんだ。

 

僕は思い出す。

あの柔らかい感触を。

 

想いを伝えた後、エミリアさんはお礼といって僕に一言謝り、そして唇を合わせた。

軽く触れただけだったが、僕の唇にはそこに触れた柔らかい感触が確かに残っている。

そして、合わせた瞬間香った血と涙の匂いも。

 

もう、あの人を傷つけたくない。

あんな悲しい口づけなんてもう嫌だ。

だから、僕が守るんだ!

 

「このっ!!!」

 

バズーカを躱した敵へ、再度バズーカを撃ち込む。

その爆発に煽られて姿勢が崩れるが、すぐに体勢を整えてこちらへと再び向かってくる。

 

ストライクの目前にまで敵が迫った。

 

「うわぁぁぁッッ!!」

 

ビームを放ちながら飛びかかってくる敵目掛け、僕はバズーカを射撃した。

対潜弾が命中して白い気泡が飛び散り、敵のMSはそれに圧されて弾き飛ばされる。

 

しかし、僕に攻撃を仕掛けてくる敵は一機じゃなかったらしい。

後方から大きな衝撃を受けストライクが吹き飛ばされる。

そのまま海底へとストライクは叩きつけられた。

 

「この、程度っ───」

 

ストライクを起こそうとすると、その周囲に魚雷が撃ち込まれて泥が巻き上がった。

爆発によって機体が揺さぶられ、視界も泥によってとても敵の姿など見つけられない。

 

まだPS装甲のお陰で機体にダメージは入っていないが、バッテリーは無限じゃない。

このままではやられてしまう───

 

 

────生きていたい……死にたくない……っ

 

 

エミリアさんの言葉が脳裏に響き、それと同時に頭の中で何かが弾けた。

 

「───やらせるもんかあぁぁぁぁぁッッッ!!」

 

ストライクのスラスターを噴かし、巻き上げられた泥の煙に紛れて海底を脱出する。

 

泥の雲を抜けると、僕の周りを鮫のように遊弋する敵目掛けてバズーカを連射した。

敵はグーン3機、バズーカに残った6発の弾を全弾発射する。

一機に対して2発を撃ち、背中に装備したシュベルトゲベールを振りだす。

実体剣としても使えるシュベルトゲベールなら、水中での使用も問題ない。

 

敵は全機、バズーカの爆発で体勢を崩している。

その隙に一機のグーンへと接近し、突進の勢いそのままにシュベルトゲベールを突き立てた。

 

装甲をそのまま剣先が貫き、大量の気泡が中から吹き出した。

シュベルトゲベールを引き抜いて背中に戻すと、ストライクを反転させ別のグーンへと向かう。

 

「このぉッッッ!!」

 

そのグーンは魚雷を発射して応戦してくるが、僕はPS装甲を盾にしてそのままグーンに掴みかかった。

左手のパンツァーアイゼンを爪をように敵のカメラへと叩き付け、その視界を潰した。

素早く爪を引き抜き、更にその穴へイーゲルシュテルンを撃ち込んでいく。

超至近距離でだ。

 

数秒後にはそのグーンは顔面を蜂の巣にされ、パイロットは失神したのかピクリとも動かなくなっていた。

 

僕は再びグーンにパンツァーアイゼンを突き立て、それを盾にするようにもう一機の新型に対峙した。

 

もう一機は味方を盾にされて攻めあぐねているのか、こっちの様子を伺っている。

 

「っ───」

 

こないならこっちから行くぞと、ストライクの右手にシュベルトゲベールを持たせた。

そして敵に見せつけるようにグーンを前に突きだし、海底へと降下する。

 

敵もストライクを追いかけて海底に降り立つと、ストライクへと突進を仕掛けてくる。

 

グーンを盾にすると、もう一機はそのグーンを掴んだ。

助けるつもりなのだ。

 

引っ掛かった───

 

僕はグーンからパンツァーアイゼンを引き抜き、シュベルトゲベールを正面に構えるとスラスターを全開にして突っ込む。

 

「やぁぁぁぁぁぁぁっっっ───」

 

突進のエネルギーが乗ったシュベルトゲベールの剣先が2機もろともに貫き、まるで串焼きのような状態に変えた。

深々とシュベルトゲベールを突き刺すと、後ろのグーンも動かなくなる。

 

ジェネレータが暴走したのか、シュベルトゲベールが刺さった敵は2機とも爆発を起こした。

 

「っ………」

 

その圧力でストライクが押され、そのまま海上へと押し上げられる。

 

「倒した………………僕は、守ったんだ……!」

 

残骸となった敵を見ながら、僕はアークエンジェルとの合流地点に向かった。

アークエンジェルは単艦で敵との戦闘を行うらしく、今はモルディブから離れているのだ。

 

眼前に広がる海の中で、エミリアさんの乗ったアークエンジェルは静かな戦いを繰り広げている。

敵を撃退した場合、アークエンジェルが迎えに来るまでは隠れて待機せよと指示されていた。

僕はその無事を祈らずにはいられなかった。

 

「エミリアさん……無事でいてください」

 

 

 

 

□□□□□

Side:マリュー

 

 

 

ストライクに敵MS3機が食いついたと報告が入る。

それに併せ、本艦は飛び上がると最大速力でモルディブ諸島を離れた。

 

グーンそのものの航続力はそれほど長くないらしく、グーンが出てくれば必ず近くに母艦がいるとエミリアさんは分析していた。

 

このモルディブに逃げ込んだ最大の目的は、敵艦を100m程度の水深が続くこの海域に誘き寄せて叩くことにあったのだ。

グーンが出てきた事を確認したアークエンジェルは、敵のMSが陽動にかかっている間に敵母艦を撃沈することを目指していた。

 

フラガ少佐のスカイグラスパーにも捜索を手伝って貰い、洋上から肉眼とソナーで敵艦を探す。

ボズゴロフ級は200m以上ある巨大な潜水艦だ。

しかも、ここは透明度の高いエメラルドグリーンの海。

例え潜航していても上空からなら容易に発見できる。

 

 

「───フラガ少佐から入電!我、敵艦を捕捉!敵艦は浮上中との事です!」

 

「フラガ少佐の位置をマップに!全速で敵艦へ追い付きます!」

 

フラガ少佐が敵を見つけたらしく、その座標を本艦に電文で飛ばしてくる。

チャンドラー軍曹の報告を聞くと、私は素早く追撃の指示を飛ばした。

 

「!──新たにフラガ少佐から入電!我敵ディン2機と接触、交戦中!」

 

「なんですって!?」

 

「艦長、これは想定された範囲です。フラガ少佐に帰投するよう連絡を。潜航してしまえば敵はこちらを攻撃できません。」

 

「あぁ…そうね──フラガ少佐に帰投するよう打電!」

 

慌てる私を、傍らのエミリアさんが素早く諌めてくる。

それによって私に冷静さを取り戻させ、指示を出させる傍エミリアさんはハンガーへと指示を出していた。

 

「キャリー先生、出撃準備お願いします。2番カタパルトデッキからフラガ少佐の援護を!」

 

どうやら、着艦してくるスカイグラスパーの背後をシグーに援護させるつもりらしい。

彼女はハンガーへの指示を終えるとすぐ私の方へと向き直った。

 

「艦長、フラガ少佐を1番カタパルトデッキの方へ着艦するよう指示してください。2番はシグーの射撃台として使用します。スカイグラスパー収容後、すぐにハッチを閉めて潜航しましょう。よろしいですか?」

 

「わかったわ。ハウ二等兵、フラガ少佐に1番カタパルトデッキへ着艦するよう指示を!間違えないようにしっかり誘導して頂戴!ナタル、2番カタパルトデッキのハッチ解放!シグーを待機させて!それと、本艦の武装で援護できるならそれも!」

 

エミリアさんの具申を了承し、私はCICへの指示を行う。

その傍らでエミリアさんは艦内放送を行っていた。

 

「潜航用意及び対潜水艦戦闘用意!各員は器物の固定状況を確認、無音状態を維持するよう留意せよ!」

 

既に艦内への通達は行っており、クルーの私物一切に渡るまで厳重に固定されている。

戦闘となれば完全に無音となる必要も出てくるのだ。

水中での戦闘は音が頼りであり、極力音を出さないよう注意する必要があった。

 

「フラガ機、帰投してきます!その後方をディン2機が追尾、フラガ機は回避運動中!」

 

「ウォンバット通常弾頭、IRHにセット、IFF起動!終わり次第前方発射管に装填!ハウ二等兵、フラガ少佐にIFF強度を最大に設定するよう通達しろ!」

 

「了解!」

 

CICからナタルとミリアリアさんの掛け合いが聞こえた。

ウォンバットを使ってディンを攻撃しフラガ少佐を援護するようだ。

 

射程距離に入ったのか、2番カタパルトデッキに出たシグーが突撃銃でディンを撃つ。

命中はしなかったが、ディンは回避運動をとった事でスカイグラスパーから離れた。

 

「今だ!ウォンバット、てぇっー!!」

 

ナタルの号令で後部発射管からウォンバットが打ち出され、白煙を引きながらディンへと向かっていく。

 

一機のディンは散弾銃でミサイルを撃ち落としていくが、もう一機の方は技量が低いのか回避運動に専念していた。

しかし、ウォンバットが至近距離で爆発した事でディンは大きく吹き飛ばされていく。

 

「フラガ機、着艦を確認!」

 

ハウ二等兵が叫ぶと、ナタルが続けざまにハッチを閉めるよう通達した。

それにあわせて、エミリアさんもキャリー少尉にハンガーへ戻るよう連絡する。

 

「ハッチ閉鎖確認!艦長、いつでも行けます!」

 

ナタルの報告を聞き、私は隣のエミリアさんを見た。

視線が合わさり、エミリアさんも頷く。

 

残った一機のディンが突撃銃を撃ちながら向かってくるが、私は構わず命令を下した。

 

 

「急速潜航します、メインタンク注水!一気に潜るわよ!」

 

「急速潜航、了解!」

 

「タンク注水します!」

 

私の指示にノイマン少尉とケーニッヒ二等兵が反応し、それぞれ操作を行った。

艦首が海に沈み始めると、瞬く間に艦橋まで海面下へと突入した。

 

「深度20m、船体水面下入りました!潜航完了!」

 

「そのまま海底まで行くわ──セイル下げ舵一杯,最大戦速、深さ80m!到達後セイル水平、トリム角0に!」

 

「80まで潜航、到達後水平航行了解!」

 

艦が下を向いてどんどん海の中に潜っていく。

船体が大きいだけにかなりの早さだ。

すると、隣のエミリアさんが口を開いた。

 

「艦長、バリアントを起動しておきましょう。作動音がしてしまいますので」

 

「わかったわ。バリアント用意して!」

 

「バリアント起動!」

 

ナタルが起動を指示し、アークエンジェルは潜航を行いながらバリアントを展開させる。

水中の為動作がやや遅く、ここで展開しておくのは確かに正解だ。

それに動作音が艦内にまで響き渡り、海中での音の伝わりやすさに私は驚いた。

 

「深度80、水平に戻します!」

 

ノイマン少尉の報告の後、アークエンジェルは海底に沿うような姿勢で水平になった。

そのまままっすぐ進み始める。

隣のエミリアさんはCICに降り、ソナーのアルスター二等兵に話しかけていた。

 

「ソナー、何か捉えられる?」

 

「待って…………方位010に何かいる。おっきいわ。距離は………たぶん6000くらい……こっちに向かってきてる」

 

それを聞いた彼女は、インカムを介して私に報告してくる。

 

「方位010、距離6000前後に敵艦らしき音紋を捉えました。先ほどのフラガ少佐の送ってきた座標と比較すると、敵艦は本艦に近づくような航跡を取っています。本艦の攻撃兵装はバリアントのみですので、魚雷戦をやられれば不利です。待ち伏せを具申します。」

 

「迎え撃つという事ね………着底させます!面舵10、変針後機関停止、無音潜航(げん)に!ブリッジ照明落として!光学に捉えられないよう注意!タンク注水、艦を岩影に隠れるように潜ませて!」

 

バリアントは砲填兵装であり、水中ではその抵抗から大幅に射程が短くなる。

弾は水中抵抗を受けにくい装弾筒付き翼安定徹甲弾(APFSDS)でも、ボズゴロフ級の頑強な船殻を貫くには3000まで近寄らなければならない。

対して敵は10000まで射程に収めるスーパーキャビテーション魚雷だ。

まともに撃ち合ってしまえばこちらが不利でしかないのだ。

 

しかし魚雷は音で誘導される兵装であり、スーパーキャビテーション魚雷の場合は有線誘導もできない。

雷速が速すぎて有線誘導では指示が間に合わないからだ。

 

つまり、息を殺して潜んでいれば魚雷で攻撃される事はない。

まさに、本艦は獲物を木陰に潜んで待つ狼なのである。

 

ただ、敵も光学系センサーを使えば海底に潜む本艦を見つけられるし、海底地形図と照らし合わせてアクティブソナーで走査されれば見つかる。

こちらにしてもリスクは同じなのだ。

 

敵がこちらに気づくかどうかが生死の分かれ目となる。

 

ブリッジの照明が落ち、真っ暗となる。

ブリッジから光が漏れて見つかるのを阻止する為だ。

 

暗闇となったブリッジでコンソールから放たれる僅かな光だけが各々の顔を照らす。

戦闘中というのに艦内はすっかりと静まり返り、その空気は敵に向けて牙を剥くその時を皆が今か今かと待ち構えているようだった。

 

 

□□□□□

Side:モラシム

 

 

「くそっ……銀狼め……!」

 

ディン隊の報告に、私は銀狼の策にまんまと乗せられた事を自覚した。

 

グーン隊で敵のMSを引き剥がす筈が、なんとこちらからグーンを引き剥がされてしまったのだ。

ディン隊がモルディブ上空に到達すると、そこにアークエンジェルの姿はなかった。

 

それどころか、浮上航行していたクストーを偵察に出てきたであろう敵戦闘機に見つかる始末。

 

迎撃を直掩のディンに任せ慌てて潜航したはいいものの、水中では味方との連絡手段が大幅に限られてしまう。

只でさえNジャマーによって電波状況が酷いのに、電波の減衰が大きい海中ではまず電波通信は不可能だった。

 

グーン隊やアークエンジェル攻撃に赴いたディン隊の状況は不明であり、通信の為浮上すれば間違いなく戦闘機の攻撃を受けることになるだろう。

迂闊には動けない。

 

「モラシム隊長、ソナー前方に感あり。水中に潜航する大型の音紋1。例の新型艦の音です。」

 

「ほぅ……向こうから仕掛けてきたか。距離を詰めるぞ、魚雷の射程まで近寄れ。」

 

姿を消していたアークエンジェルは、なんと自らが本艦の攻撃に赴いてきたらしい。

虎を奇策で沈めたとかいう銀狼らしい手口だ。

 

だが、水中はこちらの独壇場だ。

射程距離に入り次第魚雷をぶちこんでやる。

 

「────っ!隊長、音が消えました。海底に着座したものと思われます!」

 

「ふん、待ち伏せのつもりか。ゾノであぶり出してやりたいところだが……仕方ないな。銀狼、根比べといこうじゃないか。」

 

ゾノを発進させ、海底を捜索させてもよかった。

しかし発進させる際にはドライチューブに注水しなければならないため、音でこちらの位置がバレる。

 

そうなれば魚雷をぶちこまれてしまうのは我々の方だ。

海底に潜まれてしまうと、音を立てない限りはこちらから向こうを見つけることができない。

 

海底地形を走査してもいいが、その場合も敵に近寄った瞬間食らいつかれる事になるだろう。

 

となれば、相手が痺れを切らして動くまで待つしかない。

敵はMSを地上に残してきた筈だ。

そう長くは潜っていられないだろう。

 

こちらはモルディブに待避させればいいだけの話だ。

つまり、待とうと思えばいくらでも待てる。

 

向こうは腹を減らしてこちらを待ち構える銀狼。

こっちは満腹で悠然と泳ぐ鯱。

 

銀狼を()()に変えるまで、こちらはただ待てばいい。

そうすれば、奴は勝手に茂みから出てくる。

そこを食いちぎってやるさ。

 

「所詮狼だったな。鯱には勝てん」

 

 

 

 

□□□□□

Side:エミリア

 

 

 

海底に着座してそろそろ1時間が経つ。

敵も着座したらしく、そこから動く気配はなかった。

 

私は自分の見通しの甘さを悔やむ。

早くも手詰まりになりつつあるのだ。

 

敵は水中で数多の艦艇を沈めてきた潜水艦戦のプロ。

こちらは急造で付け焼き刃も良いところだ。

初めから向こうが上手なのである。

 

まだ1時間なのでクルーの士気もそこまで落ちてはいない。

しかし、これが半日続けばどうなる?

現在、音を立てないように空調も切ってある。

二酸化炭素は吸着剤のお陰でどうにかなるが、気温や湿度はどうしようもない。

 

機関の核融合炉は音こそ無音に近いが、それを動力として動く器材類は無音とはいかないのだ。

シャワーも使えない、トイレも流せない。

食事も調理不要の戦闘糧食のみ。

しかも自由に歩き回る事もできないでは士気への影響は計り知れない。

長丁場だけは避けなければならなかった。

 

気温は上がっていくし、湿度が高いので蒸し暑くもなってくるだろう。

ここは海水温が高く、空調を切って1時間だというのに艦内の温度は2度近く上昇した。

このままではクルーが疲弊していくだけだ。

 

それに、モルディブにはキラ君のストライクを残してきている。

暫くは大丈夫だろうが、放っておけばザフトに見つかり攻撃を受けることになるだろう。

ストライクはバッテリー駆動なので、ずっと海中に潜ませておくわけにもいかない。

 

考えれば考える程、私達は追い詰められている事に気づく。

敵から真綿で首を絞められているようなものだ。

 

その真綿は、時間が経てば経つ程じりじりと首を締め上げてくる。

あまり猶予はない。

 

しかし、打って出るとなるとどうすればいい?

敵も待ちの姿勢だ。

下手に動けば魚雷を叩き込まれる事になる。

 

「エミリアさん、何か思い付いた?」

 

「いえ、まだ………この状況は想定できた筈なんですが…………すみません」

 

「仕方ないわよ、私達も有効な策は出せなかったんだもの。あなたのせいじゃないわ。」

 

マリューさんは私を気遣ってくるが、私は申し訳ない気持ちで一杯だった。

それに、クルー全員がマリューさんと同じ感情な訳がない。

打開策を提示できなければ、私はその責任を追及される事になるだろう。

 

責任に胸がキリキリと痛む。

私は胸に手を当てながら、私は必死に策を練った。

そんな私の様子を見たのか、隣のマリューさんが口を開きかけた時だ。

 

「──くしゅんっ」

 

ソナーマンのフレイがくしゃみをして、一瞬皆の注意がそちらに向いた。

張りつめた空気の中で、突如響いたくしゃみに皆意識を持っていかれたのだ。

 

「風邪?」

 

「違うわ、ホコリで鼻がむずむずして……」

 

ブリッジは静まり返っている為、自然とサイとフレイの会話が聞こえてくる。

二人はひそひそ声で会話しているつもりなのだろうが、その内容は丸聞こえだ。

 

そして、私は気づいた。

意表を突けばいいんだと。

 

前よりずっと、状況を打開するには敵の意表を突く作戦をしてきた。

それが狙撃やブラフであったりポジトロン・インターファイアランスであったりはするが、意表を突く突発的な行動であることには違いない。

 

となれば、今回はどのような手段で敵の意表を突くかとなる。

 

敵は音に集中している。

それを掻き乱すことができればあるいは───

 

そして、私の心の中で悪魔が囁いた。

その策は冒涜だとわかっていても、私はこの状況を打開しなければならないのだ。

 

「……仕方ないわ……これは戦争なんだから………」

 

私は一人そう呟くと、艦長に断ってからハンガーへと出向いた。

 

 

□□□□□

Side:マルコ

 

 

お互いににらみ合いが始まって3時間が経過した。

敵は中々忍耐強い方らしい。

地球軍の他の潜水艦ならもう動いていてもいいような時間が経ったにも関わらず、敵は一向に動く素振りを見せない。

 

「まだ敵に動きはないか?」

 

「はっ………まだ何も。静かなもんですよ。」

 

ソナーマンは退屈そうに欠伸をしていたので、気付け代わりに声をかけた。

敵はいつ動くかわからないのだ。パッシブソナーだけが頼りのこの状況では集中しておいて貰わねば困る。

 

とはいっても、流石に3時間集中し続けるというのもキツいのは私もわかっている。

しかし、それは敵も同じなのだ。

 

(むし)ろこうやって疲れて油断してきたところを突くのが狼という生き物であり、益々油断ならなくなった。

敵の狙いがこれなら、その洞察力は大したものだと思う。

流石にバルトフェルドを仕留めただけはあるようだ。

 

「……………ん?……なんだこの音!?」

 

突然、ソナーマンがパッシブソナーの音量を上げた。

何か音をキャッチしたらしい。

私はソナーマンに駆け寄ると何があったのかと尋ねる。

 

「それが………何か音楽のような……」

 

「はっ!?少し聞かせてみろ」

 

予想だにしない返答に私は呆気に取られ、何が起こっているのか確かめるために新しいヘッドホンを出すと自分の耳に当てた。

 

伊達に潜水艦を率いている訳ではない。

ソナーの操作もお手の物だ。

私は耳を研ぎ澄ませ、その謎の音の正体を探ろうと意識を集中させた。

 

そして、その音を聞き付けたのだ。

 

「─────パッヘルベル……カノンか?」

 

小さく聞き取りにくいが、確かに水中にカノンの旋律が流れていた。

音源は前方にある事をJスコープが示している。

 

訳がわからない。

敵は艦内で演奏会でも開いているのか?

 

「───これは……バイオリンだな……しかも独奏……」

 

音の特徴から、それが音源ではなくバイオリンによって奏でられている事がわかった。

 

美しい音色だった。思わず聞き入ってしまう。

 

まるで祈りが込められているような、長調と短調の織り成す豊かなメロディーが海水を伝搬してくる。

3つのバイオリンが2小節ずつずれて同じメロディーを重ねて演奏するのがカノンの特徴だが、この音は独奏である。

つまり、敵は艦内でバイオリンの生演奏をしているという事だ。

 

誰がこんなことをしているのかと思ったが、突如隣のソナーマンが叫ぶ。

 

その音は俺も耳にしていた。

何かが海中に射出される音だ。

俺は血相を変えると計器類に視線を飛ばした。

 

「て、敵艦から何か発射音らしき音!──水中砲の砲撃と思われます、恐らくリニアカノン!」

 

「難しいだろうが発射位置を辿れ、そこに敵がいる!大丈夫だ……砲撃なら当てずっぽうに放たれただけだ。こちらが動けば見つかる、このまま無音を保て!」

 

敵は探信音(ピンガー)を打ってこちらを見つけた訳でも、誘導魚雷を自律誘導(アクティブホーミング)で放っている訳でもない。

適当に砲を撃ってこちらが慌てるのを期待したのかもしれない。

 

だが、巣穴をつついてノコノコ出てくると思っているなら大違いだ。

発射音から、敵艦のいる位置は大まかに逆算できる。

敵は自らの居場所を暴露したのも同じだ。

 

しかしバイオリンの音でこちらを油断させるとは……

恐らく、そのバイオリンの音で砲の駆動音を誤魔化したのだろう。

味な真似をしてくれる。

 

「砲弾、本艦手前に着弾!」

 

「ふんっ!やはりこけおどしか。」

 

ソナーマンに言われるまでもなく、俺はその音を聞いてほくそ笑んでいた。

その僅か後。

 

突然爆発音が船殻を激しく叩いた。

それを聞き、俺はヘッドホンを取り払って呻く。

 

「くそっ───」

 

敵が何をやってきたかすぐに察する。

()()()()()()()()()()

恐らく、初弾の着弾に併せて次弾を射撃したのだろう。

その次弾が本艦近くで炸裂し、土砂や気泡で海中がミックスされているのだ。暫くパッシブソナーは役に立たない。

奴は我々の耳を潰しにきたのである。

 

「───おのれ銀狼、アジな真似を……!」

 

 



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(シャチ)(ほふ)る狼

□□□□□

Side:エミリア

 

 

「えぇ!?バイオリンを艦内に響かせる!?」

 

マードック曹長がだいぶボリュームを落とした声で驚く。

工具1つ落としただけでも敵に聞かれる恐れがあるため、現在ハンガー内は静まり返っていた。

ハンガー要員の殆どは作業員詰め所で待機中だ。

 

「はい、放送器材で音を。ブリッジのマイクだと音割れ気味になるので……」

 

「そりゃできないこともねぇですが……まぁ、10分もありゃ仕上げられますぜ。ブリッジに()()()()()作りゃいいんで?」

 

「はい、簡単なもので大丈夫です。音割れしない物をお願いします。」

 

「わかりやした。しかし何やらかす気だ副長さん、慰問コンサートでもやるつもりか?」

 

「…………いいえ。兎に角、宜しくお願いします。」

 

私はマードック曹長に器材のセッティングを依頼し、そして私室へ寄るとバイオリンを取ってブリッジに戻った。

 

私がやろうとしている事は、音楽への冒涜かもしれない。

音楽を戦争に利用するなど。

 

良心の呵責から胸がズキズキと痛むが、私はそれを振り払うとブリッジへ上がった。

 

「バイオリン?エミリアさん、何するつもり…?」

 

「この音で敵を混乱させます。それに併せてバリアントで海中を掻き乱し、その隙に敵との距離を詰めます。」

 

私の荒唐無稽な発言に、マリューさんは呆気に取られたというような表情で私を見ていた。

私はバイオリンを副長席に置くと、CICのナタルさんのもとへ赴く。

打ち合わせの為だ。

 

「砲雷長、敵の位置を大まかでいいので推測できませんか?」

 

「できなくもないが、その精度ではバリアントでの命中弾は厳しいぞ。それでいいのか?」

 

「はい、大丈夫です。数撃って海中を掻き回せれば十分ですので……」

 

「わかった。少し待て。海図と照合して敵の位置を割り出す。」

 

ナタルさんはそう言うと戦術マップやソナーのデータログから敵が潜んでいる位置を割り出し始めた。

それから数分程で大まかな位置がサークルで海域図に示される。

 

「この広さなら……HE弾を時限信管(タイムフューズ)で炸裂させて効力射を掛ければソナーは使えなくなりますね。私のバイオリンで敵の気を引きますから、その隙にバリアントを。初弾以後は砲雷長に任せます。」

 

「成る程……初弾の発射さえ誤魔化せれば、炸裂音に併せて次弾を撃てばこちらの位置を知られずに相手の耳だけ潰せるという寸法か。確かに、これなら魚雷を撃たせずに逃げられるな。」

 

バリアントから撃たれる複数発の砲弾で海中をかき回し、敵の耳を潰す。

その隙に逃げて体勢を立て直し、反撃するという戦術だ。

 

「しかし、これではこちらもソナーは使えんぞ。どうやって相手の位置を知るつもり───いや、違うか。」

 

「はい。敵は()()()()()()()。そこを撃ちます。」

 

「ふっ───面白そうだ。相変わらずユニークな戦術を思いつくな、副長。」

 

「やらなければやられますから。バリアントの管制、お願いします。」

 

「あぁ、任せろ。」

 

ナタルさんとの打ち合わせを終わりブリッジに戻ると、マードック曹長がスタンドマイクを副長席の傍らに設置していた。よくこんなものが艦内に積まれていたものだと感心するが、今はそれどころではない。

そのコードは座席のマイクが着いていた位置に接続されている。

既存の放送設備に直接繋げたのだろう。

 

「急造ですけど、スタジオが完成しましたぜ。音量調節やら放送やらは副長席のコンソールでやれまさぁ。」

 

「マードック曹長、ありがとうございます。揺れますから、どこかに掴まっておいて下さい。」

 

私はマードック曹長にそう言うと、副長席のコンソールを弄り始めた。

マードッグ曹長はCICに続く階段に腰かけたようだ。

 

コンソールを操作し、艦内に音が流れるよう設定する。

アークエンジェルを()()()にしたリサイタルだ。

私はバイオリンを構え、音の調子を見てからマリューさんに声をかけた。

 

「艦長、私が演奏を始めたら砲雷長がバリアントを撃ちます。二発目の炸裂に併せて艦を動かしてください。その後は炸裂音に紛れて前進を。推定される敵艦の位置から1500に迫ったら撃ち方()めをかけてくれますか?」

 

「本当なら色々聞きたいところだけど、あなたを信じるわ。」

 

「ありがとうございます。」

 

そう言うと、私はスタンドマイクのスイッチを入れてからバイオリンを構えた。

マリューさんは何やらCICに声をかけている。

 

「アルスター二等兵、バリアント撃ち方()めがかかったらパッシブソナーで敵の動向を探って。あなたが敵を見つけられるかが勝負の分け目になってくるわ、頑張って。」

 

「り、了解しました!」

 

どうやらフレイを激励していたようだ。

その場になったら指示するつもりだったが、マリューさんは私の意図を汲んでくれたらしい。

私はマリューさんに開始していいかと目配せすると、マリューさんは始めろという風に頷いた。

 

私はバイオリンを奏で始める。

スタンドマイクに拾われた旋律が艦内へと流れた。

音量は最大に設定してあるため、恐らく海水を伝って敵艦へも響いているだろう。

 

弾くのはパッヘルベルのカノン。

入門曲の一つだが、その旋律はとても人気がある。

本来なら三つくらいのバイオリンで輪唱するものだが、独奏でも十分綺麗な曲だ。

 

たった一人の独奏。

しかし、その目的は敵を欺くため。

何故この曲を選んだかは私もわからない。しかし、何となくこの曲が良かったのだ。

痛む胸を圧し殺しながら、私はバイオリンの演奏を続けた。

せめて、これが敵に対する最後の手向けとなるように。

 

「バリアント1番2番撃ち方用意、最大出力。仰角15、弾種HE時限。5600で炸裂するようセット。次弾用意しておけ、弾種そのまま、炸裂は5500に変更しろ。発砲は初弾炸裂と同時だ。」

 

「初弾装填よし!」

 

「よし───バリアント1番2番、第1斉射─撃てぇっ!」

 

ナタルさんの号令で両舷のバリアントが砲弾を打ち出す。

水中抵抗の大きな榴弾(HE)の為弾速は遅いが、それでも6000辺りまでなら弾を届かせる事はできる。

爆発させるだけならそれで十分だ。

 

「初弾炸裂音2つ!」

 

「次弾発射!」

 

フレイが音を聞き取ったのか叫ぶ。

私はバイオリンの演奏を止めるとマイクや艦内放送のスイッチを切って副長席に座った。

 

私がバイオリンを持ってきたケースに戻している中、続けざまにバリアントが砲弾を射出する。

前の弾が着弾する音に紛れて次の弾を射撃し、その弾幕によって海中を掻き乱していった。

 

第1斉射の弾が炸裂して第2斉射が行われた時、同時にマリューさんも動く。

 

「メインタンクブロー!上げ舵一杯、前進強速!発進!」

 

「上げ舵一杯、前進強速了解!」

 

「メインタンク、ブローします!」

 

ノイマン少尉とトールが復唱しつつそれぞれ受け持ちの操作を行い、アークエンジェルが土砂と気泡を巻き上げながら海底を離れた。

 

「ダウントリム水平!速力一杯!」

 

「速力一杯、了解!」

 

アークエンジェルが推測された敵の位置へ向けて全速力で向かい始めた。

パルス推進は核融合炉の熱を心臓の拍動のように小刻みに放出させる為独特な推進音を響かせる。

 

ブリッジからは海中が見えるが、バリアントの炸裂によって気泡や土砂が舞い全く見通しは利かない状況だった。

そのため敵を見つけるにはフレイの耳だけが頼りという状態である。

 

この状況で、しかも速力を出しているのだ。

ソナーで敵の位置を探るのは至難の技かもしれない。

 

しかし、私は無茶ぶりをフレイにした訳ではないのだ。

ちゃんと聞き分けられるようお膳立てする。

 

「艦長、そろそろよろしいかと。」

 

「わかったわ…機関停止、惰性航行!バリアント撃ち方止め!アルスター二等兵、頼んだわよ…!」

 

マリューさんの号令でアークエンジェルの速力が落ち、ソナーの利きが良い状態となる。

アークエンジェルの全速によって先程の地点から3000以上進んだ。

敵艦がまだ同じ地点にいるならここから2000以内にいる筈だ。

そして、敵艦は動くと私は踏んでいた。

 

「……………空気の音と砂利が硬いものと擦れる音───いました、敵艦方位012、浮上中みたいです!距離1700!」

 

フレイが遂に敵艦を捕捉した。

停止してから2~3秒での発見だ。

 

「ナタル、沈めるわよ!バリアント射撃用意!一回だけピンを!」

 

「バリアント1番2番装填、弾種APFSDS!出力最大!準備でき次第報告!」

 

「バリアント1番2番装填よし!」

 

それに併せてマリューさんの指示も飛ぶ。

バリアントへの砲弾装填が完了し、後は敵の諸元を入力するばかりとなった。

 

「ピンガー打て!」

 

ラミアス艦長の指示、アクティブソナーの探信音が一回だけ放たれる。

 

アクティブソナーはこちらから音を発し、その反響音で敵の位置を探る装備だ。

その為正確な敵の位置を掴める代わりに、音を出す関係でこちらの位置も敵に知られてしまう。

確実に敵を捕捉した状況で、射止められると確信がなければ使えない。

 

「──反響捕捉───えっ!?いません!!」

 

フレイの報告に、私とマリューさん、ナタルさんは愕然とした。

 

確かに敵艦の音は捉えた筈なのに、なぜアクティブソナーにかからない?

私は混乱する頭を抱えながらも、有り得る可能性を割り出すと素早くフレイに指示を出した。

 

「フレイ、推進音や小さいものがソナーに引っ掛からなかった!?何でもいいわ!」

 

「えっ───えっと………あ、あるわ!魚雷みたいなものが1つ!」

 

囮魚雷(デコイ)……っ!艦長、魚雷が来ます!!」

 

敵は浮上すると見せかけて後退したのかもしれない。

そして自艦上方に向けてデコイを射出し、こちらの注意を引いたのだろう。

経験が浅いどころか初陣であるフレイには判別が難しすぎたのだ。

 

「なっ!?ソナー、推進音は!?」

 

「────来ます、速い音が2つ!」

 

「回避ッ!!」

 

マリューさんも頭が混乱しているのか、だいぶ投げやりな指示が飛んだ。

すかさず私がフォローする。

 

「ノイマン少尉、まずは魚雷が艦尾に来るように艦首を左回頭させて!その後、魚雷が艦尾に迫った瞬間右に急旋回してください!それで魚雷は撒けます!」

 

「りょ、了解!」

 

 

「フレイ、魚雷が艦の100mくらいに迫ったらノイマン少尉に知らせて!どの方向から来てるかも!」

 

「わかった!」

 

私の助言を受け、ノイマン少尉はアークエンジェルを左に急旋回させ艦尾を魚雷が来る方向に向けた。

艦が左にぐっと傾き、私は座席にしがみつく。

 

水中で艦を急旋回させると、その際にナックルと呼ばれる撹拌水流が発生する。

ナックルも音を反響させるため、アクティブソナーで自律誘導されるザフトの魚雷は目標を見つけきれず明後日の方向へ走る事になる。それで回避できるのだ。

 

「魚雷来ました!まっすぐ真後ろから2本!本艦後方およそ100!」

 

「そりゃぁっ!」

 

再びノイマン少尉がステアリングをひねり、アークエンジェルを右に急旋回させた。

 

400m近い船体の、殆どドリフトのような急旋回。

当然強烈なナックルが発生し、魚雷は突如発生したその()()()()()()()()によってアークエンジェルの音を見失い迷走する。

 

フレイが船体の横を迷走した魚雷が掠めていくのをキャッチし、アークエンジェルが魚雷の回避に成功した事を報告してくる。

 

そして、再び敵艦のいる方向へと正面を向ける。

敵は続けざまには魚雷を撃ってこず、逃走を優先させたらしい。

先程まで敵艦がいたと思われる位置には何もいないようだった。

 

「見失った……」

 

「ソナー、警戒を厳に!」

 

マリューさんが呟く中、ナタルさんはフレイに周辺警戒するよう注意した。

探信音を打てばすぐに見つかるかもしれないが、その瞬間魚雷が来るだろう。

さっきは躱す事ができたが、次もいけるとは限らない。

 

こうしている間にも敵は動くのだ。

私は考えられる敵の行動を予測し、その裏をかくことを考えた。

しかし、前はそれで裏の裏をかかれた事もある。

となると、やはり意表をつくしかない。

 

突飛な行動………この艦にしかできない行動は………

 

「!────艦長、浮上しましょう。水上航行に切り替えます。」

 

「えっ!?」

 

「早く!」

 

説明している時間が勿体無いのだ。

私が急かすと、マリューさんは私にすべてを任せるつもりになったらしい。

 

「────急速浮上!メインタンクブロー!上げ舵一杯、最大戦速!」

 

「メーンタンクブロー!上げ舵一杯、最大戦速!」

 

アークエンジェルが艦底から勢いよく海水を吹き出し、スラスターを噴かして一気に海面へと向かう。

浅い故にすぐに海面にアークエンジェルが顔を出し、水上航行へと移った。

 

「下方から探信音(ピンガー)!」

 

「ッ!!逆探知急げ!」

 

敵の探信音に、ナタルさんは素早く逆探知の指示を出した。

これだけ派手に動けば当然の結果と言えば当然だが敵に見つかり、アクティブソナーによって位置を精査される。

攻撃する為だ。

 

探信音から敵の位置が戦術マップに表示された。

どうやら再び海底に紛れ込んでいたらしい。

 

「推進音──8!魚雷来ます!!」

 

「離水してください!!」

 

フレイが突っ込んでくる魚雷を見つけて報告してきた。

私は素早くノイマン少尉に指示し、ノイマン少尉は強く操縦桿を引っ張る。

Gが体にのし掛かり、アークエンジェルが海からゆっくりと浮き上がった。

 

その真下を雷速の速いスーパーキャビテーション魚雷が何本もすり抜けていく。

 

敵からしてみれば、こちらが海空両用艦と知っていれば十分察知可能な回避行動だ。

それをあえて私は奇策の次に採用した。

 

敵がこちらがまた奇策を取ってくると疑心暗鬼になっている事に賭けたのだ。

そして、まんまと引っ掛かってくれた。

 

大方、こちらが浮上航行すると見せかけて転進してくると踏んだのだろう。

魚雷が来たのは、本艦がそうした挙動を取った際に真正面に来る位置だ。

 

8本もの対艦魚雷を食らえば、流石にアークエンジェルも無事では済まない。

敵は決着を付けに来たのだ。

そして、前部発射管()()()()()()()()()()()

 

次弾装填までは時間がかかる。

後部発射管を使うにしても大幅な時間ロスが発生する筈だ。

この隙を逃す手はない。

 

「急速潜航してください、敵の位置に!」

 

「わかったわ!着水、そのまま急速潜航ー!」

 

「了解!そのまま海に突っ込みます!!」

 

艦長の指示で、アークエンジェルが再び海中へと突入していく。

その勢いを利用して潜りながら併せてバラストタンクに水を引き込み、かなりの潜航スピードで潜っていく。

 

「フレイ、ピンガー!」

 

「はいっ、ピンガー打ちます!」

 

私が指示すると、フレイは素早くボタンを押して探信音を放った。

敵艦の位置が戦術マップに表示される。

 

どうやら追撃するつもりだったらしく、敵は海底から離れていた。

ちょうど本艦と相対するような格好になっている。

 

「砲雷長、バリアントお願いします!」

 

「──バリアント1番2番、弾種出力は先と同じだ!急げ!」

 

私の攻撃指示に、ナタルさんが素早くバリアントの射撃指示を出していた。

再装填を待つまで数秒。

 

「うっ!?──正面から魚雷1!突っ込んでくるわ!!」

 

しかし、その間に敵が魚雷を撃ってきた。

時間稼ぎの一発だろう。

フレイの悲鳴のような報告に、私は自分の読みが甘かった事を痛感させられた。

一本だけでもいいからと敵は雷撃してきたのだ。

 

命中を魚雷の自律誘導(アクティブホーミング)に任せた、当てずっぽうの一発。

しかし、真正面に打ち出された魚雷は本艦への命中コースを描いていた。

 

全速力で潜航しているため、いまから急旋回してもナックルが生まれる前に魚雷が命中する事になる。

避けようがない──

 

「「回避ィィッッッ!!」」

 

気づけば、私とマリューさんが同時に叫んでいた。

タイミングもぴったりだ。

 

きれいに重なった回避命令がブリッジに響く。

そして、ノイマン少尉がそれに対してとんでもない操舵を行った。

 

「皆さん何かに掴まって!船を()()()()()()!!」

 

「────総員、何かに掴まれ!!耐ショック姿勢!!」

 

咄嗟の事で、ノイマン少尉も判断力が鈍っていたのだろう。いや、逆に集中力が研ぎ澄まされていたのかもしれない

ノイマン少尉の警告に、慌ててマリューさんが艦内放送を発した。

 

それからすぐ後だ。

ノイマン少尉は四肢を駆使し、スロットルやトリムレバー、操縦桿、フットペダルのすべてを操作してアークエンジェルを()()()()()()

 

コブラとは、進行方向と高度を変えずに姿勢を急激にピッチアップして迎角を90度近く取り、そのまま水平姿勢に戻る機動だ。

普通は戦闘機などが曲芸飛行などでやる機動の一種だが、偏向ノズルを持つアークエンジェルなら不可能ではない。

 

しかし、ここは水中なのだ。

しかも海底へ向かいながらのコブラである。それも深度100m程度の浅い海。

下手すれば艦尾を海底に擦るか、そのまま海面から頭を出す。

それを、ノイマン少尉は無茶ぶりのようなこの状況下でやってのけたのである。

彼は化け物かと思った。ボーナスを奮発するよう艦長に進言しようと思う。

 

 

ただでさえ下へ引っ張られているのに、艦が急に立ち上がるのである。

ブリッジのクルーはシートベルトで座席に張り付いていたからいいが、他のクルーについては無事な事を祈るしかない。

階段に座っていたマードック曹長はひどい目に遭っていた。

 

水中抵抗を上手く御し、ナックルをいくつも生み出しながらの縦ドリフト。

400mの巨大な船体がそんな無茶な運動を行った為、当然海水は激しくかき回される。

 

その結果ナックルで反響が乱されるどころか、発生した津波のような海流によって魚雷が弾かれるという事態が起こっていた。

 

魚雷があらん方向へ飛んでいき、アークエンジェルは艦首を元の進行軸線へと戻していく。

そして、再び正面に敵艦を捉えた。

 

「フレイ、ピンガーを連打させて!」

 

「っ、このこのこのっ!!」

 

私が指示すると、フレイはボタンを連打する。

ピンガーが乱発され、反響が幾度となく返ってきた。

恐ろしい程の精度で敵の諸元が記録されていき、FCSがバリアントの矛先をガッチリと敵に据える。

 

乱発される探信音は敵のソナーにこちらの位置を知らせるだろうが、それ以上に過剰な音波信号でソナーマンの耳を痛めるだろう。

安全装置はついているだろうが、敵は一時的に耳を潰した筈だ。

 

「砲雷長───ッ!!」

 

「バリアント、てぇッッッ!!」

 

マリューさんの号令で、バリアントが発射される。

正面に捉えたボズゴロフ級の船殻にAPFSDS弾が突き刺さり、艦内に摩擦で高温となった破片や船体の破砕片を撒き散らしていく。

それと共に艦内へ海水もなだれ込んでいくだろう。

水上艦と違い、水圧のためその流入速度は遥かに速い。

 

二発も食らって大穴を開けられたのだ。

敵は最早浮上することも叶わない筈である。

 

「………艦長、敵を生かしておけば復旧される恐れがあります。敵の完全なる撃沈を具申します。本艦の性能や戦術を知られた以上……このまま生かしては」

 

ふと、ナタルさんがマリューさんにそう提言した。

敵を生かしておけば、新たな銃を手にまた来る。それも復讐心を抱いて。

ナタルさんはそう言いたいのだろう。

マリューさんはトドメを刺すことを躊躇しているらしく、すぐに返答を出さない。

 

「…………………水中回線、開ける?」

 

マリューさんの問いかけに、後ろのカズイが開けますと返答した。

至近距離であれば、超音波を利用した水中電話通信が可能であり、その機能もザフト製ソナーに付加されていた。

 

マリューさんは、恐らく降伏を呼び掛けるつもりなのだ。

ナタルさんの具申をはね除けて。

 

「艦長!」

 

「非人道的過ぎるわ……動けなくなっている敵を追撃するなんて。」

 

「ですが……!」

 

ナタルさんがマリューさんと意見対立を起こし、にらみ合いとなる。

マリューさんの意見も尤もだ。

敵は動けなくなっただけで、内部には相当数のクルーが生存している可能性が高い。

 

ここは比較的浅い為、船から脱出する事も十分に可能だろう。私達は降伏勧告をせずとも、さっさとこの場を立ち去ればいい。

 

マリューさんは畳み掛けるべく、ナタルさんに命令権を行使しようとした。

 

「砲雷長、これは命令───」

 

「艦長、私も砲雷長の意見に賛成です。敵は撃沈すべきです。」

 

そして、私がそれを阻んだ。

 

「!……エミリアさん?」

 

「砲雷長の意見は間違っていません。我々の戦術が敵に知れ渡れば、これから先の航海がますます困難なものとなります。沈めるべきです。」

 

「っ………」

 

形勢が逆転し、マリューさんは顔をしかめる。

てっきり私が自分に賛同すると思っていたらしく、裏切られたとでも言わんばかりの表情だ。

 

でも、私はナタルさんの意見が現状では利にかなっていると思う。

残念ながら。

 

「本艦は単艦でアラスカまで行かなければなりません。後方支援も補給もロクにないんです。ここで敵を助ければ、命を落とすのは私達になります。」

 

味方がいれば。

この任務が終わりすぐ基地に帰投できるなら、私もマリューさんに賛成しただろう。

 

しかし、私達は1隻で敵の追撃を往なしながら航海しなければならない。

非情にならなければいけないのだ、私達は。

 

「…………!、敵艦から注水音がします!」

 

緊張した空気の中、フレイが新たな敵の動向を報告してきた。

それを聞いて、私は最早一刻の猶予もない事を悟る。

 

「艦長!敵はMSを出そうとしています!早く!!」

 

「っ───砲雷長、敵艦を撃沈しなさい!」

 

私の催促に、艦長も遂に決断を下した。

砲撃命令がCICに下る。

 

「ハッ!──バリアント1番2番射撃用意!出力80、弾種APFSDS!60RPMに設定、速射12発!初弾はドライチューブを狙え!敵MSごと破壊しろ!!」

 

「射撃用意よし!」

 

「バリアント、撃ち方始め!!」

 

ナタルさんの号令で、バリアントから次々と砲弾が打ち出されていく。

それらは続けざまに擱座した敵艦へと命中し、その船体をズタズタに引き裂いていった。

 

「弾種HEに切り替え、爆圧で敵を押し潰せ!効力射12発!敵を魚礁(ぎょしょう)に変えろ!!」

 

弾が貫徹力重視のAPFSDSからHEへと切り替わり、爆発が敵を覆った。

穿穴に爆圧が吹き込み、艦内を海水と爆風で満たしていく。

 

傷を負い、動けなくなった獲物を貪る狼。

まさにそんな様相だった。

 

その効力射が終わった頃には、ボズゴロフ級は沈船と変わらないくらいの残骸に成り果てていた。

 

「…………敵艦、沈黙。轟沈と認めます。」

 

「…………わかったわ。反転、浮上──ストライクを迎えに行きます。」

 

マリューさんの号令で、アークエンジェルはボズゴロフ級の残骸から離れた。

その光景を見ながら、私は嫌な思いを無理矢理振り払う。

 

「………キラくん、敵は倒したわ………」

 

一人呟きながら、陸地で待つストライクに乗る彼へと思いを馳せた。

そうでもしなければ、私は良心の呵責で押し潰されてしまいそうだったからだ。

私は早く会いたくてたまらなかった。

 

本当は彼を守るべき立場だったのに、すっかり私の方から彼に甘えている。

駄目だとはわかってはいつつも、この心は彼に甘えたいという欲求をひたすら抱いてしまう。

 

相変わらず、私は嫌な女だった。

そんな女を受け入れてくれる彼が、堪らなく(いと)おしかった。

 

 

 



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それは愛情か母性か

□□□□□

Side:キラ

 

 

アークエンジェルはモルディブ諸島沖での戦い以後、僅かな休息の為浮上航行していた。

 

敵部隊は撤退したらしく、暫く襲撃の可能性はないと踏んでの浮上航行だ。それに伴い、手空きのクルーにはデッキに出る事が許可された。

ただ船の整備や移動も兼ねている為、全員が全員休息という訳ではない。

 

 

今、僕は後部デッキに向かっている。

手にはコーヒーのカップが2つ。

 

僕とエミリアさんの分だ。

エミリアさんと恋仲になって、やっと一息つける時間が巡ってきたのだ。

これを利用しない手はない。

 

エミリアさんとは、帰投後にブリーフィングルームでハグされた以上の進展はなかった。

というより、エミリアさんは仕事があった為ブリッジを長く離れられなかったのだ。

 

だからこそ、僕はエミリアさんが休憩となるこの時間を狙って後部デッキに向かっている。

エミリアさんがブリッジからデッキに向かうところは既に目撃した人がいるから間違いない。

 

フラガ少佐から、女の人との付き合い方については色々とレクチャーしてもらった。

中には僕には絶対無理なものもあったが、それでもだいぶ参考になっている。

後は突撃あるのみだ。

 

「!………」

 

後部デッキに出ると、早速エミリアさんを見つけた。

エミリアさんは艦橋に寄りかかるようにもたれ、足を内股気味に前に出してデッキに座っている。

 

近寄ってみても反応する気配がないのでよく見てみると、エミリアさんは静かに寝息を立てていた。

多分疲れが溜まっているのだろう。

 

何となく肩透かしを食らったような気もするが、それでも無理はさせられない。

僕はそっとエミリアさんの隣に座ると、持ってきたコーヒーを自分の影に隠す。

そして、ぼーっと海を眺めた。

 

いままで戦いの連続でまったく気にならなかったが、コロニーでは感じられなかった地球の雄大な自然がそこにあった。

地球に来て思うのが、コロニーの環境がいかに人工的に作られた機械的なものかという事だ。

 

地球は、空気も風も水も、何もかもが生きている。

だからこそ、単純に美しいでは済ませられない感動があった。

 

「綺麗だなぁ…………」

 

思わず呟く。

抜けるような青空に、どこまでも広がる蒼い海。

心地よい風と温かな陽射し。

目の前に広がる自然はすべてが規格外の大きさで、それでいてしっかりと調和が取れているのだから。

 

それは隣で寝ているエミリアさんもそうだ。

この人が持っている能力や功績はずば抜けて高い。

その外見や性格からは想像出来ないほどに。

違うとすれば、その能力に対して心との調和が取れてない事だろうか。

 

落ち着いている時のエミリアさんはとても冷静で思慮深いし、誰に対しても柔和だ。

 

だけど、エミリアさんは優しい上にどこまでも思慮深いせいで感受性も強く、戦争という残酷な現実に放り込まれると途端にその脆さが露呈する。

 

本当は逃げ出したくて堪らなかったのだろうに、エミリアさんは僕達を守るという一心で踏みとどまり続けたのだろう。

だから、生きることに絶望し始める程追い詰められていた。

 

この人を見ていて気づいたが、エミリアさんの銀髪は陽が当たると所々が白くキラキラと輝く。

それは綺麗でもあるが、実はあまりよくない。

キラキラと輝いているのは白髪なのだ。

 

エミリアさんの髪は、ヘリオポリスの時と比べると明らかに白髪混じりの髪になっていた。

地毛が銀だから分かりにくいが、所謂若白髪である。

それに少し頬も痩けてきたような気もする。

精神的に追い詰められて、体が悲鳴をあげているのだろう。

 

そうなるのも当然といえば当然かもしれない。

ただでさえ精神的に追い詰められているのに、アラスカに着けば政治の道具にされることがわかっていて、けどアークエンジェルを無事にそこまで送り届けなければいけない。

更にはザフトとの戦いが重なる。

 

それだけの重荷を、エミリアさんはずっと一人で耐えてきたのである。文句も言わずに。

それではこうなるのも頷けた。

だからこそ、僕はこの人を支えたいと思ったんだ。

 

「んん……………」

 

ふと、エミリアさんの頭が僕の肩に乗ってくる。

起きた様子はない。

別に迷惑でもないし、何となく頼ってくれているようで嬉しくなり、僕はそのまま肩を貸した。

エミリアさんの体が僕にピッタリと寄り添ってきて、その体温や柔らかさを感じる。

 

それと良い匂いもした。

多分バナディーヤで買った香水を使っているのかもしれない。

エキゾチックで少しセクシーな香りだ。

それがこの人の魅力をぐっと引き立てる。

 

ミステリアスで、それでいて清楚で凛とした佇まい。

淑やかな仕草に透き通った声。

魅惑的な体つきと艶やかな顔立ち。

 

女性として、まさに完全無欠なのだ。

こんな凄まじい程の美人が僕の彼女でいいのかと思うほど、僕とエミリアさんは釣り合っていない。

 

それでも、エミリアさんは僕を受け入れてくれた。

エミリアさんがどう思っているのかは別として、僕はエミリアさんの力になってあげたかった。

 

 

 

 

 

「────あら、キラくん……?」

 

「あ、起きたんですね。」

 

それからしばらくして、エミリアさんが起きた。

寝起きでうつらうつらとしているが、そんな仕草も魅力的だ。

エミリアさんはずっと僕の肩を借りていた事に気づくと、申し訳なさそうに謝ってきた。

 

「……ごめんなさい、気づかなかったわ。重くなかった?」

 

「いえ、全然大丈夫です。お疲れだと思いましたし」

 

けど、僕は重たいとは思わなかったし、寧ろ嬉しかったくらいだ。

 

「ありがとう……キラくんは優しいのね。」

 

「い、いえ!そんな…!あ、よかったらコーヒー飲みますか?冷めちゃったんですけど………」

 

エミリアさんは薄く微笑みながら、僕に礼を言ってきた。

 

僕は途端に照れ臭くなって、それを隠すようにコーヒーを取り出す。

すっかり冷めてしまっていたが、ぬるめのアイスコーヒーだと思えば飲めなくもないだろう。

 

「あぁ、もしかして──本当にごめんなさい、折角持ってきてくれたのだろうに……頂くわ。」

 

「いえ、そんな……エミリアさん、ずっと頑張ってましたし、仕方ないですよ。」

 

エミリアさんは僕からコーヒーを受け取ると、それを美味しそうに飲んでくれた。

冷めていて不味いだろうに、そんな事を感じさせない素振りだ。

 

「冷めていて調度いいわ。キラくんはコーヒー飲んだりするの?」

 

「いえ、たまにくらいですよ。まだ、あんまり味もよくわからないし……」

 

「そう……コーヒーは、極めてみると面白い世界だとよく聞くわ。豆の種類や煎り方や、抽出の仕方……その組み合わせですべて変わるんですって。」

 

「へえ……エミリアさんはコーヒーお詳しいんですか?」

 

「趣味でちょっとね。一時期面白くてはまった事があるの。」

 

エミリアさんがコーヒーを淹れてる姿を想像すると、実に様になる。

あの淑やかな手つきで豆を挽き、コーヒーをカップに注ぐ姿……

 

「………いいなぁ……」

 

「え?」

 

「あ、いえ!コーヒーが趣味なんて格好いいなと思って」

 

「ふふふ、格好だけよ。紅茶とかお菓子とか、料理とか色々やってきたけれど、全部趣味だもの。知識はあっても実力はね…?」

 

思わず感想が口から漏れてしまい、僕は慌てて取り繕った。

その様子がおかしいのか、エミリアさんは小さく笑う。

久々の笑顔だ。それを見て僕も嬉しくなる。

 

「いえ、僕なんて知識もないですし!………よかったら、今度コーヒー淹れてみてくれませんか?飲んでみたいです。」

 

「そう、ね……いつか、淹れてあげるわ。」

 

しまったと思った。

エミリアさんに今度はない。淹れる機会も訪れない。

アラスカに無事着いても、エミリアさんがどうなるかなんてわからない。

僕と離れ離れになる可能性だって高い。

なんで考えなしに言ったのかと僕は後悔した。

 

「あ、えっと……」

 

「大丈夫、取り繕わなくていいわ。それに、私もコーヒーを淹れてあげたいもの。例え機会が来なくたって、そう思えるだけで私は嬉しいのよ?」

 

「エミリアさん……」

 

エミリアさんに逆にフォローされてしまい、僕は居たたまれない気持ちになる。

やっぱり、エミリアさんの方が僕より一枚も二枚も上手なのだ。多分僕が考えている事はエミリアさんには殆ど筒抜けといっていい。

こうやって僕が内心自分を責めている事もエミリアさんには筒抜けなのだ。

そして、それを知ったエミリアさんは行動に出た。

 

僕の体に、エミリアさんは僅かに重さを感じるくらいに寄り添ってくる。

まるで甘えるように。

 

「キラくん……私は、あなたが傍らに居てくれると思うだけで随分楽になったわ。好きになってもらえるって、こんな気持ちになるのね……私ね、いままで男の人とお付き合いした事ないの。笑っちゃうでしょう?」

 

僕はエミリアさんの告白に内心驚いていた。

つまり、あのキスはファーストキスだったという事だ。

エミリアさんは経験くらいあるものだと思っていた。

それくらい大人びて見えるのだ。

 

「そんな……………僕みたいなのがエミリアさんとなんて、本当は不釣り合いもいいところなのに。」

 

「いいえキラくん、私の方こそ不釣り合いなのよ。あなたは優しいし、思いやりもある。こんな傷物より、もっといい人とだって出会えた筈。」

 

「いや、そんなことは……」

 

エミリアさんは自分の体を見ながら悲しそうに言った。

やっぱり、気にしているのだ。

むしろ気にしない方が無理かもしれない。

 

僕だって、エミリアさんの体をまだ直に見たことはない。

平常心を保てるかなんてわからないし、それでエミリアさんを傷つけてしまう可能性だってあった。

だから、僕の返答はしどろもどろになる。

 

「いいえ、あるのよ。私の体やこの眼帯の下の傷を見たら、大抵の人は拒絶する。好きになってくれって言う方が無茶なのよ。けど、あなたはそれを知っていて受け入れてくれた。だから、私はあなたが好きなの。」

 

「エミリアさん……僕だってあなたの事が好きです。傷なんて関係ない、あなたの心が好きなんだ。」

 

エミリアさんの傷が気にならないくらい、僕はエミリアさんを好きになろうと思う。

そんなものが目に入らないくらいエミリアさんの事を好きになれば、エミリアさんが僕の心を読んで傷つく事もなくなるだろうから。

これは、その第1歩だ。

 

「───キラくん。私を好きになってくれて、本当にありがとう。あなたがいてくれなければ、私は死を選んでいた。一緒にいてくれるだけでいい………私は他に何も言わないから………」

 

僕がそう言うと、エミリアさんは嬉しそうに静かに笑みを浮かべた。

そして、まるで何かにすがるように僕を求めてくる。

 

「放しませんよ、僕だってずっとエミリアさんの側にいたいんだ。あなたが望むなら、僕はずっと側にいます。」

 

エミリアさんにとって僕は命綱なのだ。

僕がいなくなれば、エミリアさんは再び死の渕へと沈んでしまう。

表情には出さないけど、エミリアさんの心はその命綱を必死に掴んでいるのだ。

 

「っ………キラくん、ありがとう───好きよ」

 

「僕もです…エミリアさんの事が大好きです」

 

そう言って僕たちは唇を合わせる。

前より長く、しっかりと。

 

コーヒーを飲んだ後のせいか、それは甘くてほろ苦いキスだった。

 

 

 

 

□□□□□

Side:マリュー

 

 

 

「いいねぇ、若いって!」

 

隣でフラガ少佐がはしゃぐ中、私はエミリアさんとキラ君の仲睦まじい姿に安堵の心を浮かべていた。

艦橋後方の窓から下を見下ろすとちょうど二人の姿が見えるのだ。

 

フラガ少佐から面白いものが見られそうだと連れ出され、来てみたら二人が寄り添って座っていた。

 

あの二人はいつの間にそんな仲になったのかとも思った。

 

しかし、今にも壊れそうだったエミリアさんがああして年頃の女の子らしい振る舞いをしているのを見ると、彼女はキラ君との恋愛によって心の調子を取り戻したのだろう。

 

「しかしまぁ、副長がパイロットに恋しちゃうかぁ……」

 

「えぇ………あまり、いい傾向ではありませんわね。」

 

「だよねぇ…」

 

正直言って、指揮する立場の者が指揮される側の者と恋心を育むのはあまりよくない。

 

当然指揮には影響が出てくるし、何より損失という状況に直面する可能性が出てくるのだ。

私自身がそうであり、未だに形見のロケットを手放せずにいるくらい。

 

それくらい、女というのは愛する者を失うとその損失感を味合わされる。

エミリアさんの場合、もしキラ君を戦闘で失うような状況になったらどうなるかなど、今までの様子を見てきた私からすれば容易に想像がつく。

 

彼女は未だ危ないラインにいる。

それを、辛うじてキラ君やカガリさんの存在が繋いでいるのだ。

それが切れた時、彼女は更に大きな影響を受けることになるだろう。

それこそ、立ち直れない程の。

 

ただでさえ、危うく死にかねないというような状態の彼女だ。それが大事なものを失ったりすれば、恐らく壊れる。

 

命を断つかもしれないし、精神を崩壊させるかもしれない。

どちらにせよ、最悪の状況に陥ることになるだろう。

 

そうなった場合、私達では最早どうしようもなくなる。

私達どころか専門的機関ですらどうしようもできない程になるかもしれない。

 

エミリアさんとキラ君の恋は、そんな綱渡りのような危うさを持った代物なのだ。

 

しかし、だからといって二人に配慮できるほど現状に余裕がある訳でもない。

フラガ少佐とキャリー少尉のみではアークエンジェルを守り抜く事はできないだろう。

となれば、やはり二人を出さざるを得なくなる。

 

やむを得ないとはいえ、あの二人を戦わせなければいけない私達のなんと罪深いことか。

 

「お、キスした!」

 

「あらあら……」

 

フラガ少佐の言葉に二人を見ると、二人は寄り添いながらお互いの唇を合わせていた。

あんな姿が続くよう、私達はできることをしなければならない。

兎に角、現状はひたすら戦闘を避ける。

それに徹する他ないだろう。

 

 

 

□□□□□

Side:カガリ

 

 

 

「エミリア、お前付き合ってたのかよ。」

 

「え?」

 

「とぼけるなよ、キラの事だ。」

 

「あぁ………えぇ、まあね。」

 

艦内で流れる噂話を追求するべく、私はエミリアの元を尋ねていた。

 

モルディブ諸島を出た後、アークエンジェルは順調な航海を続けている。

夜は飛行して距離を稼ぎ、昼は潜航してゆっくりと進むなど、アークエンジェルはひたすら敵との会敵を避けて動いていた。

 

SOSUSという海底監視システムによって前は見つかったと踏んだ為、そのSOSUS設置位置を避けるような航路を選んで動いたというのもあるだろう。

 

そういった努力の甲斐あって、今のところ襲撃を受ける事もなかった。

現在はベンガル湾からアンダマン海へ向けて航行しており、日の出と共に潜航していた。

 

ラミアス艦長に操艦を引き継いだ後、エミリアはまっすぐ私室へと戻ってきていた。

 

エミリアはキラの名前を出すと、そこはかとなく頬を赤らめさせていた。嬉しそうな表情で。

その様子はどう見たって黒だ。

見せつけてるのかと嫉妬しそうになる。

 

「まぁ、別にいいけどな。あんなに危うそうだったのに、今じゃ仲良くイチャイチャだし」

 

「何、妬いてるの?」

 

「妬いてない!あんなナヨナヨした奴に誰が妬くかよ!」

 

ちょっとはいいなとも思っていた。

 

けど別に執着する程好きでもなかったし、何よりあんな死にそうな様子だったエミリアが惚気るようになったのだ。

 

あんなに幸せそうな表情を浮かべるなんて、ここ最近のあいつからは想像もできなかったくらい。

そんなあいつから彼氏を盗ろうなんて馬鹿げてる。

 

「あなた、もしかして……」

 

「うるさいな!それより、好きになったんだからあいつを泣かせるような事するなよな。そんなことしたら私が許さないぞ。」

 

「……………ありがとう、カガリ。」

 

多分、エミリアは私の内心を察したのだろう。

私がキラを好きになりかけていた事。

キラを残して死ぬような真似はするなという事。

私に気にせず仲良くしろという事。

 

こいつは基本的に全部お見通しなのだ。

それに馬鹿なくらいのお人好し。

 

だから、私に礼を言うのである。

 

「それより、お前ら少し周りに気を付けないのか?もう色んな噂飛び交ってるぞ。」

 

「そこまで気にすることでもないと思うのだけど……ちなみにどんな?」

 

こいつらが付き合っているのは最早クルー全員が知っていると言っていい。

 

ただでさえエミリアは目立つ容姿なのに、かたや副長、かたやストライクのパイロットなのだ。

それが人目もはばからずにいちゃつき合っていれば嫌でも目に入る。

 

本人たちは目立たないところで付き合っているつもりなのだろうが、お互いの部屋に行き合ったり通路を二人で歩いていたり、割りとよく目立っているのだ。

 

そのせいで、あちこちから嫉妬と羨望じみた噂が噴出しているのである。

 

「えーっと?エミリアには"年と見かけの割に初心(ウブ)"、"年下スナイパー"。キラには"意外と肉食系"、"年上ストライク"。ざっとこんなもんだ。」

 

「…………だいぶ悪口もまざってるわね。」

 

エミリアはそれを聞くと考え込む素振りをするが、どうもそんな噂の数々すら好意的に取っているというか、面白がっているようだった。

薄く笑みを浮かべているのだ。嬉しそうに。

 

そんな様子を見てると、エミリアは魔性の女というヤツなのかもしれない。

卓越した戦略と戦術でアークエンジェルに勝利を呼んできたのは知っているが、こいつは恋愛に関しても戦略眼があるんじゃないかと思う。

 

何より容姿だ。

傷物女の筈なのに、それでも綺麗というのはどういう事なのだ。

 

「まぁ、あんまりやり過ぎると綱紀粛正されるぞ。程ほどにしとけよ?」

 

「えぇ、わかってるわ。」

 

本当にわかっているのかと思うが、まぁエミリアは馬鹿じゃない。

私から色々と聞いた以上あまりボロは出さないだろう。

 

「ん──あら、キラくん!」

 

「エミリアさん!あ、それとカガリも」

 

「よかったら食事行きませんか?」

 

「えぇ、いいわよ。」

 

そうこうしていると噂の彼氏様が登場した。

どうやら部屋にまで呼びに来る関係らしい。

 

目の前で披露される、清々しいまでのイチャイチャ。

エミリアは明らかに顔が明るくなるし、キラはキラで甘えるような感じ。

これは噂も立つなと思った。

 

「あー……んじゃ、私はお邪魔みたいだから」

 

私は二人の邪魔をしないようそそくさと立ち去る。

正直言って、一緒に食事なんてなったら私が砂糖吐きそうなものを見せつけられるだろう。

そうなる前に、私はさっさと撤退したのだ。

 

 

 

□□□□□

Side:エミリア

 

 

 

私達は食堂から食事を受け取り、私の部屋──副長室で二人きりの食事を取った。

その後二人一緒に歯を磨きに行き、その帰り道。

 

「キラくん、この後も少しいいかしら?」

 

「え?あぁ、大丈夫ですよ。僕達(パイロット)は潜航している間は暇ですし」

 

先程カガリから忠告を受けたので、キラくんと付き合う時は傍目のない場所でする事にしたのだ。

それが副長室である。

 

キラくんとの仲は順調だが、あまり話せる時間が作れなかった。

 

敵の襲撃がないというだけで、アークエンジェルは敵に見つからないようひたすら隠密行動。

その為皆ずっと張り詰めっぱなしなのだ。

 

つまり、自由な時間はあまりなかった。

昼間は海の中をひたすら潜航し、夜は飛行する関係で運航要員は常時3シフト8時間交代。

 

パイロットの彼は暇でも、副長の私はマリューさんやナタルさんと交代交代で艦を動かさなければならない為あまり動けない。

そんな仕事終わりで疲れた私を気遣ってか、キラくんは必要以上に話しかけてはこなかった。

 

だから、せめて食事やその行き帰りはと思って一緒に過ごしていたが、どうやらそのせいで嫉妬を買っているらしい。

別に見られて減るようなものではないから気にしないが、私はアークエンジェル副長という立場もあるのだ。

やはりある程度は律していかないといけない。

 

だから、聖域であるこの副長室を使っているのである。

私は士官であるため個室が与えられているのだ。

 

副長室に付き、私は上着を脱いで壁にかける。

キラくんにも上着を脱ぐよう促すと、私はベッドへと腰かけた。

 

「あ、あの………もしかして──」

 

「ふふふ……何すると思う?」

 

私が小悪魔のように笑うと、キラくんは何かよからぬ想像をしたのか顔を赤くした。

 

私とてそこまでウブではない。多少の知識はある。

けど、今はまだお預けにするしかない。

()()()()()()し、何よりキラくんとの関係をそこまで踏み込んだものにするのはまだ怖かった。

何より、この傷だらけの体を晒す事に抵抗がある。

 

彼が求めてくれば別だが、私から行くことはしないつもりだ。

 

「え、えーっと……」

 

「キラくん、ここにきて……膝枕してあげる。」

 

「あ──はい」

 

私がそう呼びつけると、キラくんはおずおずとした様子で私の傍らに座った。

そして、そっと頭を私の膝の上に預けてくる。

 

顔を真っ赤にして体をちぢこませていた。

そんな様子を見て思わず可愛いなと思ってしまう。

そんなキラくんの頭をゆっくりと撫でながら、私は優しく彼の耳許で囁いた。

 

「悪いんだけれど、()()()()()はまだお預けにさせて頂戴。キラくんには苦しいかもしれないけど……こんな状況だもの、お互いの為にならないわ。だから………」

 

そう言って、私は用意していたものを取り出した。

 

「エミリアさん、それ………綿棒ですか?」

 

「えぇ。耳かき、してあげるわ…人からされるのは嫌い?」

 

「い、いえ───お願いします。」

 

まさか耳かきされるとは思っていなかったのか、キラくんは驚いたような表情で私を見ていた。

私はキラくんの髪をそっとかき分けると、その耳にゆっくりと綿棒を当てた。

 

耳かきはイザークにしてあげる事が多かった為馴れたものだ。

この手の細かい作業も好きだし、何より相手が気持ちよく思ってくれるのが嬉しいのでついついやってしまう。

 

耳たぶの溝にそって、ゆっくりと綿棒で撫でた。

思ったよりも垢が溜まりやすいのでしっかりと取っておく。

たまに耳たぶを揉んであげると気持ちいいようなのはイザークで実証済みなので、キラくんにも同じ様にする。

 

綿棒で垢を取りながら、ついでにクニクニと優しく揉んだ。

 

「うわぁぁ───」

 

「ふふ……気持ちいい?」

 

「は、はい……」

 

「そう……よかったわ。中に入れるから、動かないでね?」

 

キラくんの口から思わず声が漏れるくらいには効いているらしい。

そんな様子を見て更に私は嬉しくなる。

 

耳たぶをなぞり終え、ゆっくりと外耳へ綿棒を差し込んでいく。

思ったよりも綺麗だったので、中をマッサージするような形へと切り替えた。

 

人間の耳には迷走神経が集中しており、大抵の人間はそれを刺激されると快感を感じる。

生理学的に耳かきのし過ぎは良くないが、マッサージと思えばストレスや疲労解消に効果が期待できるのだ。

 

優しく丁寧に、しっとりと綿棒を動かしていく。

それが気持ちいいのか、気づけばキラくんは目をうつらうつらとさせていた。

まだ片耳しか終わってないというのに、もう眠りそうになるとは。

 

でも、それだけ心を許してくれていると思うと私は嬉しかった。

それに、戦闘で気を張ってきて疲れているというのもあるのだろう。

 

「寝ちゃった………ふふふ」

 

キラくんの寝顔を見ながら、私はその頭を優しく撫でる。

その寝顔がたまらなく愛しくて仕方なかった。

 

 



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すれ違いの砲火

□□□□□

Side:エミリア

 

 

「これは────ボズゴロフ級とおぼしき敵艦を捕捉!本艦に迫りつつあります!」

 

「来たわね……!」

 

フレイの報告に、ブリッジの空気が一気に緊張を帯びる。

 

モルディブ以降、アークエンジェルはひたすら敵との交戦や発見を避けるべく動いた事もあって敵の来襲はなかった。

恐ろしいほどに順調な航海だったのだ。

 

しかし、敵はアークエンジェルがマラッカ海峡に差し掛かり浮上する事を読んで待ち構えていたらしい。

この海域は浅瀬や島が多く、アークエンジェルは水深の関係から浮上航行していた。

 

敵が来襲する可能性は見越していた。

故に臨戦態勢でのマラッカ海峡強行突破だ。

 

 

第1種戦闘配備を発令し、私はインカムを耳につけるとナタルさんを呼び出す。

最早恒例行事となりつつある、女性士官三人による作戦会議だ。

 

「エミリアさんの予想的中という感じね。敵戦力は?」

 

「ザフト軍潜水空母らしき艦影を捕捉しています。距離的にもかなり近くです。位置は本艦前方。案の定網を張っていたようです。」

 

私が報告を行う中、戦術情報マップに表示された艦影は刻一刻とその距離を詰めてきつつあった。

しかも、新たに高速で接近する機影を複数レーダーとソナーが捕捉する。

 

おそらく敵艦から発艦したMS部隊だ。

敵はMSと艦による同時攻撃を画策してきたらしい。

 

 

「多勢に無勢な事は今更だが──周りは島嶼だらけだし、水深が浅くて潜れん………いっその事陸戦に持ち込むか?」

 

「敵MSはそれでどうにかなるかもしれませんが、ディンが主力なら本艦搭載機では不利かもしれません。空中戦主体の機体が態々陸地に降りてくるとは思えませんし……」

 

隣のナタルさんもマップを見ながら呻くように言い、迫り来る敵にどう対処するか考えを巡らせていた。

 

敵母艦は潜航しているのか水上に艦影はなく、アークエンジェルからの攻撃オプションはかなり限られていた。

こちらから攻撃できないとなると、操艦によって対処するにも限界がある。

 

「バジルール中尉、敵機識別できました!敵はイージス、バスター、デュエルです!グゥルに乗っています!他にもディンが3機!」

 

「あの部隊だということ!?しかも6機なんて……っ、本艦1隻相手に───」

 

「敵を分断するしかありません……ストライクとブリッツでガンダム3機を誘引します。恐らく食いついてくる筈です。シグーは本艦直掩に回しましょう。ディンならキャリー少尉が対処してくれる筈です。フラガ少佐には前回同様敵艦攻撃を。」

 

「エミリアさん!?あなた、出るつもり!?敵には……」

 

マリューさんが驚いたように声をあげるが、この状況ではやむを得ないのである。

 

イージスはストライクと、デュエルはブリッツと因縁がある。バスターも釣られて来るだろう。

 

高い火力を持つガンダム3機に襲いかかられたらアークエンジェルは持たないし、何より迎撃が難しい。

逆にディンなら装甲も薄く、当たりどころによってはイーゲルシュテルンでも落とせるのだ。

 

それにキャリー先生のシグーもいる。

ガンダムが相手だと実体弾装備しかないシグーには辛い相手だが、ディン相手ならシグーでもポテンシャルを十二分に発揮できるだろう。

 

アークエンジェルの事を考えれば致し方ない。

それに、弟を負傷させずに撃退するにはブリッツで不意打ちを狙う方が確実だ。

 

「わかってます……ですが、やらなければやられます。それにMS戦の方が無力化には都合がいいんです。」

 

「っ……でも…!」

 

「エミリア、弟は容赦なく撃ってくるんだぞ?それをわかって言っているのか!?」

 

マリューさんとナタルさんが引き留めてくる。

二人が心配する様子に私は心苦しくなるが、今はこんなところで話している余裕はないのだ。

 

「アークエンジェルで弟を殺さずに無力化するのは困難です…これは最善の方法なんです!このままでは、アークエンジェルが落とされます……私個人の都合でこの艦を落とすわけにはいきません。私は大丈夫ですから」

 

「っ………」

 

「だが………」

 

まだ踏み切れないのか、二人は悲痛な顔を浮かべながら私を見ている。

二人はそれほど私の事を思ってくれているという事だ。

そんな二人の思いを、私は嬉しく感じた。

 

だから、私は戦うのだ。

アークエンジェルを沈めるわけにはいかない。

この艦に乗っている人間を死なせる訳にはいかないから。

 

「──お二人ともありがとうございます。そうやって気遣っていただけるだけでも十分です。ですから、私を出撃させてください。この艦を、私は沈めたくないんです。」

 

私は二人に、そう静かに伝えた。

感謝の意が伝わるよう微笑みを浮かべながら。

 

「っ────エミリアさん………お願いだから、無茶しないって約束して。あなたが死んだら、私は……」

 

「しません。弟を動けなくしたら、すぐ帰ってきます。」

 

「っ………すまない。エミリア、本当にすまない!………すまないっ……!!」

 

「砲雷長、部下の前です。泣かれては示しがつきませんよ。それより、私が出ている間船をお願いします。」

 

「あぁ……あぁ、わかった」

 

私は二人に一礼し、ブリッジを後にした。

イザークと戦わなければならないことは確かにキツい。

バルトフェルドさんのような結果になったらと思うと、その不安だけで胸がジリジリ痛むくらいだ。

けど、戦わないとこの艦は沈む。

 

操艦で対処できるならそれで対処してしまいたい。

しかし、相手はイザークのデュエルも含めたガンダム3機。

 

艦相手ならアークエンジェルでも十分戦える自信があるが、MS相手となれば勝てるかどうかわからない。

 

私が出れば、間違いなく弟は食いついてくる。

グゥルを撃って海に落とすだけでいい。

それだけでこの艦への脅威は取り除けるのだ。

 

ブリッツなら、それができる。

 

私は居室に行くと、第8艦隊の補給物資にあった女性用パイロットスーツを取り出した。

 

以前船外活動服で出たのは、身体中に傷や医療器材があってピッタリとしたスーツを着用できなかった為だ。

今は体にまったく問題がない為、パイロットスーツを着ても問題はない。

 

軍服を脱いで素早くパイロットスーツを着用し、ヘルメットを抱えて私はハンガーへと向かった。

 

真新しい白と赤のパイロットスーツ。

それも大西洋連邦仕様の物。

いよいよ、私は本格的に連合軍兵士になってしまったのかと思う。

 

「っ!?銀髪のお嬢ちゃ───副長も出るのか!?」

 

「はい。出てガンダム3機を誘引します。フラガ少佐は敵艦の捕捉と攻撃をお願いします。」

 

「あ、あぁ……って、おい!嬢ちゃん!!」

 

私はフラガ少佐に何か言われるよりも先に、さっさとブリッツへと乗り込むと機体を立ち上げた。

 

支援AIも起動させ、機体の状態をチェックする。

整備状態は良好で、機体に問題はない。

 

私は事前に接続調整済みのM1用狙撃型ビームライフルをブリッツに装備させると、機体を出撃位置に付ける。

 

すると、ブリッツに通信が入ってきた。

キャリー先生だった。

 

『エミリア君、君がなぜブリッツに乗っている!?まさか出るつもりなのか!艦長は君の出撃を許可したのか?』

 

「先生───ご心配おかけして、申し訳ございません。ですが、私が出なければまずい状況なのです!」

 

『だが───君の身体や精神の状態はとても戦闘に耐えられる状態ではないんだぞ!?君を出撃させる訳には──』

 

「───ジャン・キャリー少尉……私は上官です。口を慎んでください。」

 

『っ───』

 

「…………すみません先生。ですが、私にも守らないといけないものがあるんです。ワガママだとは思いますが、聞いていただけませんか…?」

 

『────クッ……』

 

「……………先生、ありがとうございます。」

 

 

キャリー先生との通信が途切れ、私はひとりコクピットで呟いた。

 

キャリー先生は多分私の状態を見抜いているのだろう。

先生にはやはり隠しきれない。心配ばかりかけて申し訳ないと思った。

 

でも私は大尉で、先生は少尉。

階級的には私が優位なのだ。だから無理も通る。

 

私はブリッツをカタパルトまで移動させ、ブリッジのミリアリアを呼んだ。

 

『エレナさん!』

 

「ミリィ──発艦シークエンス、お願い。」

 

『っ───無事に、帰ってきてください。エレナ機、カタパルト接続!システムオールグリーン──発進、どうぞ!』

 

「───エレナ・ジェーン、ブリッツ…発進します!」

 

 

□□□□□

 

Side:キラ

 

 

「えっ──エミリアさんが出るんですか!?どうして!?」

 

『どうしてもこうしてもない、それは作戦を決めた副長さんに言ってくれ!キャリー少尉は艦の直掩、俺は母艦の攻撃に行かなきゃなんねえから援護はできん!悪いが坊主、嬢ちゃんの援護任したぞ!』

 

 

フラガ少佐にそう告げられ、僕は唖然としていた。

 

敵にはデュエル──イザークさんがいるのである。

それだけじゃない、アスランのイージスやバスターもいる。

 

あの3機をエミリアさんは撃ちに行くらしく、僕はその陽動を行う事になっていた。

あの3機を撃つという事は、イザークさんも撃つということだ。

 

エミリアさんが、イザークさんを撃つ。

前回の北アフリカでの戦いでは、幸いなことに僕もエミリアさんもデュエルと戦う機会はなかった。

 

アスランともイザークさんとももう戦いたくはなかったのに、なんでこうなるのか。

そこまでしてアークエンジェルをザフトは沈めたいのかと思う。

遙々地球まで追いかけて来たという事はそういう事だ。

 

「………もう、放っておいてくれよ……!」

 

僕はそう呟きながら、エールストライカーを装備したストライクをアークエンジェルから発進させた。

エミリアさんは先に発進したらしいが、ミラージュコロイドを展開しているのかその位置はわからない。

 

僕はなるべく目立つようにアークエンジェルの前に躍り出ると、威嚇代わりにビームライフルを撃って注意を引いた。

 

そのままエールストライカーのスラスターを噴かしながら近くの島へと降り立つ。

 

周りには大小様々な島があり、その周りは海だ。

僕達の目的はあくまで撃退。

グゥルとディンを落としてしまえばそのまま逃げ切れる。

 

出てきた僕に食いついたのか、よりにもよってアスランとイザークさんの二人がこちらへと向かってくる。

向こうはグゥルから降りる気はないらしく、ビームライフルで地上を掃射するように撃ちながら迫ってきた。

 

僕はシールドを構えながらビームライフルで応戦するが、なかなかグゥルには当たらない。

遠すぎるのだ。

イージスとデュエルのビームがストライクに当たらないように、こっちも当てられないのである。

 

段々と気持ちが焦ってくる。

敵が見ず知らずの相手だったらいい。

けど、敵はアスランとイザークさんなのだ。

 

アスランにまた話しかけられたら?

イザークさんがストライクのパイロットが僕だと知って話しかけてきたら……

ブリッツのパイロットがエミリアさんだと気づかれたら……

 

そんな不安ばかりが頭に過る。

早く終わらせてさっさと逃げよう。

そう思って、僕は当たることを祈りながらビームライフルのトリガーを引いた。

 

 

□□□□□

Side:エミリア

 

 

カタパルトが作動し、機体が空へと打ち出された。

そのまま近くの島へとスラスターを噴かしながら降り立つとすぐにミラージュコロイドを展開し、アークエンジェルに近づく敵MS部隊を探した。

 

それはすぐに見つかる。

グゥルに乗った色とりどりなMSが3機。

奪われたガンダムである。

 

私は精密射撃用スコープを引き出すと、その3機にざっくりと照準を合わせる。

 

狙うはその足元のグゥル。

支援AIを射撃補正に設定し、私は確実に射止められる距離に敵が入る瞬間を待った。

大気圏ではビームの減衰率が高く、狙撃型ビームライフルといっても射程はかなり短くなってしまうのだ。

 

グゥルを破壊すれば、少なくともあの3機はアークエンジェルに取り付けなくなる。

戦闘はぐっと優位になるはず。

 

アークエンジェルからは他の機体も出撃したらしく、ストライクも近くの島へと降り立っていた。

イージスとデュエルがそちらに食いつき、バスターはアークエンジェル攻撃に向かうようだった。

 

私は照準をバスターの乗るグゥルへと合わせて射撃する瞬間を待つ。

ブリッツを片膝立ちにしてライフルを安定させ、スコープでバスターの乗るグゥルを捉えながら砲口を追尾させた。

 

「!───」

 

射程に入り、私は引き金を絞る。

緑の閃光がバスターの乗るグゥルを撃ち抜き、爆発させた。

バスターが飛ぶ手段を失って海へと落下していく。

 

 

「まず一機…………ごめんなさい。」

 

見ず知らずのパイロットだが、多分イザークの戦友なのだろう。

機体は傷つけてないので負傷したとは考えにくいが、やはり心苦しいものがあった。

 

私はブリッツを立たせると、デュエルとイージスに群がられたストライクの援護に向かう。

私が人の事を言えたものではないが、キラくんには無理させられないのだ。

 

キラくんを守りたい。

私を好きと言ってくれた彼を。

 

私はまずイザークを無力化しなければと、飛び回るデュエルを落とそうと照準を合わせた。

しかし、動き回るデュエルのグゥルだけを撃つとなると中々射撃のチャンスはやってこない。

 

ミラージュコロイドは無限ではない。

早くやらなければバッテリーが尽きてしまう。

 

「っ…………一瞬でも、止まってくれれば……」

 

そう思いながらその瞬間を待つが、なかなかその瞬間は訪れてくれなかった。

 

「っ!?」

 

突如、デュエルにミサイルが撃ち込まれる。

そしてその横をスカイグラスパーが飛び抜けていった。

 

まさかフラガ少佐が援護に来てくれたのかと思うが、お陰でデュエルの動きは単調になる。

目標をスカイグラスパーに変えたのだ。

 

「────」

 

私は引き金を引いた。

デュエルのグゥルを撃ち抜き、破壊する。

 

デュエルは爆発するグゥルから振り落とされ、そのまま地表へと降下してきた。

ちょうどこちらに背中を向けており、その注意は下のストライクへと向かっている。

私はそこを狙い、さらに射撃した。

 

デュエルの右腕を撃ち抜き、ビームライフルや肩の砲ごと破壊する。

これでデュエルの武装はサーベルくらいだ。

ストライクとスカイグラスパーに任せても問題ないだろう。

 

私は残ったイージスに集中するべく、ストライクに向けて通信を開いた。

 

イージスのパイロットはキラくんの友人のアスラン。

言ってしまえば、私がラクスやカガリと戦うようなものである。

イージスとの戦いはキラくんに大きな負担をかけてしまうとわかっているから、早く終わらせた方がいい。

 

 

「こちらブリッツ、キラくん聞こえる?」

 

『エミリアさん!はい、聞こえてます!』

 

「私はイージスをやるから、デュエルを頼むわ。デュエルは左腕を飛ばせば撤退する筈よ。あなたにしかお願いできないの……頼める?」

 

『………わかりました!イザークさんとは僕も知り合いだ。やってみます!』

 

「ありがとうキラくん、お願いね」

 

キラくんはストライクをデュエルへと向かわせた。

彼は操縦に関して天賦の才がある。攻撃手段が殆どないデュエルを任せても問題ないだろう。

 

続けてスカイグラスパーにも声をかけるが、返ってきたのは予想外の声であった。

 

「フラガ少佐、聞こえますか?」

 

『悪いなエミリア、私にはカガリって名前があるんだ。』

 

「ッ──!?」

 

カガリがスカイグラスパーに乗っている事に気づかされ、私は衝撃を受ける。

何故カガリが乗っているのか、そもそもいつから乗れるようになったのかなど、次々と疑問が湧いてくる。

 

「カガリ!なんでスカイグラスパーに乗ってるの!?」

 

『こんな状況で大人しくしてられるかよ!機体を遊ばせてる余裕なんかないのはエミリアだってわかるだろ!?』

 

「けどあなたは……!」

 

『私はエミリアを守りたいから戦ってるんだよ!!それより、イージスをやるんだろ?私が注意を引くから、一発で決めろよ!』

 

そういうと、カガリは私の返答を待たずにスカイグラスパーを滑らせてイージスへと向かった。

 

牽制するように機銃で撃ち、イージスがそれに苛ついたようにライフルで反撃する。

カガリはそれを見事な挙動でヒラリと避けて見せ、イージスの後方へと回り込んでいくと、それに合わせてイージスも機体を旋回させた。

 

カガリの操縦の腕が決して悪くないことはわかったが、相手はイージスだ。

私はへリオポリスでの戦いでアスランが相当な技量を持っていると知っていた。

カガリもそう長くは持たない。

 

私は精密射撃スコープを引き出すと、ライフルの照準をイージスのグゥルに合わせた。

すかさず射撃する。

 

「よし……!」

 

グゥルが破壊され、イージスは姿勢を崩したまま墜落してくる。慌ててスラスターを噴かし、イージスは減速しながら機体を地面に着地させた。

私はビームライフルを持つイージスの右腕を更に撃つ。

これで攻撃手段がなくなる───

 

「えっ!?」

 

イージスは咄嗟に右手を左手のシールドで防御し、私の放ったビームを防いだ。

更には私の位置にビームを撃ち返してきたのだ。

 

支援AIがシールドで素早く防御するが、そのせいでシールドのミラージュコロイドが剥がれてしまう。

更には防御を最優先にした為ビームライフルを地面に取り落としてしまった。

やはり一筋縄ではいかないらしい。

 

「っ、まずい───」

 

私は咄嗟にPS装甲起動のスイッチを入れ、ミラージュコロイドを解除した。

イージスがスラスターを噴かしながら突進してきた為だ。

 

イージスはライフルを腰にマウントさせ、サーベルを抜くと水平に薙いだ。

私はその一撃をシールドで受け止める。

 

イージスは防がれては次の手とサーベルを振り回し、私はひたすらシールドで防御した。

反撃しようと思えばできるが、イージスの動きが激しすぎて無力化を狙うには隙が少なすぎる。

 

『エミリア!!』

 

カガリの声が通信に入ってきて、その次の瞬間にはイージスの背中にミサイルが命中していた。

 

PS装甲のお陰でイージスは機体こそ破損していないが、非装甲部位らしきメインスラスターの一部が吹き飛んで姿勢を崩す。

 

私はその隙にスラスターを噴かして後退し、ミラージュコロイドを使って再び姿を消した。

 

「───ありがとうカガリ、助かったわ」

 

『いいってことさ!』

 

通信でカガリに援護を感謝する。

狙撃型ビームライフルは落としてしまったが、まだトリケロスに固定されたビームライフルはある。

 

イージスは私を見失ったらしく、カメラを左右に振って周辺を捜索している為隙だらけだ。

そのうちにブリッツを後方へと回り込ませていく。

 

「これで───アスラン、母艦に戻りなさいな!」

 

ビームライフルをイージスの右腕に向け、私は引き金を引いた。

そして、また防がれてしまう。

 

「そんな──読まれた!?」

 

再びビームライフルで反撃され、シールドで防御するブリッツ。またしてもシールドのミラージュコロイドが剥がれてしまった。

それを目印にイージスが迫ってくる。

私は形勢不利と判断して一旦逃げることにした。

 

突進してくるイージスの脇へ飛び抜けると、私はスラスターを噴かしてジャンプし、イージスとの距離を空けようとする。

 

「うぐぅっ!?────」

 

その直後、機体の背部に大きな衝撃が走った。

私はそれによって激しく揺さぶられる。

シートベルトが体に食い込んで骨が軋んだ。

 

ブリッツは腹這いに転倒したらしく、カメラは岩肌の地面を写していた。

 

「───なに、が………」

 

ふらつく頭を無理矢理覚醒させ、私はブリッツを起こそうとするが機体は起き上がらない。

何かに押さえられているようだった。

 

背部カメラで確認すると、ブリッツの背中をイージスが踏みつけていた。

衝撃やスラスター噴射で定着が剥がれた部分以外はまだミラージュコロイドが掛かっている為、イージスはまるで空気を踏んでいるようにも見える。

 

そして、イージスはビームライフルの銃口をブリッツの背中に突きつけていた。

 

「ッ────────」

 

それを見た瞬間顔がひきつる。

時がすべて止まったように思えた。

 

あの銃口からビームが放たれた瞬間、私は炎に焼かれて死ぬ。

その時が刻一刻と迫る中、私の脳裏にはこれまでの一生が走馬灯として駆け巡っていた。

 

幼少の頃からいままでの記憶が流れてきて、私の目からは勝手に涙が流れた。

そして思うのだ。

 

どうしてここまで狂ってしまったんだろうと。

 

今私を殺そうとしているのはキラくんの友達で、私は最後の言葉すらキラくんやイザークに告げぬまま焼け死ぬのだ。

パイロットスーツを着ていても死体は残らないだろう。

 

でも、その方がいいのかもしれない。

弟がこの先一生私が死んだことで思い悩むくらいなら、知らぬままに消えていったほうが弟の為。

イザークの為に、私はここで死ぬのだ。

 

一人で。

 

「──────」

 

嫌だ。

死にたくない。

そんな死に方嫌だ。

キラくんやイザークに、せめてさよならと言いたい。

 

そう思っても、体も口も動かない。

これは私の脳が感じている、一秒にも満たない時間なのだ。

動くことなどできない。

 

 

 

 

 

 

すると、再びイージスの背中で爆発が起きた。

時間が動きだし、イージスが衝撃に仰け反っていく。

その後ろからスカイグラスパーが矢のように飛び抜けていった。

 

またカガリに助けられたのだ、私は。

それを認識し、また死の運命から解放された事を感じた私はすぐに通信を開いた。

 

「ごめんカガリ!助かったわ───」

 

 

それを言うのと、イージスがビームライフルを放ったのは同時だった。

緑の閃光がスカイグラスパーに命中し、機体の右半分を吹き飛ばす。

 

再び、時間が止まった。

 

「───」

 

スカイグラスパーが黒煙と赤い炎を棚引かせながら墜落していく。

 

「─────え………?」

 

あまりに一瞬の出来事に、私の脳は処理が追い付かなくなっていた。

 

そしてやっと状況を認識できるようになると、私はなりふり構わず叫んでいた。

 

 

「カガリ───そんな──嫌、そんな──そんなあッッッ」

 

 

頭の中がグチャグチャになる。

早く次の行動に移らなければならないのに、私の体はまったく言うことを聞かなかった。

 

 



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主人公プロフィール

イメージしやすいかと思い、拙い腕ではありますが主人公の挿絵を描いてみました。


 

【挿絵表示】

 

 

エミリア・ジュール

偽名:エレナ・ジェーン

 

人種:コーディネイター

生年月日:C.E.51年11月24日

星座:射手座

年齢:20歳

血液型:A型

身長:170cm

体重:61kg

階級:大西洋連邦宇宙軍第8艦隊少尉→同中尉→戦時緊急昇進で大尉

 

搭乗機

M1アストレイ→ブリッツガンダム

 

 

イザークの姉でエザリアの娘。出身はプラント・マティウス市。

本来はマティウス・アーセナリーで造船技師をしていたが、戦争から逃げる為にオーブのへリオポリスへと移る。

しかし、生計を立てるべく入社したモルゲンレーテでM1アストレイのテストパイロットにされてしまい、それがきっかけで戦争の渦中へと巻き込まれていった。

 

性格は良家の令嬢らしく淑やかで知性的だが、幼少の頃からの刷り込みで無意識に他人を第一とし、自己を犠牲にするきらいがある。

それが結果として自分の首を絞める事になるが、エミリア自身は良かれと思っているために治る気配がない。

 

家族仲はよかったものの、戦争の捉え方を巡ってエザリアと対立した事により生家を飛び出した。

イザークとはとても姉弟仲が良く、家出後もお互いに手紙を交わし合っている。

 

カトーゼミに出入りしていた関係でキラ達とは知り合い。

また、社交の場で知り合ったラクスとは年の離れた親友。

 

趣味はバイオリン。

また、チェスの腕前はイザークよりも地味に強い。

ただ大会に出たことはないので、専らイザークの練習相手としてしかその腕が発揮された事はない。

 

卓越した状況観察力と戦略・戦術眼を持っており、その能力で幾度となくアークエンジェルの窮地を救う。

ただ、戦う心構えも覚悟もない為に精神的負担を抱え、戦えば戦う程に彼女の心を良心の呵責が蝕んでいく事になった。

 

 

 

□□□□□

・独自設定解説

 

M1アストレイ用試製狙撃型ビームライフル

 

M1アストレイのオプション武器として開発された長距離狙撃用ビームライフル。

後にコストダウンされたものが71-44式改狙撃型ビームライフルとして採用される事になる。

 

ワンオフの試作品ゆえにハイグレードな部品を使用している事から、全体的に優れた性能を持つ。

射程は宇宙空間で400km、大気圏で20km程。

 

威力はGAT-Xシリーズの57mm高エネルギービームライフルと同等程度。

ただし、チャージサイクルを犠牲にすることで一撃の威力を高めた場合、バスターの超高インパルス長距離狙撃ライフル並みの威力を発揮できる。

その場合は戦艦の装甲を撃ち抜く大火力と優れた直進性や初速による高い命中精度を発揮する。

 

コネクターを改修すれば他機でも使用可能であり、搭乗機がブリッツに変わった後もそのまま運用している。

 

 




活動報告の方に更新再開についてのお知らせがあります。
ご一読頂けると幸いです。


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桜吹雪

□□□□□

Side:エミリア

 

 

 

カガリが死んだ──

イージスに撃ち落とされて………カガリが死んでしまった。

 

私が迷っていたから…

私が躊躇さえしなければ、カガリは私の援護になど来なかった筈なのに。

しかも、私は一度ならず二度も同じ失敗を犯した。

間抜けもいいところだ。

 

その間抜けで、カガリが死んだ。

 

「────カガリ──なんでカガリが────私のせいでカガリが……っ」

 

もう、ダメだ。

歯止めが効かない。

体が負の感情に包まれていく。

 

私はブリッツのスラスターを全開にしてイージスから距離を取ると、機体の体勢を整えてイージスと対峙した。

PS装甲のスイッチを入れて姿を晒す。

 

イージスを相手に私がどこまでやれるかはわからない。

しかし、激情が私の判断力を著しく鈍らせていた。

 

激しい後悔。

沸き上がる怒り。

友を殺された事への憎しみ。

 

それらが麻薬のように私の脳を犯し、心を殺意で染めていく。

 

──────頭の中で、何かが弾けた。

 

 

「───貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」

 

私は涙を迸らせながら激昂し、イージスへと突進した。

ビームライフルを連射し、スラスターを吹かしながら飛びかかる。

 

盾でビームを防いでいたイージスに、私はそのままの勢いで飛び蹴りを食らわせた。

激しい衝撃で機体が揺れ、ブリッツの姿勢が不安定になる。

 

イージスはブリッツの飛び蹴りで弾き飛ばされ、ブリッツ以上に姿勢を崩していた。

 

「ッッッ……!!」

 

そのイージスに向けてすかさずグレイプニールを射出する。

グレイプニールは爪を開くとイージスの顔面を捉えた。

 

ワイヤーを巻き上げながら、それと同時にスラスターも噴かしてイージスに詰め寄る。

グレイプニールが左腕に固定された瞬間、イージスの頭部を引っ張り回して機体をぐらつかせ、更にはブリッツの右足でイージスの爪先を踏みつけて転倒させた。

 

そのままブリッツがイージスにのし掛かるような姿勢となる。

完全にマウントを取った上で、私はビームライフルの銃口をイージスのコクピットに突きつけた。

 

「よくも……よくもカガリを──」

 

生殺与奪の権利は完全に私が握っていた。

このまま引き金を引けば中のアスランは死ぬ。

 

カガリの仇を打てる。

 

「殺してやる……お前なんか、殺してやる……!」

 

もう何人も殺してきた。

今更血に染まったところでどうということはない。

バルトフェルドさんだって殺したのだ。

名前しか知らない奴の命など気にもならない。

 

そう思いたいのに───

 

私の指は引き金を引けない。

そんな躊躇が、イージスに付け入る隙を与えてしまったらしい。

 

視界の端でイージスがサーベルを煌めかせたのが見えて、私は咄嗟にイージスから離れた。

黄色のビームサーベルが空を斬る。

敵は容赦なくコクピットを狙ってきていた。

 

「っ……………!」

 

ブリッツの姿勢を安定させながら、私はイージスを見る。

 

イージスは機体を立たせると、そのままサーベルで斬りかかってきていた。

こちらもシールドを構えて応戦の姿勢を取る。

 

シールドでサーベルを受けながら、私は判断の誤りを後悔していた。

コクピットを撃つのを躊躇するくらいなら、足なり腕なりを撃って無力化しておけばよかったのにと思う。

 

次こそはと思うが、イージスの攻勢は激しくなかなか隙が見つからない。

イージスが厄介なのは、接近戦に持ち込まれると手数がブリッツに比べて遥かに多いという点だ。

 

両手両足にサーベルが装備され、不意打ちのような蹴撃にもサーベルによる必殺の威力が乗ってくる。

更にはシールドすら打突武器として使用してくる為、一手でも相手の動きを読み間違えばこちらがやられるのだ。

 

アスランの能力は私の比ではないくらい高い。

MS戦では勝てると思えない程の技量差がある。

 

そもそも、私の戦術は相手が油断しているのが前提の不意打ち。

正面から組み合って勝てたのはシグーだけ。

それも軽量機敏でレスポンスの早いM1の性能と支援AIのお陰で勝ったようなもの。

 

現在、支援AIは射撃補正や防御優先に設定してある。

つまり現在の接近戦での立ち回りこそが私の真の実力という事だ。

 

機体が同等程度の性能なら、相手の方が上手。

そして、ブリッツはそこまで格闘性能に秀でた機種ではない。

はっきり言って劣勢だった。

 

それでも、負ける訳にはいかない。

私はイージスが腕を振り上げた一瞬の隙を突き、機体をイージスに密着させた。

 

「このっ───」

 

イージスの両腕をそれぞれの腕で掴み、相手の攻撃を封じる。

近すぎて足は振り上げられず、両腕も塞いだ。

私からも攻撃できないが、向こうも攻撃はできない筈。

 

私はアークエンジェルに援護して貰おうと通信スイッチに手を伸ばした。

 

「うぁっ!?」

 

突然コクピットに衝撃が走る。

何が起こったのかと思ったら、イージスはなんと変形していた。

 

それも、下半身のみを変則的に変形させてブリッツの腹を挟むような状態だ。

ブリッツの脚が想定外の重さに悲鳴を上げ、コクピットもイージスの脚に挟まれてミシミシと不気味に軋む。

 

「くっ────」

 

そして、私は目の前にある物を見て恐怖した。

そこにはビーム砲があったのだ。

コクピットの目の前に。

 

私はイージスが、ビームライフル以外にもスキュラと呼ばれる位相エネルギー砲を持っている事を失念していたのである。

 

更に悪いことに、衝撃によって掴んでいたブリッツの手が外れた事でイージスは完全に変形してしまう。

先程まで腕だったものが脚のようになり、ブリッツの両肩に食い込んできていた。

 

胴体を完全に拘束され引き剥がす事ができない。

トリケロスは上腕に固定された関係でイージスの胴体を攻撃するには可動範囲が足りず、グレイプニールではイージスに傷をつけられない。

 

手詰まりだった。

 

「い──いやあぁぁぁぁぁぁっっっ」

 

スキュラの砲口が光り、私にトドメを刺そうとエネルギーを充填させているのがわかる。

私は金切り声を上げ、意味もないというのに両手で体を庇った。

イージスはブリッツを鷲掴みにしただけでなく、()()()()()鷲掴みにしているのだ。

 

あと何秒残されている…?

私が生きていられる時間はあとどのくらい…?

ビーム砲で焼かれるとどれくらい痛いのか……?

 

そんな思いが頭を掠めていく。

走馬灯すら見れないほど、私は恐怖で追い詰められていた。

 

「うぐっ゛────」

 

突然、大きな衝撃で機体が激しく揺れる。

私はシートベルトに鷲掴みにされたように振り回され、体がその痛みで悲鳴をあげるのを感じた。

 

何があったのかと、朦朧とする頭で必死に状況を認識しようとモニターを見た。

 

そこに映ったトリコロールの後ろ姿。

それを見て、私は自分がその機体によって死の淵から救い出された事を察した。

 

私を救い出してくれた、打撃の名を冠する白と青に彩られた勇ましいガンダム。

 

「ストライク─────キラくん!!」

 

こんなに頼もしく思った事はなかった。

ただの兵器の筈なのに、こんなに格好いいものがあっていいのか。

その姿はまるで中世の勇敢な騎士のようだった。

 

いや、本当に私を守る騎士なのだ。

X105ストライクという鉄の甲冑を纏った、キラ・ヤマトという名前の。

 

そんな私に、ストライクを操るキラくんから通信が入った。

 

『大丈夫ですか、エミリアさん!!』

 

「うん……うん……!キラくん──キラくん…!」

 

『安全な場所に退避を!イージスは僕が!』

 

「わかったわ…!」

 

私を背に守りながらイージスと対峙したストライクは、そのままビームサーベルを抜くとイージスへと挑みかかっていった。

 

私はその間に体勢を立て直すと、ブリッツにミラージュコロイドを掛けて姿を消す。

コクピットにはキラくんの声が響いてきた。

 

『うおぉぉぉッッッ!!』

 

キラくんは怒りながら、ストライクで激しくイージスを攻めていく。

イージスが押され始め、形勢不利を悟ったイージスは慌ててストライクから距離を取った。

 

ストライクもイージスの出方を見るように、その一定の距離を保ってイージスを睨んでいる。

私はその隙にストライクへ通信を繋いだ。

 

「キラくん、援護するわ。私がイージスの右腕を取る。キラくんは左腕を!」

 

『───わかりました!僕が先にいくので、エミリアさんはそれに合わせてください!』

 

「了解!いつでもいいわよ!」

 

素早く通信で打ち合わせ、私は姿を消したままストライクの左隣に立った。

その瞬間ストライクが動き、私もブリッツを前に走らせた。

 

イージスの注意は完全にストライクに向いている。

シールドを構え、ストライクの一撃を受け流すつもりのようだ。

 

つまり、イージスの右側はがら空きの状態。

そして、私が得意とする相手が注意散漫となって油断した状況。

ここまでお膳立てされれば、あとは仕事を淡々と成すだけ。

 

『「このッッッ!!」』

 

通信で私とキラくんの声が重なる。

まさに以心伝心といったように、そのタイミングはピッタリと合った。

ストライクのサーベルがイージスのシールドに叩き込まれると同時に、ブリッツのビームが突如としてイージスを右腕を撃ち落とす。

 

それからワンテンポ後。

イージスの右腕が爆発して機体の姿勢が崩れた瞬間、後ろに回り込んだストライクがサーベルでイージスの左腕を切り落としていた。

 

そのワンテンポの間に私はビームサーベルを振り出し、走り抜け様にイージスの右足膝関節を斬る。

ストライクはその場で機体を右回転させ、斜めに斬り上げるようにサーベルを一閃させてイージスの左足を切り飛ばした。

 

一連の流れは、一分にも満たない瞬間的なもの。

その瞬間的なストライクとブリッツのコンビネーション攻撃によって、イージスは四肢を失ってうつ伏せの状態で地面に転がっていた。

 

「やった……!」

 

『良いコンビネーションでしたね!』

 

私達は一息着くと、素直に戦果を喜び合う。

 

私達の動きは、まさに阿吽の呼吸といった感じだった。

そして、そこから紡ぎ出される最高のパフォーマンス。それは一瞬にしてイージスを大破させる程のものだった。

 

あれほどの強敵だったイージスも、私とキラくんのコンビにかかればこれ程容易に仕留められたのだ。

 

そんな私達の元に、オープンチャンネルで1つの通信が入る。

 

『キラ──早く撃てよ!お前は勝ったんだろうが!』

 

恐らくイージスに乗るアスランの声だろう。

それは怒りと屈辱に震えていた。

それを聞いたキラは、何を思ったのかアスランの問いかけに返答する。

 

『やめてよね───僕は君を殺したくないんだ……』

 

悲しそうに、呟くようにキラくんは言った。

そう一言だけ言うと、ストライクは私を先導するようにアークエンジェルへと帰投していく。

 

私は落としていた狙撃型ビームライフルを拾いながらも、後ろ髪を引かれるような思いでイージスを見る。

 

負けた自分を撃てと言うアスラン。

しかし、それをかつての親友に言う姿を見てしまうと私は酷く悲しい思いになった。

 

戦争に引き裂かれ、敵として対峙し、突き放す。

これほど悲しい運命があるだろうか。

 

アスランもキラくんも、そして私も皆戦争の被害者なのである。

戦争が憎い。

けれど、私にはどうにもできない。

 

 

アークエンジェルにたどり着いた時、戦闘はすでに終結していた。

私はアークエンジェルの無事に一安心しつつ、ハンガーにブリッツを止める。

一先ずヘルメットを脱ぎ、汗に濡れた髪をほぐす。

そしてパイロットスーツの首許を緩めると、私は座席に深く背を埋めこんだ。

 

冷静になってきて思い出す。

スカイグラスパー2号機が駐機されていたスペースを見て、更に深く。

 

「────カガリ……………ッ……なんで………」

 

カガリがもういない。

戦闘によって忘れていた喪失感が頭に甦ってきて、私はどうしようもなく悲しくなっていく。

左目から涙が流れ落ちていき、私は嗚咽に体を震わせながら慟哭した。

 

なぜカガリが死ななければならなかったのか。

彼女は私を守るために出撃し、そして撃墜された。

 

彼女の援護がなければ私が殺されていたのも事実だ。

しかし、逆にそれが私の心にずっしりとのし掛かっていく。

 

まるで、カガリの命と引き換えに私が助かったようなものだから。

 

「うぅっ、くっ…うぅぅっ………カガリ……ぅぅっ……カガリっ……」

 

ラクス以外に初めてできた親友だった。

なんの気兼ねもなく接することができた友達。

妹がいたらこんな感じなのだろうなというくらい、気心が知れた仲。

 

一緒にいた期間は短い筈なのに、随分長く付き合ったような気がする。

だからこそ、まるで自分の身を削り取られたような悲痛な思いになるのだ。

 

この思いをどこに向ければ楽になれるのだろうか。

 

カガリはアスランに殺された。

じゃあと、アスランを私は憎めるか?

けれど、アスランに憎しみを向ける事は出来なかった。

 

カガリが撃ち落とされ、凄まじい激情が体を支配した感覚を思い出す。

人に対して、あれほど強烈な殺意を懐いたのは初めての事だった。

故に、それがどれ程理性のコントロールを受け付けないかを痛感させられ、そして恐怖した。

 

私がもしまたアスランと戦う事になって、激情に任せて引き金を引き、彼を殺してしまったら…

そんな事をしたら、私はどうなるのだろう?

 

人を一人殺した、という感情だけで済むだろうか。

 

否だ。

 

私は初めて、殺したくて殺した事になる。

言い訳もできない明確な、復讐したいという殺意を持って。

そうなれば今まで私が保ってきた一線を越えてしまう。

 

そうなった時、自分がどうなるか。

 

良心の呵責に耐えきれるのか? 

ただでさえ危ういというのに。

 

カガリに言われたことを思い出す。

敵を撃ちながら、自分も撃っていると。

だから想像に容易かった。

 

多分、私は敵討ちをした瞬間に自分も撃ち殺す事になる。

私の心は砕け、二度と元に戻らなくなるだろう。

 

アスランを殺す事は、正解ではない。

むしろ不正解だ。

 

じゃあ、どうすれば良い?

それもカガリから教えられていた。

 

────涙とか愚痴とかさ、そういうのって心の自浄機能だと思うんだよ──

 

「そう……よね……そう、あなたは全部……教えてくれていたものね……カガリ………」

 

こんな時私がどうすればいいか。

何もかも、カガリに教えられていた。

 

私はカガリを思って涙を流す。

悲しみが全部洗い流されるまで。

 

 

□□□□□

Side:キラ

 

 

ストライクのコクピットを出ながら、僕はブリッツに群がる整備員の人達を見ていた。

 

戦闘の衝撃によってハッチが開かなくなったのかもしれない。

そう思うと中のエミリアさんが心配になり、ストライクを降りるとブリッツの方へと向かう。

 

ブリッツがイージスに組みつかれた時は、本当に心臓を鷲掴みにされたような気分だった。

エミリアさんが生きていて本当に良かったと思う。

 

「おい、坊主。ちょっと来い」

 

「え……なんですか曹長?」

 

マードック曹長に呼び寄せられ、僕はなにかと首をかしげた。

マードック曹長は僕にしか聞こえないようにそっと耳打ちしてくる。

 

「副長さん、コクピットの中で泣いてるみてぇだ。俺たちは撤収すっから、後はお前さんが慰めてやんな。」

 

「そうなんですか……わかりました。」

 

マードック曹長はそう言うと、周りの整備員達に声をかけて引き上げていく。

どうやらコクピットハッチには問題がなかったらしい。

 

僕は一人ブリッツのコクピットの前に立つと、コンソールを弄ってハッチを解放させた。

 

「─────っ……キラ、くん……?」

 

「迎えに来ましたよ、エミリアさん。大丈夫ですか?」

 

僕はそう言いながら、涙で顔を濡らしたエミリアさんの元へ近寄ると、その体を留めているシートベルトを外した。

 

そして、そのパイロットスーツに包まれた体をそっと抱き起こす。

ある程度起こすと、エミリアさんは自力で立ち上がった。

 

「ありがとう………その……恥ずかしいところ、見せちゃったわね……」

 

「恥ずかしくなんかないですよ。どうして、泣いてたんですか?」

 

エミリアさんをコクピットの外に連れ出しながら聞く。

泣く理由はいくらでも想像がついた。

そのどれかかもしれないし、全部かもしれない。

だけど、それをケアしてあげるのが僕の努めだと思う。

だからあえて聞いたのだ。

 

「………カガリの事、でね……」

 

「………え?カガリですか?」

 

「キラくんは、なんとも思わないの……?まぁ、そうよね……あなたはそこまで──」

 

「いえ、僕だって心配ですよ……ただ、カガリがスカイグラスパーから脱出したのは見ました。だから、今は無事を信じましょう。」

 

「え────」

 

エミリアさんの泣いていた理由は、カガリが死んだと思っていたかららしい。

 

しかし、カガリは生きている。

脱出するところを僕はしっかりと目撃した。

 

ブリッジでもMIA騒ぎになっていたらしいが、現在はどうやって捜索するかと話し合われているところだ。

脱出するのは見たが、カガリがどこにいるのかはわからない。

 

けど、死んでいるより生存している率の方が高いのは事実だった。

 

「生きてる……?キラくん、それ……本当なの……?カガリは生きてるの?」

 

「はい。多分、生きてます。だから、今はカガリを信じましょう。」

 

「っ──────よかった……よかった……!」

 

その瞬間、エミリアさんは膝を崩して泣きじゃくった。

死んだと思っていたのだからそうなるのも当然だと思う。

 

ましてや、エミリアさんにとってカガリは大切な友達なんだ。

カガリが死んだと思って人一倍心を痛めていたに違いない。

 

僕は嗚咽を溢すエミリアさんをそっと抱きしめ、そしてゆっくりと立たせる。

そうして、副長室までゆっくりと連れていった。

 

途中でフラガ少佐に出会したが、フラガ少佐はエミリアさんを見て大体の事を察したのかそのまま行かせてくれた。

 

副長室に着き、エミリアさんをベッドへと座らせる。

僕がその隣に座ると、エミリアさんは伏し目がちになりながら指で目元をそっと拭っていた。

 

さすがに副長室に着く頃にはエミリアさんも泣き止んでいた。

気分も落ち着いたらしい。

 

「ごめんなさい。何からなにまで迷惑かけるわね………本当は、私が頑張らないといけないのに」

 

「いえ、エミリアさんはずっと頑張ってきたんですから。僕にも頑張らせてくださいよ。」

 

「…………ありがとう、キラくん。」

 

エミリアさんは体を捻り、そっと僕の首に両手を回すと唇にキスしてきた。

多分、お礼のキスなんだろう。

僕もエミリアさんを抱きしめ、そのキスをしっかりと受け取った。

 

長くお互いの唇を合わせていると、段々と愛情がキスに籠っていく。

お互いに唇を求め合い相手の唇を食む。

小さく吐息がこぼれて、時折視線が交錯した。

 

エミリアさんは一度唇を離すと、(あで)やかな笑みを浮かべながらそっと囁く。

 

「もっと───いいかしら……?」

 

「いいですよ、どうぞ」

 

僕は頷くと、エミリアさんの前に立ってそっとエミリアさんを抱き起こした。

エミリアさんは嬉しそうに笑みを浮かべて、瞳を閉じながら再び唇を合わせてくる。

 

しっとりと、優しく唇を吸われる。

僕が僅かに唇を開くと、そこにするりと舌が潜り込んできた。

僕もそれを受け入れると、自分の舌を絡めていく。

愛しさがそのまま相手に流れ込んでいくような感じがする。

 

そんな、深い大人の口づけ。

 

気づけば、僕はエミリアさんの上に覆い被さるようにベッドへ押し倒していた。

エミリアさんは顔を赤らめながら、そっと僕の唇から口を離す。

 

「───待って、キラくん。」

 

「なんですか?」

 

「……キラくんは、一線を越えたい?」

 

「…………そう、ですね。僕は、エミリアさんが愛しくて堪らないです。心の中が、すごく熱くて……エミリアさんが欲しくて……」

 

「…………………キラくん、その気持ちは嬉しいわ。私もキラくんを受け入れたい。だけど、怖いの……………だから……その前に───」

 

そう言うと、エミリアさんは僕の下からするりと抜けて体を起こした。

そして、パイロットスーツのファスナーをゆっくりと下げていく。

 

上半身の部分を脱ぐと、黒いインナーに覆われた体を露にした。

 

その美しくしなやかな曲線美に、僕の心臓は激しく高鳴っていく。

そんな僕を前に、エミリアさんはどことなくもの悲しげな表情を浮かべていた。

 

エミリアさんはスーっと一息つくと、まるで蛇が脱皮するようにその黒いインナーを体から剥がしていく。

 

そして、すべてがさらけ出される。

 

出来の悪い入れ墨のような、歪な火傷の痕。

身体中に残る傷痕の数々。

白いお腹に刻まれた、一際目立つ稲妻状の傷痕。

 

黒いインナーが取り払われ、その下に隠れていたものがすべて露になった。

 

それを見て、高鳴っていた筈の心臓は何かに強く鷲掴みされたようにその勢いを失っていく。

 

「………………そう………よね」

 

エミリアさんは小さく呟くと、静かにインナーを着直した。

すべてを隠すように。

僕はなんと答えていいのかわからなくなる。

 

覚悟を決めていた筈なのに。

エミリアさんを愛すると決めていた筈なのに。

僕の心はエミリアさんを確かに愛している筈なのに。

 

体は、その熱を失っていた。

 

「エミリアさん、僕は………あなたを愛してます。それは、本当なんです。だから──」

 

「キラくん………いいの。わかっていた事だもの。それが普通なのよ、あなたは悪くない。悪いのは………悪い、のは───何…? フフ……駄目ね……っ……考えが──まとまら、ない─────ッ」

 

そういってエミリアさんは俯く。

必死に声を噛み殺し、肩を震わせている。

 

「─────僕は………僕は……っ」

 

僕は悔しくなって拳を握り締める。

生半可な覚悟でエミリアさんを愛したからこんな事になったんだ。

そんな僕を、ふわりと柔らかな感覚が包んできた。

 

「っ………いいの……私を求めてくれた──そうでしょ……?謝らなきゃいけないのは、私……キラくんはわるくない……」

 

エミリアさんは僕を抱きしめながら、静かに涙を流して懇願するように謝っていた。

なんであなたが謝るのかと思いながらも、結局はそれに甘えてしまう。

 

僕はそんな資格がないとわかりつつもエミリアさんを抱き返し、一緒に涙を流すしかなかった。

 

「エミリア、さん───」

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……キラくん……私は、愛してるから……だから……私を見捨てないで……」

 

「!────」

 

僕は、何をしてるんだ。

エミリアさんが泣いてるじゃないか。

 

目の前で、見捨てないで欲しいと懇願しながら泣いているんだ。

僕に見捨てられると思って、怖がってるんだ。

 

泣かせたのは僕だ。

受け入れると決めていたのに、僕が勇気を出せなかったから。

エミリアさんは勇気を出して、僕にすべてをさらけ出したのに。

僕は………!

 

「エミリアさん……!」

 

「っ───!」

 

そう言って、僕は泣いているエミリアさんの後ろに回りそっと抱きつく。

そのインナーでつるつるとしたエミリアさんの体をそっと撫で上げ、その手でインナーを捲り上げていった。

 

「───キラ、くん…?」

 

再び露になるエミリアさんの肌。

僕はそれを見て息を呑む。

 

「綺麗だ─────」

 

不謹慎だとは思うが、本当にそう思ったのだ。

 

エミリアさんの背中に刻まれた火傷の痕。

それはまるで桜吹雪のように絢爛(けんらん)として、その白い肌をきらびやかに彩っていた。

 

「え……?」

 

「エミリアさん…………すみません……!でも──本当に、綺麗だったので───」

 

「………火傷、が…?」

 

「………はい。とっても、綺麗で………月で見た、桜みたいな……とても綺麗な桜吹雪に見えて……」

 

僕の気でも(ちが)えたのかというような感想に、エミリアさんは戸惑うような表情を浮かべている。

そしてふと、ポツリと呟いた。

 

「桜……そう、桜……………ふふ」

 

「えっ?」

 

「花言葉、知ってる?桜の。」

 

「……えっと………」

 

「………調べてみて。暇なときでいいから。それと、黄色のヒヤシンスの花言葉も。それが私の気持ち。」

 

そう言うと、エミリアさんはインナーを下ろした。

何故かエミリアさんはとても嬉しそうで、僕はなぜそうなったのかよくわからなかった。

けど、エミリアさんが笑ってくれるならそれでいいと思った。

 

 

 




毎度本作をお楽しみ頂きまして誠にありがとうございます。

楽しみにして頂いている読者の皆様方には大変申し訳ありませんが、ストック補充の為しばらく更新をお休みさせていただく事を報告させて頂きます。

再開につきましては1~2週間ほど先を予定しております。
身勝手な都合で恐縮ですが、気長にお待ちいただけると幸いです。


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小さな島で

※連載再開に辺り、前の話で書き直した箇所があります。ご注意ください。


□□□□□

Side:カガリ

 

 

「やっとここまで来たか………」

 

私は歩きながらそう呟く。

被弾して脱出したはいいものの、パラシュートがだいぶ風に流されてしまったのだ。

お陰でスカイグラスパーからはだいぶ離れた地点に降りてしまい、残骸を探しているうちに気づけば島をさ迷っていた。

すっかり陽も落ち、サバイバルキットに入っていたライトを頼りに歩いているような状況だ。

 

サバイバルキットには、発煙筒やらストロボライトはあっても発信器などは入っていない。

まぁNジャマーの影響も考えればそんな携行できるような程度の代物ではあまり役に立たないのだろう。

 

降りたのは島の中心部だった為、今はひたすら海辺を目指して歩いていた。

正直歩き疲れてクタクタだ。

ここは赤道直下であり、昼間なら気温と湿度で汗がダラダラと流れ落ちても仕方ないくらいの環境なのだ。

 

ひたすら林を掻き分けて進み、ようやく見覚えのある地点にまで辿り着いた。

ブリッツの援護を行った場所だ。

 

遠くに残骸を1つ見つけ、それはよく見てみるとイージスの残骸だった。

どうやらあの後撃破されたようだ。

 

まだ見た感じは動きそうな感じもするが、回収されていないという事はザフトはイージスを放置したのかもしれない。

 

一応念の為拳銃を用意し、私はその残骸を調べてみる事にした。

もしかしたら、あの残骸を目印にアークエンジェルが救助に来てくれるかもしれないしな。

 

そろりそろりとイージスに近づいていると、ふと地面に足跡がある事に気づいた。

それを見て、すぐに私は拳銃の安全装置を外すとスライドを引いた。

 

足跡があるという事は近くに敵のパイロットがいるという事だ。

もしかしたらすでに見つかってるかもしれない。

 

私は慌てて近くの岩に身を隠す。

今まで味方からのわずかな通信でも拾えるようにとヘルメットを被っていたが、今は視覚と聴覚をフル活用しなければまずい状況なのだ。

私は急いでヘルメットを脱ぐと、サバイバルキットと一緒に地面に置いた。

そして周囲の音に気を配る。

 

そこで耳を研ぎ澄ませていると、ふと何か枝を踏みしめるような音が聞こえた。

私は岩に隠れながらその音がした方向に銃口を向ける。

 

すると、そこには赤いパイロットスーツを着た男が拳銃を持った状態で立っていた。

そして、男は容赦なく私を撃ってきたのだ。

 

「っ!?」

 

反射的に岩に身を隠す中、敵の弾が岩に命中して破片を飛び散らせる。

あと少し身を隠すのが遅れていたらと思うとゾッとした。

 

私は拳銃だけ岩から出して2発ほど撃ち返す。

牽制くらいでも、近寄られてズドンよりはマシなはず。

 

敵も反撃で何発か撃ってくるが、弾は岩を削るばかりだった。

 

敵の拳銃の腕前はかなりのものらしく、正直体を出せば即ブチ抜かれるだろう。

私も下手くそな部類ではないだろうが、向こうの方が上なのは射撃を見ていればわかった。

ここはとにかく相手が弾切れになるまで粘るしかなさそうだ。

 

そうやって何発か銃弾の応酬を続けていた時。

額にポツリと水滴が当たった気がした。

途端に嫌な予感がしてくる。

 

「──まずい、スコールか……」

 

ここは赤道直下。

スコールという強烈な通り雨が発生する事はよくあるのだ。

短時間ではあるが、その雨足は凄まじい。

 

案の上、空から猛烈な勢いの雨が降り始めた。

まるでバケツからぶちまけた水のように水が降り注ぎ、さらには風や雷まで吹き始める。

 

まともに視覚や聴覚が利かなくなり、私は周囲への警戒を強くした。

敵が動くとするならこのスコールに乗じて来るに違いないからだ。

 

「────だあぁぁぁぁっ!!」

 

「っ!?」

 

突然、岩を飛び越えて敵が私に飛び蹴りを食らわせてきた。

私は予想外の場所からの襲撃に虚をつかれたばかりか、その飛び蹴りが手に命中して拳銃を弾き飛ばされてしまう。

 

そのまま敵は私の上にのし掛かってマウントを取ろうとするが、私はとにかく銃だけは使わせまいと敵の拳銃を両手で掴んだ。

 

「く、そおっっっ──」

 

「離せ、このッ!!」

 

拳銃を兎に角体から反らし続ける。

敵は私の手を外そうと銃を引っ張るが、私も死に物狂いで掴み続けていた。

 

スコールで顔が濡れてよく見えない。

だが、声は若かった。

 

「くそっ────────づあっ゛!?」

 

突然、脇腹に痛みが走った。

銃声と共にだ。

空薬莢が雨空へ放り出されていく。

 

「つぅっっっ────」

 

敵が引き金を引いたらしく、私はどうやら撃たれてしまったらしい。

その痛みに耐えかね、私は銃を掴んでいた手を放すと脇腹を押さえて悲鳴をあげていた。

 

防弾ベストのおかげで貫通こそしていないが、銃弾のエネルギーはもろに肋骨に伝わっていた。思いっきりバットで叩かれたような衝撃に悶絶する。

 

「女………?」

 

敵は私から一旦離れ、痛みに悶え打つ私に銃口を向ける。しかし、新たな弾が飛んでくる事はなかった。

敵が小さく呟くのが聞こえ、私は痛みに耐えながらもそれに噛みついた。

 

「っ……どっちだと、思ってたんだよっ………」

 

「…………………」

 

敵は無言のまま私に銃口を向け続ける。

私はそれを睨みながら、ずりずりと動ける限り後ずさった。

後ずさったところで、敵が引き金を引けば私は死ぬ。

そんな距離で対峙している。

 

けれど敵は引き金を引かない。よく見れば、何か戸惑ったような顔をしていた。

そしてゆっくりと銃口を下ろす。

 

「……っ……うぐっ………ころさ、ないのかよ…?」

 

「………………ああ。ここでお前を殺しても意味がない。それに、どの道ほっとけばお前は死ぬだろうが。」

 

そう吐き捨てるように言うと、敵はホルスターに銃を戻して立ち去っていく。

近くの洞穴を拠点にしているらしく、そこに座ると私をじっと眺めていた。

 

どうやらヤツは本当に私を放っておくつもりらしい。

私はスコールに打たれて体が冷たくなっていくのを感じながらも、這いずるようにゆっくりと近くの木陰に身を寄せた。

 

痛みに呻きながらも防弾ベストとインナーを脱ぎ、傷口の状態を見る。

大きな痣にこそなってはいたが、触った感じ骨は折れていないようだった。

 

死ぬようなことはないと一安心するが、安心すると途端に痛みがまたジリジリと襲ってくる。それに、傷が浅いことがバレればヤツにまた撃たれるかもしれない。

 

「く、そっ………」

 

そう小さく溢す。

ふとヤツを見ると、その視線が上半身下着だけの私に釘付けになっていた。

ただ、それを知っても怒鳴り返す程の気力はない。

 

私は再び防弾ベストとインナーを着直し、痛みを紛らわすように傷をさする。

小さな木陰は雨こそ防いでくれているが、それでも枝葉から滴り落ちてくる雨水のせいで服も体もじっとりと濡れていく。

水を吸った防弾ベストが肩に重くのし掛かってくるが、何か着ていなければ体温は下がる一方だ。窮屈でも背に腹は変えられない。

 

サバイバルキットに保温シートやポンチョが入っていたのは思い出すが、取りに行けないのではどうしようもなかった。

とにかく今は安静にしておく他ない。

 

地面は濡れていてあまり横になりたくなかったので、木陰を提供してくれているヤシの木に背を預けた。

後はひたすら傷の痛みに呻くだけ。

 

気づけばスコールは止み、夜空は静けさを取り戻していた。

 

 

「………っ………!」

 

それから1時間くらいが経った頃、私の足元に突然取り落としてきた筈のサバイバルキットが置かれた。

 

顔を上げると、洞穴にいる筈のアイツと目があった。どうやら私のサバイバルキットをここまで持ってきたらしい。

 

「…………………どういうつもりだよ」

 

「………傷、痛むんだろ。使えよ。」

 

そう言うとヤツは再び離れていく。

何だったんだと思うが、サバイバルキットを折角持ってきてもらったのだ。

使わない訳にはいかなかった。

 

そうして30分ほどで傷の処置を終えた後、ヤツはまた私の所にやってきた。

 

「こんなところにいたら体力を消耗するだけだ。こっちの洞穴に来い。少なくとも地面は乾いている。雨風も凌げる。」

 

ヤツは、自分が拠点にしている洞穴を私にも提供するつもりらしい。

私に傷をつけた張本人がそう言ってくるのだから、私は何か狙いがあるのではとヤツを疑った。

 

「…………お前、自分が何言ってるのかわかってるのか?」

 

「人道的配慮だ、負傷者を横から撃つような事はしない。俺も国際法は知っている。」

 

「…………わかった、人道的配慮………だな?」

 

そう言うと、私は痛み止めが効いて楽になった体を地面から引き起こした。

サバイバルキットを持ってヤツの洞穴へと赴く。

 

ヤツもヤツなら、その言うことに素直に従う私もだいぶアレだろう。

しかし、実際に雨ざらしで体力は消耗していたし、木の幹に体を預け続けているのも限界だったのだ。

防弾ベストを脱ぎ、服を脱いで雨水を絞ると洞穴へ歩く。

 

洞穴に着くと、ヤツは焚き火を起こし始めた。

雨で濡れて使い物にならないんじゃないかと思ったが、どうやら事前に集めていたらしい。

乾いた枝やら流木やらを組んで器用に火を起こす。

 

「……………ザフトでも、焚き火の起こし方は知ってるんだな。」

 

「生存訓練の一貫でな。それに点火キットにやり方も書いてる。」

 

そう言いながら、ヤツは点火に使ったライターのようなものを私に見せてきた。

点火材やらマニュアルやらが一緒に付いていて、確かにそれを見ながらやれば火を起こせるようになっているようだ。

 

焚き火なんてプラントの人間には縁の無さそうな事をコイツが覚えているので違和感があったのだ。

ザフトのサバイバルキットにはこういう時のための備えもしっかりされているんだなと思わず感心してしまう。

 

別に暖をとらなければならない程冷え込んでいる訳でもないが、やはり火があると少し落ち着く。

そう感じるのは遺伝子レベルで人間の本能に刻み込まれているからなんだろうなと思うが、ふとコーディネイターはどうなのかと気になった。

 

「…………なぁ、お前って火を見ててどう思う?」

 

「はぁ?なんだ急に」

 

「落ち着くとか、綺麗とかあるだろ?ないのかよ?」

 

「そりゃまぁ……あるけど……」

 

そういうヤツの言葉を聞いて、私はどれだけ遺伝子を弄っていても根本は人間なんだなとちょっとした共感を覚えた。

 

目の前にいるこの男は、先程まで命のやり取りをしていた相手なのだ。

それが、こんなところでこんな話を交わすことになるとは。

 

「……………ふーん……そうか」

 

「変な質問だな」

 

「ちょっと気になっただけだ。」

 

「……………なんで、そんな質問する気になったんだ?」

 

こんな質問をしたので、当然というかその意味を聞かれる。

私はそれに素直に答えた。

 

「…………遺伝子弄ってても、同じこと感じるのかなんて思ったんだよ。焚き火なんてプラントじゃ見ないだろうし。」

 

「あぁ…………そういう事か。そりゃ、俺達だって人間なんだから当たり前だろ。」

 

「そう、だよな………悪い、変な質問だった。」

 

初めからわかりきっていた答えがヤツから返ってくる。

考えてみれば、私は別に今日はじめてコーディネイターと話したわけでもない。

キラやエミリアはコーディネイターだし、二人は私となんら変わらない感性を持っていた。

 

「……………不思議だな、お前って。いや……俺もか」

 

「どういう意味だよ?」

 

「俺達、さっきまで撃ち合ってたんだぞ?それだけじゃない。俺は多分お前を撃ち落とした。それが、今じゃこんな風に話してるんだからな。」

 

先程私も同じような事を感じていた。

それはこの男もどうやら同じらしい。

 

「あぁ、全くだ。私なんて腹に風穴空けられたのに。」

 

「話を盛るな、掠ってすらないじゃないか。」

 

「うっさいな!───っていうか、お前それ知ってるってことは私の裸見たって事じゃないか!!」

 

「仕方ないだろ、状況と位置が悪い。不可抗力だ。」

 

「不可抗力で裸見られる私の気にもなれよ!」

 

「はいはい、悪かったよ。あまり騒ぐと傷に障るぞ。」

 

一言二言の筈が、気づけばいつも通りの調子で私は噛みついていた。

ヤツはそれを適当に受け流すが、その様子になんとなく既視感を覚える。

あぁそうだ、エミリアともこんな感じでやり取りしたんだった。

 

そう思うと、ふとあの後の顛末が気になる。

イージスが破壊されてるところを見るとブリッツは無事だと思うが、それでも心配なものは心配だった。

 

「あ、あぁ……………あのさ。」

 

「なんだ?」

 

「ブリッツ………どうなったんだ…?」

 

「倒されたよ、ストライクと共同されてな。お陰であのザマだ。」

 

そういって、ヤツは四肢のもげたイージスを指差した。

私はその悔しいような悲しいようなヤツの顔を見て思わず吹き出してしまう。

 

「ふ………ハハハ!」

 

「な、なんだよ!」

 

「いや、愛の力ってヤツかと思ってさ。」

 

「はぁ!?愛の力!?」

 

「ブリッツのパイロット、ストライクのパイロットの彼女だ。キレさせたんだよ、お前」

 

ストライクと共同と言ったから間違いない。

多分、エミリアがピンチになったからキラがすっとんできたのだ。

その結果があのイージスの姿なのだから笑えてしまう。

しかし、男はそれよりも別の事に驚いているようだった。

 

「───キ、キラにかの───っ、本当なのか!?アイツに彼女!?」

 

「はぁ!?お前、キラ知ってるのかよ!?」

 

この男はキラに彼女ができている事に驚いているが、私は男がキラを知っている事に驚いていた。

私がそう言うと男は観念したのか、哀愁のようなものを漂わせながら語る。

 

「っ………あぁ、知ってるさ……昔友達だった。仲良かったよ」

 

「仲良かったって………………ハァ……キラといいエミリアといい、知り合いと戦うことが多いんだな、コーディネイターってのは」

 

そのヤツの物言いに私は頭を抱えた。

まぁコーディネイター対ナチュラルという図式の中でナチュラルに味方すれば、当然コーディネイターとは敵対する道を選ぶことになる。

知り合いと戦うことになるのもなんとなく頷けた。

 

「───エミリアって、キラの彼女か?」

 

「あ………あ、すまん。エレナだ。エレナ・ジェーン。言い間違えた。で、どうしたんだよ?」

 

そう聞かれ、私はしまったと思いつつも適当に取り繕った。

そういえばコイツは確かエミリアの弟と同じ部隊の筈だ。コイツ経由でエミリアの弟に知られるとまずい。

 

「い……いや…………すまない。知り合いと名前が似てたんだ。そうか、キラも彼女を作る年になったのか……」

 

「なんだお前、保護者みたいだな。まぁ、その気持ちはわからなくもないけどな。ボーッとしてるし、コイツが?なんて思ったよ。」

 

どうやら上手く誤魔化せたらしい。

ヤツは何か感慨深そうに言うので私もそれに併せた。

実際キラとエミリアがくっついたと知った時はそう感じたから嘘ではない。

 

「フッ……相変わらずなんだな。あぁ、ガキの頃はよくアイツのお守りをしてたよ。アイツ、すぐ課題忘れてくるから。」

 

「なんだアイツ、優等生じゃなかったのかよ。」

 

「得意科目だけは優等生だった。けど、苦手科目になるとてんでダメ。そんなヤツだよ、アイツは。」

 

「ふーん………やっぱアイツも人間なんだな。」

 

「そりゃそうだろ。」

 

「いや、まぁそうなんだけどさ………本当に仲良かったんだな、お前ら。」

 

「……………………あぁ、良かったよ。今じゃこんなだけどな。」

 

キラの過去を語るヤツの顔は懐かしそうで、嬉しそうでもあった。

そして、最後に皮肉っぽく言う。

それを見て、コイツもやっぱりキラとは戦いたくないんだなと強く感じた。

 

どうして、仲の良い者同士で殺し会わなくちゃいけないんだ?

そういう疑問が頭に浮かんできて、私は酷く辛い気持ちになった。

どうにかキラやエミリアが親しい者達と戦わなくて済む方法はないかと無い頭を捻りながら、ダメ元で私は男に言ってみた。

 

「……………………なぁ……ストライクやブリッツと戦う時だけ、手を抜いてもらえたりとかできないか?」

 

「……………どういう意味だ」

 

男は怪訝そうに聞き返してくる。

先程までの緩やかな空気から一変した、鋭い兵士の表情だ。

それに気圧されそうになるが、私も負けじと返した。

 

「私がアイツらにも話しとくからさ。イージスとか、他のやつらにあんまり攻撃しないように。」

 

「無理だ。」

 

「なんでだよ!」

 

即答されてしまい、思わず文句を言う。

 

「口約束だけで、はいそうですかって信じられるのかよ。よしんば信じたとして、俺達がアークエンジェルを攻撃したらストライクとブリッツはどう動くと思うんだ?」

 

そう指摘され私は口ごもる。

キラもエミリアも、多分アークエンジェルを見捨てるという事は絶対にない。

それはアイツらのいままでの行動を見ていれば十分にわかる事だ。

 

「そりゃ…………けどさ、アークエンジェルだってたった1隻でやっとこさって感じなんだ。別にザフトにとってそんなに脅威な(ふね)じゃないだろ?」

 

「お前………アークエンジェルがザフトでなんて呼ばれてるか知ってるか?」

 

「い、いや……」

 

「"銀狼"だ。あの艦が敵に加わると周りも一気に強くなる。狼の群れを率いる、狡猾な銀色の群れの長。そういう意味だよ。アークエンジェルは、俺達にとって決して無視できる存在じゃないんだ。」

 

「うそだろ………」

 

私は思わず呻く。

アークエンジェルのクルーは確かに優秀だが、アークエンジェルの功績をクルーに聞くと何度もエミリアの名前が出てくるのだ。

つまり、エミリアの手腕はザフトから驚異視されるレベルという事。

エミリアはアークエンジェルを生き残らせるどころか、もはや恐れられる存在になっているのである。

 

本人は生存を最優先としているとはいえ、二つ名が付くほどとは正直やりすぎだ。

 

「…なぁ、エミリアってヤツ……ラストネームはジュールか?」

 

「……………だったらなんだよ。」

 

そう聞かれ、私は自分がうっかりエミリアの名前を口にした事に後悔した。

先程からの様子で、男はエミリアという名に何か心当たりがあるような素振りがあるのだ。

弟と同部隊だというし、知っていても不思議じゃなかった。

 

「……デュエルのパイロット、ソイツの姉だ。」

 

どうやら、男はエミリアが敵部隊に弟がいると知らずにいると思ったらしい。

私にそう言ってくるという事は多分そういうことだ。

私も観念し、男にエミリアの事を話すことにした。

 

「っ……………知ってるよ、とっくの昔から。」

 

「っ!?」

 

そう言うと男は驚いた表情を浮かべる。

まぁそうなるのはわからなくもない。

弟がいると知っていながら、エミリアはザフトとずっと敵対しているのだから。

 

「知っててずっと苦しんでる。ホントに弟思いの良い姉貴なんだよ、エミリアは。でもアークエンジェルの為に馬鹿みたいに頑張って、それでまた苦しんでさ……ストレスで吐いたよ。今はキラがいるから落ち着いてるけど、いなくなったら本当にヤバイんだ。」

 

私は訴えかけるように言う。

どっちがいなくなっても、残った方はまずいことになる。

あの二人の関係がそういう代物なのは私もよくわかっていた。

 

「………手を抜いてくれっていうのは、そういう事なのか。キラがいなくなったら、エミリアもまずい……そういう事なんだな?」

 

「……うん」

 

それはコイツも察したらしく少し考える素振りを見せる。

しかし、返ってきた返答は別だった。

 

「なら、二人を投降させろ。そっちの方が早い」

 

「えっ!?」

 

「俺達が下手に手を抜くより、投降させた方が確実だ。俺もキラと戦いたくないし、エミリアも弟と戦わせられない。そうだろ?」

 

「……………そう、だよな。やっぱり。」

 

「?」

 

「私も、そう言ったんだよ。投降したら楽だろって。でも、アイツ全然聞かなくて……この艦は私が守らないととか言ってさ」

 

私も同じ事を考えた事がある。

エミリアがあまりに無茶をするものだから、見ていられなくなって言ったのだ。

それをアイツは拒否していた。

 

「……………そうか。なら、もうキラを説得してくれ。キラと一緒に投降するように。キラが投降するって言うなら、エミリアも投降するかもしれない。」

 

男はまた少し考えると、まずキラを説得するよう言った。

確かに、二人が恋仲となった今ならその方法で聞き入れてくれるかもしれない。

 

「…………わかった、やってみる。」

 

「頼むぞ……あ。あと、お前も投降しろ。」

 

私が頷くと男も私に頭を下げてきた。

その様子を見ると、やはりキラの事がずっと気がかりだったんだろうなと思う。

しかし、思い出したように私にも投降を勧めてくるのはどうなんだ。

 

「おい、取って付けたみたいに言うなよ。私はオマケか?てか、私は連合軍でもなんでもないよ。折を見て降りるつもりだ。私はエミリアを守りたかったから戦っただけさ。」

 

「はぁ?お前、死んでたかもしれないんだぞ!?」

 

「生きてるじゃないか。結果オーライだ。」

 

「─────つくづく、お前って変なヤツだな……」

 

「お前に言われたくない。あと私はお前じゃない、カガリだ。」

 

「カガリか……俺はアスラン、お前じゃない。」

 

「「ふっ………」」

 

そう言い合って、私達は同時に吹き出した。

なんだかんだでアスランは良いヤツなんだろう。さりげなく私を助けてくれるあたりもそうだし、敵となった友達の事もずっと気にかけているのだから。

 

私とアスランは結局、夜更けがくるまで色んなことを喋った。

お互いの故郷の事や、お互いの身の上とか。

 

本当、なんでこんな良いヤツらが殺し合わなければいけないんだと疑問に思う。

それほどまでに、この戦争はやる価値があるのかと思うのだ。

 

 

 




最近絵師として活動していたので放置してましたが、一応連載を再開していこうと思います。薄い本執筆の合間にですが、よろしければまたお付き合いくださると幸いです。


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揺れる感情

□□□□□

Side:エミリア

 

 

「カガリっ!」

 

カガリが救助されたと聞き、私はすぐにハンガーへと向かった。

そこにはストライクに救助されたカガリがいて、何やら医療班の治療を受けている様子だった。

 

「おうエミリア。久しぶりだな、元気にしてたか?」

 

「あなた────馬鹿っ、なんであんな……」

 

私が駆け寄ると、カガリは無事だということを示すように笑みを向けてきた。

その様子に負傷したものの大した怪我でないことはわかる。

 

私は無断出撃したカガリの行動を思い出し、彼女にそれを追及した。

 

「あはは……いや、でも私の援護がなきゃ危なかっただろ?」

 

「そうだけど──でも……」

 

「いいんだよ。友達の為に戦ったんだ、気にするなよな。」

 

そう言いながら、カガリは医療班に連れられて医務室へと運ばれていった。

その後ろ姿を見送り、私は再びブリッジへと戻る。

 

カガリ捜索の為にしばらくこの海域にアークエンジェルは停泊していたが、あまり長居していると再びザフトが襲ってくる可能性があった。

 

「艦長、すぐ動きましょう。長居は危険です」

 

「そうね。アークエンジェル、抜錨!そのまま潜航します!」

 

ラミアス艦長の指示が飛び、アークエンジェルはこのマラッカの地を離れた。

 

今のところは中部太平洋を通過してハワイ経由でアラスカに向かうルートを予定しているが、そろそろ食料や水の備蓄が怪しくなってきている。

 

まだザフトの追撃の可能性がある以上、当初マラッカで降ろす予定だったカガリは下ろせなくなった。

インドシナ半島周辺を悠長に航行していては、またザフトに捕捉されかねない。

 

となると、1つ案が浮上してくる。

 

「艦長、オーブ寄りの航路を取るのはいかがでしょうか?」

 

「オーブへ?」

 

「はい。物資補給の他にカガリとキサカさんを降ろす事もできます。それに中部太平洋でもあの周辺ならザフトも動きづらい地域の筈です。あまり派手な動きはできないでしょう。」

 

ザフトとは協力体制にある大洋州連合がオセアニアにある。

しかし中立の赤道連合を防波堤にしつつオーブ連合首長国の脇を抜ければ、ザフトは赤道連合との衝突を気にして下手な動きはできないだろう。

オーブはポリネシアやミクロネシアに跨がる国だ。大西洋連邦領のハワイとは距離的にも近い為一気に駆け抜けられる。

 

「悪くはないわね。南シナ海からバラバク海峡を抜けていきましょうか」

 

「いえ、ジャワ海を通りましょう。敵は我々が東アジア共和国へ向かうために南シナ海を通ると踏んで待ち構える筈です。マカッサル海峡を抜けてセレベス海から中部太平洋へ出れば交戦の可能性はかなり低くできる筈」

 

このルートであれば、仮にオーブへ向かうと読まれたとしても裏をかける。

 

問題は中立国である赤道連合の領海を通る事になるため、その間は無害通航──つまり浮上して航行しなければならないのが欠点だ。

 

その場合、当然ザフトの偵察衛星に見つかる事も有り得る。

見つかった場合は赤道連合領海外で待ち構えられる可能性もあるだろう。

 

その場合でも、入り汲んだインドネシア地域は進路の偽装がしやすい。

ザフトは様々なルートを予想しなければならないので対応はしにくい筈だ。

 

「一先ず赤道連合に領海通航の事前通達をしてみましょう。もしかしたら、潜航しての通航が許可される可能性もあるかもしれません。」

 

「そうね、一か八かやってみる価値はありそうだわ。法務官がいないからナタルにお願いしてもらえる?」

 

「わかりました。それとダメ元でオーブにも入港の許可を求めましょう。可能であれば本艦改修の打診をモルゲンレーテにも。」

 

「改修?」

 

「はい、本格的な潜航能力の付与を。アークエンジェルは確かモルゲンレーテが設計を請け負っていますよね?なら、本艦に潜水艦としての能力を付加する事も想定していた可能性があります。宇宙との連絡が取れるようになれば、月の第8艦隊に費用の打診をお願いしてみては?」

 

現状、アークエンジェルは潜れるというだけで潜航時の電子機器類や水中用兵装がない。

この際、オーブで改修して本格的な潜水艦化を図ればアラスカまでの航行も楽になる筈だ。

 

改修費用については第8艦隊経由で地球軍に捻出してもらう事になるだろうが、それさえ叶えばさほど難しい話ではないだろう。

 

「うーん……それは事後通告になる可能性もあるし、ハルバートン提督にもご負担が……額によってはとてもでないけど」

 

「そうですね……やはり具体的に費用を計上しないと交渉も……少しでも安くできればあるいは………あ。」

 

ふと、その改修に私の能力が生かせるのではと思った。

私の本職は造船技師なのだ。

 

専門は宇宙船だが、潜水艦に関する知識もあるにはある。

潜水艦として必要な能力を付加するというだけなら私だけでもやれるかもしれない。

そうすれば設計費用は浮くし、改修案についても具体的にまとめられるので予算計上もしやすい。

安くなるように設計する事もできるだろう。

 

「艦長、私が改修設計をやります。幸い改修箇所は多くないですし、時間と費用も節約できる筈です。予算も具体的な額を算出できます。」

 

「えっ!?」

 

ラミアス艦長は口をあんぐりとあけて驚く。

しかし、私がそのメリットを説明すると納得してくれたようだった。

 

「問題はあなたが潜水艦設計の経験がないことね……ノウハウがないとなると……」

 

「そればかりは……ただ、資料に関しては目星を付けてます。ボズゴロフ級も参考にしてどうにか」

 

「なら私も参加するわ。私も技術士官が本業なんだから。それとキャリー少尉や整備班の人たちにも助力をお願いしましょう。もしかしたら、何か知恵が得られるかもしれない。」

 

「そうですね、私一人では限界もありますし……」

 

「なら、改修設計チームを組織しましょう。設計主任はエミリアさんにお願いするわ。代行はナタルに任せるとして、私も少しは艦長やらないといけないから……」

 

「わかりました。」

 

私がふとした拍子に思い付いたアークエンジェル改修計画。

 

私はキャリー先生やクルーの有志、マリューさんと共に非番を使って改修設計に明け暮れる事となった。

キラくんにもシステム設計などで手伝ってもらい、アークエンジェルが中部太平洋へ向かう道すがら改修案を取りまとめていく。

 

幸いなことに、私の航路擬装作戦によってザフトとの交戦はほぼ発生しなかった。

 

まさかカーペンタリア基地から目と鼻の先であるモルッカ海峡を私達が通るとは思ってもみなかったらしい。

赤道連合から昼間に限って潜航許可が降りていたのも大きく、ジャワ海での進路をかなり誤魔化すことができた。

 

私達がマカッサル海峡を通過すると予測したのか、ザフト軍はスラウェシ海で網を張っていたようだ。

しかし、私達がモルッカ海峡を通過して中部太平洋に出た事でその背後を通る形となった。

 

華麗に彼らを欺いた後はそのままマリアナ諸島へ進路を取った。東アジア共和国に向かうと誤認させる為だ。

 

グァム島沖合いで東に針路を取り、カロリン諸島を防波堤にしながら東進する。

マーシャル諸島に着く頃にはザフトも追跡を諦めたらしく、追っ手らしい追っ手が現れる事もなくなっていた。

 

 

 

□□□□□

Side:イザーク

 

 

「……マーシャル諸島にいただと?」

 

俺はマラッカで取り逃がしたアークエンジェルがマーシャル諸島で見つかったと報告を受け、その手腕に舌を巻いていた。

その報告を持ってきたのはディアッカだった。

 

俺達は母艦のボズゴロフが被弾した上にMSは軒並み被弾損傷、更にはディン2機を失うという壊滅的打撃を受けた。

 

更には隊長のアスランが行方不明になり、ヤツを救助していたら目と鼻の先にアークエンジェルがいたのだ。

こちらにアークエンジェルと戦うだけの余力はなく、泣く泣く見過ごすしかなかったのが本当に悔しい。

むこうが狙ってそれをやったなら最早鬼才という他ない。

 

俺達は失態に失態を重ね、ほうほうのていでカーペンタリアに撤退した。

帰投するとクルーゼ隊長からは真綿で首を絞めてくるような叱責を受け、追跡任務は別の部隊が引き継ぐ事になる。

 

俺達は半ば謹慎処分のような待機を命ぜられ、基地内ではすっかりマヌケ扱いだった。

 

勇んで出ていったくせに返り討ちにされて逃げ帰ってきたと蔑まれる。

俺のプライドはズタズタだ。

 

しかし、普段ならそれでアークエンジェルが死ぬほど憎くなるのだろうが、今の俺はそんな気分じゃなかった。

 

「…………やっぱり、気になるのか?」

 

「……気にならん方が無理だろうが」

 

「そう、だよな。」

 

救助されたアスランに詰め寄った時、()()が告げられたのだ。

 

お前の姉──エミリア・ジュールがアークエンジェルに乗っている。

それどころか、鹵獲されたブリッツのパイロットをやっている、と。

 

それを聞いたとき、俺は酷い目眩がした。

姉上がアークエンジェルにいる?

しかもブリッツのパイロット?

 

冗談を言っているのかとアスランを怒鳴り付けたが、アスランは真顔でそれを否定した。

敵パイロットから情報を引き出したらしい。

元々アスランはそんなふざけた冗談を言う奴ではない。

つまり、それは本当の可能性が高いという事。

 

そうだとしたら、俺はずっと姉上と戦ってきたという事になる。

へリオポリスからマラッカまで、ずっとだ。

 

思えば、バナディーヤで姉上と会ったのはアークエンジェルがリビアに降りてきてからだ。

手紙が送れなかったのも、ずっとアークエンジェルにいたからなら説明がつく。

姉上はどういう因果かへリオポリスでアークエンジェルに乗り、恐らくそのまま同行しているのだろう。

 

 

 

だが姉上が相手だったとしたら、あの艦が何故あれほどの規格外じみた強さを発揮するのかも納得がいった。

 

姉上はマティウス・アーセナリーの造船技師で、当然こちらの軍事兵器にも詳しい。

博識な姉上なら、ちょっとした軍事講習や自主学習だけで用兵術や軍事知識をマスターしてしまう可能性もある。

何より、姉上の先を読む力や読心術、状況観察力はそのまま作戦指揮に活かせるレベルなのだ。

 

姉上がアークエンジェルを指揮しているなら、あの強さにも納得がいく。

そして何より、アークエンジェルの取ってきた戦術は思い出してみれば見るほど姉上らしい戦術だった。

 

敵を餌で誘引し、その虚をつく。所謂陽動戦術だ。

アークエンジェルの戦い方はそれに集約されている。

それによって俺達は何度も煮え湯を飲まされてきた。

 

何より姉上と何度もチェスで勝負してきた俺にとって、その戦法は見慣れたものだったのだ。

今になって思えば、姉上のやり方だと十分気づけた筈。

しかし、俺が気づかなかったのは相手が姉上だったからかもしれない。

 

姉上の恐ろしい事は、必ず陽動を取ってくるにも関わらずこちらにそれを気づかせない、もしくは気づいても時すでに遅しというような状況に陥らせてくるところだ。

 

チェスでこちらが何手先まで読もうが、その深読みを利用し、しかも相手の心理まで的確に利用して釣ってくる。

それが姉上の恐ろしさの根源。

 

だから、毎度俺は姉上にチェスで負けてきた。

俺の考え方は姉上には筒抜けであるが為、俺が動きたくなる状況を姉上に作られてしまうのである。

 

どうやら、姉上はチェスどころか実際の戦場でもその能力を発揮しているらしい。

尽く蹴散らされてきたのも、相手が姉上だと言うのなら納得がいった。

 

しかし、それでも疑問は残る。

実際の戦場に出るなど姉上の性格からは想像もつかない。戦争を嫌い、父上の死を嘆き悲しみ、俺が出征するのを無言で引き留めてくる姉上がである。

だからこそ、姉上が敵の艦に乗りこちらと戦っていると言われても想像しにくかった。

 

だが、戦術は姉上そのもの。

姉上が戦っていると信じる他ない。

 

しかし、思い出してみれば姉上はこちらに対して徹底的な戦い方をしてくる事はなかったようにも感じる。

アークエンジェルが何人もこちらの兵を殺してきたのは事実だ。

だが、姉上はそれを直接手にかけてない。

それに、どうも手加減されているのか俺を殺しにかかったことはない。

チャンスなどいくらでもあった筈なのにだ。

 

姉上は俺がデュエルに乗っている事は知っていると聞かされていた。

だから手加減してくるのも十分有り得る話だ。

それに思い当たる節もいくつかある。

 

姉上は戦いたがっていない。

無理矢理戦わされているのだ、そうとしか思えない。

姉上を早く助けなければという思いにこの身がうち震えた。

 

しかし、そんな希望はすぐに打ち砕かれた。

 

姉上は、私がこの艦を守らないといけないという旨を発言している。

しかも、あの艦に想い人までいる。

その思い人はストライクのパイロットで、かなり仲睦まじいときた。

 

そいつの名はキラ・ヤマト。

バナディーヤで姉上と会った時、その傍らにいたボーッとしたヤツだ。

アスランの旧友らしいソイツが、姉上の想い人。

 

今の姉上は、そのヤマトの為に戦っているらしいのだ。

 

思えば思うほど、何故バナディーヤで会った時に殴ってでも引き留めなかったのかと後悔した。

そうしていれば、少なくとも姉上と戦うというこの事態は避けられた筈なのに。

 

しかも、今俺はアークエンジェルの追跡任務から外されている。

姉上が友軍から攻撃されるのを、俺は指をくわえて見ているしかできないのである。

それがまたもどかしくて堪らない。

 

 

そして、現在に至る。

アークエンジェルは追跡を行う友軍を尽く欺き、裏目に裏目をついて悠々と逃げ去っていた。

 

南シナ海に出るかも思えば、ジャワ海で夜浮上航行しているのを衛星が捉える。

じゃあと次はマカッサル海峡に網を張った友軍の後ろを、まるでアークエンジェルは嘲笑うかのようにモルッカ海峡からスラウェシ海に抜けていた。

 

モルッカ海峡はこのカーペンタリアからそこまで離れていない。

姉上はそんなこちらの油断を逆手に取ったのだろう。

 

そして、中部太平洋をグァムまで向かったアークエンジェルに対し、カオシュン攻略を行った部隊が捉えようと網を張るが失敗。

アークエンジェルは姿を消し、次に見つかった時にはマーシャル諸島にいた。

つまり今日だ。

 

「つくづく思うが、姉上はしたたかな方だ。姉上の策略を読める将なぞそうはいない。その辺の部隊でアークエンジェルを捕まえるなど無茶な話だ。」

 

「随分慕ってんだな。敵だぞ、お前のねーちゃんは。」

 

「あぁ、知ってるさ。だが手腕が見事なのは事実だろうが。認めたくないが、"銀狼"の正体は姉上だ。こんなバカな話があるか?」

 

俺がそう漏らすと、ディアッカは肩を竦めながら首を振った。

姉上が敵で、しか銀狼だと知ってから俺はずっとこの調子だ。

 

「で、どうすんのさ。銀狼をやるってことは、つまり()()()()()()だぜ?」

 

「………やらなきゃならん。ジュール家の人間として、けじめをつけなければならんのだ、俺は。」

 

「そうは言うけどさ………お前、ねーちゃん前にして引き金引けるのかよ?」

 

「…………………」

 

ディアッカの指摘に俺は黙るしかない。

多分、姉上を前にすれば俺は引き金を引けない。

姉上を俺が殺すなど想像したくもなかった。

 

「…………まぁそうだよな。普通そうだ。俺だって、ねーちゃん殺せなんて言われてはいそうですかってやれるもんじゃないし。俺達にその暗殺任務がまわってこないよう祈るしかない、か。」

 

「………………畜生……畜生……なんで姉上が……なんで、こんな事になったんだ……!」

 

ディアッカが隣でぼやくように言う。同情してくれているのだろうが、俺はそれを聞いて尚更惨めな気分になった。

俺は頭を抱えて自分の無力さと運命を呪うしかない。

 

生きていて欲しいと願う俺と、死んで欲しいと思う俺。

相反する思いが交錯し、俺の頭はぐちゃぐちゃになりそうだった。

 

 

□□□□□

Side:フレイ

 

 

アークエンジェルのオーブ入港の可能性が高まり、私達はにわかに浮き足立っていた。

親族との面会や本土への上陸が検討されているらしく、一種の長期休暇のようなものが貰えるとエミリアから聞いた為だ。

 

アークエンジェルは現在オーブのオノゴロ島沖合80mの海底に潜んでおり、艦長さん達がオーブ政府との折衝で一足早くオノゴロ島へ赴いている。

 

残っている私達はというと、一部のクルーを除いて全員手空きという状態だった。

そもそもここまで来るのに戦闘らしい戦闘もなく、時折ザフト艦らしい音紋を見つけては海底に潜むというような事を繰り返していた。

 

とことん交戦を避け続けた結果損失らしい損失もなく、あるとすれば備蓄食料が乏しくなっているという事だけだ。

 

それも、艦長さん達の交渉次第で決着が着くだろう。

 

「フレイ、上陸したら何する?」

 

「んー、私はショッピングかな。パパと連絡も取りたいしね。」

 

ミリアリアと上陸後の予定について話していると、何やら廊下でエミリアとキラが話しているのを見つけた。

といっても廊下の曲がり角の向こう側から話し声が聞こえてくるだけであり、二人の姿を見たわけではない。

 

私は隣のミリアリアを引き留めると、廊下の曲がり角に二人がいることを耳打ちした。

 

「さっすがソナーマン………で、何話してるのあの二人?」

 

「ちょっと待ってよ…………二人も上陸の予定話してるわ。コーヒー飲みに行こうって話みたいね。」

 

「デートじゃん…!」

 

あの二人が付き合っているのは艦内では有名な話だ。最近は目撃談が減ったが、もっぱら副長室で逢瀬を楽しんでいると噂されている。

 

ただ不思議とキラからエミリアの匂いがしたことはないので、多分()()()()()()()

まぁエミリアは副長でキラはパイロットなのだから、艦内風紀の引き締めという意味で控えているのかもしれない。

 

そんな二人だからこそ、今回の上陸ではもしや……となる訳である。

 

エミリアもキラもここ最近は何かの作業に掛かりきりで忙しく、多分二人で会う時間はそんなに取れていないだろう。

というか、二人にとっては仕事がデートのようなものなのかもしれない。

 

「フレイもサイと出かけるんでしょ?私もトール誘ってみようかな……」

 

「いいんじゃない?今のうちにトールの予定聞いといたら?」

 

ミリアリアはトールと、私はサイと上陸する。まぁ、スケジュールが許せばの話だけど。

とにかく、今は艦長さん達の交渉が上手くいくのを待つしかなかった。

 

 

 

□□□□□

Side:カガリ

 

 

「なぁキラ、ちょっと話があるんだけど……」

 

「何?」

 

私は自室にいたキラに例の件の事で話しかけていた。

アスランから言われた事だ。

 

「実はさ、私……アスランに会ったんだ。」

 

「!…………そう、なんだ。」

 

「それでだな……アスランにお前とエミリアの事話したんだ。」

 

「えっ!?ちょ……ちょっと待ってよカガリ!それじゃ──」

 

その事を告げると、やはりキラは戸惑ったような表情を浮かべた。

エミリアの事についてはあまり話さない方がいいと言うのは理解している。

しかし、私はこれ以上エミリアが追い詰められていくのわ、見ていられなかったのだ。

 

「多分、知られたと思う。エミリアの弟にも……」

 

「───どうしてそんなことを!エミリアさんの事を考えたら黙っておいた方がいいってわかるだろ!?」

 

キラは眉を尖らせ、普段の様子からは想像もつかない程の剣幕で私に詰め寄ってきた。

思わず私は後ずさるが、私は持ち前の負けん気で持ち直すと素直な気持ちをキラに投げ掛けた。

 

「す、すまん!だが……お前やアイツの事を考えると、そうした方がいいと思ったんだ。お前もアイツも、本当ならアスラン達と戦う方がおかしいってわかるだろ?」

 

「そりゃ、僕だってアスランと戦うのは嫌だ。でも、仕方ないじゃないか」

 

「同じことアスランも言ってた。それに戦いたくないって事も。当たり前だろ、友達とか姉弟同士で戦うなんてさ。」

 

「…………それで、アスランはなんて言ってたの?」

 

キラが沈痛な表情で聞いてくる。

私は一瞬告げるべきかどうか躊躇うが、そのまま押し通した。

 

「…………投降して欲しい、だそうだ。お前とエミリアに。」

 

「それじゃ、この艦の人達はどうなるんだよ!?僕達がいなくなったら、この艦は……!」

 

キラまで、まるでエミリアのような事を言い出した。

もしかしたら付き合っていくなかでほだされたのかもしれない。

 

「お前までそんなこと言い出したのかよ!?」

 

「当たり前じゃないか!友達が乗ってるんだ、この艦には。僕達が投降したからって、ザフトがアークエンジェルを沈めない保証はどこにもない。皆を見捨てて、僕達だけ艦を離れるなんて出来るかよ!」

 

「じゃあ、お前はそうやってまたアスランと戦うのかよ!?死んでからじゃ遅いんだぞ!?」

 

まるでエミリアと話していた時のような内容をキラとも交わす。

私はキラやエミリアの献身的な精神は良いと思うが、それで死んでしまったのでは元も子もないと思うのだ。

だから、口調はどんどん強くなっていった。

 

しかし、キラは私の感情とは裏腹にトーンダウンしていく。

 

「カガリ……投降したとして、僕はまだいいさ。けど、エミリアさんがどうなるかは考えなかったのか?あの人はプラントの人なんだ。それがザフトの兵士を何人も殺したんだから絶対に追及される。エミリアさん殺されるかもしれないんだぞ?」

 

「…………だが、そんなの決まった訳じゃ……」

 

「可能性は捨てきれないだろ。なら、それも加味して動かないと駄目だ。言っちゃ悪いけど…………カガリ、君はエミリアさんを追い込んだかもしれない。」

 

「っ!?───そんな、私は……」

 

キラに言われ、私はその事が完全に頭から欠落していた事を思い知らされた。

確かにキラの言う通りだ。

エミリアの立場は端的に言って裏切り者。それもとびきりタチの悪い、だ。そんなのがノコノコ本国へ帰ってくれば極刑なんて話にもなりかねない。

 

私が言った事で、エミリアの選択肢を奪った可能性もある。

私は自分の軽はずみな言動を恥じる他ない。

 

「……エミリアさんは、全部推測してた。自分が仮にザフトに投降した事とかも。僕が言ったのは全部受け売りだ。エミリアさんは全部わかってたから投降しなかったんだ。あの人が何手先まで考えてるか、君もわかるだろ?」

 

「………………」

 

言われてみればその通りだ。

私に話さなかっただけで、エミリアはすべて考えていたのだろう。

私の考えが及ばないくらいアイツの頭はキレる。

エミリアが頑なに投降を拒否した事をしっかりと鑑みるべきだったのだ。

 

「……とにかく、僕達は投降しない。アークエンジェルに着いていくしか、僕達にはできないんだ。」

 

「けど……」

 

その時、背後から声がかかる。

私は振り向かなくともそれが誰かわかったが、振り向きたくなかった。

 

「────カガリ、あなた………」

 

「エ、エミリア……」

 

どうにか首を動かして後ろを振り向くと、案の定エミリアがいた。

エミリアの片方しかない瞳は悲しげで、それでも何か達観したような表情だった。

 

「ごめんなさい、話が聞こえたの……………それじゃ、私がこの艦にいるとあちらも知った、という事ね?」

 

「…………すまない、私が浅はかだった。なんてお詫びしたらいいか………」

 

「………いいわ。遅かれ早かれ、いつかは知られる事だったもの。知られた事は大した問題じゃない。あなたが気負う必要もない。」

 

いつもの通り、エミリアは感情的な私とは程遠い静かな口調で私に言う。

その態度を見て、更に私は自分の行いをいたたまれなくなってしまった。

 

「だが……」

 

「カガリは、私やキラくんの事を思ってそうしたんでしょう?なら仕方ない。けど、あなたのその心は美徳でもあり欠点でもあるの。一国のお姫様がそんな浅はかな考えで動くと国は滅びるわよ。次からはよく考えて動きなさい。」

 

「う、うん………」

 

エミリアは多分私の感情を汲み取ったのだろう。

だから、あえて私を嗜めたのだ。

私はそれで酷く惨めな気持ちになるが、エミリアに対する後ろめたさはそこで消えていた。

 

 

 

 

 



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