エロい葉隠れちゃん  (kurutoSP)
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為すべきこと

 透明人間になったら何をしたい?

 

 そんなありふれた質問はごまんとあるだろう。だが、実際に透明になるとはどういうことか誰も知らない。

 

 当たり前である。そんなものを知ることなど人間には不可能なのだから。

 

 つまり何を言いたいのかと言うと、透明人間になってまず最初にすることは体の確認だよね。

 

「こっこれは。なんというきょにゅー」

 

 すっげー。ナニコレ。ナニコレ。透明で見えないけどこのデカく柔らかいモノは何だ!

 

 ん、何だかポカポカしてきたな。顔が赤いかもしれないな。っても鏡に映らないから確認のしようが無いけど。

 

 とにかく意味の分からない現状を確認せねば。

 

「ムムム。つまり俺は女の子になっていると」

 

 体に電撃が走った辺りでようやく冷静になれた俺は自分に起きた現象を理解し始めた。

 

 そう、あの長きにわたる隅々まで自分の体を精査し、結果自分が透明人間になっていると知ったのだ。

 

「ふ、結構足に来るな」

 

 震える足をどうにかして部屋の確認をする。

 

「この子は一人暮らしなのか?と言うか透明人間なのに姿見ってどうなの」

 

 部屋に何故か置いてある大きな鏡の前でいろいろと大人な本で学んだポーズをとってみるがやはり何もそこには映らない。

 

「ん?そう言えば今全裸じゃね」

 

 あれほどお触りした後だが、僕はその事実にようやく気が付く。

 

 女の子が一人部屋で全裸。いかがわしい。

 

 脳内ピンク色に染まった僕はしばらく部屋の捜索が中断してしまったが、気を取り直し部屋の捜索を開始する。

 

 まあ、男なら当たり前だよね。女の子の部屋を捜索ってエロいよね。何よりもまず最初にしなければ。

 

「ん~む。下着、制服、私服ともにごく普通。インテリアもごく普通のモノだ」

 

 結果際どい下着も心くすぐる制服もなくどれもが普通だった。唯一の収穫はバストサイズが改めて分かったことくらいだ。

 

 結果普通の女の子の部屋だということくらいだ。多分。

 

 いや、女の子の部屋に入ったことが無いから分からないけども、男性が想像する上で女の子らしい部屋ということだな、うん。

 

「しっかし、これはどうしたものか何も情報が無いな」

 

 自分がいきなり女の子で、更に透明人間になっている現状は既に掛け時計から優に3時間が過ぎ、真夜中になっていた。それだけこの部屋とこの体は調べがいがあったのだ。

 

 困っている僕は今まで興味がわかなかったのだが、今見ると机の上に何かが置いてあった。

 

「何々。葉隠透、雄英高校への入学を許可する。ふ~ん。高校生か」

 

 高校生ね。いい響きだ。にしても雄英、葉隠とどこかで聞いたことのある名だな~。

 

 僕は他にも何か情報が無いか机の中を調べる。

 

「一段目はっと。………………これ、シュレッダー用のハサミだよな。何故普通の女の子の部屋にこんなごついハサミが」

 

 出てきたモノに少しだけ不安になる。

 

 それでも気を取り直して二段目、三段目と開けてゆく。

 

「う~ん。これと言って何もなしか」

 

 特にめぼしいモノは何もなかった。それだけにあのハサミがやけに存在感を放つ。

 

 僕はそのハサミを何に使っていたのか悩みつつ手に取ろうとし、入学関連の書類に手を触れ動かしてしまう。

 

「本当にごついなコレ。ん?ナニコレ」

 

 僕は触れる時に何枚かの紙を地面に落としてしまったが、そこに気になる文字があった。

 

「ヴィラン連合?………………えっ、マジで。ここヒロアカの世界なの」

 

 あり得ない。そんな馬鹿な。てっきり不幸な前世を顧みてくれた神様からのプレゼント的なあれで転生でもしたのかと今まで思ってきたのにこれはどういうことだ。

 

 いや、僕が前世どういう風に死んだか分からないし、神様にも会ってはいないんだけど、それでもこれって………………。

 

「ヒーローの世界でいきなりヴィラン側って詰んでね?」

 

 いや~ないわ~。これはない。確かにマンガ読んで彼女がスパイじゃねって思ったことあったけどこれは無い。現実になったとたんこれは無い。

 

 僕は拾い上げ、たった一文しか書かれていない文字を読む。

 

「カリキュラムを盗み出せ」

 

 詳しい日取りなどが書いてあっただけであるからして、これはヒロアカの最初の襲撃事件の伏線を表しているのだと理解できた。

 

「どうしよう。まじどうしよう」

 

 明らかに彼女は黒である。もうヒーローもくそもない。

 

 これで疑問も解けた。疑問が解けたなら、得た回答を実施するまで。僕は女の子の部屋に似つかわしくない例のハサミを取り出し、一心不乱に問題の紙をゴミとする。

 

「どうしようか。これバレたら捕まるよな」

 

 手錠がかかり、牢獄に幽閉される自分を想像してゾッとする。

 

「まっ、待てよ。これを密告すれば助かるのでは!」

 

 僕は即座にシミュレートし始める。

 

「………………。ごついハサミを用意して証拠隠ぺいを図るほどの少女。あの黒幕たるあの男の完璧な計算。そして切れやすい若者死柄木。ワープゲートの黒霧」

 

 この少女、スパイに抜擢されるってことは泥に片足どころか全身までどっぷりとつかってない。

 

 透明少女が全身泥に浸かり、浮かび上がる姿態。ゴクリ。

 

「何それいい。じゃなくて」

 

 此処までまずい情報が揃っているのに今裏切ったら、浮かび上がるのは死体………………。

 

「ぶっちゃけ、私がしたことの罪はまだ未遂の可能性が高いし、未成年でそんな厳しい所にぶち込まれることは無い。そしてあと数か月もすれば大騒ぎになるヴィラン連合も今は世間の人にとっては無いも同然。これ、獄中死とかないよね」

 

 ワープゲートにより侵入してきた死柄木に殺される未来が見える。

 

「今、敵方にとってのイレギュラーは俺が入れ替わってしまったってことくらいだ」

 

 逆に言うとそれ以外のことはヴィラン連合の黒幕の計算の域をでないのは想像に難くない。下手な反逆は人生を終わらせる選択になりうるだろう。

 

「つまり、俺がすべきことは怪しまれない様にスパイ行動をしつつ、先生が捕まった後密告が正しい手だな」

 

 これで今後の方針は決まった。

 

 俺は、いや、これからは私か。バレたらアウトだから普段からもこうしよう。

 

 とにかく私がなすべきことはまず………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女湯を堪能することだろう。

 

 だって透明人間だし。

 

 近くの銭湯はどこかな~。

 

 私は明日が待ち遠しく思いながらも布団に全裸で入り寝るのである。

 

 全裸で!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公は女なので普通に女湯に入れます。しかし、彼はエロいことを中心に生きているので気づきません。


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透明人間でも女の子

「まあ、実際朝の健康ランドなんてこんなものだよね」

 

 私は朝風呂を堪能しつつ、水に顔を沈めため息を吐き、水面に泡を立てる。

 

「こんな時間に利用する人なんて健康志向の高い人。老人御用達だよね」

 

 私を見ることが出来るならば、恐らくハイライトの消えた目で元気に話す皺くちゃの肌、垂れた乳、見る影もない尻を眺めていることだろう。

 

 昨日余りにもワクワクし過ぎて遠足前日の小学生状態になった私は、とにかく早く女湯に行きたいばかりに朝早くに営業している銭湯を見つけ、そのまま平日の朝に覗きに行ったのである。

 

 前世の感覚でいたため、危うく男風呂に行きかけ、番台さんに止められ、自分の覗き計画の意味の無さに愕然として落ち込んだこともあったが、それでも桃色広がる桃源郷を前に心を躍らせ女湯に入ったのだ。

 

 その結果がこれとは納得がいかない。

 

 昨日、男湯から女湯が覗ける条件に合う近場の銭湯をあれほど調べたのに………………。

 

 しかし、どんなに見ても周りの景色は変わることがない。

 

 桃源郷?桃色?どこがだ。もう桃は腐って地面に落ちているじゃないか!桃色も変色して茶色も目立つ。

 

 あれだけ期待に胸を膨らませただけに僕の絶望度合いが理解できるのではなかろうか。

 

「あがろ」

 

 ここまできた交通費も地味にかかっただけに、一発逆転にかけて粘って見たが、僕は気づいてしまう。

 

 何が悲しくて金はたいて婆の裸を長いこと眺めているのであろうか。

 

 自分の今していることを冷静になり考えたら無性に悲しくなり風呂から上がり帰路につく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銭湯から帰った私は、自分の部屋にばら撒かれた紙くずを見て、更に絶望の淵に落とされた。

 

「そう言えば、女湯に行っている場合じゃなかった」

 

 地面に散らばる昨日塵とした問題のゴミを片付けずに現実逃避をしていたことを認識してしまいどうしようもなく落ち込む私。

 

 欠片を一枚一枚ゴミ箱に捨てるのはせめてもの抵抗だ。時間が無意味に流れる作業だろうが、今私は何も考えたくなかった。

 

「片付け終わっちゃった♡」

 

 元男の僕がキャルンとでも擬音語がつくしぐさをしたのは思いの外気持ち悪く、頭が冷え、冷静になれた。

 

 先ず情報整理。

 

 原作だと、私が渡した情報はカリキュラムだけだと考えられる。これは密接に連絡を取っていなかったということだろうか?

 

 私は携帯を見るがそこには友人たちの名前くらいしか電話帳になく、さらに履歴を長いこと見ても怪しい番号は無かった。

 

 つまりここにある紙の様にアナログチックな方法でのみ情報のやり取りをしていたのだろう。

 

 まあ、これは良い。余り接触が多いと私が変わったとバレる可能性があるしね。

 

 それと誰に情報を渡していたかだね。

 

 死柄木に直接はなさそうだ。流石にまだ成長段階の彼にあのオール・フォー・ワンが任せるはずがない。

 

 なら、黒霧さんか?彼ならワープゲートで直接指示を渡せるし、部屋の中に直接送ればいいだけだ。

 

 流石にオール・フォー・ワンの直属の部下な扱いは流石にないよね。多分駒だろうし、私がオール・フォー・ワンと対面することは絶対ないはず。

 

 ということはつまり、黒霧さんで確定かな?

 

 私は少しほっとした。あの組織の中で一番の常識人の下に恐らくいるであろうと思われるからだ。

 

「兎に角、入学して3日目まで特に私にできることは無いということだよね」

 

 マスコミ襲撃事件までやることが無かったはずの私は、これからの身の振りようを考える。

 

「う~ん。どうしようか」

 

 私はこれ以上考えても何も分からなかったため、机に在ったノートを適当に一冊ほど取り出し、中を見る。

 

「どれどれ。ふ~ん。受験計画やら、日々のトレーニング方法が書いてある。流石に雄英高校に受かっただけのことはあるよね。優等生だ」

 

 彼女が日々どんな風に過ごしてきたのか分かるのでこれはボロを出さない上で非常に参考になる。

 

「なるほど、なるほど」

 

 私は様々なノートを調べてゆく。もしかしたらヴィラン連合とのつながりも出てくることを期待してノートをめくる。

 

「はぁ~。学生としても、女の子としても、スパイとしても優秀過ぎでしょ」

 

 ため息を吐き、私は出したノートを全て片付ける。

 

 私が書いたノートにはスパイ行為をにおわせるものが全く存在しなかった。

 

 いや、葉隠ちゃんが中学生の時に何にもスパイとして活動していなかったとは考えにくい。恐らくこのノートにも走り書きやメモ、計画を書いたページなどがあったとは思うのだが、そういうページは全て消去したのだろう。

 

 私は最後の一冊をしまう前に破れたページを見てまたため息を吐く。

 

「本当に優秀過ぎでしょ………………。でも」

 

 私はノートから得た情報をもとに引き出しを開け、大切にしまってある箱を取り出す。

 

「これはどうなの」

 

 そして私はそれを開き、ノートに書かれてあった手順を思い出しながら、作業をするのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん。女の子なのはわかったし、美への飽くなき探求心も分かったけど、本当に私何でこんなことしてたんだろう」

 

 以前の彼女に問いかけたい。これで満足だったんですか?

 

 鏡の前に立つ私は以前の様に何も映っていないということは無い。

 

 では何がうつっているのかと言うと、つけまつげ、口紅、ファンデーションなどの化粧品で化粧をした浮かび上がる顔が映っていた。

 

「いろいろ頑張っているのも認めるし、流行を取り入れようとしていたのも認めるけど、これはちょっと」

 

 普通に怖かった。

 

 化粧水で肌を整えたりは分かるけど、化粧する意味はないよね。

 

 私は洗面所に化粧を落としに向かう途中、そっと箱を閉じるのであった。



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透明だけど見られると恥ずかしい

「本当に驚きましたよ」

 

 目の前の黒い物体こと黒霧は私にそう文句を言ってきた。

 

 だが、それは私も同じだ。

 

 何せこの男、女の子の部屋に無断でワープしてくるし、まあ、私たちがあっているのを見られるのは避けた方がいいから、それは百歩譲ってそれは良いとしても、なぜ、この洗面所と玄関の短距離をワープして現れるのか!

 

 おかげで心臓が止まるかと思った。

 

 考えても見て欲しい。洗面所で顔を洗っていたら、背後から黒い何かが広がる光景を鏡越しで見た私の心のうちはもう、恐怖で一杯です。

 

 叫ばなかったのを褒めて欲しいくらいです。

 

「何であなたが化粧なんてしているのですか。お陰でトラウマ間違いなしの光景を見てしまったではないですか。せめて明かりくらい付けてください」

 

 まあ、確かに暗闇で入り口から入る光にボオッと浮かび上がる化粧が崩れた不気味な顔は怖いでしょうけど、それは此方も同じなのだが。

 

「顔を洗い流すだけだったから明かりをつけていなかったんだよ」

 

 まあ、本当は崩れていく化粧を見たくなかったからだけど、まさかこんなことになるとは思いもしなかった。

 

「とにかく、いきなり背後から現れないでください。そうすればこんなこと起きなかったのですから。それにリビングで待っていてくれればよかったのに」

 

 恨みがましく彼に言うと、彼は首をかしげる。

 

「いえ、ですがこの日この日時を予め指定してあったのですし?以前あなたの所に来たときはあなたの所まで挨拶して欲しいと言われたのですが?」

 

 不思議そうに彼に言われ、ぼろが出てしまったのかと焦る。

 

 どうする。ここで下手に何か言えば怪しまれる。訝し気にされるだけならばともかく、裏切っているのではないかと勘繰られたら最悪だ。

 

 私は必死に考え、一つの必殺ワードに行きつく。

 

 起死回生の一手はこれだぁぁぁぁぁぁ。

 

 おっと、これは女の子らしくないか。リテイク。

 

 起死回生の一手はこれですわぁぁぁぁぁぁ。

 

 ………………葉隠ちゃんのキャラに似合わなすぎる。

 

 まあ、いいや。

 

「そんなんだから黒霧さんはいつまでたっても童貞なんです。草食系なんてヘタレの証!もう少し複雑な乙女心を理解して欲しいです」

 

「………………」

 

 ………………大丈夫かな?

 

 無言の彼がものすごく怖い。

 

「そこまで言いますか」

 

 しばらく無言だった彼は地面を向きぼそりと言う。

 

 まさか、本当に童貞だったのでは………………。

 

「すみません」

 

「いえ、謝らないでください」

 

 彼は余計傷ついた表情をたぶんしていた。

 

 まあ、彼も私と同じく顔の表情なんてわかる由もないから、雰囲気と、男だった時にやられて傷ついた経験からそういう表情をしているだろうなっていう勘だけど。

 

 まあ、とにかくこれで有耶無耶になっただろう。

 

 それに女性の化粧をのぞき見と、裸の少女を見たのだからこれ以上追及など出来まい。

 

 くくくくく。計算通り。

 

 見えないことをいいことに私は顔が緩むのを禁じえなかった。

 

 しかし、彼も仕事人。すぐに立ち直ると、要件を切り出してきた。

 

「まあ、今回は謝ります。それよりもあなたに指定した日に此方も行動を起こします。その詳細を伝えに来ました」

 

 これはマスコミの扇動のことかな。

 

「当日マスコミを利用して騒ぎを起こします。その隙に情報を取って来てください。これは小型カメラと、メモリです」

 

 そう言って彼がスパイ道具を取り出してきた。

 

 この時私は図らずも胸が高まった。

 

 なんせ元は男。こういうスパイものは大好きだった。スパイ道具って響きも素晴らしいと思わないかな?

 

 だからこそ現物を見て私は思わず黒霧の顔をはたいた。

 

 まあ、霧だからすり抜けたけど。

 

「いきなり何をするのですか」

 

「いや。これ見せられたら当たり前じゃない?」

 

 そこにはあるのはどう見てもローターと言われる大人の玩具にしか見えなかった。

 

 勿論手に取ってみるとそれがちゃんとしたスパイ道具なのは分かる。

 

 だが、これを透明になるために裸になった少女のどこに隠すのか!

 

 興奮する。

 

 自分がそれをやるのでは無ければ。

 

「童貞拗らせ、遂に変態にジョブチェンジですか。これで私に何をしろと。これで自分を慰めろといいたいの?」

 

 そこでようやく彼は私が何を言いたいのか気が付いたのか慌てて弁明をする。

 

「いっいや。これはそう言うモノではない。これは口とかに隠しやすい様に設計されているんですよ」

 

 口、それは下の口のことか………………。

 

 ………………恥ずかしい。自分の早とちりだったぁぁぁぁぁ。

 

 そう言えば前世の自分も童貞拗らせてたんだった。てへぺろ。

 

 明らかに真っ赤になっているであろう顔だが、この時ばかりは透明な顔に感謝だ。

 

 冷静に対処すればいいだけだ。

 

「そっ、そそそ、そうだよね。うんうん。私が言いたいのは、それを、えっとね。そうだ!それを隠す時、私裸にならないといけないけど、脱いだ服をどうすればいいのかなって。もし誰かに服見つかった次の日から私痴女だよ」

 

 黒霧は少しほどゆらゆらしたかと思うと、一旦立ち、コーヒーを淹れ戻ってきた。

 

「服は私が預かります。ご安心を」

 

 大人な対応だ。

 

 何でこの人はヴィランなのだろう?普通に引く手あまただと思うのだけれど。

 

「ではこれで」

 

 そう言うと彼は消えて私は一人になった。

 

 ズズズ

 

 部屋にコーヒーを飲む音だけが聞こえる。

 

 そして飲み終わりカップを静かに置くと、私は無言でベッドに倒れ込む。

 

「恥ずかしィィィィィィィ」

 

 悶絶するのである。

 

 彼の優しさがつらい!

 

 本当はもっと言わなければならないことがあるのにわざわざ明日にしてくれたよ。

 

 さりげなくコーヒーの隣に次回改めて来る日時を書いた紙をさりげなく置いているよ。

 

 超絶紳士。

 

 何であの人童貞なの。

 

 余りの恥ずかしさにこの日私は部屋からどころか、ベッドから出る気が起きなかった。

 



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今日から頑張る

「では、これで、よろしく頼みましたよ」

 

 昨日醜態を見せた私だが、今日は違う。何事もなく計画を詰めることが出来た。

 

 ただ、去り際の彼の言葉が意味深すぎて怖かった。

 

「先生もあなたには期待しているようです。その期待を裏切らないようにしてくださいよ」

 

 何事もく終わり、ホッとしている私はその言葉に硬直せざるを得なかった。

 

 先生?オール・フォー・ワンのことそれ?期待されている?

 

 今まで気楽だったのは、私が単なる使える駒の一つであると考えていたのだが、黒霧さんの言葉の節々から何か自分を特別扱いしている様にも聞こえる。

 

 先生に注目されている。それはもし私が変な行動に出たら即座に何かしらの対応がとられる可能性があるということではないか。

 

 今は以前の私と今の私の差異など気づかれていないし、中身が変わったなど思われていないだろう。だが、やはり私は葉隠透ではない。これが何時まで隠せるかなど分からないのに、この状況は最悪じゃないか。

 

 この体に入ってからやることなすこと全て裏目に出ている私は、思考がマイナス方面に偏り、つい余計なことを口走る。

 

「先生が私なんかに期待をしていた?死柄木さんでは無く?」

 

 この時迂闊だったとしか言えなかった。

 

 私は漫画でしか彼らのことを知らない。そしてそれはこの私が知っていることではないし、逆にこの私が知っていたことは全て漫画に描かれていたわけではない。

 

「何故あなたが死柄木の名を知っているのですか?」

 

 がっつりと彼に怪しまれた。

 

 彼の言葉とそのトーンから考えても以前の私は死柄木には一度もあったことが無いようだ。

 

 ということは襲撃事件で初めて顔合わせとなるわけだ。なるほどあの漫画の裏舞台はこうなっていたのか!

 

 現実逃避気味にヒロアカのファンなら少しだけこの世界のことを知れるのは嬉しいことだろうと、喜んでみたが、明らかに現状は悲しむべきだろう。

 

 明らかに私がヴィラン連合について調べていたということになるよねこれ。だって知らない情報を知っているってなるとそれしか考えられないだろうしね。

 

 ああ、去ろうとして立っていた彼がまた座ってしまった。

 

 怪しいよね。もうメッサ怪しいよね。何で彼らについて調べていたのかということになるよね。

 

 案の定?

 

「どうやって知ったのですか」

 

 まずい。上手くやっていくと言った矢先にこれとはまずいを通り越して絶体絶命だよこん畜生。

 

 余りだんまりを決め込んでいても怪しまれる。とにかく即座に返答しないと。

 

 こうなりゃあ、イチかバチかだ。

 

「以前彼が路地裏で暴れているのを見たことがある」

 

 言葉はゆっくりと、余裕を持って答えるんだ。何もやましいことが無いというアピールと私に考える時間をくれる。

 

「彼を見たとして何故それが私たちヴィラン連合のモノだと、それに名前は何処で?」

 

 落ち着け、私は透明人間なのだから表情は見られない。相手は声で判断するしかないんだ。

 

 ここで焦るな。あの死柄木の最初期のプロフィールは「子ども大人」だ。

 

 そして襲撃事件の雑魚ヴィランは確か死柄木に賛同して仲間に加わっているはず。

 

 かなりの数だから全て死柄木が接触して集めたわけではなかろうが、あの先生は死柄木の成長を願っているから、全て便利ワープゲートで冷静な黒霧さん任せとはしないだろう。

 

 そして、彼を単独行動させるはずもないから、その場には黒霧さんもいたはず。

 

「黒霧さんと一緒にいるのを見たからね」

 

 これで、ヴィラン連合とのつながりは大丈夫だろう。

 

「ふむ。ですが名前はどうして」

 

「聞いた」

 

 しまった。焦って即答してしまった。

 

 彼の雰囲気が鋭くなった。

 

 ヴィラン連合はまだ恐らく黒霧さんありきで動いている組織、というよりも雑魚ヴィランを入れなければ実質スパイ数名と先生、博士、死柄木そして目の前の彼以外の主要人物はいないはずだ。

 

 資金提供者とかもいるかもしれないが、それに私を合わせる意味は無いので仮に私が会えるのは上記の物くらいだが、死柄木自身はまずないし、以前私が彼らと殆ど接触していなかったことは推測に難くないから、下手に他の人の名を言うのも嘘だとバレてしまう。

 

「誰にです?」

 

 やっぱ、そうなるよね。下手に確認を取られるとまずい。ここで何とか彼を丸め込ませないと。報告があがるとまずい。だけど下手な嘘は過ぎにバレる。

 

 クッソー連合とかたいそうな名前があるくせに、良くある漫画の悪の組織じみた基地も無いから、たまたま聞いたということは無理があるし………………。

 

 いや、それしかない!

 

「あなたに」

 

「私があなたに話したことは無いはずですけどそれはそういうことですか?」

 

 落ち着け、彼は良く死柄木の冷静にさせるのに名前を呼んでいた。

 

 そして、死柄木の初期の性格と雑魚ヴィランとの接触で戦闘でもあれば、確実に彼は自分のもつ強い個性を見せびらかすであろうし、殺しもいとわないだろう。

 

 そんな今、潜伏中の彼らが目立つ行動は避けるはずだから、暴走した彼の耳元で冷静になるように囁くはず。

 

 ここからは予想が外れたら一発アウトだが、これ以上の手はないはず。

 

「彼がやり過ぎて目立ち過ぎないように止めるあなたの声を聞いた」

 

「囁く程度だったはずですが、どうやって?」

 

 近くにいたら透明であろうと気が付く。そう言っている彼に対して私は勝利を確信していた。

 

 何せ、マジで死柄木は私の予想通りのことをやらかしていたのだから。この前提をクリアできるかはまさに賭け。

 

 ギャンブルに勝つと気持ちいいというが少しだけわかる。同時に全てベットするギャンブルは絶対にしない方がいいということも当たり前だが痛いほど分かった。

 

「なっ何をしているのですか」

 

 彼がどもった。

 

 まあ、それも仕方ないんだけどね。だって目の前でいきなり裸になられたら誰だって驚く。

 

 私は完全な裸になり、気配を消して黒霧さんの耳元まで近づく。

 

 これは女湯を覗くにあたって私の戦闘力を測るためにあれこれした時に分かったのだが、葉隠ちゃんはことスパイにおいては物凄く優秀だということだ。

 

 体に染みついたワザとでも言うべきであろう。簡単に気配を隠すことが出来たのだ。

 

 だから、黒霧さんに気づかれることなく近づくことが出来た。まあ、彼が焦っていたということもあるでしょうが。

 

「こういう風に気づかれずに近寄るのは簡単ですよ。それにあなた達は目の前の雑魚にかかりきりだったならなおさら」

 

 やりたくないけど、彼に胸を押し付ける様にして囁く。

 

 とにかく彼の冷静な判断力を少しでも奪うんだ。

 

「そっそうですか。確かに触れられるまで移動していることにも気づきませんでした」

 

「情報を奪取する作戦も必ず成功させてみせるよ」

 

 強引に話を打ち切る。一応彼の疑問には全て答えた。新たな疑問が出る前にお帰り願う。

 

 人間納得した事柄には深く突っ込まない。時間が経って新たな疑問が出来る場合もあるが、時間と共に埋もれる場合もある。だが、ここでずっと追及される場合は疑問も生まれやすく、いずれぼろが確実に出る。それに対してお帰りいただければ、有耶無耶になる可能性もあるんだ。

 

 帰らせる一択だ。

 

 彼から離れゆっくりと下着から見せつける様にしてつけ、途中で彼がいたことに気が付いたように、場所を移動して体を、というか下着を隠す。

 

「えっと、あまり見ないで欲しいです。それとまだ何かありますか」

 

 こちらをがん見していた彼は気まずそうに咳ばらいをして立ち上がると、ワープゲートを作る。

 

「すっ、すみません。ではよろしくお願いしますよ」

 

 彼が消え、部屋には私一人になった。

 

 私は勝利の余韻に浸る間もなく、昨日と同様に、布団にダイブすると、恥ずかしさのあまりジタバタし、顔を枕にうずめる。

 

「恥ずかしいぃぃぃぃぃ。何しているの私。あれじゃあ完璧に痴女じゃん!」

 

 全裸で、そして見せつける様に、そして接触。

 

 以前の彼女は裸に、裸での接触にも透明人間として生まれて慣れているかもしれないけど、普通の人間だった私には不可能だぁぁっぁぁぁ。

 

 コレ作戦の日も全裸徘徊するんだよね。

 

 ………………出来るかな?まあ、しないと此方が殺されるか脳無の材料にされちゃうだろうけど………………。

 

 究極的だなぁ~。全裸か死かなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でもちょっと気持ちいいかも」

 

 私はノーマル、そう自分に言い聞かせるもあの開放感が何故か忘れられず、その日、私は中々眠りにつけなかったのである。



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戦力差

「ふっふふ~ん」

 

 今日の私はとても機嫌がいい。

 

 皆さん今日が何の日か分かるかな?

 

 そう!今日は記念すべき雄英高校初登校日。右を見ても左を見ても女子高生(と男子)だらけだ。

 

 しかもどれだけじっくり、ねっとり視姦しようが透明だから問題ない。

 

「凄い!この世界なら異種間ジャンルも網羅できるとは!」

 

 角が生えてたり、翼が生えてたり、猫耳だったりと私の視線は何処に向ければいいのか迷ってしまう。

 

 はっ!あっあの巨乳は。

 

 そして私は目の前を行く巨乳に目を取られ、前後不注意のまま歩いたため人にぶつかる。

 

「っと、すみません」

 

「あん!何処見てんだ、死にてーのか」

 

「ひっ!ごめんなさい」

 

 こわ!天下の雄英高校なのに何処から不良が入ってきたんだ。そう思った私は顔を声の主に向け、納得した。

 

 ああ、爆豪君か。それはそうだよね。あんなに口悪いのは彼くらいだ。

 

 納得するのと同時に、彼に睨まれて、目を逸らす。

 

 ああ、カツアゲされる中年エロ親父の気持ちってこんなんだろうなと、やましい気持ちがあった分、そして純粋に怖い分そそくさとその場からフェードアウトする。

 

「ちっ!」

 

 私を見失ったのか舌打ちして去る彼を見て、どうやって教室に入ろうか悩んでしまう。

 

 いや、別に彼は本物の不良ではないし、見た目と相反してかなり冷静でせこい判断が出来る男だから、ぶつかったくらいで教室で絡まれないだろうし、そもそも彼にとって私はどう考えてもモブ扱いだろうからこのまま教室に向かっても大丈夫だろう。

 

 ただ、頭で分かっていても気まずいモノは気まずいし、怖いモノは怖いのだ。

 

 せめて誰かと一緒に………………。

 

 私は周囲を見渡し、蛙吹さん、八百万さん、芦戸さん、麗日さん、耳郎さんの誰かが通らないかとジックリと観察に戻るが、誰も通らない。

 

 まあ、セロハンテープやら葡萄頭や電気人間を見たけど男には興味ない。

 

「仕方ない。さっき委員長が校舎に入って行ったし、時間もないし、行こうかな」

 

 初日から遅刻し先生に睨まれるのはスパイとしてまずいので、そろそろ教室に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや~。大丈夫って思ってたんだけどね。まさかこうなるとは。

 

「おい。お前だろ」

 

 うんうん。私の背後から機嫌が悪そうな声が聞こえる。

 

「朝ぶつかって来た奴。謝罪もねえのかよ」

 

 いや~。まあ、飯田君と爆豪君の委員長vs不良の勝負が終わったと思ったら、彼の視線は私にロックオン!

 

 流石に、爆豪君も自分の目の前の席に透明人間がいたらそりゃあ気になりますよね。それがさらに朝ぶつかって来た奴ならなおさら。

 

 ………………どうしようか。

 

 こんなことになるとは思いもしなかった。

 

 隣は障子君だし、女の子は斜め後ろの耳郎さんくらいだし、その彼女を見て現実逃避しようにも隣はその問題児だし、どうしようか。

 

 私が物凄く困っていると、漸く先生が入ってきてこの地獄の時間から解放してくれた。

 

 ふ~。助かった。

 

「合理性に欠ける」

 

 先生のお決まり文句が決まると、いきなりの個性把握テストの為、体操服に着替えさせることになった。

 

 まあ、原作通り。

 

 さて、私もそろそろ始めるか。

 

 私は爆豪君がさっさと移動したのを確認してから、動き始める。

 

 まず最初にすべきこと、それは………………

 

「ねえ、一緒に行かない?」

 

 女子友を作ることだ!

 

「えっ、うん。一緒に行こうか」

 

 いや~。この1-Aにおいて貴重な貧乳ステータスをお持ちの彼女とはお友達になりたかったのだ。

 

「私は葉隠透。毛糸中学校出身だよ。個性は見ての通り透明。よろしくね」

 

 私の自己紹介を聞いて耳郎さんも自己紹介を返してくれる。

 

「ウチは耳郎響香。辺須瓶中学出身。個性はこの耳かな。此方こそよろしく」

 

 伸びる耳たぶを見せてそう自己紹介する様は可愛らしい。ウチという言葉遣いもグッとだ。

 

 思わず抱き着きたくなる。

 

「あの、葉隠さん?」

 

 彼女の戸惑う声を聞いて初めて自分が性欲の赴くまま抱き着いていたことに気が付いた私だが、ここ数日間ヴィランやら何やらですさんでいた心が女体を欲して止まず、どうしても離れる気が起きない。

 

 こう、控えめながら主張している女性的な柔らかさに、細くしなやかな体は健康的でそのサバサバした性格の一面を表しているが、同時にその内また気味の足など女性らしさを内包しているさまなど萌である。

 

 長く説明したが、言いたいことを一言で要約すると、興奮します。であります。

 

「えい」

 

 誤魔化すように彼女の耳を触る。

 

 耳たぶは柔らかく。それでいてプラグ部分、つまり先の部分はコリコリと骨があるような触感で触り心地がいい。

 

「ん、い、いや」

 

 艶やかな声に一層彼女の耳をいじる手が止められない。

 

 ギャップ萌えである。これは健全な萌を探求する行為である。もはや誰に言い訳しているのか自分でも分からないが、その頬を赤らめ、膝をする様子は中学生という大人と子供の狭間を超え、高校生という大人の仲間入りをしたまだ少女のあえぐ姿は見るものの劣情を掻き立て、その表情をより淫らに書き換えたくなる。

 

 少しSっけが出始めた私はもう一歩の手をフリーにしていた彼女の左耳に持っていこうとして彼女の先端を捕らえることが出来ず空をきる。

 

 どうでもいいけど先端ってなんだかエロい気がする。

 

「いい加減にしろ!」

 

 二人の距離が縮み、肌が触れあうとき、その鼓動は二人の気持ちを伝える何よりの手段となりうる。

 

 早く奏でる心臓の音は彼女の尚早と期待を、ゆっくりの時は彼女の安心感を伝えるそのロマンチックな心音は、彼女の明白な拒絶を私に伝えてくれた。

 

 流石に爆発するように体内に駆け巡る心音という名の衝撃に私は崩れ落ちる。

 

「ふにゃぁ」

 

「たく。もう他の皆は行ったんだから、うち等も行くよ」

 

 頬を赤らめた彼女は少し着崩れた制服を戻すと、地面に倒れ、打ち震える私の制服をつまみ、引きずるようにして更衣室に向かう。

 

「ごめんね。気持ちよかったからつい触っちゃった。私の耳も触る?」

 

 流石にやり過ぎたと思った私は彼女に謝罪をしつつ、彼女との触れ合いを大切にすべきと立ち上がり顔を彼女に近づける。

 

「別に気にしてないよ。良く触られるし。それより早く行こう。それと耳がどこにあるのか分からないんだけど」

 

 結局彼女に触ってもらえないまま更衣室に着いたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女の花園更衣室。女子だけの空間。何かもう、くらくらする。

 

 右を向いても左を向いても桃ばかり。健康ランドがいかに酷かったのか再認識しながらも私はそれに見惚れ、着替えが皆より遅れてしまう。

 

「あれ?まだ着替えてないの葉隠さん」

 

 その声にようやく現実に戻った私の意識は、皆が既に着替えていることに愕然とし、落ち込む。

 

 なぜ、絶好の機会だったのに、透明になって悪戯をしなかったのか!悔やまれる。

 

 そんなことを考えつつも、二兎追うものは一兎も得ずということわざを思い出し、今は耳郎さんとの仲を深めるべきだという結論に至り、今は彼女に集中する。

 

「ごめんね。朝はちょっとクラスを見る余裕が無かったから、改めていろいろな人がいるんだなと見てたんだ」

 

 彼女は自分の隣の人物を思い出し、納得するしぐさを見せる。

 

「ああ、爆豪か。確かにヒーロー科に似合わない人物ナンバーワンだねあれは」

 

 彼の表情を思い出したのか、揶揄って彼女は彼を言い表す。

 

「うん。そうだね。それよりも私のことは名前でいいよ」

 

 ちょっと唐突かなっと思いつつ、より一層仲を深めるため名前呼びを了承してもらう。

 

「それならウチも響香でいいよ」

 

「ありがとう響香ちゃん。このヒーロー科って倍率高いから友達がいなくて心細かったんだ」

 

 再度抱き着くが、今回はお触りなしだ。

 

 私もこれからいくらでも機会があるのにがっつく真似はしないのだ。

 

 ただ、彼女の控えめな柔らかさを堪能するくらいは良いだろう。

 

「透。ウチでいいならよろしく」

 

 抱き返され百合感がまし、全年齢版だが、これもありだと言えよう。

 

 しかし、幸せな時間も長くは続かなかった。

 

 突然抱擁が彼女の方から解かれたのだ。

 

「意外とデカい」

 

 彼女は自分の慎ましい胸を見て落ち込み、トボトボとグランドに歩き始めた。

 

「別に気にしなくてもいいのに」

 

 私はそう思うが、年頃の娘にとっては重要なことなのだろう。

 

 だが、彼女にこのまま気にされるとこれからの接触が控えめの物にならざるを得ないので、何とかしなくては。

 

 私は急いで着替えを済ませ、グランドに向かう最中、胸の大きさで貴賤が決まるわけではないことをどう伝えればいいのか悩み続けていたが、目下もっと大変な事態が目の前に迫っていたことを忘れていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「個性把握テスト、葉隠透はいかにして18位だったのだろうか?」

 

 ボール投げのボールがあり得ないほど飛ぶ光景を見て途方に暮れるのだった。



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ポンコツ

 個性把握テスト。

 

 それは合理主義の塊たる相澤先生の生徒の実力を知るための合理的手段である。

 

 まあ、とっても簡単に言えば、主人公に降りかかる序盤のピンチだ。

 

 個性把握テストは最下位除籍であるため、ここで頑張らないとせっかく入ったのに即退学の憂き目に会うのは辛すぎる。

 

 まさしく、個性を使い切れない主人公にとっては大ピンチであろう。

 

 ああ、大ピンチだ。バカ野郎。

 

 どうやって原作で彼女は18位。ボール投げや反復横跳びで好成績を出した緑谷と峰田に勝ったというのだ!

 

 分からない。以前の彼女の記憶が無い私には分からない。

 

 と言うか、彼女はどうやって雄英高校の入試に合格したんだ。

 

 まさしくピンチである。

 

 ここ数日間個性を把握したりしたが、ぶっちゃけ透明になる以外出来ることは無かった。

 

 いや、違う。透明になる。これは意外と凄かった。あの日黒霧さんの隣に行ったとき技能だと思っていた技が、存在感そのものを薄くできるという能力も持っていたことに気が付いた。でも、これはスパイとしては優秀でも体力テストには使えない。

 

 他にも出来ることは無いかと苦労してできるようになったのは光を屈折させ、フラッシュをたく技くらいだ。

 

 これも体力テストには使えない。

 

 ………………どうしようか。後はこの体の身体能力に賭けるしかない。

 

 クッソー。せめて除籍処分がマジで嘘だったらそこまで気にしないのにぃぃぃぃ。

 

「大丈夫?」

 

 先ほど友達になった響香ちゃんが心配そうに聞いてくる。

 

「大丈夫。大丈夫」

 

 そう、何とかなるさ。

 

 

 

 

 

 

 第一種目50メートル走

 

 私と一緒に走るのは峰田君だった。

 

「オイラできる子。オイラできる子」

 

 もの凄く緊張していた。あそこまでテンパっているのを見ると逆に冷静になれる。

 

 ここで私は閃いた。私は最悪この子と緑谷に勝てばいいんだと。

 

 スタートの構えを取る私と峰田。

 

「よ~い」

 

 機械がスタートを告げる直前、私は仕掛ける。

 

「ん、ちょっと熱いな~」

 

 ジッパーを緩める。この時ワザと音を立てるのがポイントだ。

 

 クワ!

 

 彼の顔が此方を向いたのが見なくても分かった。

 

「ドン」

 

「えっ!」

 

 彼は慌てふためきフォームを崩す。

 

 その間に私は最高のスタートを見せてゴールする。

 

「へぇ。結構速い」

 

 普通に走って6秒台の彼女の記録を見て私はこんなせこいことしなくてもよかったかなと思いつつ、これも自分の為と二回目も峰田を罠に嵌め、彼の成績を下げる。

 

「ちょっ、男子がいるんだからちゃんとジッパー上げときなさいよ」

 

「別に透明だから大丈夫だよ?」

 

「駄目ったらダメ」

 

 何かこのやり取り無防備な女の子を委員長が嗜めるようでいいかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第二種目握力

 

「どうしようもないよね」

 

 女子にしては結構あるけどという程度、まあ、ふつうだね。

 

 

 

 

 

 

 

 第三種目立ち幅跳び

 

 いや、だからどうしようもないよね。

 

 

 

 

 

 第四種目反復横跳び

 

 もう、いいんじゃない?

 

 ただ峰田の邪魔は一応してたけど、何か目線だけこちらに向いて、体だけ高速移動しているというきしょい状態になっただけで、彼が反復横跳びナンバーワンだった。

 

 意味なかった。

 

 

 

 

 

 第五種目ボール投げ

 

 全裸になって、存在感も消してコッソリとヤッた。

 

 もちろんバレなきゃの感じて少しだけ体を円の外に出して投げたが、まあ、に三メートルくらいしか伸びないよな。

 

 余りにも無意味なことをしたのを理解していただけにそそくさと服を着なおして二回目は普通に投げた。

 

 緑谷君マジ主人公。

 

 

 

 

 

 ハッキリ言おう。

 

 これ、個性解放した方が私不利でね?

 

 ぶっちゃけ個性なしだとこの体の性能なら男子にも負けない気がするんだけど。

 

 持久走も、上体起こしもこれと言って記録は物凄い訳ではない。まあ、悪い訳じゃないし、峰田にも緑谷にも勝利してんだけどさ。やっぱ特別な記録が無いと不安になる。

 

 しかし、しかしながら、私は閃いた。どの競技も最低限のルールさえ守ればいいのだと(あとはバレなければいいのだ)、だから長座体前屈はイケると思った。

 

 何故ならば、最初の姿勢は背中を壁に付けること、そこから記録を取る箱をどれだけ前に出せるかなのだから、裸になった私にはどこが初めで何処が終わりなのか、機械でも分からない。

 

 なんせこの体凄いことにセンサーの類でも透明化した私を映すことも検知するのも本気の私には不可能なのだ!まさしく最強のステルス。これはパないわ。まあ、その分持続時間に難あるけど。

 

 と言う訳で、機械に移されないのをいいことに不自然にならない程度に記録を改ざんする。と言っても何メートルも伸ばしたわけではない。

 

 だが、これで総合的に見れば中々な成績である。

 

 

 

 

 

 

「あれ、16位………………。やり過ぎちゃった」

 

 今思えば女子と男子では体力測定の得点は同じ基準じゃなかったじゃん。

 

 それで男子よりも好成績かつ、ちょっとずつ卑怯をしたらこうなるか。

 

 ………………つまり、普通にやれば原作通りだったと。というか長座体前屈は普通にしても身体柔らかかったからあんなに頑張らなくても良かったと今にしては思う。

 

 いや、大丈夫だよね。きっとこのくらいなら何も影響は出ないよね?峯田くんが最下位だったけど問題ないよね。

 

 私は今回明かに個性把握テストで有用な個性を持っていないにも関わらず負けて18位だった響香ちゃんを慰めるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回の生徒は中々骨があると、緑谷のボール投げから感じていたことを再度思い出しながら相澤は今日のスポーツテストの結果をまとめる。

 

「ん?こいつの長座体前屈どういうことだ?」

 

 ちらりと見えたルールと個性を照らし合わせた結果としては合理性に欠けるあり得ない記録が目に留まる。

 

「葉隠透。届け出では体が透明になるだけ、見えなくなるだけの個性のはずだがこれはどういうことだ」

 

 いくら考えても彼には分からなかった。

 

 少しずつ彼女のぽんこつが物語に影響を出し始める。



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幸せの定義

 今日は雄英高校生として二日目、ぶっちゃけ難関校なだけあってガンガン授業が進む。

 

 ただ何と言うか、ヒーローの無駄遣いと思うのはわたしだけかな?

 

 プレゼントマイクの英語とか聞きやすいを通り越して煩いのだが、そしてここは普通の先生でも問題ないような………………。

 

 まあ、別にいいんだけどね。彼らが真面目過ぎるとスパイする私としては厳しくなるだけだしね。

 

「はあ、疲れた」

 

「まあ、仕方ないでしょ。ヒーロー科は午後にヒーローになるための講義を詰め込んでるんだから、午前の一般の授業が他の科よりも少ない分濃密にしなきゃいけないし」

 

「それでも大変だよ。歴史とか全然違うし

 

 個性が発動したせいで、近代の歴史が全く異なる。前世の記憶が役に立たない。というか、前世の私頭があまり良くないようだ。

 

 英語、数学ともに初めて受けた気しかしない。

 

 しかし!私は挫けない。何せ今の私は頭いい!すらすらと公式が頭に入っていくのだ。

 

「でもまあ、英語は声が濃密だった気しかしないけど」

 

 一緒に食堂に食べに来た響香ちゃんもプレゼントマイクの授業は全く同じことを思っていたようだ。

 

「やっぱりそう思うよね。それよりヒーロー基礎学楽しみだよね」

 

 私は同じことを考えてくれていたことに嬉しく思いながら、話を進める。

 

「確かに、これぞヒーロー科って感じな授業だもんね。ウチも楽しみ」

 

 そう言い私に笑いかける彼女の表情に思わず見とれる。

 

「わっ!凄い!雄英高校の食堂すご!」

 

 見惚れている間に先に彼女は食堂に入ったようで感嘆の声を上げている。

 

 さっきまで私に向けられていた笑顔が奪われたことに少しほど嫉妬しつつも、同じように顔を食堂に向け、そのいい匂いに自分のお腹が鳴るのを感じる。

 

「早く行こう!」

 

「賛成!午前に頭を使って脳が栄養を欲している気がする」

 

 どうやら恥ずかしい腹の音は聞かれていなかったようだ。

 

「そうだね。ただ………」

 

 先に行っていた彼女が立ち止まり振り返り、笑いかける。

 

 さっきの純粋な笑顔と異なりそこには何か嫌な予感を感じさせるものがあり、思わず一歩後ずさる。

 

「えっと、早く並ばないと席が埋まっちゃうよ」

 

 私の問いかけに返事を返さずジリッと近づいてきた彼女は俊敏な動作で私のお腹を両手でつかむと揉みこむように触ってくる。

 

「脳じゃなくて栄養を欲しているのは透のお腹だろ。誤魔化してもウチは聞いたよ。その可愛らしい腹の音を。うりゃ」

 

「ちょっくす、くすぐったいよ」

 

 恥ずかしさと、くすぐったさに私は悶える。

 

 ただ、女の子の触れ合いっていいな。

 

 そんな風に思っていた時も在りました。

 

「そこは駄目!ちょっ、や、あ、ん」

 

 自分の口から艶やかな声が、いや喘ぎが漏れる。

 

「栄養を欲しているのはこの胸か!」

 

 最初はキャッキャウフフと戯れているだけだった。

 

 それが彼女の手が偶然私の胸に当たった辺りから彼女の目からハイライトが消えた。

 

 彼女の手は容赦なく私を揉む。

 

 彼女は趣味でギターをしているだけはある。

 

 テクニシャンだ。そしてどんどん追い詰められる私。

 

「オイラ雄英に入ってよかったと思う」

 

「ああ、俺もそう思うぜ」

 

 最初の夜に頭がショートした感じが来そうになったが、一気に冷静になった。

 

 私たちの百合を覗いている者がいたのだ。その無遠慮な男二人の名は峰田に上鳴だ。

 

 私の痴態を見ていいのは女の子だけだ!野郎は許さん。

 

 特に上鳴、よく響香ちゃんとつるむ貴様だけは許さん!

 

 服に忍ばせていた消しゴムを彼向けて投げようとして、彼ら二人は内から弾けた。

 

「さっさと食事にしましょ」

 

 誰のせいでここで痴態を演じる羽目になったのか釈然としないながらも、倒れ伏す二人を見て彼女に黙ってついて行く。

 

 見られながらも悪くない。ちょぅっとだけそう思いながらも、女の子のわがままを聞くのも悪くないと自分に言い聞かせ、格安で美味しい食事を食べることにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こっそりと盗撮しました。余りにもおいしい食事に悶える響香ちゃんを見てるとつい。

 

 勿論、これは私が欲望のままにこんな行動に出たわけではない!

 

 これはスパイ道具が正常に動くかのチェックだ。それによっては明日の作戦の難易度がガラリと変わってしまう。

 

 つまり、写真映り、そしてブレ、それらを事前に調べておこうということだ。そしてさらには本番も全く誰もいない職員室で情報を盗み出すなど不可能だろう。だからこそ、今、人目がある中でどれだけ違和感なく使えるか、そしていざ使うとなると自分がどんな精神状態になるかを知るうえで重要なのだ。

 

 そう、これは英雄高校が誇る鉄壁のセキュリティを抜くために必要な前準備。

 

 一流とはそう言うモノだと私は思うのだ。

 

 優秀な軍師は戦う前に兵力、士気、地形、天候、その全てを知り、戦う前に勝敗を決しようとし、政治家は根回し、金、イメージ、賄賂、様々な手を駆使して、政治をする前段階に既に勝負をつけるだろう。

 

 こんなのは人間が積み重ねてきた歴史が証明しているはずだ。………………たぶんだけど。歴史って良く知らんが、漫画にはそう描いてあったから大丈夫。漫画は心のバイブルです。

 

 つまり、此処で私が写真を撮ることは必要事項なのです。

 

 そう心の中で言い訳をしつつ、私は授業中から盗撮をし続けて既にデータの半分を圧縮したカメラをそっと懐にしまい、彼女と食事一緒に食べることに専念する。

 

「うま!」

 

「でしょ。これをこの値段で毎日食べられるなんて!ウチ幸せ」

 

「ほんと幸せだよね」

 

 私は彼女の笑顔を毎日見られるのは本当に幸せだと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幸せは長くは続かない。

 

 どんな物事にも上昇と下降が存在するように、人の運にだって幸運と不運が交互に訪れる。

 

 いや、もしかしたら幸運続きの人もいるかもしれない。でもよく考えて欲しい。幸運とは何をもって運が良いと言えるのだろうか。

 

 幸運な人間にはそれが当たり前なら、普通の人がラッキーと感じることでも彼らには当たり前のこととなるのならば、本当の幸運は連続しては訪れないのではなかろうか?

 

 そんな人たちは普通の人々が何気なく起こる事態を不幸に感じるかもしれない。

 

 う~む。此処まで行っておいてなんだが、私の主張はこれで伝わるであろうか?

 

 まあ、つまりだ。数学的に、論理的に説明するとだな。

 

 人の人生を幸運と不運のパラメーターを数値化し、その人の一生を時間とし、グラフを作るとする。

 

 もし、これを作成する上で、全ての人が感じる普通をゼロとするのが先ず間違えであると言いたい。

 

 そんなことをしてしまえば幸運な人のグラフは絶対どんな時でも幸運となり続ける。

 

 だが、人の価値観と人それぞれ、意味もないのに平均をとりたがるのは日本の悪しき風習だと私は思う。

 

 つまりだその人ごとの当たり前をグラフの0にしなければなんの意味も無いのだ。

 

 そうすると、どんな人にも幸運と不幸は絶対に現れる。そこには大雑把に見れば必ず大と谷が出来るはずだ。

 

 どれだけ幸運な人物であろうと必ず不幸になる。

 

 私が言いたいことは最初から変わらないがあえてもう一度言おう。

 

 幸せなど長く続くもんか!幸せだと思っているバカップルが爆発する様など痛快であろうが!どれだけ幸せだろうが、そんなもの簡単に壊れるんだよ!だからこそリア充は死に、魔法使いがこの世に爆誕する。これが真理だ!

 

 私は心の中で熱くそう主張しつつ、自分の下に組み敷かれた私の不幸の象徴たる轟焦凍を、誰も私の顔など見ることが出来ないであろうが、視れたら確実に目が泳ぎまくり、視界の中央に中々入らないながらも見ているのであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうしてこうなった。スパイなのに目立つって………………。

 

 あえて言おう。

 

 私、メッサ不幸じゃん。

 

 そう、幸せだったからこそ不幸になったに違いない!だから、この次の事態は幸運に恵まれるに違いない!

 

 そうであって、ほしいなぁ。



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イケメン氏ね!

「凄いね葉隠さん」

 

 尾白が全く動けないながらも顔だけ振り向いて私に賛辞を贈る。

 

 素直に嬉しいが、喜べない。

 

 なんせ、原作では私たち二人は足元を氷漬けにされ身動きが封じられ完封されたはずなのに、今現状、オールマイトが教鞭をとるヒーロー基礎学の最初の授業において、私は対戦相手でかつ、私たちに勝利するはずの轟君を拘束し、無力化したのだ。

 

 これが他の人ならいざ知らず、ナンバー2ヒーローエンデヴァーに鍛えられた彼を授業とは言え捕らえるのは目立ちすぎる。

 

 彼の氷の力は下手なプロヒーローよりもすでに上である。まあ、ヒーローは力だけでなれるものではないから、今働いているヒーローの皆さんが現在の彼に劣っているかと言うと、戦闘面以外は全てにおいて勝利しているから、彼がプロよりも優れているわけではない。と言っても今回は戦闘に重きを置いているため、この弁論は全く意味をなさないどころか、逆に私の異様さを際立たせているだけかもしれない。

 

 つまり、私は戦闘力だけならプロと遜色のない彼に勝ってしまったのだ。

 

 わーい。私マジスゲー。

 

 は、ははははははは。笑えてくる。これで任務に支障をきたしたらどうしよう。

 

「えへへへ、ウレシイナァー」

 

「えっと、前半と後半に激しい寒暖差があるんだけど、どうかしたの」

 

「ううん。ナンデモナイヨー。それよりまだ障子君がいるから気を抜かないでね」

 

 はっ!そうだ。まだ障子君がいるじゃないか。ここから彼がスーパー逆転劇を見せれば少しは印象を薄れさせることが可能か!

 

 そうと決まれば急がなければ!

 

 私はおもいッきし立ち上がる。その下に誰を組み敷いていたのか忘れて。

 

「いい加減放してくれないか?」

 

「え?う、うわ!」

 

「ちょっ葉隠さん!」

 

 今まで黙っていた轟からの声に驚いてしまった私は体勢を崩す。

 

「「あ!」」

 

 私と尾白君の声が重なり合う。

 

 そして滑った足が上手いこと轟君の顎にクリーンヒットし、彼の意識を刈ると、私の伸びた手が尾白君の象徴にクリーンヒットする。

 

 この時不幸なことに尾白君は足を固定されており、衝撃を逃がせない体勢であり、更に私が原作通り全裸であったため、尾白君は私がどのように倒れているかなど分かるわけもなく、そして私の手がどんな軌道を取っているかなど更に分からないため、何の準備も覚悟もなく、そしていくら下半身が上手く動かせなくても、知っていれば体をひねることくらいはできただろう。

 

 だが、それはもしもの話。現実は変わらない。

 

 この寒い中、尾白君は大量の汗を顔面からだらだらと流し一言も言うことなく崩れ落ちる。

 

 足が固定されているため、体を九の字に折り曲げた窮屈の体勢のまま、股間に手と尻尾をやる様は悲壮感が漂う。

 

「………………ヴィラン、ヒーローともに一人ずつ撃破。残り二人だ」

 

 どうしてこうなった。

 

 意識のない二人を視界に収めながら私は対戦の初めを振り返る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よろしくね尾白君」

 

「ああ、よろしく」

 

 ペアを組むことになった尾白君に無難な挨拶をした私はさっさと作戦会議に入る。

 

「じゃあ、サクッと話し合おうよ。先ず見ての通り私は透明人間。奇襲はお手の物だ!」

 

「僕はこの尻尾。これを利用した近接戦闘が得意かな?」

 

「じゃあ、作戦は簡単だね。向こうは推薦の轟君に障子君はあの大量の手を生かした力は厄介そうだし、2対2は恐らく不利だと思うんだ」

 

「まあ、僕も二人を相手にするのは辛いかな」

 

 野郎、あっさりとこの私を戦力外通告しやがった。まあ、確かに透明になるだけだしね。

 

 それでもムカつく。

 

「え!私邪魔かな」

 

 落ち込んでいる風に見せ、奴の罪悪感を煽る。

 

「え、あ、ゴッゴメン。そんなつもりじゃアなかったんだ」

 

 慌てふためくさまを見て少しは溜飲が下がった私は、彼をおちょくるのを止めさっさと話し合いに戻る。

 

 というか、あいつは犬か猫か。感情をダイレクトにあの尻尾が伝えている。

 

 ちょっとかわいいと思ったのは内緒である。

 

「別にいいよ。気にしてないし。それよりも、作戦会議の続きをしよう」

 

「そう、でもゴメンね」

 

「だから良いって。で、戻るけど。やっぱ私が不意打ちで一人を確保し、その後私の存在を気にしたら、もう自由に尾白君と戦うのは難しいし、核を確保するために強引な手には移れないと思うんだ。この時点で私たちは時間稼ぎでも勝ちなのだから、焦らず戦えばいいことになる。つまり、私はこの部屋で待ち構えるのが一番だと思う。核の存在と尾白君の存在を同時に見て、意識がそれないはずもないし、不意を突くならそれが一番だと思うんだどう?」

 

「それでいいと思う」

 

 あっちなみにだけど、今回の授業はヴィランが室内に仕掛けた時限核爆弾をヒーローが阻止するという想定の下行われるのだ。如何にもオールマイトらしいアメリカンな事態だ。画風が一人違うだけはある。

 

 だからこそ、ヒーロー側は敵戦力全ての無力化か、核の確保が勝利条件で、ヴィラン側はヒーローの撃破、または核を時間内に守り切ることが勝利条件だ。

 

 ちなみに私の作戦は敵側の個性を知らないものとして立てております。

 

 ここで知らないはずの彼らの個性を話すのは明らかにまずいし、彼らに勝つのも目立ってまずいからね。

 

 そして私は原作通りにコスチュームを脱ぐのだが、見えないと言っても恥ずかしいものは恥ずかしい。

 

 尾白くんが気まずそうに目をそむけるという対応に少しだけだが、彼への高感度がアップした気がする。

 

 まあ、そもそも値はプラスではないので上がっても無意味だし、コスチュームも靴と手袋だけという露出狂真っ青な姿なので今更過ぎる。

 

 なら今更何を恥ずかしがっているんだと思うかもしれないが、それはそれ、これはこれである。やっぱ何もつけていないのは人間として恥ずかしいのだ。

 

 ………なんか自分の感覚が徐々に透明人間の思考に移っている気がする。そう、これは段階を経て生物を環境にならす手法の様な………………。

 

 そんなことをつらつらと考え、自分のたどり着く未来を思い浮かべ、シャレにならんとかんじていた私だが、脱いだコスチュームを持ち、ふと気づく。

 

 あれ?このコスチュームどこに置けばいいんだろう?

 

 床に置けば氷漬けにされるが、けれども、どうせすぐ負けるからと言って、手に持ったままだと敵に居場所がばれるから透明人間としては選択肢に入らない。

 

 私はうんうんと唸りながら、そのコスチュームを胸に抱いて考えこんでいた。

 

「あの葉隠さん?もう始まっているんだけれど」

 

「………………」

 

「葉隠さん?」

 

 尾白君の声が突然聞こえてきた私はばっとそちらを向き、私の位置を私の持つコスチュームだけで判断したのだろうけど、距離が物凄く近い。

 

「きゃ!」

 

 驚きのあまり後ろにジャンプして距離を保ったのだ。

 

 そう、後ろにジャンプしてしまったのだ。開始直後に。

 

「うわ!何だこれ、足が動かせない」

 

「へ?ってちょっと待って!」

 

 原作では二人とも氷に足を捕らわれるはずなのに私は無事だった。

 

 そしてつるつるな地面に足を突き転がりコスチュームをバラまいてしまう。

 

「いたたた」

 

「葉隠さんもしかして氷に捕まっていないのかな」

 

「あっ!避けちゃった!」

 

「よし。僕は動けないけど、そんな僕の姿を見て敵は油断するはず。葉隠さん申し訳ないけど後は任せたよ」

 

 それでも貴様は男かぁぁぁぁぁ!

 

 どうする。転んで悲鳴を上げたせいで捕まってないこともバレたし、こうなると原作もくそもないぞ。

 

 ふざけるな!私が何をしたよ言うんだ。こんなのあんまりだ。

 

 核の傍でうなだれている私だったが、その耳に尾白以外の声が届く。

 

「無理して動かない方がいいぞ。足の裏がはがれて満足に戦えないだろうしな」

 

 声に反応して顔を上げるとそこにはイケメンがいた。

 

 イケメン氏ね!

 

 気づいたら私はイケメン君を拘束及び組み伏せていた。

 

 ………………。

 

 違うんです刑事さん!この手がっ、この手が悪いんです!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう。私は悪くないもん!」

 

 そう、あれは事故だった。

 

 ほら!人は目の前に突然何か起きると体が反応して思いもよらない行動をとるなんてよく知られたこと。それは本人の意思によるところで故意ではない。つまり事故だ!

 

 ハイ論破!

 

 よし、これはもう問題ない。問題は事故が起きた際の応急措置がどれだけ迅速かだ。

 

 よーし。障子バッチコーイ!

 

「ヴィランチーム…WIIIIIN!」

 

 あれ?障子君は?あれ?どちらが勝ったって?

 

 ………………。

 

 私はこの後轟君が目覚め、尾白君の氷を溶かすまで動けなかった。

 

 ちなみに、私が期待していた障子君は私の動きが一切聞こえなくなり、警戒して一階から登ったため時間に間に合わなかったのと、彼は轟君の実力に気を抜いていた面があり、轟君がやられたという情報が入るまで音による情報収集を行っていなかったため、あの轟を倒した私の像をあまりに強く見過ぎたのも原因だろう。

 

 バカ騒ぎしてりゃあ良かった。

 

 講評でも、轟君の攻撃を避けたこと、その後の隠密性、奇襲性をとても高く評価されました。

 

 まあ、スパイですし!…………こう開き直れたらどれだけ気分がいいだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この後イケメン君に勝った影響か、女子のお友達が一気に増えた。

 

 わっ、ワーイ。ウッレシイナ~。

 

 モッテモテ。注目の的だ~。

 

 ………………。明日一人になれるだろうか………………。



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ミッションスタート ポンコツパート2

 今日は私は悲しかった。それはそれは悲しかった。だが、私の明るい未来の為、私は涙を呑み、目の前の愛しい人の誘いを断るのである。

 

「え!今日一緒に食堂に行かないの?」

 

 その顔が曇るのが辛い。

 

「うん。ごめんね」

 

「いや、別にいいんだけど。でも、何かあったの」

 

 その言葉を聞き、私の表情も曇る。

 

「えっとね。先生に呼び出されてて」

 

「ああ、相澤先生の授業寝てたものね。仕方ないか」

 

「てへ。ごめん響香ちゃん」

 

 そうして、私は響香ちゃんと別れて職員トイレ前に向かう。

 

 女子トイレに迷うことなく入ると私はカメラを握り、笑みを浮かべる。

 

「ミッションスタートだ」

 

 そうして私は湧き上がる衝動を抑え、女子トイレにそのカメラを設置………………すうるようなことはせず、泣く泣く、その口に隠し、服を全て脱ぎ、コソコソとトイレの個室にカギを閉めたまま、扉の上の隙間から外に出る。

 

 そう、この日、私は遂にヴィラン側としての最初のミッション、ヒーロー側の情報の抜出を行うのである。

 

 さあ、仕事だ!

 

 私は心の中で自身に活を入れると、トイレの出口で一度止まり、人通りの少ない通路の足音を確認してから、ゆっくりと顔を出口から出し、近くに誰もいないことをホッと一息つくと、ようやく廊下に堂々とその身を晒すのである。

 

 何故だろう。これから行う自分の悪事と、そのミッションの重要さにドキドキする以外に私の心に生まれるこの気持ちは何であろうか。

 

 高まる緊張に勝手に歩幅が小さくなる。

 

『大丈夫。落ち着け私。ここは今やオールマイトがいる、世界で最も悪と遠い場所。外部からの侵入は難しくとも、その大きな力ゆえに内部からには大きな油断が生じるはず!だからこの作戦は成功する!ビリーブ!トラストミーです。………なんかこの言葉を使うと自分が信じられなくなってきたけど大丈夫。私は未来を知っている。確定された未来を知っている。だから大丈夫。落ち着け落ち着け』

 

 私は自分を信じろと日本語で心の中で呟くと、時たま聞こえてくる足音にびくびくしながらも、作戦開始時間までに職員室近くの教員トイレに入り込むことに成功する。

 

『ふっ!大丈夫だったか。やっぱこの私は天才!』

 

 トイレに駆け込み一息つくと、誰にも気づかれることなく作戦の前段階に移れたことに自分を鼓舞するように自身を褒めちぎる私であったが、私は任務への緊張と達成感からの興奮で自身の体の違和感に気づくことは無く、妙に汗をかいた額を拭う。

 

『ちょっと暑いかな?』

 

 ふうッとため息を吐き、そのまま用を足す。

 

『あ~』

 

 緊張が水の跳ねる音と共に流れていく気がして、声が出そうになったが、流石に自重した。

 

 解放感に身をゆだねつつもカメラの起動の準備を行い時を待つ。

 

 そうして緊張からの解放感に暫く身を浸していた私だが、突如震えるロータ……じゃなくて揺れる小型の丸いピンクの何かを口から取り出すと、私はローターではないそれに非常に酷似したヴィラン連合特性、コスト、量産性、秘匿性の全てを兼ね備えたスパイ道具を引きつった目で見た後、トイレットペーパーに何重にもくるむと、トイレのゴミ箱に捨てて職員室に向かう。

 

『この合図に使った道具ってやっぱり…………』

 

 心の中で黒霧を絶対からかってやると誓いつつも、人にぶつかってバレるというへまをしない様に気を付けて職員室の扉の前まで焦らず、しかし早足で向かい、その大きな扉の目の前に立つ。

 

 そう、入るのではなくその扉の前でただ立つのである。

 

 扉の前で立つ私の顔をもし見れる人がいたなら、即座にこう思うこと間違いなしである。

 

 あいつミスったなと。

 

 つまり私の今の顔は少しどころかかなり青ざめているのである。

 

『え?え!へ?ほ、ほへ?いや、いやいやややや?入れないやん!』

 

 鍵などかかっていない扉を前に固まる私。

 

 後はこの扉を開け中に入って相澤先生のパソコンなり、その他の先生、校長の書類などを漁るだけなのであるが、そもそもこの扉を私は開けられない。

 

 いや、勿論、この扉に特殊なギミックなどない。開けようと思えば開けられる。

 

 ただ、もし、そうもし、此処で私がこの扉を開けたらどうなるであろうか?

 

 普通、扉を無音で開けて無音で閉めるのは中々難しいし、扉とは無意識に人の出入りを印象付けるファクターである。つまり、意識しないにしろ、扉が開くということに人はどうしても意識を向けるものだ。

 

 もちろんこれは私の短い人生経験からなる考察であり、実際のところ何の問題もないかもしれない。

 

 だが、此処にいる先生たちはプロのヒーローである。もし誰かが、ひとりでに扉が開き、そして扉が閉まるのを見たらどう思うだろうか?

 

 気のせいと思うだろうか?

 

 ハッキリ言って不安だ。

 

 そして今何の問題なくても、この後のUSJ襲撃事件の後の内部犯の可能性に即座に思い至る教師陣がこのときの不可思議な現象を見逃すだろうか?

 

 勿論、これは私が慎重すぎるだけかもしれない。

 

 だが、突如その可能性に思い至った私は自身の手を扉の取っ手から後数十センチの所から動かせない。

 

『どうする?どうする。どうする!このままタイムオーバーはヴィラン連合から、しかし、この可能性に思い至った今!私の身が牢獄に繋がれる可能性を増やすわけにはァァァァァ』

 

 進退窮まる。まさにその場で硬直した私であったが、救いの手は即座に降ってきた。

 

「あ~もう!マスコミはやっぱヒーロー活動に邪魔なのよ!まとめて眠らせてくるわ」

 

 ガララと荒く職員室の扉が開け放たれ、扉を開いたと思われる人物が私の視界に入らない。

 

 いや、入っているのだが、入っていないのだ。

 

 目の前にあるたわわな果実に心を奪われながらも、私は身を屈め入り口と扉をあけ放った人物との間にできた隙間に体を素早く、それでいて当たらない様に、そして必死にその魅力的物体から目を逸らし職員室に侵入する。

 

 ミッション第一段階、侵入を果たすことに成功した私はほんの少しだけ後ろを振り帰り、その手に持つカメラをよろしくないと分かりながらもを向ける。

 

『ミッションスタートだ!』

 

 それは大切に、大切に口の中にカメラを戻すと、また緊張感がぶり返すが、このスパイ行為に男心を燻られ、私はドキドキと共にワクワクを感じ、相澤先生の机に近づくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと我慢してください!あなたの能力を一般人に使うと、後の処理が面倒ですから、お願いですから待っマスコミに突撃しないでくださいよ」

 

 コンクリートの塊のような男、セメントスは荒ぶる美女と痴女の合間にいるミッドナイトを引き留める。

 

「別に問題ない!彼らの行為はれっきとした犯罪!」

 

「あなたの場合、コスチュームの件を上げられる可能性が未だあるのですから自重してください」

 

 セメントスは今にも自分を振り払い突撃しかねない彼女をどうにかして引き留めようとする。

 

「全く、いいじゃない!子供が大人になるってこと……?水?」

 

「冗談だと知っていますけど、それマスコミの前で絶対に言わないでくださいよ」

 

 セメントスは彼女の発言に呆れながらも、彼女の動きが止まったのを見計らい、扉を閉める。

 

 一方、彼女は扉向こうにあった水とほのかに香る女性の臭いに荒ぶる感情に水を差され、そして自分が良く嗅いだことのある臭いに疑問を一瞬感じたが、セメントスに扉を閉められ、説教に移行しつつある彼に、これは下手すると校長のお話も割り込んでくるかもしれないと一旦忘れることにしたのである。

 

「大丈夫だから。分かったから、私たちに出来る仕事をしましょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セメントスと、ミッドナイトがマスコミに対する自分たちの役割を果たそうとしていた頃、透明人間はと言うと、自分の証拠を残さぬ手際に自惚れ、ところどころに残してきた痕跡に全く気付いていなかった。

 

『完璧!情報ゲットー!興奮するゥゥゥゥゥゥ』

 

 ………………。私はこの時の自分がいかにポンコツであったかをまだ知らなかったのである。



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英雄とは、死ぬことと見つけたり

「うなれぇぇぇぇぇ!私のぉぉこのぉぉぉぉぉぉぉ拳ぃぃぃぃぃぃ!いやっふぅおぉぉぉおおぉぉぉぉ!」

 

「えっ!ちょ、いきなり何ですか。ぶっふうおあ」

 

 私の不可視の拳が目の前の黒い霧、奴を物理攻撃に対して最強、いや、どんな攻撃手段に対しても無敵を誇るであろう最強の盾を突き破り、その細いボディに突き刺さる。

 

 如何に最強の盾あろうとも、攻撃に対して構えていない盾など盾足りえない。すなわち!奇襲攻撃が決まればどんな堅牢な城塞とて一瞬にして崩壊する。

 

 そして奇襲とは本来戦闘を有利に進めるための搦め手であり、、奇襲の為の下調べ、軍勢の移動方法、相手の詳しい情報、そして選別された攻撃手段が必要である(と私は思っている!)。なので!戦力が下の相手ならば、こんなことをするよりも王道にして分かりやすい真っ向勝負の方がいいのだ!

 

 では何故私がこんなことをしているのか。つまり、私は弱いのだ!ならば、弱者に許されしその知恵をもって油断し、己が無敵だと傲慢にも思い込んでいる馬鹿に鉄槌を下さん!と言う訳である。

 

 話を戻すが、私は弱い!この事実を相手に思いだされた時点でこの奇襲により生み出された有利なこの現状は一瞬にして吹き飛ばされる。

 

 なら、どうすればいいのか。

 

 答えは簡単だ!やられる前にやればいい

 

 至極簡単な話であり、攻撃は最大の防御なりという言葉に言い換えてもいいが、もう、相手が本気になる前に叩き潰すしかない!背水の陣でもある。

 

 すなわちやる覚悟があるか、ということである。

 

 覚悟の無い奴に、殺意無き拳になせることなし!

 

「シネェェェェェェェェ!」

 

「がっ!ぐ、おふ、ぶべら」

 

 息をさせるな!この不可視の拳を見極めさせるな!この連打、奴を仕留めるまで止まることなし!

 

 我が拳は奴の胴体を捕らえ、打ち抜き、そしてその衝撃は確実に奴の体を貫通させているのか、胴体に入ると同時に反応するように奴の背にある黒い霧が震え、そして吹き飛ぶ。

 

 一発一発殺意を込めて!

 

 まさに我が拳、全てをすり抜ける!

 

 奴の周囲に漏れる霧を全てすり抜け、その攻撃を確実にその体に叩き込み、そして遂に奴がその膝をフローリングにつけた。

 

「くぉこだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 必殺の拳がその顎を捕らえるかに見えた。

 

「!」

 

 しかし、私の不可視の拳は殺意に彩られ、その必殺の一撃を奴に感知させ、その鉄壁の盾が、最強の盾が、無敵の盾が、私の中二設定に彩られ、そして偽りの必殺という看板を掛けただけの悲しき拳を防いでしまう。

 

「くっ」

 

 私の顔が歪み、そして俯いている彼の顔には余裕が戻っていることであろう。

 

 此処までか………………。

 

 ………………………………………………。

 

 …否!

 

 まだ、奴の態勢は戻っていない。そして奴の盾は私の殺意に反応して、ピンポイントに配置されただけだ。まだどこかに活路が!逆転に次ぐ逆転を起こせるはず!

 

「ふ、ふう、いきなりどういうことですか!説明をして…」

 

「……………………」

 

 考えろ私!奴の声に耳を傾けるな、集中するんだ。

 

 奴が完全に立ち上がる前に、その盾が奴を覆う前に。

 

 何か、何か、何かないのか!

 

 ゆっくりと立ち上がる奴を視界に収めつつ、その体が徐々に起き上がるのをつぶさに観察しつつ、私は絶望の中、一筋の光があることを信じてもがき続ける。

 

 そして、最大の急所が、私の視界の中にちょうどいい高さに段々と来ていることを見てしまった私は、最後の一撃に全てを賭け、再度必殺を繰り出す。

 

「はっ!」

 

 一拍の呼吸の後、私は殺意をしっかりと乗せた拳を最短距離を走らせその顎に向ける。

 

「む」

 

 しかし、その拳はあっさりと捕らえられた。初手を防いだ彼にはあまりにも単純で、そして稚拙な、自暴自棄になった一撃と感じられたであろう。

 

 だが、私の攻撃は終わらない!

 

 殺意に乗せた拳に紛れ込ませ、不可視の手を彼の肩に置き、体重を掛け、本当の一撃を繰り出す。

 

「何を、ひゅ!」

 

 その一撃は軽かった。殺意を乗せればバレるため、不可視を重視し、拳を捨てた蹴りによる一撃は、それでも、それでもなお、彼を仕留めるに能わず。

 

 彼は二本の足で未だ立ち上がり、苦しみながらもその霧を広げて私を捕らえる。

 

 やはり、こだわりを捨てた一撃は軽かった。

 

 この時、私は今いる世界の必ず来るであろう将来のある一シーンを思い浮かべ、笑みが思わず浮かんでしまう。

 

 この世界で、ヒーローとして生まれたなら、この漢に憧れない奴はいない!このセリフにしびれない奴などいないだろう。

 

 もう、朧気となってきた過去の記憶に思いを馳せながら、私はそのセリフを思い出し、その時の高揚感を最大に感じつつ、口を開かずにはいられなかった。

 

「浅い?…そりゃア・・・腰が、入ってなかったからな!!!」

 

 彼は私の動く足を霧の中で動かす。

 

 それに反応してか彼は慌てて能力を発動しつつ、軽く引かせていた腰、いや、股間のあたりに霧を集中させる。

 

 しかし、私はインビシブルガール。その不可視の攻撃を見ることも予測することも不可能!私の攻撃は、攻撃を喰らった時にしか知覚できない!

 

「さらばだ!黒霧ィィィィィィィ!!!」

 

 今度こそ本当の殺意を乗せた拳を、その顎に向けて解き放つ。

 

 如何に殺意に気が付こうがもう遅い。布石は打ち終わり、そしてこの柔軟な体から無駄なく打ち出されるこの攻撃をもはや防ぐことは出来ない!

 

 拳に鈍い衝撃が走り、遂に黒霧は床に崩れ落ちる。

 

「はあ、はあ」

 

 室内には私の荒い息遣いが残るだけである。

 

 遂に、遂に私はやり遂げたんだ!

 

 達成感に包まれ私は拳を天高くつき上げ吠えようと大きく口を開けて………………。

 

 

「うるせーぞ!」

 

 私の隣の部屋の住人から壁ドンされる音に挙げようとした拳を中途半端にさせたまま、大きく開いた口から謝罪を発するのであった。

 

 ………………。

 

 ………………。

 

 ………、何で私はこんな達成感に包まれているのであろうか?

 

 今日のマスコミ乱入のどさくさに紛れて盗んだ情報を整理しているパソコンの画面が放つ青い光をじっと見つつ、視界の端に倒れる先生からの使いである黒霧さんを極力見ないようにして、冷静になった私の頭脳は、全裸の体に汗が体温を奪う寒さに震えを感じ、沈黙しつつ服を着るのであった。

 

 ………どうしよっかな~♪

 

 引きつった笑みから自然な笑みへと変えることがどうしてもできない私はバケツとコンクリを何処から入手すればいいのかひたすら考えつつ、自然とその足が崩れ落ちる。

 

「え?まだ原作が始まったばかりだけど、もう私退場?」

 

 部屋の床にある黒い影が、私の未来に覆いかぶさり、輝かしい私の未来を黒く染め上げている気がしてならなかった。

 

「どうしよう」

 

 私は数時間前のことを思い浮かべながら、絶望に打ちひしがれるのであった。



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