魔法科高校の劣等生〜影は夕闇に沈む〜  (ジーザス)
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プロローグ
1話


魔法科高校の劣等生二作目も書き始めました。こちらも更新していく予定ですがどの程度のスピードになるかは分かりません。


魔法。

 

それが御伽噺の産物ではなく、現実の物として体系化したのは90年代初頭だった。2030年前後から始まった地球の急激な寒冷化に伴い、世界の食糧事情は激変。世界事情は急激に悪化し、エネルギー資源を巡る争いが全世界で頻発した。

 

2045年、20年に及ぶ第三次世界大戦が勃発。これによって、世界人口は30億人まで激減した。

 

この戦争がひとえに熱核戦争にならなかったのは、世界的な魔法技能師による団結によるものだった。未だに統一される気配すら見せぬ世界各国は、西暦2094年を迎えた今も、魔法技能士の育成に競って取り組んでいる。

 

 

 

 

 

(ぜろ)ぉぉぉぉ〜!」

 

大声で廊下をかける女性は、目の前を歩いている長身の少年に飛びつかんばかりのスピードで向かう。

 

「あべし!」

 

女性らしからぬ声を上げた理由は、少年が振り上げた右拳が顔面に直撃したからである。

 

「何の用ですか?母上」

「|いひゃいひゃひょ!」

「日本語で話してください」

 

殴られたことによって、一時的な言語障害が発生したようだ。いくら母親であるとはいえ、女性に手を上げるのはいかがなものか。

 

「痛いじゃないのよ!」

「自業自得です。それで何のようですか?」

「明日の入学式なんだけど「来ないで下さい」…」

 

少年はこれまでの経験から予想していた答えを取り出す。女性の言葉を最後まで聞かなかった。

 

「最後まで言ってないんだけど!?」

「問いは分かっています。明日は来ないで下さい」

「何でよ!?」

「面倒くさいんです」

「真夜ぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

泣き叫びながら叔母の自室へと走り去っていく母親の後ろ姿を、しらけた眼と一息ついたかのような表情で見送る。その後ろ姿が見えなくなってから、少年は自室に向かった。彼が母に念を押したのは、家名を使って変なことをさせないためだ。

 

以前中学の卒業式で派手に目立ってしまい、1週間叔母と事務処理をさせるという罰を与えたことがある。そんなことが脳裏を掠めるが、かぶりを振って追い出す。

 

自室の部屋のドアを開けて中を見渡す。今日がこの部屋を見る最後の日になる。その前にもう一度見渡しておきたかったのだ。といっても進学のために引越しをするだけなのだが。高級なベッドに質の良い布団が、中央で綺麗に折りたたまれている。芳香を焚いているような不思議な和の香りが鼻腔をくすぐる。

 

年季が入って趣がより増した本棚には、丁寧に整理整頓された現代魔法書と古式魔法書が並んでいる。何気なくページを開いてみる。初めてその本を開いた人間が見れば、何処の国の言葉か理解できぬ文字で書かれていると思うことだろう。和紙が何百ページにもわたって綴られて本が、10冊以上も棚に並べられている。

 

実はこの文字は、かなり知られている文字を彼なりに変えたものだ。漢文を鏡を使って崩した〈崩し鏡字〉という。秘密にしなければならない理由は特にないが、念のための予防策という意味合いが強い。

 

自室の机を見ると、入学予定の高校から送られた自分宛の手紙が眼に入る。新入生代表の答辞を通達する手紙だ。嬉しく思う一方、手紙が来たときの報告を思い出して頭痛がやってくる。

 

正直、母の溺愛ぶりには辟易とする。母と離れることができると思うと、補って余りあるほど楽になると思ったりする。

 

 

 

 

 

翌日の朝。明日の入学式準備のために、四葉家が用意した住居に引っ越す日がやってきた。別れ際になると1人の少女に抱きつかれる。

 

「零従兄様、離れたくないです」

「1年間の辛抱だよ深雪。夏と冬には戻ってくるから、それまでの我慢だ」

 

優しく諭すと頬を膨らませながらも納得してくれたので、頭をなでてやると嬉しそうに眼を細めた。

 

「しっかりとね。従兄さんは危なっかしいから」

「喧嘩売ってるのか?達也。うん?」

「まさか。体術でも魔法でも兄さんに適わないんだ。喧嘩なんか売ったらその日に俺の命はなくなるよ。それにしてもあの家に、1人で行っても大丈夫?」

 

達也の言葉に零は少し息が詰まるが、15年に及ぶ痛みに慣れたことにより、それほど言葉には詰まらず応えた。

 

「絶対に大丈夫とは言いきれないが。まあ、心配するな」

「従兄さんがそう言うなら問題ないだろうね」

「零ぉぉぉぉぉ!!!!!」

「「「…」」」

「ぎゃん!」

 

どこからともなく抱きついてきた母親を、背負い投げで地面にたたきつけ、何もなかったかのように振る舞う。

 

「…じゃあ行ってくる。深雪のことは頼んだ」

「お任せを」

 

四葉家の執事が運転する車に乗り込み、発車させるよう命じる。後ろの方から他の執事に押さえ付けられながらも暴れる母親が、バックミラーから見えた。

 

「零ぉぉぉぉぉ!!!!!」と叫びも聞こえるが、意識的にその声を耳からシャットダウンさせると何も聞こえなくなった。

 

「花菱さん、よろしく」

「承知いたしました」

 

そう命じると車は走り出し、零の新しい家に向かって走り出した。

 

 

 

壱縷(いちる)…」

 

しばらくしてから意識のうちにこぼれた言葉を、花菱さんの想子の揺らぎによって認識して舌打ちを漏らす。二度と会うこともない。声を聞くことのできない1人の名前を呼ぶ。胸が締め付けられる痛みに顔をしかめてしまう。

 

痛みに慣れたと言うが、それは心が痛みを忘れようとしているのだと嫌でも分かる。母の溺愛はそれによるものだ。自分の半身とでも言える1人が、この世にはいないのは理解している。だが理性がそうではないと。この中に、自分の中にいると分かっていても、二度と顔を見ることができない。ならば死んだと言っても間違いではないと思う。

 

だがそれでも自分の人生は続く。

 

このまま死にたい。この世から消えたいと何度も願ったことがあった。だがその度に、婚約者である深雪とその兄である達也に救われた。

 

ならばその2人のために生きるのも壱縷への償いの一つだ。

 

自分が死ぬまで背負うべき十字架は2人にはかぶせない。自らすべてを背負い、墓場まで持って行く。それが自分の生きる理由。

 

俺はコミューターの微かな振動に身を委ね、浅い眠りに落ちていった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

新居に着き、花菱さんを見送ってから中に入る。1人で住むのには大きすぎるが、来年には2人がやって来るのだから気にする必要はない。ある程度の家事はできる。隅々まで眼を配れるわけではないので、荷物の整理などはHARに任せて本家に連絡する。

 

『もう着いたのかしら。予想より15分ほど早いようだけど』

「道が空いていましたので」

『そう。それで答辞は大丈夫ですか?』

「問題ありません。そんなもので緊張するような柔な鍛え方はしていませんよ」

『感情をある程度掌握している貴方なら問題ないでしょうね』

『真夜、零なの!?話をさせて!』

 

当主である叔母と話していると、向こうから母の声が聞こえてきたのでげんなりする。

 

「…母をお願いします」

『任されました』

『いやあぁぁぁぁぁ!!!!!』

 

向こうから死の叫びらしきものが聞こえたが、無視して映像電話を切る。そしてそのまま四葉からの電話をブロックしておく。

 

叔母と使っていた回線は、母に使われても問題ない方を利用している。回線を遮断したところで、秘匿回線があるので問題ない。私情であればこちらで話すため、秘匿回線は日常的に使わないが。

 

広すぎるリビングのソファーに座りながら一息つき、HARが煎れたコーヒーを口に含む。味は満足できないが、自分で煎れたものでないので文句を言わずそのますする。

 

「一高現生徒会長は河内美恵子(かわうちみえこ)か。人間性は優しく穏やかだが、地雷を踏むと根に持たれる。初対面にはそんなことはないだろうが、念のための用心しとくか」

 

独り言を呟き、翌日の入学式のために早めに就寝することにした。




今回はプロローグなので始まりは短いですがなにとぞよろしくお願いします。タグ・転生となっておりますがそれはおいおい書くことにしています。


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入学1
1


入学式のリハーサルへ向かう間は、特に感慨めいたことは何一つなくいつも通りだった。一高へ向かう一本道は、まったく人影が見られず、少しだけ気分が軽くなる。時間帯も早いので少なくて当たり前なのだろうが。何故なら入学式はこれから2時間後に始まる。今この道を歩いているのはリハーサルに関わる者達だけ。

 

人混みが得意ではなく、人と関わるのは嫌いでもなく好きではないというのが正しい表現だ。向こうから来ないのであれば、こちらから必要以上に関わるつもりはない。

 

自身の制服の両肩に刻まれたエンブレムに視線を向ける。花形のエンブレムはただの飾り。ではあるが、俺からすればかなり重要なものだ。

 

〈ブルーム〉と〈ウィード〉。

 

この学校では禁止用語とされている。それでもほぼ暗黙の了解として日常的に使われている。俺はそんなことで優越感に浸るような精神年齢が低い奴らと、つるみたいとも思わないし友人にもなりたくない。

 

 

 

そうこうしているうちに一高に到着し、正門をくぐってそのまま真正面の入学式の会場である講堂に入る。かなりの広さがあるので、オペラ劇場かと思ってしまうほどの規模だ。

 

「新入生代表の四葉零君ですね?お待ちしてました」

 

講堂を見上げていると、右方向から声をかけられたので振り向く。コケティッシュな顔だが、それでも大人びた雰囲気の女子生徒が立っていた。

 

「初めまして四葉零です。本日はよろしくお願いします七草副生徒会長」

「堅苦しいなぁ。真由美と呼んでもいいのに」

「…初対面の方をいきなり名前では呼べませんよ」

 

頬を膨らましながら軽く睨みつける七草先輩を、俺は引き気味で見ていた。別に嫌いとかではない。そるほど馴れ馴れしくもないのだがあまり踏み込まない方がいいと、第六感がささやいていた。初対面にもかかわらず名前を知っている理由としては、彼女が彼の有名な七草家の長女であり、容姿と魔法力で世間一般(ここでいう世間一般とは魔法社会)に知られているからである。

 

俺が今日初対面なのは、現生徒会と入学前に会うことがなかったからだ。普通は打ち合わせなどをしなければならないのだが、家の事情で参加できなかったのだ。

 

主に母とか深雪とか母とか深雪とか…。

 

「真由美、気に入った下級生を弄るのはやめろ」

「摩莉、その言い方は不本意よ」

 

七草先輩の後ろから、凜々しい容姿をしたもう1人の上級生がやってきた。口論を始める2人のやりとりを見ると、あんな風に自分もなりたいと思う。だがそう思うのは壱縷に対して悪い気がするので、何も思わないでいるべきだろう。

 

「2人ともそれぐらいにしなさい」

「「げっ!」」

 

先程楽しく言い合いしていた2人が、容姿に似合わない声を上げた。どうやら彼女たちより権力が上の生徒が現れたらしい。声が聞こえた方を見ると、女性にしては肩幅が広く、かなり鍛えられている女子生徒が立っていた。

 

「君が噂の新入生だね?実技と筆記試験の両方で満点。一高始まって以来の逸材だとか」

「本当か!?」

「…私でも無理ね」

「簡単すぎて呆れましたが」

「「「…」」」

 

彼女らより上であろう女子生徒が放った爆弾に驚いている2人へ、試験の感想を投げ込むと今度は3人が黙り込む。俺は率直な感想を言ったまでだが、何か可笑しなことを言っただろうか。

 

「…君、何を言っているのか分かっているのか?」

「何か可笑しなことを言いましたか?」

「…河内生徒会長、彼は自分の言葉の重大さに気付いていないようです」

 

3人の反応を見る限り、どうやら俺はとんでもないことを口走ってしまったようだ。気にする必要はないと思うが。

 

「それよりリハーサルを始めませんか?」

 

俺の言葉をきっかけに3人は通常運行に戻り、リハーサルは問題なく終了した。本番までの間、3人からなんとも言えない視線を向けられたのはどうしようもない。

 

 

 

200名の新入生と数名の上級生・教職員・魔法大学関係者参列による、2094年度の入学式が始まった。

 

『新入生答辞新入生代表 四葉零』

 

零の名前が呼ばれ、演説専用のマイクの位置に立つと講堂内がざわついた。シルバーグレイの髪と浅紫色の瞳が余程珍しいからだろうか。日本に帰化した外国人はかなりいるので、髪や瞳の色が珍しいわけではないはずだ。容姿を合わせた存在そのものに驚いているのかもしれない。

 

『新入生答辞 冬の寒さが薄れ、春の木漏れ日が木々の枝の隙間から降り注ぐこのうららかな春の日に……』

 

容姿と同じく高校1年生とは思えない味わい深く渋く、だが他人を包み込むような優しい声音で答辞を始める。

 

『…新入生代表 四葉零』

 

答辞の内容はこで終わりだが、零には言わなければならないことがある。それは可愛い従弟のため婚約者のためでもある。

 

『これで答辞は終わりだが一つ言いたいことがある。それは同級生も上級生も含めてだ。〈ブルーム〉と〈ウィード〉、この言い方で呼び合うことは禁じられているが、ここでは敢えて使わせてもらおう。俺はこのような呼び方で学校生活を送るつもりはない。〈ブルーム〉の一科生はエンブレムがあることを誇りに思っていることだろう。それは構わない。だがそれだけで優越感に浸るな。二科生にもお前らより秀でた才能を持つ奴らがいるかもしれない。〈ウィード〉の二科生、お前達にも言えることだ。エンブレムがないからだからなんだ?差別意識がもっとも強いのは、差別を受けている身だ。お前達も訓練すれば一科生にも勝てることがあるかもしれない。何故それが分からない。俺の言い分に文句があるなら何時でも来い。2年だろうと3年だろうと女子生徒だろうと知ったことじゃない。死ぬ気で来い。以上だ』

 

それだけ伝えて零は舞台から下りる。だが拍手は起こらずむしろ緊張感が膨らんだ。舞台裏に戻ると3人に駆け寄られ、生徒会長に胸ぐらを掴まれた。

 

「何てことを言ってくれたの!」

「当たり前のことを言ったまでですが?」

「TPOを考えなさい!」

「いいえ、俺は取り消しませんよ。俺のやり方に賛成できないのであれば、力尽くで止めてみて下さい」

 

鍛えこまれた腕を振り払い、想子を活性化させる。その圧力と膨大さに生徒会長は顔を青ざめさせる。残りの2人は互いに抱き合いながら震えていた。零はそれを無表情に見て講堂から出ていくのだった。

 

 

 

IDカードを受け取っている間、憎しみがこもった視線を一科生からいただいたが、悪いことを言ったわけではない。むしろ正しい当たり前のことを言った。気にすることもなく家路につくために校門へ向かう。

 

「おい、お前」

 

校門を出ようとすると後ろから声をかけられた。

 

「何か用か?」

 

振り返ると、かなり怒っている一科生の生徒3人が立っていた。

 

「あれは何だ!?」

「何がだ?」

「あの答辞だ!お前は一科生を馬鹿にしているのか!?貴様も一科生だろうが!何故二科生の肩を持つ!?」

 

どうやらあの答辞に文句をつけに来たようだ。

 

「当たり前のことを言っただけだ」

「黙れ!〈ウィード〉なんかとは違う!俺達は〈ブルーム〉だ!〈ウィード〉の奴らの肩を持つお前とは格が違うと教えてやる!」

「俺は主席だぞ?」

「この人数でやればお前に傷を負わせることは可能だ」

 

ため息をつき、身体を3人の方へ向けると同時に魔法を放ってきた。生徒会が認めた決闘以外での魔法の不適正利用は、処罰の対象なのを知らないのだろうか。

 

放ってきた魔法はどれも単純な移動魔法で、足下を急激に移動させてバランスを崩すものだった。3人とも微妙な時間差で放ってきたので、一発目を避けたところで二発目と三発目を受けるだろう。だが俺はこんな子供騙しな魔法でやられることはない。

 

魔法式が完成する前に3人に肉薄する。CADを手刀ではたき落とし、水月に人差し指を軽く3発突き刺した。膝を折って苦しんでいるのを確認せずに校門を出る。

 

するとどう見ても不審者にしか見えないマスクとサングラスをかけた女性が、家と家の間の路地に隠れていた。大体の予想はついていたので背後から近づき声をかける。

 

「何をしているんですか母上?」

「なっ!こっ!ぜっ!どっ!?」

 

「何故ここに零がどうして!?」と言いたかったのだろう。焦りすぎて呂律が回っていなかったので聞き取れなかった。

 

「取り敢えずこっちに来て下さい」

 

母親を強制連行し、コミューター乗り場で2人そろって乗り込む。誰にも見られていないのを確認後、母親に魔力を送り込んで眠らせる。

 

「まったく面倒な仕事を毎回させる困った母親だ。父さんがいないから仕方ないのかもしれないけど」

 

文句を言いながらも母親の横髪を撫でる手は、3人を蹴散らしたときとは違う。とても優しく顔には薄い笑みが浮かんでいた。そして深夜の顔は、気絶しているにもかかわらず穏やかだった。



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2

帰宅後、母をソファーに寝かしあれこれしていると夜の9時を過ぎていた。秘匿回線で四葉へ繋ぐと、コール音2つで叔母が出た。

 

『零さん、どうしたのかしら?』

「これを見てもらえますか?」

 

俺が1人分横に避けると、穏やかに眠る母が見えたらしく眼をそらし始めた。

 

「どういうことなのか説明してもらえますか?」

『…正直言うと私達も探していたの。いきなり姉さんの姿がなくなっててんやわんやだったのだけれど。予想はある程度ついていたわ』

「どうやって逃げ出したのでしょうね」

『本人に聞かないと何とも言えないわね』

 

後ろを振り返り、穏やかに寝息を立てている母を見てため息をこぼす。

 

「取り敢えず今日の所は俺が預かります。明日の朝、登校するまでに拾って下さい」

『了解したわ。そういえば零さん、今日はとんでもないことをしましたね』

 

叔母の爆弾発言に、片眉を上げるという特技を手得するという謎の現象が発生した。

 

「何故今朝起こったことを既に知っているのでしょう。お聞きしてもよろしいですか?」

『ひ・み・つ❤』

 

母と同じような性格とわざとらしい言い方に加えて、一部の乙女が繰り出す片目を閉じてピースを頬に当てる仕草に苛つく。だが感情をある程度制御している俺は、その様子をおくびにも出さない。

 

「はぁ。分かりました。しつこく聞くようなことはやめます」

『露骨にため息をつくのね』

「隠したところでです。叔母上ならある程度俺の感情は理解できるでしょう?」

『分かって言っただけだから気にしないでちょうだい。それじゃあ早朝に車を送るからよろしくね』

 

電話が切れ二度目の深いため息をついた後、気絶ではなく眠っている母を抱き上げて寝室へと連れて行く。階段を上りながら寝顔を見ると、本当に母親なのかと思うほど幼い。見る度に毎回不思議な気持ちになる。

 

「この状態だと俺とさほど歳の変わらない少女に見えるな。普通にしていれば可愛いのに勿体ない」

 

独り言を呟きながらHARに準備させていた部屋のドアを開け、ベットに寝かせる。

 

「お休み母さん」

 

静かにドアを閉めリビングに降りていった。

 

 

 

 

 

翌日、学校に向かうコミューターの中で俺は少し不機嫌だった。その理由はお察しの通り母のせいだ。

 

「一高まで送る」と言い張る母を、四葉家の迎えの車から降りてきた葉山さんと2人がかりで抑え込む。結局昨日のように気絶させて連れて帰って貰ったという経緯だ。

 

自分の教室1-Dに入ると凄まじい視線をもらう。気にしないと思えば完全に無視することができるので、それほど精神的に来ることはなかった。

 

クラスはA~Hまである。A~Dが〈ブルーム〉所謂一科生、E~Hが〈ウィード〉所謂二科生だ。主席入学であればAになると思うだろうが、実際はそうでもない。

 

魔法力を可能な限り各クラスを平均的にする目的がある。入学試験の順位が、必ずしもアルファベット順に繋がるということはない。現に入学試験主席の俺はDクラスに在籍している。

 

一般的にはアルファベットの前の方に、成績上位者は在籍する傾向にある。バランスを考えると、どうしてもアルファベットの後の方になることもある。どのクラスに在籍しようとやることは変わりないのだが。

 

あるとすれば、友人関係を築くことが簡単か難しいかだろうか。といっても入学式にあんなことを言った俺と、仲良くなろうとする輩はそうそういないだろう。いたとすれば、余程の無神経か大馬鹿者か。

 

案外そういった強者は近くにいたりする。

 

「少し良いか?」

 

情報端末で書籍サイトへアクセスしていた俺に話しかけてきたのは、優男な風貌をした体格の良い少年だった。

 

「何だ?」

「俺と友達にならないか?」

 

眼が点になるとはこのことだ。予想外に俺の考えはすぐに改めざるを得なくなった。感情をある程度制御しているとはいえ、予想外の言葉を言われれば少なからず驚く。

 

「…気は確かか?あの演説を聞いたはずだが」

「ああ、聞いた」

「お前は何も感じなかったのか?」

「感じたさ。素晴らしい考えだとね」

「お前!」

 

どうやらこの優男な風貌をしている少年は、予想外にも俺に好意的な生徒なようだ。意外だなと思っていると、その少年と俺の近くに座っていたクラスメイトが、その優男と口論を始めた。

 

「彼の言葉は何一つ間違ってはいない。むしろ君達が間違っていると思うよ」

「貴様!」

「いい加減にしろ2人とも。もうすぐ予鈴が鳴る。喧嘩なら後にしろ」

 

自分の目の前で言い合いをされると、さすがにストレスが溜まる。仲裁に入ると2人から「お前が言うな」というありがたい視線を頂いた。もっともポーカーフェイスでその場を凌いだのだが。

 

 

 

昼食をカフェテリアで過ごそうと教室を出ると、ニコニコ顔の上級生が立っていたので頭痛がした。

 

「どうした?」

「…いや、何でもない」

 

後ろを歩いていた朝の優男が、心配そうに声をかけてくれた。どうにか何もなかったことを伝えて、上級生が立っている方向とは逆に歩き出す。

 

眼があったが何も見なかったことにしたのだが。あっという間にブレザーの裾をがっしりと握られ、そのままの状態で連行されていく。呆気にとられている優男に、俺は何気なく手を振っておいた。

 

 

 

結局、俺が上級生に解放されたのは生徒会室に到着してからだった。

 

中に入ると想像以上の広さで、さらにダイニングサーバーまで置いてあった。費用の乱用ではないかと思ったが、口には出さずにおく。その後、強制的に椅子に座らされる。刃向かう気も起こらず、未だにニコニコ顔の状態でいる上級生に質問された。

 

「魚が良い?肉がいい?それとも精進?」

「遠慮…魚でお願いします」

 

「遠慮します」と言おうとすると、額に青筋が浮かんだので仕方なく頼んだ。

 

出来上がるまでの間は自己紹介をしたのだが、自分のことはいろんな意味で生徒会役員には知られている。こっちも生徒会役員の名前と役職は、リハーサルのうちに記憶してあるので、ほとんど意味が無かった。

 

暇つぶしの意味合いが強い会話だったのは言うまでもない。

 

 

 

魚料理の3分の1を残すところになると、風紀委員会副委員長が突然聞いてきた。

 

「四葉というなら既に婚約者は決まっているんじゃないか?」

「いきなりぶっ飛んだ質問ですねシュウ先輩(・・・・)

「んなっ!」

 

知っている者にしか分からない名前で呼ぶ。渡辺先輩は顔を真っ赤にさせ、今にも噴火しそうだった。

 

「そのことを何処で知ったの?」

「少し調べれば済むことです。それに個人的な関わりもありますから」

 

七草先輩の質問に答えながら片眉を上げる。渡辺先輩を見ると未だに顔を真っ赤にさせていたが、何もなかったかのようにもう一度聞いてきた。

 

「コホン、それで許嫁はいるのかい?」

「いますよ」

「誰か教えてもらえるかな?」

「秘密です。どちらにせよ来年会うことになりますから今は言いませんよ」

「それはそれは楽しみだな」

 

女性にしてはイケメンな笑顔でこちらを見てくるので、男として何故だか負けた気がする。

 

「何故楽しみなのですか?」

「零君みたいなカッコいい子の婚約者なら、相当の美人だと思ったからよ」

「確かに美人ですね。俺にはもったいないぐらいです」

「あら、婚約者の話になると表情は明るくなるし饒舌になるようね」

 

河内生徒会長の言葉に、俺は「しまった」という顔をしたが時既に遅し。弱みを握られ少し想子を活性化させてしまい、この場にいる3人を驚かせてしまう。

 

「すみません取り乱しました」

 

感情の制御はまだまだなようだが、取り敢えずはそれを置いておこう。

 

「と、取り敢えず今回生徒会室に来てもらった理由を説明します。新入生代表を務めた生徒には、生徒会の役員になってもらうのが恒例なんです。四葉君、引き受けて頂けますか?」

 

正直言うと面倒くさいが母や叔母は勧めて喜ぶだろう。俺の意思を無視してやらせるのは想像が付く。期待を込めた視線を、七草副生徒会長が向けてくる。

 

「自分は構いませんが生徒の反感を買うと思いますよ。答辞であれだけのことを言いましたから」

「自業自得だと思うのだが…。とはいえ、二科生は喜ぶと思うがね」

「どうでしょう。上級生の二科生からはそれなりの共感を得られるでしょうが、同級生は厳しいと思います」

 

ネガティブ思考な俺の発言にも3人は答えずニコニコ顔だ。

 

「文句を言うようであれば我々が対処する。まあ、君なら10や20なら簡単に潰せるだろうがね」

「無論です」

 

2人分(・・・)の魔法演算領域・処理速度・発動速度・身体能力を持っているのだ。遅れを取るはずがない。

 

これは慢心ではなく事実故の反応である。

 

「引き受けていただけますか?」

「未熟者ですがよろしくお願いします」

 

こうして俺の生徒会加入が正式に決定した。

 

 

 

ランチが終了し昼休みも残り15分を切った。食後のお茶を楽しんでいる間、俺は気になったことを聞くことにした。

 

「疑問に思っていたのですが、何故ここに風紀委員会副委員長がいて委員長がいないのですか?それに他の役職の方々はどちらに?」

「委員長とは宵月(よいづき)先輩のことかな?あの人は実力は申し分ないんだがな。やや男が苦手で毎日部室で食べているよ」

「宵月とは、あの〈宵月家〉ですか?」

「その通りだ。〈夜間の戦闘ならば世界屈指の家系〉と言われているあの一家だよ」

 

〈宵月家〉は暗闇での戦闘を得意とする家系だ。夜目が利くというわけで、夜間戦闘が強いというわけではない。光の明暗を利用して、相手を攪乱する戦闘を得意としている。かなりシンプルな戦闘技術を使うものの、その実績から他国にもその名が知られている。

 

宵ノ浦(よいのうら)〉・〈宵嶋(よいしま)〉・〈宵代(よいしろ)〉など、〈宵〉と名字に付く家系は分家である。中でももっとも力のある家系が宗家の〈宵月家〉である。

 

分家にはそれぞれに特徴的な魔法がある。

 

〈宵月家〉は夜間の戦闘を得意とする。

 

〈宵ノ浦家〉は夜間の奇襲攻撃を得意とする。

 

〈宵嶋家〉は夜間の攻撃作戦を立案するのが得意とする。

 

〈宵代家〉は魔法師だが戦闘をあまり得意としない。そのため、唯一戦闘に適さない家系である。だが戦闘にあまり適さないだけであり、〈宵月一族〉でも魔法技術は勝るとも劣らない腕を持っている。

 

「他の役員の方々はどうされたのですか?」

「書記の山内は、食後の友人達とボール遊びが日課。会計の海本は、宵月と一緒だから普段は留守。副会長の郡山(こおりやま)は自由奔放で神出鬼没さ」

「それでよく生徒会役員が務まりますね」

「能力があるから生徒会から除籍できないんだよ」

「困った人ですね」

「まったくだ」

 

河内生徒会長が苦笑しながら嘆息する。真面目すぎる人間より、多少問題を起こしてくれる人間の方が、教師としても気を休めることができるのだろう。仕事もできるのであれば、それなりには眼をつぶってもらえるのである。 

 

俺にとって面倒なことになりそうなのは眼に見えていた。とはいえ、1年間我慢すれば残りの2年間は穏やかに暮らせる。今ここで音をあげるわけにはいかない。

 

その後は世間話に花を咲かせて昼休みは終了した。



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3

翌日からは、生徒会室に強制連行されることもなくなった。今日は3日前に声をかけてきた優男と、カフェテリアで昼食をとっている。

 

「一昨日、美人な女子生徒に連行されたのを見たんだが」

「ああ、ちょっとな」

 

今日は少し肌寒いので温かいものを食べようと思い、昔から人気のきつねうどんを頼んでいた。第一高校は東京にあり、味付けは関東風だ。このカフェテリアには関西圏からの入学者も少なからずいるということで、関西風の食事も置いてあるらしい。

 

俺は個人的に関西風味付けが好きなので、学校側の些細な気配りをありがたく感じている。そもそも全国各地に魔法科高校があるのだから、わざわざ遠くの高校を受けるのはあまりないのだが。受験する理由はそれなりの目的意識があるからなのだろう。わざわざ遠方からはるばるやってきた生徒に聞くつもりもないが。

 

「それにしてもお前…」

「ん?何?」

「…いや、何でもない」

 

俺は同席しているクラスメイト、沢木碧の食事量と食事スピードに驚きながら聞こうとした。なのだが口一杯に物を押し込んでいるのを見ると、言う気がなくなってしまった。しっかりと鍛えられてはいるが、太っているわけでもない細身の身体の何処に、そんな量の食料が入るのか気になる。

 

ある程度食べ進めてから、箸休めとして先程の話題を振る。

 

「今日から新入生勧誘週間だ。沢木は何に入るか決めたのか?」

「僕は〈マーシャル・マジック・アーツ〉部だな。一高に合格する前から入部すると決めていたんだ」

 

〈マーシャル・マジック・アーツ〉は、USNA軍海兵隊が編み出した魔法による近格戦闘技術だ。魔法で肉体を補助することで高い戦闘力を発揮する。魔法力が高い一科生の成績上位者しか所属していない。大袈裟ではあるが、部活自体が強力な魔法師部隊と言えるかもしれない。

 

入学者ランキングトップ5に入っている沢木は、文句なしで入部許可は得られるだろうし勧誘されるはずだ。

 

「四葉はどうするんだ?」

「零と呼んでくれ。名字で呼ばれるのは好きじゃない。俺は何処にも入らない予定だ」

「O.K.零。入らない理由は一昨日のことと関係あるのか?」

「その通り。生徒会役員になったから部活には入れないし、入ろうと思っても何処からも拒否されるだろうからな」

「その女子生徒は生徒会役員だったのか」

「七草家長女で生徒会副会長だ」

「マジかよ…」

 

俺の暴露に動かしていた手を止め絶句する。〈七草家〉と言えばこの国でトップの魔法力を持つ一家であり、〈十師族〉の一角を担う強力な魔法師であるため、驚愕しても可笑しくはない。

 

「そういうわけで俺は部活には入らない」

「まあ仕方ないな。生徒会に入ってたら両立は難しいよ」

「理解者がいて助かるよ。さてと、そろそろ戻ろうか」

 

そう告げると沢木は残っていた食事を、とんでもない速度でかっこみ飲み込んだ。味わっていないことと行儀の悪さに顔を顰める。本人は気にする様子もなく、料理を乗せていた皿を重ねて返却口へ持って行くので、慌てて後を追った。

 

 

 

そしてその日の放課後、何故か零は校内を走り回っていた。

 

『第二体育館で乱闘が発生 手の空いている【風紀委員】は至急お願いします』

「こちら【臨時(・・)風紀委員】の四葉です。了解しました」

 

通信ユニットから要請を聞き、すぐに返事をして現場に向かう。何故零が生徒会役員としてではなく、風紀委員の仕事をしているのかというと話は数時間前に遡る。

 

 

 

「…ということなの。零君、よろしくね」

「まったく意味が分からないんですが?」

 

真由美のわけの分からない説明の後にお願いをされ、零は疑問の形の拒否を掲示した。話を要約すると、珍しく今年度の補充が間に合わなかった風紀委員の空き要因として、真由美が零を推薦したという経緯である。

 

「補充が間に合わず、自分に白羽の矢が立ったのは分かりました。しかし何故それを自分に伝えたのが、宵月風紀委員長でもシュウ先輩でもなく、七草先輩なのか聞いてもいいですか?」

「そのシュウというのはやめてもらえないか?」

「摩莉が教職員推薦枠で来た新入生に、実力判断ということで決闘を持ちかけてコテンパンにしちゃったの」

 

摩莉の反論を無視し、真由美の報告を聞いて零は納得する。

 

「つまりシュウ先輩の自分勝手な行動で自信を失わせたと」

「そういうこと。それに入学式の日の責任を、これで0に近づけられるなら安い物よ」

「清算はされないんですね。いいでしょう引き受けます。行く前に渡辺先輩にお願いがあるのですがよろしいですか?」

「そこはシュウ先輩ではないのか。まあいい。それで何だ?」

 

名前で呼ばれ、不思議そうな表情をしながら摩莉が零に聞いた。

 

「ここで修次さんへ愛を叫んで下さい。そうすれば仕事に行きます」

「なっ!」

 

零が真顔でお願いする。噴火一歩直前で留まっている摩莉を見て、今の今まで空気に徹していた河内と当事者である真由美は笑いを堪えようとしていたが、肩が揺れることだけはどうしようもなかった。

 

「そ、そんなこ、ことをここで言えるかっ!」

「では俺は風紀委員の仕事には行きません。そもそも渡辺先輩が教職員推薦枠の生徒を追い返さなければ、こんなことにはならなかったんです。自業自得という言葉の意味を知って下さい」

「摩莉、早くしてよ。じゃないと零君が行ってくれないじゃない」

「しかし…」

「そうだぞ渡辺。お前のせいなんだから自分でどうにかしろ」

「生徒会長までですか…分かりました」

 

ようやく叫ぶ決意が出来たのだろう。顔を上げ深く息を吸った。

 

「シュウ、大好きだぁぁぁぁ!!」

「…それでは行ってきます」

「「いってらっしゃい」」

「無視するなぁぁぁぁ!!!」

 

摩莉の抗議の悲鳴と怒りを無視して巡回に向かうために、零は生徒会室のドアを開け廊下に出る。

 

ドアを閉めるまで、摩莉の抗議の声となだめている2人の声が聞こえた。

 

 

 

そういうこともあって、零は【臨時(・・)風紀委員】として走り回っているのだ。真由美からの通信を切って、可能な限りの速度で第二体育館へと向かった。走っている間にも、周囲からなんとも言えない視線を頂戴する。それらを無視しながら数分走って事件現場に到着した。

 

第二体育館に入ると、既に乱戦模様なのが視界に入る。事態の修復がそれなりに面倒なことになりそうだと予測する。乱戦模様と言うべきかバトルロイヤルと言うべきか。悩むほどに至る所で取っ組み合いが発生していたのだ。

 

未だ魔法の発生が感じられないのは、CADに指を走らせる余裕がないのか。はたまた使えば罰則を受けるのが嫌だからなのか。どちらにせよ魔法の不適正利用がなければ、それなりに事態の収拾は楽になるだろう。

 

「【臨時(・・)風紀委員】の四葉です。双方事態の収拾にご協力願います!」

 

零が高らかに叫ぶと、取っ組み合っていた生徒たちが動きを止めた。それほど大声を出したわけではないが、良く通る声音が争っていた生徒たちの耳に届いた結果である。零の声を聞いた傍観していた生徒たちが、ざわざわと声を漏らしている。

 

「あいつは入学主席の」「マイク越しで聞くよりカッコいい声」「主席が風紀委員?」「直接だともっと渋い声」などなど好き勝手に言っているが、零の意識外であるため聞こえてはいない。

 

動きを止めた生徒たちとは違い、むしろヒートアップしていくばかりの生徒2人へと零が歩み寄る。左胸ポケットに入っているレコーダーの録画スイッチを押して声をかける。

 

余談だが、風紀委員の言動は原則的に証拠として受理される。それは【臨時(・・)風紀委員】である零も例外ではない。わざわざ録画しておく必要はないのだが、念のためという意味合いが強い行動だ。

 

 

閑話休題

 

 

「落ち着いてください」

「「黙れ!」」

 

声をかけたところ、2人が同時に零に殴りかかろうとした。半歩下がることで避けた零が、いがみ合っている2人へ不思議そうに問いかける。

 

「風紀委員への暴力行為は違反ですが?」

「1年生ごときがしゃしゃり出てくるな!」

「仕事なのでその命令には従えません。大人しくご同行願います」

「下級生の分際で調子に乗るな!」

 

どうやら先程の言葉は、くすぶっていた火種を燃え上がらせる結果になってしまったようだ。2人がかりで殴りかかってくる上級生の背後へ自然な動きで回り込み、首筋にそれぞれ1発ずつ手刀を叩き込んで気絶させる。

 

倒れる2人を抱きかかえてから床に寝かせた。そのまま床に倒れ込んでいれば、そのタイミングで零が総員に襲われていたことだろう。

 

「こちら【臨時(・・)風紀委員】の四葉です。逮捕者2名、気絶していますので担架を2つお願いします」

「おい、どういうことだ!」

 

零が音声ユニットを取り出して声を発したことで、零の登場により止まっていた時間が動き出した。

 

「剣道部及び剣術部の主将には、風紀委員への暴力未遂と乱闘の原因解明のためご同行願います」

「ふざけんなよ!〈ブルーム〉の分際で〈ウィード〉に肩入れしやがって!」

 

問いかけられても零は淡々と言葉を紡ぐ。連絡相手と問いかけた生徒への説明であったが、それが余計に生徒を苛つかせていた。

 

「生意気なんだよ!やっちまえぇぇぇ!」

「「「「「おおおぉぉぉぉ!!!」」」」」

 

さきほどのにらみ合いは何処へやら。いつの間にか剣道部と剣術部が手を組み、零に向かっていくが危なげなく躱していく。まったく攻撃の的を絞らせず、力任せに殴りかかってくる生徒の肩を軽く押し、重心を少しずらして近くの生徒とぶつからせる。

 

零の躱し方を外から見ると、舞っているかのように見えるだろう。その通り零は、舞を踊りながら攻撃をいなしているのだ。

 

禹歩(うほ)の舞》。

 

これは現代でも行われている呪術の一種であり、入山や病気治療などを行う前に特別なステップを踏む事で、身の安全の確保や病気治療などの効果を得ようとするものである。古式魔法としての扱いは、どちらかといえば神を祀るに近いものである。

 

その不思議な足の動きによって、的を絞ることのできない攻撃者に精神的なダメージと肉体的なダメージを、同時にかなりの確率で与えることができる。もちろん《禹歩》の動きを判断できるような、優れた技量を持つ魔法師や一般人には効果がない。

 

だが一高に通う生徒はほぼ現代魔法師なため、剣道部と剣術部の生徒は謎のステップを見切ることができない。数分後、全員が体力を使い果たして床に倒れ込んだ。

 

その中心で汗一つかかず立っている零を見て、観客は入学式での発言が妄言や口先だけではなく、新入生総代と四葉の名が誇張ではないと三重の意味で理解した。

 

零は周囲を気にするそぶりも見せず、担架を持ってきた職員に2人の状態を説明し、生徒会室に向かった。

 

 

 

 

 

数十分後、零の前には〈一高三巨頭〉と言われる3人が座っていた。報告を聞いていたが零は怖じ気づくこともなく、事後報告のみを行っていた。

 

「…という次第です」

「いいだろう。風紀委員会としてこの件を懲罰委員会に持ち込むつもりはない」

「寛大な処分に感謝する」

 

摩莉の言葉に、隣に座った上級生は深く腹に響く声で答えた。

 

「四葉、お前は怪我はないのか?」

「かすり傷一つありません十文字先輩」

「あの人数の攻撃をどうやって…」

 

真由美の疑問はもっともだろう。目撃証言によると、剣道部と剣術部の生徒を合わせた30人もの攻撃を、たった1人で受けていたと聞いたのだから。

 

「あの程度で怪我をするような鍛え方はしていませんので」

「そういう意味ではないんだけど…」

「目撃証言によると、おかしなステップを刻みながら躱していたようだが?」

「あれは《舞》ですよ」

「「「《舞》?」」」

3人同時に幾つもの疑問符を頭上に浮かばせながら聞いてきた。

 

「大昔、大亜連合が【夏朝】と呼ばれていた頃の話です。文命と呼ばれる伝説の皇帝がいて、半身不随だったらしく、よろめくように日頃から歩いていたようです。そこから名前ができたと言われています。といってもこれは後付の理由のようなので、起源がどういったものなのかは分かりませんが」

「話が壮大すぎるわ…」

「…同感だな」

「怪我していなければそれでいい。今日はもう休め」

 

零は一礼して生徒会室から出て行き、それを3人は静かに眺めた。気配がなくなったのを確認後、いつもの会話を始めた。

 

「何者だ?零君は」

「正直中身が掴めないけど、悪い子ではないと思うわ」

「魔法師を全て平等に扱おうとする考え。同じ理想を持っているのかもしれんな。我々の計画にも賛同してくれることだろう」

 

克人のまとめで2人は素直に頷いた。

 

「なんだか零君が軍人のように感じられるのは気のせいかしら?」

「分からなくもないが今はそれを考えるべきことじゃない。それよりこの騒動が、あいつを認める結果になれば良いんだが…」

 

摩莉のこぼした言葉に、克人と真由美は同感であるという意味で頷いた。

 

 

 

結局剣道部と剣術部のいざこざは、互いの言葉の意味の解釈間違いだったということが判明し、事件はあっさりと収束したのだった。



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九校戦1
4


3人の願いは思いのほか早く実を結び、零にとっても悪くない方向へ進んでいた。

 

「なあ四葉」

「何だ?」

 

朝、教室に入ると声をかけられた。無愛想に返事をする零にも気にすることなく、4日前沢木に喰ってかかったクラスメイトが、照れ臭そうな笑み浮かべた。

 

「俺の方が間違っていたよ。お前の考えに可笑しなことは何も無い。これからも頼む」

「…ああ、こちらこそよろしく」

 

その後もクラスメイトから謝罪やら友人になってくれなど友好関係が広まったが、それはまだクラス内という注釈付きだった。

 

 

 

 

 

思った以上に楽しめた1学期は定期試験を終え、〈九校戦〉準備に入っていた。といっても七草先輩と河内生徒会長はアンニュイなため息をつき、昼食時の生徒会室は少し暗かった。

 

「3学年とも実技方面に偏ってて、まだエンジニアが決まっていないのだよ」

「何故俺にその話をされるのですか?」

 

俺は入学式翌日のように、昼休みに食堂へと向かおうと教室を出ると、意味不明な笑みを浮かべた七草先輩に連行されていた。久方ぶりのやり方にため息をつきながら、同席しようとしていた沢木に気怠げに手を振って別れていた。

 

「筆記試験も満点なのだから、エンジニアをやってくれないかと思ってね」

「構いませんが。自分の出場種目によっては、担当するのは難しいですよ」

「君のは既に決まっているから心配いらんよ」

 

案の定、俺の出場種目は決まっているようだ。新入生総代なら出さないという方針はないし、優勝から離れる原因にもなるだろう。

 

「君は〈バトル・ボード〉と〈モノリス・コード〉だ。文句はないな?」

「言ったところで変わりはしないのでしょう?」

「もちろんだ」

 

別に〈九校戦〉に出たくないわけではないので、出場種目に不満はない。

 

「〈バトル・ボード〉はどんなものかは分かります。なので練習は不要です」

「…いいのか?」

「大体は予想していました。むしろ本番とは違うコース慣れをしてしまえば悪影響になるでしょうから、練習はイメージトレーニングのみにしときます。〈モノリス・コード〉はチームメイトとの作戦立案と実力把握が必須です。変に逃げたりはしませんよ」

「さすが零君ね。お姉さんは鼻が高いわ」

「誰がお姉さんですか誰が」

 

七草先輩の質問に敢えて突っ込んでおき黙らせる。

 

「メンバーはほぼ決まっているのですか?」

「エンジニアが決まっていないのだよ」

「それでは次席の中条さんと五席の五十里が適任かと」

「あの2人か。2人は術式整理がメインでCAD調整はあまり得意ではないはずだが?」

「仕方ありません。万全の状態で臨むのであればやむなしです」

 

話し合いの結果で2人の参加が決まり、なんとかエンジニアの最低人数は確保できたので、放課後から準備に移ることになった。

 

 

 

 

 

その日から零は〈バトル・ボード〉の練習は一度も行わず、出場選手のCAD調整や作戦立案を優先的に行っていく。そのおかげなのだろうか。確実に上級生や同級生の信頼を集めていった。

 

零の調整したCADを使った担当選手達は、「今まで誤解していて申し訳ない」と口を揃えて謝ってきたりして、お礼を言われることに慣れていない零を動揺させたりしたのだった。

 

 

 

「沢木・服部、遅くなって済まない」

「堅いことは言わなくていいよ零」

「お前が忙しいのは分かっている。気にするな四葉」

 

この2人は零とともに、新人戦〈モノリス・コード〉に出場することになっている。昨日は3人での作戦立案。そして今日は上級生チームとの練習試合をすることになっている。

 

「昨日の作戦通り服部は遊撃・俺はオフェンス・沢木はディフェンスを頼む」

「任せろ」

「おう」

 

力強く頷く2人にぎこちない笑みを浮かべ、モノリスにみたてた黒塗りのコンクリートの前に3人横並びで立つ。〈モノリス・コード〉のステージは、【渓流】・【市街地】・【草原】・【岩場】・【森林】に分かれている。今回は比較的条件の整っている【森林ステージ】ということで、第三演習場で行うことになっていた。

 

開始の合図と共に、服部と零は森の木々を巧みに利用して進行していく。相手陣地へと近づくが、50m手前で零は風の精霊を用いて、服部に止まるよう指示した。

 

『気を付けろ。十文字先輩は眼で見なくても、正確に魔法を俺達に向けてくる。お前が意識を逸らせ。俺は奇襲を仕掛ける』

「簡単に言うが十文字先輩は置いといて。残り2人も選ばれるほどの猛者だぞ。簡単に倒されるとは思えない」

 

弱気な発言だが言いたい気持ちは分かる。

 

『安心しろ。3年生に勝てとは言わないさ。だが相手が自分より強くても、勝たなければならない事態も出てくる。今は3人ともほんの少しだけ意識を逸らしてくれ。行くぞ!』

 

零は隠れていた木々から飛び出し、自己加速術式で速度を上げて、風と水の精霊に姿をくらませてもらう。

 

《浸透》

 

周囲の風景に溶け込み、姿を隠す隠密系の古式魔法だが、気配は残るためいることだけは分かる。だがどこにいるかまでは分からない。術者の技量と被術者の観察力との勝負ということになる。

 

残り15mまで接近すると、進行方向から向かって右方から雷の音が聞こえた。服部が森の奥で《雷鳴》を発動させたのだ。

 

攻撃魔法ではなく、相手を動揺させる目的で使用されるかなり有名な魔法である。有名な魔法ということは、よく使われているということだ。それなりに成果を上げることができるので、いつの時代・場所でも使用されている。

 

それがたとえ〈十師族〉の次期当主候補が相手であっても。

 

「今のは《雷鳴》か?」

「魔法に惑わされず前を見てください。っ来ます!」

 

克人の声に左方を見ていた上級生が顔を元に戻す。だがそこには何も見えない上に何も感じない。

 

「本当に来るのか!?」

「気配を感じます。っ!」

 

克人は反射的に《ファランクス》を彼我2mに発動させる。すると火炎球とでも言える火の玉が3つ飛んできた。それを難なく防いだ克人だったが、防御領域を真正面に設定したことが悪運を招いた。

 

「がっ!」

「ぐっ!」

 

オフェンスと遊撃が、一瞬のうちに背後から放たれた圧縮空気弾によって無力化され、克人は焦りを感じていた。

 

今のは《偏位解放》か?とてつもない威力だ。だがその程度では俺の《ファランクス》は破れん!

 

克人は全方面に《ファランクス》を展開し、零がやってくるのを待った。しかし数分経っても攻撃が来ないことに、克人は不安を覚える。だがその間にも魔法の準備は行われていた。《ファランクス》の周りの土に生える雑草が、薄らと湿っていることに克人は気付かなかった。

 

感受性の高い克人なら、魔法の使用されていることに気付いただろう。しかし零のことを意識していた結果、気付くことが出来なかった。

 

十分湿ったところで服部は、次の魔法を発動させた。湿った地面を伝って電気が克人の足下に走ったが、間一髪のところで察知して上空へ飛び上がる。しかしそれも服部の作戦のうちだった。さらに上空から《ドライ・ブリザード》を発動させる。強風が展開された《ファランクス》を襲う。

 

そこか!

 

克人は魔法の発動場所を発見する。着地後、《ファランクス》で服部を押し潰そうとしたが、地下からの攻撃に反応が遅れてしまう。

 

土竜(もぐら)

 

零の扱う古式魔法の基本魔法の一つである。地脈に想子を流し込み、土の精霊に地面を陥没させてもらう魔法だ。

 

「何!?がはぁ!」

 

驚きにより《ファランクス》の強度が弱まる。《浸透》を解除し、空中から現れたように見える零が、《偏位解放》を発動させ。想定外の攻撃に克人は戦闘不能になるのだった。

 

 

 

 

「…3人とも勝っちゃったんだけど。3年生なんて顔立てれないわよ」

「正確には2人だが同感だな。十文字や先輩方が自信を失わなければいいが」

 

2人は生徒会室から、〈モノリス・コード〉の練習を画面越しに見ていた。この戦闘は10分もかかっておらず、またまだ余裕そうな3人に驚きを隠せていなかった。

 

「しかし服部の魔法は面白いな。あのような使い方があるとは」

「服部君もだけど零君の魔法にも驚かされたわ。姿をくらませるなんて魔法力がよほど高いのね。総代なのは分かっているけど、分かっていても驚かされるわ」

「今年の〈九校戦〉は波乱が起こりそうだな」

 

摩莉の意見に同感のようで真由美はため息をついた。

 

 

 

同じ頃、零と服部の2人は相手チームの看病をしていた。

 

「特に怪我はなさそうだし、医務室に連れて行くだけでいいだろう」

「十文字先輩が伸びるところを見れるとは思わなかったな」

「今のうちに見ておけよ?見る機会はそうないだろうからな」

「お疲れ2人とも」

「「あ、沢木」」

 

今の今まで忘れていたもう1人のチームメイトが、労いながら森の中から出てきた。

 

「僕、必要なくないか?」

「万が一のためだ。お前は敵を追い返すのが得意なんだから我慢しろ」

「仕方ないか。それより服部のあの魔法は一体何なんだ?」

 

沢木は服部の魔法に興味津々なようだ。その証拠に瞳をキラキラとさせている。

 

「あれはドライアイスの塊を《ファランクス》の周りにまぶして、雑草が湿ったところに《サンダー》発生させただけだ。名付けるなら《這いずり回る蛇(スリザリン・サンダース)》かな」

「カッコいいな服部。これは使えるぞ」

「それはそうなんだがな。…効果は高いんだが、発動するために時間がかかるのが難点だ」

「それは〈九校戦〉までに習得できるように頑張ろう。あと1ヶ月もある。お前の潜在能力なら、【習得】の先まで行けるかもしれんな」

「本当か!?」

 

よほど嬉しかったらしく、歳相応の表情をするので零には少し眩しかった。

 

「ああ、【習得】の次の段階の【強化】や【派生】なんてものができるだろうが、こればかりはやってみなきゃわからん。たが一つ言っておく。【強化】はまだしも【派生】は簡単にできるようなもんじゃない。一生かけてもできないかもしれんからな」

「取り敢えず先輩方を運ぼうか」

 

沢木の言葉に頷き1人ずつ抱えて医務室に向かった。

 

 

 

それからの〈九校戦〉準備は快調に進み、出発前日までには全員が手応えを感じながら帰宅した。

 

零は帰宅して入浴後四葉家に秘匿回線を使って連絡していた。夜9時頃に連絡をしたのは、叔母の依頼によるものだった。一般回線を使うと、母が出る可能性が高いためであり、叔母に連絡したという次第だ。

 

ちなみに服などの準備は、3日前に終えているため何もする必要は無い。

 

零は前日に慌てず余裕を持って準備をする性格なので、今からHARに任せるようなことはしなかった。

 

『零さん、久しぶりね』

「お久しぶりです叔母上。入学式以来です」

『明後日から〈九校戦〉でしょう?姉さんが行くからよろしくね』

 

零は二つの意味でため息をつきたくなった。

 

「何故叔母上ではなく、母が来るのですか?」

『姉さんが駄々を捏ねたから仕方なくよ』

「明後日、会ったらシバいておきます」

『あらあらひどい子。実の母親に向かって手を上げるだなんて』

 

そう言う真夜も楽しそうにしているため、本気では思っていないようだ。

 

「いい歳して子供のようなことをするからです」

『まあ事実だから気にしないわ。それと深雪と達也も行くからそちらもよろしく』

「分かりました」

『試合を楽しみにしておくから頑張ってね』

 

映像電話を切った零の顔は少し嬉しそうだった。深雪に会えて達也にも会える。母が来ることをマイナスにしても補って余りある喜びだ。

 

零の顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。



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5

一高が懇親会前日に現地入りする理由は、練習場が遠方校に優先的に割り当てられるからである。漫画などにある「ヒーローは遅れて参上するもの」というふざけたものではない。

 

道中は中学生気分がぬぐい切れないのか。遠足気分の1年生が多く、バス内は少し騒々しかった。といっても零は意識を逸らせば、そんなものただのBGMにしかならないので、大した問題にはならない。

 

同級生達のはしゃぎを、零は我関せずという面持ちで無視する。零は会場に向かう間、タブレットを使って持ち込み可能なキーボードを無線接続で使用していた。後ろや前の席から覗き込まれる視線を感じ、目線を上げると2人に凝視されていることに気付く。

 

「どうした?」

「俺、お前と違うクラスだから見たことなかったんだが。タイピングスピードの異常さに驚いてな」

「慣れればこっちの方が早い」

 

返答しながらもキーボードを叩くのを止めず、寸分の狂いもなく入力し続ける零に驚き、背もたれの後ろに男子生徒は消えていく。その様子を、視界の端に捉えながら零はタイピングし続ける。

 

「ところで四葉、何をそんなに切羽詰まった表情でやっているんだ?」

「よくわかったな」

 

そんなに焦った表情をしていたつもりはない。それを読み取った隣の席にいる服部の洞察力には驚かされた。元々の能力なのか〈モノリス・コード〉でのチームワークからのものなのか。正確にはわからないが、おそらくその両方だろう。

 

「なんとなくだがな」

「少し焦っていた理由は、もう少しでこの設計を完成させなくてはならないからだ」

「お前、何かを作っているのか?」

「これは知り合いに頼まれたからやっているだけだ。それ以上に意味はないよ」

 

少しずれた回答だが服部は気にした様子もなく納得したようだ。零は目線をタブレットに戻し、一層熱を込めてタイピングを再開した。

 

 

 

〈九校戦〉会場には午後3時前に到着し、夕方7時までが一高の練習時間であり自由時間だ。コース慣れするなり、気分転換にホテルのゲームコーナーで遊ぶなり、各々自由に行動し明後日までに準備を終わらせる。前日は懇親会があるのとコース整備に1日充てられるため、練習場や試合会場は使用禁止になる。一高生は全員が到着日に練習をし、ある程度の空気に慣れるようにしている。

 

零と服部は自身の出場する種目の練習を早めに切り上げ、沢木と一緒に〈モノリス・コード〉のステージの様子を動画で見ていた。

 

「動画と自分の眼で確認するのとではかなり違うが、情報がないよりはマシだな」

「零、お前はどう思う?」

「【市街地】ステージ以外は気にしなくてもいいと思う」

「何故だ?」

「【渓流】・【森林】ステージは俺の精霊魔法の独壇場だし。【草原】・【岩場】ステージは、正面からの攻撃は俺と服部でなんとかなる。攻撃が抜けたとしても、沢木なら問題なく対処できる。だが【市街地】ステージは、モノリスが置かれる場所によって、少々警戒範囲が変わってくる」

「どういうことだ?」

 

沢木は言っている意味が分からないらしく、不思議そうに聞き返していた。零は映像を【市街地】ステージに切り替えながら説明する。

 

「【市街地】ステージでは、モノリスが廊下と十字路のどちらかに置かれる」

「 それがどうした?」

「廊下なら前方と後方だけでいいが、十字路は左右にも警戒をしなければならない。全方位を一度に警戒できるのは、よほどの魔法師以外不可能だ。沢木なら問題なく撃退できるだろうが、疲労は増加する」

「なるほど。確かにすべての方位を瞬時に把握するのは、いくら僕でも厳しい」

 

沢木は自分の撃退方法が相手に対して、ほぼ直接攻撃に近い魔法を放たなければならないことを知っている。警戒が一割増しになるのは理解していたのだろう。

 

「もちろん俺の方でも精霊魔法で警戒はしておく。さて、そろそろ夕食だからホテルに戻ろうか」

 

零は2人を連れて、映像を見ていた一高テントからホテルに向かった。

 

 

 

 

 

翌日の懇親会では九島閣下の挨拶ならわかるが、何故母まで挨拶をするのか理解できなかった。懇親会終了後、屋上階のVIP専用客室に向かった。零も四葉に名を連ねる者なので、その階に入ることができ入室も許可されている。

 

「零従兄様!」

 

ドアを開けると深雪が胸に飛び込んできた。優しく抱き留め頭をなでてやると至福の笑みを浮かべる。さらに顔を零の胸にこすりつけるので苦笑してしまう。

 

ソファーでは何故か睨みつけてくる母親がいるが、無視して従弟を見る。手にタブレットを持っていたので、またCADでもいじっていたのだろうと予測する。深雪に向けた苦笑とは違う苦笑を浮かべてしまう。

 

「またなのか?達也」

「従兄さんに追いつかないと役には立てないからね」

「一生不可能だな」

「そんなこと言えるのも今の内だよ従兄さん」

「いつまで母親を無視すれば気が済むの!?」

 

互いに人の悪い笑みを浮かべていると、我慢の限界と言わんばかりに母が叫んできた。

 

「おや母上、おられたのですか?」

「わざとだと分かっていても腹が立つのは何故でしょうね」

「ご自分の行動を思い返してください。心当たりがあれば、こんな対応をされるのをご理解されると思いますが?」

 

拗ねて顔を逸らす深夜を、達也と零の腕の中にいる深雪は微妙な表情をしていた。

 

「従兄さん、苦労しているね」

「仕方ないと思えばストレスにもならないよ」

「叔母様があの状態だったら、お母様はどうなるのでしょう?」

「達也や深雪の母さんはそうならないと思うよ。忙しいからね」

 

腕の中で首を傾げる深雪に優しく話すと納得し、さらに抱き着いてくる。嫌ではないので追い返すことはしないが、視界の端でハンカチを噛み憎々しげにこちらを見てくる。そんな母親がいるのでため息を吐いてしまう。

 

「そろそろ帰るよ」

「従兄さんの出番はいつから?」

「4日目からだな。〈バトル・ボード〉の予選がある。6日目に〈バトル・ボード〉の決勝トーナメントで、7日目が〈モノリス・コード〉の予選と決勝トーナメントだな」

「零従兄様のポジションはどこなのですか?」

「遊撃とオフェンスだよ」

「ということは零の無双を見られるということね!」

 

先ほどまでの機嫌の悪さが嘘のように機嫌が良くなる。歳を忘れているかのようにはしゃぐ深夜を見て、零は頭痛がやってきたのでこの場から離れることにした。

 

「…達也・深雪、母さんをよろしく。抑えられなかったら深雪、お前の氷で眼を覚まさせてほしい」

「「了解しました」」

 

2人に頼み事をし部屋を出て自室に向かった。

 

 

 

自室のドアを開けると、深雪を補充し高揚していた気分が一瞬にして霧散した。

 

「まだ起きていたのか?五十里」

「寝かせてくれなくてね」

 

中性的な顔つきをしている同室の友人が、何ともいえない表情と口調で言ってくる。もう1人いるはずのない。いや、いてはならない友人に声をかけた。

 

「花音、そろそろ部屋に帰りなよ。もう22時だ。女子生徒がうろついていい時間じゃないし、男子の部屋にいるのは規則上まずい」

「婚約者なんだから問題ないでしょ?」

「それでもだ」

「…分かった。じゃあね啓!」

 

零が下の名前で呼んでいたのは、花音に「名字ではなく名前で呼んでほしい」とお願いされたからだ。別に下の名前で呼ぶことに抵抗はないので拒否はしなかった。最後に音符が付きそうなテンションで零の横をすり抜けていく花音を見送り、無言で着替えを手に取りシャワールームに向かった。

 

 

 

 

 

翌日から2094年度全国魔法科高校親善競技大会通称〈九校戦〉が開幕し、一高の二連覇へ参加者は気合を入れていた。1日目から真由美が出場するため見逃すわけにはいかない。真由美が登場すると大きな歓声が上がった。

 

「すごいなこの歓声」

「あの容姿に魔法力だ注目されても仕方ない。服部、その眼にしっかりと納めとけよ?先輩のハートをキャッチしたいならな」

「んな!」

 

顔を真っ赤にして口をパクパクと動かす様子を楽しそうに、零と沢木は2人で観察する。服部が七草先輩に気があるのは、競技種目の練習していた7月末から気付いていた。登場する今、茶化すにはもってこいのタイミングである。

 

「冗談はさておき。始まるぞ」

 

歓声が静まり開始のシグナルが点灯する。軽快な射出音と共にクレーが飛び出した。しかしすべてのクレーが個々に撃ち抜かれ、全弾撃ち漏らさず試合を終えた。

 

「さすが〈エルフィン・スナイパー〉だな。パーフェクトとは流石だ」

「ずごいな。さすが〈十師族〉に名を連ねる七草家の長女だ」

「パーフェクトなら決勝トーナメント出場決定だな」

 

その後は摩莉の〈バトル・ボード〉を観戦し、多種多彩な魔法の使い方に感動した。安全に勝利し、こちらも決勝トーナメントに出場した。



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6

九校戦初日の夜、食事も入浴も終えあとは就寝するだけになった時間。生徒会女性陣+αが、河内生徒会長の部屋に集められていた。

 

本来であれば夜更けに男子高校生が女子高校生、それも美少女揃いの部屋にいることは外聞的によろしくない。本人は断ったのだが、生徒会権限+先輩の命令を出されてしまったので、仕方なく頷くしかなかった。

 

「今日の結果は予定通りだ。CADはどうだった?」

「競技用のはずなのに、普段自分が使っている物と違和感がないですね。とても使いやすかったです」

「そうだな。見た目は同じでスペックが違う物を入れ替えられていても気付かないだろう」

「2人のこの賞賛ぶりだと、君の腕は大したものだ。さすが筆記も満点の総代だな」

「恐縮です」

 

零自身それほどたいしたことはしていないというのが本音だ。「好意は素直に受け取るが吉」と父が言っていたので、謙遜することなく受け入れた。

 

零は父を父親としても1人の魔法師としても尊敬している。

 

「謙遜という言葉を知っているか?」

「もちろん知っていますが何か?」

「…言う気が失せた」

 

無表情で聞き返す零に、摩莉はげんなりして言葉を紡がなかった。

 

零の反応は冷たくとられるかもしれない。だが零からすれば当たり前のことをしているだけなので、特に感慨めいたものを感じていないだけなのだ。

 

調整を万全に行い、選手の全力をサポートする。

 

それはエンジニアとしても魔法士としても、持つべきポリシーなのである。

 

「そろそろお暇させていただけますか?この時間帯に女性の部屋にいるのは、許可があるとはいえ社会的にもマズいので」

「ここにいるメンバーは気にしないのだがな」

「先輩方はよろしいでしょうが、俺自身が精神的に耐え難いんです」

「河内生徒会長も摩莉も落ちついて。零君の言い分はもっともだから今日は終わりにしましょう。明日からもよろしくね」

 

零は真由美に対するお礼を含めて全員に一礼してから、部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

大会2日目、〈クラウド・ボール〉でも零は真由美のエンジニアとして参戦し見事優勝へ導いた。〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉では少々ヒヤッとしたが、2年生と3年生の出場選手は予選を突破した。

 

 

 

 

 

大会3日目、〈バトル・ボード〉の準決勝を余裕で突破した摩莉は、決勝戦のスタート位置で合図を待っていた。

 

「去年以上に、相手選手と魔法力の差があるように見えるんだけど」

「1年も鍛えれば、別人のように変わりますから」

「それだけではないと思うがね」

 

零と会話していた真由美の横に座りながら、河内は意味ありげに零に笑みを向けた。

 

「他にも理由があると?」

「君の調整力だよ。例え本人の魔法力が優れていても、CADが機能しなければ意味は無い。それが合わさって今の彼女を作っているんだよ」

「相乗効果ね」

「CADが機能しても、本人の魔法力が備わっていなければ使えないと思えますが」

「だからだよ。彼女の魔法力と君の調整力が合わさったことで、只でさえ魔法力だけで圧勝している状態を、更に異常にしているんだよ」

 

零からすれば当たり前のことをしているだけだ。周囲の人間は、それさえ零の技術力だと思っている。零自身は担当した選手が活躍し、自信を付けてくれるだけで十分なのだ。

 

空砲が鳴らされて競技が始まる。決勝までトップでスタートし、ゴールしてきた勢いそのままに、決勝もトップでスタートした。

 

「決勝も準決勝までと同じ戦法ですか。変えないのには理由があるのですか?」

「去年も同じ戦闘スタイルだったのよ。変えるつもりがないのか変えるほどの作戦が思い付かないのか。私には詳しく分からないけど。零君はどう思う?」

「変える必要は無いと思います。去年も同じような戦術で結果を残しているのであれば、今すぐに変更しなくていいかと」

「バレているのに?」

「バレたところで、渡辺先輩を上回るような魔法力が無い限り勝てません」

 

摩莉は九校の中でも一・二を争う一高生徒。さらに一高でもトップクラスの魔法力を持っているのだから、九校戦で通用しないわけがない。

 

「硬化魔法・移動魔法・加速魔法・振動魔法ですか。それだけの魔法をマルチキャストできるとは、現風紀副委員長で次期委員長と言われるのも頷けます」

「来年はどうなると思う?」

「同じ戦術で問題ないでしょうね。2年の後半からは、より実践的な授業が始まるようですし」

 

真由美と零が話している間にも、摩莉は2位以下の選手を突き放し、圧倒的な強さで女子〈バトル・ボード〉二連覇を成し遂げた。

 

男子〈バトル・ボード〉は準優勝、〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉は男女ともに優勝し、本戦の前半を過去最高の成績で終えた。

 

 

 

その日の夜も、零はVIP専用客室に向かっていた。突如呼び出されることは本家でも多々あったので、気にしないというよりは諦めている。

 

ドアを開けて中に入ると、楽しそうに談笑している女性の声が複数聞こえた。真っ直ぐ進まずに別室へ向かった。

 

「達也、聞きたいことがあるんだがいいか?」

 

ドアを開けて中に入ると、九校戦開始前に来たときと同じようにタブレットを使って、CADのプログラミングをしている達也がいた。

 

「あ、従兄さんお疲れ様。深雪はシャワー浴びてるよ」

「それより何で叔母上が来てるんだ?」

「母さんは当主として従兄さんの試合を見に来たんだと思います」

 

だったら何で懇親会から来なかったのかと言いたくなった。達也に聞くのは間違いなので、本人に聞くために話し声が聞こえるリビングに向かった。

 

「それでね…キュウ!」

「…」

 

何故か微妙な顔でこちらを見上げてくる叔母を、零は無表情に見つめ返す。

 

「…何も言わないの?」

「何から聞けば良いのか分からないので」

「取り敢えず姉さんは介抱してあげて」

「面倒くさいのでお断りします」

 

白眼をむいてソファーから崩れ落ちている深夜を、零は冷ややかに見下ろし言い放った。

 

「じゃあ、せめてここからどけて」

「分かりました」

 

ヘッドロックで気絶させた母親の襟首を掴み、ベッドルームに入りベッドに顔面から優しく(・・・)投げ入れる。そのまま元の場所に戻ってくると、真夜から非難する視線を受けた。

 

「女性に対する扱いがなってないわよ」

「母ですから問題ありません。むしろあれぐらいしないと俺の気が済まないので」

「育て方を間違ったのかしら」

「叔母上自身ではなく母自身ですよ。あの屈折した愛情表現はよくわかりません」

 

真夜も何回も同じようなやり取りをしているので、長くごねたりはしなかった。

 

「本日、叔母上が来たのはどのような理由ですか?」

「四葉家当主として応援に来たの」

「なるほど。名目はそうでしょうね。本当の理由は?」

「…零さんの試合を個人的な感情で見に来ました」

 

誤魔化さず素直に白状したので、雷は落とさなかったがストレスは少なからず溜まった。

 

「何で双子揃って四葉の仕事を投げ出して来るんですか」

「母としての役目…ギャン!」

「…叔母としての役目?」

「何で疑問系なんですか…」

「真夜は恥ずかしがり屋だから…アキャ!」

 

いくら攻撃しても、何事もなかったかのように会話に乱入してくる母を軽く蹴り飛ばす。その様子を見た達也は、苦い笑みを浮かべていた。

 

{叔母上もよく懲りずに突っかかるなぁ。自分の母もこんなんだったら同じことやってたかも}

 

「来た理由は分かりました。ここに呼んだ理由は何でしょうか」

「貴方には全力で挑んでもらいます。四葉の名を継ぐ者として威厳を示しなさい」

「ご命令のままに」

「零従兄様!」

 

風呂上りの深雪が零の背中に抱きついた。ソファーの下に崩れている深夜を見ても、深雪は表情を変えない。むしろこれが日常だと受け入れているというより、諦めの境地に至っている。

 

そしてその本人がむくりと起き上がり、何年かぶりの爆弾発言をした。

 

「早くしないから深雪が上がっちゃったじゃない!覗き見する好機を失っ…ンンンンンンンン!」

「深雪、しばらく氷漬けにしておいてくれ」

「…//了解しました」

 

零は深夜の口を右手で塞ぎ深雪に命令した。すると深雪は顔を真っ赤にさせながら、叔母の首から下を氷で覆い、何事もなかったかのように零の左腕に抱きついた。

 

「…いつまでこのまま?」

「深雪の気が済むまでということで」

「凍死するわよ?」

「その程度なら深雪が分かっていますから問題ありません。それでは」

 

零は深雪の頭を優しくなでた後、部屋を出て行った。

 

「お母様、どういたしましょうか」

「言うことを聞かなければ私達が対象になりそうね。しばらくはこのままでいましょう」

「真夜、た、助けて…」

 

姉の声も聞こえないかのように無視を続け、深夜の助けを求める声は1時間続いた。



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7

九校戦4日目、新人戦初日は〈スピード・シューティング〉の予選から決勝と〈バトル・ボード〉の予選が1日かけて行われる。零の出番は〈バトル・ボード〉のため午後からであり、午前中はゆっくりすることにしていた。

 

VIP客室に行って深雪を愛でてもいいのだが、深夜からストレスをもらうのが容易に想像できたため自室で寝転んでいた。

 

同室の五十里はCAD調整のため今はおらず零1人でいる。知り合いからの要請にも会場へ着く前に応えていたので、やることがなく暇だった。

 

友人の試合を見るべきなのだろうが、気が乗らなかったので見に行かなかった。

 

〈スピード・シューティング〉に出場する選手も決して下手なわけではないが、魔法力が一高でもトップとはワンランク落ちてしまうのは否めない。よくて決勝トーナメントに挑める程度だろうと予想していた。

 

零は眠気に抗う素振りを何1つ見せず、ゆっくりと眠りの淵に落ちて行った。

 

 

午後3時前。零は〈バトル・ボード〉のコース上で座禅をしながら開始時間を待っていた。その様子を一高応援団は不思議そうに見ている。

 

「零君は一体何をしているのかしら?」

「集中じゃないか?」

「彼なら必要ないと私は思うがね」

 

真由美・摩莉・河内の順の意見である。その頃、友人たちの間でも同じように話題になっていた。

 

「沢木、お前はどうみる?」

「精神統一ではない…と思う」

「じゃあ、あれは何なんだ?」

「さあな。本人に聞かなければわからん」

 

服部の質問に沢木は確信はないように答え、その答えに服部の友人である桐原は首を傾げていた。精神統一にしては真に迫り過ぎているというのが沢木の意見だ。2人がその意味合いをしっかりと理解できているかは、本人たちに聞かなければわからない。

 

『on your mark.』

 

合図が鳴り響き、観客が静まり選手たちが準備に入る。

 

『get sets.』

 

選手たちが構える。

 

最後は空砲が鳴り響き、〈バトル・ボード〉予選第3レースが始まった。一高生徒の予想通り一番最初に飛び出したのは、零であったがその速度は異常だった。

 

「速過ぎないか!?」

「だが完全にコントロールしている!」

「このままじゃコーナーを曲がりきれずにぶつかるぞ!」

 

観客は勝手に喚き始めているが、一高生徒たちは焦ることなくしっかりと零の戦術を見て、何をする気なのか気になっていた。

 

最初のコーナーに入っても零は速度を緩めずそのまま突入した。

 

「ぶつかる!…え?」

「なんだ今のは!?」

「水が壁になっただと?」

 

零が壁にぶつかる瞬間水、路に流れる水が突如うねりながら波を作り、その横をボードとともに滑って行く。

 

まるでサーフィンの要領で上手く波を操っているように。

 

零がコーナーを曲がり終えると、波は何もなかったかのように水路に戻り、後ろから追いかけていた選手たちに一切影響を与えなかった。

 

「…今のはどうやって作ったんだ?」

「概念が理解できないし不可思議だわ」

 

摩莉と真由美は何が起こったのか理解できていなかったが、友人の2人は何をしたのか気付いていた。

 

「さすがだな。ここでそれを使って来るのか。あいつのやり方は面白い」

「こういう使い方があるのか。本当に面白いな」

「一体何をしたんだ?」

 

桐原は零が何をしたのか状況を把握できていないらしく、2人に聞いていた。

 

「あいつは水の精霊を使って、水路の水を壁のように作り上げたんだ」

「そんなことができるのか?」

「条件発動型術式だろう。自分が近づくのを第一条件、想子を感知することを第二条件にしたんだろう。よくあんなことができるものだ。おっと!これもまた凄いな!」

 

沢木が説明していると零がコースの途中にある滝をジャンプした瞬間、縦二回転横四回転の離れ業を見せた。

 

〈ダブルコーク1440〉

 

スノーボードで使われる驚異的な大技であり、成功させる人間はまずいないらしいが、落差がある故か。魔法でブーストし回転数を上げている故か。余裕を持って着水した零に対して、会場全体から大きな歓声が上がった。

 

もはや〈バトル・ボード〉の試合どころではなくなり、零の離れ業ただそれだけに観客が感激していた。

 

 

 

その様子を深雪たちはVIP観覧室から見ていた。

 

「達也、深雪今の見た!?」

「はい、見ました!カッコ良すぎます零従兄様!」

「2人とも落ち着いてください。凄いのはわかるけどそこまではしゃがれては…」

「さすが我が息子!」

「さすが私の婚約者です!」

 

ハイテンションな2人をなだめるのを達也はすぐさま諦める。2周目に入り、圧倒的な差をつけて独走している零を見ていた。

 

達也からすれば到底真似できない芸当であり、真似しようとは思えないが憧れるのは仕方がない。

 

何故なら容姿を含めカッコ良すぎるからである。1人の男として憧れの存在である零を、達也は心の底から尊敬している。

 

他人には無愛想でも、自分たちに向ける感情はとても優しいものだ。

 

「母上、兄さんのあれは精霊魔法を使っていましたね。あのような使い方もあるのですか?」

「零さんは魔法の使い方をわかっていますから。使い道をその場に応じて使い分けます。人が思いつかないような場面でも使用しますから、驚かれるのは無理ないと思いますよ?」

 

達也の質問に真夜は当主らしく、そして叔母としての威厳を保ちながら嬉しそうに達也に伝えた。

 

 

 

予選終了後、一高のテントに来るよう言われシャワーと着替えを終えてから、テントに向かう。入口をくぐると全員から拍手を送られて、少し気恥ずかしい零だった。

 

「おめでとう四葉君。君は本当に素晴らしい」

「ありがとうございます」

「零君、あの魔法は何か聞いてもいいかしら?」

「構いませんよ七草先輩。あれは精霊を介して魔法を発動させたたけです」

「精霊魔法?零君は現代魔法師ではないのか?」

 

摩莉は不思議そうに首を傾げた。だがそれは彼女だけではなくテントに集まった全員に共通している。

 

「自分の父は古式魔法師でしたので、自分もそれを受け継いでいるんです。父の名前は神谷篠(かみやしのぶ)です」

「あ、あの〈神谷家〉か!?」

 

摩莉は本気で驚き、周囲の生徒たちも程度の差はあれど驚いていた。

 

〈神谷家〉は室町時代から続いた由緒ある名家であり、強力な古式魔法を使う日本でも屈指の魔法師だった(・・・)

 

しかし「最強」という肩書きが災いし、戦争に参加すると強く非難された。

 

『神谷家という魔法師でも人間でもない生物を戦争に参加させるなど対等ではない。今すぐこの世から消すべきである。消さないならば、日本との関係を断絶する』

 

同盟国のUSNAにまで言われてしまい、日本政府は〈神谷家〉の滅亡を決めた。政府にとっても苦渋の決断だったのだ。

 

日本人であることには代わりない彼らを殺すなどしたくなかった。だが彼らだけで国の安全が守られるのであればやむなしとし、第三次世界大戦通称《二十年戦争》が始まる前に、当時の当主〈神谷 宗十郎(かみやそうじゅうろう)〉と会談し、彼は反論などせず二つ返事で承諾した。

 

しかしその代わりに末っ子として生まれたばかりの神谷宗士(かみやそうし)を、名前を変えて生き残らせてくれと頼んだ。その時の交渉人であった〈神之宏幸(かみのひろゆき)〉に頼み込み、宏幸は宗士を養子として迎えると承諾した。

 

その時養子に出された宗士が、零の祖父であり篠の父であった。彼が宗士を引き取っていなければ、零はこの世に生を受けることがなかった。

 

宗士は自分が〈神谷家〉の生き残りだと聞かされたのは、成人した頃のことだった。

 

結婚した後も隠し続け、死ぬ直前に篠へ正体を明かした。四葉家はそのことを黒羽家の諜報能力によって知った。〈篠〉を深夜か真夜の婿にしようと双子の父である元造は考えていたが、偶然知り合った深夜と篠がお互いに一目惚れし、交際期間僅か1ヶ月で式を挙げた。

 

その頃真夜も司馬龍郎と交際しており、同じ頃に式を挙げたが真夜が達也と深雪を身籠もっている間に、司馬龍郎が元恋人である古葉小百合と浮気をしたため、婚約は解消された。

 

さらには四葉家から追い出され、現在も関係は断絶より悪い状態である。

 

そういうこともあり〈神谷家〉の血は日本から消えたと思われていたが、零がその血を引いているとなれば驚いても仕方がない。

 

「嫌なことを思い出させてしまったな。すまない」

「気にしないでください。自分が現代魔法を使いながら古式魔法を使えば、疑問に思っても仕方がありませんから」

「それならばあの強力な古式魔法を使えても可笑しくはないわけか。しかしどうやってあのような『水の壁』を作ったんだ?」

「地脈を通じて水の精霊に想子を送り込んで作ってもらいました」

 

零はただ1つを除いて隠すことなく説明した。

 

「決勝リーグも頼んだぞ」

「お任せください」

 

零は一礼してから一高テントを後にした。

 

 

 

《いいか零、精霊は手足でも部下でもない。ましてや下僕でもない。精霊は神秘的であり自然的な生き物と思えばいい。精霊を自分の道具としか思っていない奴らには、精霊は自身の魔法力の半分も貸してくれない。信頼関係を築くのが大切だ。しばらくはこれを目標にして頑張りなさい》

 

ベッドに横たわりながら穏やかに微笑み、優しく自分の頭をなでる父に聞いてみた。

 

《じゃあ、どんな関係ならいいの?》

《それは自分で見つけるんだ。父さんは友人だと思っているから、それ相応の言葉遣いや扱い方をしているよ》

 

しばらく僕は考え笑顔で言った。

 

《じゃあ、僕は大切な存在として視るよ》

《何故大切な存在なんだ?》

《大切なものを守るために力を貸してくれる精霊には感謝しなきゃいけない。その気持ちがあれば、きっと精霊たちは答えてくれるって思うんだ》

 

しばらく父は自分の中で考え、また僕の頭を優しくなでてくれた。

 

《お前は面白いことを考えるな。父さんもまだまだ学ぶことがあると気付いたよ》

 

嬉しそうな笑みを浮かべながら父は眼を瞑った。



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8

圧倒的な魔法力で予選を突破した零は、友人の誘いを断り自室で寝転んでいた。〈スピード・シューティング〉の予選を、ギリギリで通過した選手の試合を見たくなかったわけではない。ただ純粋に眠りたかっただけだ。

 

何故かは知らないが魔法力を一定以上使うと、突如睡魔に襲われることが度々ある。抗えないほどではない。だが集中力が途切れることは否めないので、本家では訓練中でも許しを得て睡眠をとっていた。

 

九校戦では自分勝手な行動は慎まなければならない。今回は試合後ということもあり、疑問を持たれることもなく許可をもらっていた。

 

{〈バトル・ボード〉は気にせずやっていけるが、問題は〈モノリス・コード〉の三高だな。若干15歳にして古式魔法の最高難度である《神威共鳴》を成功させた、古式魔法の名家〈朧月(おぼろづき)家〉次期当主 朧月祥雅(おぼろづきまさよし)がいるとなれば苦戦は免れない。あいつがこの九校戦に出ること自体反則級だ。…それを言うなら俺もか。}

 

精神統一に似た物思いにふけりながら、珍しく苦笑を浮かべる零だが、その苦笑は悲しみに近い何かを含んでいた。それもそのはずだ。〈その力(・・・)〉は双子を吸収して手に入れた、禁忌にも当たる行為によるものだからだ。

 

{沢木や服部は太刀打ちできないだろう。あいつは異次元に近い魔法力を持っている。存在密度が人間という存在を構成する物質が、十文字先輩にも勝るとも劣らないほど濃い。眼を閉じるだけでも威圧を感じるほどに。}

 

冷や汗をかくのが恐れからなのか喜びからなのか自分でもわからない。だが待ち遠しいということだけは否応なくわかる。

 

{待ってろよ朧月。}

 

零の浮かべた笑みは、深夜と深雪が硬直するほど凄みのある獰猛な笑みだった。

 

 

 

 

 

大会5日目、新人戦2日目は〈クラウド・ボール〉の男女予選から決勝、〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉の男女予選が行われる。

 

服部の友人である桐原が〈男子クラウド・ボール〉で優勝、ルームメイトの五十里の婚約者 千代田花音が〈女子アイス・ピラーズ・ブレイク〉で、九校戦史上最短時間で危なげなく予選を突破。新人戦の出だしはますまずの結果だった。

 

その日も強制的に生徒会に呼ばれた零は、精神的疲労を与えられる夜となった。

 

 

 

 

 

大会6日目、新人戦3日目は〈バトル・ボード〉準決勝から決勝、〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉の予選から決勝で、零の出番でもある。零と服部・花音の上位入賞はほぼ確定なので、新人戦優勝が目前に迫っていた。

 

「とは言うものの、問題は〈モノリス・コード〉が一番の心配事だな」

「そんなことは言われなくてもわかっていますよ。自分と服部・花音が上位入賞すればほぼ確定です」

 

愚痴を漏らす摩莉に、2人分のCADを調整しながら的確に答えを返す零。服部や他の首脳陣・上級生は苦笑いを浮かべていた。

 

「勝てるのか?」

「100%とは言い切れませんが。2人がいれば互角には戦えると思いますよ」

「随分2人の腕を買っているんだな」

「沢木は3ヶ月、服部は1ヶ月近くで見てきましたから。ある程度の実力は把握しています」

 

女性にもかかわらずイケメンな笑みを浮かべる摩莉に、零はぎこちない笑みを浮かべながら答えた。

 

「四葉、本当に勝てるのか?」

「勝つつもりですよぬいぐるみ先輩(・・・・・・・)

「ぬっ」

 

心配そうに聞いてくる克人に、零はからかい混じりで変なあだ名で呼ぶ。すると克人が眉間に青筋を浮かべ睨んできた。

 

「十文字、ぬいぐるみとはどういうことだ?」

「十文字先輩が一人部屋を望んだのは…」

「喧嘩買ってやろうか?うん?」

「…十文字君、大人気ないわよ」

 

ほぼ切れかけている克人に、冷めた視線を向けながら同じように冷めた声音で、真由美が小悪魔の囁きを放つ。

 

「取り敢えず準備はできたみたいだから準備をお願いね。2人とも頑張って」

「「はい(!)」」

 

零ではないもう1人が気合の入った返事をした後、調整したCADを持って更衣室に向かった。

 

 

 

合図を待つ間、零は服部とボード上に立ちながら話していた。

 

「CADはどうだ?」

「問題ない。しかしいいのか?俺のまで調整して」

「上位独占するにはやるべきことをやる。それに越したことはないだろう?」

「ふっ、いらん心配だったようだな」

 

穏やかに微笑む服部は、どうやらちょうどいい具合に緊張がほぐれているらしい。

 

人は緊張しすぎると筋肉が硬直し、結果を残さなければならないという不安から悪循環に陥る。結局本来の実力であれば勝てる試合も勝てなくなる。

 

逆に緊張感がなさすぎると、だれてしまい同じように結果を残せなくなる。

 

この2つの間を取れればいいのだが、それは熟練の魔法師でも難しい。今の服部の状態は最高といってもいいだろう。

 

『on your mark.』

 

『gets set.』

 

合図とともに飛び出したのは零だ。その後ろに服部・三高・九高であり、零との距離は開いていく一方。2位にいながら、服部は既に優勝は諦めていた。

 

勝てるわけがないのだ。予選を見たときからこいつは、別次元と言っても過言ではないほどに卓越した技術を持っている。そんなふうに確信していた。

 

いや、それよりもっと前から知っていたはずだ。

 

コーナーを曲がったところでチラリと後ろを見る。零ほどではないが、それでもかなりの距離が開いている。このまま行けば余裕で準優勝は確保できる。

 

{なんだろうなこの感覚は。予選とは違って緊張しない。いや、しているが、心地いいぐらいにしか緊張していない。CADのおかげなのか?それともあいつがいるからなのか?…おそらくあいつだろうな。CADであれば予選でも調整してもらっているのだから、こんな感覚になっていたはずだ。四葉、お前はやっぱりすげぇよ}

 

服部は魔法を行使しながら頭の片隅でこんなことを考えていた。気がついたのはゴールし、一高の応援団からの歓声が爆発したときだった。

 

「お疲れ服部」

「そっちもな四葉」

「下の名前で呼んでくれって何度も言ってるはずだが?」

「お前は上の名前の方が呼びやすい」

「そう言うならまあいい」

 

互いに肩を組み一高応援団に向かって片腕を突き上げる。するとまた大きな歓声が上がった。

 

午後に行われた〈女子アイス・ピラーズ・ブレイク〉で花音が優勝し、一高の新人戦の準優勝以上が決定した。

 

 

 

〈バトル・ボード〉で上位独占し、少しばかりの優越感に浸りながら夕食を終え自室に戻る。自分の荷物が丸ごと無くなっていたので、何があったのか気になった。

 

俺が自室で荷物がなくなった理由を考えていると、花音に左腰にしがみつかまれた五十里がやってきた。

 

「どうしたの?」

「いや、俺の荷物が丸ごと無くなっていてな。何が起こったのか考えていたんだ」

 

なるほどと言いたげな表情を五十里がしたので、なんらかの経緯で事件を知っているらしい。

 

「夕食前に部屋で着替えの整理をしていたら、ホテルの従業員らしき人たちが入ってきたんだ。しばらくして四葉君の荷物を持って行っていたよ」

「何か言ってたか?」

「何でも1人部屋に移動させるよう〈バトル・ボード〉の決勝が終わった後、要望が来たとか」

 

何となく犯人はわかっていたが敢えて聞いてみた。

 

「誰に要望を受けたと言っていた?」

「四葉深夜様からとかって言ってたかな。確か四葉君の母上だったよね?」

 

予想通りの答えに苛立つより呆れてしまった。

 

時刻は午後10時過ぎ。そろそろ就寝し始める時間帯だが、明日の〈ミラージ・バット〉と〈モノリス・コード〉出場者のエンジニアは、日付が変わるまではCADの調整をするだろう。

 

零は花音の試合後の夕食までの間に、自分の分を含めた3人分を既に調整し終えているため、今更焦る必要は無い。

 

服部や沢木も夕食後に翌日の練習などはしない主義だし、三高以外には楽勝だという認識(ちなみにそれは一高の首脳陣も同じ見解)だ。今頃ルームメイトと仲良く談笑か、地下の人工温泉を貸し切りにしてはしゃいでいるかもしれない。

 

少しばかり羽目を外しても、服部は〈バトル・ボード〉準優勝なので怒られないだろうし、怒るのは克人ぐらいだろう。

 

「運ばれた場所は?」

「VIP客室だったかな」

「一応従業員に聞いてみるよ。お休みまた明日」

「おやすみ」

「啓~」

 

恋人の名前を呼ぶ花音の声をBGMに、互いにお休みを言い昨日までの宿泊室から出てフロントに向かった。

 

 

 

フロント係に聞くと丁寧に教えてもらい、教えられた部屋番号の鍵を貰った。VIP専用エレベーターで説明された階まで上がる。教えられた部屋番号の鍵を鍵穴に差し込む。左に回しながらドアノブを引く。

 

「零ぉぉぉぉ!!!!」

 

予想通り絶叫しながら跳びかかってきた人影に、左後ろ回し蹴りを叩き込む。

 

「あきゃぁぁぁ!!!!」

 

蹴り飛ばされた人影は痛みというより、蹴り飛ばされた速度に声を上げていた。

 

かなりのスピードで蹴り飛ばされたので、このまま放っておけば怪我をするだろうし、ホテルの物品を破損させることになる。賠償金を払わなければならなくなるため、零は仕方なく慣性中和の魔法と収束魔法を発動させた。

 

ドアを開けた廊下の先の壁から2mの位置に行くまでに、慣性中和を発動させる。その後に収束魔法で空気の繭を作り、人影を優しく受け止める。蹴り飛ばされた人影は、何事もなかったかのようにはしゃぎ回っている。

 

ため息を吐き出しドアを閉めると、鍵はオートでかかったので靴を脱ぎ上がる。部屋の中心ではしゃいでいる人物に声をかけた。

 

「荷物を移動させるのであれば連絡して下さい母上」

「サプライズ❤」

 

悪びれる様子もなく嘯く深夜に続けて文句を言う。

 

「需要のないサプライズなどいりません。こんなことで権力をむやみに振りまかないで下さい。権力乱用ですよ?」

「愛しの息子のためならやむなし…ギャン!」

「メリットのないデメリットしかない行為は慎んで下さい」

 

右拳を自分の胸辺りにしかない深夜の頭頂部に振り下ろし、大人が子供に注意するように声を出す。しゃがみ込みながら両手で押さえている部分から、煙が昇っているのと目尻に涙が浮かんでいるのを見ると、かなり痛みがあるらしい。

 

本人は2割程度しか力を出していないとはいえ、鍛え上げられた拳から繰り出される一撃は僅かでも、それなりにダメージは発生する。

 

「一体何のようですか?」

「一緒に寝ようって思ってね」

「…年齢を考えて下さい」

「歳は関係ないわ」

「…」

 

ぐうの音も出ないとはこういうことを言うのだろうか。無視して制服を脱ぎ、着替えと下着を旅行カバンから取り出して脱衣所に向かう。

 

カッターシャツを脱ぎ、洗濯かごに放り込み振り返ると何故かそこに深夜がいた。

 

「…何ですか?」

「いい筋肉してるなぁって思ったの」

 

{この女性は筋肉フェチなのか?}

 

どうでもいいことを考えているとジロリと睨まれた。

 

「何でしょうか?」

「今、失礼なこと考えなかった?」

「ご想像にお任せします。それより本当の目的は何ですか?」

「一緒に入ろうかと…ゲフ!」

 

服を脱ぎかけた深夜に想子弾を撃ち込み気絶させる。本来なら術式解体(グラム・デモリッション)で吹き飛ばしたかったが我慢する。

 

44歳にもなってこんなはしたない行為をすることに、何ら抵抗がないことにストレスを感じる。気絶させた深夜をベットに寝かせた後、シャワーを浴び少し離れた位置に寝転んで睡魔に身を委ねた。

 

 

 

 

 

翌日の朝、昨日は我慢して使わなかった術式解体(グラム・デモリッション)で深夜を吹き飛ばし、膨大なストレスを抱えて朝食に行った。

 

朝食を終えて部屋に戻ると、目覚めた深夜から文句を言われたのは言うまでもないが、自業自得だと分かってほしいと切実に思う零だった。



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9

大会7日目、新人戦4日目は〈ミラージ・バット〉の予選から決勝と〈モノリス・コード〉予選リーグが行われる。零達の出番は第二試合 八高と【森林ステージ】で行われることになっている。

 

首脳陣は厳しい表情をしていたが、中には不敵な笑みを浮かべている者がいた。それはもちろん零からすれば、人間性に少し難があるのではないかと思わされる先輩なのが丸わかりだった。

 

「勝てるのだろう?」

「俺の独壇場に等しいですから10秒で終わらせますよ」

「相変わらず生意気な口だな」

 

零の傲慢とでも取れる発言に言葉だけは辛辣ながらも、対人戦闘を好む生徒である質問者は、好戦的な笑みを浮かべている。そんな言葉を投げかけられても、2人のCADを平然とした表情で調整する零である。

 

質問には「八高は森林戦闘に慣れているが、精霊魔法を得意とする君なら負けないだろ?」という意味合いが視線に含まれていた。服部はかなり緊張しているらしくソワソワしていたが、沢木は落ち着いたもので、克人と楽しそうに会話をしていた。

 

2人の対照的な行動に苦笑する零だが、もっとも気になるのは朧月率いる三高チームだ。たった1人で「進軍」し、第一試合を僅か10秒で終わらせた。

 

【草原ステージ】だというのが災いしたのかもしれないが、たとえ遮蔽物が多い【森林ステージ】だったとしても、勝てはしなかっただろう。それほど力の差が見られる試合だった。おそらく秒殺された七高選手達は、わかっていても勝てなかったことに対する精神ダメージを、少なからず被ることだろう。

 

最悪の場合魔法技能を失うかもしれない。しかしそれは朧月のせいではなく、自分の身熟さがもたらした結果だ。冷たいようだがそれが魔法社会の根幹に違いなかった。

 

 

 

第二試合開始直前。VIP観覧席には達也と深雪を連れた四葉家当主とその姉が、九島烈と供に椅子に座りながら話をしていた。

 

「深夜の息子の出番だが勝てるのかな?」

「「もちろんです!」」

「決勝リーグまでは圧勝でしょうが朧月殿には苦戦するかと」

「楽しませてもらえるのは確定事項です」

 

エキサイティングしている2名は放っておいて、烈はまともに会話ができる2人と話を続けた。

 

「勝てるというのかな?」

「万に一つもではなく五分五分ですよ閣下」

「それはあれ(・・)があるからかな?」

 

烈は先ほどとまでは打って変わって、〈十師族〉という制度を導入した魔法師としての態度に改め問いかける。

 

あれ(・・)は殺傷ランクAランクどころかSランクまで上り詰めるものです。使うわけにはいきません」

 

真夜も四葉家当主としての態度に改め話をする。九校戦では出場者に怪我させることは、競技の種目によって異なるが、致命傷になる攻撃や重症を負わせるような魔法攻撃は禁止されている。

 

九校戦ルールの中に、魔法の殺傷ランクというものが設けられている。魔法の規模や能力によってランク付けされており、零の使うあれ(・・)はAランクでさえ凌駕するほど強力なので、使えないのは当然だ。

 

「零さんがあれ(・・)を使う心配を、私もここにいる3人も、四葉家関係者全員がしていません」

「…それは使わなくとも勝てると言いたいのか?」

「その通りです閣下。従兄さんはあれ(・・)を使わなくとも、互角に戦えるほどの技量があります」

 

さすがの烈でも、一切揺るぎのない答えにたじろいでしまう。それほどの威圧感が達也の言葉に含まれていたのだ。

 

「ならばしっかりとこの眼で確かめさせてもらおう」

「ご期待されるのはわかりますが、従兄さんが朧月と戦うのは決勝リーグだけです。おそらくどちらも全勝で突破するでしょうから、当たるとすれば決勝戦です」

「予選での戦い方も見ておきたいのでな」

 

烈はそう言いながら、モニターと自分の眼で一高チームを観察し始めた。その眼は獲物の技量を確かめるが如く鋭い猛禽類のような眼だった。

 

 

 

そんな攻防が観客席の一角で起こっているとは露知れず。零は〈モノリス・コード〉第二試合の開始合図を、2人と談笑しながら待っていた。

 

「俺達は何もしなくていいな」

 

人の悪い笑み浮かべる沢木は、ニヤニヤしながら零に話しかけていた。

 

「楽にしといて構わない。どうせ10秒もかからず終わるからな」

「四葉なら10秒といわず5秒で終わると思うが」

 

どうやら服部は、零の思う以上に早く試合が終わると思っているらしい。八高は九校の中でも特に野外訓練に力を入れている学校だ。八高や観客らは八高の勝利が確定事項とでもいう雰囲気を醸し出していた。

 

だが反対に古式魔法の得意とするステージで、零達が負けるはずが微塵もないと、チームメイト・一高首脳陣・一高生徒は思っていた。それだけ零の精霊魔法はレベルが高かったのを、これまでの経験で痛感させられていた。

 

それは同じ学校の生徒だということでも、新入生総代だということではない。客観的な事実によるものであり、決して身贔屓に目を曇らせているわけではないのだ。

 

第二試合開始の準備が整ったことを知らせる放送が流れたことにより、零達は談笑をやめて敵がいるであろう方角を向き仁王立ちになる。

 

その立ち位置は正面から見て、零が一番前・その左斜め後ろに服部・右斜め後ろに沢木だ。

 

といってもまともに構えているのは誰もおらず、服部は腕を組み、沢木は欠伸を、零は無表情にCADを眺めている。

 

その様子を映し出す大型モニターを見て、観客には3通りの反応が見られた。

 

緊張感が見られない3人に苛立つグループ・苦笑を浮かべるグループ・首を傾げるグループ。

 

八高・一高・その他の観客の反応だが八高の反応は同情できる。

 

勝つつもりでいる自分達に対して、戦意を全く見せないとなれば、舐められていると受け取っても仕方が無い。大勢が八高の気持ちを察しているなか、三高の約1名だけは零の考えを見抜いていた。

 

零はその人物が自分の作戦を看破することを分かっていながら、わざと行動を移していた。

 

{さすがだな四葉零。だがその程度で俺には勝てない。それを決勝で教えてやる。}

 

試合を楽しみにしている表情の下で、男は腹黒い思いを抱いていた。

 

 

 

第二試合開始の合図とともに零は、風の精霊を介して突っ込んでくる八高選手の位置を、呪符を使って捕捉する。

 

木々に隠れようともせず真っ向から突っ込んでくるのは、野外訓練に慣れていることへの自信か。それともこちらがステージに慣れていないという思い込みによるものか。

 

どちらでも零にとっては問題ではない。魔法を当てやすいのには変わらないからである。走り出して僅か5歩で、八高のオフェンスは雷に撃たれノックダウンした。

 

《雷童子》

 

空中で放電現象を引き起こす古式魔法であり、麻痺させることを目的とした殺傷性ランクC相当の魔法だ。

 

目の前でやられたことに遊撃とディフェンスの選手は驚いて、行動することができなくなり、再び呪符から発動された《雷童子》に撃たれた。オフェンスの選手と同じようにノックダウンされる。

 

その間僅か3秒。

 

もちろん〈モノリス・コード〉史上、最速記録である。また一高チームの危険度を急激に上げてしまうきっかけになった。これが朧月との因縁になるとは、零も四葉家も朧月家も想像さえしていなかった。

 

 

 

「さすがと言うべきだろうな。零の魔法速度と魔法の活用方法は」

 

そう話す人物は、肩幅が広く鍛え上げられた筋肉に覆われている。格闘家と間違えそうだが、軍服を着ていると軍人としての地位が高いように見える。

 

実際ある程度の地位はあるのだが、とある理由で昇進させてもらえていない。

 

「この国の抑止力であり、この国の魔法師の頂点に君臨する彼ですから。これぐらいは当たり前だと思いますよ」

 

彼に答える女性は整った容姿をしているが、化粧が薄くわざと地味に見せているようにも見える。

 

「さすがは〈神谷家〉最後の血を引いているだけはある。3年前から知っていることだがら今でも会う度に驚かされるな」

「成長速度が並みの魔法師とは別格ですから」

「やはり零の中にいる(壱縷)の存在が大きいのだろうか。中にいるから成長速度も2倍。どこまで成長するのだろうか興味が湧くな」

「不謹慎ですよ少佐。彼自身それを悔いていますし、本人の前で言えばこの世界から消されますよ?」

 

これは脅しではなく本音だ。実際調子に乗った研究者が、零の前で禁句を使い消されたのを目の当たりにしているため、このようなことが言えるのだ。

 

それを報告より聞いている少佐と呼ばれた男は首を縮めた。

 

零より3倍近い年月を生きてきた彼でも恐怖を覚えるのだから、零が普通ではないことがよく分かる。

 

そんなやりとりがホテルの一室で、八高に圧勝した一高チームを映すテレビ画面の前で行われていた。



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10

その後のVS.九高【渓流ステージ】・VS.四高【市街地ステージ】・VS.七高【草原ステージ】が行われた。

 

【渓流ステージ】では八高同様零の精霊魔法で圧勝した。四高と七高は服部をオフェンスとして代用し、こちらも危なげなく勝利し全勝で決勝リーグに進出。

 

朧月率いる三高も、無傷の4勝で決勝リーグ進出をした。

 

 

 

三高の準決勝第二試合 VS.四高【渓流ステージ】での試合を観戦せず、零はホテルの一室を訪れていた。

 

「来たか。まあかけろ」

「失礼します」

 

一高の制服のままにもかかわらず敬礼する零は軍人のようだ。実際、特別な経緯で軍に所属しているのだが今ここで話すことではない。

 

テーブルには男性4人と女性1人というアンバランスなメンバーが席に着いている。そのことについて何か言う者は1人もいなかった。

 

そもそも軍の中では女性自体が限りなく少ないので、女性陣はこういう環境に慣れている。男性が何も言わないのは、余計なお世話と言われるかもしれないという危機感もあるのかもしれない。

 

「一高は決勝進出したようだな。三高が相手なのは間違いない勝てるのか?」

「五分五分といったところでしょうか。何分朧月が何をしてくるかわかりませんから」

「君でも分からないのでは、波乱があるかもしれんな」

「山中先生のご懸念も理解できます。俺たちが負ければ新人戦優勝はできませんし、総合優勝にも影響が出るでしょうね」

 

何故なら三高が優勝でも一高が優勝でも、新人戦の点数差は20ポイントとなってしまう。どちらも負けるわけにはいかないのだ。それに零が負けたとなれば、上級生にも少なからず精神的なダメージを受け結果に影響するかもしれない。どちらにせよ零はあれ(・・)を使わず勝たなければならない。

 

あれ(・・)を使うわけはないだろうが用心してくれ」

「もちろんです風間少佐。ところで彼がどんな人間なのか知っていますか?」

「何故俺に聞く?」

「情報収集は戦術として定石です。それに風間少佐は古式魔法師ですから」

 

風間を持ち上げて情報を得ようとしているのではなく、純粋に聞いただけだ。それを理解している風間は有意義な情報をくれた。

 

「《神威共鳴》を成功させたのは知っているだろう?古式魔法の中でも、土の精霊を扱うことに長けていると聞いたことがある。だがこれが正しいとは限らんぞ?」

「偽でもないよりはマシです。それにもし正しければ有利です」

「零君頑張ってね。優勝したらご褒美挙げるから」

 

隣に座る女性藤林響子少尉は、意味ありげにウインクをしてきた。

 

「念のために何をする気なのか聞いてもいいですか?」

「私をあ・げ・る」

「失礼します」

「ちょっと無視ぃぃぃぃぃ!?」

 

高校生には刺激が強すぎる言葉を、零は無視して一室を出て行った。悲痛な叫びが聞こえるが、意識的にシャットダウンし一高テントに向かう。

 

婚約者である深雪がいるにもかかわらず、暇さえあれば零を誘惑するので、最近は無視をすることに精を出している。零の苦労を風間少佐・山中軍医少佐・真田大尉・柳大尉が理解してくれているので、少しは軽減するが4人がいなければ本当にヤバい。

 

「婚約者がいる男に手を出して何が楽しいのか」

「自業自得だな」

「すげなくあしらわれても仕方ない」

「いい気味だ」

 

風間・山中・真田・柳の順の意見だが、藤林は聞こえていないのか更なる作戦を考えているようだ。囲んでいたテーブルとは違う小さなテーブルで、一心不乱にメモ帳に何かを書き出していた。

 

その様子を冷たい目線が貫くが、全く動じず書き続ける。いや、気付いていないのだろう。

 

「零も大変だな」

「世も末だ」

「「消されると思う」」

 

真田と柳は同じ意見のようで同じ言葉を紡ぎ出していた。4人の目線の先では「ふっふっふっふっふ」と含み笑いが聞こえ、4人分のため息が部屋中に漂った。

 

 

 

零が迷惑な行為を受けている間に、準決勝第二試合は呆気なく終わった。大方予想通りで、新人戦〈モノリス・コード〉は一高vs三高になった。

 

一高テントで2人分のCADをいつも通りに調整している零を見て、服部や沢木はみるみるうちに緊張が解け好戦的になっていた。反対にあまりにも自然体過ぎる零に、首脳陣は不安を感じたが声をかけはしなかった。

 

今声をかければ3人の空気を壊してしまうそんな錯覚に囚われていたのだ。それは克人や真由美・摩莉も例外ではなかった。決勝が【草原ステージ】に決定したことで、安堵する者・残念そうに眉をひそめる者。この2つにテントにいるメンバーは別れた。

 

零や服部・沢木は眉をひそめる側だったと記しておこう。

 

「古式魔法の得意とするステージでなくてよかったな」

「個人的にはそっちの方がよかったのですが」

「何故だ?」

「自分と同等かそれ以上の古式魔法を使う魔法師と戦える機会などありませんから。不謹慎ですが【渓流】や【森林】じゃなくて残念です」

 

本心からであるが、2人も同じように頷いているので本気で戦いたかったのだろう。

 

「確かに不謹慎だが。そこまで言うのであれば勝てよ?」

「もちろんです。ここで負けるわけにはいきません」

 

河内生徒会長の激励に不敵に笑いながらテントを後にし、【草原ステージ】に向かう。テントから出た瞬間、誰かに手を引っ張られテントの側面に強制移動させられた。

 

振り向いて視界に入った女子生徒の髪は漆黒。瞳は夜空を思わせる深い群青色だった。

 

「何の用でしょうか宵月委員長(・・・・・)

「朧月には気をつけて。彼は執着心が尋常じゃないから、負けたら死ぬまで貴方を追い掛けるわ。地の果てまでね」

 

鈴の音を鳴らすような可憐な声と共に、似つかわしくない言葉が聞こえた。今まで顔を見たことのなかった先輩が直接話しているのだから、疑うより大人しく話を聞いておくべきだろう。

 

「分かりました肝に銘じます」

 

頷いて先を歩いている2人を追い掛ける。

 

「気をつけて()

 

名前を呼んだだけだが、何か普通ではない感情が含まれた声音で宵月茜は呟く。胸を締め付けられるような想いで零を見送った。

 

 

 

ついに決戦の時が来た。観衆は今か今かと試合を待ち望んでいる。

 

若干15歳にして、古式魔法最高難度の《神威共鳴》を成功させた朧月祥雅。

 

対して【忘却の河の支配者(レテ・ミストレス)】の実子四葉零。

 

気にするなという方が無理な話であり、否応なく熱気は高まっていく。

 

この2人が率いるチームが、遮蔽物のない低草がどこまでも広がる【草原ステージ】で戦うのだ。どんな魔法を使うのか。どのような作戦を組み立てているのか興味が湧かない訳がない。

 

「緊張しているか?服部・沢木」

「心地いい緊張だ」

「早く戦いたいな。といっても僕は防御メインだから、直接の戦いは無いと思うけどね」

 

2人とも好戦的だが頭は冷静なようで実に頼りがいがある。これならば朧月以外に後れを取ることはないだろう。そう信じたい。いや、

 

そうでなければダメだ。

 

開始合図のサイレンが鳴り響き、2094年度最大の目玉である新人戦〈モノリス・コード〉決勝戦が開幕した。

 

双方の距離は直線で600m。目視可能だが的確に魔法を当てるのは難しいだろう。開幕直後、2チームのほぼ中間点で魔法の衝突があり観客は歓声を上げた。

 

朧月が放った古式魔法《疾風》と、零が放った現代魔法《偏位解放》が正面衝突する。

 

互いに空気を動かす魔法であり、相殺しあったところを見ると互角に思える。一定のレベルを超える魔法師には、戦況が一目瞭然だった。

 

「なんという威力だ。あれが古式魔法最高難度の《神威共鳴》を成功させた魔法師の力か…」

「零君自身、それほど本気で放ったようには見えなかったけど?」

「服部と沢木の動きにすべてがかかっている。ここからが正念場だな」

 

一高テントでモニターを見ながら、克人は重苦しい声音で意見をまとめた。

 

 

 

朧月と零は同時に走り出し魔法を互いに発動させる。自己加速術式で【草原ステージ】を縦横無尽に駆け回り、隙あらば残りの遊撃選手とディフェンスを魔法で狙う。

 

だがどれも決定打に欠けて防がれてしまう。

 

{この程度では倒せないか。やはり武を掲げる三高だ。伊達に選ばれただけではなく、朧月と行動を共にしてきただけはある。}

 

その瞬間、朧月が強力な魔法を零に放つ。零は間一髪で避けながら片手を地面に付ける。魔法が放たれる度に片手を、あるいは両手を地面に付けアクロバットな動きで避け続ける。

 

5回片手あるいは両手を地面に付けながら攻撃を避け続けた零は、魔法発動の一瞬の隙を付き魔法を発動させた。

 

「こ、これは〈五芒星の陣〉!?いつの間に!」

「喰らえ」

 

零が手を付けた地面から、赤・青・緑・茶・白の光が発生する。それぞれが一つに混ざり合い、七色に輝きながら朧月に向かって襲いかかる。

 

火・水・風・土の四大元素に、霊を加えた5つの素体が一つの魔法となる。それぞれの相乗効果で、ありえないほどの威力に跳ね上がる。普通五行は〈霊〉ではなく〈金〉であるが、魔法社会つまり古式魔法では〈霊〉として扱う。

 

《主よ、我に力を授けよ!我が肉体の糧となれ!》

 

朧月が大音量で言葉を紡ぐ。地面が大きく揺れ巨大な土の壁が天にそびえ、零の放った〈五芒星〉を防いだ。

 

その様子に観戦している全員が驚愕し呼吸が一瞬止まった。それは〈十師族〉も例外ではない。だが零は平然とそれを眺め、そびえ立っていた土の壁が地面に崩れていくのを見ていた。裏から現れた朧月は肩で大きく息をしていた。

 

「かなり息が上がっているな」

「だ、黙れ!」

 

憎々しげに零を見上げる。だが零は敵意も抱かず言葉を発し続ける。

 

「《神威共鳴》、その名の通り神と崇められる強力な精霊を使役する魔法。強力が故に反動も大きく、今のお前のように疲労が凄まじい。また魔法演算領域に多大な負荷をかけるため、連続発動はできない」

「だからなんだ!?出来るだけで驚異だろうが!」

「確かに驚異だ。だが一度でそれだけ疲弊していれば意味が無い。ここは富士霊峰の影響が大きい。それ故〈土地神〉の力も尋常ではない。だからお前の身体がついてこれていないんだ」

 

もはや零は哀れみを抱いていた。そこまでして勝利が欲しいのだろうか。こいつの場合自分の強さを誇示したいがために、勝利へ執着しているように感じる。

 

零は自分のためではない。一高のため四葉のため、何より深雪の婚約者としての立場を崩さないために、勝利へ執着している。勝利への執着は大きければ大きいほど失うものが増え、心の痛みは増大する。背後へと視線を向けると、服部・沢木が2vs2で激戦を繰り広げている。

 

激戦とはいえかなり優勢なため援護は必要ない。恐らくあと数分で片がつくだろう。もっと楽しめると思ったが拍子抜けだ。

 

しかし観客からすればかなりハイレベルな戦いだった。

 

それもそのはず。古式魔法と現代魔法の撃ち合いなど普段目にすることなどない。めまぐるしく動き回りながら的確に魔法を放つのだから、動体視力が優れている者であれば、尚楽しめたことだろう。

 

だが零は物足りなかった。つまらなかった。この程度で本気は出せない。こいつで出せないのであれば、どこで出すというのだろうか。九重寺の住職に体術の相手を断られるほどであれば仕方が無い。

 

「もう飽きたから終われ。お前の精霊魔法は使い方を間違っている。何故負けたのか。何故威力で勝っているはずの古式魔法が、現代魔法を使う俺に敗れたのか。その理由を知ることから始めろ」

 

零は無系統魔法《共鳴》を無防備な朧月に撃ち込み、戦闘続行不可能にした。そして2人の戦いが終わるのを待つのだった。

 

 

 

「今のは《共鳴》かね?無系統の」

「その通りです閣下。従兄さんは生体波動とサイオン波動の波で気絶させたのです」

 

烈は隣に座る達也の返答に眉をひそめた。達也の態度に気を悪くしたのではなく、あっさりと朧月を倒してしまった零の魔法力に、危機感を覚えたのだ。

 

「なんという胆力と忍耐力。さすがは四葉の後継ぎだ。彼に勝てる者などこの国にも。もしかしたら世界にもいないかもしれん」

 

烈の呟きに深夜と真夜は母親と叔母としてではなく、四葉家の魔法師としての威厳を誇示しながら烈を眺める。深雪は喜びを抑えながら2人と同じように零の試合を眺めていた。

 

 

 

その頃、服部と沢木の試合が大詰めを迎えていた。

 

沢木が拳を繰り出した際の風圧で2人を仰け反った。その瞬間に服部が上空から、《ドライ・ブリザード》で地面に腹ばいに押し付ける。次の瞬間、ドライアイスの弾丸が2人を襲い、背中に残ったドライアイスの破片が、夏の太陽の日光によって瞬時に溶ける。

 

そして最後に《サンダー》を発動させ、合体魔法《スリザリン・サンダース(這いずり回る蛇)》が2人を襲った。

 

試合終了のサイレンが鳴り響き、一高が勝利したことを知らしめた。それと同時に新人戦優勝を勝ち取った。

 

「お疲れ様2人とも」

「案外余裕だったな四葉」

「《神威共鳴》は膨大な想子(サイオン)を必要とするからな。一度使わせてしまえば勝ったも同然だ」

 

これが零の立てた対《神威共鳴》対策であり、攻撃にではなく防御に使わせるように誘導していた。防戦一方になるふりをして魔法を避けながら〈五芒星〉を創造して放つと、予想通り防御に使ってくれた。

 

正直防御に使ってもらえなかったら勝てるとは言えなかった。だがとっさの判断で使ってくれたのだから結果オーライである。

 

「新人戦優勝決定だ。あとは先輩方に任せよう。あ、でもまだ四葉は調整があったな」

「渡辺先輩と本戦〈モノリス・コード〉の出場者3人だからすぐ終わるさ」

 

3人は一高応援団に向かって片腕を掲げ、優勝したことを報告しながら歩いて向かった。

 

 

 

ホテルの一室では、シャワーを浴びながら呪詛をまき散らしている人物がいた。

 

「クソ!クソ!クソ!クソ!殺してやる殺してやるぞ四葉零!お前だけは俺がこの手で必ずな!」

 

朧月の周りには黒いオーラのようなものが渦巻き、彼が闇に墜ちていることを如実に示していた。

 

「そうか、それがいい。ふふふふふ、優越感に浸れるのは今だけだ。精々足掻いて見せろ四葉零」

 

今までの好青年だった朧月は、犯罪者そのものの容貌をし危険度が増しているように見えた。



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11

新人戦優勝が決定した日の夜は、軽いパーティーを開いて全員が零達3人を褒め称えた。〈ミラージ・バット〉では惜しくも三高に負けてしまい準優勝だったが、零達のおかげで落ち込まれることはなかった。

 

零はパーティーが終わると、すぐに自室に戻りってシャワーを浴びた。そのままベッドに潜り込み、眼を閉じて一瞬のうちに眠りに落ちた。〈五芒星〉を発動させたことで、多大な魔法力を使ったので、眠気が凄まじいことになっていた。

 

自室には深夜がおりベッドで眠る零の髪を優しく撫でていた。それはいつも溺愛しているが故の行動で走り寄る様子とは違う。普通の母親の表情だった。零も母親の温もりは、心が落ち着くのをしっかりと理解している。

 

深雪と一緒いるときとはまた違った安心感で、母に優しくされると態度がかなり緩くなる。それは少なからず安心するという気持ちも無きにしも非ずだが、大半は甘えたいという気持ちがある。

 

軍に所属し誰よりも魔法力が優れているとはいえ、まだ16歳の高校生だ。以外かもしれないが零にも時には母に甘えたくなる。だから今もこうして頭を撫でられても眼を覚まさず、穏やかな寝顔をしている。

 

「こうしていると年相応の可愛い息子なのに残念ね。いつまでもこのままでいて欲しいな」

 

優しく微笑む深夜はベッドに潜り込み、零に抱きついて眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

今日、大会9日目は〈ミラージ・バット〉と〈モノリス・コード〉の本戦決勝リーグが行われる。

 

午前10時から午後3時にかけて〈モノリス・コード〉が行われ、夕方6時から〈ミラージ・バット〉が予定されている。どちらも優勝は確実視されており総合優勝も目前である。といって三高に負けるようであれば危うくなるため、選手達は緊張感をもって挑むつもりだ。

 

約1名はいつもと変わらない様子で3人分のCADを調整していた。

 

「君には緊張感というものはないのか?」

「変に自分がそのようなことになれば選手に悪影響ですから」

「その程度で十文字達に影響が出るとは思わんがな」

 

人の悪い笑みを浮かべる風紀副委員長は、後輩を弄って気が済んだのか、鼻歌を歌いながらテントを後にした。

 

弄ばれた零はため息を吐き出し調整を続けた。

 

「昨日の疲労が抜けていないのか?四葉」

「渡辺先輩にイジられただけですので問題ありません」

「七草よりはマシか」

「何か言った?十文字君」

「「なっ!」」

 

先程までいなかったはずの人物がおり、2人はつい声を上げてしまった。

 

「七草…」

「さっきの話どういうことなのか聞いてもいいかな?」

 

青筋を浮かべる真由美はそれほど怖くないのだが、克人はしどろもどろになっている。何か弱みでも掴まれているのだろうか。

 

2人のやり取りをBGMに零は3人分のCADを調整し続けた。

 

 

 

本戦〈モノリス・コード〉決勝リーグ準々決勝第一試合の相手は、八高と【岩場ステージ】で行われた。普段はディフェンスとして参加している克人が、十文字家のお家芸移動型領域干渉《ファランクス》を頭部や肘にまとい、僅か5分で試合を終了させた。

 

「何故今回十文字先輩は、ディフェンスではなくオフェンスとして出たのでしょうか」

「君の戦いに触発されたのだろう。同じ〈十師族〉として負けられないと思ったんじゃないか?」

「良い方向に向かったのであれば何よりです」

 

もはや当たり前とでもいう観戦状況に、諦めを感じ文句を言わない零は別のことで意識をそちらに向けた。 座っていると両隣に生徒会役員が並び始め、誰か分かっていたので逃げることもしなかった。

 

「七草先輩が何か言ったのではありませんか?『さっきの話を帳消しにする代わりに、全員をノックアウトさせなさい』とか」

「そ、そんな訳ないじゃないひどいなぁ零君は」

 

何も言っていないように振る舞っているが、冷や汗が浮かび笑顔が少し嘘くさいので、何かを言ったのは確実だ。もちろん零の洞察力があっての決定だが。実際、右隣に座る河内生徒会長は信じているようだった。

 

 

 

2094年度最後の競技本戦〈モノリス・コード〉は、ついに最後の試合を迎えた。

 

準々決勝と準決勝を1人で相手選手をノックアウトさせた勢いからか、十文字先輩は余裕綽々とした表情で腕を組んでいた。

 

ディフェンスと遊撃担当の3年生は、試合開始前でしかも開始合図を待つだけの状態であぐらをかきながら、100年近く前に流行った「遊戯王」というカードゲームを楽しんでいた。何故か本格的にデッキケースだけでなく、専用フィールドまで持ち込んでいた。

 

「俺のターンドロー!」「ターンエンドだ!」「魔法カード発動!」「トラップカード発動!」

 

などわざわざ言葉を発しながらやりくりをしている。

 

その様子に一高応援団は、2人が重度のゲーム好き(カセットゲームやテレビゲーム、カードゲームも含む)なのを知っている首脳陣や同級生・知り合いが笑っている集団。知らずに試合放棄していることに?を浮かべている同級生や1年生たい。そんな2つの集団に分かれていた。

 

三高側は怒りまくって暴言を吐いている。気持ちは理解できるし、実際俺も同じ感情を抱いている。

 

だが2人が遊んでいるのは慢心からではない。十文字先輩を信用しているからであり、三高を馬鹿にしているつもりは本人たちにはない。三高側が煽っていると取られても仕方が無いこの状況で、していられるのは気付いていないことが大きい。

 

そもそもどうやって持ち込めたのかが知りたい。

 

どうでもいいことを考えていると決勝開始の合図が鳴り響いた。

 

それと同時に怒りを乗せた魔法を一高陣地に放つが、十文字先輩の《ファランクス》によって悉く阻まれ届かない。

 

十文字先輩が大地を踏みしめた瞬間、移動魔法で三高陣地に高速接近する。そのままの勢いで頭頂部に発動させた《ファランクス》で、頭突きを3連発繰り出した。この瞬間に3戦連続単独撃破という偉業を成し遂げた。

 

本戦〈モノリス・コード〉は一高の優勝で幕を下ろし、総合優勝も勝ち取り二連覇を達成した。といってもまだ女子の試合が残っているため、本当の喜びを爆発させるのはそれが終わった後だ。

 

 

 

夕方6時。どんよりとした空模様のためか真夏にもかかわらず暗くなり始めていることに、零は少し安堵感を抱いていた。光球を叩いて得点するこの競技は、明るい時間帯では見にくくなるため、曇りなどの天候のほうが戦いやすい。

 

〈ミラージ・バット〉別名フェアリー・ダンスは、九校戦一の花形競技で人気があり、〈モノリス・コード〉と意見が割れるほどである。

 

零自身戦闘の方が好きだが、これはこれでいいと思っている。〉ミラージ・バット〉のコスチュームは、それぞれ選手の長所を表し短所を隠してくれる。

 

男子は危ない気持ちで見ているが、大抵は真面目に試合を観戦し、同校の生徒を精一杯応援する。

 

決勝リーグ準々決勝第一試合が摩莉の出番。第三試合目に宵月茜の出番だ。一試合目と三試合目に当てられたのは非常に運がいい。休憩時間が長く取れるので、魔法力回復の時間が取れる。唯一残念なのは集中力を持続させることだが、それは本人たち次第なので零にはどうすることも出来ない。

 

「渡辺先輩、体調が良さそうですね。少し緊張気味ですが」

「分かるのか?」

「ある程度であれば可能です」

「…何もかもお見通しにされる気がする」

「おひたしはあまり好みません」

「いつ調理方法の話をしたぁぁぁぁ!」

 

ツッコミが選手担当エンジニアと2人きりの控え室に木霊した。零はわかりきっていたので、少しぎこちないが穏やかな笑みを浮かべた。

 

それを見た摩莉は顔を赤くして睨んでいる。

 

「何が面白い?」

「予想通りのツッコミが来たので少々。それより緊張がほぐれたのではないですか?」

「ん?本当だ膝の震えが止まった」

 

大声を出したことで気分転換になったのだろう。緊張が消え失せ、顔には不敵な笑みが浮かんでいた。

 

「余裕で勝てそうですね」

「勝つつもりさ元々対人戦闘が好きだからな」

「〈ミラージ・バット〉は直接の対人戦闘ではないですよ」

「気持ちの問題だ。さてそろそろ行くかガツンと一発お見舞いしてやる」

 

コスチュームの上に羽織っていた一高の上着を零に渡し、試合会場に向かう後ろ姿を零は頼もしげな表情で見送った。

 

 

 

摩莉は有言実行に相応しい戦果を上げ決勝に進んだ。そして第三試合の宵月茜も同じように決勝へ勝ち進んだ。

 

 

 

決勝は一高2名・三高・二高の戦いとなり、上位独占はほぼ現実になっていた。

 

「服部、この試合どう見る?」

 

沢木は試合開始の合図を待つ間、零の隣に座る服部に意見を聞いてみた。

 

「いくら〈バトル・ボード〉で無双した渡辺先輩でも、宵月先輩には勝てないだろう。なんせあの〈宵月家〉の直系なんだからな」

「俺も服部の意見に同意する。だが渡辺先輩にも頑張ってほしいのは事実だ。どこまでついていけるか。渡辺先輩の腕を見させてもらいたい」

 

零は2人の佇まいから、どのような表情をしているのか観察していた。

 

 

 

3人の予想通り、宵月茜は摩莉を圧倒し余裕の優勝を果たし、三年連続〈ミラージ・バット〉優勝を決めた。しかし惨敗したとはいえ、摩莉も他の選手とは次元の差とでも表せるような点数を叩き出し準優勝を果たした。

 

これで零の担当選手の勝利記録が途切れたが、本人は気にしていない。そんなもの只の記録であって、生きていくなかで必要になることはない。

 

卒業後は魔法大学や防衛大には行かず、四葉を継承する予定なのだから尚更だ。

 

 

 

最終日の夜は後夜祭がある。この大会中に相手を射止めた少年少女達は、大会スタッフの気配りを素直に受け入れダンスを踊り始めた。気配りなのか初々しい少年少女の様子を見て楽しみたいのか。おそらく半々なのだろう。

 

服部は七草先輩と踊りたいと言い出したので、絶賛口説き中だ。沢木は興味が無いのか自分から誘うことはなかった。

 

「沢木は踊らないのか?」

「踊らなければならない道理はないからな。零はどうなんだ?」

 

聞き返され肩をすぼめながら答えた。

 

「俺には婚約者がいる。他の女性と至近距離でいるわけにはいかないだろう?」

「その程度気にはしないと思うけどね。それに恋愛感情なんぞ持ってないのだから、ダンスの時ぐらい手を握っても問題はないよ」

 

爽やかな笑顔でなかなかかっこいいことを言うので、苦笑が浮かんでしまう。

 

この九校戦で明るくなったとよく言われる。確かにかなり表情が表に出るようになったとは思う。それは服部と沢木の優しさに心を揺さぶられた結果なのだろうが、決して悪いことではない。

 

「じゃあ、2人で誘いに行くか?」

「構わないが誰を誘う?」

「…肝心なところを忘れてた」

「なら、一緒に踊っていただけますか?」

 

2人で悩んでいると、鈴の音を鳴らすような声が聞こえた。振り返ると宵月先輩が立っていた。

 

「どちらとですか?」

「もちろん四葉君よ。沢木君、貴方と踊りたいって言っている子が一高のテーブルにいるから誘ってあげて」

 

指差す先にはこちらをチラチラと見る生徒が3人いたので、沢木は俺達に手を振って向かっていった。

 

「では行きましょうか宵月先輩」

 

俺が右手を差し出すと、少し顔を赤くさせながら手を取ってくれた。ダンスホールに入り踊り始める。

 

ダンス自体苦手ではないが得意とは言えない。家の関係上ホームパーティーに呼ばれることが多々あり、そのために練習していた。

 

もちろんその相手は母だが…。

 

そのため今のように簡単なダンスであれば、相手に後れを取らずリードすることはできる。宵月先輩は流れるようなそれでもリズムに合わせて踊るので、俺の眼から見てもかなり美しかった。

 

「朧月との試合に向かう途中、俺の名前を呼びましたよね?何故先程のように呼ばなかったのですか?」

「…貴方に流れる〈血〉と関係があるわ」

 

俺の質問に重々しく口を開き答えた。その声は普段の鈴の音を鳴らすような美しい声ではなく、枷を付けられたようなそんな声音だった。

 

「〈四葉〉ではなく〈神谷〉のですか?」

「ええ。貴方の祖父《神谷宗士》と私の家系〈宵月家〉には深い関わりがあるわ。まず最初に、私は貴方のボディーガードになるために育てられた」

「…宵月先輩が俺専属のボディーガードに…ですか?」

 

驚くべき暴露に俺は驚きを隠せない。小声で話しているため周りで踊る生徒達には、ダンスミュージックにかき消されているため聞こえていない。

 

「貴方の祖父〈神谷宗士〉を引き取った〈神之宏幸〉は、〈宵月家〉の始祖。つまり私の曾祖父に当たる人物なの。〈宵月家〉は寿命が短いから、わずか50年間で既に当主は三代目だけど」

「それとボディーガードがどう関係するのですか?」

「曾祖父は〈神谷家〉の血筋を絶やさないことを望んだわ。国家に逆らうことになっても、友人の子供を守る道を選んだ。そして亡くなる前、遺言にこう残したわ」

 

『もし〈宗士〉が家庭を築き〈血〉が受け継がれれば、その子供・孫・曾孫・玄孫が続く限り、〈宵月家〉は〈神谷家〉の〈血〉を護り続ける』

 

「これが〈宵月家〉の存在理由であり、私が貴方のボディーガードと言った言葉の真実。信用できるかしら?」

「この世界に他人から聞いただけで信用できる情報など存在しません。しかし先輩の言葉は信用できます。何故なら俺に嘘をつくメリットが何一つありませんし、〈四葉〉を敵に回すことと同じですから」

 

ほんの少し苦笑を浮かべながら答えると、花のような少し恥ずかしげな笑みを浮かべてくれた。その後は普通に踊りテーブルに戻って一息ついたのも束の間。七草先輩と渡辺先輩に連行され延長戦をすることになった。

 

渡辺先輩は意外にも上手で驚かされたが、もっとも面倒くさかったのは七草先輩だった。

 

ステップが独特なのだが持ち前のリズム感が功を奏したのか。何故かミュージックとマッチしており、相変わらず不思議な人だと思わされた。

 

大会委員長の挨拶によって正式に九校戦が終了し、翌日の帰宅に備えて全員が早めに就寝することにした。




これにて2094年度の物語は終わりです。これからは2095年度に入りますのでこれからもよろしくお願いします。


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入学式2
12


九校戦が終わって、新生徒会も発足し論文コンペも終わり年が明け卒業式も終了した。零はかなりハードな1年を過ごしたが、達也と深雪の入学後の土台をしっかりと作ることができたと思っている。

 

 

 

 

 

入学式を3日後に控えた日の夕方、零は四葉家本家から少し離れた墓地を訪れていた。

 

片手に白いカーネーションを持ち、一番新しい墓石の前で立ち止まる。中には遺骨は入っておらず形だけの墓だ。零が真夜に頼んで作ってもらった墓。形だけとはいえ、命を与えられたことへの感謝を忘れないためのものだ。

 

だがそれでも零はここに眠っていると思っている。たとえ自分の中に体の一部が入っていても、魂は心はこの土の下に眠っていると。

 

「壱縷…」

 

その呟きはこの世界に生を受けることのできなかった弟への嘆き。あるいは、吸収してしまった自分への恨みか。深雪を連れてこなかったのは、毎年決まってこの日に訪れることを知らせていないのもあった。だがそれ以上に自分の情けない姿を見せたくないからだ。

 

右膝をつきながら左手で墓石を撫でる。1年来ていないことにより汚れが付着していた墓石は、一撫でしただけで削り出されたばかりのような美しさを取り戻した。

 

「高校に入学してから早くてもう1年だ。優しい先輩にも少し面倒くさい先輩・無愛想な俺を笑わせてくれる友人がいるから、これまでとは違った空間でとても楽しかったよ。けどお前がいたら、もっと楽しかったのかな?」

 

いつの間にか両膝をつき、薄く頬を涙でぬらしながら墓石に手を置く。

 

『どこ見てるの零?僕はここにはいないのに』

 

木霊するかのように聞こえてくる自分とは違い、少しだけ優しい声が聞こえる。自分にもたれかかるように座っているのが、背中越しにも分かる。

 

「壱縷…なのか?」

『僕は零の中にいる霞。悩まないでよ零は零の道を歩んで。僕はいつも零の中にいるずっと一緒だよ。零が見ているのを僕も見ている。零は何があっても零のままで、それが僕の望み』

 

呟きが終わると背中に触れていた何かが消えた。

 

今のは現実に起こったことなのだろうか。現実でなければ声は聞こえない。無意識のうちに精霊が自分の心を読み、安心させるために映し出したのではないだろうか。

 

〈魔法師にとってイメージは現実そのもの〉

 

ならば今のが現実だろうとそうでなかろうと信じる。

 

「またな壱縷。来年も来るからその時まで待っててくれ」

 

持ってきた白のカーネーションを添えて、また新しい覚悟を決め本家に戻った。

 

 

 

 

 

入学式当日の朝。深雪は自室の等身大サイズの鏡の前に立ち、何度も自分の姿を見ては顔を赤くしていた。もちろん自分の姿を見て綺麗だなどと思っているわけではない。零に褒めて貰ったときの言葉を頭に浮かべながら見ていただけだ。

 

余談であるが、深雪自身それなりに自分の容姿は優れていると思っている。周囲の反応を見る限り、そう評価してもいいのではと思っていたりする。

 

閑話休題

 

「零従兄様は褒めてくれますよね?」

 

自分で言っときながらまたしてもにやけてしまう。第三者が見ていたら「処置なし」と診断しているだろう。

 

 

 

階段を降りると既に零従兄様は玄関で待っていました。

 

「お待たせしました零従兄様」

「ああ…」

「零従兄様?」

 

自分を見た反応が薄いので、何か可笑しな部分があるのかと自分の体を見渡してしまった。

 

「いや、綺麗で見とれてた」

「え、あ、え?あ、ありがとうございます…///」

 

待っていたはずの言葉なのに、聞くと嬉しくて恥ずかしくて顔から火が吹き出そうです。

 

「達也はどうする?俺達はリハーサルで早めに行くけど」

 

するとリビングから、寝癖を直さないまま半分寝惚けている達也兄さんが出てきました。

 

「ゆっくり行くよ。深雪は兄さんと2人で行きたいだろうし、今日しか2人で行けないでしょう?といっても1時間しか時間は変わらないけど…アフ」

「深夜までCAD弄るからそうなるんだ。ほどほどにな。深雪、行こうか」

「はい!」

 

苦笑しながら達也兄さんを怒る零従兄様はシブいです。笑顔で誘われたらノロケても仕方ありません。みなさんお許しを。

 

 

 

自宅から最寄りのコミューター乗り場までは徒歩10分程度。その間深雪は、零の左腕に至福の笑みを浮かべながらくっついていた。

 

そんな深雪を振り払わず好きなようにさせている零は、深雪に対して甘い。まあ婚約者であり、今日一日しか2人っきりで登校できないのだからくっついても仕方がない。明日から3人で登校だが達也のことが嫌いなのではない。2人だけで登校できないのが残念なのだ。

 

九校戦で活躍したのが災いしたのか。零の顔は世間にかなり広まっている。

 

出る前から四葉家の子供としてそれなりには顔は知られていた。高校生になり成人男性とは言えないが、それでも大人びた雰囲気の零は、女性からかなりの人気がある。

 

それも俳優並みに…。

 

カシャッ!

 

十字路を横切った女性が一瞬だけカメラをこちらに向け、シャッターを切り走り去っていった。別に盗撮などされても構わない。

 

気分が悪くなりはするが写真を撮られるのは慣れている。だが色々と問題が発生するのは確かだ。

 

「撮られたな」

「撮られましたね」

 

さきほどの写真が出回れば、立ち回りにくくなるのは確定事項だ。取材陣が学校に押し掛けてくるだろうし、自宅まで特定された日には学校へも行けなくなるだろう。

 

さきほどの写真を撮った女性を追い掛けるのは面倒くさい。風の精霊に頼んでデータを消してもらうことにした。情報端末は電子機器だから、風の精霊で侵入など普通はできない。だが雷などは空気を介して発生する。風の精霊なら、よほどの高性能情報端末でない限り侵入を拒めない。

 

案の定数分後には、削除を完了したことを知らせる信号が届いた。精霊にお礼を言ってからコミューター乗り場に向かった。

 

 

 

車内で深雪の機嫌が悪かったので零は気になって聞いてみた。

 

「深雪、どうした?」

「何故達也兄さんが補欠なのですか!?入試の成績は兄さんがトップでしたのに!」

 

落ち込んでいた理由が分かり零は納得した。

 

「深雪がどこから入試結果を手に入れたかは置いといて。魔法科高校だから実技が優先されるのは当たり前だ」

「お二人とも覇気がなさ過ぎます!本来であれば総代は私ではなく達也兄さんがするべきです。達也兄さんの本当の力をもってすれば…」

「深雪、それは行っても仕方のないことだ。頭の良いお前ならわかるだろう?」

「…申し訳ありません」

 

素直に言うことを聞いた深雪の顎を掴んで、こちらを向けさせ顔を近づける。

 

「ぜ、零従兄様!?こ、こんな、ところでそんな!!」

 

何をするのか理解した深雪は焦り始めた。

 

「ニャッ!な、何をされるのですか!?」

「お仕置き」

「零従兄様の意地悪!」

 

いきなり鼻を握られれば奇声を上げても仕方がない。それも違うことを予想していたのであれば尚更だ。微笑みながら答えると拗ねて顔を背けてしまった。そんな可愛い仕草に苦笑してしまい、優しく頭を撫でてやる。すると先程までの機嫌の悪さが嘘のように甘え始めた。

 

プライバシー保護のためにコミューター内は外からは見えず、車内にもカメラやマイクなどは置かれていない。それを知っているからか、深雪は周りの目を気にせず零に甘えているのだ。

 

一高の最寄り駅〈一高前〉までは甘えながらも、さすがに一高までの一本道はくっつくようなことはしなかった。それは人目があるからではなく、同級生や先輩方にはしたないと思われたくなかったからだ。

 

まあ深雪の行動を知っている人物からしたら、「そんなことをする必要は無い」と言うだろう。面と向かって言うことはできないだろうが。

 

「リハーサルで上手くいきすぎて、本番でミスらないようにな深雪」

「私は本番に強いタイプですからご心配なく。それでは行って参ります」

「行っておいで」

 

講堂に入っていく深雪の背中を見送る。

 

「見ていて下さいね零従兄様」

「ああ。さてと見回りでもするか」

 

最後は独り言だが、深雪は講堂に入っているため聞こえていなかった。

 

普通なら生徒会役員である零も講堂に行くべきだ。だが今回は新入生の誘導の任を任されているため、正門前で待っていればいい。 

 

といっても誘導することなどほぼないので、サボっても問題はない。

 

「暇だ。これなら達也を連れてくるんだった」

 

桜が散る青空に向かって、零はまたしてもポツリと独り言を呟いた。

 

 

 

入学式は深雪のその美貌ですべてを掌握し、去年に引き続き零と似た答辞をした。

 

零のようにドストレートではないので、あまり気にした様子がなかったのはいいことなのか悪いことなのか判別は難しい。

 

「司波君、ホームルームよってく?」

 

そう聞く赤髪の活発そうな(実際とんでもなく破天荒)さきほど知り合ったばかりの少女に、達也は済まなさそうに答えた。

 

「済まない。妹と待ち合わせているんだ」

「妹さんって新入生総代の司波深雪さんですか?」

「ああ」

「ってことは双子?」

「そうだよ」

「達也兄さん、お待たせしました」

 

話していると話題であった深雪がやってきた。後ろに生徒会役員を連れて。

 

「深雪、クラスメイトの千葉さんと柴田さんだ」

「初めまして司波深雪です」

「よろしく深雪って呼んでもいい?私のことはエリカでいいわ」

「こちらこそよろしくお願いします。美月と呼んで下さい」

「よろしくねエリカ・美月」

 

どうやらこの2人と気が合うようで、ものの数秒で仲良くなってしまった。

 

「深雪、生徒会の方々の挨拶は終わったのか?」

「大丈夫ですよ。後日またお伺いしますから」

「しかし会長!」

 

深雪の返事を待っていたが、声を出したのは女子生徒だった。男子生徒が声を荒げるが、会長と呼ばれた女子生徒は何も言わずきびすを返し戻っていく。

 

その男子生徒は達也を睨み同じように帰って行った。初日から上級生に目を付けられてしまったが、今のは不可抗力に近い。

 

「帰ろうか深雪。またね2人とも」

「はい達也兄さんまた明日ねエリカ、美月」

 

達也と深雪は2人に挨拶をしてから、自分達を待っている零のもとへと向かった。



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13

零と合流した2人は仲良くお話しながら帰ったが、自宅の玄関前で零が立ち止まった。2人にそこで待っているように言うと、裏口に回っていった。

 

「達也兄さん、零従兄様はどうなされたのでしょうか?」

「兄さんが何かしに行ったとなると叔母上かな?」

 

2人は首を傾げながらしばしの間待っていた。すると…。

 

「ひぃん!」

 

奇声が家の中から上がったので玄関を開けて中に入る。目の前には、1人の女性が身体を痙攣させて倒れていた。

 

「零従兄様?」

「母上が待ち構えてたから気絶させただけだよ」

「だけって…」

 

零従兄様の右手には、今だにバチバチと電気を発しているスタンガンがあり、その顔は笑顔を浮かべています。優しいいつもの笑みなのですけど、スタンガン片手だと怖さ倍増です零従兄様ぁぁぁ!

 

「あと数回行っとくか」

「「ストォォォォップ‼︎」」

 

さすがにこれ以上は危険なので、達也兄さんと2人で止めに入ります。

 

「何で?」

「これ以上は危険です!」

「知ってる」

「分かってやられるのですか!?」

「冗談だよ。さすがに俺でもそこまでひどいことはしない」

 

九校戦での一件を目にしているのでなんとも言えません。しかし信用しなければ婚約者として失格です。

 

その後本家に連絡をして、翌日迎えに来るように零従兄様がお願いしました。お母様は叔母様の行動に仕方ないとでも言うようにかぶりを振り、快く了承してくださいました。

 

 

 

 

 

高校生活2日目の朝も、前日のように何もない穏やかな始まりだ。昨日と違うのは普段起きる時間より2時間早い。日が昇る30分前にはリビングに零と深雪がいることだ。

 

「達也兄さんはまだお眠りなのでしょうか?」

「どうせCADのデータでも弄ってたんだろ。起こしに行くか」

 

達也の名前がなければ新婚の夫婦に見える。実際深雪もそう思っている。零が立ち上がったので深雪はその後を追う。階段を上り達也の寝室のドアを開けるが、まだ規則正しい寝息を立てて寝ている。

 

「達也兄さん、起きて下さい。稽古に遅れますよ」

「そんな起こし方じゃ甘い深雪。こういうときはこうしないとね」

「そ、それはさすがに…キャァァァー!」

 

ズガン!

 

零の握りしめた右拳を見て、深雪がやめるように言おうとしたが時既に遅し。零の拳が見事に達也の左こめかみに直撃した。

 

「フング!…せめて普通に起こしてよ兄さん」

「文句を言うなら証拠隠滅してから寝ろ」

 

零が指差す先には、電源が入ったままのタブレットが机の上に置いてある。夜遅くまで触っていたのが丸わかりだ。バツが悪そうに顔を背ける達也の頭に、零はもう一度右拳を振り下ろした。

 

「グオオオ」と頭を抑えながらもだえる達也を見ると、かなり痛いのだろう。零の横にいる深雪は「アワワワワワ」と右往左往している。

 

「さっさと支度して行くぞ」

 

それだけ伝えると零は階段を降りていった。

 

 

 

達也の準備ができたところで目的地へ向かう。達也の準備が遅かったせいで朝日が少しだけ顔を出している。罰として予定していたスピードより2倍の速さを出すと、達也はとてもしんどそうだった。

 

ちなみに深雪は余裕な顔で零の左手を握っている。

 

零と深雪は坂を滑り登る。達也は普通の歩きでは出せない速度で移動している。3人とも魔法を使いながら移動している。単純な複合魔法式なので、二科生にしかなれなかった達也にも、継続的に扱うことができる。

 

目的地〈九重寺〉には10分ほどで着いた。速度を上げたおかげで予定通りの時間になっているが、達也は来るだけで満身創痍に近い。

 

といっても彼の【固有魔法】で、何も無かったかのように戻るのだが。

 

零と深雪が山門をくぐり、本堂の前庭にまで進むと達也がちょうどくぐる。すると隠れていた弟子たちに襲いかかられた。まあ、達也なら弟子如き僅かな時間で潰せるから心配はしていない。人垣に埋もれた達也を眺めていると、何かが深雪に近寄っていたのでそちらを向く。

 

「師匠、こそこそ隠れて深雪にちょっかいをかけないでもらえませんか?」

「ひどいねぇ零君。僕は可愛い(・・・)深雪君のその姿を見に来ただけだよ」

 

空中から現れたように見える質素な墨染めの衣を着た男は、この寺の住職「九重八雲」で自称忍び。より具体的には、忍術使いとして名を馳せている。古式魔法の使い手であり伝承者であるため、零も去年の春頃鍛えて貰ったのだが、僅か3日で破門されてしまった。

 

弟子になったわけではないので正式には破門ではない。だが体術を受けさせてもらえなくなったのは事実だ。何か悪いことをしたから体術を指導して貰もらえなくなったのではなく、八雲の住職としての威厳があるからであり零のせいではない。

 

正確には、体術で零に負けたくないからなのだが頑固なので言い訳を使ったのだ。

 

閑話休題

 

「俺と力比べしますか?師匠」

「僕の存在意義に関わるから遠慮しとくよ」

 

ひょうひょうと答えてはいるが、額には冷や汗が浮かんでいる。ちょうどその頃、達也は弟子を全滅させ八雲に向かって突撃した。

 

勝負は五分五分だ。だがそれは達也が体力面で八雲を上回っているからであり、技術面は八雲に遠く及ばない。だから大抵達也が負けてしまう。まあ、直接教えて貰い始めたのは中学を卒業してから1ヶ月足らずなので、ここまで腕を上げたなら十分だ。

 

修行は20分ほどで終わり家路についた。

 

 

 

シャワーを順次浴び、尚も気絶している深夜を四葉家の執事に連行させ学校に向かった。

 

 

 

1日何もなく終われると3人は思っていたが、現実はそんなに甘くなかった。夕方、正門前では達也・深雪・エリカ・美月・レオがおり、3人が一触即発の状態で生徒と向かい合っていた。

 

その生徒達の違いは、肩と胸にエンブレムの有無である。どちらかというと一科生のほうが対抗意識を持っている。だからちょっとしたことで面倒くさいことになる。

 

「〈ウィード〉が僕達〈ブルーム〉に指図するな!」

「同じ1年生じゃないですか!今の貴方達とどれだけ差があると言うんですか!?」

「違いだって?なら教えてやる!」

「まずいな」

 

感情論に発展してしまえば、もはや魔法を使うことになっても仕方ない。

 

「これが才能の差だ!」

「特化型!?」

 

無駄なく腰のホルスターからCADを取り出す動作は、明らかに戦闘に慣れている証拠だ。そしてそのCADが速度重視ではなく、攻撃重視ならば驚いても仕方ない。

 

魔法式が展開される瞬間にエリカは動いていたが、突如感じたあまりにも重い何かに急停止せざるを得なくなった。それは魔法を放とうとした男子生徒も一緒だ。

 

「っ!こ、これは!?」

「た、達也兄さん!」

 

2人は誰の行動なのか分かっていたがさすがの達也と深雪でも、表情を歪めてしまうほどの圧迫感。周辺にいる生徒が冷や汗を垂らす。

 

エリカとレオはどうにか堪えているが、我慢の限界に近いのは一目瞭然。無理だとこれ我慢ならないと全員が思った直後、体が軽くなった。

 

「何をしようとしたお前は」

 

突如特化型CADを向けていた生徒の背後に少年が現れ、全員が驚愕する。

 

「い、いつの間に!?」

「あ、あの人は…」

「クソっ!」

 

男子生徒は背後から声をかけた少年に、CADを向けようと腕を動かした瞬間、その腕を掴み地面に叩き付けられた。

 

「がはっ!」

「貴様っ!」

 

男子生徒が叩き付けられた生徒を見た途端、2人の生徒が魔法を発動させようとしたが、少年の人睨みで硬直してしまう。

 

「何事だ!」

 

声が聞こえた方向を見ると、女子生徒が数人引き連れてやってきた。

 

「…もう来た」

「何か言ったか零君?」

「来るのが早すぎるんですよ委員長」

「問題があれば速攻飛んでくるのが風紀委員だ。それで何があった?」

「説明が面倒くさいので俺に任せてもらえますか?」

 

まさかの発言に達也と深雪は困ったような笑みを浮かべ、他の生徒は?を浮かべている。

 

「構わん。その代わり事後処理は任せるぞ」

「面倒くさい」

「おい!」

「分かりました」

「ったく」

 

子供じみたやり取りをした後、自分が腕の関節を決めている男子生徒に声をかける。

 

「深雪だけでなく他の生徒まで攻撃しようとするとはな。挙げ句の果てには俺まで狙うか。さてどう料理してくれようか」

 

深雪はそう告げる人物の眼が、獲物を見る猛禽類並みに細められるのを見て、慌てて止めに入る。

 

「そこまでにして下さい零従兄様!」

「深雪がそう言うならやめよう。ほらさっさと起きろ。そして後ろの生徒を連れて早く帰れ。目障りだ」

「…覚えてやがれ。この恨みは必ず返す!」

 

悪態を興味なしと見て、どこ吹く風とばかりよそ見をしている零に、他の生徒は呆気にとられる。その様子に達也は悪い癖が出たと頭を抱えた。

 

「あの光井ほのかです。さっきはありがとうございました」

「当たり前のことをしただけだ。お礼を言われることは何もしてないよ」

「あの、駅までご一緒してもいいですか?」

 

結局、達也のクラスメイト+深雪のクラスメイトと駅まで帰ることになった。

 

 

 

「え?零さんって深雪の婚約者なの!?」

「ええ、小学生の頃からね///」

「深雪ノロケてるぞゴフ!」

「そんなことありませんよ?ねえ達也兄さん」

「はい、その通りです…」

 

達也の左脇腹を深雪の右フックが貫く。楽しげな空気が流れ、先程の重い空気が嘘のように軽くなっていた。

 

「零さん、さっきのあれは魔法ですか?」

「いいや想子を活性化させただけだよ」

 

ほのかの隣に立つ表情の乏しい少女 北山雫に優しく答える。

 

「それにしても異常な圧迫感でしたけど。何か特訓でもされてたんですかい?」

「ちょっと事情があってね」

 

彫りの深い顔で肩幅が広い西城レオンハルト通称レオは、深入りしない方がいいと本能的に零の言葉から察したらしい。それ以上追求してこなかった。

 

零的にもありがたいので何も言わない。レオの鍛えられた肉体からは潜在能力が眠っていると零の眼は見抜いていた。それもかなり実戦でも使えるほどの何かを秘めていると。

 

それから他愛ない会話をして、一高前という便利なコミューター乗り場で別れ自宅に向かった。友人達がいなくなると、深雪は今までの我慢を鬱憤するかのように零に甘え始めた。

 

達也は情報端末を開き、自分の世界に潜り込み現実逃避をしていた。




地震のせいで帰宅できない作者です。


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14

達也と深雪にとって高校生活3日目。校舎に入る前は何故か空気が微妙だった。

 

「達也は七草会長と面識があるのか?」

「入学式の日が初対面のは…ず?」

「達也兄さん、疑問系になってますよ」 

 

零が聞いたのは、登校中に真由美が達也の名前を呼んだからである。しかも君付けで。そして何故か強制的に昼休みに生徒会室に来るよう言われた。

 

 

 

そして昼休み、達也と深雪は零に連れられて生徒会室に来ていた。まあ、今回は深雪がメインなので達也と零はオマケだ。といっても零は生徒会役員なので参加しなければならない。役どころは2人に伝えているが、不信に思われるわけにはいかないので、仕方なく来たという次第だ。

 

そして、今はダイニングサーバーにメニューを注文して待っているところだ。

 

「零君、昨日の言葉遣いは何だ?」

「本心を言ったまでです」

「言い訳もせんのか」

「したところで互いに気分が悪くなるだけでしょう?」

 

摩莉と零のやり取りを達也と深雪はハラハラしながら、真由美はニコニコしながら見ていた。まさか零がここまで性格豹変しているとは思っていなかったのである。

 

「入学当時の方がまだかわいげがあったぞ」

「1年経てばそんなもんです」

 

そうこうしているうちにメニューが完成したので、零は深雪を視線で抑え、達也と2人で4人分のメニューをそれぞれ渡す。真由美は魚・零は肉・達也と深雪は精進を選んでいた。

 

準備が整ったところで、真由美かま生徒会の説明を始めた。

 

「入学式でも紹介しましたけどもう一度紹介しますね。私の隣が会計の市原鈴音通称リンちゃん」

「私のことをそう呼ぶのは会長と四葉君だけです」

「零従兄様?何故その呼び方なのか聞いても宜しいですか?」

 

深雪が冷気を滲み出させたので、零は深雪の顎を左手で持ち上げこちらを向かせた。

 

「零従兄様!?ま、またでございますか!?」

「落ち着け深雪。俺が市原先輩をそう呼ぶのは会長に命令されたからだ。それ以上の意味はないよ」

「何故言うことをお聞きになられたのですか///?」

「聞かないと面倒くさいから」

 

すると摩莉が口を押さえて笑い始めた。真由美は零と摩莉のどちらを睨もうか悩んでいたが、両方を片目で睨むという高等技術を使い始めた。

 

〈真由美は片目睨みを習得した〉

 

効果音とともに零の中でそんなフレーズが浮かんだ。

 

「零君、今失礼なことを考えなかった?」

「ご名答です会長。さすが主席入学なだけありますね」

「…摩莉、貴女の言いたいことがよく分かったわ」

「共感者が出来て光栄だ」

 

いつも通りのやり取りを、鈴音はすました顔で見ながら緑茶をすすっている。

 

「気を取り直して。ここにいませんが副会長のはんぞー君と深雪さんの隣に座っているのが書記の四葉君です。気になったのだけど朝はいつも一緒に登校しているの?」

「家が同じですから」

「え?そういえばお兄様って兄妹なの?」

「正確には従兄ですね。深雪は従妹ですよあと俺の婚約者です」

「え!」

「い!」

「っ!」

「零従兄様///」

 

零の爆弾発言に女性陣が顔を真っ赤にする。鈴音が顔を真っ赤にするのを初めて見たので、零は貴重な体験だなと他人事のように考えていた。ちなみに達也は嬉しそうにニコニコしている。

 

「コホン、そしてリンちゃんの隣に座っているのが風紀委員長の渡辺摩莉。新入生総代を務めた生徒には生徒会役員になってもらっています。深雪さん、私達は貴女が生徒会に入ってくれることを望みます。引き受けていただけますか?」

「はい、未熟者ですがよろしくお願いします」

 

深雪は光栄だというように嬉しそうな笑みを浮かべている。達也は他人事のようにニコニコしているので、零は別のことを任命してもいいかと思い発言した。

 

「そういえば委員長、確か風紀委員の生徒会推薦枠が1つ空いていましたよね?達也に任せては如何ですか?」

「私は構わないが。それは達也君次第だろう?」

「自分は構いませんよ。従兄さんが薦めてくれるのですから、喜んで末席に加わらせていただきます」

「問題解決ですので先程の一件、なかったことにしてもらえますか?会長」

 

どさくさに紛れて零は、帳消しにしてもらおうと取引を持ち出した。もしかしたらこれが狙いだったのかもしれないが黙っておこう。

 

「仕方ないわねいいわよ。でも達也君は大丈夫なの?言っては悪いけど魔法は苦手でしょう?」

「やらせてみればいいんです。腕は保障しますよ」

「君がそう言うなら大丈夫だろう」

 

摩莉も零の言葉にさを信用したようだ。

 

そこでちょうど昼休み終了のチャイムが鳴り、3人は生徒会室を後にした。

 

 

 

あれよあれよという間に放課後になり、達也はもう一度深雪と2人で生徒会を訪れていた。零は既に生徒会室で事務処理をしていた。

 

「よっ来たな。じゃあ行こうか」

「どこに行かれるのですか?」

「風紀委員会本部だよ。外から行かなくてもここから行けばすぐだからな」

 

摩莉が指差す方向には扉があり、どうやら階段で繋がっているらしい。不思議な造りだと思いながらついていこうとすると、今まで黙って窓の外を見ていた男子生徒が声を発した。

 

「待って下さい渡辺委員長」

「どうした?服部刑部少丞範蔵副会長」

「フルネームで呼ばないで下さい!」

「何だ服部?」

「そこの1年生を風紀委員に任命するのは反対です」

 

摩莉はいぶかしげに眉をひそめた。明らかに気分を害している証拠だ。

 

「可笑しなことを言う。彼を推薦したのは私ではなく零君だ。文句はあいつに言うことだ」

「四葉、どういうことだ?」

「達也を推薦した理由は、風紀委員として実力が申し分ないからだ。それに渡辺委員長の理念に沿っていると思ったのもある」

 

零はデスクから指を離し、椅子ごと服部に向き直りながら答えた。

 

「敢えて使わせてもらうがら〈ブルーム〉が〈ウィード〉を取り締まることはあった。だがその逆は今までになかった。これは一科とニ科の溝を深める原因になる。つまり私たちの理念に反することになるわけだ。それに彼が推薦するんだ間違いがあるわけがなかろう」

「渡辺委員長の言いたいことは分かりました。ですが魔法力で劣る二科生に風紀委員は務まりません」

「ならば服部、達也の実力を見せればいいんだな?会長、魔法の使用許可と試合会場の申請をお願いします」

「生徒会長として試合を認めます」

「風紀委員長として試合を認める」

 

15分後に第一訓練室で試合が行われることになった。服部が文句を言っている間、零は深雪の肩に手を置き介入しないように抑え込んでいた。

 

 

 

まあ、試合は零と深雪の予想通り瞬殺で達也の勝利となった。

 

「つまり風紀委員としての実力を知っていたかったと?回りくどすぎるんだよお前は」

「すまない四葉。だがお前が身内に対して、身贔屓に目を曇らせていないことを知りたかったんだ」

「アホだなお前は」

 

端の方での2人のやり取りを女性陣は見ながら、薄い笑みを浮かべていた。

 

「想定外の事件もあったが。当初の目的、風紀委員会本部に行こうか」

 

これで達也の風紀委員会への入部が確定した。

 

 

 

そして場所は移り風紀委員会本部。ゴミやCAD、書類などが机の上ならまだしも。足の踏み場もない程まで散らかっている。

 

「適当にかけてくれと言いたいところだが。何故ここにいる?零君」

「久々の風紀委員会本部ですし、渡辺先輩がしっかりと整理整頓しているか気になってきました。深雪のことは気にしなくて大丈夫ですよ。しっかりと仕事は教え込みましたし、できる子ですから」

 

呼んでもいない人物に問いかけるが、まともに答えを返してこないので脱力する摩莉の隣では、達也が苦笑している。

 

「渡辺先輩、ここ片付けてもいいですか?」

「構わんが何故だ?」

「本部がこの有様だと委員にも影響が出かねません。それにCADやその他諸々がこのようにされていると、魔工師志望としては耐え難いんですよ」

 

達也は口を動かしながらも手を動かし片付け始める。その隣では零が精霊と話をしていた。

 

摩莉も手伝うが達也と比べて動きがのろい。おそらく性格が関係しているのだろう。委員長がこれだから部屋が汚くなるのだと、零と達也は同じ感想を抱いていた。

 

「あれだけの対人戦闘能力があるのにか?」

「俺の実技能力ではC級ライセンスしか取れませんから」

「すべてがライセンスで決まるとは思わんがね」

程々に片付いた頃、零が口を開く。

 

「達也、もうそろそろ巡回報告が来るから少し待ってろ」

 

5分後、2人の男子生徒が委員会本部に入ってきた。

 

「巡回終了しました本日の逮捕者ありません」

「あれ、この部屋どうしたんですかい姉さん。いつのまにこんなにオワ!」

「お前の頭はかざりか辰巳!?」

 

机に置いていたノートを使い、辰巳と呼ばれた生徒を引っ叩く摩莉を、達也と零は温かく見守っていた。

 

「ところで委員長、そいつは新入りですか?…紋無しですかい」

「辰巳先輩、それは禁止用語に抵触する恐れがあります。ここはニ科生と呼ぶべきかと」

 

2人の生徒は達也を観察している。その眼は蔑まず、ただ純粋に力量を測っていた。

 

「そんなこと言っていると足元をすくわれるぞ?先ほど服部が返り討ちにあったばかりだ」

「なんと!入学以降、四葉以外に負けたことのないがないあいつがですか!?」

「零君の推薦も受けている。追加情報として零の従弟だそうだ」

「道理で服部に勝てたわけですね委員長。逸材です」

 

褒め称え始める2人に、達也は恥ずかしそうに笑みを浮かべる。すると2人が手を差し出してきた。

 

「3-Cの辰巳鉱太郎だ」

「2-Dの沢木碧だ。君を歓迎するよ司波君」

「1-Eの司波達也です。こちらこそよろしくお願いします」

 

2人の手を達也はしっかりと握り返す。二科生だからと見下さず、同じ学校の生徒として見てくれることに喜びを感じる。

 

「沢木を下の名前で呼ぶと怒るから気をつけろよ」

「呼んだ時は大変だったからね」

 

零と沢木が、良い笑顔を浮かべながら想子を活性化させている。その様子を見て、3人が苦笑いを浮かべるのだった。



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15

自宅では毎月定期的に健康診断を兼ねて、魔法力の成長度を検査している。毎月といっても達也や深雪は入学式の前日に行っただけだが。幼い頃から続けているため、毎月と言ってしまうのだ。

 

「順調だな深雪」

「え、あの、はい、ありがとうございます///」

 

深雪が顔を紅くしているのは褒められて嬉しいだけではない。検査をするために、薄着になっていたから恥ずかしいのだ。診察着の下は下着のみであり、しかも診察機が勘違いしないように白色にしたのがマズかった。

 

仕方ないのだがそれが余計に深雪の羞恥心を煽っていた。只でさえ零と口添えをしたこともないのに、白の下着を見せるなど恥ずかしさの度を越えていた。

 

「前回より数値が上がってるから問題なしだね兄さん」

「ああ、順調でなによりだ」

 

身体的な問題も診られず、検査毎に成長していく婚約者を見て零は穏やかに微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

新入生勧誘週間。

 

これは各クラブが成績優秀者をこぞって勧誘する1週間のことを指す。この1週間以外でも入部することは可能だが、部活に入部する生徒の8割が、この1週間でどのクラブに属するかを決める。

 

風紀委員にとって1年の中で一、二を争うほどの多忙さであるため、卒業生分の補充が必須とされている。例年補充が間に合わないことも多いが、零の手はずのおかげで今年度は間に合っていた。

 

「…ということで私闘が多発するから君は放課後本部に来てくれ」

「分かりました。従兄さんはどうする?」

「俺は生徒会室でゆっ「零君にも巡回してもらうからよろしくね」…」

 

どうやら問答無用で駆り出されるらしい。

 

「俺は風紀委員ではありませんが?」

「サボるなら働け」

「生徒会室は少人数の方が楽だから」

「私は零従兄様の活躍を耳にしたいです」

「…」

 

完璧な包囲網だ。特に深雪に言われれば零はどうしようもない。

 

昼休みの間、零はふて腐れていた。

 

 

 

放課後、零は摩莉の横に立ちながら演説を聴いていた(精霊と話しながら…)。

 

「今年もまたあの馬鹿騒ぎの1週間がやってきた。だが今年は卒業生分の補充か間に合った。紹介しよう1-A 森崎俊と1-E 司波達也だ」

「役に立つんですか?」

「おい長谷川、俺とやるか?」

「…やめときます」

「では出動!」

 

委員達は右拳を左胸。つまり心臓に当て本部を後にした。残ったのは達也と森崎を含めた4人だけだ。

 

「一応レコーダーを渡しておくが、無理に録画する必要は無い。風紀委員の証言は、原則としてそのまま証拠として採用されるからな。あと巡回中は腕章を両腕のどちらかに巻いておくこと。CADの使用は一々誰かの指示を仰ぐ必要はないが、不正使用が発覚した場合は委員会除名の上、一般生徒より厳重な罰が与えられる。まあ、去年約1名が軽い罰則を受けているがな」

 

意味ありげに視線を向けられた零は、窓の外を見ながら「今日はいい天気だな」と緊張感の欠片もない台詞を発した。何故除名されているはずの生徒が、今年も臨時風紀委員として役回りがあるのか。聞きたくなった達也だが、時間の無駄なので聞くのをやめた。

 

「質問があります」

「許可する」

「CADは委員会の物を使用させていただいてよろしいですか?」

「構わないが。あれは旧式だぞ?」

「旧式でもあれはエキスパート使用の高級品ですよ。調整や使用が難しいので敬遠されていますが、しっかりと使えるようになれば、今のCADとなんら遜色なく使用できます。それに従兄さんが調整しているならばそれ以上です」

 

実際、去年のうちに零は委員会の放置されていたCADの調整や故障品の修理を行っていた。今でこそ何ら問題なく使用できる。

 

「そんなものを去年までゴミのように扱っていたのか。いいだろう許可する」

「では、この2つをお借りします」

「2つ?」

「達也は同時に2つのCADを使用できるんですよ」

「実技が低いのにか?」

 

摩莉の言い分はもっともだが少しズレている。

 

「確かに達也は実技が不得手ですが。学校の評価基準とは違う方法で調べれば、達也はそこら辺の魔法師より上ですよ」

「おっと話が脱線したな。今はそんな話をしている暇はなかった。では頼んだ」

「「はい!」」

 

零を先頭にして、2人は巡回に向かうのだった。

 

 

 

 

 

そして帰り道、達也と深雪を待っていたレオ達とカフェに寄ることになった。話題は達也の無双についてだった。

 

「その上級生は、殺傷性ランクがたけぇ魔法使ったんだろ?よく無事だったな」

「よく切れる刀とそう大差ないからな。間合いさえ取ればそれほど驚異じゃないよ」

「…そんなこと言う達也君の方が驚異ね」

 

エリカの呟きは、自分の本心以外にレオと美月の内心を代弁した物でもあった。

 

「達也にとってあれは烏合の衆だからな。あの数なら余裕だ。むしろあれでかすり傷でも受けていたら、明日の朝まで稽古だったんだけどな。実につまらん」

「従兄さん、修行は死ぬからやめて本当に」 

 

達也の声音は本気でやめてほしいと訴えていた。

 

「明日からまた勧誘があるからな。あと6日間は気を抜かずにいないとな」

 

零の呟きを達也達は何も起きないことを祈りながら家路についた。



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16

新入生勧誘週間4日目の夜。達也は深雪が料理している間にソファーに座り、真剣な面持ちで話しかけた。

 

「【エガリテ】に参加していると思しき生徒を発見したか。証拠は?」

「赤と青の線で縁取られた白いリストバンドを、片手の手首に巻いていました」

「まさか魔法科高校に潜入しているとは。思い切ったことをやるな」

 

零自身、精霊から怪しげな生徒がいると報告を受け、その生徒を1週間監視してもらった、特に変な行動をしている様子はなかったと報告を受けていた。今回達也が見た生徒がその生徒かどうかは分からない。だが用心することに越したことはないと、零は結論を出した。

 

「さすがに校内で【反魔法師団体】のような活動をするとは思えない。渡辺先輩・七草先輩・十文字先輩が目を光らせているからな」

「その3人の目を盗んで活動するなど不可能に近いですからね」

「お二人とも食事の準備ができました」

「今行く」

 

2人はソファーから立ち上がり、深雪の料理が並べられたテーブルの席に向かった。

 

 

 

「四葉君」

 

新入生勧誘週間が終わった次の週のある日の放課後。零は達也と深雪の3人で廊下を歩いていると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「壬生か。どうした?」

 

振り返ると顔見知りのセミロングの髪を、ポニーテールにした中々かわいらしい女子生徒がいた。両肩と左胸にはエンブレムがない。つまり達也と同じ二科生ということだ。

 

「司波君を貸してもらえないかな?」

「だそうだ達也」

「分かりました。それでは」

 

達也は壬生と呼ばれた女子生徒について行った。

 

「どうした深雪?」

「先程の方は、剣道部の壬生紗耶香先輩ですよね?」

「ああ」

 

先日の一件で達也が介入した剣道部と剣術部の乱闘の当事者であったが、敵意は感じなかった。

 

「妬いているのか?」

「そんなわけないじゃないですか!」

 

従妹を少しからかうと顔を真っ赤にして睨んできた。まあ、零自身恐怖すること自体ないのだが、顔を紅くして睨まれても、むしろ嗜虐心をそそられるだけだ。だからといって暴発させることはしない。

 

「それでどうした?」

「嫌な予感がするんです」

「どういうことだ?」

「確信はありません。達也兄さんの本当の力(・・・・)の一端を少しでも知れば、私利私欲に群がってくる輩は大勢いるでしょう」

 

深雪の心配は分かるが、そこまで深く考える必要はないと俺は思った。だが「女性の感」に侮れない部分があるのは事実だ。だからこそ俺は、深雪の心配を真っ向から否定はできなかった。

 

「今は気にしないでおこう。達也なら上手くやるさ」

 

俺は深雪の背中を軽く叩き、歩き出した深雪は俯かせていた顔を上げながら俺の後ろを歩き出した。

 

 

 

2人は生徒会室に行かず風紀委員本部に向かった。今日は生徒会が珍しくオフであるため、生徒会室は閉まっている。だが生徒会がオフであっても非番ではない。原則的に生徒会役員は放課後も学校にとどまり、雑務や課題をする時間に充てている。

 

「達也君は一緒じゃないのか?」

 

扉を開け部屋に入った第一声がそれだった。

 

 

余談だが風紀委員会本部の扉にも、生徒会室同様に静脈認証システムが採用されている。システムに記録されていない静脈であると扉は開かない。扉のノブに設置されているため、握るだけで解錠する仕組みになっている。

 

システムに記録されていない生徒がしつこく繰り返していると、微量の電気が流れ警告される。さらにしつこくしていると、上からタライが落ちてくる仕組みになっている。

 

何故一度除名された零の静脈が、システムに記録されているのかは疑問だ。生徒会長や風紀委員長が、犯罪に近い行為で記録させたとかしてないとか…。

 

バラエティー要素があるのは、委員長が楽しむためのものであるとかないとか…。

 

閑話休題

 

 

「達也は俺の同級生に連行されましたよ」

「連行?」

「剣道部の壬生です」

 

それだけで何を話しているのか察したようだが、それは零と深雪の反対の予想だった。

 

「部活の勧誘か」

「勧誘ですか?」

「14人もの生徒の総攻撃を一度も受けず、避け続けたのを間近に見たんだ。勧誘したくなっても仕方ないと思うがね」

 

確かに達也は〈忍術使い 九重八雲〉の教えを請うているのだから、一般魔法科生徒10人程度の攻撃を避け続けるのは容易い。それだけの力量を目の前で見せつけられては、勧誘したくなる理由も分かる。

 

「まあそういうことで今はいませんよ」

 

零は風紀委員長のみが座ることが許される椅子に座り、風紀委員会に送られてきていた事務処理を始めた。零が委員長専用椅子に座ることを、摩莉と深雪は咎めなかった。

 

摩莉は事務処理が苦手な自分の代わりにやってくれるのだから、大きく文句は言えない。深雪は初めて見る風紀委員会本部の内装に見入っていたので、特に何も言わなかった。

 

いや、深雪の場合は風紀委員長になれる魔法力を持つ零に、座っていて欲しいという願望もあったのかもしれない。どちらにせよ何も言えない女子生徒が2人、零の手際の良さに呆気にとられていた。摩莉がすれば2時間かかる量を僅か30分で零は終わらせた。

 

「渡辺先輩、こちらは風紀委員長の印が必要になる資料です。念のために目を通しておいて下さい。終われば印鑑を押してこちらに置いてある資料と合わせて、事務室にお願いします」

 

積み重ねられた資料の厚さは、委員長印が必要な分を除いても軽く10cmは越えている。零の効率の良さがよく分かる仕事ぶりである。

 

「去年の春から思っていたが出来過ぎじゃないか?」

「当たり前なことをしているだけですよ」

「さすが零従兄様です!」

 

エキサイトしている人物が約1名いたが、ここはスルーさせていただく。

 

「生徒会を辞めてこっちにこないか?」

「俺の代わりに誰を入れるんですか?それに生徒会はよほどのことが起こらない限り、途中で役員を変更することはできませんよ」

 

いくらか本気の勧誘をやんわりと断りながら、零は重要度の低い事務処理を続ける。零の移動の話は何度も行われているやり取りだが、摩莉は諦めずに聞いてくる。まあ、それだけ零の処理能力が高いということなのだろう。一番の要因は風紀委員会のメンバーが、事務処理を全くできない(しないではない)ことだろう。

 

それなりにはしてくれるのだが、やったとしてもミスが多くまったく進まないという最悪の状態になってしまう。時には零が生徒会を休んで、達也と2人がかりで終わらせたこともある。

 

簡単に言えば、風紀委員会には脳筋しかいないということだ。

 

「達也が来るまでここでゆっくりさせていただきま…スー」

「話し終えてから寝ろぉぉぉぉ!」

 

摩莉の怒りが風紀委員会本部に木霊した。

 

 

 

 

 

数日後、恒例行事になっている生徒会での昼食を終え、食後のお茶を飲んでいると達也から苦言が放たれた。

 

「先日の壬生先輩の話から察するに、風紀委員会の活動は生徒の反感を買っているようです」

「それは仕方ないと言うべきかも知れないな。校内でも高い権力を有しているからそう思われてるんだろう」

「その通りだ。風紀委員会に所属していたからといって、進学が有利に働くわけではない。同級生からは、尊敬の眼差しを向けられることがあるかもしれんがな」

「でも校内で高い権力を有しているもの事実。だから権力乱用に見られることもあるの。正確には、そう印象操作している何者かがいるんだけどね」

 

その言葉に零と達也は視線を交わせる。

 

「それは反魔法師団体【ブランシュ】とかですか?」

「どこでその名前を!?」

 

鈴音が驚きの表情を浮かべ問う。

 

「噂の出所をすべて塞ぐことなどできません。実家の情報網を駆使すれば、容易に入手可能です」

「四葉家の手を使えば容易でしょうね」

 

四葉家、正確には黒羽家の諜報能力は国内随一と言われるほど非常に高い。情報統制されていても入手することは容易い。

 

「【ブランシュ】の活動は過激ですから、魔法技能を評価してもらえず心に隙がある魔法科生徒。主に二科生を格好の手駒として使うでしょう。一高にいないとは言いきれませんので、生徒会の方でも注意だけはしておいて下さい」

 

上級生3人は素直に頷いた。それは四葉家直系や新入生代表などという地位や強力な魔法師からのお願いを聞いたのではなく、1人の人間としての危機感を抱いた結果だった。



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17

零が生徒会メンバー3人に注意喚起してから、2週間後のある日の放課後。それは突如起こった。

 

『全校生徒の皆さん!』

 

突如スピーカーから大音量で生徒の声が聞こえ、沢木と話していた俺は顔をしかめる。

 

『…失礼しました。全校生徒の皆さん!』

 

やや間があったのは、音量調節をミスったことに対する謝罪なのだろうか。今度は決まり悪げに同じセリフが流れた。

 

「音量調節をミスったな」

「そこじゃないだろ」

 

沢木に突っ込まれ続けてボケたくなるが、次に発せられた言葉に中止を余儀なくされる。

 

『僕たちは学内の差別撤廃を目指す有志同盟です!』

「有志とは大きくでたものだな」

 

俺の呟きを沢木も耳にしていたが、それ以上に許可なく放送をしていいのかと首を傾げていた。

 

『僕たちは生徒会と部活連に対し、対等な立場における交渉を要求します』

 

どうやらこれが達也の言っていた壬生の話なのだろう。放送室を不法占拠してまでする必要があるのか気になる。とはいえ、今はそれを考えるより行動しなければならない。

 

「生徒会役員として行かなきゃダメだろうから先に行くよ。また明日」

「気をつけろよ」

 

何に気をつける必要があるのか分からないが、友人の心配を無碍にもできないので軽く手を振り放送室に向かう。

 

 

 

到着した頃には、3年生役員2名と大柄な男子生徒が既に放送室の前に立っていた。中に入らないのは彼らを刺激しないためだろうか。可能な限り早くに対処した方がいいが、何か考えがあるのかもしれない。

 

「会頭、中に入らないのですか?」

「鍵をかけられていてな。ご大層なことにマスターキーまで盗んできている」

 

腕を組んで立つ上級生に聞くと、明らかな犯罪行為に頭を抱えたくなる。

 

「学校の物品を壊してまで早急に解決すべきことだとは思わない。だが彼らの要望に応じて、しっかりと落とし前を付けるべきであろうな」

「ではこのまま待機しておくべきだと?」

「それについては決断しかねている」

 

そうこうしているうちに達也と深雪が到着した。

 

「達也、壬生のプライベートナンバー知らないか?」

「来るときにかけましたが、着信拒否されていました」

 

携帯に出てもらえないのであれば、中とのやり取りは不可能だ。交渉しようにも取り付けることもできない。

 

この時代大抵の錠は電子ロックなので、ウイルスを使えば簡単に開けることができる。といっても一高などの魔法科高校や魔法大学のセキュリティーは、国内でもトップの頑丈さを誇るので容易ではない。

 

余程の専門家やスペシャリストでない限り、不可能であるが魔法を使えばそれほど難しいことはない。それも零の知り合いであれば…。だがその女性はここにはいないので、零がなんとかしなければならない。

 

仕方なく放送室の扉の前に立ち、ドアノブを右手で掴みサイオンを流し込む。すると警告を知らせるアラームが鳴り響くが、それもすぐに鳴り止む。

 

そして次の瞬間には鍵が解除されており、達也は零と扉が開くと同時に侵入する。あっという間に不法占拠した生徒を紗耶香を除いて確保する。

 

生徒会メンバーと紗耶香はあまりの一瞬の出来事に、眼を見開き呆気にとられている。

 

「壬生、交渉には応じる。だがお前らの要求を聞き入れることと、執った手段を認めることは別問題だ」

 

零の言葉に紗耶香から強情な態度は消え去った。

 

「その通りだけど。零君のやり方も問題ありよ」

「会長、今までどこに?」

「生活主任の先生と話をしてきました。今回の事件は生徒会に委ねられるそうです。壬生さん交渉に関する打ち合わせをしたいから、来てもらえるかしら?あと、零君もね」

「構いません」

「了解です」

 

紗耶香を誘導する真由美の後ろ姿を見てから、零は2人に向く。

 

「先に帰っていてくれ。どうやら少しばかり話が長くなりそうだから」

「それならば私達もここに…」

「帰りなさい深雪。これは上級生間の問題だ。その先はお前達にも関わる問題だが、今は関係ないだろ?」

「…分かりました」

 

渋々頷く深雪の頭を零は優しく撫でた後、真由美の後を追った。

 

 

 

深雪は入学以来初めて達也と2人で帰宅していた。深雪のなかに零に逆らうという文字は存在しないが、不服という言葉は存在する。何より自分を大切にしてくれていることを理解しているが、共に隣に並ばせてもらえないときが深雪にとっての不満事項だ。

 

「達也兄さん、何故零従兄様は私を一緒に参加させてくれないのでしょう」

 

深雪は自宅に向かうコミューターの中で、達也にそんな質問をしていた。

 

「たぶん従兄さんは、壬生先輩の気持ちを優先させたんだと思うよ」

「優先ですか?」

 

深雪の質問は、自分ではない女性を優先することに不満を持ったのではなく。自然に言葉の意味が分からなかったのだ。

 

「あそこで深雪や俺が関わっていたら、言いたいことも言えず感情論に持ちこまれていたかもしれない。そうすると対応に困るから俺達を敢えて外したんだ。それは不器用な従兄さんなりの心配りだったんだと思うよ」

 

確かに零は不器用で愛想の悪い人間だが、それなりにはしっかりとした人間でもある。世話になった人やよくしてくれる人に対しては、それなりの対応や見返りを与える。だが逆に自分や友人・家族に仇なす者には、相応の制裁を加える。

 

厳しくも穏やかな人間であることを深雪も達也も理解している。だからこそ今回の零の対応が気に入らないのだ。だがごねるのは零に心配をかけることになるので、2人は素直に聞いたという次第だ。

 

達也の言葉を聞いて深雪は納得し笑顔で自宅に向かった。

 

 

 

その頃零は、第一会議室で行われている有志同盟のメンバー数人・生徒会長・風紀委員長・部活連会頭との交渉を、少し離れたところから友人と見守っていた。

 

「四葉、どう思う?」

「面倒なことにはならなければいいと思っている」

「案外悪い方に予想は当たることが多いらしい」

「だから憂鬱なんだ。厄介事はどちらにも心にしこりを残す。互いに不利益を被ることにしかならない」

 

零は感情を抑えている有志同盟のメンバーを、精霊を介して視ている。特に問題は視られないが、自分でも知らない何かがあるかもしれないため油断は出来ない。

 

「この状態だと、明日か明後日の放課後に公開討論会をしそうだな」

「誰が代表するんだ?」

「七草先輩だろうな。生徒会長だし誰よりもこういうことには敏感だ。放っておけないから自分から立候補するだろうさ」

 

今年の2月に卒業式が行われた後、零は真由美からある目的を教えられた。それは「一科生と二科生との壁を埋めること」だった。自分の理想となんら変わりなかったので、零は文句を言わず真由美の要望に応えた。

 

正確には克人・摩莉・真由美の「一高三巨頭」の理想なのだが、生徒会長である真由美の願いと表してもなんら問題はない。

 

「あいつらが過激な行動を起こさないかが心配だな」

「気にしすぎじゃないか?」

「だったらいいんだがな。だがこの世界には自分達の思い通りに行かなければ、過激な行動を取る輩が少なくない。一高生徒だからではなく、魔法科高校生徒全体に言えることだ」

 

【ブランシュ】の名前は伏せ、ある意味適切な言葉で危機感を促す。そのおかげか服部は納得してくれたようだ。今回は結果的なという注釈付きだが。

 

「1年間お前の横で見てきたからお前の言葉を信じるさ」

「ありがとう服部」

 

2人で話している間に、交渉の日程は明後日の放課後に決定した。零と服部の予想通り生徒会側の代表は真由美に決まった。あまりの予想通りの展開にさすがの零も、こんな簡単に予想ができていいのかと首を傾げたくなった。



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18

討論会が今日の放課後に決まったのは2日前の放課後だ。翌日から有志同盟のメンバーらの活動が活発になり、二科生への参加要請が数多寄せられ、特に放課後に一番勧誘されていた。

 

それは達也と深雪の友人達も例外ではない。エリカ・レオ・美月は、頻繁に声をかけられていた。そのせいかその日の夕方の〈アイネブリーゼ〉での会話は、苛立ちと疲労によって重かった。

 

「ということで、ストレスメーター振り切っちゃった」

 

果肉入りイチゴオレを音を立てて啜るエリカは、彼女らしからぬ行儀の悪さで皮肉っていた。零は過度な勧誘をしているメンバーを抑えるための警備をしていたため、勧誘されることはなかった。

 

一科生なのでそうそう勧誘されることはないだろう。去年の主席入学者であるから近付きにくいのかもしれない。達也も零と同じように風紀委員として走り回っていた。

 

「エリカに便乗するわけじゃねぇけど腹は立つぜ。あれだけ何回も勧誘されると」

「そうですね。私の場合はサークルにまで勧誘されました」

 

眼鏡をかけて沈んでいる美月は断るのが苦手な性格なこともあり、今日の勧誘は相当堪えたようだ。

 

『量子放射光過敏症』

 

決して病気ではなく「知覚過敏」に近い症状であり、霊子が見え過ぎるただそれだけだ。剣道部主将 司甲は美月と同じ視覚過敏に悩む生徒によって結成されたサークルに、参加しないかともちかけたのだ。

 

甲自身それのおかげで症状が改善されたらしく、美月が他人事には思えなかったようだ。勧誘方法が他のメンバーより穏やかすぎたため、達也が止めに入り難を逃れた経緯だ。

 

「どうせ明日の放課後に何もかもが決まる。それほど気にしなくてもいいと思うぞ」

 

零の一言で全員が安堵し、その後の空気は明るくいつも通りの楽しい一時となった。

 

 

 

友人達と別れた後、零は2人に真剣な話をしていた。

 

「明日の討論会で何が起こるか分からない。バックには【ブランシュ】が付いている。討論会で負けた場合、実力行使に出る可能性があるから気を引き締めてかかれ」

「そんなことがありえるのですか?」

 

深雪はそんなことがあって欲しくはないのだが、零が気にかけているのであれば信じたい。だが高校生を使って彼らがそんなことをするとは思えなかったのだ。

 

「警戒することに越したことはない。せずに怪我をしたら元も子もないからな」

 

零の眼を見て2人はしっかりと頷いた。

 

 

 

 

 

そして翌日の放課後。討論会が行われる時間の15分前、生徒会役員及び風紀委員は警備の配置を完了させていた。

 

そして今は舞台裏から講堂を眺めている最中だ。

 

「思った以上に入りましたね」

「予想外と言うべきかな」

「暇人だな」

「学校側にカリキュラム強化を打診、いえ申請しましょうか」

「…市原、笑えない冗談はよせ」

 

それぞれの意見が漏れるが実際その通りだろう。一科生と二科生の割合は5分5分であり、双方ともに興味があるのだろうか。全生徒の7割近くが集まっているようで、ほぼ全部の席が埋まっている。

 

そして目視で確認できる中に、お揃いのリストバンドを着けた生徒がちらほらと見える。意味を理解しているのかしていないのかどちらでも構わない。だが気分が悪くなるのは確かだ。

 

「零従兄様、どうされました?」

 

零が講堂ではなく、その外を見ているような焦点の合わない眼を向けていたので、深雪は気になって聞いた。

 

「精霊がやや慌ただしく動いている。何かに怯えるいや、違うな怒っている。そんな感じだ」

 

その場にいた全員が眉をひそめる。古式魔法に長ける零が言うのだ。嘘をつくはずもなく嫌な予感しかしない。

 

「でも今はこっちだろうな」

 

零が視線を元に戻すと真由美の演説が始まった。

 

 

 

討論会はもはや真由美の独壇場であり、それなりに考えてきた有志同盟のメンバーらの異議を的確に反論し、逃げ道を塞いでいった。真由美が演説を締めくくると講堂からは、割れんばかりの拍手が惜しみなく送られた。

 

「何も起こらなかったな」

「精霊が騒いでいたのは何故でしょう」

「さあな俺にも分からないことはある」

 

安堵したのも束の間、突如轟音が鳴り響き講堂を大きく揺るがす。それを合図としてか有志同盟メンバーらが動き始める。

 

「委員長!」

「取り押さえろ!」

 

達也が叫ぶと同時に、摩莉が音声ユニットを耳に当てながら命じる。零は舞台に上がっている4人を牽制し、達也は動き出したばかりのメンバーを取り押さえる。それと同時にガスマスクを付け武装した兵士またはゲリラが、講堂の横に設置された非常口から5人が入り込んでくるが、講堂に入った瞬間に首を抑え倒れた。

 

零が風の精霊を使い、マスク内の酸素を根刮ぎ奪い取ったのだ。だがこれで終わりではなかった。窓枠から紡錘形の物体が跳び込んできた。

 

着地と同時に白い煙を吐き出すが、煙もろとも外に運び出された。眼で服部を労い達也、深雪を連れて講堂を出る。

 

「3人とも待て!」

「危険よ戻りなさい!」

 

2人の上級生に止められるが構わず走り外に出る。外は既に乱戦模様であり、生徒が敵味方に分かれ戦っている。実技棟に向かっていると、達也の友人が5人の兵士と対峙していた。

 

「レオ、無事か?」

「おうよ達也。で、これはなんだ?」

「ゲリラが侵入した。正面の方は職員が応戦してるし、敵の数も少ないからすぐに駆逐できる」

「レオー!」

 

遠くから赤髪の友人が走り寄ってきた。どうやらCADを事務室から特別に返却して貰ったようだ。

 

「目的は何でしょうか」

「図書館だろうな。ここからなら国が保管している機密文献や文書にアクセスできる」

「どうしますか?」

「達也とレオは、美月・ほのか・雫の保護を頼む。エリカ・深雪は一緒に図書館に来てくれ」

 

それぞれが頷き、3人と2人は反対方向へ駆け出した。

 

 

 

到着した図書館内は静まりかえっていた。

 

「人の気配が敵の以外ないね」

「撃退されたんだろうな。あっちは陽動でこちらが本命。どうやら腕前は、こちらのほうが数段上のようだ」

 

エリカの独り言に応えながら精霊を介して意識を広げる。

 

《視覚同調》

 

古式魔法の上位魔法の一つであり、五感を精霊と繋げて感覚を共有する魔法だ。今回は眼だけをリンクさせたが、その気になれば全てをリンクさせることはできる。

 

「二階特別閲覧室に4人、階段の登り口に2人、登り切ったところに2人か」

「零さんがいたら待ち伏せの意味ないね。絶対に敵に回したらダメな人…」

 

精霊を介して「存在」を確認して2人に話していると、なかなか失礼なことを言ってきた。ならば尻拭いをさせなければならない。

 

「このまま不意打ちはできるが。エリカ、やりたいんだろ?」

「げっ!…バレてた?」

「闘志丸出し過ぎる。深雪も感づいていたぞ」

 

首を縮めるところを見ると自覚はあったようだ。ならばより尻拭いをさせなければならないと思った。

 

「やらせてもらえるなら有り難くいただきます!」

 

自己加速術式で階段へ肉薄したエリカは、伸縮警棒を伸展させ背後から振り落として気絶させた。無駄のない洗練された動きは、人を殺めることが簡単にできるものだというのに、美しいと思ってしまった。

 

同胞が床に倒れた音で侵入者に気付いた2名の生徒は、刀を躊躇なくエリカに振り落ろす。

 

「ここは任せて!」

「気をつけろよ。行こうか深雪」

「はい、零従兄様」

 

《跳躍》の魔法式を用いて二階特別閲覧室に向かう。部屋に入るための扉はとてつもなく頑丈に造られており、対戦車ロケットの直撃にもなんなく耐える特殊複合装甲だ。

 

といっても零からすれば薄っぺらい紙と変わりない。〈ブラッディー・ローズ》を構え魔法を発動させる。王水を気体化させ壁に付着させると、ものの数秒で扉は溶け始める。

 

たとえ、特殊複合装甲でも魔法によって酸性が強化された王水には勝てない。溶けた扉の隙間から、奥で作業をしている男の手元に狙いを定め雷の精霊を送り込む。すると正方形の物体ハッキング・キューブはショートし機能を停止させた。

 

「これでお前達の企みは潰えた」

 

零の声音は普段と変わりがないのだが、淡々と告げられては拒絶されているかのように感じる。紗耶香の背後で悲鳴が上がり振り返った。そこには拳銃を握る右手が紫色に変色しているスパイがいた。

 

「愚かな真似はやめなさい。私がお従兄様に向けられる害意を見逃すことなどありません」

 

その口調は丁寧だが余計に恐怖を感じた。

 

絶対に逆らってはいけない。

 

開けてはいけない蓋を開けてしまった。

 

「壬生、これが現実だ。誰もが等しく優遇される《平等》な世界、そんなものは存在しない。もしそんなものがあるならば、それは誰もが《平等に冷遇された》世界。《平等》なんていう美しい理念は、縋り付くことを許されても依存することは許されない」

「…どうして?どうしてよ!差別をなくそうとしたのが間違いだと言うの!?貴方の弟も不当な扱いをされたはずよ!誰からも馬鹿にされてきたはずよ!」

 

紗耶香の心の叫びが零にも深雪にも痛いほど理解できた。それは達也がいるからこそである。だが余計にそれが腹立たしいのだ。

 

誰からも認められない。認められないのは、自分の力不足ではなく周りに原因があるのだ。そんな思い込みがここまで紗耶香を走らせた。

 

「「俺(私)は達也(兄さん)を蔑んだりはし(ません)ない」」

「たとえ私達以外が兄さんを中傷し誹謗し蔑んだりしても、決して私は蔑んだりしません」

「達也が出来損ないなのは誰よりも俺達が知っている。達也自身も分かっている。だが達也はそれでも魔法を学ぶことを選んだ」

 

深雪と零の言葉には、達也に対する愛情が溢れるほど含まれていた。「同情」ではなく「愛情」。何より大切な従弟、兄を突き放すことなど2人には出来ない。

 

「結局壬生を〈ウィード〉と二科生と蔑んで差別していたのは壬生、お前自身だ」

 

反論などできない考えたくなかった。だがそれは自分が「自分自身」を見下していたことを証明していた。

 

自分は誰かのためみんなのために動いただけなはずなのに、その言葉が耳に入ると意識が漂白される気がした。

 

「壬生、指環を使え!」

 

今まで紗耶香の後ろに隠れていた無様な男たちは、床に何かを叩き付けた。安全ピンが抜けた音と共に白い煙が発生する。そしてそれと同時に聞こえる耳障りな不可聴のノイズ。それは魔法の発動を阻害する〈キャスト・ジャミング〈〉の音だった。

 

3つの足音が聞こえる。少し重たい2人の足音の前に移動し、両手掌底打ちが2回肉を打ち抜いた。零の眼は閉じられたままであり、正確に攻撃を当てる技量は恐るべきものだ。

 

2人と比べて軽い足音が遠ざかっていくのを、2人は耳にしていた。

 

「壬生先輩を放っておいてよかったのですか?」

「無理して魔法を使わなくてもどうせエリカが捕まえてくれるさ。俺は今から文献が盗まれていないか確認するから後ろを頼む」

「お任せ下さい」

 

零は深雪の頭を二、三度撫でた後、キーボードを猛烈な勢いでタイピングし始めた。その様子を深雪は微笑ましそうに見ていた。




メイン執筆している『魔法科高校の劣等生~双子の運命~』を完結させるために一時こちらを休載させていただきます。ご迷惑をおかけしますが何卒ご容赦下さい。


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19

久方ぶりの投稿です。


お兄様の言う通り、エリカが壬生先輩と対峙し確保してくれました。立ち合いでエリカの佇まいから、渡辺先輩と似た剣技を見て動揺した壬生先輩を、エリカが本気を出させたことに感謝して勝負したという経緯だそうです。

 

そして今は気絶した壬生先輩を保健室まで運び、目の覚めた後関係者で事情聴取を行っているところです。

 

 

 

「つまり去年、騒ぎを起こした剣術部と剣道部のいざこざを沈めた渡辺先輩の剣技に感動して、指導を頼むとすげなくあしらわれた。それは二科生だからという理由で拒否されたと思い、自暴自棄になり司先輩の考えに同感し、今回の騒動に加わったということか?」

「そう」

 

俺が簡潔にまとめると壬生は素直に頷いた。気持ちは理解できるが、俺は納得がいかない。何故なら渡辺先輩は一科生と二科生の溝を埋めることを、第一目標に高校生活を送っている。壬生が二科生だということで指導を断るはずがないのだ。

 

「そういうことらしいです。渡辺先輩、そんなことはしてませんよね?」

「ああ自ら望む風潮に差別を助長させるようなことはしていない。壬生、私はすげなくあしらっていないはずだ。確か私はあの時こう言った。『今の私ではお前の相手にはならない。自分の実力に似合う相手を選べ』と。違うか?」

 

その言葉を聞いた壬生は混乱に陥ったらしく、挙動不審になり情緒も不安定になっている。

 

「つまり摩莉は『壬生さんの方が力は上だから辞退する』と言いたかったの?」

「その通りだ。壬生が入学した頃は私より格段に上だったからな。今でも勝てる気はしないさ。そりゃ魔法をからめて使用すれば勝つかもしれんが、純粋な剣の腕でいえば壬生の方が明らかに上だ」

「なんだ私バカみたい…!勘違いで1年間を無駄にして!渡辺先輩のこと誤解して!挙げ句の果てに【ブランシュ】の手引きまでして!」

「無駄ではありません」

「え?」

 

嗚咽を漏らしていた紗耶香は、突然の自分の気持ちとは反対の言葉が投げかけられたことに理解できずにいた。その発言に零・深雪を除く全員が驚いていた。

 

「エリカが演舞の時の壬生先輩の剣技を見て言っていました。中学時代、『剣道小町』と呼ばれていた頃の先輩の剣とは別人のように強くなっていたと」

 

紗耶香は驚き反対側に立っているエリカに視線を向ける。するとエリカは紗耶香の瞳をまっすぐに見つめ頷いた。

 

「恨み、憎しみで身についた強さは褒められるべき『強さ』ではないのかもしれません。それでもそれは紛れもない先輩自身の『強さ』です。自分の手で高め、自分を導いた先輩自身の『強さ』です。大切な人を守る。自分の命を守れる。それができるなら、哀しみで強くなってもいいじゃないですか。恨みに凝り固まるではなく、嘆きに溺れるでもなく、自分を磨き続けたこの1年は無駄ではなかったと思います」

 

達也の言葉に紗耶香は心を揺らされ1年間の苦しみ、血のにじむような努力をしてきて良かったと思えたのだろう。達也の胸に顔をうずめ嗚咽を漏らしながら泣いた。

 

 

 

事情聴取後、関係者はこの後の方針を決めかねていた。

 

「問題はこのあとどうするかですが」

「まさか乗り込むつもりか?」

「それ以外に何があるんです?当校の生徒が被害を受けているんです。それに友人・達也・深雪を巻き込みました。許容できる話ではありません」

「危険だ!学生の分を超えている!」

「私も反対よ零君」

 

先輩方の言い分はもっともだが、俺は聞く耳を持うつもりはない。自分達の生活を邪魔する奴らは徹底的に潰す。それが俺「四葉零」のやり方だ。

 

「わかっています。これは学生の問題ではなく、国の問題ですから。ですが学校に押し留められようと俺は動きますよ」

「…それは〈十師族〉に名を連ねる者としての役目か?」

 

克人は零の眼をまっすぐに見て、「四葉零」という魔法師を見る。零の覚悟ではなく、魔法師としての立ち位置や自分のあるべき姿を見ているのだ。

 

「ええ。それともう一つあります」

 

零は5人に背を向けて窓に歩み寄る。

 

「零兄様?」

 

深雪の問いかけに答えずカーテンを引き窓を開ける。するとそこには剣術部の騒ぎを起こした桐原が立っていた。突然のことに桐原も何が起こったのか分からないようで、固まって直立不動になっていた。

 

「俺だけではなく、こいつの個人的感情も考慮しての発言ですよ。桐原、来るだろう?」

「当たり前だ。壬生を誑かした奴をぶちのめす!」

「ということです。別に死にに行くわけではなく、ただ締めにいくだけです」

 

真由美や摩莉は止めない。いや、止められないのだ。静かに怒る零の後ろに、炎の如く燃える想子の荒々しさを感じて。一番近くにいる桐原も同じように怒っているからか、まったく恐怖をあらわしていない。

 

「達也、お前は学校に残って残党を始末しろ。七草先輩と渡辺先輩もお願いします。深雪・エリカ・レオ、お前らも来い。やるべきことがある」

「車は俺が出そう。だが拠点が分からないのであれば不可能だぞ」

「その点はぬかりなく。逃走した手下に精霊を貼り付けていますから、それを追えば可能です」

 

10分後、6人は拠点へ向かった。

 

 

夕焼けに染まる空の下を、1台の大型オフローダーが工場の跡地の門を突き破った。

 

「四葉、お前が考えた作戦だ。お前が指示を出せ」

「エリカとレオは、逃げようとする奴らの拘束と工場の周りの茂みに隠れている奴らの駆除。会頭と桐原は裏口から。俺と深雪は正面突破します」

 

全員が頷いたところで配置につく。

 

「深雪、怖いか?」

 

零は怯えているように深雪が見えたので、不思議に思い問いかけた。

 

「いえ、ただ嫌な感じがしただけです。こう何か自分達の動きを観察しているような視線を」

 

深雪の言葉に零は眉をひそめた。自分では何も感じなかったが深雪は何かを感じたらしい。意識を周囲の木立に向けるが、来るときから感じていたゲリラ以外何も感じない。

 

深雪の感じた『何か』とは、これ以外の視線なのだろう。だが今は拠点を制圧するのが先だ。

 

「行くぞ深雪」

「はい」

 

錆びた扉を押し開き中に入る。

 

 

 

中はかなり昔につぶれたらしく風化が酷かった。床のタイルは剥がれてコンクリートが露出し、壁のペンキは風が吹き抜けるだけで剥がれていく。

 

非常灯だけが怪しく僅かに光っているのは、非常時の発電機が生きているからなのかもしれない。十中八九、【ブランシュ】が拠点とするために、一時的なものとして設置されたのだろう。

 

遭遇は思った以上に早かった。扉を開けた後、廊下らしき通路を道なりに進む。大きな扉を開けるとそこにいた。

 

「ようこそ我ら、【ブランシュ】の拠点へ。君と後ろの美しい女性は、四葉零君と司波深雪君だね?」

 

年齢は30歳前後で以外に若い男だ。眼鏡ををかけ紫の髪は男が汚れていることを示しているようだ。

 

「お前が【ブランシュ】のリーダー司一か。念のために勧告しておこう。全員、武器を捨てて両手を頭の後ろに組め」

「魔法が全てだと君は言うのかい?魔法など必要ない。必要なのは平等な世界だ」

「反吐が出る」

「何?」

 

辛らつな言葉に笑顔を浮かべていた一は聞き返す。

 

「平等な世界などありはしない。全てが平等な世界を造ったとしても命令は誰が下す?法や処罰を決めるのは誰だ?率いるのは誰だ?」

「…そんなもの全員で決めるのだ!」

「毎度毎度全員で決めるのか?効率が悪すぎる。なら能力のある者が優遇される世界のほうがマシだ」

「それは君に能力があるからだろう?四葉零我々の仲間になるがいい!」

 

一は眼鏡を外して髪を右手でかき上げ、怪しげに光る眼を零に向けた。零の表情が無表情になる。

 

「これで君も仲間だ。はははははははは…」

「意識干渉型系統外魔法《邪眼(イビル・アイ)》。と称してはいるが、実際は光を相手の網膜に投射する光波振動魔法単なる光信号だ」

「何故かからない!?」

「お前が放った振動とは真逆の振動を発しただけだ。振動が中和されれば効果は出ない」

 

魔法を先に発動されていたのもかかわらず、零がほぼ同時に発動させれたのは彼の処理能力によるものだ。

 

「貴様!」

「二人称は『君』じゃなかったか?大物ぶっていた化けの皮が剥がれているぞ。この魔法で壬生の記憶を弄ったのか汚い真似をする」

「この外道どもが!」

 

深雪の怒気に、司一を含む火器を装備しているメンバーが後退りする。

 

「ひぃぃぃぃぃ!」

 

一はついに逃走を開始した。部下の間をぬって奥の扉へと向かうのを哀れな眼で見送り零は歩き出す。零が何もしていないにもかかわらず男達は道を譲る。

 

気付いたのだ。自分より強い「生き物」が目の前にいると。本能的な恐怖を呼び起こし、自分の意思とは反対に道を譲る。

 

そしていつの間にか自分の足が床と一体になり、動かないことに気付いた。

 

「深雪、ほどほどにな。お前の綺麗な手を汚すほどの敵ではない」

「そ、そんな綺麗だなんて///」

 

火器を持ち氷付けになっている30人の男達の前で、顔を真っ赤にして悶える美少女。場違いな絵面を気にする者。いや、できる者は1人もいなかった。

 

零は深雪の精神HPを満タンにしてから一を追った。

 

 

扉の奥は短い通路がありその先に小さな部屋がある。おそらくこの工場が稼働していた頃、工場長が仕事をしていた部屋なのだろう。

 

通路には窓があり、割れた窓ガラスの隙間から夕日が差し込んでくる。外からは悲鳴とレオの雄叫び(咆哮?)が聞こえてくる。

 

悲鳴はエリカに攻撃された痛みに対するものだろうか。レオも楽しんでいるので好きにさせておいてもいいだろう。扉を開ける前に風の精霊に行動させる。

 

扉を開けると小規模な爆発が起こり、部屋の四隅にいた男4人が悲鳴を上げ転げ回っている。発砲しようとした瞬間に銃が根元で爆発したのだ。

 

銃口の先から空気を送り込み、銃弾が発射できないようにしておく。行き場を失った空気の圧力に耐えきれなくなった銃身が、木っ端微塵に吹き飛んだ。

 

「残念だな部下もおらず魔法も通用しない。チェックメイトだ」

「クソ!いるんだろ?!助けろよお前の言う通りに行動しただろ!」

 

突如叫び始めた。最初は恐怖故に狂ったのかと思ったが、言葉が具体的すぎる。

 

「何を言っている?」

「ひぃぃぃぃぃぃ!」

 

問いかけると、一の背後の長方形の扉が対角線に沿って切られ崩れる。

 

「よう四葉、やるじゃねえか。で、こいつは?」

 

現れたのは友人の桐原だった。

 

「【ブランシュ】日本支部リーダー、司一だ」

「こいつか壬生を誑かしやがったのはぁぁぁぁ!」

 

高周波ブレードを振り下ろす瞬間、桐原の表情は憤怒で染まっていた。

 

「うぎゃぁぁぁぁ!」

 

一が無意識で掲げた右腕を高周波ブレードが簡単に切り裂いた。

 

「あぎゃぁぁぁぁ!うぅぅぅぅぁぁぁぁ!」

 

五月蠅いので傷口を止血してやると気を失った。

 

特化型CADを背後に向けて魔法を放つ。

 

 

 

工場の外へ出るとら何十体ものゲリラが呻き声を上げて地面に屈服している。エリカとレオが殲滅させたらしい。

 

「全員生け捕りか?」

「問題ないっす」

「全員生け捕りにしましたけど、妙な生き物が北へ向かいました」

「エリカ、妙って?」

 

言葉の使い方に疑問を感じた深雪が質問をする。エリカもよく分かっていないらしく首を傾げるだけだ。

 

「レオは見なかったのか?」

「すいません捕まえるのに必死で気付きませんでした」

「構わない2人が無事ならそれでいい」

 

答えながら北の方角を見る。そこには何処にでもあるような松の木が生い茂っているだけだ。

 

 

 

零が工場の外に出る少し前、工場の外の木の枝から中を見ている影があった。

 

{さすが四葉家と言ったところか。この程度でやられるわけがないのは分かっていたから気にしないが}

 

「楽しみにしておけよ四葉零」

 

男は魔法で姿を変え北に向かって飛び去った。

 



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20

今回の事件は警察の介入がなかったことで、零たちが罪に問われることはなかった。悪く言えば過剰防衛であり、魔法の無断使用という犯罪である。事情が事情だけにということらしい。

 

学校側も生徒の加担があったとはいえ、それはマインドコントロールによるものであることを承知していた。何より当校の生徒がそんなことをしたと知られたくなかったという側面もある。

 

零の壊した図書館の特別閲覧室の扉は、ゲリラによる破壊であるということになっている。その方が学校側からすれば鍵の不始末を問われずに済むからだ。零も扉の修理費を請求されずに済むので、文句は言わず真実も話さなかった。

 

そのおかげもあってかそれほど大きな問題にはならず、ニュースにも取り上げられることもなかった。それは第一高校が住宅街から離れた場所にあり、周囲に被害が及ばなかったのも1つの要因でもある。

 

 

 

5月の初旬、零たち3人は土曜日の午前中の授業を自主休学し、紗耶香の退院祝いに来ていた。当初自分達3人だけだと思っていたが、顔見知りの先客がおり少々驚いていた。

 

「何故エリカがここに」

「あの楽しそうな笑顔を見る限り、よくお見舞いに来ていたんじゃないか?」 

 

病院のエントランスでは、紗耶香とエリカが楽しげに会話をしている。その横で迷惑そうな友人が立っているのを見た零は、苦笑を浮かべながら近付いた。

 

「不満そうだな桐原」

「お前も来たのかよ」

「友人の退院祝いだ。それに関係者として来ないわけにはいかないだろう?」

 

どうやら桐原は、自分だけが退院祝いに来たのだと思っていたようだ。知り合いが大勢来ていることに不満があるようだ。その理由は確信的なほどに理解しているのだが…。

 

「4人とも来てくれたんだね」

「放っておける関係でもないからな」

「壬生先輩これを。退院おめでとうございます」

「ありがとう司波さん」

 

深雪が花束を渡すと、紗耶香は嬉しそうに笑顔を浮かべながら受け取る。その様子は図書館の特別閲覧室で見た2人ではなく、一高の先輩・後輩という穏やかな雰囲気だ。

 

「君が四葉君かな?」

 

2人の美少女の横顔を穏やかに見守っていると声をかけられた。振り返ると肩幅のある体格の良い壮年の男性が立っていた。

 

「少しだけいいかな?2人きりで話したいことがあるんだが」

「ええ構いません」

 

5人に断りを入れて少し離れたところで向かい合う。別に断る理由もないので大人しく従ったまでだ。自分より僅かに背の低い男性の纏う空気は、一高生徒とは別格で厳しい訓練を耐え抜いてきたそんな空気だ。

 

「私は壬生勇三。紗耶香の父だ」

「初めまして自分は四葉零です」

 

初対面の挨拶をするが、堅苦しいのはお互いを牽制しているからなのだろうか。

 

「娘が立ち直れたのは君のおかげだ。君には感謝しているよ」

「自分は何もしていません。紗耶香さんの心を動かしたのは達也と深雪です。苦しんでいることに気付けなかった自分が、お礼を言われるようなことは何一つありません」

「私は娘が苦しんでいることを知っていたが、何もしてやれなかった。魔法と剣の腕の評価の違いに悩んでいたことを、乗り越えるべき壁として手を差し伸べなかった。それは父親としてあってはならぬことだ」

 

勇三の視線は、楽しげに会話する紗耶香に向けられており、後悔の色がありありと浮かんでいる。

 

「立ち直れるきっかけをくれたのは君の言葉だと言っていたよ。『誰もが平等に扱われる世界などない。あるとすれば、それは誰もが等しく冷遇された世界』。その言葉に心を揺さぶられたとね」

「本当に俺は何もしていません。お礼など勿体ないです」

 

それでも零は自分のおかげだと認めない。本当にきっかけは達也と深雪の言葉なのだ。零独自の言葉ではない。

 

「君は風間が言っていた通りの男なのだな」

「…風間少佐をご存じなのですか?」

 

少なからず警戒してしまうが、勇三の眼が先程と何一つ変わらないので警戒するのをやめた。

 

「軍にいたころの友人だ。私は退役した身だが他言はしないから安心してくれ。本当にありがとう」

 

勇三が肩を叩きながらお礼を言ってくるが、かぶりを振り勿体ない言葉だと思ってしまった。

 

 

 

 

話し終えた後5人の元へ向かうと、何故かエリカと桐原が一触即発(主にキレているのは桐原)で、エリカが何を言ったのか疑問に思った。

 

「ところでさーや(・・・)は、なんで達也君から桐原先輩に乗り換えたの?ルックスとかは達也君に軍配が上がると思うんだけど」

 

「さーや」というあだ名に疑問を感じたが、それより重要なのは紗耶香が達也に好意を抱いてたことだ。達也は確かに格好いいが、モテたことは一度もない。それも不思議だが。そして地味にエリカの言葉は、桐原をディスっている。

 

「司波君はたぶん私より何歩も前を歩いてる。どんなに努力しても追いつけない。でも桐原君は一緒の歩幅で歩いてくれる。そう思ったからかな」

 

まさかの発見に全員が驚くが、約1名の表情がさらに悪くなっているので嫌な予感がした。それは気のせいではなく正しかったのだと次の発言で悟った。

 

「ところで桐原先輩は、いつからさーやのこと好きだったの?」

「うるさい女だな。そんなの別にいいだろう」

 

若干キレ気味な桐原に、俺は助け船を出すことにした。もちろんそれは悪い意味で。

 

「そうだぞエリカ。いつから好きなのかは関係ない。重要なのは2人がどれだけ互いを想っているかだ」

「「なっ!」」

 

まさかの発言にカップル2人は同時に声を挙げる。たが俺の(悪い意味の)援護射撃は止まらない。

 

「【ブランシュ】のリーダー、司一を倒した時の桐原の男気には敵わないと思ったな」

「おまっ!」

「『こいつか壬生を誑かしたのは!』と叫んだのは、今でも鮮明に覚えている」

「やめろぉぉぉぉ!」

 

桐原が顔を真っ赤にさせながら怒るのを気にせず零は続ける。

 

「『俺の壬生になんてことしやがんだ!てめらなんて壬生に触れる価値なんかねぇんだよ!許されるのは俺だけだ!』なんて聞いているこっちが恥ずかしくなるようなセリフを言っていたな。それはもう格好良かった」

「いい加減にしろぉぉぉぉ!」

 

ゴス!

 

「うぐ」

 

桐原の右拳が零の頭頂部を直撃する。堪らず零は頭を抑えるが、当の本人は息を荒げ顔を真っ赤にしている。

 

「いてぇ。何すんだ桐原?」

「それはこっちのセリフだ!言ってもねえことを俺が言ったかのように言いふらすな!」

「いいだろうがそれぐらい。減るもんじゃないんだから」

「減るわボケ!俺の精神HPごっそり削りやがって!」

 

なんとも幼い喧嘩だが、仲の良い証拠なので傍観者は温かく見守っていた。

 

 

 

退院祝いを渡し終えた3人は、午前の座学を終わらすために学校へと向かった。エリカはもう少し紗耶香と話してから来るということなので、今はここにいない。

 

「どうした深雪?」

 

深雪が横で笑い声を漏らしたので、零は気になり声をかけた。

 

「いえ、桐原先輩を弄んでいる零兄様が楽しんでいる姿を思い出しておかしくなっただけです」

「思い出し笑いする人はむっつりスケベらしいぞ?」

「そんなことはありません!私は零兄様とそ、そんなこと…//」

 

少しからかっただけだが、深雪は自ら墓穴を掘り顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 

「兄さんは罪な人だね」

「今のは深雪の自爆だ。俺は何もしていない」

「誘導したのは兄さんだよね?」

「誘導されたと気付かない深雪も悪いし、気付いて欲しかったなぁ」

 

深雪を間に挟んで互いに微笑み合いながら言葉を交す様子は、本当に仲のいい兄弟に見える。実際、達也は零のことを兄のように慕っているし、零も達也のことを弟として可愛がっている。これぐらいのじゃれ合いは日常茶飯事だ。

 

「零兄様、学校が嫌ではないのですか?」

 

再起動を果たした深雪は、病院からコミューター乗り場に向かう山道を歩きながら隣を歩く零に問うた。

 

「何故そんなことを聞く?」

 

字面だけでは愛想のない言い方だが、零は穏やかな表情で深雪に問い返す。

 

「零兄様の実力であれば、わざわざ学校に通う必要などありません。それに遠回りさせている気がしてならないのです」

「俺は嫌々高校に通っているわけじゃないよ。この日々を楽しむのは今しか出来ないことだ。深雪と達也と学校生活を送れる。そんな当たり前のこの日常が嬉しいんだ」

 

零は深雪の黒水晶のように透き通る眼をまっすぐに見つめ答える。そんな様子を達也は微笑ましげに。だが少し眩しそうに眼を細め見守っていた。

 

「だから深雪は気にせず、エリカ・レオ・美月・雫・ほのか達と学校生活を送りなさい。それが今の俺の『望み』だ」

 

零は白く誰にも穢されていない深雪の額に、軽く自分の唇を押し当てた。

 

「さあ行こうか深雪・達也。早くしないと午後から始まる実習に間に合わなくなる」

「「はい!」」

 

達也は元気そうに深雪は悶えながら返事をし、歩き出した零の背中を追った。

 

初夏の熱を僅かながら纏った風が3人のいた場所を吹き抜ける。それはこれからの学校生活を応援するものか。それとも災いの前兆を告げるものか今の時点では予想もつかない。

 

 

 

結局午後の実習に間に合わなかったエリカに泣きつかれ、週末に居残りを強要された達也を含む3人であった。



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九校戦2
21


お久しぶりです他の小説を書くことにハマっていました。そちらもどうぞよろしくお願いします。


二度目の九校戦とはいえ、緊張もするし興奮もする。

 

だが何より面倒くさいのは選手選抜である。誰をどの競技に出場させるかは、得意魔法や性格で変わる。また他校がどのような作戦を企てるかによっても変化する。

 

作戦は上級生が主に考えるので、出場選手はしばらくの間その競技の練習をしていればいい。だが作戦立案と競技練習の両立は大変である。

 

それも生徒会役員であれば尚のこと…。

 

 

 

1学期の定期試験が終わり、教師陣を悩ませる成績を叩き出した一部の2年生と1年生以外は、そんなことが起こっているとは知らず。テスト明けの日常を楽しんでいた。

 

出場選手決定が目前に迫りながらも、生徒会は重い空気に包まれている。その元凶は真由美の独り言の呟きからなのだが、去年も同じようなことを経験している零や摩莉は、声もかけず黙々と箸を動かしていた。

 

声をかけるべきか迷っている深雪と達也を無視して…。

 

 

ちなみに鈴音は、よく冷えた麦茶を行儀よく飲みながら我関せずを決め込んでいる。

 

 

閑話休題

 

 

「それで会長、エンジニアの不足はどうされますか?」

 

重い沈黙に耐えきれなくなった深雪が、ついに真由美へ助け船を出した。いつもの半分ほどの速度で箸を動かしていた真由美は、眼をキラキラさせながら顔を上げた。

 

構ってもらえたことが嬉しかったのか。あまり宜しくない表情だ。実際、深雪は少しだけ引いている…。

 

「どうすると言われてもねぇ。全学年ともにエンジニアを任せられるほどの腕がある子が少ないから…」

「中条や五十里でも足りませんか?」

「せめてあと1人は欲しいところなの」

 

零は自分の出場種目以外であれば、その日の全員のCADを調整することは可能だ。しかし、それではあまりにも負担が大きすぎるということで却下されている。

 

零自身は平気なのだが、善意を無碍にするわけにはいかないので反論はしなかった。

 

「では達也君はどうかな?」

「ほえ?」

 

予想外の名前に謎の言葉を発した真由美は、摩莉と達也を交互に見ながら頭で理解しようとしている。

 

「達也君が風紀委員会に入ってから、風紀委員本部に置かれているCADの調整は彼がしている。委員たちからの評価も三ツ星相当だ」

「盲点だったわ!生徒会は司波達也君のエンジニア参加を推薦します!」

 

それは零からしても深雪からしても嬉しいことだが、問題は担当される選手達の心の問題だ。

 

「達也が参加するのは喜ばしいことです。しかし問題は一科生の感情的な問題ですね」

「私も嬉しいですが零兄様と同じ意見です」

「確かに2人の言い分はもっともだな」

 

摩莉はその問いかけに嘆息する。1年生の間には未だに壁が存在する。2年生や3年生は零のおかげかそれほど壁は存在しないが、少なからずしこりは残っている。

 

エンジニアと選手の間に信頼関係がなければ、まともな戦果は得られない。何より危険なのは魔法技能の喪失だ。下手なチューニングをされれば、最悪命の危険にも関わるからだ。

 

「実際に参加を拒否する生徒の前で、チューニングをさせればよいのではないのですか?」

 

今まで我関せずを決め込んでいた鈴音が、確実性のある打開策を掲示してくれた。

 

「それならば問題ありませんね。達也、お前の能力を見せるときだ」

「もちろんです兄さん。期待を裏切るような柔な精神はしていませんよ」

 

仲の良い2人に深雪は微笑ましげに、残りの3人は温かく見守っていた。

 

 

 

達也のエンジニア参加でなんとか最低限の確保はできたようで、九校戦準備は一気に加速した。

 

二科生参加に反対する一科生が1年生に多く、放課後での話し合いは重い空気になった。そこで会頭の掲示した『実際に調整させればいい』という言葉で全員が納得した。

 

結果、達也は桐原のCADをなんなく調整させ信頼度を高めた。

 

達也の調整能力はそこらの魔工師より上である。これぐらいのことほできて当然なのだ。

 

反対していた生徒が渋々納得したのは、達也と桐原の関係を知っていたからだ。本当に調整できていなければ、桐原が達也をかばうはずがないということがわかっていたのもある。

 

桐原と達也の関係を中途半端に知っていれば、そんな風に思っただろう。だがあの事件以来、2人は友人としての地位を確立させている。今では世間話を楽しそうにするほどの仲だ。

 

 

 

「エンジニアとして担当することになった司波です。CAD調整以外に作戦立案、また訓練メニュー作成にも関わります」

「エンジニアは女の子が良かったなぁ」

「僕はどっちでもいいよ。ちゃんと仕事をしてくれればね」

「ちょっと2人とも失礼よ!」

 

教室の一室で達也が担当する選手に自己紹介したのだが、案の定否定的な意見が出て、零はため息を吐いた。

 

高校生にして未だにこんなことで我が儘を言うとは情けない。それが本音だが、口にするべきタイミングではない。

 

「口を挟んで申し訳ないが、そんなことで文句を言うなら今すぐ代表を降りた方がいい。そんな生半可な気持ちで出場されては最上級生に失礼だ。選出した生徒会を冒涜することになる。それでも同じ言葉を全員の前で言えるのか?」

 

窓際で腕を組み、目をつぶっていた零がもたれたまま紡いだ言葉は重い。我が儘を言った女子生徒2人は俯いてしまう。達也も雫もほのかも何も口に出来ない。それだけ零の言葉が重かったのだ。

 

「生徒会に対して反抗的な態度を取るのはまあ許そう。だが達也を冒涜するのは誰であっても許さん。それは同じ一高生であっても深雪の友人であってもだ」

「兄さん、俺は気にしてないからもうそのへんで」

 

達也にお願いされて零は正気を取り戻し、達也とこの場にいる全員に謝った。

 

「すまない身内のことになると熱くなってしまうんだ。なるべく抑えるようにしているんだけどね」

「零さんは何も悪くないです。それだけ2人を大切だと想っている証拠ですから」

「ほのかと同意見」

「こちらこそすみませんでした!」

「今のような言葉は二度と使いません!」

 

4人に謝られ零は穏やかな笑みを浮かべる。それを見た女子生徒3人が顔を真っ赤にさせ俯いてしまった。残り約1名は、いつもの顔と真っ赤にした顔のどちらかにするか迷ったような表情をしていたが、ここでは誰とは言わない。

 

「…じゃあ始めようか」

 

深雪に見られたらブリザードが吹くと気付いた達也が、軌道修正を図る。全員がその意図に気付き、軌道修正が完成した。その後の会議は問題なく進み、空気は軽くなっていた。

 

 

 

その日の夜、久々にある人から連絡が入った。

 

『久しぶりだな特慰』

「その話し方だと秘匿回線ですか?毎度毎度一般回線に割り込む時間があるのであれば、他のことに時間を割くべきではないでしょうか」

『うぐ…相変わらず容赦ないな零は』

 

余程のダメージだったのだろうか。額に汗が噴き出ているが別に間違ったことを言っていないのだから、気にしなくても問題ない。

 

「それでご用件は?」

『達也と妹が九校戦に出ることは母から聞いた。そこで耳に入れて欲しいことがある。会場は富士演習場南東エリア、これは例年通りだが…気をつけろよ零』

 

名前で呼んだということは、それほど重要な話なのだろう。握る拳に自然と力が入る。

 

『該当エリア付近で不穏な動きがある。施設への侵入の痕跡も見つかった。犯罪シンジゲートらしき構成員が、近隣で目撃されている。実に嘆かわしい話だ』

「時期的に九校戦関連で間違いないと?こちらでも警戒しておきます」

『よろしく頼む。その犯罪シンジゲートと言ったが、壬生によると【無頭竜】らしい。詳しいことが分かり次第また連絡しよう』

「ありがとうございます」

 

敬礼をすると映像電話は切れ、そのまま後ろのソファーへ座る。

 

「「兄さん(お兄様)…」」

 

零が悩んでいるように見え、2人は兄を呼ぶことしか出来なかった。

 

「心配するな。2人には手は出させないよ」

 

穏やかな笑みを見て2人は顔を見合わせ微笑んだ。

 

{壬生のお父上か。まさか内情にいたとは予想外だが、あの時の様子からすると信用する根拠にはなる}

 

指を組みながら考え事をしている間に夜は更けていく。

 

 

 

深夜、新しい魔法が完成し偶然訪れていた2人に囲まれる。

 

「さすが兄さん!」

「誇りに思いますお兄様!」

「ありがとう2人とも。不可能だと言われていた魔法が、2人のおかげで完成できた。本当にありがとう」

 

2人を優しく抱き寄せる零の様子は、決して外では見せない2人だけにしか見せない本当の感謝の気持ちだ。達也の顔も嬉しそうだし、深雪に限って言えば泣きついている。

 

「明日FLTに持って行くから2人は留守番していてくれ」

「「わかりました」」

 

零は極力あの場所に2人を連れて行きたくない。2人の父が経営しているのだから会う可能性がある。

 

2人はあの人を父親だと思いたくもないというより、いなかったことにしている。それだけ生理的に拒否しているのだった。

 

 

 

翌日、交通機関を利用して2時間かけて赴く。

 

「あ、御曹司!」

「おはようございます牛山さん、飛行デバイスをお持ちしました。早速テストを始めましょう」

「「「「よっしゃああぁぁぁ!!!!」」」」

 

その他の研究員もやる気がみなぎっている。それもそのはずだ。なにせ実現不可能と言われていた空を飛ぶ方法が、魔法で可能になったのだから。

 

 

 

テストは良好販売までの道のりはまだ少しあるが、それでも一歩ずつ近付いている。手応えを感じ帰路についていたのだが、ゲートあと一つのところで足を止める。四葉を知る人物の中で、一番会いたくない人物と鉢合わせし眉をひそめてしまう。

 

「…お久しぶりです社長」

「礼儀がなっていないぞガキが!」

「まあそう言わずに山県(やまがた)さん。大目に見てあげましょうよ」

 

激高した山県と呼ばれた秘書をたしなめる男は、達也と深雪の実父である司波龍郎である。ついでに言えば、FLTの筆頭株主だ。

 

「ですが山県さんの言い分も分かります。零、少しぐらいは立場をわきまえろ。お前を雇っているのは会社の利益になるからだ。それ以外に理由はない。私の前から即刻立ち去れ。貴様のような呪われた血と同じ立場にいたくない」

「わかりました。失礼します」

 

文句を言わず横を通り立ち去る。

 

「まったく最近の若い者は礼儀がなっていない。あれで本当に四葉の直系なのでしょうか」

「そう言わないであげて下さい。ですがあのような輩がこの会社にいるのは不本意だ。しかし会社の売り上げを伸ばしてくれることだけは感謝していますよ」

「くくく!。相変わらず毒舌ですな本部長は」

 

これ見よがしにわざわざ聞こえるような声で話しているのが、余計癪に障る。

 

叔母上が何故このような人と婚約したのか気になるが、叔母上でも見抜けない分厚い皮を被っていたというのが実体だ。龍郎はおそらく叔母上が美人で近付いただけであり、恋愛感情など抱いていなかった。

 

欲を発散するだけの道具にしていたのだ。

 

それが分かるだけで嫌悪感が湧いてくる。関わりたくないのだが、この仕事場から離れたくない。牛山主任や研究員たちとの関係を切りたくない。だから我慢して今もここに来ている。

 

叔母上や四葉関係者は、零が龍郎からどのような扱いを受けているのか知らない。

 

それは達也も深雪も例外ではない。

 

だから変わらずFLTに出資を続けている。

 

龍郎に運営能力はほぼなく、第三課のおかげで成り立っているのをいいことに零へ理不尽極まりない要望も出す。

 

「っ!」

 

嫌なことを思い出し!サイオンが活性化してしまったことで会社の壁が焦げる。

 

 

「早くここから独り立ちしないとな」

 

零の高校生らしい願いは、初夏の空に吸い込まれた。

 

 

 

 

 

俺は珍しい波動を感じ、発生源に向かって廊下を歩いている。今日は個人の練習が早く終わり、校内を歩き回っていたのだが。偶然おもしろいのを見つけたので、その方向へ向かっているという経緯だ。

 

「きゃ!」

 

女子生徒が声を出して座り込み、その何か(・・)が彼女に向かって放たれたのを視る。サイオンの奔流をその女子生徒の後ろから迎え撃った。

 

「落ち着け。今ここでやりあうつもりはない」

「あ、あなたは…」

「初めまして吉田幹比古。俺は四葉零だ。達也から君のことは聞いている」

「零さん…」

 

魔法師でもそうでもない者にも通じる証、両手を挙げながら硬直している幹比古に声をかける。

 

「貴方が達也の兄の零さんですか。確か古式魔法が得意だとか」

「間違いではないが現代魔法と同じぐらい使えるだけだよ。今のは喚起魔法をしていたようだが」

「その通りです。水の精霊を使って喚起魔法の練習をしていたんです。でも集中力が足りません。柴田さんが声をかけただけで攻撃してしまいました」

「確かに集中できていなかったかもしれないが。逆に言えば周囲を警戒しながら魔法を行使していたということだ。気にしなくてもいいと思う」

 

座り込んだままの美月をほっといて、2人は会話を続けてようやく気がついた。

 

「美月にはどんな風に見えた?俺は青系統の色調の光の球が見えただけだが」

「私も同じです」

「色の違いが見えた!?」

 

大きな声を出して幹比古が美月の目をのぞき込む。その距離はもはやキスをする寸前だ。

 

「美月の場合は確か《水晶眼》と言ったかな。水精の力量の違い、性質の違いを色調の違いで捉えているのだろう。あまり大っぴらに話す話題ではないな。俺はそろそろ抜ける。2人のお楽しみの時間を邪魔することになりそうだからな」

「「そ、そんなことしません!」」

 

2人のハモりを無視して、軽やかな足取りで先程いた教室から離れた。零はかなりのS気質。それも相手が恥ずかしがることをして喜ぶ質の悪い人だ。

 

 

 

「幹比古は弄り甲斐があるな」

 

その日の食事中に零は突如そんなことを口にした。

 

「幹比古に会ったんですか?」

「ああ、放課後に魔法の練習をしているのを見つけてな。その時美月と幹比古の雰囲気が良かったから頑張れと応援したら、見事にハモって怒ってきた」

 

深雪と達也は苦笑いしながら、2人に同情してあげなきゃという共通の感情を共有した。




司波龍郎は性格豹変しておりますあしからず。


山県(やまがた)・・オリジナルキャラ


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22

ほぼ1ヶ月ぶりですねお待たせしましたどうぞ〜


あれよあれよとしている間に月日は流れ。九校戦前々日となり、一高の出発日になった。2日前に現地入りするのは、練習場が遠方の高校に充てられるためだ。会場から近い一高は自然に遅くなる。

 

そして今はバス内がどんちゃん騒ぎになっている。原因は2年生の桐原と服部である。カラオケではっちゃけており、そこに男子生徒が声援を送っているからだ。

 

たまにバリトンボイスで克人が紛れ込む。声援を送る集団に、達也が含まれているのが少し意外なのだが…。

 

「達也さんってあんなに悪ノリする人だったんだ」

「でも楽しそう」

 

ほのかと雫の意見は最もだろう。普段は一歩引いたところから話している達也が、ここまではめを外していれば驚きもする。

 

「これが達也の本性だとしたら?」

「え?!これがですか!?」

「ほのか嘘だよ」

「よかった~」

 

零の遊び心が含まれた言葉を聞いて、ほのかが真に受ける。雫のツッコミでほのかは言葉通り安堵したようだ。

 

「お兄様、ほのかは純粋なんですから冗談はあまり通用しませんよ」

「さすがに分かると思ったんだがな」

「ほのかは少し抜けてるから」

「雫!」

 

雫の容赦のない言葉にほのかが喰い付くのが、この2人の仲の良さが分かる状況だ。

 

「いや~歌った歌った」

 

席に座りペットボトルの水を煽る様子は、どこかの俳優かとツッコみたくなる。

 

「四葉は歌わねえのか?」

「歌は苦手でな。歌わせるなら深雪の方がいいぞ」

「そうか。じゃあ司波さん歌うか?」

 

桐原が差し出したマイクに戸惑う深雪。

 

零のために歌いたい。でもみんなが見てるから恥ずかしいという板挟みで、深雪は挙動不審になっている。その後押しをしたのが意外にも真由美だった。

 

「お願い深雪さん。このテンション高めのみんなの心をバラードで癒やしてあげてほしいの」

「だそうだ深雪。いっちょやってあげなさい。達也のために動画も撮ってやる」

 

制服の内ポケットから取り出し、情報端末のカメラ機能を起動させ動画撮影の準備に入る。その様子に通路を挟んで2列前に座っている達也が零に振り返り、左親指を立て良い笑顔を浮かべている。

 

「それだけはお許し下さい!あとで何されるか分かりません!」

 

深雪が零に泣きついてお願いする。以外に思われるかもしれないが、達也は深雪を弄るのが結構好きなのだ。弄った回数はいざ知らず。返り討ちになった回数も不明である。

 

「分かりました歌わせて頂きます」

 

深雪がマイクを持ち席を立ち、イントロが流れ始めてバス内が静まる。曲は今大人気ドラマの主題歌で、失恋感満載でありながら何故か恋愛を応援されていると感じられる不思議なバラード曲だ。

 

深雪の発したワンフレーズでバス内の空気は一変する。眼を閉じれば満員のドームで、深雪が歌っているように聞こえる。そんな不思議な声音で心が震える。

 

 

 

深雪は歌い終わると慣れない緊張からなのか、零の右肩に頭を預け穏やかな寝息を立てている。零は笑みを浮かべながらバス後方の席から前を見る。3分の1が深雪の声に癒やされたのか眠っている。

 

しかしそれは突然起きた。

 

精霊から危険を知らせる信号を受け取った零は、バスに減速魔法をかけ急停止させる。慣性は完全に消し去れず、寝ていた生徒はどこかしらを各所にぶつける。だがそれを気にしてはいられない。

 

「十文字先輩、防壁魔法をバス全体にお願いします!」

「何?いや、分かった」

 

克人は零の指示に一瞬躊躇ったが、何かに気付いたのか魔法を発動させる。ほぼタイムラグ無しで発動した十文字家の防御魔法《ファランクス》がバス全体を覆う。

 

バスが覆われた瞬間、天井に轟音とすさまじい衝撃が襲い生徒達がパニックに陥る。その瞬間優しい音色が響いたかと思うと、生徒達のパニックが収まった。

 

バス前方に座っていた梓が、固有魔法《梓弓》を発動させたらしい。お礼を言いながらバスの乗降口から出て、バスの右にそびえる崖の上まで一気に《跳躍》の術式で飛び上がる。

 

崖の上には草木の茂みに隠れた人影があった。隠蔽効果が高い迷彩柄の上下服を着た分隊が、想定外の事態に驚きの表情を浮かべている。

 

「お前達は何者だ?」

 

答えを期待しての問いではない。案の定、返事は攻撃で返ってきた。明確な物理的な殺意が込められた攻撃は、零の展開した対物理障壁で相殺され弾丸は地面に落ちた。

 

一発では効果が無いと理解した襲撃者達は、全員で弾を発射したがすべてが障壁に阻まれ二の舞を演じた。

 

怪物(バケモノめ)!』

 

慣れた手つきで弾の装填を行った年若い兵士は、零には理解できない言葉で叫びながら連射してきた。すべてを自己加速術式で避けると、その勢いのまま、近くの茂みに姿を隠した。

 

你去哪里了 (何処へ行った)!? 找到(探せ)!』

 

零は茂みの中から《雷童子》を連発し、全員を気絶させて木々に縛り付ける。その後バスに戻ろうと崖から高速を見下ろすと、突然対向車が不自然な動きをするのを目撃する。どういうわけかガードレールを飛び台代わりにして、こちら側に突っ込んできた。

 

天井から着地した大型乗用車は、その勢いを緩めず真っ直ぐに突っ込んでくる。

 

「あっちは陽動でこっちが本命だったのか!」

 

珍しく狼狽を露わにする零だったが、その心配は杞憂に終わった。バス内から放たれた減速魔法によって炎は消え去り、障壁魔法で大型車は動きを止めた。

 

原形を留めないほどに大破した大型乗用車を横目に、路肩に止まっていたバス内へと戻る。

 

「お兄様!」

 

心配そうに駆け付けた深雪は、何があったのか不思議そうだ。零に怪我をしていないのかを聞かなかったのは、余程のことがない限り怪我をするはずがないと信じているからだ。

 

「大丈夫だ。それより深雪、加減がよくできていたな」

「ありがとうございます!しかし、これは一体…」

「何者かによる妨害は確かだ。だが目的は不明だ」

 

零の眼は怒りに満ちていた。しかしそれは深雪や達也を狙ったこともあったが、自爆攻撃を指示した者に向けられていた。

 

「達也、高速の交通規制を頼む。事後処理しなければ会場には行けないからな」

「分かりました」

 

深雪のあとを着いてきた達也は、零の指示を聞いてバス外へと出て行った。それを見送ると、零は克人を木々に縛り付けている襲撃者のもとへと案内した。

 

「どう思われますか?」

「…これらの火器は中古売り場で大量に出回っている物のようだ。これからどこの組織によって行われたかを見つけ出すのは難しいだろう」

「彼らは中国語らしき言葉を発していました」

 

零の報告に克人は目を見張る。

 

「大亜連合が関わっていると言いたいのか?」

「確証はありませんが。中国語を話すからといって、大亜連合の関係者とは言いきれません。大亜連合による犯行だと思わせ、戦争させるということも考えられます」

 

零の考えに克人は考え込む。もとより十文字家代表代理と四葉家次期当主2人で、最終的な結論を出すことはできない。だが2人なりの意見を出し合うのもまた1つの手である。この場で考えるのは間違ってはいない。

 

「2人で考えても仕方ありません。四葉家にこの事件を任せていただけませんか?」

「警察ではなく〈十師族〉で解決するべきだと言うのか?」

 

克人の疑問は正しい。公共の場で起こった事件なのだ。警察に任せるのが的確な判断ではある。大亜連合が関わっているとあれば、日本を支える〈十師族〉に託す方が自分たちも動きやすくなる。

 

「七草の意見も聞きたい。少し待っていてくれ」

「分かりました」

 

十文字先輩が七草先輩を連れて戻るまで、俺は彼らの持ち物から正体が掴めないか見つけようとした。ふいに何かに見られている気がした。

 

想子を周囲に撒き散らして風に乗せて遠くに運ぶ。ある方向に流れた想子の反射で確信し、俺はそちらに全速力で向かう。

 

そこには鴉が不気味に1匹だけ樹木の枝にとまっていた。だがこの鴉がただの鴉ではないことを、想子の反射によって理解している。

 

右手から《術式解体》をその鴉に向かって放つ。鴉は苦しげに鳴き声を上げ、不自然な角度に羽を広げたまま消え去った。

 

「四葉、どこにいる?」

 

遠くから十文字先輩が呼ぶ声が聞こえたので、鴉の詮索を後回しにして元の場所へと戻った。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

鴉が消された頃、ある場所において集会が行われていた。

 

『尾行が消されたようだ』

『侮れんな。さすがは四葉家の次期当主だ』

『あれに気付けるというのか。これからは慎重に動かなければならん』

 

丸いテーブルの周りには6人の男が座っている。その背後にはサングラスをかけ、不自然に無表情な男が4人囲んでいる。

 

『彼の者が手を貸してくれているのだ。失敗は許されん』

『邪魔者には死を』

『邪魔者には絶望を』

 

不気味な声音で発せられた言葉は一室に響いた。

 

そしてその会話は中国語で行われていた。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

数分後、もとの場所へと戻る。そこに克人が真由美を連れてきていた。

 

「四葉、どこへ行っていた?」

「使い魔がいましたので消していました。それで七草先輩はどう思われますか?」

「零君の言う通り〈十師族〈〉で解決した方がいい気がする。警察だと情報を握りつぶされる可能性があるから」

「七草もそう言うのであれば、言葉通りに従おう。それよりこいつらはどうする?」

 

木々に縛り付けられ気絶している襲撃者たちを、冷え切った目で見る克人は2人に問う。

 

「四葉家が処理しますよ。吐き出させた情報は必ずお伝えします」

「よろしく頼む」

「お願いね」

 

2人の許可を得て本家に連絡をすると、黒羽家が担当すると言う返事をもらう。襲撃者たちをその場に残して九校戦会場へとバスを走らせた。

 

 

 

予定外のハプニングで予定時間から2時間遅れで到着した一高一行は、ホテル内に荷物を運び込んでいた。

 

「達也はオフロードーカーが来るときに何か感じたか?」

「検証を行った結果、3度魔法が放たれているのを確認しました。1度目はタイヤをパンクさせる魔法。2度目は車体をスリップさせる魔法。3度目は車体に斜め上への力を加える魔法。いずれも内部からです」

「想子観測機に記録させないほど緻密で僅かな魔法か。高度な技術だな」

「自滅攻撃ですか?卑劣な!」

 

深雪は命を無駄にしてまで攻撃する方法に怒りを顕にしていた。

 

「もとよりテロリストという輩は、卑劣な者たちの集まりだ。深雪が気にする必要はないよ」

 

CAD調整のための機材をのせたワゴンを押しながら、ホテルのエントランスに入ると友人がラフな格好でソファーに座っていた。

 

「やっほ〜2週間ぶり。元気してた?」

「「エリカ?」」

「ここにいることにびっくりした?懇親会あるから早めにきただけよ」

「懇親会は関係者以外立ち入り禁止だぞ」

 

零の言葉にエリカは、人の悪い笑みを浮かべながら眼をギランと光らせた。3ヶ月という短い付き合いだが、彼女がこのような表情をするのは決まって面倒くさいことが起こるのを知っている3人はげんなりとする。

 

「ん?どうかした?」

 

本人は至って真面目なつもりらしいが、腹黒いのを知っているのでそれを無視した。

 

「「「なんでもない(わ)」」」

「関係者なら会えるだろう。また後でな」

 

零は達也を連れていく。ワゴンを押してエントランスと奥へと向かって行き、それをエリカは少し不満げに見ていた。

 

「少しぐらい話聞いてくれてもいいのに」

「ごめんなさいスタッフのみなさんを待たせてるの」

「冗談よ冗談」

 

エリカの言葉に深雪は少しだけため息をついた。

 

「どうしたの?」

「なんでもないわ。エリカの言葉は本気に感じるから少しね」

「え?もしかしてあたし褒められてる?」

「どこをどうとればそういう解釈になるの?」

 

エリカの理解に難色を示す深雪である。

 

「あれ司波さん、来てたんですか?」

「西城君?」

「深雪さん?」

「え?あ、本当だ司波さんがいる」

「美月も吉田君もみんなどうしたの?」

 

友人たちが次々と現れ、驚き疲れた深雪はぎこちない笑みを浮かべるしかなかった。

 

「全員関係者よ。美月とレオとミキは裏方だけど」

 

「僕の名前は幹彦古だ!」「はいはい、わかったわよ」「わかってない!」

 

幹彦古とエリカの軽口の言い合いをBGMに、深雪は残った2人と会話を続ける。

 

「応援に来てくれたの?」

「友達ですから」

「ダチだからな」

「ありがとう。お兄様も兄さんもやる気が出ると思うわ」

「それにしても深雪さん緊張しないんですね」

「始まるのは明後日からだし、私たちの出番までにまだ時間あるもの。今から萎縮してたら本番で力は出せないでしょう?」

 

深雪の根性の座った言葉に、2人は頼もしげに優しい笑みを浮かべていた。



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23

九校戦参加者は選手だけで360人、裏方を含めると400人。

 

全員出席が建前とはいえ、あらゆる理由をつけてパーティーを抜け出す者や欠席する者も少ないのが現状である。とはいえ懇親会はそれなりの人数が出席するのだから、自然と大規模なものとなる。

 

これだけの規模となると、ホテル関係者だけでは人手不足にだ。故に外部からの応援やアルバイトを頼まなければ、上手く機能しないのが現状だ。だからその中に見覚えのある人物がいても、特に不思議ではない。2人はこういう意味での関係者だと思っていなかった。

 

「そういうことで今日は人助けに来ていたのです」

「「全然説明になっていないぞ(わ)」」

 

深雪と2人でいた零は、声をかけられたので振り返る。到着した頃に聞いた通り、関係者であることを示すウエイターの服装をしたエリカがいた。2人の文句にも気にせず人の悪い笑みを浮かべるので、零と深雪は若干引き気味の苦笑を浮かべていた。

 

「零さんと深雪がいるから、達也君がいると思ったんだけどいないね。トイレにでも行ったの?」

「達也ならあそこにいるさ」

「ん?げ…」

 

零の指さした方向にエリカが視線を向けると、謎の反応を表した。まあその反応は予想通りだ。むしろその反応は控えめだと評価して良いだろう。なにしろそこでは克人・桐原・服部・達也の4人が、フードバトル繰り広げているのだから…。

 

「一体何がどうなってるの?」

「フードバトルを繰り広げている」

「お兄様、それぐらいエリカでも(・・)わかりますよ」

「深雪『でも』って何?『でも』って」

「何ってそのままの意味だけど?」

「説明になってない!」

 

楽しげな2人に、零は苦笑を漏らし楽しそうに傍観している。婚約者と友人の中でも、ある意味人の悪いエリカとの言い合いは、見ていて飽きないものである。

 

「簡単に説明すると、フードバトルで一番食べた奴が自分のしたいことを誰かにしてもらうというゲームだな」

「それって許可取ってあるんですか?」

「取ってるわけないだろ。何しろつい5分前に始まったばかりだからな」

「だからあのテーブルだけ料理がやけに少ないんだ」

 

4人の食事スピードは異常だ。そのテーブルに置いてあった料理が瞬く間に、4人胃の中に消えていく。その異様な光景に他校の生徒だけでなく、一高メンバーでさえも引いている。隣や離れたテーブルまで避難している。

 

「エリカ、悪いんだが料理をあのテーブルに持ってきてくれないか?あのテーブルに置いてある料理が消えたら、隣のテーブルまで侵略しそうだ」

「それはいろんな意味で困りますね。じゃあお皿を下げて新しいのを持ってきます」

「エリカ、お願いね」

「任せて~」

 

4人のいるテーブルから空になった皿を、トレイに乗せて厨房へと足早に消えていくエリカを見送っていると、またしても声をかけられた。

 

「深雪、ここにいたの?」

「零さんもご一緒だったんですね?」

「雫にほのか。来てくれたのね」

「他の生徒は?」

「あそこにいますよ」

 

ほのかの指さす先には、こちらをちらちら見る深雪の同級生が複数いた。

 

「深雪の近くにいたくても、零さんがいるから近寄れないんじゃないかな」

「俺は番犬か?」

 

零の言葉が可笑しかったのか3人は笑いをこぼした。

 

「今年はお2人のご両親は来られるんですか?」

 

唐突な話題転換に零・深雪・雫は、頭の上に?マークを多数浮かべていた。

 

「いきなりだな」

「雫はたまに唐突な話題転換しますから。ご迷惑でしたか?」

「別に構わないさ。聞かれて嫌な話ではないからな。俺の母は来るだろうが深雪の母はどうだろう。四葉家当主だから仕事を放り出してくるとは…いや、有り得なくはないか。ようするに予測不能というところかな」

「去年は深雪と達也さんを連れて見に来たと耳にしましたが」

「よく知ってたな。その通りだよ。何故か姉妹そろって見に来たんよ」

 

そう母が零の部屋を強制移動させたり、抱き枕にしたり深雪の入浴シーンを覗けだの。母としての役割を果たしていなかった。

 

{思い出したら頭が痛くなってきたぞ}

 

零が頭を抑えている隣では、深雪が頬を紅潮させて俯いている。どうやら零が思い浮かべた場面を思い出したようだ。2人の反応に、雫とほのかは「ん?」とばかりに首を同じように傾げていた。

 

「…それは置いといて。深雪、2人と一緒に皆のところへ行っておいで。チームワークは大切だからね」

「ですがお兄様」

「いいから行っておいで。どうせ俺の部屋に達也が来るんだから、結局は会えるんだ」

「わかりました。また後ほど」

 

2人とチームメイトのいる場所へと見送っていると、達也がふらふらになりながらやってきた。

 

「疲れているようだな」

「…あれだけ食べたらこうなるよ。ゥッ!」

「それで誰が勝ったんだ?」

「…俺です」

「何をするつもりだ?」

「深雪の際どい写真を一枚下さい」

「殺されたいか?」

 

若干の殺気を達也に向けると、達也は姿勢を正した。

 

「お前は既に深雪秘蔵コレクションを、アルバム5冊ほど保管しているはずだが?」

「な、なんで知ってるんですか!?」

「精霊を使えば何もかもお見通しだ。シャワールームに覗き用カメラを仕掛けていたのも、深雪の部屋に盗み聞き用品を仕掛けていたのも知っている」

「全部知ってるんじゃないですか!」

 

つい声を張り上げる達也は、周りの視線を気にする様子を見せない。

 

「達也、怒らないから家に帰ったらすべて見せろ」

「何が目的ですか?」

「…いや、ただ単に普段見られない深雪の写真が見たい」

 

視線を外し少しばかり恥ずかしそうな零を見て、達也はニヤッと笑った。

 

「兄さんもついに興味が出てきたんだね」

「一緒に暮らすようになってからは特にな」

「変態だ」

「お前ほどではないが認めざる負えんな」

 

思春期の男子らしい会話を小声でしている間に、来賓の挨拶が始まる。食事と話をするのを一度止めるときがきた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

懇親会が前々日に催されるのは、前日を休養日に充てるためだ。新入生の出番は大会四日目からなため、今は気分が高揚しているのが現実である。

 

だから新入生はお互いに夜遅くなっても話に花を咲かせている。それは深雪も例外ではない。花音が寝ている隙を突いて、ほのかと雫の部屋に来て話をしていた。

 

そろそろ22時になろうとしているが、3人の話は止まらない。むしろ加速していると言っても過言ではない。

 

コンコン

 

「私が出るよ」

 

ノックされたことで、ドアから一番近くに座っていたほのかが話を途中で、遮りドアを開けに行った。

 

「こんばんわ~」

「あれエイミィ?それにスバルも一体どうしたの?こんな時間に」

「あのね、温泉行こうよ」

「「「温泉?」」」

 

エイミィと呼ばれた女子生徒の言葉に、事情を知らない3人は同じ言葉を復唱した。

 

「あ、そういえばここの地下は人工の温泉施設になっていたわね」

「その通り。それを聞いて試しにお願いしたら、23時までならO.K.だって」

「行動が早い。、、さすがはエイミィ」

 

雫の言葉にエイミィはエッヘンとばかりに胸を張った。こう言ってはなんだが若干というよりかなり胸を張るには大きさが足りなかった。だがそのことを追求する友人はいない。しなかったというよりは、温泉という言葉に惹かれていたのが要因だろう。

 

「でも水着とか無いけど大丈夫?」

「タオルと湯着貸してくれるって言ってたから、着替えがあれば十分だよ」

「わかったわ。準備するから先に行ってて」

 

そうして深雪たち3人はエイミィたちと別れた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

着替えをもって地下に向かうと、大浴場は貸し切りだった。誰もいないのではなく、本当に一高1年女子生徒のために貸し切られていた。

 

体を洗い湯船に浸かっていると、やはり話が盛り上がっていった。この年頃になれば恋バナもしたくなるだろうし、初めての九校戦に選ばれたことで少々浮かれている彼女たちは、そういうことを話していた。

 

「深雪は零さんとどこまでいったの?」

「え?」

「中学生の頃から婚約者なら、結構進んでいると思うけど」

「ええと、その…」

 

エイミィの言葉に驚いていると、スバルの追い打ちで答えるのに迷ってしまった深雪は黙り込んでしまう。

 

深雪もそういうこと(・・・・・・)を、カップル及び婚約している身の方々がしているのを知っている。この年頃にしては少しというより、かなり知識は少ない。

 

「まさか…?」

「何よ」

「しちゃったの?」

「し、してないわよま、まだ!接吻もしてないのに…」

「まだということは深雪はしたいんだね?」

「あう…///コクン」

 

後に退けなくなった深雪は本心を打ち明けた。たとえそれが友人たちの中でも仲が良い彼女たちであっても、口にするのはとても恥ずかしいことだ。

 

「でも可笑しくはないよな?」

「そうだねぇ〜。そういうことがタブー視されるようになったからといって、別にしたらダメだっていうわけじゃないし。それを決めるのは本人たちだもん。介入する方が間違ってると思うよ」

「深雪に対してそういう思いを持っている人はかなりいると思う」

「いないほうが珍しいんじゃないかな」

 

これだけの美少女を見かければ、そういう感情を抱かない方が可笑しいだろう。いくら婚前行為がタブー視されているとはいえ、それに従わなければならない義務もなければ権利も発生しない。

 

「そういえば部活の先輩から聞いたけど。零さんとそういうことをしたいという人も多いみたいだよ」

「「え?そうなの!?」」

 

エイミィの情報に深雪とほのかが反応する。

 

「おいエイミィ、それはあまり言わない方が良いと思うぞ。深雪が怒りそうだ」

「別に怒らないわよ。直接的な行動に出なければね。思われるってことは、それだけお兄様が魅力的だってことだから」

「深雪の惚気が始まった」

「雫、ひどい!」

 

雫のツッコミは深雪に少しとは言わないでも、なかなかの精神ダメージを与えた。雫のツッコミで軽くなった空気の中で、エイミィがほのかの湯着をむこうとしていた。悪のりで手伝おうとしているスバルを横目に、深雪は心の中で誓っていた。

 

{兄さんはお仕置きです!}

 

達也が《精霊の眼》を使って、自分の入浴シーンを覗き見していたのを深雪が感づいていたのだ。察知されたのを確認した達也は、即座に《眼》を切った。だがしかし、深雪に見つかっているので余計な罪を被ることになった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

深雪たちが人工温泉で楽しんで就寝準備を始めている頃、零と達也はCADの調整を行っていた。達也は零の付き添いのため、調整は行わず深雪を覗き見していたが…。

 

「四葉君、君は明日からたくさんの選手の調整があるだろ?そろそろ切り上げた方が良いよ。午前中の選手のは終わっているんだしゆっくり休みなよ」

「…そうだな。わかった先に上がらせてもらうよ。また明日」

 

返事のタイムラグは時計を確認していたためだ。時計は日付の更新を示していたため、友人の言葉通りに切り上げることにした。

 

「お先に失礼します」

 

作業車から降りた2人は新鮮な空気を胸一杯に吸い込んだ。真夏とはいえ、真夜中になればそれなりに気温も下がる。今日はそれほど湿度も高くはないので、Tシャツ一枚で過ごすには快適な温度だ。

 

隣で同じように空気を吸い込んでいる達也に声をかけた。

 

「覗きはほどほどにしておけよ?」

「ゴホ!き、気付いていたんですか?」

「深雪への害意に気付かないわけがないだろう。見られるのは癪だが、お前だから怒ったりはしない。見るならほのかにしておけばいい」

「んな!」

 

達也の反応に笑みを浮かべる。

 

達也がほのかを意識しているのを、俺は九校戦前の練習で気付いていた。それを知っているのは俺だけなので、こういうことで弄るのもありだろう。

 

もしかしたら深雪も確信までではないが、ある程度までは気付いているかもしれない。

 

「…深雪やほのかには言わないで下さいよ?特にエリカには。あいつに知られたら俺やっていけないです」

「言うつもりはないから安心しろ。というよりほのかもお前のことを意識しているようだからな」

「本当ですか!?」

 

嬉しそうに身を乗り出してくるので、少しばかり身を引いてしまう。

 

「まあそういうことだからあまり気にしなくていい…」

「兄さん?っ…」

 

零が黙り込んだことで不思議に思った達也だが、ワンテンポ遅れて気付いた。

 

「わかったか達也?」

「はい…しかし何故このようなところにこれほどの悪意を」

「話は後回しだ行くぞ」

「はい!」

 

俺に付いて走ってくる達也の向かう先には、1人の少年が魔法の練習をしていた。そしてその少年も侵入者に気付き、追跡を開始した。

 

 

 

向かっている最中ら魔法の発動の兆候を感じる。視線を向けると、暗闇に紛れて宙に漂う札が三枚見えた。

 

{幹比古か。だがそれでは間に合わない}

 

「達也、お前がやれ」

「はい」

 

達也は右手を伸ばし彼の固有魔法《分解》を、侵入者の持つ3つの拳銃に照準をセットした。

 

次の瞬間、拳銃があらゆるパーツに『分解』された。そしてワンテンポ遅れて、札から3発の電撃が侵入者を襲い意識を刈り取った。

 

「誰だ!?」

 

侵入者を倒した後、幹比古は自分を援護した何者かに声をかけた。

 

「俺だ幹比古」

「達也?それに零さんも」

 

暗闇から現れた2人に少しばかり幹比古は驚く。援護した人物がまさか友人と尊敬する魔法師とは思っていなかったのだろう。かなりの驚きようだ。

 

電撃によって気絶した侵入者の意識確認をしている達也と零は、少しばかり話をした後に幹比古へ視線を向けた。

 

「幹比古、一体何に怯えている?」

「え?」

「まさか俺たちが来なかったら。援護がなかったら、自分は死んでいたと思っているんじゃないだろうな?」

「そ、それは…」

 

内心を読まれたことで、幹比古の動揺は最大限に達していた。

 

「アホか。お前が侵入者を気絶させ、捕獲したという事実に変わりは無い」

「でも…」

「誰にも手を借りず、敵が何人いようとどんな手練れでも1人で倒せるのが当たり前だと思っているのか?やれやれ今一度敢えてもう一度言おう。お前は阿呆だ。何故そこまでして自分を下に見る?」

「自由に魔法を使える零さんにはわからないですよ」

「幹比古!兄さん…」

 

達也が声を荒げて幹比古に噛みつこうとしたが、零が手で押さえ込んだので言葉を紡ぐのをやめた。

 

「確かに俺はお前以上に幅広く精霊魔法を古式魔法を使える。だがそれは俺が求めたものではない」

「え?」

「俺のこの力は弟を取り込んだことで手に入れた力だ。お前以上に使える。理由はそれだけだ」

「兄さん、そのことを話しても良いのですか?」

「こうでもしないと幹比古は自信を取り戻せない。後輩の魔法力を取り戻すためなら、俺のことを話しても問題は無い」

 

家族以外に零の『罪』を知る者は軍に所属しているの者だけだ。それにもかかわらず、友人でしかない幹比古に話したことが意外に思えたのだ。

 

 

「幹比古、お前が気にしているのは魔法発動スピードじゃないか?」

「エリカに聞いたんですか?」

「いいや」

「じゃあなんで!?」

「お前が使う術式に無駄を感じた。吉田家が長い時をかけて編み出しのは知っている。だがそれはCADで発動スピードを上げた現代では役不足だ」

 

零の強い言葉に幹比古は何も言えず俯いていた。つい強い言葉を言ってしまったが、これで考え直してくれるのであればおつりが出るぐらいだろう。

 

「詳しい話はまた今度だな。悪いが幹比古、警備員を連れてきてくれないか?」

「わかりました」

 

《跳躍》の術式で生け垣の向こうへ消えていったのを見送ると、零は自嘲気味に笑った。

 

「兄さん…」

「問題ない。それよりこいつらをどうするかだが」

「随分と容赦のないアドバイスだな」

「少佐」

「風間さん」

 

暗闇から現れたのは2人にとって無視できない人物だった。

 

「どうしてここに少佐が?」

「先程までいつもの面子で会議をしていた。気分転換にと散歩していてな。偶然出くわしただけだ。他意はない」

「疑ってはいません」

「それにしても零らしいアドバイスだったな」

「あれほどまで落ち込んでいれば励ましたくもなります」

 

幹比古の落ち込み具合は尋常でなかったのだ。あのような表情であれば手を差し出したくもなる。

 

「襲撃者を頼めますか?」

「引き受けよう。どちらにせよ調べたいこともあるのでな。何かわかれば連絡しよう」

「お願いします」

 

2つの意味でお願いしたあと達也と2人でホテルに戻った。

 

 

 

 

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翌日の朝、達也が氷付けで発見されたらしい。犯人が誰かは分からなかったそうだ。だが発見者によると、達也の表情はどことなく嬉しそうだったらしい。




今回はR15の会話を入れてみました。自分ではまあギリギリかなて思うので大目に見て下さい。


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24

短いですがよろしくどうぞ


昨日起こったことが嘘のように、大会委員からの注意喚起もないまま、2095年度全国魔法科高校親善競技大会通称九校戦が開幕した。

 

さすがに国防軍から監視体制の不満を述べられても、9時間もかからずに準備を終えられるほど、大会委員もコネがあるわけではない。

 

それに監視体制の甘さを魔法科高校生徒に知られては困る。何よりこれで魔法社会の循環させているのだから、滞らせたくないというのが現実である。

 

 

 

 

大会初日は真由美・零・服部・摩莉の出番である。午前中に〈スピード・シューティング〉全試合と〈バトル・ボード〉の予選が行われる。

 

「会長が本調子でなくとも負けるとは思わないな」

「去年も圧勝だったからな。去年より魔法力が大幅に上昇しているらしい。教師陣が話しているのを聞いたぞ」

「あれより上となると同年代、もしくは今の魔法界でも指折りの実力者にならないか?」

 

試合前の会場は満席であり、真由美の人気の高さが如実に表れている。大抵はどうしようもない感情で観戦しに来ている男子生徒なのだが、それについては話題にしない一高きっての実力者の3人組である。

 

「服部は相変わらずあの頃から進展していないけどな」

「うるさい沢木!これでも必死に猛アピールしているんだ!」

「だがそれも無駄骨、無駄な労力、時間だったというわけだ」

「…四葉まで言うのかよ」

 

ズーンという言葉に押しつぶされるようにうなだれる服部を見て、2人は苦笑を漏らしている。服部を真由美のネタで弄るのが、この一年の間で恒例となっている遊びだ。2人も決して傷つけようとして言っているわけではなく、応援しているという意味合いなのだ。

 

弄るのがメインで、応援が二の次になっている気もしなくもないが。友情が切れないのだからこれはこれでいいのだろう。

 

「そういえば零は司波さんと一緒にいなくても良いのか?」

「無理に一緒に行動しなくても良いんだよ。普段の生活に戻ればいくらでも一緒にいられるんだからな」

 

 

沢木の言う通り、今は深雪と行動を共にしていない。恋より友情を優先しているのもあるが、何より一緒にいすぎてしまうと、互いに依存しすぎる気がしたのだ。

 

婚約者同士であれば互いに依存するのは当たり前だ。どちかが用事で長期間離ればなれになったとき、感情が不安定にならないようにしなければならない。

 

軍に所属している零は、毎年夏期休業の間に合計で2週間ほど家を空けることがある。その時に互いが互いを望みすぎてはならないと、九校戦前に2人で決め合ったのだ。

 

「それより会長の試合が始まるから静かにしないとな。服部、始まるぞ」

 

話題を打ち切ると観客席が静まりかえる。選手はヘッドセットをしているので、観客が少しぐらい騒いでも聞こえない。とはいえ、これはマナーの問題である。全員が息を飲んで試合の行方を見届けている。

 

開始のシグナルが点ったことで、軽快な射出音とともにクレーが空を駆けていく。

 

「…さすがに速いね。教師陣が話題にするだけはある」

「…どんな処理能力してるのだろうか。あれだけの速度で発動し続けられるのは才能しか言いようがない…」

「誰にも真似は出来ないだろうな。もはや『スピード・シューティングの絶対王者』という看板を背負ってもいい気がする。これ以上の正確さと余剰想子光を残さない選手は、この先現れないと思われる」

 

真由美は試合をパーフェクトで終えた。

 

 

 

それから真由美は全試合をパーフェクトで終わらし、〈女子スピード・シューティング〉3連覇という快挙を成し遂げた。

 

今からは〈男子バトル・ボード〉の予選だ。その様子を深雪たちはドキドキしながら待っていた。

 

「零さんは一体どんな戦法でいくんでしょう?」

「力技だろ」

「選手に戦意を失わせるぐらい圧倒的な大差をつけるみたいな?」

「疑問は見てからの楽しみにしておこうよ」

 

美月の疑問から始まった討論会は、幹比古の言葉で一旦の終息を見せた。

 

零はスタート地点でボードに寝転び、日光浴をしている最中である。零は第4レーンで服部は第5レーンという位置だ。これはくじ引きで決められるので、意図的にこういう位置になっているわけではない。

 

そんな何気なく日光浴している零に対して観客席の最前列に、我先にと群がる各校の女子生徒たちがいる。それは零の雄志を間近に見たいとばかりにちょっとした戦争、優しく言えば殺伐としている。

 

「…怖いね」

「…どうしてこうなった?」

 

さすがのエリカもこの様子には何と言っていいのかわからないらしく、ありふれた言葉しか出てこないでいる。レオは去年の零を知らないので、ここまで人気な理由がわからないらしく、困惑した表情で眺めている。

 

「そういえば零さんを題材にしたBL本が密かに出回っているらしいですよ」

「バカ、美月!それ言ったらここら一帯が!」

「エ~リカ?ここら一帯がどうなるって?」

「なんでもありましぇん!」

「噛んだポソッ」

 

噛んだエリカに雫のツッコミが入るが誰もそれには笑わない。それより隣同士で話し合っているエリカに向けられる優しい笑みが、とてつもなく恐ろしかったのだ。レオと幹比古は我関せずを決め込む。唯一深雪を止めることが出来る達也は、ほのかと話に(二つの意味の)花(華)を咲かせていた。

 

「別に怒らないわよ。知ってるから」

「知ってたの?ほぼみんな知らないのに」

「私がお兄様のことを知らないはずが無いじゃない」

 

ごもっともとばかりにエリカは引き下がった。

 

「私、それ持ってますよ?先輩から友人なら持っていた方がいいって」

「私もほのかと同時に渡された」

「周囲には漏らさないでね?面倒なことが起こりそうだから」

 

そう、自分の母とか叔母とか。

 

それを知って爆買いしては困るからだ。まあ、深雪も自室の自分しか知らない場所に零を題材にした小説や漫画をしまっているのだが、それは誰にも知られてはいない。

 

まあ、雫は持っているだろうと鋭い勘で予測してはいるが…。ちなみに零は、異性の友人からこっそりと書かれていることを知らされていた。

 

 

 

一方、服部と零は隣り合っているので会話をするのは容易い。ということで、気分転換に何気ない会話をしていた。

 

「しかし凄い人気だな四葉は。会長と変わらない人気じゃないか?」

「俺の場合は女子生徒だけだ。男子生徒は誰1人わめいてはいない」

 

零の言葉は間違っている。実際、顔には出していないが、興奮しかけている人物が1人いるのだ。克人や沢木も楽しみにしてはいるが、それとは比べものにはならないほど熱い視線を送っている1年生がいた。

 

「冷めてるな。やる気無くしたか?」

「もとからこれだよ俺は」

「まあ、試合が始まれば問題ないか」

 

服部の気持ちは杞憂に終わりそうだ。

 

 

 

「始まるよ」

 

幹比古の声で浮ついていた空気が張り詰める。

 

『on your mark』

 

零と服部が構える。

 

空砲が鳴らされ選手が飛び出した。

 

「以外だね。最初から前に出ると思ってたけど」

「先輩方によると、第一試合の七高の選手はかなり魔法力が高いらしい。序盤はあまり無理をさせず、中盤か終盤で追い上げるというのが作戦らしいぞ」

「同等程度って事?」

「それはあの選手を調べないとわからないからなんとも言えないけど、兄さんと服部先輩なら負けないさ」

 

達也の説明に全員が頷き、視線をコースへと向ける。そこでは七高選手を零と服部が追い掛けている。他の選手は3人を追い掛けることは出来ず、4位争いをはるか後方で水しぶきを上げながら行っている。

 

一週目はそれほど白熱した内容ではなかったが、二週目に入ったところで零と服部が勝負を仕掛けた。急激に速度を上げて5m後方から一気に抜き去る。抜かれた七高選手は勝ったつもりでいたのか。抜かれたことに一瞬呆気にとられたが、我に返って追走を測る。

 

だが勢いに乗っている2人には全く追いつけない。距離は縮まるどころかむしろ開いていく一方である。何故だろうか、それは本人の魔法力というものではなく、零が調整したCADというわけでもなく、心意気だった。勝てると、自分は誰にも負けないという傲りが彼の精神を狂わせた。

 

二週目から圧倒的なトップに立った2人は、遊びながらゴールした。互いに交差しながら走ったり、タイミングを合わせて飛び上がるなど別の意味で会場を盛り上げた。

 

「…え?今ので終わり?」

「戦術は案外単純なものだったな」

「どういうこと?」

「簡単に言うと、一位をキープできているから一位は確定だと思い込んでいる瞬間を狙ったということだよ」

「それがどうしたの?」

 

エリカは達也の説明が理解できないらしく聞き返した。

 

「もしエリカが総当たり戦で全勝していたとしよう。相手は一回負けている。さて、エリカは相手をどう見る?」

「私だったら侮ったりはしないけど…あ、そういうこと?」

「ああ、つまり相手は自分より弱い。だから自分は勝てるというなんの根拠もない理由で敵を自分より下に見る。その瞬間を見逃さず捉えることが出来れば、さっきみたいに圧勝できるんだよ。今回は兄さんと服部先輩が、七高選手より魔法力が高かったから勝てたというのもあるが」

 

達也の説明にエリカは納得して、会場を後にしていく零と服部を見送る。

 

「兄さん、本当にそれだけですが?」

「何が?」

 

2人はみんなに聞こえないよう小声で会話をしていた。

 

「わざわざ作戦を考えなくても勝てたのでは?それだけの魔法力の差はありました」

「…ああ、来るときの事件(・・・・・・・)のことと作戦は関係があるらしい。兄さんが言ってた」

「…どこに関係があるのでしょう」

「兄さんが抜かした瞬間に僅かだけど異様な感じがした」

「異様ですか?」

 

達也は深雪の復唱に頷く。

 

「悪意とかそんなもんだけど、勝負程度に向けるような感情じゃない」

「…ではその方を警戒した方がいいようですね」

「露骨に表さないようにしないと警戒されるからほどほどにね」

「はい」

「おーい、ご飯行くよ~」

「今行くよ」

 

移動しようとしていたエリカの声に、達也は笑顔で答えて深雪と共に客席を立った。



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25

長い…

投稿までの時間と文字数が…


男子の後に行われた〈女子バトル・ボード〉でも一高は、摩莉の活躍で危なげなく予選突破を果たした。

 

 

 

夕食を終えてから野暮用ということで服部や沢木と別れて、零は高級士官客室に赴いていた。風間の階級は少佐だが、戦歴や率いる部隊の特殊性から階級以上の待遇を受けている。

 

本人はそれほど望んでいるわけではないが、部下が喜ぶならということで甘んじて受け入れている。

 

「来たか。まあかけろ」

「失礼します」

 

零は軍としての立場で自分を迎えたのではないと理解していたので、敬礼を省いて口だけで軽く礼儀を入れてから席に着いた。

 

円形のテーブルを囲んでいるのは、優しげな雰囲気を持つが実体はなかなかひねくれた性格をしている真田大尉。見た目は怖いが実体は意外と優しい柳大尉、なんとも言えない山中軍医少佐。

 

そして婚約者がいるにもかかわらず猛アタックしてくる藤林少尉。

 

ちょっとばかりカオスな空間だが、その程度で尻込みするような忍耐力を持ち合わせていない。零は自然と自分の前に置かれていたティーカップを持ち上げた。

 

「いきなりだが昨日の賊について説明しておこう。先月知らせた通り奴らは【無頭竜】の構成員だった。だが階級が下のようでこれといった情報はでてこなかった」

「上からの命令に従っただけだということですね?」

 

零の言葉に風間は頷いた。

 

詳しい内容を話されずに命令に唯従うだけの計画は、情報が漏れにくいことがメリットだ。だが実行犯にとっては、難易度が格段に上昇するものである。

 

「これ」をしてこいと言われるだけでは、どのように何をしてそれをすればいいのかがわからない。自分で臨機応変に判断しなければならないのだ。

 

人数が増えれば危険性が高まるし、チームワークを発揮できなければ目的を達するどころかお縄になるしかない。それでも行動に移す理由は様々である。地位を求める、自分の命を護るなど。それぞれだがおそらく一番の理由は忠誠心だろう。

 

「よく彼等を見つけられたものだね。知ってたのかい?」

「偶然ですよ真田大尉。CADの調整を一通り終えて部屋に帰ろうとしたら、異変を感じて見に行ったという経緯です」

「夜中まで作業とはライフスタイルが崩れていないか?」

「もとからこれですから」

 

重大な話し合いだというのに部屋の空気が軽いのは、零が風間たちに向ける信頼と風間たちが零に向ける信頼が上手く交差しているからだろう。

 

「〈バトル・ボード〉以外に出るのは〈モノリス・コード〉だったね。今回も勝てそうかい?」

「いけるでしょうね。三高の朧月が今年は参戦していないようですから」

「理由は知っているのか?」

「家の事情だと聞いています」

「この時期に朧月家の行事はなかったはずだが。まあ、他にも何か理由があるのだろうな」

 

朧月家は伝統を重んじる家系であるため、古式魔法師が普段行わないような行事を一家揃って行う。そのため都合が合わない場合は、こうして大事なときでも欠席してしまうのだ。古式魔法師が疎かにするといっても蔑ろにしているのではなく、朧月家がそういうことに敏感すぎるだけである。

 

「我々からすれば、もう一度朧月家との対戦を見たかったのだが。一高が総合優勝するならそれでいい」

「今回優勝しなければ先輩方に顔向けできませんからね」

 

今回優勝すれば一高は3連覇となり、3年生からすればこれが本当の勝利ということになる。だからこそこの大会は何が何でも優勝しなければならない。

 

「万が一のことがあるのでな。【無頭竜】の目的がわかれば、また連絡しよう」

「ありがとうございます」

 

零は紅茶を煎れた藤林にもお礼を言って部屋を後にした。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

一高はその後も順調に戦績を伸ばし、3連覇に向かって心地いい速度で向かっていた。だがそのことをよく思わない輩がいるのが残念なことだ。

 

そしてその魔の手が摩莉に伸びようとしていた。

 

 

 

「今回の試合を一番楽しみにしていました」

「まあ、メンバーがメンバーだからね。こんなに早くその試合を見れるとは思っていなかったが」

「零さんは去年も見たんですよね?その時はどうでしたか?」

「なかなか面白い試合だった。臨機応変、多種多彩に魔法を使う渡辺先輩と魔法力にものを言わせる七高の選手。小手先には小手先で、力勝負なら力勝負でっていうのが戦術にあるけど。先輩は自分の戦闘方法で勝利を手にした。男の俺でも格好いいと思ってしまったよ」

 

今、零は服部や沢木と別れて達也たちと一緒に試合を見ていた。ほのかの問いに答えながらも、零の左手は深雪の右手に包まれている。

 

零がここに来ていたのは深雪に催促されたというのが主な原因だが、なんとなく後輩たちと見たいという気持ちがあった。

 

深雪の右手は、よく観察しなければ見えないジャストな位置で握られているの。横一列に並んだメンバーでは、仲良く横に並んでいるだけにしか見えない。

 

それを良しとしたのか深雪はかなり零に甘え始めている。

 

甘える様子を見て、気恥ずかしそうに見ているのがいつものメンバー。

 

生粋の純情ほくろ少年とグラマー少女。

 

よく喧嘩をしているが、実際は仲が良い彫りの深い少年と勝ち気な赤髪の少女。

 

互いに意識しているが、互いに口に出せないCADオタクの少年とグラマー少女。

 

それらをやや羨ましそうに見ている表情に乏しい少女。

 

その空間だけ色合いが違うのだが、それも見ていて和むのか。周囲の観客は誰1人文句を言わない。もしかしたらほぼ全員から無意識に放たれる魔法力に恐れて、表立って言えないのかもしれないが。

 

『on your mark』

 

用意を意味する放送が流れると、観客は口をつぐみ選手は準備に入る。

 

スタートを告げる合図と共に摩莉が勢いよく飛び出した。

 

「速い!」

「だが七高が追走している」

「さすがは『海の七高』」

「やっぱり去年の決勝カードになりますか」

 

いつものメンバーが口をそろえて感想を述べている間にもレースは続いていく。摩莉と七高の選手がもつれ合いながら最初のコーナーに接近する。

 

「あれは!」

「お兄様!?」

 

零が素早く立ち上がって走り出し、観客席の最前席の前にある手すりの上を猛スピードで駆けていく。

 

その行動に深雪はいち早く気がつき声をかけるが、零は振り向かずに手すりを下りてコース内に侵入していく。

 

「「「「「零さん!?」」」」」

「兄さん!」

「お兄様!」

 

観客が勝手にコース内へと侵入したことに驚いた大会委員が、零を取り押さえようと駆けつける。

 

だが零の移動速度の方が速いため何もできずにいる。

 

誰もが零の行動に違和感を感じていたとき、それは起こった。

 

「オーバースピード!?」

 

観客の誰かが叫んだのだろう。それに気付いて全員がその様子を眼にする。曲がるために減速していた七高の選手が、加速(・・)を始めたのだ。

 

本来では有り得ないミスに誰もが恐怖と驚きを露わにしている間にも、零はその場に急行していた。

 

唯のオーバースピードであれば、本人が怪我をするだけで済んだだろうが、今回の試合は去年の決勝カードだったことが災いした。

 

至近距離にいた摩莉は、観客の悲鳴を聞いて振り返り驚愕する。

 

5mは離れていたはずの2番手が、コーナーでは出さないような速度で接近してきていたのだ。

 

摩莉ほどの魔法師であったならば避けることは造作も無かっただろう。だがお人好しの性格が出てしまった。受け止めるために振り返り、慣性中和の魔法を発動する。

 

そして受け止めようとした瞬間、自分の足下が僅かに沈んだと感じた。体勢を戻そうとした頃には受け止めきれる距離はなく、その選手と共にコース外へと吹き飛ぶ。

 

「くそ!」

 

それを見た零は全力で自己加速魔法を使い、吹き飛んできた2人をなんとかキャッチする。

 

「ぐ!」

 

2人を捕獲することに精一杯だった零は、2人の勢いを止められずフェンスへと体を持って行かれた。2人を庇うようにして背中から直撃した痛みに、閉じた歯の隙間から声が漏れ出る。

 

「…零くん?」

 

自分が襲われるはずの衝撃が、思いの外弱いことに気がついた摩莉は、自分がどうなっているのかわからなかった。自分の周りに大会委員が集まり始めたことで、その疑問を零に問う暇が無かった。

 

大会委員に連れて行かれた零と怪我の有無を確認するため、七高の選手と共に別室へと移動する3人に、いつものメンバーは不安そうな視線を向けることしかできなかった。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

深雪は事情聴取から解放された零と2人でホテルへと帰っていた。深雪にとって今回の事情聴取が気にくわなかった。

 

大会委員曰く「コースに入らずとも注意喚起をすればよかったのではないか」らしいが、そのことに腹を立てた深雪は一瞬だけ魔法を暴走させかけた。

 

そんなことをしていれば、もっと最悪な事態になっていたと理解していないのかと思ってしまうほどに、大会委員の態度が気にくわなかった。

 

犯罪者的な扱いを受けている零だったが、機械のように聞かれたことだけに答えて文句を口にしていない。

 

「お兄様、本当に文句を言わなくても良かったのですか?」

「…一高の立場を悪くするわけにはいかないからね」

「それでも私は悔しいです!お兄様があのとき行動していなければ渡辺先輩は、七高の選手は魔法師生命を絶たれていました。なのにお兄様があのような扱いを受ける必要はありません!」

 

零は自室に深雪を伴って入り深雪に振り返る。

 

「お前が俺の代わりに怒ってくれるだけで十分なんだ。それ以上言えばお前の立場も危うくなってしまう。もうその矛先を終いなさい」

「ですが私は!…お、お兄様?」

 

深雪は言葉を口にしようとした瞬間、自分の体が温かいものに包まれたことに疑問を感じ零を呼んでいた。

 

「落ち着きなさい。今お前が大会委員に怒りの矛先を向けたとしても覆らないんだ」

「お兄様はそれでよろしいのですか?人助けをしただけでこのような扱いを受けても」

「深雪や達也、みんなにこれ以上の被害が出ないならそれでいい。達也を呼んできてくれないか?話したいことがあるんだ」

「わ、わかりましたぁ!」

 

至近距離でお願いすると、深雪は顔を真っ赤にして足早に部屋を出て行った。

 

 

 

顔を真っ赤にしてでたのはいいが、どのような顔をして達也に会えば良いのか悩んでいた。それでもお願いを無碍にはできなかったのですぐに達也を連れて部屋に戻って悲鳴を上げる。

 

「お兄様!」

 

ベッドに寄りかかるように倒れていた零を抱き上げて呼吸を計る。顔色は悪く呼吸も荒い。

 

「兄さん!」

「わかってる!」

 

達也も焦っていたが魔法を使うために冷静を取り戻す。

 

達也が左手をベッドに寝かした零に向ける。魔法を発動したかと思えば零の顔色はいつも通りに戻っていた。

 

「悪いな達也。面倒をかけて」

 

眼を開けた零が達也に礼を言う。

 

「大丈夫?」

「ああ、衝撃で肋骨が数本折れていてな。ずっと痛みに耐えてたんだけど無理でさっき気を失った」

 

倒れかける兆しはあった。質問をしたときに返事が遅れていた。至近距離で自分の顔を見たときの、いつもとは違う何かに耐えている表情。

 

それが肋骨が折れた痛みを耐えている時間だったと今気付いた。

 

てへぺろとばかりに片目をつぶって舌を出す零に、2人は唖然とした。深雪の場合は、久々に見た零の無邪気な表情を見れて感極まったのか。今にも昇天しそうなほど幸せそうだったが。

 

だがその空気もノックの音でかき消される。ドアを開けると深刻そうな表情の真由美が立っており、よろしくない話があるのだと直感する。

 

「零くん、時間を貰ってもいいかな?」

「わかりました。深雪・達也、自室に戻っておいてくれ。戻れば話をする」

「「はい」」

 

返事を聞いた零は、カードキーを持って真由美と共に部屋を出て行った。

 

 

 

女性用寝室の階を真由美について歩いていると、後輩や同級生から疑問の視線を向けられた。

 

だが真由美がいることで、何かしらの理由があると理解したのだろう。途中で話しかけてくる人物はいなかった。

 

「どこに行くんですか?」

「…ちょっとね」

「渡辺先輩ですか」

 

七草先輩の言いよどんだ表情に、察しがついた俺は疑問に思う。何故同性であり友人である人ではなく、異性の自分が呼ばれているのか不思議だった。

 

七草先輩と渡辺先輩は同室なので、話す機会はいくらでもあったはずだ。なのに自分が呼ばれるのはそれなりの理由があるからだろうか。

 

「話があるって零くんに」

「俺ですか?七草先輩ではなく後輩の俺にとは」

「助けられたからじゃないかしら。私は外にいるから終わったら声をかけてね」

 

ドアを開けて強制的に俺を部屋に入れた七草先輩に嘆息して奥へと進む。女性の部屋らしい香りが鼻腔をくすぐるが、そのことにこれといった感情も抱かない。

 

掛け布団を頭から被り、ベッドの上に腰掛けている渡辺を刺激しないように、少し離れた場所にある机の椅子を引っ張り出す。ベッドの近くに移動させて座る。

 

「…怖いんだ」

「何がですか?」

 

ポツリと呟かれた言葉に俺はできるだけ優しく聞いた。

 

「魔法を使おうとすると、あのときの場面がフラッシュバックするんだ。どれだけあれは事故だから大丈夫だと念じても無駄だった。私は魔法師としての自信を失った。もう嫌なんだ同情するような視線を向けられるのが」

「人間は辛いことがあった人間を見れば同情したくなります。人の為と思っても、それがかえってその人を傷つけることになるなんて気付きません。しかし同情を向けられるのは、先輩がそれだけ全員の憧れだからなのではないのですか?」

「魔法を使えない私を『一高の三巨頭』と呼べるか?」

「魔法が使えなくなった先輩を見ても、俺は哀れみも怒りもありません。渡辺先輩は渡辺先輩です。それ以上でもそれ以下でもありません」

 

魔法技能を失った魔法師は、魔法世界から迫害されやすい。それは魔法を使いこなせない者に向けられるもっとも最悪な評価だ。

 

「…頼む。残りの試合を棄権させてくれ。私はもう戦えない。迷惑をかけたくないんだ」

戦いたくない(・・・・・・)の間違いでは?あのような事故を防げなかった自分は、魔法師に向いていない。そんなふうに自分を追い詰めて何になります?同情されたくない。でも自分は落ち込む姿を他人に見せたい。結局同情されたいと思っているのは、先輩自身です。魔法が使えないことで、先輩を否定するような存在が一高にはいるはずがありません。誰より努力してきた先輩を見てきた生徒は、先輩が苦しんでいる姿を記憶に焼き付けています。十文字先輩や七草先輩と並ぶ『三巨頭』と呼ばれるようになってから、無理をしていた先輩が一度休憩するために起こった事故です。だから先輩が落ち込む理由はないんですよ」

「…下げて上げるのはお前の得意分野か」

 

あと一歩のところまできたが、あと一押しが足りない。案を閃いたがいきなりそんなことをすれば、セクハラとして訴えられるかもしれない。でもネガティブ思考をやめさせるのであればこれしかない。

 

「ごめん…」

 

深雪と修次さんに謝罪して立ち上がる。俺が何をするつもりなのかわからない先輩は俺を見上げている。そして俺は優しく先輩の頭を抱きしめた。

 

「ちょっと!いきなり何を!」

「すみません。これしか思いつかなかったんです」

 

深雪とはまた違った触り心地の髪を撫でる。

 

「俺には渡辺先輩がどのような苦しみを味わってきたのかわかりません。ですが努力は決して期待を裏切りませんから。いつかその努力が実を結ぶことを俺はいつまでも待っています」

「…温かい。これが人を大切に想う心なのか」

 

気を張っていたのが崩れたのか、摩莉は零の胸に顔をうずめ声を殺して涙を流した。零は摩莉の気が済むまでずっとそのままでいた。




摩莉には修次さんいますがここではそこまで進展していない設定です。

摩莉のセリフはあるアニメのキャラのセリフをもじっているので気付かれた方はなかなかかと。


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