時の女神が見た夢 (染色体)
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第一部 前史(歴史の転換点)

本編は次回からです。


宇宙暦745年/帝国暦436年12月、第二次ティアマト会戦は、同盟軍、そして、ブルース・アッシュビー提督の完勝に終わった。

 

最終盤において、旗艦ハードラックに流れ弾が当たるという名前通りの不運があったものの、アッシュビーは軽傷を負うに留まり、同盟軍史上最年少での元帥となった。

 

アッシュビーはその直後に引退を発表し、政界進出、帝国領侵攻を公約として統合評議会議長となることを表明した。

 

長引く対帝国戦争の終結を願う民意、また、アッシュビーの実績と人気の前に評議会は解散を余儀なくされた。

 

出来レースとまで言われた選挙の後、アッシュビーは帝国領侵攻を目指した挙国一致評議会を提唱し、最年少元帥に続き最年少評議会議長の記録を打ち立てることになった。

 

宇宙歴747年/帝国歴438年12月、議長となったアッシュビーは1年余の準備の後、帝国領侵攻を開始した。

 

戦闘艦艇8万隻、支援艦艇4万隻、総計12万隻以上となった艦隊には、当然のようにアッシュビーと、副議長となっていたアルフレッド・ローザスが同行し、直接指揮を行うことになっていた。議長が軍を直接指揮することの異常さ、議長戦死の危険性を指摘する者もいないわけではなかったが、アッシュビー議長は「議長が指揮するのが本当のシビリアン・コントロールだ」「アッシュビーは戦死しない」等の言葉で片付けてしまった。

後世から見れば大いに問題のある回答だが、それで片付いてしまうのがアッシュビーのアッシュビーである所以であり、当時の同盟市民の熱狂を現していた。ちなみに、コメントを求められたウォリス・ウォーリック宇宙艦隊司令長官をはじめとする730年マフィアの面々は揃って「アッシュビーだから」と答えたとされる。

 

イゼルローン回廊内の伏兵をアッシュビーの神がかり的かつ横紙破りな指揮によって排除しつつ、帝国側出口へ抜けた同盟軍遠征艦隊を待ち受けていたのは10万隻を超える帝国艦隊であった。

艦隊全体が回廊を抜けて展開を完了する前に戦闘を開始することになった遠征艦隊であったが、アッシュビーは半包囲の体制を取ろうとする帝国艦隊の一角への突撃を命じた。無謀で失敗するかに思われたその突撃は、その一角があっさりと崩れたことにより、同盟軍勝利のきっかけとなった。

帝国艦隊は第二次ティアマト会戦の傷を質、量の両面で埋めきれておらず、苦肉の策として貴族の私領艦隊と正規艦隊の混成からなっていた。アッシュビー提督が突撃を指示した一角は複数の貴族艦隊によって構成され、艦艇も将兵の質も正規軍に劣り、指揮命令系統も不統一な状態であった。帝国艦隊の半包囲によって始まった戦闘は、同盟艦隊による突破と背面展開により攻守が逆転し、回廊から抜け出てきた後詰めの艦隊との間に挟撃が成立することにより殲滅戦に移行した。撤退に成功した艦艇は半数以下であり、多くの艦艇は降伏か殲滅かを選択することになった。

 

イゼルローン回廊出口でのこの会戦の後、帝国辺境の「解放」に動いた同盟軍であったが、ここで多くの者にとって予想外の出来事が起きた。それは本領安堵を条件とする多数の辺境領主の恭順であった。

解放を目的とする同盟が、貴族支配の存続を認めるのか?紛糾するかに思えた議論はアッシュビー議長の素早い決断によってあっさりと収束した。アッシュビー議長は辺境領主に対し、帝国戦争への協力(財産の一部供出と補給への協力、戦力の提供)を条件として提示し、辺境領主は即座にそれを受け入れた。現在では、同盟は事前に諜報機関を通じて辺境領主との間に接触を持っていたという説が有力視されている。

 

反抗を続ける辺境領主への対応は恭順した辺境領主に任せ、遠征艦隊は帝国領奥地へとさらに進むことになった。帝国軍は態勢を立て直すまではゲリラ戦で対応しようとしたが、同盟軍侵攻に呼応するように帝国各地で反乱が勃発し、貴族の中にも同様に同盟への恭順や帝国からの独立を選択する者が出現したため、十分な効果を上げることはできなかった。

 

宇宙暦748年2月には辺境領主を中心に「独立諸侯連合」が成立し、帝国領辺境の帝国からの分離独立宣言が行われた。独立諸侯連合への合流を図る貴族が相次いだ。結局帝国軍が態勢を立て直し、再度の会戦を挑むまでに同盟軍は帝国領の半ばまで進出していた。同盟市民は熱狂し、銀河連邦の復活と、アッシュビーの連邦最年少国家元首記録樹立が噂された。

 

宇宙暦748年/帝国歴439年4月、シャンタウ星域会戦。

この戦いで銀河の帰趨が決まるかに思われた。同盟軍5万5千隻と帝国軍6万隻がぶつかった本会戦は、質の劣化の激しい帝国軍に対し、同盟軍が優勢に戦いを進め、最終的な勝利を手にするかに思われた。しかしながらここで一つの事件が同盟軍を襲うことになる。

 

アッシュビー死亡。

 

ハードラック艦橋において一人の同盟軍兵士がアッシュビーの心臓をブラスターで撃ちぬいたのだ。後にその兵士はサイオキシン麻薬によるせん妄状態にあったことがわかっている。止める間もなく艦隊全体に通信されたアッシュビー死亡の報に、同盟軍は混乱に陥った。実のところ帝国軍も偽報を疑い混乱したが、同盟軍の混乱が擬態ではないことを見て取ったシュタイエルマルク大将による攻勢を端緒に、同盟軍は一気に壊滅の危機に陥った。ウォーリック司令官を中心に何とか態勢を立て直した時には、同盟軍の余力は既になく、撤退を選択せざるを得なかった。

 

占領地まで戻った同盟軍は、再進撃、撤退、現状維持のいずれかを選択する必要があった。

しかし、再進撃するには戦力が足りず、何よりアッシュビーを欠く同盟軍が現状で帝国を滅ぼし得ると信じる者は少なかった。一方で、ただ撤退するには現在までの成果は余りにも大きかった。切り離しに成功した辺境領、独立諸侯連合が今後も同盟に従属する場合、常に劣勢であった対帝国の勢力比が今後同盟側優勢に移行するという試算が行われていた。

結果選択されたのは、将来における併合も視野に入れた現状維持であった。恭順した諸侯も、帝国に戻ったとしても厳しい処断が待っていることを考えれば、同盟にも併合の野心があるとしても今更裏切ることは考えられなかった。

 

恭順した諸侯の私領艦隊と払い下げられた同盟艦艇を中心に独立諸侯連合艦隊が組織される一方、同盟の艦隊の一部が連合に駐留し、防衛任務を担った。

同盟の新議長には副議長としてアッシュビーを補佐していたローザスが就任した。

独立諸侯連合領駐留艦隊司令官兼独立諸侯連合軍顧問に、本遠征の責任を取るとしてジョン・ドリンカー・コープに司令長官職を譲ったウォーリックが就任することになった。余談だが、ウォーリックは晩年「諸侯の総意」として男爵位を授与され、本当の「バロン」となって諸侯連合に骨を埋めることになった。

 

暫くの間は帝国も侵攻によって受けた傷を癒す必要があり、積極的な行動は取れなかった。その間、帝国から相当数の貴族と臣民が独立諸侯連合領に亡命し、同盟からの支援と亡命者の帰還もあって、連合は短期間に発展を遂げることになった。

 

ここで困った立場になったのがフェザーンである。

 

仮に独立諸侯連合と帝国の間に停戦が成立した場合、三角貿易で栄えるフェザーンの地位が脅かされることになるし、独立諸侯連合が同盟に従属して積極的に帝国と対立した場合、下手をすると同盟による銀河統一が実現しかねない。何より今同盟がフェザーンに対して野心を示した場合、帝国はフェザーンを守ってくれるのか?

 

帝国が独立諸侯連合領を奪回し、旧態に戻るのがフェザーンにとっては理想的であったが、現状その余力は帝国になかった。

 

フェザーンは戦略の変更を余儀なくされた。

 

フェザーンは可能な限り同盟と連合の間に離間策を打ちつつ、帝国の復興を支援した。また、帝国支援の見返りとして対同盟の防衛力としてフェザーン回廊同盟側出口への独自の要塞建設と最低限の自衛艦隊の設立、更には「傭兵艦隊」の設立を認めさせた。

 

同盟と独立諸侯の離間も、下地(民主主義と貴族支配の矛盾、従属的な立場を強いられることへの連合の苛立ち)があったことから相当程度うまくいき、独立諸侯連合軍の整備が進むにつれ、同盟駐留艦隊の規模は最低限まで縮小された。また、常に同盟の支援に頼る存在として、同盟市民の対独立諸侯感情も好意的とは言えないものになっていった。

 

傭兵艦隊は、同盟による銀河覇権を防ぎ勢力均衡を図るためのフェザーンの苦肉の策であった。仮に同盟と独立諸侯が結束して帝国を攻める場合には、傭兵艦隊は「経済活動として報酬を得て」帝国側に立って戦い、同盟が独立諸侯領に野心を示した場合には、独立諸侯側に派遣するそぶりを示し、現状を維持する。一方で、帝国が独立諸侯を攻める場合は、帝国による独立諸侯領奪回を望ましいと考えるフェザーンは静観するが、その場合は同盟が黙って見てはいない。

 

 

以前よりも遥かに危うい均衡の下、銀河の歴史は宇宙暦796年/帝国暦487年を迎えることになった。

 

 

 

 

宇宙暦796年/帝国暦487年初めにおける銀河の状況

 

各勢力の国力比率

帝国:同盟:フェザーン:諸侯連合

38:42:12:8

 

帝国は辺境領を失い、政治的混乱も長引いたことで、経済力では同盟に逆転されている。同盟も大遠征の負担で一時低迷したが、諸侯連合を矢面に立たせていることで軍事的な負担と人的損失が軽減され、そうでない場合と比較して財政状況も多少好転している(とはいえ、連合への支援を重荷と考える同盟市民は多い)。諸侯連合は、同盟からの経済支援と両国からの人口流入で発展を遂げたが、対帝国の軍事負担がそれ以上の発展に対して重石となっている。フェザーンも軍事負担の増大等で国力を一部削がれているが、帝国の消耗が大きく、全勢力に占める国力の割合は変化していない。

 

 

各勢力の人口

帝国/同盟/フェザーン/諸侯連合

220億人/130億人/20億人/30億人

 

帝国は辺境領喪失による直接的な人口減の他、政治的混乱による死亡率上昇、人口流出が起きている。同盟は亡命者の流入減、諸侯連合への亡命者の帰還による人口減と戦死者の減少による人口増が相殺されている。諸侯連合は帝国及び同盟からの流入により、短期間に人口が増大している(国力増大のため多産も奨励している)。

 

 

各勢力の軍事力

帝国/同盟/フェザーン/諸侯連合

15万隻(他貴族私領艦隊等15万隻) /12万隻(1万5千隻が連合に常駐、他星系守備艦隊等5万隻) /4万5千隻(他星系守備艦隊等1万5千隻)/1万隻(他傭兵艦隊1万5千隻)

 

それぞれ純戦闘艦艇数のみ

帝国は国力消耗から、同盟は防衛負担の減少から、軍拡競争は抑制気味である。

 

 

各勢力の政体

帝国/同盟/連合

専制君主制/共和制/貴族(諸侯)による寡頭制

 

連合は伯爵以上の貴族を諸侯会議で盟主に選出。新規の叙爵、陞爵も諸侯会議で決定される。

惑星開拓権は諸侯(男爵以上)に付与される。一部企業は、諸侯を名目上の開拓者として惑星を開発している。亡命貴族も新規開拓により領地を得る。同盟との関係上、惑星上の地方政治に制限選挙導入。兵役に就いた成人に対し選挙権付与。帝国と異なり連合では女性も軍務に就く。

 




本編開始時の銀河全域図

【挿絵表示】


本作では便宜上イゼルローン側を「銀河北方」、フェザーン側を「銀河南方」としています。


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第一部 1話 アルタイル星域会戦とその影響

ここから本編です。

5/23 一部文章及び誤字修正、後書きにアルタイル星域に関する説明追加


宇宙暦794年/帝国暦485年10月~11月

第三次ガイエスブルク要塞攻防戦 帝国の勝利

 

宇宙暦795年/帝国暦486年2月

第三次アルタイル星域会戦 帝国の勝利 同盟第4艦隊壊滅

 

宇宙暦795年/帝国暦486年9月

第四次アルタイル星域会戦 痛み分け 双方に損害多数

 

宇宙暦796年/帝国暦487年2月

第五次アルタイル星域会戦

 

アルタイル星域において同盟/連合の合同艦隊4万隻とラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将率いる帝国軍2万隻によって行われた会戦は帝国軍の大勝に終わった。

 

 

独立諸侯連合 連合行政府(惑星リューゲン衛星軌道)

 

「三個艦隊が壊滅した……」

第五次アルタイル星域会戦の報告を受けた諸侯連合盟主クラインゲルト伯は、言葉を失った。補佐官が宥めるように報告を続けた。

「パエッタ提督負傷後に同盟軍の指揮を引き継いだヤン・ウェンリー准将の奮戦により、帝国軍は撤退しました。ただ負けたというわけではありません」

クラインゲルト伯は首を振った。

「問題は次だ。この数年、我々は劣勢が続き、消耗が激しい。我が国の正規艦隊が半減し、同盟の駐留艦隊が半壊したことで、彼我の戦力差は大きく開いている。これでは次の侵攻を防ぐことはできない。同盟に至急援軍を要請せよ。足元を見られることになるかもしれないが、この際しかたない」

 

 

フェザーン 首都星フェザーン

 

フェザーン自治領主アドリアン・ルビンスキーも補佐官ボルテックから会戦の報告を受けていた。戦闘の経過に少なからぬ衝撃を受けつつも、ルビンスキーは今後のことを考えていた。

「ローエングラム伯とヤン准将のことはそれでよいとして、ボルテック、この後我々はどう動くべきだろうな?」

試すような問いを受けてニコラス・ボルテックは答えた。

「は、支援を餌に連合に食い込むべきかと。同盟は連合に対して大規模な援軍を出すことになるでしょうが、同時に一層の従属も迫るでしょう。フェザーンとしても嬉しくない展開です。諸侯連盟としては同盟への過度の依存は避けたいはず。そこにフェザーンの入り込む隙が」

「甘いな、ボルテック」

ルビンスキーは首を振りながら遮った。

「は?」

「これはブルース・アッシュビーによって崩された構図を復活させるチャンスだ。帝国では「金髪の孺子」に手柄を独占させまいと、さらなる侵攻計画が立てられているという。この機に帝国に連合を併吞してもらい、争う同盟と帝国、漁夫の利を得るフェザーンというあるべき姿に復帰させるのだ。」

「しかし同盟が黙っておりますまい」

「無論だ。しかし同盟には二つ選択肢がある。今すぐに派兵するか、帝国が侵攻した後に派兵するか、だ。前者が連合にとっては望ましいが、同盟にとっては現状維持に多大なコストをかけるに過ぎない。後者の方が、連合領占領のために消耗した帝国軍を同盟が叩くことができるし、状況によっては連合を併合することさえ狙える点でメリットが大きい。失態続きの現政権にとってもな」

「結局それでは帝国は連合を併吞できないのでは?」

「同盟が大規模な艦隊を派遣する前にイゼルローン回廊を閉塞させる」

「なんですと?」

ボルテックは思わず耳を疑った。

「同盟の援軍が致命的に間に合わなくなるよう、一時的でいいのだ。方法も一つではないが……技術局で実施している大質量物体長距離ワープ実験があっただろう」

「要塞をワープさせるつもりですか?あれは未完成です」

「未完成でよいのだ。同盟艦隊の通過時期に合わせてイゼルローン回廊内の恒星近傍で小惑星サイズの大質量天体を、目的地を定めずワープさせるのだ。発生する時空震によりイゼルローン回廊は一時的に航行不能になる。イゼルローン回廊は狭いからな。さらに時間が必要ならばこれを数度行えばよい。イゼルローン回廊は同盟、連合の艦船であれば自由に航行可能だから準備は容易だ。無論、我々ではなく帝国の工作ということにするがな。要塞のワープのためだけに、あの実験を私が許可したと思っていたのか」

「そこまで考えておいででしたか。」

「ボルテックよ、早速同盟の評議員連中に働きかけるのだ」

 

 

自由惑星同盟 首都星ハイネセン

 

連合への同盟軍派遣の是非に関する評議会の秘密会合が行われていた。

ヨブ・トリューニヒトが国防委員長として説明を行っていた。

「連合への援軍は第一陣として3個艦隊、後詰めとしてさらに2個艦隊の動員が必要となるとの試算が出ている。経費としては500億ディナールが予定される。連合を支援して帝国による旧領奪還を防ぐのが、40年来の同盟の基本方針だ。国防委員長としては臨時予算の承認を願いたい」

ジョアン・レベロが財政委員長として答えた。

「それだけの経費、臨時国債で賄う他はない。同盟は今日まで、アッシュビー時代の巨額の戦時国債を償還し、福祉予算を切り詰めさえして、財政の破綻を何とか防いできた。しかしながら、昨今の敗戦の結果、艦隊の再建、遺族年金の増加と、それも危うい状態となっている。この上さらなる派兵となれば。財政委員長としては看過しえない状況だ。連合を矢面に立たせ、同盟は民力休養に努めるというのが同盟の大戦略でしたが、連合防衛それ自体が民力休養の障害になるとすれば、大戦略自体の見直しが必要になるのではないか」

連合との折衝を担う国務委員長が反論した。

「しかし、連合を支援しないわけにはいかないだろう」

ホワン・ルイ人的資源委員長がレベロに代わり答えた。

「財政委員長も、連合支援それ自体を否定するわけではないだろう。今回の派兵自体は認めざるを得ないにしても、今後も同様の状況を続くことは同盟の国家破綻につながる。それを避けるための方策を同時に考えるべきということだ」

天然資源委員長が口を開いた。

「臨時国債発行となると有権者がどう考えるか。そのことを忘れてもらっては困る。帝国の連合侵略を防ぐためだとしても、有権者は、連合と同盟軍、そして何より現評議会の失態の尻拭いに血税が使われたと取るだろう。」

突如、経済開発委員長が提案した。

「経費節減ということでは、派兵時期を少し遅らせてはどうかな。例えば連合の兵力が尽き、帝国軍も十分に消耗したタイミングまで待つとか」

国務委員長は驚いて声を上げた。

「そのようなことをすれば連合との信頼関係が失われる」

コーネリア・ウィンザー情報交通委員長がその声を遮った。

「いえ、ぜひそうすべきですわ。その方が連合を存亡の淵から救ったことになり、同盟の勝利が劇的になります。所詮民主主義の大義を知らぬ国、信頼関係云々を気にしなくて済むよう、そのまま連合を併合してもいいではありませんか」

国務委員長は唖然とした。

「そのような危ない橋を渡るのは賛成しかねる。一歩間違えて連合が帝国に滅ぼされたらどうするのだ」

ウィンザーは鼻で笑った。

「その後帝国を叩けばよいのです。連合も帝国も民主主義の大義を理解しない点では同じです。同盟の滅ぼすべき敵が、もう一つの敵と相食んで滅びたとしても、むしろ喜ばしい限りではないですか。私に言わせると国務委員長は連合に肩入れしすぎですわ。そういえば国務委員長は連合と日頃から仲が良いようですわね」

連合との癒着を示唆するかのようなウィンザーの言葉に、国務委員長は顔を紅潮させた。

「何を言い出すんだ!」

話の展開に困惑を隠せないまま、ホワンが指摘した。

「連合にはまだ同盟半個艦隊が残っていることも忘れないでおいてもらいたい」

「ちょうどいいですわ。同盟が連合を見捨てないことの証拠として彼らには頑張ってもらいましょう。今回また英雄になったというヤン提督に任せればよいでしょう」

トリューニヒトが発言した。

「将兵を捨て石にするような発言には国防委員長として賛成しかねる」

「捨て石ではありません。連合に殉じる必要もないのですから。ヤン少将ならうまくやってくれるでしょう」

国務委員長はなおも食い下がった。

「連合には何と説明するのだ」

天然資源委員長が提案した。

「連合には対価として事実上の併合に近い内容の要求を送ればよかろう。交渉が難航して、援軍が遅れても仕方のないだけの」

ここでサンフォードが口を開いた。

「即座に援軍を送るか、しばらく状況の推移を見守るかの二つに意見が割れているようだな。ええと、ここに資料がある。みんな端末画面を見てくれんか」

積極的に発言したサンフォード委員長に全員が驚きつつも画面を確認した。

「我々の支持率と不支持率だ。悪いと言っていいだろう。このままでは来年早々の選挙には負けるだろう。我々が連合に即座に派兵したとしても、この状況は変わらんだろう。ところがだ、帝国に対して劇的な勝利を収め、さらに領土拡大などの何らかの成果を上げることができれば、支持率は最低でも15%上昇することがほぼ確実なのだ」

軽いざわめきが会場に生じた。レベロがうめくように呟いた。

「そんな理由で同盟の方針を決めていいのか」

しかし、ウィンザーは言った。

「「同盟の大義」を考えれば、結論は出たも同然ですわね。即時派兵か状況を見るか、投票を行いましょう」

投票の結果は以下の通りであった。

即時派兵:四、状況を見る:五、棄権:二

同盟の重大な方針変更が、ここに決まった。即時支援に投票したのはレベロ、ホワン、国務委員長、そしてトリューニヒトであった。

散会後、ホワンとレベロが会議を振り返っていた。

「どうもおかしなことになったな。連合に戦費の肩代わりを要求した上で、加えて領土割譲や利権譲渡等の要求を行う、というところが落としどころかと思っていたのだが」

「ホワン、私も即時支援とのは前提だと考え、その上で財政上の問題提起を行ったのだが。それがなぜあのような提案がなされ、賛成多数で通ってしまったのか。しかも、その理由が選挙対策だとは」

「誰かが余計なことを吹き込んだのではないか?それも複数人に」

しかしそれが誰か、あるいはどのような勢力なのか、二人には想像が付かなかった。

トリューニヒトも一人書斎で会議を思い出していた。彼は自らの予想通りに進んだ会議に満足していた。

「フェザーンからの依頼通りに成り行きに任せてみたが、さて状況はどうなるか。まあどうなったとしても私の地位は安泰だが。しかし、経済開発委員長も天然資源委員長も、自分たちが使い捨てにされようとは思ってもいまい」

 

 

自由惑星同盟 首都星ハイネセン-独立諸侯連合 リューゲン星域 超光速通信

 

シドニー・シトレ元帥は、スクリーンを通じてヤンに通達を行った。

「ヤン・ウェンリー同盟軍少将を駐留艦隊司令官代理から正式に司令官に任じ、引き続き連合防衛を任せる」

ヤンは疑問に思った。

「艦隊司令官は中将をもってその任にあてるのではありませんか?しかも重要な駐留艦隊司令官であれば尚更」

「再編成される駐留艦隊の規模は先の会戦で残存した約8千隻、兵員90万。通常の約半数というところだ。兵力の補充はない」

「……別に増援の予定は?」

「ヤン少将、これは内密な話だが、それも現時点では予定されていない。評議会は旧来の方針を捨て、帝国の連合への侵攻を看過し、その上で時期を見計らって介入し漁夫の利を得るつもりでいる。領土割譲、属領化、あるいは併合までも視野に入れているのだろう」

ヤンはしばし沈黙した。

「政略としてはまあ理解できなくもないのですが、連合人民に犠牲を強いることになりますね。それに駐留艦隊は事が起きた際にどう行動することを期待されているのですか?」

「仮に連合が同盟に愛想を尽かして帝国に恭順することになれば目も当てられない。同盟が連合を見捨てていない証拠として駐留艦隊には引き続き連合防衛に務めてもらう」

「要するに人質、いや、捨て石になれと」

「遺憾ながらそういうことだな。だが君ならば唯の捨て石で終わることはあるまい。それが責任回避の結果であろうと、駐留艦隊の防衛行動は君に一任されることになろうし、当然ながら連合の防衛は連合の判断によって行われる。そこにエルランゲン及びアルタイルの英雄として連合内で声望のある君の識見を活かすことは十分に可能だろう」

つまり連合に策を授けて帝国からの防衛を果たせと、そういうことかとヤンは見当がついた。

「本部長のお考えがわかってきました。しかしそう上手くいくでしょうか」

「君にできなければ他の誰にも不可能だろうと考えておるよ」

「もし君が駐留艦隊を率いて圧倒的劣勢の中で連合防衛という偉業を成し遂げれば、トリューニヒト国防委員長も君の才幹を認めざるを得んことだろうな」

そしてライバルであるロボス元帥が手柄を上げることはなく、私を任用したシトレ本部長の立場も強化されるということかな、とヤンは想像した。

「自信がないかね」

「微力を尽くします」

「やってくれるか。では必要な物資があったら何でもキャゼルヌに注文してくれ。艦艇以外であれば可能な限り便宜をはからせる」

 

「やれやれ一度歯車が狂うとどうにもならないもんだな」

通信が終わった部屋でヤンは一人愚痴をこぼした。

父親の死後、一文無しになり、人文関係の奨学金の選考には通らないことを役所で懇々と説得されて、結局士官学校に行く羽目になった。無事戦史研究科に配属されたと思ったら、戦略研究科に問答無用で転科、エルランゲン脱出に成功したばかりに、前線に貼りつく羽目になって……。

ため息をつきながらもヤンは立ち上がった。

「退職金は10年勤務しないと貰えないし、もう少しがんばるか」

 

 

銀河帝国 帝都オーディン

 

ローエングラム伯ラインハルトはアルタイルにおける功積で帝国元帥、そして宇宙艦隊副司令長官に任命された。同じく昇進して少将となったジークフリード・キルヒアイスと、元帥府となる建物で会話していた。

「老いぼれどもは、これを機に賊領全土の奪回を狙っているらしい。我らが元帥府の設立にも影響が出ている。元帥府の設立は事実上次の外征の後になりそうだ。人も艦艇も外征優先だということだ。邪魔な俺を除け者にして、次は自分達が武勲を立てる番だとな。担ぎ出されるミュッケンベルガーもご苦労なことだ」

「連合もメルカッツ提督をはじめ有能な将兵を抱えています。ただでやられはしないでしょうし、同盟も介入してくるでしょう。待っていれば機会はラインハルトさまの前にすぐにやってきます」

「わかっているさ。キルヒアイス。時に、同盟の駐留艦隊の司令官にはあの男がなったそうだな」

キルヒアイスの頭にもすぐにその名が浮かんだ。

「ヤン・ウェンリー、エルランゲンの英雄にして、アルタイルで我々の前に立ちはだかった男」

「もしかしたらまた何かしでかしてくれるかもしれないな。お手並み拝見といこうか」

そう言ってラインハルトは不敵に笑った。

 




アルタイル星域
アーレ・ハイネセンの故地であり、長征一万光年の出発地アルタイル星系第7惑星を含む星域。同盟にとっては聖地で、それ故に同盟としては帝国の奪回を許すわけにはいかない。帝国勢力圏側にやや突出しており、係争地として帝国との間に何度も大小の戦闘が行われている。
(銀英伝史実の帝国領侵攻作戦でも、同盟軍はアルタイル星系解放を目標の一つに設定していてもよかった気がします。達成前に敗退してしまうのは変わりないでしょうが)

同盟士官学校の事情
前線が遠のいたことで、防衛戦争の実感が乏しくなり、また一時の熱狂の反動からか、積極的な反戦とまでは行かないまでも、帝国との戦争を他人事のように感じる市民も増加しつつある。このため主戦派は、市民の戦意高揚の方策に苦慮している。また、民間経済も一定の活気を維持していることから、この時代の士官学校の人気はあまり高くない。このため、同盟の各役所では、来訪した苦学生に士官学校行きを勧めるためのマニュアルが存在する。

エルランゲンの奇跡
帝国・連合国境付近のエルランゲン星系に帝国軍が迫る中、一介の中尉であったヤン・ウェンリーが逃げ出したアーサー・リンチ少将を囮に使い民間人を全員無事に脱出させた出来事のこと。このためヤンは同盟よりも連合内で人気と知名度があるし、「連合の民衆の要望」によって前線勤務を長く続けることになってしまった。なお、脱出の指揮を執るヤンに一目惚れした女性がいたとかいなかったとか。


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第一部 2話 連合領防衛作戦

オーベルシュタインの階級を修正しました(2018/06/01)


宇宙暦796年/帝国暦487年3月 

独立諸侯連合 連合行政府(リューゲン星域)

 

惑星リューゲンの衛星軌道上に設営された連合行政府の会議室には、連合の盟主クラインゲルト伯爵、外務卿ハーフェン伯爵、軍務卿カイザーリング男爵、第一防衛艦隊司令官兼連合宇宙艦隊司令長官メルカッツ元帥、第四防衛艦隊司令官クロプシュトック中将、臨時編成された第五防衛艦隊司令官ウォーリック中将ら、連合防衛に関わる要職が集まっていた。

ハーフェン伯がまず尋ねた。

「ヤン提督、援軍を求めた我々に対する同盟の返答を貴殿はご存知か」

「いいえ。ですが色よい返事ではないようですね」

「その通りだ。援軍の条件として連合全体の約半分にあたる領土の割譲及び外交権剥奪、連合行政に対する同盟官僚の受け入れを求めてきた。これでは帝国に下るのとどちらがましかわからぬではないか。同盟は我々を助けるつもりはないのか?」

ヤンはごまかすこともなく答えた。

「実のところ駐留艦隊に対しても、兵力の補充はありません。現行の戦力以上の支援を今のところ本国は行うつもりはないと考えた方がよいでしょう」

「同盟は我々に座して死ねと言うのか?」

先代クロプシュトック侯と共に連合に亡命して以来、常に防衛の最前線に立ち続けてきたヨハン・フォン・クロプシュトック中将の口調は詰問するかのようであった。

「駐留艦隊は引き続き連合防衛の任に当たります。」

「兵力の補充もなく、撤兵するわけでもなく、要は捨て石ということか。」

「否定はできません」

気持ちはわかるが私を責められても、とヤンは思った。

「ヤン提督を責めてもしょうがない。此の期に及んでは現状の戦力で帝国に対してどう防衛戦を行うかということを議論すべきだ。エルランゲンとアルタイルの英雄の知略も借りてな」

バロンが歳を取ってからできた息子であり、その才覚を受け継いだと噂されるアリスター・フォン・ウォーリック中将がクロプシュトックを宥めた。

メルカッツが話を進めた。

「連合に残された戦力は三個艦隊約3万5千隻程度、これにヤン提督の艦隊が加わっても4万3千隻。帝国の侵攻兵力は10万隻前後と推定されている。攻撃三倍の原則とはいうものの、それが気休めに過ぎないのは諸将の知る通りだ。実際のところ複数方面から帝国が攻めてきた場合、我々はこれに対処できない」

ウォーリックが投げやりに言った。

「こちらから攻勢に出た方がまだ戦線を限定できるかもしれないな」

クロプシュトックは皮肉気な表情を浮かべた。

「そして華々しく散るというわけですか。殊勝な意見ですな」

ウォーリックが応じた。

「別に散るつもりはない。何かもっとましな意見があるなら教えてくれ」

ヤンがためらいがちに発言した。

「ええと、こちらから攻勢にでた方がよいというのは正しい認識かと思います。私に負けないための策があります」

 

ヤンの提案は驚きをもって迎えられ、その場で一部修正が加えられた後、承認された。この後連合はヤンの案に沿って防衛作戦を進めていくことになった。

 

駐留艦隊新旗艦ヒューベリオンに移ったヤンは、エドウィン・フィッシャー副司令官をはじめとする幕僚に今後の方針説明を行った。会議後、ヤンはダスティ・アッテンボロー大佐に声をかけられた。

「昼寝のヤンと言われた先輩が、ここまで勤勉さを発揮するとは。滞在が長くて連合に情が移りましたか?」

「そんなことはないんだけどね。ただまあ、連合の上層部は、同盟の政治屋連中と違って、民衆を戦場に出して自分たちが後方でふんぞり返っているわけではないからなあ。手伝う気にならないこともない」

「「高貴なるものの義務」というやつですね」

「ああ、連合では軍事上の義務を根拠として特権階級の政治・経済上の権利が保障されている。このような軍事貴族体制は歴史上様々な場所で何度も出現している。そして、軍事上・政治上の義務を特権階級が担う必要が薄れるとともに、その過程は様々ながら結局は消滅していったんだ。そして歴史の流れの中で今再び、連合でそれが出現した。今のところそれは大きな腐敗もなく運営されているように見える。民主共和制、専制君主制とも異なる可能性がここにはある。しかしそれは、銀河帝国という明確な軍事上の脅威と自由惑星同盟という政治上の脅威があってのことだ。今後環境が変化した際に、この体制がどう変化していくのか。もしかしたら私はそれをもう少し見続けたいのかもしれないな」

 

宇宙暦796年/帝国暦487年4月10日、連合は帝国領への逆侵攻を行った。連合主体の逆侵攻は、これまでも国力差から稀であり、ましてやこのタイミングで積極的な行動はとるまいと考えていた帝国は虚をつかれた。また、侵攻先は連合と帝国の係争の中心であった中央部ではなく、しかも二方面、連合の北部及び南部に面した貴族領であった。

これに対して門閥貴族は狼狽の後激昂し、連合侵攻作戦の前倒しと、優先目標としての貴族領奪回を唱えた。この結果、帝国による連合侵攻作戦は準備が十分に整う前に行われることになった。

 

銀河全域図(逆侵攻時)

 

【挿絵表示】

 

 

 

宇宙暦796年/帝国暦487年5月5日、帝国艦隊は北部と南部二方面に分かれて侵攻を開始した。正規艦隊10万隻に貴族艦隊1万隻、二手に分かれたとはいえ各5万5千隻の大艦隊であった。既に連合軍は撤退していたため、貴族領は即座に奪回された。貴族艦隊を再占領のために残した後、各方面本隊は連合領への侵攻を開始した。その時、二つの報告が入った。連合による「北部領土放棄」宣言と、ガイエスブルク要塞陥落の報である。

 

 

宇宙暦796年/帝国暦487年5月15日

銀河帝国 ガイエスブルク要塞

 

ガイエスブルク要塞はフェザーン、連合、帝国三者の国境地帯に建造された難攻不落の要塞である。それは銀河に無二の威力の要塞砲と、巨大戦艦のビームも通さぬ装甲を備えていた。また、フェザーンの資金によって造られながら、帝国の所有物となっている点でも特異な存在であった。要塞には、帝国駐留艦隊1万の他にフェザーン傭兵艦隊5千も詰めており、要塞それ自体とともに何度かの同盟/連合による攻撃を悉く跳ね返してきた。

そのガイエスブルク要塞の周囲に今、大規模な通信妨害が行われていた。

要塞司令官シュトックハウゼン大将と駐留艦隊司令官ゼークト大将はこれを連合艦隊の接近と考えて出撃すべきか否かの論争を始め、フェザーン傭兵艦隊司令官ヴェンツェル提督はどっちつかずの態度を取っていた。要塞司令官、駐留艦隊司令官という同格の司令官が存在し、さらに外様のフェザーン傭兵艦隊司令官がいるため、ガイエスブルクの指揮命令系統は複雑であった。

話が堂々巡りになりかけたとき、通信室から一つ連絡があった。

「外征艦隊から重要な連絡事項を携えて、ブレーメン型軽巡洋艦一隻がガイエスブルクに派遣されたが、回廊内において敵の攻撃を受け、現在逃走中。ガイエスブルクよりの救援を望む」

ゼークト大将は駐留艦隊全軍出撃したが、傭兵艦隊は要塞に残留した。帝国軍に求められない限り、傭兵艦隊は積極的な行動を取らないのだった。ブレーメン型軽巡洋艦が助けを求めてガイエスブルクに入港した時も、駐留艦隊は出撃したままだった。

 

「艦長のフォン・ラーケン少佐だ。要塞司令官にお目にかかりたい」

シュトックハウゼン大将が面会を受け入れた時、ガイエスブルクの運命は決した。

ガイエスブルク要塞はラーケン少佐に扮した連合薔薇騎士連隊シェーンコップ大佐によって占領され、駐留艦隊はガイエスブルク要塞主砲ガイエスハーケンにより半壊状態となった後、ゼークト大将の死亡とヤン艦隊による包囲により漸く降伏した。無傷の傭兵艦隊もあっさりと降伏し、交渉により艦艇2千隻でフェザーンに帰還することが決まった。帝国軍が降伏したのに、フェザーンだけが儲からない戦いをする必要はないというのがヴェンツェル提督の考えだった。

 

作戦を情報面で補佐していた連合情報局パウル・フォン・オーベルシュタイン准将がヤン提督に話しかけた。彼は銀河帝国から亡命し、諜報畑で手腕を発揮してきた軍人であった。

「ヤン提督、お見事でした」

ヤンは頭をかきながら答えた。

「ここまでスムーズに進んだのはあなたのサポートがあったからですよ」

オーベルシュタインは言葉を続けた。

「あなたならばゴールデンバウム朝を滅ぼすことも可能かもしれませんな」

「買いかぶりですよ」

義眼にも関わらずオーベルシュタイン准将の視線に値踏みするような色を感じ居心地が悪くなったヤンは素っ気なく答えた。

そこにシェーンコップが話に加わってきた。

「いやあなたなら可能でしょう。この戦いであなたはおそらくかのアッシュビー提督に比肩する名声を得るでしょう。それをどう使うのか。あなたが連合を導いていくつもりなら喜んでお伴しますよ」

「私は同盟の軍人ですし、第一早く引退したいんです。そんな役目は別の人にお譲りしますよ。さて、急ぎ出撃の準備をします。要塞に関しては手筈通りお二人にお任せします」

オーベルシュタインとシェーンコップ、タイプの違う二人からの波状攻撃にさしものヤンも早々に撤退を決め込んだ。

シェーンコップも去った後、オーベルシュタインは一人考えていた。再度亡命してローエングラム伯に与して帝国を内から滅ぼすことも考えていたが、同盟にも人がいたようだ。ヤン・ウェンリー、もう少し見定める必要があるな、と。しかし差し当たってオーベルシュタインにはやることがあった。捕虜リストに留意すべき名前を発見していたからだ。オーベルシュタインは部下に命じた。

「捕虜リストにあるフェザーン傭兵軍ルパート・ケッセルリンク特任大佐を連れてくるように。くれぐれも内密にな」

 

 

宇宙暦796年/帝国暦487年5月18日

独立諸侯連合 クラインゲルト星域-連合行政府(惑星リューゲン衛星軌道) 超高速通信

 

ウルリッヒ・ケスラー少将がスクリーン越しに報告を行っていた。「北部からの住民避難と重要施設の退避は無事成功しました」

軍民問わず連合の非戦闘艦艇を掻き集めて実施した大規模疎開作戦はクラインゲルト伯の息子であるアーベント・フォン・クラインゲルト中将と、ケスラー少将の二人の指揮の元、無事成功を収めた。

クラインゲルト伯は労いの言葉をかけた。「ご苦労だった。卿の迅速な指揮がなければ、この作戦はもっと時間を要しただろう。クラインゲルト領を治める者としても感謝する」

「いいえ、伯爵が北部諸侯の説得に尽力して下さらなければ、この作戦にはもっと時間がかかったことでしょう。それに私は中将の補佐をしたに過ぎません」

クラインゲルト伯はしばし言葉に迷った。

「ケスラー少将、すまないが今後もアーベントを支えてほしい」

「もちろんです」

ケスラーは即座に答えた。

 

その日のうちにクラインゲルト伯は連合盟主として北部領土放棄宣言を行った。

連合による北部領土放棄は三者に異なる反応を引き起こした。

 

 

銀河帝国 北部侵攻艦隊

 

北部侵攻艦隊司令官グライフス上級大将は戸惑いを隠せないでいた。

「落ち着くのだ。動くのは賊軍の意図を分析してからだ。これは焦土戦術の一種ではないのか」

門閥貴族でもある参謀の一人が反論した。

「何を仰るのです。イゼルローン回廊までの領土を放棄したということは、労せずに領土拡大を行うチャンスです。それに同盟を僭称する叛徒どもが我らより先に北部を占領する可能性があります。早く占領に向かうべきです」

別の参謀がさらに決断を迫った。

「そうです。司令官ご決断を」

しばらく迷った後、グライフスは決断した。

「艦隊1万5千を後詰めとし、残り3万5千で北部領土を占領せよ。叛乱軍も動くかもしれん。遭遇を警戒し、哨戒艇を常に先行させるのだ。」

侵攻を開始した帝国艦隊であったが、見せつけるかのように頻繁に姿を現わす偵察型スパルタニアンによって警戒態勢を取らされ、その進撃速度は想定されていたよりもはるかに遅いものとなった。

これは実のところイゼルローン出口から侵入してきた同盟艦隊のものではなく、駐留艦隊から派遣された少数の空母によるものであった。

「こんな工作任務にエースパイロットを投入するなんて、ヤン提督も人使いが荒い」

ポプラン中尉はそうぼやきながらも任務を着実にこなしていった。

 

 

自由惑星同盟 首都星ハイネセン

 

報告を受けたサンフォードは耳を疑った。

「連合が北部領土を放棄しただと?そんな馬鹿な」

トリューニヒトは淡々と説明を行った。

「事実です。帝国は北部領土の回収にまず動くでしょうな。そうなるとイゼルローン回廊まで帝国の大艦隊が接近することになる。ご存知の通りイゼルローン回廊連合側出口惑星モールゲンには5千万を越える同盟市民がおります。帝国の侵攻を座視していては、彼らは見捨てられたと受け取るでしょうな」

イゼルローン回廊連合側出口惑星モールゲンは大解放戦争時代に獲得した同盟領であり、連合との貿易のため発展し、今では5千万人を越える人口を抱えていた。

サンフォードは動揺からようやく回復してトリューニヒトに答えた。

「勿論だ。早く艦隊を派遣してくれ」

「しかし、派遣した後はどうしますか。連合領に侵入するのであれば、帝国と戦火を交えることになりましょう」

「……艦隊はモールゲンに留まらせよう。当初の予定通り、今帝国とぶつかることはしない」

「承知しました。しかし、同盟市民はどう受け取るでしょうな。私が早々に援軍を出すべきだと主張していたのをお忘れなきように」

同盟からイゼルローン回廊付近に待機していた第7艦隊がモールゲン防衛に出発した。

帝国北部侵攻艦隊は同盟艦隊を意識する余り、北部をゆっくりと占領しつつもそれ以上積極的な動きを取ることができなくなった。

 

 

銀河帝国 南部侵攻艦隊

 

連合の北部放棄宣言を聞いた艦隊司令部は騒然としていた。

ミュッケンベルガーが呟いた。

「連合は正気か?」

それを聞いたフレーゲル中将がミュッケンベルガーに答えた。

「連合は北部を放棄して南部防衛に集中する腹かもしれませんな」

「……おそらくそうだろうな。あるいは北部の防衛は同盟に任せるつもりか。いずれにしろ、我々は賊軍全軍と戦うことを想定しなければならない。」

「全軍と言っても叛徒どもの駐留艦隊を加えて四万隻程度。まだ我が軍が優勢です。どうということはないでしょう。なおご心配であればガイエスブルク要塞の駐留艦隊を出させれば」

その時、通信内容を何度も確認していた通信兵が報告を上げた。

「申し上げます!ガイエスブルクブルク要塞が陥落、繰り返します、ガイエスブルク要塞が陥落!駐留艦隊も壊滅!」

艦橋は騒然となった。

「なんだと!あの難攻不落のガイエスブルクが落ちるなどあり得ぬことだ」

「敵の偽報ではないか」

ミュッケンベルガーは自身も衝撃を受けつつ、蒼白になったフレーゲルに声をかけた。

「これでガイエスブルク要塞の戦力は当てにはできなくなったな。一方で要塞を賊軍の手に置いたまま帰るわけにも行かぬ。賊軍と一戦を交え勝利を得る他ない」

「……元よりその予定でしょう。連合を滅ぼせば、要塞の陥落等もはや関係はありますまい」

フレーゲルは自分自身に言い聞かせるように答えた。そう、最後に勝ちさえすればよいのだ……




銀河全域図(帝国による侵攻時)

【挿絵表示】



連合の軍事力
諸侯連合は四個正規艦隊を常備する。この他に星間警備艦隊と各諸侯の保有する星系警備艦隊が存在し、有事には正規艦隊と共に戦うこともある。連合諸侯の保有する星系警備艦隊は帝国貴族の私領艦隊と比較すると規模は小さいが、その整備は正規艦隊と同じ工廠で行われるため戦力価値は高い。
諸侯連合の艦艇製造能力は帝国・同盟と較べて低いが、同盟駐留艦隊の整備・修理も連合内で行う必要から、整備・修理能力は高いレベルにある。またその整備能力は製造能力の不足を補うため、損傷艦・旧式艦の修理・改修に活かされている。
連合の艦艇は、同盟からの購入・貸与艦艇、帝国からの亡命・鹵獲艦、連合内での新造艦からなる。整備の共通性向上のため、同盟と同一規格の部品を使用しており、帝国艦の修理にもそれを用いることから、同盟と帝国のキメラのような艦艇が出現している。また、諸侯連合製の艦艇は、後ろ半分が同盟艦艇に、前半分が帝国艦艇に類似しており、性能的にも同盟と帝国の中間である。大気圏航行能力は持たない。連合独自の艦種も存在する。

連合の首都機能
諸侯連合は各諸侯の自治権が強く、各諸侯は対等という建前上、諸侯の統治する特定の星系に首都を置いていない。立法、行政、司法、高等教育等の首都機能は、常に多方面から帝国の侵攻を受ける立場にあることから、ワープ機能を持った複数のスペースコロニーに分散して存在する。立法の場としての諸侯会議は、毎回宇宙空間で場所を変えて行われる。

※本作では便宜上イゼルローン側を「銀河北方」、フェザーン側を「銀河南方」としています。


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第一部 3話 アイゾール星域会戦

独立諸侯連合 アイゾール星域

 

連合はアイゾール星域に艦隊を集中させた。スクリーン越しに提督たちが会話を交わしていた。

ウォーリックが率直な感想を口にした。

「ここまでは順調のようですな。圧倒的な劣勢から、ここまで状況を整えるとは、ヤン提督恐るべしですな」

メルカッツは淡々と語った。

「ローエングラム伯とはまた違った才を感じる。もはや老兵は去るのみかもしれん。しかし、これでもまだ五分とはいかない。連合の興廃は我々が帝国の艦隊を打ち破れるかどうかにかかっている」

クロプシュトックも口を開いた。

「我らは三個艦隊3万3千、あちらは5万。ヤン提督がガイエスブルク要塞より到着するまで、なんとか保たせましょう。アイゾールへの帝国軍の誘導はうまくいっていますか?」

ウォーリックは父譲りの口髭をいじりながら答えた。

「ああ、アイゾールに着いた帝国軍の反応が楽しみだ」

 

宇宙暦796年/帝国暦487年5月25日、連合艦隊3万3千隻と帝国南部侵攻艦隊5万隻はアイゾール星域で遭遇した。

帝国軍の参謀たちは予想外の事態に困惑していた。

「過去の星図と地形が変わっている」

「賊軍め、このような決戦のためにこの星域を改造していたな」

「しかし、そんなことは一朝一夕にできることではありませんぞ」

アイゾール星域は大部隊の展開に適した地形であるはずだった。だからこそ彼らは連合艦隊が待ち受けていることを予想しながらもその誘いに乗ったのだが、実際のアイゾール星域は多数の小惑星が分布する守りに適した地となっていた。これは、仮想敵国である帝国が自国の星図をすべて把握していることを問題視した「バロン」ウォーリックと、後に「守りの剣」と呼ばれるようになるカール・フォン・ラウエが、諸侯連合創立時から計画・推進したものだった。帝国の予想侵攻経路に位置する無人星系を、惑星を爆破して人工の小惑星帯をつくる等して、要害の地につくりかえる。アイゾール星域はその計画が実施された地の一つであった。

「それに賊軍ばかりで叛乱軍の艦隊がおりませんな」

フレーゲルがミュッケンベルガーに問いかけた。

「ガイエスブルク要塞を落としたのは叛乱軍だったということだ。まだ戦場に着いていないのは当然だろう。彼らが到着した場合彼我の差が縮まることになる。その前に決着をつけたいところだ」

時間が限られる中、参謀たちは作戦を立案した。

「彼らに後背からの奇襲を許した場合、まずいことになります。とはいえ、遊軍をつくるわけにはいかない。後背には機雷を散布して奇襲を防ぎましょう」

「小惑星帯にも敵が潜んでいる可能性があり、敵右翼に不用意に近づくのは危険です。兵力は我らが上、敵左翼艦隊に2個艦隊を当て、半包囲に持ち込みましょう」

機雷敷設完了後、帝国艦隊は前進し、連合艦隊と対峙した。クロプシュトック艦隊にディッケル中将の艦隊、メルカッツ艦隊にミュッケンベルガー元帥直卒の艦隊、ウォーリック艦隊にフォーゲル中将、シュターデン大将の艦隊があたる形となった。

 

会戦推移1

 

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距離が徐々に詰められ、ついには双方のビームの有効射程範囲に入った。

「ファイエル!」

「ファイエル!」

遠距離から砲撃戦は、兵力の差にも関わらず当初連合に分があった。

帝国艦隊のビームは星域に薄く広がる宇宙塵によって威力を減衰された。一方で、連合艦隊の方は本星域の性質を知り抜いており、連射性能を落とす代わりに威力を上げて帝国軍の戦列に有効打を与えることに成功していた。

帝国艦隊もすぐに対応を始めた。

「ビームの出力を上げつつ敵と距離を詰めよ」

連合艦隊はそれに対しゆっくりと後退を始めた。

帝国艦隊は前進速度を上げ接近しようとしたが、散在する小惑星とそこに設置された自動砲台によって戦列を乱され、そこを連合に砲撃され損害を広げる等、思うに任せなかった。

「小惑星も目の前に来たならば敵と思い砲撃せよ」

帝国が思うように前進速度を上げられない理由はもう一つあった。

「賊軍が例の戦術を用いる様子はありません。このような宙域では必ず仕掛けてくるものと思いましたが」

「古い戦術だ。対応策も確立されているからな」

「しかし乱戦になればもしやという事も」

「いない敵を恐れて時間を浪費し、現実の敵の到来を許すのは愚の骨頂だ。警戒よりも前進速度を優先、早急に接近して敵陣を食い破れ」

ミュッケンベルガーは全軍に総攻撃を命じた。

 

会戦推移2

 

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「なかなか堅い!」

帝国左翼を務めるプフェンダー中将は少数のクロプシュトック艦隊をなかなか打ち破れないでいた。連合は、アルタイルで残存した艦艇のうち装甲の厚い艦艇を優先的に復帰させ戦力に組み込み、艦隊の防御力を高めていた。

「しばらくの辛抱だ」

クロプシュトックは少ない戦力で、プフェンダー艦隊の攻勢をよく凌いでいた。

プフェンダー中将は更にレンネンカンプ少将の分艦隊に命じて側面迂回を試みたが、小惑星帯に潜んでいたミサイル艦、宙雷艇等の部隊の伏撃を受け、失敗に終わった。

ミュッケンベルガー直属の艦艇も、メルカッツ艦隊を崩すことが出来ないでいた。

「流石メルカッツ、近接戦闘でも隙がない」

フォーゲル、シュターデンの両艦隊もウォーリック艦隊を破ることが出来なかった。ウォーリックは麾下のカール・ロベルト・シュタインメッツ少将に艦隊の半分を任せフォーゲル艦隊と対峙させ、自らはシュターデン艦隊に当たった。シュターデン艦隊は延翼し、ウォーリック艦隊を半包囲しようと試みたが、ウォーリック艦隊も同様に延翼し、容易にそれを許さない。

戦線は膠着状態であったが、兵力差からこのまま消耗戦が続けば、最後に残るのは帝国軍であっただろう。そこに連合艦隊後背に艦隊が出現したとの報が入った。

それは同盟艦隊ではなかった。

「後背に出現した艦隊約四千隻、フェザーン傭兵艦隊と……帝国艦隊と思われます」

「要塞駐留艦隊の残兵か?」

「だとしたら賊軍を挟撃する好機だ」

しかし帝国軍の期待は、裏切られることになった。

戦況の変化に帝国艦隊の攻勢が停滞した隙にウォーリック艦隊が平行移動し、メルカッツ艦隊との間にできた間隙に、所属不明艦隊が前進し、そのまま帝国の艦列に突入した。

帝国艦隊に動揺が走った。

「フェザーンの守銭奴どもが裏切ったのか?」

「いや、鹵獲された艦艇を連合が使っているのだ!」

敵軍の動揺を見てとったメルカッツは、全軍に攻勢を命じた。

艦隊の突入により壊乱したフォーゲル艦隊が壁となって孤立したシュターデン艦隊の側面をウォーリック艦隊が突き損害を広げる一方で、ミュッケンベルガー元帥の本隊をメルカッツ艦隊、プフェンダー艦隊をクロプシュトック艦隊が拘束し、援護を許さなかった。

「あの艦隊は自動操縦だ。じきにフォーゲル中将が混乱を収める。そうすれば兵力はまだこちらが優位。挽回は十分可能だ」

その期待はフォーゲル中将捕縛の報によって裏切られることになる。

突入した艦隊に紛れ込んでいたジーグルド・アスタフェイ少将率いる特殊揚陸艦戦隊、通称斬り込み部隊が接舷攻撃でフォーゲル中将の旗艦バッツマンを制圧したのだ。バッツマン上で炭素クリスタル製の日本刀(サムライシュヴェールト)を腰に納めたアスタフェイ少将が独りごちた。

「この年で最後の奉公ができましたなあ」

艦隊中枢への接舷攻撃は帝国に対して常に劣る戦力で防衛戦争を行ってきた連合が編み出した、苦肉の策であった。彼らは本来、少数の損傷艦を目くらましに、機を見て突撃を敢行する予定であったが、ヤン提督から連絡があったことで計画を変更していた。ガイエスブルク要塞からフィッシャー准将が引き連れてきた鹵獲艦合計5千隻に紛れて旗艦に斬り込みを掛け、最大限の成果を出すことに成功した。

フォーゲル艦隊は既に四分五裂の状態にあった。

 

会戦推移3

 

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ミュッケンベルガーは一旦後退と再編を命じようとしたが、さらなる状況の変化がそれを許さなかった。

機雷原後背へのヤン艦隊の出現であった。

「機雷原後方に艦隊出現!1万隻前後! 同盟艦隊と思われます」

「数が多い!間違いではないのか?」

同盟艦隊から機雷原に向けて何本かの光の柱が出現した。

「機雷原に穴が! 信じられません!」

ミュッケンベルガーら上層部はその正体を知っていた。

「指向性ゼッフル粒子か!やはり情報が流出していたか」

連合と同盟は、連合に亡命したヘルクスハイマー伯よりその情報を得て、不完全ながらも実用化に成功していた。

「同盟艦隊が侵入してきます!」

「このままでは包囲殲滅されます!」

ミュッケンベルガーはこのまま戦っても無残な敗北が待っているだけと考え、撤退を決断した。

 

会戦推移4

 

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「包囲が完成する前に天頂方向に転進し、戦場を離脱せよ」

帝国艦隊の動きを見越してヤン提督は艦隊に移動を命じた。

「機雷原はもう捨て置いていい。機雷原に侵入した部隊を残して天頂方向に移動、撤退する帝国艦隊の側面を削ぎ落とせ」

実のところ、ヤン艦隊は鈍足の艦艇をガイエスブルク要塞に置いてきており、実数5千隻程度であった。小惑星を曳航して数を誤魔化していたのだった。また、ヤン艦隊が保有していた指向性ゼッフル粒子発生装置は未完成のもので、効果範囲も回数も限定されており、帝国艦隊が迎撃態勢を整える前に機雷原を踏破し切るのは不可能であった。帝国軍は5千隻程度をヤン艦隊の牽制に振り向ければ、まだ互角の戦いを行うことも、整然と撤退することも可能であったし、その時間的余裕もあった。しかし、指向性ゼッフル粒子の衝撃が、帝国の諸将に正確な状況判断を行う心理的余裕を失わせていた。それこそがヤンの狙いだった。

メルカッツも連合の各艦隊に追撃を命じた。撤退は困難を極めた。熾烈な撤退戦の過程で、レンネンカンプ少将、ディッケル少将ら多数の将官が戦死し、多数の艦艇が破壊された。生還率は4割を切った。

フェザーン回廊帝国側出口一帯から帝国の軍事力は一掃され、ほどなく連合の勢力圏となった。

 




ブシドー・フォン・デア・コスモジンゼル(銀河武士道)
「ゴールデンバウム朝の権威を利用できず、同盟による民主制移行圧力が存在する中、自らの支配を正当化するため、連合の貴族は「高貴なる者の義務」、つまり軍役を自らに強く課すことになった。また、防人としての貴族、民衆の庇護者としての貴族、そのモデルを歴史の中に求め、自らのアイデンティティとした。一つが欧州における中世騎士道であり、もうひとつが極東の島国における武士道であった。連合の一部軍事貴族は銀河武士道という行動規範を創り出し……」引用文献:銀河百科事典第八百版

接舷戦術
「連合は常に劣勢の中で領土を守る必要に迫られていた。最小の戦力で最大の成果を得るために編み出された戦術が、敵旗艦級への斬り込みであった。当然ながら生還率は低く、何度も接舷戦術、いわゆる斬り込みを成功させてきたジーグルト・アスタフェイ少将は、歴戦の勇士として尊敬を集める存在であった。彼は銀河武士道と銀河剣術の第一人者としても知られていた。斬り込み戦術は当初有効な戦術として機能したが、単座式戦闘艇の浸透とともに……」引用文献:銀河百科事典第八百版


アイゾール会戦終了後の銀河全域図

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第一部 4話 戦いの後

会戦後の銀河全域図を挿入予定です。


宇宙暦796年/帝国暦487年6月3日 銀河帝国 帝都オーディン

 

ラインハルトとキルヒアイスが遠征の結果を議論していた。

「ラインハルト様、今回の遠征は失敗のようです。帝国は、北部で領土を拡大したものの、ガイエスブルク要塞と共にフェザーンとの連絡路を失い、また、叛乱軍と直に国境を接することになりました」

「ミュッケンベルガーが負けるかもしれないとは思っていたが、ここまでの結果になるとは。先に侵攻してこちらの侵攻経路を限定・誘導した後、同盟に我らとの対峙を強いて我々の戦力の半数を拘束した。これは一介の戦術家にできることではない。やはりヤン・ウェンリー、只者ではない」

「それにガイエスブルク要塞の奪取」

「ああ。しかし、その方法よりもその意図がどこにあるのかが気になるところだ。ガイエスブルク要塞の戦力が気になるなら、少数の戦力を派遣して攻めるそぶりだけ見せればよかったのだ。フェザーン回廊出口の勢力圏化もだ。単に連合防衛を考えた場合は不要な手だ。新たに勢力圏化した領域も貴族どもの抵抗があるから短期間では統治できまい」

「それでは意味のない手だったと?」

「いや、連合にこの状況を活かす知恵があれば長期的には連合の戦略的状況を改善することにはなるだろうな。しかし同盟にとっては、連合が従属的立場から脱して主体的に行動するようになるだけで決して得にはならない。ヤン・ウェンリーが構想したことに違いはないだろうが、あの男は同盟を捨てて連合につくつもりなのか?」

ラインハルトの疑問にキルヒアイスは答えられなかった。

 

オーディンに戻ったミュッケンベルガーは、会戦における敗北とガイエスブルク要塞及び南部領失陥の責任から宇宙艦隊司令長官職を辞任した。死罪を求める声もあった。しかし、イゼルローン回廊側では領土を拡大していたことから、公式にはあくまで痛み分けと発表されたため、「皇帝陛下の慈悲」により死罪は免れることとなった。後任はローエングラム伯となり、ローエングラム元帥府が正式に発足したが、敗戦の影響もあり暫くは陣容整備に時が必要であった。また、連合領占領の功でグライフスが元帥に昇進し、宇宙艦隊副司令長官となり、北部占領地域で3個艦隊を率いて同盟と対峙を続けていた。

 

 

宇宙暦796年/帝国暦487年6月15日

独立諸侯連合 連合行政府(キッシンゲン星域)

 

連合は、リューゲンが帝国占領地域に近いことから行政府をキッシンゲン星域に移行させていた。そのキッシンゲン星域において連合の戦勝式典が行われていた。式典嫌いのヤンであったが、今回最大の功労者としてウォーリック記念大勲章を受章することになっていたため、出席せざるを得なかった。ヤンの連合における人気は絶大で、ヴンダー・ヤン(奇跡のヤン)やヤン・デア・マギエル(魔術師ヤン)といった二つ名で呼ばれるようになっていた。ヤンを一代貴族に叙する話もあったが、それはヤンの方から断っていた。

式典を終えた後、クラインゲルト伯は関係者を非公式に呼び集めた。

「我々は北部領土を失った代わりに南部で勢力圏を拡大した。同盟は北部領土の半分を占領した一方で、帝国と半世紀ぶりに国境を接することになった。そして帝国は北部領土の半分を手にした一方、同盟と北部で睨み合いを続けることになり、その一方で、フェザーン連絡路を失うことになった。さて、我々はこれからどうすべきか。今回最大の功労者であるヤン提督の見解を聞きたい。」

ヤンは困ったような表情をした。

「一つ言っておかないといけないのは、私は同盟の軍人ということです。連合の進路を決めるのはあなた方です。」

「それはその通りでしょうが、しかしこのように状況を動かしたのはあなただ。何か見通しは持っているのでしょう?」

そのように問うクロプシュトックの声には、以前のような険はなかった。

ヤンは仕方なしに答えた。

「……そうですね。連合にとって重要なのはフェザーンとどう関わるか、です。」

集まった一同の表情に驚きが現れた。

「同盟でも帝国でもなくフェザーン?」

「ええ、今回の一件ではフェザーンが最も困った立場になりました。帝国との連絡線を断たれたのですから、交易国家としては致命的です。連合にとってはこのフェザーンと、共存共栄を目指すか、それとも消滅させるかが問題となります」

「消滅……」誰かが呻いた。

「フェザーンと共存することを選択するなら、連合を経由して帝国と交易することをフェザーンに認めればいい。彼らは裏で画策することはやめないでしょうが、表立って連合に敵対することはないでしょう。できれば相互防衛条約でも結ぶのが理想的です。これまでのようにフェザーン傭兵に悩まされることもなくなり、連合にとっては今までより望ましい状況になるでしょう。お互いの立場がありますからすぐには難しいでしょうが、将来的には緩やかに統合していく道を探ってもいい」

一同の理解が追いついた頃合いを見計らってヤンは続けた。

「もう一つはフェザーンを消滅させる道になります。対立と言い換えてもいいのですが、残念ながら今の連合にはフェザーンと帝国の二国を相手取って長期的に対立を続けるだけの経済力・軍事力がない。このため、連合は対立を選択するならばすぐにでもフェザーン占拠を目指すべきです。フェザーンの軍事力は連合に大きく劣ります。何よりフェザーンにはフェザーン本星しかない。これを短期間に占領することは連合の軍事力でも可能です。あるいは圧力と交渉によって平和裏に併合することも可能かもしれません」

メルカッツが尋ねた。

「軍事的には可能でしょうな。しかし、同盟や帝国がそれを許すかどうか」

「事が始まる前にお伺いをたてたならそうでしょう。しかし、短期間にフェザーンを占領し、彼らが保有していた国債の無効化を宣言すれば?帝国はともかく、同盟に力を失ったフェザーンを助ける義理はありません」

驚愕、納得、様々な感情が場に充満した。

「フェザーンと組むにしろ、併合するにしろ、これによって連合は長期的に国力を増し、晴れて帝国及び同盟と抗し得る第三勢力となることが出来ます」益州を得て蜀を建国した劉備のように、とヤンは頭の中で付け足した。

「同盟と抗し得る、とはヤン提督はなかなか恐ろしいことを仰る」

「皆さんも仮に同盟が帝国を打倒したなら、と、考えたことはあるでしょう。フェザーンも連合も帝国と同盟が争っていたからこそ今まで存在してこられました。この後も今までと同じ立場に甘んずるか、違う道を取るかはあなた方次第です」

沈黙が場を支配した。ややあってウォーリックがスクリーン越しにヤンに話しかけた。ウォーリックのみは南部において艦隊を率いて南部占領地域の平定を進めており、任地から通信で参加していた。

「ヤン提督、あなたは同盟軍人というより歴史学者のように語るのですね」

「私にとってそれは褒め言葉です」

「そのように客観的に銀河のことを考えられるのなら、我が父と同じように、いっそのこと連合に帰属したらいかがか?我々は歓迎しますよ」

「私はこれでも民主共和制に愛着がありますから。人類が選び得る次善の政体として。あなた方の実践する高貴なる者の義務も興味深くはありますが、あくまで歴史学の対象としてです」

「残念です。我々は有能な戦略家無しでこの激動の時代を乗り越えないといけないようだ」

「果たしてそうでしょうか?」

ヤンはウォーリックの目を見ながら続けた。

「私の本来の案ではガイエスブルク要塞には少数の牽制部隊を送るだけの筈でした。私にガイエスブルク要塞を落とすことを提案し、アイゾールの戦いの後には南部帝国領の勢力圏化を進めたあなたなら、この状況も最初から見えていたのでは」

ウォーリックは父親のように芝居がかった動作で答えた。

「買い被りですよ。私は父同様一流半止まりの男です。今回も状況に乗ることしかできなかった。私は、あなたなら何か策を持っているかもしれないと、そう思って尋ねただけです。まさか本当にガイエスブルクを落としてしまうとは。」

やれやれ、物ぐさなはずなのに、頼まれるとついやってしまう、これは私の悪い癖なのかもしれないとヤンは思った。

「そういうことにしておきましょうか」

 

 

 

同盟本国では政権の中途半端な判断に批判が集まっていた。また、秘密会合の内容もどこからかリークされて大問題となっていた。

「政権の人気取りを理由に方針決定が行われたのか!」

「北部領土を帝国に抑えられたのは大きな失敗だ。艦隊を派遣するなら北部領土を帝国より先に解放すべきだったのだ」

「帝国と国境を接することになり、結果的に防衛負担が増えることになった。こうなる前に連合を支援すべきだったのだ」

 

一方で、ヤンに対しても賛否両論があった。

「難攻不落のガイエスブルク要塞を落とし、帝国の侵攻を防いだ手腕は賞賛するしかない」

「ヤン提督のしたことは全て連合の利益になっただけで、同盟にとっては今後の苦労が増えただけではないか」

「ヤン提督は与えられた任務を忠実に果たしたのだ」

「ヤン提督は、同盟で勤務していた頃は穀潰しだの昼寝だのと言われていたそうではないか。それがエルランゲンの英雄、アルタイルの英雄と持て囃され、同盟よりも連合に愛着を持っているのではないか」

「ヤン提督は自ら招いた帝国の脅威をどうするつもりなのか」

ヤンは連合の民衆からは絶大な人気があったが、同盟市民からはそれほど認知も支持もされていなかったのだ。

 

宇宙暦796年/帝国暦487年6月のうちに、サンフォード政権は次の選挙を待たずに倒れ、トリューニヒトが暫定議長に選任されることになった。

自宅の書斎でトリューニヒトは祝杯をあげていた。

「フェザーンの予想とは大分異なる結果となったようだが、私にとってはまず満足できる結果になった。しかし、ヤン・ウェンリー、連合、いずれも私が帝国を打倒した国家元首となるには邪魔な存在だ。しばらくは、フェザーンの思惑に乗ってやるとするか」

シトレ元帥も当初の思惑通りにはいかず、ロボス元帥と共に辞任することになった。統合作戦本部長にはグリーンヒル大将、宇宙艦隊司令長官にはドーソン大将が後任となった。ヤン・ウェンリーも中将に昇進し、駐留艦隊司令官にひとまず留任されたが、駐留艦隊の戦力補充は行われなかった。



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第一部 5話 策謀

宇宙暦796年/帝国暦487年7月、国防委員会からヤン提督に召還の指令が出た。

「ヤン提督は連合防衛における同盟の利益を無視した軍事行動に関して査問に応じるように。ヤン提督は艦隊をフィッシャー少将に任せ、可及的速やかにハイネセンに帰還せよ」

ヤン提督としては国防委員会の命令には従わざるを得ない。

「やっぱりやり過ぎたか。ここらが引退のしどきかな」

どこから話を聞いたのか、オーベルシュタインとシェーンコップがヤンに会いに来た。

彼らはいずれも昇進し、オーベルシュタインは連合軍情報局局長となっていた。

「ヤン提督、わざわざ査問にかかりに帰還される必要はありますまい。このような冷遇を受けるならいっそのこと連合に帰属されてはいかがか」

「きっと楽はさせてもらえないんだろう?やめておくよ」

すかさずシェーンコップが提案した。

「どうしても帰られるならローゼンリッターが護衛しますよ。何ならハイネセンまで乗り込みましょうか」

誰から見ても決して馬が合うとは思えない二人であったが、何故かヤンに関わる時は無言の連携を見せた。ヤンはため息をつきながら答えた。

「もう少しで年金も貰えるようになるし、国防委員会を刺激するようなことは避けるよ」

 

ヤンは巡航艦レダⅡに乗り、同盟領への帰路についた。同盟領の手前まではケスラー中将の艦隊が護衛に付いた。同盟領に入ってからは迎えの部隊がやってくる手はずであったが、その姿は見えなかった。しばらく単独航行を続ける巡航艦レダⅡに、宙域に帝国の偵察艦が出現しており、遅れていた護衛部隊がレダⅡに向かっているとの通信があった。一時間後、一隻の帝国船がレダⅡの近傍に出現し、レダⅡに対して砲撃を始めた。応戦しようとしたところ、それを追うように同盟駆逐艦二隻が出現し、武装船を集中攻撃して破壊した。駆逐艦の一隻が接舷とヤン提督への挨拶を求めたため、艦長はヤンに確認の上、接舷を許可した。乗り込んで来たのは確かに同盟軍の軍服を来た男達であったが、目的は挨拶ではなかった。出迎えたレダⅡ艦長らはブラスターの前に倒れた。ヤンは日頃のものぐさが功を奏して、出迎えの場にはいなかったため、男達の襲撃を受けるまでに時間的猶予があった。頼まれたらやってしまうこの性格、いい加減直した方がよいかな、と場違いなことを考えながら、逃げるヤンであったが、一発の銃撃により左腿を撃ち抜かれ、血溜まりの中死を待つばかりとなった。撃った人間は狂ったように叫びながら、ヤンの死を確認することもなく立ち去ってしまった。

このまま死ぬのか、まあ誰か迷惑をかける家族がいるわけでもなし、それでもよいか、ジェシカにはラップがいるし、と、そんな思いが過ぎりつつ時間が過ぎていった。考えるのに支障を感じるようになった頃、遠くからヤンを呼ぶ声が聴こえてきた。これがお迎えというやつか、と薄れゆく意識の中、ヤンは思った。

「……提督!……ヤン提督!!」

目の前にプラチナブロンドの髪がチラついた。美しいな、そんな場違いなことを思いながらヤンは意識を失った。

「間に合いましたわ、ヤン提督」

 

ヤンが目覚めた時にも、一番先に目に入ったのはプラチナブロンドの髪であった。

「ヤン提督!よかった……」

印象的な髪の持ち主の女性は潤んだ目でヤンを見つめていた。

「君は?」

「ローザ。ローザ・フォン・ラウエ少佐です。エルランゲンでの恩を、今僅かですが返すことができました」

 

同盟との国境で活動中の連合軍情報局所属の特務艦アイフェル艦長ローザ・フォン・ラウエ少佐は局長オーベルシュタインからヤン提督暗殺計画の存在を知らされた。その瞬間には彼女の行動は決まっていた。

「念のために言っておくが、この情報を知った卿が救援に向かったとしたら、これは同盟への不法進入となるし、万一の時は卿の独断専行として処理されることになる。それでもよいか?」

「無論です。ラウエ領エルランゲンの民と、何より私自身の恩人であるヤン提督のためならばどこにでも行きます」

ローザはこの時、オーベルシュタインがいつどこでその情報を入手したのか、疑問に思うことはなかった。そして、彼女は同盟領内で同盟駆逐艦に接舷されたレダⅡを発見し、ヤンの救出に成功することになった。

 

宇宙暦796年/帝国暦487年8月2日、連合盟主クラインゲルトの名で、次のような声明が発表された。

「ヤン提督の乗艦に攻撃を加えていたのは同盟艦だった。我々としては、同盟軍の中にヤン提督を害そうとする勢力がいると考えざるを得ない。同盟による真相究明を望む。また、それが為されない状態で大恩人であるヤン提督を同盟に帰すわけにはいかない」

同盟は事実無根としてこれに抗議した。



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第一部 6話 新たな英雄

宇宙暦796年/帝国暦487年9月、ヤンの問題が解決する前に、大きな事件が起きた。帝国の北部駐留艦隊二個艦隊が僅か半個の同盟艦隊に敗退するという事件である。

 

情報部より戦闘記録を入手したウォーリック大将は衝撃を受けることになった。

「これは、まるでアッシュビー提督の采配ではないか。」

その出自もあってウォーリックは、幼い頃よりアッシュビーの戦譜を意識し、よく覚えていた。ある時点で理解不能の判断が、先々では最適な行動であったと分かる、未来を予測しているかのような艦隊行動の数々。それはまさにアッシュビー提督を彷彿とさせるものであった。

 

ローエングラム元帥府でも、今回の敗戦に対してキルヒアイスが諸将に見解を尋ねていた。軍の弱体化を見たカストロプ公が起こした反乱を短期間に鎮圧したキルヒアイスは中将に昇進していた。

ワーレン中将が戦闘の推移を確認して感嘆の声を上げた。

「見事だ。いずれの艦隊も、会敵した直後に急所を的確に突かれ、隊列を乱して短時間で大きな損害を出している」

「そのぐらい俺にもできるぞ」

勇猛をもって鳴るビッテンフェルト中将が不満そうに応じた。

 

「卿の場合、相手だけでなく自分も大損害になるではないか」

ロイエンタール中将の言葉は辛らつだった。

ビッテンフェルトが怒り出す前にミッターマイヤー中将が話を遮った。

「それよりも、敵未来位置への最短経路を行くこの戦場移動の妙だ。結果から見れば最適解なのはわかるが、このような動きは未来予測でも出来なければ無理ではないか?」

この疑問に答えられるものはいなかった。

ロイエンタールが静かな声で呟いた。

「我々はこの敵に勝てるかな?」

そしてローエングラム伯はどうだろうか。その問いをロイエンタールは胸の内に留めておいた。

 

宇宙暦796年/帝国暦487年9月31日、同盟最高評議会議長ヨブ・トリューニヒトより同盟全土に向けて演説が行われた。

「今、同盟は再び帝国と国境を接することになった。同胞諸君がこれを不安に思う気持ちも私にはわかる。しかし、思い出して欲しい。諸君らの父、諸君らの祖父、諸君らの先祖はずっと専制政治と闘って来たのだ。この銀河に民主政治の灯火を守るのは同盟のみであり、悪逆なる圧政者の手から、帝国の、そして連合の民を解放することができるのも同盟のみである。打ちてし止まん。今こそ専制政治を倒すのだ」

万雷の拍手が鳴り響いた。

「ここで同胞諸君に新しい英雄を紹介したい。記憶に新しい快挙、僅か半個艦隊で帝国の大艦隊を打ち破った男だ。彼はライアル・アトキンソン中将、今まではそう名乗っていた」

赤髪の男がそこに立っていた。その赤髪と鋭く輝く両眼を備えたその精悍な顔は、見る者にある英雄を想起させた。

「ご紹介ありがとう。私は今まで、ある出自を隠して生きてきた。髪の色も変えて。そう、気付いた人もいるだろう。私はかの英雄ブルース・アッシュビーの血を引いている」

どよめきが会場を包んだ。

「波乱のない時代であれば、私はこのまま出自を隠して生きていったことだろう。しかし、同盟と帝国が50年振りに国境を接した時、私は悟ったのだ。時代が、同盟が、再び英雄を欲していると。私は今ここにあえて名乗ろう。私はブルース・アッシュビーの志を継ぐ者、そして帝国を滅ぼす者、ライアル・アッシュビーだ。私は宣言する。まずはブルース・アッシュビーの置き土産、連合を同盟領として回収し、その後必ずや帝国を打倒すると」

トリューニヒトが再び壇上に登った。

「同盟市民諸君、自由惑星同盟は連合人民30億解放のため、諸侯連合に宣戦布告する。全銀河に自由を!全銀河を解放せよ!」

戸惑いを感じる者がいたとしても、その思いは熱狂の渦に巻き込まれ、すぐにかき消された。

 

宇宙暦796年/帝国暦487年10月、ここに同盟、連合間の戦争が始まった。

そして同月、銀河帝国皇帝フリードリヒ四世が崩御した。

 

銀河は更なる激動の時代を迎えることになった。




これで第一部完になります。
第二部の構想はありますが、投稿までに少し間が空いてしまいます。


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第二部 1話 連合の方針と初戦

第二部開始時点情報整理

・登場人物(独立諸侯連合)
クラインゲルト伯:伯爵、独立諸侯連合盟主(国家元首)
ハーフェン伯:伯爵、外務卿
ミヒャエル・ジギスムント・フォン・カイザーリング:男爵、軍務卿
ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ:元帥、宇宙艦隊総司令官兼第一防衛艦隊司令官
アーベント・フォン・クラインゲルト:大将、連合軍統帥本部次長、連合盟主の息子
カール・ロベルト・シュタインメッツ:中将、第二防衛艦隊司令官
ウルリッヒ・ケスラー:中将、第三防衛艦隊司令官
ヨハン・フォン・クロプシュトック:伯爵、大将、第四防衛艦隊司令官、歴戦の猛将
アリスター・フォン・ウォーリック:男爵、大将、第五防衛艦隊司令官、「730年マフィア」ウォリス・ウォーリックの息子
パウル・フォン・オーベルシュタイン:少将、連合軍情報局長、帝国軍より亡命
ワルター・フォン・シェーンコップ:准将、ローゼンリッター第二連隊隊長
ヤン・ウェンリー…元同盟軍提督、奇跡のヤン(ヴンダー・ヤン)、魔術師ヤン(ヤン・デア・マギエル)と称揚される。現在療養中
ローザ・フォン・ラウエ:少佐、ヤンに救われたことがある、現在ヤンの護衛役

・第二部開始時点での同盟軍正規艦隊リスト
第一艦隊司令官 クブルスリー
第二艦隊司令官 パエッタ(再建中)
第三艦隊司令官 ウランフ(転任)→ホーランド
第四艦隊司令官 パストーレ(第3次アルタイル星域会戦で死亡)→アル・サレム(稼働状態に移行中)
第五艦隊司令官 ビュコック(稼働状態に移行中)
第六艦隊司令官 ムーア
第七艦隊司令官 ホーウッド(転任)→アッシュビー
第八艦隊司令官 アップルトン
第十艦隊 ボロディン(稼働状態に移行中)
第十一艦隊 ウランフ(新規編成中)
※同盟軍は銀英伝史実より正規艦隊数が少ない



宇宙暦796年/帝国暦487年10月15日

独立諸侯連合 連合行政府(キッシンゲン星域)

 

独立諸侯連合は、宣戦布告を行ってきた同盟への対応に追われていた。その日は連合の対同盟の方針を決める会議が開かれていた。参加者は以下の通りであった。

盟主:クラインゲルト伯爵

外務卿:ハーフェン伯爵

軍務卿:カイザーリング男爵

第一防衛艦隊司令官兼宇宙艦隊総司令官:メルカッツ元帥

第二防衛艦隊司令官:シュタインメッツ中将

第三防衛艦隊司令官:ケスラー中将

第四防衛艦隊司令官:クロプシュトック大将

第五防衛艦隊司令官:ウォーリック大将

統帥本部総長:ブルクハルト・フォン・エーゲル元帥

軍情報局長:オーベルシュタイン少将

 

オーベルシュタインが情報局の代表として報告を行っていた。

「情報局の調査によれば侵攻規模は最大8個艦隊10万隻規模と推定されています」

クラインゲルト伯が嘆息した。

「10万隻……先の帝国の侵攻と同規模か。対するに我々は損傷艦、鹵獲艦の再戦力化を進めたとはいえ、5万隻弱。流石に帝国軍に対したのと同じ戦略は使えまいし如何したものか。外務卿、同盟は本当に連合の滅亡を望んでいるのか?領土割譲なり何なり、何か要求を行って来てはいないのか」

「ありません。既に弁務官は帰国しましたし、非公式のルートで問い合わせを行っても無条件降伏を要求されるのみでした。状況が大きく変わるまで、同盟は聞く耳を持たないでしょう」

オーベルシュタインは補足の説明を行なった。

「8個艦隊とは言っても、動員体制が整ってからのことです。同盟の正規艦隊は、先に正規艦隊から外された連合駐留艦隊を除いて現在11個艦隊。その7割を派遣するには相応の準備が必要です。同盟は財政均衡のため、再編中の艦隊を含めて約半数を非稼働の状態に置いていました。それを実戦に耐える状態にするには最低でも4ヶ月はかかると推定されています。まずは4個艦隊5万隻程度に対処すればよいのです」

「つまりは今回も各個撃破が可能というわけか」

諸将の顔に理解の色が広がった。

「それだけではありません」

オーベルシュタインは続けた。

「同盟は民意で動く国です。同盟市民は今新しい英雄の出現に熱狂状態にあります。しかしそれは一時的なものです。市民の熱狂を維持するには4ヶ月も経たずに何かしら勝利を上げる必要があるでしょう。連合としては、彼らに勝利を許さないことが重要です。さらに、アッシュビーを名乗る男を戦場で討ち取ることが出来れば、同盟市民は継戦意欲を失うでしょうな」

南部に引き続き駐留しているウォーリックがスクリーン越しにオーベルシュタインに尋ねた。

「ヤン提督の様子はどうだろう。協力しては頂けないのか」

「大分回復されたのですが、本人が引退を望んでいます」

「ヤン提督の智謀と用兵があれば心強かったのだが」

「ヤン提督の説得には情報局が引き続き当たりましょう。しかし、当面はヤン提督に頼るのは難しいでしょうな」

 

メルカッツが話を戻した。

「今モールゲンには同盟軍二個艦隊が詰めているが、さらに二個艦隊が到着するのにどれだけの時間が必要か」

「あと一週間ほどで到着です。ライアル・アッシュビーと一緒にです」

クロプシュトックは渋面をつくった

「こちらから仕掛けても到着までには間に合わないか。今思えばトリューニヒト氏の演説の後すぐにでも仕掛けるべきだったかもしれませんな」

ハーフェン伯は溜息を吐いた。

「同盟の真意がわからない状態で不用意な行動は出来なかった。仕方あるまい。戦わないで済ませられるのが一番良かったのだから」

 

ここでエーゲル元帥が提案を行った。

「まだ遅くはない。到着した二個艦隊が完全に体制を整える前にモールゲンで決戦を強いればよい。モールゲンを奪いイゼルローン回廊を抑えることができれば、守りやすくもなり、同盟市民の厭戦感情も増すだろう」

これにメルカッツも同調し、具体的な作戦に関しては司令官の打ち合わせに委ねられることになった。

 

クラインゲルト伯が話題を変えた。

「フェザーン及び帝国の動向はどうか?」

ハーフェン伯が答えた。

「帝国はご存知の通り皇帝が死に、内乱が起きようとしています。先の敗戦もありますし、連合、同盟いずれにも関わる余裕はないでしょう。フェザーンは帝国への交易路解放を求めて来ました。フェザーンとしては稼ぎ時ですからな。通行料を得た上で許可を行なっております」

フェザーンの動向には引き続き注意を配ることとなった。

 

会議も終わろうという時、思案顔をしていたウォーリックが提案した。

「今後のための政治的な布石を打っておいてもよいのではないでしょうか」

殆どの者が怪訝な顔をした。

「布石?」

「ええ。帝国軍と一時的に休戦しましょう」

「「休戦!?」」

皆が驚いた。ハーフェン伯が代表して尋ねた。

「同盟と戦端が開かれようとしている時だ。それが可能なら勿論そうすべきだろうが、帝国は認めるまい」

「帝国には建前がありますからな。なので、休戦するのは軍同士、しかも一時的にです。1年ほどでしょうか」

ハーフェン伯は考え込んだ。

「ふむ、戦力を集中できるだけでなく、その事実自体が同盟への牽制にもなるか」

「ええ、それだけでなく、今後の帝国との関係を変える契機にできるかもしれません。同盟が敵となった今、連合が生き残るには必要なことかと」

クラインゲルト伯が口を開いた

「……なるほどな。いいだろう。それで帝国軍の誰に接触する?そして誰が行く?」

「接触するのは勿論ローエングラム伯です。選択肢はそれ以外にありません。内乱においてもおそらく彼が属した陣営が勝つことになるでしょうから。そして接触するのは……」

オーベルシュタインが立候補した。

「小官が行きましょう。情報局としても彼の為人を見極めたく存じます」

調整の結果、オーベルシュタインと、軍務省よりアーベント・フォン・クラインゲルト統帥本部次長が銀河帝国に出向くことになった。

 

4日後、宇宙暦796年/帝国暦487年10月19日、メルカッツ、クロプシュトック、クラインゲルト、シュタインメッツの4個艦隊4万1千隻が同盟領モールゲンに向かった。モールゲンで迎え撃つ同盟艦隊はムーア、アップルトン、ホーランド、アッシュビーの4個艦隊5万隻と考えられた。

さらに3日後、帝国軍と事前交渉を済ませたアーベントとオーベルシュタインが帝国首都オーディンに向けて密かに出発した。

 

連合艦隊は事前のスケジュール通り順調にモールゲン星域に向かっていた。しかしその途上、連合領内ドヴェルグ星域にワープした連合艦隊は、直後に奇襲を受けることになった。ワープ先に潜んでいたアッシュビー率いる高速戦艦中心の一個艦隊が、メルカッツ艦隊に突撃を行ったのだった。ワープ直後で艦列の乱れていたメルカッツ艦隊は奥深くまで突入を許した。アッシュビー艦隊はメルカッツの乗る旗艦ネルトリンゲンを目指し突き進んだ後、艦隊を突き抜け、そのまま離脱した。ネルトリンゲンも砲撃を受け、メルカッツは一命をとりとめたものの重傷を負った。

総司令官の負傷により、連合艦隊は一旦撤退をせざるを得なくなった。

 

このアッシュビーの活躍に、同盟市民の戦意は高揚し、継戦意欲を挫くという連合の目論見は失敗に終わった。

 

奇襲を成功させて帰路に着いたアッシュビー艦隊旗艦ニュー・ハードラックでは、ライアル・アッシュビーがヘイゼルの瞳を持った副官と会話していた。

「うまくいったな。メルカッツを討てたかどうかはわからないが無傷ではあるまい。これであの頑迷な3人も、俺の言うことに少しは従うようになるだろう」

「しかし、ここまで露骨にやっては、タネに気付くものが連合内に出てくるかもしれません」

副官、フレデリカ・グリーンヒル中尉の懸念にアッシュビーは答えた。

「今回の連合軍の航路はモールゲンまでの最短経路だった。そこで待ち伏せを行うのはおかしな話ではないだろう?「偶然」連合の索敵に引っかからず、「偶然」メルカッツ艦隊を狙うのに適した場所にいただけの、ただの不運だと考えるだろうよ。それにある程度気付かれたところで短期間には対処のしようがない。勝負は次の一戦でつくのだし。名将メルカッツを欠いた連合に為すすべはあるまい」

「ヤン・ウェンリーが連合に加担した場合はどうでしょう?」

フレデリカはその名前を出した時、何故か奇妙な感覚に囚われた。おそらく、敵将として語るのに慣れていないからだろうと一人納得した。

「確かにヤン・ウェンリーは恐るべき戦略家だが、事はもう戦術レベルの話になっている。手品のタネ等関係なしに、戦術レベルの戦いで俺は誰にも遅れをとるつもりはない」

それがアッシュビーの名を継ぐ俺の自負だ、とアッシュビーは口に出さずに考えた。

フレデリカは冷やかと言っていい態度で応じた。

「そうであれば良いのですか」

「副官殿はまだ心配のようだ。どうだ? 410年ものには及ばないだろうがよいワインがある。俺と君は運命共同体だし、「エンダースクール」の先輩後輩の間柄だ。俺の部屋でもう少し親睦を深めないか?」

フレデリカは上官を睨みつけた。

「遠慮しておきます」

 

立ち去ったフレデリカを見ながら、ライアル・アッシュビーは思った。気の強い女が好きなのも、戦いに血が滾るのも、ブルース・アッシュビーの血のせいだろうか、と。本物のアッシュビーと違い利用される立場の俺だが、戦いの現場では誰の掣肘も受けるつもりはない。せいぜい好きにやらせてもらうとしよう。

 

フレデリカは一人廊下を歩きつつ考えていた。

彼女は上官が時折見せる昏い表情が気になっていた。

彼が抱えているものは何だろうか。……でもそれに関して当面私にできることはないのだろう。私は自分の仕事を果たすだけだ。

そう思いながら、計算機室へと入っていった。

 

宇宙暦796年/帝国暦487年11月3日、同盟軍はモールゲンを出発し、連合領侵攻を開始した。

 

宇宙暦796年/帝国暦487年11月10日、帝国軍と連合軍の間で1年を期限とする休戦条約が締結された。

同11月11日、同盟軍により連合領ドヴェルグ星域が占領された。

 

同盟軍は艦隊を分散させず、また、侵攻経路にある連合の軍事基地を確実に潰していった。このため侵攻速度は意外なほどゆっくりとしたものだったが、連合は確実に追い詰められていた。



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第二部 2話 帝国の内乱

同盟軍と連合軍の初戦より前に、少し時間を遡る。

宇宙暦796年/帝国暦487年10月、ラインハルトは皇帝崩御の報を聞いた。

 

フリードリヒ4世が死んだ!俺がこの手で殺す前に!

 

ラインハルトは皇帝が自らの手によらず死んだという事実に思いの外衝撃を受けていた。

「ラインハルト様、これからいかが行動なされますか?アンネローゼ様の安全をまずは確保すべきではないかと」

キルヒアイスの冷静な声にラインハルトは現実に立ち戻った。

「……ああ、そうだな。しかし今姉上に会うことはできないだろう。口惜しいことだが。帝国では今までも違い公然とした権力闘争が始まるだろう、俺たちは姉上の心が休まるよう、情勢を安定化させることに力を尽くそう。先々宇宙を手に入れる為にもな」

「さしあたっては誰が権力を握るかですが、巷ではブラウンシュヴァイク公、リッテンハイム侯、そして皇孫のエルウィン・ヨーゼフを擁するリヒテンラーデ侯の3人が候補に上がっています」

「その中で独自の武力を持たないのはリヒテンラーデのみ。おそらくは先方から接触してくるだろうが、さて。俺にはブラウンシュヴァイク、リッテンハイムの両方を相手取っても負けることなどないとわかっているが、残念ながら他の者がどう考えるかはまた別だ。

俺が宇宙艦隊司令長官として実績をつくる前に皇帝が死んだのが痛いな」

「リヒテンラーデ侯はラインハルト様を味方につけるだけでなく、さらに勝率を上げる手を考えてくると」

「おそらくな。俺にとっては皇帝の座が遠のくことになるだろうから嬉しいことではないがな」

「焦ることはありません、ラインハルト様。アンネローゼ様をまずはお救いすることができるのです。まずは着実にことを進めていきましょう」

 

この後、連合軍より連絡を受けたラインハルトは、アーベント、オーベルシュタインと会談した後、休戦を受け入れることになった。

 

ラインハルトの読み通り、リヒテンラーデ侯は今後の策を考えていた。

ブラウンシュヴァイクあるいはリッテンハイムのいずれかに国を任せることは論外である。彼らは自らの利益しか考えていない。やはりヨーゼフ様が成人なされるまで、私がしばらくは国を仕切るしかなかろう。しかしあの二人に抗するには武力が必要だ。この国であの二人に対抗する気概と武力を兼ね備えているのはローエングラム伯のみ。彼自身の野心は警戒すべきだが協力関係を結ぶのに向こうも躊躇はすまい。だが、勝てるのか?ローエングラム伯の提督としての能力は疑うべくもないが、先の戦いでも二万隻を指揮したに過ぎない。大軍の指揮官としての能力は未知数だ。仮にリッテンハイム、ブラウンシュヴァイクの両名が手を組むことになれば、ローエングラム伯の2倍、下手をすると3倍の兵力を揃えるだろう。これでは分の悪い賭けだ。

 

リヒテンラーデ侯はしばし悩んだ末結論を出した。

やはり、どちらかを取り込むしかないな。だとすれば、権勢がブラウンシュヴァイク公に劣り、多少は御しやすくもあるリッテンハイム侯にすべきだろう。ブラウンシュヴァイク公には死んでもらい、それによって門閥貴族の力を削ぐ。その上で私、ローエングラム伯、リッテンハイム侯の3人が鼎立することで、誰か一人が国政を壟断する危険を回避すべきだ。

 

リヒテンラーデ侯はラインハルトと連絡を取った後、二人でリッテンハイム侯との会談に臨んだ。リッテンハイム侯も最初は拒否の姿勢を示したが、断ればブラウンシュヴァイク公に話を持っていくと言われては最終的に受け入れざるを得なかった。

 

ラインハルトがリヒテンラーデ侯、リッテンハイム侯と会談を行ったその日、ロイエンタールはミッターマイヤーと酒を飲んでいた。

「ミッターマイヤー、我らが主は、リヒテンラーデ侯、リッテンハイム侯と組むことにしたらしいな」

「ああ、そうなると敵はブラウンシュヴァイク公ということになるが」

「ふん、数は揃えるだろうが、それを指揮する人材がな。誰か思い当たる者がいるか?」

「ミュッケンベルガー元帥が全体指揮を執るとなれば多少は警戒すべきだろうが、断っているという噂だしな」

「ローエングラム伯も、物足りない思いをするだろうな。なあ、ミッターマイヤー」

ロイエンタールはいつにも増してシニカルな笑みを浮かべた。

「俺に門閥貴族の血が流れているのは知っているだろう?いっそ、卿と俺とでブラウンシュヴァイク公側に行かないか。卿と俺ならば伯の天才を凌駕することも可能だろうよ」

ミッターマイヤーは友の顔をじっと見つめた。

「酒の量が多すぎだぞ。仮にそうしたとして、ローエングラム伯の部下である我々のことをブラウンシュヴァイク公は信頼すまい。飼い殺しにされるのがおちだ」

「ははは。そうだな、酒が過ぎたな。忘れてくれ、ミッターマイヤー」

そう言いながらもロイエンタールはなおも言葉を続けた。

「俺たちはローエングラム伯の天才を戦場で見た。この人ならば何者にも勝ち得るだろうと。だからこそ元帥府に誘われた時、臣従することを誓った」

「ああ、そうだな」

「だが、こうも思うのだ。本当に俺は伯の天才を部下でありたいのか、とな。俺ならば敵として伯の天才をもっと引き出せるのではないか、とな」

「……本当に飲み過ぎだな。もしかして卿もあの義眼の男にあてられたのか?」

義眼の男、連合からの使い、オーベルシュタインという名のその男は元帥府で傲然と言い放ったのだ。「ローエングラム伯は、覇業をなすに足る器だ。しかし惜しむらくは人材に恵まれていないことだな。卿らの中に、光に付き添う影のように、闇にまみれても伯を覇業に導く、そんな者がここにいるのか?」と。ビッテンフェルトなどはもう少しで殴りかかるところだった。同行していたクラインゲルト大将が頭を下げることでその場は収まったが、ミッターマイヤーも未だに怒りを抑えきれずにいた。一体あのオーベルシュタインという男は何様のつもりか。

「ヤン・ウェンリーにライアル・アッシュビー、あるいはメルカッツ、伯の敵となり得る人物はいくらでもいるではないか。卿の出る幕はなかろうよ」

「……そうか、そうだな。そのはずだな。ただ、何かが違うような気がするのだ。オーベルシュタインなど関係ない。俺たちはもっと心躍る戦いをしていたような……まるで……質の悪い夢でも見て……」

ロイエンタールはそのまま眠りについてしまった。

ミッターマイヤーもロイエンタールも、その後その日のことを話題にすることはなかった。

 

宇宙暦796年/帝国暦487年11月10日、連合軍との間に休戦条約が発効された。

 

宇宙暦796年/帝国暦487年11月15日、次のような決定が発表された。

「エルウィン・ヨーゼフ2世即位。リッテンハイム侯には大公爵の位を許す。リヒテンラーデ侯は公爵に上がった上で宰相に、ローエングラム伯は侯爵となりリッテンハイム大公と共に幼帝を支える」

 

当然蚊帳の外になっていたブラウンシュヴァイク公は怒り狂った。反乱を起こすことを決め、予め準備を整えていたアンスバッハ准将に導かれ自派の貴族とともに帝都を脱出した。ラインハルトの命を受けたビッテンフェルトは軍務省ビルを占拠した。統帥本部総長と軍務尚書の2人を拘禁し、ラインハルトはその二つの役職を兼ね、帝国軍最高司令官の肩書きを得て軍務の全権を握った。宇宙暦796年/帝国暦487年12月1日、ラインハルトにエルウィン・ヨーゼフ2世からブラウンシュヴァイク公討伐の勅令が下った。

 

ブラウンシュヴァイク公は自派の貴族を糾合した。彼らの多くもアンスバッハより警告を受けて事前に脱出を行なっており、後がないことを理解していたことから、ブラウンシュヴァイクの呼び掛けに応じた。彼らはガルミッシュ要塞に集まりガルミッシュ盟約軍を名乗った。

帝国軍からもブラウンシュヴァイクに近かったグライフス宇宙艦隊副司令長官、シュターデン大将や、ファーレンハイト中将、ノルデン中将らが参加した。総兵力は10万隻にもなり、ラインハルトに従う正規軍6万隻、リッテンハイム大公派4万隻の合計と同数となった。

 

ラインハルトはブリュンヒルト艦橋でスクリーンを通してキルヒアイスと会話していた。

「どこかで情報が漏れたのか。帝都脱出を防げなかったのは失敗だったが、まあいいだろう。実力を示した方が俺としてもいろいろやりやすくなるからな」

キルヒアイスはラインハルトの傍らから離れ宇宙艦隊副司令長官に任ぜられ、2万隻を率いていた。この抜擢に異論を持つものもいたが、キルヒアイスであれば実績で黙らせるだろうとラインハルトは信じていた。

「気になるのは叛乱軍と賊軍の動きですが」

「奴らは奴らで相争うのに当面は忙しいだろう。その間にブラウンシュヴァイクを片付けよう。願わくば賊軍には粘ってもらいたいものだがな」

総参謀長を務めるメックリンガーが声をかけた。

「ところで彼らの公称に関して軍務省の書記官から問い合わせが来ております。ブラウンシュヴァイク軍と呼ぶのも、我々の立場からすれば中立的に過ぎます。しかしながら叛乱軍、賊軍は共に既に使われている呼称です。何かしら呼び名を考える必要があります」

ラインハルトはしばし悩んだ末に答えた。

「まあ適当でよいだろう。逆軍(げきぐん)でいいのではないか」




この世界ではクロプシュトック候が早々に亡命しているため、クロプシュトック事件とミッターマイヤーの一件は起きていません(それでも実力からミッターマイヤー、ロイエンタールはラインハルトに見出されていますが)


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第二部 3話 魔術師の帰還

ヤンは護衛役のローザ・フォン・ラウエを伴って連合直轄領の惑星で療養していた。

オーベルシュタインは帝国からの帰路、エーゲル元帥より連絡を受け、ヤンの説得に直行することになった。

「些か意外でした。何か所か療養先を変えていると伺いましたが、わざわざ帝国国境に近いこの惑星を療養の場に選ばれていたとは」

「ここは以前お世話になった故ケーフェンヒラー男爵の旧領です。葬儀に参列できず、不義理を働いておりましたから。墓参りをしたかったのです」

「そうでしたか」

「……オーベルシュタイン少将、気になっていたのですが、その脚は一体?」

オーベルシュタインは脚に包帯を巻いていた。

「オーディンで犬に噛まれたのです。何、大した怪我ではありません」

「それは災難ですね。お大事に。いや、私が言うのも変か」

「ヤン提督」

オーベルシュタインは改めてそう呼び掛けた。

「もう提督ではありませんよ。同盟軍からは除隊扱いです」

「それでもあえてそう呼ばせて頂きます。ヤン提督、お聞き及びと思いますが今連合は危機にある。お力を再度貸しては頂けないでしょうか?」

「一個人にできることは限られています。私の代わりは誰かがやれるでしょう」

「ご謙遜なさるな。そうでないことはエルランゲン、アルタイル、それに先の防衛戦で、連合市民はよく知っています」

「それでも私は軍が好きではない。引退したいのです」

「あなたの艦隊はどうするのです?」

オーベルシュタインは攻め方を変えた。

「駐留艦隊のことですか?彼らは私の所有物ではありません、預かっていただけですよ」

「それでも実質あなたの艦隊だった。彼らは今事実上の軟禁状態にあります。このままにしておくおつもりですか?」

「一時的なものでしょう。連合が勝つにせよ負けるにせよ、状況が落ち着けば彼らは解放されるはずです」

オーベルシュタインは黙って紙の束を差し出した

「これは?」

「あなたの艦隊員の署名です。隊員の7割が同盟と戦う事になってもヤン提督に付いていきたいと要望しています。……仮に連合が負け、この署名の存在を同盟軍が知ったら、彼らはどのような扱いを受けるでしょうな」

「……脅迫ですか?」

「まさか。ただ懸念を伝えているだけです」

ローザが見かねて口を挟んだ。

「オーベルシュタイン少将、ヤン提督はお疲れです。お話はまたの機会とさせて下さい」

「今は危急の時、療養中であることは承知の上でここに来ているのだ。しかしラウエ少佐、卿も彼のことをヤン提督と呼んでいるではないか。卿もやはりヤン提督に期待しているのではないのか」

オーベルシュタインは指摘した。

その言葉にローザは動揺した。

「ラウエ少佐、ありがとう」ヤンは落ち着かせるように声をかけた。

「はぁ……。みんな、私のことなんて放っておけばいいのに。ラウエ少佐、私は戻るよ。今まで付き添ってくれてありがとう。君の紅茶がもう飲めないのは残念だよ」

「あなただけが責任を背負いこむ必要はありません!」

「それでも私にはやれることがあるらしい。連合に対しても同盟に対してもね。決めるのは民衆だが、そこに冷や水をぶっかけて冷静になってもらうぐらいのことは許されるだろう」

ヤンはそう言いつつも、それが同盟軍兵士の死を意味することに思い至り陰鬱な気分になった。

 

そんなヤンを見るオーベルシュタインの目はどこまでも冷徹だった。

ヤンに連合を見捨てさせないためのくびきとなることを期待してローザ・フォン・ラウエを世話係に置いてはみたが、はてさて効果があったかどうか。ヤンの方も情が湧いていないわけではないようだが。

いずれにしろこれで舞台は整った。覇者となるのは誰だろうか?ヤンか、ライアル・アッシュビーか、ローエングラム侯か、それとも……。よくよく見定めることにしよう。

 

「ああ、そうそう。オーベルシュタイン少将」

不意に呼びかけられてオーベルシュタインは思索から立ち戻った。

「なんでしょう、ヤン提督」

「私を襲った奴らの正体はわかりましたか?」

「……ええ。憂国騎士団を名乗る同盟の右翼団体のメンバーだったようです」

「そうですか。それだけですか?」

「ええ、それだけです」

「わかりました」

 

ヤンは駐留艦隊に戻った。ヤンの復帰に合わせて、駐留艦隊のうちヤンに従うことを選択した将兵は軟禁状態を解かれた。

「フィッシャー少将、グエン准将、あなた達も残ってくれるとは」

「私も昨今の同盟のやりようには疑問を持ってしまっております。それにあなたと同様部下を見捨てられませんので」

「私は思い切り戦えるならどこでも構いません。そして、あなたの下は戦いやすい」

後者の発言に対しては苦笑いをしつつ、ヤンは二人に謝意を示した。

アッテンボローが待ちかねたようにヤンに声をかけた。

「先輩、ところで艦隊名はどうします?」

「艦隊名?そうか、もう駐留艦隊ではないのか」

「実はもう考えたんですけどね」

「なんだい?」

「ヤン不正規隊(ヤン・イレグラレス)というのはどうです?」

「……どうかなあ。なんだか語呂が悪いような」

「よいですな。気に入りましたよ」

予期しない声にヤンは驚いた。

「シェーンコップ准将、なぜここに?」

「おや?まだ連絡は入っておりませんでしたか?ローゼンリッター第二連隊はヤン提督の指揮下に入ります」

 

同日連合より通達があった。

「ヤン提督を中将待遇の客員提督(ガスト・アトミラール)とした上で、ローゼンリッター第二連隊と南部元帝国領の恭順部隊約2千隻をヤンに預ける」

総計1万隻、連合軍属ヤン艦隊、通称ヤン・イレグラレスがここに誕生した。

 

「……。ラウエ少佐、なぜ貴官もここに?」

「ヤン提督の引き続きの護衛役と、副官を拝命しました。引き続きよろしくお願いします。……ヤン提督はお嫌でしたか?」

「いや、貴官の紅茶をまた飲めるのは嬉しいんだけどね」

 




帝国公用語に直すと語呂が……


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第二部 4話 英雄を倒すために

宇宙暦796年/帝国暦487年11月14日

独立諸侯連合 連合行政府(キッシンゲン星域)

 

連合ではヤンを加えて再び今後の方針に関する会議が行われていた。

エーゲル元帥が議論の口火を切った。

「目下、同盟軍の侵攻速度は速くない。しかし確実に連合の中央を犯しつつある。連合の国家機能が任意の場所に移転可能であるとはいえ、人心の面からも我々はこれ以上の同盟軍の侵攻を許容できない。艦隊戦を挑む必要があるが、しかしライアル・アッシュビーの能力と意図がわからないまま決戦に臨むのは不用意に過ぎる。ヤン提督、何かこれに関して思うところはないか」

 

ヤンは頭を掻きながら答えた。もはやベレー帽はその頭になかった。

「すべてわかったとは言えませんが、彼のことは今回の単独行からある程度知ることができました」

 

ウォーリックが口を挟んだ。彼は、メルカッツの負傷とクロプシュトックの固辞により、連合軍宇宙艦隊司令長官代理となっていた。

「一つ、敵はこちらのワープ位置を知ることができる。二つ、敵はこちらの艦隊の艦艇配置を知ることができる。そんなところか」

「その通りです」

 

参加者の殆どが愕然とした。クロプシュトックが尋ねた。

「一体どうやってそんなことを知り得るというのか?」

 

ヤンは語り始めた。

「それに答えるにはかつてのブルース・アッシュビーの活躍について知る必要があります。私は以前、クリストフ・フォン・ケーフェンヒラー男爵という方の知遇を得ました。エルランゲンでの話を聞きたいと言われまして」

ハーフェン伯が不思議そうな顔をした。

「ケーフェンヒラー男爵か、同盟の捕虜になった後、連合に帰属した御仁だな。少し前に亡くなられたと聞いたが、それがアッシュビー提督とどうつながるのか?」

ヤンは続けた。

「私はその故ケーフェンヒラー男爵より、ジークマイスター提督、ミヒャールゼン提督、アッシュビー提督の関係について調査していると聞いたことがあります」

「ジークマイスター提督と言えば同盟に亡命後、連合に移り情報局のトップを務めた人物ではないか。ミヒャールゼン提督は聞いたことがないが」

「ミヒャールゼン提督はアッシュビー遠征後程なく不審死を遂げた人物です」

ヤンは、居並ぶ参加者にジークマイスターとミヒャールゼンの間に構築された諜報網、それをアッシュビーが利用していたことを説明した。

それは同盟と連合の秘史というべきもので、クラインゲルト伯にとっても初めて聞く話であった。戸惑う諸将を代表してウォーリックが尋ねた。

「確かにそう考えれば、アッシュビーの戦理に反する戦術も説明がつく部分があるが。しかし容易には信じがたいのも事実だ。何か確証はあるのですか?」

ヤンは頷いた

「私は先日連合軍情報局の保管するブルース・アッシュビーとジークマイスター提督に関する機密情報を開示して頂きました」

 

オーベルシュタインが反応した。

「私は許可した覚えはないが」

「貴官が帝国に行っていた時期のことですから。エーゲル元帥に司令長官権限で許可を貰いました」

「しかしその間貴官は療養中だったではないか」

ヤンは悪びれずに答えた。

「療養中でしたが、連絡は取れましたからね」

オーベルシュタインは何か言いたげであったが、ヤンは構わず話を続けた。

「得られた情報にはミヒャールゼン提督の諜報網がジークマイスターを通じてアッシュビーに情報提供を行っていたことの記録が存在していました。その情報提供は戦場でもある程度リアルタイムで行われていたこと、さらには情報が一旦アルフレッド・ローザス提督に集約され、解析された結果がアッシュビー提督に伝えられていたことも」

ウォーリックが考え込みつつ語った。

「以前、ローザス提督の墓参りをさせて頂いた際、お孫さんに言われたことがある。アッシュビーは祖父の功績を盗んだ、と。世迷いごとかと思っていたが、そういう経緯のことを言っていたのかもしれないな」

「なるほど。しかし勿論、だからと言って彼が偉大な将帥でなかったわけではありません。ブルース・アッシュビーは情報を最大限活用する術を心得ていましたから。そして、ライアル・アッシュビーも心得ているのでしょう」

 

クロプシュトックが口を挟んだ。

「つまり卿は初代と同様二代目アッシュビーが、諜報網により我が軍の情報を得ていると言いたいわけか」

「そうです。個人の天才に答えを求めず、精神感応能力や未知の読心技術を仮定しない限りは、自ずとその答えしかなくなるでしょうが」

クロプシュトックは納得できずオーベルシュタインに問いかけた。

「しかし可能なのか?そこまで連合の防諜は穴だらけなのか?」

オーベルシュタインが発言した。

「私はこの件に関して否定も肯定もしません。仮に、私が連合の防諜の堅固さを語ったところで、私は当事者。方々も信じがたいでしょう」

シュタインメッツも疑問を呈した。

「しかしライアル・アッシュビーが本当にワープ位置の情報を知ることができるなら、全軍をもって連合艦隊を殲滅することもできたのでは」

ヤンが答えた。

「おそらく彼には独力で結果を示す必要があったのです。トリューニヒトの議長就任後、シトレ元帥に近い提督はトリューニヒトと距離を置き、逆にロボス元帥の派閥はトリューニヒトに近づきました。今回の第一陣のうち、ムーア、アッシュビー両中将はトリューニヒト派、アップルトン、ホーランド両中将は旧ロボス派です。つまり今回の出兵の第一陣はトリューニヒトに近い提督で固められています。アッシュビー提督にとって一見やりやすい体制のように思われますが、実態はむしろ逆です。ムーア中将は年齢や先任順にこだわり、年下の言うことを素直に聞くタイプではありません。ホーランド中将は自身も若手の俊英としてブルース・アッシュビーの再来と呼ばれたこともある人物、今の状況を面白く感じてはいないでしょう。アップルトン中将は性格的な険は少ないものの、用兵に関してはひたすら堅実志向、奇抜で道理に反する作戦には賛成しないでしょう。ライアル・アッシュビーは今回そんな彼らを従わせるために実績を作る必要があったということです」

「それが今回の単独行だったというわけか」

「はい。次の戦いでは4艦隊で臨むでしょう。艦隊を分散させずに進撃して来ているのもそのためです。連合艦隊をその一戦で壊滅させるために」

参加者のうち幾人かは心に覚えた寒気を隠し切れなかった。

 

エーゲル元帥の冷静な声が皆を落ち着かせた。

「ふむ、手段はともかく、ライアル・アッシュビーが我々の情報を得ている可能性は高かろう。それは大きな脅威だが、我々は彼らの艦隊とこれ以上対決を引き延ばせない。さて、我々はどうすべきだろうか。見つかっていない諜報網を潰すのに時間を割くのか?」

 

「情報の入手方法はいくつか考えられますが、その全てを潰し切れる確証はありません。であるなら情報が知られている前提で動くべきでしょう」

ヤンは対応策を提案した。その提案に諸将は驚きつつも賛同し、基本方針が決定された。

 

ウォーリックがそこで尋ねた。

「ところで、ヤン艦隊は、二代目アッシュビーとの決戦に参加してくれるのかな」

「私はともかく、将兵を同胞同士殺し合わせるのはやはりなるべく避けたいと思います。躊躇いが敗北につながらないとも限りません。それに、フェザーンの動向が非常に気になります。私はフェザーンが同盟の侵攻に積極的に加担していると考えています。フェザーンが連合に出兵することも可能性として考えておくべきでしょう。私はウォーリック提督と交代で、南部の守りにつきます」

「なるほど、それがいいだろうな」

「ウォーリック提督、具体的な作戦はお任せします」

「……わかった。私の父は常にアッシュビーの後塵を拝していた。私までそうである必要はないだろうな」

 

作戦は別会議で詰められることになった。

会議も終わり、帰ろうとするオーベルシュタインをヤンは呼び止めた。

「オーベルシュタイン少将、今少し話があります。他の方々も少しお時間を頂きたい」



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第二部 5話 その星の名

ヤンの言葉を受けて振り向いたオーベルシュタイン少将はいつにも増して生気が感じられなかった。

「何でしょう、ヤン提督。私も暇ではないのだが」

「オーベルシュタイン少将、あなたは私が襲われた際にラウエ少佐を派遣したが、そのタイミングで情報を知り得ていたならFTL通信で私に連絡し、引き返させることも可能であったはずだ。何故そうしなかったのです?」

オーベルシュタインは淡々と答えた。

「……連合にとって、ヤン提督は味方に引き入れるべき人材だと考えていた。そのためには、ヤン提督が同盟の何者かから襲撃を受け、それを連合が助けるという状況が発生することが望ましかったのです。道徳的には褒められた行動ではないだろうが、連合のことを考えてのことだ。何か問題があるのですか」

唖然とする面々の中でヤンは穏やかに返した。

「それぞれの立場があるでしょうから、私はそれが問題だといいたいわけではありません。ただ、オーベルシュタイン少将が権謀術数に長けた人物だということを皆さんに再確認頂きたかったのです。……話を変えましょう。私の閲覧したアッシュビーに関する機密情報ですが、情報局のトップであるオーベルシュタイン少将であれば知ることのできる情報です。あなたならライアル・アッシュビーも同様に連合の情報を得ている可能性に気づいていたはず。何故今まで指摘しなかったのですか?」

「買い被りです。私は気づかなかった。それだけのことです。第一私はそのような機密文書を見てはいません」

「おかしいですね、音声記録でも画像記録でもなく、文書ですか。私は情報としか言っていなかったのに」

「……三文小説のような真似はやめて欲しい。情報局内の機密情報は複製による漏洩の危険性を減らすため7割がたが紙の文書となっている。文書であることが普通。それだけのことです」

「まあ良いでしょう。ところで私はもう一つ、機密情報を開示してもらっていました」

「……何でしょう」

「私を襲撃した集団の調査記録です」

「その記録がどうかしたのですか?」

「確かに以前あなたから伺ったように、集団のメンバーは憂国騎士団が複数人存在しました。しかし憂国騎士団ではない現役の兵士も相当数いた。むしろ大きな共通点は、彼らの多くがサイオキシン麻薬の常習者であり、さらには判明した限りで殆どが地球教への入信歴を持つということでした」

 

誰かが呟いた。

「地球教徒!?宗教団体がテロルを行うのか……」

 

ヤンは話を続けた。

「古来、宗教集団は大きな力を持って来ました。それこそ大規模なテロルを画策し得るほどに。あなたは確実に地球教徒のことを知っていたはずだ。しかしそれを我々に知らせずにいた。私はともかく、司令長官にも、軍務卿にも、だ」

 

外務卿は険しい顔をした。

「ヤン提督のことは、国家間の国際問題となっていた。正確な情報を出さないのは連合への背信と言われても仕方がない」

オーベルシュタインは無言であった。ヤンは構わず続けた。

「私は同盟の諜報網にフェザーンと地球教が関わっていると疑っています。時間をかけて調査を行えばそれが事実かどうかもわかるでしょう。オーベルシュタイン少将、これは別に裁判ではない。ここまで疑わしい状況が積み重なれば、あなたはクロだと多くの人は判断するでしょう。私は貴方から説明を聞きたいのです」

 

居並ぶ面々は息を呑んだ。

「多数の地球教徒が潜在的な諜報員となるなら、防諜から漏れる可能性も高いか……」

「まさかオーベルシュタイン少将は……」

 

オーベルシュタインは少しの沈黙の後、語り始めた。

「はじめに言っておこう。私は地球教徒ではない」

ヤンは頷いた。

「ええ、そうでしょうね。あなたはもっと別のものを人生の目的にしている人だ」

「だが、無関係ではない。私には地球教徒の中に協力者がいる。そこから情報を得ていたのです」

オーベルシュタインは語った。地球教がフェザーン成立を推進したこと。地球教の目的が同盟と帝国の共倒れであり、戦乱の中での地球教の普及と地球の復権、宗教による統治の実現にあること。それをフェザーンによるコントロールで実現しようとしていたことを。

「しかしブルース・アッシュビーという規格外の存在により全てが壊された。アッシュビーによる銀河統一は暗殺により防ぐことができたが、第四勢力、独立諸侯連合が成立してしまったのだ」

 

誰かが呟いた。

「アッシュビー暗殺も地球教なのか」

 

オーベルシュタインは続けた。

「その時から地球教にある一派が生まれた。従来のフェザーンによるコントロールを推進する派閥を仮にフェザーン派と呼ぶなら、それは連合派だ。フェザーンに見切りをつけ、連合を同盟・帝国に並ぶ勢力にして戦乱を加速しようという一派だ。私が協力関係を結んでいるのは連合派だ。ヤン提督の暗殺を推進したのはフェザーン派で、私にそのことをリークしたのが連合派だ」

カイザーリング男爵が疑問を呈した。

「ならば、今二代目アッシュビーに協力しているのは?」

「フェザーン及び地球教のフェザーン派です。フェザーンがトリューニヒトとライアル・アッシュビーを動かしている、というのが正しいが」

カイザーリング男爵はさらに尋ねた。

「オーベルシュタイン少将、それでは卿はその動きを看過することでフェザーン派を利しているではないか」

「見極める必要があったのです」

「何?」

「私の目的は連合派を助けることではなく、ゴールデンバウム王朝の滅亡です。それを実現できる覇者を私は探していた。それがライアン・アッシュビーであるならそれでもよかった。そしてここで連合に、あるいはヤン・ウェンリーに討たれるようであれば、所詮帝国を滅ぼすことなど出来ない存在だったということです」

「……」

「語れることは全て語った。ヤン提督、あなたは予想以上に私を驚かせてくれた。あなたにここで阻まれるとは、私がまず器ではなかったということだろう。もはや惜しむべき身でもない、どうとでも処分するといいでしょう」

 

訪れる沈黙の中、ウォーリックが質問した。

「……確認するが、卿の目的はゴールデンバウム王朝の滅亡だな」

「そうです」

ウォーリックが続けた。

「ならば、連合の目的とは矛盾しないな。連合はゴールデンバウム王朝を主敵としてずっと戦時体制を続けているような国家だ。息切れしないうちに平時の体制に移行しないといけないが、我々を敵視し続けるゴールデンバウム王朝が滅ばない限り、それは無理だ」

オーベルシュタインは無言であった。

「オーベルシュタイン少将に、ゴールデンバウム王朝が滅ぶべく動いてもらうことは、連合の利益になるだろう。同盟による帝国滅亡も考えていたようだが、アッシュビーが敗れれば卿は連合と歩調を合わせるしかなくなるのだろう?」

「私がローエングラム侯に連合を売ることを考えないのか?」

「卿はヤン・ウェンリーにも期待している。ヤン・ウェンリーが連合に属する限り、ローエングラム侯を利することはするまい」

「たしかにそうだが……」

「要するにだ、この緊急事態にオーベルシュタイン少将の才能を活かさないのは惜しい。私の提案はオーベルシュタイン少将にはこのまま頑張ってもらうということだ」

諸提督は動揺を見せた。その中でカイザーリング男爵が口を開いた。

「ウォーリック司令長官代理には伝えていなくて悪かったが、実は会議が始まるより前に統帥本部総長、そしてヤン提督と既に話をしていたのだ。オーベルシュタイン少将、ウォーリック大将の言う通り、卿の能力は貴重だ。このまま情報局を率いてもらいたい」

オーベルシュタインは彼らしくなく逡巡を示した後に答えた。

「……それでいいというのであれば」

 

会議後、ヤンはウォーリックと出くわした。ウォーリックは行政府に係留されている二隻の艦を眺めていた。それはかつての「バロン」ウォリス・ウォーリックの旗艦「ルーカイラン」とブルース・アッシュビーの旗艦「ハードラック」であった。いずれも記念艦扱いでモスボール処理されたうえで連合の行政府に係留されていた。

ヤンがウォーリックに話しかけた。

「お父上のことを考えていらっしゃったのですか」

「あぁ。親父はな、アッシュビーの話をする時はいつも悔しそうな顔をしていたんだ。俺は二番手でいいんだ、とか言いながら、自分にそう言い聞かせているのが見え見えだったよ」

ウォーリックは懐かしむような顔をした。

「だが、ハードラックを連合に留め置くことを決めたのも、親父だったらしい。いつか連合を橋頭保に帝国に侵攻する日が来る、ハードラックとルーカイランはその証だとかなんとか理屈をつけていたが、きっと何だかんだ言ってアッシュビーのことが忘れたくなかったんだろうな。親父にとってアッシュビーは、永遠に勝てないライバルであり、憧れであり、呪縛だったんだ。その余慶を被って、俺にとってもアッシュビーの名は、憧れであり、勝てないと思わされる名になってしまった。歴史上の存在だからそれでいいと思っていたのだが、まさか戦う羽目になるとはなあ」

困ったと言いたげな顔をしているウォーリックにヤンは助言をした。

「彼はブルース・アッシュビーとは異なる人間です。仮に同じ素質を持っていたとしても彼には2つ足りないものがある」

「何だい?」

「一つは経験、艦隊司令官としては十分以上の手腕を示していますが、全軍の司令官となるとまた違います。彼は複数の艦隊を実戦で指揮した経験がない」

「たしかに」

「もう一つは、信頼できる仲間の存在。ブルース・アッシュビーには730年マフィアがいましたが、ライアル・アッシュビーにはそれがいない。危機に陥った時にそれは大きな差となって表れてくるでしょう。……もう一つありました」

「?」

「ライアル・アッシュビーの味方にはウォーリックがいません」

それを聞いてウォーリックは破顔した。

「なるほど!確かにその通りだ。今回ウォーリックは連合側だ。ウォーリックがいる側が勝つ、「マーチ」ジャスパーに倣ってそんなジンクスを打ち立てるとするか」




次回、決戦


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第二部 6話 ヤヴァンハール星域会戦

宇宙暦796年/帝国暦487年11月20日、ウォーリックを総司令官とし、クロプシュトック、シュタインメッツ、ケスラー艦隊司令官とする連合艦隊4万5000隻が、同盟に占領されたヤヴァンハール星域に向けて出発した。前回の轍を踏まぬよう、ワープの際は斥候を出し、4艦隊が密集して、ワープ後も即応体制を取れるよう警戒しながら注意深く進んでいった。

宇宙暦796年/帝国暦487年11月25日、連合艦隊はヤヴァンハールへの最後のワープを行おうとしていた。

 

 

宇宙暦796年/帝国暦487年11月25日

自由惑星同盟 連合領侵攻艦隊

 

この時代、艦隊のワープ座標情報や艦隊に属する各艦艇の位置情報は全艦艇で共有されていた。多数の協調して艦隊運動を行うためである。

連合の艦隊には一定数の地球教徒とそのシンパ、あるいはフェザーン諜報員がおり、その中には航法担当要員や通信担当要員が存在する。彼らは自らの知り得た情報を、日頃の公的通信や私的通信にあえて断片にして送信する。送信された情報は、その星域に存在する星間基地や連合籍、フェザーン籍の民間船の地球教徒及びフェザーン諜報員が受信し、同盟軍、アッシュビーの旗艦ニュー・ハードラックに向けてFTL(超光速通信)で送信される。集まった情報はそれだけではノイズ混じりの断片情報に過ぎない。それを復元するのが驚異的な記憶能力と情報処理能力を持つフレデリカの役目であり、彼女にしかできないことであった。このことは同盟軍でもライアル・アッシュビー以外のものには知らされていなかった。

諜報によって情報を得ていたのはブルース・アッシュビーもライアル・アッシュビーも同じであったが、得ていた情報の性質は、諜報網とパートナーの分析官の性質によって大きく異なっていた。

 

連合軍が送り込んできた斥候艦を、小惑星群の陰でそれぞれやり過ごした後、同盟軍の各艦隊は、フレデリカの割り出した連合軍のワープ予定座標の周囲に移動を開始した。ワープには数光秒の誤差があるため、それを加味してなお連合軍を包囲内に収められるように、一定距離を空けて、ワープ予定座標を中心とした正四面体の各頂点に艦隊は移動した。

 

 

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アッシュビーは小声でフレデリカに話しかけた。

「グリーンヒル中尉、敵は前回の経験に学んで警戒態勢を取っているということだが、敵のワープ予定ポイントが変更されたという情報はないな?」

「ありません」

「ならば我が軍の勝利だ」

「私が転移位置の予測を間違える可能性は考えないのですか」

「それはないな。貴官のことは信頼している。貴官の分析能力と俺の指揮能力が作戦の根幹だ」

「……」

「さて、連合艦隊の準備が順調なら、そろそろワープ時刻だ」

だが、連合艦隊はなかなかやって来なかった。

30分ほどが経過し、アッシュビーの直観が警報を鳴らし始めた時、レーダーが、時空の歪みを検知した。オペレーターが報告を行った。

「ワープ来ます!しかし位置は……我が軍の包囲の外です!」

「やられたな!」

連合艦隊は、同盟艦隊が形成していた正四面体の4点のうち3点を構成するアッシュビー、アップルトン、ムーアの三艦隊のそれぞれ斜め後方に出現した。

「グリーンヒル中尉、我々の作戦はどうやら読まれていたようだ。ここからは私の指揮能力次第だな」

 

 

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連合の艦隊司令官達は、ワープの直前に転移位置を予定の位置より一定距離ずらす事を事前の打ち合わせで示し合わせていた。知っていたのは艦隊司令官のみであったため、変更には少し時間を要した。

 

アッシュビーをウォーリック、シュタインメッツの二艦隊が、アップルトンをケスラー艦隊が、ムーアをクロプシュトック艦隊が有利な位置から攻撃する形となった。

実のところアッシュビーは万一の場合に備えて対応策を考え、先に諸提督に通達していた。

連合艦隊が包囲の外に出現することは念のため想定しなければならない。その場合、接敵していない艦隊は小惑星帯に移動し待機する。接敵した艦隊は敵を小惑星帯付近まで誘導し、待機していた艦隊に敵の相手を引き継がせる。待機していた艦隊は小惑星帯を利用して防御戦闘を行う。その間に残りの艦隊は旋回し、敵の後背を取って包囲する。

これが成功すれば、敗北の淵に立たされるのは連合であっただろう。

しかし二つの誤算が生じていた。一つはムーア提督である。ムーア提督の 艦隊はクロプシュトック艦隊の猛攻に晒され、有効な対処が出来ないうちに旗艦まで攻撃に晒され統率を失っていた。もう一つは、フリーハンドとなっていたホーランド提督の行動である。ホーランド提督はアッシュビーが二個艦隊に攻撃されようとするのを見て、先の対応策を無視することに決めた。

「アッシュビーを救え!アッシュビーを救い、連合と帝国を滅ぼす者、新たな英雄ウィレム・ホーランド、それはこの俺だ!」

ホーランド艦隊は、アメーバのように広がりながらアッシュビー艦隊を乗り越え二個艦隊に浸透を図った。ウォーリック、シュタインメッツは、ホーランドの予想外の行動の前に混乱した。

「これが俺の考案した芸術的艦隊運動だ!」

ウォーリック、シュタインメッツ両艦隊はホーランドに付き合わず、一時距離を置くことを選択したが、それも容易ではなかった。

ホーランドの行動はアッシュビー艦隊を連合の攻撃から守る形になったが、アッシュビーはホーランドの無秩序な艦隊運動に巻き込まれて艦列を乱され、再編に手間取ることになった。そして何より、戦術を一から練り直す必要を生じてしまった。同盟軍にとって何より貴重な時間がここで浪費された。

アップルトン艦隊のみは、当初の予定通りの行動を取ったが、他の艦隊と連携できないため、ケスラー艦隊の追撃をかわすのに精一杯となった。

 

 

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艦隊再編に成功したアッシュビーは、非生産的な運動を続けるホーランドを尻目に、シュタインメッツ艦隊に向かう進路を取った。シュタインメッツ艦隊は、挟撃を受けることを避けるべく迫るアッシュビーと距離を取ろうとしたが、それはアップルトン艦隊に態勢を整える機会を与えることになった。

ここで戦闘開始から二時間、ムーア提督が旗艦と共に戦死を遂げた。

その報を聞いたアッシュビーは、シュタインメッツ艦隊をアップルトンに任せ、クロプシュトック艦隊に向かって移動し、攻撃を加えた。ほぼ正面からの攻撃となったが、アッシュビーはクロプシュトック艦隊の呼吸を呼んでいるかのように攻撃のタイミングをずらし、一方的に損害を蓄積させた。ムーア艦隊への全力攻撃で消耗もしていたクロプシュトック艦隊は、最終的に大きな損害を被り、再編のために一時後退をせざるを得なくなった。

 

 

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戦闘開始から三時間、ホーランドの艦隊運動に限界が訪れた。そのタイミングを待っていたウォーリック、シュタインメッツはここぞとばかりに攻撃に移った。ウォーリック、シュタインメッツが連携し構築していた縦深に入り込んでいたホーランドは上下左右から打ち据えられ、急速に数を減らしていった。ホーランドは無定形な艦隊運動を再開して縦深を突破しようとしたが、追随できる艦は少なく、縦深内に艦隊の多数を残したまま、100隻程度が抜け出すことができたに留まった。旗艦エピメテウスも重大な損傷を受け、ホーランドも重傷を負った。ホーランド艦隊は完全に統率を失った。

ここでウォーリックは残敵処理をシュタインメッツに任せ、回頭と陣形変更を行った。

クロプシュトック艦隊を後退させたアッシュビーがウォーリックの元に向かってきたためである。

「ここが正念場か。二代目対決、親父ははアッシュビーに勝てなかったが、俺は勝つ」

 

 

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アッシュビーはここでウォーリックを討つことに突破口を見出そうとしていた。総大将であるウォーリックを討ち、その余勢を駆って士気の低下したシュタインメッツ艦隊を打倒する。そうすれば、お互い二個艦隊が残ることになり、少なくとも負けることはない。ここで負けなければ、やりようはいくらでもあるのだ。

 

アッシュビーはウォーリックの位置を把握していた。ウォーリックは艦隊の中央部に居り、縦深陣を敷いて突撃するアッシュビーを包囲しようとしている。しかし、縦深陣は突破されれば意味を成さない。アッシュビーはあえて虎穴に飛び込んだ。アッシュビー艦隊の速度と要所への攻撃は、ウォーリック艦隊の反撃を防いだ。縦深を踏破し、ウォーリックの本隊を目指したアッシュビーであったが、その距離は全く詰まらなかった。

アッシュビーはその理由に気づいた。

「ウォーリックの本隊は指揮を放棄して、ただ逃げているのか!?」

ウォーリックはアッシュビーと直接対決をする気はなく、ただ時間稼ぎに徹していた。クロプシュトック艦隊の再編と、シュタインメッツ艦隊の残敵処理が完了するのを。

「相手の得意分野で戦う馬鹿がいるか!1対1では勝てなくてもいい。だが、総司令官としては勝たせてもらう」

「やられた!これは詰んだか」

ウォーリックの意図が始めから分かっていれば、アッシュビーはクロプシュトック艦隊を完全に打倒することに集中し、その後、アップルトンと共にケスラー艦隊を攻撃したかもしれない。しかしもはや何をするにも時間が足りなかった。クロプシュトック艦隊は再編を終え、アッシュビー艦隊に向かいつつあったし、シュタインメッツ艦隊もホーランド艦隊の残存戦力の掃討を完了しつつあった。

 

 

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「全軍撤退せよ。殿は俺が担う」

アッシュビーは全軍に指令を出しつつ、シュタインメッツ艦隊に対して攻撃を行い、ホーランド艦隊の残部隊の撤退を助けた。

その後、アッシュビー艦隊はクロプシュトック艦隊と、再び集合したウォーリック艦隊を相手に戦うことになった。一時混乱したシュタインメッツ艦隊もそれに加わった。アッシュビーは艦隊各部隊に少しずつ離脱を指示しつつも、残存部隊を率いて同時に反撃を行うという離れ業を見せた。

集中砲火のポイントから部隊を巧みに退避させ、各艦隊の要所に適宜反撃し、連合軍が包囲殲滅に移るのを許さなかった。

 

 

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しかし、最終的には旗艦以下300隻となり、組織的抵抗も難しい状態となった。

アッシュビーは昏い表情で呟いた。

「ふん、英雄らしく最後は突撃して玉砕でもしてみるか」

「馬鹿なことを言わないでください!」

フレデリカが叫んだ。

アッシュビーは顔を向けずに応じた。

「何だグリーンヒル中尉?」

「閣下は常に味方の犠牲を最小限にすることを考えていたではありませんか。我々以外は既に撤退を完了しました。これ以上の戦闘は無意味です。閣下1人ならともかく、兵士まで犠牲にするのですか?」

アッシュビーはフレデリカの顔を見た。

「……そうか、そうだな。グリーンヒル中尉、残部隊に降伏を指示してくれ。死ぬのは私だけでいい」

「閣下が死ぬ必要もありません」

「私は「産み出されて」以来、来るべき戦場でアッシュビーとして振る舞うことを期待されて生きてきた。私自身もそれを成すだけの存在だと自分を規定してきた。負けた英雄など誰にとってももう存在価値はないのだ。私を利用した者にとっても、私にとってもな」

フレデリカは沈黙した。

「中尉、これまでの協力を感謝する。まあ中尉に看取られて死ねるのだ。本物のアッシュビーと比べてもそう悪くない人生だったかもしれん」

そう言ってブラスターを取り出そうとしたアッシュビーの後頭部を、フレデリカが通信端末で殴りつけた。気を失ったアッシュビーを抱きとめながら、唖然としている艦橋員を見回してフレデリカは言い放った。

「一度、思い切り殴りつけやりたかったのよ。ほら、見ていないで早く降伏信号を出して!」

そして、慌てて動き出した艦橋員を横目で見つつ、聞いていないだろうアッシュビーに小声で囁いた。

「あなたには沢山文句があるのよ。自分だけ言いたいことを言って死ぬなんて、許さないんだから」

 

戦闘開始から8時間、ヤヴァンハール星域の会戦は連合の勝利で終わった。

同盟は二万四千隻の艦艇を失い、ムーア提督が戦死、アッシュビー提督が捕虜となった。

連合も勝利したが一万三千隻もの艦艇を失った。その大半がライアル・アッシュビーによるものだった。

 

残存の同盟軍はモールゲンまで撤退した。

同盟の侵攻はひとまず防がれたが、連合の敵は同盟だけではなかった。

 

ヤヴァンハールで同盟と連合の会戦が行われたその日、フェザーンの艦隊が、連合との国境を侵犯した。フェザーン正規艦隊一万隻、傭兵艦隊一万隻の計二万隻、フェザーンのほぼ全力であった。

 




二部はまだ続きます。


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第二部 7話 来るべき時のため

ヤン不正規艦隊構成

旗艦:パトロクロス
旧同盟駐留艦隊約八千隻
旧南部帝国領私領艦隊約二千隻
合計約一万隻

副官:ローザ・フォン・ラウエ少佐
旗艦艦長:マリノ大佐
副司令官:エドウィン・フィッシャー少将
参謀長:オルラウ准将(連合軍より出向)
分艦隊司令官:グエン・バン・ヒュー准将
分艦隊司令官:ダスティ・アッテンボロー准将
分艦隊司令官:アデナウアー准将(連合軍より出向、旧私領艦隊指揮)
陸戦部隊指揮官:ワルター・フォン・シェーンコップ准将
ローゼンリッター第二連隊連隊長:カスパー・リンツ大佐


宇宙暦796年/帝国暦487年11月25日、ボーメル特任中将率いるフェザーン傭兵艦隊一万隻が、同盟からの依頼と称して連合領に進入した。

この時南部防衛を担っていたのはヤン艦隊であった。

ヤンとしてはこれに対応して出動せざるを得ない。

ヤン艦隊一万隻がフェザーン傭兵艦隊と会敵しようかという時、次の報が届いた。フェザーン正規艦隊一万隻の連合領侵入であり、その目的地はガイエスブルクであった。また同時にガイエスブルク要塞周囲にフェザーンの民間船舶が集まりつつあるとの報もあった。

フェザーンは、準備期間の削減と連合への情報漏洩回避のため、帝国への軍需物資輸送に偽装して民間船舶に要塞攻略用物資と人員を積載して予め連合領に送り込んでいた。これによりフェザーン正規艦隊の航行速度も上がっており、ガイエスブルク到着にヤン艦隊が間に合わないのは確実となっていた。

 

ヤンと分艦隊司令官は通信を交わした。アッテンボローがヤンに話しかけた。

「先輩、敵は我々をガイエスブルク要塞から引き離す作戦だったんですね」

「二番目に悪い予想が当たったな」

「これ以上悪い予想があったんですか?」

「ああ、最悪なのはフェザーン艦隊が目的地を定めず分散し、通商破壊や生産施設の攻撃に出られることだった。それをされると今の兵力では短期間に対処できない。だがフェザーンは要塞に引き寄せられてくれた。ガイエスブルク要塞の奪取と、その後の帝国との連絡経路確保が彼らの目的だろうね。要塞攻略部隊と我々への牽制部隊、二つに分かれてそれぞれ纏まってくれているのは、むしろありがたいぐらいだ」

旧南方私領艦隊を指揮するアデナウアー准将が指摘した。

「しかし、我々は傭兵艦隊を速やかに無力化した後、ガイエスブルク要塞の援護を行わなければならない。一方で先方は無理に戦わず我々を拘束していればいいだけだから、なかなか厳しい戦いですな」

ヤンの声は落ち着いていた。

「大丈夫、なんとかなるさ」

 

ヤン艦隊はフェザーン傭兵艦隊と接触する直前で、ガイエスブルク要塞方面に進路を変更した。

 

驚いたのは傭兵艦隊である。ボーメルは慌てて艦隊に追撃を命じた。

傭兵艦隊としては、ヤン艦隊が近づけば退き、退けば有人星系を攻撃する構えを示してヤン艦隊を拘束しようと考えていた。しかしヤン艦隊は遁走と言ってもいい速度で星域を離脱にかかっていた。

傭兵艦隊としては、有人星系を攻撃するそぶりを見せるべきところであったが、全く無視されるのは彼らの想定の範囲外であった。仮にこのまま有人星系を攻撃、占領したとしても、連合への一時的な嫌がらせにはなっても、作戦目標達成の助けにはならない。何よりフェザーン政府からの依頼の範囲外である。

結局ヤン艦隊がガイエスブルク要塞攻略の障害となることを防ぐため、全力で追いかけることになった。

 

しかしその行動もヤンの手の平の上であった。ヤンは進路上にある小惑星帯にアッテンボロー准将率いる二千隻を予め伏せていた。そして追撃してきた傭兵艦隊が小惑星帯を通り過ぎる際に側面を攻撃させた。これにより戦列が乱れたところに、反転した本隊八千隻が総攻撃をかけた。

傭兵艦隊は潰乱状態となったが、ヤンはとどめを刺さずに離れていった。

 

傭兵艦隊が再編を完了した時にはヤン艦隊は既に遠くに離れてしまっていた。とはいえ、追わないわけにもいかず、しかし再度ヤン艦隊の攻撃を受けたら今度こそ壊滅する危険もあったため、一定距離離れた状態で警戒しつつ追いかける状態となった。

既に傭兵艦隊はガイエスブルク要塞からヤン艦隊を引き離し、正規艦隊が要塞を攻略するまでの時間を稼ぐという最低限の役目は果たしていた。この上は、ガイエスブルク要塞を攻略した正規艦隊との間で挟撃を図る、それがボーメルの考えであった。

 

ヤン艦隊接近の報はフェザーン正規艦隊にも入った。

フェザーン正規艦隊がガイエスブルク近傍に到達した時、ヤン艦隊は8時間後に到着予定であった。

予定よりも時間の余裕は少なかったが、司令官グレゴリー・エフレーモフ中将は、それでも攻略には十分と考えていた。

 

ガイエスブルク要塞の司令官はカール・グスタフ・ケンプ中将であった。彼の巌のような外見は、初の防衛戦で浮足立つ将兵に安心感を与えた。

「かねての手筈通り防衛を行う。空戦隊と陸戦隊は準備しておけ」

 

エフレーモフの指令でフェザーン正規艦隊よりガイエスブルク要塞に以下のような通信波が繰り返し送信された。

 

「石のような心は黄金の槌をもってのみ開くことができる」

 

それは要塞の軍事機能停止のキーワードであった。

ガイエスブルク要塞はフェザーンの資金で建造された。システム構築にもフェザーンが関わっており、特定のキーワードに反応してその軍事機能を停止するよう予め仕込んであったのだ。

エフレーモフはさらに命じた。

「さて、システムが停止しているか確認しよう。岩塊を投射せよ」

ガイエスブルクに向かって、複数の岩塊が艦艇によって牽引され、投射された。

投射された岩塊に対しガイエスブルクは無数の砲塔でもって応戦した。岩塊のうち二つは破壊され、小塊となってガイエスブルクの装甲を歪めるに留まったが、残りは形状を留めたまま衝突しその装甲に穴を開けた。

「ガイエスハーケンは使えなかったか。残念ながらソフトウェア上の仕掛けは解除されてしまったようだが、やはりガイエスハーケンの仕掛けは見つけられていなかったようだ」

フェザーンの仕掛けは二重であった。無数にある砲塔、レーダー等についてはソフトウェア上の仕掛けのみであったが、ガイエスハーケンに関しては、その機構内部に仕掛けられたハードウェア的なリレイによって停止させられるようになっていた。それを見つけるのは至難であるだろう。

「空戦隊はガイエスブルクの制空権を確保しつつ、砲塔を破壊せよ。時間との勝負だ。揚陸部隊は破口に突入する準備をしておけ」

 

ケンプは呆然とする部下を叱咤しつつ、対応を命じた。

「ガイエスハーケンが使えなくとも、要塞の堅牢さに揺るぎはない。リントヴルム部隊は出撃し、砲塔と連携して制空権を維持せよ」

リントヴルムは連合がスパルタニアンを再設計する形で開発した単座式戦闘艇であった。性能的には、同盟のスパルタニアン、帝国のワルキューレ、フェザーンのラーストチカと較べて特段秀でたところはないが、コンパクトで収容性が良く、同盟・帝国・連合のいずれの艦や要塞でも運用可能という特色を持っていた。勿論各国製の艦艇を運用する連合の事情に合わせてのことである。

ガイエスブルク要塞には同盟軍迎撃を優先して少数の艦艇しか配備されていなかったが、戦闘艇に関しては別であった。空母数の不足で溢れた戦闘艇とその乗り手が、ガイエスブルク要塞には集められていた。さらに司令官のケンプが戦闘艇の専門家であったことからガイエスブルク要塞の防空力は非常に高いものがあった。

彼らは無理なドッグファイトを避け、敵を砲塔に誘導して撃破する等効率的な戦闘を行なった。

イワン・コーネフ中尉、クレメンティーネ・エーゲル准尉ら、エースパイロットの個人技も光った。

 

制空権の確保が進まないのを見てエフレーモフは方針を変更した。

「戦闘艇は引き上げろ。艦砲のみで制圧する。砲塔の破壊も要塞前面だけで良い」

敵戦闘艇の撤退に合わせて要塞側も戦闘艇を収容した。

以後は砲撃戦となったが、移動可能な艦砲に対して固定砲台は不利であり、時間はかかったものの、ガイエスブルク要塞前面の砲塔はついに沈黙した。

「揚陸用意、破口から侵入せよ」

フェザーン正規艦隊は砲撃を続け、ガイエスブルク要塞からの戦闘艇の出撃をけん制した。

 

要塞内に侵入した部隊は、強力な迎撃を受けた。ガイエスブルク要塞には要塞防御指揮官ヘルマン・フォン・リューネブルク少将指揮下の陸戦隊の他、オットー・フランク・フォン・ヴァーンシャッフェ大佐率いるローゼンリッター第一連隊、カスパー・リンツ大佐率いるローゼンリッター第二連隊とジーグルト・アスタフェイ少将率いる特殊陸戦隊が駐留していた。いずれも精鋭揃いでライナー・ブルームハルト少佐、バルタザール・アーベントロート少佐ら、名の知られた勇士も多数参戦しており、多少の戦力では勝負にならなかった。エフレーモフは数で押し切ろうとさらに陸戦隊を送り込み、ようやく各所で橋頭堡を確保した。しかしそのために貴重な時間を使うことになり、陸戦隊が侵入し終わるかどうかというタイミングで、ヤン艦隊が到着することになった。

 

ヤン艦隊はフェザーン正規艦隊を包囲するように展開したがエフレーモフは動じなかった」

「臆する必要はない。全艦反転し、ヤン艦隊を攻撃せよ。後ろは要塞だ。ヤン艦隊も全力で攻撃はできまい」

 

実際、ヤン艦隊は要塞にダメージを与えることを恐れてか、フェザーン艦隊と大きく距離を取り、砲撃も控えめであった。

「もうすぐ傭兵艦隊が到着する。そうなれば挟撃だ。これならヤン艦隊に勝てるぞ。いや、要塞占拠が先に終わるかもしれん」

程なく傭兵艦隊が星域に到達し、ガイエスブルク要塞に向けて移動中との報告があった。

 

その時、オペレーターが顔を引き攣らせた。

「ガイエスブルク要塞よりエネルギー反応。ガイエスハーケンです!」

フェザーン正規艦隊のうち、千五百隻ほどが瞬時に消滅した。

エフレーモフは愕然とした。

「馬鹿な。まさかガイエスハーケンは使えたのか?」

 

 

 

時間を遡る。ヤンがガイエスブルク要塞を奪取した際、オーベルシュタインはフェザーン傭兵軍ルパート・ケッセルリンク特任大佐と面会を行っていた。

「その年で大佐とは大したものだ」

ケッセルリンクは笑みを浮かべながら答えた。

「傭兵軍は実力主義ですから。とはいえ、正規軍ではないので正規の階級でありません」

「卿は正規軍の方でも階級を持っているだろう。フェザーン正規軍特務機関、ケッセルリンク大佐?」

「はてさて、どこの誰がそんな法螺話を吹き込んだのか?教えていただきたいものですね」

「あなたの父親でないことだけは確かだ。自治領主のご子息殿」

ケッセルリンクの顔から余裕が消えた。

「一体この面会の目的は何ですか」

「卿が来るべき時に来るべき地位を得る、その手伝いをしよう」

「……何のことかは分かりかねるが、その見返りはあなたの手伝いですか?」

「左様。来るべき時に動いてもらうのが、その手伝いだ」

ケッセルリンクは相手を見定めるかのようにオーベルシュタインの瞳を見つめたが、そこには何も見いだせなかった。しばしの沈黙の後、ケッセルリンクはゆっくりと答えた。

「私が、()()()()()()裏切ることは、ありませんよ」

()()()()()()裏切らぬ、か。ひとまずはその返事で満足しよう。もう一つ聞きたい。私はこのガイエスブルクに何らかの工作が行われていると考えているのだが、それに関して何か見解はあるか」

「ありませんね。隅々まで調べればよろしいでしょう。あまり長い時間話し込んでいると余計な疑いを招くかもしれない。そろそろ戻らせて頂いてもよろしいでしょうか」

オーベルシュタインが許可を示したのを見て、ケッセルリンクは立ち上がったが、何かを思い出したかのように言った。

「鷲の鉤爪は折れやすい。よくよく手入れすべきでしょうな」

「なるほど。私も一つ助言しよう。卿がご昵懇のドミニク・サン・ピエールというご婦人、卿よりも別の男に靡いているようだ。気を付けたほうがよかろうな」

「……ご忠告痛み入ります」

返事に時間を要したのは、ケッセルリンクの若さを示すものだっただろう。

 

この後時間はかかったものの、連合軍情報局によってガイエスブルク機能停止の仕掛けは秘密裡に解除された。

この事実はオーベルシュタインによって伏せられており、ヤンとケンプに知らされたのは、宇宙暦796年/帝国暦487年11月14日の会議の後だった。その後、ヤンとケンプは、これをフェザーンに対する罠として逆用し、この機会にフェザーンの戦力を最大限削ぐべく、内密に作戦を構築したのだった。要塞内部の諜報員によってフェザーンに情報が漏れるのを防ぐため、ガイエスハーケンを一時的に動作不能とする工作すら秘密裡に施して。

 

 

 

再び、時間を戻す。

フェザーン正規艦隊はガイエスハーケンによって恐慌状態に陥った。そこにさらに第二射が放たれ、千隻以上の艦艇を破壊された。射程外に退避しようとしても、既にヤン艦隊に包囲されており、困難であった。

ヤン艦隊より降伏勧告が伝達された。

 

傭兵艦隊の到着の前に我が艦隊は壊滅するだろう、エフレーモフはフェザーン人らしく、引き時を心得ており、時間を置かず降伏を選択した。

 

傭兵艦隊司令官、ボーメルはコンソールに足を投げ出しながらぼやいた。「くそ、正規艦隊が降伏してしまっては、我々が頑張る必要もない。逃げるとするか」

そこにヤンより通信が入った。

ボーメルは慌てて居ずまいを正し、通信に出た。

「フェザーン傭兵艦隊のボーメル特任中将です。以後ご贔屓に。……まさか仕事の依頼ですか?」

ボーメルはそこでニヤリと笑おうとして失敗した。

「連合軍属ヤン・ウェンリーです。依頼といえば依頼かもしれませんね。降伏するか、逃げるかを選択してもらえませんか?逃げるようでしたら追いはしません」

「見逃してもらえると?それはありがたい。では逃げるのでそうしてもらいましょう」

傭兵艦隊は整然と撤退して行った。

ローザがブランデー入りの紅茶を出しながら尋ねた。

「最後の通信は何だったのですか?わざわざ連絡しなくても先方は逃げるつもりだったと思うのですが」

「彼らに大人しく退却してもらうためだよ。我々は追撃することも可能だった。それを想定した場合、彼らは艦隊をあえて分散させて連合領内に散らばる可能性があった。そうなると後処理が厄介だし、海賊化して有人星系に被害が及ぶことも考えられた。その選択肢を消すための会談だったんだ」

「なるほど」

「今回の戦いでフェザーン正規艦隊の殆どを叩くことができた。ここでフェザーンの残存勢力である傭兵艦隊に知己をつくっておくのは後々意味のあることなんだよ。おそらくはね」

来るべきフェザーン攻略に向けて、とヤンは口には出さず、紅茶を飲み干した。

 

こうしてフェザーンのガイエスブルク要塞攻略作戦は失敗に終わった。フェザーンに帰り着いたのは傭兵艦隊七千隻のみであった。



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第二部 8話 本懐

宇宙暦796年/帝国暦487年12月、帝国は内乱の渦中にあった。

 

ブラウンシュヴァイク公は暗澹とした気分でいた。

貴族たちの前では「我らの勝利疑いあるなし」などと意気軒昂なところを見せていたが、その実、勝利する自信などなかった。

彼我の兵力、経済力が拮抗している以上、多少の理性があれば必勝などと信じられるものではなかった。

頼みとすべきグライフス上級大将の正規艦隊も北方で、ガルミッシュ要塞からは離れている。軍略に関しても頼れる者は少なかった。

 

いささか頼りないがシュターデンの意見を聞くべきか。

そう考えた矢先、腹心のアンスバッハ准将が面会希望者の存在を伝えに来た。

「誰だ?」

「ファーレンハイト中将です」

「ファーレンハイト中将?ああ、貴重な実戦派の提督か。会いたいと言うなら会ってやってもよいが」

 

ファーレンハイト中将はすぐにやって来た。

「ブラウンシュヴァイク公、機会を頂きありがとうございます」

ブラウンシュヴァイク公は面倒そうに答えた。

「挨拶はよい。それよりも用件は何だ」

「私は公の利益になる提案を持って来ました。ここにはアンスバッハ准将しかいないので率直に答えて頂きたいのですが、ブラウンシュヴァイク公には勝利の自信はどの程度おありですか」

アンスバッハ准将が急いで口を挟んだ。

「ファーレンハイト中将、失礼ですぞ」

ブラウンシュヴァイク公は一瞬激昂しかけたが、アンスバッハに機先を制されたため、思い直すことができた。

「いや、いい、アンスバッハ。正直に言って、ないな。彼我の戦力は拮抗している。そうなればあとは指揮官の差だが……」

「勢いだけの青年貴族に、正規軍の中でも実績のいまいちな提督達、信頼しろという方が無理な話ですな」

 

ブラウンシュヴァイク公は何か言いたげなアンスバッハ准将を手で制して話を促した。

「話を続けてくれ。卿は何が言いたい?」

 

「私の策を用いれば勝てる可能性が上がります」

ファーレンハイトは自身の策を披露した。

 

まず、青年貴族のうち、特に血気盛んで統率に不安のある者を選んで、帝国各地に分散させゲリラ戦を担わせる(総数約一万隻)。

さらにグライフス上級大将率いる二万隻に、首都オーディンを目指し南下してもらう。

これによって、敵の目と手をそちらに引き付けられるし、我々も本隊の統率が取りやすくなる。

そして残りの部隊がローエングラム侯率いる本隊となるが、彼らはこのガルミッシュ要塞を目指して向かってくることになるだろう。

それに対して盟約軍の本隊五万隻はガルミッシュ要塞で、遠征で消耗した敵軍を待ち受ける。

一方で別働隊一万隻程度でオーディンを突き、リッテンハイム大公、リヒテンラーデ公を捕縛し玉璽を確保する。これに動揺した敵本隊、そしてローエングラム侯を盟約軍の本隊が討つ、

という策だった。

 

ブラウンシュヴァイク公はこの策に興味を持ったが、一方で迷ってもいた。

「なかなか興味深い策だ。しかし……」

ファーレンハイトはすかさず話を続けた。策を通すにはブラウンシュヴァイク公に直接的なメリットを提示することが重要だと彼は理解していた。

「ええ、しかし私の提案ということになると、それだけで反対意見も多くなるでしょう。このため、公の考えた策だということにして頂きたいのです。そうすれば公の声望もますます高まりましょう」

「ほう、しかし卿のメリットは?」

「勿論、ガルミッシュ盟約軍の勝利です。ではありますが、一つお願いがあります」

「何か?」

「私の策では別働隊と本隊を率いる者がそれぞれ必要です。玉璽を確保するのは重要な役目、公にはぜひ別働隊を率いてオーディンに乗り込んで頂きたい。軍事面のサポート役としてシュターデン大将を連れて行かれると良いでしょう。一方で本隊の方は私に任せて頂きたい。私はローエングラム侯と戦いたいのです」

「確かに別働隊は他の者には任せられないが、本隊を卿が?他の者は納得するまい」

「ブラウンシュヴァイク公の抜擢となれば少なくとも表向きは反対されないでしょう。従えないものはゲリラ戦部隊に回せばよいでしょうし。そして何より」

ファーレンハイトはここで言葉を切った。

「公は、公以外の門閥貴族や高位の将官が大功を挙げるのを許容できますか?」

今は公と並ぶ立場の者がいないが、今回戦功を積んで名声を得る人物が現れたなら……

ブラウンシュヴァイク公は、しばし考えた後、ファーレンハイトの提案を受け入れることにした。

 

ブラウンシュヴァイク公は、貴族達を集め、アンスバッハに「公自らの策」を披露させた。

貴族達の多くも、正規軍の将官も、公がまともな見通しを持っていたことに安堵した。

フレーゲル男爵はゲリラ部隊のリーダーを任され、奮い立っていた。

 

ランズベルク伯が呑気に尋ねた。

「流石、盟主。このランズベルク伯アルフレッド、感嘆致しました。して、その別働隊には誰が行くのですかな?また、本隊を率いるのはどなたが?盟主おん自らでしょうか?」

「私が別働隊を率いる。これは危険だが最重要の任務。盟主が行うべき役目だ。シュターデン大将にも付いてきてもらおう。そして本隊の指揮だが、実戦経験の豊富なファーレンハイト中将に任せる。諸将はファーレンハイト中将の指揮に従うべし」

これには驚く者が多かったが、盟主自らの指名であり、また他に適任というべき者も少なかったことから、その通りに決まった。

 

ファーレンハイトは、思惑通りに進んだことに満足していた。

これでもローエングラム侯に勝てる可能性は高くないだろうが、少なくとも同じ土俵で戦うことはできるのだから。

 

宇宙暦796年/帝国暦487年12月7日、フレーゲル男爵、ヒルデスハイム伯爵らが各地でのゲリラ戦に向けて出発した。

同12月8日、リッテンハイム大公派貴族軍三万隻が国内ブラウンシュヴァイク派領邦の制圧に出撃した。彼らは各地でブラウンシュヴァイク公派のゲリラ部隊と戦いを繰り広げることになった。

同日、ローエングラム侯ラインハルト率いる四万隻がガルミッシュ要塞攻略に向けて出撃した。ラインハルトは途中レンテンベルク要塞を攻略し、その後ガルミッシュ要塞のあるキフォイザー星域に向かった。

同12月9日、グライフス上級大将率いる二万隻がオーディンに向けて出発した。

同日、キルヒアイス宇宙艦隊副司令長官率いる二万隻がオーディンを出発、グライフス上級大将の迎撃を行うことになった。ワーレン中将、ルッツ中将がキルヒアイスの麾下に付いた。

 

同12月10日ブラウンシュヴァイク公爵、シュターデン大将率いる二万隻が密かにガルミッシュ要塞からオーディンに向けて出発した。

オーディンにはリッテンハイム大公派ラムスドルフ上級大将率いる近衛艦隊一万隻が残っていたが、戦力差からブラウンシュヴァイク、シュターデン両名共に勝利は確実と考えていた。

 

キフォイザー星域ではファーレンハイト中将率いる五万隻がローエングラム軍を待ち受けていた。そして時機を見てローエングラム軍と会敵した。それは丁度ブラウンシュヴァイク公がオーディン到達するはずの時刻であった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

銀河全域図(帝国内乱推移)

 

 

ローエングラム軍の艦隊構成は、

ローエングラム元帥 一万隻

ミッターマイヤー中将 一万隻

ロイエンタール中将 一万隻

ビッテンフェルト中将 九千隻

であった。

 

一方のガルミッシュ盟約軍側は、

ファーレンハイト中将 一万二千隻

ノルデン中将 一万一千隻

プフェンダー中将 一万一千隻

エルラッハ中将 一万一千隻

であった。

正規軍将校や実戦経験のある貴族に艦隊、分艦隊の取りまとめを任せ、短い準備期間ながら、艦隊としての体裁をなんとか整えることが出来ていた。

 

双方徐々に距離を詰め始めたが、途中でローエングラム軍が後退を始めた。程なく盟約軍側に報告が入った。

「ブラウンシュヴァイク公、オーディン占領!」

盟約軍の諸将はその報に歓喜し、後退していくローエングラム軍への追撃を始めた。一人制止を呼びかけたのは、オーディン占領の失敗を予想していたファーレンハイト中将のみであった。

「待て、予定では公がオーディンに到着したかどうかというタイミングだ。占領が完了するには早過ぎる。罠かもしれん」

ノルデン中将が反論した。

「そんな事を言っていては逃げられますぞ。現に敵は撤退している。前線の血気盛んな奴らも止まりますまい。むしろ今は勢いに任せるべき時です」

「追撃するなとは言わん。せめて足並みを揃えるべきだ。これは命令だ」

諸将も最終的には総司令官であるファーレンハイト中将の命令を受け入れ、追撃は四艦隊揃って行われたが、最前線では突出する部隊が後を絶たなかった。

 

そんな中、突如最前線からの連絡が途絶えた。

「イメディング男爵通信途絶!」

「ノームブルク男爵もです!」

 

盟約軍はローエングラム軍に知らぬ間に半包囲されてしまっていた。

「今までの後退は擬態だったか!」

 

ファーレンハイトは諸将を落ち着けようとした。

「落ち着け!こちらの方が数は多い。半包囲されたところで突破すればよい。オーディンは陥ちた。これは奴らの最後の足掻きだ」

オーディン占領の報が本当であればだが、と思いつつも、まずは統制を取り戻すのが先だとファーレンハイトは考えていた。

しかし、ここでタイミング悪くさらなる報が入った。

「別働隊、オーディン目前で壊滅!ブラウンシュヴァイク公捕縛!」

「何と!オーディン占拠の報は偽報か?」

「いや、今回の報こそ偽報だろう!」

 

盟約軍はブラウンシュヴァイク公ありきの軍である。盟主の状況が不明という事態に、盟約軍は混乱状態に陥った。

 

「落ち着け!目の前の敵に対処せよ。公が囚われたとしても、ここで勝てばお救いすることは可能だ!」

ファーレンハイトの檄に麾下の部隊は落ち着きを取り戻したが、他の艦隊は別であった。

副官のザンデルス少佐が注意を喚起した。

「ノルデン艦隊、ビッテンフェルト艦隊に突破され、なす術がありません。プフェンダー艦隊、エルラッハ艦隊もそれぞれミッターマイヤー艦隊、ロイエンタール艦隊の攻撃を受け、戦線崩壊の危機にあります」

 

艦の質、兵の練度、指揮官の能力……艦艇数以外のいずれにおいてもローエングラム軍の方が優っており、勢いを失った今となっては抗することは難しかった。とはいえ、プフェンダー、エルラッハの両艦隊がまだ完全な崩壊に至っていないのは、両提督の意地を示すものだっただろう。

 

ファーレンハイトはノルデン艦隊の援護に回りつつ、全艦隊に呼びかけた。

「もう少しだけ踏ん張るんだ。必ず転機が来る」

30分後、ホフマイスター少将率いる五千隻が現れ、ビッテンフェルト艦隊の側背から襲いかかった。

 

ファーレンハイトは麾下で信頼するホフマイスター少将に五千隻を預け、事前に潜伏させていたのだ。

 

予定通りブラウンシュヴァイク公がオーディン占領に成功してローエングラム軍が後退した場合には、その退却経路を遮断する役目を果たすはずであった。逆に彼らがガルミッシュ要塞を意地でも落とそうと前進してくれば、後方から挟撃する役目を与えられていた。現実はそのどちらでもなかったため予定は狂ったが、それでもホフマイスター少将は効果的な役割を果たした。

 

ビッテンフェルト艦隊は守勢に弱いという欠点を露わにし、大きな損害を被った。その間にノルデン中将は後退を果たした。

ホフマイスター少将の部隊は、援護に出たラインハルト艦隊の攻撃を受けて短時間で壊滅の危機に陥った。

しかし、これによってファーレンハイトとラインハルトの間に細い道が出来た。ファーレンハイトは突撃を指示した。

「これが唯一の勝機だ。ローエングラム侯の首級を取れば、我が軍の勝ちだ」

ファーレンハイトの突撃は迅速を極め、ラインハルトの艦隊は側面を衝かれ、中央突破されるかに見えた。

しかし、ラインハルト艦隊はあえてファーレンハイト艦隊の突破を許し、その後左右で逆進し、ファーレンハイト艦隊の後背を取った。

ファーレンハイトはアルタイル星域でこの戦法を経験していた。

「これはヤン・ウェンリーの戦法ではないか!」

 

ラインハルトは艦橋で独語した。

「私も学ぶことはある。多少癪だが、有効な戦法なら使わない道理はない」

 

立ち直ったビッテンフェルトにホフマイスターを任せ、ラインハルトはファーレンハイト艦隊の攻撃に集中した。

ミッターマイヤーも、壊滅寸前のプフェンダー、エルラッハ両艦隊をロイエンタールに任せて迅速な機動でファーレンハイトの進行方向を遮断した。

「ファーレンハイトを倒せば後は烏合の衆。まずは奴を倒せ」

気がつけばファーレンハイトは敵中に孤立していた。

「私に集中してくれるのは光栄の極みだな。だがこれで勝ちの目は消えた。ザンデルス少佐、各艦隊に伝達、各自撤退せよ、行き先は任せる、と」

ザンデルス少佐が伝達を完了するのを見てファーレンハイトは続けた。

「皆すまないが本艦隊は殿を務める。もうひと暴れするぞ」

ホフマイスターを戦死させたビッテンフェルトもファーレンハイトに向かってきた。

「後背のローエングラム、ビッテンフェルトは放っておけ。正面のミッターマイヤー艦隊に突撃せよ」

ファーレンハイト艦隊の突撃は熾烈であったが、ミッターマイヤー艦隊は縦深陣を敷いてこれを受け止めた。ラインハルト艦隊、ビッテンフェルト艦隊はミッターマイヤー艦隊に当てぬよう、ひとまずは攻撃を緩めざるを得なかった。

ファーレンハイト艦隊の突進は強力であったが、巧妙な縦深の中で力を失い、周囲から攻撃されるに任せるしかなくなった。

そんな中、プフェンダー中将戦死の報があった。エルラッハ艦隊を逃がすために盾となったらしい。アイゾールで部下を犠牲にして帰って来たと嘲られていた男だったが、実のところ死に場所を探していたのかもしれない。

 

残存艦艇数が一千隻を切った頃、ラインハルトより降伏勧告がなされた。

「卿の勇戦に敬意を表す。死なせるには惜しい。幕下に加わる気があるなら、降伏を許すがどうか」

 

ファーレンハイトは考えた。

十分に戦ったじゃないか。ローエングラム侯は仕えるに値するお方のようだし、この辺で降伏するか。

 

降伏の意志を伝えようとしたその時、ふいにブラウンシュヴァイク公や盟約軍の諸将の顔が頭に浮かんだ。

 

ブラウンシュヴァイク公、お世辞にも人格者ではなかったが、約束は守ってくれた。

「後は頼むぞ」と私に言ってオーディンに向かった公の声は、隠し切れない不安からか、かすかに震えていた。

 

アンスバッハ准将、彼は私に感謝していた。

「あなたのおかげで、勝つにしろ、負けるにしろ、公は無様を晒さずに済みそうだ。公のことは私が何とかするから、卿はローエングラム侯との一戦に集中してくれ」

 

ノルデン中将、プフェンダー中将、エルラッハ中将、ホフマイスター少将、なんだかんだで私の作戦に付き合ってくれた。

 

 

断ち切るには付き合いが深くなり過ぎたか。

 

よろしい、本懐である。

 

ファーレンハイトはそう呟いて、ザンデルス少佐に向き直った。

 

「艦長、退艦の指示を出してくれ。ザンデルス少佐、各艦には降伏するように伝えろ」

「閣下は!?」

「私は残る。一人安穏と降伏するにはしがらみが多過ぎるようだ。この艦でローエングラム侯の艦隊にでも突っ込んでみるさ」

「……一人では操艦は難しいでしょう。私も残りますよ」

結局大半の乗員が残ることになった。

また、降伏の指示にも関わらずファーレンハイトと行動を共にする艦も少なくなかった。

 

「酔狂な奴らが多いようだ」

人間、悪い面も良い面もある。少なくとも、最後の思い出に悪くない経験ができた、とファーレンハイトはそう思った。

 

ファーレンハイトはローエングラム侯に回答を送った。

「私自身は降伏を拒否する。最後の一戦に臨ませて頂く。侯も武人ならば、お相手願おう」

ファーレンハイト艦隊の残存艦は旗艦ダルムシュタットを先頭にローエングラム艦隊に向かって最後の突撃を行なった。

彼らは前後より打ち据えられて艦数を減らして行き、ついには満身創痍のダルムシュタット一艦となった。

ダルムシュタットの艦橋は炎に包まれ、幕僚も既に殆どがヴァルハラの門をくぐった。スクリーンにはブリュンヒルトの白い船体が映っていた。

 

「本懐である」

 

ファーレンハイトは最後に再びそう呟いた。

 

 

キフォイザー星域会戦、結果を見ればローエングラム軍の大勝であったが、ブラウンシュヴァイク派門閥貴族の意地が示された戦いとして、後世に記憶されることとなった。



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第二部 9話 内乱の終わり

キフォイザー星域における戦いの大勢が決しつつあった頃、ブラウンシュヴァイク公率いる盟約軍別働隊はオーディンの手前まで来ていた。

 

キフォイザーにおいて盟約軍が受け取ったオーディン占領の報、ブラウンシュヴァイク公捕縛の方向は共に偽報だったのだ。

 

ラインハルトは、盟約軍が別働隊を組織してオーディンを襲うという情報を内通者から入手しており、監視を強化していた。

キルヒアイスの分派もグライフスへの備えであるとともに別働隊への備えでもあった。

別働隊の動向が判明するや否や、キルヒアイスはワーレンに五千隻を預けてグライフス軍二万隻に対する牽制とし、自身は密かに反転し、別働隊への攻撃に向かったのだった。

 

キルヒアイスは盟約軍を発見すると、いきなり全軍で当たるのではなく、八百隻の部隊を五個編成し、様々な方向から時間差で一撃離脱の攻撃に向かわせた。

その襲撃に別働隊は虚をつかれたが、盟約軍の中でも精兵を揃えていたこと、シュターデンが理にかなった艦艇配置を行なっていたことから、なんとか持ち堪えることができた。

 

しかし再度の襲撃が予想される以上は対応策を考えざるを得ない。その星域は小惑星群が散在しており容易に敵の所在を見つけられない。

襲撃の方向がわからない以上、シュターデンにとって取るべき布陣は一つしかなかった。

 

「全艦球形陣に移行、全方位を警戒せよ。敵は四千隻程度の寡兵だ。落ち着いて対処すれば問題ない」

 

この間、アンスバッハはブラウンシュヴァイク公に余計な命令を出させないことに腐心していた。

「奴らに我々の位置が知られた以上、一刻も早くここを離脱しらオーディンに向かうべきではないのか?」

「ここは専門家の意見に従いましょう」

 

しかし今回はブラウンシュヴァイク公の意見の方がまだ正しかった。別働隊は球形陣を敷いたことで全方位の敵に対応できるようになったが、機動力も突破力も欠く状態となった。

それがキルヒアイスの狙いだった。ブラウンシュヴァイク公を逃さないために。

 

キルヒアイスは今度は一万五千隻の大軍で全方位から別働隊に襲いかかった。

 

別働隊は四方八方から打ち据えられた。球形陣は防御力には富むが、回避と攻撃に支障が出る。キルヒアイス軍はゆっくりと戦力を削いでいった。

 

「これではダゴンの殲滅戦の二の舞ではないか!」

アンスバッハが主の叫びに反応してシュターデンに尋ねた。

「シュターデン大将、打開策はないのか」

「ない。こうなる前に撤退すべきだった」

「だから言ったではないか!」と叫ぶ公を無視してアンスバッハは食い下がった。

「一点突破を図るとか、勝てないまでも逃げるだけならやりようはあるでしょう!」

「突破には機動力と火力に富む艦が不可欠だ。敵は突破に適した艦から潰しに来た。今から突破を試しても全滅が早まるだけだ」

「全滅……」

ブラウンシュヴァイク公は蒼白となった。

 

そこにキルヒアイスから通信があった。

「大勢は決しました。キフォイザー星域での戦いも我々の勝利に終わりました。この上は兵に無駄な犠牲が出るだけです。盟約軍の盟主として降伏してください」

 

「ファーレンハイトの無能者め!……いや、それは我々も同じか。しかし降伏だと……降伏すれば助かるのか?」

ブラウンシュヴァイク公は縋るようにアンスバッハを見た。

「助かりますまい。公は反乱の首謀者として処刑されるでしょう。そしてその前に盟約軍全体への人質として利用されましょう。そうなればアマーリエ様、エリザベート様の身も危うくなります」

「ではどうすればよい?」

「……ご自裁を」

「……アマーリエとエリザベートは大丈夫だろうな?」

「シュトライトが身の安全を守る手筈を整えております。ご安心を」

「わかった。だが、ローエングラム、リッテンハイム、リヒテンラーデ、奴らが覇権を握るのは我慢がならぬ。アンスバッハ、約束してくれ。奴らを地獄に叩き落とすと」

「時間はかかるかもしれませんが、お約束しましょう」

 

その後も一悶着はあったものの、最終的に公は自決し、別働隊は降伏した。

 

「公が無様を晒す前に、決着となってよかった。公の名誉を守ることができたのだから。ブラウンシュヴァイク公、このアンスバッハ、約束は守りますぞ」

アンスバッハは降伏に伴う手続きの最中に、いつの間にか姿を消した。

 

別路オーディンに向かいつつあったグライフス率いる正規艦隊は大半が降伏したが、グライフスを含め五千隻ほどは連合に亡命した。

 

ガルミッシュ要塞では熾烈な攻防戦が行われた。オフレッサー上級大将率いる装甲擲弾兵部隊によって多数の揚陸部隊が血祭りに上げられた。

しかし最終的にはミッターマイヤー、ロイエンタール両中将の仕掛けた罠でオフレッサーは捕縛された。

それを見たオフレッサーの部下がガルミッシュ要塞を爆破したことで攻略戦は終結を見た。

要塞が爆破されたことでアマーリエ、エリザベートをはじめ多数の要人の生死が不明となった。

オフレッサー自身はラインハルトの前で舌を噛み切って自殺した。

 

未だ各地で盟約軍残党が活動しているものの、12月下旬までには盟約軍の大規模な軍事力は壊滅し、帝国の内乱は終息を迎えようとしていた。

 

リヒテンラーデ-ローエングラム-リッテンハイム体制は盤石になったかに見えたが、一つ予期せぬ事態が起きていた。

 

連合との戦いで打撃を受けた筈の同盟軍による、現帝国領、旧北部連合領の占領であった。

 

 

 

 



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第二部 10話 胎動

11話と連続投稿です


少しだけ時間を遡る。

 

同盟、フェザーンの侵攻も小康状態となった宇宙暦796年/帝国暦487年12月10日、連合行政府に来ていたヤン・ウェンリーはオーベルシュタインに呼ばれた。

 

ローザを伴って入ったその一室にはウォーリック宇宙艦隊司令長官代理とオーベルシュタイン、情報局長補佐アントン・フェルナー大佐、捕虜となっていたライアル・アッシュビー、フレデリカ・グリーンヒルがいた。

 

ヤンは呑気な感想を述べた。

「なかなか珍しい集まりですね」

 

オーベルシュタインが答えた。

「まだあまり広めたくはない話なので、少数の関係者だけ集まってもらいました。ヤン提督には同盟出身者としても見解を伺いたい。フェルナー大佐は、ライアル・アッシュビー中将の調査を担当しています。……統帥本部が私に付けたお目付役でもあるようですが」

フェルナーは本気で心外そうな顔をして答えた。

「とんでもない。私は局長の忠実な部下ですよ」

「ふん」

どうやらオーベルシュタイン少将のお目付役としては適任そうだなとヤンは思った。

 

オーベルシュタインは仕切り直した。

「用件に戻りますが、情報局はライアル・アッシュビー中将自身の同意の元、彼の遺伝子検査を行ないました。それでわかった事ですが、彼がブルース・アッシュビーの血縁というのは本当のことのようです」

 

ウォーリックが感慨深げな表情をした。

「ほう、それでは俺は本当に2代目対決に勝利したのだな。あの世で親父も喜んでいるかもな」

 

「それで話が終わればよかったのですが」

と、オーベルシュタインは続けた。

「連合が持つブルース・アッシュビーのゲノム情報は不完全ですが、それでも言えることはあります。ライアル・アッシュビーのゲノム情報はブルース・アッシュビーのそれと完全に一致しました」

 

それが何を意味するか、参加者には想像がついていた。

ローザが思わず呟いた。

「クローン……」

 

オーベルシュタインは頷いた。

「おそらくそうだろうな。だがそれは言うまでもなく禁忌技術だ。推測できるところもあるが、できれば本人の口から聞きたいと思ってな。……ああ、本当はもう少し早く聞きたかったのだが、アッシュビー提督の頭部の怪我が思いのほか深く、回復されたのが最近なのだ。それはともかく、アッシュビー提督、お話頂けますか?」

 

何故か目を泳がせているフレデリカの隣で、ライアル・アッシュビーが答えた。

「私の立場からすればもはや隠すことでもない。知っていることは話そう」

 

ライアル・アッシュビーの話が始まった。それは同盟の秘史というべきものだった。

 

「ブルース・アッシュビーの死後、同盟軍の中にとある組織が出来た。その名は「エンダースクール」。名前の由来は創立者の名前だとも、人類が地球に留まっていた頃の年少の英雄の名だとも噂されていたが、まあそれは重要ではないだろう。

それは最初はブルース・アッシュビーに続く次代の英雄を育てるための組織だった。同盟軍関係者の子弟の中で見込みのある子弟に幼少時から英才教育を施す組織だ。

帝国や連合の幼年学校と似ていると言えば似ている。違うのは非公開だったことだが。まあ、当初は大した秘密でもなかったので、噂は広まっていたがな」

 

ヤン・ウェンリーが口を挟んだ。

「たしかに、軍関係者の子弟に英才教育を行う組織があるという噂はあったな」

 

アッシュビーは話を続けた。

「エンダースクールは、期待と裏腹に大した成果は上げなかったらしい。

しかし、資金難に陥ったところにフェザーンが投資を持ちかけたことでエンダースクールは変質した。

 

ブルース・アッシュビーの後継者ではなく、ブルース・アッシュビー自身を生み出すための組織に。

 

ブルース・アッシュビーの血液検体からゲノム情報が調べられ、染色体が合成され、受精卵が作られ、代理母の子宮で育てられた。そして生まれたのがブルース・アッシュビーのクローンだ。

クローンは用意された教育環境で英才教育が施されたが、アッシュビーの能力を持った存在はなかなか出てこなかった。

環境の違い、ゲノム修飾の違い、理由はいくらでも考えられた。化学的な擬似記憶の移植処置、遺伝子発現レベルの調整、アッシュビー・クローン同士の殺し合い……試行錯誤が続けられ、その数だけ失敗作が生まれて処分された。

 

かけたコストに見合わぬ成果、もはや誰も止め時を見失っていた。

 

そんな時に生まれたのが私だった。

 

187体目のアッシュビー・クローン。

 

何が要因だったのかというと正直分からないが、私はブルース・アッシュビーと同等と言える戦術能力と相応のカリスマを備えていた。

 

私は別の名を与えられ、整形すら施され、士官学校に入学し、しばらくはただの軍人として活動した。必要な時に同盟やフェザーンの役に立つように。まあ私に関しては後はご承知の通りだ」

 

あまりの話に参加者は何も言えなかった。

 

アッシュビーが重苦しい雰囲気に気づき、言葉を重ねた。

「ああ、同情は不要だ。私自身が死んだわけでもなし。今や英雄でなければならないという呪縛もない。清々しささえ感じているぐらいだ」

 

オーベルシュタインが話を促した。

「エンダースクールの今について教えて欲しい。なくなったわけではないようですが」

 

「エンダースクールは、私というひとまずの成功例を生み出したことでようやく自分達を省みる余裕ができた。彼らは気づいたのだ。結局はクローンなどに頼らず、見込みのある子供に英才教育を施す方がまだしも効率的だということに。

 

それからのエンダースクールは、軍関係者の子弟に対する英才教育組織として機能した。初期のように。

 

私を生み出すための実験から教育ノウハウを得たこともあり、これは一定の成果を生み出した。

 

ここにいるフレデリカ・グリーンヒル中尉もエンダースクール出身者だ。彼女は常識離れした記憶力と情報解析能力を持っている。私の作戦にも不可欠な人材だった」

視線が集まって、フレデリカは恥ずかしそうにしていた。

興味深そうに見ているヤンの隣ではローザが不機嫌そうな顔をしていた。

 

 

「用心したまえ」

 

と、ライアル・アッシュビーは言った。

 

「エンダースクールの成功作と言える存在は彼女の他にも何人かいる。それに最近、エンダースクール史上最高の傑作が出たという噂もある」

 

オーベルシュタインが尋ねた。

「あなたを超える能力の持ち主なのか?」

 

「あくまで噂だ。それ以上の情報はないさ。私は戦術では誰にも負けるつもりも、負けたつもりもないしな」

そう言ってライアル・アッシュビーはウォーリックの方を見た。

 

 

 

アッシュビーからの聴取が終わり、艦隊が駐留する南部に戻るため旗艦パトロクロスに移動する途上、ローザはヤンに尋ねた。

「ライアル・アッシュビーの副官をどう思いましたか?」

「フレデリカ・グリーンヒル中尉のことか。うーん、情報解析のノウハウを一度ご教示願いたいところだけど。あと、美人だ」

「……閣下は彼女とはあまり関わらない方が良いと思いますわ」

「何故だい?」

「女の勘です」

「そう言われると困るな」

「……閣下、エルランゲンの危機の時、私はまだ軍人ではなく、ただの伯爵家の令嬢でした。閣下はまだ中尉で、食事をする暇もろくになくてサンドイッチを齧りながら脱出の指揮をとっていました。そのサンドイッチを喉に詰まらせた時、私が紙コップに紅茶をいれて持って行ったのですが覚えていらっしゃいますか?」

「……」

「その時閣下が何と仰ったかも?」

「……何と言った?」

「こんな美味しい紅茶は飲んだことがない、船の上でも飲めたらいいのに、と」

「……私の言いそうなことだ」

「……」

「……ラウエ少佐、まさか少佐が軍に入ったのは私に紅茶を振る舞うためではないよな?」

「それは流石に違います。私にも色々と事情がありますから。ですが、軍で閣下にまたお会いしたいと思っていたのも事実です」

「……あの時の紅茶の味は覚えているよ。でも不思議と今の方が美味しい気がするんだ」

「練習しましたから」

ローザはそう言って微笑んだ。

 

 

それから二週間後、北部旧連合領が同盟に占領されたとの報告が連合に届いた。

 

作戦実施者の名はアンドリュー・フォーク少将。

 

 

 

「用心したまえ」

 

連合の幾人かは、アッシュビーの言葉を思い出した。

 

 

 













この話で違和感を感じる人が多いようですので、先にネタバレしてしまいますが、
フォーク少将がエンダースクール史上最高の傑作というわけではありません(次話をご参照)。


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第二部 11話 異なる星を見ている

10話と連続投稿
これで第二部は完結です。
また少し間が空くと思いますが、第三部も投稿します。


 

宇宙暦796年/帝国暦487年12月27日、同盟軍はヤヴァンハールで指揮官を失った第六艦隊、第七艦隊を合わせて臨時編成の第十二艦隊とし、フォーク少将の指揮の元、北部旧連合領に侵入させた。

帝国は内乱中であり、少数の防衛部隊と少数の軍事基地しか設置されていなかった。それを分散させた部隊で効率的に潰していくことで占領はスムーズに進んだ。

連合が住民を退避させていたため、住民統治を考える必要もなかった。

同盟は労せずして最大の成果を上げた形となった。

 

同12月30日、年の瀬にも関わらず連合行政府では会議が開かれていた。

同盟軍の北部旧連合領占領への対応を議論するためである。

 

ウォーリックが発言した。

「正直意表を突かれたのは事実だ。オーベルシュタイン少将、情報局はこれに関して何か掴んでいたのか?」

「モールゲンの同盟軍で再編と物資集積の動きが活発になっていたことは先に報告しております。それ以外は何も」

「フォーク少将については?」

「士官学校首席卒業の若手将官で、ロボス元帥のお気に入りの参謀だったようですが、それ以上の情報が今の所ありません」

 

南部に駐留を続けるヤンもスクリーン越しに情報を伝えた。

「艦隊のメンバーにも訊いてみたのですが、秀才だが性格に難あり、との評判でしたが実力の程は不明です」

 

エーゲル元帥が話題を変えた。

「フォーク少将のことはおくとして、同盟の意図を知りたい。今やあそこは帝国領。連合を攻撃しつつ帝国を刺激するのは戦略的には下策ではないか?」

 

これにヤンが答えた。

「戦略的に下策でも、同盟の政治にとっては大きな意味があります。同盟市民はこれを大きな成果と考えるでしょう。そして同盟では来年1月末に選挙があります」

 

「選挙……」

民主制ではない連合の軍人の中には理解が及んでいない者もいた。

 

「私は、新しい英雄であったライアル・アッシュビーが倒されたことで同盟市民が冷静になることを期待していました。1月末の選挙でトリューニヒト政権が倒れ、次にできる政府との間で講和が成立することを。しかし今回の成果はアッシュビーの敗北を補ってしまうかもしれません」

 

オーベルシュタインが補足した。

「最新の世論調査では現政権の支持率が既に15%上昇しておりますな」

 

ウォーリックがヤンに声をかけた。

「トリューニヒトの演説を聞いたか?ヤン提督を卑劣漢呼ばわりしていたな。駐留艦隊の人員を人質にアッシュビー提督を脅し、その行動を縛って敗北させたなどと、とんでもない嘘を言っていた。フォーク少将はその敗北を取り返した、皆一丸となって連合と同盟最大の敵ヤン・ウェンリーを倒そう云々……」

 

クラインゲルト伯がヤンを気遣って言った。

「私が反論の声明を出そうか?」

 

ヤンは肩をすくめた。

「お気遣いありがとうございます。ですが逆効果になるだけでしょう」

 

カイザーリング男爵は嘆息した。

「どうやら今後も戦争が続く前提で動く必要があるようだな」

 

クラインゲルト伯は深刻な面持ちであった。

「実のところ、連合の財政と経済は危機的状況にある。同盟のみならずフェザーンも敵となったからな。フェザーンへの国債償還が止まったのは僥倖だが、経済への打撃は大きい。帝国からの亡命貴族の財産接収でも焼け石に水というところだ。ブラッケ民政卿には、来年は何とかもたせるが再来年は保証できないと言われている」

 

ハーフェン伯の表情も暗かった。

「連合は常に戦時体制で戦ってきた国家だが、この1、2年の消耗と数ヶ月内の情勢変化でそれが限界に来ている。破綻する前に事態を打開する必要があるだろう」

 

ウォーリックが提案した。

「時を置かずフェザーンを占領しよう。それだけでも一息つけよう」

 

ハーフェン伯が口を挟んだ。

「フェザーンからは講和の打診があったのだが」

 

「流石に虫が良すぎる。我々としては信用できないでしょう」

 

クラインゲルト伯が抵抗感を示した。

「連合が侵略国家になるのか」

 

ウォーリックは何を今更といった態で答えた。

「元々手を出して来たのは向こうです。それにこれは連合生存のために必要なことです」

 

「致し方あるまい」

クラインゲルト伯もそれ以上は何も言わなかった。

 

ヤンがオーベルシュタインに尋ねた。

「地球教徒の動向はわかりますか。彼らにフェザーン攻略を邪魔されると厄介だ」

 

「先の敗北以来、地球教のフェザーン派は立場を急速に弱めており、外に目を向ける余裕を失っています。情報局は連合軍内の地球教徒も洗い出しを進めており、以前のような活動はできません。連合派は連合によるフェザーン占領に賛成しており、むしろ喜んで後押しをするでしょう。しばらくは、彼ら連合派と暗黙の協調関係を維持するべきでしょう」

 

「しばらくは、だな」

ウォーリックは口を挟んだ。

 

エーゲル元帥が議論をまとめた。

「速やかなフェザーン占領、地球教連合派との暫定的な協調関係、それは決定事項ということでよかろうな。後は、誰をフェザーンに派遣するかと、占領後の統治体制についてだが」

 

ウォーリックが提案した。

「先にフェザーンと戦ったヤン不正規艦隊、それにシュタインメッツの艦隊に行ってもらいましょう」

 

ヤンは頷いた。

 

「では、占領後の統治体制は?下手を打つとフェザーン商人が敵にまわる恐れがあるぞ」

 

オーベルシュタインが発言した。

「それに関しては私に一案があります」

 

オーベルシュタインの案に則ってフェザーン占領計画が進められることになった。

 

 

年が変わった。

 

新年を迎えた帝国では、ミッターマイヤーとロイエンタールが酒を酌み交わしていた。

彼らは揃って大将に昇進していた。

ミッターマイヤーがグラスをあげた。

「新年に乾杯」

ロイエンタールが呟いた。

「ファーレンハイトに乾杯」

ミッターマイヤーは盟友を見た。

「……卿が何を思っているかわかる気がするが、何も言うなよ」

「わかっているさ」

「……同盟軍が我らの領土を占領したが、これに対してローエングラム侯は奪回に動くらしい」

「当然だな。連合軍との休戦も未だ有効だからな。攻めるとしてもそこしかあるまいし」

「とはいえ、国内がもう少し治ってからにはなるだろうが」

盟約軍残党の掃討が完了していなかったのだ。

 

ロイエンタールとミッターマイヤーが話をしていた頃、上級大将に昇進したキルヒアイスがラインハルトに何度目かの意見具申を行なっていた。

「ラインハルト様、盟約軍残党と、リッテンハイム大公派貴族軍の件ですが」

「ああ、そろそろ我々が乗り出すべきだろう」

ブラウンシュヴァイク派領邦の占領と残党掃討はリッテンハイム大公派貴族軍に任されていたが、その進捗は遅いものだった。それだけでなく、占領地では貴族軍による乱暴、狼藉、略奪が後を絶たなかった。

「今少し早くそうすべきだったのでは」

「……わかっている、何度も言うな、キルヒアイス。これは必要なことだ。あのオーベルシュタインのごとき輩の口車に乗るのは口惜しいが」

 

ラインハルトは、麾下の提督に命じて速やかにブラウンシュヴァイク派領邦を占領し残党を壊滅させた。

さらに軍紀粛清の名の下に占領地で問題を起こした多数の貴族将校を処罰した。

これはリッテンハイム大公派の勢力弱体化を図るものであり、休戦のためにラインハルトと会見した際、オーベルシュタインが提案したことでもあった。

これをリヒテンラーデ公は黙認し、リッテンハイム大公も表立って反対することはできず、幾人かの処罰を緩める程度しか影響力を発揮できなかった。

リッテンハイム大公の勢力は弱まり、ラインハルトとリヒテンラーデ公の勢力が伸長することになった。

 

内乱の傷跡は浅くはなかったが、ブラウンシュヴァイク派貴族の没収財産で帝国の財政状況はある程度回復した。リヒテンラーデ公の元、内乱復興と国内改革が進められるとともに、ラインハルトによって北部旧連合領の奪還準備が整えられていった。

 

 

フェザーンではルビンスキーが愛人であるドミニク・サン・ピエールの私邸にいた。

「同盟に英雄を誕生させ、連合を併呑させる。英雄にはそこで退場してもらう。同盟は連合併呑の過程とその後の統治で著しく疲弊する。一方で帝国は、ブラウンシュバイク派貴族の消滅により、財政的にも政治的にも、また、軍事的にも再生する。その段階で再生した帝国に連合領を奪回してもらい、旧来の図式を復活させる、というのが、筋書きだったのだがな」

ドミニクはワインをグラスに注ぎながら答えた。

「完全に失敗したようね」

「ああ失敗だ。地球教総教主も怒り狂っているようだ。フェザーン派は力を失い、連合派が力を伸ばしている。今の地球教に連合を手玉に取る力量があるのかはわからんがな。まあ、地球教がフェザーンを見限ってくれるならそれもよし。フェザーンは、というより俺は、別の道を行かせてもらおう。幸いトリューニヒトはまだやるつもりのようだしな」

ドミニクは一見気のない態度で答えた。

「うまくいくといいわね」

「ところでルパートの奴は最近どうだ?」

「来る頻度が減ったわね。別に愛人をつくったみたいよ」

「ほう……」

「楽しそうね」

「息子は俺に似過ぎている。だから行動の予想がしやすかった。だが、予想の範囲を越えた行動を取ってくれるのなら親としては嬉しいもんだ」

「寝首を掻かれるかもしれないのに?」

「俺の寝首を掻くぐらいの実力を貯えているならそれはそれでよいことさ。素直に掻かれるつもりもないがな。」

そう言ってルビンスキーはワインを飲み干した。

 

 

新年のパーティの後、トリューニヒトは自邸にその人物を迎えていた。

「モールゲンから蜻蛉返りさせて悪かったね」

「いいえ、議長閣下のお願いとあれば」

「帝国領侵攻作戦の計画立案は見事だった。フォーク少将の大言壮語を、見事に実行可能な計画にまとめてくれたね。流石エンダースクール創設以来の逸材と呼ばれただけのことはある」

「勿体無いお言葉です」

「……お父上のことは残念だった。ヤヴァンハールの戦いで名誉の戦死をされたとのことだが」

「父は与えられた場所で最後まで国家の為に尽くしました。そう言って頂けると父もうかばれます」

「ヤン・ウェンリーの卑劣な脅しがなければ、ライアル・アッシュビーも負けることはなく、お父上も戦死することはなかったかもしれない」

「今更言っても仕方のないことです」

しかし、そう答えたその表情は少し強張っていた。

「……これからは私を父親だと考えてくれていい。何か困ったことがあったら遠慮なく相談してくれ」

「ありがとうございます。そうさせて頂きます」

トリューニヒトはその顔を見ながら微笑んだ。

 

「さて、今日呼んだのは君の次の任地のことだ。君には弁務官付きの駐在武官としてフェザーンに行ってもらいたい」

トリューニヒトは相手の理解の程度を確かめて言葉を続けた。

 

「連合はおそらくフェザーン侵略に動く。ヤン・ウェンリーもフェザーンにやって来るだろうな。君にはその備えになって欲しいのだ。やってくれるね、ユリアン・ミンツ君」

 

亜麻色の髪を持つその少年は、敬愛する最高評議会議長の顔を見ながら答えた。

 

「はい。祖国と自由のため、僕が必ずヤン・ウェンリーを倒します」

 

 

 

 

 

 



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第三部 1話 それぞれの思惑

銀河全域図(第三部開始時)

【挿絵表示】



宇宙暦797年/帝国暦488年1月は、大きな戦いのない月となった。

だが、これが嵐の前の静けさに過ぎないことを誰もが感じていた。

 

 

 

独立諸侯連合

 

連合では、帝国の内乱を逃れてきた亡命者、亡命艦艇の受け入れ処理と、フェザーン攻略への準備が行われていた。

 

1月10日、連合内の新人事が発表された。

メルカッツ元帥は負傷の予後が思わしくなく、予備役編入の上、長期療養に入った。総司令官の後任は代理を務めていたウォーリック大将となった。第一防衛艦隊の司令官には、副司令官だったフォイエルバッハ少将が、中将に昇進の上任命された。

統帥本部総長エーゲル元帥も引退を希望し、アーベント・フォン・クラインゲルト大将が後任となった。

 

ヤヴァンハール星域会戦、ガイエスブルク要塞攻防戦で戦功を挙げた諸将については、先の昇進から半年も経っていないことから、昇進は見送られたが、ケスラー、シュタインメッツ、ケンプは一代貴族への軍部からの推薦が決まった。

ヤンは中将待遇から大将待遇となったが、前と同様一代貴族への推薦は断った。

帝国より亡命して来たグライフス上級大将は中将待遇となった。

 

連合の艦隊戦力は、ヤヴァンハールの会戦で大きな損害を出した。

しかしガイエスブルク要塞攻防戦で降伏したフェザーン正規軍艦艇、帝国からの亡命艦艇の接収により、数の上では以前と同程度の水準を保っていた。

 

ヤン艦隊はフェザーン正規軍艦艇のうち三千隻ほどを加え、一万三千隻となっていた。

 

1月下旬、フェザーン攻略のため、シュタインメッツ艦隊が、ガイエスブルク要塞でヤン艦隊と合流を果たした頃、クラインゲルト伯はウォーリックを呼び出していた。

「会議ではよく顔を合わせるが、こうして一対一で話をするのは久しぶりだな」

「そうですな。下手をすると父の葬儀以来かもしれませんな」

 

クラインゲルト伯はあらためて呼びかけた。

「ウォーリック男爵、私が連合の盟主に選ばれてから8年が経過した。私もそろそろ引退を考えても良い頃だ」

「何を仰いますか。この難局で盟主交代等、混乱を呼ぶだけです」

「無論、この戦争が終わってからの話になる」

「盟主は、この戦争が終わるとお考えで」

「終わらせてくれるのだろう?少なくともこの総力戦体制は一度終わらせなければならぬ。でなければ、連合は遠からず限界を迎えよう」

「……そうですな」

 

「卿は、この戦争の終わらせ方をどう考える?ヤン提督ではなく、卿自身の考えを聞きたい」

「……ヤン提督の考えとさほどズレがあるとも思いませんが。まずは攻略予定のフェザーンとの攻守同盟締結、帝国との対同盟の暗黙の連携。これによって同盟の戦力を叩きます。

戦力枯渇を狙うわけではなく、戦死者数の増加によって同盟の厭戦感情を惹起し、講和にこぎ着ける、と言うのが私の考えです」

 

「対帝国はどうかな?」

「帝国とは対同盟の連携によって、一定の信頼関係を構築することが可能でしょう。これにより、講和を狙うのが基本方針となりましょう。旧来の帝国ではなく、ローエングラム侯が主導する帝国であれば、講和の可能性は高くなると考えます。ですが……」

「?」

「私の見るところ、ローエングラム侯は野心に溢れ、戦いを好む為人のようです。彼を講和のテーブルに着かせるには少なくとも一戦交えて、納得させる必要があるように思います。対同盟の戦いで減った帝国の戦力が回復しないうちに、場合によってはこちらから仕掛けることも考えるべきかと」

 

「……うむ。この連合で、そこまで見通すことができる者は多くはない。私としてはウォーリック男爵、卿に私の後を継いでもらいたい」

「ご冗談を!盟主になれるのは伯爵以上ですぞ。前軍務卿のバルトバッフェル伯ですとか、適任者は他にいるように思いますが」

「ウォーリックを名乗る者がずっとバロンであり続ける必要はなかろう。功績的にはお父上の代で伯爵となっていてもよかったぐらいだ。そしてこの戦争を卿の力ですうまく終わらせることが出来れば、私の推薦で子爵、そしてひとまずは一代限りの伯爵として盟主になったとしても誰も文句は言うまい」

「……しかし、戦争が終われば正直誰が盟主となってもよくはありませんか?」

「本気で言っているのか?戦争が終わった後こそ連合の舵取りが重要になるだろう」

「……」

「この戦争には平民もよく協力してくれている。これに報いるのに権利の拡大はまず考えるべきことだろう。しかしそうなると連合の現在の体制が揺らぐ可能性も出てくる。我々諸侯は戦いの前線に立つことと引き換えに、連合を導く権利を得て来た。しかし戦わなくなれば?ヤン提督が言っていたように、連合の貴族制は今のところうまくいっていると言えるが、今後は不透明だ。下手をすると帝国の門閥貴族のように、堕落し、民衆から排除される対象となるかもしれぬ」

「そこまでお考えでしたか」

「見くびらないでくれ。それに卿も考えていたことだろう」

「……否定はしません」

 

「私はこうも思うのだ。地球教の狙いが帝国と同盟の争いの拡大とその中での地球教の伸長にあるとするなら、連合の諸侯にとっては、それに乗っかることも一つの選択肢ではないかと」

ウォーリックは思わずクラインゲルト伯を見やった。

「連合が争いを積極的に拡大させると言うのですか?仁君と名高い盟主とは思えぬ発言です」

「国が乱れるよりはマシかもしれぬ。私とて権謀術数と無縁だったわけではない。選択肢としては様々なことを考えるさ。好むと好まざるとに関わらず」

「……」

「だが私としては連合の諸侯にそんな道を選んで欲しくはない。諸侯という存在が戦時の徒花ではないことを、平時において示して欲しいのだ。その道を探ることこそ実のところウォーリック伯に頼みたいのだ」

「……大任ですな」

難しい顔になったウォーリックを見てクラインゲルト伯は穏やかに言った。

「まだ時間はある。考えておいてくれ」

 

 

 

自由惑星同盟

 

同盟では、2月早々に選挙を控え、その準備が進められていた。また、全正規艦隊が稼働状態に移行するのも1月末から2月上司にかけてであった。この二つが済み次第、活発な軍事活動が開始されるものと考えられていた。

 

1月20日、評議会の秘密会合が開かれた。

ネグロポンティ国防委員長が現状の報告を行なった。

「まもなく全正規艦隊が稼働状態となります。戦闘艦艇約十四万隻が実戦戦力として動かせる状態となるのです。そうなれば連合など鎧袖一触となりましょう」

 

財政委員長に留任したジョアン・レベロはネグロポンティ、そしてトリューニヒトを責め立てた。

「今回の戦費のための巨額の臨時国債の発行、これにより同盟の財政には今後数十年にわたり暗い影が投げかけられるでしょう。私は国債の発行自体を否定するものではない。しかしそれに見合った戦果を同盟が得ているかというと否と言わざるを得ない」

 

ネグロポンティは反論した。

「同盟は領土拡大を果たした」

 

レベロは憤然として言った。

「あれこそ愚策だった。あれで帝国は対同盟に本腰を入れることになった。二正面作戦を避けるべきだということは素人の私にだってわかることだ」

 

トリューニヒトがネグロポンティに代わって答えた。

「二正面作戦が愚策なのは、その国が二正面作戦に耐えられない国力しか持たない場合に限られる」

「同盟にはそれだけの国力があると?」

「そうだ。今同盟はそのリソースを軍需生産に振り向けている。これによって同盟の国内総生産がこの数ヶ月急拡大を続けているのは財政委員長もご存知だろう。現時点で同盟は連合と帝国の二国を相手取れる国力を有していると言っていい」

「臨時国債でドーピングをしているようなものだ。長くは保たない」

「だが、同盟よりも連合の方が先に破綻するだろう。それは財政委員長こそよく知っているはずだ」

「……議長は連合と我慢比べを行うおつもりか」

「ああその通りだ。連合に対しては戦場で必ずしも勝つ必要はない。活路さえ塞いでやればいいのだ。そうすれば自ずと膝を屈することになるだろう」

「……では、帝国に対しては?帝国は先の内乱で一時的に損害を被ったが、多数の門閥貴族の財産が接収された結果、財政が健全化し、リヒテンラーデ公の改革で経済も活性化の兆候が出ている。ローエングラム侯によって軍の再建も進みつつあると聞く。

連合と我慢比べをした結果、疲弊した我々は強大化した帝国と戦う羽目になりはしないのか」

 

「それを避けるための二正面作戦である。帝国は内部にリッテンハイム大公とローエングラム侯の対立を抱えている。ローエングラム侯は戦争の天才かもしれない。しかし、万端に準備を整えた同盟軍と戦えば仮に同盟軍が負けるとしても、相応の損害を負うだろう。

そうなれば追い詰められた状態のリッテンハイム大公が、ローエングラム侯に牙を剥き、再度の内乱が起きるだろう。二度の内乱で国内を荒廃させた帝国は、果たして我々に勝ちうるだろうか」

トリューニヒトは息を継ぎつつ、レベロに笑みを見せた。

「ここまで語れば、賢明なる財政委員長には同盟がいかに有利かお分かりだろう。同盟は戦場で勝ちきる必要はない。極端に負けなければいいのだ。そうすれば最終的な勝利は同盟に転がり込むのだから。これがアッシュビー以来、同盟が積み上げてきたものの成果だ」

 

レベロは数瞬沈黙した。

「……なるほど、議長閣下は一定のご見識をお持ちのようだ。しかし、財政委員長としてはまだ言うべきことがある。臨時国債の引き受け手、つまりフェザーンのことだ。仮に連合と帝国に同盟が勝ち得たとしても、その過程で同盟はフェザーンに多額の借款をすることになるだろう。フェザーンに同盟が財政面から支配されることを私は懸念する」

トリューニヒトは再び笑みを見せた。

「財政委員長の懸念はもっともだ。だがそうはならない。議長として保証しよう。おそらくは数ヶ月のうちに君も納得する結果が得られるだろう」

レベロはトリューニヒトをまじまじと見た。

「何を根拠にそう言うのかわからないが、そこまで言うならいいだろう。どうなるか見せてもらおうじゃないか」

 

 

会議終了後、トリューニヒトは私邸で1人ワインを飲みながら、考えに耽っていた。

彼が会議でレベロに語ったことの多くは、元々はユリアン・ミンツとの議論の中で生まれたことだった。

ユリアン・ミンツの戦略眼は、シトレ、ロボスの両元帥も持ち得なかったものだろう。ヤン・ウェンリーにも勝るかもしれない。いい手駒に育ったものだ。せいぜい私のために働いてくれ給え。そうである限り、求めるものはいくらでも与えようじゃないか。

 

 

 

銀河帝国

 

1月25日、帝国ではラインハルトが諸将を前にして出征の説明を行なっていた。

この頃までには盟約軍残党は壊滅し、狼藉を働いたリッテンハイム大公派貴族軍の処罰も済んで、国内は一応の静けさを取り戻していた。

「2月、対同盟に六個艦隊七万隻を派遣する」

その規模に居並ぶ諸将はどよめいた。

「出征するのは、私とミッターマイヤー、ロイエンタール、ビッテンフェルト、ワーレン、ルッツだ。キルヒアイス副司令長官、ミュラーはオーディンに留まり、万事目配りを怠るな」

「「御意!」」

「この一戦で、同盟に回復困難な打撃を与えるのだ」

 

諸将が帰った後も、キルヒアイスは元帥府に残っていた。ラインハルトから話があるとわかっていたのだ。

「俺が出征している間にリッテンハイムが軽挙に出る恐れがある。オーディンに残ってもらうのはそのためだ。わかっているな、キルヒアイス。最優先すべきは姉上だ。それ以外は捨ておいていい」

「はい」

「俺が遠征から帰ったら、リッテンハイムを拘束する。奴らは俺がいない間に何も画策しないわけがない。それをもって大逆の証拠とし、リッテンハイムの勢力を排除する。その後は相手の出方次第だが、おそらくはリヒテンラーデも排除することになるだろう。そして、休戦期間が明けた後は連合と雌雄を決する戦いを行い、併呑するのだ」

「その後は同盟ですね」

「そうだ。まだ長い道のりだがな。俺にできると思うか?」

「ラインハルト様以外の何者にそれが叶いましょう」

 

キルヒアイスはふと思い至って尋ねた。

「ラインハルト様、皇帝のことですが。ゴールデンバウム王朝打倒のためにはいずれ皇帝を廃する必要がありますが」

「……心配するな、俺は子供殺しになる気はない。いずれ時が来れば帝位を譲らせるさ」

 

そう答えながらも、エルウィン・ヨーゼフII世が素直に帝位を譲るかというと確信が持てないのだった。

短い時間しか接したことはなく、ラインハルトは皇帝を名乗る子供のことを十分に把握しているとは言えなかった。

今のところ癇が強く、時折見せる視線の鋭さだけが少し印象に残るという程度である。今後彼がどのように成長するのか、未だ20歳のラインハルトには想像するのも難しかった。

そしてラインハルトの意識は、同盟軍のまだ見ぬ雄敵の方に多分に向けられているのだった。

 

 

フェザーン

 

1月25日、弱冠14歳のユリアン・ミンツ少尉がフェザーン駐在武官に着任した。

14歳での少尉任官はアッシュビー以前の防衛戦争時代には前例があったものの、近年では稀であった。さらにはフライングボール年間得点王のフェザーン駐在武官就任ということで、一定の耳目を集めた。

しかし選挙を目前に控えたトリューニヒト議長のあざとい人気取りの一環との解釈で、多くの人にはすぐに忘れ去られた。

 

それから1週間後の宇宙暦797年/帝国暦488年2月1日、フェザーンで事件が起こった。



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第三部 2話 フェザーンの長い一日

第三部第2話時点の登場人物リスト追加

・登場人物(独立諸侯連合)
クラインゲルト伯:伯爵、独立諸侯連合盟主(国家元首)
ハーフェン伯:伯爵、外務卿
ミヒャエル・ジギスムント・フォン・カイザーリング:男爵、軍務卿

ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ:元帥、予備役。長期療養中
エーゲル男爵:元帥、退役。絶縁状態の娘が悩みの種。

アーベント・フォン・クラインゲルト:大将、連合軍統帥本部総長、連合盟主クラインゲルト伯の息子
フォイエルバッハ:中将、第一防衛艦隊司令官
カール・ロベルト・シュタインメッツ:中将、第二防衛艦隊司令官
ウルリッヒ・ケスラー:中将、第三防衛艦隊司令官
ヨハン・フォン・クロプシュトック:伯爵、大将、第四防衛艦隊司令官、歴戦の猛将
アリスター・フォン・ウォーリック:男爵、大将、連合軍宇宙艦隊総司令官兼第五防衛艦隊司令官、「730年マフィア」ウォリス・ウォーリックの息子

パウル・フォン・オーベルシュタイン:少将、連合軍情報局長、帝国からの亡命者
アントン・フェルナー:大佐、連合軍情報局長補佐

カール・グスタフ・ケンプ:ガイエスブルク要塞司令官

ワルター・フォン・シェーンコップ:准将、現ヤン不正規艦隊陸戦部隊指揮官

ヤン・ウェンリー:元同盟軍提督、現連合客員提督。大将待遇。奇跡のヤン(ヴンダー・ヤン)、魔術師ヤン(ヤン・デア・マギエル)と称揚される。
ローザ・フォン・ラウエ:中佐、かつてヤンに危機を救われたことがある、現在ヤンの高級副官兼護衛役



※ヤン不正規艦隊構成メンバー
旗艦パトロクロス艦長:マリノ大佐
副司令官:エドウィン・フィッシャー少将
参謀長:オルラウ少将
分艦隊司令官:グエン・バン・ヒュー准将
分艦隊司令官:ダスティ・アッテンボロー准将
分艦隊司令官:アデナウアー准将
陸戦部隊指揮官:ワルター・フォン・シェーンコップ准将
ローゼンリッター第二連隊連隊長:カスパー・リンツ大佐


・登場人物(銀河帝国)
オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク:公爵、故人
アンスバッハ:准将、現在行方不明
クラウス・フォン・リヒテンラーデ:公爵、帝国宰相
ウィルヘルム・フォン・リッテンハイム3世:大公、弱体化した勢力の挽回を図ろうとしている

ラインハルト・フォン・ローエングラム:侯爵、元帥、帝国軍最高司令官
ジークフリード・キルヒアイス:上級大将、宇宙艦隊副司令長官
ウォルフガング・ミッターマイヤー:大将、ラインハルト麾下
オスカー・フォン・ロイエンタール:大将、ラインハルト麾下
フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト:中将、ラインハルト麾下
アウグスト・ザムエル・ワーレン:中将、ラインハルト麾下
コルネリアス・ルッツ:中将、ラインハルト麾下
ナイトハルト・ミュラー:中将、ラインハルト麾下

アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト:中将、故人


・登場人物(自由惑星同盟)
ヨブ・トリューニヒト:最高評議会議長
ジョアン・レベロ:在野の政治家
ホワン・ルイ:在野の政治家

アンドリュー・フォーク:中将、対帝国戦線の総司令官に任命された
ドワイト・グリーンヒル:大将、統合作戦本部長
ドーソン:大将、宇宙艦隊司令長官
ライアル・アッシュビー:中将、ブルース・アッシュビーの血を継ぐもの、エンダースクール出身、現在連合軍の捕虜
フレデリカ・グリーンヒル:中尉、「コンピュータのまたいとこ」の綽名がある、エンダースクール出身、現在連合軍の捕虜
ユリアン・ミンツ:少尉、エンダースクール出身、エンダースクール史上最高の逸材と言われる。ヤヴァンハール星域会戦で父親を失った。

※同盟軍正規艦隊司令官リスト
第一艦隊司令官 クブルスリー
第二艦隊司令官 パエッタ
第三艦隊司令官 ホーランド
第四艦隊司令官 アル・サレム
第五艦隊司令官 ビュコック
第六艦隊司令官 欠番(第十二艦隊に再編)
第七艦隊司令官 欠番(第十二艦隊に再編)
第八艦隊司令官 アップルトン
第十艦隊 ボロディン
第十一艦隊 ウランフ
第十二艦隊 ルグランジュ(フォークの後任)


・登場人物(フェザーン自治領)
アドリアン・ルビンスキー:自治領主
ドミニク・サン・ピエール:ルビンスキーの情人
ニコラス・ボルテック:自治領主補佐官
ルパート・ケッセルリンク:フェザーン正規軍特務機関准将、ルビンスキーの息子
ボーメル:フェザーン傭兵軍特任中将、傭兵艦隊司令官


宇宙暦797年/帝国暦488年2月1日 フェザーン自治領 首都星フェザーン

 

その日、フェザーンでは大事故が頻発していた。軍や政府の複数の高官も事故や事件に巻き込まれていた。

フェザーンはガイエスブルク要塞攻略失敗後、正規軍戦力に著しい欠乏をきたしており、傭兵軍によってその穴埋めを行なっていた。

そのような余裕のない状況下で大事件が起こった。自治領主府 、同盟弁務官事務所 、航路局、公共放送センタ ー 、中央通信局 、宇宙港 、治安警察本部等重要施設がフェザーン正規軍と傭兵軍の部隊によって占拠されたのだ。クーデターである。

 

自治領主府の一角、補佐官室ではニコラス・ボルテックが目の前の事態に動転していた。

ガイエスブルク要塞攻略失敗により、その権勢に翳りを見せたルビンスキーに代わり、自治領主になれる可能性が見え始めた矢先のクーデター。

 

今補佐官室にはボルテックと、そのボルテックにブラスターを突き付ける一人の人物がいた。

 

「一体何が目的だ?」

ボルテックは陳腐な台詞を、目の前の人物、ルパート・ケッセルリンク准将に投げかけた。

 

ケッセルリンクは、ガイエスブルク要塞攻略に参加せず、さらにはその失敗を事前に警告していたことで、准将に昇進していた。

 

「何が目的ですって?補佐官殿、ご冗談が過ぎますよ。ご存知のはずでしょう?」

 

ボルテックはケッセルリンクが何を言っているのかわからなかった。

「はぁ?私は何も知らないぞ」

 

ケッセルリンクは噛んで含めるように説明を行なった。

「いいですか。このクーデターの目的は、フェザーンを危うくするアドリアン・ルビンスキーからフェザーンを解放するためのものです。そしてそれは一人の人物によって主導された。かくいう私もその人物の密命で動いていましてね」

「一体誰だそれは?」

 

ケッセルリンクは真顔で答えた。

「無論、あなたですよ。ニコラス・ボルテック補佐官」

 

「……はぁ!?」

間の抜けた声が部屋全体に響き渡った。

 

 

 

 

1時間後、ニコラス・ボルテックは今回の事態に対して声明を発表していた。

「今回の一連の事態は、アドリアン・ルビンスキーよりフェザーンを解放する為のものである。

 

市民の皆様には多大な心配をおかけして申し訳ないが、まず全てフェザーンの皆様のためであることをご理解頂きたい。

 

アドリアン・ルビンスキーは武力によらない繁栄というフェザーンの大方針に背き、いたずらに正規軍を動かし、かつ大敗させ、この国を危うくした。

 

さらにはルビンスキーがこの国を自由惑星同盟に売り渡そうとしていることが判明した。

フェザーンを愛するものとして私はルビンスキーを自治領主として容認できない。そのためにこの行動に至ったのだ。

 

今後は私が暫定の自治領主となり、同盟の侵略に対抗するため、連合と共同戦線を構築する。

 

一つ、フェザーン、連合共同軍の設立

二つ、フェザーン、連合間の関税の段階的撤廃

三つ、……」

 

ケッセルリンクは声明を読み上げるボルテックを見てほくそ笑んでいた。

1時間前の狼狽ぶりがまるで嘘のようじゃないか、ボルテックには役者の才能があるようだ、と。

 

今回のクーデターはケッセルリンクとオーベルシュタインの二人が主導したものだった。ケッセルリンクはボルテックから密命を受けたと偽り、正規軍、傭兵軍の両方に協力者を増やしていった。

元々先日の大敗で正規軍、傭兵軍問わずルビンスキーへの不満が高まっていたことから、クーデターの準備は順調に進んだ。オーベルシュタインの工作もこれを後押しした。そしてボルテックは知らぬところで首謀者にされ、今や本人もその立場を受け入れていた。

 

ケッセルリンクは自らが表舞台に出るにはまだ早いことを自覚していた。自覚できたことが彼の成長と言えるかもしれない。ひとまずはボルテックを矢面に立たせ、自分は黒幕に徹することにしたのだ。

 

ボルテックが失敗し、民衆の支持を失った時は、自分がフェザーン再生の星として表舞台に出ても良い。失敗しなければ、それはそれで単純にボルテックの後継に収まれば良いのだ。

 

ルビンスキーを追い落としたことで彼はひとまずの満足を得た。空虚な満足であることも自覚しつつ。

 

 

だが、安心するにはまだ早かった。

ルビンスキーの行方が不明であったのだからだ。

 

 

 

 

フェザーンのクーデターより1週間ほど時を遡る。

ユリアン・ミンツがフェザーンへの着任早々行なったのは、ヘンスロー弁務官の随員として自治領主と面会することであった。

形式は随員であったが実際はルビンスキー、ユリアンの会談となった。ヘンスローですら別室で待たされて。

挨拶もそこそこに二人は話を始めた。

「ミンツ少尉、トリューニヒト議長の秘蔵っ子と聞いていたが、さて、一体どんな話を持ってきてくれたのだろう」

「領主閣下、今フェザーンが危機にあるのはご存知の通りです」

「ふむ、連合が攻めてくる。確かに危機には違いない。それで、トリューニヒト議長はフェザーンを助けてくれるというのかな」

「助けるのはフェザーンではない。領主閣下、あなたです」

「ほう」

ルビンスキーはわずかに眉を上げ、続きを促した。

「連合によるフェザーン占領、それがどのように行われるのか、それは正直どうでも良いことです。同盟が介入しない限り、それはおそらく成功するでしょうから」

「同盟は介入しないのか?」

「ええ、一旦はフェザーンが連合の占領下となることを許容します。しかし、その時連合はフェザーン人の恨みを少なからず買うことになるでしょう。その状態になった後に、同盟は介入する。先に手を出した方が負ける、これはそういうゲームです」

 

ゲームときたか。その発想は嫌いではない、とルビンスキーは思った。

「ふむ、そして反攻のため旗頭として私を利用するというわけか」

「話が早い。その通りです」

「そして今度は同盟がフェザーンを支配する、と」

「ご安心を。同盟はフェザーンの独立まで奪う気はありませんよ。ちょっとした要求は行うでしょうが」

「しかし、フェザーンへの見返りは何だ?何も見返りなしにフェザーンが動くとは思わないでもらいたい」

「まず、あなたの自治領主への返り咲き。これは保証します。その上で、同盟の政治的、軍事的な銀河覇権下でのフェザーンによる経済覇権、これを許容しましょう」

「ほう、許容ときたか。覇権を確立できるかどうかはフェザーンの努力次第というわけか」

「その通りです」

だがこの提案こそがルビンスキーの望むところだった。同盟から言って来なければ自ら持ちかけていただろう。

「致し方ない。それで納得しよう。で、まずは私を助けるということだが、どうする気かな?私は地下に潜ろうと思っていたのだが」

「逆です。領主閣下には宇宙に昇ってもらいます。既にフェザーン人の同盟協力者が手筈を整えています。他にも要人の何人かには同様に声をかけています」

しれっと言いおって。従わないならお前の代わりは幾らでもいる、そう言いたいのだな、内心そう考えつつ、ルビンスキーは笑顔でユリアンと握手した。ユリアンも同様に笑顔であった。

 

 

クーデター発生後に戻る。

クーデター成功の報告を受けたヤンは、シュタインメッツとともに「ボルテック暫定領主の要請」に従い、フェザーン本星に急行していた。ここからの成否は同盟にどれだけ先んじることができるかにかかっていた。

 

フェザーン本星にてヤンはフェザーン傭兵艦隊からの通信を受け取った。

 

「ご無沙汰しております。フェザーン傭兵艦隊のボーメルです。一緒に仕事ができるとは嬉しい限りです」

今回は満面の営業スマイルであった。

 

「ボーメル提督、私もだよ。ところで、フェザーンの宇宙戦力はすべてボルテック領主に従っているのだろうか」

「いいえ、残念ながらそういうわけにはいきませんでした。正規艦隊三千隻のうち一千隻

ほどがファルケンルスト要塞方面に逃走しました」

「ファルケンルスト要塞はどうなっている?」

「そちらも傭兵軍陸戦部隊が押さえているはずです。……そう言えばまだ要塞からは連絡がありませんな」

ヤンは内心冷たいものを感じた。

「もしかしたら、ここで話をしている余裕はないかもしれない。すまないが我々はファルケンルスト要塞方面に急行させてもらう。シュタインメッツ提督はここで待機しておいてくれ」

 

ヤン艦隊はファルケンルスト要塞に、出せる限りの速度で向かった。その途上、千隻ほどの部隊が、ファルケンルスト要塞方面に向かっているのを見つけた。

オペレーターがヤンに報告した。

「艦種からフェザーン正規軍の部隊だと思われます」

ヤンは不審に思った。

「これがボーメル提督の言う逃走部隊だとすれば、未だにこのような位置に留まっているのは怪しい。全艦、一旦停止」

しかし、功を焦ったグエン・バン・ヒューの部隊が、命令を聞かず突出し、勝手に追撃を始めた。

「やむを得ない。後退命令を出しつつ、グエン分艦隊を追いかけろ。ただし、伏兵の存在に警戒を怠るな」

 

グエン分艦隊は、なおも命令を聞かず前進し、ついにはフェザーンの部隊に追いついたかに見えた。

しかしその瞬間、後背からビームの集中攻撃を受けた。フェザーン回廊の天頂方向、航行不能領域ぎりぎりに艦隊が潜んでいたのだ。その攻撃は苛烈を極め、艦隊は瓦解寸前となった。

グエンは絶叫した。

「そのまま前進し天底方向に逃げろ!」

生き残っていた艦艇はその命令に従ったが、そこもまた死地であった。待ち受けていた別の艦隊からの砲火が、残存の部隊を粉砕した。グエンは乗艦もろともこの世から消滅した。

 

「呆気なさすぎる。こいつら本当にヤン・ウェンリーの部下か?」

同盟軍第十一艦隊司令官ウランフ中将は、拍子抜けしたとばかりに独語した。

 

「さすがにヤン・ウェンリーは釣り出せなかったな」

そんなウランフに通信を入れたのは、彼とともにグエンを罠に嵌めた第十艦隊司令官ボロディン中将であった。

「まあヤン・ウェンリーと戦うのは次の機会と考えるべきでしょうな」

「しかし、この戦果が弱冠14歳の少年の指示の産物だというのも少し複雑な気分になるな」

「ふむ、しかし戦理に叶った指示ではあります。そうである限りは文句は言えますまい」

 

その時、ウランフ、ボロディンの両艦隊のオペレーターが警告を発した。

「新たな艦隊接近、数一万隻以上!」

 

ウランフとボロディンはスクリーン越しにお互いを見やった。

「どうします?」

「今無理に戦う必要はなかろう。敵をファルケンルストに近づけないという目的は達成できたし、十分に打撃も与えた」

「では撤退しましょう」

 

ヤン艦隊の目前で、ウランフ、ボロディンの艦隊は整然と撤退を行なった。ヤンはそこに乗じるべき隙を見出せなかった。

「名将は退き際を心得る、か。ウランフにボロディン、厄介な連中が出てきたな。これではファルケンルストには迂闊に近づけないな。そして残念だが、ファルケンルストは同盟の手におちたと見るべきだろう」

参謀長のオルラウ少将が尋ねた。

「では撤退なさいますか」

「ああそうしよう。残存部隊を収容後、全軍フェザーン本星まで後退せよ」

 

ファルケンルスト要塞、それはフェザーンがフェザーン回廊対同盟側出口にその財力をあげて建造した巨大要塞である。

直径50km、鏡面処理を施した超硬度鋼とスーパーセラミックによる複合装甲を持ち、要塞主砲ファルケンシュナーベルは8億5千メガワットを誇る。カタログスペックはガイエスブルク要塞を上回り、銀河最大最強の要塞であった。

ブルース・アッシュビー以後の強大化した同盟への恐れがフェザーンにこのような要塞を造らせたのである。

収容艦艇数一万八千隻、収容人員も四百万人を誇るが、平時においては数百隻程度の艦艇と、十万人程度の人員がいるに留まっていた。このため、ヤンはこの要塞を容易に落とせるものと考えていた。ヤンの当初の構想ではフェザーン占領後の対同盟の防波堤としてこの要塞を機能させるつもりであったが、同盟の異常に迅速な行動の前に、修正を余儀なくされていた。

クーデターより先に、ルビンスキーはフェザーン商船に偽装した同盟艦艇によってファルケンルスト要塞に辿り着いていた。そしてその場で同盟軍の要塞進駐を認めたのである。フェザーン国境付近に待機していた同盟第二艦隊、第十艦隊、第十一艦隊、その他陸戦部隊、工兵部隊は迅速に要塞に進駐を果たした。

 

仮にクーデターのタイミングが数日遅れていたら、ルビンスキーの不在とファルケンルスト要塞への同盟進駐は大きな騒ぎとなっていただろう。

実際には、同盟側がその兆候をある程度捉えていたため、同盟にとって理想的なタイミングで事を起こすことができたのだ。

さらにユリアンの手引きで、クーデターに前後して長老衆、正規軍上層部等のフェザーン要人も要塞に辿り着いていた。

ただ一つ、ユリアンが不思議に思ったのは、トリューニヒトからの要請で救出すべき要人リストの中に地球教の主教が加えられたことだった。だが、ユリアンも多忙であり、そのことは意識の片隅に追いやられた。

 

今やファルケンルスト要塞は対連合の一大反攻拠点となりつつあった。



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第三部 3話 とある中将の受難

平和であるはずのフェザーンの政変と同盟軍のファルケンルスト要塞進駐の報は、同盟市民にも動揺をもたらした。

 

だが、トリューニヒトの演説はそれを沈静化させた。

 

彼は、ファルケンルスト要塞進駐の意義を強調し、今後同盟とフェザーンが共同歩調を取ることを明言した。フェザーンの保有する同盟国債の放棄と引き換えに。それには先日発行した臨時国債も含まれていたのだから同盟は無償で戦費を調達したに等しい状態となった。

また、トリューニヒトは自らが任命したユリアン・ミンツの功績を讃えた。

フェザーン自治領主ルビンスキーをクーデターから救い出し、ファルケンルスト要塞を同盟軍の手中とし、さらにはあのヤン・ウェンリーの艦隊に打撃を与えた、と。

さらに遡って、フォークによる帝国領侵攻作戦の成功もユリアン・ミンツの作戦指導の賜物だと暴露したのだった。

ユリアン・ミンツは同盟でワンダー・ユリアン(驚異のユリアン)と呼ばれ、若き英雄としてもて囃されるようになった。

 

2月10日、同盟で行われた選挙はトリューニヒト率いる主戦派の勝利に終わった。

ジョアン・レベロ、ホワン・ルイは野に下った。

評議会の大半をトリューニヒト派が占めることになった。

戦争は継続されることが決定的となった。

 

フェザーン回廊側の対連合戦線、イゼルローン回廊側の対帝国戦線、同盟は今後二つの戦線を戦うことになる。

 

 

 

 

 

アンドリュー・フォークは中将に昇進していた。そして対帝国作戦の総司令官に任命され、我が世の春を謳歌していておかしくない筈であった。

しかし……

 

 

フォークは、未だにあのエンダースクールの後輩のことを思い出すと怒りが湧き上がってくるのだった。

 

……ユリアン・ミンツ、私の作戦を台無しにしてくれた小僧。そもそもトリューニヒト議長に帝国領侵攻作戦を持ちかけたのは私だったのだ。司令官を失った二つの艦隊を糾合し、私が指揮を取って内乱の最中で無人の野に等しい旧北部連合領を抜け、帝国領奥深くに侵攻する私の計画が。

奴は私の作戦案を見てこう言ったのだ。

「この、高度の柔軟性を保ちつつ臨機応変に対処する、というのは何ですか?行き当たりばったりと議長は解釈しましたよ。隙あらば長駆オーディンに攻撃を仕掛けたい、と正直に書いた方がまだマシでしたね。まぁそんな自己満足に一個艦隊の将兵の命を犠牲にするなんて、僕も議長も許しませんけどね。

……ああ、僕は議長からあなた宛の命令書を預かっています。ちゃんと宇宙艦隊司令長官の名で。フォーク先輩は僕の作戦案に従うように、との内容です。副司令官のストークス少将もご存知のことですから、現場でも無視はできませんよ。現実的な作戦案をここに用意しておきましたから、よく読んで実行の程よろしくお願いします。

……無論功績はあなたの物になりますからご心配なさらず。

え、失敗したら?嫌ですね、あなたの責任に決まっているじゃないですか。

……そんな顔しないでください。

……チョコボンボン食べます?」

 

あの小僧め!

 

エンダースクールに誘われた時、私は悟ったのだ。

エンダーとは忘れられた英雄の名だという。

エンダーとはすなわちアンドリューの愛称。

このアンドリュー・フォークこそがエンダーの、そしてアッシュビーの後継としてこの自由惑星同盟を導いていくのだと。

それを、士官学校にも行っていない小僧の指示に従えなどと!

 

……しかも、私の指揮のおかげで、つまらない作戦でも着実に成果を上げることが出来たというのに、トリューニヒトは!演説で私の功績をうばってあの小僧のものにしてしまった!

 

……いや、終わったことは仕方ない。無理にでもそう考えよう。

しかし、それに輪をかけて今回は何だ??

 

 

稼働状態に移行した同盟軍正規艦隊はイゼルローン回廊を抜け、モールゲンに集結していた。

2月15日、帝国との決戦に臨む司令官がモールゲンで作戦について議論していた。

 

主な参加者は下記の通りであった。

 

総司令官 フォーク中将

第三艦隊司令官 ホーランド中将

第四艦隊司令官 アル・サレム中将

第五艦隊司令官 ビュコック中将

第八艦隊司令官 アップルトン中将

第十ニ艦隊司令官 ルグランジュ中将(フォーク中将の後任)

情報主任参謀 ビロライネン少将

工兵部隊指揮官 バウンスゴール技術少将

作戦主任参謀 コーネフ中将

作戦参謀 ワイドボーン少将

作戦参謀 ラップ中佐

 

今は作戦参謀グループが作戦案の説明を行なっていた。

しかし説明者のラップ中佐の視線は、明らかにフォークではなくビュコックを向いていた。

いや、はっきり言ってフォークは存在を無視されていた。

 

そもそもこの作戦会議は私が立てた作戦案を皆に披露する場ではなかったのか?そう考えながら、フォークは発言した。

 

「ちょっと待ってください。総司令官はこの私です。何故このアンドリュー・フォークを無視して話を進めるんです!?」

 

提督達は顔を見合わせた。ビュコックが代表して答えた。

「統合作戦本部からの通達は見ていないのかね?フォーク中将は直接の指示は出さず監督に専念せよ。指揮は先任のこのビュコックが取るように、と。端的に言ってしまえば、貴官はお飾りでいろということだな」

「はぁ!?そんなことは聞いていない!総司令官は私だ!私の意見に従うのが筋でしょう!」

「だからお飾りということなんじゃよ」

「何故この私がお飾りで、引退間際の年寄りが指揮を取るんだ!?」

 

ホーランドが我慢できず口を挟んだ。

「フォーク、貴様、ビュコック閣下の経験と実績を尊敬せんか!」

 

ビュコックはホーランドを片手で制した。

「まぁ私が引退間際の年寄りなのは事実だからそこはよいさ。重要なのは、これが宇宙艦隊司令長官からの指示だということだ。ここにいる誰もこの指示には逆らえんということさ」

「現場での指揮は総司令官に任されるはずです!」

「まあそうなんじゃがね。もう一つ通達があってな。フォーク中将がこの命に服さざる時は心神耗弱を理由にこのビュコックの一存で指揮権を剥奪してよい、とな。こんな通達、私の長い軍歴でも初めてじゃが、出ているものは仕方ない。貴官も私も従うしかないな」

「こんなことが許されるものか。認めない、認めない……」

ブツブツと呟きだしたフォークの目を見ながら、コーネフ中将が低い声を出した。

「上をお飾りにして好き勝手なことをする。許されるも何も、これは貴官がロボス閣下にしていたことだろうが」

 

フォークの中で何かが切れ、彼は白目を剥いて昏倒した。

ヤマムラ軍医少佐の所見では転換性ヒステリーとのことだった。

 

諸将は相談の結果、フォーク中将をモールゲンに置いて決戦に臨むことに決定した。総司令官が倒れたとの情報は士気に関わることから、決戦終了後まで伏せられることになった。秘密を守るために、以後フォークに面会を求める者は「敵襲以外起こすな」との伝言の前に追い返されることになった。



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第三部 4話 第十三艦隊

宇宙暦797年/帝国暦488年2月13日、

フェザーンで同盟と対峙を続けるヤン・ウェンリーへの援軍として、クロプシュトック、フォイエルバッハの二個艦隊が派遣されることが決定された。

北側からの同盟軍の侵攻を懸念する連合としては、これが限界であった。

 

フェザーンに展開する連合軍艦艇数はこれで四万隻となった。さらにボーメル中将率いるフェザーン正規軍、傭兵軍混成艦隊を合わせると五万隻にもなる。

ファルケンルスト要塞周辺に展開する同盟軍四万六千隻、フェザーン軍二千隻と拮抗する戦力が揃えられることになった。

 

 

2月14日、10時25分にユリアン・ミンツは中尉への昇進辞令を受け、その後同日の16時30分には大尉への昇進辞令を受けた。

翌日、同盟軍第十三艦隊の設立が発表された。

所属艦艇数五千隻、旗艦はシヴァ、司令官はユリアン・ミンツ大尉であった。

異例の抜擢であったが、小規模の実験艦隊ゆえの特例との説明がなされた。

 

主な幕僚として、

副官兼艦隊航法担当士官 シンシア・クリスティーン中尉

参謀長兼情報主任参謀 バグダッシュ少佐

副司令官 デッシュ准将

旗艦艦長 ニルソン中佐

陸戦部隊指揮官 ジャワフ大佐

その他、司令官護衛役としてルイ・マシュンゴ准尉がいた。

 

マシュンゴはフェザーン駐在武官時から護衛役を務めていた。

バグダッシュはフェザーン脱出作戦でユリアンに協力しており、それゆえの抜擢だった。

規模、人員、司令官、艦艇構成、様々な面で異色の艦隊であった。

 

ユリアンはファルケンルスト要塞近傍で第十三艦隊と合流した。

旗艦シヴァに乗り込むと、お嬢様然とした女性士官が笑顔で挨拶をしてきた。

「ごきげんよう、ミンツ大尉。シンシア・クリスティーン中尉です。あなたの副官を務めます」

そして顔を近づけ小声で囁いた。

「私もエンダースクール出身よ。よろしくね後輩君」

 

ユリアンは一瞬どぎまぎしたが、すぐに落ち着きを取り戻して答えた。

「よろしくお願いします、クリスティーン中尉。この実験艦隊の運用では、いろいろとお願いすることになると思います」

「はい、何なりとご相談ください」

 

 

ファルケンルスト要塞はルフェーブル中将、マスカーニ准将の元、改修が進められていた。クーデター以前からフェザーンによって秘密裏に改修準備が行われていたこともあり、作業は順調に進んだ。

第十三艦隊も作業に協力していた。そのための部隊でもあったのだ。

 

 

ファルケンルスト要塞内でシンシアは地球教デグスビイ主教に声をかけられた。

「すみません、そこのお嬢さん。民間人に対する避難指示が出たようなのですが、どこに向かえばいいのか……」

「ああそれでしたら」

デグスビイはシンシアの答えを遮った。

「クリスティーン中尉、ユリアン・ミンツを籠絡せよ。あれは地球教にとって有用な人材だ。まだ若いしいくらでも染められる」

シンシアは表情も変えずに答えた。

「承知しました。全ては地球のために」

「まずは、ユリアン・ミンツにヤン・ウェンリーを討たせるのだ」

 

人が近づいてくる気配を察したデグスビイは話を打ち切った。

「ありがとう、お嬢さん。あなたに地球の恩寵がありますように」

 

デグスビイは離れていった。

入れ替わりに近づいて来たのはユリアンだった。

 

「デグスビイ主教と何を話していたんですか。クリスティーン中尉」

「二人の時はシンシアでいいですよ、ユリアン君。道を尋ねられたんです。それよりファルケンルスト要塞の中に仮設の喫茶店ができたそうなんです。一緒に行きませんか?」

「いいですね。ではマシュンゴ准尉も誘って行きましょう」

「……」

 

 

2月28日、一つの実験が行われた。

ファルケンルスト要塞は、遠巻きに監視する同盟軍正規艦隊の前で激しい時空震を発生させながら忽然と姿を消した。

その後要塞は、再度時空震を伴って数十光秒先に姿を現した。

オペレーターがユリアン・ミンツに報告した。

「ファルケンルスト要塞に異常なし。ワープ実験成功です!」

 

ファルケンルスト要塞の機動要塞化、これはルビンスキーが準備していた切り札であり、今やそれは同盟軍によって有効活用されようとしていた。

 

歓声に包まれる艦橋の中でユリアン・ミンツは独語した。

「これでヤン・ウェンリーを討つ準備が整った」

 

既知銀河最強の機動要塞と、第二、第十、第十一、第十三艦隊の合計五万一千隻。

同盟軍とユリアン・ミンツがヤン・ウェンリーに対して用意したものだった。

 

 

宇宙暦797年/帝国暦488年3月3日、同盟軍はファルケンルスト要塞とともにフェザーン本星に対して進軍を開始した。



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第三部 5話 ファルスター星域会戦(前半)

フェザーン回廊で同盟と連合が睨み合いを続けていた頃、帝国も同盟との戦いに突入しようとしていた。

 

宇宙暦797年/帝国暦488年2月12日、

対同盟遠征艦隊の出発が迫るオーディンで一つ大きなトラブルが生じていた。

 

ロイエンタールの乗った自動車が郊外で事故に遭い、運転手は即死、ロイエンタール提督も危篤状態に陥ったのだ。

 

この事態にラインハルトはキルヒアイスを呼び寄せた。

「リッテンハイム大公の関与を疑って探りを入れてみたが、どうやら違うらしい。本当に単なる事故なのかもしれぬ。ロイエンタールの意識が戻らないと分からぬがな。リッテンハイム大公も運が良い。我らが出征を控えていなければ、たとえやっていなくともこれを理由に拘束してやったものを」

「ロイエンタール提督が回復次第事情は聴くようにします。ラインハルト様は出征に集中なさってください」

「うむ。キルヒアイス、また何か起こるかもしれん。姉上のこと、十分注意してくれ」

「はい、ラインハルト様」

 

 

元帥府は暗い雰囲気に包まれていた。

 

ビッテンフェルトがワーレンに話しかけた。

「ロイエンタール提督が交通事故とはな。俺はてっきり女に刺されたのかと思ったぞ」

 

ビッテンフェルトなりに重苦しい雰囲気を吹き飛ばそうとしての軽口だったが、ミッターマイヤーが自分を刺すような眼で見ているのに気づいて、沈黙せざるを得なくなった。

 

そこにラインハルトとキルヒアイスがやって来た。

「卿ら、ここで黙って立っていてもロイエンタールの傷が治るわけではない。卿らの義務を果たせ。ミッターマイヤー、ロイエンタールのことは残念だが、次の戦いで卿に期待するところさらに大となった。苦労をかけることになるがよろしく頼む」

「勿体無いお言葉」

「ミュラー、ロイエンタールの代わりに出征の準備をせよ。ロイエンタールの艦隊は一時キルヒアイス副司令長官の預かりとする」

 

ミュラーは転がり込んだチャンスに心躍らせた。

「はっ!必ずやご期待に応えます」

 

「次の戦いに帝国の興廃がかかっている。出征は近い。気を引き締めよ!」

「「御意!」」

 

重苦しい空気はラインハルトの檄の前に消え去った。

 

 

 

2月15日、ラインハルト率いる対同盟遠征艦隊がオーディンを出発した。

 

2月23日、同盟占領地域に入った帝国軍は、同盟の基地を探索、攻略しつつ進んで行った。

途中ビューフォート准将率いる同盟軍のゲリラ部隊に一部艦隊の補給線を絶たれる事件も起こったが、一時的なもので済んだ。

警戒の必要性から前進速度は落ちたものの、基本的には順調に進んでいった。

 

 

ラインハルトは諸将に語った。

「敵はおそらく我々の補給線が伸びて消耗するのをモールゲン星域近郊で待っている。だが、それは想定済みのことだ。臆する必要はない」

 

 

3月1日、斥候部隊が同盟軍の大部隊を発見した。

 

その星域の名はファルスター星域といった。

ファルスターAとファルスターBの二つの恒星が近接する連星系を中心とした星域であった。

 

 

3月4日、ファルスター星域で同盟軍七万五千隻と帝国七万二千隻が激突した。

史上最大規模の会戦の幕開けであった。

 

同盟軍は、ファルスターA、Bの近傍に布陣していた。

 

 

【挿絵表示】

 

会戦推移1

 

その布陣は、双頭の蛇と呼ばれる陣形に思われた。縦に長い陣形で、二つの頭をそれぞれ二個艦隊が構成し、その間の胴体にあたる部分を一個艦隊が構成していた。

 

帝国軍の諸将は、この陣形に戸惑いを見せた。

 

「戦力が拮抗しているにも関わらず、双頭の蛇の陣形を取るとは……敵は何を考えている?各個撃破の格好の的ではないか」

「しかも胴の部分が薄い。各個撃破してくれと言っているようなものだ」

総参謀長のメッカリンガーが情報を提供した。

「敵の総司令官はフォーク中将、北部占領の手際はよかったが、戦術に関しては未知数ですな。捕虜の情報だと、独善的だとか、能力はともかく性格に関してはあまり良い噂はないようですが」

 

帝国軍はビュコックが指揮を執っていることを知らなかったのだ。

 

「後背に機雷原を敷いているということはないか?司令官が冷酷な作戦をとり得るなら、あの艦隊は捨て石で、機雷原で突破を防ぎ、その間に包囲するつもりだとか」

「そんなものは見当たらないな。せいぜい小惑星が点在している程度だ。それもごく少数だ」

「あの艦隊の周囲に指向性ゼッフル粒子が充満しているとか」

「そうだとしたら近づいた時に探知可能だし、先走ってこちらが砲撃を始めたら逆効果だろう」

 

なかなか結論は出なかった。

 

ついにラインハルトが決断をした。

「敵が何を狙っているにせよ。中央が薄いのは事実だ。ミッターマイヤー、ビッテンフェルトは鋒矢の陣形で速やかに敵の胴体部に突撃せよ。その間、残りの四個艦隊は敵の双頭を牽制し、胴体部の撃滅後にミッターマイヤー、ビッテンフェルトと連携して双頭の各個撃破に移れ」

 

ミッターマイヤー、ビッテンフェルトは命令の通り高速で同盟軍の胴体部に向かった。

 

それを見守るラインハルトであったが、何かが引っかかっていた。

 

二重連星系、点在する小惑星……

 

ラインハルトの直観が危険を察知した。

「おかしい!二重連星系のごく近傍では天体は安定軌道を取れない筈だ!本来ファルスター星系には小惑星など殆ど存在しない。ごく少数とはいえ、点在する小惑星、これは罠だ!ミッターマイヤー、ビッテンフェルトに後退を指令!いや、遅いな。斜め天頂方向への回避を命じよ」

 

「しょ、承知しました!」

オペレーターは慌てながらも指示を実行した。

 

メックリンガーは航法データを確認した。

「たしかに、ファルスターA、Bの周囲にこんな数の小惑星は記録されていませんな。迂闊でした……」

 

「いや、私も気づくのが遅かった。問題はミッターマイヤーとビッテンフェルトの回避が間に合うかどうかだが」

 

「同盟軍は何を用意しているのでしょうか?」

 

「小天体サイズの罠、いくつか思いあたるものはあるが……すぐにわかる」

 

ミッターマイヤー、ビッテンフェルトは指示に従い、斜め天頂方向に進路を変更した。

このまま行けば敵艦隊の直上を抜ける形になる。

 

砲の射程のギリギリを通過しようとしたその時、何もないと思われた空間から無数の光条が伸びた。

高出力レーザー、荷電粒子ビーム砲、中性子ビーム砲、長距離レーザー水爆ミサイル、磁力砲、それらがミッターマイヤー、ビッテンフェルト艦隊に向かって殺到した。

 

先頭を行くビッテンフェルト艦隊の被害はまだ大きくなかったが、後続のミッターマイヤー艦隊の被害は甚大であった。

 

「我が艦隊の損失二千隻!」

「くそっ!しかしローエングラム侯の指示がなければこんなものでは済まなかった」

 

その攻撃は同盟軍の用意した。機動型アルテミスの首飾り、通称アルテミスⅢによるものであった。

同盟はこの時点までに三つの「アルテミスの首飾り」システムを保有していた。

一つは首都星バーラトに設置された旧来のものであり、もう一つは先日モールゲンに設置された新型アルテミスの首飾り、通称アルテミスⅡである。

そして最後の一つが、バウンスゴール中将の元機動兵器として改修されたアルテミスⅢであった。

単独でのワープ能力は持たないものの、搭載した通常航行用エンジンによって艦隊運動に追随できる機動能力を獲得していた。

 

これが胴体部と頭部の間に6基ずつ、小惑星に偽装された上で展開されていた。

12基全てを合わせると一個艦隊を優に越える攻撃力を保持していた。

 

「これからは無人兵器と我々工兵の時代だ。それをこの会戦で証明して見せる」

それがバウンスゴール技術中将の野望であった。

 

 

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会戦推移2

 

胴体部を担当していたビュコック提督は、次の指示を出した。

「流石はローエングラム侯、気づいたか。同盟と連合に何度も煮え湯を飲ませただけのことはある。全軍プランBに移行せよ」

 

双頭のうち一つからホーランド艦隊が分離し、ミッターマイヤー、ビッテンフェルトの艦隊に向かった。

それ以外の艦隊とアルテミスⅢは、帝国軍本隊に向かって前進した。

 

同盟軍の作戦は、ある意味非常にシンプルであった。

帝国軍に、同盟軍の戦力を自らと同程度だと誤断させ、戦術上のミスを誘う。その上で優勢な戦力で撃破を図る。

それだけだったが、仮に戦場で帝国軍に意図を察知されても、ほぼ確実に優勢は確保できる点で確実性の高い作戦だった。

 

現在まで状況は同盟軍の想定の範囲内で推移していた。

 

ラインハルトは指示を出した。

「あれは叛徒どもの首星を守るアルテミスの首飾りと同等のシステムに機動力が加わったものだ。一基ごとの攻撃力は高いが、逆に言えば一基落とすだけで攻撃力を大幅に削ることができる。

ワーレン、ルッツはまずアルテミスの首飾りを優先的に狙え。私とミュラーはその間、敵艦隊の攻勢に対する防壁となる。ミッターマイヤー、ビッテンフェルトは遊撃を行え」

 

ミッターマイヤー、ビッテンフェルトは命令を果たすことが出来なかった。ホーランド艦隊に喰らいつかれたのだ。

 

「さらに磨きをかけた我が芸術的艦隊運動を見よ!」

ホーランド艦隊は機動性に富んだ艦隊運動で、ミッターマイヤー、ビッテンフェルト両艦隊に浸透し、一時統制不能の状態に陥れた。

 

ホーランドは前回の反省から、艦隊の半分、七千五百隻に「芸術的艦隊運動」を行わせる一方、残り半個艦隊には待機と敵艦隊への牽制を行わせていた。ミッターマイヤー、ビッテンフェルト両艦隊の後退の動きはこの半個艦隊によって阻害された。

 

半個艦隊を担ったのは新たにホーランド艦隊の副司令官ライオネル・モートン少将であった。熱血熱狂のホーランドと沈着冷静なモートンの組み合わせが予想外の相乗効果を生み出していた。ホーランドが先の会戦において挫折を経験していなければ他者に頼る発想は生まれていなかっただろうが。

 

ホーランド率いる半個艦隊が芸術的艦隊運動の限界に達する前に、モートンの率いていた半個艦隊も芸術的艦隊運動を開始し、先の半個艦隊に休息と補給の機会を与えた。ホーランドとモートンは指揮をスイッチし、ホーランドは芸術的艦隊運動を続けた。

 

このような工夫をしても消耗が激しいことに変わりはないためいずれ限界は来るが、二個艦隊を長時間拘束するという役目は十分に果たしていた。

 

 

「帝国の狂犬ビッテンフェルトに加えてラインハルトの片腕のミッターマイヤーを一個艦隊で抑えられるなら十分にお釣りが来るというものじゃ」

いや、同盟の狂犬ホーランドの暴走を帝国軍が二個艦隊を使って抑えてくれていると考えればさらに有り難みがあるな、とビュコックは思ったが流石に口には出さなかった。

 

 

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会戦推移3

 

 

本隊同士の戦いも激しいものになった。ビュコック、アップルトンをラインハルトが、アル・サレム、ルグランジュをミュラーがそれぞれ受け持つ形となった。それぞれ2.5倍の戦力差であったがいずれもよく戦列を維持した。

ミュラーはこの時、旗艦を三度乗り換える奮戦を見せ、ついに耐え抜き、「鉄壁」の異名を得た。

 

その間にワーレン、ルッツはアルテミスⅢへの攻撃を実施した。

ルッツは的確な指示を出した。

「鏡面装甲を持つアルテミスの首飾りにビーム攻撃は効き目が薄い。戦艦部隊を前面に出して肉薄し、雷撃艇、ミサイル艦を主役にして攻撃を加えよ」

ワーレンも檄を飛ばした。

「首飾りシステムは本来衛星軌道上に展開して衛星同士相互連携することを前提としたもの。いくら航行可能になったとはいえ、相互の連携は元祖に劣る筈だ。恐れるほどのものではない」

 

時間はかかったものの、ワーレンとルッツは12基全ての破壊に成功した。

多数の艦艇の犠牲と引き換えに。

 

アルテミスⅢの撃破によってワーレン、ルッツはラインハルト、ミュラーの支援に回ることができた。

 

しかしながら依然として戦力的には帝国軍が不利であった。

 

戦況は同盟軍優勢で推移したが、勝敗は未だ決してはいなかった。

 

 

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会戦推移4

 

 

同盟軍にも帝国軍にも積極的な行動に移るのを躊躇う要因が存在した。

 

ビュコックは、戦場にロイエンタール提督がいないことを疑念を持っていた。キルヒアイス副総司令官がいないのは不測の事態に備えるためだと理解できる。しかし、帝国にとって最重要であろうこの決戦にロイエンタール提督までいないとは。

ロイエンタールが事故に遭ったという情報は同盟軍にも伝わっていたが、それが本当かどうか判断しかねていたのだった。

帝国軍がロイエンタール提督を別働隊とし、攻撃の機を図っているという疑いを拭い去れていなかった。

 

ラインハルトは、総司令官であるはずのフォークの旗艦の姿を未だ捉えられていないことを不審に思っていた。

すなわち同盟にはまだ予備戦力があるのではないか。

その恐れがラインハルトにいつもの積極的な行動を抑制させていた。

 

しかし、ここに来てビュコックは決断した。

「待っているとホーランドの奴に限界が来るじゃろう。帝国軍に別働隊があるとすればここまでのタイミングで出現しない理由がない。おそらく存在しないのじゃろう。ならばここで全面攻勢に移るべきだ。全軍に突撃を指令せよ」

 

同盟の攻撃が勢いを増した。帝国軍の各司令官もよく凌いだが、戦局を変える程ではなかった。

ラインハルトはビュコックに対応していた。ラインハルトの天才的な指揮は、ビュコック艦隊の艦列に度々亀裂を生じさせたが、戦力差とビュコックの熟練した指揮の前にはなかなか有効打を与えることができなかった。

 

ミッターマイヤーはホーランドの奔放な艦隊運動に辟易しつつも、ビッテンフェルト艦隊を解放して本隊の援護に回すべく悪戦苦闘していた。

ビッテンフェルト艦隊はホーランドの艦隊運動に付き合って統制を失ったままであり、ミッターマイヤーの努力が実を結ぶまでにはまだ時間がかかりそうだった。

 

このまま戦局が推移すれば、いずれ同盟が勝つことは明らかとなっていた。

 

 

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会戦推移5

 

 

しかし、勝敗はこの戦場の外で決まることになった。



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第三部 6話 ファルスター星域会戦(後半)

5話と連続投稿しています。


ファルスター星域で会戦が始まった頃、

モールゲンでは、アンドリュー・フォークが秘密裏に療養を続けていた。

チョコボンボンの差し入れが届けられてそれを見たフォークが再度卒倒するという一幕があったものの、現在ではまともな会話が成立する程度には回復を見せていた。

 

とはいえ敵襲以外での外部との接触は、宇宙艦隊総司令官の名で固く禁じられていたが。

 

そのフォークの部屋の前に、モールゲン同盟軍基地司令官セレブレッゼ中将の副官サンバーグが駆け込んで来た。

フォークの護衛と監視を命じられていたシムズ軍曹が用件を問い質した。

「敵襲以外でフォーク中将を起こすなというのが、ドーソン総司令官のご命令です」

 

「だからその敵襲だ!」

 

 

連合軍二個艦隊二万隻がモールゲンに侵入したのだ。

 

 

 

セレブレッゼ中将は突然の事態に動揺していた。彼は後方支援のスペシャリストであり、防衛戦についてはまったく経験がなかった。このため、フォークに頼らざるを得なかったのだ。

 

「落ち着きたまえ、セレブレッゼ中将。このアンドリュー・フォークがいれば例え敵に想像を絶する新兵器があろうと恐るるに足りん!」

久々に解放されたフォークは自信に満ち溢れていた。頼られるということが何よりの精神安定剤となっていたのだ。

 

「何でもよいが、戦闘指揮は専門の人間に任せるさ」

自分以外に指揮を押し付けられるなら誰でもいいというのがセレブレッゼ中将の本音だった。

 

「連合軍は二万隻、二個艦隊というが、実質一個半艦隊だ。現在モールゲンにはキャボット少将率いる八千隻と、アルテミスⅡがある。アルテミスⅡは最新技術によってハイネセンの物より攻撃力を増している。その戦力は二個艦隊に迫るものがある。それにこのフォークがいれば、負けることの方が難しいだろう」

 

「なるほど……」

セレブレッゼ中将は納得したが、サンバーグ少佐には疑問があった。

「しかしそれは連合軍も承知だったはず。ここに来たということは何かしら勝算があるということではないのですか?」

 

「たしかに……」

「おそらく、勝算はない」

「えっ!?」

「どういうことだ?フォーク中将!」

 

「彼らの目的は、連合がモールゲンに侵攻したという事実をつくるということだろう。これが現在決戦中の同盟軍に伝われば動揺を生むだろう。下手すれば撤退ということになりかねない」

 

「なるほど……」

再度納得するセレブレッゼであったが、サンバーグはなおも食い下がった。

「帝国と連合が組んだということですか……驚きですが、しかしそれなら直接ファルスター星域に行って我が軍に強襲をかけた方が早いのでは?」

「それだと連合軍にも損害が出るだろう。連合にとって虎の子の二万隻、本来は一隻足りとも失いたくないだろうからな。戦況によっては帝国軍撤退後に単独で同盟の大軍と戦う羽目にもなりかねんし。」

 

「たしかに……」

「いちおう筋はとおっているようですな」

ついにはサンバーグも納得した。

 

「ひとまず、連合軍のことはキャボット少将とアルテミスⅡに任せておけばよい。我々がすべきことは、ファルスター星域で戦う同盟軍に我々の無事を伝えることだ。奴らめ、最初からこのフォークの作戦に従っていれば、このような事態にならずに済んだものを……」

 

ブツブツと呟きだしたフォークを尻目にセレブレッゼは指示を出した。

「サンバーグ少佐、早速超光速通信の用意を!」

しかしその時、急に基地が暗くなった。陽光が消え去ったのである。

 

セレブレッゼは不審に思った。

「何だ?モールゲンに日食を起こすような月はないぞ?」

 

その時には宇宙で事態が進行していたのである。

 

 

ウォーリックは、二万隻の艦艇それぞれに多数の氷塊を曳行させていた。

そしてそのまま惑星モールゲンと、それを守るアルテミスⅡを囲む形で停止した。

 

キャボット少将率いる八千隻は、それを遠方から監視していた。

「奴ら何をするつもりだ。氷塊を放ったとて、アルテミスⅡを破壊することはできんぞ。だが、我々単独で二万隻に当たることも出来ない。ここは様子見か」

 

キャボットにウォーリックの意図が読めたなら、意地でも彼らの行動を止めに動いただろうが。

 

ウォーリックは命じた。

「各艦、手筈通り氷塊をアルテミスⅡに向けて放て」

ウォーリック、ケスラー艦隊の各艦はそれぞれ小氷塊群をモールゲンにむけて投射した。氷塊は仮にモールゲンに突入したとしても、大多数が蒸発しきるサイズに最初から分割されていた。

その上でアルテミスⅡ12基のそれぞれに向けて投射されたのだった。

 

アルテミスⅡはありとあらゆる兵器でこれを迎え撃った。

秒速10km程度で近づく氷塊群は攻撃の格好の的であった。

ミサイルやレールガンは小氷塊群を粉々に砕いた。熱線砲や中性子ビームは砕かれた氷片を水蒸気に変えた。水蒸気は再度氷結し、雲となった。

 

砕ききれなかった氷塊も、アルテミスⅡの自動回避システムによって回避された。

 

アルテミスⅡが破壊されることはなく、その周囲に雲が形成されるだけに終わった。

モールゲンとアルテミスⅡを覆う、宇宙空間に広がる巨大な雲を。

この雲によって太陽光は遮られた。

 

これがウォーリックの狙いであった。

 

アルテミスの首飾りは太陽光で半永久的に動力を得るシステムである。太陽光によって各種兵器の動力を得ており、動力を失えばレーザーもレールガンも放つことはできなかった。

 

無論バッテリーは存在したが、それは今や氷塊への攻撃のために消耗し尽くした。ミサイルなら少ない動力で放つことも可能であったが、それも全て氷塊への攻撃で消費されていたのだった。

 

動力を失ったアルテミスⅡはここに無力化された。

 

ウォーリックは副官のツェーザー・フォン・ヴァルター少佐に命じた。

「同盟軍八千隻とモールゲン基地に降伏勧告を行え。断られたら攻撃だ。慌てる必要はないさ。それだけの時間は十分にある」

 

キャボット少将はモールゲンを見捨てることなく勇敢に戦った。だが、それだけだった。残艦艇が一千隻を切った時、キャボット少将は自決し、副官が連合軍に降伏の意思を伝えた。

 

ウォーリックは降伏処理をケスラー艦隊に任せて、自身は惑星モールゲンに引き返し、再度降伏勧告を行なった。アルテミスⅡは無力化されたままだった。

 

セレブレッゼは基地司令官として降伏勧告を受諾した。

フォーク中将は、連合軍がキャボット少将と戦っている間に少数の将兵とともに脱出用艦艇に乗って、イゼルローン回廊方面に逃走していた。

ウォーリックはそれを些事として見逃した。その乗員までは把握できていなかったのだ。

 

ウォーリックはセレブレッゼに依頼した。

「ファルスター星域で戦う同盟軍に、モールゲン占領と連合軍がファルスター星域に進軍中という事実を伝えてくれ」

 

ウォーリックは、フォイエルバッハ艦隊と連れてきたローゼンリッター第一連隊を含む陸戦隊に基地占領を任せ、麾下の一万隻を率いてファルスター星域に向かった。

 

モールゲンはアルテミスⅡとともに連合の手中に落ちた。

 

モールゲン占領の報は、ファルスターで戦う帝国軍と同盟軍に伝わることになった。

 

 

連合軍、モールゲン占領!

さらにファルスター星域に向かって移動中!

 

 

その報が入った時、ビュコックは耳を疑った。

理由の一つは連合軍が帝国軍と連携することを想定していなかったこと、もう一つは仮に連合軍の攻撃を受けたとしてもモールゲンにはそれに対応するのに十分な戦力を置いていたこと、であった。

 

 

ラインハルトは安堵していた。

「遅いと思っていたが、ファルスター星域で直接援軍に来るのではなく、モールゲンの方を攻撃していたとは。方法やタイミングは一任していたとはいえ……アリスター・フォン・ウォーリック、食えぬ奴だ」

 

ラインハルトは事前に連合軍のウォーリック総司令官と連絡を取り、連携することを約束していたのだ。ラインハルトにとって勝負は既に戦場の外で決していたと言える。

 

ラインハルトは諸将に指示を出した。

「皆、ここまでよく耐えた。同盟軍は撤退に移るだろう。同盟軍に損害を与える機会を逃すな。追撃を行なう」

 

 

ラインハルトの読み通りビュコックは撤退を決断した。

「連合と帝国が連携する可能性を軽視し過ぎたか……古い常識に囚われすぎていたかの。いや、今更言ってもしょうがないな。補給線を絶たれ、帝国、連合に挟撃を受ける前に撤退しよう。問題は大人しく撤退させてくれるかじゃが……」

 

撤退の指令は艦隊司令官に伝達された。諸将も勝つ前に補給が絶たれることを理解し、指示に従った。

交戦しながらの撤退は難事であった。

 

本隊に関しては各司令官の熟練の指揮の元、撤退を成功させつつあった。

問題はホーランド艦隊であった。

 

「ビュコック提督、我々に助けは無用。本隊も苦しいところでしょう。それに我々が不用意に退けば、自由になったミッターマイヤー、ビッテンフェルトが本隊の退路を断つ可能性があります」

 

「何!?では貴官は本隊の犠牲になるいうのか?」

 

「犠牲になるつもりはありません。我々は我々で撤退を成功させるつもりです。あのライアル・アッシュビーには無理でしたが、このホーランドは成功させてみせます」

ホーランドは自信に満ちた笑顔を見せた。

 

「貴官……いや、わかった。貴官の武運を祈る」

「ビュコック提督!」

ホーランドはビュコックを呼び止めた。

「何じゃ」

「万一小官が戻らなかった場合には、ぜひ覚えておいて頂きたい。我が先覚者的戦術は十分に有効であったことを。そしてホーランドは未来に知己を求めに行ったのだと」

 

「う、うむ……。貴官以外に同じことができるかは疑問じゃが」

 

「はっはっは。そうでしょうとも!」

 

面食らったビュコックを尻目にホーランドは通信を切った。

 

ホーランドは獰猛な笑みを見せつつ檄を飛ばした。

「さてここからが、我々の本領発揮の時だ。諸君、我々は英雄になるぞ!」

 

ホーランドは、全軍に芸術的艦隊運動を指示をしつつ、限界に至った艦から順に離脱、撤退を命じた。

撤退の指揮はモートンに任せ、自身は最後まで敵中に踏み止まった。

 

芸術的艦隊運動の嵐が過ぎ去った時、ホーランドの旗艦エピメテウスは単艦敵中に孤立していた。

しかしこの時には、本隊は追撃を受けつつもファルスター星域から撤退を完了していたし、ホーランド艦隊もエピメテウスを除き大多数が撤退していた。十分に役目を果たしたと言える。

 

ホーランドはこの戦いで還らぬ人となった。

 

 

撤退する同盟軍を見ながら、ラインハルトは感嘆の気持ちを禁じ得ないでいた。

「メックリンガー、同盟軍の撤退は敵ながら見事だな。それに、我々がここまで追い込まれるとは正直予想していなかった。敵の指揮官の名はなんといったか」

「アンドリュー・フォーク中将です」

アンドリュー・フォーク……記憶するべき名前がまた一つ出てきたようだな。私の名前でその男に電文を送ってくれ。

貴官の勇戦に敬意を表す。再戦の日まで壮健なれ、と」

 

ラインハルトは、この会戦の敵手を、最後まで勘違いし続けたままだった。

電文を送られた同盟軍も頭を悩ますことになったが、ビュコックは苦笑しただけで特に何も対処をしなかった。

後にこの電文を知ったフォーク中将だけが狂喜したという。

 

 

同盟軍は撤退を続けた。

途中、一部の艦隊はウォーリック艦隊の攻撃を受け、大きな被害を出した。

撤退の過程でアップルトンが戦死し、アル・サレムも重傷を負った。

 

モールゲンを失っていた同盟軍はイゼルローン回廊内のアルトミュール恒星系に設置された同盟軍基地まで退却した。

 

最終的に同盟軍は三万六千隻にまで艦艇数を減らしていた。半数を超える三万九千隻の艦艇を失ったことになる。

帝国軍の追撃がより徹底的であれば、より多くの人員と艦艇が失われていただろう。

 

 

しかし、帝国軍には大きな問題が発生していた。

 

リッテンハイム大公の反乱であった。

 

リッテンハイム大公派の動きは迅速を極め、オーディンは既に制圧され、リヒテンラーデ公は処刑された。

皇帝エルウィン・ヨーゼフ2世、アンネローゼ・フォン・グリューネワルト、キルヒアイス副司令官らの安否も不明となっていた。

 

リッテンハイム大公は自派閥に加えリヒテンラーデ公の改革に不満を持つ一部貴族とともに軍を興した。

 

その総司令官の名は、

 

 

オスカー・フォン・ロイエンタール。

 



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第三部 7話 ある男の矜持

時間を遡ること宇宙暦797年/帝国暦488年1月、

リッテンハイム大公は、ローエングラム侯とリヒテンラーデ公に対して恐怖を抱いていた。

 

ブラウンシュヴァイク公は死んだが、自らの勢力も、ローエングラム侯によって弱体化させられた。ブラウンシュヴァイク派領邦での狼藉を理由に。

それをリヒテンラーデ公も黙認したということは、いつか自分のことも誅するつもりなのではないか。

そうなる前にどうにかしないといけない……

実際それは被害妄想とは言えなかった。

 

しかしリッテンハイム大公には手駒が少なかった。

自派の威勢の良い貴族将校は、大半が処刑や流刑となっていたからである。

 

ラムズドルフ元帥やミュッケンベルガー退役元帥は中立派であるし、オッペンハイマー大将は日和見主義者であることを露呈している。

誰かいないのか。

 

そう考えるリッテンハイム大公の元を訪れた人物がいた。

 

ブラウンシュヴァイク公の腹心で行方不明となっていた人物……

アンスバッハ准将であった。

 

彼はリッテンハイム大公に語った。

「小官もローエングラム侯とリヒテンラーデ公に恨みを抱いております。小官が反乱の手筈を整えましょう」

リッテンハイム大公は関心を隠せなかったが同時に不安も抱いた。

「何、しかし露見したら私の身が危ないではないか。それに軍を誰が率いるのか?ローエングラム侯に勝つ必要があるのだぞ」

「露見した場合、リッテンハイム大公と他の方の間に不和を招くために私が勝手にやったことにすれば良いのです。ブラウンシュヴァイク公の忠臣と呼ばれた私のやったことであれば、納得されるでしょう。それに軍を率いるのに適した人物には心当たりがあります」

 

「なるほど、わかった。ぜひやってくれ」

リッテンハイム大公には自分に都合の良い面しか見えていなかった。自分もアンスバッハの復讐の対象だとは考えていなかったのだ。

 

アンスバッハはあえてローエングラム陣営に人材を求めた。

有能な人材がそこに集まっていたからである。不穏な発言が多く、私生活にも隙が多いと噂されていたロイエンタールが第一候補となった。

 

アンスバッハはロイエンタールの自動車に細工をして交通事故を引き起こさせた。ロイエンタールは軽傷だったが、アンスバッハ率いる盟約軍残党の手で気絶させられ、事前に掌握済みの病院に運び込まれた。

 

ここまでの出来事はリッテンハイム大公には知らせずに行われた。リッテンハイム大公が秘密を守れると考えていなかったからである。

 

強いられた事とはいえロイエンタールは出征可能な負傷であるのに、出征しなかった。

少なくともローエングラム侯に釈明が必要な状況となった。

 

ロイエンタールは自らが進んでサボタージュしたわけではないと証明する必要があったが、そのような証拠はアンスバッハの手で消され、ロイエンタールが自ら指示したと見えるように工作がなされていた。

 

アンスバッハはロイエンタールに拒絶された場合に備え、グリューネワルト伯爵夫人を人質にしてキルヒアイスにラインハルトを裏切らせることも考えていた。

女性を人質に取るのはアンスバッハの好みではなかったが。

 

しかしロイエンタールはアンスバッハの誘いにあっさりと乗った。脅す必要もない程に。

 

ロイエンタールはリッテンハイム大公に対し、サビーネとの婚約を協力の条件に出した。

ロイエンタールの女癖の悪さを聞いていたリッテンハイム大公は当初は渋ったが、アンスバッハの説得により最終的には承諾した。

 

ラインハルトがオーディンを出発した頃、ロイエンタールは郊外の病院で、アンスバッハと面会していた。

 

「今更ですが、よかったのですか?主君を裏切ることになって」

「ほう、卿がそんなことを言うとはな。卿にとっては俺が裏切った方が都合がよかろう」

 

「……私はブラウンシュヴァイク公に忠誠を誓った身。主君を裏切る人間の気持ちがわからないのですよ」

その人物、アンスバッハはロイエンタールの本心を確かめようとしていた。

 

「近くで忠誠を誓うよりも、離れた方が主君の為になることもあるだろうよ。卿の行動もそうではないのか?」

「それは……その通りですな。すると卿は……。いや、ローエングラム侯に対して謀反を起こす意志自体は確かなようだ。それだけ確認できれば別に構いません。ひとまずは今回の件でリッテンハイム大公とローエングラム侯、リヒテンラーデ公、この三人のうち幾人かがブラウンシュヴァイク公の元に旅立つでしょうから」

「ふむ、ひとまずはお互いの目的のために利用し合おうじゃないか。……そうだ、一つ言っておこう。俺はここに至ってはローエングラム侯と本気で戦うつもりだ。もし俺がローエングラム侯に勝った場合、返す刀でリッテンハイム大公を討つつもりだ。なおさら卿には都合がいいだろう」

「ほぅ、その場合はぜひ協力させて頂きます」

「うむ、では準備に動くとしようか」

 

決行はロイエンタールの決定で3月5日となった。

 

その3月5日、まず新無憂宮とリヒテンラーデ公の邸宅がオッペンハイマーの憲兵隊に押さえられた。リッテンハイム大公とロイエンタールに協力を強要された末のことである。

 

リヒテンラーデ公は捕らえられ、先走った貴族将校によって処刑された。

 

エルウィン・ヨーゼフ2世も、丁重には扱われたがロイエンタール自らの指示で軟禁状態とされた。国璽もロイエンタールの確保するところとなった。

 

キルヒアイス、アンネローゼの行方に関しては全く不明であった。とはいえ、艦隊戦力はロイエンタールが掌握しており、事実上無視して構わないと考えられた。

 

同日、リッテンハイム大公は、国政を壟断するリヒテンラーデ公を君側の奸として排除したことを公表し、銀河帝国正統政府の成立を宣言した。さらに自らを帝国宰相とした上で、銀河帝国正統政府軍総司令官に元帥に二階級昇進させたロイエンタールを任命した。

近衛兵総監にはラムズドルフ元帥を留任させ、憲兵総監もオッペンハイマー大将を元帥昇進の上留任させた。

ローエングラム侯には速やかに兵権を正統政府に返すことを要求し、従わざる時は実力をもって排除すると伝達した。

無論ローエングラム侯が従うとは誰も考えていなかった。

 

ロイエンタールは、リッテンハイム大公にキフォイザー星域への移動を提案した。既にリヒテンラーデ公は殺し、エルウィン・ヨーゼフ2世と国璽は手中にある。もはやオーディンに用はないため、この上は戦いやすい星域に移動すべし、と。

 

キフォイザー星域にあるガルミッシュ要塞は先の内乱の際オフレッサーの部下に爆破されたまま放置されていた。

しかし一部の機能は生きており、拠点としての活用は可能と考えられた。

 

しかし、キフォイザー星域が戦いやすいとはどういうことか?現に先の盟約軍は負けているではないか、と怪訝に思うリッテンハイム大公とアンスバッハにロイエンタールは策を披露した。

 

最終的にリッテンハイム大公はキフォイザー星域への移動を了承した。

 

3月15日、銀河帝国正統政府軍のキフォイザー星域への集結が完了した。

ロイエンタール麾下の正規軍艦隊に加え、リッテンハイム大公派貴族と、リヒテンラーデ公、ローエングラム侯の改革に不満を持っていた守旧派貴族、軍人がこれに参加した。

 

総数は五万隻にもなった。

これはファルスター星域会戦で損害を受けているラインハルトの軍勢を上回る数であった。

 

3月17日、急行して来たラインハルトの軍勢がキフォイザー星域を強襲した。しかし、正統政府軍は既にそこを去っていた。

 

両軍はキフォイザー星域に隣接するアルメントフーベル星域で戦うことになった。








次はフェザーンでの同盟と連合の戦いを先に書きます


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第三部 8話 フェザーンの戦い

宇宙暦797年/帝国暦488年3月3日、同盟軍とルビンスキー派フェザーン軍は、機動要塞ファルケンルストと共にフェザーン本星への進軍を開始した。

 

同盟軍第二艦隊、第十艦隊、第十一艦隊、第十三艦隊の計五万一千隻とフェザーン艦艇二千隻がその内容であった。

 

総司令官はパエッタ中将であったが、実質ユリアン・ミンツ大尉が指揮を取ることは暗黙の了解となっていた。

 

ファルケンルスト要塞の司令官は改修作業を担当したルフェーブル中将が務めた。

 

 

同盟軍の歩みはゆっくりとしたものになった。

 

連合軍が回廊の広範囲に機雷を散布していたためである。

 

艦隊であれば指向性ゼッフル粒子で通路を作れば良いが、要塞が通るとなるとそれでは十分ではない。

また、ワープ位置に機雷が存在する可能性も考えると不用意なワープもできない。

 

このため、移動先の機雷の有無を確認し、ファルケンルスト要塞主砲ファルケンシュナーベルや指向性ゼッフル粒子により大まかに機雷を吹き飛ばした後、要塞の移動砲台や掃宙艇で取り零しの機雷を片付けるという、非常に地道な作業を行いながら前進することになった。

 

しかしながらこれが時間稼ぎに過ぎないことは同盟軍も連合軍も承知していた。

 

 

連合軍の総指揮を任されたヤンは懊悩していた。

 

ファルケンルスト要塞がこのまま進軍し、その主砲がフェザーン本星を捉えたとしたら……今はそれなりに従順なフェザーン人も、連合を見限って反乱を起こすだろう。

フェザーン本星に派遣された連合軍情報部ヤーコプ・ハウプトマン少佐の報告もそれを裏付けていた。

フェザーン人が敵に回れば連合軍はフェザーン回廊から叩き出されることになる。

 

結局のところ、ファルケンルスト要塞をフェザーン本星に近付けさせた時点で負けなのだ。

ヤンとしてはその前に要塞を撃破なり占領なりしないといけなかった。

 

しかし、そのファルケンルスト要塞を守るのは、同盟軍でも最優秀のボロディン、ウランフ両提督と、頭は少し固いが実力は確かなヤンの元上司パエッタ提督である。

要塞抜きであっても、ヤンは彼らに対して勝てると断言できなかった。

さらになかなかの知恵者と思われるユリアン・ミンツが黒幕として控えているとなれば、ヤンとしては有効な対処の方法を思いつけずにいた。

 

「とりあえず機雷で時間稼ぎはしてみたが、本当にどうしたものか」

 

例えば、航行中の要塞のエンジンを一部破壊すれば、無秩序な回転を始めさせられるだろう。

しかしそれを行おうとしても、優秀な提督達がそれを阻むだろう。

また例えば、氷塊にバザードラムジェットエンジンを装着して亜光速に加速し、要塞にぶつけるということもヤンは考えてみてはいた。

しかし不用意にそれを行なっても、きっと簡単に対応されてしまうだろう。

 

悩んでいるヤンに、ローザが紅茶を持ってきた。

「ヤン提督、少し休憩なさってはいかがですか。今よい茶葉が切れていて申し訳ないですけど」

「いや、ありがとう、ラウエ少佐。……茶柱だ。茶柱が立つと来客があると言うけど、同盟軍のことだったら嫌だなあ」

「緑茶で有名な古代日本では、茶柱が立つのは縁起がよいこととされていたんですよ」

「へえ、そういうものか」

 

まあ茶柱に関しては男女に関するもう少し恥ずかしい話もあるのですけどね、と言いながらローザは何故か赤くなっていたが、ヤンの意識は茶柱に集中していた。

「そうだ、これは使えるかもしれない。ありがとう、ラウエ少佐。おかげでアイデアが浮かんだ。すぐに検証したいのでリンクス技術大佐を呼んでくれ」

「え、あ、はい。承知しました!」

 

リンクス技術大佐はヤンのアイデアに驚いたものの、ポジティブな答えを返した。

「いま少し検証しないと確実なことは言えませんが、おそらくは可能です」

「そうか。では実行計画を詰めた後、再度連絡してくれ。フェザーン当局の許可を得るから。ちょうど明日の午後、連絡役のボリスが来ることになっているから奴に仲介を頼もう。それまでに計画をまとめられるか?」

「厳しいですが、なんとか間に合わせます」

「ありがとう。よろしく頼む」

 

翌朝リンクスは約束通り、実行計画をまとめて来た。

ボリス・コーネフは独立商人であったが、ヤンと旧知の仲であるという情報を当局に掴まれ、強制的に連絡役にさせられていた。本人は不平たらたらであった。

また、以前もルビンスキーによって、ヤンに対する情報工作員として連合に派遣された経験があった。

本人の意思と適性はともかくとして、フェザーンの情報網に精通し、なおかつ信用できる人物として、ヤンはボリスを重宝していた。

 

「ボリス、この計画にはフェザーン当局の許可が必要だ。しかし事前に同盟のシンパに知られてはいけないんだ。なんとか頼むよ」

「まあ、しょうがない。ボルテック、いや、ケッセルリンクの野郎がいいか。なんとか話を通してみるさ。だがこの貸しは高いからな」

「わかっているさ」

「しかしこれは一種の悪戯だな。一緒に悪さを働いた昔が懐かしいぜ」

 

ケッセルリンクは、ヤンの依頼に面食らいつつも背に腹は代えられぬと最終的には承諾した。

 

必要な作業は連合軍のみで秘密裏に行われることになった。

 

3月13日、ついにファルケンルスト要塞はフェザーン本星のある宙域に到達した。

この宙域にも機雷が散在していた。しかも機雷それぞれが様々な速度でゆっくりと場所を移動していた。

 

ウランフが零した。

「ヤン・ウェンリーめ、やはりここにも機雷をばら撒いていたな。後々の掃宙の苦労が思いやられる。ボルテックもよく許可したものだ」

ユリアンは落ち着いていた。

「グラズノフ補佐官の事前の情報通りですね。補佐官によると、彼らは氷塊にバザードラムジェットエンジンを装着して加速することで質量兵器にしようとしています。それをファルケンルスト要塞に激突させるつもりです」

 

ボルテックの補佐官グラズノフはルビンスキーに通じており、彼らはそこから直接情報を得ていたのだ。

なお、連絡手段の確保はバグダッシュが担当していた。

 

ユリアンの説明は続いていた。

「氷塊攻撃に対抗するには、無人艦を加速してぶつけるのが効果的です。ヤン・ウェンリーの狙いは、我々のその対応を無数の機雷で阻害することでしょう。

先方は事前に機雷の座標を把握しているので機雷を回避する軌道を選択できますが、我々は機雷の情報の収集から入らないといけませんからね。

実際事前に情報を得ていなければ、我々も対応に苦労したでしょう。

しかし彼らは我々の情報解析能力と即応能力を甘く見た。

事前にわかっていれば、この第十三艦隊ならば対応できます」

 

第十三艦隊は、通信能力、索敵能力が強化され、相互にデータリンクされた無人艦によって構成されていた。

 

無人艦は個艦の対応能力が有人艦に劣るが、運用方法によってはそれ以上の能力を発揮できると同盟軍の技術将校達は考えていた。

 

第十三艦隊はそれを立証するための艦隊であった。

防衛戦争の記憶も遠くなり、兵士の成り手の不足に悩む同盟軍ゆえの選択だった。

 

シヴァはその高い通信能力で艦隊を統制していた。

各艦の収集した機雷情報はシヴァに集められ、短時間のうちに統合され解析された。各無人艦にはシヴァから適切な移動座標と対応アルゴリズムが伝えられた。

予測されるどの方向からの氷塊攻撃にも、機雷に阻害されずに対応可能な体制が即座に整えられたのだ。

 

この対応システムを短期間に構築したのはシンシア・クリスティーン中尉であった。彼女は無人艦の運用に特化した才能を有していたのだ。

 

 

30分後、複数の氷塊がファルケンルストに向かって発射され、なおも加速中であることが、先行した偵察艦によって観測された。

その情報は超光速通信で第十三艦隊に伝えられ、機雷の影響を受けない適切な座標の無人艦が迎撃を行なった。

無人艦自体が加速し、氷塊とぶつかり、相殺したのである。

 

連合は様々な方向から氷塊を放った。その数は三十を越えたが、いずれもファルケンルスト要塞に打撃を与えることは叶わなかった。

 

ユリアンはパエッタとルフェーブルに連絡した。

「ヤン・ウェンリーの策はつぶしました。早急に前進しフェザーン本星を要塞の射程に収めましょう」

 

ユリアンとしては、想定通りに事態が動いたことに安堵したが、同時に落胆もしていた。ヤン・ウェンリーはこの程度だったのか、と。

 

同盟軍が前進速度を早めたその時、何かがファルケンルスト要塞に衝突した。



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第三部 9話 運命の糸

ヤンは旗艦パトロクロスで事態の推移を見守っていた。

「いやあ怖い怖い。やっぱり氷塊攻撃の情報は漏れていたか。でも、奥の手の方には気づいていなかったみたいだな」

 

ヤンは二つの策を考えていた。そしてその一つ、機雷と氷塊攻撃のコンビネーションについては情報統制を甘くしていたのだ。

策を秘密にしていると、ヤン・ウェンリーには秘策があると同盟軍は考え、意地になってそれを暴きに来るだろう。

そうなれば情報漏洩の可能性は高まってしまう。ヤンは同盟軍を安心させ油断させるためにブラフの策を用意したのだ。

 

 

本命は、まともな艦隊司令官が思いつかないような手段だった。

 

 

 

リンクス技術大佐はその時、フェザーンの地表から約3万km上空にいた。

彼はフェザーンの静止軌道、そして軌道エレベータにいたのである。

 

今フェザーンの軌道エレベータはケッセルリンクの命令によって封鎖されていた。表向きの理由は同盟軍の侵攻に備えるためであり、ボルテックもそれを信じていた。その本当の理由はボリスを通じてケッセルリンクにしか知らされていなかった。

 

軌道エレベータ、それはハイネセンにもオーディンにも存在しない、フェザーン固有の宇宙到達手段であった。

 

フェザーンの軌道エレベータの本体は、格子欠陥のない先細り構造の炭素クリスタル繊維による長い綱である。太いところでも2m程度の単繊維の「糸」が、さらに千本集まって巨大な綱となっていた。

 

末端にカウンター質量の付いた長さ3万5000kmを越える果てし無く長い綱、それが軌道エレベータの正体であり、その周囲を覆う構造物はあくまで飾りであった。

 

軌道エレベータはフェザーンの静止衛星軌道を中心として、引力と遠心力によって常に地表側と宇宙側に引っ張られていた。

静止軌道にあたる3万kmの位置に重心があり、その5000km先にカウンター質量を兼ねた管制センターがあった。

仮に炭素クリスタル繊維の「糸」をその重心位置で上下に切断したとしよう。するとどうなるか。

下側は引力によって地表に向けて落下する一方、上側の「糸」は遠心力に従って宇宙に向かって放り出されることになるのだ。

 

リンクス技術大佐が行なっていたのはまさにその、「糸」を適切なタイミングで切断する作業であった。

 

フェザーンの軌道エレベータは安全を見込んで必要最低限の二倍の炭素クリスタル繊維の「糸」から構成されていた。リンクス技術大佐は「糸」のうち、軌道エレベータを壊さないで済むだけの量である約4割、400本を切断した。

切断された「糸」は今回の目的のために管制センターに開けられた穴から放出された。

 

地表に落下する側の「糸」を、地表に被害を及ぼさないよう、いかに迅速に燃え尽きさせるか。

「糸」切断後も軌道エレベータ自体を維持するためにカウンター質量をいかに調整するか。

技術課題は多数存在したが、リンクス技術大佐率いる技術チームは見事にやり遂げた。

 

結果、直径最大2m、長さ5000km以上の長大な「糸」が天翔けることになった。その数400本。向かう先はファルケンルスト要塞の予測位置であった。

 

 

 

ヤンはファルケンルスト要塞の通常航行エンジンを破壊しようと考えていた。それを実現するために重要なポイントは

・事前に同盟軍に意図を気づかせないこと

・その手段が十分な破壊力を持つこと

・破壊が実現するまでにその手段が感知されないこと、あるいは感知されても対処が難しいこと

の3点であった。

 

最初の二点はまだしも、最後の一点が問題であった。それが小惑星であれ氷塊であれ、艦隊であれ、同盟軍の総力を上げた護衛体制に気づかれないわけにはいかないだろう。

 

しかし、宇宙空間を高速で飛ぶ長さ5000kmの「糸」であれば?

 

それはレーダーにも検知困難な細さであり、仮に検知できたとしても、ノイズとして処理されてしまうだろう。

いや、仮に検知されたとして長さ5000kmもある「糸」をどうやって迎撃すると言うのか。

 

そして細いとはいえ、太いところで2m、長さは5000kmもある構造物が高速で飛来すれば銀河最大の要塞とはいえ損傷は免れないだろう。

 

かくして軌道エレベータそれ自体を兵器とする、史上初で、おそらく以後誰も実行しないだろうその作戦が実行された。

ヤン・ウェンリーはこの作戦を「茶柱作戦」と名付けたかったが、ローザ以外の賛同を得られず、無難に「アリアドネ作戦」と呼ばれることになった。

 

ちなみにヤン・ウェンリーもケッセルリンクも気づいていなかったが、今回の作戦で消費された「糸」の総製造コストはフェザーンの国家予算の半年分に相当した。

この作戦を後で知ったボルテックは卒倒したと伝えられている。

 

 

さて、軌道エレベータから解き放たれた400本の「糸」のうち、

約90%は同盟軍とは無関係な位置に飛び去った。位置予測を一箇所に絞り切れなかったためである。

6%はファルケンルスト要塞周囲の艦艇に衝突し、何らかの被害を与えて飛び去った。最大で10隻の艦艇に衝突し、撃破した「糸」も存在した。

 

そして残り4%がファルケンルスト要塞に接触したのだった。

ファルケンルスト要塞にとってそれは、打ち据える鞭であり、拘束する縄であった。

 

ある「糸」はその先端を要塞にぶつけて衝撃を与えた。

 

ある「糸」は塊として要塞にぶつかり、その装甲を破壊した。

 

またある「糸」は中央から要塞にぶつかり、そのまま巻き付いた。

 

そして何本かの「糸」はファルケンルスト要塞に設置された通常航行用エンジンのいくつかを歪め、破壊したのだった。

 

エンジンを破壊されたファルケンルスト要塞は、バランスを失い、制御不能の回転を始めた。

 

ここに至っても同盟軍はヤンの攻撃手段を特定できていなかった。

しかし、起きた出来事自体は明確だった。

 

ユリアンは指示を出した。

「ファルケンルスト要塞から距離を取ってください!このままでは巻き込まれます!」

 

各艦隊は急いでファルケンルスト要塞から距離を取った。しかし周囲には機雷が存在し、少なくない艦艇がその犠牲となった。また、間に合わず要塞に激突した艦艇も多数存在した。

 

「糸」に打ち据えられ、艦艇を巻き込みつつ激しく回転するファルケンルストは、装甲の各所に亀裂が入り、満身創痍だった。

そこに再度の氷塊攻撃が行われた。

致命傷であった。

ファルケンルストのエネルギー炉が暴走を始め、大爆発を起こした。

 

多数の艦艇が巻き込まれた。

 

残存の同盟軍艦隊に対し、今まで遠方に待機していたヤン、クロプシュトック、シュタインメッツ、フォイエルバッハの艦隊、四万隻が襲いかかった。

 

同盟軍の提督達は絶望的な状況下でも態勢を立て直し、勇戦したが、戦局は変えようもなかった。

共に行動していたフェザーン艦艇は既にいずこかへと逃げ去っていた。

もはや大勢は決したと誰もが考えていた。

 

しかしただ一人、ユリアン・ミンツだけは諦めていなかった。



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第三部 10話 求めるもの

ファルケンルスト要塞が破壊され、戦況が悪化の一途を辿る中、バグダッシュはユリアンに呼びかけた。

「これは負け戦です。さっさと撤退しましょう!」

「パエッタ提督には撤退を検討するよう伝えてください。しかし第十三艦隊にはまだやらないといけないことがあります」

 

バグダッシュは耳を疑った。

「何ですって!切り札だった要塞が破壊されたじゃないですか」

 

「ファルケンルスト要塞が破壊されたこと自体は別にいいんです」

「どういうことですか?」

 

「表立っては言えませんが、フェザーンの奪回は今回できてもできなくても良かったんです。

連合に要塞を防衛拠点として利用させないことが、最低限果たすべき目標だったのです。

同盟の、連合に対する方針は消耗戦を強いることです。

盾となる要塞を失ったことで連合は同盟と消耗戦を続けないといけなくなりました。だからそれはいいのです。

問題は、黙って引き下がるには損害があまりにも大きくなり過ぎたことです。

同盟は既にイゼルローン方面で負けました。ここでも惨敗で終わると流石に有権者が黙っていないでしょう。

トリューニヒト議長のために、我々は有権者にわかりやすい成果をつくらないといけません。この命に代えても」

 

バグダッシュは、唖然とした。

しかしバグダッシュが言葉を発する前にシンシアが問いかけた。

「何故、そこまでできるんですか?」

 

「え?」

 

「議長のため、議長のため。神でもないただ一人の人間のために命をかけるなんて、理解できませんよ!」

 

ユリアンは呟いた。

「……期待してくれたんです」

 

「?」

 

「母は早くに死んだ。父は連合領での軍務で滅多に家に戻って来なかった。その間一緒に暮らした祖母は僕を憎んでいた。

トリューニヒト議長だけだったんだ。小さい頃から僕に目をかけて期待してくれたのは。

皆、知らないんだ。価値を見出してもらえないつらさを。期待されることの有り難さを。

トリューニヒト議長の期待に応えられなければ僕は生きている意味がないんだ」

 

バグダッシュの声は諭すようだった。

「そんな深刻になる必要はないと思いますがね。別に議長に限らず、みんなあなたに期待していますよ。私だって、クリスティーン中尉だって」

「ええ、そうですよ。ユリアン君が知らないだけで、期待している人はたくさんいます」

「……ありがとう、二人とも。でもやっぱりまだやれることがあるんだ。もう少し付き合って欲しい。マシュンゴ准尉も」

 

三者は三様に答えた。

「しょうがないですね」

「私は保護者役ですからね。まあいざとなったらすぐ降伏しますけどね。」

「人は運命には逆らえませんから」

 

バグダッシュが尋ねた。

「で、何をやるんです?」

 

「ヤン・ウェンリーの旗艦パトロクロスに乗り込みます。そしてヤン・ウェンリーを捕縛するか、無理なら殺害します」

沈黙が艦橋を包んだ。

 

「……今すぐにでも連合に降伏したくなってきましたよ」

 

「お願いしますよ。この作戦のためには、バグダッシュ少佐の情報、クリスティーン中尉の艦隊運用、それに陸戦隊の力が要るんですから」

 

シンシアは意を決して言った。

「お願いがあります」

 

「何ですか?クリスティーン中尉」

 

「一つ、危ない橋を渡るからにはちゃんとヤン・ウェンリーを殺、もとい、倒してくださいね」

 

「は、はい、それは勿論です」

 

それから、とシンシアは続けた。

「二つ、私のことをこれからはシンシアと呼んでください。三つ、この戦いが終ったら一緒に地球を観に行きましょう。二人だけで」

 

「……いいですよ。それで協力してくださるなら」

 

お熱いですなあ、とバグダッシュが茶々を入れた。

「まあ、パトロクロスに突っ込んで降伏した方が生き残れる確率は高いかもしれませんしな」

 

深刻な戦況の中、シヴァの艦橋は妙に明るい空気に包まれていた。歪だが、それはユリアン・ミンツがずっと求めていたものかもしれなかった。

 

 

突入部隊のメンバーはすぐに決まった。

第十三艦隊の有人艦は旗艦シヴァと副司令官デッシュ准将の乗るムフウエセだけであったから。

ユリアンは今回のような事態を想定してシヴァの人員のうち3割を陸戦隊に占めさせていた。

この陸戦隊と一部志願者の合計400人が突入メンバーとなった。

 

陸戦隊を率いるジャワフ大佐は諦めの境地であった。

「パトロクロスに突っ込むということは、ローゼンリッターの隊員と戦うことになるんでしょうな。まあ司令官の命令とあらば仕方ありませんが。全滅する前にどうにかしてくださいよ」

 

陸戦隊員達はもう少し陽性の反応を示した。今まで何ら戦況に寄与できず悶々としていた彼らに、ようやく出番が回って来たのだから。

 

 

 

その時、ヤン艦隊はパエッタの艦隊と戦闘中であった。

 

クリスティーン中尉は第十三艦隊の残存艦を掌握した。分散していた艦艇を集めて艦列を整え、ヤン艦隊に対して突撃を仕掛けた。

 

ヤンはアッテンボローの分艦隊に対応を命じていた。

アッテンボローはよく制御された砲火で第十三艦隊を押し留めようとした。

だが、無人艦隊は損害を気にせず前進を続け、ゼロ距離に至ったところで次々に自爆した。アッテンボローは一時部隊の統率を失った。

 

シヴァと残存部隊はその間にヤンの本隊に突入した。

さらに多くの艦が失われたが、シヴァはついにパトロクロスと邂逅を果たした。

 

シヴァはパトロクロスにぶつかって、停止した。

シヴァには揚陸機能も搭載されていた。パトロクロスに突き刺されたシリンダーから400人が荒々しく突入を果たした。

 

場違いなほど陽気な声がパトロクロスに響いた。

「くたばれ、ヤン・ウェンリー!」

「ペテン師に死を!」

 

ゼッフル粒子が散布され、火器の使用は不可能になった。

 

パトロクロスの艦橋は騒然となった。

 

ワルター・フォン・シェーンコップ准将が対応を指示した。

「ロイシュナー!ドルマン!ハルバッハ!迎撃部隊を組織し、対応にあたれ。ゼブリン!俺の装甲服を持って来い。俺も出る。クラフト! リンツに連絡を取れ!」

 

パトロクロスにいた陸戦隊は、ローゼンリッターより派遣されたシェーンコップ直属の50人のみであった。これに陸戦経験のある乗員150名を加えて、防衛の指揮に当たった。

しかしこれで勢いに乗る400名に対応するのはなかなか難しいと言えた。

 

シェーンコップは一つ、大胆な指示を出した。

 

艦隊後方で待機中だったカスパー・リンツ率いるローゼンリッター第二連隊の強襲揚陸艦に連絡を取り、パトロクロスに強襲接舷させたのだ。

 

これにより、侵入者排除の目算は立ったが、この時には既に敵に前進を許してしまっていた。

 

抵抗が激しくなる中、ジャワフ大佐はユリアン達を先行させた。

「ここは本職の我々に任せてください!四人ならこの先もなんとかなるでしょう!」

 

バグダッシュ、シンシア、マシュンゴ、ユリアンの即席カルテットは、結果的にうまく機能した。

パトロクロスの構造を把握しているバグダッシュが先導し、残りの三人が敵を排除した。ユリアン、マシュンゴは優れた闘士であったし、シンシアも外見に似合わず十分に戦うことができた。

「エンダースクールのバトルゲームが懐かしいですね!」

「あちらの方が難易度は高かったですね」

エンダースクール出身者にだけ通じる会話をしながらユリアン達は前進した。

 

突如、横から戦斧が飛来した。間一髪で、マシュンゴはそれを弾くことに成功した。

 

「ほう、今のを防ぐか」

 

シンシアがその名をさけんだ。

「ローゼンリッターのシェーンコップ!」

 

シェーンコップは芝居掛かった一礼をした。

「私のことをご存知とは光栄です。お嬢さん。ここが戦場でなければぜひディナーにお付き合い頂きたいところですが」

 

マシュンゴがシェーンコップの前に立ちはだかった。

「ここは私に任せて、先に行ってください」

 

「マシュンゴ准尉、死なないで!」

ユリアン達は先を急いだ。

 

「ルイ・マシュンゴ。貴官のことは知っているぞ。交流試合でローゼンリッターの隊員が何人か世話になったからな。だが、俺の相手が務まるというのは思い上がりかもしれないぞ」

 

マシュンゴは首を振って戦斧を構えた。

「人は運命には逆らえませんから」

 

 

 

ついにユリアンは艦橋に辿り着いた。

だが艦橋には多数の人員が武器を持って待ち構えていた。

 

一際高いところにある指揮卓の上に、黒髪の学者のような風貌の男が行儀悪く座っていた。

 

ヤン・ウェンリー!!

 

「待て!降伏する!!!」

艦橋にバグダッシュの大きな声が響いた。

 

何事かと驚く衆目の前で、バグダッシュは小声で付け加えた。

「俺だけね」

 

一同が理解に至る前にユリアンとシンシアが動いた。

ヤン・ウェンリーのもとへ!

 

 

その時、艦橋を走り抜けるユリアンに向けて、突如白刃が閃いた。

シンシアが咄嗟にユリアンを突き飛ばした。

 

それはローザの炭素クリスタルブレードの練達の一撃だった。

ユリアンを狙ったそれは、代わりにシンシアを切り裂いた。

 

「シンシアさん!」

「呼び捨てでいいって言ったでしょ……」

もはや生きているのが不思議な状態だったが、シンシアはローザの足にしがみついて離さなかった。

「離せ!」

「ユリアン、早くヤン・ウェンリーを!そして私の代わりに地球に!」

 

突如艦橋の重力が失われた。

 

ユリアンは、突入部隊の攻撃目標の一つに、艦にとって致命的ではないが重要なもの、重力制御装置を加えていた。

突入部隊の一部は、警備の薄い重力制御装置のコンロール室に辿り着き、参加メンバーの中の工兵隊員がその機能を停止させたのだった。

 

艦橋員は混乱の中に叩き落とされた。

その中でユリアンは水を得た魚となった。

 

バトルゲーム、そしてフライングボールで培った動きで、艦橋を一気に移動し、ついにヤンの前に到着した。

「君がユリアンか……」

「ヤン提督……」

 

二人は奇妙な感覚に囚われていた。お互い、何か場違いなところにいるように思えたのだ。

 

「ユリアン、早く!!」

「ヤン提督逃げて!」

ローザが、シンシアの拘束を振りほどき、驚くべき速度でユリアンの元に向かっていた。

 

ユリアンは我に返ってヤンに戦斧を向けた。

「覚悟!」

「させない!」

 

ユリアンの刃がヤンに届くのと、ユリアンにローザの刃が届くのとは同時であった。

 

0Gの中、血の玉に囲まれて浮かぶヤンにローザが駆け寄るのを見ながらユリアンの意識は消え去った。

 

「ヤン提督、どうして……」

 

それがユリアンの最後の言葉となった。



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第三部 11話 日記

本日投稿二話目

最後の方少し暗いのでご注意


2月9日

今日から新しく日記をつけ始めることにした。

フェザーンを脱出してファルケンルスト要塞に着くまで、日記を書くような余裕はなかった。

ようやく心と時間に余裕ができたので、自分の生きていた証を書き残そうと思ったのだ。

いつまで続けられるかはわからない。

自分の継続力次第でもあるが、次の戦いで戦死する可能性だってあるのだから。

 

ぼくが学校をやめて軍人になると伝えた時、担任のブッシュ先生はしつこく引き止めてきた。

「ユリアン君、そんなに早く人生を決めることはない。もう少しハイネセンで見聞を広めたらどうだろうか。君ならプロのフライングボール選手にだってなれるだろう。選択の幅を若いうちから狭める必要はないんだ」

 

学校も部活も休みがちな不良生徒のぼくだったが、フライングボール部の顧問であるブッシュ先生は価値を見出してくれていたらしい。

てっきり試合の時だけやって来て好き勝手に点を獲って去っていく問題児だと思われていると考えていたから、これは新鮮な驚きだった。

しかしぼくには新しい保護者のトリューニヒト議長の期待の方が重要だった。

ブッシュ先生は「トリューニヒト議長は政治家としては立派な方だ」と繰り返した。

勿論その通りだ。保護者として立派であることなんてぼくも求めていないのだから。

 

ぼくは父親によって初等学校の頃からエンダースクールに行かされることになった。

一般の学校とエンダースクールの二重生活が僕の日常だった。

 

まともに友人もできず、日々エンダースクールの生徒と競争に明け暮れる日々。バトルゲームと呼ばれる戦闘訓練の数々。教師達は粗探しに終始し、褒められることなんてなかった。

 

時々見学に来る、当時は若手の国防委員だったトリューニヒト議長だけが僕を褒めてくれたのだ。

 

議長だけが気にかけてくれた。

 

ぼくはそれを励みに今まで生きてきた。

 

母は死に、祖母も死に、父も死んだ。でもトリューニヒト議長が新しい保護者になってくれた。

 

ぼくは議長の期待に応えなくてはいけない。議長の期待だけがぼくの生きる糧なのだから。

 

長くなったので今日はここで止めておく。

 

 

2月10日

ウランフ提督、ボロディン提督に挨拶に行った。先の作戦では二人とも僕の指示に従ってくれた。

二人とも気さくな人達だった。本当はこんな青二才の指示を受けるなんて嫌なんだろうけど、そんな様子はまったく見せなかった。

とはいえ、ウランフ提督には

「貴官の指示に何百万もの将兵の命がかかっていることを忘れないで欲しい」

と言われた。

肝に銘じておくことにしよう。

 

 

2月11日

第二艦隊がファルケンルスト要塞に到着した。

 

ぼくは艦隊司令官のパエッタ提督とお会いした。

表向きはパエッタ中将が今後の作戦の指揮を執ることになっている。

 

実績豊富な提督だ。頑固な人とも聞いていたので、プライドを傷つけないように気をつけなければと思っていたが、実際お会いしてみるとそんな印象はまるで受けなかった。

パエッタ提督はヤン・ウェンリーの上司だったことがある。

ヤン・ウェンリーのことを尋ねてみたとろ、次のような答えをもらった。

「とにかく勤務態度は最悪だった。だが、やる時はやる男でもあった。私は最後まで彼を見誤っていた。私がアルタイルで彼の進言を容れていれば、今こんな状況にはなっていなかっただろう。

私はもう失敗する気は無い。だからユリアン君、君のことを色眼鏡で見る気はないし、議長閣下の支持する君を支持するつもりだ」

 

ありがたいことだ。ヤン・ウェンリーのおかげ、ということになりそうなのが不愉快だけれど。

 

 

2月12日

ヤン・ウェンリーのことを書きたい。僕は彼の名前を聞くと平静でいられないのだ。どうしてだろう?

 

卑劣な策略を用いるから?

それによって父が死んだから?

式典で議長に無礼を働いたことがあるから?

祖国を裏切ったから?

議長の期待を裏切ったから?

皆の期待を裏切ったから?

 

きっとどれもが理由なのだろう。

 

だけどぼくがヤン・ウェンリーを討つのは私怨ではない。

祖国と、そして議長の為だ。そうありたい。

 

 

2月13日

トリューニヒト議長と超光速通信で会話した。前から話のあった新艦隊についてだった。

議長からは激励を受けた。

期待してくれていることを実感できた。頑張ろう。

 

 

2月14日

ぼくに対して昇進と第十三艦隊司令官任命の辞令が出た。

議長の期待に応えなければ。

 

第十三艦隊は二日後に到着する。

発表よりも大分前から準備は進んでいたのだ。

 

少し落ち着かない。

ぼくの幕僚になってくれる人たちはどういう人たちだろうか。

議長のためにこころよく働いてくれる人たちだったらいいなと思う。

 

 

2月15日

参謀長となったバグダッシュ少佐と打ち合わせ。

バグダッシュ少佐とは既にフェザーンで一緒に仕事をした。少し不真面目な感じのする人だけど悪い人ではないし、仕事は着実にこなす人であることも知っている。

艦隊幕僚の経歴情報の共有を行なった。知っていたし希望したことだがやはり工兵畑の人間が多い。それ以外の士官も工学的素養のある人が多い。議長は希望を叶えてくれた。頑張らなければ。

 

 

2月16日

ついに第十三艦隊がやって来た。ぼくの艦隊だ。

旗艦のシヴァはハリセンボンのようで少し格好悪いが機能性を追求しているから仕方がない。

 

クリスティーン中尉がエンダースクール出身だったのは驚きだった。議長も知らせてくれればよかったのに。

 

副司令官のデッシュ准将は物静かな人だった。若造の下で働くことを嫌がっていたらどうしようかと思っていたけど杞憂に終わりそうだ。

 

シヴァ艦長のニルソン中佐はヤン・ウェンリーと一緒に戦ったことがあるらしい。

 

どんな人かと尋ねたところ、こんな返事をもらった。

「何を考えているのかわからない人でした。隙あらば昼寝していましたし。ただ、必要な時に必要な行動を取れる人でもありましたね。正直同盟の敵になってしまって、私は残念です。あとは……三次元チェスは弱かったですな」

勤務中に昼寝をするなんて、ヤン・ウェンリーは軍務をなんだと思っているのだろう。

ヤン・ウェンリーほどの能力のある人間なら、その昼寝の時間を有効に使っていれば一体どれだけのことができただろうか。

議長とヤン・ウェンリーが組めば、今頃全銀河を同盟が解放することができていたかもしれない。

自らの能力を生かさない人間は、能力を持たない人よりも罪深いとぼくは思う。

 

 

2月17日

クリスティーン中尉が必要以上に構って来る気がする。自意識過剰かな。

 

 

2月18日

司令官会議があった。

スケジュールに大きな遅れはなく、順調だったので、

先に決めた方針の再確認で終わった。

 

 

2月19日

やっぱりクリスティーン中尉は距離感が近過ぎる気がする。

からかわれているのだろうか。

 

マシュンゴ准尉に相談してみたが「人は運命には逆らえませんから」としか言ってくれない。

 

決して嫌というわけではないのだけど。

姉がいるとこんな感じなのだろうか。

 

クリスティーン中尉のようなお姉さんがいたらぼくの今までの人生はもう少しマシなものになっていたかもしれない。

 

 

2月20日

クリスティーン中尉が地球教のデグスビイ主教と話していた。道を教えていたと言っていたけれど、クリスティーン中尉の様子は少しおかしかったと思う。

 

フェザーンの要人リストに加わっていたあの人はいったい何者なのだろう。それに、地球教という存在も少しだけ気になる。

この戦いが終わったらバグダッシュ少佐に調査してもらおう。

 

クリスティーン中尉、マシュンゴ准尉と三人で仮設のカフェに行った。ケーキは美味しかったが紅茶はそれほどでもなかった。

紅茶の淹れ方を習ったのが父親との殆ど唯一の思い出だ。だから少しだけ紅茶には思い入れがあるのだ。

 

トリューニヒト議長もクリスティーン中尉も紅茶が好きだ。

紅茶が好きな人には悪い人はいないとぼくは思っている。

 

せっかくのティータイムなのにクリスティーン中尉は元気がなさそうだった。少し心配だ。デグスビイ主教に何か言われたせいだとしたらさらに心配だ。

今度紅茶を淹れてあげようかと思う。クリスティーン中尉にはそれは私の仕事だと怒られそうだけど。

 

 

後日訂正、ヤン・ウェンリーも紅茶が好きらしい。紅茶好きに悪い人はいないと思っていたが間違いかもしれない。

 

 

2月21日

早速クリスティーン中尉にお茶を淹れてあげた。でも「美味しい、私が淹れるより美味しい」と逆に落ち込んでしまった。

失敗した。

 

午後、議長から超光速通信が入った。状況の確認と共有のためだ。

イゼルローン方面では、同盟軍は予定通りファルスター星域で戦うつもりらしい。

議長は内緒の情報と言いつつ、フォーク中将が倒れたことを教えてくれた。

お飾り扱いされたのがショックだったらしい。

フォーク中将に実権を持たせない方がいいと議長に助言したのはぼくだが、まさか倒れるとは。

議長のためとはいえ、悪いことをしたかもしれない。

差し入れに超光速通信販売でチョコボンボンを贈っておこうと思う。

 

 

2月22日

よくお菓子をくれる女性下士官の人から、部屋に来ないかと誘われた。僕が動揺していると、どこからかクリスティーン中尉がやって来た。

 

「二人で話をするのでミンツ大尉は先に艦橋に戻っていてください」

と言うと、その通り二人でどこかに行ってしまった。

クリスティーン中尉は笑顔だったが、その笑顔がなぜだかとても怖かった。

 

クリスティーン中尉はそのうち艦橋に戻って来て小声でぼくに話しかけた。

「ユリアン君は騙されやすいんだから、ああいう女の人に引っかかっちゃダメですよ」

そして何故か真面目な調子でこう続けた。

「ユリアン君はこれからもいろんな人に騙されるかもしれません。でも騙されたとしても私はあなたの味方ですから、忘れないでくださいね」

 

後で思ったのだが、ぼくが騙されやすいってどういうことだろうか。

誰かに騙された覚えもないし、これからも騙されるつもりはないのだけど。

 

 

2月23日

ファルケンルスト要塞の改修は順調。

クリスティーン中尉は今日も元気がない。

 

 

2月24日

クリスティーン中尉は、ぼくによく地球の話をする。

クリスティーン中尉の話を聞くと地球がとても魅力的な場所に思えてくるから不思議だ。

地球教のように宗教にまでなると理解できなくなるが、クリスティーン中尉のように憧れるというレベルの話であれば、ぼくにもわかる。人類発祥の地、たしかに一度は行ってみたい気がする。

 

「ぼくも一度行ってみたいです」と言うとクリスティーン中尉は不思議なほど喜んだ。

「この戦いが終わったらぜひ一緒に行きましょう!」

地球は帝国領だから(もしかしたら今は同盟の占領地域に含まれていたかもしれないけど)フェザーンの戦いが終わっても簡単には行けないはずだ。

ちょっと気が早いなと思いつつ、せっかく喜んでいるのに水を差すのもよくないと思って

「ぜひ行きましょう」

と言ったら、さらにいい笑顔になった。

「マシュンゴ准尉やバグダッシュ少佐も誘って」と続けたら、

笑顔が曇ってしまった。

どうしてだろう。

 

 

2月25日

クリスティーン中尉からファーストネームで呼んでほしいと再三言われるので、これからは日記上ではシンシアさんと呼ばせてもらうことにする。直接は呼ぶのは無理だ。

 

シンシアさんは今まで以上に僕に構って来るようになった気がする。元気になったのはよいことだけど。

 

近くで見ていたバグダッシュ少佐が「あざとい」と呟いて、シンシアさんに睨まれていた。

 

マシュンゴ准尉に相談してみたが、「人は運命には逆らえませんから」としか言ってくれない。最近マシュンゴ准尉のこの口癖がただの逃げ口上なんじゃないかという気がしてきた。

 

バグダッシュ少佐も「青春ですなぁ。大いに悩むとよいでしょう」と言って逃げてしまった。

 

シンシアさんは僕のことが好きなのだろうか。

いや、きっと弟のように思っているだけなんだと思う。

9歳差だし。

僕があと5歳も歳上だったら、また少し違ったのかもしれないけれど。

 

正直ぼくにはまだ恋だとか愛だとかいうものがわからない。

ブルース・アッシュビーの最初の結婚相手、アデレード夫人はまだ存命だが、ライアル・アッシュビー提督のことをブルース・アッシュビー本人だと思い込んでいるらしい。

アデレード夫人はライアル・アッシュビー提督をソリビジョンで見て、

「ブルース、あなたはやっぱり私の元に戻って来てくれたのね」と言って涙を流したという。

そしてライアル・アッシュビー提督宛に、会いに来るようにと何度も手紙を書いて出しているのだとか。

 

これが愛というものだとするとぼくにはまだ早すぎる気がする。

 

 

2月26日

艦隊対抗のフライングボール大会が行われた。

第十三艦隊は人数が少ないためファルケンルスト要塞との混成チームになる。

僕は個人得点王になったが、残念ながらチームは準優勝に終わった。

女子の部では、なんと第十三艦隊/ファルケンルスト要塞チームの勝利となった。

シンシアさんと航法士官のドールトン大尉が活躍していた。シンシアさんも個人得点王にも選ばれた。

 

バグダッシュ少佐が意外と運動神経が良いことがわかったのも収穫だった。

 

 

2月27日

補給計画をためにキャゼルヌ中将がファルケンルスト要塞にやって来た。

キャゼルヌ中将はヤン・ウェンリーと付き合いが深かったと聞いた。

キャゼルヌ中将に、紅茶を振る舞いながらヤン・ウェンリーのことを尋ねてみた。

回答はこうだった。

「冴えない学者が軍服の仮装をしているような奴だったよ。風貌も、中身も。……ヨブ・トリューニヒトのことは嫌っていたよ。自分は安全な場所にいて戦争を煽っている、とな」

不快な気持ちが顔に出てしまったのだろう。キャゼルヌ中将は慌ててフォローを入れた。

「まあ、ヤンが嫌っていたのは主戦論者全員だったけどな。そのくせ自分は誰よりも戦争が得意なんだから不思議なやつだよ。でも、世間では卑劣漢呼ばわりをされているが、自発的に同盟を裏切るようなやつでも、自分の艦隊の兵士を人質に取るようなやつでもなかったよ。どう考えてもヨブ……いや、何でもない。そうそう、三次元チェスが異常に弱かったな」

 

キャゼルヌ中将は一度言葉を切って、ぼくを見てから話を再開した。

「ヤン・ウェンリーの奴は今のお前さんと同じぐらいの頃に父親をなくして天涯孤独になっているんだ。立場抜きで話したとしたら、もしかしたらお前さんとも気が合ったかもしれないな。紅茶好きだし」

 

ヤン・ウェンリーと気が合うだって?

冗談じゃない。

 

最近浮かれ過ぎていたかもしれない。

キャゼルヌ中将の話を聞いて、ぼくは自分のなすべきことを再確認した。

議長のためにヤン・ウェンリーを討つ、ただそれだけだ。

そのためにぼくと第十三艦隊はここにいる。

 

 

2月28日

ファルケンルスト要塞のワープ実験が成功した。これでヤン・ウェンリーを倒す準備が整った。

実のところ大戦略に則れば、今回の戦いではファルケンルスト要塞の無力化ができれば最低限それで良いのだ。

だから負けたとしても大敗しなければよいのだが、ぼくとしてはこの機会にヤン・ウェンリーを倒してしまいたい。

彼はトリューニヒト議長の最大の障害だ。

ここで倒さないと、後々禍根を残すことになる。そう考えている。

 

 

3月1日

回廊内の広範囲にわたって機雷が散布されていることがわかった。予想はしていたが、フェザーン奪還計画は後ろ倒しになるだろう。

第十三艦隊も機雷除去を担当する。

無人艦隊だから万が一の事故を考えても適任なのだ。

 

 

3月2日

司令官会議があった。

機雷除去の役割分担に関しての話し合いだ。

 

 

3月3日

ファルケンルスト要塞と艦隊は進軍を開始した。

しかしまず行なうのは機雷除去だ。

 

バグダッシュ少佐には、ヤン・ウェンリーの作戦情報の収集をお願いしてあったが、まだわからないらしい。

ヤン・ウェンリーが何も考えていないということはないだろう。いくつか思いつくものもあるけど、それが確定しない限りは安心できない。

 

そろそろイゼルローン回廊側でも同盟と帝国がぶつかるらしい。

戦況が気になるが、もはやできることはない。こちらはこちらの作業に集中するのみだ。

 

 

3月4日

今日も機雷除去だ。シンシアさんが、ドーナツと、少し珍しい産地の紅茶を淹れてくれた。前回の補給で手に入ったそうだ。

シンシアさんの紅茶の腕はどんどん上がっている。ドーナツもシンシアさんの手づくりだ。

 

 

3月5日

今日も機雷除去だ。あまり書くことがない。

 

 

3月6日

今日も機雷除去だ。ルーチン業務以外にやることが少ないので、マシュンゴ准尉を誘って陸戦隊の戦闘訓練に参加した。

訓練は試合形式で、1G環境下ではマシュンゴ准尉に負けたが、0.15Gの低重力下ではぼくの勝ちだった。

マシュンゴ准尉には

「さすがフライングボールジュニア級の年間得点王ですね」

と言われたが、むしろこちらの方がぼくの本領だ。

 

エンダースクールのバトルゲームで行なっていた、0Gでの戦闘訓練は厳しいものだった。それに比べるとフライングボールのジュニア級の試合など子供の遊びに思えたものだったから。

 

訓練にはシンシアさんも参加した。意外と言うと失礼だが、相応に格闘戦もできることがわかった。

油断した陸戦隊の何人かが負けて悔しがっていた。

エンダースクール出身だし、士官学校でも課程にあるそうだから当然か。

 

陸戦隊員の実力もわかったし、これで万一の事態に備えることができる。収穫の多い一日だった。

 

 

3月7日

ファルスター星域における同盟と帝国の決戦は、同盟の敗北で終わった。

戦場では同盟が勝っていたのだが、連合がモールゲンを強襲して占領してしまったのだ。

これもヤン・ウェンリーの差し金なのだろうか?

まだ撤退戦が続いている。

同盟軍の被害は甚大だろう。

帝国軍も大分消耗したようだが、果たして割に合うかというと厳しいだろう。

少なくとも有権者は絶対に納得しない。

 

フェザーンの戦いの重要性がさらに高まった。

議長の期待に応えなければ。

 

 

3月8日

ヤン・ウェンリーの作戦が判明した。

いくつか想定していたうちの一つだった。

 

だけど、対処するには相応の準備が必要になる。

シンシアさんをはじめ、皆の協力も必要だ。

しばらく日記を書く余裕がなくなるかもしれない。

 

 

3月12日

ようやく準備が整った。シンシアさんには大分無理をさせてしまった。

 

明日にはフェザーン星域に乗り込むことになる。どうなるにせよ、そこで運命が決まるのだ。

もちろん勝つつもりだが。

 

 

3月13日

ヤン艦隊に突入するまでの最後の時間でこの日記を書いている。

 

操艦はニルソン艦長に、艦隊運用はシンシアさんに任せて、今は装甲服を着て陸戦部隊と待機している。

 

やはりヤン・ウェンリーはすごい。

何をされたのか未だにわからない。

 

ぼくはヤン・ウェンリーに複雑な気持ちを抱いていたが、それが何なのかわかった気がする。

 

単なる八つ当たりだった。甘えといってもいいかもしれない。

 

そんなにすごいのに。

何でもできるだろうに。

 

どうしてその力をもっと同盟のために使わなかったのか

 

どうして同盟市民の期待を裏切ったのか

 

どうしてもっと早く戦争を終わらせてくれなかったのか

 

どうして父は死んだのか

 

どうしてぼくはこんな目にあっているのか

 

どうしてぼくを救ってくれないのか

 

自分でも理不尽だと思う。彼にも彼の事情がきっとあるのだろう。

ぼくは自分の抑圧された不満をぶつける対象にヤン・ウェンリーを選んでいただけだった。

 

今更だが、できるなら一度ヤン・ウェンリーと話がしてみたい。

何を考えているのか、そして、なぜどうして、と八つ当たりとはわかっているが訊いてみたい。

 

 

今になって少し後悔している。

接舷攻撃自体ではない。

シンシアさんを初め皆を巻き込んだことを、だ。

 

この一か月ぐらいぼくはしあわせだったのかもしれない。

 

ぼくにとって第十三艦隊は家族みたいなものだったのだろう。

引き合わせてくれたトリューニヒト議長には感謝しかない。

 

シンシアさん、マシュンゴ准尉、バグダッシュ少佐、ニルソン艦長、艦隊のみんな。

こんな無謀な作戦に巻き込んでごめんなさい。

 

巻き込んだからには命に代えても絶対に成功させます。

 

でも生き残って、またみんなで一緒に笑いあえる日が来ることを望んでいる自分がいる。

 

死なせたくない。

シンシアさん、みんな

 

 

時間だ、行かなければ

 

 

生きたいよ



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第三部 12話 忠臣たちの宴

リッテンハイム大公によるオーディン占拠、ロイエンタール謀反、それに続く銀河帝国正統政府成立の報を受けたラインハルトは、

同盟軍に対する追撃戦を切り上げ、事後処理をルッツ、ミュラーに任せ、オーディンに急行した。

 

途中、キフォイザーへの敵軍集結の情報により、進路はキフォイザーに変更された。

 

無論アンネローゼとキルヒアイスの安否は気になったが、既に事態が進行した今、彼らがオーディンにいる保証もなかった。

 

既にもぬけの殻となっていたキフォイザー星域に到着したローエングラム軍であったが、彼らはそこでベルゲングリューン少将の乗る緊急脱出ポッドを発見した。

 

ベルゲングリューン少将に面会したラインハルトは尋ねた。

「卿はキルヒアイスの部下であるはずだが、何故ここにいるのか」

「私はオーディンでロイエンタール閣下の手勢に捕縛されたのです。そしてロイエンタール閣下は私をローエングラム元帥閣下へのメッセンジャーとして解放されました」

 

ラインハルトはベルゲングリューンがロイエンタールに敬称を付けたことを咎めなかった。

「なるほど、それでメッセージとは何だ?」

 

「二つあります。一つは「アルメントフーベル星域での決戦を希望する」とのこと」

「ほう、アルメントフーベル星域か……。よかろう、そのぐらいはかつての部下に胸を貸すつもりで乗り込んでやろうではないか。それで二つ目は?」

 

ベルゲングリューンは緊張を見せた。

「一言一句変えずに申し上げます。「グリューネワルト伯爵夫人とキルヒアイス上級大将は無事だ。後顧の憂いなく、決戦に集中されたい。私に勝てば二人の居場所をお教えする」とのことです」

 

ラインハルトは数瞬沈黙した。同席していたメックリンガーには、その顔に単純ならざる感情が渦巻いているように見えた。怒り、安堵、疑念……

 

ラインハルトは口を開いた。

「私の心配をしてくれるとは。姉上とキルヒアイスの身の安全を保証してくれるとはいい身分じゃないか。……なあ、ベルゲングリューン少将、ロイエンタールは一体何がしたいんだ?そんなに私の風下に立つのが嫌だったのか!?」

後半は叫び声になっていた。

 

メックリンガーが口を挟んだ。

「元帥閣下、ロイエンタールの本心はロイエンタールにしかわからないでしょう」

 

「……取り乱した。すまない、ベルゲングリューン少将」

「いいえ、元帥閣下。しかし、私の目には、あの方は閣下との対戦を本当に望んでいるように思えました」

 

途端にラインハルトの放つ気配が一変した。

メックリンガーは声に出さず呟いた。

……ラインハルト・フォン・ローエングラム、その人となり、戦いを嗜む。

 

「そうか、ならばロイエンタールの望み通りにしてやろうではないか。私も奴がどんな策で臨むつもりか、せいぜい楽しみにしておくとしよう」

 

 

ここで、脱落した艦艇を待ち、艦列を整えてアルメントフーベル星域へと突入した。

 

この時の艦隊構成は下記の通りであった。

ラインハルト艦隊 八千八百隻

ミッターマイヤー艦隊 八千五百隻

ビッテンフェルト艦隊 八千隻

ワーレン艦隊 七千五百隻

合計約三万三千隻

 

同盟軍との戦いは帝国軍にも多大な損耗を強いていた。また、長い航行に耐えられない損傷艦は予めルッツ、ミュラーに預けてきていた。

 

宇宙暦797年/帝国暦488年3月18日、ラインハルト率いる銀河帝国宇宙艦隊(ローエングラム軍)と、ロイエンタール率いる銀河帝国正統政府軍(ロイエンタール軍)はアルメントフーベル星域で激突することになる。

 

しかしアルメントフーベル星域でも、ラインハルトはしばらく敵を発見できなかった。

 

この時事態はロイエンタールの筋書き通りに進んでいた。

 

アルメントフーベル星域は連合との境に位置していた。長年連合との係争が続いている星域であり、可住惑星もあるが現在は無人である。

各所に艦艇の残骸が残り、それが引力で引き寄せられ、各所に大規模なサルガッソーが形成されていた。

 

連合の主張する国境線ではアルメントフーベル星域も連合領であり、帝国からすればそもそも連合領すべてが帝国のものなのだ。

とはいえ、軍同士の休戦後は暗黙の了解で暫定ラインが形成されていた。

 

ロイエンタールはラインハルト到着の前に麾下のディッタースドルフ少将に一千隻を預け、連合領との暫定ラインを越えさせていた。

この時連合は帝国の内紛の詳細を把握できていなかった。現地の司令官であれば尚更であった。

 

連合は、殆どの艦艇をフェザーン方面、イゼルローン方面に回していた。

軍同士休戦条約を結んでいる帝国に向けて、大兵力を置いておく余裕は連合にはなかったのだ。

しかしその休戦条約はあくまで帝国軍とであり、銀河帝国正統政府軍と結んだものではなかった。

 

帝国艦艇一千隻が暫定ラインを越えたとの報が現地警備艦隊司令官ミルコ・ヴァイラフ准将の元に入った。

この時、ヴァイラフの手元には八百隻の警備艦隊しか存在しなかった。彼は急ぎ近隣星域に援軍を求め、寄せ集めながら数としては二千隻を集めることができた。

ディッタースドルフの一千隻は、暫定ラインを踏み越えたところに留まっていた。

現地司令官は警告を発しつつ、ディッタースドルフの部隊を射程に納めた。

睨み合いが続くとディッタースドルフは砲撃を行なった。その砲撃は有効打を与えなかったが、警備艦隊を恐慌に陥れるには十分だった。

反撃を受けたディッタースドルフの部隊は後退した。

警備艦隊は前進した。

ディッタースドルフはずるずると後退を続けたが、連合軍警備艦隊が前進を止めると反撃し、再度前進すると後退して、ついには連合軍を暫定ラインの帝国側に引きずり込んだ。

 

警備艦隊は退がり時を失ってアルメントフーベル星域にまで踏み込むことになった。アルメントフーベル星域のサルガッソーで彼らは一時敵影を見失った。

「敵はサルガッソーに隠れたか」

「司令官、今のうちに撤退しましょう。中央の許可を得ずに帝国軍とこれ以上ことを構えるのは避けるべきです」

「撤退したいのは山々だが、敵の逆撃を受けてはまずい。索敵せよ」

 

しかし、彼らは程なく敵を発見することができた。再度攻撃を加えた彼らであったが、ヴァイラフは敵の様子がおかしいことに気づいた。

反撃が来ないのだ。まるで戸惑いを感じているかのように。

そしてさらに重大なことには敵が千隻どころではないことだった。

 

サルガッソーに紛れて気づかなかったが、ヴァイラフの目の前にはいつの間にか万を越える大艦隊が展開していた。

 

 

 

ローエングラム軍の先鋒を務めていたのは、ミッターマイヤーであった。

彼はラインハルトを恨まずに済ませるために、ロイエンタールを自らの手で討つつもりだったのだ。

 

しかし彼は目の前に現れた敵への対処に迷っていた。

旧式の帝国艦艇に同盟艦艇が混ざるこの小規模な艦隊は、明らかに連合のものであった。

 

何故ここに連合軍がいるのか?

連合はロイエンタールと組むことにしたのか?

実は組んでいないとしたら攻撃を加えることで連合を敵に回してしまうのではないか?

 

その迷いがミッターマイヤーの鋭敏な指揮を常になくにぶらせていた。

そこにラインハルトから通信が入った。

「ミッターマイヤー提督は何をしているか。賊軍が現れたというが、何を迷う必要がある。攻撃してくるなら撃ち破るまで。仮にそれで休戦が終わるとしても、責は彼らにある。その暁には全力をもって彼らを滅ぼしてくれよう」

 

ミッターマイヤーは命に従った。

「俺としたことが何を迷っていたのか。全軍、攻撃開始!」

 

しかしミッターマイヤー艦隊が攻撃を開始したその瞬間、サルガッソーの中に隠れていた艦隊が姿を現した。

ロイエンタール率いる正規軍二万隻がローエングラム軍の右から、リッテンハイム大公派私領艦隊三万隻が左から突き進んで来た。

連合軍を囮として挟撃が成立しようとしていた。

 

リッテンハイム大公派私領艦隊を率いるのはアーベントロート中将、リューデリッツ中将、モーデル少将、ハルナイト准将らであった。

いずれもリッテンハイム大公派で、戦闘よりもデスクワークを中心に階級を上げてきた軍人であったが、それでも素人の貴族に率いらせるよりはマシ、というのがロイエンタールの判断だった。

自ら指揮を執りたいと望むような自己主張の強い貴族はラインハルトによって大方粛清されていたことから、リッテンハイム大公としても反対する理由はなかった。

アーベントロート中将率いる一万隻はミッターマイヤー艦隊に向かっていた。

一方でリューデリッツ中将ら率いる残余の二万隻は左翼にいるビッテンフェルト艦隊に向かった。

 

 

この時私領艦隊と当たる左翼に位置していたのはビッテンフェルトであった。

彼はラインハルトに通信を入れた。

「左翼は小官にお任せください。貴族の私兵ごとき私が蹴散らして見せます」

 

ラインハルトは一瞬迷った。

「いくら質に劣る私兵とはいえ、数は二倍以上。できるのか?」

「はい、私には策があります。同盟軍との戦いで味わった屈辱、晴らす機会をお与えください」

「わかった。卿に任せる。ロイエンタールにはワーレンと私で当たる。ミッターマイヤーは速やかに敵を倒せ。その後の行動は己の判断で行動せよ」

 

ビッテンフェルトは八千隻で二万隻に挑んだ。

「ハルバーシュタット、オイゲン、あれをやるぞ!」

ビッテンフェルトは敵二万隻の面前で進路を変更し、その右側面から突入を果たした。突入後は艦隊を分散させ、黒色槍騎兵隊の速度を活かして四方八方に暴れ回った。

 

ビッテンフェルトは自らが屈辱を受けた敵将から学んでいた。

それは、まだ未熟ではあったがホーランドの芸術的艦隊運動の再現であったのだ。

 

ホーランドの未来の知己は案外近くにいたことになる。

ホーランドの編み出した芸術的艦隊運動はビッテンフェルトという模倣者を得たことで、個人の芸術から「新戦術」に昇華を果たしたのだ。

 

ビッテンフェルトは二交代戦術まで模倣していた。艦隊の半数には敵艦隊の牽制を命じ、その統括は分艦隊司令官に転身したオイゲンに任された。その冷静な性格を見込まれてのことだった。

 

ビッテンフェルト艦隊は先の一戦で溜まった憤懣を解放するかのように存分に暴れ回った。芸術的艦隊運動に、黒色槍騎兵隊本来の破壊力が合わさり、敵は壊乱状態に陥った。

未だ数は多いが烏合の衆に陥った敵を見て、ビッテンフェルトは敵を拘束するだけでなく、打ち破れるという確信を持った。

 

ミッターマイヤーは速やかに連合軍を蹴散らしたものの、アーベントロート中将に側面を取られ、まずは態勢を整えることに集中しなければならなかった。

 

ロイエンタールはラインハルト、ワーレンと当たった。

艦艇数ではロイエンタールが有利だが、ワーレンの助力が得られる点ではラインハルトが有利だった。

 

ラインハルトは、ワーレンにロイエンタールの攻撃を受け止めさせ、その間に側面から攻撃を仕掛けようとしたが、その行動は予測されており防がれてしまった。

 

ローエングラム軍は長期戦に不安を持っていた。長駆してきたことで補給物資が不足していた。また、連戦となり将兵も消耗していた。

 

このため、ラインハルトは短期戦を挑むつもりだった。敵戦力を諸将に足止めさせた上で自らの戦力でロイエンタールを討つというのが、ラインハルトの基本方針だった。

 

ロイエンタールもそのことは予測していた。本来ならば攻勢をかわしつつ長期戦に誘い込むことが勝利への常道だっただろう。

しかし、ロイエンタールはそれをしなかった。

一つは私領艦隊の実力が信頼できず、勢いで実力を補える間に事を終えたかったためであり、もう一つはロイエンタール自身がラインハルトとの直接対決を望んでいたからだった。

 

ロイエンタールはゾンネンフェルス少将、シュラー准将に一万隻を預けワーレンの相手を任せた。

そして自らはラインハルトに真っ向勝負を挑んだ。

 

ロイエンタール一万隻対ラインハルト八千八百隻、互いに策を読み、牽制し、陽動をかけ、要所に攻撃を仕掛けあった。

 

ラインハルトは自らが高揚していることを感じた。そしておそらくは相手も同じであるだろうことも。

 

均衡が続いた。

ミッターマイヤーは既に態勢を整え、アーベントロート中将に対し反撃に出ていたが、まだ圧倒するとまではいかなかった。

ビッテンフェルトは二倍以上の敵に勝ちきる勢いを見せていたが、なおも敵の数は多かった。

ワーレンは兵力差を熟練した用兵で補ったが、それ以上ではなかった。

 

しかし時間が経つにつれ、均衡が少しずつ崩れていった。ロイエンタールの戦術が先読みされ始めたのである。

 

「さすがローエングラム侯、このような形で差を味合わされるとは」

ロイエンタールは、ローエングラム侯の凄みを、戦略的優位を事前に確立してから戦場に臨むこと、その上で戦場では常人の常識を超えた戦術を創出することにあると考えていた。

 

だからこそ今回ロイエンタールは、卑怯者の汚名に甘んじてでも背後から不意をうち、戦略的優位をつくらせなかった。

さらに戦場でも事前に準備の限りを尽くし、泥臭い正面対決に持ち込んだのだった。

 

真っ向勝負であればローエングラム侯と互角の勝負ができる、その自負は、しかし打ち砕かれた。

当初は互角だったはずが、時間が経つほどに差をつけられていった。

ラインハルトはロイエンタールという敵手からも学び、それに合わせて自己の戦術を進化させた。ロイエンタールはそれができなかった。少なくともラインハルトほどには。

 

ロイエンタールは徐々に押し込まれていった。

「悔しいが、ローエングラム侯との戦術勝負は俺の負けか。ならば戦う相手を変えるか。ゾンネンフェルスに連絡を入れろ」

 

ロイエンタールはゾンネンフェルスと呼応して艦隊を徐々に後退させた。擬似突出と要所をとらえた砲撃によって隙をつくらなかったが、徐々に押し込められていくかに見えた。

 

不意に前線に一隻の巨大戦艦が姿を現した。ロイエンタールの旗艦トリスタンであった。

 

トゥルナイゼン少将、グリルパルツァー少将、クナップシュタイン少将ら、ラインハルト直属の提督達は色めきたった。武功を挙げる絶好の機会であったからである。

 

彼ら少将級の提督は焦っていた。

中将級、大将級は未だ若く、長期間現役でいるだろう。ではその間自分達は一個艦隊を指揮する立場になれないのではないか。

既にミュラーには抜け駆けされた。大きな戦功を挙げる以外にもはや艦隊司令官の席を手に入れる手段はないのではないか、と。

 

ロイエンタールは彼らの心理を日頃からよく洞察していた。ラインハルトはそうではなかった。それは能力の差ではなく、立場の違いによるものだった。

 

彼らはトリスタン目がけ殺到した。相互の干渉で前進速度は逆に鈍った。その間にトリスタンは後退したが、彼らはそれを追いかけた。ラインハルトの制止すら聞かずに。

気づけば、彼らはロイエンタールの構築した縦深の中に囚われていた。

 

全滅の危機に瀕した彼らを救ったのはワーレンであった。ワーレンは少なくない犠牲を払いつつ、ゾンネンフェルス艦隊を後退させ、側撃を受けるのを承知でロイエンタールの縦深を崩しにかかった。

 

ラインハルト直属の少将達は危機を救われた。しかし払った犠牲は大きく、戦況はロイエンタール側に傾いたかに思われた。

 

だがこの時ロイエンタールはラインハルトの本隊を見失っていた。

ラインハルトは、少将達の救援にはいかず、戦場を大きく迂回していた。

ラインハルトはロイエンタールが少将達の相手で拘束されている隙に、本隊五千隻を率いてロイエンタール艦隊の後背に出たのだった。

そのような思い切った行動に出られたのはワーレンを信頼していたためである。

 

ロイエンタールは一転、挟撃を受ける形となった。

ロイエンタールは迷わず艦隊に前進を命じた。

「後背には目をくれるな。前進して眼前の敵を駆逐し、時計回りに旋回してワーレン艦隊の背後を衝け。ゾンネンフェルスにはローエングラム艦隊を攻撃するように伝えろ」

 

少将達は再度ロイエンタールによって圧迫され、追い散らされた。

程なく奇妙な構図が生まれた。

ロイエンタールはワーレンを、ワーレンはゾンネンフェルスを、ゾンネンフェルスはラインハルトを、ラインハルトはロイエンタールを攻撃した。

 

それはかつてラインハルトがヤンにしてやられた互いの尾を喰い合う蛇の円環を、四つの艦隊で再現したものになった。

 

将官の力量の差から損害はロイエンタール側の方が多かったが、ラインハルト側は補給に限界が訪れかけていた。

消耗戦はラインハルト側の補給の限界で終わりを迎えるものに思われた。

 

しかし、そうはならなかった。

ミッターマイヤーが遂にアーベントロート艦隊を破り、ロイエンタール艦隊を襲ったのである。

 

戦力差は逆転した。

 

トリスタンも危機に陥った。周囲では爆散する艦艇が続出していた。

ロイエンタールは呟いた。

「時間切れか。楽しい夢もこれでお終いだ」

 

ミッターマイヤーからロイエンタールに通信が入った。

「もうやめろ、ロイエンタール」

「遅かったじゃないか、ミッターマイヤー。おかげで長く良い夢が見られた」

 

「降伏しろ。俺が一緒に頭を下げてやる。何なら俺と卿の今までの功績を引き換えにしてでも、お前を死なせはしないさ」

 

「ありがたい言葉だが、ウォルフガング・ミッターマイヤーの頭はそんなことのためにあるのではない」

真面目な顔でそう言った後、ロイエンタールは親友に笑いかけた。

「卿には俺が居なくなった後も閣下を支えてもらわないとな」

 

ミッターマイヤーはロイエンタールが死ぬつもりであるのを理解しつつも説得をやめなかった。

「死に急ぐな、ロイエンタール。一時の恥辱には耐えて、再び俺とともにローエングラム侯をお支えするのだ」

「それは俺の矜持が許さぬ。生まれてきてはいけなかった身にも関わらず、俺はもう十分楽しんだ。卿という親友を得、ローエングラム侯という主君を得た。さらにはそのローエングラム侯と戦い、なおかつローエングラム侯のために道を整えることができた。もう十分だ」

 

ミッターマイヤーはロイエンタールの言ったことを理解できなかった。

「どういうことだ?ローエングラム侯のために道を整えた、だと?」

 

ロイエンタールは構わず続けた。

「ローエングラム侯にお伝えしてくれ。「このロイエンタールが露を払いました。どうぞ皇帝におなりください。ロイエンタールからのせめてものお祝いの品として連合領を献上いたします」と。侯ならわかるはずだ」

「ロイエンタール??」

「あと、グリューネワルト伯爵夫人とキルヒアイス上級大将のことだが、俺が先に逃していた。内乱が終わるまではローエングラム侯と連絡を取らないという約束でな。この会戦の結果が伝われば連絡があるだろう」

「ロイエンタール、もしや今回の戦いは……」

「ミッターマイヤー、俺が言うのもおかしいがローエングラム侯を頼む」

「おい!」

「友よさらばだ。最後に話せてよかった」

 

通信は切れた。ミッターマイヤーはスクリーンに向かって叫んだ。

「ロイエンタールの大ばか野郎!」

 

ロイエンタールは全艦隊に降伏を命じ、誰も来るなと言い残し、司令官室に戻った。

 

「アンスバッハの主君はワインで自裁したと聞く。俺もそれに倣うか」

 

 

 

 

……薄れゆく意識の中で彼は呟いた。

「マイン・カイザー……ミッターマイヤー……ジーク……死…」

 

 

 

 

 

 

トリスタンに最初に乗り込んだのはミッターマイヤーだった。

 

彼は友を発見した。

安らかな顔で永遠の眠りについた友を。

 

 

リッテンハイム大公は百隻ほどの艦を引き連れ、遠方から事の次第を見ていた。

彼の顔は蒼白であった。

「ロイエンタールの役立たずめ、なんのために引き立ててやったのか……」

 

「彼は彼の信じたことを成しました。私もそうするとしましょう」

アンスバッハはそう言うとブラスターを取り出した。

 

リッテンハイム大公は後ずさった。

「なに!?どういうことだ? アンスバッハ、そうか、自殺するつもりなのだな」

「いいえ、あなたを殺すつもりなのですよ。ブラウンシュヴァイク公のために」

「馬鹿な!これまでの恩を仇で返すつもりか?」

「恩?逆でしょう。せっかく生き延びられる可能性を提供してやったものを無駄にしましたな」

 

「誰かおらぬか。アンスバッハが乱心した!」

「誰もおりませんよ。少なくとも閣下のお味方はね。私に乗員の手配までお任せになるからですよ」

 

オストマルク、そして周囲の百隻の乗員の殆どはアンスバッハの「協力者」だったのだ。

 

「それではおさらばです。まあ慰めに言いますが、サビーネ様とクリスティーネ様を手にかけるつもりはありませんのでそこはご心配なく」

 

ブラスターの一撃がリッテンハイム大公の脳天を貫いた。

 

アンスバッハは無主となったオストマルクで独語した。

「これで二人目。さて、ひとまずはロイエンタールの望み通りにしてやろう。まずは利害も一致することだし。

ブラウンシュヴァイク公、臣が新たな主にお仕えすることをお許しください。何年かかろうと公の復讐は必ず遂げますゆえ。

ラインハルト・フォン・ローエングラム!それまで、せいぜい一時の栄光を愉しんでおけ!」

 

この後、アンスバッハは歴史の闇に再び姿を消すことになる。

 

ローエングラム軍にリッテンハイム大公が発見されるまでには少し時間がかかった。虚空を漂う緊急脱出ポッドに、彼の死体が押し込められていたのだ。

 

ビッテンフェルトと戦っていた私領艦隊もロイエンタールの命に従って降伏した。彼らは既に大分前から戦意を喪失していた。しかし荒れ狂う黒色槍騎兵隊の前に降伏のタイミングを失っていたのだった。

 

こうして、後に宇宙暦797年/帝国暦488年の乱と呼ばれる内乱はいちおうの終結を見た。

 

だが、まだ片付いていない問題があった。

 

一つはエルウィン・ヨーゼフ2世の行方が不明であることだった。このまま不明であったとしたら……

 

そして残る問題は……

 

ラインハルトはミッターマイヤーからロイエンタールの伝言を聞いた。

アンネローゼとキルヒアイスに関する情報はラインハルトを安堵させた。

問題は、ラインハルトのために露払いをしたという話である。

 

ラインハルトは得心がいった。

「そうか、そういうことか、ロイエンタールの奴め!」

リヒテンラーデ公、リッテンハイム大公、エルウィン・ヨーゼフ2世……

ラインハルトが皇帝となるための障害が全てとり除かれていたのだ。

 

ミッターマイヤーはラインハルトに問うた。

「ロイエンタールは連合領を献上するとも、申しておりましたが」

「連合軍とは一年の休戦期間を設けている。本来はしばらく手出しができないはずだった。だが、ロイエンタールの画策によって連合軍は帝国軍に自ら攻撃を仕掛けてきた。休戦は破られたのだ。

そして、連合軍の主力はすべてイゼルローン方面かフェザーン方面で拘束されている。

そして、このアルメントフーベルから連合の現行政府キッシンゲンまでは指呼の距離だ。今なら労せず連合の中枢を落とせるのだ」

 

「ロイエンタール、お前はやり遂げたのか……」

ミッターマイヤーは友の真意を知った。彼の友は、みずからの野心、そして主君への忠誠を二つながら遂げて散ったのだ。

 

「ミッターマイヤー、ロイエンタールは最後まで私の忠臣だった。彼がここまで状況を準備してくれていたなら、受け取らぬわけにはいかぬ。さらに連戦となるが、キッシンゲンを陥とすぞ」

 

宇宙暦797年/帝国暦488年3月20日、ラインハルト率いる一万八千隻が、連合に侵攻した。



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第三部 13話 連合存亡の時

第三部13話時点、銀河全域図(各国の戦力配置情報あり)

【挿絵表示】



ラインハルトは、アルメントフーベル星域で、ロイエンタールの残した補給物資を用いて最低限の補給と艦艇の補修を済ませた。

その後、ワーレンに後事を託し、ミッターマイヤーを先頭に、ビッテンフェルト、ラインハルトと続いて連合領に侵攻した。

 

 

ラインハルトは命じた。

「時間との勝負だ。ミッターマイヤー、卿は振り返らず、ただキッシンゲンの連合行政府のみを目指せ」

 

連合は、常に帝国の侵攻に晒されてきた。このため、行政、工業、商業、軍事、教育等、国家の中枢機能をワープ機能を持った複数のスペースコロニーに分散させて持たせていた。

 

それらは、連合50年の歴史の中で戦況に応じて場所を変え続けた。

時には多数の星系に分散させていたこともあったが、周囲をすべて敵に囲まれた状態の現在では、すべて連合行政府と共にキッシンゲンに集中していた。

特に艦艇新造の軍需工廠は連合領中、今はキッシンゲンにしかなかった。

 

これらが押さえられてしまえば、連合は弱小諸侯が分立するだけの地域と化してしまうだろう。

 

電撃的に連合行政府とそれに付随する各種首都機能さえ潰せば、連合は軍事的にも経済的にも著しく弱体化し、後はいつどのようにでも併呑できるだろう。

それが、ロイエンタールの、そしていまやラインハルトの考えであった。

 

ミッターマイヤーは急いだ。

主君と友のために。

 

連合のイゼルローン側の戦力は、ルッツとミュラーが拘束してくれている。

フェザーン側の戦力が戻って来ても距離的に間に合うまい。ましてヤン・ウェンリーは意識不明の重体と聞く。

 

休戦条約によって帝国からキッシンゲンまでの道程はガラ空きに等しく、

その休戦条約は連合側の攻撃によって破られた。

 

ローエングラム侯の信義に傷をつけることなくこの状況を作り出した友の知略を、決して無駄にしてはならない。

 

その思いがミッターマイヤーを急がせた。

 

ミッターマイヤー率いる優速の艦艇五千隻は、若干の落伍を出しつつも、キッシンゲンまでの行程を踏破した。

途中百隻程度の小艦隊の妨害も受けたが、すべて蹴散らし、通常八日の行程を六日でたどり着いた。

ミッターマイヤーの疾風の異名がここに確立した。

 

このワープが終われば、そこはキッシンゲン星域である。

 

ミッターマイヤーはオペレーターを聞いた。

「ワープ完了、キッシンゲン星域です」

 

連合の命運、ここに尽きたり!

 

が、ミッターマイヤーのその考えは激烈な砲火によって撃ち砕かれた。

 

四方八方から、いや、艦隊の内側にも既に入り込まれ、攻撃されていたのだ。

 

ミッターマイヤーは叫んだ。

「何だこれは!」

 

オペレーターが報告した。

「敵の砲撃拠点の至近にワープしてしまったようです!それに艦隊接近中!」

 

「連合にまだ艦隊があったのか!?何者の艦隊だ!?」

 

確認が行われた。

「旗艦確認、この艦影はまさか……」

 

「誰だ!?まさか、療養中と聞いていたメルカッツか!?」

 

だが、ミッターマイヤーのその予想は裏切られた。

 

 

 

「旗艦はハードラック! ブルース・アッシュビー、ブルース・アッシュビーの艦隊です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

少し、時を遡り、視点は連合に移る。

 

ラインハルトによる侵攻の報に、連合は騒然となった。

 

暫定国境ラインで小競り合いが起きたことは連合の中枢にも伝わっていたが、帝国の内乱と関係した不幸な事故に過ぎず、交渉で終わるものだと考えていたのだ。

 

この時、連合軍の正規艦隊はすべてキッシンゲンから遠隔の地にいた。

 

 

ウォーリック、ケスラーはモールゲンに留まっていた。

モールゲンの占領統治と、残存する同盟軍への対応のためである。

イゼルローン回廊出口に近いアムリッツァ星域にビュコック艦隊が留まり、味方部隊の撤退の援護を行なっていたのだ。

 

さらに、北部地域に留まっていたルッツ、ミュラーがモールゲン近縁に進出し、連合軍と睨み合う状態となったため、キッシンゲン救援を行なうことは不可能となった。

 

 

 

一方のフェザーンでは、双方の事実上の指揮官が相撃つ形となった後も戦いが続いた。

ヤン艦隊の指揮はフィッシャー少将が引き継いだが、その間にパエッタ艦隊は息を吹き返し、劣勢となった。これに後方で待機していたボーメル提督率いるフェザーン艦隊が救援に入った。

 

クロプシュトック艦隊、シュタインメッツ艦隊、フォイエルバッハ艦隊はウランフ艦隊、ボロディン艦隊への攻撃を続けていたが、ヤン提督危篤の報で動揺したところをつけ込まれ、戦線を再構築されてしまった。

 

全体として同盟軍が劣勢であることに変わりはないが、双方に被害が増大する形となった。

 

パエッタ提督はシヴァ救援を考えていたが、ここに来て不可能と判断し、撤退を決断した。

 

連合軍も追撃の余力を失っており、追撃戦は行われなかった。

 

最終的に同盟軍の損害は全軍の六割を超える三万二千隻に及んだが、連合軍も一万五千隻を失っていた。

 

戦いから六日が経過した後もヤンは意識不明の重体が続いていた。

連合軍は、戦いの後処理に従事していた。

星域全体に広がった機雷原と軌道エレベータの停止はフェザーン経済に悪影響を及ぼしており、連合軍としてはフェザーン市民の反感を最小限に留めるためにその解消に力を入れる必要があったのだ。

 

そのような状況で帝国軍侵攻の報と救援の命令が入った。

ヤンの代わりに現地総司令官となったクロプシュトックは、即座に行動した。

現地の指揮権をフォイエルバッハに預けた上で、損傷艦、鈍足の艦を中心に七千隻を残し、一万八千隻を率いてキッシンゲンに急行した。

艦隊の運行計画は名人と謳われたヤン艦隊副司令官フィッシャー少将に一任する等、できる限りの努力を払ったが、距離の暴虐の前にはどうしようもなく、キッシンゲン到着は帝国軍到着の三日後と予測された。

 

 

すべての状況が明らかになった時、クラインゲルト伯は慨嘆した。

「独立諸侯連合、50年の節目に終わりの時を迎えるか。まさかこのような形で終わるとはなあ」

 

軍務卿カイザーリング男爵はまだ諦めていなかった。

「連合の行政府はそれ自体ワープが可能です。キッシンゲンから移動させれば時間を稼げましょう」

統帥本部総長アーベントが反論した。

「軍艦ではないですから、一回のワープには相応の準備が必要です。それぞれのスペースコロニーのワープ準備で五日はかかりましょう。次のワープを行うには時間が足りず、結局は一星域を移動して、運命の時をせいぜい一日延ばせるかどうかです」

 

「それでは周辺星域から艦艇を集めるのはどうか」

「既に手配しておりますが、期日までに四千隻をなんとか集められるかどうかというところです。四倍以上の戦力差で、誰が天才ローエングラム侯に、勇将ミッターマイヤーに勝ちうるというのか。私とて武人、必要があればやりますが自信はありませんな」

 

「行政府防衛指揮官のアイゼナッハ少将はどうか」

皆、ある渾名を思い出した。

「沈黙指揮官ですか……有能で堅実な男だが全く喋りません。流石にそれでは士気が上がりますまいし、有能程度では四倍以上の戦力差は覆せないでしょう」

 

カイザーリング男爵はため息をついた。

「メルカッツ元帥がこの場に居ればなあ」

メルカッツは既に故郷の惑星に療養に戻っていた。

「だが、最終的に敗れるとしても、何もしないで降伏というのは、先祖にも人民にも申し訳が立たない。最後までやれることはやるべきだ」

 

良い方策は出ないものの、皆が覚悟を決めた。

その時、長いわりになかなか結論の出ないその討議を、表情を変えずに聞いていたその男が初めて発言した。

「一つ思案がないでもありません」

 

アーベントが尋ねた。

「何か策があるのか、オーベルシュタイン少将」

 

「策というよりは、この状況をどうにかできる可能性がある者に心当たりがあります」

 

「一体誰だ?」

 

「帝国最大の敵の名を受け継ぐ者……」

オーベルシュタインは一旦言葉を切った。

 

 

「すなわち、ライアル・アッシュビー提督です」



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第三部 14話 英雄はいつも遅れてやって来る

ライアル・アッシュビー

 

かつての難敵であり、いまや連合軍の捕虜となったその名が出た後、一瞬沈黙が訪れた。

 

皆、意表を突かれたのである。

 

カイザーリング男爵が代表して尋ねた。

「毒をもって毒を制するようなものか。たしかに彼なら可能性はあるかもしれない。だが、協力してくれるのか?」

 

「おそらくは喜んで協力するでしょうな。少なくとも現在の軟禁状態よりは、はるかに性にあっているでしょうから」

 

「信用はできるのか?」

 

「どういう立場であれ、戦場で手を抜く御仁ではありますまい」

 

クラインゲルト伯は決断した。

「それが最も可能性が高いなら、致し方なかろう。オーベルシュタイン少将、彼の説得を頼む」

 

「承知しました」

 

カイザーリング男爵が興味深げに尋ねた。

「卿も少し変わったか?」

 

「?」

 

「このままローエングラム侯が勝っても、ゴールデンバウム朝はおそらく滅びるだろう。にも関わらず連合のための献策をしてくれるとは」

 

「……お好きにご想像を」

 

オーベルシュタインはライアル・アッシュビーとすぐに面会した。

ライアル・アッシュビーは要請を快諾した。

 

「ちょうど暇でしょうがなかった。ここにいてもグリーンヒル中尉をくどくぐらいしかやることがなくてな」

 

 

ライアル・アッシュビーはフレデリカ・グリーンヒルを伴って、会議の場に来た。

 

「キッシンゲン強襲か、ローエングラム侯も思い切ったことをする。今と状況が違うとはいえ、俺もやってみてもよかったかもな。……すまん、失言だ」

フレデリカに足を踏まれて、ライアル・アッシュビーは謝罪した。

 

「話を戻すが、まあなんとかなるだろうな」

 

カイザーリング男爵は身を乗り出した。

「本当か!?」

 

ライアル・アッシュビーは頷いた。

「一万八千隻全軍同時に来られたら困ったところだったが、ローエングラム侯も焦っているようだな。三集団に別れて来ているなら、各個撃破が可能だ」

 

「各個撃破……」

皆、感嘆とも呆れともつかぬ気持ちを抱いた。

アルタイルで我が軍がやられたことだが、この男は、ミッターマイヤー、ビッテンフェルト、ローエングラム侯の三人にそれをやりきるつもりなのか。

 

ライアル・アッシュビーの話は続いていた。

「まあ戦場でのことは私に任せてもらおう。だが、その為の準備には協力をお願いしたい。

まずは行政府だが、ワープさせた方がいいだろうな。これで一日稼げる。ワープ先は、分散させるもよし。集中させるもよし。そこはお任せする。その上で、戦場をキッシンゲンに設定したい」

皆異論はなかった。

 

「次に艦艇だが、四千隻とのことだが、これ以上は無理か?」

 

アーベントは無理だと答えた。

 

「軍需工廠もこの周辺には集中しているだろう。修理中の損傷艦でもいい。かき集められないか」

 

アーベントは部下に確認をとった。

「損傷艦五百隻、解体間際の老巧艦一千隻が利用可能だ。それと、敵の先鋒の到着には間に合わないが、その後の補充という形であればもう少し周辺からも集められる」

 

「ふむ、それでなんとかするしかないな」

 

カイザーリング男爵が口を挟んだ。

「しかし、連合の老朽艦というと本当に年代物だぞ。それこそブルース・アッシュビーの時代のものだ。旧い操艦システムや機関を扱える人間が足りないのではないか」

 

アーベントが答えた。

「国家の危機です。近在の予備役の中でも高齢の将兵、それと、退役軍人にも声をかけましょう。よいでしょうか、クラインゲルト伯」

 

「よかろう。だがまずは希望者を募ってくれ。散々国家のために働いてくれたものにさらに働かせるのは心苦しい」

 

 

議論がまとまったのを確認して、ライアル・アッシュビーは話を先に進めた。

「よし、艦隊はそれでよいか。あとは小細工の話だ。流石に何の工夫もなく三連戦するのはつらいからな」

 

その小細工についても、皆の同意が得られた。

 

 

その後は限られた時間で急速に準備が進められることになった。

 

だが、進めていくうちにいくつか新たな問題も発覚した。

 

ライアル・アッシュビーはアーベントから連絡を受けた。

「艦艇の人員が足りない?」

「そうだ。各艦の人員を減らすことも可能だが、各艦の対応能力が減少してしまう。ただでさえ質で劣るというのに、それでよいものかと思って連絡したのだ」

二人は同年代であり、気安く話ができる仲になっていた。

 

ライアル・アッシュビーはフレデリカに話を振った。

「どうにかならんか?」

フレデリカはライアル・アッシュビーにヘイゼルの瞳を向けた。

「確認しますが、閣下は連合に全面的に協力するつもりですか?同盟に帰れなくなるかもしれないのですよ」

「あまり気にしていなかった。元より根無し草だしな」

「アデレード夫人が悲しみますよ」

「……中尉、冗談でもその名前は出さないでくれ」

「失礼しました」

 

「いずれにしろ、この俺は戦いに関して手抜きはしない。それに……」

「それに?」

「俺にできなかったことをローエングラム侯にやられるのは業腹だ」

 

フレデリカは溜め息をついた。

「なるほど。あなたらしいですね。でも、わかりました。同盟艦に関する人員効率化に関しては、私が協力しましょう。同盟の無人艦運用システムの開発には、私も携わりましたからね」

そう言って、フレデリカは打ち合わせに向かった。

 

ライアル・アッシュビーはフレデリカを見送ってから気が付いた。俺はよかったが、グリーンヒル中尉はよかったのだろうか?今回のことで父親に会えなくなる可能性もあるのではないか、と。

 

もう一つは人によってはそこまで重大事ではなかったかもしれない。

艦隊の陣容に関して確認していたライアル・アッシュビーはあることに気付いた。

 

「旗艦級戦艦が、ない」

 

 

 

ライアル・アッシュビーはアーベントに連絡した。

アーベントは首を横に振って答えた。

「ないものはしょうがなかろう。幸か不幸か艦隊規模は増強分艦隊程度だ。通信機能を強化した標準型戦艦で十分だろう」

「俺の乗って来たニュー・ハードラックはどうなった?」

「旗艦は戦力価値が高いからな。さっさと修理して前線に送ってある。……そんな顔をしないでくれ。連合は貧乏なんだ。接収したものは有効活用せざるを得んのさ」

 

不機嫌になったライアル・アッシュビーはごねた。

「しかし、旗艦がないのでは艦隊の士気に関わる。何かないのかこのアッシュビーに相応しい艦は?」

 

こいつは聞き分けのない子供かとアーベントは思った。

「そんなものはない。……いや、待ってくれ。あると言えばある」

 

「本当か!?」

 

「ああ、ブルース・アッシュビーの旗艦、初代ハードラックだ」

 

ライアル・アッシュビーは数瞬アーベントの言葉を反芻した。

「冗談だろう?連合行政府に繋留されているとは聞いていたが、あれは記念艦じゃないか。動かんだろう!他の艦に綱でも付けて引っ張ってもらえとでも言うのか!」

 

アーベントは大真面目だった。

「いや、それが動くのだ」

 

「何?」

 

「今年、独立諸侯連合が国家成立五十周年なのは知っているか?」

 

「そう言われればそうだな。それが何か?」

 

「五十周年記念事業でな、同盟と連合の英雄、ブルース・アッシュビーとウォリス・ウォーリックの旗艦に、連合領の各惑星を巡業させる計画があったんだ」

 

「つまり、その計画のためにハードラックは稼働状態に整備された、と」

 

「そうだ。しかも単に動くだけじゃない。アッシュビー時代の艦艇のエンジンは今の時代より大型だったのは知っているだろう?」

 

「ああ。性能が悪かったからな」

 

「今回の事業のために同サイズの現代のエンジンを積んだんだが、下手な高速戦艦よりも優速になったし、ビームも光学式ながら異常なほど大出力になった」

 

「つまり、下手したら並の旗艦級戦艦より性能が良いということか?」

 

「その通りだ。装甲も新調している。エネルギー中和磁場を後付けすれば、現代でも十分以上に通用する。エンジンがでかくて、被弾率が高くなりそうなのが、玉に瑕というところだが」

 

ライアル・アッシュビーは機嫌を直した。

「いいじゃないか。高速というところが特に気に入った。ぜひ使わせてくれ!」

 

こうしてライアル・アッシュビーはハードラックに乗ることになった。

 

 

準備は進められた。

ミッターマイヤーの神速のせいで、予想よりも準備期間が短縮されるという笑えない話もあったが、なんとか、すべての準備を整えることができた。

 

ブルース・アッシュビーのかつての旗艦に搭乗したライアル・アッシュビーは既視感を覚えた。

「ふん、当然か。エンダースクールで何度も見せられたからな」

 

「アッシュビー提督!」

不意に声をかけられた。

 

老人というべき年齢の男達がそこに立っていた。

 

白髪の老人は、敬礼しながら語った。

「ゴッドハルト・フォン・ボーデヴィヒ大尉であります。閣下と再び一緒に戦うため予備役から復帰しました。幼年学校を飛び出して故郷のために戦った日々が懐かしくあります」

禿頭の男も、感激といった態で話しかけてきた。

「チャン・タオ伍長です。ウォリス・ウォーリック提督の従卒を務めておりました。お目にかかれて光栄です!この老骨でも何かしら再び閣下のお役に立てるのではないかと思い、馳せ参じました」

 

彼らは私とブルース・アッシュビーを混同しているのか?

訂正しようとした、ライアル・アッシュビーであったが、フレデリカの咳払いがそれを止めた。

 

アッシュビーは考えて、口を開いた。

「皆さん、ありがとう。このアッシュビー、必ずや帝国からこの連合を救うと誓おう!」

 

歓声の嵐が巻き起こった。

「アッシュビー閣下万歳!」

「軍神アッシュビー万歳!」

「独立諸侯連合万歳!」

「帝国を倒せ!」

 

 

 

「……何だったんだあれは?俺はブルース・アッシュビーではないぞ」

艦橋に移ったライアル・アッシュビーは、参謀長補佐を務めることになったバーナビー・コステア退役准将に尋ねた。

 

「皆、あなたのことをブルース・アッシュビーの生まれ変わりだと思っているんです。最近増えているんですよ。

アデレード夫人の発言が大きかったのでしょうな。アデレード夫人は事あるごとにあなたのことをブルース・アッシュビー本人だと主張していますから。

元々ブルース・アッシュビーは神様みたいなものでしたからね。ブルース・アッシュビーは死なない、とあなた、あ、いや、本人も言っていましたし。連合の危機に転生して来てもおかしくはないと皆思ったのでしょう」

 

「転生だと?そんなオカルトがあってたまるか!」

 

フレデリカが真顔で尋ねた

「本当に生まれ変わりではありませんの?肉体的には転生しているようなものでしょう。もしかして、前世の記憶があったりしません?」

 

「ない!」

ライアル・アッシュビーは断言した。

とはいえ、エンダースクールでの擬似記憶移植処置を受けたせいで、仮に記憶があったとしても、それが本物かニセモノか区別なんてつかなくなっているのだが……

 

コステア准将がライアル・アッシュビーを宥めた。

「まあいいではありませんか。それで士気が上がるのだし。

宗教のようなものだと思ってください。軍神アッシュビーを祀るアッシュビー教です。……そういえば、アッシュビー霊廟をつくるなんて話もありましたな。危機の度にホログラムでアッシュビーが語りかけてくるような仕掛けをつくるとかなんとか」

 

「やめてくれ!」

ライアル・アッシュビーはめまいがしてきた。

 

「まあそれはともかく、今年は連合建国五十周年、この記念すべき年に、ブルース・アッシュビーの末裔と共に帝国と戦うことが出来るなんて。私みたいな過去しか残されていない年齢の者には、まるで夢のような話ですよ。お祭りです。みんなそういう気持ちで参加しているのでしょうな。

私も、アッシュビー提督が死んでから熱意を失い、惰性で……いや、はっきり言って堕落した生き方をしていたようなところがあったのですが、ここに至って青春時代の熱情が蘇るようです」

そう語るコステア准将の目は、まるで少年のように輝いていた。

 

こいつ、いや、こいつら、俺が敵だったことを忘れているんじゃないか。ハードラックか、このハードラックが時空を歪めて不運を招いているんじゃないのか。アッシュビーはそら恐ろしさを隠せなかった。

 

フレデリカが補足した。

「実際退役軍人の志願者の数がすごいことになっているようです。若い者は席を譲れとばかりの勢いで。最新の機器は使えない人が多いので、旧式艦艇中心に配置していますが、それでも多過ぎるぐらいで。それに、同盟軍の捕虜の中にまで志願者がいるとか」

 

ライアル・アッシュビーは珍しく弱気を見せた。

「グリーンヒル中尉、この状況、俺はどうしたらいい?」

 

フレデリカは答えた。

「士気が高いのはよいことです。乗っかるしかないんじゃありませんか。それに、ブルース・アッシュビー提督はたしかに英雄でしたが、英雄として自分を魅せるのがうまかったとの評もあります。

閣下にもお出来になるのではありませんか?ブルース・アッシュビー本人になるのはともかく、「ブルース・アッシュビーが演じていた英雄」になることは」

 

フレデリカの言葉には心に響くものがあった。

ライアル・アッシュビーは覚悟を決めた。

「そうだな、やるしかないか。グリーンヒル中尉、艦隊に向けて演説する。準備してくれ」

 

演説の準備が整った。

何を話すのか艦隊全体が注目していた。

「諸君、私はアッシュビーである。

諸君を率い、帝国と戦う。そのために私はここにいる。

 

私が真に英雄であるか、

また、諸君が英雄であるかどうか、

それはこの戦いが明らかにするだろう。

 

連合が建国五十周年を迎えられたのは諸君らの努力の賜物である。

この節目の年に、

連合を守るため、

帝国の侵略者を倒すため、

諸君らと共に戦えることを誇りに思う。

 

どうか私に力を貸して欲しい。

私と諸君らの力が合わされば、恐れるものはない。

アッシュビーは常に勝ってきた。今回もだ。

さあ、連合の五十周年に華を添えに、出撃だ!」

 

艦隊全体に歓声が響き渡った。

「アッシュビー提督万歳!連合万歳!」

「アッシュビー!アッシュビー!」

「帝国の圧制者に鉄槌を!」

 

 

こうして、「ブルース・アッシュビー最後の戦い」とも、「連合建国五十周年祭」とも異称される、キッシンゲン星域の会戦が始まった。



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第三部 15話 連合建国五十周年祭

 

ライアル・アッシュビーはミッターマイヤーのワープ位置を把握していた。

 

かつて、連合に対してやったようなフェザーン派地球教徒のネットワークはもはや使えなかったが、オーベルシュタインを通じて、連合と連合派地球教徒の諜報網から一定の情報を入手できていたのだ。

 

この情報に、ミッターマイヤーが最短最適な経路でワープを繰り返していることを勘案すれば、グリーンヒル中尉ならばワープ位置を相当の確度で絞り込むことができた。

ミッターマイヤーの神速の航行が仇になった形である。

 

アッシュビーは、連合行政府と首都機能を担うスペースコロニーをワープさせて退避させる一方、防衛機能を担う拠点群をキッシンゲンに残させた。そして、ミッターマイヤーの予測出現位置にパルスワープさせていたのだ。

 

これによってキッシンゲン星域にワープしたミッターマイヤーは、自ら敵の防衛拠点に突っ込む形となり、艦隊内部から砲撃に晒される形になった。

一回限りの策であることから、拠点からの砲撃は苛烈を極めた。

 

参加したある退役軍人は「アッシュビー復活を祝う花火のつもりで撃ちまくった」と証言している。

 

ミッターマイヤーは統制を回復しようとしたが、その前にベイオウルフに衝撃が走った。連合伝統の接舷攻撃であった。特殊揚陸艦戦隊、通称斬り込み部隊指揮官ジーグルト・アスタフェイ少将自らベイオウルフに乗り込み暴れたため、ミッターマイヤーは指揮を取ることができない状態となった。

アッシュビー率いる艦隊も、離れては近づき、近づいては離れながら砲撃を行い、戦力を削いでいった。

 

旗艦ベイオウルフは、司令官自ら戦斧を持って奮闘し、占領をかろうじて免れていたが、指揮などできる状態ではなく、艦隊としての行動は既に不可能となっていた。

 

「後は彼らに任せておいて大丈夫そうだな。よい演習になった。次の艦隊が来るまでに急ぎ補給を行え」

アッシュビーはこの一戦で艦隊の練度向上すら成し遂げていた。

 

コステアがアッシュビーの注意を喚起した。

「いつものあれはやらないのですか?」

「あれとは?」

 

コステアは、アッシュビーは当然わかっているだろうという風であった。

「あれ、です。皆期待しています」

 

フレデリカが耳打ちしたことで、アッシュビーは得心がいった。

「あれか……本当にやるのか?」

 

コステアは目を輝かせた。

「勿論です!」

 

「わかった……」

アッシュビーはやけくそ気味にマイクを取った。

 

「帝国軍に告ぐ。お前たちを叩きのめした人物はブルース・アッシュビーだ!次に叩きのめす人物はブルース・アッシュビーだ!忘れずにいてもらおう」

 

ブルース・アッシュビー往年の決め台詞に、艦隊が沸いた。

「これだ、これが聞きたかったんだ……」

「冥土の土産によいものが聞けた。ありがたい。ありがたい」

涙ぐんでいる者までいた。

 

一人真顔のままのライアル・アッシュビーが、傍の副官に尋ねた。

「グリーンヒル中尉、何だこれは。ここは俺の為に用意された地獄か」

グリーンヒル中尉は笑いをこらえるのに必死だった。

「士気を上げるのも艦隊司令官の務めです。頑張ってください」

 

ミッターマイヤーから一日遅れて、ビッテンフェルトがキッシンゲンに到着した。

ミッターマイヤー艦隊の惨状はビッテンフェルトにも伝わっていたから、直前でワープ座標を変更するなど対策を行っていた。

 

アッシュビーも、二度も同じ手を使う気はなく、完全な正面からの決戦となった。

アッシュビー五千五百隻、ビッテンフェルト六千隻であった。

当然ながらすべて高速戦艦からなるビッテンフェルト艦隊の方が戦力は高かった。

 

アッシュビーとビッテンフェルトは共に正面から突撃をかけた。

「アッシュビーか何だか知らんが黒色槍騎兵に正面から突っ込む等良い度胸だ!」

 

アッシュビーは本隊の前に二百隻ほどの無人艦艇を先行させていた。

その二百隻と黒色槍騎兵がまず会敵した形となったが、まさに鎧袖一触、蹴散らされた。

 

だが、アッシュビーは冷静だった。

「よし、わかった」

 

ビッテンフェルトは直進し、今度はアッシュビーの本隊に砲撃をしかけた。しかし、アッシュビーは直前で制動をかけることで躱し、その上で砲撃後の隙をついて逆撃をかけたのだった。

アッシュビーは先の二百隻にビッテンフェルトが攻撃をかける様子からタイミングを盗んでいたのだ。

 

ビッテンフェルト艦隊の先頭が崩れ、前進速度が鈍った。

アッシュビーはその隙にビッテンフェルト艦艇を真ん中にして円筒を形成し、側面から攻撃をかけた。

 

ビッテンフェルトは指示を出した。

「周囲が敵ばかりならそれもよし。敵は旧式艦艇ばかり。防御力も攻撃力もこちらが上だ。撃って撃って撃ちまくれ」

 

だが、アッシュビーにはそれも織り込み済みだった。

アッシュビーは近接攻撃力と速力で選抜した五百隻ほどの直衛部隊を引き連れ、ビッテンフェルト艦隊の前方に留まっていた。

そこから、ビッテンフェルト艦隊が詰まったこの円筒の片側から入り込み、反対の出口に向けて駆け抜けたのだった。

通常であれば同士討ちとなるところである。しかし味方の攻撃はビッテンフェルト艦隊が壁となり、防いでくれた。

アッシュビーは味方の攻撃力が低いことすらも利用して、この突撃を成功させたのだ。

 

ビッテンフェルト艦隊は守勢に弱いという弱点を露呈して壊乱した。

ビッテンフェルトは旗艦以下八隻まで撃ち減らされ、撤退した。

オイゲンらが必死で止めなければそのまま退かずに文字通り全滅していただろう。

 

アッシュビーは、嘯いた。

「見所はあるがまだまだ甘い」

 

この後、アッシュビーはコステアに促され、アッシュビーの煽り文句を再度マイクの前で実演する羽目になった。

 

なお、この時ミッターマイヤーもベイオウルフを捨て、少数の艦艇と共に死地を脱出して撤退していた。

 

 

アッシュビー艦隊は再度補給を行なった。ビッテンフェルト艦隊との交戦では相応に被害も出ていた。

 

千隻ほどが破壊もしくは戦闘続行不可能になった一方で、五百隻ほどが新しく間に合い、補充された。

 

アッシュビーは性能に劣るこの五千隻で、ローエングラム侯ラインハルト率いる七千五百隻と戦うことになるのだった。

 

ビッテンフェルト艦隊からさらに一日遅れて、ローエングラム侯ラインハルトが戦場に到着した。

 

その戦列と陣形を確認したアッシュビーは険しい面持ちになった。

 

「これはまずいかもしれんな。隙がない。ビッテンフェルトとは役者が違う。小手先でどうにかなる相手ではなさそうだ」

 

一方のラインハルトは、ミッターマイヤー、ビッテンフェルトを立て続けに破った難敵に興味を引かれていた。

「ブルース・アッシュビーの旗艦に乗り、アッシュビーを名乗る敵か。ライアル・アッシュビーが連合の捕虜になったと聞いたが、奴が連合に協力しているのか?

いずれにしろ、ミッターマイヤーとビッテンフェルトを倒したとなれば、その実力は本物だ。倒すに値する」

 

 

アッシュビーとラインハルトは艦隊を共に前進させた。

 

アッシュビーとラインハルトの戦い、連合五十周年記念祭の最終演目がここに始まった。

 



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第三部 16話 英雄の戦い

アッシュビーとラインハルトの戦いは、当初アッシュビーが先手を取り、ラインハルトが守る形となった。ラインハルトとしては敵手に興味があり、見極めたい心理が働いたからだ。

アッシュビーの放つ手は殆どがラインハルトに未然に防がれつつも、いくつかはラインハルト艦隊の艦列を揺るがした。

だが、そこから攻撃を拡大しようとするアッシュビーの試みが成功する前に、その揺らぎは素早く修復された。

 

アッシュビーは唸った。

「やはり難敵だ」

 

ラインハルトも感嘆した。

「この戦力差でよくやるものだ」

だが、同時に弱点も発見していた。

「前列、敵に接近し圧力をかけよ。その間に後列はワルキューレ発艦の準備だ」

 

アッシュビーは接近して来る艦列を見てラインハルトの意図に気づいた。

「早いな、もう来るか」

 

アッシュビーの艦隊は多くが旧式艦で構成されていた。旧式艦の欠点は砲撃力や防御力よりも、戦闘艇搭載能力の低さだった。

単座式戦闘艇が普及し始めたのが五十年ほど前であり、戦闘艇の有効性が認識されるにつれ、艦艇は徐々に戦闘艇の搭載数を増やしていったのだ。

旧式艦中心のアッシュビー艦隊は単座式戦闘艇搭載数が極端に少なかった。

 

ラインハルトはそのことに気付き、ドッグファイトでアッシュビーに打撃を与える作戦に出たのだ。

 

アッシュビーは艦隊を後退させた。それは整然としつつも素早い後退だったが、ラインハルトの速度の方が優っていた。

アッシュビー艦隊は喰いつかれた。

ワルキューレが発艦し、敵に向かって突き進んだ。

アッシュビー艦隊はそれを砲撃で狙い撃ちしたものの、すべてを撃ち落とすことはできなかった。

 

ワルキューレの刃が艦艇に迫った。

ラインハルトが呟いた。

「これで終わりだ」

アッシュビーも呟いた。

「そうはならんさ」

 

アッシュビー艦隊は後退の末、目的の宙域に到着していた。

そこは、先にミッターマイヤー艦隊の撃滅に貢献した防衛拠点のある宙域だった。

 

アッシュビー艦隊の艦艇の単座式戦闘艇搭載数は少ないが、キッシンゲン星域の軍需工廠には一定数の単座式戦闘艇が存在した。

アッシュビーはそれを防衛拠点に潜ませていたのだった。

 

拠点から発進した連合の単座式戦闘艇、リントヴルム部隊がワルキューレに向かった。ワルキューレ部隊は次の出撃も考えていたが、リントヴルム部隊には次の機会はなく、後先考えずに攻撃を行なった。推進剤が切れても構わないと考えていた。

この差がキルレシオの差に現れ、ワルキューレ部隊は大打撃を受けた。

 

「これを想定して戦場を設定していたか。やるじゃないか」

ラインハルトはワルキューレ部隊に撤収を命じ、宙域を移動した。

アッシュビー艦隊はそれを追わざるを得なかった。

ラインハルトにワープを許して行政府を襲わせるわけにはいかなかったからである。

 

ミッターマイヤーは先陣として最低限の仕事をこなしていた。キッシンゲンに到着した際、アッシュビーの攻撃に晒され撃ち減らされたが、残艦を斥候部隊として周辺星域に送り出すことに成功していたのだ。これにより帝国軍は既に連合行政府の転移した星域を突き止めていたのだ。

 

戦いは仕切り直しとなった。

この時までに、アッシュビーの艦隊は四千二百隻に減っていた。

ラインハルトは七千百隻であった。

旧式艦艇ばかりにしては健闘していたが、このままではアッシュビーの負けであった。

 

だが、アッシュビーの顔にはまだ余裕があった。

予定ではもうすぐ奥の手が到着するのだ。

「さあ、勝負はこれからだ!」

本人は意識していなかったが、この発言にまたも艦橋が沸いた。

 

アッシュビーとラインハルトが再び砲火を交わし始めた時、星域に新たな艦隊が出現した。

旗艦ブリュンヒルトのオペレーターが絶叫した。

「新たな艦隊出現、その数一万隻以上!」

メックリンガーが身を乗り出してオペレーターに問うた。

「まさか?どの方面からだ!?」

「南方、フェザーン方面からだと思われます」

 

馬鹿な、早過ぎる。まさかヤン・ウェンリーの魔術か!?しかし、フェザーン方面に出した斥候からの報告はなかった……

ラインハルトは欺瞞と断じきれないでいた。ヤン・ウェンリーというイレギュラーの存在こそがラインハルトを焦らせ、ミッターマイヤーを先行させた一因でもあったのだから。

 

ラインハルトでさえそうなのだから、麾下の将兵はさらに混乱していた。それは艦列の乱れ、艦の行動の乱れにもなって現れた。

アッシュビーはそれを見逃さなかった。

「今がチャンスだ!ここが運命の分かれ目だと思え!前進!突破せよ!」

 

ラインハルトも内心を隠して檄を飛ばした。

「あれは欺瞞だ。一万隻もの艦隊がこのタイミングで出現するはずがない」

仮にあれが本物だとすると、その時点でこの作戦は失敗であり、ならば欺瞞である方に賭けざるを得ない。それがラインハルトの考えであった。

 

アッシュビーはラインハルト艦隊に突入を果たした。

前へ、前へ。

だがラインハルトの防御は固く、その前進は中途半端なものになり、包囲殲滅の危険すら生じた。

しかしその時には詳細不明の艦隊が近づいて来ていた。

 

オペレーターが再度絶叫した。

「艦隊接近!数は一千隻。一万隻と見えたのは牽引する小惑星によるものです!」

 

一千隻の小艦隊はラインハルト艦隊の至近で小惑星を投擲した。これにより、ラインハルトの艦列は引き裂かれた。

 

この小艦隊はヤン・ウェンリーによるものでもフェザーンから来たものでもなかった。ガイエスブルク要塞所属のもので、帝国軍侵入の報が入った後、要塞司令官ケンプが配下のアイヘンドルフ准将に託して派遣したものだった。

帝国軍の到着には間に合わないが、アッシュビーが粘って時間を稼いでいればきっと助力できるだろうと考えたのである。

そしてアッシュビーはアイヘンドルフと事前に連絡を取り、この仕掛けを実行させたのだった。

ヤン・ウェンリーなら奇跡を起こしかねないという帝国軍の不安に乗じた策であり、アッシュビーとしては他人の威を借りることになり甚だ不本意ではあったのだが。

 

アッシュビー艦隊は息を吹き返した。

「前進!突撃だ!」

彼らは一本の矢のように艦列を貫き、つき進んだ。

 

ハードラックのオペレーターが叫んだ。

「正面の艦影、ブリュンヒルト!」

 

ハードラックとブリュンヒルトはお互いを正面に捉えた。砲撃は、互いのエネルギー中和力場に遮られ、二艦はそのまますれ違った。

 

ラインハルト、アッシュビーともに相手を倒す絶好機を逃した形である。

 

アッシュビー艦隊はそのまま後方に突き抜けた。

アッシュビーが艦隊を反転させた時、ラインハルトは既に艦隊再編を完了しようとしていた。

アッシュビーは急ぎ再突入を図ろうとしたが、さらに戦況が急変した。

 

今度は五千隻程度の艦隊が出現したのである。

率いるのは撤退したと思われたミッターマイヤーとビッテンフェルトであった。

 

ロイエンタールの残軍の編入を果たしたワーレンが、ヴァーゲンザイル少将に五千隻を預け後続として派遣したのである。

ラインハルトはこの艦隊にミッターマイヤーとビッテンフェルトを合流させ、キッシンゲン星域に急行させたのだ。

 

アッシュビーはラインハルト艦隊を牽制しながら、アイヘンドルフの一千隻と合流し、態勢を整えた。この時点で合計四千隻である。

 

ミッターマイヤーとビッテンフェルトはラインハルトと合流し、合計一万隻となった。

 

戦力差は拡大した。しかし、アッシュビーに撤退の選択肢はなかった。

 

アッシュビーとラインハルトは再度正面からぶつかった。

 

アッシュビーとその将兵たちはよく戦った。復讐に猛るビッテンフェルトの鋭鋒を躱し、反撃し、再反撃されるもそれに耐えた。

ミッターマイヤーの機動によって包囲される前に後退し、なおも急速に迫る敵艦隊を、無人艦の自爆によって押し留めた。

だが、戦力は徐々に削られていった。

 

戦闘可能な艦艇が三千隻を切った時、アッシュビーの最後の手札が切られた。

キッシンゲンの工廠にあったものの、今まで戦闘に参加させていなかった非戦闘艦艇計五百隻をこの土壇場で出撃させたのだ。

 

輸送艦、工作艦からなるその五百隻は無人であり、フレデリカの事前のプログラムに従ってラインハルト艦隊の四方八方から襲いかかった。

これに対しミッターマイヤーが千隻を割いて迎撃に向かわせた。

 

輸送艦は液体ヘリウムを満載していた。

工作艦は指向性ゼッフル粒子発生装置を搭載していた。

攻撃を受けた輸送艦は火球となりつつ、慣性によって帝国軍につっこんだ。

工作艦からは火の柱が伸びた。

 

いずれも帝国軍の表層の部隊を叩いただけに終わったが、それでも艦列には乱れが生じた。

 

アッシュビーはビッテンフェルト艦隊に突入し、打撃を与えて突破し、その後背にいたラインハルトの艦列に突入を図った。

しかしその意図は艦隊の結節点を見極めて行われたラインハルトの攻撃によって挫かれた。

 

帝国軍は混乱からすぐに回復した。

 

最後の余力を使い切ったアッシュビーは半包囲され、さらに艦数を減じた。

その過程でアイヘンドルフ准将は戦死した。

 

ここに至ってアッシュビーは部隊を逃がすことに決めた。

アッシュビーの直衛部隊が最後まで踏み止まり、敵の攻撃を引き付けた。

 

だがそれも撃ち減らされ、もはやハードラック以外数艦を残すのみとなった。

ラインハルトは降伏勧告を行ったが、ハードラックからの返答はなかった。

 

 

手こずらされたが、ハードラックを撃沈すれば戦いは終わる。

その後はワープ準備だ。

ワープが完了した時こそ連合の命運が尽きる時だ。

ラインハルトはそう考え、讃えるべき強敵に対して最後の攻撃を命じようとした。

 

そこに、多数の艦がワープアウトして来たと、オペレーターが報告を入れてきた。

「散開しており、一定の陣形を取っていません。……全て民間船舶のようです」

 

民間船舶の群れは、薄く散らばりラインハルト艦隊を取り囲んだ。

帝国軍に向けて次々に通信が入った。

 

「ユニマラ船長ステッティンだ。侵略者ども今すぐ帰れ!」

「マオルエーゼル船長プリッツァーだ。アッシュビーを殺すなら、俺たちが黙っていない!」

「クラインゲルト伯には恩がある。帝国のエセ貴族に用はない!」

「専制主義者、帰れ!」

「誰もお前達なんか歓迎しないぞ」

「帰ってガキの皇帝のお守りでもしてろ!」

「アッシュビー万歳!連合万歳!」

 

「これは……」

帝国の諸将は呆気にとられた。

ラインハルトも困惑を隠せないでいた。

「二度の内乱では門閥貴族のために平民が動くなどあり得なかったが、連合の諸侯達は人心を得ているということか」

 

実のところこれは、オーベルシュタイン率いる情報部の扇動によるところも大きかったのだが、彼らは少なくとも自由意志でここに来たのだった。

 

メックリンガーがラインハルトに進言した。

「ハードラックを撃てば、彼らが襲いかかってきそうですな。しかし、ワープの為には彼らがいずれにしろ邪魔です。向かって来た時点で彼等は敵。非常な判断も必要になるかと」

 

ラインハルトの判断は異なっていた

「いや、もう時間切れだな。彼らを排除する時間的余裕はない。撤退だ。勝利以外のことを優先した私のミスだ。……ロイエンタールには詫びねばならぬな」

 

果たしてその通りだった。

ミッターマイヤーの放った斥候部隊のうち、フェザーン方面奥深くに入り込んだ艦が連合行政府への大艦隊接近を報告して来たのだ。

民間船舶を排除してワープしても、髪一重で先行されるだろう。

 

帝国軍は速やかに撤退した。

 

それを見た連合の将兵、民間船舶の乗組員は歓喜した。

「連合万歳!」

「アッシュビー万歳!」

 

「なんとか勝ちましたわね」

喜びに包まれる艦橋を眺めながら、フレデリカは上官に話しかけた。

「彼が俺に興味を持ってしまった時点で防衛成功は確定したも同然だった。まあ、ここまで追い込まれるとは思わなかったが。俺など無視すれば彼はいつでも連合に勝てたんだ」

 

そう、ラインハルトは、極端な話、連合行政府の転移先が判明した時点で、いつでも勝てたのだ。

 

艦隊の半数を別働隊にして星域離脱のそぶりをさせれば、アッシュビーはそれを追わざるを得ない。ラインハルトとしてはその隙に本隊をワープさせてもよかったし、別働隊とアッシュビーを挟撃してもよかった。

あるいは最初からキッシンゲン星域を避けて連合行政府の転移先に直行するということも考えられたのだ。

 

ラインハルトはそれをしなかった。ラインハルトは、連合の征服よりも、アッシュビーを名乗る大敵との一期一会の勝負を優先してしまったのだ。無論、戦って勝った上で目標を達成できるという自負に基づいてのことだったが。

 

「閣下はそこまで読んでいたのですね」

「……多分立場が逆だったら俺も同じことをして、同じように失敗していただろうからな。……訂正、俺なら成功していた」

「似た者同士の戦いだったというわけですか」

 

「でも、結局この戦いの主役は、彼ら連合の人民だったのかもな」

ライアル・アッシュビーは喜びに沸く兵士達を眺め、感慨を込めて呟いた。

「英雄とは言っても、一人では何もできない。それを支える者達がいて、ブルース・アッシュビーという存在が形作られるんだ」

 

フレデリカは少し驚いた。

「そういうことにお気づきになる方だとは思っていませんでした」

失礼な発言ではあったが、ライアル・アッシュビーは気にしなかった。

「いや、貴官にはいつも助けられてきたから前から気づいていたさ」

「……」

「なあ、中尉。いや、フレデリカ」

「はい」

「俺はアッシュビーの姓を捨てるつもりだ。俺はブルース・アッシュビーではない。少なくとも一人ではな。ライアル・アトキンソンに戻ろうと思う」

「どのような選択をされようと閣下の自由です。その通りブルース・アッシュビーとは違う人生があるのですから」

 

アッシュビーは意を決して言った。

 

「フレデリカ、その人生を俺と共に歩んでくれないか?」

アッシュビーは言葉を重ねた。

「要するに、要するにだ。結婚してほしいんだ」

 

フレデリカはヘイゼルの瞳をみはり、頰を熱くした。

 

そして、フレデリカは微笑んだ。最初から笑おうと決めていたのだ。

 

「ノーです。ノーですわ、閣下」

 

フレデリカはさらに笑みを深くした。

「私はアデレード夫人になりたくありません」

 

コステア准将がその時のアッシュビーの表情を目撃していた。

戦場では臆病であったことなど一度もないアッシュビーが、うそ寒そうな表情を隠し切れなかったという。

 

アッシュビーのその表情は、コステアが決め台詞を促すまで消えなかった。

 

連合建国五十周年祭は、何かを吹っ切るようなアッシュビー三度目の決め台詞披露でお開きとなった。

 

 

 

 

なお、アッシュビーの姓を捨てるという話は立ち消えとなった。

 

 

 

 

 

 

 

艦隊がキッシンゲン星域を脱した後、ラインハルトは一人自室に戻り、椅子に身を投げ出した。

 

「すまぬ、ロイエンタール。すまぬ、ミッターマイヤー。俺は宇宙を手に入れるより、雄敵との戦いを優先した。戻ったら姉上とキルヒアイスにも怒られるか……いや、二人なら俺らしいと笑うかもな」

既にアンネローゼとキルヒアイスの無事は、ワーレンから報告があり、確認できていた。ロイエンタールに対する申し訳なさはあったものの、不思議と無念さは感じなかった。

この時、ラインハルトは自分には宇宙よりも大事な人間が二人もいることを実感していたのだから。

 

とはいえ、ラインハルトが諦めることもまたあり得なかった。

「ヴァルハラで見ていろ、ロイエンタール。連合領は与えられるのではなく、いずれ自らの手で掴み取ってやる」

 

アッシュビー、ヤン・ウェンリー、フォーク、お前達を倒して俺が宇宙を手に入れるのだ。

 

しかし、今すぐではない。

帝国は傷を負いすぎた。

俺は皇帝となる。俺が数年かけて帝国を新生させる。キルヒアイスと共に。

 

……だが、まずは姉上のつくるケーキが食べたい心境だ。

 

ラインハルトは、やるべきことと大事な人達が待っている自らの帝国へと帰っていった。



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第三部 17話 こんな夢を見た

16話と連続投稿です









…………真っ暗だ

……これは夜か?

……傍にいるのは誰だ?

……

「ねえ、提督」

……

「いま、提督と、僕と、同じ星を見てましたよ。 ほら、あの大きくて青い星…… 」

……

「何ていう星です?」

……

 

ヤンは目を覚ました。ベッドの上、目の前には綺麗なプラチナブロンドの髪……

「前も同じことがあったな」

 

「ヤン提督!気づかれたんですね!よかった……」

ローザは目に涙を溜めていた。

 

「やあ、ラウエ中佐、心配かけたね」

「申し訳ありません、私が守れなかったせいでヤン提督が……」

「いや、生きているんだし、大丈夫さ。生きているよね?」

「はい、生きています。でも左肘から先が……それが盾になったのですが……」

言われてヤンは気がついた。

「本当だ。ない」

「私のせいです!」

泣き出したローザに、ヤンは慌ててフォローを入れた。

「大丈夫!大丈夫だよ!昔から、首から下は不要とか、クビにしたいとかよく言われていたから片腕ぐらい……」

「……誰ですか?ヤン提督にそんなことを言う人は。手討ちにしてくれます」

目が据わったローザに、ヤンは再び釈明することになった。

「いやいや、昔の、同盟の頃の話だから!」

とはいえ前半は今の不正規艦隊の誰かだったような……

 

ヤンは医師の診察を受けつつ、落ち着きを取り戻したラウエ中佐から状況の説明を受けた。

ヤンが倒れた後も戦いが続いたこと、同盟艦隊が撤退したこと、帝国で内乱が起こり、その後ラインハルトが連合に攻め込んだこと。それをライアル・アッシュビーと愉快な仲間達が防いだこと。

 

「ラウエ中佐、夢を見ていたよ」

「どんな夢ですか?」

「あのユリアン・ミンツと一緒に星を眺めていたんだ。何か大きくて青い星を、一緒に……。私とユリアン・ミンツはまるで親子のようだった。そんなことあるわけがないのに……」

「ヤン提督……」

ヤンの声には悲痛な響きがこもっていた。

「彼はまだ子供だった。そんな子供が戦って死ぬことになるなんて。こんな世界、狂っている。ラウエ中佐、私がもっと努力すれば何か違っていたのだろうか……?」

 

「ヤン提督。ヤン提督のルーツの古代国家のお話に、胡蝶の夢というのがあるそうですね。この世界とかの世界、いずれが夢か?」

「ラウエ中佐?」

「人は夢を見ます。様々な願望から、あるいは後悔から。神だって見るかもしれない。こうあってほしい、これはおかしい。そんな想いが、様々な夢を、可能性の世界を生み出すのです。

……この世界もそんな夢の世界の一つなのかもしれないですね。

とある英雄が何も残せず倒れた世界もあったかもしれない。あなたが死んだ世界もあったかもしれない。それで嘆き悲しんだ人がいたかもしれない。

……私はたとえユリアン・ミンツが不幸になっても、あなたが生きていてくれてよかったと思っています」

 

ヤンの目には、一瞬ローザが常ならぬ存在に見えた。

だが、次の瞬間にはいつものローザに戻っていた。

 

「そうだ。ヤン提督、私の説明が悪くて勘違いなさってそうですが、ユリアン・ミンツは生きていますよ」

「えっ?」

「死んだとしたら、私が殺したことになるわけで、ヤン提督の話を平静に聞けるわけないじゃないですか。いや、殺すつもりだったのですが、ヤン提督の声で手元が狂いました。私もまだまだですね……」

「そうか……生きていたか……」

「傷の方はヤン提督より深くて後遺症も残りそうなのですが、流石若いですね。先に意識を取り戻していますよ。ご希望ならそのうち話す機会もできるかと」

「そうだな、一度話してみたいな」

「わかりました」

 

「ところで、ヤン提督、術後ですからしばらくアルコールもカフェインも控えないといけないのですが……」

「ええ!?」

ヤンはこの世の終わりとばかりの顔をした。

「ご安心ください!カフェインフリーでも美味しい紅茶を淹れる練習をしました!」

 

思えば連合に来てから助けられてばかりだ。

得意げに語る副官を見て、ヤン・ウェンリーは気持ちが固まった。

……ジェシカはラップが幸せにするだろう。

 

「ラウエ中佐」

「はい」

「……いや、ローザ」

「!?、はい」

「こんな寝たきりの状態で言うのも締まらないし、上官という立場を利用するようで卑怯な気もするのだが」

「はい」

「これからも私と一緒にいてほしい。君の紅茶をずっと飲み続けたいんだ」

ローザは満面の笑みになった。

「勿論ですわ!今、紅茶を淹れてきますね!」

走り去って行った副官を見ながらヤン・ウェンリーは頭をかいた。

「あの様子だと、ちゃんと伝わっていないかな……?」

 

 

ユリアンはフェザーンの軍病院でバグダッシュと面会した。

「ヤン・ウェンリーは目を覚ましたそうですよ」

「そうですか」

ユリアンは残念さと安堵の両方を覚えていた。

「ところで少佐、捕虜なのになぜ自由に動けているんですか?」

「おや、言っていませんでしたね。私もヤン不正規艦隊に入れてもらったんです。おかげで大尉待遇に格下げされてしまいましたが……。そんな顔しないでください。パトロクロスではきちんと役目を果たしたでしょう?」

そして周りを確認しつつ唇だけで語った。ユリアンが読唇術を使えることを知っていたから。

「それにここだけの話、私はグリーンヒル大将に娘さんのことを頼まれているんですよ」

 

「少佐、いや、大尉が生きていてくれただけでぼくは嬉しいですよ。マシュンゴ准尉も大尉が全体に降伏命令を出してくれたおかげで助かりましたし」

皮肉のつもりのないユリアンの言葉にバグダッシュは反応に困った。

「……今日ここに来たのはクリスティーン中尉から手紙を預かっていたからです」

ユリアンの顔が強ばった。

「彼女が死んでいて、ミンツ大尉が生きていたら渡してくれ、と。……職業柄、中は見せてもらいましたが何が書いてあるかわかりませんでした。ミンツ大尉にはわかりますか?」

 

ユリアンは手紙を受け取った。

それは、トリューニヒトとユリアンの間で使用されていたカスタマイズされた警察式暗号文であった。何故、彼女が?

それにはこのように書かれていた。

 

「親愛なるユリアン君、この手紙をあなたが読んでいるということは私はもういないのでしょう。でも気落ちしないでください。私はあなたを騙していた悪い女なのですから。しかも二重にね。

ユリアン君は多分気づいていなかったでしょうけど、私は地球教徒です。

デグスビイ主教のことを覚えていますか?

私は彼にあなたを籠絡するよう頼まれていたんです。

八年前、私は地球に憧れるだけのただの世間知らずな少女でした。そこを地球教につけ込まれたんです。弱味を握られ、彼らのために働くように仕向けられました。

私は絶望しました。

しかしそれを救ってくれたのがトリューニヒトさんでした。少なくとも当時は、救ってくれたと思っていました。

トリューニヒトさんは私のことを守ると約束してくれました。地球教の状況を探るための手駒になる代わりに。

トリューニヒトさんの計画では、フェザーンでの戦いの後、ユリアン君は私と一緒に地球に行く予定でした。トリューニヒトさんはあなたに地球教を内部からコントロールして欲しかったんです。私とマシュンゴ准尉をサポート役にして。

土壇場まで本人に知らせないなんて私もトリューニヒトさんも悪い大人ですね。

……大人を信じられなくなりましたか?

ユリアン君は頭はいいのに騙されやすいので、少しは人を疑うようになった方がいいです。

私のことも。トリューニヒトさんのことも。

 

状況が変わったから、ユリアン君が地球に行くことはきっとないですね。

ユリアン君と地球に行けなかったのは残念です。これは本心です。

私が語ったほどには地球はいい場所ではありません。荒れ果ててしまっていると聞きます。人類の故郷がそんな状態でいいわけがない。私は今もそう思っています。

ユリアン君が地球教を支配してくれたら、地球を美しい青い星に戻してくれるんじゃないか、そんな期待を持っていたのです。

ユリアン君、あなたはいい子なので、いろんな人がこれからも助けてくれると思います。そこにいるだろうバグダッシュ少佐も。

きっと家族もできるでしょう。だから、孤独だなんて思わず強く生きてください。ユリアン君が嫌でなければ私も空の遠くから見守っています。

私はあなたを弟のように思っていました。それ以上はあなたを困らせるだけなので何も書きません。

 

もう時間がないのでここまでにしておきます。

さようなら、ユリアン。

強く生きてください」

 

ユリアンは泣いた。

 

バグダッシュはそっと部屋を出た。

 

 

しばらく後、ユリアンはヤンと面会する機会を得た。

戦術論で盛り上がり、紅茶の話で意気投合し、トリューニヒトのことで口論になったが、それはまた別の話とする。

 

 

 

同盟は二方面における大敗に大きく揺れ動いた。

純戦力的には連合も帝国も相応に消耗したため、同盟が著しく不利になったわけではなかった。トリューニヒトがレベロに語った戦略は、状況が早まっただけでまだ有効であったが、問題は戦死者、捕虜の数であった。

戦死者、捕虜は一千万人の大台を超えていた。また、モールゲンは疎開が進んでいたものの未だ三千万人の同盟市民がいて、連合の占領統治を受けていた。

開戦から半年で一千万人が失われた。民間にも被害が出ている。これは、同盟市民に戦争の現実を思い出させるのに十分であった。

また半年後には同じだけの被害が出るのではないか、いや、自分も巻き込まれているのではないか……

実際軍部は、全軍の2割を超える一千万人の損失の埋め合わせのため、予備役の招集だけでなく、徴兵の強化を提案しようとしていた。

 

 

イゼルローン方面の敗北はフォーク中将の突発的な精神疾患発症が原因とされた。

フォーク中将は、入院加療の上予備役編入となった。

フェザーン方面の敗北は、パエッタ提督が自らに責任があると発言した。

「私がミンツ大尉の発言を無視したのが敗北の原因である。責任はすべて私にある」

そのような事実はなかったのだが、パエッタ提督は才能ある若者のために自らが泥を被るつもりだった。

 

このように敗北の原因は軍部にあり、議長の責任ではないという論調がメディアの大勢も占めたが、それでも支持率は大きく下がった。トリューニヒトの議長辞任を求める声も強まった。

 

トリューニヒトはその日、演説をとちるという常であればあり得ない失態をおかした。しかもそれはこの一週間で二度目だった。

トリューニヒトとしても流石に自分の変調に気づかざるを得なかった。

初めは同盟軍の大敗のせいかと考えた。しかしその程度の逆境で自分が参ってしまうなど信じられなかった。

しかしユリアン・ミンツ生存の報を受けた時にようやく腑に落ちた。気持ちが軽くなったのだ。

なんだ、自分も人並みにあの少年に情が湧いていたのか、と。

子のいないトリューニヒトには、それが子を想う父親と同じ気持ちと同じだと分からなかったのだ。

 

生きているならそれでいい。何年か経てば捕虜交換で彼も帰ってくるだろう。敗北を糧に成長して。

その時こそ同盟の覇権確立の時だ。

先々彼が政界を望むなら私の後継者にしたっていいかもしれない。

地球への派遣計画は白紙に戻そうじゃないか。

 

トリューニヒトの思案は進んだ。

ひとまずはレベロに議長を押し付けるか。交換条件として私が国防委員長になれば十分に影響力は確保できる。

責任を取って自ら軍部に対するシビリアンコントロールに務め、同盟軍を再建する、とでも言えば、市民の納得もそれなりに得られよう。

連合とフェザーンには嫌がらせ程度の攻撃を行っていれば、1年もすれば彼らから音を上げて講和を求めてくるだろう。ひとまずはそれで満足してやろう。

そして、三年後にその実績をもって議長に返り咲き、ユリアン・ミンツと共に今度こそ連合を征服するのだ。

 

そんな計画を立てつつ、会議場を出たトリューニヒトに声をかけてきた人物がいた。

 

「トリューニヒト議長、私です、フォ ークです。現役復帰のお願いに来ました」

 

……結局トリューニヒトの計画が実施されることはなかった。

 

トリューニヒトは銃撃により重傷を負い、長期療養に入った。

 

評議会は一度解散し、衆望によりレベロが暫定議長を務めることになった。

 

同盟はレベロ議長のもと、連合との講和に向け動き出した。

 

戦いの季節は終わりを迎えようとしていた。



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第三部 18話 見果てぬ夢

本日16話、17話と連続投稿
第三部最終話で、これでひとまずは完結です







レベロ議長の元、同盟軍は改革が進んだ。艦隊数は以前の水準に削減された上、ゆっくりと再興されることになった。

グリーンヒル統合作戦本部長とドーソン宇宙艦隊司令長官は退任し、それぞれクブルスリーとビュコックが大将昇進の上、後任となった。

 

宇宙暦797年/帝国暦488年5月、同盟と連合は講和条約を結んだ。

 

モールゲンは同盟に返還されたが、アルテミスIIは連合が戦利品として接収した。

フェザーンに関しては同盟側フェザーン回廊出口を非武装地帯とした上で、連合とフェザーンの関係を同盟は黙認することになった。

ヤン不正規艦隊の乗員には、自由意志での帰還が許された。

捕虜の帰還も順次進められることになった。

通商も再開される予定である。

 

帝国では、帰還したラインハルトが内乱の収拾を行なった。

まずは行方不明だったアンネローゼとキルヒアイスに再会した。

二人はロイエンタールの用意した一隻の駆逐艦で辺境星域に逃げ延びていたのだ。

ラインハルトは二人の無事を喜んだ。以前より二人の距離が近いように感じることを訝りつつも。

 

オーディンではここまで中立を保っていたラムズドルフ元帥によってオッペンハイマー大将をはじめとするリッテンハイム大公派の拘禁が行われていた。

彼を動かしたのは中立を保っていたマリーンドルフ伯とその娘ヒルダであった。

マリーンドルフ伯は残っていた貴族をまとめ、ラインハルトへの恭順の意向を示した。

二度の内乱で貴族の数も少なくなっていたことから、ラインハルトとしてもこれを受け入れた。

 

その後、未だ行方不明のエルウィン・ヨーゼフ2世が廃帝とされ、先々帝オトフリート5世の第3皇女が擁立された後、ラインハルトへの帝位禅譲が行われた。

 

ゴールデンバウム王朝はここに滅び、ローエングラム王朝による新帝国が始まった。

 

皇帝となったラインハルトにより内政改革と軍の再興が急速に進められることになった。

 

 

連合と帝国の間にも、再度休戦が成立した。

今回は国家同士であった。

ゴールデンバウム王朝が滅んだことで、お互い形式に縛られる必要がなくなったのである。

講和条約の締結や通商条約の検討も進められることになった。

 

同盟と帝国の間にも休戦の機運が高まり、水面下での接触が図られていた。

お互いすぐには軍を動かすつもりがない以上、望まない事態が発生しないよう何らかの取り決めを結んでおくべきだったからだ。

通商の検討さえ行われていた。フェザーンが連合に与した状態では、それがお互いのためであったから。

 

 

フェザーンは、連合に与せざるを得ない立場であった。

ヤン・ウェンリーによる機雷散布と軌道エレベータ損壊はフェザーンの経済活動に深刻な悪影響を与えた。

だが、これは連合や現フェザーン当局への悪感情には発展せず、批判はもっぱらヤン・ウェンリー個人に向けられた。

ケッセルリンクとオーベルシュタインがそのように仕向けたのだ。

 

ボルテックは、傷の癒えたヤン・ウェンリーと面会して笑顔で言った。

 

「もう来ないでください」

 

この発言はフェザーン市民の知るところとなり、彼らは溜飲を下げた。

 

ヤン・ウェンリーの不名誉二つ名リストに、新しく「出禁のヤン」が加わった。

 

オーベルシュタインは自らフェザーンに赴いていた。

エフライム街40番地にあった地球教徒の拠点が制圧され、武器弾薬、麻薬、様々な資料が秘密裏に押収された。

同時にフェザーンの行政、軍事の資料もケッセルリンクの協力の元、集められた。

フェザーン派地球教徒のこれまでの活動を調査するためである。連合派地球教徒やオーベルシュタインでも完全には把握できていなかったのだ。

オーベルシュタインは、フェザーンの軍需物資の流れに不審を抱いていた。

明らかに輸出用や正規軍や傭兵軍が利用する以上の軍需物資がフェザーンに集められ、どこかに消えていたのである。

表向き戦いは終わったが、火種はまだまだ燻っているようであった。

 

しかしながら銀河は一時の平和を得たようであった。連合とその人民が五十年をかけてようやく得た平和。

これが永遠ならざるまでも長いものになるかどうかはまだ誰もわからない。

 

 

ウォーリックはクラインゲルト伯と面会した。

「ウォーリック元帥、いや、ウォーリック男爵、決意は固まったか?」

「ええ、盟主を目指します」

ウォーリックは元帥に昇進していたが、退役し、次期盟主となる決意を決めたのだ。

 

クラインゲルト伯は微笑んだ。

「わかった。次の諸侯会議で私は引退を表明する。後は頼むぞ」

「はい。クラインゲルト伯は今後どうされますか?」

「クラインゲルト領の領民の面倒を見なければならない。彼らは故郷の惑星を追われ、今は根無し草だ。彼らと共に惑星を開拓して新たな故郷をつくるさ。……本当は北部を奪回できればよかったのだが、戦略上そうもいかないからな」

「奪回はともかく、戻ることはできるようになるかもしれませんな」

「何?」

「同盟、帝国、連合の平和が長く続けば、北部地域は交通の要衝となります。無人の地とはしておけないでしょう。平和裏に領民が故郷に戻り、再開拓を行なえるようになる道が開かれるかもしれません」

 

「なるほどな。私が生きているうちは無理かもしれんが、それでも期待しておるよ」

 

「……クラインゲルト伯、私は平和になった後の諸侯の生きる道をこう思うのです。新たな星域の開拓こそが、諸侯の新たな高貴なる義務になるのではないか、と」

 

「ほう?」

 

「銀河連邦衰退期から500年以上が経ちました。しかし人類の活動領域はオリオン腕とサジタリウス腕に限定されたまま、人口に至っては減少する一方です。

このままでいいはずがない。

新たな星、新たな世界を開拓する、それはハイネセンの例を出すまでもなく危険な行為です。戦争にも劣りません。誰かが率先してそれを行うべきなのです。

それを独立諸侯連合とその諸侯が行なっていくべきだと私は考えています」

 

クラインゲルト伯をあるイメージが襲った。

 

新たな宇宙開拓期、

熱情と狂騒の中時代の先頭に立つのは、

連合の諸侯と人民たち。

まだ見ぬ危険、まだ見ぬ誘惑、まだ見ぬ存在の蠢く中、オリオン腕、サジタリウス腕を越え、遍く宇宙に広がり行く人類

 

建国五十周年祭の熱狂を思えば、

連合には十分にそのポテンシャルがあるのではないか。

 

同盟と帝国の人民もそこに加われば、

狭い領域で争うことなど馬鹿馬鹿しくなって行くだろう。

 

クラインゲルト伯は身震いした。

これは、引退どころではないかもしれない

 

「ウォーリック男爵」

「はい」

「心が踊るな!」

「はっ!」

「未知の星域で誰もいない惑星を少人数で開拓する。かつて少年だった者なら皆夢想する、そんな願望も叶う世界だ。

もしその時に私がまだ生きていたなら、私もその一員になろうじゃないか」

「はい、ぜひ!」

 

彼らの前には見果てることのない夢が広がっていた

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

「ヤン提督」

 

連合行政府で行われた会議の後、ヤンは中将に昇進したオーベルシュタインに呼び止められた。

「何でしょう?」

「内密に相談が」

「出禁のヤンに一体何の相談でしょうか」

ヤンはフェザーンの一件を少し根に持っていたが、オーベルシュタインは意に介さなかった。

「永遠ならざる今の平和が、一瞬で終わるかもしれぬのです」

「……話してください」

「帝国内の連合派地球教徒の拠点が襲われ、壊滅しました。十中八九フェザーン派地球教徒の仕業です。そして連合派の大物ゴドウィン大主教も襲われて死にました。地球教内の連合派に対して粛清が進んでいるとみていいでしょう」

「それは……しかし地球教内の内輪揉めで済むならしばらくは監視するに留めてもよいのでは?」

「いや、まだあるのです」

「続けてください」

 

「フェザーンでの調査の結果、多数の艦艇用、拠点用の物資が何処かに横流しされていることがわかったのは報告した通りですが、同じ動きがどうやら同盟や帝国でもあったようなのです。

モールゲンやガイエスブルク要塞にその痕跡がありました。

さらに帝国では内乱時に多数の貴族や軍人、艦艇が行方不明となったが、その行き先は未だ不明です。連合にもフェザーンにも行き着いていません。フェザーンを脱出したルビンスキーや一部艦艇も同様です」

「オーベルシュタイン中将、あなたは今挙げたそれらが集まって一大勢力を構築すると思っているのですか?」

「そうです」

「しかし」

オーベルシュタインはヤンの言葉を遮った。

「彼らがまとまるに足る旗印がない、そう言いたいのでしょう?」

「はい」

「エルウィン・ヨーゼフ2世。彼が行方不明です」

「それは!……ですが彼は子供ですよ」

「ユリアン・ミンツ少年に痛い目にあわされたあなたがそう言うとは」

「……」

「失礼しました。ですがそういうことです。それに別に今すぐである必要もない。時間が経てば彼も成長するでしょう」

「いや、それでもエルウィン・ヨーゼフ2世が有効な旗印になるかというと疑問を持たざるを得ません」

 

オーベルシュタインは唐突に話を変えた。

「前回の内乱である人物が連合に亡命して来ました」

ヤンは戸惑った。

「オーベルシュタイン中将、何の話をしているんですか?」

「関係があるのです。その人物の名はエルフリーデ・フォン・コールラウシュ。リッテンハイム大公派の粛清を逃れたリヒテンラーデ公の血縁です。彼女が無視できない話をしてくれました。十分に傍証のある話です」

ヤンは続きを促した。

 

「父親であるはずのルートヴィヒ大公が死んで一年以上経ってからエルウィン・ヨーゼフ2世が生まれていることは帝国における公然の秘密でした。本当の父親はフリードリヒ4世だと考えられていましたからな」

「……同盟でもその噂は知られていました」

「フリードリヒ4世の子供が立て続けに夭逝したのはご存知の通りですが、実はこれは遺伝子疾患によるものです。連合への亡命者ヘルクスハイマー伯も同様の情報を持っていましたから、これは確かです。ゴールデンバウム王朝の血脈が汚れきっていることに気づいたリヒテンラーデ公は、フェザーンの力を借り、秘密裏に抜本的解決に出たのです。

かの、エンダースクール、ライアル・アッシュビーと一緒ですよ。

すなわち、遺伝子疾患を発症していない過去のゴールデンバウム王朝の皇帝のクローンをつくったのです。秘密を守るため、事はリヒテンラーデ公の一族の女性とフリードリヒ4世の何人かの寵姫の腹を借りて行われたのです。

ブルース・アッシュビーの時と一緒で、出来のよい赤子のみが選抜されたようですな。

シュザンナ・フォン・ベーネミュンデ侯爵夫人の悲劇もこれが原因のようです。

そしてルートヴィヒ大公の死から2年経った帝国歴479年、エルウィン・ヨーゼフ2世と名付けられた子供が生まれました」

 

「オーベルシュタイン中将は、エルウィン・ヨーゼフ2世が英邁な君主の資質を持っていると言いたいのですね」

「ヤン提督、あなたは既におわかりのはずだ」

「……わかっていても、認めたくない事はあります」

 

「ならば言いましょう。エルウィン・ヨーゼフ2世は、かの男のクローンです」

オーベルシュタインはついにその名を口に出した。憎み続けたその男の名を。

 

「銀河帝国初代皇帝、

 

すなわち、

 

ルドルフ・フォン・ゴールデンバウム」

 

 

 

連合、同盟、新帝国、すべてにとって忌まわしきその名が、

ヤン・ウェンリーには遠雷の音を伴って聞こえた。

 

 

 

 

 

 




これで第三部は完結、このお話自体もひとまず完結です。
当初よりここまでは一気に突っ走るつもりでした。
皆様、読んで頂きありがとうございました。

第四部も構想はありますが、投稿まで今までよりも時間がかかることになると思います。
気長にお待ちいただけるとありがたいです。


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幕間劇その1 あるいは、永遠ならざる平和

幕間劇です。幕間劇にしては話が進んでいる気もしますが幕間劇です。

2018/7/7一部修正

本編は今しばらくお待ちください。





宇宙暦797年/新帝国暦1年9月 独立諸侯連合

 

ライアル・アッシュビーは連合の客将として、連合建国五十周年記念事業を手伝っていた。

計画されていた通り、人民慰撫のためにハードラックで連合領の諸惑星を巡回していたのだ。

フレデリカはアッシュビーの求婚を拒絶したものの、副官を辞めることはなかった。

「あなたの副官なんて、他に誰ができますか」というのがフレデリカの答えだった。

期間内により多くの有人惑星を回るにはどうしたらよいか。フレデリカがその問題の解決のためにその知力を使ったため、結果的にアッシュビーの負担は増大した。

アッシュビーは各地で熱狂的な歓迎を受けた。特に往時のブルース・アッシュビーを知る高齢者から。

「帝国軍に告ぐ!」とやると異常に盛り上がるのだ。

 

「なあ、フレデリカ中尉、いや、今は大尉待遇だったか」

「はい、何でしょうか」

「同盟の地方惑星の寂れた保養地のホテルで、たまにディナーショーをやっていたのを知っているか?」

「ありますね。エル・ファシルに行った時に見たことがあります」

「そこで、往年の歌手や俳優のそっくりさんが出てきて、歌ったり踊ったりするじゃないか」

「そうですね。私の祖母も、そっくりさんでも喜んでいましたね」

「それと、俺のやっていることはどれだけ違うんだ?」

「……気づかない方が幸せなことってありますよ。みんな喜んでいるんだからいいじゃないですか」

「君もか?」

「わたし、実はブルース・アッシュビーのファンなんですよ。知りませんでした?」

「……俺の?」

「ブルース・アッシュビーの、です」

「……」

「もうすぐ次の巡ぎ、いや巡回先に着きますよ。準備してください」

「今、巡業って言おうとしたな」

 

そう言いながらも、髪型を確認するなど準備に余念のない、仕事には手抜きをしないライアル・アッシュビーだった。

 

同じ頃、アリスター・フォン・ウォーリックも、忙しい職務の間を縫ってウォリス・ウォーリックの旗艦ルーカイランを駆って地方巡回を行なっていた。諸侯会議に向けての根回しも兼ねてのことだった。さらには、この巡回行事自体が国内の地球教徒対策のカモフラージュでもあった。

「アッシュビーの方がよかった、という声をチラホラ聞くんだが、少し凹むぞ。建国はアッシュビーでもその後連合の独立を守ったのは親父だぞ。結局ウォーリックは二番手なのか」

ヴァルターの後任の副官、ドレッセル少佐が慰めのつもりで言葉をかけた。

「あちらの方がそっくりさん度合いが上ですからね」

「フォローになっていないぞ」

「……話は変わりますが、企画部からアッシュビー提督と組んで730年タッグイベントを開催して欲しいとの依頼が来ています」

「絶対に嫌だ。俺までそういう扱いをする気か」

 

 

 

 

宇宙暦798年/新帝国暦2年 1月13日 自由惑星同盟

 

ビュコックは意外な相手から信書を受け取っていた。

連合の客将となったヤン・ウェンリーからのものであった。

 

地球教徒それ自体と、同盟軍にも浸透している彼らによるクーデターへの注意喚起だった。

 

これがヤンの何らかの策だと考えるのは無理があった。同盟軍内の相互不信を助長するのが目的だとしてももっとやりようがあるだろう。

ビュコックはヤンへの悪評を聞いてもいたが、それを鵜呑みにするつもりもなかった。ヤン・ウェンリーほどの男がわざわざ送って来た信書に書かれていることは十分に考慮するに値する。それが宇宙艦隊司令長官としてのビュコックの判断だった。

ただ、事は統合作戦本部の管轄するところでもある。ビュコックはクブルスリーの了解を得た後、査閲部長に降格していたドワイト・グリーンヒル大将を呼び出した。

 

「ゆゆしき情報ですな。本当であればですが」

「じゃろう。ひとまずは可能性だとしても、相応に備える必要がある。軍は先の戦争で無能扱いされた上、現在では粛軍にも晒されている。不満を持つ将兵も多い。クーデターへの備えはしておく必要があるだろうよ」

「小官にお話頂いたということは、信頼して頂いているということですか」

「本当のところを言うと、これは貴官へのクギ刺しも兼ねているんじゃよ」

グリーンヒルは眉を顰めた。

「どういうことでしょうか?」

「無論わしは貴官が地球教徒だなどとは思っておらんよ。

しかし、貴官は人望もあるし、部下を見捨てられん男だ。一方で清濁併せ飲める男でもある。先の戦争の末期にもいろいろ動いていたらしいな」

「何のことでしょうか」

「別にそれについてとやかく言うつもりはないさ。だが、部下がクーデターを行おうとしたら見捨てられんのではないかな」

「否定……してもしょうがないですな。先にクギを刺しておけば、暴走しないだろうというわけですか」

「まあそういうことじゃよ。その上で人望もあり、中枢から外れた立場となった貴官にはいろいろ情報も集まってくるだろうから適任というわけじゃ」

「せいぜい期待を裏切らないようにしましょう。同盟軍のすべての将兵のためにも」

「お願いする」

 

ところで、とビュコックは話題を変えた。

「娘さんはその後どうかな。捕虜交換での帰還を断ったと聞くが」

グリーンヒルの表情が急に暗くなり、反抗期の娘を持つ父親のそれになった。

「しばらく帰るつもりはない、と伝言をもらいました」

「そうか……向こうに好きな男でもできたのかのう」

ますます絶望的な表情になったグリーンヒルを見て、ビュコックは慌てて撤回した。

「あ、いや、冗談じゃ。余計なことを言った。反抗期はまだ続いておるのか」

「はい……。妻の死後、娘のためと思ってやったこと、軍のためと思って反対しなかったこと、全部裏目に出たようです。士官学校に入った時も、本当は軍人になんてなりたくなかったと言っていましたから」

「そうか、それはつらいな……貴官も、娘さんも」

ビュコックはエンダースクールのことを知っていた。

 

「ですが、バグダッシュ少佐からの連絡によれば、あれは向こうで明るくやっていたそうです」

「ほう、それは良いことだな」

これは本当に好きな男でもできたのかとビュコックは思ったが無論口には出さなかった。

「私から離れた方が娘にはよかったのかもしれません。情けないことですが」

ビュコックはグリーンヒルを慮った。

「たまには家に遊びに来るといい。うちも家内と二人だけじゃからな。歓迎するぞ」

「ありがとうございます」

グリーンヒルは笑った。寂しげに。

 

 

 

宇宙暦798年/新帝国暦2年 2月4日 自由惑星同盟

 

アレックス・キャゼルヌ中将、ムライ少将、フョードル・パトリチェフ大佐、アウロラ・クリスチアン中尉の四名が、ビュコックに呼び出された。

待っていたのはビュコックとグリーンヒルであった。

グリーンヒル大将が説明を行なった。

「貴官らに新艦隊の編成を頼みたい。

編成完了後はムライ少将、パトリチェフ大佐、クリスチアン中尉はその幕僚も兼ねることになる」

パトリチェフ大佐は驚いた。

「このご時世に新艦隊ですか。よく話が通りましたな。それに艦隊編成は統合作戦本部の管轄ではないのですか」

「クブルスリー本部長には話が通っている。人選の承認も無論統合作戦本部でなされる。正規艦隊ではなく、昨今増加した宇宙海賊対策用の特務艦隊だ。規模も小さい。表向きはな。実際は、有事のための部隊だ」

 

ムライ少将が聞き返した。

「有事ですと?」

「その通りだ。将来起こり得るクーデターを防止する、あるいはクーデター発生後に鎮圧を行うための。昨今軍部内で不満が高まっているのは承知の通りだ。それを使嗾する集団が同盟軍内に潜んでいる可能性すらあるのだ」

「集団ですか?一体どのような?」

「地球教徒。聞いたことぐらいはあるだろう」

皆、衝撃を受けた。

 

「今の話は外部に漏らしてはならない。二つの理由からだ。一つは勿論その集団を用心してのことだが、もう一つはこれがあくまで可能性に過ぎないからだ。軍内での相互不信を助長し、なかったところに火種を作る可能性すらある」

 

皆の理解が及んだことを確認してグリーンヒルは話を続けた。

「無論、憲兵隊、情報部という正規のルートでも内偵は進める。

だが貴官らのことは彼らにすら秘密だ。貴官らはビュコック司令長官と私が信頼できると判断した者達だ。実質的に、我々と貴官らが地球教の対策メンバーということになるな。

人事情報の確認はキャゼルヌ中将を介して、情報部への照会はクリスチアン中尉を介して行なってほしい」

 

ムライ少将が皆を代表して答えた。

「承知しました。ところで、司令官はどなたになるのですか?まさか私ということはないでしょうから」

「貴官が向いていないというわけではないが、我々としても司令官として実績のある人物を当てたいと考えている」

ビュコックがそこで説明を代わった。

「うむ。だが、さすがに正規艦隊の司令官が海賊対策部隊の司令官に転任するのは人目を引きすぎる。適任と思われたホーウッド提督やカールセン提督は前回の異動で正規艦隊の司令官に就任したし、パエッタ提督は退官してしまった。

そこで、二人で話し合ったのだが、ちょうど帝国から捕虜交換で戻って来る将官がいてな。その者に任せようと思う。まだ戻って来ていないため、君達にそれ以外の人選を頼むのだ」

こうして、同盟軍におけるクーデター対策部隊が秘密裏に組織された。

 

半年後、海賊対策部隊が小規模ながら発足した。表向きの役割である海賊退治に活躍することで、徐々に規模を拡充していった。

ただ、「服を着た秩序と規則」と異名を持つムライが生来の生真面目さを発揮したことによって、立ち寄り先の地方基地で横領などのいくつかの不正が暴かれ、実は内部監査部隊なのではないかと、真の目的とは少しずれた形で警戒され、恐れられるようにもなってしまった。

 

 

宇宙暦797年/新帝国暦1年 10月10日

 

ボリス・コーネフは不満だった。

ヤン・ウェンリーが出禁となったことで、コーネフもお役御免で独立商人に戻れたまでは良かったのだ。

だが、ケッセルリンクから極めて命令に近い頼みごとをされてしまった。

独立商人に戻るなら、同盟やフェザーンの地球教徒を地球まで運ぶ仕事をして欲しい、そのついでに地球教徒と地球の情報を収集して欲しい、と。

 

「独立商人が、商売を他人に決められるなんてあり得ないだろうが!」

マリネスクがコーネフを宥めた。

「まあいいじゃないですか。今日はやけに臨検が多いですが、ケッセルリンク氏の名前を出したらすぐに終わりましたし。業績は安定していますし、これで文句言ったらバチが当たりますよ」

「安定を望むなら独立商人なんてやってないぜ。これでどうやって一攫千金を狙うんだよ」

「案外、お客さんの中に商売の種が転がっているかもしれないですよ」

「船内どこもかしこも辛気臭い顔の奴らばかりじゃないか」

と言いつつも、コーネフは一人の乗客の顔を思い出した。

 

茶色の長髪で、端整な顔の妙齢の女性……ユリヤ・トリュシナと言ったか。

あの若さで地球教徒とは。どこかで見た顔な気もするのだが。あんなに美人なら人生いくらでも楽しめるだろうに。片腕が少し不自由そうだったが、何か不幸なことでもあったのかねえ。

 

この日、フェザーンの捕虜収容所から一人の少年が姿を消していたことなど、彼らには知る由もなかった。

 

 

 

 

宇宙暦797年/新帝国暦1年 6月 銀河帝国

 

皇帝に即位したラインハルトのもとで編成された内閣の構成員はつぎの十一名だった 。

国務尚書マリーンドルフ伯爵

軍務尚書キルヒアイス元帥

財務尚書リヒター

外務尚書ゲルラッハ伯爵

内務尚書オスマイヤー

司法尚書ブルックドルフ

民政尚書エルスハイマー

工部尚書シルヴァーベルヒ

学芸尚書ゼ ーフェルト博士

宮内尚書ベルンハイム男爵

内閣書記官長マインホフ

宰相はおかれず、皇帝自身が最高行政官を兼ねた。

旧帝国になかった民政省と工部省は、連合の制度を輸入したものである。外務省も同様で、旧帝国と異なり、新帝国が同盟と連合を国家として認める立場を取ったことを象徴するものである。同盟と連合の二国との利害調整は重要事であり、二度目の内乱における粛清を生き残った老練の政治家ゲルラッハ伯爵がその任に就いた。

連合、同盟との休戦、講和交渉は外務省と軍務省の協力、あるいは主導権争いの元、進められた。

 

公平な税制度と公正な裁判、それが民衆の求めるものだとラインハルトは考えていた。

 

ラインハルトとその閣僚の下、治安の回復、経済の再建、そして社会改革が急速に進んだ。その原資は二度の内乱における門閥貴族からの没収財産で十分にあった。

貴族特権の廃止、荘園の解放、民法の制定、税制改革、農民金庫の新設、病院、学校、福祉施設の新設、いずれも民衆に喜びをもって迎えられたのだった。

 

軍事力の再建はゆっくりと進められた。まずは国内の立て直しを優先するというのがラインハルトの方針だった。

 

統帥本部総長にはラムズドルフ元帥が、宇宙艦隊司令長官にはミッターマイヤー上級大将がそれぞれ就任した。総参謀長はメックリンガー大将である。

その下でルッツ、ビッテンフェルト、ミュラーの各大将が艦隊司令官を務めた。

ワーレン大将が憲兵総監を、キルヒアイス元帥が近衛兵総監を軍務尚書と兼任で務めることになった。

 

内乱鎮圧、建国の功臣達が軍の中枢を占める形となったが、徐々に世代交代も進むだろうと思われた。

 

 



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幕間劇その2 あるいは、蠢く者達

話を時系列に沿って並べた関係で、一部修正の上、幕間劇その1からこちらに話を移している部分があります。


宇宙暦798年/新帝国暦2年 2月 独立諸侯連合

 

独立諸侯連合を、一つの事件が震撼させた。

長期療養中のメルカッツ予備役元帥が、その家族とともに失踪したのである。

 

軍を退役して新たに盟主となったウォーリック伯が、対応のための会議を招集した。

主な参加者は、ウォーリック伯、新たに憲兵総監となったケスラー大将、情報局長オーベルシュタイン中将、客将から正式に連合軍所属となったヤンであった。

 

ケスラーが捜査状況の報告を行なった。

「捜査の結果、地球教徒関与の痕跡が発見されました。急ぎ彼らの隠れ家を押さえましたが既に撤収した後でした。残念ながら現時点でメルカッツ元帥及びご家族の消息は不明です」

 

オーベルシュタインが補足した。

「この捜査と関連してゆゆしき事態がわかりました。この数年、将兵や軍事関係の技術者の失踪事件が増加しているのです。メルカッツ元帥ほどの要人が失踪したのは初めてですが。

地球教徒に関して今まで直接的な破壊工作ばかりを警戒し、このことに気づいていなかったのは情報局の失態です」

 

ウォーリック伯が尋ねた。

「過ぎたことは仕方がない。で、情報局としては地球教徒の仕業と見ているわけだ。あのユリアン・ミンツの失踪もそれか?」

 

「ユリアン・ミンツに関しては書き置きのようなものが残されており、自発的に地球に向かったものと思われます。他の件に関しては、確たる証拠がないものもありますが大半は恐らく」

 

「目的はなんだろうな」

 

「対立相手を抱えた勢力の目的というものは、基本的に敵勢力の弱体化か自勢力の強化に大別されます。今回失踪したことが判明した軍関係者はいずれも、連合を弱体化させるというほどではありません。だからこそ明るみに出なかったというのもあります。

となると、自勢力の強化、でしょうな。軍事力の整備とそれを指揮する者の確保。地球教は今回、第一級の軍事司令官を得たことになります」

 

「妥当なところか。しかし、メルカッツ元帥は長時間の指揮等できぬお体。たとえ家族を人質に取られたとしても、無理なものは無理だろう」

 

「メルカッツ元帥ご自身に直接の指揮は無理でも、顧問として後進の指導にあたられればそれだけで脅威です」

 

「なるほど、烏合の衆も少しはマシになるか」

 

「ところで、失踪には宇宙海賊が絡んでいるケースも多いことがわかりました」

 

「宇宙海賊が地球教徒と組んでいるのか」

 

「あるいは地球教自体が宇宙海賊を行なっているのかもしれません。

昨今増加している宇宙海賊による被害も、戦争の長期化に伴う治安の悪化とばかり考えていましたが、どうやら地球教徒の関与もあると考えるべきでしょう。実際、逮捕された宇宙海賊の中に地球教徒だと自白した者が複数人おります」

 

「そうなると宇宙海賊対策にも力を入れるべきか」

 

ヤンが発言した。

「客将のアッシュビー提督に、宇宙海賊対策を任せてはいかがですか。昨年の五十周年記念行事においても治安改善効果があったということですし」

 

「ああ。警備部隊を連れて、あれだけ多数の有人惑星を巡回していればな。よくもまあ、あれだけ回ったものだ」

 

「まあ今年もそれを続けてもらえばよいのです。海賊対策を兼ねて」

 

ウォーリック伯は思案した。

「ふむ、妙案かもしれんな。だが、アッシュビー提督だけに任せるのもどんなものか。ヤン提督にお願いしてもよいと思っているのだが」

 

ヤンは頭をかいた。

「勘弁してください。私はアッシュビー提督ほど勤勉ではありませんから」

 

「まあいいか。ヤン提督にはその間に早くラウエ伯継承問題を解決してもらわんとな。ラウエ大佐をいつまでも待たせるわけにも行くまい」

「……はい、わかってはいるのですが。あのシェーンコップ少将にまで諭されるようになるとは思っていませんでしたし」

 

「まあ、相談には乗るさ」

 

「退役の相談に乗って頂けませんか」

 

「それは統帥本部総長に言ってほしいが、貴官としても貴官を慕って残留した者達を放っておけまい?」

 

「……」

結局ずるずると退役できないでいるヤンであった。

 

「まあともかく、捜査は継続してくれ。宇宙海賊対策はアッシュビー提督に任せよう」

 

こうして本人不在のままアッシュビー提督の巡回事業の継続が決定された。

 

 

 

宇宙暦799年/新帝国暦3年 1月 銀河帝国

 

ラインハルトは不機嫌だった。

秘書官のヒルデガルド・フォン・マリーンドルフの願いでキュンメル男爵邸に行幸に行ったまではよかった。

だがそこでキュンメル男爵に道連れで殺されかけたのだ。それ自体も不愉快ではあったが、それも一つの挑戦の形ではあったから我慢できた。

問題は、キュンメル男爵との会話の途中でラインハルトが倒れてしまったことだった。ラインハルトとしては命をかけたやり取りの最中に倒れるなど、不覚なことこの上なかった。

キュンメル男爵がこれに動揺した隙にキスリングが取り押さえたことで、この事件は未遂に終わった。

医者の見立てでは過労による発熱とのことだったが、言い訳にもならない。

ラインハルトの自らへの怒りは、黒幕と判明した地球教徒に向けられた。

連合領侵攻の際にも連合に協力した地球教徒による情報漏洩があったということだが、またしてもか。

地球教徒に関する情報自体連合軍情報部、オーベルシュタインからのリークでわかったことから、ラインハルトは今回の件が連合の仕業とは考えていなかった。

 

ラインハルトは、キュンメル男爵とマリーンドルフ伯、そしてヒルダの罪は問わぬと明言した。

これによって帝国に残る貴族達とラインハルトとの間に生ずるかに見えた亀裂は回避された。少なくとも表面上は。

 

 

だが、黒幕である地球教に対しては別であった。

ラインハルトはルッツに地球討伐を命じた。

 

 

ルッツは迅速に太陽系に侵攻した。

 

だが、地球教の手の者が旗艦に入り込んでいた。

ルッツはその者に毒の塗られたナイフで斬りつけられ、死の淵を彷徨った。彼は意識を失う前に藤色に染まった瞳で副司令官のホルツバウアーへの指揮権の移譲と遠征続行を指示した。

 

ホルツバウアーは親交の深かった上官の復讐に燃え、地球の制圧に成功した。

 

だがそれは苛烈の一言に尽きた。

地球教本部は瓦礫と土砂に埋まり、大量にいたはずの地球の民や巡礼者は生き埋めになり、死者数も数えられない有様であった。

一部の地球教徒は宇宙船での逃亡を図ったが、ルッツ艦隊の追跡に追い詰められ、遂には船ごと自爆して果てた。

 

この出来事は「地球の大虐殺」と呼ばれ、帝国中を震撼させた。

艦隊による惑星への無差別爆撃など、門閥貴族でもやらなかった暴挙であった。

ホルツバウアーは実際には少数のミサイルを撃ち込んだだけだったし、無差別に行なったわけでもなかった。地球教本部は地球教徒の自爆が主な原因で埋まったのだが、噂に尾鰭がついたのだ。

死者数も、実際には不明であったが、五千万人以上、いやいや一億人以上だと過大に噂された。判明している地球上の居住人口はこの数字よりも大幅に少なかったし、巡礼者を含めたとしても実際にはここまでの人数はいないはずであった。

ラインハルトが直々に皆殺しを命じたのだとも噂された。そう誤解されかねない発言をしたのは事実だが、ラインハルトにその意図はなかった。

悪意のある噂が広がったその背後に、地球教徒の生き残りがいたのは間違いない。

 

ルッツ、ラインハルトは虐殺者の汚名を着ることになった。

 

 

民衆は不安を持った。

 

地球教徒が暗殺を企んだからといって惑星ごと爆撃する必要はなかったのでは。地球教徒の殆どに罪はなかろうに。結局ローエングラム朝もゴールデンバウム朝と同じか。いや、ローエングラム朝は、始まったばかりでこれだ。今後はさらに酷いことが起きるのではないか。現にオーディンでは地球教徒狩りが行われているらしい。内国安全保障局長に復帰したラングが張り切っているらしいな。共和主義者の次は地球教徒か。何でも科学技術総監のシャフト大将が地球教徒として拘禁されたとか。それに帝国大図書館の司書長もだとか。逮捕されたのかもわからぬ行方不明者も出ているとか。我々もいつ地球教徒と見なされるか。おそろしや、おそろしや。ローエングラム朝は何が起こるか予測がつかぬ。おそろしや。ゴールデンバウムの御代が懐かしや。

 

 

この事件は、順調であったはずのラインハルトの帝国統治に影を落とすことになった。

 

テロが続発した。

貴族私領艦隊の解体が進んだことで、宇宙海賊の活動も活発化した。

これに対する治安維持活動、警備体制の強化は、民衆には監視と統制の強化、恐怖政治の始まりと映り、さらに不安を抱かせた。

 

この一件が心身に影響を及ぼしたのか、ラインハルトは体調を崩すことが多くなっていた。

口さがのない者は地球教総大主教の呪いとも噂した。

 

ラインハルトにとって唯一の救いは、アンネローゼとキルヒアイスという理解者がいることだった。

 

「俺はそんなつもりじゃなかった。虐殺を命じてもいない」

「わかっているわ、かわいそうなラインハルト」

「わかっております、ラインハルト様」

 

「……姉上とキルヒアイスは二人でお見舞いに来てくださることが多いですね。待ち合わせでもされているのですか」

「何を言っているの、ラインハルト」

「何を言っているのですか、ラインハルト様」

 

 

 

 

 

宇宙暦799年/新帝国暦3年 3月 独立諸侯連合

 

新帝国による地球教総本部の攻撃、壊滅は、オーベルシュタインの意図通りのことであった。だが、彼は不満だった。

地球教総本部が埋まったことで、彼が追っていた者達がそこにいたのか、わからなくなったのだ。

 

オーベルシュタインは確信していた。

彼らは地球にこだわって、それと心中するような者達ではない。

今もこの広大な銀河世界の深淵に潜み、力を蓄えているのだと。

 

 

 

「フェルナー准将」

「何でしょうか?」

「この辺りで夜中でも上等な鶏肉を売っている店を知らぬか?」

「知りませんな。閣下は鶏肉がお好きで?」

「私ではない。私の犬がな、生の鶏肉を柔らかく煮たものしか食べぬのだ」

「犬!ああ、オーディン訪問の際、閣下の脚を噛んだというあの……まだ飼っていたのですか?」

「そうだ。で、夜もやっていた近所の肉屋が潰れてしまってな。困っているのだ。まあ、私の夕飯にもなっていたから私も困るのだが」

「肉屋は知りませんが、夜中もやっているペットショップは知っていますな。そこでカエルを買って、食べさせれば良いのではないですか。似たような味がするらしいですよ」

「それはよいことを聞いた」

しかしフェルナーは知らなかった。犬が食に関して味よりも臭いを重視する生き物であることを。

結果、オーベルシュタインの家には、餌となることを免れたカエルが二十匹、新しく棲みつくことになった。



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幕間劇その3 あるいは、小夜啼鳥

宇宙暦801年/新帝国暦5年 6月 フェザーン自治領

 

ケッセルリンクは軍を離れ、ボルテック自治領主の首席補佐官となっていた。

無論、この時既にケッセルリンクはフェザーンの実質的支配者であったから、表向きの話ではあったが。

 

ボルテックはこの5年、行政においてはまずまずの手腕を見せ、同盟とヤン・ウェンリーによる経済的打撃から、フェザーンは持ち直していた。

連合のフェザーンに対する経済開放政策、再開された同盟及び帝国との通商が多分にそれに寄与していた。

永遠ならざる平和は、フェザーンにも十分に恩恵を与えていたと言える。

 

ケッセルリンクはその日、母親の墓参りに来ていた。

先客がいたようで、墓前にはまだ瑞々しい花束が置いてあった。

「誰だ?母の死を悼んでくれる者など俺の他にいないだろうに」

まさか、あいつが?とケッセルリンクは考えかけたが、すぐにそれを否定した。あいつがこんなことのためにリスクをとってフェザーンに戻ってくるわけがない。

 

「私が置いたのよ」

 

ケッセルリンクの疑問は不意にかけられた声で解消された。

 

「ドミニク・サン・ピエール!」

 

そこには美貌の歌手、女優にしてルビンスキーの情人がいた。

「久しぶりね。ルパート」

 

「驚いたな。てっきりルビンスキーと一緒だと思っていた」

 

「一緒に居たわよ。ついこの前までね」

 

「ほう、もしや、ルビンスキーを見限って、その居場所を教えに来てくれたというわけか?」

 

「まさか。あの男が、居場所を知られるようなヘマはしないわ。私がここに来ている時点で、あの男に不利になる情報を私が持っていないことはわかるでしょう?」

 

「奴はそう考えたかもしれんが、俺からするとそうでもないかもしれんぞ。体に訊いてやってもいいんだぞ?」

 

ドミニクは溜め息をついた。

「母親の墓前で言うこと?そういうところが父親に劣るのよ」

 

ケッセルリンクはかっとなったが、この数年の経験が、それを抑制させた。

「先に問うべきだったな。何をしに来たんだ?」

 

この男も少しは成長したのかしら、そう思いつつドミニクは答えた。

「オーディンでは皇帝が危篤ね。知っているでしょう?」

 

「ああ」

 

「あなたの父親も、もうすぐ死ぬわよ」

 

それはケッセルリンクに対し、効果的な不意打ちとなった。

 

言った当人も驚くほどの。

「……そんな顔になるなんて思わなかった。あの男が見たらきっと喜ぶでしょうね」

 

ケッセルリンクは思わず手で顔を隠した。

「何を言っている。そうか、あの男が死ぬか。いい気味だ。そうだ、いい気味じゃないか!」

 

「ここには私しかいないのだから、取り繕う必要もないじゃない。あなた、私とどういう仲だったか忘れたの?」

 

人生という領域では、ケッセルリンクはまだまだドミニクに敵わなかった。

「くっ、で、どういうことだ。あいつが死ぬことを俺に教えるのが目的だったのか?」

 

「そうよ。それにルビンスキーに頼まれたのよ。遺言と助言をね」

 

「……どんな遺言だ?」

 

「素直になったじゃない。遺言はね、「人生を楽しめ、ルパート。再び狂乱の時代が来る。きっと楽しくなるぞ」だって」

 

「ふん!言われなくとも」

 

「あとは、私をこのまま見逃してくれるなら助言の方も教えてあげるけど」

 

「見逃してやるから、さっさと言え」

 

「しばらく自治領主府には近づくな、だって。まあ、この二週間くらいかしらね」

 

「ほう……。わかった。さっさと行け」

 

「じゃあね、ルパート。もう会うこともないでしょうね。あなたのこと、嫌いじゃなかったわよ」

 

去ろうとするドミニクに対し、ケッセルリンクは少し逡巡した後、声をかけた。

「ドミニク」

「何?」

 

 

「母の墓参りをしてくれてありがとう。礼を言う」

ケッセルリンクの顔は、年相応の青年のそれであった。

 

ドミニクは目を見開いた。そして、優しい顔になった。

「ルビンスキーには言うなと言われていたんだけど、実はあなたの母親とは面識があったのよ。私があの男の愛人になってから、様子を見に行ってくれと何度か頼まれたから。あなたのこともあったから、ルビンスキーは援助するつもりだったみたいね。あなたの母親には頑なに断られたけど。だからあなたのことも、ずっと前から知っていたわ」

 

ケッセルリンクは不意に知らされた情報を、すぐに咀嚼できなかった。

 

「だからかしら。私はあなたと関係を持ったけど、愛人というよりは、反抗期の子供の母親になったような気分だったわ」

 

ドミニクはケッセルリンクに歩み寄って、彼の左頰に手を触れた。

「ルパート、私からも助言よ。親父のことなんか忘れて、あなたはあなたの人生を生きて。……まあ、結果的に似たような人生になったとしても、それはあなたの勝手なのだけど」

そして右頬に口づけをした。

 

「じゃあ、今度こそさようなら」

 

ドミニクは去った。

 

ケッセルリンクはしばらくの間立ち呆けていた。

ドミニクを追跡する指示を出すつもりだったことも忘れて。

 

……それが、かつて母が自分にしてくれていた行為にあまりによく似ていたから。

 

ケッセルリンクは、今更ながら、自分が、そして父親が、ドミニクに惹かれたその理由を知った。

 

 

 

 

 

一週間後、ルビンスキーは死亡した。フェザーンから遠く離れた惑星の病院で、自らの手で生命維持装置を切ることで。

 

それから少しだけ時間がずれて、フェザーン自治領主府の一角が爆発を起こした。それは自治領主の執務室だった。

 

ルビンスキーは自らの脳波の停止に合わせて、爆発するように自治領主府に爆弾をセットしていたのだ。

脳波停止の信号は、何隻かのフェザーン船籍の艦艇を経由して超光速通信でフェザーンにまで届いたのだ。

 

フェザーン自治領主ニコラス・ボルテックは、この爆発に巻き込まれて死亡した。フェザーン復興の実績を残して。

 

ケッセルリンクは難を逃れた。

 

 

その爆音は、フェザーン市民にとって、動乱の時代の再開を一足早く告げる号砲のようにも聞こえた。







幕間劇、そして、永遠ならざる平和はこれで終了です


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第四部 1話 プロローグ:悪夢の只中で

お待たせしました。第四部にしておそらく最終部、開始です。






宇宙の深淵、忘れられた世界の地下、忘れられたその場所で、地球教大主教ド・ヴィリエは地球の立体映像を見上げていた。

それは、在りし日の地球の姿と現在の地球の姿を映すための儀式用の祭具であった。

 

数年の忍耐の時を経て、ようやくド・ヴィリエの望んだ機会が来たのだ。

 

もうすぐだ。もうすぐ皇帝ラインハルトが死ぬ。

ラインハルトの容態については逐一情報を入手していた。ド・ヴィリエが手を下す必要もない状態だった。

だからこそ、彼はここまで時期を待ったのだ。

 

若干のイレギュラーもないではなかったが、ここまでの展開は概ねド・ヴィリエの想定通りであった。

 

 

……ルビンスキーの死には驚いたが、それでも奴は地球教の経済基盤を確立して、俺の役に立ってから死んだのだ。

そして、ラインハルトが死んだその時こそ、宇宙は地球教の、否、このド・ヴィリエのものになるのだ。

 

「地球は我が故郷。地球を我が手に」

 

ド・ヴィリエは自らが信じてもいない聖句を唱えながら、片手を上げ、立体映像の中の地球を掴み取った。

 

 

 

宇宙暦801年/新帝国歴5年7月 地球教根拠地

 

青い空の下、花々が彩る庭園が広がっている。だが、よく見るとその空が映像であることがわかる。

サビーネ、クリスティーネ、エリザベート、アマーリエがそこにいた。

閉じた地下世界に構築された、人工の庭園。それが現在の彼女らの暮らす世界であった。

アンスバッハが彼女達に報告を行いに来た。

「帝位簒奪者ラインハルトが危篤です。この数日というところかと」

 

アマーリエは、感慨深げに呟いた。

「報いというものじゃな。リヒテンラーデは死に、ラインハルトも死んだ。オットーの願いはこれで果たされるが、おぬしはこれからどうする気じゃ?」

「無論、これからもアマーリエ様をはじめ、ゴールデンバウムの血を引かれる方々にお仕え申し上げます」

「そうか。頼むぞ」

「はっ!」

 

「でも、わたしあのエルウィン・ヨーゼフは嫌いよ」

サビーネが口を挟んだ。

「あの子、私やお母様をいつも睨んでくるもの。いつか私たち、お父様のように殺されるのではないかしら」

「これ、サビーネ!」

クリスティーネが咎めたが、サビーネはやめなかった。

「アンスバッハ、私たちがあの子に殺されそうになったら助けてくれる?」

サビーネもクリスティーネもアンスバッハがリッテンハイム大公をその手で殺したことなど知らないのだ。

「まずそのようなことは起こりません。このアンスバッハが保証しますのでご安心を」

とは言ったもののアンスバッハもエルウィン・ヨーゼフの行動に確信は持てなかった。

正当な理由がないでもないとはいえ、既に何人かの貴族が粛清されていたのだから。

 

 

サビーネが遠くから、近づいて来る人影を見つけた。地球教の主教服を来たあの人影は。

「ユリアン!」

サビーネの顔に、十代の乙女のような笑顔が咲いた。

 

「アンスバッハ、私、エルウィン・ヨーゼフなんかよりユリアンが好きよ。彼が皇帝になったらいいのに。そのためには、私、結婚してあげてもよくてよ」

アンスバッハは少し強い調子で否定した。

「サビーネ様、お戯れもほどほどに。ゴールデンバウムの血を引かぬ者が皇帝など、あり得ぬことです」

「わかっているわ。冗談よ」

でも、私が女帝で、彼が女帝夫君ならよいのかしら、などとまだ呟き続けるサビーネを嘆かわしく思いながら、アンスバッハは近づいて来るその青年のことを考えていた。

 

ユリアン・ミンツ。

いつの間にか、我々の中に入り込んで来た青年。

その端整な容姿、柔和な笑みと優しい態度で、たちまちのうちにゴールデンバウムの血を引く女性達を虜にし、ルドルフ2世の覚えも目出度い、その青年。

彼が何を考えているのか、アンスバッハはいまだはかりかねていたのだ。

 

「皆様、こんにちは」

ユリアンは、彼女達に会釈をした。

 

「遅いわ、ユリアン。シロン産の紅茶、持って来てくれた?」

「ごめんなさい。あいにく調達が上手くいっていないようです。代わりにアルーシャ産の紅茶を手に入れました。味は私が保証します。私が淹れますから、少しお待ちください」

 

少し不自由な片手も器用に使って、ユリアンは紅茶を淹れていった。

「皆様、どうぞ」

「ありがとう。飲む前に聖句を唱えないといけないのですわよね?」

サビーネの問いにユリアンは首を振った。

「構いませんよ。紅茶のひと時に集中できるよう、私が皆様の分も唱えましょう。地球に恩寵のあらんことを」

 

「おいしいわ、ユリアン」

「本当、おいしい」

寡黙なエリザベートもユリアンの紅茶を飲むその時だけは表情を緩めた。

 

口々に褒める、女性達に、ユリアンはその爽やかな笑顔を向けた。

「お褒めに預かり光栄です」

その笑顔を見て、アマーリエやクリスティーネまでもが顔を赤らめていた。

 

アンスバッハもユリアンの勧めに応じて紅茶を頂いていた。

ユリアンは彼にすら笑顔を向けるのだ。

 

アンスバッハはその笑顔を見ると何故か不安になるのだった。

紅茶の腕は本物だ。

ストレスの溜まるこの環境で彼女達に笑顔が見られるのも彼のおかげだ。

だが、簡単に人の心に入り込む人好きのするこの青年の本心は一体どこにあるのか?

 

ヤン・ウェンリーがユリアンのその笑顔を見たら、きっと嘆くようにこう言っただろう。

彼の保護者であったあの男の笑顔によく似ている、と。

 

 

ゴールデンバウムの女性達の元を辞したユリアンに声をかけてきた少女がいた。

「相変わらず気持ち悪い笑顔ね」

「クロイツェルさん、アマーリエ様達のお側にいなくていいの?」

彼女はアマーリエ達の侍女を務めているはずだった。

 

「あなたがいたから近づけなかったのよ。サビーネには、あなたに近づくなと言われたわ。本当に女を誑かすのがうまいのね。まるで……」

「まるで?」

「何でもない。それより、いつまでそんな笑顔を貼り付けているのよ」

「別に貼り付けているつもりはないのだけど」

「あなた、いつか本心をどこかに置き忘れるわよ」

ユリアンは返答に窮した。一瞬その笑顔にもひびが入ったようだった。

「ありがとう。心配してくれて」

カーテローゼはユリアンをその青紫色の瞳で睨みつけた。

「なに言ってるの、心配なんかしてないわよ。歯がゆいだけよ」

 

立ち去っていく薄く淹れた紅茶色の髪の少女を見送り、ユリアンは自らも歩き出した。

カーテローゼ・フォン・クロイツェル、メルカッツ提督の家族と共に地球教徒に誘拐された少女。

病身となり、途方に暮れた彼女の母親は、頼ってはならぬ相手に頼ってしまった。親切顔をして近づいて来た地球教徒を頼ったのだ。母親と彼女が不審を覚えた時には手遅れだった。母親が死んだ後、彼女は正式に地球教に勧誘された。否、男を籠絡し、地球教の信者を増やすように強要されたのだ。

カーテローゼは、母親が旧知の間柄だったメルカッツの娘に相談した。

ここから、運命はさらに転回した。

カーテローゼが相談したことで地球教を刺激したのだ。

元々企まれていた話ではあったが、メルカッツ提督誘拐計画が前倒しで実施され、カーテローゼも巻き添えとなった。

カーテローゼは自責の念を覚えた。意地を張らずに自らの父に助けを求めるべきだったのではないかと。メルカッツ元帥が、カーテローゼに危害が加わらぬよう強く要求してくれたことには胸が痛んだ。

地球に連行されたカーテローゼは、その瞳の色と器量のよさから、総大主教の侍女見習いとされた。総大主教は、地球の空の色をした瞳を好んでいたのだ。

侍女見習いの生活は決して楽ではなかったが、そうなっていなければカーテローゼに待っていたのは、きっとより過酷な運命だっただろう。

 

カーテローゼのことに思いを致していたユリアンの顔からは、自然と笑みが消えていた。

カーテローゼと会話している時、ユリアンは素の自分に戻れる気がしていた。

 

だが彼にはやるべきことがあった。

そのためにここまで来たのだった。

笑顔は彼の鎧であった。

彼は敬愛するかつての保護者の笑顔を思い出し、模倣して、再び歩き出した。

 

永遠ならざる平和の成立から5年、

ユリアンやカーテローゼが何故ここにいるのか、

まずはそこから物語を始めたい。



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第四部 2話 彼の旅・彼らの旅

宇宙暦797年/新帝国暦1年 10月

 

変装し、性別を偽ってフェザーンを脱出したユリアンは、連合領を抜け、帝国領に入って少し経った時点でベリョースカ号を降りた。

おそらくは親切心から引き留めようとするコーネフ船長に、遠い親戚がこの惑星にいて一度会ってから地球に向かうのだと伝えて。

 

帝国に入った時点で帝国軍がベリョースカ号に臨検を求めて来た。移乗してきた若い中尉が船内に妙齢の女性はいるかと尋ねるのを物陰から聞いた時には、身の凍る思いがした。コーネフ船長が、その中尉に紙幣を握らせてくれなければ、それだけでは済まなかっただろう。

そのようなこともあって、ユリアンとしては性別を偽ったまま旅を続けるのに限界を感じていたのだ。

 

帝国の辺境惑星で、ユリアンは旅を続けるために路銀を稼いだ。

未だ15歳、身元も不確かで、戦傷の後遺症の残る体でできる仕事は多くはなかったが、ないわけではなかった。

世慣れないユリアンは騙されることもあった。かつてのユリアンであればまったく縁のなかったであろう仕事も含め、それはユリアンにとって得難い人生の経験となった。

本来は得る必要のない経験でもあったが、ユリアンは最貧層の人々の生活や思いを知ることができたのだった。宗教に縋る人達のことも。

後遺症の残る腕の扱いにも慣れた。

半年が経ち、それなりに頼り合える知己もできた頃、必要な資金は溜まった。

後ろ髪をひかれつつも、ユリアンはその惑星を後にして地球に向かった。

 

宇宙船のスクリーンから見た初めての地球は無秩序な濁った色調の球であった。

シンシアさんが見たらさぞがっかりするだろうな、そう思い、ユリアンはチクリと胸の奥が痛くなった。

ここまで旅をする要因となったその女性の名を、ユリアンはまだ痛みなしに思い出すことができなかった。

 

地球でユリアンに気づく者はいなかった。偽名を使っていたのもそうだが、髪を染めていたし、成長期のユリアンは身長も容貌も、少しずつ変わっていたからである。

 

ユリアンは地球教の修行に参加した。

ユリアンはすぐに食事にサイオキシン麻薬が混ぜられていることに気づいた。

以前のユリアンであれば気づかなかっただろうが、とある撃墜王の言うところの青春の苦悩というものを、今のユリアンは十分に経験していたのだ。

ユリアンは食堂の厨房に乗り込んだ。何事かと色めき立つ料理人の前で、彼は自らの料理の腕を披露した。

次の日、ユリアンは食堂の厨房係となっていた。サイオキシン麻薬入りの食事を食べさせられる心配はなくなった。自らの料理に薬物が加えられるのを看過するのは心が痛かったが。

 

ユリアンはしばらく修行を続けた。

灰色の日々が続いたが、ユリアンは黙々と修行を続けた。

ただ一つ、明確に残念に思ったのは、地球教本部の近くにかつて紅茶の名産地があった筈が、今や影も形もなくなっており、よい茶葉の入手ができないことだった。

 

宇宙暦799年/新帝国暦3年 1月

転機が訪れたのは、地球到着から半年以上が経った頃だった。

 

ユリアンのよく知る人物が地球を訪れたのである。

高い背を持つその黒人はよく目立った。

ルイ・マシュンゴ准尉である。

 

懐かしさに逸る気持ちを抑え、ユリアンは機会を待った。

機会はマシュンゴがすぐにつくってくれた。彼が廊下でユリアンとすれ違い際に倒れたのだ。ユリアンは彼を医務室に連れて行くべくおぶった。マシュンゴはユリアンに話しかけた。

「お久しぶりです。ミンツ大尉」

「お久しぶり、マシュンゴ准尉。今も准尉でいいのかな?」

「ええ。それよりも早く逃げてください。ここは危険です」

「どういうことです?」

「帝国軍がここに来ます。地球教は皇帝暗殺を企み、失敗したのです。地球教本部は壊滅するでしょう」

「……マシュンゴ准尉はそれを伝えにここに来たんですか?」

「はい。ヤン提督が、私を伝言役としてここに来させてくれたのです」

ヤン・ウェンリー!

ユリアンに苦い敗戦と挫折を味あわせ、トリューニヒトを嫌う紅茶好きのその男に、ユリアンが向ける感情はいまだ単純ではなかった。

「ヤン提督は何と言っていたの?」

「「君が地球に向かった理由はわからないが、我々と対立する目的ではないと考えている。決して命を無駄にしないでほしい」とのことです」

「……」

「ヤン提督は、帝国の地球征伐を予想し、事前に私を地球に派遣してくれました。だから間に合ったのです。ミンツ大尉、これを」

マシュンゴは一枚の記録ディスクを取り出した。

「これは?」

「帝国の地球遠征決定に関する証拠情報です。ミンツ大尉なら有効に活用するだろうとヤン提督が」

「そうですか」

 

ユリアンは考えた。

マシュンゴ准尉の協力もあれば、自分一人逃げるのは容易いだろう。

ヤン・ウェンリーが自分に証拠情報を渡した意図は想像がつく。

ならば自分はさらに上を行こう。

 

マシュンゴの言葉はまだ続いていた。

「それと」

「何でしょう?」

「わたしをここまで運んでくれた船の船長から頼まれたんですが、ユリヤ・トリュシナという妙齢の美しい女性が来ているはずだから、見つけたら一緒に逃げてくれ、と。ご存知ないですか?」

「……」

 

 

ユリアンは、総大主教謁見室に乗り込んだ。

阻止しようとする警備係はマシュンゴに任せ、ユリアンは総大主教と対峙した。

謁見室には司祭、主教、地球教の幹部級がいた。

 

「無礼者!ここは軽々しく足を踏み入れてよい場所ではない!」

詰めていた老主教が非難の声を上げた。

ユリアンは慇懃に答えた。

「失礼しました。ですが、ことは緊急を要します。帝国軍が攻めてくるのです」

 

「馬鹿な!ド・ヴィリエはそんな報告、寄越していない!」

「ド・ヴィリエ大主教のことは直接は存じておりませんが、信をおける方なのですか?」

大主教を疑うという、地球教の根本を否定するかのような問いであったが、彼らは言葉に詰まった。彼らの多くがド・ヴィリエを信用できず距離を置いていた者達だったからだ。

ユリアンはさらに畳み掛けた。

「ここに、記録ディスクがあります。帝国から連合、同盟への軍事行動通知の記録です」

「まさか」「本当なのか」

室内は騒然となった。

 

「ド・ヴィリエのことはおくとして」

重々しく、それでいて年月による磨耗を感じさせる声が響いた。総大主教が初めて口を開いたのだ。

「そなたは何者だ。なぜそのような物を持っている」

「私はユリアン・ミンツです。それで納得頂けるでしょうか」

 

「ユリアン・ミンツ、あのトリューニヒトの……」

その名は地球教徒の間でも知られていた。

彼らは思った。

我々の協力者であるトリューニヒトの懐刀……ならば、帝国軍の情報を持っていることも、地球教に味方することも当然か。

 

だが、総大主教は納得しなかった。

「はぐらかしはやめよ。トリューニヒトの命で来たのなら最初から堂々とやって来たはずだ。今まで隠れていたのはそなた自身の目的があるからだろう。それを申してみよ」

 

ユリアンはダーク・ブラウンの瞳を総大主教に向けた。

「ある地球教徒がいました。その人は私にとって姉のような存在でした。その人が言ったのです。人類の故郷である地球を再び美しき青き星に戻したい、と。私はその意思を継ぎに来ました」

 

壮年の主教がいきり立った。

「貴様、今の地球が汚いと申すか」

 

「少なくとも。在りし日の姿ではありません。教典の第三章にもあります。

「我ら努めん、地球の丘々に緑が溢れ、大海原が紺青に照り映えるまで。同胞はその日にこそ地球へと還らん。

虚空の非情に倦み疲れし同胞が、闇夜の遥かに見出すは、懐かしき緑に輝く地球なり」と。地球をあるべき姿とするのは我ら地球教徒の神聖な義務であり、そうなってこそ、人類同胞は地球に回帰するのだと考えます」

 

幹部達は反論できなかった。教典解釈としてそれは正しいものだったからだ。

地球教が外部工作を活発化させるにつれ、徐々に軽視され、忘れられていた地球教の教えに、ユリアンは光を当てたのだ。

 

ユリアンの、先人の教えを理解し、自らのものとする才は、地球教に対しても発揮されていた。

 

総大主教はこれに反応した。束の間、生気が戻ったようであった。

彼はユリアンの目を見つめて問うた。

「母なる地球を再び青き星に戻すというのか。それができると、そなたはそう言うのか」

 

ユリアンは改めて答えた。

「はい。そのために私はここに来ました」

 

しばらくの沈黙の後、総大主教は呟いた。

「わが生をうけし地球にいまひとたび立たせたまえ。わが目をして、青空に浮く雲に涼しき地球の緑の丘に、安らわせたまえ」

 

ユリアンは尋ねた。

「それは?浅学にして、その聖句は存じ上げません」

 

居並ぶ幹部は驚くことになった。

総大主教が声を出して笑ったのである。

「聖句ではない。ただの古い詩だ。宇宙開拓時代初期の、古い、古い、忘れられた詩人の作だ」

 

総大主教はおもむろに立ち上がった。

「ユリアン・ミンツ、そなたは地球教徒であるのだな」

「はい」

「修行歴は?」

「半年余りになります」

 

「よかろう、そなたを司祭に任ずる。此処にいる者達は皆ユリアン・ミンツの指示に従い、地球を脱出せよ。地球の復権を諦めてはならぬぞ」

幹部達は再度驚くことになった。未だ少年と青年の境目にいるユリアン・ミンツが、下級とはいえ地球教の幹部となったのだ。

 

壮年の主教が反対の声をあげた。

「猊下、ご再考を!」

 

「何を再考することがある。青く生命力に溢れた惑星に戻った時にこそ、地球は自然と人類同胞の拠り所となり得る。若きユリアン・ミンツが老いて近視眼となっていた私に気づかせてくれたのだ。

司祭を任せるのに不足はないし、脱出行に関しても彼以上に経験のあるものはここにはいないだろう。それとも、そなたにはできるというのか」

 

壮年の主教は何も言えなくなった。

 

総大主教は続けた。

「だが、私はここから離れない。私はもはや過去に生きる人間だ。二度と戻れぬかもしれぬ旅に出て、地球に還れぬのは耐えられぬ。同様の心境の信徒も少なくはなかろう。そのような老齢の者達のためにも私は残ろう」

 

ユリアンは説得を試みた。

「猊下が行かぬとなれば信徒達が不安を抱きます。そのことにもご配慮ください」

「地球教の原典を持って行け。この老人などより、地球教にとってよほど重要なものだ。……それに、地球教の手は長い。帝国軍を退けることを諦めたわけではないのだ」

 

ユリアンは、その言が虚勢でないことを理解した。

ならば仕方がない、自らは自らのやるべきことをなすまでだ、そう、ユリアンは自分を説得した。

 

行動に移ろうとしたユリアンに総大主教は声をかけた。

「ユリアン・ミンツ司祭、私は残るが、私の世話をしてくれていた侍女達は連れて行ってくれ」

「承知しました」

「私はそなたに地球教の新しい可能性を見た。地球教をよろしく頼む」

「……過分なご期待ですが、努めさせて頂きます」

「うむ、では皆の者、ユリアン・ミンツ司祭と共に行け」

 

ユリアンは行動に移った。まずは侍女室に向かった。

そこには様々な年齢の女性がいた。共通しているのは見目が良く、そして青い瞳を持っていることだった。

一際若い少女に目が吸い寄せられた。

青紫の瞳に、薄く淹れた紅茶色の髪、世のすべてを拒絶するかのような硬い表情をした少女。ユリアンは後にその少女がカーテローゼ・フォン・クロイツェルという名だと知った。

 

マシュンゴ准尉が呼びかけた。

「総大主教の命により、一時避難します。慌てず指示に従ってください。信者達の避難誘導へのご協力もお願いします。それと、ユリヤ・トリュシナという女性をご存知の方はおられませんか?」

 

当然ながらユリヤ・トリュシナは見つからなかったものの、脱出準備は順調に進んだ。総大主教の命となれば、多くの者は従順であった。

ただ、残る者はいた。総大主教と同様に高齢の者、総大主教と共にいることを選択する者、帝国軍に地球を穢されることを自らの手で防ごうとする者達であった。

これに関してはユリアンの力ではどうしようもなかった。

 

脱出に関してはヤンのように独創的な手段は使わなかった。

ユリアンは、帝国軍が来る前に船団を率いて地球を脱出し、近傍の星域に身を隠した。船には、地球教所有のものの他、タイミング悪く地球に到来していた商船が使われた。

太陽系には事前に近傍の帝国軍基地から偵察艦が派遣されていたが、これには地球教徒が潜入しており、総大主教の命によって自爆させられ、脱出の事実を悟られることはなかった。

さらに、帝国軍に別の逃亡者の存在を疑わせぬよう、あえて自動操縦の宇宙船を数隻、帝国軍到着後に脱出させ、自爆させたのだった。

 

帝国軍撤退後、ユリアンはド・ヴィリエ他、数名の大主教、主教に連絡を取った。

救援を求めるために。

 

 

……

総大主教は、地球教本部全体が信者達の自爆によって埋まった後もしばらくは生きていた。謁見室は旧地球統一政府のシェルターの中心にあり、特に頑丈だったのだ。

だが、いずれ電気も空気も尽き、死ぬことになるのは明らかだった。

非常灯の薄明かりの中、総大主教はひとりごちた。

「力及ばずか。ユリアン・ミンツの脱出が間に合ったのが唯一の慰めだな」

総大主教にとって意外だったのは、年少の信者も総大主教と地球に残ることを選択しようとしたことだった。総大主教は地球教の未来のため、やむなく三十歳以下の信者には地球脱出を厳命しなければならなかった。

 

ある二十代の司祭が泣きながら残留を希望した。

「猊下、私もお伴します」

「残念だな。三十以下の未成年を今回同行することはできない。これは大人だけの殉教だ」

 

そのようなことが何度か繰り返され、総大主教は、地球のことだけを考え、信徒を疎かにし、ド・ヴィリエが来てからは駒のようにさて扱っていた筈の自分が、意外なほど慕われていたことに気づいたのだった。

 

「総大主教様」

一人の老主教が総大主教に声を掛けた。

 

「そなたも生き残ったか」

「運良く、あるいは、運悪く」

「そなたとも長い付き合いだったな」

「ええ、時流に乗れず、私は結局主教で終わりましたが」

「私の権限で死ぬ前に大主教にしてやろうか」

「はは、軍人の特進のようなものですか。いや、遠慮しておきます、猊下。それより、もうすぐ空気中の残留酸素濃度が危険域に入ります。決断が必要かと」

「わかった。なるべく醜態を見せずに済む手段がよいが」

「私もそう思い、ワインと毒薬を用意しました。ブルーワインです」

「地球の色のワインか」

二人は、お互いのグラスにワインを注ぎあった。

総大主教は感慨深げに呟いた。

「思えばワインも自由に飲んだことはなかったが」

「最後に後を任せられる人物を見つけたのですから、この時ぐらいは肩の荷を下ろして楽しんでもよいでしょう」

「うむ、そうだな。では……美しく青き地球に乾杯」

「はい。美しく青き地球に乾杯」

 

総大主教の人生は怨嗟に満ちたものであったが、最後に別の要素を加えることができた。

母なるものと信じた地球に抱かれながら、地球を託すに足る人間を見つけた満足を抱きながら、総大主教はその長い人生の帰着点に辿り着いた。

 

 

 

 

 

 

地球脱出組より救援要請の連絡を受けたド・ヴィリエは迷った。

 

ド・ヴィリエにとってラインハルトによる地球攻撃は想定の範囲内だった。彼は、地球攻撃を利用してラインハルトの統治にヒビを入れるとともに、総大主教をはじめとする、彼にとって不要な者達をまとめて処分するつもりだったのだから。

 

このため、地球に残していたのは、ド・ヴィリエが無能と見なした者達だった。地球教の真の根拠地も知らされていなかった。

だが、一応は幹部連中も含まれており、ド・ヴィリエや他の幹部との連絡手段を持っていたのだ。

 

ド・ヴィリエにとっては、さっさと死んで欲しい連中ではあったが、他の幹部の手前、無理はできなかった。

帝国軍に彼らの居場所をリークすることも考えたが、帝国軍が彼らを懐柔して地球教を分裂させる策謀を巡らせる可能性を考えると、それも難しかった。

 

結果、救援部隊が組織され、派遣された。

そして救援に向かった先で、ユリアン・ミンツを見出したのである。

 

ユリアン・ミンツ、同盟の年若い俊英、協力者トリューニヒトの懐刀、デグスビイによる籠絡工作対象だった少年。

ユリアン・ミンツがフェザーンから失踪したことは彼らも把握していた。

地球教としてもユリアンの才能は大いに利用すべきものであり、優先取り込み対象であったからだ。

 

そのユリアンが、自ら地球に来ていたとは。

その報告を受けたド・ヴィリエは大いに警戒した。しかし脱出を主導したユリアンは今や地球教の英雄であった。司祭ですらあった。その才能も消すには惜しい。

 

ド・ヴィリエは迷った挙句、

結局真の根拠地に案内することに決めた。

 

根拠地への移動は帝国軍に見つからずに行われた。

総大主教には知らせていなかったが、地球近傍の基地司令官ヴィンクラー中将は既にド・ヴィリエの掌中にあったから。

 

ド・ヴィリエはユリアン・ミンツと面談した。その意図を探るために。ユリアン・ミンツはド・ヴィリエに二つの目的を伝えた。

一つ目は、地球を青く美しい惑星に戻すこと。二つ目は、ヤン・ウェンリーへの復讐であった。

ド・ヴィリエは、デグスビイのシンシア・クリスティーンを使った籠絡工作を思い出し、納得した。

ユリアン・ミンツの目的は、ド・ヴィリエの目的とは対立しない。人類の中心に据えるのに今の地球の見栄えが悪いのはド・ヴィリエも感じていたことだったし、ヤン・ウェンリーはド・ヴィリエの敵でもあった。

 

ユリアン・ミンツはド・ヴィリエへの協力を表明した。

地球を脱出してきた幹部や信徒の一部はド・ヴィリエに不信感を持っており、日が経つ毎にユリアン・ミンツに頼るようになっていった。ド・ヴィリエとしてはユリアン・ミンツを通じて、彼らをコントロールすることができた。

ユリアン・ミンツは半年後、反ド・ヴィリエ派の積極的賛成とド・ヴィリエの黙認により主教に位階を進めるとともに、総書記補佐となっていた。

ド・ヴィリエは総大主教を空位とした上で総書記代理から総書記となった。

地球教は事実上、ド・ヴィリエをNo.1、ユリアン・ミンツをNo.2とする体制になったのだった。

 

ド・ヴィリエとしては、まず満足すべき結果であった。

仮にユリアン・ミンツが今以上の地位を求めたとしても、年の差から禅譲という穏健な手段が取れるし、それを待てないような為人でもないだろうと考えていた。

ただ一つ、ユリアン・ミンツが主教として活動する時、自分と会う時、常に笑顔しか見たことがないことは気になっていたが。

 

 

 

ユリアンはメルカッツにも会った。

 

ユリアンはメルカッツの前では自然と顔が引き締まった。

ユリアンにとってもメルカッツの戦歴は尊敬に値するものだったし、いざ戦ったとして勝てると断言できない人物の一人だった。

 

メルカッツは戦傷によって、杖を手放せぬ生活になっていたが、その姿からは重厚さと生真面目さが伝わってきた。

 

ユリアンはいたわりの言葉をかけたが、

「軍人にとって戦傷はつきもの。お互いに気遣いは無用でいきたいものだ」

と返され、恥じ入るばかりだった。

 

ユリアンは人工庭園の滝の前を面会場所としていた。

周囲に誰もいないことを確認して、彼はメルカッツに尋ねた。

「私は自分の目的があってここにいますが、メルカッツ提督はそうではないと聞いております。失礼ながら心穏やかならぬ日々をお過ごしではないですか?」

「実のところ、自殺を考えたこともあった。だが、私が死んでも家族の安全は保障されないからな。望まぬ任務に就くのは軍人としてはよくあることだ。今はそう割り切って、ここにおるよ」

「しかし、連合と戦うことになれば」

「私は私の次の世代を信じている。元々長時間の指揮などできぬ体ゆえ、彼らにとってはわしなど障害にはなるまい」

「そうですか。そうお考えならよいのです」

「ただ……」

メルカッツの表情が曇った。

「エルウィン・ヨーゼフ2世陛下にはお会いされたかな」

「いいえまだです」

「お会いすればわかるが、あの方はやはり口に出すのを憚られる人物の血を引いていると言える。怖ろしいほどの才能と、精神の苛烈さを同居させている」

「才能ですか?」

「私は軍人なので、政治については何も語れないが、戦略・戦術に関して言えばそうだ。特に戦術では、あのような才の持ち主には会ったことがないな」

「ライアル・アッシュビーよりもですか」

ユリアンはメルカッツの現役引退のきっかけとなった人物の名前を出した。

 

「彼のことを十分に把握できているとは言えないが、正面から戦えば、おそらくは」

 

「それほどですか」

 

「エルウィン・ヨーゼフ2世陛下は私の弟子でもある。私の戦術を、すべて吸収している。正直なところ、陛下がどこまで強くなるのか、師として教えるのが恐ろしくも楽しくなってしまっている部分もあるのだ」

 

エルウィン・ヨーゼフ2世との面会の機会はすぐに訪れた。

ユリアンがメルカッツと会話を終えた後、本人から呼び出しがあったのだ。

 

エルウィン・ヨーゼフ2世はヨッフェン・フォン・レムシャイド、アルフレット・フォン・ランズベルクと共にいた。

 

「よく来たなユリアン・ミンツ。今の余とそう変わらぬ齢で戦場の第一線で活躍した男に一目会いたいと思っていたのだ。だが、想像していたより、柔和な顔立ちだな。惰弱というわけではないが」

 

そう評するエルウィン・ヨーゼフ2世は、端整な容貌でありながら、その目の力強さが柔和とは対極の印象を相手に与えていた。

 

「ユリアン・ミンツ、いきなりですまぬが、余と一戦交えてもらえぬか」

 

エルウィン・ヨーゼフ2世はユリアン・ミンツと戦術シミュレータでの対決を所望したのだった。

 

ユリアンは、戦術シミュレータでの対決をエンダースクールで何度も経験し、敵なしだった。仮にライアル・アッシュビーやラインハルト・フォン・ローエングラムと戦ったとしても一方的に負けを晒すことにはならないという自負もあった。

 

しかし……

 

結果はエルウィン・ヨーゼフ2世の圧勝だった。

ユリアンの自負など粉々に砕かれてしまった。

ブランクなど言い訳にはならなかった。

最初の接触で劣勢となり、それを逆転できずそのままずるずると負けまで引っ張り込まれたのだ。

最初は意表をつく手を使い、それによって優勢を確保した後は正統な戦術でそれを維持された。

何度かこちらも奇策を弄してもみたが、いずれも見透かされ、かわされた。

最初の一手がなくてもエルウィン・ヨーゼフ2世の優勢勝ちになっただろう。

 

詭道と正道の見事な融合。とても12歳の用兵とは思えない、というのがユリアンの正直な感想であった。

メルカッツの言ったことが今のユリアンにはよくわかった。

 

大勝したエルウィン・ヨーゼフ2世はしかし、ユリアンを褒めた。

「時間内に全滅させられなかったのはメルカッツ以外では久々だ。実戦ならばおそらく取り逃がしただろうな。策にも危うく何度か引っかかりそうになった。期待通り、いや、期待以上だ。

実のところ、所詮共和主義者の子孫など大したものではあるまいと思っていたのだが、それが偏見であることがよくわかった。どんな遺伝子プールにも優良なものはいるものだな」

 

「恐縮です」

ユリアンとしてはそれしか言えなかった。

 

「許せよ。フォークとリンチのせいで、余の中で共和主義者の印象が悪くなっていたのだ。今後は色眼鏡では見ぬ。ユリアン・ミンツ、そなたは戦術眼だけでなく戦略眼もあると聞く。余は戦略に関してはまだまだ経験不足だ。メルカッツと共にその面でも余を助けてくれ」

 

「仰せのままに」

これが若干11歳の少年の発する覇気だとは。そう思いながらユリアンは頭を下げた。

 

「なあ、レムシャイド伯、余はユリアン・ミンツに元帥号と爵位を授けようと思う。威勢だけの凡俗な輩共より、よほどユリアン・ミンツの方が、余が築く新時代の貴族に相応しい。ひとまずは伯爵でどうかな」

 

レムシャイド伯は冷や汗を浮かべながら答えた。

「ご慧眼畏れ入るばかりですが、臣としてはいくつか提言をさせて頂きたく思います」

 

「言ってみよ。まともな提言なら余は怒らぬぞ」

エルウィン・ヨーゼフ2世は笑みを浮かべていたが、空気には緊張が生じていた。

ユリアン・ミンツは知らなかったが、エルウィン・ヨーゼフ2世に対して返答を誤ったばかりに粛清対象となった貴族も既にいるのだ。

 

「恐れながら。まず元帥号ですが、現在我が帝国で元帥号を持つ者はメルカッツ元帥のみ。メルカッツ元帥の声望も含め、軍を率いることに反対するものはおりません。ここでユリアン・ミンツ大尉に元帥号をお与えになれば、メルカッツ元帥と同格の存在がうまれることになり、いざという時、指揮命令系統に支障が発生する可能性もあります。ミンツ大尉もそれは望まれますまい。さらには新参の者に即座に元帥号をお与えになると、陛下のご賢慮を理解せず、表面だけを見てコルネリアス元帥量産帝を想起する輩も出てくるやもしれません」

 

「なるほど、一理ある。残念だが、ひとまずは、そうだな、大将あたりに留めておこうか。ひとまずは、だが」

 

「恐れ入ります」

 

「伯爵号に関してはどうか」

 

「武勲を立てたもの、能力のあるものを新しく貴族に取り立てると布告すれば、将兵も奮い立ちましょう。臣としてもミンツ大将は爵位に値すると考えます。

ですが、ミンツ大将はまだ帝国軍人としてまだ武勲を上げておりません。今ここで大将に任じただけでなく、さらに爵位を与えれば、ミンツ大将への嫉視が発生し、軍の士気への悪影響も発生する可能性もありますれば、叙爵の時期は慎重に考えるべきかと。急ぐ必要はありますまい。ミンツ大将であればすぐに武勲を挙げることでしょう」

 

張り詰めた空気が緩んだ。エルウィン・ヨーゼフ2世は納得したようだった。

「ふむ……なるほどな。ユリアン・ミンツ、いやミンツ大将、余としては残念だがしばらくは我慢してくれ。

このようにレムシャイド伯は余に意見してくれる得難い存在なのだ。理のある意見をな」

 

ユリアンは答えた。

「御配慮頂いただけで十分でございます」

 

ユリアンとしてはこの短時間のやり取りだけで十分に察することができた。

 

臣下への配慮もでき、直言を受け入れる度量もある。一方で不要と判断した臣下は容赦なく切り捨てるのだろう。

今回のこともレムシャイド伯を試しつつ、自らも貪欲に学ぼうとしている節が伺われた。

それによって臣下に威を示すことに成功している。

そして戦場ではおそらく臣下の誰よりも強い。

まさに帝王という存在の体現者が生まれつつある。

 

これは怪物だ。成長する怪物だ。

 

地球教、旧帝国残党、そしてメルカッツ、

彼らはなんという怪物をつくり出し、成長させつつあるのか。

 

これからはおそらく自分も彼の成長に貢献し、彼の帝国が立てる戦略に協力することになるのだろう。自分は自らの目的のため、それを拒めない。

 

果たして新帝国は、そして連合は、彼に勝てるのだろうか。

 

ユリアンは、二人の男に思いを致さずにはいられなかった。

 

 

 

ヤン・ウェンリー、彼の智謀ならばこの怪物のつくる帝国を打ち破れるのではないか。

 

ヨブ・トリューニヒト、彼だったならば自分などよりよほどうまく、自らの目的を達成するのではないか。

 

 

ユリアンは悪夢のようなこの世界で、いまだにもがき続けていた。

 







作中総大主教の呟く、「地球の緑の丘」の詩は下記文献作中詩からの引用です。
ロバート・A・ハインライン 矢野徹(訳)(1986)『未来史② 地球の緑の丘』早川書房

また、地球教教典からの引用とした聖句の一部は、下記文献の詩の一部フレーズを改変したものです。
C・L・ムーア 仁賀克雄(訳)(1973)『暗黒界の妖精』早川書房


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第四部 3話 黄昏に揺れる黄金獅子旗

宇宙暦801年/新帝国暦5年7月 新銀河帝国 首都オーディン

 

新銀河帝国皇帝ラインハルトは死の淵にあった。

 

「キルヒアイス、あとは頼んだぞ」

キルヒアイスは去来する思いを振り切り、答えた。

「お任せください。アンネローゼ様のことも、この銀河帝国のことも」

ラインハルトは頷き、アンネローゼに話しかけた。

「姉上、先立つことをお許しください。どうかキルヒアイスと幸せになってください」

アンネローゼは目に涙を溜めていた。

「ええ、なるわ、ラインハルト。だから安心して」

 

ラインハルトは事前にアンネローゼ、キルヒアイスと話し合っていた。

そして、キルヒアイスを副帝に任じた上で、アンネローゼとの婚姻を発表したのだった。

ラインハルト死後はキルヒアイスが皇帝となることが確実となっていた。

アンネローゼが女帝、キルヒアイスが女帝夫君となる案もあったが、アンネローゼが固辞したことからこの形となった。

キルヒアイスはローエングラム家に養子に入った形となり、正式にはジークフリード・フォン・ローエングラムとなっていた。

 

軍部では、ミッターマイヤー元帥を後継者に推す声もないではなかったが、大きな声にはならなかった。

貴族も、取りまとめ役であるマリーンドルフ伯がいち早くキルヒアイスの副帝就任を支持したことから、表立って反対する声は少なかった。

 

「フロイライン・マリーンドルフ」

ヒルダはアンネローゼの次にラインハルトに呼びかけられたことに動揺した。

「はい、陛下」

「姉上以外の女性で、あなたほど会話が楽しい人はいなかった。いや、女性に限らずだ。もう少し早く出会っていれば、あなたとは違う関係もあり得たのではないかと思う。……いや、益体もない話をした。瀕死の病人のたわ言と忘れてくれ」

「いいえ、陛下。いいえ、忘れませんわ」

ヒルダは、ここに至って自分の気持ちに気づいた。もう少し早く出会っていれば。いや、私が少し勇気を出していれば。涙が溢れ出ていた。

アンネローゼがヒルダを気づかって、隅の椅子まで連れて行った。

ラインハルトはその様子を優しい顔で眺めていた。

彼はヒルダの父親にも声をかけた。

「マリーンドルフ伯、フロイラインを泣かせてしまってすまない。あなたのおかけで私は帝国をまとめるのが随分楽になった。キルヒアイスの代でもよろしく頼む」

「ヒルダに対する長年のご厚情感謝いたします。これからも微力ながらも尽くさせて頂きます」

 

「ミッターマイヤー」

「はっ!」

「卿より先にロイエンタールに会ってくる。何か言っておくことはないか」

「大馬鹿野郎、と。失礼しました。ですがそうお伝えください」

「わかった。だが卿はまだ来るなよ。卿にはキルヒアイスを支えてもらわねばならぬ」

「お任せください。このミッターマイヤー、陛下にお仕えするつもりで、キルヒアイス帝をお支え申し上げます」

「ビッテンフェルト、ワーレン、ルッツ、ミュラー、卿らも頼むぞ」

「はっ!」

諸将らは、それぞれの形で感情を表した。ビッテンフェルトは号泣し、ミュラーはただ耐え、ワーレンは目を閉じ、ルッツは義手を抑えた。

ラインハルトは全体を見渡した。

「ここに集まった皆に伝える。キルヒアイスはこの帝国を担うに足る統治者だ。俺などよりもな。で、あるからには皆のキルヒアイスへの忠誠を期待する」

「「はっ!」」

 

次の日を待たずにラインハルトは死んだ。

 

最後の言葉は、

「宇宙を手に入れたら……みんなで……」

であったという。

 

帝国の未来に希望を持つ者も、不安を抱く者も、皆無感動ではいられなかった。

好悪の感情はそれぞれながら、ラインハルトが常勝の英雄であり、偉大な統治者であったことは誰にも否定できなかったのだから。

 

だが、悲しみの感情には微妙な濃淡があった。ラインハルトの臨終に立ち会いながらも、名を呼ばれなかった者達は特に……

 

 

 

ラインハルト帝崩御後の宇宙暦801年/新帝国暦5年8月1日、副帝キルヒアイス改め、ジークフリード・フォン・ローエングラムが新銀河帝国第二代皇帝として即位した。

 

同時に新体制の発表もあったが、大方は予想通りの人事であった。ミッターマイヤーは元帥に昇進した。ワーレン、ルッツ、ミュラー、ビッテンフェルト、メックリンガーらは上級大将に昇進し、要職を担った。その下でベルゲングリューン、ビューロー、ジンツァーら、旧来のキルヒアイス麾下の将が実務上の重要な役職に就いた。ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフは引き続き新皇帝の補佐を務めた。ヒルダ自身はアンネローゼへの遠慮、先帝への義理立て等から辞退したが、アンネローゼの強い勧めによっての留任となった。

 

波乱の要素がないとは言えなかった。

 

急激な変革への不安、地球教徒弾圧や内国安全保障局の活動に象徴される恐怖政治への不安、ラインハルト帝病状悪化による混乱から、ゴールデンバウム王朝の御代を懐かしむ声もあった。

 

だが、抵抗勢力となり得る門閥貴族の多くは滅ぶか貴族位を剥奪されるかしており、残る貴族に反乱を起こすような気骨のある者はいないと思われた。

 

だが、それは起きた。

ハルテンベルク伯カール・マチアスの反乱である。

能吏であったエーリッヒ・フォン・ハルテンベルクが不慮の死を遂げた後、妹エリザベートの夫カール・マチアス・フォン・フォルゲンがハルテンベルク伯爵位を継いだ。

出身であったフォルゲン伯爵家はガルミッシュ盟約軍に参加したことで取り潰しとなったが、カール・マチアスは二度の内乱のいずれにおいてもラインハルトを支持し、取り潰しを免れていた。

とはいえ、カール・マチアス自身には軍官僚としても貴族としても才覚はなく、マリーンドルフ伯が何かと目をかけているためになんとかその地位を保っているだけだと目されていた。

 

そのカール・マチアスが反乱を起こしたのである。

名目はゴールデンバウム王朝の復権であった。

自らローエングラムに与みしておきながら今更何を、と思う向きが多かった。

 

カール・マチアスが反乱のために集めた戦力は千五百隻ほどと見られ、すぐに鎮圧されるものと考えられた。

 

ジークフリード帝は軍三役を招集した。

軍務尚書にはラムズドルフ元帥が就き、統帥本部総長にメックリンガー上級大将、宇宙艦隊司令長官にはミッターマイヤー元帥が就いていた。

会議ではヴァーゲンザイル中将が派遣されることが決定された。

艦隊規模は五千隻であった。

不十分と思う者はいなかった。ジークフリード帝自身、より少数の艦艇でより多数のカストロプ公軍を鎮圧していた。

 

だが、ヴァーゲンザイル中将は完膚なきまでに敗北した。

逃げ延びたヴァーゲンザイルは報告した。敵は千五百隻ではなく、五千隻だったと。

帝国は騒然となった。

ハルテンベルク伯はどうやってそれだけの艦艇を集めたのか、と。

程なくハルテンベルク伯領周辺の貴族も、この反乱に参加したことがわかった。

 

人々は疑心暗鬼に陥った。

曰く、他にも反乱に参加する貴族がいるのではないか。

曰く、実は目をかけていたマリーンドルフ伯が黒幕なのではないか。

 

人々の不安はハイドリッヒ・ラングがジークフリード帝に、マリーンドルフ伯反逆の証拠なるものを持ってきたことで加速した。

ラングは、マリーンドルフ伯が娘のヒルデガルド・フォン・マリーンドルフを通じてラインハルト帝に毎日微量の毒を飲ませていたのだと主張した。ラインハルト帝に代わり、帝国を主導するために。

キルヒアイス帝は自らもヒルダを補佐官に任じて信頼しており、これを信じなかったが、マリーンドルフ伯は混乱を収めるためにヒルダとともに「憲兵隊の」捜査を受けることを表明し、自ら事実上の拘禁状態となった。

マリーンドルフ伯の意図とは反対に、この措置は不安を払拭する前に、一時的に貴族の不安を増大させることになってしまった。

 

ジークフリード帝は並行してトゥルナイゼン中将に一万五千隻を預け、派遣した。

流石に今度こそ鎮圧されるだろうと見られたが、その予想は再度裏切られた。

トゥルナイゼン中将は敗北し、戦死した。

トゥルナイゼン中将の部下は報告した。

敵は三万隻規模だと。

 

この報告は帝国を震撼させた。

先帝ラインハルト及びローエングラム朝は勝ち続けることで将兵と臣民の信頼を得て来た。それが新皇帝が即位してから立て続けに敗れたのだ。

さらには反乱勢力が一国家に匹敵する勢力を持っているなどというのは多くの者の予測を超えた事態だった。

 

 

ここで、ハルテンベルク伯領より、帝国全土に演説が行われることが布告された。

演説を行う者の名は、

 

エルウィン・ヨーゼフ・フォン・ゴールデンバウム

 

宇宙暦801年/新帝国暦5年 10月7日、帝国全土、いや、銀河全体が注目する中、その演説は行われた。

 

鋭い眼光を持った、少年に成長したかつての幼帝の姿がそこにはあった。

「余はエルウィン・ヨーゼフ2世である。余はここにゴールデンバウム王朝の再興を宣言する。

だが、ゴールデンバウム王朝末期の混乱に戻るわけではない。

私は臣民のため、調和と公正に満ちた政治を目指すのだ。

 

余はここに告白しよう、余の父はルートヴィヒ大公ではない。

余の真の父は、ゴールデンバウム王朝の開祖、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムである。

余はフリードリヒ4世の意思の元、大帝ルドルフの凍結精子から生まれたのだ」

 

「そう来たか」

ヤン・ウェンリーはヤン独立艦隊旗艦パトロクロスにて一人呟いた。エルウィン・ヨーゼフがルドルフのクローンであると告白するのはリスクの大きな行為であった。クローンは禁忌技術であり、抵抗感を持つ者も多いのだ。

凍結精子から生まれた子供ということにすれば、そこまでの抵抗感はない。

 

不妊治療の一環として、軍役に就く貴族のお家存続の手段として、特に連合では相応に行われていることであった。

そして、エルウィン・ヨーゼフは幼さを残しつつも、端正さと剛毅さを併せ持つ、ルドルフの息子であると見る者に納得させる少年に成長していた。

 

連合がエルウィン・ヨーゼフをルドルフのクローンと主張するのも難しかった。明確な証拠はなく、さらにはそれを主張した時の効果も予測し難かったからである。

下手をすれば銀河帝国の臣民の大多数がルドルフのクローンを支持する可能性だってあるのだ。

 

そして、帝国臣民にとってルドルフの息子という存在は大きな意味を持つ。

 

演説は続いていた。

「知っての通り、我が父ルドルフは男子を残さなかった。それがためにルドルフの目指す真の理想、公正と調和の中で臣民が平和と繁栄を謳歌する社会の実現は、道半ばで忘れ去られたのだ」

 

既にラインハルトの元行われた史書編纂事業でゴールデンバウム王朝の醜聞、悪行は白日のもとに晒され、その威信は損なわれた。

だが、直系の男子を名乗れば旧来のゴールデンバウム王朝のあり方を否定した上で、ルドルフの権威を利用することができるのだ。

 

「余は父ルドルフの真の理想を実現する。臣民に永遠なる安寧と繁栄をもたらすのだ。

臣民よ、我々はそのために二つの根源に立ち戻らねばならぬ。

一つは、我が父にして帝国の開祖、大帝ルドルフであり、

もう一つが、我ら人類の故郷、地球である」

 

ついに来た、とヤンは思った。

 

「正統なる地球秩序の元、安寧と繁栄が実現した地球時代、汚辱に塗れた銀河連邦政府によって否定されたそれこそが、ルドルフの目指した理想の社会であった」

 

ヤンは思索する。

たしかに人類が地球のもとに繁栄したと言える時代もあった。

だがそれは一時期だけだ。

歴史を紐解けばわかる。地球統一政府時代は他のすべての時代と同様に、失敗と成功の繰り返しであり、数々の愚行の堆積によって終焉を迎えたのだ。

歴史を知る者は少ない。

ローエングラム朝に失望しつつあった帝国の大衆にとって、あの少年の言は魅力的に映るだろう。

銀河連邦に失望した市民達がルドルフを支持したように。

 

「その理想の守護者こそが、地球教であった。だからこそ帝位簒奪者ラインハルトは地球教を弾圧し、地球の臣民を虐殺したのだ。

 

余はここに宣言する。

地球教を国教とする神聖銀河帝国の成立を。

 

余は誓う。ルドルフ大帝と地球の名のもとに臣民に永遠の安寧と繁栄をもたらすことを。

 

この誓いのために余はここに名を変えよう。

 

すなわち、ルドルフ2世・フォン・ゴールデンバウム、と。

 

余の想いに共感する者は余の元に集え。

余は簒奪者ジークフリードより地球を奪還し、オーディンを奪還し、帝国を奪還する。

 

集え臣民!

 

地球はわが故郷、地球をわが手に!」

 

エルウィン・ヨーゼフあらため、ルドルフ2世の演説は帝国全土を動揺させた。

臣民の中にも、ローエングラム朝に失望し、神聖銀河帝国に期待する者が相当数現れた。

冷遇されていた貴族、旧貴族は不穏な動きを示し始めた。

 

 

演説より一週間後、レムシャイド()()より、

ルドルフ2世がルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの正統な後継かつ地球に祝福された存在として神聖銀河帝国を統治することが改めて表明され、同時に神聖銀河帝国の主要閣僚が発表された。

 

帝国宰相兼教部尚書 ド・ヴィリエ大主教

同じく帝国宰相 レムシャイド侯爵

国務尚書 マリーンドルフ()()

軍務尚書 メルカッツ元帥

財務尚書 ゲルラッハ伯爵

内務尚書 ラートブルフ男爵

司法尚書 ルーゲ伯爵

民政尚書 シャイド男爵

工部尚書 ハルテンベルク伯爵

学芸尚書 ランズベルク伯爵

宮内尚書 カルナップ男爵

内閣書記官長 デグスビイ主教

経済顧問 ブレツェリ

 

 

 

メルカッツ元帥の軍務尚書就任は、連合市民を驚かせ、動揺させた。

一方、新帝国の上層部をより驚かせたのは、新帝国の閣僚であるはずのマリーンドルフとゲルラッハが神聖銀河帝国の閣僚に名を連ねていたことだった。

マリーンドルフはこの時、憲兵隊の捜査でラインハルト暗殺の証拠なしとなり、ヒルダと共に政務に復帰していた。マリーンドルフは否定したし、ジークフリード帝もマリーンドルフ父子を信じた。しかし疑いを深めた者も多くいた。

ゲルラッハの方は既に姿を消しており、神聖銀河帝国に実際に参加したものと思われた。

新帝国で要職を務めた者の造反により、官僚の中にも神聖銀河帝国に与する者が現れ始めた。

 

神聖銀河帝国はこの時既に地球を占領し、北部一帯に勢力圏を築き上げていた。これを放置すれば、さらに勢力を拡大するばかりか、他の地方にも反乱が飛び火する可能性がある。

 

ジークフリード帝は急ぎ皇帝親征を行おうとした。

しかしミッターマイヤーがこれを止めた。

「帝国の要たる陛下が軽々に動けば、帝国はさらに動揺します。ラインハルト帝ですら、皇帝となられてからは自重され、親征は行わなかったではありませんか。敵の情報も不明なことが多いことですし、ここは宇宙艦隊司令長官である私にお任せください」

 

ジークフリード帝としては、ラインハルトには親征の機会がなかっただけだと思っていたし、おそらくミッターマイヤーもそれはわかっていての発言だっただろう。だが、その言自体に理があることは認めざるを得なかった。

 

こうして、ミッターマイヤーによる帝国軍四万五千隻による討伐が計画された。

ハルテンベルク伯領に展開していると思われる敵艦隊三万隻を、オーディンを進発したミッターマイヤー率いる三万五千隻が先に攻撃・拘束し、その間に北部国境地帯に展開していたミュラー上級大将一万隻がハルテンベルク伯領まで移動し、挟撃を図る作戦であった。

 

しかし、その作戦を遂行することは叶わなかった。進軍中、ミッターマイヤー麾下であったグリルパルツァー中将とクナップシュタイン中将が裏切り、ミッターマイヤー本隊を攻撃したのである。

次代の双璧と言われ続けながら、ミュラーと差をつけられ、中将に留められてきた男達の不満と野心が時機を得て爆発した形である。

旗艦ベイオウルフも損傷し、ミッターマイヤーも負傷したが、それでも彼は艦隊の立て直しに成功した。

その時にはグリルパルツァーとクナップシュタインは既に合計一万隻の艦隊を率いてその場を離脱していた。

バイエルライン中将らが怒りに震え、追撃を主張するも、ミッターマイヤーとしては作戦の中止を決定せざるを得なかった。

 

この時、神聖銀河帝国軍は、その戦力をミュラー艦隊に向け移動させていた。ミュラーは鉄壁の名に恥じず善戦したが、三倍の敵の前に、ついには降伏を余儀なくされた。

 

この裏切りと敗戦が新帝国に与えた衝撃は大きかった。

卑劣な裏切りによるものとはいえ、現在の帝国軍の象徴というべきミッターマイヤー元帥が敗れ、ミュラー上級大将が捕虜となったのである。

 

北部に限らず全土で大小の反乱や離反が続発した。新体制で冷遇された貴族や将兵が。ブラウンシュヴァイク公派、リッテンハイム大公派の旧領の遺民達が。

 

ジークフリード帝即位時八万隻まで回復していた帝国軍正規戦力は、ここまでの敗戦と裏切りで、近衛艦隊を含めて既に四万五千隻ほどとなっていた。

一方、神聖銀河帝国の戦力は少なくとも四万隻であった。

新帝国が各地の反乱に対処しないといけないことを考えれば、既に神聖銀河帝国が優勢と言ってもいい状況であった。

 

正面対決であればこうはならなかっただろう。

 

この時新帝国は、情報と策謀において神聖銀河帝国に大きく劣っていたのだ。

新帝国においてそれを担っていたのはラングとメックリンガー、ワーレンであった。しかし、ラングは能力を向ける方向が自己の栄逹を優先して偏っていたし、メックリンガー、ワーレンは能力はともかく性格が向いていなかった。

中枢を担う人材で最も適性があったのはヒルダであったかもしれないが、自らと父に降りかかった疑惑のため不用意に動けない状況となっていた。

 

追い詰められたジークフリード帝は、ここに至って独立諸侯連合への支援要請を決定した。

 

 

 




第四部3話終了時点勢力図

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第四部 4話 Goldenbaum of the Earth

本日もう1話投稿します


宇宙暦801年/492年 11月1日 神聖銀河帝国根拠地

 

ジークフリード帝が独立諸侯連合に支援要請を出した頃、神聖銀河帝国では今後の軍事作戦に関して会議が開かれていた。

 

神聖銀河帝国の軍組織は、ゴールデンバウム王朝のそれに則っていた。

新帝国からの離反者を加え、主要メンバーは以下の通りであった。

 

 

最高司令官(統帥本部総長兼宇宙艦隊司令長官)

ルドルフ2世・フォン・ゴールデンバウム

 

軍務尚書

メルカッツ元帥

軍務省次長

フレーゲル男爵

 

統帥本部次長

アンスバッハ中将

 

総参謀長

ユリアン・ミンツ大将

副参謀長

シュトライト少将

 

親衛隊隊長

モルト大将

 

憲兵総監

クラーマー上級大将

 

艦隊司令官

エルラッハ中将

ノルデン中将

コルプト少将

グリルパルツァー中将

クナップシュタイン中将

ゾンバルト中将

クーリヒ中将

アンドリュー・フォーク中将

アーサー・リンチ少将

ブルガーコフ少将

 

基地司令官

ヴィンクラー中将

ザーム中将

 

陸戦部隊指揮官

キルドルフ准将

ヘルダー准将

 

軍情報局長

ド・ヴィリエ大主教(上級大将待遇)

軍情報局長代理

クリストフ・フォン・バーゼル中将

軍情報局長補佐

レオポルド・シューマッハ准将

オールディス主教(准将待遇)

ベンドリング准将

 

帝国の内乱で行方不明となった者や、同盟、連合から失踪した者が神聖銀河帝国には多く含まれていた。

この他にもメルカッツ失踪後に自ら地球教に接触し、現在はメルカッツの補佐官を務めるシュナイダー大佐、オフレッサー上級大将の部下だったゼルテ大佐、リッテンハイム大公の死後部下とともに反ローエングラム活動に身を投じたラウディッツ大佐、父親の仇を討つために志願したコンラート・フォン・モーデル少尉、ユリアンの護衛役を自認するルイ・マシュンゴ少尉等、佐官、尉官クラスにも多数の人材を擁し、しかもローエングラム朝の弱体を見て、その数は増える一方であった。

ただ、その根拠地は未だ限られたメンバーのみにしか知らされておらず、仮の拠点としてハルテンベルク伯領にその戦力の多くが集中していた。

 

 

作戦会議に出席したのは、ルドルフ2世、メルカッツ、アンスバッハ、ユリアン、シュトライト、ド・ヴィリエ、バーゼル、それに純粋な文官としてレムシャイド、ブレツェリであった。

 

旧ゴールデンバウム朝門閥貴族・軍人、フェザーン地球教派、地球教の各派の代表者が参加しており、事実上の意思決定機関、利害調整機関の役割も果たしていた。

 

この少人数の会議での決定事項が、全体の既定路線となるのだ。

 

ルドルフ2世が、まず諸将を褒めた。

「皆、ここまでよくやってくれた。特にミンツ大将、卿の読み通りになったな」

 

「勿体無いお言葉。ですが、私は皆様の案にさらに一筆加えただけに過ぎません。何より、ここまでうまく運んだのは運がよかったからに過ぎません。問題はここからです」

前半は気配りが多分に入った言葉だったが、後半はまさしくユリアンの本心だった。

策がうまくハマり過ぎたのだった。

 

ハルテンベルク伯領で反乱を起こし、そこを起点として神聖銀河帝国の成立を宣言することはド・ヴィリエが事前に準備していたことだった。

しかし、新帝国が神聖銀河帝国の戦力を把握していないことを利用して、帝国の戦力を最大限削るとともに、ルドルフ2世に貴重な実戦経験を積ませることを画策したのはユリアンだった。

 

また、事前にバーゼルらと接触して内応していたグリルパルツァーとクナップシュタインに関して、その裏切りのタイミングをコントロールしてミッターマイヤーの作戦を頓挫させたのもユリアンだった。

 

これにレムシャイド侯が実施したゲルラッハ伯爵の内応工作や、ド・ヴィリエらによるラングへの誘導が加わり、今の状況が生み出されていた。

 

ユリアンとしては、何らかの阻止工作が行われることを想定していたのだが、全てうまくいってしまったのだ。

 

ユリアンの想定以上に帝国の諜報能力は低下していた。

二度の内乱によって帝国の諜報組織は一度崩壊した。

ワーレンが憲兵総監になり、ラングが再任用されるなど立て直しの努力も行われてはいたが、それ以上に現神聖銀河帝国勢力の浸透が激しかった。

さらにはラインハルトの体調悪化、後継者のキルヒアイスの性格からこの問題は放置されていた。

帝国にとってはそのツケを払う形になったわけである。

また、ユリアンは連合、特に悪名高いオーベルシュタイン率いる情報局の介入を想定していたのだが、それも行われなかった。

 

新銀河帝国が弱体化した上で、内乱への介入の口実を得たこの状況は、連合にとって好都合でもあった。

それを考えると、オーベルシュタインに泳がされた気もしてくるユリアンであった。

 

新銀河帝国と神聖銀河帝国だけの争いであれば、帝国を南北に分割する形での講和が早期に成立する可能性もあったはずだった。

 

だがもはやこの戦いは、それでは終わらないだろう。

 

ド・ヴィリエの考えも同様であったようだ。

「その通り。ここまでは上手くいったが、ここからが問題だろう。うまく行き過ぎたせいで、かえって連合の介入を引き起こすことになりそうだ。まあ、同盟で事が起きれば連合も我らだけに集中できぬとはいえ、脅威は脅威。これにどう対処すべきか」

 

レムシャイド侯が意見を述べた。

「連合と偽帝国は同盟を結んでいるわけではない。偽帝国を上回る利を示すことができれば連合と組むことも可能ではないか」

 

新銀河帝国を偽帝国と呼びつつ、自由惑星同盟、独立諸侯連合を現実に即して独立勢力として認めるのが、神聖銀河帝国の方針であった。

 

ユリアンがこれに応じた。

「我々が提供でき、連合が利だと感じるものは何でしょうか?メルカッツ元帥はいかが思われますか?」

 

「うむ。北部旧連合領は戦略上、現時点で連合に回収の意志はない。となれば、短期的には、南部における帝国領の分割、それと二国間の不戦条約でしょうな。しかし……」

 

ユリアンがメルカッツの言葉を継いだ。

「連合は神聖銀河帝国を信用できない」

 

メルカッツは頷いた。

 

ルドルフ2世が問いただした。

「どういうことか?余は自分から約束を違うつもりはないぞ。不戦条約も独立諸侯連合が臣下の礼を取るなら検討の余地はあるだろう」

 

メルカッツが答えた。

「第一に、地球教というものが連合にとっては信用し難いのです。第二に、それをおいたとしても、ゴールデンバウム王朝の後継国家を任ずる存在を連合は信用し難いのです。連合の諸侯と民は、ゴールデンバウム王朝、特にその権威を嵩にきた門閥貴族への敵対心と恨みを募らせて来ました。度々侵入してきては暴虐の限りを尽くす存在、高貴なる者の義務などないかのように振る舞う存在。神聖銀河帝国がそのような存在を保護する限り、信用などできない」

 

メルカッツの積年の想いのこもった言葉にその場が凍った。

ルドルフ2世もユリアンも一瞬言葉を挟むことができなかった。

それだけに、メルカッツの言うことが事実だと居並ぶ者達に実感させた。

 

少ししてメルカッツが言葉を継いだ。

「失礼。年甲斐もなく力が入り過ぎたようです。それに一般論としてはお話しした通りだが、個別の方々まで信用できないというわけではないのです。誤解なきようお願いしたい」

 

後半は、顔色を失っていたレムシャイド侯に向けての言葉だった。

 

ルドルフ2世が口を開いた。

「メルカッツ元帥、余は欲望に任せて民に狼藉を働く輩を貴族と認めるつもりはないぞ」

その言葉は事実だった。

実際、地球教信徒の女性に乱暴を働いたとある貴族士官と、それを見ていながら放置したヒルデスハイム伯を、ルドルフ2世は自らの手で処刑していたのだ。

この一件は、ルドルフ2世の大帝もかくやという苛烈な一面を知らしめたし、門閥貴族もその行動を多少は律するようになった。

 

「存じております。ですが、連合の民がそれを理解するには長い時間が必要でしょうな」

 

ユリアンは補足した。

「一定の領土割譲は、偽帝国も認めるところでしょうし、不戦条約の締結についても偽帝国の方を連合は信用するでしょう。それに……連合はおそらくメルカッツ元帥の帰還を求めて来ます」

 

「そうか、それはそれで困るな。……余は正直なところ連合の諸侯達を買っておったのだがな。協調出来ぬとあらば仕方あるまい」

 

だがレムシャイド侯はあえて連合への特使の派遣を提案した。

「こちらから選択肢を狭める必要もないでしょう。交渉の姿勢を見せておくこと自体は、今後の布石となり得るかと」

 

ルドルフ2世はこれに賛成し、人選はレムシャイド侯に任されることになった。

 

メルカッツが議論を進めた。

「さて、ひとまずは連合が敵となる前提で戦略を考える必要があると思いますが、その場合、偽帝国と連合の二勢力を相手に我々はどう戦うべきでしょうな」

 

シュトライトが補足した。

「単純な戦力は我が軍の二倍になります。策なしで挑んだ場合、まず勝利は難しくなるでしょう」

 

ルドルフ2世が提案した。

「二勢力が合流する前に各個撃破すべきだろうな。幸い我らの根拠地は知られておらぬ。連合が侵攻してきても侵攻先には迷うことだろう。つまり、時間が稼げる。

その間、先にオーディンを落とすことも選択肢として考えられると思うが」

 

メルカッツはこれに賛成しなかった。

「各個撃破という方針自体は間違っておらぬと思いますが、オーディンを戦場とすることは賛成しかねます。敵に有利となり過ぎる」

 

ルドルフ2世はメルカッツに説明を促した。

「今まで我々は敵が首都星オーディンをがら空きにできないことを利用して、戦力の各個撃破を図って来ました。オーディンあるいはその近郊を戦場とするということは、敵に戦力を集中させてしまうことを意味します。さらにはジークフリード帝、ミッターマイヤー、ワーレン、ルッツ、ビッテンフェルトら有能な将帥全員と同時に戦うことにもなります。負けぬとしても、戦いの長期化は避けられません。その間に侵攻して来た連合によって挟撃を受けることになるでしょう」

 

「では、オーディンまでは攻め込まず、先に漸減を図るとして、偽帝国、連合それぞれの戦力はどの程度となるか」

 

ユリアンが答えた。

「偽帝国が三万隻、連合は四万隻前後というところですね」

 

「対するに我らは現時点で五万隻強。今のところ根拠地を攻撃される心配がないゆえ、全軍での出撃が可能だが……シュトライトの申す通り、単純に七万隻を相手にするのは流石に博打に過ぎる」

神聖銀河帝国に鞍替えする者はその後も増え、今や戦力は五万隻を超えるまでになっていた。

 

シュトライトが進言した。

「やはり「アポローン」システムを使うべきかと」

 

だがルドルフ2世は渋った。ハードウェアに頼る戦いは、ルドルフ2世の好みではなかったのだ。

「あれに頼るのはよいが、それでももう少し工夫はできないものか。やはり敵がはじめから分断されている状況は活用すべきだろう」

 

ユリアンが少し考え込んだ末に提案した。

「ここはフォーク中将に活躍してもらいましょう」

 

ルドルフ2世は耳を疑った。

「アンドリュー・フォーク!?……いや、臣下を無闇に悪く言うつもりはないが、この戦いで彼が活躍できる余地があるのか?」

アンドリュー・フォークは同盟の地球教徒が精神病院から誘拐、保護していたのだが、その不安定さからいささか持て余されていた。それをルドルフ2世はフォークがラインハルトに高く評価されていたという噂を聞き、これを呼び寄せたのだが、実態を見て失望してしまっていたのだ。

 

「偽帝ジークフリードに対しては大いに活躍できましょう」

ユリアンは、詳しく説明した。

 

ルドルフ2世は、フォークの効用には最後まで半信半疑ではあったが、アンスバッハやド・ヴィリエ、メルカッツらが賛同したこと、仮に策が失敗しても致命的な事態にはならないことから最終的にはこれを了承した。

 

最後にルドルフ2世がド・ヴィリエに確認した。

「同盟の方は問題ないな」

ド・ヴィリエはちらとユリアンを見つつ答えた。

「万事順調です。トリューニヒト派も協力の姿勢を示しており、この二週間以内には事が起こせるかと。気がかりなのはトリューニヒト氏本人の居場所がわからないことですが、ミンツ主教、何か聞いてないかね?」

ユリアンはこれに笑顔で答えた。

「いいえ。残念ながらトリューニヒト氏とは数年来連絡を取っておりませんので。しかしトリューニヒト氏は一度襲撃を受けていますから、何かと用心深くもなるだろうとは思います」

 

 

会議終了後、ユリアンは自己嫌悪に陥っていた。無論サボタージュするつもりはなかったがそれにしても積極的に提案し過ぎた、と。ユリアンの目的にとって、神聖銀河帝国の勝利は必要ではなかった。

にも関わらず、戦略のグランドデザインをユリアンが提案することになってしまった。

どうやらあの少年皇帝にうまく乗せられてしまったようだ。

 

立案した戦略のペテンぶりと、戦略を考えた後に自己嫌悪に陥る様子。ユリアンは気づいていないが、ヤンに近しい者、アッテンボローなどが見ればこう言っただろう。ペテン師の後継者がここにいる、と。

 

ユリアンは思う。

ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムもこのように他人の意見を多く容れる人物だったのだろうか。ルドルフにも連邦議会での協力者や頼れる臣下はいたようだから、否定はできない。それでもここまで柔軟ではなかったのではないか。

リヒテンラーデ公、アンスバッハ、シューマッハ准将、ランズベルク伯、ド・ヴィリエ、レムシャイド侯、メルカッツ……

思想や方向性はともかく、有能な人物に囲まれて育ったことが影響を与えたのだろう。

ルドルフ2世は個人として才を持つだけでなく、確実に将に将たる人物に育っている。

ユリアンは、そのような人物の下で能力を発揮することに喜びを見出しつつある自分に戸惑いを隠せないでいた。

 

「ミンツ主教」

そのユリアンに声をかけてきた者がいた。ド・ヴィリエだった。

 

ユリアンは笑顔を向けた。

「これは大主教猊下。地球の恩寵のあらんことを」

 

ド・ヴィリエは聖句を無視した。

「我らの間でそのような挨拶は無用だ。ミンツ主教、そなたは随分とルドルフ2世陛下に肩入れしているようだから一言クギを刺しに来たのだ」

ユリアンは思わず聞き返した。

「クギ、ですか?臣下が忠誠を尽くすのは当たり前ではありませんか」

「我らは臣下である前に地球教徒だ。いや、もっと正直に言おう。地球の名の下に宇宙を手に入れようとする者だ。あの少年皇帝など手駒に過ぎぬ」

 

それはユリアンも知っていることではあった。だが一言言い返したくなった。

「大主教のお考えは存じております。しかし私の見るところルドルフ2世陛下はまさしく帝王の器に思えます。要職をゴールデンバウム王朝の貴族が占めておりますし、このまま行けば地球教が彼に飲み込まれることになりはしませんか?」

 

「その下で働く者たちは地球教徒だ。すべては地球教がその首を押さえている。少年皇帝も例外ではない」

ユリアンは聞き咎めた。

「どういうことですか?」

 

ド・ヴィリエは一見関係ない話をし始めた。

「かつての地球統一政府、いや、銀河連邦時代も含めて、今の文明が劣っているものが一つ明確にある。何かわかるか?」

突然の質問にユリアンは混乱しながらも答えた。

「何でしょうか?人口のコントロールでしょうか?」

ユリアンの答えにド・ヴィリエは少し感心した。

「ふむ……それも確かに一つではあるな。だが正解は、生命科学だ」

 

言われてみればその通りかもしれないとユリアンは思った。行き過ぎた遺伝子工学の濫用は銀河連邦時代の悪徳の典型としてルドルフに厳しく弾圧された。劣悪遺伝子排除法は、自然に生じたものだけを排除の目的にしていたわけではないのだ。人類を種として弱めるがごとき要素の排除……ルドルフからすれば、遺伝子工学は人類に種としてのタガを外れさせ、ゆくゆくは消滅させる危険性を持つものに映ったのだ。

これにより、生命科学全般の発展が阻害され、その知識は忘れ去られたまま今日に至るのだ。

 

「生命科学は衰退した。侵すべからざる禁忌となった。ただ一つ、歴史から無視された地球はそれを意図的に保持した。だからこそ、フェザーンはアッシュビークローン、ルドルフクローンを生み出せたのだ」

「大主教猊下、話が見えません」

「まあ聴け。かつて生命科学が可能とした技術にゲノム編集というものがあった。日々摂取するだけで徐々に体中の特定の遺伝子を改変していく薬物。それがゲノム編集技術の到達点だった。サイオキシン麻薬もその亜種だ。使われている技術は大分下等だがな」

ユリアンにはまだ話の行き着く先がわからなかった。

話は続いていた。

「この薬物は知識のないものにはまず検出は不可能だ。そしてこれを日常的に食物や飲み物などから摂取していけば、いずれ生殖細胞を含めて体中の特定の遺伝子が改変されるのだ。……ある専制君主の家系に遺伝子疾患を入れたり、ある青年を若くして死ぬ不治の病としたりな」

 

ユリアンは衝撃を受けた。

「それはつまり、ラインハルト帝も……」

 

ド・ヴィリエは笑った。

「想像に任せる。だが、少年皇帝はあらゆる意味で我らの掌中にある。役に立つうちは役立たせ、いずれは、な。……だからミンツ主教も忠誠の対象をゆめゆめ間違えないことだ」

 

ド・ヴィリエは去って行った。

ユリアンはこの悪夢の世界の闇が、どこまでも深いことを知った。

 

 

 

数日後、独立諸侯連合への特使としてレムシャイド侯の補佐官の一人、ウド・デイター・フンメルが派遣された。

 

二週間後の11月15日、自由惑星同盟で事が起こった。自由惑星同盟軍内の主戦派によるクーデターであった。



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第四部 5話 波及する動乱

本日投稿2話目


宇宙暦801年 11月16日 独立諸侯連合 キッシンゲン星域

 

盟主ウォーリック伯は、銀河帝国と自由惑星同盟における事態への対応のため、会議を招集した。

 

参加者は、以下のメンバーであった。

 

連合盟主ウォーリック伯爵

外務卿クレーフェ伯爵

軍務卿ディレンブルク男爵

統帥本部総長アーベント・フォン・クラインゲルト元帥

宇宙艦隊司令長官クロプシュトック元帥

宇宙艦隊総参謀長兼第一特務艦隊司令官ヤン・ウェンリー元帥

軍情報局局長オーベルシュタイン中将

 

この数年で連合の中枢メンバー、艦隊司令官もいくらか交代があった。

 

ウォーリック伯は、参加者に対して会議の目的を説明した。

「皆知っての通り、銀河帝国の内乱に関して、新銀河帝国、神聖銀河帝国の双方より連合に対して、協力要請があった。両国の特使がキッシンゲンに来ている。

また、昨日の話だが、自由惑星同盟においてもクーデターが起きたようだ。未だ決着はついておらず、全土が混乱状態に陥っていることは確かだ。この二つの事態への対応を皆と協議したい」

 

オーベルシュタインが同盟のクーデターに関して説明を加えた。

それは以下の通りであった。

・首都ハイネセンでクーデター勢力の決起があったが、同盟の首脳陣は無事であること。一方で決起勢力も鎮圧されていないこと。

・正規艦隊の駐留する複数の地方基地がクーデター勢力に占拠され、身動きが取れない状況となっていること。

・二個艦隊がクーデター勢力に与したこと。

・クーデター勢力の首班がロボス退役元帥であり、挙国一致救国会議を名乗っていること。

・地球教が関与していることがほぼ確実なこと

・旧トリューニヒト派の参加からトリューニヒトが背後で関与している可能性が高いこと

 

クラインゲルト元帥はオーベルシュタインに確認した。

「念のため確認したいが、フェザーンは無事なのだな」

「はい、先日のボルテック自治領主死亡後は混乱が見られましたが、ケッセルリンク補佐官が暫定領主に就き、現在は安定を取り戻しています」

「連合内は?」

「連合派地球教徒残党と協力して、領内のそれ以外の地球教徒の一掃、隔離に成功しております。また、バルトバッフェル伯のご子息が不穏な動きをしていた件、既に本人及びその取り巻きを拘束しております」

 

ウォーリック伯が話を一度まとめた。

「連合にとって最悪の事態は、連合の周囲がすべて地球教勢力となることだ。連合は挟み撃ちされることになるだろう。

状況によっては同盟への介入も考える必要がある。その前提で帝国への介入方針を考えてほしい」

 

ヤンがウォーリックに確認した。

「その話だと、新帝国側に立っての介入が既定路線になるように思いますが、それでよいのですか?」

 

「無論だ。神聖銀河帝国は、帝国南部の分割譲渡、北部旧連合領への通行権、連合が臣下の礼をとる前提での不戦条約の締結を持ち出している。条件自体は悪くないが、それを出して来た神聖銀河帝国という存在自体が信用できない以上、まず無理だ。そもそもメルカッツ元帥を拉致しておいて何を言うかという話だ」

 

オーベルシュタインも尋ねた。

「あえて神聖銀河帝国に味方をするふりをして、両者を争わせ、両者が疲れたところで両国とも滅ぼすということも考えられますが」

 

「連合には無政府状態に陥った帝国領の面倒を見る余裕はないし、その状態で地球教に乗っ取られた同盟に攻められれば滅亡は必至だろう。第一、相争わせるつもりなら劣勢な新銀河帝国の味方をするのが普通だ」

 

「御意……」

 

ウォーリック伯は逆にオーベルシュタインに訊いた。

「オーベルシュタイン中将、卿はこれまであえて新銀河帝国を助けず、事態を放置してきたな」

ウォーリック伯は何か言いかけたオーベルシュタインを手で制した。

「いや、いいんだ。わかってて俺も放置していた。俺も卿と同じ気持ちだ。神聖銀河帝国など滅ぼしてやりたい。介入の口実が得られるならその程度の不作為、容認するさ」

 

外務卿クレーフェ伯がウォーリック伯に尋ねた。

「では、神聖銀河帝国の要請は断り、新銀河帝国を支援するということでよろしいですな。支援の条件はいかがしましょう。係争地の割譲と南部諸邦の連合への合流容認は求めてよいと思いますが」

非公式ながら、南部を中心に何人かの貴族が連合への鞍替えを希望して既に接触して来ているのだった。

ウォーリック伯は答えた。

「そうだな。ひとまずは、それでよかろう。それと、神聖銀河帝国の特使は丁重にもてなして引き止めておいてくれ。信用できないとは言ったが、戦況次第では何らかの妥協が必要となる可能性はある。交渉の窓口は保持しておくべきだろう」

 

議論は派遣艦隊の規模と司令官に移った。

クロプシュトック元帥が口火を切った。

「複数艦隊規模になるだろうが、総指揮はヤン提督を推薦したい。同盟情勢が未確定なこの情勢で私が連合を離れられぬというのもあるが、この介入作戦には臨機の才が求められる。私などより彼が向いているだろう」

ヤンが何かを言う前にアーベントもこれに賛成した。

 

ウォーリック伯は笑った。

「統帥本部総長と宇宙艦隊司令長官が揃って推薦するならヤン提督に行って頂くということでよいと思う。次に規模だが、連合の正規戦力は現在六万隻。これと別にフェザーン艦隊一万隻。同盟への介入も考えると三万五千隻ほどがひとまずは派遣可能な戦力ということになるか。オーベルシュタイン中将、敵の戦力規模は?」

 

「未だ確定できないことを予めことわっておきますが、新銀河帝国からの離反者も加わり、おそらくは五万隻程度には膨れ上がっているかと」

 

アーベントが、意見を述べた。

「同盟への介入を行なう場合は急ぎ呼び戻すことにすれば四万隻までは派遣可能かと思います。また、予備戦力の再稼働も進めましょう」

 

クロプシュトックが派遣艦隊案を出した。

「ではヤン提督の第一特務艦隊に、フォイエルバッハ大将、シュタインメッツ大将、シャウディン中将の艦隊を加えた四万隻でいかがか」

 

ウォーリック伯はこれに同意した。

「これでも数で劣る以上、新銀河帝国軍との連携は欠かせないな。よろしく頼む、ヤン提督」

 

「承知しました」

決まってしまった以上ヤンも受けざるを得なかった。

 

ところで、とディレンブルク男爵が注意を喚起した。

「同盟への介入を行なう場合は、誰が行くのです。その人選には細心の注意が必要かと思いますが」

クレーフェ伯も同意した。

「同盟は民意で動く国。連合軍が自国に侵入したとなれば、世論がかえってクーデター勢力に傾く恐れがあります」

 

ウォーリック伯がこれに答えた。

「うってつけの人物がいるじゃないか。大将待遇で未だ客員提督のまま。同盟軍をやめたわけではないのも好都合だろう。俺が何のために彼をこれまで連合に引き止めていたと思っているんだ。ドサ回りさせるためではないぞ」

 

皆、納得した。

 

最後にウォーリック伯が全員に語った。

「今回の戦いを乗り切れば、連合の、新帝国、同盟に対する立場は以前より強くなるだろう。私は、これを契機に新帝国と同盟に新たな国際機関の設置を提言したい。戦争によらずに各国の利害を調整し、銀河の秩序を維持するための機関を」

 

それは、ヤンがウォーリック伯とこの数年のうちに話し合ってきたことだった。

かつて人類が地球に留まっていた時代にも、同様の組織があった。大国の思惑に左右される側面はあったが、それがうまく機能している間は、大国間の戦争は起こらなかった。

ヤンとウォーリック伯はこれを銀河規模で再現するつもりなのだ。

地球とゴールデンバウムの亡霊を生贄にして、銀河により長い期間の平和をもたらす。それこそが狙いだった。

 

これはこれで血塗られた道ではあったが、ヤンは歩みを進める覚悟を決めていた。

 

 

宇宙暦801年 11月17日 自由惑星同盟 ハイネセン

 

発生したクーデターにおいて、最高評議会議長ジョアン・レベロをはじめとする主要閣僚は、宇宙艦隊司令長官ビュコック大将に保護されていた。

 

レベロはビュコックに情勢について問い質した。

本来は国防委員長も同席して良いはずであったが、この事態に自失状態となっており、レベロは一人でこの事態に向き合わないといけない状態となっていた。

 

ビュコックは副官のスーン・スールズカリッター中佐に説明をさせた。

「クブルスリー本部長は、クーデター派に捕まりました。同盟軍の正規艦隊のうち、稼働状態にあった七個艦隊のうち、四個艦隊が駐留基地ごとクーデター勢力に押さえられ司令官が拘束されました。また、残ったうちの二個艦隊がクーデターに与しました。今我々の手元にある正規軍戦力はハイネセンの第一艦隊のみです。これがアルテミスの首飾りとともに我々の手に残ったことが救いですな。また、グリーンヒル査閲部長も惑星ウルヴァシーに査閲に向かったまま消息を絶っています」

 

レベロ議長がビュコックを問い詰めた。

「ロボス退役元帥がクーデターの首班となるとは。軍はこのような事態になる前に何故対処できなかったのだね」

ビュコックは冷静に答えた。

「ご批判は甘んじて受け止めます。実はかのヤン・ウェンリーより地球教とクーデター勢力の存在への注意喚起があり、事前に調査は進めていたのですが、なかなか証拠が出てこなかったのです。まさか、情報部長までがクーデター派だったとは」

 

チュン・ウー・チェン中将が呑気な声を出した。

この土壇場に過労で倒れたオスマン中将の後任として総参謀長代理となっていた。

「おそらくは、軍縮への不満を地球教にうまく使われた形ですな」

もしかしたら軍を後回しにしてきたレベロへの批判が含まれていたのかもしれないが、口調からは何とも判断できなかった。

 

ビュコックがレベロに逆に問いかけた。

「最高裁長官は、未だに声明を出してくれんのですか」

レベロの声にさらに苦いものが混ざった。

「あの男、事は重大で慎重を期する、国民の総意がわからなければ動けない、としか言わんのだ。司法の長が聞いて呆れる。元々生きているのかどうかもわからん男だとは思っていたし、彼がまともに仕事を果たさぬから増長する輩が増えたのだ。本来私が働きかける筋の事ではないとはいえ、ここでの不作為は国家と民主主義への裏切りだぞ」

あるいは、とレベロは続けた。

「あの男、元はトリューニヒトの繋がりが深くてな。今も切れていないのかもしれん」

 

ビュコックも思い当たることがあった。

「クーデター派の将校にもトリューニヒト氏と繋がりの深かった者の名が何人もいますな。彼がこのクーデターの背後にいるのかもしれませんな」

 

レベロは嘆息した。

「そうかもしれんと考えている。民主主義を捨てるほど腐った男だとは思いたくなかったが」

 

レベロの雰囲気に非生産的なものを感じたビュコックが話を戻した。

「間近に迫る危機への対処について話しましょう。ハイネセンはいまだクーデター勢力を鎮圧できておらぬとはいえ、少なくとも我々が敵の手に落ちる可能性は低い状態です。問題は、ハイネセンの外です。ハイネセンはその消費を自星系で賄い切れず、多くの生活に必要な物資を外部に頼っています。今その星間航路が使えなくなっているのです」

星間警備艦隊の約三分の一がクーデター勢力に与しただけでなく、宇宙海賊の跋扈も激しくなっており、ハイネセンへの星間航路は封鎖状態となっていた。あるいは海賊すらも地球教の手のうちかもしれない。

 

「このままではハイネセン市民の生活は破綻し、餓死者も出る恐れがあります」

レベロは尋ねた。

「我々はハイネセン市民を人質に取られた状態というわけか。保ってどのくらいだろうか」

「一ヶ月でしょうな」

「その間にクーデターを鎮圧できる目算はあるのか」

「残念ながらありません。少なくとも独力では」

「独力では?」

ビュコックが身を乗り出した。

「だからレベロ議長にお願いしたいのです」

「何を?」

「独立諸侯連合への支援要請を、です」

「国内のクーデターに外部勢力を関わらせるのか!?」

 

チュン・ウー・チェンがやけにのんびりした声で答えた。

「私だって情けなく思います。ですがやはりパンは体面より大事です。新銀河帝国のジークフリード帝も決断しましたしね。それに同盟が体面を保つのに丁度いい人材もいるではないですか」

レベロは尋ねた。

「誰だ?」

「ライアル・アッシュビー提督ですよ。彼は形式上は未だ同盟軍人です。彼を戻してくれるよう、連合に掛け合うのです。相応の艦隊とセットでね」

レベロの顔に生気が戻った。

 

レベロはその日のうちに連合に対してライアル・アッシュビー提督の帰還要請を行なった。

 

 

 

同日、フェザーン自治領 首都星フェザーン

 

暫定自治領主となったケッセルリンクは、同盟のクーデターと帝国の内乱の情報を補佐官より聞き、思案していた。

状況次第では身の振り方を考える必要があるかもしれない。フェザーンも、俺自身も……

 

ケッセルリンクとしては連合を必要もなく裏切る気もなかったし、そう望んでもいなかった。

だが状況によっては地球教に与する事も考えるべきであった。

ルビンスキーのように平時に乱を起こすつもりはないが、必要であるならばあらゆる方策を取って乗り切るだろう。

その自信と覚悟がケッセルリンクにはあった。

 



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第四部 6話 行く者来る者

帝国領への出征を控えたある日、ヤン艦隊の幕僚達は少し浮き足立っていた。戦いが近いからではなかった。

 

兵士達が噂していた。

「ラウエ大佐の後任が今日来られるそうだ」

「そもそもなんでラウエ大佐は辞めたんだ?ヤン提督と喧嘩したのか?」

「いや、そういうわけではなくて実は……」

「へえ!」

「で、後任の士官なんだがこれがまた……」

 

 

ラウエ大佐の後任となる士官の凜とした声が、司令官室に響いた。

「マルガレータ・フォン・ヘルクスハイマー大尉、着任しました」

金髪の、凛々しいという表現のよく似合う年少の女性士官がそこにはいた。

挨拶を受けたヤンの目は人事ファイルと本人とを何度も行ったり来たりしていた。

 

……たしかに後任の副官が欲しいとは言ったが、人事担当者は何か勘違いしたのだろうか。女性で貴族令嬢で妙齢の副官の後任が欲しいという意味ではなかったのだが。

 

とはいえ、そんなことは口に出せず、ヤンは型通りの質問をしてお茶を濁すことにした。

 

「ええと、ヘルクスハイマー大尉。幼年学校卒業後、准尉として任官、数年のうちに大尉まで昇進。立派な経歴だ。しかし、何でまたこんな愚連隊のような艦隊を希望したんだい?」

 

「当代随一の用兵家であるヤン提督の元でぜひ学ばせて頂きたいと思ったからです。……それに」

「それに?」

マルガレータはクスッと笑った。

「お世話になったラウエ大佐からお願いされたんです。自分の代わりにヤン提督のことを頼む、と」

ヤンは思わず頭をかいた。

「参ったなぁ」

 

マルガレータはあらためてヤンに敬礼した。

「マルガレータ・フォン・ヘルクスハイマー、非才の身ながら、ヘルクスハイマーの家名を汚さぬよう精一杯努めますのでお見捨てなきようお願いいたします」

 

慌ててヤンも敬礼を返した。

「こちらこそよろしく頼む」

 

マルガレータ退出後、しばらくしてポプランとアッテンボローが連れ立って司令官室に入ってきた。

ポプランが軽口を叩いた。

「ラウエ大佐の後任もまた、えらい美人ですね。これもヤン提督のマジックですか?」

 

「ポプラン中佐、何を言いたいのかよくわからないが、彼女の方からの希望だ」

「そうなんですか。ヤン提督は何もしなくても美女が寄ってきますね」

 

アッテンボローがポプランをからかった。

「なんだ、ポプラン中佐、お前さん、ひがんでいるのか。それならヘルクスハイマー大尉を狙ったらいいじゃないか」

「うーん。19歳、守備範囲ではあるんですが。伯爵令嬢となるとね。ヤン提督の二の舞にはなりたくないですよ」

「あれだけ美人なのに、お前さんにも爵位の壁は厚いか」

「アッテンボロー中将こそどうなんです?これを機に独身主義を返上しては?」

アッテンボローは考え込んだ。半ばまで本気にも思えたが、最終的にその首は横に振られた。

「いや、やめておくさ。俺も先輩のようにはなりたくない」

「そんなことを言っていると、またヤン提督に掻っ攫われますよ」

アッテンボローは何故か焦って応えた。

「何だ、またって!?」

 

そんな騒ぎを聞き流しながらヤンは、六ヶ月前に姿を消した、この騒ぎの中心にいてもおかしくないはずの男のことに思いを致していた。

 

 

 

「しばらく艦隊を離れたい?」

ヤンは思わずその男、シェーンコップに聞き返した。

「ええ」

「何があったんだ?この艦隊が嫌になったのか?」

シェーンコップのことは最近噂になっていてヤンとしても心配していた。口数が減ったとか、女性の部屋から出勤する回数が半分になったとか、ポプランの軽口に反論しなかったとか……

 

「まさか。ここより居心地のいい場所はなかなかありませんよ。問題は私の方にあります」

「聞かせてくれ」

「……娘がいたのです」

「娘!?」

ヤンは思わず呆然とした。

奇襲に成功したシェーンコップは、しかしそれを誇る様子ではなかった。

「母が死んだと、それだけの内容の手紙が来ました。その時は、娘がいたのか、養育費もかからない出来の良い娘だなどと、その程度にしか考えていなかったのですが、実は地球教徒と関わりを持ってしまっていたようなのです」

「地球教徒!」

予想外にも出現したその単語にヤンは思わず声を上げた。

「地球教徒に迫られて、娘は困っていたようです。しかし娘は私にではなく、メルカッツ元帥の娘さんに相談をした。その結果かどうかはわからぬのですが、彼女はメルカッツ元帥の誘拐に巻き込まれたようです」

「そんなことがあったのか。もっと早く言ってくれていれば……」

「事態に気づいたのがごく最近のことなのです。娘のことなど全然気にしていなかった。笑ってください。そのツケがこれですよ」

その顔はいつもの皮肉げな男のものではなかった。

「遅まきながらも事態に気づいた娘の父親は、これから犯人の隠れ家に単身乗り込もうと、そう考えているのですよ」

「無茶をするな。地球教の根拠地はまだ判明していないんだ。今オーベルシュタイン中将も調べているところだ」

「待てませんな」

「何!?一人で何ができる?」

「できるできないではなく、これはけじめの問題です。いや、そうですな、オーベルシュタイン中将には連絡を取りましょうか。シェーンコップが潜入工作員になる、と」

 

ヤンはもう何も言えなくなった。この男は覚悟を決めたのだと。

 

だからヤンは尋ねた。

「娘さんの名前と、母親の名前を教えてくれ」

「何ですか?」

「こちらでもいくらかツテを使って調べることにする。可能な状況であれば、定期的に連絡を取り合おう」

「……ありがとうございます」

「いや、いいさ。貴官にはなんだかんだで世話になっている。で、名前は?」

「娘の名前はカーテローゼ、カーテローゼ・フォン・クロイツェルです」

「母親の方は?」

 

 

シェーンコップは彼らしくなく、固まってしまった。

 

 

「シェーンコップ中将?」

怪訝な顔になったヤンに対してシェーンコップは絞り出すように答えた。

「ローザライン……」

「ローザライン・フォン・クロイツェルという名なのか」

「いや、エリザベート……」

「ん?エリザベート・フォン・クロイツェルなのかい?」

「いや、もしかしたらエリザベート・ローザライン、あるいはローザライン・エリザベートだったような気も……」

 

ヤンは別の意味で呆然となった。

「シェーンコップ中将、貴官、娘の母親の名前を覚えていないのか?」

「いえ……はい……。女性など星の数ほど付き合いましたからな。しかし、エリザベートかローザラインかその組み合わせのどれかではあったと思います」

 

ヤンはいつになく真面目な顔でシェーンコップ中将を見た。

「シェーンコップ中将、シェーンコップ中将。悪いことは言わない。娘さんに会う前に母親の女性の名前を思い出すんだ。手遅れかもしれないが、娘さんに嫌われる要素は減らした方がいいだろう」

 

シェーンコップもいつになく真面目な顔で答えた。

(ヤー)

 

 

兎にも角にも、シェーンコップ中将は地球教徒に対する潜入任務のため、帝国領に旅立ったのだった。

 

シェーンコップの最後に残した言葉が

「あなたが皇帝になるつもりなら、玉座の周りを掃除して待っていますよ」だったことを考えると、少しは調子を取り戻していたのではないかと思うヤンであった。



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第四部 7話 深くなる闇の中で

本日投稿二話目


宇宙暦801年 11月18日、クーデター勢力から、ロボス退役元帥の代理としてコーネフ中将より、声明があった。

「我々は、挙国一致救国会議の成立を宣言する。

かつて自由惑星同盟は、国民の熱意と不断の努力、優れた将兵の力によって、軍事力においても経済力においても銀河に冠たる存在であった。

しかしレベロ議長による緊縮財政と度重なる軍縮の結果、不景気が蔓延し、軍事力は低下した。

無能な政治家のせいで自由惑星同盟の国力は低下し、今も低下を続けている。もはや彼らには任せておけない。

我らが指導者ロボス元帥は決意した。

我ら軍が国家を指導し、この国に栄光を取り戻すと。

この目的のため、我々は同盟市民の自主的、率先的協力を期待するものである」

 

続いて、挙国一致救国会議の基本方針が発表された。

 

一、銀河における自由惑星同盟の指導的地位を復活させるための、挙国一致体制の確立

二、国益に反する政治活動および言論の秩序ある統制

三、軍人への司法警察権付与

四、全国に無期限の戒厳令を布く。また、それにともなって、すべてのデモ、ストライキを禁止する

五、恒星間輸送および通信の全面国営化 。また、それにともなって、すべての宇宙港を軍部の管理下におく

六、反戦 ・反軍部思想をもつ者の公職追放

七、挙国一致救国会議協力団体への公職優遇措置。挙国一致救国会議協力団体による全同盟市民の段階的組織化

八、議会の停止

九、良心的兵役拒否を刑罰の対象とする

十、政治家および公務員の汚職には厳罰をもってのぞむ 。悪質なものには死刑を適用

十一、同盟憲章の一時的停止。人類共通の普遍的原則に基づく新たな憲章の制定

 

コーネフ中将は最後に告げた。

「我々は同盟の大半を掌握したが、いまだに我々の崇高な目的に賛同しない抵抗勢力がいる。そのために、ハイネセンの流通は著しい遅滞をきたしている。我々としても努力を続けているがこのままでは餓死者が発生する可能性がある。抵抗勢力は無益な抵抗をやめ、同盟市民の生活の正常化に協力せよ」

 

これがレベロやビュコックへのメッセージであることは明白であった。

 

この頃の同盟軍の編成は以下の通りであった。

 

第一艦隊 ホーウッド中将

第二艦隊 マリネスク中将

第三艦隊 モートン中将

第四艦隊 アル・サレム中将

第五艦隊 カールセン中将

第六艦隊 ワーツ中将

第七艦隊 ボロディン中将

第八艦隊 ウランフ中将

第九艦隊 ルグランジュ中将

第十艦隊 コナリー中将

 

レベロ議長の緊縮財政の元、一個艦隊の規模は定数一万三千隻に縮小され、第二艦隊、第四艦隊、第十艦隊は未だ帳簿上の存在に過ぎなかった。

残る七個艦隊が稼働状態だったが、今回のクーデターでは、そのうち四個艦隊が動けない状態にされた。

 

ビュコック司令長官も相応に警戒していたはずであったが、数年が経過しても、クーデターの動きがなく、警戒を緩めてしまっていた。その隙をつかれた形であった。

 

まず惑星ネプティスなど複数の惑星で反乱が起こった。

 

ウランフ提督は惑星ネプティスで起きた反乱の鎮圧に向かったが、味方と考えていた基地司令官ハーベイに裏切られ、捕縛された。

 

ボロディン提督はウランフ提督の危難を知らせに来た伝令将校と面会した際、その将校に撃たれて危篤状態となった。その混乱の隙にクーデター勢力に与したルグランジュ提督の第九艦隊に包囲され、艦隊は降伏することになった。

 

モートン提督、カールセン提督は補給基地に滞在中、主要幕僚とともにその身柄を拘束された。 その補給基地は既にクーデター勢力の手に落ちていたのだ。

 

第六艦隊を率いるワーツ中将は、クーデター勢力に与した艦隊参謀長マルコム・ワイドボーン少将に拘束され、今やクーデター勢力の掌中となった。

 

第九艦隊は司令官のルグランジュ提督がクーデター派であった。

 

今や正規艦隊ではホーウッド提督の第一艦隊が、自由惑星同盟政府の元に残るのみであった。

連合は、同盟の要請を即日受諾しており、ライアル・アッシュビーが同盟への帰還準備に入っていた。

これを加えても、実働戦力はようやく拮抗するかどうかというところである。

 

だがもう一つ、同盟政府には動かせる部隊があった。

表向きは対海賊、実際は対地球教、対クーデターに組織された特務警備艦隊である。

その規模は一万隻にもなり、正規艦隊に匹敵する戦力を備えていた。

 

特務警備艦隊司令官ウィレム・ホーランド中将は不機嫌だった。

彼はここに至るまで、自らの部隊が対クーデター部隊であると知らされていなかったのだ。

 

帝国軍の捕虜から戻って来たら正規艦隊に彼の席はなかった。困っていた彼に海賊退治とはいえ、新しい艦隊を任せてくれたビュコックに彼は相応に恩義を感じていた。それなのに、と。

「ビュコック閣下もお人が悪い。知らせてくれればこのようなクーデターなど起こさせなかったものを」

 

「ホーランド閣下であれば言わずとも動いてくれるという信頼の証でしょう」

と、パトリチェフ准将は、適当なことを言っても何となく人を納得させてしまう特技を発揮して宥めた。

 

ムライもパトリチェフも、実のところホッとしていた。

ホーランドがクーデターに加わると言い出すのではないかと内心ヒヤヒヤしていたのだ。

 

「だが、我々は海賊退治のため、モールゲンまで来てしまっている。ハイネセン救援に向かうにも急がねばならんな」

特務警備艦隊は、海賊の大規模な活動が予測されるとの情報に基づきモールゲンまで来ていたのだが、情報部から来た情報であることを考えると、不確定要素を事態に関わらせないためのクーデター勢力の策謀とも考えられた。

 

ホーランドに対しムライが指摘した。

「ワイドボーン少将に掌握された第六艦隊がエル・ファシル近傍におります。彼らと戦って勝つのはなかなか骨ですぞ。彼らの方が戦力は大きいですからな」

「まあ、俺に考えがある。ところで、ワイドボーン少将とはファルスターで一緒に戦っているな。たしか、あだ名があったはずなのだが」

 

ワイドボーン少将と同期の作戦参謀、ラップ大佐が答えた。

「十年に一人の逸材と呼ばれていました。欠点もありますが、総じて優秀な男ですよ」

 

ホーランドはニヤリと笑った。

「十年に一人の逸材と、英雄ホーランドの戦い。これは全銀河が注目することになるぞ」

 

「そうですかねえ」

パトリチェフは独り言のつもりだったのだが、その張りのある声はやけに響いてしまい、ホーランドに睨まれることになった。

 

ラップ大佐はそれを見つつ、遠方の二人に思いを馳せていた。

一人はハイネセンにいるはずの妻であり、もう一人は連合にいる旧友であった。

ラップはヤンに約束していた。いつか休暇を取ってジェシカと一緒に連合に遊びに行く、と。その約束が果たされる前に、銀河は再び動乱に包まれることになった。

 

「死ぬなよヤン、俺もお前もまだまだこれからだ」

ラップの呟きは、誰にも聞かれることなくホーランドの大演説に紛れて消えていった。

 

 

 

 

宇宙暦801年11月20日、自由惑星同盟某宇宙基地

 

挙国一致救国会議の主要メンバーがそこには集まっていた。

彼らは首都占拠に失敗するや、少数の艦艇でハイネセンを脱出していたのだ。

 

ロボス退役元帥、ロックウェル大将、ブロンズ中将、コーネフ中将、エベンス准将、ベイ准将の他、コーネリア・ウィンザー元議員、ヴァンス地球教主教が主要メンバーであった。

これに、超光速通信で、遠方のルグランジュとワイドボーンが加わり、今後の方針が話し合われていた。

 

会議はウィンザー元議員の主導で行われた。ロボス退役元帥が万事無気力で、ウインザーの発言を追認ばかりするのだ。

軍人達はウインザーのことを忌々しく思っていたが、彼女の発言が地球教の意向に沿ったものだと気づいているものは少なかった。

本来は、軍人による集団指導体制を目指していたはずのこの組織は、協力者である地球教の影響により、最初から変質を余儀なくされていた。

 

「イゼルローン回廊側からはホーランド提督が、フェザーン回廊側からはアッシュビー提督が向かって来ているようですけど、これにひとまずはどう対処するのかしら」

コーネフが答えた。

「ホーランド提督にはワイドボーン提督が、アッシュビー提督にはルグランジュ提督が当たります」

ルグランジュは力強く答えた。

「かならず、アッシュビーを屠るか、降伏させてごらんにいれましょう」

ウィンザーはスクリーン越しにルグランジュに笑いかけた。

「期待していますわ」

 

会議が終わり去りかけた面々にウィンザーは改めて呼びかけた。

「ルグランジュ提督は必ず勝つと言っていたけれど、皆さんそれを信じておいでですの?」

皆、顔を見合わせた。アッシュビー提督の異常な実力はよくわかっていたからだ。エベンス准将が口を開いた。

「ルグランジュ提督は歴戦の勇士です。その彼の言ならば、我々は信じて待つのみです」

 

頷く面々にウィンザーが投げたのはただ一言であった。

「無理でしょ」

 

「は!?」

エベンス准将は耳を疑った。

この女、今何を言った?

内心を必死で押し隠しながら、エベンスは聞き返した。

「無理と言われましたか?」

 

「ええ、無理よ。皆わかっているでしょう?アッシュビー提督クラスを押さえるには、それこそヤン・ウェンリーか、せめてビュコック提督、ウランフ提督ぐらいに出張ってもらわないと。あら残念、みんな我々の敵ね。ルグランジュ提督程度じゃあ足止めにもならないわ」

 

ブロンズ中将も流石に聞き咎めた。

「同志であるルグランジュ提督を愚弄する気ですか?」

 

「愚弄する気はないわ。事実を言ったまでだから」

 

今にも激昂しそうなエベンス准将を手で制し、コーネフ中将が尋ねた。

「では、どうすればよいとお考えですか」

 

その問いこそウィンザーの待っていたものだった。

「確認だけど、我々は時間さえ稼げればいいのよね」

コーネフは突然の問いにも丁寧に答えた。

「はい、今少し時間が稼げれば、奥の手が使えるようになりますし、さらに時間が経てばハイネセンで物資やエネルギーの不足が発生し、レベロ氏も降伏せざるを得なくなりますから」

 

「だったらルグランジュ提督の役目も足止めよね。それさえできそうにないから困るのだけど。でも、それは常識の中で戦うからであって、常識の外で戦えばどうかしら」

そうね、とウィンザーは続けた。

「死を恐れず味方ごと敵を撃ち抜く軍隊、決して疲れず戦い続ける軍隊、一人一殺の自爆攻撃を艦隊規模で行う軍隊……アッシュビー提督もそんな敵は予想できないでしょうし、わかってもどうにもできないでしょう。策など関係無く突っ込んでくるんだから。

対処に困っているうちに、気づけば周りは全滅した敵と味方の残骸ばかり。そしてタイムアップ。アッシュビー提督も途方に暮れるかもしれないわね」

 

コーネフは目を剥いた。

「そんな軍隊はあり得ない。いや、献身は美徳かもしれんが、それを命令で行うなどあり得ん話だ」

 

「あら、命令なんてしないわ。ルグランジュ提督や将兵の皆さんが自発的に行ってくれるわよ。薬物で朦朧となった頭でね」

 

コーネフは理解が追いつかなかった。

「どういうことだ?」

 

「第五次アルメントフーベル星域会戦。皆様ご存知でしょう?」

ヴァンス主教が初めて口を開いた。

 

第五次アルメントフーベル星域会戦、それは連合、同盟、旧帝国の三国とって等しく悪夢のような戦いだった。

帝国軍のある分艦隊が突如暴走し、同盟駐留艦隊の艦列に無謀な突撃をかけたのだ。

その分艦隊は一昼夜戦い続けた末に全滅した。ほぼ同数の敵を道連れにして。

部隊でわずかに生き残った者の一人、分艦隊参謀長クリストフ・フォン・バーゼル大佐はこう述懐している。

「皆、狂気に囚われたようだった。これが集団心理というものかと震撼した。将兵は元々司令官に心酔していたが、この戦いでの彼らの熱狂は異常だった。止めても無駄だった。彼らは司令官の自己犠牲的、自己陶酔的な突撃の命令に最後まで嬉々として従ったのだ」

彼らがそうなった理由は不明だった。以降この戦いは戦場の七不思議の一つに数えられることになった。

 

「無論知っている。たしかにあの戦いの帝国軍は異常だ。ウィンザー女史の言われるような戦いだったかもしれん。……あれが薬物によるものだと言いたいのか?」

 

ヴァンス主教は感情を失ったかのような平板な声で答えた。

「ええ、知られている話ではありませんが、あれはサイオキシン麻薬の気化によるものでした。それも意図的な。戦場における麻薬の効用を調べるためのね」

 

「馬鹿な……」

旧帝国軍はそこまで腐っていたのかとコーネフは思った。だが、気づいた。腐っているのはもっと別の存在だと。

 

「今回ルグランジュ艦隊の各艦には1人以上の地球教信徒が配属されています。大量の麻薬と一緒に。より戦場に特化したサイオキシン麻薬の亜種です。彼らにはそれを戦闘開始とともに散布してもらいます」

 

ウィンザーが補足した。

「無論、自主的にね」

 

コーネフは絞り出すように声を出した。

「そんなことは許されない。我々にそんな権利はない」

ウィンザーは笑った。

「まあ、綺麗ごとを」

 

「よいではないか」

掠れた声が聞こえた。

今まで黙っていたロボスが口を開いたのだ。その目は焦点が定まっておらず何を見ているのかわからなかった。

「ルグランジュ中将は二階級特進で元帥だ。喜ぶだろう」

 

ウィンザーはまた笑った。嗤った。

「ルグランジュ提督とその将兵には祖国のために身を捧げてもらいましょう。彼らも涙を流して喜ぶことでしょう。ああ、流すのは血だったわね」

 

ウィンザーは思った。

あなた達など所詮私のための捨て駒なのよ。

私が、地球教に取り入って最高の地位を得るための。トリューニヒト、あなたが臆病にも姿を隠しているうちに、私があなたからすべてを奪ってやるわ。…、あなたが私にしたようにね。立場も、あなたの秘蔵っ子も。……かわいいユリアン坊や、私が同盟の議長になったら、トリューニヒトの代わりにたくさん可愛がってあげるわよ。

 

エベンスは思った。

同盟のため、軍の将兵のために決起したはずが、この悪夢は何だ?将兵は今まさにゴミのようにすり潰されようとしている。そして自分はそれを止められない。どこで間違えたのだろうか。

彼は、大恩のあるグリーンヒル大将をこの決起に誘わなかった自分の判断は正しかったと、改めて感じていた。

 

 

 

宇宙暦801年11月27日、イゼルローン回廊側とフェザーン回廊側の二箇所で、同盟の命運を決する戦いが始まった。



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第四部 8話 回廊の戦い 前哨戦

本日投稿三話目(短めです)






宇宙暦801年 11月27日 イゼルローン回廊内

 

挙国一致救国会議、マルコム・ワイドボーン少将は一万三千隻の艦隊を率いてイゼルローン回廊に進入した。

ホーランド艦隊もその時、回廊内に進入していた。

ワイドボーンも、ホーランドも、お互いに相手が回廊内に進入しているものと考えていた。

問題はどこでぶつかるか、であった。

 

ワイドボーンは艦隊のうち三千隻を副司令官ギデオン・オーツ准将に任せて伏兵として回廊の航行不能領域ぎりぎりに配置した。その上で一定の宙域に留まってホーランドを待ち構えた。

ワイドボーンとしては焦る必要はまったくなかった。ハイネセンの方が時間切れとなれば挙国一致救国会議の勝ちなのだがら。

 

彼は、敵が焦って攻撃を仕掛けてくるのを待ち受け、伏兵による側面攻撃によって敵が混乱したところを本隊で攻撃して殲滅しようと考えていた。

 

 

ワイドボーンが回廊内に布陣して十時間後、五十隻程度の部隊が回廊内を直進して来た。

伏兵部隊司令官オーツはこれをやり過ごした。

斥候部隊だろうが、本隊が発見される分には別に構わないからだった。

しかし、本隊を発見したその部隊は、同盟軍にあるまじき醜態を見せた。混乱し、我先にと回廊内を逆進したのだ。彼らが戻らぬうちに、さらに五十隻ほどの部隊がやって来た。彼らは先にやって来た部隊とぶつかると、今度は回廊内をあらゆる方向に狂ったように逃げ回り始めた。そして何隻かは伏兵のいるところまで来たのだった。

オーツとしては見つかったからには攻撃せざるを得なかった。

 

そうしてうちに、大艦隊接近の報が入った。ホーランド艦隊本隊であった。ワイドボーンもオーツも、ホーランド艦隊が先の小部隊を当然回収するものだと考えていた。そして伏撃は成り立たなくなったものの、回収のタイミングこそが攻撃のチャンスだと考えていた。

 

しかし…、

ホーランド艦隊は先の小部隊ごと、ワイドボーンとオーツの艦隊に攻撃を始めたのだった。

 

実は先に現れた小部隊は宇宙海賊であった。ホーランドはイゼルローン回廊近郊の複数の海賊の根拠地を襲撃して、回廊内まで艦隊で後ろから追い立てたのだった。

 

ホーランドにとって彼らは非常に役に立った。伏兵は発見できたし、ワイドボーンを混乱させることにも成功できたのだから。

 

ホーランドはしばらく暴れ回った。しかし、その場所はイゼルローン回廊内でも特に狭く、得意の芸術的艦隊運動は十分に発揮できなかった。

ワイドボーンは十年に一人の逸材の名に恥じない冷静さで艦隊を立て直した。

未だにワイドボーン艦隊の方が数が多く、ホーランドは徐々に押され始めた。

ワイドボーンはここぞとばかりに攻勢に出た。

ホーランド艦隊は後退を続けた。

勝てると考えたワイドボーンであったが、ここで彼の艦隊を衝撃が襲った。

 

側面からミサイル攻撃を食らったのだ。

 

ホーランドは本人の攻撃重視の嗜好と、警備艦隊としての大型艦数の制限から、ミサイル艦ばかり二千隻を自らの艦隊に集めていた。

それを副司令官ザーニアル少将に任せて回廊の航行不能領域ギリギリに潜め、集中運用したのだ。

ワイドボーン艦隊への全力攻撃を実施しつつ、それと気づかせないで一部艦艇を移動させ潜ませる艦隊運動の妙は、その気があればフィッシャーに並ぶ艦隊運用の名人であるはずのホーランドの真骨頂であった。

 

ホーランドが「火力の滝」と名付けたその攻撃は、ワイドボーン艦隊を大いに削った。

このままいけば、ワイドボーン艦隊を殲滅できると考えたホーランドだったが、ここで事態が急変した。

 

ワイドボーンがあっさりと降伏したのである。

 

「なぜだ?なぜ降伏するのだ?これからなのに!」

勝ったはずのホーランドの方が悔しがっていた。彼は戦史に残る殲滅戦を行いたかったのだ。

 

「勝敗が見えたのに同盟軍同士無益な争いをする必要はないとの賢明な判断でしょう」

「敵司令官が冷静で助かりましたなあ」

ムライとパトリチェフは上官を宥めるために言葉をかけた。

見方によっては上官批判ととれなくもなかったが。

 

ホーランドが言葉の毒に気づく前に、パトリチェフは話題を変えた。

「しかし、ホーランド提督、よくこのような緻密な作戦を考えつきましたなあ」

この発言にホーランドの機嫌は回復した。

「ふふふ、まあな。捕虜になっている間、考える時間だけはあったからな。芸術的艦隊運動の使えない狭い宙域でも勝てる戦術を考えておいたのだ。帝国を滅ぼす者、それは俺だ!」

「勢い余って同盟を滅ぼさないでくださいよ」

 

 

ひとまずは気を取り直して降伏を受け入れたホーランドであったが、数時間後、彼と彼の幕僚達は愕然とすることになった。

ワイドボーンの手によって回廊内の広範囲に大量の機雷が散布されていることが判明したのだ。

 

ワイドボーンにとって目的はあくまで時間稼ぎであり、艦隊戦の勝敗はおまけに過ぎなかった。

士官学校でのヤンに対する敗北、ファルスター星域会戦で最終的にラインハルトにしてやられたこと、そのようないくつかの経験が、長い時間をかけて逸材を一流の提督に成長させていたのだ。

 

ホーランド艦隊は指向性ゼッフル粒子発生装置など持っていなかった。ワイドボーン艦隊は保有していたが、降伏前に破壊していた。

このため、短期間で機雷原を片付けることは不可能であった。

 

同盟の命運はライアル・アッシュビーの肩にかかることになった。



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第四部 9話 回廊の戦い 本戦

ホーランドの戦いは、玄人を唸らせる要素を多分に持っていたものの、ホーランドが賞賛を受けたかった肝心の一般大衆からは、地味な戦いとして忘れ去られることになった。

 

戦いの結末もさることながら、同日に行われたもう一つの戦いの方があまりに衝撃的だったからだ。

ホーランドの戦いは、まるでその戦いの前哨戦のようにも扱われた。

 

それは、ホーランドとワイドボーンの戦いとは真逆だった。戦術の観点では余人の参考に全くならない戦いだったが、一般大衆の記憶には強烈に残るものだった。

ライアル・アッシュビーという男が積み上げてきたものが問われた戦いだったと言えるかもしれない。

 

後にその戦いは伝説として語り継がれることになった。

 

 

宇宙暦801年 11月27日 フェザーン回廊出口

 

ライアル・アッシュビー率いる同盟軍臨時艦隊一万隻はフェザーン回廊を同盟側出口まで急行した。

 

彼らは連合軍第三防衛艦隊がベースとなっており、同盟から要請を受ける前からある程度の準備を済ませてガイエスブルク要塞に待機していた。このため最低限の時間ロスで出発することができた。

 

イゼルローン回廊における戦いのことは超光速通信で既に知っていた。彼らは自分達に同盟の未来がかかっていることを自覚した。

 

ルグランジュ提督率いる同盟軍第九艦隊一万三千隻は、フェザーン回廊の同盟側出口で待ち構えていた。

 

「何か妙だ。対峙したにも関わらず、敵に動きが見られない」

ライアル・アッシュビーの異常な戦場勘が、危険を察知していた。

 

だが、待っていても始まらないと前進の命令を出そうとした矢先にルグランジュ艦隊に動きがあった。

 

最初はゆっくりと、徐々に先を争うように艦艇が前進を始めたのである。

 

ルグランジュ艦隊は、有効射程に入る前から砲撃を始めていた。

アッシュビーの違和感は募るばかりであった。

フレデリカも気づいた。

「ルグランジュ提督は、歴戦の提督です。こんな素人のような砲撃をする筈がありません」

 

敵が有効射程に入ったところでアッシュビーも砲撃を指示した。

整然としており、しかも的確に要所を衝く砲撃によって、ルグランジュ艦隊の前線部隊には損害が蓄積した。

しかし、彼らは構わず前進を続け、ついにはアッシュビー艦隊に食らいつき、手当たり次第に攻撃を始めた。

 

今や損害は同程度に発生するようになった。

「やはりおかしい。まるで……。フレデリカ中尉、敵艦数隻の拿捕と、医療班、技術班に調査の指示を出してくれ。乗員の心身の状態を確認するんだ」

 

第九艦隊旗艦レオニダスIIでは、意識の朦朧としたルグランジュ提督に対し、ガスマスクを付けたヒルマ大佐が繰り返し語りかけていた。

「いいですか、敵は悪逆非道の専制君主です。尊ぶべきは献身と犠牲。最後の一兵になるまで我々は戦い抜くのです。前進、前進、前進です」

「ああ、前進、前進、前進だ……」

 

勢いに任せた攻撃にアッシュビーは正直辟易していた。相手の行動に違和感しか抱けず、対応も珍しく後手に回ってしまった。

それでもアッシュビーは艦隊をゆっくりと回廊内まで後退させて、敵艦の艦列への浸透と損害を最低限に抑えた。

その間に、拿捕した数隻の艦について分析が進められた。

 

フレデリカがアッシュビーに報告を入れた。

「いずれの艦も内部に気化した薬物が充満していました。全員極度の興奮状態で、暗示もかけられているようです」

 

アッシュビーは天を仰いだ。

「やはりか。挙国一致救国会議の奴ら、味方になんて事をしやがるんだ」

 

自らの生い立ちも思い出し、アッシュビーの中に抑えられない激情が生まれた。

「なあ、確認するが、暗示にかかっているし、かかりやすい状態になっているんだな」

 

「はい。敵は悪逆非道の専制主義者だ。奴らを倒せ、くたばれ皇帝、などと叫んでいます。各艦にガスマスクを付けた者が少数おり、その者達が暗示を繰り返していたようです」

 

「なるほど。なあ、同盟軍士官の平均年齢はどのくらいだろう。佐官以上の」

「佐官以上となると四十歳です」

「ふむ、となるとやはりあれだな」

「あれ、ですか?」

「なあ、フレデリカ中尉、二つほど頼まれてくれないか?」

「何でしょうか」

「敵艦隊全体への緊急通信回線を、拿捕艦から至急割り出して欲しい」

「承知しました。もうひとつは、これですね」

アッシュビーは驚いた。準備に時間がかかると思われた自分の欲しかったものが、既に用意されていたのだ。

「何で持っているんだ!?」

フレデリカは微笑んだ。

「こんなこともあろうと、前々からつくっておいたんです」

「……なあ、やっぱり結婚しないか?」

「ノーです、閣下。冗談言ってないで早く準備してください。その間に一つ目の方は片付けておきますから」

「いや、冗談じゃなくて……」

 

 

三十分が経過した。

その間にもルグランジュ艦隊は個艦ごとに猛り狂い、彼我双方の損害は加速度的に増加しつつあった。

 

そんな時、突如ルグランジュ艦隊の全艦に警告音が鳴り響いた。フレデリカの手により、艦隊の緊急通信回線がオンになったのだ。

 

次に歌が流れてきた。

それは、ある世代以下の同盟市民なら、特に軍人を志すような者ならば忘れられないメロディーであり歌詞だった。

 

いつしか、ルグランジュ艦隊は、アッシュビー艦隊の隊員達さえも、その歌に聴き入っていた。

 

少年の頃は宇宙をこの手に掴めた

永遠の夜の中だって

黄金の翼背負って

どこまでも行けたはずだった

忘れずにいてもらいたい

誰もが心の宇宙船乗り

君がいればどこまでだって行ける

どちらを見ても銀河 果てまで翔んでも銀河

闇が深くなるのは夜が明ける前触れだから

さあ、勝負はこれからだ

 

……ポスト・アッシュビー時代の防衛戦争意識の薄れた同盟において、軍志願者数の減少傾向に歯止めをかけるため、同盟軍全面協力の元につくられた立体TVがあった。

 

その立体TVの名は

「銀河の英雄 キャプテン・アッシュビー」

 

 

歌が終わると今度はナレーションが流れてきた。

 

時は宇宙暦730年、ところはサジタリウス腕。

空間すら歪む果てしなき銀河へ、愛機ハードラックを駆るこの男。

将来、史上最年少の元帥にして議長となるブルース・アッシュビー。

だが人は若き日の彼を、キャプテン・アッシュビーと呼んだ。

 

それは、

若き日のブルース・アッシュビーが、730年マフィアの愉快な仲間達、星間警備隊の頑固な老提督ギャレット・ギネス、美人諜報員にしてアッシュビーの義理の妹フリーダ・アッシュビーらと共に、

同盟の専制国家化を目論む宇宙海賊や、マッドサイエンティスト、果ては外宇宙からの侵略者たちと戦いを繰り広げる、

という設定の宇宙冒険活劇だった。

 

広大な宇宙の中での心踊る冒険、ハードラック号のデザイン、アッシュビーの格好のよさ、フリーダのちょっとエッチな服装……

国策でつくられたはずのそれは、当初の意図を大きく越えて、当時の少年少女の心を掴んだのだった。

そして、同盟軍を志した者であればなおさら、誰しもが心の中にかつての憧れを残していた。かつての少年、かつての少女が残っていた。

 

ナレーションが終わるとともにスクリーンがオンになった。

そこには男が立っていた。

派手な赤色のパイロットスーツに、大ぶりの光線銃を構えて立っていた。

彼らが少年少女の頃に憧れた赤毛の英雄、キャプテン・アッシュビーその人が。

 

アッシュビーはスクリーンを通じて語りかけた。

ルグランジュ艦隊の隊員それぞれの心の少年少女に。

 

……やあ、みんな。聴こえているか?

いま、みんなの心に直接語りかけているんだ。

みんな、久しぶりだな。

俺のことを覚えているかな?

皆覚えていたら、俺の名を呼んでくれ。

 

……そうだ、アッシュビー、キャプテン・アッシュビーだ。

 

今、俺は自由惑星同盟乗っ取りを企む非道な宗教団体と戦っている。

だが、どうにも困った事態に陥っているんだ。

なあ、みんな、俺に力を貸してくれないか。

安心しろ。みんなが一緒なら、俺は誰にも負けはしない。

 

……ありがとう。

 

やって欲しいことは簡単だ。

まずは艦内の換気速度を最速に設定して欲しい。

その後十分に深呼吸してくれ。

やってくれるな?

 

……ありがとう!

 

……さあみんなで歌を歌おう!

それが済んだらみんなで悪の宗教団体を倒しに行こうじゃないか!

 

さあ歌おう!

 

どちらを、みいてもぎーんがー

はてまで、とんでもぎんーがー……

 

 

宇宙を、虚空を、皆の心を、歌が駆け抜けた。

その時、ルグランジュ艦隊の隊員の心は少年少女に戻り、キャプテン・アッシュビーと共に確かに宇宙を羽ばたいていたのだった。

 

 

 

……戦意を喪失したルグランジュ艦隊の隊員達をアッシュビーは一時的に拘束した。多くの者は気絶していた。抵抗を続ける者はごく少数であり、すぐに鎮圧された。旗艦レオニダスIIではヒルマ大佐を拘束し、薬物漬けとなっていたルグランジュ提督を救出した。

 

 

「なあ、フレデリカ中尉」

「はい」

「俺はこの数年、連合でドサ回りを続けるうちに気づかされたんだ」

「はい」

「……ある一定年齢以下の層には、アッシュビー本人よりも、キャプテン・アッシュビーの真似の方がウケるってことをな」

今回のことはライアル・アッシュビーの下積みの賜物であった。

 

「私もキャプテン・アッシュビー、大好きでしたよ」

「……なあ、フレデリカ中尉」

「何でしょう?」

「なんで君までそんな格好を、美人諜報員フリーダ・アッシュビーの格好をしているんだ?」

「一回着てみたかったんです」

「そうか……」

 

 

 

一時間後、ルグランジュ提督は、アッシュビー艦隊旗艦ハードラックの医療ベッドで目を覚ました。

彼は虚脱状態だった。

 

俺は、気を失っていたのか

……なんだ、この俺が涙を流しているじゃないか

ひどい悪夢を見ていた気がする

だけど途中からはとても楽しい夢になった

艦隊のみんなで一体となって、何かとても大事なことを思い出していたような

あれは一体なんだったのか

とてもとても大切な、忘れてはいけないはずの何か

 

 

そこで部屋に男が入ってきた。その赤毛の男を見た瞬間、ルグランジュはすべてを思い出した。己のやるべきことを。

 

「アッシュビー!」

ルグランジュは拘束具をひき千切ってベッドを脱出し、一瞬のうちにアッシュビーの至近に到達した。

 

軍医が叫んだ。

「拘束が甘かった。誰か止めろ!」

 

だが、ルグランジュの行動の方が早かった。

ルグランジュは、アッシュビーにおもむろに手を伸ばし……

 

お手本のような敬礼をした。

 

「キャプテン・アッシュビー! このルグランジュ、悪の宗教団体を倒すため、キャプテンのお供をさせて頂きます!何なりとお申し付けを!」

ルグランジュの瞳は、夢見る少年のようにキラキラと輝いていた。

 

 

 

ライアル・アッシュビーは、黙って軍医の顔を見た。

 

軍医は首を横に振った。

「とても強力な暗示がかかっています。ルグランジュ提督だけでなく第九艦隊員全員にです。しばらくはこのままでしょう」

 

 

 

……こうしてアッシュビーは、悪の宗教団体を倒すための新たな仲間を手に入れた。

 

少年少女の心とキラキラした瞳を持った、頼もしい仲間達を。

 

 

 

 

「どうしよう、これ」

 

 

歌で一個艦隊を止め、一瞬で味方にしてしまったこの戦いは、「キャプテン・アッシュビーの戦い」として長く語り継がれることになった。







書いてしまったけど、どうしよう、これ。

とある古いアニメネタ……リアルタイムで視聴していたわけではありませんが

作中歌、そのとあるアニメの主題歌に似ているようで、実は1フレーズも同じではありません。


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第四部 10話 安息日

宇宙暦801年12月1日 神聖銀河帝国根拠地

 

その日、ユリアンは人工庭園の滝の前に佇んで、考え事をしていた。

神聖銀河帝国の今後のこと、少年皇帝のこと、地球のこと……

もうすぐ出征がある。新帝国及び連合と、雌雄を決する戦いがある。そうなれば考える時間はあまり取れないだろうから……

 

「ミンツ大将」

 

不意にユリアンは声をかけられた。

 

「メルカッツ元帥」

 

「考え事ですかな?」

 

「はい。これからどうしていくべきかと。この国も、自分自身も」

 

メルカッツは前振りなどなく核心に触れた。

「少年皇帝に情が移りましたな」

 

「それは……いえ、そうですね」

 

「私もなのです。いつの間にか愛弟子になってしまった。それに、海千山千の大人達のなかでも真っ直ぐに成長している。彼はルドルフ・フォン・ゴールデンバウムにはならないかもしれない。いや……わたしがさせない」

 

明確な決意の表明にユリアンは驚いたが、納得もした。

 

メルカッツは笑みを見せた。

「私がいる。ミンツ大将もいる。そして、しごき抜いた結果、頼りなかった諸将もそれなりには戦えるようになった。今度の戦い、神聖銀河帝国が勝ってしまうかもしれませんな」

 

ユリアンも笑った。

「そうなったら、ぼくも協力しますよ。ルドルフ2世を名君にするために」

 

……そう、自分はきっとそうするだろう。ユリアンは笑いながらそう思った。

 

「ところで」

メルカッツが珍しく言い淀んだ。

「何でしょう」

「娘がな……」

「ご息女がどうされたのです?」

「ミンツ大将をまた家に連れて来てほしいと言ってきかんのです。あれもここでの生活でストレスが溜まっている。迷惑だとは思うが、また一度家に遊びに来てくださらんか?」

「迷惑だなんてそんな。ぼくでよければいつでも伺います」

「ありがたい。娘も喜びます」

メルカッツは相好を崩した。これが父親の顔というものなのかと、ユリアンはメルカッツの娘のことが少しだけ羨ましくなった。

 

 

 

「何か考え事か?」

 

メルカッツが去ってしばらく後、ユリアンは再度声をかけられた。

振り向くとそこには少年皇帝の姿があった。

 

「陛下!供もお連れにならずにいらっしゃったのですか」

 

「何か危険なことでもあるのか?ここは我らの根拠地、地下深く閉じた空間ではないか」

 

「そうは言われましても……」

 

ルドルフ2世は意地の悪そうな顔をした。

「地球教信徒の誰かが余を害するとでも?」

 

「! 何を仰いますか」

 

「冗談だ、今はな。余と地球教団はお互いを利用する関係だ。お互いに利用価値がある限りは滅多なことはなかろうよ。別に彼らに限らない話だがな。……そうか、卿も地球教徒だったか」

「はい」

わかっていて言っているのだろう、とユリアンは思った。

聡明な少年皇帝に、ユリアンはド・ヴィリエから聞いたあの話を打ち明けたくなった。だがら今それをしても神聖銀河帝国内に亀裂が生まれるだけで何の益もない、そう考えてユリアンは思いとどまった。

 

ルドルフ2世がユリアンに尋ねた。

「ユリアン大将ともあろう者が何をそんなに悩んでいるんだ?」

顔に出したつもりはなかったが、ルドルフ2世には伝わってしまったようだ。そのようなところにも彼の異常な聡明さは現れていた。

 

「恋の悩みか?」

思わぬ方向に話が向いたが、本当のところを探られるよりはましだとユリアンは考えた。

「そうかもしれません」

 

「余は経験がないから相談には乗れぬが、相手にミンツ大将と結婚するよう命じることはできるぞ」

女性の意思など無視した発言だったが、ルドルフ2世は善意からそれを言っているのはユリアンにもわかった。

 

「ありがとうございます。お気持ちだけで嬉しく思います」

 

「ふむ。ところでミンツ大将は、たくさんの女性から思いを寄せられているようだが、その中に本命はいるのか?」

 

「どなた達のことをおっしゃっているのかわかりません」

 

「そうか?エリザベートやサビーネはわかりやすいだろう?多少年上だし、我の……いや、我が父の血を継いでいるとは到底思えぬ者達だが、まあ、ミンツ大将が望むなら婚姻を許すぞ。どちらとでも。何なら両方とでも」

「お戯れを。アンスバッハ中将に私が殺されてしまいます」

「ははは。それともあの侍女がユリアンの好みか?」

「まさか。カーテローゼは私のことを嫌っておりますから」

「誰と言ったつもりはないのに、名前が出てきたな。語るに落ちるというやつか?」

ルドルフ2世にしてやられたとユリアンは思ったが、彼自身、カーテローゼに向ける感情が何なのかはよくわからないのだった。それに……。

 

「私にはよくわからないのです。かつて、家族のように思っていた女性がいました。その人に対する感情も恋なのか、家族愛なのかわからないまま彼女は死にました。そこから私の時は止まってしまった気がします。地球教に入ったのも……」

それきりユリアンは黙ってしまった。

 

ルドルフ2世はそんなユリアンをしばらく見つめていた。

「喋りたくなければ無理強いはしないさ」

 

ユリアンはルドルフ2世の気遣いが心にしみたが、年下に気遣われたと考えると、少し言い返してもみたくなった。

「陛下はどうなのです?気になる女性は?」

 

「余か?余こそ、まだ恋だの愛だのはよくわからぬ。ルドルフ1世は結婚もして愛妾もいたのだから余もいずれはするのだろうが、おそらくは政略的なことを考えて、貴族の娘あたりと結婚するのだろうな」

13歳の少年の発言にしてはあまりに枯れた発言にユリアンは思えた。

……ユリアンは自分のことは棚に上げていた。

「しかし、それでは陛下の御意思がないではありませんか。正室はそれでよいとしてもです。誰かいないのですか?」

「強いて言えば、メルカッツ元帥の娘御か。メルカッツ元帥に教えを乞うている関係で、度々世話になっているからな。姉のように思っているだけかもしれないが」

メルカッツと会話した直後のため、ユリアンは動揺した。

「他……他にはいらっしゃいませんか?」

「……それこそカーテローゼかな。十分美しいし、正直余は気の強い女性が嫌いではない」

 

ユリアンの表情を確認して、少年皇帝は笑った。

「冗談だ。余はミンツ大将と恋敵になる気はないぞ」

「ははは……」

複数の理由から、ユリアンは自分の笑みが引きつっていないか心配だった。

 

 

ルドルフ2世と別れた後、ユリアンはふと思い立って、捕虜収容区画に赴いた。地球教根拠地の場所はいまだ秘されており、そこに収容される捕虜となると佐官以上の重要人物しかいなかった。

 

そこにはミュラー上級大将が収容されていた。

ユリアンは彼に会いに来たのだった。

 

だが、先客がいた。

 

カーテローゼ・フォン・クロイツェル

 

カーテローゼは笑顔を浮かべてミュラーと話をしていた。

ユリアンの姿を認めると、カーテローゼは一瞬ばつが悪そうな顔になって、そのまま去って行ってしまった。

 

ユリアンの中を様々な感情が渦巻いた。

……カーテローゼは、あんな笑顔を浮かべるのか。いつも睨みつけられてばかりだから知らなかった。ミュラー上級大将には笑顔を見せるんだ。ぼくではなくて。

 

それが嫉妬であると、ユリアンにはまだ分からなかった。

 

ユリアンは、ミュラーの元に向かうのに少しだけ時間を要した。心の平静を取り戻す為に。

 

「ヘル・ミンツ、どうされたのです?しばらく立ち止まられていたようですが」

「失礼しました、ミュラー提督。少し考え事をしていました。……ところで、侍女といつの間にか仲良くなられていたのですね」

「そういうわけではないのですが。彼女は不思議とよくここに来るのです」

ユリアンは湧き上がる感情を必死で抑えた。彼は話題を変え、ミュラーと世間話に興じた。ユリアンは、ミュラーと、正確には新帝国とのコネクションをつくるために収容区画に来たのだった。

 

ミュラーとの会話の後、彼はもう一人の人物と会った。ごく最近、この収容区画に入って来た人物、バグダッシュ中佐だった。

 

「いやあ、ミンツ大尉、捕まってしまいましたよ。ここの防諜は鉄壁ですね。ああ、今は大将でしたか」

同盟の、いや連合の諜報組織にすら地球教の内通者がいることをユリアンは知っていたが、バグダッシュ中佐には伝えなかった。

 

「お元気そうで何よりです」

「ミンツ大将も。でもなかなか来てくれませんでしたね。つれないじゃないですか。マシュンゴ少尉すら来てくれていたのに」

当然のことではあったが、ド・ヴィリエの監視があるから、ユリアンはここで不用意なことは言えなかった。

ユリアンはバグダッシュの手に触れた。

「私も多忙ですから、旧知というだけではなかなか来られません」

「本当につれないですなあ。クリスティーン中尉が見たら泣きますよ。……あ、いや失礼。まだ気にしておられたのですね」

「……いえ、ところでバグダッシュ中佐は今、同盟と連合のどちらの所属なんですか?」

「同盟ですよ。おかげさまで中佐に上がれました(両方です)」

「へえ。同盟の手も長くなったものですね。捕まったら意味ないですが(ヤン提督から伝言などは)」

「面目ない(協力する気があるならいつでも連絡してくれ、と)」

「で、バグダッシュ中佐としてはこれからどうしたいんですか(監視があるからしたくても無理です)」

「ミンツ大将の部下にしてもらうってのは駄目ですか?お役に立ちますよ(あとひとつ、カーテローゼ・フォン・クロイツェルという少女がそこにいたら、父親が心配しているから保護しておいてもらえないか、と)」

ユリアンはその名前に驚いた。

「うーん、駄目ですね。バグダッシュ中佐はまたすぐ裏切りそうですから(わかりました。ですが彼女なら元気です。先ほどミュラー提督と話していたのが彼女です)」

「なんとまあ」

 

ユリアンは同盟式指話術での情報交換を終え、バグダッシュの前から歩き去った。

 

「ヘル・ミンツ」

見ると勇気では人後に落ちないはずのミュラーが、怯えた表情をしていた。

ユリアンは驚いた。

「どうしたのです?」

「あちらの捕虜の方と手を合わせて見つめ合っていらっしゃいましたね。失礼を承知で訊くのですが、まさか、そういうご趣味がおありですか」

「違います!」

大きな声が捕虜収容区画に響いた。



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第四部 11話 明けぬ夜が待つ

活動報告の方に感想返信的なものを少し載せました。






挙国一致救国会議のメンバーは、その報告に耳を疑った。

ルグランジュ提督率いる第九艦隊がまるごと敵に寝返ったなど、到底信じられる話ではなかった。

詳細が判明すると、彼らの困惑はさらに深まることになった。

 

『……だが人は若き日の彼を、キャプテン・アッシュビーと呼んだ……』

会議の場では、アッシュビー艦隊から発せられた緊急通信の内容が繰り返し流されていた。

 

コーネフ中将は吐き捨てた。

「キャプテン・アッシュビーだと。ふざけた真似を!」

 

それに応じたエベンス准将の声は冷ややかだった。

「ですが、それに見事にしてやられたのも事実です。ウィンザー女史、あなたの仕掛けは見事に裏目に出ましたな。将兵に多大な負担を強いておいてこのざま。何か一言くらいあってしかるべきでは?」

 

当のウィンザー女史は平然としていた。

「裏目?ルグランジュ提督は十分に役目を果たしたじゃない。まあ、想定とは少し違った形にはなったのは認めるけれど。まるごと降伏したルグランジュ艦隊の面倒を見るためにアッシュビーは貴重な時間を浪費したわ。お陰で次の手が間に合いそうでしょう?ねえ、ロックウェル大将?」

 

ロックウェル大将は渋々といった態で答えた。

「まあ、それはそうだが」

 

「それに次の手は将兵への負担などないし、アッシュビーに手玉にとられることもないわ。それなら文句ないでしょう?」

 

だが、今度もまた狂った作戦であるのには変わりがないではないか。その思いを、居並ぶメンバーはなんとか飲み込んだ。

 

「ハイネセンを目前にして絶望に歪むアッシュビーの顔が見ものね。あは、あはははははは」

サディスティックな本性を隠しもせず、ウィンザーは笑い出した。

諸将の目には彼女が精神の均衡を失っているように見えた。

 

ヴァンス主教は、その無表情の仮面の下で思った。

サイオキシンを摂取させ過ぎたか。この女に利用価値があるのも、せいぜいこのクーデターが終わる時までだな、と。

 

 

アッシュビーの通信動画は、未だに流れ続けていた。

『……そうだ、アッシュビー、キャプテン・アッシュビーだ』

 

エベンスはそれを見やりながら思った。

自分もかつてはキャプテン・アッシュビーに憧れて同盟軍に入った筈ではなかったか。これではまるで敵役の悪の結社の一員ではないか、と。

 

「楽しい楽しいキャプテン・アッシュビー・ショーも次で終幕よ!あはははははきゃはははは」

流れるアッシュビーの歌声を打ち消すように、コーネリア・ウィンザーの哄笑はますます大きくなっていった。

 

 

 

 

 

 

宇宙暦801年12月2日 フェザーン回廊出口

 

後処理が終わり、第九艦隊からの物資提供を受けてアッシュビーは再度バーラト星系に向けて出航しようとしていた。

恭順した第九艦隊への対応に、予定よりも時間を要してしまった形である。

 

「後方は私におまかせください!」

目がキラキラしたままのルグランジュ提督とその幕僚達に不安を覚えたが、何かあればホーランド提督がどうにかするだろうとアッシュビーは自分自身に言い聞かせた。

 

「よろしく頼む。……君達も今日から730年マフィアだ!」

「「「光栄です!キャプテン・アッシュビー!」」」

 

ルグランジュ達の歓呼の声から逃げるようにして、アッシュビーはバーラト星系に向けて出発した。

 

ルグランジュ提督は、アッシュビーの後方支援とともに、挙国一致救国会議によって占拠された基地の解放を進めることになった。

 

バーラト星系への途上、アッシュビーは意外な来訪者を迎えることになった。

戦艦ユリシーズとその搭乗者ドワイト・グリーンヒル大将である。

 

「グリーンヒル大将、消息を絶たれたと聞きましたが、今までどうされていたのですか?」

 

「救国会議派の部隊の襲撃を受けそうになったのだが、救国会議に世話をしたことのある旧知の者がいてな。逃げるよう事前に知らせてくれたのだ。難を逃れるためにしばらく近在の小惑星帯に身を潜めていた。君達が近くに来たことを知ったので、こうして出て来たというわけだ」

 

「そうでしたか」

アッシュビーは多少不審に思ったが、ドワイト・グリーンヒルが地球教対策チームのメンバーであることは知っていたため、警戒するほどとは思っていなかった。

 

「ところで」

ドワイト・グリーンヒルは急にそわそわし出した。

「娘……フレデリカ・グリーンヒル中尉の姿が見えないようだが」

 

「中尉は、体調を崩していて自室で休んでいます」

 

「そうか。中尉に伝えて欲しい。体調が回復したら一度会いたいと。いや、娘に嫌われているのはわかっているのだが」

 

「承知しました。ではひとまず部屋にご案内します」

 

この時、アッシュビーは後ろを向いていたため、気がつかなかった。

アッシュビーを見るドワイト・グリーンヒルの目に、殺気がこもっていたことを。

 

 

 

 

ドワイト・グリーンヒルを案内した後、アッシュビーはフレデリカの部屋に寄った。

「仮病は治ったか?」

「たったいま悪化しました」

「……フレデリカ中尉、お父上が会いたがっていたぞ」

「私は会いたくありませんわ」

「そんな。一つ間違えたらお父上は死んでいて、もう会えなかったかもしれないんだぞ。会えるうちに会っておくべきだ。男手一つで育ててくれたんだろう?」

フレデリカは珍しく感情をむき出しにした。

「育てた?あの人が?あの人のやったことは、エンダースクールに放り込んだことと、その後続けて士官学校に押し込んだこと、その二つだけよ!親らしいことなんて何もしてくれなかったわ」

「それをお父上にぶつけたらいいじゃないか。お父上にはお父上で言いたいことがあるだろう。陳腐な言い草と思うかもしれないが、お父上なりの事情があったかもしれない。話せる機会を無駄にすべきではない」

 

「あなたに何がわかるのよ!」

そう叫んでからフレデリカは気がついた。この人には父親も母親もいないのだ、と。

 

「あ……ごめんなさい」

 

「いや、いいさ。まあそういうわけで、せっかく父親がいるんだから、話せるうちに話をしておくべきだと思う。いますぐじゃなくてもいいから少し考えてみてくれ」

 

フレデリカは逡巡した挙句、頷いた。

 

 

 

 

2日後、散々迷った挙句、フレデリカは父親に会うことにした。

フレデリカは父親に思っていたことをぶつけた。

私を散々放置しておいて今更父親面するな、と。

ドワイト・グリーンヒルは娘に謝った。多忙を理由に父親らしいことを何もして来なかったことを。

だが、こうも言った。

「初等学校の頃からお前は私に急に冷たくなったじゃないか。これが反抗期というものなのかとずっと思っていた。お前自身私なんかとは関わりたくなかったのだろう?」

この発言はフレデリカをひどく怒らせた。

「あなたが私をエンダースクールなんかに入れたせいでしょう。学校の放課後、休日すべてが苦しい訓練や怪しげな実験に費やされる、その生活がどれだけつらかったか。あなたにはわからなかったの?」

ドワイト・グリーンヒルはただ謝るだけだった。

「すまない。そこまでつらく思っていたなんて知らなかったんだ」

「そもそも私をなぜエンダースクールなんかに入れたのよ!素質のある子供を入学させることが、軍人で栄達を望む者には限りなく強制に近いことだったと今では知っているけど、それでも私は断って欲しかった!」

 

ドワイト・グリーンヒルは驚いて答えた。

「キャプテン・アッシュビーが大好きで、義理の妹フリーダのような美人諜報員になりたいと言っていたじゃないか。そういう学校があるみたいだと言ったら、ぜひ行きたいと答えたのは、フレデリカ、お前だろう?」

 

フレデリカは固まった。

「え……私、そんなこと言ってた?」

彼女の父親は頷いた。

「ああ。だから入れたんだ」

 

フレデリカは自分の記憶を辿ってみた。フレデリカの驚異的な記憶力は幼少の記憶もぼんやりとだが保持していた。

そうしてみると、たしかにそんなことを言っていなくもなかったような気がしてきたのだった。

自分は、その頃からアッシュビーに惑わされる運命だったのかとも思った。

 

「ということは、私は自分でエンダースクールに行くことを希望しておきながら、お父さんをずっと逆恨みしていたということになるの?」

 

「……そうなるのかもしれないな。しかし、幼い娘の発言を鵜呑みにすべきではなかったし、エンダースクールの実態をよく調べもしなかったのは明らかに父さんの落ち度だ。だから恨まれても仕方がない」

 

「そんなことない……お父さんが私にひどいことをするはずがなかったのに……。私、お父さんに相談すればよかった。勝手に信じられなくなって相談できなくなっていたのは私よ」

フレデリカは泣いていた。

 

「いや、わかってあげられなくてすまなかった」

 

「ごめんなさい。ごめんなさい、お父さん。大好きだったのに……」

「フレデリカ!」

父子は二十年ぶりに抱きあった。二人とも涙を流しながら。

 

もつれた糸は、案外簡単に解きほぐすことができたのだった。

 

 

 

様子を見に来たライアル・アッシュビーは仲直りした父娘を見て安堵した。

 

「なんだ、仲直りできたのですか」

 

父娘は、話す機会をつくってくれた男に対して揃って答えた。

「「あなた(君)のおかげです(だ)」」

 

「それはよかった。訊いていいのかわからないが、こんな簡単に解決するとは一体何が問題だったんですか?」

 

二人は顔を見合わせた。

父娘は、いたいけな少女に道を誤らせた元凶に対して揃って答えた。

「「あなた(君)のせいよ(だ)!」」

 

「そんな馬鹿な!?」

 

 

 

 

 

場が落ち着いた後、ドワイト・グリーンヒルは、アッシュビーに話しかけた。

「訊きづらいのだが、それでも私はフレデリカの父親として訊かねばならない」

 

アッシュビーはあらたまって応えた。

「なんでしょうか?」

 

ドワイト・グリーンヒルはしばらく言い淀んでいたが、意を決して訊ねた。

「信じたくはないのだが、君が立場を利用して娘にセクハラをしているという噂は本当なのか?この艦の乗員から聞いた最新の情報だと、娘に美人諜報員フリーダ・アッシュビーのコスプレをさせて、夜な夜な変態的な行為に及んでいるということなんだが」

 

「「そんなことしていない(わ)!」」

フレデリカとアッシュビーの声が重なった。

 

ドワイト・グリーンヒルは安堵した。

「そうか、そうだよな。私としたことが噂を鵜呑みにしてしまっていた。すまなかった。それでは公衆の面前で嫌がる娘に何度も結婚を迫っているという噂も嘘だったんだな」

 

「……」

アッシュビーは、無言で目を逸らした。

 

「……おい、まさか本当なのか!?」

 

 

 

 

 

「……フレデリカ中尉」

「何でしょうか?」

「お父上がさっきからずっとブラスターの手入れをしている気がするのだが」

「……気のせいでしょう」

「俺はブルース・アッシュビーのように味方に撃ち殺されたくはないぞ。どうにか取りなしてくれないか」

「父が迷惑をおかけして申し訳ないですが、一方で自業自得だとも思います」

 

このままでは仕事に差し支えるため、ドワイト・グリーンヒル大将には早々にユリシーズにお引き取りを願うことになった。



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第四部 12話 失われたもの

皇帝ジークフリード・フォン・ローエングラム(キルヒアイス)の第四部作中での呼び方を修正しました(以前の話も修正しました)。
名前は俗な方でした……


アッシュビーがフェザーン回廊同盟側出口からバーラト星系に向けて出発した頃、同盟政府はようやく一息つくことができた。

 

挙国一致救国会議の艦隊戦力が無力化、離反したことで、ハイネセン防衛に残していた第一艦隊を動かせる余地が生まれたのだ。

 

ビュコックは、第一艦隊の半数を使ってハイネセンで不足する生活必需品、医薬品、食料を近在の星系から運び込んだ。航路の安全は確保されていなかったが、正規艦隊であれば輸送が可能だった。

 

これによって一ヶ月と思われたリミットに、追加で二十日弱の余裕が生まれた。

 

しかし、二度目に艦隊を派遣した時、第一艦隊は大規模な艦隊の強襲を受けることになった。

司令官のホーウッド提督も決して油断していたわけではなかったが、未だに挙国一致救国会議が動かせる艦隊があったとは思っていなかったのだ。

第一艦隊は、散々に打ち据えられ、輸送物資を投棄し、バーラト星系に撤退した。

ホーウッドの指揮によって全滅するような事態は避けられたが、それでも艦隊の1/4を失った。

 

挙国一致救国会議に新たな戦力の存在が確認できた以上、第一艦隊は不用意にハイネセンを離れられなくなった。

 

 

しかし、第一艦隊を襲った艦隊の正体は不明であった。構成艦から第五艦隊を中心とした戦力であることは判明していたが、それを指揮する司令官が不明だった。

第五艦隊のカールセン提督が寝返ったとはビュコックには信じられなかったし、艦隊運動のくせもカールセンとは異なっていた。さらに言えば正規艦隊の誰とも異なっているようにビュコックには思えた。

 

謎の艦隊への不安をそのままにして、同盟の命運は再びアッシュビーに委ねられることになった。

 

だが、話はしばらく、神聖銀河帝国との戦いの方に戻ることになる。

 

 

 

 

宇宙暦801年12月6日、ヤン・ウェンリー元帥率いる連合軍派遣艦隊四万隻が帝国領に向けて出発した。

同盟へのアッシュビー艦隊派遣を優先したため、編成と準備に時間を要した形である。

 

ヤン元帥率いる第一特務艦隊、フォイエルバッハ大将、シュタインメッツ大将、シャウディン中将の第一、第二、第五防衛艦隊各一万隻、合計四万隻が派遣艦隊の全容であった。

クロプシュトック元帥率いる第四防衛艦隊一万隻が国内に残り、万一の事態への対応にあたる。

 

連合軍の国外派遣としては5年前のフェザーン派兵と並び最大規模である。

 

同盟との講和成立以後、同盟に帰還した者も多かったが、ヤン艦隊はなおも三割が同盟出身の将兵で構成されていた。

主な幕僚は数年の間に異動があり、以下の通りであった。

副官:マルガレータ・フォン・ヘルクスハイマー大尉

旗艦パトロクロス艦長:アサドーラ・シャルチアン大佐

副司令官:エドウィン・フィッシャー中将

参謀長:オルラウ少将

副参謀長:ハルトマン・ベルトラム准将

作戦主任参謀:ラオ大佐

情報主任参謀:ヤーコプ・ハウプトマン大佐

分艦隊司令官:ダスティ・アッテンボロー少将

分艦隊司令官:アデナウアー少将

分艦隊司令官:マリノ准将

陸戦部隊指揮官:カスパー・リンツ准将

空戦部隊指揮官:ポプラン中佐

 

地球教の根拠地は未だに判明していなかったが、連合、新帝国の情報担当部署は、その解明に全力を挙げていた。

 

ヴェガ星域周辺に大規模な艦隊集結の動きありとの情報があったため、ヤンは新帝国の艦隊と合流した上でヴェガ星域に向かうつもりであった。

 

しかし……

 

ヤンは紅茶を飲みながら口を開いた。

「まずいな」

「申し訳ありません!ラウエ大佐のように上手にできなくて……」

マルガレータは恐縮した。

「あ、いや、紅茶の話じゃないよ。十分おいしい。……ブランデーを足してもらえるかな?」

「ブランデーは控えるよう、ラウエ大佐から伝言されておりますので」

「あ、そう」

 

新任のベルトラム准将が、ラオ大佐に尋ねた。

「なあ、いくら副官とはいえ、毎日毎回司令官にお茶出しとは、まるで従卒ではないか?同盟ではこれが普通だったのか?」

「いえ、ヤン提督が特殊なだけです」

「聞くところでは私室の掃除や洗濯までやっているとか」

「いえ、ヤン提督が特殊なだけです。ラウエ大佐が甘やかし過ぎていたせいかもしれませんが」

「貴族としての地位と特権を維持するためには、女性といえど軍役につかないといけないのが連合の法。だが、司令官の生活の世話が貴族のご令嬢のやるべき軍役なのか」

「ラウエ大佐にヤン提督のことを任されているからと本人もはりきっているようですし」

「そこまでは任されていないんじゃないか?職権濫用と言われる前に誰かが止めないといかんだろう」

 

それはつまり俺に止めろと言いたいのか、というかこの人単純に羨ましいだけなんじゃないか、などとラオ大佐は思ったが、答える前にオルラウ少将の咳払いが聞こえてきた。

「卿ら、私語は慎め」

 

会議が再開された。

 

オルラウ少将が議題を確認した。

「議題はジークフリード帝からの連絡の件です。オーディンに向かいつつある反乱勢力の一個艦隊あり。その司令官はフォーク中将。新帝国としてはこれを撃退後に合流したいといのことです。予定変更になりますが、我々はこれにどう対応すべきでしょうな?」

 

アッテンボローが疑問を呈した。

「ヴェガ星域に敵の主力がいることが確かな以上、その一個艦隊は陽動なんじゃないでしょうか?敵の目的がそれなら、新帝国はそれに乗せられるべきではないでしょう」

 

ヤンが答えた。

「陽動の可能性が高いのは新帝国もわかっているだろう。それでもそうせざるを得ないのは相手がフォーク中将だからだ」

 

皆不思議そうな顔をした。

ベルトラムが代表して尋ねた。

「一個艦隊であっても警戒しなければならぬ男なのですか?フォーク中将とは?」

 

「よくわからない」

「は? あ、いや、すみません。しかしよくわからないから警戒が必要というなら、フォーク中将に限らぬ話ではありませんか」

 

ヤンは頭をかいて苦笑いした。

「彼の実力のほどは正直よくわからない。だけどこの場合重要なのは、実力自体よりも、帝国で彼がどう見られているかだ」

 

「どういうことでしょうか?」

 

「同盟ではファルスター星域会戦敗戦の責任者扱いだが、彼がそこで何をしていたのか、いまいちわからないんだ。その一方で、帝国ではラインハルト帝から高く評価されていた」

 

ベルトラムは驚いた。

「あの常勝の皇帝から……」

 

「そうだ。ラインハルト帝が倒さねばならぬ敵として常々公言していたのは、ライアル・アッシュビー提督とこの私と、フォーク中将だったらしい。ラインハルト帝が直々に電文を送ったことがあるのも、私とフォーク中将だけだ。ラインハルト帝の遺臣達もジークフリード帝も意識せざるを得ないだろうな。さらにはオーディンには皇妃にして先帝の姉君が残されるわけだし、万一の事態を避けたくなる心理はよくわかる」

 

黙ったベルトラムの後をオルラウが引き継いだ。

「ヤン提督クラスだと考えればたしかに一個艦隊でも警戒するのはわかりますな。ではその上で、我々がどうするかですが」

 

アッテンボローが尋ねた。

「新帝国の戦力は四万五千隻ほどのはずです。ジークフリード帝に連絡して、せめて二万隻ほどはこちらに回してもらうわけにはいかないですか」

 

ヤンが答えた。

「残念なことに二万隻程度しかいないとなると、ヴェガ星域の位置関係上、我々と合流する前に各個撃破を受ける可能性がある。そうなれば結局我々と合流できない。もっと戦力があれば挟撃も図れたんだけどね。

つまり、我々はしばらく単独で神聖銀河帝国の相手をしないといけないわけだ。だから、まずいと言ったんだよ」

 

「同数程度同士の戦いになるとはいえ、少し厄介ですね」

皆、考え込んだ。

 

 

「ヘルクスハイマー大尉、何か思うところがあるのかい?」

何か言いたげに見えた副官にヤンは話を向けた。

 

「あ、いえ、敵は本当に一個艦隊をオーディンに差し向けたのかと思いまして」

 

ヤンは興味深そうな顔になり、続きを促した。

 

「陽動とはいえ、神聖銀河帝国としては貴重な一個艦隊を遊軍とすることになります。その結果、我々と同数程度にしかならぬとなれば、いま少し工夫が足りないのではないかと。合流されるよりははるかにましだとはいえ」

 

ヤンは微笑しながら尋ねた。

「では貴官ならどうする?」

 

「小官であればですか……。そうですね、小官であれば一個艦隊は使いません。一個艦隊に偽装した小部隊を派遣するだけで十分事足りますし、連合の四万隻に対して優勢な戦力を確保できるでしょうから」

 

 

皆、驚いた。言われてみればその通りだが、思いつくことができなかった。

それを弱冠19歳の、未だ少女にも見える副官が指摘するとは。

 

ヤンは出来の良い生徒を持った先生のように副官を褒めた。

「きっとそうだろうね。よく考えたね」

 

マルガレータは頰を上気させて答えた。

「ありがとうございます!」

 

一部の会議参加者はその様子を見て、

先輩が無自覚にまた……、

とか、

厄介なことにならなければいいが……、

などと思っていた。

 

 

「まあそういうわけだから、我々は不利な戦力で戦う前提で考えた方がいい。まあ、最大限努力はしてみるが、最悪そのまま撤退もあり得るだろうね。敵が小部隊で陽動を図っている可能性とともに、その旨もジークフリード帝に伝えておこう。それで彼らが早めにこちらに向かってくれればよいのだけどね」

 

諸将は厳しい戦いになることを予想した。だが自分達の司令官が勝算のない戦いをしないこともまた知っていたのだった。

 

 

アデナウアー少将が話を変えた。

「ところで敵の根拠地はいまだわからないのでしょうか?それが判明しない限り、我々は常に後手に回らざるを得ませんし、この戦争自体終わらせることができないと思うのですが」

 

情報主任参謀のハウプトマンが答えた。

「情報局も新帝国と協力して最優先で取り組んでおります。ですが、いまだにつかめておりません。根拠地まで辿り着いた者はいるようなのですが、出てくること、情報を伝える事ができない状況のようです」

 

マリノがあまり考えたようでもなく呟いた。

「地球教が母体ならばやはり地球が根拠地なのではないか?」

 

「地球は一度帝国軍に壊滅させられていますし、帝国軍の調査では艦艇を整備できる軍事施設などありませんでした。敵の規模から考えて大規模な艦艇整備施設、艦艇新造施設を、根拠地は備えていると思われるのですが」

 

「何の手がかりも掴めていないのか?」

 

「今のところ、諜報員が連絡を絶った場所から、ソル系近傍の半径百光年以内の領域のどこかにおそらくあるだろうと考えられています。これは地球統一政府時代の旧植民地領域、かつて、光世紀世界と呼ばれた領域と重なります。戦いがひと段落すれば、しらみつぶしに探すことも不可能ではないでしょうが」

 

「それらの世界は今どうなっているんだ?」

 

歴史家志望であったヤンが答えた。

「銀河連邦成立前の戦乱、ゴールデンバウム朝成立期の混乱の中、放棄され、無人化した星系、惑星も多いようだ。ある調査記録では、犬が生態系の頂点に立って人類の代わりに君臨していた惑星もあったとか。ゴールデンバウム朝時代は流刑地として使われた惑星もあるようだが」

 

そういえばハイネセンの故地、アルタイルも光世紀世界の一部だったなとヤンは思った。

「これからの戦いのためにも、神聖銀河帝国の根拠地を押さえるためにも、歴史資料をさらう必要がありそうだな。ヘルクスハイマー大尉、手伝ってくれるか?」

 

名前を呼ばれたマルガレータは勢い込んで応じた。

「はい、勿論です!」

 

 

ヤンはこの会議の後、他の艦隊司令官とも打ち合わせを行い、今後の方針を決定した。

 

 

 

宇宙暦801年12月10日、

ジークフリード帝は親征の準備を整え、出発の前に皇妃であるアンネローゼに会いに来ていた。

「アンネローゼ様、行って参ります」

アンネローゼは微笑んだ。

「ジーク、あなたはすぐに昔の呼び方に戻ってしまうのね」

「すみません、アンネローゼ様……いや、アンネ」

 

アンネローゼは少し逡巡した後、口を開いた

「ジーク、フロイライン・マリーンドルフを側妃に迎える話は」

「アンネ、それはあり得ません」

「ジーク、でも、国内の不安を抑えるためにもいまや帝国筆頭の貴族と言えるマリーンドルフ家との繋がりは重要よ。フロイライン・マリーンドルフも、そのことはわかっておいでよ」

「フロイライン・マリーンドルフは素晴らしい女性だと私も思います。しかし、私がお慕いするのはアンネローゼ様のみです。……きっとフロイライン・マリーンドルフも同じでしょう。ラインハルト様に対して……」

 

アンネローゼの瞳が悲しい色を漂わせた。

「あなたは帝国の安寧より私のことを優先するというの?」

「はい。それがラインハルト様との約束です」

ジークフリード帝の目は、皇位に就く前も後も、結婚する前も後も、いささかも変わらなかった。

しかしかつてはラインハルトとアンネローゼを見ていたその瞳は、今、帝国全体よりもアンネローゼ一人のことを見ていた。

それがアンネローゼにとっては嬉しくあったが、同時に悲しいことでもあったのだ。

 

アンネローゼは意を決した。

 

「ジーク、この戦いが終わったら大事なお話があります。だから……絶対に死なないで戻って来てください。私のかわいいジーク」

 

「……はい、必ずや」

 

キルヒアイスは決意を新たにした。

まずは、ラインハルト様が警戒していた男、オーディンに迫るフォークを撃ち破り、アンネローゼ様を安心させよう、と。

 



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第四部 13話 逃げ出した先で

ヴァルハラ星域に隣接するヴィーンゴールヴ星域で、ジークフリード帝は三万五千隻を率いてフォーク艦隊を待ち受けた。

 

一万五千隻をジークフリード帝が率い、ルッツ、ビッテンフェルトが残りの一万隻ずつを率いている。ジークフリード帝の直下でベルゲングリューン大将が参謀長、ザウケン大将、ジンツァー大将、ブラウヒッチ中将らがそれぞれ分艦隊司令官を担当した。

 

また、この戦いにはヒルデガルド・フォン・マリーンドルフもジークフリード帝の首席秘書官として中佐待遇で同行している。

ジークフリード帝は、安全のため彼女をオーディンに待機させておきたがったが、本人の希望とアンネローゼからの願いで、最終的には承諾した。

未だに残るマリーンドルフ伯への疑念を払拭し、人心を安定させるためにヒルダの同行が有効であったのだ。

 

さらにヴァルハラ星域ではワーレンが未だ負傷の癒えぬミッターマイヤーと共に一万隻を率いて待機しており、不測の事態に対応することになっていた。

 

宇宙暦801年 12月15日、フォーク艦隊接近の報が入った。

艦数は、事前の情報通り一万五千隻ほどと推測された。

ジークフリード帝は、全軍で一万五千隻に当たろうと、三個艦隊でフォーク艦隊に接近した。

 

しかし、接近するとともにフォーク艦隊の実態がわかり、困惑を深めることになった。

その艦隊は一千五百隻ほどの艦艇以外は牽引する小惑星、欺瞞装置などからなっていたのだ。

 

困惑しながらも、攻撃を仕掛けると、フォーク艦隊は牽引してきた小惑星群を投棄して、蜘蛛の子を散らすように逃走を開始した。追撃しようとした帝国軍だったが、小惑星群に邪魔をされているうちに距離を取られてしまった。

 

後に残されたのは牽引されて来た小惑星群のみであった。

 

ビッテンフェルトは憤慨した。

「戦わずに逃げるとはどういうことか。まさか本当にただの陽動だったのか?」

ルッツは自身腑に落ちないながらもビッテンフェルトに反論した。

「逃げたと思って油断したところを今度こそ一個艦隊で襲う算段かもしれぬ。それに、この小惑星群にも警戒が必要だろう。ファルスター星域で痛い目にあったのを忘れたのか?」

 

各艦隊でも幕僚達が議論をしていた。

だが、敵のあっさりとした逃げっぷりに、罠だと考える意見が大勢を占めた。

とある士官は「敵が戦意もなく、ただ逃げているように思われます」と発言したが、賛同は得られなかった。

 

ベルゲングリューンがジークフリード帝に尋ねた。

「どうなされますか?」

「別に一個艦隊がいる可能性があります。警戒を怠らぬよう全艦艇に連絡してください」

 

「陛下」

ヒルダが呼びかけた。

「なんでしょうか?フロイライン・マリーンドルフ?」

「連合のヤン提督からも連絡があったように、これは陽動である可能性が高いと考えます。一個艦隊などどこにもおらず、いるとすれば連合艦隊に向かっている最中ではないでしょうか?オーディンには一万隻が待機していることも考えれば、我々は一刻も早く連合艦隊と合流すべきかと」

 

「しかし、そうでない可能性もある。斥候を放ち、一個艦隊の不在を確認してからでなければ動けません」

 

「陛下!」

 

「我々が優先するのは、連合艦隊よりもオーディンです」

 

ヒルダはなおも言いかけたが、今は何を言っても無駄だと思い直した。

……ジークフリード帝の頭には、一人の女性のことしかないのだから。

ヒルダにはそれが悲しかった。だが、何を悲しく思っているかについては、彼女自身よくわかっていなかった。

 

 

新銀河帝国軍は貴重な時間を浪費することになった。

 

 

 

 

フォーク艦隊の副司令官、アーサー・リンチ少将は、呑んだくれながらも、無事に新帝国軍から逃げ出せたことにほっとしていた。

司令官のフォークは徹底抗戦を叫んだが、ルドルフ2世からの撤退命令書をユリアンがリンチに預けていたことで、全艦速やかに逃走に移ることができたのだった。

今、フォークは司令官室に閉じ込められていた。

 

 

フォークとリンチは、事前にユリアンから指示を受けていた。

戦力を偽装しつつオーディンに向かい、帝国軍と接触したらすぐに逃げろ、と。

ユリアンから笑顔でチョコ・ボンボンの包みを渡されたフォークがその場で卒倒したため、指示を聞くのはリンチの役回りとなった。

 

酒瓶を片手に酒気を漂わせながらリンチは尋ねた。

「戦わないでいいのか?」

 

ユリアンは笑った。

「一千五百隻で戦えなんて無茶は言いませんよ。しかし、絶対に捕まらないでください。お願いしたいことはそれだけです」

「それだけか?」

「ええ、それだけで敵は勝手に自縄自縛に陥ります」

リンチは自嘲した。

「それだけのことすらできないかもしれんぞ。エルランゲンで民間人を見捨ててまで逃げ出したのに結局帝国軍に捕まった男だぞ?」

ユリアンは笑みを引っ込めて、少し真面目な顔になった。

「エルランゲンであなたがあっさり捕まったのは、ヤン提督の策略があったからでしょう」

 

「何だって?」

 

「あなただって逃げられる算段を立てた上で逃げたはずだ。ヤン提督としては、帝国軍にあなたが逃げたことを気づいてもらわなければいけなかった。だから、確実に気づくように仕向けたんです。帝国軍に密告するとかしてね」

証拠のある話ではなかった。自分がヤン提督の立場ならそうしただろうというだけの話だった。

だが、リンチ少将には思い当たる節があったようだ。

「ヤン・ウェンリー、あの男……」

酒で濁り切っていたリンチ少将の目に少しだけ生気が戻ったようだった。恨みという名の生気が。

ユリアンは心の中で少しだけヤンに謝った。

 

「民間人を置き去りにしたあなたの行為は到底褒められるものではない。ですが、ぼくはあなたの能力自体は疑っていません。同盟軍でも将来を嘱望されていたあなたの能力は。だから、お願いします」

 

「わかった……」

リンチはなおも考え込みつつも、返事だけはしっかりとユリアンに返した。

 

 

 

そして今に至るのだった。

 

「さて、これからどうしたもんかねえ」

リンチは酒瓶片手に一人艦橋で呟いた。

 

ユリアンは、逃げた後は好きにしていいと言っていた。ルドルフ2世にはうまく言っておくから雲隠れするつもりならそれでもいい、とも。

 

根拠地の場所は教えられていないのでそこに行くことはできない。

神聖銀河帝国軍のどこかの部隊と合流するか、逃げてほとぼりの冷めた頃に同盟に帰還するか。いや、帰っても家族が迷惑するだけだろうから、いっそ海賊になるか。

 

フォーク艦隊の構成員は、エルランゲンでリンチと共に捕虜になった者、同様に帝国軍捕虜となった同盟軍人で、何らかの理由で同盟に帰れず、それでいて軍隊にしがみついて生きざるを得ない、そんな者たちだった。

彼らはまともな司令官の元ではやっていけない。司令官がフォークやリンチのような人間だったから、ついてこられた者たち。

リンチとしては彼らのことも考える必要があった。歪んだ形ではあったが、リンチに責任感というものが戻ってきていた。

 

「まあフォークの大将にも意見を聞いてみるか……いちおう」

 

人生の負債が清算できたわけではない。それはリンチにもわかっていた。

それでも今回は逃走に成功したせいか、心なし軽くなった足でリンチは司令官室に向かった。



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第四部 14話 アルジャナフ星域会戦

宇宙暦801年12月14日、連合軍派遣艦隊は帝国領に入り、ひとまずは新帝国軍との合流を優先してヴァルハラ星域に向けて航行を続けた。

 

その間にフォーク艦隊と新帝国軍が接触したとの報も入った。ヤンはジークフリード帝に、連合軍との合流を優先するよう、再度の要請を入れた。

 

 

12月17日、アルジャナフ星域を航行中の連合軍に、神聖銀河帝国軍接近との報告が入った。

ヤンはアルジャナフ星域で神聖銀河帝国軍を迎え撃つことに決めた。

 

アルジャナフ星域は、アルジャナフ、かつてはくちょう座イプシロンとも呼ばれた恒星を中心とする星域であり、地球統一政府時代の植民領域の外縁に存在した。かつてテラフォーミングが行われた惑星は放棄されて久しく、今や大気が希薄となり居住不能となっていた。

 

連合軍派遣艦隊は、既に神聖銀河帝国の領域に足を踏み入れていたとも言える。

 

12月18日、アルジャナフ星域に布陣した連合軍四万隻に対し、神聖銀河帝国軍五万隻が接近して対峙した。

 

ここにアルジャナフ星域会戦が発生した。

 

独立諸侯連合軍の布陣は、

左翼から順に

ヤン元帥 一万隻

シュタインメッツ大将 一万隻

フォイエルバッハ大将 一万隻

シャウディン中将 一万隻

であった。

 

神聖銀河帝国軍の布陣は、

右翼から順に

ルドルフ2世 一万ニ千隻

エルラッハ中将 一万隻

ノルデン中将 一万隻

グリルパルツァー中将 六千隻

クナップシュタイン中将 六千隻

コルプト少将 六千隻

であった。

ルドルフ2世は皇帝座乗艦イズンに搭乗し、自ら艦隊を指揮しており、その傍らにはメルカッツ元帥とミンツ大将が控えていた。

 

互いに横陣を敷いており、正面からのぶつかり合いとなった。

戦闘は、オーソドックスな砲撃戦から始まった。自軍に比べ、攻撃が弱いことを見て取ったルドルフ2世は前進を指示した。

メルカッツ元帥仕込みの近接戦闘に移行する構えであった。

 

自らの指示に従い、順調に近接戦闘に移行しようとしている各艦隊をスクリーンで確認していたルドルフ2世は違和感を感じた。

「メルカッツ元帥、敵からの妨害が少ない。これははめられたか?」

「その可能性が高いですな。しかし中止命令は間に合わないでしょう」

 

果たして、神聖銀河帝国軍が雷撃艇などを中心とした近接戦闘に出たそのタイミングで、新しく前線に出てきた連合軍の艦艇が前進し、自爆したのだった。

多数の雷撃艇、駆逐艦が破壊され、近接戦闘は頓挫した。

 

「やられた。近接戦闘に出るのを読まれていたか」

これまでの対帝国の戦闘では近接戦闘を多用して来た。敵に読まれて、攻撃を誘われるのも考えてみれば当然だったのだ。

 

ルドルフ2世は笑った。

「だがそう来なくては面白くない。敵の艦列は今の自爆で乱れている。これは好機だ!」

 

神聖銀河帝国軍の攻撃が苛烈さを増した。その攻撃は確かに連合軍に一定の打撃を与えた。だが一方で神聖銀河帝国軍の損害も予想以上に大きかった。

 

艦列の局所に飽和的な攻撃を受け、艦列が裂かれたところをさらに砲撃で傷口を広げられた。

長距離ミサイル、大出力光学レーザー、荷電粒子ビームなどからなるその飽和攻撃は、艦艇のものではなかった。

 

同盟軍人であったユリアンには、それが何によるものか判断できた。

「アルテミスの首飾りです!」

 

先の対同盟戦で接収されたアルテミスIIを、ウォーリック伯がアルテミスIIIと同様に航行可能にした上で、ヤンに押し付けたのだ。

ヤンとしては使い勝手が悪い兵器に思えたが、押し付けられたからには有効活用を考えてみたのだった。

 

だが、アルテミス・システムは既にラインハルトによって攻略されていた。

「アルテミスにはミサイルが有効です。雷撃艇を……」

 

言いかけてユリアンは気づいた。

既に雷撃艇の大半は自爆に巻き込まれて破壊されてしまっていたのだ。

 

ユリアンは感嘆せざるを得なかった。

「ヤン・ウェンリー、ここまで考えていたのか」

 

神聖銀河帝国軍は損害を積み重ねた。

そこに、さらなる凶報が舞い込んだ。連合、偽帝国間の通信を傍受した結果、ジークフリード帝の艦隊がアルジャナフに接近しつつあるとの報告があったのである。

 

各艦隊の司令部は浮き足立った。

 

ルドルフ2世も、一瞬冷静さを失った。

「フォークめ!やはり役に立たなかったではないか!ミンツ大将、どうしてくれる!?」

 

だが、ユリアンは涼しい顔をしていた。

「心配いりません。偽帝国軍が最短経路で接近しているなら事前に配置した我が軍の斥候が知らせてくるはずです。最短経路を通らないならば、短期間でここに来られるはずがありません。これはヤン・ウェンリーお得意のペテンです」

 

ルドルフ2世は落ち着きを取り戻した。

「その通りだ。しかしよくわかったな」

 

ユリアンは事もなげに答えた。

「ヤン・ウェンリーのペテンには痛い目を見させられましたし、いろいろと学ばせてもらいましたから。彼の考えるところはある程度まではわかります」

 

ルドルフ2世は笑った。

「なる程、似た者同士か」

 

微妙な顔になったユリアンを尻目に、ルドルフ2世はメルカッツに問いかけた。

「さて、どうすべきだと思う?」

「アルテミスの攻略の目処が立たない以上、ここは焦らず、一旦後退すべきでしょうな。敵が偽電を流して来た目的は、我々を焦らせて無理な攻勢を行わせるか、撤退させてその際に損害を強いるか、その両方です。どちらに転んでも敵に損はありません。ですが、後退なら、敵に逆撃をかけることが可能です」

 

「ふむ、我が艦隊司令官達は、戦術バリアチオンR(エア)を実行できるな?」

 

「きっちり仕込んであります。新参のグリルパルツァー、クナップシュタインの二人は少し心配ですが、なんとかするでしょう」

 

メルカッツは、旧門閥貴族の将兵達に、多数の死者が出るほどのしごきを行なっていた。

新帝国の目を盗んで行う必要があっただけに、一度の教練の密度は実戦さながらだった。メルカッツにとって、門閥貴族は仇敵であり、死んでも構わないとさえ思っていた。「役立たずが死ぬ、まさにルドルフ大帝の望むところだろう。教練について来られないならゴールデンバウム朝の藩屏として喜んで死ぬがいい」

脱落した貴族将校の中には、実際にルドルフ2世より死を賜った者もいたため、皆必死となった。

兵士層には初めて銃を手に取るような素人の地球教徒も多かったが、彼らは彼らの信じるところに従い、喜んで教練に参加した。

結果、かつてローエングラム軍に惨敗した貴族軍とは比べ物にならない精兵部隊が出現していたのだった。

 

 

ルドルフ2世は指令を出した。

「よかろう。全軍に戦術バリアチオンRを指示せよ」

 

 

神聖銀河帝国軍は後退を始めた。艦列には乱れが生じ、付け入る隙が多々あるように見られた。

連合軍の艦隊は前進し、攻勢を強めようとした。

だが、艦列の乱れと見えたものは、多段に再構築された巧妙な防陣であった。

連合軍は攻勢に出た際の艦列の乱れを逆に衝かれ、損害を出すことになった。

 

その隙に、神聖銀河帝国軍は大した損害を出さずに後退を果たしてしまった。

 

双方補給のため、戦いは一旦水入りとなった。

 

 

「まずいな」

副官が焦ったので、ヤンは言葉を足した。

「ああ、紅茶の話ではなくて戦況の話だよ。……ブランデー足してもらえるかな?」

「駄目です」

 

ベルトラム准将が聞こえないように小声で吐き捨てた。

「コントか」

 

マルガレータは不思議に思った。

「何がまずいのですか。敵は攻めあぐねて後退しましたが」

「用意していた手品のタネが切れてしまったんだよ。あそこで無理な攻めを続けてくれたらよかったのだが、敵は冷静だな。偽電を見抜いたのはユリアン・ミンツかな。それにあの鮮やかな後退はメルカッツ元帥の指導の賜物か。厄介だなあ」

「ルドルフ2世はどうですか?」

ヤン艦隊はルドルフ2世の艦隊と直接対峙し、戦術レベルでの鍔迫り合いを行なっていた。

「強い。隙あらば策に引っ掛けようとしてくるし、こちらの策には対応が早い。まったく気が抜けない。これでまだ13歳の少年だというのが……末恐ろしいね」

ヤンは早めに引退しておくべきだったと思ったが、自分に期待している副官の前では、なかなかそんなことは言えなかった。

「この戦い、今後のために見届けさせて頂きます」

「今後?」

マルガレータは臆することなく言った。

「ええ、状況次第では、今後連合が何度も戦う相手になりそうですから。ヤン元帥が引退された後も安心して見ていて頂けるように、私も早く一人前になってルドルフ2世と対等に戦えるようになりたいと思います」

 

ヤンは引退を考えていたことを見透かされたかと思った。しかし、そうではないことに気づいた。

彼女は三十年後を見据えていたのだ。そんなに長く戦い続ける気なのかとヤンは思ったが、確かに戦況によってはそうなるのだ。

 

ヤンは一瞬、

旧銀河帝国領をすべて支配下に置き、連合までも併呑しようと攻めよせる鋼鉄の巨人と、それに毅然として立ち向かう美しい女提督の姿を幻視した。

 

だが、それはヤンの願うところではなかった。連合の新しい世代にまでこの悪夢を味合わせたくはなかった。

 

ヤンはマルガレータに微笑みかけた。

「そうならないように、今頑張ろうか。私も微力を尽くすから、ぜひ助けてほしい」

 

マルガレータは花のように微笑んだ。

「はい!ヤン提督!」

 

ヤンは幕僚達に声をかけ、次の戦いへの準備に入った。

 

「ヤン・ウェンリー、首から下がもげればいいのに」

一人だけ不穏なことを呟いてはいたが。

 

 

 

 

一方の神聖銀河帝国軍の方ではユリアンがルドルフ2世に、ヤンと戦った感想を尋ねていた。

 

「ヤン・ウェンリーのペテンがどういうものか実感できた。しかも、ペテンだけではなく、戦術指揮官としても恐ろしく手強い。余の一番の障害となる男だと卿が言った理由がよくわかった」

 

「よい経験が得られたようですね。これからどうなされますか?アルテミス・システムが敵にある限り、優勢の確保はなかなか難しいですが」

 

ルドルフ2世は、悪戯を思いついた子供そのものの笑みを見せた。

「あれに関しては、余に試してみたいことがある」

 

ルドルフ2世はその作戦を説明し、その準備が急ぎ進められることになった。

 

ユリアンは再度尋ねた。

「これがうまくいって、ようやく戦力上は優勢を確保できるわけですが、ヤン・ウェンリーが問題です。彼を遊ばせておくと優勢など簡単にひっくり返される恐れがありますがいかがしましょうか?」

 

「やはり余が抑えるしかなかろう。ミンツ大将、その間に他の艦隊を壊滅させて欲しい。ヤン・ウェンリーになくて、余にある最大の優位点は、メルカッツ元帥とミンツ大将がいることだ。だから、ミンツ大将に任せる」

 

ユリアンは頼まれることに弱かった。

「大任ですが、承知しました」

 

こうして両軍、二日目の戦いに臨むことになった。



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第四部 15話 弟子たちの戦い

ユリアンは用意された旗艦アース級戦艦5番艦コアトリクエに搭乗し、各部隊から抽出した三千隻を直卒とした上で左翼の指揮を執ることになった。

 

 

ユリアンは、コアトリクエの艦長に驚くことになった。メルカッツの娘、ゲルトルード・フォン・メルカッツ中佐が艦長を務めていたからだ。

 

貴族階級に対して厳しい連合の法に従い、メルカッツの一人娘のゲルトルードもまた軍人となっていた。ゲルトルードは美人であったが、それ以上に女傑という言葉が似合う女性であった。

 

「ゲルトルードさん、いえ、メルカッツ中佐、神聖銀河帝国に協力する気になったのですか?」

「そうよ、ミンツ大将。父が、あの少年皇帝や新しい弟子達に絆されて、やる気になってしまったからね。退役して以来ずっとつまらなそうな顔をしていたから、父にとっては案外よかったのかもしれない。……そうでなければ、こんな腐ったところ、父と母と、あと、カリンを連れてすぐに逃げ出してやったんだけど。望むならあなたも連れてね」

その開けっぴろげな発言にユリアンの方が焦ってしまった。彼女の後ろには地球教徒の監視役兼護衛が数人付いていたからだ。

「大丈夫よ。父に対する大事な人質を、不穏な発言一つで処分することなんてないわ。でしょう?ミンツ主教?」

「そうでしょうけれど」

「ははは。まあ、あなたや少年皇帝をからかうのも楽しいのだけど、そればかりでもストレスが溜まるからね。でも帝国では女が艦長をやる船に乗りたい人なんていないようでね。だから無主の旗艦級戦艦の艦長になっていたのだけど、あなたが乗ることになるなんて奇遇ね」

「そうですね。……ゲルトルードさん、先に一つ」

「何?」

 

彼女が艦長を務める以上、ユリアンには予めことわっておくべきことがあった。

「今回の戦いでぼくがとる策は、ゲルトルードさんにとって不愉快かもしれません。ですが、勝つために必要なんです」

ゲルトルードは笑った。

「あなた達のやり口は常に不愉快極まりないわ。だから今更ね」

 

ゲルトルードは少し意地の悪い顔になった。

「私からも今のうちに一つ」

「何でしょう?」

「カリンが、最近あなたが会いに来ないと寂しがっていたわ。避けられていると思っているようよ。……嫌っていないし、むしろその逆なんでしょう?この戦いが終わったら、会いに行ってあげて」

ユリアンはこの奇襲に狼狽えた。

「彼女が?むしろ、ぼくが嫌われているのかと思っていました」

「あの子、感情表現が下手くそだから。……まあ、私もだけど」

 

雑談の時間は終わり、お互い、軍務に戻った。

 

 

独立諸侯連合軍の布陣は、

左翼から順に

ヤン元帥 九千隻

シュタインメッツ大将 九千隻

フォイエルバッハ大将 九千隻

シャウディン中将 九千隻

であった。

 

神聖銀河帝国軍の布陣は、

右翼から順に

ルドルフ2世 一万一千隻

エルラッハ中将 九千二百隻

ノルデン中将 九千隻

グリルパルツァー中将 四千四百隻

クナップシュタイン中将 四千四百隻

ユリアン大将 三千隻(クナップシュタイン艦隊の後方)

コルプト少将 四千七百隻

であった。

 

ユリアン以外は、双方前日と同じ布陣だった。

神聖銀河帝国は左翼側の戦力を若干厚くしていた。対する連合のフォイエルバッハ、シャウディンの両提督は、いずれもメルカッツの麾下で勇名を馳せた歴戦の提督であり、連合の将らしく不利な兵力での持久戦にも長けていた。仮にヤン自身であっても両提督相手には容易に均衡を破ることはできないだろう。ヤンとしては帝国左翼の敵を彼らに任せ、自らはルドルフ2世への対応に集中するつもりだった。

 

 

双方有効射程距離から少し間を取って布陣し、相手の出方を見ているようであった。

 

しかし、突如、神聖銀河帝国軍から同盟軍に伸びる火の柱が出現した。

それは、連合軍艦隊内に散在するアルテミスII、十二個の衛星のそれぞれに向けて伸びていくようだった。

 

シュタインメッツは正体に気づいた。

「指向性ゼッフル粒子!それでアルテミスIIを破壊するつもりか!」

参謀長のナイセバッハ中将は冷静に指摘した。

「いえ、ゼッフル粒子は探知されておりません。アルテミスまでは届かないかと」

 

その通りだった。もし火柱が連合軍艦隊まで届くものであったなら既に探知されていたはずだった。

 

果たして、火柱は連合軍の手前で止まった。

だが、消えゆく火柱を通路として、帝国軍は、残存の雷撃艇や駆逐艦を同盟軍至近まで送り込んでいた。

そして動揺する同盟軍艦艇を置き去りに、そのままアルテミスIIまで突入し、ミサイルを放ったのだった。

雷撃艇、駆逐艦に搭乗していたのは地球教徒の決死部隊であり、躊躇いは存在しなかった。

十二個の衛星のうち、半数がミサイルで、残り半数が艦艇による体当たり攻撃で破壊された。

 

神聖銀河帝国軍はアルテミスIIの破壊を確認する前から前進を開始しており、動揺し、艦列も乱れた連合軍に対して先制の砲撃を仕掛けた。

無論連合軍も反撃したが、機先を制されたのは事実であった。

そんな中、左翼のフォイエルバッハ艦隊、シャウディン艦隊は協調して前進を開始した。

フォイエルバッハ艦隊が一時的に敵の圧力を引き受ける間に、シャウディン艦隊が、敵の側面に回り込み、近接攻撃を仕掛けたのだ。

フォイエルバッハ、シャウディンはメルカッツ元帥麾下の提督であった。メルカッツの薫陶を受けたのが神聖銀河帝国軍ばかりではないことを彼らは証明した。

コルプト、クナップシュタイン艦隊は後退した。

今や、火球と化す艦艇は帝国軍の方が多くなっていた。

しかし、そこにユリアン率いる高速艦三千隻が戦場を大きく移動し、外縁からシャウディン艦隊側面に攻撃を仕掛けた。

気づけば、シャウディン艦隊はユリアン、コルプト、クナップシュタインに半包囲されてしまっていた。

ユリアンは事前にコルプト、クナップシュタインと示し合わせており、タイミングを図っていたのだ。

フォイエルバッハ艦隊が自身も攻撃を凌ぎつつ、救援部隊を差し向けることでシャウディン艦隊は戦力を削られつつも窮地を脱することができた。

しかしこの時にはユリアン・ミンツの悪辣なペテンは既に始まっていた。

 

 

一方の連合軍右翼側ではヤンとルドルフ2世が熾烈な戦いを繰り広げていた。

表向きは左翼と比べて静かと言ってもよいかもしれなかった。

お互いに相手を倒すよりも、時間稼ぎを目的としていたからだった。

ルドルフ2世はユリアン・ミンツを信じて。

ヤンはジークフリード帝の合流に望みを託して。

 

だが、それだけに互いの策の読み合い、潰し合いは熾烈だった。

ヤンの智謀と経験、ルドルフ2世の才気と活力が拮抗した。

相手が疲れを知らぬ少年であるというだけでも、ヤンにとっては大きな脅威だった。

 

お互いに自艦隊だけでなく、隣接するエルラッハ、シュタインメッツの両艦隊を支援した。エルラッハ、シュタインメッツ両艦隊の戦いはさながらヤンとルドルフ2世の代理戦争の様相を呈し、壮絶な消耗戦となっていった。

 

この時ヤンは一瞬の気も抜けない策の読み合いに集中せざるを得ず、右翼を気にする余裕を失っていた。

また、神聖銀河帝国による通信妨害が激しく、右翼に通信で指示を出すことはできない状態となっていた。

 

だが、マルガレータが注意を喚起して来た。

「右翼の様子がおかしいです」

この時ヤンには余裕がなかった。

「劣勢なのはわかっている。おかしい、だけでは何を言いたいのかわからない」

マルガレータは消沈しつつも答えた。

「申し訳ありません。わからないのです。しかし、敵の攻撃に対する味方の反応がとにかくおかしいのです」

ヤンは自らの副官が無駄な情報を伝えて困らせてくるような人物ではないことを思い出した。

「記録を見せてくれ」

「たしかに反応が過剰で、そのために損害が増しているように思える。だがそうなる理由がわからない。……ヘルクスハイマー大尉」

「はい」

「目下司令部には余裕がない。だが右翼を放置してはおけない。伝令も出してみるし状況によっては後退させるが、事は急を要する。だから君に頼む。右翼の動きがおかしい理由を解明してくれ」

尊敬する提督からの思わぬ大任にマルガレータは緊張しつつも高揚した。

「承知しました!」

 

マルガレータは右翼のこれまでの戦闘推移と現在の戦況を確認し、思考した。

おかしいのは、やはり敵ではなく味方の動きだ。だが、その理由がわからない。シュタインメッツ艦隊、シャウディン艦隊の両方がおかしいという事は属人的な理由ではなかろう。だが宙域にもその理由は見当たらない。

ではやはり敵にその理由があるのか?

 

マルガレータは改めて敵の動きを確認した。

そして気づいた。

その理由に。そして、その悪辣な策略に。

 

それに気づいたマルガレータは、怒りを抑えられなかった。

思わず帝国で暮らしていた頃の言葉遣いに戻って叫んだ。

「妾たちを愚弄するのも大概にするがよい!この、卑しい性根のペテン師が!」

 

その言葉は、彼女の尊敬する提督に見事に突き刺さった。

 

艦橋の人員は皆、何事かと振り向いた。

とある副参謀長は「いい気味だ」と呟いていた。

 

マルガレータはヤン提督が一部で何と呼ばれていたかを思い出して慌てた。

「ああっ!ペテン師と言ってもヤン提督のことではないのです!敵のことです」

「わかっているから。その言葉も余計だったかな……」

 

 

ヤンは気を取り直して尋ねた。

「それで何がわかったんだい?」

 

「敵は、その戦術を模倣することでメルカッツ元帥の振りをしています!フォイエルバッハ提督、シャウディン提督、それにその配下の多くの将兵はメルカッツ元帥の麾下、戦術上の弟子でした。彼らは自らの対峙する相手がメルカッツ元帥本人だと思い込まされ、本来の実力を発揮できなくさせられているのです!本人達にはそのつもりはないかもしれませんが、どうしても影響が出てしまっているのでしょう」

 

メルカッツが重傷で長時間指揮を執れないことを考えればメルカッツではなく、メルカッツの振りをした誰かであることはマルガレータにとって明白に思えた。

しかし、フォイエルバッハやシャウディンにとって、メルカッツはそのような状態でも指揮を執りかねない上官であったのだ。

あるいは無理に執らされているかもしれないと考え、冷静でいられなかった。

メルカッツを高精度に模倣できる人間がいるなど想定もできなかった。

ヤンが気づかず、マルガレータが気づけたことにも理由があった。メルカッツ元帥の戦術、艦隊運用術は連合では教本にも載っており、学生ですらよく知っているものだった。ヤンも知らないわけではないにしろ、彼女達ほどには馴染んではいなかったのだ。

 

マルガレータは感情が昂り、涙を我慢しているようだった。

「家族を人質に取られて無理矢理協力させられた上、自らの信望までもが作戦に利用される。こんな無念がありましょうか!こんな、こんな悪魔のような策略を考え、実行できるのは一体どこの誰でしょうか?」

「……おそらくユリアン・ミンツだろうね」

「ユリアン・ミンツ、この外道めが。妾はそなたを許さぬぞ……。あ、いえ、失礼しました」

 

本人が知らぬ間に不倶戴天の敵をつくってしまったことに、ヤンはユリアンに少しだけ心の中で謝った。

そして、自分がユリアンの立場だとしたら同じようなことをやり兼ねないということは、ヘルクスハイマー大尉には絶対に黙っておこうと思った。

 

「ヘルクスハイマー大尉、全艦隊に連絡を。メルカッツ元帥がルドルフ2世の座乗艦に同乗していることを確認、と」

 

「確認できたのですか!?」

 

「できていないよ。肝心なのはフォイエルバッハ中将とシャウディン中将に自分達の相手がメルカッツ元帥ではないことを確信させることだから」

 

「そういうことですか。まるでペテンの掛けあ……いえ、承知しました!」

 

その情報は伝令用艦艇によって全司令官に伝えられた。

 

 

 

 

ユリアンは、メルカッツがルドルフ2世や他の将兵に戦術シミュレーションで指導を行なうのをずっと見てきたし、直に何度も対戦もしていた。弟子とさえ言えたかもしれない。

ユリアンの模倣の才は、メルカッツの戦術の再現すら可能としていた。実際は本人に及ばないにしても、メルカッツの戦術をよく知る人間がメルカッツだと考えるだろう戦術を採るという意味では、本人すら凌駕していた。

ユリアンはフォイエルバッハとシャウディンがメルカッツの麾下にいたことを知っており、このようなペテンを思いついたのだった。

尊敬する元上官、師匠が、理由はわからないが、自由に動かぬ体をおして自分達に直接攻撃をかけてきている。その無意識の怯みにつけ込んで、ユリアンは優勢な戦力で敵を大いに削った。

 

ユリアンは敵が調子を取り戻したことに気づいた。

「ペテンに気づかれてしまったようですね。でも、もう十分です」

 

たしかに持ち直しはしたが、もう、形成の挽回が難しいほどに連合軍右翼は削られていた。

既に戦闘は24時間を経過し、日付も変わっていた。

 

連合軍左翼側はこう着状態であり、右翼も立て直すことができたため、完全に一方的な戦いにはなっていなかったが、このままいけばずるずると敗北の坂を転がり落ちるのは確実に思われた。

ヤンは撤退のために考えていた策の実行を本気で考え出していた。

 

しかし……

 

「偽帝国艦隊アルジャナフ星域に向けて接近中!」

ルドルフ2世の元に斥候部隊からその報告が入った。

「何!?予想より大分早いではないか。偽帝ジークフリードも流石にただの愚物ではなかったか」

 

だが、連合軍と戦って消耗した状態で新帝国軍と戦うのは分が悪かった。

ルドルフ2世は撤退を決意した。

 

「もう少し削りたかったが、欲を出して失敗してもしょうがない。次の楽しみとしよう」

 

神聖銀河帝国軍は最後の攻勢に出た後、整然と水が引くように撤退して行った。

 

残されたのは満身創痍の連合軍艦隊だった。



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第四部 16話 いざ決戦へ

ジークフリード帝はヴィーンゴールヴ星域で、神聖銀河帝国の一個艦隊の探索を行なったが、その姿を見つけることはできなかった。

宇宙暦801年12月17日、ヤン艦隊からアルジャナフ星域で神聖銀河帝国軍と遭遇との報が入った。

 

次の行動になおも迷っていたジークフリード帝のもとに、オーディンより超光速通信が入った。アンネローゼからであった。

 

アンネローゼは戦いの最中に無用な連絡を入れるような人ではない。

ジークフリード帝はこれを仕組んだだろう人物を睨んだ。

「アンネローゼ様……カイザーリンに連絡を入れましたね」

その人物、ヒルダは頭を下げながら答えた。

「今、陛下が耳を傾けてくださるのはカイザーリンのお言葉のみですので。越権と思われるならどうぞ何なりとご処分ください」

 

ジークフリード帝は無言で通信室に移動した。

ヒルダも迷惑がられるのを承知で同席した。

 

画面に映ったのは、アンネローゼと、負傷をおして出仕したミッターマイヤーであった。

オーディンに連絡を入れていたのはヒルダだけではなかった。ヤンもまた、ジークフリード帝を動かすため、ミッターマイヤーを介してアンネローゼに要請を入れていたのだ。

 

ジークフリード帝はわざと素っ気ない態度をとった。

「カイザーリン、今は戦いの最中です。通信は手短にお願いします」

「承知しています。ですが、その敵はどこにいますか?今その敵と戦おうとしているのはヤン提督ではないのですか?」

「しかし、フォーク提督の別働隊が隠れている可能性があるのです。ここを離れるわけにはいきません」

アンネローゼの顔に浮かぶ哀しげな色が濃くなった。

「いいえ、あなたはヤン提督と合流すべきです。万一の時にはミッターマイヤー元帥、疾風ウォルフがいます。万一オーディンが失陥したとしても、我々は脱出します。……以前あなたとそうしたように」

ジークフリード帝はリッテンハイム大公の内乱のことを思い出した。

 

ミッターマイヤーも言上した。

「陛下、どうか我々を信じてお任せください」

 

「しかし」

 

「ジーク」

アンネローゼは悲しげにその名を呼んだ。

 

「あなたが私を大切に思ってくださるのはよくわかっています。それがラインハルトとの約束であることも。ですが、このままでは弟の成し遂げたことのすべてが無に帰してしまいます。ゴールデンバウム王朝が復活するのですよ」

 

ジークフリード帝は、かつて黄金の髪を持つ友と結んだ約束を思い出した。

ゴールデンバウム王朝を倒し、アンネローゼ様を助ける、と。

アンネローゼ様をお救いすることはできた。これからも自分は彼女を守り続けるだろう。だが、ゴールデンバウム王朝が復活すれば、また第二第三のアンネローゼ様が生まれる可能性があるのだ。

 

ヒルダにはジークフリード帝の目に火が灯ったように感じた。

まるで、彼の友が乗り移ったかのように。

 

ジークフリード帝の声に覇気が宿った。

「ミッターマイヤー元帥」

「はっ!」

「オーディンのこと、カイザーリンのこと、お願いします。私は連合軍艦隊と合流します」

「御意!」

 

ジークフリード帝はアンネローゼを見つめた。

「アンネローゼ様」

「はい」

「今一度あなたの元を離れることをお許しください。ラインハルト様の成し遂げたことを守るため、行ってまいります」

「ジーク、お願いします。私は待っていますから」

「はい!」

 

ジークフリード帝が去った後、アンネローゼは去ろうとするヒルダを引き留めた。

「ヒルダさん」

「はい、皇后陛下」

「ジークのこと、お願いしますね。私は待つことしかできないけれどあなたなら」

「ご安心ください。このヒルダ、皇帝陛下を微力ながらお支え申し上げます」

「……ヒルダさん、もう少しご自分を出されてもいいのですよ。私などに遠慮なさる必要はないのです」

 

「皇后陛下、仰っている意味がわかりません。……いえ、失礼いたしました」

ヒルダはスクリーン越しにアンネローゼの瞳を見つめた。

「皇后陛下、偽りを申し上げました。仰りたいことはわかります。ですが、皇后陛下もご自身のお気持ちに正直になられてください。そして皇帝陛下のお気持ちに対しても。そうされれば、私などが入る余地はないことがわかるはずです」

 

ヒルダはそれだけを伝えると、一礼して去って行った。

残されたアンネローゼは、哀しげな瞳で誰もいないスクリーンをしばらく見つめていた。

 

 

ジークフリード帝は艦隊に指示を出した。

「ビッテンフェルト艦隊に連絡、アルジャナフ星域に先行して連合軍艦隊を支援せよ、と」

 

実のところジークフリード帝も何もしていないわけではなかった。

ビッテンフェルト艦隊をヴィーンゴールヴ星域から事前に近隣の星域に移動させていた。フォーク艦隊が発見されれば即座に戻ることが可能である一方、発見されなければアルジャナフまで先行できる体制を準備していたのだ。

 

ビッテンフェルト艦隊は疾風ウォルフも舌をまく速度で急行した。

神聖銀河帝国軍の哨戒網に引っかかったのはこのビッテンフェルト艦隊であった。

 

宇宙暦801年12月21日、ビッテンフェルト艦隊は連合軍艦隊と合流した。

 

さらに、12月23日、ジークフリード帝率いる本軍と合流を果たした。

 

四万隻を数えた連合軍艦隊はその数を二万二千隻に減じていた。

これに新銀河帝国軍三万五千隻が加わり、五万七千隻が神聖銀河帝国軍に対抗する戦力となった。

 

一方の神聖銀河帝国軍は四万隻の戦力を維持していると考えられた。

ルドルフ2世はヤンに対し「ヴェガ星域で待つ」との通信を残していた。

彼らは実際ヴェガ星域方面に撤退しており、言葉通りそこで待ち受けていることが推測された。

 

ジークフリード帝はまずヤンに謝罪した。陽動に引っかかり合流が遅れたことに対してである。その上で改めて協力を要請した。

ヤンはこれを受け入れた。

無論連合軍内でもジークフリード帝への怒りの声はあったが、ジークフリード帝は連合の各艦隊を自ら回って頭を下げ、改めて協力依頼を行なった。

この行為は連合軍将兵に驚きをもって迎えられた。かつて神聖にして不可侵であったはずの銀河帝国皇帝が連合に頭を下げたのだ。

あるいは皇帝としての権威を損なう行為であり、臣民への裏切りですらあったかもしれない。

しかし、ジークフリード帝には優先すべきものがあったのだ。

 

少なくともこの行動によって、連合軍内の新帝国への反感は収まった。

 

ヤンはジークフリード帝と今後の方針を話し合った。

神聖銀河帝国の根拠地がわからない以上、ルドルフ2世のいるヴェガ星域を攻撃せざるを得ない。時間をおけば連合と新帝国が敗北したとの印象を内外に与え、さらなる離反が発生する可能性がある。ならば、敵も戦力を消耗し、その位置が判明しているこの機会を逃すべきではない、というのが二人の結論であった。

 

根拠地が不明というその一事が、二人から戦略上の選択肢を奪っていた。

 

連合軍派遣艦隊は、新帝国が連れてきた補給艦と工作艦によって補給と艦艇整備を済ませて、新帝国軍とともにヴェガ星域に出発することになった。

 

ヤンはアルジャナフでの会戦の後、めっきり口数が減った。

マルガレータは恐る恐る尋ねた。

「提督、どこか調子がお悪いのでは」

「どうして?」

「いえ、あの、いつもより紅茶を頼まれる回数が少ないので」

「ああ。いや、そうではないのだけど。ただ、腹を立てていたんだ」

「小官にですか!?」

心当たりのあったマルガレータは震え上がった。

ヤンは慌てて訂正した。

「いやいやまさかまさか。自分自身にだよ。アルジャナフでの戦い、もう少しやりようがあったように思えてね」

「よかった!ああ、いや、そんなことはありません!ヤン提督は最善を尽くされました。むしろ不甲斐ないのは私です。私が敵のペテンにもう少し早く気づいていれば」

「いや、貴官のおかげで右翼は持ち直すことができた。右翼の危機も含めて私の責任だ。連合の将兵を無為に死なせてしまった。あんな拙い戦いをするぐらいなら、帝国の事など捨ておいて撤退した方がよかったかもしれない」

 

「それは、我々将兵と、ヤン提督ご自身を馬鹿にしたご発言です」

マルガレータの思わぬ反論にヤンは驚いた。

 

「我々が撤退すれば新帝国からの離反者はさらに増え、神聖銀河帝国に帝国領全土を併呑されていた。そうなれば困るのは結局連合です。撤退するなど将兵の殆どが納得しなかったでしょう。

連合の将兵は貴族階級を除き志願制です。多かれ少なかれ、私を含めてゴールデンバウム王朝とその門閥貴族に恨みを持つものが多いのです。ゴールデンバウム王朝復活など到底許せない、その思いで皆この遠征に来ているのです。その思いを馬鹿にしないでください」

 

マルガレータは息を継いだ。その目はヤンを真っ直ぐ見つめていた。

 

「連合は何度もヤン提督に救われています。宇宙暦796年の帝国軍の大侵攻では小官も死を覚悟しました。今回の戦いでもヤン提督でなければ全滅すらあり得た。それをすべてヤン提督が救ってくださったのです。そして、そんなヤン提督だからこそ、皆命をかけてついて来たのです。

小官が自らの力不足を棚に上げてヤン提督に負担をおかけしているのはわかっています。ですが、どうか。将兵の死を悼まれる気持ちがおありなら、自らの為したことに胸を張り、これから何ができるかを、お考えください」

 

言い終えて、マルガレータは急に慌て出した。

「すみません!つい興奮してえらそうなことを喋ってしまいました。ヤン提督もお分かりのことを長々と」

 

恐縮した様子のマルガレータを見て、ヤンはローザが彼女に後を任せた理由がわかった気がした。

どこまでも真っ直ぐな彼女の言葉だからこそ、ひねくれ者のヤンの心にも響いたのだった。

 

ヤンはマルガレータに微笑みかけた。

「ありがとう。ヘルクスハイマー大尉。おかげで私の守護天使も勤労意欲に目覚めたようだよ」

思わぬ感謝の言葉にマルガレータは驚いた。

「そんな、こんな身の程知らずに勿体無いお言葉です」

 

ヤンの笑みに少し意地悪な色が加わった。

「だけどこれから何ができるか考え、それを実行するのは君も一緒だ。ちょうどいくつかやるべきことを思いついていたんだが、予定の戦場到着時間まで時間が足りないと諦めかけていたんだ。ちょっと特殊なスキルが必要なんだが、君は確かできたはずだ。一緒に頑張ろうか」

 

マルガレータは、勤労意欲と使役意欲に目覚めたヤンと共に三日三晩殆ど不眠不休で働く羽目になった。

 

この後パトロクロスでは、青い顔で彷徨い歩くマルガレータが目撃されるようになった。

 

心配して声をかけた者に、マルガレータが働かない頭で「ヤン提督と夜通し……」などと答えたことで、艦内にあらぬ誤解が広まり、とある副参謀長がダークサイドに堕ちかける事態ともなったが、その話はひとまず割愛する。

 

ヤン提督はこの間に新帝国軍及び連合軍各司令官との作戦計画の調整も済ませている。

 

ヤン提督の準備はヴェガ星域到着の一日前に終わり、ヤンもマルガレータも「敵襲以外起こすな」の貼り紙をタンクベッドにして、戦いの前になんとか睡眠を貪ることができた。

 

 

宇宙暦801年12月25日 ヴェガ星域 神聖銀河帝国軍

 

ルドルフ2世が戻った時、ヴェガ星域ではカール・フォン・メッゲンドルファー技術中将の指揮のもと、「アポローン・システム」の最終調整が行われていた。

メッゲンドルファーの下ではバウンスゴール技術中将ら捕虜収容施設から拉致されて来た同盟技術チーム、シュムーデ技術准将ら帝国技術チームが共同で作業にあたっていた。

 

ルドルフ2世はメッゲンドルファーに下問した。

「メッゲンドルファー技術中将、アポローン・システムの状況はどうか?」

メッゲンドルファーは甲高い声で答えた。

「万事、万事順調でございます!母なる地球を照らす光輝なる神アポローン。その弓から放たれる黄金の矢が、簒奪者、離反者の軍を打ち破る日も近うございます!」

「そ、そうか。頼むぞ」

「お任せあれ!」

ルドルフ2世はメッゲンドルファーが少し苦手であった。彼は才気あふれる男が好きだったが、メッゲンドルファーはその才を向ける方向に少しばかり偏りがあり過ぎたのだ。

 

神聖銀河帝国軍は、ヴェガ星域に待機させていた三千隻と合流し、その戦力を四万三千隻としていた。

この艦隊戦力とアポローン・システムによって、新帝国・連合共同軍、五万七千隻を迎え撃つことになる。

 

ヴェガ星域は奇しくも地球統一政府が二度にわたって屈辱の敗戦を経験し、その覇権を失った星域であった。

この星域が決戦の場となったのには複数の理由があったが、ルドルフ2世、そして地球教団は、この星域で勝利を収めることで、地球の屈辱の歴史を栄光で塗り替えようと考えていた。

 

宇宙暦801年12月31日、地球-旧王朝勢力と連合-新王朝勢力によるオリオン腕の覇権をかけた決戦、史上三度目のヴェガ星域会戦の幕が開いた。



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第四部 17話 博士の異常な愛情、または……

カール・フォン・メッゲンドルファー、

地球統一政府時代の重力工学の権威を遠い先祖に持ち、ゼッフル粒子の開発者と同じ名で生を受けたこの男は、自らが科学者になることを疑ったことはなかったし、自らの開発した技術で叛徒どもとの戦争を終わらせ、臣民を戦争という地獄から解放できるのだと信じていた。

 

彼は当然のごとく物理学、それも重力工学を専門とし、軍科学学校を首席で卒業の後、科学技術総監部に所属した。

彼は自らと理想を同じくする仲間達と共に、技術による戦争の革新、そして戦争の終結に邁進するつもりだった。

 

だが……

アントン・ヒルマー・フォン・シャフト、

その男によって科学技術総監部は政争の場、阿諛追従の場と化していた。

 

軍事科学者として頭角を現しながら、派閥の論理を理解しないメッゲンドルファーを、シャフトは自らの立場と既得権益を侵す敵だと見なした。

 

メッゲンドルファーは科学技術総監部で、ある兵器の開発を提案していた。

その提案はシャフト閥によって邪魔され、通ることはなかった。

高価なだけで艦隊攻撃には役に立たない兵器だとこき下ろされ、別の用途として考えられた機雷原の掃滅も、シャフトの推進した指向性ゼッフル粒子で事足りるとして却下されたのだ。

 

メッゲンドルファーは閑職に回され、心身の健康を害した。

 

彼は失踪し、歴史の表舞台から姿を消した。失意の中自殺したのだと噂された。

 

だが、彼は地球教団の下で軍事研究を続けていたのだった。

 

歴史の闇に消え去ったはずの存在が、地球教団によってまた一つ、復活しようとしていた。

 

 

 

メッゲンドルファーはルドルフ2世に向けて、演説めいた講義を行なっていた。

「母なる地球を照らす光輝なる神アポローン。ざんねんながらその眷属たる禿鷹(ガイエ)(ファルケ)白鳥(キュクノス)は既に落ちた。だが見よ!禿鷲(ヴェガ)(いだ)かれて(クラーエ)は健在である。哀れなる連合よ、偽帝国よ。無数の鴉が形作る「アポローンの弓」の必殺の一撃が、汝らを破砕するであろう。……ねえ、陛下も、そうお思いでしょう?」

「え、いや、うん」

「陛下ぁ……」

メッゲンドルファーのこのノリを、ルドルフ2世は苦手としていた。早熟の少年皇帝は中二病の時期をとうに卒業していたのだ。

 

だが、自らの科学の教師も務めているメッゲンドルファーが意気消沈するのを見て、ルドルフ2世は堪らずランズベルク伯を頼った。

躁鬱の変化の激しいメッゲンドルファーにやる気をなくされては、戦いまでに準備が終わらなくなる可能性もあったのだ。

ルドルフ2世はほぼこのためだけにランズベルク伯を戦場に連れて来ていた。

 

ランズベルク伯は技術のことなど何も理解していなかったが、アポローンの眷属、詩神ミューズの導きに従い、すらすらと言葉を紡ぎ出した。

「お見事!お見事!まさに芸術神アポローンにふさわしき戦争芸術の極致です。このランズベルク伯アルフレット、感服仕りました!陛下は感激のあまり言葉も出ないようですが本当はこう仰りたいのです。「見事なりメッゲンドルファー。遠矢射る神のアガナ・ベレア(慈悲の一撃)により、連合も偽帝国も余の元に必ずやひれ伏すであろう。我が臣民よ、かつて臣民であった連合の民よ、想起せよ。光明神アポローンの光輝を、地母神ガイアの慈悲を!アガナ・ベレアはそのためにこそ放たれん!」と。ですよね、陛下?」

「そうだ、アガなんとかだ!」

 

メッゲンドルファーは自らの理解者の存在に感極まってむせび泣いた。

「まさしく、まさしく、その通りです。皇帝陛下万歳!陛下の御為、人類の未来の為、このメッゲンドルファー、やり遂げて見せましょうぞ!」

「う、うむ、よろしく頼むぞ」

ルドルフ2世はルドルフ大帝のように臣下を選べなかった。好むと好まざるとに関わらずアクの強い大人たちに囲まれ、為政者として日々精神的に鍛えられているのだった。

 

 

 

 

連合、新銀河帝国合同艦隊はヴェガ星域に到着した。

 

ヴェガ星域は、恒星を中心とした星域である。恒星の周囲、半径百天文単位以上を分子雲が取り囲んでおり、非常に視界の悪い星域であった。

 

神聖銀河帝国の艦隊の姿は見えないことから、その分子雲の中に隠れているものと思われた。

想定していたことではあったが、連合、新帝国の合同艦隊は潜んでいる敵を探しながらの戦いをすることになった。

 

合同艦隊は斥候部隊を先に分子雲内に送り込んだ。

合同艦隊主力が散開しつつ、分子雲外縁に到達した時、斥候部隊からその報告が来た。

 

「分子雲内に高エネルギー反応確認!」

 

数分後にそれが来た。

それは虚空を薙ぐプラズマ粒子ビームの奔流だった。

 

多数の艦艇がその奔流に巻き込まれた。エネルギー中和磁場は一瞬で飽和した。一瞬で500隻を超える艦艇が消滅したのだった。

 

しかもそのビームは一本ではなかった。

今や十本を超えるビームが連合と新帝国の艦隊を襲っていた。

 

そのビームは無照準であるようで、必ずしも艦隊には当たらなかったが、絶えずランダムに放射位置と角度を変え、しかも途切れることがなかった。

ビームの奔流は艦隊を縦横無尽に切り刻んだ。

 

數十分のうちに二千隻を超える艦艇が失われた。

 

ビッテンフェルトが喚いた。

「こんな高威力で途切れることのない攻撃があってたまるか!オーディンよ、宇宙の法則はどうなってしまったのだ!」

 

だがその正体こそが宇宙の法則の産物だった。

 

この時になって漸く、分子雲の内部に潜入した斥候艦がその攻撃の正体を捉えた。

 

報告を受けた旗艦パトロクロスのオペレーターがその正体を叫んだ。

「攻撃源の正体は多数の小型ブラックホール。粒子ビームの正体は宇宙ジェット、ブラックホールから発生した亜光速のプラズマジェットです!」

 

 

メッゲンドルファーが構想したのは、大艦隊への攻撃に利用可能なブラックホール兵器であった。

帝国科学技術総監部で彼が提案したのはブラックホールを爆弾のように利用することであった。しかしブラックホールの発生装置が大規模過ぎてコストパフォーマンスが悪く、さらにその移動速度の鈍重さのせいで艦隊攻撃には向かなかった。この点は実のところシャフト達の指摘通りだった。

 

このため、メッゲンドルファーは発生させたブラックホールを継続的に兵器として利用することを考えた。

この時点でブラックホールという一手段の目的化が発生しているのだが、メッゲンドルファーは気にしていなかったし、指摘できる人間は当時の地球教団にはいなかった。

 

メッゲンドルファーはまず、回転するブラックホールに降着円盤を形成し、ブラックホールに吸い込まれる際に物質から解放される膨大なエネルギーが転換した亜光速ジェット噴流、通称宇宙ジェットを兵器とすることを考えた。

ブラックホールに宇宙ジェットが発生する条件、メカニズムは、この時代でも完全には解明されていなかったが、メッゲンドルファーの天才は小型ブラックホールにおいてそれを人為的に発生する方法を見出していた。

しかし、ブラックホール周囲から出る宇宙ジェットの向きは上下それぞれ一方向に固定されていて、その方向を変えることは困難であった。このままでは一度避けられればそれで終わってしまう。

 

メッゲンドルファーが散々悩んだ挙句に思いついたのは、小型ブラックホールの多重連星系をつくることだった。

 

ブラックホール発生装置を自転させ、加速することで、自転し高速で動く小型ブラックホールを作り出し、それを作成済みのブラックホール群に加えることを繰り返して多重連星系は完成した。

その上で各ブラックホールに降着円盤をつくり、亜光速プラズマジェットを生じさせたのだ。

こうすれば各ブラックホールから出るジェットは常に大きくその位置を変化させることになり、敵艦隊に逃げ場を失わせることができた。

 

外部から艦艇によって小惑星をブラックホール群に投入すれば潮汐力で小惑星はたちまちバラバラになり、降着円盤を形成し、宇宙ジェットの材料とすることができる。このため宇宙ジェットが途切れることはなかったし、小惑星投入のタイミングでいつでも宇宙ジェットの放射を開始できた。

 

当然ながら、複雑な多体問題となったブラックホール多重連星系の軌道はまさしくカオスで、敵だけでなく味方にとっても予測し難いものとなるはずだったが、メッゲンドルファーはシミュレーションを重ねてブラックホール質量、公転距離、速度、自転速度等々に関して特殊な条件を見つけ出し、その条件限定で各ブラックホールの軌道、そして宇宙ジェットの放射位置を予測することに成功していた。

 

これによって敵は様々な方向に暴れ回る宇宙ジェットの暴威を受けることになる一方、味方はメッゲンドルファーの予測に基づき宇宙ジェットの未来位置を知って避けることができるのだった。

 

このシステムの構築には、同盟の、帝国より高度な艦隊運動制御技術、天体シミュレーション技術、多数の天体を同時に運用する「アルテミス・システム」のノウハウが非常に役に立った。

地球教団は、メッゲンドルファーのため、ファルスター星域において帝国軍捕虜となったバウンスゴールら同盟の技術将校を拉致して協力させたのだ。

 

 

こうして生まれたのが「アポローン・システム」、通称「アポローンの弓」であった。

 

多数の小型ブラックホール(メッゲンドルファーはこれを鴉と呼んだ)の多重連星系と、それに物質供給源の小惑星を継続的に投入する自動化艦艇群がその正体で、敵にとってはランダムに位置を変えるように見える、途切れることのない亜光速プラズマジェットがその攻撃手段だった。

 

メッゲンドルファーはブラックホール群の近傍で、その運用を統括していた。

彼は戦況から、自らの長年の考えが正しかったことを知った。

「見よ。ブラックホールこそが至高の兵器、人類の未来を切り拓く存在。私の人生が今花開いた……」

彼は今恍惚の中にいた。

 

宇宙ジェットによって合同軍艦隊が撃ち崩され、混乱しているのを確認して、分子雲の中から神聖銀河帝国の艦隊がついに姿を現した。

 

亜光速のプラズマジェットは一見ランダムに見えるものの、神聖銀河帝国側はメッゲンドルファーの計算でその攻撃位置が予測できていた。

このため、宇宙ジェットを避けた上で合同軍に攻撃を仕掛けることができた。

 

今や戦況は一方的に見えた。

亜光速プラズマジェットの一撫でごとに連合新帝国共同軍は多数の艦艇を失った。その上で神聖銀河帝国艦隊の攻撃を受けているのだ。

 

各艦隊では幕僚団が議論を重ねていた。

「どうにかならんのか!?」

「ブラックホールに突入して攻撃を仕掛けてはどうか?」

「ブラックホールなんてものをどうやって破壊する?すべて飲み込まれて終わりだ!」

その通り、メッゲンドルファーの構想した兵器は絶対の防御力をも持ちあわせる究極兵器とも呼べる代物だったのだ。

「敵は宇宙ジェットを避けているようだ。宇宙ジェットの位置は予測可能なんじゃないか?」

「どうやって予測する?個別のブラックホールの正確な位置情報すらまだ得られておらんぞ。それに予測シミュレーションをしている間にこの会戦が終わるのではないか?」

「では、敵の位置取りを見て追随するのはどうか?」

「それは既にやっている!だが、どうしてもワンテンポ遅れてしまうし、敵に移動位置を気取られて有利な位置を占められて終わりだ!」

 

結局結論は出ず、宇宙ジェットと神聖銀河帝国艦隊の攻撃の前に損害を積み重ねた。

 

このまま神聖銀河帝国の勝利に終わるかと思われた。

 

だが、プラズマジェットの位置が神聖銀河帝国軍の予測とずれ出した。

 

今や神聖銀河帝国軍と連合/新帝国は等しくアポローンの弓の餌食となっていた。

 

「こんな、こんな馬鹿な!!」

メッゲンドルファーは呻いた。

 

それはメッゲンドルファーの目の前で起こっていた。

 

 

小型ブラックホール群の近傍に、敵艦艇數十隻ほどが侵入し、防衛部隊が反応して攻撃を仕掛ける前に、突如ワープしたのだ。

当然時空震が発生した。

 

大質量周辺でのワープが危険なこと、巨大な時空震が発生することは知られていた。だが、今回発生した時空震は極めて大きかった。それこそ小型ブラックホール群の軌道をずらすほどに。

 

軌道をずらされた小型ブラックホール群はメッゲンドルファーの予測不能な存在に変じた。当然宇宙ジェットの放射位置も予測できなくなった。

 

メッゲンドルファーは目前で起こったことの正体を理解した。

「時空震相乗現象か!」

 

通常烈しい時空震が発生している最中にはワープはできない。しかし、艦隊が行なっているように、ワープのタイミングを同期させれば同時ワープは可能である。その際発生する時空震の規模はワープした艦数に比例したものになる。

 

一隻のワープでもブラックホール周辺で行えば巨大な時空震が発生するのに、それが数十隻分ともなれば、小型ブラックホールの軌道をずらすのに十分であった。

 

 

「なんとかなったようだ。よくやってくれたね、ヘルクスハイマー大尉」

ヤンはパトロクロスの指揮卓上で息を吐いた。

ヤンにとっても多数のブラックホールを用いた兵器など想定の範囲外であった。

だが、敵が根拠地不明の利点を捨ててまで待ち受けている限りは、何かしらの罠が用意されているとは考えており、自らの想像できる範囲でその対応手段も用意していた。

マルガレータとともに用意したものが、ブラックホール兵器にも有効に働いたのだ。

 

連合は、無人艦運用技術において同盟に大きく遅れをとっていた。このため、同盟との講和の際に無人艦運用技術の供与を条件に含めており、フレデリカ・グリーンヒル中尉が、連合軍将兵への技術指導にあたった。

マルガレータはその一期生にあたり、前の職場では無人艦運用技術の連合艦艇への適用を任務としていた。このため、連合軍派遣艦隊では貴重な無人艦運用技術を持つ士官であったのだ。

百隻規模の無人艦の同時運用と、同期ワープの実現を、マルガレータはリンクス技術准将らの助力を受けて短時日のうちになしとげていた。

攻撃の正体が判明した後、マルガレータはヤンの指示のもと、無人艦艇百隻に、分子雲に突入後別個の経路を経てブラックホール近傍で合流するようにプログラムした。

數十隻は敵の哨戒に引っかかったり、宇宙ジェットに巻き込まれるなどで失われたが、残る艦艇はブラックホールまでたどり着き、無事に役目を果たすことができたのだった。

 

 

 

このままでは、敵味方問わない無差別殺戮になる。ブラックホールの新しい軌道予測は間に合わない。

メッゲンドルファーは断腸の思いでブラックホールへの物質供給を停止し、宇宙ジェットを終わらせた。

 

 

 

戦場に残ったのは、数を減らした連合/新帝国の合同艦隊と、神聖銀河帝国艦隊であった。

 

ヤンは敵艦隊を見据えて呟いた。

「さあ、第2ラウンドの開始だ」




または、私は如何にして心配するのを止めてブラックホールを愛するようになったか


歴史の闇というか、銀英伝の闇に消え去った存在、旧コミック版に登場した謎の超兵器、ミニブラックホール兵器が主役の回でした。
ミニブラックホール兵器、出現したブラックホールは決して量子サイズではなさそう。
……詳細不明の謎の存在です。
本作の地球教は、そんな存在さえも忘却の彼方から呼び起こしてきてしまいます。

そんなものを作り出せるエネルギーや超技術があるなら……というのは、言わないお約束で。


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第四部 18話 チェスゲーム、銀河の

第三次ヴェガ星域会戦の後半戦の前に、一旦同盟に話を戻す

 

アッシュビー艦隊がフェザーン回廊出口からバーラト星系に向けて出発した後、いくつかの星間警備部隊や星系政府から接触があり、アッシュビーと同盟政府に協力する旨を伝えてきた。

彼らのいくらかは日和見を続けていたが、回廊での戦いの顛末を見て同盟政府、反クーデター側につくことを決意したのだった。

また、アッシュビーの進路を妨害したり、補給路を寸断しようとする小部隊との戦闘も発生した。だが、それらの多くを星間警備部隊やルグランジュ第九艦隊から派遣されたストークス少将(キラキラ星の住人状態)率いる分艦隊が担当してくれたおかげでアッシュビーは順調に航程を進むことができた。

また、シトレ退役元帥など、幾人かの著名人が同盟政府とアッシュビーへの支持表明を行なった。

 

だが、挙国一致救国会議に与する部隊や星系政府、公然と支持を表明する著名人も依然存在していたし、日和見を続ける者も多かった。

 

挙国一致救国会議によって封鎖されたバーラト星系が解放されるか、救国会議に降伏するまで、大勢は決まらないように思われた。

 

そのような時、アッシュビーの元に同盟政府側のホーウッド提督の第一艦隊が司令官不明の艦隊に襲われたとの報告が入った。

挙国一致救国会議の正規艦隊戦力はすべて無力化したものと考えていたアッシュビー一行は衝撃を受けた。

 

まだアッシュビー艦隊に正面から対抗し得る戦力がいるという事実の前に、その前進速度を落とし、警戒を強くしながら進まざるを得なくなった。

 

宇宙暦801年12月29日、アッシュビーがようやくバーラト星系から3.6光年の地点、バーミリオン星域に到着した時、オペレーターが大規模な艦隊の存在を報告して来た。

 

「20光分から30光分の距離に艦隊規模二万隻以上、ですが、薄く散開しているようで、実数は確定できません」

 

その規模にアッシュビー艦隊の幕僚達は驚いた。

 

アッシュビー艦隊は第九艦隊から合流したストークス少将の部隊五千隻を加えて約一万四千隻強になっていた。

 

しかし、それを大きく超える戦力が展開していたのだった。

 

ライアル・アッシュビーは素早く決断した。

「敵が分散しているうちに各個撃破を図る。全艦円錐陣に再編の上、最大戦速、敵艦隊に向け前進!」

 

 

敵戦力は横列陣を形成していた。

だが、アッシュビー艦隊の円錐陣は強力であり、さらにはアッシュビーによる艦列のウィークポイントの的確な見極めによってその威力を増していた。

艦艇の集中ポイントに対する的確な集中砲火によって、横列陣は容易に突破された。

 

しかし、アッシュビーは叫んだ。

「薄過ぎる!次が来るぞ!」

 

その通り、半時間もたたないうちに再度正面に横列陣が現れた。

それもアッシュビーの指揮の元容易に突破できたが、さらに次が現れた。

 

「次から次にやって来るな。しかもまったく歯ごたえがない」

 

アッシュビーは困惑していた。

第九艦隊の時には敵の支離滅裂で滅茶苦茶な攻撃に違和感を感じたが、今回の敵は逆に無機質に過ぎたのだ。

何の創意工夫もなく、アッシュビーの目にはただやられるに任せているように見えた。

 

さらに四度出現した横列陣をことごとく突破した後、アッシュビーはとうとう気づいた。

「これは嵌められたか。奴ら重ねた大量の薄紙で水のように我々を吸収しきるつもりらしい」

アッシュビーの比喩表現に、幕僚の大半が首を傾げたが、フレデリカは理解を示した。

 

「突破したはずの横列陣が次から次へと後ろに戻り、再度我々の前に向かって来ているんですね」

 

「そうだ!それで我々を疲れさせる作戦のようだ。だが、その手には乗らない!アッシュビー・ターンだ!」

 

アッシュビーは次に現れた横列陣の手前で左旋回し、横列陣を後背に置き去りにした。

そうすることで敵の横列陣群全体を俯瞰し、攻撃ポイントを定めようとしたのである。

 

だが……

 

方向を変えたアッシュビー艦隊の前にも横列陣が出現したのである。

そればかりか、後背に置き去った横列陣群が一つの部隊に再編され、後背からアッシュビー艦隊に向けて殺到しようとしていた。

 

「まさか……敵戦力は二万隻よりもはるかに多いのか!?」

そうでなければ、進行方向を変えたアッシュビーの前にすら横列陣が出現した理由が説明できなかった。

 

「前進を続けろ!後ろの敵に食いつかれてはどうにもならなくなるぞ!前面の部隊を食い破って、その艦列を後背の敵への盾としろ!」

 

アッシュビー艦隊はその指示通り、出現した横列陣を素早く突破した。後背の敵は味方であるはずの横列陣に阻まれ、アッシュビー艦隊には届かなかった。

 

だが、一息つく間もなく、アッシュビーの前に再び横列陣が現れた。

 

「ふん、ならば我慢比べと行こうか!我々が敵艦隊ことごとくを粉砕するのが先か、我々が疲れて倒れるのが先か。心配するな!勝機はある!」

 

艦隊の士気はいまだ非常に高かった。

艦隊メンバーは皆ライアル・アッシュビーの才と、その存在の特別さを信じていたから。

 

 

 

バーラト星系近傍の軍事基地で、コーネリア・ウィンザーはその様子をモニターで眺めていた。

「ふふふ、どこまで足掻けるか見ものね。それにしても、自分が相手にしているのが三倍以上の四万五千隻もの大艦隊だとアッシュビーが気づいたらどんな顔になるかしら。大胆不適な英雄の顔が絶望に染まる様子が早く見てみたいものだわ。それにそれを指揮しているのがどういった者たちなのか知ったら……」

 

ウィンザーの言うとおり、挙国一致救国会議はアッシュビーに対して四万五千隻もの艦艇を用意していた。

だが、それを運用する人員は確保できていないはずであった。正規艦隊の多くの将兵はクーデターに賛同していなかったのだから。仮にサイオキシン等で洗脳したとしても、アッシュビーの前では逆効果となるのは既に第九艦隊で証明された通りである。

挙国一致救国会議はまったく違った手段でこの問題を解決した。

 

志願兵不足に悩む同盟が長年推し進めて来たもの。

艦隊の完全無人化対応である。

 

試験艦隊であった第十三艦隊で既にデータは蓄積されていた。あとはこれを適用するだけでよかった。

現段階でも有人艦艇に比べ対応能力では劣るが、補助戦力としては十分に有用であったし、有人艦艇ではできない戦術も実施可能であった。

だが、レベロの推進する軍隊のスリム化によって人員問題が優先解決事項でなくなったこと、予算の削減等で、無人化の実施は凍結されてしまっていた。

これを挙国一致救国会議は、司令官を捕縛して接収した四個艦隊の全艦艇にたいして一挙に推し進めたのだった。

これにはエンダースクール出身の情報工学特化型の士官が活躍した。

それでもアッシュビーの進軍速度の前に適用が間に合わない恐れがあったが、ルグランジュが想定とは違う形ながら時間を稼いだことでどうにか間に合った。

 

とはいえ、全体を統括する司令官、司令官の意思を艦艇に伝達するための担当士官はそれぞれ必要であった。

担当士官はトラヴィス・ロイド少尉ら、エンダースクール出身士官が務めた。

そして司令官は……

 

「エーン(1)・アッシュビー、トワ(2)・アッシュビー、スリー(3)・アッシュビー……ブルース・アッシュビー並みの才を発揮できずライアル・アッシュビーになれなかったアッシュビー・クローン達。非合法だけど冷凍睡眠で保管してきたのが役に立ったわね。一人一人はライアル・アッシュビーほどではないけれど司令官としては十分以上に優秀。睡眠中の刷り込みで従順さも十分。それが合計15体。ライアル・アッシュビーが奇策を使ってきても十分対応してくれるでしょうよ。しかもみんな、いい男」

 

「ずいぶんと楽しそうですな。まだ勝ってもいないのに」

エベンス准将がウィンザーの饒舌に水を差した。

 

だが本人は意に介さなかった。

「あら、楽しいわよ。戦う前に、勝つための準備はきっちり整えた。あとは結果を待つだけ。戦術とは戦略を補う手段に過ぎないのよ。そんな基本的なこともわからないから、あなた達、連合や帝国に体良くやられてきたんじゃないの?」

 

同盟軍を馬鹿にした発言に何人かのメンバーが立ち上がったが、効果的な反論を思いつかず、結局無言で坐り直す羽目になった。

 

ヴァンス主教はその騒ぎを無感動に眺めていた。

地球教団にとっては、実のところこの戦いで救国会議が負けても構わないのだった。

無論救国会議が勝てばそれでよし。だが、万に一つながら負けるとしたら、その時には同盟正規艦隊の中核であった四個艦隊はアッシュビーによってすり潰されている筈だった。

そうなれば神聖銀河帝国が同盟を飲み込むことが容易になるのだ。同盟内の地球教勢力がバックアップすれば尚更である。

 

真の必勝の戦略とはこういうものだと、彼は心の中で独語した。

自らが考えた策ではないにも関わらず。

 

「さあ、15体のポーン対1体のキングによる銀河の詰めチェスゲーム、チェックメイトまでまっしぐら。キング1人でいつまで逃げられるかしら。私の前にライアル・アッシュビーが引き立てられて来て、アッシュビークローン達と対面する瞬間が今から楽しみだわ。きゃははははは」

 

ウィンザーの笑い声、いや、奇声が響く中、救国会議メンバー達は無言で戦況をモニターで眺め続けた。



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第四部 19話 第三次ヴェガ星域会戦の決着

活動報告に感想返し的なものを載せました

本文、今回文量多めです


再び連合/新帝国と神聖銀河帝国の戦いに戻る。

 

既に日付は変わり、宇宙暦802年1月1日となっていたが、両軍共に新しい年を祝う余裕はなかった。

 

ここまでの戦いで連合/新帝国合同軍は約四万隻にまで戦力を減らしていた。

内訳は連合一万八千隻、新帝国二万二千隻である。

新帝国の方が損害が大きいのは、彼らが積極的に矢面に立ったためである。

連合軍がアルジャナフの会戦で消耗したことに配慮してのことであった。

また、宇宙ジェットによってジークフリード帝直卒のザウケン大将が命を落としていた。

 

これに対して神聖銀河帝国軍は、いくらか損害を被ったもののいまだに約四万隻の戦力を維持していた。

 

当初の戦力差が、アポローン・システムの暴威によって埋められた形になった。

 

「メッゲンドルファーもよくやってくれたが、最後はやはり純粋な艦隊決戦か。まあそう来なくては面白くもない。メルカッツ元帥!ミンツ大将!」

ルドルフ2世はスクリーン越しに二人に呼びかけた。

 

ユリアンは引き続き旗艦級戦艦コアトリクエで全体の約半数、二万隻の指揮を執っていた。

 

アルジャナフの会戦と異なるのはコアトリクエに随伴する旗艦アース級6番艦ネルトゥスにメルカッツ元帥が搭乗していたことである。

 

メルカッツ元帥は今回自ら、前線での指揮を願い出ていた。

メルカッツ元帥は長時間の指揮を執れない体であるが、ごく短時間であれば往時の戦術のキレを見せることができた。

このため、随時ユリアンと代わる形で指揮を執ることになった。

ユリアンであれば、メルカッツの意図を汲む形で指揮を交代できたし、独自の戦術を展開することも可能だった。二万隻の艦隊を二人で指揮する変則的な方式は敵手を混乱させる効果もあると考えられた。

 

何故今になって指揮を執る気になったのか、そして何故娘が艦長を務めるコアトリクエには同乗しなかったのか、ユリアンにもルドルフ2世にも老将の心境は分からなかった。

 

だが、神聖銀河帝国軍にとっては心強いことだった。

 

ルドルフ2世は二人に方針を伝えた。

「メルカッツ元帥とミンツ大将には連合軍の相手をしてもらいたい。現在の艦隊位置を考えるとそうなるだろう。ヤン・ウェンリー相手に勝ちきる必要はない。時間を稼いでくれればよい。……メルカッツ元帥には、つらい思いをさせるかもしれないが」

 

メルカッツは表情も変えずに答えた。

「構いません。弟子たちの成長ぶりを確認したいと思っておりましたし、武人たるものヤン・ウェンリーとは一度戦ってみたかったので。しかし、そうすると陛下は」

 

「ああ。私は面前にいる新帝国軍と当たる。私が奴らを片付けるまで耐えてくれ」

 

ユリアンの代わりに参謀役となったアンスバッハ中将が、ルドルフ2世に忠告した。

「偽帝ジークフリードも、麾下の将兵も、歴戦の強者です、ゆめゆめ油断なさらぬよう」

これは彼自身がジークフリード帝と戦った経験に基づく発言だった。

 

「無論軽視する訳ではないが、ヤンより上ということはなかろう。ならば余が勝つさ」

 

それを聞いたメルカッツやユリアンは若干の不安を覚えたが、ジークフリード帝の艦隊戦の実績がすべて門閥貴族との内戦でしかなかったのも事実であった。

ラインハルト帝ならいざ知らず、負けることはなかろうというのがメルカッツ、ユリアン、そして殆どの帝国将兵の認識でもあった。

ここまでの新帝国の失態も、その認識を補強していた。

 

結局のところジークフリード帝は神聖銀河帝国に侮られていたのだった。

 

 

戦いが再開された。

神聖銀河帝国軍は恒星ヴェガの周囲を覆う分子雲を後背にして、連合、新帝国の両軍を迎え撃つ形になった。

 

宇宙ジェットの暴威によってヴェガを覆う分子雲はその多くが吹き飛ばされていたが、なおも斑らには残っていた。

 

ルドルフ2世は二万隻を率いて新帝国軍に積極的に攻勢を仕掛けた。

 

新帝国軍は一万五千隻でその攻勢を受け止めた。その間にビッテンフェルト率いる黒色槍騎兵五千隻に、ルドルフ2世の艦隊の左側面を衝かせようとした。

しかしこの攻撃をルドルフ2世は読んでいた。

黒色槍騎兵の勇名と特性はルドルフ2世も知っていたからだ。

黒色槍騎兵が攻撃をかける直前、後方で待機させていた雷撃艇二千隻を黒色槍騎兵のさらに側面に突入させたのだった。

ルドルフ2世もまたメルカッツの弟子であった。

これによって黒色槍騎兵の攻撃は頓挫し、強かな打撃を被って後退を余儀なくされた。

その隙にルドルフ2世は攻勢を強めようとした。

だが、その瞬間、ルドルフ2世は後背から攻撃を受けることになった。

分子雲の中から高速巡航艦二千隻が突如出現し、ルドルフ2世の艦隊の右後背から突入したのだった。

それはジークフリード帝直卒の部隊だった。

 

ジークフリード帝は、「アポローンの弓」停止前の最後の混乱を好機ととらえ、ルッツに艦隊を預けて直卒部隊と共に分子雲に潜んで機会を伺っていたのだった。

ルドルフ2世はこれに見事に引っかかった。

仮に相手がヤンであればルドルフ2世は旗艦の不在に気づき警戒しただろう。

すべてはルドルフ2世の油断、相手を舐めてかかったことが招いた結果だった。

 

聞こえないことを承知でジークフリード帝は、少年皇帝への助言を呟いた。

「勝利するための秘訣は世の中を甘くみないことです」

 

ジークフリード帝は、旗艦バルバロッサを先頭に敵艦隊を突き崩して左側面へ抜けた後、そこに留まっていた雷撃艇部隊に一撃を加えて、再度分子雲の中に姿を隠した。

 

艦列の乱れたルドルフ2世の艦隊に対して、再編を終えた黒色槍騎兵とルッツ率いる新帝国軍本隊が総攻撃に出た。

 

このままでは再度姿を消したジークフリード帝と、黒色槍騎兵、新帝国軍本隊によって包囲される。

ルドルフ2世は損害を承知で全軍に対して新帝国軍本隊への浸透と突破を指令した。精兵となっていた神聖銀河帝国軍将兵はこの命令をやり遂げた。多大な損害と引き換えに。

 

危地を脱したものの、ルドルフ2世の戦力は一万三千隻にまで減っていた。

一方のジークフリード帝は一万九千隻。

彼我の差は大きく拡大した。

 

ジークフリード帝は今は亡き友に向かって語りかけた。

「ラインハルト様、私にはもう一つやり残したことがありました。それは、ラインハルト様の最強を証明することです。

ラインハルト様は誰にも負けなかった。フォークにも追い詰められたとはいえ勝利したし、ライアル・アッシュビーにさえ艦隊戦では勝利していた。ですが、ヤン・ウェンリー、ルドルフ2世の二人とは、ついに勝う機会を得られなかった。彼らはアルジャナフで互角の勝負を演じたという。ならば、私がルドルフ2世に勝てば、私より強いラインハルト様の最強を証明できるでしょう」

 

ジークフリード帝は、どこまでも人の為にこそ実力を発揮できる人間だった。

 

 

 

 

一方の連合軍艦隊とユリアン、メルカッツの戦いはどうだったか。

 

連合軍艦隊は、この時、大きな不安に襲われながら戦いに臨んでいた。

 

すべての原因は、ヤン・ウェンリーの全艦への演説にあった。

「今回の作戦は三次元チェスみたいなものだ。勝つための計算は済んでいるから、みんな気楽に戦ってくれ」

 

この演説は、ヤン艦隊に未だかつてない司令官不信を引き起こした。

マルガレータさえもが尊敬する司令官を不安の目で見ていた。

 

その不安が艦隊運動にも出てしまったのか、連合軍の動きは、当初著しく積極性を欠いた。

 

連合軍はユリアンとメルカッツから距離を取ろうとした。ユリアン、メルカッツに与えられた命令はヤン・ウェンリーと連合軍艦隊を拘束しておくことだったから、このヤン艦隊の行動は渡りに船だった。

お互い、主砲の射程範囲外で睨み合う状態となった。

 

ユリアンは不審に思った。

現在の状況は、我々にとっては好都合だが、この積極性の無さはどういうことか?新帝国の行動のせいで甚大な被害をこうむったことから、連合軍はもはや積極的に戦うつもりがないのか?

 

この時、ルドルフ2世はまだジークフリード帝と戦端を開いたばかりだった。

 

このまま睨み合いながら時間が過ぎるかと思われた矢先、一千隻ほどの艦艇が連合軍本隊から分派された。

ユリアンとメルカッツは当初側面を衝かれることを懸念したが、その一千隻は連合軍からも新帝国軍からも遠ざかるばかりであった。

このため彼らはひとまずは注視するに留めることに決めた。

 

だが、その一千隻は少しずつ数を減らしているようだった。そしてその代わりに数十隻単位の小艦艇集団が次々に様々な位置に出現した。出現した小集団はしばらくするとまた姿を消し、別の新たな位置に小集団が出現した。

 

ユリアンは彼らが何をしているのかようやくわかった。

「小集団ごとに短距離ワープを繰り返しているのか」

その意図が何なのか、ユリアンはそれを想像していくうちに恐ろしい可能性に気がついた。

このときはメルカッツが指揮を執っていた。ユリアンはメルカッツに連絡した。

「急いで連合軍艦隊と距離を詰めてください!あの小集団群は我々の艦隊内部にワープしてこようとしています!」

 

その通りだった。

 

ワープによって敵のど真ん中に出現して攻撃を加えたり、爆弾を放り込むなどというのは、一見実現可能に見えるが、多くの場合は机上の空論であった。

 

短距離にしろ長距離にしろ、ワープの目標座標と実際の出現座標の間には大きなずれが発生する。

このため、短距離ワープで敵のど真ん中を狙って出現するなどということは通常不可能だった。下手をすれば味方の艦隊の中に出現しかねなかった。

 

ワープミサイルのようなものも兵器としては存在した。だがこれは目標座標とずれが発生してもその後の通常空間の巡航でそれを修正可能な場合や、あるいはワープの精度に対して目標が十分に大きい場合に用いるもので、コストの割に艦隊戦で大きな効果を上げる兵器ではなかった。

 

だが、恒星間の長距離ワープと比較すれば、短距離ワープはエネルギー消費の少なさから短時間のインターバルを挟んで連続で行うことも可能であった。特に恒星間ワープを想定している正規軍艦艇であれば。

 

 

ヤンはこれを利用することを思いついた。

 

ある艦隊が目標座標を定めて短距離ワープを行なった場合、目標座標を中心とした推定出現領域の半径はそのワープ距離に比例する(超長距離ワープが不可能とされるのも、ワープに必要なエネルギーの問題とともに、これが大きな理由となっている)

 

敵艦隊のみを推定出現領域に含むようなワープ距離と目標座標の設定で短距離ワープを繰り返せば、味方艦隊内にワープしてしまうことなく、いつかは敵艦隊内に辿り着くことができるのだ。

 

マルガレータがヤンに徹夜で準備させられたのも、短距離ワープを繰り返すための艦艇自動化プログラムであった。

「アポローン・システム」対策のために用いられた無人艦艇のプログラムも、このためのものを転用していたのだった。

 

 

ユリアンはこのことに気づいた。

ユリアンから連絡を受けたメルカッツは、前進命令を出そうとした。

ヤン艦隊と混戦状態に入れば、それだけでこの作戦は頓挫させられるのだ。

 

だが間に合わなかった。

連合軍艦艇の小集団が艦隊内にワープしてきたのである。

艦隊内に時空震が発生し、艦列に揺らぎが生じた。

各艦艇はミサイル、火砲を乱射し、最後には自爆した。

 

さらに他の小集団も立て続けに艦隊内にワープを果たし、同様の行動を取った。

 

神聖銀河帝国艦隊は内側から大きな損害を受けた。

メルカッツは、ゾンネベルク准将に命じて千隻ほどの部隊を残余のワープ部隊の殲滅を派遣した。だが、ワープを繰り返して薄く散らばるワープ部隊の殲滅には時間がかかることが予想された。

 

メルカッツは指示を出した。

「メルカッツ戦法Nr.3(ヌンマードライ)、『円は直線を包む』」

艦隊に輪形陣への再編を命令したのだ。

中心が空洞となり円周上に薄く艦艇が配置される輪形陣であれば、艦隊内へのワープによる損害を最小限に留められるし、中空内にワープしてしまった艦艇集団を殲滅することもできる。その上で連合軍本隊にも対応し得る、ほぼ最適に近い陣形であると言えた。

 

だが、どのような対処を取ろうともメルカッツがワープ部隊への対応を強いられた時点でヤンの作戦は成功していた。

 

連合軍からは巨大な光の輪が形成されていく様子がよく見えた。

その様子を確認したヤンは輪形陣の一部の弧に向けての前進と攻撃を指示した。

 

神聖銀河帝国軍はその輪形陣のせいで一部の部隊しか連合軍艦隊を有効射程に収めることができなかった。

 

この時点でメルカッツは指揮をユリアンと代わっていた。

ユリアンは輪形陣を歪めて連合軍艦隊を半包囲しようとした。

だが、連合軍の行動の方が早かった。

 

フォイエルバッハ大将、シャウディン中将直卒の各二千隻の近接戦闘部隊がそれぞれ輪形陣に突入した。

「メルカッツ元帥に我らの成長を見せる時だ! メルカッツ戦法Nr.1、『獲物は逃すな』!」

 

ユリアンの頭には敵から近接戦闘を仕掛けてくるという選択肢は抜け落ちていた。ワープ部隊の攻撃に自ら巻き込まれることはするまいという思い込みだった。

だがこの時ワープ部隊は既にワープ行動をやめていたのだ。

 

輪形陣の円弧の中を突き進む彼らの攻撃の前に、神聖銀河帝国軍はなす術がなかった。

フォイエルバッハ大将の攻撃を受け、クナップシュタイン中将が戦死した。

コルプト少将は麾下の将兵を叱咤した。

「メルカッツ元帥の教えを思い出せ!敵の攻撃は柳のごとくいなすのだ!」

だが、同じくメルカッツ直伝の近接攻撃は簡単にいなせるものではなかった。

 

メルカッツは心の中で独語した。

見事な攻撃だ。もう連合は私のような老兵を必要としないだろう。

 

メルカッツはユリアンに連絡を入れた。

「大勢は決した。陛下も今危機に陥っている。ミンツ大将はグリルパルツァー中将の部隊とともに、陛下をお救い奉れ」

「元帥はどうされるのです!?」

「私はここで連合軍艦隊を抑える。短時間しか保たぬだろうが。その間にどうにか撤退してくれ」

ユリアンはメルカッツの覚悟に気づいた。

「死ぬおつもりですか?」

「ここまで神聖銀河帝国に荷担しておいて、今更おめおめと連合に戻れまいよ」

「しかし元帥は脅されていました!」

「最初は、な。だが、いつの間にか、陛下を含めて自分の育てた者たちがどこまでやれるのか、見るのが楽しみになってしまっていた。私も陛下を利用した一人だ。子供を利用した大人としての責任を取らないといけないのだ」

「父上!母上を置いて死なれるのですか!?」

たまらずゲルトルードが話に割り込んだ。

「軍務中だ、中佐。艦長の責を果たせ。……だが、お前から伝えておいてくれ。苦労をかけて済まなかった、この数年一緒にいる時間を多く持てて楽しかった、と。まあ、わかってくれるだろう。メルカッツ家のことは頼んだぞ。早く婿を取れ」

「な……」

慌てたゲルトルードを放って、メルカッツはユリアン

「ミンツ大将、後のことはすべて任せる」

ユリアンは敬礼して応えた。

「承知しました。お任せください」

「うむ。ではな」

メルカッツは答礼して通信を切った。

 

メルカッツは残余の部隊を再編して砲陣を築き、連合軍艦隊と対峙した。

少数の兵力でたくみに構築した光と火の壁が、連合軍の猛攻を阻んだ。

「さあ、最後の試験だ。この陣を抜くことができるか、儂が試してくれよう」

 

 

ユリアンは五千隻ほどの部隊を率いてルドルフ2世の救援に向かった。

 

ルドルフ2世はジークフリード帝の攻撃をよく凌いだ。だが、それだけだった。万全のジークフリード帝に対して一度生じた戦力の差を覆すことはルドルフ2世であっても難しかった。

迫る砲火によって皇帝座乗艦イズンを防御する四隻の盾艦のうち既に二隻までが失われていた。

ルドルフ2世にとってはジークフリード帝の戦才がこの戦い最大の計算違いであった。

「純粋な戦術能力ではもしやヤン・ウェンリー以上か!?」

そのジークフリード帝に加えてルッツ、ビッテンフェルトの猛攻すらどうにか凌いでいたルドルフ2世の方が異常と言えたかもしれない。

 

ユリアンの救援によってルドルフ2世は死地を脱した。だがいまだ窮地に変わりはなかった。

もはや撤退すべき状況であった。

だが、ジークフリード帝とその麾下の良将達から撤退することはなかなか困難な道のりと言わざるを得なかった。

 

 

 

メルカッツの砲陣は連合の突破を許さなかった。敵の砲撃の集中ポイントからは巧みに兵力を移動させて攻撃をいなし、逆に敵の攻撃の要に砲火を集中して敵の勢いを削いだ。一方で敵の誘いには乗らなかった。

最後に、メルカッツはその戦法の防御の真髄を世に示したのだ。

 

だが、ついに限界が訪れた。

メルカッツの搭乗する戦艦ネルトゥスは被弾し、艦橋にも損傷が生じた。

シュナイダーが忠誠を誓った上官の下に駆け寄った時、メルカッツは重症を負いつつもまだ生きていた。

 

「ミンツ大将達は、陛下をお救いできただろうかな?」

「どうやら成功したようです。それより、閣下、今軍医を……」

「それならば思い残すこともないな 」

「閣下!」

メルカッツは軽く片手をあげた 。

「もう立つこともあるまいと思っていた戦場で、しかも名将ヤン・ウェンリーとの戦いで死ねるのだ。せっかく満足して死にかけているのに、いまさら呼び戻さんでくれんかね」

シュナイダーは絶句した。

 

「それよりも、卿はこの艦をミンツ大将達と早く合流させよ。卿は神聖銀河帝国の真の根拠地の場所を知っている。まだ捕虜になって貰うわけにはいかぬし、地球教徒達が許さぬだろうよ」

その通り、地球教の宣教将校が、二人の前に来ていた。メルカッツは構わず続けた。

 

「シュナイダー大佐、ゲルトルードのことを頼む。あれは、お主のことを好いておる」

シュナイダーは驚いた。

「まさか!フロイラインはミンツ大将にご執心かと思っていました」

「ははは。ミンツ大将のことも嫌ってはおらぬだろうが。まあ、あれもなかなか不器用な娘だからな。卿も、わざわざ神聖銀河帝国まで参加しに来たのは儂だけが理由ということもあるまい。頼むぞ」

「はっ、はい!」

シュナイダーは動揺しつつも力強く応えた。

独立諸侯連合の宿将は、神聖銀河帝国の一員として、副官に看取られながら逝った。

 

 

メルカッツの防御がついに突破された時、ジークフリード帝の猛攻を前にいまだルドルフ2世は撤退の機会を掴めないでいた。

このままではメルカッツの部隊を突破したヤン・ウェンリーがやって来て撤退が絶望的になる。

 

 

だが、そこに忘れていた人物から通信が来た。

 

ルドルフ2世は苛立った。

「メッゲンドルファー、この忙しい時に何の用だ!卿の役目は終わった。早う離脱せい!」

「他の者は離脱を済ませました」

「何?」

「鴉は落ちましたが、まだアポローンの眷属として「雄鶏」が残っております」

「……卿が以前説明してくれた、あれか」

「はい。即席ながら用意しました。15分後に「暁の鶏声」がそちらまで到達しますので撤退にご活用ください」

「メッゲンドルファー、卿はどうするのだ?」

「私は結果を観察する仕事がありますのでここに留まります。偽帝国に捕まるぐらいならブラックホールに飛び込みますのでご安心を」

「……そうか。卿を元帥に任命する。此度の功績に基づくものだ」

メッゲンドルファーはいまいちピンと来ていなかった。

「……はぁ。光栄であります」

「もっと喜べ。三階級特進など、皇帝の勅命でもなかなかあり得ぬことだぞ」

私は七階級特進させられたのですが、と通信を共に聞いていたユリアンは思ったが何も言わなかった。

 

ルドルフ2世は続けた。

「これで卿はゴールデンバウム朝初の軍事科学者の元帥だ。その事実は、卿がブラックホールの軍事利用という新しい領域を開拓したことの偉大さを、臣民が理解するのに役立つだろう」

メッゲンドルファーは感極まった。

「ご配慮、ありがたき幸せ!」

 

 

「雄鶏」とは、ブラックホール生成装置それ自体のことだった。

ブラックホール生成装置は当然ながらブラックホール生成のために莫大なエネルギーを必要とする。その莫大なエネルギーを賄うためのエネルギー源に使われているのが、これまたブラックホールであった。移動速度が鈍重になるのも当たり前だった。

エネルギー源は、電荷を持ち超高速で回転するブラックホール(カー・ニューマン・ブラックホール)を、アルテミス・システムに使われている準完全鏡面装甲の球殻で覆ったものだった。ブラックホールは高密度でサイズ自体は非常に小さいため、天体でありながら常識的なコストで覆うことが可能なのだ。

超高速で回転するブラックホールに電磁波を照射すると、鏡面装甲によって反射している間にブラックホールの膨大な回転エネルギーの一部を獲得できる(スーパーラディエンス現象)。

この電磁波を回収することで小型ブラックホールの生成のためのエネルギーとしていた。

 

そのように大量のエネルギーを生み出せるならもっと効果的な兵器を生み出せる可能性もあったが、髪一重のメッゲンドルファーはどこまでもブラックホールに拘っていた。

 

目的にかなうカー・ニューマン・ブラックホール自体を作り出すことは、エネルギーの問題からメッゲンドルファーにはできなかった。

これがブラックホール兵器化にあたっての最大の問題でもあった。

しかしメッゲンドルファーは諦めなかった。恒星から離れた広大な宇宙空間のどこかに天然のカー・ニューマン・ブラックホールが存在する可能性は地球統一政府成立以前から知られていた。

そして地球教団には、地球統一政府時代に蓄積された半径百光年の宇宙空間のものとしては最も緻密な宇宙空間の調査データが残されていた。

メッゲンドルファーはこの記録に残るワープ事故多発地帯などの異常ポイントと実地調査を執拗に繰り返すことで、ついに超高速で回転する天然のブラックホールを恒星ベガから0.02光年の地点に発見した。

このブラックホールに、電荷を注入してカー・ニューマン・ブラックホールに変化させて移動可能な状態にして、恒星ヴェガを巡る軌道に移動させたのだった。

 

人類はブラックホールをワープさせる技術を持っていなかった。ブラックホール自体がワープにとって危険な大質量の物体なのだから当然でもあった。

だからこそ今回戦場が、ブラックホールの発見されたヴェガ星域に設定されたのだった。

 

さて、高エネルギーを持った電磁波の形でエネルギーを取り出すことが可能なカー・ニューマン・ブラックホールであったが、電磁波を反射させ続け、鏡面装甲が耐えられなくなるまでエネルギーを溜め込むことも可能であった。鏡面装甲が耐えられなくなった時に解放されるのは超高エネルギーを持った光の全方位への放射である。

メッゲンドルファーは鏡面装甲球殻を多重にして限界までエネルギーを高め、さらに最も外側の球殻には予め光が放射用の穴を設けておくことで光の放射を一定の領域に絞り込んだ。

この一定の領域として設定されたのは、今まさに連合、新帝国との戦場になっている領域であった。

 

この準備(球殻の多重化のための鏡面装甲設置作業とスーパーラディエンスの開始)をメッゲンドルファーは完了して、ルドルフ2世に連絡したのだった。

 

 

そしてメッゲンドルファーの発言通り15分後にそれは来た。

解放された「暁の鶏声」、それは宇宙の暗黒を消し去る光明神の光であり、戦場全体を覆う莫大な光の奔流であった。

 

宇宙ジェット出現後にも残っていた分子雲に、その一部は吸収されたが、光の大部分は戦場まで届いた。

 

光は戦場に届くまでにある程度拡散していたため、艦艇を一撃で破壊するほどの威力はなかった。

だが、エネルギー中和磁場に負荷をかけ、一時的に索敵を不可能にする効果はあったし、艦艇の後背から光を受けた場合、中和磁場に守られない航行用エンジンに損傷を受ける艦艇が出現した。

 

ジークフリード帝率いる新帝国軍艦隊は、「雄鶏」に対して背を向けていたため、攻撃や方向転換は可能ながら長距離移動に支障のある艦艇を多数抱える状態となってしまった。

 

光が戦場を支配している間にルドルフ2世とユリアンは撤退に移った。

 

撤退は成功するかに見えた。

 

だが、ヤン・ウェンリーは甘くはなかった。

 

彼はこの時既にメルカッツ率いる部隊を突破していた。

「暁の鶏声」が戦場を支配する中でも、ルドルフ2世の未来位置を予測して移動を開始していた。

 

そして光が消えた時、ヤン直卒の艦隊は、神聖銀河帝国艦隊の撤退進路を妨害するようにフィッシャー提督の神速の機動で急速に迫っていたのだ。

 

ヤンとしてはここでルドルフ2世を逃すわけにはいかなかった。

神聖銀河帝国の根拠地が判明していない以上、現状ここでその戦力を殲滅し、ルドルフ2世を捕らえることが、戦争終結への最短の道なのだった。

このため、不測の事態が生じても、彼らを逃さぬようフィッシャー提督に事前に指示を出していた。

 

ユリアンは自らが残ってでもルドルフ2世を逃すべきか、自らの目的との間で迷いを生じた。しかしその迷いの間にヤンは目前まで迫って来ていた。

 

このままヤンがルドルフ2世を捕捉するかと思われたその時、再び事態が急転した。

 

 

ヤン艦隊はその側面に攻撃を受けたのである。

 

それは千隻ほどの部隊であった。

 

撤退のために予備戦力を伏せていたのかとヤンは一瞬疑った。

だが、そのような戦力が存在するならもっと前の段階で投入していたはずであった。

 

何故今頃……

 

その答えはすぐに判明した。

その部隊から連合軍、神聖銀河帝国軍の双方に通信が入ったのである。

 

「ヤン・ウェンリー!よくも俺を嵌めてくれたな。エルランゲンの恨み、ここで晴らしてくれる!」

アーサー・リンチであった。

 

「ユリアン・ミンツ!真の英雄たるこの私が愚図なお前を救けてやる!這いつくばって感謝しろ!」

アンドリュー・フォークであった。

 

 

 

 

ヴィーンゴールヴ星域でジークフリード帝から逃走した後、

リンチはフォークに今後の方針に対する意見を求めた。

リンチとしてははみ出し者ばかりの将兵とともにこのまま逃げて海賊でもやるつもりになっていた。だが。

 

「悔しくないのか」

「何?」

フォークからの思わぬ問いにリンチは困惑した。

「このまま逃げてどうする?海賊になってどうする?」

「まあ……楽しくやるさ」

「今でも罪悪感と挫折感で酒が手放せない貴官が、それでも楽しくやれるのか?同盟で家族が卑怯者の家族と罵られているのを気にせず楽しくやれるのか?」

年少で、しかも精神的におかしい中将からの問いはリンチの胸に刺さった。

その通りであったからだ。

いくら同じようなはみ出し者の面倒を見ることで誤魔化そうとしても、結局はそこに戻ってしまうのだ。

 

リンチは叫んだ。

「だったらどうしろって言うんだ!?」

 

フォークは痩せこけた顔で、そんな彼の眼を真っ直ぐ見つめてニヤリと笑った。

「ちょうど私も思い上がりを正してやりたい奴がいる。この真の英雄たるフォークが、策を授けてやろう」

 

フォークが提案したのは、ヴェガ星域への殴り込みだった。

逃げ出したはずの部隊が急遽出現して、戦局を決定する。それがフォークの目論見だった。策と呼べるものではなかった。

だが、リンチはやる気になった。

「たしかにこれはヤンに復讐し、ユリアン・ミンツに目にものを見せるチャンスだな」

「だろう?それに誰も貴官のことを逃げるだけの卑怯者とは呼べなくなるだろう?」

「まあな。卑怯者が、悪党になるだけの違いな気もするがな」

だが、それだけでも大分マシだとリンチは思った。

 

リンチは将兵に希望を尋ねた。三分の一の将兵は逃走を望んだ。だが三分の二はフォークの提案に乗った。彼らも人生の最後にひと花咲かせることを望んでいたのだ。

彼らは離脱希望者に二百隻ほどの艦艇を任せ、残余の部隊でヴェガ星域を目指した。途中心変わりをした者達が出現し、彼らの離脱のために戦場への到着は遅れた。

 

ヴェガ星域最外縁に目立たぬようにワープした彼らは、宇宙ジェットが吹き荒れる様子に度肝を抜かれた。

リンチはフォークに尋ねた。

「どうする?俺たちの出る幕があるのか?」

「たとえ味方に地の利があり、想像を絶する新兵器があろうと、それを理由に怯むわけにはいかない!高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処するのだ」

「なるほど、要するに行き当たりばったりというわけだな」

「おい!」

その後も突入のタイミングを逸して今に至ったのであった。

 

 

 

皆、予想外の者達の乱入に混乱した。

ルドルフ2世は何故彼らが戻って来たのかわからなかった。

ヤンはリンチに十年越しでそこまで恨まれていることに衝撃を受けていた。

 

ユリアンが混乱から最も早く回復した。

「陛下、今のうちに全速離脱です!フォーク中将、助かりました!この恩はいつかチョコボンボンで返します!」

「キョエエエ」

スクリーンから奇声が聞こえた気がするがユリアンは構わず撤退に移った。

 

ヤン艦隊が混乱から回復し、フォーク達が進退窮まってついに降伏した時には、神聖銀河帝国軍はヴェガ星域からの離脱を果たしていた。

 

 

ヴェガ星域の決戦は連合と新帝国の勝利に終わった。

 

だが、ルドルフ2世は逃走し、神聖銀河帝国の根拠地はいまだに不明であった。

 

 




今話で出てきたカー・ニューマン・ブラックホールからの電磁波を用いたエネルギーの回収と、爆弾転用は既存のアイデアです(気になる方はBlack Hole Bombなどでネット検索してみてください)。
それにおまけの工夫で一定の指向性を加えてみました。


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第四部 20話 見せよ‼︎幻の超必勝戦術‼︎の巻

宇宙暦802年 1月1日 午前10時 自由惑星同盟バーミリオン星域

 

ライアル・アッシュビー達は異常な疲労の中で新年を迎えた。

既に連続戦闘時間は60時間を超えていた。

 

気を抜けば包囲されて殲滅される、一つのミスも許されぬそのストレスの中、将兵はよく戦っていた。

横形陣は既に五十層も破り、既に二万隻を超える敵艦艇を屠っていた。

 

だが、敵は依然二万隻以上、アッシュビーの二倍以上の戦力を擁していた。

 

フレデリカは、短時間で艦艇の、自動化とまではいかぬまでも効率化のための制御プログラムをつくり、将兵の交代スケジュール、艦艇の補給の効率化を実施した。

これによって継続戦闘可能時間は飛躍的に伸びた。

ストークス少将達、目がキラキラ部隊は疲労を物ともせずに戦った。

 

しかし皆、数の暴力の前に疲労自体は確実に蓄積していた。

 

特にアッシュビーは交代する者がいないため不眠不休だった。フレデリカもアッシュビーに付き合っていた。

 

「なあ、中尉」

「はい」

「休める時に休むべきだぞ」

「提督を置いて休めません」

「気にするな」

「はい」

「ん?」

「はい」

「フレデリカ中尉?」

「はい」

「さっきから、はい、しか言っていないぞ」

「はい」

「フレデリカ中尉……」

「はい」

「結婚してくれ」

「は……ノーです!」

「ちっ!」

「まだ余裕があるようですね」

ジトッとした目で見てくるフレデリカに、ライアル・アッシュビーはニヤリと笑って見せた。

「秘策があるからな」

 

怪訝な顔をするフレデリカと、疲労の中でも興味を引かれた艦橋の幕僚達に対し、アッシュビーはその秘策を披露した。

 

「ドラゴニア会戦におけるアッシュビー・ターン、第二次フォルセティ会戦におけるアッシュビー・インフェルノ、そしてイゼルローン回廊出口の会戦におけるアッシュビー・タッチ。ブルース・アッシュビーの必勝戦術(スペシャル・ホールド)は数あるが、一つ、幻と呼ばれた必勝戦術がある」

 

「それはまさか……」

「知っているのかライデン中尉!」

 

合いの手が入ったことは意に介さず、ライアル・アッシュビーは続けた。

「そう!ブルース・アッシュビーが味方の凶弾に倒れたシャンタウ星域での決戦、あの時アッシュビーが披露すると豪語していた秘策、その名も、アッシュビー・スパークだ!」

 

ライデン中尉が叫んだ。

「それを使えば一瞬で三万隻の艦艇を消滅させられたはずと伝えられている、あのアッシュビー・スパーク!?しかし、あれは披露される前にブルース・アッシュビーが銃撃されてしまい、結局誰もその中身を知りません!」

 

「俺にはわかる!」

アッシュビーの名を継ぐ男は言い切った。

 

「ブルース・アッシュビーが何をしようとしていたか。当時の戦況を見れば、この俺ならばたちどころにそれを理解できた!だから今日、それをお目にかけよう!敵がいま少し消耗すればそれが使える、使えるんだ!だからあと少しだけ頑張ってくれ!さあ、勝負はこれからだ!」

 

「「イエッサー、アッシュビー!!」」

この蓄積された疲労の中で、アッシュビーは士気を上げることに成功した。あの幻の秘策をこの目で見るまでは死ねない、皆その思いで自らの役目を果たした。

 

ハイネセンの物資欠乏期限も間近に迫っていた。

 

果たして将兵が疲労で倒れるのが先か、アッシュビー必勝の策が炸裂するのが先か……それとも……

 

 

 

同じ頃、アッシュビー・クローン達はライアル・アッシュビーを追い詰めながら互いに連絡を取り合っていた。

「ライアル・アッシュビーの狙いがわかるか?」

「ああ、おそらくは」

「アッシュビー・スパークだな」

「わかりやすい奴だ」

「俺、俺たちが同じアッシュビーだということに気づいていないのだろう」

「ここまであえてアッシュビーらしい戦術の使用を避けて来たからな」

「追い詰められた奴は必ず最後に大技を狙ってくる」

「俺、俺たち、アッシュビーにはわかる」

「奴の必勝の策を逆手に取り、奴を屠って、俺、俺たちこそが真のアッシュビーだということを証明する」

「それが俺、俺たちの望み」

「だが、奴の選択がアッシュビー・スパークだとは」

「幻の秘策といえどアッシュビーである俺、俺たちにはわかる」

「アッシュビー・スパークは穴のある不完全な策。その穴さえ衝けば、逆に殲滅は容易」

「アッシュビー・スパーク返し。これこそが真の必勝の策」

「ライアル・アッシュビー、お前を叩きのめす人物こそがアッシュビーだ。次に叩きのめす人物もその次に叩きのめす人物もアッシュビーだ。忘れずにいてもらう必要はない。お前は死ぬのだから」

 

アッシュビー・クローン達の声が重なった。

「「「さあ、勝負はこれからだ!」」」

 

 

 

 

 

日付は1月2日に変わった。アッシュビー艦隊の隊員はよく戦った。

一人倒れては別の者が交代し、その者が倒れれば先に倒れた者が叩き起こされて代わりを務めさせられた。

 

横列陣はさらに15層を破っていた。

横列陣攻撃中に、左右から挟撃を受ける危うい場面もあったが、アッシュビー・ターンによってそれを回避した。

極限状態でアッシュビーの指揮はさらにキレを増しているかのようだった。

 

艦橋の幕僚は徐々にその姿を減らしていた。

倒れた者、他部署の支援に向かった者……

フレデリカも途中で倒れかけた為、アッシュビーが強制的に休息に入らせていた。

 

補給物資も不足が顕著になり始めた頃、敵の攻撃も少しずつ弱まり始めた。

 

アッシュビーは、頃合いと判断した。

「皆、よく耐えてくれた。ここから俺の言う通りに戦えば勝てる。さあ、勝負はこれからだ!アッシュビー、超必勝戦術、アッシュビー・スパークのお披露目だ!」

 

「イエッサー……アッシュビー……」

待ちに待ったその瞬間に、皆、最後の力を振り絞った。

 

 

アッシュビーが陣形を変化させようとしたその時、彼のもとに超光速通信が届いた。

 

 

 

 

同盟軍宇宙艦隊司令長官アレクサンドル・ビュコックがライアル・アッシュビーに戦闘停止を命令してきたのである。

 

 

 

 

 

あまりの事態に呆然とするライアル・アッシュビーのもとに、ビュコック司令長官から続けて映像通信が届いた。

 

憮然とした表情のビュコックの隣には、その男が立っていた。

「やあ、ライアル・アッシュビー君。久しぶりだね。わたしだよ」

 

 

怪我の後遺症を感じさせない、若々しい顔に爽やかな笑顔を乗せて。

 

 

「君達の議員、君達のヨブ・トリューニヒトだよ」

 

 

 

 



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第四部 21話 僕たちは信じている

戦闘停止命令から少し時間を遡る。

 

宇宙暦802年 1月1日 午後三時 自由惑星同盟 首都星ハイネセン

 

統合作戦本部ビル地下の作戦会議室に集まっていたジョアン・レベロ、ビュコック達は難しい選択を迫られていた。

 

物資の不足がいよいよ深刻化して来ていたのである。

ハイネセンの物資はあと七日ほどは保つはずであった。

しかし、挙国一致救国会議の仕業かどうかは不明ながら、生活必需物資、医療用医薬品を収めていた配給用倉庫の一部が火事となり、失われてしま