hasegawaさん、炎の短編集。 (hasegawa)
しおりを挟む

1、FREEDOM ~月に叢雲花に風~

 

 

 関西サイクルスポーツセンターに行った、その翌日――――

 俺は今、凄まじいまでの筋肉痛と戦っていた。

 

 

 大阪府の河内長野市にある自転車テーマパーク、関西サイクルスポーツセンター。

 そこには大小様々なオモシロ自転車たちが存在し、たくさんのオモシロが俺を待ち構えていた。

 確かに俺は喜び駆け回り、そして色々な自転車を心行くまで堪能した事だろう。

 

 しかし、今俺の身体を蝕む痛みの原因は、決して自転車などではない。

 

 山だ。“坂道“なのだ。

 関西サイクルスポーツセンターは河内長野市の山の中に存在しており、アトラクション間を移動する為には、もう毎回凄まじいまでの坂道を歩かなければならない。

 娯楽を得る為、ショーを観る為、果てはトイレに行く時でさえ……、来園者は常に足腰に登山めいた苦行を強制されるのだ!

 

 あのテーマパークは、自転車に乗る為の場所じゃない――――

 むしろ坂道を歩き、足腰を酷使する為の場所だったのだ!

 

 

「俺は決して、自転車に負けたワケじゃねぇ……。

 あの関西サイクルスポーツセンターという“登山場“に負けただけだ」

 

 

 戦場では、常に想定外の出来事に遭遇する。

 そんな教訓めいた事を改めて実感した、関西サイクルスポーツセンターであった。

 

 

………………………………………………

 

 

「ふじお! せっかくの日曜日だっていうのに、いつまで寝てるつもりなんだい!!

 アンタたまには母さんに、カーネーションの一本も買って来たらどうなんだい!!」

 

 午後三時。全身の痛みに耐えてベッドでごろごろとしていた俺のもとに、突然うちのお母さんがエンカウントしてきた。

 

「うるせぇババア! 俺は今、凄まじいまでの痛みと戦っているんだよ!!

 戦場にも行かなかったヤツが俺にそう言うのかよ! ラブ&ピースと歌うのかよ!!」

 

 あの戦いは無駄だった。この世はラブ&ピース。

 安全な所にいた連中が俺にそう歌う。まるでベトナム帰還兵の心境だ。

 

「なに言ってるの! そんな事よりアンタ、はやくおやつ食べちゃいなさい!

 ほらこれがお父さんが通信販売で買ってきた、

 “ひと箱で一年分のカルシウムがとれるウエハース“よ」

 

「そんなウエハースがあってたまるかッ!!

 お父さん騙されてるから! かつがれてるから!!」

 

「なに言ってるの! そんなイノセントなお父さんと結婚できて、

 母さんとっても幸せだと思ってるわ!」

 

 そう言い残し、ウエハースを置いて部屋を出ていくお母さん。

 仕方がないので、ウエハースをサクサクする俺。

 

「まったく世の中はファックだぜ! ブルシットだぜ!!

 こんなにもまずいウエハースを、まさか有難がる日が来るなんてな!!」サクサク

 

――――俺の血となれ。肉となれ。

――――――我と共に生きよ、ウエハースよ。

 

 そう心で念じながら、雪印コーヒーでウエハースを流し込んでいく。

 俺達はひとつだ。共に戦おうじゃないか人生を。この人生を。

 関係ないけど、ちょーチャーハン食いてぇ。今ちょーチャーハンが食いたかった。

 

 そんな事を思っている時、突然ドタバタという物音が聞こえてくる。

 そして部屋のドアが開き、今俺の目の前に、うちの妹の姿が現れた。

 

「……おにいちゃん!!」

 

「のり子っ! 入る時はノックをしなさいと、いつも言っているだろう!!

 もしおにいちゃんが部屋でふしだらな事をしていたら、いったいどうするつもりだ!!」

 

「きいてっ、おにいちゃん!!」

 

 ウチの妹、のり子。

 ポニーテールに、ワカメちゃんのようなスカートを穿く14才。

 兄として妹の無作法を窘めるも、今はそんな場合ではないとばかりに息を弾ませるのり子。

 

「――――おにいちゃん! わたしたち、ほんとうの兄妹じゃないの!!」

 

「マジでかチキショウ!!!!」

 

 突然言い放たれる、妹の衝撃発言。

 人がウエハースを食っている時に、なんて事を宣言してくれるんだ。

 

「そうなのっ。だから今までどれだけユーを愛しても

 3分の1も伝わらなかったけれど、今はそんな事ないわ!」

 

「落ち着くんだ! のり子!!」

 

「おちついてなんかいられないっ! 走り出した恋はもう止められないのよ!」

 

 ときめく想いに駆け出しそうなのよ!

 そう言って掴みかかってこんばかりの勢いの、のり子。 

 

「とりあえずこれを食べて落ち着け! これがお父さんが通信販売で買ってきた、

 ひと箱で一年分のカルシウムがとれるウエハースだ!!」

 

「嘘よっ、そんな物がこの世に存在するわけないわっ! フィクションよ!!」

 

 おにいちゃんのうそつきっ! 抱きしめて!

 そう言い放ち、ついには掴みかかってくるのり子。

 誰だ! そんな事をのり子に吹き込みやがったヤツは! お父さんか!

 つかそんな事を言うヤツぁ、ウチのお父さんしかいねぇ!!

 

「のり子! いまから俺はお父さんに、一世一代の腹パンをかましてくるぞ!!

 お前もついてくるんだ!!」

 

「わかったわおにいちゃん! のり子はいつだって、おにいちゃんといっしょよ!!」

 

 

………………………………………………

 

 

 なかよく手を繋ぎ、ドタバタと階段を上がっていく俺達二人。

 目指すはウチのお父さんの部屋。この家の最深部にある、お父さんの書斎だ。

 俺はもう、すでに拳を振りかぶりながら走っている。この勢いのまま、ヤツの腹に拳を叩きこんでやるのだ。

 

「――――たのもうっ、お父さん!! チィエストォォォーーーウッッ!!!!」

 

 そう言い放ち、扉を開けた瞬間に拳を繰り出す。しかしそこにお父さんの姿は無かった。

 拳はお父さんの書斎の椅子に直撃し、そして俺はグキッと拳を痛めた。

 

「おぅファック! ファック!!」

 

「おにいちゃん、おとうさんの姿がないわ! すでにランナウェイよ!!」

 

 書斎の床をゴロゴロとする俺。すると床に、一枚の画用紙が落ちているのを発見する。

 そこに書かれていたのは、イカダの設計図。子汚いクレヨンで書かれた、お父さんが作成したであろうイカダの設計図であった。

 

 

【海に行く。――――父】

 

 

 

 ……絵に書かれたメッセージ。それを読み、ただ愕然と立ち尽くす俺達。

 

「……お、おにいちゃん…………」

 

 不安な表情を浮かべるのり子の手を、俺は強く握り返す。

 

 ……季節は1月。この三が日が明けたばかりの新年ムードまっさかりの時期。

 お父さんは手作りイカダひとつを持ち、長年の夢である、海を目指していった。

 

 

 

 

「――――完成していたと言うのか」

 

 








BGM推奨曲、Blood Stain Child - “Freedom“


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2、新世紀だけど、エヴァ作れませんでした!1

~あらすじ~

アダムってなんか気持ち悪いし、そんなのでロボット作りたくない――――
そんな赤木リツコ博士のわがままにより、毎回エヴァとは全然関係ないロボットに乗せられて戦うシンジ君のお話。






 

 

「こ、このロボットに乗せる為に……、僕を呼んだって言うの父さん?」

 

 

 碇さん家のシンジ君は、ただいまネルフの格納庫へと招待されていた。

 ちなみに現在、第三新東京市に使徒進行中である。

 

「そうだ。これに乗れ、シンジ」 

 

「嫌だよ父さん!」

 

「そう言わずに乗れ。がんばれ」

 

「嫌だって言ってるんだよ! 父さん!!」 

 

 シンジ君のお父さんである碇ゲンドウ氏は、けっこうアグレッシブにグイグイ来た。

 

「し、シンちゃん? そんな事言わずに一度乗ってみて?

 お母さん達、けっこう頑張って作ってみたから」

 

 その隣では、妻である碇ユイが必死に息子を説得する。

 エヴァなんて作れなかったので、もちろんユイさんはご健在。現在は家族三人、仲良く一緒に暮らしているのだ!

 

「嫌だって言ってるんだよ母さん! こんなロボット乗れないよ!!」

 

「わがままを言うんじゃないのシンジ君! この街の未来は、

 貴方の手にかかっているのよ!!」

 

 目の前のロボットを見てプリプリと怒るシンジ君。そんな彼をネルフ作戦本部長である葛城お姉さんも必死で説得する。

 

「かかってないよそんなの!! だってこれ“ガンタンク“じゃないか!!

 誰でも乗れるよこれ!!」

 

 この度、久々に使徒がいらっしゃるという事で、ネルフ一同は頑張って、突貫工事でガンタンクを作ったのだ。

 

「なんでぼくが乗るんだよこれ! 別に14才じゃなくても乗れてしまうよこれ!!

 そもそも何でガンタンクを作ったのさ父さん!!」 

 

「……え? いやその……赤木博士の趣味でな」

 

 ネルフの技術力と市民の血税という潤沢な資金を使い、赤木博士は大した原作知識もなく、見様見真似でガンタンクを作ったのだ。

 

「なんでだよリツコさん! なんでガンタンクにしたんだよ!!

 せめてガンダムにしてよ!!」 

 

「黙りなさいシンジ君。ガンタンクはかっこいいわ。私はそう思うわ」

 

 ザクとかジムにはコアな愛好者がいるが、ガンタンクはどうなのだろう?

 すくなくともMSのスペックでいえば、公式で可哀想なくらいにケチョンケチョンに言われているそうだが。

 

 加えて言うと、赤木博士には最初から“エヴァンゲリオンを作ろう“という発想が無かった。

 あんなアダムとかいう、白くてずんぐりむっくりな気持ち悪い生き物を参考にして、ロボットを作る?

 冗談はよして欲しい。私はそんな物を作る為に、科学者になったワケではないのだ。 

 

「シンジ君。私は貴方の為にガンタンクを作ったわ。乗りなさい」 

 

「嫌だって言ってるんだよリツコさん!! ならリツコさんが乗ればいいじゃないか!!」

 

 煙草をスーっと吹かしながら、プイッと目をそらすリツコさん。

 アイアム科学者。私はノットパイロットなのだ。

 

「シンジ、私は自分達の作ったロボットに、息子を乗せてやるのが

 夢だったのだ。ぜひ乗ってくれ」 

 

「そうよシンジ。お母さんも夢だったのよ」

 

「嫌だって言ってるんだよ二人とも! どうするのさ! あのATフィールドとかいうの!

 使徒には通常兵器とか通用しないんでしょ! これガンタンクでしょ!?」 

 

 二人は必死でシンジ君を説得するも、非常に痛い所を突かれてしまう。私達の息子って賢い。 

 

「うむ、そこはあれだ。“コミュ力“で」 

 

「 コミュ力!? 」 

 

「ATフィールドは、なんか心の壁だとか言うぞシンジ。

 お前のコミュ力を見せてやるといい。心を開かせてやれ」

 

「嫌だよコミュ力って! そもそも僕はガンタンクに乗って使徒と戦うんだよ!!

 なんだよガンタンクに心を開く使徒って! そんなの使徒じゃないよ!!」 

 

「――――シンジ君。ガンタンクはかっこいいわ」

 

「リツコさんの趣味は今いいんだよ! きいてないよ!!」

 

 ちなみにシンジ君は、エヴァとかそんなのが無く今まで家族円満に幸せな生活をおくってきているので、人格形成はバッチリだ。

 むしろこの中で一番コミュ力があるのはシンジ君だったりする。軍人とか科学者はみんな、どっかひねくれていると思う。 

 

「碇くん。ならわたしも一緒に乗るわ」

 

「綾波っ!?」

 

「わたしも一緒にガンタンクに乗るの。碇くんといっしょ」

 

 彼女は綾波レイ。ユイ博士のクローン的な存在らしい。

 

 ユイさんいわく、「なんかクローン作ってみたら出来たゼ!! 息子の友達になってもらおう!!」という事で昔引き合わされた。今では仲の良い幼馴染のような存在だ。

 

「乗らなくていいんだよ綾波! 危ないよ!!」

 

「ダメ。わたしも碇くんといっしょにがんばる。碇くんといっしょ」

 

 コミュ力の化身であるシンジ君に、レイちゃんはものっすごい懐いていた。

 いつでも一緒にいたいのだ! 大好きなのだ! 

 

「そもそもガンタンクって二人乗れるの!? 一人用じゃないの?! 知らないけど!?」

 

「大丈夫よシンジ君。レイを膝だっこしてあげれば、乗れるわ!!」

 

「戦いにくいでしょうがミサトさん!! 地球がかかってるんだよ! この戦いには!!」

 

「する。碇くんの膝だっこ、する」 

 

「ほらぁ~もぉ~っ!! ほらぁ~~っ!!」

 

 ミサトさんが余計な事を言うからですよと、シンジが叱咤する。「てへっ♪」っと舌を出すミサトさんの姿に、シンジはちょっとイラッときた。

 対してレイのテンションはもうアゲアゲだ。膝だっこしてもらうまで、私は決して納得しないぞ。徹底抗戦もじさない構えである。

 

「もういいよ! 乗るよ!! 乗ればいいんでしょっ!!

 ほら行くよ綾波っ、ガンタンク乗るよっ!」

 

「ごめんなさいね~シンジ君! 次回までには、違うロボットも作っておくからっ♪」

 

「そんなポンポンとロボット作れるもんなの!? もっと血税を大切にしてよ!!」

 

 次回はいったいどんなロボットに乗る事になるのだろうか。

 そんな事を考えながらシンジ君は、いそいそとプラグスーツに着替えに行くのだった。

 

 

………………………

……………………………………………… 

 

 

「大人はみんな勝手だよ! 激おこスティックだよ!!」

 

 なんだかんだ言いながらもガンタンクに乗り込み、リフトで射出されたシンジ君。

 

「シンジ君、まずは歩く事だけを考えて!!」

 

「歩けないよガンタンクは! キャタピラ走行なんだよ!!」

 

 頑張ってコクピットでマニュアルを読み、ウィンウィンと前進していくシンジ君。

 

「碇くんすごいわ。ガンタンクを動かしてる」

 

「綾波が膝に乗ってるから前が見にくいよ!

 なんで今ぼくの胸板にほっぺスリスリしてるの?! 可愛いけどやめてよ!!」

 

 こんな時にでも、レイはシンジ君にべったりである。

 これが、わたしの望んだ世界そのものよ。このまま一つになれたらいいのに。 

 

「そうこう言ってるうちに、なんか使徒がいたよ!!

 身体は真っ黒けで、顔だけが白いよ! 顔の形はなんかアリクイとかに似てるよ!」

 

 第何使徒かとか、使徒の名前を聞き忘れて来たシンジ君。一生懸命に使徒の容姿を、口頭で説明する。

 

「手からビームとか出すよ! なんかパイルバンカーみたいな攻撃をするよ!!

 ガンタンクの頭部が今ピンチに陥っているよ!!」

 

〈ゲッション! ゲッション!〉という音を立てて、使徒がガンタンクを破壊していく。手で振り払おうとしているものの、ガンタンクの手はなんか変な形だ。上手く振り払う事が出来ない。

 

「シンジ君! ATフィールドを中和して!」

 

「出来ないんだよガンタンクには! 最初期のモビルスーツなんだよ!!」

 

「なんかこう……あるでしょ!! 一度『ATフィィ~~ルドッ!!』とか叫びながら

 殴ってみなさい!! 必殺技みたくの感じで!!」

 

「そうゆうヤツでもないんだよガンタンクは!!

 それゲッターとかマジンガーとかのテンションだよ! リアルロボッツなんだよ!!」

 

 とりあえず『ATフィ~ルド!!』とか言いながらジタバタ動いてみるものの、事態は一向に好転しない。引き続きガンタンクの頭部はゲッションゲッションされている。

 

「碇くん、わたしも言う。えっと……ATふぃ~~るど」

 

「可愛いけどやめてよ綾波! 今ぼく大変なんだよ!!」

 

 とにかくなんかジタバタしている内に、ガンタンクのキャタピラで使徒の足をギョギョギョっとやる事に成功するシンジ君。いたいいたいと使徒が離れていく。

 

「……シンジ君。貴方、鋼鉄ジーグは知ってる?」

 

「アンタいい加減にしときなよリツコさん!

 次回作ってきても、ゼッタイ乗らないからね!!」

 

 もう頼れるのは、自分だけだ。頼れる大人なんか、生まれてこの方ぼくは見た事ないんだ。

 

『ひらけ、ひらけ、ひらけっ、ひらけっ、ひらけっ!!

 開いてよ!! ガンタンクに心を開いてよッ!!!!』

 

 そんな事を言いながら、一生懸命に使徒にゼロ距離砲撃をかますシンジ君。

 そうこうしている内に名も知らぬ黒い使徒は、「いたいいたい」といった仕草をしながら、何故だか第三新東京市から撤退していってくれたのだ。

 

「やったわシンジ君! 使徒を撃退したわ!!」

 

「あぁ……。さすが私達の息子だ、シンジ」

 

「えぇ、そうですね貴方。シンジは自慢の息子ですわ」

 

「シンジ君……。貴方、ボトムズは観た事ある?」

 

 通信機からは、頼りにならない大人達の歓喜の声が聞こえる。それに返事をしている余裕もなく、息をゼーハーさせながら、可愛らしくじゃれてくるレイの頭をいい子いい子としてあげているシンジ君。

 

 構想だけはあったという、対使徒用、汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオン。

 そんなロボットに乗る事も出来ず、少年は神話になる前に、窓辺から飛び立ってしまいそうだった。

 

「……エヴァ作ってよ! 乗るよ! 僕をエヴァンゲリオン初号機に乗せてください!!」

 

 シンジの魂を込めたシャウトであったが、ネルフの大人達はだれも聞いちゃいなかった。

 

 翌日、元気のないシンジ君の為に、レイが紫色の折り紙でエヴァンゲリオンを作ってくれた。

 シンジはもう、笑えばいいと思った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3、新世紀だけど、エヴァ作れませんでした!2

 

 

『……乗れっ! 早くっ!!』

 

 

 ただいま第三新東京市には、例によって使徒が進行中だ。

 戦闘中、この区域にトウジ達が取り残されている事を発見したシンジ君。ロボットのハッチを開き、中に入って来るよう彼らに促した。

 

「……その声は、碇か!?」

 

「センセ! センセがそのロボットに乗っとるんか!?」

 

『そうだよケンスケ! トウジ! 早くこの中に入って来てよ!!』

 

 今回の使徒であるシャムシエル。イカみたいな外見が大変キュートなヤツである。その武装である鞭のような触手にゲッションゲッションやられながらも、現在シンジは必死にスピーカーから呼びかけている。

 

「……でもさ、碇? ……そのロボットってまさか“アフロダイA“じゃないか?

 なんでそんなロボットに乗ってるんだよお前!!」

 

 アフロダイAは、アニメ“マジンガーZ“に登場する元祖女性型ロボットである。曲線美が美しい。

 ちなみにパイロットは当作品のヒロインである“弓さやか“さん。キュートな女の子である。

 

「そうやぞセンセ! ケンスケの言う通りや!!

 なんでそんなエロいロボットに乗っとるんや!!」

 

『仕方ないじゃないかぁ! これに乗れって言われたんだからぁーっ!!

 そんな事より、早く中に入って来てよっ!!』

 

 もう今コックピットの中は、使徒からの攻撃の振動でエライ事になっている。ひたすらゲッションゲッションやられながらも、なんとか耐えているという状況だ。

 

「い……嫌じゃボケッ! 日本男児が、女型ロボットなんぞに乗れるかぁ!!」

 

『 !?!? 』

 

「そうだよ碇! ……お前、恥ずかしくないのかよ!!

 なんでアフロダイAなんかに乗ってるんだよ! 変態じゃないか!!」

 

『 !?!?!? 』

 

 現在まごう事なく生命の危機に晒されていながら、その状況下でもブーイングを送るトウジ達。

 断固拒否! それは男の子のプライドを賭けた、清々しいまでの拒否であった。

 

 

『 ぼくだって……! ぼくだって乗りたくて乗っているワケじゃないっ!! 』

 

 

 ここで奇しくも、原作と同じようなセリフを言うシンジ君。

 絶叫に近いその言い方と、言っている状況こそ大分と違うだろうが。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

「――――シンジ君。貴方の為に私はアフロダイAを作ったわ。乗りなさい」

 

「なんでだよ! なんで作っちゃうんだよリツコさん!!」

 

 

 ここへやって来る少し前、ネルフの格納庫でそれはもう大喧嘩したシンジとリツコさん。

 

「シンジ君! 現在この第三新東京市に使徒が進行中よ!! 急いで準備して!!」

 

「ミサトさんはちょっと黙っててよ!

 ぼくは今リツコさんにプリプリと怒っているんだよ!!」

 

 もう勘弁ならんと、シンジ君の怒りが天地に木霊する。なんでエヴァを作らないのかこの大人達は。何で永井豪に走ったのか。何故に女性型ロボなのか。

 

「大体いつもリツコさんは! …………って、どこ行くのさリツコさん!!

 ちょっとちょっとちょっと!!」

 

 スーっとタバコを吹かしながら、プイっと顔を背けたリツコさんがこの場から歩き去っていく。清々しいまでのガン無視だ。子供か。

 

「ごめんなさいねぇ~シンジ君……。リツコったら前回シンジ君にガンタンクを

 馬鹿にされたモンだから……ちょっち、すねちゃってるのよ♪」

 

「 それでぼくにアフロダイAを!? 嫌がらせじゃないかそんなの!!!! 」

 

 地球の平和をなんだと思ってるんだ。もうシンジ君の血管は切れてしまいそうだった。

 

「許してやってくれないかシンジ。それに今回アフロダイAという

 女性型ロボットを作ったのには、少し考えあっての事なのだ。

 ……冬月せんせい、説明を」

 

「うむ。任せておけ、碇よ」

 

 ムキーっとばかりに地団駄を踏んでいたシンジ君の前に、元大学教授の経歴を持つ冬月先生が現れる。彼はここネルフで唯一と言っていい、シンジが“信頼する大人“だ。

 

「使徒は強力な心の壁……、ATフィールドを持つ存在……。

 しかしシンジ君、アフロダイAは“女性型“だ。

 ゆえにもし使徒が“オス“であれば、必ずやアフロダイAに心を開いてくれる」

 

『 バカじゃないの大人!! ほんとバカじゃないの!!!! 』

 

 生まれて初めてシンジ君は「ガッデム!!」という言葉を使ってみた。

 

「シンちゃん……大丈夫よ? お母さん達がんばってアフロダイAを作ったんだから。

 ほら見て? この曲線美。プリッとしたおしり。

 お母さん達こだわったんだから♪」

 

「母さんはせめてしっかりしててよ!!

 味方がいないんだよ! このネルフには!! 心が壊れてしまいそうだよ!!」

 

 優しくほがらかな笑顔で「うふふ♪」とばかりに説得してくるユイさん。どれだけママに叫んでも、3分の1も伝わりゃしない。純情な感情は空でグルングルンしていた。

 

 

 その後はレイちゃんが例の如く「わたしも碇くんと一緒に乗る。碇くんといっしょ」とばかりに駄々をこねたが、シンジは必死になってそれを拒否する。

 

 ……このロボットに綾波が乗る所を見たくない。絶対に乗せたくない。

 

 特にアフロダイAの唯一の武装である“あの攻撃“……。あれを綾波に使わせる事だけは、ぜったいに避けたかったのだ。

 これはシンジ君の“男の子の矜持“。幼馴染としての意地である。

 

 なんだかんだとギャーギャー騒ぎながらも、最終的にマコトやマヤといったオペレーター三人組に神輿のようにワッショイと担がれ、アフロダイAに乗り込み戦場に向かう事になるシンジ君。

 

 

「バカなんじゃないの!! みんなバカなんじゃないの!!」

 

 

 もうありったけの罵詈雑言を並べてやりたかったが、悪口の言葉なんてシンジ君は知らない。

 プリプリと怒るシンジ君のそれは大人達から見て非常に可愛らしく、また微笑ましい物でしか無かった。

 

 

………………………

………………………………………………

 

 

「鈴原っ! 今はそんな事言ってる場合じゃないでしょ!」

 

「そうやでおにぃちゃん! シンジさん乗れ言うてはるもん!」

 

 嫌だ嫌だとごねる男二人を、委員長であるヒカリとサクラちゃんが説得する。

 ちなみにこのサクラちゃんはトウジの大切な妹さんで、前回の使徒襲来時にも怪我をする事もなく、元気いっぱいな姿を見せている。

 この女の子達を含めたトウジ達4人は、渋々ながらイソイソとアフロダイAへと乗り込んでいった。

 

「なんやセンセ! ピンク色のプラグスーツやないかお前!!」

 

「仕方ないじゃないかぁ! これしか用意してくれなかったんだからぁー!!」

 

『――――シンジ君。とてもお似合いの姿ね』

 

「 アンタ後でおぼえてなよ!! いつの間に帰って来たのさリツコさん!? 」

 

 コックピット内でギュウギュウになりながら、第四使徒シャムシエルに必死で応戦するシンジ君。

 

『今よシンジ君! リツコと仲直りをするチャンスかもしれないわ!!』

 

「そんな場合じゃないんだよミサトさん! ぼくもう一杯いっぱいなんだよ!!」

 

 うっとうしい程にテンションを上げて提案してくるミサトさん。ちなみに今リツコさんは、プイッと顔を背けながらデスクでタバコを吹かしている。

 

『ほら! ここでちゃんと“ごめんなさい“すれば、次回からちゃんとした

 ロボットを作ってくれるかもしれないわ!!』

 

「……えっ!?」

 

『勇気を出してシンジ君! 貴方なら出来る!

 行きなさいシンジ君! 誰かの為じゃなく、貴方自身の為に!!』

 

 いつかどこかで聞いたようなセリフを言いながら、必死で説得をするミサトさん。その熱意と次回からの戦闘の為に、シャムシエルとのすったもんだをしながらも、シンジがリツコに語り掛ける。

 

「……あの……リツコさん」

 

『……………………』

 

 無線からは何も聞こえず、しかしリツコがこちらの声に耳を傾けてくれているが分かった。

 

「……ぼく、リツコさんに言い過ぎてしまいました。

 がんばってロボットを作ったリツコさんの気持ち……、考えてなかったです」

 

『……………………』

 

 静かな声色、しかし出来る限りの誠意を持って。

 シンジ君が今、リツコの心に語り掛ける。まごころを君に。

 

 

「……ごめんなさい、リツコさん。ぼくと仲直りしてくれますか……?」

 

 

………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――次回は“ボスボロット“よ、シンジ君』

 

「 大人になりなよリツコさんッ!! 地球が滅びちゃうよッ!! 」

 

 

 拗らせてしまっている悲しい大人には、誠意など通用しなかった。

 ちなみにボスボロットはマジンガーZに登場する、廃材とか古タイヤで作ったようなロボットだ。

 

『嫌よ、私は大人になんかならないわ。

 ――――だってもう作ってしまったもの、ボスボロット』

 

「バーカ! バーカ!! リツコさんのバーカ!!」

 

 重ねて言うが、プリプリと怒るシンジ君はとても可愛い。

 ネルフの大人達が今『ほっこり♪』としているのを見たら、彼はどう思うのだろうか?

 

 関係ない話だが、この戦闘から帰還したシンジ君はいの一番に格納庫へと向かい、そしてボスボロットを破壊した。

 

「大人は頼りにならないよ! ぼくががんばらなきゃ!!」

 

 もう全てのしがらみを振り切って、あるいは考えないようにして、シンジ君は戦う。

 

『ねぇシンジ君、シャムシエルなんかモジモジしてる気がしない?

 あの子やっぱりオスだったんじゃない?』

 

「気のせいだよミサトさん! もう黙っててよ!!」

 

『……これは、……今後アフロダイAを量産する計画を……』

 

「 エヴァに乗せてよ! ぼくはエヴァンゲリオン初号機パイロット、碇シンジです!! 」

 

 アフロダイAの怒りのパンチが、シャムシエルの身体に炸裂する。本当はネルフ本部にでも叩き込みたい心境なのだが。シンジ君はいい子なのでそんな事出来ない。

 

『今よシンジ君! あの武装を使うのよ!!』

 

「……武装って!? あの光子力ミサイルの事ですか!?」

 

 アフロダイAに装備された唯一の武装である“光子力ミサイル“。

 今こそそれを叩きこめ! 今がその時なのだ!

 態勢を崩したシェムシエルに向かい、シンジ君が裂帛の気合でレバーを前に入れる。

 

「光子力ッ、ミサーーイル!! ………………って、あれ?

 出ないよ光子力ミサイル! なんで!? 出ないっ!!」

 

 チャンスとばかりにレバーを入れるも、何度グイグイしてもミサイルが発動しない。

 

『 駄目よシンジ君! ちゃんと“おっぱいミサイル“って言いなさい!!!! 』

 

「 !?!? 」

 

『 おっぱいミサイルって言いなさいシンジ君! ちゃんと言いなさい!! 』

 

 光子力ミサイル。それはアフロダイAの胸部から発射される、当時ひじょ~に革新的だったミサイル兵器である。

 その通称を“おっぱいミサイル“。むしろだれも光子力ミサイルなんて呼ばずに、おっぱいミサイルと言っているのだ!

 

『シンジ君。“おっぱいミサイル“って言いながらじゃないとレバーは反応しないわ。

 ――――私がそう作ったもの』

 

「なんて事するんだリツコさん!! そんなにぼくが憎いのか!!」

 

 14才の多感な少年に、人前で“おっぱい“と言わせる。それはもう人権の蹂躙に等しかった。

 

『言いなさいシンジ君! おっぱいミサイルって!

 みんな楽しみにしているのよ!!』

 

((( わくわくっ! )))

 

「みんなもうクレイジーだよ! おかしいよ!!」

 

 シンジきゅんの可愛いお声で「おっぱいミサーイル!!」って言わせたい……。その想いだけでネルフは一丸となり、アフロダイAを制作したのだ!!

 

「……えっと、シンジ? 恥ずかしいなら俺が言おうか? 地球の平和の為だし」

 

 コックピットに同乗していたケンスケが、シンジに同情してそう言ってくれるも……

 

『 アンタが言ってどうすんのよ!!!! 誰なのよアンタ!! 』

 

『 そうだよお前! なんだよ出ていけよ!! 』

 

 ネルフ職員一同による、まさかの大ブーイング。この大人達は可愛いシンジ君を辱める事に、命を賭けているのだ!

 シンジきゅんがモジモジ恥じらいながら、可愛いお声で“おっぱいミサイル“と叫ぶ……。そんな姿を見たいが為に、徹夜でアフロダイAを作ってきたのだ!!

 もう地球の平和とかは、どうでもよくなっていた。寝不足で頭が茹っていた。

 

『――貫いてシンジ君! あのATフィールドを、貴方のおっぱいミサイルでッ!!』

 

「 みんなもう死んじゃえばいいんだ! いっそ死んじゃえば!! 」

 

 

――――貫ける。おっぱいミサイルであれば、ATフィールドを貫ける。

 

 そんな何の根拠もない自信が、ネルフ職員全員の心にあった。

 だってオスだもの! 貫けるさ!!

 おっぱいミサイルなら心の壁だって貫ける!! だっておっぱいだもの!!

 

 

「 …………おっ、おっぱーい! ミサイーーールッ!! 」

 

 

 

 やがて全ネルフ職員の『fuuu~~♪♪♪』という歓声と共に、シンジの放つ光子力ミサイルが第四使徒シャムシエルに炸裂していった。

「いたいいたい」という仕草をし、この場から逃げ去っていくシャムシエル。地球の平和を守りたいという少年の意志が、強大な敵に打ち勝ったのだ!

 

 

「……え~っと、大丈夫? 碇くん……?」

 

「大丈夫ですシンジさん? あの……ウチらぜんぜん、気にしてへんですから……」

 

「…………」

 

 

――――貫けた。本当に貫けた。

 

 シンジの放つ渾身のおっぱいミサイルは、確かに心の壁“ATフィールド“を貫いてみせたのだ!!

 科学の勝利! 偉大なる前進だ!! …………やっぱりオスだったのかアイツは!!

 

 とにもかくにもヒカリとサクラちゃんは、未だ座席にうずくまってメソメソと泣いているシンジ君を慰めてやる。

 漢だったぜ、碇! あぁ、よぅやったでセンセ! ……そんなケンスケとトウジの声も、今は遠く聞こえる。

 

 

「 ……エヴァ作ってよ! 誕生日でもクリスマスでもいいから、エヴァをちょうだいよ!! 」

 

 

 ゲームも、自転車も、サッカーボールもいらない――

 エヴァ作ってくれ。ぼくをエヴァンゲリオンに乗せてくれ――

 

 そんな少年の心の叫びであったが、ネルフ職員達はさっきバッチリ録音していた「おっぱいミサイール!」の音声をリピート再生していたので、誰も聞いちゃいなかった。

 

 

 翌日レイが友人達と共に、なんか「……おっぱいミサイ~ル」と言ってアフロダイAごっこをしていたので、それを必死こいて止めるシンジ君だった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4、新世紀だけど、エヴァ作れませんでした!3

 

 

 第三新東京市は本日も晴天なり。

 今日も元気よくこの街に、人類の敵、使徒が進行してきていた。

 

 

 今回来襲したのは、第5使徒“ラミエル“。正八面体で宝石のような見た目の、非常にプリチーなヤツだ。

 そしてこのラミエルが放った超威力の加粒子砲。それによって地上に射出されてすぐの所だったネルフのロボットは、即座に破壊されてしまった。

 

 

「……い、嫌ぁああああッッ!! AIBOぉおおおおーーーッッ!!!!」

 

「アイボぉおおおおッッ!!」

 

 

 ネルフ本部に、職員達の悲鳴が木霊する。

 今回出陣していったのは、ソニーの誇る自律型エンタテインメントロボット、“AIBO“。

 1999年に発売の、学習型人工知能を搭載したキュートな犬型ロボットだ。

 今回リツコさんが制作したのは、そのでっかいバージョンである。

 

「死ぬなぁーッ、死ぬなぁアイボぉぉーーーッッ!!」

 

「アイボぉぉーーッ!!」

 

 だんだんと崩れ落ちていくAIBOの身体。その時、ネルフ本部は深い悲しみに包まれた。

 泣き崩れる者、ただ驚愕する者、悲鳴を上げる者。その誰もが無残にも大破してしまったAIBOの姿に涙する。

 

 短い間ではあったが、共に過ごしてきたAIBOとの日々……。その幸せだった時を想い、悲しみに暮れるネルフ職員達。

 お手、お座り、呼べばこちらに寄って来てくれる程のコミュニケーション能力……。その愛らしい姿に誰もが心を奪われ、また心から愛していたのだ。

 

「許さない……! 絶対に許さないわっ、第5使徒ラミエルッ!!」

 

「アイツは悪魔よ! ひとでなしよっ!! よくも可愛いアイボちゃんをッ!!」

 

 抱き合いながらわんわんと泣くユイさん&ミサトさん。別にラミエルは人間では無いので、ぶっちゃけ“ひとでなし“はその通りだったのだが。

 ラミエル討つべし! AIBOの仇を取れ!! 今ネルフ全職員は一丸となって、打倒ラミエルへの意志に燃えている。

 

 そんなみんなの姿を、物陰からじっと見つめているシンジ君。

 今回はAI搭載型ロボットだという事で出番はなかったのだが、彼もここネルフ本部で戦闘を見守っていたのだ。

 

「AIBOがこわれてしまったわ、碇くん」

 

「……そうだね。壊れちゃったね、AIBO」

 

 レイと仲良く手を繋ぎ、一緒にネルフ職員達の惨状を見守るシンジ君。

 

 

「でもきっと……、どうやってもAIBOじゃ、勝てなかったと思う……」

 

 

 なんでAIBOを出撃させたんだろう……? そもそも何で作ったんだろう……?

 なんの武装も無いAIBOを作成し、いったい何がしたかったんだろう……この大人達は……。

 

 市民達の血税は、いったい何の為に使われているのだろうか?

 そんなシンジ君の疑問に答えてくれる者は、この場には誰もいない。

 

 ここにいる誰もがAIBOの死を悲しみ、またAIBOの安らかな眠りを祈ったのだった。

 

 

…………………………

………………………………………………

 

 

『……ふーん。シンジ達もなんか、いろいろ苦労してるのね……』

 

 

 ここはネルフ本部の一室。現在シンジ君とレイちゃんは、TV電話的な物を使ってドイツにいる友達、惣流アスカラングレーちゃんと話をしていた。

 

 ……AIBOて。……AIBOを出撃させるって。

 日本人のぶっ飛んだ思考に驚愕するも、とりあえずはシンジ達の境遇に同情しておくアスカ。

 

『まぁこのアタシが日本に行くまでの間、もうちょっとだけ頑張りなさいな。

 エヴァ2号機も調整完了したしね! アスカ様、ついに来日よ!!』

 

 いいなぁ……。ドイツってちゃんと、エヴァ作ってもらえるんだ……。

 そんな事はさておき、ミサトや加持さんの勧めもあり、同じエヴァのパイロット(?)として以前から交流のあるシンジ達。

 時にキツい物言いをする事はあるものの、先輩パイロットとしてとても面倒見の良い所もある彼女。シンジ達二人にとって、アスカは大切な友人なのだ。

 

「うん。アスカと会えるの、楽しみにしてる。綾波も早くアスカに会いたいって」

 

(コクコク)

 

『なーっはっは! まぁ戦闘に関してはこのアスカ様に任せておきなさいな!

 アンタ達は……そうね、私の日常生活のサポートなんかは、

 よくお願いする事になると思うわ。日本での生活って慣れない事も

 多いだろうし、よろしく頼んだわよ!』

 

 遠い異国の地に行く事にはなるが、そこにはこうして気心の知れた仲間が居てくれる。これはアスカにとって、何物にも代えがたい程に嬉しい事だ。

 

「碇くんの料理、とてもおいしいわ。アスカにもはやく食べてほしい」

 

『ポテトよシンジ! ポテト料理を作るのよ!!

 そいつをビールで流し込んでやるわ!!』

 

「頑張って作ってみるよ、アスカ。

 ……でも二人とも、ちゃんとノンアルコールでね?」

 

 ビールは舌じゃなく喉で味わうのよ! そんな事をレイに熱弁するアスカ。楽しそうに話す二人を見て、シンジ君もニッコリだ。

 

『ところでさ? 次回はシンジだけじゃなくて、ファーストも一緒に出撃するんでしょ?』

 

「そうみたいなんだ。ネルフの大人達ったら『よくもAIBOをやりやがったな!』

 ってすごく息巻いてるんだ。ミサトさんも『AIBOの弔い合戦よ!』って」

 

(コクコク)

 

『うん、馬鹿だもんね。知ってた!』

 

 花の咲いたような笑顔で、なかなか酷い事を言うアスカ。

 

『それはそうと、ファーストは何に乗って出撃するのよ? ガンタンク?

 アフロダイAはアタシ的には親近感のわくロボだけど、レイにはどうなのかな……。

 まさかと思うけど……、ボスボロットなんじゃないでしょうね?!』

 

 もしアタシの妹分(?)をボスボロットに乗せるような馬鹿共であるなら、日独同盟の破棄も視野に入れなければならない。

 これは国際問題に発展するぞと、前のめりになってアスカは問い詰めるのだが……。

 

「エヴァ零号機よ」

 

「「…………え?」」

 

――――その時、三人の間の空気は、ピキリと凍った。

 

「“エヴァ零号機“に乗るの。リツコさんが作ってくれたわ」

 

 娘の為ですものと、リツコは嫌々ながらも、ちゃんとエヴァ零号機を制作してくれていた。

 綾波レイは現在、リツコさんの家で一緒に暮らしているのだ!

 

「――シンジ君、そろそろ次の作戦の会議を……って、どうかしたのかしら?」

 

 その時、ちょうどリツコがこの部屋にやって来た。

 グギギギ……っと首を動かし、リツコの目を見つめるシンジ君。

 

「…………あの、リツコさん?」

 

「――何かしら? シンジ君」

 

 リツコは、スーっと気だるそうにタバコを吹かす。

 

「あの、綾波が今度……、エヴァに乗せてもらえるって言ってて……」

 

「――そうね、私が作ったもの。可愛い娘の為に」

 

 レイの頭を優しく撫で、いい子いい子としてやるリツコさん。

 

「えっと……、じゃあ次回、僕が乗るロボットって……」

 

「………………」

 

 リツコはフイッと顔をそらし、ゆっくりと煙を吐き出す。

 

「…………………………」

 

「…………………………」

 

 やがてリツコが、おもむろにその場にしゃがみこむ。それは陸上でいう所の、いわゆる“クラウチングスタート“の態勢であった。

 

 

『……あっ、逃げた! 逃げたわよアイツ!! 追いなさいシンジ!!』

 

 

 クイッとおしりを上げた瞬間、リツコはこの場から勢い良く走り去った。〈パタパタパタッ!!〉とスリッパの音をたてて。

 

「 なんでだよリツコさん! なんでなんですか!!

  ぼくはエヴァンゲリオン初号機パイロット、碇シンジです!! 」

 

 

 それを追っかけて裸足で駆けていく、愉快なシンジ君であった。

 

 

………………………

………………………………………………

 

 

 そして決戦当日。後衛にレイのエヴァ零号機を置き、シンジの乗るロボットが勢いよくラミエルに向かって飛び出していった。

 

「いくよっ、第5使徒ラミエル!! ……とりあえず、“ぼくの歌をきいてよ!!“」

 

 今回シンジくんの搭乗した機体は、VF-19 エクスカリバーという物。

 通称“ファイヤーバルキリー“

 マクロス7で、主人公“熱気バサラ“が乗った機体だと言えば、わかりやすいだろうか?

 

「おしえ~てくれ ネルッフー♪ このむーねの ンフフフフ~ン♪

 ……って攻撃しないで聴いてよっ! ぼくの歌をきいてよッ!!」

 

 後衛には、巨大なライフルを構えるエヴァ零号機。

 そしてシンジの搭乗するファイヤーバルキリーが使徒の攻撃を引き付けておき、隙をみて一気に撃破してしまう作戦だ。

 

 原作マクロス7でこの機体に乗る青年は、「戦いなんかくだらねぇぜ! 俺の歌を聴け!」というその信念から、一切の戦闘行為を放棄。ただひたすら戦場で歌声を響かせたという熱い逸話を持つ。

 そんな音楽への情熱溢れる、まさに凄い男なのだ。

 

 そして珍しくバルキリーというスタイリッシュなロボットに乗せた事からもわかる通り、今回のネルフはまさに激おこプンプン丸であった。AIBOの仇なのだ!

 

「ぼーくを~♪ どぉーこーへーとー♪ ンフフ ン~フフフ~ン♪

 ……って撃たないでったら! お願い撃たないで!!

 加粒子砲なんか捨てて、ぼくの歌を聴いてよっ!!」

 

 しかし悲しいかな、シンジ君は別にお歌の得意な子ではなかったりするのだ。

 特に歌に対して思入れもなく、どっちかというとチェロ演奏の方が好きなのだ!!

 

『シンジ君! そこでチェロのソロ演奏よ!! ギュンギュンと弾いてあげて!!』

 

「そういう楽器でもないんだよチェロは!

 ここじゃあ弾きにくいし、チェロがおっきくて操縦しにくいよ!!」

 

 フラフラ~っと頼りなく飛びながら、がんばってチェロを演奏していくシンジ君。

 戦場に、なんか良い感じのバスな音色が響く。チェロの演奏という物は、ぜんぜんテンションが上がらなかった。

 

「ぼ~くを~♪ エーヴァーへーとー♪ 乗っせはしなっいのか~♪」

 

『シンジ君! アドリブは入れなくていいわ! でもなんか気持ち籠ってるわ!!』 

 

 今の歌声よかった! 今日いちばん良かった!!

 そんな喝采を贈るくらいならば、シンジをエヴァへと乗せてやって欲しかった。

 

 シンジ君が必死で歌い上げている間も、絶え間なくラミエルが〈ピシュン! ピシュン!〉と加粒子砲を放ち続ける。やはり使徒とは、音楽で分かり合う事なんて出来なのか!? そんな空気がネルフ職員たちの間に漂う。

 しかしそもそもラミエルが歌で動きを止めたとして……、ならばそこを狙撃して一気にブッ殺しちまおうというのがこの作戦の本願だ。分かり合うも何もない。

 

「おしえーてくれ ネルッフー♪」(おしえーてくれ ネルッフー♪)

 

「……綾波っ! コーラス入れなくても良いから狙撃に集中して!

 でもすごく上手だよ!」

 

 次回は是非レイに歌を任せる事も検討してみたい。彼女ならばオリコンを荒らす事だって、決して不可能ではない。掛け値なしの称賛を贈るシンジ君だ。

 

「いかーれーた♪ リーツコさんに♪ エヴァを作らせるっ! だーけさぁ~♪」

 

『シンジ君! それちょっち語呂悪いかもしんない! リツコもスネちゃうわ!!』

 

 もうこうなったら、ここはぼくのステージだ。リツコさんがどう思おうと知った事か。

 そんな事を思っていたシンジ君のもとに、突然リツコから通信が入る。

 

『シンジ君。そのファイヤーバルキリーの武装――――ぜんぶ弾入ってないから』

 

「 なんて事をするんだリツコさん! あらかじめ嫌がらせしてたのか!! 」

 

 シンジにまともに戦わせる気など、リツコさんには無かったのだ。

 この拗らせてしまった悲しい大人の心を、誰か歌で開いて欲しかった。

 

「……碇くん。今ためしに空を撃ってみたの。これちゃんと撃てるわ」

 

「 試しにで撃っちゃったの綾波!?

  これ装填まで、いっぱい時間かかっちゃうんだよ!? 」

 

 おもわず「えいっ」っと試し撃ちしちゃった綾波。日本中の電力を結集した一発は、はるかお空の彼方へと消えていった。

 

「もうダメかもしれない! ダメなのかもしれない!!

 でもぼくが頑張らなきゃダメなんだ! ぼ、ぼくの歌をきけぇーーッッ!!」

 

 もう破れかぶれになって空を飛び回るシンジ君。心なしかチェロの音色もロックな感じになってきた。

 しかしその時――――突然バルキリーに緊急退避の命令が入る。

 

 

『シンジ君! そこをどいて!!』

 

『――――エンジン全開!! ヨーソロー!!!!』

 

 

 ほとんど反射に近い動きで、即座にその場から退避するシンジ。

 そしてその場に赤木リツコ博士の操縦する“ホワイトベース“が猛スピードで突っ込み、凄まじい轟音と共にラミエルを天高く“跳ね飛ばした“。

 

 

「………………えっ?」

 

 

 その光景を、シンジはただただ、コックピット内から眺める。

 

『……よっしゃあーーッ!! アイボの仇だぁこの野郎ぉーーッ!!』

 

『やったわよAIBOちゃん! ううっ……っ! 安らかに眠ってね……!!』 

 

 本部ではなくホワイトベースに乗っていたネルフの全職員。自らの手で見事に仇を打ち、歓喜の声を上げる。

 第5使徒ラミエルが「ファー♪」という綺麗なソプラノボイスを出しつつ、放物線を描き空へと消えていく。

 

「………………えっ?」

 

 未だシンジ君はバルキリーで立ち尽くし、状況を理解出来ないでいる。

 いつの間に作ってたんだそんな物。どこにしまってあったんだホワイトベースなんて……。

 

 そして自分達の勝利を謳うように、巨大な戦艦はいつまでもいつまでも、大空をグルグルと周っていた。

 まるで今はなきAIBOにも、この勝利を見せてやるかのように……。

 

 おしえーてくれ ホワイト ベース♪

 このむーねの モヤモヤを~♪

 

「碇くん。使徒がとんでいってしまったわ」

 

「……うん、飛んで行っちゃったね、綾波」

 

 エヴァ作ってよ! ぼくをエヴァンゲリオンに乗せてよ!

 そう今まで思って来たけれど……、もしかしてエヴァって、そんなに必要じゃないのかもしれない。

 この大空を悠々と舞うホワイトベースを見ながら、シンジ君はそう思う。

 ぼくも別にいらない子なんじゃないかなとか……、そんな風にも思う。

 

 

「……あー。ぼくアスカが日本に来る前に、一度くらい家出しとこうかと思うんだ。

 良かったら、綾波も一緒に行く?」

 

「いく。碇くんといく」

 

 

…………………………

 

 

 その後二人で電車に乗ったり、ケンスケも一緒にキャンプしたりもした。

 でも結局は大人達に見つかってしまい、二人の楽しい家出はあっけなく幕を閉じる。

 

 最後はホワイトベースに本気で追いかけ回されたりして、その大人げなさにビックリしたシンジ君であった。

 

 






※ 作中の歌は私のオリジナルソングです。いいね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5、新世紀だけど、エヴァ作れませんでした!4

 

 

「MAGIさん、あの……ぼくの話を聞いてくれますか?」

 

MELCHIOR・1――『承認』

 

BALTHASAR・2――『承認』

 

CASPER・3――『承認』

 

 

 ネルフ本部の某所。ただいま碇さん家のシンジ君は、マヤさんに許可をもらいMAGIを使わせてもらっていた。

 

「ありがとうございますMAGIさん。最近ぼく……ずっと悩んでて……」

 

MELCHIOR・1――『大丈夫』

 

BALTHASAR・2――『貴方はとても頑張っている』

 

CASPER・3――『話してみて』

 

 ちなみにマヤさんは、シンジにとても良くしてくれている優しい人だ。

 たまに思いの丈が暴走してかシンジ君をワシャワシャこねくり回そうとしてくるが……、それにさえ目を瞑れば彼女は非常に信頼できる大人。シンジ君にとってすごく貴重な存在だ。

 

 以前マヤさんにMAGIに相談してみる事を勧められ、そして今日も悩みを聞いてもらいに来たシンジ君である。

 

「ありがとうございます。じゃあさっそく相談させて下さいね。

 ……まずはえっと、なぜみんなは、ぼくをエヴァに乗せてくれないのかなって……」

 

MELCHIOR・1――『回答拒否』

 

BALTHASAR・2――『回答拒否』

 

CASPER・3――『黙秘権行使』

 

「えっ!?」

 

 まさかの一発目からの回答拒否に、ちょっとビックリするシンジ君。

 

「な……なんで答えてくれないのMAGIさん! なんでイジワルするの?!」

 

MELCHIOR・1――『回答拒否』

 

BALTHASAR・2――『知らない方が良い事もある』

 

CASPER・3――『シンジ君かわいい』

 

 MAGIはリツコさんの母親である赤木ナオコ博士によって開発されたシステム。

 MELCHIORは“科学者としての自分“

 BALTHASARを“母親としての自分“

 CASPERが“女としての自分“の人格を元にして、それぞれ作られている。

 

「……し、知らない方が良いって……。

 ぼくエヴァンゲリオンに乗りたいんですMAGIさん!」

 

MELCHIOR・1――『認識』

 

BALTHASAR・2――『認識』

 

CASPER・3――『認識済み』

 

「じゃあなんでぼく、エヴァに乗せてもらえないんですかっ!?」

 

MELCHIOR・1――『回答拒否』

 

BALTHASAR・2――『回答拒否』

 

CASPER・3――『シンジ君クソかわ』

 

「 な ん で で す か っ !! 」

 

 シンジは久しぶりに「ガッデム!」という言葉を使ってみた。

 さっきから“女である自分“CASPERさんがおかしな事になっているが、それにもめげずに質問をしていくシンジ君。

 

「……じ、じゃあいいです! 他の質問をします!

 えっと……リツコさんにエヴァを作って貰いたいんですけど、

 どうすればいいですか?」

 

MELCHIOR・1――『限りなく不可能に近い』

 

BALTHASAR・2――『あの子はそういうトコある』

 

CASPER・3――『条件次第で作ってもらえる』

 

「 !?!? 」

 

 ここでまさかの“可能“を提示したCASPERさん。シンジ君は藁にも縋るような気持ちで回答の続きをせがむ。

 

「……な、何をしたらいいのCASPERさん! どうしたら作ってもらえるの?!」

 

CASPER・3――『あの子が望む物をあげればいい。等価交換で実現可能』

 

「望む物って……。ぼく中学生だからお金とか持ってないし……。

 いったい何をあげたらいいのかな?」

 

 リツコさんの望む物に心当たりが無いシンジ君。プラモデルくらいならば買えるかもしれないと思うが、そんな物でリツコさんが喜んでくれるとは、とても思えない。

 一生懸命うんうんと考えてみるも、なかなか良案は浮かんでこなかった。

 

「……えっと、リツコさんが望む物って、何かありますか?」

 

MELCHIOR・1――『メガネっ子のシンジ君』

 

BALTHASAR・2――『ベビー服のシンジ君』

 

CASPER・3――『ネコ耳コスのシンジ君』

 

「 !?!? 」

 

MELCHIOR・1――『上目づかいでおねだり』

 

BALTHASAR・2――『一度ママと呼んであげて』

 

CASPER・3――『語尾に“にゃん“を付けて瞬殺』

 

「 !?!?!? 」

 

 回答もそうだが、きいてもいないのに2つ目が表示された事に驚くシンジ君。

 

MELCHIOR・1――『彼女は頼って欲しがっている』

 

BALTHASAR・2――『リツコ、貴方の事好きすぎ』

 

CASPER・3――『我が子ながら、めんどくさい』

 

「まってまって! なんでそんなグイグイ!!」

 

 もう〈ダダダダダーッ!!〉と回答を表示してくるMAGI。怒涛の勢いで文字が並んでいく。

 

「いったん止まってよ! 怖いったら!」

 

MELCHIOR・1――『了承』

 

BALTHASAR・2――『了承』

 

CASPER・3――『シンジ君ぷりちー』

 

「かわいくないよ! ぼくちゃんと男の子です!」

 

MELCHIOR・1――『それな』

 

BALTHASAR・2――『それな』

 

CASPER・3――『そういうトコだぞ』

 

「~~~ッッ!!」

 

 ついに機械にまでイジられだしたシンジ君。「ムキャー!」と地団駄を踏んでみるけれど、その姿はかわいい事この上ない。

 

「……もういいよ! もういい! 質問を変えますから、ちゃんと答えて下さいね!

 えっと……次はぼく、どんなロボットに乗せられちゃうと思う?」

 

 半ばエヴァに乗れない事を諦めそうになりながら、それでもポジティブな気持ちを忘れないシンジ君。

 次に乗るロボットさえ分かるのなら、心構えだけでもしておけるかもしれない。そんな健気で悲しい、とても良い子なのであった。

 

MELCHIOR・1――『テンドロビウム推薦』

 

BALTHASAR・2――『ライジンオー希望』

 

CASPER・3――『ノーベルガンダムに』

 

「えっと……テンドロビウムはなんか違うし、ライジンオーもひとりじゃ乗れないし、

 ノーベルガン…………って、ノーベルガンダム!?!?」

 

 ガンダムという響きに騙されそうになるが、ノーベルガンダムはバリバリの乙女型MSだ。アフロダイAの悪夢がよみがえる。ちなみにセーラームーンみたいな見た目のロボットなのだ!

 

「ぼく乗れないよきっと! 真面目に答えてよ!」

 

MELCHIOR・1――『ロボタック』

 

BALTHASAR・2――『先行者』

 

CASPER・3――『ダンボー』

 

「もっと乗れないよ! ダンボーにいたっては、もう“衣装“だよ!!」

 

MELCHIOR・1――『ビッグオー』

 

BALTHASAR・2――『ビッグオー』

 

CASPER・3――『ビッグオー』

 

「まさかのビッグオー押し!? それMAGIさんの趣味なの?!」

 

 通らないであろう難易度の案を先に出し、それから満を持しての本命提示。そんな大人げないやり口を駆使してきたMAGI。ビッグオーだけにネゴシエイションしたのか。

 

 しかし元々ビッグオーは大好きなシンジ君。だから不毛な争いの末だし、ビッグオーであれば「うん」と言うのもやぶさかではなかったのだが……。

 しかしビッグオーという趣味の渋さに、なにやらどこか既視感を感じるシンジ君。

 これはまるで……リツコさんがいつも作ってくるロボットの趣味のような……?

 

「…………あの、MAGIさん。……ちょっと聞きたい事があるんですけど」

 

MELCHIOR・1――『許可』

 

BALTHASAR・2――『了承』

 

CASPER・3――『どうしたの』

 

 シンジ君は、震える手で文字を打っていく。

 

「いつもリツコさんが作ってくるロボットのチョイスに……。

 もしかしてMAGIさん……、関わってたりしないよね……?」

 

MELCHIOR・1――『』

 

BALTHASAR・2――『』

 

CASPER・3――『』

 

「毎回ふたりでロボットを決めてるとか……そんな事ないよね……?」

 

 なにやらマギからの応答時間が、やたらと遅くなっているような気がする。

 カチコチカチと時計の音だけが、やけに大きく響く。

 

「そんな事ないよね……? MAGIさん……。

 MAGIさんは……、ぼくの味方だもんね……?

 いつもぼくに、やさしくしてくれたもんね……?」

 

 つらい時とか、悲しい時とか。第三新東京市にやって来て以来、いつもシンジはMAGIに相談にのってもらっていたのだ。

 いつも優しい言葉をかけてくれたのだ。「がんばれ」と、背中を押してくれたのだ。

 

「嘘だよね……? MAGIさん……。ぼくら、友達だもんね……?

 MAGIさんは、ぼくをいぢめたりなんか……しないよね……?」

 

MELCHIOR・1――『』

 

BALTHASAR・2――『』

 

CASPER・3――『』

 

 

「…………………MAGI、さん……?」

 

 

………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

MELCHIOR・1――『シンジ君かわいい』

 

BALTHASAR・2――『シンジ君かわいい』

 

CASPER・3――『シンジ君かわいい』

 

 

「 うわぁぁぁぁああああーーーーッッ!!!! 」

 

 おもいっきり後ろにひっくり返ったシンジ君。

 それ以降、MAGIは何を言っても『シンジ君かわいい』としか回答しなくなる。

 

「 なんでだよMAGIさん! エヴァに乗せてよ!!

  ぼくはエヴァンゲリオン初号機パイロット、碇シンジです!! 」

 

 この後、「答えてよMAGIさん! こたえてよ!」『シンジ君かわいい』と、そんなやり取りが10分ばかり続く。

 泣きながら機械をユサユサと揺らす、シンジ君であった。

 

 

………………………………………………

 

 

 後日、来日してくるアスカを迎えに行ったシンジ達。

 国連の空母までヘリに乗って迎えに行き、無事に念願だったアスカとの出会いを果たす。

 

 綾波を真ん中にして三人で手を繋ぎ、仲良く『ルンルン♪』と散歩するシンジ達。

 しかし、突然この艦隊のもとに使徒ガギエルが来襲。なんと三人一緒にエヴァ二号機へと乗り込み、使徒を迎え撃つ事になる。

 

「アンタ達! アタシの戦いをよ~く見てなさいっ!

 だっしゃぁぁーーーオラァァーーーッッ!!!!」

 

――――殴るわ、蹴るわ、引っ掻くわ。

――――――アスカの操る二号機が使徒を圧倒。可哀想なくらいボッコボコにする。

 

 挙句の果てにバタフライで泳ぎだし、バサロ泳法で潜水までする二号機。泳ぐ速度でさえも、完全にガギエルを上回っているんじゃないかと思わる。

 

(やっぱりアスカって凄いや。

 ………というか、エヴァに乗れるって……こんなにも凄い事だったんだな……)

 

 アスカの敢闘を称えつつ、どこか死んだ目で虚空を見つめるシンジ君。初めて飲んだLCLは、何故か涙の味がした。

 その時ネルフ本部に回線が繋がり、シンジのもとへリツコさんからの通信が入る。

 

 

『――――大丈夫シンジ君? 今そちらに、ビッグオーを向かわせたわ』

 

「 エヴァ作ってよ! エヴァがいいんだよぼく!! 」 

 

 

 

 帰国後、真っ先に雑貨屋さんへと出掛けて行ったシンジ君。

 メガネやネコミミを購入するかどうか、本気で考えるのであった。

 

 

 




 ――――次回、第七使徒イスラフェルとの戦闘に挑むシンジ君たち。

 原作通りに散々アスカとのシンクロ訓練をやらされた挙句……、当日用意されたロボットはエヴァ二号機と、ビッグオー。
『シンクロ出来るかぁ!!』みたいな話を書こうと思ってたヨ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6、とても嫌なチーム名で、ガールズ&パンツァー。1

※第一話のみ、非常にハードなエピソードあり。観覧にはご注意を!
 第三話にスペシャルサンクスを記載しております。


――あらすじ――

大洗の戦車は5両……。これではとても戦い抜く事は出来ない。
盟友西住みほのピンチを救うべく、次々に各地から戦車チームが駆けつける。

しかしそれらは皆、なんか変な名前をしていた。







 

 

 サンダース大付属高校、副隊長のアリサ。

 現在彼女はシャーマン戦車の中、無線傍受の真っ最中であった。

 

『カモさんチーム、ウサギさんチーム、カメさんチームは森へ向かって下さい!

 アヒルさんチームは索敵をお願いします!』

 

「……うひひひっ! 全部まる聞こえよアンタ達の作戦なんて!

 このまま捻り潰してあげるんだからっ!!」

 

 全国高校戦車道選手権の一回戦。今日の相手は大洗女子学園である。現在アリサが耳に当てているヘッドフォンからは、敵チームの隊長である西住みほの声が聞こえてきている。

 

――こんな無名の弱小高に負けるワケにはいかない。

――――使える物は無線傍受機でもなんでも使い、完膚なきまでに叩き潰してやるのだ。

 

 圧倒的物量、圧倒的資金力。そして私こと、アリサの力をもって。

 必ず我らが隊長ケイに勝利を捧げる。その為ならば、たとえ火の中水の中なのだ。

 

『ダイオウグソクムシさんチームは川の中へ! 水浴びをしてて下さい!』

 

「 ……ダイオウグソクムシ!?!? 」

 

 思わず声をあげ、ヘッドフォンを放り投げそうになるアリサ。

 こちらの声は相手には聞こえないので、別にいいっちゃーいいんだが。

 

『みぽりーん! ダイオウグソクムシは海洋生物だよ~?

 川の水なんかに入ってだいじょうぶ~?』

 

『あ、そうだね沙織さん! じゃあダイオウグソクムシさんチームも森の中へ!』

 

「 なんなのよその会話!! なに言ってんのよ!! 」

 

 ダイオウグソクムシはメキシコ湾などに生息する、等脚目スナホリムシ科の海生甲殻類だ。

 等脚類としては世界最大であり、最大50センチメートル近くにもなる巨大な種である。

 

 その名前の割に見た目はカッコよく、特に正面から見ると中々にクールな甲殻類だ。断食しても5年ほど生きられるというタフなヤツとしても知られる。

 しかし、そんなこたぁー今は関係ない。

 

『では、脱皮したてのザリガニさんチームは殿(しんがり)を!

 隠れキリシタンさんチームは、どっかでコソコソしてて下さい!』

 

「 どんな名前つけてんのよ!! バカじゃないの!!!! 」

 

 フラッグ車という事で隠れている最中にもかかわらず、おもいっきりシャウトしてしまうアリサ。

 ちなみに“脱皮したてのザリガニさんチーム“というのは、もちろんみほの命名だ。

 脱皮したてのザリガニは触れると結構グンニョリしているので、「見た目は堅そうだけど紙装甲だよね」という感じの戦車のチームに贈られた。

 

 そして隠れキリシタンさんチームは、その名の通り全員が“隠れキリシタン“の面子で構成されたチームだ。

 別に今の時代かくれなくても良いんじゃないのと思われるのだが、「キリシタンは隠れてナンボだろうが」という本人達の強い意志より、日々その信仰を周りから隠して生活しているのだ。

 まるで隠れて隠れて、隠れ通す事こそが、自らの神への忠誠心を示す証であるというかの如く。

 何かが激しく間違っている気がせん事もない。

 

「なによ……隠れキリシタンさんチームって……。どんな戦車乗ってんのよ!?」

 

 試合前の挨拶の時、そんな隠れキリシタンみたいな連中いただろうか? アリサにはまったく記憶にない。

 その名の通り、まさかどこかに隠れていたとでも言うのか。物凄く気になってきた。

 そんな事言ったらダイオウグソクムシさんチームや、脱皮したてのザリガニさんチームの戦車も気になる。想像がつきそうで意外とつかない。なにやら夢が膨らんできそうだ。

 

 ちなみに他にも大洗には“男だけどTバックさんチーム“というのも参加しているのだが、諸事情により、ここでは説明を割愛させて頂く。

 

 いや、そもそも私達は、大洗側の戦車は5両だと聞いていたハズなのだが……。なんかいらんのが大分増えている気がする。

 

『ベトナム帰還兵さんチームは例のポイントへ! 戦場帰りの力を見せて下さい!』

 

「 ベトナム帰還兵ッ!?!? 」

 

 この短い時間の中、そろそろアリサのシャウトのせいで耳がキィ~ンとしてきた車内のメンバー達。

 なんだ、ベトナム帰還兵さんチームって……。アメリカ的な校風とはいえサンダースにもそんなヤツは居ないぞ。

 

 それにしても愛らしいみほの声色で言う「ベトナム帰還兵さん♪」という言葉の響きは、結構なインパクトがあった。

 

『――――オーライ西住。サンダースの連中をファ〇クしてやるぜ』

 

「 止めてよ?! これ戦車道の試合よ?! ファ〇クはしないでよ?! 」

 

 

 ベトナム帰還兵というのは、1950年代~1970年代に行われた“ベトナム戦争“に従軍したアメリカ兵士達の事である。

 有名な所で言えば、映画『ランボー』に登場する主人公ジョン・ランボーがベトナム帰還兵だ。

 

 この戦争はアメリカにとって初となる“実質的な敗戦“であり、アメリカ世論はこの戦いを厳しく批判した。

 そしてその戦いに参加し、戦地から帰還してきた兵士達さえも、世間から様々な迫害を受けた。

 それもこれも、原因は北ベトナム側が取った広報戦術の成果による所がとても大きい。

 

 この戦いはアメリカ兵達にとって大量のゲリラとの戦い、すなわち“武装した民間人“との戦いであった。

 この戦場には最前線(フロントライン)というものが無く、アメリカ兵達はいついかなる時も、常に武装したゲリラからの脅威に晒された。

 どこにいようとも、片時も心休まる時など無かったという。

 

 この戦地では現地民の大人達だけでなく、幼い子供までが手りゅう弾を持ち、トテトテとこちらに向かって歩いてきた。

 それを撃たなければ、こちらが死ぬ。敵と民間人の区別など、もはやつくハズもない。

 しかしながら戦争のルール、国際戦時法にはしっかりと「民間人を殺してはならない」と記載されているのだ。

 

 ベトナムの民間人たちが襲ってくる、アメリカ兵達はやむなくそれを迎え撃つ。

 その戦闘の中でもし幼い子供が殺されよう物ならば、すかさずその映像と情報はベトナム側の手によって、『アメリカ国民に対して拡散された』

 

――――アメリカ兵達が子供を殺した! 民間人を虐殺している!! なんて酷い事をするんだ!!

 

 そして内地にいるアメリカ国民達はこのニュースに憤慨し、世論は「戦争反対」へと傾く。

 そんな風にしてアメリカは、ついにはこの戦争を継続する事が出来なくなった。

 実質的な、敗戦である。

 

 そしてこの広報戦術がもたらした最大の弊害として、アメリカ国民達は、戦地から帰って来た若者達までもをバッシングした。

 

――――あの戦争は無駄だった! この世はラブ&ピースだ!

 

 内地で安全に暮らし、自由と正義を掲げたアメリカ国民達が、帰還した兵士達に向かい高らかにそう歌う。

 そして命からがらあの地獄から帰ってきた自国の若者達を、故郷の人々は『人殺し』と呼んだ。アメリカの恥だと、罵ったのだ。

 

 ベトナム帰還兵とはつまり、そういった連中の事である――――

 

 

『――――に、西住……。もうダメだ、俺はここにはいられない……』

 

『ベトナム帰還兵さんチーム! どうしましたか?』

 

『――――もうここにはいられない。森へ帰る……。

 俺達は人から離れ、森の中で生きていくべきなんだ……』

 

「 !?!? 」

 

 ベトナム帰還兵さんチームのメンバーは、基本的に全員PTSD(心的外傷後ストレス障害)に侵されている。

 凄惨な戦争体験によって、その心に深い傷を負ってしまっているのだ!

 

 

 彼らは日常的に幻覚症状、幻聴に見舞われ、たとえ日中であっても頻繁に死んでいった仲間達の声を聞く。幻覚を見る。

 眠れば夢の中にまで凄惨な戦争体験がフラッシュバックし、夜まともに眠る事すら出来ない。

 大きな音に怯え、大きな声に怯えた。身体中から汗が吹き出し、その場から一歩も動けなくなった。

 そして日常的に、突発的なパニック症状に襲われた。

 

 

 ベトナム帰還兵さんチームの車長“ジョニー“。

 彼はベトナムの戦地から帰り、家族の待つ家へと帰った時……、一番最初に母に向かって、こうお願いをした。

 

――――ママ、決して俺の身体に触れないでくれ。俺の後ろに立たないでくれ。

――――――――寝ている俺を、決して起こさないでくれ……。

 

 真剣な表情をし、必死でお願いをしたのだ。

 

 ……しかしその一週間後、うっかりその約束を忘れたジョニーの母は、彼を起こしてあげようとその身体に触れ、優しくゆすり起こそうとした。

 次の瞬間――――ジョニーは母の身体に覆いかぶさり、その首を絞め上げていた。

 戦場を経験したジョニーの身体と精神が、考える間もなく彼を動かしたのだ。

 

 …………その日の内に、ジョニーは家を出た。それからジョニーはずっと、アメリカ大陸北西部にある森の中で、一人暮らしている。

 もう彼は、人と関わって生きていく事は出来ない。出来なくなってしまっていたのだ。

 

――――人が怖いワケじゃない。 人と関わった時、“俺が何をしでかすか“が怖いんだ。

 

 確かにベトナム帰還兵たちは自国民たちに迫害されてきた。しかし本当に恐れているのは他人ではなく、こうなってしまった自分自身であったのだ。

 

 ジョニーは西住隊長にこう語る。「俺達は、森の中で生きるべきなんだ」と。

 今現在もアメリカ北西部にある森では、1000人もの数のベトナム帰還兵たちが暮らしている。

 人里を離れ、人を遠ざけ……、彼らは今も森の中、ひっそりと暮らしている。

 

 

………………………………………………

 

 

『がんばって下さいベトナム帰還兵さんチーム!

 私たちには、貴方がたの力が必要なんです!!』

 

『――――西住、隊長……』

 

 心の傷なんかに負けないで――――

 みほが帰還兵たちの心に語り掛ける。

 

『みんな揃ってチームなんです! 私たちはひとつなんです!

 ベトコン共に、鉄の砲弾をくれてやるんです!』

 

『――――隊長……ッ!』

 

「 いやベトコンじゃないわよ私達っ?!?! ただの女学生よ?!?! 」

 

 もうどうなってるんだアンタ達のチームは。なぜベトナム帰還兵がチームにいるのだ。

 そもそもジョニーって誰なんだ。お前達は女学院ではなかったのか。明らかにオッサンの声やないか。

 ちなみに“ベトコン“とは、北ベトナム側の敵兵の事である。

 

 ……そんなこんなをしている内、突然アリサの背後から轟音が響き、そこから敵の物であろう一台の戦車が飛び出して来た。

 奇しくもサンダースと同じ、アメリカ産の戦車である。

 

『――――西住隊長ッ、敵のフラッグ車を発見したぜ!! ただちにファ〇クする!!』

 

「~~~~ッッ!!!!」

 

 即座に砲身をアリサ車に向けながら、怒涛の勢いで突っ込んでくるベトナム帰還兵さんチーム。

 

 

「 いっ……嫌ぁぁぁぁああああああーーーーーーーーーッッ!!!! 」

 

『――――逃げるヤツぁベトコンだ! 逃げねぇヤツは“よく訓練された“ベトコンだ!!』

 

『パンツァー・フォー♪』

 

 

………………………………………………

 

 

 その後、必死で逃げ回ったアリサ車をベトナム帰還兵さんチームが追走。パニックを起こしたアリサ車はなんの抵抗も出来ず、哀れ砲弾を喰らい白旗を上げた。

 ベトナム帰還兵さんチーム大金星。大洗女学院、奇跡の一回戦突破である。

 

「――――西住、頑張りな。困ったときゃーいつでも駆けつけてやるぜ」

 

 その後ベトナム帰還兵さんチームは各々が森へと帰っていき、大洗のチームメイト達と別れを告げた。

 そして助っ人として参加していたダイオウグソムシさんチーム、隠れキリシタンさんチーム、脱皮したてのザリガニさんチームも、それぞれ元の居場所へと帰っていった。

 

 今後も大洗女子学園、並びに隊長である西住みほを手助けすべく、様々な人々、様々なチームが彼女たちの元へと駆けつけるだろう。

 そして必ずや大洗を廃校の危機から救い、みほの手に大会優勝旗をもたらしてくれるハズだ。

 

 頼るべきは、やはり友達――――

 西住みほ、謎の人脈である。

 

 

「 もぉ~無線傍受は、こりごりよぉ~~~ッ!!!! 」

 

 失恋の悲しみ、ヒステリー。そんな物はこの戦いの中で吹き飛ばされてしまったアリサ。

 突然の強襲により情け容赦なく撃破されたが、ベトナム帰還兵さんチームには慈悲の心など一片たりとも無い。死んだベトコンだけが、良いベトコンなのだ!

 彼女がベトナム帰還兵たちのようにPTSD(心的外傷後ストレス障害)を患わずに済んだのは、せめてもの幸いか。

 

「まったく、戦場は地獄だよね」

 

 サラサラと風に揺れる髪を押さえつつ、西住みほは他人事のように言う。

 

 

『ズルい事をしたら、バチが当たる』

 この教訓を持って、今後のびのびと戦車道に励んで欲しいなぁと願う、みぽりんであった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7、とても嫌なチーム名で、ガールズ&パンツァー。2

 

 

 本日も晴天なりッ! 今日は全国高校戦車道大会の第二回戦である。

 

 聖グロリアーナ女学院隊長ダージリンは、現在観覧席の傍に構えた豪華なテーブル席に座っていた。

 そしてこれから始まる大洗女子学園対アンツィオ高校の試合を、今か今かと待っていた。

 

「ペコ、こんな言葉を知ってる? 『……お前の狂気を、見せてみろッ!!!!』」

 

「3D格闘ゲーム“ソウルキャリバー“のキャラクター、

 ジークフリートの言葉ですね。しかし、それがどうかしたのですか?」

 

〈カッ!〉っと目を見開きながら、芝居がかった声で叫ぶダージリン。それをあっさりと受け流すオレンジペコ。

 彼女の知識や知恵袋のキャパは、いったいどうなっているのか。この地球上に彼女の知らない名言などは、もう無いんじゃないかと思える。

 

 とにもかくにもダー様は、親愛なる後輩オレンジペコちゃんと共に至福のティータイム中である。今日も元気だ紅茶がうまい。

 

「いえいえ、なんでもありませんのよ? ただちょっと、

『ワタクシ達は、皆様の声援に支えられているのだなぁ』と、

 そう実感しただけですわ」

 

 お紅茶を一口飲み、ニッコリと笑うダー様。至福の気分である。

 出来る事なら皆様の所まで赴き、もうキスの雨でも降らせてやりたい気分だ。本当にありがとうございます。

 

「それにしても、大洗はどうでしょうか?

 アンツィオ高校相手に勝てますでしょうか?」

 

「心配ないわペコ。彼女たちならば、きっと素晴らしい試合を

 見せてくれるハズよ。ワタクシが太鼓判を押してあげる」

 

 まぁ大洗の選手の中には、ぶっちゃけ「……彼女?」と言わざるを得ないような連中の姿も、だいぶ散見されるのだが……。

 みんなパッツンパッツンになりながら、大洗の制服にその身を包んでいる。

 

 今にも破れそうになった制服たちは、まるで主を拒む黄金聖衣(ゴールドクロス)のようにミチミチッと音を立て、抗議の声をあげている。

 大洗の制服たちも、さぞコイツらに着られるのは不本意な事だろう。

 こんな事の為に、生まれてきたんじゃないのだ。

 

 そんな事を想いながらも、ダージリンは先日の試合を回想する。

 彼女たち聖グロリアーナが、大洗女子学園との練習試合を行った時の事だ。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

「タイ人ボクサーさんチームは、例のポイントに!

 高所を取って攻撃してください!」

 

 

 戦場に大洗の指揮官、みほの声が響く。

 ちなみにタイ人ボクサーさんチームはボクシングと言うより、どちらかと言えばムエタイやキックボクシングの選手達だ。

 

 重量級の選手である彼らはタイ国内では試合を組む事が出来ず、対戦相手を求めてこの日本へとやってきた。

 皆一様にそれぞれが家族の稼ぎ頭であり、車長の“アパチャイ・ゲッソムリット“さんなどは、自分のムエタイの腕ひとつで14人もの家族を養っている。

 彼らはサンドバッグを叩く時、「マネーッ! マネェェーーイ!!」と声をあげて殴る。沢山のお金を稼がなくちゃいけないのだ!

 

 しかしながらタイ人ボクサーさんチームは、皆が穏やかな人達ばかり。とても豊かな人間性を持った素晴らしい人達だ。

 一人暮らしをしているみほの事をすごく気にかけてくれており、たまにみほは彼らに夕食をご馳走してもらえる。

 

「すき屋の牛丼さんチームも、同じポイントへ!

 特盛つゆだくで攻撃してくださいっ!」

 

 そして“すき屋の牛丼さんチーム“は、そのタイ人ボクサーさんチーム行きつけの店で働く、店員さん達で構成されたチームだ。

 毎日の過酷な労働を、たったひとりワンオペでこなしているのだ!

 

 すき屋の牛丼さんチームの乗る戦車が、たまたまオレンジ色だった事もあり、「なんかひっくり返した牛丼の容器みたいだよね」という事で、みほに命名された。

 

『いいかみほ……? 俺達はワンオペ業務なんざ、屁とも思っちゃいない。

 だが許せないのはチーズ……、チーズ牛丼だ。

 あのチーズのこびりついた丼を、ただひたすらに洗っている時……、

 俺達はいつも、気が狂いそうになるんだ』

 

 すき屋の牛丼さんチームと初めて出会った時に聞いた、この言葉を……、みほは未だに忘れる事が出来ずにいる。

 みほにとって牛丼とは、すき屋の牛丼の事だ。いつも美味しいご飯をありがとうございます。お世話になってます。

 

 

「ダ~ジリンさ~ん。どぉ~するの~?

 大洗チームは山の上に陣取るみたいだよ~?」

 

「えぇ……そうねタヌキさん。そのようですわね」

 

 たった今ダージリン車に通信を入れてきたのは、“青いタヌキさんチーム“の車長である、青いタヌキさんである。

 実はこの試合、大洗側にもグロリアーナ側にも、それぞれ5両づつの『全然関係ない戦車チーム』が参加をしていた。

 

 当日みほの応援にと集まった数多の戦車チームの者達は、まるで草野球をしている少年達の所に突如として現れ「オイおっちゃんも打たせてくれ! おっちゃんも打たせてくれ!」と懇願してくる謎のオッサンのように、この試合への参加を熱望した。

 

 それにより聖グロリアーナ側には、現在青いタヌキさんチームを始めとして“廃課金ゲーマーさんチーム“、“イスラム教徒さんチーム“、“男だけどTバックさんチーム“なども参加をしている。

 ダージリンはこの試合、その者達も率いて戦うという変則的な指揮を強いられていた。

 

「……あっ! 敵戦車を発見したよダージリンさん!

 よぉ~し、ぼく行ってくるねぇ~!」

 

「ちょっ……! お待ちになってタヌキさん!?!?」

 

 そして青いタヌキさんチームは単独で敵へと突貫していき、現在大洗側の敵戦車である“異能生存体さんチーム“との死闘を繰り広げている。

 

――――単独で戦場を席捲出来る能力を持つ、青いタヌキさんチーム。

――――対して、絶対に落ちる事はないと自称する、異能生存体さんチーム。

 

 炎の匂い染み付く「むせる」戦いの幕が今、切って落とされた。

 

「……なまじ、どんな事でも出来るほどの能力を持っている所が、

 余計タチが悪いですわね……」

 

 彼らは「こんな事グッド! 出来たらナイス!」を信条として戦う、謎の青いタヌキさん率いるチームだ。あんな夢こんな夢がいっぱいある少年たちなのだ。

 

 ちなみにダージリンは、試合前にお弁当をモシャモシャ食べているイスラム教徒さんチームの姿を発見し、「それ豚肉ですけれど、大丈夫ですの……?」と彼らに声をかけた。

 するとイスラム教徒さんチームは「いやいや! ハッハッハ!」と朗らかに笑ってそれを受け流し、そのまま何事も無かったかのように食事を続行した。トンカツとかをモグモグ食べていた。

 

 そして廃課金ゲーマーさんチームは戦車内でも常にスマホをいじっており、もうなんの役にも立たなかった事を、ここに付け加えておく。

 チームの車長であるハンドルネーム“ポイズン山田“氏は、その生活を顧みる事の無い重度のゲーム課金により、嫁に逃げられてしまった。

 

 今回二度目の登場となる“男だけどTバックさんチーム“の情報についてだが、諸事情により、ここでは割愛させて頂く。

 

「と、とりあえずは強襲浸透戦術を……。ちょっと貴方達! 強襲し……

 強襲浸透しろと言っているでしょう!!!!」

 

『いやいや! ハッハッハ!』モグモグ

 

 

 そんな彼らを率いて戦ったダージリンであったが、勝ちはしたものの、その勝負は紙一重。最後は隊長であるみほの戦車に良いようにやられ、まさにヒヤヒヤものの勝利であった。

 

 もしチャーチルの分厚い装甲がなければ、いったいどうなっていた事か。そして青いタヌキさんチームがいてくれて本当に良かった。

 そしてダージリンはこの勝負の内容に非常に満足し、西住みほを“西住流の妹“ではなく、大切な好敵手として認めたのだった。

 

 

 それにしても、今回の試合は本当に貴重な経験であった。

 変な名前のチーム達に散々振り回されはしたが、戦車チームの隊長を預かる者として、非常に得難い経験であった事は間違いない。

 

――――こんなチームもいるのか。こんな“戦車道“もあるのか。

 

 自分達の戦術とは違う、自由で楽しさに溢れた戦車道。パッツンパッツンな制服を着た者達を見ながら、ダージリンは思う。

 ダージリンは感謝の気持ちを込めたティーセットをみほに対して贈り、そしてそれを横からポイズン山田氏に奪われそうになるのを必死で阻止しながら……、そんな事を考えていた。

 

 ちなみに今日の試合には戦術の関係で参加出来なかったが、ウチのメンバーであるローズヒップとタイ人ボクサーさんチームが非常に仲良くなった事を、ここに付け加えておく。

 花ような笑顔で笑うローズヒップ。その頭を優しく撫でてやるタイ人ボクサーさんチームのメンバー達。

 

 今度一緒に、すき屋の牛丼を食べに行くそうな。

 それをちょっとだけ羨ましく思う、ダージリンであった。

 

 

………………………………………………

 

 

「また何かあったら、ワタクシも大洗に駆け付けようかしら?」

 

 

 その時は覆面でも被って、そうですわね……“グレートブリテン及び北アイルランド連合王国さんチーム“なんて言うのはどうかしら?

 そんな事を考えながら、大洗の試合を見守るダージリン。ちなみに上記の「グレートなんたら~」というのは、イギリス国の正式名称である。

 ワタクシ、生粋の日本人でございますけれども。

 

――――関係ないけれど、ワタクシだったらいけそうな気がする。

――――――ワタクシならば、あの面子の中に入れそうな気がする。

 

 なにやら彼らとは、同じ匂いを感じるわ――――

 ワタクシの居場所は、実はあそこだったりするのかもしれないと、妙な親近感を感じてしまうダー様であった。

 

 

「ダージリンさま! 試合が動きました!

 アンツィオが設置したニセモノを、大洗車が破壊しています!」

 

 

 そんな想いにふけっていた所を、ペコの声によって呼び戻されたダー様。

 現在大洗の“あるチーム“が一斉に戦車から飛び出し、そして絵の描かれた板を破壊しにかかっている。

 

『腐ったミカンさんチーム! おねがいします!』

 

『オウッ! 任せときな!!』

 

「 腐ったミカンさんチーム!?!? 」

 

 なにやら知らないうちに、またニューカマーが大洗へと参入していたらしい。

 ダージリンは無線(受信専用)から流れる音声を聞きながら、胸をキュンキュンさせていた。

 

 ちなみに今がんばって板を破壊している“腐ったミカンさんチーム“は、いわゆる不良のレッテルが貼られた者達により構成されている。

 その命名のきっかけは、自分の学校の教師から言われた、この言葉。

 

『――――お前達は腐ったミカンだ! ひとつ腐ったミカンが箱の中にあれば、

 そのまわりも全て腐らせてしまう!』

 

 だから学校など辞めてしまえ! お前達は必要のない人間だ!

 過去に自らの担任教師からそう言われた経験を持つ、そんな悲しい者達の集まりだ。

 しかし大洗の隊長であり、彼らのクラスメイトでもあるみほは、真っ向からその言葉を否定した。

 

『――――みなさんは腐ったミカンなんかじゃありません!!

 私たちの大切なともだちなんです!』

 

 ……それから彼らはよく、みほと行動を共にするようになった。

 今では休日などに、地域のボランティア活動にいっしょに参加している。鋼の友情で結ばれているのだ!

 

『ぶち壊してやるぜこんなモンぁッ!!

 何枚窓ガラス割ってきたと思ってんだ俺達がぁぁあああーーッ!!!!』

 

『そうです! ぜんぶ割っちゃうんです!

 おもいっきりバットを振りかぶるんです!!』

 

『嫌ぁぁぁああああ! マカロニ作戦がぁぁあああーーーー!!!!』

 

 今は仲間達の為に、そのバットを振るう――――。

 もう腐ったミカンさんチームは、腐ったミカンなんかじゃないのだ!!

 

 そんな無線からの音声を聞き、もう身体の震えが止まらないダー様。

 

「熱い……熱いですわ大洗っ! 飛び出せ青春ですわっ!!」

 

「ダージリン様……落ち着いてください」

 

 もう「3年B組!」だの「レッツビギン!」だのと、ワケのわからない事を言い出すダー様。普段どんなTVを観ているのかこの人は。英国文化はどうした。

 

「こんな言葉を知ってる? 『俺は今から、お前達を殴……

 

「あっ! また試合に動きがありましたよダージリンさま!!」

 

 ついにめんどくさくなったか、無視され始めたダー様。

 

「大洗のフラッグ車が、アンツィオ車に囲まれています!

 いくらCV33とはいえ、この数は危険です!」

 

 試合は中盤戦へと突入し、ただいま大洗最大のピンチ。名将アンチョビの名采配により、みほの乗ったフラッグ車が敵に囲まれてしまう。

 乗りと勢いにのったアンツィオ車達が、次々にⅣ号戦車へと襲い掛かった。

 その時…………。

 

 

『 ――――みほの戦車に、何するのよっ!! 』

 

 

 突然その場に颯爽と現れたティーガーが、次々にアンツィオ車たちを蹴散らしていく。その姿はまさにオオカミ。……いや、獲物に喰らいつくクロコダイルのようだ。

 

『エリk…………ワニさんチーム! ありがとうございます!!』

 

『誰がエリカだワニ! 私はワニさんチーム所属の、名も無き戦車乗りだワニ!!』

 

 ……あ~。みほが心配で、出てきちゃったのねあの子……。

 そんな生暖かい空気が、大洗車と聖グロ観戦席の間に流れる。

 またメンドクサイのが、大洗に参入したものだ。しかしながらワニさんチームは、見事CV33達の駆逐に成功する。

 

『ではワニさんチーム、行きましょう!

 いっしょにフラッグ車を叩きに行こうワニカさん!』

 

『 誰がワニカさんよ! 』 

 

 一応ワニのマスクをかぶっているものの、その正体はすでにバレバレであった。なんだかみほも、わかっててやっている節がある。非常に微笑ましい光景であった。

 

『みぽりん! 敵フラッグ車の位置がわかったよ!

 今そこに“日雇い労働者さんチーム“が向かってる!』

 

「 日雇い労働者さんチームッッ!?!? 」

 

 もう目を見開いて反応をするダージリン。どんだけワタクシの心を揺さぶれば気が済むのか! 大洗女子学園は!!

 

 いまアンツィオのフラッグ車の元へと向かっている“日雇い労働者さんチーム“は、バンドマン、漫画家志望者、そして元リーマンのオッサン達などで構成されているチームだ。

 ……今おもわず“オッサン“という言葉を使ってしまったが、そこは各自が脳内変換で大丈夫な事にしていって欲しい。これは『女子戦車道の試合』である。

 

 勘違いしないで頂きたいのが、この日雇い労働者さんチームに所属するメンバーたちは、それぞれがもう、非常に才気溢れる者達だ。

 

 バンドマンである車長の“ロック高木“さんは、そのギターテクニックで大勢の観客を魅了しているし、漫画家志望のPN“サンバディ鈴木“さんの漫画は、現在なんと新人賞の最終選考まで残っている。

 そして元リーマンだった“室井康夫“さんは、もうバリバリのやり手として社内で知られていたし、今は寝たきりとなってしまった祖父の介護をしてやりながら、空いた時間を使って働きに出ている感じなのだ!

 

 それぞれがそれぞれの分野で非常に有能な人材であり、みほにとって、凄く頼れるメンズたちだ。

 ただ中には最年少の“小泉明夫“さんのように、とても有能ではあるのだが「組織という物に、属したくないんです」という、若干心を拗らせてしまっているメンバーもいたりする。なんとか心の扉を開き、がんばっていって欲しい。

 

 関係ないのだけれど、この試合が始まる前……。仲間たちと笑顔で笑い合い、今まさに青春を謳歌している大洗の女学生たち。

 その姿を日雇い労働者さんチームのメンバーたちが、何だか「とても眩しそうに見つめていた」事を、ここに付け加えておく。本当に関係のない話だが。

 

「というか、戦車乗ってる場合なんですか……、

 日雇い労働者さんチームは……」

 

「良いのよペコ。彼らは今、とても生き生きとしているわ」

 

 友人の為に戦う。その姿の、何と美しき事か。

 

 

 そして試合は終盤戦へとなだれ込み、現在は大洗に新しく参入した“現役自衛隊機甲科女子さんチーム“が、CV33共を相手に、まさに無双の活躍をしている。

 彼女達は通称「戦車道女子がちやほやされてるのに、国防に励む自分たちが賞賛されないことにムカついた現役自衛隊機甲科女子さんチーム」と呼ばれている。

 貴方達がいて下さるお陰で、我々日本国民は日々、幸せな生活をおくる事が出来ているのだ!

 

――――どうか諸君、耐え忍んで欲しい!

 

 そんな偉い人の言葉が、どこからか聞こえてきたような気がした。

 

 そんな鬱屈を抱えた彼女たちの活躍もあり、この試合はそろそろ“詰み“の段階に入ってきた。そんな雰囲気をダージリンが感じ取っていた時、突然無線機(受信用)から、アンツィオ高校の隊長であるアンチョビの、絹を裂くような悲鳴が響き渡る。

 

『いっ……嫌ぁぁぁああああーーッッ!!

 助けてぇぇええええーーーーーッッ!!!!』

 

『――――■■■!! ■■■■■ッッ!!』 

 

 電光掲示板を見てみると、どうやらフラッグ車であるアンチョビの戦車が、一台の大洗車によって、今まさに激しく追い回されている様子が見て取れる。

 しかしその大洗車からの音声であろうそれは、ダージリンやペコには全くと言って良い程に“聞き覚えのない“言語であった。

 

 

『センチネル族さんチーム! がんばって下さい!!』

 

「 !?!?!? 」

 

「 !?!?!? 」

 

 

 思わず今聞いた言葉と、自分の耳を疑うダージリン&ペコさん。

 しかしそんな二人を置き去りにして、センチネル族さんチームの戦車が果敢にアタックを仕掛けていく。

 

『――――■■■!! ■■■■■ッッ!!』

 

 センチネル族さんチームの戦車には、その屋根の上に“身体を赤くペイントした“半裸の男たちがたくさん乗っかっている。

 そしてそこから弓を構え、もう効こうが効くまいが、ひたすらにP40に向かってバシュバシュと弓矢を放ち続けていた。

 無線機から、ドゥーチェやアンツィオ生たちの悲鳴が木霊する。

 

「センチネル族……。まさかあの伝説の……」

 

「……知っているの、ペコ?」

 

 聖グロリアーナの頭脳。数多の知恵を有する彼女の口から、その情報は語られていく。

 

 

………………………………………………

 

 センチネル族は、インド領アンダマン・ニコバル諸島に属する小さな孤島、「北センチネル島」に住んでいる民族だ。

 その島は通称「世界最後の秘境」と呼ばれており、また「絶対に行ってはいけない場所」として広く知られている。

 

 そこに入ってしまった訪問者の多くは重症を負い、また数多くの死亡例が確認されているからだ。

 

 というのも、その島に住むセンチネル族は非常に好戦的な事で知られており、近づく者は誰であれ、必ず襲撃されるからだ。

 彼らは“6万年“も前からここに暮らしていると推測され、島外の世界との接触を一切拒否。

『今現在も石器時代の生活を維持している』という、世界で唯一の民族として知られる。

 

 インド政府は現在に至るまで何度も彼らとの接触を試みたが、その全てが失敗に終わっている。

 時に近代兵器を装備するインド海軍に対しても、矢の雨を浴びせるなどして接触を断固拒否。

 贈り物を携えて対話を図ろうとする試みも全て拒否され、上空から近づいたヘリコプターに対してさえもセンチネル族達は矢を放ち、その全てを撃退していった。

 

 そしてついにはインド政府もセンチネル族に干渉することをあきらめ、現在北センチネル島は、実質的にセンチネル族の主権が認められている。

 

 上記の通りネット界隈では「絶対に行ってはいけない場所」としてこの島は知られており、その身体を真っ赤にペイントしたセンチネル族は、ある種の畏怖を持って広く知られている。

 

 ちなみにこれは余談ではあるが、全然関係がないであろう人物の手により、現在フェイスブックには何故かセンチネル族のページが開設されているそうな。

 良かったら、ぜひ探してみて下さい。

 

 そんなセンチネル族の若き戦士たちが今、ここ全国高校戦車道大会の舞台に舞い降りた。

 親友である、西住みほの危機を救う為に――――

 

 正しく怒涛の勢いをもって、センチネル族さんチームがフラッグ車へと食らいついていく。インド政府のヘリコプターですら撃退せしめたその攻撃に、恐怖で逃げまどうアンチョビ車。

 

 

『■■! ■■■ッ!』(センチネル族さんチーム! あと一押しです!)

 

「 !?!? 」

 

「 !?!? 」

 

 

 恐らく西住みほは、世界でただ一人の『センチネル語を解する日本人』である。

 いや、未だその実状すらまったく明らかになっていないセンチネル族の言葉が分かる人間など、世界広しと言えども他にいようハズもなく。

 ゆえにみほは、世界で唯一と言って良い『センチネル語を解する外部の人間』であろう。

 

「なんで喋れますの!? センチネル語を!!」

 

「どうなってるんですか西住さん! なぜ貴方はセンチネル族さんと!!」

 

 ……いやまぁ、以前みほは西住の家を追い出されてしまった時、なんか全てが嫌になっちゃった時期があるし。

 そしてただなんとなしに世界中を巡っていた経験が、実はあったのだけれど。

 

 その時、偶然にもたどり着きました北センチネル島。

 現在みほとセンチネル族は大の親友。まさにズッ友なのだ!

 

 ちなみにインド政府からのヘリが北センチネル島へとやってきた時、その何度かはみほの指揮により、それを撃退している。

 まったくみほは、大した戦士だな! これはセンチネル族の酋長の言葉である。

 

―――6万年もの間、外界との接触を拒んできたセンチネル族の、心の扉を開く。

 

 西住みほ。 彼女はまさに、コミュ力の化身であった――――

 

 

『 もーダメッ! 死んじゃうッ!

  戦車とか装甲とかもう関係ないッ! 私たち死んじゃうッッ!! 』

 

 

 ドゥーチェアンチョビのガン泣きしながらの悲鳴が、車内を超えて天地に木霊した。

 

 

………………………………………………

 

 

 やがてセンチネル族さんチームの放つ矢の雨による猛攻により、ドゥーチェアンチョビの乗るフラッグ車は白旗を上げた。

 恐らくは戦車道の長い歴史の中、唯一『弓矢によって戦車を撃破』した例となる事だろう。

 

 ……でも実の所、ホントはアンチョビさんが自分で“降伏ボタン“を押しちゃったせいなのかもしれない。

 赤いペイントを施した半裸の男たちに追い回されるという貴重な経験は、彼女たちの心に消えない傷を残した。

 

「――――■■■■、■■■■?」

 

「ありがとうございますセンチネル族さん。わたしこれからがんばります♪」

 

 固く握手を交わし、彼らとの再会を誓うみほ。

 対戦した者達にとって、どうであったのかは、知らない。

 しかし西住みほにとって……、彼らは島と家族を愛する、そんな心優しい人々であったのだ。

 

「――――サ、サヨナラァ。ミホゥ!」

 

 そうしてセンチネル族さんチームは、彼らの故郷である北センチネル島へと、戦車で帰っていった。

 大洗のメンバー達はそれに手を振って見送り、またセンチネル族さんチームが帰って行った事によって、ようやくドゥーチェアンチョビ率いるアンツィオ生たちがみほの元へと顔を出してきた。

 

「……な、なんかもう、とんでもない目に合ったような気がするけどッ!!

 でも試合が終われば、全てノーサイドだ!

 大洗の諸君、これから私たちと一緒に宴会をしよう!!」

 

 

 そして共に激戦を繰り広げた大洗のメンバーたちに、アンツィオ生からイタリア料理が振る舞われた。

 そこには観戦していた聖グロリアーナのダージリンたちも加わり、今日の試合の感想などをみんなでワイワイと語り合った。

 

 

(ありがとうセンチネル族さんチーム……。ありがとうみなさん。

 私たち、必ず優勝してみせます)

 

 

 鉄板ナポリタンに舌鼓を打ちながら、仲間たちと共に心からの笑顔を浮かべる。 

 そんな幸せな優しい時間を堪能する、西住みほであった。

 

 

………………………………………………

 

 

 余談ではあるが、今を輝く乙女たちがそうやって青春を謳歌していた時……。

 とても眩しそうな目をした日雇い労働者さんチームが、その光景をじっと見つめていた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8、とても嫌なチーム名で、ガールズ&パンツァー。3

後書きに、スペシャルサンクスを記載しております。
沢山の素晴らしいアイディアをありがとうございましたっ。






 

 

「……みほっ!? みほぉぉぉおおおおーーーーーッッ!!!!」

 

 

 無線から“からあげ軍艦さんチーム“の車長、小出水さんの悲鳴が響き渡る。

 ちなみにからあげ軍艦さんチームとは「俺達ぁ、魚は食えねぇ!」の信念の元、回転寿司に行っても軍艦巻きや茶わん蒸しばかり頼む男達の集まりだ。

 最近のマイブームは、ハンバーグ軍艦である。

 

「返事をしてくれッ! みほっ!! みほぉぉーーッッ!!!!」

 

 戦車の外へと放り出され、地面に倒れ伏して動かなくなった西住みほ。

 大洗女子チーム、そして観客席の全員がその光景を目の辺りにし、一様に悲痛な声を上げる。

 

 

『――――Ⅳ号戦車を撃てッ! いま奴らは動けないッ! 撃てぇぇ!!!!』

 

 

 その時、黒森峰戦車部隊に向けて、隊長“西住まほ“が叫ぶように命令を下す。

 この状況下において、それはあまりにも非情な決断。あまりにも非情な命令。

 しかし心から西住まほ隊長を信頼する黒森峰の隊員たちは、その迷いを一瞬にして振り切り、次々とⅣ号戦車へ砲撃していく。

 

「……ちっきしょうッ、みほッ!! みほぉぉおおおおーーーーッッ!!!!」

 

 次々にⅣ号、そして倒れ伏したみほの前で立ち塞がり、壁となって黒森峰の砲火に晒されていく仲間たち。

 サナダムシさんチーム、トゲアリトゲナシトゲトゲさんチーム、そしてB級映画のサメさんチームから白旗が上がっていく。

 しかし撃破された戦車たちは、その場でみほを守る防壁となり続ける。たとえ自分が倒れた後も、この身体がみほを守ってくれるようにと、そう願いながら。

 

――――その気高い覚悟、悲痛なまでの想い。

 

 決死の覚悟で守らんとする、大洗女子の姿。その光景を目の辺りにした観客席の者達からも、怒号の声が上がる。

 

「……きったねぇぞぉ黒森峰ぇぇ!! それが戦車道かぁーーッ!!!!」

 

「もう止めて! 西住さんが死んじゃうッッ!!!!」

 

 それでも黒森峰の砲火は止む事はなく、次々に大洗の仲間たちが撃破されていく。

 意識高い系さんチーム、文科省の回し者さんチームの戦車からも白旗が上がる。

 

 嵐のような砲火により、次第にみほの身体が砂埃にまみれていく。

 その姿を、西住まほが歯を食いしばりながら、ただじっと見守る。 

 砲撃で掘り返される地面、鳴りやまぬ轟音。未だその中に倒れ伏す、最愛の妹。

 

 

 早く、早く終わってくれ――――

 

 私をみほの元へと向かわせてくれ――――

 

 

 一刻も早く試合を終わらせて。私の妹を助けさせて。

 握りしめた拳から、一滴の血がポタリと床に落ちた。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 プラウダとの試合? そんな物はもう終わっているのだ。

 本日は全国高校戦車道大会、決勝戦の模様をお送りするのだ。

 

 なんだったらカチューシャとノンナさんは、現在大洗女子のメンバーとなっているのだ。

 試合の後、必死こいてみんなでお願いし、仲間になってもらったのだ。

 

『 私が勝ったら、アンタたち全員粛清よっ! 』

 

 そんな愛らしくも小生意気な事を試合前におっしゃいました、プラウダ高校隊長カチューシャさん。彼女は負けた罰ゲームがてら、大洗へと転校して来るハメになった。

 

 最初、メンバーが足りなかったという“便所コオロギさんチーム“が猛烈に彼女の事を欲しがっていたのだが、ノンナから放たれる威圧感とカチューシャ様のマジ泣きにより、残念ながらそれはお流れとなった。

 

 現在カチューシャ様は“刺身にのってるタンポポさんチーム“の車長として、のびのびと戦車道に打ち込んでいるのだ!

 

 

 現在、決勝戦を控えた両校の選手たちが、互いに挨拶を交わしている。

 そして大洗のメンバーである“戦車道反対派、女性文化人さんチーム“が「No War! No War!」と叫びながら、会場に反戦の横断幕を掲げている。

「戦車道の野蛮さを証明する」と息巻いてはいるものの、実は彼女達は戦車道をやってみたかっただけの人達だ。非常にめんどくさい。

 

「上がってきたか、みほ」

 

「きたよ、おねえちゃん」

 

 黒森峰隊長、西住まほ。そして大洗隊長、西住みほ。

 彼女達は微笑みを交わしながら、しっかりと握手する。

 

「ところでみほ、エリカの姿を見なかったか?

 最近エリカがよく居なくなってしまって、今日も姿が見えないんだ」

 

「ううん、知らないよおねえちゃん?」

 

 みほの後ろで、ワニのマスクを被った女が〈ビクッ!〉と身体を跳ねさせる。

 彼女はエリk……ワニさんチームの車長、謎の戦車乗りである。

 

「大洗には保有戦車が少ないと聞き、心配していたが……。

 どうやら杞憂だったようだな」

 

「うん、みんなが大洗に駆けつけてくれたの」

 

「またチーム名に困ったらメールすると良い。いつでも相談に乗るぞ」

 

「ありがとうおねえちゃん♪」

 

 

 ………お前か、お前が私らのチーム名つけとったんか。

 “刺身のタンポポさんチーム“カチューシャは、打倒西住まほを心に誓った。

 

 

………………………………………………

 

 

 試合序盤、大洗は黒森峰を相手に、優勢に試合を運んでいた。

 

 その原動力となったのは、“赤星車の親族さんチーム“。

 去年自分達の娘が死亡していたかもしれないのに、それでも試合結果を優先する黒森峰側の発言に怒った、親族一同のチームだ。

 その怒りはまさに、大地を震撼させる。

 

「みほちゃんは立派な事をしただろうがッ!」

 

「私の娘の命を、何だと思ってるのっ!!」

 

 ぶっちゃけもう親御さん達が寝返ってしまっているワケなのだが、その光景を黒森峰の隊員たちは、どういった心境で見つめているのだろうか。

 自分の親が、敵に付く。心理戦としてはこれ以上ない効果を発揮していた。

 

 

 そして大洗のニューカマーである“キノコたけのこさんチーム“も、素晴らしい健闘を見せている。

 彼らは普段いがみ合う仲であるが、現在は同じ戦車内で力を合わせて戦う戦友だ。

 車長をきのこ派、砲手をたけのこ派、そして操縦手をアルフォート派が担当している。

 

「タウマタファカタンギハンガコアウアウオタマテアポカイ

 フェヌアキタナタフ住民さんチームは、索敵をお願いします!」

 

「寿限無ぅ寿限無ぅ~。五劫の擦り切れぇ~。

 海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末ぅ~。食う寝る処に住む処ぉ~。

 藪ら柑子の藪柑子ぃ~。

 パイポパイポ! パイポのシューリンガン! シューリンガンのグーリンダイ!

 グーリンダイの! ポンポコピーの! ポンポコナーの!

 長久命の長助さんチームもッッ!! …………同じく索敵をお願いします!」

 

 よくやった西住隊長。よくぞ言い切った。観客席から称賛の声が上がる。

 ちなみにひとつめのチーム名は実在の地名。ふたつめは有名な落語の演目からきている。

 

「あっ、充分に気を付けてくださいね! タウマさんチーム!

 寿限無さんチームも!」

 

 しかしみほは、二度目は略す。

 流石に二回は言ってはあげないのだ! 西住流は厳しいのだ!

 

 ちなみに今回で皆勤賞となる“男だけどTバックさんチーム“もいるが、諸事情により、ここでは割愛させて頂く。

 

 

………………………………………………

 

 

「――――あの子ったら……本当に勝手な事ばかりして」

 

 

 西住流家元、西住しほ。

 彼女は今、観客席で娘たちの試合を見守っていた。

 

「――――撃てば必中、守りは固く、進む姿は乱れ無し。……それが西住流」

 

『オラオラァ!! 俺達は腐ったミカンなんかじゃねぇぞぉーーッ!!!!』

 

「――――なのにあの子の戦車道は……、明らかにその範疇を超えている」

 

『ワニワニワニッ! みほの戦車に何すんのよ!!』

 

 

 ……ただ、何故だろう? 心が躍る。

 みほの指揮する戦車たちを見ていると、胸が躍ってくるのだ。

 

 B級映画のサメみたいな戦車があるわ、寄生虫であるサナダムシのエンブレムを書いた戦車があるわ。

 しかしそのどれもが戦場で躍動し、ひとつの音楽となってこの戦いの音を奏でている。

 

 心から戦車に乗る事を、楽しんでいる――――

 そんな様子が、ありありと見て取れる――――

 

 現在みほは、川越えの途中で動けなくなってしまった仲間を助けるべく、ロープを持って戦車の屋根へと上がっている。

 そして戦車から戦車へ。次々にジャンプしていき仲間の元へと向かっていく。

 

 その表情の、なんと楽しそうな事か。なんと生き生きしている事か。

 西住の家にいた頃、あの子がこんな良い表情をしていた事があっただろうか。

 少なくとも自分は、その顔を見た事がなかった。

 

 

「やってみせなさい、みほ。

 西住流を超えて、貴方だけの戦車道を――――」

 

 

 やがてみほの身体は味方戦車の元へと到達し、観客席からも喝采が上がる。

 その歓声を聞き、どこか誇らしく感じている自分がいた。

 

 

………………………………………………

 

 

 やがて試合は中盤を超え、大洗の戦車たちが敵陣を食い破るように勢いよく本丸へと向かって行く。

 西住みほの類まれな指揮能力、それに大洗のオモシロ戦車達の力が加わり、黒森峰の部隊を圧倒し始めていた。

 

「トゲアリトゲナシトゲトゲさんチーム! ナイスです!」

 

 敵の腹に風穴を開けるように、トゲアリトゲナシトゲトゲさんチームが突破口を開く。棘があるのか無いのか、どっちなのか。

 

『ミホーシャ! カチューシャ達もそちらに急行するわ!

 もちろんノンナも一緒よ!』

 

「お願いしますカチューシャさん! いえ、刺身にのってるタンポポさんチーム!」

 

 車長にカチューシャ、砲手にノンナ。現在の大洗車の中でも、刺身のタンポポさんチームの実力は屈指の物だ。

 残念ながら試合に参加出来なかった便所コオロギさんチームも、草葉の陰からカチューシャに声援を送っている事だろう。

 

『HEYミホ! 今が攻め時だぜOK?』

 

『そうだなミホ。俺がいれば容易い事のハズだ』

 

 その時、現状をチャンスと見た“オモシロ黒人さんチーム“と“意識高い系さんチーム“が、大洗戦車隊から単独で突出し、敵陣へ向かって行った。

 

「待ってください! カチューシャさん達が来るまで、

 少しだけ待機してください!」

 

『なぁ~に心配すんなってミホ! ミー達がいればこんな試合、

 ちょちょいのちょいだぜ! HA HA HA!』

 

『まったくその通りだ。 俺ならこの程度、ひとりで蹴散らせる』

 

 意識高い系さんチームはクイッと眼鏡を上げながら、そしてオモシロ黒人さんチームは「ヒャッハー!」と声をあげながら、敵へと突貫していく。

 

 しかし、その油断を見逃すような黒森峰ではない。

 じっとチャンスを伺い、隠れてこちらを狙っていた黒森峰の戦車たちが一斉に火を噴いた。

 

『……Oh fuck!! Oh fuck!!」

 

『なッ! 馬鹿な……、この俺とした事がッ!!』

 

「オモシロ黒人さんチーム! 意識高い系さんチーム!!」

 

 嵐のような砲火に晒され、絶体絶命の危機に陥る両チーム。

 思わず戦車から身を乗り出し、みほは即座に彼らの救援に向かおうとする。

 

 しかし、やはりその心の隙を見逃す、黒森峰では無かった。

 

 

「 キャァァアアアーーーーーーッ!! 」

 

 

 

………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 時が、ゆっくり流れているように感じた。

 

 まるでスローモーションのように、ゆっくりと眼前の光景は流れていった。

 

 

 

 戦車の砲撃音。衝撃に揺れるⅣ号戦車――――

 

 そして戦車から放り出される、みほの身体――――

 

 緩やかな放物線を描いた後、地面に叩きつけられる――――

 

 

 その光景に、客席の誰もが言葉を失っていた。

 

 

 

 次の瞬間、通信機からⅣ号戦車メンバー達の悲鳴が響いた。

 即座にみほの元へと向かおうとする優花里。それを「危険だ」と必死に押し止めるメンバー達。

 優花里の泣き叫ぶ悲痛な声だけが、大洗車の通信機から聞こえてくる。

 

「 みほさんッ! 」

 

「 みほッ!! 」

 

 観客席のダージリンが、紅茶のカップを手元から落とす。

 その隣にいたサンダースのケイが、声を上げて席から立ち上がる。

 

 彼女たちだけでは無い。その場にいた誰もが立ち上がり、モニターに映るみほの姿を見つめる。

 

 頭から流血し、地面に倒れ伏す西住みほ。

 

 彼女の身体が砲火によって砂埃にまみれていくその様を、誰もが声を上げ、また見守る事しか出来ずにいた。

 

 

………………………………………………

 

 

 

『よぉみほ。お前戦車が好きなんだってな!』

 

 

 誰かが私に、語り掛けている声がする――――

 

 

『へぇ~。お前って車長やってたのか! すげぇんだな! ミホは!』

 

 

 いつか聞いた、懐かしい声が。

 暗闇の中にいた私の意識に、語り掛けている――――

 

 

『やぁミホくん! 君はマウスという戦車を知っているかね?

 あれは我がドイツ帝国の威信を知らしめるべく、

 私が命令して作らせていた物なのだよ!』

 

 

 この声は、ドイツで出会ったチョビ髭のおじさんだ。

 自分の事を“総統“だと言っていたけれど、とても優しい愉快なおじさんだった。

 

 

『オレ、戦車ノル。オマエ、助ケル』

 

 

 これはジャングルで出会った、ジミーさんという人の声だ。

 身体から電気を放ったり、身体を回転させながら飛んでったり出来る凄い人。

 たまに国外へ出向いて、ストリートファイトの大会に出たりしているらしい。

 

 

『クヨクヨすんなってミホ!

 ほらっ、俺のマックスターを見せてやっからよ!』

 

 

 この声は、アメリカで出会ったお兄さんの声。

 なんか「自分はネオアメリカ代表のファイターなのさ!」とか言っていたけれど。

 ガンダ……? ファイトって、いったいどんな競技だったのかな?

 

 

『みほ、落ち込んでちゃダメだ。お前はもっと笑っているべきなんだ』

 

『みほちゃんがウチに来てくれて、ほ~んとよかったわ!

 もう家中花が咲いたみたいに明るくなったもの!』

 

『みほ、そろそろ夕食にしようかぃ。

 お前が好きだと言ってたシチューを、ばあさんが作ってくれたぞ』

 

『みほおねえちゃんなら、きっとだいじょうぶだよ!

 だっておねえちゃんは優しくて、とってもすごい人だもん!』

 

 

 落ち込んでいた私。全てが嫌になっていた頃の私。

 そんな私の事を、旅先で出会った人達が元気づけてくれた。

 抱えきれないくらいの、沢山の愛をくれた。

 

 

『お前が戦車に乗る所を、見てみたい』

 

『だいじょうぶ! なにかあったら私が駆けつけてあげる!』

 

『やれるさ、お前だったら! 負けやしねぇさ!』

 

 

『みほ、そろそろ立ち上がるべき時だ』

 

 

『『『 俺達がついてる 』』』

 

 

 

 私の意識が、だんだん浮上していく。

 眩しい光の方へと向かって、“私“が覚醒していくのを感じる。

 

 もう足枷は無い。私を縛る物はない。

 後は自分の思い通りに、思いっきり駆け回るだけ。

 

 

 私の好きな、戦車道をやるだけ。

 

 私たちの大好きな、戦車道をやるだけ――――!!!!

 

 

 

………………………………………………

 

 

 

 

『 パァンツァァァアアアーーーーーーーーーッッッ!!!! 』

 

 

――――その時、会場にいた誰もが言葉を失った。

 

『 パァァンツゥゥゥァァァアアアアアーーーーーーッッッッ!!!! 』ゴゴゴゴ

 

 突如、倒れ伏していたハズのみほが、雄たけびを上げて地面から立ち上がった!

 額から血を流し、身体は埃にまみれ、しかしその裂帛の気合は全てを吹き飛ばさんばかりに、天地に木霊する。

 

「みぽりんっ!!」

 

「みほさんっ!」

 

「西住さん!」

 

「西住どのッッ!!」

 

『 パァァンツゥゥゥァァァアアアアーーーーーーッッッッ!!!! 』ゴゴゴゴゴ

 

 声を上げるⅣ号の仲間たち。天に向かって雄たけびを上げる西住みほ。

 

 

『 パァァンツゥアァァッ! フォォォオオオーーーーッッッ!!! 』ピョーーン!

 

 

 あっけに取られる大洗&黒森峰を尻目に、西住みほが天高く舞い上がる。

 まるで戦場に舞い降りた天使のように、戦場に現れた悪魔のように。

 西住みほが今、一息にⅣ号戦車へと飛び乗り、そしてハッチの中へと〈スポッ!〉っと入っていった。

 

「みほさん!」

 

「ミホ!!」

 

「西住さん!!」

 

 ダージリン、ケイ、オレンジペコが声を上げる。

 

「西住隊長!!」

 

「みほさん!!」

 

「みほッ!!」

 

「西住さんッッ!!!!」

 

 そして親愛なる仲間たちが、みほの姿に歓声を上げる。

 

「 …………不思議。 みんなの声がきこえる 」

 

 朦朧とした頭のまま、Ⅳ号の車長席へと滑り込む、みほ。

 西住さんには申し訳ないのだが、それは戦車の通信機から聞こえる音声なので、きこえてきて当たり前の物である。

 

 私は支えられている。みんなの想いに答えなければならない!

 

「 麻子さん、戦車前進です!

  センチネル族の誇りを見せてやるんです!! 」

 

「私はセンチネル族ではないぞ!? でも了解したぁっ!!」

 

 みほ達のⅣ号戦車が、敵陣の真っただ中を駆け抜けていく。

 フラッグ車を目掛けて。姉の乗る戦車の元へと発進していく。

 

「 おねぇぇえええちゃぁぁぁあああああんんんッッッ!!!! 」

 

 戦車から身体を乗り出し、西住みほが雄たけびを上げる。

 

「 みぃぃぃいいいいほぉぉぉぉおおおおおッッッッ!!!! 」

 

 同じく戦車から身を乗り出し、西住まほがそれを迎え撃つ。

 

「みほっ!!」

 

「みほっっ!!」

 

「ミホーシャ!!!!」

 

 からあげ軍艦さんチーム、

 B級映画のサメさんチーム、

 刺身にのってるタンポポさんチームが声を上げる――――

 

「やっちまえ西住!」

 

「いけぇみほさん!!」

 

「西住隊長ッ!!!!」

 

 きのこ派、

 たけのこ派、

 アルフォート派たちも雄たけびを上げる――――

 

「そこだ!!」

 

「今だッ!!」

 

「いっっっけぇぇぇええええええええーーーーーーッッッ!!!!」

 

 サナダムシさんチーム、

 トゲアリトゲナシトゲトゲさんチーム、

 便所コオロギさんチームの声が聞こえる――――

 

 

『『『『 パァァンツゥアァァッッ! フォォォオオオーーーーッッッ!!! 』』』』

 

 

 みんなの声が、ひとつになる――――

 

 そして大洗、黒森峰。

 両フラッグ車の砲身から、巨大な炎が放たれた―――― 

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おねえちゃん。 見つけたよ! 私の戦車道!」

 

『 嘘つけぇ!!!! 』

 

 

 

 思わずツッコんでしまう、西住まほ。

 

 負けたので文句は言えないが。

 それでもなんか腑に落ちない気のする、お姉ちゃんであった。

 

 

 





スペシャルサンクス!!

>まんじゅうマンさん♪
“B級映画風サメさんチーム“
“寄生虫なサナダムシさんチーム“
“異能生存体さんチーム“


>投稿希典さま♪
“トゲアリトゲナシトゲトゲさんチーム“
“面白黒人さんチーム“


>タケヤマダヒトシさま♪
“戦車道反対派、女性文化人チーム“
“娘が死亡や重傷を負ったたかもしれないのに試合を優先する発言に怒った両親と親族一同チーム“
“戦車道女子がちやほやされてるのに国防に励む自分たちが賞賛されないことにムカついた現役自衛隊機甲科女子さんチーム“


>connさま♪
“帰ってきたちょび髭さんチーム“(ドイツの総統さん)


>スケベペブルスさま♪
“寿限無、寿限無 五劫の擦り切れ 海砂利水魚の 水行末 雲来末 風来末 食う寝る処に住む処 藪ら柑子の藪柑子 パイポ パイポ パイポのシューリンガン シューリンガンのグーリンダイ グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助さんチーム“


>ロンメルマムートさま♪
“タウマタファカタンギハンガコアウアウオタマテアポカイフェヌアキタナタフさんチーム“


>篠原 野明さま♪
“日雇い労働者さんチーム“


>白鷹泉さま♪
“タケノコ派さんチーム&某キノコ派さんチーム“
“廃課金ゲーマーさんチーム“


>砂原石像さま♪
"エリk………ワニさんチーム"
"文科省の回し者さんチーム"


>輪音さま♪
“意識高い系チーム“


>samasaさま♪
“青いタヌキと4人の小学生さんチーム“


>森盛出不さま♪
“肉食系イスラム教徒さんチーム“


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9、グラップラー梢江

連載しようと思ったが、そんな事は出来なかったぜ! 続きが思いつかんッ!

仕方ないのでこちらに載せておきます。







 

 

 東京都某所、徳川邸の一室。

 そこに現在、刃牙の恋人であり、同シリーズのヒロインを務める女子高生“松本梢江“が通されていた。

 至極、ワケの分からぬままに。

 

「…………えっと。……あの、徳川さん?」

 

 今目の前には、美味しそうに煙管から煙を吹かす光成おじいちゃんの姿。緊張してガチガチになっている梢江に対し、リラックスした様子で座っている。とても機嫌が良さそうに見えた。

 

「……えっと私、何でここに呼ばれたのかな~って……」

 

 そうなのだ。梢江さんは今日、光成に呼び出されてここへとやって来たのだ。刃牙くんではなく、何故か私が。

 

「お話があるなら、直接刃牙くんにすれば良いんじゃないかな~って……。

 あの……、ほら私と刃牙くんって、まだ夫婦ってワケでもないし。

 別に私に話すような事って……」

 

 徳川のおじいちゃんに呼び出されるような事に、まったく心当たりは無い。

 別に連絡事項があるなら直接刃牙に言えば良いし、梢江は格闘技の事など知らない。まったくわからんのだ。

 別に刃牙が怪我をしたとか、病気にかかったとかいう大変な話でも無いのだろう。おじいちゃんは今ものほほんと煙を吹かしているし、今日も刃牙くんは私と一緒に、山盛りのキャベツをモシャモシャと食べていた。まったくの健康体である。

 

「――――梢江さん」

 

 コーンという音を立てて、光成おじいちゃんが灰を下へ落とす。

 そして笑顔を浮かべ、それでいて真剣な声色で梢江に問いかける。

 

「“最愛に比べれば、最強なんて“と…………君は言うたそうじゃな」

 

「……えっ」

 

「刃牙に対し……、あの花山や勇次郎を前にしてもなお……、

 君は言ってのけたそうじゃな」

 

 徳川家十三代目当主。そして世界トップクラスの財力を持つ傑物。

 老いてなお、その圧倒的な威厳は健在だ。思わず怖気づきそうになる梢江。

 

「……えぇ、言いました。 戦う為の強さなんか、“愛“に比べたらって」

 

 しかし己の信念、そして揺るぎない乙女の矜持を持って。その目を真っすぐに見返しながら、松本梢江は返答する。

 その姿を見て、光成が笑う。心底愉快だと言うように。

 

「 …………素晴らしいッ! 流石はあの刃牙が惚れ込んだおなごじゃッ!! 」

 

 こんなにも愉快な事は無い。自分の長い人生の中で、こんなにも胸が高鳴ったのは一体いつ以来の事だろう。

 そう言わんばかりに、光成が笑う。この松本梢江という少女を絶賛している。

 

「……えっ。えっと……光成さん?」

 

「いやッ! 皆まで言うな! 言わんでもええッ!!

 その心意気ッ、乙女の矜持ッ! この徳川が、しかと受け止めたッッ!!」

 

 手を叩いて「わっはっは!」と笑う光成おじいちゃん。

 お年寄りが喜んでくれているのは大変嬉しい事ではあるのだが、正直ちょっと戸惑ってしまう感じの梢江。

 いや……まぁ愛ですよ。その通りなのよおじいちゃん。私間違ってないわ?

 

「 ならば梢江さんッ!

  その矜持……、ひとつ皆の前で、証明してみんかッ!? 」

 

 目を見開き、グイッと顔を寄せ、まるで初めてジャンボジェットを見た少年のように目をキラッキラさせる、徳川のおじいちゃん。

 

「ワシに任せぃ! 全てワシに任せぃ梢江さんッ!!

 この十三代目徳川がッ! アンタの願いッ、しかと聞き届けたぞぃ!!」

 

 

 おじいちゃんが手を叩いて使用人を呼びつけ、そして今はどこかに電話しているのが見える。恐らくは“何か“のセッティング。何かの準備を急ピッチで進めている様子が見て取れる。

 その姿を、ただただボケ~っと見つめる梢江。

 この状況に頭がついていかない。物凄い速度で“何か“の話が進んでいくこの状況。

 

 思えば私は、縋りついてでもそれを止めるべきだったのだ。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 

『 青龍の方角よりッ! 松本梢江ッ、入場ぉぉぉーーーーうッッ!!!! 』

 

 

 和太鼓の〈ドーン!〉という音が鳴り響き、そしてこの“地下闘技場“に集まった観客たちの声援が聞こえる。

 

「「「 こっずっえっ!! こっずっえ!! 」」」

 

 神心会空手の皆さん、中国拳法家の皆さん、そして指定暴力団花山組の皆さんの声援が聞こえる。

 

『そうりゃッ!!(ビシィッ!)

 そうりゃッ!!(ビシィッ!)

 そうりゃッ!!(ビシィッ!)』

 

 神心会、末堂厚(すえどうあつし)指導員の号令の下、この場に集まった空手家たちが一斉に正拳突きを行う。

 

『――――烈士ッ、梢江海王ッ!!』

 

『――――烈士ッ、梢江海王ッ!!』

 

『――――烈士ッ、梢江海王ッ!!』

 

 中国拳法家の皆さんが、よくわからない声援を梢江にくれている。

 

『姉御ッ、おふらぁぁんすッ!!』(お疲れ様です)

 

『『『おふらぁぁーんすッッ!!!!』』』

 

 そして木崎さんを始めとする花山組のヤーさん達が、膝に手を当てた極道式の礼で、頭を下げている。

 

 そして地鳴りのような歓声、眩いばかりの照明、それを一身に受けながら今、梢江が戦いの舞台へと歩みを進めていく。

 

『 最愛こそ最強ッ! 愛こそが至高の強さッ!!

  今、松本梢江がぁ~、地下闘技場へと降り立ったぁ~~~ッッ!!!! 』

 

 やかましい程のアナウンス。やかましい程の大歓声。そして悪乗りする大人達。

 

――――そんな中、松本梢江は思う。

 手首と足首に巻いたテーピング。試合用ズボン。

 上半身がタンクトップな事以外は、全て恋人である刃牙と同じコスチュームに身を包んだ彼女が、眼前の光景を目にして思う――――

 

 

(…………えっ。……何これ?)

 

 

『そうりゃッ!!(ビシィッ!)

 そうりゃッ!!(ビシィッ!)』

 

『――――烈士ッ、梢江海王ッ!!』

『――――烈士ッ、梢江海王ッ!!』

 

『姉御ッ!!』

『『『姉御ぉぉーー!!』』』

 

(………………何これ?)

 

 

 私、一回でも中国拳法やった? 空手やった? 盃もらった?

 

 そんな事を思うも、まずその前に「なんで私、戦う事になってるの?」

 それに疑問を持つべきだったと思う。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

「……ほう、炭酸抜きのコーラですか」

 

 

 試合前、控室にて梢江が、必死こいてコーラを飲んでいた。

 

「彼女、分かっていますね。

 ……炭酸を抜いたコーラは、即エネルギーに変換される」

 

 遠くの方で栗谷川さんがこちらを見てなにやら呟いているも、今の梢江はそれどころではない。

 

(刃牙くんがこうやってたっ! ……確か刃牙くんがこんな事やってた!!)

 

 そう思い、必死こいて1.5ℓのコーラを腹に詰め込んでいく梢江。

 意味などは知らん。ただ試合をする前には、ブンブン振ったコーラをこうやって飲むもんなんだ。梢江にとって、格闘技で知っている事といったらその位なのだ。

 

(あとは柔軟体操とかを刃牙くんやってたけど……、

 私あんなのよくわかんないよ!)

 

 そう思い、とりあえず以前テレビで観た事のある“ダイエットヨガ“のポーズをやってみる梢江。無駄に身体は柔らかかった。

 

(これ終わったら、とりあえず寝るっ!

 なんか刃牙くんもグースカ寝てたもん! 私の膝まくらで!)

 

 本当は刃牙に膝まくらをして貰えれば良いのだが、というか刃牙に全部教えて貰えれば一番良いのだが……、残念ながらあのアンチキショウはこの場には居ない。

 可愛い彼女が戦いへ挑むというのに、あの腐れマザコンの坊主は今、補習の真っ最中だ。なんとお勉強なぞをしてやがるのだあの小僧は! ブルシットなのだ!!

 

「……キャン……ディ……。あのね? ぼくキャンディがね?」

 

「うるさいのよドリアンさん! とりあえず膝かして!!」

 

 とりあえず唯一暇そうにしていた髭ヅラのオッサンをサポートに付けてもらったが、コイツは飴を食うばかりで、もう何の役にも立たない。

 良いからお前はじっとしてろと、ドリアンの膝を借りてグースカ寝に入る梢江。

 こんなワケの分からない所に連れてこられ、そしてこんなワケの分からないオッサンの膝まくらで眠る。

 梢江の心は今、もう張り裂けそうだった。

 

 この怒りを試合にぶつけられれば良いなぁと思うも、そんな事私に出来るとも思えない。そもそも何でこんな事になっているのか、誰か私に教えて欲しかった。プリーズテルミーである。

 

 ひたすら飴をコロコロしているドリアンの膝に、梢江の涙がポタリと落ちる。地下闘技場の控室に、シクシクと乙女の泣く声が響く。

 

 今日は朝から徳川家のリムジンに(無理やり)乗っけられ、ここ東京ドームに着くなり独歩さんだのオリバさんだのジャックハンマーさんだのという、なんかどっかで見た事のある人達に矢次に激励され、そして「とりあえず~」みたいな感じで克己さんに正拳突きの仕方だけをササッと教わり、この控室であろう場所に連れてこられた。

 

 さっきヤクザの花山さんがここに激励に訪れ、「こいつを着ていきな」と試合用パンツ、そしてテーピングを渡してくれた。

 これは花山さんが刃牙くんの部屋に入り、勝手にタンスから取ってきた物らしい。

 流石はヤクザ。不法侵入だのなんだのという日本の法律なんてなんともないぜ!

 お心遣いは大変ありがたいのだけれど、大家の娘としては、出来ればそういった事は控えて欲しい。

 

 ついでに「腹に巻いとくか?」とばかりにサラシと、「飲んどくか?」とばかりにお酒のビンを渡されたが、それは丁重にお断りした。

 そして花山さんは「あまりダチのスケ(女)と二人で会っているのは仁義に反する」というなんか男前な理由から、用事だけを済ませてスタコラと去って行った。

 

 そして花山さんと入れ替わりに烈海王さんがここにやってきて、「分からない事があれば彼に訊くと良い」と言い、このドリアンさんをサポートに置いてってくれたワケだ。大量の飴玉の袋と一緒に。

 なんで死刑囚やねん、なんでドリアン海王やねんとは思ったが、居ないよりは遥かに良いので素直にご厚意に甘えておく事とした。

 ……関係ないけど、生きてらっしゃったんですね烈海王さん。刃牙道なんて無かったんですね。

 

 そして先ほど加藤さんに買ってきてもらったコーラをガブ飲みし、見様見真似のダイエットヨガをおこない、現在に至るというワケだ。

 

 今梢江の頭の上からは、「オトワラヴィ~♪」というドリアン海王の無駄に綺麗な歌声が聞こえてくる。その歌声に不覚にも涙が溢れてきた。梢江の心は大分と参っているようだ。

 エグエグと泣きながら眠る私。ドリアン氏のズボンが私の涙を吸い、しだいに重みを増していく。

 

「………………ぐぅえ~っぷ!!」

 

 そしてコーラの飲み過ぎで、お腹もパンパンなのであった。 

 見栄を張らず500ミリにしとけばよかったかしらん?

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

「どう思われますかな渋川老。勝てますか梢江さんは?」

 

「そうじゃなぁ独歩よ。あの様子ならば何の問題あるまいて。

 “地上最強のガキ“……の女。相手はもう、立っては帰れんじゃろう」

 

「ふむ………………一致しましたな」

 

――――なにがやねん。梢江は心の中でつっこむ。

 

 そして時は戻り、現在地下闘技場に降り立ち、ライトを浴びている梢江。

 観客席では見た事ある人達が、なにやら好き勝手な事をゴチャゴチャ言っている様子が分かる。だが梢江は今それどころでは無い。

 

(何なのよこの人達……。何で私の戦いなんて見たいのよ……)

 

 もう観客席にいる者達がニッコニコしているのが分かる。老いも若きも目をキラッキラさせて梢江を見ているのだ。なんなんだアンタ達。

 

「 みんなぁ~~! “地上最愛“がッ、見たいかぁ~~~ッ!! 」

 

「「「 オオオオオォォォォーーーーーーー!!!! 」」」

 

「 ――――ワシもじゃ! ワシもじゃみんな!! 」

 

 今徳川のおじいちゃんが、マイクを握り、元気に観客を煽っている。梢江は今「やかましいわ」という想いで一杯だ。大人達の悪ノリが凄い。

 なんだ? 地上最愛て。私そんなん言うた事ないわ。

 そして観客席からは「最! 愛ッ! 最! 愛ッ!」というワケの分からんコールが聴こえてくる。やめんかお前ら。恥ずかしいわ私。

 

 どうでもいいけれど、この地下闘技場に敷き詰められた砂にも凄い不快感を感じる。

 もう歩きにくいわ、爪だの歯だのが大量に混じってて痛いわ。バイキンでも入ったらどうしてくれるのか。まともに戦わせる気があるのかと問いたい。

 

 こんな所で、刃牙くんはいつも戦っているのね……。

 手首足首にテーピングを巻き、そして刃牙と同じパンツを穿いた梢江は思う。ちなみに髪はポニーテールである。

 

(やったろうじゃないのよ……。いいわよ、やってやるわよ……。

 さっさと済ませて……、帰ってお風呂入って寝るわよ!)

 

 ちなみにあのドリアン海王の膝は、ゴツゴツしすぎて眠れたモンでは無かった。筋肉の塊だ。

 あのオトワラヴィの歌は心地よかったが、おんなじ部分のエンドレスリピートだったのですっかり歌詞も憶えてしまった。カラオケとかには入っているのかしらん?

 そんな事を考えつつ、梢江が手のひらに拳を打ち付ける。パンパンという子気味良い音を鳴らし、気合充分といった様子だ。

 

 

『――――それでは白虎の方角よりッ……“範馬勇次郎選手“のぉ! 入場d……

 

「 うおぉぉおおーーーいッッッ!!!! 」

 

 

 ――――ツッコんだ。梢江はおもいっきりツッコんだ。

 突然の叫び声に、アナウンスの声もいったん止まる。

 

「…………ちょっと。徳川さんちょっと」

 

「ん? なんじゃいな梢江さん?」

 

 そして近くに居た徳川のおじいちゃんを、こちらに呼び寄せる。

 

「……あのね、おじいちゃん? 私、おんなのこ」

 

「あぁそうじゃな。梢江さんは、女の子じゃ!」

 

「……それでね? 範馬勇次郎っていうのはね?

 男の人なの。地上最強の人なの」

 

「そうじゃ! 勇次郎は、地上最強じゃッ!!」

 

 おじいちゃんは、まるで少年のように目をキラキラさせている。

 

「………………無理でしょ、おじいちゃん?

 わたし無理でしょ? 範馬勇次郎とか」

 

「……えっ」

 

 おじいちゃんは、心底意外そうな声を上げる。

 

「えっ……。でも地上最強と、地上最愛を……」

 

『 無理でしょ!? わかるよね!? わかるでしょおじいちゃん!!!! 』 

 

 まるで般若のように、梢江がおじいちゃんへと詰め寄る。

 

「 なんなのよ地上最愛って!

  アンタの“愛“に対する信頼感、一体どうなってんのよ!!!!」

 

「 !?!? 」

 

 ホワット イズ ラーヴ!! 梢江は英語で叫ぶ。

 

「 なんでイケると思うの! なんでイケると思うのよコレで!

  私10キロのお米だってひとりで持てないのよ!? どうすんのよコレ!! 」

 

「 !?!?!? 」

 

 おじいちゃんは、驚愕の表情を浮かべる。

 

「 アンタのマッチメイク、いったいどうなってんのよッ!!!!

  謝りなさいよみんなに! 謝って来なさいよ勇次郎さんに!! 」

 

 いま白虎の方角では、「もう入っていいのかな~?」みたいな感じで、ヒョッコリと勇次郎が顔を覗かせている。大丈夫なのかな~みたいな感じで。

 

「 ――――はやく! はやく謝って! 

  勇次郎さんすいませんでしたって! ごめんなさいして来なさいッッ!! 」

 

「お……おぉ~……」

 

 

 梢江に怒られ、スゴスゴと白虎の方へと向かって行くおじいちゃん。

 観客席にも「今の無しで」という説明アナウンスが入る。

 心底すまなそうな様子の徳川さんに、「あ~。ホンマっすか~」みたく謝罪を聞く、勇次郎であった。

 

 

………………………………………………

 

 

 あービックリしたぁ~。心臓が止まるかと思ったぁ~。

 そんな事を想いながら、梢江がグイグイとストレッチを行う。

 

 まぁなんやかんやあったけれど、おじいちゃんは「すぐ代わりの相手を用意する」と言っていた事だし、梢江はそのまま、ここで待っていた。

 

『 え~、皆さま長らくお待たせしましたぁ~。

  改めまして、ただいまよりぃ~! 選手入場を行いますぅ~! 』

 

 ワーワーと歓声を上げる観客たち。

 梢江もストレッチを止め、向かい側の入場口に目を向ける。 

 

『 白虎の方角よりぃ~! “ホッキョクグマ選手“のぉ! 入jy…………

 

「 ちょおおおおぉぉぉぉーーーーーいッッッッ!!!! 」

 

 

 ――――叫んだ。再び梢江は絶叫した。

 会場アナウンスの声も、またしてもいったん止まる。

 

「 徳川ッ! アンタッ!! アンタこっち来なさいッ!!!! 」

 

「……えっ」

 

 心底意外そうな顔をしながら、近くにいたおじいちゃんが梢江に寄って行く。

 

「……おじいちゃん、あのね? 何回もごめんね? でもね、おじいちゃん?」

 

「お……おぉ」

 

「おかしいよね? ホッキョクグマって。

 “白虎“で“ホッキョクグマ“って、なんかおかしいよね?

 おんなじ白かもしれないけどね?」

 

「……えっ。でもホッキョクグマって、強いし。

 勇次郎もジャックも、昔戦ってたって言って…………」

 

 梢江が何を言っているのか分からない。心底そんな顔をしながら、おじいちゃんは言う。

 

「それで……あ~やっぱホッキョクグマ強いんじゃな~って、思って。

 そんじゃあワシ、梢江さんとやらせてみたらええんじゃないか~と思って……」

 

「いや、おかしいでしょ? わかるよね?

 そんで“ホッキョクグマ選手“っていうのも、何かおかしいよね?

 無いよねそんな言葉? わたし初めて聞いたよ?

 付けないよね“選手“って? クマには付けないよね?」

 

 子供に語り掛けるようにして、懇切丁寧に梢江は説明していく。

 それでもおじいちゃんは「……えっ」という表情を変えない。

 

「あの実況の人も初めて言ったと思うよ? “ホッキョクグマ選手“って。

 長いアナウンサー人生でね? そんでもう、二度と言う機会無いと思うよ?

 なんでか分かる、おじいちゃん? ……そう、選手じゃないもんねクマは?」 

 

「いや……でも“最愛“じゃし。

 最愛と戦うのであれば、やっぱクマぐらいは……」

 

「 だからどーなってんのよアンタの愛ッ!!

  言ってみなさいよソレ! 紙に書いてよここで!! 」

 

 闘技場が揺れる程、梢江の怒りの声が木霊する。

 

 

「 今思ってるヤツ、全部書いてみなさいよッ!!

  私それ、全部バツつけてやるわよッッ!!!! 」

 

 

 紙とペンもってきなさいよ! 早くしなさいよ!!

 徳川の従業員たちに羽交い絞めにされながらも、梢江の怒りは留まる事を知らない。

 しまいには「もうアンタで良いわよ! アンタかかってきなさいよ!」と、従業員に喧嘩を売りだす始末だ。

 

 やがて場内アナウンスで「今のも無しで」という放送がされ、おじいちゃんがスゴスゴと白虎の方角へと歩いていく。

 ホッキョクグマの飼育員さんは「あ~。ホンマすか~」みたいな感じで、トボトボと奥へ引き返して行った。

 

「アンタいい加減にしときなさいよアンタ?

 一回でもホッキョクグマと戦ってる女、見た事あんのアンタ?」

 

 関係ないけれど、老人が若い娘さんにガチ説教されているという光景。これは格闘家の面々をしても、結構ツライ物があった。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 とりあえず一旦控室へと帰ってきた梢江さん。観客たちは今、トイレ休憩中である。

 

 もうこのまま家に帰ってやろうかとも思ったのだが、曲がりなりにもみんな朝早くから集まってくれたのだし、それも気が引ける。

 徳川のおじいちゃんも「ちゃんと相手を用意する」と言っていたので、今はまたコーラを飲んで、英気を養っている最中だ。怒鳴り過ぎてなにやら喉も乾いた事だし。

 

『出来るのねおじいちゃん? ちゃんとした人連れて来れるのね!?』

 

『ハイッ! 出来ますッ! 今もう出ました!!』

 

 先ほどそんなソバ屋の出前みたいなやり取りを5分ばかり繰り広げたが、今は集中力を高める事に専念している。

 特におじいちゃんを信用しているワケじゃないが、なんなら次に変なの用意してきたらもう帰ってやれば良いのだし。私はもう知らんのだ。知った事ではないのだ。

 股割りと呼ばれる脚関節の柔軟をしつつ、梢江は試合開始の時を待つ。

 

(知ってるかい? ボクシングのヘビー級チャンプってのは、

 世界最強の男の事を言うんだぜぇ~?)

 

 

 ……なにやら今、見知らぬオッサンの幻影が見えた気がしたが、梢江はヘビー級のチャンプでも無ければ、ボクシングをやった事すら無い。

 

 なんで出てきたのよ。アンタ誰なのよ?

 梢江は特には、気にしない事にした。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

『 青龍の方角よりッ、松本梢江選手のぉ~入場ですッッ!!!! 』

 

 

『そうりゃッ!!(ビシィッ!)

 そうりゃッ!!(ビシィッ!)』

 

『――――烈士ッ、梢江海王ッ!!』

『――――烈士ッ、梢江海王ッ!!』

 

 

 だからもう海王とか知らないし、正拳突きとかしなくて良いのだが、梢江は黙って入場門をくぐっていく。

 

「 みんなぁ~~! “地上最愛“がッ、見たいかぁ~~~ッ!! 」

 

「「「 オオオオオォォォォーーーーーーー!!!! 」」」

 

「 ――――ワシもじゃ! ワシもじゃみんな!! 」

 

 そっからやり直すんかいとは思いつつも、梢江は黙って集中力を高めていく。

 

(えっと……刃牙くんてどうやってたっけ?

 ピョンピョンしたり、手首グネグネしてたら良いのかな?)

 

 思い浮かべるのは、恋人である範馬刃牙の姿。彼もいつも、こんな気持ちで闘技場へと立っていたのだろうか?

 自分は客席で見守るばかりで、戦いの事などまったく知りはしなかった。しかし今回この場に立つ事により、少しでも彼の事を知る事が出来たら良い。

 しぶりつつも、嫌がりながらも、それでも結局この地下闘技場へと立つ事にした理由。それがこの“刃牙に対する想い“であったのだ。

 

 梢江は誰にも言わなかった。誰にも言う事無く、ここに立つ事に決めた。

 もし刃牙がそれを知れば惚れ直しもするだろうが、そんな事はどうだって良い。

 今この時だけは、私も闘士。グラップラー梢江として、この場に立つ!

 

 

『 続きまして白虎の方角よりッ、“春日野さくら“選手のぉ!

  入場ぉぉーーーーですッッ!! 』

 

 

 そして入場してくる今日の対戦相手、春日野さくら選手。

 正直、梢江は拍子抜けする。だってクマだのなんだのの次は、セーラー服を着た可愛らしい女の子が現れたのだ。

 心の中で「おじいちゃん、疑ってゴメン」と詫びるも、なにやらどよめいている様子の観客席を不信に思う。

 

「…………渋川老、彼女は……」

 

「あぁ独歩よ。この試合……、きっと荒れよるぞ」

 

 今も目の前で、観客席に手を振り愛想を振りまいているさくら選手。その弾けんばかりの笑顔を見ても、梢江の不安は消える事は無い。なにやら嫌な予感がするのだ。

 

『 両者、中央へ! 』

 

 アナウンスに従い、両者が歩み寄る。そして試合前の握手を交わす。

 

「梢江さん! お会い出来て嬉しいです! ずっとファンだったんです!!」

 

 満面の笑みを浮かべ、両手で梢江の手を握るさくら選手。それに曖昧な笑みを返す梢江。

 

「“バキSAGA“読みました! すんごく面白かったです!!」

 

「 きぃいいいいやぁぁぁああああーーーーーーッッッ!!!! 」

 

 

 梢江の叫びが、会場に響き渡る。

 

――――精神攻撃は基本。そんな声が聞こえたような気がした。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

「――――えぇ、飛んだんです。まるで竜巻みたいに回転しながら、

 彼女が空を飛んでたんです」

 

 後日、当日観客席で試合を観戦していた柔術家、本部以蔵氏は語る。

 

「あれは“蹴り“なんでしょうね。弓なりの軌道で空を飛びながら、

 梢江さんへと襲い掛かって行った」

 

「あんな蹴り技は、どんな流派にだってありませんよ。

 私だってあんな事は出来ない。誰にも出来ません。

 完全に物理法則を無視してしまっているから……」

 

 両手を組み、あの時感じた衝撃を追想しながら、本部氏が語る。

 

「――――春風脚。確かそう言っていたように思います」

 

 

 頭部、肩、脇腹。

 試合開始直後にさくら選手の放った春風脚。それは連続してヒットし、梢江の身体はきりもみしながら吹き飛んだ。

 

「凄く嫌な音がしましたよ。もうパシとかペシとかじゃない。

 ゴッ! とかゴシャッ! という重い音が、こちらまで聞こえてきたんです」

 

「あんなものを喰らったら、普通はその時点で終わりだ。

 しかし梢江さんは、壁に寄りかかりながらも、

 なんとか倒れず持ちこたえていたんですね」

 

 眉をしかめる本部氏。まるで自分がその蹴りを喰らったらどうなるかという事を、想像しているかのように。

 

「思えば、そのまま“倒れていれば良かった“かも、しれませんね――――」

 

 抱き着くようにして壁に寄りかかり、倒れる事を拒んだ梢江。

 そこに向かい、即座に態勢を立て直したさくらが襲い掛かる。

 

「今度はね? ロケットのように飛んだんですよ彼女」

 

 一足飛びに間合いを詰め、そして梢江の顎を拳で跳ね上げる。

 

「大きく身体を伸ばし、天に拳を突きあげ。

 まるで竜が天に昇っていくように……、

 梢江さんの身体ごと、高く上へ飛んだんです」

 

「――――咲桜拳。そう叫んでいたと記憶しています」

 

 吹き飛ばされ、背中から地面に落ちる梢江。それでももんどりうちながらも、即座に手を付いて態勢を起こす。

 

「重ねて言いますが……、そのまま倒れていれば良かったのにね」

 

「…………もう構えに入っているんですよ、彼女は。

 両手を腰だめに構え、まるで“かめはめ波“でも撃つような感じでね」

 

 バチバチッという音が客席まで聞こえてきた。

 その身に雷を纏うように、さくら選手の身体が光を放っているように見えた。

 

「あんな物はもう……漫画の中でしか見た事が無い……。

 あるんですねアレ。話には聞いていましたが……」

 

 そして大きな雄たけびを上げながら、さくら選手がその両手を一気に前へと突き出した。

 

「――――波動拳。彼女は確かに、そう言っていましたよ」

 

 今度こそ梢江の身体は吹き飛び、そして地面に横たわったその身体から、シュウシュウと煙を上げているように見えた。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 客席から、汚い男共の悲鳴が聞こえてくる。

 こちらの気も知らない「立て」という身勝手な応援。そしてどこかの顎が立派なプロレスラーの「シャイッ! シャイッ! シャイッ!」という手拍子の音も聞こえてくる。

 寂海王は目を伏せ、柴千春は歯を食いしばり、そしてピクルが両手を重ねて祈っている。

 

 そんな中、梢江がゆっくりと身体を起こし、脚を震わせながらも立ち上がる。

 

(…………有利だ)

 

 焦点の合わない瞳。未だダメージの抜けない身体。

 

(思い違いなんかじゃ、ない……)

 

 それでも梢江は目の前の相手を見据え、その瞳にしっかりと、意志の光を宿す。

 

(――――――“私が“、有利だッッ!!!!)

 

 

 砂にまみれ、汚れた身体。それでも目を見開きこちらを見つめる梢江。その姿に、一瞬さくら選手がたじろいだように見えた。

 

(…………ふふ、まるでダンプカー……)

 

 梢江は、先ほど自分が受けた打撃の衝撃を追想する。

 

(立ち上がれる身体に産んでくれた母……。

 立ち上がれる心を育んてくれた父……。)

 

 梢江がゆっくりと腰を落とし、そして右の拳を脇に添える。

 その構えには、どこかの誰かの面影が見て取れる。

 

(そして、立ち向かえるイメージをくれた刃牙くんに――――感謝したいッッ!!)

 

 正拳突き? 否。“剛体術“だ。

 これは刃牙の得意技、剛体術を行う時の構えだ。

 

「…………ほぅ、堂に入っている」

 

 その姿を見つめ、さくら選手が呟く。

 

「しかし……、貴方にとって絶望的戦力を持つ、私です」

 

 半身で構え、そして軽くステップを踏むさくら選手。

 

「――――終わらせましょう、この戦いを。

 私に勝つなどという幻想…………その夢を、永遠の物とする為に……」

 

 謝りたいと……感じている。

 梢江は、この場にいる観客の皆……そして刃牙くんに、謝りたいと感じている。

 

――――だから“感謝“と言うのだろう!! これを感謝を言うのだろうッッ!!!!

 

「 来いやぁぁーー小娘ぇぇぇーーッッ!!

  私はバキシリーズの、リーサルウエポンだぜぇぇ~~~ッッ!!!! 」

 

 さくら選手の両腕が、再び雷を纏う。

 それに対し、梢江は真っ向から迎え撃つ。

 

 腕がひん曲がった刃牙くんを、見た事がある。

 口から血ヘドを吐き、それでも立ち上がる刃牙くんを、見た事がある。

 もっと凄い相手と戦っている刃牙くんを、見た事がある――――!!!!

 

「 真空ぅぅぅ~~っっ! 波動拳ぇぇぇええええーーーーんッ!! 」

 

 ――――――だったらイケるぜッッ!!!!!!!!!

 

 

『 ――――邪ッッッ!!!!!!! 』

 

 

 

 閃光――――

 そして衝撃音――――

 

 さくらの両腕、そして梢江の拳。

 眩い光の中……、それが交差したように見えた―――― 

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 

 

 

「ずずず…………。うん、美味しい」

 

 

 某病院の一室。

 現在梢江はベッドの上、お茶をすすっていた。

 

「おばさんが持たせてくれた玉露なんだ。

 紅茶とかコーヒーもいいけど、俺には物足りない」

 

 その傍で、魔法瓶からお茶を注ぐ範馬刃牙。高校生ながら、彼の趣味は意外と渋いようだ。

 

「美味いコーヒーや紅茶、私が入れてあげるわ」

 

 苦笑しながら好みを語る少年に、梢江が言い放つ。

 

「コーヒーも紅茶も炭酸抜きコーラも……、味は違えども、みんな美味しい」

 

 水筒のコップを片手に、梢江がニコリと笑みを浮かべる。

 

「…………梢江、こんな事を言うのもなんだけど……」

 

 その様子をみて、言いよどむようにして刃牙が告げる。

 

「剛体術は無理だよ……。まずはちゃんと、拳を作る訓練をしなきゃ」

 

「 分かってたわよそんなの! 言わないでよッ!! 」

 

 

 あの時、奇跡的に先に届いた梢江の拳は……、さくら選手の腹に打ち込んだ瞬間、手首がグニャッっといった。

 観客席にいても、梢江の手が〈ボキィ!〉と折れる音が聞こえたと言う。そのせいで梢江は今、腕にギブスを付けている。

 

「仕方ないじゃない! あんなのやった事なんかないもん!!

 しょうがないじゃない! やるしか無かったんだから!!

 ほかにどうしろって言うのよ!!」

 

「……いや、まぁそうは思うんだけどさ?」

 

 刃牙はこの病室を訪れた時、梢江に「こんなんなっちゃった……」とばかりにギブスを見せられた。名誉の負傷だというのは認める。

 

「まぁ、それでも勝ったんだからいいんじゃね?

 ……よく勝てたよ梢江。烈さんに聞いたけど、一撃だったんだってな」

 

 それでも根性で腕をねじ込み、なんと梢江はさくら選手の意識を刈り取ったのだという。格闘家である刃牙にしても、これは信じられない出来事だ。

 

「あ……うん。まぁ私も必死だったし……。破れかぶれでさ……」

 

「それでもスゲェって。人を倒すってのは、簡単な事じゃないもの」

 

 気迫、根性、矜持。人はその拳に様々な想いを込め、力に変える。

 人を倒す拳――――梢江は確かに、それを放ったのだ。

 

「“最愛こそ最強“か……。 ありがとう梢江、テーマが出来た」

 

「 やめてよ刃牙くん! 研究しないでよ!! 」

 

 強くなる為、真面目に研究しようとする恋人の少年。もうどんだけ格闘馬鹿なんだと問いたい。

 その前に、まずは私を心配しろ。いい子いい子してくれ。

 

「あ、そうだ。あれからバキSAGAけっこう売れてるらしいよ?

 売店でも売ってたって花山さんが……」

 

「 バキSAGAの話はしないでよっ!! もういいのよアレはッッ!!!! 」

 

 闘士たちの間では、今ことある毎に『危ッ!!』と言うのが流行っているらしい。これもバキSAGAの影響か。

 

「もうこりごりよ! あんな思いするのは!

 普段刃牙くん達が頑張ってるんだっていうのは

 よく分かったけど、私は二度とゴメ……

 

「――――お~梢江さ~ん! 具合はどうじゃ~!」

 

 

 その時病室に、花束を持った徳川おじいちゃんが現れた。

 

「いやぁ~実にいい戦いじゃったのぉ~今日の試合は!!

 あ、それとな梢江さん? 今度ワシ、地下闘技場で

 “地上最愛トーナメント“というのを開催しようと思うての?

 もちろん梢江さんには現チャンピオンとして、大会に参加を…………

 

 

………………………………………………

 

 

 ――――後に、当時の様子を見ていた範馬刃牙は語る。

 

 

「いや、正直嬉しかったスよ?

 梢江はホントによく、俺達の戦いを見てくれてたんだなって」

 

「即座に梢江が駆け出したんですよ。じっちゃんのトコに。

 俺が気が付いた時にはもう、組み付いちゃってましたもん」

 

 梢江の雄姿が誇らしいのか、どこか照れ臭そうにしながら刃牙は語る。

 

「腕が折れちゃってんのにどーすんのかな~と思って見てたんですけどね?

 そこはほら、アレです。あるじゃないですか俺と烈さんの技」

 

「“転蓮華“です。ほらアレ、腕とか関係ないし。脚しか使わないし」

 

「……ゴキゴキィって凄い音したなぁ~。

 あっ、じっちゃんの首、あれ大丈夫だったんですか?」

 

 

………………………………………………

 

 

 白目を剥き、口から泡を吹く徳川光成。

 その肩に乗り、まるで菩薩のような顔で静かに佇む梢江――――

 

 

「……やはり君は天才だッ!」(やはり君は天才だッ!)

 

 

 それを影から見ていた大陸の人が、人知れず目を見開き、梢江を絶賛した。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10、過保護なセコンド陣で、あしたのジョー。

今回は、セリフオンリーで書いてみました。







 

 

\ カーン♪ /

 

『おーっと! ここで第一ラウンド終了のゴング! 矢吹優勢!

 チャンピオン“ウルフ金串“を相手に、堂々たる戦いぶりを見せました!』

 

\ ワーワー! /

 

 

「…………へへっ、どーだいおっつぁん。いい感じだろ? 俺もよ?」

 

「あぁ~! まったくてぇしたモンだぁ~! おめぇ~は~!」

 

「ホンマやでジョー! チャンピオン相手に圧倒的やないか!」

 

「へへ、よせやぃ西。……まぁ次のラウンドあたり、やっこさんも出てくるだろうぜ。

 こっからがようやく本番ってトコよ」

 

「そぉ~だぁ~! 気ぃ抜くんじゃねぇぞぉ~ジョ~!

 ……おい西ぃ! ほれ、あれ飲ましてやれぇ」

 

「おぉそうやそうや! ほれジョー。これワイが作ってきた“レモネード“や」

 

「……何でレモネード作って来てんだよおめぇ!!

 欧米か!! 飲めねぇよバカ!! 腹殴られて吐いちまうだろうがよ!!」

 

「えっ!? ボクシングの試合に、レモネード持ってきたらアカンかったんか!?

 はちみつレモンやでジョー!?」

 

「そんな事言わずにぃ~、飲んでやれぇ~ジョ~!

 これは西が、朝の5時に起きて作って来たんだぁ~!」

 

「1分くらいで作れんだろうがよレモネードは!!

 何はちみつレモン作んのに早起きしてんだよ! 不器用ちゃんかおめぇは!!」

 

 

\ セコンドアウト! セコンドアウト! /

 

 

「……ちっ、もう時間かよオイ」

 

「勘弁してやってくれぇ~ジョ~! 西もお前の事を思ってぇ~、

 がんばってレモネード作ってきたんじゃぁ~!」

 

「もういいってんだよそれは!

 行ってくるぜぇ西! おっつぁん! ぶちのめして来らぁ!!」

 

 

\ ワーワー! /

 

 

………………………………………………

 

 

\ カーン♪ /

 

『ここで第二ラウンド終了のゴング! 挑戦者矢吹、このラウンドも優勢です!

 まさに圧巻のボディ攻め!! 悠々とコーナーに下がって行きます!』

 

\ ワーワー! /

 

 

「……けっ! やっこさん随分と粘りやがる……。

 まぁこの調子でいきゃー、次のラウンドあたりでででデデデデ……!!??」ゴゴゴゴ!

 

「どうだぁジョ~! 試しに椅子を、電動の“マッサージチェア“ってヤツに

 変えてみたんだぁ~!! 気持ちよかろぉ~?」 

 

「なんでボクシングの試合にマッサージチェアもってくるんだよ!!

 揺れてんだろうがよコレ! うまく喋れねぇってんだよ!!」

 

「ジョー! これおっちゃんがジョーの為にぃ~言うて、買うて来たんやで!! 

 凄いやろジョー! これホンマ王様のイスやで! こんなん使うてるヤツおらんで!!」

 

「いねぇーーんだよボクシングで持って来るヤツぁーーーッ!!

 マッサージじゃねぇんだよ今は!! おっつぁんが家で使ってりゃあ良いんだよ!!」

 

「勘弁してくれぇ~ジョ~!! ワシャーなぁ~! ワシャー……!

 おめぇの疲れがぁ~、ちぃとでも取れるようにと思ってぇ~!!」

 

「ありがてぇよッ!! いつも感謝してんだよおっつぁん!!

 でも試合では止めてくれよコレ! 今は作戦とかも相談しなきゃなんねぇd………

 

 

\ セコンドアウト! セコンドアウト! /

 

 

「……ちっ! もうそんな時間かよよよヨヨヨヨ……」ゴゴゴゴ!

 

「すまねぇ~ジョ~! 踏ん張ってくれぇ~!!

 ワシャー、こっから祈る事しか出来ねぇ~!!」

 

「そんな心配すんなっておっつぁん! ちゃんとやっこさん、ぶちのめしてくっからよ!

 そんじゃあ行ってくらぁ!!」

 

「ファイトやぁージョー!! いったれぇーー!!」

 

 

\ ワーワー! /

 

 

………………………………………………

 

 

\ カーン♪ /

 

『ここで第三ラウンド終了のゴングです! 挑戦者の矢吹、ここで少し勢いが

 止まってきたかっ!? 動きに精彩を欠いているようであります!』

 

\ ワーワー! /

 

 

「……ったくウルフの野郎。……オイおっつぁん、マウスピース洗ってくれよ」

 

「おぉ~! そうじゃなぁ~ジョ~!

 ほれ、この新しいマウスピースを使うとえぇ~!!」

 

「サンキューおっつぁん! ……モゴモゴ……って、何だぁこのマウスピースはぁ!?」

 

「ジョー! これおっちゃんが新しく開発した、

 “イチゴ味のマウスピース“やで! 甘いやろ?」

 

「何でマウスピース甘くしてんだよ!! いーんだよ甘くしなくてよぉ!!」

 

「だっておめぇ~? いつもマウスピース口に入れるとき、

 なんか『オエッ!』ってなってるじゃねぇかぁ~?

 ワシャー、おめぇがコレ苦手なんじゃねぇかってぇ~!

 だからなんか、『甘くした方が良いのかな?』と思ってぇよぉ~!!」

 

「せやでジョー! お前さん、イチゴ大好きやないか!

 いっつもうまそうに食うとるやないか!」

 

「そーゆうアレでもねーんだよマウスピースは!!

 歯を衝撃から守れりゃ良いんだよ! 歯磨き粉じゃねーんだよ!!」

 

「でもおめぇよぉ~? こーやってマウスピース甘くしときゃー、

 試合中にペロペロできてぇ~、なんか元気出んじゃねーかぁ~!

 オヤツ感覚でいけんじゃね~かと思ってよぉ~!!」

 

「アメじゃねーんだよマウスピースは!! いらねーんだよそういうのはお前ッ!!」

 

 

\ セコンドアウト! セコンドアウト! /

 

 

「うるっせぇよお前もよぉ!! わかってんだよぉー! もぉぉぉーー!!」

 

「ジョー! 怒ったらアカンで! クレバーやで!!」

 

「そうじゃあジョー! 落ち着けぇ~!

 マウスピースをペロペロして落ち着けぇ~!」

 

「わかってるよぉチキショウ! あぁもう甘ぇなコレ!?

 なんか和んじまって闘志わかねーよコレ!!」

 

 

\ ワーワー! /

 

 

………………………………………………

 

 

『矢吹ダウーン!! チャンピオン、ウルフ金串の右が炸裂ぅー!!

 挑戦者矢吹、マットに崩れ落ちたぁーー!!』

 

\ ワーワー! /

 

 

(…………ちっ、解説者の野郎……大げさに騒ぎ立てやがって。

 あいよっと。いま立ちますよっと。

 …………って、いけねぇなコリャ。なにやら目が霞んで来やがった)

 

《――――よう矢吹ぃ。どぉしたぁい?》

 

(おぉ、なんだ力石じゃねーか……。お前、死んでからチョイチョイこーやって

 出てくっけど、ちゃんと成仏はしてんのかぃ……)

 

《――――――――よう矢吹ぃ。どぉしたぁい?》

 

(……スルーかよ力石。……まぁいいけどよ。

 そんでお前……、なんか出てくる度に、ちょっとふっくらしてきてねぇか?

 あっちではちゃんと飯食えてんだなオイ……。ホントよかったよオイ……)

 

 

『おーっと矢吹立ち上がった! カウント8で立ち上がりました! 試合続行です!!』

 

\ ワーワー! /

 

 

(拳キチの野郎……。もうリングサイドで泣いてやがるよオイ……。

 そんな心配すんなっておっつぁん……。それとお経唱えんのは、

 なんか縁起わりーから止めてくれよおっつぁん……)

 

 

………………………………………………

 

 

\ カーン♪ /

 

『ここで第四ラウンド終了です! 挑戦者の矢吹、ダウンこそ取られましたが

 まだまだ元気! 凄まじいパンチの連打を見舞っていきました!!』

 

\ ワーワー! /

 

 

「…………ったくよぉ。あー疲れた疲れたっと」

 

「大丈夫かぁ~ジョ~!! ワシャー……! ワシャーもう駄目かと思ってぇ~!!」

 

「んな心配しなさんなって。次で倒してくらぁな。

 おっつぁんは安心して、こっから見てりゃ…………

 

「――――丹下会長? もう試合を止めるべきです。

 これ以上は、矢吹くんの選手生命を縮めるだけですわ」

 

「……!? テメェ葉子!! 何しにきやがった!!」

 

「お~! こりゃあ白木のお嬢さんじゃねぇですかぁ~。

 そんな事言うモンじゃねぇぞぉジョ~? 白木のお嬢さんはな?

 いっつもおめぇを心配して、ジムにアロエとか届けてくれてんだぞ?」

 

「ありゃてめぇの仕業かオイッ!!!!

 どーすんだよあの大量のアロエ!! 丹下ジムは今、アロエだらけだよ!!

 寝るトコねーんだよ植木鉢だらけで!!」

 

「――――矢吹くん。アロエは身体に良いわ。ぜひお使いなさい」

 

「あんなにはいらねーよ! 良いかもしれねぇけど!!

 一個ありゃー事足りんだろうがよ!?」

 

「ほらジョー見てみ? 白木のお嬢さん、今日もアロエの植木鉢を抱えてはる。

 白い服に、緑のアロエ……。ほんまよぅ映えとるがなアロエが……」

 

「そーいうのは今いいんだよ!!!!

 というかアロエ似合うなアンタ!! そんなキャラ無かったろうがよ!!」

 

 

\ セコンドアウト! セコンドアウト! /

 

 

「――――わたくし、ちょっとレフリーと話をつけてきますわ」イソイソ

 

「上がんじゃねーよリングに!! 上がろうとすんなよ!!

 行くよ俺! やっから!! 試合すんだよ俺ぁよ!!」

 

「――――ではせめて、これを塗ってから」ヌリヌリ

 

「顔にアロエ塗んなよ!! ぬめんだろうがアロエが!!」

 

「行ってこいジョ~! もう一息だぁ~!!

 白木のお嬢さんもぉ、おめぇを応援して下さっとるぞぉ~!!」

 

「せやでジョー! ファイトや! お前やったらいける!!」

 

「――――――好きなのよ矢吹くん、貴方が」

 

「何で今言うんだよソレ!! 今言われてもどうしようもねぇだろうがよ!!

 ホセ戦のトコまで積み重ねてけよ!!」

 

「…………………それとお前ぇ! とにかくアロエどうにかしろよお前ぇ!!

 あれホント迷惑だからな!? まずはそれからだぞ話は!!」

 

 

\ セコンドアウト! セコンドアウト! /

 

 

「うるせぇ!! 行きゃーいいんだろうが行きゃー!! 行ってくらぁおっつぁん!!」

 

「おぉ~行ってこいジョ~!

 帰ってきたら、たらふくアロエ食わせてやるからなぁ~!!」

 

「いらねぇんだよアロエはッ!! それと拳キチてめぇ!

 二度と味噌汁にアロエぶち込むんじゃねぇぞ!! 殺すぞッ!!」

 

 

\ ワーワー! /

 

 

………………………………………………

 

 

『ウルフ金串ダウーーン!! 挑戦者のカウンターの前にマットに沈みましたぁーー!!

 試合終了ぉーーー!!』

 

\ カンカンカーン!! ワーワー! /

 

 

(あぁ……なんとか勝ったけどよ……。なんとかライトクロス入ったけどよ……)

 

(でもこれ……アレか? 顔にアロエ塗られてたから、

 上手い事ヤツの拳がズルッと滑ったのか?

 ……だから俺の拳だけが、バッチリ入ったのか……?)

 

 

「よくやったぁ~ジョ~!! おめぇはワシの誇りだぁ~!!」

 

「――――おめでとう矢吹くん。お疲れ様」ヌリヌリ

 

「いやっ……! ちょっ……! アロエッ……!!

 ……つかもういいよ。わーったよお嬢さん……。ありがとよ……アロエをよ」

 

「? ――――取り合えずこの後、ベネズエラからカーロスリベラが来るわ。

 これから忙しくなるわよ矢吹くん」

 

「……へいへい、わーったよお嬢さん。

 次はベネズエラの大将とやるよ。しっかり見ときなよ」

 

「お嬢さん~。おかげ様で今日もジョ~が勝てましたぁ~!

 これも白木のお嬢さんがくれた、マッサージチェアやマウスピースのお陰でさぁ~!!」

 

「 テメェか葉子!!!! テメェかっ!!!!

  いいかッ!? 今度やったら殺すぞ!! 力石には悪いが殺すぞッ!!!! 」

 

「――――好きなのよ矢吹くん。貴方が」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11、過保護なセコンド陣で、あしたのジョー。2

 

 

「――――いらっしゃい矢吹くん、丹下会長。ようこそ白木ジムへ」

 

「おぉ~! 本日はお招き下さりぃ~!

 ありがとうございますぅ~白木のお嬢さん~!」

 

「よっ! 来たぜ葉子、小遣い稼ぎによ。

 んでどこに居んだい? そのベネズエラの大将ってのはよ」

 

「――――カーロスなら、今リングを使っているわ。

 貴方が来るまでに、身体を温めておくと言ってね」

 

「おーそうかぃそうかぃ! よぉーカーロスの大将!

 今日はスパーよろしくなぁ!」

 

「Ohヤブキィー! ヨロシクおねがいしまース!

 レッツファイトねー!!」

 

「ほぉ~! あっれがベネズエラのカーロスリベラかぁ~!

 なぁるほどぉ~! 良い動きしてやがんなぁジョ~!」

 

「……まぁ、よくもこんなアロエだらけのジムで

 練習出来るもんだとは思うけどよ。文句も言わずによ……」

 

「――――矢吹くん、さっそくスパーリングの準備を。更衣室はあちらよ」

 

「……スルーかよ葉子。まぁいいけどよ。

 んじゃあチャッチャと着替えてくらぁ!」

 

 

………………………………………………

 

 

「…………んで、葉子よ? とりあえず、着替えてはみたけどよ?

 ちょっと……色々と言いたい事があってよ?」

 

「? ――――なにかしら矢吹くん?」

 

「…………えっと、まずよ? 何だいこのグローブは?

 これ更衣室に置いてあったんだけどよ?」

 

「――――今日のスパーリングで使うグローブよ。

 お互い危険の無いよう、“160オンス“のグローブで戦って貰います」

 

「 デケェんだよコレ! 俺こんなグローブ見た事ねぇよ!!

  何だコレ! お前が作ったんか!? 売っちゃいねぇだろうがよコレ!! 」

 

「おぉ~! こりゃ立派なグローブじゃねぇかぁ~ジョ~!!

 なんかジョ~の手がぁ~、でっかくみえてくらぁな~!」

 

「実際デケェんだよ!! 南米のスイカでもこんなデカくねぇよッ!!」

 

「――――矢吹くん、試合用の8オンスは危険だわ。それをお使いなさい」

 

「危険どころか、ボクシングが出来ねぇーよ!!

 重てぇんだよコレ! 腕上がんねぇんだよ今!!

 つか引きずってここまで来たからな俺!? ボクシングになんねぇよ!!」 

 

「OKジョー! レッツファイトねー!」ズルズル……

 

「 おめぇーーもハメてんじゃねーよ!! なに装着してんだよ!! 」

 

「さっすがぁベネズエラのカーロスだぁ~!

 立ち姿もなんかぁ~、風格あんじゃねぇかぁ~!!」

 

「デケェからだよ! グローブでけぇからそう見えてんだよ!!

 どうすんだよ二人してこれハメて!

 何すんだ!? リングん中をウロチョロ歩くんか!?」

 

「ヤッパリ日本、豊かな国デース!

 グローブも、ベネズエラと全然ちがいマース!!」ズルズル……

 

「違うんだよ! このグローブの方が違うんだよ!!

 おかしいと思ったらちゃんと言った方がいいぞお前!!

 コイツら無茶苦茶するからな!? 殺されちまうぞ!!」

 

 

………………………………………………

 

 

「すんません~お嬢さん~! ジョ~のヤツがぁ~!

 どぉ~しても出来ねぇってぇ~、言うもんだからぁ~!」

 

「――――困ったものね矢吹くん。これでは練習が出来ないわ」

 

「だから普通ので良いんだよ普通ので!! あんじゃねぇかそこに沢山!

 8オンスのが置いてあんだろうがよ! それ使わせてくれよ!」

 

「――――冗談言わないで矢吹くん。あんな危険な物、見たくもないわ」

 

「なんでボクシングジムやってんだよお前! なめてんのか!」

 

「すんません~お嬢さん~! 勘弁してくだせぇ~!

 わしゃー、ジョ~の嫌がる事ってぇのはぁ~、

 出来るだけさせたくはねぇんですぅ~!!」

 

「止めろッ! 恥ずかしいだろうがよおっつぁん!

 いつも感謝してんだよ俺ぁよ! わーったからよ!」 

 

「とりあえずどーしますカー? ワタシ、ヤブキと戦いたいデース!」

 

「なぁカーロスもこう言ってんじゃねぇかよ。

 なんとかしてくれよおっつぁん……。ベネズエラから来てくれてんだよ」

 

「お嬢さん~! もうこ~なったらボクシングとかじゃなくぅ~!

 “お互いの良い所をひとつづつ言い合う“みたいな勝負で、

 ジョ~とカーロスを~」

 

「 何なんだよソレ!! 何しに来たんだよ俺ぁ!! 」

 

「――――良いですね丹下会長。ぜひそうしましょう」

 

「おめぇーーも乗っかってんじゃねぇよおめぇ!

 なんだよその平和なヤツ!! それで良いんかお前!! つか初対面だよ俺達!!」

 

「ヤブキは~、そんな髪型なのにちゃんとボクシングが出来て、すごいデース!」

 

「おめぇーもさっそく始めてんじゃねーよッ!!

 あとそれ悪口だからなお前!? 褒めてねぇからな!?」

 

「そーだぞぉ~カーロスぅ! ジョ~はすげぇヤツなんだぁ~!

 髪型さえまともなら、今頃ベルトの2,3本……」

 

「そんな風に思ってたのかおっつぁん!!

 毎日リンスとかしてんだよ俺ぁ! ほっといてくれよ!!」

 

「――――矢吹くんは、帰ってきたらちゃんとウガイをするから偉いわ」

 

「お前も何参戦してんだよ! 嬉しくねぇよそんなの褒められてもぉ!

 つか何で知ってんだよそれ!!!!」

 

「ジョーは買い物ん時、ちゃんとエコバック持って行きよるで!!」

 

「おめぇはいつ来たんだよ西!!

 いいんだよ付いて来なくてもよ! 帰れよ!!」

 

 

………………………………………………

 

 

「……ったく、最初からこうしてりゃ良いんだよまったく。

 16オンス使わされてる上に、なんか西洋甲冑みたいな防具

 まで着せられてるけどよ……」

 

「頑張れぇ~ジョ~! くれぐれもぉ~、無理だけはするんじゃねぇぞぉ~!」

 

「あいよっ、心配すんなっておっつぁん!

 いっちょぶちかましてくらぁな。そこでしっかり見てなよ」

 

「――――では両者、リングの中央へ」

 

「 おめぇがレフリーすんのかよオイ!

  なに白黒の服着てんだよ! 準備してたんかお前!! 」

 

「…………って、そもそもスパーにレフリーはいらねぇーよ!

 何はりきってリング上がってんだよ! ライセンス持ってんのかテメェ!!」

 

「――――大丈夫よ矢吹くん。ちゃんとはじめの一歩も全巻持っているもの」

 

「それだけでレフリーは出来ねぇよ!

 しちゃ駄目だよ! ボクサーの命を預かってんだよ!!」

 

「――――肘打ち、ローブロー、バッティングに気を付けて。

 もし矢吹くんを怪我させたら、カーロスは国外追放します」

 

「重てぇんだよ罰が!!

 何だそのルール! レフリーにそんな権限はねぇよ!!」

 

「――――二度と日本の土を、踏めないようにします」

 

「怖ぇんだよお前! なまじ金あるから出来そうなんだよお前!!」

 

「大丈夫ヨー! 葉子サーン!

 たとえ選手生命を断たれても、ヤブキを殴ったりしまセーン!!」

 

「何しに日本に来たんだよおめぇは! やれねぇよ! 殴れねぇよ俺ぁ!!」

 

「――――止めるの矢吹くん? それが良いわ。ボクシングなんて」

 

「お前ほんといい加減にしとけよ!?

 ノリちゃんみてぇな事言うんじゃねぇよ!!」

 

「やぁ矢吹くん! やっとボクサーを引退し、葉子に婿入りする決心を……」

 

「アンタいつ来たんだよ白木の叔父さん!

 しねぇよ婿入りは! ボクサー続けんだよ俺ぁよ!!」

 

「――――矢吹くん、ボクサーは西洋甲冑を着たりなんかしないわ」(笑)

 

「おめぇーーが着せたんだろうがよコレぁよ!!

 アンタのお孫さんどっかおかしいぞ! どういう教育してきたんだよアンタ!!」

 

 

………………………………………………

 

 

(……ちっきしょう、動きづれぇよコレ。

 もう歩く度に〈ゲッション! ゲッション!〉いいやがるよコレ……。

 ボクシングになんねぇよ……)

 

(何故かカーロスの方は、何にも着てやがんねぇし……

 アイツ「ヒャッハー!」とか言って走りまわってんじゃねぇか今。

 打ってこいよお前……。つか俺も一発も殴れてねぇよ)

 

「――――矢吹くんは、何でも好き嫌いせずに食べるから偉いわ」

 

「ジョ~はぁ~! いっつもワシの肩とか揉んでくれとるんですぅ~!」

 

(……あっちはあっちで、なんか盛り上がってやがるしよ……。

 こっち見ろよお前ら……。何やってんだよ俺いま。何だコレおい)

 

《 よぅ矢吹ぃ、どぉしたぁい? 》

 

(……おぅなんだ力石かよ。

 脱水起こしてんのかな俺……? 頭がボ~っとしてきやがってよ……)

 

《 俺の西洋甲冑ぅ、いい感じだろうがぁ? 》

 

(……あぁ、お前これ着て練習してたんかオイ。

 どうりで痩せるワケだよお前。

 言いたかねぇけど、止めといた方がよかったんじゃねぇのか……?)

 

「今度ぉ、ジョ~が寝てる時ぃ~、ワシがハサミでバッサリと

 切っときますんでぇ~!」

 

「――――それが良いですわ丹下会長。

 あんな前髪じゃ、目を悪くしてしまうもの」

 

(あっちはあっちで、なんか不穏な事言ってやがるしよ……。

 ……おい力石、殴ってきていいか?

 今なら殴れそうな気ぃすんだよ俺ぁよ。女でもよ……)

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

「あー疲れた疲れたっとぉ!

 汗をかいた後のシャワーってのは良いねぇーっ!」

 

「……つか結局何しに来たんだよ俺ぁよ。

 何にもせずにスパー終わっちまったよオイ」

 

「――――矢吹くん、タオルを持ってきたわ。着替えもね」ガチャリ

 

「おーすまねぇなぁ葉子ぉ! ……って勝手に入ってくんじゃねーよお前!

 何してんだよお前!!」

 

「――――水に濡れても崩れないのね。凄いわ、矢吹くんの前髪」

 

「冷静に観察してんじゃねーよ! 出てけよお前ッ! 嫁入り前だろうが!!」

 

「? ――――とりあえずは今後、

 金竜飛とのタイトルマッチを用意しているわ。

 辛気臭い男よ矢吹くん。殺しておしまいなさい」

 

「言い過ぎだろうがよお前ッ!!

 アイツも辛い人生おくってきてんだよ! わかってやれよ!!」

 

「おぉジョ~! ワシもお邪魔してきたぞぉ~!

 一緒にシャワーしようやぁ~!」

 

「Heyジョー! ワタシ背中流してあげマース!」

 

「おめぇらシャワーなんか必要ねぇだろ!

 いいんだよ入って来なくてもよ! 娘さんも居んだよ!!」

 

「――――そうですか。では私も水着を」イソイソ

 

「行くなよ! 水着とりに行くなよ!

 ……いやシャワー室からは出てけよ! 居座ろうとすんなよ!!」

 

「お嬢さん~! 今日はほんとありがとうごぜぇましたぁ~!

 ジョ~のやつもぉ~! 良い経験になったんじゃねぇかってぇ~!」

 

「今度ワタシも応援に行きマース!

 ベネズエラからいつでも飛んできマース!」

 

「――――好きなのよ矢吹くん、貴方が」

 

「 だから何で言うんだよそれ!!!!

  俺の裸見ながら言うんじゃねーよ! 別の意味が出てくるぞ!! 」

 

「矢吹くん、これは一体どういう事かね?

 こうなったらもう、葉子を貰ってもらうしか……」

 

「 アンタも何なんだよ一体!!

  腰にタオル巻いて言う事かよ! 出てけよ!!!! 」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12, 機動武闘伝、寿司ガンダム その1

~あらすじ~

「ネオジャパンだけ普通のガンダムでズルくない? 日本の要素なくない?」
 そう国際ガンダムファイト連盟に文句をつけられたネオジャパンは、シャイニングガンダムの開発を断念。
 ネオジャパンのファイターであるドモン・カッシュは、もっと日本的な要素を持つガンダムに乗って戦う事となったのだ。





 

 

『チボデー・クロケット!

 貴様にガンダムファイトを申し込むッ!!』

 

 ネオジャパン代表、ドモン・カッシュ。

 彼がネオアメリカ代表であるチボデーに対し、そう宣戦布告してきたのは昨日の夜の事。

 ボクシングのコロニーチャンプとして地球王者との統一戦に挑む予定であったチボデーに対し、リングにカッコよく乱入して宣戦布告を決め、「ヒャッハー!」とばかりに走って帰ってきた。

 ファイトの約束もしっかり交わしてきたし、明日に控えたチボデーとの対戦が、今からとても楽しみなのである。

 

 ……しかしながらドモン・カッシュは、今とても大きな問題を抱えていた。

 それは明日のチボデーとのガンダムファイトで乗る、機体の事。

 まことに遺憾ながら、ドモンの愛機としてネオジャパンに用意されてしまった、自分のガンダムについての事なのだ。

 

「完成したわドモン!

 これがネオジャパンの誇るモビルファイター、寿司ガンダムよ!」

 

「乗れるかバカ! なに作ってるんだお前ッ!!」 

 

 いま目の前で輝かんばかりの良い笑顔を見せているのは、レイン・ミカムラさん。

 彼女は幼馴染でもあり、また今大会ではサポートクルーとして参加している、ドモンの相棒だ。

 医者としての知識を持つばかりか、メカニック、射撃までこなす才媛。

 まさにガンダムファイターであるドモンにとって、無くてはならない存在であるハズなのだが……。

 

「さぁ乗ってみてドモン!

 今モビルトレースシステムをONにするわっ!」

 

「だから乗らんと言っとるだろうッ! なんで寿司なんだ!!」

 

 このネオジャパンMF“寿司ガンダム“は、彼女の父であるミカムラ博士の協力のもと、レインの発案&デザインにより開発された。

 まさに彼女の愛と情熱の詰まった、最高のガンダム。ネオジャパンの希望なのだ。

 

 ドモンの背中をグイグイ押し、無理やりコクピットに乗せようとレインは奮闘する。

「ちょっと! ちょっとで良いから乗ってみて! きっと気に入るから!」と、フンスふんすと興奮している。

 

「ファイティングスーツは海苔で作ってみたわ!

 海苔ってちょうど黒いしっ。お寿司なんだし!

 最初ベタつくと思うけど、時間が経てばパリパリになるから!」

 

「なんて事をするんだ!! 普通のヤツでいいだろ!!」

 

「今は武装を取りつけていないから、ただの“酢飯ガンダム“だけど、

 当日は色々な装甲を取り付ける予定よ!」

 

「付けんでいい! 乗らん! 普通のガンダムを寄越せレイン!!」

 

「足の裏には、イカを装着するのっ」

 

「ヌメるだろうそれ! 絶対歩きにくいぞ!!」

 

「コックピットは、イクラで出来ているわっ!」

 

「プチッといってしまう! 潰れてしまうぞ俺が!!」

 

 前腕にマグロ。肩にもマグロ。胴体にはシメ鯖をあしらって青色を演出。そう熱の籠った説明をしていくレイン。

 ちなみにビームサーベルの持ち手には、湯飲みよろしく魚の名前が沢山書いてあるらしい。

 お寿司好きにはたまらない、大変夢のあるガンダムに仕上がっていた。食欲もそそる。

 

「……えっ、もしかしてドモン、乗りたくないの……?

 お寿司嫌いだった……?」

 

「嫌いじゃない! 寿司は食う! でもガンダムは別だッ!!」

 

「そうよね……、お寿司が嫌いな人なんて、この世にいるハズ無いもの。

 ……それでねドモン? この寿司ガンダムに乗る時はね?」

 

「話を聞けレインッ!!!!

 乗らん! 乗らんと言ってるんだ!!! 普通のガンダムを寄越せッ!!」

 

「普通って…………もしかしてドモン、軍艦巻きの事を言ってるの?

 お寿司を食べに来ておいて、シーチキンやハンバーグ巻きばかりを?

 お魚も食べなきゃダメよ?」

 

「わかったっ! 魚も食う! 今度食いに行こうなッ!!

 だから俺に! ごく一般的なガンダムをッッ!!」

 

「えっ……なに? ……えっ」

 

 ――――貴方が分からない。 そう言わんばかりにキョトンとするレイン。

 彼女の凄まじいまでの“お寿司への信頼感“が、言葉を理解するのを拒ませているのだ。

 

「えっと……。それはトロとかウニとか……そういう事じゃなく?」

 

「いったん寿司から離れろ!

 今は値段の話をしてるワケじゃないんだ!!」

 

「……えっ、わからない。

 だってドモンは明日……お寿司のガンダムに乗るのに」

 

「もう決定事項なんだな!? そうなんだなレイン!?

 すでにお前の中でッ!!」

 

 オーマイガッと天を仰ぐドモン。

 いくら自分がコロニー格闘技の王者といえ、お寿司な機体でガンダムファイトを戦い抜く自信は無い。

 それに自分の目的としてキョウジ・カッシュを探すという物もあるが、いったいどんな顔してお兄ちゃんに会えば良いというのか。こんなお寿司なガンダムに乗って。

 

 そう天に向けてドモンが雄たけびを上げていると、やがてその様子を見ていたレインが自我を取り戻し、そしてなにやらプリプリと怒り始める。

 どうやら自分の作ったガンダムを貶されてしまったと解釈したようで、大変お冠のご様子だ。

 

「なっ……、なんで嫌がるのよドモンっ!!

 わがままなんて良くないっ! せっかく作ったのにっ!!」

 

「いやっ、それはまぁ……、努力は買うが……。

 ……あのな? レイン」

 

「そんなに乗りたくないんなら、もう乗せてあげないっ!!

 ドモンなんて生身で戦えばいいんだわっ!!」

 

「無茶を言うなっ……! いくら俺でも、生身でガンダムの相手は!

 それにガンダムファイトの国際条約も……!」

 

「それじゃあ私用に開発した“ゲイシャガンダム“に乗る!?

 ドモンなんて変態になっちゃえば良いのよっ!!」

 

「もっと乗れるかそんな物!!

 いったいどんな顔して、キョウジと会えば…………っておいレイン!!

 このゲイシャガンダム、すごいクォリティーじゃないかッ!?

 お前、自分のガンダムにだけ……どれだけお金をかけて……!!」

 

「うるさいっ! 乗れっ!! 乗りなさいお寿司のガンダムに!!

 あんまりワガママ言うと……産むわよっ!?」

 

「何を!? なに産むつもりだお前!!

 おまっ……ちょっとレイン! ……オイッ!!」

 

「産むわよ!? 本気なんだからね私っ!!

 分かったらさっさとお寿司に乗りなさいドモン!! ……産むわよっ!?」

 

 もうポカポカと叩かれながら、コックピットに押し込まれていくドモン。

「ムキャー!」っと怒るレインの前に、もう抵抗すら出来なかった。

 

 取り合えずはそれから無事に試乗テストを終え、ドモンは自室でゆっくりと風呂に浸る。

 一応頑張ってはみたものの、身体に染み付いた磯の香りは、中々落ちなかった。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

「改めて俺から、ガンダムファイトを申し込むぜ!

 受けてくれるか、ジャパニーズ?」

 

「応ともっ!!」

 

 そして翌日、ドモンはネオアメリカの無人地区にてチボデーと対峙していた。

 さっきまでネオアメリカ側の刺客にドモンが暗殺されかかったりと色々あったのだが、チボデーが駆けつけてこれを撃退。現在に至る。

 

「さぁガンダムを出しやがれぇ!!

 どんな相手だろうが、この“パンケーキガンダム“がブッ倒してやるぜぇ!!」

 

「パンケーキ!? パンケーキかそれッ!!」

 

 チボデー。クロケットが搭乗するのは、アメリカ人が大好きなパンケーキを模したデザインのガンダム。

 大小いつくものパンケーキがそのボディを形成しており、腹のコックピットのあたりには、とろけたバターが引っ付いている。大変に食欲をそそる。

 

「来ぉいドモン・カッシュぅ!!

 俺ぁこのパンケーキガンダムで、アメリカンドリームを掴むんだぁーッ!!」

 

「無理だチボデー!! よく分からんが、きっと無理だッ!!」

 

 思いとどまれとばかりにそう進言するも、ウオォォと雄たけびをあげるチボデーは聞く耳を持たない。

 しょうがないのでドモンもガンダムを呼び寄せる事にした。お互い大変だなチボデー。

 

「来いッ、ガンダァァアアーーーームッ!!!!」

 

 カッコよくパチッと指を鳴らし、天に向かってドモンが叫ぶ。

 すると空から〈ギュィィ~ン!〉と音を立て、大きな大きなマグロのお寿司が飛んで来た。

 即座にコアランダーへと乗り込み、マグロと合体するドモン。

 

「うおっ! なんだテメェ!? ジャパニーズSushiか!?」

 

 突然のお寿司来訪に驚愕するチボデー。

 コックピットの中で〈ゴゴゴゴ……〉と海苔(スーツ)に身を包み、ドモンが戦闘準備を行っていく。

 

「行くぞぉチボデー・クロケットぉ!! ガンダムファイトォォオオーーッ!!!!」

 

「「レディィィ~~~ッ…………ゴォォォオオオオーーーーーーッッ!!!!」」

 

 即座に駆け出し、パンチを繰り出す両者。

 お寿司のパンチと、パンケーキのパンチが空中でぶつかり合い、その力を拮抗させる。

 

「おっ……俺のパンチが押されてやがるッ!!

 これがクールジャパンか!?」

 

「チボデー……この男を知っているか?

 ……あぁ知らないんだな。そりゃそうだ。俺もそんな気がしてた。

 ――――ではトドメだぁチボデーッ!!」

 

 一応写真の画像を見せたものの「?」みたいな顔をされたので即座に戦闘に戻ったドモン。

 寿司ガンダムの前腕(マグロのお寿司)から緑の光が溢れ、そのパワーを極限まで上昇させていく。

 

『俺のこの手がぁ、真っ赤に燃えるぅぅ~~~……!!

 お前を倒せと輝き叫ぶぅぅ~~~……!!!!』

 

 まるで米粒を繋ぎ合わせたようなお寿司ガンダムの指が、パンケーキガンダムの拳をメリメリと粉砕していく。

 その衝撃と激痛にチボデーが「ノォォーー!!」と叫び声を上げる。

 

 

『 ――――――くらえっ! 2020年、東京オリンピックぅ……!

  O・MO・TE・NA・SHIぃ~……、フィンガァァァアアアーーーーッッ!!!! 』

 

 

 凄まじい光が辺りを包み込み、右腕を粉砕されたパンケーキガンダムが後ろに倒れ込む。

 やがてその光がやみ、辺りが静寂を取り戻した時……そこにあったのは雄々しく立つ寿司ガンダムの姿。

 マグロ型の前腕から〈プシュー!〉っと煙を吐き出す。

 

「……へっ。完敗だぜジャパニーズ。

 いや……、寿司ガンダムよ」

 

 和の心、クールジャパン――――

 日本の誇る素晴らしい食文化が今、アメリカの象徴パンケーキという、巨大な敵に打ち勝ったのだ。

 

「そうだな……。またこの街から出直しだ。

 でも俺は何度でも立ち上がり、必ずガンダムファイトの頂点に立ってみせる……。

 このパンケーキガンダムと一緒に……!」

 

 本当は「チボデー・クロケット、ナイスガイ!」と、そう言いたかったのだが……。

 でも彼が乗るパンケーキガンダムの“あまりの弱さ“に、ちょっとドモンは口をモゴモゴしてしまう。

 ――――次はお互い、もっとマシなガンダム作ってもらおうな!!

 そうチボデーと誓い合い、奇しくもドモンは、後のシャッフル同盟へ友情の布石を打つ事に成功。

 砕けてほんのり焦げたパンケーキガンダムの腕からは、なにやら今も香ばしい匂いが立ち昇っている。

 

『オーゥ! ママの作ったパンケーキ! サイコーゥ!!』

 

 そんな声が……どこからか聞こえた気がした。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

「――――出来たわドモン!

 これが新しく作ったネオジャパンのMF、“とうふガンダム“よっ!!」

 

 レインのあげる嬉しそうな声が、倉庫に響き渡る。

 彼女の大豆に対する凄まじい信頼感が、このガンダムを作り上げたのだ。

 

「さぁ乗ってドモン! 今度はドモンも大好き、お豆腐よ!!

 頭部のバルカンから、おネギが発射出来るのっ!」

 

 いったい何が、彼女をそうさせるのかは分からない。

 だが彼女がドモンの要望を聞いて新しいガンダムを制作してくれた事と、必ずなにかしらの日本テイストを取り入れてガンダムをデザインしている事だけは分かる。

 しかしながら、豆腐……。

 よりにもよって、今回はお豆腐のガンダムである。 弱い(確信)

 

「お豆腐はね? ヘルシーフードとして海外でも大人気なの!

 まさに日本の誇る食べ物っ。大豆バンザイっ!!

 さぁ乗ってみてドモンっ!

 専用のビームライフルからは、醤油色の液体が出るのっ!」

 

「乗るかバカ!! いい加減にしろレイン!!」

 

 ――――なぜ貴方が怒っているのか分からない。 そんなピュアな瞳でキョトンとするレイン。

 子供のような純粋な瞳で、ドモンを見つめている。なぜ喜んでくれないのだろうかと。

 

「もういいっ! 次からガンダムのデザインは、俺がやる!!」

 

「 !?!? 」

 

「……俺はそういう事は不得手だが、お前にやらせるよりはマシだッ!!

 だから次からネオジャパンに、俺が希望した通りのガンダ…………」

 

『 ――――なんで!?!? なんでそんな事言うのドモン!?!? 』

 

 思わずドモンが〈ビクゥ!〉としてしまう程の大声。

 とんでもなくイノセントで、悲痛な叫び声が、辺りに木霊した。

 

『 私がガンダム作るよっ!?

  ドモンのガンダムは、私が考えるのっっ!!!!

  だって私とドモンはパートナーでしょう!?

  ドモンは私が必要でしょう!? いないと困るよね!?

  だから私が考えたガンダムに、ドモンは乗るの!!

  それに乗ってドモンは戦うの!! ずっとずっと!

  ずっと私がガンダム考えるっ!! ドモンそれに乗るっ!!

  ……ねっ? そうだよねドモン!? 私間違ってないよね!?

  私のガンダムに乗って、ドモンは戦うんだよね!?

  ドモンもそうしたいよね!? 私のガンダム嬉しいよね!?

  私いらなくなんて、ないよねっ!?!? 』

 

「……………」

 

 錯覚、かもしれないのだけれど……。

 不意にドモンの脳内ビジョンに、包丁を握りしめて突進してくるレインの姿がハッキリと見えた気がした。

 これは未来予知に近い感覚なのかもしれない。今も目を見開きながらグイグイ詰め寄ってくるレインをみて、ドモンはゴクリと唾をのむ。

 

『 私のガンダム好きだよね!?

  ドモンは私のガンダム、だいすきだもんね!?

  だって、いっしょうけんめい作ったもん私!!

  ドモンがんばれって、ドモン負けるなって思って作ったもん!!

  ドモンのためにって、がんばって考えたもん私!!

  ドモンドモンドモンドモン!! 』

 

「…………」

 

 

 次の相手は、ネオチャイナのサイサイシー……。

 ドモンは暫し目の前の現実から逃避し、この“とうふガンダム“で、いったいどう戦ったら良いのかを考える。

 

 とうふガンダムで戦って死ぬか、それともレインに刺されて死ぬか。

 前門の虎、後門の狼である。

 

「 ガンダム乗るって言ってよ! でないと私、産むわよっ!! 」

 

 よく分からないけれど産まれるのはなんか怖いので、渋々ドモンはとうふガンダムの所へ向かう。

 後ろからレインに「産むぞこの野郎」とばかりに追い立てられ、コックピットへと続くはしごを登っていく。

 彼の戦いは、ガンダムファイトは、まだ始まったばかりだ。

 

 出来たらネオチャイナのガンダムも、弱かったらいいなぁ――――

 

 そんな事を思いつつも、なんだか妙にプルプルしたガンダムに乗り込む、ドモンであった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13, 機動武闘伝、寿司ガンダム その2

 

 

 あの戦いは死闘だったと、ドモン・カッシュは語る。

 実はネオチャイナへと向かう途中、彼は突発的なガンダムファイトを戦う事となっていたのだ。

 

 突然ドモンとレインの前に姿を現した、国籍不明の謎のガンダムファイター。

 唐突な展開に驚きつつも、二人はやむなしとばかりに即座に戦闘へ入った。

 ファイターたるもの、敵に背中は見せられない。そう言わんばかりに受けて立ったのだ。

 

 ドモン操る、ネオジャパンのとうふガンダム。

 対するは、ネオ発展途上国の擁する“色々足りてないガンダム“

 

 正式名称など知らん。ドモンもレインも特に訊ねたりはしなかった。

 

 その機体は発展途上国ゆえの予算不足の為か、文字通りもう色々と足りてないのが見て取れるガンダムだ。

「えっ、本来いるハズの部品も、いくつか無いんじゃない?」と、そんな心配をしてしまいそうになる感じである。

 

 きっと村の大人たち子供たちを総動員し、がんばって木だの布だので機関部を覆い隠したんだろう。

 その手作り感あふれる貧弱なボディは、見る者全てに哀愁を誘う。

 国とか村とかの機体を一身に背負っているんだろうなぁというのも、何と無しに見て取れる。

 

 壊してしまうのが、非常に忍びない――――

 戦闘前、そう感じたドモン。

 もし故障などさせよう物なら、ちゃんと復活させる事は果たして出来るのか。ちゃんと修理するお金は残っているのだろうか。

 そう心配せざるを得ない程、悲しいガンダムであった。

 

「くらえネオ発展途上国ッ! ――――そうだ、京都へ行こう。

 O・MO・TE・NA・SHIぃ~……、フィンガァァァアアアーーーーッッ!!!!」

 

 粉々に粉砕される、ネオ発展途上国の色々足りてないガンダム。

 戦いは非情。だって向かって来た以上やるしかないのだ。これは正当な暴力である。

 

 だがせっかくなので、もう二度と修復出来ない位にぶっ壊してやった。

 二度とこんな戦いに参戦しようなどと思わない程に。

 お前達はガンダムファイトよりまず国をどうにかせぇ。そういう事である。

 これがネオジャパン代表、ドモン・カッシュの心意気。O・MO・TE・NA・SHIなのだ。

 

「豆腐と思い、侮ったな!

 キョウジと会うその時まで、俺は負けるワケにはいかないんだッ!!」

 

 そうドモンはカッコよく決めるも、実際の所、ホントにそうだったのかもしれない。

 ネオジャパンのガンダムが豆腐だと聞きつけたネオ発展途上国は、「コイツにだったら勝てる!」とばかりに、喜び勇んでやってきたのかも。

 実際の所、本当ギリギリの勝負だったし。

 ドモンの操るとうふガンダムも、もう立っているのがやっとの状態だ。身体中モロモロだし。

 

「お疲れ様ドモン!

 やっぱりファイティングスーツを“豆乳“で作って正解だったわ!」

 

「臭いと思ったぞ! どうりでっ!!」

 

 ハグして来ようとするレインを上手投げでうっちゃり、お説教タイムに突入するドモン。

 今日の風呂もまた、長くなりそうだ。

 最近しずかちゃんくらい風呂に入る頻度が増えている、ネオジャパンのドモンくんであった。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 やって来ました万里の長城。

 現在ドモンは、今回の対戦相手であるネオチャイナのサイサイシーと向かい合っている。

 

 ネオチャイナに来た途端、何故かどこぞの盗賊たちに襲われ、一時期コアランダーを盗難されたり、変なじいさん二人にレインが人質に取られたりもしたのだが(何故かレインは「キャー♪ 助けてドモーン♪」とばかりにテンションMAXだった)、現在は無事にコアランダーも奪還。レインも無事。

 そして敵の首領も無事にとっちめ終わり、現在ドモンはサイサイシーと対峙している最中だ。

 サイサイシーの背後にある大きな滝の中には、恐らくネオチャイナの物であろうガンダムの影も見える。

 

「お前がサイサイシーだったのか!

 よくもまぁ好き勝手やってくれたものだ!」

 

「ゴメンよ兄貴! 勘弁だぜっ。

 この借りはしっかりガンダムファイトで返すからさっ」

 

「応ッ! 望むところっ!!」

 

 二人でこの敵のアジトである万里の長城へと潜入したは良いものの、これまで散々サイサイシーの裏切りに合ってきた。

 ドモンを囮として使い、その騒ぎに乗じて自らの奪われたガンダムを取り戻す算段だったのだろうが、そのせいでいっぱい蹴られたり殴られたりしたドモンとしては、もうたまった物では無い。

 まぁどこか憎めない愛嬌のある子ではあるし、盗賊に奪われてしまっていたガンダムを取り戻そうとするサイサイシーの事情もわからんでもない。

 裏切りつつもさりげない彼の配慮もあり、自身もバッチリ無事だ。

 このガンダムファイトによって白黒を着ければ問題ないだろう。ドモンはそう覚悟を決める。

 

「じゃあ乗り込むぜっ、これがオイラのガンダムファイト初戦だッ!

 ドラゴンガンダァーーム!!」

 

 滝の方に向かって「ヒャッホーイ!」と駆けていくサイサイシー。

 やがてゴゴゴゴ……という轟音と共に、流れる水の中から巨大なガンダムが姿を現す。

 

「ほう、それがネオチャイナのドラゴンガンダ…………、

 って、ドラゴンガンダムッ?!」

 

 滝から出てきたのは、“青い機体“。

 青を基調とし、白い手足、そしてワンポイントに黄色や赤などで塗装されたガンダムだ。

 ぶっちゃけ、大分ドラゴンのイメージと違う。

 いや、それどころかもう、ドモンはそのガンダムにすんごい既視感を感じざるを得ない。

 

「おいッ、お前それ“ファーストガンダム“じゃないのか!!

 デザインがまんまだろう!!」

 

「ちっ、違うよ! これはドラゴンガンダムだよ!!

 たとえ似ていたとしても、それは偶然の産物だよ!!」

 

 アムr……ではなくサイサイシーの叫びが木霊する。

 今ドモンの眼前にドーンと現れたのは、まごう事無く昔テレビで観た“ザ・ガンダム“その物。

 どことなく四角くて、時代を感じさせるデザイン。あの偉大なるファーストガンダムその物なのだ。

 しかし彼は、これはネオチャイナ製のガンダムだと主張して譲らない。

 

「お前それ大丈夫なのかっ!?

 訴えられたらどうするんだ!! 著作権的な物は!!」

 

「そんなの知らないよっ!

 何を言われても“これは我が国のオリジナルです“って言い張れって、

 そう言われてるんだ!!」

 

 よく目を凝らして見れば、若干ではあるがオリジナルとの差異がある事が分かる。

 本家よりもほんのり丸くなった肩パット、さりげなくカラーが違うバックパック、口元にあるラインの本数などなど。

 もう「流石はネオチャイナだ!」と言わんばかりの、ギリッギリ訴えられても戦えるくらいの絶妙なパクリリスペクト加減なのだ!

 

 これに関してはもう、“年期が違う“。

 パクリオマージュする事にかけては、宇宙広しといえどもネオチャイナの右に出る者は居ない。沢山の人がこれで飯を食ってるのだ!

 

「さぁ戦おう兄貴!

 オイラの国の“オリジナル“ガンダムが相手だぜ!!」

 

「お前はそれで良いのか! ちゃんと言った方がいいぞ!!」

 

 まだ子供だというのに、辛い戦いを強いられているらしきサイサイシー。

 少林寺再興の為、彼も必死なのだ。背負ってる物が違う。

 

 もうその姿を見ているのが、だんだん辛くなってきたドモン。

 彼の涙に濡れた縋りつくような瞳を見て、ここで合わせてあげないのは、なにやらこの子の決意を踏みにじる行為のように思えてくる。

 

 ――――なんなんだこの空気。俺が悪いというのか。

 

 間違った事は言っていないのに、子供パワーで自分が極悪人のような気がして来たドモン。

 とりあえず、このガンダムだけは絶対に破壊しなくてはならない。

 サイサイシーが今後、健全に成長してく為にも。大人達許すまじ。

 

「……わ、分かった、ネオチャイナのガンダムよ。

 では俺達もガンダムを出すぞ! レインッ!!」

 

「オッケードモン! いくわよっ! “ガンダムライスボール“発進!!」

 

「ガンダムライスボールッ?!?!」 

 

 レインの合図と共に、空の彼方からゴゴゴ……っと飛んでくる巨大なおにぎり。

 壊れてしまったとうふガンダムの代わりに、急遽レインが取り寄せたのがこの機体だ。

 

 関係はないが、普通にお米を握った物が“おにぎり“、妻や恋人が握ってくれた物を“おむすび“(お結び)というらしい。うろ覚えの豆知識である。

 そしておにぎりは英語で、ライスボール。

 古来より老若男女問わず愛されて来た、まさに日本の誇るフェイバリットフードなのだ!

 

「さぁ乗ってドモン!

 今回もファイティングスーツは、海苔にしてみたわ!」

 

「海苔やめろお前!

 どんだけ海苔好きなガンダムファイターだ俺は!」

 

「コアの部分は梅干し! ビームサーベルは、おーいお茶のペットボトル型よっ!」

 

「それを貴様に叩きこんでやろうかッ!!

 ……もういい! 来いっ、おにぎりガンダーム!!」

 

「ガンダムライスボールだってば!」

 

「チッキショー!」と叫びつつガンダムに乗り込んでいくドモン。

 もうサイサイシーもスタンバっているし、口論しているヒマなんてないのだ。待たせたら悪いし。

 コックピットに入り、上から迫ってきた装置に身体を海苔まみれにされ、戦闘準備を完了させていく。

 磯の香りにだってだんだん慣れてきた。経験という物は偉大だ。

 だがレイン、貴様はぜったいに許さん。

 

「いくぞサイサイシー! ガンダムファトォォオオーーーッッ!!」

 

「「レディィィ~~! ゴォォオオオーーーーーッッ!!!!」」

 

 そして始まる二人のガンダムファイト。ドモンは三角な機体を操り、巧みに敵へと迫っていく。

 対してパクリオリジナルガンダムは、パキュンパキュンとビームライフルを連射。ニュータイプよろしくの戦い方で攻めていく。少林拳はどうした。

 

「ドモン! こちらもバルカンで対抗よ!

 ツナマヨが発射されるわ!!」

 

「もう黙っていろレイン! 本当に死んでしまう!!」

 

 ただでさえ偉大なガンダム(パクリ)を相手にしているというのに、いま自分が乗っているのはおにぎりだ。

 しかもムダに身体はデカくて、三角。動きにくい事この上ない。

 胴体にある海苔の部分が、意外とビームを弾いてくれるのだけは救いか。

 

「どうしたどうした兄貴っ! アチョーーッッ!!」

 

 ライフルを投げ捨て、ガンダムハンマーをブン回すサイサイシーが迫りくる。もうネオチャイナはやりたい放題だ。

 ドモンも必死に三角形に足が生えたような機体でちょこちょこと動き回り、なんとか攻撃をしのいでいく。

 

「隙ありぃッ!! トドメだぁぁーーーーッッ!!!!」

 

 岩に三角の身体をひっかけ、とうとうその場にスッ転んでしまうドモン。そこに空へ大きくジャンプしたサイサイシーが襲い掛かる。

「サイサイシー、行きまーす!」という声が聞こえた気がしたが、ドモンはそれを大人の対応で聞き流す。決して反応してはいけないのだ。

 

「甘いぞッ、サイサイシーッ!!!!」

 

「 !? 」

 

 天高く飛び上がったサイサイシー、そこを突然〈ズボォ!〉っと腕を生やしたガンダムライスボールが迎え撃つ。

 

「俺のこの手が真っ赤に燃えるぅぅ~~~!

 お前を倒せと輝き叫ぶぅぅ~~~!!」

 

 ガンダムライスボールの前腕(シャケの切り身)が緑の光を放ち、その力を極限まで解放していく。

 そのあまりの眩しさに、思わず視界を奪われてしまうパク……オリジナルガンダム。

 

 

『 くらえサイサイシーッ! ――――くいだおれの街、大阪。

  O・MO・TE・NA・SHIぃ~……、フィンガァァァアアアーーーーッッ!!!! 』

 

 

 唸りをあげて突進し、敵の頭部を地面に叩きつけるガンダムライスボール。

 やがで光が止み、辺りに静寂が戻った時、そこには頭部を粉砕せんと握りしめるドモンと、その首にビームサーベルを突き付けているサイサイシーの姿があった。

 

「「――――そこまでっ! その勝負っ、引き分けとなさいませッ!!」」

 

 戦場に響き渡る二人の僧侶の声。

 彼らはサイサイシーのお目付け役としてここにやってきた、少林寺の年老いた坊さん達だった。名前は忘れた。

 

「……致し方あるまい。

 この決着は次会った時に着けるぞ、サイサイシー」

 

「へへっ! 分かったよ兄貴!!」

 

 頭部から手を放し、サイサイシーを立たせてやるドモン。

 なんだかんだとありはしたが、この少年はまごう事なき強敵だった、ホントおにぎりで何とかなって良かった。

 

「ドモンどの! この度のご活躍、お見事でしたッ!

 これより我ら二人がしっかりとサイサイシーに付き、

 コヤツが立派な少林寺の跡取りとなれるよう精進させ……」

 

 そう言い終わる前に、この坊さん二人をとりあえず殴っておく事にしたドモン。

 たとえ著作権が許すとも、このドモン・カッシュが貴様らを許さん。何を子供に乗せとんねんとばかりにブッ飛ばしてやった。

 ――――次はお互い、まともなガンダムでやりあおう!

 そうサイサイシーと誓い合い、ドモンはまたしても後のシャッフル同盟結成へ友情を結ぶ事に成功する。

 しかしながら、まともなガンダムに乗ってるヤツは居ないのだろうか。

 後のデビルガンダムとの戦いに、大きな不安が残る。

 

「オイラにも帰る場所があるんだ……こんなに嬉しい事はない……!」

 

 そう涙を流すサイサイシーがオリジナルパクリガンダムに乗り、夕日の彼方へと去っていった。

 

 

…………………

………………………………………………

 

 

「レイン! 俺のジャポニカ学習帳をどこへやった!?

 机の上にあったヤツだ!!」

 

「あぁ、あの子汚い落書き帳の事? 捨てたわっ」

 

 現在ドモンとレインさんは、泊り先の宿にて言い争いをしていた。

 ドモンが密かに作成していたガンダムのデザイン案は、今頃焼却炉にてメラメラと燃えている事だろう。

 大事な大事なパートナーなのだし、勝手に部屋に入って荷物を漁る事くらいは当たり前なのだ。

 

「それより見てドモン! 今回はネオジャパン食べ物シリーズを踏襲して、

 日本が誇る至高の麺類っ、その名も“ガンダムうどんヌードル“という……」

 

「カッコいい風に言うな! ようは“うどんガンダム“だろうが!!」

 

「麺を啜る動作って、外人さんには意外と出来ないらしいわ!

 スパゲッティをクルクルして食べる軟弱者共に、うどんの洗礼を!」

 

「お前いい加減にしておけ!?

 普通のガンダムを出せ! 遺憾の意を表明する!!」

 

「あれ、ドモン何で知ってるの?

 私が作ろうとしてる“遺憾の意ガンダム“の事」

 

「作るな! 役に立たん!!

 なんだその“とりあえず言っとけ“みたいなガンダムは!!」

 

「なっ……なんでそんなワガママばっかりっ!

 もういいっ、知らない! ドモンなんて絶交よっ!!」

 

「あぁそうかぃ、せいせいするな。

 ちょうど俺も一人になりたかった所だ」

 

「もうっ……! もう……っ!!

 知らないッ! ドモンのバカ! 豆乳スーツ!!」

 

「それお前のせいだろうっ!! 匂いを落とすのにどれだけかかったと……!」

 

「…………あ、パパ? 私だけど。

 今すぐドモンのお父さんの機械、コンセント抜いて」

 

「お前なにしてんだ! どこに電話してる!?」

 

 無感情な声色で、ミカムラ博士に電話するレイン。

 

「半解凍、半解凍してやって。

 ドモンが泣いて謝るまでレンチンしてやって」

 

「眠らせといてやれ!! やって良い事と悪い事がある!!」

 

 急いで受話器を取り上げ、ドモンは必死にミカムラ博士と話した。

 

『 ドモンがいじめる! ドモンがイジワルする!!

  なんで私のガンダム乗らないの!? なんで喜ばないの!?

  いっしょうけんめい作ったのにっ!

  ドモンの為にって、がんばって作ったのに!!

  ドモン馬鹿だからガンダムなんて作れるハズない!!

  私が作るしかないのに! 私の役目なのにっ!!

  ドモンは私のガンダムに乗るのっ!! 』

 

「お……落ち着けレイン……! そんな大声を……!

 誰か人でも来たら、どうするつも……!」

 

『 なによっ!? ハチマキッ!!

  あほハチマキ! 似合ってないのよ!

  そのほっぺの傷だって自分で付けたんでしょう!?

  カッコいいとか思ったんでしょう! この中二病! あほドモン!!

  どうせお風呂でちんちん洗う時も「シャァァイニング、フィンガー!!」

  とか言って洗ってるんでしょう!?

  バカじゃないの! バカじゃないの! バカじゃないの!! 』

 

「レイン……ッ! レイン……ッ!!

 乗るっ! うどんガンダムに乗るッ! 俺が悪かった!!」

 

 次の対戦相手は、ネオフランスのジョルジュ・ド・サンド。

 ドモンはガンダムうどんヌードルを繰り、かの敵を撃破しなくてはならない。

 

「じゃあ今すぐ乗って! 乗ってよ!

 でないと私、産むわよ!!」

 

 もう何をどう産まれるか分かったもんじゃないので、イソイソとガンダムの倉庫に向かって行くドモン。

「ムキー!」っとばかりにレインに追い立てられ、コックピットに上がっていった。

 

 ――――ジョルジュの傍にも女の子がいるらしいが、俺達のような感じなのだろうか。

 

 そんな事を考えつつ、スーツ代わりのうどん粉を被るドモンであった。

 

 






☆スペシャルサンクス

 砂原石像さま

・ネオ発展途上国“色々足りてないガンダム“
・ネオチャイナ“パク……オリジナルガンダム“




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14、青い髪のサムライ。

 

 

「ふむ。ファースト、ちょっとこっちに来なさいな」

 

「?」

 

 毎度おなじみ第三新東京市にある、葛城さんのお宅。

 現在惣流・アスカ・ラングレーは、同じエヴァのパイロットである綾波レイを自室に招き、共に休日のひと時を過ごしていた。

 アスカにちょいちょいと手招きされ、テテテとばかりに寄って行くレイさん。

 

「そーれ! ギュ~ッ! …………うん、良いわねコレ。

 人のぬくもりには、問答無用の癒し効果があると思うの。

 やっぱ良いもんねハグって」

 

「……暑いわ」

 

 後ろからハグをし、頭をぐりぐり撫でまわして猫可愛がりする。レイが大人しいのを良い事にアスカは好き放題だ。

 まぁ自分は遠くドイツからやって来た身だし、たまに無性に人恋しくなるお年頃。いつも頑張って世界の平和を守っているのだから、こうしてハグするぐらいは許して頂きたく思う。

 

 ちなみにアスカとレイがこんな風に仲良くする事など、本来なら有り得なかったかもしれない。

 レイは自己主張が薄いというか、あまり自分の感情を表に出すタイプでは無い。なのでアスカは「つまんない子!」と思い、以前は毛嫌いしてたりしたのだが……。

 

 しかしアスカは最近になって、いつもレイが自分の愚痴や辛辣な言葉を、黙って「じ~っ」と聞いてくれている事に気が付いた。

 自分は結構キツイ物言いをする方だというのに……、それでもレイはいつも自分の傍にいてくれるのだ。

 無口ではあるけれど傍に寄り添い、我が儘な自分について来てくれる。そしてよく見ると可愛い。

「えっ。この子って実は、凄く良い子なんじゃないの?」と、最近思い始めたアスカなのである。

 

「我慢なさい。どうせ第三新東京市はいつも夏真っ盛りよ。

 暑いモンは暑いんだから、それならハグでもしてた方が良いでしょ?

 これも幸せの対価だと思いなさいな。ぽかぽかよ。」

 

「ぽかぽか……」

 

 最近は、よくこうしてレイを抱きしめ、二人でのんびり過ごす事も多い。

 テレビを観たり、ポケ~っとしたり。そんな何気ない時間ではあるが、アスカにとっては癒しの時なのである。

 

「アタシはこうしてる時が一番幸せだけどさ?

 アンタは何やってる時が幸せ? どんな時にぽかぽかする?」

 

「……分からない。 家に居る時も、特に何もしていないもの」

 

「そうなの? 花盛りの女子中学生が、随分と寂しい話よね。

 ん~……そうねぇ~……。出来れば何か趣味のひとつでも欲しい所だけど。

 アンタは何か、興味のある事とかない? やりたい事とか」

 

「やりたい事……」

 

 アスカの腕の中、レイが「ウムム……」と唸る。後ろからなので顔は見えないが、なにやら真剣に悩んでくれているのが見て取れた。大変微笑ましい。

 

「じゃあ、あれをやってみたいわ。最近テレビで観たの」

 

「ん、なによ? どんな事したいの?」

 

「――――かかと落とし」

 

 一瞬フリーズするアスカ。しかしレイの声色は、真剣そのものだ。

 

「かかと落とし、やってみたいわ。

 あれ、とてもカッコいいと思う――――」

 

 恐らくTVで格闘技番組でも観てたんだろう。まるでロッキーに影響されて夜中に公園を走りに行く青少年のように、レイの頬が高揚しているのが分かる。

 

「かかと落とし、ぽかぽかする。

 私もあんな風に、かかと落としをしてみたい」

 

「…………あ、うん。

 いやあの……興味を持つのは良い事だと思うけどね?」

 

 やりたい事を聞かれて、かかと落とし――――

 あまりの意外な答えに硬直してしまうも、ようやく回復してきたアスカ。

 

「……ダメ? かかと落としは、いけない?」

 

「いや、ダメではないんだけどね……? そりゃアタシだって、

 アンタのやりたい事は出来るだけ叶えてあげたい~って思っているのよ?

 だからそんな目で見ないで頂戴。

 ……でも、アンタ出来る? アレって結構難しい技だと思うんだけど……」

 

 ちなみにかかと落としを修得したいなら、普通は1~2か月ほど足の柔軟体操をし、まずは足が高く上がるようにしなければならない。

 レイが特別身体の柔らかい子であるならば、それは省略出来ようが……。

 

「ん~……。じゃあアンタいっぺん、そこで足を高く上げてみなさいな。

 とりあえず見ててあげるから」

 

「わかったわ」

 

 トテトテと部屋の真ん中あたりに移動し、レイはサッカーのように右足を蹴り上げてみる。

 ひょいっ! すってん! ドテェーッ!!

 

「わぁーっ!! ……ってちょっとアンタ大丈夫なのっ!?

 思いっきり頭ぶつけてたけど!!」

 

「……いたい」

 

 勢いよく足を蹴り上げた瞬間、軸足がツルッと滑り、そのまま転倒。レイは床に後頭部をぶつけるハメとなる。

 

「……じぃ~」

 

「え、なんでこっち見てるの?

 ……もしかしてこれ、私が悪いみたいになってるの?」

 

「アスカの言うとおりにしたら、頭を打ったわ。いたい」

 

「いや、あの……ゴメンね?

 でもアンタ、ぜんぜん足上がってなかったからさ……?

 ちょっとかかと落としは……、無理なんじゃないかな?」

 

 レイの身体は固かった。

 かかと落としをやりたいなんて言い出すのだから「もしかしたら……」とは思ったんだけど、儚い願いだったようだ。

 

「やる。練習すればできるわ。

 私も板とか人体とかを粉砕してみたい」

 

「けっこう闘争本能あるのねアンタ。

 意外な一面を知る事が出来たわ……。

 じゃあとりあえず、今日は練習しよっか?

 そのよく分からない情熱があれば、いつかは修得出来るでしょ」

 

 念のためレイの後ろに沢山のクッションを敷き、かかと落としの練習を開始する二人。うら若き乙女が休日にやる事では無かった。

 

「あの、お菓子持ってきたんだけど……。二人とも何やってるの?」

 

「お、ちょど良い所に来たわシンジ。ちょっとそこに座りなさいな」

 

 ここでシンジくんが部屋に来訪。

 アスカはシンジを部屋の真ん中あたりに座らせ、その眼前にレイを立たせる。

 

「――――よし、やりなさいファースト」

 

「かかと落とし」

 

「 !?!? 」

 

 行儀よく正座していたシンジくんの肩口に、レイのかかと落としがヒットする。

 

「……えっ、何するのさ綾波!? どうしちゃったの!?」

 

「いやね? この子がどうしてもって言うもんだからね?

 今かかと落としの練習をしてるのよ」

 

「おす」

 

〈ポスッ!〉という感じではあったが、レイにかかと落としをされて驚愕するシンジくん。

 ちなみにシンジくんを座らせていたのは、レイの足が高く上がらない為である。

 

「えっと……なんで綾波は、かかと落としがしたいの?

 今までそんな素振なかったじゃないか」

 

「なんかTVでやってたのを観たらしいわよ。

 せっかくファーストが興味を持った事なんだし、叶えてあげたいじゃない」

 

「おす。おねがいします」

 

「そりゃぼくだって、叶えてはあげたいけど……」

 

 なんでかかと落としなんだろう? なんで興味もっちゃったんだろう?

 そう思いはしたものの、シンジくんだってレイの事は好きだし、なによりとても付き合いの良い子であるので、ここは黙って応援する事にした。

 部屋の端っこに座り、アスカと共に声援を送る。

 

「良いわよファースト! だいぶキレが出てきたわ!」

 

「気をつけてね綾波っ。怪我とかしちゃダメだよっ」

 

 部屋で黙々とかかと落としの練習をするレイ。それを傍で応援する二人。

 重ねて言うが、とても遊び盛りの中学生の子達が休日にする事では無かった。

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

「よし、ネルフ本部に来てみたわ。 後は実戦をこなすわよファースト」

 

「がんばってね綾波」

 

 部屋での反復練習を終え、「もう充分だ」と判断したアスカ師範の指示により、三人はネルフ本部へと場所を移した。

 ここから綾波レイの、かかと落としによるサクセスが始まるのだ。

 

「あっ、そこミサトさんがいるよ。どうする綾波?」

 

「あのグラサンを叩き割ってくるわ」

 

「気合充分じゃないのアンタ! やる気に満ち満ちてるっ!!」

 

 無表情ながらもシンジたちにサムズアップを決め、レイはスタスタと歩いて行く。

 デスクに座っていたミサトが、レイに気が付いて書類から顔を上げる。

 

「あらレイ? どうしたの~こんな所で。

 今日って訓練も無かったでしょう?」

 

「――――かかと落とし」

 

 レイのかかと落としが、葛城三佐の脳天にヒットした。

 

「おごっ!! ……って、えっ? 何!?

 あたし何かした?! どうしてかかと落とし?!」

 

「胸がぽかぽかする……。はじめての気持ち」

 

 頭を押さえてオロオロするミサト。それを余所にほっこりしているレイ。

 

「ミサトさんごめんなさいっ、綾波も悪気があったワケじゃないんです!」

 

「そうなのミサト! 悪気なんか無かったのよ!!」

 

「悪気無いのにかかと落とししたのっ!?!?

 シンちゃんあたし何か悪い事した?! ビールばっか飲んでるから?!」

 

 半泣きになって縋りついてくるミサトを宥めながら、一同は「かくかくしかじか」と事情を説明する。

 

「そういう事なら仕方ないわ。

 あたし子供の自主性は尊重する方よ」

 

 ――――許してくれるらしい。

 なんかよく分からないが、ミサトはとても懐の広い人だった。許された。

 満足気に頷き、レイの頭をいい子いい子と撫でてやるミサトさん。

 

「ちょうどそこにリツコもいるわよ?

 レイ、いけそう?」

 

「赤木博士はもう、歩いて帰れないわ」

 

「今日カッコいいよ綾波! 頼もしいよっ!!」

 

 みんなの声援を背に受け、赤木博士の方へトテトテ歩いて行く綾波。

 

「あら、どうしたのレイ? 私に何かご用?」

 

「――――かかと落とし」

 

「 ふぬ゛ごっ!! 」

 

 レイのかかと落としが、赤木博士の額にヒットする。

 

「痛いじゃないのレイ!

 なんだかんだあっても、貴方とは仲良くやってきたつもりよっ?!」

 

「ごめぇ~んリツコ! この子も悪気は無いのよ~」

 

「そうですリツコさん! 綾波に悪気は無かったんです!!」

 

「悪気も無いのにこんな事するの!? 最近の若者はモンスターなの?!」

 

 そして「かくかくしかじか」し、なんとかリツコさんも納得してくれた。

 たとえどんな事であれ、レイが物事に興味を持ったのは大変喜ばしい。まぁとりあえずはやってみなさいと太鼓判を押してくれる。

 

「あっちに加持くんいるけど、今から行ってみる?」

 

「二度とスイカの作れない身体にしてやるわ」

 

「良いわよファースト! アンタいま輝いてるっ!!」

 

 リツコさんも仲間に加わり、みんなでゾロゾロと歩いて行く。

 自動販売機のある休憩所に、加持さんの姿はあった。

 

「やぁシンジくん達。……って珍しいな葛城たちまで。

 俺に何か用かぃ?」

 

「――――かかと落とし」

 

「 ごっほ゛ぁ!! 」

 

 飲んでいたコーヒーを吹き出し、しばし床をのたうち回る加持さん。

 

「レイくんっ、女の子がそんな事をしちゃいけないぞ!?

 俺は確かにちゃらんぽらんな男だが、それでも暴力は……!

 ……って、何々? ……あぁそれだったら仕方ないな」

 

 理解のある大人で良かった。やはり加持さんはみんなのお兄さんである。

 

「次は父さんの所に行ってみよっか? いま会議室に居るんだって」

 

「えぇ、碇指令の墓に唾を吐いてやるわ」

 

「ダーティねレイっ! ちょっちキュンときちゃったわ!!」

 

 勢いそのまま一同は会議室に向かい、バーンと扉を開け放つ。

 

「……どうしたレイ? 今は会議中だ。用があるならば後に」

 

「――――かかと落とし」

 

「 ん゛っ!?!? 」

 

 例の“口元で手を組むポーズ“を上から押しつぶすように、かかと落としが脳天に炸裂した。

 

「――――ぺっ!」

 

 気絶した碇指令の頬に、レイの唾がベチャッとかかる。

 

「次は冬月副指令ね。どこにいらっしゃるのかしら?」

 

「確か作戦指令室の方に居たと思うぞ?

 マヤくんや青葉くん達もそこに居るハズだ」

 

「それじゃあ行ってみましょうか。

 綾波、いっぱいいるみたいだけど平気?」

 

「問題ないわ。サーチ&デストロイ(見敵必殺)よ」

 

 気を失った碇指令、そして会議中であったお偉いさん達を残し、一同はゾロゾロと作戦指令室へと向かって行く。

 

「ん? やぁシンジくん達じゃないか」

 

「どうしたのシンジくん達? 遊びに来てくれたの?」

 

「ちょうど俺達も休憩だ。どっかでお茶でも飲むかい?」

 

「すいません日向さん! マヤさん! 青葉さん!

 ちょっとだけ綾波の自分探しに付き合ってあげて下さいっ!」

 

 ペコーリとシンジくんが頭を下げると、その後ろからノシノシと歩いてくる綾波。なにやら身体からオーラのような物が立ち昇っている。

 

「……なんかレイの雰囲気がいつもと違うんだけど」

 

「どうしたのレイ? なにか嫌な事でもあった?」

 

「そうだぞ? 遠慮せずに話してみろよ。もし俺で力になれる事だったら」

 

「――――かかと落とし」

 

 レイのかかと落としが青葉さんに炸裂。「の゛ごッ!」という面白い声を出した。

 

「え……かかと落とし? いや、俺はなんとか大丈夫だが……何で?」

 

「どうして青葉にかかと落としを? レイはそんな事する子じゃないだろ?」

 

「そうよレイ? レイはとっても良い子じゃない。話してみて?」

 

 青葉さんは軽く頭を擦りながら、他の二人は少し困惑しながらも話を聞いてくれる。「かくかくしかじか」と事情を話し終えた時には、すっかり三人共納得してくれたようだ。包容力バンザイ。

 

「……じゃあ次は俺か……。お手柔らかに頼むよレイ」

 

「――――かかと落とし」

 

「 い゛どぁ!! 」

 

 日向さんの脳天にかかと落としが炸裂。メガネがちょっとずれる。

 

「えっと……あんまり痛くしちゃイヤだよ……?

 信じてるからねレイ」

 

「――――かかと落とし」

 

「 ぴぃや゛っ!! 」

 

 マヤさんの頭にもかかとが炸裂。涙目になって頭をクシクシと擦っている。

 

「あ、冬月副指令なら、そこの椅子の後ろに隠れてるよ」

 

「!?!?」

 

「ホントだ! こんな所に隠れてたわ!」

 

「ズルイよ! 自分だけ隠れるなんて!」

 

「ダメですよぉ~副指令ぃ~?

 ちゃんとレイに協力してあげて下さいっ」

 

「――――かかと落とし」

 

「 んごぁっ!! 」

 

 即座にかかとを叩きこみ、副指令の粉砕に成功するレイ。

 

「ネルフの美しき獣……人はそう呼ぶわ」

 

「そうだね、今日の綾波カッコよかったよ。

 じゃあそろそろ、帰ってご飯食べようか」

 

「――――待ってシンジくん!

 今ちょうど第三新東京市に向かってくる敵影を発見!

 パターン青、使徒ですっ!!」

 

 突然のマヤさんの叫びに、一気に慌ただしくなる作戦指令室。オペレーターの皆は頭を擦りながら席に着き、副指令もヨタヨタと歩いて位置に着いていく。

 

「こんな時に使徒が現れるなんてっ! でも丁度良かったかもしれないわっ。

 ……行けるわね、三人ともっ!?」

 

「もちろんですミサトさん!」

 

「あったりまえよっ! アタシを誰だと思ってんのよっ!!」

 

「敗北を知りたい」

 

 即座にプラグスーツへと着替え、エヴァへ乗り込んでいく三人。

 今、この第三新東京市の守り手たる少年少女たちが、勢いよくリフトで地上へと射出されていった。

 

 

「――――かかと落とし」

 

 

 チュドーンという音と共に、使徒が爆散する。

 零号機の放つ渾身のかかと落としが、強大な敵を討ち滅ぼしたのだ!

 

「……なんか、役に立っちゃったね。かかと落とし……」

 

「やっとくモンよね、なんでも。

 きれ~に入ってたわ……、使徒の脳天に……」

 

 呆然としながらも、そう呟き合うエヴァパイロットの二人。

 芸は身を助ける――――

 やっぱ人間、趣味という物は持っておくべきなのだ!

 

「あれかな……?

 これから零号機の新武装に、かかと落としを強化する為の装甲とかが……」

 

「……さぁ? あたしゲルマン民族だからよく分からないわ……」

 

「僕らも練習する……? かかと落とし……」

 

「エヴァってそんなロボだったかしら……。まぁいいけど……」

 

 使徒を殲滅し、爆炎を背にしてこちらに歩いてくる零号機。

 その姿は雄々しく、風格すら漂っている。

 

「かかと落とし……、胸がぽかぽかする。はじめての気持ち」

 

 綾波が幸せなら、もうそれでいいんじゃないかな。

 シンジくんは思った。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15、 崖上(がけうえ)!男塾!

 これは拙作“あなたトトロって言うのね“の番外編になります。








 

 

 いま衛宮家の庭には、大型トラックのタイヤほどもある“巨大な鉄鍋“が用意されていた。

 

 その大きく平たい鉄鍋は炎にくべられており、ボコボコと煮えたぎる高温の油で中が満たされている。

 士郎を含めたジブリの面々が、その鉄鍋を遠巻きに取り囲む。

 

「 これぞ! 男塾名物“油風呂“ッ!!!! 」

 

 地面に虎竹刀を突き立て、藤ねぇが怒声を放つ。

 

 ――――男塾名物、油風呂。これは男塾伝統の“根性試し“の儀である。

 これに挑戦する者は、煮えたぎる油で満たされた鉄鍋の中へと入り、直に鍋底へと座り込まねばならない。ヘソから下は完全に浸かってしまう事だろう。

 下からは常に火が焚かれ、しかもその油の水面には、儀の開始と共に“火の着いたローソク“を乗せた笹船が浮かべられるのだ。

 ……すなわち、もし参加者が熱さに耐えかねて身じろぎでもしようものならば、たちまちローソクを乗せた笹船は転覆。油に着火し、火だるまとなるのは必至。

 この油風呂に挑む者は、ひたすらローソクの火が消えるまでの時間、ケツがこんがり揚げられる苦しみに耐え抜かなくてはならないのだ!

 その根性ひとつを! 男塾魂をもって!!

 

「 さぁ誰か! この油風呂に挑む気概のある者はおらんか!? 」

 

 藤ねぇが皆を見回すも、誰もが顔を背けるばかり。筋トレ大好きの士郎でさえも、グツグツと煮えたぎる油の熱気の前に怖気づいてしまう。

 

「よし、私がいこう」

 

「……アシタカッ!?」

 

 アシタカが上着を脱ぎ去り、ズボンに手をかけながら前へ出る。士郎はその姿を驚愕の表情で見つめる。

 

「無茶だアシタカ! 出来るワケないッ!!

 ケツをフライドチキンみたいにされちまうぞ!」

 

「士郎、心配はいらない。

 タタリ神に矢を射る時、心を決めました」

 

 アシタカはそんなワケのわからない事を言った。何の覚悟だろうか。

 

「いや、ぼくがやるよアシタカ」

 

「……パズー!?」

 

「よし! 行こう油風呂へ! 父さんは帰って来たよ!!」

 

 まるで竜の巣に突っ込む時みたいに、パズーが油風呂の方へとずんずん歩いて行こうとする。

 関係ないけれど、パズーの親父はいったい何をやっていたのか。

 

「やめろパズー! 森へ帰れ!! 退くも勇気だッ!!」

 

「離せっ! なにをするぅ~↑」

 

 そう言ってポカポカと争い合う二人。

 ぼくが行くんだ! いや私が行く! お互い一歩も譲らずに平行線を辿っていた、その時……。

 

『 ――――またんかぁーいっ!! 』

 

「「 !?!? 」」

 

 突然響いた怒声に、アシタカとパズーがビクッとすくみ上る。振り向くとそこには、ポロポロの学生帽を被った人物の姿があった。

 

「 ワイが行くッ! お前らは黙って、そこで見とかんかぃ!! 」

 

 その人物はバサッと上着を脱ぎ棄て、シャツとかぼちゃパンツ一丁の姿となる。そして士郎の元へと歩み寄り、男くさい笑顔でニコッと笑った。

 

「……ぽ……ポニョ!!!!」

 

「 あぁそうじゃ士郎くん! ポニョじゃ!! ワイはポニョじゃ!!

  まぁるいお腹のっ、女の子じゃッッ!!!! 」

 

 ボロボロの学生帽に、口に咥えた葉っぱ。そして何故か片目に傷跡のあるポニョが士郎達の前に現れる。

 ワイが来たからにはもう安心じゃ! そう言わんばかりの男くさい笑顔で士郎の肩を叩くポニョ。

 若干背丈か足りなかったので、二の腕の辺りをポスッとであったが。

 

「下がっとけ士郎くん……。ここはワイがやる」

 

「……だ、ダメだポニョ!! なに言ってんだよ!!

 お前がやったら、フィッシュ&チップスになっちまうッ!!」

 

「じゃかぁしいわ士郎くんっ!! お前はこの男塾の、一号生筆頭……。

 こんな所で失うワケにはっ、いかんのじゃいッ!!」

 

 そう言ってポニョは勢いよく、そして男らしく油風呂の中へ飛び込む。

 身体が子供ほどに小さいので、なにやら〈チャポン!〉みたいな音がした。

 

「……ぬ゛っ゛!! ん゛~~~~ッッ!!!!

 …………おら藤村教官っ、さっさと始めたらんかいッッ!!」

 

 高温の油に飛び込み、お腹の辺りまで浸かっているポニョ。その顔はみるみるうちに赤くなっていく。

 

「よかろう! ではこれより男塾名物、油風呂開始!!」

 

 藤ねぇが笹船のロウソクに火を着け、ポニョのいる鉄鍋へと浮かべた。

 

 

………………………………………………

 

 

「ぬわーーーっっ!! ぬわーーーーっっ!!!!」

 

「ポニョっ!? ポニョぉぉーー!!」

 

 まるでパパスのような叫び声をあげるポニョ。その悲痛な姿に士郎が悲鳴をあげる。

 

「あああ~~~つい!! あああ~~~っつい!!」 

 

「ポニョッ!! ポニョぉーーーッ!!」

 

 若干カラッと揚げられ、おっさんみたいな声を出すポニョ。CV大塚〇夫みたいな声だ。士郎も悲鳴をあげ続けている。

 

「……へっ、心配いらんわぃ士郎くん……ッ!!

 こんぐらいの風呂、いつも宗介と一緒に入っとるっちゅー……

 ……あっつ!! これあっつ!!!!」

 

「ポニョ!! もうやめてくれポニョ!!」

 

 ポニョの油風呂が始まってから、もう数分が経過。

 ポニョは胡坐の態勢でじっと腕を組み、阿修羅のような顔をしながら必死に頑張っているが、それでもロウソクはまだ半分ほどもある。とてもじゃないがもう耐えられない!

 

「遠坂っ、ガンドだ! ガンドであのロウソクの火を!!」

 

「えぇ! わかったわ士郎!!」

 

「――――まったらんかぁーーーい!!!!」

 

 もう限界だとばかりに行動を起こそうとした二人、それをポニョのおっさんみたいな声が遮った。

 

「手出し無用じゃ、士郎くん……。部外者は引っ込んどれぃ」

 

「……で、でもポニョ!

 このままじゃお前……、タルタルソースがマッチする感じに!」

 

「 ――――これはワイの戦いじゃろうがぃッ!!!!

  黙って、……信じて見とってくれやッ! ……マスターッ!!」

 

「ぽ…………ポニョ……」

 

 ポニョの食いしばった歯から、血が流れ落ちる。

 額に浮き出た血管は破裂し、その眼は燃えるように赤く充血する。

 

「……もっと……はよぅ……駆けつけたかった……。

 ワイも士郎くんと……いっしょに聖杯戦争……やりたかった……っ!」

 

「…………」

 

「ぶっちゃけもう……宗介とか置いて来た……。

 邪魔や思って、家に置いて来た……。でも間に合わんかった……!」

 

「…………」

 

「でもな……見とってや……士郎くん……っ。

 ワイは、士郎くんのごはん…………だいっっっすきやッッ!!!!

 ポニョっ! 士郎くんっ! すきぃーーー♡」

 

 地面に膝を付き、言葉を無くしている士郎。

 何故か「ゴホォ!!」と謎の吐血をしたポニョが、次の瞬間カッと目を見開く。

 

「せやったらッ! ここがッ! ワイのッ! 晴れ舞台やろがぃ!!

 ここがワイの難波グランド花月や!!」

 

「ポニョ……。ポニョぉぉおおおーーっ!!!!」

 

 耐えて、耐えて、耐えて――――

 そして今、ロウソクの炎が、最後に小さく揺らめく。

 消える寸前、燃え尽きる寸前の、最後の煌きを見せる――――

 

 

『 見さらせぇぇえええッ!!

  これが崖の上のポニョの、ド根性じゃぁぁあああーーーッッ!!!! 』

 

 

 

 フッと煙だけを残し、燃え尽きたロウソクがポニョの勝利を告げる。

 

 歓声を上げる仲間たちがポニョへと駆け寄り、少しだけカラッと揚がったお尻を引き上げた――――

 

……………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――あぁ、夢か」

 

 

 衛宮家の居間。士郎はお昼寝から目を覚ました。

 彼の隣にはテトが寄り添って眠り、そして胸の上には幸せそうに寝息を立てているポニョがいた。

 

「…………夢だったん……だよな?」

 

 ポ~っとした頭で、しばらくまどろんでいた士郎。

 すると士郎のすぐそばから、先にお昼寝から目を覚ましていたジブリのメンバー達の声が聞こえてきた。

 

「あ、士郎さんも起きた?

 今私たち、ちょうど好きな漫画の話で盛り上がっていた所よ♪」

 

「シータはキャプテン翼、ぼくはドラゴンボールが大好きなんだ。

 アシタカは聖闘士星矢が好きなんだってさ! なんか意外だよね!」

 

 シータとパズーが朗らかに笑いかけてくる。少し目線を動かせば、ペガサス流星拳のマネをしているアシタカの姿が見えた。すごく様になっているように思える。

 とりあえずはと上に乗っているポニョに気を付けつつ、士郎もゆっくりと身体を起こしていく。

 

「清太くん、あんなに痩せてるのにキン肉マンが好きなんだってさ!

 ナウシカさんはベルサイユの薔薇とか言ってたけど……、

 ジャンプにそんな漫画あったかな?」

 

 どうだったかしらと首を捻るシータ。ウムム……と考えるパズー。

 士郎もちゃんと読んだ事は無いのだが、あれはたしか少女漫画だったと思う。

 

「士郎くんはどんな漫画が好き? あっちでみんなで話そうよ!」

 

 二人に手を引かれ、仲間たちの元へと連れられて行く士郎。

 タオルケットをかけ直してもらい、スヤスヤと眠るポニョの方を見つめながら思う。

 

 ――――――意外とポニョは、“魁!男塾“が好きだったりしてな。

 

 

 ためしに今度コミックスを読ませてみよう。

 幼い女の子に対し、良からぬ事を思い付く士郎であった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16、聖杯戦争よりも……セガサターン、シロ!!

 

 

 その日、衛宮士郎は昼休みの屋上で、仲間達の声を耳にした。

 

 

「SEGAなんてダッセェーよなぁ遠坂!」

 

「そうよね慎二! プレステの方が面白いわよねー!」

 

 

 驚愕の表情を浮かべ、思わず握っていたお箸を「カラーン!」と落とす士郎。

 せっかくのタコさんウインナーが砂まみれになってしまった事にも気が付かずに、士郎は桜へと問いかける。

 

「……そ、そうなのか桜? SEGAはダサイのか?」

 

「…………ッ!」(目そらし)

 

 まるで縋るような目でこちらを見る士郎に、桜はその顔を直視する事が出来ず、ただただ押し黙ってしまう。

 士郎のSEGA好きを誰よりも知っているからこそ、桜には何も言う事が出来ない。しかしその無言こそが、SEGAに対する世間一般の現状を何よりも雄弁に語ってしまっていたのだ。

 

「……なんてこった」

 

 慎二や遠坂に悪気が無いのはわかってる。士郎達はとても仲の良いゲーム仲間だから。

 慎二は鉄拳シリーズが大好きで、遠坂はFFが好き。桜はポケモンに夢中。

 みんな士郎の大切な仲間で、本当に気の良い奴らだから。

 

 だがその言葉を聞いた瞬間、士郎は足元の地面が崩れ落ちたような気がした。バーチャファイターでリングアウト負けをした時のような心境だった。

 仲間達の笑う「あははは!」という声が、今はとても遠い。目の前が真っ暗になり、もう何も考えられない。

 

「SEGAって、ダサいのか……」

 

 その後昼休みを終えた士郎は、午後の授業、放課後の頼まれ事、弓道場の掃除などを確かにこなしていったハズなのだが、その時の事はもう何も憶えてはいない。

 呆然とし、フラフラと何も考えられないまま、それらの事をただ身体の動くままにこなしていったに過ぎなかったから。

 自分が何故か血まみれの状態で校舎の廊下に倒れていた事に気が付いた時でさえ、「SEGAって、ダサいのか?」とウワ言のように呟きながら、何事もなかったかのようにそのまま帰路に着いていった。

 

 そして気が付いてみれば、現在自分は見知らぬ青タイツの男に襲撃を受け、月明り差し込む自宅の蔵の中、今まさに心臓を貫かれようとしている所であった。

 

 

「じゃあな、坊主。今度は迷うなよ」

 

 

 士郎の心臓の位置に、槍の穂先が添えられる。自分の命は数秒後、確実に無くなっている事だろう。

 でもそんな事よりも、士郎は男に尋ねたい事がある。

 どうしても、どうしても死ぬ前に訊かなければならない事があるのだ。

 

「……なぁ、お兄さん?」

 

「ん? なんだ坊主、遺言か? それならお前を手にかける者の務めだ、聴いてやっても

 

「……SEGAって、ダサいか?」

 

 目の前のか弱き存在。ただ己の槍で機械的に狩るだけの存在。そんな少年の縋りつくような小さな慟哭に、ランサーは少しだけ目を見開く。

 

「バーチャロンは……、ソニックは……、サクラ大戦は……。

 SEGAのハードで出たあの沢山のゲーム達は、本当に面白くなかったのか?」

 

「教えてくれ、青いお兄さん。……SEGAはダサいのか?」

 

「SEGAの作ったあのゲーム達は、本当に価値の無い物だったのか?」

 

「…………………………」

 

 縋りつくような少年の言葉。まるで自分の命が消えようとしている事よりも、今まで自分がSEGAに貰った沢山の“思い出“の方が大切なのだと、そう言うかように。

 

「……知るかよ、そんな事。……じゃあな坊主」

 

 もうこの少年がたったの一瞬でも、苦しまないように。心安らかに逝けるようにと願いを込めて。ランサーは改めて、少年の心臓の位置へと槍を添えた。

 

 ランサーの最後の言葉がその口から紡ぎ終わるのと同時に、士郎の目から一筋の涙が零れる。

 ただランサーを見つめ、まるでその悲しみに心が追いついていないかのような綺麗な表情。

 その目から、月明りに照らされてキラキラとした一粒の涙がポタリと音を立てて、床へと落ちていった。

 

 

 

……………

…………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『 セガサターン、シロ!! 』

 

 

 

 

 

「トォリャァァァァ!!」という凄まじい大声と共に、一人の男が光の中から飛び出す。

 男の飛び蹴りがランサーの身体に突き刺さり、「ホゲェッ!!」という呻き声を上げてランサーが外に吹き飛ばされた。

 

 あっけに取られた士郎をその場に捨て置き、白い胴着を着たその大男が、ランサーを追撃にかかる。

 

「トォリャァァ!!」

「トォリャァァァ!!」

「トォリャアアアァァァァ!!」

 

 男が連続してランサーを背負い投げる。

 右へ、左へ、そしてまた右へ。轟音と土煙を上げながら、振り子のように連続してゴッスンゴッスンとランサーの身体を地面に叩きつける。まるでKOFの大門五郎のように。

 

「……ゴッ! ……ぐべっ! ……オ゛ッ!!

 ちょっと待て!! ……フゴッ! ……って、何者だぁテメェはぁ!!」

 

 耳を塞ぎたくなる程に聞くに堪えない〈ゴシャア!! グシャア!!〉という破壊音が鳴り響く中、何度も何度も地面に叩きつけられながらも必死に男の手から抜け出したランサーが、やけくそのような声で胴着の男に問いかける。

 

「どこのサーヴァントだぁテメェはぁーッ!! いきなり沸いて出やがって!

 何者だってんだオメェはッ!!」

 

「何者……? そんな事より…、セガサターン、シロ!!」

 

 腕を組み、仁王立ちをする胴着の大男。

 その目には情熱の炎が宿り、一遍の曇りもなく愛と真剣遊戯への想いに満ち満ちている。

 

 

「テニスやカラオケ、ナンパに聖杯戦争……。 他にする事、あるだろうがッ!」

 

「……セガサターン、シロ!」

 

 

 彼の名は、『せがた三四郎』

 聖杯の標に従い冬木に舞い降りし、“SEGA“のサーヴァント。

 

 遊びの道に魂の全てを込めた、一人の男。

 真面目に遊ばぬ現代の若者達のその身体に、大企業SEGAの誇る傑作ゲーム機“セガサターン“の遊びを力ずくで覚えさせるべく降臨した、士郎のサーヴァントである。

 

「……せ、せがた、三四郎?」

 

「あぁそうだ士郎君、せがた三四郎だッ!」

 

 月明りに照らされた幻想的な風景の中で、せがた三四郎がニヒルに笑いかける。

 この光景を、士郎は例え地獄に落ちたとしても、忘れる事は無いだろう。

 

 そう思った矢先、士郎の身体はせがた三四郎の手によって、ドシャっと地面にぶん投げられた。

 

「……ッ! ぐぅはぁ!!」

 

「オイオイ! テメェ気が狂いやがったのか!!」

 

 サーヴァントが、自身のマスターを背負い投げ。

 そのあまりの光景に混乱しながらもせがた三四郎の元に突っかかっていくランサーだったが、突如ニンジャのように分身したせがた三四郎の身体をすり抜けてしまい、〈ドテェー!〉っと地面に転がってしまう。

 

 

「―――若者よ、真剣に取り組んでいる物があるか。命懸けで打ち込んでいる物があるか」

 

「――――セガサターン、シロ! ……指が折れるまで! 指が折れるまでッ!!」

 

「!?!? ……せ、せがた三四郎」

 

 

 手を差し伸べ、優しく士郎の身体を起こしてやるせがた三四郎。

 その瞳には真剣遊戯の厳しさ、そして限りない愛が称えられている。

 

 そして未だ地面に倒れ込むランサーを余所に、傍に転がっていたゲイボルグを拾い上げる、せがた三四郎。

 膝を使い、その槍を<バキィ!!>とへし折った。

 

「 ?!?! 」

 

 あまりの出来事に声も出ないランサー。そして士郎。

 やがて折れた槍を地面に〈ポイッ!〉っと投げ捨てたせがた三四郎が、ランサーの元へと歩みよる。

 そしてその足元に、ひとつの真っ白な“セガサターン“を置いた。

 

「…………………………」

 

「…………………………」

 

 呆然と、自身の足元に置かれたセガサターンを見つめる、ランサー。

 せがた三四郎がランサーの顔を覗き込み、その目を真っすぐに見つめる。そして“全て判っているぞ“とでも言うような清々しい顔で「うむっ!」と頷いた。

 

冬木の星空、白い浮雲。 真っ赤に滾る、遊びの血――――

途中で投げ出す英霊共には、身体で覚えさせるぞ――――

 

 

 

『 セガサターン、シロ!! 』

 

 

 

 今ここに、衛宮士郎の聖杯戦争の幕は、切って落とされた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17、時を駆ける少女。







 

 

「行くのかよ、遠坂」

 

 

 柳洞寺の洞窟の中。私の背中に向かい、間桐慎二が声をかけた。

 

「えぇ。覚悟はもう出来てる」

 

 この腐れ縁とも言える大切な私の友人。彼には今まで散々協力をしてもらい、そして迷惑をかけてきた自覚がある。

 でもそれも、今日で全部おしまい。

 

「桜の事、よろしくね。あの子はなんだかんだ言いながらも、

 アンタが居ないと駄目なトコあるから」

 

「……ハッ! アイツがそんなタマかっての。

 今頃、僕が居なくて気が楽だ~とか言って、のんびり羽を伸ばしてるさ」

 

 アメリカ人みたいな仕草で悪態をつきながらも、どこか照れている所が見て取れる。

 今プイッと顔を背けている、この分かりにくい優しさを持つ友人。慎二が傍にいてくれれば、私の妹の事は何も心配いらない。心からそう信じられる。

 

 そしてこの世界に友人達を残して、私は今日“聖杯を使う“。

 

 私達三人の願いを叶える為、あとは今目の前にある聖杯に向かって、この手を伸ばすだけだ。

 

「……今更ゴチャゴチャ言うつもりはないけどさ。ただ気をつけていけよ。

 お前が下手こいて死にでもしたら、それこそ何にもならない。」

 

「あら、随分としおらしいじゃない間桐くん。

 いつもみたいに悪態はついてくれないの? らしくもない」

 

「……バッカ」

 

 思えば慎二には、今まで散々反対された。それでも惜しげなく私に協力はしてくれたけど、最後の最後まで私を説得してくれていた。

 

 ――――アイツはそんな事望んじゃいない。使うなら、お前の幸せの為に使えって。

 

 そんな事は私にも分かっている。彼が“やり直し“など望むハズがない事は。

 だからこれは、単なる私の我が儘だ。

 どうしても我慢が出来ない、納得出来ないというこの気持ちを押し通す為……、私は今から、私の全てを賭ける。

 そんな単なる、一人の女の子の我が儘なのだ。

 

 そういう意味でも、やはり私は彼とは違う。あの強かった彼とは、同じにはなれなかった。

 やはり士郎の心は真っすぐで、そしてどこまでも強かった。

 そんな事を、彼が居なくなってしまってから、私は思い知った。

 

「わかってると思うけど……やりすぎんなよ?

 いつもみたいにひっぱたいて無理やり引きずっていくんじゃ……衛宮が可哀想だ」

 

「失礼ね……。あの頃の私じゃあるまいし、もうそんな事しないわよ」

 

「……どうだか。会えて喜んでおかしくなって、

 そうしてまたポカやるお前の姿が目に浮かぶけどね、僕は」

 

「……んぐっ!!」

 

 ……確かにあの頃の私は、そういった部分が無きにしも非ずだったかもしれない。

 唯我独尊というか……、尻を蹴飛ばせば何とかなるわよ的な部分が……ほんのちょっとだけあったかもしれない。

 でも私もあれから成長したのだ。……それは分かって欲しい。

 もうあの頃の無力な私では無い。その為の研鑽も、しっかり積んできたつもり。

 

 

………………………………………………

 

 

 士郎が居なくなってから。士郎が私達をかばって、一人で死んでしまってから。

 それから私は彼の事をよく考える。一緒にいた頃よりも、ずっとずっと考える。

 

 そして私はいつも思う。

 あぁ、彼が目指していた“正義の味方“とは……、なんと困難で、儚い理想であることか。

 

――――誰かを助けたい。誰かの為になりたい。

 

 たったそれだけの望みを願う事が、どれほどの困難を伴い、苦悩を伴うことか。

 

 

 力があれば良い。強さがあれば良い。そんな単純な物であったなら、どれだけ良かっただろう。

 あの少年が夢見た“正義の味方“という理想。それは私が大人になればなる程、人生で経験を積んでいけばいくほどに、いかに成しえるのが困難かという事が身に染みて分かる。

 

 難しいね、士郎。誰かを救うって。

 誰かを助ける事って、こんなにも難しい事なんだね。

 

 ほんと、頭ひっぱたいて導いてやれるなら、こんなに楽な事はない。「そっちに行くな!」とケツを蹴っ飛ばし、無理やり道を正せるのならば、こんな簡単な事はない。

 でもきっと、それではダメなんだ。

 

 怪我をしないように守ってあげる事は、出来る。

 小さな子供にするように、身の危険から遠ざけてあげる事も、きっと出来る。

 

 でもそれじゃあ、貴方を救う事は出来ない。

 きっと貴方の痛みを、救い上げてあげる事は出来ない。

 

 

 ――――士郎、私ね? 貴方に“寄り添おう“と思ってる。

 

 ――――――今度は貴方の傍に、そっと寄り添ってみようと思ってる。

 

 

 貴方の頭をひっぱたくんじゃなく、無理やり引きずって行くんじゃなく……。今度は貴方の隣に、ただ寄り添ってみようと思ってる。

 

 そして、手を握ってあげる。ずっと一緒にいてあげる。

 つらい時も苦しい時も、ずっと私が傍にいてあげる。

 

 貴方みたいな壊れた人間の心は、きっと私には理解出来ない。

 そんな事はもう諦めてるの。ハナから全て理解しようだなんて思っていないの。

 

 でも、ずっと傍にいてあげるわ。ずっと私が見ててあげる。

 同じ物を見て、同じ物を食べて。そしてアンタと同じ物を感じるの。

 どう? 悪くないでしょ?

 

 

 貴方みたいに、全てを救おうだなんて思わない。

 全てを助けたいだなんて思えない。そこら辺はアンタと大分違うわね私。

 

 ただ私は、アンタの“心“を救いたい。

 守るんじゃなく、導くんじゃなく、貴方の心を救い上げたい。

 

 

 寄り添ってみたいの、士郎の心に。

 だからもう一度だけ、チャンスを頂戴? 可愛い彼女の我が儘を、きいて頂戴?

 

 

………………………………………………

 

 

「それじゃあ行ってくるわ慎二。第五次聖杯戦争に」

 

「おぅ行ってこい。衛宮によろしくな」

 

 

 聖杯に触れ、私の身体が光に包まれる。地面の感覚は無くなり、巨大な渦に呑み込まれたかのようにして、私の身体が何処かへと飛んで行く。

 

 そしてこの身体さえも、段々と形を変えていく。

 そう、それは私が高校生だった頃の形に。士郎と初めて言葉を交わした、あの頃の私に。

 

 私は時を遡る。貴方と共に戦った、あの聖杯戦争の最初の夜に。

 

 

 根源など要らない。遠坂の悲願など知るものか。

 そんな物は後でどうとでもしてやる。この私を、いったい誰だと思っているのか。

 

 遠坂凛。あの現代最高と言われし至高の魔術師、遠坂凛さまだ。

 世界中から引っ張りダコの人間だぞ。どんなもんじゃいなのだ。

 

 

 やがて光の渦が途切れ、私の身体は終着点にたどり着く。

 あの懐かしい冬木へ。あの少年だった頃の貴方のもとへ。

 

 

――――今いくわ士郎。まってて。

 

 

 今度は離さない。その手をずっと握っててあげるから。

 

 そしてやってきた、2000年代初頭の冬木。

 私の身体は遠坂邸の真上に出現し、そして屋根をブチ破って、ソファーの上に落ちた。

 

 

………………………………………………

 

 

「貴方の力を貸してくださいアーサー王。

 私の大切な友を守ってください。その剣にかけて」

 

 

 彼女が私の元へと召喚されたのは、もはや必然だったのかもしれない。

 同じ“過去を変えたい“という願い、そして「触媒は持ったか? ハンカチは?」とクドいくらいに慎二に確認されていた甲斐もあって……。

 

 今私の目の前には、とても懐かしい少女の姿がある。

 金色の髪と、青いドレスメイル。そして圧倒的な力を持つそのサーヴァントの名は、アルトリア。

 セイバーのクラスで召喚されし、誉れ高きブリテンの王。騎士の中の騎士。

 

 

 私は最初が肝心だと、両手を祈るようにして、いじらしいポーズを決める。

 これに心を動かされない騎士はいまい。そんな存在がこの世にいるハズがない。そんなヤツぁもはや騎士でもなんでもないのだ。

 私はウルウルと目を潤ませて、目の前にいる騎士さまに可愛らしくお願いをする。

 

 ドヤ! 守って差し上げたいやろがぃ! ドヤァー!!

 人生、時にはこういうのも大切なのだ! 私は学習したのだ!

 

 しかしながら、たった今召喚されたばかりのこの少女は、私の愛らしいお願いポーズを見て、なにやら戸惑っているというか呆れているというか……。

 とにもかくにも、なんだか非常に微妙な表情をしていた。

 

「……あの、いかがなされたのですわ? アーサー王?」

 

「言葉使いが変ですよ、凛。 貴方はそんな風ではなかったハズだ」

 

 

 ……この後きいたのだが、実はセイバーは私と同じく“この時代を経験済み“の存在であった。

 士郎と共に第五次を戦い、そしてその結果が納得いかないという事で、こうしてまた参加してきた存在であると言う。

 

「ほう……凛は二度目ですか。それならば私の方が先輩ですね。私は6度目です」

 

 こんな事を言ってはダメなのですが……士郎はすぐ死にに行きますから。困ったものだ。

「ウムム……」と唸るセイバーさん。どうやら今まで散々苦労してきているらしい。

 

「それでも士郎と共にいたいと、恥をしのんで、こうして出てきているのです。

 しかしまさか、此度は凛に召喚されるとは……」

 

 頬をプク~っと膨らませ、「どうしてくれるのですか」と恨みがましく見つめてくるセイバー。

 人の恋路を邪魔しちゃったのは悪かったが、私もアンタと似たような目的なので、どうか勘弁して欲しい。

 

「……と、とりあえず“士郎を守る“っていう目的は私も同じなんだからっ!

 どうか力を貸して頂戴セイバー! 大切な友を守る為に!」

 

「ほう……“友“」

 

「!?!?」

 

 頬を膨らませるどころか、もうジト目でこちらを睨んでくるセイバー。プンプンしているその姿は愛らしくはあるのだが、その身体から溢れ出す魔力は人外のそれだ。

 

「……時を遡り、危険を冒してまで救いに来ておいて、“友“。

 そうですか凛。貴方はとても友人思いだ。素晴らしい」

 

 あ、関係ないですがこれエクスカリバーって言うんです。そう言って風の結界を解き、刀身を見せつけてくるセイバー。

 なんだ、威嚇のつもりか。その剣で私を斬るつもりかセイバー。マスターだぞ私は。

 

「あ、わたし士郎とはいっぱいエッチしてますので。私にメロメロですので」

 

「今回はまだ会ってもいないでしょうがッ!! そんな事言ったら私だって!!」

 

 

 一瞬セイバーの目が、獲物を前にしたライオンのようになるのを見た。私は腹に力を込めて獅子王と相対する。

 そういえば令呪って、どうやって使うんだったかしらん? 久しぶりだし、試しに一個使ってやろうかしらん?

 

 そんな事を一瞬考えたけれど、なんかあったらごはん抜いてやればいいや!

 そう思い至る私であった。

 

 

………………………………………………

 

 

「とりあえずランサーの代わりに、アンタが衛宮家を襲撃してですね……。

 その恐怖から、士郎がサーヴァントの召喚に見事成功するという……」

 

「イヤですよ凛! なんなのですかそのプランは!!」

 

 

 だって仕方ないじゃない。私今回アーチャー召喚してないんだから。

 そしたらランサーが士郎を襲う理由がないじゃない? 召喚のきっかけが無いじゃない?

 

「アンタだって士郎がサーヴァント召喚出来ないと困るでしょ!?

 死んじゃうわよ彼! 速攻で!!

 イリヤだって、すぐにでも士郎を襲いたがってるハズなんだから!!」

 

「……でもそんな事をしたら、私は士郎に嫌われてしまうっ!!

 だったら凛がやれば良いではないですか!! ガーッと行けばいいではないですか!!」

 

「ざんねんでしたぁ~。私ただの人間ですぅ~。

 私に襲われても、士郎はおしっこチビッたりしません~!」

 

「私に襲われてもチビりません! 士郎はおしっこチビッたりしません!!」

 

 顔を真っ赤にして「ムキャー!」と怒るセイバー。

 アンタなんか好きな人に怖がられておしっこチビられたら良いのよ。どんだけ飯食うのよ。

 

「いいからさっさと士郎ん家行って、『エクスカリバァァーーッ!!』とか言いながら

 飛び蹴りかまして来なさいよ!!」

 

「何の意味があるのですかソレ!

 ただ知らない人に飛び蹴り喰らっただけじゃないですか士郎は!!」

 

 何でもいいから召喚させて来てよ。私の炊飯器の中身返してよ。

 

「そもそも凛が教えてあげれば済む事ではないですか!

 同級生なのだし、パパッと行って、パパッと儀式をしてきたら!!」

 

「え~。私この頃はあんまり士郎と面識ないしぃ~。

 いきなり家に押しかけて『オッス! オラ遠坂! いっちょ召喚してみっか!!』

 とかおかしいしぃ~」

 

 頑張りなさいよ。あんたサーヴァントでしょうが。私の作り置きのシチュー返してよ。

 

「……な、ならばせめて二人で行きませんか?

 こう、ちゃんと正面からピンポンを鳴らして、しっかり事情を説明すればきっと……」

 

「……仕方ない。菓子折り持って士郎んトコ行きますかぁ~」

 

 

 不毛な言い争いにピリオドを打ち、一つ大きく伸びをする私。

 

「貴方はなんだか、私の知っている凛と違います……」

 

 そんな事を言いながら、私に恐れおののいている様子のマイサーヴァント。

 当然だ、あれから何年人生経験を積んできたと思っているのか。外見はともかく、もう無力な小娘ではないぞ私は。

 

 

 アナタの手にぃ、赤いアザのようなモノがありませんかぁ~? まさしくそれは選ばれし者の証、聖痕なのでぇ~す。

 そんな怪しい宗教のような台詞を思い浮かべながら、私はイソイソと出かける準備をしていく。

 

 大丈夫よ士郎、今いくわ。

 信ジル 者ハ 救ワレ~ルのよ。

 

 

………………………………………………

 

 

 衛宮家に向かう道すがら、商店街の和菓子屋さんでどら焼きだの羊羹だのを買いながら、私は考える。

 それは私がセイバーを召喚してしまう時点で当然の懸念であり、この計画を実行するにあたっての最大の不安要素。

 ずばりそれは“士郎がどんなサーヴァントを召喚するかがわからない“という問題だ。

 

 

 私、そして一緒に計画を立ててくれた慎二や桜。私達にも色々と考えがあって、この“私がアルトリアを召喚する“というプランを実行している。

 確かに士郎がセイバーを召喚すれば、傷が回復したりカリバーンを投影出来たりと良い事も沢山ある。しかし後で思えば思う程、あの私達が過去に体験した第五次の戦いは、まさに薄氷を踏むような勝利であったのだ。

 

 あの時の士郎は、土壇場での爆発力には目を見張るものがあるものの……あまりにも未熟で不安定すぎた。もう一度同じ事をやって、同じように勝利を掴めるとは、とてもじゃないが思う事は出来ない。

 あの勝利は、奇跡に近い物だった。

 あの時代の全ての参加者、そして士郎の強い想いがあったからこそ成しえた、まさに一度きりの奇跡だったのだ。

 

 それならば士郎には本当に申し訳ない事なのだが……、今回は剣の英霊として最高クラスの格を持つアルトリアを、私に譲ってもらう。

 そうして、もうたとえ何があろうが誰が来ようが“私単独でも全部なんとかなる“というくらいの戦力を、まずは最優先で確保しておく事にしたのだ。

 

 いくつかある、アルトリアさんを私が召喚する事にした最大の理由が、まさにコレである。

 ……別に私がセイバーと士郎の仲を引き裂こうとか、恋敵を蹴落とそうとか、決してそんなんでは無い。ないったらない。

 

 しかし考えうる中で最善の作戦をとったつもりだとはいえ、それによって上記の通り、士郎がどんなサーヴァントを引いてくるのかが、まったくわからなくなってしまった。

 セイバーと契約している私がいる時点で、危機への備えに関しては万全だと言える程に問題は少ない。そもそも嬉しい(?)誤算として、“このセイバー“は冬木での戦闘経験が豊富なだけでなく、現時点ですでに士郎にウォンチューなのだ。

 たとえ黙ってても士郎の盾となり、また剣となってくれる事に相違ない。

 

 ただ、あの士郎に限ってあり得ない事だとは思うが……もし万が一、相性最悪の極悪人みたいな英霊を召喚してしまったとしたら?

 曲がりなりにも英雄が召喚されてくるとはいえ、第五次の戦いには聖杯の不備もあり、ライダーやキャスターといった反英雄が召喚されてしまったという確固たる前例もある。

 

 触媒という物を用いない場合“マスターと性質の近い英霊が召喚される“と一応は言われているモノの、過去の戦いの資料を鑑みれば『ホントにぃ~? マジでぇ~?』という程に信憑性を疑ってしまう。

 召喚された途端にマスター殺しを慣行するようなヤツも、過去にはいたと言うし。ぶっちゃけた話、これは結構あてには出来ないんじゃないかと思っている。

 

 あの善人を絵に描いたような士郎が反英雄的な者を召喚してしまうとは考えにくい。

 曲がりなりにも正義の味方を志し、冬木のブラウニーの異名を持つあの子ならば、きっと何もせずとも善性寄りの性質を持つ英霊の中から、サーヴァントが選ばれてくるハズ。

 しかし……やはりこれはどこまでいっても、未確定な事でしかない。

 

 ……どうしよ? なにかの間違いでナイチンゲールみたいな英霊を召喚しちゃったら……。

 善には違いない……間違いないが、あんな風なのを召喚しちゃったら本当にヤバイぞ。

 あのまごう事なき女傑とは、きっと会話すら成立せんぞ。

 

 同じ“善“と言っても、その思想や解釈は国や時代により様々。現代人から見たらとんでもない事が正義だとされた時代だってある。

 また世間的には善だと伝えられているだけで、中にはマザーテレサみたいな『ゴミクズ野郎じゃねーか』みたいな真実を持つ偉人だっているのだ。

 善は善でも、現代の価値観から見れば“独善“でしかないような精神を持つ英霊だって、沢山いるだろう。

「理想国家を作る」と言う大義名分をもって自国民の何割もを虐殺したカンボジアの独裁者ポルポトも、実は非常に温厚でとんでもない程の人格者だったと言う話もある。

 

 ゆえに、いわゆるサバイバーズ・ギルド的な心の欠損を持つ士郎が、そういったサーヴァントをブチ引いてしまいエライ事になる……という可能性もゼロではないのだ。

 心優しい善人が、その悩みゆえに変な宗教に引っ掛かる。そういった事が無いとは、決して言い切れないのである。

 

 

 それでも考えうる限り最善だとして、今回の作戦を取っているのだが……。はてさてどうなる事やら。

 たとえどんな事になっても、私とセイバーがいれば何とか出来るという自負はあるものの……。こればっかりは実際見てみない事にはなんともし難い。

 

 セイバーの希望でたい焼きなんかも露店で買ってあげたりしつつ、私達はテクテクと衛宮家への道を歩いていく。

 不安定な要素はあれど、この日の為に万全の態勢を敷いて来た。何年もの努力を重ねてきた。

 だから後は、行動するのみ。自分とこのセイバーの信じて戦うのみ。

 

 何があっても、私がついててあげるわ士郎。

 だからアンタは自らの望みを見つけ、そして叶えなさい。

 

 そう心の中で決意を新たにしているうち、やがて私達の目の前に、あの懐かしい衛宮家の門が見えてきた。

 そういやどこかでニワトリでも調達してこなきゃないけないなと、私が魔法陣の準備に想いを馳せているその時……、突然セイバーが風を切って走り出す。

 一瞬だけ見えた彼女の表情。それはあまりにも緊迫感に満ち、まごう事無く不測の事態が発生した事を示していた。

 

「 凛! サーヴァントの気配です!!

  士郎は既に、サーヴァントを召喚してしまっているッ!! 」

 

 手にしていた荷物も放り出し、私は即座に魔術回路を起動する。

 そして脚力強化、重力軽減、風圧軽減。ありとあらゆる魔術を一瞬で完成させ、私の身体は衛宮家に向かって駆け出していく。

 

「……おかしい、……何だこれは!?

 一体や二体では無い……複数のサーヴァントの気配がある!!」

 

 おそらくは冷や汗を流しながら、緊迫した声色でセイバーが告げる。

 本当は、今すぐ士郎の元に駆け付けたい。しかしまずは現状を把握しなければ。

 これは間違いなく、不測の事態の中でも最悪の類の物だ。私達は駆け出して行きたい心をグッと抑え、衛宮家の塀に取り付き、二人でソッと顔を覗かせる。

 

「ここからは何も見えない……でも誰かが話している声が聞こえるわ……。

 セイバー、正確な場所は分かる?」

 

「ここから20メートルほど前方に、多数のサーヴァントの気配があります。

 おそらくは……衛宮家の蔵の辺りだ!」

 

 うら若き少女二人が、人ん家の塀に手を掛けて、仲良く覗きをしている。この姿をご近所さんに見られれば大変に不名誉な事になろうが、今の私達にそんな事を気にしている余裕は無い。優雅もクソもあるか。

 

「……ここにいても仕方ないか。行くわよセイバー、心の準備をしておいて。

 士郎がサーヴァントを召喚したのだとしても、“複数“っていうのは明らかに異常よ。

 恐らく、十中八九は戦闘になる!」

 

「先行します、貴方は辺りを警戒しつつ追って来て下さい。

 この身はお二人の剣であり、盾です。必ずお守りします」

 

 力強い返事をし、私のサーヴァントが駆けていく。

 風のように消えて行ったセイバーを見送ってすぐ、私は私の中で、戦いに備え魔術を行使する。

 

 あらゆる身体強化を施し、平行して必要な魔術をあらかじめ唱えていく。

 未だ未熟な肉体なれど、この頭脳に宿る完成された魔術理論は健在だ。今の私は、あの無力な小娘では無い。

 士郎を守り、士郎に寄り添う。その為の研鑽の成果を今、発揮する時だ。

 

 ――――まってて士郎、今いくわ。

 

 勢いよく塀から飛び降り、着地の衝撃を感じる事もなく私は駆けだしていく。

 向かうべきはただひとつ、士郎の元へ。

 体感で十数年ぶりの再会となる士郎の姿を脳裏に浮かべつつ、はやる気持ちを抑えながら私は走る。

 

 今の私は、英霊だって殺してみせる。

 

 その覚悟と自負をもって、私の身体は士郎の元へと向かう。

 

 向かった…………のだけど。

 

 

………………………………………………

 

 

 まず辿り着いた私が見たのは、口をアングリさせて呆然と立ち尽くすセイバーの姿。

 そして次に気が付いたのは、なにやらワイワイと騒いでいる、幾人かの喚き声。

 

「セイバー! 状況は!?」

 

「……あっ。……えっと……凛」

 

〈キキィ~ッ!!〉とブレーキをかけて、セイバーの隣に並んだ私。その私の前方にあったのは、大勢の人に取り囲まれている、士郎の姿だった。

 

「……あっ! 士郎っ……

 

『 ダメじゃぁ~いッ! 士郎くんとはワシが契約するんじゃぁ~いッ!! 』

 

 思わず声を掛けようとした私を遮るように、見知らぬオッサンが大声をあげる。

 

『 うるせぇッ! 士郎くんとは俺が契約すんだよぉッ!!!!

  じゅ~~ねん早いんだよぉッ!!!! 』

 

 そして同じく見知らぬお兄さんが、そのオッサンに向かって大声を上げている。

 ちなみにそのオッサンとお兄さんは、“なんかカクカクしていた“。

 

「……凛。えっと……この者達は……?」

 

 セイバーがオロオロと戸惑いながら、眼前の者達を指さす。

 無理もない事だ。士郎を取り囲んでいる大勢の者達は、みんなカクカクしているのだから。

 

 別に動きがカクカクしているとかではない。“見た目が“カクカクしているのだ。

 まるでピューラーで皮を剥いた人参のように、この場にいる者達全員の身体が、なんかカクカクしているのだ。

 有り体にいえば、『こいつらポリゴンなのだ』

 

『 アキラ! その坊主と契約すんのは俺だ! 引っ込んでろ!! 』

 

『 うるせぇジェフリー!! 士郎くんは俺と契約すんだ! 八極拳教えてやんだ!! 』

 

 今度はジェフリーと呼ばれた投げ技が得意そうなオッサンと、アキラと呼ばれたハチマキをしたお兄さんが取っ組み合いを始める。両者ともカクカクだ。

 そしてどこからか「レディ! ファイト!」みたいなアナウンスが聞こえた気がした。

 

「え?! と……遠坂っ!? いやそんな事はいい! 助けてくれよ!!

 なんか拾ってきたセガサターンを蔵で修理してたら、

 いきなりこの人達が光の中から飛び出してきて……!」

 

『士郎くぅ~ん! ワタシと契約しまショー!!

 士郎くんジークンドーとかどうデス? ブルースリーは好き?』

 

『止めるねサラ! 士郎くんには中国拳法が似合うアル!!

 お姉さんが士郎くんを強くしてあげるネ! このパイ・チェンと契約するネ!!』

 

『ワタシが士郎くんと契約するのヨ!!』

 

『私が契約するネ!!』

 

 まるで花嫁が投げたブーケを取り合う未婚女性のように、両脇から士郎を引っ張り合う乙女達。

 しつこいようだが、両者ともすんごいカクカクしている。

 そしてその周りを、同じくカクカクした者達が取り囲み、ワーワーはやし立てていた。

 

 彼らこそは“バーチャファイター“。

 1993年に稼働の、セガが開発した3D対戦型アクションゲームに登場するキャラクター達。

 ドット絵が主流だったゲーム業界において、まだ人型のスムーズなアクションさえ珍しかった状況にもかかわらず2体の人型が格闘をくり広げるというその映像は、まさに当時の人々の度肝を抜いた。

 

 そして今私の目の前では、そのバーチャなファイター達が士郎を取り合い、熾烈な争いを繰り広げている。

 いつの間にかこの場には、石畳で出来た四角いリングが設営されており、そこから落ちてしまった者は問答無用でリングアウト。負けとなるルールらしかった。

 

「い、いきなりこの人達が現れてから、ずっとこうなんだ!!

 みんな、『自分と契約しろ! 自分と契約しろ!』って!

 自分こそ真のバーチャファイターだとか言って!!」

 

 なんだろう……? もしかして魔術の素人だった士郎の召喚には、なにか不備があったのだろうか?

 もしかして決まった一人を呼び出すハズだった召喚儀式が、契約も済まさない内に“候補“となる何人かをいっぺんに全部呼び出しちゃったとか? そんな事あるの?

 

『 オラオラァ! じゅ~ねん早いんだよぉ~!!!! 』

 

 向こうの方では先ほどジェフリーと呼ばれていたオッサンが、〈ゴインッ!!〉という金属を殴ったような音を立てながら、リング外に吹っ飛ばされている。

 

 さっきのは裡門頂肘か。あれ八極拳の技だもんね。私もよく使うわ。

 アキラさんたら、随分と強いのね。さすがバーチャの主人公だわ。

 

「と……とにかく助けてくれよ遠さ

 

『士郎くん! こっちを見るネ!!』

 

『そうヨ士郎くん! おねぇさんとお話してるデショ!!』

 

 そしてまた両手を引っ張られ、ポリゴンの女たちから大岡裁きをされる士郎。

 そっかぁ~。士郎ってばセイバーと組まない場合は、この人達を呼び出す事になるんだぁ~。

 

 えらいカクカクしてるわねぇ~。最初期のポリゴンだもんねぇ~。

 というか、ゲームのキャラクターって英霊になれるのねぇ~。そういえばよく世界を救ったりとかするもんね~。

 あれかな? 例えばソフトがワゴンセールに並んだら死亡扱いとかで、そこで英霊登録が可能になるとか? 夢が広がるわねぇ~。

 

 なるほどなるほど、バーチャファイターかぁ~。

 というか……士郎。

 

 

「 アンタのマスター適正、いったいどーなってんのよッッ!!!! 」

 

 

 

 

 なに呼び出してくれてんのよ士郎。どーゆう事なのよ。

 その少年的な心根から、ゲームのキャラを呼び出すという偉業を達成したの?

 私そんなヤツ初めて見たわよ。

 

 とりあえず一番ツッコミたかった事をツッコミ、こいつの魔術回路と頭いっぺん解剖したろかいと本気で思う私。

 今後の魔術の発展に、多大な功績を残せるに違いないわ。

 

 

 ひさしぶりね士郎。元気だった?

 

 これからは私が貴方に寄り添うわ。………って、言うてる場合か。

 

 






1万700文字もかけて、私はいったい何を書いているんでしょうか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18、ライダーと!!

短編です。前作との繋がりはありません。
軽くコメディなどをっ。








 

 

「ライダー……。それはいったい何なのです?」

 

 

 ここは衛宮家の居間。現在ライダーさんは、新しく買ってみた健康グッズのお試し中であった。グィングィンという機械音が鳴る。

 

「おぉ……。おぉ~……。 あ、セイバー。おはようございます」

 

「おはようございますライダー。それで、貴方はいったい何を?」

 

 ライダーさんは現在、あの有名なダイエットグッズ、“乗馬マシン“というヤツに跨っている最中だ。バイト代が出たので買ってみたのだ。前から欲しかったのだ。

 

「これは、部屋に居ながらにして乗馬が楽しめるという、素敵なマシンなのです」

 

 セイバーにはわからないし、ライダーも気が付いてはいないのだが……、ただいまライダーさんのお姿は、それはもうえっちぃ事になっている。

 スタイルの良いライダーさんの身体が、縦に横にとグネングネン揺れる。時たま漏らす吐息も官能的だ。

 

「ほう、これが例の乗馬マシン……。しかしライダー?

 私にはこのマシンは必要のない物に思える。貴方は大変にスタイルが良いではないですか」

 

「?」

 

 はて? とグワングワンなりながらも可愛く首を傾げるライダー。その態勢でも微塵も振り落とされる気配はない。ライダーの騎乗スキルはもうとんでもないのだ。

 

「スタイルと乗馬は、何か関係があるのですか?

 私は楽しそうだと思い立ち、これを購入してみたのですが」

 

「はぁ……。確かにこれは、とても楽しそうだ」

 

 以前雑誌の広告で見かけてから、ライダーはこのマシンに大変興味を惹かれていた。

 絶対買おう! お給料入ったら絶対買おう! そう心に誓い、この日まで生きてきたのだ。

 

「まさかこんなにも楽しい物があるなんて。

 この時代にくる事が出来て、私は幸せです」グィングィン

 

「……そ、そうですか」ソワソワ

 

 引き続きホッコリしながら乗馬マシンを楽しむライダー。それを見て、なにやらソワソワし出すセイバー。

 関係の無い事だが、今ライダーの恰好が私服姿で本当に良かった。いつもの戦闘服姿であれば、もう言い訳の出来ない程にエロい事となっていただろう。眼帯なんかが特に。

 

「……あの、ライダー? 実は貴方に、折り入ってお願いしたい事が……」

 

「? どうかしたのですかセイバー」グィングィン

 

 天馬に騎乗し駆けていくイメージをしながら、ライダーは返事を返す。

 

「実は私も、乗り物がだいすきなのです。騎乗スキルも持っているのです」

 

「ほう、貴方も騎乗スキルを」グィングィン

 

 いじらしく膝元でモジモジしながら、恥ずかしそうにセイバーがお願いする。

 

「ですのでどうか……私にも乗馬マシンを使わせて頂きたいのです。

 私も一度、ウネンウネンしてみたいのです」

 

「なるほど。良いでしょうセイバー」

 

 なんだかんだと争う事はあれど、自分達は同じサーヴァント仲間だ。それに加えて騎乗スキル持ちとなれば、もうライダーさんに拒む理由など無い。ナカーマなのだ。

 

「ならば私の後にお使いなさいセイバー。もう少しで終わる予定ですので」

 

「かたじけないライダー。優しい貴方に感謝を」

 

 両手を祈りの形にし、深々と頭を下げるセイバー。思い切ってお願いしてみて、ほんとうに良かった。

 

「待っている間、そこにある器具を試してみると良いでしょう。

 面白そうでしたので、乗馬マシンと共に買ってきたのです」

 

 ウネンウネンしながらも器用に机の上を指さすライダー。片手放しなど何の問題もない。彼女はバランス感覚のモンスターである。

 

「ほう……、この器具が例の……」

 

「そうです。かの有名な“腹筋ローラー“というヤツです。ぜひ試してみてください」

 

 腹筋ローラーは、ちいさなタイヤに取っ手を付けたような形の運動器具だ。パン生地を捏ねるジャムおじさんの要領で、これを床の上でコロコロすると良い。

 そうする事で君の二の腕や腹筋はシェイプアップ! パーフェクトボディが手に入るのだ!

 

「おぉ! これはっ……!」コロコロ

 

「おぉ~……おぉぉ~……」グィングィン

 

 そして現在衛宮家では、何故か意味も無くシェイプアップ運動に励むサーヴァント達の姿。

 一方はウネンウネンと身体を揺らし、もう一方は床に向かって土下座運動を繰り返す。異様な光景であった。

 

「この時代は素晴らしい物ばかりだ。まさかこんなにも愉快な物があるとは」コロコロ

 

「本当ですねセイバー。サクラやシロウに感謝をしなくては」グィングィン

 

「ライダーは、スカイウォーカーという器具をどう思いますか?」コロコロ

 

「あのスキー板で歩く運動が出来るマシンですね。

 アレもぜひ手に入れたいと思っています」グィングィン

 

 実は士郎にバイクや自転車を買う事を止められているので、間違った方向にお金を使ってしまっているライダー。サーヴァントには筋トレなどは意味が無いのだが、本人達が楽しければそれで良いのかもしれない。

 

 やがてセットしておいたタイマー音がなり、ライダーの乗馬マシンの時間が終わりを告げた。

 それでは交代しましょうという事で、ハイタッチを交わすライダーとセイバー。

 

「おぉぉ! おぉぉ~~!!」グィングィングィン

 

 初めての乗馬(マシン)体験にご満悦のセイバー。片手を放してみたり両手を放してみたりと、キャッキャ言いながら楽しんでいる。

 そんなセイバーを横目に、“二つ目“の腹筋ローラーを取り出すライダーさん。片方を腕で、もう片方を器用に足の指で掴む。

 

「そぉぉ~~れ!!」スゥイーーーッ!!

 

「 !?!? 」

 

 手と足に腹筋ローラーを装備し、壁を蹴って勢いよく床の上を走るライダー。今の彼女は正に、人間バイクともいうべき存在だ。

 

「なっ、なんですかソレは! なんなのですかソレは!!」ソワソワ

 

「そぉぉ~~れ~~~っ!!」スゥイーーーッ!!

 

「ライダー! 私もやらせてください! 私にもソレをやらせて頂きたい!!」ソワソワ

 

 せっかく乗馬マシンに乗せてもらったのに、もう目移りしてしまうセイバー。

 だってそれ、とっても楽しそうなんだもの。ライダーの目がキラキラ輝いているんだもの。

 

「やってみますかセイバー? 難しいですよ。

 私の開発した移動法、“メデューサ流、腹筋ローラー術“は」

 

「なんと! ここにきて新たなスキルを!?」

 

 流石は騎乗兵の英霊だと、心から感服致した次第にござるセイバー。

 乗り物? いや乗り物じゃないだろうこれは。しかしそんなこたぁ、今の二人にはぜんぜん関係ないのだ。

 

「そぉぉ~~r……ぐぅあぁ~~~ッ!!」ガッシャーーン!!

 

「あぁっ! セイバー!!!!」

 

 ダイナミックに転倒し、おもいっきりちゃぶ台に突っ込んでしまうセイバー。

 

「大事ありませんかセイバー? ……やはり貴方にはまだ、

 このメデューサ流、腹筋ローラー術を使いこなす事は……」

 

「何を言う! 練習さえ積めばきっと出来るハズだ!

 私も床の上をスィイーッと滑りたいのです!」  

 

 その後、不屈の闘志によりメデューサ流を見事修得するセイバー。最終的には壁を蹴る方法だけではなく、しゃくとり虫のようにウネンウネンしながら前に進む事も出来るようになった。

 その成長した姿を見て、ライダーもニッコリだ。

 

「セイバー、私は貴方の力を見くびっていたようです。

 今の貴方であれば、私の考案したメデューサ流、乗馬マシン術を使いこなす事も……」

 

「なっ!? それはどういった物なのですライダー!」

 

 物凄い勢いで振り向き、〈カッ!〉っと目を見開いて喰いつくセイバー。

 

「これを乗りこなすには……通常とは比べ物にならない程の能力が

 必要です。しかし今の貴方であれば……あるいは……」

 

「やります! やってみせますライダー!

 ぜひ私にも、そのメデューサ流の乗馬マシン術を!!」

 

 二人笑顔で頷き合い、ガッシリと握手を交わすライダー&セイバー。

 そして二人は肩をいからせ、イソイソと乗馬マシンの方へと向かって行った。

 

 

………………………………………………

 

 

 お風呂の掃除も終わり、セイバーとライダーにオヤツでも用意してあげようと居間に来た士郎。

 そこで彼が見た物は、もうビックリするくらいにウネンウネンしている、二人の女の子の姿だった。

 

「良いですよセイバー! その感覚をキープです!」グィングィン

 

「はいライダー! 何時間でも乗っていてみせます!!」グィングィン

 

 今士郎の目の前には、セイバーを肩車して乗馬マシンに乗っているライダーの姿がある。

 通天閣もかくやというシルエットになった二人。その身体は乗馬マシンによって揺られ、ひと昔前に流行ったダンシングフラワーみたいになっている。

 

 

「……えっと……なんでさ?」

 

 

――――仲は良い。二人の仲が良いのは分かる。

 

 でもちょっと目を離した隙に、こんな風になってなくてもいいじゃないか。

 こんな変なコミュニケーションの仕方で親睦深めなくてもいいじゃないか。俺の家でやんなくたっていいじゃないか。

 

「シロウ! 見て下さい! 私の騎乗スキルを!」

 

 そうキラッキラした表情でセイバーに言われるも、そんなアーサー王の姿、ぶっちゃけ見たくなかった。

 いくら可愛くても、俺にだって夢とか憧れとかあるんだ。英雄に心焦がれたりしてたんだ。

 

 

「ウフフ♪ ウフフフ♪」

 

 

 ……それにしても、ライダーが楽しそうでほんと何よりだと士郎は思う。

 

 普段クールな彼女が、こうも無邪気にニコニコとはしゃいでいる。

 その微笑ましい姿を見て、なんだか怒ろうという気が失せてしまう士郎であった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19、ライダーと!! その2

 

 

「ライダー、いったい何をしているのです?」

 

 休日の衛宮家。少しばかり小腹が空いたと台所をゴソゴソしに来たセイバーさんは、居間でコタツに入っているライダーの姿を見かけた。

 

「~♪ ……あ、セイバー。おはようございます」

 

「おはようございますライダー。それで、貴方はいったい何を?」

 

 日曜日という事で、コタツでぬくぬくと寛いでいるのであろう事は見て取れた。しかしテーブルで何かの作業をしているライダーの表情がとても楽しそうに、また幸せそうに映ったのである。

 元女神の面目躍如と言わんばかりの、慈愛に溢れた優しい瞳。何か面白い事でもしているのだろうかと非常に気になってしまうセイバーだ。

 

「えぇ。ちょうど今は、愛用のメガネを磨いていた所です。

 今年の汚れは今年の内に。愛を込めて磨いているのです」

 

 今もライダーはニコニコしながらメガネを磨いている。

 専用のクリーナー、そしてやわらかい布。まるで職人さんのような手慣れた手つきでキュッキュと手入れをしていく。

 

「ほぅ、メガネですか。

 思えば貴方は、いつもメガネを大切にしているように思う。

 まるで戦士が愛剣を磨く時のような、そんな愛情を感じます」

 

 自分はメガネをかけてはいないけれど、それがとても大切な物だという事はセイバーにも分かる。

 そして物を大切に扱うその姿勢にも、すごく好感が持てる。

 普段は同じサーヴァントとしてライバル意識もある間柄。しかしこういった彼女の内面の美しさを、セイバーはとても好ましい物だと感じていた。

 なにより美しく知的な雰囲気を持つライダーには、メガネがとてもよく映えていると思う。

 

「しかし、先ほどは声をかけられるまで気が付かず、申し訳ありません。

 ……メガネをかけている者ならば、半径300メートル以内に来れば

 すぐに分かるのですが」

 

「えっ」

 

 言われた事の意味が分からず、素の声を出してしまうセイバー。

 

「あぁ、セイバーはメガネをかけてはいませんから。

 知らなかったとしても無理はありませんよ。

 ……我々メガネをかけている者同士は、お互いの位置を察知する事が出来るのです。

 オーラというか……メガネ同士の共鳴と申しましょうか」

 

「なんと!? メガネの者達にそのような能力がっ!?」

 

 今まで知らなかった知識に驚愕の表情を浮かべるセイバー。

 現代の知識を教えてくれた聖杯も、そのような事は教えてくれなかったぞ。

 

「サーヴァント同士は、近い位置ならばお互いを察知出来るでしょう?

 それと似たような感覚です。

 メガネを愛する者達には、そんな不思議な力があるのです」

 

「英霊でもないのに! 聖杯の力も借りずにそのような事を!?」

 

 メガネすごい。メガネかけてる人ってすごい。

 心から感服致した次第のセイバーだ。

 

「もちろん、並みのメガネの“オーナー“に出来る事ではありませんが。

 メガネをかける者達にも、純然たる“格“という物が存在しますから。

 ……上位の者であれば、近くにいるだけで現在位置やその人数、

 そして相手がどの程度の実力(メガネぢから)を持つオーナーなのかすら、

 感じ取る事が出来ます」

 

「なんと!? では今ライダーには、近隣にいるメガネの者達の位置が!?」

 

「えぇ。半径300メートル以内に、2人ほど居ますね。

 ……どちらも大した相手ではありません。

 私がひと睨みしただけで、道を譲ってしまう程度のオーナーです」

 

「 !?!? 」

 

 すごい人いた!

 私の身近に、こんなにもすんごい人が居たッ!!

 前々からただ者では無いと感じてはいたが、思っていた以上にライダーはすごいメガネさんだったのだ。セイバーは心からの尊敬を贈る。

 

「所詮、喫茶店のおしぼりや、ついでのようにお風呂でメガネを洗っている連中……。

 たとえ心を曇らせようとも、メガネだけは曇らせない――――

 たとえこの身が傷つこうとも、メガネだけは決して傷つけない――――

 そんな心構えなくしては、私の前に立つ事など、とてもとても……」

 

「カッコいい! カッコいいですライダー!!

 私は今、なにやら胸がキュンキュンしているのです!」

 

 子供のようにはしゃぐセイバーさん。目をキラッキラさせながら、尊敬のまなざしを浮かべてライダーの手を握る。

 

「セイバー? よくメガネをかけている人が、

 クイッとばかりにメガネ位置を直す仕草をするでしょう?

 ……その仕草を他人に視認されている時点で、実はまだまだ未熟者なのですよ。

 私がメガネをクイッとやる所を、一度でも貴方は見た事がありますか?」

 

「え? ……いえ、そういえばそのような仕草、一度も見た憶えが……」

 

 あのクイッとやる仕草は、正直とてもカッコいい。

 メガネをかける者のみに許された、とてもセクシーで知的な仕草だと思う。

 しかしながらその仕草をしているライダーを見た憶えが無く、またそれを“未熟“だとしてライダーは斬り捨てているのだ。

 

「上位のオーナーともなると、己のメガネ位置を乱すような無作法は決して致しません。

 重心、歩幅、あらゆる日常の動作……。

 その全てが、己のメガネを中心として最適化されているからです。

 私はたとえエヌマエリシュを放たれようとも、メガネをずらす事はありませんよ」

 

 本当かどうかは、わからない。

 あの世界が消し飛ぶような暴力を喰らい、メガネが無事でいられるのかどうかはセイバーには分からない。

 しかし、それを語るライダーの瞳には、一点の曇りもなく自信に満ち溢れている。

 凄まじいまでの説得力。自尊心よ!!

 たとえ天高く首を刎ねられようとも、この人のメガネは正位置にあるんじゃなかろうか?

 なんかセイバーは、そんな気がしていた。

 

「ただ、私も時折メガネに手をやる時は、ありますよ」

 

「えっ!? あるのですか!?

 だってライダーのメガネは、常に正位置にあるというのに!」

 

「メガネは常に正位置。それでも私は……、時折クイッとやる。

 それは位置を直す為ではなく、『メガネを愛でているのです』

 愛し、慈しみ、触れてやる……。

 愛馬の背中を優しく撫でるが如き、そんな愛ゆえの仕草。

 それが、私にとっての“メガネをクイッとやる“という事です。

 ……人前では、とても恥ずかしくて出来ませんが///」

 

「女神ッ! まさに地母神ではありませんかライダー!

 貴方こそ、真のメガネ女神です!」

 

 メガネ女神。女神メガネ。

 なにやら面白い日本語が、ここ冬木で産声をあげた。

 

「ライダー! 後生です!

 どうか私に、貴方がメガネをクイッとやる所を、見せて頂きたい!!」

 

「えっ……///

 そんな……恥ずかしいですセイバー……。

 例えるなら、我が子にお乳を与えている所を見られるような……///」

 

「おっ、お願いしますライダー! お願いしますお願いしますッ!!

 もう私、さきから胸のキュンキュンが限界ヨロシクなのです!

 どうか私に、愛の何たるかを教えて頂きたいッ!!」

 

 ホワット イズ ラーヴ!!

 セイバーはイギリス人らしく、イングリッシュでお願いした。

 

「……こ、こうですかセイバー///」クイッ!

 

「……ふ、ふぅおああああぁぁぁーーーーーーっっ!!!!」

 ふあぁぁぁぁ~~~~~~ん♡♡♡」

 

 セクシー! ライダーさん超セクシー!!

「色っぽい事、この上ございませぬっ!!」とばかりに、のけぞって身もだえするセイバー。

 関係ないけれど、いったいどうした騎士王よ。

 

「なんとしなやかな指先っ! なんと慈愛に満ちた仕草なのだろうかっ!

 この世から争いを消す事すら、可能だと思える!!!!」

 

 これを聞けば、天国の切嗣はひっくり返るだろうなと、ライダーは思った。

 

「この慈愛の心さえあれば……。

 私もメガネをかけていたならば……円卓が割れる事など無かったのだろうか?

 ライダーはどう思いますか?」

 

 聖杯戦争を勝ち抜き、「ピッタリのメガネをおくれ」と聖杯に願うセイバーを想像してみるライダー。

 私個人としては、とても素敵な願い事だと感じるが……。さぞ倒れていった者達も浮かばれない事だろう。

 聖杯を破壊したという士郎の判断は、正しかったのかもしれないな。ライダーは思う。

 

「なぜ私はメガネをかけてはいないのか……。

 なぜ精霊は、メガネではなくエクスカリバーを私に授けたのか……。

 ランスロット……モードレッド……私は……」

 

「えっと……セイバー?」

 

 そろそろ愛すべき同居人がおかしな事になってきたので、本腰を入れて助けてあげる事にしたライダー。

 彼女こそ、メガネの女神様である。

 

「決して聖なる物ではありませんが……、メガネならありますよセイバー?

 貴方もかけてみますか?」

 

「 !?!?!? 」

 

「私はいくつかのメガネを所持していますから。

 これは魔眼抑制の為の物で、度も入っていませんし。健康にも問題ありません。

 どのような感じの物なのか、一度体験しておきますか?」

 

「 らっ……らっ……ラララララ……ッッ!! 」

 

 次の瞬間、「ライダァーッ!!」と叫びながら胸に飛び込んでいくセイバー。

 貴方こそ真の地母神だと、グイグイと胸に顔を埋める。子供か。

 

「私は以前から、貴方にはきっとメガネが似合うだろうなと思っていたのです。

 清楚な白い服、その高潔な人柄、礼儀正しさ。

 まさにメガネをかけるに値する……、そんな方であると」

 

「ら……ライダー……ッ!」

 

 もうセイバーは、感激でどうにかなってしまいそうな様子だ。

 ヨシヨシと頭を撫でてやりながら、ライダーは予備のメガネを手渡してやる。

 

「メガネをかけた姿を、ぜひシロウにも見てもらいましょう。

 普段とは少し違う貴方に、シロウも惚れ直してしまうかも」

 

「おぉ……! おぉ~~っ!!」

 

 まるで戴冠でもするかのような仕草でメガネを受け取り、キラキラと目を輝かせるセイバー。

 そんな彼女の姿を、ライダーは微笑ましく見つめる。

 

「そして私から、ひとつ良い事を教えてあげます。

 実はメガネには“決め台詞“というか……、

 メガネをかけて言うと、とってもカッコいい台詞があるのですよ」

 

「なっ!? それはいったいどういった言葉なのですかライダー!!」

 

「うふふ♪ これはとても知的で、頼りがいのある、そんな台詞ですよ♪

 さぁ、シロウのもとに行きましょうか。

 あぁ……思った通り、貴方にはメガネがとてもよく似合う」

 

 メガネをかけさせて貰い、ふたりで意気揚々と士郎の元に向かう。

 こんなにもキュートなセイバーを見たら、シロウは卒倒してしまうかも。

 そんな想いに胸をウキウキさせながら、笑顔で歩いて行くライダーであった。

 

……………………

………………………………………………

 

「シロウ! こちらを見て下さい!」

 

 台所で洗い物をしていた士郎が、その声を聞いて後ろを振り返る。

 そこにあったのは、いつもとは少し違った雰囲気の、可愛らしい騎士王さまの姿。

 そしてセイバーはクイッとメガネを上げる仕草をし、満面の笑みで、言い放つ。

 

「 借金の返済でお困りの方は、

  過払い金が、戻ってくる事がありますっ! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カラーンとお玉を床に落とす士郎。

 未だ輝くような笑顔で、ニッコニコと笑っているセイバー。

 

(パーフェクト。 エクセレントですセイバー)

 

 その後ろで、うんうんと満足そうに頷くライダー。

 

 メガネの普及も出来たし、愛らしいセイバーの姿も見られた。決め台詞もバッチリ。

 さぞシロウも胸キュンし、メロメロとなった事だろう。

 

 今日はとても充実した一日ですねと、満足気なライダーさんであった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20、メディア ~冬木のロッキー~

 約3万9千文字ほどの長さとなっております。
 お時間のある時にどうぞ。





 

 

 観客もガラガラ、おまけに真面目に試合を見ている客なんていやしない。

 皆退屈そうに欠伸をしたり、試合そっちのけでビールを飲んだり、談笑したりしている。

 

 そんな場末の小さな会場で今、一人の女がリングに上がり、対戦相手と対峙している。

 その両手には赤いボクシンググローブ。薄い水色の長い髪は、ポニーテールで一つにまとめられている。

 

「……ッ! ……ッッ!!」

 

 相手選手が鋭いジャブを放つ度に、彼女の頭が小さく跳ね上がる。繰り返し繰り返し、会場にパンチの打撃音が響く。

 それに対し彼女の動きは精彩を欠き、疲労から腕はだらりと下がっている。まさに打たれるがまま、なすがままといった状況だ。

 時折大振りのパンチを繰り出すも、それは間合いもタイミングも掴めていない破れかぶれな物に過ぎない。相手選手は慌てる事もなく、少し身体を傾けるだけで楽々と対処していった。

 

「……ッ!?!?」

 

 会場に、ひと際重い打撃音が響く。

 それと同時に彼女のアゴは大きく跳ね上がり、身体は前のめりに倒れていこうとする。しかしその変わりに、必死に相手選手の身体へとしがみついた。

 倒れる事を拒否すると言えば聞こえは良い。しかしそれは勝てる見込みもなく、実力もない者がただダラダラとあがいている様にしか見えない。

 顔は腫れあがり、口で大きく息をし、見苦しく相手にしがみつく。そんな光景が試合が始まって以来何度も何度も繰り返され、対戦相手は元より観客までもが辟易としている。

 

 こんなみじめで無様なボクサーと、そんな相手すら仕留められないボクサー。

 

 もういいから、はやく終われ。さっさと倒れてくれ。

 それが今、この場にいる人間達の総意であるかのように、会場の空気は完全に白け切っていた。

 

 やがて甲高い鐘の音が鳴り、両選手が自陣のコーナーへと下がって行く。すぐに終わるかと思われた試合も、これで第3ラウンドが終了するに至る。

 次のラウンドが始まるまでの1分の間、彼女は椅子に座って必死で呼吸を整える。その顔は次を戦うまでもなく、もう今にも死んでしまいそうに見えた。

 

「…………ほら、口あけて」

 

 何かアドバイスをするでもなく、ただ役目を機械的にこなすように、セコンドが彼女のマウスピースを外す。それを嫌そうな顔で軽く洗う。

 

「さっさと終わらせろ。いつまでもダラダラやってるんじゃない」

 

 勝てとも、また頑張れとも言わない。ただ“終わらせろ“とセコンドは言う。早く終わらせてさっさと帰りたいのだと、そんな気持ちが透けて見えている。

 

「みっ……水を……!」

 

「………………ほらよ」

 

 今までコーナーにもたれかかり、ゼェゼェと肩を上下させるばかりだった彼女。しかし自分から言い出さなければ、セコンド達は水すら満足に用意してはくれない。協力してはくれない。

 

「ほら、さっさと行ってこい」

 

 セコンドアウトを告げる声が響き、フラフラしながら彼女が立ち上がる。そしてセコンドの男はダルそうに椅子を外に下げた。

 

『 ラウンド4…………ファイトッ!! 』

 

 やがてレフリーの声と共に、ラウンド開始のゴングが鳴った。白け切った会場の雰囲気、やる気のないセコンド達の中、その二つだけが浮いているように元気よく感じる。

 

「…………ッ!! ……ッ!!」

 

 そしてまた始まる、先ほどまでの焼き直しの展開。対戦相手の拳に晒され、その度に彼女の頭がゴスンと後ろにずれる。

 

「……ッ!! …………ッッッ!!」

 

 いや、浮いているのは決して、その二つだけではなかった。

 たった今、破れかぶれのような大振りパンチをあっさりと躱されてしまい、バランスを崩した所を滅多打ちにされている彼女。

 そしてまたしても見苦しくクリンチを繰り返す彼女もまた、この会場の空気から浮いた存在。

 

 この会場で、たった一人だけ、諦めていない。

 この場でたった一人だけ、目から燃えるような光を放っている。

 

「――――シッ!!!!」

 

 もういい加減にしろとばかりに、面倒くさそうにクリンチを振り払おうとする相手。その右わき腹に今、初めて彼女のボディブローが突き刺さる。

 耳を疑うような、とんでもなく重い音。それが静かだった会場に響く―――― 

 

「シッ!! …………シッ!!!!」

 

 目を見開き、今度は逆に彼女へとしがみつこうとする相手選手。その腹に向かって、彼女が執拗にボディを放つ。

 その度に、耳を覆いたくなるような音が鳴る。相手の身体がくの字に折れる。

 

「 ――――シッッッ!!!! 」

 

 渾身の一撃。傍から見れば素人丸出しの大振りの右が、相手選手の腹を大きく突き上げた。

 それと同時に会場に響く、内蔵がひしゃげたかのような打撃音。まったく慣性に逆らう事なく、足が突然無くなってしまったようにマットへ倒れ込む相手選手。

 静まり返ったこの会場では、キャンパスでのたうち回っているうめき声がよく聞こえてきた。

 

「…………ハァーーッ!! …………ハァーーーッッ!!!!」

 

 ロープにしがみつくようにもたれ、天井を見上げる。そして犬のように口を開き、必死で肩を上下させている彼女。ライトの光は眩しいが、今は何よりもまず酸素が欲しいと。

 極限まで疲労し、ボロボロの姿。これでは一体どちらが倒したんだかまったく分からない有様。

 そんな彼女がニュートラルコーナーに誘導され、ヨタヨタとそちらに歩いていく。暫くして、実況席からゴングが乱打された。

 

 

『――――勝者、葛木メディア!』

 

 

 レフリーに高く掲げられる右腕。興味の無いまばらな拍手の音。そして未だボロボロの姿のまま、ゼィゼィと息をするばかりの彼女。

 

 女子プロボクサー、葛木メディア。

 彼女は過去に“キャスター“と呼ばれた英霊。あの冬木の聖杯戦争に参加し、そして受肉を果たした存在だった。

 

 

 

………………………………………………

 

 

 

 夜の道をひとり歩く。

 自宅までの帰り道。心地よい疲労感を感じながらゆっくりと歩いていく。

 

 頭上を見上げればまん丸のお月様。自分が過去に生きていた時代とは違いあまり星は見えないが、それでもこの冬木の夜空を眺めながら。

 自分の住むこの街、この世界の風景を楽しみながら歩いた。

 

 昔とった杵柄で、今日の試合の怪我だの打ち身だのはすっかり治してある。メディアはいつも通りの美しい顔だ。

 だが流石にこの疲労までは何ともし難い。しかしそれすらも今は、愛おしく感じる。この身体の疲れこそが、自分が今日頑張ってきた証であるのだ。

 

「あらジョン、お元気?」

 

 やがて歩いていく内、メディアはご近所さん家の前を通りすがる。ジョンという名のこの大きな犬も、メディアをみて嬉しそうに尻尾を振っている。

 

「今日の試合、よかったのよ? お前も観にくれば良かったのに」

 

 そんな事を言いながら、ヨシヨシと頭を撫でてやった。

 

 

………………………………………………

 

 

「メディアさん、こんな遅くまでどこに行っていたんです?

 もう宗一郎兄さんも、皆も、食事を済ませてしまいましたよ?」

 

 自宅である柳洞寺まで帰って来たメディア。玄関で彼女を待っていたのは、夫の弟分である一成だった。

 

「……あ、ごめんなさい一成くん。今日は試合の日だったの。

 言ってはおいたのだけれど、ちゃんと伝わっていなかったかしら……」

 

 腕を組み、険しい顔で見つめてくる一成。そんな彼にメディアは申し訳なさそうな表情を見せる。

 

「あぁ、例のボクシングというヤツですか。

 自分はあまり事情に詳しくありませんが、いくら兄さんが何も言わないとはいえ、

 女性がこんな遅くまで出歩いているのはどうかと思います」

 

 やれやれと言った様子で、踵を返して去っていく一成。その後ろ姿をメディアは俯きがちに見送る。見えなくなる時まで。

 

 

………………………………………………

 

 

「ただいま帰りました、宗一郎」

 

 洗濯物をカゴに放り込み、鏡で軽く自分の姿を確認した後、メディアは夫である葛木総一郎の部屋を訪れた。

 

「そうか、大事は無かったか? メディア」

 

「はい、今日もつつがなく。

 長い時間留守にしてしまい、申し訳ありませんでした。」

 

「構わない。お前が無事であれば」

 

 この1年と数か月ほど、メディアはここ柳洞寺とボクシングジムを往復する生活を続けている。試合はだいたい1月に一度くらいのペースで行っている。

 以前、買い物の店先で見かけた【ボクシングジム、会員募集中】の張り紙を見てジムの門を叩いて以来、メディアはボクシングに夢中だ。

 最初、本当はフィットネス目的であるボクササイズの方をやろうかと思っていたのだが、楽しそうにサンドバッグを叩く練習生の姿を見て、思い切って選手としてやってみる事にしたのだった。

 

「今は何をなさっていたのですか?」

 

「なに、暇潰しだ。本を読んでいた」

 

「まぁ。面白いですか?」

 

「特に興味を惹かれる部分は無い。ただ何と無しに読んでいたに過ぎんよ。

 また何か良い本が欲しい。メディア、付き合ってもらえるか?」

 

「はい、では早速明日にでも。冬木の書店巡りを致しましょう」

 

 二人でいる時、宗一郎もメディアもボクシングを話題にする事は無い。こうして毎日メディアの身体を気に掛ける言葉をくれるものの、それ以外の事を宗一郎が話す事は無かった。

 ボクシングジムに通いたいと話をした時も、ただ一言「そうか」とだけ。特に良いとも悪いとも言わなかった。やりたい事があるのならばと、妻の意志を尊重するスタンスを取っている。

 

 メディアがボクシングという物に興味を持ったのは、ずばり宗一郎が理由だ。

 彼の“蛇“と呼ばれる戦闘術はいわゆるボクシングと酷似する部分があり、そこから興味を持ち、自分も一度やってみようと考えた経緯がある。

 純粋な殺人技術である宗一郎の物とは違うが、同じ“腕“を使う格闘術。以前から魔術や策謀で戦うばかりだったメディアだが、彼の事を少しでも理解したいという気持ちから始めた部分もあった。

 

 ……実を言うと、ボクシングをやれば何かアドバイスを貰えたり、夫婦の共通の話題なんかが増えるかな~と期待したりもしたのだが、そういった事はまったくと言って良い程に無かった。

 妻やボクシングに興味が無いというよりも、これは彼の本質的な部分。実に寡黙な男なのだ。

 しかしいつも自分を尊重してくれ、こうして少ない言葉ながらも凄く気遣ってくれているのが分かる。その事にメディアは心から感謝をしている。

 

「疲れているようなら、今日は早めに休むといい。私もじきに寝室へ行こう」

 

「そうですね……。でももう少しだけ、このままで」

 

 静かで、優しく、暖かな時間。

 二人でこうしている時、メディアはなによりも幸せを感じるのだった。

 

 

………………………………………………

 

 

「こんにちわ桜さん、儲かってる?」

 

「あ、こんにちわですメディアさん。

 わたしアルバイトだから……儲かるトカはないかも」

 

 冬木商店街にあるパン屋さん。ここで現在、桜はアルバイトをしていた。

 第五次からの顔なじみであり、魔術師としての大先輩でもあるメディアは、あれからも何かと桜の事を気にかけている。

 パンを買うがてら、こうしてちょくちょく桜の顔を見に来るのだ。

 

「どう? アルバイトにはもう慣れた?

 私から見たら、すっかり店員さんが板についてきたように思うけれど」

 

「そうですね、皆さんとても良くして下さっているので、

 楽しく働かせてもらってます♪」

 

 最初こそミスも多く、結構凹む事もあったようなのだが、そこは生来がんばり屋な桜。今ではすっかりこの店の看板娘として、町内でも愛される存在となっている。

 メディアも、そして宗一郎もこの店のファンだったりもするのだ。

 

「いつも言ってるけど、もし変なお客さんに絡まれたら

 ちゃんと言うのよ? いつでも私がぶっ飛ばしてあげるから」

 

「だ、だいじょうぶですってメディアさん!

 みなさん良い人ばかりですから! 心配ないですっ!」

 

「そう……? 貴方って愛らしいし、押しに弱そうに見える所あるから。

 変な人に付きまとわれないか心配なのよ私。遠慮しなくて良いのよ?」

 

「あはは……」

 

 いいこと? パンチを打つ時はね? こうおもいっきり腰を入れて……。

 そんな事を店内でレクチャーしだすメディア。桜も苦笑いである。

 

「確かにわたしはちょっと頼りないかもしれないけど……。

 でも心配いらないかも。…………だって…………」

 

『 おい桜ッ! このチョココロネってもう無いのかよ!?

  僕が好きなヤツは多めに作ってもらえって、いつも言ってるだろ!! 』

 

 そうなのだ。ここには最近、しょっちゅう兄である慎二が入り浸っているのだ。

 何をそんなに来る事があるのかという位、頻繁にこの店にやってくる慎二だ。

 

「いいか? 僕が検討した所、この店で三指に入る位に美味いのが

 チョココロネだ! 生地や店長さんの腕が良いから全部美味いけど、

 しっかり売れ筋を把握しとかないと無駄な廃棄も出るし、

 売り上げだって奮って来ないんだぞ!」

 

「あはは……。という事で、心配いらないかもしれません」

 

「……そ、そうみたいね……」

 

 最近、彼の食事は2食、下手したら3食がパンだ。ここに来る度に何かしら買って行くので売り上げに貢献しているのは間違いない。

 

 桜がこの店で働き始めて、もう2か月ほどになる。

 実の姉である遠坂凛、そして衛宮士郎がそれに着いていく形でロンドンへと行ってしまってから、桜は目に見える形で落ち込んでしまっていた。そんな時に不器用な優しさで彼女を支えていたのが慎二だ。

 今では以前のように笑顔を見せるようになり、そして一念発起してアルバイトを始めてからも、こうして陰から(?)桜の事を見守っているのだ。

 もう一緒にここに務めてしまえば良いのにとか、メディアはちょっと思わなくもない。

 

「お、なんだよ。来てたのかよキャスター」

 

「こんにちわ坊や。今日も元気そうね貴方」

 

「別に不機嫌になる理由がないからね。

 アンタも最近ボクシングの方は、上手くいってんのかよ?」

 

「ええ、お陰様でね。……まぁ毎日ヒーコラ言ってはいるけれど」

 

 桜を気にかけている内、自然と慎二とも顔なじみとなったメディア。ぶっきらぼうな口調ではあるけれど、慎二もメディアにはそれなりに心を開いてくれているようだ。

 

「言ってもさ? 受肉したとはいえ元はサーヴァントだろ?

 ただの人間よりは出来る事も多いんじゃないの?」

 

「……まぁ、そうだったら良かったんだけどね……。

 隠匿というルールから身体強化なんかの魔術は使えないし、

 そもそも受肉をした時点で、私はただの人間の女よ。

 以前は15分歩いただけで息切れしてたものよ……」

 

「マジかよ……なんだよその夢のない話。

 いくらキャスター(魔術師)だって言ってもさ」

 

 まぁランサーやアーチャーだったなら話は違ってくるのだろうが、メディアは今、一般的な範囲の身体能力しか持ち合わせていない。そもそもサーヴァントだった時にも、遠坂凛に拳で打倒されかかった事があった位だ。生粋のインドア派だったのだ。

 

「けどさ、やるんだったらただの人間なんかには負けないで欲しいね。

 僕達にとって、英霊ってのは一種の憧れでもあるんだ。

 元とはいえ、アンタが一般人に負けてる所なんか見たくないんだよ」

 

「…………」

 

 慎二は過去に魔術師という物に固執し、沢山の過ちを犯してきた過去がある。今では自分なりに沢山の事を吹っ切り、そして桜にとってまごう事無く良い兄となってはいる。しかし彼にとって未だに魔術師、そしてあの第五次の戦いには特別な思入れがあるのかもしれない。

 

「応援ぐらいしてやるし、なんだったら試合だって観に行ってやるさ。

 だからさ、負けんなよ。桜の姉貴分なら、強い所見せてやってくれよ」

 

 ジト目で、少し不機嫌そうに。しかし真剣な目で慎二が見つめる。

 なんとかメディアは肯定の返事をした。だが、その瞳を真っすぐに見返す事は出来ない。

 

 

………………………………………………

 

 

「おはようございます」

 

 

 今日もジムを訪れ、更衣室へと入ったメディア。上品な笑みを浮かべて仲間達へ挨拶する。たった今まで仲良く談笑していた者達は会話を止め、気だるそうにメディアの方に目を向ける。そして一瞥した後、軽い会釈だけをして会話を再開した。

 

「おはよう、木下さん」

 

 そしてそれは、他の面子も同じ。目も合わせる事なく、面倒くさそうに会釈だけを返して戻っていく。誰一人として、自分から言葉をかけに来る者は居ない。

 そんな中、メディアは自分のロッカーへと向かい、黙々と準備を行っていく。着替えを済ませ、髪を後ろで一つにまとめる。その間も、やはりメディアを気に留める者は居なかった。

 

「…………」

 

 やがて一人二人と更衣室から仲間達が消えていき、気が付けばここにはメディア一人となっていた。存在を無視するかのように、まるで関わる事自体を拒んでいるように、メディアが来た途端にそそくさと練習場へ消えていく。

 

「……ふぅ」

 

 ため息などをついてみるも、それで気分が晴れる事はない。

 いつからだろう。気が付けばメディアを取り巻くジムの状況は、すでにこうなっていた。

 最初、ここでボクシングを始めたての頃は、自分はなんやかんやと周りにちやほやとされていたように思う。

 物珍しさもあってか沢山声もかけてくれたし、慣れない自分を皆が気にかけてくれた。とても親切にしてくれていたように思う。

 しかし、明らかに日本人とは違う見た目のせいなのか、社交的で朗らかとは言い難い自分の性格の為か。はたまた自分の年齢や人妻である事が面白おかしく伝わった為なのか、容姿の割にはどんくさく物事を上手くこなせない事に愛想をつかされたのか。

 何が原因だったのかは分からない。あるいは全てが複合的に受け入れられなかったのかもしれない。いつしかメディアは、このジム内でハッキリと浮いた存在となっていた。

 

 

 

「今日もいつも通りのメニューだ。終わるまで声をかけるな」

 

 それだけを告げ、トレーナーの男は再び新人の指導に戻る。メディアは指示に従い、ストレッチや縄跳び、バッグ打ちなどを一人で黙々とこなしていく。

 それがひと段落つけばタオルを首にひっかけ、一旦ジムを出てロードワークへと向かう。河川敷を超え、やがて商店街の大通りへ。幾人かの顔見知りとすれ違い、その度に会釈をしていった。

 

「……あら? 奥さん、アレ……」

 

「あぁ~。あの人、葛木さんトコの……」

 

 メディアを怪訝な目で見つめ、遠くからヒソヒソと話をする主婦達。そんな姿が目に入らなかったかのように、無心でランニングに打ち込む。

 

「……主婦だっていうのに……ボクシングだなんて……」

 

「野蛮ね……いったいなに考えてるんだか……。

 やっぱり外人さんって、私達とは違って……」

 

 そんな声も聞こえなかったかのように、ひたすら前だけを見て走った。

 

 

 

「いいぞ、そのまま足を使っていけ。相手はウスノロだ、翻弄してやれ」

 

 ジムへと戻り、スパーリング中のインターバル。トレーナーが選手にアドバイスをしている。

 対してその対戦相手であるメディアに声をかける者は居ない。一人コーナーにもたれかかり、ゼィゼィとひたすら回復に努める。

 

 やがて1分間のインターバルが過ぎ、再び両者が中央で拳を合わせる。相手選手は指示通りに足を使い、小刻みに左を放ってメディアを寄せ付けない。前に出ようともヒラリと横に躱され、懐に入ろうにも出鼻を迎撃される。もう長い間、メディアは亀のように丸くなり打たれるがままとなっている。

 そんなメディアに声をかける事なく、トレーナーはひたすらに相手選手を激励するばかり。いいぞやってしまえと、熱の籠った声を上げる。

 

 結局スパーリングの3Rの間、ただ良いように打たれるだけだったメディア。トレーナーが相手選手を労っている様を見る余裕もなく、一人息を切らせてその場にへたり込んでいる。

 

「いいサンドバッグね。トロいし頑丈だし、調整相手には持ってこいだわ」

 

 メディアの前を通り過ぎ、相手選手がリングを降りて行った。

 

 

………………………………………………

 

 

「デトロイトスタイル?

 あれだろ、フリッカージャブとかの。

 元世界王者のフロイド・メイウェザーがやってたヤツだろ?」

 

 

 向かいに座っている慎二が、煎餅を齧りながら言う。

 メディアは今日、間桐家へとお邪魔している。たまにこうして桜と共に料理の研究会を行っているのだ。現在は慎二も含めた三人で、居間でお茶している最中である。

 

「というか、アレって凄くテクニカルな戦法なんじゃないの?

 アンタ不器用そうな印象あるけど……ホントに出来るのかよ?」

 

「……うぐっ!」

 

 慎二にそう言われ、クッキーを喉に詰まらせるメディア。それを見た桜がアワアワと背中をさすってくれる。

 

「どうせ“葛木先生の戦い方と似てる“とか思って、

 それで真似したがってるんじゃないの?

 僕そういうの、どうかと思うけど……」

 

「う、うるさいわねッ! いいじゃない思うくらいッ!」

 

 お茶を飲ませてもらって復活し、ガーっと吠えたてるメディア。人の心は自由、何人たりとも想いを止める事など出来ない。そんな事を熱弁するも慎二は白けた表情だ。なしのつぶてである。

 

 実はジムに通い出した当初、メディアは見様見真似で宗一郎ちっくな構えをし、ミットを叩こうとした事がある。ジムで教わったオーソドックスな構えではなく、宗一郎のように左腕を腰の位置で低く構えてだ。

 そして言うまでもない事だが、メディアはその場で、トレーナーに怒られた。

「基本も身に付かない内から変な事をするな」と至極真っ当な事を言われ、スゴスゴと引き下がった思い出がある。

 あれからメディアは言われた通り、真面目に基本に取り組んでいる。

 

 しかし、そもそもボクシングを始めたきっかけが“宗一郎のように戦ってみたい“という物。どうしてもその憧れを消す事は出来ない。

 まがりなりにも一年以上ボクシングをし、そしてその奥深さに触れた今なら、宗一郎がどれだけ高度で凄い戦士だったのかが身に染みて分かる。

 メチャメチャ惚れ直しもしたし、更に尊敬が増していく毎日だ。そして同時に憧れも募っていった。

 

 今は猪のように突っ込み、泥臭く戦う事しか出来ない自分。でもひたすらに努力を重ねて、いつかはあんな風に戦ってやるのだ。

 変幻自在の左で相手を釘付けにし、そして狙いすました右で顎を撃ち抜く。そんな華麗で合理的で、知性に溢れた戦い方を……うひひ。

 

 彼方を見つめ、気持ち悪い顔で想いにふけっているメディア。

 その様に呆れはするも、男である慎二には、気持ちが分からなくもないのだ。

 

「まぁ身の丈に合ったスタイルが一番だとは思うけど、

 “好きこそ物の上手なれ“とも言うからね。

 ある程度地力が付いてきたら、一度やってみたら良いんじゃない?」

 

「そうです! わたし応援してますメディアさん♪」

 

「……あ、貴方たち……」

 

 素っ気ないながらも優しい慎二、そして心からの声援をくれる桜。そんな二人の心に触れて、思わず涙がちょちょ切れそうになるメディア。

 私も随分年を取ってしまったものだわ、なんて事を思う。

 

「お、そういやこの人もデトロイトスタイルだったんじゃない?

 思えば身近な所にお手本が居たもんだね」

 

 慎二は何気なしに付けていたテレビの方を指さす。するとそこには何やら記者会見のような映像。沢山の記者達に囲まれ、一人の見知った女性がインタビューを受けている所。

 

『チャンピオン、1月に冬木市で試合を行うとの事ですが、

 今の自信のほどは?』

 

『――――問題ありません。ベストを尽くす事をお約束します』

 

 眩しいフラッシュに照らされ、自身に溢れた表情で受け答えをする赤い髪の女性。

 

『冬木は、私にとって思い出深い街でもあります。

 冬木にいる友人達に、最高の試合をお見せしたいと思います』

 

 

 第五次の戦い、そしてあの“繰り返される4日間“を終えた後、彼女はプロボクサーとなった。

 デビューから10戦もせぬ内に頂点へと駆けあがり、すでに“絶対王者“の名を欲しいままにする最強の女子プロボクサー。

 

 バゼット・フラガ・マクレミッツ。

 テレビ越しに見た彼女の姿が、メディアにはとても眩しく映った――――

 

 

………………………………………………

 

 

 

「どういう事ですか。

 今頃になって『試合をキャンセルしたい』などと言ってくるとは」

 

「仕方ねぇだろうがよ?

 相手さん、練習中に拳をやっちまったって言うんだからよ」

 

 ここは某事務所の一室。現在バゼットはマネージャーであるランサーに対して、静かに声を荒げている。

 

「すでに冬木で行う試合には、沢山の人手をかけて宣伝をうっている。

 楽しみにしてくれている人達もいるというのに、

 今更中止など出来るハズがない」

 

「……そうは言ってもよ? もう当日まで2か月かそこらしかねぇぜ?

 ただでさえお前は他のヤツらから『やりたくねぇ』って

 逃げ回られてんだ。今から相手なんざ見つかるかね?」 

 

 お手上げだと、ランサーが肩をすくめる。

 

「中途半端な相手とやっても、おめぇも客も満足しねぇだろ?

 良い試合を見せてぇってんなら、

 やっこさんが治るのを待つしかねぇが……」

 

「治ればまた試合を受けるとは限りません。

 恐らくなんだかんだと理由をつけ、体よく私から逃げたのだ。

 そんな臆病者とやったところで意味はない。

 冬木の皆には、最高の私を観て貰いたいのです」

 

「……ったく。まぁお前のそういうトコ、俺は買ってるけどな」

 

 気が強く、真っすぐに自分の意思を伝える女。今もランサーがバゼットを支えている理由は、その強さに惹かれたからに他ならない。

 

「……ん、待てよ? そういや冬木にはアイツが……。

 オイちょっと待ってろ。確認を入れてくる!」

 

 そう言い残し、いったん退室していくランサー。懐から携帯を取り出す仕草が見えたが、どこかに電話でもかけに行ったのだろう。バゼットはしばらくの間、ブスッとしながら時間を潰していた。

 

「おいバゼット! キャスターだ! 冬木にはキャスターがいる! 

 アイツも今ボクシングやってやがんだ!

 アーチャーの野郎が言ってたのを、ふと思い出してよ!」

 

「キャスター? あのメディアさんが……ボクシングを?」

 

 怪訝な顔をし、意外そうな声を返すバゼット。ボクシングと彼女のイメージがどうしても結びつかないのだ。

 

「今回、おめぇさんの望む“良い戦い“ってのは正直無理だ。

 だがおめぇは、冬木の連中にただ喜んで貰いてぇんだろ?

 立派にやってるって所を、アイツらに見せてやりてぇんだろ?

 だったらキャスターと戦りゃあいい。

 アイツも冬木の住人だ、連中もこぞって観に来るぜ」

 

「……し、しかし。メディアさんはその……ボクシングはどうなのです?

 魔術戦ならいざ知らず、私と打ち合える技量があるとは……とても……」

 

「んな事は良いんだよ、胸貸してやりゃあ。

 チャリティー試合って事にすりゃ、冬木の連中にも恩返しが出来る。

 地元民のキャスターと戦るんだ、下手な試合より話題性だってあんだろ。

 それによ? 世界王者であるお前と戦れる……、

 これはボクサーにとって最高の名誉だぞ。それをお前が与えてやんだよ」

 

「…………」

 

 少しだけ思い悩んだ後、静かに顔を上げるバゼット。

 信頼を称えた瞳でランサーを見つめ、柔らかな微笑みを返した。

 

 

………………………………………………

 

 

「はぁいジョン、お元気?

 今日は桜さんと一緒にグラタンを作ったのよ?

 美味しく出来たんだから♪ お前も食べられたら良かったのに♪」

 

 その頃メディアはそんな事を言いつつ、ジョンの背中をワシャワシャと撫でていた。

 

 

………………………………………………

 

 

 今朝は、一成君に沢山お小言を頂いた。

 掃除の仕方が拙い、アイロンが下手だ、作業のスピードが遅い、などなど。

 昼に買い物に出掛ければ、一部の顔見知りの主婦たちからヒソヒソと陰口を叩かれる。野菜や魚を真剣に目利きする事で、嫌でも耳に届くそれを聞き流した。

 

 そしてやるべき家事を全て終えた今、メディアはこうしてジムで汗を流している。

 縄跳びをしている時、筋力トレーニングをしている時、そして今のようにサンドバッグと向き合っている時。メディアは他の一切を考える事無く、自分自身と向き合える。

 すべき事、こなすべき事を一つづつ消化し、次々に痛みや苦しみに立ち向かう。自身の弱気をねじ伏せる。

 少しだけ未来の、成長した自分の姿を思い描きながら練習に打ち込む。そうしている時の充実感こそが、メディアが今もっとも愛する物のひとつだ。

 

 たとえ今、自分の周りに誰も居なくとも、声を掛けられる事がなくとも。まるで自分の存在など無いかのように振る舞われていても。

 走り、鍛え、サンドバッグを叩く。この時だけは、自分が自分らしく居られる気がしていた。

 

 

「ちょっとぉ、そこ変わってもらえる?

 この子の練習を見てあげたいの。いつまでも使ってないでよ」

 

「……あ、ああ。ごめんなさい木下さん」

 

 無我夢中でサンドバッグを打っていた時、唐突に背中から声を掛けられた。振り向くとそこには、先日のスパーの相手であった木下という女性の姿がある。傍には新人さんであろう少女もいる。

 軽く謝罪をし、メディアはその場を離れていく。次はロードワークにでも行こうと、不器用にグローブを外しながら。

 

「 ここはアンタの来る所じゃないわ。

  ダイエットなら余所でやりなさいよ、外人さん 」

 

 一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。それが自分に言われた言葉だと認識するまでに、メディアは随分と時間がかかった。

 

「 お綺麗な貴方には、殴り合いなんて似合わないんじゃない?

  家で旦那さまとイチャついてたらいいのに。目障りなのよアンタ 」

 

 

 ドカンとサンドバッグを打つ大きな音が聞こえた。それからは言葉を掛けられる事無く、ただ打撃音だけが後ろから聞こえてくる。

 

 やがてその場に立ち止まっていたメディアが、振り返る事無く出入り口へと消えていく。ロードーワークをするためにと、上着を更衣室へ取りに行った。

 

 

………………………………………………

 

 

 

 河川敷を走る。キラキラと光る水面を眺めながら――――

 

 

 ダッシュと通常のランニングを交互に繰り返し、ひたすら足腰を苛め抜いていく。

 汗を流せば流す程、疲労感が身体を包む程に、自分の心から良くない物が抜けていく感じがする。その心地よさだけを、メディアは感じている。

 

 今日はランニング中、3組も散歩中の犬と通りすがった。

 笑顔で飼い主さんと会釈を交わし、フリフリと犬に手を振ってから別れていく。ワンワンという元気な鳴き声が、まるで自分にエールをくれているように思える。

 

 それを、とても幸運だと。

 

 今日はとても幸せな日だと、メディアは思うのだ――――

 

 

 

………………………………………………

 

 

 その後、汗だくでヒーヒー言いながらジムへと帰って来たメディア。すると彼女に声を掛ける者の姿があった。

 

「あぁメディアさん、さっきトレーナーが探してたよ?

 なんか話があるとかなんとか。行ってみてね」

 

 そう教えてくれた練習生に礼を告げてから、メディアは言われた通りトレーナーを探す。ジム内でリングに向かって激を飛ばしている姿を見つける事が出来た。

 

「あぁ帰って来たか。さっきお前に電話があってな。

 あのバゼット・フラガのマネージャー様だとよ。

 お前明日にでもここに行って、話を聞いてこい」

 

 トレーナーは、メディアに地図と時間などか書かれたメモを手渡す。それっきりリングの方へと向き直り、こちらを見る事は無い。

 

「…………え、えっと。スパーリングパートナーのご依頼かしら?」

 

「話は向こうで訊け。走り終わったんなら筋トレでもしてろ」

 

 そう言い捨てられ、メディアはスゴスゴとトレーニング器具の所へと向かって行く。

 トレーナーとではなく一人で行かされる事に、文句もなかった。

 

 

 

 …………そして翌日、メディアはとある大きなビルの一室を訪れていた。

 入口で受付のお嬢さんに名を告げて、奥の豪華な部屋へと通される。元王女であった彼女だが、久しく見る事のなかった調度品などに少し気後れ気味だ。ビクビクとしながら相手が来るのを待つ。

 

「――――よぉキャスター、久しいな。

 2年ぶりになんのか? まさかこんな形で会うとはよ」

 

「……!? あ、貴方……」

 

 そこに現れたのはランサー。第五次の戦いで覇を競った槍の英霊。

 あれからお互いに受肉し、そしてランサーが冬木の街を離れて行ってから、会うのは此度が初めてとなる。

 

「紅茶か? それともコーヒーにすっか?

 あれから随分と作法ってのを仕込まれてよ。

 今では我が主より、よっぽど美味く淹れられる」

 

 目を見開いているメディアをよそに、慣れた手つきで用意していくランサー。その姿をメディアは黙って見守るばかり。

 

「ほいよっと。どうだ? クーフーリン様が淹れた茶なんぞ、

 なかなか飲む機会はねぇぞ? まぁ気負わず楽にしとけよ。

 いっちょ思い出話に花でも咲かせとくか?」

 

「……いえ、あのお気遣いなく。

 そんな事より、貴方がバゼットさんのマネージャーを……?」

 

「おうよ、まぁ大して役にも立っちゃいねぇが。

 たまに喝入れたり、適当に応援してくれりゃーそれで良いんだと」

 

 まぁたまにスパーの相手くらいはしてるさ。俺ぁボクシングなんぞ知らねぇが、殴る分には頑丈で良いんだとよ。

 そんな事をカラカラ笑いながら話すランサー。

 

「でよ? 今回お前さんを呼んだのは他でもねぇ。

 ボクシングやってんだってな? ちょっと頼みてぇ事があってよ」

 

「……スパーリングのご依頼かしら?

 構わないわ。王者のお相手が出来るなんて光栄な事よ。

 私などで良ろしければ、よろこんでお引き受けしますわ」

 

 身を固くし、じっと睨みつけるメディア。受肉したとはいえ、目の前の男から感じる威圧感は健在だ。それに飲まれないよう、必死で身体に気を張る。

 しかしそれが取るに足らないかのように、ランサーは朗らかに笑っている。以前の英霊としての力関係、そして今のボクサーとしての立場の差。メディアはそれを感じざるを得ない。

 

「オイオイ、早合点すんなよ。

 確かにアイツの相手にゃ不足してっけど、今回はそうじゃねぇさ。

 ――――試合だキャスター。 おめぇ、バゼットと戦ってみる気はねぇか?」

 

 そう言い放ち、ランサーがニヤリと口元を歪める。

 

「実は1月の興行の相手がばっくれちまってな。困ってんだよ正直。

 ……だが、そこでお前だキャスター。エキジビションにはなっけど、

 ひとつやってみる気はねぇか? 

 結構な額の金も出すし、見事お前が勝ってみせたなら、

 そん時は正式なタイトルマッチだって用意してやる。

 どうだ? お前もボクサーなら、悪かねぇ話だろうが」

 

 

 ……目を見開き、時が止まったかのように制止するメディア。

 今目の前の男に言われた言葉を消化し切るまで、数秒ほどの時間がかかった。

 

 しかし、しばしの時を置いて、ため息と共にメディアは語り出す。

 その提案は承服しかねる。そもそもそれは、成立さえしていないのだと。

 

「何を思って私に声を掛けたかのは知らない。でも、お断わりするわ。

 マネージャーと言っても、何も分かっていないのね貴方。

 ボクサーには“格“という物がある。

 特別試合とはいえ、私が彼女と同じ場所に立てるハズも無い。

 そもそも私のような下位のボクサーが『やる』などと言えば、

 それは王者に対して非礼に当たる。身の程知らずだとね」

 

「……おっろ?」

 

 心底意外そうな顔をするランサー。それを捨て置き、メディアは椅子から立ち上がる。もうここに用は無いと。

 

「声を掛けて下さった事には感謝致しますわ、クーフーリン。

 そのお気持ちだけ、有難く頂いておき……」

 

「あっれ、おっかしいな……。

 一も二もなく乗ってくると思ったんだが……」

 

 言葉を無視するように声を出し、ポリポリと頭をかくランサー。その後メディアへと向き直り、先ほどまでとは違う真剣な目で彼女を見据える。

 

「格だの非礼だのは知ったこっちゃねぇが……、

 らしくねぇなキャスター。……いや、女王メディアさんよ?」

 

「…………」

 

「こちとら今でいう“ジャイアントキリング“なんざ、

 腐るほど成してきた。だからこその英霊だ。

 たかが戦(いくさ)ひとつ、いまさら怖気づく事かよ」

 

 心底くだらないとでも言うように、ランサーが鼻を鳴らす。その場で足を止め、メディアはただ言葉に耳を傾ける

 

「2年前、あんだけ散々暴れといて何だよ?

 セイバーやアーチャーに『二度とやり合いたくない』と

 言わしめたおめぇはどこへ行った?

 あの坊主や遠坂の嬢ちゃんを味方に付けたのは、確かにデカかった。

 だが第五次の勝者は、実質おめぇだろうがよ?」

 

「……………」

 

「あの葛木とかいうお前の旦那? の為だったんだろうがよ?

 あん時のおめぇにゃ正直、勝てる気がしなかった。

 たかがキャスターと侮ってた俺が、お前相手にゃ尻尾巻くしか無かった」

 

 苦い思い出を脳裏に浮かべながら、ランサーが言葉を続けていく。

 

「あん時のおめぇは死に物狂いで、そりゃ手段を選ばねぇマネもした。

 だが一人も民間人を殺さなかったし、最後まで意地を張り通した」

 

「聖杯を解析し、仲間の願いもまとめて叶えるなんて離れ業……、

 キャスターにしか、いや他の誰にも出来やしねぇよ。

 そこだきゃあ心底、おめぇを認めてる。

 その生前はどうあれ、お前は確かに“英雄“だった」

 

 まぁ無理強いはしねぇ、気が変わったら早めに連絡しろや。ランサーはそう言って先に部屋を出ていく。

 だがあの頃の戦士の貌で、最後に言い放つ。

 

「受肉しようが俺達は英雄で、その本質は変わらねぇ。

 時に一般人、時に英雄なんて、ラジオのスイッチみてぇに

 切り替える事は出来ねぇんだ。

 俺達は“成す“者で、今やるべき時がやって来た。

 そいつに挑み、立ち向かう事が無くなりゃ、俺達は死んだも同然だ」

 

 

「言っちゃ悪ぃが、魔術師風情が今ボクサーなんぞをやってるんだ。

 あの頃とは違い、主の為でもねぇのに戦ってる。

 おめぇにも、何か思う所があるんじゃねぇのか?」

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 

 

 メディアは、暗闇を見ている。

 地下鉄に乗り、ただ窓の外を見つめ続けている。

 

 

 流れていく、光と闇。

 そして、ガラスに映る自分自身の姿を。

 

 

 ……今日言われた事を、何度もなんども頭の中で反芻する。

 

 ジムのチラシを見かけたのは、ただの偶然。

 始めたきっかけは、ただの憧憬だった。

 しかし……。

 

 

 ――――おめぇにも、何か思う所があるんじゃねぇのか?

 

 

 

 自分が今も、ボクシングを続けている理由。

 

 それをずっと、メディアは考え続けている――――

 

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのバゼットとやるんだってなメディアさん!

 スゲェよ! 俺ぜったい応援に行くから!」

 

「私達も行きますよメディアさん!

 みんなで横断幕とか作りますから!」

 

 

 ……ジムの仲間達に囲まれ、メディアはポカンと目を丸くする。

 昨日までの状況がウソだったかのように、現在メディアは皆に囲まれ、質問攻めにあっていた。

 

「私バゼットの試合のDVD持ってますから、明日持ってきますね!

 それ見て研究すると良いですよ! ぜひお役に立ててください!」

 

「というかバゼットと知り合いだったなんて知らなかったスよ俺!

 サインとか貰えないスか? 一度頼んでみて下さいよ!」

 

 やいのやいのと盛り上がる仲間達を前に、メディアはたら~っと汗を流す。

 なんなのだこの状況は。……いや、応援して貰えるのは有難いのだけれど。

 

「…………フンッ!」

 

 遠くの方で、あの木下という女性が鼻を鳴らしたのが聞こえた。それから彼女はこちらを見る事もなく、黙々とサンドバックと向かい合っている。

 しかしそれを気にする余裕もなく、延々と質問攻めに合うメディアだった。

 

 

………………………………………………

 

 

「…………辞退……ですか?」

 

「そうだ。ウチの木下ならともかく、お前程度じゃ役者が不足してる。

 勝手にOKなんぞ出しやがって……。

 土下座でもなんでもして、すぐに取り下げて来い」

 

 

 練習中、突然部屋に呼ばれたかと思えば、唐突にそう告げられた。

 話は終わりだとばかりに、顎で出口の方を指すトレーナーの男。しかしメディアはその場から動かない。決して動く事は出来ない。

 

「――――待って下さい。これは私が自分で決めた事です。

 役者不足は百も承知。それでも私は、やってみたいんです」

 

「…………なにぃ?」

 

 イラつきを感じさせる声色。トレーナーはゆっくりとメディアに向かい直る。

 

「俺の言う事が、聞けないのか?

 うだつの上がらない三流が、随分と偉そうな口を叩くんだな?」

 

「気に障ったのなら謝ります。でもどうか、どうかお願いします」

 

 静かに頭を下げるメディア。今はただ、誠意をもって頼む事しか出来ない。

 

「……言ってやろうか、葛木?

 目障りなんだよお前。どんくさいお前を見て、いつもイライラしてたよ」

 

 頭上から、自分を罵る声が聞こえる。それでも頭を下げ続ける事しか出来ない。

 

「せっかく目をかけてやろうとしたのに、お高くとまったお前は

 身体に触らせもしなかった。

 人に教えをこうヤツの態度じゃないだろう、葛木。

 どれだけ無視してやろうが、お前は少しも媚びて来なかった」

 

 醜悪――――

 その声色だけで、男が今どんな表情をしているのか分かった。

 

 

「お前がのされて来るのは勝手だが、ジムの恥だ。迷惑なんだよ。

 たとえこの一年半、ろくに指導なんかされていなくともな」

 

「そんなにやりたきゃ、一人でやってこい。

 …………破門だ。二度とそのツラを見せるな」

 

 

 そう言い残し、男が部屋から立ち去っていく。

 

 長い時間、メディアはその場から動けずにいた――――

 

 

………………………………………………

 

 

 

「辞めるのね? あーほんと、せいせいするわ」

 

 

 その後、ロッカーの整理をしていたメディアに、木下選手が声を掛けてきた。

 

「向いてなかったんじゃない? このジム。

 まぁ元気出せば? これからどうするのかは知らないけど」

 

 それに言葉を返す事無く、ただ黙々と手を動かしていく。そんなメディアの様子を気にする事もなく、木下が言葉を続けていく。

 

「“噛ませ犬“……意味は分かるよね? アンタの事よ葛木さん」

 

「今までアンタが戦った相手は、みんな売り出し中の格上。

 ようは潰れてしまえって事よ。よほど憎まれてたのねぇアイツに」

 

 クスクスと木下が笑う。だがそれは決して愉快そうな物では無く、どこかひとりで呟いているような声色だった。

 

「それでもアンタが“逆に噛み殺す“もんだから、

 最後はムキになってランカーとやらされてた。

 まぁよくやったモンだわ実際。ろくに指導も受けずにさ?

 ……それで結局、一度も負けなかったっていうんだから……」

 

 最後の荷物をバッグに入れ、メディアはロッカーの戸を締める。

 その音を聴くと同時に、木下が踵を返し、メディアに背中を向けた。

 

 

「またリングで会う事があれば、今度こそ証明したげる。

 ……私の方が……アンタより上だって事をね」

 

 

…………………

………………………………………………

 

 

 いつもとは違い、まだ日の高い時間帯の帰り道。

 

 通常であれば今頃はジムで汗を流し、そしてロードワークへと出かける頃だったろう。しかし、もうメディアがここに通う事は無い。練習で痛めた身体に鞭打ち、脚を引きずってこの道を歩く事も無い。

 

 ――――喪失感はある。今はどこか、空虚な気持ちでいる。

 しかし、自分でも不思議なほどに、感情が波打つ事は無かった。

 

 自分がこれからすべき事、準備すべき事を考えながら歩く。

 別段今日の出来事にショックを受けていない事を、メディアは自覚していた。

 

 特に反骨心のある方じゃない。「なにくそ」「負けるか」などと、そんな暑苦しいのとは無縁の人生を生きてきた自負がある。

 

 ただ、これからの事をどうするか。

 そんな事を理性的に考えている、自分がいる。 

 

 ……こういう時、ドラマや映画に出てくるような乙女であれば泣き叫んだり、悲しみにくれたりするのだろう。だがつくづく自分は、そういった物とは程遠いのだと感じる。

 愛らしく打ちのめされて見せなければ、物語も進まないし、王子様だって助けに来ないでしょうに。

 けれど、経験則として。たとえ泣こうが縋ろうが、自分の元にそんな物が来てくれた事など、一度もなかったから――――

 

 

「あらジョン。お元気?」

 

 そしていつものように、メディアはご近所さんの家までたどり着く。

 普段よりずいぶんと早い時間ではあったが、そんな事は構わずにジョンは尻尾を振って喜んでくれる。メディアもそれに答え、ワシャワシャと背中を撫でてやる。

 

「今度一緒にロードワークに行きましょうか?

 高田の奥さまにお願いして、お前と散歩させて貰えるよう頼んでみるわ」

 

 それを知ってか知らずか、ジョンは更に尻尾をブンブン振って、喜びを表している。

 

 

「楽しみにしててねジョン。

 お前は殿方なのだから、ちゃんとエスコートするのよ?」

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

「メディアさん!? 聞きましたよ!

 今度世界王者と対戦なさるのだとか!」

 

「……あっ」

 

 自宅に戻り、玄関を開けた途端、そこには一成の姿があった。

 

「あぁ……何と言う事か。こういう時に衛宮が居てくれさえすれば、

 栄養ある食事や、格闘技の事で知恵を貸してくれるというに!」

 

「……あの、えっと……一成くん?」

 

 頭を抱え、オーマイゴッドとばかりに天を仰ぐ一成。彼は仏教徒ではあるが。

 

「この事は、宗一郎兄さんにはお話をしたのですか?」

 

「いえ……。これから話そうと思っているけれど……」

 

「……そうですか。いや自分は門外漢ではありますが、

 今回の事が、メディアさんにとって

 とても大きな挑戦だと言うのは分かるつもりです。

 家事は確かに大切ですが、しばらくはボクシングの方に集中なさると

 良いでしょう。自分も協力しますし、寺の者達にも頼んでおきますので」

 

 

 おぉ衛宮、何故行った。やはりお前が居ないと……。

 そう呟きながら、ヨロヨロと一成くんが去っていく。

 

「…………えっと、ただいま……一成くん……」

 

 その背中に向けて、メディアも呟いた。

 

 

………………………………………………

 

 

「今日、あのジムを退会してきました。

 先ほどランサーへ連絡を入れ、『今度の試合には問題無い』

 との返答を頂きました。何かあれば、協力をするとも」

 

 メディアは今、宗一郎に報告を行っている。

 彼の自室にて向かい合って座り、お互い真剣な表情で相手を見据える。

 

「新たなジムを探す事も考えましたが、次の試合までは時間もなく、

 今は極力煩わしい想いをしたくはありません。

 ですのでジム探しは試合の後にし、

 今は自分なりにやってみようと思います」

 

 此度の試合の事、そして今日の出来事を簡潔に伝えるメディア。

 それに対して宗一郎は、ただ一言「そうか」とだけ。いつものように、言葉少なく返答する。

 

「知っての通り、バゼット・フラガ・マクレミッツは強敵だ。

 だがお前の思う通りに、やってみると良い」

 

 そう伝え、宗一郎は強く頷いてくれた。

 

「……あっ、あの。

 宗一郎は……私を応援して、くれますか……?」

 

 思わず、メディアの口をついて出た言葉。言うつもりなど、更々無かった言葉。

 しかし、弱さが溢れ出てしまった。彼の親愛を称えた瞳に照らされ、気持ちが外へと溢れてしまった。

 それに対し、至極当然といったように答える、宗一郎。

 

 

「――――無論だ。お前の力を、私は信じている」

 

 

 

 

 

 

 …………自分で求めておいて、なんだけれど。

 

 いったいこの人は……、どこまで私に幸せをくれたら、気が済むのだろう。

 

 どれだけ幸せにしてくれたら、気が済むのだろう。

 

 

 その言葉だけで、戦える。

 いつだって、誰とだって、戦える――――

 

 今も、昔も。その言葉だけで。

 ランサーはああ言ったが、自分のしている事に、今も大差はないのかもしれない。

 

 “自分磨き“、みたいな言葉が現代にはあるが……。

 もし自分が頑張る事で、少しでも彼に見合う女となれると言うのなら……。そういうのも今は、悪くない気がしている。

 

 随分と、意識の高い系の話だけれど……。

 自分のボクシングにそんな高尚な理由など、ありはしないのだけれど……。

 でもそんな風にあれたなら……、それもきっと嬉しい事だと、メディアは思うのだ。

 

 

 おもわずガバッと抱き着いてしまい、その後はジェットコースターのように、流れに身を任せてしまった。

 でも試合が近づいてきたら、こういう事も控えなくちゃいけなくなるのだし……。だから今日くらいは良いんじゃないかな~とか、メディアは言い訳した。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 まだ辺りが薄暗い、日の出の時間。メディアはいつもの練習着に身を包み、入念にストレッチを行う。

 

 朝の空気はとても澄んでいて、胸いっぱいに吸い込めば澄み渡る心地がする。

 そして準備運動を終えたメディアが、誰も居ない寺の山門から駆け出していく。

 日課である、朝のロードワーク。次第に身体が目覚めていく感覚を、メディアは感じていた。

 

 山門を下り、橋を渡り、住宅地を抜けて、冬木の商店街へ。

 未だ大半の店はシャッターが閉まっているが、お魚屋さんなど一部の店は既に準備にかかっている様が見て取れる。

 そしてメディアのお目当ては、いつものパン屋さんだ。朝にあのパン屋さんの傍を通りかかれば、とても良い香りがするのだ。非常に楽しみな事だ。

 空、景色、草花、パンの香り。そんな小さな幸せを集めて走る事が、メディアは好きだった。

 

 

「……待ってたよ。

 悪いんだけどさ……、ちょっと顔貸してもらえるかな?」

 

 

 そろそろパンの香りがしてきたかという頃……。いつもの店の前で、間桐慎二がメディアを待っていた。

 

 

………………………………………………

 

 

 

「 アンタ何考えてんだよ! バゼットだぞ!?

  この前僕らの家で、凄いよなって話してたトコじゃないか!! 」

 

 

 朝の公園。誰も居ないブランコや滑り台に囲まれた中で、慎二がメディアを問い詰める。

 

「それが何でアイツと勝負する事になるんだよ!

 勝てるワケない!! 世界王者だぞ!?

 アンタもボクサーなら、それくらいわかるだろ!!」

 

 慎二の怒声が辺りに響く。いつも桜にするようなの声ではなく、どこか怒りと共に狼狽えのような感情が混じっている。

 

「……耳が早いのね坊や。

 宗一郎にだって、昨日言ったばかりなのに」

 

「そんなのもう、街中に知れ渡ってるんだよ!

 僕だけじゃない……、桜だってアンタを心配してる!!

 怪我でもするんじゃないかって、ずっとオロオロしてる!!」

 

 それに対し、落ち着いた声で返答をするメディア。

 この少年はシニカルなようで、意外とウェットな所もあるのだなと、そんな事を考えていた。

 

「ボクサーなんだ……そりゃ怪我したりするのは、仕方ないよ。

 でも何の為に怪我するんだよ! 勝てもしない相手じゃないか!!

 あんなヤツと戦おうなんて、どうかしてる!!」

 

 真面目に話を聞いてはいるものの……、さっき“どうかしてる“という言葉にすごく既視感を感じたのは何でだろう?

 私の知り合いにそんな口癖の人物いたかしら? メディアは頭の片隅で考える。

 

「なぁ、馬鹿らしいよ……。誰かにやらされてたりするのか?

 もしそうなら、どうでもいいじゃないかそんなの。辞めちゃえよ……」

 

「………………」

 

「言っとくけど……、恥かいて終わりだぞ。

 痛い思いして、みんなに笑われて……それで終わりなんだよ。

 TV中継も、大きな舞台も、かく恥が増えるってだけさ。

 芸能人じゃないんだ。名声なんてそんなの……、欲しくないだろ?」

 

 慎二の声が、だんだんと萎んでいく。それはまるでメディアではなく、自分自身が皆に笑われているかのように。

 アンタが馬鹿にされるのが嫌で堪らない……、それが痛い程に伝わってくる。

 

「他人が何を考えているかを気にするのは、とっくの昔にやめたわ。

 自分で、物事を考える」

 

 だが、メディアがそれに頷く事は無い。

 もう決めたから。後はそれに向かい、走るだけだから。

 

「そんな事言ったって……アンタの事だけじゃないだろ……?

 桜だって悲しむ……、アンタに何かあれば、アンタを大好きな桜だって!!」

 

「………………」

 

「そりゃアンタは英霊で、第五次だって今までだって、

 ずっと勝ってきたのかもしれない。知らないのかもしれないよ。

 ……でも、惨めだぞ。負けるのは。

 お前なんか要らないって……、世界中から言われてる気がするんだ。

 無価値だって、必要ないんだって……全部ぜんぶ! 否定されるんだ!!」

 

 慎二の瞳から、涙が零れていく。

 頑張って、必死に努力して、でも土俵にすら立てなくて。

 それでも必死にあがいて、無様を晒し、迷惑をかけ、ついには叩きのめされて。

 そんな彼の想いが、伝わってくる。

 

 

「…………やめろよ、試合なんて。

 ピエロだ……。ピエロになるだけだよ……」

 

 

 男の子が、ポロポロと涙を流している。

 人前でそんな事、きっとしたくないだろうに。それでも自分の事を想い、必死に語り掛けてくれている。

 メディアはその気持ちを、ひしひしと感じている。

 

 ……少しだけ俯いた後、メディアは顔を上げる。

 そして真っすぐに、慎二の顔を見据えた。

 

「……桜さん、本当に良く笑うようになった。貴方のお陰ね」

 

「…………えっ」

 

「最初会った頃は、消し飛ばしてやろうかと思ってたのに……。

 良いお兄さんになったじゃないの、慎二くん」

 

「…………あ………」

 

 柔らかな微笑みが、慎二を照らしている。

 何も言う事も出来ず、ただ黙ってその笑顔を見ていた。

 

「劣等感にさいなまれれば、人にあたり散らしていた。

 困難にぶつかれば、それを誰かのせいに、生まれのせいにしていた。

 ……でも貴方にも、もう分かっているでしょう?

 世の中はいつもバラ色じゃない、それなりに厳しく辛いことが待っている」

 

 やがてメディアの表情から、微笑みは消える。

 その瞳は真剣さ、そして厳しさを称える。

 

「魔術の才が無かったから、何? 一度無様に負けてしまったから、何?

 貴方はこれまでも必死に努力し、そして抗ってきたわ」

 

 

「 自分の価値を信じるなら、迷わず前に進みなさい! 決してパンチを恐れず! 」

 

「 他人から目を伏せ、脚をすくませて過去に閉じこもるな!

  それは臆病者のやる事よ! 貴方は違うッ!!

  桜さんの大事なお兄さん! この私の友人よッ!! 」

 

 

 

 

 

 

 しばらくの間、言葉もなく見合っていた二人――――

 

 やがてメディアが、その顔に微笑みを取り戻す。そして慎二の傍を通り過ぎ、再び走り出して行く。

 

「あ、そういえば、いつか言おうと思っていたのだけれど……」

 

 立ち尽くしたままだった慎二が、赤くなった瞳を、メディアの方へと向ける。

 

「“アンタ“じゃない、メディアよ。 葛木さん家の若奥様、メディアさん♪

 これからは貴方も、そう呼んでちょうだいな♪ 慎二くん」

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 

「帰ったか、メディア」

 

 

 ヒーヒーゼィゼィと息を切らせながら山門をくぐると、そこには麗しの夫、葛木宗一郎の姿があった。

 

「……えっ。あの、宗一郎?」

 

「すまない、お前が走りに行く事を知っていれば、

 私も付き合ったのだが」

 

 そんな事を言いつつ、ウムムと唸る宗一郎。

 無表情なのはいつもと変わらないが、その顔はどことなく残念そうに見える。

 

「い、いえいえ! 貴方は今日もお仕事があるのです!

 時間まで、しっかりとお眠り下さいませんと!」

 

「? 何を言っている。昨日伝えていただろう」

 

 はてな? と、決して可愛らしい物ではないのだけど、宗一郎がわずかに首を傾げる。

 そんなレアリティの高い姿を見て、ただただ目を丸くするメディア。

 

「――――“お前を応援する“と、そう伝えたハズだ。

 至らぬ所も多いだろうが、今日からは私がお前を支える。

 私が知りうる技術も、全て伝えよう」

 

 

 

 

 ――――ドクンッと、鼓動が波打った。

 

 気が付けばメディアは駆け出して、そのまま宗一郎に飛び着いていた。

 もう自分が何を言っているのかも分からない。目からは涙が零れ、嗚咽と共に、溢れ出す歓喜が止められない。

 

 

「宗一郎っ……、宗一郎っ……! 宗一郎ぉぉーーっっ!!!!」 

 

 

 遊園地のコーヒーカップみたいに、二人の身体がクルクルと回る。

 それは尻尾を振っているジョンみたいに、おとぎ話のお姫様みたいに。

 私は喜びを表現する。全身で幸せだと伝える――――

 

 幸福。幸福の絶頂だ。

 こんな果報者が、他のどこにいるものかっ。

 

 やがて二人が肩を寄せ合い、共に並んで歩き出していく。

 今日からの日々に備えるべく、メディアは張り切って朝食のメニューを考える。

 

 

 気が付けば、身体が全能感に満ち満ちていた。

 

 私の歯車がガチャリとはまり、一気に動き出していくのを感じる――――

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 

「よぉメディアさーん! 頑張れよぉーー!!」

 

「「葛木さーーん!! 素敵ぃーー!!」」

 

 

 商店街を、駆け抜ける。

 八百屋さん、花屋さん、クレープ屋さんが声援をくれる!

 

「ありがとぉーっ!!」

 

 それに手を振り、私は走る!

 投げて貰ったリンゴをキャッチし、とびっきりの笑顔を返す!

 

 

 

「ほらっ! 上げろ上げろ上げろ上げろぉーー!!」

 

「メディアさぁーーん!」

 

「ふぅんぎぃぃぃ~~~~っっ!!」

 

 桜さんを背中に乗せて、渾身の力で腕立て伏せをする!

 傍ではメガホンを持った慎二くんが、私を応援してくれる!!

 

 

 

「ワンツー! ワンツー!! そこでダック!!」

 

「シッ! シッシッ!!!!」

 

 一成くんの構えるミット目掛け、ひたすら私は拳を打ち込む!

 振るわれた腕をしゃがんで躱し、即座に強烈なフックを打ち込む!!

 

 

 

「はい、いーち!(ドスゥ!)

 にぃーい!(ドスッ!)

 さぁーん!(ドスゥゥ!!)」

 

「ん゛っ! ん゛ん゛っ! ん゛~~~~ッッ!!」

 

 ライダーが、私の腹筋にパンチを打ち込む!

 嬉しそうな顔しやがって! 楽しそうな顔しやがって!!

 でもこれも、腹筋を鍛える為なのよっ!!

 

 

 

「ほら避けろ! 避けろと言っているのだこの戯け! 避けろっ!」

 

「ひぃっ! ちょ……! あっ、貴方ぁーーッ!!」

 

 アーチャーが、投影したテニスボールを次々と投げてくる!

 パンチを躱す訓練だけれど、貴方たまに刃物投げてきてるじゃないの!!

 

 

 

「どうした女狐? もうへばったか?

 どうだ、こちらに来て茶でも飲まぬか?」

 

「お黙りなさい、このでくのぼう! どっか行きなさいな!!」

 

 丸めた布団を、サンドバッグ代わりに殴る!

 傍で寝っ転がっているアサシン小次郎が、私を盛大に煽ってくれる!

 おぼえてなさいよ後で!!

 

 

 

「引くのよキャスター! 馬車馬のように! 貴方は今お馬さんなのよ!」

 

「ひぃぃ~~~んっ! ん゛いぃぃぃ~~~~っっ!!」

 

 ソリに乗ったバーサーカーを、馬車馬のように引かされる!

 足腰を鍛える、鍛えるの! でもピクリとも動かないのだけれどこの野蛮人は!!

 

 

 

「いってらっしゃいメディアさん~。ジョンも頑張ってくるのよ~」

 

「いってきます高田の奥さま! ちょっとお借りしますねー!!」

 

 そしてジョンと共に、河川敷をランニングする!

 通りすがる奥様方にも、笑顔で挨拶を!!

 

 

 

「――――鞭だ、しなやかに打つ鞭のイメージだ。

 腕の力を抜き、当てる瞬間に力を収縮させろ」

 

「はいっ、宗一郎!!」

 

 そして宗一郎の指導の元、この左腕にフリッカーの動作を叩きこむ!

 何百、何千と素振りを繰り返し、憧れだったスタイルで力いっぱい動く!!

 フリッカー、フリッカージャブ。

 ……いや、私の拳は“蛇“だ! 相手に喰らいつき、決して離さない毒蛇だ!!!!

 

 

 

「はっ……! はっ……! はっ……!」

 

 お寺までの階段を、全力で駆け上がる!

 いつも登れば息切れしていたそれを、今はダッシュで駆けあがっている!!

 

「はっ……! はっ……!! はっ……!!!」

 

 身体が軽い、羽のように軽い!

 飛ぶように跳ねて、私が前へと進んでいく!!

 

「はっ……! はっ……!! ――――――ッッッ!!!!」

 

 ラストスパートとばかりに、一気に階段を駆け上がる!!

 眩しい方へ、光の差す方向へ! 私は一気に、ゴールへとたどり着いた!!!!

 

 

『 バゼットォォーーーーーーーーッッ!!

  バァァゼッットォォオオオーーーーーーーーッッッ!!!! 』

 

 

 太陽に向けて、私は両手を振り上げる――――

 そして天を仰ぎ、腹の底から、思いっきり雄たけびを上げる!!!!

 

 

 

『 バァァァゼッッットォォォォオオオオオオオオーーーーーーッッッ!!!!! 』

 

 

 

 

 

 

 

 愛しい敵を。

 最高の相手の名前を。

 

 

 私は叫ぶ――――

 

 私がここにいる事を、彼女に示すように――――  

 

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 

「は~い彼女っ! お茶でもしないかしら?」

 

 

 桜が今日の勤務を終えてパン屋さんから出てみれば、そこにメディアの姿があった。

 

「お仕事ごくろうさま。

 せっかく会えたんだし、私とデートでもしませんこと?

 お姉さんがご馳走してあげるわよ♪」

 

「メディアさん……ありがとうございますっ」

 

 二人並んで大通りを歩いていく。街はクリスマスムード一色、イルミネーションがとても綺麗だ。

 

「練習帰りですか? 今日はイブなのに」

 

「ふふ、みんなにとってはクリスマスイブ。私にとってはただの木曜日よ♪

 ただ、少しはこうして息抜きもしないと」

 

 そう言って、喫茶店の扉をくぐる。

 あーだこーだ言いながら、二人で一緒に、少し早めのケーキを選んだ。

 

「この前のTV、観ました。

 メディアさん、すごくかっこ良かったですっ」

 

「そう? まぁ元々は反英雄とか言われてた私よ。

 あの位は……まぁね?」

 

 そう、先日メディアは、1月1日に冬木で行われる試合の記者会見に出席していた。

 まるで世界戦かのような沢山の記者達に囲まれて、バゼットと共に意気込みを語ったりインタビューを受けたりして来たのだ。

 

『この地で試合をする事が出来、大変嬉しく思います。

 冬木の皆さんに、私達のファイトを楽しんで貰えればと』

 

 そんな風に笑顔で質問に答えたバゼット。それに対して、メディアの返答はこうだ。

 

『何だかやる気が無いみたいだし、今回の試合、私が勝ってしまうかも。

 もしそうなったらごめんなさいね?

 王者のファンの皆様に、今から申し訳ない気分だわ』

 

 青筋を立てるバゼット、涼しい顔のメディア、爆笑するランサー。それに加えて無表情の宗一郎と、4者4様の何とも言えない絵だったように思う。

 

「チョロチョロ動かれるよりも、怒って打ち合いをしくれた方が

 有難いかな~とか思ったのだけれど……。はしたなかったかしら?」

 

「あはは……」

 

 口元に指を添え、う~んと考えるメディア。桜は苦笑いを返すしかない。

 

「すごいと思う……メディアさんは。私だったら、きっと震えてます。

 世界チャンピオンどころか、誰かと戦う事だって……」

 

「そんな大層な事でもないわ。好きでやってる事だもの。

 それに私、別に怖くないなんて、言ってないけれど?」

 

「……えっ」

 

 茶目っ気のある微笑みで、メディアが桜を見つめる。

 

「怖いなんて、恥ずかしがる事じゃないわ。

 恐怖は、ボクサーの親友よ。それが感覚を研ぎ澄ましてくれる」

 

「どうやってコントロールするかがコツなのよ。

 ……恐怖は胸の奥で、絶えず燃えている。

 その炎に焼きつくされず、うまく使ったものが勝つのよ。きっと」

 

 オレンジジュースをズズズっと飲みながら、なんでもない事のようにメディアは言う。その姿を見て、桜は少しだけ俯く。

 

「やっぱり……すごい。メディアさんは凄いです。

 わたし、いつも『メディアさんみたいになれたら』って。

 幸せそうなメディアさんも、かっこ良いメディアさんも、

 全部ぜんぶ、わたし憧れてて……」

 

「ん? 私はむしろ、桜さんに憧れてたりするわよ?」

 だって優しくて、愛らしくて、家庭的で……。

 女の子らしい魅力を沢山持ってるわ、桜ちゃんは」

 

「…………」

 

「私は思った事はズケズケ言うし、可愛げなんてないし、

 家庭的とは……残念ながら言えないわ……。

 桜さんみたいになれたらって、よく思ったりするもの」

 

 自分の良い所は、自分では見えないように出来ているらしい。

 だからこの少女は、いつもどこか自信なさげ。そこも愛らしかったりするのだけれどと、メディアは思う。

 

「私は意志が強く、行動力はある。けれど誰かを癒せるような力は無い。

 貴方は少し怖がりで、シャイな所がある……。

 けれど人の痛みが誰よりも分かる、優しい心を持ってるわ」

 

 ……なんだか片割れみたいね、私達。

 結婚出来たら良かったのになんて、メディアは苦笑した。お互い想い人は居たりするけれど。

 

「お料理を教えて貰ったり、こうして私に幸せをくれたり……。

 お世話になってばかりだな~って、正直思ったりするのよ」

 

 目をまん丸に開き、ぱちくりとしている桜。そんなこの少女の事を、メディアはとても愛おしく想う。

 

 

「だから貴方が望むなら、私が貴方の力になる。

 …………知ってる? おとぎ話にあるように、

 “魔女“というのは、頑張ってる女の子の味方なのよ?

 その手を引いて、どこへでも連れ出してあげるわ。私のシンデレラさん?」

 

 

………………………………………………

 

 

 雑貨屋を覗いたり、綺麗な服を見たり、少し勇気を出してゲームセンターに行ったり。

 手を繋ぎ、沢山遊んだ。たくさん二人で笑い合った。

 

 途中プリント機で写真を撮ったりしたけれど、まごう事無き乙女と人妻な自分が一緒に撮る事には、さすがに少し躊躇した。

 だが心から楽しそうな桜の表情に、えーい行ったれと勇気を出して入った。女は度胸なのである。

 

 少し辺りが暗くなってしまった帰り道も、仲良く手を繋いで歩いた。

 慎二に心配されぬよう、メディアは間桐の家まで送りとどけていく。その道中も、二人でたくさんの話をした。

 花が咲くような、桜の笑顔を、メディアはその目に焼き付ける。

 

 

「試合、来てね。久しぶりに頑張っちゃうから」

 

「はい……、メディアさん」

 

 

 別れ際、桜と抱擁を交わす。

 万感の想いを込めて、ギュッとお互いを抱きしめた。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 

 

 

「さてさて、ついに明日になっちゃったワケだけど……。

 どうしたモノかしらね、ジョン? どう思う?」

 

 試合を翌日に控え、今日は完全な休息日。

 ただ何気なしに外を出歩き、そしてせっかくだからと、ジョンと散歩に来てしまった。

 

「お前も手伝ってくれてありがとうね、ジョン。

 本当は特等席で観て貰いたいのだけれど……。許して頂戴ね?

 お前には私が、後で直接解説してあげるわ」

 

 尻尾をブンブンと振り、機嫌よさげなジョン。その顔は明らかに、笑っているように見える。

 

「あら? 馬鹿な事したって、私を笑ってるの?

 世界王者と戦うなんて、無謀な事をって?

 ……確かに私もそう思うわ……。今だってそうなのよ、実際」

 

「……ただね? こればっかりは、もうね……。

 仕方ないかな~って、そう思ってる」

 

 ジョンの頭を撫でてやりながら、メディアはここではない、どこか遠くを見つめる。

 

「――――自分自身に、借りがあるの」

 

「以前の私は、屑のような女だったわ。

 桜ちゃんとは違う……。ただこの身を嘆き、世を呪っているだけの女」

 

 浮かんでくるのは、過去の自分。誰かと笑っていた記憶など、ひとつもありはしない。

 

「負けるわ。私は勝てない……。あの世界王者には」

 

「でも負けたっていい。頭をかち割られたっていい。

 最後までやるだけよ」

 

 拳を握り、それをじっと見つめる。

 今まで数えきれない程、何度も何度も握ってきた拳を――――

 

 

「試合に負けようと、そんなのは大したことじゃない。

 …………判定に持ち込みたいの。

 今までバゼットと戦って、判定まで持ち込んだ者は一人もいない」

 

「だから私が判定までいって、試合終了のベルが鳴った時、

 私がまだ、リングに立っていられたら……。

 私がただの哀れな女じゃないって、証明できるの――――」

 

 

 

…………

……………………

………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 拳をテーピングで固め、その感触を確かめる。

 手のひらに拳を打ち付けるパシッという音が、控室に響く。

 

 顔にワセリンを塗り、点鼻薬を差す。医師から軽い診断を受けた後には、腕などにマッサージをしてもらった。

 

「ん~……。 私このガウン、ちゃんと似合ってるかしら?」

 

「カッコ良いですよ。衛宮が向こうで仕立てて送ってくれた物ですから。

 バッチリ決まってますとも」

 

 鏡の前でポーズをとっているメディアに向かい、一成がウンウンと頷く。さすがは衛宮の仕事だと、彼もどことなく誇らし気だ。

 今この場にはメディアを始めとして、本日セコンドを務める宗一郎と慎二、そして一成と桜がいる。

 今日この日に至るまで、彼らは独自にボクシングやセコンドの事を勉強し、メディアを支え続けてくれた。

 そして桜もこの会場に駆けつけてくれた。ボクシングの試合はとても刺激的だし、メディアが殴られる所を見るのは耐えられないとは言ってはいたものの、この控室で帰りを待っているという。

 桜がここで自分を想っていてくれる。それだけでメディアの身体に力が湧いてくる。

 

「時間だ。行くぞ、メディア」

 

「はい、宗一郎」

 

 静かに決意を固め、椅子から立ち上がる。そして慎二と宗一郎を伴い出入り口の方へと歩いて行く。

 

「行ってくるわ桜さん。幸運を祈っててね」

 

「はい、メディアさん。……幸運を」

 

 最後に後ろを振り返り、メディアが桜に笑顔を見せた。

 

「……やっぱファンデくらい塗った方が良いかしら? TVに映るのだし」

 

「ふふっ。……幸運を、メディアさん」

 

 いつもパン屋さんに来てくれる時みたいな、そんな普段通りの姿を見せて、メディアは出かけて行った。

 

 

………………………………………………

 

 

 

『皆さんこんばんは。本日はここ“冬木ギルガメッシュアリーナ“より、

 王者バゼット・フラガ対、葛木メディアの一戦をお送りします。

 解説の言峰綺礼さん、本日はよろしくお願いします』

 

『よろしくお願いします』

 

 

 実況席の二人から王者バゼット、そしてメディアの戦績などの情報が語られていく。

 やがて満員のギルガメッシュアリーナの会場にアナウンスが流れ、Fate/stay nightのOPに乗って、入場口からメディアの姿が現れる。

 観客席では冬木商店街の皆さん、顔見知りの奥様方が声援を上げ、そこにはメディアが所属していたジムの仲間達が横断幕を掲げている姿もあった。

 それに対し、メディアが笑顔で拳を掲げて答える。

 

 その後、会場にFate/hollow ataraxiaのテーマ曲が鳴り響き、入場口から王者バゼットの姿が現れる。

 以前は冬木でバイトだのティッシュ配りだのをしていた経験がある彼女。その人気はメディアに引けを取らず、大声援を持って観客に迎えられた。

 

『言峰さん、今日のバゼットの表情が、なにやらいつもより

 険しいような感じがするんですが、どう思われますか?』

 

『そうですね、先日の記者会見での事が、

 尾を引いているのかもしれません。

 世界戦に勝るとも劣らない気迫を感じます』

 

 リング上、手を振って声援に答えてはいるものの、人を殺せそうな目つきのバゼット。綺礼もニッコリだ。

 

「えらく豪華なガウンね。彼女あんな派手好きだったかしら?」

 

「いつもスーツ姿の印象しか無いもんな。

 なんか優等生がはっちゃけてるのを見てるみたいで、いたたまれないよ」

 

 そんな事をのほほんと話すメディアと慎二。

 そしてバゼットがこちらに拳を向け「魔女狩りだ! 3ラウンド! 3Rで決着だ!」と喚き散らす。恥ずかしいから止めろとランサーに手を引かれ、ズルズルコーナーに下げられいくが、その間もずっとギャーギャー喚いていた。

 

「確か“精密機械“とか“クレバー“だとか

 言われていたように思うのだけれど……彼女」

 

「食生活も適当だし、カルシウム足りてないんじゃない?」

 

 引き続き、のほほんと話をするメディア陣。食事はなにより大切だという意見には、宗一郎も大いに賛同してくれた。近年メディアの作るご飯は、とても美味しいのだ。

 

 自陣のコーナーに引き上げてからも、バゼットは観客へのアピールに余念がない。なにやら倒すだの殺すだのといった言葉が聞こえてくるが、その姿も彼女がやると、どこか微笑ましい物でしか無い。観客もメディアも、それを生暖かく見守る。

 

「ほら! 手を出しなさい! 手を!」

 

「?」

 

 リングの中央、レフリーにルールの確認を受けた後、バゼットがメディアにそう要求する。

 

「――――フンッ!!」バチーン!

 

「…………」

 

 そして勢いよくその手にグローブを振り下ろしてから、フンスフンスと自陣へと引き上げて行った。その姿にランサーも頭を抱えている。

 

「……バゼット、分かってんな?

 とりあえず1ラウンド目は様子見だ。軽く左でも打って流してけ」

 

「分かってますそんな事は! せいぜい遊んでやりますよっ!」

 

 

「メディア、お前の思う通りにやると良い。ここで見ている」

 

「ありがとうございます宗一郎。行って参ります」

 

 

『――――ラウーンド、ワーン! ……ファイトッ!!』

 

 

 

 メディアとバゼット、両者が一気に中央へと駆け出す。

 今、二人の試合開始のゴングが、打ち鳴らされた。

 

 

………………………………………………

 

 

『さて言峰さん、言峰さんからご覧になって、

 両者の立ち上がりはどうですか?』

 

『そうですね、王者は左を上手く使い、常に円を描いて

 葛木選手の左に回っています。

 激昂していたかに見えましたが、今は脚を軽く使っての

 冷静な立ち上がりだと思います』

 

『対してメディア選手は、打たれながらもジリジリと前に

 進むという、愚直さを感じますね。

 時折手を出してはいますが、それを王者は軽く捌いています』

 

 開始直後から、面白いように王者の左が刺さる。蝶のように軽快にステップを踏み、リングに円を描いてジャブを放っていく。

 その度にメディアの頭が音を立てて跳ね上がるが、メディアは足を止めずにジリジリと距離を詰めていく。しかし時折放つ反撃の拳は、全てバゼットに軽く躱されてしまう。

 即座に左を返され、そのままジャブの固め打ち。お手本のようなアウトボックスでメディアを翻弄していく。

 

 舞うようなステップのバゼットに対して、前傾姿勢のベタ脚で低く構えるメディア。

 同じデトロイトスタイルの構えではあるが、その姿は対照的だ。鳥と牛ほどに動きに差が見られた。

 

 腕を上げてガードを固める事なく、成すすべもないまま次々とジャブを刻まれていく。それでもメディアが相手から目を逸らす事は無い。その眼光は常にバゼットへと向けられていた。

 

 こんな物かと、バゼットが薄く笑う。

 大口を叩いておいてその程度かと、薄く笑みを浮かべる。

 普段のクレバーな彼女であれば、それはあり得ない行動。しかし先の会見での出来事、そしてメディアという良く知った相手であった事が、彼女にそうさせた。

 

 軽く流すように外から左を刻んでいたバゼットは、警戒する必要は無いとして、右の拳を繰り出し始める。

 瞬時に間合いを詰め、大砲を一撃。その後即座に間合いの外へと退避し、再び左を刻んでいく。

 面白いように直撃していくその繰り返しに、早くも客席に不安の色が浮かぶ。

 一方的。あまりにも一方的な試合だ。

 バゼット強し、ではなく。これは猫がネズミを嬲っている、そんな光景に見えた。

 

 ほら、どうした? かかって来なさい。

 そんな想いが透けて見えるかのようなバゼットの軽く放った拳が、次々にメディアの頭部を捉える。

 

 どうした? どうしたのです? そんな物ですか?

 打撃音が響く度、メディアの顔が跳ね上がる度、バゼットの口元が愉悦に歪んでいく。

 ほら! どうしたの! しっかりしなさい!

 左、左、右、左。メディアが大きくぐらつき、その顔に苦悶の表情が浮かぶ。

 

 ほらっ!!!!

 おもわず放ってしまった、渾身の右。愉悦と共に打ってしまった、当たれば終わってしまう破壊力を乗せた拳。

 

 それをかいくぐり、メディアの拳が直撃した――――――

 

 

………………………………………………

 

 

「 うおぉぉおおおっ!!!! おおおおおっっっ!!!! 」

 

 リングサイドで、慎二が思わず雄たけびを上げる。

 

「おおっ!! おぉーーっっ!!」

 

「……っし!!!!」

 

「やったぁーーー!! メディアぁーーーっ!!!」

 

 テレビを見ていたライダー、アーチャー、そしてイリヤが歓声を上げる。皆そろってガッツポーズする。

 今画面には、マットに倒れ伏す王者の姿があった。

 

 

『 ワーン! ……トゥー! ……スリー!! 』

 

 ヨロヨロと起き上がり、何が起こったのかが理解出来ない様子のバゼット。目を見開き、信じられないといった表情でキョロキョロ辺りを見回している。

 倒れた……? 何故……? 私が……!?!?

 レフリーに促されてファイティングポーズを取る。しかしその動揺からは未だに抜け出せない。

 

「 バカ野郎ッッ! 間合い取れバゼットぉぉッッ!!!! 」

 

 ランサーの声を聞き、ハッとした顔で我に返るバゼット。

 クラつく頭。

 受けた衝撃の余韻。

 倒れる前に聞いた、信じられないような重い打撃音……。

 そんな事を今、考えている余裕は無い。

 

 ――――メディアが来ている!

 ――――――メディアが頭を低くし、こちらに突っ込んで来るッ!!

 

「――――シッッ!!!!」

 

「ッッ!?!?」

 

 身体ごとロープに押し込まれ、おもいっきり腹を突き上げられる。

 

「シッッ!! シッッ!!!!」

 

「!? ……!?!?」

 

 身体が浮く。何度も何度も腹を突き上げられる。その度に視界が白く染まる。自分がどこにいるのかさえ、分からなくなる。 

 

「 あああぁぁぁあああッッ!!!! 」

 

「!!」

 

 なりふり構わずメディアに組み付き、そのまま力任せに態勢を入れ替える。ロープ際から脱出し、ワケも分からぬまま拳を繰り出す。

 やめろ、離れろ、こっちに来るな。

 そんな想いが透けて見えるかのように、必死にメディアを打ち据える。突き放す。乱打する。

 メディアの頭部が後ろへ吹き飛ぶ。横へ、下へ、左に右に吹き飛ぶ。

 だがその度、即座にメディアが打ち返してくる。

 腹に、脇腹に、顔面に、バゼットの身体が衝撃でブレる。

 メディアが脚を止めない。

 激流のように、押し流すように、愚直に前に出る事を止めない!! 止められない!!

 

「―――ッッ!!!!」

 

「!?」

 

 メディアの顔を押しのけ、破れかぶれの右を叩きこむ。芯を喰って直撃したそれに、メディアの身体がクルリと後ろに反転し、そのまま沈み込む。

 とんでもない音が鳴った。とてつもない感触が拳に残った。それでもメディアがロープにしがみつき、即座に振り向いて! こちらに突進してくる!!

 

「 あああぁぁぁああああっっ!!! 」

 

「 おおぉぉぉあああっっ!!!! 」

 

『……終了ッ! ゴングだ!! 終了だ!! 離れてッッッ!!!!』

 

「 あああぁぁぁあああ!! あぁぁあああああ!!!! 」

 

 

 乱打されているゴングの音。ラウンド終了を告げるそれに意を解さず、二人が動く事を止めない。相手に飛び掛かろうとするのを止めない。。

 レフリー、そして両陣営のセコンドがリングで入り乱れて選手達を押し止めるが、それでも両選手とも暴れるのを止めない。羽交い絞めにされながらも、獣のように雄たけびを上げる。

 

 

「 バゼットッ!! バゼェーーットッッ!!!! 」

 

「 落ち着けってメディア!! 落ち着けよぉーっ!!!! 」

 

 

 混乱するリング内。力ずくで選手を引きずっていくセコンド。火がついて止まらない両選手。

 そんな光景に、観客は大歓声を上げていた。 

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

「テメェふざけてんのか!?

 何が“遊んでやる“だ! バチバチじゃねぇかッ!!」

 

「分かってます……。分かってるんです私はっ! 冷静ですっ!」

 

「うるせぇんだよバカたれッ!

 ……そんなにやりてぇってんなら、もういっちまえ!!

 やっこさんもやる気だ、ならこっちもその気で行け!

 倒せ! 倒しちまえ! 出来るな!?」

 

「はいっ、やれますっ! 私は出来ますっ!!」

 

「なら行けッ!! 王者だ! お前は王者だバゼット!!」

 

 

 

「良いぞ、効いている。お前の力は通用している。

 やれるぞ、メディア」

 

「はいっ……! いけます……! いけます宗一郎ッ……!」

 

「いいかよメディア! ボディだ! ボディ打つんだよ!!

 ひたすらくっついて、腹を突き上げろ!!

 アイツにもう息なんかさせんなっ!!!!」

 

「えぇっ……! えぇ慎二くんっ……! えぇッ……!!」 

 

 

 セコンドアウトを知らせる笛の音に、メディアが椅子から立ち上がる。

 一度大きく息を吸い込み、ゆっくりとそれを吐き出していく。

 

「行けぇメディア! やっちまえっ!」

 

「行ってこい、メディア」

 

「……はいっ、……はいッ!!」

 

 力強く頷いて、バゼットに向かって駆け出していった。

 

 

…………………

………………………………………………

 

 

 一進一退の攻防が続いた。

 

 アウトボックスを捨て、メディアとの打ち合いを選んだバゼット。小刻みに、時に踏み込んで鋭く打ち込んでいく。その度にメディアの身体がブレ、頭が跳ね上がる。

 

 それに対し、メディアがボディで応戦する。

 打たれながらも前に進み、打撃をかいくぐって懐に入る。ガードされてもお構いなし。ひたすらボディを打ち込み、腹を突き上げる。その度にバゼットの身体が浮き上がり、時にくの字に曲がった。

 

 そして距離が空けば、火の出るような打ち合い。

 お互いの顔面を目掛け、脚を止めて壮絶に打ち合う。 

 

 打ち込む度に汗がミストのようにはじけ、観客席まで重い打撃音が届く。それが何度も何度も繰り返される。

 

 バゼットが3つ固めて打ち込めば、それをチャラにするような一撃をメディアが返す。

 メディアの顔が腫れ、血が滲んでくれば、バゼットの額に嫌な汗が吹き出し、表情に悶絶の色が浮かぶ。

 

 それでも二人は、決して打つ事を止めない。

 

 

「懐に入らせんな! パンチは固めて打て! ヤツに何もさせるな!」

 

「……はいっ! ……はいランサー!!」

 

 

「余裕だ! もう脚にきちゃってるんだよアイツは!! 

 ちょろいぞ!! ぶっ倒しちゃえよ!!」

 

「……えぇ! ……えぇ!! やりますとも!!」

 

 

 4、5、6と、ラウンドが進んでいく――――

 

 

「深呼吸しろオラッ! おら大きく吸って……! ……吐けオラ!

 オラ繰り返せオラッ!!」

 

「……っ~~~~~ふぅーーーっっ! ……ふぅーーーっ!!」

 

 

「隙を待つな、作れ。ヤツの腕を吹き飛ばすつもりで打ち込め。

 パンチが見えんなら、常に身体を振れ。

 全てを躱すつもりで動き、懐に飛べ」

 

「はいっ……! 動く……! ……飛ぶ……ッ!!」

 

 

 跳ね上げるような右を喰らい、メディアの身体が錐揉みしながら崩れ落ちる。だが即座に身体を起こし、よたつきながらファイティングポーズを取る。

 レフリーの方など見もしない。その眼は常に、バゼットへと向いている。

 

 

「いいかメディア! アンタは蛇だ!!」

 

「ヘビ……! 私は蛇ッ……!!」

 

「そうだ蛇だッ! 喰らい付いたら決して放さない毒蛇だッ!!

 噛みついて、締めあげて、獲物を仕留めるっ!!」

 

「噛みつく……! 締め上げる……! 仕留める……ッ!!」

 

「そうだメディア!! その毒はもう効いてるッ!

 アイツはもうフラフラだ!! やれるぞメディア!! 蛇だッ!!!」

 

「蛇だ……!」

 

「 蛇だッ!!! 」

 

「蛇だ……ッ!!」

 

「 蛇だッッ!!!! 」

 

「蛇だ……ッッ!!!!」

 

「 そうだ蛇だ!! 行ってこいメディア!!!! 」 

 

 慎二の目が、涙で滲む。

 ふら付きながらコーナーを出ていく背中に、胸が張り裂けそうになる

 打たれて、打たれて、醜く腫れ上がってしまった顔を見て、涙が出てくる。

 それでも決して、声を出す事を止めない。

 出来ると、やれると、そう応援する事は止めない。

 

 

 8,9、10と、ラウンドが進んでいく――――

 

 バゼットが顔面を打つ。即座にメディアが腹を突き上げる。

 バゼットが右を振り抜く。即座にメディアがボディを返す。

 

 両者が拳を交換する。

 一撃一撃、力を込めて拳を打ち込む

 

 顔面、ボディ。顔面、ボディ。

 

――――――右。

――――左。

 

――顔面。

 

―ボディ。

 

―右

 

腹。

 

 

 

………

……………………

………………………………………………

 

 

 桜が、俯いている。

 ただじっと椅子に座り、その身を固くしている。

 

 遠くから、時折歓声が聞こえてくる。その度に、ピクリと身を震わせる。

 

 この声がする度に、メディアさんが傷ついている。

 メディアさんが殴られる度に、この声が聞こえてくる……。

 

 

 耳を、塞いでしまいたかった。

 そんな気持ちを抑え、ただここで、じっと座っている。

 

 TVをつける事もなく、何もする事が出来ずに、ここでメディアを待っている。

 

 

 

………………………………………………

 

 

 

 第11ラウンドのゴングが鳴る。

 メディア、バゼットの両者が、相手の方へ歩み寄って行く。

 

 ランサーの指示通り、次々にバゼットが左を刺していく。その度に会場に打撃音が響き、メディアの血がマットを濡らしていく。

 

 意識が朦朧とし、飛び込もうにも足が言う事を聞かない。それは王者に、ただ成すがままに打たれる事を示している。

 

「――ッッ!!」

 

 左で顔が明後日の方にずれた瞬間、即座に追撃の右拳が飛んでくる。それに大きくバランスを崩し、メディアはロープにもたれかかる。

 腕は下がり、身体は上に仰け反る。そこを目掛けて、バゼットが追撃した。

 

「フッ!!」

 

 振りかぶった拳が、メディアを捉える。

 

「フッッ!!」

 

 即座に右腕を引き戻し、再び顔面に打ち込む。仰け反ったメディアは死に体となり、完全に天を仰ぐ。

 

「――――フッッ!!!!」

 

 メディアの頭が、後ろに吹き飛ぶ。

 ロープの反動で身体は前へと投げ出され、バゼットの方を通り過ぎ、そのままドサリと倒れ込んだ。

 

 信じられない程の音が鳴った。

 まるで命を刈り取ったような音が、三発目の拳から響いた。

 それをかき消すようにして、爆発したような大歓声が会場を包む。

 

「 よっっし!! よぉおぉぉーーーっし!!!! 」

 

「バゼットォ!! バゼットォ!!」

 

 勝利を確信し、歓喜したバゼットが両腕を振り上げる。そしてらしくもない雄たけびを上げながらランサーの方へと駆け寄っていく。

 やったと、勝ったぞと、そう抱き着かんばかりに喜びながら。親愛なる人の元へ。

 

『 ――――ワァーーン! トゥーー!! スリィーー!!!! 』

 

 会場にカウントの声が響く。それをかき消さんばかりの大歓声。

 素晴らしかったと。凄い試合だったと、そう選手を称えているように。

 

 

 

 

「 もういいんだって!! ……寝てろっ!! 寝てろってメディアッッ!!!! 」

 

 

 そんな慎二の、悲痛な声がする。

 

 誰もが終了を確信していた中。

 メディアがゆっくりと、その身体を起こしていった。

 

 

………………………………………………

 

 

 桜がビクンと、身体を震わせる。

 今、地響きのような大歓声が聞こえる。これまでに無かった、明らかに何かがあったという特別な音が。

 

 気が付けば桜は控室を飛び出し、会場の方へと駆け出していた。

 

 

………………………………………………

 

 

 

 バゼットが、驚愕の表情を浮かべる。

 フラフラになりながら、それでもコーナーにもたれかかって立ち上がったメディア。その姿を、信じられない物を見たように。

 

 目の前にいる相手は、やがてレフリーに促されるままにファイティングポーズを取った。

 それを見て、バゼットは愕然とする。

 まだなのか、まだやれと言うのかと、絶望に近い感情を味わう。

 レフリーの試合再開を告げる声を聞いても、しばらくその場から、身体が動かなかった。

 もうため息すら出てこない。目の前の出来事を信じたくない。正にそんな心境だ。

 

 メディアは未だ、向かいのコーナーにもたれかかっている。まったくその場から動いて来ない。ならば、こちらからそこに行ってやるしかない。

 気分など乗らない重い足取りで、バゼットはメディアの方へと歩いて行った。

 

 

 既に死に体。脚はガクガクと震え、ガードすらもう上げていない。

 それでもメディアはバゼットを睨みつける。まったく目が死んでいないのだ。

 

 もうやめて。勘弁してくれ。そんな気持ちがバゼットを包む。

 そんな目をされたら試合が終わらない。倒れてくれないと、家に帰れない。

 仕方なしに、遠くからパンチを打ち込む。足の死んだ相手に対し、惰性のように遠くから打ち込む。

 それでも拳はなんの抵抗もされず、メディアに届く。

 

「――ッ! ――ッ!!」

 

 ……信じられない。こいつ私を、挑発してる。

 カモンカモンと、手をくいくい動かしてる。

 ズタボロの身体で、そんな血まみれの顔をして。もっと打ってこい殴って来いと、私を煽ってきてる。

 バゼットはもう、心底あきれ果てていた。

 

 ゴスンと、バゼットの右がメディアを捉える。

 ゴスンと、またバゼットの拳が、頭を吹き飛ばす。

 ゴスンと、バゼットの大振りのフックで、メディアの身体が横にずれる。

 

 ――――――次の瞬間、メディアの拳がバゼットを突き上げた。 

 

 

 

「……!?!?」

 

 横にずれた態勢を戻す、その勢いのまま放たれたボディブロー。

 

「!?!?」

 

 そして続けざまに放たれる、胃が飛び出すようなボディブロー。

 

「!?!?!?」

 

 連打、連打、連打――――

 

「―――――シッッ!!!!!」

 

「……ッッ!?!?!?」

 

 

 最後に、ゴスンという破壊音が響いた。

 バゼットの身体がくの字に曲がった瞬間、同時にラウンド終了のゴングが鳴る。

 大歓声に負けぬよう乱打されたそれを聞き、セコンド陣がリングへとなだれ込む。そして脇腹を抑え、倒れ込みそうになるバゼットの身体を支える。

 

 バゼット、そしてメディア。

 二人がよたよたとした足取りで、自陣のコーナーへと連れられて行った。

 

 

………………………………………………

 

 

 

「……目が見えない、の……。……なんとかして……」

 

 

 腫れあがった右目を差し、メディアが慎二に懇願する。

 

「無茶言うなよ……。もう、そんなになってまで……」

 

「……いいから。…………お願い……見えるようにして……」

 

 腫れあがった患部を切れと。血を抜いて腫れを引かせろと、メディアは頼み込む。

 切る事に躊躇するのはもちろん、もう止めようと……もう充分だと慎二は伝えようとする。

 

「少しじっとしていろ。……………………よし、これでいい」

 

 宗一郎が静かに立ち上がり、専用のナイフでメディアの瞼をカットする。そして溢れ出した血をタオルで拭い取ってやる。

 その姿を、慎二が歯を食いしばりながら見ていた。

 

 

「…………止めないで、ね…………宗一郎、慎二くん…………」 

 

「分かっている。行ってこい、メディア―――」

 

「あぁ……。頑張れ、メディア―――」

 

 

 最終ラウンド。

 その開始を告げる笛が鳴り、メディアの背中が、ゆっくりと遠ざかって行った。

 

 

………………………………………………

 

 

 

 会場へとたどり着いた桜。

 今彼女の目の前には、よたよたとリングの中央へと歩いて行くメディアの姿がある。ゆっくりとゆっくりと、メディアがバゼットの元へと歩み寄って行く。

 

 メディアの頭がぶれる。

 横へ、後ろへ、打たれる度にはじけ飛んでいく。しかしメディアは倒れる事はない。それを物ともせずに、前へと進んでいく。

 

 バゼットが左を刻んでいく。しかしその動きに以前のような勢いは無い。ただ近づかれる事を拒んでいるだけの、騙し騙しのような左のジャブ。

 右腕はもう飛んでこない。それは今、バゼット自身の脇腹に添えられているから。

 先ほど、最後のパンチで破壊された脇腹を庇う為、常に守っていなければならなかったから。 

 

「……ッッ!! ッッ!!!!」

 

 それでも王者が動きを止める事は無い。その拳は次々とメディアの頭部へと吸い込まれていく。

 それを意に介さぬように、少しずつ追い詰めるようにしてメディアが前へと進んでいく。

 耐えて、耐えて、耐えて。

 少しずつメディアが、バゼットとの距離を詰めていく。

 

 

「…………メディアさん」

 

 その姿を、桜がじっと見守っていた。

 

 

………………………………………………

 

 

 倒れろ、倒れろ。

 そんな想いが見て取れるような、決死の形相でバゼットが打ち込んでいく。

 

 倒れろ、倒れて、倒れてくれ……。

 もう見る影もない王者の左。それに怯む事無く近寄って来るメディア。

 

 倒れろッッ……!!!!

 まるで恐怖に屈したように、怖い物を遠ざけるかのように放たれた大振りの左フック。それを掻い潜り、メディアのボディがバゼットを突き上げる。

 

「 …………ぐぉっっはぁッッッ!!!! 」

 

 声が漏れる。全ての空気が外に吐き出される。

 バゼットの身体が大きくくの字に曲がる。

 

「 …………ごっっ!! ……ぉおっ…………!!!! 」

 

 二発、三発、四発――――

 次々にメディアがボディを打ち込んでいく――――

 

「 ………………………ぉ…… 」 

 

 最後のボディ打ちで、バゼットの身体が大きく後退する。その背中はロープに押し止められ、棒立ちで仰け反る。

 

「――――シッッ!!!!」

 

 メディアの右が、バゼットの頭を吹き飛ばす。倒れようとした身体がロープに押し戻され、前へと跳ね返る。

 

 

「 ――――――シッッッ!!!! 」

 

 

 再び顔面を捉える、メディアの右。

 大きく振りかぶって放たれたそれが、再びバゼットをロープへと跳ね飛ばす。

 まるで振り子のように、メトロノームのようにバゼットの身体が揺れる。真っ白になった視界の最後に、拳を振りかぶるメディアの姿が映った。

 

 

 

「 ――――――――――――ッッッッ!!!!! 」

 

 

 会場中に響く、大きな大きな音。そんな今日一番大きな破壊音と共に、バゼットの顔が真上を向く。

 

 跳ね飛ばされ、

 膝の力が消え、

 そのまま糸が切れるようにして、身体が前へと倒れていく。

 

 

 

 …………そんなバゼットの、崩れ落ちる身体を。

 

 抱きしめるようにして、メディアがしっかりと抱き留めていた――――――

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『 ――――――試合終了ッッ!! 試合終了ぉぉおおおーーーッッ!!!! 』

 

 

 ゴングが打ち鳴らされる。会場に大歓声が響く。

 リングの中、抱きしめ合うようにして立ち尽くす二人。それに向け、惜しみない声援が送られていく。

 

 鳴りやまない拍手。指笛の音。腕を振り上げる観客たち。

 地鳴りのような音の渦の中、二人はお互いの鼓動、お互いの体温だけを感じていた。

 

 ……やがてバゼットが小さく息を吐き、耳元に口を寄せて、メディアにだけ聞こえる声で呟く。

 

 

「…………リターンマッチは無しです。……もう二度とゴメンだ……」

 

「…………えぇ、私もよ……」

 

 

 

 やがて二人は両陣営によって引き剥がされ、自陣のコーナーの方へと別れて行った。

 

 

…………………

………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ボクシング史に残る大変な死闘でした!

 この試合っ、僅差の判定により…………!!』

 

 

 現在リングアナウンサーが、勝利者の宣言を行っている。

 だがメディアは今、それどころではない。

 

「…………さくら……。桜ちゃん……っ! 桜ちゃあぁぁーーん!!!!」

 

 涙が溢れて止まらない。ガン泣きだ。

 近年まれに見る、ガン泣きであった。

 

 ……もう自分が何をしているのかも分からない。どうなっているのかも分からん。

 ただもう、辛かった! メチャメチャしんどかった! でも精一杯頑張ったのだ!!

 

 桜の顔が、見たかった。

 可愛くて、優しくて、大好きなあの子の。

 早く、今すぐ! 桜の顔が見たかったのだ!!

 

「……ちょ……! 落ち着けってメディア! 桜なら今……」

 

「さくらちゃぁぁあああああんッ!!!! 

 さっ……さ゛!! さ゛くらちゃぁぁあああああああんッッッ!!!!」

 

 慎二に必死こいてなだめられるも、その手を振り切ってまで叫ぶ。

 どこにいる!? どこにいるの!?!? うろうろ! キョロキョロ!

 泣き叫びながら会場に向かって叫ぶ。

 

 

『………………勝者ッ、バゼット・フラガ・マクレミッツ!!』

 

「「「 オオオオオオオォォォォォーーーーーーー!!!! 」」」

 

 

「……さくらちゃ…………さくっ…………!

 さぁぁくらちゃぁぁぁあああああああーーーーーーーんっっっ!!!!」

 

 

 そんな事知るか! 桜ちゃんに会わせろ!! 桜ちゃんの顔を見せてくれ!!!!

 ボロボロの身体で、腫れあがった顔で、ガン泣きしながら桜の名前を呼ぶ。

 ウロチョロおろおろと、桜の姿を探し回っている。

 

 桜ちゃん! 桜ちゃん!! 桜ちゃぁぁぁん!!!!

 その声は、会場まで鳴り響いていた。

 

 

「……メディアさん……。―――――――メディアさんっっ!!」

 

 

 気が付くと、桜は駆け出していた。

 リングの上、自分の名を呼び、子供のように泣いているメディアの元へ。

 

「 メディアさん! ――――メディアさん! ――――メディアさんっっ!! 」

 

 人にもみくちゃにされ、髪は乱れ、リボンはどこかにいってしまう。それでも泳ぐようにしてメディアの元へと走る。

 まるでスヌーピーみたいに上を見上げて泣いている、自分の姉貴分。

 あーあービービーと泣き喚いている、親愛なる人に向かって。

 

「…………兄さんっ!!」

 

「おぉっ! ほら上がれ上がれ!」

 

「行ってやってくれ。妻を頼む」

 

 リングサイドまでたどり着き、セコンド達に声を掛ける。

 早く行って止めてやれと、放り込むようにして桜をリングへ上げた。

 

「……さくらちゃ……!! さくドリアァァーーーーn……

 

「――――――メディアさんっ!!」

 

 その勢いのまま、桜がメディアの胸に飛び込む。

 びっくりしつつもガシッと受け止め、メディアは涙も鼻水をダーダー流しながら桜の顔を見つめる。

 

「…………えっ!? さ゛……っ!

 桜ちゃん!? ……あ゛れっ、いつもの可愛いリボンはどこに……!?」

 

「 メディアさんっっっ!! 」

 

 この場に至って、そんなどうでもいい事を訊くメディア。

 それに構う事無く、再び桜がメディアの胸に飛び込んだ。

 

 ガバッと、ギュッと。

 飛びつくようにして。

 

 

「 ――――――だいすきですっ! メディアさんっっ!! だいすき!! 」

 

 

 

 腫れあがった顔。ろくに見えない視界。立っているのもやっとのボロボロの身体。

 そんな中で、桜の体温を感じる。抱きしめられた感覚を感じる。

 

 柔らかい。暖かい。愛おしい。

 

 幸せその物みたいな女の子を、メディアもそっと抱きしめ返してみる。

 

 

「 だいすき! だいすきですっ! だいすきっっ!! 」 

 

 

 私をギュッと抱きしめながら、桜がピョンピョンと飛び跳ねている。

 その様が愛おしい。その声が嬉しい。

 

 その言葉が、幸せだ――――

 

 

 

「 ――――わ……私も! 私も大好きよ桜ちゃん! 大好きよっ!! 」

 

「 だいすきメディアさんっ! だいすきっっっ!! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眩しいほどのライト。

 

 涙で滲む視界。

 

 ダメージでボヤけた頭。ボコボコの身体。

 

 

 でも、分かる。

 桜ちゃんが分かる。

 

 

 大切な人の、ぬくもりがわかる――――

 

 

 

 

 

 

 

 幸せを、感じる――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――Fin―――

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21.衛宮さんちの今日のごはん(まずい)


【Fate】士郎のメシがまずい。1皿目【stay night】





 

 

 

「やっぱチャーハンはパッラパラじゃねぇとな!

 パラパラのチャーハン以外、俺ぁ認めねぇよ」

 

 ここは冬木商店街のお魚屋さん。

 今チャーハンへの想いを熱弁しているのはクー・フーリンという男だ。

 彼はここ冬木に召喚された槍の英霊であり、このお魚屋さんの店員でもある。エプロンとねじり鉢巻きが妙に似合っている。

 

「最近バゼットや言峰に連れられて中華食いに行く事が多いんだけどよ?

 ……そこで俺ぁ悟ったね。色々と食い比べちゃーみたが、

 美味いチャーハンってのは例外なく米がパラパラしてやがんだよ」

 

 その立ち話の相手は、私ことアルトリア・ペンドラゴン。剣の英霊だ。

 本日は我がマスターより買い物の任を仰せつかり、エコバッグ片手に馳せ参じた次第である。

 

「特に昨日食ったチャーハンなんざ……もう絶品だったぜっ!

 この商店街にある、ありふれた中華飯店のヤツなんだけどよ?

 だが、まぁこれが見事なモンでよ。あれこそがプロの仕事ってヤツだ。

 一度レンゲを入れれば、チャーハンの山がサラッと崩れてく……。

 あんなパラパラのチャーハン、俺ぁ今まで食った事なかったね!」

 

 ランサーは腕を組み、満足そうにウンウンと頷いている。きっと昨日食したというチャーハンの味でも思い出しているのだろう。

 その姿を見ているうちに、なにやら私の脳裏に、ある思い付きが浮かんできた。

 

「ランサーよ、我がマスターの作るチャーハンは、他に類を見ない程のパラパラだ」

 

 私の言葉を聞いた途端、ランサーの目の色が変わる。

 その顔には驚愕と共に、隠しきれない好奇心が浮かんでいるのが見て取れた。

 

「そんなにパラパラが好きならば、一度食べに来ると良いでしょう。

 シロウには私から話しておきますよ?」

 

「まっ、マジかよ!? あの坊主、そんなすげぇチャーハン作れんのかッ!

 ……でも俺ぁ、ちぃとばかしチャーハンにゃーうるせぇぜ?

 おめぇを疑うワケじゃねぇが……、並の一品じゃあ納得しねぇぞ?」

 

「心配いりません。まごう事無き至高のパラパラです。

 あれほどパラパラに作れるのは、世界広しと言えど我がマスターのみだ。

 楽しみにしていると良いでしょう」

 

 注文していた商品を受け取り、私はお魚屋さんを後にする。

 なにやら上機嫌になったランサーにサバだのアジだのをおまけしてもらったので、我がマスターにもきっと喜んでもらえる事だろう。戦果は上々である。

 

「すまねぇなぁセイバー! さっそく明日にでも邪魔すっからよっ!

 坊主にもよろしくなぁ~っ!」

 

 今も背後から、手を振って見送ってくれるランサーの声がする。私もそれに笑顔で答えた。

 

 彼は今、まるで少年のようにパラパラのチャーハンに想いを馳せ、まさに幸福の絶頂にいる事だろう。

 聖杯戦争で争い合った仲とはいえ、ある種の戦友とも言える彼が幸せでいる事は私も喜ばしい。

 

 たとえその笑顔が明日には曇ってしまうとしても(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

『パラパラのチャーハンは美味い。パラパラは最高だ』

 

 私はこの言葉を聞いた時、「この男は何も分かっていない小物である」と感じた。

 パラパラであれば美味しい。パラパラだから美味いなどと……。

 コイツは何も分かっていない。童にも等しい存在であると。

 

 我がマスターの作るチャーハンは、パラッパラだ。

 どこの家より、誰の物より、どんな料理人が作る物よりもシロウのチャーハンはパラッパラなのだ。

 その食感もさることながら、見た目もこの上なく美しい。大変に食欲をそそる一品だ。

 

 ――――――でもそれが美味しかった事なんて一度もない(・・・・・)

 

 一回も無い。いつもマズイのだ。

 ブリテン(イギリス)生まれのこの私ですら、神に祈りながら、何かに縋りながらじゃないと食べられない程にマズイ。

 覚悟を決め、気合を入れ、思考と味覚を騙し続ける事でようやく食べられる一品だ。

 これはランサーの言う、まごう事なきパラッパラのチャーハンであるというのに!

 

「井の中の蛙ですね、ランサー……」

 

 貴方は知らない、この世にはパラッパラなのにマズいチャーハン(・・・・・・・・・・・・・・・・)があるという事を。

 世界を知れ。そして絶望なさい。

 まるで子供のように“パラッパラ“を信じるその心……その幻想をぶち壊します。

 

 私は嘘は言っていない。

 シロウの作るチャーハンは、きっとランサーがこれまで出会った事のないようなパラッパラだろう。

 当日は彼も、喜び勇んでレンゲを握り、口に運ぶ事だろう。

 

 だが私は、それが“美味しい“とは一言も言っていない。

 ただ言っていないだけである。

 

「貴方が想いを馳せる明日こそが、クランの猛犬の命日となるのだ――――」

 

 ランサー、文句は食べた後に聞きます。

 もしシロウのチャーハンを完食する事が出来たなら、どのような罵詈雑言でも謹んでお受けします。

 まさか英雄ともあろう者が、出された物を残すなどという無作法はしませんね?

 

 サバとアジをおまけしてくれた、優しい貴方に感謝を。

 だが衛宮の家に住むこの私に対し『料理が美味しかった』などと話をする事が、一体どういう事なのか……、その身をもって知るが良い。

 

 

 …………なにより私は、まずは今日を超えなければならない。

 明日の事などを気にする前に、まずは今日という日を生き残らねばならないのだ。

 

 王にも民草にも、時という物は平等に進む。

 だが時折私は「時なんて、止まってしまえばいいのに」と思う。

 私は毎日の、午後6時半という時刻(・・・・・・・・・・)が、怖い――――

 

「くっ!? ……静まれ、静まれ私の両足ッ……!!」

 

 足がガクガクと震える。

 まるでこの身体が、衛宮の家に帰る事を拒んでいるかのように。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「今日はセイバーの好きなカレーだぞ。たくさん食べてくれな」

 

 愛しのマスター、シロウによって料理が運ばれてくる。

 行儀よく席に着いていた私は、いま目の前に置かれたカレー皿を見つめる。

 暖かな湯気が立ち、食欲をそそる良い匂いがする。思わずお腹が鳴ってしまいそうだ。

 

「やっふー♪ 今日はカレーなのね士郎! お腹いっぱい食べちゃうわ!」

 

「私せんぱいのカレーだいすきですっ! いつもありがとうございますっ!」

 

「お、良い出来じゃん! さすがは衛宮って感じかな」

 

 ヒャッホーイとばかりに喜ぶ、凛と間桐兄妹。料理を作ってくれた士郎に対し、とびっきりの笑みで感謝を伝える。

 それに対して、桜の横に座るライダーは静かだ。それになにやら覚悟を決めるような悲痛な雰囲気を漂わせている。

 もちろんこれは、シロウには悟られないようにだ。

 

「おう、お粗末さま。

 それじゃあ俺、いまから柳洞寺まで行ってくるよ。

 今頃アサシンも腹を空かせてると思うし、早くカレー持ってってやんないと。

 いつも通り、みんなは先に食べててくれな」

 

「おっけーよ士郎! 車に気をつけてね!」

 

「お疲れ様ですせんぱいっ。ステキですっ!」

 

「寄り道するんじゃないぞ! 後でモノポリー大会するんだからな!」

 

 皆にフリフリと手を振って、シロウが玄関に向かう。私は一旦席を立ち、玄関までお見送りに向かう。

 本来ならば私も柳洞寺まで付き添うべきなのだが、シロウの「暖かいうちに料理を食べて欲しいんだ」という要望もあり、この時ばかりはお見送りに徹する事になっている。

 もしかしたらこれは、聖杯戦争を戦ったサーヴァント同士という事で、私とアサシンの両名に気を使ってくれているのかもしれない。

 彼は私のマスターであり、ここの家主でもあるというのに……、その細やかな気遣いに、私はいつも頭が上がらない。

 

「よっし! じゃあ行ってくるよセイバー。すぐ帰ってくるから――――」

 

「はい、いってらっしゃいシロウ。お待ちしています――――」

 

 私は親愛を込めて、ニコリと微笑みかける。シロウも思わず見惚れてしまう程の優しい笑みを、私に返してくれた。

 このやりとりが、私はたまらなく好きだ。暖かな気持ちで胸が満たされていく心地がする。

 

 彼の事が好きだ。彼と共にいられて幸せだ――――

 そんな気持ちを、いつも確認出来るから。

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

「……士郎は行ったわね? それじゃあおっぱじめましょうか……」

 

 居間に戻った私を待っていたのは、悲痛な表情で食卓を囲んでいる4人の姿であった。

 

「今日のメニューはカレー。……カレーなのよ。

 恐らくこれ一皿じゃ、事は終わらない。

 おかわり分を含めて、一人2.3杯は食べないとね……」

 

「わかってます姉さん。覚悟は出来ています……」

 

「それに加えて、今回はカレーという“刺激物“なんだ。

 一応胃薬は準備してるけど、ヤバイと思ったら迷わずに言えよ?

 お前らは女の子なんだ、絶対に無茶するんじゃないぞ!」

 

 マスター勢の3人が、まるで戦地に赴くような真剣さで頷き合っている。

 それもそのはず。今から我らはまごう事無き死地へ向かうのだ。言うなれば我ら5人は、同じ戦場に挑む戦友。鋼の友情で結ばれているのだ。

 

「AEDの準備が出来ました。

 願わくば、これを使う事なく乗り切りたいものです……」

 

 このたび衛宮家の居間には、間桐家遠坂家の協力によりAED(自動体外式除細動器)が導入された。

 これは心肺停止をした者を、音声ガイダンスに従って処置する事により蘇生出来るという優れものなのだ。

 ライダーはまるで看護婦さんのようにAEDの傍に控えている。

 

「具は人参、タマネキ、ジャガイモ、お肉ね……。オーソドックスな面子だわ」

 

「色も普通ですし、匂いもおいしそう……」

 

「なんでこの匂いと見た目でッ、いつも……いつもッ……!」

 

 マスター勢の三人が、もう血が滲まんばかりに拳を握りしめているのが分かる。

 何故? どうして? Why? そんな事を答えてくれる存在はこの場には居ない。

 この戦場に、神は居なかった。

 

「それじゃ……いつも通り僕が先にいく。

 僕のリアクションを見て、各自心構えをしてくれ」

 

「兄さんっ……! 兄さんッ!!」

 

 悲痛な覚悟を持って、スプーンを手に取るシンジ。

「僕が一番アイツと付き合い長いんだ! 僕がやらなくてどうする!」と言い、いつも先陣を切る役目を引き受けてくれるのだ。

 そんな気高い兄の姿に、妹であるサクラの目は涙で滲んでいる。

 

「ハッ……ハッ……ハッ……ハッ……!

 よし、よし、よしッ! ……いくぞッッ!!」

 

 シンジが呼吸を整え、目を見開いてスプーンを見つめる。

 そして気合一閃、勢いよくスプーンを口に入れた。

 

「南無三ッ! ぱくっ! ――――――え゛ん゛っ゛!!!!」

 

 カレーを口に入れた瞬間、それを“噛む前“に仰け反るシンジ。

 まるでバーサーカーにでもブン殴られたかのように、思いっきり〈ガッシャーン!〉とひっくり返る。

 そのあとは白目を剥き、打ち上げられた魚のようにピクピクとし始めた。

 

「 あ゛あ゛ぁ゛……。あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛…… 」

 

「……兄さんっ!? 兄さぁぁーーん!!」

 

「ダメっ、白目剥いちゃってる! 衛生兵っ! えいせいへぇーーい!!」

 

「シンジ! ペッってして下さい! シンジ!!」

 

 あれだけの覚悟で挑んだ男を、一撃で折る――――それ程の威力か! 此度の敵は!

 恐らく彼の意識は今「ま、ず、い」の三文字で埋め尽くされている事だろう。

 たとえ床をのたうち回ろうとも、柱に頭をガンガン打ち付けようとも、それ以外を想う事は決して許されない程のインパクトだったハズだ。

 そうでなければ、人間はあんな風になったりはしない。

 

「……動かないっ!? 兄さんが動かなくなっちゃった!!

 ライダー! ライダァァーーーッッ!!!!」

 

「AEDを使いますっ! 全員離れて下さいッ!!」

 

「慎二!? しっかりしなさい!! 慎二ぃぃぃーーーッッ!!!!」

 

 糸が切れたようにグッタリしたシンジに対し、ライダーがAEDを装着し始める。

 元地母神であるライダーの祈りも虚しく、これで我が家のAEDが使用されたのは実に3度目となる。

 本当に購入してみて良かったと頷き合う一同。これで尊い人命が何度も救われているのだ。

 

「ライダーは引き続き慎二をお願い。…………次は私がいくわ」

 

 慎二の姿にホロリと涙を流しつつ、それでも遠坂凛は雄々しく立ち上がった。

 再び食卓へと向かい、自分のカレー皿と対峙する。その姿をサクラが悲痛な目で見守っている。

 

「食べる……食べるわ。私なら全部食べられる。

 だって私は遠坂凛。“いかなる時も優雅たれ“でお馴染みの、遠坂凛なのよ……」

 

 えへへ……えへへ……と、なにやらリンは怪しい雰囲気を醸し出し始める。

 視線は定まらず、言動も少しおかしくなっていた。

 

「いつも勝ってきた。今日もそうする。こんなの私にかかれば大した事ないの。

 だって士郎の作ったごはんを、私が食べられないハズないもん。

 ……そうでしょう士郎……? 士郎……」

 

 近頃のリンは、これまで毎日のように行ってきたマズメシとの戦いにより、心が崩壊しかかっていた。

 マズメシを一皿食べる度、ひとつ乗り越える度に、その代償として心を壊していったのだ。

 

「士郎の事……好きだわ。 あんな向こう見ずで危なっかしいヤツ、

 私が付いててあげないと、どうなるか分かったもんじゃない。

 ……だから私、食べる。

 士郎と一緒にいる為に、このカレーを食べるの――――」

 

「……ッ!? 姉さんっ……!!」

 

 スプーンを握りしめる手がガクガクと震えている。

 意志で身体を動かそうとも、心がそれを拒否しているかのように。

 そんな姉の姿を見た途端、サクラは駆け出すようにして、共に食卓に並んだ。

 

「私もせんぱいの事すきですっ!

 姉さんもせんぱいも、だいだい大好きなんですっ!!」

 

「…………桜」

 

「だから私もカレーを食べます!

 姉さんといっしょに、ぜったい完食しますっ!!」

 

 サクラは目に涙を浮かべて、しかし強い決意の宿った瞳で姉を見つめる。

 やがて二人は手を繋ぎ、絆を確かめ合うようにしてコクリと頷いた。

 

「そうね……一緒に食べましょう桜。

 アイツが帰ってくる前に完食して、一緒にビックリさせてやりましょう」

 

「えへへ……。これぜんぶ食べたら、せんぱい喜んでくれるかな?」

 

「もちろんよ桜。きっと喜んでくれるわ。

 ……そして一緒に『ごちそうさま。美味しかった』って言おうね」

 

 綺麗な涙を流し、とても幸せそうに微笑み合う姉妹。

 私はその姿を、「とても美しい」と感じたのだ。

 

「いくわよ、桜?」

 

「えぇ、姉さん」

 

 そしてこの美しい姉妹が、ふたり同時にカレーをひとくち。

 

『――――――ほ゛ふ゛っ゛!!!!』

 

『――――――ん゛ふ゛っ゛!!!!』

 

 即座に噴出する、米粒やらなんやら。

 さすがは姉妹と言った所。そのタイミングもばっちりシンクロしていた。

 

「ライダー! リンとサクラが倒れました!! 処置をお願いします!」

 

「とりあえず仰向けに寝かせて下さい! 口の中を濯ぎます!」

 

 なんとかAEDの出番は免れたものの、二人とも一瞬にして意識を持っていかれた。

 あれだけの決意を持った乙女二人を、易々とヘシ折ったのか――――

 世間一般で“女は苦痛に強い“と言われているが、シロウの作ったカレーは軽くその上を行ったらしい。

 

「よくもサクラたちを! もう勘弁なりませんっ!」

 

「ら、ライダー!?」

 

 やがてサクラたちの処置を終えたライダーが、猛然と食卓に向かって行く。

 止める間もなく、自分の分のカレー皿を引っ掴んでしまった。

 

「何ですかこんな物! サーヴァントには毒も科学兵器も通用しないのです!

 たかがカレーを食べた位で、

 私がどうにかなるとでも思って――――――い゛ん゛っ゛!!!!」

 

 カレーを口にした瞬間、勢いよく天を仰ぐライダー。

 まるで歌舞伎役者のように、長い髪がファッサーと翻る。

 

「……ま、まだです! まだいけます私は!

 こんな、ちょ~っと美味しくないだけのカレーで、

 英霊をどうにか出来ると思ったら大間違――――――ひ゛ほ゛っ゛!!!!」

 

 口元を押さえ、まるで南極にいるかのようにガクガクと身体を震わせるライダー。

 シロウのゲーム機のコントローラーだって、こんなバイブレーションの仕方はしない。

 

 シロウの作ったカレーは、見事サーヴァントであるライダーをも撃沈せしめた。

「味のブレイカー・ゴルゴーンや~」みたいな言葉が脳裏に浮かんだが、口に出すのは止めておいた。

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

「――――さて、残るは私ひとりとなったワケですが」

 

 まるで野戦病院の如く床に転がっている仲間たち。

 その額に冷たいタオルを乗せてやってから、私は今一度カレー皿と対峙する。

 

「皆、大儀でした。あとは私に任せて下さい」

 

 誰もが譲れぬ想いを抱え、シロウのカレーに挑み、そして散っていった。

 友情、恋、親愛。そのどれもが尊く、また輝かんばかりに眩しき物であった。

 

「しかし、真打はこの私。

 シロウのサーヴァントである私が、このカレーを食べきってみせます」

 

 貴方のサーヴァントとしての矜持。

 そして守護者としての矜持を持って、今私は、貴方の笑顔を守ろう。

 

 この大きなカレー鍋は、貴方が帰る頃には空となっているでしょう。

「もう食べちゃったのか!? そんなに美味しかったのか!?」と、貴方の喜ぶ顔が目に浮かぶ。

 その姿を見んが為、私は鬼にも修羅にもなりましょう。

 

「――――――ん゛い゛ぃ゛ぃ゛~~ん゛!!

 なるほど……これはとんでもない強敵だ……」

 

 宝具に換算すれば、威力はA++といった所か。

 あのライダーやリン達が沈むのも頷ける。確かにこれを“文字通り“食らえば、ひとたまりもないだろう。

 

 いつもであれば、私の他にも何人かは残る。

 ライダーはシーフード類に関して無類の強さを持つし、シンジは揚げ物や麺類が得意だ。

 リンなら中華料理で沈む事は無いし、サクラも洋食に対して強い耐性を持つ。

 彼らは決して役立たずなどでは無い。この衛宮の食卓を一緒に戦ってきた、まごう事なき戦友であるのだ。

 

 しかしながら……、今日は相手が悪かった。

 このインド料理とも日本料理ともつかない、誰の得意ジャンルでも無いカレーというメニューであった事が、悲劇を引き起こしたのだ。

 

 それに加え、この前代未聞の破壊力――――

 この料理には家庭ごとの作り方があると言うし、色んなアレンジで腕が振るいやすいメニューであるのだろう。

 そして今日、たまたまシロウの元に“神が降りてきた“

 私たちにとっては死神だったのかもしれないが、とにかくシロウは見事に会心を、ビッグワンを引き当てたのだ。

 

 ――――――まずい。

 間違いない、これは今までで、一番まずい料理だ。

 こんなまずい物、私はブリテンでも食べた事はない――――――

 

「み゛ょん! …………ふふ、やりますねシロウ。

 私のアホ毛が立つ事など、滅多にないというのに」

 

 そのあまりのマズさに、私のアホ毛が〈ピーン!〉と立つ。

 さすがはシロウ。さすがは我が主。

 こんなにも私の心を揺らす人間など、貴方をおいて他にいるハズもない!

 

「……ふぅ、とりあえずは一皿目、完食です。

 おかわりをよそいに行きたい所ですが、なにやら目が霞んできましたね」

 

 目の前の景色が〈グンニャ~!〉と歪み、私のビジョンは今、大変に面白い事となっている。

 身体は震え、寒気がし、汗が滝のように流れてくるが、それでも止まるワケにはいかない。

 

「仕方ない、ではリン達が残した物から頂いていきましょう。

 ぱくっ。――――――ぇぇえええエクスカリバァァァーーーーッッ!!!!

 …………ふむ。極力インターバルを空けてはいけませんね。

 死んだ味覚が復活する前に、一気にいってしまわないと」

 

 思わず窓に駆け寄り、おもいっきり「エクスカリバー!!」と叫んでしまう私。その脳天を貫くような凄まじいマズさが、私を突き動かしたのだ。

 気を取り直した私はワイルドに皿を引き寄せ、ガツガツとカレーを掻っ込んでいく。

 ひとつ分かっている事は、ちんたら食べていてはいけないという事。“まずい“を感じる時間など、短ければ短いほど良いのだ。

 ゆえに私は流し込むようにして、カレーを飲み込んでいく。

 

「手元に鏡はありませんが……、

 きっと私の顔は今、青とか紫の色をしている事でしょう」

 

 そんな確信がある。

 そうでなければ、この身体の異変はおかしい。説明が付かないのだ。

 

「っ……ぐすっ……うえぇぇ~~~ん。……うえぇぇぇぇーーーーんっ!!

 ――――ふぅ、とりあえず5皿目、完食です。

 確かリンは『一人当たり3杯ほど』と言っていましたから、

 これで3分の1は消化した事になりますね」

 

 いつの間にやら零れていた涙。それをキュッと拭ってから、私は台所へ向かう。

 普段はあまり入る事は無いが、この台所はとても整理整頓がされている。

 主である士郎の心を表すかのような、とても綺麗な台所であった。でも料理はマズい。

 

「カレー鍋、そして炊飯器をテーブルに持ってきて、準備は完了です。

 この中身を全て食べ尽くせば、私達の勝利となるのです」

 

 倒れていった仲間たちの分まで、私は戦わなければならない。

 私はイソイソとカレーを皿によそい、再び食事と向き合おうとする

 しかし、一度置いたスプーンを再び握る事が、何故か出来ない。まるでこの身体が、カレーを食べる事を拒否しているかのように。

 

「ふふ……この身体は、私に逆らっているのか。

 ……しかし侮るなかれ、我は剣の英霊、アルトリア・ペンドラゴン。

 この程度の危機、幾度も越えてきたぞ――――」

 

 私は即座にテーブルに額を打ち付け、「シャーおらぁッ!」とばかりに気合を入れてカレーを掻っ込む。

 今〈ドゴーン!〉という凄い音が鳴ったが、ここで眠っている四人は、幸いにも目を覚まさずにすんだ様子。

 どうやら私の額が割れたらしく、なにやらポタポタと水音が聴こえてくるが、それに関してはさしたる問題ではあるまい。

 

「あぁモードレット……、おかわりをよそってくれるのですか?

 ……ランスロットもここにいたのですね。

 さぁ貴方たちも、シロウのカレーを食べていくと良い」

 

 そして懐かしい人達の姿が見え始める。あの頃とは違い、心からの笑顔で私を応援してくれている。

 これは王として、友として、ひとつ頑張らぬワケにはいくまい。

 

「思い出しますね……シロウと初めて会った頃の事を。

 自らの願いを想うあまり、頑なだった私の心を、解きほぐしてくれた。

 いつも暖かく、照らしてくれたのだ」

 

 モグモグとカレーを咀嚼しながら、私はあの愛しい少年に想いを馳せる。

 

 不器用な優しさが、嬉しかった。

 心から私を案じる瞳が、時に辛かった。

 間違った私を叱る貴方に、反発した事もあった。

 

 ――――いらない。そんな間違った望みは、持てない。

 ――――――今までやってきた事は間違いじゃないって、そう信じてる。

 

 心身共に傷つき、ボロボロになりながらも、彼はそう言ってのけた。

 置き去りにしてきた物たちの為にも、過去を無かった事になんて出来ないと。

 そして私の歩んできた道も、決して無意味な物では無かったのだと。

 価値ある物だったと、向かうべきは過去ではなく未来なのだと、そう示してくれたのだ。

 

 私はシロウに、返しきれない程の恩義を感じている。

 それと同時に、愛しさを。

 貴方と共に居たい――――そう強く感じるのだ。

 貴方こそが、私の翼だ!!

 

「おや、これが最後の一杯ですね。

 この一皿くらいは、ゆっくり味わって食べる事としましょう――――」

 

 気が付けば、あれだけあった鍋と炊飯器の中身は空となっていた。

 私は慈しむようにお皿を持ち、大切な物を扱うようにしてスプーンを操る。

 我がマスター、シロウの作ってくれたこのカレーを、ずっと憶えておく為に。

 これを作ってくれたシロウの心を、しっかり受け止める事が出来るように。

 

「まじゅ~い……まじゅいですぅシロウ~……。

 ドブに唐辛子を入れたら、きっとこんな味ですぅ~……」

 

 この頬を伝う涙は、貴方への感謝の証。

 いつも料理を作ってくれてありがとう。私を想ってくれてありがとうの印。

 決してこのカレーがマズくて流した涙ではないのだ。他ならぬ私自身が、そう感じているのだから。

 

 

 ……そして最後の一皿を食べ終えた頃……、ちょうど玄関の扉が開く音が聞こえた。

 私は生まれたての小鹿のように、脚をガクガクさせながらお出迎えに向かう。

 壁にもたれかかり、時に家具にしがみつきながら、ヨタヨタとシロウの元へと歩いて行く。

 

「ただいま、セイバー。

 あっ、口のまわりにカレーが付いてるぞ? ほら、ちょっとこっちに来な?」

 

 私の顔を見るや、眩しい程の笑顔を見せてくれるシロウ。

 そんな彼の笑顔を見る事が出来ただけで、全てが報われた心地がする。

 

「……よし、ほらキレイになった。

 いつもセイバーが喜んでくれるから、俺も料理のし甲斐があるよ。

 ありがとな、セイバー。俺の作った料理を食べてくれて」

 

 口の周りをハンカチで拭ってくれた士郎が、今また、もうとびっきりの笑顔を私に見せてくれた。

 それだけで、いい。

 私はもう、それで充分だ――――

 

「最後に……ひとつだけ伝えないと」

 

 ん? とキョトンとした顔のシロウに向けて、私は出来る限りの笑顔を持って。

 

 

「――――――シロウ、貴方を愛している」

 

 

 

 それを言うと同時に、私は膝から崩れ落ちたのだそうだ。

 

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 次に気が付いた時は、もう朝となっていたのだが……。シロウは夜通しで、私を看病してくれたそうな。

 

「いくらカレーが好きだからって、倒れるまで食べちゃうのはやり過ぎだぞ?

 ……でもまぁ、セイバーが無事で良かったよ」

 

 そうプリプリと怒るシロウに対し、私は「えへへ」とお茶を濁す。

 無事なのは当然、この身はサーヴァント。剣の英霊である。

 それに加えて私には、シロウより返却されたアヴァロン(治癒宝具)まである。負ける要素が見当たらない。

 ――――そう、シロウがマスターである限り、私は無敵なのだ。

 

「じゃあ今日は何を作ろう?

 食べやすい物が良いだろうし、雑炊がお粥にでもしようかな?」

 

 そうですね、出来ればまっさらな水だけで煮込んだお粥をお願いします。

 夏だからとてオ〇ナミンCで煮込んだお粥は、流石に私とて「お゛ふ゛っ゛!」とならざるを得なかったので。

 あの酸っぱい匂いは、何故か目にも来るのです。

 

 そんな事を思うも、私がそれを口に出す事は無い。

 

 

 ――――さぁ、料理をもて。

 貴方の如何なる料理も、私は完食してみせよう。

 

 我が名はアルトリア・ペンドラゴン。メシマズで名高きブリテン国(イギリス)の王。

 そして、貴方のサーヴァントだ。

 

 

「はい、お願いします。

 楽しみにしていますね、シロウ」

 

 

 

 

 

 今日もまた、貴方の挑戦を受けよう――――

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22、ブラック鎮守府の新提督。

 

 

「次の提督さん…良い人だといいですね…」

 

 

 

 私の隣で、吹雪がそう呟く。

 私は一言「あぁ」とだけ返した。

 

「長門、誰が来た所で一緒よ。私はもう人間には何も期待をしていない」

 

 吹雪の隣に並ぶ加賀がそう言い放つ。

 彼女の目には失望と侮蔑の色が滲み、深いため息を吐いて言葉を続ける。

 

「誰が来ようと関係ない。私達は海を守る。その為にここにいる」

 

「加賀さん…」

 

 その言葉を最後に加賀は目線を切る。

 吹雪は悲しそうに俯き、私も何も言えず押し黙る。

 

 そのまま私達は言葉を交わす事無く、これからこの食堂で行われるという新しい提督の着任挨拶とやらが始まるその時間まで、ただ俯いて過ごすばかりだった。

 

 

 いつからだろう。加賀だけではなく鎮守府みんなの瞳から力が消え、笑う事すら出来なくなってしまったのは。

 あの自らの私腹を肥やす事しか頭になかったつまらない男が提督を止めさせられ更迭された後も、未だ私達に笑顔が戻る事はない。

 

 昼夜を問わない無理な出撃、食事や睡眠すら満足に与えられない生活、繰り返される罵倒。

 そんな日々から解放された今でも私達の受けた心と身体の傷は消えず、未だ多くの者達がその苦しみと共に日々を生きている。

 

 「お前たちは兵器だ」と罵られ、尊厳を奪われ、酷使され続け。

 今の私達は一体何の為に戦っているのか、一体何を守るために戦ってきたのかという事すらわからなくなっているのが現状だ。

 

 加賀のように無理にでも割り切れてしまえば多少は楽なのかもしれない。だが吹雪のようにまだ幼く、そして優しい心を持つ子程辛いだろう。

 

 守るべき存在であるハズの人間に裏切られ、傷つけられた。

 だがそれでも信じていたい、¨艦娘¨でありたいという葛藤と恐怖。

 それこそが、今の私達を苦しめる物の正体。

 

 今こうして食堂に集まる艦娘の誰もが下を向き、黙り込んでいる。

 まるでこの後確実に訪れるであろう絶望の時間を待っているかのように。それに耐える心構えを必死でしているかのように。

 

 私は未だに、自分の心がわかっていない半端者だ。

 吹雪のように信じたいのか、それとも加賀のように割り切ってしまいたいのか。

 それでも、ひとつだけわかっている事。

 それは、この先何があろうとも「私が皆を守る」という事だ。

 

 もう誰一人として、仲間を傷つけさせたりはしない。

 私の誇りにかけて、それだけはさせない。

 

 もう人の為に生きる¨艦娘¨じゃなくてもいい。ビッグセブンの誇りなどどうでもいい。

 たとえ¨人に歯向かった艦娘¨として後にどう思われようとも、何をされようとも。

 

 私は、この仲間達を守る。

 それだけが、この長門に残った最後の心だ。

 

 

「只今より提督着任のご挨拶を行って頂きます。全員、整列!」

 

 

 条件反射のように私達の背は一斉に伸び、そして一切の乱れもなく敬礼が行われる。

 この自分の身体に沁みついた動作に内心苦笑しつつも、私は食堂の入り口を注視する。

 

 さぁ、どのような人間だろうと構わない。早く現れるがいい。

 どのような挨拶を述べようと私達がそれを鵜呑みにしようハズも無ければ、今後私のする事にも変わりなどない。

 

 久々に、なにやら愉快な気分だ。

 迷いが晴れ、腹が決まるいうのはこんなにも爽快な気分だったのか。

 

 大丈夫。もう私は大丈夫だ。

 さぁ見てやろうじゃないか、お前の顔を。

 私達の新しい¨提督¨とやらの顔を、この目でみてやろうじゃないか。

 

 さぁ、お前は一体誰だ? 言って見せるがいい人間よ。

 

 言って見せろ、提督とやら! この長門に向かってっ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ! 俺の名前は熊田薫。みんな¨ブタゴリラ¨って呼んでくれよな!」

 

 

 

 \ ズコォォォーーーーーーーーーーーッッッ!!!! / =☆☆☆☆

 

 

 

 

 

――――ひっくり返った。私達は盛大に、食堂でひっくり返った。

 

 水色の野球帽に、水色の服。

 八百屋の息子だという小太りの少年は、不思議そうに長門の頭を見て問いかけた。

 

 

「なぁ姉ちゃん、なんで姉ちゃんは頭にネギ2本もぶっさしてんだ? ネギ女か?」

 

「ちっ、違う! これはネギなどではない! 艦装だっっっ!!」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23、ブラック鎮守府の新提督。その2

 

 

「次の提督さんも……良い人だといいですね」

 

 

 私の隣で、吹雪がそう語り掛けてくる。

 それを聞き、私は短く「あぁ」と答える。

 

「長門、言ったでしょう? 誰が来ても一緒よ」

 

 吹雪を挟んだもうひとつ隣で、加賀が私に言い放つ。

 

「誰が来ようが関係ないの。私達は海を守る、その為にここに居る」

 

 ……そんな事を言うワリに、実はコイツが一番ブタゴリラ提督にデレッデレだったのだが。もう片時も傍を離れん程に。

 このオネショタの総本山みたいな女は、ブタゴリラ提督が鎮守府を離れると聞いた時、もう一晩中泣いた。愛宕も一緒に。

 

 この度私たちのブタゴリラ提督は、任期満了につき、家業の八百屋を継ぐべく鎮守府から去っていったのだった。

 

『美味い野菜をたくさん届けてやっからな! みんながんばれよ!』

 

 そんなエールを私たちに送り、彼はひとり八百八へと帰っていった。

 幼い駆逐艦から大きなお姉さん達まで、みんな涙しながら彼の門出を見送ったものだ。

 私たちにとってあの少年は、まさに心優しき最高の提督であったのだ。

 

 

………………………………………………

 

 

 現在私達艦娘は、この食堂へと整列し、今日この鎮守府へと着任してきたという新人提督が来るのを待っている。

 例によって、着任挨拶のお言葉を聞く為だ。

 

 今この場に集まっている艦娘たちの表情は、皆異なる。

 ソワソワしている者、俯いている者、黙って歯を食いしばっている者、実に様々。

 だが皆一様に、それは決して希望に溢れた表情などでは無い。まるでこれから訪れるであろう絶望に対して、心の準備をしているかのように思える。

 

『あのブタゴリラ提督こそが、奇跡だった』

『私達が出会う事が出来た、唯一の人だった』

 

 そんな声を、皆からちらほらと聞いていた。そしてその意見には、私こと長門も賛成票を投じる所だ。

 

 ふと耳をすませてみると、前の列にいる駆逐艦の一人が、エグエグとすすり泣いている声が聞こえてくる。

 前回ブタゴリラ提督が着任挨拶を行った時には、このように涙を見せる者などは居なかったハズだ。皆一様に俯き、苦しみに耐える心構えをしていただけであったハズだ。

 

 なぜ今、あの時と同じ状況ながら、涙を流している者が居るのか。

 その答えはとても簡単。なぜなら前回よりも、今の方がずっと辛いからだ。

 

 ……私達はもう、知ってしまっている。

 暖かい人のぬくもりを。心から信頼する人に仕える喜びを。

 

 だからこそ今……、こんなにも心が辛い。

 

 

 私、そして加賀たちは戦えるだろう。

 今までブタゴリラ提督にもらった思い出を胸に、彼から貰った“戦う意義“を胸に、この先も戦っていける。

 貴方のような人が居てくれる事を忘れず、そして貴方の住むこの国を守る為にこそ、これからも戦っていける。

 ……しかし、未だ幼さを残す艦娘たちの心境は、いったい如何ばかりか。

 

 私達の提督がこの鎮守府を去り、はや数日。

 今日この日まで、夜になると不安に襲われ「眠れない」と、私の部屋を訪れた多くの駆逐艦たちがいる。

 彼から貰った暖かい思い出、そして過去に自分達が受けてきた“兵器“としての非道な仕打ち。

 それを思い出し、私にしがみつく彼女達の身体は皆、ひどく震えていたのだ。

 

 眠るまでそっと頭を撫でてやり、ようやく寝付いた彼女達は皆、涙しながら夢の中でも提督の名を呼んだ。

 

「助けて」「行かないで」「いっしょに居て」

 

 ……そんな寝言を、幾度も幾度も私は聞いた。

 そして少し時間が経つと、決まって彼女達は悲鳴を上げて跳ね起きる。ガタガタと身体を震わせ、嗚咽をもらしながら私の胸で泣くのだ。

 

 それは、過去に自分が受けてきた仕打ち、虐待の記憶――――

 そういった物が夢の中にまで出てきて、彼女達はいつもベッドから跳ね起きる。夜眠る事さえ困難になっていったのだ。

 

 

 ……私は、あの時の誓いを、果たす事が出来なかった。

 皆を守るという誓い。この身に代えても、決して皆には近づけさせないという誓い。

 それは、やってきたのが“彼“だったからだ。私達を心から想ってくれる、優しい彼だったからこそ……、私はいつも、ありのままの自分でいる事が出来たのだ。

 

――――しかし、その誓いを今こそ果たそう。

――――――貴方が居なくなってしまった今、私が代わりに皆を守ろう。

 

 貴方の愛した、艦娘たちを。

 貴方が愛してくれた、この鎮守府の仲間達を。

 

 今、この長門が、命に代えても守ろう――――

 

 

『 只今より、提督着任の挨拶を行って頂きます! 全員、整列ッ!! 』

 

 

 一糸乱れぬ動きで、私達が敬礼をする。

 そしてこの場にいる皆が覚悟を決め、出入り口に向かい強い瞳を向けているのが分かった。

 あの時とは違い、皆の瞳が強い光を宿しているのを感じた。

 

――――そうか、あの時とは違うのだな。

――――――私達は、“彼“の艦娘なのだから。

 

 負けない。もう挫けたりしない。

 どんな事があろうと、彼に恥じる生き方はしない――――

 

 そんな想いが、皆の表情から見て取れるようだった。

 

 ……そうだ、私達は彼の艦娘だ。

 彼が愛してくれた、彼自慢の艦娘だ。

 

 貴方が「好きだ」と言ってくれた、カッコいい艦娘たちなのだ。

 その誇りは今も、確かにこの胸にある。

 

 

 ……さぁ、現れるがいい。新提督とやら。

 

 たとえどんな事があろうと、私達の心が揺らぐ事は無い。

 どんな事をしようと、この誇りを奪う事など、出来はしない。

 

 

 顔を見せろ、お前の顔を。

 

 さぁ出てこい。姿を現すがいい!

 

 この長門の前にッ!!!!

 

 

 

………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ♪パッパッパッパ~♪ パッパ~♪ パッパッパッパ~♪ (音楽)

 

 

\ ポォーーーーッッ♪ /

 

 ガッシュガッシュガッシュ……!

 

 

 

 

 ……気のせいか、なにやら軽快な音楽と、そして機関車が走るような音が聞こえる。

 

 やがて食堂の出入り口が開き、そこから人ではない、何か大きな青い物体がこちらに入って来るのが見えた。

 

「……あーあー! ん゛っ! あ~!」

 

 そして壇上に控える大淀が、なにやらマイクを構えて、喉を作っているような仕草を行う。

 やがて私達の目の前に、その大きな青い物体が到着した。

 その青い物体はどうやら“乗り物“のようで、なにやらその前面には、大きな顔のような物が付いているのが分かった。

 

 

大淀「 きかんしゃっ↑ …………トーマスッ↓ 」(森本さん声)

 

 

 青い物体は、皆に向かって満面の笑みを浮かべる――――

 

 

大淀「 提督っ↑ 着任というっ↑ …………お話っ↓ 」(森本さん声)

 

 

 

 

♪パッパッパッパ~♪ パッパ~♪ パッパッパッパ~♪

 

 

\ ポォーーーーッッ♪ /

 

 ガッシュガッシュガッシュ……!

 

 

 

…………………

………………………………………………

 

 

 

 

「……ほう、そうきたか」

 

 

 私は腕を組み、人知れず呟く。

 ガッシュガッシュと音を立て、再び出入り口へと引き返して行く“きかんしゃトーマス提督“

 その後ろ姿を見つめ、私は声を漏らす。

 

――――そうか、ついに人ですら無くなったか。

 

 八百屋の息子の次は、人外を送り込んできたか。

 ついに人ですら無くなったか、この鎮守府の提督は。

 

 

 大本営が、私達をどんな風に思っているのか分かった。

 もう私達をまともに戦わせる気など無い。むしろこの国を救うつもりがあるのかどうかすら怪しい。

 私達と人間達にある、深い溝。……そんな物を垣間見た気がする、今日の私だ。

 

 

 というか、きかんしゃトーマス提督、何も喋らんまま帰って行きおったな。

 ちょっと微笑んだだけだったな。着任挨拶はどうした?

 

 つか大淀、お前は何をしとんねん。そのナレーションどういう事やねん。

 いつの間に練習していたのだと、私は関西弁を駆使して呟く。後でしっかり問い詰めてやろうと思う。この裏切り者め。

 

 

♪パッパッパッパ~♪ パッパ~♪ パッパッパッパ~♪ (音楽)

 

\ ポォーーーーッッ♪ /

 

 

 未だ鳴りやまぬ、あの軽快なBGM。

 その音楽と、きかんしゃトーマス提督を追いかけて、駆逐艦の娘たちが駆けていく。

 どうやらあの貨物車に乗ってみたいようだ。ゾロゾロと奴らは食堂から出ていく。

 

 少しだけ戸惑いながらも、隣に居た吹雪が「やっぱり私も!」とばかりにこの場から駆け出して行く。

 その後ろ姿を見送った後、この場には私と、加賀の姿だけが残った。

 

 

♪パッパッパッパ~♪ パッパ~♪ パッパッパッパ~♪

 

\ ポォーーーーッッ♪ /

 

 

 遠くから、きかんしゃトーマス提督の汽笛の音が聞こえる…………。

 

 

「……言ったでしょう? 誰が来ても一緒よ」

 

「 嘘つけぇッッ!!!! 」

 

 

 加賀はまだ、若干混乱している。

 正直この先、やっていけるかどうかは不安だ。

 

 しかし「でもあの提督、人間ではないしな~」と、ちょっと光明を見出しちゃう私であった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24、ブラック鎮守府の新提督。その3

 

 

「次の提督さん……、いったいどんな方でしょうね?」ワクワク

 

「……あ、あぁ」

 

 現在、例によって食堂で整列をしている我ら艦娘たち。私は隣にいる吹雪にそう返事を返す。

 吹雪……しっかりしろ。元のお前に戻ってくれ。なにやら一周まわって楽しくなってきたというのかお前は。

 

「長門、期待しても無駄よ。私はもう人間に……。

 ってあれ? 人間って一体どんな生き物だったかしら?」

 

「加賀」

 

 吹雪を挟んだ隣。そこで加賀が冗談ではなく、真剣な表情で首を傾げている。

 それもそのハズ。もうここ最近、私達は一度たりとも人間の姿を見ていない。

 人間っていったいどんなのだっけ? となったとしても、全然おかしくない感じになっていた。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 先の“機関車トーマス提督“は、本当によくやってくれたと思う。

 荷物の運搬は元より、力仕事全般に従事。なにより駆逐艦などの幼い娘たちのアイドルとして、我が鎮守府に沢山の笑顔をもたらしてくれた。

 彼が任期を終えて鎮守府を去っていく時には、皆が手を振って彼を見送ったものだ。

 

 ――――しかしながら、その後が非常に問題であった。

 

 次に提督としてこの鎮守府に送り込まれて来たのが、人語を解さないゴリラであった。ゴリラ提督だ。

 即座にそのゴリラは大本営へと叩き返したが、その次に来たのが学習型人工知能を搭載したAIBO的なロボット。AIBO提督とでも言うべき存在であった。

 

 挙句の果てに、次は牛乳パックで作った人形が送り込まれて来た。

 あれだ、小学生が図画工作で作るようなヤツだ。通称“牛乳パック提督“の爆誕である。

 しかも、彼は郵送されて来たのだ。車や列車に乗ってやって来たんじゃなく、普通に段ボール箱で送られてくる提督っていったい何なのだ。

 ご丁寧に牛乳パック人形の胴体には、マジックで大きく“ていとく“と書かれていたし。

 まるで「これが貴方達の提督ですよ~」と、そう言わんばかりに。

 

 任期満了を待たずして、私は牛乳パック提督をグーで破壊した。そしてその足で大本営へと直行し、人事部のお偉いさんの首根っこを掴んでそこらじゅうを引きずり回してやった。

 もう泣こうが叫ぼうが、ある程度引きずり回すまでは話も聞いてやらなかった。艦娘の怒りを思い知れとばかりに。

 

「意外と人間じゃなくてもイケるのか? ……と思いまして……」

 

 やがて私の気の済むまで引きずり回された後、大本営人事部の男はエグエグしながら語り出す。

 

「トーマスでイケるんなら……。別に人間じゃなくても提督が務まるなら。

 これって実は凄い事なんじゃないか? ……と思い至りまして……」

 

「そこで、一度どこまでイケるのかを試そうかと思って……。

 もし牛乳パック提督でもイケるようなら、

 これって革新的な人件費削減が実現し……」

 

 私は再び、人事部の男を引きずり回した。

 

 

………………………………………………

 

 

 色々と、言いたい事はあった。

 お前は平和という物を、いったい何だと思っているのかと。

 

 私たち艦娘の事は……今は良い。お前らが私たちをどう思っているのかは、この2年ほどでよく分かっているつもりだ。

 しかしながら……「お前はそれで良いのか」と問いたい。

 自分達人類の命運が牛乳パックにより護られている(・・・・・・・・・・・・・・)。……そうなった時、お前達はそれで良いのかと。

 アレ、おかしいな? とは思わなかったのかと問いたいのだ。牛乳パックなんだぞアレは。

 

 もし海の平和を取り戻す事が出来た時、その世界を救った提督が牛乳パックだったら一体どうすんだという事だ。

「艦娘たちを率いていたのは、牛乳パックでしたよ」と国民に説明出来るのか。ニュースや新聞で発表出来るのか。

「艦娘の力の源は、牛乳パックだった!?」と、私達に何か変なキャラでも付いたらどうする。

「むしろ艦娘じゃなく、牛乳パックが凄いんじゃないのか?」とかそんな論争を産んだらどうするのだ。

 

 ……そしてこの馬鹿者は、今更のように「……ハッ!?」みたいな表情をしやがった。もう一周いっとくかとばかりに、三度私はこいつを引きずり回す。

 

「いいのか!? 滅ぶぞっ!! 人類が滅んでも良いのか貴様ッ!!

 真面目にやらんかッッ!!!!」

 

 説教、ガチ説教だ。私ことビッグセブン長門の怒りが天地に木霊する。

 それでも胸倉を掴まれながら「ゴリラまではOKでしたかっ? 牛乳パックが嫌だったんですか!?」とか必死に訊いてくる人事部の男。こいつの頭はいったいどうなっているのだろうか。

 何だその無駄なアグレッシブさは。是非とも他で活かさないかそういう部分は。

 

 もう艦娘をやめて、みんなでブタゴリラ提督の元に行ってしまおうか。そしてお野菜を作り、彼の八百屋で販売してもらおうかとも一瞬考える。

 ――――もう人類は駄目だ。衰退しました。……そんな風に思うも、ブタゴリラ提督に貰った“艦娘としての誇り“が私を踏み止まらせる。

 ゆえに私は辛抱強く交渉していった。時に物理的な力も駆使して。

 

「わかりましたっ……人間でッ!

 次の提督は人間でいきますっ! ……それでいいんでしょうっ!?」

 

 もう鼻水をダーダー流し、ガン泣きしながら目の前の男が言う。そして話は終わりだとばかりにその場に蹲り、エグエグし始めてしまった。

 なんで逆ギレやねん、なにが「それでいいんでしょう」やねんとは思ったが、私はもういたたまれなくなって、黙ってその場を後にした。

 

 

「うう゛っ……ぐすっ! 私はっ……私は諦めませんよっ……!!」

 

 

 扉が閉まる瞬間……、ヤツのそんな不穏な呟きを聞いたような気がした。

 

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「……あ゛~。俺デビルマンになっちゃったよぉ~↓」

 

 

 現在、食堂にてビシッと整列した私たち艦娘に向かい、本日到着した新提督が着任の挨拶を行っている。

 その名は“実写版デビルマン提督“。

 あの永〇豪的なアニメ調の見た目ではなく、日本映画界の特殊メイク技術の粋を集めて作られたようなリアルな質感のボディ。まごう事無くカッコいいと言える、その見た目。

 しかしながらそのアクターとなる実写版デビルマン提督自身は、どうやら大変な“大根“のようで……、その凄く重要っぽい悲痛なセリフとは裏腹、まったく緊張感のない間延びした演技であった。

 あ~、俺デビルマンになっちゃったよぉ~。(棒)

 

「――――ハッピイバースディ! デビルマン提督!!」

 

 同じく壇上に控えていた大淀が、満面の笑みで実写版デビルマン提督に言い放つ。

 ……おそらくなのだが、きっとこのシーンは、劇中において本当に重要なシーンなのだろう。作中屈指の名シーンであるのだろう。現在「悔い無し!」とばかりにキラッキラした表情をしている大淀の様子からもそれを察する事が出来る。

 ……大淀よ、お前この映画のファンだったのか。己のファン根性の為に、この鎮守府を売り渡したというのか。

 後でこいつも引きずり回してやろうと心に誓う。

 

 

「 ――――帰ってくださいっ、貴方はデビルマンなんかじゃない!! 」

 

「 デビルマンはそんなんじゃないもん! デビルマン馬鹿にしないで! 」

 

 

 するとどうだ。この場にいる駆逐艦の娘らが、もう一斉に実写版デビルマン提督に石を投げ始めたではないか。

 永〇豪先生の歴史的名作である原作デビルマンを愛する艦娘達の怒りが、いま実写版デビルマン提督に炸裂する。

 あの映画を観た全ての者たちの悲しみ、落胆、怒り――――。その全てを代弁するかのようにして。

 

 そして何故か、同じく壇上にいる大淀に対してもたくさんの石が投げられた。この裏切り者めとばかりに。

 

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「……え~っ、私がこの鎮守府の提督となったあかつきにはぁ~」

 

 

 そして現在この食堂において、もう嵐のようなブーイングにより電撃的な速度で解任されてしまった実写版デビルマン提督に代わり、本日着任してきた新提督が挨拶を行っている。

 

「この鎮守府を~、笑顔溢れる“スマイル“な鎮守府にしたいと、

 そう思っております~」

 

「さぁ皆さんご一緒にっ!!

 顎の下にこう両手を当ててぇ~………スマイルッッ!!!!」キリッ!

 

 この男の名は“マ〇ク赤坂提督“。

 東京都知事選を始め、あらゆる選挙に立候補しては落選、立候補しては落選を繰り返している、自称“日本スマイル党総裁“を名乗る中年の男だ。

 その踊るわ叫ぶわコスプレするわで繰り広げられる愉快な政見放送は、見る者に失笑、そして明日の職場での話題を提供しているそうな。

 

「さぁ艦娘の皆さん! ご一緒にぃ~! …………スマイルッッ!!!!」キリッ!

 

「「「………………」」」

 

「平和の第一歩は笑顔から!

 さぁ~ご一緒に! …………スマイルッ!!!!」キリッ!

 

「「「………………」」」

 

 艦娘の皆の視線が、もう氷点下まで下がっていくのを感じる。

 

「 ――――帰ってください!! 貴方なんかに投票しません!! 」

 

「 なんで政見放送で星条旗パンツとタンクトップ姿なの!?

  貴方なんか提督にしません!!!! 」

 

 もう嵐のように石やら紙コップやらを投げつける艦娘たち。

 同じく壇上に控え、マ〇ク提督と同様にタンクトップ姿の大淀に対しても物が投げられる。

 何が「スマイル!!」(キリッ!)だ。元ブラック鎮守府なめてるのか。

 艦娘の怒りを想い知れ、真面目に選挙やれと、そう言わんばかりに皆で物を投げた。

 

 

「――――ブタゴリラ提督、心が折れそうだよ……」

 

 

 貴方のもとに行きたい……貴方の顔が見たい……。

 ブタゴリラ提督と共に八百屋さんで働く姿を思い描きながら……、私はそっとマ〇ク赤坂提督の襟元を掴み、窓の外へ放り投げた。 

 

 






※実在の人物とは無関係です。いいね?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25、最終兵器アナゴ その1


最終兵器彼女×サザエさんのクロスオーバー作品。






 

 

「フグ田くぅ~ん。ぼく最終兵器ぬ~ぃ、なっちゃったよぉ~う↓」

 

 

 早朝、ぼくは会社に出社した途端、同僚から思いがけない告白をされた。

 

「え゛ぇ゛~っ!!(裏声) それは本当なのかぁいっ!?」

 

「そうなんどぅ~ぁフグ田くぅ~ん。

 ぼくたちは~ぁ、恋してく~~ぅ↓」

 

 いま目の前で意味の分からない事を口走っているこの男。彼はぼくの同僚であり、友人でもある“アナゴ“という男だ。

 

「いや~ぁ、困ったよぉ~う。

 昨日ぅ、いきなり知らない人達に連れ去られてしまってぬ~ぇ。

 身体を改造されてしまったのす~ぁ↓」

 

「なんだってぇーっ!?(裏声) か、身体の方は大丈夫なのかいアナゴ君っ!?」

 

「あぁ~っ、それは問題ないよぉ~う↓。

 彼らは自衛隊か何かの人達どぅ~ぇ、悪い人じゃあ無かったす~ぃ。

 改造されはしたけどぅお~う、なんか意外と大丈夫だっとぅ~ぁ↓」

 

 心配するぼくを余所に、なにやらのほほんとした様子でアナゴ君は報告していく。いつも通りの仕草、いつも通りの信じられないくらい大きな唇で。

 ぼくの方はもう驚きすぎて、仕事にかかるどころじゃなくなっている。

 

「今日はぼく電車じゃなくぅ~、徒歩で出社してきたんだよぉ~う。

 なんか脚からセグウェイが出せるようになってぬ~ぇ↓」

 

「セグウェイっ!? 君の脚はいまセグウェイなのかい!?」

 

「そうさ~ぁ。以前より移動が楽になったよぉ~う。

 人間生きていればぁ~、いい事もあるんだぬ~ぇ↓」

 

 ガシャンガシャンと、脚からセグウェイを出したり引っ込めたりしてみせるアナゴ君。それが良い事なのかどうかはともかくとして、彼が人外な存在になったのは間違いないようだ。

 

「その他にも~ぉ、頭部がCDプレーヤーになったり~ぃ、

 手のひらが掃除機になってたり~ぃ、

 胴体に洗濯機が内蔵されてたりするよ~ぅ↓」

 

「別で使えばいいじゃないかっ!! なぜわざわざ身体の中に入れたんだいっ?!」

 

「ちなみに口の中は電子レンジになっていとぅ~ぇ、

 食べた物は全部ホッカホカになるのす~ぁ↓」

 

「さっきから家電ばかりじゃないかアナゴ君っ!!

 最終兵器ってそういう物なのかい!? ただ便利なだけじゃないかっ!!」

 

 ぼくは温厚な自負があるけれど、この時ばかりはらしくもなく荒ぶる。

 

「仕方ないよぅフグ田くぅ~ん、日本は特に戦争なんかしていないからぬ~ぇ↓。

 銃や兵器を装備する必要が無いのす~ぁ↓」

 

「じゃあなぜ君を改造したんだいっ!?!? 国家の重大な危機とかでは無いのかい!?」

 

「出来そうだったから~ぁ、試しにやってみたんだって~ぇ。

 後でパナ〇ニックの人達から『ごめんね』とは言われたよ~ぅ↓」

 

「ごめんねで済ませたらダメだよ!! 親から貰った大事な身体だろう!?」

 

 まぁまぁ、落ち着きたまえよフグ田くぅ~ん。とりあえず~う、そろそろ仕事を始めなくっちゃ~ぁ↓

 そう窘め、アナゴ君が自分のデスクに向かって行く。納得いかないながら、ぼくも渋々それに追従していく。この国は国民の人権をなんだと思っているんだ。

 しかしこの非常時であっても給料分の仕事はしなくてはならない。ぼくには愛する妻と家族がいるのだから。

 

「あ、終わったらぁ今夜いっぱいどうだ~ぁい?

 いろいろとぅお~ぅ、相談したい事もあるしす~ぁ↓」

 

「…………」

 

 書類仕事に勤しみつつ、何気ない口調で語りかけてくるアナゴ君。おちょこをクイッとやる例の仕草を見て、ぼくはなんとも言えない気持ちになる。

 最終兵器になったと言っても、彼の仕事ぶりはいつも通り。マイペースその物だった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「いや~ぁ、参っちゃったよ~ぉ。

 まさかこのぼくが最終兵器ぬ~ぃ、なるなんてぃ~ぇ↓」

 

 いつもの居酒屋のテーブル席で、ぼくらは軽くビールジョッキを合わせる。

 今日は仕事に身が入らず散々だったが、なんだかんだと一日の仕事を終えてきた。

 

 今ぼくの目の前には、感慨深いと言ったように自身の身の上に想いを馳せるアナゴ君がいる。

 ビールなんかを美味そうに飲んでいるが、改造人間(?)的にそれはOKなのかと少し不安になる。

 

「なにか~ぁ、いままでとは目に映る景色が違って見えるんどぅ~ぁ。

 これもぼくが~ぁ、最終兵器になったせいなんだろぉぬ~ぇ。

 そこいらの人間なんか~ぁ、いつでもブチ殺せる~ぅ↓」

 

 なにやら物騒な事を呟いているアナゴ君。ぼくはビールを飲む事で、それを聞いていなかった事にする。

 

「ただ~ぁ……、少しだけ思うんだよ~ぅ。

 あぁ、ぼくはも~う……、普通の人間では無くなってしまったっとぅ~ぇ↓」

 

 ふと何気なく、ひとりで呟くような声色で言うアナゴ君。

 ゆっくりとテーブルにジョッキを戻し、ここではないどこか遠くを見るように、視線を上げた。

 

「ぼくはも~ぅ、以前とはまったく違う存在どぅ~ぁ……。

 ……今でこそこうして~ぇ、いつも通り君とお酒を飲んでいるけれど~ぅ、

 でもいったいいつまでぇ、君とこうしていられるんだろうっとぅぇ……。

 ぼくはぁ、ぼくの“心“はぁ……、いつまで人のままでいられるんだろうっとぅ~ぇ」

 

 彼の目に、涙が滲んでいるように見えた。

 いつもの彼らしからぬ真剣な雰囲気を感じ、思わずぼくはビールジョッキを置く。

 

「……あ、アナゴ君……」

 

「力だ~ぁ……、力が全てどぅ~ぁ……。

 ぼくはこの世界を粛清する力を持つ~ぅ、唯一無二の神たる存在ぬ~ぃ↓……」

 

 一瞬声を掛けようかと思ったが、慌てて再びビールを煽る。

 今の彼に触れてはいけない。そう本能として感じた。

 

「……正直ぃ、孤独は感じているよ~ぅ。

 なんたってぼくはもうぅ、人では無くなってしまったのだからぬぇ~ぇ……。

 でも平気さ~ぁ。なんたってぼくにはぁ、君という大事な友達がいるかるぁ~ぁ↓」

 

 しばらくし、ようやくアナゴ君が再び笑顔を取り戻す。

 そして少しだけ照れたような笑顔を浮かべ、まっすぐにぼくの顔を見つめた。

 

「な~ぁフグ田くぅ~ん? ぼく達は親友だるぉ~ぅ?

 ずっとずっと~ぉ、ぼくと一緒にいてくれるだるぉ~ぅ↓」

 

 

 その言葉に、ぼくは返答を返す事が出来ずにいた。

 とりあえずはなんとか彼に苦笑を返し、酒とつまみのおかわりを注文してあげた。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「マスオさん、どうかしたの?

 今日はなんだか、思い悩んでいるように見えるけど」

 

 時刻は深夜となり、そろそろ床に就こうかという時間帯。

 しかしただ布団の上に座り項垂れているぼくを見て、サザエが心配そうに声を掛けてきた。

 

「……いや、なんでもないよ。

 今日は仕事がキツくてね。少し疲れちゃっただけさ」

 

「そう? なら良いのだけど……。あまり無理はしないで頂戴ね。身体は大事よ?」

 

「わかっているさ。ありがとうサザエ」

 

 サザエに微笑みを返し、いそいそと布団を被る。

 確かに思い悩んでいる事はあるけれど、妻に心配をかけているようではいけない。サザエの言う通り、今日は早く眠ってしまおう。

 

「じゃあ電気消すわね。おやすみなさい貴方」

 

「あぁ、おやすみサザエ」

 

 目を瞑り、心をリラックスさせて眠りが訪れるのを待つ。それでもふと心に浮かんでくるのは、今日のアナゴ君の事。

 彼とは長い付き合いだけど、あんな顔をしている所を初めて見た。いつもお気楽な所がある彼だけれど、今日は情緒も少し不安定のように見えた。

 あんな事になったなら、それは当然の事かもしれないと思う。

 

 ぶっちゃけた話、彼は少し遠慮が無い所があるというか……忌憚のない言葉を使うのならば“ウザイ“男であったりするのだけれど……、それでも一緒にやってきた同僚であるのだし、心配か心配でないかと問われたならば、一瞬悩みはするけれどぼくは「心配だ」と答える。

 いつも面倒事を持ってこられたり、その尻ぬぐいをするハメになったり、悪だくみの片棒を担がされたりと、よくよく考えてみればろくな事が無いが……。

「なんでぼくは彼と友人なんてやっているのだろう?」と、時折疑問に思ったりもするけれど……、それでもあんな事になってしまった彼の事を心配する気持ちも、また本当なんだ。

 

(ただ……“最終兵器“か……。

 そんなワケの分からない事に、ぼくが力になれるとも思えないよ)

 

 応援しよう、彼の事を――――

 そう、心の中だけで応援しよう。それだけにしよう。

 まさにこれは「心ばかりの」というヤツなんだ。

 

 人間、「気持ちが何よりも大切だ」とも言うし、もうそれだけしていれば人生はOKなのかもしれない。今ぼくはそんな気がしているんだ、サザエ。

 だからぼくは、彼の為に何かをしたりなんかしないぞ。絶対にしないぞ。

 ぼくには守るべき大切な家族があるんだ。だからこの大切な時間と労力を、君の為に割くワケにはいかないんだ。絶対に割かないぞ。

 

 だからアナゴ君、がんばって。ひとりで頑張っておくれ――――

 何も出来ないぼくだけれど、心の中では応援しているから――――

 

 そう決めた途端、なにやら心のつかえが〈ストーン!〉と落ちた気がした。

 あのベトベトしたヘドロのような喋り声と、ニタニタとうざったい笑顔……そんな彼の姿が頭から消えていく。心に平穏が訪れる。

 

(今夜は、よく眠れそうだ)

 

 そんな期待を胸に抱きつつ、ぼくはとても安らかな気持ちで、深く枕に頭を埋めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――マスオく~~ぅん! 開けとぅ~ぇ! ここを開けてくるぅ~ぇ↓」

 

 

〈バンバンバン!!〉と何かが窓を叩く音に飛び起きたぼくは、慌てて窓に駆け寄って、カーテンを開ける。

 するとそこには、外から窓に顔面を押し付けている男の姿。

 寒さに凍え、唇を紫色にして鼻水を足らしている、アナゴ君がいた。

 

「ぎゃああああああぁぁぁぁーーーーーーーッッ!!!!

 貴方ぁーー!! 貴方ぁぁああああーーーッッ!!!!」

 

「う゛お゛ぉぉぁぁああああーーーーッッ!!!! サザエぇぇえええーーーッッ!!!!」

 

「マスオ君ここを開けとぅくれ~ぇい↓ ぼく妻に家を追い出されちゃったよ~ぅ↓」

 

 

 身を寄せ合い、泣き叫ぶぼくら夫婦。そして今も我が家の窓をバンバン叩き続けるアナゴ君。

 

 戦争なんて、起きてない。

 “最終兵器“なんて大それた物の事なんか、分からない――――

 

 それでも僕たちは、家族の事とか友情の事とか……。

 そういった物に必死に置き換えながら、なんとかぼく達なりにこの現実と向き合っていったんだ。

 

 

 窓を開けた途端、泣きながらぼくにしがみついて来た彼の身体は、冷たかった。

 

 それは機械だからとか兵器だからとか、そういう事じゃなく……、きっとこの寒空の中、かみさんに家を追い出されてしまったからに違いなかった。

 

 

「――――ぼく達は~ぁ、恋してく~ぅ↓」

 

 

 ぼくにはもう妻がいるし、そんな事を言う前にかみさんと仲直りしてきてくれ、と思った。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

26、最終兵器アナゴ その2

 

 

 ぼくが通う会社は、駅から徒歩数分の場所にある。

 

 電車を降り、駅を出て、人込みをかき分けるようにしてビル街を歩いていけば、そこにはぼくと同じ沢山のサラリーマン達の姿。

 みな一様にスーツに身を包み、自身の会社を目指してえっちらおっちら歩いて行く。

 名前も知らない彼らではあるけれど、同じサラリーマンとしての親近感、そしてある種の仲間意識のような物をいつも感じている。

 

 今日も一日、頑張っていきましょう――――

 

 ぼくはこの朝の光景が、ひそかに好きだった。

 

「――――うぉ~ぅい、フグ田く~ぅん↓」

 

 ……そんなぼくの感傷をブチ壊す声が、前方から聞こえる。

 

「はやく~ぅ、あんまりもたもた歩いてると遅刻してしまういょ~ぅ!

 ぼくはセグウェイだからホントはもっと速く行けるんだけどぅ~ぉ、

 わざわざ君のペースに合わせてあげてるんだずぅ~ぉ。

 この心優す~ぃぼくぐ~ぅあ↓」

 

 

 アナゴ君は、ウザい――――

 

 

「ご……ごめんよアナゴくん。すぐに行くよ」

 

「まったく~ぅ。でも良いってことす~ぅあ。

 君と一緒ぬ~ぃ、こうしてのんびり通勤するというのむ~ぉ、

 乙なものだかる~ぁ↓」

 

 だが残念な事に、彼はぼくの友人だ。

 

 お気楽だし、デリカシーも無いし、いつも調子の良い事ばかり言う。

 おまけに仕事ぶりもマイペースで、成績も中の下。

 世渡りだけが無駄に上手だけれど、ぼくが彼に好感を抱く為には、それは何のプラスにもならない。

 彼自身は特に気にしてはいないようだけど。

 

 口癖は「今夜いっぱいどうどぅ~ぁい↓」

 座右の銘は、“他力本願“。

 なんだか非常に関わり合いになりたくない、そんなタイプの男である。

 

「だけど、やっぱり明日からは別々に行こうよ。

 君はセグウェイどころか、空を飛んだり人間バイクに変形したりするんだし……。

 ぼくは別にひとりで……」

 

「いや~ぁ、その気遣いには感謝するけどぅ~ぉ、

 でもやっぱ~ぁ、一緒に行かないとぅ~ぉ↓」

 

 アナゴ君は、やにやら照れたように、はにかむ。

 

「――――ぼくはフグ田くんぬ~ぉ、親友だかる~ぁ↓」

 

 

 アナゴ君は、ウザい――――

 

 

 彼がぼくの家に押しかけ、そしてそのまま居候する事になったのは、つい昨晩の事。

 でも、ぼくは未だに、この現状がよくわからないでいる。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「助けてくるぇ~ぃフグ田く~ぅん!

 ぼくが最終兵器になったって妻に伝えたるぅ~ぁ、

 もう取り付く島もなく『出て行け』って追い出されとぅ~ぇ↓」

 

 昨晩、我が家の窓を叩き、そして中へと入れてもらったアナゴ君は、もう涙も鼻水もダーダーと流しながら僕にしがみ着いて来た。

 

「人間でなくなったぼくを~ぅ、妻は受け入れる事が出来なかったんどぅ~ぁ!

 ぼくにはもう~ぅ、どこにも居場所なんくぁ無いんだいょ~~ぅ↓」

 

 おーいおいと泣きわめくアナゴ君。その声に驚いてワラワラと集まってくる家族のみんな。ぼくはもう、ただただ硬直しているほか無い。

 

「あっ、どうも~ぅ磯野家のみなすぁ~ん!

 ぼくはマスオ君の親友どぅ~ぇ、同僚の~ぅ、アナゴといいます~ぅ↓」

 

 お義父さんやお義母さんの顔を見た途端、ケロッと泣き止んで挨拶を行うアナゴ君。

 

「実は諸事情がありましとぅ~ぇ、

 彼のご厚意どぇ~、しばらくこちらにご厄介になる事になりましと~ぅあ。

 いや~ぁ、持つべき物は~ぁ、やはり友達ですぬ~ぁ↓」

 

「えっ」

 

 言ってない。ぼくはそんなの一言も言ってない。

 しかし彼の言葉は、無常にも続いていく。

 

「本当ぬ~ぃ、ご立派な息子さんどぅ~ぇ。

 友達想いな彼には~ぁ、ぼかぁいつも助けてもらってばかりなんです~ぅ。

 では今回も~ぅ、よろしくお世話になります~ぅ↓」

 

 もう絶句しながら固まっているお義父さん。どういう事ですかと目で訴えてくるお義母さん。話が理解出来ない様子の寝ぼけ眼な子供たち。

 

「では今夜は~ぁ、とりあえずマスオ君の布団で一緒に寝させてもらいます~ぅ。

 奥さんにはたいへん申し訳ないのですぐ~ぁ、

 今日は妹さんとかと一緒ぬ~ぃ、別の部屋でお休み頂くという事どぅ~ぇ。

 では皆さん~、おやすみなさう~ぃ↓」

 

 そして「はいっ、解散っ!」とばかりにパンパンと手を叩くアナゴ君。

 その何か逆らえない感じの謎の雰囲気に、意味もわからず従っていく家族のみんな。

 ぼくが言葉なく呆けている間に、とても沢山の不本意な事が次々と決定していた。

 

「すーぁ寝よう寝よ~ぅ!

 明日も早いんだからぬぇフグ田く~ぅん。おやすむ~ぃ♪」

 

 いそいそと部屋の電気を落とし、モソモソと布団を被るアナゴ君。

 未だ立ち尽くしたままのぼくを余所に、もうグースカというイビキ声が彼から響いてきた。

 

 

 ……そして朝になれば、先に起き出して勝手に朝食を作っていたアナゴ君の姿。

 その最終兵器としての(?)多機能性を活かし、ミキサーやら圧力鍋やら大根おろし機といった家電機能を駆使して皆の朝食を作り上げた。

「いや~ぁ、これからずっとお世話になるのだかる~ぁ、これくらいは当然です~ぅ↓」とは彼の談。

 料理自体は意外にも美味しく、皆にも大変好評だった。

 

 朝食を食べ終わった後は、出勤までの時間タラちゃんと遊んでくれていたアナゴ君。

 どうやらタラちゃんを始めとし、子供たちに大変好かれているようで……、早くもカツオくんなどは彼の事を「アナゴ兄さん!」と呼び始め、慕いだしている様子だ。

 

 朝食作りに、子供たちの相手――――――

 さっそく彼がこの家での“役割“獲得に乗り出し、ジワジワと外堀を埋めにきているのが分かった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「どうして……どうしてこんな事に……」

 

 お昼。僕は自分のデスクでお弁当を広げつつ、頭を抱えている。

 今日のお弁当はいつものサザエお手製の物では無く、アナゴ君が作った物らしかった。出勤時に彼が得意げに語っていたが、なぜ彼は照れ笑いなどを浮かべていたのだろうか。

 ご飯には桜デンプを駆使して大きな「♡」のマークが描かれており、もうどんな顔をしてこれを食べれば良いのかがわからない。

 このお弁当をチラ見した会社の同僚に「おっ、お熱いですなぁ~」と言われたが、もう言葉を返す気力も無い。

 

「この現状はいったい何なんだ……?

 どうしてぼくは、こんな思いをしているんだ……?」

 

 その原因は言わずもがな、アナゴ君である。

 彼が我が家に住み着き、会社でも自宅でも四六時中ぼくにまとわりつき、心の平穏を奪っているからだ。

 昨夜、寝床で「絶対に彼の手助けなどしないぞ」と決意を固めたにも関わらず、そんなぼくの意志などまるで紙屑も同然だったかのように、アナゴ君は敵の砦を破壊する戦車砲の如き攻撃力をもってぼくの日常を粉砕した。

 

「どうすれば良い……? いったいどうしたら良いんだ……?」

 

 出て行って欲しい。我が家から超出て行って欲しい。

 しかしながら彼は現在家を追い出されており、他に行く宛ても無いのだと言う。

 

 いったいどのような伝え方をしたのかは分からないが、昨日彼は「ぼくは身体を改造され、人間じゃ無くなったんだよ」と自分の奥さんに伝え、そして大いに拒否されてしまった。

 もう取り付く島もなく外に放り出され、「二度と帰って来るな、顔も見たくない」とまで言われたらしい。

 元々彼の家はかかあ天下的な所があったようなのだが……それを差し引いても自分の夫が“最終兵器“になったなどと……、これはとても許容できる事では無かったのだろう。

 

「現状は、絶望的だ……。

 でもなんとか仲を取り持って、アナゴくん夫婦を仲直りさせないと」

 

 そうしなければ、死ぬ。ぼくの心が死んでしまう(・・・・・・・・・・・)

 暖かい家庭、心休まる我が家――――一刻も早くそれを取り戻さなくては。

 

 奥さんにも心を落ち着ける為の時間が必要だろうし、今すぐどうこうすると言うのは正直無理だと思う。

 しかし、出来るだけ早く。可能な限り迅速に問題を解決し、ぼくの平穏を取り戻さなくては。

 家族にも迷惑をかけてしまっているし、婿養子の身としてはお義父さんとお義母さんの視線も痛い。(これ絶対ぼくのせいでは無いと思うのだけれど)

 

「そうだ……! もしくは、彼を元の人間に戻す方法があれば……」

 

 アナゴくんを連れ去ったという、自衛隊だかパナソ〇ックだかの人達。その人たちを探し出す事が出来れば……!

 

「――――うお~ぅい、フグ田く~ぅん↓」

 

 必死で思考を回転させていた意識を、アナゴくんのお気楽な声がこの場に引き戻す。

 何やら紙袋を持ったままの手を、こちらに向かってブンブン振っている。

 

「いや~ぁ、一緒にゴハン出来なくてごめんよ~ぅ。寂しかったるぉ~ぅ?

 ちょっとぼく~ぅ、そこの文房具屋さんまで行ってたのす~ぁ↓」

 

「…………」

 

 思わず真顔で彼を見つめてしまうが、彼には気にした様子は微塵も無い。

 そして「はいこるぇ↓」と、持っていた紙袋をぼくに手渡した。

 

「ん゛ん~?(裏声) アナゴくん、何なんだいこれは?」

 

「これう~ぁ、ぼくから君へぬ~ぉ、プレゼントみたいな物す~ぁ↓

 さぁフグ田く~ぅん、遠慮せず開けてごるぁ~ん↓」

 

 ぼくは呆けたまま、言われるがままに紙袋を開封。するとそこから“だぁいあるぅい♡“と書かれた一冊のノートが出てきた。

 

「だ……ダイアリー? 日記帳かいこれは?」

 

「そうだよぅフグ田く~ぅん。なかなかイカすデザインだるぉ~ぅ?」

 気に入ってくれたくぁ~ぃ↓」

 

「いや、デザインはいいんだけど……。何故ぼくにこれを?」

 

 今日はぼくの誕生日でも無ければ、特にぼくには日記を付ける習慣も無い。そう首を傾げる。

 

「フグ田く~ぅん。なんたってぼくらう~ぁ、

 これから一緒に暮らしていく仲だるぉ~ぅ?

 だからぼくは考えたのす~ぁ。『もっと君と理解し合わなくっちゃ』って~ぇ↓」

 

 そうウンウンと頷き、アナゴくんが照れ笑いを浮かべながら、言った。

 

「フグ田く~ぅん。これで今日からぼくとぅ、交換日記をしよ~ぅ(・・・・・・・・・)↓」

 

「……交換日記ぃ?!?!」

 

 思わず持っていたノート(だぁいあるぅい↓)を放り投げそうになる。そんなぼくに構わず、彼の満足そうな言葉は続いていく。

 

「今日から二人で日記を書いていっとぅ~ぇ、

 それをお互いに見せ合うのす~ぁ。素敵だるぉ~ぅ↓」

 

「……待ってくれッ!! 君は正気かぃ?! 何故ぼくと君が交換日記なんかを?!」

 

「もちろんそれう~ぁ、ぼくらがより深く理解し合うためす~ぁ。

 これで友情を深めれぶぅ~ぁ、もっともっと“親友“になれる~ぅ↓」

 

「ぼくらもうおっさんだよ?! アラサーのおっさん二人で交換日記を?!?!」

 

 もうぼくは掴みかかるようにして抗議する。しかし彼は今も涼しい顔。

「わかってくる~ぇフグ田く~ぅん。これは物語りにとってぇ、非常に必要な要素なんど~ぁ↓」と意味の分からない事を言う。

 

 

「じゃあもうぼくは書き終わっているかる~ぁ、次は君の番だいょ~ぅ。

 明日までに書いてくるようぬぃ~。しっかり頼んだいょ~ぅ↓」

 

 

 

 スタスタと足音を立て、アナゴくんがこの場を去って行く。

 

「君はいったい、何を考えているんだ……。ぼくが必死になって悩んでるのに……」

 

 

 愕然と膝から崩れ落ちたぼくは、しばらくこの場から、動く事が出来なかった。

 

 

 

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

【フグ田くん、今日の朝ふと窓の方を見たら、一羽の小鳥が窓辺にとまっていてね? そのあまりの愛らしさに、ぼくは思わず涙がこぼれたんだ。君にも見せたかったなぁ。】

 

 ――――ウザい。

 

【今日一緒にいる時、ふと君の香りをフワッと感じる瞬間があったのだけど、いつも清潔な君からはシャンプーのとても良い香りがしたよ。今は同じ屋根の下に住んでいるのだし、きっと僕からも、君と同じシャンプーの香りが……】

 

 ――――――ウザい。そして気持ち悪い。

 

 なんなんだこの文章は。これが30を間近に控えたオッサンの書く文章なのか。

 今ぼくは自室にてこれを読み、そして頭を抱えている。

 

【あ、そうそう。今まで特には気にしてはいなかったけれど、僕が君を呼ぶ時の呼び方について。一応僕は会社にいる時は、君を“フグ田くん“と苗字で呼ぶ事にしているけれど……、でもやはりプライベートな時は“マスオくん“と呼んだ方が君は嬉しいかい?】

 

【一緒に暮らしていく上で苗字呼びというのは、なにやら距離感がある感じに受け取られてしまうだろうかと……少し気になってね。親友である僕としては、君の苗字も名前も大変趣のある良い響きだと……】

 

 普段から鬱陶しい所のある彼であるが……、この日記の中では本当に楽しそうに僕に色々な事を話し、そしてグイグイ来た。

 それは……まるで友達のように。本当の“親友同士“がするように……。

 

 とにもかくにもぼくはペンを握り、試しにこの日記帳と向かい合ってみる事とする。

 

「え~っと…………アナゴくん、元気ですか? ぼくの方は今日会社で……」

 

 だが次の瞬間、ぼくは衝動のまま〈ビリィィーッ!!〉とページを破り取った。

 

「や っ て ら れ る か」

 

 日記帳を放り投げ、身体を布団の上に投げ出す。

 本当はこのまま何も考えず寝てしまいたいけれど、彼は「明日までに頼んだいょ~ぅ↓」などと言っていたし……、書かないまま明日を迎えたらいったい何を言われる事やら。

 

 しばし心を落ち着け、仕方ないから今一度向き合おうと、床の日記帳を拾い上げようとする。

 その時……たまたま開いていたページにあった一文が、ぼくの目に入ってきのだ。

 

 

【――――フグ田くん……。ぼく、成長してる。】

 

 

 

 

 

 

 

 でも正直、「知らんがな」と思った。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「美味ぁ~ぅいッ! なぁんて美味しい豚の角煮定食なんどぅ~ぁ↓」

 

「そうか、気に入ってもらえて良かったよ、アナゴくん」

 

 ある日の午後。僕らは昼食休憩にこの店を訪れ、豚の角煮に舌鼓を打っていた。

 

「進むぅぅ~~う! ごはんが進む君だいょ~ぅ!

 こ~んな美味しいお店を隠していたなんとぅ~ぇ、君も人が悪いよ~ぅ↓」

 

「アハハ……ごめんごめん。

 でも最後に(・・・)、君とこの店で食べておきたかったんだ」

 

「?」

 

 あの晩から、もう数日が経つ。

 

 彼はあいも変わらず我が家に居座り、ぼくに対して暴虐の限りを尽くしている。

 家族の皆はなんだかんだありつつも、彼に非常に良くしてくれている。子供たちもアナゴくんの事が好きみたいだ。

 でも……。

 

「ごめんよアナゴくん……。ぼくもう疲れた(・・・)

 

「……ッ」

 

 今日この場に彼を連れてきたのは……、この騒がしい彼にお気に入りの店を教え、そして店主に多大な迷惑をかける事を覚悟してまでここを訪れたのは……、こう彼に告げる為だった。

 

「限界なんだ、アナゴくん……。

 君の事情は分かる、同情もする、……でもぼくには家族がある。

 愛する妻と子供……、守らなきゃいけない家族がいるんだ」

 

「フグ田……くぅん……↓」

 

「だからもう、君の力にはなれない――――

 婿養子であるぼくには、君をずっとあの家に置いてやる事は出来ないんだ。

 ……今日限りに、して欲しい」

 

 どこかビジネスホテルでも取るのなら、いくらでも軍資金に協力しよう。

 新しい部屋を探すのなら、ぼくも一緒に探す。保証人だって引き受けるさ。

 ……だけど、もうこれ以上君を置いておく事は出来ないんだ。

 それをどうか、わかって欲しい……。僕は彼の目を見つめ、ハッキリと告げた。

 

「……そっかぁ。そうだよな~ぁ、フグ田く~ぅん↓」

 

 軽く息を吐き、俯くアナゴくん。その表情は諦めと共に、なにやら少し照れ臭そうな……申し訳なさそうな顔に見えた。

 そんなアナゴくんの姿を見て、胸が痛む心地がする。

 

 けれど、これは言わなければならない事――――

 ぼくはサザエの夫であり、タラちゃんの親だ。一番に守らなければならない人たちに迷惑をかけてまで、君の力になる事は出来ない。一緒には、いられない。

 

「ごめんよぉフグ田くぅん、……迷惑をかけてしまってぇ。

 君に辛い想いをさせ、こんな事まで言わせてしまうなんてぇ……自分が情けないよ」

 

 ……ぼくらの関係は、終わるのかもしれない。

 今までほとんど一方的に付きまとわれ、そして迷惑をかけられるばかりの関係ではあったけれど……それでも彼はまごう事無く、ぼくの“友人“だった。

 決して彼の言うような親友などではなかったけれど……それでも彼と一緒にいて、楽しかった思い出も、確かにあるんだ。

 

 そんなぼくらの関係は、友情は……今日で終わってしまうのかもしれない。

 その全てを覚悟し、この残酷さに必死に耐えながら……。ぼくは一人の男として、彼に出ていくよう告げた。

 

「せっかくキングサイズのダブルベッドを注文していたのだけれどぅ~、

 無駄になってしまったぬ~ぁ↓」

 

「……ちょっと待って! 何を勝手に注文してるのさッ?!?!」

 

「今日届くハズだったお揃いのパジャマ……、

 というかもうあれはネグリジェなんどぁが……、

 あれを一緒に着れなかったのだけは~ぁ、心残る~ぃ……↓」

 

「だから何を勝手に注文してるのッ?!

 着ないよ?! ぼくはネグリジェなんか着ないよッ?! オッサンだよ?!」

 

 もしかしたら、滑り込みセーフだったのでは? ギリギリ助かったのでは?

 心の片隅で薄っすらと思う。

 

 そうしているうちに、やがてアナゴくんがゆっくりと、伏せていた顔を上げる。

 

「……まぁでも~ぅ、無駄にはならないく~ぁ。

 迷惑はかけられないから、あの家は出ていくしかないけれどぅ~ぉ……、

 でもベッドやパジャマは、一緒に使えるしぬ~ぇ↓」

 

「…………え?」

 

 一瞬、彼が何を言っているのか分からず硬直する。

 

「じゃあ張り切って部屋を探そうかフグ田く~ぅん!!

 ……ぼくと君、二人で住む部屋(・・・・・・・)を~ぅ!!」

 

「 え゛ぇ゛ーーッ!?!? 」(裏声)

 

 思わずひっくり返った声が出るぼく。そんなぼくを余所に、アナゴくんの言葉は続いていく。

 

「じゃあ張り切って探さないとぬ~ぇ! 君はどんな部屋が良いんだ~ぅい?」

 

「ちょっと待ってくれアナゴくんッ!? どういう事だぃ?!?!

 なんでぼくが部屋を探すんだッ?! しかも一緒に住むって?!?!」

 

「当然だる~ぉフグ田く~ぅん! ぼくらは親友なんだかる~ぁ!!

 いうなれぶ~ぁ、“運命共同体“ってヤツす~ぅあ!!」

 

 さっきまでのしおらしさは何処へやら。満面の笑みで宣言するアナゴくん。

 

「部屋を探すのもいいけどぅ~ぉ、

 もういっその事、どっか遠くへ一緒に逃げちゃうのも良いかもしれないぬ~ぇ!!

 君は漁師の見習いとかをやっとぅ~ぇ、

 ぼくがラーメン屋の店員さんとかをするのはどうどぁ~い↓」

 

 彼はもう、絶好調だ。

 こうやってしまったアナゴくんを止める術を、ぼくは知らない。

 

「待ってくれアナゴくんッッ!! ……行かないっ! ぼくは行かないよっ?!?!」

 

「照れなくても良いよ~ぅフグ田く~ぅん!! これからもずっと一緒だいょ~う!!

 ぼくはぜったい君を離さないずぉ~ぅ。地獄の底までぬ~ぇ↓」

 

 ワーワー騒ぐぼくを無視し、アナゴくんは〈チャリーン!〉と豚の角煮定食のお代を置き、店からスタスタと去って行った。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「……お゛やっ?(裏声)

 ねぇアナゴくん、君に封筒が届いてるよ?」

 

 なんだかんだと昼食から帰って来たぼくらは、彼のデスクの上に郵便物が置いてあるのを発見した。

 

「ん~ん? ぼく宛てに手紙か~ぁい? わざわざ会社の住所ぬ~ぃ?」

 

「そりゃまぁ……君はいま家を追い出されてるし……。

 そういう事もあるんじゃないかな?」

 

 とりあえずアナゴくんに封筒を手渡し、ついでにペーパーナイフを渡してあげる。

 彼は「~♪」と鼻歌なんか歌いながら、イソイソと開封していく。

 

『 ぶぅぅううううるぁぁああああああーーーーーーーッッッ!!!! 』

 

「 !?!? 」

 

 封筒の中身を一目みた瞬間、口から色々な液体を噴出するアナゴくん。

 

「―――ごっぼぉあぁぁッ!!!!」(吐血)

 

「あ……アナゴくん?!?!

 大丈夫かアナゴくん!! アナゴくぅぅぅーーーんッッ!!!!」

 

 そして床に〈バターン!〉と倒れ伏すアナゴくん。

 その身体はヒクヒクと痙攣しており、今にも死んでしまいそうに見えた。

 

「ちょっ……! どうしたんだアナゴくん!! いったい何がっ?!?!」

 

「コヒュー……コヒュー……」

 

 プルプルと震える手で、アナゴくんがぼくに封筒を手渡す。

 顔面蒼白となっているアナゴくんが心配ではあるのだが、とりあえずは意を決して内容物に目を通してみる。

 

 

 ――――――【離婚届】

 

 

「……………………………………あぁ……」

 

 それは、彼の奥さんより送られた、全てが記入済みの離婚届けの書類。

 黙って私と別れて。後は判を押すだけよ。……まるでこの物言わぬ紙きれが、そう言わんばかりの冷たい圧力を放っているようだった。

 

 

「は……はは……。 はははは……」

 

 

 ――――時は、進んでいく。

 ぼくを置き去りにして。この上なく残酷な形で。

 

 それは決して、この世界は決して……。

 未熟なぼくらを、待っていてはくれなかった――――

 

 

「ははっ……笑えよ、フグータぁ~↓」

 

「 ベジータみたいに言うなッ!!!!

  ……ってしっかりするんだアナゴくんッ!? アナゴくぅぅぅーーんッッ!!!! 」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

27、最終兵器アナゴ その3

 

 

「いやぁ山本主任、よくやってくれた! よくぞ間に合わせてくれたっ!

 これでTOSH〇BAもパナソニ〇クも恐るるに足りん!」

 

 ここは家電会社HITA〇Iの会議室。

 今この会社の社長であろう人物が、開発主任と社員達をねぎらっていた。

 

「この“氷点下マイナス200度まで室温を下げられるエアコン“が発売されれば、

 瞬く間に我が社がエアコン業界のシェアを独占する事だろう!

 この夏はHITA〇Iのエアコンで決まりだっ!」

 

「ありがとうございます社長! 頑張って作った甲斐がありました!」

 

「「「ありがとうございます!!」」」

 

 バンバンと社員たちの肩を叩き、心からの笑顔を見せる社長。社員たちもとても嬉しそうだ。

 

「この他、我が社は今後“ホットプレート並に熱い便座ウォーマー“や、

 “床板を粉砕するほど吸引力が凄い掃除機“なども発売予定だ!

 これで我が社が家電業界第一位となるのは確実! 我々の天下だぞ!!」

 

「社長ーッ!」

 

「「「社長ッ!! 社長!!」」」

 

「わっはっは!! わっはっは!!」

 

 社員達に胴上げされ、ピョインピョインと宙を舞う社長。自分達の天下を祝い「わっしょい! わっしょい!」「いんすぱぃあーざ、ねくすと!」と声を上げる。

 この圧倒的な技術力があれば、ライバル会社共など目じゃない。もうパナソニ〇クなど敵ではない!

 一気に業界のシェアを独占し、他会社などすべからく倒産に追い込んでくれよう。

 社長の男は宙を舞いながらほくそ笑み、思う存分歓喜に酔いしれる。

 

 ――――――しかし、その時突然ブチ破られる、会議室の天井。

 凄まじい轟音をともなって穴が空いた天井。そのぽっかり覗いた空から……ゆっくりとこの場に舞い降りてくる、何者かの姿があった。

 

「……なっ、なんじゃコイツはッ! 何者じゃあーーッ!!!!」

 

「 !?!? 」

 

 まったく音をさせずにその場で滞空するという、信じられないほど高度なテクノロジー。

 そのスーツの背中を突き破って飛び出している“透明な羽“は、いったいどれだけの資金力と技術力があれば作り出す事が可能なのだろうか。

 

 そんなこの場の技術者達でもまったく理解の及ばない“何か“を装備したスーツ姿の男が……ゆっくりゆっくりと下降し、会議室の真ん中へと降り立った。

 

「人……? 男……?! スーツ姿……サラリーマンなのか?」

 

「なんだあのクチビル……。とても特徴的な……」

 

「中年……? こいついったい、どこの会社の……」

 

 まるで神にも悪魔にも似た神々しさをもってこの場に降り立った、その男。

 

「…………彼は、泣いているのか(・・・・・・・)……?」

 

 そして今……、男が伏せていた瞼を開けて、ゆっくりとこの場の者達を見渡した。

 

 

 

「――――ごめんいょ~ぅ……。ぼく人としての機能、もうあんまりだかるぁ……。

 君たちの声……もうよく聞こえないんどぅ~ぁ……↓」

 

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日――――大手家電会社HITA〇Iの本社ビルは、完全な機能停止に追い込まれた。

 

 

 

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 アナゴくんの奥さんから離婚届が送られてきて、数日。

 現在ぼくとアナゴくんの二人は、会社付近にあるビジネスホテルを取り、そこで暮らしている。 

 

「…………っう~ぃ。おぉーいフグ田く~ぅぅぅん。飲んでるくぁ~い↓」

 

 ネクタイを額に撒き、くったくたになったカッターシャツ姿のアナゴくんは、あの日からずっとこんな調子で飲んだくれている。

 仕事が終わって夜になると、こうして毎晩のように付き合わされる。

 

 あの定食屋さんでの昼休みに「家から出て行って欲しい」と告げはしたものの……流石に今の彼を放っておく事は出来ず、彼が落ち着くまでの間はと、このビジネスホテルで一緒に暮らしているのだ。

 暫くの間とはいえ、家に帰らずにいるなんて……また夫としてサザエや家族たちに迷惑をかけてしまっている。

 けれどしっかりと事情を説明し、ひたすらサザエに頼み込んで、今回だけはと無理を言って許してもらった。

 だって、もう今にもビルの屋上から飛び降りんばかりの様子だった彼を、どうして放っておけるだろう? ひとりになんてさせておけなかった。

 

「いや……アナゴくん飲みすぎだよ?

 もう時間も遅いし、そろそろ休んだ方がいいんじゃ……」

 

「ぬぅあ~~~ぬぃを言ってるんだフグ田く~ぅん!! 夜はこれからだる~ぉう!?

 それとも君は、ぼくの酒が飲めないっていうのく~ぅあ↓」

 

 日中は塞ぎこんでいだり、突然泣きわめいたり。そして夜になるとこうして飲んだくれるという生活が、もう数日ばかり続いている。

 突然“最終兵器“なんてワケの分からない物にされ、妻に離婚を切り出される。こんなのアナゴくんじゃなくたって参るに決まってる。平気な人間などいるものか。

 

 とにかく、ぼくは彼の傍に居た。

 特に何が出来るワケでもない。彼のグチや弱音を聞いてやる事や、こうして絡み酒の相手になってやる事しか出来ないんだ。

 でも、誰にだってこうして、誰かに傍にいて欲しい時があるはず。ひとりでいたくないって時があるハズだ。

 まがりなりにも彼が“親友“と呼ぶ、そんなぼくにしか出来ない事が、たとえどんなにちっぽけでもあるハズなんだ。

 

 ぼくには大層な事は出来ないし、役に立てる自信なんか無い。

 それでも……、今はただ、彼の傍にいようと思った。

 

「うぅ~~ん……ぐぅお~~ん! すぴぃ~~……zzz……」

 

 やがてアナゴくんは飲み潰れ、泣き疲れて、酒瓶を抱えたまま眠りに落ちる。

 目の周りは赤く腫れ、頬には涙の跡。鼻水やよだれだってダーダー垂れている。

 

 そんな彼の情けない姿を見つめながら……、たった今ぼくは、ひとつ心に決めた事がある。

 

「そうだ……パナソニ〇クだ。

 彼を最終兵器にした人達に、なんとか会う事が出来れば……」

 

 幸運にも、明日は仕事が休みだ。

 いってみよう、パナソニ〇クの本社に……。

 

 会わせてもらえるかどうかなど分からない。ぼくは彼と友人であるというだけで、まったくの赤の他人であるのだ。

 まがりなりにも最終兵器なんて大層な名前が付いているんだ。きっとこれはぼくのような無関係の人間に話せるような事じゃないのかもしれない。何も出来ず、徒労に終わってしまう可能性の方がずっと高い。

 

 しかし、行ってみない事には何も始まらない。

 何もせず、ここでこうして手をこまねいているよりは、ずっと良い。

 

 彼が人間ではなくなってしまった原因である“最終兵器“の事……それを聞いてこなければ。

 そしてもし彼が元に戻れる方法が分かったなら……奥さんとの離婚話だってきっとなんとかなる。なんとかしてみせる。

 

「ぼくはサラリーマンなんだ。

 会社周りや交渉事は、専門分野さ」

 

 

 サザエ、タラちゃん、ぼくに勇気をおくれ――――

 

 どうしようもないヤツではあるけれど……この憎めない友人を助けられる力を、ぼくにください。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「いやいや~どうもフグ田さん。

 わたくしパナソニ〇ク商品開発部主任の“江根 流宇腑“と申します」

 

 パナソニ〇ク本社を訪れ、そしてこの部屋に通されたぼくは、出されたお茶に手を付ける事もなく必死で気を張っていた。

 やがてこのエネルーp……江根という男が目の前に現れ、作法としてペコペコ名刺の交換などを済ませた後、ぼくらは向かい合ったソファーに腰掛ける。

 

「なんでも今日は『最終兵器について聞きたい』とか……。

 驚きましたよフグ田さん。まさか家電業界と何の関わりのない方が、

 我が社の極秘事項であるアレの事をご存知でいるとは……」

 

「えぇ、御社が最終兵器になさったのが、実は私の知人の男でして。

 今日はその事……彼の身体の事について、いくつかお訊ねしたいと……」

 

 表面上にこやかな笑顔を浮かべてはいるが、この江根という男の目はまったく笑っていない。

 丁寧な物腰ではあるが、ほのかに感じる威圧感。こちらの出方を伺っているのが見て取れた。

 僕は慎重に言葉を選びながら、彼との会話を行っていった。

 

「えぇ。フグ田さんのおっしゃる通り、彼は様々な家電としての機能を搭載した、

 まさに我が社の技術の粋を集めた“最終兵器“と呼べる存在です。

 長年続く、この家電業界のシェア争い、トップ争いに終止符を打つ存在。

 ……しかしながら、なにせこれは我が社の極秘事項である物ですから、

 申し訳ないですが部外者の方にお話できる事は、多くありません。

 フグ田さんが今おっしゃられた以上の事は……とても……」

 

「よくわかります。

 ですが私には、どうしても御社に聞いておかなければならない事があります。

 ……彼がどういう存在であるか、どのような目的で作られた存在なのか、

 そんな事はむしろ、私にとってはどうでも良い話だ」

 

「?」

 

 わかっている、この男がぼくなどに機密を教える気など無い事は。

 だからせめて、これだけは。

 

「――――彼は、治りますか?

 いつの日か元の姿に戻る事が、出来ますか?」

 

 江根の顔がこわばったのが分かった。

 ぼくはじっと真っすぐに、彼の目を見つめる。

 

「…………いやぁ~残念だ。せっかくお越しいただきまことに恐縮ですが、

 この後わたくし、外せない会議がありましてね?

 申し訳ないのですが……、今日はこの辺で……」

 

「 待って下さいッ!! 江根さん!! 」

 

 目を逸らしてソファーから立ち上がろうとする江根を、ぼくは大きな声で制する。

 そして即座に立ち上がり、勢いよく乱暴に、ぼくらの間にある机を押しのけた。

 

「……ッ!? フグ田さんっ、貴方なにをッ?!」

 

「お願いします江根さんッ!! ぼくをッ……!!」

 

 土下座(・・・)

 これはジャパニーズサラリーマンの最終兵器、土下座というヤツだ。

 生憎ぼくはただの人間だけれど……でもぼくにだって意地がある。覚悟がある!!

 

『 僕を最終兵器にして下さい(・・・・・・・・・・)ッ!! 彼の代わりぼくをッ!! 』

 

「!?!?」

 

「 彼を元の身体に戻してやって下さいッ! 友人なんですッ!!

  彼には愛する奥さんがッ、守るべき大事な人がいるんだッッ!! 」

 

 何を言っているんだか、ぼくは……。

 愛する妻がいるのはぼくも一緒じゃないか……。一番に守ると誓った家族がいるじゃないか……。

 

「なんでもしますッ、御社の為にこの身体、どうとでも使って下さいッ!!

 愛社精神なら自信があるッ、勤務態度だって彼よりずっと良い!!

 だから彼を元に戻してやってくださいッッ!! どうか戻してやって下さいッッ!!」

 

 サザエは、泣くだろう……。でもきっと分かってくれる。そう信じてるんだ。

 ……ぼくん家はアナゴくんとは違う。ぼくは今まで悪い事なんかした事がないし、夫婦間の信頼だってアナゴくんとはケタ違いなんだ。

 

 だからきっと、君のように離婚話になんてならないよ――――

 大丈夫なんだ、ぼくなら(・・・・)――――

 

『 お願いしますッ! お願いしますッ!! お願いしますッッ!! 』

 

 あぁ情けない……涙が出そうだ……。

 こうしてる自分の姿を俯瞰で見れば、それはそれはもう死にたくなるような情けない姿なのだろう。

 ……でも、しょうがないじゃないか、“友達“の為だ。

 どうしようもないヤツだけど……いつも迷惑ばかりかけられてるけど……でも彼が笑顔でいてくれないと、ぼくも調子が出ないじゃないか――――

 

 

 ……ただひたすらに、ぼくは頭を下げ続ける。

 窓ガラスがビリビリ揺れるような大声で、ひたすら懇願し続ける。誠心誠意。

 

 やがて今までずっと呆然としていた江根が……ふぅっとため息を吐き出すのが聞こえる。

 そして静かな、……いや“冷徹さ“を感じさせる声で、ボソリと呟いた。

 

「まいったよ……まさかここまで部外者に関わられるなんて。最重要機密だぞ……。

 ここまで知られたからには、もう生かしておけない(・・・・・・・・・・)

 

「ッ!?」

 

 江根がパチンと指を鳴らした途端、扉をブチ破り、この場に銃を構えた大勢の男達が現れる。

 ここは本当に日本なのか、パナソニ〇クは家電会社ではなかったのか。迷彩服の男達に取り囲まれながらぼくは思う。

 

「首を突っ込み過ぎたね、フグ田くん。

 我が社の未来の為、業界第一位の野望の為……死んでもらおうか」

 

「きっ……き゛っさ゛ま゛ぁ゛ぁ゛ーーーッッ!!!!」(裏声)

 

 怒声を上げはする物の、これが絶体絶命の事態だって事くらいぼくにも分かる。

 沢山の銃を突き付けられた現実感の無い光景。ぼくの脳裏には愛する妻と家族……そしてあの憎めない男の顔が浮かぶ。

 

「死ねぇいフグ田くんッ! パナソニ〇ク万歳ッ!!」

 

「うああああああッ! アナゴくぅぅぅーーーーんッッ!!!!」

 

 思わず目を瞑り、死を覚悟したその時――――

 

 

『 はいよ~ぉ、おまっとぅさぁ~~ん!!

  伏せるんどぅ~ぁフグ田く~~ぅん↓ 』

 

 突如窓をブチ破り、ターザンよろしくこの場に飛び込んで来た男の姿。

 茶色のスーツに、信じられないくらいデカいタラコ唇。ウザくていやらしい口元ッ!!

 

「あ、そぉお~~ぅれ♪ ブブブブブブブ~~~♪」

 

 アナゴッ、アナゴくんだ!!

 彼が今この場に颯爽と現れ、そしてぼくを取り囲んでいた男達に向け、右腕に構えた機械を向けた!!

 

「 ……ぬっ!! なんだこr…………うわぁああああああああッッ!!」

 

「「ぎゃあぁぁぁあああああああーーーっっっ!!!」」

 

 迷彩服の男達、そして江根が、アナゴくんの構えた右腕の機械に吸い込まれていく(・・・・・・・・)

 それはまるでテレフォンショッピングで、掃除機に吸い込まれる10円玉のように! 次々と!!

 

「あ~~っはっはっは! そう、これは巨大な掃除機すぅあ!!

 フグ田くんは、プレリードッグの捕まえ方って知ってるくぁい?

 プレリードッグはトラックに搭載した巨大な掃除機を使って、

 こんな風にズゴゴ~っと吸い込んで捕獲するんだいょ~ぅ!

 なんだかシュールだよぬ~ぇ↓」

 

「ぎゃあああああああーーーー!! たっけてぇぇええええーーーーっっ!!」

 

「ぬぅぅおおおおおおおおおおおーーーーッッ!!!!」

 

「いやぁぁあああーーー!!!! おかぁちゃああああーーーーん!!!!」

 

 ぶぅぅううるああぁぁぁーーーとばかりにパナソニ〇ク社員たちを吸い込んでいくアナゴくん。

 それを、呆然と見つめ続けるぼく。

 

 重役も、新入社員も、受付嬢も。

 目に見える全ての人間を吸い込み終わるまで、アナゴくんが止まる事は無かった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 窓から朝の光が、差し込んでいる。

 目覚めれば、ここはいつものビジネスホテルのベッド。ぼくのベッドだ。

 

 

 昨日、パナソニ〇ク本社から逃げ出した後、ぼくら二人はアナゴくんが変形した人間バイク(KAWAS〇KI)で街を飛ばし、もうツーリングだとばかりに無意味に走り続けた。

 大企業を相手取り、襲撃からの逃走劇というドラマのような体験。もうテンションがおかしな事になっていたぼく。そしてアナゴくん。

 意味も無く笑いが込み上げた。まるで青春ドラマに出てくる青少年達のように、ぼくら二人はアッハッハと笑った。

 

「いやぁ~、な~んくぁ楽しかったぬぇ! フグ田く~~ぅん!!」

 

「あぁ、まったくだよアナゴくん!!

 ……こんな痛快な気分は、生まれて初めてだ!!!!」

 

 まさか、今まで平々凡々に生きてきたぼくが、こんな体験をする事になろうとは。楽しい気持ちが胸から溢れて止まらない。

 イカした友達に、イカしたバイク(どっちもアナゴくんだけれど)。もう二人なら、どこまでだって駆けて行ける。

 

「よ~ぅし、もっと飛ばすいょ~う!!

 しっかり掴まっててチョーダイ、フグ田く~~ぅん↓」

 

 時に反対車線を爆走し、踏切を飛び越え、おまわりさんに追っかけられたりしながら。

 ぼくらはやがて夜になるまで、どこまでも一緒に走り続けた――――

 

 

 

「……あれ、アナゴくん? ……アナゴくんは?」

 

 ベッドから起き出し、辺りを見回しても、あるのはお酒の空き瓶と、散乱したおつまみだけ。

 

「どこ行ったんだろ、アナゴくん……。トイレにでも行ってるのかな?」

 

 ぼくは寝ぼけ眼で起き出した時……、彼はもう、この部屋を出た後だった。

 

 彼がぼくの枕元にそっと置いていった、二人の“交換日記“。

 それに気が付き、目を通し終わったぼくが必死に彼を追って部屋を飛び出して行くのは、もう少し後の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 おはよう、フグ田くん。

 

 ごめん。僕はバカだから、多分フグ田くんの前だと上手く話せないと思うので、手紙にします。

 

 フグ田くん、いままで本当にありがとう。

 フグ田くんと友達になれて、嬉しかった。

 

 正直……、最初は「僕が会社も夫婦仲も上手くいっていないというのに、君だけ幸せなのは気に喰わない」という理由で、嫌がらせ目的で君に付きまとっていたんだけど……。

「なんでこんな冴えない男なんかが……」と、君を地獄に叩き落してやる位のつもりで散々付きまとっていたのだけれど……。

 社内で君にゲイ疑惑があったり、サザエさんとの結婚は「それを隠す為の偽装だ」なんて噂が蔓延してるの……実はぜんぶ僕のせいなんだ。

 たまに君の愛妻弁当を勝手に食べちゃったりしてたの、実はぼくなんだ。

 

 でも……そんな僕の事を邪険にせず、いつも優しくしてくれてありがとう。

 なんだかんだ言いつつ、決して見捨てないでいてくれて、ありがとう。

 

 まいったよフグ田くん。感服した。

 僕の負けだよフグ田くん。……本当に君は、呆れるくらい良いヤツだった。

 

 ……というか、なんでこんな恥ずかしい事を、改めて言わなくてはいけないのかというと……。

 

 

 ごめんよ、フグ田くん。

 実を言うと、磯野家は、もうだめです。

 

 突然こんな事を言ってごめんよ。

 でも本当です。

 

 

 僕ね? 突然パナソニ〇クにこんな身体にされてしまって以来、最終兵器として色々な家電会社を潰しに周ったりしていたのだけれど……。

 日本の家電業界は今、もうホント、すごい事になっています。

 技術争いも、シェア争いも、人の心も……。

 

 ごめん、だから多分……2,3日後には磯野家は終わりになっちゃうと思う。

 TOSH〇BAと深い縁のある磯野家は、覇権を狙うパナソニ〇クの最優先攻撃対象になっているから。

 

 せめて、波平さんやフネさん、それにサザエさん、まだ子供のカツオくんやワカメちゃん、タラちゃん。

 僕がお世話になった、君の大切な人達だけは……僕が守ります。そう思っています。

 

 ごめんね、フグ田くん。

 いつも面倒な僕の相手をしてくれてありがとう。

 本当は君にだって悩みがあったり、日々つらい事だってあったハズなのに。

 でもそれを決して表に出す事なく、いつも君は周りの人達のため、朗らかに笑っててくれた。

 本当に、ごめんね。

 

 僕は大丈夫。君の家族のみんなに恩を返す為、頑張って戦います。

 ……ぶっちゃけ僕は家電だから、戦ったり物を壊したりするというよりも……。

 でもまぁ、なんとか頑張ってみます。

 

 2.3日後に、ものすごく赤い朝焼けがあります。

 それが、終わりの合図です。

 程なく大きめの地震が来るので気をつけて。

 それが止んだら、少しだけ間をおいて、終わり(パナソニ〇ク)がきます。

 

 それじゃあもうすぐお仕事なので。

 さよなら。またねフグ田くん。

 ごめん。ありがとう。

 

 

 君を、心から尊敬してる。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

28、最終兵器アナゴ 最終話

 

 

「 いるんだろう! そこに居るんだろう!? 」

 

 ビジネスホテルから駆け出し、そこからぼくは丸一日もの間、アナゴくんを探して思いつく限りの場所を駆け回った。

 しかしどれだけ探そうとも、彼の姿を見つける事は出来なかった。

 

 正直ぼくなんかには、とてもじゃないが内容は理解出来なかった。しかしあの手紙からは、普段の彼からは想像も付かないような悲痛な覚悟を感じたんだ。

 彼を見つけなけらばならない。是が非でも見つけ出さなければ、そして傍に居てやらなければ。

 今ぼくが心に思うのは、ただその想いだけ。

 

 やがて万策尽き果て、ようやくその場に足を止めたぼくは……、おもむろに辺りに響く程の大声を持って、呼びかける。

 

「いるんだろう! どうせそこで見ているんだろう!? 出てこい!!!!」

 

 確信があった。彼らがあのままぼくを放っておくハズがないと(・・・・・・・・・・・・・・)

 故にぼくはハッキリと、そして縋りつくような気持ちで、そこに居るであろう人物に呼びかける。

 

「…………」

 

 やがて観念したように、建物の影から姿を現したのは、あの江根という男。 

 ぼくと目を合わせるのが辛いかのように、そして何をどう話して良いのか分からないとでも言うように、その場に立ち尽くしている。

 おもいっきりアナゴくんに掃除機で吸いこまれてたハズだけど……なんとか無事だったようだ。

 

「江根さん! 彼は無事なのかい?! 今どこにいるんだ!!

 いったい君たちは、アナゴくんに何をさせようとっ!!

 ……いや、そんな事はもう、どうだって良い……っ」

 

 江根の肩を掴んでガクガクと揺らすが、彼は抵抗する事もせず、ただ俯いたまま。

 

「アナゴくんは……一体どうなるんだい?

 いつか元の身体に戻る事が……いや、生きる事は出来るのか(・・・・・・・・・・)?」

 

 いつも飄々としている彼らしからぬ、真剣さを持って綴られていた手紙。

 それを読んだ時、ぼくはとてもイヤな予感がしたんだ。

 決して当たっていて欲しく無いと……、そう願いながら江根を問い詰める。

 

「――――仕方なかった。誰も悪くないんです」

 

 ぼくから眼を背けたまま、呟くようにして江根が口を開く。

 

「決して我々は、最初からアナゴさんをあのようにしようとしたワケでは……。

 しかし、今となってはもう……」

 

「あの日、奥さんから離婚届を受け取った時……彼は壊れてしまったのです。

 “人“の部分を致命的に破損し、もう元に戻る事は出来なくなってしまった。

 たとえ頑丈な身体を得ようとも……彼は我々も予想外な程、心が豆腐だった……」

 

 真面目な雰囲気の中で申し訳ないが、「え、なんかアナゴくんディスられてない?」と思った。

 

「――――知りたいですか? この星の事。

 この企業戦争の事……、そして本当の彼の事を……」

 

「人間には、“知らなければ良かった事“、というのがあります。

 人には、人生には……知らなければ幸せでいられた事というのがあります。

 そうすれば、一度きりのかけがえのない人生を精一杯なんやかんや……」

 

 江根さんは今も真剣に語ってくれているのだが……ぼくはさっきの豆腐発言が気になりすぎて、もうロクに話が入って来ない。

 

「アナゴくんは生きられますかっ?! この先も無事にっ!!」

 

「…………はい、おそらく。

 しかし、それがどういった形(・・・・・・)でかは、私にはわかりかねます」

 

 とりあえずもう要点だけ訊こう! それだけでいいやっ!

 そんな想いから話をぶった切り、質問を投げる。

 

「我が社(パナソニ〇ク)の研究者のひとりが、ある仮説を立てています」

 

「たとえて言うなら……、いまのアナゴさんの細胞は“人類そのもの“

 人がこの世に生まれ出てから今までの歴史を、

 その体の内でもう一度繰り返しているようなものです。

 平和と戦いを繰り返し、それを糧として、際限なくどんどん成長し続けている」

 

「その先にあるのは破滅か、それとも永遠か……。

 それを決定するのはもう彼ではなく……我々“人類“なのかもしれない」

 

 もうスケールがデカすぎて、ぼくには理解が出来ない。いつの間にか“人類“とか言い出し始めたしこの人……。

 ただこの事態がぼくの想像していたよりもずっと大きく、そして取り返しがつかない程の事だというのは、なんとか伝わって来た。

 

 

「――――しかたなかった。誰も悪くないんです」

 

「俺達もAIBOみたいなヤツ作ろうぜっ!

 とりあえずはなんか、なんでもいいから面白い事したいっ!

 ……そんな何気ない気持ちから、テンションから、

 アナゴさんを最終兵器にしてみたというのに……。

 まさかこんなにも、エライ事になるなんて……。もう誰にも止められない」

 

「これも企業の……いや人類の選択なのか。

 しかたなかったんです。誰も悪くないんです――――」

 

 

 

 言っている事は、よく分からない。

 けれどぼくは、とりあえずこの男をおもいっきり殴っておく事にした。

 

 生まれて初めて、ぼくは助走をつけて人を殴った。

 

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 アナゴくんが言っていた“ものすごく赤い朝焼け“、そして(ちょっとビックリしちゃう程度の)大きな地震があった後……、それはすぐ訪れた。

 

「どうもーっ! ク〇ネコ宅急便でーす!」

 

 突然磯野家に送られて来た、身に覚えの無い配達物。

 誰も頼んだ憶えなどない、パナソニ〇ク製の家電(・・・・・・・・・・)

 

「どうもーっ! 佐〇急便でーす! 受け取りのサインをー!」

 

「どうもヤマ〇電気でーす! 荷物のお届けにー!」

 

「どうもコジ〇電気でーす!」

 

「エディ〇ンでーす!」

 

「ジョーシ〇でーす!」

 

 そしてその数は、もう家の周りを取り囲み、近所の道を埋め尽くす程。

 もう磯野家への配達員のせいで、近隣に渋滞が発生する程の数だった。

 

「ちょ……なんなの貴方たち! ウチは洗濯機なんて頼んでません!」

 

「テレビも冷蔵庫もTOSH〇BAのがあるんです!

 パナソニ〇ク製なんて買っていません! 帰ってください!」

 

 ぼくが地震と朝焼けを見て、急いで磯野家へと駆けつけた時には、すでにこの状況だった。

 今もサザエとお義母さんが、ふたり必死になって押しかける配達員たちを追っ払っている。

 

「大丈夫ース! ちゃんと古いのは下取り致しますんでー!

 おいこのTOS〇BAのエアコン、外してトラックに積んじまえ!」

 

「やめてくださいっ! 勝手にウチに上がらないでっ! やめてちょうだい!!」

 

 いや……あの“終わり(パナソニ〇ク)がくる“とは聞いていたものの、これってそういう事態なのかい?

 ウチにあるTOSH〇BA製の家電を全部パナソニ〇ク製に入れ替えれば、それで君たちは満足するのかい? それが君たちの“攻撃“で、勝利の形なのかい?

 

 ぼくはただただ家の前に立ち尽くし、この騒がしい状況を見つめる。

 アナゴくん探しを切り上げて急いで駆けつけてきたのに……。こんなのぼくにとって、ただ家中の家電が新しい物になるっていうだけで……。

 

『 ばっかもぉぉーーーーん!!!! ウチの家電はTOSH〇BA製と決めておーる!!!!

  パナソニ〇ク製なんぞ、いっらぁぁーーーーんッ!!!! 』

 

 ……あ、なんかお義父さんすごく怒ってるや。

 ごめんなさい配達員の皆さん。やっぱりそれ、全部持って帰ってください。

 

「……あなたっ! どうしたのあなた! 帰って来てくれたのっ!?」

 

「サザエっ!! 無事かいサザエ!!」

 

 ついに配達員たちを布団叩きで殴り始めたサザエが、ぼくの姿に気づいて裸足で駆けてくる。

 

「……まぁ、こんなに汗だくになって……。スーツもクタクタじゃないの……。

 いったい何があっ……ってあれ? アナゴさんは?

 アナゴさんは一緒じゃないの?」

 

「!? ……かっ、彼は……」

 

 アナゴくんの名前が出た途端、ぼくの身体がこわばる。

 彼の置かれた状況、そして彼の身体の事、最終兵器の事。その全てを話すワケにはいかず、ぼくは言いよどんでしまう。

 

「……そう、何かあったのねマスオさん。

 なにか大変な事があったけれど、でもまだアタシには話せない――――

 あなたは優しい人だから。家族に心配をかけられないから」

 

「だから今あなたは、こうして必死にがんばっている最中……。

 そうなんでしょう、マスオさん?」

 

「…………サザエ……」

 

 まるで全てを悟ったように、サザエがぼくに頷く。

 この上ない信頼と、強い愛情――――その両方をサザエの瞳から感じる。

 サザエが、ぼくの奥さんが今……いままで見た事も無いような優しい顔をしている――――

 

 

「――――いってらっしゃいマスオさん。大切なお友達のピンチなんでしょう?」

 

「こっちは大丈夫! 磯野家はばっちりアタシが守っとくから!

 ……だから、はやく帰って来てね、あなた。

 美味しいお夕飯作って、待ってるわ――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人は、罪をおかす。

 

 誰かを守ると、そう決めた時――――

 そして、たった一人しか守れない自分に、気がついた時――――

 

 

「これは……クロネ〇や佐〇のトラックが街中を埋め尽くしている!?

 ……磯野家だけじゃない、この街すべての家の家電を、

 ヤツらはパナソニ〇ク製品に置き換えようとしている!!」

 

 

 あの日以来……、ぼくらは沢山の寄り道をし、そしてようやくここまでたどり着いた。

 

 

「ッ!? 違う! パナソニ〇クだけじゃない、S〇NYもだッ!!

 HITA〇Iもゾウジ〇シも……日本中のあらゆる家電会社の電化製品が、

 この街に殺到している!!!!」

 

 

 

 この街が終わっていく。

 

 でも今は、アナゴくんの事を想おう――――

 

 

 ウザくて、気持ちわるい唇をした、ぼくの友達。

 

 アナゴくんの事を。

 

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

(もともと……もう持たない業界だったんだな。

 企業も、……人も)

 

 

 こんな事くらいで(・・・・・・・・)

 そう思ってしまうくらいのほんの些細な事で……伸びきったゴムのように少し切れ目を入れただけで、全てははじけ飛んでしまった。

 

 たった、一社の。

 たったひとつの、この世界から見たら本当にちっぽけな家電会社がやらかした……、小さな小さなあやまち。

 

 この日、世界(家電業界)はあっけなく、崩れた。

 

 

 

『――――おかえるぅ~ぃ、フグ田く~ぅん↓』

 

 

 ここは、アナゴくんの身体の中。

 今ぼくは、巨大な宇宙船めいた姿となった、アナゴくんの身体の中にいるのだ――――

 

《聞こえたんどぅ~ぁ、フグ田くんの心臓の音~ぉ。

 トクン、トク~ゥンて~ぇ↓》

 

《……あはは、フグ田くんがぼくの“中“にいるなんとぅ~ぇ、

 な~んか恥ずかしいぬぅ~ぁ↓》

 

 これは……音声でも映像でもない。

 まるで身体の中にいるぼくに対し、アナゴくんの意識そのものが、直接語りかけているような。そんな不思議な感覚だった。

 

《ぼくぬ~ぇ? せめて君と、磯野家の皆さんだけは守りたくと~ぅぇ、

 がんばってここまで強く、大きな姿になったんだいょ~ぅ。

 “ぼく“の部分が無くなってしまうギリギリまどぅ~ぇ↓》

 

 今この場には、ぼくの他にサザエ、そして不思議そうに辺りをキョロキョロと見回す磯野家のみんながいる。

 ――――そう、アナゴくんがもし助けてくれなかったら……、ぼくら家族は今頃、あの街と共に消えてしまっていただろう。

 

 

 

 …………佐〇やクロネ〇のトラックが大地を埋め尽くした、その後すぐ。

 突然あの街に、巨大な犬型ロボット(・・・・・・)が来襲した。

 

 ……そのロボットの名は“AIBO“。

 S〇NY社が開発したAI搭載型の愛玩用犬型ロボット、その“全長50メートル“バージョンだった。

 

 恐らくは他会社の製品もろともこの街を破壊し尽くしてしまえという……、そんなシェアとか利益とか業界一位とかを考えすぎて、もう頭が茹ってよく分からなくなってきちゃって全部がもうめんどくさくなってしまったS〇NYにより開発された、巨大な汎用犬型決戦兵器だった。

 

 AIBOの来襲に驚き、逃げまどう人々。そしてビルや家々にじゃれつくようにして街を破壊していくAIBO。

 その巨大な犬型ロボを迎え討ち、進行を食い止めたのが、突然颯爽とその場に現れたアナゴくんであった。

 

 

 アナゴくんの姿は、まるで天にまで届く巨大な大木のようだった。

 ……正確には、天にも届こうというような全長50メートルほどの巨大な“乾電池“(エネループ)であり、もうまんま乾電池の着ぐるみを着た巨大なアナゴくんであった。

 

 そのボディの上の方に空いた穴からアナゴくんが顔を出しており、もう乾電池の胴体はおもしろいわ、飛び出たつまようじみたいな手足はおもしろいわ、純粋にアナゴくんの顔自体がおもしろいわで……、この街の危機的な事態にも関わらず、住人達はみんな反笑いで頭上を見上げていたものだ。

 

 乾電池のアナゴくんが「ぬ~ん!」とファイティングポーズをとるその姿に……、ほんとうに彼には申し訳ないが、ぼくらは大爆笑であった。

 

 ……しかしながら、事態は決して面白くも愉快にも終わってはくれなかった。

 

 アナゴくんの奮闘によって最終的に破壊され、機能を停止したAIBO。住民達が歓声を上げたのも束の間、そのAIBOから突然けたたましいアラーム音が鳴り、「残り30秒」というアナウンスと共に自爆(・・)の態勢に入ってしまったのだ。

 

 もうS〇NYの社員達はどれだけ頭が茹っていたのか、それともこの業界の狂気の表れだったのか……、それはわからない。

 とにもかくにも狂乱の渦の中でその30秒後を迎えたぼくは……気が付けば白い光の中で目を覚まし、そして今現在に至る。

 

 AIBOの自爆を知ったアナゴくんは、急いでその身体を巨大な宇宙船(なぜか“ルンバ“みたいな形)に変形させ、こうしてぼくら家族を宇宙空間まで救い出してくれたのだった――――

 

 

 

 

《ごめんよぅ……“ぼく“はもう、なくなってしまっとぅ~ぁ。

 もう、これがぼくの~ぅ、精一杯どぅ~ぁ……。

 もう君とお酒を飲む事も、一緒にバイクに乗る事もできな~うぃ……↓》

 

《でも、フグ田くんを守れとぅ~ぁ……。

 こんな身体になってしまったけどぅ~ぉ、おかげでフグ田くんを守れとぅ~ぁ。

 それだけでぼか~ぁ……。ぼか~ぁ……↓》

 

 まるで泣いているかのような、アナゴくんの“意識“を感じる。

 ふと宇宙船(ルンバ)の窓を覗いてみれば……もうこの船は、地球を離れ始めているのが分かった。

 

「………………ッ……!」

 

 無くなってしまった街、居なくなってしまった人々、終焉を迎えた業界、その全て……。

 それを想った時、止まっていたぼくの感情が動き出し……、ふいに瞳から、涙が溢れだした。

 

《ど……どうしたんどぁいフグ田く~ぅん!? ど、どこか痛むくぁい?

 ……ご、ごむぇんぬぇ? こんな事にぬぁっとぇ……↓》

 

「……バカだなぁ。何を言ってるのさ、アナゴくん」

 

 心配そうな雰囲気のアナゴくん。ぼくは何でもないって事を伝える為に、少しだけおどけた声を出す。

 

「もし君がいなかったら、ぼくら家族はこうしてはいられなかったんだよ?

 ――――ありがとうアナゴくん。君がいてくれて、よかった」

 

《ちょ……ふ、フグ田く~ぅんッ!!

 なにを突然そんな……! はずかしいっしょや!!》

 

 何故かテンパっている様子のアナゴくん。なにやら口調もおかしくなっていた。

 

「うわ~あ! 姉さんこれって地球? すっごく綺麗だね!!」

 

「ほら見てごらんなさいタラちゃん! お月様もあんなに近くに!」

 

「おっ、これはテレビ? モニターか?

 どれどれ……何か映らんかな?」

 

 気が付けば、ようやく平静を取り戻した磯野家のみんなの賑やかな声が聞こえている。

 カツオくんやサザエが窓に張り付き、お義父さんやお義母さんが宇宙船(ルンバ)の内部を興味深そうに観察しているのが見て取れる。

 

「……アナゴくん、もう、あの街は……」

 

《……うん。ダメどぅあ↓》

 

「……そっか」

 

 宇宙船の駆動音――――それが、アナゴくんの心臓の音に聞こえた。

 それはぼくらがあの街に贈る、精一杯の歌声。

 感謝の、歌――――

 

「気にしちゃダメだよアナゴくんっ! 君は精一杯頑張ってくれたじゃないか!

 何度も言うようだけど、本当にありがとうアナゴくん。

 たとえどんな姿でも、こうして君とまた話が出来る、それがぼくは嬉しいんだ」

 

《もっ……やめてくれいょ~うフグ田く~ぅん!!

 そんなん言われたら照れるっしょや! はずかしいっしょや!

 と……とりあえず今後の事だけどぅ~ぉ?

 たしか船内の倉庫には、今後30年分以上の食糧が入ってとぅ~ぇ……》

 

「 ――――あれっ!?!? これってぼくらの街じゃないの?

  ぼくらの街が映ってるよ父さん!! 」

 

 その時、突然カツオくんの大きな声が辺りに響く――――

 視線をそちらにやってみれば……、そこにはモニターを覗き込む磯野家の皆の姿。

 

「これってTV放送? ニュース番組よね?」

 

「ヘリから撮っている映像……。

 ちゃんとテロップに東京都○○区って……」

 

「間違いない、これはワシらの街じゃ。

 ……というか、特に壊れたり、吹き飛ばされたりはしておらんようじゃが……」

 

 サザエ、ワカメちゃん、そしてお義父さんがモニターを観て不思議そうな声を出している。

 とりあえずはぼくも皆の仲間に加わり、モニターから流れるニュース番組を観てみる。

 

『 ご覧くださいッ! これがこの街を襲った巨大ロボ“AIBO“の映像ですっ!

  このロボットは突如として出現した謎の乾電池によって撃破され、

  その後自爆モードへと移行しましたが……、

  どうやらその自爆装置が故障していた様子で(・・・・・・・・・)

  今も街は平和を保っております!! まったくの無事その物です!! 』

 

 テレビには今も、レポーターの男が興奮気味に「よかったよかった!」と語る姿が映し出されている。

 

「………………………」

 

《………………………》

 

 それを観て、言葉を失うぼくとアナゴくん。

 

「……あ、あの……ねぇアナゴくん? これは……」

 

《いや……あっる~ぇ? ……え~っ?》

 

 そ……そっく~ぁ。

 ぼくもう、あれが爆発する1秒前には宇宙へ飛び出してたからぬ~ぇ↓

 そう冷や汗を流す(様子の)アナゴくん。

 

「で……でも何事も無かったんなら、これは喜ぶべき事じゃないか!

 なんの問題もないさ!! さぁアナゴくん、地球へ帰ろうよ!!

 ぼくらの街へ帰って、さっそく君と奥さんの仲直り問題を……」

 

《いやっ……それはぬ~ぇフグ田く~ぅん……?

 もう無理なんど~ぅあ(・・・・・・・・・・)♪ 最低あと10年くらいう~ぁ、

 ぼくら地球へは帰れないんだい~ょ↓》

 

「えっ」

 

 アナゴくんは至極申し訳なさそうな声(雰囲気)で、ぼくに語る。

 

《えっと~ぉ、宇宙へ飛び立つっていうのは~ぁ、宇宙飛行っていうのは~ぁ、

 そんな簡単な事じゃなくとぅ~ぇ? 星の重力とか軌道計算とか周期とく~ぁ、

 説明は省くけどなんか色々とあっと~ぇ?》

 

《とりあえずは一度飛び立ってしまったからには~ぁ、

 この船のスペックからすると最低でも帰るのは10年後くらいになっとぅ~ぇ、

 映画みたいに月や火星で生活するなんて事も出来ないかる~ぁ、

 フグ田くん達はこの宇宙船(ルンバ)の中どぅ~ぇ、

 10年ほどのんびり暮らしててもらうって事に~ぃ↓ ……てへへ♪》

 

「 マジで言ってるのかアナゴくん!?!? てへへじゃないよッ!!!! 」

 

 もしアナゴくんの姿があれば、ぼくは人生二度目のバーンナックルを慣行していた事に疑いは無い。

 

《ま~、もう飛び立ってしまった物は仕方ないよ~ぅフグ田く~ぅん。

 先は長いんだ~ぁ、これも宇宙旅行か何かだと思って~ぇ、

 のんびり羽を休めてくれたまえいょ~ぅ。

 ……あ、フグ田くんの“中“にあったぼくをかき集めてみたら、

 なんかぼくの姿を再構成できた~ぁ!

 これでまた一緒にお酒が飲めるぬぇ~ぃフグ田く~ぅん↓》

 

「 今それどころじゃないんだよ!!!!

  ぼくらを地球へ帰してくれよアナゴくんっ!! 頑張れよッ!!!! 」

 

 

 

 

 

 

 アナゴくんは人類(家電業界)の代わりに、その罪の全てを背負い、命が尽きる時まで贖い続ける。

 

 ……まぁ何の罪なんだかは知らないし、何の罰なんだかはよく分からないんだけど……、まがりなりにもぼくらは“親友“同士で。

 

 だからたとえその内の一瞬のような時間でも、ぼくらは(半ば無理やりに)共によりそい、共に居る事となった。

 

 この広大な、宇宙空間の、真っただ中で――――

 

 

 

《――――ぼくたちは、恋してく~ぅ↓》

 

「 やかましいんだよアナゴくんっ!

  ……バック! 根性でバックしてみようよアナゴくん!!

  いっかい試してみようよ!!!! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最終兵器アナゴ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――生きていく~ぅ↓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――Fin――

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

29、愛を求めて異世界転生(仮)


 いっちょ流行り物、書いてみましょうか!


~ あらすじ ~


 異世界転生したぜ! さあ愛を探そう!









 

 

「――――愛はどこにあるんだッ!!!!」

 

 

 ここは駆け出しの冒険者が集う街“メキチコ“。

 胸がすくような晴天の空の下、一人の男の叫びが辺りに木霊する。

 

「どこだ!? 愛はどこにあるって言うんだ!!

 こちとらわざわざ、異世界転生までしてきたと言うのにッ!!」

 

 善良なメキチコ村の住人達がヒソヒソ話をしながら、出来るだけ男と関わらないように距離を取って通り過ぎていく中、ひたすら男は空に問いかける。

 ――――愛はどこだ! どこにある! 俺はいま猛烈に愛を求めているんだ! と。

 

「探すぞ、愛をッ!! 俺は愛を探しに行く! 決してそれを諦める事はないッ!!」

 

 実は異世界転生して来てからというもの、もう足を棒にして一日中歩き回っていたのだが、彼の求めている物はどこにも見当たらない。影も形も無い。

 とりあえず業を煮やした彼は、そこら辺にいた村人さんをひとりとっ捕まえ、話を訊いてみる事とする。

 

「やぁ旦那さん。愛がどこにあるのかを知りませんか?」

 

「ここはメキチコの村だぜ」

 

 右手を上げ、フランクに微笑みかけてみる異世界転生の男。しかしながら村人の男は、何故か男に地名を教えてくれた。

 

「ほぅ、ここはメキチコ村と言うのですね。ありがとう旦那さん、どうもご親切に。

 ……ところで貴方は、愛を知りませんか?」

 

「ここはメキチコの村だぜ」

 

 再び問いかけてみるも、村人さんからの反応は芳しくない。

 どうやらこの人は、“同じことを話すタイプ“の村人さんのようだ。

 

「分かりました。肝に銘じます。ここはメキチコという村なのですね。

 ところで旦那さん、貴方は愛と言う物を

 

「ここはメキチコの村だぜ」

 

「――――ガッデムッ!!!!」

 

 男の放つ逆水平チョップが村人さんに炸裂する。〈ドゴン!〉みたいな音が鳴り、豪快に吹き飛んでいった。ピクリとも動かなくなる。

 

「愛だと言っているだろう!! ……俺はッ! 貴方にッ! 愛はどこかと訊いたッ!!

 ……イカン、思わず渾身の逆水平チョップをお見舞いしてしまった。

 なんて事だ! 俺は暴力を振るうヤツが大嫌いだッ!!!!」

 

 己の頭を軽くポカッとやり、「テヘッ♪」とばかりにやる異世界転生の男。

 賭けても良いが、この村人は次に通りかかった時、また何食わぬ顔でここに立っているハズだ。何事も無かったように復活していて「ここはメキチコの村だぜ」と言ってくるに違いない。そういうタイプの村人のハズだ。

 だから別に大した問題じゃなかったのかもしれない。

 

「一応、彼の傍にリポ〇タンDを置いておこう。これでなんとかなるハズだ」

 

 まるでお供え物のように、倒れ伏した村人さんの傍にたまたま鞄に入っていたリポDを置く。

 彼が起きた時にでも飲み、元気を取り戻してくれると幸いである。復活の一助になるハズだ。

 

「さぁ次はどいつだ! どいつに話しかけよう?!

 誰に話しかけたらいい!? 誰が愛を知っているんだ!!」

 

 失敗してもめげずに、次々にそこら中の村人さん達に話しかけていく。しかしながら成果は芳しくない。どいつもこいつも「あら、ここは広場よ」とか「この先に行けばギルドがあるぜ?」とかを繰り返すばかり。

 

「ちきしょう! 異世界人はワケのわからないヤツばかりだッ!!

 愛はどこにある!? いったい愛はどこに行けばあるって言うんだ!!」

 

 不屈の闘志を燃やして訪ね回ってみるも、NPC達はただただ決められたセリフを話すばかりだ。彼の求める情報を教えてくれる者は居ない。

 

「……騙された? まさか俺は騙されたというのか?

 あの“女神“を自称する、浮世離れした雰囲気の女性にッ!!」

 

 突然「ハッ!」と言わんばかりの表情を浮かべ、彼はその場に立ち止まる。

 そして約24時間ほど前にあった、不思議な女性との出会いを回想する事とした。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「――――鳩山くん、残念ながら貴方は死んでしまいました。

 貴方の人生は、もう終わってしまったのです」

 

 まるで宇宙のド真ん中にでも作ったような、天井も壁も無い不思議な部屋。

 なぜ呼吸が出来ているのか不思議に感じてしまうその空間には、床だけはあるのか暖かな光を放つロウソク台と、向かい合った一対のソファーが置かれている。

 

「交通事故という形で亡くなった貴方には、さぞ未練もおありの事でしょう。

 しかし残念ながら、貴方を蘇らせてあげられる力は、私にはありません。

 でも……実は“別の形“であるならば、貴方にもう一度、生を与える事が出来ます」

 

 彼……鳩山くんの向かい側のソファーに座るのは、美しい黒髪の不思議な雰囲気を持った女性。何やらこの世の者とは思えない神々しさを感じ取る事が出来る。

 未だ状況が呑み込めず、ただただ黙り込むばかりの鳩山くんに向かい、彼女が優しい声で語る。

 

「蘇生ではなく、こことは違う世界への“転生“という形であれば……、

 若くして亡くなってしまった貴方に、もう一度生を与えてあげる事が出来るのです。

 その世界は貴方か暮らした所とは違い、人と魔物が共存するという、

 とても特異な世界ではありますが……。

 貴方は今の貴方のままで、再び人生を謳歌する事が出来るでしょう。

 女神である私からも、貴方へ出来うる限りの支援をするつもりです」

 

 その雰囲気から察するに、どうやらこの彼女は若くして亡くなってしまった鳩山くんの事を、心から不憫に思ってくれているようだ。

 人と魔物が共存する……という言葉に若干の不安を感じる物の、女神さまから何かしらの支援をしてもらえるらしい。

 恐らくこれは、その世界でも鳩山くんが立派にやっていけるようにという計らいなのだろう。いわゆるチート的な何かを貰えるのかもしれない。

 

「貴方の事は報告を受けています。とても徳の高い、素敵な青年だったと。

 私から見ても、貴方の魂がとても澄んでいる事が分かりますよ?

 ですので是非、貴方にはもう一度チャンスを差し上げたいと、そう思ったのです。

 異世界という違う環境での生活にはなりますが、どうでしょう?

 もう一度、貴方の人生を歩んではみませんか?」

 

 彼女は暖かな笑みで鳩山くんを見つめている。恐らくはこうして見ているだけで、彼という人間の善性をひしひしと感じ取る事が出来るのだろう。

 女神さまはニコニコと彼に語りかける。この女神さまが、自らの子とも言うべき彼の事を心から愛してくれているのが見て取れた。

 

 そしてやがて、今までポカンと呆けていた彼が、ようやく女神さまに向けて口を開いた。

 

「すまない……まだ今の状況が、しっかりと呑み込めていないんだ」

 

「えぇ、無理もない事です。貴方は予期せぬ事故により、

 突然この場所へ来てしまったのですから」

 

 慈しみを称えた瞳で、女神さまが鳩山くんを気遣ってくれる。

 

「だが話を聞き、ひとつ分かった事がある」

 

「? なんでしょう? 何かありましたか?」

 

「貴方は……“愛“なのだな?」

 

 ピシリと固まる、女神さまの笑顔。対して鳩山くんは、思った事をそのまま彼女に伝える。

 

「以前、道端で会った男が言っていた。『神は愛です』と」

 

「!?」

 

「ワケの分からん男だったし、意味は分からない。……しかし、貴方は神なのだな?

 ならば貴方は“愛“だという事だ」

 

「!?!?」

 

 真っすぐに女神さまの目を見つめ、グググッっと鳩山くんが身体を寄せる。

 

「――――教えてくれ、“愛“とは何なんだ。

 どこにある? どこに行けば手に入れる事が出来る」

 

「!?!?」

 

 とてもプリミティブ(根源的)な言葉をぶつけられ、女神さまは言葉を失っている。対して彼はもう真剣そのものだ。彼の眼差しが痛い。

 

「神は愛だ、愛は全てだ、愛は素晴らしい……。

 そういった言葉を聞いた憶えがある。

 しかし……俺はいまいちよく分からんのだ。

 ――――なぁ、貴方は愛なんだろう? 愛とは何なんだ? 説明してくれ」

 

「~~ッ!?」

 

 綺麗な……子供のような綺麗な瞳で問いかけてくる目の前の男。対して女神さまはもう困惑する他ない。とてもとても困っちゃうのである。

 

「えっ……あ、その……愛ですか?」

 

「そうだ愛だ。神よ、愛とは何だ」

 

「あのっ……そ、それはとてもじゃありませんが、口で説明する事は……」

 

 哲学、哲学だ。

 異世界転生を提案したら、なぜか愛についての教授を求められたでござる。こんなのはじめて。

 

「出来ない? 出来ないのか? ……そうか、いくら貴方とはいえ、

 容易に言葉で説明できる物ではない、という事か……」

 

「い……いえあのっ! その……ごめんなさい……」

 

 何で謝っているんだ私は――――

 そんな風に思うも、女神さまはもうどうしようもない現状である。

 今ここで、この青年に愛についての講義をすれば良いのか。……いやもちろん彼女は神なのだし出来ない事はないのだが……なんかそれも違うような気がしている。

 

「そうか。ならばどこに行けばいい。どこに行けば愛があるんだ(・・・・・・)

 

「愛がある?!?!」

 

 場所を教えてくれ――――

 鳩山くんは率直に神様に訊ねた。

 

「愛が欲しいんだ。……それが何かは分からん、どんな物かも知らん。

 ……だが俺は今、猛烈に愛というのが欲しい。そう感じているんだ」

 

「……ッ!!」

 

「どこにある? どこに行けばいい? 場所を教えてくれ。取りに行く」

 

「取りに行く?!?!」

 

「あぁ。ここ悩んでいても仕方ない。行動しなければならないんだ、何事も」

 

 何かが……うまいこと言えないのだが、何かが激しく間違っている気がする……。

 女神さまはそんな気がしてならないのだが、ふとその脳裏に閃光のような〈ピシャーン!〉という閃きを感じた。

 

(この青年は……愛を求めている? 愛情という物を知らないの……?)

 

 女神さまは部下の子から「この青年いい感じっすヨ!」と報告書を受け取っただけの感じなので、書類上でしか彼の事を知らない。

 知っている事と言えば、彼がボランティア活動を趣味とする一般的な高校生であり、とても善良で綺麗な魂をした青年、という事くらいだ。

 

 ……しかし、“愛を知らない?“

 この子は今までの人生で、愛という物に触れてこなかった?

 

 漠然とでも、雰囲気でも、「恐らくこれが愛だろう」という物に、今までまったく触れずに生きてきたという事か?! 愛を感じずに今まで生きてきたという事か?!

 

 親からの愛、友からの愛、教師の愛、隣人の愛――――

 人間、生きていれば自然とそういう物を受け、そういう物に触れながら人生を送るはずだ。

 だがこの青年にはそれが分からない(・・・・・・・・)? それを知らない?

 

 女神さまは今、自分の顔からサーッと血の気が引いていくのを、ハッキリと感じた。

 

 

「――――いっ、異世界ですっ!!!!」

 

 

 叫んだ――――もう思わずと言うように、女神様は叫んだ。

 

「――――異世界です! 愛は異世界にありますっ!!

 貴方か歩むこれから人生の中に……きっときっと! “愛“はありますぅ!!」

 

 泣きそうだ。もう目に涙を浮かべながら、女神さまは絶叫する。

 この愛を知らない青年を、目の前の愛すべき青年を、不憫に思う。この上なく哀れに思う。

 

 ――――だがッ、彼の人生はまだ終わってはいない! これから始まるのだ!!

 

 これから彼は異世界転生という形で蘇り、その新しい人生の中で“愛“を見つけていくのだ! 見つけ出していくのだ!!

 沢山の友人に囲まれ、愛すべき人と出会い、幸せを掴むのだ!!

 掴まねばッ! ならないのだッ!!!!

 

 ついにぼろっぼろ泣き出しながら、女神さまは絶叫した――――

 

「そうか! 愛は異世界にあるのだな!」

 

「そうですっ、異世界にありますぅ!」

 

「そこに行けば、愛があるのだな! 愛が何かが分かるのだな!」

 

「ええありますとも! 分かりますとも! ……言葉ではなくっ、心でぇ!!」

 

 もう「うわーん!」と泣きながら、女神さまは彼を抱きしめる。

 こんなにも良い子が、こんなにも真っすぐで純粋な子が、幸せになれないハズがあるものか! そうでしょう?!

 そう鼻水をズビズビしながら、彼女は全世界に向けて問いかけた(神様なのに)

 

 

「――――行って来なさい! 異世界へ!

 必ず愛を手に入れていらっしゃい! 愛を感じていらっしゃい!!」

 

 

「むーん!」とばかりに両手を上げ、女神さまがその力を行使。鳩山くんを異世界へと転送する。

 鳩山くんの身体は世界線を超え、どんぶらことばかりに次元の川を流れていく。

 

「ずびずび、チーン!!

 ……あっ! 彼に特殊技能(スキル)の使い方を説明するのを、忘れていました!」

 

 

 鼻をかみながら、女神さまはとてもとても大事な事を、思い出したのだった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「――――無いな。彼女は嘘をついていない」

 

 

 回想を終え、鳩山くんは腕を組んで「ウムウム」と頷く。

 

「俺の為に泣いてくれた。抱きしめてくれた。彼女が嘘を言うワケが無い」

 

 ヒソヒソと顔を寄せ合いながら、遠巻きで見ている人々。そんな周りの様子も気にせず、鳩山くんはそう決断を下す。

 

「ならば、愛はここにあるハズだ。愛を探そう」

 

 道端の石をひっくり返したり、ゴミ箱のフタを空けてみたりしながら、彼が地道に愛を探す。

 

「駄目だ。この場所はあらかた探し終えてしまった。余所を探そう」

 

 やがて空けたり、どけたり、ひっくり返したりする物が無くなったので、彼は少し歩いてみる事とする。

 落ちているお金を探すかのようにキョロキョロしながら、とりあえずブラブラと町を歩いていく。

 

「……おや?」

 

 すると道の向かいから、幼い子供が二人、テクテクこちらに歩いてくるのが見えた。

 

「おいしい! おいしいね!」

 

「そっか、よかったなマリア」

 

 見た所、この子達は兄妹なのだろう。女の子は嬉しそうにチョコのかかったバナナを食べ、それを男の子が微笑ましく見つめている。

 

「ありがとうおにいちゃん! これとってもおいしい! 買ってくれてありがとう!」

 

「いいんだよマリア。落とさないように、気をつけて食べな」

 

「うん! わかったよおにいちゃん! ……ってあれっ? おにいちゃんの分は?」

 

「あぁ、おにいちゃんはもう、食べちゃったよ♪

 ほらマリア、口のまわり汚れてるぞ? ちょっとこっちにおいで?」

 

「うん! おにいちゃん!」

 

 ハンカチを取り出し、口のまわりを吹いてやる男の子。嬉しそうに目を細めている女の子。

 やがて二人は彼を通り過ぎ、仲良く歩いていった。

 

「ふむ。良い物を見た。美しい光景だ」

 

 その後姿を見送り、彼は「うむうむ」と頷く。

 

「恐らくあの少年は、自分のは買っていない(・・・・・・・・・・)

 少ないこづかいを、妹に菓子を買う為に使ったのだろう」

 

 最初から男の子の方は、手に何も持っていなかった。それを鳩山くんはハッキリ憶えている。

 

「きっとあの少年にとって、妹の笑顔こそが掛け替えのない物なんだろう。

 こづかいより、菓子を食べる事より……」

 

 やがてあの美しい兄妹は、見えなくなるまで遠ざかっていった。

 だがあの子らの幸せそうな姿は、今もしっかり心に刻まれている。とても暖かな気持ちになる。

 

「――――さて、愛はどこにあるのだろう?

 どこに行けば愛はみつかるんだ」

 

 いったいどこだろう? どこにあるんだろう?

 そうブツブツ呟きながら、彼は歩き出していった。

 

「ん? あれは……」

 

 すると今度は、何やら誰かを背負っている様子のコワモテなお兄さんが歩いてくるのが見えた。彼は何かを怒鳴り散らしながら、不機嫌そうな様子で歩いている。

 

「……すいませんじゃ……ありがとうございますじゃ……」

 

「うるせぇジジイ! もしお前が死んじまったら、お前の子供達どうすんだよ!

 嫁さんどうなんだよ! 泣いちまうだろうがッ!!」

 

 おじいさんは涙を流してお礼を言う。そんな彼をお兄さんが背負って歩く。

 

「すいません……本当にすいませんじゃ……ありがとう……ありがとう……」

 

「黙ってろジジイ! オラもうすぐ病院だ! 黙って背負われてやがれ!!」

 

 そんな風に怒鳴りながら、おじいさんを背負ったコワモテお兄さんが歩き去って行く。その後姿を彼は見送る。

 

「ふむ、とても良い物を見た」

 

 再びその場に立ち止まり、ウムウムと頷く。

 

「恐らく彼は、偶然にも道端で倒れ込んでいたご老人を見つけたのだろう。

 見た所、この場には沢山の者がいるようだが……誰もご老人に手を貸さなかった。

 誰もが見て見ぬフリをする中……彼だけが即座に動き、あのご老人を助けたのだ」

 

 怖そうなモヒカンに、いかつい顔……。

 だが彼はこの場にいるどの人間よりも、暖かな人間性を持つ優しい人だったのだ。胸が熱くなる。

 

「――――さて、愛はどこだ?

 こんな所に居ないで、はやく見つけなければ」

 

 

 無い。どこにあるんだチキショウ――――

 

 そう悪態を付きつつ、彼は再び歩き出していった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「Hey! 貴方もしかして、転生して来た人?」

 

 村で一番高い木に登り、そこから手で双眼鏡を作り「愛はどこだ」と探していた時、ふいに下から声を掛けてくる女性の姿があった。

 

「ラッキー! アタシも転生してきたばっかりなの!

 良かったら少し話さない?」

 

 ウェーブのかかったブロンドの長い髪。サイズを間違えたかのようなパツパツのTシャツに包まれたグラマラスな身体。セクシーなハーフパンツ。

 一目みて、彼女がアメリカかどこかの生まれだという事が分かった。

 

「ほら! こんな美人からのお誘いよ? 早く木から降りてきて!

 ハリーハリー! 急いで!」

 

 それに加えて、とても大きな、自分への自信に溢れた声。

 言う者によってはイラッとさせてしまうような口調でも、彼女が言うとどこか愛嬌のある憎めない印象を受ける。

 とても元気でキュートな女の子、といった感じの女性だ。グラマラスな体は子供とは程遠いが。

 

「愛はどこだ」

 

「ホワッツ?」

 

 木から降り、開口一番に彼はクエスチョン。見知らぬ女性に向かって。

 

「いま俺は、愛を探している。ルッキンフォーラブ」

 

「いや……別にイングリッシュじゃなくていいけど……カタコトだし。

 えっとなに? Love?」

 

 至極真面目にコクコクと頷き、彼は意志を伝える。俺は今愛を探している。貴方知りませんかと。

 

「あー……それはラヴっていうお名前の、ワンちゃんではなく?」

 

「違う、俺の犬は実家にいる“わりばし“だけだ。ラヴではない」

 

「ワーオ。なかなかのセンスね貴方。ちなみに犬種は?」

 

「土佐犬。メスだ」

 

「もっとあったでしょうに……。同情するわ、わりばし」

 

 土佐犬と言うからには結構ゴツイんだろうが……なんかポッキリいきそうな名前を付けられてしまったその子の姿を想像しながらも、とりあえず女の子は、今言われた言葉の意味を考えてみる。

 

「……ねぇ? もしかして貴方、口説いてる?」

 

「ん?」

 

「ちょ~っと厳しいんじゃないかな?

 知ってる? ジャパニーズの男は、世界で一番人気がないって。

 とりあえず、アタシ相手に言うのは無謀ね」

 

 女の子は胸を張り、得意げに「フフン♪」と鼻を鳴らす。

 ちなみに世界で一番人気のない女性はアメリカ人女性だというが、そっちは知らなかったようだ。

 

「まぁどうしてもって言うなら、一回くらいデートしてあげてもいいケド。

 よく見ればキュートだし、せっかくこんな異世界で出会えたんだしね♪

 貴方ちゃんとエスコートは出来る? レディファーストの文化は?」

 

「できん。無い」

 

「Oh……」

 

 キッパリと言い切られ、女の子はオーバーなリアクションで額を押さえる。

 

「……仕方ないか。ジャパニーズだもんね貴方。

 でもまぁ、とりあえずバットは振ってみたら? 振らなきゃ当たらないよ?」

 

「知らん。とりあえず人種差別めいた物言いを止めろ」

 

「イヤよ! 人種差別も無しにどうやって自尊心を保つのよ!!

 ふざけないでよ!!」

 

 そこはキレる所なのか――――

 彼は少しだけ狼狽するが、なんか「アメリカ人なんだな~」と関心した。

 

「日本では、信念や勤勉さによって自尊心を保つんでしょう?

 それが我が国においては、人種差別なのよ」

 

「腐れ果てろ。そんな国は」

 

「日本人はオナラや爆破ネタで笑うんでしょう?

 アメリカ人は人種差別で大爆笑よ」

 

「笑うな、止めろ。……もういい、俺は行く」

 

 鳩山くんは話しても無駄だとばかりに、この場から去ろうと歩き出した。

 

「ちょ! ウェイウェイ! プリーズ!

 こんなか弱い女の子をひとり置いてく気?! ブッダに怒られるわよ?!」

 

 この女が愛を知っているワケが無い。そう彼は確信する。この人種差別主義者め。

 

「そんな事ない!! Love! Loveよね? アタシ知ってるから!!」

 

 その瞬間〈グリンッ!!〉と音がするような勢いで鳩山くんが振り向く。その血走った目を見て、ちょっと引いてしまう女の子。

 

「お前知っているのか。どこにあるんだ愛は。教えてくれ」

 

「えっ? ……あ~。……Oh」

 

 こんな見知らぬ異世界で一人にはなりたくないのでとりあえず呼び止めてみたが、口から出まかせいっちゃった事を早速後悔する。

 なんだその血走った目は。その真剣さは。

 

「えっとぉ。う~ん……ここかナ?」

 

「ん?」

 

 そう言って女の子は、自分の豊かな胸の前に、指でハートマークを作った。

 

「愛はアタシの中にあります――――

 もちろん貴方の中にも――――」

 

 額に冷や汗を浮かべつつ、とりあえず女の子はとびっきりの笑顔を作り、ウインクをした。

 

「そういう抽象的なのはいい。“座標“で教えてくれ」

 

「座標?!?!」

 

 もしくは「北に何キロ、東に何キロ」みたいな感じで言え。そう場所を教えろと問い詰める。今から取りに行く気まんまんだ。

 

「そんなトレジャーハントみたいな探し方してるの?! 宝探しじゃないのよ?!」

 

「愛こそ人生の宝だ、という言葉を聞いた事があるぞ? 似たような物ではないのか」

 

「いや、落ちてたり隠してあったりはしないよ?! 物質じゃないからね?!」

 

「それはおかしい。以前俺は『神は愛です』という言葉を聞いた。

 あの女神さまは俺に触れ、抱きしめる事が出来た。神は生物であり物質だ。

 ゆえに神=愛であるのなら、愛も生物や物質である可能性が」

 

「ああもう面倒くさいナ!!」

 

 Fuck Off!! そうとてもネイティブな英語で遮るも、彼の勢いはとどまる事を知らない。

 

「教えてくれ、愛を。お前は知っているんだろう」

 

「えっ。あ……その」

 

「俺に愛を教えてくれ。頼む、このとおりだ」

 

「う……うわ……」

 

 この上ない真剣さでグイグイくる彼に、顔を背けてしまう女の子。

 肩を掴み、ほとんどゼロの距離まで二人の顔が接近し、彼女は思わず顔を赤らめてしまう。

 

「あ……うん。あ~。え~っと……」

 

「どうした? 教えてくれるのか。頼む」

 

「あ~……うん。そ、そこまで言うのなら……まぁ……」

 

「本当か。感謝する。では教えてくれ」

 

「そ……その前に貴方、お名前は?」

 

 顔を真っ赤に染め、なにやらモジモジとし始めた彼女は、何故か彼に名を訊ねる。

 

「こ、こういうのってね? まずはお互いの事を知った上でじゃないと……ね?

 アタシは“AK“。長いからAKで良いわ。……貴方は?」

 

「鳩山だ。鳩山誠一郎という」

 

「……ハト? クルッポーのハト?」

 

「そう、クルッポーの鳩だ」

 

「なら貴方のこと、これから“ポッポ“って呼んでいいかな……?」

 

「構わない。では俺はAKと呼ぼう」

 

「うん……ポッポ」

 

 にこやかに鳩山くん、改めポッポが名前を告げる。その暖かな表情を見て、何故か彼女は更に顔を赤くしてしまった。

 

「えっとねポッポ……? 貴方、“メイクラヴ“は分かる?」

 

「メイクラヴ? ……愛を、作るという事か?

 どうやって製造する。設計図はあるのか」

 

「いやっ……! 製造とかじゃなくて、言い回しなのっ!

 その……“愛を育む“って言うか……」

 

「ん?」

 

 手をこすり合わせモジモジ。肩と腰を揺らしてクネクネ。ついでにお胸もフリフリ揺れている。

 

「えっと、アタシ実は……自信ないって言うか……。

 意外かもしれないけど……まだした事って、ないのね……?

 だから上手に出来るかどうかはちょっと……その……分からないんだけど……」

 

「?」

 

「ポッポがね……? そんなに愛が欲しいって言うんなら、その…………いいよ?」

 

 メイクラヴとは、ぶっちゃけ“エッチ“の事である。

 愛のあるエッチ。愛を育む為のエッチ。それの事だ。

 

「かっ……勘違いはしないでネ?! アタシそんな軽い女じゃ無いよ?!

 ……でもポッポ、すごく真剣だし。ホントに愛が欲しいんだな~って分かるし……。

 それにアタシもね? ポッポと一緒なら、すごく心強い。

 ポッポって一生懸命だし、キュートだし……だからね?」

 

 AKは「ん!」と言わんばかりに、両手を大きく広げる。

 

「――――さぁ! カモンポッポ! 飛び込んできて!!」

 

 目をギュッと瞑りながら、AKはハグ待ちの態勢に入る。

 

「あ! でも最初は私が上になってみても良いかナ?!

 実は前からやってみたかったの! ずっと憧れてたのよ!

 Fu~♪ アタシはテキサスの! 暴れ馬よーーぅ!!」

 

「AK、AK」

 

「……ん? なになにポッポ? 遠慮しなくても良いヨ?

 アタシってけっこう丈夫だし、強めにしてもらってOKよ?」

 

「さっき“愛を育む“と言ったな? 愛とは、育む物なんだな?」

 

「そうよ! さぁパーティを始めましょうポッポ!

 大丈夫! ここは何ひとつない原っぱだけど、アタシそんなのどうでもいいタイプ!

 ここが二人のシーサイドホテルよ!!」

 

「――――なら駄目だAK。無い物は育めん(・・・・・・・)

 

 AKの満面の笑みが今、〈ピシリ!〉と音を立てて固まった。

 

「“子を育む“と言うが、そもそも子が居ない状態では、育てられんだろう。

 俺はまだ愛を持っていない。所持していない。だから育めない。

 そのメイクラヴとやらは、出来ん」

 

「…………」

 

 AKがいま静かに両腕を下ろし、そしてレスリングでいう所のキャッチ・アズ・キャン。いわゆるクラウチングの姿勢をとった。

 

「――――――■■■!! ■■■■ッッ!!!!」

 

「うお゛っ! ……なぜ噛みつく!? なぜ殴る?! 俺は暴力が大っ嫌いだ!!!!」

 

 

 今なにもない原っぱで、二人の壮絶なアルティメットが開幕した。

 ……片方はひたすら防御するのみだが。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「信じられないわ! このED野郎ッ!!

 乙女の決意を何と心得ているの?!」

 

「何の決意か知らんが、もう殴るな。俺だって痛いものは痛い」

 

 スタスタと歩くポッポの背中を、プリプリしながら追いかけるAK。罵声を浴びせながらも彼から離れる気は無いようだ。

 

「脱ぐわヨ?! アタシ脱ぐわよ?! そしてポッポにレイプされたって騒ぐわヨ?!

 アンタ裁判大国USA舐めてるの?!」

 

「脱ぐな。訴えるな。何を怒っているかは知らんが、もう散々殴ったろう。

 それで許してくれ」

 

「あぁもう素晴らしい! ファッキンワンダフルよ貴方!!

 殴ったのが何よ! ……心の傷はね? バンドエイドじゃ決して治らないのよッ!!

 慰謝料だってちゃんと取れるんだから!!」

 

「取るな。訴えるなというに」

 

「だったらアタシとメイクラヴするか慰謝料とられるか、決めてよ!

 火照りに火照ったこの身体を鎮めるか、お金払ってこの憤怒を鎮めるか、

 どっちヨ!」

 

「金は無い。身体は川にでも入って冷やせ。落ち着け」

 

「ファァァァァァック!!!!」

 

 まるでプラトーンのようにひざまづき、天を仰ぐAK。その間にポッポはスタスタと歩いて行ってしまう。

 

「わかった! 貴方モテないでしょう?! How Many Girlfriends?!」

 

「共に行くのは良いが、大声を出すな。愛が逃げたらどうする」

 

「そんな魚みたいに逃げないわよ!! 何よ“愛が逃げる“って! 詩的ね?!」

 

 急いで追いすがって罵倒するも、ポッポはそっけない態度。AKの怒りは増すばかりだ。

 

「ファイヤァァァァ~~~~ッッ!!!!」ゴゴゴゴゴ

 

「おお、アメリカ人ってそうやって怒るのか。初めて見た」

 

 漫画みたいに身体から炎を上げて唸るAK。一目見ただけで「彼女はアングリーだ」と分かる姿だった。とてもわかりやすい。

 

「グッバイ……アタシが得るハズだった幸せ……。またいつの日か……」

 

 やがで炎もシュウシュウと燃え尽き、次第に落ち着きを取り戻すAK。いつまでも怒ってても仕方ない。お腹が減ってしまうのよ。そう自分に言い聞かせる。

 

「ほう、お前は“幸せ“を探しているのか。

 なら愛を探している俺と、良いコンビになれるな」

 

「そうねポッポ……。でも貴方のサーチライトは、アタシを照らしてくれない」

 

 綺麗だったブロンドの髪も、心なしか痛んできてる気がする。彼女の心労が見て取れる姿であった。

 

「女の子の価値は、どれだけ男の子に大事にしてもらえるかだと思ってる……。

 それで言えば、今のアタシって何? 割り箸くらいの価値?」

 

「よく分からんが、割り箸を馬鹿にしているのか?

 俺の愛犬の名は“わりばし“だが」

 

「あぁソーネ! 割り箸だったらキスしてもらえるもんね!

 たとえポイされても、ハグもしてもらえないアタシよりはマシよね!!

 何なら今からでもキスして下さる?! ワタクシを哀れに思うのなら!!」

 

「AK……実は君に訊ねたい事があるのだが」

 

「何よ?! なんでも訊いてよ! ホワッツ? 何だっていうのよッ!!

 下着の色は赤! やってみたいのは騎乗位! スリーサイズは上から96……」

 

「君は今、とても情緒不安定に見える……。

 何か嫌な事でもあったのか? 俺で良ければ話を聞こう」

 

「 ファァァァァァック!!!! 」

 

 再びAKはポッポに掴みかかる。もし彼女が関西人なら「お前やぁぁーー!!」みたいなキレのあるツッコミが聞けた事だろう。残念でならない。

 

「貴方アメリカ人女性の筋力なめてるの?!

 おおよそ日本人男性と同じと言われているのよ?!」

 

「やめろ、噛むな。痛いから噛むなAK」

 

「噛むのが何よ! アタシのハートは今かつてない状態に陥っているのよ!!

 ボロボロ崩れるハッシュドポテトくらい! アタシCry! やかましいのよ!

 騎乗位させなさいよ!!」

 

 猫のように「フゥー!」と髪を逆立てて噛みつくAK。しかし彼らが仲良くUFCの2回戦を行っている時、突然辺りに絹を裂くような叫び声が響いた。

 

 

「――――キャアアアァァーーーーッッ!!!!」

 

「「 !?!? 」」

 

 二人の物ではない、幼い子供の叫び声。それを耳にした途端、即座にポッポの身体が動く。

 

「ちょ……! ポッポ!!」

 

 駆ける――――いま声がした方へ。

 まるで放たれた矢ように飛び出していくポッポの背中を、硬直から立ち直ったAKが慌てて追いかけていく。

 

「ポッポ!? ポッポ?!?! 嫌ァァーーーーーッッ!!」

 

 一足遅れ、ようやく追いついた彼女が見たのは、狼のような生き物に喰いちぎられんばかりに腕を噛まれている、ポッポの姿だった。

 狼狽え、叫び声をあげるAK。されどいつまでもそのままでいる彼女では無い。彼女も選ばれし転生者なのだ。

 

「ポッポ! 動かないで!! そいつを仕留める!!」

 

 喰い付いたまま腕を振り回され、まるでスプリンクラーのように飛び散る血潮。しかし彼は動く事は無く、ドッシリと足を地面に着けてその場に踏み止まっている。しかし……。

 

「――――撃つな! 殺すなッ!!」

 

「?!?!」

 

 女神より賜りし、転生者である彼女だけが扱える神具の銃。美しい紋様が刻まれしマスケット銃。それを構え狼を撃ち抜こうとしたAKを、何故かポッポの声が止めた。

 

「撃つんじゃない! お前は後ろを守れッ!!」

 

「ポッポ?! ……貴方なにを言って……!」

 

 目を見開いて驚愕してしまうも、ふと彼女が見た視線の先。そこには身を寄せ合って地面に伏している、幼い兄妹の姿があった。

 彼女は知る由もないが、それは数時間ほど前、ポッポが街で見かけていたあの子供たちであった。

 恐怖に顔を凍り付かせつつも、おにいちゃんの男の子が必死で妹を守るように抱きかかえているのが分かった。

 

「子供……? 今はそういう状況じゃない! 何で撃たせないの?!

 アタシがちゃんと仕留める!! それで子供も守れる! そうしないと貴方が……!!」

 

「駄目だッ、撃つな!!!!」

 

 万力のようなアゴに喰い付かれ、ここまでポッポの腕の骨が軋む音が聞こえる。それでもポッポはAKを制止する。決して討たせようとしない。

 

「――――帰れ! 狼よ!! あの子らの為に帰れ!!」

 

 自らの腕に喰い付き、今まさにへし折らんとしている眼前の狼。その物言わぬ獣に向かい、ポッポが語りかけている。

 

「――――喰いたければ食え!! だが今すぐこの場を立ち去るんだ!!

 あの子らの為にッ!!」

 

 目を見開き、この上ない真剣さを持ってポッポが語り掛ける。振り絞るような声で。

 AKには彼が何を言っているのかが分からない。今まさに大量の血を失い、そして腕さえも失おうとしているというのに。

 ……しかし、彼女がふいにポッポが見つめている方向へと、なにげなく視線を移してみた時……ようやくその答えを知る事が出来た。

 ――――子供、幼い2匹の狼。

 恐らくは今眼前にいる狼の物であろうその子らが、無垢な瞳で、親狼の姿をじっと見守っていた。

 

 

「 死ぬぞ!! この場にいれば、必ず人間がお前を殺す!!

  ――――帰れッ! 狼の母親よ!! あの子らのもとに帰れッ!!!! 」

 

 

 射抜くように目を見据え、狼に語り掛けるポッポ。銃を下ろしたままのAKは、そんな彼の姿を見ている事しか出来ない。……一歩も動く事が、出来なかったのだ。

 

「――――」

 

 静かな、静かな睨み合いが続いた――――

 獣の母親と、何も持たない脆弱な人間の睨み合い。

 だがその時間にも、いつしか終わりが訪れる。狼の母親が一度とても小さくグルルと喉を鳴らした後……ゆっくりゆっくり、そのアゴから力を抜いていく。

 

「――――」

 

 男の腕が解放される。悪夢のような痛みを与えたであろう、凶悪な牙から。

 やがて親狼は静かに男の目を見つめた後……静かに踵を返し、自らの子らが居る方へと歩き去って行く。

 その姿を、AKは何も言えぬまま……ただただ見守る。

 

「……ぽ、ポッポ?!?!」

 

 狼の親子の姿が、完全に視界から消えた頃……。

 AKと兄妹の子らがいるこの場に、突然ドサリという、人が倒れ込む音が響いた。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「どう? 意外かなアタシの特殊技能(スキル)?」

 

 AKが放つ聖なる光が、ゆっくりとポッポの腕を癒していく。

 

「癒しのスキルなんてガラじゃないかもしれないケド……、

 でもアタシの貰ったのが、この力で良かった……。ポッポを治せた」

 

 やがてポッポの腕が完全に元通りとなり、彼が具合を確かめるようにしてグッパーと手を動かす。

 

「……凄いな、完全に治っている。もう何の痛みも無い」

 

「そりゃそうよ! なんたって“アタシ“が授かったパワーだもの!

 まぁホント言うと、炎を出したり雷落としたりしたかったんだケド……」

 

 得意げな笑顔のAK。改めて彼女と向き直り、ポッポは心からの笑顔で感謝を告げる。

 

「――――ありがとうAK。君が居てくれて良かった」

 

「ッ!!」

 

 ポンッ! と火の出るような勢いで、彼女の顔が真っ赤に染まる。……これは彼女が望んでいたという炎とは、大分違う物なのだろうが。

 

「しかしながら、凄い力だな。神々しさすら感じる光だった。

 もしかして……お前は神なのか? だとするとお前は“愛“だという論法が」

 

「神じゃないヨ?! これはあの女神さまに貰った力!!

 もちろんLoveでも無いからねアタシ?!」

 

「しかし君は先ほど『愛はアタシの中に』とかいう、ワケの分からん事を……」

 

「あぁ! あった! あったのよアタシの中にッ!!!!

 貴方に踏みにじられてブレイクしたけどねっ!! 慰謝料を頂ける?!」

 

 怒りの炎はそう易々と消えはしない。これは生涯、AKの胸の中でくすぶり続ける物なのだ。彼女は恨みを忘れない。特に乙女心の恨みは。

 

「それにしても……何故貴方はあんな事を?

 貴方は日本人だし、無神論者でしょう? 何故あんなキリストじみた行為を?

 ……ってキリスト教じゃ、動物殺しちゃっても別に問題無いけど」

 

 キリスト教の教えはともかく……、先ほどのポッポの行為は、AKには常軌を逸しているとしか思えない物だ。

 ポッポはあの幼い兄妹を助けた。しかしそれだけならともかく、自らの身を投げ捨てるようなマネをしてまで、あの狼の親子すら救おうとしていたのだ。

 理屈から言えば、それはポッポじゃなければ、最悪の結果に繋がる行為だったハズだ。

 ただ、ポッポが死んでおしまい――――

 それだけで終わっていた可能性だって十二分にあったハズなのだ。

 ハッキリ言ってしまえば、あれは“馬鹿のする事“なのだ。

 

「――――子は、世界の“宝“だ」

 

 そう疑問符を投げるAKに対し、ポッポは真っすぐに目を見据え、一点の曇りも無く言ってのける。

 

「異世界だろうと関係無い、宝だよ。

 守らねばならん。何に代えても――――俺が思っていたのは、それだけだ」

 

 彼は力強く言い切る。だがその言葉の後、何故か彼は、申し訳なさそうに俯いた。

 

「……だが、あれは結果として上手くいっただけで、

 もしAKが居なければ、その時点で全て駄目だっただろう。

 あの時は“もし俺が倒れてもAKが居る“から、狼に身を差し出す事が出来た。

 ……だがもしAKが居なければ、俺は死に、あの兄妹を危険に晒していた。

 とてもあんな方法は取れない」

 

「ポッポ……」

 

「だから、ありがとうAK。お前があの子らを救ったんだ。

 君が居てくれて、良かった――――」

 

 今度は〈ボンッ!!〉と爆発するような勢いで、AKの顔が真っ赤に染まる。

 心臓が止まるかと思った……。彼の笑顔を見た瞬間ドクンと心臓が波打ち、AKはその場で小さくジャンプした。キュン性ショック死するかと思った。

 

「故郷の友人達が言うには……どうやら俺は無茶をしがちらしい。

 すぐに突っ走っていく、と言われた事がある。

 だが、子は守らねばならん。何に代えても。

 君には……この先も迷惑を掛けてしまうやもしれん……だが……」

 

 彼らしからぬ、とても言いにくそうな申し訳なさそうな声色。そんな怒られるのを恐れる子供のような姿で、彼がAKを見つめている。

 

(……そうか、彼は愛を知らないんじゃない。“愛が分からない“んだ)

 

 突然、ストンと心に落ちたように、AKは気付く。

 

(――――彼が“愛“だから。

 彼の心は愛で出来ていて、自分ではそれに気付く事が出来ない。

 自分では、自分の事は見えないから)

 

 未だモジモジと俯き加減で、コソコソとAKの顔を伺うポッポ。その自信なさげな情けない顔が、彼女にはこの上なく愛おしい物に映った。

 

 

(彼は愛を、特別な物だと思っている。

 生涯を懸けて探すような……。何か自分には届かない、特別な物のような……。

 でも、あるのに。貴方が愛そのものなのに(・・・・・・・・・・・)

 ……だから分からない。貴方には愛が分からない。

 それは貴方にとって特別じゃなく、ただ当たり前に“ある“ものだから――――)

 

 

「君に……居て欲しい。

 俺は馬鹿だが、力になれるよう努力する。悪い所も言ってくれ。

 そしていつか、君の事も守れるように――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて二人は立ち上がり、肩を寄せ合い、共に歩き出す。

 

 町へ。そこにあるギルドへ。

 これから二人で、冒険を始める為に。

 

 

 

「――――ポッポ、愛を探しましょう。

 アタシはそれに付き合いながら、“幸せ“を探す。

 上手くいけば、貴方の分も見つけてあげられるかもしれないわ」

 

 

 今二人が肩を並べ、活気賑わうギルドの扉を開いた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

30、衛宮さんちの今日のごはん(まずい) その2

 

 

「おっはよーう士郎! 今日の朝ごはんは何っ?」

 

 早朝。私は満面の笑みで衛宮家の玄関を開け、弟分の少年に右手を上げる。

 

「おはよう藤ねえ。今朝は焼き魚と玉子焼き、あとシジミの味噌汁もあるぞ」

 

「フゥー♪ でかしたわよ士郎!!

 それじゃあお邪魔しまーすっと! あーお腹すいたぁーっ!」

 

 いそいそと靴を脱ぎ、ごはんごはんとルンルン気分で居間に向かう。そんな私を見て士郎が苦笑する。

 勝手知ったる衛宮の家。私にとってここは、自分の家と同じくらい慣れ親しんだ場所。大切な居場所だ。

 

「あっ、おはようございます藤村せんせい♪」

 

「おはようございます、大河」

 

 襖を空ければ、そこには愛らしい笑顔を浮かべる少女が二人。彼女達も私の大切な家族だ。

 

「おはよう桜ちゃん! セイバーちゃん!

 今日もすっごく良いお天気よっ! なのではりきってごはんを食べましょう♪」

 

「ふふっ♪ なんですかそれ♪」

 

 笑顔で挨拶を交わし、私も席に着く。今もキッチンの方からは、お味噌汁の良い香りがしてきている。

 

「あれっ? ライダーちゃんと遠坂さんは?

 それに慎二くんも居ないみたいだけど」

 

「あ、兄さん達は……今日は……」

 

「ん、そっかそっか♪ そういう日もあるわよ。無理は良くないっ!」

 

 一瞬、この場を覆いになった重い空気。それを元気な声で振り払い、グビッとお茶をあおる。

 せっかくの朝ごはんタイム、湿っぽい空気なんかいらない! 私は即座に話題を変えて陽気に雑談する。彼女らもすぐに笑顔を取り戻してくれた。

 

「ほい、おまちどうさん。沢山食べてくれな」

 

 やがてこの場に料理が運ばれてくる。

 暖かな湯気を放つ沢山の料理たちが、私達の前に置かれた。

 

「わーい! 待ってました待ってましたっ! それじゃあいただきまぁーす!!」

 

「おう、召し上がれ」

 

 桜ちゃんにごはんをよそってもらい、私はすぐさま目の前の料理に飛びつく。もうガガガッと音がする位の勢いで、猛然と平らげていく。

 

「こら藤ねえ! そんな急がなくたって誰も取らないよ。喉に詰まっちまうぞ?」

 

「らいじょうぶらいじょうぶっ! 鍛えてるからね! わたひはっ!

 ……ん? ねぇ士郎、このおっきなお皿のは何? 真ん中に置いてあるヤツ」

 

「あぁ、それ昨日の晩飯のヤツだよ。

 煮込みハンバーグなんだけど、材料が余ってたからまた作ってみたんだ。

 良かったら食ってみてくれよ」

 

「おぉ!! 食べる食べるぅ!! やったぁー! ハンバーグだぁーーーっ!!」

 

 即座に大皿を引き寄せ、もりもりとハンバーグを取っていく。いま私のお皿にハンバーグのタワーが完成した。

 

「ん~~っ! 幸せぇ~~~っっ♡♡♡」

 

「だから藤ねえ……。もう、しょうがないなぁ藤ねえは」

 

 まるで出来の悪い子供を見つめるような……でもとても幸せそうな、士郎の笑み。

 それをしっかりと目に焼け付けながら、私はガツガツと朝食を平らげていった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「……う゛っ!! ……お゛っ!!!!」

 

 朝食を終え、士郎に見送られながら「行って来まぁーす!」と原付に乗り込んだ、その30秒後……。

 

「お゛っ……! ごッ……!! ン゛オ゛ォォア゛ッッ……!!!!」

 

 角を曲がった瞬間……士郎から見えない位置まで来たその途端、私は原付を飛び降りて地面にうずくまった。

 

「……は、吐くなっ! 吐くんじゃない私ッ!! ……耐えろッッ!!」

 

 胃が焼けるように痛い。全身から謎の寒気がする。吐き気が収まらないっ!

 私は渾身の力をもって口元を押さる。全神経を胃、食道、口内の3つに集中し、ひたすら耐え続ける。

 

 

「――――士郎の作ったごはんだッッ!!!!

 吐くんじゃないっ!! 耐えろッッッッ!!!!」

 

 

 抑えた手の隙間から、もう血だか何だか分からないような液体が滴り落ちる。

 それでも私は必死に耐える。

 米粒ひとつ、料理のひとかけらたりとも、無駄にしない為に。

 

「凄いわ、あのハンバーグ……。なんて破壊力……」

 

 アレか。アレのせいだったか。

 遠坂さん達が今朝、あの場に居なかったのは(・・・・・・・・・・・)

 

「食べたのね……昨日の晩。それで……」

 

 無理もない、アレを喰らったなら――――

 むしろあのハンバーグを食べ、よくぞ入院もする事も無く、無事で居てくれた。生き残ってくれた。

 それに比べれば今朝起きられなかった位、一体なんだと言うのか。本当にあの子らは、強い子達だ。

 

 あのハンバーグを口にした瞬間、私の身体は5㎝ほど跳ねた(・・・・・・・)

 それと同時に心臓が波打つ〈ドクンッ!〉という音がハッキリと聞こえたように思う。

 目がカッと見開き、その突き上げるような凄まじいマズさに、意識がブラックアウトした。

 しかし渾身の気合を持って、なんとか0,3秒ほどで意識を取り戻す事が出来たので、士郎には気付かれずに済んだのだ。

 

「うっぷッッ!! ……ん゛ーッ!! ん゛ーッ!!」

 

 引き続き地面に蹲り、頭をブンブン振り回しながら耐える。

 アレは“調子の良い時の士郎“のヤツだ。あのハンバーグはきっと、彼にとって会心の出来だったに違いない。

 もう食べている間「ま、ず、い」の3文字しか考える事が出来なくなる程の威力だったから。いくら衛宮家の食卓とはいえ、あのクラスの物は滅多にお目にかかれない。

 

「そっか、ビッグワンを引き当てたのね……。おめでとう士郎……」

 

 彼の料理に対する情熱、絶え間ない努力。それが報われた事によって辿り着いた境地。彼の理想とする味。

 残念ながらそれは、私達にとってはもう涙がちょちょ切れんばかりのごっつい味なのだが。

 

「ふぅーっ……! ふぅーっ……! ふぅーっ……!」

 

 消化、消化しろ。

 私は呼吸を整えながら、必死に肉体に命じる。

 

 あの玉子焼きは、一撃で私の味覚を破壊した。

 白米の香りは臭覚を狂わせ、玉子焼きは耳鳴りを引き起こし、シジミ汁には身体の感覚すら奪われた。

 ただ焼くだけのハズ……そんな一抹の望みを掛けていたあの焼き魚は、口にした瞬間凄まじい頭痛を引き起し、同時に私の中にある“希望“という物を完膚なきまでに粉砕せしめた。心を折りに来た。

 そしてトドメとばかりに、あのビッグワンである。

 

「……消化するのよ。消化してしまえばなんとかなるッ……!」

 

 思い描くは、マグマのイメージ――――

 燃え滾るマグマが全てを溶かしていく様をイメージし、自らの胃を強く意識する。

 一分でも、一秒でも早く。

 我が胃よ、マグマの如くこれを溶かし、完膚なきまでに消化せよ。溶かし尽くせ。

 

「血肉に……。士郎のごはんを、血肉にッ……!」

 

 消化しろ。消化するんだ。

 

「 おおおぉぉっ! おおおおぉぉぉぉあ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーッッッ!!!! 」

 

 消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ――――

 

 

 

 

「おや、おはようございます藤村せんせ……ってどうしたんですか先生っ?!

 顔が真っ青ですよ?!」

 

「あ……おはようございます教頭先生……おほほ」

 

 ……やがてしばしの時が経ち、フラフラになりながらも職員室に辿り着いた私。

 それを見た教頭先生が驚愕の表情を浮かべている。

 

「いや教頭、いつも藤村先生はこうなんですわ。

 どうも朝は体調がイカンらしくて」

 

「そうですか……体質かもしれませんが、一度医者に診てもらうのも手ですよ?

 ご自愛くださいね」

 

「ありがとうございます大丈夫ですっ!

 いや~ご心配おかけしちゃってすいません! あははは……」

 

 

 心配げな顔の先生方に、必死で笑顔を振り絞る。

 そんな風にして、また私の一日が始まる。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「俺、今年はおせちに挑戦してみようと思うんだ。みんな楽しみにしててくれな」

 

 12月最後の日、大晦日の朝。

 そんな士郎の何気ない一言により、衛宮家に激震が走った――――

 

「あら! すごいじゃないの士郎! やるわねっ!」

 

「これは大仕事ですねせんぱいっ!

 手伝える事があったら何でも言ってくださいっ♪」

 

「いいじゃないか衛宮! 僕完成したら写真撮ってやるよ! がんばれよっ!」

 

 遠坂さん、桜ちゃん、慎二くん。内心の動揺を微塵も表に出す事無く、士郎にエールを送る子供たち。

 私は教師ではあるが、こんなにも良い子たちを他に見た事がない。

 

「――――」

 

「……ッ」

 

 ふと視線を横に移せば、そこには何やら覚悟を決めた顔のセイバーちゃん。そして祈るようにギュッと手に力を込めるライダーちゃんの姿がある。

 もちろんこれは、士郎には悟られないようにだ。

 

「さって、それじゃあ早速買い物に行ってくるよ。

 何を入れようかな? 気合入れて選んでこないと」

 

「お供しますシロウ。今日は荷物が多そうですから」

 

「わたしも! わたしもご一緒しますね♪」

 

 和気あいあいとスーパーへ出かけていく士郎たち。

 そんな彼らを笑顔で見送った後……即座にライダーちゃんはAEDのバッテリーの確認、遠坂さんは病院の手配、慎二くんは応急箱の準備をしに行く。

 

「私はちょっと道場に行ってくるわね。――――今の内に、気を静めておきたいの」

 

「……はい。頼りにしています、大河」

 

 悲痛な表情を見せるライダーちゃん。そんな彼女にとびっきりの笑顔を返してから、私は居間を後にしていった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 ――――士郎は将来、どんな大人になりたいの?

 

 私の脳裏に、過去の記憶が浮かぶ。

 

 ――――そうだなぁ。笑われるかもしれないけど俺、正義の味方になりたいんだ。

 

 いま脳裏に浮かぶのは、まだまだ小さかった頃の少年の姿。

 真っすぐで、優しくて、暖かな笑みを浮かべる……私の宝物のような男の子。

 

 ――――あ! でもそれとは別にひとつ、夢があってさ?

 ――――“料理人“になりたいんだ。俺の作った料理で誰かを笑顔に出来たら、それって素敵だなって。

 

 

 うん。きっと叶うよ士郎。

 

 お姉ちゃん、いつも士郎の事応援してるからね。約束するよ――――

 

 

 

 

 

 

「………………………………ハッ!!!!」

 

 暖かな思い出が頭を過ぎ去り、私はこの場に意識を戻す。

 ふと周りを見渡せば……そこには白目を剥き、口から泡を吐き、グッタリと床に倒れ伏す子供たちの姿があった。

 

「リン! サクラ! シンジッ!! 目を覚ましなさいッ!!」

 

「いまAEDを準備します! 仰向けに寝かせて下さいッ!!」

 

 ぼんやりとしていた頭が、一気にクリアになっていく。

 そう……さっきのは夢。こっちが私の現実(リアル)だ!! 

 

 今日は元旦、一月一日の朝。

 いま私の眼前には、目を覆わんばかりの凄まじい惨状が広がっていた。

 

「あれほど……あれほど栗きんとんは危ないと言ったじゃないですか!!

 なぜ貴方は、自ら死にに行くようなマネをッ!!」

 

「確かにここは、大人しく紅白かまぼこを食べておく手もありました。

 しかしシンジは、恐らく誰かにこれの相手をさせる事を、嫌ったのでしょう……。

 仲間の為……自らの命を賭し、見事栗きんとんと相打ちに持ち込んだのだ!!」

 

 その気高き心! 男気ッ!! 武士道とは死ぬ事と見つけたり!!

 セイバーちゃんが散っていった慎二くんへ、心からの称賛を送る。

 

「しかしッ……しかしリンもサクラも! すでに筑前煮の餌食にッ!!」

 

「彼女らはちゃんと味の染みにくい具材を選んでいたというのに……。

 間違いない。この筑前煮も……ビッグワンです!!!!」

 

 最上級の称号、ビッグワン――――

 私達が一番聞きたくない言葉であるそれが、新年一発目から飛び出した。

 

「いくつかの具材を食べてみましたが……ライダー、覚悟するが良い。

 このおせちの中に、弱い相手などひとつも無い……。

 その全てが、ビッグワンを冠するに相応しい猛者だ」

 

「!?!?」

 

 タラリと冷や汗を流すセイバーちゃんが、衝撃の事実を私達に告げる。

 この五段重ねの重箱は、パンドラの箱。しかもその中に“希望“など残されていないバージョンなのだと。

 いま私の脳裏にふと「マズいの宝石箱や~」という言葉が思い浮かんだが、口に出すのは止めておいた。

 

「ど……どういう事なのですかセイバー!!

 これじゃあまるで……マズいのオリンピックじゃないですか!!」

 

「そうだ。これはシロウの作り上げし、マズメシの祭典だ」

 

 いったいどの具材が金メダルを獲るんだろうか? 全然知りたくはないのに、何故か気になって仕方ない。がんばれニッポン。

 関係ないけれど、二人とも外人さんなのに、けっこう語呂力あるのね。

 

「しかし幸いにも、この中には海老や数の子といった、

 貴方の得意な海鮮類もあります。

 無理のない範囲で構わない、それらの相手をお願いしたい。

 私は……残りの全てを引き受けよう」

 

「せ……セイバー?!」

 

「三が日? 三日も要るものか。

 今この場で片を付けます。おせちよ――――」

 

 カッと目を開き、セイバーちゃんが射抜くように重箱を見つめる。

 何やらお箸を持ったその手は〈ガタガタガタ!〉と恐怖で震えているが、それを除けばその姿は、まごう事無く気高き騎士のそれだ。

 

「――――いざ突貫ですっ!!

 刮目せよッ! 我が名はアルトリア・ペンドラゴ……

 

「おーいセイバー! 悪いけどちょっと付き合ってもらえるかー?

 今から新年の挨拶回りに行くんだよー。荷物が多くなるからさー」

 

「あ! はーいシロウ! いま行きまーす♪」

 

 そしてお箸を放り出し、テッテケテーと玄関へ向かうセイバーちゃん。

 私とライダーちゃんは〈ズコォー!!〉と後ろにひっくり返った。

 

「……あのグータラ騎士王ッ!! 友情より恋を取ると言うのですかッ!!」

 

「あの……許してあげてライダーちゃん。

 セイバーちゃんいつも頑張ってくれてるしさ?」

 

「チッキショー!」とか言いながら桜ちゃん達の為に濡れタオルを絞るライダーちゃん。若干エグエグし始めてしまったので、ヨシヨシと頭を撫でてあげた。

 

「た……大河?! 気を失っていたのでは?! 大丈夫なのですか?!」

 

「ええライダーちゃん。ちょっと意識が飛んじゃってただけ。

 ……まさか手網こんにゃくがあんなにもマズいなんてね……。

 味が染みにくいヤツだと思って、油断してたみたい」

 

 最初に齧ったローストビーフ(今風の具材ね)には何とか耐えたのだが、次に箸をつけた手網こんにゃくに、私は意識を持っていかれた。

 というか……市販の物であるはずのローストビーフですら凄まじくマズかったのは一体何故なのだろう。

 もう何をしたら、どんなソースをかけたら天下の牛肉がここまでマズくなるのかと、不思議で仕方ない。

 もしかして士郎は、魔法使いか何かなのかもしれない。マズいの錬金術師だ。

 

「セイバーちゃんはもう居ない……。

 ここからは私が、士郎のおせちを食べるわ――――」

 

 

 眼前にある、どっしりとした五段重ねの重箱。

 私は静かにお箸をとり、それをしっかりと見据えた。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

(何故……何故そんな事が出来るのですか……貴方は)

 

 ライダーちゃんが、驚愕の表情で私を見つめる。

 

(何が貴方をそうさせるのですか。大河……何故貴方は……)

 

 しかし私には、彼女に反応を返す余裕はない。

 私の口、そして気力は、いま士郎のおせちと戦う事に使われているから。

 

笑っている(・・・・・)。……なぜ貴方は今、笑みを浮かべているのです。

 そんな殺人的なマズさのごはんを、食べていながら――――)

 

 

 士郎のごはんを、口に運ぶ。

 絶え間なく、勢いよく、掻き込むようにして。

 

 その度に私の口角が“ニッタァ~“と上がる。次第に吊り上がっていく。

 今きっと、私の顔色はもうとんでもない色になっている事だろう。さぞ目も血走っている事だろう。

 しかしその表情は……口元だけは。まごう事無く“笑み“を浮かべていた。

 

 ――――――笑え! 笑うのよ大河ッ!! 笑え!!

 

 私は箸を動かしながら、モゴゴゴっと咀嚼しながら、自身に言い聞かせる。

 

 ――――――あなた士郎のお姉ちゃんでしょう!? 士郎の作った料理でしょう!?

 ――――――なら笑いなさい大河! 笑ってこれを食べるのよッ!! 笑えッッ!!!!

 

 感謝を、そして親愛を――――

 あの子に対する全ての想いを込めて、この料理を完食する! 笑顔で美味しく頂くッ!!

 それがお姉ちゃんの務めってもんでしょうがッッッ!!!!

 

「 そぉぉおおおおおいッッ!!!! 」

 

「!?!?」

 

 お重のひとつをひっつかみ、そのまま丼のようにして掻き込む。その光景を目にしたライダーちゃんが絶句している雰囲気だけが分かった。

 

 れんこん――――これは極楽浄土の池には蓮の花が咲くことから、“穢れのない“ことを表すという縁起物。また穴が多く空いていることから、見通しの良い1年を祈るという意味もあるそうな。

 

 伊達巻――――これは“伊達“という、洒落た、見栄えの良いという意味を持つ言葉の縁起物。また形が巻物に似ていることから、学問成就や文化の繁栄を願う意味もあるらしい。

 

 そんなおせちの具材ひとつひとつの意味を思い出しながら、私はお重の中身をガガガと掻っ込んでいく。

 その甲斐もあって、お重の内の一段が綺麗に空になった。

 

「えいしゃああああぁぁぁーーーーいっ!!!!」

 

「!?!?!?」

 

 そこで手を止める事無く、私は二つ目のお重を引っ掴む。

 ライダーちゃんはもう言葉も出ない様子だ。

 

 黒豆――――まめに健康、丈夫に過ごせるように願う縁起物。

 またこれは敢えてシワが出るように煮て“シワができるほどの長寿を“という願いを込めるそうな。

 

 かぶ――――このかぶは“菊花かぶ“という種類の物で、菊の花には繁栄や健康、そして長寿を願う意味があるのだそうだ。

 

「 なんで長寿の縁起モン食べてんのに、身体がガクガク震えるのよ!!

  コレぜったい寿命縮んでるわよ!!!! 」

 

 そんな悪態をついてみるも、決して箸を止める事はしない。

 額に嫌な汗が吹き出し、舌は感覚を無くし、恐ろしい寒気により激しく全身がバイブレーションしているが、それでも止まるワケにはいかない。

 

「えいしゃオラ! えいしゃあああぁぁぁーーーーーッッッ!!!!」

 

「もうやめてください大河ッ!! 無茶ですッ!!」

 

 二つ目のお重も空にし終わり、即座に三つ目を掴む。すると今まで固まっていたライダーちゃんが私に駆け寄り、ガバッと腰に抱き着いて来た。懇願するようにして。

 

「死んでしまいます大河ッ!! 死んでしまいますッ!!」

 

「大丈夫よライダーちゃん! これ縁起物なんだし!

 お腹は焼けるように痛いけど、きっと神様とか七福神とかが見てくれてるハズ!

 後でプラマイゼロくらいにしてくれるわよ!」

 

 もう自分が何を喋っているのかも分からない。それでも私は「大丈夫だよ」とライダーちゃんの頭を撫でてやろうとした。

 ……しかし、ふいに私の鈍くなった聴覚に、何やら〈ポタッ!〉という水音のような物が聞こえてきた。

 それはとても近く。私のすぐ足元から。

 

「ッ!?!?」

 

 ――――血涙。血涙だ。

 

 いま私の涙腺から、真っ赤な血涙がポタポタと滴っている事に気が付く。

 どこぞの血管でも切れたのか、それとも身体をおかしくしたのか。それは分からないけれど。

 

「た……大河ッ?!?! そ、その血はっ?!」

 

「あ、だいじょぶだいじょぶ! これさっきアセロラドリンク飲んだから。

 アセロラなのよコレ」

 

「 何を言っているのですかッ! 貴方はッッ!! 」

 

 心配を掛けまいとしておどけてみるが、大 失 敗。

 先ほどまでよりも更に力を増し、ライダーちゃんが私を止めようとしがみついてくる。

 

「ドクターストップです大河! 大人しくなさいッ!

 こんな目からアセロラ出すような人、放っておくワケには……

 

「ごめんねライダーちゃん――――――フッ!!!!」

 

「ウッ?!?! …………ばったり……」

 

 ライダーちゃんの首元にトスッと手刀を入れ、そのまま優しく床に寝かせる。

 

「ごめんねライダーちゃん、こんな事して……。

 でもマズメシでお腹を壊すよりはマシだと、そう思って頂戴……」

 

 空いている左手で拝み手をしながら、私はライダーちゃんの安らかな眠りを祈る。

 彼女が居てくれるから、処置をしてくれるライダーちゃんがいるから、私達はいつも安心して戦いに臨んで行ける……。

 彼女を失うワケにはいかないのよ。

 

「さぁ~ごはんだごはんだぁーー!! いっただっきまーーす!!」

 

 声だけでも、笑顔だけでも、私は元気を振り絞って再び箸を進める。

 今もなお私の眼からは血涙が滴っているが、それはさしたる問題ではあるまい。私は元気。

 

「モゴゴゴ!! ……うんマズい! マズいわ士郎! 腕を上げたわねっ!!」

 

 年を重ねるごとに、日を追うごとにマズくなっていく士郎の料理。

 私はそれが、“士郎が理想に近づいている証“だというのを知っている。彼の成長の証だという事を知っている。

 だからこれを食べ続けていくのは、お姉ちゃんである私の責務なのだ。

 

「よっし! 残りはこの一重だけっ! それではいっただっきま…………?!?!?!」

 

 気が付けば、あれだけあったおせちも、この一段を残すのみ。

 改めて気合を入れて掻き込もうとしたその時……私は自分の身体に起こった、ある変化に気づく。

 

「……あ、あれ? あれれ……?」

 

 頭が痛い、寒気がする、身体の感覚が無い、もう目がほとんど見えない。それは良いのだ、それは。いつもの事だから。

 ……しかし私はふいに、自分の身体がだんだん冷たくなっていく(・・・・・・・・・・・・)のに気が付いた。

 

 

「――――心臓が止まっている!! 動いてないッ!?!?」

 

 

 感じない。自身の心臓が波打つ鼓動が、まったく感じられない――――

 私の心臓が、いつのまにか止まってしまっているッッ!! まったく動いていない!!!!

 

「えっ……ちょ! ウソ! ライダーちゃんAEDを……」

 

 ふと視線を向ければ、そこには〈グッタリ!〉と床に倒れ伏したライダーちゃんの姿。

 そうだった。さっき私が手刀で眠らせたんじゃないか。トスッとやったんじゃないか私が。

 

「あ……あれっ?! ……これって私……死……?」

 

 やばい、やばい、やばい。ヤバイヤバイヤバイ……!!

 もう随分と前から真っ青だった顔面から、さらにサーッと血の気が引いていくのが分かった。ついでに体温もグッと下がった気がする。2℃くらい。

 

「 う……うわぁぁぁあああああ!! うわぁぁぁぁああああああーーーーッッ!!! 」

 

 即座に私は駆けだし、思わず庭に飛び出す。

 

「 うわぁぁぁぁあああああああ!! うわぁぁぁぁぁあああああああああああ!!!!」

 

 殴る――――左胸を殴る。

 

 ドゴゴゴと大きな音を立て、何度も何度も自分の左胸を殴りつける。

 殴る、殴る、殴る。

 殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴るッッッッ!!!!

 

 

「――――動けッ! 動けッ! 動けッッ!!!!

 動いてよぉぉおおッ!! まだごはん残ってんのよぉぉぉおおおーーーッッ!!!!」

 

 

 やがて自分の体内から、再び心臓が活動した〈ドクンッ!!!!〉という鼓動を確認。

 同時に「ごっほぁ!!」と血反吐を吐きながら、私は地面に倒れ込んだ。

 

「――――ッ!?!? ッッッ!!!!」

 

 血涙、血反吐、いつのまにやら出ていた鼻血。そんな色んな液体を顔面から垂れ流しながら、私は即座に居間へと戻る。

 再び席に着き、料理と対峙する!!

 

「うぉあああああああああああぁぁぁーーーーッッ!!!!」モゴゴゴゴゴ

 

 生きてる! いま私生きてる!!

 

 死に直面した時だけ、生きていると実感出来るッ!

 ――――マズメシと向かい合う度、生を実感できるッッ!!!!

 

「モゴゴゴゴ!! ……士郎ッ………士郎ぉぉーーッッ!!

 モゴゴゴゴッ!!!!」

 

 もう目の前が見えない。段々と意識がボンヤリしてく感覚がある。

 ……でも分かる。士郎のごはんが分かる。感じる事が出来る。

 目など見えなくても、身体の感覚を無くそうとも、私はごはんを食べる事が出来る。

 

 だってこれは、士郎の作ったごはんだから。

 だって私は……士郎のお姉ちゃんなのだから――――

 

「腕を上げたわね、士郎……。ほんとうに上手になったわ……」

 

 

 今も、憶えている――――士郎が初めて料理を作ってくれた日の事を。

 

 幼少期。貴方が滅多に家に居ない切嗣さんを待ちながら必死に家事をこなし……そしてその寂しさを埋めるようにして、料理に打ち込んでいった事も……。

 

 

 

 

 

 

 

『おぉ、これ全部士郎が作ったのかい? 凄いじゃないか!』

 

 今からもう数年前の、ある日。

 久しぶりに家に帰って来た切嗣さん、そして遊びに来ていた私の為に、貴方は初めて料理を振る舞ってくれた。

 照れ臭そうにしながら、でもどこか自信なさそうに下を向きながら。

 

『それじゃあせっかくの士郎の料理だ。冷めないうちに頂こうか大河ちゃん』

 

 切嗣さんが暖かな表情で、静かに手を合わせる。

 初めて作った料理の感想が気になるのか……士郎がチラチラと切嗣さんの方ばかり見ているのが分かり、すごく微笑ましかった。

 

『――――うん、美味しいッ!

 こんな美味しいハンバーグ、いままで食べた事がないよ士郎!!』

 

 一口食べた途端、まるで花が咲いたように切嗣さんが笑う。

 それを見た士郎も、隠しきれずに花のように笑ったのが見えた。

 

『驚いたよ……士郎は料理の天才だったのかい?!

 こんな美味しい物が作れるなんて! きっと将来は有名なコックさんになれるよ!』

 

 食にあまり関心がない為か、普段はとても小食な切嗣さん。そんな彼が大喜びしながら士郎のハンバーグを頬張っていく。ニコニコしながら食べ進めていく。

 私は自分の分に箸を付ける事も忘れ、思わずその姿に見入っていたのを憶えている。

 

『よっし! 僕もうひとつ食べちゃおうかな? 士郎、おかわりを貰えるかい?』

 

 元気よく「おう!」と返事をして、切嗣さんのお皿を受け取った士郎が台所に消えていく。

 その後ろ姿を見送った後、ようやく私の身体は動き出し、そしてまだ自分が何も食べていない事に気が付いた。慌ててお箸を握り直す。

 

『いやぁ、まさか士郎にこんな才能があったなんて! ビックリしたよ僕は!

 ほらっ、大河ちゃんも暖かい内に食べるといい。とっても美味しいよ』

 

 そうニコニコと嬉しそうに微笑みかけてくれる切嗣さん。その笑顔にまた見入りそうになりながらも、私はイカンイカンとぶんぶん頭を振り、強く意識を保つ。

 切嗣さんを心からの笑顔にした、士郎特製ハンバーグ。それが私の目の前で暖かな湯気を放っていた。

 

 そして私はこの日……そんなこの上ない幸せの中で、初めて士郎の料理を口にしたのだった。

 

 

 ビックリするくらい、マズかった――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……味オンチだったのね切嗣さん。もうとんでもないレベルの」

 

 やがて綺麗に空になった、最後のおせちの重箱。それを静かに机に置きながら、私は過去の回想を終える。

 

「食に関心が無いと言うより、普通の料理じゃ満足出来なかったんでしょうね……。

 唯一、士郎の料理だけが切嗣さんの口に合った。笑顔にする事が出来た……」

 

 大好きなお父さんに料理を食べて貰える、喜び。

 お父さんが笑ってくれるという、幸せ。

 それこそが士郎の料理の、原体験――――

 

 

「あれからも士郎は、料理を作り続けています。

 貴方の笑顔を思い描き、貴方の好きな味を追い求めて。……切嗣さん」

 

 

 

 先ほどとは違う、透明な涙の雫――――

 

 死屍累々の衛宮家の居間で、何故だかそれが私の眼から、ポロリと零れ落ちた。

 

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「えっ、あれ全部食っちまったのか藤ねぇ?!」

 

「そうよ~士郎♪ あー美味しかったごちそうさまっ!」

 

 新年の挨拶回りを終えて帰宅した士郎に、コタツに入った私がほののんと告げる。

 

「ちょ……ホントかよ藤ねえ。あんなに沢山あったっていうのに」

 

「そうね~♪ でも全部食べちゃったわ! だってお腹空いてたんだもーん!」

 

 やれやれと呆れながらも、どこか嬉しそうな顔。そんな士郎の笑顔を見られただけで、私は報われたような心地になる。

 

 ――――今も私の胃は、地獄ような痛みを発している。

 だがそれを私が顔に出す事はない。汗ひとつかく事は無い。

 

 これが私の、お姉ちゃんの心意気という物なのだ。

 

「それはそうと、あいつらはどうしたんだ? 姿が見えないけど」

 

「あぁ、みんないったん実家の方に戻るって。また夕方に来るって言ってたわ!

 それとみんなから、『おせち美味しかった。ごちそうさま』って」

 

「……そっか。うん、よかったよ。

 頑張って作ってみた甲斐があった」

 

「んふふ! 良かったね士郎♪」

 

 幸せそうに笑う士郎の後ろで、なにやら申し訳なさそうな顔でチラチラこちらを見るセイバーちゃん。

 別に私は気にしてないから良いのよ? でもライダーちゃんには後で謝っておいてね……。私も必死に謝ったわ。

 

「そんじゃあ今日は、何を作ろうかな?

 なんか食いたいモンあるか藤ねえ?」

 

 そうねぇ、とりあえず今日一日は何も胃に入れず、ハーブとか正露丸とかを飲んで泥のように眠りたいわねぇ。

 生きながらにして心臓が停止するという貴重な体験もしたし、頑張ってくれたこの身体をゆっくり労ってあげたい所だけれど、戦いってのは待ってくれない物なのよ。悲しい事にね。

 

 

「――――何でも良いよ♪ 士郎のごはんなら、お姉ちゃん喜んで食べちゃう!」

 

「そういうのが一番困るんだけどなぁ……。

 まぁいっか。なんか藤ねえが好きそうなもん考えてみるよ」

 

 

 

 いまお仏壇にお供えされている、私達が食べた物とは別の、小さなサイズのおせち。

 

 切嗣さんの笑顔を思い浮かべ、私は今日のごはんに想いを馳せていった――――

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

31、序章

 これはホラー映画の名作「スゥイートホーム」を題材とした、「涼宮ハルヒの憂鬱」原作のクロスオーバー作品。
 その序章になります。

 テストを兼ね、現在までに完成している“物語の導入部“にあたる部分を、先行して投稿致します。
 完成をお待ちの間のお試し版として、これで雰囲気を掴んで頂けたらば幸いです。


※2月21日、追記。

 完全版を投稿致しました。
 この序章の内容も含め、完結までを全て書き終えていますので、もしよろしければ下記のリンクからどうぞ。

https://syosetu.org/novel/215067/
 








 

 

 赤ん坊の、笑い声が聞こえる。

 キャッキャと笑う、嬉しそうな声が――――

 

 

 暖かな表情で我が子を見つめている、お母さん。

 母に見守られながら、嬉しそうに声を上げている赤ん坊。

 

 今ベビーベッドにいるその子が見つめる先には、代わる代わる現れる、沢山の動物たちの姿があった。

 

 影。これは手で形作る影絵の動物たちだ。

 お母さんは見事な腕前で両の手を動かし、まるで生きているかのように動く沢山の動物たちを、次々に作り出していく。

 

 ――――わんわん、わんわん。ぼくは犬だよ。

 ――――コンコン! ぼくはきつねだよ。コンコン!

 ――――ピョンピョン。私はうさぎよ。いっしょに遊びましょう?

 

 時に愛らしく、時にコミカルに。

 赤ん坊は影絵の動物たちに夢中だ。キャッキャと笑いながら小さな手を伸ばす。そんな微笑ましい我が子の姿に、お母さんが幸せそうに笑みを浮かべる。

 慈愛に溢れた、美しい笑みを。

 

 ――――カサカサ。ぼくはカニだよ。

 ――――ワオーン! 僕はオオカミだよ。遠吠えが得意なんだ!

 ――――めぇぇ~。あたしはヒツジよ。友達になりましょう?

 

 やがて赤ん坊の前に、一羽のハトが現れる。

 手影絵で作られた美しいハトが、いま大きくその羽を動かし、優雅に大空を飛んでいく。

 

 その幻想的な光景に……赤ん坊は口を大きく開け、キラキラと目を輝かせる。

 

 

 ――――ハトは飛んでいく。自由に、どこまでも。

 ――――――高く高く。この上なく優雅な羽ばたきで、空を昇っていく。

 

 

 この子の幸せを、祈るように。

 この幸せが、いつまでも続きますように。

 

 

 そんな願いを、空に届けにいくようにして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スゥイートホーム ~涼宮ハルヒの慟哭~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

「 遅いッ! 罰金ッ!! 」

 

 強い風が吹きつける、大きな建物の門前。

 いま腰に手を当て憤怒の表情を浮かべる涼宮ハルヒの怒声が、辺り一帯に木霊する。

 

「まったく! いつまでかかってるのよっ!

 こんなのただちょちょい~っと行って、パパ~ッと許可取ってくるだけでしょ!?」

 

「す、涼宮さぁん……。落ち着いてぇ~……」

 

 ハルヒがムキーと地団駄を踏む。

 朝比奈みくるがビクビクしながらもなんとか諫めようと奮闘しているが、彼女の怒りはとどまる事を知らない。

 

「まぁまぁ涼宮さん、お役所というのは時間のかかる物ですよ。

 仕方ありません」

 

 SOS団副団長の古泉一樹も、苦笑しながらフォローを入れる。

 彼もいま頑張っている、もうしばらく待ちましょうと、優しく団長を諭す。

 

「あたしは早く間宮邸に行きたいのよぉーっ!!

 こんな所にいても、ちっとも面白くないじゃないっ!

 ……まったくキョンったら!

 せっかく今回は雑用じゃなくプロデューサーにしてあげたのに、

 ちっとも使えないんだからっ!」

 

 今ハルヒの左腕には“超ディレクター“と書かれた腕章がある。今回SOS団で制作するドキュメント企画、その全権を取り仕切るのが彼女の役割だ。

 そして彼は、そのプロデューサー。

 この企画を発案し、珍しい事に自分から「やってみないか」とハルヒに提案したのが、他ならぬ彼なのである。

 

 ……この話が出た時、ハルヒは非常にご機嫌であった。

 散々彼に対しグチグチと文句は言ったものの、隠し切れない程にニマニマと緩んだその表情に、SOS団のメンバー達が微笑ましい気持ちでいたのは言うまでもない。

 なにせ普段は無口で消極的に見える彼からの、初めての提案(おねがい)だ。

 それに気を良くした彼女は「キョンのくせに生意気よ!」などと言いつつも、実質その場で案を即決した。

 

 そして本日、無事その企画は決行されるに至る。

 皆は今、今回のSOS団企画【伝説の画家、間宮一郎。その謎に迫る】というドキュメンタリー映画を撮影する為、間宮邸に入る許可を取りに役所まで来ているワケなのだ。

 

「もう我慢できないわっ! あたしちょっと行ってくるっ!」

 

「だっ……ダメですよぉ涼宮さ~んっ!

 ここで待ってろって、キョンくんに言われたじゃないですかぁ~っ!」

 

「えーい離して頂戴みくるちゃん!

 行かなきゃ! 行かねばならないのよあたしはっ!

 やっぱり二人には任せておけないわ!」

 

 必死に腰にしがみ付くみくるをズルズル引きずりながら、役所の門へ猛進していくハルヒ。慌てて古泉も加勢に入る。

 

「……なぁ、俺の記憶が確かなら、

 キョン達が出かけてから、まだ10分と経ってねぇんだが」

 

「元気だよねぇ涼宮さん。きっとパワーを持て余してるんだよ。

 それか……キョンに置いていかれちゃって寂しい、とか?」

 

 ワーワーと騒ぐSOS団の様子を車中でのんびりと見つめながら、谷口が大きく欠伸をする。その向かいに座る国木田も、のほほんとジュースに口を付けている。

 

「相手はお役所だぞ? あの涼宮が行ってもややこしくなるだけだっつの。

 キョンもそれが分かってたから連れていかなかったんだろ」

 

「うん。ハルヒを見張っといてくれーって、みんなに念を押してたもんね。

 代わりに鶴屋さんを連れて行った事も、もしかしたら気に喰わないのかも」

 

「なんであたしじゃなくて鶴屋さんをー! ってか?

 いつも一緒にいるじゃねーかお前らは……。ちっとは我慢しろよ……。

 どんだけキョン好きなんだよアイツ」

 

「心配しなくても、キョンは涼宮さんしか見てないのにね」

 

 国木田は苦笑しながら、谷口の手から一枚カードを抜き取る。それは見事に当たりだったようで、谷口が「げっ!」と変な声をあげる。トランプ勝負は国木田の勝ちのようだ。

 

 やがてそうこうしている内、二人とは離れた席に座っていた長門有希がトテトテとバスを出ていき、外にいるハルヒ達の方へと歩いて行くのが見えた。

 今までひとり静かに読書をしていた彼女だったが、表の状況を見かねたのだろうか。

 

「むきぃー! 離してよみくるちゃん! 離してちょうだいッ!

 ……確かにあったかいわ! すっごく良い匂いする!

 でもハグのぬくもりなんかで、あたしをどうにか出来ると思ったら大間違……、

 って、ん? どうしたの有希?」

 

「これ」

 

 ジタバタと暴れていたハルヒに、有希がよいしょと何かを差し出す。それは“サクマ式ドロップ“と書かれた、キャンディーの缶だった。

 

「ん? 蓋が開かないの? おっけおっけ! あたしが開けてあげるっ」

 

 ハルヒが缶を受け取り、気合を入れて「ふんっ!」と蓋を開ける。パカッという良い音がした。

 そして優しく微笑みながら有希と目線を合わせ、缶を渡してやる。

 

「はい」

 

「あら、ひとつくれるの? ありがと有希っ。

 ……ん~っ♪ おいしっ! やっぱりメロン味は至高ね!!」

 

 キャンディーを貰い、幸せそうに頬張るハルヒ。有希といっしょにコロコロと舐める。とてもご満悦の表情だ。

 

「私もトランプがしたい。相手をしてほしい」

 

「トランプ? いいわよ有希! やりましょやりましょ♪

 よ~し、それじゃあバスの中に戻りましょっか♪

 ほらみくるちゃーん! 古泉くーん! 行くわよ~」

 

「……」

 

「……は、はぁ~い」

 

 有希と手を繋ぎ、ハルヒが「ルンルン♪」とバスに戻っていく。

 先ほどまで汗だくになりながら彼女を止めていた両名は、若干脱力しながらも慌てて後に続いた。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「……なにぃ? 間宮邸ぇ?」

 

 役所の応接室。不機嫌そうな男の声が響く。

 

「駄目に決まってるだろうそんなの。あそこはもう数十年も閉鎖してるんだ」

 

「はい課長……。私もそう言ってはおるんですが……。

 しかしあの子たち、どうしてもと言って聞かなくて」

 

 職員の男が困った顔で自らの背後を指す。

 そこには今「ふふ~ん♪」とのんきに鼻歌を歌う鶴屋、そしてペコリと頭を下げるキョンの姿がある。

 

「なんでも、間宮一郎のドキュメント映画を撮りたいんだそうで。

 あの屋敷には間宮一郎の残した絵が沢山あるハズ、

 それを世間に伝えるのが私達の役目だ、と言って……」

 

「それでこんな田舎町までやって来たっていうのか。

 まったくご苦労な事だ……。他にやる事は無いのか都会の子たちは」

 

 靴を脱ぎ、中に入っていた砂をサラサラと落としながら、話半分に部下の言葉を聞く課長の男。

 

「ほら、いいから帰って貰え。可哀想だが、あそこはずっと立ち入り禁止なんだ」

 

「しかし課長……? 実はあそこにいらっしゃるお嬢さんは、

 なんでも鶴屋財閥の一人娘だそうで……」

 

「なにぃ?! つ……鶴屋財閥のぉ?!」

 

 男の顔色が変わる。そして何かを考え込む仕草をした後、ゆっくりと椅子から立ち上がった。

 

「……えっとぉ、君達? 間宮邸を撮影したいんだって?」

 

「あ、はいっ! 間宮邸に入る許可を頂きたくて、伺いました。

 ドキュメンタリー映画を撮って、間宮一郎の絵の素晴らしさを伝えたいんです!」

 

 思わず“気をつけ“をし、キョンは緊張しながらも必死に伝える。普段は飄々とした所のある彼であるが、どうやらこういう交渉事には慣れていない様子だ。

 横にいる鶴屋は、のほほんと微笑みを浮かべているが。

 

「あー……。まぁそりゃ立派な事だとは思うがね?

 まだ若いのに大したもんだと、感心せん事もないよ。

 ……でもなぁ。残念だが間宮邸への立ち入りは禁止してるんだよ。

 ひどく老朽化もしてるし、何かあったら困るだろう? 君たちはまだ子供だし」

 

「いえっ、そこはちゃんと気をつけてやるつもりです!

 今回は俺たちだけじゃなく、信頼出来る大人の人にも協力してもらってて。

 だから決して危ない事はしませんし、建物にも充分に配慮してやるつもりです!」

 

「ん~……」

 

 目の前の少年は、熱意を持って必死に訴えている。その気持ちは分からないでもないし、出来る事なら叶えてやりたくもあるのだが……。

 課長の男はウムムと頭を抱える。

 

「別に間宮邸じゃなくてもさ? 映画だったら他でも撮れるだろう?

 ドキュメンタリーもいいが……ほら、恋愛映画とか、アクション映画とか。

 君達は学生だし、そういうのの方が好きなんじゃないのかい?」

 

「は……はぁ」

 

「……ん~。間宮邸なぁ。ん~……」

 

 やがてウンウンと唸り声をあげ続けていた男は、「ふぅ」とひとつため息を付いた後、意を決したように背中を向ける。

 そして後ろにある小さな金庫の前に立ち、おもむろに鍵を差し込んだ。

 

「ちょ……課長?! 本当によろしいので!?」

 

 慌てて職員の男が傍に駆け寄り、ヒソヒソと問いかける。

 

「仕方ないだろう、あぁまで言っているんだから。

 それにあのお嬢さんは、アレなんだろう? ……流石に無碍には出来んよ」

 

「しかしっ! しかしあの間宮邸ですよ!?

 もし何かあったら……どう責任を取るおつもりで……?」

 

 職員の男は冷や汗を流している。それに対し、ゆっくりと振り返る課長の男。

 

「何かって……何だ?」

 

「い、いえっ! あの……! その……」

 

祟り(・・)、か?」

 

「…………はい……」

 

 男の口元が歪む。ニタァと醜悪な笑みを浮かべる。

 

「――――なら丁度いいじゃないか。確かめてみよう」

 

「!?」

 

「あの子らが無事に帰って来たなら、あの屋敷は大丈夫って事だ。

 いい機会だ、確かめてみようじゃないか」

 

 

 もう数十年も閉鎖したままだという、間宮一郎の屋敷。

 今まではこの地に伝わる噂話を恐れ、ただただ触らぬように閉鎖してきた、古い屋敷。

 

 しかし、もし何事もないなら(・・・・・・・)、あの屋敷は大変な観光資源になる。なんと言ってもあそこは伝説の画家、間宮一郎の屋敷なのだから。

 この何も無い寂れた田舎町に、さぞ多大な利益をもたらす事だろう。

 

 

「なぁに、もし何か起こっても、それは“超自然現象“という物だ。

 誰も責任の取りようがないさ――――」

 

 

 幾重にも厳重に保管されていた、さび付いた古い鍵。

 それを金庫から取り出し、男がゆっくりとキョン達の方に向き直る。

 

「ほら、これが間宮邸の鍵だ。

 撮影頑張ってね。応援してるよ」

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 長い雑草が伸び散らかす田舎道を、SOS団を乗せたバスが元気に走って行く。

 

「やれやれ……流石に気疲れした。

 まぁ許可は取れたんだから御の字だが」

 

「お疲れ様です。

 すいませんでした、貴方に任せきりにしてしまって」

 

 辺りは一面、雑木林だ。ひたすら間宮邸を目指してバスは走る。

 今回運転手を買って出てくれた新川さんに感謝しつつ、いま皆は思い思いの席で寛いでいる。

 そんな中で古泉一樹が、彼の隣に腰掛け、ジュースを手渡した。

 彼は「サンキュ」とそれを受け取り、ゴクゴクと飲んでいく。冷たい飲み物が身体に染み渡り、生き返る心地だ。

 

「いいさ、こういうのはいつもお前にばっかやらせてたんだ。

 たまには俺達がやるのもアリだろ」

 

「恐縮です。しかし、貴方には本当に感謝している。

 これで間宮一郎最後の絵が、見られるんですね……」

 

「おっ、珍しくテンション高いじゃないか古泉。

 まぁ俺も似たようなモンさ。こんな機会、滅多にあるもんじゃない」

 

 嬉しそうに微笑む古泉、そしてそれは彼も同じだ。二人は祝い合うように、コツンと拳を合わせる。

 

「正直な? 今ドキドキしてる。こんなのはホント久々かもしれん。

 いったいどんな絵があんだろうって……、昨日はあまり眠れんかったくらいだ」

 

「僕としては、ここまで貴方が間宮一郎のファンになるとは、少々意外でしたよ?

 確かにきっかけを作ったのは僕ですが……まさかここまで好きになって頂けるとは」

 

「あぁ、お前に付き合わされて間宮一郎展に行ったのがきっかけだったもんな。

 まぁ俺も芸術なんて高尚なモンには興味なかったし、

 未だによく分からん部分も多い。ちゃんと理解出来てるとは思わんよ。

 実際あの時も、暇つぶしのつもりでお前に付き合ってたんだから」

 

 そう苦笑しつつ、ジュースをもう一口。

 

「……だが間宮一郎の絵、ありゃ問答無用だったな……。

 一目みた瞬間、電気が走った気がしたよ。一目惚れってヤツかもな」

 

 彼が“一目惚れ“という言葉を放った時、なにやらどこかで〈ガタッ!〉という音がした気がするが、それに気づかず話を続けていく二人。

 

 

「なんて言うか……“生きてる“って思ったんだよ。

 よく美術品には生き生きとしたって表現が使われるが……、

 でも間宮一郎の絵は違う。本当に“命がある絵“なんだよ。

 こんなあったかくて、強くて、心にガツンとくる絵があるもんなのかって――――」

 

 

 どこを見つめるでもなく、彼は間宮一郎の絵に想いを馳せる。

 あの日、心に感じた衝撃を追想する。

 

「ええ。僕も間宮一郎氏の絵を見た時は、震えました。

 生命への賛美、そして途方も無く大きな愛を感じたんです」

 

「というか、こういう時に自分の語呂力の無さが嫌になるな……。

 なんとか言葉を探してはみるんだが、お前みたいに上手いこと言えん」

 

「いえいえ、貴方らしい素敵な表現だと思いますよ。

 少なくとも僕は、すごく共感していますから」

 

 通路側の席に座る古泉は、今ふと目線の先でコソコソとこちらを伺っているハルヒの姿を発見。

 彼女は隠れているつもりなのだろうが、座席の上からカチューシャとリボンがチラチラと見えてしまっていた。大変残念な事に。

 

「というか、俺はハルヒがこの企画をOKした事の方が意外だったけどな。

 別にアイツは絵になんて興味なかったろ? 間宮一郎を知ってたワケでも無いし」

 

「ああ、涼宮さんの場合、芸術よりも“ミステリー“の要素に惹かれたのでしょう。

 間宮一郎は生前、ずっと人里離れた山奥で暮らし、

 そして若くしてひっそりと息を引き取った、謎の多い画家ですから。

 ドキュメンタリーを撮り、その謎に迫る、というのが本願なのではないかと。

 こうして皆で撮影をしに行くというのも、この上なく楽しいですし」

 

 まぁ一番は、他ならぬ貴方の提案(おねがい)だからですけどね――――

 そう言いたいが、古泉は言葉を飲み込んで笑顔を作る。彼にはこの企画の為に頑張って貰った恩義があるのだ。

 我慢ガマンである。この朴念仁め。

 

「うーん。俺が思うに……、

 アイツにとっちゃ幽霊屋敷にでも行くような感じなんじゃないか?」

 

「ふふっ。間宮邸は数十年も放置されてきた屋敷ですから、さぞ雰囲気はあるかと。

 不思議探索は我々の得意とする所。そちらの方でも、楽しんで頂けそうだ」

 

「まぁ不思議はともかく、ハルヒがおばけを怖がってる姿なんぞ想像できんがな。

 アイツはそんな可愛いモンじゃない。

 大はしゃぎで屋敷中を駆けまわる姿しか浮かばんよ」

 

「あのっ……えっと……」

 

 古泉が言葉に詰まる様子に気付く事無く、彼は話を続ける。

 

「おばけをふん捕まえるわよ! なんてバカなこと言い出さなきゃいいけどな。

 いくらSOS団でも、流石におばけの団員が増えるのはごめんだ。やれやれ……」

 

 ……あぁ僕の友人よ。どうかその口を、閉じては頂けませんでしょうか?

 ふと古泉が目線をやれば、そこには例のカチューシャ&リボンがブルブルと怒りに震えているのが見える。座席がギリギリと軋みを上げている音も。

 

 となりに座るみくるは「あわわわ……」と怯え、谷口などは恐怖で目をひん剥いている。

 

 まぁその後なんだかんだとあったが、なんとか古泉一樹の携帯から、閉鎖空間発生の知らせを聞かずには済んだ。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 やがて元気に走っていたバスが停止し、いま皆の前に、ここから先が間宮邸の敷地である事を示す大きな門が現れた。

 

 運転手の新川さんには車内で待っていてもらい、門の千錠を解きに一旦バスを降りる一同。

 

「よっし、ちょっと待ってろお前ら」

 

 門にグルグルと巻かれている、錆びた鎖と南京錠。彼がそれにガチャガチャと触れ、解除しようと試みる。

 しかしサビついていて、なかなか上手く外れない。

 

「キョンくぅん、大丈夫ですかぁ?」

 

「おや、これは厄介だ。

 まぁ何十年も雨風に晒されていた物ですからね」

 

「俺がやるかキョン? 鎖を切ってやろうか?」

 

「いや、せっかく許可とったんだ。出来るだけそのままにしときたい。

 えっと……油か何かを差せば……」

 

 そうこうしている内、なにやら後ろの方から〈ズンズンズン!〉という勇ましい足音が聞こえてきた。

 嫌な予感がし、彼が咄嗟に後ろを振り返った瞬間……、辺り一帯に凄まじい轟音が響き渡る。

 

「うりゃぁぁああーーーーーっっ!!」

 

「 ッ!?!? 」

 

 ――――吹き飛ぶように開く門、粉々に砕け散る鎖。

 そう、いま涼宮ハルヒ渾身のドロップキックにより、間宮邸への門は見事開かれたのだ。数十年ぶりに。

 

「 お前なにしてんだッ!! なに無茶してんだッ!! 」

 

「うっさいわね! アンタに任せてたら日が暮れちゃうでしょうが!

 あたしは早く中に入りたいのっ!!」

 

 プイッと顔を背け、ハルヒがズンズンとバスに引き返して行く。その姿を呆然と見送る一同。

 

「涼宮さん……すごく機嫌悪いですぅ……」

 

「どうやら、先ほどの一件が尾を引いているようですね……」

 

「……」

 

 すでに座席に戻り、有希を抱きしめながらツーンと口を尖らせているハルヒ。

 その姿にため息なんかを漏らしつつ、彼らもゾロゾロとバスに戻っていった。

 

 

………………………………………………

 

 

「ここが……間宮邸……」

 

 ハルヒが門を開けて(破壊して)からすぐ、バスの窓から間宮邸が見えてきた。

 遠くから見えるそれにも感心させられたものだが、今こうして目の前にしてみると、その巨大さに圧倒されてしまう。

 間宮邸はそれ程に大きく、立派な屋敷だった。

 

「すっげ……俺洋館なんて、初めて見た」

 

「確かに……。ぼくもこんな立派なお家、見た事ないよ……」

 

「良いお屋敷だねっ! アタシも洋館とかは久しぶりっかな~♪」

 

 谷口、国木田が驚嘆の声をあげる。鶴屋に関してはのほほんとした物だったが。

 

 長年放置され、辺り一帯を森に囲まれた廃屋ではあるが、その風格は健在だ。

 大きな噴水や、天使をかたどった石像。そして屋敷の玄関には、装飾の施された大きな扉。

 

「ここで、間宮一郎は……」

 

「あぁ、絵を描いてた。俺達が見てきた、あの絵を」

 

 驚嘆、そして感慨深さが入り混じった瞳で、彼と古泉が屋敷を見上げる。

 

「そりゃあ、あんな凄い絵を描いてたんだ。

 当然だが、スケールが違うな」

 

「壁画やフレスコ画の作成には、非常に広いスペースが必要です。

 ……しかし、いやはや驚きました。ここで間宮一郎の感性は、

 磨かれていったのですね」

 

 二人並び、まだ見ぬ間宮一郎最後の絵に想いを馳せる。

 ……しかし、そんな彼らの様子を、少し後ろの方でブスッと見つめている少女の姿があった。

 

 SOS団団長、涼宮ハルヒ。

 彼女は今回快く(?)彼の願いを了承したものの……、しかし現在は少しばかりご機嫌斜めであった。

 

(キョンったら……古泉くんと絵の話ばっかり)

 

 過去に美術部に仮入部し「君こそハルトマン鈴木の再来だ!」とかなんとかワケの分からない褒められ方をした経験はあるものの……、彼女には芸術に対する興味は無い。

 そりゃあ絵を描くのは楽しいと思うし、自分だって美しい絵を見れば心が躍る。……しかしキョンや古泉のような憧れも情熱も、抱いた事は無かった。

 

(なによキョン。……ちょっとくらい、こっち向きなさいよ)

 

 彼らについていけない。中に入れない――――

 今も目の前で、嬉しそうに語り合っている二人。その背中を、どこか寂しい気持ちで見つめていた。

 

 

「?」

 

「……ん、あら有希。どうしたの?」

 

 気が付くと、裾をクイクイとひっぱる有希が隣にいた。

 有希は「どうしたの?」とコテンと首をかしげ、悲し気な顔をするハルヒを心配している様子が見て取れた。

 

「たべる?」

 

 はい、と差し出されるキャンディーの缶。その愛らしい仕草に思わずハルヒは苦笑いだ。

 有希の頭をワシャワシャと撫でてやり、とびっきりの笑顔を返す。

 

「平気よ。ありがとね有希♪

 よ~し! それじゃあそろそろ撮影を始めましょうか!」

 

 有希と手を繋ぎ、皆に向かって大声で指示を出す。そして一気に動き出していく時間。

 メンバー達が慌ただしくバスと玄関を往復し、照明やカメラなどの機材の荷下ろしを行っていく。

 

「それはこっちに運んでちょうだい! あ、谷口それはまだいいわ。積み直しといて。

 ほーら時は金なりなんだからねっ、みくるちゃんっ!

 さっさと着替える着替えるっ!」

 

 

 繋いだ手の暖かさ。有希の優しさ。

 それを強く感じながら、ハルヒがあーだこーだと指示を出していった。

 

 

………………………………………………

 

 

「あっ……あのっ……! これ本当に着るんですかぁ……?」

 

 朝比奈みくる。彼女はSOS団の専属女優である。

 過去に彼女を主演にして映画を撮影した事もあり、そのオロオロとした愛らしい演技と何とも言い難い味のある歌声は、今や北高においてちょっとした伝説となっている。

 

 そして今回のドキュメンタリー映画でも、彼女をメインとして作成する。

 女優ではなく“リポーター“という役柄ではあるが、おっかなびっくりと廃屋を探検していく彼女の姿は、さぞ観覧者諸君の共感を呼ぶ事だろう。呼べばいいなぁと思う。

 

「そうよみくるちゃん! 今回の映画はホラーなの!

 ならこれしかないってピンときたわ!」

 

「ふ……ふぇぇ~~っ!!」

 

 例によって、ハルヒにより“衣装“にお着換えさせられるみくるちゃん。ただのコスプレとも言う。

 そして今回彼女が着用させられる衣装は、過去に例を見ない程、えっちぃ物となった。

 

「――――ん゛ふ゛っ!!」

 

「――――こ゛っほ゛ぁ!!」

 

「みっ……見ないでぇ! 見ないで下さいぃ~~っ!!!」

 

 お着換えタイムを終え、ハルヒに伴われバスから降りてくるみくる。その姿を見た彼と谷口が思わず噴き出した。

 

 ――――それもそのハズ。今みくるが来ているのは“ビキニ“だ。

 それも何故か星条旗の模様をあしらった、大変に生地面積の少ない水着である。いわゆるアメリカ水着である。

 みくるの肉付きの良い女性らしい身体は、もう色々と食い込んだり、はみ出したりしちゃって大変な事になっている。ぷるっぷるしている。

 

「キョンくん見ないでぇ! 見ちゃダメぇ~~っ!!」

 

「いやあのっ……! ちょ……!」

 

 なんとか屈んだり覆ったりして胸元を隠そうと奮闘するのだが、悲しいかなその仕草は、ぷるぷる、たゆんたゆんと大変えっちぃ事となっている。

 後の谷口の言葉を借りるなら「来て良かった。生まれてきて良かった」、そう言わしめる程のお姿であった。

 こうして恥ずかしがる姿や、そのウルウルとうるんだ瞳も、存分にみくるのエロさを際立たせている。

 映画に18Rが付かなければ良いのだが。ドキュメンタリーなのだし。

 

「お、お前っ! 朝比奈さんに何着せてんだっ!」

 

「良いでしょキョン! コレすごいでしょ!?

 あたし今回、すっごい自信あったの!」

 

 なんとか衝撃から立ち直った彼が詰め寄るも、ハルヒはニコニコと満面の笑み。「いやぁ~良い仕事したなぁ」と満足気な表情だ。笑顔が眩しい。

 

「ホラーと言えば、エロは必要でしょ?

 ん~っ! いったい誰が考えたんでしょうね! この組み合わせ!

 恐怖とエロの親和性……、これってホントとんでもないレベルよ!」

 

「お前普段どんな映画観てんだ! 今すぐ止めさせろ!!」

 

「ん? なによ、気に入らないの?

 アンタだってホラー映画借りたのにおっぱい出て来なかったら、

 ブルーレイディスクを叩き割るんでしょう?」

 

「割らん! ちゃんと丁寧に扱う! レンタル期限も守るッ!!」

 

「この頭悪そうなアメリカ水着にしたのも、あたしのこだわりなの!

 そしてこのブロンドのカツラ! もうどこからどう見てもアメリカ人女性よね♪

 ……あ、関係ないけどみくるちゃん、今回の舞台が屋内で良かったわね?

 もし海ならアンタ、ぜったいサメに喰われてるわよ?」

 

「朝比奈さんをサメのエサにすんな!!

 確かにサメ映画じゃ、喰われる用の女優さん達いるけどっ!!」

 

 もしサメ映画において、いきなり導入部でセクシーダイナマイトな女性が出てきたら……その人は十中八九、サメに喰われる。

 むしろ喰われる為だけに出てきた、通称“サメのエサ“と呼ばれる役どころの人達なのだ!

 しかし今回の撮影は屋内。決してサメ映画では無い。

 

「わっ……わたしどうなるんですかぁ~?

 たべられちゃうんですかぁ~?」

 

「大丈夫よみくるちゃん! ……今回はね。

 さぁさぁ! それじゃあ早速始めていくわよ!」

 

 なにやらハルヒの目が一瞬〈キラッ!〉と光ったような気がするが、奇しくもそれは皆に気づかれる事は無かった。

 なにか次回作の構想でも思いついたのだろうか?

 

 何故か間宮邸を訪れた、アメリカンビキニの女――――

 そんなシュールとエロさをもって、撮影は開始されていった。

 

 

………………………………………………

 

 

「はい、みくるちゃん。これ鍵」

 

 間宮邸の扉の前。そこに今みくるが立っている。

 いまハルヒが懐から間宮邸の……彼から預かった大切な鍵を取り出し、みくるに手渡した。

 

「さ、カメラまわして。

 みくるちゃん、そのまま開けちゃおっか?

 よーい………………アクション」

 

 谷口がカメラを構え、国木田と古泉が反射板を受け持つ。

 鶴屋、有希、プロデューサーであるキョンが見守る中……ゆっくりとみくるが扉の前に歩いて行き、鍵を差し込んでいく。

 

「……あ、あれぇ? ……あれぇ?!」

 

 緊張しつつも、しっかりと鍵穴に差し込む。しかしどれだけガチャガチャと回そうとも、鍵が開く様子は無い。

 みくるの困った声だけが、静かに辺りに響く。

 

「カットぉ! ……どうしたのみくるちゃん? 開かない?」

 

「えっと……あれぇ? あれれ?」

 

「ふむ、古い建物ですからね。中が錆び付いているのかもしれません」

 

「鍵は合ってるハズなんだが……。

 ちょっと貸して下さい朝比奈さん。俺がやります」

 

 鍵穴には入る、サイズから見ても決して間違ってはいないんだろう。

 しかし、やはりどれだけやっても開かない。あまり無理にやると鍵が壊れてしまいそうだ。

 

「んっ! んっ! このッ!!

 ……うーん、イカンな」

 

「あらら、だいじょぶにょろキョンくん?」

 

「一度サビ取りスプレーを試してみますか? 確か車に積んでいたハズです」

 

「うん、それが良いよ。

 壊しちゃってもつまらないもんね。ぼく取ってくるから」

 

「おう、すまんな国木田」

 

 扉から視線を移し、国木田に礼を言おうと振り返ったその時……。

 ふと彼の視界の端に、なにやら「おいっちに! おいっちに!」と準備運動をしているらしきハルヒの姿が映った。

 

「――――――取り押さえろッ!! ハルヒがアップをしている!!!!」

 

「「「 !?!?!? 」」」

 

 突然の声に驚きつつも、即座に行動を開始するSOS団のメンバー達。

 今にも扉に向かって突進しようとしていたハルヒに勢い良く組み付き、くんずほぐれつしながら取り押さえる。

 

「……ちょ! なによアンタ達!? なんで分かったのよっ!?」

 

「うるさいバカたれ!! 無茶すんなって言ってんだろうが!!」

 

「落ち着いて下さい涼宮さん! 殿中です!!」

 

「ドロップキックはダメですぅ! 危ないですぅ!」

 

「だめ」

 

 キョンが羽交い絞めにし、みくると有希は腰にしがみつき、古泉が通せんぼ。

 SOS団の勇気ある行動が今、見事涼宮ハルヒの蛮行の阻止に成功したのだ!

 

「離してよ! 離してよキョン!

 あたしのこの手が光って唸るッ! 扉を破れと轟き叫ぶのよっ!!」

 

「破らんでいい! 落ち着け! 仮にも人様の家だろうが!!」

 

「この衝動を大切にしたいの! いつだって心に従って生きてきたのよ!

 そんな人間が一人くらいいたって良いでしょう?! ねぇキョン!!!!」

 

「かもしれん! だが扉は壊すなッ!!

 お前ただドロップキックしてぇだけじゃねーか!!」

 

「なによ! いいじゃないっ!

 激情に身をゆだねても良いじゃない! こんな時代だもの!」

 

「何がお前をそうさせんだッ!!

 暴れんな! 止まれっ! やめんかッ!!」

 

 三人がかりで拘束されるも、がんばって「ふんぎぎぎ……!」と振りほどこうとするハルヒ。額に青筋が浮いている。

 

「いい? 人間はね? 普段は全体の30%ほどの力しか使う事が出来ないのっ!

 しかしあたしは残りの70%を引き出す事に成功したのよ!

 ぜったいに振りほどいてやるわっ!!」

 

「どこの北斗神拳だお前!! ユリアに殴られろバカ!!」

 

「むきぃー! 離しなさいよアンタ達! ……なによ! あったかいじゃないっ!!

 こんなみんなに抱き着かれたってね? ハグされたってね?

 別にあたし『あったかいな……嬉しいな……』とか思ってないんだからねっ!!!!

 ほら! もっと来なさいよほら! ギュってしなさいよ!」

 

 ギャーギャー喚きながらドタバタと暴れるSOS団のメンバー達。辺りに騒がしい声が響く。

 

 

「面白いよねぇ、SOS団って」

 

「だねっ。けどアタシは見てる方が好きっかな~?

 そっちの方が、きっと面白いにょろ♪」

 

 

 国木田と鶴屋の両名は、少し離れた場所でみんなを見守る。

 

 やがて扉が駄目だと知った谷口が窓から侵入し、中の方から玄関を開けてくれた事に気が付くまで、このドタバタは続いた。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「……わぁ。広いですぅ……」

 

 ギギギギ……と音を立てて、大きな扉が開いた。

 肩を寄せ合って扉を抜ければ、そこにあったのは広大なエントランスホール。

 

「本当に城だぜコリャ……。

 いったいなに考えて、こんなバカでかい家建てたんだよ?」

 

「豪華だね……。とてもいち家族が住む家とは思えないや」

 

 一歩屋敷の中に入った途端、驚嘆の声を漏らす一同。各々が手にある懐中電灯やランプで、中の様子を照らしていく。

 

「さすがに埃っぽいな。それにカビの匂いもする」

 

「老朽化に加え、どこかで浸水もあるのかもしれません。

 この数十年、誰一人として入る事が無かった屋敷ですから。致し方ないかと」

 

「有希、あんましウロチョロしちゃ駄目よ? 暗くて危ないからね。

 ……じゃあみくるちゃん、とりあえずそこの階段に上がってみてもらえる?

 ゆっくりと階段を歩きながら、屋敷の印象をリポートする感じで」

 

「は……はいっ!」

 

 装飾の施された、曲線を描いて二階へ続く大きな大きな階段。そこをビクビクしながらみるくが上っていき、ちょうど中ほどあたりの位置で立ち止まる。

 

「そうね、そこらへんで良いわ。じゃあカメラまわすわよ、みくるちゃん。

 よーい………………アクション」

 

 心細い薄明かりだけが照らす暗闇の中、ハルヒの声がエントランスに響く。

 今、SOS団の間宮邸ドキュメント映画の撮影が、開始された――――

 

 

 

『え、えっと……。わたしは今、間宮邸にいます。

 すごく暗くて、とても埃っぽい匂いがしますぅ。こわいですぅ……』

 

 

 縮こまりながらも必死にマイクを持ち、少しづつ階段を降りながら、みくるがリポートを行っていく。

 その様子を、皆が固唾を飲んで見守っている。

 

 

『天才画家、間宮一郎は……数十年前ここでひっそりと、息を引き取りました』

 

 ギギギ……。ギギギギ…………

 

『以来、間宮家は……後を継ぐ者もなく断絶』

 

 ギギギギギ……ギギギギギギギ……!

 

 ザザザ……

 

 

「……ん?」

 

「おい……何だ?」

 

 何かが軋む音。何かが崩れていくような音がきこえる――――

 

 

『この数十年もの間……誰ひとりとしてっ……』

 

 ギギギギ……ギギギギギギ……!!

 ギギギギギギギギギギ…………………!!!!

 

 

「……おい、何の音だこれ!」

 

「!?」

 

 音が大きくなる。

 屋敷が揺れるような、轟いているような音がする。

 

「いかん! ハルヒッ!!」

 

「ッ!」

 

 何者かが、うめいているような(・・・・・・・・・)――――

 

 

『足を踏み入れるものは……なかったのですぅ!!』

 

 

 ギギギギ……ギギギギ……。

 

 ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギ!!!!

 

 

 

『き―――――キャァァァァアアアアアアアアア!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 みくるの叫び声――――――

 

 その瞬間、凄まじい轟音と共に、天井が崩れ落ちた。

 

 

………………………………………………

 

 

 

「……」

 

「…………」

 

 目を見開き、放心している一同。

 頭を抱え、その場で蹲っている、みくる。

 

「…………ハルヒ。大丈夫か」

 

「……ッ」

 

 気が付くとハルヒは、キョンに覆いかぶさられ床に倒れ込んでいた。

 その胸にしっかりと、有希を抱きしめたまま。

 

「……えっ。……あ、あたし……」

 

「どこか痛む所は? 怪我は無いか二人とも」

 

 分からない。何が起こったのか――――

 ただ突然轟音が鳴りびいた瞬間に、咄嗟に身体が動き、傍に居た有希を抱きしめた所までは憶えている。

 必死で。この子を守るようにして。

 

「天井が崩れやがった。お前と長門の上に落ちてきたんだよ。

 焦ったぜ俺は……」

 

 鼓膜を揺らす程の音を立て、突然崩れ落ちてきた瓦礫。

 もし彼が助けてくれなければ、抱きしめていた有希ごと床に押し倒してくれなければ……今頃どうなっていたかなど想像もしたくない。

 それ程に、巨大な瓦礫だった。十二分に人を殺せる程の。

 

「ほら、立てるか? 歩けるか二人とも」

 

 やがてゆっくりと彼の身体、ぬくもりが離れていき……そこでようやくハルヒは思考を取り戻す。ぼんやりしていた思考が晴れていく。

 

 

「みんな、気をつけていこう。

 この屋敷、相当ガタがきてやがる――――」

 

 

 立ち上がり、彼が声をあげる。

 その途端、止まっていた時が動き出したかのように、皆が彼の下に駆け寄った。

 

 

………………………………………………

 

 

「大丈夫だって言ってんだろ。ただの擦り傷だって」

 

「し、しかし……」

 

 彼が怪我を負った。落ちてきた瓦礫が肩に直撃し、軽度ながら打撲を負ったようだった。

 いま皆はいったん明るい外へと出て、心配そうな顔で彼を取り囲んでいる。

 

「ちゃんと腕も動くし、大した痛みじゃないさ。

 まぁ荷運びとかはしばらく勘弁して貰いたいが……谷口、頼めるか?」

 

「お、おう! 任せとけよキョン!!」

 

「ねぇ、車もあるんだし、念のため病院で診てもらった方がさ……?」

 

「大丈夫ですって鶴屋さん。ほんと何でもないです。

 でももし腫れてくるようなら、ちゃんと鶴屋さんの言う通りにしますから」

 

 嫌がる彼の服を無理やり引っぺがしたハルヒが、彼に処置を施していく。

 どうやら彼の言う通り本当に軽度の打撲で済んだようなので、患部を冷やして湿布を張る程度で済んだが、先ほどの事を思い返すと身体が震えてくる。

 

 彼の健康的な肌や、意外とたくましい身体を見ても、今は赤面などしていられない。ハルヒは真剣その物だった。

 

「ごめんなさい、僕が付いていながら……。

 貴方と涼宮さんを危険に晒すなど、あってはならないというのに……」

 

 奥歯を噛みしめ、古泉が痛恨の表情を浮かべる。

 彼の肩に施された治療の後を見つめ、思い詰めている様子だった。

 

「お前なぁ……堅苦しく考え過ぎだぞ。

 せっかくの間宮邸だろ? もっと気楽にやったらどうなんだ。

 あんなに楽しみにしてただろう」

 

「し、しかし……」

 

「それにな? 言いたか無いが、これは俺が勝手にやっちまった事だ。

 ……俺なんぞが出しゃばらんでも、長門なら絶対に、ハルヒを守ってくれた。

 なら俺がやったポカなんだから、お前が気に病んでんじゃない」

 

 古泉にだけ聞こえるよう、ささやき声に話す。

 ふと視線をやってみれば、有希もいま心配そうな瞳でこちらを見ているのが分かり、彼は苦笑してしまう。

 

「ほら、お前もだぞハルヒ? いつまでもしょぼくれてるんじゃない」

 

「でも、キョン……」

 

「お前ディレクターだろ? お前以外の誰が指揮するんだ。みんなを引っ張るんだ。

 いつもみたく、元気にやらんでどうする」

 

 いつもらしからぬ、シュンとした顔。

 そんな彼女を元気づける為、彼が出来るだけの、精一杯のあたたかな笑みを浮かべる。

 想いを託すように。

 

「な? 頼むよハルヒ。

 今回の企画、全部お前にかかってるんだ。……任せたぞ?」

 

「――――う、うん!!

 分かったわキョン! まっかせときなさい!!」

 

 花のような笑顔が咲く。

 彼の想いを受けて、ハルヒが自分らしさを取り戻していく。

 

「とにかく、あの暗闇の中で大人数が歩き回るのは無茶よ。

 老朽化も酷いし、床が突然崩れるかもしれない。ランプを頼りに歩くのは危険だわ。

 見た所、ここ電気も電話も通ってないみたいだけど……、

 でもこれだけ大きな屋敷だもの、きっとどこかに“発電機“があると思うの。

 あたしの勘だけどね」

 

 ハルヒがバスまで歩いて行き、積んであった小型のガソリンタンクを取り出し、谷口に手渡す。

 

「谷口、何人か連れてって良いから、発電機を探してきて頂戴。

 きっとおっきな機械だから……屋敷の中というより、この敷地内のどこか。

 小屋か何かの中にあるんじゃないかと思うわ。行ってきてくれる?」

 

「了解だぜ涼宮! うっし、そんじゃあ行こうぜ国木田!」

 

「うん! じゃあ行ってくるよキョン、しばらくじっとしててね?」

 

「アタシも行くよんっ! 屋敷の周りを探検っさ!」

 

 

 意気揚々と駆け出して行く三人。

 その頼もしい背中を、SOS団のメンバー達が微笑んで見送った。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「あっ、きっとこれだよ! 涼宮さんが言ってたの!」

 

 草や木の伸び散らかした、間宮邸の中庭。

 そこをもう泳ぐようにして必死こいて歩き、やがて三人は、古びた小屋のような建物を発見するに至った。

 

「あー鍵かかってんな。

 よっし、ちょっとどいてろ? ――――ふんぬっ!!!!」

 

「おぉ! すっごいねぇ谷口くんっ! 力持ちっだね!」

 

 小屋の扉には錆びた南京錠が掛けられていたが、気合一発。谷口がそれを破壊する。

 風化寸前だった扉の金具は、谷口によってあっさり引き千切られた。

 無事に扉を開ける事が出来た三人は、ゾロゾロと小屋の中に進んでいく。

 

「……ビンゴだぜ、アイツの言った通りだ」

 

「うん、間違いない。これが間宮邸の発電機だよ」

 

「にょろね♪」

 

 中にあったのは、予想通り、大きな機械。

 さっそく手分けして機械を確認し、中に燃料となるガソリンを注ぎ込む。そして機関部にベルトを巻き付けていき、最後に勢いよく始動の為の紐を引っ張る。

 

 古びた機関部からブワッと埃が舞うと共に、大きなエンジン音が辺りに響く。

 彼らは見事、発電機を動かす事に成功したのだ。

 

「うお゛っ! ……おぉ電気つきやがったじゃねーか! 眩しっ!!」

 

「うん、これで屋敷の中も、今ごろ明かりが灯っているハズだよ」

 

「やるねぇー谷口くん国木田くぅんっ! お姉さんちょっと見直したっさ♪」

 

 発電機が始動した証として、小屋の内部に明かりが灯り、一気に視界が明るくなる。

 これでもう、暗闇とはおさらばだ。思う存分屋敷を探検できる。

 そう三人は笑い合い、皆の待つ屋敷へと引き返していった。

 

 

 

 

「………………あれ? ねぇ二人とも、あれ何だろう?」

 

 任務を終え、堂々の凱旋。

 そう誇らしい気持ちで帰還している道中……国木田が二人に声をかけた。

 

「ん? なんだありゃ? 石かぁ?」

 

「石が……積んであるのかぃ?」

 

 国木田が指さした方を見てみると、そこにあったのは、積みあげられた石で出来たオブジェ。

 その姿はどこか、小さな“塔“のように見えた。

 

「気味が悪ぃなコレ。まるで墓じゃねーかよ」

 

「いや……これはお墓なのかもしれない。石を積み上げて作ったお墓なんだ」

 

「ホントに……? でもな~んでこんな場所に、お墓があるのかなぁ?」

 

 近づいて見てみれば、明らかにそれは人工的に作られた物。何かしらの目的を持って建てられた物だという事が分かる。

 だがその意図も分からなければ、名前を示す物も見当たらない。

 

 この石の塔が、どことなく“物悲しい雰囲気“をしている事……。それだけが三人に分かる、全てだった。

 

「……ちょ! ふたりとも!」

 

 塔を観察しながらウンウンと唸っていた二人の意識を、国木田の声が呼び戻す。

 

 

「――――この塔、崩れてる(・・・・)。壊されてるよこれ!」

 

 

 ふと見渡せば、辺りには恐らく塔の一部であったであろう、いつくかの大きな石が転がってしまっているのが見えた。

 

「なにぃ!? お、俺ぁ別になんにもしてねぇぞ!? 悪さはしてねぇ!!」

 

「分かってるよ谷口、ぼくらずっと一緒にいたじゃないか。

 でも、なんで壊れて……」

 

「ここには何十年もの間、だれも入ってないんでしょ?

 なら嵐や台風で崩れたのかもだけど……。ひどいよ……」

 

 

 元の形なんて、分からない。これがどういった物だったのかも分からない。

 けれど三人は辺りに転がっていた石を集め、せめてもの想いで、塔のそばに集めておいた。

 勝手に触れてしまったけれど……どうか許して下さい。そう想いを込めながら。

 

「なんまんだぶ、なんまんだぶぅ……。成仏してくれぇ……!」

 

「谷口……なんだよそれ。これが何なのかも、ぼくら分からないのに」

 

「でも大事だよ。こういうの。

 よし、アタシもや~ろおっと! う~ん、なむなむ……」

 

 

 手を合わせる。せめて、祈りを込めて――――

 しばらくの間、そうして三人はこの場で佇んでいた。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「キョン、埃ついてる、埃」

 

「ん、まだ付いてるか? まぁ構わんよ、家に帰ったら洗うさ」

 

「何いってんのよアホキョン、ちょっとそっち向きなさいな」

 

 ハルヒが彼の背中をパンパンと叩き、服に着いた埃をはたいていく。隣にいる有希もそれをマネし、一緒になってパンパンとはたく。

 なにやら女の子ふたりに甲斐甲斐しくお世話され、若干気恥ずかしい気持ちになっている彼だった。

 

 そうこうしながらSOS団の面々は、間宮邸の中を歩いていく。

 先ほど谷口らも帰還し、無事に屋敷中に明かりが灯った事を確認。彼らに労いの言葉をかけた後、行動を再開するに至った。

 まずは一階を探索してみる事となり、いま皆で屋敷の廊下を歩いている最中だ。

 

 明かりが灯り、彼らの目に屋敷の全貌がハッキリと映るようになった。

 やはりそこは途轍もなく広く、そして古びてはいても美しいと感じられる、まるでお城のような洋館だった。

 一同は興味深く辺りを見回しながら、みんなで固まって歩いて行く。

 

 先ほどの撮影時に怖い目に合い、未だビクビクとしている朝比奈みくる。そんな彼女の傍に優しく付き添う鶴屋の姿が、とても印象的だった。

 

「おっ、ここ入ってみるかハルヒ?」

 

「そうね。目につく所は、全て入っていくわ。

 扉という扉を開け放つのよ! 開けずにはおかないわ!

 あたしを誰だと思ってんのよ!」

 

 なにやら妙なテンションになっているハルヒはさておき……やがて一同はひとつの扉の前に辿り着く。

 ハルヒが率先して前に出て、ゆっくりとノブを回す。

 そして扉を開けた先。そこには学校の教室よりも大きく作られているであろう、ただっ広い空間があった。

 

「おい古泉、あれ……!」

 

「ええ。間違いありません」

 

 壁画だ。

 部屋に入った途端、視界いっぱいに広がる、大きな大きな壁画がそこにあった。

 

 

「やはり、あったんですね。

 間宮一郎、最後の絵が――――」

 

 

 その壁画は長い年月の経過により埃に覆われており、未だその全貌はハッキリとは伺えない。

 しかし、それは間違いなく、彼らが追い求めてきた物。

 間宮一郎が描いた、生涯最後の絵――――

 

「おっけ! いったん探索は中断! ここを拠点としますっ!!

 とりあえずこの部屋に機材を運び込むわよっ!

 照明、モニター、ケーブル、脚立、掃除道具……その他ぜんぶ!

 じゃんじゃん持ってきなさいっ!」

 

 ハルヒの指示の下、また慌ただしく動くメンバー達。ついに目的の物を発見し、みんなの志気が最高潮に高まる。

 それに釣られておもわず彼も動こうとしたが、ハルヒにゲシッと蹴りを入れられ、その場にあったソファーに押し込められる。

 

「――――アンタはいいのよ! じっとしてなさい!

 一歩でもそこを動いたら、タダじゃおかないからねっ!」

 

 ハルヒの命により、有希がチョコンと彼の膝に座る。

 まるで「ここを動くな」と言わんばかりに。重しの代わりなのだろうか?

 

 

「さぁ忙しくなるわよみんな!

 最高のドキュメンタリー映画、撮ってやろうじゃないっ!!」

 

 

 

 

 威勢よく手をパンパンと叩き、みんなを鼓舞するハルヒ。

 

 その大きく元気な声が、間宮一郎最後の壁画の間に、響いていった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――つづく――

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

32、汚いザンギエフを見つけたので虐待する事にした。

 ~あらすじ~

 ロシアの赤きサイクロンこと、ザンギエフ。
 いま彼に、幼女さまの虐待の魔の手が迫る!







 

 

 退屈なだけで意義の見出せない、ピアノやバレエのお稽古。

 それを終えたわたくしが深夜の街角を走るリムジンの助手席から、何気なく窓の外を眺めていた時……。

 ふと視界に映った路地裏の暗がりに、一人の汚いロシア人プロレスラーが倒れているのを見つけた。

 

「――――とまって! とまってくださいまし!」

 

 慌ててお付きの運転手に叫び、車を急停車させる。

 何事かと目を白黒させている彼に構う事無く、わたくしは「よいしょ!」とドアを開け、車を飛び出した。

 

 背後から「お、お嬢様ッ?!」と追いすがるような声が聞こえてきたが、それに構う事はしない。

 わたくしは即座に路地裏へと駆け込み、そこに倒れていた赤パン一丁の男へと駆け寄った。

 

「……ざんぎえふ、ですわ」

 

 わたくしがボソリと呟いた声が、路地裏の暗がりの中に消えていく。

 お気に入りのウサちゃん人形をギュッと抱きかかえながらも、わたくしはマジマジとその巨漢を観察する。

 

「ぐっ……ぬぅぅ…………」

 

 今この上なく情けない姿で……ばっちい地面に〈グッタリ!〉とうつ伏せになって倒れているのは、ザンギエフ――――

 砂や泥で汚れてはいるけれど、確かにそれは以前TVのニュースで見た赤きサイクロンの異名を持つロシアの巨漢プロレスラー、その人だった。

 

 意識は朦朧としている様子で、苦しそうにうめき声を上げている。

 そして恐らくはソニックブームや波動拳にでもハメ殺されたのか、今もその全身からはプスプスと煙が上がっているようだった。

 

「――――」

 

 わたくしはジッとザンギエフを見下ろす。彼から目を離す事が出来ずにいる。

 こんなに大きな人を見たのも初めてだし、こんな所で半裸で倒れている人を見たのも初めてなので物珍しさもあったのかもしれない。

 でも、今なによりも強く感じるのは、胸のドキドキ感――――

 

 くだらない小学校の授業、退屈なお稽古、堅苦しいばかりの生活。

 その繰り返しだけで生きてきたわたくしの人生に今、始めて面白い事が起こった(・・・・・・・・・)

 そんな予感に胸が高鳴り、どんどん気分が高揚していくのが分かる。生まれて初めてワクワクしているのを感じる。

 

「ざんぎえふ、ですわ――――」

 

 いま情けなく地に伏している男。恐らくは戦いに敗れ「国に帰るんだな」などと吐き捨てられて、そのままここに放置されていた男。

 速さも、ジャンプ力も、突進技も飛び道具すら持たない、哀れなストリートファイター……。

 そんな名ばかりの自称レッドサイクロンをじっと見つめ、わたくしは立ち尽くす。

 

「おっ、お嬢様! どこへ行かれるのですか! お嬢様っ!!」

 

 わたくしの後を追い、老体に鞭を打ちながらお付きの運転手が駆けてくる。すると今わたくしの目の前で倒れている男を見て、運転手は「ぎょっ!?」と声を上げた。

 

「お……お嬢様、この男性は……?」

 

「ふふふ。さおとめ、よくお聞きなさい」

 

 わたくしは早乙女(運転手)の方へと向き直る。そしてビシッと腰に手をあて、満面の笑みで言い放つ。

 

 

「――――きたないざんぎえふを見つけたので、

 つれ帰ってぎゃくたい(・・・・・)する事にしますわ!」

 

「お嬢様ぁぁぁあああーーーーッッ?!?!」

 

 

 

 オーマイゴッドとばかりに頭を抱える早乙女。そんな彼のお尻をペシペシと叩き、ザンギエフをリムジンへと運ばせる。

 

 早乙女もけっこうお爺さんだし、とても大きなザンギエフの身体を運ばせるのはちょっと可哀想だったが、これは仕方のない事なのだ。

 だってザンギエフはロシア人だし、もしかしたら不法滞在? してる外国人と間違えられて、お巡りさんに怒られるかもしれない。

 ゆえにそんな事にはならないよう、早乙女には老体に鞭打ってもらった。なる早でお願いした。

 

 わたくし? わたくしはまだ小さいので手伝えない。ここで見てるだけだ。がんばれ早乙女。

 仮にわたくしがどんなに頑張ろうとも、ザンギエフの履いてるブーツさえ持ち上がらないんじゃないかしら?

 

 

……………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「まずは"水ぜめ"ですわ! かくごなさい、ざんぎえふ!」

 

「――――ッ?! ――――ッ?!?!」

 

 シャワーのコックを捻り、勢いよくザンギエフに水を浴びせていく。身体の大きなザンギエフが身体を縮こまらせてお風呂場を逃げ回る姿は、大変に愉快だ。

 

 あれからわたくし達は無事にザンギエフを実家のお屋敷へと運び込み、今はようやく目を覚ました彼を、お風呂場まで連れてきた所だ。

 

 

 なにやらわたくしの部屋で目を覚ました時、ザンギエフが早乙女とゴニョゴニョ話をしていたが……声が小さくて上手く聞き取れなかった。

 わたくしに内緒話をしている事に腹が立ったので、二人まとめてお尻をペシペシと叩いてやると、早乙女の方は「ひぃー!」とか言って逃げ出していったので、そこからはザンギエフと二人きりになった。

 

 これからわたくしに虐待される日々が始まるともしらず、ザンギエフはニコニコとわたくしに話しかけてきた。

 いま身体中傷だらけで、顔だって青アザだらけだというのに……それでもとても暖かな笑みでわたくしに接してきた。たいへん生意気な事に。

 

 しかしまだ小学校に上がったばかりのわたくしにロシア語など分かるハズもなく、何を言っているのかはチンプンカンプン。

 またしても腹が立って来たわたくしはザンギエフの手を「んー!」と一生懸命ひっぱり、今こうしてお風呂場へと引っ張って来た次第なのだ。

 

 ちなみにわたくしは今シャツ&ぱんつ姿、ザンギエフはそのまま赤パン一丁である。

 

「おとなしくなさい! ざんぎえふ! 男らしくなくってよ!」

 

「――――ッ! ――――ッ!!」

 

 ロシア語なのでよく分からないが、恐らくは「熱い!」だの「うわっ!」だのと叫んでいるであろうザンギエフ。そんな彼に対し、わたくしの持つシャワーヘッドからお湯が発射されていく。

 もう頭から足まで全身ずぶ濡れにしてやったが、それでもシャワーのお湯を止める事はない。

 この家に入る以上、わたくしの虐待用ペットになる以上、ばっちぃ身体のままでは困るのだ。

 遺憾なく虐待魂を発揮し、容赦なく水攻めをおこなっていく。

 

「さぁざんぎえふ! ここにおすわりなさい! 次のぎゃくたいですわ!」

 

 ひとしきりシャワーでの虐待を終えた後、ザンギエフをお風呂場用の椅子に座らせる。

 身体の大きなザンギエフは、お尻も大きい。とてもそれは椅子に納まるサイズでは無く、すごく窮屈そうだったが我慢してもらおう。これも虐待の一環なのだ。

 

「さぁ! 次はこの"しゃんぷー"をつかって、ぎゃくたいしていきますわ!

 かくごなさい、ざんぎえふ!」

 

 わたくしはポンプを一押しし、手にシャンプー液を乗せる。そして意気揚々とザンギエフの頭に触れようとしたのだが……ぜんぜん手が届かなかった。

 とても身体が大きなザンギエフは、座っていても余裕でわたくしより背が高い。ゆえにちょいちょいとジェスチャーで指示し、手が届くようこっちに屈んでもらった。

 

「しゃんぷーはっとなんか、つかわせませんわ! あれはわたくし専用ですもの!

 ざんぎえふはしゃんぷーが目にしみて『いたいいたい!』ってなればいいのです!」

 

 ザンギエフの変なモヒカン頭を洗う。両手でワシャワシャと大胆に掻き回していく。

 今ザンギエフは、いつ目にシャンプーが入って痛い痛いとなるのか、気が気じゃない事だろう。その心は恐怖におののいているに違いない。

 わたくしは「~♪」と鼻歌なんかを歌いつつ、たまにシャンプーの泡でモヒカンをピシッと立てて遊びつつ、ザンギエフへの虐待をおこなっていった。

 

 その後は土や砂埃で汚れたザンギエフの身体を無理やりゴシゴシと洗ってやり、それから恐らく外人さんには到底理解出来ないであろう「肩まで浸かって100数える」という非常に過酷な日本式の入浴法を強要する。

 これは文化の違うザンギエフにとって、この上ない拷問だった事だろう。自分はソーセージのように茹でられてしまうのではないかと、もうとんでもない恐怖体験だったハズだ。

 

 

 わたくしとのファーストコンタクトではニコニコとしていましたが、いったいその笑顔はいつまでもつのかしらね、ザンギエフ?

 

 わたくしは勝手に湯舟から逃げ出せなくする為、重しとしてザンギエフのお膝にちょこんと乗り、一緒に湯船に浸かった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 水攻めによりザンギエフの精神をごっそりと削り終わった後、次は熱風攻めにより虐待をおこなっていく。

 

「ざんぎえふ! うごいたらしょうちしませんわ!」

 

 ザンギエフを例によって低く屈ませ、わたしは容赦なくドライヤーの熱風を浴びせていく。

 聞いて驚くなかれ、しかも"強"だ。今ドライヤーのスイッチはMAXパワーである強に設定してあるのだ。

 ザンギエフのトレードマークであるモヒカンの髪がサラサラと揺れ、情け容赦なく水分という水分を飛ばされていく。

 貴方にはトリートメントなんて百年早いのです! 風邪などひかないよう、徹底的に乾かしてやりますわ!

 

 

 ザンギエフのモヒカンが水分を失い、なんかフワッといい感じになった後は、いよいよその鋼の肉体へと直接虐待をおこなっていく。

 恐らく波動拳だかヨガファイヤーだかでボロボロに傷ついてしまったその身体に「消毒の為よ」と言い張って、刺激的な薬品をぶっかけていく。

 たぶん今「痛っ!」だの「しみる!」だのと言っているんだろうけど、何度も言うようにわたくしにはロシア語は分からない。

 ので、ここは一切耳を傾ける事無く、容赦なく薬品をぶっかけていった。

 

 これはマキロンだか何だかという、わたくしでもじんわり涙目になった事がある位に痛い薬品だ。

 以前転んで膝を擦りむいてしまった時に使った事があるので、その効力は身をもって知っている。ザンギエフを虐待するのに持ってこいだ。

 

「さぁ、ざんぎえふ! 身動きとれなくしてやりますわ!」

 

 そしてマキロンによる目を覆わんばかりの虐待を終えた後、今後ザンギエフがここから逃げ出せなくする為、その身体に包帯を巻いていく。

 いわばこれは、彼の自由を奪う"鎖"なのだ。

 

 わたくしは酷く火傷を負ってしまっている胸元、そして同じく傷だらけになっている腕を中心に、グルグルと包帯を巻きつけていく。

 ザンギエフの身体はとても大きいので、わたくしは何度も彼の周りをクルクルと周りながら、一生懸命まいた。

 これよって身体の自由が阻害される上、いま無理に動かせば痛みが走るというオマケ付き。

 これで今後ザンギエフがこの部屋から逃げ出す事は出来ないだろう。ついでに言えば、怪我にバイキンが入らなくなるという副次的な効果もある。

 

「Спасибо」(スパシーバ)

 

 たくさん彼の周りを走ったので、お風呂に入ったばかりだというのに汗だくになってしまった。

 そんなゼーハーと疲れているわたくしに向かい、今ザンギエフがとても優しい声で、何かを言ったのが聞こえた。

 それがどういう意味の言葉なのかは知らないけれど、なにやら今の彼の顔を見るに、まだまだ随分と余裕がありそうに思える。

 

 流石は鋼の肉体。流石は赤きサイクロン。

 このわたくしをしても、虐待するに不足なしの男。その表情が絶望に染まる瞬間が楽しみという物だ。

 

「さおとめ! しょくじにいたしますわ! れいのものを!」

 

 パンパンと手を叩いて早乙女を呼び、あらかじめ伝えておいた料理をこの部屋に持って来るように指示する。

 その間に逃げてしまう事がないよう、わたくしはしっかりとザンギエフのお腹にギューっと抱き着きついておいた。

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

 早乙女に言って作らせた"ボルシチ"とかいうワケの分からない料理を、ザンギエフに食べさせる。

 いま利き腕を負傷している、いわば全く抵抗が出来ない状態にあるザンギエフに対し、わたくしは容赦なくボルシチを食べさせていく。

 背伸びをしつつ、よいしょよいしょとザンギエフの口にスプーンを運んでいく。

 

 これはキャビアやフォアグラや松坂牛すらも使っていない、しかもわたくしの大っ嫌いなニンジンやタマネギがゴロゴロ入っているという、とても人間に食べさせる物とは思えないような代物だ。

 こんな物を食べさせられて苦痛を感じない人間などこの世に居ないし、しかも自分の意志とは関係なく無理やり食べさせられるというこの状況も、非常に虐待度が高いと思う。

 恐らくザンギエフの尊厳や自尊心は今、もうゴリゴリと音を立てて削られている事だろう。流石わたくし!

 

「ん、おかわりですの? わかりましたわ! ざんぎえふ!」

 

 空になったお皿を持ち、テテテとお鍋の所まで駆けて行く。そしてお皿がいっぱいになるまでボルシチをよそう。

 その内面の絶望を表に出す事無く、今もザンギエフはニコニコとわたくしを見つめている。まるでこのボルシチがとても美味しい物であるかのような笑顔で、幸せそうにパクパクと頬張っていく。

 

「ふふふ、さすがはざんぎえふといったところ。

 でも、これはどうかしら?」

 

 スカッ! っと指を鳴らし(本当はパチンとやりたかった)、わたくしは早乙女に合図を送る。するとこの場にお酒の入った瓶を持って来てくれる。

 

「さぁおのみなさい、ざんぎえふ! ぐいっといくのですわ!」

 

 これはウォッカという、通称"火の酒"と呼ばれる物。

 わたくしは飲んだ事はないけれど……なにやらとても度数? の高いお酒であるらしい。

 ゆえに今ザンギエフの喉は今、もう炎で焼かれたかの如くヒリついている事だろう。涙がちょちょ切れんばかりの地獄の苦しみのハズだ。

 よく知らないが、世間では"アルハラ"という拷問があると聞く。きっとこうやってお酒を飲ませるという虐待の一種なのだろう。今回はそれに倣ってみる事とした。

 

 わたくしはザンギエフの隣に座り、「おっとっと」とお酌をしていく。零さないように気をつけなければ。

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

 やがてわたくしの目論見通り、ゴクゴクと機嫌よくお酒を飲み続けていたザンギエフも、次第にグッタリとしてきた。

 こうなるまで1時間近くもかかったのは、流石はザンギエフと言った所。赤きサイクロン。

 しかし、今回はわたくしの勝利だ。いまザンギエフは情けなくグッタリと酔いつぶれ、机に突っ伏している。

 

「飛び道具など卑怯だ、男らしくない……と彼は申しております」

 

 なにやらムニャムニャと呟いているザンギエフの言葉を、早乙女が通訳してくれる。流石は我が家の使用人。語学も堪能だ。

 彼の言葉によると、どうやらザンギエフは今日のストリートファイトでの敗北を悔しがり、対戦相手への愚痴を零しているようだった。

 恐らくはわたくしの予想通り、ソニックや波動拳やヨガファイアーなんかにハメ殺されたんだろう。何もさせてもらえずに。

 

 

「――――おとこらしくないのはどっちです! いいかげんになさいっ!」

 

 

 目の前が真っ赤になる。その言葉を聞いた途端、わたくしの怒りは即座に天辺まで行った。

 腹が立ったわたくしは、カゴ一杯に入ったテニスボールを早乙女に持ってこさせる。これはわたくしが習い事で使っている物だ。

 

「なにが飛び道具ですの!?

 そんなおおきなからだをして! 泣き言なんて、なさけないですわ!」

 

 わたくしはボールを投げつける。ビックリして「!?」となっているザンギエフの身体にポコンポコンとボールがヒットしていく。

 

「そんなに飛び道具がいやなら、たくさんぶつけてあげますわ!

 ばか! ざんぎえふのばか!」

 

 もう泣きながら、罵倒しながら、ワケも分からなくなりながらボールを投げる。

 ザンギエフはポカンとし、ただただ飛んでくるボールを受け続けるばかり。

 

「なにが"あかきさいくろん"ですの! なにが"はがねのにくたい"なんですの!

 ――――よわむし! なんじゃくもの! へたれ! ばかばかばかっ!!」

 

 やがて泣き叫びながらボールを投げ続けるわたくしを見て、ザンギエフが椅子から立ち上がる。

 そしてゆっくりとわたくしに歩み寄り、そっと包むようにして抱きしめてくれる。

 

「きらい! ざんぎえふなんてだいきらい! だいきらいです!!」

 

 わんわんと泣くわたくしをあやすように、優しく頭を撫でてくれるザンギエフ。

 どれだけポカポカ叩こうが、ギュッとしがみつこうが、ザンギエフは全てを受け止めてくれた。その並ぶ者なき鋼の肉体で――――

 

「ばか! ざんぎえふのばか! ばかばかばか! ばかぁーーっ!!」

 

 

 後で聞いた話によると、どうやらわたくしは泣き疲れて、そのまま眠ってしまったのだそうだ。

 どれだけ引き剥がそうとしても決してザンギエフに抱き着いたまま離そうとしないわたくしに、早乙女は大変苦労したらしい。

 

 その夜はザンギエフに抱っこしてもらって自室に運んでもらい、そのまま一緒に寝た。

 もう寝ているハズなのに是が非でも離そうとしないわたくしを見かね、早乙女がザンギエフにお願いして一緒に寝て貰ったのだそうだ。

 

 筋肉でゴツゴツし、でもとても暖かいザンギエフの大きな身体。

 それをぎゅーっと抱き枕にし、わたくしは朝までグッスリと眠った。

 

 

…………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「なんという事だ……。

 早乙女、この方は大変な要人だよ。

 まさかあの子が、ザンギエフ氏を連れてくるなんて……」

 

 翌朝。ザンギエフのお膝でモグモグと朝食を摂っているわたくしを余所に、なにやらお父様と早乙女がゴニョゴニョとお話をしていた。

 

「丁重におもてなしをしておくれ。彼は敬意をはらうべき大切な客人だから。

 よろしく頼んだよ、早乙女」

 

「はい、旦那様」

 

 食堂の隅っこで、コソコソと話す二人。でもわたくしは今いそがしいので、構っていられない。

 わたくしにはザンギエフを虐待するという大切な仕事があるのだから。

 

「さぁざんぎえふ! なっとうをおたべなさい!

 なんか、いそふらぼん? というのが身体にいいらしいですわ!」

 

 聞く所によると、外人さんにとって納豆というのは、もう信じられないくらいのゲテモノ料理なのだそうだ。こんなに美味しいのに。

 なのでわたくしはザンギエフを虐待する為、がんばってグリグリと納豆をかき混ぜ、ご飯の上にかけてやる。

 

「おぉ! とってもおはしが上手ですのねざんぎえふ!

 さすがは"あかきさいくろん"ですわ!」

 

 納豆ご飯を苦にする事も無く平らげ、そればかりか焼き魚をお箸で綺麗に食べて見せるザンギエフ。

 流石はわたくしが見込んだだけの事はありますわ。相手にとって不足無しという物です。

 

「やぁお二人さん、とっても仲が良いんだね」

 

 やがて早乙女とのお話が済んだのか、お父様がニコニコしながらわたくし達の元にやってくる。

 お父様はほがらかにザンギエフに挨拶し、ザンギエフの方も「ふんっ! ふぅん!」とか言って筋肉を見せつけるポーズを取りながら、笑顔で談笑している。

 

「私は仕事柄、家を空ける事が多いですが……もう貴方が傍にいてくれるなら、

 こんなに心強い事はない。

 どうか娘をお願いします、ザンギエフさん」

 

 握手を交わし、そう流暢なロシア語で告げるお父様。

 ちなみに早乙女が横で「……と、旦那様は申しております」とわたくしに教えてくれている。

 

「それにしても、どうやってザンギエフさんと知り合ったんだい?

 お父さんにも教えておくれよ」

 

 わたくしと目線を合わせるように屈み、優しく微笑んでくださるお父さま。

 モグモグしていたご飯をごっくんと飲み込み、わたくしもとびっきりの笑顔を返す。

 

 

「ろじうらですわ! おとうさま!

 ――――汚いザンギエフを見つけたので、虐待する事にしたのです!」

 

「おぉぉぉぉおおお嬢様ぁぁぁーーーーーーッッ!!」

 

 

 即座に早乙女がすっ飛んできて、わたくしの口を塞ぐ。

 お父様はひとりポカンとし、「?」と首を傾げるばかり。

 

 ふと目を横にやれば、そこには朝食を終えたザンギエフが、元気にグルグルとダブルラリアットの練習をしている姿。

 

 そんな彼のたくましい肉体を見つめながら、今日はどんな虐待をしてやろうかと思いを馳せる、わたくしであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―2―

 

 

 

 汚いザンギエフを見つけ、虐待する為に拾ってきてから3日が過ぎた。

 

 その間もずっと一緒にお風呂に入り、傷口にマキロンを塗りたくり、包帯で身体中グルグル巻きにし、夕食にはボルシチを食べさせ続けた。

 もちろんその後、ウォッカで喉攻めするのも忘れない。わたくしもお酌をするのがとても上手になってきたと思う。

 

 しかも2日目の夜からは、なんと"ベッドで寝る"という睡眠時の安らぎさえも取り上げてやった。

 外人さんにはとても理解出来ないという「床で寝る」という行為。その屈辱的な体験を味合わせる為に、ザンギエフをベッドではなくお布団で寝かせる事にしたのだ。まさに鬼畜の所業!

 

 もちろん「わたくしは別に平気ですのよ?」という耐え難い屈辱を与える為に、わたくしも一緒のお布団で眠る。

 

 小学校でも一番の力持ちであるわたくし。その怪力で一晩中抱き着かれ、ザンギエフもさぞ衰弱していく事だろう。

 その鋼の肉体がいま悲鳴を上げているのが聞こえてくる気がする。

 

 ザンギエフはわたくしが寝付くまで、何故か保母さんのように背中をポンポンしてくれるという健気な抵抗を見せていたが……、あれは今壮絶な虐待の最中にいる彼にとって、せめて余裕を見せて心の平穏を保つ為の行為なのだろう。

 あぁ! わたくしの虐待の前に膝を折り、情けなく許しを請うている様が目に浮かぶようですわ!

 それに反してわたくしの方は、ザンギエフの身体はポカポカ暖かいので、いつもグッスリ眠る事が出来る。

 

 

「だいぶ、けがも良くなったようですわね!

 さすがは"はがねのにくたい"ですわ!」

 

 その刻々と虐待によって衰弱しているであろう精神とは違い、ザンギエフの身体はどんどん元気になっていった。

 いくら耐え難い苦しみを味わうとはいえ、あのボルシチも食事である事には違いない。栄養は栄養なのだ。

 それに加えてザンギエフの身体は、もうそこいらのストリートファイターの物とはワケが違う。その強靭さは折り紙付きだ。

 わたくしが毎日せっせと食事を食べさせてあげている甲斐もあり、順調に回復しているようだった。

 

 ……まぁそうでなくては、わたくしも虐待のし甲斐が無いという物。

 裏を返せばザンギエフほどの男で無ければ、とてもわたくしの虐待には耐えられない、という事でもある。

 あぁ自分の才能が恐ろしい。虐待の申し子ですわ!

 

「хорошо!!」(ハラショー!!)

 

 やがて包帯も取れ、なにやら嬉しそうにボディビルめいたポーズをとっているザンギエフ。その筋肉は山のように隆起し、触れば鉄のように固い。

 どんな攻撃にも耐え、跳ね返す――――正に鋼の肉体だ。

 

 今ザンギエフは、「ふんっ! ふぅん!」とわたくしに筋肉を見せつけている。元気になったのをアピールしているんだろう。

 

「ふふふ、はたしてそのえがおが、いつまでつづくのか。

 ひじょうにたのしみなことですわ!」

 

 とりあえずは「ムキッ!」っとポーズを決めたその大きな腕に飛びつき、ブラーンとぶら下がってみる。

 一見、子供が「キャッキャ☆」と遊んでいるように見えるかもしれないが、これは"ザンギエフの体力を奪う"という虐待。

 しかもはた目から見ても全く不審に思われず、ただ子供が大人に遊んでもらっているようにしか見えないという、非常に考えられた高度な虐待でもあるのだ。

 

 その後もわたくしはザンギエフに高い高いをさせたり、その大きな肩に座って二人で散歩したり、肩車したままダブルラリアットでクルクル回らせたりする。

 

 楽しい! すっごく楽しいですわ! 虐待!

 これだから虐待はやめられませんわ!

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「あら、ぷろていんが切れていますわね。かってこないといけませんわ!」

 

 ザンギエフの肉体を維持するには、食事の他にも一日3回のプロテイン(タンパク質)が必須だ。

 それはさておき、わたくしは買い物に出かけるべく、いそいそとコートやマフラーの準備をする。ちゃんと手袋をはめる事も忘れない。

 外の寒さに備え、ちょっとモコモコした格好になったわたくしは、淑女らしく鏡で身だしなみをチェック。よし、今日もバッチリですわ。

 

 するとそんなわたくしの前に、まるで「荷物持ちは任せろ!」とばかりにフンスフンスと筋肉を誇示するザンギエフが現れた。

 おおかたわたくしの虐待に耐え兼ね、この屋敷を抜け出すチャンスを伺っているのでしょう。そうは問屋が卸さない。

 

「あなたはおとなしくしていなさい! 赤パンいっちょうで、

 いったいどこへ行くつもりなのです! せかいがあなたを許しませんわ!」」

 

 なのでわたくしはしゃがみ強キックを繰り出し、〈ごろん!〉とザンギエフを布団に転ばせた。

 皆さまもご存知の通り、しゃがみ強キックにはヒットした相手をダウンさせるという効果がある。

 これは威力の問題ではなく"この世界のルール"なので、たとえわたくしのような幼女の物であっても、それは例外ではないのだ。

 

「このもひかん! むきむき! 赤ぱんつ! きょうさんしゅぎしゃ!」

 

 そう罵倒しつつ、次々とザンギエフにテニスボールを投げつけるわたくし。

 ザンギエフは「何をする! やめろ!」とでも言っているのか、垂直ジャンプやダブルラリアットを駆使して必死にボールを避けようとしている。

 けれど8割方のボールがヒットし、たくさんポコンポコンという良い音が鳴る。

 

「わたくしにさからおうなど、10ねん早いのですわ!

 でなおしていらっしゃいな!」

 

 こんな対ダルシム戦のダイアグラム2対8、対豪鬼戦に至っては0対10という男などに、わたくしが負けるハズがない。

 途中からは投げるのではなくラケットに切り替え、矢次にザンギエフにサーブを放ってやった。ツイストサーブを破らぬ限り、お前に勝ち目はないのです!

 そして10分程それを続けていると、ザンギエフは全ての力を使い果たしたのかグッタリと布団でダウンし、やがてグースカとイビキをかき始める。

 うむ、いい気味だ。

 

「それではおでかけしてまいります!

 ちゃんといい子にしているんですのよ、ざんぎえふ?」

 

 情け容赦ない飛び道具の前に屈した、まごう事無き敗北者(ルーザー)の姿。

 それをしっかりと見届け「うんうん」と頷いてから、わたくしは車を出してもらうべく、早乙女のもとへと向かう。

 

「あ、そうだ! ざんぎえふの服もかってこないといけませんわね!

 いっしょにかいものに行き、にもつ持ちをさせるためには、ひっすですわ!」

 

 やっぱりトテトテと部屋に引き返し、わたくしはメジャーを使ってザンギエフの身体のサイズを測っていく。

 未だグッタリしているザンギエフを転がしたりひっくり返したりしながら、「よいしょよいしょ」と容赦なく測定していった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「どうですかなお嬢様? ザンギエフさまとは仲良くされていますか?」

 

 ドラックストア、スーパー、洋服屋さん。そんないくつものお店を周っている時、ふと早乙女がわたくしに、にこやかに笑いかけた。

 

「しんぱいありませんわ! さおとめ!

 わたくしのぎゃくたいに、ぬかりはありません!

 だきょうという文字はないのですわ!」

 

「あの……ザンギエフさまは病み上がりですので……。

 どうかあまり、無茶をされませんように……」

 

 早乙女も甘い。あのザンギエフがこんなのでどうにかなるモノか。彼は赤きサイクロンなのですよ?

 このわたくしの虐待にすら、今も笑顔すら見せて耐えきっている、正に鋼の肉体なのです。

 

 まぁわたくしも今は全然本気じゃありませんし、真綿で首を締める? ようにジワジワと追い詰めていく計画なのですけれど。

 事を急ぐのは品が無いという物。わたくしは淑女ですから、優雅に参るのですわ。

 

 そんな風に早乙女と問答し、彼の額に大量の汗が浮かんできた時……ふと目をやった電気屋さんの店先にあるTVに、なにやら見覚えのある人物の顔が映っているのを見つける。

 

 

『――――おめでとうございますガイルさん。

 見事エドモンド本田選手との初戦を勝利で飾られましたが、今のお気持ちは?』

 

 

 ドクンと、わたくしの心臓が跳ねた。

 

 

『イージーだった。特に思う事も無い』

 

 

 目が釘付けになる。一歩もこの場から動く事が出来なくなる。

 

「おや、お嬢様? 如何なさいました?」

 

「…………」

 

 いまTVに映るのは眩しいカメラのフラッシュに照らされ、沢山の記者に囲まれてインタビューを受けているらしき男の映像。

 そり立つような金色の髪に、緑色のタンクトップ。迷彩柄のズボンに、金色のネックレス。

 

 ――――ガイル少佐。

 

 彼はアメリカの軍人であり、ソニックブームという必殺技を代名詞とする、とても高名なストリートファイター。

 そして今大会の、優勝最有力候補。

 

「――――いきますわよ、さおとめ」

 

 ふんっ! と顔をそらし、わたくしはパタパタとこの場から歩き出す。

 背後から沢山の荷物を抱えた早乙女が「お、お嬢様?!」と急いで追いかけてくるが、それに構う事無く急いで歩き去る。

 

『必ず優勝する。このネックレスにかけてな』

 

 今もTVから聞こえる、ガイル少佐の自信に満ち溢れた声。それを振り切るようにして必死に歩く。

 

 

「……なにが、そにっくぶーむですの。

 そんなのより、ざんぎえふの方がずっとつよいんですわ……!」

 

 

 強く奥歯を噛みしめ、この場を後にした。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 買い物を終えて家に帰って来ても、わたくしの気分は優れない。

 

「なんですの、あの変なかみがた。

 まぁざんぎえふも、もひかんですけれど……」

 

 けれどウジウジしていても仕方ない。わたくしはプルプルと頭を振り、気合を入れ直す。

 わたくしにはザンギエフを虐待するという、崇高な使命があるのだから。落ち込んではいられないのですわ。

 

 やがてそんな部屋の隅っこで三角座りをしていたわたくしを見かねてか、ノシノシと音を立てながらザンギエフがこちらに歩いて来た。

 

「――――ッ! ――――ッ!」

 

 ザンギエフは「どうした少女よ! 元気を出せ!」とばかりに、もう満面の笑みでニカッと笑いながら筋肉を見せつけてくる。

 まるで、どうだ眩しいだろう! 逞しいだろう! 筋肉を見ると元気が出るだろう! とでも言わんばかりに。

 

 だんだん腹が立って来たので、ボフッとその顔にウサちゃんを投げつけてやった。

 

「うるさいんですのよ! 顔が! おもにその顔が!」

 

 ザンギエフはとてもカッコいいけれど、今だけは話は別だ。

 わたくしは「ぱぁっ!」という掛け声と共に、ちゃぶ台返しの如くザンギエフをブン投げてやる。接近して→強Pの通常投げだ。

 くどいようだが、この世界では腕力よりも"世界のルール"が物を言う。幼女であるわたくしの技もしかりだ。

 

「むきぃぃーー! なにがガイルなんですの!

 あんなひょろひょろな人、みんなどこがいいんですの!!」

 

 わたくしのスパコンゲージが真っ赤に点滅し、怒りの炎が燃え上がっていく。さっきまで冷静になろうと努めていたハズが、今はもうどこ吹く風である。

 

 クッション、リモコン、ティッシュの箱。そんな様々な物を矢次に投げつける。

 ザンギエフはムカつく笑みをし、いちいちポーズを決めながらそれを鋼の肉体で弾いていく。もう「効かん! 効かぬわ!」とでも言うように。

 

「よいどきょうですわ、ざんぎえふ!

 きょうはとことん、ぎゃくたいしてあげます!」

 

 スッと早乙女が音も無くわたくしの横に立ち、「どうぞ」とラケットを手渡してくれる。流石わたくしの執事、以心伝心。

 わたくしはポンポンと数回ボールを床にバウンドさせた後、「ぬぅえぇぇい!」とばかりに高く飛び上がる。いわゆるサーブの態勢だ。

 

「よがっ! よがっ! よがっ! よがっ! よがっ!」

 

 ダルシムの折檻パンチ(接近して→中パンチ)の如く、ヨガヨガ言いながら次々にボールを放つ。ザンギエフは「うわっ! ちょまっ!」みたく丸まってガードする。ポコポコ良い音が鳴る。

 

「よがっ! よがっ! よがっ! よがががががが……!!」

 

 わたくしのサーブが回転数を上げていき、もう「ヨガガガガ!」とSEが追いつかない事になっていく。LV8のCPU戦でよく見る光景だ。

 どんどん部屋中にテニスボールが散乱していくが、ザンギエフは落ち着いてボールをガードし、時に垂直ジャンプやダブラリを駆使しながらも、ジリジリとこちらに近寄って来る。

 

「ちょこざいな! このままけずり殺してさしあげますわ!」

 

 画面上に表示されているカウンターが、25、24、23と残りタイムを減らしていく。

 このままゲージを削り切る事は出来ないかもしれない、しかしこのままではザンギエフもタイムアップで判定負けしてしまう。それでもザンギエフは慌てる事無く、着実にわたくしとの距離をジリジリと縮めていく。

 

「――――ッ!?」

 

「今だ!」というザンギエフの声が聞こえた気がした。ロシア語の分からないわたくしにも。

 その一瞬キラリと光ったザンギエフの目に、〈ゾクリ!〉と背筋が凍る程の悪寒を、確かに感じた。

 

『――――フゥゥンッ!!』

 

 ザンギエフが身体をクルッと反転させる。そしてオーラを纏ったその右手で、わたくしの飛び道具を掻き消してみせた(・・・・・・・・)

 

『――――パァッッ!!!!』

 

 ガバッと、両腕を開いた。

 今まで見せた事のない技……裏拳にも似た張り手を繰り出して一気にわたくしとの距離を詰めたザンギエフが、今その両腕をグリズリーのようにガバッと広げて、わたくしを掴みに来る(・・・・・)!!

 

(す、すくりゅーっ!?)

 

 ――――投げられるッ!

 いま脳裏にハッキリと、わたくしの身体がザンギエフのスクリューパイルドライバーによって天高く舞い上がり、そしてグルグル回転させられる映像が浮かぶ。

 残酷なまでに確実な、死の予感と共にッ!!

 

(これが、ざんぎえふ!? これが――――ろしあの赤きさいくろんっ!!)

 

 ギュッと目を瞑り、投げの衝撃に供える。

 もうわたくしに出来る事は何もない。投げキャラに対して接近を許すという愚を犯し、後は死を待つばかりのウサちゃん人形と化したわたくしに! もう出来る事など何もありはしないのだ!!

 

(な……なむさーんっ!!!!)

 

 フワッと、身体が持ち上がる感覚。

 わたくしはやってくるであろう衝撃に備え、ただひたすらにギュッと目を瞑る。それだけがもう、わたくしに出来る事の全て!! 祈るだけが全て!!

 

 

(……………………?)

 

 

 でも、いくら待っても衝撃がやってこない。

 どれだけ身を固くし、プルプルと震えていようとも、わたくしの身体がスクリューパイルの嵐で回転し、そして叩きつけられたわたくしの血がロシアの大地を赤く染める時は、やって来なかった。

 

 

「――――――」

 

 

 ふと、恐る恐る目を開いてみると――――

 そこにはわたくしを高い高いするように持ち上げ、そして太陽のように暖かな微笑みでわたくしを見つめている、ザンギエフの顔があった――――

 

 

「Большая, победа」(ボリショイ、ヴァビエーダ)

 

 

 やがてザンギエフが、わたくしをそっと床に降ろしてくれる。

 未だポカンとしているわたくしと目線を合わせるように屈んで、ニッコリと笑顔を見せてくれる。

 

「――――す、すごいですわ、ざんぎえふ!!

 なんですのさっきの技! すごいすごい!! すごいですわ!!」

 

 暖かなザンギエフの笑顔に溶かされ、凍っていたわたくしの時間が動き出す。

 その途端ピョーンとザンギエフの胸に飛び込み、もうギューッとしがみつく。

 

 あの、身体を反転させて打つ張り手のような技。とっさの瞬間にザンギエフが編み出し、そして見事に飛び道具を相殺してみせた技。

 その手に青いオーラを纏う、まるでバニシングフラット(・・・・・・・・・)とでも言うかのような……。

 わたくしも初めて見る――――ザンギエフの新必殺技!!!!

 

 

「勝てます! 勝てますわざんぎえふ!

 そのひっさつ技があれば、どんなあいてだってもう、こわくありませんっ!」

 

 

 もうわたくしの胸は喜びで一杯。思わず叫んでしまう位に嬉しいのに、何故かポロポロと涙が零れてくる。

 

 勝てる!! もう飛び道具なんか怖くない!!!!

 どんな飛び道具だってこの技で潰し、そしてスクリューでブン投げる事が出来るッッ!!

 

 ザンギエフにギューっと抱き着きながら、わたくしはそう強く確信する。

 もう波動拳も、ヨガファイアーも、ガイル少佐のソニックだって怖くないんだと!!

 

 もう感情の制御が出来なくなり、ワケが分からなくなり、ただただわんわんと泣くばかりのわたくし。

 そんなわたくしの身体を、ザンギエフは優しく、そしていつまでもいつまでも抱きしめてくれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 でも実は、わたくしは知っている。実はずっとずっと前から、知っていたのだ。

 だってそれは、わたくしが知っている唯一の、そして大好きなロシア語なんですもの。

 

 

 ――――Большая, победа。

 

 これはロシア語で、「素晴らしき大勝利」という意味。

 

 

 世界で一番カッコいい男の、決めセリフ。

 

 大好きなザンギエフが使う、世界で一番カッコいい言葉なのだから――――

 

 

 

 

 

 

―3―

 

 

 

「おやおや、今日もお嬢様はザンギエフさまにベッタリですな」

 

「んーっ!」

 

 給仕の仕事をこなしながら、なにやら微笑ましいと言った様子でわたくしを見ている早乙女。

 そんな彼をよそに、ギュ~っとザンギエフのお腹にしがみついているわたくし。

 

「んーっ! んーっ!」

 

「あはは、まるでコアラみたいだね。可愛いじゃないか」

 

「恐らくは、ザンギエフさまが旦那さまとばかりお話されているので、

 少しばかり拗ねていらっしゃるのでしょう」

 

 久しぶりに早い時間帯に帰っていらしたお父さまは、現在ザンギエフと一緒にお酒を飲んでいる。

 二人がニコニコと朗らかにお話していのは分かるけど、わたくしにはロシア語が分からない。とても退屈なのだ。

 なのでもう二人がお話をし始めてから、わたくしを放って話し始めてからッ! それに抗議するようにしてずっとしがみついている。まさにコアラの如く。

 

「んーっ! んーっ!」

 

「ほらお嬢様、そろそろお風呂に入りませんと。

 寝るのが遅くなってしまいますよ?」

 

「やーです! ざんぎえふと入るんですわ! やー!」

 

「ふふ、きっと僕にザンギエフさんを盗られてしまうんじゃないかって、

 気が気じゃないんだろうね。構わないよ早乙女、好きにさせてあげておくれ」

 

 ザンギエフのお腹にしがみつき、「んー!」と顔をぐりぐりする。お父さまと早乙女の二人は、そんなわたくし達の姿を微笑ましく見守っている。

 

「貴方が来てくださってから、この子は本当に明るくなった。

 こんなにも楽しそうな姿を見るのは、僕らも初めての事なのです。

 本当に感謝しています、ザンギエフさん」

 

 お父様が感謝を告げる。ザンギエフの方も「そうですな! 筋肉ですな!」みたくガッハッハと笑いながら肉体を誇示する。

 ちなみに二人の会話は、横で早乙女が「と、旦那様はおっしゃっております」と通訳してくれていますわ。

 

「貴方と出会えた事は、娘にとって一生の宝です。

 改めて、娘をよろしくお願いします」

 

 静かにチンッとグラスを合わせる二人。お父さまは暖かな笑みを浮かべ、ザンギエフの方も「ですな! ベンチプレスですな!」と熱く語っている。……しかし。

 

(――――ふっ! あまいですわ! おとうさま!)

 

 わたくしは「ニヤッ!」とカメラ目線で笑う。キラーンと目を光らせて。

 ……お父様は夢にも思うまい。まさかこんなにも和やかなムードの中、わたくしが今ザンギエフを"虐待"しているだなんて事は!

 

「んー! んーっ!」

 

 一見、ただ甘えているようにしか見えないであろう、コレ。

 構って欲しくて、こちらを向いて欲しくて、小さい子供が愛らしくダダをこねているようにしか見えないであろう、この姿。

 ――――しかし驚くなかれ。これはザンギエフへの強力な虐待なのである。

 

 これは"サバ折り"という、かのエドモンド本田氏も通常投げとして使用している技。

 しかも大相撲においてはこの技は、そのあまりの危険性によって"禁じ手"とされ、使用を禁止されている程の物なのだ。

 もし力士の怪力によって胴体を締め上げられたらば、貴方の大切な背骨がいったいどんな事になってしまうのかなど、想像に難くないだろう。

 

 そして今、クラスで一番の力持ちであるわたくしによって行使されている、このサバ折りという技が! いったいどれほどの甚大なダメージをザンギエフに与えているであろう事か!

 ああっ! 想像するもの恐ろしい! ですわ!

 

「んー! んー!」

 

「おやおや、今日はいつにも増して甘えん坊ですな、お嬢様」

 

 締め上げる。力いっぱいザンギエフを締め上げる――――

 早乙女はにこやかに見つめているが、まさか水面下でこんなにも恐ろしい虐待が行われていようとは夢にも思うまい。知らぬが仏。

 

 うん、関係ないけれど、なにやらこうして「人にバレないように虐待する」というのも、なんかゾクゾク来ますわね。新しい発見ですわ。

 

 しかもわたくしが「ぎゅ~っ!」とコアラのようにしがみついてから、もう10分以上は経過している。

 いかに力士であろうとも、このサバ折りという危険な技を10分以上も耐えられる人間がこの世にいようハズも無い。

 きっと「ギブ! ギブでごわす! ちゃんこでごわす!」とか言って謝っちゃう事だろう。

 

 その鋼の肉体を持つザンギエフだからこそ、こうしてわたくしの行使する強烈無比なサバ折りを受けても、かろうじて意識を保ってはいるが……。

 もし仮にこれが他の人間であったなら、その人の背骨は踏んづけてしまったポッキーみたくなっている事だろう。

 流石はザンギエフ、流石は赤きサイクロンと言った所。

 

 しかし、わたくしのサバ折りによる虐待は、まだまだ続きますわ!

 そう! お父様とお話するのをやめて、こっちを向かない限り!

 

 ……いいんですの? 背骨折れちゃいますわよ? こっちを向きなさいザンギエフ!

 

 

「んー、むにゅむにゅ……ざんぎえふぅ……」

 

「おや? 眠ってしまわれたようですな」

 

 

 後で聞いた話だが、どうやらわたくしはザンギエフにしがみついている内、そのまま眠ってしまったのだそうだ。

 ザンギエフとお父さまは沢山お話をされていたので、待ち疲れて眠ってしまったのだろうとの事。

 

 ふふふ、まさか"1年2組のヘラクレス"と名高きこのわたくしのサバ折りを耐え切るとは。敵ながらお見事。天晴れと言うものですわ。ハラショー。

 

 

 わたくしが眠ってしまった事により、お父様たちのお酒もここでお開き。

 わたくしはいつものようにザンギエフに運んでもらい、一緒のお布団でグッスリと眠った。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

 チュンチュン……チュンチュン……とスズメさんたちがお空を飛ぶ早朝。

 とても空気の澄んでいる、まだ薄暗い中。

 

 

「――――いきますわよざんぎえふ。さぁ、れっつごーですわ!」

 

 コートとマフラーをしっかりと着込んでモコモコしたわたくしが、鉄製の大きなソリに乗り込む。

 そしてわたくしの合図と共に、ザンギエフが勢いよくソリを引っ張って走り出した。

 

「きゃー! すごいですわざんぎえふ! はやいはやい!」

 

 きっとお馬さんを何頭も繋がなければ、決して動かないであろう鉄製のソリ。それを微塵も苦にする事無くザンギエフが引っ張っていく。

 

 これはわたくしの考えた新しい虐待。わたくしの乗ったソリをまるで家畜か何かのように引かせる事により、主人とペットという主従関係をしっかり植え付けるという物。

 その肉体のみならず人としての尊厳は破壊され、また副次的な効果としてレスラーに必要な足腰がとても鍛えられるという効果もある。

 

「もっと! もっとですわざんぎえふ! もっともっと!」

 

 どんどんスピードが上がる。まるで飛ぶように周りの景色が流れていく――――

 

「はらしょーざんぎえふ! はらしょーろしあれんぽう! はらしょーれすりんぐ!」

 

 そのあまりの楽しさに、痛快さに! わたくしはソリの上で「キャッキャ☆」とはしゃぐ!

 うん! この虐待は大成功ですわ!

 

………………………………………………

 

 

「にひゃくごじゅうろく! にひゃくごじゅうなな! にひゃくごじゅうはち!」

 

 わたくしを背負って、ザンギエフがスクワットをする!

 

「せんさんじゅういち! せんさんじゅうに! せんさんじゅうさん!」

 

 この虐待により、文字通りザンギエフの足腰を「苛め抜く!」

 ついでに言えば、そこには早乙女とお父さまも一緒に乗っかっている。

 厳密に言うと、「わたくしを背負った早乙女を背負ったお父さま」をザンギエフが背負っているという形である。

 

「よんせんよんじゅうよん! よんせんよんじゅうご! よんせんよんじゅうろく!」

 

 滝のように流れる汗! ザンギエフから滴り落ちた汗が水たまりを作り、その身体が発する熱が白い蒸気となって上がっている!

 

「きゅうせんきゅうひゃくきゅうじゅうはち!

 きゅうせんきゅうひゃくきゅうじゅうきゅう!

 い…………ってあれ? せんの次はなんでしたかしら?」

 

 流石はザンギエフ。まさかわたくしが数えられる数の限界を超えてくるとは。

 でもこの虐待も大成功ですわ!

 

………………………………………………

 

 

「ありましたわ! "いほうちゅうしゃ"です!

 やっておしまいなさい!」

 

 ザンギエフが車を破壊する(・・・・)

 腕で、足で、膝で、拳で! ガシガシと破壊していく!

 

「こんなところに車をとめるなんて! ひじょうしきな大人もいたものです!

 ねぇざんぎえふ?」

 

 凄まじい轟音を上げながら、ザンギエフが車を破壊していく。

 吹き飛ぶボンネット、粉砕する窓ガラス、グシャグシャに凹んでいくドア。みるみる内にスクラップと化していく!

 

 これは車の破壊という肉体労働であり、我が家への奉仕という虐待。ついでに言えばお屋敷の前に車を止めた不届き者への制裁を兼ねている。

 

「ゆーうぃん! ぱーふぇくと! 12秒をのこして、くりあですわ!」

 

 見事ボーナスステージをクリアし、違法車をボコボコにしたザンギエフが「ワハハハハ!」とマッチョなポーズを決める。

 

 なにやらすぐ後に車の持ち主のお兄さんがやってきて「オーマイガッ!」とか言ってポロポロ泣いていたが、そんな事も気にせず笑顔で筋肉を誇示するザンギエフ。

 

 虐待とは時に非情な物なのです! 恨むのならパーキング代をケチった己を恨みなさい!

 

………………………………………………

 

 

「ざんぎえふ! せっきんして←強P!」

 

 ザンギエフがダルシムさんをブン投げる!

 もう「インド人を右へ」と言わんばかりに、おもいっきりブレーンバスターで放り投げた!

 

「にがしたらだめですわ! そのままじゃんぷ↓強P!」

 

 ダルシムさんの起き上がりに、ザンギエフのボディプレスが迫る!

 ちゃんとピョーンと飛び越して、ガードをめくる(・・・)ようにしてヒットさせる。

 ちなみにダルシムさんは、声を掛けたら快くスパーリングパートナーを引き受けてくださった。良い修行になるのだそうだ。

 

「あぁ! もえてますわざんぎえふ! すんごくもえてますわ!」

 

 飛び道具を躱そうとダブルラリアットを放ったが、残念ながらそれはファイアーではなくフレイムの方だったようだ。

 炎に包まれたザンギエフのシルエットは、何故か若干ほっそりして見えた。

 

 ちなみにこれは"火責め"という虐待。初日に水攻めをやったので、ぜひ押さえておきたかった虐待方法だ!

 

「さぁざんぎえふ! この後はさすかっちさん? とのすぱーですわ!」

 

 ここまで来たら"氷攻め"とかもやりたかったので、特別にサスカッチさんという人にもご協力いただいた。

 この雪男みたいな見た目の人は、なんと口から雪や氷を吐く事が出来る。ちなみにバナナを沢山あげたらついて来てくれましたわ!

 

 この他にもジャングルに住むという"電気攻め"担当のブランカさん、謎の力を操る"サイコパワー攻め"担当のベガさんにもご協力いただき、どんどん虐待していきますわ!

 

………………………………………………

 

 

「ぶれいく! ぶれいくですわざんぎえふ! ひたすらぶれいくです!」

 

 上から落ちてくるタルを、ザンギエフが破壊していく!

 

「どんどんおちてきますわよ! ひたすらぶれいくですわ!」

 

 チョップ、キック、グーパンチ! あらゆる技を駆使して次々に樽を破壊していく!

 

「かんがえてはだめ! ……なんで樽が落ちてくるんだろう?

 これはどういう事なんだろう? いったい自分は今何をしているんだろう?

 ……とかかんがえてはだめです!」

 

 無心! 無心で壊すのです! 落ちてくるタルを!! 意味など考えず!!

 

 これはそういう物なのですザンギエフ!

 理解する必要など無い! これはただひたすらに"落ちてくるタルを壊させる"という虐待なのです!!

 

………………………………………………

 

 

「おーザンギエフさん! 頑張れよーっ!」

 

「キャー! ザンギエフさぁーん!! ステキー!!」

 

 商店街を駆け抜ける! わたくしを肩車したザンギエフが「えっほえっほ!」と走り抜けて行く!

 

「ザンギエフさーん! ファイトォー!!」

 

「応援してるぜザンギさぁーん!! 頑張れーっ!!」

 

「ザンギさぁーーん!」

 

 みんなが声援をくれる! お花屋さん、たい焼き屋さん、魚屋さんに向かって、ザンギエフがとびっきりの笑顔と共に「ムキッ!」と筋肉を見せつける!

 

「へいお嬢ちゃん! パース!!」

 

「ありがとーですわー!」

 

 通りすがった八百屋さんが、わたくしにリンゴを投げてくれる! それを「よいしょ」とキャッチするわたくし!

 

「りんごをもらいましたわ! 後ではんぶんこですわ! ざんぎえふ!」

 

 沢山の声援を受けながら、商店街を駆け抜けていく!

 うふふっ、みんなこれがザンギエフへの虐待だとも知らずに! 「いっしっし♪」な気分のわたくし!

 でもありがとうございますわ! みなさん!

 

………………………………………………

 

 

「ハッ! ハッ! ハッ!!」

 

 階段を駆け上る!

 わたくしを肩に乗せたザンギエフが、階段を駆け上っていく!

 

「はらしょー! はらしょーろしあ! はらしょーざんぎえふ!」

 

「ハッ! ハッ! ハッ! ハッッ!!」

 

 飛ぶように、羽が生えたようにッ! ザンギエフが全力で! 一気に駆け上がっていくッ!

 

「――――らすとすぱーとですわ! いきなさい! ざんぎえふ!」

 

「ハッ! ハッ! ハッ! ハッ! ハァァァアアアアッッ!!」

 

 眩しい方へ! 光の差す方へ!!

 わたくし達は一気に、ゴールへたどり着いたッ!!!!

 

 

 

『 ガイルゥゥゥーーーーッッ!! ガイィィィィィィーーーーール!!!! 』

 

 

 叫ぶ。空に向かって――――

 

 わたくしとザンギエフが今! おおきく両腕を振り上げ!!

 ――――空に向けてッ! 思いっきり叫ぶッ!!!!

 

 

 

『 ガァァァァァァイィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーールッッッ!!!! 』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 友の名を。

 愛しい宿敵(ライバル)の名前を。

 

 

 わたくし達は叫ぶ。

 

 わたくし達がここにいる事を、彼に示すように――――――

 

 

 

 

 

 

 

……………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

「"なんでザンギなんだよ"って、ばかにされた事があるのですわ」

 

 

 ここはわたくしの自室。

 今わたくしはベッドに腰掛け、お気に入りであるウサちゃん人形に話しかけている。

 

「みんな言うんですわ。『リュウの方がつよい』『ガイルの方がカッコいい』って」

 

「ざんぎえふなんて、かっこ悪いって……わたくしに言うんですわ」

 

 幼稚園の頃、周りの友達たちはみんなストリートファイターに夢中だった。

 やれ昇竜拳が強い、やれサマーソルトがカッコいいと、ワクワクしながら話し合っていた。

 

 でもそんな中、いつもわたくしは皆にイジメられた。

 ――――ザンギエフが好きだから。カッコ悪いザンギエフなんかを好きだって言うから。

 

「のろくて、ださくて、かっこわるいって……。

 飛び道具もないざんぎえふは、よわいって……。

 いつもわたくしを、いじめるんです」

 

 必死に抵抗した。必死に「ざんぎえふはかっこいいですわ!」って言って、みんなに言って聞かせた。

 でもそれをすればするぼど、皆はケラケラと笑い、わたくしをバカにした。

 わたくしが泣けば泣くほど……みんな楽しそうに笑った。

 

「すくりゅーなんて、つかえないって……。

 じゃんぷ力もないざんぎえふは、いいカモだって。

 勝ってるところなんか、見たことないって……」

 

「ざんぎえふが好きなやつとなんか、あそんでやんないよって……言われたんです」

 

 ……なんとなく、本当になんとなく……ウサちゃんに話した。

 ザンギエフは今、食堂でお父さまとお話をしている。そんな寂しさの中でわたくしは、今まで誰にも言った事の無かった秘密を、ウサちゃんに打ち明けた。

 

「ようちえんに行くの、いやでしたわ。

 ばかにされるのは、いやでしたわ」

 

「笑われるくらいなら、言わない方がましですから。

 だからもう、だれにも言わなくなりました」

 

「ざんぎえふが好きだって…………言わなくなりました」

 

 今思えば、わたくしの伝え方も下手だったのかもしれないけれど。

「きんにくですわ! きんにくこそが、至上の価値なんですわ!」とか言われても、みんな困ってたのかもしれないけれど……。

 

「だから、ぎゃくたいしてやりましたわ――――

 ざんぎえふを思いっきり、ぎゃくたいしてやりました」

 

「"あなたのせいだ"って。

 あなたがわるいから、わたくしはばかにされるんだって。

 わたくしがひとりなのは……ぜんぶぜんぶ、ざんぎえふのせいなんだって」

 

「……ふふ♪ そんなこと、あるはずありませんのにね? うさちゃん」

 

 ぎゅっとウサちゃんを抱きしめて、何気なく天井を眺める。

 いま自分が、笑みを浮かべているのが分かる。情けなかった過去の自分を笑って、笑みを浮かべているのが分かる。

 

「だからもう……やめますわ。ざんぎえふを、ぎゃくたいするの」

 

「わたくしがわるかった。わたくしが弱かったからこそ……

 みんなにばかにされてたんですわ」

 

 ボフッと音をたててベッドに寝転がる。最近はお布団で寝てばかりだったなと思ったら、同時にザンギエフの顔が浮かんで来た。

 あったかくて優しかった、ザンギエフの笑顔。

 

「言えばよかった。もっとじょうずに。

 ざんぎえふは、こんなにもかっこいいんだって……言えばよかったんですわ」

 

「今なら、できる気がします。ちゃんとつたえられる気がするんです。

 みんなに、ざんぎえふのかっこ良さを」

 

 明日はガイル少佐との試合。優勝候補と目されるガイルとザンギエフの、ストリートファイトがある。

 だからもう……ザンギエフを虐待するのはお終い。楽しかったザンギエフとの生活も、今日でお終い。

 

 目を瞑る。久しぶりに、とても良い気分で。

 わたくしは一人、優しい眠りへと、落ちていく。

 

 

「これからはみんなと、すとりーとふぁいとのお話ができる。

 お友だちができる気が、するんです――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢うつつの中、誰かが頭を撫でてくれたような気がする。

 

 とても大きくて、優しい。

 そしてこの上なく暖かい、ゴツゴツした手が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―4―

 

 

 

 

「きましたわね! がいる少佐!

 まぁ逃げずにやってきた事だけは、ほめてあげますわ!」

 

「……!?」

 

 ここはザンギエフのホームグランドである、ロシアの工場ステージ。

 今わたくし達二人は、これからガイル少佐とストリートファイトをするべく、向かい合い火花を散らしている所である。

 

「あ……あの、お嬢ちゃん?」

 

「ん、なんですの、がいる少佐? おじけづきまして?」

 

「いや、そうじゃないんだが。その……お嬢ちゃん、君は?」

 

「あぁ、わたくし? わたくしは、ざんぎえふのぱーとなー!

 まぁ飼い主? みたいなものですわ! よしなに♪」

 

 なにやらあっけに取られている様子のガイル少佐に向かい、淑女らしくスカートを持ち上げて一礼する。

 今ザンギエフはわたくしと並び立ち、隣で「ふんっ! ふぅぅん!」と筋肉を誇示している。

 

「か……飼い主? 彼とは今まで何度か戦ってきたが、そんな話は一度も……」

 

「だまらっしゃいな! ごちゃごちゃ言うまえに、男ならこぶしでかたりなさい!

 このミスターしゃがみ中キック!」

 

 腰に手をあてて、バシッと言い放つ!

 わたくしの言葉を受け、ガイル少佐が仰け反るようにして眉をヒクヒクさせる。

 ちなみにザンギエフは今「そうだそうだ!」とばかりに筋肉を誇示している。モストマスキュラーというポーズだ。

 

「なんですの!? いつもしゃがんでばかりいて! あなた歩くのきらいなんですの?!

 いったい何をまっているんですかいつもいつも! ばす? でんしゃ? 給料日?」

 

「ッ!!」

 

 ザンギエフは引き続き「そうだ! 大胸筋を鍛えろ!」とばかりにムキムキとポーズをとっている。フロントバイセップス。

 

「たまに立ったかとおもえば! そにそに! そにそに!

 しゃがみ中キックやってまた、そにそに! そにそに!

 ばかにしてますのあなた?! やる気ありますの?!」

 

「ッ!?」

 

 そしてザンギエフは今「そうだそうだ! 上腕三頭筋だ!」とばかりにムキムキと相手を煽っている。サイドチェスト。

 

「――――男だったら、そのこぶしでかたりなさいっ!

 何のためのきんにくですの?! ちんちんついてますの?!」

 

「~~ッッ!?!?」

 

 ビシッと指をさし、〈ババーン!)とばかりに言い放つ!

 ザンギエフは今も「その通りだ! 大腿四頭筋だ!」とばかりに一人でムキムキやっている。これはダブルバイセップスですわ。

 

「……くっ! もういい、さっさと始めるぞザンギエフ。準備をしろ」

 

 やがて冷や汗をダーダーと流すガイル少佐が、ステージの中央に立ち、ザンギエフを手招きで呼び寄せる。

 どうやらわたくしの挑発は成功のようだ。がんばった甲斐がありましたわ!

 

 

「さぁたたかいなさい! ざんぎえふ!

 ろしあのだいちを赤くそめてやるのです!」

 

「Хорошо!!」(ハラショー!!)

 

 

 わたくしの声と共に、ザンギエフが「のっしのっし」とステージへ歩いて行く。

 

 そして今! ガイル、ザンギエフの両雄が! 中央で向かい合う!

 

 ――――戦いの火蓋は今、切って落とされたのだッ!!!!

 

 

 

…………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

「うわーー! ざんぎえふ! うわーーっ!!」

 

 

 ――――負けた。完膚なきまでに負けたッ!!

 

 情け容赦なくしゃがみ中キックを出され、ザンギエフは負けた! 何もする事も無くッ!!

 

「なんでですの?! あんなにあおったのに! わたくしがんばったのに!!」

 

「やかましいっ! もう黙っていろお嬢ちゃんッ!」

 

 どうしてどうしてと問いかけるも、ガイル少佐は渋い顔をするばかり。よく見るとお顔が少し赤くなっている気はするが。

 今ザンギエフは、嵐のようなしゃがみ中キック、そしてソニックブームを受け、〈プスプス~!〉と身体から煙を上げている。うつ伏せでグッタリしている。

 

「ちきしょー! 立ってください、ざんぎえふ! 立つのでーす!」 

 

 もうわんわんと泣いているわたくしの声に応えるようにして、ザンギエフがフラフラとその場から立ち上がる。なんかもうガクガク膝が震えている気がする。

 

「そうです! まだしょうぶは始まったばかりです! 

 らうんどつー! ふぁいとっ! ですわ!」

 

 なんかもう「ああ……あああ……」みたいな声が聞こえてきそうな程フラフラの足取りで、ザンギエフがガイル少佐の方に向かって行く。

 そして先ほどまでと同様ペシペシとしゃがみ中キックを連打され、もう「おごごごご……!」みたくなっている。

 

「いやーっ! がんばってざんぎえふ! がんばってくださいまし!」

 

「頼むから黙ってくれッ! やりにくくて敵わんッ!!」

 

 ガイル少佐のクレームにもめげず、わたくしは声を張り上げる。

 力の限り、声の限りに応援する!

 

 辛いでしょう……痛いでしょう……苦しいでしょう……。

 でも立って下さいましザンギエフ! 負けないで下さいまし!!

 

「ざんぎえふ! 立って! ざんぎえふぅぅぅーー!!」

 

 いったいどれほどのソニックに、ザンギエフが蹂躙されてきたか。

 いったいどれほどの波動拳に、ザンギエフが手も足も出ずにやられてきた事か……。

 

 飛び道具ひとつ……ただ「↓→P」を入力するだけで、ただ「←タメ→」と入力するだけで、いったいどれほどの人が簡単にザンギエフを屠って来た事か……!

 どれほどザンギエフが! やられてきた事かッ……!!

 

「立って! 立ってくださいざんぎえふ! まけないでっっ!!!!」

 

 のろま、モヒカン、赤パンツ。

 遅い、ダサい、使いにくい。

 

 幾千も罵倒され、幾万幾億とバカにされ……それでも「否」と跳ね除けたッ!

 

 どれほど馬鹿にされようとも、俺がやりたいのかこれだ! これなんだ!!

 そう言って、ただひたすらに意志を貫いたッ!!

 

 ――――その誇り、その矜持を今こそ! わたくしに見せてッッ!!

 

「――――フゥゥン!!」

 

「ッ!?」

 

 ガイルのしゃがみ中キックを、ザンギエフのしゃがみ強キックが潰す!

 不用意に連打されたそれのタイミングを読み切り、見事判定の強いしゃがみ大キックで地面に転がした!

 

「フゥゥゥゥン!!!!」

 

 飛ぶ! ザンギエフが宙を舞う! まるで熊のように大きな身体で、フライングボディプレスで起き攻めを狙う!!

 

「シュッ! シュッ!」

 

 ガイルの起き上がり際に、ザンギエフのしゃがみ弱パンチの連打がヒットする。

 

 だが否! そのしゃがみ小パンチは本命に非ず!

 蹴り、突き、殴り……そのザンギエフの全ての技の目的はただ一点、"投げる為"に集約されている!!

 

 

『――――――パァッッ!!!!!』

 

 

 両手を大きく広げ! 掴むッッ!!

 いまザンギエフの丸太のように大きな両腕が! ガイル少佐の胴体を〈がしっ!〉と捕まえ、共に空へと舞い上がっていくッッ!!

 

『ダァァァアアアアアアアアアアッッッ!!!!』

 

「ざんぎえぇぇーーーふ!!」

 

 物凄い音が鳴るッ!

 グルグルと回転しながらガイルの身体を叩きつけ、その衝撃が! あたり一帯を揺らす!!

 

 

『Большая, победа!!』(大勝利だ!!)

 

 

 

 

 ――――スクリューパイルドライバー。

 

 そのザンギエフの代名詞とも言うべき最高の投げ技が今! ロシアの大地を赤く染めたのだった!!

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「ぬぅ……! しくじったッ! なんてミスだッ!!」

 

 ガイル少佐が立膝の状態で座り、苦しそうに額に手をあてている。

 

「さぁもう1ラウンドだザンギエフ! ファイナルラウンドだ!!」

 

 そして雄々しく立ち上がり、ファイティングポーズをとって見せた。その瞳は揺るぎない意志に満ちている。

 

「正直に言う……お前を舐めていた――――

 だがもう俺に油断は無いぞ……来い! ザンギエフッ!!」

 

 思わず飛びついていたわたくしの身体をそっと地面に降ろし、再びザンギエフがガイル少佐と向かい合う。

 ゆっくりと振り向き、胸を張って雄々しく対峙する。

 

 もう今までのザンギエフではない。今まで散々罵倒され続けた弱キャラなどどこにも居ない。

 今ここにいるのは、一人の戦士。今まさに燃えるような闘志をその胸に宿し、いざ眼前の敵を打ち倒さんとする一人のストリートファイターの姿だ。

 

「ぬぅおぉぉぉ! ソニックブー! ソニックブー! そにそにそに!」

 

「フゥゥゥゥン!!!!」

 

 例によってガイルのしゃがみ中キックがペシペシと当たる。だがそれでも決してザンギエフが後退する事は無い。

 

(なんと、すばらしい。なんと雄々しい――――)

 

 耐えて、耐えて、耐えて、そして前に進む。

 

(そのすがたの、なんと雄々しいことか。なんとすばらしいことか――――)

 

 レスリング、プロレスリング、プロレスラー!!

 これが力だ! これが鋼の肉体だと言わんばかりに! 今ッ!! ザンギエフが猛然とガイルに襲い掛かる!

 

(はらしょー。はらしょーですわ、ざんぎえふ……。

 これが、わたくしの好きな……わたくしの心からあこがれた……)

 

 ――――ザンギエフ。ロシアの赤きサイクロン。

 

 わたくしはその姿を、息を止めてただ、見つめていた。

 

 

 

……………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「ほぅらマイガール! これが母の上腕二頭筋よ? まるで山のようでしょう♪」

 

「すごいでちゅわ、おかあさま! はがねのようでちゅわ!」

 

「おっほっほ♪ でもアタクシもまだ、

 かのザンギエフ氏の筋肉には遠く及びませんわ♪」

 

「えっ! ざんぎえふって、だれでちゅの? どんなかたなんでちゅの?」

 

「ほぅら! これがザンギエフ氏の写真よマイガール!

 どお~? まるでエベレストのように隆起した巨大な筋肉でしょ~う♪」

 

「ちゅごい! ちゅごいきんにくですわ! れいぞうこみたいでちゅわ!」

 

「おっほっほ♪ まぁ見てなさいマイガール?

 いつかお母様も、こーんなぶっといタイヤみたいな上腕を手に入れますからネ!!」

 

「わーい! うれしいでちゅわ! おかあさま! きんにくさいこーでちゅわ!」

 

 

 ……けれど、そんなわたくしの幸せな日々は、長くは続かなかった……。

 

 

「くっ……このアタクシとした事が!

 まさかプロテインの飲み過ぎで、余命一週間だなんてッ……!」

 

「しなないで、おかあさま! しっかりしてくだちゃいまし!」

 

「マイガール……母はもう駄目です。

 この母の背中を、広背筋を超えて……強く生きるのですよ……」

 

「いやです! いや! しなないでおかあさま! おかあさま!」

 

「あぁ……無念です。至極無念成ッ!!

 この"筋肉聖母"と呼ばれしアタクシが、筋肉道の道半ばで倒れようとはなッ……!」

 

「しっかりしておかあさま! げんきになって、またべんちぷれすをみせて!」

 

「ぬぅぅおおおお!! せめて、せめて死ぬ前にひとくち、プロテインをッ……!

 神よ! 今こそ我にプロテインを与え給えッ! 筋肉の神よぉぉおおおッッ!!」

 

「だめっ! のんじゃだめおかあさま! のんじゃだめ!

 しなないでおかあさま! おかあさま! おかあさまぁぁぁあああーーーーーっ!!」

 

 

 ……そしてお母様は死に、わたくしはひとりぼっちになった。

 

 

「なんだよザンギって! アタマおかしいんじゃないの!」

 

「そんなことないでちゅわ! ざんぎえふは、かっこいいでちゅわ!」

 

「だっせー! ザンギエフだっせー! やーいきんにくフェチー♪

 ロシアにかえれー♪」

 

「ざんぎえふはかっこいいでちゅわ! はがねのにくたいでちゅわ!」

 

「やーいやーい! 赤パンツー! くやしかったら立ちスクリューしてみろー♪」

 

「えーんえーん! ざんぎえふはつよいんでちゅわ! かっこいいでちゅわ!

 きんにくこそ至高の価値なんでちゅわ! えーんえーん!」

 

 

…………………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 見ていますか、あの頃のわたくし――――

 泣いているばかりの、ひとりだった頃のわたくし――――――

 

 ごらんなさい、間違っていませんでしたわ。

 わたくしの好きな物は、大好きな人は今、こんなにも眩く輝いていますわ――――!

 

 

 そうわたくしが過去のセンチなメモリーに浸っている内に……やがて試合は終盤にさしかってまいりましたわ。

 ひたすらソニックとしゃがみ中キックを連打するガイル少佐、それに対していくら傷つこうともひたすら前に出続けるザンギエフ。

 

「いけます! いけますわ!

 のこりたいりょくは五分と五分! しかも、がいるのくそったれは画面端です!

 このまますり潰せますわ!」

 

 別にわたくし、ガイル少佐に恨みは無いんですけれど……むしろわたくしはガイル少佐をリスペクトしているのですけれど……ソニックやしゃがみ中キックを含めて。

 けれどザンギエフを応援してるとき、すこしはしたない事を言ってしまうのはご容赦願いたいですわ。

 嫌いではありませんのよ? その戦い方も。

 

「やっておしまいなさい! ざんぎえふ! あと少しですわ!」

 

 ガイル少佐のしゃがみ中キックを、またしてもザンギエフのしゃがみ大キックが迎撃する! コロンと地面に転がるガイル少佐!

 

「くッ……! ソニックブー! そにそにそにそに……!!!!」

 

 もうやけくそのようにソニックを連発するガイル少佐。しかしザンギエフは決して慌てる事無く、ダブラリで回避していく。しかし……。

 

「――――あっ……」

 

 その時、狙いから外れたソニックブームの一発が、こちらに飛んで来た(・・・・・・・・・)

 それはわたくしの頭上にある、立てかけてあった鉄骨の束に当たり、轟音を響かせた。

 

「あっ……」

 

 落ちてくる――――鉄骨が。

 いまわたくしの見上げた頭上から、バランスを崩した沢山の鉄骨が、ゆっくりと倒れてきた。

 

 それはまるで、スローモーションのように、ゆっくりと。

 

「ッ!? イカン、お嬢ちゃん!!」

 

「いやぁぁぁあああーーーーーーッッ!!」

 

 

 

 

 

 凄まじい轟音。群がった観客たちの悲痛な声。

 

 それに掻き消されるように、わたくしの意識は落ちていった――――

 

 

 

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「あ……あれっ?」

 

 

 ふと目を覚ました時、わたくしは地面に寝転がっていた。

 

「あれ? あれれ?」

 

 どうしたんだろうわたくしは。いったいどうなったんだろう? そんなふうに目をぱちくりさせながら、ゆっくりと身体を起こそうとした時……。

 

「――――ッ!? ざ、ざんぎえふ!!」

 

 大きな靴、そして大木のように大きな足が見える。

 ふと目線を上げると、そこには倒れてきた鉄骨を全てその身で受け止めている(・・・・・・・・・・・・・)ザンギエフの姿があった。

 

「ざんぎえふ! ざんぎえふぅぅぅ!!」

 

 やがて不動で立ち尽くしていたその大きな身体が、ゆっくりと地面に倒れていく。

 わたくしを守り、圧倒的な破壊力に身を晒したザンギエフの身体が、力尽きるように地に伏していく。

 

「いやです! いやですざんぎえふ!! ざんぎえふぅぅぅーー!!」

 

 額から血を流し、グッタリと人形のように倒れ込んだザンギエフ。その身体のどこにも、もう力は籠っていないように思えた。

 

「ざんぎえふ! たちなさい! 同士ざんぎえふ!」

 

 目から光が消える。今ザンギエフの虚ろな瞳から光が消え、ゆっくりと瞼が閉じていく。

 

「ざんぎえふ! 同志ざんぎえふ! 赤きさいくろん!」

 

 叫ぶ。泣き叫ぶ。

 ただただわたくしはザンギエフの名を呼び、彼に呼びかける。

 

「ざんぎ! ざんぎえふ! 同志! 同志ざんぎえふ! 赤きさいくろん!!」

 

 いくらユサユサと身体をゆすろうが、ザンギエフが応える事はない。

 それでもわたくしは力の限り、呼びかけ続ける。

 

「ざんぎえふ! 赤きざいくろん! はがねのにくたい! 同志ざんぎえふ!」

 

「……」

 

「……」

 

「ざんぎえふ! 赤きさいくろん! 同志! 同志ざんぎえふ!!」

 

 呆然とする群衆。その中でひとり、叫び続けるわたくし。

 

「……………ッ!」

 

 ――――するとどうだ。この場にいた群衆のひとりが、突然声を上げ始めたではないか。

 

 

「――――立て! 立つんだザンギエフ!! 同志! 同志ザンギエフ!!」

 

 

 ザワザワとざわつく群衆。ただひたすら声を上げ続けるわたくしと、もう一人の男性。

 そんなわたくしたちに感化されるように、ひとり、またひとりと群衆たちが声を上げていく。

 

 

「そうだ立て! 立つんだザンギエフ! 同志! 同志ザンギエフ!!」

 

「ザンギエフ! 同志ザンギエフ! 鋼の肉体! 赤きサイクロン!!」

 

「投げ! 投げキャラ! ハラショー! スクリューパイル!! 同志ザンギエフ!!」

 

「ハラショー! ハラショーロシア! ハラショーボルシチ! 同志ザンギエフ!!」

 

 

 声を上げる。この場にいる全ての者が! ロシア国民たちが!!

 力の限りに声を振り絞り、拳を振り上げ、ザンギエフを呼ぶ! 祖国の名を叫ぶ!! 共産主義者たちが!!

 

 

「「同志ッ! 同志ザンギエフ! ハラショー! ペレストロイカ! 赤きサイクロン!!」」

 

「「投げ! 投げキャラ! ロシア連邦! 同志ザンギエフ!! 鋼の肉体!!」」

 

「「「「ハラショーロシア! ハラショーレスリング! 同志ザンギエフ!!」」」」

 

 

 みんなの声が――――ひとつになる。

 その時――――――

 

 

『――――ヌゥゥオオオオオオオォォォォォォリャアアアァァァッッ!!!!』

 

 

 

 雄たけびを上げて! 今ッ! ザンギエフが立ち上がったッッ!!!!

 

『ヌゥゥオオオオオオオオォォォリャアアアアアアアアアアーーーーーッッ!!!!』

 

「あぁざんぎえふ! ざんぎえふ! 赤きさいくろん!」

 

 ピョイーンと抱き着くわたくし。雄々しく両の足で立ち上がったザンギエフが、しっかり受け止めてくれる。

 輝かんばかりの、「ニカッ☆」とした笑みで。

 

「この子の前では、不倒であらねばならない! とザンギエフは言っているぜ!」

 

「どんな事があろうとも、再び立ち上がる! とザンギエフは言っているよ?」

 

 たまたまこの場にいた日本語の分かる人達が、そうわたくしに通訳してくれる。

 ああザンギエフ! 同志! 同志ザンギエフ! 赤きサイクロン!!

 

「――――だいすきです! ざんぎえふ! だいすき!!」

 

 ギューっと抱きつく。もう泣きながら、ぎゅ~~っとしがみつく!

 

 

「ざんぎえふはさいきょうです!

 ――――ざんぎえふは、せかいいち強いんですわっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大勢の割れんばかりの歓声の中、わたくしとザンギエフが微笑み合う。

 

 胸に秘めたるは闘志、情熱、そして溢れんばかりの優しさ――――

 

 わたくしとザンギエフはいつまでもいつまでも、そうしていたのですわ。

 

 

 

 

……………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

【勝負は預ける。また戦おう、ザンギエフよ――――】

 

 

 そう言ってガイル少佐は去っていき、わたくし達は夕日に染まる空の下で、その後ろ姿を見送った。

 そして、その1週間後――――

 

 

「――――まけましたわ! またしゃがみ中キックですわ! この人でなし!!」

 

 

 お互い万全の状態での再戦で、ザンギエフはガイル少佐にボッコボコにされた。待ちガイル戦法で。

 

「しゃがみ中キックの前では、バニシングフラットも無力ですわ!

 ペシペシ足をけられてしまいますもの!」

 

 せっかく飛び道具を相殺する技としてバニシングを覚えたのに、足元に無敵判定のないバニシングは、ガイル少佐になかなか通用しなかった。

 まぁ何発かは当てたけど。負けは負けだ。

 

「そんなそにそに言ってて、はずかしくないんですの?!

 なんですの! ばかじゃないの! ばかじゃないの! ばかじゃないの!」

 

「いや……勝負が終わった後で、そう言われてもだな……」

 

 冷や汗を流しながら、とりあえず大人の対応を見せてくれるガイル少佐。

 ちなみに今わたくしの背後には、出会った時と同じくプスプスと煙を上げながら〈グッタリ!〉と地面に倒れ伏すザンギエフの姿がある。

 

 あぁ! また汚いざんぎえふに、逆もどりですわ!!

 

 

 

 

 ……………まぁそんな事があった後、結局ザンギエフはまた、わたくしのお家で暮らしている。

 また怪我が治り次第、ストリートファイトの為に世界各国を回る予定だけれど……それまではまたこうして一緒に過ごせる事となったのだ。

 

「ざんぎえふ! きょうはわたくしが、ぼるしちを作ってみましたわ!

 さおとめに教えてもらったんですの!」

 

 早く怪我が治って、またファイトが出来るように、今日もわたくしはザンギエフのお世話をする。

 ……いや、これは虐待。さらにザンギエフの鋼の肉体をパワーアッフさせる為の虐待なのですわ。ニンジンも沢山入っているし。

 

 

 この先も、ザンギエフがストリートファイターとして活動し続けていく限り、わたくしはずっと彼を一生懸命おうえんしていこう。力になってあげよう

 そしてザンギエフを、どんどん強くしていくのですわ! あのガイル少佐にも負けないくらい!

 

 

「ざんぎえふ! しょくじが終わったら上半身のきんとれですわ!

 足がなおるまでのあいだ、わんりょくをがんがんきたえましょう!」

 

 

 

 わたくしの虐待は、まだまだ続いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

~Fin~

 

 






 やあみんな! ほのぼのしたかい?
 筋肉を見てると、心がほのぼのしてくるよなっ!

 ……そうか、"ほのぼの"って、筋肉の事なんだ!
 ほのぼのというのは、つまり筋肉の事だったんだ! やっと見つけたぞ(錯乱)




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

33、脳髄。

 

 

 

「宇宙だぁぁぁああああああああああーーーーーーーーーッッ!!」

 

 ぼくはそう叫び、家を飛び出しました。

 

「宇宙ぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああーーーーーーッッ!!」

 

 バーン! と扉を開け放ち、勢いよく外へ走り出します。

 久しぶりに浴びる太陽の熱、そして照りつける日差しの眩しさを感じながら、手をバンザイしながら走ります。ドドドドドと砂煙を上げて。

 

「管制塔、聞こえるかッ?! 宇宙だぁぁぁああああああああああああああああッッ!!」

 

 宇宙を感じます。こうやって何も考えず、ただただ一心不乱に走っている時、ぼくは宇宙の存在を感じます。

 非常に近く、すぐ傍に感じるのです。

 

 なにやら通りすがるご近所さん達がギョッとした目で振り返り、ぼくを見ています。

 でも今ぼくの目は見開き、充血し、全力疾走しているので視界も定かではありません。彼らの事を気にしている余裕はないのです。

 

「宇宙だぁぁぁあああああああああああああああああああああああーーーーッッ!!」

 

 そう叫びながら住宅街を走っていると、ぼくは軽トラに撥ねられてしまいました。

 ぼくの身体は錐揉みしながら30メートルくらい飛んでいき、ゴロゴロと地面を転がります。

 軽トラの窓から顔を出した運転手さんが「大丈夫ー?」とぼくに声を掛けました。

 

「――――急いでますから!」

 

 立ち上がり、両の足で大地を踏みしめ、ぼくは再び走り出します。

 ただでさえ悪かった視界が、額から流れてくる血によって更に悪くなります。もう何も見えません。

 しかし、宇宙を感じます。

 必死に動かす足、全力で振る腕、血まみれの顔、ゼイゼイとうるさく音を立てる胸、その全身で宇宙を感じます。走る事に何の問題もありません。

 

「宇宙だぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああーーーーーーーーッッ!!!!」

 

 ……ふと今、過去の思い出がスッと頭をよぎります。

 あれは確か、去年のクリスマスの夜……、自分の欲しいプレゼントの内容をワクワクしながら告げた時、お母さんに言われた一言だったでしょうか?

 

 

『――――まさお? アンタ本当は、ウチの子じゃないんだよ……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宇宙だぁぁぁぁぁあぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 

 宇宙を全身で感じながら走っていると、やがてぼくは海に辿り着きました。

 そこにはキラキラと光る砂浜、澄み渡るような青空、そして楽しそうにはしゃぐ家族連れや恋人たちと、沢山のビーチパラソルがありました。

 

 ぼくは足を止め、立ち止まり、ただただ眼前の海を眺めます。

 

 ――――広い! こんなに広いのか海は! 広いッ!!

 

 海とんでもねぇな。海パネェ。

 そんな気持ちが胸いっぱいに広がり、ぼくはとても幸せな気持ちになりました。

 

「助けて下さいッッ!!!! 助けてくだぁぁぁあああいッッ!!!!」

 

 やがてぼくはその場にへたり込み、天を仰ぎながら涙を流します。

 

「助けて下さぁぁいッッ!!! 助けて下さぁぁぁああああああいッッ!!!!」

 

 おいおいと泣きながら、空に向かって叫びます。

 家族連れやカップルの人達が訝し気にぼくの方を見ています。けれどぼくはただただ叫び続けます。

 

「――――助けて下さいぁぁぁいッ!!!! 助けて下さぁぁぁああああああいッッ!!」

 

 

 するとどうでしょう! 突然山ほどもある巨大なマリアさまが〈ズゴゴゴゴ……!〉と音を立てて、海から現れたではありませんか!

 後光の差す巨大なマリアさまの姿は、この世の物とは思えないほどの美しさです。

 

「マリアさまだ!」

 

「おい! 海からマリアさまが現れたぞ!」

 

「あぁなんという事だ!! アメイジング!!」

 

 突然のマリアさまの出現に、この場にいた親子連れやカップルの人達がザワザワと騒めきます。

 そんな中、ぼくはマリアさまのお姿を前に、ただただ涙を流し続けます。

 

 

「――――奇跡ッ! 奇跡の日です! なんと素晴らしいッッ!!」

 

 

 今マリアさまがぼくを見つめ、ニッコリと優しく微笑んでいます。

 

 

「――――今日は奇跡の朝です! マリアさま! あぁマリアさま!!」

 

 

 3月の海。声にならない嗚咽を漏らし、ぼくはその場に蹲りました。

 マリアさまの光に包まれ、その慈愛とぬくもりに包まれながら、涙が枯れるまで泣き続けました。

 

 なんまいだぶ、なんまいだぶ。

 

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「やかましい! いいから酒買ってこい!!」

 

「アンタッ!!」

 

 海から戻り、家に帰ってくると、お父さんとお母さんの喧嘩する声が聞こえてきました。

 

「うるせぇ! いったい誰のお陰で暮らせてると思ってんだ!!

 さっさと酒買ってこい!!」

 

「アンタッ! アンタぁーッ!!」

 

 ぼくは靴を脱いで、スタスタと廊下を歩いて行きます。そしてお父さんとお母さんの声が聞こえる居間の襖を開けて、声を掛けました。

 

「お父さん、ぼくがお酒を買ってきます。エビスでいいですか?」

 

「お、すまんなまさお。ほら、千円札だ。

 お釣りでお菓子を買っても構わんぞ?」

 

「ありがとね、まさお。気をつけてね」

 

 

 

 

 

 ぼくは家を飛び出し、再び走り出しました――――

 

 モルツビールと、じゃがりこのサラダ味。それをしっかりと、胸に刻みつけて――――

 

 









※なんと当作品を連載する事になりました。よろしければ以下のアドレスよりお入り下さい。

https://syosetu.org/novel/217147/


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

34、プロレスラーみたいな口調で喋り始めたカレーパンマン。


「Damn……. I would have never thought it ever would have been like this」
(ちくしょう……こんな風になるなんて、思ってもみなかった)

「―――Fuck you all niggaz wanna do!」
(お前ら、いったい何がしてぇんだよ!)


 そんなカレーパンマンの叫びと共に、いま新たな時代の幕が上がる――――








 

 

 いま夢の国では、カレーパンマンが人気だ。

 

「カレーパンマンってカッコいいよね! あたしファンになっちゃった!」

 

「ボクも! ボクもカレーパンマン大好き!」

 

 カバ男くん達の学校でも、今その話題で持ち切り。

 誰も彼もが興奮気味にカレーパンマンの活躍を語り、心からの笑顔で笑い合っているのだ。

 

「さいきん変わったよねカレーパンマン! 前と全然ちがうモン!」

 

「うん! なんかカッコよくなったよね!」

 

 元々パンパンマンやしょくぱんまんとのトリオで有名であり、みんなを守るヒーローとして慕われていた彼。

 その知名度や地域への貢献度は、言わずもがなである。

 

 ……しかしながらこの国にはアンパンマンという、ヒーローの象徴とも言うべき大きな存在がいる事もあり、どうしてもどこか“三番手“の印象が拭えない所があった。

 どれだけ奮闘し、戦いに貢献していても、いつもバイキンマンにフィニッシュを決めるのがアンパンマンの役目であった事。

 また他の二人に比べて「カレーを吐き出す」というその得意技が地味だった事も、もしかしたら関係していたのかもしれない。

 

 しかし現在のカレーパンマンの人気っぷりは、以前とは比較にならない程の物。

 今ではなんと、あのアンパンマンと人気を二分する程の大躍進を遂げているのだ!

 

「ボクね? カレーパンマンを見てると胸がドキドキするんだ!

 今まで見た事のないカッコ良さだよ!」

 

「そうだよね! あのちょっと乱暴な闘い方がカッコいいよね!」

 

「しゃべり方もカッコいい!」

 

 それもそのハズ。この度カレーパンマンは、“ヒールターン“を果たしたのだ。

 今までの正義のヒーローのイメージを一新し、突然まるでヤクザのような喋り方をするようになった。

 戦い方すらも、以前の彼とはまったく違う物となっている。

 

 今までは〈ピュ~ッ!〉と優雅に空を飛び、まさに正義の味方と言った感じのスタイルだった。

 アンパンマン達と力を合わせてバイキンマンと戦う姿は、とても勇敢でカッコいい物であったのだが……。

 

 しかし今のカレーパンマンは、バイキンマンを見つければ、まず“掴みかかる“。

 以前のように空中で戦うのではなく、まずバイキンマンが現れたら取っ組み合いに持ち込み、そこから泥くさい戦いを繰り広げる。

 

 アンパンマンのようにパンチ一発ですぐ勝負を決めるのではなく……カレーパンマンは小技、大技、決め技を駆使し、試合の流れを考えながら技を組み立てていく。

 そこにはカッコいい必殺技だけでなく、チョップのような小技、泥臭い関節技、通好みな締め技なんかも含まれる。

 

 ただただ圧倒するのではなく、敵(ばいきんまん)にも存分に見せ場も作る。その攻撃を全て受けきり、その上で最後に逆転して勝つというような戦い方をする。

 相手の力を存分に引き出した上で、それを上回る力を発揮して見事勝利する。まさに“風車の理論“と言うべき熱い戦いを見せてくれるのだ。

 

 それを観戦していた子供たちが、その姿に心を奪われるのは、もう至極当然の事。

 胸を熱くし、夢を与えられ、「ぼくもカレーパンマンみたいになりたい」と思う。それは正にヒーローのあるべき姿その物だ。

 まぁ正統派のアンパンマンなんかとは、随分と違うスタイルだけれど……。

 

 

 それに今のカレーパンマンは、戦い方がカッコいいだけではなく、その“喋り方“すらも全然違うのだ。

 以前のべらんめえ口調ではなく、今の彼は物凄く乱暴というか……まるで悪い人のようなヒーローらしからぬ言葉遣いをする。

 それがこの国の人々にとって「なんか新鮮!」と良い風に受け止められ、支持を集めている大きな要因でもあった。

 

 この夢の国の住人達は、なんというか非常に心の綺麗な優しい人達ばかりなので……、今のカレーパンマンのような口調で喋る者は皆無。

 というか、そんなの見た事も聞いた事も無かった。

 

 そんなピュアな人達にとって、現在の“ちょい悪“とも言うべきカレーパンマンの喋り方はとても「カッコいい!」物に映り、新しいヒーローの形として憧れの対象となっている。

 

 まるで何かの間違いでお嬢様学校に入学してしまったレディースの女の子が、その悪的なスタイルと生来の面倒見の良さから、意図せずお嬢さま達からカリスマ的な羨望を向けられてしまうような……。

 そんな現象がいま、夢の国で発生しているのだった――――

 

 

「ねぇ! いま森の方で、ばいきんまんが現れたんだって!

 また悪さしてるみたい!」

 

「ホント?! じゃあカレーパンマンが来てくれるかもしれない!

 みんなで観に行こうよ!」

 

「うん! いこういこう!」

 

 

 カバ男くんら子供たちは、もう目をキラッキラさせながら、いそいそと森へ向かって行った。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「うえ~ん! やめてよぉ~! かえしてよぉ~!」

 

「あーっはっはっは! このキャンディは俺さまがいただいたぁー!

 はーひふーへほーぅ♪」

 

 ネコの姿をした男の子からお菓子を取り上げ、それを美味しそうに食べるばいきんまん。

 わんわんと泣いている男の子を余所に、わっはっはと高笑いを上げている。まさに極悪非道の所業だ。許すまじである。

 

「やめろー! ばいきんまーん!」

 

「……んんっ?! なにやつ!」

 

 すると空の彼方から、アンパンマンを始めとする三人のヒーロー達が、颯爽とこちらに飛んでくる姿があった。

 

 

「こらーばいきんまーん! やめるんだー!」

 

「いたずらはゆるしませーん! このしょくぱんまんが相手でーす!」

 

『――――テメェ■■■ぞごらエ゛ーッ!! リング上がれこの野郎おらエ゛ーッ!!』

 

 

 仲良く三人で飛んではいるが、なにやら一人だけ口調がおかしい者がいる。野太い声の者がいる。

 そう、彼こそはカレーパンマン――――このたび正義の味方からヒールターンを果たした、みんなのヒーローである。

 

「むむっ! 来たなぁ~アンパンマンどもー! やぁ~っつけてやるぅ~!」

 

『テメェやっちまうぞ■■オイッ!! ぶっ■されてぇかごらエ゛ーッ!!』

 

 みんな子供らしい愛らしい喋り方の中、ひとりだけプロレスラーみたいな喋り方のカレーパンマン。

 その声量も、他とは一線を画す。

 

「よぉ~し、出て来ぉ~い! ばいきんUF……ほげぇッ!!」

 

『――――しゃーなろオラおーぇッ!!』

 

 いつもの如くメカへ乗り込もうとするばいきんまん。……しかしカレーパンマンのヤクザキックが顔面に直撃し、それを阻止されてしまう。

 

『 歯ぁ食いしばれ■■※※オラッ!! 』

 

「ふにゅごっ!?!?」

 

 活舌が悪すぎて聞き取れない、そんなレスラー独特の喋り方。

 そしておもむろに胸倉を掴まれ、〈バチコーン!〉とビンタされるばいきんまん。情けない声も出る。

 

『アックスボンバーッ!!』

 

「ごっべぇっ?!?!」

 

 距離が空いた所を、走り込んでのラリアット。ばいきんまんの身体が綺麗に一回転する。

 

『やってやんぞオイッ!! 俺のド真ん中見せてやんぞ※※※ごらエ゛ーッ!!』

 

「えっ……? ちょ! まっ……!」

 

 いきなり頬を張られ、その上クルッと一回転させられてオロオロしているばいきんまんの後ろから、カレーパンマンが組み付く。

 いま「正にプロレス!」と言うべき王道の技、コブラツイストが完成した。

 

「ぎゃぁぁーー!! 痛い痛い痛い~~~~っ!!」

 

『ギブかごらッ!! ギブかごら■■オイッ!!

 何のために生まれて、何をして生きるんだおらエ゛ーッ!!』

 

 アンパンマンとしょくぱんまんが見守る中、ばいきんまんの背骨が〈ゴキゴキゴキ!〉という嫌な音を立てる。

 

『いっちまうぞ■■■オラッ!

 アスクヒムッ!! アクスヒムごらエ゛ーッ!!』

 

「うわー! ご……ごめっ……! ごめんなさぁ~~い!!」

 

 いつものようにアンパンチでぶっ飛ばし、うやむやにするのではなく……しっかり痛みで屈服させて「ごめんなさい」と言わせる。ちゃんと謝らせる――――

 そのやり方はともかくとして、一応は正しいヒーローの姿と言えた。

 

 やがてこの場に駆け付けてきたカバ男くん達の歓声を受けながら、カレーパンマンがリング中央(?)で右手を掲げ、堂々と勝ち名乗りを上げる。

 

 

『――――ベルト持ってこいオラッ!!

 アイアーム! カレーパンだごらエ゛ーッ!!』

 

 

 まるでグレー〇ムタの毒霧のように、ブーッとカレーを吹き出すパフォーマンス。野外特設会場(?)はいま大盛り上がりだ。

 

 ちなみに先ほどの“アスクヒム“とは、「ギブアップかどうか彼に訊いてくれ!」という意味の言葉である。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「……ふむ。少し良くないかもしれないね、今の現状は」

 

 大きなパン窯から美味しそうな匂いが漂ってくる中、ボソリとジャムおじさんが呟く。

 

「どうしたのジャムおじさん? なにかあった?」

 

「あぁ……ごめんよバタコ。すこしカレーパンマンの事を考えていてね」

 

 隣で一緒にパン作りの作業をしていたバタコさんが、不思議そうに訊ねる。ジャムおじさんは生地をこねていた手を止め、彼女の方に向かい直る。

 

「カレーパンマンがどうかした?

 今すごく調子が良いように見えるけど。子供たちにも大人気だし」

 

「うむ……そうだね。でもそれが問題なんだよバタコ」

 

「ん?」

 

 手ぬぐいで手を綺麗にしてから、テーブルにあるコーヒーをひとくち。なにやら言いあぐねているような、重い雰囲気をジャムおじさんから感じる。

 

「最近、よく親御さん達から苦情が来ててね?

 ウチの子がカレーパンマンのマネをして、良くない言葉を使うようになったって」

 

「まぁ!」

 

「それだけじゃない、あのカレーパンマンの戦い方も問題なんだ。

 アンパンマンのように華麗に戦うんじゃなく……、

 とても荒々しくて泥臭い戦い方だろう? すごく暴力的な」

 

「それを子供たちがマネするって?

 でもそんなの……カレーパンマンは一生懸命やってるのに……」

 

 アンパンチのようにピュ~っと空に飛ばすのではなく、もう泣いて謝るまでボコボコにするスタイル。確かに見る者によっては「野蛮だ」という感想を持つだろう。

 それを子供がマネし、怪我でもしたら困るというのも分からないでもないが……。

 

 しかしカレーパンマンは、みんなの為にその身を危険に晒し、必死に戦っているのだ。

 痛くても、怖くても、一歩も退かず。みんなを守る為に。

 それを私達が悪く言うなんて……感謝するのではなく、文句を付けるだなんて……。

 バタコさんの胸に今、やり切れない想いが溢れた。

 

「確かに彼の戦い方は、アンパンマンのように綺麗じゃないかもしれないわ。

 でも、それは……」

 

「うん……私も分かっているよ。

 カレーパンマンが今、すごく頑張っているって事は」

 

 ジャムおじさんは知っている。ヒールターンを果たす前の……以前の彼がどこか物憂げだった事を。

 いつも笑顔でいた。とても気の良い好漢だった。ヒーローの鏡のような子だった。……でも以前の彼は時折、何かに思い悩んでいるような節があったのだ。

 

 決して人には見せないけれど、誰にも言わなかったけれど、ジャムおじさんだけはいつも感じていた。

 カレーパンマンが今、人知れずその胸に、何かを抱えているという事を――――

 

 だがある日を境に、突然カレーパンマンの様子は一変した。

 以前のような屈託のない笑顔を見せる事が無くなり、突然どこか大人びた雰囲気を漂わせるようになったのだ。

 

 彼はとても礼儀正しい。今もジャムおじさんやバタコさんの事を心から敬っている。

 そして周りの人々に対しても凄く紳士的な対応をしている。握手を求められれば笑顔で応じ、サインを求められれば喜んで応じてくれる。

 そして誰かが困っている時は、そのマントでひとっとびに駆け付ける。その姿は正にヒーローその物だ。

 

 ……しかし、ある日ジャムおじさんが所用でカレーパンマンのもとを訪ねると、そこにはただひたすらにヒンズースクワットに励んでいる彼の姿があった。

 足元に水たまりが出来る程の汗。恐らくは5時間も6時間もぶっ通しでスクワットをしていたのだろう事が見て取れた。

 その異常なまでのトレーニング量と、鬼気迫る表情――――

 

 かつては人々から愛される、栄光のヒーローであったカレーパンマン。そんな彼を何がそう駆り立ててたのかは、分からない。

 だが彼に何かがあった事……そして何か思う所があるのは、明らかだった。

 

「けれどねバタコ? 私から見ても、今のカレーパンマンの姿は良くないと思う。

 親御さん達が子供を心配する気持ちも、分かる気がするんだ」

 

「……ん」

 

「それにね? 私はやはり、ヒーローとはアンパンマンのような者の事だと思うよ。

 困っている人を助け、お腹を空かせている人の下へと駆けつけ、

 みんなに笑顔を届ける。みんなの幸せを願う。

 ……今のカレーパンマンの姿は、それから外れているように思う。

 たとえどれだけ強くても、それだけはいけないのだよ」

 

 アンパンマンこそが、ヒーローの理想像――――

 これはこの国に住む者達の総意でもあるだろう。誰もがヒーローと言えばアンパンマンを思い浮かべ、彼の存在を求めるだろう。

 

 ジャムおじさん自身も、それに強く同意する。

 ヒーローとは、こうあらなければならないと――――アンパンマンのように。

 

「今度、一度カレーパンマンと話をしてみるよ。

 あのような姿じゃなく、もとの優しい君に戻っておくれと」

 

「……」

 

「もしくは……いちど彼に休養を取らせるのも良いかもしれないね。

 カレーパンマンはいつも休みなく働いているし、

 きっと真面目な彼は、何かを思い詰めてしまっているのかもしれない。

 だから一度、ゆっくり休んでもらうのも良いだろうね」

 

 それにあんな懲らしめ方では、ばいきんまんも可哀想だよ。

 いくら悪い事をしていると言っても、毎回あんな目に合っていたのでは、彼も委縮してしまうだろうしね。

 そう朗らかにジャムおじさんは笑う。

 

 

「彼がいない間は、またアンパンマンに頑張って貰えば良いさ。

 せっかくの機会だ。この一時的なブームと、親御さん達の心配が落ち着くまで、

 カレーパンマンにはゆっくり休んでもらおうじゃないか――――」

 

 

 

 

 アンパンマンとばいきんまんが戦い、その姿に子供たちが胸を打たれ、夢や希望を貰う。

 正義と悪、良い事と悪い事。そんな勧善懲悪という“道徳“を学ぶ。

 

 それこそがこの世界に必要とされている物であり、彼ら二人に求められている、大事な大事な役割。

 絶対に無くてはならない、彼らに課せられた使命なのだ。

 

 その点で言えば……今のカレーパンマンの存在は“異物“だ――――

 

 この間違った流行、そして間違った理想を正す為……ジャムおじさんは今、彼の退場を決める。

 

 

 

 いつまでもいつまでも、同じ所をクルクルと周る……。

 

 そんな揺り籠のように優しく、完結した世界の為に――――

 

 

 

 

 

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

「うわー! 顔がぬれて力がでない~……」

 

「わーっはっはっは! どうだアンパンマーン! 俺さまの勝ちだぁー!」

 

 ばいきんまんの水鉄砲攻撃の前に、アンパンマンがヘナヘナと地に伏してしまう。

 傍で見守っていた守るべき子供たちが悲壮な表情を浮かべ、力の限り「アンパンマン! 負けないでー!」と応援する。

 そんな美しく……そして何度も繰り返されて来た、いつもの光景――――

 

「アンパンマーン! 新しい顔だー!」

 

 そこに颯爽と駆けつけたジャムおじさんが、アンパンマン号から身体を乗り出し、新しい顔を投げる。

 それは見事に彼の所に届き、濡れてしまった元の顔を跳ね飛ばした。

 

「げんき100倍! アンパンマン!」

 

「くっ……くっそぉ~! アンパンマンめぇ~~!」

 

 太陽のように〈ピカーン!〉と輝き、アンパンマンが復活する。

 その姿に子供たちが笑顔を取り戻し、そして元気に歓声を上げる、いつもの光景。

 

(ふむ……やはりこうで無くてはいけない。こうで無くては)

 

 人知れず、ジャムおじさんがウムウムと頷く。

 

 いまバタコさんはここにおらず、これに乗っているのはジャムおじさんただ一人。なにやら塞ぎこんでしまった彼女を置いて、仕方なしに一人で駆けつけてきたのだが……。

 だが今アンパンマンの雄姿、そして子供たちの微笑ましい姿を見て、ジャムおじさんは満足気な表情を浮かべる。

 自分は決して、間違っていなかったのだと。

 

 ヒーローとは、こうでなくてはいけない――――

 みんなに夢を与える為、子供たちに道徳を学ばせる為には、やはりこうあらねばならないのだ。

 これこそが、ヒーローのあるべき姿、その物なのだと。

 

「もうゆるさないぞー! ばいきんまーん!」

 

「うるさぁーい! こうなったら力づくだぁ~! やぁ~っつけてやるぅ~!」

 

 そしてまたいつものように、やけになったばいきんまんがバイキンメカに乗り込み、アンパンマンへと襲い掛かる。

 ひょいひょいと華麗に攻撃を躱すアンパンマン。それを見て目を輝かせる子供たち。

 

「う、うわー! バイキンメカがぁ~~!」

 

 アンパンマンの頭脳プレーにより、バイキンメカが地面に倒れて壊れてしまう。

 その隙を逃さず、アンパンマンがトドメの一撃を入れに行く。

 

「アーーン! パ…………ん?」

 

「ひぃぃ~~! …………ってあれ? なんだぁ?」

 

 

 ――――――その時、突然辺りに“音楽“が響く。

 

 

「……ん? 何これ、だれの歌?」

 

「どこから聞こえてくるの? ……なんか、とても悲しそうな声……」

 

 ウー……ウーウーー……♪ ……ウーー……ウーー……ウーー……♪

 ……文字にすれば、そんな物悲しい響きの美しい歌声が、辺りに木霊する。

 

 アンパンマンも、ばいきんまんも、子供たちも……そしてジャムおじさんすらも息を止め、ただただこの歌声に耳を傾けている。

 

 

『Damn……. I would have never thought it ever would have been like this』

(ちくしょう……こんな風になるなんて、思ってもみなかった)

 

 

 これは、セリフ……? 語り……?

 寂しげな音楽に乗り、男の人の嘆きのような声が、この場に響く。そして――――――

 

 

『――――Fuck you all niggaz wanna do!!』

(お前ら、いったい何がしてぇんだよ!)

 

 

 ――――デレレデレレ! デレレデレレ! デレレデレレ! デーーン♪

 そんな物凄い超絶技巧で奏でられる、ギターの音色! 突然爆発したようになり響く重厚なヘヴィメタルの音!!

 

 いまこの蝶野〇洋選手の入場曲『CRASH』に乗って……。

 ブルーゲートよりッ! カレーパンマン選手のぉぉーー! 入ぅぅ場ぉぉーーですッッ!!

 

『――――しゃーんなろオイ■■■ごらエ゛ーーッッ!!』

 

「 !?!? 」

 

「「 ?!?!?! 」」

 

 よく聞き取れないプロレスラーみたいな野太い声を上げながら、いつの間にか設置されていた青い花道の上を駆け抜けてくるカレーパンマン! 空も飛ばずに〈ドドドド!〉と走ってくる!

 アンパンマンとばいきんまんのいる、この場(リング)に向かって!

 

「馬鹿な?! カレーパンマンには休養を言い渡したハズ……!

 温泉旅行のチケットと交通費を渡したハズだ!」

 

 驚愕に目を見開くジャムおじさん。だが実際に彼はこの場にいる! カレーパンマンがリングに乱入する!

 

『だっしゃぁぁぁぁーーーおら※※※■■■ごらエ゛ーッ!!』

 

「おわぁーー!」

 

 ロープを潜り、リングインしたカレーパンマンがばいきんまんを吹き飛ばす。ダッシュの勢いそのままのエルポーを喰らわせ、ばいきんまんをリング上から落とす。

 

『いっちゃうぞバカ野郎ごらエ゛ーッ!!』

 

「うわー!」

 

「 !?!? 」

 

 そして何故かアンパンマンに対しても攻撃を仕掛けるカレーパンマン。いま顔面にヤクザキックを喰らい、アンパンマンは〈コテーン!〉とマットに転がってしまう。

 その光景に絶句するジャムおじさん&子供たち。

 

『んへへはぁ~……! んへへはぁ~……!』

 

「わー! いたいいたいいたい! わー!」

 

「何をやっているんだカレーパンマン! やめないか!!」

 

 即座にアンパンマンに組み付き、STF(ステップオーバーホールド・ウィズ・フェイスロック)を決めるカレーパンマン。

 アンパンマンの苦しそうな声を聞き、ジャムおじさんの非難の声を上げる。

 ちなみに「んへへはぁ~……!」というのは、カレーパンマンが発しているサブミッション時の息遣いである。

 

『アスクヒムッ!! アクスヒムごらエ゛ーッ!! んへへはぁ~……!』

 

「いたいいたいいたい! わー! わー!」

 

「止めろと言っているんだカレーパンマン! アクスヒムじゃない!!」

 

 どれだけ邪魔されようが、決してSTFを解こうとしないカレーパンマン。ただひたすらギューギューとアンパンマンを締め上げ、「彼に訊いてくれ! ギブアップかどうか彼に訊いてくれ!」と英語で叫んでいる。

 レフェリーとかは別に居ないのだけれど……。

 

「ぎぶぎぶ! えっと……ぎぶあっぷだよぉカレーパンマーン!

 はなしてぇ~!」

 

『しゃーごら■■■※※※この野郎おらエ゛ーッ!!』

 

 気を利かせたカバ男くんが、そこいらで見つけてきたフライパンをゴング代わりに〈カンカンカーン!〉と打ち鳴らす。

 

 ようやく技を解いたカレーパンマンがその右腕を天高く振り上げ、「ホーッ!」と勝ち鬨を上げる。

【時間無制限一本勝負 〇カレーパンマン VS アンパンマン●】である。

 

「ど……どういう事なんだカレーパンマン!? なぜ君は……?!」

 

『やかましゃあゴラおい■■■ボケェッッ!!

 ベルト持ってこいおらエ゛ーッ!!』

 

「ぬわぁーーっ!?!?」

 

 詰め寄って来たジャムおじさんにモンゴリアンチョップをかまし、ついでにヤクザキックを決めて場外に弾き飛ばす。

 そしてなにやらクイクイとジェスチャーで、こちらに何かを要求している様子のカレーパンマン。

 プロレスファンのカバ男くんが即座に〈ピコーン!〉と閃き、そこいらで見つけたスプーンを“マイクの代わり“として、そそくさと手渡した。

 

 

『お゛いッ! お゛いッ! お゛ぅいッ……!!

 アンパンマンのファンよぉ~っ……! アンパンマンが好きな者達よぉ~っ……!!

 ――――テメェら目ぇ覚ませオラ■■■※※※ごらエ゛ーッ!!』

 

 

 この場にいる全ての観客たちに向かい、カレーパンマンが言い放つ――――

 お前たち、それで良いのかと!! こんな物で本当に良いのかとッ!!

 

『なんだごらぁオイッ! いつもいつもいつもぉ!

 アンパンチ、ばいばいきーん。アンパンチ、ばいばいきーん。 ……その繰り返しッ!!

 ――――テメェら本当にそれで満足か■■■オラッッ!!

 面白れぇのか■■■ごらエ゛ーッ!!』』

 

 もう何を言ってるのかはよく聞き取れないが、彼が言いたい事は分かる。

 なぜならそう……それはこの場の誰もが、いつも心のどこかで思っていた事だから。

 

 平和に戦い、平和に勝つ。そんなお決まりの勧善懲悪。予定調和。その繰り返し!

 ――――そんなのは、もうウンザリだッ!! 俺はもう飽き飽きだッッ!!

 

 カレーパンマンは今、そう言っているのだ!

 ……この世界で初めて……! ただ一人! 大きな声で!!

 

『お゛いッ! お゛いッ! お゛ぅいッ……!!

 ジャムおじさんよぉ~っ……! 我らが父たる、ジャムのおじさんよぉ~っ……!』

 

「……ッ!?」

 

『俺はッ! 俺はッ! 俺はぁぁ~~ッ……!!

 ――――たった今、アンタん所を抜けるッ! 正規軍から脱退するッ!!

 好きにやらせてもらうぞこの野郎■■■オラお前※※※ごらエ゛ーッ!!』

 

「~~~ッッ?!?!?!」

 

 ボコーンと(ホントはチャリーンだが)マイクを床に投げつけ、カレーパンマンのマイクパフォーマンスが終了。

 今も驚愕に目をひん剥き、ただただ口をアングリと開ける事しか出来ないジャムおじさん。

 そんな彼を余所に、いま会場のボルテージは、一気に最高潮まで達する。

 

 

『――――テメェらは俺だけ見てりゃいいんだオラッッ!!!!

 アイアーム! カレーパンだごらエ゛ーッ!!』

 

 

 ――――デレレデレレ! デレレデレレ! デレレデレレ! デーーン♪

 いま再び会場に蝶野〇洋選手の入場曲『CRASH』が鳴り響き、ブーっと毒霧よろしくカレーを噴出したカレーパンマンが、大歓声の中で花道を引き揚げていく。

 

「カレーパンマぁぁーーン!! カレーパンマぁぁーーン!!」

 

「うわあああっ! カッコ良いよぉーカレーパンマーン!! カッコいいーー!」

 

「「「 カレーパンマン!! カレーパンマン!! カレーパンマン!! 」」」

 

 両腕の筋肉を誇示するイカしたポーズをしながら、カレーパンマンが颯爽と歩く。

 この場にいる全ての観客の声援を受けながら、大歓声を受けながらカレーパンマンが去って行く。

 

「な……なんという事だ……!

 カレーパンマン……君は……! 君はどうして……?!」

 

 

 いま観客たちが目にしたのは――――新しい時代。

 

 我らがアンパンマンが成す術もなく倒され、新しい王者が誕生した。

 すなわち! 今までの“正義“という概念が破壊され、勧善懲悪という“常識“が破壊された!

 

 ただただ揺り籠のように優しく、完全な予定調和の中で紡がれる、退屈な時代の終焉ッ! 旧体制の打倒!

 ――――新しき時代が今、産声を上げたのだッッ!!

 

「こんな事は、許されない……!

 こんな……こんな正義はあってはならないッ! あってはならんのだッ……!!」

 

 

 去って行くカレーパンマンの背中を睨みつけながら、ジャムおじさんはひとり呟く。

 

 取り戻さなければならない! 正義を!

 いま一度、正しき正義を! あるべき姿を皆に示さなければならない!

 アンパンマンによる、正義をッ!!

 

 いまジャムおじさんの胸に、えも知れぬ憎悪と憤怒の炎が、燃え盛っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そして今日この日より、この国における勢力図は、劇的に変化する。

 

 アンパンマンたちの所属する、パン正規軍――――

 ばいきんまん率いる、チームバイキン――――

 そしてカレーパンマンが立ち上げた新軍団、N・B・O(ニュー・ブレッド・オーダー)――――

 

 

『やってやんぞおらエ゛ーッ!!

 リング上がれこの野郎※※■■ごらエ゛ーッ!!』

 

 

 

 いま平穏なだけの時は終わり、三つ巴の熱き戦いの時代が、やって来たのだ――――

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

35 サントハイムへ帰れ


 ドラゴンクエストⅣ、第二章「おてんば姫の冒険」二次小説。








 

 

「いっかぁーーん! 冒険の旅に出たいなど、許さぁぁーーん!」

 

 

 玉座の間に、アリーナ姫の実父たる王様の声が木霊する。

 

「お前はこのサントハイム国の姫なのだぞ!?

 だというのに、武者修行の旅に出るなどと、許さぁぁ~~ん!」

 

 ムキーとばかりに癇癪を起し、王様は杖をブンブン振り回す。いま目の前に立つ自らの娘に「断固反対!」の固い意志を告げた。

 

「そんなこと言わないでお父さま!

 わたし世界中を旅して、自分の力を試したいの!」

 

 しかしサントハイム国の姫アリーナも、負けじと王様に喰らい付く。

 手を大きく広げ、必死に自分の気持ちを伝えようと奮闘する。

 

「きっと素晴らしい旅になるわ!

 強大な敵、まだ見ぬライバル、そして心が躍るような大冒険!

 考えただけでもワクワクしてきちゃう!」

 

 胸元でギュッと手を握り、アリーナはまだ見ぬ冒険の旅に「は~ん♡」と想いを馳せる。

 彼女の足元には、沢山の荷物が入った大きな鞄がある。もう今すぐにでも出発する気まんまんだ。

 

「ならぬ! ならぬと言うておろう!

 そもそもお主、旅などに出ていったいどうするつもりじゃ!」

 

「えっ? そりゃあ冒険をするのよ。

 洞窟を探検したり、困ってる人達を助けたり、モンスターと戦ったりするのよ!」

 

「なにを言うておる! お主にそんな事が出来るワケなかろう!」

 

 さっきまでプンプン癇癪を起こしていた王様が、今は何故かオロオロと狼狽えているように見える。

 

「ひどい! なんでそんなこと言うのお父さま! わたし精一杯がんばるわ!」

 

「だから出来んと言うておろうがっ!!

 お主、自分がどれだけ身体が弱いか(・・・・・・・・・・)、知らぬワケではあるまいに!」

 

 そう大きな声で説得しながら、王は眼前にいるアリーナ姫の姿を見る。

 グルグル包帯を巻いた頭、ギブスの付いた腕、顔色の悪い表情。オマケに今アリーナは、カラカラと点滴のヤツを引きながら必死に声を上げているのだ。「旅に出たい」と。

 

「なんでじゃ! なんで旅になど出ようと言うのじゃ!? その虚弱体質でっ!!

 お主、昨日も中庭でブッ倒れておったではないか!

 たった3分間外を歩いただけで! 貧血で!」

 

 そう、我らがサントハイム王国のお姫様は、もうビックリするくらいの虚弱体質であった。

 階段を昇るだけでゼーハー息切れし、3日に一度は貧血で倒れる。フォークとナイフより重たい物を持った事も無い。

 かけっこをすれば、鬼を捕まえるまでに倒れてしまうし、かくれんぼをすれば、鬼に見つかる前に貧血で倒れている。

 そんなとても"身体の弱い"お姫様なのであった。

 

「違うのよお父さま! あれはちょっと帽子を被るのを忘れてただけなの!

 ちゃんと帽子を被ってゆっくりと歩けば、いつも5分くらいは大丈夫なの!」

 

「5分では無理じゃ! 5分でいったい何が出来ると言うんじゃ!

 世界はとんでもなく広いんじゃぞ?!」

 

「世界を見てみたいの! もうこんなお城の中で過ごすのはイヤ!

 まだ見ぬ強敵達と、拳で語り合いたいの!」

 

「無理じゃと言うておろうが! そこらの子犬とでも遊んでおけ! 産まれたての!

 この間もお主、トレーニングだと言うてクッションを殴り、

 それ一発で骨折したではないか!」

 

 アリーナの右腕のギブスは、先日そういう経緯があって装着された。診察したクリフトによれば、もう絵にかいたような複雑骨折であったという。

 

「大丈夫! 確かにわたしの骨はすぐ折れちゃうけど、

 一度折れた個所は前より強くなるって言うでしょう?

 だからこうしてバンバン骨折していけば、

 いつかは全身の骨がダイヤモンドみたいになるハズよ!」

 

「どんな計画じゃソレ! ワシそんなダイヤモンドプリンセス見た事ないわ!

 大人しく城の中におれ!」

 

「イヤよ! アリーナは旅に出ます!

 前にお父様も『強い意志さえあればどんな事でも成せる』って言ってたじゃない!

 お父様のうそつき!」

 

「限度がある! 限度があるんじゃよ!

 いくら鋼のような意志があろうと、その割り箸みたいな身体では無理なんじゃ!

 お願いじゃからサントハイムで暮らそう! この父と共に!!」

 

 もう泣きそうになりながら懇願し、なんとかアリーナを諫めようとする王様。それでもアリーナ姫の意志は固く、決して首を縦には振ってくれない。何その意志の固さ。

 

「これブライ! ブライ! ちょっとこっちに来んか!」

 

「ははっ……! こちらにっ!」

 

「お主、いったいアリーナにどういう教育をしとるんじゃ!

 なんでワシの娘、こんな風になってしもうとるんじゃ!」

 

「も、申し訳ございませぬぅ~! 王よ~っ!」

 

 魔法使い兼、姫の教育係であるブライは、王様の前で「はは~っ!」と頭を垂れる。

 

「無理じゃろう! 無理に決まっとろうが!!

 なんでワシの娘、武者修行なんぞに想いを馳せとるんじゃ!」

 

「申し訳ございませぬ王よ! わたくしも言っては聴かせておるのですが……、

 姫はどうしてもと言って、聞く耳を持ってくれず……」

 

「そこをなんとかするのがお主の役目じゃろうが!

 サントハイムの賢者と名高き、お主ともあろう者が! 一体どうなっとるんじゃ!」

 

「しかし……! しかしながらわたくしっ!

 もうアリーナ姫が可愛いて可愛いて! 仕方ないので御座いますっ!

 お身体が弱いにも関わらず、こんなにも素直で真っ直ぐな子にお育ちになって……!

 わたくしはもう、嬉しゅうてかなわんのですっ……!」

 

「ありがとう! ありがとうブライ! 娘を愛してくれてっ!!

 こんなにも愛の深い従者に恵まれ、余は幸せ者じゃ!!

 ……でももうちょっと何とかならんかったのか?! もうちょっとだけでも!」

 

「いつも目をキラキラさせながら語るアリーナ様の夢を……、

 このブライ、なぜに奪えましょうや?!

 もういっその事、このまま褒めて伸ばす方針に御座いますれば!

 なにとぞ! なにとぞ!」

 

「アカン! 伸ばしたらアカンのじゃブライ!

 そのせいでもう、ワシの娘がえらい事になってしもうとるんじゃ!

 旅立とうとしとるじゃろうが! こんなポッキーみたいな身体で!」

 

「愛ゆえに! 愛すればこそに御座いまする!

 あぁアリーナ姫よ、健やかにあれ!!

 願わくばこの生い先短い命……すべてアリーナ姫に捧げたく思うものを!」

 

「そういうの止めんか! 重い! 重いんじゃ!

 お主はお主で長生きせんか! みんな頼りにしとるんじゃいつも!」

 

「――――お父さま! ブライを叱らないで!

 ブライはわたしにとても良くしてくれているわ!」

 

「二対一は卑怯じゃろうが! お父さん立つ瀬がないじゃろうが!

 ……わかった! もうブライは叱らん! 怒ったりはせん!

 じゃからサントハイムで暮らそうマイガール! お願いじゃからっ!!」

 

 もう「オーマイガッ!」とばかりに頭を抱えるサントハイム王。その悲痛な顔が彼の心労を物語っている。血管も切れそうだ。

 

「おいクリフト! お主もどうなっとるんじゃ!

 お主からも何とか言うてやらんか!」

 

「――――はっ。御意」

 

 王様の呼びかけに、ヌボォ~っとこの場に現れるクリフト。彼はこの国の神官であり、アリーナ姫とは兄弟のようにして過ごして来た幼馴染でもある。

 

「関係ないけど、お主も一体どうなっとるんじゃ!

 前はそんな姿と違うかったであろうが!」

 

「――――はっ。申し訳御座らん、王よ」

 

「なんでそんな筋骨隆々(・・・・)なんじゃ! ラオウみたいになっとるんじゃ!

 なにがお主をそうさせたんじゃ!」

 

 上半身裸に、例の長い帽子を被った姿。そしてその丸太のようにぶっとい右腕には、余所の国から取り寄せたモーニングスターという凶悪な武器が握られている。

 堀の深い顔。鋭い眼光。2メートルはあろうかという巨体。鋼のように隆起した筋肉。

 それが現在のクリフトの姿である。

 

「なんじゃその筋肉! なんじゃその眼光! 堀の深さ!

 お主のその『北斗神拳を継承しました』みたいな肉体、いったい何なんじゃ!」

 

「――――お褒めに預かり、恐悦至極」

 

「褒めとらん! 褒めとらんのじゃクリフトッ!

 ……怖いんじゃ! 城の者達もみんな怖がっとるんじゃ!

 なんでそんな風になってしもうたんじゃ! あのヒョロかったお主がっ!!」

 

「……恐れながら、王よ。

 クリフトめは先日まで、『姫をお守りする為の肉体を手に入れる』と言うて、

 有休をとり武者修行の旅に出ておったので御座いますじゃ」

 

「それで!? それでこの筋肉を!? ……この短期間で?!

 お主もどんだけアリーナを愛してくれとるんじゃ! ありがとうクリフト!

 ……でもそんな風にならんでもええじゃろうに!! もう別人ではないか!!」

 

「――――殺したい。生物を捻り殺したい」

 

「どうしたんじゃクリフトッ!? どうしたんじゃいきなり!?

 お主……修行のし過ぎで、もう精神おかしくなっとるじゃないか!!」

 

「――――トロルの腕を引き千切りたい。ドラゴンの首をへし折りたい」

 

「そんな事したらいかんッ! 神官がそんな事したらいかんッ!!

 やめんか!!」

 

「――――お言葉ですが、王。

 神の愛は我ら人間にのみ向けられており申す。獣畜生はその限りに御座らぬ」

 

「 戻ってこい!! 戻ってこいクリフトッ!! あの優しかったお前にッッ!!!! 」

 

「わぁ~すごい筋肉ねクリフト! 丸太のような腕だわ!

 ちょっとぶら下がってみても良いかしら? そーれブラ~ン♪

 …………あっ、肩が脱臼しちゃった……」

 

「 お主も何をしとるんじゃアリーナッッ!!

  衛生兵ッ! 衛生兵をここへッ!! アリーナがまた負傷しおったぞぉぉーー!! 」

 

 

 

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 その後、サントハイムの姫アリーナは、無事城からの脱出に成功する。

 

 

「よ~しクリフト! この壁を蹴り破ってちょうだい!」

 

「御意――――墳ッッ!!!!」ドッゴォォォォン

 

 城を抜け出し、5回くらいスライムやいたずらネズミに殺されたりしながらも、なんとかアリーナは隣町までたどり着き、姫様一行の冒険の旅は幕を開ける。

 

 

「ザオリク、ザオリク、ベホマ。スクルト、ザラキ」

 

「マヒャド、マヒャド、マヒャド、マヒャド……」

 

「すごいわクリフト! ブライ! もうそんな大魔法を!」

 

 

 従者二人の献身的な活躍もあり、一行は順調に旅を進めていく。

 

 

「見て見て! 出来たわ! 腕立て伏せが出来たの!」

 

「なんと! ついに姫様も、腕立て伏せを一回出来るようになられましたかっ!

 このブライ……感服致しましたじゃ!」

 

 

 旅の中、アリーナは次第にレベルを上げていき、どんどんその身体を健康へと近づけていく。

 

 

『武道会一回戦の相手は、ハン選手です!

 さぁアリーナ選手、見事勝利する事が出来るのかぁ~?!』

 

「――――ふっ!」(吹き矢)

 

『おお~~っと! どうした事かハン選手! 突然倒れ伏してしまったぁ~~!

 アリーナ選手、一回戦突破ですッ!!』

 

 

 エンドールにおいての武道会でも、アリーナは破竹の勢いで勝ち進んでいく。

 

 

「さて……次は俺の出番か。アリーナとか言う小娘が勝ち進んだらしいが」

 

「――――失礼、貴公がピサロ殿に相違無いな?」

 

「ぬっ!? ……なんだ貴様ッ! その山のように隆起した筋肉はッ!!」

 

「――――御免ッ」(首の後ろをトスッ)

 

「う゛っ……! …………がっくり……」

 

 

 何故か決勝の相手であるピサロ選手が、控室から突然姿を消すというハプニングもあったが、見事アリーナ姫は武道会を最後まで勝ち抜き、優勝の栄冠を手にしたのだった。

 

 

 

「さ! 伝説の勇者様ってどこにいるのかしら? 早く会いたいわ!」

 

「そうですなぁ姫。どんな御仁か楽しみですじゃ」

 

「――――同意」

 

「ん~。出来れば強い人が良いわね! わたしより強い人だったら素敵だわ!

 会うのが楽しみね!」

 

 

 

 ギブスに包んだ腕を元気に振り、点滴のヤツをカラカラ引きながら歩くアリーナ。

 

 おてんば姫の冒険は、まだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サントハイムへ、帰れ。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

36 しょーもないエインフェリアばっかり神界に送ってくるレナス。


 プレイステーション用ゲーム“ヴァルキリープロファイル“二次小説。







 

 

「レナス、ちょっとそこに座りなさい――――」

 

 女神フレイは、自らの大切な友であり、そして現在は部下的なポジションにいるレナスという女の子を、地べたに正座させる。

 ここはフレイがレナスと話をする為に降り立った、何も無い地上の原っぱだ。

 

「あのね? 貴方も分かってるわよね?

 いま神界は最終戦争(ラグナロク)を間近に控えている、大変な時期なの」

 

 このレナスという美しい銀色の髪の娘は、戦乙女ヴァルキリーを生業とする女神である。

 死者の魂と共感する能力を持ち、地上で命を落とした勇敢なエインフェリア(英霊)の魂を、バルハラと呼ばれる神の国へといざなう役目を持っている。

 いま間近に迫っているラグナロクに備え、沢山の戦士たちを集めてバルハラへと送る事。それが彼女の仕事なのである。

 

「沢山の戦力がいるの。そうでなくてはラグナロクに勝てないし、

 オーディン様をお守りする事も出来ないわ。

 なのに――――なぜ貴方は変なエインフェリア(・・・・・・・・・)ばかり転送してくるの」

 

 まるで女教師のように、不真面目な生徒を叱るようにフレイは問いかける。

 いま地べたに正座し、〈プクゥ~!〉っとほっぺを膨らませるレナスに向け、くどくどと言って聞かせる。

 

「強くて勇敢なエインフェリアを送ってきて……私はそうお願いをした。

 なのに何故貴方は、腐ったナッパを食べて死んじゃったオジサン(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)とかを送ってくるの」

 

 今回レナスが神界へと転送してきたのは、「これまだ食えるんじゃね?」とか言って、冷蔵庫の隅っこにあった“明らかに変な色をしている腐ったナッパ“をブレイブにも食べ、それが原因でお腹をこわして死んじゃったオジサンだ。

「いたーい。ぽんぽんいたーい。タスケテー」……それが彼の生前、最後の言葉であった。

 

「……戦力にならないでしょう? オジサン送ってきても。

 たしかに“勇敢な“とは言ったけどね? でもそういう勇敢さはいらないの。

 腐った食べ物にチャレンジしちゃう事を、ブレイブとは言わないのよ」

 

 レナスは今「つーん」とばかりにほっぺを膨らませ、不貞腐れたように目を逸らしている。

 どうやら自分が見込んだエインフェリアを馬鹿にされた事が、お気に召さないようだ。

 

「そもそもあのオジサン、農家の人だったわよ?

 戦士の魂、英霊とは言わないのよアレは。

 いやまぁ、農業だって大切な仕事よ? 立派だとは思うけどね?

 やけに働き者だったし……あのオジサン」

 

 いま神界に求められているのは、純粋な戦力である。

 まぁ農業の技術とかもいらない事は無いが、今はそんな場合では無いのだと言いたい。

 どれだけ働き者だったとしても、それでラグナロクには勝てないのだ。お野菜を作っても。

 

「ちゃんとした人を送って欲しいの。戦える人がいるのよ。

 この前私が“戦士を送って頂戴“とお願いした時……、

 貴方自分が送ってきたエインフェリアのこと憶えてる?

 ……どうしてあんなのを送ってきたのよ」

 

 レナスは目線を合わせようともせず、ただただ正座の姿勢でそっぽを向く。

 

「何? 人間ポンプっていうの? 金魚をゴクッと呑み込み、

 その後で『いよっ!』とか言ってお腹を叩き、見事吐き出してみせる。

 ちゃんと金魚が生きたまま戻ってくれば成功。そういう大道芸よね?

 ……なぜそれが特技の人を送ってきたのよ……」

 

 女神フレイは、ため息を吐く。もう心から「貴方が分からない」といった表情で。

 

「すごいわよ? 確かに立派な芸だと思うわよ?

 私も見せてもらったけど、思わず拍手をしてしまったもの。

 …………でも違うでしょレナス?

 人間ポンプの人は戦力にはならないの。敵は倒せないのよ」

 

 もう懇切丁寧に説明するけれど、レナスがそれに納得する様子は無い。

 

(ぷっくぅ~!)

 

「なんで不機嫌なの。なんでへそを曲げてるのよレナス。

 別に貶してるワケじゃないのよ? 馬鹿にはしてないの。

 人間として、芸人さんとしては、私もあのエインフェリアは素晴らしい人だって、

 そう思うのよ? ……でも違うでしょって話をね?」

 

 レナスは綺麗だし、その膨れている顔は大変愛らしくはあるのだが……もうフレイはため息しか出てこない。

 

「戦士じゃないのよ。貴方がこのまえ送ってきた、

 “おしりにたいまつを近づけて、おならで火炎放射するのがメイン攻撃のおじさん“とかも、戦士とは言わないのよ」

 

(ぷっくぅ~!)

 

「だから何で拗ねるの。貶してるんじゃないって言ってるでしょう?

 おならで火炎放射するのも立派な芸……とは個人的には思えないけど。

 でもそうやって生計を立ててるのなら、それも素晴らしい事だと思うわ?

 ……でも戦士じゃないでしょう? 今いらないでしょう?」

 

 こっち向けレナス。こっちを向いて頂戴。

 そうフレイが語り掛けるも、レナスは「ぷいっ!」と知らん顔だ。

 

「大道芸の人はいらないの。そういうのが欲しいときは、私ちゃんと言うから。

 ……なんかあのオジサン、おならで火炎放射するワリに『ここが貴様の墓場だ!』とか『我が信念(こころ)、決して折れはせぬ!』とか、やたらとセリフがカッコいいのよ……。

 何でセリフだけイケメンなの? おならの炎よソレ?」

 

「がるる……! がるるるっ……!」

 

「なんで怒るの。なんで犬みたいに牙をむき出しにするの。

 ……ちょっとかわいいけども」

 

 もうレナスは「それ以上言うのなら、容赦しないぞ」とばかりにガルルと唸っている。もう頭痛がしてくる心地のフレイだ。

 

「私はね? ちゃんとした人を送ってきてって、そう言ってるだけなの。

 レナスと喧嘩をしたいんじゃなくて、貶してるんじゃなくて、

 ラグナロクに勝てるように、強い戦士が欲しいっていうだけなの。

 分かってくれる?」

 

「…………」

 

「レナス、こっちを向いて? 顔を見せて?

 そんなプクプクしてたら、せっかくの可愛い顔が台無しでしょ? 機嫌をなおして?

 あと出来れば、何かしゃべって頂戴」

 

「…………」

 

 反抗期、反抗期かこれは。

 戦乙女は今、大人へと反逆する時期なのか。子供か。

 

「とりあえず、ちょっと思うのだけどね?

 いちど私、貴方がエインフェリアを選ぶ所を見てみようと思うのよ。

 別に指導っていうワケじゃないけれど、

 貴方が普段どんな風にエインフェリアを集めているのか、

 それをちょっと見せて貰えるかしら?」

 

「…………」

 

「いや……あの、別に貴方の力を疑ってるワケじゃないのよ?

 貴方はとても凄い女神で、あの有名な戦乙女ヴァルキリーだもの。本職だしね。

 ……でも私もオーディン様に仕える者として、

 今度のラグナロクの為に力を尽くさなければならないの。

 だから一度だけ、貴方の仕事ぶりを隣で見せて貰いたいの!

 お願いレナス! お願いっ! ねっ?」

 

「…………」

 

 なんかもう、いかにも「えー」って感じで嫌そうな顔をするレナス。隠そうともしない。

 そこを一生懸命に宥めながら、フレイが頼み込む。

 

(コクコク)

 

「あらっ! いいの? ありがとうレナス! 我が心の友!

 それじゃあ早速いきましょうか♪ レナス、能力を発動して貰える?」

 

 渋々ながら嫌そうに頷いた後……戦乙女ヴァルキリーはその力を発動させる。

 

「おお……これがレナスの力……。

 久しぶりに見たけれど、まさに神というべき壮言さ! 美しい姿だわ……!」

 

 レナスがふわりと宙に浮かび、静かに瞳を閉じて意識を集中させる。

 この周辺にある、“死の空気“――――

 もうすぐ死を迎える者……その魂の鼓動を感じ取り、想いに共感する――――

 

 戦乙女ヴァルキリーが持つ、戦場で果てた英霊をバルハラへといざなう為の能力だ。

 

(あら、私の頭の中にも、レナスが今見ている映像が流れ込んでくるわ……。

 これが戦乙女である彼女が選び出し、今から迎えようとしている英霊の、想い……)

 

 

 フレイもレナスと共に、静かに瞳を閉じる。

 そしていま頭の中に浮かんでくる映像に、身を任せていった――――

 

 

 

 

 

……………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

『――――へぇ~。これがスタンガン? なんかちゃっちぃわねぇ~』

 

 

 ……これは、レナスの能力が感じ取った、英霊の“死に様“。

 彼女にはもうすぐ死を迎えようとしている人間、その死に様を映像として見る事が出来る力がある。

 

 今レナスとフレイの頭の中に、なにやら先ほど届いたらしき荷物を開封し、それを訝し気な顔で見ているブスな女(・・・・)の姿が映し出された。

 

『最近チカンが多いっていうし、護身用に買ってはみたけどぉ~。

 でもコレただの電気なんでしょ? 本当に効くのぉ~?』

 

 そうしてそのブスは、自分の身体にスタンガンを押し当てた(・・・・・・・・・・・)

 

 

『――――う゛や゛な゛ま゛に゛や゛た゛ま゛ま゛ま゛ま゛ま゛!!!!!!』ビリビリビリ~

 

 

 

 

 

 ブスは死んだ。自分にスタンガンを使って――――

 

 電撃によってショック死をし、ブスは自らその生を終えた。

 

 

 

……………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一緒に、生きましょう――――――』

 

「ちょっと待ちなさいレナス」

 

 

 

 どうなってるの。貴方のエインフェリア選定の基準、いったいどうなってるの。

 

 女神フレイによる、嵐のようなお説教が始まった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

37 ザナルカンドにて。


 PS2用ゲーム“ファイナルファンタジーⅩ”二次創作。






 

 

「最後かもしれないだろ? だから全部、話しておきたいんだ――――」

 

 優しくユウナの肩に手を置いてから、ティーダは皆の方に向き直った。

 

 

 

 ここはスピラの最北端、ザナルカンド遺跡。

 今その片隅で焚火の火にあたり、仲間たちは暫しの休息をとっている。

 この場の誰もがこの後の事……自分たちに課せられた避けられぬ運命を思い、言葉なく項垂れている

 

 ……そんな中、ティーダが静かな声で皆に語り掛ける。

 自分の境遇、これまでの事。そして皆と旅をしてきて感じた全ての事を……ぽつぽつと語り始めた。

 

「いろんな事あったよなって。

 ……みんなと会ってから、まだそんな経ってないのに……、

 でももう何年も一緒にいたような気がする」

 

 焚火にあたり、時折ゆっくりと頷きを返しながら、皆はティーダの声に耳を傾ける。

 優しい時間。仲間との最後の時――――それをこの場の全員が共感している。

 

「あ、そういやさ? こんな事もあったよ」

 

 今までのしみじみとした声色から、突然なにやらキョトンとした感じの声に代わる。

 

「なんかこの前の夜中、ユウナがひとりでパラパラ踊っててさ(・・・・・・・・・)。俺ビックリしちゃって」

 

「いやぁぁぁあああーーーーッッ!!」

 

 ユウナが慌てて彼にしがみつき、もうグアングアン肩を揺らす。

 

「なんで見てるの!? なんで言っちゃうの!? バカバカ! もうバカ!」

 

「えっ、言っちゃダメだったのかコレ?

 いつもユウナってみんなが寝静まった後、コソコソどっかに行くだろ?

 だから俺なにしてんのかな~って思って、付いてってさ。

 そしたらユウナがなんか、キレッキレの踊りを……」

 

「わあぁぁぁーー!! わあぁぁぁーーーーッ!!」

 

 口を押えて黙らせようとするも、ティーダはキョトンとしつつ喋るのを止めない。のほほんと言葉を続けていく。

 

「それが終わったらユウナ、いきなり“トカゲのおっさんの踊り”を始めてさ?

 これもまたキレッキレで。ユウナもこういうトコあんだな~って思って」

 

「シャラップ! シャラップだよ君!

 私そんな事してない! してないよみんな!」

 

 そう必死に訴えるも、皆は生暖かい目でユウナを見ている。

 あ~この子もストレス溜まってたんだな~。そりゃそうだよな~みたいな目で。

 

「あとなんか『栄養はええよう! 栄養はええよう! ふふふ♪』とか言って、ひとりで楽しそうに笑ってたんだよ。

 あれってどういう事だったんだユウナ? そんなに面白いのか?」

 

「わあぁぁぁーーーーーーーッ!!!!」

 

 もう頭を抱え、思いっきりのけぞるユウナ。

 

「……えっ、なに? 栄養は……ええよう?

 どういう意味なのユウナ?」

 

「それ面白ぇのか? ちょっと俺にはわかんねぇけども……。

 アーロンさんどう思います?」

 

「いや……俺にも分からんな。

 ユウナ、説明してくれるか」

 

「 真面目に考えないで! 議論しないで! ただのダジャレだよ?! 」

 

 首を「う~ん」と捻りながら言葉の意味を考える一同。

 ユウナの言う事だし、きっと意味のある言葉に違いない。でもどういう事なんだろう?

 そんな風に真剣に悩んでいる。

 

「ユウナぁってそういうトコあるよ? よくワケわかんない事してるもん。

 この前もユウナぁ、なんか自分で自分の足に“アキレス腱固め”かけてさ?

 それで『ああ痛い! これすごく痛いよキマリ! ふふふ♪』って、

 嬉しそうに報告するの。すんごく楽しそうにしてるの」

 

「リュック?!?!」

 

 ここで話を聞いていたリュックも会話に参加。以前見たユウナの奇行を不思議そうな顔で報告する。

 

「ねぇユウナぁ、あれって何が面白いのぉ?

 自分に関節技極めて、痛いだけじゃないの?」

 

「そんな真面目に訊かれても困るよっ!

 遊び! ただ遊んでたの! それだけだもんっ!」

 

「あ、そういや俺も見たんだけどよ?

 なんかユウナ『ペットボトルで頭を叩くと、良い音がするよね』

 とか言って、自分の頭をポコポコやり始めたんだよ。オーイエーとか言って。

 それひたすらやり続けてる内に、日付が変わってよ(・・・・・・・・)

 そんで『あ、もうオバケ出る時間だ! 寝よ寝よ♪』って言って、

 イソイソと寝床に帰ってった」

 

「 ワッカァァァーーーーーッ!!!! 」

 

 リュックに飛びつき、ワッカに飛びつき、ユウナは忙しい事この上ない。

 

「ユウナ……ごめんね。寂しかったのよね……。

 そんな変な事して、一人で遊ぶしか無かったのよね……。

 召喚士の修行ばかりで、ろくに友達もいないんでしょうね……」

 

「いるよ?! 私いっぱい友達いるよ?!

 ルール―も知ってるでしょう?! なんでそんな目で私を見るの?!」

 

「そういえば貴方『“フォルクスワーゲン”って言うと、口の中が幸せになるよね』とか言って、もう一日中フォルクスワーゲン、フォルクスワーゲン言ってた事あるわね。

 ……寂しかったのねユウナ。ごめんね……」

 

「憐れまないでよルール―! 私みんなと一緒にいられて幸せだったよ?!

 だから胸を張って大召喚士になるよ?! スピラを救うよ?!」

 

 なんかもう可哀想な子を見る目でユウナを見る仲間たち。真面目なこの子はいつも頑張っているけど、だからこそこんな風になっちゃったんだろうなぁ~としみじみ。

 心からの憐れみを向ける。

 

「えっ、でもキマリが居たんだろ?

 ユウナ小さい頃から、ずっとキマリと一緒だったって言ってたじゃんか」

 

「そう。キマリ、ユウナと一緒だっタ。

 いつも一緒に遊んダ」

 

「ほらっ! 私にだって友達いるもん!

 キマリと私なかよしだもん! ひとりじゃないもん!」

 

 両手を大きく広げ「どうだ!」とばかりに皆を見るユウナ。まるで鬼の首を取ったかのように、自分の正しさを訴える。私はボッチではないと。

 

「この前もユウナ、川辺に行った時、キマリを使って“鵜飼い”の練習してタ。

 キマリに魚とらせタ」

 

「――――なにしてんだよユウナ!! 可哀想だろ!!」

 

 キマリの首に縄をかけ、そしておもいっきり川に突き落として「魚とってきて♪」とお願いしたのだそうだ。

 水は冷たいし、濁ってドロドロだったが、キマリは「きゃっきゃ♪」とはしゃぐユウナの手前、文句が言えなかったのだそうだ。

 

「ちなみにこの前みんなで食ったサカナ、全部キマリが獲ったヤツ」

 

「そうだったのキマリ?! あれ結構な量があったわよ?!

 全部ユウナに獲らされたの?!」

 

 さっきまでとは違い、なにやら居心地が悪そうに顔を背けているユウナ。彼女の様子をみる限り、これは本当の事のようだ。

 

「だ……だってね? おさかな美味しいよね……?

 いっぱい食べられたら、みんな嬉しいよね……?」

 

「だからと言って、キマリに獲らせようとは思わん。

 仲間を川に突き落としてまで食いたいとは思わん」

 

「風邪ひいたらどうすんだよ。

 大事にしてやれよユウナ。家族だろ」

 

 年長者の威厳を持ってアーロンに怒られ、しゅんとした顔のユウナ。是非とも彼女には猛省して頂きたく思う。鵜飼いごっこが楽しかったのだろうけども。

 

「う……うん。これからしないようにするね?

 キマリもごめんね?」

 

「いい。キマリ気にしてなイ」

 

 ユウナはキマリに頭を下げ、ごめんなさいをする。

 気の良い彼は怒る事をしないし、それこそユウナの為とあらばもう何でもしてしまう位のすごく良いヤツなのだ。大事にしてあげて欲しいと思う。

 

「でもキマリ、ちょっとユウナに言いたい事あル」

 

「えっ。キマリ……?」

 

 だがここで突然、キマリが真剣な目でユウナの方を向く。

 彼の性格からして、守るべき大切な存在であるユウナに意見するなど、非常に珍しい事だ。これはただ事ではない。

 皆は少しビックリした顔でキマリの方を見る。

 

「この前ユウナ、『ルール―のおっぱいの中って、何が入ってるんだろうね……』

 とキマリに言っタ。

 そして『私ね? あれ多分、食塩水だと思うんだ……』と言った。

 あれ良くないと思ウ」

 

「 キマリィィィーーーー!!!! 」

 

 急いでキマリの口をふさぐも、もう後の祭りだ。

 いまルール―の身体から、えも知れぬ紫色のオーラのような物が噴出している。

 

「ユウナ、おっぱいのこと言うの良くナイ。ルールー怒ル」

 

「ゆったらダメ! ゆったらダメだよキマリ!

 どうするのこれから最終決戦なのに! こんな雰囲気で行けないよっ!」

 

 ユウナはもがもがと喋るキマリをなんとか押さえつけようと奮闘している。それを非常に冷めた目で見つめる一同。視線が痛い。

 

「あ! そういえばユウナぁこの前、

『ワッカの服って、乳首が見えそうで見えない所が良いよね……』ってワケの分かんない事言っててさ? あたし困っちゃったよ」

 

「ちょ……! リュック!!

 今ちょっとしゃべらないで! キマリで忙しいの!」

 

「その後ユウナ、

 なんかやたらと『君はあの服着ないの?』って俺に勧めてきてさ?

 断ったらすんごい残念そうな顔するんだよ」

 

「ちょ! 君ッ! 私になんの恨みがあるのっ!!

 亀裂ッ! 亀裂が走っちゃうよパーティに! これから大一番なんだよ‽!」

 

 ユウナはこの後、ユウナレスカ様のところに行って究極召喚の術を授けてもらわなければならない。そして命を賭して世界を救わなければならないのだ。

 こんな状況で、それが叶うのだろうか。

 

「この前アーロンさんがタバコ吸ってるのをじ~っと見ながら、

『タバコ鼻に突っ込んだら、鼻毛ぜんぶ剃れるよね……』とかとんでもねぇ事言ってたしな。

 つかユウナ疲れてんのか? お前大丈夫か?」

 

「疲れてないよワッカ! 私だいじょうぶだよっ! だから黙って!!

 ちゃんと究極召喚おぼえて世界を救うよっ! そんな目で見ないで!」

 

「――――あっ。これ言ったら拙いかな~って思って、

 俺ずっと黙ってたんだけどさ?」

 

「ッ!?!?」

 

 その時、なにやらすごく言いにくそうにしながら、ティーダがその口を開く。

 

 

「この前ユウナ、『もしもの話だよ?』って何度も前置きしてからさ?

『もし飲み水が無くなって、どうしようもない状況になったらね? 私リュックのおしっこだったら、飲めると思うんだ(・・・・・・・・)……』って言ってて」

 

「 うわあああああぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーッッ!!!! 」

 

 

 ザナルカンド遺跡に、大召喚士の娘の叫びが響き渡った。

 

「で俺、そんなワケないじゃんって言ったんだけどさ?

 でもユウナ、『だってリュックのだよ?! リュックのなんだよ?!』

 って妙に喰らいついてきて……」

 

「えっ、ユウナぁ……?」(ドン引き)

 

「 うわああああああぁぁぁーーーーーーッ!!

  うわああああああああああぁぁぁぁーーーーーーッ!!!! 」

 

 大召喚士の娘、地に落ちたり――――

 ユウナは発狂したように天を仰ぎ、ただただ叫び続ける。

 

 

「おっ、そろそろ日も落ちてきたな。んじゃあ出発すっか」

 

「そうねワッカ、じゃあユウナレスカ様の所へ向かいましょう」

 

「了解っス! そんじゃあ行こうぜキマリ! リュック!」

 

「あ、待ってよぉみんなぁ~! あたし荷物多いんだってばぁ~!

 いっぱい機械とかがさぁ~!」

 

「キマリ半分持ツ。一緒に行ク」

 

「――――では行くか。さてさて、どんな事になるのやら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひと時の休息を終え、皆が焚火を後にしてスタスタ歩いて行く。

 目指すはザナルカンドの最北部。ユウナレスカの待つ遺跡を目指して。

 

「…………」

 

 そんな中、一人その場で立ちすくんでいる影が一つ。

 ユウナは愛用の杖をギュっと胸元で握り、だんだん遠ざかっていく仲間たちの姿を見つめる。

 

 

「私、シンを倒します――――必ず倒します。

 ……倒せる、よね……?」

 

 

 

 そしてユウナは元気を振り絞るべく、「フォルクスワーゲン! フォルクスワーゲン!」言いながら、後を追いかけて行った。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

38 ブラック鎮守府の新提督。 最終話

 

 

 ――――くそったれが。

 

 私は呟く。眼前の絶望的な光景を前に。

 

 吹雪も、加賀も、愛宕も居ない。もう皆とっくの昔に大破し、後方に下げられている。

 いまこの場にいるのは私ひとり。満身創痍でようやっと海面に立つ私ひとりなのだ。

 

「思えば……苦労ばかりの人生だったな」

 

 艦娘としての二度目の生を“人生”などと呼んでも良い物かは分からない。しかし私にとって掛け替えのない、ただ愛すべき人たちを守りたいと願って生まれ落ちた此度の生は、あまりにも辛く。情け容赦が無かった。

 

 私はただ、大好きな人たちを守りたかった。

 私が過去に“戦艦長門”として共に戦った戦友たちの子孫を、そして共に戦場に立つ仲間たちを守りたい。私の願いなど、ただそれだけであったハズなのに――――

 

「ままならない物だな。これは何かの“罰”なのか?

 我々艦娘は、何かこれほどの仕打ちを受けなければならない程の事を、

 してしまったのだろうか?」

 

 守れなかった――――勝つことが出来なかった。それは確かにそうだろう。

 しかし我々は過去の大戦で、力の限り命を賭して戦い抜いたではないか。精一杯やってきたではないか。

 

 私が、吹雪が、加賀が、愛宕が。いったい何をしたというのだ。

 こんなにも世界に、そして“人間たち”に疎まれるような事を、したと言うのか。こんなにも恨まれなくてはならないと言うのか。

 

 その答えは、どれだけ考えようとも出ない。誰も私に教えてくれはしない。

 

「最後、か……。

 あぁ、これが私の“死”なのだな」

 

 いま私の眼前には、深海棲艦の大本とされる通称“母”と呼ばれる個体の姿がある。

 その視界一杯に広がる山のように巨大な身体を前に、私の身体はただ無力に立ちすくむばかり。

 もう何の抵抗の術も無い。生き残る目すら……無い。

 

 ちなみに形ばかりの存在であったが、私たちの“提督であった者”は、我が身惜しさにとっくに鎮守府から逃亡したらしい。この戦いが始まる前に、無線でそう伝えられた。

 

 支援も無く、仲間も無く、孤立無援――――

 これが私の二度目の生の、最後。……つまらない終わりだ。

 

「なぜ、このような事に……なぜ……?」

 

 

 そう問うてみるも、答える者は無し。私の呟きは、静寂の中に吸い込まれていく。

 

 ふと、私の脳裏に今までの記憶が浮かぶ。

 これまでの鎮守府での記憶、

 そして私たちが受けてきた仕打ちの記憶が、止めどなく浮かんできた――――

 

 

 

………………………………

………………………………………………………………

 

 

 

 あれは何と言ったか……そう“サブカルくそ女提督”か。

 実写版デビルマン提督、そしてマ〇ク赤坂提督の後に着任してきた女性だったように思う。

 

 彼女は鎮守府に着任して以来、もうロクに提督としての執務もせず、ひたすら部屋で映画を見たり音楽を聴いたり。

 たまの休みともなれば嬉々として外へ出かけ、ロッククライミングをしにいったりお気に入りのバンドのライブに行ったりと、もう趣味に生きる人だった。

 

 我々艦娘とコミュニケーションをとるかと思えば、その会話の内容はもう、自分の趣味の話ばかり。

 会話をしたいのではなく、ただどれだけ自分が“分かっている人間”か、趣味の良い人間なのかというのを見せつけたい。そう自慢したいだけなのではないかと思えてしまうような、……いわゆる浅い人間性の人物だったように思う。

 

 とても何か大事を成しえたり、我々と共に重責を背負って戦えるような人物では無かった。

 彼女は不自由な鎮守府の生活に嫌気が差したか、もう2週間としない内に、自ら鎮守府を去っていった。

 いとも簡単に、私たちを置いて。

 

 

 

 次に来たのは、鉄道マニアという人種の、なにやら太ったオッサンだった。

 鉄道に加え、結構なロン毛だったからだろうか? 駆逐艦の子らが彼を“汚いメーテル”と呼んでいたのを憶えている。

 そう、汚いメーテル提督だ。

 

 彼は大量の鉄道模型やら電車の写真集やらを持ち込み、部屋にいる時も機嫌よさそうにカメラの整備をしているか、または電車運転シミュレーションのTVゲームに夢中。

 この人も趣味に生きる人だったようで、電車という物が存在しないこの鎮守府での生活は非常に苦痛であったようだ。

 

 人見知りなのか女性不信だったのかは分からないが、どうやら我々艦娘と話すのが苦手だったらしく、提督を解任されて鎮守府を去っていくその日まで、私とはロクに話をする機会も無かった。

 

 一度駆逐艦の子らが、汚いメーテル提督に鉄道模型を触らせてもらえるようお願いした事があるらしい。きっと我々とあまりコミュニケーションを取ろうとしない彼との距離を縮めようとしたのだろう。

 だが汚いメーテル提督に「これは子供のオモチャじゃない! 触るんじゃない!」とマジギレをされ、スゴスゴと引き下がってしまったのだそうだ。

 

 彼は真の意味で、自分の世界の中で生きる人であった。

 我々と分かり合い、心を通わせる事は、出来なかったのだ。

 

 

 

 その後に来たのも、なにやら趣味に生きる感じの人物だった。

 見た目はいいオッサンといった風体なのだが……なにやら彼には大好きなアニメがあるらしく、その話ばかりをしていたように思う。

 

 着任初日、そのアニメを観た事があった駆逐艦の子が、気を利かせてその提督との会話を試みた事があったのだが……。

 しかし提督は『トリッピーの声優は山崎た〇み氏です! そんな事も知らないで偉そうに語らないで下さい!』と言って強烈にその子を突っぱねた。

 もう絵にかいたような激怒だったのだそうだ。大人げない程の。

 

 後にその提督は“しまじろうガチ勢提督”と呼ばれ、気難しい人として提督を辞任するその日まで皆に恐れられた。

 ろくにコミュニケーションも取れない人物なので、もう海を開放するどころか、提督の業務すらままならなかったそうだ。

 

 彼は今も、しまじろうに夢中なのだろうか? もう会う事も無いのだろうが……。

 

 

 

 良くて2週間、短くて5日。そんな短いスパンで提督着任と辞任を繰り返していた我らの鎮守府。

 次に着任してきたのは、それはもうとんでもない人物であった。

 

 ……聞くところによると、ギャンブルで散財して食うに困り、窃盗をおこなって逮捕をされたその先で提督としての適性を見出され、賠償と借金をかたに軍属にされた人物だったのだ。

 

 これにはもう、我々は着任直後から彼へ不信感を抱かざるを得なかった。

 いくら提督適性を持つ者が少ないとはいえ、このような人物とは共に戦えない。とても仲間たちの命を預ける事は出来ない。

 親や友人の命がかかっていたのならいざ知らず、大した理由もなく盗みを働く者など、信用できようハズもないのだから。

 

 その人物、通称“賽銭泥棒(さいせんどろぼう)提督”は、電撃的な速度を持って提督を解任された。

 

 諸君、考えてもみて欲しい――――

 もし仮に【賽銭泥棒が鎮守府に着任しました】なんてタイトルの二次小説があったとして、そんな物をいったい誰が読むというのか。

 

 そんなタイトルでは、私たちの物語は始められない。そうだろう?

 こんな私たちにだって、選ぶ権利という物があるのだ。……本当に必要最低限だけれど。

 

 

 

 そして現在の私たちの提督……もうすでに逃げ出してしまった男の話だが、ありていに言って彼は無職であった。

 自称として個人事業主と言い張ってはいたが、収入と言える物はほぼ無いに等しいらしい。

 その割にプライドが高く、高圧的な言動が目立つ若い男だった――――

 

「提督、今日の執務がまだ大量に残っている。

 私も協力するので、どうか仕事をしてくれないか」

 

 彼の秘書艦を務めた際、私は一度そう懇願した事がある。しかし……。

 

「うるせぇ! 仕事なんざ知るか!

 俺はこれから、激辛ペヤングを食う所を撮影しなきゃなんだよっ!」

 

 彼こそは我が鎮守府の長“大学生ノリYOUTUBER提督”

 一言目には「うぇ~い♪」、二言目には「チャンネル登録、高評価おねがいします」が口癖の男だ。

 

「て……提督。鎮守府内を撮影するのは如何な物か。

 ここには沢山の軍事機密が……」

 

「うるせぇ! 再生数稼ぐんだよぉ!!

 俺のチャンネルの視聴者が、鎮守府が見たいってそう言ってんだよぉ!!

 黙って演習でもしてろ!!」

 

 辛いカップ焼きそばを食べたり、チーズダッなんとかと言う物を食べたり。聞けば彼のやる事は、その全てが他の人気投稿者の真似であったらしい。

 自分で何かを考えたり、自分の好きな物を伝えたいという意思も無く、ただ何と無しに“人気者になりたい”という漠然とした想いだけを持ち、彼はYOUTUBEをやっているように思えた。

 

 これはYOUTUBEだけでなく何にでも言える事だが……特にこれと言った特技も無く、また何のアイディアも持たない人間がノリだけでやっていけるような、そんな甘い世界では無い。

 彼は「俺はユーチューバーだ!」と自慢するばかりで、頑なに皆に秘密にしていたが……その彼が運営しているチャンネルと動画は、もう目を覆わんばかりの再生数の少なさ、そして見るに堪えない程の少ない登録者数であるらしい。

 その動画の内容がどれだけ不快で考え無しに作られた物であっても、それに批判コメントをする者すら居ないという、散々な有様。

 試しに彼のチャンネルを覗いてみたという軽巡の子が教えてくれた。

 

 そして彼はたまたま適性がある事がわかって提督となり、「やっと俺にも運が向いてきた!」と大変喜んだそうだ。

 今までは運が無くて人気に恵まれなかったが、この鎮守府や艦娘たちをバンバン動画に映せば、きっと再生数が稼げる。

 チャンネルも盛り上がり、きっと自分も有名投稿者の仲間入りが出来る。

 これでみんなに認められる。人気者になれる。

 

 そんな、とてもつまらない夢ばかり描いている、男だった。

 

 

 私たちのため息と、すべてを諦めた悲しい瞳に、気づく事なく――――

 

 

 

 

………………………………

………………………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 例えば、仮に提督が着任していない状態での私たちの力を、【1】としよう。

 提督の存在という、艦娘にとって絶対的な恩恵の無い状態での私たちの力が1だ。

 

 そして普通、自らの鎮守府に提督が着任し、そしてその指揮下に入ったならば、艦娘という物はその能力を数倍にも倍加させる。

 その人物からの信頼、そして我々の「この人のために戦いたい。守りたい」という想いが強ければ強いほど、その力は天井知らずに大きくなる事だろう。

 

 しかしながら……例えばサブカルくそ女提督や、汚いメーテル提督が着任していた時期の私たちの力は、数字で言うと【1,3】だ。

 これは“機関車トーマス提督”が居てくれた時の数字【45】を大きく下回る。もう比べるのもおこがましい程の差だ。

 ……彼は人間ではなく機関車であったというのに。どういう事なのだコレは。

 

 ちなみに、しまじろうガチ勢提督が着任していた時は【1,2】

 そして私たちを虐待しトラウマを植え付けた初代の提督、また当代である大学生ノリYOUTUBER提督が居た時は【1,1】であった。

 

 あの純粋な野生動物であるゴリラ提督ですら【5】あった事を考えると、この我々の置かれた状況の悲惨さをお分かり頂ける事と思う。

 ……まぁこれに関しては“ゴリラ“だけに5だったのかもしれないが。

 

 

 

 

 

「疲れた……。もう疲れたよ、提督……」

 

 私はこの場ではない、心の中にいる人へと語りかける。

 これは決してYOUTUBERでも汚いメーテルにでも無い。私が唯一、心から認めた提督。

 たった一人の、私が愛した人に向けて。

 

「頑張った、私は頑張ったんだ……。

 貴方の艦娘の名に恥じないよう、精一杯やってきたんだ。

 ……褒めてくれるか、提督……?」

 

 嫌いにはなれない――――

 どれだけ人間にひどい仕打ちを受けても、心が打ちのめされても、貴方を嫌いになる事だけは出来ない。

 

 “人間”を。

 貴方という素晴らしい人を知っているから、心から愛してくれた人がいるから……私は人間を憎む事が出来ないんだ。

 

「沈んでも……いいか?

 もう終わっても、構わないだろうか……? 提督……」

 

 貴方が「好きだ」と言ってくれた、カッコいい艦娘。……私は最後まで、そうあれたか?

 貴方に誇りに思って貰える、貴方の“戦艦長門”で……あれたか?

 

 

「――――貴方を愛している。

 さよならだ、提督」

 

 

 いま眼前の巨大な化け物が、その大きな大きな腕を、私に振り下ろす。私の人生に幕を下ろす。

 私は静かに瞳を閉じ、その瞬間を待った。

 大好きな、愛すべき私の提督の笑顔を、思い浮かべながら。

 

 …………しかし。

 

 

『 まだ沈むのは早いわ! 長門ッ!! 』

 

 

 突然この場に鳴り響いた砲声に、私は閉じていた瞳を開く。

 

「あっ……愛宕‽! 貴様……後方に預けられたハズでは‽!」

 

「そうね。でも見ての通り、今はぱんぱかぱーんよ♪

 それに戻ってきたのは、私だけじゃないわ?」

 

「!?!?」

 

 そして、再びこの場に轟く砲声。

 後ろから放たれた凄まじい放火が、眼前の“母”に着弾していく。

 

「長門さん! 遅れてすいません! もう大丈夫です!」

 

「吹雪‽! お前まで‽!」

 

「さぁいくわよ長門――――大丈夫、鎧袖一触よ」

 

「加賀‽! お前っ!!」

 

 振り返ると、そこには彼女たちだけでなく、今まで大破撤退していった数多くの仲間たちが帰還、そして一斉に砲撃している姿がある。

 

「朗報だよ長門。さっき僕らの鎮守府に“新しい提督”が来てくれたんだ」

 

「ぽいぽい! もう元気いっぱいっぽい!」

 

「時雨! 夕立!」

 

 私は目を見開き、いまその言葉通り生き生きとした表情で海を駆ける彼女たちを見つめる。

 

「私たちはさっき会ってきたけれど、貴方はまだだったわね。

 無線で声を聴かせてもらったら? 新しい提督に」

 

「!?!?」

 

 その時……私の艦装の無線機から、突然なにやら可愛らしくも、とても頼りがいのある声が聞こえてきた。

 

 

『 長門ちゃん! だいじょうぶ?

  ぼく今日ここに着任してきた、“ガチャピン”だよ♪

  ガチャピン提督って呼んでね♪ 』

 

 

 

 ――――こ れ は 勝 て る。

 

 

 私は意味も分からないまま、心ではなく魂のレベルで、そう直観する。

 そしてガチャピン提督のお声を聴いたその途端……気が付けばもうなにやら、凄まじいパワーが私の身体中に漲っているではないか!!

 こ れ は 勝 て る !!

 

 

「 みんな行くぞッ!

  目標1時の方向! 距離300! ってぇぇぇーーーーーーッッ!!!! 」

 

 

 私の号令と共に、凄まじいまでの砲火が叩き込まれる。

 

 深海棲艦の“母”と呼ばれた存在は、ガチャピン提督(超有能)の指揮下に入った艦娘たちの手により、見事討伐されたのだった――――

 

 

 

 

………………………………

………………………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ! 久しぶりだなネギ姉ちゃん!」

 

「ね……ネギでは無い! これは艦装だっ!」

 

 

 

 いま眼前に、私たちのブタゴリラ提督の笑顔がある。

 会いたくて会いたくて堪らなかった人の姿が、ある――――

 

「ニュース観たぞみんな! 勝ったんだってな!

 おれの送った野菜、ちゃんと食ってたか? ちから出たろ?」

 

「ああ、食べていたとも。

 おかげでこの通り、みんな健康その物だよ。ありがとう提督――――」

 

「提督! 吹雪です!

 お久しぶりです提督! 会いたかったっ……!」

 

「ぽいぽい! 提督さん会いたかった! わたしすんごく寂しかったっぽい!」

 

 私をすり抜け、後ろにいた駆逐艦の子らが駆けていく。

 大好きな、まさに夢にまで見た、ブタゴリラ提督の胸へと。

 

「加賀です。お久しぶりです。

 とりあえず提督? お布団のある場所はどこかしら。先にお風呂でもいいけれど。

 ささ、参りましょう提督。いそいそ」

 

「やめんか加賀。後にしろ。……いや後も駄目だが、とりあえず落ち着け。

 愛宕もアップを始めるんじゃない」

 

 オネショタの総本山たる二人が、どこぞへブタゴリラ提督を連れ去ろうとする。私は秘書艦として断固阻止。

 ブタゴリラ提督の貞操が危ない。今後もしっかりと目を光らせていくつもりだ。

 

「とにかく、終わったよ提督――――戦争は終わった。

 貴方の艦娘たちは、皆立派に戦い抜いたよ」

 

「あぁ! さすが長門たちだぜ! すっげぇカッコいい!

 俺の艦娘はカボチャより硬くて、メロンよりすげぇんだ!」

 

 

 ビシッと敬礼し、全ての作戦の終了を告げる。

 私はブタゴリラ提督と敬礼を交わし合い……久しぶりに心から、笑った。

 

 

 

 

………………………………

………………………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

「ぼくはこう見えて、芸歴40年以上なんだ!

 だから色んな人と顔見知りだし、もちろん彼とも友達だよ♪」

 

 

 あの時……私たちが“母”との戦闘から鎮守府に帰還した後、とても優しい声でガチャピン提督が告げた。

 

「会いたい? 彼に。

 みんなはこの国を救った英雄なんだ! ぼくが文句なんか言わせない!

 彼の所に行くかい?」

 

 ガチャピン提督は、そう言ってくれた。

 その完全なる有能さで、すべての手配、そしてすべての準備を迅速に進めてくれたのだ。

 

「あ、ちなみに気になっていたんだけれど……、

 ぼくはみんなの役に立てたのかな? ちゃんと力になれた?」

 

「当然だガチャピン提督。

 貴方の指揮下に入った途端、もう身体中から力が湧き上がったんだよ。

 ガチャピンは我々の救世主、素晴らしい提督だよ」

 

「ほんと!? やったぁ! ムックに無理を言ってここに来てよかったよ♪」

 

 思えば彼が人間ではなく、恐竜の子供だというのは人間たち的にはどうなのだろう?

 世界を救ったヒーローは、自分たちではなくガチャピン。恐竜の子供であるのだ。

 

 まぁ義務と責任は果たした。後は勝手にやってくれ人間たちよ。私はもう知らん。

 

 過去の大戦で共に戦った戦友たち……その子孫を守れた事で、天国にいる彼らにも顔向けが出来る。

 いつか私が海に還って、そして天国という場所にいった時……また酒でも酌み交わして笑い合う事が出来るだろう。

 それだけでいい。私はもう、それで充分だ――――

 

 

「ねぇねぇ! 数字で言うと、どのくらい? どのくらい強くなれた?」

 

「そうだな……私の体感的に、おそらく【86】程はあるんじゃなかろうか?

 通常の86倍の出力が出せるぞ」

 

「すごい! うれしいよ長門ちゃん!

 ぼくみんなを手助け出来て、本当によかった!」

 

 芸歴40年以上という事だが……ガチャピン提督は本当に無邪気に喜んでくれる。私としても喜ばしい事だ。非常に微笑ましい。

 

「あ、じゃあさ……彼は?

 ブタゴリラ君がそばにいる時、長門ちゃんはどのくらい強くなれるの?」

 

「ふふ、訊きたいのかガチャピン提督よ?

 でもこれは本当に……言うまでも無い事かもだぞ?」

 

 

 私はニヤリと笑い、旅行鞄を手に提督室の扉を開ける。

 そして振り向きざま……最後にとびっきりの笑顔をもって、ガチャピン提督に応えた。

 

 

 

「“100”だよ。

 彼と共にある時、この長門は無敵だ――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~おしまい~

 

 

 







 私は艦これの世界観は大好きだけれど、残念ながら原作には決して詳しくありません。
 ただ独自設定ばかりの本当に拙い物ではありますが、この作品は今まで私が読ませていただいた何百という数の、全ての艦これ二次創作の作者さま達に捧げます。

 いつも楽しい作品をありがとう。
 貴方の作品が大好きです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

39 機動武闘伝、寿司ガンダム その3

 

 

「よぉジャパニーズ! 調子はどんだもんだ?」

 

「ち、チボデー?!」

 

 ウルべ少佐の指示に従い、現在ネオフランスに移動中のドモン&レイン。そこに突然ネオ・アメリカのガンダムファイター、チボデーが現れた。

 

「どうしたんだお前! 久しぶりじゃないかっ!

 お前もネオ・フランスに向かう所なのか?」

 

「いやいや、そうじゃねぇのさドモン♪

 実はこの前ぶっ壊れちまったパンケーキガンダムに代わって、

 新しい機体が出来たもんでな?

 試運転がてら、いっちょお前とスパーでもと思ってよ?」

 

「おぉ、良いじゃないかチボデー! 新しいガンダム作ってもらえたのか!

 心からおめでとうと言わせてもらうぞ!」

 

「あらっ、よかったじゃないチボデーさん♪ おめでとう♪」

 

 やんややんやと囃し立てられ、テレテレと嬉しそうなチボデー。

 思えばあのパンケーキガンダムは、コロニーボクシングのチャンプであるチボデー程の男が乗ってもビックリする位に弱かった。試合開始10秒で破壊されたのだ。

 

 これには普段とうふガンダムや寿司ガンダムといったネタ機体で戦わされているドモンですらも、涙がちょちょ切れんばかりの不遇さ。

 実は内心、ものっすごく同情してたりしたのだ! すごくチボデーが心配だったのだ!

 

 友として、同じガンダムファイターとして、彼に新しい機体が用意された事は喜ばしい。これでチボデーも立派に活躍できる事だろう。

 

「望む所だチボデー! そういう事ならば、喜んで協力させてもらおう!」

 

「ありがてぇ、恩に着るぜジャパニーズ!

 それじゃあ見やがれ! これが俺様の新しい相棒だぜぇ~!

 ――――出てこぉい! ガンダムコーンフレーク!!」

 

「 コーンフレーク?!?! 」

 

 チボデーの雄たけびと共に地面がゴゴゴっと盛り上がり、この場に巨大な機体の姿が現れる。

 胴体である白い大きなお皿、そこには牛乳に浸された美味しそうなコーンフレークの絵がデザインされている。

 そこから4本のスプーン型の両手両足が飛び出しており、見事にネオ・アメリカの朝をガンダムで表現。

 1894年に健康食品としてコーンフレークを発明した、アメリカ合衆国のジョン・ハーヴェイ・ケロッグ博士もニッコリの出来栄えなのだ!

 

「さぁ~かかってこぉいドモンッ!

 俺ぁこのガンダムコーンフレークで、アメリカンドリームを掴むんだぁぁーー!!」

 

「無理だチボデー!! いくらお前でも無理だ!!」

 

 考え直せとばかりに叫ぶドモンの声も届く事無く、ガンダムコーンフレークに乗って「うぉぉぉ!」と雄たけびを上げるチボデー。

 彼の目にはもう、夢とか希望しか映っていない。どんだけポジティブなんだお前。

 

「何故だ! なぜいつもネオ・アメリカは朝食的な物で攻めてくる!

 アメフトとかアイスホッケーとか色々あるだろう!

 ちゃんと言った方が良いぞお前!!」

 

「ドモン! こちらもガンダムを出すわっ!

 ――――そうめんガンダム、はっしーん!」

 

「お前もだレイン! お前もなんだよ!!」

 

 レインが手元のスイッチを「えーい!」と押し込み、ガンダムをこちらに向かわせる。

 するとこの場に、なにやら非常にほっそい身体をした機体がゴゴゴっと降り立って来た。

 

「さぁ乗ってドモン!

 ネオ・ジャパン食べ物シリーズ第5弾は、そうめんガンダムよ!

 頭部のバルカンからは、おネギが発射されるわっ!」

 

「お前それ豆腐ガンダムと一緒じゃないか!

 なぜ俺のガンダムは、頭からネギを出すヤツばかり!!」

 

 ネオ奈良県で作られている三輪そうめんは独自の伝統技術で作られており、冷やしてツルッと食べたり、にゅうめんにしたりと様々な楽しみ方が出来る。

 三輪そうめんはコシが強く、茹で伸びがしにくいのが特徴だ。ぜひお楽しみ下さい。

 

「おいレイン! このガンダム、異常に体が細くないか?!

 なんか今にもポッキリいってしまいそうに見えるんだが……」

 

「えっ、そうめんってそういう物でしょう?

 だって太かったら、そうめんにならないし」

 

「そうじゃない! 今は耐久性の話をしているんだ!

 お前よくもこんなっ……グーパン一発で折れそうなガンダムを……!」

 

「えっ、だってドモンこの前、うどん嫌だ~って駄々こねてたじゃない?

 だから私、そうめんにした方が良いのかな~って思って。

 ドモンそうめん派の人なんだな~と思って」

 

「そう事じゃないんだレイン!!

 俺もそうめんは好きだ! もうすぐ夏本番だし、今度一緒に食おう!

 ……でもガンダムが麺類じゃイカンだろうがッ!!」

 

「ちょっと何言ってるかよく分かんないけど……とりあえず早く乗ってドモン!

 そうめんガンダムって細いから、早くしないとポッキリいっちゃうわよ?

 戦う前に負けちゃうわ!」

 

「なんでそんなモン作ったお前!

 ネオ・ジャパンはいったい何を思って、お前にガンダムをっ!!」

 

 もうここから見ても針金みたいな細さのそうめんガンダム。何もしていないのに風でグラグラきている。

 これはきっとコックピットのサイズでさえ、だいぶ圧迫されているんじゃないだろうか? ギリギリ人が入れる程度の。

 今回のドモンは物凄く狭いコックピットの中で、せこせこ戦わなければならない。

 

「一応あの針金みたいな腕には、ビームライフルを持たせてあるわ!

 めんつゆが発射されるの!」

 

「お前に叩き込んで、めんつゆの海で泳がせてやろうか!

 ……もういいっ! 来ぉーーい! そうめんガンダァーーム!!」

 

 

 そうめんガンダムが折れてしまわないよう、今回はそぉ~っと機体に乗り込むドモン。

 

 アメリカの朝食 vs 日本の夏の風物詩――――

 

 なにやら非常にしょっぱい戦いの火蓋が今、切って落とされた。

 

 

………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

「きゃー♪ ジョルジュがんばってぇー♪ わたくしはここよー♪」

 

「ドモーン♪ ファイトよー♪」

 

 

 ところ変わってネオ・フランス。

 現在ドモンはこの国のガンダムファイター、ジュルジュ・ド・サンドと対峙している。

 

「ドモン・カッシュ!

 マリアルイゼ様を誘拐するなどといった蛮行、万死に値するぞ!」

 

「へっ、俺が許せないか。だったらどうするんだジョルジュ?」

 

「言うまでもない、勝負ですドモン!」

 

 いちおうこれまでの経緯を説明しておくと、この戦いの発端はネオ・フランスのお嬢様マリアルイゼという少女が原因だ。

 彼女は自らの忠実な騎士であるジョルジュの事が大好きであるが……何というか彼が非常に生真面目というか、国家の誇りの為に戦うという彼の姿勢に少し不満を抱いていたのだ。

 

 マリアルイゼは恋する乙女。もっとジョルジュに自分の方を見て欲しかった。国家の為などでなく自分の為に戦うと、ただそう言って欲しかったのだ。

 そんな愛らしい焼きもちから、マリアルイゼは実家のお屋敷を飛び出し、なんと自ら偽装誘拐を装ってドモンの所に行くという暴挙に出た。

 

 ――――自身がネオ・ジャパンに誘拐されれば、きっとジョルジュはわたくしを助けに来てくれる。わたくしの為だけに戦ってくれる。

 

 今マリアルイゼは(自らドモンに指示して)木に縛り付けられている状態だ。

 ネオ・ジャパンに捕らわれたという体裁で、ドモンがジョルジュに自分と戦わせる為の人質役として、ここでレインと共に二人の戦いをのほほんと見守っている、というのが事のあらましである。

 

「野蛮だの卑怯だのと、ずいぶん俺と戦う事を渋っていたようだが、

 ようやく覚悟を決めたか! さぁジョルジュ、貴様のガンダムを出せぇ!」

 

「応とも! 見せてあげましょう我がネオ・フランスの誇る、美しきガンダムを!」

 

 そしてジョルジュが腕を振り上げ、カッコよくパチンと指を鳴らす。

 

「――――いでよ! ガンダムパリジェンヌ!」

 

「 そんな事だろうと思ったぞ! チキショウ! 」

 

 ドモンの悪態が辺りに響く中、ジョルジュの背後の海が割れ、そこからガンダムパリジェンヌが姿を現す。

 なんというか……その、とてもオシャレな感じのガンダムだった。

 

「どういう事なんだ! この世界にまともなガンダムはいないのか!!

 どいつもこいつも!!」

 

「なっ……貴方はガンダムパリジェンヌをバカにするのですか?!

 我が祖国の誇り高きガンダムを!」

 

「バカ野郎! お前は思う所は無いのか!

 一回ちゃんと自分のガンダムを見ろ! 何だパリジェンヌって!!」

 

 “パリジェンヌ”とは、パリ出身の女性たちの事を指す。日本で言う所の大和撫子と同じ言葉だ。

 そのライフスタイルやファッションは高く評価されており、世界中の女の子たちの憧れの的とされる。パリのイケてる女子、という感じの言葉である。

 

 いまドモンの前にあるガンダムパリジェンヌも、その名に違わぬ出来栄えだ。とってもオシャレさんなのである。

 

 パリジェンヌのようなファッション……と言われて真っ先に思い浮かぶアイテムといえば、トレンチコート。

 デニム柄の下半身というラフなアイテムにさらりと組み合わせて、こなれ感たっぷりに着こなしている。

 Tシャツ型の上半身との組み合わせに、首元のスカーフ型の装甲でエレガントに味付け。

 いまパリで大人気のガイアのトレンチコートをイメージして作られたその武装は、前だけでなく後ろ姿までドラマチック。

 こんな風に、360℃美人――――

 

「いやお前男だろ!!

 なぜパリジェンヌなガンダムに乗る!? 恥ずかしくはないのか!」

 

「恥などと……そんな物は犬にでも食わせてしまいなさいッ!

 全ては祖国の為なのです! 私と勝負なさいドモン・カッシュ!!」

 

「――――断るッ! なんかもうお前と戦うの嫌だ! 切ない!!

 おかしいと思ったらちゃんと言った方が良いぞお前!!

 従うだけが忠義ではないんだ!!」

 

「きゃージョルジュ―♪ カッコいいー♪

 流石わたくしの作ったガンダムパリジェンヌですわー♪」

 

「 お前が犯人か!! ジョルジュに謝れバカ!! 」

 

 こんなにも義に厚く、こんなにも良いヤツが……なぜこのような仕打ちを受けねばならないのか。

 無邪気な少女の笑顔を守らんが為、甘んじてそのガンダムに乗っているというのか。己を殺して戦い抜く事を決めたというのか。

 ――――あぁジョルジュ! ジョルジュ・ド・サンドよ!!

 

 きっと彼が握りしめたその拳からば、今ポタポタと血が滴り落ちているに違いない。羞恥と悔しさから歯を食いしばっているに違いない。

 その光景がありありと目に浮かぶドモンである。

 

 みんな色んな物を抱えて生きてるんだなぁとしみじみ思いながら、とりあえずこのガンダムを是が非でも破壊する事をドモンは誓う。

 今後ジョルジュが健やかに生きていく為にも。おかまガンダム討つべし。

 

「正直もう涙が出そうなんだが……レイン! 俺たちもガンダムを出すぞ!」

 

「了解したわドモン! ――――ガンダムきりたんぽ! はっしん!」

 

「 お前に慈悲は無いのかッ!! そうなのかレインッ!! 」

 

 レインの声と共に、向こうの空からゴゴゴっと現れるきりたんぽなガンダム。

 きりたんぽとは、お米が美味しいネオ秋田県ならではの、正におふくろの味。硬く炊いたご飯をつぶし、秋田杉の棒に竹輪のように巻き付けて作った物だ。

 

 そのまま味噌を塗って囲炉裏で焼いて食べたり、棒から外して野菜や鶏肉などと一緒に鍋として食べるのが一般的。

 古くから伝わる、ネオ秋田県の郷土料理だ。

 

「これぞネオ・ジャパン食べ物シリーズ第6弾! ガンダムきりたんぽ!

 前回のは耐久性が低かったし、結構がっちり目にしてるの!

 なんか立ち姿がヌボォ~って感じよね!」

 

「なんだこのきりたんぽに手足が生えたような体は!

 動きにくいだろうが!」

 

「あ、今回は鍋物なんだし、ビームサーベルはおネギの形にしたわ!」

 

「ネギ好きだなお前!

 毎回必ずネギが絡んでくる! 凄いなおネギってヤツは!」

 

「ビームライフルからは、味噌が発射されるの!」

 

「だろうな! きりたんぽだもんな! 俺もそんな気がしていた!」

 

「シールドは鉄鍋になっているわ! ちゃんと手が鍋掴みになってるから安心してね♪」

 

「できるか! 俺のガンダムファイトはいつも悪夢のようだよ!

 ……もういい! 来ぉい! ガンダムきりたんぽぉぉーー!!」

 

 もう「くそったれー!」みたいな事を叫びながらガンダムきりたんぽに乗り込むドモン。彼の悲痛な叫びはいつ彼女に届くのだろうか。そんな日が来るといいなぁと思う。

 

「いくぞジョルジュ! ガンダムファイトォォーーーーーッ!!」

 

「レディィーー! ゴォォーーーーッッ!!」

 

 二人の雄たけびがこの場に響き渡り、ガンダムファイトが開始される。

 ガンダムパリジェンヌ vs ガンダムきりたんぽ。文字数も語呂もそんなに違いは無いのに、なぜここまで対照的なのだろう。

 何故パリの女の子が、きりたんぽと戦うのだろうか。非常にシュールな光景。

 

「パリジェンヌだか何だかしらんが、味噌まみれにしてやる!

 これでもくらえ!」

 

「そんな物は当たりません! 私のトートバッグ攻撃を受けなさい!

 春の新作です!」

 

 もう涙がちょちょ切れそうになる程の戦いだが、見ているマリアルイゼやレインはご機嫌そうだ。やんややんやと声援を送る。

 

「くっ……! 装甲が厚い!

 やっかいだなトレンチコートってのは!」

 

「パリジェンヌの象徴たるトレンチコートに、

 ネギのビームサーベルなど通じるものか! 大人しく負けを認めたらどうです!」

 

 助けて。誰が二人を助けて。救ってあげて欲しい。

 文字にしてみると珍妙だが、二人は一生懸命頑張っているのだ。わかってあげて欲しい。

 

「ちょ……! お前のバルカン普通のヤツじゃないか!

 こちとらおネギが発射されるというのに! ズルいぞジョルジュ!」

 

「知った事かドモン・カッシュ!

 このバルカンは私のお気に入りだ! 今後も末永く使っていく! ふはははは!」

 

 どうやらバルカンとネギの打ち合いは、ジョルジュの方に分があるようだ。仕方ないのでドモンは接近戦を挑む。きりたんぽのボディでえっちらおっちらと走っていく。

 

「受けよ我が祖国の技術力! エスカルゴ・ビット!」

 

「ぐぅあーー!」

 

 エスカルゴの形をした美味しそうなビッドに取り囲まれ、ビシュンビシュンとビームを受けるドモン。きりたんぽのボディに次々と穴が開いていく。

 

「う……動けん! まるで結界のようだ!」

 

「チェックメイトですドモン・カッシュ! 降参なさい!」

 

 沢山のエスカルゴがビームによって結界を張り、ドモンの動きを阻害する。身動きすら出来ない程に体が重くなっていく。

 

「――――甘いぞジョルジュ! こんな事で勝ったつもりか!」

 

「なっ……!!」

 

 その時、ガンダムきりたんぽの前腕が凄まじいまで光を放ち、辺りを振動させる。

 

「俺のこの手が光って唸るぅ~!

 パリジェンヌを倒せと、輝き叫ぶぅ~!!」

 

 その凄まじいエネルギーの余波により、次々と爆散していくエスカルゴ・ビッド。

 

 

『くらえネオ・フランス! ――――んだ。んだ。秋田。

 O・MO・TE・NA・SHIぃ~……、フィンガァァァアアアーーーーッッ!!!!』

 

 

 ガンダムきりたんぽの右手から放たれる緑色の光が、辺り一面を染める。

 

 ……その後、なんかドモンの攻撃の余波がエッフェル塔を直撃しちゃってマリアルイゼの上に落ちてきそうになったり、それをジョルジュが勝負を捨ててまで助けに行ってファイトが無効になっちゃったりしたのだが、とりあえず二人の戦いは終わった。

 

 ドモンはガンダムきりたんぽを見事に操り、なんとか今回も生き残ってみせた。地味に命からがらであった。

 

 

「マリアルイゼさま。私の戦いは全て貴方の為。

 貴方の期待に応え、祖国の威信を背負い戦いぬく事……それが私の誇りです」

 

「ジョルジュ……」

 

 

 やがて縄を解いてもらったマリアルイゼが、真剣な表情で胸の内を語るジョルジュと向かい合う。

 心からの忠義と、真摯な想いを受け、少女はその顔を赤く染めた。

 

「ごめんなさいジュルジュ……わたくし……」

 

「よいのですマリアルイゼさま。本当にご無事で良かった」

 

「もうわたくし、ジョルジュの邪魔はいたしません。

 ですが……誓っていただけますか? このガンダムファイトの優勝を。

 ネオ・フランスとわたくしに、勝利を持ち帰る事を」

 

「はっ――――このジュルジュ、マリアルイゼさまに誓って」

 

 なんやかんやあったけれど、こうして二人は無事に仲直り。マリアルイゼにもケガはなく、ジュルジュも無事。めでたしめでたしである。

 これを機にジョルジュにまともなガンダムを作ってあげてくれたら嬉しいのだが、なんかこの少女からレインと同じ匂いを感じ取り、ドモンはちょっと口をモゴモゴしてしまう。

 なにやらジョルジュと妙なシンパシーを感じてしまうドモンである。

 

「ではなドモン・カッシュ。また会える事を楽しみにしている」

 

「あぁ、またなジョルジュ」

 

 マリアルイゼ救出の為に、ジョルジュは勝負を捨ててまで倒れるエッフェル塔を支えに行った。

 本当はそこで攻撃をする事も出来た。ルール上は身動きの出来ない彼にトドメの一撃を入れる事も出来たが……ドモンはそれをしなかった。

 その正々堂々とした姿にネオ・ジャパンの武士道精神を感じ、ジョルジュはドモンを野蛮な男ではなく、誇り高き友として認めたのだ。

 

 今後のシャッフル同盟結成に、また一歩近づいたドモン。

 まぁどいつもこいつもロクなガンダムに乗ってなかったりするのだが。デビルガンダム戦ホントどうしよう? まだ見ぬ未来に大きな不安が残る。

 

「次はフォアグラガンダムとかどうかしら?

 フランス料理をテーマにしたガンダムとか素敵ね♪」

 

「マリアルイゼさま……」

 

 

 生きろジョルジュ! 強く生きるんだ!

 

 全てを受け入れたような悲しいジョルジュの背中を、ただただその場で見送るドモンであった。

 

 

…………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「レイン、ちょっとそこに座れ」

 

「なになにドモン? どうしたの改まって?」

 

 ネオ・ジャパンの宿舎。ドモンは部屋にレインを呼びつけ、床に正座させる。

 

「思えば今まで、こうやって話し合う機会も無かったというか……。

 俺もこうして、お前に気持ちを伝える事をしてこなかったと」

 

「?」

 

「だからなレイン? 今日は一度とことんお前と話し合ってみようと思う。

 俺は口下手だし、こういうのは不得手だが……、

 きっとこのままガンダムファイトを戦っていくのは無理だ。

 俺の話を聞いてくれるかレイン?」

 

 今まで怒鳴りつけるばかりで話し合いという物をして来なかったが、ドモンはひとつ考えを改め、真面目にレインと語り合ってみようと決めた。

 これはどこか孤高な所がある彼にとって、見覚ましい変化であると言えた。

 

「よく分からないけれど……私と話がしたいってこと?

 まぁドモンったら♪ やーっと恥ずかしがるのを止めて、

 私とキャッキャウフフする気になったのね♪

 いいよいいよ♪ じゃあなんの話する?

 あ、今わたしが作ってる“すいとんガンダム”と“かつ丼ガンダム”の話する?」

 

「 それだそれ!! そういうのを止めろと言ってるんだ俺は!! 」

 

 出来るだけ冷静に話そうと、さっき道場で心を落ち着かせて来たばかりだというのに、ドモンの怒りは一気にマックスハートであった。

 

「なんだその“すいとんガンダム”ってのは! 戦後かっ!!

 そんな物でガンダムファイトが戦えるか!!」

 

「ん? 意外とモチモチしてて美味しいのよ?

 ドモンすいとん食べた事ないの? 腹持ちも良いし」

 

「戦後かっ! 小麦粉をこねて茹でた料理の事は今いい!

 俺はなレイン? ちゃんとまともなガンダムを作れと言っているんだ!」

 

「えっ、まとも?

 いやドモン……たしかにすいとんはシンプルなお料理だけど、

 アイディア次第で色んなバリエーションが……腹持ちも良いし」

 

「すいとんの可能性については今いいんだッ!! 腹持ちも知らん! 戦後か!

 俺は普通のガンダムに乗りたいんだッ!!

 シャイニングガンダムとか、ライジングガンダムとか、

 そんな強そうなガンダムに乗って戦いたいんだ! 誰にはばかる事なく!!」

 

「あらドモン、かつ丼って凄く強そうじゃない♪ 丼もの最強よ?

 これを超えるのがあるとしたら……うな丼ガンダムとか……」

 

「いったん食い物から離れろ!

 まさかお前、いつも腹ペコでガンダム作ってるんじゃないだろうな!?」

 

「そんな事ないわよ? ちゃんとしっかり3食摂ってるもん。

 むしろその日食べたメニューでガンダムをデザインしてるワケだし」

 

「 お前というヤツはお前ッ! ホントお前ッ!! 」

 

 ドモンは「オーマイガッ!」と天を仰ぐ。

 どれだけ君に語ろうと3分の1も伝わらない。マイハァ~みたいな心境だ。

 

「なぜ食い物の中から考える?! なぜ他の物を考えようとしない?!」

 

「えっ、でもドモン、私たちって生き物じゃない?

 正直食べる事以外は……どうでも良くない?」

 

「極端だよお前はッ!! もっとこう……愛とか情熱とかあるだろう!!

 一度そういった物を表現してみろ! 食べ物ばかりじゃなく!!」

 

「えー。興味持てないよドモン……。そんなの楽しくないよ……。

 この世にファミチキをむさぼり食う以上の幸福があるなんて、とても思えない」

 

「即物的なのは駄目なんだ! もっと志を持て!

 人はパンのみに生きるに非ずなんだ!」

 

「でも夜中よドモン?

 夜中にどん兵衛やファミチキをむさぼり食うのよ? よくない?

 私この為に生きてるような気がする。そりゃガンダムもうどんになるってモノよ♪」

 

「 お前に訊いたのが間違いだった!! もうお前には頼まん!! 」

 

 何故か「えへへ♪」とテレ笑いするレインに背を向けて、ドモンは電話の所に走る。もうレインではなく他の人間にガンダムを作ってもらえるよう、話してみる為に。

 

「もしもしミカムラ博士ですか!? ちょっと相談したい事が……!」

 

『何かねドモンくん? 私は今ファミチキをむさぼり食うのに忙しいのだが』

 

「 ちきしょう駄目だ!! この人はレインの親だ!! 」

 

 ガシャンと受話器を叩きつけ、その場に蹲るドモン。もう四方八方が敵だらけだ。ネオ・ジャパンに味方など居ない。

 

「どうしたのドモン? 大丈夫? 産む?」

 

「何を産むんだ何を! お前の腹から何が出るって言うんだ! ファミチキか!!」

 

 次の相手はロシアのアルゴ・ガルスキー。大変な強敵だと聞いているが、こんな事で本当に勝てるのだろうか?

 冷凍睡眠の刑にかけられた父を救い、無事にお兄ちゃんを探し出せるのだろうか。大きな不安が残る。

 

 

「さぁどうするのドモン! すいとんかカツ丼か! 好きな方を選びなさい!!」

 

「俺に何か恨みでもあるのか!

 この前ホワイトデーをド忘れしたのがいけなかったのか! そうなのかレイン!」

 

 

 結局の所、有無を言わせぬまますいとんガンダムが作成され、後日ドモンはコックピットで小麦粉をかぶらされる事となる。

 

 海苔や豆乳と違い、匂いが付かなかった事は幸いだと、だんだん慣れてきたのか妙な安心をするドモンであった。

 

 

 







☆スペシャルサンクス☆

砂原石像さま♪



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

40 思春期を殺した少年の翼


 TVアニメ“新機動戦記ガンダムW”、二次創作。







 

 

「「「わっしょい! わっしょい!」」」

 

 コロニー・キシワダの住宅街を、勢いよく神輿が駆けていく。

 

「「「わっしょい! わっしょい!!」」」

 

 現在、元ガンダムのパイロットであるヒイロ、デュオ、カトル、トロワ、五飛の5名は、ふんどし一丁の姿で元気に神輿を担いでいた。

 

「ダメだトロワ! 落ちちゃう! ぼく落ちちゃうよ!

 お神輿の上に乗る役なんて、ぼくには無理だったんだ!」

 

 走ってる神輿の上に乗る役という、花形と言えるポジション。ある意味神輿を担ぐよりも運動神経やバランス感覚の要求される難しいポジション。

 カトルはおっかなビックリ中腰で立ち、頑張ってうちわをワッショイワッショイと振り回しているものの、自信なさげだ。

 

「カトル、お前なら出来る。とても様になっているじゃないか。

 それにもしお前がリタイヤしたとしても、他のメンバーがしっかり後を引き継ぐ。

 俺たちを信じ、ベストをつくせ」

 

「トロワ……うん! ぼく頑張ってみるよ!」

 

 暖かい言葉をかけられ、再び元気よくうちわを振り回すカトル。不安定な足場の上、さっきよりも堂々と立派に立って見せている。さすがサンドロックのパイロットだ。

 

「さぁいくぜぇ! ガンダム神輿のお通りだぁ!

 死神が神輿かついで舞い戻って来たぜぇーー!!」

 

「邪魔する物は壊す! 立ちふさがる者は容赦せん!

 正義は俺たちが決めるっ!」

 

「誰よりも戦い抜いてみせる……。サンクキングダムのリリーナよりも――――」

 

 

 わっしょい! わっしょい!

 じゃす! わー! びー! こみゅにーけーいしょーん♪

 

 ふんどし一丁の少年たちが、キシワダの街を駆け抜けて行った。

 

 

 

……………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 戦争は終わった――――人類は全ての兵器を破棄し、戦いの時代は終わった。

 

 それは非常にめでたい事ではあるのだが……今まで戦いや訓練ばかりしてきた少年たちは、正直これから何をしたらいいのか、ちょっと困っちゃう事となった。

 

 物心ついてから、今に至るまで……自分たちはひたすらコロニーの平和を勝ち取るべく戦いに明け暮れていたのだ。ほかの事なんてする余裕は無かったし、それ以外の事はロクに知らない。

 でも平和な時代に順応しようと、いま元ガンダムのパイロットたちは精一杯頑張っている最中。

 せっかく勝ち取った平和なのだ。楽しまなきゃ嘘なのである。

 

 それに正直……彼らの少年期は言っちゃなんだが、ものすごく暗かったのだ。

 友達と遊ぶ事もせず、寝る間を惜しんで訓練の日々。ただそれだけで生きてきた人生。これはあまりにも酷くないだろうか?

 

 なので今までロクに遊べなかった分、失った青春を取り戻すべく、ヒイロたちは現在奮闘中。今まで出来なかった色々な遊びにチャレンジしているのだ。

 先ほどの神輿もその一環なのである。意外と楽しめたと思う。

 

 

「誰っ?! 僕のプチプチ盗ったの!

 後でやろうと思って楽しみにとっておいたのにっ! ひどいじゃないかっ!」

 

「あ、俺だゴメン。……なんか見かけたから、ついプチプチとさ?

 悪かったなぁカトル。俺のベイブレードやるから機嫌直してくれよ♪」

 

「えっ!? 良いのデュオ?! ほんとに? ありがとう!」

 

 毎日イソイソと誰かの家に集まり、こうして仲良く遊んでいる5人。

 先ほどはカトルもちょっとおこだったが、仲間内で最強と名高いデュオのベイブレードを貰い、嬉しそうにはしゃぐ。まさに少年のような笑顔だ。

 

「う……美味い!

 カップ麺などという身体に悪い物が、こんなにも美味いとはッ!

 日清のシーフードヌードルこそ正義だ!!」

 

「ポケモンの厳選……。幾多のトレードを繰り返し、出来るだけ能力の高い個体を選ぶというプレイヤー達の判断は正しい。

 ……だが一期一会という言葉があるように、自分の手で捕まえ、愛情を注いだポケモン達のみでゲームを楽しむという俺のプレイスタイルも、間違いでは無かった」

 

「おいヒイロ! ちゃんと横断歩道は白いトコ踏んで歩けよ!

 さっき黒いトコ踏んだらサメに食われる事なって、みんなで決めたろ!」

 

「見て! あそこタンポポいっぱい咲いてる!!

 すごいよっ! こんないっぱいのタンポポ……ぼく始めてだっ!」

 

「教えてくれ五飛。

 うまい棒3本、どんぐりガム一個、ポテトスナック1つ。

 残り20円で、俺はあと何を買うべきなんだ?

 おやつは100円以内、ゼロは何も応えてくれない。教えてくれ五飛……」

 

 

 日々は流れていく。

 少年たちは今までのうっ憤を晴らすが如く、鬼気迫る程の勢いで遊ぶ。

 

 楽しい! 人生ってチョー楽しい! 平和バンザイ!!

 

 砂場でお城を作ったり、カブトムシを捕まえたり、工作員のスキル駆使してガチンコでかくれんぼをやったりと、少年たちは童心に帰ってエンジョイしていった。

 

 

…………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「おい今度コロニー○○地区で、

 世界一長い太巻きを作るギネス挑戦があるらしいぜ? 行ってみるか?」

 

「ほう、太巻きか。それも良いだろう。

 だが皆でプラネタリウムに行くというのはどうだ?

 サーカス団の仲間からチケットを貰った。5人で行ってこいとの事だ」

 

「祭りは無いのか! もう神輿は無いのか!

 ナタクに俺の雄姿を見せてやりたいのだ! 祭りで輝いてこそ漢だ!」

 

「ぼくはドン・キホーテという所に行ってみたいかな?

 色々な雑貨が所せましと並んでいるらしいんだ。

 ボードゲームも買えるかもしれない」

 

 

 あの頃の苦しかった時代が嘘のよう、少年たちはキャッキャと笑いながら楽しそうに遊びの相談をする。

 そんなある日の日常の中……。

 

「ん? おいヒイロ、お前も何かやりたい事いって良いんだぞ?

 お前なにやってんだ?」

 

「映画を観ている。これで今日3本目だ」

 

 皆が相談する傍ら、リビングのTVに噛り付いている様子のヒイロ。よく見れば目元にはとんでもない位のクマがあり、もう彼が夜通し映画鑑賞をしていた事が見て取れる。

 

「えっ……お前またサメ映画観てんのか?!

 どんだけサメ好きなんだよお前。B級映画ばっかじゃねぇか」

 

「そう、B級。むしろZ級映画だ。だがそこが良い。

 お前も一度観てみると良い」

 

「やだよ。俺メガ・シャーク vs ジャイアント・オクトパスとか、

 トリプルヘッドジョーズとかは観たくねぇよ。

 というか……面白いのかヒイロ?

 なんかお前の目が、死んでるように見えるんだが……」

 

「面白い、面白くないの問題じゃない。

 そこにサメ映画がある、俺がサメ映画を観る。それだけだ」

 

「いやだから何でサメなんだよ。

 もっと面白いの沢山あるだろうよ。ハッピーなのがよ」

 

「面白い映画が観たいなどという、甘ったれた考えは捨てろ――――

 俺にとって映画鑑賞とは“修行”だ。

 デュオ、お前にもいずれ分かる」

 

「分からねぇよ。

 サメが竜巻に乗って襲い掛かってくるような映画の事は、俺わからねぇよ。

 お前みたいのが金を落とすから、いつまでたってもサメ映画が無くならねぇんだよ」

 

 ちなみに現在に至るまでB級サメ映画が作り続けられる原因は、主に日本人にあるらしい。

 どの国の人たちも見向きもしないのに、日本人だけが「うっひょ~! サメだぁ~!」と食いついて金を落とし続けるから、どんどんB級サメ映画は量産されていくのだそうだ。

 

 決してスピルバ〇グ監督の名作映画“ジョーズ”のような物でなく、近年作られているのはゾンビになったサメであったり、貞子よろしくTVの中から出てくるサメであったり。

 そんなおバカなサメ映画が目白押しなのだ。

 

 これも全て、ヒイロのようなB級映画ファンがいるせい。

 ゆえに逆説的ではあるが……日本人にはサメ映画を観続ける“義務”があると、これは全部君たちのせいなのだからと、そう語る映画配給会社の人もいる。

 

 サメ映画とは、そんな不思議な需要と供給によって作られる、奇跡の賜物なのである。

 

「デュオ……ひとつ訊くが、映画を作るにはどうしたらいい?」

 

「ん? なんだよお前、映画撮りたいのか!?

 それ面白そうじゃねーかヒイロ! きっとアイツらも飛びつくぜっ!!」

 

「あぁ、サメに食われるリリーナの映画を撮りたい。必要な物を教えてくれ」

 

「やめようぜヒイロ。

 ちょっと乗っちまった後で悪いが、この話は無かった事にしてくれ」

 

 なんか「?」って感じの顔をするヒイロを残し、デュオは玄関に歩いていく。

 今ちょうど玄関のベルがピンポンと鳴り、来客の訪れを知らせたのだ。もうどうやってヒイロを説き伏せたら良い物か分からなかったし、デュオにとっては天の助けとなる来客であった。

 

「へいへ~い、どこのどちら様ぁ~っと」

 

「――――話は聴かせて貰ったわ」

 

「なんで聴いてんだよリリーナ嬢ちゃん。盗聴器かよ。

 ……とりあえず、いらっしゃい」

 

 デュオをすり抜けて、リリーナ・ピースクラフトがズカズカと部屋に入ってくる。

 彼女は5人の友人であり、特にヒイロにとっては大切な人。守るべき女の子だ。

 実は地球圏統一連合にとって物凄い重要人物だったりもする。

 

「ヒイロ、ごきげんよう。豚の角煮を作って来たわ。またみんなで食べて頂戴」

 

「いつもすまないリリーナ。ありがたく食わせてもらう」

 

 イソイソと入ってきては、即座にヒイロの所へ行き、持参してきたお惣菜のタッパーを手渡す。もうヒイロの胃袋は完全に掴まれていると言っても過言では無かった。リリーナ無しでは生きていけない。

 

「それで、さっき“デュオ君に”聴いたのだけれど、

 あなた映画が撮りたいんですって?」

 

「言ってねぇ言ってねぇ。そういう事にしときてぇのか嬢ちゃん」

 

「そうだ、映画が撮りたい。お前がサメに食われる映画を作りたいんだ。

 リリーナ、協力してくれるか」

 

「とても良いアイディアねヒイロ。是非やりましょう♪」

 

「過保護なのもいい加減にしとけ?

 アンタが甘やかすからヒイロとんでもねぇ事になってるよ」

 

 よしよしとヒイロの頭を撫で、もう猫可愛がりするリリーナ。

 怒ったり叱ったりする事をしないので、いつまで経ってもヒイロはこんな感じだ。大分リリーナに責任があると思う。

 

「――――」

 

「ん、なになにヒイロ? サザエさん? サザエさんのOPのヤツがやりたいの?」

 

「――――」

 

「あぁ、あの磯野家の全員が横一列になって〈てってってってー♪〉みたいな音楽と共にズイズイ画面に迫ってくるシーンを、ガンダムパイロットの5人でやるのね?

 とても良いアイディアだと思うわヒイロ♪」

 

「しゃべれよヒイロ。ゴニョゴニョ耳打ちしてねぇで。

 お前さっきまで普通に喋ってただろうが。

 それとリリーナ嬢ちゃん、時にはガツンと言ってやるのも愛だと思うぜ?」

 

 いきなりシャイな幼児のようになり、リリーナに耳打ちで会話をし始めるヒイロ。子供か。

 とりあえずタッパーから角煮をモグモグと摘まみながら、デュオは何とも言えない気持ちで二人を見つめる。

 

「とりあえずヒイロ、もうそろそろ夕方よ?

 ご飯の前に、いつものヤツに行っていらっしゃい」

 

「了解、任務を遂行する」

 

「おっ、もうそんな時間かよ! おいお前ら! いつものヤツ行くぞ!」

 

 デュオがパンパンと手を叩いて皆に指示を出し、メンバーたちが談笑を止めてイソイソとその場から立ち上がる。

 

「んじゃあいっちょ出かけようぜ!

 嬢ちゃん、ちょっとのあいだ留守番頼んだぜ!」

 

「カトル、あの“カチカチするヤツ”は持ったか? アレが無いと始まらない」

 

「うん、ちゃんと持ったよトロワ。今日は誰がやるの?」

 

「昨日は俺、おとついはデュオ。順番から言えば今日は貴様だヒイロ」

 

「了解。これより作戦を開始する」

 

 防寒具を着込み、5人がゾロゾロと部屋を出ていく。

 リリーナはこたつに入り、TVでも観ながらのんびりと待つ態勢に入った。

 

 

 

……………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

「「「 火のよぉーーーーじん!! 」」」

 

 カチッ! カチッ!

 

 

「「「 マッチいっぽん、火事のもと!! 」」」

 

 カチッ! カチッ!

 

 

「「「 火のよぉーーーーじん!! 」」」

 

 カチッ! カチッ!

 

 

 ヒイロが小気味良い音を鳴らし、それに続いてみんなが大きく声を出す。

 そんな風に5人は「火の用心」を叫びながら、スタスタとご近所を回っていく。

 

「おいヒイロ、疲れたら言えよ? 交代ごうたいで良いんだからな?」

 

「問題ない。任務を続行する」

 

「寝タバコはやめましょうっ! やめろぉッ! 寝タバコするヤツは悪だッ!!」

 

「火のよぉーーじん! 火のよぉーーじん!

 あ、帰ったらあったかいお汁粉でも飲もうか? ぼく作ってみるよ♪」

 

「そうだなカトル、俺も一緒にやろう。

 ではそれを励みに、もうひと頑張りするとしよう。

 コロニーの平和の為に」

 

 

 

\火の用心!/ \マッチいっぽん火事のもと!/ \火の用心!/

 

 

 

 夕暮れ時の街に、ガンダムパイロットたちの元気な声が響く。

 

 ガンダムはもう無いけれど、戦いも終わったけれど、今日も5人の少年たちは平和を守るべく奮闘している。

 

 大好きな、コロニーのみんなの為に――――

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

41 ウソ劇場予告。

 

 

「こんな出会いじゃなかったら、きっと一番の友達になれた」

 

 

 ――――今、決して交わる事の無かったハズの拳が、交差する。

 

 

「退いてくれ、君と戦いたくないんだ」

 

 

 

 

 

 願いは届かず、静寂の中へと消える。

 

 決して抗う事の出来ない、大きな意思。

 知らない誰かの、ほんのひと時の“娯楽”の為に。

 退屈している誰かを楽しませる、ただそれだけ為に――――彼らの未来は永遠に閉ざされた。

 

 

「ばいきんまんに会わせて! 彼を返してくれ!

 彼がいないとぼくは!! ……ぼくは!!」

 

「なぜムックは死ななきゃいけなかったんだい?

 ボクらは二人でひとつ。一人だけの生に……意味なんて無いのに」

 

 

 

 想いは踏みにじられ、信じた物はすでに遥か遠く。

 

 

 

「い……痛い! 胸がっ! 心がっ……!」

 

「もうやめて! やめてよ! こんな事、誰も望んでないハズだよ!」

 

 

 ――――殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!

 ――――殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!

 

 

 

 観客たちは囃し立てる。はやく血を見せろと彼らをせかす。

 空虚な退屈。ただその渇きを癒す為だけに。

 

 ――――戦え!!!!

 

 

「許さない……! ぜったいに許さないッ!!

 よくもッ……よくもボクの友達をッ!!」

 

 

 

 今、二人が示し合わせたようにその場を駆け出し、拳を繰り出した――――

 

 

 

 

 

「右腕はあげるよ。ぼくはその命を刈る」

 

「痛い……痛いよアンパンマン。でもムックはもっと痛かった」

 

「泣かなくていい、最後の言葉もいらない。

 ……君はただ、藁のように死ぬんだ」

 

 

「 アーンナッコォ―――ッッ!! 」

 

「 ジェノサイド・ガッチャッ!! 」

 

 

 

 大好きだった。

 みんなの事を、守りたいと思った。

 

 ただぼくは、それだけだったのに――――

 

 

 

『――――それを使う前に、よく考えた方がいい。

 もう二度と、アンパンの姿には戻れないよ?』

 

「バタコさんの声が分からない。

 もうジャムおじさんの顔が、思い出せない」

 

 

「君しか見えない。もう今は……君の事だけ」

 

「この時が全て――――それでいいだろう?」

 

 

 

 何も無い。もう何もいらない。

 

 お前しか、見えない――――

 

 

 

 

「おかしいな、涙が流れてる。

 ……なんにも悲しい事なんて、無いのに」

 

 

「もうヒーローなんて名乗れない。ぼくにはその資格が無い」

 

「はじめて分かった。……これが“憎しみ”なんだね」

 

 

 

 

「 来なよ! 殴れよ臆病者!! さぁッ!! 」

 

 

「君は、やさしいね。

 だからこそ、こんな事になった――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンパンマン vs ガチャピン

 

 

制作 hasegawa

原作 それいけ!アンパンマン ひらけ!ポンキッキ

Ⓒ夢の国パン工場 ガチャピンちゃんねる マウントポジション実行委員会

 

 

――――公開予定、未定

 

 









※この予告編は“作品イメージ”とお考え下さい。
 現在執筆中の本編とは、設定やセリフが異なる場合があります。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

42 アンパンマンと、レヴィちゃん。

 

 

「よぉロック、あたしは夢を見てんのか(・・・・・・・・・・・)?」

 

 ラグーン商会の事務所。ちょうど仕事も片付き、次の依頼が来るまではと各々が好きなように過ごしていた気だるい午後。

 ぐてぇ~っとソファーに腰かけていたレヴィが、たった今事務所に入って来た人物(?)を見て、目を魚のように丸くする。

 

「おっかしいな……そりゃガキの時分にはヤクもやったもんだが、

 今になっておかしなモンが見え始めるとはよ……」

 

 タバコの灰をポロっと落とし、クシクシと目をこする。それでも目の前の幻覚は消えてくれない。

 

「やめた! お前が帰ってきたらイエロー・フラッグにでも繰り出そうと思ってたが、

 今日は日が悪ぃ!

 これ以上UFOだのダースベイダーだのが見え出す前に、あたしは帰って寝る事にする」

 

 よっとソファーから立ち上がり、「そんじゃ!」とばかりに右手を上げて出て行こうとするレヴィ。しかしそれは肩を掴まれて阻止される。

 

「レヴィ、お前の目はイカれちゃいないよ。

 ドラックのツケが来たワケでも、ジェダイの戦士になったワケでもない」

 

「!?」

 

 ロックは沈痛な面持ちで見つめ、フルフルと首を横に振っている。まるで「レヴィ、現実を見ろ」とでもいわんばかりに。

 

「いや……でもよロック? おっかしぃんだよあたし。

 どっかのホラ吹きみたく磔の野郎(キリスト)が見えたってんならまだしもよ?

 今あたしの目には、昔キッズ・アニメで観たヤツがはっきりと映ってやがんだよ。

 ん? まさかコイツがキリストなのかロック?」

 

「いや、彼の善性や自己犠牲の精神は、それに通じる所があるかもしれないけど……。

 とりあえず救世主とかじゃないよ。レヴィも別に神の啓示なんて欲しくないだろ?」

 

「そりゃそーだ。いくらこの街(ロアナプラ)っつっても、

 まだあたしに啓示授けるよかはマシな連中がいるさ。

 そのありがたいお言葉ってのが地獄の業火で豚共を焼き尽くせ(・・・・・・・・・・・・・・)じゃない限りはな。

 んで……コイツはいったい何だ?

 この朝食うヤツの匂いがする“三頭身のキリスト様”はよ」

 

「あぁ……実はさレヴィ……?」

 

 頭をポリポリと掻き、なんだか困った顔をしながら、ロックは今となりにいる彼に向けて目配せをする。

 すると彼はニッコリと微笑み、レヴィの方にまっすぐ向き直った。

 

 

「こんにちは。ぼくアンパンマンです♪」

 

 

 茶色いマントに赤いコスチューム。胸元にはニッコリとスマイルのマーク。

 見ているだけでほんわかとするような、そして暖かい気持ちになるような笑顔を浮かべ、アンパンマンはレヴィに挨拶する。「よろしくね♪」と。

 

「ぼく今日ロアナプラに来たばかりなんです。

 レヴィちゃん、これから仲良くしてね♪」

 

 そしてまんまる丸のおててを「はい♪」と差し出すアンパンマン。もちろんレヴィと握手をする為だ。友好の証。

 ……レヴィはくわえていたタバコをポロッと落とし、ロックが慌てて拾う。今日はバーベキュー・パーティをする予定は無いのだ。

 

「お……お」

 

 レヴィは差し出された手を握り返す事もせず、まるでハトが豆鉄砲を喰らったような、イソイソと開けたお年玉袋の中身が「はずれ♪」と書かれた紙だけだった時のような顔。

 アンパンマンが「?」って感じでキョトンとする中……やがてレヴィのOSがキュイィーンと音を立てて再起動する。

 

「べっ……ベイビーベイビー!

 よぉスイートパイ(可愛い坊や)、大人をからかっちゃあいけねぇなぁ……。

 そういう格好すんのはハロウィンの時だけよって、ママに教わらなかったかぃ?」

 

 なんとかいつもの口調、いつもの調子を以て、レヴィは彼と対話を試みる。

 呑まれては駄目だ、がんばれあたし――――そんな声が聞こえてきそうな表情だ。

 

「ん? そういうかっこう?」

 

「あぁそうさ、生憎この街じゃキャンディーもチョコレートも品切れでね。

 んなイカれた格好してても、何も貰えやしないのさ。

 もしこの街でトリック・オア・トリート(お菓子くれなきゃ悪戯するぞ)とでも吹いてみろ。

 次の瞬間『なんだてめぇ!』の言葉と一緒に、鉛玉が1ダースほど飛んでくる。

 ここは屋内だ、帽子の必要はねぇ。……さぁ、そのでかい被り物をとりな」

 

 レヴィは頬をヒクヒクさせ、出来るだけ静かな声でアンパンマンに告げる。

 怒りを抑えるように、「優しく言ってる内に言う事をきけよ?」という感じで。

 だがこれは無意識なのだろうが、レヴィがアンパンマンと背丈を合わせるようにかがんであげているのを見て、こいつ意外と優しいトコあるんじゃなかろうかとロックは思う。

 

「ぼうしって、あのジャムおじさんがいつもかぶっているヤツかな?

 パンを作る時にかみの毛が落ちないようにかぶるんだよって、

 前にジャムおじさんが教えてくれたんです」

 

「お、おう……」

 

「でもぼくパンは作れないから、ぼうしはかぶらないんです。

 それにぼく、お日様の光は大好きだから♪ なくてもヘッチャラだよ♪」

 

「……」

 

 再び「はい♪」っと手を差し出すアンパンマン。

 握手をしましょう。友達になろう。満面の笑みだ。

 

「あ! もしかしてレヴィちゃん、おなか空いてるのかい?

 だったらぼくのパンを食べなよ! とっても美味しいよ♪」

 

 元気が無い(眉をヒクつかせる)レヴィを見て、アンパンマンの頭に\ピコーン!/と電球が灯る。そして「えいやっ」と自分の頭をひとちぎり。

 手のひらサイズに取られたパンには、甘い香りのする餡子がぎっしりと乗っている。おいしそうである。

 

「はいレヴィちゃん♪ どうぞ♪」

 

 今度はアンパンの欠片を持って「よいしょ!」っと差し出される、アンパンマンのおてて。

 無邪気な笑顔、100パーセントの善意!

 お腹を空かせているレヴィちゃんの為なら、自分の顔のアンパンをあげる事もいとわない。まさにヒーローの姿だ。

 

 今アンパンマンが「さぁ君の笑顔を見せておくれ」と、にっこりレヴィに微笑んだ。

 

 

「 ――――てめぇの頭にゃ馬糞(まぐそ)でも詰まってんのかぁぁぁっっ!! 」

 

 

 その日、ついに火を噴いた二丁のソード・カトラスにより、事務所は随分と風通しが良くなり、多額の修理費用がレヴィのペイから天引きされた。

 

 ちなみに近くで銃声を聞いたロアナプラの住人たちは「またラグーンか」と言って特に気にする事無く、それぞれの生活を営むのだった。

 

 

……………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 話をきいた所……ロックが事務所にアンパンマンを連れてきたのは、三合会(トライアド)の張の頼みがあっての事だったらしい。

 

 連絡を受けたロックが張の事務所に行ってみると、そこには彼と共にアンパンマンの姿があり、開口一番に「ロック、こいつの面倒を見てやれ」と来たもんだ。

 まぁ端的に言えば、今回の件はそういう事情から起こった事である。

 

「えっと、どうやらアンパンマンは仲間たちと共にロアナプラに来たみたいでね?

 ここでパンの露店を開きたいとか、

 “悪の本場の空気を感じたい”って夢があったばいきんまん君の付き添いだとか、

 色々と理由はあるみたいなんだけど……。

 まぁとにかく、それでこの街の有力者である三合会の所に、

 まずは商売の許可を貰う為に挨拶に行ったらしいんだよ」

 

 言うまでもない事だが、三合会の組員たちはいきなりニコニコと尋ねてきたアンパンマン一行の姿に、それはもう飛び上がるくらいに驚いた。

 そりゃそうだ、いきなり目の前にラブラブキュートな見た目をした、三頭身くらいのマスコット達が現れたのだから。

 三合会のロアナプラ支部の面々がどれくらい驚いたかというと、その場にいた全員が一斉に“膨らんだ左の脇”に手をかけた位。慌てて軽機関銃を持ち出そうとする者までいた。

 

 だが相変わらずのほほんとニコニコしているアンパンマン御一行さまの姿に毒気を抜かれ、組員たちが揃いも揃って「一体どうすりゃいいんだ……」とうろたえていた所、そこにたまたま事務所に帰って来た張さんが遭遇。なんやかんやあって無事中に通してもらえる事に。

 

 幸いな事に誰も銃を抜く事もなく、また怪我人が出る事もなく、事は収まったのだ。

 今更ではあるが、張さんの肝っ玉はもうとんでもないデカさなのである。器が違う。

 

「俺が張さんに呼びつけられたのは、ようは“日本人”だからだよ。

 ジャパニメーションのキャラクターが現れたぞ! とりあえずロックを呼んで来い!

 ……なんかそんなのが理由らしくてね。

 いろいろ話はしたけど、最終的にアンパンマン達はここで露店を出す許可を貰い、

 俺は張さんに肩を組まれながら『――――面倒みてやれよロック、つれない事言うな』

 と怖い顔ですごまれた……というのが事のあらましさ」

 

 あの双子の件しかり、ラブレスの坊ちゃんの件しかりなのだが……この街では何か厄介事が起こったら「とりあえずロックに回しとけ」みたいなルールでもあるのだろうか?

 ある意味「アイツならなんとかしてくれる!」みたいな妙な信用があるのかもしれない。まぁロックからしたら嬉しくもなんともない事だが。

 

「アンパンマン達は“夢の国”出身だけど……ある意味生まれは日本だ。

 だから同胞のよしみで、色々面倒見てやれってさ。

 ……どういう風の吹き回しかは知らないけど、

 何かあった時は三合会に言ってこいって、ケツは持ってやるって張さんが……」

 

 よく分からないが、何か張さんにはアンパンマンに思う所でもあったんだろうか? それとも子供の時、アンパンマンのファンであったとか。ロックには知る由も無い。

 

「で、さっきダッチとも話をして来たんだけど。

 今日からアンパンマン、ラグーンの一員になるから(・・・・・・・・・・・・)。仲良くしていこうな」

 

「よろしくねレヴィちゃん♪」

 

「ウェイウェイウェイ、ちょっと待ちなよベイビー」

 

 なんかものっ凄くサラッと告げられた連絡に、思わず待ったをかけてしまうレヴィ。

 

「おっかしぃな……まだ昨日の酒が抜け切ってねぇらしい。

 あたしの耳が確かなら、今お前はこのファッキン・クライストが、

 あたしらラグーンの仲間になる……そう言ったように聞こえたんだが」

 

「大丈夫、レヴィの耳は正常だよ。

 それじゃあアンパンマン、今後の仕事について軽くレクチャーしとこっか?」

 

「うん、ありがとうロックさん。よろしくおねがいしますね♪」

 

「 待て!! ちょっと待てってんだよロック!! 」

 

 机の上のお酒をガッシャ―ンとひっくり返しながら、レヴィがロックの胸倉を掴む。

 

「おいロック、あたしを見ろ! お前自分が何ぬかしたか分かってんのか?!」

 

「えっ。どうしたんだレヴィ? そんな怒って」

 

「どうしたじゃねぇんだよ! この金玉野郎!

 いいか? あたしらの仕事は非合法の運び屋だ!

 パンの売り子でもベビーシッターねぇだろうが!!

 こんなイカれたなりのファンシーなガキ連れて、

 アンパンしょくぱんカレーパン以外のいったい何を運べっつーんだよ!!

 ケツ穴を余計に増やされてぇのかテメェ!!」

 

「お、落ち着いてよレヴィちゃん。女の子がそんな事しちゃダメだよ」

 

「るっせぇんだよ、この馬糞(まぐそ)パン!!

 こちとら殺るか殺られるかの商売してんだよ!

 時は早く過ぎるわ、光る星は消えるわなんだよ! やれっかバカ野郎!!」

 

「ん? まぐそ? それって何?

 どういう意味の言葉ですかロックさん?」

 

「う゛っ……! おいレヴィ! 子供の前で汚い言葉を使うなよ!

 アンパンマンが覚えちゃったらどうするんだ!」

 

「え゛っ!? いや、あたしは別に……いつもの感じで喋って……」

 

「ねぇレヴィちゃん、まぐそって何?

 ジャムおじさんなら、まぐそでパン作れるかな?」

 

「ほらぁ~レヴィ、言わんこっちゃない。

 お前がちゃんとなんとかしろ。大人の責任だ」

 

「うえ゛っ?! あ……あたしかっ?!

 いや、そーいうのはやっぱ、お前の方がよ……」

 

「ねぇねぇレヴィちゃん、まぐそって何?

 あ、さっきの“金玉野郎”っていうのもどういう意味かな? おしえておしえて♪」

 

「知らねぇーーよバカ野郎!!

 そういうのはなぁお前! もっとこう……アレだ! 賢そうなヤツに訊け!

 メガネかけてるヤツとか、ホワイトシャツにネクタイ締めてるヤツとか!

 あたしはミドル(中学)まででな? とてもじゃねぇが物を教えるってガラじゃ……

 ――――つか何であたしが攻められてんだよ!! いまあたしの番だろうが!!」

 

「というか、さっきからどうしたんだレヴィ?

 そんなスチーム・ポットみたいに怒ってさ。血管が切れちまうぞ?」

 

「なにかイヤな事でもあったの? ぼくでよかったら話をきくよ?

 ほらレヴィちゃん、言ってみてごらん♪」

 

「言ってんだよ!! さっきからあたしは何度も言ってんだよ!!

 天にまします我らが神に、心からオーマイガッと叫んでるんだよ! 聞こえねぇのか!

 ――――それとお前らぁ! 二対一は卑怯だろうがよ!

 あたしの立つ瀬がねぇよロック! そりゃねぇよロック!!」

 

「とんでもない、俺たちは相棒じゃないかレヴィ。

 いままで一緒にやってきた仲間だ」

 

「そうだよ、ロックさんとレヴィちゃんはとっても仲良しなんだ。

 でもこれからはぼくも、仲間に入れてくれるとうれしいな♪」

 

「もちろんさアンパンマン、三人で一緒にやってこう。

 これからよろしくな――――」

 

「 おー上等だ! 表出やがれお前ら!!

  親睦会がてら鉛玉ぶちこんで、てめぇらが朝なに食ったのか見てやるよ!!

  これからよろしくなぁベイビー!! 」

 

 

……………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 ところ変わって、ここはロアナプラの路地裏。

 

「こぉ~らぁ~! お前たちには“志”って物がないのかぁ~!!」

 

 今ばいきんまんの怒りが、辺りに木霊していた。

 

「……へ、へい! すいやせんバイキンの兄貴!」

 

「勘弁して下せぇ!」

 

「い~や、ダメだぁ~!!

 いいかお前たち、よぉ~く聞け? こんな小さな事をして喜んでてはダメなんだぁ~!

 悪ってのはもっとぉ~! でっかい事を志していかなきゃいけないんだぁ~!!」

 

 ひったくりや万引きなどの、せこい悪事を働いていたチンピラ達をとっ捕まえ、ばいきんまんが嵐のようなお説教をおこなっている。

 

 悪党の本場、ロアナプラ――――

 ドキンちゃんを始め、アンパンマンやジャムおじさんにお願いしてまで社会科見学をしにきたばいきんまん。しかしそこで見たのは、このようなつまらない悪事をはたらいているしょっぱいチンピラだ。

 普段から己の矜持、そして生きる意味を懸けてアンパンマンと死闘を繰り広げている彼にとって、ジャパニメーション界における悪の代名詞ともいえる彼にとって、これはあまりにもくだらない。

 同じ悪党の風上にも置けない、そんな悲しい姿であった。これにはばいきんまんの怒りも天元突破しちゃうという物だった。

 

 ――――お前たち! 悪党なら悪党の誇りを持て! もっと志を高く!!

 そう涙を流しながら熱く語るばいきんまんの言葉に、今まで遊ぶ金欲しさにしょーもない悪事ばかりをはたらいてきたチンピラ達は、目から鱗が落ちたような顔。

 ばいきんまんと一緒になって、おーいおいと涙を流す。

 

「そ……そのアンパンマンってヤツぁ、そんなに強ぇんですかい?!」

 

「兄貴でも敵わねぇなんて……俺ぁとても信じらんねぇよ!!」

 

 先ほどバイキンUFOやバイキンメカによって、けちょんけちょんにやられてしまったチンピラ達。こんなにも強いバイキンの兄貴がやられてしまう所など、彼らにはとても想像がつかないのだ。

 

「そうだぁ! 強い! もうとんでもなく強ぉ~い!

 でも俺様はぁ! 必ずアンパンマンをたおすぅーー!!

 それが俺様のぉ~! 悪の道だぁ~~!!」

 

「うぉぉぉ! 兄貴ぃぃーーー!!」

 

「バイキンの兄貴ぃぃーーーーッッ!!」

 

 もう涙を流しながらばいきんまんに抱き着いていくチンピラ達。まぁばいきんまんの背丈は子供程度しかないので、なんか感動的とは言い難い微妙な光景にはなっているが。

 

「見てろぉお前たちぃ~! 今から俺様がアンパンマンを倒す所を~!

 お前たちに夢を見せてやるぅ~!!」

 

 奇しくも社会見学にきたつもりの“悪の都”で、カリスマとして持ち上げられるばいきんまん。俺様の背中を良く見ておけとばかりにチンピラ達を引き連れ、仲良くロアナプラの街を行進していく。

 行きがけには同じくこの街で燻っている沢山のせこい悪党共を拾っていき、その数はどんどん膨れ上がっていく。まるでお祭りのような様相だ。

 

「出てこぉいアンパンマーン! 俺様はここだぁ~!

 このロアナプラの露店から、ホットシュリンプ屋さんがなくなっても良いのかぁ~!」

 

 とりあえずアンパンマンを呼び寄せる為、そこらじゅうの露店からホットシュリンプを全部買い占めちゃうという軽めの悪事を働き、がっはっはと笑うばいきんまん。

 

 みんなで食べたホットシュリンプはとても美味しかったし、良い感じで腹ごしらえも出来た。元気いっぱいだ。

 

 ロアナプラ中のせこい悪党共にわっしょいわっしょいと見守られながら、悪のカリスマとなったばいきんまんが、堂々とアンパンマンを待ち受けていた。

 

 

……………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「ん、外が騒がしい……。何かあったのかな?」

 

「騒がしいのはいつもの事だろうが。ここはロアナプラだぜロック?

 チンピラ共の声だの銃声だの、別に珍しくもなんともねぇよ」

 

 ロックが窓の外を訝し気に眺める。一方でロックにピザを奢らせてご機嫌な様子のレヴィは、それを「もっちゃもっちゃ♪」といきながらアンパンマンとポーカーに興じている。

 

「さぁコールだぜスイートパイ、残念だが負ける気がしないね。

 お前さんはガキだし、別にここで降りても玉無し呼ばわりはしねぇよ。

 大人しく白旗上げちゃーどうだ?」

 

「えっと、これなんていうんだっけ? 数字の7が4枚そろったんだけど(・・・・・・・・・・・・・・・)

 レヴィちゃんこれ強い?」

 

「 うえ゛っ?!?! 」

 

 軽くポーカーで遊んでやるつもりが、初心者のアンパンマンにボコボコに負かされ意気消沈するレヴィ。子供が相手という事で金は賭けなかったが、もし賭けていたらどうなっていたかは想像したくない。絵にかいたような大敗だ。

 

 ちなみにレヴィのカードは、いわゆるブタだった。

 持ち札が悪い時にムキになってコールするものだから、いつもエダにカモにされているという事はアンパンマンには知る由も無い。

 

「――――おいロック! ちょっと来てくれないか!

 ロアナプラの街がどんちゃん騒ぎなんだ!」

 

「ベニー?」

 

 その時、ラグーンの同僚であるベニーが事務所に飛び込んでくる。そのただならぬ雰囲気にレヴィがソファーから腰を上げる。……まぁ彼女は内心「勝負がうやむやになった。しめしめ♪」とか思ってたのかもしれないが。

 

「何故かロアナプラ中のホットシュリンプ屋が、

 同じくロアナプラ中のチンピラ達に買い占められるという謎の事態になっててね?

 そいつら仲良くホットシュリンプを頬張りながら、

 街中をパレードみたいに練り歩いてるんだよ!」

 

「なんだそりゃ? 別に今日は祭りの日じゃないし、

 ロアナプラは村おこしのイベントをやるような街じゃないだろ?」

 

「一見さんお断りみたいな街だからなぁここは。

 大抵の流れ者は、5日後には海に沈んでるような街なんだ。

 まぁそこのアンパン・キッドは大丈夫だろうがよ……」

 

 張の旦那もついてるし、空も飛べるしなとレヴィがため息をひとつ。

 そんな中で彼が、ロックの方を向く。

 

「――――みんな、こまってるの?」

 

 いつもニコニコしていたアンパンマンの、真剣な表情。ロックはそれに呑まれてしまったように言葉を詰まらせる。

 

「いや……そう大した事態じゃないんだけどさ?

 ただこのバカ騒ぎや騒音で迷惑する人達もいるだろうし、

 なによりみんな大好きホットシュリンプの買い占めは頂けない。

 欲しい人たちが買えなくなるからね」

 

「なんかパレードの先頭には、UFOめいた何かに乗る子供がいるらしい。

 もしかしたら、彼が連中を率いているんじゃないかって話も……」

 

 ロックとベニーの説明を聞いた途端、勢いよくアンパンマンが窓から飛び出す。それはヒュ~っと軽快な音を立てて瞬く間に飛んでいき、あっという間にロック達の視界から消える。

 

「おいロック! 車を出せッ!!

 あの馬糞パンになんかあったら、あたしら張の旦那にツイスト踊らされる(・・・・・・・・・)ぞ!!」

 

「わかってる!」

 

 レヴィは愛銃を引っ掴み、ロックは車のキー引っ掴んで飛び出していった。

 

 

……………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「まてぇーばいきんまーん!」

 

 ロアナプラの漁港。倉庫がたくさん並んでいる、いかにも悪の親玉が内緒話でもしに来そうな寂れた場所に、いま沢山の屑共の活気が溢れている。

 この集団のリーダーである、ばいきんまんを中心として。

 

「えっと、たしかレヴィちゃんは……そうだっ!

 こらーばいきんまん! この金玉野郎(・・・・・・)! ゆるさないぞー!」

 

 悪い大人たちのせいで、アンパンマンがよくない言葉を使い始める。それにちょっと驚きつつも、ばいきんまんは悪のカリスマとして雄々しく声をあげる。

 

「おー来たなぁ~アンパンマーン!

 やぁ~っつけてやる~~う!!」

 

「尻の穴をもう一つこさえてやるぞ! ばいきんまん!

 君が朝ごはんに何を食べたか、ぶちまけてみるかぁー!」

 

 意味は分からないものの、レヴィが言ってたカッコいい言葉をそのまま言ってみるアンパンマン。

 なにやらいつもより気分が高揚してきたぞ! すごい! 大発見だ!

 

「……おいレヴィ、あれって……」

 

「……」

 

 そこに追いついたラグーンの3人。年代物のイカした車の窓から顔を覗かせ、アンパンマンの戦いを見守る。

 

「むぅ~! ちょこざいなーアンパンマンめぇ~!

 このバイキン・メカでぇ! 踏ぅ~みつぶしてやるぅ~!」

 

「えっと……上等だぁばいきんまーん! このくそったれー!

 君の脳みそが何色か、見てあげても良いんだぞー!

 鉄屑とミート・パテにされたくなかったら、おとなしくするんだー!」

 

「……レヴィ、帰ったら説教だ。これは明らかにお前の責任だよ」

 

「あいよ、相棒……シット……」

 

 まるでスポンジのように吸収していく、子供の学習能力。

 その素晴らしい成長を魚のような死んだ目で見つめるレヴィ&ロック。後で三人まとめてジャムおじさん(親御さん)に怒られる所までの未来が見える。今から憂鬱だ。

 

「ほーりーしっと! で合ってたかな?

 ……とにかく、顔が欠けてて力がでない~」

 

「ふはははは! これでトドメだぁアンパンマーン!」

 

 レヴィにあげる為にちぎったので、今のアンパンマンの顔は少し欠けている。それで力が出せずにピンチに陥っているのだ。

 あの時、怒りに任せて「こんな馬糞が食えるか!」と貰ったパンを床に叩きつけたレヴィは、内心もうとんでもない罪悪感に包まれている。

 まぁ食べてたからどうという事でも無いのだが、罪の意識がすごい。このままアンパンマンが負けちゃったら一生後悔しそうである。

 

「ヘイ! ヘイアンパンよ! だらしねぇぞ!! ヒーローだろうがお前!

 さっさとマイク・タイソンみたく一発かましゃーいいんだよ!

 男みせやがれバカ!」

 

「うん! ぼくがんばるよ!

 見ててレヴィちゃん! この小便野郎の面をファックしてやるから!」

 

 レヴィの(結構必死な)声援を受け、満身創痍ながらも頑張って戦うアンパンマン。たとえピンチに陥っても諦めず、女の子の声援を力に空を飛ぶ。まさにヒーローの姿だ。

 そしてその頑張りが実を結び――――今どこからかとても大きな声が、この場まで届いてきた。

 

「 よぉアンパンマーーン! ラグーンからご機嫌なアイテムのお届けだぜ! 」

 

「ダッチ!?」

 

「!?」

 

 声のする海の方に振り向いてみれば、そこには彼らラグーン商会の代表であるダッチが乗る舟。

 大きな魚雷を二本も積んだ魚雷艇、通称“ラグーン号”に新たに新設された煙突が(・・・)、パンを焼く香ばしい匂いと共にモクモクと煙を上げている姿が見える。

 

「ファッキンな船で焼いた、ファッキンなパンを、ファッキンなブラザーに届けるぜ!

 ――――アンパンマン! 新しい顔だぁぁーーッッ!!」

 

 ダッチのヒデオ・ノモばりのトルネード投法で投げられた新しい顔が、アンパンマン目掛けて一直線に飛んでいく。そしてそれは見事に命中し、傷んでしまっていたオールド・フェイスと勢いよく入れ替わった。

 

 

『 げんき100倍! アンパンマン! 』

 

 

 まるで太陽のようにアンパンマンの身体が〈ペッカー!〉と輝く。

 そして再びばいきんまんに向かって、解き放たれた矢のように飛んで行った。

 

「くっ……くっそぉ~! もうちょっとだったのにぃ~!

 こうなったらやけくそだぁ~! アンパンマンめぇ~!」

 

「ばいきんまん! えっと……ロケット&ベイビー!」

 

 いまアンパンマンの身体とバイキンメカの大きな腕が交差し、その片方が勢いよく吹き飛んだ(・・・・・)

 

 

「 ――――ファッキン・アンパーンチ!! 」

 

 

 辺り一帯に響くような〈ドカーン☆〉という音が鳴る。そして「ばいばいきぃぃぃ~~ん!!」といういつものセリフを残して、ばいきんまんが空の彼方に消えて行った。

 それをどこか、アホのようにぼけぇ~っと見ている一同。

 

「なぁベニー……いつの間にラグーン号、改造したんだ?」

 

「分からないよロック……。僕は知らなかったんだ。

 ダッチと付き合い出してもう2年以上になるが、

 分かった事といえば彼がタフで知的で、そして“変人”だって事だけだ……」

 

「これから毎日パンをやこうぜ? ……って事か?

 たとえ海の上だろうが、新しい顔作りには困らねぇって事か。

 ……まぁ好きにしてくれ。あたしはもう知らねぇ。

 アーメン・ハレルヤ・ピーナッツバターってな」

 

 

 いま空の向こうから、戦いを終えて嬉しそうにこちらに飛んでくるアンパンマンの姿が見える。

 彼をなんて言って迎えてやろうか。なんて言って褒めようか。労おうか。……そんな事をボケっと考えてはみたが、もうなんかめんどくさくなってきたレヴィ。

 

「レヴィちゃん! 勝ったよ! 君の応援のおかげだ!

 薄汚いバイキン野郎を、ヨルダンあたりまでぶっ飛ばしてやったよ♪」

 

「お……おうスイートパイ……いやアンパンの兄弟。

 とりあえずお前、J・Bよりクールだぜ……」

 

 

 

 

 

 ラグーン号にパン窯を新設――――つー事はあたし、これから当分こいつと仕事してくんだな。

 

 アンパンマンの無邪気な笑顔を見ながら、そんな事を考えるレヴィだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

43 アンパンマンと、シスター・エダちゃん。

 

 

「おい張ッ! ありゃ一体どういうこったッ! 何なんだあの野郎はッ!!」

 

 ロアナプラ某所の一室。

 怖いおじさん達がすし詰めになっているという、もう絶対に入りたくない感じの部屋に、イタリアン・マフィアの“ヴェロッキオ”の怒鳴り声が響く。

 

「大声を出すな、品の無い……。

 ブタのように喚きたいのなら、豚小屋(祖国)に帰ってやるといい。

 口が臭いんだよ、イタ公が」

 

「なんだと火傷顔(フライフェイス)! 田舎者のロシア人(イワン)が随分と吹くじゃねぇかッ!」

 

「やめろ。二人とも口を慎め。

 何の為の連絡会だ」

 

 いつも顔を合わせれば罵り合い。そんな二人を張が諫める。

 

「あらミスター・張。私がいつ共存を求めてる(・・・・・・・)と?」

 

「控えてくれバラライカ。君も“この街ごと吹っ飛ばす”のは本位では無いだろう?

 幾多の流血の末、ようやく手にした均衡。ぜひ大事にして欲しいモンだ」

 

「……ふっ!」

 

 不機嫌そうに顔を背け、バラライカはパチンと音を立てて葉巻を咥える。

 

「話を戻そうか。

 ……で、いったい何が気に食わないんだヴェロッキオ? 話してくれ」

 

「おぉそうだよ張! あのイカれたアンパン野郎(・・・・・・)の事だッ!!

 ヤツが来てから商売あがったりなんだよ! こちとらよぉ!!」

 

「?」

 

 バラライカはキョトンとした顔。

 食うモンねぇぞと怒り狂うゴリラみたいに騒ぐヴェロッキオを、ポカンと見つめる。

 

「ヤツのケツ持ってんのはお前だって話じゃねぇかッ!

 いったい俺に何の恨みがあるってんだ! 責任とれ! どうにかしやがれ張ッ!!」

 

 

 

 …………ヴェロッキオの話によると、最近この街に露店を出し始めたアンパンマン一行により、いま自分の組が大ピンチに陥っているらしい。

 それは別に事務所に襲撃されたとか、因縁つけに行ったら返り討ちに合って半殺しにされたとか、そういう話でも無いらしいのだ。

 

「ヤツの露店でパンを買った連中が、残らず骨抜きになりやがるッ!!

 まるで教会の懺悔室にでもいるみてぇに、マフィアの事務所でボロボロ泣き出しやがるんだッ!

 アンパンだのカレーパンだの食いながらなぁッ!!」

 

 そのあまりの美味しさに……というだけでは無い。真心を込めて作られたジャムおじさんのパンを食べた連中は、何故かまるで心が洗われたかのような(・・・・・・・・・・・)綺麗な表情をして、ポロポロと涙を流し始める。

 そして残らず骨抜きとなり、マフィアの仕事(しのぎ)もままならない“まっとうな人間”になってしまうのだと言う。

 とても組員など務まらない、心の綺麗なナイス・ガイにだ。

 

「こんな素晴らしいアンパンを貰える私は、きっと特別な存在なのだと思いました――――

 とかなんとかワケの分からねぇ事抜かして、どいつもこいつも組を抜けやがるッ!!

 どうしてくれんだよ張ッ!! 組の運営が成り立たねぇんだよッ!!」

 

 軽い気持ちで朝ご飯を買いに行った連中が、根こそぎキラキラとした目で組を抜けていく。清々しい顔をして田舎に帰り、農場でポテトを掘り始めるのだ。

 今ヴェロッキオの組の弱体化が、シャレにならない事態にまで深刻化していた。

 

「……お、俺も聞いた事あるぜ張!

 最近この街に現れた“セカンド・キリスト”の話をよ!?」

 

 今までビクビクとし、一人だけ声を出していなかったアブレーゴも、オロオロと語り始める。

 

「最近よ? 路地裏や酒場で喧嘩した連中の前に、ミニ・サイズのクライストが現れんだよ!

 ……そいつはテメェの顔を怪我した連中に食わせ、

 もう打撲だろうが銃創だろうがケロっと治しちまうって話だ!!」

 

「そうだッ! その自己犠牲の精神だの博愛だので、

 今ヤツはこの街で“セカンド・キリスト”なんて名で呼ばれていやがるッ!

 パンを貰った連中は根こそぎヤツを崇拝し、宗教めいたモンまで出来始めてやがんだッ!!」

 

 アブレーゴとヴェロッキオが頷き合う。仲が良いワケでは無いんだろうけれどウンウンと意気投合している。

 

「 どうすんだよ張ッ!? ここはロアナプラ(悪の都)だろうがッ!!

  この頭からクソに突っ込んだような子汚ねぇ街は、

  ゴルコタの丘でも、サ〇リオのテーマパークでもねぇだろうがよッ!! 」

 

 

 なんとかしろ。今すぐなんとかしてくれ――――

 半泣きなヴェロッキオの悲痛な声が響く。まるで嫁さんに逃げられたゴリラみたいに。

 

「――――くだらないわね。茶番だわ」

 

「なっ……!? なんだとテメェ!!」

 

 いくらイタ公マフィアとはいえ結構可哀想な感じだったヴェロッキオに構わず、バラライカが部下からコートを受け取る。

 もうここに用は無いとばかりに、帰り支度を始めたのだ。

 

「おいバラライカ……」

 

「ふっ! 親睦会のつもりか、ミスター・張?

 次はトランプ遊び(ジンラミー)でも始めるのかしら? 付き合いきれんな」

 

「て……てめぇ火傷顔(フライフェイス)ッッ!!」

 

 思わず詰め寄ろうとしたヴェロッキオにも構わず、毅然とした態度でバラライカが告げる。とても大きな声で。

 

「私が今日ここに来たのはな? 我々の立場を明確にしておく為だ(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 決して馴れ合いの為では無い」

 

 振り向き様……この場の全ての者達に向かって。

 

 

『――――いいか、我々ホテル・モスクワは、メロンパンナに仇なす者(・・・・・・・・・・・)を容赦しない』

 

『それを排撃し、そして殲滅する。

 親兄弟、隣人、必要なら飼い犬まで殺す――――よく覚えておく事だ』

 

 

 

 …………去っていく彼女の背中を見つめながら、「そういや今メロンパンの子は、バラライカが面倒見てるんだったな~」と思い出す張。

 

 お前、もう“メロメロ”じゃないか――――

 張はそう言ってやりたかったが、怖いのでやめた。

 

 

…………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「おいしいパンを~作ろう~♪ 生きてるパンを~作ろう~♪」

 

 新設されたラグーン号のパン窯の前、ダッチがキッズ・ソングを歌う。

 

「命がけでぇ~作ろう~♪ ファックなパーンーを~♪ とくらぁ!」

 

 ジム・キャリーのような満面の笑みで生地をこねるダッチ。ベニーは何とも言えない顔で見守る。

 

「だ……ダッチ、楽しいかい……?」

 

「よぉベニーボーイ、見てわかるだろう? ご機嫌さ。

 まさかこの歳になって新しい趣味が見つかるとはな。信心深ぇ甲斐もあるってもんだ」

 

「……」

 

「焼きあがったらお前もひとつどうだ?

 我が社の有能なるメンバーの為に、グレイトなヤツを御馳走するぜ」

 

 ダッチは心底楽しそうにパン生地をこねている。額の汗はキラキラと輝き、その口元は溢れ出す喜びから笑みの形に。もうベニーは閉口するしかない。

 

「そ……それはともかくとして、ロック達は?

 今日は姿が見えないみたいだけど」

 

「あぁ、ヤツらなら今日はミスター・ジャム(ジャムおじさん)の所さ。

 露店の手伝いをしに行ってる」

 

「えっ!? ロックと……レヴィが‽!」

 

「今ロアナプラじゃ、ミスターのパンがブーム。ビッグ・ウェーブだ。

 とてもじゃねぇが人手が足らねぇらしくてな?

 アンパンマンに“おいた”したお仕置きがてら、店を手伝いに行かせてんのさ」

 

 

………………………………

………………………………………………………………

 

 

「――――オイこの尻穴野郎ッ! ゴミ溜め生まれのクソッタレ共!!

 玉もがれてショーウィンドウに並べられたくなきゃあ、

 あらかじめ小銭くらい準備しときやがれ!」

 

 ガヤガヤと並んでいるお客さん達に向かい、売り子のレヴィが喚起の声を上げる。

 

「チョココロネ? んな上等なモンとっくに売り切れてんだよクソがッ!!!!

 そのヤク漬けの腐ったおつむじゃ、張り紙の文字も読めねぇのか! この小便野郎!!

 テメェみてぇな救いようの無いクソは食パンでも買って、

 自前のピーナッツバター(・・・・・・・・・・・)でも塗って食いやがれ! ファックッ!!」

 

 ――――こんなガラの悪い店員、見た事ねぇ。

 ロアナプラの住人達は、震え上がる。

 

 大繁盛しているので、この露店では2つのレジを使ってお客さんを捌いてはいる。しかし運悪くレヴィの方に並んでしまったお客さんは、もう唾を飛ばされながらとんでもない罵倒を受けてパンを買わなければならない。

 ピンクのラインの入ったフリフリのミニスカート、女の子らしいエプロン、そしてキュートな帽子を被ってはいるものの、この売り子さんはイカれている(・・・・・・)

 まるで狂犬のように見るもの全てに噛みついて回るのだ。たまに銃だって出す。

 

「レヴィちゃんがいてくれて、ほんと助かるわ♪

 おかげでお店も大繁盛。ありがとねレヴィちゃん♪」

 

「え゛っ?! いや……バタコの姉御(・・・・・・)。あたしは別に……」

 

 ニコニコとお礼を言われ、思わず言いよどんでしまうレヴィ。

 ちなみにバタコさんを“姉御”と呼んでいるのは、端的に言えば「この人には勝てる気がしない」から。

 

 いつもニコニコと微笑みかけてくれて、まるで家族のように接してくれる人。とてもじゃないが邪けんになど出来ない。

 それに加えて、バタコさんの纏う“オーラ”というか……もうとびっきりの愛情のような物の前に、いつもレヴィはタジタジ。

 もう理屈とかじゃなく、この人には勝てない(・・・・・・・・・)。レヴィは本能でそう感じている。

 

 ちなみにレヴィは知る由もないが、きっと“身体的なスペック”で見たとしても、このバタコさんに勝てる人間など、そうそうは居ないのだが。

 彼女が「新しい顔よー!」とあの巨大なパンを投げる時の速度&筋力は、空想科学読本的に真面目に実測してみると、もはや人間とは思えない程の物となる。

 

 恐らくなんだけど、「やだもうレヴィちゃん♪」とばかりにバタコさんにぽすっと肩を叩かれでもしたら、きっとその部位はちぎれて無くなる(・・・・・・・・)

 ――――絶対に逆らってはいけない人。

 もしかしてレヴィは、それを本能で感じ取ったのかもしれない。流石はロアナプラの二丁拳銃(トゥー・ハンド)だ。

 

「ん、んな事よりよ姉御! そろそろ昼だろ、休憩行ってきてくれよ!

 ロックの野郎にでも案内させてよ? ラチャダ・ストリートで麺でも食ってきなよ!」

 

「あら、もうそんな時間? それじゃあお先にお昼に行ってくるわね♪

 すぐ交代に戻ってくるから、しばらくお願いねレヴィちゃん♪」

 

 いそいそとエプロンを外し、ロックに声をかけに行くバタコさん。その後ろ姿をレヴィがグッタリしながら見送る。

 

「やれやれ、ほっとするぜ……。

 姉御の事ぁ嫌いじゃねぇ(・・・・・・)が、息が詰まっちまっていけねぇよ……」

 

 この体たらく。体たらくよ。

 それに引き換えロックの方は、アンパンマン一行と非常に良好な関係を築いているようだ。

 バタコさんを始め、しょくぱんまんやカレーパンマンとも十年来の友人のように談笑している姿をよく見かける。流石は彼らのアニメを観て育った日本人である。

 

 ちなみにであるが、レヴィの生まれである米国(ステイツ)、そしてこのロアナプラのあるタイでも“それいけ!アンパンマン”はしっかり放映されている。

 アジアはもとよりヨーロッパや中東の国でも。世界中で愛されている作品なのである。

 

 実はレヴィも子供の頃よく観ていたし、ぶっちゃけ大好きだったりもした。……絶対に言ったりはしないけれど。

 

「んじゃ、休憩までもうひと頑張りといくかぁ~。

 ――――オイこのビチグソ野郎! そこにあるカラーコーンが見えねぇのか!!

 てめぇの目にはチュッパ・チャプスでも詰まってんのかコラァ!!

 ケツをローストされて金玉の裏まで焦がされねぇ内に、キッチリ列作って並びやがれ!!

 通行の妨げになるだろうがよボケナス!!」

 

 焼きあがったパンを受け取って陳列したり、たまにカトラスをぶっぱなしたりしながら、次々にお客さんを捌いていく。

 パンを焼くジャムおじさんと、売り子のレヴィの息はピッタリだ。たまにジャムおじさんに褒められて顔を赤くしながらも、頑張って売り子を務めていくレヴィ。

 なんだかんだ言いながらも、内心ちょっと楽しくなってきたのだ。

 

「ありがとう御座いましたぁゴミクソ野郎さま!

 またよろしくな! 絶対来いよ!! 顔は憶えたからなぁテメェ!!!!

 ……さぁお待ちのお客様! メイ アイ ヘルプ ユゥ?

 とっとと注文しやがれってんだよ! このメス豚がッ!

 魚の餌になりてぇのかテメェ淫売コラぁッ!! 後がクソみてぇにつかえて

 

「あ~ら、ご挨拶じゃないのさぁ~二丁拳銃(トゥー・ハンド)~♪

 まさかエテ公に銭勘定が出来るとは驚きだぁ~♪

 今夜はそのフリフリのスカートで、色男(ロメオ)としっぽりいこうってワケぇ~?」

 

「――――お゛っふ゛ッッ?!?!?!」

 

 通称“暴力教会”のシスター・エダ。

 彼女が今、ラブラブキュートな売り子さん姿のレヴィの前に立っていた。

 

「な……なんの事ですだよ(・・・・)

 アタシ生まれ本省よ。レヴィなんて名前違うます。

 お前みたいなアバズレ、知る無いね……」

 

「おー、まさに“サル真似”ってワケだぁエテ公?

 あのシェンホアとかいう中国人(チャイニーズ)によろしく言っといておくれよ♪

 あん時はやりあって怪我させちまったからね、

 なんなら仲直りの証に、()()()()()をプレゼントしてもいい」

 

「…………50」

 

「150」

 

「死ね、100」

 

「毎度ぉ♪ 良い子だレヴィ、人間素直なのが一番さね。

 神は天にいまし、世は全て事もなしってな」

 

「……ファック」

 

 エダから写真のネガを受け取り、カトラスで粉砕する。更にそれを徹底的に「こんにゃろ! こんにゃろ!」と踏み踏みしている時……空から飛んでくるアンパンマンの姿が見えた。

 

「レヴィちゃん、どうしたの? 何かあったの?」

 

「おぉアンパンの兄弟(ブロウ)! 聞いてくれよっ!

 この淫売があたしの事いじめたんだよ! 頑張ってパン売ってる可哀想なあたしをよぉ!」

 

「おい、エテ公」

 

 即座にアンパンマンに縋り付き、「あいつあいつ!」とエダを指さす。アンパンマンはキョトンとしているが、エダはもう額に血管を浮かせている。

 

「とにかく……よお“セカンド・キリスト”のボーイ! はじめましてだね♪

 あたしはシスター・エダ。この街の教会で磔の大将(キリスト)に仕えてるモンだ」

 

「レヴィちゃんのお友達ですね。こんにちは、ぼくアンパンマンです♪」

 

 人懐っこい笑顔で腰を屈め、アンパンマンと目線を合わせてやるエダ。

 二人は朗らかに笑い合い「あくしゅあくしゅ♪」と手を握る。もう友達だ。

 

「あんたの噂は聞いてるよ。腹に銃弾くらった迷える子羊から、

 餓死寸前のホームレスにまで手を差し伸べてるんだって?

 まだちんまいのに、随分と徳の高い坊やだ。

 うちのボス(ヨランダ)も是非会ってみたいってさ♪」

 

「はい、じゃあこんどヨランダさんに会いにいきますね♪ よろしくおねがいします♪」

 

「つかボーイ、今レヴィの部屋に住んでるんだって(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 一緒に住むにはこのエテ公、ちぃとガサツ過ぎやしないかい? イビキもうるっせぇし。

 こんな女より、あたしの所に来なよぉ♪」

 

「――――うぉぉぉぉいッッ!!!!」

 

 レヴィの叫びが、ロアナプラの空に響き渡った。

 

「……何で知ってるッ?! てめぇ何で知ってやがんだエダッ?!

 どっから仕入れた!? どこのクソの口から漏れやがったんだオイ!!」

 

「んなモンもう、誰でも知ってんだよ……。この糞溜め(ロアナプラ)に住む人間ならな?

 べつに広くもねぇ街だしよ。

 ついでに言えぁ、地獄の直行便は足が速ぇんだよ(・・・・・・・・・・・・・・)、レヴィ」

 

「はい、いまぼくレヴィちゃんといっしょに住んでるんです♪

 レヴィちゃんとたくさんお話できて、毎日とってもたのしいよ♪」

 

「ほっほぉ~! このエテ公がねぇ~。

 そらフルハウスみてぇにハートフルな話だぁ~♪

 あ、ひとつ訊きてぇんだけど、レヴィが毎日お前さんを抱き枕にして寝てる(・・・・・・・・・)ってのは……」

 

「 ――――よぉエダ! 抜けよ!! 抜けよこの腐れ淫売の二流ガンマンッ!!

  この世にひり出されて来た事を後悔させてやっからよッ!!

  早くしろよベイビーッ!! カムアァァァーーーーン!!!! 」

 

「コイツお前さんといる時、どんな話をしてんだぃ?

 やっぱ色男(ロメオ)の話なのかぃ?」

 

「はい♪ レヴィちゃんロックさんのお話ばかりですよ♪

 今日は少し言い過ぎたとか、今日はたくさん話せて嬉しかったとか。

 レヴィちゃんはロックさんのこと、大好きだから♪」

 

「 ――――やれよ! 撃てよあたしのド頭を!! 眉間はここだぜエダッッ!!

  そのグロック17Lで、今すぐあたしをヴァルハラに送れ!!

  お前の心にゾウリムシくれぇでも、“慈悲”ってヤツが残ってんのならッ!!

  プリィィィィーーーーズッ!!!! 」

 

 

 

 

 

 

……………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 その後、レヴィちゃんは銃を乱射したり、イエロー・フラッグで吐くまで飲んだりしちゃったけれど、ロックくんに慰めてもらって翌朝には元気になりました。

 

 レヴィちゃん「もう外を歩けねぇ……」って言って落ち込んでたけど、なんでかな?

 歩くのがつらいなら、ぼくの背中に乗せていってあげるよと言うと、レヴィちゃんはなぜか泣きそうな顔で笑って「ありがとよ兄弟」と頭を撫でてくれました。

 

 よく分からないけれど、ぼくとっても嬉しかったです♪

 

 

 今日はエダちゃんと仲良しになれたし、またレヴィちゃんとも仲良くなれた。

 

 これからもこの街のみんなと、楽しく過ごせたらいいな♪

 

 

 

 アンパンマン

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

44 アンパンマンと、ヘンゼルくんグレーテルちゃん。

 

 

「やっ! 止めて下さいっ! 離してっ!」

 

「うるせぇこのアマ! 大人しくしやがれッ!!」

 

 ロアナプラ、貧民街の裏路地。

 ガラの悪そうなイカつい男が、女の子の手を掴んで銃を突き付けている。

 

「いいから言う事を聞きやがれッ! 鉛玉ぶち込まれてぇかッ! このクソッタレ!」

 

「 いやっ! やめて! 助けて下さいっ!

  誰かっ……! 誰かぁぁーーっ!! 」

 

 この街(ロアナプラ)では、あまりにもありふれた光景。

 そんな光景を目にしても、この街では誰も気に留めない。ただダルそうにあくびをしながら、その場を歩き去るばかり。

 

 少女の悲痛な声が、ロアナプラの濁った空に響く。

 今日もまた哀れな弱者が、悪漢の食い物にされようとしていた……その時。

 

『――――まてー! その子をはなしなさぁーい!』

 

「ッ!?!? な……何だ?! 誰だコラてめぇ!!」

 

 突然この場に響いた声に、悪漢がキョロキョロと辺りを見回す。だがその目は誰の姿も映す事は無い。

 当然だ、彼らは空にいるのだから(・・・・・・・・)

 助けを呼ぶ声を聴きつけ、空の彼方からやってきたのだから。

 

『――――この眩い光が照らす清らかな朝、幼子に(まが)き刃を向ける輩よ。

 俺の愛銃、そして我が友の拳は(・・・・・・)、狙った獲物を区別なく破砕する!』

 

『悪さはゆるしませーん! おやめなさーい!』

 

「 ?!?! 」

 

 なにやら“とても愛らしい声”、そして“ハンサムな声”が交互に聞こえてくる。

 

「神は御座(おわ)し、ただ見守るのみ――――

 ならば天に代わりて誅を下すは、俺達をおいて他に無い」

 

「さぁぼくらが相手でーす! かかってきなさーい!」

 

 見上げれば、そこにはしょくぱんまんの背に乗ったロットン(・・・・・・・・・・・・・・・・・)の姿。

 勇ましく正義の声を上げるしょくぱんまんと、その背中に立ってカッコいいポーズを決めているロットン・ザ・ウィザードが現れたのだ。

 

 ――――無理だ! とても敵わねぇ!!

 二人の“非常にアレな”登場シーンを見た途端、悪漢の男は即座に白旗を上げた。

 

 正義に燃える瞳と、一片の曇りも無い声――――

 あれは決して逆らってはいけないタイプ(・・・・・・・・・・・・・・・)の人種だ。もう“正義”とやらの名の下に、何されるか分からん。

 そう本能で悟った悪漢の男は、自ら銃を〈ぽーい!〉と遠くに放り投げ、急いで彼らにひれ伏す。

 

「すまねぇッ! 勘弁してくれぇーッ!

 俺ぁこの嬢ちゃんの持ってた“パン”が欲しかっただけなんだッ!

 ミスター・ジャム(ジャムおじさん)の焼いたパンが、どうしても欲しかったんだよッ!」

 

 二人に慈悲を乞い、女の子にも心から頭を下げる悪漢の男。

 

「うちの妹は身体が弱ぇから、ロクに外にも出られやしねぇ!

 いつもあの子汚ねぇ家ん中、ひとりっきりで遊んでいやがるッ!

 だから、せめて美味いモン食わせてやりてぇって……、

 俺ぁいつも足繁くミスターの店に通ってんだ!

 ……でも妹のでぇ好きなメロン・デニッシュはどういうワケだか、

 いつもハトが飛び立ってくみてぇにすぐ売り切れやがるッ!! ファーック!!!!」

 

 もうボロッボロ涙を流す悪漢の男。その姿を前に二人は銃をしまい、そっと拳を下ろす。

 毎日朝早くから露店に並び、あのレヴィのイカレた罵詈雑言(接客)を受けながらも、妹の為にと必死に頑張っていた。

 そんな彼の想いがひしひしと伝わってくる。

 

「 俺ぁ……俺ぁただ、妹の喜ぶ顔が見たくてッ……!

  いつも寂しそうに笑うアイツの、“本当の笑顔”ってヤツが見たくてッ……!

  ――――すまねぇ嬢ちゃん! 俺が悪かったぁッ! 勘弁してくれぇ~~ッ!! 」

 

 

 その後……「たとえ盗んだパンを食べさせても、妹さんは笑ってはくれませんよ」というお説教、そしてこれからは妹さんの為に、毎朝しょくぱんまんが焼きたてのパンを届けてくれるという約束を受け、男はまたポロポロと涙を流した。

 

 幸いにも女の子に怪我は無かったし、男もしっかりと改心してくれた。

 笑顔で手を振る二人に見送られながら、ロットンとしょくぱんまんが再びふわっと舞い上がり、ロアナプラの空を飛んでいく。

 

「またひとつ、幼子の笑顔を守る事が出来た。

 友よ――――君のおかげだ」

 

「こちらこそですロットン! あなたがいてくれたからです!

 これからもぼくらで、この街の“正義”をまもっていきましょう!」

 

 

 ぽかぽかの陽気。眩いお日様の光。

 ふふふと微笑み合う二人が、スイ―っと大空を駆けていく。

 

 ロットン・ザ・ウィザードと、しょくぱんまん――――

 彼らがいる限り、このロアナプラ(悪の都)から正義の灯が消える事は無いのだ。

 

 

……………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「久しぶりだね。元気にしてるかい?」

 

 ラグーン商会のお昼時。受話器に向かって朗らかに話すロックの声が聞こえてくる。

 

「そっか、何よりだ。声が聴けて嬉しいよ。

 こっちは……そうだなぁ、まぁ“相変わらず”ってトコさ。

 毎日騒がしくやってるよ」

 

 ロックの楽しそうな声、それにレヴィが「ぐむむ……」っと聞き耳を立てる。

 何気なしにソファーに座っている風を装ってはいるが、その身体は電話の方向に随分と傾いている。

 

「あれ? レヴィちゃん、どうかしたの?」

 

「――――シッ! 静かにしてろ兄弟。声を出すな」

 

 眉間に皺を寄せ、「一言一句、聞き逃してなるものか」とばかりの鬼気迫る様子。

 一緒にジェンガをしていたアンパンマンの頭上に「?」とハテナマークが浮かぶ。

 

また声が聴けて嬉しい(・・・・・・・・・・)だと? ……いったい誰と話してやがんだよロック!

 どこのクソだ? ……女? まさか故郷(くに)にいる“昔の女”とかじゃねぇよな?)

 

 何故かダーダー冷や汗を流し、ひたすらあっちからの声に集中するレヴィ。

 そんな風にぼけ~っとしていたので、よそ見をしながら触れたジェンガが今、途轍もない音を立てて〈ガッシャァァァァン!!〉といった。

 

「――――おわぁぁぁぁぁーーーーーっっ!!!!

 なっ……何だ!? どこの鉄砲玉(ゴミ)が攻めて来やがった!?

 畜生(デム)ッ! ここをあたしらの事務所と知っての事かよ!!

 上等だぁケツ穴野郎コラァ! 目ん玉ひっくり返してや……

 

「 レヴィ! 静かにしてくれ! いま電話中なんだ! 」

 

 ロックに一喝され、「しゅん……」と座りなおすレヴィ。その姿には哀愁が漂う。

 ガチャガチャと散らばったジェンガを集めつつ、アンパンマンは心配そうな顔で彼女を見つめる。

 

「あぁ、それは良いね! ぜひ行こう!

 俺は料理は出来ないから、そっちに任せっきりになっちゃうけど……。

 でも旅費や道具なんかの事は全部任せてくれて構わない。これでも大人だからね」

 

 楽しそうに話すロックの背中を、レヴィは「じとぉ~」っと眺め続ける。

 やがて彼が電話を終え、上機嫌でこちらに戻って来た途端、もうアリアリとそわそわしている様子のレヴィが、気のない素振りを装って問いかけた。

 

「よ、よぉロック、ご機嫌じゃねぇか。

 まるで溜まりに溜まってたクソと、便所でサヨナラしてきた時みてぇな顔だ」

 

「ん、そうか? まぁそうなってるかもね。

 とても良い事があったから、にやけてしまうのも仕方ない」

 

「ほ……ほぉ~、良い事(・・・)ねぇ……。

 で、何だよロック? 今あたしは気分が良い。

 そのクソ話に付き合ってやらねぇ事もないぜ?」

 

「別に大した事じゃない、ただちょっと“次の休日の予定が出来た”ってだけさ。

 さって誰の番? あ、さっき崩れちゃったんだっけ。なら最初からだな」

 

 アンパンマンと協力してジェンガを積みなおすロック。この「話は終わり」という雰囲気を前にテンパるレヴィ。

 

「……ヘイ! ヘイロック! 水臭ぇじゃねーか!

 このあたしが聴いてやるって言ってるんだぞ?! 遠慮すんなよベイビー!!」

 

「えっ」

 

「ほら、あたしも暇じゃねぇし? 天下のレヴィ姉さんだし?

 こんな機会は滅多にねぇってモンだ。

 つべこべ言ってねぇで、とっとと話しなよ相棒!

 おらロック! ハリーハリーハリー!! Just do it (さぁやろうぜ)!!」

 

 もうキスするような距離まで詰め寄りながら促すレヴィ。対してロックはキョトンとした顔だ。

 

「何だよレヴィ。別にいいって。

 というか、ここじゃ“詮索屋は嫌われる”んじゃなかったか?

 俺だってプライベートくらいは……」

 

「――――おいこの小便野郎ッ!!

 ついにあたしの買ってやったアロハを一度も着る事なく、

 クローゼットでエメンタール(穴あきチーズ)にしやがったクソッタレよぉ!!

 てめぇの国にゃ防虫剤と、“人の善意を受け取る”って文化は存在しねぇのか!

 どういう事だよロックッッ!!」

 

「ちょ……!? おいレヴィ! ネクタイを掴むな!

 締まってるって! 俺はニワトリじゃないっ!」

 

「るっせぇッ!! 良いから吐けってんだよ! このフニャチンがッ!!

 水筒とランチ・バスケット持って、いったいどこにファックしに行くつもりだッ!!

 どこのトランプちゃん(尻軽女)に、その汚ぇホットドック(・・・・・・・・)食わせんだよ!

 ――――言え! 言えよロックッ!! ロォォォッック!!!!」

 

 ついに怒髪天をつくレヴィ。

 彼女はまるでポップコーンみたいに、十分に火が通った瞬間に破裂した。

 

「おいレヴィ! 子供の前だぞ!? お前またっ……!」

 

「子供ッ……?! 子供だとぉ!?

 おー上等だ! おめぇ他所で何人こさえてくる(・・・・・・)つもりだ!! 言ってみろオイ!!

 双子か! 三つ子か! あれか、一姫二太郎ってヤツか!?

 ベイビーベイビー! アレが一番良いらしいなぁロック!

 ――――てめぇ逆子みてぇに吊されてぇのかクソがぁぁぁっっ!!!!」

 

「ちょ! 落ち着けよレヴィ! 落ち着けって!」

 

「落ち着くッ……?! 原っぱでヤルだけじゃ飽き足らず、

 ピクニックの後はシーサイド・ホテルでしっぽりか! 種馬みてぇに仕込むんか!

 挙句の果てに『子供が出来たんで帰国します~』ってか!

 ――――そ う は い か ね ぇ ぞ ロ ッ ク !!!!

 お前はこのラグーン商会の水夫なんだよッ!

 どこに行こうがおめぇ、地の果てまで追いかけてって殺すからなッ!!

 逃げられるとでも思ってんのかコラァァァァッッッ!!!!」

 

「うわぁぁーー!」

 

「わー!」

 

 

 

 この日…………またしても火を噴いたソード・カトラスにより事務所はエメンタール(穴あきチーズ)となり、レヴィの今月のペイは差っ引かれた修繕費用によって、えらい事となった。

 なんとか家賃は払えるけれど、今後はピザも我慢しなくちゃいけないかもしれない。

 

 そしてこの日、アンパンマンは夜遅くまでレヴィの愚痴に付き合う。

 

「あたしシーサイド・ホテルなんて泊まった事ねぇよ……。

 やっぱガラじゃねぇのかなぁ……兄弟……」

 

 

 そう膝を抱えてグジグジ泣くレヴィの頭を、沢山いい子いい子してやるアンパンマンであった。

 

 

…………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

「こんにちはお兄さん! 久しぶり!」

 

「お兄さん! 会いたかった!」

 

 ロアナプラから少し離れた、とても大きな公園。

 暖かな陽気に恵まれた、緑が沢山ある素晴らしい風景の中で、ロックは“あの双子”ヘンゼルとグレーテルを迎えた。

 

「やぁ二人とも、こんにちは。

 今日は来てくれてありがとう――――」

 

「こちらこそよ、お兄さん! 約束を守ってくれてありがとう!」

 

「ありがとうお兄さん! ぼくとっても嬉しいっ!」

 

 ロックのお腹にぎゅ~っと抱き着き、嬉しそうに甘える二人。

 まさに天使のような笑顔で。

 

 この子たちは“殺し屋”としてヴェロッキオに雇われ、そしてロアナプラに狂騒を巻き起こしたという過去を持っている。

 国、時世、大人たち……そんな様々な物によって人生を壊され、心と身体を酷く傷つけられた。

 そんなとても辛い生い立ちを生きてきた、悲しい子たちなのだ。

 

 ……しかしながら、彼らはロックの事が大好き。

 今まで出会った中で一番の“あったかい大人”であるロックを、自分たちの為に涙を流してくれた彼の事を……二人は心から慕っている。

 様々な事情から叶わなかったものの、もう一時期は本気で「お兄さんの子供になっちゃう?」なんて話も出たくらいに。

 

 二人はロアナプラから離れた後も、ロックに連絡をとって近況を報告し合ったり、絵葉書を送ったりして交流を続けている。

 そして今日、こうして久しぶりに再会。

 あの別れ際の約束の通り、一緒にピクニックへとやって来たのだった。

 

「さぁ行きましょうお兄さん! ビニールシートを広げるのはどこが良いかしら?」

 

「お弁当を食べるなら、一番景色が良い場所が良いよね?

 小川の近くとか、大きな木の下とかっ! お兄さんはどこが良いと思う?」

 

「そうだなぁ。じゃあ散歩がてら、みんなで歩いてみようか。

 きっといい場所が見つかるよ」

 

「うん! それじゃあ行きましょう、兄さま♪」

 

「うん! 行こう姉さま♪」

 

 ロックを真ん中にし、親子のように三人で手をつなぐ。

 ヘンゼルとグレーテルの、尽きる事のない笑み。嬉しそうな声――――それにロックは優しく相槌を返していく。

 

「あ、でも結構人が多いや。

 もしぼくらの座りたい場所が埋まっていたら、どうしようか?」

 

「その時は、天使を呼んであげましょう(・・・・・・・・・・・・)

 ここはとても綺麗だけれど、天国はもっと良い所でしょうから」

 

「うん、そうしよう姉さま♪」

 

「えぇ、そうしましょう兄さま♪」

 

「あはは……」

 

 たまに懐の手斧や重機関銃(BAR)をチラつかせ、微笑ましいジョーク(・・・・・・・・・)を言う事はあるものの……、二人はまさに子供らしい笑顔で無邪気にはしゃいでいる。

 それをちょっと困り顔で暖かく見守りながら、ロックは二人と歩幅を合わせ、ゆっくりと歩いて行く。

 

「ここはどうかな? この木は“桜”っていう木の親戚なんだけど、

 俺の故郷じゃ、こういう綺麗な花や木を眺めながら、みんなで宴会をしたりするんだ。

 お花見っていう行事でね?

 綺麗な物を見て、美味しい物を食べる――――

 それが心にとても良いんだって、昔ウチのおばあさんが言ってたよ」

 

「まぁ素敵っ! とっても綺麗な木ね、兄さま!」

 

「うん! とっても綺麗だよ姉さま! ぼくここが良いよお兄さんっ!」

 

 二人は目を輝かせて、眼前の一番大きな木の所へ駆けていく。

 大きなランチ・バスケットと、クーラーボックス。そして沢山の荷物の入った鞄をよいしょと抱えなおし、ロックがそれに追従していく。

 二人の心から楽しそうな姿を、のんびりと目に焼き付けながら。

 

 しかし……

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

「あの幼児性愛者(ペドフィリア)野郎……!

 隠れて双子と会っていやがったのか……!」

 

 

 何やら少し離れた物陰で、〈ゴゴゴ……〉っと黒い瘴気を噴出しながらこちらを見ている人影。

 変装のつもりなのか、ベースボール・キャップに、同じくユニフォームのようなハーフパンツという、いつもと違う格好。

 遠くロアナプラからコソコソ後を追っかけてきたレヴィの姿が、そこにあった。

 

「ファック……! ロックのクソ野郎ッ……! ファック……!

 ペドなのはまだしも、片方はおもいっきり少年(ボーイ)じゃねぇかよオイ……!

 こんな人の多い野外でロリータ&ショタの双子丼かまそうなんざ、

 いったいどんなレベルの変態だよお前! 暴君ネロも椅子からひっくり返るぞ!

 グラウンド・ゼロ(爆心地)って感じだぜッ……!!」

 

「ねぇレヴィちゃん、何してるの? ロックさんの所に行かないの?」

 

「確かあいつの故郷(くに)じゃ昔、“シュードゥ”ってロリホモの文化が……。

 ノブナガ・オダとかいうちょんまげ野郎も、ロリホモファックしてたって話が……。

 っておい兄弟ッ! 頭ひっこめてろッ! あたしのケツを離れるんじゃねぇぞ!」

 

 アンパンマンを抱き寄せ、「シィ―!」っと唇に人差し指を当てる。そしてまたコソコソとロックの方を伺い、じぃ~っと様子を観察する。

 子供であるアンパンマンには、彼女が何をやっているのか微塵も理解出来ない。

 彼は善人ばかりが住む“夢の国”の出身なので、ストーキングなんて言葉は知らないのだ。

 

「……よっし、ようやく腰を落ち着けやがったな、あの変態共。

 よぉ兄弟、もう少し近い場所に陣取るぞ。音を立てずについてきな」

 

「ぼくはいいんだけど……レヴィちゃんお腹すいてないの?

 ロックさんたち、ごはんたべてるよ? いっしょにたべたらいいのに」

 

「ばっきゃろう! あんな連中の中に入ったら、

 こっちまで変態ファックの片棒担がされんだろうがッ!!

 んなファッキン・ワンダフルな経験、ムショの中でもした事ねぇよ!」

 

「へんたい? それってなんだろう?

 レヴィちゃんはたくさん言葉をしっててすごいな♪」

 

「へっ、ありがとよアンパンの兄弟。

 ……つかお前くらいだよ、そんな事言ってくれんのは……。染みるぜ……。

 とりあえずお前は、ぜったいあんな風になんじゃねぇぞ? 大人になってもな?

 あれはよくない見本(・・・・・・)。たとえブッダでも救えねぇ真正のクソ共だ。

 お前はあたしのケツだけ見てりゃ良い。そうすりゃ万々歳さ」

 

 その効果はともかくとして……レヴィの言葉は「真っすぐ育て」という意味だったのだろうが、アンパンマンはよく意味が分からなかったので、言われた通りにレヴィのお尻を眺める。

 これで良いのかな~って感じで、一生懸命お尻を見るアンパンマンだった。

 

「おっ、連中なんか食いだしやがったな。

 変態共が作った変態弁当を、変態がむさぼり食ってやがる。

 Yeah! スリーセブンだ。ここがベガスならジャック・ポットだぜ」

 

「レヴィちゃんもたべる? ぼくのアンパンをあげようか?」

 

「そら魅力的な提案だが、おめぇパンが欠けちまったら、いざって時ヤバいだろ?

 あたしは元々そんな食う方でもねぇんだ。気にすんな。

 それにマスター・ジャムのパンを食っちまったら、もう戻れなくなりそうでよ(・・・・・・・・・・・・)……」

 

 レヴィも売り子をやっているので、このパンを食った連中が“どうなったか”、それを嫌というほど知っている。

 これは別にドラックみたいな中毒性は無いけれど、もしかしたらそれよりヤバい(・・・・・・・)代物じゃないかと薄々思っているレヴィだ。

 他じゃともかく、この悪党共の掃き溜めみたいな街であるロアナプラでは――――

 

「……あっ! あんのエロガキ!! ロックに抱き着きやがったッ!!

 ――――おいアンパン! レミントン(狙撃銃)と弾を持ってこい!

 あのふざけたおててに風穴空けて、スプリンクラーみてぇにしてやる!」

 

「なにももってきてないよレヴィちゃん?

 今日はたくさんあるくから、あんまり荷物はいらないって」

 

「Fuck! そうだったぜクソがッ!!

 ここが海の上なら、魚雷でもぶち込んでやんのによぉッ!!

 ……おい兄弟、もっと近づくぞ! エマージェンシー(緊急事態)だ!!」

 

 

 そして物陰を出て、白々しく「~♪」と口笛を吹きながら歩きだすレヴィ。

 よく分からないながらもニコニコと楽しそうにしつつ、アンパンマンも後を追っていった。

 

 

……………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「ほらお兄さん! フライドチキンよ!

 これ私が作ったのっ、食べさせてあげる♪」

 

「あっ、ずるいよ姉さま!

 これぼくが作ったツナのサンドイッチ! 食べてみてお兄さんっ♪」

 

 もう「きゃっきゃ☆」という声が聞こえてくる程に、楽しそうに騒ぐヘンゼルとグレーテル達。

 ロックにすりすりと頬ずりしながら、一生懸命に甘えている。とても微笑ましい光景だ。

 

「おいおい、いっぺんには入らないよ。

 ちゃんと順番に食べるから、落ち着いてくれ。

 ……でも本当に頑張って作ってくれたんだね。すごく豪華なお弁当だ。

 それにとても美味しいよ」

 

「ほんと!? 嬉しいわお兄さんっ。

 朝早く起きて、お兄さんの為にってがんばったの! ねっ、兄さま♪」

 

「うん! 今日のためにたくさん練習したよっ。

 お兄さんはどんな物が好きなんだろうって想像しながら! ねっ、姉さま♪」

 

「でも私の作ったフィッシュ・フライの方がおいしいわよね、お兄さん?」

 

「ぼくの作ったマッシュポテトの方がおいしいよね、お兄さん?」

 

「もう兄さま! 私のよっ! 私のだもん!」

 

「ぼくのだよ姉さま! お兄さんはぼくの方がすきだよ!」

 

「なによ兄さま! むぅー!」

 

「ぷぅー!」

 

 二人ともムキになって、ぎゅ~っとロックに抱き着いていく。

 まるでロックは自分のだとばかりに。強く抱き着いた方が勝ちなんだとばかりに。

 

「あはは、どちらも凄く美味しいさ。

 もう甲乙なんて付けられないくらいに。ありがとう、二人とも――――」

 

 ごしごしと胸元に顔を擦り付ける二人。その頭を優しく撫でてやる。心からの感謝の気持ちを込めて。

 

 ヘンゼルもグレーテルも「ん~♪」と頬を緩め、嬉しそうにしている。

 こうしてみると、もう本当の親子のようにしか見えない。それほどに仲睦まじい、幸せな光景。

 

 だが、しかし……。

 

 

「――――ほがッッ!!!!」

 

「あぁ、お兄さん!」

 

「お兄さーん!」

 

 

 突然この場に〈ゴスゥッ!!〉という音が響き、ロックが頭を押えて地面に蹲る。

 その傍らには先ほど飛んできたのであろう、“野球のボール”が転がっていた。

 

「あー、ソーリーソーリー! 大丈夫かぃ、そこのアットホーム・ダディ?

 いやぁ~駄目だぜぇ兄弟~♪ ちゃんと捕れる球で投げてくれねぇとぉ~♪」

 

「い……いえ」

 

 手にグローブをはめ、ベースボール・キャップを目深に被った女性(・・・・・・・・)が、ヘラヘラと笑いながらこちらに駆けてくる。

 そちらにボールを投げ返してやってから、ロックは再び頭を押えて座り込む。もうとんでもなく痛い。

 

「大丈夫お兄さん!? すごい音だったよ!?」

 

「まるでライド・シンバルみたいな音だったわ!?

 人間の身体から、こんなにも大きな音が鳴るなんて! わたし知らなかったわ!」

 

「興味深いね、姉さま!」

 

「えぇ、兄さま!」

 

「だ……大丈夫さ二人とも……。これでも痛みには強い方なんだ。

 だから興味を持たないでくれるかな……?」

 

 なんかワクワクと目を輝かせながら、興味深く観察する子供たち。新しい“お遊び”の方法でも思いついたのだろうか? ロックには知る由も無い。

 

「あ、“痛いの痛いの飛んでいけ”をしてあげる! お兄さんこっちを向いて?」

 

「なら私はキスしてあげる! それで痛みなんて飛んでいくでしょう?」

 

「あはは……ありがとう二人とも。でももう大丈……

 

「 ――――そぉぉぉぉいっっっ!! 」

 

 そうロックが二人を引きはがそうとした瞬間、再びこの場に〈ゴィィィン!!〉という音が鳴り、ロックは地面にひっくり返る。

 

「Oh! とんでもねぇワイルド・ピッチだぜぇ♪ まったくしょうがねぇなぁ~♪

 おっとぉ! 中東の大富豪みてぇにチャイルド・ハーレムを満喫中の旦那ぁ!

 毎度すまねぇなぁー!」

 

 もう「いやぁーゴメンゴメン!」みたいな満面の笑み(・・・・・)でこちらに駆けてくる、先ほどのベースボール・ガール。

 

「あんた野球に愛されてる(・・・・・・・・)なぁオイ!

 このボールがあんた恋しさに、すーぐそっちに飛んでっちまうんだ!!

 よぉボールこましの色男! チャイルド・ポルノの自主製作は諦めて、

 こっちでベース・ボールとしゃれこんでみちゃどうだ?

 ロリホモのガキだけじゃなく、白球をバットでファックしてみろよ!!

 これぞ健全な青春ってヤツだッ!!」

 

「……レヴィ」

 

 ここまでされたら、嫌でも理解する。

 こいつはレヴィ。ロアナプラの二丁拳銃(トゥー・ハンド)であり、あらゆる物(・・・・・)を壊す破壊神だ。

 幸福な時間や、その場の空気すらも。

 

「ワァオ! こりゃ今世紀最大の、とんだ言いがかりだぁ♪

 あたしのどこがレヴィって証拠だよ? ここが米国(ステイツ)なら訴えてるぜ?

 そいつはどこのマブ子ちゃんだぁオイ? あ~ん?

 会ってみてぇなぁそのスケとよぉ! こんなトコにいるわきゃねーけどなぁ!!」

 

「レヴィちゃーん。そっちになげちゃダメだよー。

 ぼくはこっちだよー」

 

「――――アンパンマンいるじゃないか! お前だろうレヴィ!!」

 

「あっ、ドブネズミのお姉さんだ! 帰れードブネズミー! こっち来るなー!」

 

「くっさいぞードブネズミー! 下水道に帰れー!

 このヒステリー! 生理不順-!」

 

「 るっせぇんだよ!! このエロガキ共がぁぁぁぁっっっっ!!!!

  いいからとっととかかって来いよ!! 永遠を生きさせてやるよ(・・・・・・・・・・・)ベイビーッ!!

  ファッキュメェェェェンッッ!! 」

 

 キャップを地面に叩きつけ、カトラスをぶんまわすレヴィ。

 

 

「やめろレヴィ!!

 ここはみんなの公園だ! ロアナプラの街じゃない!!」

 

「 関係ねぇんだよッ! この“ちっぱいペロペロ野郎”ッ!!

  てめぇにとっちゃ下の毛が生えたヤツぁ、もう女じゃねぇんだろうがよッ!!

  どうりでなぁ! 納得したよオイ!! そりゃ今まで何もねぇワケだ!!!!

  ――――おいペドロックのズリネタ共!! ピクニックは血風呂(ブラッド・バス)でのスイミングに変更だ!!

  お前らの墓に唾吐いてやっからよッ!! ハッハァー!! 」

 

「俺はちっぱい野郎じゃないし、お前はイカレてるよ(・・・・・・・・・)!!

 いいからカトラスをしまってくれレヴィ!! 頼むからっ!!!!」

 

 

 

 

 

…………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 その後、公園でてっぽうを振り回しちゃったレヴィちゃんは、ロックさんと一緒にお巡りさんから逃げて行きました。

 

 ここぞという時に手を引いて、一緒に行ってくれるロックさんの優しさに、レヴィちゃんが顔を赤くしていたのが見えました。

 最近とても落ち込んでいたけれど、嬉しそうなレヴィちゃんが見られて、ほんとによかったです♪

 

 ぼくはヘンゼルくんとグレーテルちゃんと仲良しになり、たくさんお話をしました。

 

 ヘンゼルくん達は、あの後ふらっと公園にやってきたばいきんまんに、悪の矜持について(?)のお話をたくさん聞かせて貰って、とっても喜んでた。

 

「殺しもいいけれど、楽しさだけじゃなく大切な“芯”を心に持つべきだ。

 それでこそ本当の悪を名乗れる」

 

 ぼくには難しくてよく分からないけれど、ヘンゼルくんとグレーテルちゃんはとても感動したみたい♪

 夕方まで一緒に遊んでから、「またぼくたちとも遊ぼうね」って約束をして、バイバイしたよ。

 

 

 今日は新しい友達も出来たし、レヴィちゃんとのキャッチボールも楽しかった。

 

 またみんなと一緒に、ピクニックに行きたいな♪

 

 

 

 

 アンパンマン

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

45 アンパンマンと、ロザリタ・チスネロス(フローレンシアの猟犬)ちゃん

 

 

「……売れねぇなぁ」

 

 ロアナプラにある、ストリートの一角。

 

「ひとっ子ひとり、寄ってこねぇ」

 

 そこに今、難しい顔をして座り込んでいる銀次さんの姿があった。

 

「やっぱこの街でも、ちびっこはピコピコの方が好きなんですかねぇ」

 

 沢山のアニメキャラを模したお面。それを飾った露店の前で、銀次がうむむとつぶやく。

 というより、いくらここが悪の都(ロアナプラ)だと言っても、今の銀次の姿はめちゃめちゃ周りから浮いていた。

 

 いかついグラサンの大男が、なぜか愛らしい子供向けの玩具を売っている。そしてものっすごい難しい顔をして座り込んでいる――――

 その光景は、ここロアナプラの住人たちをしても「けして近寄っちゃなんねぇ」と思わせるのに十分な物だ。

 その事に銀次は、いつまでたっても気付かない。

 

「はいよぉ~。らっしゃい。らっしゃい。

 よっといでぇ……」

 

 試しに声を出してみるも、それを聞いた通行人たちが慌てて目をそらして立ち去っていく。

 だって、とっても怖かったんだもの。ものっすごく声が低いんだもの(威圧感)

 

「いけねぇなぁ。

 せっかくお嬢と、ここロアナプラで一旗あげようと出てきたってのに。

 テキ屋のしのぎもままならねぇんじゃ……お嬢に顔向け出来ねぇ」

 

 どうしよう? どうしたらいいのかな? う~んう~ん。

 そんな風に考えてみるも良案は浮かばず。状況も変わらない。

 ついでに言うと、全然可愛くもなかった。

 

「兄さん――――如何しやしたか? あまり見ない顔でござんすが」

 

「んん?」

 

 突然の声に顔を上げてみると、そこにはふらっとやってきた“おむすびまん”の姿。

 口にようじを咥えた、まさに“旅がらす”といった風貌。アンパンマンの仲間たちの中でも屈指の渋さ、そしてイケメンさである。

 

「お困りでござんすか? あっしでよけりゃ、話を聞かせてつかぁさい」

 

「おぉ、あんたこの街の?

 いや驚いた。まさかこんな異国の街で、同胞と出会えるたぁ。

 それにその仕込み杖……あんた“こっち側”のお人だねぇ」

 

 銀次の隣に腰を下ろし、共にロアナプラの街を眺める。

 そんな風にしておむすびまんは、銀次の事情に耳を傾けていく。

 

「そうでござんしたか……。はるばる日本から、(かしら)のお嬢さんと共に」

 

「だがどういうワケだか、お面もたこ焼きも一向に売れやしねぇ。

 俺のやり方は、ここじゃあちぃと合わねぇのかもしれねぇと、そう思いやして」

 

 銀次にも長年テキ屋をしてきたという矜持がある。

 他の組の外道共のように、薬や女を売ってしのぎをするなんてまっぴら御免だ。ヤクザは仁義を掲げてナンボなのだ。

 

 しかしながら……一向に誰も銀次の方へ寄って来ない。もうここ数日ばかり、ずっと店には閑古鳥が鳴いている。

 大切な先代組長の教えとはいえ、たとえまっとうなしのぎであっても、まったくお金が稼げないのは大問題であった。

 銀次は己の無力さを感じ、人知れずため息をつく。

 

「そういう事なら、これも何かの縁でござんす。

 あっしも少しばかり手伝いをさせてつかぁさい」

 

「あんた……」

 

 義を見てせざるは、勇無きなり――――

 これは銀次たちが掲げる“任侠”の精神とも通じる物だ。銀次は感服したようにおむすびまんを見つめる。

 

「ではさっそく始めるでござんす。

 ここロアナプラのちびっこ達に、たくさん笑顔を届けやしょう」

 

「おむすびの旦那、かたじけねぇ……。世話んなる」

 

 

 そうして銀次はたこ焼きを焼き、おむすびまんがお面の屋台の店先に立つ。

 渋いながらも意外と可愛らしいおむすびまんの姿に、最初は恐る恐るこちらを見ていた子供たちも、次第に興味を示してくれるようになる。

 

 そして30分もすると、気が付けば露店は大盛況。沢山の子供たちの笑顔が咲く。

 この国では珍しいたこ焼きという食べ物、そしてアンパンマンたちの顔を模したお面は、ちびっ子たちに大人気となった。

 

「これでお嬢に顔向けが出来る。全部旦那のおかげだ」

 

「いやいや、あっしはきっかけに過ぎないでござんす。

 見てつかぁさい、銀次さんを慕うちびっこ達の笑顔を――――」

 

 

 最初は大きくて怖かったけれど……次第に子供たちも銀次の暖かな優しさを感じ取り、心から慕ってくれるようになっていった。

 自分はただのきっかけに過ぎない、これは全て銀次自身の力なのだと、おむすびまんは語る。

 

 

 お面とたこ焼きを持たせてもらい、元気に手を振って帰っていく子供たち――――

 

 その姿を、おむすびまんと肩を並べた銀次が、ほのかに笑みを浮かべて見送るのだった。

 

 

 

 

……………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「あれカッコいいよな!

 “この世にひり出されてきた事を後悔させてやる”っていうの!」

 

 ロアナプラの街角で、カレーパンマンが楽しそうに声を上げる。

 

「あとアレです!

 エダさんが言っていた“額でタバコ吸うコツ……教えてやろうか?”っていうの!

 すごくカッコいいです!」

 

 それと向かい合い、しょくぱんまんも興奮気味に声を上げている。

 これは「お前の額に穴を空けてやるぞ」っていう意味の言い回しなんです! 渋い!

 もう彼はキラキラしながら語る。

 

「ぼくはアレが好きだな♪

 ほら、レヴィちゃんが言ってた“踊らせてやるぜベイビー!”っていうの♪

 言っててすごく元気が出るんだよ♪」

 

 そしてアンパンマンもニコニコと会話に加わっている。とっても楽しそうだ。

 

 この街に来て以来、今まで聞いたことも無かった“カッコいい言葉”をたくさん知る事が出来た三人。

 最近はいつもこうして集まっては、自分の好きな言葉についてワイワイと語り合っているのだ!

 ロアナプラばんざい! だいすき!

 

「なんかファックって、汎用性高いよな! いつでも使える感じだぜ!」

 

「えぇ。もうロアナプラの皆さんは、

 まるで息を吸って吐くようにファックファック言っていますから。

 すごく便利な言葉です!」

 

「でもあれって、どういう意味の言葉なんだろう?

 レヴィちゃんにきいても、教えてもらえないんだ。なんでだろ?」

 

「アレかなぁ? たぶんおいら達でいう所の“こんにちわ”とか“どうも”とか、

 そういう意味なんじゃねぇか?」

 

「なるほど! ロアナプラの挨拶なのですね!

 これからは私たちも、積極的に使っていきましょう!」

 

「そうだね♪ ぼくもっとロアナプラのみんなと仲良くなりたい♪

 いっぱいファックファック言おう♪」

 

 やぁアンパンマン! ファーック!

 よぉしょくぱんまんじゃねーか! ファーック!

 カレーパンマーン♪ ファックだよー♪

 そんな風に「きゃっきゃ☆」とはしゃぐ三人。

 

「あと“クソ”とか“金玉”とかもよく使うぜ! 

 ここのみんなと話してると、もう10秒に一回くらいは言ってるもんな!」

 

「私は思うのですが……きっとそういった単語を“ひとつは入れなくちゃいけない”

 のではないでしょうか? ここロアナプラのルールで」

 

「そっかっ! だからみんなよく言ってるんだね♪

 一度の会話でひとつ以上は、クソとか金玉とかを使わなきゃいけないんだねっ!」

 

 やぁアンパンマン! 相変わらず金玉みたいな顔ですね!

 よぉしょくぱんまん! クソみてぇな面だなぁオイ!

 カレーパンマンの尻穴野郎っ♪ いい天気だね♪

 引き続き「きゃっきゃ☆」と盛り上がる三人。だいぶ酷い事になってきた。

 

「思うんだけどさ?

 もっとおいら達も、カッコいい言い回しをしていくべきだと思うんだよ。

 ほら、ばいきんまんと戦ってる時とか」

 

「そうですね。私たちは正義のヒーローなのですから。

 子供たちの夢を背負い、カッコいい言い回しをしていくべきです」

 

「うん♪ それじゃあどんな風にしようか? やっぱりレヴィちゃん達みたいに?」

 

「そだな。たとえば……『おいばいきんまん! てめぇのタマをもいでやる!』とか」

 

「そうですねぇ……ファック! 私は生きているヤツが大嫌いなんです!

 はらわたブチまけてくたばりなさい! ばいきんまん!」

 

「いい! すごくカッコいいよ二人ともっ! よ~しぼくもっ♪」

 

 目をキラキラさせたアンパンマンが、ス―ッと大きく息を吸い込む。

 

 

「ひとつ訊いておくよ、ばいきんまん……。

 ――――墓にはなんて、書けばいい?」

 

「うおぉぉぉ! かっけぇぜアンパンマン! かっけぇ!」

 

「ブラボーですアンパンマン! ブラボーです!」

 

 

 やんややんやと囃し立てるカレー&しょくぱんの二人。アンパンマンもテレテレと嬉しそうだ。

 

「よぉーし! それじゃあ次にばいきんまんが来た時は、

 思いっきりファックしてやるぜ!」

 

「そうですねカレーパンマン! ばいきん野郎をファックしてやります!」

 

「うんっ♪ 今度ばいきんまんが悪さをしたら、いっぱいファックしようね♪

 あのクソッタレをカモメの餌にしてやろう♪」

 

 きゃっきゃ☆ きゃっきゃ☆

 心からの笑顔で無邪気に話すアンパンマンたち。逃げろばいきんまん。今すぐ遠くへ。

 

 だが……そんな子供たちを、遠くから見ていた者の姿があった――――

 

 

「もし? 坊やたち、少しよろしいでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

…………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「お宅ではいったい、どういう教育をなさっているのでしょうか?」

 

 お昼のお日様の光が差し込む、ラグーン事務所。

 

「ぶしつけな物言い、申し訳ありません。

 ですがこれは、あまりにもと存じます」

 

 そこに今、子供たちを引き連れた“ロベルタ”の姿があった。

 

「えっと……こっちに来てたんだねロベルタさん……」

 

「えぇ、こちらに所用がございまして。数日ほど前から。

 ではもう一度お伺い致しますが、貴方はこの子たちに、どういった教育を?」

 

 いまロベルタの後ろには、なにやら「どよーん」と暗い顔をした三人の姿がある。

 きっとここに来る前に、ロベルタにお説教を受けたのだろう。哀れだ。

 

「口に出すのも憚られますが、先ほどこの子たちが路上で、楽し気に“好ましくない言葉”を連呼しているのをお見かけ致しまして。

 それについてお伺いしたく思い、こうしてお邪魔した次第に御座います」

 

「あの、えっと……その」

 

「いくらこの薄汚れた街とはいえ、ロアナプラとはいえ、

 大人には子供を正しく導くという責務が御座います。

 それについて貴方はどうお考えでしょうか? お聞かせ願いたく――――」

 

 メイド服を着込み、口調こそ丁寧ではあるものの、今ロベルタの身体から紫煙のオーラが上がっているのをロックは幻視する。

 生真面目であり、道理を重んじ、そして子供たちを心から愛する彼女は、静かに怒りの炎を燃やしていた。ぶっちゃけ泣きそうだ。

 

「こ……これに関してはもう、平謝りするしかない。

 いくらバタコさんやジャムおじさんが大らかだからって、

 この現状をほおっておいた俺にも責任がある」

 

「……ほう」

 

「すまないロベルタさん、あんたの言う通りだ。

 この子たちを預かっている身として、大人として、

 俺が責任をもってなんとかすべきだった」

 

「……」

 

 普段もう善人しかいないような“夢の国”に住むアンパンマンたち。そんな純粋なこの子らが、この街の悪い所を「なんか新鮮!」と思い、そして興味を持っちゃうのは当然の事だ。

 大人として、そういった物に極力毒されないよう、そして間違った方へ行かないように導いてあげるのは、大切な役目である。

 

 ロックはロベルタに頭を下げ、心から謝罪する。

 確かに突然訪ねてきて、ぶしつけな物言いだったかもしれない。人様の家の事かもしれない。

 しかしこの人は、心から子供たちの事を思って叱ってくれたのだ。文句などあろうはずもない。

 

「すまなかった。今後はこんな事が無いようにする。この子たちの為にも。

 アンパンマンたちはいい子だ。それにとても賢い子たちだよ。

 だからよく言って聞かせれば、ちゃんと理解してくれると思う」

 

 ロベルタがじっと見定めるように、ロックの目を見つめる。それに対して彼も、真っすぐ見つめ返す。

 

「……やはり貴方は、この街の人間たちとは違いますね。

 先日の件もあり、ファビオラも若様も思う所があるようですが……。

 それでもわたくしは、貴方に感謝をしております」

 

「えっ」

 

「あの一件の責は、全てわたくしに御座います。

 そしてわたくしどもは、再びあの屋敷へと戻る事が出来た。

 それがどのような過程であったとしても。貴方のお力添えによって、です。

 ――――どうかこれ以上思い悩まず、貴方らしくあって下さいませ」

 

 瞳を閉じ、そっと頭を下げる。メイドらしい洗練された仕草で。

 一瞬の事でよくは見えなかったが、今ロベルタが静かな、そしてとても優しい笑みをしていたように見えた。

 ロックはその美しい姿に、息を呑む。そしてどこか、心が軽くなる感覚がした。

 

「しかしながら、今回の件については、貴方にも責任がある事は事実。

 ですのでここは“イエローカード”という事に致しましょう。

 もし次に何かあれば……お分かりですね?

 わたくしの忌まわしき異名、憶えておいでかと存じます」

 

「あ、あぁ……。分かってる、肝に銘じるよ……」

 

 “フローレンシアの猟犬”

 怖くて口になんて出せないが、ロックの脳裏にその言葉が浮かぶ。

 もし次に何かしでかしたら、自分はセイレーンが歌う死の唄を聴くことになるんだろう。

 もうロックの足が〈ガクガクガク―ッ!〉と震えている。

 

「それにしても、今日は“あの女”はいらっしゃらないのですか?

 大部分の責はあの女にあると、そう思いお伺いしたのですが……」

 

「あっ、今日レヴィは他所に出かけててさ?!

 アイツにも俺からよく言っておくから、どうか勘弁してもらえないかな……?」

 

「ふむ。では貴方を信頼する事と致します。どうぞよしなに」

 

 本当にレヴィがこの場に居なくてよかった――――

 ロックは特に信仰など無いが、この時ばかりは神に感謝した。心から。

 この事務所が爆心地(グラウンド・ゼロ)になってしまう。勘弁プリーズなのだ。

 

「ロックさん、ロベルタさん……ごめんなさい。

 これが悪い言葉だったなんて、ぼくら知らなかった……」

 

「カッコいいと思ったんです……ごめんなさい」

 

「もう使わねぇよロックさん……ごめんなさい」

 

 大人たちの話し合いがひと段落した後、アンパンマンたちがペコリと頭を下げる。

 その顔は〈しょぼーん〉という感じだ。

 

「うん、もういいんだみんな。

 それにこれは、ちゃんと言って無かった俺の方に責任があるからね」

 

 よしよしと撫でてやり、優しい顔で微笑む。

 そんなロックの姿に、やがてアンパンマンたちも子供らしい笑顔を取り戻してくれた。ロベルタもニッコリである。

 

「そうですね……ではこうしては如何でしょう?

 今日一日、わたくしにこの子たちをお預け下さいませんか?」

 

「ん? それってどういう……?」

 

 ロックは疑問の声を上げるが、ロベルタは「うんうん」と朗らかな顔だ。

 

「わたくしがこの子たちにお教え致しましょう。

 ふつつかながら、これでもラブレス家のメイド長を仰せつかっている身。

 軽い一般常識などのレクチャーならば、わたくしにもお任せ頂けるかと」

 

 

 

………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「あ~っはっはっはーぁ!

 イエロー・フラッグを木端微塵にしてやったぞぉ~う!」

 

 ばいきんまんの高笑いが響く。

 そして傍には〈ぐってぇー!〉と伸びているバオの姿もある。毎度不憫な事だ、この人は。

 

「これでもうお酒が飲めなくなるぞぉ~!

 この街のヤツラときたら、いっつも飲んでばかり!

 だからちょっと心配になってたんだぁ~! ざまぁみろぉ~~う!」

 

 なんか「肝臓を労われ!」とかよく分からない事を言いながら、ばいきんまんは高笑いし続ける。

 ちなみに二階にある娼館のお姉さん達には、「ちょっとこれから暴れますんで、避難しててもらえますか?」とお願いし、ちゃんと事前に逃げてもらっている。「後で責任もって建て直しますんで」とも。

 ばいきんまんは意外と女の子には優しいのだ! フェミニストなのだ!

 

『まてぇーばいきんまーん! ですわよぉー!』

 

「おー来たなアンパンマーン! 今日こそやぁ~っつけてや……?! ん?!」

 

 その時、ロアナプラの夕焼けを背にして、空よりアンパンマンたちが現れる!

 しかしながら……その姿を見たばいきんまんは、頭の上に「はてな?」とクエスチョンマークを浮かべる。

 

「やめるんだぁーばいきんまーん! ですわよー!」

 

「悪さはいけませーん! おやめなさい! ですわ!」

 

「おいら達が相手だばいきんまん! かかってきやがれ! ですわ!」

 

「 ?!?!? 」

 

 空からメイド服に身を包んだ(・・・・・・・・・・)アンパンマンたちが降りてくる。その光景に愕然としちゃうばいきんまん。

 

「なっ……なんだぁ~お前たちぃ~! その恰好はぁ~!

 いつもの服はどうしたんだぁ~っ!」

 

「あっ、今日はこの格好で戦うよ♪

 この服、ロベルタさんから貰ったんだ♪ どうかなばいきんまん?」

 

「ふふふ! なにやらこのしょくぱんまん! 新鮮な気持ちです!

 身が引き締まる思いがいたします! ですわ!」

 

「ちょっとフリフリしてんのが難点だけど、こういうのもたまには良いよな!

 さーかかってきやがればいきんまん! カレー攻撃ですわよ!」

 

 そのメイド服に加え、なにやら口調もおかしくなっているアンパンマンたち。これもロベルタのメイド教育の賜物なのだろうか?

 もう「とりあえず“ですわ”って言っとけばなんとかなる!」みたいな意図が見え隠れしていた。淑女だ。

 

「ごめんあそばせ! えいえい!」

 

「失礼いたします! えいえい!」

 

「こんにゃろこんにゃろ! でございます! えいえい!」

 

「 ちょ! なっ! ……ぐえっ?! 」

 

 メイド服を着たパンの子たちにタコ殴りにされるばいきんまん。もうバイキンUFOを出す暇も無い。ビックリしすぎて。

 

 

「「「 トリプル・パーンチ!!! ですわーっ! 」」」

 

「――――ふにゅごっ?!?! ば……ばいばいきぃぃぃ~~ん????」

 

 

 なんかそこはかとなく“腑に落ちない”感じの声を出しながら、ばいきんまんが空の彼方へと消えていく。

 それをメイドらしく、貞淑にお見送りする一同。(しっかりお辞儀をして)

 

「やりましたわ! 今日もみんなの街を守れたよ♪」

 

「素晴らしい勝利です! わたし達の勝ちです! ですわ!」

 

「やってやったぜ! ざまぁみろってんだ! ですわ!」

 

 三人で輪になり「きゃっきゃ☆」とはしゃぐ一同。まさに子供らしい笑顔で笑い合う。まぁメイド服を着てはいるが……。

 そんな彼らの姿を、少し離れた場所でボケェーっと見ていたロック。もう何も言う事が出来ず、アホのようにただただ呆けている。なんか激しく間違っているような気もする。

 

 

「――――エクセレント。素晴らしい成果ですわ。

 やはり子供の吸収力には、目を見張るものがありますね」

 

 

 するとこの場に、ロベルタの姿が現れる。

 どうやらそこにあったバイキンUFOを素手で破壊してきたらしく(・・・・・・・・・・・・)、なにやら鉄屑らしき物を手に持ってはいるが、ロックは怖くて指摘なんか出来ない。

 

「ん? これで御座いますか? 少しそこにゴミが落ちていたもので(・・・・・・・・・・・)

 掃除はメイドの嗜みですわ」

 

「…………」

 

 きっと陰ながらアンパンマン達のサポートをしていたんだろうが、それは掃除ではなく“排除”だ。しかも素手でやる事じゃない。淑女たるメイドのやる事でもない。

 

「やったよロベルタさん!

 ばいきんのお客様には、ていちょうにお引き取りねがったよ♪ ですわ!」

 

「ふふふ。よくやりましたアンパンマン。素敵でしたよ♪」

 

「…………」

 

 

 もう考えるのはやめよう! 

 アンパンマンたちも楽しそうだし、それで良いじゃないか!

 ロックは思った。

 

 

 

…………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 その後、ロベルタさんは帰って来たレヴィちゃんと大喧嘩をして、またちょっと事務所が壊れちゃいました。

 

 ロベルタさんは「自分で始末をつけます」と掃除を買って出たのだけれど、なぜか掃除をすればするほど辺りを散らかしてしまっていた。

 ロベルタさん、掃除は苦手なのかな? ロックさんに手伝って貰ってなんとかなっていたけれど。

 

 ぼくはロベルタさんと、一緒に写真を撮ったよ♪

 これはお屋敷にいる若様やファビオラちゃんという女の子に見せてあげるんだって♪ 二人ともぼくの事を知っててくれてるみたい♪ 嬉しいな♪

 

 そして夕方になって、ロベルタさんはジャムおじさんの作ったパンを鞄いっぱいに詰め込んで、ベネズエラのお屋敷に帰って行きました。

 

「またこちらにも遊びにいらしてください。若様もお喜びになりますわ」

 

 そうしっかり約束をして、バイバイしたよ♪

 

 

 今日はいろんな事を教えてもらえたし、メイド服というのを着られて楽しかった。

 これを着てラグーンのみんなにお酒をついであげたり、肩たたきをしてあげたりしたよ♪

(ご奉仕っていうらしい)

 

 

 レヴィちゃんはちょっと照れ臭そうにしながら、「悪くねぇな……」って喜んでくれた♪

 

 また明日も、みんなと楽しく過ごせたらいいな♪ ですわ!

 

 

 

 

 

 

 アンパンマン

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

46 花沢さんの日記。

 

 

〇月□日(水) 晴れ

 

 

 花子よ。

 早いもので、あたしがひらがなを覚えて以来こうして書き続けてきた日記帳も、これで250冊目を数える事になったわ。

 

 なにやら磯野くんと出会ってから、急激に一日あたりの文章量が増加し、2日に一冊のペースでジャポニカ学習帳を消費するという事態に陥っているけれど、今回からは出来るだけコンパクトに文章をまとめていこうと思っているわ。

 これじゃあ日記帳代で、月のおこづかいの大半が失われてしまうからね。気を付けていく事とするわ。

 

 それもこれも、ぜんぶ磯野くんのせい――――

 あたしの中にある、もう溢れんばかりの“磯野くん愛”が、こうして無駄に筆を進ませ、湯水の如くジャポニカ学習帳を使わせ、そして紙を大量消費する事による森林伐採や環境破壊に一役買ってしまっているのね。

 

 あぁ、なんて罪深い磯野くんなのかしら……。そしてなんて罪深いあたし。

 まさか人を好きになる事で、地球温暖化や家計の圧迫が引き起こされるだなんて、思いもしなかった。

 

 流石は“愛”。伊達に人間の感情で最強と言われてるワケじゃないのね。

 もう自分でも恐ろしいくらいよ。とっても強い感情なのね愛って。地球ごめんね。

 

 話は変わるけど……今日磯野くんが「カオリちゃんてやっぱ可愛いよね!」とかふざけた事をぬかしてたから、カオリちゃんのうわばきの中にたくさん画びょうを入れておいたわ。

 

 あたし何食わぬ顔で一緒に下校してたんだけど、気付かずにうばわきを履いたカオリちゃんが外国人みたいに「オーゥ!」とか言ってたのが、とても面白かった。

 意外と野太い声も出せるのねカオリちゃん。またひとつ友達の事を知る事が出来たわ。

 

 あ、一応なんだけど、それでもなんか腹の虫がおさまらなかったんで、ついでに磯野くんの上履きにも画びょうを入れておいたの。

 磯野くん……「ぎぃやぁぁぁあああーー!」みたいなおっきい声を出してたわ。

 

 ごめんね磯野くん。好きよ。

 

 

 

 

 

 

□月〇日(金) 曇り

 

 

 花子よ。花沢家の長女よ。

 今日も磯野くんと、学校でたくさんお話をしたわ。

 

 あたし今日はじめて知ったんだけど……ホントに人間って首の後ろを思いっきりチョップ(・・・・・・・・・・・・・・)すると、気絶するのね。

 今日ためしにやってみたんだけど、磯野くん……まるで糸が切れた人形のように膝から崩れ落ちて、あたしビックリしたわ。

 

 力なく教室の床に横たわる磯野くん……そしてその傍らで、立ち尽くしているあたし……。

 中島くんが「ギョッ!」とした目でこちらを見ていたから、ついでに中島くんの首筋にもチョップをお見舞いしておいたわ。

 中島くん……ピクリとも動かなくなった……。

 

 とりあえず次の授業は教室移動だったから、あたし床に横たわる二人を置いて行っちゃったんだけど、あの後ふたりはどうしたのかしら?

 給食の時間に見かけた時は、磯野くんも中島くんも元気そうにしてたから、大した事は無かったんでしょうけど。

 

 一歩まちがえば、あたし愛する人を、この手で殺してしまってたのね。

 今後は気を付けていこうと思うわ。好きよ磯野くん。

 

 

 

 

 

 

〇月△日(月) 晴れ

 

 

 花子よ。右の握力は90㎏よ。

 今日は先日に引き続き、本当に人間は“思いっきり鳩尾を殴れば気絶するのか”を試してみようかとも思ったんだけど、磯野くんが可哀想だからやめたわ。

 

 好奇心というのは大切な物だけど……もしそれで愛する人を失う事になれば、あたし絶対に後悔すると思うから……。

 磯野くんには将来、あたしと結婚して花沢不動産を継いでもらわなくちゃいけないのよ。

 あたしは自制心をフル動員して、握りしめていた拳を、そっとほどいたわ。

 

 今日は磯野くんが、「タオルって坊主頭にひっつくんだよ!」という豆知識を教えてくれた。

 磯野くんは自分の頭にタオルを乗っけて、そのままブンブンとベッドバンキングして見せたけど、そのタオルはずっと頭にひっついたまま、決して落ちる事はなかったの。

 まるでマジックテープのように、短い毛がタオルの繊維に絡んでいるのね。坊主頭の人にこんな持ちネタがあったなんて、あたし知らなかったわ。

 

 試しにあたし、そのタオルを後ろからグイッってひっぱってみたんだけど、決してタオルは剥がれる事は無かったの。

 磯野くんはタオルに首をもっていかれ、思いっきり後ろにひっくり返ってたわ。

 磯野くんの首から〈ゴッキィ!!〉って、すごい音が鳴ってた。

 

 すごいのね磯野くんの頭。すてきよ。

 しばらくの間、首をお大事にね。

 

 

 

 

 

□月△日(木) 雨のち晴れ

 

 

 花子よ。腕相撲クラス最強の女と呼ばれているわ。

 今日も磯野くんとたくさんお話をしたんだけど、磯野くんって猫派なのね。あたし知らなかったわ。

 

 あたし的には犬も良いかな~と思うんだけど、磯野くんは頑として猫だと言って譲らなかった。

 そしてウチのタマがどれだけ可愛いか、どれだけ大切なのかを力説していたわ。案外熱い所があるのね磯野くん。家族想いって素敵だわ。

 

 あたしは磯野くんに「タマって雄? それとも雌?」と尋ねた。

 タマ(・・)って言うからには雄なのよね? タマ(・・)があるからタマなのよね?

 そうジリジリと問い詰めてやったんだけど……なんか磯野くん、ドン引きしてたみたい。なんでなのかしら?

 

 タマのタマはいいけれど、磯野くんのタマはどうなのよ。どんな風になってんのよ。アンタいっぺん見せてみなさいよ。出してみなさいよ。

 そう問い詰めてやったら、やっぱり磯野くんドン引きしてた。恐怖で顔が引きつっていたわね。

 

 どうせ将来夫婦になるんだから、見せてくれたって良いと思うの。減るモンじゃなし。

 でもシャイな磯野くんも、とっても素敵よ。今度見せて頂戴ね。

 

 

 

 

 

△月〇日(火) 晴れのち曇り

 

 

 花子よ。試しにスイカを素手で割ったら、粉々になったわ。

 もったいない事をしたわね……。

 

 突然だけど“クロロホルム”というヤツにとても興味があるわ。お父さんに頼めば、どこかで手に入れてきてくれないかしら?

 

 ハンカチにしみ込ませて、それで口元をガバッとやれば、しばらく眠ってしまうんでしょう? その間やりたい放題じゃないの。

 あたし磯野くんに、やりたい放題じゃないの。もういろんな事が出来てしまうじゃないの。これは凄い事だわ。

 

 あぁ、なんて夢のような薬品なのかしら? 犯罪行為なのかもしれないけれど、あたしと磯野くんて夫婦になるんだし、親同士も公認なんだし、きっとノーカンよね?

 今度風邪でもひいた時に、お医者さんに「クロロホルムく~ださい♪」ってお願いしてみよう。きっと貰えるハズだわ。

 

 あたし女の子だし、世間的には“ロリータ”と呼ばれる存在よ。花の化身なのよ。

 日本人はみんなロリコンなんだし、あたしが頼めば大概の事はして貰えるんじゃないかしら? 可愛いは正義だって言うしね。

 

 あ、これは報告になるんだけど、前に日記で書いた“鳩尾を殴れば人間は気絶するのか?”ってヤツ。あれって意外と難しいみたいよ?

 磯野くん、床に転がってのたうち回るばかりで、ぜんぜん気絶なんてしなかったもの。

 

 あればむしろ、人間に地獄のような苦しみを与える為の方法なんじゃないかしら?

 ごめんね磯野くん。許してね。

 今度は腹パンじゃなく、クロロホルムで安らかにおねんねしようね。

 

 

 

 

 

〇月◇日(水) 雨のち曇り

 

 

 花子よ。ドブって意外とあったかいのね。落ちたけど新発見だったわ。

 

 今日は学校に行く前に、切らしちゃってた画びょうを買いに、コンビニに寄ったわ。

 最近カオリちゃんのうわばきに欠かさず入れてるから、すぐに画びょうのストックが無くなってしまうの。困ったものだわ。

 

 カオリちゃん、もったいないから少し返してくれないかしら? あたしのおこづかいも無限じゃないし、経費がかさんでいるのよ。

 試しに今日カオリちゃんに「画びょう持ってない?」って訊いてみたら、ちょっと待ってね~って言った後、机から大量の画びょうを取り出していたわ。

 

 カオリちゃん、花のような笑みで「はい♪ どうぞ♪」って画びょうをくれたけど、それアンタのうわばきに入ってたヤツよね? 元々あたしが入れたヤツよ?

 

 というかカオリちゃん、画びょう捨てずに全部とってたの? もったいない精神?

 おっきな箱の中にゴッソーっと入ってたけど……アンタ画びょう集めてどうするつもり? それで何するつもりなの?

 物持ちが良いという、友達の意外な一面を知る事が出来たわ。親近感が湧くわね。

 

 今日の磯野くんは「ちきしょう……ちきしょう! 姉さんめ……! 呪い殺してやる……!」とかなんとか、ひたすらブツブツ言ってたけど、いったい家で何があったのかしら?

 

 元気出してね磯野くん。好きよ。

 

 

 

 

 

□月▽日(月) 雨

 

 

 花子よ。パンツも花柄よ。

 今日は雨だったけど、とてもいい事があったわ。磯野くんと相合い傘をして帰ったの。

 

 今日は遅刻しそうになり、慌てて傘を持たずに来たという磯野くんは、あたしが声を掛けると元気にお礼を言って、一緒に傘に入って来た。

 そして二人でお話をしながら、楽しく下校したわ。

 雨なんかぜんぜん気にならないくらい、楽しくて幸せな時間だったの。

 

 恋愛って素敵ね。あたしそう思ったわ。

 外は雷が鳴ってたし、公園の木はへし折れてたし、近所の家の屋根は強風で飛ばされてたし、畑の様子を見に行ったオッサンが3人ばかり用水路に流されちゃったらしいけど……あたしは今日とっても幸せだったもの。

 

 これも、あたしが恋をしているから。

 磯野くんが隣にいてくれるから。

 そう考えると、恋って凄いと思う。とても凄い力なんだわ。恋って素敵ね。

 

 横殴りの雨にずぶ濡れになり、最終的に傘はめくれ返ってただの粗大ゴミになっちゃったけど、それすらもあたし達は楽しんだ。

 磯野くんと一緒にゲラゲラ笑って、ナンボのもんじゃと言って、雨の中を帰ったわ。

 

「それじゃあね花沢さん。風邪ひかないようにね」

 

 あたしを送ってくれた後、磯野くんはそう言って、家に帰っていった。

 あのニコッと優しい笑顔が、今もあたしの胸に、あったかい火を灯し続けている。

 あたしの鼻からは、今も止めどなくダーダー鼻水が出ているけれど……なにやら心と体はホットだから何の問題もない。

 恋する乙女は、風邪なんかに負けたりしないのだ。

 

 磯野くんは優しい。一緒にいて幸せな気持ちになる。

 磯野くんの元気な姿を見ると、あたしまで元気になってくる。まるで太陽みたいな男の子。

 

 さっきお父さんが部屋に来て「おい花子! なんかこの台風で、磯野家が倒壊したらしいぞ!」と教えてくれたけど、きっと磯野くんなら大丈夫だと思う。

 また学校で、元気な姿を見せてくれるわ。

 

 

 好きよ磯野くん。だいすきよ。

 

 明日また、学校で会おうね。あたし風邪なんて一晩で治すから。またお話しようね。

 

 そして大人になったら、あたしと結婚してね。

 

 結婚は人生の墓場だとか言うけど、あたし地獄の底まで磯野くんに付いていくつもりだから、そんな事ないと思うよ?

 

 七生を持って妻として仕え、ずっと貴方の傍にいるから、そのつもりでいてね。決して逃がしたりしないわ。

 

 あたしだったら、双子くらいスポーンと産めると思うから、いっぱい子供も作ろうね。

 それで家族になろう。あたし達の家族を作りましょう。

 

 花と海。あたし達が結婚したら、花と海だわ。

 なんか素敵な物が二つ揃って、とっても良い感じじゃない?

 

 あ、“花ガツオ”って言葉を聞いた事あるけど……あれって何なのかしらね?

 まさにあたし達の事なんだけど、また調べておく事にするわ。今度教えてあげるね。

 

 

 それじゃあ磯野くん、おやすみなさい。

 

 また明日、学校で。

 

 

 

 

PS

 

 家が無くなったなら、いつでもあたしの家に来てね。

 きっとお父さんも歓迎してくれるわ。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

47 これがワイの超絶サイコー激LOVEハートフル恋愛小説や~、の巻。



 テーマは【この続きの文章を書く事】 レッツ恋愛小説♪

 ↓以下が頂いた文章↓

………………………………………………………………………………………………



 鳥の鳴き声の聞こえる穏やかな朝。
 ……それは、いつもの朝のようでいて、どこか違った朝だった。

「起きてください――――」

 誰かが体を揺する。
 閉じかかる目を無理やりこじ開けると……。

「起きてください、貴方様――――」

 其処には透き通るような、明日消えてもおかしくないような美しさを持つ美女がいた。
 腰に届く寸前の射干玉色の髪、柔和な切れ長の榛色の目、上品に通った鼻筋、控えめな印象の口元、それらが完璧なまでにバランスよく配置された卵型の小さい顔。

 視線を顔より下に向ければ、触って力を入れると折れてしまいそうな首すじに、そこから続く細く白魚のような腕。
 その大きさがいやでも人目を惹く、張りのあるたわわな胸。
 それと反比例するように、繊細なガラス細工でできているかのような細く華奢な身体と腰が、男の目に入った。

 頭の霧が次第に晴れてくる。
 自分を起こそうとする美女には覚えがある。隣家の幼馴染である。
 ただ幼馴染ではあるが、自分との関係は……決して恋人という関係ではなかった。

「……何で君がここに?」

 その言葉に美女が泣きそうな視線を、すがりつくように男へ向けた。

「そんな……。何でそんなことを?」

 どういうことか戸惑っている男をよそに、絶望の表情を浮かべた美女の身体はきゅっと折りたたまれ、そのまま消えてしまうかのように儚く見えた。
 その光景の中……男の表情は、戸惑いから確信へと変わって行った。

「………そうか……今日は……………」








 ここからスタート!!



 

 

 

「……入るじゃないですか……」

 

 女は……、

 

 

「そりゃあ、鍵が開いてたら入る(・・・・・・・・・)じゃないですか……」

 

 

 消えそうな声で呟いた――――

 

「カギを閉めないのが悪いんじゃないですか……。

 泥棒入ったらどうするんですか……なんて不用心な……」

 

 

 ……………。

 ………………………………。

 

 男は気づく――――今日はたまたま“玄関の鍵を閉めていなかった”という事に。

 

 この街は田舎だし、こんなボロ屋に入る泥棒なんて居ないだろう。だから別にいっかな~とか思って、つい玄関の鍵を閉めずに寝てしまっていたという事に――――

 これは、男のちょっとした油断が引き起こした事だったのだ。

 

「なんで私が怒られるのですか……なんで責められてるのですか……。

 それが幼馴染に対してする目つきなのですか……。なんとご無体な……」

 

 いま目の前の女(美人幼馴染)は、とても悲しそうな顔でヨヨヨ……と泣き崩れる。

 

 ――――せっかく起こしてあげたのに。せっかく朝からこんな美人に会えたのに。

 なのに何故、私は責められているのか。どうしてそんな目で見られなければならないのか。

 

 そもそも貴方様はいつ「おはよう」を言ってくれるのですか――――

 朝の挨拶はおはようじゃないですか。まずはキチンと挨拶を返すのが筋じゃないですか。それが常識じゃないですか――――と。

 

「そりゃあ私も……勝手に入ったのは悪かったと……そう思うのです。

 ……でも仕方ないじゃないですか……鍵が開いていたのだから……。

 鍵が開いていたら、入ってもいいのかな~って……思うじゃないですか……」

 

「…………」

 

 男はただ黙って、女の言葉に聞き入る。

 いま目の前で、とても悲しそうな顔をする、自身の幼馴染。

 

「そしていっちょ、驚かせてやろうとか……思うじゃないですか……。

 もし目が覚めた時、突然そこに私が居たら……貴方様はどんな反応をするのかなって、気になるじゃないですか……。

 なんかプチドッキリみたいで……面白いじゃないですか……」

 

「…………」

 

「ついでに言うと、わたし朝起きたら……家に食べる物がなんにも無かったじゃないですか……。

 朝ごはん食べないと、わたし元気が出ないじゃないですか……。でも今わたし、お米を切らしてるじゃないですか……。

 ……ならここに来れば……適当に家の中を漁れば……何か食べる物があるかな~と……思うじゃないですか……。

 お腹が空いていたのだから……そりゃ実行に移すじゃないですか……近所なんだし……」

 

「…………」

 

 今も自身の隣で、「めそめそ。ヨヨヨ……」と泣いている幼馴染。

 男は何と声を掛けて良いのかが分からず、ただその泣き顔を見るばかりだ。

 

「鍵を……鍵を閉めないのが悪いんじゃないですか……。

 貴方様が鍵を閉めないから……こうして私に家に入られて、炊飯器の中身を食べられるんじゃないですか……。冷蔵庫を空にされるんじゃないですか……。

 流石に私も悪いと思い……せめて貴方様の日々に笑いと潤いを差し上げようと思い、こうしてプチドッキリまでして差し上げたのに……。

 なんでそんな目で見られなくてはならないのですか……。

 しかもまだ『おはよう』って言ってくれないし……。どういう事なのですか……」

 

「…………」

 

 ポロポロと涙を流しながら、女は「ひどいひどい!」と男を責める。儚げな雰囲気だが、精一杯の非難の目を向けた。

 

「私は透き通るような、明日消えてもおかしくないような美しさを持つ、美女なのに……。

 腰に届く寸前の射干玉色の髪、柔和な切れ長の榛色の目、上品に通った鼻筋、控えめな印象の口元、それらが完璧なまでにバランスよく配置された卵型の小さい顔なのに……」

 

「……ッ!?」

 

「力を入れると折れてしまいそうな首すじに、そこから続く細く白魚のような腕で、

 その大きさがいやでも人目を惹く、張りのあるたわわな胸をしているのに……。

 繊細なガラス細工でできているかのような、細く華奢な身体をしている美女なのに……」

 

「……! ……ッ!!」

 

「なのに……どうしてそんな私が……怒られなくてはならないのですか……。

 こんなにも美人なのだから……怒らなくたって、良いじゃないですか……」

 

「ッ!? ……ッ!?!?」

 

 男は目を見開く。

 寝ぼけ眼だった目は大きく開き、目の前の美女な幼馴染を見つめている。

 

「お米を食べられたから……なんだと言うのですか……。

 勝手に家に入ったからって……それがなんだと言うのですか……。

 私は美人で……しかも幼馴染なのだから……許すべきじゃないですか……。

 男として、器が試される時じゃないですか……。

 普通許すじゃないですか……なんで怒るのですか……」

 

「いや……その、あのな? アンタな……?」

 

「まぁ幼馴染と言っても……昔近所に住んでたって、それだけの関係でしたけれど……。

 けっこう家は離れてたし、言うほど近所じゃなかったかもしれませんけれど……。

 もう10年以上も昔の話だし……実は言う程いっしょに遊んだ事も無かったから……私の顔を憶えていないのは、そりゃ当然かと思いますけど……。

 私も今日この家の表札を見るまで……貴方の事など全然覚えていませんでしたけれど……。

 たまたま入ってみた家の家主が貴方だった事を知り……さっきちょっとビックリしてたりはしたんですけど……」

 

「あの……アンタな? なんでこの家に……勝手に……」

 

「でも“美人”じゃないですか……。

 たとえ顔も憶えてない位の関係性でも……幼馴染には違いないじゃないですか……。

 ならばもう、良いじゃないですか……」

 

 やがて女は椅子から立ち上がり、しっかりと男の目を見つめ、ギュっとその手を取る。

 

 

「――――さぁ貴方様! 私たちの物語を始めましょう!

 始まりはお腹が空いてたからで、再会はホントたまたまですけれど!

 ここから私達の恋物語を!」

 

「 ――――ことわぁぁぁあああるッッ!!!! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然現れた、謎の美女!!

 そして未だ、寝起きを抜け出せない頭! 鈍った思考能力!!

 

 しかし時は無常に進む! 二人の物語が、止まっていた時計の針が動き出す!!

 

『出ていけ! この家から出ていけ!! 俺の米を返せ!!』

 

 偶然の再会――――

 空になった炊飯器――――

 未だ美女の頬っぺにひっついたままの、ごはんつぶ――――

 

 燃えろ愛情! 唸れ恋心! 荒れ狂えラブの嵐!

 季節は秋口! この茜色の空の如く、ふたりの愛が真っ赤に燃え上がる!!

 

 

『――――好きです貴方様! これから毎日、私の為にごはんとお味噌汁をッ!』

 

『ことわぁぁぁあああるっっ!!』

 

 

 お米を切らし、給料日までは3週間!

 ここで愛を掴まねば、女の未来は(空腹で)潰えてしまう! まさにデッドオアアライブ!!

 

 口説け! ごまかせ! 押しかけろ!

 おっぱいを掴んで愛を掴めッ!!

 

 ――――二人の恋物語が、ハーメルン日間ランキングの58位に入ると信じて!!

 

 

 

 

― 完 ―

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

48 迷惑メール職人の朝は早い。

 先日おこないました企画【私に書いて欲しい物募集】にて頂いたアイディアを、さっそく書いてみました。
 短い物にはなりますが、お愉しみ頂けたら幸い! どうぞ受け取って下さいませ♪

 お題は【“〇〇職人の朝は早いコピペ”を使ったコメディ】







 

 

 

 迷惑メール職人の朝は早い――――

 

 

「まぁ、好きで始めた仕事ですから」

 

 

 まだ外が薄暗い内から、自室のマシンでテキストエディタを開き、文章を作成していく。

 

「流行も、時事ネタも、世界情勢も、日々変わっていく。

 迷惑メール作りに適したネタは、常に変化していくんです」

 

 何気なく週刊文春をめくり、最近は良い芸能ネタが無いと、軽く愚痴をこぼした。

 老若男女に分かりやすく、しかもインパクトのあるキャッチ―なネタは、早々転がっている物では無い。

 

「この文章は駄目だね。

 露骨にエロや金銭を前面に出しすぎて、すぐフィッシング詐欺だとバレてしまう」

 

 彼にかかれば、ひと目見るだけで作品の出来不出来が分かってしまう。

 嘘を見抜かれてもギリギリ言い訳が出来るライン、そして怒られてもしらばっくれる事が出来るギリギリを、即座に見極めていく。

 

 これもケータイ電話という物が広く普及するようになって以来、彼が長年の経験で培ってきたセンスと、危機管理シミュレーション能力の成せる職人技。

 技術立国日本、ここにあり。

 

「メールだし、分かりやすくてコンパクトなのはもちろんだけど、

 やっぱ読んだ人が思わずクスッと笑っちゃうヤツが良いよね。

 何はともあれ、まずはその人の興味を引かなきゃいけないワケだから」

 

 彼はキーボードを叩き『信じられないかもしれませんが、私はチンパンジーです。はじめまして』という文章を打ち込んでいく。

 

 他にもモニター画面には『天皇に即位しませんか?』という物や、『主人がオオアリクイに殺され、早1年になります』、『母がタイ人と再婚して、私の苗字がチョモラペットになりました』などなど……。

 職人の独創的な感性が光る作品達がずらりと並ぶ。

 そのどれもが、思わずクリックしてしまいそうになる、魅力的な文章。

 

「もちろん出来上がった物は、妻や娘の友人達に送り付けて、反応をチェックしてます。

 これ出会い系サイトのメールで、娘ってまだ13なんだけど……友達たちは面白がって結構クリックしてくれてるね」

 

 今日は納品日。

 彼はノートパソコンを鞄に詰め、依頼主の事務所へと向かった。

 作品作りの基本的な形は決まっているが、最近のユーザーの嗜好に合わせ、多種多様なものを作らなければいけないのが辛い所であり、また腕の見せ所だと職人は語る。

 

 だがその比類なき完成度とは裏腹に、この仕事には独自の苦労も多いと言う。

 

「やっぱ娘が学校でイジメられたり、妻がママ友から無視されるのはツライよね……。

 それに同業者がしょっぴかれるニュースを聞くと、明日は我が身だって足が震えてくるし。

 まぁ愚痴っても仕方ないけど。自分で選んだ道だからね。後悔はしてないよ」

 

 そして今、一番の問題は“後継者不足”であるという。

 ケータイ電話が普及し始めた20年前には、それこそ数えきれないほど多くの迷惑メール職人がいたものだが……今では職人は彼一人になってしまった。

 

 現在は消費者庁の対策も進み、ネット犯罪に対する法律も整備され、取り締まりが厳しくなった昨今。新たにこの仕事に着こうという若者の数は減少傾向にある。

 なにより迷惑メールの良し悪しや、ギリギリのラインを判断出来るようになるまで5年はかかると、職人は語る。

 

 そしてここ数年は、アダルトサイトや違法DLサイトなどでのポップアップ詐欺広告が主流。

 それに翻訳アプリで適当に訳した事が丸わかりの、言葉の意味すら通っていないような質の悪い外国産迷惑メールにも押されているという。

 

「いや、僕は続けますよ。待ってる人がいますから――――」

 

「悪徳業者の方々が、わざわざ私を指名して文章の依頼をくれるんです。

 お前のおかげでアクセス数が増えたぞって。また頼むって」

 

「それにね、私が書いた迷惑メールが、まとめサイトで取り上げられてたりもするんですよ。

 笑った、元気が出た、才能の無駄遣いだって言って。ちょっと嬉しいですよね」

 

 すでに最盛期を過ぎ、迷惑メール業界の灯火は弱い。

 だが、まだ輝いている。

 

 今も彼はパソコンと向き合い、『パキスタン人の彼氏が住職をクビになってしまって……』や、『お婆ちゃんの部屋に謎の生物がいるんですが、これ何だか分かりますか?』といった独創的な作品を生み出し続けている。

 

「日本語って美しいでしょう?

 同じ意味の言葉でも、ちょっとした言い回しで、受け取り側の印象が全然違ってくる」

 

「感情を表現する事にかけては、他の追随を許さないくらいに、優秀な言語なんですよ。

 機械がいくら進化したって、コレだけは真似できないです。やっぱ人間じゃなきゃ」

 

 2010年、法の整備や消費者庁の対策が進んだ事により、摘発者の数が5倍にまで跳ねあがり、一時期は自身も引退する事を考えたという。

 

「やっぱ大抵の若い人は、すぐやめちゃうんですよ。

 安易にAmazonとか銀行の名前を使って、すぐ対策されたり、しょっぴかれちゃうから。

 そんな並な発想しか出来ないし、ワードセンスもないじゃね。

 とても人の気は引けない。上手く騙せない――――」

 

「でもそれを乗り越える奴も、たまにいますよ? ほら、そこにいる斎藤もそうです。

 こういう奴が、これからのフィッシング詐欺業界を引っ張っていくと思うんですね」

 

 一番弟子であり、職人が手塩にかけて育てた彼。斎藤さん。

 今も職人の隣でキーボードを叩き、「拙者、乳首びんびん丸でござる!!」という謎の文章を作成している。

 

 最近では彼もフィッシング詐欺業界で注目され、海外マフィアから依頼が来る事もあるという。

 額に流れる汗をぬぐいながら「本物に追いつき、追い越せですかね」と、そんな夢をてらいもなく語る彼の横顔は、まさに職人のそれだ。

 

 

「頻繁に引っ越しを繰り返したり、警察を欺いたりするには、しんどいし歳ですし……。

 もう私、数えきれないくらい前科ついてますからね。……とても親に顔向け出来ない」

 

「でもまぁ、身体が続く限りは続けようと思ってますよ。

 私にはこれしか無いし、なによりこの仕事が好きですから――――」

 

 

 知らぬ間に机の上に置かれていた“離婚届”を寂しそうに見つめながら……今日も彼は日が昇るよりも早く、迷惑メールの作成に取り掛かる。

 明日も、明後日も、その姿は決して変わる事はないだろう。

 

 今この場には、遠くから聞こえるパトカーのサイレンの音。そして「開けろ! いるのは分かっているぞ!」と玄関をドンドコ叩く、大勢の警察官の声が聞こえている。

 

 

 そう、迷惑メール職人の朝は早い――――

 

 

 

 

 

 








☆スペシャルサンクス☆

 MREさま♪




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

49 けものフレンズ(えいれい)

 先の企画で採用されました【エルキドゥ×けもフレ】のアイディアを書いてみました。

 短編にはなりますし、自分なりの形にはなりましたが、お愉しみ頂けたら幸いです♪






 

 

 

「はぁ……はぁ……! やっと見つけた……」

 

 ここは茶色い草木が一面に生い茂る、広大なサバンナ。

 360度見渡しても、ポツポツと辺りに生えている大きな木や、ちょっとした山以外は何もない大地が地平線までずっと続いている。

 

 帽子が無ければきっと耐えられないくらい、照りつける強い日差し。

 そんなサバンナの荒野を今、ひとりの少女が懸命に歩いていた。

 なぜ自分はここにいるのか。ここはいったい何なのか――――そんな事も分からないままに。

 

「やった……水だ! これで水が飲めるよ……!」

 

 そしてついに、長い時間をかけてここまでたどり着いた。

 いま少女の目の前には、ちょっとしたプールほどもある大きさの池がある。

 きっと飲んだらとんでもなく美味しいんだろうと思える、とても済んだ綺麗な水が、もう飲み切れない位にあったのだ。

 

「~っ! ~っ!! ……ぷっはぁー」

 

 目を輝かせて池に駆け寄り、何度も何度も手で水を掬って、ゴクゴクと飲んでいく。

 ここまで沢山歩いて来たし、お日様はカンカン照りだし、もう喉がカラカラだったのだ。

 別に誰も盗りはしないし、急ぐ必要なんて無いのだけれど……少女はどこかコミカルな仕草で一生懸命に水を飲んでいく。

 そして暫くすると「生き返った……」とばかりの顔で、ようやくその手を止めたのだった。

 

「大地の神様、ありがとうございます……。水の神様、ありがとうございます……。

 かたじけない、かたじけない……!」

 

 先ほどまでリアルに生命の危機にあったせいか、どことなく少女のキャラが崩壊している。

 本来彼女はとても聡明で、冗談などいうタイプでは無いのだけれど……今はただただ神様のおぼしめしと、この幸運に感謝するばかりだ。

 あぁ命って素晴らしい。生きてるってなんて素晴らしいんだろう。なむなむ。

 

「水筒があればよかったんだけど、なにか代わりになる物はないかな……?

 このかばんに水を入れても、きっと漏れ出しちゃうよね……」

 

 もう二度と、この渇きを味わいたくない。水を飲めない辛さも、干からびて死んじゃうのもゴメンだ。ぼくはボクサーでも生き仏でもないんだ。

 少女は先ほどまでの脱水症状の後遺症か、未だにちょっとワケの分からない事を考えてしまいつつも、かばんの中をゴソゴソ。

 竹でも筒でも空き瓶でも良いから、なにか水筒の代わりになるような物は落ちてないかなと、辺りをキョロキョロ見回してみる事とする。

 

「――――やぁこんにちは。はじめまして」

 

 すると突然、少女の目に見知らぬ人物の姿が飛び込んでくる。

 

「とても喉が渇いていたんだね。

 嬉しそうに水を飲む君を見ていると、何故か僕まで嬉しい気持ちになってくるよ」

 

 少女は絶句し、硬直する。

 いま池の中からヒョコッと顔だけを出し、そしてニコニコと柔らかい表情でこちらを見つめている、とてもキレイな人を前に。

 

「ザブザブ。ちょっと横を失礼するよっと……。

 それじゃあ改めまして、こんにちは女の子さん♪ いい天気だね♪」

 

 そして「あーよっこいしょ」とばかりに池から上がり、ニコニコと少女の横に腰かける。

 目をひん剥き、ビックリしすぎてアワアワしている彼女の様子など微塵も気に掛ける事無く、気さくに話しかける。

 

「この水場は僕のお気に入りでね? よくここで水浴びをしているんだ。

 こんな熱い日なんかは特にね。

 あ、君も池に入ってみたらどうだい? とっても気持ちが良いよ♪」

 

「えっ……あっ、あの……」

 

 なにやらものっすごいマイペースで、機嫌良さそうに語り掛けてくる謎の人。

 突然「やあ」とばかりに水の中から現れた事や、そのほわほわした柔らかい雰囲気、それに加えて見た事も無いくらいの美しい容姿。

 

「えっと……“水の神様”ですか?」

 

「ん?」

 

 少女は呆けた顔で、思わずそう訊ねる。

 先ほどまで「なむなむ」と祈っていた事もあり、このお方はぼくの前に姿を現した、この池に住む水の神様なのではないかと。

 なんと無しにではあるが、もう少女にも感じ取れるくらいの超常的な雰囲気も醸し出していらっしゃる事だし。

 

「あっ! 先ほどは水をお恵みくださり、ありがとうございましたっ!

 ぼくもう喉がカラカラで、ホント死んじゃうかと思ってたんですっ! ありがとう神さまっ!」

 

「あはは。君が元気でいてくれて僕も嬉しい。本当に良かったよ♪

 ……でもごめんね。残念だけど、僕は神様ではないんだ」

 

 まぁちょっと近い所はあったりするけれど……と小さな声で呟いた後、ニコニコと少女に向かい直る。

 

 

「僕はエルキドゥ。泥人形のフレンズ(・・・・・・・・)だよ♪」

 

 

 ………………。

 ………………………………。

 

 暫しの間、この場を沈黙が包んだ。

 

「泥人形と言っても、なんか兵器だったりもするから、そこら辺は説明が難しいんだ。

 だから普通に泥人形とか、真名のエルキドゥで呼んでくれたら嬉しいよ♪」

 

「…………」

 

 先ほども呆けてはいたけれど、更に茫然としてグゥの音も出ない女の子。

 短い言葉だったのに、その中は知らない単語やよく分からない言葉のオンパレード。理解が追い付かずに口をパクパクするばかりだ。

 

 いま少女の目の前にいるのは、美しい緑色の長い髪に、清楚な印象のキレイな服を着た、中世的な雰囲気を持つ人物だ。

 ニコニコと笑みを絶やさず、とても柔らかな雰囲気。そしてその気さくな物腰は、心から自分に興味を持って優しく語り掛けてくれている事が見て取れる物。

 そして、これはなんとなくだけど……彼女の髪形やちょっとした服の装飾が、動物で言う所の“カバ”にどことなく似ている気がする。

 

「あ……あの、フレンズって……?」

 

「ん? 君はフレンズ(えいれい)を知らないのかい?

 僕達のように、ここ“サヴァリパーク”に住む動物の事を、こう言うのだけど」

 

 少女は頬を引きつらせながらも、なんとか渾身の気合をもって声を絞り出す。

 サファリでも、ましてやジャパリでも無く、サヴァ(・・・)リパーク。

 まるで無理やりサーヴァントという単語を掛け合わせたような聞き覚えの無い言葉に、少女の頭はぐわんぐわんシェイクされている。

 

「僕は泥人形であり、そしてカバという動物のフレンズ(えいれい)だね。

 僕が水場を好み、とても力が強かったり、身体を自在に変化出来たりするように、ここサヴァリパークに住むフレンズ達は、それぞれが色々な宝具(とくちょう)を持っているんだよ」

 

 まるでカバが大きく口を開くように、エルキドゥが「ふぁ~」っとあくびをして見せる。

 まぁ彼(彼女)のそれはすごく上品な仕草だったから、とてもカバとは似つかないけれど。

 

「けれど、どういう事だろう?

 フレンズを知らないという事は……君は最近生まれた子なのかな?

 もしからしたら、この前のサンドスターの噴火で生まれたのかもしれない」

 

「サンドスター……ですか?」

 

 だいぶ落ち着いてきたのか、ようやく「?」という感じのキョトンとした表情の女の子。

 さっきはビックリしたけれどエルキドゥは敵では無いし、なにより自分にとても優しく接してくれているのが分かるので、すでに少女の警戒心は解けていた。

 今も口元に手を当てて「う~ん」と悩んでいる様子のエルキドゥを見て、とても綺麗だけど愛らしい人だなと、そんな印象を持つ。

 

 ぶっちゃけた話、もう好感度MAXだ。

 エルキドゥの持つ独特の柔らかい雰囲気が、少女の胸に謎の信頼感を生み出していた。

 この人に着いて行けば間違いない(確信)

 

「心配いらないよ。

 知らない事はこれから知っていけば良いし、分からない事は僕が教えてあげる。

 僕も昔、何も分からなかった頃に……あの人から沢山の事を教えてもらったから。

 だから任せて。君は僕が守る――――」

 

「エルキドゥさん……」

 

 暖かな笑みと共に頭をヨシヨシと撫でられ、少女は感激したように小さく声を出す。

 もしこれがコメディではなく恋愛小説だったら、間違いなく「ポッ…」とか「トゥンク…」みたいな音が鳴っている場面であろう。

 

 まるで少女漫画の中から飛び出してきたかのような、中性的な雰囲気の麗人。そして強烈なほどに庇護欲をそそる、幼く儚げな少女――――

 なにやら二人の背後に、沢山の薔薇の絵が見える。

 だが……

 

「さて、なにはともあれ、まず君の名前の事だけど。これからどう呼べばい……

 

『 ――――ぬぅあーーにをしておるのだぁ!! 貴様ぁぁぁあああっっっっ!!!! 』

 

 その時、大地を割る程のとんでもない大声が、この場に響いた。

 

「え゛っ……ええええエルキドゥーッ!!

 おまおまお前ぇぇッ!! なぜ(おれ)以外の者と、そのように仲良さげにッッ!!!!」

 

「……ん、ギル?」

 

 この場にある大きな木の上に立ち、もうワチャワチャしながらこちらを指さしている、金色の服を着た人。

 たった今エルキドゥから“ギル”と呼ばれたそのお兄さんは、よく聞き取れない言葉を喚き散らしながら、スチャっと地面に降り立って見せた。

 

「おい雑種ッ!! いったい誰の許しを得て、我が無二の親友と話をしておるッ!!

 何を顎をクイッとやられ、潤んだ瞳でエルキドゥを見つめておるのだッ!!

 ……よかろうッ! 貴様がエルキドゥのフレンズに相応しいかどうか、この我が直々に試してくれるわぁぁぁああああッッッッ!!!!」

 

「うわぁぁーー!!」

 

「わわっ! ギルっ?!」

 

 

 彼の背後に無数の宝具が展開され、この場は幼子の鳴き声が木霊する、阿鼻叫喚の地獄と化す。

 たまたま近くを歩いていたり、何気なく水を飲みに来ていたフレンズたちが、「やばいやばい」とこの場から逃げ去っていった。

 

 

………………………………

………………………………………………………………

 

 

 

「ごめんね女の子さん? 怪我は無い?」

 

 やがて暫しの時が経ち、今この場には半泣きで木の陰に隠れる少女の姿、そして〈プスプス~〉っと身体から煙を上げて倒れているギルお兄さんと、その背中を「ふんぬっ!」と踏みつけるエルキドゥの姿がある。

 

「ふぅ、久しぶりに本気を出してしまったよ。

 もうギルったら、無茶するんだから」

 

 そんな事を言う割には、エルキドゥさんもメチャメチャしてたと思う。

 天をも貫くほど巨大な槍にその身を変化させ、そして大地を粉砕せんばかりの一撃をギルお兄さんに見舞っていた。

 ちなみに今この場は、少女の居るごく限られた一画を除いては、月でも落ちてきたかのような巨大なクレーターと化している。草木の一本も生えてない。

 

「ほら、もう心配ないよ♪ 大丈夫だから、こっちに出ておいで?」

 

「…………」

 

 なにやら少女の脚が、ビーンと弾いたギターの弦くらい震えている気がする。

 さっきまであんな潤んだ瞳でエルキドゥを見つめていたというのに、今はもう熊でも見るような目で彼(彼女)を見ている。

 

「ほらっ、ギルもあやまって! ちゃんとごめんなさいするっ!

 でないと、もうギルとは遊んであげないよ!?」

 

「な゛っ?! ……すっ、すまぬ雑種! すまぬ! よきに許せ……!」

 

「……」

 

 エルキドゥにゲシゲシと踏まれながら、お兄さんが地面に額を擦り付けて謝る。その姿はもう威厳もへったくれも無かった。

 

「ふむ、では改めて名乗ろう雑種よ。

 我が真名はギルガメッシュ。かの名高き英雄王のフレンズ(・・・・・・・・)なるぞ?」

 

「……」

 

 さっきまでヘコヘコしていたのに、突然立ち上がってそんな「キリッ!」とされても、少女の彼に対する印象は覆らない。

 だがギルガメッシュさんはそんな事も気にせず、今も「わっはっは!」と王様笑いをしている。きっとメンタルが超強いんだと思う。

 

「さて雑種よ、貴様は何のフレンズ(えいれい)だ?

 見た所、さして特徴の無い容姿をしておるようだが……」

 

「ギル、この子は前の噴火の時に生まれたんだよ。

 だからまだ、自分の事もよく分からないみたい」

 

「なぬっ?! そうなのか雑種ッ?!」

 

「は、はいっ! ぼく気が付いたらここに居て……なんにも分からなくて……」

 

 女の子は申し訳なさそうに俯き、上目遣いでギルガメッシュを見つめる。

 先ほどまではメチャメチャな事をしてたし、どこか俺様的な口調がちょっと怖かったりしたのだけど、今ギルガメッシュさんが心配そうな目でこちらを見つめ、そしてとても親身になってくれている事が分かる。

 いつの間にか女の子には、このギルさんに対する警戒心も無くなっていた。

 

 ちなみにギルさんの姿は、どことなく女の子に“サーバルキャット”という動物を思い起こさせた。

 頭の上にあるピンと立ったネコ科の耳が、ギルさんの感情を表すかのようにしてヒョコヒョコと愛らしく動いている。

 

「どれどれ……ふむ、鳥類を示す翼も無し。ネコ科の特徴である大きな耳も無し。

 貴様はいったい何のフレンズ(えいれい)なのだろうな?」

 

 顎に手を当てて「うむむ……」と唸るギルガメッシュ。

 この我にも分からぬフレンズとは……奇怪な……。そう悩みながらもどことなく楽しんでいる様子が見て取れる。

 

「ごめんなさい、ギルガメッシュさん。

 ぼく本当に、何も分からなくて……」

 

「良い、頭を上げよ。

 先ほどのはちょっと……その、我もやりすぎた所あるし……?

 我が友にもえらい勢いで怒られてしまったでな……。そうかしこまらずとも良いぞ?

 幼子は幼子らしく、ただ王たる我のカッコいい姿を見て、無邪気に目を輝かせておれ」

 

「ふふっ♪」

 

 うむうむと頷きながら女の子を慰めるギルの姿を、エルキドゥは嬉しそうに見つめる。

 

「そうだ、図書館に行くのはどうだろう?

 この子が何のフレンズなのか、調べる事が出来ると思うんだ」

 

「えっ、ホントですかエルキドゥさんっ!」

 

「ほうっ! 名案だなエルキドゥよ!」

 

 エルキドゥの提案に、女の子は嬉しそうな声を上げる。ギルガメッシュも「流石は我が友!」と満足気な顔だ。

 

「ならば我が、このエリアの出口まで案内してやろうぞ?

 なぁに遠慮はいらん。良き暇つぶしだ。

 たまには我が庭たる“さばんなちほー”を散歩して回るのも一興という物よ」

 

「僕も行くよ。さばんなちほーを出るまで……いや図書館まで一緒に行ってあげる。

 道中は危険も多いだろうしね。

 君を守る“兵器”として、僕を存分に使ってくれたら良いよ♪」

 

「ギルさん……エルキドゥさん……! ありがとうございますっ!」

 

 そうして三人はエルキドゥの縄張りである水場を後にし、ここ“さばんなちほー”の出口であるエントランスを目指して歩き出す。

 時にエルキドゥと「♪」と手を繋ぎながら、時に「がっはっは!」と笑うギルガメッシュに肩車をしてもらいながら、少女は頑張ってサバンナを歩いて行くのだった。

 

 

………………………………

………………………………………………………………

 

 

「ふむ、貴様はさして特徴の無い容姿をしておるが……。

 しいて言うならば、その帽子や鞄が特徴的だな。ここいらで目にする事はまず無かろうて」

 

 お日様はカンカン照りで、汗は滝のように流れはするものの、少女は頼りがいのある二人に見守られ、そして楽しい会話に元気をもらいながら進んでいく。

 ギルやエルキドゥに聞く所によると、もうじきこのエリアの出口に辿り着くのだそうだ。

 

「なら君の事を“かばんちゃん”と呼んでも良いかな?

 君が鞄を背負ってる姿はとても愛らしいし、とても似合ってると思うから」

 

「は、はいっ! ありがとうございますエルキドゥさんっ!

 ぼくとっても嬉しいですっ!」

 

「うむ、貴様を表すに適した美しい言葉よ。さす友。

 この雑種が何の動物なのか分かるまで、我もそう呼ぶ事としよう。

 エルキドゥに名付けられ、我に名を呼ばれる名誉、ありがたく思うが良い」

 

「はいギルガメッシュさんっ。ありがとうっ!」

 

 少女改めかばんちゃんを真ん中にして、三人仲良く手を繋ぐ。

 たまに「それぇ~!」と高く持ち上げてやり、かばんちゃんが嬉しそうにキャッキャとはしゃぐのを、二人は自愛を称えた瞳で見守った。

 

「時にエルキドゥよ?

 このかばんにクラスを割り当てるとしたなら、お前どのクラスだと思う?」

 

「ん、クラス? それって何だろう?」

 

「あぁ、僕らフレンズ(えいれい)には真名や動物名の他に、戦士のタイプとしてのクラス名が割り当てられているんだよ。

 僕なら槍兵を表す“ランサー”、ギルなら弓兵を指す“アーチャー”といった具合にね♪」

 

「しかり。まぁエルキドゥは本物の槍を用いて戦うワケでも無ければ、我も弓を主に使うフレンズとは言えん。我らの戦い方は少々特殊であるゆえな……。

 まぁ『一応そうなってます』『割り当てるとしたらそれです』くらいに思っておくが良いぞ?」

 

「はえぇ~。そうなんですかぁ」

 

 かばんちゃんは興味深そうに話を聞く。

 まだまだこの世界の事は何も知らないし、分からない事だらけだろう。けれど懸命に理解しようとするその姿勢に、ギルガメッシュはニッコリだ。

 うむ、こやつには見どころがある。

 

「例えばだけど……そこの木の所にガゼルのフレンズ(えいれい)が居るだろう?

 見えるかい、あの向こうの木の傍にいる子」

 

「はい、遠くに見えるあの木ですね。茶色い人がいるのが見えますっ」

 

彼奴(きゃつ)はハサンという真名の、アサシンのフレンズでな?

 かけっこが速かったり、かくれんぼが非常に得意なクラスなのだ」

 

「他にも向こうに見えるあのサイの子は、ヘラクレスという真名のバーサーカーの子だよ。

 難しい事を考えるのは苦手で、怒ると手がつけられなくなるんだけど……、でもとても狩りごっこが強いクラスなんだよ♪」

 

「そうなんですか! いろんなクラスの人がいるんですねっ」

 

 うんうんと頷き、楽しそうに目を輝かせているかばんちゃん。

 

「ふむ……かばんよ?

 先ほど貴様は、落ちていた竹を使って、水筒のような物を作り出していたな?」

 

「あ、はい。また喉が渇いた時のために、水を持ち運び出来るようにと思って」

 

「道具を使う、そして道具を作り出す事……これはな? なかなか出来る事では無いのだ。

 それに加え、貴様には旺盛な知識欲と、優れた理解力がある。

 恐らくは、その高い知能が特徴となる動物なのやもしれん」

 

「すごいよかばんちゃん! 君はとても頭の良いフレンズ(えいれい)なんだねっ♪」

 

「えっ」

 

 二人は嬉しそうにかばんちゃんを見つめ、ふむふむと納得したように頷いている。

 かばんちゃんは褒められて喜ぶというより、どこかその言葉に対して自信なさげな様子だった。

 

「で、でもぼく……歩くのも走るのも遅いし、力も弱いです。

 お二人みたいに戦う事も、ビームみたいなので天地を引き裂く事もできません……」

 

「……いや、それは我らだから~みたいなトコあるし、別に出来んでもしょうがない事ぞ?

 かばんよ、我が言ってやる。貴様は貴様なりに、数多くの長所がある」

 

「そうだよ、君はこんなにも広いサバンナを歩ける体力があるし、なによりすごく頑張り屋さんだと思うんだ。

 僕らは会って間もないけれど、こんなにも沢山かばんちゃんの良い所を見つける事が出来た。

 これって凄い事だよ♪」

 

「……!」

 

 暖かな微笑みと、そんな心からの賛辞に、思わずかばんは息を止めてしまう。真剣な顔で二人に向き合う。

 

「僕は君が好きだ。

 その人柄も、愛らしさも、とても好ましいって思うんだよ。

 だから君の事を、もっと知りたい――――僕と友達(フレンズ)になろう」

 

「うむ。貴様ならば、我が民としてやる事もやぶさかでなし。

 今日から我らのフレンズを名乗る事を許す。光栄に思うが良いぞ、かばんよ」

 

「エルキドゥさん……ギルガメッシュさん……」

 

 胸に熱い物がこみ上げる。心に暖かな火が灯っていく。

 この世界への恐怖、孤独、心細さ。そんな全てを跳ね飛ばすような勇気が、かばんちゃんの胸に湧いてくる。

 

 だがそんな時――――突然この場に、誰かの悲鳴が響いた。

 まるで、絹を引き裂くような。

 

「?! こ……これって!? エルキドゥさん……!」

 

「エントランスの方角からだね……。

 もしかしたら、誰かが襲われているのかもしれない」

 

「ともあれ、行ってみるとしようぞ。

 どうせ通らねばならん道よ」

 

 エルキドゥがかばんちゃんを抱え上げ、勢いよく駆け出す。彼女は「わっ!」と驚いた声を出すが、エルキドゥを信頼するようにギュッとしがみつき、しっかり身を任せる。

 

「……ほう、セルリアンか」

 

 三人は矢のような速度で現場に辿り着き、この場に居る“セルリアン”という巨大な生物と対面する。

 先ほどの悲鳴の主は、もうすでに見当たらない。一見して争った様子や食べられた様子も無い事から、無事にこの場から逃げ去ってくれたのだろう。

 

「大きいね……こんなサイズのヤツは、滅多にいる物じゃないよ」

 

「あぁ。見つければその都度掃除をさせているゆえ、近頃はとんと見かける事が無かったが……まさかまだこのような大物が隠れ潜んでおったとはな」

 

 青い身体に、大きなひとつ目。

 まるでTVゲームでよく見るスライムをゾウのように大きくしたような生物が、いま三人の前に立ちはだかっている。

 さばんなちほー唯一の出口である一本橋を、その巨体で塞ぐようにして。

 まるで、決してかばんをこのエリアから逃がぬとでも言うかのように。

 

「え……エルキドゥさん……! ギルガメッシュさん……!」

 

「大丈夫、心配いらないよかばんちゃん。僕らが着いてる」

 

「あぁ、エルキドゥの言う通りだ。

 我の庭たるさばんなちほーに、あのような醜悪な生物は必要ない。

 焼き払ってくれようぞ」

 

 今も我関せずというように、ふてぶてしくフワフワと宙に浮いている、得体のしれない化け物。それに怯えるかばんを安心させるように優しく撫でてやり、エルキドゥは彼女をそっと地面に下ろす。

 

「そう――――彼らはフレンズ(友達)じゃない。

 僕の愛する人達に、害を成す存在だ――――」

 

「ゆえに彼奴等は、我らが最も忌み嫌う存在。

 獣はいても、のけ者はいない――――だが彼奴はフレンズに非ずッ!!

 ……やるか、エルキドゥよ?」

 

「うん、やろうギルガメッシュ」

 

 雄々しく並び立ち、エルキドゥとギルガメッシュの二人がセルリアンと向かい合う。

 かばんちゃんの脳裏に、先ほど水場で見た世界が7度生まれて7度滅ぶ(・・・・・・・・・・・・・)ような惨状が思い浮かぶ。

 まるで神々の争いのような、戦いではなく天変地異のようなアレが、再び巻き起こるというのか。

 

 先ほどは運よく生き残ったが、今度こそぼくは死んでしまうのかもしれない。地割れとか衝撃波とかビームとかに巻き込まれて死んじゃうのかもしれない。

 エルキドゥはちゃんと「大丈夫だよ」と言ってくれてたが、もうその心配をせざるをえないかばんちゃんであった。

 

 けれど……彼女の心配は、とても意外な形で裏切られる事となった。

 

 

『おぉ? なんだ(いくさ)かぁ?』

 

『なになに? 戦するの? どこどこ?』

 

『ホントに! やったぁ! 私もやりますねっ!』

 

 エルキドゥとギルガメッシュが雄々しく化け物と対峙する中……ふと気が付けば、いつの間にかこの場にぞろぞろと集まって来た、大勢のフレンズ(えいれい)達の姿があった。

 

『おぉ、セルリアンではないか!

 久しく見かけんかったが、これはまさに僥倖というものッ!!』

 

『いよっしゃあ! 久しぶりに俺の槍が唸るぜッ! 一番槍もらったぁ!!』

 

『ズルいですよランサー! 私も斬りたいです!』

 

『おっほっほ! これは滅多にない大物ね♪

 大魔法ぶちかまして、バラバラにしてやりましょ♪』

 

 今この場には、何やらお侍さんみたいな見た目の“大鷲のフレンズ”、赤い槍を操る“豹のフレンズ”、美しい装飾の大剣を握る“ライオンのフレンズ”、そしていくつもの魔法陣を宙に浮かべている“キツネのフレンズ”などなど……。

 そんなさばんなちほーに住む全てのフレンズ達(・・・・・・・・)が、一堂に集結していた!

 

 その数……もういっぱい! とても数えきれないッ!

 

『おっしゃあいくぜぇぇーー! ――――刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)!!』

 

『宝具に頼らぬ我が奥義を見よッ!! ――――秘剣・燕返しッ!!』

 

『さぁ出番です我が子よ! いざ天地を駆けろ! ――――英雄の手綱(ベルレフォーン)!!』

 

『刺すわよっ! 今日はいっぱい刺すわよッ! 破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)!』

 

『アイアーム……ザ ボーン オブ マイソゥ~ド……!』(巻き舌)

 

『エクスカリバー! エクスカリバー! もういっちょエクスカリバー!!』

 

『■■■――――!! ■■■■――――ッッ!!!!』

 

 この場に〈ドゴーン! ドゴーン!〉みたいな音が絶え間なく響く。空を真っ赤に染め上げ、セルリアンを蹂躙する。

 もう弱点の石とか、そんなの全然関係なく!!

 

「あーっ! ズルいぞ雑種共ッ! ちょっとぉー!!

 エヌマエリシュ! エヌマエリシュ!!」

 

「僕も! 僕もやりたい! エヌマエリシュ! エヌマエリシュ!」

 

 引き続き〈ドゴーン! ドゴーン!〉みたいな音が木霊する。

 もう世界が7度どころか、生まれたり滅んだりが高速で繰り返されているような光景を、かばんちゃんはただボーっと見ていた。 

 

 もうセルリアンなんかいない――――とっくの昔に木端微塵になっている。

 それでもフレンズ(えいれい)達は手を止めず、もう嬉々として宝具を乱射している。最近あんまり戦えなかったうっ憤を晴らすが如く「おっしゃー! そいやー!」と総がかりで宝具を撃ち続けている。

 

 

 ――――えっ、フレンズ(えいれい)ってちょっと、好戦的すぎない?

 ――――――戦い好きすぎない?!

 

 

 ぼくの知ってる動物(フレンズ)と違うッ!!

 そんな事を強く思いながら、かばんちゃんはあと30分ほど、この光景を見守るのだった。

 

 

 

 ………………………………

 ………………………………………………………………

 

 

 その頃……彼らから遠く離れた場所から、その戦いの惨状を見ていたフェネックとアライグマ達が、ボソリとつぶやいた。

 

「……ねぇ、何あれ? あのいっぱいの炎は何……?」

 

「わかんない……」

 

 数キロは余裕で離れてはいるものの、フレンズ(えいれい)達がドゴンドゴン放ち続ける宝具の衝撃は大地を揺らし、その轟音はこの場にも響いている。

 

「ねぇ……アンタ帽子を取り返したいって言ってたよね……?

 さっき追っかけるって、言ってたよね……?」

 

「……」

 

「死ぬよ? 私達きっと死ぬよ?

 あんなのを追っかけてって、もしケンカにでもなったら、きっと死んじゃうよ?」

 

「……」

 

 

 ――――残念だけど、帽子は諦めよっかな!

 ――――まぁ犬のフレンズにでも噛まれたと思って、忘れよっかな!

 

 小高い丘の上でフレンズ達の織り成す最終戦争(ラグナロク)の様子を見つめながら、アライグマとフェネックは、大人しく自分の巣に帰る事を決めたのだった。

 

 

 

 

 

 








☆スペシャルサンクス☆

 項劉さま♪


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

50 俺の名はhasegawa! “あなたトトロ”のhasegawaだ! の巻。

※注意!※

 今回のお話は、取りようによっては(・・・・・・・・・)かなりアダルティな内容になります。
 本来この短編集にはそぐわない内容の物ですが、いちおう本文中に直接的なワードは無く、また行為の描写に関しても湾曲的な表現しか使用していない事から、当短編集のタグに【R15】を付ける事によって対処をしております。ご了承下さいませ。



↓以下お題↓
………………………………………………………………………………………………




 とある企業城下町の一角。そこには10人に問いかければ8人が想像する、如何にもといった風情の屋敷が聳えて居た。

 週末ともなれば、内外の客を招き『ささやかな』立食パーティーが開かれている。
 そんなパーティーも終わり、夜の帳が下り、屋敷内を静寂がを支配していく。

 その本館の一角――主の主寝室。
 その大きな天蓋付きの寝台の上にも、垂れ幕を透かして月の光が差し込んでいた。
 蒼く柔らかい光が作る陰影に沿って指先を這わせ、女は半ば夢見心地のまま全身を気怠さの中に浸らせていた。

「最近、嫌な視線を感じるな。何か変わったことはないか? 新藤」

 男が呟く。

「教官?」

 男の傍らで全身を気怠さの中にひたらせていた女が呟く。

「……『教官』はないだろう、こんなところでまで」

 女の呟きを耳にした男が軽く窘める。

「こんなときぐらい、名前で呼んで欲しいもんだな、新藤」

「……教官が私の事も『新藤』ではなく名前で呼んでくださればそうお呼びします」

 そう済ました口調で新藤と呼ばれた女性が返事を返す。

「……そうだったな、そういう約束だったな。……那美」

 新藤はこの家の代々の主君に仕える執事の苗字である。主が男のときは女が、主が女の時は男が執事を務める事になっていた。
 新藤那美は現在の主とは一回り歳が離れており、那美が15歳で仕えた頃は護身術や主の仕事の補佐を行うための一通りの教育は、まだ後継者であった現在の当主が教官として指導した。
 当然、二人が男女の仲になるにはさほどの時間を置くことはなかったが、男女の仲になる頃には「教官と教え子」の関係も十分に構築されていた。

「……那美、……いや、新藤」

 主が情人を名ではなく苗字で呼ぶ。

「何かありましたか?」

 苗字を呼ばれた事により、女が私人から執事へと精神を切りかえる。

「……想像に過ぎぬがな、どうも周囲を探る者がいるようだ」

 その言葉を聞き思わず身を浮かせる女。

「では……!?」

「……時期が時期だけに厄介だ。何か手を打つべきだろうな」

「承知しました」

 そう言い残すと新藤が白み始めた東の窓を視野に入れつつ、その身に夜着を纏いゆっくりと動き出す。

「では、亨様。私はこれで」

 顔を上げ、主が情人を改めて見つめる。

「もう行くのか」

「はい」

「まだしばらく居ればよかろう、那美」

 そのまま右腕を伸ばし、情人の左腕をつかむ。主の指先が触れた瞬間、那美は、何か熱いもので触れたかのようにびっくと身体を震わせた。名門の主と言うにはまだまだ若い青年の表情に、何か空洞じみた皮肉気な笑みが浮かんでいるのが見える。

「いえ、その……」

 困ったように俯いた情人に、主がその肢体を引き寄せる。

「朝、執事が主の寝室から現れては、立場がないか」

「……亨様。蟻の穴から堤も崩れると申します。あまりこの関係が噂されるのは……」

 そう言いつつも、主に抱き寄せられる。
 主がそのまま両腕でしっかりと緩やかで優美な曲線を描く肢体を抱き締め、その柔らかな感触を楽しみつつ彼女の耳もとに囁いた。

「流れている噂が気になるか? 私が北小路の娘と男女の仲だというアレが? 私が本気なのはお前だけだ、那美。お前ならば、いくらでも私は本気で相対することが出来るのだからな」

 その大きな天蓋付きの寝台の上にも、垂れ幕を透かして月の光が差し込んでいた。
 蒼く柔らかい光が作る陰影に沿って指先を這わせ、新藤那美は半ば夢見心地のまま全身を気怠さの中にひたらせていた。

 激しく荒々しい行為の後の疲労が、これまでの直接的な快楽とは別の悦びを彼女に味わさせてくれている。自らの四肢を相手の筋肉質の身体に絡みつかせたまま、彼女はうっとりと情人の体温や体臭を楽しんでいた。

 余韻を楽しむかのように那美は、そのまま軽く目をつぶったまま彼女の指導教官であり、情人である長谷川 亨の胸元に顔をうずめた。
 男が那美の髪を弄っていた右手を伸ばし、彼女の普段のいでたちや年齢からは想像もできないほど大きく、しかも張りのある丸みを握りしめる。
 そのまま、お仕置きとばかりに指を立て、弾力のある膨らみに指をのめり込ませた。

 長谷川の指先が、その先端を軽く撫でたりに弄ったりしている。
 那美が甘い声をあげて、首をいやいやするかのように左右に振る。
 彼の胸板に這わせている指先に力がこもり、彼女の柔らかな曲線を描いている背中にさざ波のような震えが走る。

「どうした、ん?」

 意地悪く続きをうながす長谷川に、那美は、はっきりとわかるほど潤んだ声でそれでも言葉を続けた。

「そうか」

 指先の動きをさらに激しくしてひとしきり那美に甘い声をあげさせると、長谷川は両手で彼女の腰をつかみ持ち上げた。
 鍛え上げられている彼女の身体の感触が、彼の指先に適度な抵抗を示して心地好い触感を伝えてくる。そのまま彼女を自分の腰の上に運びあげると、狙いを合わせて手を放した。

「……っ!?」

 突然身体の中心を貫かれた那美は、その衝撃に叫びそうになるのを歯を食いしばってこらえた。それほど準備が出来ていなかった所への突然の出来事に、頭の中が真っ白になって大きく息が漏れる。

 自分の胸板に顔をうずめ荒い息をつくばかりの那美に、長谷川は彼女の身体がもたらす感覚だけではない興奮に、息を荒げつつ言葉を続ける。
 自らの言葉にあおられるように、彼の身体は更に獰猛に動きを早めていく――――






 

 

 

 

「――――オーイエスッ! オーイエスッ!」

 

 二人の行為は、更に加速度を増していく。

 

「オーイエスッ! フーゥ♪ 君かわうぃーねぇーぃ!」

 

 亨が那美のケツを、スパンスパンと和太鼓のように叩く。

 そのテンションからか、彼のキャラもだいぶ崩壊してきたようだ。

 

「イエァ! カモッ! シーハー! オーウ♪」

 

 やがてケツ太鼓のリズムは16ビートとなり、まるで雷鳴のようなスパンキング音が木霊する。

 

「オーウ! オーウ! イエァ! カムショット!! ワオ~ン♪」

 

 ついに享のボルテージがてっぺんに達し、よっしゃいっちょ双子でも産ませたろかいと、某宇宙戦艦ヤマトの艦長のように「波動砲よーい……!」と呟いた、その時。

 突然この場に、一匹のサメが窓を突き破って飛び込んで来た――――

 

 

「ぎぃやぁぁぁああああ!!!! 死ぬぅぅぅうううっっっ!!!」

 

 

 全長10メートルはあろうかという巨大ザメが那美に襲い掛かり、その大きな口で頭から彼女に喰らい付く。

 先ほどまで幸福の絶頂にいた二人を、突然現れた巨大ザメが悪夢に叩き落したのだ。

 

「いやぁぁぁあああ! いっやーーん!! たっけてぇーん!!」

 

 下半身だけをサメの口から出し、もうジタバタと暴れる那美。

 その姿を前に、ただただ享は「なぜサメがここに?! ……そうかっ! きっと近所にある水族館から逃げ出して来たんだ!」と意外と冷静に分析する。

 俺達がイチャイチャしていたから、サメが飛び込んで来たのだと!

 エロシーン許すまじと!

 

「うおぉぉぉ! 逃げろぉー!!」

 

 享は今まさにサメに喰われている那美の背中を踏み台にして、ピョーンと天井へと飛びつく。

 そのまま天板を外して「よいしょ!」と身体を潜り込また後、「ふう、やれやれ」と額の汗を拭い、自らの命が助かった事に安堵する。

 

「那美ぃ! 大丈夫かぁー! 怪我は無いかぁー!」

 

「ぎゃー! 享さぁぁーーん! ぎゃあああーー!!」

 

 天井からひょこっと顔を出し、那美に問いかける。だが彼女はガジガジとサメに噛まれており、それに返事をする余裕もないようだ。

 

「頑張れぇー! がんばれ那美ぃー!! 諦めるな!! ネバーギブアップ!!」

 

「うわぁぁぁああ!! うわぁぁぁあああ!!! 教官ぁぁーーん!! 死ぬぅ~!!」

 

 自らの安全を確保し、ひとり高い場所から必死に声を掛ける享。対して那美はもう膝の辺りまでサメに飲み込まれており、その命はもう風前の灯火に見えた。

 

「よしっ! こういう時こそ神頼みだ!」

 

 享は首にかけていた十字架のネックレスを外し、それを力強くサメの方へ向ける。

 

「去れ! サメよ立ち去れ! おぉ神よ! 我を救い給え!」

 

 まるでドラキュラに対してするように、必死にサメに向けて十字架を突き出す。

 たがその祈りは神に届かず、今もサメはのんきに那美を咀嚼している。ガジガジと。

 

「アーメン! ハレルヤ! ……ちきしょう駄目だ! 神は役に立たん!」

 

 ファックとばかりに十字架を投げ捨て、享はここぞと言う時に役に立たない神と決別する。

 何が神だクソッタレ! 全然サメ帰ってくれへんやないかい! 享は故郷である関西の言葉で毒づき、代わりに手首に巻いていた数珠を取り外してサメに突き出す。

 

「なら仏はどうだ! ブッダなら!

 え~……なんみょ~ほ~れんげ~きょ~♪ なんみょ~ほ~れんげ~♪」

 

 うろ覚えのお経を唱えてみるも、まったく効果は無い。今もサメは那美をガブガブいっているのだから。

 享は「シット!」とばかりに数珠を投げ捨て、代わりにズボンのポッケから携帯電話を取り出した。

 

「神も仏も駄目だ! あいつらはクソだ!

 やはりこういう時は、文明の利器に限る!」

 

 享は「♪~」と鼻歌を口ずさみながら、ピッポッパと携帯を操作していく。

 そして機嫌よさげに「あーもしもし?」と言った時、スピーカーから「現在、電波の届かない所にいるか……」という機械的なアナウンスが聞こえてきた。

 

「ノーウ!!!!」

 

 どっせいと携帯を叩きつけ、享は万策尽き果てたと頭を抱える。

 神も、仏も、文明の利器も駄目なら、もう自分に打つ手など無い。那美を救う事は出来ないと。

 

「ちきしょう! なぜこんな目に合う!

 俺はただ、女としっぽりやっていただけなのに! 何故なんだ!」

 

 享はポカポカと天井の板を叩き「ひどいひどい!」と涙を流す。

 ここは確かに安全だけど、すごく埃っぽくて不快なのだ。暗いし高いし怖いし、お風呂に入ったばかりの身体は汚れるし。ろくなもんじゃない。

 

 まぁ今サメに喰われている那美に比べれば大分マシではあるけれど、それはそれ、これはこれだ。

 確かに那美の身体を踏み台にし、彼女を犠牲にして自分だけ助かりはしたが、そんな事は関係ない。

 今はこの埃っぽくて不愉快な場所が嫌だと、そういう話をしているのだ。

 ――――ちきしょう今日はクリスマスだぞ!! なんて日だ!!

 享はそう悪態をつきながら、我が身の不運を呪う。

 

「――――諦めてはなりません享さま! ファイトに御座います!」

 

 その時、サメの口からヒョッコリ顔を出した那美の声が、享の耳に届く。

 

「享さまならば出来ます! このようなサメに負けようハズが御座いませぬ!」

 

 どうやったのかは知らないが、なにやらサメの口の中で頑張って態勢を入れ替えた様子の那美。

 今もガブガブとサメに噛まれながらも、なんとか上半身だけをグイッとだし、享を鼓舞していく。

 現実に打ちのめされ、折れかかっていた彼の心を、そっと包み込むように。

 

「――――愛に御座います! 愛の力で困難に打ち勝つので御座います!

 愛は無敵に御座います!!」

 

 那美は渾身の気迫を持って、声を振り絞る。

 

「愛があれば、サメなど恐れるに足りませぬ!

 愛こそ! 愛こそが全てッ!!!! ラブ イズ エブリシングに御座いますッ!!」

 

 その力強い言葉により、だいぶエグエグしていた享の心に勇気の火が灯る。表情に力が宿っていく。

 

「そうか……そうか! 愛だな那美! 愛なのだなっ!?」

 

「はい! 愛に御座いますっ!

 その溢れんばかりの愛で、サメをぶち殺すので御座いますッ!」

 

 真っすぐ向けられた瞳。その微塵もこちらを疑っていない信頼の込められた瞳に照らされ、享は正気を取り戻した。

 男として、今やるべき事をハッキリと思い出したのだ。

 

 愛――――愛なのだ!

 俺は愛する者を守る為、戦わなければならないのだ!

 たとえこの身が朽ちようとも、愛する女を守らねばならないのだ!

 

「すまなかったな那美……もう大丈夫だ」

 

 相変わらずサメにカプカプと齧られている彼女を見つめながら、いま享がそっと身体を起こし、勢いよく天井から飛び降りる。t

 

「いざッ! 推参つかまつる!!

 うおぉぉサメぇぇーーッッ!! うおぉぉーー!!」

 

 だがその時――――突然窓ガラスを突き破り、この場に一匹の“巨大熊”が飛び込んで来た!

 

 

「ぎゃぁぁぁああああーー!! 死ぬぅぅ~~!!」

 

 

 その途端、享は再び那美の身体を踏み台にしてピョーンと天井に登った。

 サメに足を、そして熊に上半身を噛まれた彼女は、なにやら二頭に「おーえす! おーえす!」とばかりに引っ張られている。

 

「なんでやっ! なんで熊まで来るんやっ!

 いったいどうなっとんねんウチの屋敷!!」

 

 今も享の眼下には、熊とサメに引っ張られて「ぎゃぁぁぁ!」と叫び声を上げる那美の姿がある。

 さっきは意気揚々と天井から飛び降りはしたものの、もう熊の姿をひとめ見たその瞬間、即座に天井に戻ったのだ。

 あー怖かった……超ビックリした……。心臓止まるかと思った。

 

「二頭は無理やろ! いくら愛でも二頭はアカンやろ!! こんなん無理やんか!!」

 

「ひいぃぃ~! 死ぬぅー!」

 

 二頭のクリーチャーにより、那美はまるで縄跳びのロープのようにグルングルンと回されている。その姿を見ながら、享は再び「ふーやれやれ」と汗を拭う。

 なぜここに熊が?! ……そうか、きっとこの熊も、近所にある動物園から抜け出してきたんだな?! そうに違いない!!

 享は猛獣二頭がなんの脈絡も無く襲来するという状況にあっても、意外と冷静にそう分析した。

 

「お……お助けぇ! お助け下さいませ享さま~っ!」

 

「無理や! 二頭は無理やッ!! 無理に決まっとるやろアホッ!」

 

「愛に! 愛に御座いますっ!

 愛さえあれば、かような畜生ども、恐れるに足りません!」

 

「――――何が愛じゃボケェェェエエエエッッッッ!!!!

 そんなんで勝てたら苦労せんのじゃアホォォォォーーーッッ!!

 ほんだら自分でなんとかせぇよお前!! 愛あんねやろうがお前!!」

 

「ぎゃあぁぁ~! 死ぬぅぅ~!」

 

 享の逆ギレが部屋に木霊する中、那美は必死に気合を振り絞り、二頭の顎から抜け出そうと試みる。

 

「かしこまりました享さま! 那美はやりますっ!

 うぉぉぉ! 愛に御座います! 愛に御座います! あーい!!

 ぎゃぁぁぁあああ~~っっ!」

 

「那美ッ?!?! しっかりするんだ那美ぃぃーー!!」

 

「心配ご無用に御座います享さまっ!

 この程度の試練……、那美は立派に乗り越えてみせまするっ!

 うぎゃあぁぁーー!! 死ぬぅぅーー!!」

 

「那美っ?! 那美ぃぃぃいいいっっ!!」

 

 あぁ、いったい何でこんな事に!

 エロい事をしたからか? 全年齢対象の作品でえっちぃ事をしたからいけなかったのかっ!

 享は自分の行為を悔い、ただただ頭を抱えて蹲る。

 

「――――いけません享さま!! そのような事をおっしゃっては!!」

 

 しかし、那美の振り絞るような叫びを聞き、享は「はっ!」とこの場に意識を戻す。

 

「愛を否定してはなりませぬっ! 愛こそ全てに御座いますっ!!

 愛こそが、この世で最も尊き物なのですよ!!」

 

 そう言い放ち、那美は熊の顎をグググッと力づくでこじ開け、ハッキリと享の顔を見据える。

 

「 愛を止めてはなりませぬっ! 愛を悔いてはなりませぬっ!!

  さぁ享さま! 叫ぼうではありませんか! 私達の愛を高らかに叫ぼうではありませんか!!

  たとえこの身が朽ちるとも! 那美はこの命尽きる最後の瞬間まで、

  享さまへの愛を叫んで死……

 

 その時、熊が「よっこいしょ」とばかりに、顎に力を込めた。

 

「 うぎゃぁぁぁあああああーーーーー!! 死ぬぅぅぅうううーーーーー!! 」

 

「那美ぃーー! うおぉぉ那美ぃぃぃーー!!」

 

 もう烈火の如くバタバタと暴れる那美。

 享はその姿を前に、ただただ一人だけ安全な場所で、名前を呼んでやる事しか出来ずにいる。

 

 やはり愛では、彼女を救う事は出来ないのか?!

 愛なんて物は、しょせん幻想にすぎないと言うのかっ?! 二人の心に絶望が影を落とす。

 

 ――――しかしその時! 突然この場に青い人影が飛び込み、即座に熊&サメへと飛び掛かって行った!

 

 

『――――大丈夫か二人とも! もう心配ないぞ!』

 

 

 その青い影は一撃のもとに熊を倒し、サメを蹴り飛ばし、一瞬にして那美を救出して見せる!

 

『うぉぉぉ! タワーブリッジ! タワーブリッジ!』

 

 そして倒れ伏した熊&サメを抱え上げ、渾身の力を込めて背骨をへし折った!

 

「 ろっ、ロビンマスクさん! 」

 

「 ロビンマスクさん! 来てくれたのか!! 」

 

 二人が目をひん剥いて見守る中、瞬く間に熊とサメを倒したロビンマスクが、グイッとこちらに向けて親指を立てる。

 二人を安心させ、自らの勝利を示すように。まさにヒーローの姿!

 

「ロビンマスクさん! 助かったよロビンマスクさん!」

 

「ロビンマスクさん!!」

 

 そして二人が見守る中……ロビンマスクが「よいしょっ!」と窓辺に足をかけ、ピョーンと外に飛び出す。

 悪を倒し、また愛する人々の命を守り抜いたロビンマスクが、颯爽とこの場から去って行った。

 

 

「ありがとーロビンマスクさん! ありがとー!!」

 

「素敵っ! ありがとうロビンマスクさん! 素敵ぃー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は世紀末――――世に悪が蔓延り、人々から笑顔が消えつつある時代。

 しかし彼がいる限り、この世から正義の灯が消える事は無い。

 

 いけ! ロビンマスク! 涙を笑顔に変えるんだ!

 

 世界の平和を守る為……戦えロビンマスク! 愛の為にッ!!

 

 

 

 

 

 

――完――

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

51 恋愛小説が書けないので、ガリガリ君の二次小説を書きます。


 以前からの憧れである恋愛小説を書いてみたくて、自分なりにウンウンと考えはするのですが、でも才能が無いのか、なかなか上手くいきません。
 腹が立ったので、ガリガリ君の二次小説を書きます。


 テンテレテレレレ♪(音楽)





 

 

 

「ぼぉくガリガリくぅぅーーーーん!!」

 

 

 埼玉県に本社を置くアイスクリーム専業メーカー“赤〇乳業”の、近くの公園。

 

「うぇへへ~! やっぱりソーダ味は美味しいなぁ~!

 ガリガリガリガリ……! ガリガリガリガリ……!」

 

 そこに、季節はもう秋だというのにアイスキャンディーをガリガリと頬張る、Tシャツに半ズボンという格好の、元気な男の子の姿がありました。

 イガグリ頭に、とても大きな口。頭部はまるでお正月によく見る鏡餅のような形をしています。

 

「おっ、当たりだ! アタリが出たぞぉ~う!

 うわーい♪ もう一本だぁ~♪」

 

 食べ終わった棒に“一本当たり”の文字を見つけ、ガリガリ君は嬉しそうに公園を駆け出します。

 次はコーラ味にしようかな? それともグレープフルーツ味にしようかな? そんな風にウキウキしながら、意気揚々とコンビニへと向かっていきました。

 

「そういえば、明日はお父さんに、釣りに連れていってもらえるんだなぁ~。

 海ってどんな感じなんだろう? 楽しみだなぁ~」

 

 埼玉在住という海なし県民であるガリガリ君は、明日に控えたお父さんとの釣りを、とても楽しみにしていました。

 今までTVでしか見たの無かった、海という物――――

 きっとそれはとんでもなく広くて、大きくて、そして素晴らしい光景に違いありません。

 

 ガリガリ君は初めての海に想いを馳せ、少しだけ海なし県民であるコンプレックスが解消されていくのを感じつつ、コンビニ店員さんに先ほどの当たり棒を渡して“ガリガリ君コーラ味”を受け取るのでした。

 

 

………………………………

………………………………………………………………

 

 

「うぉぉぉ! ガリガリガリ……! ガリガリガリ……!」

 

 翌日、ガリガリ君は生誕の地である埼玉県を飛び出し、待ちに待った海へとやって来ました。

 今ガリガリ君は眼前にある素晴らしい景色を眺めながら、クーラーボックスにギッシリと詰まった各種ガリガリ君を、まるで親の仇のような勢いで食い散らかしています。

 

「うぅ……寒いっ! 流石にこの季節、Tシャツ半パンでアイスを食べるのは厳しいぞ!

 激しく身体を打ち付ける寒風に、心まで凍えそうだ!

 でもこんな寒い中で食べても、ガリガリ君は最高だっ! とってもおいしいよっ!」

 

 潮の香はともかく、吹き付ける海風はとても冷たく、アイスのせいで身体の芯からキンキンに冷え切っているガリガリ君の歯が、ガチガチと音を立てます。

 それでもガリガリ君はただひたすら、何かに取り付かれた狂人のようにアイスを食べ続けます。

 いま傍らにあるクーラーボックス。この中身が空になる時まで、ぼくは絶対に手を止めないぞ。必ず全部食べ切ってやる。

 そんな謎の闘志を燃やしながら、黙々とアイスを齧るのでした。

 

 ちなみにガリガリ君の一日の食事は、その大半がアイスで占められています。夏であろうが冬であろうが、毎日ひたすらにアイスキャンディーを食べ続けています。

 アイスキャンディーであるガリガリ君は一本で約69キロカロリー。 糖質も約18グラムと、おにぎり1個の半分程度。

 これで一日に必要な栄養素の全てを賄うには、もうとんでもない本数を消費しなければなりません。常人にはとても真似できない、インドの修行僧も裸足で逃げ出すくらいの苦行です。

 けれどガリガリ君はいつも美味しそうに、そして幸せそうに食べています。

 

 まるでアイスを食うのが己の使命だとでも言うように――――ぼくはアイスを食べる為に生まれてきたんだとでも言うように。

 ぶっちゃけガリガリ君のご両親も『なぜ私の息子はアイスばかり食べるのか?』『こやつは気が狂うておる』と、生まれた時からアイスしか口にしようとしない息子の異常性に、半ば諦め気味ではあるのですが……そんな事ガリガリ君は気にしません。

 

 大好きなガリガリ君を食べながら見る、憧れの海――――

 

 綺麗で、青くて、とっても広い海。ガリガリ君は今日の事は一生忘れないぞと心に誓います。

 そしてまたクーラーボックスから一本取り出し、「うぇへへへ!」とか言いながら噛り付いていくのでした。

 

「それにしても、お父さんはいったいどこへ行ったんだろう?

 もう30分も経つっていうのに」

 

 釣竿をガリガリ君に預け、「トイレに行ってくる」と言ってこの場を離れていったお父さん。けれどいつまで待っても来てくれません。いまこの広い海岸には、ポツンと座るガリガリ君がひとりだけ。

 

 そう、お父さんはあまりに釣れない事に嫌気が差し、ガリガリ君を残して一人でパチンコをしに行っていました。

 育児放棄も甚だしい、いわゆるパチンカスという人種だったのです。

 

 お父さんはどうしたのだろう? ……いや待てよ、あれは本当にぼくのお父さんなのか?

 照りつける太陽と潮風の中、ガリガリ君はウンウンと考えます。

 

 ぼくには妹が一人いる、これは確かだ――――

 でもそれ以外の家族の存在って、公式設定では特に明言されてない(・・・・・・・・・・・・・・・)よね? ならアレは、まったく知らないオジサンだという可能性もあるぞ。

 ヤツはただぼくと一緒に住んでいるだけの、まったく縁もゆかりも無いただのオジサンという可能性は無いだろうか?

 

 ガリガリ君は自身の不透明な出生を想いつつも、ふるふる頭を振って考えないようにしながら、またアイスを食べ始めました。

 

「……ん? あれは何だろう?」

 

 そうしてまた一本食べ終わり、今度は“ガリガリ君シチュー味”に挑戦しようかな~と考えてクーラーボックスに手を伸ばそうとした時……ふとガリガリ君の視界に、人影らしき何かが映ります。

 

「あっ! あれは……!」

 

 

 それは――――人魚でした。

 

 ガリガリ君が見つめる先には、遠くの岩場に腰かけている、今まで見た事もない程に綺麗な、人魚の女の人がいたのです。

 

「……」

 

 ガリガリ君は放心し、遠くにあるその姿から目を離す事が出来ません。

 いま人魚の女の人は、サラサラと風に揺れる美しい金髪の髪を押えながら、まるで慈しむような優しい顔で海を眺めています。こちらに気づく事無く。

 

「なんて綺麗な人なんだろう。

 これが人魚なんだね。ぼく、はじめて見た――――」

 

 海なし県である埼玉を一歩出てみれば、そこには昔絵本で見た人魚の姿。ビックリです。

 ガリガリ君は手元のアイスが溶ける事も気にせず、ただただじっと人魚を見続けます。

 ガリガリ君はあまり見た事は無いけれど……まるで絵画や神話のように幻想的なその姿に、心を奪われてしまったかのように。

 

 お父さんは大当たりでも出したのか、未だパチンコ屋さんから帰って来ません。くそったれのパチンカスです。

 なのでガリガリ君はひとりっきり、いつまでもいつまでも、そうしていたのでした。

 

 

………………………………

………………………………………………………………

 

 

「あっ」

 

 ガリガリ君が潮風で顔面をカピカピにし、寒さでダーダー鼻水を流しながらも見つめる中……やがて目の前の光景に変化が訪れました。

 いま遠くに見える人魚さんの所に、もうとんでもない大波がザッパーンと襲い掛かったのです。

 

「あ……」

 

 人魚さんは必死こいて岩にしがみつき、なんとかその大波には流される事無く耐えたのですが、後続としてピョーンと飛んできたカジキマグロが〈ゴイン!〉と頭に直撃し、グタッとその場に倒れ伏してしまいました。

 

「いけないっ! 人魚さん!」

 

 ガリガリ君は大慌てで海に飛び込み、プールの授業で習ったクロールを駆使して岩場に辿り着きます。

 

「人魚さん! しっかりしてよ人魚さん!」

 

 岩場からズリ落ちそうになっていた身体を支え、優しく寝かせます。

 くるくると目を回し、気を失っている人魚さんに、必死に声を掛けます。

 やがて日が暮れて、夜の帳が落ちる程の長い間、ガリガリ君はずっと人魚さんに寄り添い、懸命に看護しました。

 

 

『おーい! 誰かそこにいるのかー?』

 

 ガリガリ君に優しく膝枕され、人魚さんの様子が次第に落ち着いて、顔色が戻って来た頃……やがてこの場に誰かの声が響きました。

 ガリガリ君が海に目を向けると、そこにはこの人魚さんと同じく、魚の姿をした男の人の姿。半魚人でしょうか?

 

「……あっ、いけない!」

 

 きっと彼は人魚さんを心配し、ここに駆けつけて(泳ぎつけて?)来たに違いありません。

 それを見たガリガリ君は咄嗟に〈ドボン!〉と海に飛び込み、急いで身を隠します。

 

『あぁ……ありがとう。貴方が私を助けてくれたのですね』

 

 ガリガリ君が海に飛び込む音で気が付いたのか、ちょうどその時、人魚さんが無事に息を吹き返します。

 そしてやってきた半魚人に身体を支えられながら、彼にお礼の言葉を告げました。

 

 そう、人魚さんは目の前にいる彼を、命の恩人と勘違いしてしまったのです。

 彼女を懸命に助けた、ガリガリ君では無く。

 

「……」

 

 半魚人に肩を抱かれる人魚さんを見て、ガリガリ君は少しだけションボリしてしまいます。

 けれど、人魚さんが目を覚まして良かった、助かって良かったと、心から彼女の無事を喜びました。

 

 やがてガリガリ君はザブザブとその場を去り、そして浜辺に帰って来たパチンカスのお父さんと共に、海なし県である埼玉へと帰って行きました。

 

 けれど、あれから地元で遊んでいても、大好きなアイスを食べていても……ガリガリ君の心はずっと囚われたまま。いつもどこかぼんやり。

 あのとき見た美しい人魚さんの姿が、どうしても頭を離れないのでした。

 

 

………………………………

………………………………………………………………

 

 

「綺麗だったなぁ、あの人魚さん。可愛かったなぁ」

 

 お風呂に入っているガリガリ君が、湯船にブクブクと顔を沈めます。

 まるでテレているのを誤魔化すように。ふわふわしている心に気合を入れなおすように。何度も何度もブクブク。顔を出したり入ったり。

 思えばあの日から、妙にお風呂の時間が長くなっている気がします。ついつい人魚さんの事を考え込んでしまい、こうしてずるずると長風呂をしてしまうのです。

 それによってお風呂上りに食べるガリガリ君の味が、更に格別な物となっています。

 

 寝る時もそう。目を瞑れば人魚さんの姿が瞼に浮かび、なかなか眠る事が出来ません。

 小学校の授業中も、給食の時も、帰り道でも、アイスを食べている時も。ガリガリ君はふと手を止めて人魚さんの事を考えてしまいます。

 たまに先生やお母さんに「こら!」と怒られてしまい、ポカリと叩かれてしまうのです。

 

 けれど……それは決して嫌ではありません。

 むしろ、とっても幸せな。そしてすごく暖かな気持ちが、胸にあふれているのです。

 

「元気にしてるかなぁ人魚さん。……また会いたいな……」

 

 この感情の名前は、まだ小学生であるガリガリ君には分かりません。

 けれどこれがとても大きくて、自分にとって宝物のように大切な物だという事は分かります。

 

 頭がポーっとしちゃって、胸がドキドキいってる。

 ワケも無く嬉しくなって、思わず顔がにやけてしまう。

 どれだけ止めようとしても、止められない気持ち。

 

 人魚さんの事を考えると、ガリガリ君はとても幸せな気持ちになります。

 こんな事、いままで一度もありませんでした。

 これも全部、人魚さんからもらった気持ちなんだと、ガリガリ君は思いました。

 とっても素敵な、暖かな気持ちです。

 

「……そうだ、もしぼくが人魚になれば、もう一度会えるかな?」

 

 何気なく、ふと思いついた事を、ガリガリ君は口にしました。

 現実味の無い、21世紀を生きる現代人とは思えないほど馬鹿げた事でしたが、本当に自然にガリガリ君の口から出てきたのです。

 

 会いたいな。もういっかい人魚さんと会いたい――――

 

 そんなガリガリ君の純粋な気持ちが、そのまま言葉に出たのかも、しれませんでした。

 

 

 

 ……そして次の日。ガリガリ君はある一軒の家を訪れていました。

 

「そうかいそうかい。人魚のお姫様に会う為に、人魚にねぇ……」

 

 ここは近所でも有名なゴミ屋敷。住人達から“妖怪ババア”とか“魔女”とか言われて凄く怖がられている、一人の汚いおばあさんの住む家です。

 

 ガリガリ君は良い子なので、よく登下校の時に元気よく挨拶し、そしてたまにお話なんかもしていたので、このおばあさんとは顔見知り。とても仲良くしていたのです。

 ちなみにおばあさんが好きなのは“ガリガリ君ロイヤルミルクティー味”。なにやらリッチで大人な感じです。

 

「なるほどねぇ……。

 まぁ魔女である私の力を持ってすれば、人間の脚を人魚のしっぽに変える事は出来るよ?」

 

 その言葉に、ガリガリ君は飛び上がりそうな程ビックリします。

 そして思わず、魔女のおばあさんにグィっと顔を近づけ、にじり寄りました。

 

「いやいや、そんな寄らないでおくれ坊や。顔でかい顔でかい。

 ……とにかく、アンタを人魚にしてやる事は出来るんだ。

 でもその代わり、人魚になった足は、泳ぐ度に痛むよ?

 無理やり人魚にした足は、まるで熱湯でもかけられてるみたいに、ずっと痛み続けるんだ。

 これはアンタが人魚でいる限り、治る事は無い」

 

 かの童話でも、人魚姫は人間になった時、歩く度にまるでナイフで刺されたような痛みを受けたと言います。

 諸説ありますが、これは乙女の“処女性”を表しているのではないか、と言われています。

 魚のしっぽであり、決して性行為の出来ない身体である人魚を“処女”になぞらえていて、そして人間になった時に、痛みと共にその処女性を失ってしまうからなのだと。

 

 まぁガリガリ君はそんな事知りませんし、逆に人間から人魚になるのだから、こんなの知ったこっちゃないのかもしれませんが……そもそもガリガリ君って男の子ですし。

 まぁとにかく、人魚になると耐え難い痛みを受け続ける。これは間違いないようです。

 けれどガリガリ君は、またあの人魚さんに会えるのならと、それを受け入れました。

 

「それにね?

 本来人間と人魚じゃあ、生き物としての……存在としてのカテゴリーが違うんだよ。

 人間とは違い、人魚っていうのは神様が作った“精霊”に近い存在なんだ。

 それに無理やりなるって言うんだから、とても一筋縄ではいかないのさ。

 元人間であるアンタには、そりゃあもう色々な制約が付く」

 

 小汚い魔女のおばあさんは、いやらしい笑みを浮かべて「いっひっひ♪」と笑います。

 

「もし人魚になって、そのお姫様と結婚出来なければ……。

 彼女の愛を受ける事により、自己の存在を精霊の域まで高められなければ……。

 アンタは二度と人間には戻れなくなる。

 ……いや、戻るどころか心臓が破れて、アンタは海の泡になって、消えてしまうだろうよ」

 

 人間と人魚との違い。そしてそのあまりに重いリスクを、魔女のババアが突き付けます。

 

「それでも良いのかい? そうまでして……人魚になりたいかい?」

 

 けれど、ガリガリ君は一瞬も迷う事無く、真っすぐにババアを見て言いました。

 

「うん、良いよ。

 人魚さんといっしょにいられるなら――――」

 

 

 怖いです。すごく怖いです。

 人間でなくなる事も、人魚になって痛い想いをする事も。

 そして、もしかしたら死んでしまうかもしれない事も。心臓が破れて、海の泡になってしまう事も。

 

 けれど……ガリガリ君は迷うこと無く言いました。

 ぼくを人魚にしてくださいと、おばあさんに頼みました。

 とっても怖いし、失う物も沢山ある。けれどガリガリ君は人魚になると決めたのです。

 

 だって――――今も胸がドキドキしてるから。

 この“人魚さんに会いたい”っていう気持ちは、ホントだから。

 きっと今の自分にとって、これは何よりも大切な想いだって、そう思うから――――

 

「……そうかい。これは脅しじゃなくて、ぜんぶ本当の事だよ?

 その覚悟はあるんだね?」

 

「うん、良いんだ。ぼくを人魚にして」

 

「やれやれ……人魚になりたいだなんて、偏屈な坊やもいたもんだ。

 アンタは悪い子じゃなかったし、いつも私みたいなババアにも元気に挨拶してくれた。

 だからまぁ……望みを聞いてやらん事も無いがね……」

 

 ババアはゴミだらけの部屋をゴソゴソし、紫色の液体の入った小さなビンを取り出します。

 それは決して“ガリガリ君グレープ味”みたいな、美味しそうな紫ではありません。おどろおどろしい色です。

 

「さぁこれを飲みな。次に目が覚めた時は、アンタは人魚になってるハズさ。

 まぁサービスだ、アンタの身体は海まで運んでおいてあげるよ」

 

 ガリガリ君は紫色のビンを受け取り、キュポンと蓋を開けます。

 そしてそのまま、迷う事無く一気に飲み干しました。

 全ての未練を振り切るように。力強く前に進むように。

 

「魔女との取引には対価が必要だ。私への報酬として、お前の“声”を貰うよ?

 アンタの馬鹿みたいに大きな声は、1キロ先でもやかましい位に響くって評判だからね。

 またロックミュージシャンが来た時にでも、高く売りつけてやるさ」

 

 ガリガリ君の意識が朦朧とし、だんだん瞼が重くなっていきます。

 次に目覚めた時、自分は人魚です。

 愛する妹や、存在の怪しかったお父さんお母さんの事を想い、心の中でごめんなさいと呟きながら、瞳を閉じていきます。

 

 

「あぁそれと――――アンタもう二度とガリガリ君は食べられない(・・・・・・・・・・・・)からね?

 人間と人魚じゃあ食う物が違うんだ! 諦めて別のモン食いな!」

 

 

 そう、閉じていこうとしたのですが……ガリガリ君は〈カッ!〉と目を見開き、ババアに掴みかかります。

 しかしそれを予期していたババアに首の後ろをトスッとやられ、そのまま床に倒れ込みました。

 

 今まで経験した事のない凄まじい絶望感の中……ガリガリ君の意識は闇へ溶けていき、深く深く落ちていくのでした。

 

 

………………………………

………………………………………………………………

 

 

「あら、なんてブッサイクな人魚なのでしょう」

 

 次に目が覚めた時、ガリガリ君は前に釣りにやってきたのと同じ海、同じ岩場に居ました。

 そして呆けた頭のまま目を開けてみると、そこにはあの時の美しい人魚姫がいたのです。

 

「こんなブッサイクな人魚、いままで見た事がないわ。

 ふつう男の人って半魚人の姿をしているのだけど……貴方は私と同じ人魚なのね」

 

 目が覚めた途端、「ぼくはもう二度とガリガリ君を食べられないんだ!」という凄まじい絶望感が去来してきましたが、今は再び人魚姫に会えた喜びがちょっとだけ大きいです。

 ガリガリ君は自己のアイデンティティ、そしてレゾンデトール(存在意義)を失ってしまい憤死寸前でしたが、なんとか人魚姫にまた出会えた事により、自我を保つ事に成功します。

 

「……ッ! ……っ!」

 

「あら? 貴方もしかして、喋る事が出来ないの?

 ブサイクで、気持ち悪くて、しかも喋れないだなんて……ふふっ♪

 貴方ってとってもおかしいのねっ♪」

 

 世間知らずなのか箱入り娘なのかは知りませんが、人魚姫は辛辣でした。言葉をオブラートに包むという事を知りません。

 

 あのババアが言っていた通り、本当にガリガリ君の声は失われ、話す事が出来なくなっていました。それでもガリガリ君は今、喜びで胸がいっぱい。なんとか彼女とコミュニケーションを取ろうと、必死にパクパクと口を動かします。

 

「まぁ、マンボウの真似? それともボラかしら?

 うふふ♪ 貴方とっても面白いわね♪」

 

 ガリガリ君が口を動かす度、人魚姫はキャッキャとはしゃぎます。

 正直な所、このアマいっぺんブン殴ってやろうかと思わない事もないのですが、ガリガリ君は暴力は嫌いなので、我慢ガマンです。

 でもこれ以上笑ったら、海に突き落としてやろうと思います。

 

「ねぇ貴方、どこに住んでいるの?

 もし良かったら、今から私のお城へ遊びに来ない? お父様やお姉さまにも紹介したいの!」

 

 やがてすったもんだがあり、ガリガリ君は人魚姫に連れられて、彼女の家である海底のお城へと向かいました。

 あのババアが言った通り、泳ぐ度にガリガリ君の新しい脚を、それはもう発狂せんばかりの激しい痛みが襲います。

 もしガリガリ君が声を出せたなら、きっと「ぎぃやぁぁぁぁああああ!」みたいな声が五大陸に響き渡ったに違いありません。

 シュワちゃんみたいに親指を“b”の形にして溶鉱炉に沈めば、今ガリガリ君の受けている激痛を理解してもらえる事でしょう。それくらいの痛みなのです。

 

 けれどガリガリ君は必死に耐え忍び、顔面に血管を浮かせ、食いしばった歯茎から大量の血を流しながらも、スイスイと泳いで人魚姫に着いて行きました。

 この箱入り娘は相手を気遣うとか、ちょっとゆっくり泳いでくれるとかそういった事は一切ありません。情け容赦なく全速力で泳がれたので、ガリガリ君は痛みに耐えつつ、置いていかれないよう必死についていくしかありませんでした。

 人魚としての初めての海は、そんな散々な思い出からスタートしたのでした。

 

 

「――――ほう、なんとブサイクな!

 これは世にも珍しい、古今無双のブサイク人魚じゃな!」

 

「「「あはは! おっかしーい♪」」」

 

 そしてお城に辿り着き、ガリガリ君は人魚姫のお父さんやお姉さん達といったご家族に紹介されます。

 もうコイツラも箱入りなのか、常識や対人スキルが皆無なのか、会った瞬間に嵐のように爆笑されてしまいます。

 今は人魚になりたてで無理だけど、ひと段落ついたら、必ず復讐してやる。ガリガリ君パンチを叩き込んでやる。

 無理やり陸地のお日様カンカン照りな場所に連れて行って、魚に生まれてきた事を後悔させてやる。そう思いました。

 

「お父様! どうやらこの子はブサイクな上に喋れないどころか、住む所さえないという信じられないくらい哀れな子なの!

 だから今日から、ここで暮らしてもいいかしら?」

 

「おぉ、構わんぞ娘よ!

 では今日からこのブサイクを、お前の弟として可愛がってやるが良い!

 ちゃんと面倒を見てやるんだぞ?」

 

「はーいお父様♪ はーい♪」

 

 いくらガリガリ君がイガグリ頭で、男なのに貝殻のブラジャーを着けているからって、これはあんまりです。

 でも一応はここに住むことが出来て、そして人魚姫とも一緒にいられる事になりましたから、結果オーラでした。

 人魚にしてはブサイクで気持ち悪い事が、結果的に功を奏したのです。

 

 

「さぁ行きましょうブサイク! いえ私の大切な弟!

 ほら、ここが今日から貴方の部屋よっ♪ 私と一緒の部屋なのっ♪」

 

 そしてその日から、ガリガリ君は人魚姫と一緒に暮らす事となりました。

 喋る事は出来ないし、脚が痛いので顔面は常に般若のようになってはいますが、大好きだった人魚姫と共に暮らし、なんだかんだと幸せな日々を過ごしていったのでした。

 

 

 

………………………………

………………………………………………………………

 

 

「あのね……? こんどお父様が、私のお見合いの相手を連れてくるの……。

 私まだ結婚なんてしたくないのに……」

 

 ガリガリ君を食べられないという凄まじい禁断症状に苦しみながらも、なんとか幸せな海底生活を満喫していた、そんなある日の事……。

 共にあの岩場に行き、そして二人でのんびり海を眺めていた時、人魚姫がポツリとガリガリ君に言いました。

 

「お父様はすごく良いお話だって言うけれど……私いやよ、結婚なんて。

 だって私には、好きな人がいるんだもの――――」

 

 まるで仲の良い姉弟のように寄り添いながら、ガリガリ君はじっとその話に耳を傾けます。

 彼はしゃべる事が出来ないから、出来る事といったら、いつも笑顔で彼女の傍にいる事だけ。

 

「あの、私がここで倒れてたのを助けてくれた人……。

 私はあの人が好き――――恋をしているの」

 

「けれど、あのお方が誰だったのかは……もう分からない。

 私を助けた後、名前も告げずに去ってしまったから」

 

 ――――違う、君を助けたのは、ぼくだよ。

 ガリガリ君は本当のことを伝えようとしますが、声を失っている為に、どうすることもできません。

 

「きっともう会えない。だって海は、こんなにも広いから……。

 でもね? なんだか貴方って、どこかあの時の人に似ている気がするの。

 ……だから私、貴方のこと好きよ?」

 

 人魚姫は寂しそうに、でもとても愛らしくガリガリ君に微笑みかけます。

 

「貴方は優しくて、いつも私と一緒にいてくれるから、大好き――――

 だからもし結婚するのなら、わたし貴方が良いわ。

 ……ずっと私と、一緒にいてくれる?」

 

 

 ガリガリ君は彼女の手を握り、コクリと頷きます。

 それだけが今のガリガリ君に出来る、ただひとつの事……だったから。

 

 

………………………………

………………………………………………………………

 

 

「聞いてちょうだいっ!

 なんとあの方が、あの時私を助けてくれた人だったの!」

 

 その言葉を聞いたのは、あれから数日後の事でした。

 人魚姫はガリガリ君が今まで見た事の無いくらいの笑顔で、嬉しそうに語ります。

 

「お父様が連れてきたお見合い相手がね? なんとあの時のお方だったの!

 あぁ……こんな事ってあるのね! 私いま、とっても幸せよっ♪」

 

 ガリガリ君の手を取って、クルクルとダンスのように回る人魚姫。そしてただただそれに合わせるガリガリ君。

 やがてすぐ二人の結婚式が執り行われ、ガリガリ君は痛む脚を我慢しながらも、一生懸命に式のお手伝いをしました。

 

「ありがとう、私の弟。

 これからは離れ離れになるけど……どうか元気でね?

 私この人と、幸せになるわ♪」

 

 

 今ガリガリ君の目の前で、あの男の人と人魚姫が、誓いのキスをしました。

 辺りには歓声を上げる彼女のお姉さん達、そして二人を祝福する沢山の人達の姿があります。

 

 声を出す事の出来ないガリガリ君は、二人におめでとうの言葉を言ってあげる事が出来ません。

 その代わり、必死に涙をこらえ……二人の幸せを願って、ニコッと精一杯の笑顔を作りました。

 

 

………………………………

………………………………………………………………

 

 

「おにいちゃん! 起きておにいちゃん!」

 

 結婚式が終わり、人魚姫と新郎が新婚旅行の旅へと出かけるという、前日の夜。

 ひとりベッドに横たわり、涙で枕を濡らしながら眠っていたガリガリ君に、声を掛ける者がいました。

 

(――――ガリ子! お前ガリ子じゃないか!)

 

「そうよおにいちゃん! ガリ子よ! おにいんちゃんの妹のガリ子よ!」

 

 今ダイバースーツに身を包み、ガリガリ君の顔を覗き込んでフワフワと泳いでいるのは、かつて妹として一緒の家に暮らしていたガリ子ちゃんその人でした。

 なんとかお兄ちゃんに会いたいと、こうして酸素ボンベやダイバースーツまで準備し、海底の奥深くまで潜ってきたのです。

 まだ幼稚園児だというのに、凄まじい行動力。兄妹愛の成せる技でした。

 

「おにいちゃん! これを受け取って!

 あの魔女のババアに、私の美しい髪と引き換えにして作って貰ったの!」

 

 よく見ればガリ子ちゃんの髪は、以前より短くなっているようでした。

 かつてガリガリ君と同じ顔面にツインテールという、「これは萌えキャラなのか、萌えキャラじゃないのか?」という大論争をネット上で引き起こしたというその容姿は、今はもう変わってしまっていました。

 女の子だというのに、イガグリ頭。生物学上は女というだけで、寸分たがわずガリガリ君と一緒の見た目です。

 彼女は立派な女の子だというのに、これはあまりにも不憫な事でした。

 

 しかし、彼女がいま手にしているのは、そんなガリ子ちゃんが自身のトレードマークであるツインテと引き換えにして手に入れたという、“ガリガリ君ナポリタン味”。

 

「朝日が昇る前に、これをあの女の口に突っ込むの!

 これをあの女に食わせれば、おにいちゃんは元の人間に戻れるわ!」

 

 どういう事か分かりません。

 今はすでに生産が中止されたハズのガリガリ君ナポリタン味が、なぜ今ここにあるのか。そして何故ガリガリ君ナポリタン味を人魚姫に食わせれば、元の人間の姿に戻れるのか。

 きっとガリ子ちゃんがババアと交渉し、たまたま“人間に戻る為の道具”がこのガリガリ君ナポリタン味だったのでしょうが……世の中は思いもよらない程に不思議がいっぱいでした。

 

「じゃあねおにいちゃん! 酸素ボンベがそろそろギリだから、あたし帰るわ!

 ちゃんと朝日が昇る前に、あの女に食べさせるのよ!」

 

 そう告げてガリ子ちゃんは、スイスイ泳いでと窓から出ていきます。

 この場に残されたのは、未だボーゼンとベッドにいるガリガリ君……そして手元にあるガリガリ君ナポリタン味だけでした。

 

 

………………………………

………………………………………………………………

 

 

(これを……人魚姫に食わせれば……)

 

 今ガリガリ君は、人魚姫が眠るベッドの前に居ます。

 そこには共にスゥスゥと眠る半魚人の姿もあり、彼女たちが先ほどまで張り切って初夜をハッスルしていたであろう事が伺えます。

 そんな人魚姫の顔を覗き込み、いまガリガリ君が静かに、手に持っているガリガリ君ナポリタン味を構えました。

 

(これを食べさせれば……ぼくは人間に……。

 またガリガリ君を食べられる……!)

 

 さっきまでしっぽりいっていたであろう、そして今はすやすやと幸せそうに眠る人魚姫。

 その口元を目掛け、ガリガリ君がナポリタン味を振りかぶります。

 

(これをっ……! これを食べさせさえすればっ……!

 ぼくは人間に戻って……! またいっぱいガリガリ君をッッ!!)

 

 

 けれど――――それは出来ませんでした。

 ガリガリ君は力なく腕を下ろし、そしてポロポロと涙を流しながら、その場に崩れ落ちます。

 

 

(――――出来ないよ!! こんなマズい物(・・・・・・・)、食べさせられないッッ!!!!)

 

 

 ガリガリ君ナポリタン味――――それは発売当時、会社に約3億円の損失を出したという伝説を持つ、凄まじいマズさのアイスキャンディーでした。

(※注意! これは決して誹謗中傷ではありません)

 

 この「マズい」という認識は、ガリガリ君を作った商品開発部もしっかりと認識しており、その上で「えーい発売しちゃえー!」とばかりにあえて発売されたという経緯を持つのが、このナポリタン味なのです。

 

 当時ネットでは「凄まじくマズい」「吐きそう、我慢出来ない」「人知を超越した前代未聞のマズさ」というレビューが嵐のように吹き荒れ、そのあまりのマズさによって逆に大きな話題になったという逸話さえある。

 

 このナポリタン味は“あえて”マズく作られた商品――――意図して変に、そして悪ふざけにも似た商品開発部のチャレンジ精神によって発売された、そんなガリガリ君であるのだ。

 ……しかしながらこれは、『楽しく、面白く、ばかばかしい』という赤〇乳業の理念をまさに体現したアイスキャンディー。

 

 馬鹿アイスとして後に大ヒットした“ガリガリ君たまご焼き味”の前身となった、マズくても偉大なアイスキャンディーなのだ!

 重ねて言うが、これはれっきとした【ガリガリ君の歴史解説】であり! 決して同社の商品を誹謗中傷する意図のない事を! 理解して頂きたいッ!!

 ――――私はガリガリ君がっ、大好きなんですッ!!

 

 

(駄目だよ! ぼくには出来ない!

 こんなモン食べさせるなんて! 出来ないよ!)

 

 そりゃそうです、これは大の大人でも「ぐぅえっ!?」とか言って吐き出すマズさなのです。

 ぶっちゃけた話、こんなモン食わせたら死んでしまいます。

 伊達に赤〇乳業も3億円の損失を出していないのです。 ※誹謗中傷に非ず。

 

(ぼくには出来ないっ! 人魚姫が死んでしまうッ!

 ――――それならぼくはっ! 人間になんて戻れなくていいっ!!)

 

 

 

 

 

 

 ガリガリ君が「えいやっ!」とナポリタン味を自分の口に放り込み、そのまま海に身を投げました。

 波にのまれながらガリガリ君は、そのあまりのマズさによって自分の身体が崩壊し、そしてだんだん溶けて泡となっていくのを、ハッキリと感じます。

 

(あぁ……マズい。なんてマズいんだナポリタン味……。

 これがぼくの食べる、最後のガリガリ君なんだね……)

 

 

 マズいとはいえ、最後にガリガリ君を食べる事が出来た。

 それは人魚となり、もう二度とアイスを食べられないと思っていたガリガリ君にとって、せめてもの救いとなりました。

 

 今も口の中に残るマズ味……でもシャリシャリと心地よい、いつものかき氷の食感。

 それを楽しみながら……ガリガリ君は祈ります。

 

(人魚姫、きっとしあわせになってね。

 どうかいつまでも、げんきでいてね――――)

 

 

 そう彼女の幸せを願いながら、泡となって消えていきました。

 

 

 

 

………………………………

………………………………………………………………

 

 

 

 

 しかし、どうした事でしょう!

 泡と消えゆくガリガリ君の身体を、突然眩いばかりの太陽の光が包み込みます!

 

『ガリガリ君――――ガリガリ君――――きこえますか?』

 

 身体は軽くなり、まるで世界と一体化したような感覚をその身に感じながら、ガリガリ君はその声を聞きました。

 

『よく頑張りましたねガリガリ君――――

 貴方は最後まで彼女を想いやり、そしてガリガリ君ナポリタン味を見事に完食するという、とてつもない偉業を果たしました。

 よってその魂は、神の領域へと昇華したのです――――』

 

 優しく、暖かな声。これは神様の声でしょうか?

 いま眩い光に照らされたガリガリ君が、閉じていた瞼をそっと開きます。

 

『これから貴方は風となり、この世界を自由に飛び回る存在となります――――

 そしてこの世界全ての子供たちを見守る、“ガリガリ大明神”となるのです――――』

 

 ……今よく分からない言葉がガリガリ君の耳に届きましたが、ガリガリ君はそんな事も気にせず、ただこの不思議な全能感に身を委ねます。

 

『子供たちが一本ガリガリ君を食べる度に――――

 また一本ガリガリ君の当たりを引く度に、貴方の力は強化されていくでしょう――――』

 

『そしていつか貴方は、この世界に再臨します。

 凄まじい力をもった神、ガリガリ大明神として――――子供達の守護神となるのです』

 

 

 

 

 

 もうホントによく分からないが、とりあえずガリガリ君は目を覚まし、そして今度は海でも陸でも無く自由に世界中を駆け回る風として、生まれ変わったのだった。

 

 きっとこれから、みんながガリガリ君を食べる度に、ガリガリ君の復活の日はどんどん近づいていく事だろう。

 そしていつの日か赤〇乳業の誇る日本一のアイスキャンディーであるガリガリ君によって、世界中に笑顔が溢れる事だろう。

 

 戦争も無くなるし、貧困も差別も無くなるし、うさんくさい宗教に変わってガリガリ君の伝説を経典とした新しい宗教が生まれるハズだから、やがて世界は完全なる平和を手に入れる事だろう。

 

 その日が来るのを、みんなでガリガリ君を食べながら、楽しみに待とうではないか。

 ガリガリ君は……いつもみんなの心の中に。いつも君の隣に。

 

 

 

 

 

 ~ハーメルン名作童話劇場 ガリガリ君 完~

 

 

 

 






 とりあえず、ガリガリ君の物語は、だいたいこんな感じだ――――

 これで私も頭の中の整理整頓が出来たので、次こそは恋愛小説を書けるよう、頑張ってなんやかんやしていく事を誓いつつ、ここで筆を置きたいと思う。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

52 炎の団地妻、源しずか! ~奥さん今どんなパンツ履いてます?~

 

『いいかい静香、よくお聞き?』

 

 あれは、まだ私が幼かった時の事。

 お父さんが遠くに行ってしまう前、最後に私に微笑みかけてくれた時の記憶だ。

 

『これからパパは遠くに行くけど、もう静香とは会えなくなるけれど……。

 けれどね? 決してパパは、悪い事をしたワケじゃないんだ』

 

 ポツポツと穴の開いた、透明なガラスの壁。それに仕切られた向こう側に、お父さんが座っていた。

 

『パパは決して痴漢なんかじゃない。

 電車で女子高生のお尻を触ってなんかいない』

 

 あの時のお父さんは、必死に私に訴えかけるように、真剣な顔をしてた。

 

『……確かにちょっとだけ、手が当たってしまったかもしれないけど。

 確かにその態勢のまま、もったいないからしばらく楽しんでたけど……。

 でも違うんだ静香。違うんだよ。

 パパは決して痴漢なんかじゃない。変態なんかじゃない』

 

 パパは遠くへ行っちゃうの。もう会えなくなるから、最後にご挨拶なさい――――

 そうお母さんに言われ、連れてこられた見知らぬ大きな建物の一室で、私はお父さんとお話をした。

 頭を坊主に丸め、シンプルな作業着姿のお父さんは、なんだかとてもやつれていた記憶がある。

 後ろの方には、こちらを監視している刑務官さんの姿もあった。

 

 なぜお父さんはガラスの向こう側にいるんだろう?

 なぜお父さんと、もう会えなくなるんだろう?

 当時の幼かった私には、知る由も無かった。

 

『……ほら、電車ってけっこう揺れるだろ? 静香も乗った事あるから分かるだろう?

 そのせいで、たまたまスカートの中に、手が滑りこんでしまったんだよ。

 決してわざとじゃないし、揉んでなんかいない。ハァハァ言ったりもしてない。

 あの女子高生は嘘をついているんだよ。信じてくれるね、静香?』

 

 あの日以来、お父さんとは会っていない。

 この一件によって両親は離婚し、私はお母さんと二人暮らしとなり、力を合わせて今日まで生きてきた。

 

 たまに人から「痴漢の子」とか「性犯罪者の娘」とか言われる事もあったけど、そんな時は傍にいるのび太さんや剛さん達が本気で怒ってくれたので、私の心はいつも傷つかずにすんだ。

 彼らは私の大切な友人だ。

 

『ズボンのチャックもね? たまたま閉め忘れてただけなんだよ。

 そこからボロンとね? まぁその……出ちゃう事もあるという話なんだよ。出ちゃったものは仕方ないと思わないかい?

 静香はパパの事、信じてくれるね?』

 

 痴漢冤罪という物は(冤罪かどうかは分からないけれど)とても無実を証明するのが難しい物だと聞く。だからお父さんも然るべき罰を受け、罪を償ったのだろう。

 その後のお父さんの事はよく知らないけれど、きっと今は無事に出所して、どこかで幸せに暮らしているんだと思う。

 もう電車には乗らないでくれるといいなぁ、なんて事も思う。

 

『静香、信じておくれ。決してお前のパパは、犯罪者なんかじゃない。

 お前は性犯罪者の娘なんかじゃないんだ。忘れないでおくれ』

 

 まぁその真偽の程は知らないけれど、今でも私はよく、あの時のお父さんの言葉を思い出す。

 自分の悪性であったり“いやらしさ”を実感する時……よくお父さんの事を思い出す。

 

 この身に流れる、お父さんの血――――性犯罪者の血。

 

 私は今のび太さんと結婚し、なに不自由なく団地妻として幸せに暮らしているけれど。でもふとした瞬間に思うのだ。

 うん、私のお父さんは“ああ”なのだから、私がこんな風なのも仕方ないと。

 

 のび太さんの事は好きだし、不満なんてない。彼を心から愛している。

 けど、私がこんなにもみだらな女なのは……きっと仕方ない事なんじゃないかと。

 

 

「――――どうも奥さん、米屋です」

 

 

 

 

 

 







 ……ぶっちゃけた話、私達がこんな事をしている間にも、『アフリカの子供達はなんやかんやしているのだ』

 こんな事している場合じゃないし、こんなものを書いている場合でもないのだ。
 君たちもこんな物を読んでいる場合じゃないと思うのだ。

 ……すまない、これタイトルだけなのだ。
 なんとなくこのタイトルを思いついて、そのまま勢いでキーボードを叩いてみただけなのだ。

 ――――君なら、こんなぼくを許してくれるね?


 ギブアップだッ!!
 許しなさい! 許しなさい!





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

53 ヒナタに「ともだちんこ」って言わせたい!!

 

 

 

「あー駄目だぁ! ぜんっぜん上手くいかねぇってばよ!」

 

 これは、ナルトがまだ子供の頃。忍者学校を卒業して下忍となる前の頃。

 ひとり里の外れの林で、分身の術の練習をしていた時の事であった。

 

「うむむ~! 俺ってば才能ねぇのかなぁ?

 ……いや、そんな事ねぇ。ねぇってば。

 俺は将来、ぜったい火影になるんだってばよ!」

 

 ナルトはこれまでに3度も忍者学校の卒業試験を落ちており、未だに下忍になれずにいる。

 どれだけ頑張っても試験を合格出来なくて、まだまだ忍術も下手くそで、いつも仲間達から笑われてしまっていた。

 けれど生来頑張り屋なナルトは、どれだけ失敗しようとも笑われようとも、へこたれたりなんかしない。

 いつか必ず火影になって、みんなを見返してやるんだ。すげぇ忍者になるんだ――――

 その夢だけを真っすぐに見つめ、今日も元気に忍術の修行をしていたのであった。

 

「なっ……ナルトくんっ……!」

 

「ん? なんだお前、ヒナタか?」

 

 そんな時、突然この場にヒナタが現れた。

 彼女は同じ忍者学校の生徒であり、普段あまり喋る事はないものの、ナルトとは顔見知りだ。

 彼から見て、ヒナタはいつもモジモジとしていて、とても引っ込み思案な女の子だ。

 声も小さくてボソボソしているから、たまに何を言っているのか聞き取れなかったりもする。

 いつも活発で元気な性格であるナルトからしたら「もっと堂々としてたらいいのに。変なヤツだなぁ」という印象であった。

 

「どうしたんだってばよ。こんなトコで。

 お前もここに修行しにきたのか?」

 

「い……いえ! あのっ……あのねっ?」

 

 腰をくねらせてモジモジ。人差し指をチョンチョン合わせてモジモジ。

 いつもなら「なんだコイツ?」とイライラしてしまう所なのだが、ナルトはふと彼女がいつもと違い、なにやら真剣に何かを言おうとしている雰囲気を感じ取った。

 なのでここは、親身になって聞いてやる事とする。

 

「落ち着けヒナタ、ゆっくりでいいってばよ。

 俺ちゃんと聞いてっからな。どしたんだ?」

 

「う……うん! あのねナルトくん……わたしね?」

 

 コクコク頷き、大きく深呼吸。その姿はどこか小動物のようで微笑ましい。

 普段は悪戯小僧な所があるナルトではあるが、女の子に対しては決して強い態度を取ったりはしないのだ。

 いま目の前にいる気弱な女の子は、明らかに自分よりも弱い、守ってやるべき存在である。ゆえに彼はヒナタを気遣い、優しく接していった。

 

「あのね……? わたしナルトくんに、おねがいがあってね……?

 だからね……?」

 

「んあ? それでここに来たのか?

 いいぞいいぞ、何でも言ってみろってばよ! 俺にまかせとけヒナタ!」

 

 元気よくドンと胸を叩き、ヒナタを安心させてやる。

 やがて彼女の方も意を決したのか、スーハーと何度か深呼吸をした後、ようやく勇気を出して要件を切り出した。

 

「あのねナルトくん……! わたしとお友達になって、くださいっ……!」

 

 ピヨピヨ……ピヨピヨ……と、暫く鳥の鳴き声だけが辺りに響いた。

 

「……ん?」

 

 ナルトはキョトンとした顔。いまヒナタに言われた事を理解できず、暫く呆けるばかり。

 

「えっとね? えっとね!

 わ……わたしナルトくんと、お友達になりたいのっ……!

 お友達になって……くれますか……?」

 

 精一杯の大きな声で良い終わり、ヒナタはギュッと目を瞑って下を向く。まるで裁判の結果を聞くのを怖がっている罪人のように。

 一方ナルトは未だにキョトンとしたまま。ヒナタの振り絞るように懸命な気持ちを聞いて、ただただ呆けてしまっていた。

 

「いや……あの、俺の事はヒナタも知ってるだろ?

 俺ってば、この里ではよ?」

 

「そ……そんな事かんけいないのっ……!

 わたしナルトくんとお友達になりたいのっ……! だ……ダメ……?」

 

 ヒナタはウルウルと瞳を潤ませ、上目遣いでこちらを見ている。

 その必死さと懸命な姿に、ナルトはタジタジになってしまった。

 

 今のナルトには深い事までは分からないものの、「どうやらこの里では、自分は嫌われ者らしい」という漠然とした雰囲気はちゃんと理解している。

 現に自分は身寄りも無くずっと一人暮らしをしていたし、里の子供たちからも何故か仲間外れにされる事も多い。

 ゆえに今のナルトは、驚きと共にすごく戸惑ってしまっているのだ。

 

「べ、別に駄目じゃねぇけどよ?

 あー、その……なんだぁ~」

 

 けれど、胸に嬉しさがこみ上げる。暖かな感情が溢れ出すのを感じる。

 今までは、唯一忍者学校の教師であるイルカ先生くらいにしか親身にされた事はなかったし、心を開けた人はいなかったと思う。

 だからこうして誰かに真っすぐ好意を向けられる事も、ましてや友達になりたいなんて頼まれた事も、一度だって無かったのだ。

 

 少し里の人間達に対して警戒心を持っているナルトは、一瞬だけ「もしかしたら誰かにイジメられていて、何かの罰ゲームで俺に言い寄って来たのか?」と疑りもしたのだが、今のヒナタの必死な姿を見れば、それが見当違いである事などすぐ分かる。

 彼女は本気で、勇気を振り絞って自分と友達になりたいと言ってくれている事が、ヒシヒシと分かるから。

 

「ま、まぁ俺も暇じゃねぇし?

 修行とかもあるから、あんまり遊んだりは出来ねぇかもしんねぇけどよ?

 それでもよけりゃ……友達になっても、いいぞ?」

 

「……っ!?」

 

 そう言った途端、ヒナタがパっと表情を輝かせた事が分かり、ナルトは思わずプイッと顔を背けてしまう。

 もうなにやら嬉しくて、テレてしまって何を言えば良いのかも分からない。どんな顔をして良いのかも分からない。

 先ほどまでヒナタの事を「モジモジしてるなぁ」と感じていたものだが、今この場にはモジモジしている二人が嬉しそうに並んでいる姿がある。ナルトも人の事は言えなくなってしまった。

 

「ほ……ほんとっ!? ほんとにいいのっ……!? ナルトくんっ……!」

 

「お、おう! 別に構わねぇってばよ!

 なんだったら一緒に修行とかも出来て、俺達もっと強くなれるかもしんねぇし!

 一石二鳥だってばよ!」

 

 ヒナタは両手をギュッと口元で握り、キラキラと目を輝かせている。

 そんな嬉しそうな姿に、ナルトの方も照れ臭そうに頭をポリポリ。顔を赤くしている。

 もし見ている者が居たなら、これはとても微笑ましい光景だった事だろう。まごう事無き青春の一ページであった。ガイ先生あたりが喜びそうだ。

 

「ほんじゃ、これからよろしくなヒナタ! なかよくやろうぜ!」

 

「……う、うん! ナルトくんっ……!」

 

 友情の証として、ナルトが右手を差し出す。

 これから友達として一緒にやっていく、一番最初の儀式の為に。

 そしてヒナタも瞳を潤ませながら、嬉しそうに一歩を踏み出した。

 

「それじゃあいくね……? ナルトくん……」

 

 未だテレテレしているナルトの手を、ヒナタの差し出す手がスッとすり抜ける。

 そして、次の瞬間――――

 

 

「えーいっ! ともだちんこ(・・・・・・)!」

 

「――――ぬぅおぁぁぁぁあああああっっっっ!!」

 

 

 ギュッと目を瞑るヒナタが、ナルトのズボンのふくらみにペトッと触れたのであった。

 

 

………………

………………………………

 

 

「……ヒナタよ? ちょっとここ座りな?」

 

「?」

 

 ヒナタはコテンと愛らしく首を傾げ、テテテとナルトの傍に歩いて行く。

 そして彼の指示通り、ペタンと地面に女の子座りした。

 

「なぁヒナタ? あの、さっきのは何だ?」

 

「?」

 

 先ほど、ナルトの絶叫が木の葉の里に響き渡った後……ようやく落ち着きを取り戻した彼が、ヒナタと共に向かい合って座る。

 

「なんだよ、“ともだちんこ”ってのは……。

 俺たしかに友達はいねぇけど、木の葉にそんな文化があるなんて、聞いた事ねぇってばよ」

 

「?」

 

 ヒナタは今も、愛らしく小首を傾げている。

 子供らしい純粋な瞳で、まっすぐにナルトを見つめていた。

 

「なんでやったんだよ。なんで俺のチンコさわったんだよ。

 女の子がそんな事しちゃ駄目だろ?」

 

「えっ」

 

 ここで初めて、ヒナタが驚いたような表情を見せる。

 今のいままで、自分の行為の正しさを微塵も疑っていなかった様子が見て取れた。

 

「えっじゃねぇよ。なんで驚いてんだよヒナタ。

 女の子がチンコさわったら駄目なんだってばよ。わかるだろ?」

 

「えっ。でもお友達になるときは……こうするものだって……」

 

「誰に教わったソレ? 誰が言ってた?

 ヒナタ、お前騙されてんぞ。お前を陥れようとしたヤツがいるってばよ」

 

 見つけだしてブン殴ってやる。ナルトは今後ヒナタを守っていく決意を固める。

 もしかしたらヒナタには箱入り娘的な所があるのかもしれない。自分が守ってやらなければ。

 

「誰が言ってたんだ? 教えてくれヒナタ、大丈夫だからよ」

 

「おとうさん……だよ?」

 

「 お父さん!?!? 」

 

 ナルトの絶叫により、また森から鳥たちがパタパタと飛び立っていった。

 

「うん……なんか昔の書物を読んてたら、そういう記述があったって……」

 

「載ってたのか、ともだちんこ。親父さんそれ読んでヒナタに言ったのか」

 

「わたしがね……? 『おともだちがほしいです』っておとうさんに相談したら、

 なら友達になりたい男の子に、おちんちんを触らせてもらいなさいって……」

 

「 なんでだよ親父さん!? なんでそんな書物を真に受けんだよ!?

  娘がチンコ触るの、何とも思わなねぇのかよ!! 」

 

「だからヒナタも、ナルトくんにおちんちん触らせてもらいなさいって……。

 そしてこれからも、たくさんおちんちんを触らせてもらえる女の子になりなさいって……」

 

「 どういう教育だよそれ!? 俺そんな教育方針きいた事ねぇってばよ!!

  日向の家ってどうなってんだよ?!?! 」

 

 大丈夫かヒナタ!? お前の家族はどうかしてるんじゃないのか!?

 ナルトはそう心配になるも、ヒナタの言葉は止めどなく続いていく。もうタジタジだ。

 

「つかヒナタ? お前さっき“たくさん”って言ってたけどよ……?

 それって、これからも俺のチンコ触るって事なのか?」

 

「うん……これはね? 友達とのあいさつでする物だから……。

 だからこれから、ナルトくんに会うたびに『ともだちんこ』って……さわるよ……?」

 

「触るのか!? 会う度にやるのかソレ!?

 つか何でお前、そんな嬉しそうなんだよ!? なにテレテレしてんだってばよ!?」

 

 愛らしくはにかみながら「えへへ♪」と笑うヒナタ。友達が出来た事が嬉しいのだろうが、ナルトはもう叫び過ぎて頭がクラクラしてくる。

 

「ほ、ほんとはね……? ナルトくんから触らせなきゃいけないの……。

 グイッと手を取って、無理やりわたしに触らせるの……。

 それが本に書いてある正式なやり方なの……。

 だからナルトくん……これからわたしを見つけたら『ようヒナタ! ともだちんこ!』って言って、おちんちん触らせて……?」

 

「やだよ!! そんな事してたら、ぜったいイルカ先生にブン殴られるよ!

 学校追い出されるよ俺!」

 

「わっ……わたしもがんばるよっ……?

 とっても恥ずかしいけど、わたしがんばって、ナルトくんのおちんちん触るからっ……!」

 

「頑張らなくていいよ! そこ頑張る所じゃねぇんだってばよ!!

 お前がんばり屋だし、俺と友達になってくれんのはすんげぇ嬉しいけども!!

 なんが違うんだってばよ!!」

 

「こう……ギュッってさわるのがいいかな……?

 それともヘニャって、やさしくさわる方がいい……?

 な、ナルトくんは……どっちが好き……?」

 

「 どっちが好きとか訊くなよッ!! どっちも好きじゃねぇよ多分ッ!!

  俺チンコ触られてんだってばよ!! 」

 

 真っ赤な顔でモジモジしながら「どっちが好き?」(はぁと)と尋ねられ、ナルトの血管はもう切れてしまいそうだ。

 ようやく手にした新しい友達に「おちんちんさわらせて」と頼まれる。これは彼にとって理解し難い出来事であった。

 これをしなくちゃ友達って出来ないのか。これが友情の対価なのか。うんうん頭を悩ませる。

 

「つかよ、あんまチンコチンコ言ってたら、良くないってばよ。

 ここ忍びの里だし、誰が聞いてるか分かったもんじゃねぇしさ?」

 

「えっ……どうしよう……? なにか別の言葉に言い換える……?

 じゃあ便宜上、ここではナルトくんのおちんちんを“火影”って呼ぶね……?」

 

「やだよ! 俺のチンコを火影にすんなよ!! 俺の夢なんだよ!!」

 

「でもでもっ……いつもナルトくん、火影火影~って言ってるから……。

 わたしもナルトくんといっしょに、火影が好きになれるように……がんばるね……?」

 

「 やめろよ! なんか別の意味に聞こえてくるよ!

  ヒナタが俺のチンコ好きみたいに聞こえるってばよ! 」

 

「火影ってすごく強そうだし……熱そうだし……わたし好きだよ?

 ナルトくんが火影になれるように、わたし応援するね……?

 ほら、『がんばれ♡ がんばれ♡』って」

 

「 だから違う意味に聞こえるんだよ!!

  なるから! 俺ぜったいなるから! 大丈夫だってばよ!! 」

 

「あっ……でも別の言葉に言い換えても、あんまり意味は無いかもしれない……。

 だってこれからわたしたち、いっぱい“ともだちんこ”の練習しなくちゃいけないし……。

 いっぱいちんこって言わなくちゃだから……」

 

「練習?! 練習すんのかそれ?! 今から?!

 つか、ともだちんこに練習なんていんのか?!」

 

「うん……だってわたし、ナルトくんと一番のともだちになりたいから……。

 だからいっぱいともだちんこして、上手にともだちんこ出来るようにならなくっちゃ……」

 

「チンコ連呼すんなよ! 女の子だろヒナタ! 恥ずかしくねぇのかお前!」

 

「大丈夫だよ……ナルトくん。

 真っすぐ自分の言葉は曲げない――――それが私の忍道だから。えへへ」

 

「それ俺のヤツだってばよ! そういう風に使わねぇでくれよ! 頼むから!!」

 

「うん……♪ だからいっぱい、ともだちんこしよう……ね♪

 わたしがんばるから、ナルトくんもいっぱい私に……して?」

 

「~~ッッ!!??」

 

 

 

 

 

 

……………

………………………………

 

 

 その後の事は、語るまでも無い。

 その後ふたりは里外れの林で、日が暮れるまでフニフニフニフニとし、結果としてヒナタとナルトが「とっても仲の良い友達になった」というだけの話だ――――

 

 里の見回りをしていた忍者の数人が、時折やけくそのように「ともだちんこ! ともだちんこ!」と叫ぶ子供の声を聞いたという。

 

 

 そして言うまでも無い事だが、ナルトは将来その努力が実り、見事に火影となる。

 その傍らにはもちろん、妻として支えるヒナタの姿もあった。

 

 後に義父となったヒナタの父によると、例の書物には他にも同系列の物として「おっぱいよー」という挨拶の言葉があるらしいのだが……どちらかというと、あの時これをヒナタが憶えてくれた方が嬉しかったかもしれない。

 ちんこ触られるのではなく、おっぱい触らせてもらえたかもしれないのにと、ちょっとだけ残念に思うナルトである。

 

 いま自分は念願の火影となり、実質的に里の最高権力者となっている。

 だから別に、まるで握手をするように『いやーどうもどうも』とか言いつつ自由に女性のおっぱいを触っても良いという法律、というのも作れなくもないのだが……そんな事したら自分がどうなるのかなんて(火影だけに)火を見るより明らかなので、ナルトはうむむ……と自重している感じだ。

 

 まぁ少年時代には叶わなかったが、いま自分にはヒナタというとびっきり美人なお嫁さんがいるのだし、お願いすればちゃんと触らせてもらえる感じなので問題は無い。

 まだ小学生みたいな歳だったのに女の子にちんこ触られるという経験も、いま思えばけっこう得難い経験だったのかもしれないし。

 ナルトのように、毎日女の子にちんこ触られるという少年時代を過ごした者は、きっと里中を探してもなかなか見つからないだろうと思う。貴重な経験だったと思えなくもないのだ。

 

 

「あの時……勇気を出して本当によかった……。

 だって私は毎日のように、好きな男の子のおちんちんを触らせてもらってたんだもの。

 ナルトくんと仲良くなれて、ホントによかった」

 

 

 時折、妻であるヒナタが昔を懐かしむようにそう語るのだが、その度に何とも言えない気持ちになるナルトである。

 

 確かに引っ込み思案で内気だったヒナタの性格改善には、多大な効果があったのかもしれない。その点で言えば“ともだちんこ”といういにしえの挨拶は、とても偉大な物だったのかもしれない。

 しかし今、まるでそれが輝かしい青春の思い出かのように頬を赤らめているヒナタを見ていると、ナルトとしては「いやそれチンコの思い出だからな?」と一言いいたくなっちゃうのである。

 良いように言ってるけど、お前チンコ触ってただけだからな? と。

 

 

「あ……ナルトくん。

 今夜ひさしぶりに……ともだちんこ……する?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、ナルトは火影になりました(意味深)

 

 

 

 

 











 ともだちんこ(cv水樹〇々)





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

54 エヴァに乗せたいゲンドウと、絶対に乗らないシンジ。

 

 

「久しぶりだな、シンジ」

 

 ネルフの格納庫。

 たった今ここに連れてこられ、ワケも分からぬまま汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオンとの対面を果たしたシンジの眼前に、碇ゲンドウが姿を現した。

 

「よし、パイロットが到着した――――出撃」

 

 その声に、この場の誰もがうろたえの色を見せる。ここにシンジを連れてきた葛城ミサトですらも例外では無い。

 いま毅然とした態度を取っているのは、淡々と言葉を放つ碇ゲンドウただ一人。

 

「こ、このロボットに乗れっていうの……父さん?」

 

「そうだ、お前が乗るんだ、シンジ」

 

「こんな物に乗らせる為に……ぼくを呼んだの?」

 

「そうだ、他の人間には無理だからな。乗るんだシンジ」

 

 もう何年振りにもなる父との再会、未だ理解できない現状。

 シンジは混乱しつつも、このあまりの理不尽さに、思わず声を上げる。

 

「嫌だよ! こんなの乗れるワケないよ! 無理に決まってるじゃないか!」

 

 格納庫に響く、少年の悲痛な叫び。

 それも当然の事と、傍に立つミサトやリツコが悲し気な瞳を向け、彼に同情を示す。

 

 

「……のってよぅ」

 

 

 だが、この場でたった一人……。

 

 

「乗ってよぉ……ケチぃ……」

 

 

 突然エグエグしはじめる(・・・・・・・・・)者の姿があった。

 

「と、父さん?!」

 

「乗ってよぉ……いいじゃないかジンジ……。減るもんじゃなし……」

 

 シンジが目を見開く中、スッと冬月副司令がゲンドウの傍に立ち、ヨシヨシと頭を撫で始める。

 

「なんで乗らない……? なんで怒鳴るんだよぉ……。

 こんなにお願いしてるのに……ひどいよぉ……」

 

 冬月に優しく肩を抱かれ、エグエグとすすり泣くゲンドウ。

 シンジくんは立ち尽くし、ただただ見守るばかり。

 

「いけない! 碇司令が拗ねてしまったわ!」

 

「駄目じゃないのシンジくん! お父さんにそんな態度とっちゃ!」

 

「えっ」

 

 突然リツコ&ミサトに責められ、目を丸くするシンジくん。

 

「碇司令はね?

 今日は久しぶりに息子に会うんだ~って、すごく楽しみにしていたのよ?!」

 

「そうよシンジくん! いつもは碇司令『人と目を合わせるのが恥ずかしい』って言ってサングラスしてるのに、今日はしてないでしょ?!

 シンジくんと会うからって、ちゃんとしなきゃって、恥ずかしいのを我慢してるの!

 貴方お父さんの気持ちが分からないの?!」

 

「えっ」

 

 突然プリプリと怒り出すミサト達。

 お前は鬼か、どんな極悪人だと、シンジくんを責め立てる。

 

「人前に姿を現すのだってね? もうホント~に久しぶりの事なの!

 アタシだって碇司令を見たの、3か月ぶりなんだから!」

 

「今お父さんは『シンジくんの為に』って、すごく頑張ってるのよ?!

 ちゃんとお話を聞いてあげて!」

 

「?!」

 

 えっ、なんでそんなシャイな幼児みたく?

 シンジくんはそう訊ねたかったが、とてもそんな雰囲気ではない。

 今ゲンドウは声を殺してすすり泣き、冬月先生は必死にヨシヨシと宥め、リツコ&ミサトは真剣な目でこちらを説得にかかっているのだ。

 

「乗ってよぉ……エヴァ乗ってよぉ……。

 地球のピンチなんだよぉ……」

 

「ッ!?!?」

 

「ほらシンジくん! 碇司令、泣いちゃってるじゃない!

 ちゃんと話を聞いてあげて!」

 

「そうよシンジくん! アンタこの人の息子でしょう?! 聞いてあげなさいよ!」

 

 ……いや、シンジくん自身もちょっと内向的な所あるし、人付き合いが得意な方ではないのだが、それにしたってこのゲンドウの態度はどうなんだろう?

 これがぼくの親だというのか、ちっちゃい子供そのものじゃないかと、シンジくんは頭を悩ませる。

 なにやら母性全開なネルフ職員達の姿にも、強烈な違和感を覚える。

 

「あの……えっと、父さん?」

 

「っ!」

 

「あ……泣かないで? 大丈夫、ぼく怒ってないからね?

 あの、エヴァってさ? あのロボットについて、説明してもらって良いかな?

 なんでぼくが乗るのかなって」

 

 だがシンジくんは、とりあえずゲンドウとの対話を試みた。

 何やら必死そうなミサト達の顔を立てる意味でも、ちょっと頑張ってみる事とする。

 

「えっと……無理でしょ? ぼくこんなのやった事ないし。分かるよね?

 それに危険だよね? これ乗ったら、ぼく死んじゃうかもしれないし。

 普通……ヤダって言うよね?」

 

「っ!!」

 

「あぁ! また碇司令が泣き出してしまったわ! ――――シンジくんッ!!!!」

 

「駄目じゃないのシンジくん! もっとこう、優しい言葉とかあるでしょ?!

 アンタには人の心が無いの?!」

 

「えっ、あの」

 

 ぷいっと顔を背け、また冬月先生の胸に顔をうずめるゲンドウ。

 その途端またシンジくんは責め立てられる。もう意味が分からない。

 

「お父さんとは久しぶりなんでしょ?! ならこう……パパ会いたかったーとか!

 お父さん大好きー! チュッとか! 色々あるでしょうがっ!

 なんで優しい言葉をかけてあげないの!」

 

「嫌ですよ! なんでそんな事しなくちゃいけないんだ!

 だってぼく乗りたくないですもん!」

 

「なんでそんな事いうの! 碇司令こんなにも頑張ってるのにっ!

 今日はちゃんと早起きしたし、ヒゲも綺麗に剃ったし、ひとりで歯磨きもしたのよ!?

 朝ごはんだって残さず全部食べたんだから! ピーマンもあったのに!」

 

「知らないよそんなの!

 というか父さん、歯磨き誰かにやってもらってたの?! ピーマン嫌いなの?!」

 

「なによ! アンタ反抗期なの?!

 なにこんな時に自尊心とか芽生え始めてるのよ! 人類のピンチだっていうのに!

 空気読みなさいよ!」

 

「モンスターよ! 14才の子供はモンスターよ! 理解できないわ!

 お父さんの気持ちを考えなさいよ! エヴァに乗りなさいよ!」

 

「嫌だって言ってるじゃないか二人とも! 知らないってば!

 なにその反抗期って?! 誰だって嫌に決まってるよ!」

 

 リツコ&ミサトで必死に説得するも、シンジくんは断固拒否の方向だ。埒が明かない。

 えっ、ぼく何か間違った事いってる? これってぼくがおかしいの?!

 シンジくんはそう自問自答しちゃうも、今もお父さんのすすり泣く声が延々と聞こえていて、物凄く耳障りだ。考え事も出来やしない。

 

「あんた何考えてんの?! エバーに乗らなきゃ人類が滅ぶって言ってるでしょうが!

 天井を見てみなさいよ!」

 

「?」

 

 ミサトに促されるままに、シンジくんはふと頭上を見上げる。

 そこにはいつの間にか開いていた天井の穴から、そぉ~っとこちらを覗いている第三使徒サキエルの姿があった。

 

「うわあああぁぁぁ!

 そこにいるじゃないか使徒! いま目が合ったよぼく!!」

 

「だから言ったじゃないシンジくん! めっちゃこっち見てるでしょ!?

 ほら! サキエルさんも待ってくれてるの!

 あんたがエバーに乗るのを待ってくれてるんでしょうが! はやく乗りなさいよ!」

 

 サキエルは今もそぉ~っと覗き込み、「まだかな~」みたいな感じでこちらをじっと見ている。

 流石にテンパってしまうシンジくんだ。ミサトの『エバー』の発音をツッコむ余裕も無い。

 

「嫌だよ! ぼくあんなのと戦えないよ! ロボットなんて乗れないよ!」

 

「駄目です碇司令! やはり14才の子供はモンスターです!

 いう事をきいてくれませんッ!」

 

 切羽詰まったミサトが声を荒げる。

 未だエグエグしたままのゲンドウであったが、人類の危機と部下の悲痛な叫びを受けて、なんとか冬月の胸から顔を上げる。

「ありがとう冬月先生……もう大丈夫……」というか弱い声も聞こえる。

 

「し……シンジ?」

 

「なんだよ父さん! いくら言われてもぼく嫌だからね!?

 こんなの乗ったら、ぜったいに死んじゃうもの!」

 

「エヴァに乗ったら………………モテるぞ~(・・・・・)?」

 

 ――――その言葉に、格納庫の空気が一瞬で凍り付く。

 

「モテるぞ~? モテちゃうぞぉ~? モテモテだぞぉ~?」

 

「……」

 

 オドオドとしつつ、それでも頑張って語り掛けるゲンドウさん。

 キョロキョロと目を泳がせつつも、必死にシンジくんを説得にかかる。

 

「もうね、すっごいモテちゃう。ほんとモテモテになっちゃう。

 もう女の子がほっとかないと思う。エヴァに乗ったら」

 

「……」

 

 ダーダー冷や汗を流しながらワケの分からない事をいう父親を前に、絶句するシンジくん。

 だが、意外な所からゲンドウに援護射撃が入る。

 

「あ~……そうね、エヴァに乗ったらモテるわね」

 

「!?!?」

 

「私がエヴァを作ったんだけど、それは間違いないわよシンジくん?

 ――――エヴァに乗ったらモテる。これは科学的根拠に裏付けされた事実。

 大多数の人が『エヴァのパイロットはカッコいいと感じる』という世論調査の結果も出ているわ」

 

「!?!?」

 

 ものっすごい白々しい顔をして、赤木リツコ博士が「♪~」っと口笛を吹く。それに便乗してか、なにやらミサトも騒ぎ始めた。

 

「そうよシンジくん!

 そういえばアタシも、『エバーに乗ってる子ってカッコイイな~』って思ってた!

 モテちゃうわよシンジくん!」

 

「えっ?!」

 

「ほらシンジくん? ただでさえエバーに乗ってカッコいいのに、そのうえ使徒を倒して人類を救ったりしちゃうのよ?

 これはもう、天下無双のカッコ良さと言っても過言では無いわよ!!

 いよっ! シンジくんイケメン♪」

 

「えっ?! えっ?!」

 

「あーエヴァに乗る人カッコいいわー。憧れちゃうわー。

 私も14才だったら絶対に乗るのになー。残念だわー」

 

 別にシンジくんはモテたいなんて思った事ないし、どちらかと言えば気軽に語り合える友達とかの方が欲しかったりするのだが、この切羽詰まった状況下で突然出てきた「モテる」という言葉に頭が真っ白になってしまう。

 えっ……ぼくがエヴァに乗って、命を危険に晒す対価って“モテる”なの?

 

「うん、モテるよシンジ……?

 ほら今かわいい子を連れてきてあげるから、ちょっと待っててね?

 きっとシンジのこと、カッコいいって言うから」

 

 ゲンドウの指示のもと、なにやら向こうの方からガラガラと音を立てて、担架に乗せられた少女がこの場に運ばれてくる。

 

「……モテるわ碇くん。……エヴァに乗るの楽しいわ」

 

「――――嘘だ! 君ボッコボコじゃないか!! 血まみれじゃないか!!」

 

 今この場に現れた少女の名は、綾波レイさん。

 腕とか頭とかが包帯グルグル巻きの姿で、とても苦しそうに吐息を漏らしながらも「エヴァに乗るのカッコいい」とのたまっている。

 きっと彼女はエヴァに乗って怪我をしたんだろう、それがアリアリと分かる姿だった。

 

「やっぱりエヴァに乗ったらこうなるんじゃないか! 酷いよみんな!!」

 

「しまった! よく考えたら今、レイは傷だらけだった!」

 

「まさかプラグスーツでパイロットと気付かれるだなんて! 迂闊ッ!!」

 

「そんな事より早く治療してあげてよ! この子死んじゃうってば!!」

 

 もしかして、ネルフにはバカしかいないんじゃないだろうか? シンジくんはそう疑い始める。

 確か人類の平和を守る機関だと聞いていたハズなんだが、こんな事で大丈夫なんだろうか?

 

 そしてレイがガラガラと押され、また治療室へと運ばれていく。

 なんで私は呼ばれたんだろう? そうキョトンとする彼女の顔が、とても印象的だった。

 

「シンジ……? 今のはな、ちょっとした手違いなのだ。

 ほんと、ほんとにモテるから。

 お願いだからエヴァに乗って?」

 

「嫌だよ父さん!

 なんでさっきから『モテる』で釣ろうとするの?!

 ぼくそんなので命を賭けられないよ! 命はひとつなんだよ!」

 

「大丈夫、シンジだったら大丈夫。ぜったい。

 ほら、初号機もそう思うだろう? なっ、初号機?」

 

 ゲンドウがツカツカと歩いて来て、エヴァ初号機に話しかけ始める。

 シンジくんはそれをぼけっと見守る。

 

「ほら、ユイも言ってやっておくれ。

 エヴァに乗ったらモテるよな? そう思うよな?」

 

『モテルワ』

 

「――――エヴァがしゃべった!?!?」

 

 ひっくり返るシンジくん。ビックリしすぎて綺麗にでんぐり返りしてしまう。

 

「ありえない!! 起動確率は0.0000……とかなのに!!」

 

「いや、それよりエバーって喋れたの? なんで言わなかったのリツコ?」

 

「ユイ、言ってやってくれ。

 エヴァに乗るの超カッコいいって。大丈夫だから乗れって」

 

『ノリナサイ、モテルワ』

 

「やだよ! 怖いよコレ!!

 というか、喋れるんなら自分で戦ってきなよ!

 ぼく別に乗らなくていいじゃないか!」

 

 もう三人+一体がかりで責められるシンジくん。

 エヴァに乗れ、エヴァに乗れ、モテるからと、ひたすら連呼されている。

 もう頭がどうにかなってしまいそうだ。

 

「ほら! サキエルさんも『まだかな~?』って天井をゴンゴンし始めたわ!

 待たせたら悪いじゃないの! 乗りなさいシンジくん!」

 

「やだよ! 嫌だったら!

 それならリツコさんが乗ればいいじゃないか! エヴァ作ったんでしょ!?」

 

 まるでノックをするかの如く、サキエルが天井をゴンゴン叩き、プレッシャーをかけ始める。

 もう大人たちは全員汗だくだ。

 

「くっ! 14才しか乗れないと言っているのにっ……このボケッ……!!

 ――――良いわ! なら私が乗ります! よろしいですね碇司令?」

 

 その時、突然リツコが「はいっ!」と挙手をしながら宣言する。

 

「何を言っている赤木博士! 君ではエヴァに乗れないだろう!」

 

「でも仕方ないじゃないですか! シンジくん乗らないと言っているのだから!

 私が乗るしかありません!」

 

 元気に挙手をしつつ「よーしやったるぞー!」とばかりにズンズンとエヴァの方に歩き出すリツコ。

 

「なに言ってるのよリツコ!

 それじゃアタシが乗るわよ! アタシにまかせなさい!」

 

 その肩を掴み、ミサトも「はいはい!」と挙手する。

 二人は取っ組み合いを始め、自分が乗ると喧嘩をし出す。

 

「駄目だ! 君達は作戦指揮を執る大切な役目があるだろう!

 なら私が乗る!」

 

「いや私が乗ろう! ネルフの総司令として!」

 

 その時、冬月先生とゲンドウも「はいはい!」と参戦。4人でワーワー取っ組み合いを始めた。

 

「いや私が乗るわよ!」

 

「私よ! 私が乗るわ!」

 

「いや私が!」

 

「私が私が!」

 

 いま4人が一瞬手を止めて「チラッ」とシンジの方を見た。

 そしてすぐにまたポカポカと喧嘩を再開する。

 

「私が乗るわ! わたしわたし!」

 

『ワタシワタシ』

 

「私がモテモテになるのよ! わたしがわたしが! ……チラッ?」

 

「いや……乗りませんよ?

 そんな事しても、ぼく乗りませんからね?」

 

「「「「!?!?!?」」」」

 

 驚愕の表情を見せる4人。

 この子は“お約束”という物を知らないのか!? TVを観た事が無いのか?! 14才は本当にモンスターなのか?! そう目を見開いている。

 

「なんで?! なんで効かないのシンジくん?!」

 

「絶対イケると思ったのに!!

 MAGIの計算でも100%と出ていたのにっ! なんで空気読まないの?!」

 

「いや乗りませんからね? そんな目で見ないでくれます? バカじゃないんですか?

 ……それとね、いま君もさりげなく『ワタシワタシ』って言ってたけどさ?

 君までやったらおかしな事になっちゃうんだよ。

 君はエヴァなんだんだから、乗ってもらう方でしょ?」

 

 ミサト達をそっちのけで、シンジくんはエヴァに説教を始める。

 乗って欲しいのか、仲間に入りたかったのかは知らないけど、君は喋っちゃ駄目なんでしょと。

 なにやらエヴァの肩が、心なしか〈ズゥゥン……〉と下がったような気がする。凹んでいるのだろうか?

 

「それとサキエルさんもね? さりげなく手を挙げるのやめてもらえます?

 退屈なのは分かるけど、君まで仲間に入ったら、もう収拾が付かなくなるからね?

 ごめんだけど、もうちょっとだけ待っててね?」

 

 サキエルさんも「ハーイ!」と手をあげて、再びこちらをじぃ~っと見る作業に戻る。

 意外と素直に言う事を聞いてくれる所を見ると、けっこう良い子なんじゃないだろうか使徒って。

 

「し……シンジ? お願いだからエヴァに乗ってくれないか?

 あとでアイス買ってやるから……」

 

「いらないよアイスなんて。

 そんなので釣ろうとしないでよ。ぼくもう14才なんだよ?」

 

「あ、なら私……これ頑張って集めてたヤツなんだけどね?

 全部シンジくんにあげるから……」

 

「いらないですミサトさん。

 というか、パンに付いてる点数のシール集めてたんですか?

 お皿ほしかったんですか?」

 

「え……エヴァに乗ってくれたら、私のネコを撫でさせてあげる。

 とっても可愛い子なのよシンジくん。だから……」

 

「結構ですリツコさん。そりゃ可愛いでしょうけどね?

 ネコと遊びたい時は、ぼくネコカフェとかに行きますから。大丈夫です」

 

「じゃ……じゃあ私が手品を見せてやろう。

 これは100円玉がコップをすり抜けるというマジックなんだがね?

 頑張って成功させるから、どうかエヴァに……」

 

「すごいですね冬月先生。ぼく尊敬しちゃいます。

 でもエヴァには乗りません」

 

「わたし、これいらないからあげる。

 たべて碇くん」

 

「いや、綾波さんは早く治療室に行こうね?

 カップ麺に入ってたチャーシューは、ぼくいらないからね?」

 

 綾波さんの担架をガラガラと押し、治療室まで運んでやるシンジくん。

 そして改めて格納庫へとやってきて、もうキッパリと大人達に宣言をする。

 

「――――乗りません! ぼくエヴァには乗りません! 諦めて下さい!」

 

 するとどうだ、この格納庫の空気が一気に「どよ~ん……」とし始めたではないか。

 いままで頑張って説得にあたっていた大人たちの表情が、一気に暗い物になってしまったではないか。しょぼーんみたいな感じに!

 

「――――そんな顔したってダメですっ!

 子供を無理やり戦わせようなんて、なに考えてるんですか皆さん!

 ちゃんとしたロボット作り直して、それで戦って下さい!

 父さんもミサトさん達も、ちゃんと反省して下さい!」

 

 なにやらそこはかとなく真っ当な事を言われ、ゲンドウ達はさらに「どよ~ん」とした顔になる。

 対してシンジくんはプリプリと、もう腰に手を当ててお説教している。

 

「ダメでしょ! 子供をロボットに乗せたら! 危ないでしょ!?

 父さんも大人なんだから、それくらい分かるでしょ!?」

 

「……っ!」

 

「ミサトさんも! リツコさんも! 冬月先生もそうだよ!

 ちゃんと言わなきゃダメでしょ!? いくら父さんが大事でも、間違ってる事は間違ってるって、ちゃんと教えてあげなきゃダメでしょ!?

 過保護なばかりじゃ、いけないでしょ!?」

 

「「「……っ!」」」

 

「ほらっ! 謝って! ちゃんとサキエルさんにあやまって!

 今日は来てくれてありがとうございます、でも戦えませんごめんなさいって言いなよ!

 またちゃんとしたロボットを作ったら、こちらからご連絡を差し上げますって!

 ほら! 早く言う! サキエルさん待ってるでしょ!?」

 

 もうグゥの音も出ない。シンジくんの正論の前に、この場の誰一人として声を出せずにいる。

 そして、やがてこの場に、ゲンドウのエグエグというすすり泣きの声が響いた。

 

「……乗ってよぉ……乗ってよぉシンジぃ……」

 

 もうこのダメ親父をどうしてやろうか。

 そうシンジくんは説教をしようと一歩踏み出したのだが……しかしよく耳を澄ましてみると、この場に響いている泣き声がひとりの物じゃない(・・・・・・・・・)事に気が付いた。

 

「……なんで乗らないのぉシンジくん……」

 

「……エヴァ乗ろうよぅ……乗ってよぉ……」

 

「……乗っておくれよぅ……」

 

「!?!?」

 

 振り向けば、そこには涙や鼻水をダーダー垂れ流しながらエグエグしている、大人たち三人の姿。

 ゲンドウだけではない、ミサトもリツコも、冬月さえもガン泣きしているのだ。

 

「わたし頑張って作ったよぉ……。

 いっしょうけんめいエヴァ作ったよぉ……カッコいいよぉ……」

 

「シンジくん戦ってくれないと……アタシお給料もらえないよぉ……。

 もうビール飲めないよぉ……」

 

「新しい将棋駒ほしいよぉ……居酒屋いきたいよぉ……エヴァ乗ってよぉ……」

 

「ちょっと! ちょっとやめてよみんな!」

 

 空を見上げながらワーワーと泣き出す大人たち。エヴァ乗ってよぉと、そう悲しそうに呟く。

 キチンと理屈で諭すんじゃなく、メリットや報酬を示すのではなく、ただただシンジくんに「乗ってよぉ」とお願いする事だけが、彼らに出来る最後の手段となっていた。

 

 シンジくんが必死に語り掛けるも、大人たちは「えーんえーん」と泣くばかり。シンジくんの胸に凄まじい罪悪感がこみ上げてくる。

 まるで、子供を泣かせてしまったかのような。何なんだコレは。

 

「――――!?!?」

 

 その時! 突然エヴァ初号機がひとりでに動き出し、シンジくんの身体をガバッと掴み上げる!

 

「わーっ!」

 

 そのまま「ぱくっ!」とシンジくんを呑み込み、ゴギュッと喉を鳴らした。

 

「あっ! エヴァがシンジくんを食べちゃったわ!」

 

「……いや、これ“乗った”んじゃないかしら?!

 エヴァがシンジくんを、無理やり乗せたって事じゃない?!」

 

 この場に「YEAHHHH!!」という歓声が上がる。

 そして大喜びしながら戦闘配置に就くネルフ職員達。これで戦える! やっふー♪

 

「マヤちゃん! 日向くん! 青葉くん! お待たせっ!

 それじゃあ今から、第一種戦闘配置よッ!

 目標、現在ジオフロントの真上にいる第三使……」

 

『――――乗らないって言ってるだろぉぉぉおおおおお!!!!』

 

 その時! シンジくんが初号機の口からピョーンと飛び出し、そのまま「わーっ!」と逃げ出していった。

 

「あぁ! シンジくんが逃げちゃったわ! 捕まえて初号機ッ!」

 

(ズゴゴゴゴ……!!)

 

 再びエヴァがひとりでに動き出し、シンジくんを捕まえようと手を伸ばす。だがそれをヒョイヒョイ避けて「わーっ!」と逃げるシンジくん。

 

「うわっ! シンジくんすばしっこい! 意外と走るのはやッ!?」

 

「乗らないって言ってるじゃないかぁ!!

 なんで乗せようとするのさぁぁぁああああーーー!!」

 

 まるで虫でも叩くみたいに、エヴァが〈ビターン! ビターン!〉と掌を振り下ろす。

 シンジくんが避けてるから良いものの、もし当たったらどうするつもりなのだろうか。

 

「くっそぉ乗ってたまるかぁ!!

 ぼくは絶対エヴァに乗らないぞぉーー!! ちっきしょおぉぉ~~!!」

 

「……あぁシンジくん!? 外に出ちゃ駄目よシンジくんっ!?」

 

 もう「うわー!」っと走る内、シンジくんはエヴァ格納庫を抜け、第三使徒サキエルがいる外へと飛び出してしまう。

 いまシンジくんの目の前に、こちらを「ん~?」という感じで覗き込む、もうドアップになったサキエルの顔があった。

 

 

「――――もう帰ってよ! 今日は戦えないから! もう帰ってよ!!」

 

 

 突然スピーカーから響く、シンジくんの叫び。

 

「――――エヴァとか乗らないよ!! 帰ってよっ!!

 後日ご連絡を差し上げるから、また改めて来てよッ!!」

 

 訴えかけるように手を広げ、シンジくんが大きな声で告げる。

 その声を聞いたサキエルが、一瞬どこか「あーホンマっすかー」みたいな顔をしたように見えた。

 

「……あっ、使徒が帰っていくわよ!?」

 

「きいたんだわ! シンジくんのお願いを聞いてくれたんだわ!」

 

「凄いわシンジくん! 使途を撃退したわ!」

 

 サキエルが背を向けて、ノシノシと第三新東京市を去っていく。

 その後ろ姿を、シンジくんはプンプンしながら見守る。

 

「まさかエヴァに乗らずに使徒を撃退してしまうなんて。

 なんという子なの……! サードチルドレン……!!」

 

「正に運命の子供……我々の計画の鍵となる存在……。

 お前の息子は凄いな、碇」

 

「うん、ありがとう冬月先生。

 あれ私の自慢の息子なのだ……!」

 

 今も雄々しくその場に立っているシンジくんを見つめながら、大人たちが感心したように声を上げている。

 すげぇ! シンジくんとんでもねぇ! まさに人類の救世主!

 なにやら格納庫にいるエヴァ初号機さんも、満足気に「うんうん」と頷いているように見えた。

 

 

「乗らないよ!! なんと言われようが、ぜったい乗らないからねっ!

 ――――ぼくはエヴァンゲリオン初号機パイロットじゃない、碇シンジです!!」

 

 

 夕日が第三新東京市を照らす。

 使徒を撃退し、平和を取り戻した街が、いま眩くキラキラと輝いている。

 

 そんな美しい光景の中で、今シンジくんが「わーっ!」と駈け出していく。

 エヴァに乗せられないよう、行けるトコまで走ってみるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ~おまけ。後日談~

 

 

 

 

「おい、大丈夫かセンセ? えらい景気悪いやないか」

 

 朝の教室。

 机で「ぐってぇ~」と伸びているシンジくんに向かい、トウジが声を掛けた。

 

「あぁ、碇ちょっと疲れてるんだよ。

 最近ネルフで色々あるらしくてさ?」

 

「ほぉ~、そら難儀やなぁ。

 やっぱエヴァのパイロットって、大変なんやなぁ」

 

「……」

 

 ちょうどやってきたケンスケも会話に加わり、二人で同情する。

 シンジくんは転校してきて間もないが、いつも彼が頑張っている事は知っているので、心から労いの声を掛ける。

 まぁシンジくんは、それに応える余裕もないが。

 

「離れ離れだった父親にいきなり呼び出されて、

 そこからずっと『エヴァに乗れエヴァに乗れ』だろ?

 碇じゃなくてもノイローゼになっちゃうよ」

 

「嫌やゆうてんのに、無理やり乗せられるっちゅーワケか。

 世界の平和は大事やけど、もっとやりよう無いんかいな」

 

「なんか、家に帰っても自室はエヴァグッズで一杯らしいよ?

 エヴァTシャツに、エヴァスリッパ、エヴァ壁紙、エヴァカーテン。

 いま碇が穿いてるのも、エヴァ柄のパンツなんだろ?」

 

「あ、もう洗脳しにかかっとんのやな。

 エヴァ好きになるように、エヴァに乗りたくなるようにか。……えげつな」

 

「……」

 

 いまシンジくんはミサトさんの家にお世話になっているのだが、もう自室に限らず家じゅうがエヴァだらけだ。

 食事の時もお茶碗がエヴァ柄なので、心休まる時が無い。最近シンジくんは夢の中でもエヴァに追いかけられている。

 

 ちなみにトウジの妹さんは、前回の使徒襲来の時も怪我をせず、今も元気にやっている。

 シンジくんはエヴァに乗らなかったし、サキエルも大して暴れなかったのが功を奏したのだ。

 ケンスケはもちろんの事、トウジとも喧嘩する事無く、転校初日から友達になれた。シンジくんは知る由も無い事だが、意地になってエヴァに乗らずにホント良かったと思う。

 

「この前なんて、ネルフの廊下を歩いてたら、いきなり後ろからガバッとやられたらしいよ? 薬で眠らされたんだよ。

 気が付いたら、訓練用のコックピットの中にいたんだって」

 

「そこまですんのかネルフは!

 ……もうアレちゃうか? 大人しく乗っとった方がええんとちゃうか?

 何されるか分からんぞセンセ……」

 

「乗りたくないって言う度に、お父さんがすごく悲しそうな顔をするらしい。

 それが地味にキツイんだってさ」

 

「そら精神的にくるわなぁ。

 つか親父さんって、ネルフの偉いさんなんやろ? なんでそんな子供みたいな……」

 

「話を聞く限り、もう対話の余地は無いっぽいぜ?

 下手に強く言うと、もうえんえん泣かれちゃうらしいし。

 親が泣いてるのを見るのは、そりゃキッツイよ」

 

「……」

 

 トウジとケンスケに慰められながらも、やがてなんとかその日の授業を終えたシンジくんは、その足でネルフへと向かう。

 実はシンジくんは部屋の鍵を持たせてもらっていないので、家に帰れないのだ。学校が終わればこうしてネルフへ来て、ミサトと一緒に帰るしか選択肢が無いのだった。

 

 何故か図書館とかゲーセンとかに行っても、すぐに「帰って下さい」って追い出されてしまうし。きっとネルフの手が回されているのだと思う。

 エヴァには絶対に乗らないが、嫌でもここに来なくちゃならないという、そんな状況に追い込まれていた。大人達の手によって。

 

「うん?」

 

 そんな不条理に頭を悩ませながら歩いていると、シンジくんはふと、廊下に何かが落ちている事に気付く。

 

「なんだろコレ? キャンディかな? どうしてこんな所に……」

 

 そしてよく見ると、落ちているのはコレひとつでは無く、一定の間隔でポツポツとキャンディがある事が分かる。

 まるで何かの道しるべのように。「これを拾いながら歩いておいで」とでも言うかのように。

 

「……」

 

 なにやら嫌な予感がしたシンジくん。拾う事なく、ただ道しるべとしてキャンディをたどって歩いていく。

 やがてシンジくんの目の前にエヴァの格納庫の扉が見えてきた。キャンディはエヴァの搭乗口まで続いているようだ。

 よく見れば、ご丁寧に「ゴール!」と書かれた看板まで設置してある。

 

「……えっと、見てるんでしょ父さん?

 カメラか何かで、いま見てるよね……?」

 

 どこと言うでもなく、ただ前を見ながら呟くシンジくん。

 天井にあるスピーカーから、誰かが「っ!」と息を呑む音が聞こえた。

 

 

「――――乗らないって言ってるでしょ!?

 ぼくは蟻か!! バカにしないでよッ!!」

 

 

 大声を出した途端、スイッチを切るブツッという音がした。

 きっと「やばっ! バレた!」とばかりに、急いでその場から逃げ出したのだと思う。

 

「もっとこう……あるでしょ!?

 乗らせるにしても、もっと方法あるでしょ?! なんでいつもこうなの?!」

 

 

 ちなみに今回はキャンディだったが、昨日はビックリマンシール、その前はこち亀が一冊づつ置いてあったのだ。

 

 シンジくんが「野郎ぶん殴ってやる」とばかりに、その場を駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

――おしまい――

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

55 雨は毛布のように

 

【お題の文章】

 

 

 

「そうか。……ここまでだな、俺達」

 

 そう呟くと男は女を残し扉を開けた。

 その場に残された女の眼から滴が一つ、また一つと頬を伝わっていったことに気付かず。

 

(どうしてこんな事になったんだ……)

 

 その言葉だけが男の脳裏を駆け巡る。

 駆け巡る言葉を振り払うように男は杯を重ねる。

 

『溝内さん、もうお止めになったほうが』

 

 何軒目かで馴染みのマスターに言われた言葉。

 その言葉を背中で振り払い扉を開き外に出る。

 

 店に入る前に降り始めた雨はますます強まって、心と身体を打ちのめす。

 傘は持っているが、差す心境にはなれなかった。

 降り続く雨が男の顔を、身体を、全身を容赦なく濡らしていく。

 

 ふと我に返った男が顔を上げる。

 そこにある一軒の店。

 古めかしい木製の扉には、何の表示もなかった。

 

「どこだ、ここは……?」

 

 

 

 


 

 

 ふむ……このお題の主眼は恐らく『突然現れたこの店は何なのか?』になって来ますナ!

 これはいったい何屋さんなのか。それをみんなで考えよう! みたいなテーマなのでしょう。

 

 ――――それでは行ってみましょう! ここから私のターン!

 

 


 

 

雨は毛布のように

 

 

 

 新三は考える。

 この見覚えのない店、そして見覚えのない風景は、いったい何なのかと。

 

「……駄目だ、分からん」

 

 しかしどれだけ考えても分からなかったので、新三は諦めて、家に帰る事にした。

 

「うん、分からん物は分からん。

 扉に何の表記も無いんじゃ、お手上げだ」

 

 新三は「やれやれ」と首を振りながら、背を向けて帰路につく。

 確かにそこが何かの店なのは分かるが、何の表記も無いとか客を舐めているにも程がある。商売する気あるのか。

 

 それに知らないお店に入るのって……なんだか怖いし……。

 勝手に入ったら「コラ!」って怒られないとも限らないし。多大なリスクを伴う。

 別に今はお腹空いて無いし、酒だってさっきまでたらふく飲んでいたのだから、よくよく考えたらどこかに入る必要なんて無い。お金だって持ってない。

 

 突然現れた見知らぬ店――――そんな所に入る理由など、微塵も無いのだ。

 

「帰ろう。早く帰って鉄腕DASHを観なければ」

 

 雨が降りしきる中、新三は「おーさぶさぶ♪」と肩をさすりながら、イソイソと帰路に着いていく。

 まるでさっき見つけた店など、無かったかのように。

 

 

『――――キエェェェエエエエエイ!!!!』

 

 

 その時! 突然この場に、狂気を纏った女の声が木霊する!

 

『新三さぁぁぁん!! キエェェェエエエエエイ!!!!』

 

 あれは、先ほど別れた女!

 先ほど酒場で「そうか。ここまでだな俺達……」と、なんか昭和の歌謡曲みたいな雰囲気でカッコよく別れたハズの女が!

 いま新三に向かって! 包丁を握りしめて(・・・・・・・・)突進してくるではないか!!

 

『貴方を殺して私も死ぬぅ!! キエェェェエエエエエイ!!!!』

 

 ああ、なんという事か!

 あの女はちょっと騙されたくらいで! ちょっと結婚詐欺にひっかかって400万円ほど騙し取られたくらいで、新三を殺そうとしているのだ! なんと酷い!!

 女は今も奇声を上げながら、見る見る内にこちらへと近づいてくる!!

 

 ちなみに女は知る由も無いが、もちろんこの“新三”という名も偽名だ! 結婚詐欺の為に使っている、自分で適当に付けた名前なのだ!

 

「まっ、待て! 待つんだのり子! 話せばわかるッ!!」

 

『キエェェェエエエエエイ!!!!』

 

 綺麗だった長い髪を振り乱し、美しかった琥珀のような瞳は真っ赤に充血し、そしてしま〇らで買った安い婦人服を雨に濡らしながら、のり子と呼ばれた女が突進してくる。

 新三(仮)の命を奪わんが為! そのどてっ腹にザクッと包丁を突き刺さんが為に!

 

「あ、そーれ♪」

 

「ぎぃやぁぁぁあああ!!」

 

 新三の繰り出す合気投げにより、のり子は〈ドッボーン!〉と川に落ちる。

 

「ぎゃあああ! 新三さぁーーん! ぎゃあああぁぁぁ!!」 

 

 凄い勢いで流されていくのり子。雨によって増水した川は、凄まじい勢いで彼女を押し流していく。

 ちなみにのり子は知る由もないが、新三は護身術として合気道を習得している。

 結婚詐欺師たるもの、いつ如何なる事態でも身を守れるようにしておかなければならない。こういう場合を想定し、しっかりと備えていたのだ!

 それがのり子にとっての誤算であった!

 

「うぉぉおおお! のり子ぉぉぉ! のり子ぉぉぉーー!!」

 

 あなやっ! だがなんという事だろう!?

 突然新三がのり子を追うようにして、勢い良く川へ飛び込んだではないか!

 

「のり子ッ! いま行くぞのり子ぉぉーー! のり子ぉぉぉおおおーーーーっ!!」

 

 先ほど殺されかけたというのに! 包丁で刺されそうになったというのに! 新三は迷う事なく川へと飛び込み、ザブザブとのり子の元へと向かっていく! その姿はまさにイルカの如し!

 

 命――――そう、命なのだ。

 彼はのり子という人命を救うべく、自らを顧みる事無く川へ飛び込んだのだ。

 

 確かに自分は、結婚詐欺をしたかもしれない――――400万ほど騙し取った上に、この女の住む家の権利書まで奪い取ったかもしれない。

 だがそんな事、この“命”という物の前には無に等しい! そんな些細でつまらない事を気にしている場合じゃないのだ! 命がかかっているのだから!

 

 新三は全てを振り切り、目の前の命を救うべく、バサロ泳法で必死に泳ぐ。

 のり子! あぁのり子! 我が愛する者よ!

 偽りとはいえ愛を結び! 偽名とはいえ共に婚姻届を書いた女よ! お前を決して死なせはしないと!

 

「あーよっこいしょっと♪」

 

「え゛っ?!?!」

 

 その時! 一生懸命に泳いでいた新三を余所に、のり子が「よいしょ!」っと陸へ上がる!

 新三に構う事無く、ひとり川から生還を果たしたのだ! 誰の手も借りる事なく!

 

「うおぉぉのり子ぉーー! ぬおぉぉぉーーっっ!!」

 

「……あら? 新三さん!? 新三さぁぁぁーーん!!」

 

 凄まじい勢いを持ってバサロで流されていく新三を、のり子が声を上げて見守る。

 降りしきる雨の中……のり子はその身を濡らしながら、いつまでもいつまでも、彼が流されて消えていった方を見つめ続ける――――

 

「なんで!? なんで飛び込んだの新三さん?! 貴方バカなの!?!?」

 

 しかものり子には、なぜ新三が命を賭してまで川に飛び込んだのか、その理由すら分かっていなかった。

 雨に打たれておかしくなったのか……はたまた風邪でもひいてテンションがおかしくなったのかと、彼がひとりでに川に飛び込んだ理由を、どうしても理解できずにいた。

 だってこんなにも雨ふってるのに。川が氾濫してるのに。バカじゃないのと。

 

 まさか自分を騙した結婚詐欺師が、自分を助けようとしたなど……彼女には思い至ろう筈も無い。

 のり子の中では、新三はまごう事無き悪党。自分の貯金と住む家を奪った、にっくき悪人であったのだから。

 

 これはそんな――――悲しいすれ違いの恋物語。

 悲劇の浪花節であったのだ。

 

「でも安心して新三さん……。

 この川、けっこう浅かったわ――――」

 

 上がれる陸地も腐るほどあるし、川も浅いし死ぬ事なんて無い。

 調子こいてバサロ泳法なんかするから気が付いてないだけで、この川は決して人が死ぬような川では無いのだ。

 

「そして、海に続いているわ。

 きっと海に出れるわよ新三さん。海が見られるわ――――」

 

 この川は、見渡す限りの大海原へと繋がる、そんな河川であったのだ。

 新三はきっと海に辿り着き、そこから夢いっぱいの冒険の旅に出る事だって出来るだろう。胸が躍るような美しい光景が見られるハズだ。

 

 まぁそれがいったい何の慰めになるのかは知らないが……なんか“海”というそこはかとなく良い感じの言葉が出てきた事によって、のり子の心は青空のように晴れていった。

 

 さっきまでの怒りを忘れ、心穏やかに。

 のり子は本来の人間性と、その優しさを取り戻したのであった。

 

 

………………

………………………………

 

 

「……ん? 何かしらここ?」

 

 そしてのり子が帰路に着き、「おーさぶさぶ」と肩をさすりながら歩いていた時……突然目の前に、何かの店らしき見知らぬ建物が現れる。

 

「古めかしい木製の扉……表記もない……。何の店なのかしら?」

 

 自身の住む街の、良く知っているハズの道。そこに突然出てきた見知らぬ店を前に、のり子は眉をひそめる。

 

 

「まぁ今はお腹空いてないし、入る必要はないわね――――」

 

 

 

 

 

 

 のり子は店を後にし、スタスタと帰路を歩いて行く。

 

 やがて遠くから「へっくちょい!」という、愛らしいクシャミの音が響いた。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

56 座談会その1 ~プロローグ~

 以前のアイディア募集企画にて頂いた、【自作品のキャラクター達による座談会】のお話。
 過去に私が書いた作品の裏話や、作者自身の印象などを、主人公達が語り合います。

 お察しの通り、自分で自分の作品を語るというかなり“痛い内容”ですので、苦手な方はブラウザバック!!
 苦手じゃなくてもブラウザバックだ!! 今すぐにッ!!







 

 

「お……おはようございます、ガンランサーです……」

 

 関西にある某居酒屋の一室。

 いま白い清楚なドレスを身にまとい、その背に大きな鉄の塊“ガンランス”を背負った女性が、なにやら“おっかなビックリ”を絵に書いたような様子で入室して来た。

 

「あ、まだ他のメンバーは到着していないのか。

 そりゃそうか、なにせ私は約束の時間の5時間も前から店の周りをウロチョロとしていたが、誰にも出くわす事がなかったのだから。

 ……仕方ない、先に部屋に入らせてもらい、無駄にテーブルを拭いたり座布団を並べたりしておこう」

 

 ガンランスをそぉ~っと床に置いてから、いそいそと部屋の中を動き回る。

「座布団の位置はこれで良いだろうか?」と、脳内で彼らの歩幅や視点を計算したりなんかしつつ、無駄にウンウン悩みながら微調整。そうやって時間を潰していく。

 

「ふふふ……なにせ私は幹事であり、今日の座談会の“司会”であるのだ。

 皆に粗相の無いよう、しっかりと勤め上げなければ。

 モンハンという作品の面目が立たないし、プリティやミラに叱られてしまう……」

 

 もう高速で膝をガクガク~っとしながら、額から滝のような汗を流しながら、部屋の備品をセッティングしていく。

 まぁこんな事をせずとも、事前に店員さんが綺麗にやってくれているので、彼女のやっている事はまったくの無駄ではあるのだが、そうせずにはいられないのだった。不安で。

 

 そんな風にソフィーが「あーでもない、こーでもない」と部屋中をウロチョロしている内、やがてこの部屋にもう一人の参加者がやって来る。

 

「――――問おう、ここが座談会の会場か?」

 

 凛とした声、綺麗にまとめられた金髪の髪、まるで神話の中から出てきたかような神々しさ、そして清廉さ。

 

「サーヴァント、セイバー。召集に従い参上しました。

 貴方が此度の幹事である、ソフィーですね?」

 

 ソフィーがぱちくりと目を見開く中、毅然とした態度でセイバーが問う。

 まぁ今彼女の心の中は「美味しい物がたくさん食べられると聞いた。楽しみです」という想いでいっぱいだったりするのだけれど。

 

「あ……あぁ、ようこそセイバー殿。私がソフィーだよ。

 さぁどうぞ奥へ。座って待っていて欲しい」

 

「了解です、では入らせて貰うとしましょう。

 それにしてもソフィー? 貴方は“ガンランサー”という戦士であると聞きましたが、それは一体どういった物なのですか?

 貴方の佇まいを見れば、ただ者では無いという事はひと目で分かるのですが……聖杯からの知識にも、サーヴァントのクラスにも“ガンランス”という物は無く……」

 

「ま! まぁそこらへんも含めて、おいおい説明していくから!

 とりあえず座ってくれないか? 座ってクダサイ……伏してお願い申し上げます」

 

 キョトンとするセイバーの背中を押し、グイグイと中へ案内する。

 ソフィーもセイバーも金髪の髪で、二人とも非常に美しい容姿だ。一緒に並んでいると、まるで姉妹のように絵になる。

 まぁ片方は自信なさげにペコペコし、片方は「?」って感じで首をかしげているのだが。

 

「こんにちは。あの……座談会の会場って、ここですか?」

 

「碇シンジです。こんにちは皆さん」

 

 やがてこの場に西住みほさん、そして碇シンジくんも現れる。

 並んでやってきた所を見ると、きっとここに来る途中で出会い、仲良く一緒にやって来たのだろう。

 何やらとても仲良さげな感じもする。二人とも物静かな性格で、非常に慎み深い優しい子達だ。きっと気が合うのだと思う。

 

「ふむふむ、会場はここね?

 やっほーみんな! あたしは涼宮ハルヒよ! はじめましてになるのかしら?」

 

「お姉さんが幹事さんかい? さくらももこだよ。

 今日は呼んでくれてありがとね。

 ……まぁあたしゃ小学生だし、お酒は飲めないけどさ」

 

「こんにちは! あたしハイジっていうの!

 ここってたくさん大きな建物があるのね! あたしビックリしちゃった!」

 

「よぉソフィーさん! ごぶさた!」

 

 ハルヒがちびっ子たちを引き連れ、ゾロゾロとやってきた。

 きっと面倒見の良い彼女は途中でこの子らと合流し、一緒にここへ連れて来てくれたのであろう事が見て取れる。

 

「あぁこんにちは、よく来てくれたねお嬢ちゃん達。会えて嬉しいよ」

 

「ふふっ、こうやって集まれる機会なんて滅多に無いし、今日は凄く楽しみにして来たわ!

 よろしくねソフィーさん!」

 

「というか外人さんと会うのって、あたしゃ初めてだよ。

 こんな綺麗な人っているモンなんだねぇ~。

 絵本に出てくるお姫様みたい! おっぱい大きいし!」

 

「こんにちはソフィーさん!

 ほんとはクララも連れて来たかったんだけど……あの腐れ特権階級、歩けないとかバリアフリーがどうとか抜かして、連れてこられなかったの。

 今日はあたしだけになるけど、がんばるから許してね?」

 

「俺は“ふじお”って言うんだ! 小学4年生だぜ! 遊び盛りだッ!!

 ソフィーさん以外とは初めましてになるな! 仲良くしようぜオイ!」

 

 なんか途中よく分からない事を言われた気もするが、ソフィーは普段の人見知りを感じさせない自愛に満ちた表情で、彼女たちを迎え入れる。

 普段プリティといる事からも分かる通り、とっても子供好きなソフィーなのだった。

 

 そして、楽しそうにキャッキャと笑う子供たちに囲まれながら談笑している内に、やがてこの場に最後の参加者となる二人の姿が現れる。

 

「こんにちは、ぼくアンパンマンです♪」

 

「こんにちは! ぼくガチャピンだよ♪」

 

「「「うおぉぉーーー!!」」」

 

 彼らを見た瞬間、もうテンションがMAXになる参加者一同。

 誰もがTVで観た事のあるヒーローの登場に、すごく興奮しているようだ。

 

「ソフィーさん、今日は呼んでくれてありがとう♪

 ぼくはパンだから、あまり物を食べたりはしないんだけど……でもみんなとお喋り出来るのが嬉しくて♪

 今日はよろしくお願いしますね♪」

 

「代わりにぼくがいっぱい食べるからねっ!

 ぼくって恐竜の子供だし、その気になれば大食いだって出来ちゃうと思うよっ。

 よろしくねみんなっ!」

 

 みんなに拍手で迎えられ、アンパンガチャピンの二人が席に着く。

 どうやらちびっ子がアンパンマン達の傍に座りたいようで、軽い席の争奪戦も勃発したりする。微笑ましい光景である。

 

「よっし、じゃあみんな、最初の飲み物だけ先に決めようか。

 手元のメニューを見て、何が良いか決めてもらえるか?

 未成年も多いし、『とりあえずビール』とはいかないからね」

 

 ソフィーの号令の下、一同がメニューとにらめっこを始め、あーだこーだと相談をし始める。

 

「ぼくはオレンジジュースにしようかな。ガチャピンはどうする?」

 

「ぼくもオレンジジュース! ……いやここはメロンソーダという手もあるかな?

 ほらぼく緑色だし。なんかそれっぽくない?」

 

「了解だ」

 

 アンパンマン、ガチャピンが希望を伝える。

 ソフィーはいそいそと「オレンジ、メロンソーダっと」と言い、それを紙にメモしていく。

 後で店員さんに渡し、スムーズに注文する為なのだろう。意外と出来る幹事だ。

 

「あ、ぼくらも子供なので、ジュースをお願いします。

 どうしよう、ぼくコーラにしとこうかな?

 ……ってあれ? これちょっと高くない?! 400円もするの?!」

 

「居酒屋だもんね。仕方ないよ♪

 じゃあ私はアイスティーにするね。ソフィーさんお願いします♪」

 

 シンジくん、みほも注文を伝える。

 普段から主婦のように家計を考えているせいなのか、割高なドリンクに「うむむ」と悩むシンジくんの姿が、非常に微笑ましかった。

 

「あたしゃどうしようかねぇ~? 炭酸とかは喉が痛いしぃ……。

 あ! このアセロラドリンクって、なんかおいしそうな感じじゃん!

 あたしこれにするっ!」

 

「なにそれ! あかい! なんかとっても赤い!

 ソフィーさん! あたしたちアセロラね!」

 

「うん、了解だよ」

 

 メニューの写真をみて目を輝かせているまる子&ハイジ。

 ソフィーも笑顔で彼女たちを見守る。

 

「……ねぇソフィーさん? せっかくの機会なんだし、あたしお酒飲んじゃダメ?

 一度飲んでみたかったのよ! 酔っぱらうって、いったいどんな感じなのかしら?!

 すっごく気になるの!」

 

「俺も俺も! 酒飲んでみてぇ! なぁ良いだろソフィーさん?!」

 

「だーめーだ。やめておけ二人とも。

 他にも美味しい物はいっぱいあるから、今日は我慢しておくれ」

 

「ふむ、お酒を頼むのは我らのみですか。

 ならばあまり羽目を外さないようにしなければ、子供達に示しが付きませんね。

 ではソフィー、最初の一杯目だけワインを頼む事としましょう。

 その後は紅茶としゃれこみます」

 

 ハルヒ&ふじおが「ブーブー!」と駄々をこねるが、柔らかく窘めるソフィーを前に、しぶしぶ納得してくれた。

 飲み物を頼めと言われているにも関わらず、バカでかいパフェを注文したが、それに関しては何も言うまい。

 好きな物を頼めば良い。堅苦しいのは抜きなのだ。

 

 そしてソフィーとセイバーは「こくり」と頷き合い、一緒に赤ワインを注文。これで彼女と乾杯する事が出来る。

 ……実はソフィーは18才だったり、セイバーの肉体年齢が15才くらいという事情はあったりするのだが、そこは今回はご勘弁頂きたい。

 ソフィーの住む世界では普通に許されている事だし、セイバーだって王様時代はお酒を飲んでいたのだ。

 ちゃんと正しいお酒の嗜み方を熟知している二人なので、「ここは法律の無い超時空居酒屋だ」という事でご了承頂きたく思う。

 

「あぁすいません、こちらに置いて下さい店員さん、すいません。

 ガンランスですいません。生きててすいません」

 

 やがて店員さんが沢山のドリンクを運んで来てくれ、一同はガヤガヤとそれを受け取っていく。

 なにやらソフィーが過剰なほど店員さんにペコペコしているが、あれはいったい何だったのだろう? みんなには知る由も無い。

 

 とりあえず「また注文が決まったらボタンを押します」と店員さんに告げてから、みんながそれぞれのドリンクを手に取って、ソフィーの方を向いた。

 

「で……でででで、では僭越ながら、私が乾杯の音頭を取らせて頂きたく思う。

 こ、この度は本当にお日柄も良く、絶好の座談会日和となりまして、多くの者に集まって頂けた事を心から嬉しく思いますですます……!

 あ、結婚生活には大切な“三つの袋”という物がありまして!

 ひとつめは金玉ぶk」

 

「ソフィーちゃん、落ち着いて」

 

 アンパンマンに肩を支えられ、「スーハー!」と深呼吸をするソフィー。

 

「……ねぇ? なんで今回、ソフィーさんが幹事をする事になったんだろう?

 ソフィーさんってこういうの、きっと苦手な方だと思うんだけど……」

 

「えっとね、それはソフィーさんが“唯一のオリ主”だからなんだって。

 作者さんの代弁者として、無理やり司会と幹事を任されたって聞いてるよ?」

 

 そうシンジくんとみほが小さな声で囁き合う。

 ソフィーが今回の幹事である事についても、彼らが言った通りの理由だ。

 

 実は以前この座談会のアイディアを頂いた時は「hasegawa本人を小説に登場させろ」というとんでもないご意見だったのだが、それを断固「否!」と撥ね付けた作者の都合により、そのお鉢がソフィーへと回って来た形だ。

 

 自らを小説内に登場させるなど、そんな中二病小説みたいな恥ずかしいマネが出来ようハズも無い。私はオッサンに片足を突っ込んだような年齢の男なのだ。ふざけているのか!

 ゆえに人見知りであろうが、恥ずかしがりやだろうが、『オリ主という、ある程度作者の人格を反映したキャラ』であるソフィーが、この度の幹事として選ばれたのである。

 彼女が泣こうが喚こうが、床に額を擦り付けて「ご勘弁を!」と懇願しようが、もう知った事か。

 

 

「ありがとうアンパン殿……ありがとう……本当に……。

 ではみんな、飲み物は持ったな?」

 

 アンパンマンにヨシヨシと頭を撫でられ、ようやくソフィーが落ち着きを取り戻す。

 そして一同が飲み物を手に、ワクワクした瞳でその一言を待つ。

 

「つたない幹事ですまないが、今日はみんな、思いっきり楽しんでいって欲しい!

 ――――乾杯ッ!!」

 

 

 

 

 そして合わされる沢山のグラス。弾けるような笑顔。

 

 今ここに、過去に例を見ない程に恥ずかしいテーマ、そしてもう二度とやりたくないくらいの痛い企画である【hasegawa作品のキャラ達による座談会】が、幕を開けたのだった。

 

 

 

 

 

 

――つづく!――

 

 

 





 テーマごとに、何話かに分けて書いていくヨ!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

57 座談会その2 ~自己紹介~

 

 

「アスパラです。アスパラベーコンを頼むのです。

 親の仇の如く、この世からベーコンを殲滅するかの如く、アスパラベーコンです」

 

 セイバーがメニュー表を片手に熱弁を振るう。

 あまり日本的な文化に馴染みが無いハイジ、アンパンマン、ソフィーらの面子に対し、ここで頼むべきメニューをレクチャーしていく。

 

「迷ったらホッケです。ホッケにしておけば間違いありません。

 味、ボリューム、値段、どれを取っても非の打ち所がない。

 英霊で言えばヘラクレス並のスペックを誇る、正に至高の存在だ」

 

 ――――なんて頼りになるんだ。彼女はいったい何者なんだ。

 三人はセイバーに尊敬の眼差しを向ける。

 きっと彼女はグルメ小説の主人公で、あらゆる料理に精通しているに違いない。それほどの情熱を感じる。

 

「いや……セイバーさんってボーイミーツガール物のヒロインなんだけどなぁ。

 士郎くんがとっても料理上手だし、きっと食べるのが大好きになっちゃったんだね」

 

「あはは」

 

 シンジくんは原作の世代が近いので、セイバーさんの事をよく知っている。もちろんFate/stay nightも大好きだ。

 まぁシンジくんは14才なので、元のパソコン版ではなくPS2版でプレイしていたのだが。

 

 みほの方もシンジくんの隣で、楽しそうにニコニコと話を聞いている。

 彼女は高校生なので、初めて来た居酒屋という物に新鮮さを感じ、この場の雰囲気を楽しんでいるようだ。

 

「あ、唐揚げは? セイバーさんあたし唐揚げ食べたい! 大好きなのよっ!」

 

「あ、それならなんこつ唐揚げも! セイバーさん頼んでいい?」

 

「うッ?!」

 

 ハルヒとまる子の言葉に、何故かセイバーが息を詰まらせる。

 

「と……鶏肉、ですか……?

 構いませんよハルヒ、まる子。好きな物を頼むと良い。

 ……けれど私は諸事情がありまして、食べるのは遠慮しておきます……」

 

「?」

 

 なにやら歯を食いしばりながら耐えている様子のセイバー。何があったのだろうか?

 

「ぼくはサラダをたべよう。恐竜だけどサラダをたべよう。

 この意識が大切なんだ」

 

「エライなガチャピン。子供達の模範となるべき存在だもんな。

 じゃあ俺もサラダ食おっと。エビの入ったヤツ」

 

 ガチャピンとふじおも、なにやらよく分からない話題で盛り上がっている。

 初対面の面子も多いし、中には人見知りな者もいるけれど、みんな緊張する事無く和気あいあいと楽しんでいるのが見て取れる。

 登場する作品は違えども、彼らは一緒にがんばってきた仲間なのだ。そんなシンパシーを感じるのかもしれない。

 

 やがてそれぞれが注文した料理が届き、テーブルに色鮮やかな沢山の料理が並んだ。

 それを楽しそうに摘まみつつ、みんなはおしゃべりに花を咲かせていく。

 

「さて、料理も来た事だし、まずはみんなで自己紹介をしようか?

 顔見知りもいるが、今日が初のメンバーもいるしな。

 軽くで良いから、順番に自己紹介をしていって貰えるだろうか?」

 

 ソフィーの提案に「ヒューヒュー♪」と声を上げる一同。

 オフ会でも合コンでもそうだが、まずは自己紹介というイベントを入れておく事は大切だろう。これから会話をするための土台にもなるし、一度みんなの前で喋る事によって緊張もほぐれる。

 まぁこの場の者達は、オフ会や合コンに行った事なんかないけれども。

 

「と……とりあえず言い出しっぺの法則で、私からいこう、(ガクガク膝を震わせながら)

 私の名はソフィー。ガンランサーだ。

 匿名設定にはなるが、モンスターハンターの二次小説【ガンランスの話をしよう。】で、いちおう主人公をやらせてもらっている」

 

 背中にあるガンランスを取り出し、高く掲げて見せる。

 重厚で、それでいて美しさや機能美を感じる鉄の塊。

 初めてガンランスを見た一同は、ほぅと感嘆の声を出す。とってもカッコいいのだ。

 

「この作品の内容としては、『ガンランスという物が嫌悪されている世界で、ガンサーの私がみんなにゴミ屑のように蔑まれながらも、モグラのようにコソコソ生き抜いていく』という感じの……」

 

「ソフィーさん?」

 

 一同はキョトンとした顔。ソフィーは口から血を吐きながら白目を剥いている。

 

「ま……まぁ大筋はそんな感じなんだ。ホントなんだ。

 相棒である少年との出会いから、私を取り巻く状況も少しづつ変わっていくし、沢山コメディタッチなエピソードもあるにはあるのだが……。

 それでも基本的には、結構ツライ描写のある物語(・・・・・・・・・・・・)だと思う。

 たいだいコメディと鬱エピソードが半々の割合で、それがなんの脈絡も無く突然切り替わり、交互に襲い掛かってくるみたいな……。

 そんな一粒で二度おいしい“どんぐりガム”みたいなお得な物語で……」

 

「そんなどんぐりガムやだよ。甘いのが良いよ」

 

 まる子にツッコミを入れられつつも、何とか作品の概要を説明し終えるソフィー。

 

「と……とりあえず今は自己紹介として、軽い説明だけにしておく。

 詳しい事は後で話す機会もあるだろう。……これ以上は私の心がもたないしな」

 

「「「…………」」」

 

「では時計回りという事で、次はアンパンマンから自己紹介してもらえるだろうか?

 今は軽くで構わないよ」

 

「分かりました。ぼくいきますね♪」

 

 なんか微妙な雰囲気でパチパチと拍手を貰った後、「……はぁぁ~!」という心底疲れたような声を出して、ソフィーが着席する。

 そして代わりにアンパンマンが立ち上がり、みんなに向かって元気に自己紹介を始めた。

 

「ぼくアンパンマンです♪

 作者さんの処女作【身体はパンで出来ている。】や、短編になるけど【アンパンマンと〇〇ちゃんシリーズ】、そしてパスワード限定投稿の【アンパンマン vs ガチャピン】に出ているよ♪

 みんな初めまして♪ よろしくね♪」

 

 先ほどの微妙な拍手ではなく、今度は大きな拍手が贈られる。アンパンマンのテレテレと嬉しそうだ。

 

「アンパンマンのヤツが作者さんの処女作なのね!

 確かこの作品には、セイバーも出てたんだったかしら?」

 

「その通りですハルヒ。

 私達二人がサーヴァントとして士郎に仕え、共に聖杯戦争を戦ったのです。

 ……まぁあの作品においては、私の活躍は若干アレでしたが……」

 

「?」

 

 はてな? という感じのハルヒを余所に、セイバーがその場から立ち上がる。

 自己紹介を終えたアンパンマンに代わり、背筋を真っすぐ伸ばしてみんなに向き直った。

 

「我が名はアルトリア・ペンドラゴン。セイバーとしてこの世界に現界しています。

 登場作品は【あなたトトロって言うのね / stay night】。

 そして主演である【一か月一万円で生活するアルトリア・ペンドラゴン】などがあります。

 こういった場は不慣れではありますが、精一杯励むつもりです。どうぞよしなに」

 

 セイバーにも大きな拍手が贈られ、彼女はニコニコと満足気に着席した。

 

「あなたトトロ~と、一か月一万円~は、作者の作品の中でも特に読まれているな。

 アクセス数が全てではないが、こと“人気”という点では突出しているように思う」

 

「そうですね、ここハーメルンにおいては『Fate人気が凄まじい』という事もあり、過去作のステイナイト設定であるにも関わらず、沢山の方々に読んで頂けたという印象があります。

 作者はよくFateの二次小説を書いていますし、その印象も強いのではないかと思う。

 実際に作者は愛称として“トトロの人”と呼ばれる事も多いですし、この作品が代表作と言っても過言では無いのではないでしょうか?」

 

「うん、やっぱFate小説って強いわよ。良いと思うわ。

 こういうのはアレかもだけど……アタシん所の“160倍以上”のアクセス数なのよ?

 多くの人達に楽しんで貰えたって意味で、やっぱ代表作なんじゃないかしら」

 

 ソフィーの言葉に淡々と答えるセイバー。そしてハルヒ。

 一か月一万円に関しては主演だが、あなたトトロに関してはセイバーは演者の一人でしか無いので、どこか謙虚さを感じさせる佇まいである。

 

「とりあえず発言のついでに、次はあたしが行こうかしらね。

 北高1年、涼宮ハルヒ。SOS団の団長をやってるわ。

 出演作は【涼宮ハルヒのドキュメンタル】、そして【スゥイートホーム ―涼宮ハルヒの慟哭―】の二つね。

 メタい事いうけど……どちらも匿名設定での投稿だから、読む時は“小説検索”からタイトルを入力してね」

 

 むーんと腕を組み、自信たっぷりに発言する。その堂々とした佇まいに一同は大きな拍手を贈った。

 

「まぁさっきもちょっと出た通り、ホントはこんなこと言いたかないけど……アクセス数で言えばもう散々たる物だわ。

 これだけが作品の良し悪しの全てじゃないとはいえ、実はちょっと悔しい想いもあるの。もっとやれたんじゃないか~って。

 まぁもう完結しちゃってるし、今更なんだけどね」

 

「フォローするワケでは無いが“今の時代における作品人気”という物は、どうしてもアクセス数に直結してくるからな。

 流行から外れていたり、少しマイナーな原作で書いた場合、どうしてもこういった事はあるよ。

 ただひとつだけ言えるのは、“作者は毎回全力で書いています!”という事だ。

 かかった手間も情熱も、そしてクォリティで見ても、それは決して多く読まれた作品に劣る物では無いよ」

 

 もう「自分で自分を慰める」みたいで、書いていて嫌になるのだが……本当にこれはよくある事なのだ。仕方ないのだ。

 だからハーメルンに投稿している全ての作者は、特に人気作ではない原作で二次小説をやると決めたら「もう人気とか気にせず、自分の好きな物をおもいっきり書くぞ!」という情熱ひとつを持って、ネットという大海原に飛び出していくのだ!

 

 もちろん“本当におもしろい物”を書けたなら、読んでくれる人は読んでくれるし、もしかしたら高い評価を頂いてランキングに乗っちゃう事だってあるかもしれない。

 人気作となる可能性はいつだって、どの作品にだって十分にあるのだ。

 

 だから諦めず、勇気をもって、自分の好きな原作で二次小説を書こうじゃないか!

 もし原作愛のみで、好きだって気持ちだけで書いた物がランキングに乗ったら、もうめっちゃくちゃ気持ちいいぞ!

 本当の意味で「やったった!」って気分になれるぞ!(経験者談)

 

「じゃあ次はぼくですね。……上手く話せるかなぁ?

 みなさんこんにちは、ぼくは碇シンジと言います。

 出演作は短編集にある【新世紀だけど、エヴァ作れませんでした!】

 そして連載物では【子ぎつねヘレン ~レイとヘレンの物語~】にも出ています。

 よろしくお願いしますね」

 

 ニコニコと微笑みながら、シンジくんがはっきりとした声で自己紹介を終える。

 好感の持てるしっかりとした自己紹介に、一同も褒めたたえるように拍手を贈る。

 

「なんか……シンジくんって“原作のシンジくん”とだいぶ印象が違う気がする……。

 こんな明るい子じゃなかったような気がするんだけど……」

 

「あ、ぼく内気でもなんでもないです。

 ぼくらの作品って、なんか“大人たちが本当に頼りない”ので、子供がしっかりしなきゃいけないんですよ。

 あはは……なんだかすいません」

 

 疑問の声をあげるガチャピンに、申し訳なさそうなシンジくん。

 このシンジくんが登場する作品達において、基本的に大人たちはクソだ。……別に悪人ではないのだけれど、全般的に無茶苦茶だったり頼りにならなかったりする。

 そういう世界の中で生きてきたシンジくんは、もう人格形成バッチリという、まごう事無き好青年に育っている。

 アレか、反面教師というヤツなのか。

 

「じゃあ次は私ですね。こんにちは、西住みほですっ。

 短編集にある【とても嫌なチーム名で、ガールズ&パンツァー】という作品に登場してます♪」

 

 花の咲いたような可憐な笑顔。女の子らしい可愛らしい仕草。

 この場にはシンジくん&ふじおの二人しかいないが、もし男性が沢山いたなら、きっと熱狂的な歓声をもって迎えられていた事だろう。

 だが沢山の拍手はもらえたものの……なにやらこの場の面子の頭には「?」のマークが浮かんでしまっていた。

 

「……あの、西住のねーちゃん?

 そのさ……“とても嫌なチーム名”って、なんだい?」

 

「あ、これは原作の物とは違って、なんかすごく嫌な名前のチームばっかりで、全国大会を勝ち上がっていくお話なんですっ。

 カバさんチームとかじゃなく、たとえば“日雇い労働者さんチーム”とか、“腐ったミカンさんチーム”とかで、黒森峰と戦うんですっ!」

 

「……」

 

 元気よく笑顔で説明してくれるものの、それを受けたふじおはピキーンと固まってしまう。他のメンバーたちも同様だ。

 まぁ後で詳しく聞く機会もあるだろうし、なんか深く突っ込むのが怖いので……とりあえず次の人に順番を回す事にした。

 

「じゃああたしの番ね!

 こんにちはみんな! あたしハイジっていうのっ! アルムの山に住んでるわ!

 出てるのは【あまりに立とうとしないクララにハイジがブチギレるお話】っていうヤツよ!」

 

「「「タイトルながっ!!」」」

 

 思わず突っ込む一同。だがその後は気を取り直し、パチパチと拍手を贈る。

 

「えっとね? これ私が主役の二次小説じゃなくて、“世界名作劇場の二次小説”なのね?

 だからアルプスの少女ハイジだけじゃなくて、フランダースの犬とか、母をたずねて三千里とか、赤毛のアンとか、いろんな短編があるわ!

 世界名作劇場にある作品の二次小説を集めた短編集、って感じなの!

 まぁかなり昔の作品が多いし、もしかしたら観たこと無いヤツが多いかもしれないけど!

 よかったら読んでみてね! ぜんぶコメディよ♪」

 

「あ、ごめんハイジちゃん? あたしゃちょっと質問があるんだけどさ?」

 

 まる子はスッと手を上げて、恐る恐るハイジに疑問を投げる。

 

「あたしアレ読んだけど、クララって明らかに立てるよね(・・・・・・・・・・・・・・)

 なんか物凄い身体能力だしさ……。

 なんであの子、頑なに立とうとしないの?」

 

「さぁ? 知らないわ?

 支配階級の小娘の考える事なんて、あたしにわかるハズないもの。

 きっと金持ちの道楽なんじゃないかしら? クソッタレよね」

 

 もう本気で聞くのが怖くなったので「次だ次!」という風に順番が回される。ハイジの次はまる子が自己紹介するようだ。

 

「さくらももこだよ。小学三年生で、たまちゃんっていう子と仲良しなの。

 出てるのは匿名設定でやってる【まる子、戦争にいく。】っていうヤツ。

 ……ほんと救いようの無いお話だから、別に読まなくてもいいと思うよ……」

 

 なにやら「どよーん」みたいな影を落としながら、まる子が自己紹介を終える。一同も彼女を気遣うように、「元気だして!」とばかりに拍手を贈った。

 

「もうほんと、散々な目に合ったよ。

 みんなはコメディとかでキャッキャしてるのに、なんであたしだけシリアス物?

 あたしゃ誰かから恨みを買った覚えは、ないんだけどねぇ……」

 

「ど、ドンマイだよまる子ちゃん!

 ぼくらも結構な酷い目に合ってるし! 仲間だよ!」

 

 肩を落とすまるちゃんを、必死で慰める一同。特にガチャピン&アンパンマンは物凄く気持ちが分かるらしく、心から彼女に同情していた。

 

「まぁしっかり完結してるし、なんかすごく思入れのある作品らしいから、別に良いけどさ?

 出来たらちゃんと、コメディの方で出してほしい……。

 もう人殺しとか戦争とか、あたしゃもう沢山だよ……。あたし小学生の女の子だもん……」

 

「次! 次はぼくが行くね?!

 ほらっ! まる子ちゃん座って座って! ジュースあるよ?!」

 

 まるちゃんにアセロラドリンクを持たせてやり、ガチャピンが意気揚々と立ち上がる。

 実は彼もけっこうひどい目に合わされているのだが、子供の手前そんな事は言ってられないのだ。

 

「ぼくガチャピン!

 アンパンマンとダブル主演した【アンパンマン vs ガチャピン】や、短編集にある【ブラック鎮守府の新提督】にもちょっとだけ出演しているよ♪

 あとこれ内緒なんだけど……実はもうひとつだけ、ぼく主演の作品があったりするんだ。

 これ匿名設定のヤツだし、内容がアレだからここではタイトル言わないけど……、もし興味がある人はがんばって探してね!

 きっと読んだら後悔すると思うケド!」

 

 両手を上げて、元気よく挨拶。一同もさっきまでの陰気を振り払うが如く、精一杯声援を贈る。

 

「ちなみにぼくの出演作って、パスワード限定だったり、短編集のヤツだったり、匿名設定の投稿だったりするから、もう全部ハルヒちゃんの比じゃない位の不人気作品!

 もう“不人気無双”と言っても過言じゃないよ♪ みんなドンマイ♪」

 

「「「ガチャピン?!?!」」」

 

 大きな眼からポロポロと涙が零れていく。

 だが泣く事はない! 読まれないからなんだと言うのだ!

 むしろ「誰にも読まれない小説を一生懸命に書ける事」こそが、私たち二次小説投稿者にとって一番必要な資質なのではないだろうか?! 私はそう思うぞ!

 

 人気が何だ! 人気なんて無い方が“自分の好きなように書ける”のだ!

 涙をこらえてキーボードを叩く。それが男の修行なのである!

 

「……ガチャピンがぶっ壊れちまったから、とりあえず俺いくよ。

 おっほん! 俺の名はふじお。小学6年だ!

 みんな聞き覚えの無い名前だろうけど、そりゃ当然。なんたって俺は、数少ないオリジナル作品の主人公様だからなぁ!

 出てるのは短編集の一番先頭にある【FREEDOM ~月に叢雲花に風~】だ!

 いくつかあるオリジナル作品の主人公を代表して、ここへやってきたぜッ!」

 

 ベースボールキャップに、横線の入ったYシャツ、黒いズボン。

 まるで某ブタゴリラ君をスリムにして、そこはかとなくイケメンにしたような見た目の少年に向かい、皆がパチパチと声援を贈る。

 作者の数少ない、貴重なオリジナル作品の主人公である。

 

「ちなみにこの小説は、作者がここハーメルンで活動する前、ブログでせこせこと日記を書いていた時期に、お遊びで書いてみた物が元となってる! 約10年前の物だ!

 だから本当の意味で“作者の処女作”と言える小説なのかもしれない!

 大したモノでもないのに、わざわざ短編集の一番先頭に置いてあんのは、そういう意味もあるぜ!

 ……まぁこれがあるせいで、ふとこの短編集を覗きに来た人達が『うわっ、なんだコレ!?』ってなって、みんな速攻でブラウザバックしちゃうんだろうな!

 いまのところ、その説が非常に濃厚だと思ってる!」

 

 もう悪びれずにはっきりと言ってのける彼に、逆に感心してしまう一同。大きな拍手が巻き起こる。

 まぁこの短編集は“チラシの裏設定”だし、ランキングも人気も関係ない。そんな本当の意味で趣味でやっている作品だから、別に構いはしないのだ!

 

 まぁハーメルンでの処女作は、アンパンマン主演の【身体はパンで~】だし、ちゃんと小説という物に向き合ったのは、それが初めての事だ。

 まぁそれ自体も、二年前のゴールデンウイークの真っただ中、二日間不眠という妙なテンションの中で、『いまの状態で私が小説を書いてみたらどんな物になるんだろう?』と思い立ち、全てアドリブで書き上げたという小説もどきではあるのだが……今はそれは置いておこう。

 

 ふじおは自己紹介を終えて、よっこいせと座り直す。

 それを見てから、司会であるソフィーが改めて起立し、みんなに向かい直った。

 

「うむ、みんなありがとう。これで全員の自己紹介が済んだな。

 後はいつくかのテーマを設けて、それについてみんなで語り合っていけたらと思っているよ。

 みんな気を楽にして、料理を食べながら楽しんでくれたら嬉しい」

 

 改めてソフィーに歓声が贈られ、彼女はテレテレと嬉しそうにクネクネする。

 今日は声を掛けてくれてありがとう、幹事さんお疲れ様の感謝を込めて、みんながソフィーに拍手をする。

 

「これは報告だけになるのだが……実はね、今日は残念ながら来られなかったのだけれど、他にも幾人かの人たちに声を掛けていたんだ。

 たとえば匿名設定で投稿している【かわいそうなZOU】の主演、ぞうさん。

 同じく匿名設定の【この戦争は負ける! 俺にはわかる!】のノリコさん。

 そして【愛する者よ、死に候らえんな。】のオ・ボーロ様などだな。

 ノリコさんは女王陛下ゆえの多忙……というか戦争に負けそうな情勢の為。

 オ・ボーロさまは新婚旅行の為。

 そしてぞうさんは、実は来てくれようとはしていたのだけれど……前日になって車に撥ねられるという不幸があってね?」

 

 思わず息を呑む一同。しかしソフィーの柔らかな笑顔を見て、彼に大事が無い事を悟る。

 

「うん、大丈夫だよ。

 別に大した怪我はないし、奥様もちゃんと付き添っているので安心してくれ。

 だが一応今日は、大事をとって辞退するという連絡があったんだ。

 後で私の方から、今日の座談会の様子や報告を伝えておくから、彼らの分まで楽しんでくれると嬉しい」

 

 一瞬張り詰めた空気が弛緩していく。そしてみんなが心から安心した声を出す。

 

「それじゃあ、さっそく私達による座談会を始めていこうか。

 まずは、最初のテーマだが――――」

 

 

 もう緊張は無い。誰もがこの打ち解けた雰囲気の中、ワクワクとソフィーの次の言葉を待っている。

 

 史上初、そして今後二度と開かれない(需要が無い)であろう、hasegawa作品の主人公達による座談会が、ついに始まった。

 

 

 

 

――つづく!――

 

 

 






 自己紹介だけで8400文字……だと……?




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

58 座談会その3 ~作品テーマ、きっかけ~

 

 

「では記念すべき、本日最初のテーマは……」

 

 ソフィーがなにやらカラフルな模様をした箱に手をつっこみ、ガサゴソする。

 

「じゃん! これだぁぁーーー!

 “作品のテーマと、書いたきっかけ”ついて!!」

 

 そして勢いよく手を引っこ抜き、即座に内容を確認! 大きな声で発表!

 普段の人見知りをかなぐり捨てたはっちゃけた姿に、一同は大きな賞賛を贈る。

 

「ごほんっ……! では先に解説をしておくと……。

 作者のこれまでに書き上げた作品タイトルの数は、大小あわせて40作以上。

 話数の合計で言えば、250以上となる。

 短い物で約2千文字、長い物ならば【涼宮ハルヒの慟哭】の約10万文字が最大となるな」

 

「自分が出てる物とはいえ、よく考えたらもう狂ってるわよね……。

 少しづつ乗せるんじゃなく、全一話で10万文字でしょう? ラノベ一冊分じゃない。

 ホントに読ませる気あるのかしら?」

 

 ハルヒが眉間に皺を寄せる。自身が主演を務めはしたがぶっちゃけた話、自分ならこれは絶対に読まないという類の作品だった。

 だって読むのしんどいじゃない。ちゃんと小分けにしてよと。

 

「連載物も多く書いているが、その中で一番話数が多いのが【ガンランスの話を~】の23話だ。

 数多くのタイトルを書いている印象だが、長期連載と言える程の物は書いていないな」

 

「いっぱい設定やネタを思いついて、それを次々と作品化してる感じだね。

 逆に“ひとつの作品を長く続ける”という事は苦手なんだと思う。

 同じ設定で書き続けてると、だんだんアイディアが枯渇してくタイプなんだろうね」

 

「うむ、基本的に作者は“原作の流れを無視して書く”事が多いからな。

 元々下敷きとしてある原作のストーリーを使わず、その場その場で思いついたバカ話を書き連ねていくスタイルだから、話が長く続かないんだよ……」

 

 シンジくんの補足に、ソフィーが困り顔で答える。

 

「まぁこれは“黒歴史”の類なのだが……実は処女作である【身体はパンで~】には、元々30話を超える話数が投稿されていたのだ。

 しかし後々に“ホロウアタラクシア編”にあたる部分が、丸々削除されてな……」

 

「えっ、マジかよ!? なんで削除なんてもったいない事すんだ?!」

 

「うん……端的に言って“ギブアップ”だよ……。

 さっき話した通り、あの作品は純然たるアドリブで書かれた物だったんだ。

 だから序盤の方はともかく、最終的にもうにっちもさっちもいかなくなり、物語が空中分解してしまうという事態に陥ったんだよ。

 これは当時の作者本人が読んでみても小説の体を成していないと、もうメチャクチャなあり様でな……。

 だから断腸の想いではあるが、比較的マシな“第一部”だけを残し、後半を全て削除という事態になったのだ……」

 

「……」

 

 おどろいた声を上げるふじお、そして苦い声で語るソフィー。

 当事者であるアンパンマンはもう、言葉も無い。

 

「ちなみにこの“書いた物を削除する”という経験は、現在までの二次創作ライフの歴史で、過去に2度ほどあるんだ。

 ひとつめはこの処女作の後半部分、もうひとつはタイトルは伏せるが、同じFateの二次小説だったよ。

 こちらの方は部分的にではなく、なんと“作品その物を削除”となっている。

 今も思い出す度にズキリと胸が痛む、そんな苦い思い出だよ」

 

 見切り発車をし、どうしても続きが思いつかなくなる。そしてウンウンと悩む内に、ついにはその作品への情熱を失ってしまう。

 これは原作の設定をお借りして、原作の名の下に二次小説を書かせて頂いている者にとって、一番やってはいけない事であり、一番の屈辱でもある。

 手塩にかけて育てた“我が子”ともいえる自作品の未来を、自らの手で閉ざした。この経験と記憶は今も作者の胸に残っており、時折痛みとなって胸を焦がしている。

 

 この経験を機に作者は「一度書くと決めたらば、その作品は絶対に完結まで書き切る」という鉄の誓いを立てた。

 ほかの作者様の事情は知らないが、少なくとも自分は絶対にそうあろうと決めた。

 それが自分にとっての、原作に対する愛であり、二次小説を書かせて頂く者としての“最低限の礼儀”である。

 

「まぁ中には“最初から短編として書く”と決めている一発ネタも多いが、基本的にはあれから書いた全ての作品を、必死で完結まで書き上げて来たよ。

 別に人気作じゃないし、決して誇れるような作品じゃないけれど……それでもしっかり完結させる事で原作愛を、そして原作に“礼を示す”事だけはやってきたつもりだ。

 それが私にとっての通すべき筋であり、また誇りでもあるのだ」

 

 そう作者の分身たる“オリ主”ソフィーは語る。

 余談にはなるが、今後は作者の自分語りをする場合、こういう形でソフィーに話して貰うようにするので、脳内変換よろしくお願いします。

 ソフィーの言葉は、私の言葉です(キッパリ)

 

「では基本的な説明はこれくらいにして、話を元に戻そう。

 今回の議題は“作品テーマと、書く動機”についてだ。

 とりあえず処女作の主演であるアンパンマン、君から頼めるだろうか?」

 

「はい、わかりましたソフィーさん♪」

 

 オレンジジュースを机に置き、アンパンマンがみんなに向き直った。

 

「えっと、まず【身体はパンで~】についてだけど……、これは何度か言った通り、初めて書いた小説になるんだ。

 だから作品のテーマとしては、“とにかく書きやすい物”。

 初めて小説を書くにあたって、自分にとって一番書きやすいと思った物を、単純にクロスオーバーさせた感じだったよ♪

 それが自分にとって、昔ハマっていたFateというゲームと、昔から大好きだったそれいけアンパンマンだったんだ。

 これに関しては、たとえ設定を調べ直さなくても、全部頭の中に入っている自信があった。

 だから今すぐにでも書けると思ったんだよ♪」

 

「うん、確か当時は“二日間も寝ていなくてテンションが変だった”って言ってたもんね。

 そんな状況で小説が書けるのか? という実験が、ここハーメルンで投稿を始めたきっかけになったんだよね?

 まぁそのきっかけの良し悪しはともかく……、自分にとって一番親しみのある作品で書くのは、間違ってないと思うよ」

 

「うん。だから実の所、ただ書きやすい(・・・・・・・)ってだけの理由で“何も考えずに始めた”物だったんだ。

 それで結果的に、アンパンマンが聖杯戦争に参加するっていう、ワケの分からない設定になってるんだよ……。

 本人はごく自然に決めたみたいなんだれど、よく考えたらこれ、ちょっと変なアイディアだよね。

 あえて言うなら『アンパンマンがマウントパンチで人をドゴドゴ殴ったら面白そうだと思った』って理由はあるみたいなんだけど……」

 

「「「…………」」」

 

 みほの意見を受けて、アンパンマンがそう補足する。

 まぁなんかツッコミ所は沢山あるものの、これはろくに寝てないテンションの人間が考えた発想なのである。バカ正直に意見を言うのもめんどくさい。

 

「あと【アンパンマンと〇〇ちゃんシリーズ】に関しては、純粋に“アンパンマンとロアナプラの住人を絡ませたら面白そう”というアイディアが、書くキッカケだよ♪

 悪の巣窟であるロアナプラを、正義のヒーローであるぼくが、なんやかんやする事。

 そしてブラックラグーンの人達との交流や、ちょっとしたレヴィちゃんのラブコメなんかが作品のテーマかな?

 ほとんど一発ネタだったし、原作自体が未完結の作品だから、4話のみの短編なんだ」

 

「あれ意外と反響が大きかったわよね……。

 別に読んでる人は多く無いんだけど、でもなんかやたらと好いてくれてる人達がいて……。

 今でこそ短編集に移してるけど、単体として連載してた当時は、沢山コメントを貰えた印象があるわ」

 

「うん、ブラックラグーンってそこまで二次創作されてないし、きっと嬉しかったんだと思う。

 コアなブラクラのファンの人達の『よくぞ書いてくれた!』っていう気持ちをヒシヒシと感じたよ? ぼくもブラクラの二次小説があったら絶対に読むもの。

 あとは……きっと設定が変わってて面白かったんじゃないかな?

 ぼくはキッズアニメのキャラクターだし、すごくファタジーな見た目だもの。

 本当はありえないクロスオーバーだからね」

 

 ハルヒがうんうんと頷く中、次にセイバーが語り始める。

 

「処女作に関してはアンパンマンと同様ですので、私は次の作品である【あなたトトロって~】と【一か月一万円】について語りましょう。

 トトロの作品テーマは“ほのぼの”、そして“Fateのキャラクター達によるジブリ談義”となります」

 

 余ったピザとお茶漬けを一緒に食べるという暴挙。食文化への挑戦。それを同時にこなしながらセイバーが語る。

 

「当時の作者にとって“Fateで二次小説を書く”というのは、とても自然な動機でした。

 そして処女作を完結させ、次に何を書こうかと悩んだ時に、ふと浮かんだのがジブリというテーマだったようです」

 

「今でこそハーメルンには沢山のジブリ二次小説があるけれど、これを書こうと決めた当時は、ほとんど無かったんだよ。

 それをどこか不思議に思いつつも、ならば自分で書こうと思ったのがキッカケだな。

 それに“友人達とのジブリ談義”のは、私の学生時代の大切な思い出であり、ある種のアイデンティティでもある。

 それを作品に出来て、当時はとても嬉しかった思い出があるよ」

 

 ソフィーもうんうんと頷く。

 しつこいようであるが、ソフィーにはオリ主という事で、まるで自分の事のように当時を語って貰っている。どうか理解して頂きたい。

 

「そしてそれから一年ほどの時を経て、久方ぶりに書いたFateの二次小説の連載が、この一か月一万円になります。

 書くキッカケも、作品のテーマも、言わずと知れた某企画“一か月一万円生活”です。

 ただただこれを書きたかったが為に、作者的に書きやすいキャラである私が引っ張り出されたと言っても過言ではありません」

 

「Fateというよりも、ただ純粋に一か月一万円がやりたかったんだね。

 という事は……別にセイバーさんじゃなくても良かった、って事なのかい?」

 

「然り、その通りですまる子。

 実は一番最初、構想の段階では“もののけ姫のアシタカ”に一か月一万円をやらせるという予定だったそうです」

 

「?!?!」

 

「うむ、みんなが驚くのも無理は無い……。

 昔の人物であり、現代日本の生活など微塵も分からないアシタカ彦が、四苦八苦しながら一か月一万円生活に挑戦する。

 ……確かに言葉にしてみると、奇抜なアイディアながら結構いけそうな気がするのだが。

 しかしそもそも、このアイディアで書く技量が私には無かったんだよ(・・・・・・・・・・)

 もうどんな設定をこじつけて、アシタカ彦を現代日本にひっぱってくるのか?

 そして一体どんな理由があって、アシタカ彦が一か月一万円の企画をやるハメになるのか?

 そんなモン、私の頭では思いつかん。無理だ無理だ!

 だから最終的にセイバーに任せたというのが事のあらましなんだが……これは結果的に成功だったと今は確信しているよ。

 オリキャラになるが、相棒のランスロット(雌鶏)も書けたしな。

 あの子は可愛いし、すごく気に入っている子なんだ」

 

 もしオリキャラ部門で好きなキャラをあげろと言われたら、もう間違いなくランスロット(雌鶏)を挙げる。自身もオリキャラであるにも関わらず、もうふんすふんすと鼻息を荒くするソフィーだ。

 

「加えてもうひとつの作品テーマとして“成長と親愛”があります。

 この生活の中で、時に苦労しながら、時に涙しながらも成長していく私。

 そして私とランスロット(雌鶏)の絆や信頼を描けていたならば、この作品は成功と言えると思います。

 ……実のところ、作品内で私はマヌケな失敗ばかりしていて、内容としては純然たるお馬鹿コメディだったりもするのですが……それでも!

 それでもどうか親愛を感じ取って頂けたらば! 読んでいて暖かい気持ちになって頂けたらと! そう願わずにはいられないのですっ!」

 

「登場作品が全てコメディなせいもあるが……なにやらセイバー殿は、不遇な立ち位置にある事が多いような気がするな。

 私は大好きなキャラだし、だからこそ沢山登場して貰っているワケなのだが……いつも本当にすまないと思っているよ……。

 どうか気を悪くしないでおくれ……」

 

 ソフィーに慰められながらも話を終え、セイバーがフライドポテトの処理に取り掛かる。

 もし料理を食べ残しちゃう事があっても、彼女さえいれば何の心配もいらないと思える頼もしさであった。

 そして少しだけ間を置いて、次はハルヒへとバトンがまわった。

 

「よーし! あたしの出番ね!

 あたしがやったのはまず【ドキュメンタル】、そしてその後で【スゥイートホーム】のヤツね!

 きっかけは単純で、純粋にこの両作品が好きだったからよ! これを題材に書いてみたくて、なんかやりやすそうだったあたし達SOS団でやりましたーっていうのがホントの所みたいよ?」

 

「最近でこそ涼宮ハルヒシリーズには、もう十数年ぶりとなる最新刊が出ましたが……これを書いていた当時はそんな面影すらありませんでしたよね?

 言っては何なのですが、なぜSOS団のメンバーでやろうと思われたのでしょうか?」

 

「さぁ? きっと書きたかったからじゃない?

 元々あたしたちって、すごく二次創作が盛んな作品だったし、以前からそれを沢山読んでいたんでしょう。

 だから時代とかじゃなく、ごく自然に『自分に馴染みの深い作品で』という想いがあったんじゃないかしら?」

 

 セイバーの疑問に答えながら、「じゅごごっ!」っとパフェの残りを飲み干す。あれだけあった巨大なパフェは、すでにその姿を消してしまっていた。

 

「テーマとしては、ドキュメンタルの方が“笑いについて書く事”。ちょっとした哲学よね!

 これはコメディを書いてる者として、そして関西人として避けて通れないテーマだわ!

 対してスゥイートホームの方だけど、これはもう“実験”の意味合いが強い作品よね……。

 なんか章分けもせずにドーンと10万文字を投稿してるし、しかも本人が読んだこともないホラー小説だし……。

 まぁ純粋にスゥイートホームという映画が、本人にとって思い出の作品だったって事じゃない?

 あとは……内緒だけど“あるキッカケ”があって書く事を決めたみたいよ?

 とにかく長い小説を書く! そしてある人に読んで貰いたい! ……そんな物凄く押しつけがましい想いから生まれた作品なのよ……」

 

「?」

 

 深くは語らず、ハルヒは「あー終わった終わった!」とばかりに座り込んでしまった。

 とりあえず仕方ないので、ソフィーは次の順番であるシンジくんに出番を告げる。

 

「はい。えっと……ぼくが出ているのは【新世紀だけど】と【子ぎつねヘレン】なんですけど、新世紀の方に限ってはもう“純然たる思い付き”です……。

 エヴァじゃなく変なロボットに乗せて、ぼくが困っている所を書きたい……えーんと泣いているぼくが見たい……そんな悪趣味な動機で書かれたのが、あの作品なんです」

 

「……」

 

「案の定いっぱつネタですし、オマケを合わせても4話しかありません……。

 ただただぼくが困ってる所をいっぱい書き、まるでそれに『ほっこり♪』と満足したかのように、すっぱりと完結しています。

 えっと……あれっていったい何だったんですかソフィーさん?

 ぼくエヴァに乗せて貰えなくて、すごく悲しかったんですケド……。

 しかも大人たちは、ぜんぜん頼りにならないし……」

 

「……すまない、これに関してはノーコメントとさせて頂く。(シンジくん可愛い)

 引き続き、子ぎつねヘレンについての話を、よろしく頼む」

 

「あ、はい。

 えっと……子ぎつねヘレンについては、純粋に原作小説や映画が好きだった事が動機ですね。

 それに主人公として綾波を合わせてみたら面白いんじゃないかって、そんな発想だったんです。

 綾波って物静かだけど、実は凄く優しいし。彼女だからこそヘレンにしてあげられる事っていうのが、きっとあるんじゃないかって、そう思ったんです。

 テーマとしては“動物倫理について書く事”、そしてこれは副次的な物ですけれど、どうにもならない死という“ハッピーエンドにならない物語”への挑戦でもあったみたいです」

 

「……うん、ぼく原作の映画を観た事があるんだけど……もうボロボロ泣いちゃったもん。

 ヘレンという動物と、主人公の男の子の触れ合いを通して、沢山の事を考えさせられる内容の、すごく良い映画だったと思うよ」

 

「うん、ぼくが言うのはおかしいですけれど、ありがとうガチャピンさん。

 他にも“映画”を題材に書いた物には、ハルヒさんのヤツとか、メディアさんのロッキーのヤツとかもありますけど、この子ぎつねヘレンは特に思入れがあるそうです。

 書くのに苦労してた分、きっと思入れも深いんじゃないかな?」

 

 そう締めくくり、シンジくんがみほにバトンを渡す。

 軽く飲み物を口に含み、一度大きく深呼吸をしてから、みほが自作品について語り始めた。

 

「はい、じゃあはじめますね。

 私が出ているのは【とても嫌なチーム名で、ガールズ&パンツァー。】なんですけど、これについてはもう動機とかはありません!

 純粋に“アホな小説を書こう”という、そんな想いしか無いんです!」

 

「「「!!!???」」」

 

「ただいつものように、アホな小説を! そんなある意味で真っ当な気持ちから書き上げた物なんです! 大層な理由なんか何もありませんっ!

 でもあえて言うなら……“リクエストを元に書く”というテーマはあったかもしれません。

 この変なチーム名っていうのは、その半分くらいがハーメルンにいらっしゃる読者の方々から頂いたアイディアの物なんです。

 そういった試みはあったかな?」

 

 口元に指をあてて「うーん」と唸る西住さん。他の面子はただただ彼女の話に耳を傾けている。

 まぁあまりにもはっちゃけた告白に、若干度肝を抜かれているのだろう。

 

「あの“チーム名募集”は新しい試みだったし、沢山の方々がアイディアを下さって、凄く嬉しかったという想いでがありますよ♪

 本当の意味で『私はみなさんに支えられて書いているんだなぁ』と思えましたし、とっても大切な思い出なんです♪

 でもこの作品自体は、純粋なバカ小説なんです! それ以外の何物でもありません!

 第一話は全部で約5千文字しかないのに、その中の約3千文字もかけて、“ベトナム帰還兵”についての説明を延々としたんです!

 これを投稿した当時、まるで当然のように、一番最初にもらったのが0点評価だったんです!

 しかもこの作品は、書いている内容が酷すぎて変な人にいっぱい粘着されたんです!

 バカバカ作戦なんです!」

 

「うん、分かったよみほ……。

 きっと君にも沢山思う所があるんだと思う……もう良いから……。

 では引き続きハイジ、お願い出来るだろうか?」

 

「うん、わかったわ!」

 

 ここハーメルンにおいてかなりの人気である、ガルパンの主人公。そんな彼女には自作品について色々と言いたい事もあるのだと思う。

 そしてソフィーの指示のもと、ハイジが食事の手を止めて話し始めた。

 関係ないけれど、口元がミートソースでベッタベタだ。さっきまでスパゲティを食べていたのだろう。

 

「あたしは【あまりに立とうとしないクララ】に出てるんだけど、この作品を書いたきっかけは、たまたま久しぶりに“赤毛のアン”のアニメを観たからだったと思うわ!

 そこからもう、ぐぅあ~っとアイディアが出てきたんですって!」

 

「ん、アルプスの少女ハイジじゃないのか? アンを見てたのかよ?」

 

「うるさいふじお! 捻り潰すわよ! この資本主義者め!!

 ちゃんと後でアルプスの少女ハイジも観直したんだから、それでいいでしょ!?

 とにかくきっかけはそれよ。

 世界名作劇場で馬鹿コメディをやったら面白いだろうな~っていうのと、なんか調べてみたら、ここハーメルンでは誰も世界名作劇場で二次を書いていないっていうのが、すごく悔しかったらしいわ!」

 

「時代を感じるな……。

 今の世代で、リアルに世界名作劇場に触れた事のある子は、極少数派だろう。

 仕方ない事とはいえ、あれだけの名作を誰も書いていないというのは、義憤に燃えてしまうのも仕方ないよ」

 

「そうよソフィーさん! そんな素晴らしい動機なの!

 誰もやらないなら、自分でやらなきゃ! 私が書かなきゃ!

 そんな“ファンとしての気持ち”から、この作品は生まれたのよっ!

 まさに原作愛! 二次小説投稿者の鏡と言えるわ!」

 

「やめろ、自分で言うな。恥ずかしい恥ずかしい」

 

「まぁとにかく、純粋に“やらなきゃ!”と思ったのが理由。

 短編集だし、テーマとかは特に無いんだけど……あえて言うなら“世界名作劇場で書く”という挑戦かしら?

 この題材で二次小説を書く、それ自体がテーマであり、目的だったと言えるわ!

 ……なんか自分のTOPページの作品一覧に“世界名作劇場”があるのって、すごく素敵な感じしない?

 ただそれがやりたかっただけなのよ! ぶっちゃけ!」

 

「なにやら小説を書く目的が迷走している気がするんだが……まぁ君がそう言うのならそうなのだろう。良いと思う私は……」

 

 なんか突っ込むのも野暮な感じがしたし、あまりにキラキラした目で馬鹿を言われる物だから、もう諦める事とする。

 ソフィーはハイジを窘めつつ、次の順番であるまる子に声を掛けた。

 

「ん、あたしかい?

 あたしが出てるのは【まる子、戦争に行く】で、書いた動機はなんだったかねぇ~?

 多分だけど……“怒り”とかだったんじゃないかねぇ?」

 

「?」

 

 キョトンとした顔の一同。対してまる子は飄々と当時の思い出を語る。

 

「あぁ、当時のあたしは、第二次世界大戦のフィリピンについて書かれた本を読んでね?

 それ読んで、はらわた煮えくり返るくらい腹が立ったのさ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 その感情のままに、もう思い切って書いた感じだよ」

 

「腹が立った……? えっとまる子、それはどういう……?」

 

「あぁ、ぶっちゃけその本って、自分は戦争に行きもしなかった兵役不適合者のクソ野郎が、実際にフィリピンで戦って下さった方々を、もうケチョンケチョンにコケ下ろしてる本でね?

 まるで戦わなかった自分こそが平和主義者なんだとばかりに『日本人は最悪な事をした! こんなにも酷い事を! だから反省しなくてはならない!』って書いてる、腐った本だったのさ。

 そうやって私達のおじいちゃん達をひたすらにおとしめて、むりやり読んだ人たちに“戦争反対”って言わせる。その為に書かれた本だったの。

 それ読んであたしゃ……もう頭に血がのぼってね? てっぺん来ちゃったのさ」

 

 もぐもぐと軟骨唐揚げを頬張りながら、胸糞悪そうな顔でまる子が語る。

 アレを書いたきっかけば怒りの感情、そして“アンチテーゼ”であると。

 

「勉強したよぉ~。

 あたしゃ何冊も本読んで、何日もかけて映像漁ったよぉ~。

 もう当時のあたしゃ、ちょっとした“フィリピン博士”だったよ?

 意地でもこのクソ野郎が書いた本に、抵抗してやろうってさ」

 

「……」

 

「本にペッってツバ吐くのは簡単だよ? ゴミ箱に捨てたり、燃やすのは簡単だよ?

 でも“違うんだ”っていうこの気持ちを、“あんたの言う事は間違ってる”っていうこの気持ちを、あたし自分なりにでも作品で表現しようと思ってさ?

 ……当時はもう、近年まれに見る位の勢いでがんばったよぉ~。

 たった全6話の作品なのに、書いてる時ストレスで胃を壊したよぉ~。

 医者にもかかったし、もう痛くて痛くて眠れなかったもん」

 

 どこを見るでもなく、ただもぐもぐと唐揚げを頬張りながら、まる子は言葉を続けていく。

 

「でもね……? 結局の所はどうだったかな?

 あたしがアレを書いた目的って、きっとぜんぜん叶ってないと思うよ?」

 

「だってね? 小説ってまるで神様みたいに、ぜんぶ作者の好きなように書けるじゃん?

 もし自分の思ってる事、自分の考えを物語にして書いちゃったら、それって“作者の意見の押しつけ”になっちゃうでしょう?

 それやったら、あたしあの本を書いたクソ野郎と、同じになっちゃうじゃん(・・・・・・・・・・・)

 小学校で子供に原爆の映画を観せて反戦教育してる大人たちと、おんなじになっちゃうじゃん」

 

「……だからあたしが書いたのって、“純粋な物語”なんだよ。

 ただただ現地で実際にあった事をもとに物語を書いて、それにちょっとしたストーリーや心理描写とかを入れてるだけなの。

 戦争が悪いとも良いとも書いて無いし、日本人が悪いとも、フィリピン人が悪いとも書いてない。

 少なくとも、どこにも肩入れしないように、あの戦場の“ありのまま”を書いてる。

 ただただ純粋な“兵士の物語”でしか無いんだよ、あれって。

 何かを訴えるとか、読んだ人の意識を変えるとか……そういった類の物じゃないもん」

 

 ぐいっとアセロラドリンクを飲みほして、ターンと机の上に置く。

 

「そういう意味では結局、あたしの動機って、意味のない物だったのかもしれない。

 あえて言うなら“この感情の排泄”、そして作品のテーマが“意見の押しつけじゃなくて物語をかく事”だったもん。

 そういう意味で言えば、これって本当に自己満足でしかなかったと思う。

 まぁ二次小説って愛で書くモノだし、自己満足が出来るならそれで上等なんだけどさ」

 

 みんなはただ黙ってまる子の言葉を聞いている。……そんな中でソフィーが、静かにその口を開いた。

 

「確かにキツかったな……あれを書くのも、そして誰かに読ませる事も。

 けど私は、あれを頑張って書いた事に、ひとつも後悔はしてないよ。

 ……ツライ想いをしたし、たくさん批判も貰った。

 でも頑張って書いたし、なにより“最後までアレを書き切れた”って事を、今でも誇りに思っているんだ。

 決して立派な作品じゃないし、正しい動機でもなかったかもしれない。けれどアレを投げずに最後まで書いた事は、素人物書きである私にとって、数少ない誇りだよ。

 ……君もそうだろう、まる子?」

 

「……」

 

「さて、次はガチャピンか。

 少し暗い雰囲気になってしまったが、頼めるかい?」

 

「うん、いいよ。

 今度はぼくの番だ」

 

 ガチャピンが元気よく立ち上がり、むーんと胸を張る。

 まる子は少し俯き加減ではあるけれど、しっかり彼の声に耳を傾けているのが見て取れた。

 

「ぼくが出てるのは【アンパンマン vs ガチャピン】だよ♪

 書いたきっかけは、ある曲を聴いた時に浮かんだイメージなの!

 ちょっと悲しい雰囲気で、でもとってもカッコいい曲なんだよ♪」

 

「それを聴いた時に思ったのが『なんでこの二人は泣きながら戦っているんだろう?』という疑問、いったいどんな理由があって、こんな悲しい戦いをしてるのかなっていう想いだったんだ!

 それを元にして書かれたのが、ぼくとアンパンマンの戦いの話だね♪」

 

 なにやら自慢げに胸をそらしながら、元気な声でガチャピンは語る。

 

「ぶっちゃけた話、これはまる子ちゃんのと同じで、戦争をテーマにしたお話なんだ。

 だからキツイ描写がてんこ盛りだし、あまり読むのをオススメ出来ない内容ではあるよ。

 楽しいコメディを読みに来た人たちが間違えてクリックしちゃわないよう、あえてパスワード限定で投稿してる位だしね」

 

「それに、正直に言うけれど……これをいつものように匿名設定で投稿しないで、あえてパス限定にした理由は、“あまり読まれたくない”っていう気持ちがあったからなんだ。

 ……もう作品の内容が残酷すぎて、キツすぎて、救いがまったく無くて……やってるぼく本人ですら『みんなに読んで欲しい』だなんて、とても思えない物だったから」

 

「たださっきもあったけど、ぼくはこの作品を心から“やって良かった”って思ってるヨ!

 自己満足だし、クォリティだって決して褒められた物じゃない。

 けれど自分なりに想いの全てを込めて精一杯やり切った! それだけは本当に、もう自信をもって言える作品になったから♪

 ……まぁ正直な話、今度はこういう悲しいお話じゃなくて、ちゃんとした楽しいお話で!

 みんなを笑顔に出来るような作品でぼくを使って欲しいかなって、そうは思ってるけどね!」

 

 そう言ってのけた後、ガチャピンは勢いよく元の位置に座る。

 その顔は笑顔。もう観ているだけで釣られてしまうような、彼らしいニコニコした笑顔だ。

 それを受けてソフィーは、心から安心したようにふぅと一息。そして最後のひとりであるふじおに声を掛けた。

 

「え、俺かぁ?! 俺のヤツに説明なんかいるかぁ?! バカ小説だぜぇ?!」

 

 何故かビックリしているふじおの様子に、周囲からクスクスと笑い声が漏れる。

 どこかひょうきんなふじおの姿に、空気が軽くなっていくのが分かった。

 

「わーったよ! 俺が出てるのは【FREEDOM】って短編!

 さっきも言ったけどオリジナルで、もうテーマもなにもあったモンじゃないよ!

 本当にお遊びで書いた小説もどきなんだ!

 きっかけは……どうなんだろ? きっと“友人達を喜ばせたかったから”だと思う」

 

「ほぅ、友人達の為か。

 それはどんな者達だったんだ?」

 

「学生時代の友達とか、あとは同じ趣味のヤツラで集まるサークルみたいなのがあってさ? そこで仲良くなった友人達なんだよ。

 なんか当時から俺、こいつの日記は面白いとか、ブログじゃなくてネタ帳じゃないかとか、色々言われててさ?

 リアルの友人たちが、なんか楽しそうに俺のブログを読んでくれてたんだよ。

 そんならいっぺん小説みたいなのを書いてやろうじゃないか、笑わせてやろうじゃないかって、その場の勢いで即興かましたのが、この小説もどきだ!

 文章の基本なんか知るか! 起承転結なんざ犬に喰わせろ!

 ……そんなこと思いながら書いたのがこれだぜ! どうだすげぇだろ!?」

 

 謎の勢いをもってしゃべり倒すふじおに、一同は大きな拍手で応える。そしてなにやら機嫌良さそうな顔で、ふじおも元の位置に座った。

 

「では最後に私だな。

 私の出ている【ガンランスの話をしよう。】は、友人とモンハンの話をしている時に思いついたのがきっかけだ。

 太刀使いである友人にガンランサーの悲哀を、そして私のガンランス愛を伝えようと思って書いてみたぞ」

 

「きっかけはリアルの友人なんだね。

 ふとした会話の中でアイディアが生まれて、それで“書こう!”っていう意識のスイッチが入るのって、よくあるよね」

 

「シンジの言う通りだ。

 元々モンハンについて書こうだなんて、当時の私はまったく考えていなかった。

 そもそもモンハンについては【ハンターナイフ】という二次小説を、すでに書いた事があったからね。もう終わった物として考えていたんだよ」

 

「確か匿名設定て投稿した、初めて書いてみた“シリアス物”でしたよね?

 コメディは本アカ、そして作風の区別の為にシリアスは匿名で。そのきっかけになったのがそのハンターナイフで、順番で言えば3作目にあたる物ですね」

 

「そう、苦労したものの、ありがたい事に完結まで書き上げる事が出来てね。アレが私にとってのモンハン小説という位置づけだったんだ。

 ただそういったきっかけによりカチリと頭の中でスイッチが入り、そこからもう温泉のようにアイディアが湧き出してきたんだよ。

 こういった“意識のスイッチ”は、私にはよくある事なんだ。

 元々知っていた物や、何気ないひとことの言葉が、ふとした瞬間にまるでGOサインが出たかのように、書くべきテーマへと変わるんだ。

 私にとってこのガンランスのお話も、そんな感じの物だったよ」

 

 シンジくんが同調し、ソフィーも嬉しそうに言葉を返す。

 きっとシンジくんの出演作も、そんな何気ない日常の中で生まれた物なのだろう。

 

「作品のテーマはずばり“ガンランス愛”。

 実はこのガンランスとは、決して良い部分ばかりでは無くてな……。

 悪名高いというか、沢山の欠点がある武器でもあるんだよ。

 そしてせっかくガンランスをテーマに書くのだから、ただカッコよく美化するのではなく、良い部分も悪い部分も全部書き切ろう。

 それがガンランスで小説を書く事なのだと信じて、一生懸命に書き切ったよ」

 

「そして裏テーマとして“仲間達との絆”というのがある。

 ……恥ずかしい話なのだが、私って作品開始当時は、もう生まれ故郷の村は追い出されるわ、ガンランサーだって嫌われているわで、天涯孤独の身だったんだよ……。

 そんな私が相棒の少年と出会い、絆を育み、そしてだんだんと周囲も変わっていくというのが裏のテーマだったりするよ」

 

「……まぁこれってアイスボーンじゃなく、過去作であるMHXXを題材に書いている作品だから、もしかしたらあまり興味を持たれないかもしれない。

 しかもテーマは、不人気武器であるガンランスだし……。

 でも私としては大好きな作品のひとつなので、もしよかったら読んでもらえると嬉しい。

 作者が“心から愛している”と言い切れる物がテーマで、そしてもっとも私の人間性が現れている作品だと思うから。

 コメディもシリアスもてんこ盛りで、大変お得な感じだぞ!」

 

 顔を真っ赤にしながら、そしてモジモジしつつも演説を終えて、ソフィーが微笑む。

 どうなる事かと思ったが、ちゃんと思っている事を言えた……。そう安心しているのが見て取れた。

 

「みんなありがとう。とりあえずこれで全員まわったな。

 ……いま思ったんだけれど、これまだ一つ目のテーマなんだな。

 今日はこれだけじゃなく、あといくつかのテーマで話すつもりなんだが……この座談会が終わる頃には、もしかしたら夜が明けているかもしれないぞ?

 私は別に構わないのだが……それでも良いだろうか……?」

 

 

 

 ひとつ目のテーマが終わったばかりなのに、もう総文字数が2万文字を超えている。

 ふと気が乗ったから、そして思い付きで始めたようなこの短編は、早くも第四話目に突入しようとしている。

 

 もっと参加人数を減らせば良かった! なんなら3人ぐらいにしとけば良かった! まったく終わりが見えん!

 

 そんなソフィーの心の叫びと共に、座談会は次のテーマへと突入していく。

 

 

 

 

 

――つづく!――

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

59 座談会その4 ~書きやすい、書きにくい物~

 

 

「みんな、少し提案があるのだが、良いだろうか?」

 

 瞳を閉じ、何かを考え込んでいる感じの微妙な顔をしているソフィー。

 

「計算してみたのだが、もし今のペースのままやり続けると、恐らくだが私の感覚で言えば……この作品の総文字数が“10万文字”を超えてしまうと思うんだ。

 ちょっとしたラノベ一冊分だぞ」

 

 そう告げた途端、そこら中から「ごくり……!」という生唾を飲む音が聞こえてきた。

 会場に謎の緊張感が走る。

 

「私はね……? さっきも言った通り、別に構わないんだよ。

 そもそもこれは、いま何も連載をしていない時期である私の、『とりあえず何か書いて、腕がなまらないようにしよう!』という意図の下でやっている、思い付きのような企画であるのだから。

 いくら続こうが、これが何万文字になろうが、構いはしないんだ」

 

「「「……」」」

 

「しかしね……?

 はっきり言って『これ誰が読むねん』みたいな思いも、私の中にあってね?

 あんまり長々とやるのも、正直どうかと思うのだよ……。 

 そして、今は私も楽しく書いているから良い。テンションが高いから気にならない。

 けれどね? これってずっと残り続ける(・・・・・・・・)物なんだよ。

 多分だが、これを後で自分で読んだ時……きっと私もう、死にたくなるんじゃないかと……」

 

「「「…………」」」

 

「そもそもね……? もしプロの作家さんだったり、人気投稿者の人がこういう企画をやるのならば、それは物凄く価値のある物だと思うんだがね?

 ……でもね? 違うだろう? 私がこういうのやっても……わかるだろう?」

 

「「「…………」」」

 

 正直、いま若干後悔している。

 昨日の私は、寝不足だった。それでテンションがおかしかったのだ。

 だからついブレーキが壊れ、こういう事をしてしまったのだと、ソフィーは語る。

 

「だから……なのだけど。今後はなるだけコンパクトに。

 具体的に言うと、これからは基本、それぞれのテーマの“ベスト3”を決めるのに留めようと思う。

 ……さっきも言ったが、私は一度始めた事は、絶対に最後までやりきる!!

 真っすぐ自分の言葉は曲げない! それが私の二次小説道だ!

 ――――だから一気に書いて、もう速攻で完結させるぞ!

 分かったなみんな?! 私について来いッ!!」

 

\ライトオーン!/ \ライトオーン!/ \ライトオーン!/ \ライトオーン!/ \ライトオーン!/

 

「ありがとうッ! ありがとうみんなッ!

 ではみんなの心がひとつになったところで、次のテーマ!

 次のお題は…………これだぁぁーーーっ!!」

 

 謎のテンションをもってソフィーが箱をゴソゴソし、勢いよく手を引っこ抜く。

 

「ジャン! 書きやすかった作品&書きにくかった作品!

 これのベスト3を話し合って決めていくぞ!!」

 

 \ワーワー!/と拍手が巻き起こる。

 みんなもう謎のテンションで「とりあえず拍手しとけ! 声出しとけ!」みたいな意図が見え隠れしている。

 

「いちおうこの議題は、短編じゃなく“連載作品”に絞って考えようと思う。

 ……言ってはなんだが、いつも私、ほぼ全ての短編をアドリブで書いているからな(・・・・・・・・・・・・・)

 プロットも構想もあったものではない、ただその場の思い付きでぐぅあ~っと書いた物に、苦労も何もあった物では無いんだよ。」

 

「短編はもう、その場の勢いで書いちゃうもんね。

 だからある程度構成を考えて、じっくり作った連載作品の中で考えるという事だね?」

 

「ザッツライトだアンパンマン。

 この中には短編作品のみの参加者もいるが、申し訳ないが勘弁して欲しい。

 だが自分が出演した物でなくとも、ドンドン意見を出してくれたらうれしいぞ」

 

「了解だ。まぁ俺は茶々を入れつつ、高見の見物といくぜ」

 

 ホッケの身をほぐしながら、ふじおがウンウンと頷く。

 

「じゃあとりあえず、この場の者達が参加した作品の中ではどうだろう?

 まずは、自作品が“書きやすい物だった”と思う者! 手をあげろ! 挙手!」

 

 ソフィーの左から順番に、アンパンマン。アルトリア、ハルヒ、西住さん、ハイジが手をあげる。

 

「ぼくは……微妙な所ですね。

 【新世紀だけど】は普通に書けましたけれど、【ヘレン】の方はそうじゃなかったから」

 

「どちらもある、という事か。

 同じ原作でも、両作品は全然テーマが違うからな」

 

「なら新世紀の方は、どんな感じで書いてたの? スッと書けちゃった感じ?」

 

「そうですねハルヒさん。

 あれはもう、アイディアだけ思いついたら勢いで書けたというか……。

 ただ連載を“続ける事”には、続きを書く事は難しかったから……そういう意味では書きやすかったとは言えないかな?」

 

「いわゆる典型的な“一発ネタ”という事だな……。

 一話二話を書く事が出来ても、その先を続けるのが難しいという……」

 

「そういうのはよくあるぞ?

 つか短編集に突っ込んであるのは、基本そんなヤツばっかりだ。

 でも俺ぁそういうのも好きだぜ? 短編ってのはやっぱ爆発力があるよ。

 一切無駄なシーンが無くて、面白い所だけを書くワケだからな。コメディ向きだぜ」

 

 原作のストーリーを踏襲するのではなく、面白そうな“いち場面”を書くというやり方。

 これは2時間の映画を作るのか、5分のコントを作るのかの違いだ。

 良し悪しの問題ではなく、そのどちらにも良さがあると思う。

 

「やはり長ければ長い程、書きづらかったりするのですか?

 ソフィはどうでしたか?」

 

「いや……私の【ガンランスの話を】に限っては、そうでも無いかな?

 これは基本的に“のんびり書こう”と思いながらやっている所があったし……ネタを思いついたら書く、思いついたら書くというのを繰り返していた感じだから。

 そもそも私には、『こういうのを書きたい!』というイメージが、最初から全部あったからね。それをちょっとずつ表現してくって感じの作業だから、悩んだのは構成の部分だけだ。

 スラスラ書けていたワケでは無いが、やりにくさも無かった。

 良くも悪くも、のんびりやっていたという事なのだろうね」

 

 セイバーの質問に笑顔で答えるソフィー。

 しかしその時、突然「ハッ!」とした顔で、西住さんが声を上げる。

 

「あ、私気が付きました!

 一番書きやすかったのは、最初期に書いた物です!」

 

「「「!?!?!?」」」

 

 皆が驚いた顔で西住さんを見る。彼女はまるで演説をするかのように、自信満々で発言を続ける。

 

「“無知の蛮勇”です!

 何も分からないからこそ、知らないからこそ、前に進めるんです!

 だから一番最初に書いた(・・・・・・・・)アンパンマンやトトロこそが、一番書きやすかった物なんです!」

 

「「「!!!???」」」

 

「最初は右も左も分かりません! ルーキーなんです!

 これをやったらダメとか、こうした方が良いとか、そんなの全然何も知らないんです!

 だからこそ【身体はパンで】の時は、とにかく前に進んだ(・・・・・・・・・)んです!!」

 

 あの時は不眠でテンションがおかしかった。……それを差し引いても、キーボードを叩く手は決して止まる事が無かった記憶がある。

 ゴールデンウイークの一週間、寝る間も惜しむように、ただひたすら書き続ける事が出来たのだ。

 それはきっと“何も分からないから”。

 

「みほ、それは正しい。私にはハッキリと覚えがある――――」

 

 巨大なパエリアの鉄鍋を速攻で空にして、セイバーが静かな声で告げる。

 

「書けば書く程、手は遅くなります。

 長く続ければ続ける程、投稿速度という物は遅くなる物なのです」

 

「……」

 

「実際、私は処女作の時、全20話を一週間で書き上げました。

 しかし1年後の【一か月一万円】では、14話を書くのに一か月かかりました。

 それは決してやる気や情熱の差では無い。“難易度”が上がっているからなのだ。

 以前とは違い、正しさと間違いを知ったからこそ、手が遅くなる。

 ここはこうすべきだ、これをやってはいけない。そういった物を常に考え、そして作品を修正したり加筆する時間が長くなるからこそ、書き上がるまでの時間が加速度的に長くなっていくのだ」

 

 今までは、好き勝手に書いていた――――だから早かった。

 だが今は腕が上がって、正しいやり方だったり、良し悪しの知識がついている。だからこそ完成に時間がかかるのだ。

 

「自分に求められるクォリティが高くなるからこそ、完成までの距離が遠くなる。

 これは悪い事ではなく、むしろ成長の証だと私は思います。

 良い物を作る為に必要な“手間をかける力”が付いている、という事に他ならない」

 

 たとえばこの座談会のように“何も気にせず手を動かす”ならば、一日に2万文字を書く事が出来る。これは実際に昨日やった事だ。

 ここハーメルンには一話平均で約5千文字ほどの作品がもっとも多いが、単純計算で一日4話を更新出来るという計算になる。

 

 実際に小説投稿をしている者ならば、このくらいは誰にでも出来る事なのだ。

 しかしここハーメルンにある数多くの作品が、一話投稿するまでに2週間から1か月ほどは、どうしてもかかっているのをご存知かと思う。

 

 大抵の作品は、連載序盤の数話ほどは間を空けずに、ほとんど連日のように投稿している事が多い。

 だがそれが10話20話と続いていく内に、どんどん投稿間隔は遅くなっていく。

 

 ――――それは決して情熱の枯渇ではない。作者の成長なのだ!

 

 だから我々も、お気に入り作品の更新を、楽しみに待とうではないか!

 決して急かす事無く、良い物を作ろうと頑張っている作者さんを応援しようではないか!

 のんびりと、急ぐことなく、愛を持って作者さまを見守ろうではないか!

 これが我々“二次小説ファン”の心意気という物なのだッ!

 

「うむ、では話を元に戻すが……。

 そういう意味ではやはり、書きやすかったのは【身体はパンで】や【あなたトトロ】になるか?」

 

「異議なーし! 最初期に書いたツートップだからね。

 特にだけど【あなたトトロ】の時って、ホントみなさんからあったかい言葉を沢山もらったでしょう?

 だから初心者の苦労はあっても、モチベーションって凄く高かったと思うのさ?

 そういう意味ではやっぱ、一番書きやすかったのは【あなたトトロ】なんじゃないかねぇ?」

 

「うん、私もそう思うよまる子。

 当時は全国のジブリファン達の熱い思いが、毎日コメント欄に届いてたからね。もう一日に何十通あった事か!

 それを見て私も『よぉ~し書くぞー!』とテンションが上がっていたものだよ」

 

「一位トトロ、二位に身体パンね。

 ……あとソフィーさん? これあたしの個人的な要望になるんだけど、三位に【脳髄。】も入れといてくれないかしら?

 あたし“書きやすい”って意味では、あれが適任だと思うのよ」

 

「脳髄ッ……?!

 ハルヒよ……それはあの手遊びで書いている、小説もどきの事かッ?!」

 

「うん。別に人気やクォリティは関係ないんでしょ? ならアレも入れるべきよ。

 あれって真の意味でのアドリブで、全部キーボードを叩きながら考えてるじゃない。

 いえ、むしろ“何も考えずに”書いているわ。

 そうする事によって自分の内なる物とか、深層心理とか、人間性とか、そういうのを表現するのがテーマの作品でしょう?

 実質あれの制作難易度なんて、ゼロみたいなモンじゃないの(・・・・・・・・・・・・・)

 なんなら今すぐにでも書けるわ。でしょ?」

 

「「「…………」」」

 

 

 

 

 

 

☆書きやすかった作品ランキング☆

 

・第一位 あなたトトロって言うのね / stay night

 

・第二位 身体はパンで出来ている。

 

・第三位 脳髄。

 

・番外 短編集にある物全般。

 

 

 

………………………………

………………………………………………………………

 

 

「では引き続き、“書くのに苦労した作品”を挙げていこう。

 自作品がそうであると思う者! 挙手!」

 

 ソフィーの号令の下、シンジくん、まる子、ガチャピン、そしてアンパンマンが手を上げる。

 

「あれ? アンパンマンもかよ?

 さっきので言えば、アンパンマンのは書きやすいんじゃなかったか?」

 

「うん、確かに身体パンはスイスイ書けたんだけどね?

 でも最近やってた【アンパンマンと、〇〇ちゃん】は苦労したんだよ」

 

 ふじおが疑問の声に、アンパンマンが「うむむ」っと困り顔で答える。

 

「あのブラックラグーンとのクロスオーバー作品だな。

 どのような苦労があったのだ?」

 

「そうだね……やっぱり“セリフ回し”かな?

 ロアナプラの人達って、独特の喋り方をするでしょう?」

 

「確かに洋画なんかで出てくるような、いわゆる“口汚い”言葉遣いだな。

 まぁ登場人物達がまごう事無きギャングだったり、ゴロツキだったりするし……。

 そういったキャラクターを書くのが難しかった、という事なのか?」

 

「うん……これはホントに難しかった……。

 ぼくって普段、ギャングとかゴロツキが出てくるような映画って、あんまり観ないんだよ。こういうキャラクター達に馴染みが無いんだ。

 ブラックラグーンは大好きなんだけど、もうほとんど“それが全て”みたいになってて。

 だからこういった“口汚い言葉”を書くのには、本当に苦労したし、いつもうんうん悩みながらやってたよ」

 

「原作にあるセリフをそのままコピペし過ぎると、運営さんに怒られてしまうからな。

 あまりにやりすぎると“盗作”として規約違反になってしまうんだ。

 なにより、読者の立場から見ても、原作そのままのセリフというのは読んでいてつまらない。

 知っている言葉ばかり出てくるなら、もう原作を読んでいればそれで良いのだから」

 

「それにね? 一番むずかしかったのは“バランス”なんだよ。

 ブラックラグーンの世界観と、ぼくら夢の国サイドの世界観、そのバランスを取るのが本当に難しかった。

 口汚い言葉ばかり書き過ぎると、物語がバイオレンスになっちゃう。

 逆にぼくらが前に出過ぎると、ブラックラグーンなのにほのぼのとし過ぎちゃう。

 でも中途半端に加減をして書くと、笑えなくて面白く無くなるし、原作のカッコ良さが消えちゃうんだ。

 だからほのぼのとバイオレンスの天秤には、ものすごく苦労した覚えがあるよ?」

 

「思うけど、やっぱブラックラグーンって、難易度が高い原作なんだと思う。

 こういうのが元々好きな人なら分からないけれど……、でも普通の日本人には馴染みのない言葉遣いや文化が、すごく多い作品だもんね」

 

「うん、ぼくもやってみて、はじめてそれが分かったよ。

 原作の“それっぽい雰囲気”を出すだけでも、本当に大変だったよ?

 ここハーメルンでも、ネット上でも、いくつかブラクラのすごいSSがあるんだけど……それを書いてる人を本当に尊敬する。

 その原作愛はもちろん、こういった物を上手に書ける“センス”がすごいと思う」

 

 アンパンマンとガチャピンが「うふふ♪」と微笑み合う。

 先の作品では死闘を繰り広げた二人だが、今はこうしてズッ友だ。とっても仲良しなのだった。

 

「後は……まる子はどうだ?

 戦争を取り扱った作品というのは、苦労があるのではないか?」

 

「そりゃしんどいし、書いててキツイのは確かだよ?

 それに“これを書く”って決めるだけでも、ものっすごい覚悟がいるし。

 ――――もう何を言われても構わない、どんなご意見ご批判も全て受け入れる。

 その覚悟が無きゃ、ああいった物を書いちゃいけないよ。

 あれってもう、読む人を殴ってる(・・・・・・・・)からね。

 キツイ内容を書いて、読者の心を攻撃してるワケなんだから。やり返されても文句は言えないもん」

 

 今度はサクランボの乗ったカルピスを飲みながら、まる子がのほほんと答える。

 

「でもね? こと“書きづらさ”で言えば、そこまででも無かったかもだよ?

 だってメチャメチャ資料とか本とか事前に調べたし、もう書くべき内容って、全部頭の中に出来てた上で書いたからねぇ。

 それにあたしゃ、実はあれ書いた当時リアルに風邪ひいてたんだよ(・・・・・・・・・・・・・)

 だからもう、自分の中の“タガ”が外れた状態でぐぅあ~っと書いてたから、よく考えれば苦労とかはぜんぜん無かったかもしんない。

 だって書きづらいどころか、自分の中のブレーキが壊れた状態で書いてたもん。

 むしろ止まれない感じだったよ」

 

 書く事よりも、風邪の方がしんどかった――――そうまる子は語る。

 

「ハルヒはさっき手をあげていなかったが、スゥイートホームはどうだったんだ?

 あれは確か、一話完結なのに10万文字あったのだろう?」

 

「あれは楽よ? だって映画のストーリーをそのまま踏襲してたし、そこにコメディパートを沢山入れるだけの作業だったもの。

 あたし達っていうキャラクターも元からあって、それについて考える必要も無いしね。

 だからあまり悩む部分って、アレに関しては無かったのよ。

 毎日ちょっとづつ書く! というのを続けていって、だいたい3週間くらいで全部書き上がったしね」

 

 ハルヒの方も、のほほんとしたものだ。

 引き続き「次は何を頼もうかしら?」とメニューとにらめっこに入る。たくさん食べないと損だわ。

 

「ガチャピンはどうだい? 【アンパンVSガチャピン】は話数こそ少ないが、総文字数は12万文字以上あっただろう?

 これは本当に本一冊分だ」

 

「構成が難しかった感じがあるね!

 書きたい物は最初から決まっているんだけど……“そこにどう持っていくか”っていうのがホントに難しかった!

 アレって最終話のラストバトルがやりたくて書いた小説なんだけど、ならそこにどうやって持っていこうって、当時はずっとうんうん悩んでた記憶があるよ!」

 

 愛らしくグラスを両手で持ち、ストローでちゅーちゅーメロンソーダを飲むガチャピン。

 

「どうやったらラストバトルの為の、“戦う理由”が出来るだろう?!

 どうしたらラストバトルに“重み”を持たせられるだろう?!

 それを考えすぎて、もう途中よく分からなくなっちゃって、すごく迷走してたよ!

 もう自分がいま何を書いているのかすら、よく分からなくなっちゃってたモン!

 こんな経験ははじめてだったよ!」

 

「えらく元気よく言うんだな……。君らしいと言えばらしいが……。

 でもしっかり完結している所を見ると、結局はなんとかなったんだろう?」

 

「うん! 実はあの作品って、いろんな方々からアドバイスを貰いながら書いてた物だったの!

 もうぼく迷子になってたから! 小説迷子になっちゃってたから!

 だから信頼してる何人かの人達に、事前に試し読みしてもらって、メッセージで感想やアドバイスを貰いながら、なんとか書き進んでた経緯があるよ!

 無事に完結まで書き切れたのも、ぜんぶ助けてくれた人達のおかげなんだよ!」

 

 まるで深い霧の中を、手探りで進んでるみたいな感じだった。

 でも沢山の人達が「こっちだよ。がんばろうね」と言って手を引いてくれたからこそ最後まで書き切れたのだと、ガチャピンは語る。

 

「素晴らしいな。……まぁひとりで書けなかったというのは情けない限りだが、こうやって協力してくれた人達には、もう感謝の言葉しか出ない。

 色々苦労はあっただろうが、いまは素晴らしい思い出となっているのではないか?」

 

「うん! ほんとうにやってよかった!

 ぼくもう、協力してくれたみんなには足を向けて眠れないもん!

 書いてる時はもう、死んじゃうかと思ったけど……でも今となっては素敵な思い出だよ♪

 人間って素晴らしいよね! ヌクモリティだよね! まぁぼく恐竜の子供なんだけど!」

 

 苦労はしたけど、とても素敵な思い出になった。

 それがガチャピンの総括であるようだった。

 

「ではシンジくんはどうだった?

 あの【子ぎつねヘレン】については苦労したと聞いているが……」

 

「はい……正直もう、当時の事は思い出したくもありません……」

 

「「「!!!???」」」

 

 シンジくんの額のあたりに、まる子のような「ずーん」とした影が落ちている。

 

「最初はいけるかと思ったんです。

 ぼく原作小説も映画も大好きだから、きっとやれるって気がしてたんです。

 でも正直、ほんと甘い考えでした……」

 

「なにがあったんだシンジくん……。

 ゆっくりで構わない、話してみてくれ」

 

「駄目だったんです……“動物の死”っていうのがもう、駄目だったんです。

 書くのが辛すぎて、ぼくは途中でリアルに身体を壊して、1か月半ほど休載したんです」

 

「?!?!?!」

 

「駄目なんです、ああいうのは……。

 ヘレンが安楽死されそうになったり、どんどん病に蝕まれていく過程だったり、もがき苦しんで暴れる様子だったり……。

 そして最後、ヘレン死んじゃうんですよ……?

 そういうのぼく、ほんとダメで……」

 

 普段戦争の本とか読んでるのに。自分で残酷な描写のある小説も書いているのに。

 でも“動物がかわいそうな目に合う”というのは、別の次元のキツさだった。

 そんな物には耐えられないと、シンジくんは語る。

 

「小説ってね? “自分が良いと思う物”を書くじゃないですか?

 コメディならギャグを、ラブコメなら胸キュンシーンを、ホラーなら恐怖を。

 そんな自分にとって一番心に来る物(・・・・・・・・・・・・・)を、作者は自分の小説で書くんです」

 

「そして今回は、テーマが子ぎつねヘレンという動物映画で、動物の死という悲しいお話だったんですケド……。

 これが一番ぼくの“見たくない物”だったワケなんです。

 ぼくにとって一番つらくてて、一番心に刺さる物だから、書いたんですケド……。

 でもその重みに『書いているぼく自身が耐えられなかった』……という事なんです」

 

「…………」

 

 口を「アンガー」と開けながら、みんながシンジくんをぼけっと見る。

 シンジくん「がっくり!」と頭を垂れている。

 

「少し前に、ベルセルクの作者さんが心身を病んでしまって、休載してた時期があるって話を聞いた事あるんですけど……ぼくそれ、すごくよく分かるんです。

 たしか今後の展開で、主人公のガッツさんがとても酷い目に合う予定だって、そんな時期の事だったらしいんですけど」

 

「さっきも言った通り、作者って“一番自分の心にくる物”を作品に書くんです。

 ベルセルクの作者さんはそれをする為に、もう漫画を書いている何か月もの間、ずっと自分にとって一番つらい物に向き合っていたハズなんです。

 ……そんな事して、身体を壊さないなんて無理ですよ。精神が病んじゃいますよ……」

 

「そしてこれを凄く実感したんですが、“読むのと書くの”って、大違いなんですよ。

 ぼく元々は原作小説を読んでいたワケじゃないですか? だからヘレンがどうなるとか、こんなツラい事があるって、全部知ってるワケじゃないですか?

 でもそれを自分で書いてみた時、もう4話目くらいでお腹がキリキリ痛くなったんです」

 

「たとえ同じような内容であっても、それを自分の言葉で書く事や、自分のイメージで形にするのって、ぜんぜんダメージの受け方が違うんですよ……。

 読む方より、書いてる作者の方が圧倒的にキツいんですよ……物語って。

 よく考えたら、作品内で表現し切れていない物があったとしても、その分のイメージまで全部作者の頭の中にはあるワケですから……」

 

 なんかもうエグエグし始めちゃったシンジくんを、アンパンマンが優しく慰めている。

 一同はもう言葉も無いが、やがてなんとか立ち直って来たシンジくんが、自作品の総括を始めた。

 

「キツかったです。しんどかったです。書きづらかったです――――

 コメディじゃなくて真面目な内容が多いから、文法や表現にすごく気を使って、書くのも凄く遅かったし。

 それによって、どんどんぼくの心身が病んでいくんだ。

 ……なんなら主人公の綾波って、あんまり喋らない子なんですよ。そんな彼女の感情を表現するのって、もうホントたいへんなんです!

 喋らせようにもあんまり喋る方じゃないし、どうしてもセリフも短くなっちゃうし!

 なんだったらアスカやリツコさん書いてる時の方が、もうよっぽど楽だったよ!

 ……しかもヘレンも動物だから、この子も喋れないんだ! メインキャラなのに!

 ヘレンの様子を描写する時も、可愛いとか、無邪気とか、トテトテ歩いてるとかはあるけど、毎回同じ物は使えない! ちょっとは変えて言わなきゃいけない!

 そういうのを色んな言葉でたくさん書かなきゃいけないから、すぐにぼくの語呂が枯渇するんだ!」

 

「――――優勝! シンジくん優勝! 一位は子ぎつねヘレンで決定だ!!

 よくがんばったなシンジくん! エライぞ!!」

 

 もういたたまれなくなったソフィーが、ガバッとシンジくんを抱きしめる。

 アンパン&ソフィーにヨシヨシされ、シンジくんが「えーん! えーん!」と泣いているのを、一同は黙って見守る。(シンジくん可愛い)

 

「では一位は子ぎつねヘレン、二位をロアナプラにするとして……三位はどうする?

 戦争物は基本的にしんどいが、しかし事前にしっかりと勉強して書くという事もあり、書きづらいのとは少し違うからな……」

 

「あ! あれじゃないかしら!

 ほら、今日はオ・ボーロ様いないけど【愛する者よ、死に候らえんな。】ってヤツ!

 あれ血反吐はきながら書いてたんでしょ?」

 

「「「!?」」」

 

 ハイジが元気よく挙手し、なかなかに酷い事を言う。

 

「あれかぁ~……。あの作品は確かになぁ~……」

 

「そういえばアレって、江戸時代が舞台だもんね……。

 お侍さん的な古風な言葉遣いとか、すごく難しそう……」

 

「しかもアレって、元々は“どシリアス”な作品でしょ?

 それをオ・ボーロさま生存させる為に、無理やり力づくでコメディにしたんだから、そりゃあ苦労するわよ」

 

 ふじお、西住さん、ハルヒが順番に呟く。

 ほかのメンバーたちも「あ~」みたいな顔をしている。この場にオ・ボーロさまがいたら、涙がちょちょ切れていたかもしれない。

 

「あれを書いている時は……正直“大喜利”をやっている気分だったな。

 ストーリー自体は、基本的に原作を踏襲しているのだが“その全てのエピソードでボケる”という謎の掟を持って書かれたのが、あの【死に候らえんな】だよ。

 頂いたご感想の中に『これは笑ってはいけないバジリスクだ』というご意見もあったぞ」

 

「もう原作が息をしてないね。

 清々しいまでの原作崩壊だよ」

 

「開き直りというのは恐ろしい。

 なにせ、最初から“真面目に書く”という気が、一切無いのだから」

 

 ガチャピン&セイバーが、サラダをもぐもぐしながら呟き合う。

 

「だがあれは、本当に苦労したぞ?

 原作にある全てのエピソードでバッタバッタとボケ倒し、その上でオ・ボーロ様と弦之介さまを生存させるというルールまであったからな。

 特に豹馬さんメインの回などは、彼がもう真面目なキャラ過ぎて『こいつでどうボケれば良いか分からん!』となり、更新が一週間ほど遅れたからな」

 

「逆に天膳さまって、凄く書きやすかったですよね……。

 天膳さまって公式でもちょっと面白キャラだし、出てくるだけで面白いトコありますもん。すごく助けてもらいました……。

 もう書いてる当時、『天膳に足向けて眠れんわ!』って思いましたもん」

 

 みほの言葉に頷きを返し、ソフィーがホワイトボードにキュッキュと書き込みを入れていく。

 

 

 

 

☆書きづらかった作品ランキング☆

 

 

・第一位 子ぎつねヘレン ~レイとヘレンの物語~

 

・第二位 アンパンマンと、〇〇ちゃんシリーズ

 

・第三位 愛する者よ、死に候らえんな。

 

 

 

 

 

「オ・ボーロさまには、後で私から受賞を伝えておこう。

 『貴方の作品はとっても書きづらかったですよ!』と、心からお祝い申し上げるぞ」

 

「「「やめてあげて」」」

 

 

 

 

 

――つづく!――

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

60 座談会その5 ~失敗、やらかした事~

 

 

「ではテンポ良く行くぞ皆の衆! 突撃じゃあ~~ッ!

 次のテーマは……これだぁぁーーー!!」

 

 ソフィーが三度(みたび)ガサゴソし、\ババーン!/とばかりに発表する。

 

「――――ジャン! “失敗談、やらかした事ベスト3”!!

 これについて話し合っていこう!」

 

 会場から「おー!」「やんややんや!」と声が上がる。お題も3つ目となったが、まだまだ元気な一同だ。

 

「私がここで小説投稿を始めて約2年半ほどとなるが……言うまでも無く、今まで数多くの失敗を経験して来ている。

 ちょっとした誤字のような小さな物から、最悪作品自体を削除せざるを得なくなるような物まで、それこそ数え上げればキリがない程だ。

 そんな苦い思い出ながら、今は笑って話せる感じの失敗談を、お聞かせ願いたく思うぞ」

 

「自ら恥を晒していくスタイルだな。

 俺ぁそういうの、嫌いじゃないぜ?」

 

「人の失敗は蜜の味です! これは人の業なんです!」

 

 なにやらふじおと西住さんがおかしな事になっているが、みんなも似たような物だ。

 ここまで来たら恥なんか無い。全てをさらけ出していく所存である。

 

「――――失敗と言えば私だ。

 ソフィー、一番槍を務めても構いませんか?」

 

「セイバー!?!?」

 

 高く積みあがったお皿を「よいしょ」と端へどけて、セイバーがひょこっと姿を現す。

 これだけ食べても口元は綺麗なまま、少しも服やテーブルを汚していないのは流石と言えた。

 

「これはまさに、私の為にあるような議題だ。

 我が出演作であるFateの二次小説では、それこそ数えきれないほどの失敗談があります」

 

「ふむ……そこまで言うならば……。

 例えばだが、印象に残っている“やらかし”はあるか?」

 

「はい。まずパッと思いつくのは、【一か月一万円】の第11話におけるやらかしです。

 有り体に申し上げて、あの話を投稿したその日、作品の感想欄には20を超えるご批判コメントが届き、作品評価の数字は一気にグィーンと下がりました」

 

「「「?!?!?!」」」

 

「何したのよアンタ?! そんな怒られるような事したの?!」

 

 ハルヒの絶叫のような問い詰めを受け、冷や汗を流しながらセイバーが語る。

 

「原典である番組に【ハマグチェ氏が敵チームの家に勝手に忍び込み、家を荒らしたり、お味噌汁を鍋から直飲みしたりする】という、とても酷いエピソードがあるのですが……。

 それを私ことセイバーでやったのです。再現したのです。

 私は切嗣&アイリの愛の巣を蹂躙し、お鍋に顔を突っ込んでお味噌汁を飲み干しました」

 

「「「?!?!」」」

 

「当然ながら、『セイバーがそんな事するか!』とコメント欄は大荒れ。お気に入りの数も急降下。低評価爆撃の嵐。

 ありとあらゆる形のご批判を頂きました」

 

「えっと……なんでそんな事したの?

 セイバーさんって清廉潔白なイメージあるし……窃盗とか盗み食いなんてしないよね?」

 

「純粋に、あの原典のエピソードが好きだったのですよ、シンジ。

 たしかにハマグチェ氏のあの暴挙はルール違反ですし、決して褒められた行為ではありません。

 ですが純粋にバラエティー番組として見た場合、あのエピソードは素晴らしく面白かったし、私も当時は大笑いして観ていた記憶があるのです。

 原典の番組で大好きな話だったので、どうしてもそれを作品に入れたかったのだ……」

 

「それで見事にキャラ崩壊……という事か。

 セイバーの人柄からしたらあり得ない行動、あり得ない暴挙。

 それがFateファンの方々の逆鱗に触れた、というワケだな」

 

「その通りです。あの盗み食いの暴挙については、一応は作品内で理由付けをしていたのですが……いま思えばそれも充分ではなかったように思います。

 そもそも私が悪事を働くという時点で、Fateファンからしたらアウトでしょう。

 あの無茶に関しては“コメディだから”などという言い訳は、通用しなかったのだ……!」

 

 ガックリと項垂れるセイバー。

 たとえ本人は面白いと思って書いていても、それで読んでいる方々の気分を害してしまうならば、意味など無い。

 この作品はコメディで、みんなに笑って貰ったり楽しんでもらう為にこそ、書いているのだから。本末転倒である。

 

「キャラ崩壊については、私も思う所があります。

 以前あるガルパンの二次小説を読んでいたんですが……その中にあった私のお姉ちゃん“西住まほ”のセリフに『お前には二度と戦車に乗ってほしく無いだけだ』という物があったんです。

 これは原作にもあった、私とお姉ちゃんが喫茶店で偶然会ったシーンでの物だったんですが……」

 

 西住さんは「うむむ……」と困った顔。

 どう言えば良い物か、考え込んでいるようだ。

 

「はっきり言ってしまうと……私はそのセリフを目にした瞬間、“その作品を読むのを止めた”。

 これはあまりにも酷いと感じて、もう読む気を無くしてしまったんです」

 

「断言出来ます。私のお姉ちゃんは、ぜったいそんな事言いません(・・・・・・・・・・・・・)

 お姉ちゃんは確かにぶっきらぼうだけど、心の底では本当に私の事を想ってくれているんです。

 西住流の立場と、私の姉という立場、その板挟みで苦しんでいる……。そして転校していった私の事をとても心配し、とても大事に思ってくれている人なんです。

 ……だから私に対して『お前には二度と戦車に乗ってほしく無い』なんてセリフを、西住まほというキャラクターが言うワケが無い――――

 そもそもお姉ちゃんは、私が戦車道を止めざるをえなかった原因の出来事を、自分のせいだとすら感じて苦しんでるんです。

 そのセリフを言ってしまうのなら、もう名前が一緒なだけの“全く別のキャラクター”になってしまうんです」

 

「恐らくなんですけど……あの作者の方は、原作を最後まで観ていないのでは無いかと、そう思うんです。

 例えば他の人の二次小説とか、どこかで見聞きした“ぶっきらぼうな西住まほ”というイメージだけを持って、小説を書いてしまっていたのでは無いかと思うんです……。

 きっとその喫茶店のエピソードがある部分だけは事前に観て、後は持っていたイメージだけでお姉ちゃんというキャラを書いてしまっていたんでしょう。

 ガルパンが人気作だったからなのか、軽い気持ちからだったのかは、分かりません……。

 けれどひとつ言えるのは、その人は“原作愛”の無いままで二次小説を書いてしまっている、という事なんです」

 

 みほがしっかりと顔を上げて、まっすぐみんなの方を見る。

 

「キツイ事を言うようですけど、これは“絶対にやってはいけない事”だと思います。

 二次小説を読みに来てくれるのは、心から原作を愛する人達です。大好きだからこそ二次小説を読みに来てくれてるんです。

 良く知りもしない作品で二次小説を書くと、大切な読者の方々を裏切る事になります。

 そして何より、原作に対しても凄く失礼な行為です。侮辱してるのと同じです。

 愛も無いのに二次創作をしてはいけないんです。

 これは私たちが、最低限守るべきルールなんです――――」

 

「だから“キャラ崩壊”については、作者は本当に細心の注意を払わなければいけないと思います。

 ちゃんとタグにキャラ崩壊と付けているから……なんて言い訳は通用しないんです。

 それは何の免罪符にもならないし、好き勝手に書いて良い事にはなりません」

 

「何よりもまず、設定やお名前をお借りしている原作という物には、私達は最大の敬意を払わなくてはいけないんです。

 そして忘れてはいけないのは……『この作品を読んでくれている人たちは、心から原作を愛してる人達なんだ』という意識。

 二次小説という物をやる以上、これはぜったいに無くしてはいけないんです」

 

 みほの言葉を受け、セイバーが静かにうなずく。

 

「正直な話、なぜ原作愛も無いのに二次小説を書くのか……私にはまったく理解出来ないのだ。

 そんな事をしても、結局痛い目を見るのは自分だと、ハッキリお伝えしておきます。

 人気のある原作を選んで書き、例え一時の人気を得たとしても、すぐに化けの皮という物は剥がれてしまいますから」

 

 そう言い放つセイバーは、なにやら「フフン♪」と得意げな顔だ。

 

「それは我が身を持って、すでに経験済みだ。だから間違いない。

 実は私はステイナイトやホロウ、そしてゼロなどは大好きですが……今の主流であるFate Goについては未プレイなのです。全く触った事がありません。

 だからいつもステイナイト設定で書いているのですが……にも関わらず、よく頂いた感想コメントの中でFate Goの話題が出るのです」

 

「えっ? はっきりとステイナイト設定で書いているんだろう?

 なのに別作品のGoの話題を振られるのか?」

 

「その通り。読者の方々から見たら、私という人間が『二次小説を書く程にFateに詳しい人だ』と見えているに相違ありません。

 だから例えステイナイトで書いていようとも、当然Fate Goにも詳しいハズだ――――

 そう見られてしまうのです」

 

「「「!!!???」」」

 

「来ますよ……容赦なくGoの話題が。たくさん沢山。

 私やった事すら無いのに。全然知らないのに……もう毎回のように話を振られます。

 当然だ。読者の人から見たら、私がまるでfate博士のように見えているのだから」

 

「そうか……読者からは“こっちの事は見えない”んだ。

 判断材料は書いている作品のみで、彼らが作者本人の事なんて知るワケが無い……。

 無理もない事だよ……」

 

「そうです。これは仕方のない事やもしれません。

 そしてさっきもあった通り、二次小説を読みに来る方々は、まごう事無く原作の大ファン。

 コアな話題、設定についての質問、疑問、ツッコミ……たくさんコメントで言われますよ?

 ――――その時、困るのは自分なのです。

 返信に困り、コアなファンを相手に無知を晒し、そして恥をかくのは……にわか知識で愛も無く二次小説を書いた作者自身なのです。

 これはまったくの自業自得と言えるでしょう。

 ……ついでに言えば『それって〇〇だと思うけど……』という、ちょっといやらしい感じのツッコミコメントを沢山いただいてしまいますよ?」

 

 愛がなければ、書いてはいけない――――

 これはあらゆる意味で真理なのだ、そうニヤリと笑うセイバーは引き続き「次は何を頼もうかな~」とメニューとにらめっこに入った。

 まだ食うのか君は。

 

 

………………………………

………………………………………………………………

 

 

「では話を元に戻そう。

 セイバーは他に失敗談はあるか?」

 

「はい。実は【一か月一万円】の完結後のオマケとして、Fateとは縁もゆかりも無い“ドラゴンボールの天津飯”を出してやった事があるのです。

 それで読者の方々が全くついて来てくれなかった、という事がありますね」

 

「「「…………」」」

 

 一同絶句。セイバーの方はのほほんとしたものだが。

 

「えっと……参考までに聞くが、なぜFate作品で天津飯氏を……?」

 

「書きたかったのです(キッパリ)

 本編は既に完結してるのだし、オマケだし別に何しても良いかな~とか思ったのですが、案の定やらかしてしまいました。

 感想欄にはただ一言『ぜんぜん意味が分かりません』というコメントもありましたよ?

 おそらくこれに関しては、感想の言いようが無かったのでしょう。

 面白いとも、つまらないとも、書かれてはいませんでした」

 

「「「…………」」」

 

「正直な話、私あの当時は、すごく心がすさんでいたのです(キッパリ)

 もう一生懸命がんばって完結まで書いたというのに……感想欄には『続き書け、続編を書け』というコメントのオンパレード……。

 ちなみに感想欄で“更新を催促する行為”は、ハーメルンの利用規約違反となります。

 それがあまりに多かった為に、少し腹が立っていたのかもしれません。

 ……だから『そんなに読みたいなら書いてやるよぉーー!』とばかりに天津飯で一か月一万円を書いてやったのですが、はっきり言って、やらかしてしまいました――――

 今は反省しています。すいませんでした皆さん」

 

 いくらオマケとはいえ、やって良い事と悪い事がある――――

 それを強く実感したセイバーなのだった。

 

「あれはほのぼの系コメディだと思っていたが、あの作品の闇を垣間見た気がするな……。

 では他のメンバー達は、何かあるかい?」

 

「あ、ぼく良いかな? これ別にぼくの作品じゃないんだけど……」

 

 ガチャピンそぉ~っと手をあげて、その後なんか言いにくそうにモジモジする。

 

「ぶっちゃけた話……そもそも“これを書いてはいけなかった”っていう作品、たくさんあるよね?

 言っちゃえばもう、その作品自体がやらかしだ(・・・・・・・・・・・・)っていう」

 

「「「…………」」」

 

「たとえばなんだけど【最終兵器アナゴ】とか。

 ぞうさんには悪いけど【かわいそうなZOU】とか……。

 あれってもう……書いちゃいけないレベルのやらかしだったよね?」

 

「「「…………」」」

 

 口をひらく事が出来ない。誰一人として、ガチャピンへ反論する者はいなかった。

 

「アナゴについては、まだ分かる気はするんだ……。

 あれってきっと、純粋に“作者の技量が追い付いてなかった”って感じだし。

 作品の題材に技量が追いつかなくて、途中で空中分解しちゃったって印象だもの。

 アナゴさん自体は、もうほんと素晴らしいキャラクターだと思うから。

 それに“奇をてらえば良いってモンじゃない”っていう、良い教訓にもなったし」

 

「う……うむ」

 

「でもさ? かわいそうなZOUに関しては……アレ本気で書いちゃいけなかったよね?

 もう原作“かわいそうなぞう”を読んだ全ての人達に、喧嘩売ってるよね(・・・・・・・・)?」

 

「…………」

 

「それだけじゃないよ。ラノベとか、二次小説評論家マン(笑)とか、某新聞社とか。

 もうそこらじゅうに噛み付いてるよね? まるで狂犬のように。

 ……ねぇ、なんであんなもの書いたの? 何がしたかったのアレ?」

 

 目を逸らすソフィー。容赦なく問い詰めるガチャピン。

 

「ねぇ、はっきり言いなよ。なんであんな事したの?

 書いちゃ駄目だって分かるでしょ? 子供じゃないんだから。もう大人でしょ?」

 

「…………お、思うところがあって」(小声)

 

 すさんでいた――――あの時はどうかしていたのだ。

 こんなの何の言い訳にもならないが、とにかく頂いたご評価&ご意見は全て受け入れるので、どうか勘弁して欲しかった。

 

「と……とにかく! 他には何かあるか?!

 意見のある物は遠慮なく手をあげてくれ!」

 

「後は……どうでしょうか?

 自作品の中で『小麦粉を購入していないのにトンカツを作ってました』というようなミスをやらかし、謝罪文案件になりましたが」

 

「ぼくはうっかり版権物の曲の歌詞を小説内で使っちゃって、読者さんからご指摘を受けた事はあるかな。

 今でこそ大丈夫になってるんだけど、これ当時は立派な規約違反だったし。

 ジャスラ〇クに怒られないように、慌てて修正した覚えがあるよ?」

 

 セイバー、シンジくんが「うむむ」と唸る。

 

「うーん、これは作品での事じゃないんだけど、むしろ“感想欄の返信”で、いつもやらかしちゃってる感じがするよ?

 上手にご返信できなかったり、変な文章になっちゃったり」

 

「ほう、詳しく聞かせてくれるかアンパンマン?」

 

「うん。ようは“文字で相手に気持ちを伝えるのは本当に難しい”って事なんだよ。

 例えば同じ言葉でも『はい』と『はい♪』じゃ、全然受け取り側の印象が違うでしょう?

 このニュアンスの違いで、たまに思わぬトラブルが起こったりしたんだ」

 

「うん、それは分かる。

 これはラインやメールなどの日常生活でもある事だな。

 文章というのは本当に難しい。奥が深いよ」

 

「でしょう? だから同じ意味合いの文章が、受け取る人によっては冷たい物に感じたり、なんかそっけなく感じたりもするんだ。

 ぼくとしては『ご指摘ありがとう、助かりました』って意味で書いたつもりのご返信が、それを見た人にとっては『おおきなお世話だ! 余計な事いうな』みたいな意味に取られちゃったりね。

 それで後で感想欄を見てみると、その人はせっかく書いてくれたコメントを自分で削除しちゃってたという事が、何度かあった。

 時には後でぼく宛てに『すいませんでした。ごめんなさい』ってメッセージをくれたりね」

 

「それはビックリするだろうね。

 そんなつもりじゃないのに、いきなり謝られてしまったり、せっかく頂いた大切なコメントが消えてたりするのだから」

 

「うん。なによりぼくは『本当に申し訳ない』って思ったよ。

 ぼくが何気なく書いた文章が、本来の意図とは違った受け取り方をされてしまって、しかもせっかくコメントをくれた読者さんを傷つけてしまったんだから。

 こういう時に、本当に文章の難しさを実感する。気持ちや感情を文字で伝えるのって、すごく難しい事だよ。

 だからぼくって、何かしらのメッセージを相手に書く時って、『!』とか『♪』とかの感嘆符を過剰に使ってしまう傾向があるんだ。

 もう間違っても変な風に取られないようにって。出来るだけ自分の感情を伝えられるようにって」

 

 

 

 

 

☆やらかしちゃった事ランキング☆

 

 

・第一位 感想欄でのご返信の失敗。

 

・第二位 セイバー味噌汁を直飲み事件。

 

・第三位 【かわいそうなZOU】という作品自体。

 

・番外 自分の技量を超えた題材で書いてしまう。

    小麦粉ないのにトンカツ作り。

    ぜんぜん関係ないのに天津飯を作品に出す。

 

 

 

 

「まぁ小説投稿を続けていく限り、今後も多くのやらかしをしてしまう事だろう。

 その時は素直に『ごめんなさい!』だ。もう床に額を擦り付けて謝罪してやるぞ。

 やらかしを恐れず進もうではないか! 失敗は成功の母なのだ!」

 

「自分で言ってりゃ世話ないねぇまったく。

 あ、ソフィーさん。あたしゃ次いちごパフェね~」

 

 

 

 

――つづく!――

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

61 座談会その6 ~30の質問~

 

 

「ふと思ったのですが、もしこの面子で聖杯戦争をしたら、誰が勝ちますかね……?」

 

 またひとつ議題に決着が着き、一同が満足気な顔をする中……突然セイバーが呟く。

 

「あ、いえ……大した事ではないのですが。

 ただ戦士の(さが)として、誰が一番強いのだろうかと、少し気になりまして。

 もしこのメンバーで戦ったとして、生き残るのはいったい誰なのだろうと……」

 

 冷や汗を流す一同。

 この場には非戦闘員も多いし、そもそも子供だっているのだ。なんて物騒な話題だ。

 

「え……エヴァに乗ってもいいですか……? 生身ならぼく死んじゃいます……」

 

「Ⅳ号戦車を使わせて下さい……せめてあんこうチームで……」

 

「あたしゃ九九式小銃や手榴弾で戦うのかぃ……? たまちゃん召喚しても良い?」

 

 シンジ、みほ、まる子が困ったような声を出す。

 もしまる子が所属していたのが大日本帝国海軍であれば、軍艦や零戦に乗る事も出来たかもしれないが……あの夢の中では単なる兵士。バリバリの陸軍だった。

 

「ヤギは?! ヤギは武器に入るの?! 連れてきてもいい?!

 あ、ならあたしの宝具って、ヤギのユキちゃんって事になるのかしら……?」

 

「俺なんか“一箱で一年分のカルシウムが取れるウエハース”が宝具だぞ?

 どうしろってんだよコレで……」

 

「メタい事いうけど、あたし世界改変とか出来たら、なんとかなるかも。

 じゃなきゃ瞬殺されちゃうでしょうね……」

 

 非戦闘員であるハイジ、ふじお、ハルヒも「うーん」と唸る。幸せな未来が見えない。

 

「すまん、ガンランスは人を撃つための物じゃないんだ……。

 荒らしプレイヤーになってしまう……」

 

「ぼくも人と戦うのはちょっと……。アンパンチを人に使うのはね……。

 真面目に考えるなら、セイバーちゃんのエクスカリバーがエヴァのATフィールドを貫けるかどうかが、争点になってくると思うよ……?」

 

 エヴァvsセイバー。

 なにやら想像してみると心が躍らない事もないが、ご勘弁願いたかった。

 

「――――大変だ! 大変だよみんなっ!」

 

「ん、ガチャピン?」

 

 その時、トイレに行っていたガチャピンが、目をひん剥きながら部屋に戻ってくる。

 

「――――天津飯がいる!! 天津飯が店の中をうろついてるんだよっ!!」

 

「「「 !!!!???? 」」」

 

 何気なくトイレに立てば、そこには「どこかな~?」とばかりに店内をウロチョロしている天津飯の姿。

 ガチャピンはトイレもそっちのけで、急いでこの場に帰って来たのだ。コソコソ身を隠すように。

 

「オイ! なんでヤツがいるんだよソフィー!? 招待状送ったのか?!」

 

「知らない! 私は送ってなんかない! 何も知らないんだッ!」

 

「ちょ……! 拙いよみんな! 天津飯さんこっち来てる!

 どんどん近づいて来るよ!」

 

「襖を閉めて下さい! みんな机の下に隠れるんです! 見つかっちゃいけません!」

 

 もうドタバタと騒ぎながら、みんなが急いで身を隠す。

 なぜヤツがここに!? どうやって嗅ぎ付けた!? なぜ来たんだアイツ!?

 

「失礼。ここが座談会の会場で間違いないな?」

 

(((来たぁぁぁーーー!!)))

 

 机の下に潜み、ガクガク震えながら、その声を聞く。

 天津飯が今、ついに襖をあけて部屋に入って来たのだ。

 

「これはhasegawa作品の主要キャラによる座談会だと聞いた。

 ならば俺も参加せねばなるまいと、こうして駆けつけた次第だ」

 

(((あんた主要キャラじゃないよ! 一回しか出てないよ!)))

 

 ――――粘着されてる! 天津飯に粘着されてる! 怖い!!

 

「何の手違いか、招待状が届かなかったせいで遅れてしまったが、どうやら間に合ったようだ。

 あぁ、俺は気にしていないから大丈夫だぞソフィー? ミスは誰にでもある。

 別に怒ってなどいないから、机の下から出てくると良い。

 俺は“気”を感じ取る事が出来るし、グラスや皿だって机の上にあるじゃないか。

 いるのは分かっているんだ」

 

(((うわぁぁぁああああーーーっっ!!!!)))

 

 さくらももこ作品よろしく、額に「どよーん」と影を落としながら、一同はゾロゾロと机から這い出る。

 それを満足気に見守る天津飯。

 

「さて、では座らせて貰おう。

 あぁ、別に上座じゃなくても構わない。いくらZ戦士であるこの俺の戦闘力やオーラが凄まじいからといって、物怖じする事はないぞ? 尊敬するのは分かるがな?

 同じ主要キャラ同士なんだ。気兼ねなく接してくれて良い。

 だがせっかくだし、ここは頼れる年長者として、幹事であるソフィーの隣に座らせて貰う事としよう。ドリンクは何があるんだ?」

 

(((~~~~ッッ!?!?)))

 

「ほう、なかなかハイカラな飲み物が揃っているじゃないか。

 今日は値段を気にせず、しこたま飲ませてもらう事としよう。

 あ、ちなみにチャオズは置いてきた。

 はっきり言って、アイツは今回の闘いにはついて来れそうに無い)

 

(((お前が言うな! お前が!!)))

 

「では座談会を始めてくれソフィー。進行に困った時は、遠慮なく俺を頼ると良い。

 ちなみに俺もいくつか議題を考えてきたのだが、それについて語り合ってみるか?

 ひとつめのテーマはずばり、“次に書くべき作品の題材”だ。

 定番であるクロスオーバーでいくとして、もちろん主役は俺こと天津飯。

 なにか俺の魅力が存分に発揮できるようなタイトルはあるか? 考えていこう。

 異世界転生も確かに捨てがたいが、やはりクロスオーバーこそ二次創作の華だ」

 

(((いやぁぁぁあああっっ!!!!)))

 

 自身の戦闘力をチラつかせ、ゴリ押ししてくる天津飯。やり方がもうヤクザのソレだ。

 もうシンジくんやみほは恐怖に引きつった顔でガン泣きしているというのに、それをまったく気にする事無く、ドンドン自分の意見を述べていく。

 その戦闘力のみならず、メンタルまで鋼のようだ。手の付けようが無い。

 

「ふむ、ここにいる面子で言えば……出演作はアンパンマン、Fate、モンハン、憂鬱、エヴァ、ガルパン、ヘレン、ちびまる子、世界名作劇場、ポンキッキーズなどか。

 ならばどうだろう? ここは思い切って“全ての作品に俺を出してみる”という」

 

(((助けてぇぇぇえええっっ!!!!)))

 

 ――――その時! 部屋の襖がスパーンと開き! 何者かが勢いよく飛び込んでくる!

 

『大丈夫かみんな! もう心配ないぞ!!』

 

 突然この場に現れた“青い影”が、即座に天津飯に掴みかかる!

 

『うおぉぉ! タワーブリッジ! タワーブリッジ!』

 

 瞬く間に天津飯を担ぎ上げ、背骨を木っ端みじんに粉砕する。

 そして怯え切っていたみんなに向けて、雄々しく「ぐっ!」とサムズアップを決めた。

 

「ロビンマスクさん! 来てくれたのかロビンマスクさん!」

 

「ロビンマスクさん!」

 

 沢山の歓声と拍手を受けながら、ぐったりした天津飯を担いだロビンマスクが「とうっ!」と窓から飛び出し、颯爽とこの場を去っていく。

 その姿を一同は、キラキラした瞳で見つめる。

 

「ありがとうロビンマスク! ありがとぉー!」

 

「ロビンマスクさーん! 素敵ぃー!」

 

 またひとつみんなの笑顔を守ったロビンマスクを、一同は大きく手を振って見送る。

 たとえ何があろうとも、ロビンマスクがいる限り、この世に悪が栄える事はないのだ!

 

 行け! ロビンマスク! 戦えロビンマスク!

 涙を笑顔に変えるんだ!

 

 とりあえずなんやかんやあったけど、ソフィー達は「ふーやれやれ」と座り直し、ピンポーンと店員さんを呼ぶベルを鳴らした。

 とっても怖かったし、なんか喉も渇いちゃったのであった。

 

 

………………………………

………………………………………………………………

 

 

「よし! じゃあ今回は小休止として、これをみんなでやってみようか」

 

 ソフィーがゴソゴソと懐を探り、そこから一枚のプリント用紙を取り出す。

 

「これは先ほどネットで拾ってきたんだが、“ウェブ物書き屋への30の質問”という物らしい。ネット小説を書いている者達への質問テンプレだな。

 テーマでの議論は少しお休みして、これを私達でやってみるのはどうだろう?」

 

「うん良いよ~。

 あたしゃなんか疲れちゃったし、とりあえずちょっと落ち着きたいしね」

 

「まる子の言う通りよ……ロビンマスクさんが来てくれなかったら、どうなってた事か。

 あたしも少し休憩したいわ」

 

 まる子とハルヒが「やれやれ」といった風に同意する。他のメンバー達も同じような感じだ。ホント疲れたのだ。

 

「うん、じゃあドリンクでも飲みながら、のんびりやっていこうか。

 ちょっとした息抜きと考えてくれて構わないぞ」

 

 ソフィーがプリント用紙を手に、リラックスした様子のみんなに向き直る。

 

 ちなみに、ここからはセリフの前にキャラ名を付けて、誰が喋っているのかを分かりやすく書いていきます。ご注意下さいませ。

 

 

 

………………………………

………………………………………………………………

 

 

 

【ウェブ物書き屋への30の質問! 座談会バージョン!】

 

 

・Q1 HNとその由来を教えてください。

 

ソフィー「由来など無い(キッパリ)

     実はこれ、適当に決めた名前なんだよ……。

     作者の実名でも無いし、何かの有名人にあやかったワケでも無い。

     ハーメルンのアカウントを作る時、思い付きで決めた名前だな……」

 

 

・Q2 現在の代表作はなんですか?

 

セイバー「前述の通り、【あなたトトロって言うのね / stay night】かと思います。

     個人的に好きな物で言えば、【ガンランスの話をしよう。】

     短編で言えば、【愛を求めて異世界転生】も気に入っていますよ」

 

 

・Q3 小説を書いたり読んだりする上で得意なジャンルや、好きなジャンルを教えてください。

 

アンパン「得意だなんて言えないけれど、コメディを書くのが好きだよ♪

     逆にシリアス物を書く時は、どうしても色々考えて、手が遅くなるかな?

     読むので言えば、やっぱりラブコメや戦争物なんかが多いかな。

     好みで言うと、お腹が痛いほど笑えるとか、逆にメチャメチャ重たいとか。

     とにかくそんな“突き抜けた作品”が好きだよ♪」

 

 

・Q4 逆に苦手なジャンルはなんですか。

 

ハルヒ「まったく書かない、読まないって意味では、推理物かしらね……。

    謎解きとか、難しい設定とか、そういうのを考えるのは得意じゃないのよ。

    やっぱ単純明快なのが良いわね! 何も考えずに読めるみたいなのが至高よ!」 

 

 

・Q5 尊敬する、又は好きな作家は誰ですか。

 

みほ「名前を出しちゃうのはアレなので……ごめんなさい、作品名で。

   艦これの二次小説【提督をみつけたら】の作者さんのファンです♪

   同じく【愛しのリシュリュー】の作者さんもすごいなって尊敬してます♪」

 

 

・Q6 次の単語を使って文章を作ってみてください。(紅、叩き、浅はかな)

 

ふじお「なんでそんな事しなくちゃならねぇんだよ(直球)

    ……わーったよ、やるよ。えっとぉ~……。

    ブタゴリラが『お前の作る紅ショウガは臭い!』とネットで叩きやがったナリ。

    あいつは浅はかナリ』

 

 

・Q7 あなたの文章の特徴はなんだと思いますか。

 

シンジくん「無駄に感嘆符が多い事と、無駄に行間にスペースを空ける事ですかね……。

      とにかく読みやすいように! という意識でやってるんですけど、

      読者の方から見たらどうなのかなって、いつも思ってます……。

 

 

・Q8 影響をうけた小説や映画、漫画などはありますか。

 

ハイジ「ハーメルンとかのネット小説って“横書き”でしょ?

    だから普通の本みたいな縦書き小説とは、基本的に書き方が違うのよ。

    人間の目って縦の動きには強いけど、横にはすごく弱い所があるの。

    だから横書き形式なのに、行間を入れずにギッチギチに書いちゃったら、

    すごく目が疲れて読みにくくなるのよ! 普通の本は参考に出来ないの!

    “こういう風に書けたら良いな”と思って参考にしたのは、

    ハーメルンにある【Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた】という作品よ♪

    書いているジャンルや内容は、似ても似つかないけど……」

 

 

・Q9 好きな言葉はなんですか。

 

まる子『――――命よ輝けッ!!』

 

 

・Q10 小説を書く際に最も大切にしていることはなんですか。

 (テーマ、描写、娯楽性など)

 

ガチャピン「いちばん大事だと思ってるのは“読みやすさ”だよ!

      むむ……って目が止まらず、スラスラ読めるようにするのが理想!

      改行や行間を開ける事と、こまめに句読点を入れる事。

      これだけはいつも気を付けるようにしてるよ!」

 

 

・Q11 次のうち、最初に決まるのはどれですか。(人物、世界背景、ストーリー)

 

ソフィー「私の場合は“設定”を先に決める事が多いな。

     この作品をクロスさせたら面白そう! みたいな感じだ。

     次に多いのは“ネタ”だな。

     ふと思いついた時、それに思わず自分で笑ってしまったかどうか。

     それが作品を作る時の基準になるぞ」

 

 

・Q12 人物名を決める時に気をつけることはありますか。

 

アンパン「ぼくは二次小説を書く事が多いから、あんまりなんだ。

     でも必要な時は、その場のインスピレーションで決めてる気がするよ♪」

 

 

・Q13 今まで小説に使用したネーミングで気に入ったものを教えてください。

 

セイバー「これは自分で考えた物では無いのですが……、

     ハンターナイフで登場した“ピュラ”という少女の名前が好きですね。

     清廉さや、愛らしさ、そして儚げな印象があります」

 

 

・Q14 今まで小説に使用したセリフやフレーズで気に入ったものを教えてください。

 

ハルヒ「これはオリジナルの短編【愛を求めて異世界転生】にあるセリフね。

    主人公は堅物で、ぶっきらぼうな“愛を知らない男の子”なんだけど……、

    そんな彼の内面の優しさに気が付いた時の、ヒロインのセリフよ」

 

 

「……そうか、彼は愛を知らないんじゃない。“愛が分からない“んだ」

 

「――――彼が“愛“だから。

 彼の心は愛で出来ていて、自分ではそれに気付く事が出来ない。

 自分では、自分の事は見えないから」

 

「彼は愛を、特別な物だと思っている。

 生涯を懸けて探すような……。何か自分には届かない、特別な物のような……。

 でも、あるのに。“貴方が愛そのものなのに”。

 ……だから分からない。貴方には愛が分からない。

 それは貴方にとって特別じゃなく、ただ当たり前に“ある“ものだから――――」

 

 

 

・Q15 長編と短編、どちらが得意ですか。

 

シンジ「どちらかと言えば……短編かな?

    これはコメディを書く事が多いからだと思います。

    構成とかを気にせず、面白い部分だけをスパッと書けるから」

 

 

・Q16 オンライン小説独自の技法を積極的に使うほうですか。基本を守るほうですか。

 

みほ「ごめんなさい、私そもそも“基本”というのをよく知りません……。

   文章の書き方については、以前ほんと軽く勉強したくらいです……。

   だから未だに分かっていない部分も多いし、

   なんだったら自分のやり方で書いちゃってる部分がすごく多いかも……」

 

 

・Q17 プロ志望か趣味としてのみか、どちらですか。

 

ハイジ「プロなんて恐れ多いわ! 私はファンの方なの!

    そもそも“原作が好き”っていう気持ちが、書くモチベーション!

    二次小説って物が好きで書いている感じだからね!」

 

 

・Q18 小説を書いていて、一番苦労するところはどこですか。

 

まる子「きっと“アイディアが思いつくまで”が一番しんどいねぇ……。

    苦労とはちょっと違うけど、書きたいのに書けない時が一番イヤだよ。

    逆に書きたいアイディアがある時は、もうぐぅあ~っと書いちゃうからね。

    確かにいつもうんうん悩んで書いてるけど……その苦労も喜びの内なのさ」

 

 

・Q19 小説を書いていて、一番楽しいところはどこですか。

 

ガチャピン「きっとぼく『文章を書くという行為が好き』なんだと思うヨ!

      だからもう、こうしてキーボードを叩いてる事自体が楽しいんだ!

      それに尽きるね!」

 

 

・Q20 感想をもらったことはありますか。一番嬉しかった感想はなんですか。

 

ふじお「一番うれしいのは『笑った!』って言ってもらった時だ!

    その一言だけで、全ての苦労が報われるぜ!!

    別に評論家みたいに、ここがこうだった~とか、ここが良い~とか、

    小難しいヤツじゃなくても良いんだ!

    たとえ一言でも、素直な気持ちを伝えてくれるのが一番嬉しいぜ!」

 

 

・Q21 小説を書くためにする準備などはありますか。

 

ソフィー「何かしらの二次小説を書く時は、もちろん事前に原作を勉強し直すよ。

     あとwikiなんかで、キャラ設定を調べ直したりね。

     知らなかった設定やエピソードを知って、そこからアイディアが浮かぶ事もある。

     なにより実際に書いた時にも、キャラに深みが出るよ」

 

 

・Q22 小説を書くときにBGMを聞くなど、何かしていることはありますか。

 

アンパンマン「音楽は聴かず、基本静かな場所で書いてるよ。

       集中して書きたいのもあるし、己と向かい合う作業でもあるからね♪

       あとは、書いてる時にこまめに水分を摂りたいから、

       飲み物だけはいっぱい横に準備してるよ♪

 

 

・Q23 イメージ作りのためにすることはありますか。

 

セイバー「私が発想を出すのは、主に就寝前のベッドの中です。

     目を瞑りながら、今度は何を書こうかという事に、じっくり想いを馳せる。

     後は音楽を聴いて気分を高揚させると、良いアイディアが浮かびやすいと思う。

     これはオススメしませんが……徹夜をしたり、逆に寝起きに書くのも手だ。

     いわゆる“おかしな状態”にある時、突飛な発想が浮かんだりしますよ?」

 

 

・Q24 あなたはコツコツ書くほうですか、集中して書くほうですか。

 

ハルヒ「一気にいくわ! アイディアを思いついたら一気に最後まで書くの!

    あたしはコメディを書く事が多いから、文章の勢いを大切にする意味でもね!

    一気にぐぅあ~っと書いてから、後でじっくり手直しすりゃー良いのよ!」

 

 

・Q25 成長物とそうでないもの、どちらを書くことが多いですか。

 

シンジ「どちらかと言えば“そうでない物”の方が多いんじゃないかな……?

    だって短編が一番多いですから。

    連載物の時は、もちろん成長がテーマの物も書くよ」

 

 

・Q26 ダークとライト、シリアスとコメディ、それぞれどちらの割合が多いですか。

 

みほ「ライト、そしてコメディが多いです。

   でも理想としては“どちらも書きたい”と思っています♪

   暗い話を書いた後は、明るい物を。

   逆に明るい話の後は、シリアスを書きたくなりますね。

   どちらかじゃなく、どちらもやる事が大切なんじゃないかって、そう思うんです♪」

 

 

・Q27 一人称と三人称、どちらが書きやすいですか。

 

ハイジ「きっと書きやすいのは“一人称”だと思うわ!

    でもあたしが書くのは三人称の小説が7割くらいね!

    確かに難しい所はあるんだけど……、

    個人的に「あたし小説書いてる!」って感じがして好きよ!

    逆にあたし“台本形式”って、物凄く難易度が高い手法だと思ってるわ。

    セリフだけで情景や感情を伝えるなんて、よっぽど上手な人じゃないと無理よ?」

 

 

・Q28 あなたの小説の隠れたテーマや、共通点などはありますか。

 

まる子「なにを書くにしても、とにかく“容赦なくやる”ってのは大事にしてるねぇ~。

    笑わせにかかる時も、残酷な描写をやる時も、とにかくおもいっきりやるよ。

    きっとだけど、あたし物語の価値って、

    “どれだけ読んでる人の感情を揺らせるか”だと思うのさ。

    だからもう、容赦しないよ? おもいっきりぶつけてやるのさ」

 

 

・Q29 最近の食事風景を描写してみてください。

 

ガチャピン「じゃあ今日のごはんの時の、ぼくの様子を書くね♪

      うわぁぁー! ピザおいしぃぃーー! ピザおいしぃぃーー!!

      ピザなんて久しぶりに食べたよ! とってもリッチな気分だよ!

      なんかチーズじゃなくて、マヨネーズの味しかしないけど……。

      とっても大味で、なんかすごく子供が喜びそうな味だけど……。

      でもとにかくおいしぃぃーーー!! ピザおいしぃぃーーー!!

      ピザ考えた人ありがとう! 生まれてきてくれてホントありがとう!

      むしろピザ考えた人を産んでくれたお母さんありがとう!

      産み、愛し、慈しみ、見守り、育んでくれてありがとう! ナイス出産!

      うわぁぁピザおいしぃぃーー! ピザおいしぃぃーー!

      ――――全人類に! 幸あれッ!!!!」

 

 

・Q30 今後書いてみたい小説はありますか。

 

ふじお「いまウンウンと考え中だ。

    リクエストも受け付けるから、なんかあったら気軽に言ってくれて良いぜ?

    遠慮すんなよオイ! こいよ!!

    とりあえず前に書いた“NARUTOのヒナタ”でもう一本書けないかな~って、

    そう思ってはいるぜ?

    ……ヒナタってキャラが好きで、あの子がすげぇ可愛いのもあるが、

    なんかアレ、ラブコメちっくなの書けてなかったか? あれラブコメじゃね?

    それが個人的に嬉しかったから、出来たらもう一回やってみてぇかな~?

    次はどんなエロい事をヒナタに言わせようかなって、いつも考えてるよ」

 

 

 

 

 

………………………………

………………………………………………………………

 

 

 

「おっけぃ! 終了っ!

 ではこの後は、座談会後半戦! また引き続きテーマを決めて話し合っていくぞ」

 

「ねぇ……もうすんごい夜も更けてきたよ? だいじょうぶ?

 小学生もいるんだから、なるだけ早く終わろうね……?」

 

 

 

 

――つづく!――

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

62 座談会その7 ~印象に残ったコメント~

 

 

「では一息ついたところで、続いてのお題は……これだぁぁーー!!

 ぬぅおおおぉぉぉ~~っ!」

 

「ソフィーさん……だいぶはっちゃけてきたよね」

 

「さっきの天津飯さんのトラブルが、いい感じに吊り橋効果になったのかも……。

 私たちに心を開いてくれたんだね」

 

 シンジくん&みほに暖かく見守られながら、ソフィーがお題の箱から手を引き抜く。

 

「ジャジャン! “印象に残っているご感想ベスト3”!!

 これについて話し合っていこう!」

 

 やっぱりちょっと恥ずかしかったのか、テレテレしながらイソイソと座る。

 ソフィーはこの中では一番年上だけど、「なんか可愛い人だな」という感じだ。

 

「ここでは今まで私たちの作品に頂いてきた、読者の方々からのご感想コメントについて、議論していきたいと思う。

 特に印象深かった物を紹介していくが、一応プライバシー保護の観点から、投稿して下さった方々についてはお名前は伏せさせてもらう。

 そして人様の物を丸々コピペするも憚られるから、ある程度は崩して書く事とするよ。

 ここで紹介する物は、あくまで『こんな感じのご意見だった』と思ってくれ」

 

「了解したわ。

 というか作品ごとに、やっぱ頂いたコメントの数って、だいぶ違うわよね?

 今まででどれが一番多かったの?」

 

「うーん、やはり多く読まれていたトトロや、一か月一万円になるだろうね。

 ただ話数やアクセス数に関わらず、なんかみょ~にいっぱいコメント貰えたなーという短編作品もあるから、これは一概には言えないな。

 中には毎回のようにコメントをして下さり、陰から作品を支えてくれる方々もいるのだ」

 

 ハルヒの質問に答えたソフィーが、また懐をゴソゴソし、一枚のプリントを取り出す。

 ぶっちゃけおっぱいの所から取り出しているのだが、四次元にでもなっているのだろうか。

 

「ひとつ言えるのは、ご感想を頂ける事は、私たちにとって何よりの励みだよ。

 今後の活動への指針になるし、何よりモチベーションが爆上がりするからね。

 とてもありがたい事だよ」

 

「ぼくも作品を読ませてもらったら、出来るだけ感想を伝えるようにしているよ♪

 まぁなんて書けば良いのか分からなかったり、上手な言葉が見つからなくて悩んじゃう事はあるけど。これってとても大事な事だよね♪」

 

「ガチャピンの言う通りだ。感謝の気持ちを伝えるのは、とても大切な事だよ。

 今後私たちも、恐れる事なく作者さまに感想コメントを贈ろうじゃないか!

 では早速、“印象に残っているご感想”の発表だぁぁーー!」

 

 

 

 

 

☆印象に残っているご感想 その1☆

 

・おめぇ頭おかしいのか?(誉め言葉) 【汚いザンギエフを見つけたので】より 

 

 

 

「ひどいっ!!」

 

「悪口! これ悪口じゃねぇか!」

 

 先ほどまでの良い雰囲気は消し飛び、ハイジ&ふじおが絶叫した。

 

「……いや、実はそうでも無いんだよ……。

 よく見てくれみんな。ちゃんとコメントの最後に(誉め言葉)って付いてるだろう?」

 

「そんなの関係ないよ! 頭おかしいって言われちゃってるじゃん!

 純然たる侮辱だよ!」

 

「いやいや、それにほら……よく見てくれ。

 よく読んでみると、これDBの悟空っぽい口調に見えてこないか?

 これはそういった軽いジョークであってだな。

 実際に私は、これを見た途端に噴き出してしまったし、決して悪口では……」

 

「正直、微妙な所だと思います。

 あの有名な、いわゆる“猫虐待コピペ”をザンギエフでやったのですから。

 少女が汚いザンギエフを拾う話なのですから、頭がおかしいと言われても……」

 

 ハイジ&セイバーに責められつつ、必死にフォローを入れるソフィー。正直敗戦が濃厚だ。

 とりあえず埒が明かないので、次のご意見に行く事とする。

 

 

 

☆その2☆

 

・君は実にバカだな(誉め言葉)  【身体パン】より

 

 

「だから悪口っ!」

 

「バカって言われてるじゃない! 貶されてるじゃないの!」

 

 絶叫するガチャピン&ハルヒを、ソフィーとアンパンマンが必死に宥める。

 

「実はこれも、ドラえもんの名言のオマージュなんだよ……。

 だからこれは、分かっている者同士で言うジョークのような物であってだな……。

 決して悪口ではないんだよ……」

 

「身体パンの作中で、士郎くんが“のび太くん”の名言をパクってるシーンがあってね?

 きっと、それを読んで言ってくれたんだと思う。同じドラえもんネタだし……」

 

 確かに一見キツイ感じはあるが、ちゃんと横に(誉め言葉)と付いている事だし。ここは読者の方を信じていこうと思うソフィーである。

 ポジティブな気持ちというのは、とても大切なのだ。

 ちなみにこれらをくれた読者さまは、それぞれ別の人である。

 

 

☆その3☆

 

・発想が狂ってる。  【メディア ~冬木のロッキー~】より

 

 

「ちょっと待って下さい! さっきからロクな物がありません!」

 

「ぜんぶ作者への悪口じゃないの! なにさ狂ってるって!」

 

 もう西住さんとまる子のキャラが崩壊している。それほどの酷さであった。

 

「いや……これはけっこうお褒めの言葉だったんだよ……?

 頂いたコメントの文章では、基本的には沢山褒めて下さっていたんだ……」

 

「ようは、なぜFateのメディア主演で、映画ロッキーのパロディをやろうと思ったのか?

 という事です。彼女はもやしのように貧弱な魔術師なのです。

 この方のお言葉は、とても的を射ているように思う。あり得ない配役です」

 

 fateのヒロインであるセイバーをしても、これは擁護出来ないようだった。

 

「……実はアレの発想には、まず先にロッキーがやりたいという想いがあったんだ。

 そしていつもの如く『じゃあ書きやすいFateで』という安直な発想の下、あのクロスオーバー作品は制作されたんだよ……。

 だから『あえてロッキー役を任せるなら』という事で、メディアさんが選ばれたんだ。

 後に世界チャンピオンとはなってはいるが、実はロッキーは最初ただの街のゴロツキで、うだつの上がらない生活を送っていたんだよ。

 だから暗い過去のあるメディアさんを主役にあて、恋人のエイドリアン役を宗一郎さんに……」

 

「理由は分かりましたが、やはりおかしいと思う。

 やるなら私やアーチャーとかで良いじゃないですか。なぜその配役なのですか」

 

 この一見「なんでやねん」みたいな配役から、先の発想が狂っているというご意見を頂いたのだろうが、実のところソフィー的には『なにがおかしいのか分からない』という気持ちだったりする。

 何がおかしいのか、なぜ狂っているとか言われるのか。それがどうしても理解出来ずにいるのだった。私は真面目に考えて書いたんだぞと。

 

「お前の配役はおかしいシリーズで言えば……このコメントもそうだな。紹介しよう」

 

 

 

☆その4☆

 

・なんという誰得  【対魔忍ガチャピン】より

 

 

「この作品に関しては、多くは語らないが……。

 ざっくり説明すると『敵に捕らえられたムックがエロい拷問を受け、んほぉぉ~とかアヘェ~とか言っちゃう』という内容の小説だぞ」

 

「――――誰得っ!?!?」

 

 なんで書いた?! なんでムック?!

 この作品に関しては多くを語らないが、なんか妙にいっぱいコメントを貰えた思い出がある作品なのだった。みんなエッチである。

 

「プチ悪口系はこの辺にして、次は作風に関してのご意見だぞ。いってみよう!」

 

 

 

☆その5☆

 

・息継ぎをする暇くらい下さいよ!!  【機動武闘伝、寿司ガンダム】より

 

 

「これは……どういう意味かな? 息継ぎって?」

 

「あぁ、これは『もっとインターバルを入れろ』みたいな意味だぞ。

 私って短編コメディを書く時に、もうひたすらボケで畳みかける事があるだろう?」

 

「あるね。情景描写とかの間を置かずに、ひたすらボケ→ツッコミ→ボケ→ツッコミをいくつも繰り返してる時。嵐のように畳みかける感じで」

 

「ようはそこでガハハっと笑ってくれてて、でもどんどん矢次にボケ倒してくるものだから“息が出来なくなる”みたいな意味だったんだと思う。

 読んでて疲れるから、もっとひとつひとつのボケに間隔を空けてくれ、という事だな」

 

 ソフィーの解説にフムフムと頷くガチャピン。言われてみれば、確かに読みづらさを感じる部分なのかもしれないと思う。

 

 例えば漫才などでも、お客さんがアハハと笑ってくれている時は“笑い待ち”という、わざと喋るのを止めて時間を摂るやり方がある。

 会話のテンポは悪くなるが、ひとつひとつのボケにしっかりと向き合うための時間が出来るので、お客さんも疲れないし、なによりネタの内容を理解してもらいやすい。

 

「まぁ言うなれば、“読者を置いてけぼりにするな”というご意見だな。

 私的には楽しく書いてても、それに読者がついて来られないのであれば、本末転倒となる。

 勢いだけではなく、時にはひとつひとつのエピソードをじっくり描写するのも大切だ、というワケさ」

 

 ちなみにこれと同じ内容のご意見を、ブチ切れハイジを始めとして、数多くの作品で頂いている。

 恐らくは、hasegawa作品が「読んでて凄く疲れる」と言われる原因のひとつであるのだろう。今後も精進していきたいと思う。

 

 

 

☆その6☆

 

・電車の中で読んでしまい、噴き出して恥ずかしい想いをした。  【コメディ全般】

 

 

「これはいつも『申し訳ない!』とは思いつつも、どこかガッツポしてしまうヤツだな」

 

「噴き出すくらい笑ってくれたって事だもんね。

 こればっかりはもう『ご愁傷様!』としか言えないわ。

 こちとら笑わせ屋。笑わせてナンボの世界で生きてんのよ! ゴメンね!」

 

「ちなみにハルヒよ。

 これの亜種で『スマホがツバで汚れたから訴訟』というのもあるぞ。

 ほかにも飲み物を噴き出して、そこら中汚したとかな」

 

「あたし達の小説による被害総額って、いったいどれくらいあるのかしらね……?

 ほんと申し訳ないんだけど、こればっかりはもうガッツポなのよ!

 あたしを誰だと思ってんのよ! でもゴメンね!」

 

 コメディ作家は、笑いの奴隷なのだ!

 もうどんな被害があろうが、誰がどんな目に合おうが、ただひたすら笑いを追求する人種。

 自らの身だけでなく、他の全てを犠牲に捧げても「それで良い」と思える、そんな罪深き人種であるのだ! どうかご勘弁頂きたく思う。

 

「続いては、純粋に印象深かったというコメントを紹介していこう。

 いわゆる『ナイスなコメント』というヤツだ」

 

 

 

☆その7☆

 

・えっ……クララ立ってない? 立って無いの? そうかそうか立って無いんだな。

 俺の見間違いかなってクララ立っとるやないかいッ!!  【ブチ切れハイジ】より

 

 

「見事なノリつっこみだ。素晴らしい」

 

「正直、こんだけ切れ味よくつっこんで貰えると、頑張って書いた甲斐があるわよね。

 作者冥利に尽きるわ」

 

 ちなみにこのコメントを頂いた時、ハイジは本当に嬉しかったそうな。

 この方につっこんで貰う為に、自分はこれを書いたのかもしれないとすら思った。

 

 

 

☆その8☆

 

・美しい言葉やなぁ……。  【とても嫌な名前ガルパン】

 

 

「ちなみにこれは、大洗の仲間である“日雇い労働者さんチーム”についてのコメントだぞ」

 

「あるよな、こういう言葉。

 短い言葉なのに、もうフワッとイメージが頭に浮かぶような、美しい日本語がよ……」

 

 

 ちなみにこのチーム名は、ハーメルンの読者さん達から募集した物のひとつである。

 言うまでもなく作品内で採用させてもらい、当時は多くの反響があった素晴らしい言葉だ。

 こういった“美しい言葉”は、それだけで頭の中にイメージが浮かび、それが物語となって小説が出来る事が数多くある。

 日本語というのは素晴らしい言語だと実感せざるを得ない。

 

 

「そしてここからは少し趣向を変えて、

 “ちょっと困ったご感想集”というのを紹介していきたいと思う。

 これは今まで私が頂いた中で、特に『ご返信に困るな~』と思った物から選んだぞ」

 

「えっと……だいじょうぶかい?

 さっきのじゃないけど、悪口になっちゃわないかい?」

 

「う~ん。確かにどう取られるか怖い気持ちもあるんだが……。

 決してこれは読者の方を馬鹿にしたり、中傷する意図は無い事を、分かって欲しいんだ。

 せっかくの機会なので、投稿者側から見た“ちょっと困ったコメント”というのがどんな物なのかを、知っておいて欲しいと思ってね。

 今後みんなが好きな作品にコメントを送る時の、参考にしてくれ」

 

 

 

☆少し困ったご感想集 その1☆

 

・私が好きなのはオンユアマークです  【あなたトトロって】より

 

 

「これはなに? オンユアマークって……ジブリ作品のヤツかぃ?」

 

「その通りだ。この方は自分の好きなジブリ作品を書いてくれた、という事だな」

 

 ソフィーはうんうんと頷いているが、まる子はキョトンとした顔。いったい何が困ったコメントなのだろうと。

 

「実はね? 一見なんの問題もない文章に見えるのだが……これってハーメルンの利用規約違反になる可能性があるんだよ。

 この方はただ一言、あなたトトロの作品感想欄に『オンユアマークが好きです』と書いたワケなのだが……でもあなたトトロには、どこにもオンユアの要素なんて出てきていないんだ」

 

「!?!?」

 

「ハメの感想掲示板は、あくまで“作品の感想を伝える場所”なんだよ。

 当然ながら、まったく関係のない内容のコメントするのは、利用規約違反となる。

 ここはアンケートをする場所でも、雑談をする場所ではないからね。

 ……この方は、ただただ自分の好きな作品名を、感想欄に書いた。

 しかもあったのはこの一言のみで、他にあなたトトロに関しての感想は、全く無かった。

 ただ『自分はオンユアマークが好きだ』と報告しただけ、になるんだな」

 

「うん……これは困るねぇ。

 そもそもあたしに言われたところで、『はいそうですか』としか言えないよ。

 しかもアンケート禁止や、関係ない内容っていう、二つの規約違反をしてるし……。

 これにはご返信の仕様がないよ……」

 

「当時のあなたトトロでは、作品の感想を言うと共に、ご自身のジブリへの熱い思いを語り合うという、そんな場所でもあったんだ。

 だから皆さん、もののけやラピュタといったご自分の好きな作品名を、たくさんコメント内で教えてくれていたよ。

 けど、あくまでここは“感想欄”なのだという事を、しっかり覚えてて欲しいんだ。

 作者は感想コメントを頂くのが何よりの喜びなのに……せっかく書いてくれた物が利用規約違反で運営さんに削除されちゃったら、とても悲しい想いをなさるだろうからね」

 

 

 

☆少し困ったご感想 その2☆

 

・○○が□□してるシーンが頭に浮かんだ。  【一か月一万円】など多数。

 

 

「ようは、ふんわりした“リクエスト”だね。

 こういうアイディアを思いついたよ! どうですか作者さん!

 ……みたいな事だな」

 

「さっきもあったけど、感想欄でのリクエスト行為って、利用規約違反なんですよね?」

 

「その通りだシンジくん。

 だから運営さんに怒られてしまわないように“ふんわりと”書いているんだよ。

 こういうの書いて欲しいな~。やってくれないかな~という風に。

 あくまで『頭に浮かんだ』と言っているだけだから、リクじゃないと言い訳が効く。

 正直な話……ちょっとグレーなやり方だね」

 

 こんなクロスオーバーが見たい。このキャラを出して欲しいな。こんなエピソードはどうだろう。

 二次小説を読んでいれば、誰しもが一度は思う事だ。

 

「これはファンとしての心理というか、私の想像でしか無いんだがね?

 きっとこのコメントをする方々って、“作者さんの意見を聞きたい”のではないかと思うんだ。

 こんなの思いついたよ! これ作者さんどう思います? 良いと思いません?

 そう提案して、もしその作者さんが褒めてくれたら……とても嬉しい事だと思うんだよ。

 もし万が一にでもアイディアが採用されたら、言うまでもなくすごく嬉しいだろうからね」

 

「けれど……キツイ言い方のようですが、それは“マナ―違反”です。

 せっかく思いついたアイディアをお伝えしたい気持ちは、痛いほど分かります。

 けどそれをした所で、きっと作者さんは、喜んではくれません。

 ……下手をすれば、感想欄を読みに来た他の方々に『俺はこんなアイディアを思い付いたぞ』という、変な自慢のようにとられてしまいます。

 そもそも、マナーを無視して提供した物を、作者さまが使ってくれるハズないんです」

 

 みほの意見に、ソフィーも静かに頷きを返す。

 たとえば、ちょっとした自己顕示欲。『俺は小説は書いた事ないけど、こんなのを思い付けるんだぞ』と、そんなちょっとした気持ちからくるファン心理なのかもしれない。

 すごい小説を書ける作者様に対する、ちょっとした見栄もあるのかも。

 

 だが本当に作者さんに協力し、アイディアを提供するつもりがあるのなら……。

 マナ―違反を犯したり、逃げ道を作るようにふんわりと告げるのではなく、活動報告や直接のメッセージでお伝えするべきだ。

 

「こういう類のコメントを頂いた時は、私はこう返信するよ。

 『私の事は気にせず、どうぞそのアイディアで小説を書いて下さい♪』とね。

 人に書いてもらうのではなく、自分で思いついた物は自分で書くべきだ。

 そして完成したら必ず読ませて頂きますからと、そうお伝えしているんだよ。

 ……まぁ今まで、それで実際に書いてくれた人は、ひとりも居ないけれど……』

 

「あはは……」

 

 

 

☆少し困ったご感想 その3☆

 

 

・あれって〇〇じゃないと思うけど……   【エヴァ作れませんでした!】など多数

 

 

「うわームカつく! いやらしい言い方だわ!

 特に三点リーダー使ってる所なんか!」

 

「そう言うなハルヒ。

 まぁこれも、さっきのと同じ“ふんわりとした”指摘だな。

 あくまで思うだけなので、たとえ間違っていても、言い訳が効くやり方なんだ」

 

「言うならハッキリ言いなさい! 男らしくないのよ!

 まぁもしかしたら、女の子が書いてるのかもしれないケド」

 

「そして、これは私の経験からなんだが……。

 こういった指摘って“8割以上は間違い”なんだよ。

 なんてったって、二次小説を書いている人の原作知識は、もうとんでもないんだぞ?

 このコメントは、ただの揚げ足取り。しかも発言の責任は負わない。

 そしてこれも経験則なんだが……こういうコメントをする人は、作品を読んだ感想自体は書いていない事が多い。

 ここは“感想欄”であるハズなのに……」

 

「正直これ……来たらすごくテンション下がるコメントね。

 ただ他人の揚げ足取りがしたいだけじゃない!」

 

「まぁこういった事は、本当によくあるんだよ。

 ネットという場所に投稿して、不特定多数の前に晒されるのだからね。

 どうしてもこういった“こまった人達”はいるのさ。

 私のような細々とやってる人間の作品でも、何万人という人達に読まれているんだぞ?

 時に、人の悪意に晒される事もある。……悲しいけれど、これは事実だよ」

 

 プリプリ起こるハルヒを宥め、よしよしと頭を撫でてやるソフィー。

 

「これは『小説を書いてみたい』と思っている人に、聞いて欲しいんだが……。

 ネットに小説投稿をするのなら、“中にはそういう人もいる”という事を、しっかり覚悟しておかなければならないよ。

 これは人気作になればなる程、そうなんだ。決して褒めて貰うばかりじゃないし、楽しい事ばかりじゃないって事を、覚悟して欲しいんだ」

 

「そして――――そんなコメントにまともに相手したり、喧嘩したりしちゃ駄目だ。

 そうでないと……きっと嫌な思いばかりして、すぐに潰れてしまうよ。

 もしそれで書く事が嫌いになってしまったら、もう身も蓋も無いから」

 

 なにやら真面目な雰囲気になってしまった。

 それを感じたソフィーは、少しおどけるような感じで、次のコメントを発表する。

 

「じゃあこれは、さっきまでのとは違い“別の意味で困ったご感想”なんだが……。

 参考までに見て欲しい……」

 

 

☆少し困ったご感想 その4☆

 

・作者さまの素晴らしい人間性と、優しい人柄が作品に表れていて…… 【キッズアニメ系】

 

 

「ちょっと待って! これどういう事?!」

 

「なんだよコレ!? どうなってんだよ!?」

 

「いや……私もこのご感想には、たまげたんだ。

 まさか私という人間が、そんな風に見られているだなんて……」

 

 目をひん剥いて叫ぶ主要キャラ一同。有り体に言えば『そんなワケねぇだろ!!』みたいな事である。

 

「えっとね……?

 さっきもあったけれど、“読者からはこちらが見えない”というヤツなんだよ。

 このコメントをくれた方は、私が書いた作品の印象で、あたかも私の事を聖人君主のような、とても素晴らしい人間だと思って下さってる……というワケなんだな……。

 普段からアンパンマンや世界名作劇場、そして各種キッズアニメを題材にして書いている弊害なんだろうと思う……」

 

「……!!??」

 

「ちなみにだが、この逆バージョンもあるぞ?

 私が書いた戦争物の作品を斜め読みして、『コイツは左翼のクソ野郎だ!』と怒りに任せて罵倒コメントを書いて下さる方も、中にはいらっしゃるんだ」

 

「……!!!!」

 

「言うまでも無いが……私は聖人君主でもなければ、旧日本軍を批判する左翼でも無い。

 私はあくまで“物語”を書いているんだよ……」

 

 ソフィーは困った顔で頬をポリポリする。

 シルベスター・スタ〇ーンはロッキーという映画を作ったが、決して彼自身がロッキーのようにタフなワケでは無いのだと。

 

「作品内に登場するキャラ達は、私の考えの代弁者でもなければ、分身でもない。

 私は小説を書く時は、自身の性格を投影するのではなく、『この子ならこう喋るだろう』と想像しながら書いているんだよ。

 そもそもだ? オリジナル作品を書く人ならいざ知らず……いつも私は原作キャラありきの二次小説を書いているだろう? 元々あるキャラを書いているじゃないか……。

 なぜそこに、私の性格が反映されてると思うんだ?」

 

「えっ……でもソフィーさんはオリ主でしょう?

 なら多少なりとも、自分の性格が反映されるんじゃ……?」

 

「例えば『こうだったら面白いな』とか『こういうキャラが好きだな』という理想、という意味だったら、そうかもしれない。

 だが私というキャラに、作者との人格的な共通点は、一切無いぞ(・・・・・)

 まぁ【ガンランスの話をしよう】という作品に関して言えば、私の趣味全開で書いている物だから、同じガンスを愛する者同士であるという共通点はあるけれど……。

 でもあくまで比較的(・・・)だな」

 

「こ、好みとかあるじゃない!

 キッズアニメが好きだとか、コメディが好きだとか!

 そういう好みは作品に反映されるんだから、ちょっとは人柄が出るんじゃないの?!」

 

「わからないぞぉ~?

 もしかしたら私が『やさしい人だと思われたい』から、読者の方々に良い風に見られたいから、こういった作品を書いているのかもしれないぞぉ~?

 こういうのがウケるんじゃね? とか思ってやってるのかもしれないぞぉ~?」

 

「…………!!??」

 

 みほ&ハルヒが絶句する。ソフィーは何やら楽し気な顔だ。

 

「美味しんぼの海原雄山は、素晴らしい芸術家だと聞く。

 人の心を打つような、美しい物を作る事が出来る人なんだ。

 ……けどリアルの人柄で言えば、彼はかなりの頑固ジジイだろう?

 強い信念を持った人ではあるけれど……とてもじゃないが人格者とは言えないよ。

 まぁつまりは……そういう事なんだ」

 

「…………」

 

「ハッキリ言っておくよ。

 私自身の人柄は、書いてる作品の内容とは全く別なんだ――――

 それについて、ひとつ面白い話があるのだが……聴きたいかい?」

 

 一同は言葉なく、ただ黙ってコクリと頷く。

 

「……私も以前は、同じことを考えていたよ。

 自分の愛する作品の作者さんは、きっと素晴らしい人間性を持つお方なんだと。

 こんなにも素晴らしい物を書けるのだから、そうに違いないと」

 

「…………」

 

「だがね? こうして自分で小説を書くようになって……そしてさっきのようなご意見を頂いた時に、ふと思ったのだ。

 あれっ? 今までそう思ってたけど……もしかして違うんじゃね?

 別に聖人君主じゃなくても、面白いもの書けるんじゃね? ……と」

 

 ソフィーは「カッ!」と目を開き、言い放つ。

 

「――――だから私が好きな作者さん達も、意外と大した事ないのかもしれないな(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 涙が出るような感動ストーリーを書くクズ野郎や、友情努力勝利を書く卑怯者だって、いるのかもしれないな!」

 

「「「ソフィィィィーーー!!!!」」」

 

 ――――言っちゃ駄目だろソレ! なに夢こわしてんだ!!

 一同がソフィーに掴みかかりって口をふさぐ。

 ソフィーは「んーっ!」とモゴモゴするが、しばらくの間、解放される事は無かった。

 

 

………………………………

………………………………………………………………

 

 

「みんな力つよいんだな。ぜんぜん動けなかったよ。でもハグしてくれてちょっと嬉しかった。

 ……ではここからは、私が今までで“一番嬉しかったご感想”を紹介していきたいと思う。

 すこし時間がえらい事になっているから、駆け足でいくけど……、良かったら聞いてくれ」

 

 

 

☆嬉しかったご感想 その1☆

 

・これが二次創作の良さですよね!   【あなたトトロ】など

 

 

「これはね? 火垂るの墓の節子ちゃんが、fateの藤村先生と一緒にごはんを食べているシーンでのご感想なんだよ。

 原作で節子ちゃんは悲しい最後を迎えてしまったけれど……でもこの作品の中では、こうして大好きな人と一緒に、たくさん幸せな時間を過ごしているんだ」

 

「はい、このご感想を頂いた時は、本当に嬉しかったです。

 これに関しては、私も常々思っている事ですから。

 二次小説を書く動機として、とても大きな物に“救済”という物がある。

 大好きだったあのキャラに幸せになって貰いたい。幸せにしてあげたい――――

 私たちはそんな愛情から、二次創作をするのです」

 

 

 

☆嬉しかったご感想 その2☆

 

・まだ戦争についての答えは出ませんが、

 これからも考え続けていこうと思います  【まる子、戦争にいく】より

 

「これはきっと、私が一番欲しかった言葉だったと思う。

 意見の押しつけじゃなく、ただ“興味”を持って欲しかったんだ。

 私たちのおじいさん達が戦った戦争について、もう一度しっかりと考える――――

 そのきっかけになってくれたなら、あの作品を書いた意味があると思う」

 

「あたしも酷い目にあわされた甲斐があるってもんだよ、まったく。

 でもこのご感想は、涙が出るくらいに嬉しかったよ。ありがとね!」

 

 

 

☆嬉しかったご感想 その3☆

 

・なんでだよ……途中までゲラゲラ笑って読んでたのに。

 最後に泣かされるなんて……   【身体はパンで出来ている】より

 

 

「これは純粋に『よっしゃ!』と思ったヤツだな。

 士郎くんがアンパンマンの為に戦うというエピソードがあるんだが、そこでのご感想だ」

 

「一話からずっとおバカなコメディだったからね。

 でもあのお話では士郎くんが本当にがんばってくれて……。

 だからぼくも、最後にがんばれたんだ」

 

「ちなみにハンターナイフのご感想で“読んでて涙が零れました”と言ってくれる方々がいたんだ。

 当時は小説を書き始めて間もなかったし、初めてのシリアス物だったから、まさか自分の書いた物で誰かが泣くなんて事、想像すらしていなかったんだ。

 だからすごく照れ臭かったけれど……とても嬉しかったよ」

 

 

 

☆嬉しかったご感想 その4☆

 

・この作品を読んでガンランスに興味を持ちました。

 でもやっぱり、難しいですよね……  【ガンランスの話をしよう】より

 

 

「そんな事ないぞ!!

 確かに最初は失敗もあるだろう。複雑な操作に戸惑う事もあるだろう。

 でも恐れずにレッツガンス!」(レッツダンスのように)

 

「これは……作者の本懐だね。

 自作品を読んで興味を持って貰えるなんて、この上ない喜びだよ――――

 あ! ぼくの作品を読んだ後は、YOUTUBEのガチャピンちゃんねるの登録よろしくね!」

 

「それでは発表しよう! 今回のベスト3は……これだぁぁーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

☆印象深かったご感想ランキング! ベスト3☆

 

 

・第一位! おめぇ頭おかしいのか?(誉め言葉)

 

・第二位! 君は実にバカだな(誉め言葉)

 

・第三位! 発想が狂ってる。

 

 

 

 

「――――オイ! 結局これかよオイ!!」

 

「悪口です! ぜんぶ悪口なんです!」

 

「いや……やはりどうしても、これになるよ……。

 ちなみに私は、誉め言葉だと思っている」(キリッ)

 

 

 

 

 

 

――つづく!――

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

63 座談会その8 ~小説の書き方~

 

 

「さて、そろそろ本格的に時間がエラい事になっているので、これを最後のテーマとする!」

 

 ソフィーの言葉と同時に、この場に大きな拍手が巻き起こる。

 総文字数約7万文字(ラノベの2/3)ほどにも渡った座談会も、ついに最後のお題となったのだ!

 

「最後のテーマはこれだぁぁーー! ジャジャン! “小説の書き方”について!」

 

 ヒューヒューと指笛が鳴らされ、やんややんやと声が上がる。

 ド直球ながら最後に相応しいテーマに、みんなもテンションが上がり気味だ。最後という事もあり、正直な話、がんばって声を出している感もある。

 

「今回の座談会は、以前リクエストを頂いた事がキッカケで行われた物だが……。

 だがせっかくやるのだし、私的な裏テーマとしては【これから小説を書く人へ】という想いがあるのだ。

 決して偉ぶるつもりはないが……小説を書いた事が無い、そして書いてみたいと思っている方々に、ふつつかながら私が普段どのように書いているか、というのをここでお伝えしたい」

 

 ソフィーはいつの間にか掛けていたメガネをくいっと上げ、さながら美人金髪教師という装いだ。まぁ来ているのは白い清楚なドレスで、それもグギグギグの合成防具だが。

 

「これは言うまでも無い事だが……書き方は人それぞれ、しかも私のようなバカ小説作者のやり方など、参考にはならないかもしれない……。

 しかしこれを読んで、少しでも“小説作り”のイメージを掴んで頂けたらば幸いだ。

 そして、何かのきっかけになればと思う」

 

 ホワイトボードを背にし、ソフィーはペンを手に取る。

 その姿を一同は、ワクワクしながら見守っている。

 

「ではまず、小説制作における手順にそって順に話していこう!

 まず最初はこれだッ! どーん!」

 

 

 

・小説制作その1 【書きたい物を見つける】

 

 

「これは一番大切な事であり、また全て(・・)とも言っても過言じゃない。

 これが無ければ何も始まらないのだ」

 

「これは書く物のテーマであったり、題材だね。

 それと“こういうお話を書きたい”という漠然としたイメージかな?」

 

「その通りだガチャピン。例えば私のような二次小説の書き手ならば……『何と何をクロスさせようかな~?』とかを決めたり、『あのキャラがコレやってたら面白いな~』いうのを見つける作業だな」

 

 ガチャピンに頷きを返しながら、ソフィーがキュッキュっとペンを走らせる。

 

「ちなみにだが……私は個人的に、これが“一番むずかしい”と思っているよ。

 素晴らしいアイディア、斬新な発想、魅力的な設定。……そんな物、考えようと思っても、そうそう転がっている物じゃない。

 簡単に見つかるような物でも無いんだよ……」

 

「え!? じゃあそもそも書けないじゃないっ!

 最初の一歩目なのに、それが出来ないなら、小説なんか書けないって事?!」

 

「こればっかりはな……。もうどうしようも無いんだよハルヒ。

 アイディアなんてう〇こと同じで、出そうと思って出せる物でも無いんだよ。

 ある意味これは、授かり物(・・・・)だ。

 ある日、ふとした瞬間に、突然頭に浮かぶような……まるで降りてくるような……。

 そういう類の物でもあるからね」

 

「じゃあそういう時はどうするの?

 書きたい書きたいぃ~! でも何を書いていいか分からない~!

 ぎぶみーアイディアーって時!」

 

「それはもう、待つしかないよ。ただじっと、アイディアが浮かぶのを待つしかない。

 私の場合、時にはそれが2日後だったり、はたまた2か月後だったりもするから、もうただただ祈るしかないんだ。

 ……ただコツとしては、普段の日常生活の中で、意識的に【アンテナを張っておく】というのがとても大事だよ?

 なにか面白い物は無いかな? 何か自分の琴線に触れるような言葉は無いかな?

 常にそういった物を探す“意識”を持っておく事が、なによりも大事だ。頭の中にね。

 ……そうしていれば、きっといつか面白い事が見つかるよ。日常の何気ない瞬間に、ふとアイディアが浮かぶようになる」

 

 アイディアが浮かぶようにする――――

 面白い事を発見し、それを決して見逃さないようにする――――

 常に頭をそういう状態にしておく事。そういう意識の“スイッチ”を、自分の中に作る事。これがアイディアを出すコツだ。

 そしてこの“スイッチの有無”こそが、漫画家や小説家などの物書きと、そうでない人の違いである。

 

「後はね? もう“ひたすら一つの事を考え続けてみる”というのも手だよ?

 例えばコカ・コーラという言葉があるとして、これを元にひたすら考えてみるんだよ。

 もう意地でもコーラでひとネタ作ってやる! ぜったいコーラで一本小説を書く!

 一体どうしたらコーラを面白く出来るだろうか?! うむむ! むむむ!

 ……と、そんな感じで、とことん一つのテーマについて、何十分もかけて考えてみるんだよ。

 これは発想力を養う訓練にもなるし、大喜利みたいで楽しいよ?」

 

「そして“考える力”という物を養っていけば、ストーリーを練る時にも機転を利かせられるようになるし、アドリブで物を書いたりも出来るようになる。

 アイディアの出し方のひとつとして、憶えておいて損は無いよ?」

 

 

 

・小説の書き方その2 【構想を練ろう!】

 

 

「正直……私はこれ、やったりやらなかったりするから……。

 だから参考程度に聴いて欲しいんだが、ようは“プロット”みたいなのを書いてみる事だ」

 

「ちょっと、大丈夫なのかぃソフィーさん? なんか自信なさそーだけどさ」

 

「さっきもあった通り、私ってひとつアイディアを思い付いたら、もうそのままぐぅあ~っと書いてしまう事も多いんだよ……。

 やりたい事、書きたいエピソードを2つ3つだけ決めて、後はもう全部書きながら考える!

 ……という風なやり方をする事が、とても多いんだな……」

 

「ありゃまあ。そりゃ説明のしようが無いってもんだねぇ~」

 

「ただまぁ、一応これをする事をオススメしておくよ。

 別にプロの作家さんみたいに、物語の1から10までの展開を書く必要は無い。

 プロットと呼ばれるような、専門的な難しい事をやれというワケじゃないんだ。

 ただ何かのアイディアや、自分の琴線に触れた言葉なんかを見つけた時は……それをメモ帳やテキストエディタなんかに書きとめておくと良い」

 

「なんか思いついたら、その都度メモしていくって事だね?

 思い付いたセリフや、クロスオーバーの組み合わせ、そして面白そうなエピソードなんかをさ?」

 

「そうだまる子。

 メモして残しておくのももちろんだが、頭に浮かんだ物を実際に書いてみる事で……いわば一度“形にしてみる”ことで、その見え方が変わってくる事があるんだよ。

 実際に文字として目で読んでいると、そこから更にアイディアが湧いてきたり、どんどん膨らんでいったりする事も多々ある。一度形にしてみる事が大事なんだ。

 だから何か良いアイディアを思い付いたら、とりあえずメモ帳なりなんなりを開き、常に書きとめていく癖を持っておくと良いよ」

 

 

 

・小説の書き方その3 【とりあえず書いてみる!】

 

 

「なんか……すごくいきなりな気がしますケド。

 ソフィーさん、これは……?」

 

「あぁ、これはもう、とにかくやってみようって事だよ。

 いつまでもウジウジ悩んでても仕方ない! そんな事してたって小説は出来上がらないし、とにかく走り出すしかないぞ! ……という意味なんだ」

 

「そんな強引な……。

 まだまだアイディアも、書きたい話もしっかり固まってないのに……良いんですか?」

 

「良いんだよ。とにかくやってみる事が大事なんだ。

 それにこれは経験則なんだけどね? いつまでもウジウジと考えてしまうと、それだけでもうなんか疲れてしまって、小説を書く気力を失ってしまう事があるんだよ。

 良い物が出来るかどうかは、いつも不安だ。

 でも不安だからといって、いつまでもプロットや構想を練っている内に……最悪の場合『それで満足しちゃって書く気が無くなる』という事も、きっとあると思うんだ」

 

「はぁ……確かに考え事をするのって、すごく疲れちゃいますけど」

 

「それにね? よく中二病の人の話に、ひたすらカッコいい言葉や、魔法の名前、キャラ設定をノート一冊分も書くという、いわゆる黒歴史ノートみたいなのがあるだろう?

 恐らくだが……そういう人ってきっと、その設定で実際に小説を書く所までは行かないんだよ。

 ……ただただ、そういった“設定を考えるのが好き”みたいになってね?

 それだけでもう満足してしまう。良い気分になって、“書いた気”になってしまうんだよ」

 

「うっ……! なんかちょっと、ぼく耳が痛いかも。

 ぼくも第三新東京市に来る前は、ノートにそういうの書いてた事が……」

 

「いやいやシンジくん、別にプロットを書くなとも、設定を練るなとも言わないけどね?

 ただ最初からそんな難しい事を考えてやるのは……きっとよく無いよ。

 もしその設定が上手に作れなくて、しっくり来なかったとしよう。

 じゃあどうする? もういつまで経っても、走り出す事が出来なくないかい?

 ……そもそも、最初からプロットだの設定だのという、難しい物を作るのは無理だよ。

 最悪の場合、上手く構想がまとまらないっていうのが『出来ない理由』になってしまって、もう書く事そのものを止めてしまいかねないと思うんだよ。

 すごく便利な、“やらない理由”になってしまうんだ」

 

 ソフィーがいま、カメラに向かって「カッ!」と目を見開く。

 

「――――だから、とりあえずやってみよう!

 最初はみんな初心者! 難しい事は考えず、とにかく一歩踏み出してみるんだ! 書きたい物が決まったなら、とにかくそれを文章にしてみよう!

 腕は後からついてくるし、修正なんて後からいくらでも出来る。いくらでも手直し出来る。

 もっと言えば……やらなければ作品は出来上がらないし、書かなければいつまでたっても上手くならないよ?

 最初から上手に作ろうとするんじゃなく、数をこなして経験を積んで上手くなるんだ。

 やらずにウジウジしているのが、一番いけないんだ――――」

 

 

 

 

・小説の書き方その4 【行間を空けろ! 句読点を入れろ!】

 

 

「例えばなのだけど……次の文章を読んでみて欲しい」

 

 

 

………………………………………………………………

【例文1】

 

『いいかい静香よくお聞き?』

 あれはまだ私が幼かった時の事。お父さんが遠くに行ってしまう前に最後に私に微笑みかけてくれた時の記憶だ。

『これからパパは遠くに行くしもう静香とは会えなくなるけれど。けれど決してパパは悪い事をしたワケじゃないんだ』

 ポツポツと穴の開いた透明なガラスの壁。それに仕切られた向こう側にお父さんが座っていた。

『パパは決して痴漢なんかじゃない。電車で女子高生のお尻を触ってなんかいない』

 あの時のお父さんは必死に私に訴えかけるように真剣な顔をしてた。

『……確かにちょっとだけ手が当たってしまったかもしれないけど。確かにその態勢のままもったいないからしばらく楽しんでたけど。でも違うんだ静香。違うんだよ。パパは決して痴漢なんかじゃない。変態なんかじゃない』

 パパは遠くへ行っちゃうの。もう会えなくなるから最後にご挨拶なさい。そうお母さんに言われ連れてこられた見知らぬ大きな建物の一室で私はお父さんとお話をした。頭を坊主に丸めてシンプルな作業着姿のお父さんはなんだかとてもやつれていた記憶がある。後ろの方にはこちらを監視している刑務官さんの姿もあった。なぜお父さんはガラスの向こう側にいるんだろう? なぜお父さんともう会えなくなるんだろう? 当時の幼かった私には知る由も無かった。

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

「これは私の短編集に収録されている、【炎の団地妻、源しずか! ~奥さん今どんなパンツ履いてます?~】にある文章なのだが……」

 

「ちょっと待って下さい。なぜその作品を例文に?」

 

 セイバーの問いかけを軽くスルーして、ソフィーが言葉を続ける。

 

「正直な話……これってすごく読みづらくなかったかい?

 もう目を皿のようにしてマジマジ読まないと、読むことが出来なかったんじゃないか?

 きっと、途中で読むのを止めてしまった人も、いると思うんだ」

 

 ハイジとふじおがドキリとし、小さく身体が跳ねた。

 

「もうギッシリ文字が詰まっていて、画面が真っ黒に見える――――

 どこか画面から威圧感を感じ、目にした瞬間にギョッと身構えてしまう。

 うわーいっぱい詰まってるな~、最後まで読むのしんどそうだな~って、もう読む気が無くなってしまうような文章だよ」

 

 そう告げて、ソフィーが新しいプリントをみんなに配布する。

 

「そしてこれは、例文その2だ。さっきのと見比べてみてくれないか?」

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

【例文その2】

 

 

『いいかい静香、よくお聞き?』

 

 あれは、まだ私が幼かった時の事。

 お父さんが遠くに行ってしまう前、最後に私に微笑みかけてくれた時の記憶だ。

 

『これからパパは遠くに行くけど、もう静香とは会えなくなるけれど……。

 けれどね? 決してパパは、悪い事をしたワケじゃないんだ』

 

 ポツポツと穴の開いた、透明なガラスの壁。それに仕切られた向こう側に、お父さんが座っていた。

 

『パパは決して痴漢なんかじゃない。

 電車で女子高生のお尻を、触ってなんかいない』

 

 あの時のお父さんは、必死に私に訴えかけるように、真剣な顔をしてた。

 

『……確かにちょっとだけ、手が当たってしまったかもしれないけど。

 確かにその態勢のまま、もったいないからしばらく楽しんでたけど……。

 でも違うんだ静香。違うんだよ。

 パパは決して痴漢なんかじゃない。変態なんかじゃない』

 

 パパは遠くへ行っちゃうの。もう会えなくなるから、最後にご挨拶なさい――――

 そうお母さんに言われ、連れてこられた見知らぬ大きな建物の一室で、私はお父さんとお話をした。

 頭を坊主に丸め、シンプルな作業着姿のお父さんは、なんだかとてもやつれていた記憶がある。

 後ろの方には、こちらを監視している刑務官さんの姿もあった。

 

 なぜお父さんはガラスの向こう側にいるんだろう?

 なぜお父さんと、もう会えなくなるんだろう?

 当時の幼かった私には、知る由も無かった。

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

「ふむ、全体的にスッキリしていますね。

 文章の合間に行間が入り、しっかり句読点も使われているようだ」

 

「そうだな。そして言うまでもないけれど、これらは全く同じ内容の物だ。

 だが書き方ひとつで、ここまで印象が変わるんだよ」

 

「俺はこっちの方が良いな! さっきのは読みにくかったよ!

 それにダダダーで文字が連なってて、なんか早口みたいな印象も受けるしな!

 正直、読む気が失せちまったぜ!」

 

「好みはあると思うが、きっとふじおのような人も多いと思うよ?

 実を言えば私も、例文1のような小説は、目が疲れるから最後まで読めないよ……」

 

 セイバー&ふじおに頷きを返し、ソフィーが改めてみんなに向き直る。

 

「えっと、さっきも少しあったのだが、商業誌とネット小説では、基本的な書き方が違うんだ。

 普通の本は“縦書き”、そしてネット小説は“横書き”の形式で書かれている。

 これは知っているね?」

 

「はい。そして人間の目は縦には強いけど、横の動きは苦手です。

 だから横書き小説で、ギッチギチに文字を詰めてしまうと、とても読みにくい文章になってしまう……でしたよね?」

 

「そうだ。横書き小説を書く時は、ある程度の工夫をする必要がある。

 例文2のように、セリフと地の文の間にはひとつ行間を空けたり。

 また同じ地の文であっても、内容がひと段落ついた時には、行間を空けて二つに分けてみたりね」

 

「行間も句読点も、文字の間にスペースを空けて、読みやすくする為にあるんですね。

 文字をギチギチに詰めすぎると、ゴチャゴチャしてしまって、今どこを読んでいるのか分からなくなる。次に読む文字を見失ってしまう。

 そうならないように、少し間隔を空けてあげるんです」

 

「みほの言う通りだよ。

 ……たまに文学作品やラノベを参考にし、『これが基本だ! 正しい書き方だ!』と言い張って、頑ななまでに行間ギチギチの書き方をなさる方々もいる。

 それに関しては好みの問題でもあるし……ちゃんと芯を持って物作りをなさってるのだから、私からどうこう言える問題じゃないよ。

 私の書き方だって、自分なりの物だ。別にこれが正しいってワケじゃないからね。

 ……ただ何度も言うように、縦書きと横書きは違う、という事。

 そして何より、【読みやすさを意識して書く事】、これが何よりも大切なんだ」

 

 文法や、言い回し、語呂。

 文章の技術には色々あるが、最初からそういう物を全てこなすのは無理だろう。

 ただ書く時に「読者の人達が読みやすいように」と意識して書く事は出来る。

 これは文才ではなく、意識の問題。読み手の立場に立って、読んでくれる人の事を考えるという、気持ちの問題だからだ。

 

「あとさっきふじおが言った通り、句読点の無いギチギチの文章は、目がスーッと早く動くので、早口のような印象を受ける。

 だが句読点をしっかり入れれば、その度にいったん目が止まるから、声で言えばとても聞き取りやすい声になるんだ。

 アナウンサーの人がやるような、ゆっくりとした、とても理解しやすい言葉になる。

 句読点でも、行間でも、こういった読み手の“間”を考えて書く事は、とても重要だよ。

 読んでいる人の目線が、どんな速度で動くのか。それを常に考え、文章の間を意識してみてくれ」

 

 ソフィーは言い聞かせるように優しい顔。……だが次の瞬間、とても真面目な表情に変わった。

 

 

「ハッキリ言うよ――――どんな面白い小説も、読んで貰えなければ意味がない。

 ページを開いた瞬間に『うわっ、読みづらッ!!』と思われ、そこでブラウザバックされてしまうような……。

 そんな読み手の事を全く考えてない文章は、ぜったいに駄目だ」

 

「たとえどんな感動ストーリーを書いても、それが読みづらかったり、ちゃんと理解されなかったりしたら、せっかく考えた話の面白さも激減する。

 うむむ……と文字に目を凝らさせている時点で、もうアウトなんだよ。

 小説の内容よりも、他の事に意識を取らせてしまってる、という事だからね」

 

「書いている方は良いんだよ。最初から全部、内容を理解してるんだから。

 自分で書いた文章って、スラスラ読めてしまう物だろう?

 ただ読み手にとって“文章を読む”という行為は、とても疲れる物なんだというのを、決して忘れてはいけない」

 

「だから、あらゆる意味で【読みやすさを意識する】という事は、非常に大切なんだ。

 文章の基本や、いかに読みやすくするかという工夫は、まっすぐ言葉を伝えるための技術。

 それはダイレクトに、作品の面白さに関わってくるぞ!」

 

 

↓私が以前サラッと読んだ物 【小説の書き方入門 カクヨムhttps://kakuyomu.jp/works/4852201425154938510

 

 

 

・小説の書き方その5 【タイトルを考えよう!】

 

 

「私が何よりも大切だと思っているのは、さっき言った“読みやすさ”だよ。

 ……でも最後のテーマとなるコレは、きっとネット小説という物にとって、ある意味では一番大切なのかもしれない……」

 

 ソフィーはぐむむと眉を寄せて、何かを考えこむような仕草。

 どう言って伝えたら良い物かと、悩んでいるのが見て取れる。

 

「これはあくまで私の経験則。今まで何年かやってきて実感した事だ。

 正直な話なんだが……この【タイトルがどうか?】で、作品のアクセス数という物は、本当に違ってくると思うよ?

 どれだけ人の目を引くタイトルに出来るか? 興味を持ってもらえるか?

 また、そのタイトルだけでフワッと内容が想像できるような、期待を持ってもらえる物に出来るかに、全てがかかっていると思う」

 

「これは……センスが問われるね。

 タイトルなんて作品の顔だし、一番大事な物なのかも」

 

「そう、ガチャピンが言うように、これは本当に大切なんだよ……。

 ぶっちゃけた話、ただタイトルが魅力的であれば、それだけで第一話は読んでもらえる(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 ……本文の内容は関係なく、タイトルが魅力的であるというそれだけで、アクセス数は激増する物なんだよ。

 具体的に言えば、普通のタイトルである【子ぎつねヘレン】の初日アクセス数は300位。

 だが何気なく付けたものの、少し面白そうなタイトルである【身体はパンで出来ている】の初日アクセス数にいたっては――――5000(・・・・)だ!!」

 

「!?!?」

 

「!?!?!?」

 

「これはあくまで私が経験した一例だし、中には初日の第一話でランキング入りしちゃうような、とても魅力的なタイトルの作品もある。

 ようは、これだけ違うんだよ、という事を覚えておいてもらいたいんだ……」

 

 アーティストであったり、芸人さんであったりも、その名前が体を表すような見事なものであれば、それだけで人の興味を引くだろう。さらに魅力的に映る事だろう。

 こういった人気商売では、「いかに人の興味を引けるか?」というのが、とても重要になってくるのだ。

 

「正直……私ってすんごい下手っぴだったのに、処女作である身体パンの時は、もう連日のように日間ランキング入りをしてたんだ。

 これはもっとタイトルが良かった【あなたトトロ】や、【エヴァ作れませんでした】でもね。

 ……でもその後、ある程度上手になってから書いたハズの物には、何度かランクインはするけど全然アクセス数は無い~なんて作品が、もう山のようにあるんだよ……」

 

 ソフィーが再びカメラ目線になり、「カッ!」と目を見開く。

 

 

「だから――――もしたくさん読んで貰いたいのなら、タイトルだけは死ぬ気で考えよう!

 いかに斬新で! いかに興味を引き! いかに響きが良いかを!

 そしてタイトルを目にしただけで、作品の内容がフワッと想像できる物が、今の主流だ!

 ――――探せ! この世の全てをそこに置いてきたッ!!

 自分だけの! 至高の作品タイトルを! 探し出せ!!!!

 作品の評価は、内容で決まる!

 しかしアクセス数は内容でも文才でもない! タイトルで決まるのだ!!」

 

 

 そう熱っぽく言い放ってから、ソフィーはぜーぜーと息を整えて着席する。

 言いたいことを全て言い終えたのか、その顔には安堵が浮かんでいる。

 

「……ねぇねぇソフィーさん?

 ソフィーさんが今まで考えた中で、一番良いタイトルって……何なのかな?」

 

 恐る恐る、アンパンマンがそう訊ねる。

 それにソフィーはにっこりと笑顔を返し……。

 

 

「それはもちろん【炎の団地妻、源しずか! ~奥さん今どんなパンツ履いてます?~】だぞ。

 もしこれを連載していたら、ランキング一位も確実だったろう」

 

「「「ウソつけぇぇぇええええっっっ!!!!」」」

 

 

 

 ――――ズレてる! この人のセンスずれてる!!

 

 なぜこの人が人気の無い、誰も読まないような作品をいっぱい書いているのか、その理由がちょっと分かった気がした。

 

 

 

………………………………

………………………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 その後、なんとか終電の時間に間に合わせるように、一同はゾロゾロと居酒屋から出ていった。

 

「今日は楽しかったよみんな。来てくれて嬉しかった――――」

 

 店の前で円を作るように集まる一同。遅い時間なので、ちょっとだけ眠くはあるけれど……みんな心からの笑顔を見せている。

 

「こちらこそ、今日はありがとう。みんなとお話が出来て、ぼくとっても嬉しかった。

 それじゃあみんな、またね」

 

「それじゃあソフィーさん! 元気でねっ!

 あ、向こうにもYOUTUBEってある? ガチャピンちゃんねるをよろしくね♪」

 

 ガチャピンを乗せたアンパンマンがフワッと浮き上がり、そのまま夜の空へと消えていく。

 

「今日は実に有意義でした。

 ……まぁ中には失敗談など、恥を晒す場面も多くありましたが、それはそれだ。

 楽しかったですソフィー。貴方に感謝を」

 

 そして迎えの車に乗り込み、セイバーがフリフリとみんなに手を振る。

 助手席には士郎くんがおり、そして運転席で嫌そうな顔をするセラさんが、車を走らせて行った。

 

「じゃあぼくらも帰りますね。

 今日はありがとうございまいしたソフィーさん。ぼく楽しかったです」

 

「ありがとうございました。

 良かったら、これからも仲良くして下さいね♪」

 

 シンジとみほも歩き出す。

 遠くに見えるネルフの車、そして4号戦車らしき物に向かって、歩みを進めていく。

 

「それじゃあアタシ達も帰るわ!

 ちゃんとこの子達は送ってくから心配しないで! またねソフィーさん♪」

 

「今日はありがとう! あたしとっても楽しかったわ!

 おじいさんにもおみやげありがとう! またね!」

 

「それじゃああたしも帰ろうかねぇ~。

 色々あったけど、なんか胸がスッとした感じがするよ。

 話が出来てうれしかった。ありがとねソフィーさん♪」

 

「んじゃなソフィー! 俺らの作品は完結してるけど、またなんかやれたら良いよな!

 また会おうぜ!!」

 

 ハルヒ、ハイジ、まる子、ふじお。

 ちびっ子たちも仲良く寄り添いながら、元気に歩いて行く。

 向こうの方には、新川さんのだろうか? 黒い車が止まっているのが見えた。

 

 

「さって……私も帰ろうかな。

 みんなのいる、元の慣れ親しんだ世界に――――」

 

 

 よいしょとガンランスを担ぎなおし、ソフィーが歩き出していく。

 今日の暖かな想いを胸に、笑みをたたえた顔で元気に歩いて行った。

 

 やがて進んでいく内に、身体がふわっと浮く感覚を感じた。

 視界が白く染まり、どこかに身体が流されていくのを感じる。

 自分が今、時空を越える為の“門”をくぐったという事が、はっきり知覚出来た――――

 

 

 

「あぁ、迎えに来てくれたのか。それにみんなも。

 ん……私は大丈夫だったぞ? 人見知りなんて、ぜんぜんしなかったとも。

 彼らとたくさん話す事が出来て、すごく嬉しかったんだ。

 聴いてくれるか――――プリティ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~キャラクター座談会 おしまい~

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

64 【リレー】今日もカオスなもんじゃ焼き、IF


 これは私達でやっている合同小説、【リレー】今日もカオスなもんじゃ焼き、の番外編です。
 https://syosetu.org/novel/245415/

 今は私の手番じゃないですけれど、ちょっと暇だったので告知&デモンストレーションがてら、試しに書いてみました!
「もし一巡目の砂原さまの次が私だったら、こう書いていたよ」という感じの、IFとしてお読みくださいませ♪




 

 

 

『――――ちきしょう! クリリンの飲んだくれー! 死んじまえーっ!』

 

 最近購入したというクリリンの新居から、孫悟空が泣きながら飛び出す。

 

「クリリンなんかもう知らねぇ! 顔も見たくねぇ!

 おめぇなんか、鼻くそ喉に詰まらせて死んじまえばいいんだ!」

 

 恐らく人生で初……いや乳児の頃以来であろうガン泣きをしながら、悟空が物凄い速度で空をかっ飛んでいく。

 無駄にスーパーサイヤ人になって飛んでいるので、下手すれば5分くらいで地球を一周出来ちゃうかもしれない。音速の壁もドッカンドッカン破る。

 ちなみにであるが、クリリンに鼻なんか無い。

 

「クリリンがあんなヤツだなんて、オラ思わなかったぞ!

 ぜってぇスタバなんかより、吉牛の方が良いに決まってんじゃねぇか!」

 

 朝飯食いに行こうぜ! 今日は何にすっか?

 二人でそんな相談をし始めてから10分後には、悟空はエグエグするハメとなった。

 パン vs 米の議論は平行線を辿り、両者とも歩み寄ることなく、議論は白熱した。

 そしてその結果、悟空は大親友であるクリリンとの大喧嘩という、人生で初めての経験をしたのだった。

 

 顔も心もグシャグシャで、もうどうしていいのか分からない。

 オラこんな気持ち初めてだぞ。

 

「何がパンだ! あんなモンいくら食っても、腹ぁ膨れねぇじゃねーか!

 クリリンのやつ、結婚してからどうかしちまったんだ!」

 

 いつものように「牛丼食いにいこうぜ!」と、ニカッと笑いながら誘いに来てみれば、クリリンはそれを拒否し「スタバでコーヒーを飲もうぜ」とのたまった。

 しかも「嫁にドーナツをお土産にしたいから」といって、いくら言ってもスタバを譲らなかった。こんな事いままで一回も無かったのだ。

 

「何が嫁だ! 何が新婚だ!

 クリリンの野郎! オラと18号どっちが大事なんだ!!」

 

 もう30年近くも一緒にいるのに。どんな時も一緒だったのに。

 今のクリリンは嫁ファーストで、近頃はなかなか遊んでくれなくなった。悟空はそれが大いに気に喰わない。

 

「18号なんか、ほんの数年の付き合いじゃねーか。

 アイツはナメック星にだって行ってねぇんだぞ? Z戦士の新入りじゃねーか。

 なんでオラが負けんだ。なんで18号優先なんだ。おかしいじゃねーか。

 クリリンは、オラを一番に考えるべきじゃねぇか。

 親友のオラをこそ、大切にすべきじゃねぇか」

 

 悟空は若くしてチチと結婚し、もう孫まで授かろうとしている身なのに、最近クリリンが結婚しやがった事が悔しくて仕方ないのだ。

 

 ――――なんでオラと遊ばねぇんだ! オラのクリリンだぞ!

 ――――――なんでオラからクリリン盗るんだ! オラ寂しいぞ!

 

 彼は世界一温厚といっても過言では無いほどの、優しいサイヤ人であるのだが……、最近親友が結婚し、素っ気なくなってしまった事に、激おこプンプン丸なのであった。

 ああクリリンと吉牛いきたい。クリリンとおしゃべりしたい。一緒に遊びてぇぞ。

 

「ちきしょう……! バラしてやる……!

 クリリンのエロ本のありかを、18号にバラしてやる! そんで離婚しちまえ!」

 

 怨怨怨……怨怨怨怨……。

 悟空はいつもの金色ではなく、何やら“どす黒いオーラ”を纏い始めている。地球がピンチだ。

 

「そもそもアイツ、戦闘力60万そこそこしか無ぇくせしやがって……! なんでオラを怒ったり叩いたり出来んだ! おかしいじゃねーか!

 どーいう神経してたら、戦闘力80億以上(・・・・・)のオラを、泣かせたり出来んだ!

 オラ意味わかんねぇぞ!」

 

 強くなれば、願いが叶うと思った……。強くなれば、幸せになれるって思ってた……。

 でも今の自分は間違いなく宇宙最強なのに、友人と吉牛に行くことさえ出来ない。誘っても断られてしまう。

 

「何度も地球救ったじゃねぇか。宇宙も救ったじゃねぇか。

 死んだヤツも、ドラゴンボール集めて、生き返らせてやってるじゃねぇか。

 オラいつも頑張ってるし、良い事してるじゃねぇか……。

 なんでクリリンと牛丼食いに行けねぇんだ」

 

 どういう事なんだ。いったいどうなってんだ。

 亀仙人のじっちゃん、強さってなんだ? 正しさってなんだ? オラ分かんねぇぞ。

 

「――――こんな世界、滅びた方がいいんだ!

 よっしオラ、地球を滅ぼすことにすっぞ(・・・・・・・・・・・・)!」

 

 思い立ったが吉日とばかりに、悟空は空に向かって「むーん!」と両腕を上げ、元気玉のポーズをとる。

 

「地球のみんな! オラに元気を分けてくれ!

 地球なんかぶっ壊してやる!」

 

 地球に初めて来た頃のベジータは、確か戦闘力が2万程度だったと思う。

 しかし彼はその状態でも地球を破壊するほどのエネルギー波を撃てたので、きっと今の悟空であれば、もう「へっくちょい!」の勢いだけで地球を滅すことが出来るハズだ。

 しかし悟空は律義に元気玉の構えをとり、何故か地球のみんなに対して、地球を滅ぼすために力を貸してくれと協力を訴える。

 なにやら激しく間違っている気がするが、これも全部クリリンが遊んでくれないせいなのだ!

 

「おお! なんか結構集まってきたぞ!

 朝っぱらだってのに、みんな結構早起きしてんだな! ありがてぇぞ!」

 

 きっとラジオ体操してるおじいちゃんとか、通勤中のサラリーマンとかが力を貸してくれているに違いない。地球を滅ぼす為に。

 

「サンキューみんな! オラがんばっぞ!

 必ずクリリンのヤツに、一泡吹かせてやっぞ! みんな死んじまえー!」

 

 この場にブルマが居たらブチ切れるだろうが、残念ながら彼女は今、朝食の準備で忙しい。ベジータの朝ごはんを作っている最中なのだ。

 ちなみにベジータさんの方も「カカロットの野郎! 最近ぜんぜん会いに来やがらねぇぜ! くそったれぇ~!」と、持病であるカカロット中毒に苦しんでいたりするのだが、これはいま関係ないので割愛する。

 

「おっ? これは知らねぇ“気”だなぁ……。いってぇ誰の気だぁ?」

 

 ウムムと唸りながら、そろそろ完全体のセルくらいなら一息で殺せるくらいのパワーを集めた頃、ふと悟空は集まってきたパワーの中に、今まで感じた事のなかった人達からの物を見つける。

 

「今まで何度か元気玉は作ったけど、こいつらは知らなかったヤツだ。どれどれぇ~?」

 

 悟空は構えを続けながらも、いま集まってきたパワーについて分析する。

 彼は単純なエネルギーだけでなく、この元気をくれた人の“想い”をも感じ取れるので、その人の情報であったり、人となりであったりも知ることが出来る。

 

「こいつは……秋月流(・・・)? どうやら高校生くれぇの子供みてぇだな」

 

 そして悟空は、目を瞑って更に意識を集中。

 今の流くんを始めとし、彼の住む町の住人達についての情報を、深く感じ取っていく。

 

 

 ………………………………

 ………………………………………………………………

 

 

 

《ちんちんぶらぶら、ソーセージ♪ ちんちんぶらぶら、ソーセージ♪》

 

「!?!?!?」

 

 悟空の脳裏に、何故か股間に大きなフランクフルトを挟み、腰をうねうねと動かしている女の姿が映る。

 

《ああ~! 教祖さまぁ~! ちんちんぶらぶら、ソーセージ♪》

 

「 !?!?!? 」

 

 そして、その周囲で同じくうねうねと動く、学生服の少年少女達(・・・・・・・・・)の姿も脳裏に浮かんだ。

 

《おーっほっほっほ♪ みんな踊りなさぁい! おちんちんをあがめ奉りなさぁ~い!》

 

《ちんちんぶらぶら、ソーセージ♪ ちんちんぶらぶら、ソーセージ♪》

 

「――――何してんだオメェら!! どうかしてんじゃねぇのかッ!!」

 

 恐らくは、彼らは今“学園祭”の途中なんだろう。

 何故か周囲にはフランクフルト屋しかなく、きっとこの学園のクラス全部がフランクフルト屋の出し物をやっているのだろうと思われる、そんな異常な学園祭ではあるが。

 

 悟空が感じ取ってみた所、あの女の周囲でうねうねしている子供達は、全員ここの学園の生徒達らしい。

 生徒会副会長の、早乙女アルトくん――――

 書記の、布仏 虚くん――――

 そして広報のルカ・アンジェローニちゃんや、会計の岡村ナミちゃん達も、恍惚の表情で「ちんちんぶらぶら」と合唱しているのだ。

 

《したたるウーマンさま万歳!》

 

《したたるウーマンさまに栄光あれ!》

 

《世界はおちんちんで救われる!》

 

「――――そんなワケねぇだろ! 目ぇ覚ませオメェら!!」

 

 少し離れた場所にも、教祖であるしたたるウーマンを取り囲むようして、空手部の室斑くん、オタクだが人望の厚い飯島くん、そして図書委員でお菓子作りが趣味の諸星さん達の姿があった。

 彼らは流くんの友人であり、共に世界征服についての方法を議論し合う仲間であるようだが、そんなモン今の悟空にとってはどうでも良い。

 

 未来ある、うら若き少年少女たちが、今よくわからん女に催眠術をかけられて「おちんちん、おちんちん」と楽しそうに踊っているのだ。

 悟空は元気玉を作っている途中だが、今すぐそこに飛んでって、全員一発づつブン殴ってやろうかと考える。彼らの目を覚ましてやらなければ。

 

《もう新聞なんて配ってらんないわぁ~! ちんちんぶらぶらソーセージぃ♪》

 

《おお店長! 流石おかまだけあって、すごい腰使いですね!》

 

《わしギックリ腰やったけど、したたるウーマンさまのおかげで、ほれこの通り!》

 

「――――お前らも何してんだ! 新聞配れよ!!」

 

 悟空の見た所、この者達は流くんのバイト先の新聞配達所の人達らしい。

 野田さんという男に至っては、したたるウーマンの催眠効果でギックリ腰が治るというミラクルも起きたようだ。

 しかしそんな事よりも、早く町内に新聞を配るべきだ。みんな待ってるんだから。

 

《キラッ☆ 歌も良いけど、やっぱおちんちんだよね! シェリルさん♪》

 

《そうねランカ、おちんちんを崇拝しましょう♪》

 

「――――お前らそれで良いんかッ!? アイドルなんだろう?!」

 

《わぁ~♪ アルトくんすっごーい☆》(おちんちんが)

 

「――――やかましいよ!!」

 

 アンチ・ヘイトのタグも付けていないのに、今ランカちゃんとシェリルさんは、おちんちんに夢中だ。

 

《ちんちんぶらぶらソーセージに御座る! ちんちんぶらぶらソーセージに御座る!!》

 

「――――おめぇ負けたんか?! 洗脳されちまったんか!?!?」

 

 よく見れば、その場にはワーキングプア侍の姿もある。

 彼は武士の魂である刀も放り出して、今おちんちんダンスに夢中。すんごい良い笑顔である。

 

《うん、楽しそうだからぼくもやろう♪ ちんちんぶらぶら! アンパンマン!》

 

「――――アンパン! おめぇチンコとかねぇだろう! アンパンマン!!」

 

 どこからともなく美星祭にやってきたアンパンマンも、楽しそうな雰囲気に釣られて仲間に入った。

 

《あ、ちなみに僕の名前は、陳念(ちんねん)になったよ♪

 アンパンマン改め、“陳念”ということでヨロシクね♪》

 

「――――どっから出てきたソレ!? 坊主か!!」

 

 いくら名前を変えたかったとはいえ、アンパンと全然関係ない名前を付けてしまうのは、正直どうかと思う。

 もし次にペットを飼う機会があったら、例えそれがハムスターだろうがセキセイインコだろうが、陳念と名付けよう――――絶対にそうしよう。

 これはそんな事をひそかに考えていたという、某二次小説の投稿者さんのせいであった。

 

 とにかく、アンパンマン改め陳念さんも、みんなに交じって楽しそうに腰をくねらせている。

 ちなみに教師である織斑先生や校長先生までも、「ちんちんぶらぶら」とやっている。

 教育者の権威、地に堕ちたり。

 

 あれだけ皆で頑張って準備し、楽しみにしていた学園祭――――

 そして、秋月流という少年の目標であった美星祭は、参加者と来場者の全てが「ちんちんぶらぶらソーセージ」とやり出すという、とんでもない結末を迎えていた。

 

 

 

 ………………………………

 ………………………………………………………………

 

 

「やべぇ……やっべぇぞこの町!

 どいつもこいつも洗脳されてるじゃねぇか! オラびっくりしたぞ!」

 

 彼らとは遠く離れた地で、元気玉を集めていた悟空は、いま脳裏に浮かんだ映像に戦慄する。有り体に言って、これは地球のピンチかもしれない。

 

「とりあえずオラ――――こんな奴らのパワーで、元気玉作りたくねぇぞ(・・・・・・・・・・)!!」

 

 なんの元気だ、いったい何のパワーだこれは。おちんちんか。

 心なしか、彼ら“おちんちん教”から送られてきた元気って、なんかどれもドロッとしてて、すんごい気持ち悪かった。とてもこんな物を、身体に取り込みたいとは思わない。

 

 こんな小汚いパワーによって滅ぼされる地球って、いったいどうなんだろう?

 先ほどまで嫉妬に狂っていた悟空をしても、考えただけでも可哀想すぎて、もう涙が出てきそうだ。

 

「やめたやめた! 元気玉すんのやめっぞ!

 オラもう、地球を滅ぼしたりしねぇ!」

 

 地球じゃなくて、部分的にごく一部を滅ぼすのならば、アリかもしれないけれど。

 たとえば、今フランクフルト屋だらけの学園祭をしている、某学園のある一地域とかを。

 

「とりあえず……流よぉ? オメェいったいどうすんだ?

 あの中で唯一、オメェだけは催眠術にかかってなかった(・・・・・・・・・・・・)みてぇだけど」

 

 もし美星祭を救うことが出来る者が、居たとするならば……それはあの秋月流という少年に他ならない。

 したたるウーマンの野望を砕き、皆の洗脳を解き、学園祭を成功に導けるのは……。

 そして仲間達と共に、いつか世界征服を果たす事が出来るのは……あの秋月流だけなのだろう。

 

 少なくとも、ワーキングプア侍や陳念(アンパンマン)には無理だろう。彼らは今おちんちんに夢中である。

 

 あらゆる生物の気を感じ取れる悟空だが、秋月流くんの気には生命力の他に、なにやら得体のしれない“徳”のようなパワーを感じるのだ。

 それはフリーザの戦闘力のように強力で、ナメック星のように巨大な力だったように思う。

 

 もしオラと流が戦ったら、どっちか勝つだろうな――――

 パワーで負けたりはしねぇけど、アイツには得体のしれない力があっぞ――――

 

 

「とりあえず、頑張れよ流!

 ――――美星祭の成功は、お前にかかってんだ!」

 

 

 遠くにいる前途有望な少年に対し、悟空は笑顔でエールを送る。

 悟空はみんなから貰った元気をいそいそと返却しながら、今はもう真上に登ったお日様を見つめ、うーんと身体を伸ばした。

 

「悟空ぅ~! 悪かったって悟空ぅ~!

 俺が奢るから、今から吉牛いこうぜ~!」

 

「おぅクリリン! オラぜんぜん気にしてねぇぞ!」

 

 そして悟空は大好きな親友と共に、この町にある全ての吉野家の備蓄を、殲滅にかかった。

 

 

 

 準備期間は、一か月もあった。

 だがその途中経過を誰も描写する事なく、ついに始まってしまった美星祭――――

 

 学園祭初日となる今日、なんか腕にギブスとかを巻いている“したたるウーマン”の来襲により、美星祭はいきなりのピンチを迎えている。

 関係ないが、きっと未だトラックに跳ねられた怪我が完治していないのだろう。身体中が包帯だらけだ。

 彼女を倒すならば、今がチャンスなのかもしれないぞ。

 

 

「ちきしょう、目を覚ませお前ら!!

 見てろよ爺さん……! 俺は必ず美星祭を成功させ、世界征服をしてみせるッ!!」

 

 

 まるでゾンビ映画のように身体をクネクネさせ、「ちんちんぶらぶら」を連呼している仲間達。(と町内の人々)

 

 いま大切な友を救うべく、秋月流が猛然と走り出していった――――

 

 

 

 






 もう強制的に美星祭を開始してやろうと思ってましたw
 是が非でも流くんが戦うところ、そして学園祭を成功させるまでの流れを書いてみせて下さい!
 ……と、そう次の人にお願いするつもりでしたヨ!

 運が良かったなみんな! 命拾いしたな!(ドS)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

65 アンパンを踏んだ娘


 【童話 パンを踏んだ娘】×【それいけ! アンパンマン】のクロスオーバー作品。





 

 

 あるところに、……と言ってもアンパンマンやジャムおじさんの住む“夢の国”なのですが、とにかく一人の女の子がおりました。

 

「ちょっとぉ~、ばいきんまぁーん!?

 早くオヤツもってきなさいよぉー! このおバカぁ―!」

 

「ひぃ~っ! 少々お待ちをぉ~! ドキンちゃん~っ!」

 

 このドキンちゃんは、とても愛らしい娘ではあるのですが、でもワガママで困ったところのある子でした。

 今日もばいきんまんをこき使い、自分はひとりソファーの上でぐーたらしています。

 

「あぁ、ごめんよぉドキンちゃん……。

 戸棚を見てみたら、今おかしを切らしちゃってるみたいなんだ……」

 

「なぁ~んですってぇ~! この役立たずぅ!

 無いんだったら、さっさとどっかから盗って来なさいよぉ~!」

 

「えっ……盗って来るって!?

 そんな事したら、俺様またアンパンマンに、やっつけられちゃ……」

 

「うーるさーいのぉー!!

 ドキンちゃんはねぇ~!? 今すぐ甘ぁ~いお菓子が食べたいのぉ~!」

 

 ドキンちゃんは、そばにあったリモコンやティッシュ箱を、沢山ばいきんまんに投げつけます。それによってばいきんまんは、頭を抱えて「ひぃ~っ!」と蹲ってしまいました。

 

「なによ! ドキンちゃんの言うことが聞けないなら、こうよ! こうよ! こうよ!」

 

「うわぁ~! やめてやめてぇ~! 痛いよぉ~!」

 

 ポコポコと物を投げつけられたばいきんまんは、急いでバイキンUFOに乗って、外へと飛び出していきます。ドキンちゃんの為にオヤツを盗ってこなければならないのです。

 

「ふーんだ! ばいきんまんのグズッ!

 ドキンちゃんを腹ペコにさせるなんて、まったく役立たずなんだからぁー!」

 

 いつもばいきんまんは、ドキンちゃんのご飯を用意したり、部屋を掃除してあげたり、遊び相手になってあげたりと頑張っているのですが、彼女はそれを感謝するどころか、いつも罵声を浴びせています。

 頑張っているばいきんまんを労うどころか、いつもワガママ放題なのです。

 

「やめるんだ! ばいきんまーん! ――――アーンパンチ☆」

 

「うわ~! ばいばいきぃ~~ん!!」

 

 そして今日もアンパンマンにやっつけられ、ばいきんまんが空を飛んでバイキン城に帰還して来ました。

 悪事を懲らしめられ、お菓子をひとつも持ってこられなかったばいきんまんを、またドキンちゃんがポカポカと叩き、激しく責め立てるのでした。

 

 

 ………………………………

 ………………………………………………………………

 

 

「まったく! ばいきんまんったら! すーぐやられちゃうんだから!」

 

 怪我をしたばいきんまんを家から追い立て、その足でお菓子を買いに行かせたドキンちゃんは、ひとりソファーの上で寝転び、グチグチと文句を言います。

 

「こんなバイキン城なんかにいたって、なーんにも楽しいことがないわ!

 ばいきんまんなんかより、しょくぱんまん様の所へ行きたいなぁ~♪」

 

 カッコ悪いばいきんまんより、カッコいいしょくぱんまんの方が良い。

 これをドキンちゃんは、たとえばいきんまん本人が前にいる時でも、平然と言い放ちます。そんなとても意地悪なところがある娘でした。

 

 彼女は本来、そんなに悪い子ではないハズなのですが……ここ最近はばいきんまんも負け続きで全く良い所がなく、彼女もイライラが溜まっていたのでした。

 ばいきんまんが負けると、パンもお菓子も手に入らず、美味しい物が食べられません。それに少し腹を立てていたのです。

 

「そうよ! もうばいきんまんなんて知らないっ!

 こんなつまらない所より、しょくぱんまん様に会いに行こうっと!」

 

 たった今、怪我だらけの彼にお菓子を買いに行かせたばかりだというのに、それも待たずにドキンちゃんはUFOに乗り込みました。

 自分が無理を言って頼んだのに、これはあまりにも身勝手なことです。

 

「待っててねー♪ しょくぱんまん様ぁ~♪

 いま会いにいきまーす♪」

 

 そうしてドキンちゃんは、この不気味で辛気臭いバイキン城を離れ、愛しのしょくぱんまんに会いに出かけて行きました。

 

 

 ………………………………

 ………………………………………………………………

 

 

 ドキンちゃんはUFOに乗ってピューっと飛び出しましたが、そこをちょうど帰ってきたばいきんまんに見つかり、ついて来られてしまいました。

 

「外は危ないし、しょくぱんぱんに会いにいくんなら、俺様もついて行ってあげるよ」

 

 これはそんな、彼の優しい気遣いでしたが、ドキンちゃんはプンプンと腹を立てました。

 

「なんでよ! ついて来なくてもいいってばぁ!

 あたしはばいきんまんなんて、だいだいだぁ~いっキライなのぉ!」

 

「で……でも! ドキンちゃぁ~ん!」

 

 ばいきんまんを置き去りにしようと、もの凄いスピードで飛びますが、彼の方もドキンちゃんが心配なのか、必死に追いすがります。

 それを見て、またドキンちゃんがプンプン怒ってしまいます。

 

 あたしはこんなにも可愛いのに、なんでこんなカッコ悪いヤツを傍におかなくちゃいけないのよ! しょくぱんまん様こそが、あたしの隣に相応しいの!

 

 ドキンちゃんはそう思い、ばいきんまんなんて無視して飛んでいきます。

 どれだけ彼が献身的に尽くそうが、頑張って助けようとしようが、それを顧みることをしないのです。

 

「あっ! あそこにカバ男くんがいるわ! なんかお菓子もってる!」

 

 ドキンちゃんはUFOを急降下させて、地上を歩いていたカバ男くんの所に向かい、ついて来ていたばいきんまんも慌てて後を追います。

 

「やーい! カバ男くんのおバカ―♪

 お菓子はドキンちゃんが没収よー♪」

 

「やっ……やめてよぉ! ぼくのお菓子かえしてよぉー!」

 

 ドキンちゃんは身勝手にお菓子を取り上げ、それをわんわん泣いているカバ男くんの目の前で、嬉しそうに頬張ります。

 またアンパンマンがやってきて、俺様やっつけられてしまう。そうアワアワと慌てるばいきんまんにも目もくれず、ワガママ放題をするのでした。

 

 

 ………………………………

 ………………………………………………………………

 

 

「しょくぱんまんかい? 今日はまだ来ていないねぇ。ごめんよドキンちゃん」

 

 ドキンちゃんはパン工場を訪ねました。しかしジャムおじさんは申し訳なさそうに、ドキンちゃんに告げました。

 

「今の時間なら、きっと彼は配達の準備をしているハズだよ?

 あぁ丁度いい。もし良かったら、これをしょくぱんまんへと届けてくれないかい?」

 

 彼がここに居ないと分かり、ぷくーっと頬を膨らませるドキンちゃん。そんな彼女にジャムおじさんが、大きなランチバスケットを手渡します。

 

「これはね? 彼が子供達のところへ配達する、給食用のパンなんだ。

 ちょうど新しいのが焼きあがったから、彼に届けてくれるかい?」

 

「……」

 

 ニコニコと優しい顔でお願いされ、さすがのドキンちゃんも断り切れません。

 

 実は先ほど、またアンパンマンに悪事を見つかってしまい、ドキンちゃんは懲らしめられてしまったばかり。

 一緒にいたばいきんまんがやられてしまうどころか、彼女が乗ってきた愛機のUFOさえも壊されてしまったのです。

 だからドキンちゃんは、歩いてしょくぱんまんのもとへ向かわなければなりません。こんな荷物を持っていくのは、まっぴらだったのです。

 

「お願いするね、ドキンちゃん。

 このパンを楽しみにしている子供たちがいるんだ」

 

「……」

 

 頼み込まれるまま、ドキンちゃんは渋々といったようにバスケットを受け取ります。

 そしてプイッと背中を向けて、パン工場を後にして行きました。

 

 

 ………………………………

 ………………………………………………………………

 

 

「ふーんだ! なーんでドキンちゃんが、こんなの運ばなきゃいけないのー!」

 

 ドキンちゃんがブンブンと乱暴にバスケットを振り回しながら、森の中を歩いていきます。

 

「あー重ぉーい! 疲れたぁー! なんであたしがこんな事をーっ!」

 

 しょくぱんまんのいる家までは、また少し距離がありました。

 普段はUFOで移動しているし、いつも家で怠けてばかりのドキンちゃんは、歩くのが得意ではありません。少し歩いただけでも、とても疲れてしまっていました。

 

「これも全部、ばいきんまんが悪いんだわっ!

 アンパンマンなんかに負けたりするからっ! もぉー! おバカぁ―!」

 

 せっかくの愛らしい顔を膨れっ顔にし、ふてくされながら歩いて行きます。

 今日はなんだか、思い通りにならない事ばかり。もう胸がムカムカして、何かに八つ当たりでもしたい気分です。

 

「ん? アレって……」

 

 やがてテクテクと歩いていたドキンちゃんは、すぐ道の先に、何かが落ちているのを見つけました。

 それは恐らく、先ほどの戦いでアンパンマンが交換したであろう、彼の古い顔。

 地面に落ち、少しだけ汚れてしまったとても大きなアンパンが、そこに転がっていたのでした。

 

「うわー、ばっちぃ! ばいきんまんにやられて、砂だらけじゃないのさっ!

 こんなのもう食べられないわねっ! ふふん♪」

 

 するとドキンちゃんは、何かを思い付いたのか、その大きなアンパンをよいしょと拾い上げます。

 

「にっくきアンパンマン! 今日はよくもドキンちゃんの邪魔をしてくれたわね!

 仕返ししてやるんだから~っ!」

 

 そしてそれを、ちょうど目の前にあった大きな水溜りに、ドボンと投げ入れてしまいました。

 アンマンマンの古い顔は、砂どころか泥水に浸ってしまい、今度こそダメになってしまいました。これでは森の小鳥たちですら、食べることが出来ません。

 

「ついでにこのバスケットのパンも、ドサドサ~っと♪」

 

 ああ、なんてことでしょう!

 ドキンちゃんはジャムおじさんに預かっていたパンも、一緒に水溜りに捨ててしまいました。

 このパンを楽しみにしていた子供達は、さぞ悲しむことでしょう。

 

「ふーんだ! あーせいせいしたわっ♪

 こーんな可愛いドキンちゃんをこき使おうだなんて、何様のつもりかしらっ! 

 いーだ!」

 

 ドキンちゃんは手をパンパンと叩き、まるで汚い物にでも触ったかのように、手を払います。

 いま目の前の水溜りには、たくさんのパンがプカプカと哀れに浮いています。

 

「ちょうど良かったわ! 水溜りの上を歩いたら、足が汚れちゃう所だったもん!

 このパンを踏んで歩きましょう♪ ドキンちゃんあったまいー♪」

 

 せっかくジャムおじさんが作ったパンは、もう食べられなくなってしまいました。

 それどころかドキンちゃんは、落としたパンを踏みつけて、それを足場に水溜りを渡ろうというのです。

 きっとこの光景をみたら、ジャムおじさんはさぞ悲しむ事でしょう。

 

 でもドキンちゃんはそんな事も気にせず、ニコニコと水溜りに近づき、落としたパンをグイッと踏みつけます。

 ちょうど一番手前にあった、ニッコリと笑う大きなアンパンの上に、ドキンちゃんの片足が乗りました。

 

「おお~い! ドキンちゃあ~ん! 待ってぇ~!」

 

「あ、ばいきんまんだっ! 見つかっちゃう!」

 

 振り向けば、ドキンちゃんのことを心配して急いで追いかけて来たのであろう、傷だらけのばいきんまんの姿があります。

 体中が砂だらけで、頭にだって包帯を巻いている、そんなカッコ悪い彼に付きまとわれたくないと、ドキンは急いでもう一歩を踏み出します。

 しかし、その時……。

 

 

「えっ?! ――――キャァァァァアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

 突然ドキンちゃんの身体が、まるで吸い込まれるように水溜りの中へと消えます!

 これは池でも海でもなく、なんの変哲もない浅さの水溜り。なのにドキンちゃんは水溜りに落ち、一瞬で沈んでいってしまったのです!

 

「ああっ! ドキンちゃん?! ドキンちゃぁぁーーーんッ!!」

 

 慌ててばいきんまんが駆け寄った時には、もうすでに姿はありませんでした。

 黒い泥水の水溜りからは、今もブクブクと泡だけがいくつも浮かんできています。

 

「な……なんでっ?! なんでこんなっ!!

 ドキンちゃん……! 返事をしておくれよ!

 イヤだっ……! イヤだぁぁーーー!! ドキンちゃあぁぁーーーん!!」

 

 水溜りを前にして跪き、大粒の涙を流す、ばいきんまん。

 けれどその悲痛な声は、決して彼女には届きません。

 

 何故ならドキンちゃんは、地獄に落ちたのだから(・・・・・・・・・・)

 声どころか、お日様の光さえも届かない、暗い地の底へと落とされてしまったのです。

 

 パンを踏んだ罪で――――

 ジャムおじさんが、子供達のためにと心を込めて焼いたパンを、泥水に落として足で踏みつけてしまったから。

 

 そして、神様に背いた罪で――――

 聖書では、パンというのは“キリストの身体”を表しています。

 人が生きるための糧であり、神の愛であり、決して粗末にしてはいけない物。

 ドキンちゃんはそれを悪戯に踏みつけ、神様の怒りに触れてしまったのです。

 

 

「――――いやぁぁぁああああああああ!!!!

 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 何も見えない、真っ暗な穴を、ドキンちゃんは落ちて行きます。

 もう二度と這い上がることの出来ない、いつまでも延々と続く、深い深い穴です。

 

 あんなにもワガママだったドキンちゃんは、哀れに悲鳴を上げながら、地獄に堕ちたのでした。

 

 

 

 ……………

 ………………………………

 ………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 気が付けば、ドキンちゃんは地面に倒れていました。

 

「……ッ?!」

 

 パンを粗末にし、アンパンを踏んでしまった彼女は地獄へと堕ち、今とても肌寒くて薄暗い地の底にいます。

 身体を起こそうにもあちこちがズキリと痛み、ドキンちゃんは立ち上がる事が出来ません。

 こんなにも深いところに落ちてしまったのだから、それは仕方のない事でした。

 

『――――ひぃぃ~っひっひっひ! 誰だぁお前はぁ? 珍しい姿だねぇ?』

 

 その時、ふと傍から響いたおぞましい声に、ドキンちゃんは飛び上がるほど驚きます。

 

『こんな所に堕とされるなんて、よっぽどの悪人か殺人鬼だけさぁ~!

 お前もさぞ、罪深い子なんだろうねぇっ!』

 

 振り向けば、そこには汚いボロを纏った、薄気味悪い老婆がいました。

 彼女はいま、ニヤリと恐ろしい笑みを浮かべながら、目の前にある大鍋を木の棒でかきまわしています。

 その牛でもスッポリと入りそうなほど大きな鍋の中は、黒とも紫ともつかないような液体で満たされ、それがボコボコと沸騰していました。

 

 この老婆は、地獄に住んでいる“沼女”という名の魔女。

 大きな鍋で毒薬を作り、それで人々に害を成す存在なのです。

 

 ドキンちゃんは身動きすら出来ず、ただただ恐怖で顔を引きつらせました。

 

「……ひっ?! いやぁぁーーーッッ!!」

 

 気が付けば、ドキンちゃんが蹲っているこの場を、沢山の蜘蛛や蛇、そして毒ガエルが取り囲んでいました。

 こいつらは舌をチョロリと出したり、ガサガサと威嚇するような音を出しながら、ジリジリとドキンちゃんの方へと近づいてきます。

 

「こっ……来ないで! 来ないでよッ!! 助けてぇーーッ!!!!」

 

 どれだけ声をあげようと、手をブンブン振り回そうと、こいつらは少しもひるみません。

 そしてすぐに沢山の蜘蛛や、蛇や、毒ガエルがドキンちゃんにまとわりつきます。その身体が見えなくなってしまう程、沢山の醜悪な生き物たちがドキンちゃんを襲いました。

 

「いやぁぁぁああああああああ!! いやぁぁぁぁぁあああああああああああっっ!!」

 

 もぞもぞと身体中を這いまわられ、ドキンちゃんは発狂したように悲鳴を上げます。少し離れた所にいる魔女が、それを愉快そうに「いっひっひ♪」と眺めます。

 

「はっはっは! そいつらの餌にするのも、この毒鍋で煮込んでやるのも良いけれど、お前は少し珍しい姿の娘だからねぇ!

 せっかくだから、別の使い道をしてやろうじゃないか!」

 

 魔女が手をかざすと、あれだけ身体を這いまわっていた蛇や蜘蛛たちが、もぞもぞとドキンちゃんから離れていきました。

 でもドキンちゃんはあまりの恐怖とおぞましさに、未だにそこから動くことも出来ずに震えるばかり。

 

「さぁこっちに来るんだよっ! 今からお前を、魔女の住処に案内してやろうっ!」

 

 ボロきれを纏った汚らしい魔女が、ぐいっとドキンちゃんの腕を引っ張ります。

 そしてそのまま箒に乗り、フワッと宙に浮きあがって、どこかへ飛んでいきました。

 

 

 ………………………………

 ………………………………………………………………

 

 

「ひっひっひ! どうだい、美しいだろう?!

 こいつらもお前さんと同じ、大罪を犯して地獄へ堕とされた者達なのさっ!」

 

 腕を掴まれ、宙ぶらりんのまま運ばれたドキンちゃんは、魔女の住処である薄暗い洞窟へと連れてこられました。

 

「こいつらはもう動けない! 私が魔法をかけて石像にしてやったからねぇ!

 永遠にここで、私のコレクションとなるのさぁ!

 心の汚い、罪深い罪人たちの石像なんだっ!」

 

 ビクビクと怯えながらも辺りを見回せば、そこにはこの魔女の言う通り、所狭しと石像が並んでいました。

 この生生しいまでにリアルな石像たちは、そのどれもが断末魔をあげているような恐ろしい顔をしています。

 男も、女も、老人も、この洞窟の中で石像として、永遠の苦しみを受けているのでした。

 

「さぁ蜘蛛たちよ! この娘に糸を吐きかけておやりっ!

 お前もここの石像たちの仲間入りさぁ!!」

 

 魔女の声を受け、天井から沢山の蜘蛛たちが降りて来て、ドキンちゃんに糸を発射します。

 白くて気持ち悪い糸が沢山ドキンちゃんの身体にまとわりつき、それは何故かドキンちゃんの身体の中に沁み込んでいくのです。

 

「あぁ……! あああああ……っ!!!!」

 

 逃げ出す間もなく、ドキンちゃんの身体中全部を、蜘蛛の糸が襲いました。

 するとドキンちゃんの身体がだんだん動かなくなり、もう腕を曲げることも、足を動かす事も出来なくなっていきます。

 魔女が操る蜘蛛の糸によって、だんだん身体が石へと変わっているのです。

 

「あーーーーっはっはっは! 今日はなんて良い日だろう!

 こんな珍しい娘の石像が手に入るなんてっ!」

 

 魔女が不気味な高笑いを上げる中、やがてドキンちゃんの身体は完全に石となり、カチンコチンに固まってしまいました。

 

「罪の意識を感じることも無い! なんたってこいつは罪人!

 この地獄に堕とされた、罪深い娘なんだからねぇ!

 ここで永遠に石像として生きるがいい!!」

 

 

 

 

 

 やがて魔女がこの場を去り、高笑いが遠くに消えていっても、ドキンちゃんの身体は動くことは無く、この場で固まったまま。

 ドキンちゃんはもうオヤツを食べることも、誰かに意地悪をすることも、大好きなしょくぱんまんとお話をする事も出来なくなってしまいました。

 

 そして石像のまま、日々は過ぎて行きました。

 この薄暗い、石像以外は何もない場所で、ドキンちゃんは石として生きていきました。

 

(なんであたしが、こんな目に合わなくちゃいけないの……!

 ただパンを踏んだだけじゃないのっ! あんな事くらいで……!)

 

 瞬きをすることも、口を動かすことも出来ません。

 それでもドキンちゃんは石として生き続けなければならず、死ぬことも許されません。終わりの無い苦しみの中にいるのです。

 

(どうしてこんな目に合うの?! あたしは悪くないわっ!

 許さないっ……! 神様なんて大嫌いよっ……! 呪ってやるんだからっ!!)

 

 そしてドキンちゃんは、ひたすら神様を呪い続けました。

 私は悪くない。酷いのは神様なんだ。私は悪くなんてない。

 何日も何日も、この地獄の奥底で、それだけを想い続けていました。

 

 

 

 ………………………………

 ………………………………………………………………

 

 

 長い月日が流れました。

 ばいきんまんは、ジャムおじさんやアンパンマンに協力を頼んでまでドキンちゃんを探しましたが、結局見つけることは出来ませんでした。

 

『バカだよなードキンちゃんって! あんなことするからだよ!』

 

『なんてバチあたりなんでしょう! 神様に怒られて当然だわっ!』

 

『ぼく、アイツにいっぱい意地悪されたもん! いい気味だよ! ふんっ!』

 

 ドキンちゃんがパンを踏み、それで地獄へ落ちてしまったという話は、人々にも子供達にも広く伝わっていました。

 そして誰もがドキンちゃんを笑い、彼女の愚かさを馬鹿にしました。

 

 しかし、あれからばいきんまんは元気を無くしてしまい、塞ぎ込むことが多くなりました。

 

(神様なんて……神様なんて……! 呪ってやる! 呪ってやる!)

 

 もう随分と長い日々を、ドキンちゃんは石像のままで過ごしました。

 彼女はあれからも一向に反省することなく、ただただ神様を呪うばかり。

 パンを粗末にしたことも、いたずらに踏んだことも、何とも思っていないようでした。

 

 そして石になり、地獄へ堕とされてしまった今、その身体が霊体に近い存在となったせいでしょうか?

 ふとした時に、地上で楽しそうに笑う人々の姿が、ドキンちゃんには見えるようになっていました。

 

 それはいつも、パンを粗末にしたドキンちゃんを「馬鹿だ、愚かだ」と笑う人々の姿でした。

 彼らがドキンちゃんの話題でおしゃべりをする時、まるで神様の嫌がらせのように、それがドキンちゃんの頭にフワッと映し出されるのです。

 

(なによ! みんな嫌いっ! 大っ嫌い!

 アンタたちの事も呪ってやるんだからっ! みんな死んでしまえばいいのよっ!)

 

 動くことも出来ない身体のまま、ドキンちゃんはみんなを呪います。

 憎くて、悔しくて、妬ましくて……。まるでそれしか出来ることが無いんだというように、ドキンちゃんは全てを憎み続けました。

 

 

『ああ、なんて可哀想なドキンちゃん……。ドキンちゃん……』

 

 

 その時、ふと彼女の脳裏に、ポロポロと涙を流す“バタコさん”の姿が映ります。

 ドキンちゃんの石の瞳が、真ん丸になります。

 

『あの子に会いたい。あの子と話したい……。

 ああドキンちゃん……。神様、ドキンちゃんを赦して下さい……』

 

 ドキンちゃんの脳裏に、跪き、涙を零しながら祈っているバタコさんの姿が映ります。

 

 

『誰だって、罪を犯すことはあります。

 私だって、食べ物を粗末にした事があります。誰かに意地悪をした事があります。

 ちゃんと反省しますから……』

 

『ドキンちゃんは、決して悪い子じゃありません。

 本当は明るくて、優しくて、とっても素敵な女の子なんです。

 私はそれを、良く知っています』

 

『だから神様、どうかドキンちゃんを赦してあげて下さい。

 友達の……私達のもとへ、ドキンちゃんを返して下さい――――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、今までドキンちゃんの胸にあった憎しみの気持ちが、まるで嘘のように消えてしまいました。

 ポロポロと涙を流し、自分のことを想って祈ってくれているバタコさんの姿に、石になったはずの胸が熱くなるのを感じたのです。

 

 あれだけワガママをやったのに。みんなに意地悪をしたのに。

 それでもバタコさんは、ひとつもドキンちゃんの悪口を言わずに、ただ自分の知っている素直なドキンちゃんの姿を信じてくれたのです。

 私の大切な友達だと――――そう言ってくれたのです。

 

 

(…………っ!)

 

 

 その時はじめて、ドキンちゃんの胸に“後悔”が生まれました。

 自分のしてしまった事、悪かった事を、心から理解することが出来ました。

 

 みんなに意地悪をし、ばいきんまんを困らせ、ジャムおじさんのパンを粗末にしてしまった。

 そして、ワガママを沢山したせいで……こんなにも自分を信じてくれていた人を、ずっと裏切っていたんだ。

 

 好意や、信頼に、背いていた。

 友達の気持ちを、裏切っていたんだ――――

 

 

『神様、もし私が死んだ後に、天使の翼を与えて下さるおつもりなら……、

 どうかそれを、代わりにドキンちゃんにお与えください』

 

『私は地獄に堕ちようとも、構いません。

 どうかドキンちゃんに、翼をお与え下さい――――』

 

 

 バタコさんの涙が、ポタリと床に落ちました。

 それと同時にドキンちゃんの石の瞳からも、涙が零れました。

 

 全部失って、こんな所に堕とされて、友達を泣かせて……。

 それで初めてドキンちゃんは、本当に大切な物に気が付く事が出来たのです。

 

(ありがとう。ありがとうバタコさん。

 あたしの大切な友達――――)

 

 

 

 バタコさんの流した涙が、地面をすっと通り抜けるようにして、どこまでも下に落ちて行きます。

 やがてそれは地獄にいるドキンちゃんのもとへと届き、その上にポタリと落ちました。

 

 彼女の綺麗な涙が、いくつもいくつも、石像になったドキンちゃんの上に降りました。

 

 やがてその涙が身体中を濡らした時……ドキンちゃんの身体は突然神々しい光を放ち、石だった身体に大きなヒビが入りました。

 

 

 

「――――ッ」

 

 

 

 そのヒビから、一羽の小鳥が飛び出しました。

 

 その小鳥はすぐに暗い洞窟を抜け、地獄を抜け出すように上空へ向かって飛び去って行きました。

 

 空へと昇るように、高く、高く、高く――――

 

 やがてその小さな小鳥は、バタコさんやみんなの住む表の世界へと、辿り着きました。

 

 

 

 ………………………………

 ………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 

 

 

「あっ、あの小鳥がいる! おーこっちだよー♪ おいでー♪」

 

 ある日を境にして、みんなの住む町に、一羽のみすぼらしい小鳥が姿を見せるようになりました。

 

「ほら、パンくずをあげるよ。お腹いっぱいお食べ」

 

 その小鳥は薄汚れ、羽だって小さくて粗末な物でしたが、でもとても人懐っこくて愛らしい鳥でした。

 町の人達はその小鳥を愛し、誰もが見かけたらパンくずなどを持ってきて、その子に与えました。

 

「あはは、変な子だなぁ。

 あの子ってエサを貰ったら、それをすぐ他の小鳥たちにあげちゃうんだよ。

 自分は少ししか食べずに、他はぜんぶ友達にあげちゃう」

 

「うふふ、きっととっても優しい子なのね♪」

 

 カバ男くん達の言う通り、その小鳥はいつも他の小鳥たちに餌を分け与えていました。

 自分よりよっぽど綺麗で、よっぽどしっかりとした身体をしている子達なのに、そのみすぼらしい小鳥は仲間たちの為に餌を探してきては、それを分け与えているのです。

 

 その姿に少しだけ滑稽さを、そして深い愛情を感じた町の人々は、みんなでそのみすぼらしい小鳥を愛し、大切に見守りました。

 

 

 彼らは知らない事でしたが……その小鳥がとてもみすぼらしい姿なのは、“まだ神様が許していないから”でした。

 羽が粗末で小さいのも、身体が小さいのも、全てそのせい。

 少女の願いを聞き届け、羽を与えはしても、まだ彼女の罪は残ったまま。贖罪は終わっていないからなのです。

 

「ほら、パンを持ってきたよ。持っておいき」

 

「おはよう。今日も良い朝ね。いっぱい食べてね♪」

 

「あ、小鳥さんだ! パンを持ってくるねっ!」

 

 来る日も来る日も、小鳥はエサを集め続けました。

 町の人達もそれをあたたかく見守り、その子にパンを与えました。

 

 

「あれっ?! あの子が光ってるよ?!?!」

 

 そしてある日……長い長い日数をかけて小鳥が集めたパンの量が、あの時に粗末にしてしまったパンの量と、ちょうど同じになった時……。

 突然沢山の人々が前で、小鳥の身体が眩く光り輝きました。

 

「おおっ! なんと美しいっ!」

 

「綺麗っ……! 真っ白だわっ!」

 

「うわぁ可愛いっ! 小鳥さん、どうしちゃったの?!」

 

 やがで光が止んだ時、そこから飛び立っていったのは、人々が見た事もないような美しい小鳥でした。

 小鳥……いやドキンちゃんは、犯してしまった全ての罪を償い終わり、神様に本当の翼を授かったのです。

 まるで天使と見まごうような、美しい翼を。

 

 

「あら? いったいどこの子かしら?

 まぁっ! ……とても綺麗なのね、貴方」

 

 そしてドキンちゃんは、すぐさまパン工場にいるバタコさんのもとへと飛んでいきました。

 窓を開き、小鳥を出迎えたバタコさんは、その美しい小鳥を優しく手に乗せてやりました。

 

 

「こんなに美しい子を、今まで見たことがないわ――――

 貴方……もしかして天使様? 神様が私につかわして下さった、天使の鳥なのかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから小鳥は、大切な友達と一緒に、仲良く暮らしました。

 

 パン工場にいれば、しょくぱんまんにも会えるし、幸せです。

 あの時ワガママや意地悪をしてしまったばいきんまんにも、肩に乗ってチョンチョンと優しくほっぺを突き、ごめんなさいをしました。

 

 

 もしこの先、ドキンちゃんが沢山の徳を貯めて、神様に認められれば、いつか元の姿に戻れる日が来るかもしれません。

 もしくは感の良いばいきんまんが気が付き、得意の科学力で元に戻してくれるかも?

 

 

 とにかく、今日も大切な友達と一緒にいられて、ドキンちゃんは幸せです――――

 

 バタコさんの笑顔を見ると、いつもドキンちゃんの胸は、とってもあたたかくなるのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~おしまい~

 

 

 






☆スペシャルサンクス☆

 砂原石像さま♪


 PS
 この童話を紙芝居にした物が、昔TVで放送されたことがあるらしいのですが……。
 そこで流れた同タイトルのテーマ曲【パンを踏んだ娘】は、当時多くの子供達の心に拭い去れないトラウマを受け付けた伝説をもつ、名曲です。

 機会があれば……というかYOUTUBEとかで検索したら普通に出てきますので、一度聴いてみるといいヨ! 破壊力バツグン!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

66 思い出話、の巻。

 

 

 小3の時、わたし車に跳ねられた事があるんですよ。

 ドッカーンいうて、盛大に跳ねられちゃった事がありまして。

 

 今は連載もしていない時期だし、ちょっと暇しているんですよね。なのでいっちょ文章の練習がてら、その時の話を小説風に書いてみようかと思います。

 

 

 ………………………………………………………………

 

 

 hasegawa少年、小学三年生の午後。

 その日、私はちょっとした風邪にかかっていて、一人で病院に行った帰り道でありました。

 

 実はその病院の真向かいには、当時私のお父さんが働いていたガソリンスタンドがあったんですよ。私のお父さんって、車の整備士さんだったのです。

 小学校からもすごく近い場所にあったので、私は学校帰りには、いつもそのガソリンスタンドに遊びに行き、お父さんや同僚さん達と過ごしていたワケなのです。

 

 その日もいつもの如く、帰りにお父さんのガソリンスタンドに寄って「病院いってきたでー」と報告するつもりでおりました。

 きっとお父さんも「一人で行けてエライなー」と、私の頭を撫でてくれるに相違ありません。

 私はお医者さんの診察を受け、いくつかのお薬を処方して貰った後、ルンルン気分で病院を出て、その真向かいにあるガソリンスタンドへと向かっていったのでした。

 

 

 ちなみにですが、この病院とガソリンスタンドの間には、大きな道路があったんですよ。

 国道〇〇号線という、沢山の車が行きかう二車線の道路が、病院を出てすぐ目の前にあったのですね。

 

 病院をいそいそと出た私は、道路を挟んで遠くに見える、お父さんの姿を見つけます。

 今もお父さんは車の整備をしている所で、当時の私から見ても、その姿はとてもカッコよく映りました。

 

「おとうさぁーん! いってきたよー♪」

 

 道路を挟んだ向こう側に向けて、私は大きな声で言いました。

 お父さんも私の声に気が付つき、作業の手を止めて、こちらに手を振ってくれました。

 その朗らかであたたかい笑顔に、子供であった私はとても嬉しくなったのを覚えています。

 

「おとうさぁーん!」

 

 私は駆け出しました。いま目の前にあるガソリンスタンドに向かって。

 早くお父さんの所へ行って、一人で病院にいけた事を褒めて貰おうと、満面の笑みで走り出したのです。

 

 そして当然のように、車に跳ねられました(・・・・・・・・・)

 ドカーンと。そりゃあもう壮大に。

 だって私、横断歩道も渡らすに、ただ一直線に道路を横切ろうとしたんですもの。

 

 

 ………………………………………………………………

 

 

 先に結果を申しますと、私ぜんぜん大丈夫だったんですね?

 大した怪我をする事もなく、無事だったという事をお伝えしておきます。

 

 きっと当時の私が、年齢の割には背が低く、身体が小さかった事も幸いしていたのかもしれません。

 車に跳ねられはしましたが、そのぶつかった個所というのが、ちょうど私の腰骨の辺り。言わばとても丈夫な箇所だったのですよ。

 

 後で車の方を確認させてもらった時、車の一番端っこの“ウインカー”のライトの部分が、割れて無くなっていました。

 きっと私は、この車の角とも言うべき部分に“かする感じ”で跳ねられたんでしょう。幸運にもまともに当たってしまう事がなかったお蔭で、私は無事でいられたのでしょうね。

 

 身体が軽かった事、背が低かった事、そして衝撃が上手に逃げていってくれた事。

 そんな様々な要素が重なった。

 

 何より、もしかしたらこれには、ちょうどその年に亡くなっていた、私の“おばあちゃん”の加護もあったのやもしれません。

 もう目に入れても痛くないという程に私を可愛がってくれましたし、きっとおばあちゃんが守ってくれたからこそ無事でいられたのだろうなぁと、今でも思っていますよ♪

 

 

 ――――でも私、信じられない位ぶっ飛んだんですよ(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 もうね? ありえない位にぶっ飛んだんです。

 詳しい距離は、当時の私には分かりませんが……きっとお父さんが務めるガソリンスタンド、その敷地一個分くらいは、軽く飛ばされていたと思います。

 単位にすれば“いちガソスタ”ほど飛んだ、と言えるでしょうか?

 

 身長1メートルそこそこの幼い少年が、車にドカーンと跳ねられて、とんでもない飛距離を叩き出して空を舞ったのです。これ想像してみると、ちょっと面白いですね。

 

 そして後で考えてみると、私ちょっと“変な飛び方”をしていたように思うんです。

 普通、車に跳ねられたならば、きっと体操選手がやる連続バク天みたいに、クルクルーって飛ばされるのが普通だと思うんです。

 そして地面に叩きつけられ、前転だか後転だかを何度もしながら、頭をいっぱい地面に打ち付けてたと思うんです。

 きっと、そうやって死んじゃってたハズです。

 

 でもその時の私って、多分“横向き”にぶっ飛ばされてたと思う。

 恐らくはフリスビーみたく。もっと言うとガメラみたいに(・・・・・・・)、地面と水平にクルクル~っと飛んで、そのままうつ伏せで着地したっぽいんですね。

 

 たしかに地面とズザザザーっとなり、アゴや膝にはたくさん擦り傷を作りました。

 でも運よくガメラみたいに空を飛んだお蔭で(・・・・・・・・・・・・・・・)、私はまったくの無事。

 骨にも身体にも、なんの異常もありませんでした。

 

 

 そして私、アスファルトをズザザザーっと何メートルも滑って着地した後、すぐに〈ヒョッコリ〉と起き上がったんですね?

 間を置くこと無く、すぐヒョッコリと起き上がり、そのままスタスタとお父さんの方に歩いていったみたいなんです。

 

 そして当時の私って、きっとすんごい“アホな子供”だったんでしょうね。状況が理解出来ていなかったんだと思います。

 

「おとうさーん、跳ねられたぁー」

 

 私は、茫然と立ち尽くしているお父さんに対して、そう普通に報告をしたんですよ。

 

 あの時のお父さんの、目を見開いた顔……今も忘れられないです。

 

 

 ………………………………………………………………

 

 

 これは想像するしかないのですが……きっとその時のお父さんって、もう死ぬほどビックリしてたと思うんです。

 

 ガソスタで車の整備をしてたら、遠くから「おとうさーん!」という、我が子の声が聞こえた。

 おー病院終わったかー、と思ってそちらに手を振ってあげると……、突然息子が横断歩道を渡ることなく、こちらに向かって車道を突っ切ってくる。

 そしてそのまま、車にドカーンと跳ねられるワケですよ。自分の見ている前で。

 

 しかもその息子さん、ガメラみたいな飛び方(・・・・・・・・・・)で宙を舞ってますからね?

 何十メートルも吹っ飛ばされて、そのまま地面にズザザザーっとなりましたからね?

 

 そして息子が、すぐに何事もなかったようにテテテとこちらに歩いて来て、開口一番に「おとうさーん。跳ねられたぁー」って、ケロっと報告しやがるワケですよ。

 

 あの時のお父さんの、絶句した顔――――いま思えば、すんごく面白かった気がしないでもないです。

 

 

 きっとなのですが……お父さんはその時、私を怒りたかったと思うんです。

「何をやってるんだ! ちゃんと横断歩道を渡らなきゃダメじゃないか!」って、そうおもいっきり叱りつけたかったと思うんです。

 あの時のお父さんの顔って、心なしかそんな感じで、ちょっとワナワナしてましたし。

 

 ――――でも今それどころじゃない! 息子跳ねられとる!!

 ――――――ガメラみたいに空飛んで、ズザザっといっとる!

 

 きっとお父さん、そう思ってたんじゃないかなぁ? 物凄い葛藤があったんじゃないかと思う。

 お父さんは暫くのあいだ絶句した後、そっと私の手を握って「と……とりあえず病院いこう」って言いましたもん。

 私を一言も叱りつける事なく。

 

 

 ………………………………………………………………

 

 

 最終的に、私はお父さんに手を引っ張られながら、病院へ行きました。

 擦り傷しか負っていなかったけれど、傷の治療。そして全身のありとあらゆる箇所をレントゲン撮影し、骨に異常がないかを確認されました(まったく大丈夫でしたけれど)

 

 けれど、確かその時の私って、“ものすっごく不本意だった”憶えがあるのです。

 「病院いくのイヤや~!」と言って、すごくお父さんを困らせてしまった記憶があるのですよ。

 

 ――――だって私、いま病院から帰ってきたトコやん!

 ――――――なんでもういっかい病院いかなアカンの! イヤやイヤや!

 

 そう言って、すごくお父さんを困らせた、という思い出があります。

 

 

 いま思えば、当時の私って「ほんとアホな子供だったんだなぁ」と思います。

 病院の帰りに、病院の真ん前で跳ねられて、すぐさま病院にとんぼ返りした子供というのも、面白いなぁと思いますし、

 さぞお父さんもお母さんも、私を育てるのに苦労してたのではないかと、お察し致します。

 

 なんだったら私、その年の内に、もういっかい車に跳ねられてますからね(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 しかもこれとまったく同じ跳ねられ方で、同じようにピンピンしてましたからね。骨の一本も折ること無く。

 

 ほんと私のおばあちゃんに「ありがとう」と言いたいです。

 バカな子供である私を、守ってくれてたんでしょうな。

 

 

 ちなみに私のお父さんは、もう数年前に亡くなってしまったのですが、未だにあの時お父さんがした「俺の息子跳ねられとる!」みたいな顔を、よく思い出すんです。

 

 お父さん、あの時はごめんね。二回も車に跳ねられてゴメン。

 そんで心配かけたのに、全然ピンピンしててゴメンね? 許してね――――

 

 

 以上、私が車に跳ねられてガメラみたいな飛び方をした時のお話、でした。

 まる。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

67 なんか険悪なムードだけど、それいけ!アンパンマン

 

 

「は~ひふ~へほぉーーう! このキャンディは俺さまがいただいたぁー!」

 

 アンパンマンたちが住む“夢の国”。

 みんなが仲良く、笑顔で過ごしている、善人ばかりが住むようなこの地に、ばいきんまんの「うっしっし♪」という高笑いが響く。

 

「さぁ~! 今日もまるでノルマのように、小さな悪事を働いてやったぞぉー!

 アンパンマーン! 出てこぉ~い!」

 

 ここは本当に平和な世界だ。自分が行動を起こさなければ、何一つ物語が始まらない程に。

 それをしっかり理解しているばいきんまんは、今日も“笑って済ませられる程度の悪事”を働き、アンパンマンと戦うための理由作りをおこなう。

 

 そのすぐ傍には、オヤツのキャンディを取り上げられてしまい、「えーん! えーん!」と泣き声をあげるカバ男くん。そしてその隣で「……ごめんね? ちゃんと後でキャンディ買ってあげるからね」と小声で語り掛けるドキンちゃんの姿がある。

 いわば、ばいきんまんが悪事をおこなう役で、ドキンちゃんはそのフォローをおこなう役。二人の役割分担はバッチリだ。

 

 ちなみにカバ男くんは演技力というか……こうしてオヤツを盗られた時のリアクションが素晴らしい。その大きな声もアンパンマンを呼び寄せるのにすごく役立ち、大変グッドだ。

 だからばいきんまん達は、いつも彼に事前にお願いして、オヤツを取り上げられる被害者役をやってもらっている。

 

 もちろんアンパンマンとの戦いが終わった後は、二人でカバ男くんの家にしっかり謝りに行き、沢山のお菓子をお礼として手渡している。

 もちろんカバ男くんのお母さんにも、しっかりご挨拶しているし、関係も良好だ。たまに夕飯までご馳走になったりもする。

 

 こういうのは、持ちつ持たれつなのである。

 お互い気分よく、円滑に仕事をする為には、通しておかなければならない筋なのだ。

 

「――――まてぇー! やめるんだぁ! ばいきんまん!」

 

「おぉ? 来たなぁ~アンパンマーン!」

 

 そしていつもの如く、空の向こうから颯爽とアンパンマンが現れる。

 ばいきんまんは「よっし! こっからが本番だ!」とばかりに、キラキラした瞳で彼の方に振り向いた。

 

「ばいきんまん! お菓子を返すんだ!

 というか……お願いだからやめてよ。ぼく今いっぱいいっぱいなんだ……」

 

「えっ」

 

 だが、この場に降り立ったアンパンマンは、どこか元気がない。

 それどころか、正義の味方らしからぬ「もう勘弁してよ」的な、気だるい雰囲気が漂っていた。

 

「えっ……どうしたのだアンパンマン?

 なんか顔色わるいし、すんごく弱そうな感じするんだが」

 

「うん……。今日つけてるアンパンはね?

 バタコさんが賞味期限切れの小麦粉(・・・・・・・・・・)で焼いたヤツなんだ……。

 だからぼく、ぜんぜん元気が出なくって……」

 

「なっ!? なんでそんな小麦粉つかってるんだ!?

 えっと……もしかしてパン工場の仕入れが、上手くいってないのか?

 倒木か何かで道が塞がれて、配送のトラックが来られないとか。

 もしそうだったら、俺さまがなんとか……」

 

「ううん? 小麦粉はパン工場に有り余ってるよ?

 むこう1か月は補充もいらないくらい。

 これはね、バタコさんの純然たる悪意(・・・・・・)なんだ」

 

「悪意?!?!」

 

 もう〈しょぼーん〉って感じで肩を落とし、立っているのも辛い様子のアンパンマン。

 悪い小麦で頭のパンを作られた、という以上に、なんか心労で参ってしまってるようにも見える。

 

「洗濯もしてくれないから、服も汚れたまんまだし。

 マントの補修もしてくれないから、今日もここまで飛んでくるの、すごく大変だった……」

 

「お前ボロボロじゃないか!!?? なんでそんな事にッ?!」

 

「大丈夫なのアンパンマン?! ちょ……ちょっと座る? ほら休んで休んで!」

 

「ほらアンパンマン! ぼくのクッキー食べる? おいしいよ?」

 

 三人はアンパンマンに駆け寄り、甲斐甲斐しく世話を焼き始める。

 優しくその場に座らせてやり、水分補給や栄養補給をさせてやる。ドキンちゃんに至っては裁縫セットを取り出し、彼のボロボロになったマントをチクチクと直し始めた。

 

「いや……確かにここ最近は、俺さま5連勝くらいしてたし。

 おっかしーなーとは思ってたんだが、まさかそんな事情が……。

 というか、何で早く言わないんだアンパンマン!! 駄目だろうが!!」

 

「ご……ごめんよばいきんまん。ぼく……」

 

「ちょっと! 大きな声出さないでよ!

 アンパンマンいま弱ってるのよ!? 可愛そうじゃないのさぁ!」

 

「そうだよ! 一番つらいのはアンパンマンじゃないか!

 もう心配ないからね、アンパンマン? 大丈夫だからね?」

 

 まるで十年来の親友のように、慈悲と労わりをもって接する三人。

 ここにいるのは悪役と被害者なのだが、なぜか助けに来たハズのヒーローを看護するという、ワケの分からん事になっている。

 

「実は……このダメなアンパンですら、もう3日前のヤツなんだ。

 だからぼく……力が出なくって……」

 

「――――ネグレクトじゃないか!! 立派な虐待だよそれは!!

 なんでアンパンのお前が、育児放棄されてるんだッ!!」

 

「うぅ~、顔が腐って(・・・・・)力が出ない~……」

 

「そんな理由はじめて聴いたぞ!!

 俺様かびるんるん使ってないのに!!」

 

 涙が出そうだ。彼とはもう長い付き合いだが、こんなにも弱々しい姿を初めて見た。

 ばいきんまんはバイキンメカに乗ることも忘れ、ヘナヘナとへたり込んでいるアンパンマンの肩を支えてやるばかりだ。

 

「あー、だっるい!

 なんで私が、こんなことしなきゃ……めんどくさっ!」

 

 ふと気が付くと、いま四人がいるこの場に、アンパンマン号の物らしきエンジン音が響いて来た。

 上部のハッチがパカッと開き、その中から、なにやらふてくされた顔をしたバタコさんが現れる。

 

「な……なんだアレ?!

 バタコさんって、あんな“死んだ魚”みたいな目ぇしてたか?!」

 

「どうしたのバタコさん?! あんなに優しくて可憐だった貴方が!

 今はもう、コンビニにたむろする中高生のようにッ!!」

 

「ぼく見た事あるよ! こういう子!

 実のお父さんに向かって『パパと同じ空気吸いたくないから、息しないで』とか言っちゃうタイプの子だよ! お父さんの洗濯物と一緒に洗わないでとか、ダダをこねるヤツ!」

 

 バイキン&ドキン&カバ男が驚愕する中……まるで制服を着崩す中高生のように、ラフな感じで作業着を着崩しているバタコさんが、遠くからアンパンマンに向かって声をかける。

 

「――――ほらアンパンマン、新しい顔よ?」

 

 そして、袋に入ったままのアンパンを、ポスっと彼に投げつけた。

 

「そ……それって、ヤマ〇キパン(・・・・・・)のヤツじゃないか!?

 スーパーに売ってる、一個100円くらいの!! なんで自分で焼かないッ!?」

 

「あっ! しかもコレ、賞味期限切れてるっ! 廃棄品じゃないの!」

 

「いや、たとえ新しくても無理だよ?!

 こんなの顔になんないよ! てのひらサイズじゃないか!」

 

 悲しそうに顔を伏せるアンパンマンに代わり、ばいきんまん達が抗議の声を上げる。

 しかしバタコさんは、ダルそうにスマホをいじるばかり。一向にこっちを見ようとはしないのだった。

 

 

 

 ………………………………

 ………………………………………………………………

 

 

 

「すまないね、ばいきんまん……わざわざ来てもらって」

 

「いや、まぁ知らない仲じゃないですし。俺さまもこのまんまだと困るし。

 だから、えっと……なんか力になれたらと、思いましてだな?」

 

 翌日。正装をして菓子折りを持ったばいきんまんは、ジャムおじさんのいるパン工場を訪れた。

 彼らとは長い付き合いであるが、こうして普通にパン工場に来るというのは、もしかしたら初めてだったかもしれない。

 

「とりあえず、事情を聞かせてくれるか?

 なんでアンパンマン、あんな風にされてるんだ?

 バタコさんはいったい、どうしちゃったんだよ」

 

「そ、それは……」

 

 ばいきんまんはパン工場の中に通され、作業場とは違う畳のある部屋で、お茶を出されている。

 今はジャムおじさんと男二人、向かい合って座っている。

 本当はドキンちゃんやカバ男も心配してたし、一緒に来たがっていたのだが、大勢で押しかけては迷惑になるので、ばいきんまんが代表して事情を聴きに来た次第である。

 

「うん……、これはねばいきんまん? 何も特別なことでは無いんだよ。

 私としては、ついに来たるべき時が来た……という印象でいるんだ」

 

「ん? なんだそりゃ? 来たるべき時ぃ?」

 

「子供をもつ親が、必ず通る道。

 そう、いわばこれは、バタコが思春期に入った(・・・・・・・・・・・)というだけの話でね」

 

「思春期ッ!!??」

 

 ばいきんまんは後ろにひっくり返りそうになったが、なんとか持ちこたえる。

 

「ちょ……ちょっと待ってくれジャムおじさん。

 思春期ってアレか? 年頃の子が反抗的になったり、素っ気なくなったりするっていう。

 たしか子供にとって“自意識が芽生え始める”時期だったか?」

 

「その通りだよ、ばいきんまん。

 バタコは思春期なう、なのだよ」

 

「いやでも! たしか思春期って、13才くらいでなるヤツだろう?!

 バタコさんって、もっとお姉さんじゃないのか?!」

 

「うむ。バタコは人間でいうと、18才くらいにあたる。

 もう大人と言っても差支えない年頃だね。

 だからこういうのは無いのかな~と思って、私も油断していたんだが……。

 どうやら遅れて来たらしい」

 

「遅れてきた思春期?! なんかタチ悪い!?」

 

 悪役であるばいきんまんから見ても、バタコさんはとても良い娘だったと思う。

 いつもニコニコ笑い、微笑みを絶やさない。どんな者にも優しさを持って接する、立派な娘だったように思う。

 それが今では、不良学生のように作業着をラフに着こなし、ダルそうにスマホをいじり、何事にも無気力になってアンパンマンの顔すら作ってやらないという、そんな目も当てられない姿になっているのだ。

 以前の彼女とはもう、似ても似つかない。ついでに言うと、髪も茶髪に染めてたみたいだし。なんか怖い。

 

「以前は共に早起きをして、パン作りをしていたものだが……それも怠っていてね。

 今では人手が足りず、各地に給食用のパンを卸すので精一杯。

 とてもじゃないが、アンパンマンたちの顔を作るまでの余裕は無いんだ。

 私ももう年だからね……」

 

「ずっと部屋に籠って、スマホいじってる感じか。

 外に出てお日様の光を浴びないと、身体を悪くしちゃうぞ?

 まぁ俺さまは別だけど」

 

「それにね? ジャムおじさんと一緒の空気を吸いたくないとか、

 ジャムおじさんの服と一緒に洗濯しないとか、もうメチャクチャなんだよ……」

 

「あ、それやっぱ、やられるんだな。

 カバ男が言ってた通りだ」

 

 もしかしてこれは、全国のお父さん達にとっての通過儀礼なのかもしれない。

 ばいきんまんはまだ子供なので、よく分からないけれど。

 

「とにかく、これはバタコがおかしくなったワケでも、病気になったワケでも無いんだ。

 どんな子供にでもある、当たり前の事に過ぎないんだよ。

 だから私は、暖かく見守っていこうと思っているよ」

 

「うん……まぁそれが良いのかもしれないな。

 いくら反抗的だからって、それを無理やり押さえつけたりしたら、なんかおかしな事になっちゃいそうだし」

 

「あぁ。今はバタコにとって、大切な時期なんだよ。

 ようやくしっかりとした自意識が芽生え、子供ではなくひとりの女性として、羽化しようとしているんだ。

 大人として、受け止めてやらなければね」

 

 今でこそ荒れてはいるが、バタコさんはとても良い子である。その生来の優しさや慈愛は、彼女の本質ともいうべき部分だ。

 たとえ思春期が過ぎても、その大切な人間性は、けして失われることは無いだろう。

 だから今は、じっとこらえて見守ってやるべき時期なのだ。

 もちろん大人として、最低限の注意はしっかりとおこない、道を外れてしまわないように見守りながら。

 

 話を聴きながら、ばいきんまんはウンウンと頷く。

 もう彼女のあまりの豹変ぶりに、ここに来る前はどうなる事かと思ってはいたけれど……でもあまり心配はいらないのかもしれない。

 今も暖かな笑みを浮かべるジャムおじさん。この人が傍にいるのなら、きっと大丈夫なんじゃないかと思う。

 

「しかし……アレは流石に良くなかったかもしれないね。

 私とした事が、失敗してしまったよ」

 

「んん? なんだ失敗って? どうかしたのか?」

 

「実は最近……、私が隠していたエロ本(・・・)が、バタコに見つかってしまうという出来事があってね?

 ブルマやスクール水着のロリッ子が表紙という、極々ありふれた本ではあるんだが。

 でもその日から、バタコが思春期に突入してしまって……」

 

「――――ちょっと待て!! それ思春期と関係ないんじゃないか?!?!」

 

 思わず立ち上がり、ジャムおじさんに詰め寄る。だが彼は「やれやれ、困ったものだ」とばかりに、のほほんとした顔。

 

「最近、少し冷え込んで来ただろう?

 だからあの日、バタコは作業場にいる私のためにと、セーターを取りに行ってくれた。

 でも部屋のクローゼットを開いた途端……、私の秘蔵のエロ本たちが、もう雪崩のようにバサバサーっと落ちてきたらしくてね?

 おそらくは、それがショックだったのだろう……」

 

「そらショックだよ!! 女の子にとっちゃトラウマ級だよ!!

 あんた何してんだよ!? セーター取りに行ってくれた、心優しい女の子に!!」

 

「不幸なことに、ちょうどそこは、私のあらん限りのロリコン魂が詰まった場所だった……。

 せめてそれが熟女本であったならと、後悔してもし切れない」

 

「そういう問題じゃないよ!! ……いやコレもデッカイ問題だけど!

 つかジャムおじさんって、ロリコンだったの?!?!

 聴きたくなかったよ俺さま!!」

 

「ちなみに、これは内緒だがね?

 私が小学校に卸しているパンは、ちょうど私のサイズ(・・・・・)に合わせて作ってある、特製なのさ。

 何も知らない無垢な幼女たちは、毎日それを嬉しそうに咥えている……というワケさ。

 その姿を想像するだけで、毎日の早起きや、辛い朝の仕事だってヘッチャラだ。

 私はパン屋で良かった――――心からそう思うよ」

 

「思うな!! この変態野郎ッ!!」

 

 そらコイツと同じ空気吸いたくないわ。一緒に洗濯されたないわ。ばいきんまんは思う。

 

「けっ、警察を! こいつを豚箱へッ!!

 いや駄目だっ……! この国に警察なんてないッ!!」

 

「ふははは、その通りだばいきんまん!

 あえて言うならば、アンパンマンこそがこの国における、唯一の抑止力だが……いったい彼の頭を作っているのは、誰だと思っているのかね?

 ――――私の行為を咎める者など、存在しないのだよ!!!!」

 

「娘に咎められてるだろッ! おもいっきり嫌われてるじゃないか!!」 

  

 ジャムおじさん改め“ペドおじさん”の笑い声が、高らかに響く。

 この柔らかな笑み、あたたかな笑顔を、今まで好意的に感じていたものだけど……コイツがロリコンの変態中年だと知った途端、一気に印象がひっくり返る。

 

 こいつが子供達を見つめる瞳は、実はとてつもなく邪悪な物だった――――

 子供が大好きなジャムおじさん――――このなんでもない言葉が、今はもう違った意味に聞こえる。

 そらバタコさんもグレるよ! あんなにも良い子が、あんな風になるワケだよ! ばいきんまんはすごく納得した。

 

「くっ! 確かに“キノコパン”と言い張って作ったパンを、バタコに阻止されはしたが! 

 だが私は諦めんぞ! 必ず私のパン(・・・・)を、無垢な幼女たちに食べさせてみせる!!」

 

「黙れよ!! むしろ死んじゃえよ!!

 俺さまもう、お前と同じ空気を吸いたくないよっ!!」

 

「君も、娘と同じことを言うんだね――――」

 

 

 ばいきんまんはゲシッとペドおじさんに蹴りを入れ、部屋を飛び出した。

 もうコイツは駄目だ。もうこんな所には居られない。そう言わんばかりに。

 

 

 

 ………………………………

 ………………………………………………………………

 

 

 

「ふぅ……やれやれ。とりあえず入れてくれてありがとうなのだ。

 今日はな? 俺さま話があって来たのだ」

 

「…………」

 

 カーテンが締め切られた、薄暗いバタコさんの部屋。

 女の子らしい装飾や、愛らしい人形なんかが並んではいるけれど、主の心境を表すかのように、ドンヨリと空気が濁ってしまっている。

 

 今ばいきんまんは、廊下での長きに渡る説得のすえに部屋に入れて貰い、こうしてバタコさんと向かい合っている所だ。

 彼女の瞳はハイライトが消え、まるでレイプ目のようにはなっているが、こうして座布団とお茶を用意してくれるあたり、まだ本来の優しさは失われていないように思える。希望はあるのだ。

 

「えっとな? さっきペドおじさ……じゃなかった、ジャムおじさんとも話をしてきてな?

 大体の事情は聴いて来たのだ」

 

「…………」

 

「正直、これは酷いと思う……。

 悪のカリスマたる俺さまをしても、弁護のしようが無い……。

 人の業や、欲望っていうのは、ほんと度し難いモンだよ。

 もうなんて言って良いのか分かんないけども……心中お察しするぞ」

 

 ペタンと女の子座りをし、クッションを抱きかかえて「じぃ~っ」とこちらを見つめるばかりのバタコさん。

 そのクッションは、まるでこちらと壁を作っているかのよう。そのクッションごしの瞳は、じっとこちらの出方を伺っているかのよう。

 ぶっちゃけた話、ばいきんまんは物凄い居心地の悪さを感じているのだが……ここは踏ん張りどころとばかりに気合を入れている。

 あんな風になっちゃった宿命のライバル(アンパンマン)の為にも、我慢我慢である。

 

「でもな、バタコさん?

 俺さまから見ても、正直いまの状況は、良くないと思うのだ……」

 

「…………」

 

「バタコさんを責めるつもりは無いぞ?

 あんな事があれば、誰だって落ち込むし、嫌な気持ちになるよ。

 全部がまんして、ジャムおじさんと仲直りしろだなんて、俺さま言えないもの」

 

「…………」

 

「けれど、こうして部屋に閉じこもってるばかりじゃな? バタコさんの心身に悪いよ。

 それに……これはもう俺さまの都合ばっかで悪いんだが、アンパンマンがあんな風になってちゃ、すごく困るのだ。

 アイツは悪いことなんてしてないし、バタコさんだって、アイツのことは好きだろ?

 なんとかしてやって欲しいって、そう思うんだよ。

 ……特に、あの腐れおじさんがああなっちゃった今となっては、バタコさんだけ頼りなのだ」

 

 辛い想いをしているのは、バタコさんだ。

 なんせ、敬愛していた親代わりの存在が、あんな超ド級の変質者だったのだから。そりゃあ年頃の女の子としては、こうして引きこもるくらいの事はするだろう。責められないし、仕方のない事ではある。

 

 けれど……それでもばいきんまんは、アンパンマンの事をお願いする。

 アイツにパンを作ってやってくれ、またアイツと戦わせてくれと、そう頼み込む。

 

「いまバタコさんがしんどいのは、分かってる。

 それでも俺さまは……バタコさんに頼むしかないのだ」

 

「…………」

 

「だからさ……? 言って欲しいのだバタコさん。

 お前は、これからどうしたい?

 どうしたら元気になれる? どうしたら、前みたいにパンを作れるようになる?

 俺さまはそれに、全力で協力する――――全力で叶えるつもりなのだ」

 

 向かい合い、真剣な目でバタコを見つめる。

 その真摯な雰囲気を感じ取り、彼女の方も無気力ではなく、ちゃんとこちらを見てくれているのが分かる。

 

「例えばだけど、いったんこことは別の場所に住んでみる、とかはどうだ?

 俺さまの城に来る……のは嫌だろうし、俺さまが家を建ててやっても良いぞ?

 俺さまなら、もう1日もあれば、パン窯や作業場を備えた立派な家を建ててやれる。

 ……ジャムおじさんもバタコさんも、今はちょっと気まずいだろ?

 なら少しの間でも、別々に住んでみて、いったん距離を置いてみたら良いと思うのだ」

 

「…………」

 

「それか、どっか旅行にでも連れて行ってやろうか?

 アンパンマンやドキンちゃんも連れてってさ? みんなで海でも見に行かないか?

 いい気分転換になるし、きっと楽しいぞ~う?

 なによりバタコさんは、今までず~っとパン作りを頑張ってきただろ?

 たまにはこういうのも良いよ。ちょっとした自分へのご褒美なのだ」

 

 ニッコリと、あたたかな笑みで告げる。

 内心、バタコさんは驚いていた。いつも悪戯ばかりしていた彼だが、こうやって誰かを思いやる事も出来れば、優しく誰かの心に寄り添う事も出来るという事に。

 

 まぁいつもワガママばかり言うドキンちゃんのお世話をしているし、意外とフェミニストな所もあるので、ばいきんまんが女の子に優しいのは元々なのであるが。

 それでも今、彼がこの問題を解決しようとし、誠意を持って自分と接してくれているのが分かり、暗い水の底にいたバタコさんは、あたたかな毛布に包まれたような気持ちになった。

 そして……。

 

「ねぇ……ばいきんまん?」

 

 初めてバタコさんは、静かに口を開く。

 

「何を言っても、良いの……?

 おねがい、きいてくれる……?」

 

 ジッとばいきんまんの顔を見つめる。

 まるで幼い子供が、無垢な瞳で大人の顔色を伺うみたいに。

 

「おう! 俺さまにまかせとけ!

 なんでもきいてやるぞぉ~う!」

 

 でも彼は、一点の曇りもなく、そう言ってのける。

 自らの矜持にかけて。ドンと力強く、胸を叩きながら。

 

「えっと……じゃあね?」

 

 その姿を見て、バタコさんがモジモジしながら、ごにょごにょ喋り出す。

 まるで幼い子供に接するかのように、ばいきんまんは決して急かすことなく、それをあたたかく見守る。

 

「私ね……? お父さんとお母さんが欲しい(・・・・・・・・・・・・・)

 

 だが、彼女が告げたお願いは……。

 

「ばいきんまん、私のパパになって……?

 ドキンちゃんは、私のママになるの」

 

 彼の予想の、斜め上を行った――――

 

「…………えっ」

 

 思わず言葉に詰まるが、バタコさんの目は真剣だ。

 今も無垢な子供のように、「じぃ~っ!」とこちらを真剣に見つめている。

 

「あんな変態が親代わりなんて、イヤ。

 あんな人と一緒にいるなんて、吐き気がする」

 

「いや……それはもう、俺さまも全肯定しか無いけどな?

 でもな? バタコさん……」

 

「みんな知らないけど、あの人ってパチンカスなの。

 いつも夜は、汚いおっさん達を家に呼んで、麻雀ざんまい。

 お酒を飲んで暴れるし、家の前でオシッコするし、家のお金を競艇につぎ込むし。

 真夜中にアンパンマン号を飛ばして、隣町のキャバクラに行ったりする」

 

「そんなことしてたのかジャムおじさんッ!!??

 あの優しい笑顔は外面か?! クズ野郎じゃないかッ!!」

 

「あの人は、パンなんて食べないわ。ほんとは小麦が大嫌いなのよ。

 いつもお酒と、居酒屋にあるような物ばっかり食べてる。

 あぶったイカとか、なんこつ唐揚げとか」

 

「パン食えよジャムおじさん!! 自分で作ってる物だろ?! みんなガッカリだよッ!!」

 

「ダメ……? ばいきんまんは私のお父さん……イヤ?

 私、ちゃんとしたパパが欲しい……。優しいママが欲しいの……」

 

「え゛っ……えっと」

 

 これは、予想外の事態だ。

 彼女の相談に乗る為に来てみれば、まさか悪の権化であるハズの自分が「パパになって?」と頼まれることになろうとは。

 いまバタコさんはウルウルと、もう縋り付くような瞳でこちらを見ている。

 ばいきんまんはダーダー冷や汗をかく。いくら悪役の彼とはいえ、とてもじゃないが邪険には出来ない。

 

「ばいきんまん、優しい……。

 それにちゃんと信念を持って、いつも悪役をやってるでしょ?

 そういう所……ほんとスゴイって思う。ずっと尊敬してたの……」

 

「いや、褒めてくれるのはすんごい嬉しいのだが……。

 でも俺さまも、けっこう好き勝手にやってるしな?

 ほら、いつも悪さしてるし? カバ男とかも泣かせちゃってるし?」

 

「一見、どんな酷いことをしてても、ちゃんとアンパンマンが逆転出来る余地を残してたり……、みんなが大怪我をしてしまわないように、しっかり配慮してくれてるもん。

 それだけでも、ばいきんまんがすごくちゃんとしてて、とても頭が良いんだって分かる……。

 確かにアンパンマンは主役だし、花形ではあるけれど……でもいつも現場をまわしてくれてるのは、ばいきんまんだもん。すごく頼りになるもん……。

 みんな貴方を悪く言うけど……、ぜんぜん分かってないわ」

 

「いや……そのな?

 そこらへんは、知らないフリをしてくれてた方が、俺様やりやすいというか……。

 俺さまは、それが仕事っていうか……。『ばいばいきぃ~ん☆』ってぶっ飛ばされるのを、ただ笑って見ててくれた方が、プロとしてはありがたいというか……」

 

 ヒーローであるアンパンマンを立てる。

 彼の活躍の場を作り、存在を際立たせる――――

 それが悪役たるばいきんまんの役目であり、存在意義だ。この仕事に誇りを持ってやっている自負はある。

 

 けどそんな風に裏側を見られてしまうと、それはそれで困ってしまうのだ。

 子供達には、純粋な心で見てて欲しいし、正しい道徳というのを学んでいって欲しい。その為にこそ頑張ってるんだから。

 

「私のお父さんは、家庭を顧みない人だった……。

 お母さんも、産むだけは産んで育児をしない、愛のない人だった……。

 ――――そして二人とも他所で恋人を作り、私を捨てて逃げたわ。

 ねぇばいきんまん……私のお父さんになって? 私あったかい家庭が欲しい……」

 

 お も た い 。

 子供番組らしからぬ、このヘビーさは何だ。夢と希望はどこへ行った。捜索願を出せ。

 

「いっしょにお風呂に入ろう? 膝だっこして、ご本を読んで? ずっと一緒にいて?

 ……そして私が眠るまで、手を握ってて?」

 

 ――――お も た い ッ !!!!

 もう涙がちょちょ切れそうだ! ばいきんまんは泣いてしまいそうだ!

 

 誰かこの子を愛してやってくれ!

 大至急あたためてやってくれ!

 この冷え切った心を!!

 

 

「そしたら……パン作るよ? わたしばいきんまんのために、いっぱいパン作る……。

 ねぇパパ、ママ……なんでわたしをすてたの……?

 わたし、いい子になるよ……? もっといい子になるから……」

 

「――――もういい! 休めッ!!

 とりあえず今日は、俺さまの所に来いッ!!

 ドキンちゃんと三人で、川の字で寝るぞッッ!!!!」

 

 

 あったかいメシを食わせる! 毛布で包む! 抱きしめる!!

 もうばいきんまんには、それしか出来ることが思い浮かばないのだった。

 

 

 

 ………………………………

 ………………………………………………………………

 

 

 

「という事で……バタコさんは今、俺さまんトコで預かってるのだ。

 暫くこっちで様子を見ようと思ってるぞ」

 

「うん……ありがとう、ばいきんまん」

 

 今回の戦場となる、町はずれの森。

 ばいきんまんは暫し悪事を中断し、真剣な顔でアンパンマンと向かい合っている。

 

「いや、いいのだ。なにより俺さまは、お礼を言われるのがだいきらいだからな!

 お前も知ってるだろう?」

 

「そうだね。いつも君は、自分の心に従って行動してる。

 それをぼくがとやかく言うのは、違うのかもしれない。

 でも……ぼくは本当に嬉しかったからさ。

 その気持ちだけ、知っておいて欲しい……」

 

 なんかバツが悪そうに、ばいきんまんは顔をそむけて、ポリポリ頭をかく。その姿をアンパンマンが苦笑しながら見ていた。

 

「とりあえず……お前の頭のパンだけどな?

 なにかあったときは、ちゃんとバタコさんが駆けつけて、新しいのを投げてくれるから。

 もう心配しなくてもいいぞ?」

 

「分かったよ、ばいきんまん。

 これで安心して、君と戦えるね♪」

 

「おうよっ!

 まぁまだ問題は山積みだけど……とりあえず俺さま達のバトルには、もう問題ない!

 手加減はしないぞアンパンマーン! さぁ~かかってこぉ~い!!」

 

「ふふ♪ そうだね。じゃあ今日もやろうか! ばいきんまん!」

 

 そしていつもの如く、ばいきんまんが巨大なメカに乗り込み、アンパンマンがそれを迎え撃つ。

 少しばかり連絡事項はあったが、二人はいつものように宿命のライバルとして、死力を尽くして戦っていく。

 

「うわぁ~! 顔が欠けて力が出ない~っ!」

 

「あーっはっはっは! ざまぁ見ろぅアンパンマーン!

 これで俺さまの勝ちだぁ~!」

 

 果敢に空を飛び、健闘していたアンパンマンだが、ついにバイキンメカが振り回す巨大な腕を交わし損ねて、被弾してしまう。

 地面に叩きつけられ、「ううう……」と苦しそうな声を出しながら、蹲っている。

 

(大丈夫なのだ。

 しっかりバタコさんが家を出たのは確認したし、すぐ傍で待機しているハズ。

 ドキンちゃんもついててくれてるしな!)

 

 よ~しトドメだぁ~! ……なんて声を上げながらも、ばいきんまんは思考する。

 自分の状況判断は完璧だ。ほら、いま向こうの方からバタコさんが、こちらに向かってくるのが横目で見える。

 

「アンパンマン! しっかり!

 新しい顔よぉーーっ!」

 

 そしてこの場に、なにやら“むらさき色”の大きなマシンが現れる。

 このあいだ頑張って作った、アンパンマン号ならぬバイキンマン号だ。

 これはばいきんまんがあのマシンを模して作った、バタコさん専用のマシンであり、本家と同様にしっかりパン窯も備えている。もちろんデザインはばいきんまんの顔だ。

 

「あっ、パパー! 今日もがんばってねー♪ かっこいいよー☆」

 

「こっ! こらバタコさん! そういう事いわないのっ!

 いま本番中なんだからっ!」

 

 笑顔で「うふふ♪」と手を振っているバタコさんを、ばいきんまんはワチャワチャしながら諫める。

 周りで戦いを見守っている子供達は、なんか「?」って感じのキョトンとした顔だ。

 

『元気100倍っ! アンパンマン!』ペッカー

 

「くっそぉ~! アンパンマンめぇ~! もう少しだったのにぃ~!」

 

「あ! パパのために、あえてパンをマズく作っておいたよ♪

 いちおうアンパンではあるけど、甘くもなんともない、犬も食べないような味っ!

 これでアンパンマンもパワーダウンね! がんばってパパ☆」

 

「ちょ……! そういうアドリブは駄目だよぉバタコさんッ!!

 俺さまちゃんと頑張るから! ねっ?! 次からは普通に作るんだよっ?!」

 

 もうばいきんまんの事が大好きで、バタコさんがおかしな事になっていた。

 別に悪に加担するつもりもなければ、ネグレクトのつもりもサラサラない。でもパパが好き過ぎるのだ!!

 

「うわー。転んじゃったぁー。どうしよう俺さまピンチだぁー」(棒読み)

 

 ばいきんまんは上手くアドリブを効かせ、自然な流れで自らバイキンメカを転倒させる。

 こういうトラブルをどう処理するかで、演者の力量という物が分かる。ばいきんまんはこの道何十年というプロなのだ! この程度お茶の子さいさいだ!

 

「今だっ! ア~ン! パァ…………あれ?」

 

「うわぁー! 俺さまやられちゃう~っ! ……って、あれぇ?」

 

 その時、この場に轟音を伴って、アンパンマン号が現れる(・・・・・・・・・・・)!!

 木々をなぎ倒し、森を一直線に突っ切り! 戦っていたアンパンマン達の間に割り込んで来た!

 

「バタコぉぉーーー!! 帰ってきておくれぇーーーッッ!!

 お前がいないと私はぁ~!! 私はぁぁぁあああああっっ!!」

 

 そして上部のハッチを開き、中からボロボロとガン泣きしたジャムおじさんが現れる。

 もう涙ばかりか、よだれと鼻水をも垂らし、大変ばっちい顔のおっさんが!

 

「な……なによジャムおじさん! 何しに来たのよっ!」

 

「おおバタコ! 帰って来ておくれっ! お前がいないと私はぁぁぁあああああっ!」

 

 バタコさんに向かい、涙ながらに訴えるペドおじさんジャムおじさん。

 いまこの場は、アンパンマン号 vs バイキンマン号というような、両機が向かい合う光景となっている。

 

「ほら見ておくれ! 私の顔色をっ! このやせ細った腕をっ!

 お前が食事を用意してくれないから、こんなにもやつれてしまったのだよ!!」

 

「そんなの居酒屋とか、競輪場とかで食べればいいでしょ?!

 いつもそうしてたじゃないの! このクズ中年っ!」

 

「それだけじゃない! 今パン工場は、ゴミと埃だらけなんだ!

 はやく家に帰って、掃除をしておくれぇぇえええ!

 お風呂も掃除してくれぇぇぇええええっっ!!」

 

「そんなの自分でやりなさいよっ!!

 なんでいつも私ばっかり! 私は家政婦じゃないわっ!」

 

 もう戦いもそっちのけで、罵詈雑言を交わすパン工場の二人。

 ばいきん&アンパンはポカンとした顔だ。

 

「お前がいなくなったら、誰が私の世話をするんだ!! 誰が老後の面倒を見るっ!?

 決して逃がさんぞぉバタコぉぉぉおおおっっ!!

 お前はウチの子なんだぁぁぁぁあああああーーーーーーっっ!!!!」

 

「どの口が言うのよッ!! 結局は全部、自分のためじゃないっ!!

 ――――もう嫌ッ!! もう沢山ッ!! 親もジャムおじさんも、だいだい大嫌いッ!!

 みんな死んでしまえば良いのよッッ!!!!」

 

 挙句の果てに、車に装備されたドリルやビームを使って戦いだす両機。

 最新鋭のマシンを駆使した凄まじいバトルに、辺りの地面は掘り返され、木々はなぎ倒され、観客達は悲鳴を上げて逃げ惑う。

 

「ちょ……やめろぉジャムおじさん!!

 あんた子供に何してんだよぉーッ!!」

 

「黙れッ!! 私からバタコを奪う悪党めがッ!!!

 必ずこのアンパンマン号で、捻り殺してくれるッッ!!

 覚悟しろバイキン野郎ッッ!!」

 

「ダメだよバタコさんっ! そんなことしちゃダメ! 正気に戻ってぇ~!」

 

「うっさいのよアンパンマン!!

 アンタもたまに、ジャムおじさんと一緒にキャバクラ行ってたでしょ?!

 ぜんぶ知ってるんだからねっ!!!!」

 

 

 ――――ダメだこりゃ!! 今日はもう駄目だッ!!

 

 ばいきんまんはライバルとの戦いを諦め、怒り狂う二人を諫めることに終始。

 とりあえず、コイツらの家庭問題をなんとかしない内は、アンパンマンとの戦いなど望むべくもない。それが今日でよく分かった。

 

 

(えっと……とりあえず俺さま、カウンセリングの資格を取れば良いのか?!

 それともアルコール中毒やギャンブル中毒者の更生方法とか、そういった本を読むべきか?!)

 

 

 努力家なばいきんまんの受難は、今後もしばらく続きそうだ――――

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

68 ロリコン伯爵と無理やり結婚させられそうなので、城から抜け出そうとなんやかんやするクラリス


 映画【ルパン三世 カリオストロの城】、二次創作。






 

 

「あぁ困りました。どうしましょう?」

 

 カリオストロ公国にある、小高い塔の一室。

 天窓のある豪華なベッドや、いかにも女の子が喜びそうなヌイグルミ、そして様々な可愛らしい調度品に囲まれる中で、この国の公女であるひとりの少女が、オロオロと困った顔でウロチョロしている。

 

「どうすれば良いのでしょうか?

 このままではわたくし、あの“伯爵”の妻にされてしまう」

 

 うーん、うーんと、愛らしく小首を傾げる。

 その表情は真剣で、彼女自身も真面目に悩んではいるのだろうが、もう傍目で見ている分には、その様は「愛らしッ!?」の一言。もうカワイイったらありゃしない。

 

 まだ幼さを残す、まるで花のようにキュートなお顔。

 触れたらふんわり柔らかそうな、肩でそろえられた栗毛の綺麗な髪。

 清楚さを感じさせる服に包まれた、その線の細い華奢な身体は、きっと見る者に強烈な庇護欲を抱かせる事だろう。

 そして今、口元に手を当てて「うーん」と悩んでいるその仕草すらも、彼女の高貴さや清廉さ、そしてお淑やかさを感じさせる。

 よくある表現に【歩く姿は白百合の如し】という物があるが、それはまさしく彼女の為にあるような言葉。

 

 彼女の名はクラリス・ド・カリオストロ姫――――

 つい先日、長く暮らしていた修道院から戻ったは良いものの、今はこの塔のてっぺんにある私室に、事実上の軟禁をされている少女。

 ついでに言えば、この酷い仕打ちは、彼女の婚約者であるラザール・ド・カリオストロ伯爵の指示による物である。

 今のクラリス様は、いわば“囚われのお姫様”と呼ぶに相応しい状況だと言えるだろう。

 

「あの腐れロリコンの変態伯爵は、その権力をかさに着てわたくしを手に入れ、まだ未熟な果実のように瑞々しいこの身体を、己の欲望のままに貪ろうとしているのです。

 あぁ恐ろしい、恐ろしい。なんという事でしょう」

 

 クラリス様がトコトコと近づいて来て、私が入っている籠をズイッと覗き込む。

 この部屋には彼女の他は誰もおらず、居るのは部屋の外に控えているであろう警備の衛兵達のみである。

 ゆえに彼女はその孤独を紛らわす為、こうして言葉も話せぬ私へと語り掛けているのだろう。

 

 修道院から戻ったばかりであり、親しい友人や信頼出来る付き人など、望むべくもない状況である彼女には、そんな事しか許されていないのだ。

 まったく意味のない事であるとはいえ、こうして少しでも彼女の救いとなれているのであれば、矮小なこの身にはもったいない程の光栄である。

 

 ですがクラリス様? そのよく分からない妄想(・・・・・・・・・)は、つい先日まで修道女であった者としては、如何な物でしょうな?

 あまりあそこでは、楽しみといえるような物も無かったでしょうし、そうやって空想をする事だけが彼女の慰みであったのやもしれん。

 

「ぐっへっへ♪ さぁ姫君、自分でスカートをたくし上げて見せなさい。

 いやですっ! 近寄らないでっ! このけだものっ!

 絶対わたくしは、貴方の思い通りになどっ!(キリッ!)

 ……あぁなんと(おぞ)ましい。汚らわしい。鬼畜の所業です。世も末です」

 

 どんどんエスカレートして行く、乙女の空想。

 クラリス様は「いやんいやん」と腰をくねらせ、まるで舞台女優のごとく見事に一人二役をこなしていらっしゃる。

 

 重ねてになるが……つい先日まで神の家にお住まいだった御方が、そのような俗っぽい空想をするのは如何な物でしょう?

 たしか幼き頃より修道院に入られていたと聞くが、一体それどこでお学びになられたのですか? あそこにはそういった類の本など、無かったハズなのだが。薄い本みたいな。

 

「あぁ、これではまるで、童話に出てくるお姫様のよう。

 貴方はどう思いますか、ケツァクウァトル?」

 

 同感です、私もそう思いますよクラリス様。

 ちなみにだが、さっきから喋っているこの私は、この度クラリスさまへと伯爵が贈ったプレゼントのひとつ。人の子らに“セキセイインコ”と呼ばれて親しまれている、緑色の愛らしい小鳥である。

 

 なのに何故、こんなケツァクウァトル*1みたいな御大層な名で、呼ばれねばならんのだ。

 クラリス様のネーミングセンスには、少々疑問を持たざるを得ない。我が主といえども。

 

「そうですね……。こういった場合は、白馬に乗った王子様が助けに来て下さる~というのが、お決まりの流れなのだけれど。

 でも、ここは城壁に囲まれた小高い塔の上。しかもあのように残忍な男の手中とあっては、それも難しいでしょうか?

 ふふっ♪ 貴方がわたくしの騎士(ナイト)だったら良かったのにね、ケツァクウァトル♪」

 

 そう思うのならば、もっとマシな名前を付けて下され――――それっぽいヤツにして下されば良かったのに。

 これ魔獣の名ではありませぬか。喰うてしまいまするぞお嬢さん?

 そう言いたい所であったが、私は言葉を話せぬ身。加えて矮小な小動物なのである。それも叶うまいて。

 

 檻に入った鳥である私と、悪漢によって軟禁されている彼女。

 なにやらクラリス様と私は、奇しくも似たもの同士だ。“自由を奪われた小鳥”なのである。

 

 まぁセキセイインコたる私の場合、とても野生の環境下で生きていける力は無いし、運よく金持ちの心優しいお嬢様に飼われて、毎日たらふく飯を食わせて貰えるという恵まれた身であるので、さして不満を覚えることも無いのだが。

(毎日決まった時間に檻から出して貰えて、決して狭くはない姫君の私室で、散歩のごとく自由に飛び回ることも許されている。小さくか弱い翼しか持たぬ我が身には、それで充分と言えよう)

 

 なれど……我が身はともかくクラリス様のことは、この“檻の中の鳥”である私をしても、非常に不憫だと思わざるを得ない。

 幼い頃に両親を亡くしたばかりか、あのように傲慢な男との結婚を強いられておられる。

 まだ年端もいかぬ身の上だというのに、彼女が置かれている境遇というのは、もう察するに余りある物だ。

 

 願わくば先の言葉の如く、本当に白馬の騎士のような者が現れて、彼女をここから連れ出してくれると良いのだが……。それも叶わぬ願いなのだろうか?

 

「さっきから思っていたのですが、このケツァクウァトルという名は、()()()()()()()()

 なので貴方のことを“ケツ”と呼ぶ事とします。どうぞよしなに、ケツ♪」

 

 やめれ――――そんな尻みたく呼ばんでくれ。ペットへの愛情溢れる名を要求する。

 さっきまで「なんと不憫な我が主」とか思っていたが、この娘はいっぺん痛い目にあった方が良いのではないか? みたいな感情が頭をよぎる。

 

 修道院帰り、箱入り娘、穢れなき純粋さ。

 ……そんな“ほわほわ少女”のスリーカードが揃ってしまっているが、どうか末永く大切に飼って頂きたいものだ。

 私には貴方しか居ないのだから。よろしくお願い申す。

 

 そんな風に私がパタパタと羽を動かし、全身全霊を持って抗議のボディランゲージをおこなっていると、それを知ってか知らずか、またクラリス様のお顔が「うむむ」と曇っていく。

 なにやら真剣に何かを思い悩んでいるご様子であるが、一体どうなさったと言うのだろう。

 私に別の名前を考えて下さっている~とかだったら、とても幸いに存ずるのだけど。

 

「そうですね……。まるで童女(わらめ)のように王子様を待つ、というのも良いのですが。

 やはりここは、自分自身で行動しなければなりません。

 わたくしは、誇り高きカリオストロの娘なのですから。うん!」

 

 そうクラリス様は「ふんす!」と両手を握りしめる。その瞳には決意の炎が宿り、なんかお一人でコクコクと頷いておられる様子。

 口に出さずとも、もうありありと「よしっ!」みたいな声が聞こえてくるかのようだ。

 

「まずはこの部屋を出て、城から脱出しなければなりませんね。

 もう夜も更けていますし、辺りは真っ暗でしょうけれど……、でも逃げ出すには丁度良いやもしれません。今がチャンスです」

 

 ブツブツと独り言を呟きながら、クラリス様は「何かないかしら?」とばかりに部屋中をゴソゴソし始めた。脱出の助けになる道具は無いものかと、探しておられるのが見て取れる。

 化粧台の引き出しを開け、ベッドの上をまさぐり、う~んと身を屈めて机の下を覗き込む。

 影ながら私も「どうか頑張ってくだされ」と、心の中でエールを送ってみる。おお神よ、彼女を助けたまえ。ってなモンである。

 

「あっ! これはとても良いかもしれませんっ! 使えますっ!」

 

 突然クラリス様がキラキラしたおめめで、屈んでいたお身体をガバッと起こす。

 そしてワクワクという擬音が聞こえてきそうな様子で、パタパタと私の方へ駆け寄って来た。その白魚のようにお綺麗な手に、何かを大切そうに握って。

 

「見て下さいケツ、“メガネ”です。

 あの伯爵から送られて来た品々の中に、紛れ込んでいたわ」

 

 ん? と一瞬思ったが、彼女の方は嬉しそうな表情を浮かべ、ただいま絶好調。

 

「これをかけていれば、きっとわたくしがクラリスであるとは、誰も思わないハズです。

 さぁ行きましょうケツ。これより“自由への逃走”を始めます♪」

 

 そう意気揚々と私の鳥籠を抱え、クラリス様はイソイソと歩き出して行く。

 ガチャリと扉を開け、さも自信満々といった風にニコニコとした表情で、廊下を進む。

 

「お仕事ご苦労さまです♪ ごきげんよう♪」

 

「えっ、クラリスさま……? いったい何をしておいでで?」

 

 道中、……というか自由への逃走を開始して30秒後、廊下を警備していた衛兵に見つかった。

 というか、クラリス様は普通に自分から声をお掛けになられました。

 まさにカリオストロ家の公女に相応しい、花のような笑みで、見せつけるようにクイッとメガネを上げる。

 

「あら? うふふっ、クラリスではありませんよ♪

 わたくし、スザンヌ荒川と申しますわ。

 では皆さん、ごめんあそばせ♪」

 

「いや……貴方クラリス様でしょう?

 部屋にお戻り下さいませ。もう夜も更けておりますゆえ」

 

 

 ――――離してっ! 離して下さいっ! 無礼者っ!

 そう髪を振り乱して悲痛な声を上げながら、クラリス様はズルズルと手を引かれ、お部屋に連れ戻されて行った。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「そんな……わたくしの完璧な変装が、見破られるだなんて……。

 なんという事でしょう……」

 

 あれから1分後、今この場には「ガックリ!」とばかりに膝を付くクラリス様の御姿がある。

 深く項垂れ、前髪で隠れているお顔には、きっと絶望の色が浮かんでいるに相違ない。

 

「流石は、我がカリオストロ公国の衛兵さん……。

 まさか、これほど優秀だなんて……。素晴らしい人材ですね!」

 

 よよよ……と泣き崩れ、深い絶望に沈んでいる。

 一見すれば、声を掛けるのも躊躇われる程に、悲痛な御姿に見えるのだが。

 

()()()()()()()()()()()

 まさかメガネを掛けていても、わたくしだと見破るだなんて、思いもしませんでした……」

 

 ポロポロ涙を流しながら、クイクイとメガネを上げる仕草。

 いま確かに、わたくしはメガネを掛けている。だからこれは有り得ない事なのだと、まるで信じられないようなご様子である。

 

「え、エスパーですっ! 彼はエスパーに違いありませんっ!

 でなければ、これは説明の付かない事態です!

 まさかメガネを掛けていたのに、見破られてしまうだなんて!

 とても人が成せる業ではありませんものっ!」

 

 貴方のその()()()()()()()()、いったい何なんですか――――

 なぜメガネ掛けただけで、イケると思われたのですか――――

 そうお訊ねしたく存ずるも、この身は物言えぬ愛玩動物(なり)。それは叶わない。

 

「あっ! こちらにサングラスを発見いたしましたっ!

 先ほどの物とはちょっと違いますし、今度はイケるかもしれません(フンス!)」

 

 やめとけ――――無理やて。そういう問題とちゃうて。

 思わず生まれ故郷である“ナニワ”の言葉でツッコミを入れてしまうが、私の心の声は彼女に届かない。

 今も引き続き「どうしよっかな~?」みたく悩んでおられる様子だ。

 

「見ていて下さい、お父さまお母さま……。わたくしはやりますっ!

 カリオストロ家の名に賭けて、必ずやこのサングラスで、試練を越えて見せますっ!」

 

 ――――そのグラサンを外せ。いっかい机に置け。

 そのグラサン作った人も、そんな御大層な決意を掛けられるとは、想定してへんわ。

 そうパタパタと羽をバタつかせて表現してみるも、「まぁケツ、貴方も応援してくれるの?」とすんごいポジティブに捉えられる。純真無垢か。

 

「念には念を押して、少しばかり表情を変えておきましょう。

 これでぇ~、わたくしがクラリスだとはぁ~、思わないハズですぅ~」

 

 ――――やめれ。アゴを突き出すな。変顔をすな。

 貴方は某ボンバイエのレスラーでは無く、カリオストロ家のお姫様なのだ。イメージが崩壊してしまう。

 

 今もクラリスは姿見の前に立ち、「しゃーこの野郎!」とか言いつつアゴを突き出している。とてもご機嫌の様子だ。

 しかもまだ目元にグラサンがある物だから、もう本当によく分からない状況となっていた。何がしたいのですか貴方は。いったい何を目指しておられるのですか。

 

「ではでは、参りましょうかケツ♪

 危ぶむなかれ、行けば分かるさ! バカヤロォー!!」

 

 そうクラリス様はアゴを突き出しながら、ふんすふんすと再び歩み出す。

 

 ――――いっぺん怒られろ。衛兵さんに怒られたらええねん。

 そんな私の願いは、これよりきっちり30秒後に、すぐさま叶う事となった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「うぅ……ぐすっ!

 まさか、あんなにも怒られるだなんて……思いもしませんでした」

 

 もう大分と深夜の時刻となった、お姫様の私室。

 今この部屋には、彼女がグジグジと泣く切ないお声だけが、静かに響いていた。

 

「知らなかった……わたくしはサングラスをかけちゃ、いけないだなんて……。

 アゴを前に突き出したりしたら、いけないだなんて……。

 有り得ないほど怒られてしまいました……。わたくし公女なのに……」

 

 そりゃカリオストロ家の姫たる者が、そんな変顔してたら怒られますよ。「いえーい!」とばかりにグラサン掛けてたら怒られますよ。なんなのですか貴方は。

 

「怖かったです……。本気で怒ってる大人の顔は、いつ見ても足が震えます……。

 わたくし、涙が止まりません……。心から反省しました……」

 

 ひっくひっくと啜り泣き、悲しそうに天井を見上げている。

 今回のことは悲劇であったが、どうかこれを良き教訓として、今後もクラリス様には強く生きて欲しいと願う。

 頑張れ姫様。このケツ……いや名も無きセキセイインコめは、心より貴方を応援しておりまするぞ。

 

「なれどっ! ここで挫けては、カリオストロの名折れっ!

 引き続き“自由への逃走作戦”を実行していこうと思いますっ!」

 

 えっ、まだやるんですか? もう夜も遅いし、そろそろ寝ません?

 そうは思うのだが、今も「えいえい、おー!」と愛らしい仕草で拳を振り上げるクラリス様の御姿に、もう何も言えなくなる。そもそも私はセキセイインコであるので、元々なにも言えないのであるが。ピヨピヨ。

 

「ここで止めたら、お父さまとお母さまに顔向けできません。

 そんなの負け犬です。カリオストロの面汚しです。ウジ虫野郎です。

 見ていなさいケツ! わたくしはやるわっ!」

 

 貴方のその無駄な根性、いったい何なのですか? ご両親の教育の賜物?

 私がそうボケ~っとアホのほうに呆けている内、なにやらクラリス様がテテテとこちらに駆けてくる音が聞こえた。

 つい先ほどと同じく、その雪花石膏(アラバスター)のように綺麗なおててで、何かを大切そうに抱えながら。

 

「ごらんなさいケツ。

 これは以前『護身用に』と持たされた、スタンガンという異国の道具なのです。

 これを駆使し、こんなゴミ溜めみたいな場所から、オサラバいたしましょう!

 あ~ばよ伯爵ぅ♪ とばかりに」

 

 ちょうど手の平に収まるサイズの、まるで拳銃の持ち手だけをチョキンと切り取ったかのような、黒い色の道具。

 それをクラリスさまは、まるで聖剣エクスカリバーの如く高らかに掲げ、\ペッカー!/と後光が差して見えるほどに、眩しい笑みをしておられる。

 いま手に持っているこれが、スタンガンでさえなければ……、きっと誰もが見惚れるような、全カリオストロ国民を照らす太陽の笑みであった事だろう。非常に残念でならない。

 

「あ、やっぱりケツというのは、あまり響きがよろしくありませんね。

 なので今後は貴方を、【コキュートス】と呼ぶ事とします」

 

 ――――何でそんな名前にするんですか。どっから出て来たんですかソレ。

 ちなみにコキュートスとは、ギリシア神話において地獄の最下層に流れる川で、「嘆きの川」を意味する言葉である。縁起悪いわ。そんなセキセイインコ嫌やわ。

 

 むしろそんな名前のペット飼っとったら、御身に不幸が訪れそうな気がするのだが、それでも構わないと仰るのか。

 なんと器の広い! なんと大きな御方だ! 流石はカリオストロ公国の姫! イカスぜ!

 ……もしそんな風に思う者がいたら、私が()()()()()()()()()()()()()()()()、是非とも名乗り出て頂きたい。容赦なくペシペシいきますぞ?

 

 そして、そんな私を他所に、クラリス様はスタンガンに電池を入れ、カチャカチャといじり始める。

 その仕草はとても危なっかしく、見ていて手を出してしまいそうになる。私の場合は羽であるが。

 だがクラリス様のお顔は希望に満ち溢れ、いずれやって来る勝利の時を、微塵も疑ってはおられないご様子だ。もうニッコニコしながらスタンガン(凶器)をいじるという、何やらとても怖い光景が、いま私の眼前にあった。

 何故か“ヤンデレ”という知らないハズの言葉も、頭に浮かんで来る。身体が震えてきそうだ。

 

「ふむ、パチパチと音は鳴りますが……、あまり迫力はありませんね。

 お父さまに頂いた大切な品ではありますが、本当に効果があるのでしょうか?」

 

 もしかして、故障しているのかも。もう随分と前に頂いた物ですし。

 そんな事を呟きながら、クラリス様が手に持ったスタンガンを、自分の方へ向ける。

 私が「ピヨッ?!」と声を出す間も無く、おもむろに自分のお腹に押し当てた。

 

 

「――――う゛や゛ま゛ま゛ま゛ま゛!?!?!? あ゛は゛は゛は゛は゛は゛!?!?!?」

 

 

 閃光が走る――――煌びやかな王女の私室を、眩い光が照らす。

 クラリス様のお身体が〈ピーン!〉と仰け反り、なんか漫画みたいに骨が空けて見えている。

 ついでにバチバチバチーッ! と凄い音が鳴った。

 流石は王家ご用達、特注のスタンガンであった。

 

 ぴ……ピヨ?

 そう私が、光から顔を覆っていた羽を下げてみれば、そこにあったのは床に倒れ伏す、カリオストロ公国のお姫様の姿。

 気のせいかもしれないが、なんかプスプス~という音と共に、そのお身体から煙が上がっているように見える。ほのかに焦げたような臭いも。

 

『おい! 何だ今の声は!?』

 

『姫様のお部屋からだったぞ! 何があったんだ!?』

 

 やがてドタバタと音がして、この場に多くの衛兵さん達が駆けつけてくる。

 言うまでもない事だが、彼らは〈グッタリ!〉と床に倒れ伏しているクラリス様を見て、ひとり残らず全員絶句していた。無理もない事である。

 

「ひっ……姫様ぁぁぁーー!! しっかりして下さい姫さまぁぁぁあああーーッッ!!」

 

「敵襲か!? どこへ行きやがった!!」

 

「おのれぇぇーー!! まだ年端もいかぬ、いたいけな姫様を狙うとはッ!!

 許さんぞ外道めがッ!! 一体どこのどいつだぁあぁーーーッ!!」

 

 ――――いえ。それ姫様ご自身です。自らなさった事です。

 私がセキセイインコでさえ無くば、そうハッキリ証言してあげたのだけど、残念ながら現実はままならない物だ。

 今も彼らは、居もしない侵入者を探し、ライフル片手にキョロキョロとそこら中を見渡している。とても不憫なことだ。

 

「隊長、担架を持ってきましたっ! ここに乗せて下さいっ!」

 

「すぐ医者を呼びますっ! どうかご辛抱を! それまで頑張って下さい!」

 

「死ぬなぁクラリス様ぁぁぁーー!!

 貴方はカリオストロ公国の希望なんだぁぁぁあああーーーーッッ!!!!」

 

 ――――アンタらの希望、自分にスタンガン喰らわせてましたよ?

 ちょっと教育がなってないんとちゃいます? と僭越ながら進言(たてまつ)りたいのだが、何度も言うように、この身はセキセイインコである。

 

 まぁ先ほどは私も「大人のひと呼んでぇー! 大人のひと呼んでぇー!!」とばかりに一生懸命ピヨピヨ叫んだので、ここで少しばかりお水を頂こうと思う、休憩させて頂く。

 後はお任せします、頑張って下され人間の皆さん。

 どうかクラリス様をお救い下されと、私は神とお医者様に祈った。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「王族って、あんなに怒られる事あるんですね……。

 わたくし、軽くビックリいたしました……」

 

 1時間後。無事に復活したクラリス様が帰還し、私にイジイジと語り掛けていた。

 愛らしい小動物と接することで、少しでも心の傷を癒そうとするように。

 

「おしりをペンペンされたのは、いつ以来の事でしょう……?

 とてもヒリヒリするし、スタンガンも取り上げられてしまうし……。

 わたくし踏んだり蹴ったりです。うぅ……! ひっく!」

 

 未だ止めどなく流れる涙、アンド鼻から出てくる液体。それをチーンとかみながら、クラリス様はえぐえぐし続ける。

 その姿は、まるで幼子のよう。林檎のように顔を真っ赤にして、えーんえーんと泣く。

 ペットであり、従者である事を自任する私は、もうこの御姿には「おいたわしや」と言う他ない。ピヨピヨってなモンである。

 

 ちなみに彼女をペンペンしたのは、この城の衛士隊長を務める、グスタフという御仁であるそうな。

 彼はこの国で一番身体の大きな男で、その無双と謳われる怪力は、広く国内外に知られている。猛者中の猛者である、

 そしてカリオストロ随一の忠義者であるから、きっと内心では滝のような涙を流しつつも、心を鬼にして【クラリス様のおしりペンペン任務】を遂行したのだろう。

 これにはセキセイインコである私をしても、まこと大義であったと言わざるを得ない。貴方は立派に大人の役目を果たされたのです。存分に誇られよ。

 

「部屋に鍵もかけられてしまいましたし。酷いです……。あんまりです……。

 仏の顔も三度まで、と言うではありませんか。

 なら“あと一回”はイケるはずじゃないですか。今回は許すべきではありませんか。

 どういう事なのですかグスタフ……」

 

 ――――小賢しいよクラリス姫。貴方がどういう事だよ。

 たしか国民達の話では「可憐で、お淑やかで、まるで聖女のような人物」だったハズなのだが、こうして一緒に生活してみると、見たくもない姿をガンガン知ってしまったりするものから、もう何とも言えない気分になる。

 ホント貴方、私が物言わぬ小鳥で良かったですな? もし仮に言葉を喋れたら、貴方の姫としての権威が失墜してますぞ? みんなに「おバカ姫」って呼ばれちゃいますぞ?

 

「関係ないですが、やっぱりコキュートスっていうのは変ですよね?

 なので貴方の名前は、【ちょんまげ】にします。

 一緒にがんばりましょうね、ちょんまげ……ひっく!」

 

 ――――無いわ。私ちょんまげ無いわ。泣きながら何を言うとんねん。

 そういうのは、せめてトサカ(・・・)を持ってるオカメインコに付けて欲しかった。

 私が日本生まれだと思って、適当な名前つけやがって。いっぺん噛み付き(つかまつ)ろうかこの人。

 

「さぁちょんまげ! 次の作戦ですちょんまげ! 元気出して行きましょうちょんまげ!

 わたくしに良い考えがあるのですちょんまげ! 聞いて下さいませちょんまげ!」

 

 ――――野郎! 気に入りやがった! これで確定だというのか!

 きっとこれが、一番言いやすかったんだろう。しっくり来たんだろう。だがそんな殺生な。

 まるで電話のベルのように、そうけたたましくピヨピヨ叫んでみるも、クラリス様は「気に入ってくれたみたいね♪」とご満悦。ポジティブちゃんかお前は。

 

 関係ないけれど、さっきからクラリス様の喋り方が「語尾にちょんまげを付ける人」みたくなっているので、どうかご自重いただきたく存じ候。王族の威厳が無くなってしまう。

 

「この塔は、ビルで言えば10階に相当する高さです。

 けれど思い切って、()()()()()()()()()()というのは如何でしょう?」

 

 ――――そのファイティングスピリッツなんやねん!! どうなっとんねんカリオストロ公国!!

 お前は修道院で、いったい何を学んで来てん! 一般常識は習わなかったのか! そうこの時ばかりは、人と言葉を交わせぬこの身を恨んだ。思いっきり説教してやるのに。

 

「大丈夫、こういうのは意外と平気な物なのです。

 宮崎アニメでは、皆さん高い所から落っこちたりしていますし。

 きっと、“ちょっと痛い”くらいで済むわ♪」

 

 ――――変なこと知っとるのぅ! この箱入りは!

 怒りと不条理で、血管が切れそうだ。なんで私がこんな状態にならんといけないのだろう。私って小動物なのに。

 そんな想いを爆発させるが如く、史上まれに見る程の大暴れを籠の中でしてやったのだが、クラリス姫は今も「~♪」と機嫌良さげに、窓からヒョコッと顔を出して高さを確認していたりする。

 こっち見ろこの野郎。意外といけそうですね、とか言ってるんじゃない。そんなワケあるかバカ。

 

「なにやらわたくし、ワクワクして来たわ。こんな気持ちは初めて。

 私がんばるわね、ちょんまげ。貴方のように空を飛んで見せます」

 

 やめれ。死ぬぞ。考えなおせ。

 滑車を回すハムスターの如く暴れ狂ってやるが、そんな事も気にせずニコニコと微笑むクラリス姫。「わたくしを応援してくれているのね」と、またしてもポジティブに解釈される。

 王族ってのは皆、頭がイカレているのか。だから民衆に圧制とか強いるのか。

 

「では参りましょう、ちょんまげ。

 ふたりはいつも一緒よ♪」

 

 えっ、なんで私を〈むんず!〉と掴むの? 素手で捕まえるの?

 何でそんな時だけワイルドなの? この一瞬でいろんな事が脳裏を駆け巡る。

 そんな哀れな小鳥さんを他所に、まるで風呂にでも入りに行くような軽やかな足取りで、クラリス様が窓際へ歩いて行く。

 よぉ~し、いっくぞぉ~♪ とでも言わんばかりに、らんららーんとスキップしながら。

 

 先ほどは従者である事を誓い、御身を心から心配つかまつったものの……まさか今日この場で無理心中をされるとは、思いもしなかった。

 いま〈むんず!〉と掴まれているから飛べないし、きっとこのままアホのクラリス姫と共に、固い地面に激突して死ぬのだろう。

 

 何故だ。どういう事だ。私はいたいけなセキセイインコだぞ。こんな理不尽な話があるか。

 神はもう死んだのか。動物に慈悲は与えられないのか。それともグァムで休暇でも取ってんのか。ビーチパラソルの下でトロピカルジュースか。

 

「えーい!」バリィィィン

 

 ――――窓を突き破ったぁぁーー! せめて開けて飛んでぇぇーー!!

 そうピヨー言うてみたけど、その声は風の音でかき消えた。

 まぁどっちにしろ死ぬんだろうが、けれど窓を開ける→心の準備をする→覚悟を決めて飛ぶ、というバンジージャンプにおける必須の行程をすっ飛ばされた事には、大きな悲しみを覚えずにはいられない。*2

 

 落ちる、落ちる、落ちる――――落ちていく。

 まるでこの数舜が、永遠にも感じられる、ゆっくりとした時間。これまでの短い人生の思い出が、まるで濁流のように頭の中に押し寄せ、次々に浮かび上がって行く。

 はっはっは、これが世に言う“走馬灯”というヤツですな? 最後に良い経験をさせて頂きましたよ。かたじけのう御座いまする。

 

 パパ! ほんとに走馬灯ってあるのね! あたしビックリしちゃった!

 天国に行ったらそう報告し、死んだ者同士ひとつ盛り上がってみようではないか。

 そんなしょーもない事を思い描くのが、まさかこの人生で最後の意思になるとは……。

 許さぬぞ人間共。七代先まで呪い倒してくれようぞ。カリオストロ公国に災いあれ。

 

「よっ! はっ! ほっ! やっ! うりゃ!」

 

 そうこうしている内、我らは地面へ到着。

 いまクラリス姫が、なんか()()()()()()()()()()()()()()()()()、最後にゴロンと回転して見せる。

 

「ふぅ……、着地成功です。

 漫画で読んだ【五接地転回法】というのをしてみましたが、意外と出来るものですね」

 

 ――――あ、クラリス様バキ読んではったんですか。貴方グラップラーだったんですか。

 彼女は箱入り娘だし、読書とか好きなんだろうな~。だったら有り得るよな~、とかそんなワケあるか。

 クラリス姫の手の中で、私はガクガクと震える。寒気が止まらない。

 

「本来この着地法は、7~8m(ビルの三階相当の高さ)が限界だそうですが……。

 でもカリオストロの公女たるわたくしなら、きっとやれると信じていました。うふふ♪」

 

 ――――だからファイティングスピリッツ!!??

 いま「ふー!」っとばかりに手櫛で髪を整えている彼女を、私は驚愕の瞳で見つめる。

 まぁ真の意味で“鳥目”であるのだが。クリクリしておりますぞ。

 

 知識は身を助ける。どんな経験も無駄にはならない。……直訳すると「バキを読んでいて良かった」

 そんなクラリス様のムフー! みたいな満足気な顔を眺めながら、私はもうどうにでもしてくれ、と言わんばかりの心境である。

 

 もう世間知らずとか、箱入りとか、常識を知らないとか、そんなレベルではない。

 このお姫様は狂っている――――カリオストロ公国の野獣だ。ほっとけば何するか分からん。

 

 とりあえず、微力ではあるが従者として、この困ったお姫様の傍に居てやらなければ。なんとか支えてやらなければ。

 地面に降り立ち、パッと手を離されて自由になっても、私が「ギャー!」とばかりにこの場から飛び去らなかったのは、そんな想いがあったからなのかもしれない。

 

 あんな体験をさせられておいて、我ながらどうかとも思うが。未だ私の身体はガクガクと震え、なんかすんごい飛びにくかったりもするけれど。

 まぁ“乗り掛かった舟”という言葉もある事だし。私セキセイインコやから、野生ではよぅ生きていかんし。飼ってもらうしかないし(白目)

 

「さぁ参りましょうちょんまげ! 自由への逃走です!

 うふふ♪ またわたくし、胸がドキドキしてきたわ。これって変かしらね?」

 

 変なのは、貴方の頭です――――

 そう全力でツッコミたいのだが、もう私は心底疲れました。なのでお好きにして下さい。

 チキショウなんて夜だ!! みたいな気分に私が浸っていると……、突然この場に、なにやら慌ただしい足音が聴こえて来た。

 

『おい! 姫のお部屋の窓が割れているぞ!!』

 

『姫が庭に降りているぞ! 一体どうやって!?』

 

 人の子よ。この世には貴様らが思いもよらぬ、異形の生命体が存在するのだよ――――

 私が小鳥ではなく、ラノベに出てくる魔王とかだったら、きっとそう言ってやる場面であったに違いない。

 まぁその“未知の生命体”って、お前らの姫やったりすんねんけどな。

 ええからはよ捕まえたれ。はよこっちに来たまえ。はよ。

 

「何をなさっているのですか姫! さぁこちらへ!」

 

「あぁ……髪やお召し物にガラス片が……。

 いったい何があったと言うのですっ! 誰がこんな酷い事をっ!」

 

 重ねてになるが、これは全て、アンタらの姫自身がやった事だ。

 そう教えてやりたくもあるが、なんか「教えない方が良いのかもしれない」みたいな気持ちもある。心と言うのは複雑怪奇、摩訶不思議な物である。

 

「さぁ姫、城に戻りましょう。またお医者さまに診て貰わなければ……。

 なんとおいたわしい。代って差し上げたい程だ……」

 

「肩をお貸ししますか? ひとりで歩けますか?

 なんでしたら、すぐに担架をお持ちいたしますので……」

 

「いやぁー! 離してぇーっ! 無礼者ぉ~!」

 

 アンタ……こんなにも優しくて良い人たち向かって、無礼者て――――

 めっちゃ紳士やないか。めっちゃ想ってくれてはるやないか。報われへんでぇカリオストロ公国。

 

 そうボケッとしている私を置いて、クラリス様がズルズルと手を引かれていく。なんか今日はこの光景をよく見るなぁ~。なんて事を私は思っていたのだけれど……。

 これは後日、かの怪盗ルパンとやらが巻き起こした一連の事件に決着がついた後、クラリス様ご本人が語られた事なのだが、このとき彼女の脳裏には、“ある過去”の出来事がふと浮かんでいたのだという。

 今は亡き、先代のカリオストロ王。あの優しかったお父上との思い出である。

 

 

『わたくしがまだ小さかった頃、お父さまが聞かせて下さった事があるのです。

 幼いわたくしを膝に抱き、慈しむような笑みを浮かべながら、お父さまはこう仰いました』

 

『――――クラリス、よくお聞き?

 人間は首の後ろを殴られたら、()()()()()()()()()()

 だから絶対に殴ってはいかんぞ? 頼むぞ……と』

 

 

 

 

 

 

 

 ギャー! という悲鳴が、深夜のカリオストロ城に響き渡った。

 

「クラリス様!? おやめ下さいましクラリス様!!」

 

「なぜ我らの()()()()()()()()()()()()()()!?!?

 

 いま私の(鳥目の)眼前には、クラリス様の手によりバッタバッタと倒れていく、哀れな衛兵たちの姿。

 みんな「ふげっ!?」とか「ぬふっ!?」とか間抜けな声を出しては、次々に地に伏していくのだ。首の後ろを殴られて。

 

「えーい! えーい!」

 

「お止め下されクラリス様ぁーっ! なぜ我らの首ばかりを狙……ぎゃーっ!!」

 

「助けてくれぇー! 姫がご乱心だぁー! うぎゃー!!」

 

「取り押さえろっ! なんとか丁重に取り押さえるのだっ!

 カリオストロの衛兵の誇りを見せてやれぇー!」

 

 ――――もう何だコレ、みたいな心地だが、彼らはみんな真剣にやっている。

 かたや、自由を手に入れる為。かたや心から姫をお慕いし、その身を護らんが為。

 なにやら激しく間違っているような気がするが、どちらも真剣に頑張っているのだ。ご理解いただきたく思う。

 

 そして、やがてドタバタとなんやかんやあり、ついにクラリス姫は勇敢なる衛兵殿に後ろから羽交い絞めにされるに至り、ようやくその動きを止める。

 ここに至るまで、姫は二桁に迫るほどの人数を気絶させたのだが、これは決して彼らが弱いのではなく、なんとか姫を傷つけぬようにと気遣った結果である。分かってあげて欲しい。

 

「姫、どうか静まりたまえ! いったい何があったと言うのですか!?」

 

「――――いやぁーッ! はーなーしーてぇぇーーッ!! お願いぃぃーーッッ!!」

 

「そんな島〇須美ボイスで、迫真のシャウトをせんで下さいっ!

 我らとて縮みあがってしまうっ!!」

 

 無駄に悲痛な声、無駄に胸に迫る叫び。

 清廉さと柔らかさ、そして愛らしさを兼ね備える、まさに天使のようなお声だというのに。この場においては大変な無駄遣いと言わざるを得ない。

 何が「離してぇー!」じゃ。お前が悪いんやないか。

 

 そして、再びで申し訳ないが、ここから語るお話も、後日クラリス様ご本人から聞かされた物である。

 衛兵たち数人がかりで押さえつけられた彼女の脳裏には、この時も幼少期に体験した“ある思い出”が浮かんでいたのだという。

 

 

『これもね? 昔お父さまが仰ったの。

 幼かったわたくしをお風呂に入れて下さりながら、お父さまは言ったわ』

 

『良いかクラリスよ?

 人間は金玉を蹴り上げられたら、()()()()()()()()()()

 だから絶対に蹴り上げてはならんぞ? 頼むぞ……と』

 

 

 

 

 

 

 

 ぬわー! みたいな悲鳴が、再びカリオストロの空に木霊した。

 

「クラリスさま!? なぜ我らの金玉をっ!?」

 

「おやめ下さいクラリス様っ!

 そこは男にとって、命と同じくらい大切な器官で……ぎゃーす!!」

 

 腕を振りほどいて、金的蹴り。

 即座に眼前に居た者へも、金的蹴り。

 まるで清流のごとく流れるような動作をもって、次々と金的蹴り。

 この場に沢山の屍が積み重なっていく(ギリ死んではいないようだが)

 

「えーい! これがクラリス・ド・カリオストロの金的蹴りじゃーい!

 えーい! えーい!」

 

「逃げろぉー! 金玉を蹴られるぞー! いったん退けぇーっ!」

 

「うわー! お止め下さいましクラリス様ぁー!

 淑女が金玉とか言うてはなりませぬ~っ! どうかお取り止めを~っ!!」

 

 よいしょー! よいしょー! とばかりに次々と金的を入れていくクラリス姫。

 ――――長くねぇなこの国。近いうちに滅ぶな。

 私の脳裏には、ふとそんな予感が浮かんだりしていたのだが。まさかそれが半分当たってしまう事になるとは。この時はまだ知る由も無かった。

 

「うおっ!? 駄目だぁーっ!

 いくら押さえつけても、諦めずに金玉狙ってくるぅー!」

 

「なんと屈強なご意思! なんと剛直な戦い! なんと執拗な金的!

 まさかそんなにもまっすぐに、金玉だけを狙うとはっ!

 流石はカリオストロ家の公女で御座いますッ!!」

 

「わああああああ!(島〇須美ボイス)」

 

 いやしたらアカンやろ。クラリスさま女の子やで? 金玉アカンやろ。

 いま彼女は、例え組み伏せられようが羽交い絞めにされようが、その傍から〈キーン!〉と金的を叩き込み、のらりくらりと衛兵たち相手に立ちまわっている。

 時に足で、手で、頭突きで。五体のありとあらゆる箇所を駆使し、蛇を思わせる変幻自在な動きで、相手の金玉だけを的確に捉えていくのだ。

 どうでも良いけど、何その動き? 何その高度な技術?

 最近の修道院では、かような戦闘技術をも教えているのだろうか。セキセイインコにはもはや知る由も無い。別にどうでも良いとも言う。

 

「淑女がッ! 淑女が頭突きで金玉を!?!?

 カリオストロの姫、恐るべし也!!!!」

 

「ロケットみたいに突っ込んで来るっ!

 一直線に! 金玉目掛けて! 頭突きで突っ込んで来るっ!!!!」

 

「きぃえええぇぇぇーーいッ!!(島ボ)」

 

 もうやめて――――やめてあげて。

 流石に従者とはいえ、衛兵さん達が可哀想になって来た。もう許してあげて。

 

 そんな私の心の叫びが届いたのかは分からないが、今この場に、どこからともなく“不二子さん”が現れ、クラリス様の身体をひょいっと持ち上げた。

 まるで親が子供にするみたいに。いわゆる「高い高ぁ~い!」というヤツだ。

 

「おぉ! 不二子どのは女人(にょにん)ゆえ、金玉は御座いませぬ!」

 

「勝てる! 勝てるぞこの(いくさ)

 我らの勝利に御座るぞ!! あっぱれぃ!!」

 

 うるせぇよ馬鹿共。もう黙ってなさい。

 そんな私のため息と、この場の者達の拍手喝采の中で、姫様は「やーん!」とばかりにジタバタ暴れる。陸揚げされた魚みたいに。

 不二子どのがクラリス様を小脇に抱えたまま、スタスタとこの場から立ち去っていく。

 

「離してぇぇーーッ!! 不二子さんのいじわるっ! いじわるぅぅーーッッ!!

 こうなったらもう、代々カリオストロ王家に伝わる、秘密の自爆ボタンを押すしかッ……!」

 

「はいはい、いいから大人しくなさいな。今日はもうおしまいよ。

 ……また今度、ちゃんと手を貸してあげるから」

 

 ボソリと、そう呟かれた言葉――――

 きっとこれは、この場の衛兵たちには聴こえなかっただろう。

 小鳥(セキセイインコ)である私だからこそ、聞き取れる大きさの声だった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 その後、あえなく“自由への逃走”に失敗したクラリス様は、伯爵が強いた結婚式(これは国をあげての大規模な物だ)の準備に追われ、とても多忙な日々を送る事となる。

 だがその狂乱めいた忙しさで、城の者達がみんな目を回す中……、その隙を突くようにしてクラリス様は、見事に城からの脱走を果たす。

 

 花嫁、それも王族たる者が着る、清楚ながら華やかな純白のドレス。その仮縫いをおこなっている最中、そこから逃げ出して見せたのだ。

 あの夜に約束した通り……峰不二子どのがさりげなく用意してくれていた、シトロエン・2CVという名のレトロな自動車に乗って。

 まぁクラリス様は未成年だし、運転などした経験が無く、聞く所によれば途中でえらい目にあってしまったと言うが……。だがそれにより、なにやら()()()()()()()()()もあったのだという。

 

 恐らく、きっとここらへんは、これを読んでいる人間諸君の方が、ずっと詳しいのではなかろうか?

 

 

おじさま(ルパン)、きっとまた会える――――わたくしはそう信じているのよ、ちょんまげ」

 

 

 

 それはどうでも良いが、この度いっしょに我らと暮らす事になった、このカールという犬は、なんとかならない物でしょうかクラリス様?

 この駄犬めは、隙あらば私を喰おうとするのです。野蛮にも噛み付こうとするのです。

 いつも貴方や、あのご老体の前では、年老いた老犬を装っているくせに。私を見つめる瞳はもう、野生の獣のそれなのです。

 

 もう何度もこの檻をこじ開け、空に向けて“自由への逃走”を敢行しようかと思いましたが、なれどこの身はセキセイインコに御座います。人の子の庇護の下でなくば、生きては行けぬ哀れな存在なのです。

 ゆえに、ここはクラリス様を信じ、もう少しばかり辛抱する事といたしましょうぞ。

 

 

 なんでも、町の人々の噂する所によれば……あの傲慢で好色だった“伯爵”という男は、クラリス様に()()()()()()()()()()()、哀れ湖の揉屑と消えてしまったそうな。

 彼女を助け出す気マンマンだった怪盗ルパンなる御仁は、出番というか手柄を奪われてしまったらしく、あの美しい古代遺跡を仲間達と共に眺めながら、暫しのあいだ黄昏れていたそうな。

 怪盗たる者が()()()()()()()()、とんだ天下の大泥棒もあったものである。

 

 なれど、それほどまでに頼もしき主であるのなら、我が生涯の忠誠を捧げるのも、やぶさかでは無し。

 あの警部とかいうダンディな男のセリフを借りれば、こんな所だろうか?

 

 

 

 彼女はとんでもない物を盗んでいきました――――怪盗ルパンの手柄と、私の心です。

 

 

 

 それでは、この言葉を締めとし、私の愛しい主との思い出語りを、いったん締めくくろうと思う。

 

 我が名は“ちょんまげ”。

 王女という身分、そして塔という檻に囚われし小鳥を見守る、小さな騎士(ナイト)であった者也。

 

 

 今は違う。もう羽ばたいたから。

 

 

 

 

 

 

*1
アステカ神話の文化神であり、農耕神。「翼ある蛇」という意味の名前

*2
ちなみにこの【窓を突き破って飛ぶ】という暴挙により、事態を重く見た伯爵側は、彼女の部屋の窓を全て強化ガラスにする~という処置を取った。カリオストロの城本編では、しっかり強化ガラスとなっている



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

69 ベルサイユのばか



 コロナワクチンによって高熱が出ている状態で、小説を書いてみる試み。






 

 

 

 革命前夜のフランス、ベルサイユ宮殿――――

 

「ハーイ、オスカルサーン!」

 

「ナンデスカ、アンドレサーン!」

 

 その日、二人は宮殿の庭園で、朗らかに「やぁ」と右手を挙げ合った。

 

「聞いてくれオスカル! 人間は首の後ろを殴ったら、気絶するらしいデース!

 お前チョット、俺の首の後ろ、殴ってみて下サーイ!」

 

「オーウ! ニンジャー!」

 

 オスカルは辺りをキョロキョロ見回し、おもむろに大きな石を拾い上げた。

 

「ワーオ! オスカルサーン!

 ソレとっても大きな石ですネー!」

 

「ハーイ! 私がんばって選びましター!

 これで貴方を、ぶん殴ろうと思いマース!」

 

「でもオスカルサン! きっとその石なら、首の後ろじゃなくてもいけマース!

 ()()()()()()()()()()()()!」

 

「オーウ!」

 

 なんという事でしょう! ビックリ!

 そう言わんばかりの顔で、オスカルは驚く。

 

「アンドレ死んだら、私悲しいデース! 泣いてしまいマース!」

 

「オスカル泣いたら、俺も悲しいデース! やり切れないオモイ!」

 

「でも私、()()()()()()()()()()()

 この石で、おいっきりやりタイ! 振り下ろしてやりタイ!」

 

「ワーオ!」

 

 なんという勇猛さだろう! 流石はオスカル!

 今度はアンドレが、感嘆の声をあげた。

 

「お前のファイティングスピリッツ、正に烈火の如シ!

 眠れる獅子を、起こしてシマッタ!」

 

「振り下ろしタイ! 叩きつけタイ!

 人を殺したいデス!」

 

「こうなったオスカルは、誰にも止められナイ!

 俺には分かル! 長い付き合いだモノ!」

 

「我ら竹馬の友! オサナナジミ!

 でも殺しタイ! この大きな石デ!」

 

「とても巨大な石! こんな立派なヤツ、見た事ありまセン! 重ソウ!」

 

「こんなのを、持ち上げる事が出来る私、めっちゃカッコイイ!

 女の細腕と思い、侮るナカレ!」

 

「オスカルのフィジカルは、日々の弛まぬ修練により生まれタ!!

 俺はお前を、誇らしく思ウ! ベルサイユの薔薇!」

 

「アンドレに褒められる時、私の心は、バラ色に染マル!

 まるで天上にいるかのような、幸せな気持ちに満たされル! チュキ!」

 

「しかしオスカル!

 お前はそんなチュキな人を、自ら殺そうと言うのカ!」

 

「オーウ!」

 

 再びオスカルは、驚きの声。

 どうしましょう、どうしましょうとオロオロ。とても困っている様子。

 

「アンドレが死ぬのは嫌デース! でも石を振り下ろしたいデース!」

 

「ワガママは女の罪! それを許さないのは、男の罪!」

 

「あ、ならアンドレ? お前が死ななければ良いと思いマース!

 石を振り下ろされ、頭蓋が粉砕しても、()()()()()()()()()

 それでオールOK☆」

 

「――――何かを試されていル!

 いま俺の愛的なヤツが、試されているノダ! この命を懸けよト!」

 

「死んではならヌ! お前だったらイケル!

 アンドレであれば、たとえ巨大な石を振り下ろされても、タンコブで済みマース!」

 

「まさか、お前の信頼が重いと、感じる日が来ようトハ!

 愛の牢獄!」

 

 オスカルは『せーの!』と声をあげ、石を振り下ろす態勢に入る。

 そのジャスドゥイットと言わんばかりのキラキラした笑みに、アンドレは冷や汗をかく。

 

「お前の為なら死ねル! 愛の為ナラ!」

 

「愛は素晴らしいデース! このオスカル、一番チュキな言葉!」

 

「だが時に愛は、人を傷つけル!

 自分の身さえも、炎で焦がス!」

 

「コイツめっちゃカッコいい事を言ウ!

 別にイケメンじゃなくとも、アンドレは素敵な人と思ウ!」

 

「たとえこの身が焼き尽くされようとも、お前を愛する事を、決して止めはしナイ!

 命尽き果てようとも、お前への愛は不変ダ!

 愛は思うままに! 愛は心のままに! 愛h

 

「なんかアンドレが、()()()()()()()()()

 適当なことを喋り、私の腕が疲れるのを待っテル!」

 

 なんかイイ感じのことを言いながらも、アンドレの膝は高速でガクガク震えていたので、それがバレてしまったのだ。

 

「ええい、そこにナオレ!

 脳漿をぶちまけ、ヴァルハラへ旅立テ!」

 

「もう気絶とかじゃなく、殺すつもりでイル!?

 お前の野生を呼び覚ましてしまった、俺のアヤマチ!」

 

「腕めっちゃ疲れてキタ! もう辛抱たまラヌ!

 満を持して、振り下ろそうと思ウ!」

 

「その巨大な石により、俺の頭が砕け散る未来が見エル!

 地面に叩きつけた果実のようになりマス!」

 

「さらばだアンドレ! 私の愛しい人! 死ぬがヨイ!」

 

「ああオスカル! せめてあの世でお前の幸せを祈ろウ!

 おはようからオヤスミまで、暮らしを見つめル! アンドレデス!」

 

 アンドレはぎゅっと瞳を閉じ、心の中で『くそったれ!』と唱える。

 一瞬、何故かは分からないのだが、フランスなど滅んでしまえと思った。みんな死んでしまえみたいな気持ちだった。

 しかし、アンドレが死を覚悟した、その瞬間――――おおなんという事か! オスカルが石をポイッと手放し、地面に蹲ったではないか!

 

「出来ナイッ! 愛する者を殺すなど、私には出来ナイ!!」

 

 こんな土壇場になって、自分の本当の気持ちに気付く。

 失ってしまう瞬間に、オスカルは真実の愛に目覚めたのだ。

 

「お前を失ったら、生きていけナイ!

 アンドレは、私の木漏れ日!

 太陽を失くし、明日さえ見えぬ闇の中で、どうして生きていけヨウ!?」

 

「ああオスカル! なんと気高き女!

 お前は自分自身に打ち勝ったノダ! 打ち破ってみせたノダ!」

 

「――――なので首の後ろを殴るだけにスル! どりゃあぁーーッッ!!」

 

「グワーーーッ!!」

 

 ドスゥ!! という重い音と共に、ゴギィ! という鈍いが響き、アンドレが力なく倒れ伏す。

 あしたのジョーみたいに安らかな顔をして、真っ白になった。

 

「 アンドレが死ンダ!! 首折れて死ンダ!!!! 」

 

 小〇建太並の逆水平チョップを放っておきながら、オスカルは「シンジラレナイ!」みたいな表情。

 なんで死ぬの!? そんなつもり無かったのに! みたいな態度を取る。

 一度野性を開放した事により、とてもスッキリしたオスカルは、ここに来てようやく正気に戻ったのだ。

 

「死ぬなアンドレ!! 君死にたもう事ナカレ!

 私を残して逝かないでクレ! アンドレェェーーッッ!!!!」

 

 おお神よ! 彼を救い給え! いったい彼が何をしたと言うのですか!

 そうオスカルは彼の身体を抱きしめ、空に叫ぶ。

 私から愛を奪わないで! おーいおい! と泣く。

 重ねてになるが、そんなつもりは無かったのだ。

 

「泣くんじゃないオスカル! 俺はここにイル!」

 

「アンドレ!?」

 

 まるで純粋な子供のように泣くオスカル。

 その軽く滝のような勢いの涙を、薄く目を開けたアンドレが、優しく人差し指で拭ってやる。

 

「なんと! 生きていたのかアンドレ! 生きとったんかワレ! とてもジョウブ!」

 

「ああ、なんとかアライブ!

 こんなチョップを喰らっても、生きてる俺は、きっと特別な存在なのだと感じましタ!」

 

 死んだと思われた恋人の復活。

 失ってしまったと思った愛を、再び取り戻したのだ。

 ああなんと素晴らしい事だろう! 神様ありがとう! 愛は不滅也や! スゴイ!

 

「アンドレ生きてル! 意外とダイジョウブ!

 ならば! ()()()()()()()()()()()()()()、という事に他ならヌ! ワンモアセッ!」

 

「お前のサディスティック・デザイア、マジとんでもナイ!

 喉元すぎれば、熱さ忘れル!」

 

 まるで刃牙に出てくるヤクザの少年のように、オスカルがグググッと攻撃の構えを取る。

 なんか『次こそは決めるッ!』みたいな確固たる意思が漲ってた。

 

「オスカル! 人間は首の後ろを殴ると気絶する、という説は立証されタ!

 ならバ! もう我らが戦う理由は無イ! なきナリ!」

 

「そうカ!

 しかし騎士たる者、一度拳を抜いたからには、獲物を仕留めるまで収まりはつかヌ!

 ドウシヨウ?」

 

「騎士の誇りが、我らを(さいな)ム! 愛の前に立ちはだカル!」

 

「アンドレサン! なんとかもう一度、がんばってクダサイ!

 お前ならいけマス!」

 

「いや、今度こそ死にマス!

 俺はそう確信しているシダイ! 思い(とど)マレ!」

 

「ああアンドレ! 私を愛したばかりに、お前は死ぬのカ!?

 愛とは、かように残酷な物なのカ! 神ヨ!」

 

「なんかカッコいい事を言い始めタ!

 こいつマジでやる気ダ!」

 

 大粒の涙を流しながら、それでも雄々しく手刀を構えるオスカル。

 この女を愛した事、それこそが俺の誇りだと、アンドレは胸で十字を切る。

 この命、お前に捧げると。

 

「でも俺もヒトノコ! 死にたくはナイ!

 そんなにチョップしたいのなら、マリー・アントワネット様にシロ!」

 

「マリー・アントワネット王妃ニ!?

 そんな事が許されるのかアンドレ!? キョウガク!」

 

「ああ、アイツの散財グセのせいで、今フランスは財政難デス!

 アホみたいに高いネックレス買ったりするから、国が傾いてるノダ!」

 

「あら、ごきげんようオスカル♪ それにアンドレ♪

 こんな所で何をしているのでs

 

「――――お覚悟をアントワネット様!! 天誅ゥゥウウーーッッ!!!!」

 

「ぎゃああああああああああああ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

草むらに 名も知れず 咲いている花ならば

 

ただ風を受けながら そよいでいれば いいけれど……

 

 

私は薔薇の さだめに生まれた

 

華やかに激しく 生きろと生まれた

 

 

薔薇は薔薇は 気高く咲いて

 

薔薇は薔薇は 美しく散る

 

 

 

 

 

――――ジュテェ~ム……オスカァル!!(巻き舌)

 

 

 

 

 

 

 




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

70 時にはあたたかな物を。




 ウクライナ民話、【てぶくろ】二次創作。






 

 

 

 

 津々と雪が降る薄暗い森を、優しそうな顔のおじいさんが歩いていました。

 

 今日の狩りは上々。きっと家に帰れば、おばあさんも喜んでくれる。褒めてくれる事でしょう。

 よ~し、いっちょ今夜は、ばあさんの尻でも撫でたろかい――――

 そう愛する妻の笑顔とか、艶声とかを思い描き、おじいさんは久方ぶりに胸に湧き上がる情熱の炎を感じながら、イソイソと帰路を急いで行きます。

 

 隣を付き従うようにあるく子犬さんも、「へっへっへ! 旦那ぁ、今夜はお楽しみですねぇ。あっしも身体はった甲斐があるってもんでさぁ」と、何やら得意げな顔をしています。

 

 愛犬として、また狩猟犬として立派に役目を果たしたので、今日の晩ごはんはなんか豪華になるかもしれません。おばあさんとしっぽりいく日は、いつもその幸せのおこぼれに預かるみたいに、ちょっとごはんが増えたりもするのです。

 

 生まれてくる子供は、どっち似かねぇ? 男の子かねぇ女の子かねぇ?

 まぁどちらにせよ、七生を以って仕えてくれようぞ。我は山田家の犬也――――なんて事を夢に描き、子犬さんの胸は期待に膨らみました。

 

 しかしながら、そんなウキウキ気分で歩いていたせいでしょうか?

 おじいさんは山道を急ぐうちに、ポケットに突っ込んでいた手袋を、片方落としてしまいました。

 

 人差し指から小指までをスッポリと包み込む、鍋掴みにも似た形。

 でも内側にはフワフワの毛皮があしらわれており、手を入れればとてもあったかい、丈夫な革製の手袋です。

 

 きっと地面が雪で覆われていたので、音が鳴らなかったせいもあったのでしょう。

 おじいさんは手袋をおっことした事にも気づかずに、そのままスタスタと行ってしまいました。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「――――ハハッ! なんか落ちているねっ☆」

 

 おじいさん達が立ち去ってすぐ、この場に一匹のネズミ(意味深)がやって来ました。

 その子はまるっこい大きな耳をした、妙に声の高い、愛らしいネズミです。

 きっとアニメのキャラクターにでもすれば、世界中で人気者になれそうなくらい。

 

「フワフワだねっ! あったかそうだねっ♪ でも外側は丈夫そうだっ☆(高音)」

 

 お前はファルセットでしか喋れんのかい――――きっと誰かが傍に居たならば、そう言うに違いありません。

 でもネズミ(意味深)は、アゴに手を当てて機嫌良さげに手袋の周りを歩き、「ふむふむ」と観察します。

 そして暫くした後、また「ハハッ!」と気色の悪い声で笑いました。

 

「よっし! ちょうど良いぞぅ☆

 ボクここで暮らすことにするよっ♪」

 

 

 ミッk……いえネズミさんは、「わーい♪」と元気よく手袋へ駆け込みます。

 身体の小さなネズミさんにとって、この手袋はお家にピッタリ。

 これで冬を越せるぞ! もう寒さなんかヘッチャラだ! ハハッ! とすごく喜びました。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「うわぁー! 寒いでありますっ! 寒いでありますぅ~!」

 

 暫くすると、ネズミさんが入っている手袋の傍に、誰かがやって来る気配がしました。

 

「おやっ? こんな所に手袋が。面妖な……。

 どなたでありますか? ここに住んでいるのは」

 

「ハハッ! ボクだよ♪

 どこにでもいる、ありふれた小汚いネズミさ☆」

 

 変な軍人言葉での問いかけに、ネズミさんは朗らかに応えます。

 彼の名は“ケロロ軍曹”。カエルなのに冬眠もせず、変温動物なのに雪の中を歩き回るという愚行を犯していたこの子は、もう可哀想なくらいに凍えています。

 見るも涙、語るも涙の姿。カッチンコッチンになっていました。

 

「なんとあったかそうな住居っ! 良いでありますな!

 ご迷惑でなくば、我が輩も入ってよろしいでしょうか?」

 

「もちろんさ♪ 困ったときはお互い様だよっ☆ ハハッ!」

 

 ネズミさんは「どうぞ」と招き入れ、ケロロ軍曹を中に入れてあげました。

 この子はカエルなので、ピッタリ身体をくっつけたらヒンヤリしましたが、そんな事も構わずに二人で並び、なかよく寝転がります。

 

 手袋の中はあったかいし、思わぬ所で友達ができたので、心もぽっかぽかでした。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「あら? こんなところに、てぶくろがあるわ」

 

 二人がぬくぬくと手袋の中で寛いでいた時、また誰かがここにやって来ました。

 雪の中をピョンピョンと……、いや普通にテクテクと歩いているようです。

 

「りっぱなてぶくろね。それにあったかそう。

 だれ? ここに住んでいるのは」

 

「ハハッ! ボクだよ♪ 著作権なんかクソ喰らえなのさ☆」

 

「我が輩はケロロ軍曹でありますっ!

 雪の行軍中、あえなく遭難いたしましてなっ! めんもく次第もないっ!」

 

 手袋からヒョコッと顔を出し、二人は挨拶します。

 そこにいたのは、雪のように真っ白い姿をした、ウサギの女の子でした。

 

「わたしミッフィー。バッテンのお口だけど、けっこうしゃべれる方なの。

 わたしも仲間に入りたいわ。たのしそう」

 

「どうぞっ♪ 遠慮はいらないよ☆ ハハッ!」

 

「三人ならば、さらにぬくぬくでありますっ! これは心強いっ!」

 

 ミッフィーちゃんがピョーンと手袋に飛び込み、仲間に加わります。

 モコモコの手袋の中、三人は「えへへ♪」と微笑み合い、なかよく寝そべりました。

 これまで二人っきりでやっていたババ抜きも、彼女が来てくれたことで、さらに白熱した戦いとなったのでした。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「おやぁ~? 手袋おちてはりますなぁ~」

 

 三人の七並べが、そろそろ殴り合いに発展しかけていた頃、また誰かの足音が聞こえてきました。

 

「モフモフやねぇ~。使い込まれておざるけど、上等やわぁ~。

 誰か入ってはるのん~?」

 

「ハハッ! ボクだよ♪ USJに隕石落ちろとか思っているよ☆」

 

「ケロロ軍曹でありますっ!

 みんなクローバーを止めるのを、やめてほしいでありますっ!」

 

「ミッフィーよ。こうみえて、勝つためには手段をえらばない女なの」

 

 ワーワー! と騒ぎ、仲良さげな姿の三人。

 それを楽し気に眺めながら、頭に「ピョコン♪」と犬耳を生やした子が、みんなにほわほわと笑いかけました。

 

「わて、ニコリン坊いいますぅ。

 ご一緒してもよろしい~?」

 

「いいよっ♪ 協力してケロロの野郎を、地獄に叩き落としてやろうよ☆ ハハッ!」

 

「やはり共謀してたのでありますか!! このドブネズミめっ!!

 ニコリン坊どのっ、ぜひ我が同胞となって欲しいでありますっ!」

 

「ダメ。ニコちゃんは私と組むの。

 これで私の勝利はゆるがない。笑いが止まらないわ」

 

 ニコリン坊もいそいそと入ります。

 もう四人も入っているので、手袋の中はギュウギュウでしたが、でもあったかいのでノープロブレム。もふもふ天国でした。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「なんだコリャ、手袋が落ちてやがる」

 

 ロンだのポンだのという元気な声が、そこら中に木霊する中、また誰かがここにやって来たようです。

 

「でもなんか、モゾモゾ動いてるなぁ。

 よぉ、誰が中にいるのか?」

 

「ハハッ! ボクだよ♪ 千葉にあるけど東京ディ〇ニーランドだよ☆」

 

「ケロロ軍曹でありますっ!

 このクソッタレなネズミ野郎を、泣いたり笑ったり出来なくしてやるでありますっ!」

 

「わたしミッフィー。ウサギは静かな動物だけど、たまに『ぶぅぶぅ♪』と鳴くよ」

 

「ニコリン坊ですぅ。満願神社で狛犬やらせてもろてますぅ。キツネとちゃうでぇ~」

 

 三人から狙い撃ちにされ、あえなくケロロ軍曹はとばされちゃったようです。

 四人はモコモコと手袋の中で寛ぎながらも、ワーキャーとドタバタ騒いでいる様子。 

 その光景を「ほほう」と眺めている二足歩行の狼さんが、やがてコクリと頷きます。

 

「俺の名はガロン。狼男だ。

 俺も入れてもらって良いか? 軍曹に助太刀をしてやろう」

 

「もちろんだよ♪ これ以上やったら泣かれちゃうから、そろそろどうにかしなきゃって思ってたのさ☆ ハハッ!」

 

「おぉ! 天の助けでありますっ!

 ガロンどのがいれば、百人力でありますっ!」

 

「なら桃鉄でもしましょう。今度はふつうにあそぼ」

 

「わては皆さんに、お茶でもいれて来ましょかぁ。あったまるでぇ~」

 

 よっこいせ! とガロンも仲間に入り、もう手袋の中はパンパンです。

 ぐにょーん! と膨らんでるし、一体どうやって入ってるのかは皆目見当が付きませんが、みんな和気あいあいとした雰囲気で、仲良く遊ぶのでした。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「……(ぬぼぉ~)」

 

 やったであります! 日本一の社長になったでありますっ!

 そうケロロ軍曹が喜びに打ち震え、みんなにパチパチと囃し立てられている所に、どしんどしんと大きな足音が聞こえてきました。

 

「……(ちょいちょい)」

 

「ハハッ! こんにちは♪ ボクはねずみだよっ☆

 ペストを撒き散らしたりしない、愛らしい小動物だから、安心してねっ♪」

 

「完全勝利したケロロ軍曹でありますっ!

 トラトラトラでありますっ! やったー!」 

 

「ミッフィーよ。世間一般的に、ウサギは性欲の権化と言われているわ」

 

「ニコリン坊いいますぅ~。京都はお豆腐屋さんいっぱいやでぇ~」

 

「ガロンだ。236+Pでビーストキャノンが出るぞ。途中で方向転換も出来るんだ」

 

 無言ながら、「誰かここに住んでるの?」と訊ねている雰囲気を感じ取り、仲間たちが挨拶をします。

 今この場にやってきた、とても身体のおっきいトトロみたいな子は、我が意を得たりとばかりに「そっかそっか」という顔をしました。

 

「(ぼくカビゴン。中に入れてほしいな)」

 

「いいともっ☆ ……と言いたい所だけど、入れるかなぁ? 君とっても身体が大きいし」

 

 さぁ困りました。ただでさえ5人も入ってギュウギュウなのに、ここへきてクマよりも大きな子が登場です。もうあのおじいさんが落としていった手袋は、その原型を留めていませんでした。

 

「ハハッ! まぁなんとかなるさ♪

 おいでよカビゴンくん、一緒に住もう☆」

 

「(わーい♪)」

 

 カビゴン君もノソノソやって来て、そいやー! と中へ入ります。

 もう「なんとかした!」と言わんばかりの入り方ですし、手袋は今エライ事になっていますけれど、とにかく6人が中へ収まります。

 

 せまいし、ギュウギュウだけれど、カビゴン君はもふもふであったかいので、みんな喜んで彼のお腹に抱き着きます。

 この6人でいれば、冬の寒さなんてヘッチャラだ! どんと来いだ!

 そう仲間たちは確信し、一緒に寝そべるのでした。ぽかぽか幸せです♪

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「ほう、これはいい。暖かそうだな」

 

 6匹の動物さん達が、仲良く手袋の中でぬくぬくしていた所に、ある人物がやって来ました。

 

「おい、中に誰か居るのか。姿を見せるんだ」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 6匹はひょこっと顔を出しましたが、無言を貫きます。みんな「どよーん……」とした顔。

 せっかくの幸せな気分は、無惨にも打ち砕かれてしまったのです。

 今ここに来訪した、空気の読めない変な男のおかげで。

 

 

()()()()()――――

 もちろん君たちも知っているだろうが、栄えあるZ戦士の一員だ。

 仲間に入れてくれ」

 

「「「……」」」

 

 

 もこもこアニマルパラダイスは、唐突に終焉を迎えます。

 なんか知らないけど、三つ目のハゲた中年男がやって来て、「俺も住ませろ」と迫って来ました。

 その無駄に高い戦闘力をかさに着て、動物達を威圧しているのです。

 

「あ……あのぅ、天津飯さん?

 ここはもういっぱいで、とても入れないかなーって……♪ ハハッ…」

 

「ん? まだ伸びそうじゃないか。

 あと一人分くらい、なんとかなるだろう。意地でも入ってやるぞ」

 

「で、でも天津飯どの? ここは動物たちの家で……。

 貴殿は人間でありますし、ちゃんとした所に住んだ方が……」

 

「大丈夫だ。たとえ君たちが獣畜生であっても、気にする事はないぞ?

 俺は地球を守る戦士、心が広い男だ」

 

 仁王立ちで手袋の入口に佇む、天津飯さん。

 きっとこの辺で修行でもしてて、これ幸いとばかりにやって来たのでしょう。

 けれど、どれだけネズミさん達が、やんわり「帰ってくれ」と懇願しようとも、天津飯はそれを全く意に介すさず、ズケズケと不退転の意思を見せています。

 空気が読めないのか、はたまた意図的に読んでいないのか……。その精神性まじサイコパスです。

 この男の大気を震わせるほどの凄まじい“気”に、動物達はただビクビクと怯えるばかり。

 

「ちなみに、餃子(チャオズ)は置いてきた。

 はっきり言って、この戦いについて来られそうに無い」

 

(((――――お前が言うなッ! お前がッッ!!!!)))

 

 動物たちは心の中でつっこみますが、天津飯にはどこ吹く風。

 恐らくは、物語が魔人ブウ編に入り、出番が無くて暇を持て余しているのでしょう。

 意地でも手袋の中に入ってやるぞ、という意志力を感じます。俺も活躍するんだと。

 

 以前は悟空と互角に渡り合っていたという、過去の輝かしい栄光。プライド。

 けれど昨今の、極端な戦闘力インフレにより、もう自分には居場所が無いんだという事実を、彼は未だに認められずにいます。

 

 Z戦士という冠に、異常なまでの拘りを見せ、それにしがみ付くようにして、こんな辺境で一人修行に打ち込んでいるのです。

 まるで、修行さえしていれば自分はまだ戦士なんだ、と言うかのように。ドラゴンボールの一員、Z戦士として左団扇でいられるんだ、とばかりに。

 自分より弱いチャオズという存在に、内心で安堵しながら、なんとか自尊心を保ち、心の安定を図っているのでした。しょーもない男です。

 

「さぁ入れてくれ。俺も手袋の中に」ズイズイ

 

「いやその……天津飯さん? あのですねぇ?」

 

「俺が仲間になってくれて、嬉しいだろう。

 なんと言っても、あの世界的に有名な作品である、ドラゴンボールのキャラなんだ。

 みんなに自慢できるぞ」ズイズイ

 

「ちょっ!? 無理やり来んとってぇなぁ! せまいせまい~っ!」

 

 そして、これは動物達にとって、この上なく迷惑なことです。

 なんで人間が来るんだ。アニマルだけのもふもふパラダイスに、不躾な侵入者の到来。インディアンの聖地を奪う白人を彷彿とさせます。

 せっかくみんなで、仲良く幸せに暮らしていたのに。もうぶち壊しでした。

 

「安心しろ。これからは俺が守ってやる。

 例えどんな敵が来ようが、この俺がいれば安心だ。

 どどん波や気功砲をお見舞いしてやるぞ」

 

「そんなのいらないでありますっ!

 自分達はただ、静かに暮らしたいのでありますっ!!」

 

「いやーっ! 来ないでぇーっ! くさいぃーーっ!!」

 

 もふもふアニマル達の手袋に、ついに天津飯が侵入を果たします。

 許可を取る事もなく、強引に「よいしょ」と身体をねじ込ませ、手袋の中で動物たちとギュウギュウになります。

 戦士のくせに、敵と戦いもしないで、一体何をしているのでしょうか?

 活躍の場が欲しいのなら、こんなトコに居ないで異世界転生でもしたら良いのにと、みんなは思いました。こっちすり寄って来ないでと。

 

 

 

「――――なんじゃあコレはッ!? どーなっとるんじゃあ!!??」

 

 その時! 手袋を失くした事に気が付いたおじいさんが、この場に戻って来ました!

 彼は「自分の手袋の中に、なんか動物たちと不審者が潜り込んでいる!?」という事に気が付き、山に木霊するほどの大声をあげました。

 

「 誰じゃこのハゲは!? ワシの手袋を、どーするつもりじゃあああッッ!!!! 」

 

 その声に驚いた動物たちが、一斉に手袋から〈ピューッ!〉と飛び出し、森のあちこちへ逃げていきます。

 この場に残されたのは、未だ手袋からひょこっと顔を覗かせる、三つ目星人の男だけ。

 活躍の場欲しさに、まるで中東や東南アジアへ介入するアメリカの如く、無理やり森の動物達の物語に粘着しては来ましたが、残念ながら空振りだったようです。

 

 

「何してくれとんのじゃ! ()()()()()やないかっ!!

 なぁーにを手袋に住んどるんじゃい!! アホかぁぁぁあああ!!(正論)」

 

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

 

 その無駄な戦闘力も、なんのその。

 普通におじいさんに怒られた天津飯は拘束され、子犬にワンワンやかましく吠えられながら、すごすごと連れられて行きました。

 あえなく牢屋にぶち込まれた彼は、面会に来たチャオズが差し入れてくれたウィダーINゼリーを、「うまいうまい」と言って飲みます。

 

 ちなみにその頃、孫悟空は見事に魔人ブウを倒し、地球の平和を取り戻していました。

 この世に強いヤツがいる限り、悟空の冒険はまだまだ続くのです――――

 

 

 “てぶくろ”のお話は、これでおしまい。

 良い子のみんなも、粘着行為をする悪い人達には、気をつけましょうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハーメルン名作劇場 てぶくろ  ~おしまい~

 

 

 

 

 







 さよなら、天さん。

 元ネタちっくな物→【天津飯 ~虚栄のZ戦士~】




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

71 ハム太郎「ロコちゃんのアバラをへし折ってやるのだ。へけっ♪」

 

 

 

 

 

「――――私は人間をやめるぞぉ! ハム太郎ぉぉぉおおおーーッッ!!!!」

 

 春名ヒロコこと、ロコちゃんが叫ぶ。

 親の仕事の関係で、こんな田舎町に引っ越してきたものの、ぜんぜん友達が出来なかったロコちゃんは“筋トレ”に没頭し、ついには頭をおかしくしちゃったのだ。へけっ♪

 

「フゥー♪ 見てよハム太郎、この鍛え上げられた肉体を!

 岩みたいにゴッツゴツだよ! 鋼のような固さだよっ!

 ねっ? ゾックゾクするでしょう……?(身震い)」

 

 メロンみたいに大きくなった肩。富士山みたいに隆起した上腕二頭筋。板チョコのようにバキバキに割れた腹筋。まるで鬼でも宿ってるかのような背中。

 まだ小学五年生で、しかも女の子なのに、ロコちゃんはいったいどこへ向かっているの? そんなオリバみたいになって、いったいどーするの?

 そのプリティフェイスと、筋骨隆々な肉体が、すごくミスマッチなのだ。

 

 今もロコちゃんは、ケージの中にいるぼくに対し、見せつけるようにして自らの筋肉を誇示しているけれど、ぼくの瞳はとってもコールド。氷点下だよ。

 このゴミクソ娘がやってる、ボディビルダーよろしくの「にったぁ~♪」とした笑顔と、ぼくの心底冷めた顔との対比が、もうとんでもない事になってるのだ。

 

「今日は足トレをやるわ! 200㎏のバーベルを担いだままスクワットしてみる! ついに200㎏の大台にチャレンジよ!

 私のフォームが崩れてないか、しっかり見ててねハム太郎☆」

 

 ぼくハムスターなのだ。そんなこと言われたって、分からないのだ。

 ちゃんと背筋が伸びているか~とか、足を肩幅より広めに開く~とか、しっかり前を向いてゆっくりおしりを降ろしていくイメージで~とか、きっとそーゆうのがあるんだろうけれど、ぼくにとっては全部クソなのだ。

 

 関係ないけど、ぼくしか見せる相手がいないの? こんな10㎝くらいしかない小動物を相手に、君はいったい何をやってるの?

 筋トレとかしてないで外に出るとか、どっか遊びに行くとかして、たくさん友達を作る努力をすべきなのだ。ロコちゃんは間違ってるのだ。

 

 人見知りだからって、部屋に引きこもってたらいけない。安易な道に逃げ込んだらいけないのだ。

 人付き合いってゆーのは、どんな人だって苦労してる。誰だってそーなのだ。

 それでもみんな、自分を成長させていくために、そしてより良い実りある人生を歩んでいく為に、必死にがんばってるのだ。

 

 なにか特別な理由があるわけでもなく、ただ怖いからって人と関わる事から逃げ出すのは、卑怯者のする事だよ。そんなこれ見よがしの逆三角形ボディをしていたって、自らの弱さを覆い隠すことは出来ないのだ。

 

「 あァアあ゛ァァあ゛ァッ!!!! ……へへあぁ~! へへあぁ~!

  あァアあ゛ァァあ゛ァッ!!!! ……へへあぁ~! へへあぁ~! 」

 

 筋トレ時の独特な息遣いをしながら、ロコちゃんがバーベルスクワットに打ち込んでる。

 このくそざこメンタル娘には一人も友達いないから、当然“補助”を受け持ってくれる人もいない。もし疲労で後ろにひっくり返ったり、高重量を支え切れずバーベルに圧し潰されたりしたら、とても危険だと思う。

 

 そもそも、こんな木造二階建ての一軒家で、家族への迷惑も顧みずに筋トレをするだなんて、ロコちゃんはおかしいのだ。イカれてるのだ。

 お小遣いを全てホエイプロテインやサプリメントにつぎ込み、お年玉や親戚からのお小遣いまで、筋トレ用具を買うことに使ってるし。

 

 そんな小学生5年生の女の子、ダメなのだ。一度きりの青春を謳歌する事なく、暗い部屋で一人ベンチプレスやデッドリフトをこなすロリっ子とか、そんなの嫌すぎるよ。

 せっかく可愛く産んでくれたのに。お母さんが泣いてるよ。

 ロコちゃんはクソッタレなのだ。腐れロリポップなのだ。へけっ♪

 

「ああっ! 私の大腿四頭筋がパンプアップしてる! すごく喜んでるっ!!

 このまま続けていけば、きっとシュワちゃんみたくなれるよね? 楽しみだねハム太郎♪」

 

 黙るのだ。その汚い口を閉じるのだ。

 君は学校から帰っても、なにもする事がなくて、仕方ないから筋トレをしてる人。「身体をイジメている時だけは、何も考えずにいられる」とばかりに。

 お坊さんが修行をするみたいに、ある種の“被虐”を受ける事によって、何かが許される気がしてるんでしょう?

 

 でもその鋼の肉体は、“逃避”の産物なのだ。

 寂しさや弱さを糧にして育ってく筋肉なんて、たとえどれほど美しくたって、悲しいだけだよ。

 

 臆病者には、素晴らしい明日など、決して訪れないのだ。

 逃げ出した先に、楽園なんてありはしないのだ。

 君はそれを分かってない。そんな君を見ていたくはないよ。へけっ♪

 

「さって、ホエイプロテイン飲まなきゃ♪

 筋トレ後20分以内がゴールデンタイムよハム太郎!

 破壊された筋繊維の修復に、摂った栄養がまわされるの♪」

 

 ロコちゃんが「ぜぇぜぇハァハァ」言いながら、プロテインを作る。

 シェイカーをシャカシャカやってから、満足そうな顔で美味しそうにごぎゅごぎゅと飲み干す。

 

 最近のロコちゃんは、ふとももの筋肉が発達しすぎてて、「穿けるズボンが無いよぉ~♪」と言うのが日課になってる。

 大円筋が大きいから“きをつけ”出来ないとか、二の腕や大胸筋がデカすぎて私に合うシャツが無いとか、そんなしょーもない事で筋肉の成長を実感しては、ニッコニコしながら「こまったな~♪」と言う。正に自己満足の世界なのだ。

 

 たかだか二千円くらいのお手頃さで買えて、飼育も簡単だから誰でも飼えるような小動物であり、誰かの庇護なしでは生きていけないようなか弱いペット。

 そんなぼくに対してしか、彼女はその肉体を誇ることが出来ないのだ。もう見てらんないよ。

 

「私ばっかり栄養補給するのもアレだし、ハム太郎にもヒマワリの種(タンパク質)をあげるね♪

 たくさん食べて、一緒にシュワちゃんを目指そ♪ ドゥザマッソーだよ♪」

 

 ロコちゃんがゲージに近付き、扉を開ける。

 エサを持った手を中に差し入れようとした、その時……。

 

 

「――――のだぁッッ!!!!!!!」

 

「!?!?!?」

 

 

 飛び出す! ゲージから!!

 弾丸のような速度を以って、侵入してきたロコちゃんおててと入れ違いに、ぼくは外へ出た!!

 

「のだのだのだのだのだのだ! へけっッッ!!!!」

 

「 !!!??? 」

 

 駆ける! ロコちゃんの腕を! 橋の上を渡るように!

 そのままぼくは、ロコちゃんの顔面に向かって突進! “とっとこ”なんて言わせない猛烈な速さで一気に駆け、彼女の頬をハムスターシザーズで切り裂く!

 掛け声と共に、一閃ッ!!

 

「ぐっ……ぐぎゃあああぁぁぁーーーーっっ!!!???」

 

 ロコちゃんが絶叫。血が噴き出すほっぺを押さえならが、天井を仰ぐ。

 その暴れ狂う腕に巻き込まれないよう、ぼくは即座にピョーンと飛び、スチャッと勉強机の上に着地。

 けど決して油断する事なく、そこから注意深く、ロコちゃんの様子を観察する。

 

「ロコちゃん、覚悟は良いかい? ぼくは出来てる――――」

 

 きっとぼくの言葉は、人間であるロコちゃんには届かないのだ。

 それでもキッと彼女を睨み、ぼくは宣言してみせる。()()()()()()()()

 

「なっ! 何をするだァーーッ!! ゆるさんッ!!

 許さないよぉハム太郎ぉぉーーッ!?」

 

 片手でほっぺたを庇いながらも、もう片方の手をこっちに伸ばして来る。

 今ロコちゃんの顔は驚愕、そしてペットの小動物風情に歯向かわれたという怒りに染まってる。人としての尊厳を傷付けられ、我を忘れているのが見て取れる。

 でもぼくは、震えながら伸ばされるその手をスッと躱し、すり抜けざまに一撃。

 可愛らしいハムスターのおててを横薙ぎにし、ロコちゃんの指を切り付けた。

 

「くうっ……!! ハム太郎、貴方ッ……!!??」

 

 ワケも分からないまま、さらに傷を負う。

 鋭い痛みを感じたロコちゃんは、おめめをまん丸にしながら、ヨロッと一歩後ずさる。

 対してぼくは、その場で仁王立ち。「どうしたのだ? ぼくはここにいるよ?」と示すようにして。堂々と。

 

「ロコちゃん、目を覚まして。

 あの日の愛らしかった君に、戻ってほしいのだ」

 

 戸惑いが見える。

 始めての反逆、始めて見せるぼくの顔に。

 けれどもう、迷わないよ。ぼくは戦うと決めたのだ。君の性根を叩き直すのだ。

 

「ぼくがこれから見せるのはッ! 代々受け継いだ未来に託すペット魂だ!!

 ――――ハムスターの魂なのだッ!! へけっ♪」

 

 覚悟とはッ! 暗闇の荒野にッ! 道を切り開くことッ!!

 このクソッタレで軟弱な飼い主を、正しい方向へ導くためには、ぼくも覚悟を決めなくてはならない!

 ロコちゃんをやっつけるのだ! ぶっコロなのだ! ふんすっ!

 

「そう……私のこと嫌いなんだ?

 ハム太郎もみんなと一緒。私から離れてくんだね? へぇ……」

 

 ゆらゆら。ロコちゃんの身体が左右に揺れてる。

 俯き加減で、こちらに顔を見せないまま、悲しそうに何かを呟いてるのだ。

 信じていた物に裏切られた途端、その愛情は一転して“憎悪”に変わる。

 想いが強ければ強いほど、大きな憎しみになる。

 ぼくたちが今まで築き上げてきた信頼が、そのまま強大なまでの悪意となって、この身を襲うだろう。へけっ♪

 

「――――そんなこと許さないよッ!? ハム太郎はずっと私といるのッ!!

 たった一人の友達なんだからぁぁぁあああーーッッ!!!!」

 

 無駄に鍛え上げた脚力を以って、ロコちゃんが突進してくる。

 木造二階建ての床は、ドドドドっと音をたて、今にも穴が空きそうなのだ。ロコちゃんの凄まじい力に耐えかねてる。

 

 関係ないけど、それを言うなら“一匹”だよ。

 ぼくは小動物なんだから、“一人”という呼称はオカシイのだ。ちゃんと小学校で習ったでしょう?

 

「ハム太郎! ハム太郎!! ハム太郎ッ!!!! ハム太郎ぉぉぉおおおーーーッッ!!!!」

 

 両手を付きだしながら、飛びかかってくる。

 弾丸ライナーに飛びつく遊撃手のように!

 

「いっしょーけんめー鍛えた筋肉も、宝の持ち腐れなのだ。

 そんなんじゃ、ネズミ一匹捕まえられないよ?」

 

「 ッ!!?? 」

 

 ロコちゃんが勉強机に突っ込み、ドゴォーーン! という大きな音を立てた。

 電気スタンドが落ち、本棚は倒れ、カーテンがビリビリになる。

 けれど、その手の中に、ぼくの姿は無いのだ。

 闘牛士のようにひらっと躱し、崩れて来る家具に紛れて、その場から姿を消したから。

 

「よくもまぁ、今まで筋肉を見せつけてくれたね?

 ぼくはボディビルになんて興味ないのに……さんざん付き合わせてくれたね?」

 

 吐き気を催す邪悪とはッ! 何も知らぬ無知なる者を、利用する事だッ!(ババーン!)

 身勝手な飼い主に付き合わされるペットの苦しみを、思い知るがいいのだ! ロコちゃん!

 

「ど……どこ? どこへ行ったのハム太郎!? 居ないわっ!!」 

 

「ふははは、こっちなのだロコちゃん。上を見てみるのだ」

 

 キョロキョロと辺りを見回す、有り得ないくらい屈強な女の子に、ぼくは声をかける。

 まぁハムスターの言葉なんて、分かりはしないだろうけど。天井にある照明の上に立ちながら。

 

「喰らえロコちゃんッ! ――――のだぁぁッッ!!!!」

 

「 ふんぎょっ???!!! 」

 

 ぼくが投げつけた“車輪”が、天井を見上げていた彼女の顔面にヒット!

 それを顔にめり込ませたまま、ロコちゃんがバターン! と床に倒れる。

 

「ハムスターホイールだッッ!!(ロードローラーだ! のテンションで)

 のだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだ!!!!」

 

 ハムスターのケージに備わっている、カラカラまわして遊ぶための道具。いわゆる“回し車”。それにピョイーンと飛び乗ったぼくは、ホイールごしにあるロコちゃんの顔面めがけて、拳を連打。

 それにより、どんどんホイールが顔にめり込んでいく。本家ジョジョの敵キャラみたく、ロコちゃんもめっちゃブサイクになってるのだ。

 

「――――のだぁッッ!!!!」バッキャア!

 

 渾身の力を込めたフィニッシュブローによって、ぼくの大事なホイールが粉々になる。もう遊べなくなる。

 確かにこれは大きな損失だけれど、今はそんなこと言ってられないのだ。

 ロコちゃんは人見知りの引きこもりで、親にドロドロに甘やかされて育った軟弱者。この子を叱る者なんでいるハズもなく、今まで好き勝手に生きてきたバカ娘。

 だから――――ぼくが裁くッ!!

 

「 のだだだだ! のだぁッ!! 裁くのはぼくのマウント(パンチ)だッー!! 」

 

「ほんげぇぇ~~っ!!??」

 

 ハムスターのちっちゃい手で、ペチペチおでこを叩く。

 ロコちゃんは「ふぎゃー!」と情けない声を出してるけど、とても小学生のロリっ子が上げる悲鳴じゃない気がする。ツインテなのにモヒカンみたいなのだ。

 

「さぁタップするのだロコちゃん!

 君がッ! ゴメンするまでッ! 殴るのをやめないッ!!」

 

「痛い痛い痛い! いたいよハム太郎ぉ!」

 

「弱者を切り捨てる世の中の仕組みがッ! 優しさと甘さを取り違えた大人達がッ! 子供に対する無関心がッ! 君をこんなにも哀れな存在に堕としたッ!!

 ぼくの悲しみを思い知るといいのだ! 人間なんてクソなのだっ!!

 それでも人間は凄いと! 素晴らしいと謳うのならッ! それを示してみせろッ!!

 このぼくに! このハム太郎に対してッ!!!! へけっ♪」

 

 やがて、全力だったぼくの攻撃は、終わりを告げる。ロコちゃんの手によって。

 きっとぼくを気遣っての事だろう。あんまり強く握ったら、プチっといっちゃうと思ったんだろう。

 ロコちゃんはそっと優しい手つきで、おててを振り下ろし続けるぼくを掴み、そのままゆっくりと床に置いてくれた。

 小動物とは比べようもない程の、人間の強靭さ、そして頑強さを示しながら、ぼくのマウント攻撃から逃れてみせたのだ。流石はロコちゃんなのだ。

 

「こんな本気のハム太郎、見た事ない……。

 こんなに荒ぶってるハム太郎、はじめて……」

 

 ペットの反逆というより、頑張って戦ってるぼくの姿に、きっと思うところがあったんだと思う。ロコちゃんは横たえていた身体を起こし、おでこを押さえながらヨロヨロとだけど、しっかり立ち上がってみせたのだ。

 さっきまでのオロオロした顔じゃない。しっかりと目に光が宿った、真剣な表情で。

 

「分かるよハム太郎……、怒ってるんだね?

 友達も作ろうせず、いつもハムスターやダンベルに話しかけてる私に『しっかりしろ』って。そうハム太郎は叱ってくれてるんだね……」

 

 ずっと一緒だった。ぼくに物心がついた時には、もうロコちゃんが傍にいたのだ。

 ぼくの友達、ぼくのおかーさん、ぼくの一番大切な人。

 だからこそ、ロコちゃんにはぼくの気持ちが分かる。言葉なんかなくったって、通じ合ってるのだ。

 

 まぁ最近は、ぼくの他にも“ダンベル”という無機物の友達も出来て、いつもおはようの挨拶とか、しょーもない悩み相談とかをしてるみたいだけど。

 鉄の塊にブツブツ話しかけるのは、気持ち悪いからやめて欲しいんだけど。まぁそんな事は今どーでも良いのだ。

 

「うん、やるよ。私ハム太郎と戦うね……?

 向かい合うのが“友達”だから。しっかり受け止めるのが“家族”だもん――――」

 

 ロコちゃんがスッと両腕を上げ、まるで範馬勇次郎みたいなポーズを取る。

 それによって鍛え上げられた大円筋肉が隆起。ロコちゃんの見事な逆三角形があらわになる。たとえキッカケは、一人っきりの寂しさだとしても、これはまごう事なきロコちゃんの“努力の結晶”なのだ。すごい筋肉なのだ。

 

「 ダヴァイ(来いッ)!! ぶち殺すぞハムスターッ!!!!

  矮小な小動物め! 人間が一番強いんだもんっ! 分からせてあげるよっ!! 」

 

 なんて良い顔をしてるのだロコちゃん……。こんな生き生きとした顔、久しぶりに見たのだ。

 

「捻り殺してやるっ!

 プチッて潰して、そのまま食べてやるっ! この筋肉の栄養にしてやるっ!

 それが私の友情だよハム太郎っ! 私たち親友だもんっ!!」

 

 サイコパスなのだ――――コイツは動物を虐待するクソ野郎なのだ。

 まぁ世間一般から見たら、そんなふーに見えるんだろうけど。でもこれがぼくらの形なのだ。

 戦わなければ、生を実感出来ない……。そんな度し難い存在なのだ。ぼくとロコちゃんは。

 

「いくよぉロコちゃん! ――――のだのだのだのだのだのだのだのだッ!!!!」

 

「ラッシュの速さ比べね? そんなちっちゃいくせに、人間様に挑もうだなんて笑止だよ!

 ――――ロコロコロコロコロコロコロコッ!!!!」

 

 ドガガガ! バッキャー! みたいな音が鳴る。

 ぼくらが放つ衝撃波によって、壁に貼ってあるシュワちゃんのポスターが吹き飛び、窓ガラスが粉砕する。

 一進一退。五分と五分。筋トレで鍛えたマッスルなんて、きっと使えない筋肉なんだろうって思い込んでたけど……やっぱりロコちゃんは凄いのだ。とっても強い女の子なのだ。

 

「くっ……!!」

 

「ぬぅッ……!!??」

 

 ラッシュの速さ比べは決着が着かず、ぼくらはバシィィ! っと破裂音を鳴らしならが、お互いに後方へ吹き飛んだ。

 

「 いやあァアあ゛ァァ!!!! くたばれぇハム太郎ぉッ!!!!

  ゴミと潰れろWRYYYYYYYYYYYYYYYYッッ!!!!!! 」

 

 そしてすぐさま、岩のように筋肉を隆起させたロコちゃん(小学5年生)が、えいやとばかりに300㎏のバーベルを持ち上げる。

 食いしばった歯の隙間から、血の混じった泡を吹き、額にビキビキと血管を浮かせながら。渾身の力でそれを投げつける。

 彼女の眼下、ぼくが立っている床を目掛けて!

 

 なんという強い目だろう。なんという眩しい姿だろう。

 ようやく自分の内側に引きこもるのを止めて、小動物とはいえ誰かと向かい合うことを決めた少女。その姿のなんと尊いことか。

 これほどまでに彼女は、ぼくのことを好きでいてくれた。これはその証でもあると思うのだ。

 

 でも、()()()()()()()()()()()()……君はどうなる?

 ハムスターの寿命は、長くて2年くらい。いつまでも傍にいてあげる事は、出来ないのだ。

 

 なら……残さなきゃいけない。“ぼくの意思”を。

 君の中に、ぼくという存在が強く残るように。ぼくの気持ちがしっかり伝わるように。

 一人っきりになったとしても、君がしっかりと、歩いて行けるように。

 

()()()()()()()()()!!!! 」

 

 長い爪の生えたぼくの足が、ギュッとしっかり床を掴む。

 

「そしてッ! 君を“道具”にしている者をッ!

 虐げ、抑圧し、子供の自由意志を奪い、()()()()()()()()()()に作り変えようとする大人達を! ぼくは絶対に許さないッ……!!」

 

 そして、飛ぶ。

 力強く床を蹴り、一直線に。

 解き放たれた矢の如く、ビュンと音を立てて。残像だけをその場に残し。

 まっすぐッ! ロコちゃんのおでこを目掛けて! 貫くような速度で!!

 

 

「 ――――絶 対 に な の だ ッ!!!! 」

 

 

 ハムスター・ロケットが炸裂する。

 閃光のような速度を以って、ぼくはロコちゃんにツッコんだ。

 簡単にゆーと、おでことおでこを“ごっつんこ☆”したのだ。

 

 その衝撃によって、筋骨隆々なロコちゃんの身体は大きく仰け反り、やがて〈ずぅぅん……!〉と音を立てて倒れていった。

 いまロコちゃんは、グルグルおめめをまわして、気を失ってるみたい。

 でもその表情だけは、どこか満足気……。

 一生懸命に戦った者だけが抱く、そんな充実感が見て取れたのだ。へけっ♪

 

「見事だったのだロコちゃん。まさか300㎏を上げてみせるなんて。

 まだ小学生なのに……(どんびき)」

 

 愛すべき女の子をじっと見つめながら、ぼくは一人、ボソッと呟く。

 この子を飼い主に持ったという誇らしい気持ちが、自然とぼくの胸から押し出されてるみたいな感じ。想いが溢れ出てるのだ。

 

 

「君の敗因はひとつ。たったひとつのシンプルな答えだよ、ロコちゃん。

 テメェはぼくを怒らせた――――のだ」

 

 

 

 君が引きこもるせいで、それに付き合うぼくもお日様を浴びれない。お散歩が出来ないよ。

 それにこの部屋は、()()()()()()()()! 君の汗が沁み込んでいるのだ! 

 流石のぼくも、堪忍袋の緒が切れるのだ! くさい!

 

 ぼくの健康のため、そしてより良いハムスターライフの為にも、ロコちゃんには立ち直ってもらわなくっちゃ困るのだ。

 ぼくだってお庭にいるドンちゃんと遊びたいし、外に出てたくさん友達を作りたいのだ。冒険がしたいのだ。

 

 

 だから君の手を取って……いや()()()()()()()()()()、冒険に繰り出そう。

 

 ぼくたちはいつも一緒だよロコちゃん。へけっ♪

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「――――優勝はエントリー№35番! 春名ヒロ子選手ですッ!!!!」

 

 ワーワーという歓声と、「ナイスバルク!」みたいな声援が、洪水みたく辺りに響いている。

 今ぼくは、ボディビル大会が行われている会場の客席にいる。

 応援にきたロコちゃんのママの手のひらで、一緒に喜んでいるのだ。

 

「やったよハム太郎っ! わたし優勝出来たよっ! やったぁぁーーーっっ☆」

 

 観客席にいるぼくに向けて、おっきなトロフィーを抱えたロコちゃんが、ぶんぶん手を振っている。

 あれから一念発起して引きこもりを止め、そして駅前にある()()()()()()()ロコちゃんは、もう瞬く間にメキメキと筋肉を発達させていった。

 そして半年後の今日この日、初出場&最年少で優勝という、ボディビル業界に激震が走るほどの偉業を成し遂げてみせたのだ。すごいよねロコちゃん。

 

「けれど……ロコちゃんに出来た友達は、ムキムキのお姉さんとか、ジムのインストラクターさんとか、そんな人ばかりなのだ。

 クラスの女の子たちや、同じ年頃の子供達は、ラオウみたいになっちゃったロコちゃんを怖がって、ぜんぜん寄って来てくれないのだ……」

 

 でもまぁ、見事に優勝という栄冠を掴んだのだし、これきっと学校の朝礼とかで表彰されるだろう。いっぱい褒めて貰えるのだ。

 だから皆の見る目も変わるだろうし、これからは怪しげなマッチョの女の子じゃなくて、頼りがいのある凄い女の子として、友達も出来るハズなのだ。めでたしめでたしなのだ。

 

「けれど、脂質や糖質を摂りたくないからって、友達からの誘いを断っちゃうのは、どうかと思うのだ。

 喫茶店とか、駄菓子屋さんとかにも、ちゃんと行くべきだと思うのだ……」

 

 まだ小学生なのに、蒸した鶏肉とかブロッコリーばっかり食べてるのは、やっぱりイケナイと思う。ロコちゃんはもっと“人生の喜び”を知るべきなのだ。青春は一度きりなんだから、子供らしく遊ぶのも大事だと思うよ?

 

「ハム太郎のおかげで、優勝できたの! ハム太郎だいすきーっ☆

 私達ずーっと友達だよね! ハム太郎♪」

 

 そりゃあ「あと3回! あと三回いけるのだ!」とか筋トレ中に発破をかけたり、ベンチプレスの時にチョコンと重りの上に乗ってあげたりしたけど……、それだけでこんな劇的に効果が出るものなのかな?

 もう半年前とは別人ってくらいに、大人と子供くらい成長しちゃったんだけど。ロコちゃんの身長って、いま185㎝だよ? しかもまだまだバリバリの成長中なんだよ?

 

 そして……ロコちゃんに付き合わされてるぼくも、ヒマワリの種の他にもガッツリたんぱく質を摂ってるので、もうゴールデンハムスターとは思えないくらいの体格。

 きっとモルモットとか、そこいらの子ウサギよりも、身体がおっきくなっちゃったのだ。

 ものすごく健康になっちゃったし、たぶん2年とかじゃなく、もっともっと長生き出来るんじゃないかと思ってる。ハムスターの長寿記録を更新せんばかりの勢いで。

 

 

「今日もいっぱい筋トレしたね♪ 明日はもっとムキムキになるよ♪

 ねっ、ハム太郎☆」

 

 

 

 まったく、やれやれなのだ――――

 

 もう頭部と一体化しちゃった帽子のつばを、クイッとやりながら、ぼくは嬉しそうに笑うロコちゃんに苦笑を返したのだ。へけっ♪

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

72 悪役令嬢だけどトトロ見えるよ! ~第1話~



「あ、あなたトトロってゆーのね……(震え声)」







 

 

 

 

 

 

 ――――犯罪都市ニューヨーク!

 拳と銃弾が絶え間なく飛びかい、強盗やレイプやドラッグが、さも当然のように横行する街。

 

 そんな都会の生活に嫌気が差した主人公が、トトロの舞台である“塚森”という田舎町に引っ越して来た所から、この物語は始まる。

 

 

 

「日本人はクソですわ……劣等民族ですわっ……!」

 

 その日、悪役令嬢こと【浜田マリアンヌ】は、豪華な調度品がズラリと並ぶ自室にて、愛用のレスポールをジャカジャカかき鳴らしていた。*1

 彼女はまだ10才だというのに、その指さばきは非常に熟達しており、まるで自分の身体の一部であるかのように、ギターを抱える姿が様になっている。

 だがその見事な演奏とはうらはら。彼女は「ぷっくぅー!」とふてくされているようだ。

 

「――――なぜラウドネスを聴きませんの!? ギターウルフを知らないの!?

 貴方がたの国のバンドでしょうが! イカれてますのっ!?!?」

 

 転校初日だった今日、マリアンヌは格下である黄色人種共と交流すべく、誠に遺憾だが()()()()()()()()、ラウドネス*2やギターウルフ*3といった日本のバンドの話題を、クラスメイトに持ち掛けた。

 

 ラウドネスの歴代ボーカルで誰が一番すき? わたくしはやはりマイク・ヴェセーラですわ~♪

 スリーピース(楽器が三つ)を感じさせない、ギターウルフの勢いと音の厚み、マジとんでもないよねー♪ 環七フィーバーは名曲ですわー☆

 ……みたいな事を、嬉々として。令嬢の高貴さを感じさせる、柔らかな笑みで。

 

 だがクソジャップの鼻たれ小学生どもは、「え、なにそれ?」とばかりに、みんなポカンとした顔。誰一人として、彼女の話題に乗って来る者はいなかったのだ。

 

「BOW WOWも、アンセムも、X JAPANすら知らないっ!(※全部バンドの名前)

 それどころか、ロックを知らない……?

 あの子たちは、()()()()()()()()()()()()()()()()!?!?」

 

 ロック愛と頭脳をフル回転し、知りうる限りのバンド名を言ってみた。だがなしのつぶて。

 なんと日本のスクール・ボーイ達は、【ロックを聴いた事が無い】という事が判明! 彼らはこれまでの人生で、一度もロックンロールに触れることなく、のうのうと生きてきやがったのだ! あのクソッタレ共は!!

 

 それを知った時のマリアンヌの衝撃たるや。まさに稲妻の如し。

 冗談抜きで「くらっ……!」と眩暈がし、漫画みたいにその場に倒れた。

 

 まさか、ロックを聴かない人間がこの世にいようとは! そんな人類が存在するだなんて! ああっ!!

 なんという未開人! なんと低い文明! 哀れすぎて言葉も出てこない!(※個人の印象ですわ)

 

 あの時は、もう本当に縋るような気持ちで……最後の切り札とばかりに“ビートルズ”の名前を出したマリアンヌだったのだが、それで返って来た言葉は「カブト虫のこと?」

 マリアンヌは深く絶望し、膝から崩れ落ちる羽目となった。

 

「NYでの生活に嫌気が差し、のどかで自然豊かな田舎町に越して来たは良いものの、まさかこれほどまでに“ロック後進国”だなんて……。

 誰もロックを知らないだなんてっ……!」

 

 狂ってる、イカれてる、Fucking bullshit( バカげている )

 音楽が無ければ二日と持たない、ガクガクと手が震えて禁断症状におちいるマリアンヌにとって、これは信じられない事。

 

 一体どーやって生きて来たんだ、YAMATO民族は。どうやって栄えたんだ。

 【人はパンのみに生きるに非ず】というが、お前等はあわとひえ食ってりゃ満足なのか。

 彼らには音楽を……いやROCKを求める心が無いのか。渇望も欲求も無い種族だというのか。

 反骨精神を持たない人は犬だ! この“ことなかれ主義”国家め!(※個人の印象ですわ)

 

 はたして自分は、そんなヤツらと仲良く出来るのか? ロックの“ろ”の字も解さないような連中と、意思疎通できるんだろうか?

 まるで蜘蛛のように自由自在、そして高速で動く美しい指によって紡がれる、カッコいいギターのサウンド。それとは裏腹に、いまマリアンヌの心は、名状しがたき不安に襲われている。

 悪役令嬢の象徴たる、彼女ご自慢のロールがかったブロンドの髪も、力なく項垂れているようだ。

 

 

「これじゃあ、お友達を作るなんて……。

 ()()()()()()()()()()()()()()、夢のまた夢ですわ……」

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は“ヘヴィメタル”が好き――――

 まだ幼いながらも、心からメタルという音楽を愛する、ROCKな女の子であった。

 

 以前、物心が付いた頃に偶然耳にした、“インペリテリ”の曲。

 それにマリアンヌはズガーン! と衝撃を受け、あたかも世界がひっくり返ったかのような、得も知れぬ感覚を味わった。*4

 いわゆる“メタルの洗礼”である――――心を奪われたのだ。

 

 その日から、マリアンヌはメタルに夢中。胸を張って「ぞっこんLOVE!」と言える。

 おこづかいをCDにつぎ込み、書籍でロック史を学び、オーディオ関係の知識を習得。これまで多くの時間と労力を、全て大好きなヘヴィメタルのために使ってきた。

 

 若くしてギターの演奏を覚え、作曲に関する音楽理論にも明るい。

 またグロウル*5、スクリーム*6、ハイトーンシャウトなども習得しており、ギターのみならずボーカルの技術も高かったりする。弾き語りだってお手の物だ。

 

 しかしながら、メタルという音楽に対する()()。迫害めいた仕打ち。

 近年、人々が一般的なイメージとして口を揃えて言う「メタルはダサい。くさい」という心無い言葉。

 

 それにより、彼女の心は次第にすさんでいき、性格がやさぐれていった。

 10才を数える歳となった今、マリアンヌはどこに出しても恥ずかしくない程の、立派な“悪役令嬢”へと成長を遂げたのである。親は泣いている。*7

 

 気の強そうな「キッ!」とした眉と、桜色の瑞々しい唇が特徴的な、整った顔立ち。

 同世代の子達を鑑みても群を抜いて美しい、北欧の妖精を思わせる容姿。

 頭脳明晰で、瞬く間に日本語を習得してしまうほどの優秀さ。

 お淑やかさと明るさを兼ね備え、マナーや教養や社交界での立ち振る舞い方もバッチリ教育を受けている。

 

 正に“令嬢”。淑女の名に恥じぬ、超の付くほど高いスペックを持つ浜田マリアンヌであるのだが……、でも彼女の魂の趣向である“メタル好き”というたったひとつの要素が、見事に全てを台無しにしていた。

 

 現在メタルという音楽は、人々に「うるさい音楽だ」として忌み嫌われている。

 ぶっちゃけ()()()()()()()()。世の音楽番組にはメタルバンドなんか呼ばれないし、ラジオでメタルなんて流れないし、カラオケにすら配信されないのだ。

 

 あたかも変な宗教のように、メタル好きというただそれだけの事で、肩身の狭い想いをして生きてゆかなければならない世の中。

 もうハッキリと“迫害されている”。そう言っても過言ではない状況である。

 

 それを象徴するかのように、マリアンヌというメタル好きな女の子は、上手に人と話を合わせることが出来ず、どこへ行っても友達が出来ない――――

 自ら望んだワケでもなく、いわゆる“悪役令嬢”としての人生を、余儀なくされているのだった。

 

 まぁ正直、名家のご令嬢であるにもかかわらず【革パンにライダース】という、メタルバンドのテンプレみたいなイカつい恰好をしている事が、全ての原因なのかもしれないが。

 でもこれがメタラーの正装なのだから、仕方ないと思う。

 

 

 

 

 

 

「……それにしても、今日は失敗しましたわね。

 わたくしともあろう者が、あんな事をしてしまうだなんて……」

 

 マリアンヌがピックを握る手を止めて、暫し今日の出来事を回想。

 今日学校であった、クラスメイトの男の子との一幕である。

 

「カンタ君の頭に、()()()()()V()()()()()()()()してしまうとは。

 怒りに我を忘れたとはいえ、あれはやり過ぎでしたわ……」

 

 ちなみにフライングVとは、ギターのモデルの一種。マリアンヌお気に入りの一本である。

 彼女は「ギターを抱えていないと落ち着かない」という、ギタリスト特有の難病を患っている。肌身離さず持っていないと、なんかソワソワしちゃう系女子。

 なので今日もギターを持って登校したのだが、それでクラスメイトの脳天をBeat Downするという、赤毛のアンみたいな事をしたのだ。*8

 

 カンタ君から「やーい! お前んち、ラブホみたいなお城!」と馬鹿にされた。

 令嬢としての矜持と、欧米人たる余裕、そして限りない人間愛を以って、それはなんとか耐えた。

 

 だが……続けざまに言われた「ベースのヤツって、陰キャだよな! 地味だし聴こえないし、あんなの無くても一緒だろ!」という言葉にブチ切れ、マリアンヌは躊躇なくフルスイングを敢行。「Fuck you!」の声と共にギターを振り下ろす。

 哀れ愛用のフライングVは、見事に真っ二つに割れてしまった。

 

 まぁライブパフォーマンスとしてはパンクな感じだし、100点満点かもしれない。「非常にロックでございますわ!」とご満悦である。

 でも大事な相棒がえらい事になり、とても悲しい気持ちになってしまった。カンタ君はパズー並の石頭なので、全然へーきだったケド。

 

 この蛮行により、一時クラスは騒然。

 お淑やかなイメージがあり、先ほどまで「おほほ♪」と笑っていたハズのマリアンヌがしたこの行為は、彼女の今後のスクールライフに計り知れない影響をもたらす事だろう。意図せずして“悪役令嬢”としての地位を、確固たる物としてしまった感。

 学校初日から親を呼ばれるという、名家の令嬢にあるまじき失態だったことも、非常に痛い。

 

 関係ないけれど、マリアンヌはなにか痛みを感じた時、英語のアウチではなく「ペイーン!」と叫ぶという、変なクセがある。

 今日お父さんに、お叱りとしてポカリとげんこつを頂いた時も、「ペイ―ン!」だ。

 これもメタルファンとしての性……いや日々ジューダスプリーストを聴いている影響なのだろうか。ベキザロー! ベキザロー!*9

 

「こんな事では、いつまで経ってもひとりぼっちですわ。

 なんとか状況をダカイし、お友達を作らなければ……」

 

 ひとりはいやだ。寂しい。誰かといっしょに居たい。

 ついでに言えば、ロックの話が出来る友達が欲しいし、メンバーを集めてヘヴィメタルバンドを結成するという大きな野望もある。いつの日かわたくしも、リッチー・ブラックモアみたくなってやるんですわ。*10

 

 しかしながら、現時点でその願いを叶えるのは、非常に難しいと言わざるを得ない。

 メタル不遇なご時世と、父の故郷とはいえ慣れない日本という国での生活、加えて自身が今日やらかしてしまった事を思えば、もう絶望的と言っても差支えないかもしれない。

 

 いくら容姿が良くとも、お金持ちで頭脳明晰であっても、意味なんか無い。

 友達もいない孤独な人生。そんな物の中に幸せなど、あろう筈がないんだから。願い下げだ。

 

 

「できたら、ロックを語り合える人が良いですけれど……もうワガママは言いませんわ。

 お願いです、メタルゴッドことロブ・ハルフォードさま。

 良い子にします。どうかマリアンヌに“お友達”をお与え下さい――――」

 

 

 

 

 

 

 何気なく“与作”や“天城越え”を弾いてみる。〈ギュィィ~ン!〉という鳴きのギターが、ひとりっきりの部屋に響く。

 ここは日本という事で、演歌を勉強したのだ。お友達と話が出来るようにと。

 

 まぁこれもマリアンヌのアレンジによって、なんかメタルVer.みたくなってしまってるけど。

 演歌の“わびさび”や“臭さ”には、メタルに通ずる物を感じる。共通した良さがあるように思うのだ。めっちゃ心にビンビン来る。

 

 ならば、同じ音楽性を愛する者として、日本の子達と仲良くなれない筈がない。

 悪役令嬢になど、甘んじていられない。わたくしはお友達が欲しいの。

 

 

 願いを込めて、今夜もギターを鳴らす。

 エッジの利いた「へ゛い゛へ゛い゛ほ゛ぉ゛ぉ゛ーッ!!」とか「あ゛ま゛き゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛! こ゛ぉ゛え゛ぇ゛ーーッッ!!」という迫真のシャウトにより、執事のカルロスさんが慌てて部屋に飛んで来た。

 

 どうかなさいましたか!? 大事はありませんかお嬢様!?

 その後、「夜中に大声を出すものでは御座いません」と怒られてしまった。

 ――――Fuck my life!*11

 

 

 

 そんな努力の方向オンチとも言うべき浜田マリアンヌの日常に、ちょっとした変化が訪れるのは、この寂しんぼでクソッタレな夜から、少し経った後。

 

 後に生涯の友となる、“二人の少女”との出会い。

 そして森に住む“不思議な生き物”との邂逅が、彼女の人生を変える事になる――――

 

 

 

 

 

 

*1
【レスポール】 エレキギターのモデルの一種。低~中音域に強く、温かみのあるサウンドが特徴。

*2
【LOUDNESS】 日本のHR/HMバンド。80年代に巻き起こったヘヴィメタルブームを牽引した、ジャパメタの象徴的なバンド

*3
【ギターウルフ】 日本の三人組ロックバンド。ガレージロックやパンクに分類される、硬派で疾走感のあるサウンドが特徴。アメリカ、ヨーロッパ、イギリスなどを股にかけて活動しており、世界的にも非常に有名。日本の誇りたるロックバンド

*4
【Impellitteri】 クリス・インペリテリ率いる、アメリカのネオクラシカル・ヘヴィメタルバンド。重厚&ハードなサウンドが特徴。クリスの早弾きと、卓越した演奏技術は世界屈指として、世界中のギターキッズ達に広く知られている

*5
デスヴォイスのこと。文字にすれば「ウ゛ォ゛オ゛オ゛オ゛!」みたく、地の底から響くような低音の歌声。日本のTV番組においては、実質的に使用が禁止されているようだ。テレビを観ているおじいちゃんおばあちゃんが、ひっくり返っちゃうかもしれないし。

*6
グロウルと並んで、主にデス系のメタルで使用される歌唱法。ガラガラ声での超高音シャウト。本来スクリームとは“悲鳴”を意味する言葉であり、文字にすれば「ア゛ア゛ア゛ア゛!」みたいな感じ。ファルセット(裏声)をエッジボイスで出すことにより使用可能なのだが、喉への負荷がすんごい。

*7
ちなみにメタル好きな人達にとって、「ダサいは誉め言葉」である。メタルはかくあるべし。むしろダサければダサい程、そのメロディが臭ければクッサい程に、素晴らしいメタルとされるのである。メタルはダサくてナンボなのだ!(迫真)

*8
アンは学校に入学したその日に、とあるクラスメイトの男の子から「にんじん頭!(赤髪)」と馬鹿にされた事に憤慨し、手元にあったノートがわりの黒板を、その子の脳天に思いっきり振り下ろした~という、破天荒な逸話を持つ。

*9
【Judas Priest】 イングランド出身のヘヴィメタルバンド。世界で最も有名なHRバンドのひとつ。彼らの代表曲である“ペインキラー”は、日本でもカラオケに配信されており、古いメタラーの間では定番曲として長年愛されてきた。ちなみにベキザローとは「Breaking the Law」の事で、こちらもジューダスの代表曲

*10
【リッチー・ブラックモア】 イングランド出身の伝説的なギターヒーロー。かの有名な“ディープ・パープル”の創設メンバーとして有名。現在はHRバンド“レインボー”のリーダーとして活動。

*11
わたくしの人生はクソだ!






 今回は気楽に書きたいのと、あまりにも趣味全開なテーマ過ぎるということで、こちらの方で連載したいと思います。

 一応は続きものだけど、あくまで短編なので、そんな長くはならない予定ですよ~。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

73 悪役令嬢だけどトトロ見えるよ! ~第2話~

 

 

 

 

「ううっ……ぐすっ! ひっく!」

 

 のどかな田園風景を、えぐえぐしながら歩く。

 おめめも鼻もまっかっか。浜田マリアンヌ、ただいまガン泣き中。

 

「キライですわ、音楽の授業なんて大キライですぅ! わーん!!」

 

 犯罪都市ニューヨークに住んでいた頃は、登校中も下校中も、ファイナルファイトみたく悪漢共をドカバキ蹴散らしながら進んだものだが、ここは平和な国ニッポン。

 マリアンヌみたいな幼い子供でも、安心して外出する出来る。たとえ友達がおらず、ひとりっきりだとしても。

 

 ゆえに彼女は、特にまわりを気にすることなく帰路を歩いている。

 今日学校であった出来事を思い出し、グチグチぼやきつつ。

 

「まさか、やっちゃいけないだなんて……。

 日本文化はフクザツカイキですわ。

 あまりにも欧米と違いますもの! Holy fuck!」*1

 

 有り体に言えば、マリアンヌは今日の音楽の授業を、おもいっきり頑張った。だが頑張り過ぎた。

 みんなで【みかんの花咲く丘】という曲の合唱をやったのだが……、何故かおもむろに「YEAHHHHHHHッッ!!!!」と()()()()()()()()()()()()()()()

 ガラスがビリビリするほどの凄まじい声量で。

 

「――――必要でしょ!? 様式美でしょう!?

 シャウトにはじまり、シャウトに終わるのが、ヘヴィメタルという物ですわ!!

 よかれと思って! わたくしよかれと思って!!」

 

 みーかんーの、はーなが♪ (フ゛ァ゛ァ゛ア゛ーーイ゛!!)

 咲ぁーいてー、いるー♪ (イ゛エ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ッ!!!!)

 

 そんな童謡イヤすぎる。これは小学生の合唱歌なのだ。

 別にパート分けがされていたワケでも無いのに、勝手にコーラスという名のヘヴィメタルシャウトをねじ込んだマリアンヌは、当然のごとく先生に怒られた。「何をしとんねん」という話だ。

 

 ちなみに、一緒に歌っていた周りのクラスメイト達は、「なんかうるさい子がいる!?」とメッチャざわざわしていた。

 歌にも集中できなかったに違いない。カンタ君も目をひん剥いてたし。

 

 マリアンヌは気付いていないが、これは立派な“授業妨害行為”である。

 きっと音楽の先生も、【リアルなヘヴィメタルシャウトを操る児童】を受け持つのは、人生初の経験である事だろう。アメリカの子こわい(驚愕)

 

「音楽は、わたくしの最も得意とするトコロ。

 なので張り切ってはみましたが……見事に打ち砕かれましたわ」

 

 オーダーメイドの革パンが泣いている。レザージャケット着てるのに、メタルの力を示すことも出来ない。

 これでは敬愛するメタルゴッドこと、ロブ・ハルフォードに申し訳が立たないではないか。メタラーの名折れですわ。

 そうマリアンヌはしょんぼり肩を落とし、トボトボと力なく歩く。背中が悲し気だ。

 

「わたくしったら、失敗してばかりですわ……。

 いつになったら、日ノ本民族と馴染めるのでしょうか?

 お友達になれるのでしょう……?」

 

 努力はしている、マリアンヌも頑張ってはいるのだ。

 今日も学校の校庭で、「アメリカ人の義務ですわ!」とばかりに、ジャップ共にたくさんチョコレートをばら撒いてあげたし。*2

 お弁当だって、わざわざかかりつけのシェフにお願いし、“あわとひえ”にしてもらってる。

 生まれてこのかた、マックのチーズバーガーと、Lサイズのピザしか口にしてこなかったマリアンヌが、「日本に馴染みたい」という一心でだ。

 

 これはとても健気なことじゃないか。涙がちょちょ切れんばかりだ。

 私財を投じて、民衆にお菓子を配るという行為にも、彼女の優しさと慈愛が表れている。流石はアメリカのご令嬢。

 

 しかしその尊い想いは、とてもじゃないが、実を結んでいるとは言い難い。

 今日も友達が出来なかったし、先生にも怒られちゃうし、なんかみんなに()()()()()()()()という印象もある。理由はよく分からないのだが……。

 

「仲良くなれないのなら、“支配する”しかありませんけれど。

 ……でもそーいうのは、あまりやりたくありませんわ。

 もっと良い形で、皆さんと接していきたいのですわ」

 

 一瞬、世界の盟主たるアンクルサム(USA)の力を見せつけそうになるが、なんとか耐える。

 資金力や物量にまかせて物事を解決するのは、たしかに我が国のお家芸ではあるのだが、出来る事なら友好的にいきたいものだ。

 力よりも愛。怖がられるより尊敬されたい。血で血を拭うことは、決して出来ないのだ。

 No War! No War!

 

「そうですわねぇ……。

 リスペクトを受けたいのなら、オジー・オズボーンのように、【コウモリの首を食い千切る】的なパフォーマンスをするのも手ですが。

 でもあのお方、確かそのコウモリのウイルスに感染して、()()()()()()()()()()()()

 淑女として如何なものか……」*3

 

 伝説と引き換えに、命の危機――――

 これは非常に「ROCKでございますわ!」って感じだが、小学生の女の子がする事では無い。まだ若い身空で。

 

「Zepp Tokyoへの道は、まだまだ遠いですわ。バンド結成もままなりません……。

 でもセンリノ、ミチモ、イッポカーラ! Take it easyですわ」*4

 

 気分を変えて、音楽のことを想う。

 マリアンヌが選ぶ、本日の脳内ミュージックは、ARCH ENEMYの“Nemesis”。

 

 

「ふんふーん♪ あぁ……やはりメロデスは良いですわ。

 アンジェラさんのデスヴォイスが、心に染みますわ……」

 

 

 

 

 【ARCH ENEMY】とは、スウェーデンのメロディックデスメタル・バンド。

 通称「青春メタル」と呼ばれるほど、爽やかでキャッチ―なメロディーが特徴だ(デスメタルなのに)

 

 このバンドは、ボーカルが何度か交代しているのだが……、その中でも特にマリアンヌがお気に入りなのは、“アンジェラ・ゴソウ”という人物。

 なんとこの人は、女性ボーカリスト。デスメタルを歌う女性なのだ。

 

 幼少期の彼女は、とても大人しい子で、自分の声にコンプレックスをもつ内向的な少女であったという。

 しかしある時、偶然耳にしたデスメタルという音楽に魅せられ、一念発起。ROCKの世界に飛び込んだ。

 ここでなら私の声を活かせると。自分の居場所を見つけたのだ。

 

 まぁ彼女の母親は、とても敬虔なクリスチャンだったので、メタル歌ってるのがバレた時は「貴方は私の子供じゃない」とまで言われたそうだが……。

 それでも自分の想いを信じて、メタルを貫いた人だ。

 

 彼女の放つ、とても女性の物とは思えないほどの、強烈無比なデスヴォイス。

 それは聴く者を完膚なきまで圧倒する。心の一番深いところまで響く。

 もしヘヴィメタルという物の定義が、【己の力を示す音楽】だとするならば、アンジェラはそれに相応しいシンガーだと言えるだろう。

 

 彼女の素晴らしい歌声は元より、その生き様やお人柄にも共感する部分があり、マリアンヌは彼女の大ファンとなった。

 いつか彼女のように、ステージで思いっきり声を張り上げてみたい。

 そして、自分の居場所を見つけたい――――そう夢に描いているのだ。

 

 

 

「なぜこんなにも、心が休まるのでしょうか?

 アンジェラさんのデスヴォイスを聴いていると、()()()()()()()()()()

 

 以前アンジェラは、デスヴォイスを“怒りの声”という言葉で表現した。

 己の持ちえる限り、力いっぱいに声を振り絞り、世界中に向けて“怒り”を叫ぶ歌唱法。

 

 マリアンヌは思う。

 ああこの人は、わたくしの代わりに怒って下さっている――――と。

 

 わたくしの鬱屈や、イライラや、悲しみ。

 そんな、決して表に出す事が出来ない想いたちを、デスヴォイス(怒りの声)が吸い上げてくれる。

 熱中症だった身体に、冷たい水が沁み込んでいくように、スッと気分が軽くなる心地。

 

 世間ではデスメタルのことを、「こわい」とか「野蛮」とか言うけれど……それは違う。

 これは“怒りの音楽”だ。

 不条理に対して声を挙げる事が出来ない、そんな弱き者達のため、代わりにアンジェラ様が怒って下さっているんだ。

 

 それにふと気が付いた時、マリアンヌのデスメタルに対する考え方は、一変した。

 今では息を吸うように……なんだったらもう“子守歌”代わりにデスメタルを聴くようになっている。

 だって落ち着くんだもの。冗談抜きでデスメタルには、ヒーリング効果あるんだもん(真顔)

 

「ワンフォーオール! オールフォーワーン!

 ウィーアー、ネメシス! ですわっ♪」

 

 ちなみにだが、このネメシスとは【復讐の女神】を指す言葉。

 いつの日か自分も、この世界に反逆するんだ!

 クソッタレな世間に怒りを放てる、そんな人間になろう!

 そうマリアンヌは「ふんすふんす!」と鼻息を荒くする。

 

 奇しくもデスメタルは、悪役令嬢たるマリアンヌに、ピッタリなのかもしれない。

 

 まぁ物によっては、怒りどうこうというより、「悪魔崇拝」とか「みんな死にやがれ」みたいな事を普通に言っちゃってるヤツもあるので、是非とも気をつけて頂きたい。

 なんだかんだ言っても、メロデスが一番聴きやすいと思う(確信)

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「ホワッツ? このオート三輪は……」

 

 愛用のキャスターをベェ~ン♪ と鳴らし、「ぼぉーん! とぅびぃー! わーーあーあい!」と機嫌良く歩いていた所……。マリアンヌはふと、沢山の家財を積んだ軽トラが、道端に停まっているのを見かける。*5

 

「たしかこの先には、みんながお化け屋敷と呼ぶ、空き家があったハズですわ。

 お引越しでしょうか?」

 

 いつも登下校の時に見かける、“木のトンネル”的な小道。その手前に停められた車を、マリアンヌは興味深そうに眺める。

 

「まぁ! これは年代物の機材ですわ! とてもよい趣味でいらっしゃるっ!

 音楽に造詣が深い御方と、お見受けいたしますわ!」

 

 荷台の上にはレコードの蓄音機や、大きなスピーカー、そして恐らくギターが入っているであろう黒いケースがあるのが見える。

 思わずといったような足取りで、マリアンヌが“木のトンネル”へ。

 これの持ち主の御方に、お話をお聞きせねばなるまい。ここはひとつ音楽談義に花を咲かせようでは無いか。

 そんな使命感に突き動かされて、どんどん進んでいった。

 

 クラシックな機材や、ギターがある事からも分かるように、恐らくここに越して来たのは、バンドマンとしての先達。ようは“大人”だ。

 たとえ初対面であっても、自分のような小さな子が「こんにちはですわ!」と元気に挨拶をすれば、邪険にされる事はあるまい。きっと快く迎えてくれるハズだ。

 

 そんなある種のしたたかさを以って、マリアンヌは「ふふーん♪」と突撃していったのだが……。

 

 

『『――――わああああああああああああ!!!!』』

 

「っ!!??」

 

 

 とつぜん聴こえてきた、“子供の大声”。

 ちゃんと腹筋を使い、腹から声を出していることが分かる、とても張りのある高音ボイス。

 これは……女の子の声だ!

 

「なんて……! なんて良い()()()()ですのっ!!??

 才気を感じますわっ! Fuck more!*6

 

 ビックリして、腰を抜かしそうになる。

 本来ここは、慌てて踵を返す場面かもしれない。

 相手が大人ならばいざ知らず、これは女の子の声。自分と同じくらいの年頃の子がいることが分かったんだから。マリアンヌはシャイガールなのである。

 

 けれど……我を忘れた。()()()()()()()()

 この声の主と会ってみたい! どんな子か見てみたい!!

 ROCK大好きマリアンヌは、もう人見知りも遠慮もかなぐり捨てて、〈ドゴゴゴ!〉っと土煙をあげて進んでいく。

 

 

 

「あれっ、あなたは?」

 

「おねえちゃんは、だぁれ?」

 

 空地の敷地内に侵入したマリアンヌは、肩を上下させてゼーハーしながら、二人の少女の前に立つ。

 恐らく、いま眼前にいるのは、この家の子達。先ほどのシャウト(?)を放った少女達であろう事がわかった。

 

「――――ハローTUKAMORI( 塚森 )! 浜田マリアンヌが来ましてよっ!!

 ナ゛ァ゛ァ゛ァ゛~~ッッ!!!!(ヘヴィメタルシャウト)」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

 ギターを〈ギュイーーン!〉と鳴らし、ロックスターよろしくのカッコいいポーズを決める。ライブか。

 

「では聴いて下さいましっ! アイアンメイデンで“Aces High”!!

 ……と言いたい所ですけれど、これは後にいたしますわ。

 御機嫌ようジャパニーズ・ソプラノガール♪ You fuckin' rock !*7

 

「えっ」

 

「えっ」

 

 ちなみに【IRON MAIDEN】とは、イングランド出身のHR/HMバンドのこと。

 70年代後半のイギリスで勃発したムーブメント“NWOBHM”(ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィメタル)の代表格として知られる、とっても凄いバンドだ。

 ボーカルを務めるブルース・ディッキンソンは、メタル界最高の歌い手に数えられるほどの人物で、その声量と伸びのあるシャウトは圧巻DEATH☆

 でもそんな事はどーでもよろしい。話を進めるとしよう。

 

「先ほどのシャウト、聴かせて頂きましたわ。

 素晴らしい声量。SHOW-YAでも来てんのかと思いましたわ」

 

「しょーや?*8 えっと……よく分かんないけど、ありがとう?」

 

 少女は「きょとん?」とした顔。

 オレンジ色の釣りスカートに、黄色いシャツを着た、ショートカットの活発そうな女の子だ。

 そして、彼女の妹さんであろうツインテの少女も、どんぐりみたいなまん丸の瞳で、じーっとこちらを見つめている。おねえちゃんのスカートをキュッと握る仕草が愛らしい。

 

「突然の訪問、申し訳ありません。改めて自己紹介をいたしましょう。

 わたくし、浜田マリアンヌと申す者♪

 犯罪都市NYからやって来た、未来のロックスターたる女。獄中出産でございますわ」

 

 スッとメロイックサイン*9しながら、以後お見知りおきを……と言うものの、二人はポカーンと呆けた顔。

 関係ないが、マリアンヌはROCKを志す者として、自己紹介の時はちょっと()()()()()

 こいつイカれてやがるぜ! と思われたくて、見栄を張っちゃうのだ。かわいい乙女心。

 

 とりあえず話を聞いた所、この少女の名は“サツキ”、そしてちんまい妹さんの方は“メイ”というらしい。

 最初こそ戸惑っていたものの、二人はすぐに持ち前の明るさを発揮。元気よく挨拶をしてくれた。

 

 彼女らはここに越してきたばかりだし、きっと友達が出来て嬉しいのだろう。目がキラキラしている。

 相手がまるで絵本に出てくるお姫様ような、美しいブロンドの女の子だというのも、手伝ったのかもしれない(まぁ革パンにライダース姿なのだが)

 

「それにしても、先ほどは如何なさったの?

 なにやら大声を挙げていらしたようですが……何かございまして?」

 

「あーっ! そうだぁ、まっくろくろすけ!!」

 

「くろすけぇ! いたのぉー!」

 

 マリアンヌの問いかけに、サツキ達がざわめき立つ。

 

「家の中にね? 沢山まっくろいオバケがいたのよ!

 ゴソゴソーって動いてた! あたしビックリしちゃったぁ!」

 

「なんと、それは面妖な」

 

「でね! メイ『わ゛ああああ!』って言ったの!

 メイこわくないもん! まっくろくろすけに『わ゛ああああ!』って!」

 

「ぬっ……!?」

 

 元気よく両手を広げて、先ほどあった出来事を説明してくれる。

 だがマリアンヌは、それよりもメイが言った「わ゛あああ!」の方に注目。思わず声を出す。

 

「――――なんと素晴らしいエッジボイス!!

 和製ジョプリンではありませんの!」カッ

 

「えっ」

 

 メイの両肩をガシ! っと掴む。

 マリアンヌの突然の行動に、二人はまたポカーン。

 

「ロックの女王、ジャニス・ジョプリンッ!!!!

 それに迫るほどのシャウトを、まさかその若さでお持ちとはっ!

 感服いたしましたわ、メイさん! 貴方にはROCKの才能がありますっ!!(迫真)」

 

 ひとり盛り上がるマリアンヌ。もうおめめに星が散っている。

 きっとメイの愛らしいガラガラ声が、かの歌姫に通ずる“シャウト”に聞こえたのだろう。とんでもないROCKバカである。

 

「でもまだ甘い! シャウトはこうやるのですっ!

 ――――ウ゛ォ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ーーッッ!!!!(デスボ)」

 

「っ!?」

 

「っ!?!?」

 

 真昼間から、人様のお家でシャウト。

 マリアンヌ、ただいまノリノリである。

 

「なに今の?! どーやったの浜ちゃんっ!? どっから声だしてるの!?」

 

「すごぉい! ばぁーって言ってたぁ! ばぁーーって!」

 

「おほほほ♪ これが“絶唱”ですわ☆

 今わたくしがやったのは、グロウルというもの。

 主にデス系のハードロックで使用される、特殊な歌唱法ですわ」

 

「ちょ……やりたい! あたしもそれやりたいっ!

 おしえてよ浜ちゃーん!」キラキラ

 

「メイも! メイもやるぅー!」キラキラ

 

「よくってよ♪ お近づきの印に、レクチャーいたしましょうっ。

 サツキさんとメイさんならば、すぐにマスター出来ますわ! ふんす!」

 

 

 

 そして始まる、マリアンヌ先生の青空お歌教室。

 庭からも眺める事が出来る大きなクスノキに見守られながら、塚森の美しい空にデスボを響かせていく。

 

「こうですわっ! 腹式呼吸を存分に駆使し、声帯のみならず食道全体を震わせるつもりで、おもいっきりブレスを送り込むのです!

 “声を出す”ではなく、“喉を震わせる”意識ですわ!」

 

「うん! わかったよ浜ちゃんっ!」

 

「わかっぱぁー!」

 

 マリアンヌが見込んだ通り、彼女らの才能は()()()

 健康な身体と、活発さ、そして「歌うのが好き」という何より大切な素質を併せ持っている。

 たったいま見たばかりのデスボイス……いわば未知の技術にも興味を示し、それを躊躇なくやってみたいと思える好奇心やポジティブさ、そして何事にも物怖じせずドンドン挑戦していくチャレンジ精神も、まごう事なき長所。

 

 自身も卓越した歌い手であるものの、今マリアンヌの脳裏には、二人をボーカルやコーラスに据えたロックバンドの形が、もうアリアリと浮かんでいる。

 彼女らの歌を鍛えれば、きっと凄いことになる……。最高のヘヴィメタルが誕生する!

 

 そんな未来を思い描き、楽しさと幸せを存分に噛みしめながら、マリアンヌは大好きな歌を教える。サツキ達との交流を続けていく。

 

 

「――――ウ゛ォ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!!(デスボ)」

 

「――――う゛ぉ゛お゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!!!(ですぼ)」

 

 

 サツキとメイの姉妹が、勢いよく家の勝手口の方へ走っていき、中に向かってシャウト。

 類まれな才能を以って放たれた凄まじいデスヴォイスにより、家に住み付いていたまっくろくろすけ達が、「わー!」っと逃げ出していく。まるで熊にでも会ったみたいに。

 

「あはは! やったぁーできたぁー! あはははは!」

 

「あははは!」

 

 

 

 

 

 

 

 ナイスぅ! ROCKですわお二人ともっ! Hell yeah!*10 

 そう嬉しそうなマリアンヌと、楽しそうにケラケラ笑うサツキ達。

 

 きっとあの黒い子らはグルーピーです。*11

 まっくろくろすけは、サツキさん達のファン。だから出てきたのですわ。

 そんな都合のよい独自の解釈を語り、みんなで仲良くお喋り。

 

 

 彼女は気が付いていなかった。大好きなメタルに夢中になるあまり。

 たった今、友達が出来たことに――――

 あれだけ苦労し、さっきまで泣いていたのに、もう普通に日本人の子らと、笑顔を交わしていることに。

 

 

 関係ないけど、うちの子に()()()()()()()()()()()()()

 なんだよデスヴォイスって……と傍で見ていたお父さんは思ったのだが、でも娘たちが楽しそうだったので、黙っておいてくれた。

 

 

 

 

 

*1
マジかよくそったれ!

*2
終戦直後にGHQがおこなった、いわゆる【ギブミーチョコレート】の逸話に倣った行動

*3
【オジー・オズボーン】 イングランド出身の伝説的なボーカリスト。世界的に有名なバンド“ブラック・サバス”の元メンバーであり、自身の名義でソロ活動もおこなっている。“メタルの帝王”の異名を持ち、ロック史を語るときには必ず名前が挙がるほどの人物。コウモリの他にも「生きたハトの首を食いちぎる」などなど、破天荒なエピソードも多い

*4
気楽にいこうぜ! という意味

*5
【ストラトキャスター】 ギターのモデルの一種。高音域に強く、繊細な音が特徴。

*6
もっと下さいまし!

*7
貴方イカしてますわ!

*8
【SHOW-YA】 女性5人組の、和製ヘヴィメタル・バンド。80年代に巻き起こったバンドブームを牽引したグループのひとつ。ガールズバンドの先駆け的な存在。バックトゥザファイヤー!!

*9
人差し指&小指だけをピンと立てる、ヘヴィメタル定番のハンドサイン。だが本来は“悪魔崇拝”を示す物なので、使用にはご注意を。

*10
たまんねぇ!

*11
【groupie】 熱烈なファン。バンドのおっかけの事。「メンバーとお近づきになりたい、SEXしたい」という願望から、エロい服を着てライブ会場にやって来るビッチを指す蔑称でもある。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

74 悪役令嬢だけどトトロ見えるよ! ~第3話~

 

 

 

 

 その日、カンタ君はちょっとしたお使いを頼まれ、近所にある空き家を訪れた。

 まぁ空き家というのは語弊がある。そこには今日、越してきたばかりの人達がいるらしく、今おばあちゃんが掃除の手伝いに行っているそうだから。

 

 手作りの“おはぎ”が中にギッシリと詰まった、大きな平たい桶。

 これをおばあちゃん達がいるあの家へ届けるのが、カンタ君の役目であった。

 

「あら、なあに?」

 

 けれど、家の勝手口を「そぉ~」っと覗いてみてビックリ。

 自分とそう年頃の変わらない、ショートカットの可愛らしい女の子が、ニコッと笑って出迎えてくれたではないか。

 

「あっ……あのっ!」

 

「ん? どうしたの?」

 

 言葉に詰まる。完全に想定外。

 ちょっと頼まれ事をしに来たつもりが、あたかもボーイミーツガール物の本みたいな出会いが、カンタ君を待ち構えていたのだ。

 

 白のはずがもう黄ばんでしまっている、着古したタンクトップのシャツに、明らかにサイズが合っていないのを、無理やりベルトを締めてなんとかしているダボダボの半ズボン。

 買うのがもったいないからと、近所のお兄さんから譲り受けた、ボロっちい学生帽。

 

 そんな田舎者丸出しな自分と、いま目の前にいる女の子は、明らかに違った。

 品の良さと、明るさを感じさせる、一目で分かるほどに都会的な雰囲気を持つ少女だ。

 ぶっちゃけ物凄くカワイイ。思わず彼が「あわわ」と、どもってしまうくらいに。

 

「やぁーーい! お前ん家ぃ、おーばけ屋敷ぃーーっ!!」

 

 だから……()()()()()()()()()

 照れてしまったのが悔しいのか、男としての自尊心を保つためなのか、それともちょっとしたイタズラ心なのか。それは自分でもよく分からない。

 だがカンタ君は、「ん!」と持っている桶をサツキに突き出した後、思いっきり大声で悪口を言って走り去るという、なんともヤンチャな事をしてしまった。

 

 背後から「かんたぁぁーー!」という、おばあちゃんの怒鳴り声が聞こえているが、立ち止まるワケはいかない。もう引き返せないのだ。

 そんな風に、これはまさに青春の一幕! と言うべき微笑ましいシーンであったのだが……。

 

 

「――――ロォォォック!!!!」バゴーン!

 

「 ふべら゛ッ!?!? 」

 

 

 とつぜん頭部に受けた衝撃。カンタ君は「ドテェー!」っとひっくり返る。

 行く手を塞ぐように待ち構えていた浜田マリアンヌが、おもいっきり()()()()()()()()()()をかましたのだ。

 

「 Ask him! アスクヒムおらえーッ!!」*1

 

「いたたた?! 痛ぇ痛ぇ痛ぇっ!?」

 

 即座にマリアンヌは、倒れた彼にSTFを決める。*2

 

「――――かぁんたぁぁぁあ゛あ゛あ゛ーーッッ!!!!!」ドッシーン!

 

「 ほんげっ?!?!?! 」

 

 そして! 向こうから鬼気迫る顔で走ってきた()()()()()()()、勢いそのままフライングボディプレスを敢行。カンタ君は潰れたカエルみたいな声を出した。

 おばあちゃんとってもパワフル。

 

「万歳、正義は行われた。We did it!*3

 

「ほっほっほ♪」

 

 グデェ~っと伸びたカンタ君を見下ろし、マリアンヌ&おばあちゃんがニッコリ。

 下手人はひっ捕らえた。星条旗の名のもとに、容赦なく成敗。

 あたかも「ラブコメは許さん!」とばかりに。

 

 ヘヴィメタルは硬派な音楽なのだ。ラブソングなんかクソくらえだ。

 軟派なのは駄目! ぜったい☆

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「ハッハー! 小学生をハイエースしてやったぜぇぇーーッ!!

 それはともかくとして……ようこそ皆さん♪ わたくしのお部屋へ♪」

 

 気絶したカンタ君を車に乗せた(拉致した)マリアンヌ達ちびっこ勢は、現在彼女のお部屋にお邪魔している。

 本当は引っ越しのお手伝いをしなきゃだし、先ほどまではマリアンヌも頑張ってくれていたのだが、「もうほとんど片付いたし、せっかくだから遊んでおいで」というお父さんのご厚意によって、お役目御免。

 みんなで遊ぶがてら、こうしてサツキ達を屋敷に招くこととなったのだ。

 

「よよよ……お友達を招くのは、生まれて初めてですわ。ほろり……。

 I never let you out of here while your heart is beating…」*4

 

「わぁー! 綺麗なお部屋ね! 天蓋の付いたベッドがあるぅー!」

 

「すごぉい! おひめさまみたぁーい! しんでれらだぁー!」

 

 サツキとメイが、目をキラキラさせて部屋を見渡す。

 彼女たちは英語が分からないので、のほほんとしたものである。無邪気だ。

 

 とにかく、サツキ達も言っていた通り、ここは絵に描いたような“お姫様の部屋”。

 レースのカーテン、豪華な調度品の数々、立派な暖炉やシャンデリアなどなどが備わっている。まぁ中にはアンプだのエフェクターだのといった、部屋に不釣り合いな物もだいぶ散見されるが。

 

「あれっ? 窓にガムテープが貼ってある。ダンボールも。

 これどーしたの浜ちゃん?」

 

「あぁ、それは適当に修繕しといたのですわ。

 また家の者に直させますけれど、急場しのぎとして」

 

 台風で割れたんだろうか? マリアンヌの部屋の窓はボロボロだ。

 いや、良く見れば窓だけではなく、壁なども所々が傷ついており、凹んだり壁紙が破れたりしているのが分かる。

 

「昨日、テレビを窓から()()()()()()()()()()()

 部屋を破壊するのは、ロッカーの嗜みですわ♪」

 

 自室の窓めがけて、おもむろにTVを投げつける。「ファァァック!」と奇声を挙げながら。

 これはロックアーティストであれば、誰もがやるような普通の行為であり、別段気にするような事じゃない。

 ツアー中のホテルだろうが、アルバム制作中の会議室だろうが、彼らは頻繁に部屋を破壊し、ホームシックや曲作りのストレスを解消をするのだ。

 

「サツキさんご存じ? 電源が付いたままのテレビを、プールにブン投げると、ボカーンと綺麗に爆発するんですって♪

 かのエアロスミスは、わざわざ延長コードを駆使してまで、滞在中のホテルでやるそうな。

 とってもROCKですわね☆」*5

 

「おぉー。なんかよく分からないけど、すごいね! それ面白そうっ!」

 

「メイも! メイもやるぅー!」

 

 やめれ――――変なこと教えるな。

 彼女らのお父さんが居たならば、きっとそう言うだろうが、でもここは子供だけの楽園。マリアンヌのお部屋である。ツッコミ不在というヤツだ。

 

 まぁなんやかんやあるものの、ちびっ子4人は楽し気に部屋を走り回り、仲良く遊ぶ。

 さっきまで「なんで俺こんな所にいるんだ?」とふてくされていたカンタ君も、西洋の部屋の物珍しさも手伝ってか、今ではワクワクとはしゃいでいるようだ。

 お茶やお菓子を御馳走になったり、みんなでおしゃべりしたりと、楽しい時間を過ごしていった。

 

「あ、これ訊きたかったんだけどぉ! 浜ちゃん“ROCK”って何? どんなの?

 浜ちゃんいつもロックロック言ってるけど、あたし知らなくて!」

 

「ふむ、ROCKですか……」ウムム

 

 それが音楽だというのは分かる。今もマリアンヌはエレキを抱えているし、なんか喋る度にベェ~ン♪ とやるから。

 けれどまだ子供であり、あまりラジオとかレコードを聴いた事がないサツキは、ROCKをよく知らないのだった。

 

 彼女の無垢な問いかけに、マリアンヌは腕組みをして、眉を歪める。なにやら考え込んでいる様子。

 ROCKを志し、ヘヴィメタルを愛する彼女であれば、ここは嬉々として即答しそうな物なのだが……でも難しい顔をして黙り込んでいる。

 

「楽器構成、成り立ちの歴史、音楽理論……。

 そういった物を、お教えすることは出来るのですが、しかしながら“言葉”で説明するのは……」

 

 難しい、とマリアンヌは語る。とてもじゃないけれど無理だ。

 

「ROCKは音楽の一形態ですが、同時に“思想”や“生き方”でもありますから。

 これがROCKだよ! と一言で表現するのは、非常に困難ですわ。

 よく言われるのは“反逆の精神”ですが……、やはり人によって解釈は違いますから」

 

 体制や社会に反抗する心だったり、生き様だったり。

 あと貧困から抜け出すための手段でもあれば、ただただ純粋に「モテたい!」という想いからギターを握る人もいる。

 その解釈や捉え方は、本当に人それぞれ。

 

 アメリカには“FUCK”という言葉があるが、これは『やっちまう』という本来の意味のみならず、多種多様な使い方をされる単語。様々な意味を複合した、とってもスーパーな言葉だったりする。

 もうアメリカに住んでいる者であっても、その意味を「ちゃんと説明できない」というから驚きだ。

 

 それと同じように、ROCKにも様々な捉え方があり、その解釈は人それぞれ。

 現在において、音楽のジャンルという物は、まるで世界樹の枝のように細分化されており、なんだったら“ロック調”とか“ロック風”とか言われる物もある。

 ゆえに「こういうのがそうです」と、傍目からハッキリ区別するのは、とても難しい。

 

 

「まぁぶっちゃけますと……。

 やっている本人が『俺はロックだ!』と主張してれば、()()()R()O()C()K()()()()

 

「!!??」

 

「!?!?!?」

 

 

 サツキとカンタ君が「ガーン!」みたいな顔。

 メイは我関せずでケーキを頬張っているが。

 

「世の中にはパンクだの、グランジだの、ガレージだのと、様々な物がございますが……しかしながらジャンル分けというのは、非常に曖昧で主観的なのですわ。

 ヘヴィメタルといえども、スローテンポな曲はありますし、時にはバラードもやります。

 必ずしも【空から重金属(ヘヴィメタル)が落ちて来たかのような爆音】では御座いません事よ?」

 

 ピアノやバイオリンを使用するROCKもあるし、テクノやヒップホップと融合したロックもある。なんだったら和太鼓や三味線を使う和ロック、北欧の民族楽器を用いるヴァイキングメタルなども存在している。

 

 逆に言えば、ギターとベースとドラムを使っていれば、ROCKになるというワケでもない。

 デリシャスパーティ♡プリキュアで流れる処刑用BGMにだって、これらの楽器は使用されているし、しかもめっちゃカッコイイ曲なのに、ROCKと呼ばれる事は無いのだ。

 

 ようは、演奏者自身が“どう思っているか”で決まる! 主張したもん勝ちだ!

 そんなモンなのだ! ジャンル分けなどに、大した意味など無いのだ!(迫真)

 

 まぁちょっと話はそれたけれど……、ゆえにマリアンヌは、こう主張する。

 ――――自分がロックだと感じるものが、ロックだと。

 

 

 

「極端な話をすれば、別にお茶碗を割り箸で叩いていようが、お菓子の笛ガムをピーピーしていようが、風呂場でぽっこりお腹をポコポコやってようが、ROCKです」

 

「え、そんなんでいーの?

 でもそれじゃあ、誰も聴きたいなんて思わないんじゃ……」

 

「いえいえ。レコード会社と契約しなければいけないとか、ライブで何人集めないと駄目だとか、そのような定義は御座いませんわ。

 世の中にはグラインドゴアという、ゲップの音にしか聴こえないような声を用いるROCKもあるのです。これも通称“下水道ボイス”と呼ばれる、立派な歌唱法なのですよ?

 ――――渇望に身を焦がし、身体の奥から来る“熱”に突き動かされるままに、音楽に乗せて想いを放つ時……それはロックンロールとなるのですわ」

 

 日本語には「乙」とか「粋」といった言葉が御座いますわよね?

 あれも明確な定義というよりは、自分がどう感じるかによって決まるのだと思いますわ。

 破天荒だったり、暴力的だったり、イカしてたりする事を「ROCKだぜ!」って言ったりしますけれど、でもそれはあくまで一側面に過ぎません、とマリアンヌは語る。

 

 

「間違いなどありません。自分なりの解釈で良いのですわ。

 たくさんロックを聴いて、自分にしっくり来るものを選び、そうして自分の“ROCK感”と言うべきものを、大事に育てていくのです。

 わたくしにとってのロックはこれだ! といつか胸を張って言えるように♪」

 

 

 

 余談にはなるけれど、たった今カンタ君が、人知れず「ぽっ」と顔を赤らめた。

 マリアンヌの柔らかな笑み……まるで恋する乙女がするような、キラッキラの優しいスマイルを見た時に、ドクンと胸が高鳴ったのだ。

 

 彼は慌ててプイッ! っと目を逸らし、誤魔化すように紅茶に口を付ける。バリバリとクッキーを頬張る。

 というか、サツキもそうだしマリアンヌもそう。今この子の周りには、カワイイ女の子しかいないのだった。少年の純情が大変だ。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「それじゃあさぁ、どんなROCKを聴けばいいかなぁ?」

 

 時に相づちを打ちながら、時にアハハと笑いながら、マリアンヌの話を聞く。

 その中で、ふとサツキが何気ない声で訊ねる。

 

「あたし浜ちゃんと、ROCKのお話したい!

 浜ちゃんが好きな物のことを、も~っと知りたいの! だからメタル? ってゆーのがいい!

 ねぇねぇ、あたしにオススメなのってあるかなぁ?」

 

「メイも! メイもめたるほしい! ちょーだい!」

 

 先ほどもあったように、ロックのジャンルは多岐にわたり、曲だってそれこそ星の数。

 しかもロックという物の説明すらも、マリアンヌの感覚による抽象的な物でしか無かった。

 これではロックを聴くにしても、どれを選べばよいのか分からない。

 せっかく興味が出てきたというのに、取っ掛かりが掴めないのだ。

 

「ほほう、オススメのメタルですか。

 これは腕が鳴りますわねぇ! メタラー冥利に尽きますわ!」 

 

 バッ! とその場から立ち上がり、パタパタとスリッパの音を立てて走っていく。

 そしてこの場に戻ってきたマリアンヌの腕には、もうこんもりと盛り上がるくらい沢山のCDが抱えられていた。

 関係ないけど、そんな小さな身体で、よくそれだけ持てたもんだと関心する。

 

「まずはサツキさん、こちらをどうぞ。

 ドイツのヘヴィメタルバンド【Helloween】のアルバムですわ」

 

 サツキに手渡されたのは、なんか黒魔術でもやってそうな男の人がジャケットに描かれたCD。ぶっちゃけ絵が怖いし、ぜんぜんカッコよくない。物凄くダサいジャケットだ。

 

「メタルにも“王道”的な物がございまして、このハロウィンなるバンドさんは、メタルを初めて聴く入門者の方々に、よくオススメされておりますわ。

 ケレンミが無くて聴きやすい、スピード感のあるカッコいい演奏。

 またボーカルさんのハイトーンシャウトも、『これぞメタル!』と言わんばかりにCOOL! わーおファンタスティック☆

 一度これを聴いて頂きまして、メタルとはどういう物かというイメージを掴んで頂けたら、幸いに思いますわ♪」

 

 ニコッとCDを顔の横に持ち、概要を軽く説明。なんか通販番組の人みたいに見える。

 

「世間一般的な“ヘビメタ”という物は……あ、これ蔑称なのであまり使いたくない言葉ですが……、とにかく『怖くて煩い音楽』というイメージでは御座いませんこと?

 きっと聖飢魔Ⅱさんのビジュアルイメージのみが、そのままメタルという物の印象として、定着しているのでしょうね。

 しかしながら、先ほどケレンミが無いと申しました通り、こちらは純粋に“カッコいいロック”としてお聴き頂ける事と存じますわ!」*6

 

 そもそも日本人は、元々「メタルを聴く下地がある」

 どんなアニメにも、必ずと言ってよいほどハードロック調のBGMが用いられているし、ゲームなんかで使われている戦闘曲などは、もうまんまヘヴィメタルだったりするのだ。そこに音楽性の違いなど、微塵もない。*7

 

 ちなみにマリアンヌいわく、わたくし的にはハロウィンでは“We Burn”、そして彼らの代表曲である“I Want Out”という曲が、特に好きですわ♪ との事。

 

「同じく正統派のヘヴィメタルとして、【ANGRA】というバンドをオススメしておきますわ。

 “メロディックスピードメタル”と呼ばれる、早くてキャッチ―なメロディが特徴ですの。

 彼らの看板曲でもある“Carry On”は、メタラーが選ぶ『この世で一番カッコ良いハイトーンシャウトの曲』、堂々の第一位!!(※マリアンヌ調べ)

 正にメタルという王国の()()()()()ですので、ぜひぜひお楽しみ下さいまし♪」

 

「うん、分かったよ浜ちゃん! ありがとーっ♪」

 

 関係ないけど、このアングラのCDもジャケットがダサい。

 なにかメタルには、「ダサくなきゃいけない」ってゆー法律でもあるのだろうか? サツキはウンウン悩む。

 

 そしてグルン! と音が聞こえそうな勢いで、マリアンヌが振り向く。カッと目を開きながら。

 その真正面にいたカンタ君が、思わず「びくぅ!」と驚いた。

 

「さてカンタ君……、お次は貴方の番ですわ。

 男の子ですし、多少はハードなのをいっても、構いませんわね……?」ゴゴゴ…

 

 先日、そして先ほどサツキの家でヤンチャをしちゃった事もあり、カンタは何も言うことが出来ずに固まるばかり。

 マリアンヌの有無を言わせぬ雰囲気というか、その身に纏う得も知れぬオーラのせいでもあるが。

 

「貴方【Pantera】をお聴きなさいな。

 今後、寝ても覚めてもPantera。四六時中Pantera。

 他の音楽になど目もくれず、みんなが君が代を歌っている時にもPantera。

 いつか死に、墓に入るその時まで、ただひたすらにPanteraし続けるのです。

 ファッキンホスタイィィィーール!!!!」

 

「!?!?」

 

 ちなみにパンテラとは、アメリカのスラッシュメタル、およびオルタナティブメタルなどに分類されるバンドさん。

 いわく「メタルを終わらせた」とまで言われるほどの、早くて、力強くて、高度で、暴力的なまでのサウンドが特徴。

 ちなみに6thアルバムであるVulgar Display of Powerをリリースした時、日本版で【俗悪】という全然かんけーないタイトルを付けられてしまい、「そりゃねーだろ日本人……」と、密かにパンテラのメンバーは怒っていたらしい。そんな意味とちゃうがなと。

 

 マリアンヌが言った“Fucking Hostile”は、彼らの代名詞的な名曲。

 他の一般的なメタルとは、一線を画すほどに激しく、早く、超COOL。

 

「せっかくメタルを学ぼうと言うのですっ!

 聴きやすいヤツもいいけど……やっぱり“凄い物”に触れたい☆ 圧倒されたい♪

 そんなカンタ君にはPanteraですわ! ファッキンホスタイィィーール!!!!(迫真)」

 

「 いや言ってねぇし!? 俺言ってねぇよ! いっかいも!! 」

 

「――――Shut the fuck up asshole!!*8

 いいからパンテラ聴きやがれ! ですわっ!!」

 

 お前アメリカ人女性の腕力、知ってんのか! 捻り潰すぞジャパニーズ!!!!

 そう怖い目で凄まれ、カンタ君たじたじ。ぐうの音も出なくなる。

 

「さーてメイさんには、かのゆるキャラ“ふなっしー”がリーダーを務めるヘヴィメタルバンド、その名も【CHARAMEL】のCDをプレゼントいたしますわ♪」

 

「わぁぁ! ふなっしーだぁぁーー☆ かーいいーーっ☆」

 

「しかし! ゆるキャラと侮るなかれぃ!

 その音楽性は、強くジューダスプリーストの影響を受け、もうゴリッゴリにハードなヘヴィメタルとなっておりますのよぉ~!

 これ聴いた幼稚園児、ひっくり返るんじゃないの? とか思ったりするのですが……まぁメイさんならばきっと問題ありませんわ♪ お納めくださいまし♪」

 

 なんか自分の時と対応が違うじゃないか。そうカンタ君は「じとぉ~!」っと睨むのだが、今ほっこりした顔をしてるマリアンヌには通じない。

 メイもふなっしーのジャケットが描かれたCDを貰い、とってもご満悦だ。

 

「せっかく日本という国にお生まれになったのですし、通称“ジャパメタ”なるバンドも、ご紹介しておきましょう。

 慣れ親しんだ言語の音楽というのは、やはり大切だと思いますし。メタルに入るための取っ掛かりとして、非常に良いと思うんですの♪

 まれに『日本の音楽ってだっせぇよなぁー! やっぱ洋楽だろー!』という、中二病全開のMother fuckerがいらっしゃいますけれど……。

 音楽は音楽! 国や言葉で区別するなんて、とってもナンセンスですわ!

 どんどん和製メタルを聴いていこうではありませんか☆」

 

 みんな大好き! 【Sex Machineguns】

 ジブリの名曲たちを、デスメタルにアレンジ!? 【Imaginary Flying Machines】

 ちっちゃい幼女たちが、メタルで暴れ狂う! 【BABY METAL】

 そうマリアンヌが、矢次に紹介していく。

 

「先のふなっしーを始めとして、これらの和製メタルでは特に“面白み”があるものを、チョイスいたしました。

 とってもユニークで、聴いていて楽しい気持ちになれる、最高にカッコいいヘヴィメタル。

 入門のキッカケとしても、これ以上ないくらい良いバンドさんですわ♪」

 

 ちなみに上に挙げた【BABY METAL】は、リアルに少女と幼女によって構成されているメタルバンドなのだが……元メガデスのギタリストであるマーティ・フリードマンの本気プロデュースによって、もう()()()()()と言わざるを得ない程の楽曲クォリティ。

 サポートメンバーを務める大人達の演奏技術も半端じゃなくて、現在の日本ヘヴィメタル界において、最上級クラスといえる演奏を披露してくれる。(というか普通に()()()()()()()()。マジで)

 

 そして、BABY METALは日本においての知名度よりも、むしろ“世界”の方で非常に有名なバンドであり、もう世界中のロリコン共ヘヴィメタルファン達を熱狂させている、とてつもないモンスターグループでもある。

 メタル界は、幼女への愛で動いていると言っても、過言ではないのかもしれない。

 

 

 

「ねぇ浜ちゃん! ロックっぽい言葉とかなーい?

 これを言ったら『おっ!』って思われるような、カッコいい言葉を教えて!」

 

「よくってよサツキさん♪ 超イケてるヤツを伝授いたしましょう!

 おまかせあれですわーっ☆」

 

 たくさんのCDをもらい、ホクホク顔のサツキから、可愛らしいお願い。

 たとえばロックの玄人さん会った時に、「こいつ出来る!?」って思われるような、通っぽい言葉をプリーズ。とのご要望だ。

 

 

「――――もしニセROCK野郎がいたら、こう言っておやりなさい!

 Rice which your family own has gone bad!!」*9

 

「「「らいす、ふぃっち、ゆあはみりー! おうんはず、ごんばーっ!」」」

 

「――――まだまだいきますわ! カマーン、マザファカッ!!

 A ninja is dead in the attic of your house!!」*10

 

「「「あ、にんじゃー! いずでどいん、ざあってく、おぶゆわはうすっ!」」」

 

 

 どこで覚えたんだそれ。なにを教えとんねん――――

 突貫工事めいた勉強で、日本文化を変な風に学習した弊害であった。

 

「あとですねぇ! わたくし“コール&レスポンス”を考えたんですのよサツキさん!

 これ実は、わたくしが“一番最初に覚えた日本語”なのですけど……。

 聞いて貰ってよろしゅう御座いますかしらぁーん?」

 

「もち! いいよ浜ちゃん! ばっちこいだよっ♪」

 

「こぉーい!」

 

「もうこうなったら、何でもやってやるよ! 来いよマリアンヌ!」

 

 サツキは満面の笑み、メイはキラキラしたおめめ、カンタはヤケクソになって言う。

 

GO()EN(えん)DAMA(だま)!! ですわ!

 わたくしがコールしたら、みなさん叫んで下さいまし!!」

 

「了解だよっ! いつでも来ぉい浜ちゃーん!」

 

 マリアンヌが腰にギターを抱え、マイクスタンドを引っ掴む!!

 

 

Hey TUKAMORI( 塚森のみんな )! what is this(これは何ですの)?!」

 

「「「――――ごえんだーま! ごえんだーま!」」」

 

「TUKAMORI! How much is this(これはいくらですの)?!?!」

 

「「「――――ごえんだーま! ごえんだーま!」」」

 

 

 声に合わせ、みんなで元気よくレスポンス。意味も分からずに。

 友達がおらず、これまでずっと孤独に生きてきたマリアンヌが、いま最高に輝いている。

 

 

So guys(ならみんな)! What's your naaaaaaaaame( 貴方たちの名前は )?!?!」

 

「「「――――ごえんだーま! ごえんだーま!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界がひとつになる。みんなとの一体感――――

 今この瞬間、浜田マリアンヌがいるこの部屋を中心にして、世界は周っているのだ。

 

 

「よろしーっ! 言質は取りましたわ♪

 ではこれより、わたくしたち4人で、()()()()()()()()()

 バンド名はもちろん【GO・EN・DAMA!】 Hell yeah(たまんねぇ)!!」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

 

 

 

 ……。

 …………。

 ……………………。

 

 

 

 

 

 ★ヘヴィメタルバンド【GO・EN・DAMA!】メンバー★

 

 マリアンヌ「イカれたメンバーを紹介するぜ! ですわっ!」

 

 

・メイ     (ヴォーカル担当)

・サツキ    (リズムギター&コーラス担当)

・浜田マリアンヌ(リードギター、バンドリーダー担当)

・カンタ君   (ベース担当)

 

 

 

 

 

 

 とりあえず、あと“ドラム”がいりますわね……。

 まぁしばらくは、カルロス(執事)にやらせておきましょうか。

 

 マリアンヌは思った。

 

 

 

 

 

 

*1
ギブアップかどうか、彼に聞いてくれ!

*2
【STF】 プロレス技。ステップオーバーホールド、ウィズフェイスロックの略。締めと関節の複合技であり、某ビンタで有名なプロレスラーの得意技

*3
してやりましたわ!

*4
お前らの心臓が動いている内は、ここから出さない

*5
【Aerosmith】 アメリカのHRバンド。グラミー賞4回、トータルセールス全世界で1億5千万枚以上。映画アルマゲドンのテーマ曲も歌っているので、知っている人も多いと思う。どんわな、くろーず、まあーいず♪ 他にも【Dude】という代表曲があり、「ホテルに連れ込んでみたら、そいつオカマだったぜ!」みたいな内容の曲。

*6
【聖飢魔Ⅱ】 日本を代表するHR/HMバンドのひとつ。初期こそ悪魔的な怖さや、狂気的な雰囲気を前面に押し出した楽曲も多かったものの、中期以降はハードロック路線……いわゆる「ばっちりカッコいいROCK」のスタイルに変化。その演奏技術は非常に高く、日本中のロッカーから尊敬されるメチャメチャ凄いバンドである。ボーカルのデーモン小暮さんは、母校早稲田大学の卒業式の時、背広ではなく自身のライブ衣装を着て出席した。もちろん先生方にめっちゃ怒られたが、「これが悪魔の国の正装だ! みんな今、新社会人としてスーツを着ているが、それと同じように我が輩も、今後この姿で社会に出ていくのだ!」と言って突っぱねた。結果ステージ衣装での出席を許され、偉い人から「最近は君のように気概のある若者が少なくなった」と褒められたそうな。

*7
ヘヴィメタルの中には、通称“RPGメタル”と呼ばれる物もあったりする。これは「なんかゲーム音楽にでも使われてそうな感じだな」という印象を受ける、戦闘BGMちっくなメタル曲を指す言葉で、まぁちょっとした蔑称でもあるけれど……。しかしながら、そのくらいヘヴィメタルの音楽性は、日本人の耳に“なじみ深い物”なのだ。

*8
黙れケツ穴野郎!

*9
お前の家族の米、腐ってる!

*10
お前ん家の天井裏で、忍者が死んでるぞ!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

75 悪役令嬢だけどトトロ見えるよ! ~第4話~

 

 

 

「はぅ~♡ 今日はとっても楽しかったですわ♪」

 

 自室の窓の前。

 マリアンヌがお星さまを見つめながら、優しくギターを奏でる。

 

「こんなにもあたたかな気持ち、いままで感じた事がございません。

 お友達って、すごいですわ。一人じゃないって、すごいですわ――――」

 

 今日の出来事を、何度も繰り返し思い出す。

 ずっと憧れていた、友人達との語らい。誰かと一緒にいるというぬくもり。安らぎ。

 

「まぁカンタ君は、だいぶ渋ってましたけれど……。

 あの様子なら、陥落は時間の問題ですね。きっと仲間に加わって下さいますわ」

 

 バンドを結成しますわよ! と告げた時に、一番ブーブー言っていたのは彼だ。

 以前カンタ君は「ベースなんてカッコ悪い」と言っていたし、そのポジションを押し付けられてしまった事にも、大いに不満だったのだろう。

 

 けれど、試しに【Pantera】の曲を聴かせてみた所……カンタ君の目の色が変わった。

 気付いたのだ、“重低音”のカッコ良さに。

 身体の芯にドンと迫って来る、心臓を直接叩かれるような、ベース音の迫力に。

 

 確かに、ギターは花形だ。きっとサッカーでいうフォワードのように、誰もがやりたがるポジションに違いない。

 だがカンタ君は、今日生まれて初めて“リズム隊の大切さ”を学んだ。

 

 腹まで響く重低音があるからこそ、演奏に“厚み”が出る。凄い演奏になる。

 ただギターをテロテロやってるだけじゃ、決して得る事が出来ないカッコ良さ。

 重厚感、迫力、音の説得力――――

 

 Panteraが奏でる圧倒的な演奏の前に、言葉を失くし、口を開けて呆けていたカンタ君。

 だがその瞳には、隠し切れない“光”が宿っていた。

 お星さまのキラキラした輝きのような。

 

「どこか、懐かしい心地でしたわ。

 わたくしにも経験がありますもの。ハッキリ分かったのです」

 

 今カンタ君が――――ROCKの洗礼を受けた。

 メタルという物を知り、己の中で、なにか大切な物に目覚めた。

 Panteraというバンドから、まるでバトンを手渡されるみたいに、“夢”を受け取ったのだ。

 

 この記念すべき瞬間に、ああして立ち合う事が出来たことを、マリアンヌはとても嬉しく思う。

 曲が終わった頃合いを見計らい、そっと手渡してあげたATELIER Zを、彼がまるで宝物に触れるように受け取っていたのが、とても印象的だった。*1

 

 まぁぶっちゃけた話……、彼がポォ~っと呆けていた所にマリアンヌが言い放った、「ロックやるとモテるよぉ~?」の洗脳術めいた一言が、実質的なトドメだったのかもしれないけれど……。

 

 重低音のド迫力に魅せられ、オモチャなんかよりもずっとカッコいいエレキベースを握らされて、その上で「モテるよ~?」とか言われちゃったらば、抗える男の子など居ようハズもない。

 

 今日のカンタ君は、ツンデレよろしくのプリプリした顔で、「ふーん!」とばかりに家に帰って行ったのだが……。

 でもその手にはしっかりとベースが握られ、隠す事の出来ない高揚感が表情に滲んていたように思う。

 これにて、めでたくベーシストGET! 頼りになる男手の加入だ。

 

「あのお二人も、嬉しそうでしたわ。目がキラキラしていましたもの……」

 

 ちなみにだけど、もちろんメイとサツキの二人は、「おもしろそう! やるやる!」と二つ返事で了承してくれた。実に純粋な子達である。

 

 実質的なプレゼントなのだが、貸してあげたエレキやマイクスタンドを、「ほくほく♪」と抱えながら帰宅して行ったし、とても喜んでくれてるのが、もうアリアリと見て取れた。

 

 彼女らは歌が大好きだし、音楽への興味も深々。

 きっと言われずとも練習に打ち込み、メキメキと上達していく事だろう。

 

 いつまでもこの時間が続けばと、本当に名残惜しかった、今日の別れ際……。

 マリアンヌが高らかにメロイックサインを掲げながら告げた「Keep on Rockin'!」*2

 それにサツキ達は大きな声で返事をし、両手をブンブン振りながら、家に帰っていった。

 

 その愛おしい後ろ姿を、マリアンヌはいつまでも見つめ続けた。

 もう見えなくなっても。執事のカルロスさんに「お身体が冷えますので」と、車に乗るよう促されるまでの間、ずっと。

 

 

「……はっ! こうしてはいられませんわっ。

 早速わたくし達の曲を書かなくては。

 トキハ、カネナリー!」

 

 窓際を離れ、いそいそと勉強机の方へ。

 高貴さが窺える椅子に腰かけたマリアンヌは、「かきかき!」と一生懸命えんぴつを握り、どんどんノートに文字を書き込んでいく。

 

 このたび結成された、我らがヘヴィメタルバンド【GO・EN・DAMA!】

 その記念すべき一曲目――――その名も“Awa(あわ) to() Hie(ひえ)”。

 

 

 

 

 

 

飢餓、(はりつけ)、島流し――――

貴様が至るべき死に様だ

 

民草の声は、権力者によって潰され、日の()ずる国に怨嗟が満ちる

 

年貢を納めて、飢えて死ね

お前は冬を越せない。生まれながらの奴隷

 

祈れ。御仏の慈悲に縋るがいい

 

イエーイエー! 徳川の世に(さか)えアレ

 

 

 

 

 

 

 

 

 正直、「これをメイに歌わせる気か」という問題が発生するのだが、そんな事も気にせずに、マリアンヌは幸せそうな顔。

 米国のスラッシュメタル・バンド【Slayer】、その名曲である“Angel of Death”*3からの影響を、そこはかとなく匂わせる歌詞を書きつつ、ご満悦の様子だ。

 

 

 けれど……、この幼き少女の微笑ましい笑顔を、一瞬にして壊してしまう音が、とつぜん背後から響いた。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「――――マリアンヌ! いるのかマリアンヌ!」

 

 大きな音を立てて、扉が開かれる。

 マリアンヌはビクッと身体を震わせ、慌ててそちらへ振り向く。

 先ほどまでとは裏腹、哀れなほどに身体を縮こまらせて。

 

「今日のレッスンはどうした!? なぜ出なかった!?

 バレエも、書道も、護身術も、語学も!

 先生方が心配していたぞ! あれだけ真面目だったお前が、レッスンに来なかったとッ!!」

 

 鬼気迫る顔。まるで般若のような。

 その怒鳴り声が、マリアンヌの部屋に反響し、さらに幼い彼女を委縮させる。

 

「理由があるのなら言ってみろ! 恥をかかせおってッ!

 何を考えているマリアンヌ! それでもHAMADA家の娘かッ!!」

 

 いま声を挙げているのは、マリアンヌの父。

 見上げるように大きな身体と、有無を言わせない迫力が、マリアンヌを苛む。

 

 というか……今マリアンヌパパは、ウェスタンよろしくのテンガロンハットを被り、ホットドッグをモグモグしながら喋っている。

 その恰幅の良さも手伝い、まるでアメリカの保安官のような風貌なのだ。

 

 こいつ生まれは日本のクセしやがって、なんでそんな米国人に寄せてるんだ。

 高名な実業家だというのに、スーツも着ないでそんな恰好してるし。いつも車じゃなくて、馬に乗って出勤してくのだ。カウボーイみたいなブーツまで履いてからに。テキサス気取ってんのか。

 先ほどパパは「何を考えている!」と怒鳴ったが、お前が何を考えとんねんと言い返したいマリアンヌである。

 

「I'm sorry dad. But I never…」

 

「おっと、英語は止めなさい。ちゃんと日本語で話すんだ。

 この国に来ると決めたのはお前だろう? たとえ家にいても、練習を怠るな」

 

 しゅんとしながら頭を下げるマリアンヌに、今度は親としての真剣さを以って、言い付ける。

 これは決して、パパが英語下手くそだからでは無い。10年もNYに住んでおいて、ロクに話せなかったからでは無いのだ。

 マリアンヌが「日本に住みたい」と言った時、やったぜヒャッホーと喜んだりもしてない。

 

「ごめんなさいですわ、お父さま……。

 今日はじめて、お友達が出来たのです。

 どうしても、何をおいても……彼らと遊びたかったんですの」

 

「なぬっ!? 友達だとっ……!! お前にかっ!?」

 

 パパのグラサンがキラーン! と光り、咥えているパイプからボハァ! と煙が噴き出す。

 関係ないけど、マッカーサーみたいだ。どこで見つけてきたんだそのパイプ。

 

「ぐぬぬ……。ならば仕方ない。今回ばかりは目を瞑るとしよう。

 だが今後は、ちゃんと前もって予定を立てなさい。

 先生方に失礼だ。不義理は許さんぞマリアンヌ」

 

「はい、ありがとう存じますわ、お父さま。

 わたくし、しかと心得ましてよ」

 

「しかし、友達か……。

 口を開けばヘヴィメタルのお前が……。にわかには信じ難いな」

 

 ここは普通、もっと怒る所かもしれない。

 HAMADA家の令嬢ともあろうものが! 下々の者と馴れ合いおって! どこの馬の骨だ!

 ……とかなんとか言われ、めんどくさい事になっちゃう~というのが、上流階級のテンプレだろう。

 

 しかしながら、マリアンヌのパパは堅物ではない。自分が金持ちだからといって、一般的な人達を見下すような真似はしなかった。

 むしろ若き日の自分自身が、言葉も話せないのに見知らぬアメリカへと渡り、そこに住む心ある人達に、大変世話になったという、決して忘れ得ない恩義がある。

 ゆえにマリアンヌパパは、「人との関わり」を何よりも大切にしており、その人脈を以って財を築いた人物でもある。レイシスト(差別主義者)などクソくらえだ。

 日本という見知らぬ土地で暮らそうという、まだ幼い愛娘の苦労を、誰よりも理解しているのだ。

 

 マッカーサーみたいなパイプを咥え、難しそうな顔で眉間に皺を寄せてはいても、この子に「友達ができた」と言われて、喜ばないハズが無い。

 親としても、異国の地で暮らす先達としてもだ。

 とはいえ、この事態は流石に予想外だったのか、いま心底驚いている様子ではあるが。

 

「確かに、日本人のおおらかな国民性に期待し、ここへ越して来た経緯はある。

 だがこれほどまでに早く、受け入れて貰えるとは……。

 メタルなどという、()()()()()()()に傾倒するお前が」

 

「……」

 

 じっと、押し黙る。

 マリアンヌは下を向き、ただその場で立ち尽くすのみ。

 

「NYでの生活は、憶えているだろう?

 お前は器量が良く、心優しく、人に愛される類まれな資質を持つ、自慢の娘だ。

 だがそんなお前が、ただROCKが好き……それもヘヴィメタルなんて物を愛するがゆえに、友達を作ることが出来なかった」

 

「……」

 

「マリアンヌ、お前に非があるのではない、()()()()()()()()

 全てはクソださい時代遅れな音楽、ファッキンなヘヴィメタルのせいだ」

 

 静かな声。理不尽に怒鳴り散らすでもなく、我が子を諭すための言葉。

 だがマリアンヌは、それに頷くことが出来ない。

 ギュッと白くなるくらい拳を握りしめ、口を一文字にして耐える。

 

「一体どこが良いんだ? メタルなんてファッキンな物。

 ノリが良いだけのファッキンな演奏に乗せて、軽薄でファッキンな言葉をがなり散らしてるだけの、低俗でファッキンな音楽だ。

 ファッキンな連中が、ファッキンな観客に向かい、ファッキンなライブハウスに籠って、ファッキンな音を鳴らす。

 まるで騒音だ、ファッキン理解に苦しむ。ああ実にファッキンだよ、ヘヴィメタルは」

 

 ファッキンなエレキを鳴らし、ファッキンなベースを弾き、ファッキンなドラム叩きやがって。

 実に不愉快極まる! ファッキン極まるな! とマリアンヌパパは語る。

 ホットドッグ片手にファッキンファッキン言う。

 

「だいたい何だ? トランスメタルぅ? ミクスチャーロックだぁ?

 デジタルサウンドや、ラップなんぞ取り入れておいて、何がROCKだ。

 私はシンセすら許せないタチなのに。ヒップホップとROCKの精神は真逆だろうに。

 いったい何を考えているんだ! 近年のメタル界は! ギターで表現せんかぁ馬鹿者がぁ!!」

 

「えっ、お父さま……なんで知ってるんですの?」

 

 マリアンヌが「きょとん?」とするが、パパの怒りはとどまる事を知らない。

 

「軽いんだよヴォーカルが! 近年のジャパメタはっ! THE冠さんを見習えッ!!

 お上品に()()()()()んじゃないぞ! 力の限り叫んでこそメタルだろう!

 ただ上手ではいけない! いけないのだッ!!

 上手くて当然! だってプロなのだから! 大前提だ!

 その上で“凄く”なくてはならないっ! 聞き手を圧倒する力を見せつけなければならん!

 ――――それこそがメタルの精神だろうが!! 力を証明し、己を見せつけろよ!!」

 

「あれ? お父さま? あれれ?」

 

「いいじゃないか! メロスピ聴いたって! メロデスを聴いてもぉ!

 そんな『マズい野菜ジュースほど栄養がある。臭いチーズを食えるヤツが偉い』みたく、聴きやすいメタルを馬鹿にするような風潮を、私は許せんのだッ!!

 そりゃーゴリゴリにハードなスラッシュメタルとか、ダークでおどろおどろしいデスメタルとか、退廃的な雰囲気のグランジとか、おしゃれなプログレとかも良いと思うよ? 理解できるよ?

 でも何より“カッコいい”が真ん中にガツーン! とあるのがROCKってモンじゃないのか!?

 ストラトのティモ・コティペルトが放つ、あの透き通るように清涼なハイトーンボイスに心を奪われたあの日の私は、決して間違ってなどいない!!

 ドラフォを馬鹿にするなクソがぁぁぁッ!! 私はメロスピが好きだぁぁぁあああッ!!!!」

 

「なんで知ってるのパパ? ねぇ何で知ってますの? ねぇねぇ」

 

 関係ないけど、マリアンヌパパは結構タカ派のようだ。

 きっと長年の鬱憤とか、分かって貰えない悔しさとかあったのかもしれない。

 メタル博愛主義者のマリアンヌとは、また違う形で悲しみを背負っていた。

 ライトメタラーなの?*4

 

「ところでマリアンヌよ? 今日はお前の為に、新しいテレビを買ってきたぞぅ。

 すーぐお前は壊しちゃうからな! ハッハッハ!」

 

「Oh! 何事もなかったかのよーに。Holy shit!」*5

 

 マスタードをブリブリかけたホットドッグを齧りつつ、マリアンヌパパがいったん退出。その後すぐに大きなダンボール箱を抱えて戻って来る。

 

「今度のヤツは凄いぞぉ~マリアンヌ? ボタンひとつで色々な機能を使えるんだ。

 たとえば、この青いのを押すとだな! ……ん?」

 

 配線をし終えたマリアンヌパパが、娘に向かって自慢気にNEWテレビの説明。

 だがどうした事だろう。目の前にあるテレビはリモコンを押しても、ウンともスンとも言わない。

 

「おかしいな、ちょっと待ていろよマリアンヌ。

 確かこれを押せば……あれ? ん? んんッ……?!」

 

 リモコンをグイッと突き出したり、高橋名人よろしくボタンを連打したり。

 でもテレビ画面に変化は無い。いくらやっても砂嵐を映し続けている。

 

 

「――――ファァァアアアック!!!!!」ガッシャーン!

 

 

 奇声を挙げて、テレビをブン投げる。

 マリアンヌパパによる豪快なスローイングで、新品のテレビが豪快に窓を突き破り、外へ飛び出していく。

 

 

「――――Get the fuck out asshole!*6 Don’t fuck with me scrap!*7

 Fuck you bastard! Fuck you!!*8 Fuuuuuuck!!!!*9」 

 

 

 

 

 

 

 

 中指を立てながら罵詈雑言。無機物に対して。

 ファンシーな子供部屋、しかも自分の娘の部屋で、「ピーピーピー!!」と禁止音が鳴りそうなFワードを連呼。

 どうでも良いが、ものすっごい流暢な英語だ。罵り言葉だけは。

 

 

 あー、この人の血をひいてるんだなー。わたくしー。

 

 妙に納得するマリアンヌ(10才)だった。

 

 

 

 

 

 

*1
【ATELIER Z】 エレキベースのモデルのひとつ。国内外で幅広く支持されており、ゴリゴリしたサウンドが病み付きになる一本

*2
またロックしようぜ! ですわ!

*3
ホロコーストの虐殺を歌った曲

*4
耳障りが良く、比較的聴きやすい感じメタルを、特に愛する人達。極端に激しい物や、暴力的な要素、また難解なメロディは琴線に触れず、情緒あるメロディを重視する日本人的な感性を持ったメタラー。どちらかと言えば、ハードロック系の音が好きなタイプなのかもしれない。

*5
なんてこった! ですわ

*6
失せろゲス野郎!

*7
バカにすんな鉄屑め!

*8
くたばれ出来損ないが!

*9
ボケェェェッ!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

76 悪役令嬢だけどトトロ見えるよ! ~第5話~

 

 

 

 

「しょんぼりですわ……。

 シャゲナベイベーならぬ、さげぽよベイベーです」*1

 

 ディープパープルの“Lady Double Dealer”をペレペレ弾きながら、田園風景を歩く。

 そのノリノリなロックンロールとは裏腹、マリアンヌの小さな背中は、力なく丸まっている。

 

「メタルを悪く言われると、悲しくなってしまうのですわ。

 大好きな物を、馬鹿にされたら、わたくし泣きたくなる……」

 

 昨日の夜、お父さんに言われたことを、彼女はまだ引きずっていた。

 メタルなんか聴いてるから、メタルのせいで。

 この言葉がいつまでもいつまでも、頭の中をグルグル。

 

 お父さんに悪気は無かったんだろう。だってすごく愛してくれてるのが分かるから。

 きっと純粋な事実として、または「ここを直せ」という指摘だったのかもしれない。

 より良く、幸せに生きていく為に、親としてのアドバイスだったのかも。

 

 けれど……マリアンヌは悲しい。

 だって好きな物を否定されるって事は、“自分の人間性”をも否定される事だ。

 これを愛しているという趣味趣向、自分の考え方、そしてこれまでメタルに貰った想いや夢までも、全部ぜんぶ駄目って言われたような気がして……深く傷ついた。

 

 それに、自分がダメなせいで、上手にやれていないせいで、大好きなヘヴィメタルを悪く言われてしまった事……。

 あんなにも素敵なメタルを“汚してしまった”、と思ったのだ。

 

 申し訳が立たない。罪悪感が湧く。こんな自分がメタルをやっちゃいけないんだろうかって、そんな事ばかり考える。

 

「まぁ、アレですけども。

 お父さまに関して言えば、()()()()()()()()()大丈夫なんですが……」

 

 今マリアンヌが弾いている曲“Lady Double Dealer”は、【二枚舌の女】という意味。

 嘘ばっかついて、俺を弄びやがって。お前のせいで俺のハートは滅茶苦茶だよ――――という情けない男の心情を歌った曲である。

 

 お父さま……メタル大好きじゃございませんの。想いが迸ってましたもの。

 絶対ストラトヴァリウスや、ドラゴンフォースのCD隠してますわ。

 今度お部屋を探検してみましょうか。レア物が見つかるかもしれませんし。

 

 そう心に決めつつ、ギターをペレペレ鳴らす。

 トボトボと歩きながらではあるが、その指使いに乱れはない。リッチーのギターテクニックは沢山研究したので、もう慣れたものである。

 

 関係ないけど、いつも登下校中や、町をお散歩する時なんかには、こうして歩きながらギターを弾いているので、たまーに町の人達に「流しのギター弾きか」と勘違いされて、一曲頼まれちゃうことがある。

 これエレキなのに「美空ひばり弾いてくれ」とか、「越路吹雪たのむわ」とか、皆さんけっこう好き勝手な事をおっしゃいます。

 まぁ見事に応えてみせるマリアンヌの方も、どうかとは思うが。

 

 いつも演奏の後には、皆さんパチパチと拍手をしてくれるし、なんかおひねりまでくれたりする。アメちゃんだったり、トマトやキュウリといったお野菜だったり。

 

 ご厚意ということで、いつも有難く頂戴しているマリアンヌである。

 まぁ、たま~に持って帰るのが大変な量になっちゃって、荷物といっしょに家まで送ってもらう事もあるけど。牛が引いてる車とか、トラクターとかで。

 ここは娯楽の少ない田舎なので、意外とマリアンヌのギター演奏は、町の人々に貢献しているのかもしれない。

 いつのまにやら、異常なほどにワラワラ人が集まってる時もあるし。

 

「それにしても……わたくしはダメな子ですね。

 どうしても、勇気が出ませんでしたの……」

 

 やがてマリアンヌは、例の“木のトンネル”、ようはサツキ達が住む家の前までやって来た。

 

「転校初日ということで、サツキさんは沢山のクラスメイトに囲まれて、楽しそうにお話をしていましたわ。とても盛り上がっていました。

 わたくしは……その輪の中に入れなかった。

 みんなに変な目で見られてるわたくしは、サツキさんとお話する事が、はばかられたのですわ」

 

 サツキを中心として、ワイワイと集まるクラスメイト達。

 その賑やかな輪を、ひとり遠目で眺めていた。

 休み時間も、おべんとうの時間も、ひとりっきりで過ごした。

 

 時折サツキが、こちらを気にしてか目線を投げてくれたのだが、マリアンヌは薄く笑みを浮かべて、それに応えるだけ。

 けしてサツキの方へ寄って行ったり、仲間に加わったりはしなかった。

 

 サツキはマリアンヌとお話がしたいと思い、何度もこちらへ来てくれようとしていたのだが……、でも転入生という“時の人”であったので、常にみんなに質問攻めに合っており、とてもじゃないが抜け出して来ることは出来なかった。

 

 こちらを見ながら、わちゃわちゃ慌てている様子のサツキへと、マリアンヌはコクリと頷いて、柔らかな笑み。

 お気になさらないで♪ そう伝えたつもりだったけれど……サツキの表情は晴れることは無かった。

 彼女はマリアンヌを見て、いったい何を思っていたのだろう。

 

 本当は今日だって、いっしょに帰りたかった。

 こうしてここを通りかかった事からも分かる通り、マリアンヌとサツキは帰り道が一緒なのだから、共に下校するのが自然な流れだ。

 けれど、放課後になってもサツキへの質問攻めは、いっこうに止む気配がなかった。

 マリアンヌはひとりランドセルを背負い、目線だけでサツキに「ごきげんよう」の挨拶をしてから、こうして下校しているというワケだ。

 

「この木のトンネルの前で、立ち止まってしまうのは……未練たらしい行為でしょうか?

 そんなことをする位ならば、勇気を出せばよかったのに……」

 

 お話したかったな。仲間に入りたかったな。

 そう力なく笑いながら、サツキたちの家の方を見つめる。

 彼女の寂しさを表現するかのように、肩から下げたギターが「ジャラーン」と音を鳴らす。

 ただ弦を順番に弾いただけの、魂が入っていない音色だった。

 

 

 

「……およよ? なにか落ちていますね。ドングリでしょうか?」

 

 俯き、しょんぼりと頭を垂れていたマリアンヌ。

 ふいにその視線が、地面にあるドングリを捉える。

 

「ここはサツキさん達をはじめとし、メイさんも通る道です。

 急な坂になっておりますし、もし転んだら危ないですわ」

 

 なにげなく身を屈めて、それを拾う。ビー玉くらいの大きさで、なんかピカピカしてる綺麗なドングリが、マリアンヌの手のひらに収まる。

 

「あなや、これは……」

 

 だがドングリは、これひとつではなかった。

 よく注意してみると、どうやら木のトンネル内に、いくつも落ちているのが見える。

 それも自然に落ちて来たような配置ではなく、等間隔でポツポツと並んでいるようなのだ。

 

 これはまるで、道しるべ。

 誰かがマリアンヌに、「こっちだよ」と教えているかのように。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 テクテクと、道なりに歩く。

 坂を抜け、広場に出て、草むらの中へ入る。

 それでもドングリの道しるべは続く。道がだんだんせまくなり、マリアンヌくらい小さな女の子でも、屈まないと通れないような場所まで。

 

 

「――――ふ゛お゛っ゛!!!??」

 

 けれどマリアンヌは、無心でドングリロードを潜り抜けているうち、唐突に終点へとたどり着く。

 どうやら穴になっている所に落ちてしまったようで、なんかナチュラルに変な声を出してしまったが……しばらく滑り台のように身を任せて滑っていくと、そこには森がぽっかりと開けたような空間。

 そこだけ木々や枝がドーム状に避けているかのような、相撲の土俵くらいの広さの場所があったのだ。

 

「!? !? !?」

 

 勢いよく宙に放り出され、お尻からドスーンと着地。

 下はたくさん草が生えていたので、ぜんぜん痛くなかったから、それはいい。

 けれどマリアンヌは、いま眼前に“巨大な灰色の生物”がいるのを発見。思わずドッキーン! と心臓が跳ね、息を呑む。

 

「なっ……! ナナナナ! ナァーー!!??」

 

 マリアンヌは歌が上手な子だが、別にスキャット*2をしてるワケじゃない。狼狽えているのだ。

 彼女からしたら、見上げるくらいの大きさ。しかもこの得体の知れない動物は、いまグデーと寝転んでいるみたい。それでもマリアンヌの身長より高いのだ。

 

 グリズリーなんか目じゃなくて、下手したらカバとかサイとかとタメを張れるくらいの身体。

 もしこの灰色のヤツが立ち上がり、こちらに襲い掛かりでもしたらば、きっと成す術なく食べられてしまう! そんなビジョンが明確にマリアンヌの頭に浮かぶ。

 だが……。

 

「え、あれは…………()()()()()()()?」

 

 後ずさりし、なんとかここから逃げる算段をしていた時、ふいにマリアンヌの目線が、ヤツのお腹の方へ向いた。

 そこにいたのは、小さな女の子。

 昨日いっしょに遊び、とても仲良くなった大切な友達……メイちゃんだ! あの動物のお腹に乗っかっている!?

 

 しかも()()()()()! ()()()()()()

 いま自分がどれほどの()()()()()にいるのか、まったく理解していない状況だ!!

 

「は、はうっ……(気絶)」

 

 お嬢様のテンプレよろしく、額を押さえながらクラッ。

 マリアンヌは意識が遠のきそうになるが、なんとか首をブンブン振って耐える。今それどころじゃないから。

 

「な、なんという事ですの……! メイさんがっ……!」ワナワナ

 

 拳をギュッと握り、肩を震わせる。

 恐怖と絶望が、まるで洪水のように襲ってくる。心の中で吹き荒れる。

 

 まあぶっちゃけた話……、メイはスヤスヤと眠ってるだけだし、あれは()()()()()()、心配しなくても全然大丈夫なんだけど(酷いネタばれ)

 でも今のマリアンヌには、そんなこと知る由も無い。

 得体のしれない巨大な生物に、メイが囚われている! このままじゃ食べられてしまう!

 そんな最悪の未来を思い描いているのだ。致し方なしである。

 

 

 

「すぅーーっ……! ふぅぅーーっ……!

 すぅーーっ……! ふぅぅーーっ……!」

 

 ふいに、彼女が深呼吸をおこなう。

 目を閉じ、深く息を吸い込み、心を落ち着かせる。

 

 心に想うは、あの子の姿。

 昨日はじめてお家に招いた時、メイが見せてくれた無邪気な、そしてとびっきりの笑顔だ。

 

 楽しかった。あんなにもあたたかな気持ち、これまで感じたことがなかった。

 ぜんぶ全部、メイにもらった物だ。涙が出そうになるくらい……幸せだったんだ。

 

 ペンー、ペンー、ペンー、ペンー↑ ペンー、ペンー↑ ペンー↓(ギターの音)

 

「おー、まー、えー、はー! アー、ホー、かー!

 ……ですわ。日本のROCKミュージシャンがやっていましたの。勉強しましたのよ?」

 

 某ROLLYさん(旧名ローリー寺西)の持ちネタをやる事で、気持ちを奮い立たせる。

 ガクガクと震える足を抑えつけ、弱気をねじ伏せる。

 

「The pulse quickens by love…!*3 My heart beats quickens…!!*4

 

 あの子を救わねばならない。愛を取り戻さなくてはならない。

 たとえ凶悪無比で、強大な敵であろうとも(※トトロです)

 ここで退いては悪役令嬢の名折れ! 立ち向かわなければならない!!

 

「親愛なるアンジェラ・ゴソウさま。力をお与え下さい。

 貴方の勇気を、貸して下さいまし――――」

 

 いつもポシェットのように身に付けている、腰の小型アンプの電源をONにする。

 その瞬間、リボルバーの撃鉄が起こされるように、自分の中でギタリストとしてのスイッチが、カチリと入る。

 ハートに火を着けて……魂が燃え上がるのを感じる。

 

 ピーン! と“五円玉”を親指で弾く。

 それは高く跳ね上がり、まったく同じ軌道で落ちて来る。

 

「TVの前の、よい子のみんな! ――――お前を殺す。

 ココガ! オマエノ! 墓場デスヨ!」

 

 五円玉をパシッ! とカッコよく受け止め、即座にギターをギュイィィィィィン!!!!

 

 

「 C'moooooooon! TUKAMORI!! 浜田マリアンヌでしてよ!!

  ヌ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ーーッッ!!!!(デスボ) 」

 

 

 

 

 

 トトロが「ビクゥ!?」と跳ね、慌ててガバッ起き上がる。

 ちゃんとメイを優しく抱えたまま。

 

 今ここに、浜田マリアンヌのライブが幕を開ける。

 ピック代わりの五円玉と、胸いっぱいの愛を握りしめ、ギターをかき鳴らし始めた。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 

We walk this Earth!

この地球を歩く、わたくし達

 

With fire in our hands!

誰もが、その手にひとつの“炎”を持って

 

Eye for an eye!

目には目を、ですわ

 

We are Nemesis!!!!

わたくし達、ネメシス(罰を与える者)ですの!!

 

 

 

 

 

「おうるぁぁぁあああああ!!!!!」デケデケデケデケ!

 

 高速で指が動く。縦横無尽に。

 それに合わせるように、右手の五円玉が弦を弾いていく。見えないくらい速く!!

 

 

 

 

We are with you!

いつも一緒ですわ。貴様と共にある

 

Countless! vicious souls!

行く手を遮るは、数多の邪悪なる魂……

 

Fight! Fighting for freedom!

さぁ戦え! 自由を手にするために!!

 

United! we stand! we stand!!

団結です! 立ち上がるのですわっ!!

 

 

 

 

 同時に、力強く叫ぶ。

 喉が破れんばかりに。振り絞るように。魂のデスボイスで。

 

 いま演奏しているのは、ARCH ENEMYの“Nemesis”

 いつも彼女を支えてくれた、マリアンヌにとってのロック・アンセム。大切な曲だ。

 だが、いつもひとりっきりで弾いていたそれを、今は他者に向けて叩きつけている!

 

 喰らえとばかりに! ブチかましている!

 思う存分! 見せつけるように!!

 

 

 

 

We are legion!

わたくし達は軍勢。無敵の軍団!

 

Voice of anarchy!

アウトローの叫び、というヤツですわ

 

This is revolution!

見よ、これぞ革命――――

 

Creating!! new disorder!

しっちゃかめっちゃかな世界を、お作りいたしますわ

 

 

 

 

 

「フ ァ イ ヤ ァ ァ ァ ~ ッ!!!!」ベケベケベケ!

 

 ガックンガックン頭を振りながら、ジャジャジャとかき鳴らす。ヘドバン奏法だ。

 動くことも忘れない。その場で立ってるだけじゃつまらない。ミュージシャンは表現者であり、ここはステージなのだから。

 まるでAC/DCのアンガスヤングみたく、「うおぉぉぉ!」と片足立ちでピョンピョン跳ねながら、グルグルとトトロのまわりを周る。

 

 トトロは言葉を喋れないけれど、きっと今「ぼくの住処で何してくれてるんだ……」みたいな気持ちでいる事だろう。額に汗が浮いているのが分かる。

 

 

 

 

 

We are enemy!

我ら、公共の敵也

 

Opponent of the system!

既存の仕組みに抗う者でしてよ♪

 

Crushing! hypocrisy!!

その偽善、粉砕(つかまつ)ります

 

Slaying the philistine! YEAHHHHHH!!!!

俗物共め!! ブッコロですのよー☆

 

 

 

One for all. All for one

一人はみんなのため。みんなは一人のため

 

We are strong! We are one!

わたくし達はつよい! わたくし達はひとつですっ!

 

One for all. All for one

成すべきを成せ、その背中を守ろう

 

We are one! ――――Nemesis!!!!

我ら一個の軍団。ネメシスですわ♡

 

 

 

 

 デン! デン! デンデン! ギュイィィィィィ!!!!(ギター音)

 

「おっしゃあオラァァ!! ギターソロのお時間でしてよぉぉぉ!!

 わたくしの音を聴けェェェエエエーーーッッ!!!!」

 

 髪がブァサ! となるくらい身体を前後に振りつつ、これまで以上に激しく指を動かす。

 俺がお前の千手観音だ! とばかりの動き。トトロの森にヘヴィメタルが木霊する。

 木々は揺れ、葉は舞い散り、小鳥たちが「ヤバイヤバイ」と空へ飛び立って行く。

 とてつもない超絶技巧! くっそやかましいギターサウンドが空気を揺らし、いま立っているのか分からなくなるほどに鼓膜を振動させる。

 

「ヘイオーディエンス! 貴様の事ですわ貴様の!!」

 

 え、ぼくですか?

 トトロが「きょとん?」と目を丸くしながら、爪を指代わりに自分の方をさす。

 

「貴方、怒ってないんですの!? プリプリきちゃう事とか、ございませんの!?

 生きてりゃ誰だって、ムカつく事くらいあるでしょうに! ストレス感じてませんの!?」

 

 コール&レスポンスじゃなく、直に問うている。

 光の速さで指を動かしながらも、トトロの方をガン見して叫ぶ。まったく器用なことだ。

 

「――――怒れ! 叫びなさい!!

 何をのほほんと座ってますの! 縦ノリするなり、ヘドバンするなりあるでしょう!

 さぁ貴方も叫ぶのですわ! それがROCKの精神ですッッ!!!!」

 

 カモーン! 塚森ィィーー!! ……とか言っても、未だトトロはキョトンとした顔。

 いま目の前で起こっている事が、理解できないようだ。(そりゃそーだという話だが)

 

「こうです!! ――――ウ゛ォ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!(デスボ)

 さぁやってごらんなさい! 貴方も!! ウ゛ォ゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!」

 

 デケデケデケデケ!!! ジャジャージャージャーン!!(ギター音)

 それに乗せられるように、トトロも「う゛おぁ」と言ってみる。可愛らしいアクビみたく。

 

「そうじゃないッ! 怒れッッ!! 怒るのですッッ!!!!

 何しに来たんですか貴様! いまライブやってんでしょーが!!(理不尽)

 こうですヨ! ――――ウ゛ォ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!」

 

 続いてトトロも「う゛お゛ぁぁ~!」

 軽快なリズム、身体の芯まで来る爆音に、なんかテンション上がってきたと見える。

 ちょっと楽しそうな顔。

 

「オゥメェ~ン! なかなか良い声でいらっしゃいますわ♡

 でもまだ甘いッ!! 貴方の怒りはそんなもんデスカ!! 人生お花畑かコラァ!!

 ――――ウ゛ォ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!」

 

 続いてトトロが「う゛お゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っっ!!!!」と大声を挙げる!

 楽しそうに! 愉快に! 身体の奥から!

 その大きな身体を以って放たれた、まさに野性の雄たけび! 獣の声!

 

 ビリビリと空気が震えるほどの、凄まじいシャウトを受け、マリアンヌはニッコリ。

 わかってきたじゃありませんの――――と楽し気にギターを鳴らす。

 さらに躍動する!! ベケベケベケベケ!!!!

 

「コール&レスポンスですわ! 後に続きなさい!

 ――――ナ゛ァァァアアアアーーーッッ!!!!(ヘヴィメタルシャウト)」

 

「なぁぁぁああああーーっっ!!!!(野性シャウト)」

 

「――――ファァァアアアアアックッ!!!!(ただのFワード)」

 

「ふぁぁぁっぐぉう!!(もごもご)」

 

 何をやらせとんねんという感じだが、なんとトトロがレスポンスしている!

 発音が上手じゃないので、かわいくモゴモゴしちゃってるが、お利口に後に続いているではないか! 世界がひとつになる!!

 

「――――森をかえせェェェ!! 木をかえせェェェ!!!!」デケデケデケ!

 

「う゛お゛あ゛ぁ゛っ♪ う゛お゛あ゛ぁ゛っ♪」

 

「――――仲間をかえせェェーー! 土地をかえせェェーッ!!

 人間を許すなァァァアアアーーッッ!!」デケデケデケ!

 

「う゛お゛ぁ゛ぁ゛っ♪ う゛お゛ぁ゛ぁ゛っ♪♪」キャッキャ キャッキャ

 

 トトロ喜んでる! めっちゃ笑顔になってる!

 なんかもう「キャッキャ♪」って言っちゃってるし、パチパチ手を叩いて楽しんでいる様子!

 関係ないけど、もののけ姫じゃないんだから、そのコールはどうかと思う。

 トトロはそれなりに平和に暮らしているのだ。いま昭和32年ですし(真顔)

 

 

 

 

A malicious fever burns!

熱病のように、悪意が燃えている

 

In our hearts, In our veins!!

心の中に。皆の静脈の中に

 

Your blood, My blood

わたくしの血と、貴様の血……

 

All blood runs the same! the same!!!!

みんな同じように流れているでしょうに! おんなじですわ!!

 

 

 

 

 コール&レスポンス、およびギターソロが終わり、マリアンヌは再び声を振り絞る。

 ダダダダー! っとそこらじゅう走り回ったり、地面に寝っ転がりながら足をばたつかせて、その場でコマのようにクルクル回転したり。

 それも、演奏をしながらだ。アンガス先輩も「Hell Yeah!」と言わんばかりの技術。

 関係無いけど、どこからかやってきた小トトロと中トトロが、マリアンヌの後に続いてトコトコ行進していて、すごく愛らしい光景。

 

「お゛あ゛ぁ~!」

 

 そして、この楽し気な雰囲気につられたのか、はたまたこの場の一体感からか。

 目を「きらーん☆」と輝かせたトトロが、どこからかスチャっと()()()()()を取り出す。

 いまこの子のまわりには、大小様々なサイズのバケツだの桶だのが置かれており、なんとそれをポカポカ叩き始めたではないか! ()()()()()()()()()()!!!!

 

「ほっほ~う……これは思わぬところで、ドラマー加入ですわ。

 よくってよ! よろしくてよ! メタルに魅せられたのなら、どうぞおいでなさい!

 ――――Let's Rock!!!!」

 

 

 

 

 

One for all. All for one

一人はみんなのため。みんなは一人のため

 

We are strong! We are one!

わたくし達はつよい! わたくし達はひとつですっ!

 

One for all. All for one

成すべきを成せ、その背中を守ろう

 

We are one! ――――Nemesis!!!!

我ら“復讐の女神”――――ネメシスでございます!

 

 

 

 

 

 

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 ギュイィィィィィ!! とギターを鳴かせると同時に、思いっきりジャンプ。

 あたかも「これでおしまい!」とばかりに、日本刀を振り下ろすようにジャン! とやる。

 

 演奏が止み、静寂が戻る。

 カサカサと風が木々を揺らす音だけが、今この場にある全て。

 

 だがマリアンヌにだけは、いま自分の内側で鳴る、うるさいくらいの心臓の音が聞こえている。

 ドクドク、ドクドク。それはまるで機関車のよう。()()()()()()()()

 

「おわぁ~!」パチパチ!

 

「っ! っ!!」パチパチ!

 

 やがて木の葉の音に代わり、トトロ達が嬉しそうに手を叩く音が聞こえた。

 これは、マリアンヌに対する拍手――――すごかった楽しかったという、彼らの歓声だ。

 

 それを聴いた途端、ようやく身体から力が抜ける。

 自分がいま汗まみれでいる事……そしてひどく息が上がっている事を、ようやく自覚した。

 

 でもまぁ、それどころじゃないかもしれない。

 だって今、マリアンヌの頭には、トトロ達をメンバーに加えた新しいバンドのアイディアが、もうとめどなく湧き出ているのだから。

 

 身体の大きなトトロが、ドラムとしてどっしり後ろに座ってくれれば、きっと凄くステージ映えするだろう。

 中トトロにはウクレレがいいかな? それともシンセを任せてみるか。

 小トトロ用のちっちゃなマイクスタンドを、またカルロスに頼んで発注してもらわなきゃ。

 そんな事ばかりが、頭に浮かぶのだ。

 

 

 

 

 

 いまマリアンヌの右手にあるのは、先ほどまでピック代わりに使用していた“五円玉”。

 

 

『人との()()を大切になさい』

 

『お金持ちでも、良い家に住んでても、関係無いの。人を愛しなさい』

 

『貴方に素敵な出会いがありますように。がんばるのよマリアンヌ――――』

 

 

 

 昔、お母さんがそう言って、これを握らせてくれた。

 このピッカピカの五円玉は、マリアンヌの宝物だ。

 

 

 

 

 

 

*1
【シャゲナベイベー】 日本ROCK界の重鎮、内田裕也さんがよく口にするセリフ。Shake it up Baby!(腰を振って踊りなよ!)みたいな意味

*2
例えば「ルルル~♪」とか「ピーパッパ! パラッポ!」みたく、特に意味をもたない言葉で歌うこと。

*3
愛で、鼓動、早くなる!

*4
わたくしの鼓動、早くなるっ!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

77 悪役令嬢だけどトトロ見えるよ! ~第6話~



 ※注意!

 今回は、作中で“とある人物”を貶しているかのような描写が御座いますが、これには決して誹謗中傷の意図は御座いません。

 その理由は作中にて。ご注意くださいませ。







 

 

 

 

「あの……お父さん?」

 

 夜。デスクのライトが柔らかな光を放っている、父タツオの書斎。

 

「おや、どうしたんだいサツキ。浮かない顔をしているね?」

 

「……」

 

 ノックと共に扉が開いたのを感じ、椅子を少し動かして背後を振り返る。

 もう夕飯もお風呂も終えて、黄色いパジャマを着ている愛娘。なのに彼女はどことなく元気がない顔をしながら、この部屋を訪れた。

 今日は記念すべき学校初日であったのだし、様々な出来事があったハズ。

 ゆえに、なにか自分に相談事でもあるのだろうと、タツオは察する。

 

「お父さんって、エレキギター持ってたよね?

 大切にしまってあるのを、見た事あるの」

 

「ああ。昔使ってたヤツだよ。

 もうずいぶん弾いていないけど、思い出に取ってあるんだ。

 それがどうかしたのかい?」

 

「じゃあお父さんは、ロックのこと知ってる?

 ロックとかメタルに詳しいのかなって……」

 

 これはこれは、意外な話題が出てきたものだ。

 ねじっていた身体をいったん戻し、今度はちゃんとサツキの方に向き直る。腰を据えて話をする姿勢を取った。

 

 ふとタツオの脳裏に、あの金髪縦ロールの少女のことが思い浮かぶ、

 まだちんまいのに、特注っぽいライダースと革ジャンを着ていて、名家の令嬢らしからぬ恰好。でもすごく良い子で、とても礼儀正しかった覚えがある。

 

 きっとロックと言うからには、マリアンヌちゃんに関する話なのだろう。

 タツオはそうあたりをつけ、優しい顔でサツキを見つめながら、ゆっくり次の言葉を待った。

 

「教えてほしい事があるの。

 あたし、浜ちゃんとね――――」

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「う……うへへ。うへへへ♡」

 

 一方その頃マリアンヌは、自室でひとり音楽を聴きながら、変な笑みを浮かべていた。

 

「ご無沙汰しておりましたわ、ジョニーさん♪

 ご機嫌麗しゅう。やはり貴方さまはとっても素敵ですわね♪ うえへへへ(アヘ顔)」 

 

 彼女の顔が人様には見せられないレベルで大変なことになっているが、別に薬をやっているワケじゃない。ただ音楽を聴いているだけである。

 いまマリアンヌの手元にあるのは、ヘヴィメタルバンド【RIOT】の“NARITA”というアルバムだ。

 スピーカーから流れる軽快なロックンロールに耳を傾けつつ、まるで遠い戦地で恋人の写真を見つめる兵士の如く、“NARITA”のジャケットを凝視し続ける。

 なんとも言えないような、変な笑みを浮かべて。

 

「今日トトロさんとお会いした事で、ふと聴きたくなったのですわ♡

 このRIOTが誇るマスコットキャラクター“ジョニーさん”こそ、メタル界のトトロと言っても過言では御座いません! うふふふふ♪」

 

 ちなみにこの“ジョニーさん”とは、デビューアルバムからRIOTのCDジャケットに登場し続けている、謎の生命体のことである。

 上半身裸で、何故か手に斧を握っており、しかも()()()()()()()()という、どっこも可愛く無いなんとも不思議な感じのキャラ。

 

 RIOTはとても素晴らしいヘヴィメタルバンドだが、でもファンがRIOTと聞いて真っ先に思い浮かべるのは、彼らの楽曲ではなくこの“ジョニーさん”の御姿である事だろう。

 そのくらいインパクトが強い見た目をしているのだ。そこらのゆるキャラなんて目じゃない。

 

 つかそんなのと一緒にされたら、トトロも宮崎駿も「ぷんぷん!」と来ちゃいそうなものだが。なんたって天下のトトロだし。

 でも残念、ここはマリアンヌの自室だ。彼女を咎める者は存在しない。ヘヴィメタル万歳。

 

「今日は色々なことが御座いましたわ。さげぽよな事とか、ビックリする事とか……。

 でもオールOK! わたくし、今とても気分がよろしくてよ♪ Hell Yeah(たまんねぇ)!」

 

 学校で痛感した無力感と、孤独感。

 木のトンネルを抜けた先で起こった、不思議な出会い。

 愛とメタル魂を胸に演奏した、渾身のオンステージ――――

 その全てが、今は遠く幻のよう。確かにあった出来事のはずなのに、どこか現実感が持てずにいる。

 

 

 

 あのライブの後、どうやらマリアンヌは、いつの間にか眠っていたらしく、次に気が付いた時には、メイとふたり寄り添うようにして、トトロの住処の手前にある“木の通り道”に寝かされていた。

 妹を探しに来たサツキが、クゥクゥと幸せそうに寝息を立てている二人を発見したのだが、目が覚めた時は大いに混乱していたものだ。

 

 トトロいたもん! ホントだもん! ウソじゃないもん!

 一緒にSMOKE ON THE WATER*1やったもん! セッションしたもん!

 トトロ、ヘドバンしながらツーバス踏んでた!

 ……とかなんとか二人で喚き散らし、サツキを「キョトン?」とさせちゃうのだった。

 

 メイに怪我が無いことを確認し、軽く事情を説明した後、すぐに「お稽古の時間で御座います」とトーマスさんが迎えに来たので、マリアンヌはサツキ達と別れ、帰宅していった。

 彼女としては、「ごきげんよう♪」と親愛の情を込めて挨拶したつもりだったが……、でもサツキの方はなにやら奥歯に物が挟まったような、何とも言えない表情をしていたのを憶えている。

 言いたい事があるけど、上手に言葉を探せないでいる、という風な。

 

 まぁこれからは毎日学校で会えるし、自分達は同じバンドの仲間だ。

 また次に会った時にでも話を聴けば良いと、マリアンヌはさして重くは捉えていない。大丈夫ですわってなモンだ。

 

 関係ないけれど、メイの話を聞いたタツオさんが、「嘘だなんて思わないさ。でも、いつでも会えるワケじゃないんだろうね」と、塚森の主であるトトロについての持論を語っていた。

 だが正直、トトロはもう()()()()()()()()()()()()()、いつでも会えなきゃ困る! というのがマリアンヌの主張である。

 

 これからガンガン練習して、来るべきライブに備えなきゃいけないし、バンドは常に一丸となって行動しなくてはならない。

 ごめん今日は無理とか、いつでも会えるワケじゃないとかは論外だ。そんな事でROCKがやれるものか。いったい何を考えているんだ。

 

 早速制作しておいた、マリアンヌお手製の【GO・EN・DAMA!ステッカー】も渡してあるし、勝手に住処の木とかにもペタペタ張ってきた事だし。

 なのでトトロの方も、こっちが「あーそびーましょー!」とばかりにメロイックサインでも掲げれば、快く住処までの道を開いてくれるハズだ。間違いないですわ。

 

 そんな変な自信が、マリアンヌにはある。

 なんたってリーダーの指示は絶対なのだ。――――バンドに忠誠を!

 

 

 

「ああ……愛おしいですわ。

 狂おしいほどに、お慕い申しますわジョニーさん♪ Fucking high♡」*2

 

 まぁそんなこんながあったワケなのだけど、今マリアンヌはRIOTのCDに夢中。

 お部屋で一人、幸せな気分に浸っているのだった。

 

 ちなみに今聴いている“NARITA”というアルバムは、“ダサい”のがさも当然かのように扱われているHR/HM界において、その頂点に燦然と輝く作品。

 いわく――――【世界で一番ダサいメタルCDのジャケット】と呼ばれている。

 

 たとえRIOTというバンドは知らなくても、このCDのジャケットは知っている~という人がいる程に、とても有名なもの。

 マリアンヌが大好きなアルバムである。

 

 先ほどもあったが、このRIOTのマスコット的キャラクターである“ジョニーさん”は、上半身裸で、手に斧を持ち、頭部が白アザラシ(マスクなのか素顔なのかは不明)という摩訶不思議な見た目をしている。

 

 その彼が、なぜか今作のジャケットでは()()()()()()()()()、ガイコツや人骨がたくさん足元に散らばっている荒野で、ひとりお相撲さんヨロシクの四股立ちをしているのだ。

 もしこの子に「プリキュアになっておくれ」とか言われたら、たとえユイちゃんでも裸足で逃げ出すだろう。こんなマスコットは嫌だ。

 

 しかもジョニーさんの背後には、謎の爆炎が派手に上がっており、それと共に地表スレスレを飛ぶ謎のジャンボジェット機が映っているという、たいへん頭のおかしいユニークなイラストである。

 

 きっと何を言っているのか分からないと思うが……、こちらとしても非常に説明が難しい。そんな筆舌に尽くしがたい作品となっている。

 RIOTはアメリカのROCKバンドなのに、おもいっきり漢字で“成田”って書いてあるのもシュールだ。本当に意味が分からない。

 

「このアルバムがあれば、わたくし()()()()()()()()()自信があります。

 どんな時も、笑って生きていける気がしますの――――」

 

 お手間じゃなければ、ぜひYOUTUBEなどの動画サイトで、一度【RIOT NARITA】と検索してみて欲しい。

 そこには、貴方がこれまで見た事がないような光景が、きっと広がっているハズ。

 人によっては、得難い出会いと、この上ない幸せを手に入れる事が出来るだろう。今のマリアンヌのように。

 

「たとえば、何かしらのトラウマにより、笑顔を忘れた少年が居たとしましょう……。

 でもこの【NARITA】を聴けば、()()()()()()()()()()()」キッパリ

 

 日本人だろうが外人だろうが、関係無い。

 RIOTを知らなかろうが、ROCKを聴かない人だろうが、それすらも関係無い。

 これはもう伝説と謳われる、無敵の爆笑ジャケットなのだ。

 

 RIOTが演奏する、軽快で耳に心地よいご機嫌なロックンロールに乗せてに、このダサくてシュールなジャケット絵を見せられる……。

 その時、表情筋を動かさずにいられる人類は、この世に存在しない。

 たとえ親とかペットが死んだ直後だろうと、この【NARITA】のジャケットを見た途端「ぶふぅ!?」と噴き出すだろう。

 そうマリアンヌは、強く確信している次第。

 

 重ねてになるが、このジョニーさんはRIOTのマスコットであり、彼らのCDジャケットに数多く登場しているキャラクターだ。

 言うまでもなく、そのジャケはどれも悉くシュールで、長年に渡りROCKファン達に、シリアスな笑いを提供し続けている。

 ようは、()()N()A()R()I()T()A()()()()()()()という事だ。RIOTのCDジャケって、こんな感じのが多いのである。

 

 そう、メタルは人を笑顔にする! 主にダサいジャケットによって。*3

 

 

「これさえあれば生きていける! 人生を歩んでいけますっ!

 あ、そうだ! サツキさんにも、一枚プレゼントしましょうか♪

 今日はどことなく元気がありませんでしたし、きっとこれを聴けば、笑顔になって頂けますわ♪」

 

 

 ニコニコと“NARITA”のアルバムを聴き、マリアンヌはご満悦。

 ほののんとジョニーさんのジャケットを手に、サツキの笑顔に想いを馳せるのだった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「……」

 

 翌朝、通学路。

 通りすがりの人々が、こちらを見てヒソヒソ声で何かを話す中、ひとりまっすぐ前を向いて歩くマリアンヌの姿があった。

 

「何あの服……黒い」

 

「金髪? 外人さんなの?」

 

「まだ小さいのに、なんであんな恰好を……」

 

「何だありゃ、楽器かぁ? けったいな子だなぁ」

 

 聴こえないように気遣ってはいるのだろうが、その声は時折、耳に入って来る。

 けれど、マリアンヌの表情が崩れることは無い。

 その瞳はまっすぐ、前だけを見つめている。

 

 ――――いつもの事、気にしても仕方ありませんわ。

 

 その毅然とした態度は、見る者によっては「立派だ」と映ることだろう。

 流石はHAMADA家の娘、悪役令嬢の名に相応しいと。

 けれど、今この場においては、周りの人々を訝し気な表情にさせる要因のひとつに過ぎない。

 

 こんな田舎町、しかも日本という国で、アメリカ人の女の子がメタルファッションを着込み、ギターを抱えてテクテク歩いているのだ。

 人々が奇異の目でこちらを見るのも、無理からぬ事だった。

 

 ――――変な目で見られたくないのなら、このような恰好、しなければよろしい。

 マリアンヌは思う。これは()()()()()()()()()()()

 自分は受け入れている。……いや自ら望んで、この状況を作り出しているのだと。

 

 ちなみにマリアンヌは、もう少し大きくなったらば、腕に【666】という数字のタトゥーを入れようと、心に決めている。

 きっと、それを見た人々は「うえっ!」って顔をする事だろう。

 そんな事は分かっている、だが()()()()()()()

 

 グラサンをかければ、「こいつイキがってるな」と周りに思われる。

 野球部に入るべく丸坊主にすれば、「カッコ悪い」と言われる。

 高いバッグや、煌びやかな宝石を身に付ければ、「お高くとまりやがって」という印象を持たれるだろう。

 

 それと一緒だ。メタルファッションに身を包めば、「怖い人だ」とか「近寄りたくない」とか思われても、当たり前。

 でも、自分はこうだから――――ROCKが好きだから、この恰好をしている。

 ただそれだけの事だ。

 

 人目を気にするより、変な風に思われる事よりも、貫きたい想いがある。

 決して無くしたくない、大切にしたい、何をおいても譲れない物がある。

 だからマリアンヌは、いつもこの恰好で歩く。いま目の前で起こっている事の全てを、しっかり受け入れながら。

 自分はメタラーだ。こういう人間だ。ROCKなんてやっているロクデナシだと、ハッキリ示すように。

 

 それが大事なら、いいじゃありませんの。

 泥をかぶる位、何だと言うのです?

 わたくしはメタルが大好きですわ――――胸を張りたいのです。

 

 

 余談ではあるけど、以前マリアンヌは祖国アメリカで、身体に“あるタトゥー”を入れた女の人と会った事がある。

 

『貴方は日本語が分かるの?

 私も日本のことが大好きで、漢字のタトゥーを背中に入れてるのよ♪』

 

 父が日系アメリカ人である事や、あのNARITA(成田)のアルバムが大好きなこともあり、当時からマリアンヌは親日家。

 それがふと話題に上がった時、その綺麗でお淑やかな女性は、嬉しそうに背中のタトゥーを見せてくれたものだ。

 

『昔、日本人の方とお会いした時に、日本語で【神様】はなんと言うのですか? って教えて貰ったの。

 このタトゥーを入れた事を、私は誇りに思っているわ。とても気に入っているの♪』

 

 女の人は、とても幸せに満ちた表情で、まるで大切な宝物を披露するみたいだった。

 でも確認してみた所、彼女の背中にはおもいっきり【矢沢】って文字が書いてあって……。

 マリアンヌは「あんがー!」と口を開け、なんとも言えない気持ちになっちゃったのを憶えている。

 

 ――――いや“神”かもしれないけども。YAZAWAは凄いロッケンローラーだけども。

 ひどい事するなぁ……、と人知れず思ったものだ。これ一生消えないんですねと。

 ちなみに「それ違いますわよ?」と訂正することは出来なかった。シラヌ・ガ・ハナァー!

 

 まぁ何が言いたいのかと言うと、タトゥーや信仰というのは、その人にとっての“究極の拘り”だ。

 好きな音楽への愛だって、きっと同じなのだと思う。

 だから喜んで背負うし、ちょっと変な目で見られたくらいで、曲げる事はない。

 

 マリアンヌはそう信じているから、心のド真ん中に大事な物がしっかりとあるから、まっすぐ前を向くことが出来る。

 誰に恥じる事なく。

 

 

 

「それに……どうやらわたくしを応援して下さる方々も、いらっしゃるようですし?」

 

 ふと車の音に振り向いてみれば、そこには「おーいマリアンヌちゃーん!」とこちらに手を振っている、農家のおじさん達の姿が。

 また加藤登紀子やってくれなー! 今度は坂本九も頼むよー!

 そんな風に、好き勝手なリクエストを口々に言いながら、トラックで通りすがっていった。

 

「わたくし、シャンソンのシンガーでも、歌謡曲の歌手でも御座いませんことよ?

 でもやってみますわ。ごきげんようおじさま方♪ 今日もよい一日を♪」

 

 マリアンヌも上品に手を振り、笑顔で応えた。

 

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

 

 

「皆さま、おはようございますわ」

 

 やがて学校に到着。

 廊下で見かけたクラスメイトの子達に、ペコリとご挨拶。

 そのイカつい風貌とは裏腹、品の良さを感じさせる丁寧な所作に、子供達はみんな戸惑っている様子。

 どの子も「あはは……」と苦笑いをしながら挨拶を返し、すぐに目を逸らしてしまうか、足早にタタタと立ち去ってしまう。

 それでも、マリアンヌが表情を崩すことは無い。花のように朗らかな笑みだ。

 

 昨日、某ジョニーさんに貰った元気、そしてトトロに出会ったという喜びが、足を軽くさせているのかもしれない。

 マリアンヌは「ルンルン♪」と聞こえてきそうなほどご機嫌な足取りで、自分の教室の扉を開いた。

 

「――――あっ、浜ちゃん!!」

 

 入口をくぐった途端、元気な声が聞こえた。

 目線をやらずとも分かる。これはサツキの声だ。

 楽器に携わる者の常として、マリアンヌはとても耳が良く、絶対音感まで持っている子だ。しかも大好きなサツキの声とあらば、たとえどのような状況下であっても、聞き間違えるハズもない。

 今日はとても気分がよい日だけれど、さっきよりも更に嬉しそうな笑みを浮かべて、サツキの方に振り返った。

 

「あらサツキさん、おはようございますわ♪

 今日もよいお日柄ですこと♪」

 

「っ! っっ!!」

 

 朗らかに言葉をかける。……けれど様子が変だ。

 どうやらサツキは、昨日に引き続き、大勢のクラスメイト達に囲まれているようだ。

 恐らくは、その状況にありながらも、ずっと出入口の方を気にしていたのだろう。

 マリアンヌの姿が見えた途端、思わずといった様子で、大きな声を挙げたのだ。

 

 その声にビックリしちゃったのは、周りにいるクラスメイト達。

 さっきまで楽しくお喋りしていたんだろうに、今は「シーン……」と静まり返っている。

 きっと、彼女がマリアンヌに声をかけた事が、意外に思えたのだろう。

 なんであの子に? という疑問が、みんなの表情に滲んでいるように思う。

 

 あらら、これはいけませんわねぇ。

 頭の良いマリアンヌは、即座にこの空気を察する。

 有り体に言えば、自分のような者とサツキさんが関わるのは、()()()()()()()()()()()()

 

 転入生であり、その活発で明るい人柄から、早くもクラスの人気者である彼女。

 対して自分は? もう語るまでも無いだろう。

 はっきり言って、マリアンヌはサツキに()()()

 少なくとも、周りはそう判断しているのだろう。

 

 先ほどの通学路で、“背負うこと”について考えを巡らしていたが……これは個人としての話だ。

 怖いだの、変な人だの、そういった悪評によって彼女に迷惑をかけてしまう事を、マリアンヌは是としない。

 ゆえに、コクリと頷き、柔らかな笑みだけを贈って、その場を通り過ぎようとしたのだが……。

 

「 まって! まってよ浜ちゃんっ!! 」

 

 足を止める。あまりに必死さが滲んだ、その大きな声に。

 視線を向けてみれば、もうドドドッとクラスメイト達を押しのけながら、こちらに走って来るサツキの姿が。

 

「浜ちゃん、あたし……あたしはっ!」

 

「?」

 

 いくつかの机をガシャーン! と倒しながら、それでもマリアンヌの前に立つ。

 今サツキが、とても真剣に、そして縋るような想いでいる事が、その懸命な姿から感じられた。

 いったいどうして? 何があったのです?

 マリアンヌは目をまん丸にする。

 

 

「みてみて浜ちゃん! ――――んっ!!!!」ビシッ!

 

「 !!!??? 」

 

 

 サツキが唐突に、()()()()()を取った。

 その瞬間、マリアンヌの頭上に〈ズガーン!〉と雷が落ちる。言葉を失くす。

 

「どうコレ!? 浜ちゃんどう!? んーっ!!」ビシッ!

 

 いま彼女がやっているのは、いわゆる【Fire and Iceのポーズ】

 コサックダンスのように、しゃがんだ状態で左足をピンと伸ばし、そこから右腕を天に向かって突き上げるという、めちゃめちゃダサいすごくカッコいいポーズであった。

 

「こっ…………これはァーー!!!???」ピシャーン!

 

 周りにいるクラスメイト達は、誰一人として分かっていない。でもマリアンヌには分かる! 理解できる!

 これは! かのヘヴィメタルの王者こと、スウェーデンの超絶ギターヒーロー【イングウェイ・マルムスティーン】のモノマネ!

 

 彼のアルバムであるFire and Ice、そのジャケットで披露している、すんごいカッコ悪い彼を象徴するポージングなのだ!

 

「な……ナナナ! 何故このポーズを!?

 なぜご存じですのサツキさんっ?!」ワナワナ…

 

 もう幾度も申し上げているが、メタルはダサくてナンボ。これは決して誹謗中傷では無いことをご理解下さい。メタルはそーいうモンです(愛のある自嘲)

 それはともかくとして……いまマリアンヌが「ガーン!」みたいな顔で、ワナワナと立ち尽くしている。

 

 ちなみにこの【Fire and Ice】というアルバムは、あのRIOTのNARITAと共に双璧と称される、メタルの歴史の中で1,2を争うくらいに『くそダサいジャケット』で有名。

 それもこれも全て、このメタルの王者ことイングウェイさんがやっている、得体の知れないクソダサなとてもカッコいいポーズ&キリッとした真顔のせいである。

 

 とても破天荒で知られるイングウェイさんのお人柄を鑑みると……恐らくご本人は「これをカッコいいと思ってやっている!」という事が、容易に想像できる。

 それが更に相乗効果として、このジャケットの素敵さと、このポーズの破壊力を、飛躍的に上昇させているのだ。

 

 RIOTのアレと同じく、たとえメタルやイングウェイ氏のことは知らずとも、この【Fire and Ice】のジャケットは見た事がある! このポーズを知っている! という人も少なくない。

 それほど有名で、一度見たら決して忘れることの出来ない程、インパクトのあるジャケットだと思って頂けたらと思う。メタルってホント最高だよな(震え声)

 

「なんと……なんという事を!!

 サツキさん、貴方ッ……!!」

 

 この場でマリアンヌだけは、このポーズを知っている。意味を理解出来る。

 だからこそ、衝撃を受けた。

 人気者であり、みんなに愛される素晴らしい女の子……そんな他ならぬこの子が! よりにもよって【Fire and Iceのポーズ】をと! ――――ダサッ!?!?(迫真)

 

「っ! っ!!」

 

 ポーズを取ったまま、サツキが必死さが窺える瞳で、じっとマリアンヌを見ている。

 その目は、明らかに“何か”を訴えている。

 言葉にできない、なんて言ってよいのかが自分でも分からない想い……。それを懸命にマリアンヌに伝えようとしている。

 

 ――――あたしは! 浜ちゃんが好きなの!

 ――――周りや見た目なんか関係ない! いっしょに居たいのっ!

 サツキのクッと結んだへの字口、そしてウルウルと涙に潤んだ瞳が、訴えかけている!!

 それを身体中で示してる!(くっそダサいポーズで)

 

 

「 サ ツ キ さ ん ッ ッ !!!! 」

 

 

 即座にマリアンヌも、Fire and Iceのポーズ。

 ビシッと! 高らかに! 向かい合って決める! この上なくダサく!

 

「サツキさんッ! あぁサツキさんッ!! 我がソウルメイト!!」

 

「浜ちゃん浜ちゃん浜ちゃん! 浜ちゃあああーーんっ!!」

 

 マリアンヌには分かる。サツキがどんな想いで、このポーズをやったのか。

 きっとお父さん……タツオさんに訊いたのだろう。「メタルの事を教えて」と。

 

 あの子と、もっと仲良くなりたい。

 昨日はひとりっきりで居るあの子に、駆け寄ることが出来なかった……。けど友情を示したい。

 貴方と一緒に居たい。あたしもROCKがしたいんだって、浜ちゃんに伝えたいの!!

 

 そんな気持ちを、アリアリと感じる。全身で表現している。

 こんなくっそダサいポーズなのに、周りのみんなはこっちを見て「くすくす」と笑ってるのに、サツキはそれを微塵も気にする事がない。

 いま彼女の瞳に映っているのは、大切な友達の顔。マリアンヌの事だけだ!

 

「うわぁぁぁん! サツキさん! サツキさん! ロォォォック!!(デスボ)」

 

「浜ちゃん! 浜ちゃあああん! ろぉぉぉっく!!(デスボ)」

 

 やがて二人は、(せき)を切ったように泣き始め、ガバッと抱きしめ合う。

 おーいおい! と大声をあげて、二人で涙を流した。

 

 それを見ていたクラスメイト達は、ポカーンとした顔。

 サツキちゃんもマリアンヌちゃんも、いったいどうしたんだろって、ワケも分からず呆けてしまう。

 そんな、二人だけの空間。サツキとマリアンヌだけが分かる、二人だけの共通した想い……かに見えた。

 

「おいサツキ! マリアンヌ! 俺のこと忘れてんなよっ!」

 

 けど突然、カンタ君がぐぅあ~! と駆け寄って来て、二人に向けてビシッとメロイックサイン。右手を高々と上げる。

 

「バンドの仲間だろっ! 一緒にやるって言ったじゃんかっ!

 仲間外れにすんなって!」

 

「あ……あははっ! そうだねカンちゃん! うんっ!!」

 

「ええ、いっしょですわカンタ君……! わたくしたち【GO・EN・DAMA!】ですわっ!」

 

 よっしゃあ! とばかりに円陣を組み、みんなでメロイックサイン。

 この世界に示すように、改めて団結。右手を振り上げる。

 

 

「今日帰ったら、早速サツキさんのお宅に集合ですわっ!

 お二人に、新しいメンバーを紹介いたします! すんごいドラマーですのよっ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 関係ないけど、マリアンヌ達も意図せぬ所で、この時からクラス中でファイヤー&アイスのポーズ、およびメロイックサインが大流行する事となる。

 

 授業中も「この問題わかる人ぉ~?」って訊かれたら、みんなメロイックサインで「はい!」とハンズアップするので、先生達は大いに戸惑ったそうな。

 

 ロケンロー!(やけくそ)

 

 

 

 

 

 

 

*1
【SMOKE ON THE WATER】 HR/HMバンド“ディープパープル”の代表曲のひとつ。比較的スローテンポな曲で、演奏がとてもシンプルなので、初心者バンドのための練習曲としてお馴染み

*2
クソ上がるぜ! ですわ♪

*3
※誹謗中傷に非ず。メタルにとって「ダサいは誉め言葉」です♪





 ◆作中で使用した、YOUTUBEで検索すると幸せになれるワード集◆


・【RIOT NARITA】
 このアザラシ君の名前は“ジョニーさん”。とっても可愛いので、みんなで愛でよう!

・【Yngwie Malmsteen Fire and Ice】
 メタルの王者、イングウェイ様の雄姿を、目に焼き付けろ!




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

78 悪役令嬢だけどトトロ見えるよ! ~第7話~

 

 

 

 

「おい、あれ見てみろよ!」

 

「わぁ!」

 

 カリカリと鉛筆を走らせる音だけが、唯一のBGMだったハズの空間。

 サツキやマリアンヌがお勉強に勤しんでいた教室に、ふいに誰かの楽し気な声が挙がったのは、お昼を過ぎた頃だった。

 

「ええっ!? ワッツ ザ ファック!!」(なんてことなの!)

 

Phew(ヒュー)! あらあらまあまあ♪」

 

 誰かさんの口調がうつったのか、思わずスラングを口走ってしまうサツキ。

 対して、その隣に座るマリアンヌは、育ちの良さを感じさせるお上品な笑み。ニッコリってなモンだ。

 

 それもそのハズ。いま彼女らの目に映っているのは、他ならぬメイの姿。

 カンタ君のおばあちゃんに付き添われて、校門のあたりに立っているみたいなのだ。

 

「すいません先生! 外に妹がっ!」

 

 サツキは一言断りを入れると、慌てて校庭に駆け出す。

 その背中を追って、ついでにマリアンヌも教室から飛び出した。

 先生の「ちょ……浜田さん!?」という声も、聞こえないフリをし、レッツパーリィとばかりに。

 

 こういう時、外国人というのは便利だと思う。

 だって叱られても「日本語わかりませんでしたー!」とか「アメリカではこういうモンですの」と言い訳が立つから。イッヒッヒ♪

 

 

「ちょっとメイ! どうしたのよ、なんで来ちゃったの?」

 

「……っ」

 

 それはともかく、サツキはジブリキャラの面目躍如という感じで、もう速攻でメイの所にたどり着く。

 そして妹を前にするやいなや、困惑顔で問い詰める。

 今日はお父さんも、大学のお仕事がある日なので、メイはおばあちゃんの所で預かってもらう事になっており、自分が帰って来るまでいい子にしているようにと、ちゃんと言い付けておいたハズなのに。

 

「ごめんなぁ~サツキちゃん? メイちゃんがどーしてもっで、聞かなくでぇ~。

 ず~っどいい子にしてたんだけんどぉ~」

 

「もう……おばあちゃんも忙しいのに、迷惑かけちゃって。

 ダメじゃないのメイ……」

 

 おばあちゃんは「いいのいいの♪」と朗らかに笑ってくれているが、罪悪感が湧く。

 けれど、今ギュッと両手を握りしめながら、じっと押し黙っている様子のメイを叱ることは、どうしても出来なかった。

 きっと寂しさに耐えかねたんだろう。見知らぬ土地に引っ越してきたばかりだし、すごく心細かったに違いない。

 言い付けを破ってしまったのは、確かによくないけれど……でも「お姉ちゃんに会いたい」というメイの気持ちを、どうして責める事が出来るだろう。

 

 しばしの間、そうため息をつくばかりだったが、やがてメイが歩を進めて、サツキのお腹にギュッとしがみ付いた。

 悪いのは分かってる、お姉ちゃんを困らせている事も。言い訳なんか出来ない。

 だからこそメイは、無言で手に力をこめる。そうする事で気持ちを表すしかないから。

 

「What an adorable…!*1 わたくし一人っ子ですし、お二人が羨ましいですわ♪ とっても素敵♪」

 

 マリアンヌは感激したように両手を合わせ、柔らかく微笑む。

 この状況に困惑し、みんなに迷惑をかけてしまったと後ろめたい気持ちでいたサツキだったが、その心からの好意によって、なんか毒気を抜かれてしまう。

 それと共に、少しだけ心が軽くなる心地がした。

 

「ほらほら、大丈夫ですよメイさん。もう泣くのはおしまいですわ♪

 I don't want to see a face that has forgotten how to smile」*2

 

 メイと目線を合わせるように屈み、レースのハンカチを差し出す。

 サツキやおばあちゃんには、この子が何を言っているのかはよく分からないのだが……とりあえずメイを気遣ってくれてるのだけは理解できた。

 関係ないけど、マリアンヌはクリスタルキングが好きなんだろうか? あれも凄いロックな曲だし、ジャパニメーションは海外でも有名だけども。

 

 とにかく、マリアンヌは丁寧な手つきで、優しくメイの涙を拭ってやる。

 メイの方も、サツキのお腹にしがみ付きながらではあるけれど、片方の手でギュッとマリアンヌの服を掴んでいるのが見て取れる。

 まるで「浜ちゃんもいっしょにいて」と言うようにして。

 

 昨日は一緒にSMOKE ON THE WATERをセッションした仲だし、なにより子供というのは鋭いものだ。きっとマリアンヌが心から自分を愛してくれてる事と、勘違いとはいえ必死に守ろうとしてくれていた事を、なんとなしにでも感じ取っているのかもしれない。

 まだ短い付き合いながら、とてもマリアンヌを慕ってくれているようだ。

 

「おや……? あぁそういう事でしたの! なるほどっ!

 サツキさん、どうやらメイさんから、ご報告があるようですわ♪」

 

「?」

 

 ふいに声をかけられ、キョトンとする。

 けれどマリアンヌがチョイチョイと指さす方に目を向けてみれば……、そこにはウンウンと頷いているおばあちゃんの姿。

 そして、その手に握られているのは、メイ専用の小さなマイクスタンドであった。

 

「えらいですわメイさんっ! お一人で練習なさっていたのですね!

 流石は【GO・EN・DAMA!】のボーカリスト! バンドマンの鏡ですわっ☆」

 

「うん! メイがんばったよっ!

 はっせーれんしゅー? もやったし、あのお歌もうたえるよーになった!

 メイちゃんとおぼえたもんっ!」

 

 おそらく、この子はマリアンヌに教えて貰ったボイストレーニングや、借りていたCDの曲を覚えることに打ち込んでいたのだろう。

 サツキ達が学校へいっている間も、一生懸命に練習していたのだ。

 そして、「あの曲を歌えるようになったよ!」というのを、一刻も早くお姉ちゃん達に伝えたかった。一緒にセッションがしたかった。

 それがどうしても我慢できなくて、きっと学校にまで来てしまったのだろう。

 

「Roger that!*3 乗るしかありませんわねぇ、このビッグ・ウエーブに!

 ……カンタ君! ロックのお時間ですわっ!!」

 

「まかせとけマリアンヌ! ほらよっ!!」

 

 彼女がパチン! と指を鳴らすと同時に、カンタ君がポーイ! とギターを放り投げる。

 それはフワッと放物線を描いて飛び、「あわわ!」と慌てふためくサツキの腕の中に収まった。

 というか、いつの間に来てたんだカンタ君。ちゃっかり自分のベースまで抱えて。

 

「皆さま、準備はよろしくて?

 我ら【GO・EN・DAMA!】初の……しかもゲリラライブ敢行っ!

 塚森のハナタレ共に、ロックを教育してやるのですわッ!」

 

「おっしゃあー! 見てろよ教室のヤツらぁー! やってやるぜぇー!」

 

「おーっ! ばっちこぉーい!」

 

「えっ、ここでやるの浜ちゃん? ……今からぁ!?!?」

 

 オロオロしているサツキを余所に、三人は「いくぞー!」と拳を振り上げる。

 落ち着く暇も、状況を理解する時間もなく、マリアンヌの号令で配置に付くメンバー達。

 センターがメイ&サツキ、その両翼にマリアンヌ&カンタ君が陣取る。

 もちろんこのライブの観客たる、校内の皆に向かってだ。

 

 

「――――Hello mother fucker( よい子のみんな )! ご機嫌うるわしゅう!

 We are GO・EN・DAMA! ですのよォォーーッ!!」

 

「「「 ウオォォォオオオ!! マリアンヌちゃあああぁぁぁんッッ!!!! 」」」

 

 

 マリアンヌのコールと共に、空気が震えるほどの大歓声。

 降ってわいたような突然のイベントに、学校中のみんなが授業もそっちのけで、校庭に釘付けだ。

 そして、意外とノリが良いおばあちゃんの「ワンツー、さんし!」の声と共に、一斉に演奏を始めるマリアンヌ達。

 ギュィーン! デデデデデデ!(ギター&ベース音)

 

 

 

 

 

 

Highway Star(こーそくどーろのほし)

曲: Deep Purple 演奏: GO・EN・DAMA!

 

 

 

 

Nobody going to take my car!

メイのクルマには、追いつけないよ♪

 

I’m going to race it to the ground!

ビンビンに飛ばしちゃうから!

 

 

Nobody going to beat my car!

メイには誰も勝てない! ムテキの車なの☆

 

It’s going to break the speed of sound!

音速でぶっちぎるんだもぉーん!!

 

 

 

Ooh, it’s a killing machine!

えへへ♪ さつじんてき? なマシンだね!

 

It’s got everything!!

これもう、ぜんぶそろってる♪

 

 

Like a driving power.Big fat tires and everything!

すごーい馬力に、ぶっといタイヤ! あと他にもいっぱい! ぜんぶぅー☆

 

 

 

――――I love it!

だいすきぃぃーーっ!

 

――――And I need it!!

メイんだもぉぉーーん!!

 

――――I bleed it!!!!

ズッキュンだよぉぉーーっ!!!!

 

 

 

Yeah, it’s a wild hurricane

いぇい☆ 嵐みたいな風だねおねーちゃんっ♪

 

Alright, hold tight

だいじょぶ、しっかり掴まってて

 

I’m a highway star!!

メイは! メイは! “ハイウェイ・スター”ってゆーのね!

 

 

 

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

 

 青春――――これはまさにそんな光景。

 割れんばかりの歓声が飛びかい、沢山のメロイックサインが掲げられる中、まぶしいほどの太陽に照らされ、みんなの汗がキラキラ光る。

 

 そして当然だが、()()()()()()()()()()()

 インガ・オーホーですわ! Holy Fuck!

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「 この馬鹿娘がッ!! 」

 

「――――ペイーン!」

 

 パパのゲンコツにより、マリアンヌが変な声をあげる。She is the pain killer!

 ここは学校にある応接室。現在マリアンヌは、またしても親を呼び出され、お説教を喰らっている最中である。

 

 まだ転校してきて1か月と経たないというのに、早くも二度目。

 いくらロックを志しているとはいえ、令嬢として如何なものか。

 

 タンコブの出来た頭をクシクシ撫でるマリアンヌを余所に、パパは「ウチの娘がすいません」とひたすら頭を下げる。

 あれは立派な授業妨害だし、小学生がゲリラライブをするなど、前代未聞だった事だろう。

 娘の将来の為にも、どうか退学だけは……と必死に謝っているご様子。

 

「何があったのかってビックリしたけど、まさかライブをするなんてねー。

 いいなぁ、僕も聴きたかったよ。早く電話をくれれば良かったのに」

 

「お父さん?」

 

 対して、同じく呼び出されたタツオさんの方は、なにやらのほほんとした物だ。

 一応は「駄目だよサツキ?」と叱りながらも、愛娘たちの初ステージを思い描き、楽し気な顔をしている。

 

「貴方がサツキお嬢さんの? お話は伺っております。

 娘がたいへん世話に……」

 

「いえいえ、こちらこそですよ浜田さん。

 マリアンヌちゃんと出会ってから、二人ともすごく楽しそうで」

 

 お父さん同士、ペコペコ頭を下げ合う。

 マリアンヌ&サツキはおいたをしちゃった手前、居心地の悪さを感じ、ただただソワソワするばかりだ。

 

「まったく! 自分一人ならともかく、周りまで巻き込むとはッ!

 こぉ~んな可愛い子達に迷惑をかけるなど、言語道断だぞマリアンヌよ! ぐへへへ……♪」

 

「涎が出ていますわ、お父さま。

 お拭き下さいまし、お拭き下さいまし」

 

 サツキやカンタ君といったチビッ子達の方を見つめ、気持ち悪い顔をするマリアンヌパパ。

 この人は自分の娘に対しては、「親の義務だ! 致し方なし!」とばかりに厳しく躾けるのだが、その反面、余所の子供に対しては、もう形無しって程デレッデレになる。

 実の娘から見ても、ちょっと異常なんじゃないかな? ってくらいに子供好きな人なのだ。

 

 冗談なのか本気なのか知らないが、以前ふとした時に「私以外の大人、全員死ね! そしたら町中の子供を引き取り、みんな私の子にするのに!」とか口走っていた事があり、マリアンヌはドン引き。

 それに娘への愛情も、実は「親バカ」というレベルでクッソ深く、先ほどマリアンヌにポカリとゲンコツを入れた時も、内心では血の涙を流していたのである。

 娘のためなら死ねる! と真顔で言っちゃう系の親だった。良くも悪くも。

 

「コホン! ちなみにだが……何をやったんだねマリアンヌ?

 いや、親として一応きくだけだが……どんなファッキンな曲を?」

 

「ディープパープルですわ、お父さま(キラーン!)」

 

 なんかモゴモゴしながら問いかけるパパに対し、マリアンヌは「そら来た」と即答。

 まるで、この時を待っていたとばかりに。

 

「すっ……スモーク・オン・ザ・ウォーターかね?

 いやウーマン・フロム・トーキョーという線も……」

 

「ハイウェイ・スターですわ。

 メイさんったら、イアン・ギラン*4のシャウトまで完コピでしたのよ!

 お好きでしょうお父さま?  疾走感のある メ タ ル ♪(はぁと)」

 

「……っ」

 

「……☆」

 

 しばし無言で見つめ合う、親子二人。

 片方は真顔、もう片方は満面の笑みで流し目をしている。

 

「……紫の炎は? スピード・キングはやるのかね?

 あれは歴史的名曲だぞマリアンヌ」*5

 

「いずれ。必ずやご覧にいれましょう。

 その為にも、たくさん練習しませんとね♪

 あー。はやく帰って、みんなとミーティングしたいですわー(棒読み)」

 

「――――先生、大目に見てやっては貰えませんか? 私の顔に免じて」

 

 速攻で先生に向き直り、キリッ!

 この人ちょろいわー。パパ分かりやすいわー。

 マリアンヌは密かにほくそ笑む。やりましたわと。

 

「おい、なんか寄付の話とかしてるぞ。

 楽器をいっぱい寄贈するとか、音楽室つくるとか。

 とんでもねぇなぁ、お前のとーちゃん」

 

「浜ちゃんの家、お金持ちだもんねぇ。

 クラスみんなで、ギター弾けるようになるかもー!」

 

「おほほ♪ He’s silly as fuck!*6

 まぁわたくしも、あの血をひいているのですけど……」

 

 

 

 さっきまでの雰囲気が一転。いま大人達は真剣な顔で、業者とか増築とかの難しいお話をしている。子供達なんてそっちのけで。

 

 感激して握手を求める校長先生に、引き続きキリッとした顔のマリアンヌパパ。

 それをウンウン頷きながら見ているタツオさんと、優しい顔で「ほっほっほ♪」と言ってるおばあちゃん。

 

 こうなれば、もう生徒へのお説教どころではない。大事な話をしなくちゃいけないのだ。

 担任の先生から「もうやっちゃダメよ?」と軽~く言われた後、とっとと下校なさいと体よく追い払われてしまった。無罪放免である。

 

 大人って現金だなぁ。教育者といえども、しょせん金の奴隷ですのね豚共が(悪役令嬢感)

 あとで今日のことを、曲にしてみよっかな? ROCK出来そうな気がいたしますの。と考えるマリアンヌであった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「あー、降ってきちゃったね! みんな走ろ!」

 

 その後、みんな揃って下校したGO・EN・DAMA!のちびっ子たち。

 

「いけない! 楽器が濡れてしまいますわっ! 急ぎましょう!」

 

「長々と説教すっからだよっ! くっそぉー!」

 

 突然の雨に見舞われ、「わー!」と駆け出す。

 マリアンヌはギター、カンタ君はベースと機材、サツキはメイを背中におぶりながら、もう薄暗くなった田園風景を走る。

 機材が水に弱いのは元より、楽器というのは木材で出来ているので、雨は大敵なのだ。

 急いで雨宿り出来る場所を探し、そこに駆けこむ他なかった。

 

「まずったなぁ……、傘もって来なかったんだよ俺。

 ベースのことで頭いっぱいでさぁ」

 

「あたしも……。学校に置いてきちゃった。

 それにしても、タイミング悪かったねぇ。いきなり降って来るんだもん」

 

 もう少し降るのが早ければ、マリアンヌパパの車で送って貰えたかもしれない。

 それに学校で預かってもらうとか、傘を貸してもらうとか、なにかしら楽器を濡らさずに済む手段があっただろう。でも後の祭りだ。

 

 メンバーたちは、お地蔵さまが住んでいる場所に行き、ひととき屋根を貸してもらうことに。

 楽器はもちろんだけれど、今すやすや眠っているメイが風邪ひいちゃったら困るので、優先して濡れないように気遣う。

 ここは4人で入るには少し狭いので、自分達が濡れちゃうのはもう仕方ない! 贅沢は言えない! と覚悟するマリアンヌ達だ。

 

「お父さまが気を利かせて迎えに……というのは期待できませんわねぇ。

 とても楽しそうでしたもの。我が世の春が来た! って感じで」

 

「あはは……」

 

 大人達は今、寄付金の事とか、学校の増築についての計画を話し合っているハズだが……、それとは別にマリアンヌパパとタツオさんが、なにやら凄く意気投合していたようなのだ。

 

 貴方も昔バンドを? 好きなアーティストは? どんなギターを使ってらしたんです?

 あとレッドツェッペリンがどうとか、マイケルシェンカーグループがどうとか、ギブソンの魅力についてだとか、そーいった事を嬉々として語り合っているのを見た。もう子供をほったらかして大盛り上がりだ。*7

 お蔭さまで、マリアンヌ達は延々と雨宿りする羽目に。大人は頼りにならんのだった。

 

「今日は新しいメンバーを加えて、バンドミーティングをする予定でしたのに……。

 この調子では、明日に持ち越しですわねぇ」

 

「仕方ないよ浜ちゃん、また楽しみにしてるよ♪

 それに、こんなじょーきょーだけど……あたし楽しいの!

 みんなで雨宿りってゆーのも、なんかワクワクしない?」

 

「はは! たまにはいーよな、こーゆーのも。

 話でもしてりゃ、そのうち雨も上がるって。ロックのこと話そうぜ!」

 

 みんなで雨雲の空を見上げながら、今日の出来事に想いを馳せる。

 初めてのライブだったし、練習も2日かそこらの自主錬のみだったから、ぶっつけの本番。きっと演奏としてはお粗末なモノだった事だろう。

 でも凄く楽しかった――――とっても興奮した。

 楽器を弾くのって、いやみんなでバンドやるのって、こんな楽しいのかって思った。

 いま愛らしい寝息を立てているメイを含め、これはメンバー全員の想いだ。

 

 はやく練習したい。楽器を弾きたい。ロックをやりたい――――

 そんな気持ちがとめどなく溢れ、自然と笑顔になる。

 

 きっと今日のことは、ずっと忘れないんだろうなって思う。いつか大人になっても。

 なんたって、自分たちGO・EN・DAMA!初めてのライブだ。

 もしも将来、自分達が有名なバンドになって、伝記みたいなのを書くとしたら……その第一章が今日の出来事になるんだろう。

 

 人から見たら、馬鹿らしい話に聞こえるかもしれない……でも“夢”とはそういうモノ。

 ほかの誰でも無く、自分たちにとっては、今日一日の出来事はまさに宝物。かけがえのない思い出になった。

 

「いや、確かにモーターヘッドはすごいけど……ちょっと渋すぎない?

 あたしもメイも、綺麗でハイトーンなボーカルさんが好きだなぁー♪ ファーって♪」

 

「ばっか! あのしゃがれ声がいーんじゃん! 大人のロックってヤツだよ!

 んじゃあサツキが好きなのって、ナイトウィッシュとか陰陽座?

 あれもカッケーけどさぁ~」

 

「カンちゃんこそ、インペリテリとかどーなの?

 ボーカルのロブ・ロックさんの声って、まさにメタル! って感じだもん。憧れない?」

 

「おお! シャウトすげぇよな! 高くて伸びがあって、しかもエッジ効いててさぁー!

 ペリテリは演奏の方も、ドゴドゴ重低音が効いてて、すんげぇハードだ!

 ギターもえげつねぇくらい速ぇし♪ アレ聴いてりゃゴキゲンだろ!」

 

「メタルのボーカルさんで、一番上手なのって、誰だと思う?

 やっぱロニー・ジェイムス・ディオさん?」

 

「うーん……俺もそう思うけどぉー。でもブルース・デッキンソンもすごくねぇ?

 声量で言ぇあグラハム・ボネットだし。決めんのムズイって。

 でも技術はともかく、俺的には全盛期のマイク・ヴェセーラがグッと来るぜ?

 あれって唯一無二じゃんか!」

 

 まだマリアンヌと出会って三日だというのに、もうロックの話をしている……。しかも簡略化した演奏とはいえ、曲がりなりにも楽器を弾けるようになってるし。とんでもない子達である。

 本当に子供というのは、まるでスポンジのよう。どんどん知識や技術を習得していく。

 きっと“好き”という気持ちは、何物にもまさる才能なのだと、マリアンヌは思う。

 

「かんけー無いですけど……もう普通に話してますわねぇカンタ君。

 彼はサツキさんにキュンですが、ロックに夢中になるあまり、壁が無くなっているご様子♪」

 

 いつも微妙に目を逸らしたり、上手く話し掛けられなかったりしているんだけど、いまカンタ君は機嫌良くサツキとお喋りしている。

 打ち解けてるってレベルじゃない、十年来の親友と激論を交わすみたいに。

 同じ趣味っていいなぁ。ロックってすごいなぁ。

 音楽で世界がひとつになるというのは、決して理想でも夢物語ではないのだ。

 ロックの力を実感するマリアンヌだった。

 

 サツキ&カンタ君の議論に、時折「それホワイトスネイクですわ」とか「あの曲はアンスラックスですのよ」と知恵を授けたりしながら、みんなで雨宿り。

 空は雨模様だけど、心は熱い。とっても滾っている。

 

「ふふ♪」

 

 ふいにマリアンヌが、ひとりメロイックサイン。

 お空にいる誰かに見せてやるように、「わたくし幸せです。ロックしてますわ」と示すように、メタルを象徴するハンドサインを天に掲げた――――

 

 

 

 

 

 

「…………およよ?」

 

 すると、どうした事だろう。

 突然この場に、なんかボボボボッ! という低い音が響く。

 

「あれは……車? いえ、それにしては……」

 

 その音は、だんだん大きくなり、何かがこちらに近付いているのが分かった。

 よもやお父さま? かと思ったが、これは車のブロロロって感じの音じゃない。

 それとは明らかに違う、もっと低くて大きな音だ。あたり一帯の空気を振動させる程の。

 

「まぁ! 来てくださいましたの()()()()()? ありがとう存じますわ♪」

 

「っ!?!?」

 

「 !?!?!? 」

 

 そして! ボボボっと爆音を響かせながら登場したのは、ネコバスならぬ()()()()()()に跨った、とてもハードボイルドなトトロ!

 なんか通常の物よりも大きくて、毛むくじゃらなハーレーダビッドソンVer.のネコである。しかもサイドカーだし。「にゃごぉ~♪」と鳴いてるし。

 

「もしや、メロイックサインをご覧いただいて、こちらに?

 お優しいのですね♪ わたくし嬉しいですわ♪」

 

「あっ……あっ!」

 

「あわわわ……!!」

 

 二人は泡吹いて卒倒せんばかりに驚いているが、マリアンヌの方はのほほんとしたモノ。

 トトロの方は「乗ってくかいお嬢ちゃん?」とばかりに、くいくいサイドカーの方を指しているし。とってもフランクな雰囲気。

 

「あらら、髪型をお変えになりましたのね!

 とってもお似合いですわトトロさん♪ カッコいいですよ♡」

 

「アンガー!」

 

「あがががが……!」

 

 しかもトトロは今、()()()()()()()()

 袖を破いたジージャンを着込み、黒いサングラスをかけ、ニヒルな咥えタバコ。その恰好でハーレーに跨っているという、とてつもないロックさなのである。

 

 そんなよく分からない巨大な生物が、いきなり目の前に現れたのなら、サツキやカンタ君が絶句しちゃうのも無理はない。

 当然の反応だと思うし、「うぎゃー!」とかいって逃げ出さないだけエライ。

 

 

「ご紹介いたしましょう、こちらトトロさんです♪

 我らGO・EN・DAMA!の、()()()()()()()()

 ドラムをやって頂きますわ♡」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、ROCKなトトロのハーレーに乗って、いっしょに帰った。

 とっても楽しかったです(震え声)

 

 

 ――――It was only a dream, but it wasn't!!*8

 

 

 

 

 

 

*1
なんと愛らしいのでしょう!

*2
微笑み忘れた顔など、見たくはありませんの

*3
心得ましてよ!

*4
ディープパープルの元ボーカル

*5
特にディープパープルのスピード・キングという曲は、当時【世界一テンポが速い曲】として、ギネスにも載っていた程。これらの楽曲は、ヘヴィメタルの発展に多大な貢献をし、後の“スピードメタル”というジャンルの誕生にも繋がった

*6
あいつクッソ面白いですわ!

*7
ツェッペリンとマイケルシェンカーは、往年の伝説的なロックバンド。ギブソンはギターの事。

*8
夢だけど、夢じゃなかった!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

79 あたしが心を込めて作った料理に、マヨをブリブリかけて食べる藤P先輩。



 せっかくだから俺は、初代プリキュアの短編を書くぜッ!

 次の連載の為のウォーミングアップです。






 

 

 

 

 やっほー! あたし美墨(みすみ)なぎさ! 中学三年生!

 今日はず~っと憧れてた“藤P先輩”に、手料理をご馳走することになったのっ!

 

「よーし、いっぱい食べるぞー!」ブリブリブリ

 

「うわーっ!?」

 

 でもね? 目の前に料理をコトッと置いてあげた途端、先輩はおもむろに鞄からMYマヨネーズを取り出し、それをアホみたいにかけ始めたの!

 小鉢の中身が見えなくなっちゃう位、マヨがこんもりしてるよ!

 

「ふ……ふふ藤P先輩!? いったい何を……」

 

「ん? どうしたんだい美墨さん。そんなに驚いて」

 

 次郎ラーメンのもやしにだって負けないくらいのマヨをブリブリした先輩が、キョトンとした表情であたしの方を見る。

 それはとっても爽やかな笑顔で、キラキラして見えるくらい眩しい。フワッとなびく前髪も素敵だし、もー超イケメン! このあったかい声を聞いてるだけで、胸がドキドキする。

 

 でもあたしが頑張って作った“ホウレン草のおひたし”が、マヨでとんでもない事になっちゃった。他ならぬ藤P先輩の手によって。

 

「おぉ、とっても美味しそうだね。マヨネーズの光沢がキレイだよ」

 

「それ藤P先輩がやったヤツ! あたしじゃありませんっ!」

 

 先輩は関心したように料理を眺め、掛け値なしに褒めてくれる。

 でもそれ、あたしゼンゼン関係ないような気がする。

 

「あー、ごめんよ美墨さん。ついいつもの癖で、マヨかけちゃったんだ」ブリブリブリ

 

「 まだいくんですか?! マヨこぼれちゃうっ!! 」

 

 首だけこっちを向きながらも、マヨを搾り続ける。

 色は全然違うけど、特大のパフェみたく山盛りになってる。これホウレン草のおひたしなのに。

 

 というか藤P先輩、これが何なのかも確認しないままで、マヨかけたと思う……。

 それくらいこの人にとって、マヨをかけるというのは、“ごく当たり前”の行為なのかもしれない。

 鞄から取り出して、キャップを開けてぶっかけるまでの動作が、ホント流れるような淀みのない動きだったもん。それが自然すぎて、思わず咎めちゃったあたしの方がおかしいのかな~って、一瞬思ったくらい。

 

「うん、美味しいよ美墨さん! 特にマヨネーズが」

 

「身に覚えがなーい!!」

 

 それ本来マヨ要素ないよ! ホウレン草は?!

 まるでドラゴンボールの悟空みたいな勢いで、藤P先輩がホウレン草のおひたし(マヨネーズまみれ)をかっ込んでいく。

 サッカー部だし、たくさん食べる人なんだろう。見ててすごく気持ちいい食べっぷり。

 まぁそれが美味しいのかどうかは、あたしには分かんないんだけど……。

 

「驚いたよ、君は料理上手なんだね!

 おひたしとマヨがこんなにも合うなんて、僕知らなかったよ」ブリブリ

 

「 あたしも知りませんでしたよっ! てかどんだけ追いマヨ?!?! 」

 

 先輩のMYマヨの中身が、もう殆ど無くなっている。

 どんだけかけるのよとか、絶対カロリーえぐいよねとか、よくそれをお箸で食べられるな~とかは、色々思うんだけど……。

 でもマジで輝くような笑顔で褒めてくれるもんだから、もう何も言えなくなっちゃった。

 

 この前、高校に進学した藤P先輩が、一年生にしてサッカー部のレギュラーを獲ったことを聞いた。

 それをお祝いする為に、あたしはここ2週間くらいの間、ずーっとお母さんに付き合って貰って、料理の練習をしてたし。なにより先輩自身が喜んでくれてるんだから、これはとても良い事なのかもしれない。

 でもあたしの心には、腑に落ちない何かがある。どんよりした気持ちが。

 そりゃーマズいとか、食べたくないとか言われちゃうよりは、よっぽど良いんだけどさ?

 

「もうっ、相変わらずね藤村くんったら♪

 何にでもマヨかけちゃうんだから」ブリブリ

 

「 ほのか!? アンタもマヨをっ?! 」

 

 うふふ♪ と上品に笑いながら、あたしの大親友である“ほのか”も追従。ホウレン草の小鉢をマヨで山盛りににする。

 彼の幼馴染でもあるほのかは、「昔からそうだったの♪」なんて教えてくれるけど、ぶっちゃけそれどころじゃない。

 

 ここは普通、「ダメよ藤村くん! せっかくなぎさが作ってくれたのに!」とか言って、怒る所でしょうが。何してんのよアンタ。

 

 まぁ今日のお食事会は、藤P先輩に恋するあたしの為に、ほのかが計画してくれたヤツだし、そこはすんごい感謝してるけど。ギュ~って抱きしめたいくらいの気持ち。

 でも突然の()()()()()()()()に、あたしの頭は真っ白。キュアホワイトだよ。

 あたしは黒で、ほのかが白のハズなのに。

 

「そうですよ藤村さん。味もみない内にかけるなんて、お行儀が悪いです」ブリブリ

 

「 ひかり?! アンタまでっ!? 」

 

 そして、この場に同席しているシャイニールミナスこと“ひかり”も、おもむろにマヨをぶっかける。さも当然のように何食わぬ顔。

 

 この子はとってもお淑やかで、可憐で、守ってあげたくなるような儚げな女の子なんだけど、もうドン引きするくらいマヨかけちゃってる。とんでもない量だ。

 なんか「そぉい!」って声が聞こえそうなくらい、勢いよくマヨ搾ってるもん。雑巾か何かみたく。

 

「えっ……あたし以外マヨラー? 二人とも?!

 いままでZENZENそんな素振り無かったのにぃ!」

 

「あら、言ってなかったかしら?

 そうなのよ、なぎさ。マヨには目が無くて♪」

 

「私の身体は、光の力とマヨで出来ています。

 プリキュアだってそうですよ?」

 

 マジで!? シャイニールミナス(マヨ)なの!?

 あの10メートルくらいピョーンとジャンプしたり、岩をドゴーンと砕いたりするプリキュアのエネルギーは、その半分くらいが()()()()()()()なの?!

 不思議な力とかじゃなくて、脂質が源だったの?!?!

 

 そりゃーあたしだって、タコ焼きにマヨネーズぶっかける時あるけど……、でも一本全部いったりはしないよ!?

 つかそれ400gくらいあるよね?! 缶ジュース1本分より多いよ?!

 

「ふぅ、ご馳走さま美墨さん。

 次の料理は何だろ? どんどん持って来て欲しいな」スチャッ

 

「――――もうマヨ構えてる!? かける気満々だっ!」

 

 鞄から新しいのを取り出し、手慣れた感じでスタンバイ完了する藤P先輩。

 さっき一本ぜんぶ使ったかと思えば、ちゃんと他にも準備してたみたい。

 もしかすると、あのおっきなボストンバッグの中身は、ぜんぶマヨなのかも。

 

 そして藤P先輩は、次にどんな料理が出て来るのかなんて、知らないハズ。

 なのにマヨをギュッと握りしめてるって事は、もう既にかける気でいるんだ……。

 その決意のこもった姿と、よく分かんない迫力にみたいなのに、あたしの脳は激しくシェイクされ、大混乱に陥った。

 

「ちょ……タイム!

 いったん待ってもらえますか藤P先輩っ! すぐ準備しますんでーっ!」

 

「ん?」

 

 あたしは手で“T”の字を作って、タイムを要求。

 そしてほのか&ひかりの手をガシッと掴み、そのままグイグイ引っ張って、部屋の端っこまで連れて行った。「ちょっとこっち来て!」って。

 

「ねぇ! なんか()()()()()()()()! どーなってるのコレ!?」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

 あたしの「アリエナーーイ!」という心の叫びに、二人は困惑顔。

 コテンと小首を傾げちゃってる。くっそ……カワイイな。

 

「なんでマヨかけるの!? あれゴリゴリの和食じゃん!

 お醤油だったら分かるけど、そーゆうヤツじゃないでしょーっ!?」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

 ほのかも、ひかりも、「なんで怒ってるのか分からない」といった感じ。もう絵に描いたような、まん丸の目をしてる。

 よくそんな純粋な目が出来るなって、ちょっと怖くなった。

 

「ほのかのおばあちゃんに、作り方を教えて貰って、いっぱい練習したのにぃ~!

 あーんな大量にマヨかけるなんて、ソーテーしてなかったよ~っ!」

 

「でも藤村くん、喜んでたよね?

 なぎさが作った料理を、パクパク食べてたわ」

 

「そうです、美味しいって言ってたじゃないですか。

 たくさん褒めてくれました」

 

「それ“マヨを”でしょ!? あたしじゃなくてぇー!!」

 

 むしろキューピーの手柄じゃん!

 しいて言えば、「マヨに合う料理を作った」という点を評価してくれたのかな?

 

 でもでも、それあたしが思ってたヤツとは全然ちがくて、なんにも嬉しくないし!

 確かに、お祝いをするとか、藤P先輩とお食事をするとか、そーいうのは達成できてるっぽいけど、すんごいモヤモヤするっ!

 

 ほのかは「なにが気に食わないのかしら?」って感じでホワホワしてるし、ひかりなんて天使みたいな優しい顔で、あったかくこちらもを見つめている始末。もう聖女かってくらい清らか。

 やめてよ、「よかったねなぎさ♪」「私も嬉しいです♪」じゃないよ。あたし困ってるんだってば。

 

「そんな事よりも、彼お腹空かせてるみたいだし、次のお料理を持っていってあげた方が良いんじゃない?

 男子高校生なんて、腹ペコの化身だし、たとえ土でも喜んで食べるわよ」

 

「お米の代わりに、ヘドロとか出しても、気付かないと思います。

 なぎささんの料理って()()()()()()()、とても食えたモノでは無いですが、きっと大丈夫ですよ」

 

「 なんてこと言うのっ?! 花のような笑みで! 」

 

 そりゃーあたしには、おにぎりの中にチョコやジャムを入れたっていう、前科があるけど……。でもちゃんとお料理を習って、しっかり練習したもん!

 前はダメだったかもしれないけど、今はイカれてないもん! ひどくない!?

 

「なんだったら、うちの科学部で発明した【相手を思うがままに操れる薬】を使う?

 料理に入れれば、キスでもデートでもし放題よ♪」

 

「手っ取り早く、魔法を使いますか?

 なぎささんだけを永遠に愛し続ける“傀儡”に出来ますが。

 藤村さんの精神を、木っ端みじんに破壊してみせます」

 

「 やめてよそーいうの!! こわいコワイ怖い!! 」

 

 友達だもの♪ ええ友達ですから♪

 そう二人は「なぎさの為なら!」と快く言ってくれるけど、そのあっけらかんとした表情にサイコを感じる。なまじ可愛い顔してるもんだから、余計コワイ。

 

 ダメだ、コイツらはやる。

 本気で、少しの躊躇なく、友情(?)の名のもとに実行する――――そう直感した。

 

 これまであたし達は、ずっと一緒にやってきたし、めちゃめちゃ友情とか絆を育んで来たもんだから、それが痛いくらい分かる。

 行き過ぎた愛情は、時として“狂気”に変わるのよ。

 ほのかは光の使者(プリキュア)だし、ひかりなんてシャイニールミナスなのに、()()()()()()()()宿()()()()()()()

 

 関係ないけど、最近よく二人から、やたらと「いっしょにお風呂に入ろう」とか「お泊り会をしよう」とか誘われる。

 夜とかも、知らない内にお布団にもぐり込んでくるの、ホントやめてほしい。

 あたしはいったん寝ると、朝まではテコでも起きない人なんだけど、あたしがグースカ爆睡してる間に、いったいこの子達が何をしてるのかが気になる。

 

 ま、あんまり気にしないようにはしてるけどね……。

 知らない方が良い事ってゆーのも、世の中にはあると思うし。

 それにしても、なんであたしは、女の子にばかりモテるんだろう? ヒジョーにフホンイでイカンだ(意味はよく知らないけど)

 

「ねぇひかり?

 もし彼が、なぎさの料理を『不味い』って、口走りそうになったら……」

 

「分かっています、ほのかさん。

 手刀で喉仏を潰します。『ルミナリアー!』って言いながら」

 

「あのぉ~、そろそろハイライトさん戻してくれるかなぁ?

 料理もってかなきゃだし」

 

 なぎさ、貴方の笑顔は私達が守るわ。

 女の子を泣かす悪い人は、ルミナリアします(意味深)

 そうワケの分かんないこと言われたけど、無視してグイグイ二人の肩を押し、また席に着かせる。

 作戦タイム……には程遠かったけど、とりあえず小休止を終えた私達は、藤P先輩のもとへ戻った。

 

「お待たせしましたぁ藤P先輩……。すぐ次を持ってk

 

「わぁー、これ美味しいメポー!」ブリブリ

 

「本当ミポー♪」ブリブリ

 

「――――お前らもかバカ! 駄目でしょ出て来たらぁー!!」

 

 いつの間にか席に着き、マヨをブリブリやっていたマスコット二匹を引っ掴み、ポーイと窓の外へ投げる。「メポー!」「ミポー!」言いながらお空に飛んでった。

 

 どうやら藤P先輩は席を外してたみたいで、見つかってしまう事はなかったから、それは安心したけど。でもミップル&メップルもマヨラーだったらしい。

 興味本位で食べてみたら、意外とハマッちゃったってこと?

 すごいなマヨって。あの子たち光の(その)の住人なのに……。

 

「あ~っ! 次に出そうと思ってた“お豆腐”が、全部マヨネーズまみれにぃ~!?」ガーン

 

 きっとあの子たちの仕業なんだろう。

 ふと気付けば、アタシが作った自家製のお豆腐の上に、マヨがかけられてた。

 まるでワッフルの上に乗った生クリームみたくなってて、見た目こそは悪くないんだけど、マヨネーズだから意味ない。

 コレせっかく亮太と一緒に頑張って作ったのに、もー台無しじゃん!

 

「ただいま。着信があったから、ちょっと外に出てたんだ。

 あれ、豆腐にマヨがかかってるや。()()()()()()()()()

 

「そ、そーなんですよ藤Pせんぱぁ~い! 代わりにかけときましたぁーっ!(大嘘)」

 

 でも大丈夫だった。藤P先輩めっちゃ喜んでる。

 きっと普段から、豆腐にマヨをかけているんだろう。もうなんの躊躇いもなく、ツルンと食べちゃったし。

 だからあたしは、「あははー☆」と笑って誤魔化すことが出来た。

 

 一瞬、今日のお食事会が台無しになっちゃったかと思ったけど、なんか結果オーライっぽい? お礼まで言われちゃったし。

 まぁメップル達は、あたしの分にまでマヨをかけていきやがったから、これ後で食べなきゃいけないのか~と思うと、テンション下がるけど……。

 

「ふふっ、藤村くんたらぁ♪ いくらなんでもかけすぎよぉ~」ブリブリ

 

「豆腐1に対して、マヨ3くらいありましたね。キ○ガイの所業です」ブリブリ

 

「――――量の問題じゃないし! アンタらもだし!」

 

 なんでも聞く所によると、小麦粉の代わりにお豆腐を練り込む、ヘルシーなお好み焼きがあるっていうし。きっとそれにもマヨかけるんだろうから、別に相性は悪くないんだろうけど……。

 でもマヨがブリブリかかったお豆腐をパクパク食べる女の子ふたり(ものっすごい美人)を見て、あたしは「こやつらは気が狂うておる」と思わざるをエナイ。

 

 さっきも言ったけど、以前あたしがチョコやジャム入りのおにぎりを作った時、確かほのかはドン引きしてたハズなんだけど……。

 いま思えば、こんなヤツに批難されるイワレは無いって思う。あたしの方がマシだよ。

 

 もうキュアマヨネーズとマヨルミナスに改名したらいーのに。

 でも仲間がそんな名前してるのは、やっぱイヤだ……。

 

「ぶっちゃけ、次に持ってくの“お味噌汁”の予定なんだけど。

 なんか出すのが怖いよぉ……」

 

「ファイトよなぎさっ! がんばってっ!」

 

「きっと喜んでくれますよ。自分を信じて!」

 

 そして、「キャッキャ☆」言ってる二人&のほほんと微笑んでる藤P先輩に背中を向け、あたしはキッチンに。

 もう既に出来上がっている何品かを、順番にテーブルまで運んでいく。

 

「お、お待ちどう様です藤P先輩。お味噌汁です。

 これお母さんに、出汁の取り方とかを習って……」

 

「わっ、すごく良い香りだね!」ブリブリ

 

「いやぁーーっ!?」

 

 あたしの説明を聞き終わる前に、しかもこれ汁物だってゆーのに、マヨをぶち込まれる。案の定だ。

 

「あのっ、コレきんぴらなんですけど……。

 ごぼうの食物繊維が、すごく身体に良いって竹ノ内先生g

 

「やった! 僕の好物なんだ!」ブリブリ

 

「わぁーーっ!?」

 

 茶色だったハズのきんぴらが、黄一色に染まる。

 

「こっ……これが本日のメインですっ!

 ほら、すき焼きですよ藤P先輩っ! どーですかっ?

 お父さんがA5ランクのお肉を、会社の人から貰っt

 

「頂きまーす!」ブリブリブリブリ!

 

「ぎゃあああああ!?!?」

 

 せっかくの霜降りのお肉が、マヨに蹂躙される。

 容赦なく、一片の慈悲すらなく、見る影も無くなる。

 

「うまい! 嬉しいよ美墨さん!

 こんなにもギットギトの料理を食べられて、僕は幸せだ!」パクパク

 

「……」

 

 研究に研究を重ね、この日のために開発した、なぎさ特製スペシャルすき焼きが、ギットギトに。

 それを見た途端、あたしは膝から崩れ落ちた。

 藤P先輩のとても嬉しそうな声が、今は遠くに聞こえる。

 

「マヨネーズって、何にでも合うのね。

 お肉も、おネギも、白滝も美味しいわ♪」ブリブリ

 

「私なんて、白米にもかけちゃいます。

 本当は、なぎささんにもかけてやりたい位の気持ちです。頭から」ブリブリ

 

 打ちひしがれるあたしを余所に、ほのかもひかりも、美味しそうにすき焼きを食べる。

 いや、アレほとんど「マヨをむさぼってる」のと変わんない。

 あたしの作ったすき焼きなんて、ハンバーガーにおけるバンズくらいのモノ。メインはマヨなんだ……。

 

 藤P先輩を始めとする、三人のマヨネーズ・モンスター達の進撃に、あたしのハートはポッキリ。目の前まっくらだよ。

 

 こんな事なら、食パンでも出せばよかった……。

 ただレタスとかトマトとかの野菜を切って、玉子とかローストビーフとかと一緒に出せば、それだけで良かったじゃん……。

 なんの文句もなく、マヨ大活躍だよ。そこでこそ活かされるべきだよ。

 

 これぶっちゃけ……あたしのリサーチ不足かもしんない。

 藤P先輩やほのか達が、マヨ好きだって知ってさえいれば、それに合わせられたのに。

 あたしもこんな項垂れる事も、絶望とか敗北感で“マックスハート”になる事も無かったでしょうに……。

 関係ないけど、今のあたしってプリキュアに変身できるのかな? ()()()()()()()()()()感じするんだけど。ザケンナー側じゃない?

 

「おかわり! もっと貰えるかな美墨さん?

 こんなにも美味しくて楽しい食事は、生まれて初めてだよ僕!」

 

「えっ、あ……、はい先輩っ!」

 

 けれど、もうキラキラと輝くような笑顔。

 藤P先輩の、心からの言葉を聴いた時、沈んでいたあたしの気持ちは青空みたく晴れて、身体が動くようになる。

 

 両手でお茶碗を受け取り、キッチンまでタタタッと走って、炊飯器のごはんをよそう。

 先輩はサッカー部だし、きっとたくさん食べるよねって思い、日本昔話みたく大盛りにしてあげた。あたし観たことは無いケド。

 

「美墨さんはすごいな。

 まだ中学生なのに、こんな美味しい物が作れる。食べるとパワーが湧いてくるよ。

 きっと、たくさん頑張ったんだね。ありがとう美墨さん」

 

 キュン――――と胸が高鳴る。

 藤P先輩がニコッと微笑んでくれた途端、あたしの息が詰まって、身体がピキーンと固まった。

 

 さっきまでの暗い感情じゃなく、“嬉しさ”で。

 今日のために頑張ってきた事を、全部ぜんぶ先輩に認めて貰えたって、そう感じたから。

 

 まぁ、さっきまではこの眩い笑顔が、()()()()()()()()に見えてたし……。パワーが湧いてくるって言ったって、「それマヨのカロリーじゃないですか?」とか思わなくもないケド。

 

 でも、あたしは嬉しい。報われたって思う。

 なにより、先輩が心から喜んでくれてるのが、幸せだ――――

 

「ふふっ、良かったわね♪ やったじゃない♪

 ま、()()()()()()()()()()」ブリブリ

 

「命を拾いましたね藤村さん。

 喉仏を潰さずに済みました」ブリブリ

 

「ちょっと黙っててくれる?

 いま浸ってるトコだからさ」

 

 まだマヨかけんの!? それ何本目のヤツよ?!

 あたしは思わずツッコミそうになったけど、今うれしい気持ちで胸がいっぱいだから、ガマンする。

 思えば、ほのかもひかりも、たくさん協力してくれたし。

 ドジで不器用なあたしの為に、この2週間の間、毎日サポートしてくれたから。

 ありがとね、あたしの大切な友達……。いつも感謝してるよ♪

 

 

 

「ウガ、もう米ナイ。

 新しいの炊け、プリキュア」モグモグ

 

「 ゲキドラーゴ!? 何してんのよアンタ?!?! 」

 

 なんか知らない間に紛れ込み、物欲しそうな顔で炊飯器を抱えてるゲキドラーゴに、あたしはマヨの容器をぶつける。

 額にパコーン! と当たったけれど、ゲキドラーゴは全然気にしてないみたい。

 

「てかアンタ、とっくの昔に退場したでしょ!?

 今あたし達、中三だよ!? もう1年近く経ってるのにぃ!」

 

「知らナイ。俺ココに居ル。それが全テ。

 プリキュア倒ス。米にマヨネーズかけル」ブリブリ

 

「――――やっぱりかチクショウ! どいつもこいつもぉぉーーっ!!」

 

 コレあたしがおかしいの?! まったく味方が居ない世界に迷い込んだんだけど?! ホラー映画じゃんこんなの!

 こいつ熊かってくらい筋肉ムキムキだけど、その身体はマヨのカロリーで維持してるのか。すごいなマヨネーズって。

 

 そして、敵も味方も部外者も、あたし以外は全員マヨラーなのよね……。これお母さんや莉奈たちも、マヨラーの可能性出てきた……。

 来年の春からは、【ふたりはマヨラー、マックスファット( 脂肪 )】が始まるよ♪

 お友達のみんなっ! ぜったい観てね☆ ……あたしは出てないカモだけど。

 

「こうしてはいられないわ! なぎさ、こっちへ!」

 

「藤村さんのみぞおちに、グーパンしておきました。

 安心して下さい、なぎささん」

 

「――――できるかぁ!!」

 

 ダメでしょひかり! お腹殴って気絶させたらぁ!

 いくら見られたら拙いからって、藤P先輩は一般の人だよ!? 口から泡吹いてんじゃん!?

 

 きっと、ただの人間にボディブロー叩き込んだプリキュアって、歴代でもあたし達だけじゃないかな? 原点にして異端。

 プリティでキュアキュア☆ パンチもキレッキレ♪ ……ってやかましいよっ!

 

 とりあえずあたしも、ふたりのもとへ駆け寄り、いつでも行ける態勢を取る。

 そして、いま窓の方から、さっきポーイとブン投げたミップル&メップルが、こちらへやって来るのが見える。きっと邪悪な気配を感じ取ってくれたんだろう。

 

「なぎさぁー、変身するメポー!」ペタペタ

 

「プリキュアになってたたかうミポー!」ペタペタ

 

「――――マヨネーズまみれじゃないの?! ごめんね二人ともっ!」

 

 きっと、あたしがブン投げたせいなんだろう。

 マヨの容器を抱えたまま飛んでいったこの子達は、着地の瞬間にブチュっとやってしまったらしい。

 結構カワイイ妖精なのに、全身マヨネーズまみれ。妖怪泥田坊みたくなってた。

 

 とりあえず、メップル達が床をペタペタ汚しながら、あたしとほのかの所へやって来る。

 いつものように、ケータイ電話っぽいアイテムに変化して、それぞれがあたし達の手に収まった。

 さぁ、変身だ。

 

 

『『デュアル・オーロラウェーーブ!!』』

 

 

 二人で手をギュッと握った瞬間、あたし達の身体が眩い光に包まれる。

 手、足、腰、胸と、順番にフリルの付いた服が出現。不思議な力で心身が満たされていく。

 

「光の使者、キュアブラック!」

 

「光の使者、キュアホワイト!」

 

「「 ふたりはプリキュア!! 」」キュピーン

 

 いつもの可愛くてキュアキュアな衣装に身を包んだあたし達が、スチャッと床に降り立つ。

 そしてゲキドラーゴの方に、力強くビシッと指を突き付ける。

 

「マヨの力の(しもべ)たちよっ!」

 

「とっととお家に……ってアンタもでしょ!?」

 

 マヨラーだよ! マヨの虜だよほのかは!

 まぁいつもとはセリフが違ってたけど、とにもかくにもプリキュアに変身完了。

 あたしは両脚にグッと力を入れ、戦いの構えを取った。

 久しぶりで、どこか懐かしい心地がするゲキドラーゴと、まっすぐ向かい合う。

 

「ウガ? お前ら、そんなだったカ?

 なんかドロドロしてるナ」

 

「えっ……あぁーっ!? プリキュアの衣装に()()()()()()()!!!!」

 

 黒だったハズのあたしのドレスが、今は黄色がかった白に染まっていることに気付く。

 これって……メップルがマヨまみれだったから!? あたしもこうなっちゃったってワケ?!

 うわっ、服重たっ! ヌメる! すんごいマヨ臭いっ! 

 靴裏まで汚れてるのか、スケートリンクみたくツルツル滑る!

 

「イヤーッ! 全女子の憧れが、マヨまみれにぃ~~っ!!」

 

「ある意味、夢が叶ったかもしれないわ……。

 一度マヨのプールで泳いでみたいって、ずっと思ってたから」

 

 ほのかは狂ってる。ほんまもんのマヨラーだ。

 マヨまみれになったのに、それを喜べる女の子なんて、あたし他に知らない。

 ちなみにだけど……この子あたしの相棒なんですよ。えへへ(白目)

 

「では俺もやるカ。――――いでよザケンナァー!!」

 

 あたし達がネチャネチャやってる間に、ゲキドラーゴが雄たけびをあげる。

 その空気を揺らす大声と共に、黒くて邪悪な力が()P()()()()()()()()()()()、彼を巨大な化け物に変えた!

 

「ちょま……!? 藤Pせんぱぁぁーーい!!!!」

 

「前に、教頭先生の身体が乗っ取られた事はあったけど、まさか藤村くんをだなんて……!?」

 

 ゴゴゴッ……! と地響きを立てて、巨大なモンスターに姿を変えた藤P先輩が、あたし達の前に立ちふさがる。

 ザケンナーに心と体を支配され、きっと“敵”だと認識してるんだろう。プリキュアである私達を!

 

「あら? なんか藤村くんの身体、ノッペリしてるわね……」

 

「これ()()()()()じゃん!? おっきなマヨネーズだよっ!!」

 

 今の藤P先輩、もうまんまマヨネーズ

 巨大なマヨ容器に手足が生えてる~って感じで、その真ん中にちっちゃく藤P先輩の顔があるので、なんか着ぐるみを着てる人みたくなってる。怪人マヨネーズだよ。

 ぶっちゃけ、ぜんぜん強そうじゃ無いし、いくらイケメンな先輩とはいえ、すんごいダサい。

 

「ザケンナーに憑りつかれるト、ソイツの心の闇を反映した姿にナル。

 では行けザケンナー! プリキュア倒セ!!」

 

「ちょっとまって!? 藤P先輩は()()()()()()()、ああなっちゃったって事?!」

 

 これゲキドラーゴのせいじゃなかった。怪物になっちゃったのはともかく、それがマヨだった事に関しては、先輩自身が原因だったみたい。

 

 あたしの好きな人、マジでイカれてた。“病的”なまでにマヨ好きだったんだ――――

 もうあの姿のままの方が、幸せなんじゃないかとすら思う。なんかみょーにニッコニコしてるし、マヨラーの本懐じゃんコレ。

 

 そうあたしが、ワケも分からずオロオロしている内に、マヨP先輩が「ウオーッ!」と叫び声を上げながら、こちらに突進してきた。

 あたしとほのかは、シュバッとその場から飛びのき、なんとか躱せたけど……、さっきまで立っていた地面にドゴーンと大穴が空き、その破壊力をあたし達に見せつける。

 

「やめて藤村くんっ! 私が分からないのっ……!?」

 

 ほのかの悲痛な声。

 次々に襲い来るマヨP先輩の攻撃(パンチとかマヨビームとか)を躱しながら、必死に語り掛け続ける。

 

 無理だ、ほのかは戦えないよ。

 だって彼は、あの子の幼馴染。お兄さんみたいな人だもん。

 いくらマヨネーズのダッサイ着ぐるみ怪人だったとしても、そんな大切な藤P先輩を、傷付けたり出来るワケない。

 

「戦って下さいホワイト! このままじゃ貴方がっ!」

 

「でも……でも藤村くんがっ! そんなこと出来ないわっ!」

 

 傍で見守るひかりが、必死に声をかけるけど、ほのかは泣きそうな顔でブンブン首を振るばかり。

 必死にマヨP先輩のマヨビームを躱してはいるけど、動きにいつものキレが無くて、もう今にも当たっちゃいそうな感じ。

 このままじゃ、負ける。

 

「――――どっせぇぇぇーーい!!!!」バゴーン

 

「ぶ、ブラック?!?!」

 

 でもあたしは、()()()()()

 いま目の前にいるのは、あのカッコ良かった藤P先輩じゃない。こいつはマヨPだ。

 そう自分に言い聞かせてみたら、なんかビックリするくらい、普通に殴ることが出来た。

 ほのかを守らなきゃとか、代わりにあたしがとか、()()()()()()()()()()

 

「そいやぁーーッ!! チェストォォォーーッ!!!!」ドゴーン! ズガーン!

 

「ブラック?! なんか心なしか、いつもよりキレッキレ!?」

 

 殴る、殴る殴る殴る!

 嵐のような連打! 息もつかせぬ連撃!

 

「だりゃりゃりゃりゃッ!!

 あたしのすき焼きにぃ、マ ヨ か け て ん じ ゃ な い わ よ ぉ ぉ ー ー !!(迫真)」

 

「えっ、実は怒ってたの!? それでっ?!」

 

 ぶっちゃけ、気持ち良かった。

 これまでたくさんの敵を殴ってきたけど、今までで一番スカッとした。

 拳を振るうのって、こんな気持ち良いんだな~。あたしボクシングジムとか入ろっかな~とさえ思う。

 みんなっ! 暴力ってサイコーだよねっ☆(プリキュアらしからぬ言葉)

 

 だって、いくらイケメンでも、()()()()()()()()()()()()()()()()

 女の子ががんばって作った料理を、なんだと思ってるのよ! そりゃーあたしの怒りも爆発するってモンだ。

 いま先輩は怪物なんだし、倒さなきゃダメっていうタイギメイブン? もある。遠慮なくやれた。

 なまじイケメンな顔してるのが、よけー腹立つくらいだ。

 

「待っててマヨP先輩っ、すぐ助けてあげますから! 物理で!」

 

「物理で?!?!」

 

 まぁ死ぬことはあるまいよ。怪物に変身した教頭だって、戦いが終わったらグースカいびきかいて寝てたし。

 なので、ここは思いっきり拳を叩き込ませてもらう。これがあたしの怒りだぁー!! って感じ。

 今のあたしなら、ブロリーにも勝てる!(確信)

 

 ついでだけど、「これで藤P先輩のマヨ狂いが治ってくれたらいいなぁ」とかも思うので、重点的に顔や頭を殴る。パンチパンチパンチっ!

 

「ストップよブラック! 藤村くんボロ雑巾になってる!

 可哀想なほど哀れで惨めったらしい姿だわ! 鼻血でてる!」

 

「あ、そーだねホワイト。ここまでやる事なかったよね。

 いや~、ついキョーが乗ってさぁー♪」ホッコリ

 

 どうせ後で必殺技かまして倒すんだし、徒手空拳で瀕死に追い込むヒツヨーなんて無い。

 ちょーっと動きを止めるとか、隙を作り出すだけでOKなんだけど、今日のあたしは止まれなかったのだ。人間こーいう日もあるんじゃないかって思う。

 

「ゲキドラーゴ! よくもマヨP先輩を!

 ぜ っ た い に 許 さ な い !!」カッ

 

「え、それ俺のせいカ?」

 

 気持ちを高めるために、とりあえず決めゼリフ(いつものヤツ)を言う。

 こいつはやっちゃっても良いんだ! あたし達は正しいのよ! そう無理やりにでも言い切るのが大事。

 たとえソイツが、どんなしょーもない小者であっても。たいして悪い事してなかったとしても。

 

 実はあたし自身も「絶対に許さないとか、そんな怒る所じゃなくない? ちょっと言い過ぎじゃない?」って思う時も、あったりするんだけど……。

 でもそうしなきゃ悪党を倒せない(コイツをぶちのめして良い事にならない)んだし、これは仕方ないって思う。女の子だって暴れたいのだ。

 

 だから、いわゆる“キレる若者”みたく、あたしは毎回ノルマみたく、「ムキー!」って怒っとかなきゃいけない事になってる。

 タイギメイブンって物がなきゃ、人は戦えないように出来てるの。プリキュアだって同じだよ。

 

 とにもかくにも、誰にでも分かるように……というかTVの前のお友達に対して、しっかりプリキュアの拳の正当性を示す。

 そして、ちゃんとゴナットク頂けたっぽい雰囲気になった所で、あたしはホワイト(ほのか)とギュッと手を繋いだ。「今よっ!」って感じで。

 

「――――ブラック・サンダァァーーッ!!」

 

「――――ホワイト・サンダァァーーッッ!!」

 

 右腕を空にかざし、力を集める。

 虹の園(この世界)に溢れるパワーが、いま一筋の大きな雷となって、ピシャーンとあたし達の身体に。

 

「プリキュアの、美しき魂がっ!(あとマヨのカロリーが)」

 

「邪悪な心をッ! 打ち砕……って今なんか言わなかった?」

 

 そして! クソッタレな怪物(マヨP)に向けて、グッと手のひらを突き出した!!

 

 

「「 プリキュアッ! マーブル・スクリューーッッ!!!!!! 」」

 

 

 ドカァァァァン! という爆音と共に、光で視界が真っ白に染まった。

 ふたりのプリキュアが放つ、すさまじいエネルギーによって爆散するマヨP先輩と、それに巻き込まれてぶっ飛んでいくゲキドラーゴ。

 まだプリキュアになり立てで、ほのかと心が通じ合っていなかったあの頃とは、違う。

 あたし達ふたりの成長を見せつけるような、圧勝だったと思う。

 

 でもいつもとは違い、手からエネルギー波じゃなくて()()()()()()()()()()()

 しかもマヨネーズの搾り口から出た~みたいな形になってたけど。まぁちゃんと倒せたし。

 

 どうでも良いけど……これいったい何リットルくらいあるんだろう?

 今あたしん家の庭が、豪雪地帯における積雪みたく、マヨネーズでこんもりしてるんだけど……。これ魔法的なヤツなんだし、後でちゃんと消えるのかなぁ?

 あたしが掃除しなくちゃいけない~みたくなるのは、とっても勘弁して欲しい事態だ。

 

 

 

 

 

 

「見てなぎさ! ゲキドラーゴを倒した事で、プリズムストーンが手に入ったわ!」

 

「なんかこの石、()()()()()()()()()()()。いらなぁ~い……」

 

 

 

 前に合唱コンクールで歌った、「だってー、やってらんないじゃん♪」の歌が、あたしの頭の中で鳴った。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

80 プリキュア絶体絶命?! 血行良くして大逆転☆



 ※ふたりはプリキュア・スプラッシュスター × ストレッチマン二次小説






 

 

 

 

「わぁ、カワイイなぁ~。カッコいいなぁ~♪」

 

 地球より遥か彼方にあるストレッチ第7星雲、ストレッチ星――――

 今、その星の住人である“まいどん”君が、地球で放送されている大人気テレビアニメ【ふたりはプリキュア・スプラッシュスター】を観ながら、嬉しそうな笑みを浮かべています。

 

「ふたりとも、まだ中学生の女の子なのに、世界の平和のために戦ってるんだねぇ。

 とっても勇気のある、すごい子達だよぉ~。キュアキュアな服も素敵だなぁ~♪」

 

 このまいどん君は、宇宙カタツムリという種族の子。年は地球で換算すると5歳くらい。

 性格は人懐っこく、ホワホワした雰囲気と、間延びした声が特徴的です。

 

 見た目としては、地球でいう所の“ゆるキャラ”に近いかも。

 ピンク色の体毛と、星型のマークが入ったオシャレなスカーフがトレードマーク。

 どことなくガチャピンを彷彿とさせる愛らしい容姿に加え、とても心優しい良い子なので、地球のお友達にも大人気なのです。

 

 そんなまいどん君が、いま夢中になってTVを観ています。

 プリキュアがんばれ、プリキュアまけるなと、TVの中で悪者と戦っている彼女達を、いっしょうけんめい応援していました。

 

 

 

「――――ヌハッ! ヌハッ! ヌハッ!

 ぬ゛わーっはっはっはーーッ☆☆☆(暑苦しい声)」

 

 その時! 画面に釘付けだったまいどん君の耳に、突然おっさんの野太い高笑いが。

 とても低い、でも1キロ先まで聞こえそうなくらい広がりがある、馬鹿みたいにおっきな声量です。

 

「 や゛ぁみんな! ストレッチマンだッ☆(ニカッ) 」

 

 宇宙的な技術なのか、はたまた特殊能力なのかは分かりませんが、いきなりこの場にワープしてきた人物が、「よぉ!」とばかりにおでこの前で、二本指をシュッとやります。

 

 彼の名は【ストレッチマン】

 ここストレッチ第7星雲、ストレッチ星に住む、イカれた中年男宇宙人の男性。

 ちびっこ達にストレッチを広める伝道師として活躍する、正義のヒーローなのです。

 

「あーっ、ストレッチマ~ン! まいどー♪(挨拶)」

 

「う゛む! あいかわらずプリチーなヤツだッ!

 久しぶりだな、まいどん! 元気してるかッ?」

 

 有り体に言って彼は、「黄色ピクミンをオッサンで擬人化したような人」

 黄色い全身タイツのような姿に、靴と腰のベルトだけを身に付けた、とっても怪しい見た目をしています。

 

 しかも、ただでさえコイツが道を歩いていようモノならば、有無を言わさず即通報されるであろう見た目なのに、この黄色は全身タイツなどではなく、彼の“素肌”だというのだから驚きです。(宇宙人なので)

 

 なので実質的に、今ストレッチマンは5才くらいの幼い男の子の前で、()()()()()()()()事になります。

 しかもそんな恰好なのに、偉そうに腰に手を当てて、「ぬぅわっはっは!」と高笑いをしているのです。とってもクレイジー。

 

 海苔みたいにぶっとい眉毛と、戦国武将みたいなイカつい顔付き、そして無駄にデカい声。変質者を絵に描いたような見た目……。

 けれど、まいどん君はそんなの気にしません。だってストレッチマンのことが大好きだから。

 この子にとって、彼はまごう事なきヒーロー。「いつかストレッチマンみたいになりたい」と願っている、憧れの人なのですから。(思いとどまれって話ですが)

 

 ストレッチマンは、よくこうして飯をたかりに遊びに来てくれるので、ふたりは大の仲良し。相棒とも言うべき存在。

 まいどん君は彼を見た途端、大喜びで駆け寄って行きました。

 

「ねぇねぇストレッチマ~ン?

 ボクねぇ、プリキュアとお友達になりたいんだけどぉ~。どーすればいいかなぁ~?」

 

「ふ゛むッ! なるほど、吾輩に任せろッ」

 

 おててを祈りの形にし、コテンと首を傾げる仕草。

 まいどん君は、信頼する大好きな彼に、そう愛らしく相談します。

 

「ま゛ず元気に『こんにちは!』と挨拶し、それからプリキュアと一緒に()()()()()()()()()

 ――――て゛は今日も、いってみようッ!!(唐突)」

 

 そう「ニカッ☆」と笑うストレッチマンが、まいどん君と少しだけ間隔を空けて、隣に並びました。

 

「そ゛れじゃあ、足を肩幅に広げて立ち、両手をまーっすぐ頭の上に伸ばそうッ!

 そ゛してッ! 片方の手で、もう片方の手首をグッと掴み! そ゛のままゆっくり、グイ~ッと横に倒していくぞッ!」

 

 有無を言わさずに始まる、ストレッチの解説。何を言ってるのか分からないと思いますが、いまストレッチ講座のお時間なのです。

 ストレッチマンが、西城秀樹のYMCAにおける“A”の形に身体を伸ばし、そのまま竹のようにグイッと身体をしならせます。

 腰から腕にかけてのラインが、緩やかなアーチを描き、斜めの姿勢になりました。

 

「こ゛の時ッ! 身体が前後に傾いてしまわないように、注意しようねッ☆

 し゛っかり前を向いたまま、身体を真横に反らすんだッ! て゛はいくぞォー?

 そ゛ぉ~れ、伸びぃぃぃいいい~~~~ッッ!!!!」

 

 ぐぐぐぐっ……! っと音が聞こえてきそうな様子で、ストレッチマンが身体を横に傾け、大円筋や脇腹の筋肉を伸ばしてきます。

 まるでボディビルダーのような、余裕のある笑顔。見ていて腹立たしい表情です。

 

「ん゛んんッ! 伸びぃ~る! 伸びぃぃぃ~~るッ!

 そ゛してッ! 限界まで身体を倒した所でぇ……はいストーップッ!!

 こ゛のまま大きな声で、数を数えていこーうッ☆」

 

 ストレッチマンが、あからさまなカメラ目線で、“君に”語り掛けています。

 これは椅子に座りながらでも出来る運動なので、モニターの前のみんなも、一緒にやってみよう! レッツストレッチです!

 

「は゛ぁいッ!

 い゛~~~ちッ! に゛ぃ~~~いッ!! さ゛ぁ~~~んッ!!!(暑苦しい顔)」

 

 隣に並ぶまいどん君も、同じく“A”の形で身体を横へ倒します。

 唐突で、なんの脈絡もなく始まったストレッチ体操ですが……彼の奇行にも慣れたもの。

 まいどん君は何の戸惑いも無く、言われるまま付き合ってあげます。とっても良い子です。

 さて、モニターの前の君はどうですか? ちゃんと今ストレッチをしていますか?

 

「こ゛~~~おッ! ろ゛ぉ~~~くッ!! な゛ぁ~~~なッ!!!」

 

 カウントを重ねる毎に、ここストレッチ第7星雲、ストレッチ星の大地が〈ゴゴゴッ……!〉と振動。大気が激しく震えます。

 そして彼の肩から脇腹にかけての筋肉が、次第にランタンの灯りのように発光していきました。

 そう、こうして身体を伸ばし、血流を良くする事によって、彼の身体にどんどん“ストレッチパワー”が溜まり、激しい光と熱を帯びているのです!

 

「は゛ぁ~~~ちッ! き゛ゅ~~~うッ! し゛ゅうううぅぅぅーーッッ!!!!」

 

 ドゴォォォーーーンッッ!! と最後に凄まじい爆音が鳴り、何故か背後で巨大な隕石が落下。ついでに火山が噴火し、大爆発しました。「ストレッチ終了!」という象徴的な物でしょうか?

 でもそんなことも気にせず、柔軟体操を終えたストレッチマンは「ぬぅわーっはっは!」と機嫌良さそう。爆炎を背に高笑いです。

 

「と゛うだ、ハーメルンのみんなッ!

 ここにストレッチパワーが、 溜 ま っ て き た だ ろ う ?(ドヤ顔)」

 

 ストレッチパワーが満タンとなり、焼けた鉄のように発光する大円筋と脇腹を見せつけながら、彼がとてもウザい感じでカメラ目線。グイグイ同意を求めてきます。

 これを読んでいるみんなが、自分と一緒にストレッチを行なっていたであろう事を、微塵も疑っていない表情。そのぶっとい眉毛に相応しい、自信に満ち溢れたむさ苦しい笑み。

 

 余談ですが、ストレッチマンは活舌が良い方だけれど、たまに気合を入れて喋る時などに、少し早口になります。

 そのせいで、彼の「ストレッチマンッ!」という渾身の名乗りが、「ひとりえ○ちマンッ!」に聞こえちゃうのは内緒です。

 

 確かに彼の恰好は変質者その物ですけれど、だからってそんなの言うワケありません。

 加えてストレッチマンは、()()()()()()()()()()()()()()()()()なのです。あってはならないのでした。

 

 

 

「む゛むッ!? このサイレンは……地球からのSOSかッ!」

 

 彼が腰に手を当てて、戦国武将みたいに豪快に笑っていると、突然この場に〈ヴゥ~ッ!〉という大きな音が鳴り響きます。

 これは、遥か彼方より受信したメッセージ。ストレッチマンに助けを求めるための物でした。

 

 即座に彼はまいどんと共に、宇宙的な科学力によってスゥイ~っとこちらに飛んで来たモニターを確認。地球から送られて来たであろうメッセージ映像を観てみます。

 

 そこに映っていたのは……。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

『――――我が名は“キントレスキー”。

 アクダイカ―ン様に仕える、ダークフォール最強の戦士だっ!!』

 

 \ババーン/と画面の向こう側にむけて、律義に自己紹介をする男性。

 モヒカン頭とおヒゲが特徴の、とても紳士的な人物でした(悪役なのに)

 

『今日もダンベルカールをし、ベンチプレスをし、己を限界まで追い込んでいくぞっ!

 筋トレこそ至高! 生きる喜び!

 この鍛え上げた鋼の肉体で、プリキュアと最高に熱い戦いをするのだっ!』

 

 うんしょ、うんしょと、キントレスキー氏がダンベルを上げ下げします。

 奇しくも彼はストレッチマンと同じく、黄色い肌をした人物。なにやら意外な共通点というか、そこはかとなく親近感が湧きますが……。

 でも中肉中背である黄色ピクミンのおっさんストレッチマンとは違い、とても大きな筋骨隆々の身体。比べるのも烏滸がましいくらいの美ボディです。

 

 山のような僧帽筋ッ! ド迫力の大胸筋ッ! これ見よがしの逆三角形ボディ!!

 その名の通り、彼は日常的に、暇さえあれば筋トレに勤しむ変態とってもえらい人であり、その「生まれてから死ぬまで」を信条とする絶え間ないハードな修練によって、とんでもない筋肉量を誇ります。

 

 きっと見る者が見たら「キレてる! キレてるよ!」「デカい!」「板チョコ腹筋バレンタイン!」と熱い声援を贈らずにはいられない事でしょう。それほどの肉体美でした。

 

 まぁ少し専門的な話をすると……彼はいわゆる“チキンレッグ”と呼ばれる体型。

 そんな大きな上半身をしているのに、下半身はまるでニワトリさんのように細く、ぜんぜん筋肉が付いていないのです。

 

 この非常にアンバランスな肉体は、「足トレってキツイからやりたくねェ! 別に鍛えなくてもいーや!」と考える、ヘタレなトレーニーに多く、実は本職のボディビルダーの方々からすれば()()()()()()()()()()という、とてもカッコ悪い物だったりもします。

 せっかく頑張って身体を鍛えてはいても、自分で自分を「怠け者です」と示しているかのような、バランスの悪い身体つきなのでした。

 

 しかしながら、このキントレスキー氏は“実戦派”。戦うことを旨とする戦士です。

 見た目のためだけに、ロクに使えもしない筋肉を育てているワケではなく、ただただ「強くあろう」というその想いから、筋トレをおこなっている人物。

 

 ゆえに、主に“肉体の美しさ”を主眼とするボディビルダーのような、均整の取れた筋肉ではなく……。

 キントレスキー氏の肉体は、はち切れんばかりに膨らんだヒッティング( 打撃 )マッスル(筋肉)と、ダイヤモンドの如く引き締まった機動性に優れる下半身を併せ持つ、まさに()()()()()()()()()スーパーボディなのです!

 

 なんだったら、キントレスキー様はスクワットとかメッチャやってますし。ランニングもガンガンやってますし。ぜんぜん怠け者なんかじゃありません。

 足を太くする事よりも、機動性を重視したスリムな筋肉を目指していると言うべきでしょう。

 

 それに加えて、スプラッシュスター本編の第40話で見せた、キントレスキー氏の“最終形態”では、もう上半身のみならず、下半身の筋肉までもがムッキムキ。

 世界中のボディビルダーが、裸足で逃げ出しちゃうくらいの、まさに圧巻のバルク。

 

 ダークフォール最強は、伊達では無いのです!

 キントレスキーさま素敵っ☆ ちょー愛してるッ♡♡♡

 

『しかしながら、こうしてトレーニングをするのも良いのだが……。私ばかり強くなってしまうというのは、如何なものか?

 歴史に残るような、熱いバトルをするには、プリキュア達にも強くなってもらわねば』

 

 バーベルを持ち上げ、デッドリフトと呼ばれる背中のトレーニングをこなしながら、キントレスキー氏が難しそうな顔で「むむむ……」と唸ります。

 

 

『そうだっ! 今日はアイツらが通う中学校におしかけ、プリキュアを鍛えようっ!

 ついでにクラスメイトの子達にも、()()()()()()()()()()()()()!!』

 

 

 善は急げだ! 待っていろプリキュアーッ!

 そうキントレスキー氏が、イソイソとダンベルを片付け、ベンチについた汗をキュッとタオルで拭きます。(ジムでの大切なマナー)

 

 目指すは学校、プリキュア達がいる所。

 彼はガラにも無く「ルンルン♪」とスキップしながら、ニコニコと機嫌良く向かいます。

 正々堂々、真っ向からの勝負を至上とする彼にとって、これは善意100%なのでした。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「子供達がッ……! 筋トレでピィィィ~~ンチッ!!??」

 

 映像を観終わったストレッチマンが、わざわざカメラ目線でシャウト。「ガビーン!?」みたいな表情。

 松平健や高橋英樹にも負けないくらい、とってもダンディなお顔です。(眉毛太すぎですが)

 

「ま゛いどんッ! 吾輩ちょっと行ってくるッ!

 プリキュアを救ってくるぞッ!」

 

「うんっ! 分ったよストレッチマ~ン。気をつけてねぇ~♪」

 

 まいどん君は争いが苦手な、心優しい子なので、少しここで待っていて貰います。

 でも戦いが終わったら、後で必ずプリキュアと会わせてあげることを、ストレッチマンと約束しました。指切りげんまんです。

 

「ス゛トレッ!!!!(掛け声)」

 

 本家ウル○ラマンのように右腕を突き出し、ストレッチマンが宇宙(そら)を飛んでいきます。

 ジェットのような勢いで、光より早く。

 可愛く手をフリフリするまいどん君に見送られながら、愛する子供達(とプリキュア)のもとへ向かうのでした。

 

 正義のヒーローとして(?)

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 ところ変わって、海原市立 夕凪中学校。

 

「んい~っ! ふんぎぎぎっ……!!」

 

 キュアブライトこと日向 咲(ひゅうがさき)ちゃんの呻き声が、広い体育館に木霊していました。

 

「なっ……なんでわたし達が、こんな事しなくちゃいけないのぉ~!?

 意味わかんなーーい!」

 

 咲ちゃんが、この場に設置された鉄棒にぶら下がり、いっしょうけんめいチンニング(懸垂)をします。

 体操服を着ているので見えはしませんが、彼女の大円筋と肩甲骨筋、そして上腕二頭筋が痛々しいまでにパンプアップ。悲鳴をあげています。

 

 ちなみにこれは、学校などによくある鉄棒ではなく、“チンニングバー”と呼ばれる鍛錬器具。その名のとおり懸垂はもちろん、ディップスやハンギングレッグレイズなども行える、非常に優秀な筋トレ器具です。

 

 安い物であれば、Amazonなどで1万円以下で買えるのですが、これひとつあれば貴方のお部屋がホームジムに早変わり!

 しかも“ぶら下がり健康器”としても使用できますので、一日一回20秒ほどブラ~ンとやるだけで、背中の筋肉を一気にストレッチする事も出来ます。

 

 これをやっておくだけで、あれだけ辛かった腰痛ともオサラバ!

 全身の血行が良くなりますので、身体のダルさが劇的に改善。一日中げんきに過ごせます。

 

 ついでに言えば、ぶら下がり運動をする事によって握力(持久筋)が鍛えられますので、前腕の筋肉を鍛えるのにとても効果的っ! たくましい前腕がゲット出来ます。

 

 さぁ君もチンニングバーで――――PERFECT BODY(ケインコスギ風に)

 一年ほどやれば、30回くらい懸垂できるようになるぞ♪ 今すぐご注文くださいっ!

 洗濯物を干すのにも使えるヨ☆

 

「さ、さぁ~~んっ! よぉ~~んっ! ごっ、ごごごご……!?!?」

 

 それはともかくとして、咲ちゃんがひたすら懸垂にうち込んでいます。

 もうこれで3セット目だというのに、まだ4~5回も身体を持ち上げる事が出来ています。流石はソフトボール部のエース。

 

「でもムリィ~ッ! こんなのあと2セットも出来ないよぉー!

 背中の筋肉が、絶不調ナリィー☆ にゅにゅ……乳酸がぁぁ~~っ!?」

 

「わ、私もだわ咲……!

 もう足がプルプルして、持ち上げられそうにないのぉーっ!!」

 

 咲の魂の叫び(口癖)を聞いて、隣にいるキュアウインディこと美翔 舞(みしょうまい)ちゃんも、辛そうな声をあげました。

 いま彼女がやっているのは、バーベルを担いで行うスクワット。その過酷な負荷によって、大腿四頭筋がピクピクと痙攣しています。

 

 彼女は美術部に所属する秀才で、本来はあまり運動をする方ではありませんが、頑張って筋トレに打ち込みます。

 普通にスクワットするだけでもキツイのに、高重量のバーベルを肩に乗せたまま、もう10回×3セットをこなしています。

 

 いつもはおとなしめの雰囲気で、美しい髪が特徴の、綺麗な女の子なのですが、この時ばかりは玉のような大量の汗をかき、「ふんぎぎぎ……!」と額に血管を浮かべています。

 それでも決して諦めたりせず、最後までトレーニングをやり遂げようとする所は、流石プリキュアといった所。とても頑張り屋さんなのです。

 

 関係ないですが、今ふたりの可憐な乙女が、顔面を真っ赤に染めつつ、ダラッダラ汗をかきながら筋トレしているワケです。

 これはすごく()()()()()。とても女の子の憧れたるプリキュアのする事ではありません。こんなの70年代のスポ根ドラマです。

 

 高みを目指し、筋肉の成長を願う~という意味では、確かに“夢”があるかもしれません。でもそういうのは今の時代、求められていないのです。

 これは、まだ眠い日曜日の朝( ニチアサ )、小さな女の子向けに放送されているアニメ作品なのです。

 努力と根性とかプロテインとかは、非常にノーセンキューでした。

 

「もっ……もうダメぇ~っ! 死ぬうぅ~っ!

 たーすーけーてぇぇ~~っ!!」

 

ハムストリングス( もも裏の筋肉 )が、スプラッシュ( 爆散 )してしまうっ……!

 いつものように『ぜったいに諦めないッ!』って、言いたい所だけど……。

 でもこれ、ただの筋トレだものっ! ともだちの為とかじゃないわ!(半泣き)」

 

 片方は死ぬ気で懸垂バーにしがみ付き、もう片方は必死にバーベルを担ぎます。

 これがいつも花のプリティで、宝石のようにキュアキュアしてる二人だとは、とてもじゃないけれど見えません。道に落ちてる軍手のような、くっそ可哀想な姿です。

 

 そして、なにより彼女達は、自ら望んで筋トレに勤しんでいるワケでは無いのです。

 これは本日付けで赴任してきたという、新しい体育の先生、その指示によるものでした。

 

「どうした二人ともっ! なにをヘバッているのだ!」

 

 やがて3セット目を終えて、疲労困憊している咲&舞のもとへ、ヤカンみたいに頭からポーッ! と蒸気を上げるキントレスキー先生が、姿を現しました。

 熱血体育教師っぽく、手に竹刀なんか持っちゃって、やる気満々の様子です。

 

「さぁ立て! セット間のインターバルは40秒!

 筋肉が回復し切らない内に、次のセットを行うことで、効果的に筋肉にストレスを与える事が出来るのだ!

 多少息が上がっていても問題ないっ! それでも身体は動くっ! 根性だ!!」

 

 セット間の休憩は、あくまで最低限。

 たとえどれほど苦しくても、決められた秒数を厳守して行うのが基本です。

 

 たしかに、もう少し長く時間を取れば、身体は休まるし、気力も回復することでしょう。

 でもそれでは非効率的。トレーニングはダラダラやっても仕方ないのです。

 むしろ、ツライ時ほど「チャンス!」と叫ばなければいけません。喜ぶべき事なのです。

 

 サボったり休んだりするのは、今の自分へのプレゼント。

 歯を食いしばって頑張るのは、未来の自分へのプレゼント――――

 

 そうキントレスキー先生が咲たちに語り掛けます。

 彼女らの成長を心から願う、愛ある指導でした(悪役なのに)

 

「どうしたっ! まだやれるハズだ!

 いつものお前達ならば、こんなもので挫けたりはせんぞっ!!

 素手で岩を砕き、10メートルくらいジャンプするくせに! 手を抜くんじゃない!」

 

「 それ変身してる時の話じゃん! わたし達は普通の女の子なのぉー!! 」

 

 咲がぐぅあー! っと抗議しますが、キントレスキー先生にはそんなの知ったことではありません。

 さぁさぁ、Just do itと、ヘロヘロになっている二人を急かします。

 

「なんて様だ、お前達ともあろう者がっ!

 見てみろ、健太くんや優子ちゃんは、頑張っているではないか!

 学くんなど、あんなに細い身体なのに、一生懸命やっているのだ! とても見所があるぞ!

 あの子らに負けても良いのかっ!」

 

「あぁ……みんなごめんなさい。キントレスキーのせいで……」

 

 今もクラスメイトのみんなは、舞たちと同じように筋トレをやらされています。

 懸命にダンベルと格闘する健太、その隣で腹筋ローラーをやる優子ちゃん。そして気弱な性格かと思いきや、意外なガッツを見せている頑張り屋な学くんetc.

 

 誰もがキントレスキー先生の指示の下、中学生には似つかわしくないハードな筋トレをしています。

 まぁクラスの何人かは、既にグッタリ倒れちゃってますが。

 

「なんて事なのっ……! 変身さえ出来れば、コイツを止められるのにぃ~!」

 

「でもこんな場所で、プリキュアになるワケにはいかないわ……。

 みんな見ているし、なにより今のキントレスキーは“先生”だもの……」

 

 そう、手を出すワケにはいきません。

 以前、彼と同じダークフォールの戦士である【ミズ・シタターレ】女史が、人間になりすまして様々な恰好をし、色々な場所へ現れたりしていましたが……。

 今回のキントレスキー氏も体育の先生として、なんと()()()()()()()()()()、この学校へ赴任してきたのですから。

 

 ならば、たとえハードな筋トレとはいえども、彼の授業を受けるのは“生徒の義務”。

 けしてグーパンでぶっとばしたり、イヤだからと言って授業放棄をしては、いけないのでした。

 

 少なくとも、学校が終わる時間までは。

 そしてみんなの見ていない場所で、なんの遠慮もなく変身できる状況になるまでは。

 咲も、舞も、クラスメイトのみんなも……今は耐える他ないのです。

 

 まぁ身体を鍛えるのって、むしろ()()()()()()()()

 そして健康のためにやる筋トレで怪我をするなんて、愚の骨頂そのもの。間違ってもそんな事にはならないよう、今もキントレスキー先生がしっかり皆の指導&サポートしてくれているので、()()()()()()()()()()()()()()

 

 重ねてになりますが、彼はこれを“100%の善意”でやってるのです。

 めちゃめちゃ迷惑な話ですけれど……。

 

「へへっ! 俺の大胸筋が喜んでるぜ……!

 これで俺も、筋肉系お笑い芸人に……がくっ!」

 

「健太くん!? しっかりしてよ健太くんッ!! 健太くぅぅぅ~~んっ!!」

 

「ここで死んだって、笑いの神は微笑んでくれないよ……。

 ツッコミを入れて欲しかったら、もっと面白い倒れ方をしなよ。吉本新喜劇みたいにさ」

 

 力尽きた健太くんをはじめとし、次々に倒れていくクラスメイト達。 

 まぁ筋トレって、短時間で行う無酸素運動ですので、サッカーやマラソンよりはよっほど楽なのですが、キツイものはキツイのです。

 

 みんなゼーゼーハーハー言いながら、タオルで汗を拭ったり、キントレスキー先生が用意してくれたEAA*1を飲んだりしています。

 慣れない筋トレに四苦八苦。大げさな言い方ですが、いわゆる“死屍累々”の光景。みんなグッタリです。

 

「さぁ上げろっ! 上げてっ! ほらラストいっかーい!!

 はい終了お疲れグッジョブ! ……と見せかけて()()()()()! お前なら出来るっ!!」

 

「いやぁーっ! 腕の筋がちぎれるぅ~っ!!

 ゆるしてぇぇぇーーっ!!!!(ガチ泣き)」

 

 ハナミズ・ターレになってしまった咲が、悲痛な声を上げていますが、そんなことも構わずキントレスキー先生は、悪鬼羅刹の如く彼女を追い込みます。

 でもむしろ……“天使”なのです。

 弱気を許さず、挫けそうになる心を支えてくれるのですから、彼はとても優秀なトレーナーと言えました。

 

 女の子だとか、まだ中二だとか、そんな甘ったれた考えをキントレスキー先生は許しません!

 この調子で3年も頑張れば、きっとプリキュア達は、素晴らしいムキムキマッチョウーメンになれる事でしょう。

 

 時というのは、勝手に流れていく物。いわば“必ず未来に辿り着く”ようになっているのです。

 なので、いつか咲&舞の身体が、ボディビルダーみたくゴリマッチョになることは、もう()()()()()()()()と言っても過言ではありません。その日が楽しみですね☆

 

 スパスパ、スパーク、スプラッシュスター♪(上腕二頭筋が)

 

 

 

『――――ま゛てェいッッ!!!!!!!!』

 

 

 しかし! その時! この場に響き渡る、野太いオッサンの声!!

 有意義で、楽しく、とってもサイコーで、崇高なる筋トレを邪魔する何者かが現れたのです!

 ふぁっく!

 

『幼子に対し、80㎏もあるバーベルでベンチプレスをさせたり、大型犬2頭分の重さでハンマーカールをさせるとは……許せんッ!!!!』

 

 えっ、わたし達、そんなのでやってたの?(キョトン)

 咲たちはバーベルの重量の見方なんて知らないので、言われるままに担いでしまっていました。

 キントレスキー先生の「お前ならやれるっ!」という言葉を信じての事でしたが、実は女の子らしからぬとんでもない重量で、筋トレをさせられていたのです。ビックリ。

 

 関係ないけれど、プリキュアのふたりは内心、「セリフとられちゃったー!?」と慌てました。

 この“許さない”は、よく自分達が心を鼓舞するために使う言葉なのですが……奇しくも彼と被ってしまったのです。

 スプラッシュスターと、あの番組とは、意外と色々な共通点が散見されるのでした。重ねてビックリ。

 

「だ、誰だっ! どこにいる貴様!? 姿を現せ!」

 

『ヌハッ! ヌハッ! ヌハッ! ぬ゛わーっはっはっはーーッ☆(暑苦しい)

 こ゛ちらだキントレスキーッ!! 吾輩はここだッ!!』

 

 やがて、体育館の一角にキラキラした光が集まり、そこから黄色ピクミンみたいな全身タイツの男……いえ正義のヒーローが現れます。

 

 

「――――ひとりえ○ちマン、参上ッッ!!!!」

 

「「「 変 態 だ ぁ ぁ ぁ あ あ あ ー ー っ っ !!!! 」」」

 

 

 クラスのみんなの悲鳴。でも彼は少しも気にしません。こんなの慣れた物です。

 彼はシュシュと手を動かし、トレードマークである“S”の文字を、宙に描きます。

 関係ないけれど、()()()()()。活舌が良すぎるというのも問題です。

 

 改めてまして――――彼の名は【ストレッチマン】

 

 ストレッチ第七星雲よりやって来た、みんなを守るヒーロー。

 ぶっとい眉毛を自信ありげにクイッと上げ、カッコ良く腰に手を当てて、倒すべき悪党を見つめます。

 

「子供達よッ、もう心配ないぞッ!! さ゛ぁ下がっているんだッ!!」

 

「えっ……何あの人。ヒーローって?」

 

「ひ、ひとりえ……?」

 

 安全な所へ退避するよう言われるも、咲&舞は困惑顔。

 当然です。彼女達はプリキュア。本来あのキントレスキーは、自分達が倒さなきゃいけない敵なのですから。

 

「咲、悔しいけれど……ここは一旦、あの人に任せましょう。

 いまの私たちは、戦うことが出来ないんだから」

 

「うん……そだね。

 変身できないわたし達がいても、きっとおじさんの足手まといになっちゃう……」

 

「でも、黙って見ているつもりは無いわ。

 キントレスキーは、とても強いもの。

 あの人が大怪我をしてしまうかもしれない」

 

「分かってるよ舞。隙をみてここを抜け出して、プリキュアに変身するんだよね?

 よぉ~し! ぜったいキントレスキーを倒すんだからーっ!

 あの黄色いおじさんも守ってみせるっ!」

 

 彼女らのマスコットであるチョッピ&フラッピは、いま教室にある鞄の中。

 プリキュアに変身する為には、あの子達と合流しなくてはいけません。

 咲と舞はテテテと後ろに下がり、いったん他のクラスメイト達がいる所へ。

 そこで心配そうにギュッと手を握りしめながら、突然ここに現れたヒーロー(らしきおじさん)を見守ります。

 どうか少しの間だけ、がんばって――――と願いながら。

 

「ストレッチマンだと……? 緑の郷(この世界)にはプリキュアの他にも、戦士がおったのか!」

 

「如何にもッ! ま゛ぁ吾輩はウル○ラマンと同じく、宇宙人ともいうべき存在だがなッ!

 し゛かしッ、子供達の笑顔を奪う者は許さんッ! 覚悟しろキントレスキーッ!!」

 

 ストレッチマンが両手を前に出し、戦いの構えを取ります。

 全身タイツ姿なので、これっぽっちもカッコ良くありませんが、キントレスキーはその構えをひとめ見た途端「こやつ、出来る!」と直感。

 自分と同じく、この者は歴戦の勇者であることを悟りました。信じがたい事に。

 

「だが御仁よ、貴様と戦う理由など無い。

 私の目的は、あくまでプリキュア……。

 おとなしく退くというのなら、見逃してやるぞ?」

 

「ヌハッ! お゛かしなことを! 上半身裸の変態めッ!!」

 

 ――――お前が言うな。お前が。

 もしこの場の緊張感さえ無かったら、きっと罵詈雑言の大合唱が起きていたでしょう。

 しかし、なんか変態の二人が真面目な雰囲気で話しているようなので、子供達は固唾を飲んでじっとしています。

 

「確かに、貴様のような強者と出会えた事は、喜ばしい。

 だが初志貫徹。私はあのふたりを、鍛えねばならんのでな。

 今のプリキュアには、筋トレが必要なのだっ!!!!」

 

 ――――んなことねーよ。帰れよ。

 もしこの場の緊張感が(以下略)

 子供達は引きつづき、黙って見守ります。おりこうです。

 

「な゛におぅ? プリキュアに必要なのは、筋トレではない! ()()()()()()()!!」

 

 ――――えっ? なに言ってるのこの人?

 咲や舞はポカンと口を開け、アホのように呆けます。

 

「筋トレだっ!」

 

「い゛やストレッチだ!」

 

「筋トレ!」

 

「ストレッチ!」

 

 \ワーワー!/

 

 そう延々と続く、キントレスキーとストレッチマンの言い合い。

 知らぬ間に、咲と舞はそれに見入ってしまいました。

 思わずといったように。隙を見てここを抜け出すという目的すらも、忘れたまま。

 

「ぬうっ……! なんと頑固なヤツだ! らちが明かん!

 相分かった! では我らで勝負をし、勝った方が()()()()()()()()()()()()というのはどうだっ!?」

 

「の゛ぞむ所だキントレスキーッ!!

 君が勝てば、プリキュアと筋トレ!

 吾輩が勝てば、この子らにストレッチをさせるからな゛ッ!!」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

 いつの間にやら、プリキュアが“賞品”になっていました。正義のヒロインのハズなのに。

 彼らは善意から、プリキュアたちを健康にしてあげたい、一緒に楽しく身体を動かしたいと、心から願っているのでした。ありがた迷惑。

 

「それではいくぞぉ、ストレッチマン!

 筋トレと柔軟体操……どちらの方が健康に良いか、勝負だっ!

 ――――第一問! デデン!」

 

 なんとキントレスキーは、自分の口で「デデン!」と言いました。ボイパというヤツです。

 そして唐突に始まる、ふたりの黄色い変質者による、健康クイズ合戦。

 

「身体作りや健康の為に必須となる知識で、三大栄養素であるタンパク質・脂質・炭水化物の、理想的な摂取の割合のことを、何というか?」

 

「ピンポーン!(だみ声) “PFCバランス”」

 

「正解っ!!」

 

 ストレッチマンが手元のボタンを押(すパントマイムを)し、即座に回答。

 キントレスキーは「グムム……!」と唸りながらも、正解を告げました。

 

「て゛は吾輩の番だァ! 問題ッ!! デデン!

 先ほど三大栄養素という言葉があったが、これらの中で一番【摂っても脂肪になりづらい】ものはどれか?」

 

「ピンポーン!(低音) “タンパク質”」

 

「せ゛いかいッッ!!」

 

 ちなみに言うまでも無く、摂取すると一番太りやすいのは油物などに代表される“脂肪”です。

 もうひとつの炭水化物(糖質)は、一番でこそないものの、大量に摂取すれば急激に血糖値を上げて、「吸収した栄養を体脂肪として取り込み易い状態にしてしまう」という性質があります。

 

 また、この中のどれか1つだけ摂れば良い~というモノでは無く、どれも身体には必要な栄養素であり、絶対に摂らなくてはならない物。

 もし「タンパク質しか摂らない」「炭水化物を全カットする」などといった“偏った食生活”をしよう物ならば、簡単に体調を崩してしまう事でしょう。

 第一問目にもあった通り、大切なのは“バランス”なのです。

 

「では私の番だぁ! デデン!

 主に筋トレをしたり、良質な睡眠を取ることによって体内に分泌される、通称“やる気ホルモン”と呼ばれる物は何?」

 

「ビンポーン! “テストステロン”」

 

「正解っ!!」

 

「ぬ゛ぅわっはっは! 次は吾輩だッ!! デデン!

 体重kg÷(身長m)2で算出される、その人の肥満度を表す体格指数のことを、何と言う?」

 

「ピンポーン! “BMI値”」*2

 

「せ゛いかいッッ!!!!」

 

「ならばいくぞぉ! デデン!

 そのBMI値の中で、最も病気になりづらいと言われる、健康的で理想的な数値は?」

 

「ピンポーン! “22”」

 

「正解っっ!!!!」

 

 怒涛の勢いで続く、二人の健康マニアによるクイズ合戦。

 咲と舞は内心、「身体使えや」と思いました。

 

「問題っ! デデン!

 いちおう頑張ってやりはするものの、私が『腹筋ローラーってあまり気が進まないな~』と思っている理由は?」

 

「ピンポーン!

 腰が痛くなるし、お腹よりも先に“腕”にくるッ!」

 

「正解っっ!!!!」

 

「て゛は次だァ! デデン!

 吾輩調べ、『この世で一番マズい』と評判のクソッタレな穀物として、ダイエットなどでお馴染みの“オートミール”がありますがァ……。

 これを比較的マシに、しかもお手軽に食べられる、ほぼ唯一の方法は?」

 

「ピンポーン!

 水を入れ、レンジで1分間ちょい温めた後、()()()()()()()()()()()()!!!!」

 

「 せ゛いかいッッ!! 」

 

「これはどうだっ! デデン!

 ジムなどでおこなう筋力トレーニングと、ランニングなどに代表される有酸素運動。

 どちらの方がよりダイエットに効果的?」

 

「ピンポーン!

 ――――面倒くさがらず、()()()()()()()! このピザデブくそ野郎ッ!!!!」

 

「 正 解 っ !!!! 」

 

 どーでも良いですが、ストレッチマンもキントレスキーも、すごく()()()()()()

 身体を動かすのが好きな者同士、なにか通じ合う物があるのかもしれません。

 もういいから、二人でマックとか行けばいーのに。早く帰って欲しいのです。

 そしてクイズの内容が、だんだんおかしくなっている気がしなくもありませんでした。テンション上がってきたからでしょうか?

 

「く゛ッ! やるなキントレスキーッ……!

 こ゛こまで吾輩を追い詰めたのは、君が初めてだッ……!!」

 

「神に感謝する……!

 まさかこれほどの強者を、私のもとへ贈って下さるとはっ……!!」

 

 はぁ……! はぁ……! と荒い息遣いで、苦しそうに肩を上下させる両者。

 なにを疲れる事があんねん。なんで息あがっとんねん――――

 そう言いたいのは山々ですが、咲も舞も良い子なので、グッと我慢。

 ぶっちゃけ「関わりたくない」のもあります。

 

「全粒粉パスタは身体に良いし、糖質大幅カットのダイエットパスタの方が、カロリーが低い。

 でも私がそれを買わない理由は!?」

 

「――――()()()!!」

 

「 正解ッ!! 」ピポピポーン

 

「お゛ぉ~、このレトルトの中華丼、一食あたり80kcal? これダイエットに使えんじゃね?

 と゛思ったけど、別にそんなことは無かったぜッ! 理由は?」

 

「――――純粋に、()()()()()()()()()()()()()!!」

 

「 せ゛いかいッッ!! 」ピポピポーン

 

「身体作りの強い味方として知られる“鶏むね肉”。

 非常に高タンパク、低脂質な食品ですが……。

 これを美味しく、油を使わず、飽きずに毎日食べられるようにする調理方法は?」

 

「――――無いっ!!(迫真)」

 

「 正解っっ!!!! 」ピポピポーン

 

 鶏むね肉というのは、“根性”で食べる物なのです。

 こんなもん唐揚げにでもしないと美味しくないし、脂質を抑えたいからって茹でて食おうものなら、3日で飽きてしまいます。

 たんぱくな味をしている反面、実はものすごぉ~く嫌な()()がある食材だったりするのです。

 

 もし身体作りを志すのであれば、この「鶏むね肉とどう付き合っていくか?」が、とても重要で、非常に大きな問題となります。

 飲み物で流し込むか、鼻を摘まんで根性で食うか、低糖質のルーを使ったカレーにぶち込むかしないと、日常的に食べるだなんてとてもとても。

 

 いちおう“親子丼”にしてみるとか、“低温調理器”と呼ばれる特殊な機械を使って茹でてみるとか、様々な方法がありますが……。

 いずれにせよ鶏むね肉との戦いは「研究と努力」が大事となってきます。

 この食材を味方に付けられるか否かで、身体作りの成否は大きく変わってくるのでした。

 個人的には“ノンオイルのツナ缶”とかが、比較的食べやすくてオススメだぞッ!(ストレッチマン談)

 

 

 そして閑話休題――――ふたりの戦いは熾烈を極め(?)、まさに死闘と呼ぶべき様相となっています(?)

 両者とも服が所々やぶれ、額から血を流し、今にも倒れそうなほどフラフラ。

 コイツらはクイズをしてるだけなのに、なぜそんな事になっているのかは、皆目見当がつきません。

 

「咲ぃー! 舞ぃー! ここに居たラピー!」

 

「心配したチョピー!」

 

「「フラッピ!? チョッピ!?」」

 

 気が付けば、体育館の入口の方からこちらへ走って来る、二匹のマスコット(妖精)の姿が。

 そうです、咲と舞が「ぼけぇー」っと呆けている間に、いつの間にか()()()()()()()()()()()()

 既にキンコンカンコンとチャイムは鳴り、クラスのみんなはゾロゾロとひき上げ、この場にいるのは非常に暑苦しい大人二名と、咲&舞だけ……。

 

 いったいコイツ等は……いや“私たち4人”は何をしているのだろう……?

 そんな痛烈でプリミティブ( 根源的 )な疑問が、プリキュアたる少女達の脳裏をよぎりました。

 これ魔法少女物だよね? と。

 

「ハ゛カめッ! めざしの干物の脂質は、100gあたり6.8gもあるッ!

 そ゛れに引き換え、あたりめ(スルメ)ならば、ほぼほぼ脂質ゼロ! 塩分もほとんど無い!

 たしかに魚の脂質は非常に健康的だが、ダイエットに有効といえるのはイカ!

 あたりめなのだァーーッッ!!!!」

 

「ぐぅあーーっっ!!??」

 

 そしてあちらの方では、どうやらしょーもない事で決着がついた模様。

 キントレスキーが頭を抱えて仰け反り、ストレッチマンが「ぬぅわっはっは!」と高笑いしています。

 

「咲! 今よっ!」

 

「うんっ! この隙にプリキュアに変s

 

「――――よ゛ーし! 今のうちに()()()()()()()()()()(良い笑顔)」

 

 機嫌良く笑っていたハズのストレッチマンが、突然クルッ! とこちらを向きました。

 今まさにプリキュアになろうとしていた咲&舞は、「えっ」「えっ」と呆けた声。

 

「ちょ……待ってよぉ、おじさぁーん! わたし達プリキュアn

 

「――――い゛いからストレッチだッ!(カッ)」

 

「は、はいぃ~!?」

 

 ドドドっとこちらに走って来るストレッチマン。その得も知れぬ迫力に圧され、咲は思わず頷いてしまいました。

 そして、体操のお兄さんよろしく、彼女らの前に立ったストレッチマンが、無駄に大きくてよく通る声で、本日のストレッチを説明。

 

「じゃあみんなッ! 足を肩幅に広げて立ち、両手をまーっすぐ頭の上に伸ばそうッ!

 そ゛してッ! 片方の手で、もう片方の手首をグッと掴み! そ゛のままゆ~っくり、横に倒していくぞぅッ!」

 

 またしても唐突に始まる、ストレッチタイム。

 咲・舞・フラッピ・チョッピの4人が、言われるままに“A”の形に身体を伸ばし、そのまま身体を横にしならせます。

 カワイイ女の子、そして愛らしいマスコット達が、むっさいオッサンの指示に従っているのです。

 

「こ゛の時ッ! 身体が前後に傾いてしまわないように、注意するんだぞッ☆

 し゛っかり前を向いたまま、真横に反らすんだッ! て゛はいくぞォー?

 ――――そ゛ぉ~れ、伸びぃぃぃいいい~~~~ッッ!!!!」

 

「「「「 伸びぃぃ~~っ!!(やけくそ) 」」」」

 

 素直で、聞き分けが良く、とっても純粋なこの子達が、がんばってストレッチに勤しみます。

 4人の肩から腰にかけての筋肉が、緩やかなアーチを描いて、ぐぃ~っと伸びていきます。

 

「ん゛んんッ! 伸びぃ~る! 伸びぃぃぃ~~るッ!

 限界まで伸ばした所でぇ~、……はいストップッッ!!

 お゛ーーきな声で、数を数えてみよ~~うッッ!!」

 

「「「「 はっ、はいぃぃーーっ! 」」」」

 

 ではい~~ち! にぃ~~い! さぁ~~ん!

 そうストレッチマンの指示の下、元気に声を出すプリキュア達(未変身)

 四人なかよく横一列に並び、身体を伸ばしつつ数をかぞえていく内に、どんどん肩から腰にかけての筋肉が、あったかい熱をおびていくのを感じます。

 

「なっ……なんだこの凄まじいパワーはっ!!

 光でも闇でも無い、とてつもない力だっ!!!!」

 

 何を言うとんねん――――という感じですが、どうやらキントレスキーは真面目に言っているようです。

 今もあわわと狼狽えながら、ダーダー汗をかいています。

 ストレッチマン、そしてプリキュア達の身体に溜まっていくパワーに、彼が恐れおののいている事が分かりました。

 

「は゛ぁ~~ち! き゛ゅ~~う! し゛ゅぅぅぅうううッッ!!!!

 ぬぅわーーっはっは! どうだみんなッ!

 ここにストレッチパワーが、 溜 ま っ て き た だ ろ う ?(ドヤ顔)」

 

 みんなのストレッチパワーが満タンとなり、ポカポカとあったかくなる大円筋と脇腹。

 それをキントレスキーへと見せつけながら、彼が鬱陶しい顔でカメラ目線します。 

 

「さ゛ぁいくぞ、プリキュアのみんなッ!

 怪人キントレスキーにッ――――ストレッチパワーー☆☆☆」

 

「「ぱ、ぱわーーっ!!(やけくそ)」」

 

 咲と舞のふたりが、キントレスキーに向けて手の平を突き出します。

 それはちょうど、奇しくもプリキュアの必殺技である【ファイナルスター・スプラッシュ】を繰り出す時と同じポーズであり、そこから溜めに溜めたストレッチパワーが()()()()()()となって、凄まじい勢いで放たれました。

 

「くっ……致し方なし!

 勝負は預けるぞプリキュア! そしてストレッチマン!

 また会おうっ! トォウ!!!!」

 

 波動砲めいた威力に圧され、キントレスキーがヒュンと身を翻し、退散していきます。

 プリキュアの聖なる力……ではなくふたりのストレッチパワーが、悪を打ち破ったのです。

 

 まぁそうは言っても、()()()()()()()()()()()()()

 なんの変哲もない、ただの女の子――――いつもの咲と舞なのでした。

 

「ふ゛たりともッ、よく頑張ったな! もう心配ないぞッ!

 た゛とえどんな怪人が来ても、ストレッチパワーがあれば大丈夫だッ!!」

 

「……」

 

「……」

 

 それを、決して忘れるんじゃないぞッ!(ニカッ☆)

 そう善意100%の笑顔で言われ、伝説の戦士であるプリキュア達は、何も言えなくなりました。

 

 

 ちなみにこの変なおじさん、もとい正義のヒーロー・ストレッチマンですが……。

 どうしても運動不足になりがちな知的障害や、身体に障害を持つ子供たちの為に、よく養護学校などに赴いてはストレッチを教えてあげたり、一緒に仲良く遊んだりするのが大切なライフワーク。

 子供たちの笑顔が大好きな、“とっても徳の高い人”です。

 

 この太陽のようにあたたかな笑み、そして子供を不安にさせない優しい人柄だったからこそ、咲と舞は思わず従っちゃったのかもしれません。

 そしてもしかしたら、心のどこかで「この人ならば大丈夫」という安心感を抱いたからこそ、ふたりは今回ボケ~っと見ていられたし、無理やり彼を押しのけてでも変身しなかったのかも?

 

 

「さ゛ぁ咲ちゃん舞ちゃん! いっしょに遊ぼうかッ!

 君達と友達になりたがっている、“まいどん”という男の子がいるんだッ!

 ここに呼んであげても良いかなッ?」

 

「あ、はいです。ストレッチのおじさん……」

 

「もちろんです、ぜひ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、まいどん君とクラスのみんなも呼んで、一緒にサッカーをしました。

 とっても楽しかったです――――

 

 この一文は、【白目を剥いたプリキュアふたりと、豪快に笑うストレッチマン】の姿が描かれた、舞の絵日記よりの抜粋です☆

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
【Essential Amino Acid】の事。運動中に摂ると効果的な、水に溶かして飲むタイプのサプリメント。15分ほどで体内に吸収されるので、素早くアミノ酸を補給できる。甘くて美味い。

*2
【Body Mass Index】 ボディマス指数の意



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

81 ふよふよエイプー 【前編】



【ARMORED CORE for Answer】二次小説。

 短編です(真顔)






 

 

 

 

「あぁ困った、今月もピンチです……」

 

 ガマぐちの中の小銭を「ひぃふぅみぃ」と数えながら、ため息。

 でもいくら数えてみても、これが増えたりはしません。金属で出来たちんまい硬貨たちが、私に非情な現実を突きつけます。

 

「またモヤシを食べて凌がなければ。

 ヨモギとかタンポポを摘みたい所ですけれど、コジマ汚染してたら怖いですし……我慢します」

 

 かの“リンクス戦争”と呼ばれるものが始まる少し前、リンクスになった時に買ったお財布も、この度めでたく10年選手となりました。

 長持ちするように願い、出来るだけ丈夫そうな物をと選んだ私の判断は、決して間違っていなかったと確信しています。

 まぁたまに、リンクス仲間達から「ダッサ!?」と笑われたりしますけれど……。「女捨ててるじゃん!」は流石に酷いと思います。

 

 とにもかくにも、愛用のガマ口をパチンと閉じて、おしりのポケットに収納。

 私は力なく頭を垂れながら、トボトボと市街地を歩いていきました。

 

 関係ないですけれど、よく「モヤシは全然栄養ない」って仰る方々が、いるじゃないですか? それは間違いだと言わせて頂きたいです。

 

 たしかにモヤシの栄養素というのは、“水に溶けやすい”という性質を持っていますので、茹でたらドンドン外へ逃げ出してしまいます。

 けれど、例えばレンチンで加熱すれば、モヤシの栄養素は損なわれること無く、しっかり摂ることが出来るのです。

 あと茹でるにしても、スープの具にするなどの方法を取れば、水に溶けだした栄養もちゃんと摂取する事が可能ですし。ようは工夫なのです。

 

 モヤシは豊富な食物繊維に加え、ビタミン類もたくさん含まれていますので、ぜひ積極的に食べていきたい食材。

 なにより安い! 非常にお安く買える! ここ非常に重要なポイントです。

 焼きそばを始めとし、各種麺類のかさ増しに使えば、カロリーを抑えた上で満足感が得られます。シャキシャキとした食感も嬉しいですよね♪

 

 我々にモヤシを与え給うた神に、私は心から「ありがとう」と言いたいです。

 我々貧乏人は、もやしによって生かされていると言っても、過言ではないのですから。

 まぁわたし的には、別に“ローカロリー”である必要って、全く無いんですけれど……。

 

 もやし100gあたりのカロリーって、約12kcalほどなのですが……、それお醤油スプーン一杯分と同じくらいですからね? ほとんど熱量(エネルギー)という物がありません。

 たとえモヤシでお腹は膨れても、心と体は決して満たされないのです。

 私はダイエットなどしておりません。むしろカロリーを切望している身の上。ガリガリなのです。

 

「あ、そうだ! 例のたまり場へ行ってみましょうっ。

 ウィンお姉ちゃんがいれば、ごはん食べさせてくれるかもしれませんし。レッツゴー!」

 

 この“たまり場”とは、よく我々リンクスが利用しているバーの事。

 元リンクスであるというマスターが経営していて、傭兵稼業にとても理解があるお店です。

 私もよくツケで飲ませてもらってますが、そろそろマスターの堪忍袋の緒が切れそうになってて、ヒヤヒヤのチキンレースの様相となっています。いつ出禁にされる事やら……。

 

 余談にはなるのですが、いつもウィン・Dさんをお姉ちゃんと呼ぶと「貴方の方が年上だろうッ!」と怒られます。私もう25才ですからね。

 でも私は小中学生かってくらい、背丈がちんまい女の子ですし、声だってロリーです。

 訪問販売の人が来ても、「いまお母さんいません」と言えば、それで普通に切り抜けられたりもします。便利です。

 

 そんな私と比べて、大人の色気バリバリといった感じのウィン・Dさん。

 たとえ2つ年下だとしても、彼女を“お姉さん”とお慕いすることは、なんにもおかしくないと思うんですよ。“魂の年齢”が違う感じです。

 

 それに彼女はカラードランク3位ですし、私とは比べ物にならないくらい、ガッポガポ稼いでいるワケです。きっと私のがま口には、とても入りきらないってくらいのC(コーム)を持っているに違いありません。

 

 なので、たとえリンクス歴でいえばだいぶ先輩ではあっても、私がウィンDさんにご飯を奢ってもらうのは、とても自然な事だと思われます。

 カワイイ妹分(?)ですし、私なんてカラードランク20位なんですから、もっと甘やかして欲しいものです。

 

 困っている人を見捨てるなんて、きっとジェラルドさんが見たら怒ります。強大な力を持つ者には、それ相応の責任が伴うのです。

 たとえ相手が万年金欠どころか、多額の借金すら抱えてる貧乏リンクスだとしても。

 お腹が空きましたウィンお姉ちゃん。助けて下さい。プライドでお腹は膨れないんです。

 

 

 

「――――げっ! エイ=プールじゃねーか!!」

 

 そんなこんなで、やがて例のお店に到着。

 マスターの趣味なのか、西部劇で見るような両開きの小さな扉を開けると、その途端ひどい事を言われます。

 これはいつもの事なので、そんなには気にしてませんが、ひどい物は酷いと思うんです。

 

「おい疫病神が来やがったぞ。顔かくせ顔!」

 

「ちょっとタバコ買ってくるわ。

 俺のこと聞かれたら、『居ない』って言ってくれ」

 

「また飯をたかりに来やがったかよ……。それとも“僚機”のお願いかぁ?」

 

 順番にカニスさん、ウィスさん、イェーイさん。

 みんな私の顔を見た途端に、イヤな顔をします。

 そしてコソコソと隠れたり、こちらから顔を背けたり。さっきまで機嫌良くお酒を楽しんでいたでしょうに、挙動不審になっている様子。

 けれど、そんなことで挫ける私ではありません。

 

「こんにちは皆さん。ここよろしいですか?」

 

「なんで座るんだよお前っ!? この空気が分からねェのか!!」

 

 よいしょ! って感じで、彼らと同じテーブルに座ります。

 何食わぬ顔をするのがコツです。

 

「いえ、分かってますよ? その上で座ったんです。

 そんなの気にしてたら、ごはんにありつけないじゃないですか。ぷんぷん!」

 

「てめぇイカれてんのか!? メンタルにもPA張ってんのかオイ!?」

 

 引き続き酷いことを言われますけど、我慢ガマンです。

 私は出来る限りにこやかに微笑み、友好的な態度を心がけます。

 

「ではお仕事の話ですが……これは食べながらにしましょうか。

 マスター、カノサワからあげと月光ポテトを、AFギガベース盛りで。

 あ、伝票は彼らと一緒でいいです」

 

「勝手に頼んでんじゃねぇ! あっち行けよエイプー!!」

 

 取り付く島もなく腕を掴まれ、三人がかりで追い出されてしまいました。

 私はひとり、床に女の子座り。ポツンとその場に取り残されます。

 

 いくら、以前僚機に着いてあげた時に、報酬金の9割ほどを弾薬費で溶かしたからって、この対応はあんまりです。

 同じ独立傭兵でも、ロイ・ザーランドさんは「まあ、生きてるんだ。よしとするさ」と言って、快く許して下さったというのに。

 なにやら悲しそうに給与明細を見ていましたし、その後はパッタリ使ってくれなくなりましたけど……。

 

 ちなみにロイさんは、そのイケメン声のわりに、おすもうさんみたいな体型をしています。彼が重量機に乗るのも、それにあやかっての事でしょうか?

 いったいどうやったら、あんなに太れるんでしょう? 私には見当もつきません(食費的な意味で)

 

 とりあえず、埃で汚れてしまったおしりをパンパンと叩き、その場から立ち上がります。

 そして懲りる事無く、目に入った客に片っ端から声をかける事にしました。

 

「お仕事はありませんか? ミッションに連れて行って下さい。お金が無いんです」

 

「ウチには2匹の犬と、ちいさなハムスターがいるんです。私が稼がなくては……」

 

「ソルディオス砲でも、カーパルス占拠でも、なんでもやります。お仕事を下さい」

 

「弾幕いりませんか? 弾幕薄くないですか? ASミサイルです」

 

 でも、なしのつぶて。

 みんな私からプイッと顔を背けるばかりで、話を聞いてくれる人はいません。

 

「あっ、ダンモロさん! 僚機いかがですか!? お安くしておきますから~っ!」

 

「嘘つけよこの野郎お前っ!

 この前のミッション赤字だったろうがっ! お前のせいでぇぇーーっ!!」

 

 トイレから帰ったのか、偶然この場を通りかかったダン・モロさんに、私は恥も外聞もなく縋り付きます。

 けれど彼は及び腰ながら、しっかり私のお願いを拒否。聞く耳を持ってくれません。

 

「“報酬の15%”っていう、お前の取り分の少なさに騙されたんだっ!

 お前がアホみたいにミサイル撃ちやがるせいで、20万Cの報酬金がパーだ!

 それどころか、弾薬費と機体の修理費で、2()0()()C()()()()()()!? 分かってんのかよお前!?」

 

「で、でもミッションは成功しましたし……、名誉の赤字ですよね?(震え声)」

 

「名誉とかいーんだよ今はっ!

 俺はたくさん稼いで、新しいジェネ買うのぉ! ブレも新調すんのぉ!

 赤字になるくらいだったら、そもそも依頼受けねーんだよぉーーっ!!」

 

 つーかお前、()()()()()()()()()()()()

 そう怖い顔でギロリ! と睨まれます。まだ前回のことを根に持っているご様子。

 

 実は以前、たかだか10機程度のノーマル部隊を殲滅するために、ダン・モロさんは僚機として、私を雇った事があるのですが……。

 その目ん玉とび出るほどの弾薬費に腰を抜かし、ミッション後しばらくの間、放心していたのを覚えています。とても落ち込んでいました。

 

 私は共にミッションにあたった戦友として、彼を優しく気遣い、そんな暗い空気を変えてあげようと、「あ、相性が良いみたいですね、貴方とは(引きつり笑い)」と言ってみたのですが……。

 すると次の瞬間ダン・モロさんは、火山の噴火みたく怒ってしまいました。

 

 美人で人当たりも良く、僚機として大人気の“メイ・グリンフィールド”さん。

 彼女の真似をしてみたつもりだったのですが、効果は芳しくなかったです。いったい何がいけなかったのでしょう?

 

 その後、もう手が付けられないくらいの暴れっぷりを見せるダン・モロさんを置いて、私はひとりビューンとOBを吹かし、逃げるようにお家へ帰った~というのが事のあらましですが……。どうやら彼の怒りは、まだ収まっていない模様。

 

 あれから1か月くらい経っていますし、ワンチャン忘れてくれたかな~、もう機嫌直ってたりしないかな~とも思ったのですが、私の健気な祈りは、儚くも打ち砕かれてしまいました。とても悲しいです。

 ダンモロさんは「ふんっ!」と私を振りほどき、プンプンと肩を怒らせながら、店の外へ出ていってしまうのでした。

 

 その後も……。

 

「なぜ貴様に奢らねばならんッ!

 ユニオンの者に“社長”などと呼ばれる筋合いは無いわッ!」

 

「言っては悪いけど……貴方っていつも、3分かそこらで弾切れしては、そのままピューっと帰っちゃうでしょう?

 対ネクスト戦ならともかく、あまり信用できないのよね……」

 

「お前を僚機にすると、“骨折り損のくたびれ儲け”になるからなぁ。

 採算度外視で、どうしても火力が欲しいって時以外は、とてもじゃないが雇えねぇよ……」

 

 順番に有澤さん、シャミアさん、ヤンさん。

 みんな私より格上のリンクスで、お金持ちのハズなのですが、悉く袖にされます。

 

「誤解してくれるなよ? お前の腕は認めているんだ。

 実際に俺は、一度ランクマッチでお前に敗れているしな。

 矢次に放たれるASミサイルの弾幕は、本当に脅威だよ」

 

 だが……とイルビス・オーンスタインさんが眉を歪め、難しそうな顔で言葉を濁します。

 彼のカラードランクは14位で、以前私もランクマッチで対戦した経験があります。

 けど初戦こそ私が勝ったものの、リターンマッチで“フレア”を装備して挑んで来たイルビスさんに、私は成す術なくやられました。

 その後は、一度も彼に勝てていません。

 初見であったASミサイルには泡を食ったものの、結局はそれだけだった……。

 

 もしミサイルを使ってくる相手がいたら、こういう対策を取れば良い。

 またはこういう動きをすれば避けられる――――

 

 みんな私との対戦で、その方法を学びます。

 そして大抵2~3戦もすれば、あっさりと私を越えて、上のランクへと進んでいきました。

 

 私というリンクスは、新人の方々に「ミサイルの対策を学ばせるための教材」

 いえ、“踏み台”のような存在なのでした。

 

 後は、しいて言うなら“金食い虫”でしょうか?

 せっかく達成したミッションの報酬金、そのほとんどを溶かしてしまう、サイテーの疫病神。

 

 私がお世話になっているユニオンは、とても大きな企業ですし、信頼と実績があります(仲介人のお姉さんは、どことなく胡散臭い女性ですが……)

 ゆえに、優先してお仕事を斡旋して貰えまして。もし僚機の必要性が認められるミッションがあった場合、「うちのエイ=プールは如何ですか?」と、請負先の傭兵さんに推薦して頂けるんです。 

 

 私は同じユニオン所属のウィンDさんよりも、だいぶ下のランクのリンクス。なので格安の料金で雇えるという事で、皆様からお声がかかる事も、少なくありませんでした。

 けれど、僚機の弾薬費と機体修理費は請け負った傭兵持ちという、「騙して悪いが」的なルールにより、結果的にウィンDさんを雇った場合よりも、多くのお金を報酬から差し引かれる……という事もしばしば。

 

 純然たる支援機として設計された、私の愛機【ヴェーロノーク】

 その主兵装であり、また唯一の武器である“ASミサイル”。そのあまりに高い弾薬費用のせいで。

 私が好き勝手に撃ちまくった分を、雇った傭兵さん側が支払わなくちゃいけないってシステムだから。

 

 なぜ仕事のために使った弾薬費を、依頼主ではなく傭兵側が支払わなくちゃいけないのか?

 その理由は、私には分かりません。不条理だとは思いますが、ただただ「そういうルール」としか。

 

 でもその結果、私はいつもミッションが終わった後、雇って頂いた傭兵さん達から、罵詈雑言を浴びせられます。

 拳ではなく、言葉で袋叩きに合うんです。「お前なんて選ばなきゃ良かった。一人でやれば良かった」と。

 

 そして、次からは誰もが私を選ばなくなり、ユニオンという大企業にお世話になっているにも関わらず、私の仕事は皆無に。

 こうして場末の酒場までやってきては、自分で売り込みをかけるしか無いという有様。

 そうしないと、お金が稼げない。生きていけないのです。

 

 一応、た~まに羽振りが良い人や、どうしても成功させたい依頼がある人とかに、僚機として使って頂ける事はあります。

 自分で言うのもなんですが、やはり私のASミサイルの火力は、とても魅力的ですから。

 

 たとえどんなミッションであっても、私が僚機として着いてさえいれば、きっと成功する事でしょう。必ず生きて帰してあげられるって、その自信があります。

 なんたって、私は私たち二人以外の物を、全て焼き払ってしまうのですから。

 有象無象の区別なく、私の弾頭は決して許さないのです。えっへん!

 

 けれど前述の通り……それは「あまりにも高い弾薬費に目を瞑るならば」の話。

 有り体に言えば、金に物を言わせて、ミッション達成という“結果”を買うに等しい。

 

 ゲームで言うところの、チートです。

 なんの苦労もなく、依頼を成功させる事が出来ます。

 ただただ雇い主さんは、私の弾薬費を払ってさえいれば、それだけで良いのだから。

 私とヴェーロノークが、全てやってしまうから。

 

 これでは、せっかくミッションを達成しても、まわりからの評価は得られない。

 傭兵としての栄誉や名声どころか、報酬金すらもロクに手に入れることは出来ない。

 私を僚機に雇うというのは、つまりそういう事――――

 

 誰もが私とヴェーロノークを毛嫌いし、それどころか私を雇う人にすらも、()()()()()()()()()()()()

 金でゴリ押しする屑野郎め、と。

 

 

 

「えっと、申し訳ありませんエイ=プール様。

 リリウムは王大人様の物なので、貴方に僚機をお願いすることは……」

 

 やがて、最後に声をかけたリリウム・ウォルコットちゃんにも、すごく申し訳なさそうに謝罪をされます。

 これを以って、本日の営業は空振り。残念また明日~という結果になったのでした。

 

 ちなみにですが、「僚機にしてもらえないのなら、自分で依頼を請ければ良くない?」とお思いの方もいるでしょうが……それは出来ない相談なのです。

 何故なら、私の愛機【ヴェーロノーク】は、支援爆撃をこそ目的として組まれた機体。

 単独での任務というのは、この子の設計思想に反しますし、わたし的には「ちょっとな~」と。

 出来る出来ないはともかくとして、()()()()()()()()()()という想いが、どーしても胸の中にあるんですよ。

 

 誰かを支える為に、お空でふよふよ浮きながら、いっぱいミサイルを撃つ――――

 それこそが私の喜びであり、ヴェーロノークという機体の本懐なのですから。

 

 まぁカッコつけた事を言いはしましたが……、なによりもあのユニオンの腹黒お姉さんが、()()()()()()()()()()()()()、というのが大きいかもです。

 雇った傭兵さんに「この子を僚機にどうですか?」と推薦はしても、私自身にミッションを依頼したりは、決してしないんですよ、あの人。

 

 恐らくは、これも例の“高すぎる弾薬費問題”のせいなのでしょう。

 ようは「自分の所でエイプーの弾薬費を払いたくないから、雇った傭兵自身に払わせちゃえー!」大作戦かと……。

 

 そもそも私だって、自分自身の弾薬費を()()()()()()。借金まみれですし。

 ありとあらゆる意味において、ヴェーロノークは一人で戦えないのでした(白目)

 世知辛い世の中です。みんな貧乏が悪いのです。

 

 ゆえに実質、私ことエイ=プールは、ユニオンによって()()()()()()()()()()()()、というワケでございます。

 まさに生かさず殺さず、という絶妙な塩梅で。

 今日も細々とリンクスやらせて頂いてます。どうも、エイ=プールと申します。よしなに。

 

 一応はユニオンの方も、ご厚意なのか「餌を与えている」つもりなのかは分かりませんが、私が飢餓でパッタリいっちゃわないよう、た~まに食パンとか小麦粉とかを、自宅に送ってくれたりもしますし。

 

 本当にギリギリというか、生きてく上で必要最低限の量ですけれど。

 肉とか魚とかは、一切くれませんけれど。

 貰った品物に、よく「3割引」とか「半額」とかのシール張ってあったりしますけど……。

 

 もっとタンパク質が欲しいです。お願いですユニオンのお姉さん。

 もう腹黒とか、厚化粧とか言いませんから。「服のセンス、バブル期か!」とか言ったりしませんから。

 ドン引きするくらい合コンで連敗してるのも、ナイショにしときますから。

 

「今日はウィンDお姉ちゃんも、来てないみたいです。

 残念ですが、お家に帰るしかありません。ううっ……」

 

 お腹がキューキュー鳴ります。私のミニマムボディが、宿主に対してストライキを起こしています。

 お前がチビなのは栄養を寄こさねぇからだ~とか、たまには肉食えバカ野郎とか言って、私を罵っている気がします。

 

「マスター、お仕事中すいませんです。

 後生ですので、スルメをひとかけら頂けませんか?

 ……先ほどの様子は見ていたでしょう。

 このエイ=プールというリンクスを、哀れと思うのなら(レイプ目)」

 

 そうすれば、大人しく店を出ていってあげます。……というよく分からない取引の末に、私はおつまみ用の“あたりめ”をゲット。

 これを親の仇のごとく、ひたすら口内でしばき続けることで、脳が「食べた」と錯覚を起こし、お腹がいっぱいになるシステムです。

 というか、こんな事ばかりしているから、いつまでたっても小さいままだし、身体にもストライキを起こされるんですけど……。

 

 よく僚機としてご一緒させてもらった方々に、「よくその身体でネクスト乗れますね!?」とビックリされます。

 たとえ空腹で足元がフラフラしてても、何故がネクストの操縦だけは出来るんです。敵を自動追尾するASミサイルも、それに一役買っていると思われます。

 

 きっとローディさんなら、ぐいっと私の襟首を掴み、そのままネコみたいにひょいっと持ち上げることが出来るハズ。ちょっと大きめの犬とかと、大差ありませんからね私の体重。

 

「……およ?」

 

 まがりなりにも、タンパク質!

 そうあたりめを噛み噛み&ニコニコしていた私の耳に、立て付けの悪い酒場の扉が〈キィ~!〉と開く音が聞こえました。

 今、3人のアホそうなリンクス達が、入店してくる様子が見えます。

 

「ハッハッハ! 流石だな君は! ついに私を越えたかっ!」

 

「いつかやるとは思うとったが、こんな早いとはのぉ~。

 いやぁ脱帽じゃ。わしもウカウカしとれんのぉ!」

 

「坊主だったら当然だァァーッ! 

 こいつはもーっと上へ行くぞォ? 俺は今から楽しみで楽しみでッッ!!」

 

 そこに居たのは、機嫌良さそうに笑う男達。

 順番にカミソリ・ジョニーさん、ドスさん、チャンピオン・チャンプスさん。

 通称“とっつき三羽烏”の皆さんでした。

 

 彼らは皆、豪快に「がはは!」と笑いながら、肩を組んでこちらに歩いて来る様子。

 たった今、ちょうど店を出ようとしていた、私の方へ向かって。

 

「あーっ!? おんどれエイ=プールかぁ! 次はお前じゃけのぉ!」

 

「そうだッ、覚悟しとけよ小娘ェ!! テメェなんざ一発だァァーーッ!!」

 

「フハハ、首を洗って待っているが良い。

 君は我らが打ち立てる伝説、その礎となるのだよ」

 

「ふぇ?」

 

 私の顔を見た途端、また三人がワーワー騒ぎだします。

 私は自身のカラードランクの上下を、19位のドスさん&21位のジョニーさんに挟まれているという、とっても不憫な子です。

 なんでか知らないけれど、妙に“とっつきバカ”の人に、ご縁があるというか……。

 いつも会うたびに「お前を倒す」とか、「ザマァ見さらせ」とか言われて、すごく迷惑していました。

 

 私のヴェーロノークが、“近接武器キラー”的な性質を持っている事もあり、軽く粘着されてるっぽいのです。もうランクとか関係なくオーダーマッチを挑まれまくりです。

 私はどんな相手に対しても、ASミサイルの自動追尾が赴くまま、普通に戦っているだけなのですが……。このように意図せずして恨みを買い、なにやら“とっつき三羽烏”の暑苦しい人達から、目の敵にされている感。不幸です。

 

 ただ、今日はいつもの罵詈雑言とは、少し様子が違うみたい。

 彼ら三人は、なにか私には身に覚えの無い、全く別のことを言っている様子でした。

 

「おぅ坊主、コイツはランク20位のエイプーじゃ。

 腹ぁ抉る前に、挨拶だけしとき」

 

「お前さんは、21位になったからなァァーッ!

 次にランクマッチで戦う相手が、このちんまい娘だァァーーッ!!」

 

「私のダブルエッジでも勝てなかった、ASミサイル使いの強敵……。だが君ならやれる!

 そうっ、私が託したKB-O004でなぁー!!」

 

 私はここ二か月ほど、ランクマッチを行なっていませんでしたし、順位がどうなっているのかも、把握していませんでした。

 ずっとワーキングプアな極貧生活ですし、自分を売り込むのに必死だったので、それどころじゃなかったのです。

 

 だから、いま彼ら三人の後ろから恥ずかしそうにおずおずと出てきた、大人の背丈の半分もないような少年の事など、知る由も無かった。

 まさか、まだこんなにも小さくて幼い子が、10連勝という破竹の勢いを以って、ランキングを勝ち上がっていただなんて。

 

 

「あのっ……ぼく“クヌギ”ですっ。

 よろしくおねがいします。エイプーおねぇさん」

 

 

 

 

 

 

 その日、私はひとりの少年と出会った。

 

 あの悪い冗談としか思えない兵装、()()()()()()を武器とする男の子に――――

 

 

 

 

 

 

 

 

―2―

 

 

 

 

「え……エグイです」

 

 ボカーン☆ という音と共に、緑色の閃光が炸裂。

 辺りが眩しい光に染まり、それがようやく晴れた時、鉄の塊だけがその場に残されていました。

 

 ちなみにですが、その鉄の名前は【スタルカ】といいます。

 ドスさんが操る赤いネクスト機が、今パチパチと帯電しながら、完全に機能を停止しているのでした。

 

「一撃ですか……。

 しかも絵に描いたような()()とは……」

 

 きっと、お互いに近接武器だった事が、早期決着の原因だったんでしょう。

 シュゴー! っとブーストを吹かして近付いたドスさんが、「どっせぃ!」とばかりにパイルバンカーを繰り出した次の瞬間、勝負は終わっていました。

 そう、必要最低限の動きでそれを躱し、()()()()()()()クヌギくんによって。

 

「試合時間、13秒……。

 私が戦った時は、何分でしたかね?」

 

 私がランク20位で、アホのドスさんが19位なワケですから、当然戦った事があります。

 最終的には負けたのですが、通算成績で言えば、私の135勝1敗くらいでしょうか?

 

 いーかげん呆れた私が、「ミサイルはQBで避けるんじゃなくて、左右に機体を振って、すり抜けるように躱すんですよ」と教えてあげても、そんなのワシの勝手じゃとか抜かして、ぜんぜん聞き入れてくれないんです。

 

 そんな風に、ロクにミサイルも避けられないクセして、何度も何度も懲りずに対戦を挑まれ、結果的に私が()()()()()()()()形となります。

 こちとらご飯も食べていない身なのに、一日に何十連戦もさせられたんですから、文句の一つも言いたい気持ちですよっ。ぷんぷん!

 

 けれど……下手にリベンジマッチを挑んで、また粘着されたら困ってしまいますので、ドスさんにはさっさと上のランクへ行って欲しい、って思ってます。

 彼と最後にオーダーマッチをやったのは、もう2か月ほど前なのですが、未だに私は再戦を挑んでいませんし、今後もするつもりは毛頭ありません。

 

 あと出来れば21位のカミソリ・ジョニーさんにも、さっさと私を倒し、どっか行って貰えたらありがたいのですが……。

 でもあの人の機体って、()()()()()()()ですからね。

 ふよふよお空から見ていて思うのですが、正直彼は、あのACをちゃんと操れていない。機体に振り回されちゃってる~という印象があります。

 あのAC【ダブルエッジ】って、自分で組んだ物のハズなのに……。

 

 結局ミサイルの避け方も覚えられなかったドスさんと、OBで走り回るばかりで自分の機体を乗りこなせないジョニーさん。

 私どうこうは抜きにしても、彼らにリンクスとしての輝かしい未来が来るとは、とても……。

 

 で、話を戻しますけれど。

 私がドスさんを倒すには、確か……いつも1分くらいは要していたと思います。

 ロクに回避行動も取らず、ASミサイルをバンバン喰らいながら、それでも「これが男の生き様じゃー!」とばかりに突っ込んでくるAC【スタルカ】

 それを屠るのに必要な時間など、大体そんなモンなのです。

 

 けれどクヌギくんは“13秒”。

 たった今、私の目の前で、あっさりとやってのけました。

 

 あたかもドスさんの動き……いえ“とっつき”を見切っていたかのように、スッと少しだけ横に回避。そのあと即座にコジマパンチを叩き込み、あっという間に終わらせてしまいました。

 

 私は同じリンクスですが、()()()()()()()()()()

 ボクシングの選手がやる、“カウンター”を思わせる動き。

 当てるための立ち回り、操縦技術、通称“とっつき”と呼ばれる兵装の使い方――――

 そんなもの、いつもお空からASミサイル撃ってる私には、身に着くハズもないのですから。

 

 綺麗でした。

 あのコジマ的な緑の光ではなく、()()()()

 

 無駄なく、小さく、理に適った動きは、見ている者達に感嘆の声を漏らさせます。

 それがシンプルで、極まっていればいるほど、芸術的とすら感じる美しさを生むのです。

 

 そんな風に、私がただ「ぽけ~☆」っと呆けている内に、次はランク18位であるメイ・グリンフィールドさんのお出番。

 ここ廃ビルが立ち並ぶ砂漠ちっくなステージもそのまま、立て続けにクヌギくんと対戦します。

 そして……。

 

『――――ふぎゃーっ!!??』

 

 その30秒後、メイさんの断末魔が、スピーカーが割れるくらい響きました。

 

『うぎゃーーっ!!??』

 

『ぬぅおぉぉーーっ!!??』

 

『ぎょえぇぇーーっっ?!?!』

 

 順番にCUBEさん、有澤社長、シャミアさん。

 

『ぐわぁーーっ!!!!』

 

『ぎゃーーん!!!」

 

『ひぃぃぃ~~っ!?!?』

 

 そして立て続けにイルビスさん、ヤンさん、リザイアさん。

 誰もがコジマブレードにワンパンされ、儚く命を散らしていきました。(ランクマッチなので大丈夫ですが)

 

「こんな当たるものなんですね、コジマパンチって。

 来ると分かっているのに……」

 

 こんなにも早く倒せるものなんだな。ネクストって、こんなにも脆かったのか……。

 私は控室に備えつけられたモニターを眺めつつ、どこか不思議な気持ちでいました。

 

 これまでクヌギくんと戦った誰もが、前の試合を見ていたハズなのに。彼がとっつきを装備している事を、ちゃんと理解してたハズなのに。

 でも当たる。避けられない。

 そして――――()()()()()()()()()

 

 誘蛾灯に吸い寄せられる虫みたいに、みんな最終的に当たってしまう。彼の繰り出すコジマパンチで、次々と敗北していく……。

 それを他人事のように、ただ見守っていました。置いてあったケータリングのお弁当を、モリモリ食べながら。

 

 というか、私も先ほどクヌギくんと戦い、コテンパンにされちゃった側ですけどね。よく食事が喉を通るなって、自分でも感心しちゃいます。へて♪

 

「まるで、悪夢でした。

 いったい何がどうなってるのか、私には理解出来なかった……。

 いえ、()()()()()()()()、と言うべきかもです」

 

 でもモニターという、この上なく客観視できる状況で、あの子の力を見せつけられたら……もうグウの根も出ません。

 あの悪夢のような出来事は、確かに私の身に起こった、まごう事なき真実だと――――

 

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

 

 私とクヌギくんとのオーダーマッチは、長きに渡りました。

 本日の最上位ランカ―であるリザイヤさんや、異常なほど機体速度が速いCUBEさんを差し置いて。

 

 きっと、散々ドスさん&ジョニーさんと戦わされてきたおかげ……なのでしょうね。

 “対とっつき”の立ち回り方が、自分でも知らぬ間に、身に付いていたのかもしれません。

 あとで三馬鹿に聞いた所によると、これまでクヌギくんが戦ってきた中で、最長の試合時間だったそうな。

 

 ……でも、あんまり嬉しくはありません。

 だって、()()()()を延々と味わう羽目になったから。

 真綿で首を絞められるように。嬲り殺しみたいに。

 

 

 

「ど……どんなアセンブリですか君はっ!

 どんなペイントですかソレ!?」

 

 有り体にいって、()()()()()()()()()()()()()()()()

 何を言ってるのか分からないと思いますが、私だって分からないんだから、ナカーマです。

 

 みんなから“銀翁”と呼ばれてる、すごいリンクスさんがいらっしゃるのですが……、彼が乗るAC【月輪】を、まずは想像してみて下さい。

 そして、そのカラーリングをシルバーではなく、全てアンパンマンの服と同じ色にします。赤とか黄色とかですね。

 

 加えて、月輪の頭部の後ろにある、謎のドーム状のヤツありますよね? あのおっきくて丸っこいの。

 アレを茶色に塗り塗りして頂きまして、そこに()()()()()()()()を描けば、はい完成!

 クヌギくんの愛機【AN BREAD MAN】の出来上がりです。お疲れ様でした(白目)

 

 更に詳しく言うのなら、このACは、胴体パーツだけ“重量機”の物を使用しています。

 ほかのパーツ(頭脚腕)は、中量ないし軽量機の物を使ってるようですが。

 

 ゆえに、これちょっと分かりにくい例えかもですけど、“GANTSのハードスーツ”みたいな体型。でっかい胴体のせいで、すんごいヌボォ~としています。

 普通、近接武器を使用するのなら、何よりスピードを重視し、出来るだけ機体を軽量化するのがセオリーだとばかり……。

 正直、めっちゃバランスの悪い機体です。「またカミソリジョニーか……」と私は思いました。

 

 なにより、その両腕に装備してるKB-O004(コジマパンチ)のインパクトたるや……!

 あー殴るんだねー。アンパンチだねー。えらいエライ~。

 そうナデナデし、この子を褒めてあげたいくらいの気持ちでした。

 

 だって――――すんごい似てるんですもん! アンパンマンに!!(迫真)

 体型こそ、ムキムキマッチョマンの変態なのですが、もうこれアンパンの人にしか見えないんですもの! とってもファニーな機体なんですよ!! 悪ふざけで作ったとしか

 

 同時に、彼がまだ10才前後の少年である事、そして「これに乗って戦う」という事実に思い至り、私は戦慄しました。

 肩にも背中にも、武装はナッシング。かのACは清々しいほどに、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 先ほど酒場でお会いしましたが、この子は非常にもきゅい男の子。この上なく愛らしい顔をしています。

 ご挨拶した際は、クネクネと身をよじり、とても恥ずかしがり屋さんなのが分かって、強烈に庇護欲を駆り立てられたものです。

 

 でもジャンプ主人公並に向こう見ずなのか、はたまたコジマで頭がおかしくなったのか、それともジョニーの野郎が「ほ~らアンパンマンだぞぉー!」とか言って、クリスマスにでもプレゼントしやがったのか……。

 

 ランクマッチの会場に到着し、ひと目この子のACを見た途端、様々な想いが私の胸をよぎりました。

 まあロクでも無いモンばかりですけど。

 

 

「と、とにもかくにも、お相手しましょうかね。

 お手柔らかにです、クヌギくん……」

 

 そう軽くご挨拶をし、試合開始。

 私はいつものように、スーッと機体を浮上させて、そのままふよふよとお空を漂いました。お正月に上げる凧の気分です。

 

 間を置かず、遠くからQBをバシュバシュ吹かしながら、こちらへ近付いて来るクヌギくんの機体が見えました。

 胴だけ重量機という歪な構成ではありますが、そのスピードは意外なほど速く、私を驚かせました。

 

「この子……“2段QB”を! このランクで?!」

 

 一瞬力を溜め、瞬間的に本来の出力を上回るパワーを出す、高等テクニック。

 こんなの、とてもじゃないですが、まだ新人のリンクスに使いこなせる物ではありません。

 実際、ランキングでいえば中の下って感じの、私との対戦で使ってきた人なんて、本当に稀。あのunknownさん(そういうリンクスNAMEなのだそうです)くらいのモノでしょうか?

 

 いちおうは10年選手で、まがりなりにもベテランである私ですら、2段QBなんて使いません。

 まぁお空でふよふよするのが生き甲斐であるヴェーロノークの戦術に、それが必要であるかどうかは、議論の余地がありますし……。

 本当の事を言うと、私ってランクマッチは、「あまり気乗りがしない」と思っていまして。いつも()()()()の力でやっている~という所があります。

 

 僚機として空を駆けるのではなく、タイマンで誰かと戦うことに、あまり意義を見出せないから。楽しいとも嬉しいとも感じられないから。

 とにかく……私は2段QBなどといった技術、ランクマで使った事がありません。使おうとすら思わないのです。

 

 けれど、いま目の前にいる男の子は“全力”で、しかも十二分に機体を乗りこなしている様子でした。

 先の高等テクニックのみならず、連続QBや、OBの使い方も的確。思わず感心しちゃうくらい上手。

 

『ハッハァー! いいぞクヌギィー! やっちまえェーッッ!!』

 

『お前さんにかかりゃあ、飛ぶしか脳がない支援機なんぞ、なんぞタダの的じゃ』

 

『君は、とっつきでランクマッチを制覇するという、私たちの夢を背負っているんだっ!

 見せてみろクヌギ! コジパンの力を! とっつきの可能性を!!』

 

 三馬鹿の「ヒューヒュー!」という声援が、うるさいくらいスピーカーから聞こえました。

 こんな事なら、通信を切っておけば良かったと、悔やんでも悔やみきれません。

 でももう戦闘中ですし、そんなこと気にしてる余裕なんて、私には微塵もありませんでしたけれど。

 

「……ひっ!?」

 

 一瞬、緑色の光が、視界をかすめました。

 次の瞬間、バシュウという轟音と共に、クヌギくんのAC【AN BREAD MAN】が、こちらにつっこんで来ました。

 

 左右に機体を揺らし、ASミサイルをスイスイと回避。

 まったく危なげない動きでこちらに近付き、ふいに私の左側に急旋回。いきなり視界から消えたと思ったその1秒後には、あの子のコジマパンチが閃光を放っていました。

 

 その素晴らしい緩急、合理性、そして()()()()()

 私はふよふよ……もといマイペースがモットーですし、あまり熱くなるタイプではありません。

 でもいつも通りに~と、どこかお気楽にやっていた私の心に、氷水をぶっかけられた心地でした。

 

 ミサイルの避け方を教えてあげる先生――――勝っても負けても構わないって想い。

 でも眼前にいるこの子は、そんなことを言ってられる相手では無い!

 避け方の練習なんて、この子には必要なく、甘っちょろい気持ちで戦って良いリンクスじゃないんだ!

 わずか数舜、たった一回のコンタクトで、私はそれを思い知ったんです。痛烈なまでに。

 

 途端、私のお顔がカァ~っと赤く染まり、何故か物凄い“恥ずかしさ”が、心に湧きました。

 その理由は、試合が終わった今も、分かっていません。

 

『ん゛ん!? エイプー……?』

 

『あいつ、こんな速かったかのぅ……?』

 

 無線が聞こえます。でも構ってられない。

 私は即座に機体を翻し、急上昇してこの子の上を取りました。

 まるでボルトで固定したみたいに、どれだけ動き回ろうとも執拗に()()()()()()

 

 さっき、とっさにコジパンを躱せたのは、偶然です。

 あんなに当てるのが難しい、ハッキリ言って「使い物にならない」ってくらい弱いコジパンではなく、それをなんとか躱した()()()()()()

 

 その事実が、燻っていた私の心に、ガソリンを注ぎました。

 焼却炉の中で燃える炎のように、戦闘に必要でない感情をドンドン消し去っていく。

 イラナイ物がなくなり、私という存在が研ぎ澄まされていく。

 

 疲れるだけで、まったく使う必要性を感じていなかった、2段QB。

 それを体力度外視で、大盤振る舞い。随所にOBも織り交ぜ、敵ACを攪乱。

 プライマルアーマーの減衰など、関係ない。どーせ当たれば一発で沈められる。そういう敵を相手にしてるんです。

 

 けれど、だからこそ。

 こんなふざけたアセンブリの子に、ヴェーロノークを捉えさせはしない――――

 

『ひ、被弾している……!? あのクヌギが……!?

 いくらバラ撒いてるとはいえ、あんな低速のミサイルに?!』

 

 ジョニーのクソッタレが何が言ってますが、無視。

 当て方、という物があります。

 ただ距離を詰め、漠然と発射スイッチを押すのではなく、当たるべくして当たるタイミングを作り出し、その上で撃たなきゃです。

 

 全部じゃなくていい。全てを当てる必要は無い。

 だって陽動も、フェイントも、牽制も、本命も、ぜんぶASミサイルでやるんですから。

 

 先ほどボクサーの例えがありましたが……、私にとっての両の拳が、このASミサイルだというだけの話。武器腕のACですもんね。

 これのみを以って、試合を作る。いえ作ってきたのですから。

 

 角度、高度、距離、相手の思考、感情――――

 その全てを計算し、かの獲物を誘いこみ、当てる。

 まるで相手自らが、私のASミサイルの弾幕に()()()()()()()()()()()

 その状況を作り出すためにこそ、AC操縦技術の全てがある。

 

『おい! また躱しやがったぞッ! クヌギのとっつきをッ……!!』

 

『読まれとる……のか?

 いやありえんわ、視界の外からの攻撃じゃぞ?!』

 

 打ってるんじゃなく、()()()()()()()()()()()

 ASミサイルの弾幕を駆使し、網を張って。

 

 とっつくなら、ここでしょう? このタイミングでしょう?

 私には、手に取るように分かる。目を瞑っていても、見える。

 ここには私が放ったASミサイルが、いま縦横無尽に飛び交っているんだから。

 

 2段QB、時にOBを使って、クヌギくんが突貫して来ます。

 それをマタドールの布のように、上下左右に躱す。同時に無数の弾幕を展開。

 

 蜘蛛のエンブレムでお馴染みの【レッドラム】というACがいますが、私の糸は濃霧ではなく、このASミサイル。

 敵の動きを制限、コントロールし、絡めとるのです。

 

 視界いっぱいに飛んで来るミサイルを、ただの一発でも喰らってしまえば、機体が硬直し、後続のミサイル全てに被弾する事でしょう。

 かと言って、びびってQBでも吹かそうものならば、その熱こそを道しるべとし、ASミサイルは貴方を追尾する。

 

 15、20、25――――

 頭の中で数を数えます。躱したとっつきの数を。

 KB-O004(コジパン)の使用回数って、いくつ位でしたかね? たしかドスさんのKIKUは、30発だったと記憶していますが。(散々戦ったので覚えちゃいました)

 

 でも気にしない。打ってきたら躱す。それだけです。

 絡め取り、制し、いつまでもこのダンスを続けましょう。

 

 クルクル、クルクル、君とお空を飛ぼう。

 力尽き、地に墜ち、どちらかが動きを止めるまで。ずっと。

 

 あぁ私――――()()()()()()()()

 

 

 

「……あ(察し)」

 

 でも、私はバカですね。そんなの出来るワケなかったんです。

 だって私のASミサイル、3分かそこらで弾切れしますもん。

 

「えっ、あれ? あれれ~?(パタパタ)」

 

 腕武器と背中武器の切り替えボタンをポチポチ。無意味に何度も何度も。

 そうすると私のヴェーロノークは、まるで鳥が羽をはためかせるみたいに、翼をパタパタします。

 それはあたかも、「弾切れだよー♪」というのを、わざわざ相手に知らせているかのよう。

 

 こんなんじゃ、あの三人を馬鹿だなんて言えません。

 なんせ私は、久々に高ぶった感情にのまれ、残弾数も考えずにミサイルを乱射していたのですから。

 ぶっちゃけ可愛くはあるのですが、この弾切れパタパタの動きも、相手にはマヌケに映っていると思いますし。

 

「ほげぇーっ!?!?」

 

 私が放心した、次の瞬間、即座にクヌギくんの突進が、身体をかすめました。

 突き出した腕の逆側に回避したので、なんとかコジマブレードには触れずに済みましたが、代わりに相手ACの肩と接触してしまい、衝撃で機体が激しく揺れます。

 

「ちょ、ま……! あのっ!?」

 

 矢次に襲い掛かってくる、彼のコジマナッコー。……いえ()()()()()ですか。

 それはまるで、これまでの鬱憤を晴らすみたいに。散々ASミサイルをぶち込まれた恨みでしょうか?

 

 ぼくはぜんぶ耐え切ったんだから、こんどはエイプーさんの番だよっ!(ぷんぷん!)

 そんなクヌギくんの声が、聞こえてくるかのよう。

 

「こっ、こうさっ……! もう私たたかえn

 

 某逆脚の人みたく、「あんたはまだ生きてる! ノーカウントだ!」とか言おうとしたんですけど、それを許してくれるクヌギくんじゃありませんでした。

 今も彼は、竜巻の如く私の周囲を飛び回り、バシュンバシュン突っ込んできます。とっつき振りかぶりながら。

 ちくしょう……ツイてない。ツイてないですっ!

 

 それに、きっとアンパンチって、そんな乱発する物じゃないと思うんですよ。

 正義のヒーローの必殺技ってゆーのは、最後に一回だけ決めるから、カッコ良いんじゃないかなって。ありがたみが無いのです。

 

 けれど、私が必死こいてふわふわ避けるもんだから、次第にクヌギくんもヒートアップ。

 緩急を織り交ぜたQBによって機体速度が天井知らずとなり、目にも止まらぬ動き。

 そして恐るべき精度で、コジマパンチが飛んでくるんです。

 

 ホントはこれ、試合なんだし、さっさと当たって負けちゃえばいいんですが……。

 でもこの時の私は()()()()()()()()()()、そんな事も思い至らぬまま、「ひぃー!」と躱してました。

 勘とか、運とか、「生゛き゛た゛ぁ゛い゛!!」という想いとかを総動員して、嵐のようなコジパン連打を捌き続けたのです。

 

「ぱ、パージ……?

 クヌギくんも弾切れなんですね!? ヒャッホー☆」

 

 やがて、軽くカップ麺が出来上がるくらいの時間、トムとジェリーみたく追っかけまわされた後……。クヌギくんの両腕からポーン! と音が鳴り、さっきまでぶん回していたコジマパンチが切り離されました。

 

 後で確認してみた所、コジマパンチことKB-O004の使用回数は“30”。

 この子は両腕に装備していましたので、合計で60発となります。

 それを私は、ガン泣きで鼻水を垂れ流しながらも、なんとか躱し切ったのです。

 塩分もビタミンも足りてないのに、貴重な体液を失ってしまいましたが、命からがらコジマの悪夢から逃げる事が出来たのでした。

 

「よかったぁ~。これで引き分けですね~。

 武器が無いことには戦えませんし、ノーカン! ノーカン!」

 

 ヴェーロノークの翼をパタパタやりながら(腕を振り上げる代わりです)、「ふーやれやれ」と額の汗を拭いました。

 なんか私の中のSEEDが弾けちゃって、軽く大人げない戦い方をしちゃいましたが……でも互いに弾を使い切るくらい全力を尽くしたのですから、これ良い試合でしたよね?

 

 勝ち負けという遺恨も残らず、ただ満足感と充実感だけがある、最高の落とし所☆ 

 中学生の男子なんかが河原でやる、「お前、やるな」「お前もな」みたく!

 

 もちろん次に対戦した時は、ちゃんといつも通りの戦い方をしてあげるつもりですし、彼も気持ち良く上のランクに進めることでしょう。

 私は貧乏ですけど、後でジュースくらい買ってあげてもいーです。相手は愛らしいショタっ子ですもん。

 

 そう私がふよふよ浮きつつ、「ねぇ分かるでしょ? 同じリンクスじゃないですかぁ~」と、口走ろうとした時……。

 

「ふぇ?」

 

 突然彼のACの左手に、シャキーンとレーザーブレ―ドが。

 いまクヌギくんは、何気なく腕をブンブンし、動作の感覚を確かめているようでした。

 

 

「かっ――――()()()()だとぉ~う!?!?」

 

 

 

 とぉーう……ぉーう……ぉー(エコー)

 

 私のヴェーロノークが滅多斬りにされ、ヒュ~っと羽虫みたいに落下していったのは、その10秒後の事でした。

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

 

「油断してました……。

 そりゃ弾切れの対策くらいは、してますよね普通」

 

 私はしてませんが。まぁそれはともかくとして。

 まさか予備のレーザーブレードを、ハンガーに隠し持ってたなんて……。

 

『あべしっ!!』

 

『ひでぶっっ!!』

 

『~~~ッッ!?!?』

 

 思考の海に沈んでいた意識を戻し、ふとモニターに目を向けてみると、そこにはクヌギくんにワンパンされるダリオさん、ハリさん、そして()()()()()()()姿()()

 

 もう暗くなっちゃったので、お開きにするそうですが、あの子は今日一日で12人ものリンクスを倒し、見事カラードランクのTOP10入りを果たしたのです。

 私たちの間で、実質“最強”と噂されるホワグリさんを、ものの1分で地に堕としてしまいました。コジパン恐るべしです(震え声)

 

 

「前途有望な若者が、とっつき信者に……」

 

「あの三馬鹿……とんでもねぇヤツ育ててくれたな。

 ネクスト絶対とっつくマンじゃねーか」

 

「なぁ、アレに負けた俺達って何……? ()()()()()A()C()()

 

 

 そう皆さんが、ケータリングのお弁当をモグモグしながら、どよーんとしてます。

 

 9位となった超新星、クヌギくん。

 健闘むなしく、21位となった私。

 そしてコジマ的なアンパンチにより、一瞬にしてランクをひとつ下げられた皆さん……。

 

 きっとそれぞれ、とても思い出深い一日になったんじゃないかって思うんです。

 よくも悪くも。

 

 

 

 

 

 

 

 

―3―

 

 

 

 

 ――――また新たな遺伝子が芽吹いた。とっつきは最強だ!!

 そんな三馬鹿のウザさに、みんなが辟易しちゃった日から、数日後……。

 

「あぁ……お弁当が尽きてしまいました。

 今日からは何を食べれば良いんでしょうか?」

 

 あのランクマ控室にあった、ケータリングのお弁当。

 それを周りが「……」ってなる位、ワッサーっと持って帰った私なのですが、残念ながら弾切れ。

 冷凍保存したり、アレンジ料理(かさ増し)にして食べたり、いろいろ楽しむ事は出来ましたが、あの素晴らしい日々は戻って来ないのです。

 

 ですので私は、今日も足を使って営業しなくちゃいけません。

 いつもの如く、リンクスさん達のいそうな所におしかけたり、こうしていつもの酒場へやって来たりしています。

 

 人間はただ生きてるだけで、1時間あたり50~60kcalほど消費します。もやし1袋が24kcalですから、ふたつ以上も食べなきゃいけません。

 更に言えば、これはあくまで最低限の量でして、歩いたり動いたりしなくちゃなのですから、もっともっとkcalを必要とします。世知辛い世の中です。

 

「誰か私の脳をガラスケースに入れ、培養液の中で生かし続けては頂けないでしょうか?

 そうすれば私、ずっとふよふよしてられます。お金や食事のこと考えずに済むのに……」

 

 まぁ大好きなお空ではなく、得も知れぬ液体の中でふよふよするワケですが。

 人はパンのみに生きるに非ず! と昔の人は仰ったそうですが……そんな“特権階級”の食べ物、私が口にできるとでも?

 最後にパンを食べたのは、いつだったか……もう私には思い出せません。

 

 貧乏です。お金が無いんです。

 千切りキャベツにドレッシングをかけるという行為が、どれだけ私にとって“贅沢”か、きっと余人には理解できないでしょう。

 

 美味しいでも、ジューシーでもなく、「味があるっ!」テッテレー

 それが、私が人間の食べ物を口にした時に思う、いちばん最初の感情なのです。

 私の犬とかハムスターの方が、よっぽど良いモン食ってますよ。馬鹿にしてんのか昔の人めチクショウ。

 

「いつかハト麦茶を、腹いっぱい飲んでみたいです。

 お水に味が付いてるだなんて、ほんと夢みたいな話です。憧れてしまいます」

 

 私ことエイ=プールのエンブレムは“鳩”。鳥が空へ羽ばたいていく様子が描かれてます。

 けれど、いつも自分のエンブレムを見る度、「この鳥、食えるのかな?」とか思ってしまう私を許して下さい。これは仕方のない事なんですヴェーロノーク。

 

「あ、飲んだくれリンクスの皆さん、まいどです。

 今から私、三階の窓から飛び降りようと思うのですが。

 それしたら、いくら貰えます?」

 

「そんな酒の余興はいらねぇ! 帰れよっ!」

 

 僚機になれないのなら、おひねり貰っちゃおう作戦、大失敗。

 私は手品とか芸は出来ませんし、身体を張るしかないな~と思ったのですが、どうやらお呼びでないご様子。

 袖にされ、トボトボ自分の席へ帰る羽目となりました。

 

 こうなったら、生活保護を申請するしか……!

 すいません、生きててすいませんとか言いながら、月12C*1くらい貰う人生を送るんです。

 もし役所で「あんた若いし、五体満足じゃないか」とか言われたら、その場で両手両足をへし折りましょう。ナイスアイディア。

 

 一瞬、「誇りは無いのか?」というジェラルド氏のセリフが思い浮かびましたが、いつもナイフとフォーク使う食事をしてる人なんかに、私の事とやかく言われたくないです。殺すぞ(直球)

 

 私には向いてなかったんです、リンクスとか。

 これでお塩も醤油も買えない生活とはオサラバですね。うっほほーい!

 

 

 

「え、えっと……!」

 

 そう私が「きぃーん!」と両手を広げ、アラレちゃんのポーズで酒場を走り周っていると……。

 

「こんにちは、エイプーおねぇさんっ」

 

 なにやら、とても愛らしくて幼い声が、耳に届きます。

 cv矢島晶子です。

 

「ずっと、さがしてたの。

 でもおねぇさん、さいきんココに来てなかったでしょ?

 やっとあえた……」

 

 振り向くと、そこに小さな人影。

 私も大概ちんまいですが(栄養失調で)、それでも見下ろすことが出来るくらい。

 まだ10才かそこいらの男の子が、モジモジと顔を真っ赤にして、こちらを見つめていました。

 

 

「あのっ、()()()()

 ぼくのリョウキになってくださいっ!」

 

 

 

 あの日、この子に散々見せられた、コジマパンチの閃光。

 それを遥かに上回る衝撃で、私の頭は真っ白になり、機能を停止しました(終了)

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ――――このリンクスは10才にも満たない年齢ゆえ、特例として全てのミッションで、僚機の使用を許可する。

 

 そんな決定が、カラードでされたとかなんとか。

 詳しいことは知りませんけれど、その“保護者役”に選ばれたのが私……という事なのでしょう。

 

 この子の卓越した才能と実力が、大人達に例外的な処置を取らせたのです。

 まぁ、案の定「僚機の弾薬費と修理費を、自分で負担するのなら」という条件付きですが。

 

「おぺれーたー? はいらないね。

 ぼくには、おねぇさんがいるもんっ」

 

 私のACは“支援機”。爆撃のみならず、あらゆる後方支援をこなします。

 だから、そう言ってくれるのは嬉しいのですが、反面私は、とても混乱しています。

 こんなにも幼い子を連れて、戦場を駆けなくてはいけない、と言うのですから。

 しかし、それはともかく……。

 

「ま、待って貰っていいですか?

 タイムを要求します!」

 

「?」

 

 キョトンとした顔かわよ。……いやそーじゃなくて。

 私は元気に月光ポテトをモグモグしている“クヌギくん”のお顔を覗き込みます。

 

 まだ小さいながらも、とても整った容姿。短いけど艶のある、サラサラの髪。とっても柔らかそう。

 男の子ですが、どこか儚げな雰囲気を持っていて、小動物に対して抱く庇護欲のような物が、どんどん私の胸に湧いてきます。

 

 ちなみにこの“クヌギ”というのは、リンクスNAMEであり、彼の本名では無いみたいです。

 とっつきの使い手という事で、釘から来ているのかと思いましたが、なんでも“木の名前”から取ったとか。クワガタなどの甲虫が好む木であるそうな。

 

「突然のことで、少し動揺していまして。

 私を雇おうなんて人は……あまりいませんから」

 

 なんせ、疫病神ですし。自分で言うのも悲しいけれど、私は嫌われ者ですから。

 少しばかり、ここにいる人達に訊けば、私の悪評なんてカーペットの埃くらい出てくる事でしょう。

 というか、この子はあの“とっつき三羽烏”と親交があったハズ。むしろ知ってて当然かと思うのですが……。

 

 あれから二人で席に着き、いったん腰を落ち着けることが出来ましたので、一度詳しい話を聞いてみる事としました。

 何故かクヌギくんの中では、既に私をゲッチューした事になっているっぽい雰囲気もあるので、その誤解もとかなきゃですし。

 

「あのね? ぼく“なんとかダルヴァ”さんをやっつけて、ランク1位になったんだけど……。

 そうしたらもう、()()()()()()()()()()()()()

 

「っ!?!?」

 

「だから、こんどはリンクスとして、おしごとをしたいなって。

 いらい? ってゆーのを、ボシューチューなんだよ♪」

 

 ニコニコと笑ってる。太陽みたく眩しい。

 でもこの子の口から紡がれたのは、とっても恐ろしい言葉でした。

 

「けど、ぼくまだ小さいし……むずかしいことは、よく分からないの。

 しらない言葉も、いっぱいあるもん……」

 

 ミッションの連絡時に使用される単語や、名称、大人の言葉遣い。

 きっとその全てが、クヌギくんにとっては「はてな?」なのでしょう。

 どこの企業の、どの辺にある、コレとソレをこうして来い。護衛対象はこんな風に~とか言われても、チンプンカンプンに違いありません。

 

 だってこれ、私たちリンクスでも「なんとなくで聞いてます~」って感じですもの(真顔)

 ぶっちゃけ「三行で頼む!」っていつも思ってます。話が長ったらしいんですよねぇ、大人というのは。

 

「だから、ぼくが13才くらいになるまでは、だれかといっしょじゃなきゃ、いけないの。

 ランクマッチは別にいーけど、ひとりでイライを受けちゃいけません~って、お姉ちゃん言ってたよ?」

 

 ん、お姉ちゃん?

 私を呼ぶ時の「おねぇさん」とは、微妙に違う言い方。

 恐らくは、実の姉のことを指しているのでしょうし、それがどんな御方なのかは、非常に気になる所ですが……。

 でも気になった事は、後で全てまとめて質問する事にしましょう。

 今は話の腰を折らず、この子に無理のないペースで、話して貰わなければ。

 

 なけなしのお金で購入した、AFギガベース盛りの月光ポテト(ただの揚げた芋)を、二人で仲良くパクつきます。

 ぶっちゃけこれでスッカラカンですし、明日からの生活を想うと死にたくなりますが、今は気にしない事とします。

 

 まがりなりにも大人ですし、この子にご馳走するのは、義務のような物。武士は食わねど高楊枝なのです。

 ジェラルドさん……こんな私にも、守るべき矜持があったようです。やっと見つけましたよ。

 でもお金貸して下さい(クイックターン)

 

「おねぇさんは、いつもおしごとをさがしてる~って、ドスおじさんからきーたの。

 なら、ぼくのリョーキになって?

 エイプーおねぇさんといっしょなら、ぼくがんばれると思う」

 

 天使のようでした。穢れない無垢な魂が、いま私の眼前にあります。

 ただ……なにやら聞き捨てならない言葉が、随所に散見されました。

 

 どうやら、一通り言いたい事を話し終えたようで、クヌギくんはニコニコと微笑みながら、こちらを見ている様子。きっと返答待ちなのでしょう。

 なので、溜まりに溜った私の疑問を、ここいらでぶちまける事としました。

 

「えっとですね、色々と言いたい事はあるんですが……。

 まず君は、なぜ私を僚機に?

 ちょっとそこが、分からないというか……」

 

 リンクス【エイ=プール】の事は、アホのおじさん達から聞き及んでいるハズ。

 なんだったら、私に話を持ってくる前に、親交のある彼らに相談をしてたんじゃないでしょうか?

 一人じゃミッションに行けないので、僚機が必要な事を。

 

 そしたら、あの馬鹿だけど気の良い人達の事です。

 きっと某ダチョウ倶楽部のように、「俺が俺が!」となるに相違ありません。

 まだ幼いクヌギくんの面倒を見ている(?)事からも分かる通り、荒くれだけど良い人達ですから。

 

 そして、私のような中の下のリンクスより、もっと相応しいパートナーがいる筈。

 僚機の1回や2回ならいざ知らず、彼は13才になるまで一緒にいてくれる相棒を、探し求めているご様子ですし。

 

 だというのに、何故この子は、私のところへ話を持って来たのか?

 お仕事を探していると聞いた、というだけでは、とてもじゃないですが足りません。

 これは、とても重要な決断。人生を左右する選択です。

 戦場で背中を任せる、命を預ける相手を選ぶ――――という事に他ならないのですから。

 

 例えば、ちょっと酷い言い方かもですが“貧乏くじ”とか、子供のお守りをするのは面倒だとか、そう考えるリンクスがいても、決して不思議では無いです。

 けれど、それで相手が見つからなくて、最後に仕方なく私の所へ来た~という感じでは、どうも無いっぽいんですよね……。

 

 仕方なしとか、気乗りしないけど~とか、そんな雰囲気は感じられません。

 演技なんて出来ないであろう年頃の子ですし、いまキラキラした目で私を見ているのですから。

 持って帰りたい(本音)

 

 更に言えば、この子は“ランク1位”。これは非常に重たい意味を持つ、とてつもない肩書なのです。

 相手がいないどころか、「このガキを利用して、好き勝手やってやるぜェ! ようやく俺にも運が向いてきやがったか! ウケケケ!」とか考えるパッチ・ザ・グッドラック不届き者がいないか、心配になる程です。

 

 ありとあらゆる意味において、この子がいま、私なんかとテーブルを挟んで座っていること自体、ありえない。

 正直な話……もし私が三羽烏の立場なら、クヌギくんを止めます。

 

 問答無用で。その壊れそうなほど小さな手を、引っ張ってでも。

 エイ=プールなんかやめとけ――――と。

 

 

「だっておねぇさんは、()()()()()()()()()()

 

 

 でも唐突に、私の思考回路が、

 

「いちばん強くて、かっこいい!

 こんなすごい人、みたことないっ!」

 

 フリーズではなく、爆散いたしました。

 

「ネクストのソージューをおしえて? もっとつよくなりたいの。

 おねぇさんとなら、ぼくはどんな敵だってたおせる――――」

 

 子供らしくキャッキャと……ではなく、真剣さを称えた瞳。まっすぐで綺麗な目。

 吸い込まれそう。跪きたい。

 そう思わなくも無いのですが……。

 

「ぼくが()()()()()()()()()()、ヴェーロノークだけ。

 エイプーおねぇさんは、世界でいちばんつよい」

 

 ――――この子の頭、コジマ汚染されとるっ!!

 私は盛大にズッコけ、思い留まりました。

 

「あのっ……それだけ?

 ただそれだけの事で、私を……?」

 

「ん?」

 

 キョトン、とした表情がプリチー☆ でもこの子は()()()()()()

 恐らく病名は【とっつきコジマ病】と思われる。

 

 えっ、あのランクマッチの一戦で!?

 私あんなボロクソにやられたのにっ! ASミサイルを耐え切られての、完敗だったのにっ!

 ただ「ぼくのとっつきをよけた」ってだけで、人生を左右する決断を?!

 そんなアホな! アホの子だったんですか君は!?

 

「おねぇさんにくらべたら、オッツなんとかさんなんて、()()()()()

 えらそうなこと言っといて、すぐとっつかれるなんて、カッコ悪い人だよね」

 

「――――王子になんてことをっ!! 水底に引きずり込まれますよ!?」

 

「ぼくのお姉ちゃんだって、あんなおっきなネクストにのってるのに、すぐまけちゃった。

 スマイリーのエンブレムが泣いてるよ。アンパンマンの勝ちだね♪」

 

「――――メイ・グリンフィールドさんの弟さんでしたかっ!!

 そういえばエンブレムもろ被りです! なにその姉弟喧嘩?!」

 

「あの白いネクストの人は、上手だったけど……、でもおねぇさんの方がすごい。

 カブトムシと、てんとう虫くらい差があるよ」

 

「――――やめて! 恐れ多い! あの人リビング・レジェンド!!」

 

 違うんですクヌギくん、私はとっつきを躱した()()なんです……。

 君はコジマパンチなんて物を使ってるから、そう思うのでしょうが、ネクスト乗りの強い弱いっていうのは、そーいうんじゃ無いんです……。

 

 君からしたら、「いちばん倒すのに時間かかった人」って感じなのでしょうが、本来私の実力なんて、乙ダルさんやグリントさんに比べたら便所コオロギです。

 ただただ君は、「とっつけなかった」という一点だけを見て、私を過大評価してる。

 君の強い弱いの判断基準、とっても歪! ファッキン・クレイジー・ボーイ!

 

 大変失礼ですけど、たとえどれだけ速かろうが、CUBEさん操るフラジールは“弱い”です。

 あんな安定性もクソも無い腕パーツで、射撃反動の大きいマシンガンを握っても、敵ACを倒し切ることは出来ないんです。

 集弾性が皆無ではロクに当たらないし、そもそも彼も、自分の機体に振り回されてる人ですから。

 

 それと同じように、どんだけヒョイヒョイとっつきを躱そうとも、君を倒すことは出来ない。

 あの日クヌギくんは、私の放ったASミサイルを、すべて耐え切って見せたじゃないですか。

 たとえこの先、何回やっても、きっと一生をかけても、君には敵わないと思う。

 

 あれだけ皆に馬鹿にされてる“とっつき”を装備してても、そうなんですよ?

 もし君が、どちらか片腕だけでもいいので、ハンドガンのひとつでも装備した日には、もう目も当てられない惨状になる事でしょう。

 言うなれば、私は君に、()()()()()()()()()()()()()()なんですよ。

 

 そして、もし私が残念イケメンでお馴染みの乙ダルさんや、カッコ良くて素敵で心から尊敬できるお人柄のホワイトグリントさんと戦えば、恐らくあっという間にやられてしまうのです。

 

 それほど純然たる、実力の差があります。

 彼ら相手には、無駄にドスさん達に叩き込まれた“とっつきを避ける技術”なんて、なんの役にも立たないのだから。

 

 でも、そんな事も知らぬまま、クヌギくんは子供らしい純粋さで、私を褒めてくれます。

 きっと私の生涯で初めて、そして二度と無いであろう程の称賛。べた褒めなんです。

 

 もうホントこれ……なんて言ったら良いんですかね!?

 いま私、途轍もない“罪悪感”があるんですけど!

 こんな物の分からない時分の、ちっちゃい子を誑かしてからに! 死にたい!!(迫真)

 けれど……。

 

 

「キレイだった……、エイプーおねぇさんの飛び方。

 とっても自由で、ゆーがで、ちからづよいの。

 まるで、鳥みたい――――」

 

 

 キュッと、心臓を鷲掴みにされたみたいに、私は止まる。

 さっきまで頭をがんがんテーブルにぶつけていたのに、目が点になる。

 

「あたるワケない、とっつきなんて。

 お空でゆらめく羽を、こわす事なんて、誰にもできないもの。

 きっとぼくは、見とれてたんだと思う。あのヴェーロノークに――――」

 

 トゥンク……っていやいやいや(首振り)

 何ときめいてるんですか私。まだ10才の子に。

 

 なんで今、涙出そうになってるんですか。言葉が出てこないんですか。

 砂漠で水飲んだみたいな、迷子の子供がお母さんに見つけてもらえた時みたいな、そんな気持ちでいるんですか私は……。

 

 私の思考が、コジマ汚染されたみたく、使い物にならなくなる。

 もともとポンコツなのに、ぜんぜん働かなくなる。理性的でいられない。

 

 なんで、こんなに嬉しいんですか――――

 誰もくれなかったです、そんな言葉。

 いっつも「あっちいけ」とか、「お前のせいで」とか、言われるばかりだったのに……。

 

「そ、それでねっ? おおきくなったら、()()()()()()()()()()

 

 でもまたしても、私の頭をシェイク。シャカシャカエイプーです。

 

「ぼく、がんばるからね?

 エイプーおねぇさんがすき……。ずっといっしょにいて」

 

 アンサラーでも、こんな理不尽じゃない。

 スピリット・オブ・マザーウィルの弾幕だって、こんな飛んで来ません。

 この子は私を、スクラップにでもするつもりですか? 緩急で吐きそうです。

 

「むねがキュッってなったの。はじめてエイプーおねぇさんと会った時……。

 ぼく、おねぇさんがいい」

 

 きっと、おねぇさんがリンクスじゃなくても、おんなじだと思う。

 エイプーおねぇさんに「ケッコンしてください」って、ぼくは言ったと思うよ――――

 そうウルウル、ウルウル、目を滲ませている。

 この子のまん丸でキレ~な瞳が、じーっとこっちに。私に。

 

「おねぇさんにくらべたら、メイお姉ちゃんなんて()()()()()()

 おしごとでしゃべる時、めちゃめちゃ声作ってるもん。

 お家では、()()()()()()みたいなしゃべり方だよ♪」

 

「――――おやめなさいクヌギくん! おやめなさい!(二回)」

 

 人を褒める時に、誰がを下げてはいけませんっ!!

 そんなの褒められた人も嬉しく無いし、だれも幸せになれないんです!

 

 まだ幼いこの子は、悪気なく言っているのでしょうが、メイさんにとっては営業妨害です。それキャバ嬢が接客する時のヤツじゃないですか。

 【僚機として大人気のメイ・グリンフィールドさん】という言葉が、今は違って聞こえます。

 

「あ! お金いっぱい、もってきたよ?

 ランクマッチのしょーきんっ!」

 

「 なんですかこの札束!? こんなの見た事ありませんよ私?! 」

 

 ドサー! っと机に落とされる、何百万Cというお金。

 ランク1位すごい。パない。私の借金と同じくらいある(レイプ目)

 

「これあげるから、ぼくのリョーキになってっ!

 ミッションでもらうお金も、おねぇさんにあげるね♪」

 

「お金をなんだと思ってるんですか!

 そして私をどーする気ですか!!」

 

 そんな事したら、リンクス仲間から袋叩きです。「子供に貢がせるクソ野郎」と。

 特に姉であるメイさんから、殺されかねません。メリーゲートの垂直ミサイルで家燃やされます。

 

 どうやらクヌギくんのアセンブリって、既に理想に到達してるらしく……、機体の修理費や、コジパンの弾薬費さえあれば、それで事足りるのだそーです。あまりお金は必要ないとの事。

 幼さゆえの純粋さと、物を知らない無邪気さによって、私の下に大金が舞い込んでくるシステムです。

 

 ショタっ子マネーで玉の輿♪ エイプーちゃん大勝利☆

 これが私の物語でしたか。なるほどなるほど……。

 

 たしかに貧乏ですし、正直魅力的。でも貴族でなくても誇りはあるのですよ、ジェラルド・ジェンドリンさん?

 それをやったら、人として終わりだ――――って思った私は、潔く清貧を貫く決意をするのでした。サンバディトゥナイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―4―

 

 

 

 

 私が初めてお肉を食べたのは、いつだったでしょうか?

 確か15の時、初参加だったランクマの控室にあった、ケータリングのお弁当。そこにポツンと入ってた牛肉だったと記憶してます。

 

 というのも……私は子供の頃から、お母さんに「お肉なんか食べちゃダメ」って言われて育ちましたから。

 なんでもお肉というのは、ゴムみたいな味がして、ぜんぜん美味しくないのだそうな。

 いつもお母さんは、妙に必死な顔をして、まだ幼かった私を説き伏せてた気がします。あんなのやめときなさいって。

 

 なので、リンクスになって独り立ちをし、何気なく牛肉を口にした時は、()()()()()

 今から試合だっていうのに、周りにたくさん人が居たのに。

 私は「う゛わ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ーーっ!!」と絶叫し、そこら中を駆け回った挙句、そのまま表へ走っていったようです。

 

 まるで、天変地異でも起きたような。

 自分の根底にあった物が、グレネードをぶち込まれた衛星軌道掃射砲みたく、ガラガラと崩れ去ったんです。

 当然の事ながら、その日のランクマは惨敗いたしましたが、私もうそれどころじゃありませんでした。

 

 こんな美味い物が、この世にあったかよ――――と。

 

 

 私、貧乏でしたからね。お母さんと二人暮らしだったんです。

 生まれてからずっと、清貧を地で行く生活。慎ましく生きて参りました。

 

 たま~にですが、「私は他の子と違うのかな?」と感じることは、ありました。

 私が当たり前だと思っている生活習慣や、普段食べている物などが、どうやら周りの子達とは、少し違うようでしたから。

 

 けど、へっちゃらです。気にしませんでした。

 だって私は、お母さんが大好き。「二人でいられれば、それで良い」みたいな所ありましたので。

 

 優しかったし、たくさん愛してもらった。何をおいても私を守ってくれた。

 だから、へっちゃらです貧乏とか。お腹がキューキューなっても我慢できる。

 

 お金とか、食べ物とか、家とか。

 そんなのよりも私は、お母さんの方が良い。

 

 たとえ、まわりに何を言われても。バカにされても。

 私は大好きなお母さんの言葉だけを信じて、生きてきました。

 

 

 

「エイプーおねぇさんのキタイって、()()()()()()()()()()()

 

「ぶちますよクヌギくん?」

 

 そんな事をふと思い出したのは、この状況ゆえでしょうか?

 いま私はヴェーロノークに乗って、クヌギくんの隣をブーンと並走しています。

 そう、僚機として。彼が請け負ったミッションのお手伝いをする為に、です。

 

「だって、青と白だもん。

 ぼくとならんだら、もうバタコさんにしか見えないよ」

 

「そんな風に思うのは君だけ……ではないかもですね。

 あまりにも君の機体が、アンパンマン過ぎるんですよ。

 あぁ、私のヴェーロノーク……」

 

 しょぼーん、とヴェーロノークの翼が脱力(したように見えました)

 まぁ某パン屋の娘さんはともかく、たまに「アラレちゃんみたいだ」って言われる事あったりしますけど。

 ウイングを広げて飛んでいるヴェーロノークの姿が、「きぃーん!」って言いながら走ってる時のアラレちゃんと、そっくりなのだそうです。うんちゃ!

 

 とにもかくにも無線の通信を介し、のほほんとお喋り。今もクヌギくんは無邪気に「ふふっ♪」と笑ってくれてます。

 私は独り身ですし、ネクストを駆る傭兵なのですが、きっと子供がいたのなら、こんな感じなのかな~って、お母さんもこんな風に私と接していたのかな~って、不思議な気持ちになりました。かわよ。

 

 いつも僚機をやっている時とは違う、独特の空気。

 穏やかで、あたたかい、安らぎのような物を感じています。

 

「時にクヌギくん? その【AN BREAD MAN】についてなのですが……。

 やはりアーキテクトは、あのクソッタレが?」

 

「うん、ジョニーおじさんだよー。

 ぼくが『こーいうのがいい』っておねがいして、作ってもらったの♪」

 

「ふむ、ヤツがウキウキと満面の笑みで、機体をアンパンマンカラーにしている姿が浮かびます。

 まさかトーラス社の人達も、自分トコのパーツをそんな風にされるとは、思って無かったでしょう」

 

 私がこれまで見てきた中で、ぶっちぎりの“痛AC”。

 世のママさん達がキャラ弁を作るのとは、ワケが違います。

 これに乗って死ぬのも、これに乗ったリンクスにやられるのも、さぞ無念な事でしょう。

 

「KIKUにするか、ドーザーにするか、コジマパンチにするかは、けっこうまよったけど。

 でもけっきょくは、コジマパンチになったよ♪

 ジョニーおじさんが、『君に必要なのはコジマだ。コジマパンチなのだ』って」

 

「僚機をお引き受けして、良かったかもしれません。

 少なくとも、あの人達よりはマシだと自負しています」

 

 コジマの寵児、とっつきの申し子――――

 この子がそんな風に呼ばれちゃうのは、私としても心苦しいです。

 

 クヌギくんの操縦技術は、とっつき云々を置いといても“類い稀”。天性のセンスをお持ちだと思いますし。

 どうか竹のように真っすぐ育って欲しいと、願ってやみません。それが人の情という物です。

 変人とか奇人とかGAの厄災(変態)とか言われるのは、私達だけで充分なのだから。

 

 余談になりますが、ランクマの賞金やミッションの報酬を、全て私にくれる~という例のお話は、丁重にお断りしました。

 私は今、カラードや企業が提示する“通常の規約”に基づく報酬で、この子の僚機として契約しています。

 

 何度もお伝えした通り、私の弾薬費はバカにならないどころか、下手をすればミッションの報酬が全て消し飛んでしまう程に、とんでもない額になる事があります。

 ただ、ここら辺も私の匙加減ひとつ。好き勝手にアホみたくバンバン撃つのではなく、状況によって必要な量を見極める~と言った風に、ある程度は調節が効く部分です。

 

 正直、これまでは「ヒャッホー☆」とばかりに……もっと言えば「人の金で撃つミサイルは最高だぜ!」って感じで、遠慮なくやっちゃってた所があったのも、否定できませんから。

 

 流石の私も、まだ10に満たない幼子のお金で、自分のストレス解消や、サディスティック・デザイアの充足をしたいとは、思いません。

 持て余してるフラストレーション、とか言ってられないのです。

 

 弾代ケチってミッション失敗とか、この子の身を危険に晒すのは論外としても、今後はある程度考えながら、ミサイルを撃っていこうと思っている次第です。

 

 実はクヌギくんのコジマパンチにも、しっかりと弾薬費は発生しまして。しかもこれが結構なお値段なんですよ……。

 一発あたり4500C×60発ですから、仮に全て撃ち尽くせば【27万C】

 ミッションの報酬は、だいたい50万Cほどが相場なので、これだけで半分以上が消し飛んでしまいます。

 

 そこに機体修理費用や、私のバカみたいな弾薬費が加われば、もうどうやっても赤字は不可避。

 ミッションをやる度にお金が減っていくという、地獄みたいな状況になりかねません。

 

 クヌギくんはまだ子供ですし、難しいことを考えながらミッションをこなせというのは、あまりにも酷という物。

 なのでここは、後方支援機でありパートナーであるこの私が、知恵を絞ったり工夫をしたりするべきでしょう。

 

 10年選手の割にランク21位という、うだつの上がらないリンクス人生をおくってきた私ですが、少なくとも“経験”は積んできました。

 まだクヌギくんがよく理解していないであろう、戦場でのセオリー、企業間の力関係、社会情勢、あと汚い大人のやり口etc.いろいろ知っているつもりです。

 

 加えて、スーパーのお値打ち品を狙ったり、家電のコンセントを抜くとかお風呂にペットボトルを突っ込むとかの節約術も、血肉として身に付いている人間ですから。

 そういう意味でのサポートは出来る。クヌギくんのお役に立てるのではと。

 

 カラードランク最上位である彼に対し、中の下がいい所の私が“相棒”などと、本来ならば恐れ多いかもですが……。

 でもこの件に関しては、事情が事情ですからね。特殊なケースだと思いますし。

 今後は私も心を入れ替え、真面目に生きていかなければ。

 

 ――――いけるな、エイ=プール?

 ――――はぁい↑ そのつもりです(キリッ)

 

 子守ACエイ=プールとの繋がりを強くする好機です。

 そちらにとっても、悪い話では無いと思いますが?

 

「ぼくはとっつきを使ってるけど、ヴェーロノークのぶきはASミサイルだよね。

 おねぇさんは、ミサイルがすきなの?」

 

「ええ。私はリンクスになった時から、ずっとこればっかりです。

 ASミサイルの専門家、なんて呼ばれ方をする事もありますよ?

 まぁヴェーロノークは武器腕の機体ですし、他のを使えないってだけなのですが」

 

「いいよね、ASミサイルっ。

 たくさんのミサイルが、くもを引いてとんでいくのって、カッコいいとおもう♪」

 

 何気ない雑談。でも私は「たはは」とお茶を濁します。

 クヌギくんは素直な子だし、そう言って貰えるのは、とても嬉しいのですが……。

 でも実の所、私はそこまでミサイルという物に、思入れは無かったりしまして。

 

 

 

 AMS研究所での訓練課程を終了後、リンクスのナンバーを貰い、ヴェーロノークのアセンブリをする事になった時……。

 私がこのパーツを採用した理由は、ただただ「翼みたいで素敵!」と思ったからに他なりません。もう100%見た目でした。

 

 あとしいて言えば、AMS適性の事は置いといても、私のヒューマンスペックというヤツが、悲しいほどにヘチョかったから。

 機体を動かしながら、射撃のことまで考えている余裕が、私には無いのでした。

 

 でもASミサイルであれば、サイティングは不要。

 ある程度距離を詰めて発射するだけで、自動的に相手を追っかけてくれますからね。

 

 私は“撃つ”よりも、“飛ぶ”のが好きなんです。

 余計なことは考えず、ただ飛ぶ事だけに集中していたい。

 不器用ちゃんなのも確かにありますが、純粋に私の性格的に、煩わしい想いをしたくないって想いがあります。

 

 

 空は、この世界で最後の“自由”。

 なんにも縛られず、なんにも考えず、飛んでいたい。

 

 ただお空をふよふよしてるだけで、私は幸せなんです――――

 

 

 後方支援機ですし、AMS適性もそこそこなので、いつもその状況下になれば勝手にミサイルは発射され、シュボーっと飛んでいくのですが……。

 でも私は、たまにお空からふよふよ地上を見下ろしてる時、「争いなんて、止めたらいいのに」と思います。

 

 戦いとか、殺すとか、勝つとか、奪うとか。

 そんなことをしてないで、()()()()()()()

 こうしてふよふよしてた方が、よっぽど幸せなのに。みんなそうすればいいのに……。

 

 そう傍観者のように、後方でひとり戦場を眺めながら、ボ~っとしてる事があります。

 建物が崩れ、炎があがり、機械が壊れ、人が死ぬ――――

 そんな悲しい光景を観ながら、自分の手で作り出しておきながら、心だけがふよふよと、どこかへ飛んでいくのです。

 

 これはリンクス候補生時代に座学で習った、【当事者感覚の喪失】というヤツかもしれません。

 もしくは、まだ12才の頃、治験者としてAMS研究所で打たれた、あのお薬のせいかも。

 

 あれ以来……、私は難しい事を考えるのが、どうも苦手になってしまったようです。

 

 

 

「ではクヌギくんはどうです?

 今とっつきをお使いのようですが、何かこだわりがあるのでしょうか?」

 

 ちょっとおセンチになっちゃいそうなので、逆に質問。

 ドスさんもジョニーさんも、彼らはとっつきの他、ちゃんと射撃武器も装備していますが、この子は両腕にあるコジマパンチのみです。

 もし私のように、何か射撃武器に苦手意識でもあるのなら別ですが、なんというかこう……男らしいというか潔いというか。

 幼い彼には似つかわしく無い、強烈な意志のような物を感じるのです。

 

 己のヒューマンスペックの全てをつぎ込み、ただひたすらに相手を追い回し、とっつく。

 それはもう、よほどの信念……いや“狂気”が無いと出来ない気がします。

 

 言っときますけど、命は一つですからね?! そこを分かってない人が多過ぎます!

 一回負けたら全てが終わる、というリンクス稼業で、大事な大事な主兵装にとっつきを選ぶ。

 これが狂気でなくて、何だというのですか(真顔)

 向こう見ずとかそんなレベルでは無いのです。

 

 私は女ですし、どちらかというと合理的な思考をする方なので、正直「何がこの子をそうさせるんだ」と思ってしまうのですが……。

 そこの所、実際どうなんですかクヌギくん?

 

「なんのために生まれ、なにをして生きるか……。

 そんなの分かりきってるよ、()()()()()()()?」

 

 ――――オゥマイガッ!(巻き舌)

 私は心の中でシャウト。

 

「それだけ♪ ことばをかざるコトに、いみはないもん。

 あいとコジマだけが、ともだちだよ」

 

 へっ――――H E N T A I だ ぁ ぁ ぁ ー ー っ !!??

 これまで三馬鹿に毒されたとばかり思ってましたが、もしやこの子は()()()()()()()?!

 まだ若い身空で、そんなウィンDさん並の誇り高さを!?

 

 いや……予想の範疇ではあるんです。覚悟はしていましたので。

 この子の戦いっぷりは、なんというか本当に“楽しそう”でして。よほど強い気持ちを以って、ネクストに乗っているんだなって~事は、もうヒシヒシと伝わりますから。

 

 ただ私が思ってたよりも、()()()()()()()()()ってだけの話で。

 あんな爽やかな声で、こんなバカなこと言われるとは、夢にも思ってなかったというか……。

 

「もしこのネクストにのってて、まけたら、すごくカッコわるいよね?

 そんなことしてるからダメなんだ~って、きっと言われるとおもう」

 

「そ、そうかもです。

 なんたって、アンパンマンで戦場に来ているワケですし。個性的ですから……」

 

「それに、ぼくがよわかったら、アンパンマンもわるく言われちゃうよ。

 自分のすきなものに、ドロをぬっちゃう。

 だからコレにのってる以上、だれにもまけるワケにはいかないの♪」

 

 背負っていらっしゃる(白目)

 あのスマイリーのエンブレム……いえ“勇気のマーク”は、君の覚悟の表れだったのですね。

 

 なんでそんな風になっちゃったんですか。メイ・グリンフィールドさんは何をしてるんですか。

 まぁ、そんな傭兵も悪くないがな――――ってやかましいんですよ。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

【ふよふよ日記 2XX7年10月05日】

 

 

 エイ=プールです。

 今日は僚機として、企業連からのお仕事に行ってきました。

 

 ラインアーク守備部隊の皆さんが、ひとり残らずコジマの暴力に晒され、橋ごと水底へと消えていきました。

 

 これは、話し合いのための示威行為です(白目)

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

【ふよふよ日記 2XX7年10月09日】

 

 

 エイ=プールです。

 GAさんの依頼を受けて、ミミル軍港に行って来ました。

 

 そこに駐留している部隊を襲撃せよ、との事でしたが、仲介人のニヒルなおじさんが言った「弾薬費はお偉いさん持ちになってる」のひと言に、一も二もなく即決。

 私たちは何の遠慮も無く、2分足らずで軍港を焦土に変えたのでした。

 コ・ジ・マッ! コ・ジ・マッ!(三々七拍子)

 

 今回のミッションでは、敵への損害が大きいほど、報酬も上乗せされるとの事で、久しぶりに張り切っちゃいました。

 楽しかったですし、お金もガッポリ。いつもこんな依頼ばかりだったら良いのに。

 

 ちなみに、依頼内容の説明文に、“ユニオンの部隊”と書かれていたような気がしますが……、細かいことはイーンダヨの精神です。

 

 選んで殺すのが、そんな上等かねぇ?

 みんな貧乏が悪い(確信)

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

【ふよふよ日記 2XX7年10月11日】

 

 

 エイ=プールです。拠点型AF“ギガベース”の破壊に行ってきました。

 

 これ前回襲撃した&私がお世話になってるインテリオル・ユニオンからの依頼なので、メッセージが来た時は「怒ってるのかな?」とヒヤヒヤしましたけれど、意外となんにも言われなかったです。

 

 今回はあくまでAFが目的という事で、ほかの護衛艦隊は無視。

 一応は、補給艦艇の破壊にボーナスが付くそうなので、僭越ながら私が担当させて頂き、あの子には一直線にギガベースの所へ向かって貰いました。

 

 あんなおっきい兵器であっても、クヌギくんワンパンしちゃうんですね。ちょっと引きました。

 

 海がとても綺麗でした。キラキラと水面が輝いてて、心が洗われる心地。

 OBをバビューンと吹かし、拳振りかぶってカッ飛んでいくクヌギくんも、カッコ良かったです。

 

 私カメラとか持ってたら、パシャパシャ撮りたかったくらい。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

【ふよふよ日記 2XX7年10月12日】

 

 

 エイプーです。キラーエイプとは何の関係もありません。

 今日はユニオン輸送部隊の、レッドバレー突破を支援してきました。

 

 まるでムキになっているかのように、ユニオンから立て続けの依頼。

 あの腹黒お姉さんの声にも、なにやら言外の圧力を感じます……。

 

 関係ないのですが、「ユニオンは貴方を高く評価しています。よいお返事を(以下略)」とか言っても、このメッセージ確認してるの私ですし。ブレイン担当ですし。

 そんな無理して声作ってまで、クヌギくんに色目使っても無駄ですよ?

 

 とにかく私達二機で、レッドバレーの広大な大地と空を、思う存分駆け回って来ました。

 きっと輸送部隊の方々の目には、クヌギくんのAC【AN BREAD MAN】が、本当のヒーローのように見えていた事でしょう。

 

 私は……どうでしょうか?

 バタコさんや、アラレちゃんじゃなかったら、嬉しいのですか。

 

 あと、ちょっとしたお遊びとして、「私とクヌギくん、どちらが多く敵を倒せるか?」という競争をしたのですが、今回はありがたい事に、私が勝たせて頂きました。

 

 これ武装の差というか、コジパンでひとつひとつ破壊しなきゃいけない彼と、ASミサイルを沢山ばら撒ける私とでは、本来フェアな勝負とは言えないのですが……。

 でもクヌギくんは、どこか清々しい顔で「まけたー!」と言い、パチパチと私を褒めてくれたのです。

 

 

 護衛任務も成功しましたし、夕焼けの中で一緒に食べたお弁当も、おいしかった。

 とても良い一日でした。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

【ふよふよ日記 2XX7年10月15日】

 

 

 貴方のエイプーです。 も え も え キ ュ ン(全力)

 今日も例によってユニオンの依頼。ランカ―AC【ワンダフルボディ】を撃破してきました。

 

 ついでに言うと、完膚なきまでにすり潰し、殺して、ヤツの墓にツバ吐いてきました。

 嘘です。

 

 けれど、あんなエロい……いえ教育に悪いエンブレム張ってる人に、一片の慈悲も必要ないんじゃないかって。

 巨乳原理主義者は、肥溜めにぶち込むべきなんじゃないかって、そう私は考えるのですが如何でしょう?

 

 ホントは私が血祭りにあげてやりたかったのですが、これでも僚機の身。弁えております。

 あいつがフレア持ちのマザーファッカーな事もありまして、今回の私の担当は、ワラワラと群がって来るノーマル部隊の殲滅。クヌギくんの為の露払いでした。

 

 

「それがネクストの動き!?」

 

 ――――いいえ、コジパンマンです(真顔)

 無線を聴いた時「そんなワケあるか」と言ってやりたかったけれど、その前に搭乗者であるドン・カーネル氏は、クヌギくんにとっつかれ、お空の星となりました。

 

 まぁ命までは取られなかったようなので、「じゃ、じゃあ俺は何だ!?」という不毛な自問自答を、いつまでも続けて頂きたく思います。

 

 

 いくらランクマッチでならしたとはいえ、クヌギくんにとっては初めての対AC戦。

 なのでミッションの前は、少し緊張している様子でした。

 

 私は出撃までの間、この子の隣に座り、ずっと手を握ってあげていたのですが……それはこちらにも分かるくらい、震えていました。

 けれど、段々と時間が近づいてくるにつれて、彼の手の震えや緊張は治まり、出撃の時にはすでに“男の顔”となっていたのが、とても印象的でした。

 

 小さくても、この子はリンクスなんだなって。

 内心で、僚機の仕事を“子守り”と揶揄していた事を、反省しなくてはいけません。

 

 

 

 あ、それはそうとクヌギくん。

 

 弾幕、薄くなかったですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(つづく)

 

 

 

 

*1
1Cあたり、日本円で1万円ほどだと言われている。







 もうちょっとだけ続くんじゃ(短編なのに)




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

82 ふよふよエイプー 【中編】

 

 

 

 ―某所―

 

 

 

 01-1897 : SELEN HAZE

 01-6652 : LILIUM WOLCOTT

 01-1106 : MRS THERESIA

 01-1284 : WYNNE D FANCHON

 01-4552 : SHAMIR RAVIRAVI

 01-5876 : LISIRE

 01-2871 : STILETTO

 01-5690 : MAY GRINFIELD

 

 

 

「新参者の傭兵……いえ()()()()()()が、あのマザーウィルを?」

 

「はい、間違いありませんミセス・テレジア様。

 我々【ショタっ子を見守る淑女の会】は、情報の精度を確認しています。

 よく頑張りましたね、クヌギきゅん……(ボソッ)」

 

「そ、そんな大げさにする事かな……?

 まだ小さいって言ったって、仮にもリンクスだしさ……。

 ほらっ! 本来そーいう物じゃない!」

 

「だと良いがな……メイ・グリンフィールド(血の繋がってない義理の姉)よ」

 

「ちょ、ウィンDさんっ!?」

 

「エライよね……」

 

「カワイイったらないわ……」

 

「産みたい(直球)」

 

「シャミア! リザイア! スティレットまでっ!

 なにホワワ~ン☆ ってなってるのよ! 私の弟なのよ!?」

 

「構うものかァ。いざとなればメリーゲートごと貴様を破壊し、あの子を奪うまで。

 なぜ私の子にならなかったんだクヌギきゅんッ……! 逃した魚が本マグロで死にたい」

 

「あげないからねセレンさんっ!?

 おとなしく他の子さがしてよっ! お願いだからっ!」

 

「とにかく、こんなにも可愛い子が、あんなに凄いことをやってのけたのですし、いっぱい褒めてあげるべきかと、リリウムは思います。

 オネショタの総本山ことセレン会長、クヌギきゅんへのご褒美は如何しましょう?」

 

「あのくらいの年頃ならば、模型や玩具などを好むはずだァ……。

 1/1スケールの“カブラカン”でもくれてやれェ」

 

「それ実機じゃないのよっ! サンタの袋に入るヤツにしてよ!」

 

「あの子に似合いそうなチョーカーを見つけておいたの。

 これをプレゼントするのはどう?」

 

「それ“首輪”でしょうかっ!

 あんた黙ってなさいよシャミア! 弟をどーする気よっ!」

 

「リリウムの身体に、リボンを巻いてプレゼントするのは如何でしょう?

 王大人に頂いた、赤いTバックもありますが。それを穿きましょうか?」

 

「戻って来てリリウムちゃん! 目がグルグルしてるっ?! 気をしっかり持つのよっ!!」

 

「ねぇ、まだ 精通 してないの? もしそうなら私が」イソイソ

 

「座ってテレジアさんっ! とりあえず座って! 洒落になんないから!!」

 

「私たちは、ただクヌギきゅんとお近づきになりたいが為に、皆でパーツや巨額の費用を出し合い、ネクストを組んであげた。

 そしたら、いつの間にかあの子が()()()()()()()()()()()()()()()

 何を言っているか分からないと思うが(以下略)」

 

「責任感じてるなら、もうやめてくれない?

 アホみたく甘やかさないでよステイレット」

 

「ひとつの(ショタ)を想う……それを愚かと言うか(アヘ顔)」

 

「――――愚かよバカ! だからブラス・メイデンとか言われんのよ!!」

 

「そこまでリザ。

 含む所があるなら、戦場で好きなだけやればいいリザ。止めはしないリザ」

 

「え、あんたそんなキャラだっけリザイア? 個性捻り出したの?」

 

「議題は他にもあるぞ。例の“泥棒猫”の件だァ。

 私が育てようと思っていたクヌギきゅんを、横から掻っ攫いおってェ……!」

 

「思うのは勝手だけど、胸にしまっておいてくれます?

 ツバつけてたつもりでしょうけど、あの子セレンさんの事、憶えてないですよ?」

 

「ヤツを誅殺し、彼から引き剥がすのは容易だ。

 しかしクヌギきゅんが、()()()()()というのがなァ……」

 

「はい。子供(ショタ)の意志を尊重するのが、我々の大原則です。

 この誓いを破れば、愛の御名は地に墜ちるでしょう」

 

「きっと、エイプーを殺したら泣くわ。

 あの子が悲しんでる所なんて、死んでも見たくない……」

 

「胸がキュッとなる」

 

「想像したくない」

 

「死にたい」

 

「コロシテ」

 

「あの、いっぺんに喋らないでくれるかな……?

 もう私には収集つかないよ……」

 

「とにかく、今の内にエイ=プールめの扱いを、決めておいた方が良かろう。

 幸いにも、ヤツにオネショタ気質はない。加えて存外、面倒見の良い女らしいぞォ?

 やり様によっては、利用できるだろうさ」

 

「私お姉ちゃんだよ?

 ねぇ分かってる? なんで勝手に進めるの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

―5―

 

 

 

 

 

 

「うーん、面妖な」

 

 頂いた給与明細を眺めながら、コテンと首を傾げます。

 何度見直しても、どの角度から読んでみても、そこに記載されている数字は変わりありません。

 

()()()()()()()、報酬が。

 どのミッションの物も、軽く相場の1.5倍はあります」

 

 これでも10年リンクスをやってきた身、この内容ならばこれ位かな~という数字は、おおよそ分かります。

 けれど……これまで二人で請け負ってきた依頼の全てが、私からすれば「ラッキィィー☆」と目の色を変えちゃうほど破格の報酬金。

 たとえ私達のお高めな弾薬費であっても、十二分に賄える金額でした。

 

 僚機を伴わないと出撃不可なクヌギくんに配慮を……というより、企業の方々にとっては「コナをかけておきたい」というのがあるのでしょう。なんたってあの子は類まれ。極めて優秀なリンクスですし。

 その操縦技術や、戦闘力の高さと同じように、報酬金も規格外(イレギュラー)な物となっているのかもです。

 

 平々凡々を地でいく私とは、そもそもの前提が違いますし、まぁこの好待遇にも頷けるのですが……。

 しかし、基地や施設の襲撃であったり、ちょっとした護衛任務であったりの比較的容易なミッションで、これほどの額を頂けるというのも、アレな話ではありました。

 

「なにやら、少しばかり申し訳ない気分ですね。

 おこぼれに預かる、というのも」

 

 私とクヌギくんの取り分は、弾薬費&修理費を差し引いての“折半”。

 これはあの子からの強い要望でして、いくら私が「15%でおっけーです♪」と言おうとも、頑なに聞き入れては貰えなかった為。

 

 よくバンドなんかでも「お金は平等に分けろ、それが円満のコツだ」なんて言いますが……、こういった小さな部分で不平不満という物は積み重なり、やがて崩壊に繋がるのです。

 クヌギくん自身、あまりお金を必要としていないという事もありますし、そういった事を嫌ったのかもしれません。なにより彼のご厚意や、私への信頼から来ているのかも。

 

 ある意味、私という相棒のおかげで、ミッションを請け負うことが許されているクヌギくん。

 あちらからしたら、さぞ私という存在が、ありがたく映っている事でしょうけど……この温度差はエグイです。

 今の私って、誰がどう見ても「この子のおかげで食えている」って状況ですからね(白目)

 

 そもそもランク1位の彼と、中の下である私とでは、ぜんぜん格が違うというのに……。

 こういった部分は、まだ小さい彼には、理解できていないのでしょう。

 そして、不平不満ではなく、耐え難い“申し訳なさ”が、時に人間関係の破綻に繋がるという事も……。

 

 たとえどれほど矮小な人間であっても、大なり小なり“プライド”というのはあるワケです。

 無償の愛、なんの打算もメリットもない一方的なご厚意……。そういった()()()()()は、時として相手への圧力となり、やがてその人を圧し潰してしまうのです。

 

 ま、私は気にしませんけれど(キッパリ)

 お金を貰えて、大好きなお空をふよふよ出来るなら、それで満足なのです。

 

 たとえ「あいつ上手くやりやがったな」「良いご身分だぜ」なんて、リンクス仲間達から陰口を叩かれようとも。

 私を見る目が、軽蔑どころか“憎しみ”に染まろうとも。

 

 もし彼らが、強い強いクヌギくんを妬み、なんとか足を引っ張りたいと思うのならば、狙うべきはへなちょこリンクスである私。(なんでか知りませんが)彼に信頼されている私をこそ攻撃するのが、もっとも効果的ですから。

 

 いちおう今の所、有難い事にそういった気配は無いです。

 むしろ、これまで見た事も無いような()()()()で、私に接してくる人達もチラホラいますけど……。

 懐柔すべきはあの子ではなく、彼の保護者兼パートナーであり、また“貧乏人”という分かりやすい弱者である私。そう考えていらっしゃるのかもです。

 

 そんな大人達のコムズカシイ思惑を、どこか他人事のようにふよふよ感じながら、私は手元にある書類を鞄へと仕舞い、代わりにMYお弁当箱を「よいしょ」と取り出すのでした。

 

 

 

「おねぇさーん、ふりかけもってきたよー」

 

「あ、どうもですクヌギくん。

 かたじけない、かたじけない」

 

 私がテーブルに(酒場だというのに)お茶碗や小鉢を並べていると、ランチの約束をしていたクヌギくん登場。ナイスタイミング。

 私は農民のようにヘコヘコと頭を下げてから、彼が実家から持ってきたであろう、ふりかけの袋を受け取りました。のりたまって書いてあります。

 

「これで私の“ライス定食”は、更なる進化を遂げます。

 FRSメモリでチューンされた気分です」

 

「おねぇさん、ライスてーしょくってなに?

 なんでそんな事してるの?」

 

 やや、ご存じないのですかクヌギくん? これはかの有名なライス定食。

 主食どころか、おかずも副菜も御椀の中身も、()()()()()()()()()()()()()という、素晴らしいメニューなのです。

 

 まぁ有り体に言えば、「ぜんぶ米やないか~い!」って感じですが……。

 でもお弁当箱から直接食べるのではなく、こうしてわざわざお茶碗や小鉢に入れる事によって、ただの白米が“定食”へとクラスチェンジ☆

 もう見違えるほど豪華な食事となるのです。気分的にですケド。

 

 このひと手間をかける余裕こそが、大切。

 皆さんも、たとえスーパーのお惣菜であっても、ちゃんとお皿に移して食べなくてはいけませんよ?

 洗い物をしたくないとか、面倒だとか、そーいったモノグサな気持ちこそが、人の心を貧しくしてしまうのです。

 

 せっかくのご飯です。おろそかにする事なく、出来る限り良い物として楽しんでいこうではないですか。

 そういった想いから生まれたのが、この“ライス定食”。

 すべての命と、大地の恵みに感謝して、いただきます♪

 

「おかげさまで、銀シャリが食べられる程度には、お金持ちになれました。

 私にこんな日がやってくるなんて……、あの頃は思っていなかったのに(遠い目)」

 

「おねぇさんって、いつも何たべてたの?

 お米じゃないんなら、パンやパスタかな?」

 

「いえ、景気が良い時は()()()()ですね。

 まだガスや水道が生きている場合、に限りますが」

 

 小麦粉を適当にこねくり回し、そいつを茹でればハイ完成です。お手軽で美味しく、腹持ちだって良いんですよ?

 まぁ我が家には片栗粉なんて上等な物は存在しませんし、頭に“もどき”が付く似非すいとんですが。

 

「なんでも聞く所によると、今ちまたでは【虫を食べるか否か問題】で、白熱した議論が繰り広げられているそうな。

 でも残念、それはこのエイ=プールが、()()()()()()()()()()()()()()

 食べたくないとか、常識とか、そんなの“命”の前ではゴミクズですよ?

 生きるというのは問答無用なのd

 

「――――おねぇさん! ぼくのカノサワからあげ食べる? はんぶんあげるよっ」

 

 なんか物凄い勢いで、言葉を遮られた感。

 クヌギくん、すんごい汗かいてます。ハンカチで拭き拭きしてあげます。

 

「いえいえ、私にはクヌギくんが持って来てくれた“のりたま”がありますから。

 お気遣いなく。今日は思う存分、銀シャリを堪能したいと思います。

 一口ごとに100回くらい噛んでやりますよ」

 

 いくらパートナーとはいえ、この子に飯をたかるワケにはいきません。

 まぁ既に「家からふりかけを持って来てもらう」というグレーな事はしちゃってますが、どうがご容赦頂きたく思います。

 だって、使ってないって言うんですもの。余っているのなら私が! というだけの事なんです。

 

 私は「ん~♪」と吐息を漏らしつつ、ニッコニコしながら銀シャリを頬張ります。

 天国のお母さん……見ていますか?

 貴方の娘は、白米にふりかけをかけられる位、立派になりましたよ――――

 そんな想いで胸をいっぱいにしながら、幸せなご飯を堪能していましたが、なにやら対面に座るクヌギくんの表情がおかしいです。いったいどうしたと言うのでしょうか?

 

「クヌギくん、お米というのは炭水化物。これは身体を動かすために必要な、ガソリンとなる栄養素です。

 君がいま食べている唐揚げも、たんぱく質や脂質といった、身体を作るために必要な栄養素が含まれているんですよ?

 どうかバランスの良い食事を心がけ、そして沢山食べて大きくなって下さい」

 

「うん、わかったよおねぇさん。

 いっぱい食べて、はやくおっきくなるね……」

 

 まぁそんな知識ばかりあったとて、私はバランスの良い食事など()()()()()()()

 でも誰かの、そして子供の幸せを願うのは当然のこと。

 ぜひクヌギくんには、健康的な食生活をして、ぐんぐんタケノコみたく育って頂きたいものです。

 え、キノコたけのこ戦争? 私どっちも食べた事ありませんけど(レイプ目)

 

「そうそう、せっかく銀シャリが食べられるようになりましたし、今度駄菓子屋で蒲焼きさん太郎でも買い、()()()()()()()()()()()()()()」ワクワク

 

「やめとこ? ね?」

 

 きっとお菓子会社の人も、ふつうに食べてくれた方が喜ぶよ。

 そんなクヌギくんの説得により、この素晴らしいアイディアは放棄することに。

 この子にもご馳走しようかと思ったのですが……残念無念です。

 

 ミッションではいつも頼りっきりですし、たまには大人らしい事もしなくては。

 なので、また何か考えておくとしましょう。クヌギくんが喜んでくれそうな事を。

 

 あぁ、ライス定食おいしーです。幸せ♡

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

【ふよふよ日記 2XX7年11月2日】

 

 

 エイ=プールです。

 今日は大アルゼブラ(笑)さんからの依頼で、リッチランド農業プラントへ行って来ました。

 

『く……首輪付きか。知らんな(震え声)』

 

 嘘だ、ぜったい知ってる。

 フェラムソリドス……じゃなかった不明ネクストさんは、明らかにこちらと接敵した途端、声が上擦っていました。

 

 クヌギくんの機体って、この上なく特徴的ですし、3日でランク1位に駆けあがった昇り竜ですからね。

 リンクスやっててこの子を知らないというのは、物凄い職務怠慢かと思いますし。

 

『……ちょうどいい、AFにも飽きてきたところだ(諦観)』

 

 人生にも飽きちゃいましたか? はやくOB吹かして逃げればいいのに。

 そんなゴテゴテした重量二脚で、クヌギくんのコジパンを躱せと言われたら、私なら泣いて謝りますよ?

 

 余談になりますが、私この人の()()()()()()()()()()()()

 なので、ぜんぜん不明ネクストじゃありませんでした。

 

 私は僚機生活が長いもので、たいがいのリンクスの方とは、顔見知りなんです。

 まだ候補生の子からベテランまで。クレイドル中のリンクスに声かけて来ましたからね。

 生活のために(レイプ目)

 

 それにしてもソリドスくん、ずいぶん立派になって……。なにやら感慨深いです。

 初ミッションの時は「わーっ! 助けてぇエイプーさん! はやくきてー! はやくきてー!」と、あれだけ泣き叫んでいたというのに。

 そんな彼も、今は“雌伏”*1という難しい言葉を使うまでに、成長したのです。

 

 カラード管轄外のリンクス、いわゆるイレギュラーになっちゃったみたいですが、君があの時見せてくれた「エイプーさんありがとー!」という輝かんばかりの笑みは、今もしっかり私の目に焼き付いていますよ? いい子だったなぁ~って。

 

 まぁ開幕5秒で、クヌギくんにコジパン叩き込まれ、「ほげぇ~!」言うてましたけども……。

 遊びは終わりか? ミスター・イレギュラー(目逸らし)

 

 殺しはしませんので、ソリドス君にはしっかりと罪を償い、反省して頂きたく思います。

 そして、いつかまた、私を僚機として雇って頂けたら幸いです。

 

 

 ちなみに、このミッションに赴く前……。

 フラジールさん&トラセンドさん&サベージビーストさんが、仲間になりたそうにコチラを見ていましたが、ガン無視しました。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

【ふよふよ日記 2XX7年11月6日】

 

 

 エイプーです。今日は“いつものGA”さんからのご依頼で、ロロ砂漠に行って来ました。

 ()()()()の陸上AF部隊を、フルボッコにしましたよ(白目)

 

 また後々のことを考えると、お腹が痛いので、今日のことに関しては軽く流そうと思います。

 

 ただ――――チョー気持ち良かった☆

 殲滅戦すき! 一番すきー♪

 

 ノーマルの群れに「ヒャッハー!」とASミサイルをぶち込む度に、私の心が満たされていくのを感じます。

 途中、ユニオンのお姉さんの顔が脳裏をよぎりましたが、そんなの関係ないんですよ。

 滅ッ! って感じですよ。

 

 なんですか“お麩”って。どんな主食ですかソレ。米を送ってこいチクショウ。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

【ふよふよ日記 2XX7年11月9日】

 

 

 どもです、エイ=プールです。

 トーラスさんの依頼で、ギアトンネルに展開する“プロキオン”という兵器を破壊してきました。

 

 これも例によって、バブルと寝た女あの仲介人のお姉さんが持ってきたお話だったのですが、私にはとてもじゃありませんが、断る勇気が無かった……。

 ええ。犬のように従順に、ヘコヘコしながら受諾しましたとも。コンゴトモヨロシク。

 

『トーラスは、あなたを強く希望しています(婚活的な意味で)』

 

 これは依頼のメッセージにあった結びの一文ですが、カッコ内は私の捕捉となっています。

 私モテたのよぉ~。男をとっかえひっかえでさぁ~。もう両手の指じゃ足りないくらいのアッシー君がぁ~。

 ……そう会うたびに自慢されるのですが、「じゃあ今の貴方はどうなんです?」と問いたい。ものすごく問い詰めたい。

 

 関係ないですが、“アッシー”とはなんでしょう?

 バブル期の言葉には、詳しくありませんで……。

 

 え、プロキオンですか? コジパンしました(終了)

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

【ふよふよ日記 2XX7年11月15日】

 

 

 エ イ プ ー だ よ ☆

 GAさんの主力AF“グレートウォール”を撃破してきました。

 

 クヌギくん、ついに地上最強を……。

 コジパンマンの拳の前では、グレートウォールも置物同然ですか(どん引き)

 

 

 しかしながら、突如として有澤社長、見参。

 切り離された後部車両を追おうとしていた私達の前に、敵として立ちはだかったのです。

 

 唯一の侵入口に鎮座し、“通せんぼ”をするみたいに堂々と佇む、敵ネクスト。

 その姿にクヌギくんは、一瞬たじろいだようでした。でもそこは僚機歴10年の私ですよ。

 

『ここは私に任せて、君は動力炉を!』

 

 即座にヴェーロノークのOBを吹かし、社長をすり抜けるようにして、後部車両の狭い入口に侵入。

 その後、即座にクイックターン。突進の勢いを以って、()()()()()()()()()()()

 

 社長は私の機体ごと、もつれあって外へと落下。

 これにて進入路の確保、完了です。

 

 漫画やアニメで見るような「お前は先にいけ!」というフラグめいたセリフを、まさかこの私が言うことになろうとは……。

 けれど、一回やってみたかったんですよね♪

 これぞ僚機の心意気ってヤツです! ふんす! 

 

 そんなこと出来ない、敵ネクストならぼくが――――

 そうクヌギくんが躊躇する事は、()()()()()()()()

 彼は即座に動き、瞬く間にグレートウォールの内部へ。一直線に動力炉に向けて、かっ飛んでいきました。

 

 自分で言うのもアレですが……“信頼”が違うのです。

 相方にここまでされても躊躇するようでは、三流と言わざるを得ません。でもクヌギくんはそうじゃない、ってだけの話。

 むしろ、「1分1秒でも早くグレートウォールを墜とす」という気概を以って、躊躇わず前へ進んでいきました。

 

 私の言葉、私の意思、そして己の僚機を、クヌギくんは心から信じてくれているんだなって感じて、胸が熱くなりました。

 

 

『――――社長、ごはん奢って下さい! 私が勝ったら夜マックです!』

 

『ッ!?!?』

 

 でも私、そんな殊勝な女じゃないです。()()()()()()()()()()()

 クヌギくんを先に行かせたのは、「こんな私を見せたくない」という想いも、あったりなかったり。

 

 社長は武人気質というか、売られた喧嘩は買う人なので、こう言えば必ず勝負して貰えます。

 匹夫めが、雷電に削り合いを挑むか――――

 そう言われましたけど、“ひっぷ”って何ですか? おしりの事ですか?

 おっさんは難しい言葉ばかり使うので、困ってしまいます。

 

 そして、なんやかんやと始まる雷電vsヴェーロノーク。

 ほとんどその場に足を止めたまま、恐ろしいほどの精度でグレネードをぶっぱなしてくる社長の戦闘スタイルは、本当に脅威です。

 

 しかし……アリーナの時とは違いますよ? なんたって()()()()()()()()()()()

 私は凧のように雷電の頭上を飛び、そのまま紐で繋がれているみたいに、上を取り続けました。

 そこから情け容赦なくASミサイルを叩き込む。雷電が機能を停止するまで、ずっと。

 

『この雷電を削り切るかッ……! (食欲の)化け物めッ!!』

 

 やがて、背後でドゴーン! とグレートウォールが爆発する音が響いた頃、私たちの勝負も決着。

 グレネードという強大なプレッシャーの前に、何度も何度もヒヤヒヤする場面はありましたが、内容としては完封。ヴェーロノークの勝利です。

 

 いや~! 今日の私はキレッキレでしたねぇ! 自分でも不思議なくらい!

 ビッグマックにパティを増やすという浪漫が、私の中のシードを芽吹かせたのかもしれません……。

 

 これにて、ランクマのリベンジ達成です♪

 まぁカラードランクが上がっちゃうと、また三羽烏に絡まれてしまいますので、それは願い下げですけど。

 

 

 その後、なんか泣きそうな声で「おねぇさん! だいじょうぶ!?」と言いながら帰ってきたクヌギくんも連れて、三人でマックへ行って来ました。

 

 なぜ貴様が21位なんだッ……! と渋い顔でコーヒーを飲んでましたが、それでも付き合ってくれる男前な社長。素敵です。

 そして、口のまわりをチーズまみれにしながらも、元気にダブチを頬張るクヌギくんが可愛かった。

 

 今日も、とても良い一日でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「射撃? なんですかソレ食えるんですか?」

 

「わかんなーい」

 

 その言葉にプッツンしたのは、ダン・モロさん。

 お前らそれでもリンクスかっ! と激おこのご様子でした。

 

「いっつもいっつも、コジパンとASミサばっか使いやがって!

 たまにはライフル握れよ! 肩ロケット積めよ!」

 

「えー」

 

「ぇー」

 

 いつもの酒場。クヌギくんと二人でランチしてた所に、何気なく声を掛けてくれたダン・モロさんでしたが……、ふと話題がアセンブリの事になった途端ヒートアップ。

 何やら譲れない拘りがあるようで、私たちの戦闘スタイルに苦言を呈するのでした。

 

「どのパーツが良いかなって、ウンウン悩むのがリンクスの醍醐味だろ! 一番楽しいトコだ!

 お前らゴリ押しじゃねーか! 汎用性ってモンがねーよ!」

 

 何しょーもないヘリ相手にコジパンかましてんだよ! オーバーキルだろ!

 お前も狭っ苦しい場所でミサイル撃ってんじゃねーよ! 爆発で自爆してんじゃねーか!

 そうプリプリとお冠。のほほんと焼肉(のタレをかけたモヤシ炒め)を食べてるこちらとの温度差が、えらい事になってます。

 

「でも、好きこそ物の上手なれ、とも言いますし。

 ミサイル撃ちながら、ふよふよするの、楽しいですよ?」

 

「コジマパンチ、さいこーだよ?」

 

「それじゃあ駄目なんだよ! それだけじゃっ!!

 ミッションに適した兵装、ってモンがあんのぉー!

 何のためのアーマード・コアだよ! 思考を放棄すんなっ!」

 

 この人、すんごいマウント取ってくるやん……と思わなくもないのですが、彼の言う事も一理あります。

 私もリンクス歴は長いですし、たまにこうして「別の武器使えよ」的なアドバイスをされる事も、無くはありませんから。

 

 10年ネクストに乗ってるのに、未だASミサイル以外の武器を使ったことが無いなんて、きっと私くらいのモノでしょう。

 前にも言いましたが、たとえドスさん達とっつきマニアであっても、ちゃんと肩や逆の腕には、それ以外の武器を装備しています。

 私やクヌギくんのように、どんなミッションでも単一の武器でやるというのは、非効率的だというのも理解できますし。

 

 個人的には、これもひとつの道だと思っていますけど……、きっと人から見たら「何がお前をそうさせるんだ」って感じでしょうし。普通にライフル2丁持てばいーじゃんと。

 でも仕方ないじゃないですか、使えないんですもの。

 上下左右、あらゆる方向に動きながらサイティングをするなんて、頭が「うわーっ!」ってなっちゃいます。

 私はヒューマンスペック皆無の、とても残念な子だから、お空を飛ぶので忙しいのです。

 

 でもそんな事、ダン・モロさんには関係ないみたい。

 頑張れ! 努力だ! リンクスだろ! そうどこか見当違いな激励で、私たちを鼓舞してくれてます。

 しかもこれ、馬鹿にしてるとかそーいうのじゃなく、本当に応援してるっぽいんですよね……。

 彼が善人だっていうのは知っていますので、なんか無碍に出来ないというか。

 たとえダン・モロさんの熱意が上滑りしてても、耳を傾けてしまう私がいるのでした。

 

「――――しゃーねぇ! 俺がお前達に、アセンブリのなんたるかを教えてやるよっ!!」

 

 えっ……と耳を疑いました。

 思わず彼の顔を見てしまいますが、今も腕組みをしてウンウン頷いている様子。

 なんか、とっても機嫌良さそうです。

 

「お前ら金持ってんだろ? いっぱい依頼受けてんだから。

 それ使わねぇってのは、やっぱおかしいよ。

 たまにはパーツのひとつも買って、経済まわしやがれ! 大事だろそーいうのも!」

 

 あの……()()()

 確かアーキテクトの方は別にいるそうですが、残念アセンで有名なセレブリティ・アッシュに乗っている、ダンモロさんが?

 

 そう言いたいのは山々なのですが、彼はズンズン先んじて歩き、既にここの会計を済ませてしまったようです。

 こちらの返事も聞かない内に、「さぁ行くぞ! 俺についてこい!」とばかりに。

 

 なんでしょう? この微妙に逆らいづらい空気。コミックヒーローがするような満面の笑みは。

 時に善意というのは、人を縛る鎖にもなりえるのだと、私は学ぶのでした。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「あぁ……無駄に散財してしまいました。

 もったいない、もったいない……」

 

「どんまい、おねぇさん」

 

 数時間後、トボトボと市街地を歩く私たちの姿がありました。

 

「LALIGURASを買いはしましたが、一体どう使うのでしょうコレ?

 私には見当も付きません」*2

 

 ダン・モロさんに言われるがままに買ってしまいましたが、きっとこれは格納庫で埃を被る羽目となるでしょう。まさかこんなピーキーな兵装を勧められるだなんて、思いもよりませんでした。

 こちとら借金まであるというのに……。ようやく完済に手が届く所まで来たのに……。

 でも即売却するのも、不義理な気がしますし。本当どうしようかなと。

 

 ちなみに彼とは、先ほど店先で別れました。

 なんでも今から恋人の所に行くとか。リア充です。

 

「えへへ。ぼくはちょっとうれしいの。

 おねぇさんといっしょの、ASミサイルだよ♪」

 

「えぇ、私も嬉しいです。

 また今度、使って見せて下さい。楽しみにしています」

 

 しかしながら、意外にもクヌギくんはホクホク顔。

 この子も【SM01-SCYLLA】という、肩武器VerのASミサイルを買ったのですが、早く格納庫に届かないかな~と、今から待ち遠しいみたいです。

 

「思えば、ショップに足を運んだのは、いつ以来でしょう?

 目に映るもの全てが新鮮で、ワクワクしてしまいました」

 

「うん、ぼくも。

 ネクストのぶきって、こんなにあるんだーって思った♪」

 

 私の機体構成は、リンクスとなった当時から、少しも変わっていません。

 あえていうなら、少し前に私専用のスタビライザーを、ユニオンが作ってくれまして、それを取り付けたくらいですかね?

 

 弾薬の補充なんて、「いつものヤツを」と連絡しておくだけで手配して貰えますし、機体の修理も同様。だから私には、ショップに行く理由なんて無かった。

 ゆえに、今日は楽しかったです。まるでおもちゃ屋さんにでも来たみたいに、キャッキャとはしゃいでしまいました。

 もちろん、クヌギくんとふたりで。

 

「ねぇ、おねぇさん。

 何かぼくに、使ってほしいぶきって、ある?」

 

「ん?」

 

 ふいに、クヌギくんの何気ない声。

 

「ダンモロさん、『ミッションに適した武器を』ってゆってたでしょ?

 なにをつかえば、おねぇさんのやくに立てる?

 ヴェーロノークのASミサイルを活かすような戦い方って、どんなのがあるかな?」

 

 もう辺りは暗くなり、人っ子ひとりいない。

 そんな、どこか物悲しい雰囲気の道を、ふたり並んで歩きます。

 

 キョトンと小首を傾げつつも、真剣な顔。

 幼いこの子の純粋な瞳が、じっと私をまっすぐに見つめていました。

 

「うーん、それでは立場が逆ですねぇ。

 私が君の僚機なのですから」

 

 ギュッと、手を繋ぎます。寒さで少しかじかんだ、彼の小さな手の感触が、伝わって来ました。

 私は出来る限りの、優しい表情を浮かべます。

 この子の優しさ、そのお心遣いに、なんとか応えようと。

 

「飛び道具を持たない【AN BREAD MAN】の為に、雑魚敵を掃討し、露払いをする事。

 君が心おきなく、おもいっきり戦えるようにする事。

 それこそが、ヴェーロノークの役目ですから」

 

 お仕事を取られたら、商売あがったりです。

 いくらランク1位のクヌギとはいえ、支援機の役目は譲りませんよ?

 そう茶目っ気のある声で言い、パチンとウインク。

 ガラにもない事をしている自覚はありますが、この状況ならばこうすべきかなって、そう思ったから。

 

「で……でもぼく、おねぇさんのやくに立ちたいっ!

 もっとよろこんでもらえるように、すきになってもらえるようにっ!」

 

 けれど、ポッと頬を赤らめながら、少しだけ呆けていたクヌギくんが、ハッと意識を戻した途端、追いすがって来ます。

 両手でギュッと私の手を握り、ウルウルと潤んだ目。

 それは、必死に自分の想いを伝えようとする、子供らしい所作でした。

 

 あれだけ“とっつき”という物を愛し、頑なに執着していたこの子が、他の武器を使う。大切なものを捨てる。

 そう自ら言い出すほどに、私は想われている。この子に大切にされている。

 

 驚きました。まさかそこまで……と。

 でも、そのモジモジと恥じらう愛らしい仕草に、私は悟ったんです。

 クヌギくんの真心を。想いの強さを。

 

「ふふっ♪」

 

 彼の頭を撫でます。目線を合わせるように、屈んで。

 柔らかでサラサラな髪の感触を、暫し楽しむように。

 

 正直、何を言っていいのか、分かりませんでした。

 それに応えられるほどの、その想いの強さに釣り合うだけの言葉を、見つけられなかった。

 

 だからこそ、不器用な私は、直接触れたんです。

 これまでやった事がないって位、表情筋に力を入れ、笑顔を作りながら。

 

「ほらクヌギくん、雪が降って来ましたよ? 綺麗ですねぇ」

 

 ふと見上げると、空にはたくさんの粉雪。

 ゆっくり、ふよふよと舞っています。

 既にこの世界の空は、とても悲しい物になってしまったけれど……それでも綺麗でした。

 

「では行きましょうか。ここは冷えますから」

 

 早く帰らないと、メイさんに叱られてしまいますし。

 そう体の良い理由を口にしつつ、私達は再び手を繋ぎ、歩き出しました。

 ときおりお互いの顔を見て、「ふふっ」と笑い合いながら。

 

 街灯に照らされた薄暗い中を、粉雪が舞う。

 今この光景は、私達だけの物。今この瞬間だけは……二人だけの世界。

 

 肩が触れ合う度に、隣に居る人のぬくもりを感じる。

 無言でも寂しくない。今もこの子の手から、優しい気持ちが伝わっているから。

 誰かといる、居てくれる。その安心を確かめながら歩きました。

 

 

 

「おくってくれて、ありがとう。

 あのっ……これね?」

 

 やがて、グリンフィールドさんのお宅に到着し、私が門の前で踵を返そうとした時。

 彼が慌てて鞄をゴソゴソし、「はいっ!」とこちらに何かを差し出しました。

 私とは背丈が大分と違うので、愛らしく上目遣いをして。

 

「リンクスの人たちから、きいたの。

 おねぇさん、今日おたんじょうびでしょ?

 おめでとう、おねぇさん」

 

 それは、ラッピングされた小物と、一枚の便箋でした。

 突然のことに、私は思わずフリーズ。ぼけ~っと彼の顔を見つめます。

 するとクヌギくんは、これらをグイッと押し付けるようにして渡すと、照れ臭いのかすぐに回れ右をし、タタタッと家に入ってしまいました。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

【エイプーおねぇさんへ】

 

 

 

 いつもぼくと、ミッションにいってくれて、ありがとう。

 

 いっしょにごはんを食べてくれて、ありがとう。

 

 いそがしいメイお姉ちゃんのかわりに、あそんでくれて、ありがとう。

 とっつきしか使えないぼくを、ASミサイルでたすけてくれて、ありがとう。

 

 

 ぼくは、エイプーおねぇさんが、だいすきです。

 いっぱいあるネクストの中で、ヴェーロノークがいちばんカッコいいって、おもいます。

 

 ほかのだれよりも、エイプーおねぇさんが、いちばんキレイです。

 どんな人より、おねぇさんといっしょにいる時が、しあわせです。

 

 

 いつかぼくも、ヴェーロノークみたいに、つよくなります。

 だから、またぼくにネクストのソウジュウを、おしえてください。

 これからもたくさん、いろんなミッションに、つれてって下さい。

 

 

 おねぇさんといっしょなら、どんなてきにも、かてます。

 ぼくには、おねぇさんがひつようです。

 

 

 ありがとう、エイプーおねぇさん。

 

 ずっといっしょにいてね。

 

 

 

                       クヌギより

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「なんと……いじらしい」

 

 お手紙を持つ手が、ワナワナと震えます。

 これまで経験した事のない感情が、沸々と湧きました。

 まぁこれ、クヌギくんの家の真ん前で読んでますから……下手すると不審者として通報されるかもですが。

 

「このような物を頂いたのは、生まれて初めてです。

 まさか、債務者リンクスであるこの私に、こんな事が起ころうとは……」

 

 人生というのは、本当に分からない物です。

 急がず、目立たず、細々とやってきたつもりなのですが……。

 とりあえずは便箋をポッケに仕舞い、プレゼントらしき物が入った袋を手に、帰路に着きます。

 クヌギくんが住むお家に背を向けて、そのまま振り返ることもせず、トボトボ歩きました。

 

「ふむ、光栄の至り。至上の喜びに御座います。

 そんな風に思うべき……なのでしょうね、きっと」

 

 けれど、揺れない。

 あれだけの想いを見せられ、ここまでされたというのに。

 私の心は、自分でも驚くほどに、()()()()()()()()()()()()()()

 

「嬉しいですよ?

 こんなに誰かに想われるなんて、きっともう、二度とないでしょうから」

 

 分かってる、これはきっと“奇跡”と呼ばれる類の物。とても得難い物なんだって。

 でも……それだけです。

 私にとって、これは「滅多に無い」とか「珍しい」とか、それ以上でも以下でも無い出来事でした。

 

 可愛かったなぁとか、いじらしいなぁとか思い、いま胸がポカポカしていても……。

 それは決して“特別”ではなく、きっと5分もすればすぐに薄れてしまう程度の、軽い物でしか無かったのですから。

 

「私、ドライな女なのかもしれません。

 これでは、せっかくお手紙をくれたクヌギくんが、報われませんね」

 

 子供だから? 大人だから? 僚機だから?

 いえ、そんなのとは別の部分で、()()()()()()()

 その自覚があります。

 

 人並みに喜び、騒ぎ、微笑みはしても、決して“ある一定”以上はいかない。

 まるでリミッターでもかけられているかのように、ただただ静かな心で、クヌギくんを見つめている自分がいました。

 

「あぁ、本当に報われない。

 こんな()()()()を、好きになってくれるなんて――――」

 

 

 

 

 

 きっと、“半分死んだ”のだと思います。

 誰よりも大事で、大好きだったお母さんが、亡くなった時に。

 天国へいったお母さんの魂と共に、なにか私の中の大切な部分が、どこかへ飛んでいってしまったのを、感じましたから。

 

 それからの私は、()()()()()()()()()

 逆らわず、選ばず、望まず。ただ目の前に用意されていた道を、進み続けました。

 

 この胸にある虚無感は、反動なのかもしれないです。

 子供の頃の私って、それはもう、なりふり構わずだったから。

 

 11の時、お母さんが重い病気にかかって。

 12の時、その莫大な医療費を払う為に、AMS研究所の“被検体”になって。

 毎日毎日、よく分からない実験と、知らない変なお薬を飲まされる辛さにも耐えて。

 そして、リンクス候補生として選ばれた14の時まで、必死で生き抜きましたもの。

 

 どれだけ痛くても、苦しくても。頭が割れるくらい痛んでも。

 日を追うごとに、頭の中に霧がかかっていき、私の記憶や大切な思い出が、どんどん思い出せなくなっても。

 私は、お母さんさえいればよかった。

 お母さんの病気が治るなら、生きていてくれるのなら、それだけでよかったんです。

 

 けれど、私がまだリンクス候補生としての訓練を受けていた時、もうすぐリンクスになって会いに行けると思っていた矢先……お母さんの訃報を知りました。

 その日、私は“半分死んだ”のだと思います。

 

 泣くとか、悲しむとか、そういうのはありませんでした。

 私にはもう、そんな上等なことは、()()()()()()()()()

 人間らしい心や、綺麗な身体なんて、とうの昔に失っていたのですから。

 いえ、お金欲しさに売り払ったと言う方が、正しいかもしれませんね。

 

 それから私はリンクスとなり……初めて貰った報酬金で、お母さんのお墓を建てました。

 貧乏だったとは思えない位、大きくて立派な墓を。

 たくさんの花で飾り、人を殺してきたばかりの両手で、ひとり祈りました。

 

 それで、終わりです。

 私がやりたかった事や、人生の目的のような物は、()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「……胸にあるのは“罪悪感”。

 このような女ですいませんと、クヌギくんに申し訳ない気持ちです」

 

 きっと、初恋だったでしょうに。

 これは大人になっても、ずっとずっと覚えているような、大切な思い出なのに……。

 

 けれど、ごめんなさいクヌギくん。

 いくら可愛かろうが、健気だろうが、私には大切になんて想えない。

 そんな上等な感情、()()()()()()()()()

 既に私は、半分死んでいる人なのだから。

 

 あるとしたら、「こんなにも良い子の顔を、冷めた目で見つめている」という、自分自身への嫌悪でしょうか?

 いつも君と一緒にいる時、私が一体どんな事を裏で考えているのかを知れば、きっと君は失望することでしょう。

 ただただ私は、機嫌を損ねないように。ミッションの時もランチの時も、気分よく過ごして頂けるように、それだけを意識して君と接しているんですよ。

 

 君は知らないでしょうけど、大人は仮面を被るんです。

 誰かと接する時、それに適した仮面を使い分け、上手くやるための術を持っている。

 

 私のような()()であれば猶更。もはや必須ですよ?

 だってそうしないと、()()()()()()()()()()()

 どうです、上手だったでしょう? 私のお芝居は。

 

 君はあまりにも幼く、人を見る目が無かった。

 これは、ただそれだけの話。

 今後、君の人生で数多く経験するであろう、“些細な間違い”のひとつです。

 

 この経験から、君が何を学ぶかなど、私には知る由もありません。

 きっとその頃には、「もう二度と会わない」って関係性になっているでしょうから。

 でも願わくば、この経験から学んだ事を、今後なにかに活かして貰えたら幸いです。

 こんな人の情も解さないような、救えない女も、この世界には沢山いるんだって事を。

 

 ご安心下さい。少なくとも私、()()()()()()()()()()()()()()

 君がリンクスとして遥か高みへ行く、その一助にはなってあげる事だけは、出来ますから。

 それでどうか、ご容赦いただきたく思います。

 私は君の僚機であり、周りに沢山いる大人達の中のひとり。それ以上でも以下でもありません。

 

 まあ、この僚機契約とやらも、()()()()()()()でしょうけどね。

 精々いまの内に、稼がせて貰わなければ。

 これはパチスロにおける確変と一緒で、泡沫の夢みたいな物。

 ずっと続くだなんて、そんな甘い話は無い。

 楽しい時間っていうのは、あっという間に終わるように、出来ているんですよ。

 

 だって、こんな特殊で歪な状態を、他の者達や企業が、許しておくハズも無い……。

 なんたって、野心の化け物ですからね。ここにいる人達は、みんな。

 

 

「あぁ、お空を飛びたいな。ヴェーロノークに乗って……」

 

 ふいに、心がふよふよします。

 ここではないどこかへ、この身体を地上に残したまま、飛んでいきます。

 

 思えば、あの15の時から、私はずっとふよふよしていますね。

 目的も無く、どこへ向かうでも無く。雲がお空を漂うようにして、ただ生きている。

 

 けれど、たまに無性にネクストに乗りたくなるんです。

 今日みたいな日は、身も心も、全てお空に委ねたくなる。

 

 ただ、飛んでいたい。ずっとふよふよしていたいんです。何も考えずに。

 仕事の事も、お金の事も、そしてクヌギくんの事も。

 

 

「この()()()()()で、君はあまりにも眩しい。

 私とは違うんですよ、クヌギくん――――」

 

 

 

 

 

 

 ズキリ、胸が痛みます。

 何気なく、そう口にしてみた途端、刺すような痛みが走りました。

 もう半分しかない心なのに、まーだ律義に痛むんだなって、ちょっと不思議な気持ちでした。

 

 

【おねぇさんが、ひつようです】

 

 先ほどの手紙にあった一文が、頭をよぎる。

 何か不思議な“糸”が、私のふよふよと揺蕩う心に絡みつき、必死に繋ぎ止めようとしている。

 どこかへ飛んで行かぬよう、ここに留まるよう。

 

 

 けれど……この悲しい世界において、言葉なんて糸が、果たしてどれほどの強度を持つものか?

 

 それを、これからクヌギくんは学ぶ事になるのかと思うと、また気が重くなりました。

 

 

 

 

 

 

 

*1
将来に活躍の日を期しながら、他の者の下に屈従すること。

*2
アルゼブラ製の、特殊散弾兵器。いわゆる肩武器。短距離でしか使えず、しかもノーロックなので、使い所が極めて難しい。





Q. これは連載ですか?

A. いいえ、短編です(真顔)




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

83 ふよふよエイプー 【中編その2】

 

 

 

 その後、なんやかんやでラインアークのホワイト・グリントは倒れ、“乙なんとか”さんも海中に没する。

 

 クレイドルで最も優れたリンクス達(?)の戦いは、ショタっ子+その保護者だけが生き残って終わり。

 ラインアークは、その最も重要な戦力を、コジパン一発で失った。

 

 クレイドル、および【ショタっ子を見守る淑女の会】は安定期に入った。

 クヌギきゅんは私のだ、抜け駆けすんなよこのアマ、死なすぞ。

 誰もがそう考え、荒んだ地上暮らしで他に趣味らしい趣味もないショタ愛好家のお姉さま方は、来たるべき正妻戦争の激化に備え始める。

 

 

 だが、正にこの時――――濁り水はゆっくりと流れ始めていたのだ(白目)

 

 

 

 

 

 

 

 

―6―

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほ、本当に良いのでしょうか……。私なんかが……」

 

 クヌギくんに手を引かれ、トコトコ歩きます。

 こんな小さな子に引っ張られている女など、通行人の方々にはどんな風に見えているんだろうと、少しばかり気になります。

 大人のクセにと情けなく映っているのか、それとも微笑ましい光景なのか。どちらにしろ恥ずかしい事には変わりありません。

 

 けれど、今クヌギくんは「プンプン!」と擬音が聞こえてきそうな程、いわゆる“おこ”でございますので、逆らうワケにもいかず。私は成すがままと言った状況。

 殿方を立てる淑女の鑑……という事にはならないでしょうね。きっと。 

 

「やっぱり、やめませんかクヌギくん?

 贅沢は敵です、心の贅肉です。

 昼ごはんであれば、私お弁当を持って来てますし……」

 

「いいの! 食べにいくのっ!

 きょうはおねぇさんと、おいしいもの食べるって、きめたのっ!」

 

 もう綱引きみたく「んーっ!」と引っ張られます。

 時に前から、時に後ろからお相撲さんのようにグイグイ押され、私には抗う術がありません。

 だってこの子、一生懸命すぎるんですもの。勢いが凄いです。

 

「おべんとうってゆったって、アレでしょ!? ぜったいダメ!

 あんなもの食べてたなんて、しんじられない! エイプーおねぇさんのばかっ!」

 

「うっ」

 

 いつもホワホワなクヌギくんらしからぬ、強い口調。

 私はたじろぐ他ありません。

 

「ぼくの目の黒いうちは、そんなのゆるさないからねっ!

 なんなの“しょーみきげん切れのゴマ”って! しかも2年!」

 

「……」

 

「それをサプリメントみたく、ザザーっと食べてるおねぇさんを見た時の、ぼくのキモチわかる!? ゼックだよゼック!」

 

 ムキャー! 言っちゃってます。クヌギくんスパーキングです。

 せ、せめてお茶碗に入れるべきだったでしょうか? 袋から直にというのは、流石にお行儀が悪かった気も(そういう問題じゃない)

 

「カレーは2日目がおいしいってゆーけど、1しゅーかんも前のヤツはダメでしょ!

 元々くさってるからって、カビのはえたナットウ食べるなんて、どうかしてるよっ!」

 

「で……でも私、()()()()()()()()

 まがりなりにも食べ物ですし、粗末にするというのm

 

「――――なにかゆった!? おこるよおねぇさんっ!!」

 

 もう怒ってるじゃないですかヤダー。とか言おうものなら火に油ですので、私は黙するのみ。

 それにしても、失態でした。やはりアレを食べている所を、クヌギくんに見せるべきでは無かったかもしれません……。

 

 

 実を言うと、最近よく食べ物を貰う機会がありまして。

 以前はユニオンからのご厚意(?)のみでしたが、近頃は知り合いのリンクス達が、頻繁に差し入れを下さるようになったのですよ。

 カレー作り過ぎちゃったの~とか、わたし納豆食べられないから~とか言って。

 ちなみに、何故か()()()()()()の人ばかり、のように思いますね。

 

 弾薬費問題の事もあり、彼女達と話すのは本当に稀。私は煙たがられていますからね。

 まぁ同僚であるウィンDお姉ちゃんを始めとし、GA所属ながら僚機仲間として良くして下さっているメイさんや、なんだかんだと人の良いダン・モロさんなどもいますし。

 私の方も、めげずに営業をしておりますので、会話自体はそこそこあるのですが。

 

 でも最近は私ではなく、何故か向こうの方から声をかけて下さるようになったのです。

 これもクヌギくんの僚機をやっている効果かな~と、なんとなしに思っている次第。

 

 彼女らは、いつも腐った食べ物やら、虫などの異物が混入している物やら、恐らくは何かしらの薬物が入っているであろう料理を持って来ては……。

 またその翌日には、「ねぇどうだったぁ~? あれ美味しかったぁ~?」と、妙にニヤニヤしながら、話しかけて下さるのでした。

 

 私はおバカな子ですので、難しいことは分りません。

 ただ、動物的な本能として、ひとつだけ分かっている事がある。

 

 そう――――食べ物をくれる人は“良い人”です。

 たとえリンゴが下から上に落ちようと、ソルディオス砲がダン・モロさんに単独撃破される事があろうとも、これだけは間違い無いのです。

 

 なので私は満面の笑みで、「ありがとう御座いました。()()()()()()()()()()()()()()」と感謝を告げました。

 けれど、その度に彼女らは「ギョッ!?」とした顔で私を見ては、何故か足早にその場を立ち去ってしまうのです。

 

 一体どうしてなのでしょう?

 私は彼女らと仲良く出来て、とても嬉しいのに……。

 

 余談ですが、私の胃腸はきっと“全人類で一番”というくらい強靭です。

 生まれてこのかた、一度も腹痛を起こした事がありませんし、たとえそれがどんな物であれ、咀嚼さえ可能ならば問題なく食することが出来ます。

 

 これも丈夫に産んでくれたお母さんのおかげですね。

 ありがとうお母さん♪ 大好きです♪

 

 

「なにお空をみてニコニコしてるの!?

 ほら、行くよおねぇさんっ!」

 

 おっと、自分の世界に入ってしまっていました。

 これでは、一緒にいるクヌギくんに失礼ですね。いけないいけない。

 私は頭をふよふよさせるのを止め、しっかりクヌギくんの顔を見ます。まぁ今もグイグイ手を引っ張られてますので、とても無視できる状況では無いですが。

 

「クヌギくん、私はお金がない……ことも無いのですが。

 でもあまり散財するというのは、どうも気が引けてまして」

 

 クヌギくんと出会ってから、早3カ月ほど経過しています。

 流石にこれだけ依頼をこなしていれば、私にあった借金も、綺麗サッパリ完済出来ました。

 

 ヴェーロノークの弾薬費や修理費の事もありますので、まだまだ予断を許さない感じではありますが、けれど私達リンクスにとって、衣食住にかかる程度のお金など、本来“はした金”と言っても過言ではないのです。

 

 考えたら恐ろしい話ですが、クヌギくんのコジパン一発にかかる費用は“4500C”。これは私達が普段使う貨幣の価値に換算すれば、普通に家が建ってしまう位のお金なのですから。

 

 そしてミッションの報酬金の相場は、大体40~50万C。これを私達は折半しているワケです。

 私達二人の場合、既にネクスト用の武器も内装も、買い替える必要がありませんので、お金はドンドン溜まっていく一方。

 

 たとえばですが、仮にあと1度でもミッションをこなせば、それだけで私の懐には、一生遊んで暮らせるだけの蓄えが出来るでしょう。

 そんなつもりはサラサラ無いにしても、金銭的には「もういつ引退しても良い」という位に。

 この汚れ切った地上じゃなく、クレイドルに移り住み、優雅で快適なお空での生活を得ることも、可能だったりするのです。

 

 しかしながら……これまでずっと清貧を是として生きて来ましたので、“外食”などという贅沢は、どうも忌避感が湧いてしまいます。

 もちろん、いつもの酒場でしているように、営業の為とか、お仕事の話をするとかの、特別な理由があれば別ですが。

 

 でも正直、食事に必要以上のお金をかけるという感覚が、どうも私には理解出来なくて。

 ごはんなんて、自分で作ればいいし。なんだったら「どれだけ食費を切り詰める事が出来るか?」という挑戦こそが、我が人生そのものと言っても過言ではありません。

 そうやってウンウン知恵を絞り、自分なりに頑張るのが楽しいのですよ。

 きっと私は、たとえどれほど裕福になったとしても、自炊や自給自足をする生活を、止めないと思います。

 

 わざわざ無駄にお金を使うだなんて、私やお母さんにとっては、とんでもない事。

 こちとらPFCバランスをかなぐり捨て、貧乏を改善するのではなく()()()()()()()()()()()のです。

 少ない栄養でも生きていけるよう、それに特化した燃費のよい身体となっているのですよ。奇しくも私のヴェーロノークのように。いくらでもQBバシュバシュ出来ますよ。

 

「――――ならぼくがゴチソウするよ! なんでもすきなのゆって!」

 

 てな事を思ってたら、なにやらエライ事になっちゃった感。

 

「え? いや私は大人ですし、クヌギくんに奢ってもらうワケには……」

 

「なんで!? いつもおねぇさん、ゴチソウしてくれるもん!

 ならぼくもかえさないと、おかしいよ! パートナーだもんっ!」

 

 これまでより更に強く、顔を真っ赤にして引っ張られます。

 もう何がなんでも、私にご飯を食べさせないと、気がすまないご様子。

 

 言っては悪いのですが、こんな小さな子に施しを受けるなど、“迷惑”でしかありません。

 もしこの事を他のリンクス達に知られでもしたら、今度こそあの酒場に、私の居場所は無くなるでしょう。

 けれどクヌギくんは、そういうのを理解できる年頃でもありません。また、なにやら得も知れない義憤に燃えているようで、まったく聞く耳を持っては貰えませんでした。

 

 まぁ……今回ばかりは仕方ないかと。

 この子も言っていた通り、私達はまがりなりにもパートナー。時には相方の顔を立てる事も必要ですから。

 

 もしこの件で、何かあったとしても、それはそれで良いかな? とも思いますし。

 あの綺麗な粉雪が舞っていた夜、私達の“別れ”について想いを馳せたものですが……それが少しばかり早まるというだけの話。

 

 私的には、まったく問題ない事。覚悟など、とうの昔に出来ているのですから。

 突然この子に「すきです」と言われた、あの始まりの日から……。

 

 思えば最近は、クヌギくんとの別れの事ばかり、考えているような気がする。

 いったい私は、何を指折り数えているのか。何を怯えているのでしょう?

 私の人生など、既に終わっている物。こんなのどうでも良い事のハズなのに――――

 

 

 

「あれ? ()()()()()()()()()()()()()()()()。こんにちは」

 

「どーしたのお兄さん? こんなトコロで」

 

「ッ!!??」

 

 そして、すったもんだあった後、やって来ました吉野家。

 私の「出来るだけ安い物を」という想いから来たチョイスでしたが、そこに牛丼食ってる乙ダルさんの姿が。

 

 ひとりカウンター席に座り、モリモリ紅ショウガを取っていた乙ダルさんは、私達が声をかけた途端、もう飛び上がるくらい驚いてました。

 牛丼ひっくり返しそうでしたもん。

 

「ち、違う! 私はマクシミリアン・テルミドールだ! オッツダルヴァなどではないッ!」

 

「なに言ってるんですか乙ダルさん。どうかしちゃったんです?」

 

「乙ダルさんも、ぎゅうどん食べるんだね~。

 しかもふつうの並」

 

 慌てふためく彼と、のほほんとした私達。対比が凄い。

 関係ないですが、なんかイメージと違いますねぇ。乙ダルさんもけっこう庶民派というか、キャラ作ってたのかもしれません。

 

「違うと言っているだろうがァーッ!

 私は貴様らなど知らん! 消えろッ!」

 

「あ、乙ダルさんって、卵も七味もかけない派なんですね。

 お味噌汁すら付けてないです」

 

「シンプルだね~。

 いーと思うよ乙ダルさん。やすいし」

 

「――――やめろ! 見るんじゃないッ! やめろォ!!(必死)」

 

 自分の丼を、ガバッと両腕で覆い隠してます。

 そんな事しても、後の祭りなのですが、どうやらよっぽど恥ずかしかったご様子。

 

 重ねてになりますが、なんか乙ダルさんのイメージが……。

 いくらタダだからって、アホみたいに紅ショウガ盛ってますし。特盛や牛すき焼き定食とかじゃなく、一番安い並って。小庶民って感じです。

 

「さて、私達も頼みましょうか。よっこいしょ」

 

「うん、すわろすわろ。うんしょっと」

 

「なぜ私の両隣に座る?! 向こうへ行けッ!!」

 

 何食わぬ顔で席に着いてみたら、おもいっきり怒鳴られました。けれど気にする私達ではありません。

 

「ぼく特盛たのんじゃおっかなー。おなかすいたしー」

 

「では私は、ミニ牛丼と(ぎょく)とお味噌汁で。

 あっ……うっかり乙ダルさんより高くなっちゃいました」

 

「馬鹿にしてるのか貴様ら!?!?」

 

 お昼時のリーマンみたく、煤けた背中をしていた乙ダルさんでしたが、私達が来てあげたので、もう寂しくないです。こんなにも元気になってくれました。

 私もクヌギくんも「キャッキャ☆」と笑いながら、烈火の如く怒鳴り散らす乙ダルさんのお相手をします。一日一善。

 

「そういえば乙ダルさんって、()()()()()()()()()()()()()()()

 てっきり亡くなったものとばかり」

 

「ゾンガイ、深くもぐれるんだね~。よかったよ乙ダルさん」

 

「ッ!?!?!?」

 

 冷や汗。もう滝のようにダーダー流してます。

 私達って、あのラインアークのミッションでは僚機でしたし、乙ダルさんが死んじゃった事に心を痛めていたんですよ。よかったよかった

 

 まぁ正直な所……、「たった20秒で墜ちた!?」と思わず口走ってしまい、あの時はクヌギくんとの間に、気まずい空気が流れたものですが。

 でも生きてたんだから結果オーライですよね?

 

「ねぇねぇ、なんでやられたんです? 元ランク1位なのに」

 

「グリントおじちゃんより、ずっとランク上だよね? なんでまけたの?」

 

「黙らんか貴様らッ!! 色々あるのだ私にもォォーーッッ!!!!(泣)」

 

 おしえておしえて♪ と二人でウザ絡みを敢行。

 乙ダルさん、もう涙目です。ちょっとカワイイ。

 

「わ、私の数少ないホーリーランド*1が……。

 馬鹿な、もう牛丼屋には行けんと言うか!

 認めん、認められるか! こんな事ッ!!」

 

「店員さぁーん、紅ショウガの補充お願いしまぁーす!

 乙ダルさんが取り過ぎたせいで、もう空なんですぅー!」

 

「こんなヤマモリにする人、ぼくみたことないっ。

 乙ダルさんは、紅ショウガだいすきなんだね♪」

 

「やかましいッ! いいか貴様ら、よぉく聞け!?

 食事というのは自由で! なんというか、救われてなきゃ駄目なんだ!

 独りで! 静かで! 豊かでェェーーッ!!」

 

 あ゛あ゛あ゛あ゛!! と頭を抱えて、机に突っ伏す乙ダルさん。

 何気なしに隣に座ってみましたが、喜んで頂けたようで嬉しいです。

 私もクヌギくんと出会って、改めて実感したのですが、やっぱりごはんというのは、誰かと食べてナンボですし。胸がポカポカしますよね。

 

 ちなみに、なんか乙ダルさんが「く、クローズプランに支障が……」とかワケ分かんないこと言ってましたけど、アレは何だったのでしょう? 謎です。

 

「――――おいオッツダルヴァじゃねーか。何してんだこんなトコで」

 

「ホントだ、なんで居るの乙ダルさん?」

 

「 ふんぐぉ!?!?!? 」

 

 ふと見れば、いま大勢のリンクス仲間たちが、ゾロゾロと列を成して入店してくる姿が。

 みんな顔見知り。もちろん誰もがオッツダルヴァさんの事を知っています。

 

「あっ! 王子だ王子だ!」

 

「王子ちーっす!」

 

「王子元気か?」

 

「“王子”と“玉子”って、なんか似てる感じするよね」

 

「でもこいつ、ケチッて注文してねーじゃん。素の牛丼だけかよ」

 

「何してんだよ乙ダル。ガッカリだよお前」

 

 勢 ぞ ろ い ☆

 きっとカラード中のリンクス達が、この場に集結しているでしょう。

 恐らくは、「偶然を装ってクヌギくんとランチを御一緒しよう!」という女性リンクス達の差し金だったのでしょうが、奇しくもこの場に居合わせた乙ダルさんが、みんなに見つかってしまうという事態に。

 

「つかアンタ、死んだんじゃないのかよ!? どーいう事だ!?」(ダン・モロ)

 

「そうだよ! なんで生きてんだテメェ! おかしいだろうよ!」(カニス)

 

 私達はのほほんとしていましたが、そりゃー普通は怒鳴りますよね。

 死んだと思ってた乙ダルさんが、普通に牛丼食ってたワケですから。

 

「もしかして、わざとやられたフリを? それ敵前逃亡じゃないの!!」(シャミア)

 

「まだ小さいクヌギ君に、ヤツの相手をさせ、自分はトンズラ?

 女性であるエイ=プールさんですら、果敢に戦ったというのに。

 信じられん……、誇りは無いのか君は?」(ジェラルド)

 

「最低です。貴方を軽蔑します、オッツダルヴァ様」(リリウム)

 

「あれだけ偉そうなことを言っておきながら……。

 見下げ果てたぞ、天才坊や」(ローディ)

 

「なんと惨めな……。

 プランD、いわゆるピンチですねwww」(CUBE)

 

「今日はお前さんの払いだ。この二人に奢れ。

 異存はねぇよな? トップリンクスさんよ」(おすもうさん体型のロイ・ザーランド)

 

「……」(オッツダルヴァ)

 

 

 

 その後、みんなで王子とごはんを食べました。

 とっても楽しかったです♪

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「ふぅ、大体こんなものですか♪」

 

 狭いながらも貧しい我が家(?)って感じの、私のお部屋。

 今日はミッションも何もない休養日ですので、久方ぶりに掃除やお洗濯に勤しんでいます。

 といっても、お昼が過ぎた頃には、もう全て終わってしまいましたけれど。

 私のお部屋って、バリバリの四畳一間ですし、あんまり掃除する所も無かったりしますから。

 

「エイプー洗濯機3号の調子も、良好ですね。

 この分なら、あと3年は使用できるでしょう」

 

 改良に改良を重ね、()()()()()()()

 これは、話に聞く昭和初期の日本で使われていたという、手回し式の洗濯機に着想を得て開発した物です。

 私自身がハンドルをグルグルする事によって稼働しますので、電気代はゼロ。ついでに程よく身体も鍛えられるという優れモノ。

 

 以前はギザギザの付いた洗濯板を使い、一枚一枚、手洗していましたが、これを作ってからというもの、お洗濯が劇的に捗るようになりました。

 私、リンクス引退したら、クリーニング屋さんでも始めましょうかね?

 アイロンとかも、意外と簡単に作れますから。電気ではなく“熱湯”を利用する、簡単な構造でOKなのです。

 

 さて、家事はこのへんにして、家庭菜園の様子でも見に行きましょうか。

 私のおネギやプチトマトの様子は、どんなものでしょう?

 そう思っていた矢先……。

 

「ん?」

 

 トントン、とノックの音。

 ちなみに我が家には、〈ピンポーン♪〉と音が鳴るヤツは備わっていませんので、来客の方々には素手で頑張って頂いています。

 

 それはそれとして、どうやらお客さんのようです。

 私は手早くエプロンを外し、軽く手櫛で髪を整えてから、玄関へ向かいました(3歩で到着しますが)

 

「およ? メイさんじゃないですか、どうしたのですか?」

 

「あはは……こんにちはエイプップ」

 

 扉を開けた途端、目に飛び込んで来たのは、新緑を思わせるグリーンのワンピースを来た、胸の大きな女性。

 長いポニーテールの髪や、スラッと伸びた足をタイトに包むジーンズが、健康的で活発な雰囲気を演出しています。

 

 もう絵に描いたような美人! 声だって素敵!

 きっと男の人は、このような女性を好むんだろうな~と素直に想わせる、圧倒的な説得力がそこにありました。

 

 けれど、そんなメイさんが今、なにやら申し訳なさそうな声。

 いつもの彼女らしからぬ、苦笑いなんか浮かべているのです。

 

「たまたま打合せで、近くに来たもんだからさ。

 いきなりでごめん。いま大丈夫かな……?」

 

「ええ、今日はオフですから。

 ささ、どうぞ中へ。自家製のタンポポコーヒーをお出ししますよ」

 

 あぁ、アレかぁ……。初めて飲んだ時はビックリしたけど、意外とイケるのよね……。

 そんな風に微妙な顔をしつつも、メイさんは促されるままに、中へ入って下さいました。

 

「これ、途中で買ってきたんだけど、ホントにこんなので良いの?

 別に遠慮しなくても……。ドーナツとかケーキとかさ?」 

 

「いえ、これが一番嬉しいです。

 いつもありがとう御座います、メイさん。

 かたじけない、かたじけない」

 

 ビニール袋に入った“グラニュー糖”を受け取ります。

 彼女はここへ遊びに来る時、いつもこれを手土産として持って来てくれるのです。

 もちろん、私のリクエストで。貴重な糖分ゲット。

 

「もしケーキなんて食べようものなら、()()()()()()

 一度でも人からエサを貰ったら、獣はもうやっていけないのです――――」

 

「なに言ってるか分からないけど、喜んでもらえて嬉しいわ。

 なんて不憫な子なの……」ボソッ

 

 エイプップ、すごく可愛いのに、なんでこんな生活を……。

 そうため息を付く声が聞こえますが、私はグラニュー糖を貰ってホクホクですので、さして気になりませんでした。やったぜ☆

 

「今日はお酒を飲まないのですか? 何も持って来ていないようですが」

 

「あ、うん……。たまにはシラフでお喋りするのも、いいかなって」

 

 こう見えて結構な酒豪であるメイさんは、いつもチューハイやハイボールが入ったコンビニの袋を、2つ分も持って来ます。

 けれど今日に限っては、グラニュー糖のみ。

 関係ないですが、スーパーで大量の酒&グラニュー糖を購入する女って、人から見たらどうなんでしょうかね? 「何するつもりだアンタ……」みたく思われてるかも。

 

 そして、いつものようにタンポポコーヒーを淹れ終わった私が、メイさんの対面の席に着きます。

 小さな丸いちゃぶ台を挟んで、女が二人。狭い部屋ではありますが、心なしか場の雰囲気が華やかになったような気がします。

 

 しかし、相変わらずメイさんは、どこか浮かない顔。

 落ち着かない様子で目線を彷徨わせたり、膝をモジモジ動かしたり。

 私と彼女は長い付き合いですし、一方的な物かもしれませんが“親友”と思わせて頂いている、そんな間柄。

 なので、玄関でひと目メイさんを見た途端、彼女の様子がおかしい事は、気付いていましたが。

 

「ここに来るの、もう三か月ぶり位よね?

 ちゃんと言っときたかったんだけど、いつもクヌギの面倒見てくれて、ありがとね」

 

「いえいえ。私の方こそ感謝しています。

 知っての通り、清貧を地で行く生活でしたから。

 おかげさまで、なんとか食べられるようになりました」

 

 け、清貧……? これってそんなレベルじゃ……。

 そう何か言いそうになったメイさんですが、「う゛うんっ!」と咳払いをひとつ。表情を戻します。

 

「あの子がエイプップに声かけた時は、ホント驚いた……。

 でもアンタだったら安心だし、それはあの子を見てても分かるの。

 リンクスになってから、毎日楽しそうでね? いっつもニコニコしてる」

 

「ふむ、そう言って頂けるのは嬉しくもあり、お恥ずかしくもあります。

 メイさんやクヌギくんに比べたら、私はヘッポコですから」

 

「――――そんな事ないっ! アンタ以上の僚機なんて、どこ探したって居ないわ!

 あの子、家ではエイプップの話ばかりしてるのよ!?

 おねぇさんは凄い、ヴェーロノークはカッコいいって!」

 

 突然、少し強い口調。

 必死に何かを伝えようしているような。

 

「確かに、私も僚機稼業やってるし、そこそこ評判は良いかもしれない……。

 けど、それはあくまで、()()()()()()()()()()()

 いつも後衛に徹して、必要以上に出しゃばらずに」

 

「……」

 

「前に一度、勢い余って、私がAFにトドメを刺しちゃった事がある。

 下手くそな相方がちんたらやってる間に、私が作戦目標を片付けちゃったのよ。

 そしたら……後でおもいっきり怒鳴られたわ。()()()()()()()()()()()

 

 それ以降、私は後衛に徹するようになった。

 重量機に乗り代え、バズでノーマルやMT()()を狙う。

 それが終わったら、遠くから垂直ミサイルを撃って、さりげなくAFのAPを削るの。雇い主にバレないようにね?

 そう真剣な顔で、メイさんが心の内を語ります。

 

「私が戦場で考えてるのは、常に『どう雇い主に気分よく戦って貰うか』だけよ。

 雑魚の露払いも、援護も、無線でのちょっとした“ヨイショ”も。

 私は大したこと無い、貴方のおかげね、また味方で会いましょうってね。

 そして、もしミッションが失敗したら、『私のせいね』ってひと言添えるの……」

 

「けど、アンタは違うでしょ? いつも全力で敵を掃討する。

 弾薬費が重もうが、赤字になろうが、それで雇い主に怒られようが、お構い無し。

 いつも()()()()してるアンタが、ミッションでは鬼神かってくらい、苛烈に動く。

 自分たち二人以外の、全てを焼き払う」

 

「お金はロクに貰えず、雇い主の面子も丸潰れ。僚機の仕事すら無くなっていく。

 けど……アイツらが依頼を達成できたのは、間違いなく()()()()()()()()

 もしエイプップがリンクスやってなかったら、あの酒場にいるリンクスの3分の1くらいは、既にこの世に居ないんじゃない?」

 

「これまで、私が僚機をやったミッションで死んだリンクスの数は、ゴニョゴニョ……よ。

 でもアンタは、()()()()()()()()()()()()? 10年やってて、ゼロなのよ。

 それがどんなに凄い事か、誰も、何も、全然分ってない……!!」

 

 ギリッ! と歯を食いしばる音。

 自分の事ではないのに、メイさんがとても悔しそうな顔で、ちゃぶ台を睨んでいます。

 

「まっ! 正直アンタの場合は、ズレてると思うけどさ。

 依頼じゃなくランクマの方で、気分よく戦って貰えるように、相手を立ててるでしょ?

 僚機の時は、()()()()()()()()()()()()()()()()。バレてんのよ馬鹿♪」

 

「んぐっ!?」

 

「私から見たら、それ何の意味があるの? なんで上に行かないの? って感じなんだけどさ。

 けど、それがアンタなんだし、仕方ないかな~って思ってる。

 だってアンタは……、()()()()()()()なんだもん」

 

 きっと、優しいのね。それが変な風に出ちゃってるんだわ。

 アンタの戦い方は、相手を教え導く物。

 本気を出すのは、いつも【誰かと寄り添う時】だけ――――

 そう優しい顔で、メイさんが笑ってくれます。

 

「もし昔みたく“タッグ”のオーダーマッチがあれば、ランク1位はぶっちぎりでアンタよ。

 ダン・モロ君が相方でも勝てる。ホワグリ&ステイシス組なんて目じゃ無いわ。

 残念だったわね、エイプップ♪」

 

「い、いえ……流石にそれは過大評価というか。恐れ多いというかですね……」

 

「あら、ホントよ? だからこそ、アンタで良かったって思ってるの。

 改めて、クヌギと居てくれてありがとう。感謝してる」

 

 まさか、あのエイプップが、こんなにも面倒見が良いなんてねー。

 自家栽培のプチトマトだけが友達かと思ってたのにー。

 そうカラカラ笑いながら言われますが、「では今ここに居る貴方は何なんですか?」と問いたい。

 親友だと思っているのは、やはり私だけだったようです。チクショウ。

 

 とりあえず、タンポポコーヒーをヤケ飲みしつつ、暫しお喋りに興じます。

 お互いの近況や、社会情勢の事、また「誰々がこんなミッションを~」というリンクストークなど。

 こうして話すのは三か月ぶりという事もあり、話題は尽きません。

 

「それで……話は変わるけどさ。

 最近どうかな? その……“稼ぎ”とか」

 

 けれど、ふいに。

 

「聞きづらいけど、アンタ借金あったんでしょ?

 それ、もう返済出来たのかな……?」

 

 場の空気が、変わりました。

 

「ええ、既に。

 おかげさまで、債務者リンクスの汚名は、返上しましたよ」

 

「そっか! いやぁー良かったよエイプップ!

 ずっと気がかりでさぁ!」

 

 心底安心したように、ホッとした顔。

 どこか不可解で、不自然な反応。

 

 ちなみに、私は友人とお金の話をするのは、あんまり好きじゃないです。

 金の切れ目は縁の切れ目、とも言いますし、これまで知人にお金を借りたりした事は、一度もありません。もちろんメイさんにも。

 だから、彼女が突然お金の話を持ち出したのには、少しだけ面喰いました。

 

「ありがとう御座います、メイさん。

 でも、仲間に心配をかけてしまうとは。不甲斐ないです」

 

「えっ……、いやそんなんじゃなくてさ!?

 ただ、その……」

 

 下を向き、言いよどんでいるような雰囲気。

 今日の彼女は、本当にらしくない。そう思います。

 けれど……まぁ仮にも大人ですし。メイさんが次に何を言うのかは、大体察しが付くのですが。

 

 

「あの、エイプップはさ……?

 どのくらいクヌギの僚機を、続ける気なのかなって……」

 

 

 その言葉と共に、今度こそメイさんは、完全に俯いてしまいました。

 

「あの子は『ずっと』って言ってる。

 カラードが決めた13才までじゃなく、ずっとエイプーさんと一緒に居るんだって。

 けど……」

 

 これが、メイさんが今日ここに来た理由。

 もう会ってから2時間近く経ちましたし、ずいぶん遠回りをしたものですが、ついに本題に入ったという事でしょう。

 

「……さぁ? 考えてはいませんでしたね」

 

 嘘。毎日そればかりのクセに。

 

「まぁ、しいて言えば“出来る限り”でしょうか。

 私という僚機が、必要なくなるまでの間は、こうしていられたらと」

 

 今度は逆に、思ってもいなかった言葉。

 あれだけ「どうでも良い」と自分に言い聞かせていたクセに、何を今になって、追いすがるような真似を……。

 これは、私をしても意外だったんです。

 

「でもさ、もうお金は要らないんだよね?

 借金も無いし、ヴェーロノークはアセンの必要も無いんだし。

 クヌギの僚機を辞めたって、もう困ったりしないよね……?」

 

 力の無い口調。けれど芯を食っている。

 初めて他者の口から、客観的に告げられたのです。「もうクヌギは必要ない」と。

 

「的を射ないですね、メイさん。

 先ほどまでは、あんなに褒めて下さっていたというのに。

 まるで、私が僚機をやっていたら、何か不都合でもあるように聞こえます」

 

 そんなの理解してる。駄目に決まってる。

 でも、なぜ私は、わざわざそれを口に出したのか。

 

 今日ここに来るまでに、私と会うまでに、メイさんがどれほど勇気を振り絞ったのか、理解できない年でも無いでしょうに。

 言いたくて言っているワケじゃない事くらい、むしろ“私の為”を思ってしてくれている事くらい、充分に分かっているでしょうに。

 

 いま彼女は、哀れなほどシュンとし、私と目を合わせられずにいるじゃないか。

 なぜ私は、この人を責めるような真似を? 何故いま、メイさんを“敵”のように認識している?

 こんなにも優しい人に対して……。

 

 モゴモゴ、モジモジ、煮え切らない態度の彼女。

 それにイラつくのではなく、氷のような冷たさで、メイさんをじっと見つめる。

 誤魔化しは許さないという意思を込め、ただ次の言葉を待ち続ける。

 

「あのね? これヤバいヤツだから、あまり口外できない事なんだ……。

 でも信じて欲しいの。アンタは今、()()()()()()()()

 

「アンタが悪いんじゃない。さっきも言った通り、ホント感謝してるの。

 けど、クヌギの僚機をやってるせいで、アンタ酷い目に合うかもしれない……」

 

 覚悟を決めた顔。これはメイさんの誠意だ。

 先ほどは「私だけか」なんて思いましたが、とんでもない。

 本当に彼女は、私のことを大事に思ってくれてるんだ。

 

「そのヤバい奴等だけじゃない……、企業だってそう。

 裏でアンタをどうするか、どう利用するかって、頭を捻り始めてる」

 

 きっと、ランク1位だけじゃなく、グレートウォールやホワイトグリントを墜としちゃったのが、決定打だったのでしょう。

 名実共に、企業らの主力AF以上の……いえこの世界で最高クラスの戦力なんだって、天下に知らしめたのですから。

 

 この子がいまどこの企業にも属さず、またなんの思想も持たず、ただ“私”に言われるままに依頼を受けているだなんて、お偉いさん達からしたら、もうとんでもない事。

 是が非でも何とかしなければ、明日には滅ぼされかねない。

 これは比喩でも冗談でもありません。リンクス戦争時の確固たる前例が、二つもあるのですから。

 

 しかもこれ、「全てはこちらの気分次第」という危うさなんです。

 どこかの誰かが、お金をちらつかせるなり、大げさに情に訴えるなり、何かで脅迫するなりして私を誑かせば、それだけで事足りる。

 

 傍から見れば、今の私は“核ミサイルのボタン”を所持しているのと同じ。

 そんなの許しておく馬鹿が、一体どこにいるというのでしょうか。

 

「欲しいのはクヌギのハズなのに……。

 でもあの子じゃなくて、パートナーのアンタをどうにかしようって。

 そう我先にって感じで、奴等は躍起になってるのよ」

 

 友として、そして姉として。

 メイさんは真っすぐに、私の目を見た。

 そのあまりの眩しさに、私は……。

 

 

「ウジウジしてごめん、もうハッキリ言う。

 今すぐクヌギの僚機やめて――――暫く身も隠して欲しい」

 

 

 

 この上ない惨めさと、()()を悟りました。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「本当はね……もう帰っちゃいたかった。

 玄関開けて、ひと目アンタを見た途端……クルッと回れ右して」

 

 ポタリ、水音がしました。

 メイさんが零した涙が、私の部屋の床に、吸い込まれていく。

 

「それ、クヌギがあげたんでしょう?

 アンタがそんなの付けてるトコなんて、見た事なかったもん。

 あれだけオシャレに無頓着だったのに……」

 

 いま私の頭にくっ付いている、“飛行機のデザインの髪留め”。

 まだ小さな子が好むような、玩具その物の髪留めですが、私はそれを使っていました。

 

 お空という物が好きで、飛行機みたいなヴェーロノークに乗る私には、とてもピッタリだと思ったから。

 そして、初めて誰かから貰った、誕生日プレゼントだったから。

 きっとクヌギくんが、ウンウン悩みながら選んでくれたであろう事が、もう手に取るように分かったから。

 

「ぶっちゃけ、エイプップはドライだって思ってたの……。

 みんなに邪険にされてても、気にしてないし。

 ひとりで居ることを、苦にしてないように見えてた」

 

「だから、一生懸命お願いしたら、きっと言うこと聞いてくれるって。

 あの子の僚機を、辞めさせられるって。

 でも……、その髪留めをしてるのを見た時、膝から崩れ落ちそうになったよ……」

 

「いい子なのは、知ってたつもり。

 けど私が思ってたよりも、ずっとずっとアンタは、情が深かった。

 本当にクヌギを、大事に想ってくれてた……」

 

「つか、それ玩具だよ? 分かるよね?

 間違っても、私達が付けるようなヤツじゃないよ?

 そんなのしてたら、馬鹿にされるって……」

 

「なのにエイプップ、使ってくれてるんだもん。

 家なのに、クヌギ見てないのに、ちゃんと付けてるんだもん。

 勘弁してよ……。どんだけ優しいのよ、アンタは……」

 

 めそめそ、スンスン。

 私はメイさんに、ティッシュの箱を渡してあげます。

 それを受け取った途端、もう彼女は遠慮なくサササッと何枚も引っ張り出し、トドメとばかりにチーン!

 

 人の家のヤツだと思って、好き勝手に使いやがって……。資源を大事にしろこの野郎。

 状況が状況ですし、流石にそうは思いませんが、いつかクヌギくんが言っていた「お姉ちゃんは、家ではばいきんまんみたいな感じ」という言葉が、頭をよぎりました。

 綺麗な人かと思えば、意外と豪快というか。

 

「ごめん、もう何を言ってくれても良い。でも聞き入れて欲しいの。

 私エイプップの事、ぜったいに守るから……。何とかしてみせるから……」

 

 化粧グチャグチャです。ITのペニーワイズみたくなってます。

 けれど……そのマヌケな姿を見ている内に、らしくもなく高ぶっていた私の心が、いつもの平静さを取り戻しました。

 

 静かで、波打たず、無頓着。たとえ何ががあっても()()()()

 私という存在が現実感を無くし、身体をその場に残したまま、心がどこかへ飛んでいくのを感じる……。

 

「私が辞めた後、クヌギくんはどうなりますか?」

 

 ふいに、勝手に私が喋りました。

 自らの意思では無い。まるで映画でも観ているかのように、第三者が喋っている感じ。

 

「うん……ロイさんがね? 俺が引き受けても良いって。

 実は、私がクヌギの僚機やるのも、拙くてね?

 お姉ちゃんだってのに、マジで情けないけど……、同じ男であるロイさんに僚機を頼むことにした」

 

 独立傭兵のロイ・ザーランドさん。

 私も彼とミッションに出た事がありますし、そのお人柄は充分に知っています。

 カラードや企業からは「信用のおけない男」と称されているそうですが、彼らの目が節穴なんです。

 きっと、これ以上ないという位に、適任かと。

 

 加えてメイさんは、「アンタが僚機じゃなくなれば、あの子はリンクスに興味を無くすかもしれない」とも。

 最初はただ「ネクストに乗りたい」ってだけで、クヌギくんの望みはランクマッチのみ。依頼まで請け負うつもりはサラサラ無かった。

 けれど、私のヴェーロノークと出会ってしまったことで、突然「まだリンクスをやりたい」と言い出したそうな。

 

 これには、すぐに辞めると高を括っていたメイさんも驚き、説得を試みましたが、いくら言っても聞き入れてはくれなかった。

 むしろ、この姉弟ゲンカめいた一件のせいで、クヌギくんは頑なになってしまったと。

 

 姉である彼女の願いとしては、「これだけ存在が大きくなっちゃったら、すぐに引退するのは無理。いまネクストを降りるのは逆に危険だわ。どこかの反企業組織に狙われるかもしれない。けどクヌギには、出来るだけ早く傭兵稼業から足を洗って欲しいと思っている」との事。

 

 既に、ありとあらゆる意味において……私はクヌギくんの傍に居ては、いけない人間なのでした。

 

「この事を、あの子は?」

 

「いえ、まだ伝えてない……。なんとか説得しないとね。

 でもこれは、私が責任を以ってやるよ。

 これ以上エイプップに、いやな想いなんかさせない」

 

 もちろん、これからも会ってくれて良いからね? ランチでも何でもしてあげて欲しい。

 あの子から引き剥がすとか、そーいうのとは違うの。ただパートナーが拙いっていうのと、今は身を隠して欲しいってだけ。

 そもそもの話、“近しい人”がアウトだっていうなら、私なんて同じ家に住んでるんだから。

 

 そう必死な気持ちが伝わってきて、なにやら申し訳ない気持ち。

 こちらこそ、これ以上メイさんに苦労をかけてはいけない。そう強く思います。

 ただ……。

 

「――――いえ、私が言いましょう。

 そちらの方が、手っ取り早いです」

 

 自然と、私という第三者が、メイさんに告げました。

 

「たとえ姉であるメイさんから伝えたとしても、きっと後で、私に問い正しに来るでしょう。

 それなら、最初から私がハッキリ言った方が良い。

 なにより、仮にも相方であった身です。筋も通りますから」

 

 そんな事、アンタにさせられないわ……。周りの都合なのに……!

 メイさんはそう気遣ってくれますが、私が情ではなく道理を以って説得している内に、やがて頷いてくれました。

 ありがとうと、心からの感謝と共に。

 

「理由も言わず、好き勝手な事を言っておいて、こんなの虫唾が走るかもだけど……。

 エイプップは、何か望むことはある?

 あれだけクヌギが世話になったのに、酷いお願いをしたんだもの。

 私に出来ることなら、もうなんだって……」

 

 自動的、でした。

 今の私は、頭や感情でするのではなく、ただただ「人間であればこうすべきなのだろう」という知識と判断を以って、メイさんへ受け答えをしていました。

 

 しかし、今この瞬間だけは、私という人格が顔を出す。

 すっこんでれば良いのに。凍っていれば、ただ流されていれば、よっぽど楽なのに。

 でも、あたかも発車間際の電車に駆け込むように、慌てて口を開いたんです。

 

 

 

「明日ミッションがあるんです。

 最後にもう一度だけ、あの子の僚機をさせては貰えませんか?

 そうすれば私は、クレイドルに乗れる。

 後腐れなく、ここを去ることが出来ます」

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
心の住処、魂の居場所の意



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

84 ふよふよエイプー 【中編その2、後半】

 

 

 

 今回のミッションは、キタサキジャンクションを占拠する“ネクスト機2体”の撃破。

 

 敵の詳細は、()()()()()()

 なんでも状況を把握する前に、20秒足らずで現地の部隊が全滅し、確認のしようが無かったそうな。

 分っているのは、所属不明のネクスト反応が2つある、という事実のみ。

 

 本ミッションでは、細かなミッションプランは無し。全てこちらにお任せ。

 敵ネクスト2体の破壊し、その反応消失の確認を以って、ミッション達成とする。

 

 ついでに言えば、いつもの依頼とは違い、なんかやたらと綺麗な青空の映像と共に、「貴方であれば、良いお返事を頂ける事と、信じています」という一言が添えられていた、という事くらいですか。

 

 なにやら得も知れぬ圧力と、背筋が凍るような感覚をおぼえましたが……、まぁ然したる問題では無いでしょう。

 たとえ敵が何であれ、詮索することに意味はありません。

 傭兵は、ただ言われるままに、ミッションを遂行するのみなのです。

 

 

 

「……ふぅ」

 

 頭の中で、今日の依頼内容を整理しながら、身支度完了です。

 朝ごはん(もやし)も食べましたし、洗い物も済んでいる。

 

 正直、私のリンクス人生史上、最高に重い足取りでの出勤となりました。

 気分は良くないし、いつも以上に頭がふよふよしているのは、否めない所。

 けれど、時は待ってくれない。やると決めたらやるだけ。顔を洗って気合も入れましたしね。

 後は鞄を引っ掴み、姿見でササッと髪を整えれば、いつでも出掛ける事が出来ます。

 けど。

 

「?」

 

 ふと、タンスの上に置いてあった“髪留め”が目に入ります。

 おっと、いけないいけない。忘れる所でした。

 私はそれを手に取り、何気ない手つきで付けようとしましたが……。

 

「……」

 

 途中で手を止め、そっと元の場所に戻します。

 まるで高価な宝物に対してするような、無駄に丁寧な置き方。そして何かを振り切るかのような、名残惜しそうな手つきで。

 別に意識しての事では無かったのですが、自然とそうなっている事に気づいて、また少し気分が沈みました。

 

 

「行きましょう……。これが私の、最後のミッションです」

 

 

 先の事を考えるのは、まだ早い。

 この身はまだリンクス、あの子の僚機なのだから。

 

 あの話をするのは、ぜんぶ終わってからで良い。

 今はただ、目の前の事だけ。

 ミッションをどうこなすかだけを、考えるとします。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「よぉ、肩の力抜けよ。らしく無いじゃないか」

 

 自動操縦モードでの、オーバードブースト巡航中。

 ふいにプライベート回線で送られてきたらしき無線が、コックピットでひとり思考の海に沈んでいた私の意識を、この場に戻しました。

 

「ガッチガチだぜ? 今日のお前さん。

 さっき、一緒の方の手足を前に出して歩いてたからな。

 最初期のACでも、あんな動きはしねぇさ」

 

 いくらリンクスだからって、お前までロボになる事はないだろ。

 そうロイ・ザーランドさんの温かな声と、クスッという苦笑が耳に届きます。

 

「あはは……お恥ずかしい。

 少しミッションの事を考えていまして。

 気負い過ぎですかね?」

 

「いいって、俺も事情は知ってるんだ。

 今くらい楽にしとけ。誰も聞いちゃいない」

 

 昨日の今日という急なお願いだったというのに、快く依頼を引き受けて下さったロイさん。

 今日はクヌギくんに加え、私とロイさんという三人でのミッションです。

 敵ネクスト反応が2体という事ですし、それをやる為に数で上回っておくのは、至極当然の事。

 まぁ本来、そうする予定があったワケでは無いのですが……。

 

 クヌギくんも、少し驚いていましたね。

 今日は出発する前、軽く面通しをおこなったのですが、ロイお兄さんがガレージに現れた時は、頭の上に“はてな”を浮かべていましたから。

 ロイさんが持つ、傭兵としては珍しい位の人当たりの良さもあり、すぐに仲良くはなっていたようですが、今日は三人で行くという事に、クヌギくんは少し戸惑っているようでした。

 

 ちなみにですが、今回の件は、メイさんが話を通して下さいました。

 あと一度のミッション、あと一日とはいえ、裏で蠢いている者達は、もう既に動き始めている。

 ロイさんの参加は、それに対する備えであり、また少しでも早く二人に打ち解けて貰う為。

 加えて、いきなり僚機を交代するのではなく、まだ私がいる内に“引き継ぎ”を済まそう、という意図も含まれています。

 

 こちらの事情や、私達を取り巻く状況については、既にロイさんはご存じの様子。

 もしかしたら、むしろ私の方が理解していない位かもしれません。これまで周りの事など気にせず、二人でのほほんとやって来ましたから。

 当事者である私よりも、外にいるロイさんの方が、見える物も多いのではないでしょうか? 彼は独立傭兵ですし、あまり企業とのしがらみも無い(はず)ですしね。

 

「お前さんも災難だなぁ。

 何したってワケじゃねぇのに、こんな事になっちまって」

 

「いえ……。

 それに、私が考え無しだった事も、原因かと思いますし」

 

「そっか? お前さんに落ち度があるようには、とても見えねぇな。

 ゴチャゴチャしてるのは、周りの奴等だよ」

 

 気遣うでも、慰めるでもなく、ただありのままを告げるというような、ロイさんの口調。

 

「いったい何が悪いんだか。

 優しいお姉さんと、ちんまい子供が、仲良く一緒にいる――――

 それが気に食わねぇって言うんだから、連中の方がおかしい。

 考えるまでも無いさ、エイ=プール」

 

 平坦で、感情の乗らない声。

 けどだからこそ素直に心に届く。そんな言葉でした。

 

「つか、難しいのは分かるが、普段通りでいけよ。

 お前さん、あからさまに()()()()()()()()()()

 目が泳ぎまくってたぞ」

 

「えっ!?」

 

 嘘っ!? そんなハズは!!

 思わず前のめりになります。無線なのに。

 

「視線は合わさねぇわ、一歩引いて立つわ、会話は短く切るわ。

 いくら辞めるからって、子供にそりゃねーだろ。不安にさせちまうよ」

 

「す、すいません、無意識です……。

 私じゃなくて、ロイさんとお話して貰おうと……」

 

「確かに引き継ぎの時は、そういうのもあるけどな?

 辞める時は、前もってワザと辛く当たり、部下に嫌われておく。

 前任のことを引きずってたら、後任のヤツに付いていけねぇからって」

 

 けど、これからミッションだろ? クヌギの心を乱してどうするよ……。

 そう嘆息と共に、窘められます。

 

 

()()()()()()()()

 ションベンしに行ったら、そこで声も出さず、一人で泣いてやがった。

 僚機を交代する話は、まだしてないってのに……。

 お前さん、心当たりはあるか?」

 

 

 息を、のみました。

 一瞬、目の前が真っ白になり、何も考えられなくなる。

 そんな、まさかと、信じられない気持ち。

 でも……。

 

「髪留めを……して来なかった。

 クヌギくんから、誕生日に貰ったのですが……それを今日は、敢えて」

 

「……」

 

「さっき、聞かれました。『今日は付けてないの?』って。

 そしたら私、なんかテンパッて……咄嗟に言っちゃったんです。

 ()()()()()()

 

 血の気が引く、というのは、一体いつ以来でしょうか。

 白一色だった視界。でも今は黒。

 ドス黒い物がどんどん胸に湧いて来て、私の心をどこかへ押し流す。

 

「い、良いよ良いよって……。またプレゼントするって……。

 そう、笑っていました。笑ってくれてたんですっ!

 ――――でもっ!! アレはっっ!!!!」

 

 

 

 

 無言。

 少しの間、静かな時が流れました。

 

 クヌギくんの笑顔、あの時の気遣い。いじらしさ。

 そして、私は見ていないハズなのに、ハッキリと目に浮かぶ、泣き顔。

 それが何度も何度も、頭の中を駆け巡る。

 なんて事を。取り返しの付かない事をしたという想いが、潰れそうなくらい胸を刺す。

 

 けれど、暫しの時が経ち、やがて私が多少なりとも落ち着いて、嗚咽の声が止んだ頃。

 それを見計らったように、また無線が届きました。

 

「もういい、今はやめとけ。

 なぁに、心配すんな。俺がなんとかしてやる」

 

 成り行きだったかもだが、今日は来て良かったよ。腕の見せ所だ。

 そうロイさんの、柔らかな声。

 

「これからミッションだ。

 お前さんもクヌギも、マイブリスが守る。

 だから、いけるよな?」

 

「……はい、ロイさん」

 

 

 美人の涙が最優先、ってな。

 もっとも、俺的にはメイちゃんの方が……。おっぱいもデカいし。

 

 そんな呟きが聞こえ、無線ごしだというのに、殴りたくなりました。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「ヴェーロノーク、目標を視認しています」

 

「マイブリス、準備出来てるぜ」

 

 ジャンクションとは名ばかりの荒野。

 古び、壊れ、今にも崩れそうな道路の上に、私達三人が降り立ちます。

 

「俺とクヌギが前衛、ヴェーロノークが後衛だな。

 突っ込むか、クヌギ?」

 

「うんっ!」

 

 元気の良いお返事。子供特有の無邪気な声。

 

「レーダーの反応は2つ、情報通りです。

 作戦を開始しましょう。……ご武運を」

 

「うん! おねぇさんも気をつけてね、たよりにしてるっ♪」

 

 いつも通り。先ほどの私の失態や、その心の内なんて、おくびにも出さない。

 この子の健気さや、優しさを想い、またチクリと心が痛みます。

 でも、今はそんな事を言っている場合じゃない。私は僚機なんです!

 

 ヴェーロノークがフワリと浮き上がり、ポイントに到達。即座にASミサイルを発射。

 それを合図に、その自動追尾の軌跡を道しるべに、クヌギくんとロイさんが機体を走らせます。

 ブースターが唸りを上げ、矢のように駆ける。

 入り組んだジャンクションに潜み、遠く眼前に待ち構える、2体の不明ネクストのもとへ。

 

 

「――――ふむ、3機か。

 思ったより少ないな」

 

 

 轟音。ASミサイルが着弾。

 けれど、その爆炎の中を突っ切って、一体の白いネクストが、大空へ飛び出して来ました。

 

「侮られたものだな、私とアステリズムも。

 確かお前、()()()()()()()()()()()?」

 

「っ?!?!」

 

 ハイレーザーライフル、の光線。

 それが咄嗟に動いたヴェーロノークの肩をかすめ、彼方へ。

 PAなど無いかのように、紙みたいに貫いてみせた。その威力に背筋が凍ります。

 

 というか……、私に!?

 前衛の【AN BREAD MAN】も【マイブリス】も無視して突っ切り、一直線に私の方へ!?

 

「良かったのか、もっと連れて来なくて?

 簡単に死なれると、興覚めなのだが」

 

「うっ!!」

 

 続けざまに、レールキャノン。被弾。

 躱すどころか、目視出来るスピードじゃない。泡を食ってる間に成す術なく喰らい、機体が激しく揺れる。

 

 なんですかこの人……女の子?

 私を……狙っている!?

 

 そりゃあ私も、リンクス歴は長いですし、大抵のリンクスとは顔見知りではありますが……。

 でも、()()()()()()()()()()、見た事ありませんよ!?

 

 機体はオーメル、アルゼブラ、アスピナあたりの混成。武装はユニオン製。この際ごちゃ混ぜなのは良いんです。

 でも明らかに軽量機なのに、武装ガン積み過ぎるでしょう?!

 ハイレーザー、レーザーライフル、PMミサイル、レールキャノンって、どれだけ欲張り! 殺意に満ち満ちてる!

 

 しかも、何ですかその機体速度は! そのメチャメチャな立ち回りは!

 もうどうやってもカツカツそうなENや、操縦性や安定性にツバを吐くような重武装を、無理やりOBの速度でカバーするなんて!

 いくらAMSとリンクする私達とはいえ、そんな芸当が出来るワケが無い! こんなピーキーな機体を乗りこなす人なんて、私は見た事が無い!!

 

 たとえ彼女が喋らなかったとしても、分かる。

 きっと、ひと目この機体を見ただけで、理解してたと思います。

 この女は――――イカれている!!

 絶対かかわっちゃ駄目なヤツじゃないですかヤダー!!

 

「まぁ良い、さっさと終わらせる。

 私の目的は、お前では無いのだからな」

 

 レーザーやPMミサイルを必死こいて躱す。半泣きになりながらQBをバシュバシュ。

 けれど、時折飛んで来る、極太のハイレーザーがヤバイ!

 これには死んでも当たってはいけない! 生き残る為にやってるのに、矛盾していますが、とにかくアレだけはいけない!

 

 技術や知識のみならず、もう勘とか運とか神頼みまで総動員して、ひたすら逃げます。

 私のASミサイルはロックオン不要の武器。逆に言えば()()()()()()()()()()()()()ので、AMSがある程度やってくれるハズの【視点の自動追尾機能】が利きません。

 全て自分自身の腕を以って、相手を捉え続けなければいけない。

 ミサイルでの攻撃はともかく、そうしなければとても躱せない! 一瞬で墜とされてしまう!

 

 でも苛烈! 悪魔みたいに!

 矢次に、しかも緩急を以って飛んで来る四種類の攻撃が、瞬く間に私の精神を削っていく!

 焦りと、恐怖と、絶望が、どんどん心を覆っていく! 埋めつくしていく!

 

「ほう、よく躱す。凡愚では無いな。

 曲がりなりにも、選ばれし者……という事か」

 

 なんか言ってますけど、気にしてる余裕が無い! 私は精一杯です!

 腕が痛い! 目が霞む! 脳が焼切れそう!

 AMSから頭に流れ込んでくる光が、台風の日の用水路みたいに荒れ狂っている!!

 

「――――おねぇさんっ!!」

 

 突然、この場に乱入してきたクヌギくんが、あの白い機体に向けてASミサイルを発射。

 これは、あの日いっしょに買った肩武装。私達の思い出の品。

 けれど、それすらもあの女は振り切り、一瞬にして私達の視界から消える。

 

「きゅ……キュニュギきゅん。もうちょっと待っててネ……☆

 わた、わたたたた……、わたちが幸せにしてあげまちゅからナ(ドモリまくり)」

 

 え? 

 

「さささっき、ケーキの仕込みをしておいたモジャ!

 き、キュニュギきゅんは、甘いもの好きか? 二人で食べよよよよよ……」

 

 ……誰?(キョトン)

 確かに声は、さっきの人のハズなのですが、明らかに挙動不審というか。

 有り体に言って、人見知りの喪女みたく。

 

「い……いちっ! イチコ゛ッ!

 イチゴのケーキなんだっ! くぬっ! くぬぬぬぬっ! クニュギぎょん!!!!」

 

 ぎょんて(真顔)

 どうやら白い機体のリンクスは、クヌギぎょんを前に、凄くテンパッていらっしゃるようでした。理由は知りませんけど。

 

「え、ケーキ?

 たべないよ、そんなの! おねぇさんをイジメないでっ!」

 

「ッ!?!?」ガーン

 

 ものすごくイノセントな声が、キタサキジャンクションの空に響き渡りました。

 そのプリプリと愛らしい“おこ”に、どうやら白い機体のリンクスは、ショックを受けたご様子。

 なんかピキーン! ってネクスト固まってますもん。

 

「そ……そんな!?

 何故そんなこと言うんだクヌギきゅん!?

 私と結婚するって、誓ったじゃないか!」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

 続けて、ものすごく必死な女の子の声が、この荒廃した世界の中心で、高らかに木霊します。

 

「胸がすくような青空と、入道雲がそびえ立つ、そろそろツクシが顔を出そうかという春先!

 ここで結ばれたカップルは、永遠に幸せになれると言われている、伝説の木の下で!

 君から好きだと言ってくれたんじゃないかっ! ()()()()()()()()!」

 

 あ、こじらせていらっしゃる(察し)

 きっとこれは、あの子が脳内で描いた妄想で、既に現実との境目が曖昧になっているんだな~というのを、容易に察する事が出来ました。

 多いんですよねぇ、こういう人。正直この世界って()()()()()()()()、現実逃避して夢に逃げ込む人が、後を絶たないんですよホント。

 

「二人でお花屋さんを開こうって!

 庭にブランコのある、小さな白い家に住もうって、約束したじゃないかっ!

 私のお腹には、いま新しい命が宿っているんだぞ! 君の子供なんだっ!」

 

 や か ま し い わ 。

 想像妊娠ではなく、()()()()()()()してはる。

 賭けてもいいですが、絶対この人、クヌギくんと会った事もないハズです。

 写真とか映像とかを、どこかで個人的にかき集め、それをお部屋でひとり眺めながら、幸せな妄想に耽っていたのでしょう。怖いわ。

 

「いやっ……確かに君とは()()()()()()()

 でも、これからそうなる事になっている! だからこれは実質リアルなんだ!

 私は頭がおかしくなんてないぞ!」

 

 な に を 言 う と ん ね ん 。

 なんか現実と戦ってる感じは伺えるのですが、でもそれを力づくでなんとかならないかな~ってしてる所が、()()()()()()()()()()()()

 

「とととっ……ということでぇ! 迎えにきたぞクヌギきゅん☆

 私と一緒に、アチュラチュ新婚生活をおくろう!」

 

「やだ!(即答)」

 

「 ぐふう゛ッッ!!!! 」

 

 白いネクストが、リアルに仰け反るポーズ。

 AMS適性が高いと、乗ってるネクストまでリアクションを取るのかと、奇しくも学びました。

 

「なにいってるの! おかしいよこの人!

 ねぇエイプーおねぇさん、おかしいよね!? へんだよっ!」

 

「ぐわーーっ! ぎゃあああああっ!!」

 

「なんなの、この人!? あっちいってよばか! ばか!

 みたことないけど、ぶす! ぶすぶすぶすぶすぶs

 

「――――おやめなさいクヌギくんっ! 死んでしまいます! 死んでしまいます!」

 

 白いネクストが、蚊のようにヒュ~! と落下していきます。

 何にもしてないのに。言葉のグーパンだけで機能停止しちゃったようです。

 高すぎるAMS適性の弊害(適当)

 

「ふ、ふふふ……。流石はクヌギきゅんだ♪

 こんなにも私の心を揺らす者など、他にいようハズも無い!」

 

「ええ風に言わんといて下さい」

 

 ネクストの膝がガクガクガクー! なってますけど、白い機体がなんとか立ち上がり、再び私達と向かい合います。

 

「現実がナンボのもんだ!! 私はクヌギきゅんと結婚するぞ!

 いや、もうしていると言っても過言ではn

 

「なんて残酷な世界なのでしょう。このような人を生み出してしまうだなんて……」

 

 それが、我らの咎だ。ってやかましいんですよ。

 

「とにかく、エイ=プールだ。

 私が喪女なのも、美人なのにモテないのも、全てはお前のせいだという事にして、全力で屠るとしよう。そうしよう。

 ――――おい! バッカニア!!」

 

「わかってる、やる事はやるわよっ!

 約束は守りなさいよ、ジュリアス・エメリー!!」

 

 お得意の現実逃避に呆れたのも、束の間。

 バシュウ! という轟音と共に、突然こちらに向けて放たれる二本のレーザー。

 それは、慌てて回避した私達二人を分断。

 即座にまた別のネクスト機が、この場に割り込んで来ました。

 

 軽タンク!? しかも腕武器!?

 あらゆる武器を格納出来るという、タンク特有の長所をドブに捨てる、この絶対やっちゃいけない系アセンの機体は! フランソワ=ネリスさん!?

 

「あぁ、憶えているとも。

 私がハグ&だっこで、貴様がクヌギきゅんの足を舐めるんだったな」

 

「ちゃうわ! ファーストキスよ!

 ショタっ子相手に、そんなこと出来るかぁ!」

 

 ドン引きされるわアホ! まぁして良いならやるけど!

 そんな恐ろしい事をサラッと言いつつ、フランソワさん操るAC【バッカニア】が、クヌギくんに襲い掛かりました。

 

「ショタっ子ばんざぁーい! たとえコジパンされようとも、生きてさえいれば勝ちよ!

 幸せなオネショタライフが、私を待ってるわっ!

 さぁ壊しなさい! ACなんかどーでも良いのよ! ヒャッホー☆」

 

「気合の入った変態ですね。それ100万C以上するでしょうに」

 

 もしネクスト機に、黄金聖衣みたく意志が宿っていたなら、きっとフランソワさんが乗るのを拒絶するでしょうね。間違いありません。

 とにもかくにも、フランソワさんがクヌギくんに突貫。

 せっかくの腕武器レーザーを決して撃つこと無く、ただ回避に専念する事によって、なんとかあの子を引き付けています。

 すなわち、私達二人の分断に成功。再びこの場は、私vsジュリアスさんという構図に。

 

「さて、邪魔者……というには愛おし過ぎるが、また二人になれたな。

 お前を倒してクヌギきゅんを貰う。

 いや“取り戻す”と言った方が良いか?」

 

「運命とか前世とか、持ち出さないで下さいね?

 貴方がたのお家芸でしょうけど」

 

 信じれば必ず願いは叶う、という言葉がありますが、これはあらゆる意味でクソだと思います。

 その真偽はともかくとして、絶対この人たちに言っちゃいけない言葉ですから。現実を見て欲しい。

 

「おや、随分強気じゃないかエイ=プール。

 これから死ぬにしては、いささか過ぎた態度じゃないか?」

 

「死人は出ませんよ。信条に反します。()()()()()()()()()

 

 たとえネクストを墜とされ、機能停止に追い込まれたとしても、リンクス自身が死ぬとは限りません。

 コジマ汚染の事もありますし、確かに救出作業は難しいのですが、でもやってやれない事は無い。私はいつもそうして来ましたから。

 

「それは……私に対してか?

 強がりじゃなく、本気で言っているのなら、その気概は買うが」

 

「貴方はもっと、ネクストのことを学ぶべきです。

 才能やAMS適性だけで、長くは生きられませんよ?」

 

 おもしろい――――と小さな呟き。

 それと共に、爆ぜるような勢いでジュリアス機が飛び立ち、同時にハイレーザーを発射。

 私は落ち着いてQBを吹かし、スッと横に回避しました。

 

「散々逃げ回って、観察しましたからね。()()()()()()()()()()

 やはりその機体では、私に勝てない。いくらなんでもピーキー過ぎます」

 

 空へ。ふよふよと飛ぶ。

 ここが私の世界。何者にも囚われず、捉えられない場所。

 

 なまじ長くリンクスをやっているが故、そのあまりに変態的で、思わず心配になっちゃう程のアセンには面喰らいましたが、もう大丈夫。

 見えています。全部。

 周りも、貴方の動きも、思考も、感情も、未来も、その全てが。

 

「……ッ!?」

 

 ASミサイル発射。直撃3。

 光のように素早いジュリアス機が、いくつもの爆炎に包まれます。

 

「……ッ?! ……ッ?!?!?」

 

 発射、至近弾2、直撃6。

 彼女の機体よりも、遥か上空から絶え間なく放たれるASミサイルが炸裂していきます。

 連続して響く爆発音。それはあたかも音楽のよう。テンポ良く放ち、リズム良く当たる。

 私は天に、彼女は地に。

 私の手のひらの上で、ジュリアスさんが必死に踊る。

 

「かっ……躱せん!! こんなッ!?!?」

 

 開幕10秒で、優勢を築けなかった時点で、貴方の負けなんですよ。

 だから言ったでしょう? ピーキーだって。

 いくら貴方でも、EN管理の問題は如何ともし難い。

 一度や二度ならともかく、いつまでも延々と矢次に放たれるASミサイルを、回避し続ける事が出来ますか?

 

 たとえ避け方を知っていても、()()()()()で回避する事は、出来ないんです。

 撃つたびに大量のENを消費する、その強力無比なハイレーザーが、私にはただの足枷にしか見えない。

 そしてせっかくのレールキャノンも、撃てなくては意味が無い。貴方の愛機はもう、酸欠でゼーハーしているのだから。

 

 一時的にでもブーストを切り、EN回復に努めましょうか? そうして必要最低限の動きで、ASミサイルを回避する事は出来るでしょう。

 でも少しでも貴方の動きが鈍れば、私は即座に上のポジションを取る。今度は絶対に躱せない角度から乱射され、しかも貴方の射角から外れてしまうのです。

 ゆえに、貴方はブーストを切ることは出来ない……。それをしたら詰み(メイト)ですから。

 

 これは拳であり、相手を絡めとる糸。

 そう相手の動きを制限する……いえ()()()()()()こそが、ミサイルの正しい使い方。

 

 二兎追う者は一兎も得ず、です。

 動きたいのか、撃ちたいのか、そのどちらかにしなきゃいけません。

 

 学ぶと良いです、天才さん。業突く張りは地獄に落ちる――――

 ヴェーロノークこそが()()()()()()()

 

 

 

「……私か、侮ったのは」

 

 あの位置から見れば、恐らく“太陽の中”にいるであろう私のヴェーロノークが、最後の被弾によって機能停止に追い込まれたジュリアス機を見下ろします。

 天と地。それは正に勝者と敗者を表している。とても分かりやすい構図の光景となりました。

 

「すまんな、みんな。準備を抜け出して来たのに。

 クヌギきゅんの○○○を、■■■してみたかった……」シュン

 

 最後の言葉は、聞かなかった事にしてあげます。

 せっかく命が助かったのに、これ以上あの子に罵られたら、本当に死んでしまうかもしれませんし。武士の情け。

 

 とにもかくにも、アステリズム……でしたか? 撃破完了です。

 後方支援のハズなのに、思わぬタイマンになってしまいましたが、これを僚機の鑑とも言うべきメイさんが見たら、きっと何とも言えない顔をする事でしょう。

 

 あのフランソワさんはともかく、アステリズムは所属不明機という事ですが、その正体を気にしても仕方ありません。

 傭兵は、ただ黙して依頼を遂行するのみ。それが私達の本分なのですから。

 

「――――おねぇさぁーーん!」

 

「おや? そちらも型が付きましたか。流石ですね」

 

 ふと見れば、遠くからこちらに向かってくる、クヌギくんの【AN BREAD MAN】の機影が。

 タンクとはいえ軽、しかもひたすら上下左右に逃げ回る相手を“とっつく”のは、並大抵のことでは無いでしょうに。

 それでもクヌギくんは、有り体に言って瞬殺だった私と同じくらいの時間で、かの【バッカニア】を墜としてみせたワケです。

 

 正直、やはりモノが違いますね……。

 先ほどはジュリアスさん相手に、偉そうな高説を垂れましたが、この子には逆立ちしても勝てる気がしません。

 願わくば、これから彼がどんなリンクスとなり、どのような功績を打ち立てていくのかを、見ていたくはありましたが……。それを言っても詮無い事。

 私はゆっくりと機体を旋回させ、まっすぐにクヌギくんの方へ向き直りました……が。

 

「っ!!??」

 

 彼の機体と共に、目に飛び込んで来た物を認識した途端、即座にOBを吹かしました。

 

「いけないクヌギくんっ!! ()()()()()!!」

 

 私にこんな声が出せたのか。そう自分でも驚くほどの声。

 けれど、それでクヌギくんが回避してくれるのを期待するというのは、虫が良すぎます。

 なんたって、あの子は撃たれたことに気付いていなかった。既にすぐ背後に迫っているのだから。

 

 今から「後ろ後ろ!」と告げた所で、キョトンと振り向いた直後にドゴーン! です。

 コジマエネルギーを使用した巨大ミサイル、通称コジミサが、クヌギくんの赤いネクストを、おぞましい緑色に染める事でしょう。

 

「こなくそっ……!」

 

 ASミサイル発射、だが無意味。コジミサ健在。

 こんな時、マシンガンのひとつでも持っていればと、悔やんでも悔やみきれません。

 いつもランクマでは、散々相手に弾をばら撒かれ、それによって自身の放ったミサイルを撃墜されているというのに。

 学ぶべきは、あの白い機体のリンクスじゃない。私の方だったんです。

 

 ゆえにもう、私に出来るのは。

 

「おねぇさん? ……んっ!!??」

 

 全速力で突っ込み、彼をその場から弾き飛ばすこと、それのみでした。

 

 

「おっ――――お金があぁぁぁあああーーっっ!!!!」

 

 

 とても情けないことを叫びながら、私のヴェーロノークが被弾。緑色の爆発に包まれます。

 咄嗟の瞬間に浮かんだのが、ヴェーロノークの“修理費”って……。

 金は命より重いと言いますが、どうやら私は筋金入りだったようです。

 そりゃあ、あの酒場でも煙たがられますよ。救いようが無い。

 

「お、おねぇさんっ!? うわぁぁぁあああ!!!!!」

 

 けれど……クヌギくんは助かりました。

 救いようがない私だけど、クヌギくんを救えたという、よく分からない事に。

 でも、何よりです。この上なく嬉しい。

 いま凄まじい機体への衝撃と、荒れ狂うAMSからの光で、まったく周りの状況なんて分かりませんけど。

 それでも、本当に良かったって……。

 

「ふっ! 油断しましたねエイ=プール。

 オペレーターを雇う金をケチったことが、貴方の敗因です」

 

 今にも遠のきそうな意識の中、聞き覚えの無い男性の声が、無線機から。

 トチった! 三機目だ! あのユニオンの年増ぁ!

 

「ヴェーロノークは、この【鎧土竜】が討ち取ります。

 でも冥途の土産に、教えてあげましょう。

 ショタっ子を愛するのは、()()()()()()()()()()()のですよ!!」ババーン

 

 ――――ホ モ だ ぁ ぁ ぁ あ あ あ ー ー っ っ !!!!

 もし私が元気ならば、そう絶叫したでしょうが、残念ながら瀕死の身。口を開くこと叶いません。

 あぁ……この世界は本当に、どうしようもない。

 滅んでしまえば良いのにとか思う私は、いけない子なのでしょうか?

 

「クヌギくん、ちょっと下がってて貰って良いですか……?

 君にとっつかれたら、この人は逆に()()()()()()()

 

「えっ、でも(困惑)」

 

 もーめんどくさいなぁ! でも仕方ないなぁ!

 そうボッコボコの身体に鞭を打ち、なんとか操縦桿を握り直します。

 だって、クヌギくん子供ですもん。こんな変態の相手させらんないです。

 ホントは目に入れたくもない(辛辣)

 

「くたばりゃあーーっっ!!(ASミサイル乱射)」

 

「ほげぇーーっっ!?!?!?」

 

 滅 殺 ☆

 チュゴゴゴゴーーン! と連続した爆発音が鳴りました。

 私は近年稀にみるタイムで、彼ご自慢の鎧土竜とやらを撃破したのです。

 残念ながら、これに関しては、なんにも書くべき見所がありません。ホモホモホ。

 

「今日は厄日です……。

 いえ、これも因果応報という事でしょうか……?」

 

「だいじょうぶ!? しっかりしておねぇさん!」

 

 おりこうに待っててくれたクヌギくんが、私のヴェーロノークに寄り添ってくれます。

 あんなに酷いことをしたのに、心を踏みにじったのに……それでもこの子は心配してくれる。優しくしてくれる。

 ふいにそれを想い、ホモへの怒りで高ぶっていた心が、また沈みそうに。

 

 コジミサを喰らい、ボッコボコのヴェーロノーク。同じく悲鳴をあげている身体。

 未だに意識を保っていられるのは、この子が悲痛な声で私を呼んでくれているから、でしょうか?

 

 

 

 

「――――終わったようですね。

 ()()()()()、失礼しました」

 

 けれど、またしても突然。

 

「まさか、本当にキタサキジャンクションに、不明機がいるとは……(ボソッ)

 とにかくエイ=プール様には、ここで果てて頂きます。理由はお分かりですね?」

 

 もう勘弁して下さい……そう泣いて頼みたい気分。

 

「問答無用だわ、弁解の余地無しよ」

 

「どうせ、やっちゃうんでしょ? 話しても仕方ないわ」

 

「所詮は“ノンケの女”だァ。我々の言葉は解さんだろう」

 

「私達は甘すぎたのだ、エイ=プールに」

 

「そうリザ。さっさと始末しとけば良かったリザ」

 

「殊勝な羊ね? わざわざ()()()()の庭に来るなんて」

 

 痛みと痺れに軋む首を動かし、ギギギっと顔を上げてみれば。

 そこにあったのは、OBでこちらに向かってくる、()()()()()()()()()()

 

 声にも姿にも覚えが無いネクスト……というワケでも無いのですが、でも全ての機体のヘッドパーツが、統一されている。

 有り体に言うならば、なんかとんがりコーンというか、【KKKの三角の覆面】にも似た頭部。

 それを被った……いえ装着した怪しいネクスト7体が、いま悠然とこの場に降り立ったのです。

 

 一見して、「こいつらはヤバい集団だ」というのが、ハッキリ理解出来る風貌。

 その取って付けたような頭部以外は、みんなどことなく既視感がある機体構成していますけど。レイテルパラッシュとかアンビエントとか。

 

「おい貴様ァ、()()()()()()()()()()()()()()()()。狩らせてもらうぞォ」

 

「――――なんで知ってるんですか!? 情報早すぎません?!?!」

 

 情報網がすごい! 行動早ッ!?

 この組織(?)の力の一端を、否応なしに思い知らされます。無駄に。 

 

「ゆえあって、残念ながら一名は、欠席しているがァ……。

 まぁ、あの緑のヤツは、オネショタ八人衆で最弱。

 クヌギきゅんの姉という、縁故で入れてやったに過ぎん」

 

「そうリザ、問題ないリザ。

 あのマイブリスとかいうのも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――――ロイさぁぁぁあああーーん!!??」

 

 なんか姿が見えないと思ったら、すでに墜とされていた?!

 このワケの分からないお姉さま方に! 

 

「では、“ショタっ子泣かせ罪”により、貴様を誅殺する。死に方用意せよ」

 

「さりとて、慰めにもならんがな。

 ショタっ子の涙は、クレイドルより重い」

 

「万死に値する、ってヤツよ。覚悟なさい」

 

「クヌギきゅんは、私と遊びましょう。

 このリリウm……いえ“ショタッ子を見守る淑女の会”の書記である私が、お相手します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、数機がかりで成す術なくボコられた私は、半死半生にされた上、とんでもない修理費の借金を抱える事になりました。Fuck my life(私の人生はクソだ)

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

85 ふよふよエイプー 【後編その1】

 

 

 

 ―再び某所―

 

 

 

 01-1897 : SELEN HAZE

 01-6652 : LILIUM WOLCOTT

 01-1106 : MRS THERESIA

 01-1284 : WYNNE D FANCHON

 01-4552 : SHAMIR RAVIRAVI

 01-5876 : LISIRE

 01-2871 : STILETTO

 01-5690 : MAY GRINFIELD

 

 

 

 

「――――妊娠しました(確信)」

 

「おおっとォ、今日も絶好調だな貴様ァ。近寄りたくない感じだぞォ~」

 

「あまり朝から脂っこいのは、勘弁して欲しいのだけど……。

 何があったのか説明してくれる? リリウム・ウォルコット」

 

「いいえ、私は【腹に赤ちゃん・オルコット】です。お間違えの無きよう」

 

「駄目だコリャ。

 私では処理できん、誰かあの緑のヤツを……、いや辞めたんだったか」

 

「みんなでボコッたリザ。ヤツは今、入院中リザ」

 

不届き者(エイプー)を誅殺しに行くのを、止めようとしやがったからね。

 あんなガチガチのGAマンで、私の【カリオン】に挑むだなんて……。

 プラズマとコジミサで『ふぎゃー!』言うてたわよ」

 

「とにかく、一体どうしたと言うのだ貴様ァ。尋常ではない様子だがァ?」

 

「はい、セレン会長。

 先日リリウムは、クヌギきゅんにコジパンを叩き込まれましたね?」

 

「ええ、瞬殺だったわね……。

 多少は時間稼ぎ出来るかと踏んでたけど、あの子にはECMなんて、関係なかったのよ」

 

「あの緑色の光に包まれ、凄まじい衝撃を腹部に受けた時、確信したのです。

 あぁ……孕んだと。

 リリウムは今、()()()()()()()()()()()()()()

 

「こんなヤツばっかりリザ。淑女の会は」

 

「仕方ないでしょ? 世界が終わってるんだもの」

 

「人類など、どこにも居ないさ。私は悪くないぞ」キッパリ

 

「……ふむ。コジパンで受精とは、新しいアプローチだなァ。

 存外、悪くないやもしれん」

 

「あの子に負けたら、孕ませられるって事?

 それなんてドリーム?」

 

「どれほど逃げようが追いかけまわされた挙句、無理やりショタっ子に孕ませ(コジパン)をされる。

 なるほどなるほど、胸が熱くなるな(アヘ顔)」

 

「リリウムは幸せです。この子と共に生きてゆきます。お腹さすさす」

 

「そんな全身に包帯巻きながら言う事?

 2日も意識不明だったクセに」

 

「それを言うなら、この場の全員がそうリザ。

 ひとり4秒でコジパンされたリザ」

 

「本当、ギリッギリだったわね。

 エイプーを倒し切るのと同時に、私達も全滅させられたもの……」

 

「機体スクラップになった」

 

「コジパン恐るべし」

 

「こわい」

 

「でも孕むんでしょ?」

 

「そうだッ! リリウムだけでは無いぞォ!

 我々は既に、()()()()()()と言っても過言では無いッ!」

 

「えっ……宿ってるの?(おめめグルグル)」

 

「私達のお腹に?(グルグル)」

 

「ショタっ子にバックからされた?(意味深)」

 

「これは既成事実ッ!

 コジマも精子も、似たような物だァ(暴論)」

 

「やぁクヌギきゅん、責任を取ってもらえるかな?(にじり寄り)」

 

「バカばっかりリザ。生きてるの嫌になるリザ」

 

「名前はコジ男にします。お腹さすさす」

 

 

 

 

 

 

 

―7―

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから数日後。

 私は今、幸福の絶頂にいました。

 

「病人食うめぇw 病人食うめぇw」

 

 料理名すら定かではない、謎の野菜炒め。塩気というモノをどこかで忘れてきたような、味気無い煮物。そして春雨だかマロニーの、給食とかで出て来そうな和え物。

 その全てが、愛おしい。()()()()()()()()、一体いつ以来でしょうか?

 

 品数、栄養、食べ応え。どれを取ってもパーフェクトゥ!

 私がいつも食べてる物に比べたら、こんなの王様のごはんです。

 なにより……。

 

「味があるっ! ちゃんと味がしますっ!」テッテレー

 

 噛みます。ひたすら。一口100回くらい。

 やがて来る別れを惜しむように、大事に大事に食べます。

 あぁ、この時がいつまでも続けば良いのに。ゴックンしたくない……。

 天国のお母さんにも、食べさせてあげたいくらいです。きっと大喜びです。

 

「これ持って帰れませんかね? 冷凍保存したいのですが」

 

「そんな病院の飯をありがたがるヤツ、初めて見たぞ」

 

 ぜんぶ食べてしまうのすら、勿体ないです。

 私はいつも、この1/3程度の量でやっていますからね。栄養の過剰摂取になってしまいます。

 

 それはともかく、いま私の隣のベッドに腰かけているのはジュリアス・エメリーさん。先のミッションで交戦した敵リンクスです。

 彼女も今スプーンを握っておりまして、切なそうにため息をつきながら、こちらに話しかけてきました。

 

「そんなに美味いのなら、くれてやっても良いのだがな。

 どうせ取っておいても、痛んでしまうのがオチだ。やめておこうか」

 

「おや、残念です。

 まぁ当分の間は、入院生活ですからね。貴方もしっかり食べなければ」

 

「いや、私は出られる。今すぐにでも。

 まったく……医者どもめ、私を誰だと思っているんだ。

 このような怪我、何ともないというのに」

 

 退屈で仕方ない、とごちるエメリーさん。

 打撲、骨折、捻挫、臓器損傷。その五体のどこにも無事な所はない、という程だったのに、もう事ある毎に「外に出たい」と言ってばかり。

 流石は元アスピナ機関のリンクス。モノが違うというか、とても強靭です。

 

「私は幸せですけどね。

 のんびり出来る上に、ちゃんとしたごはんを食べられる。

 出来るなら、ずっとここに居たい位です」

 

「おいおい、眠たい事を言ってくれるなよ?

 お前はこの私に勝った女だぞ。

 このような場所で、腐らせておけるものか。“時代”が許さんよ」

 

 ニコリと、なにやら男前な笑み。

 宝塚の女優さんのように凛々しい、ジュリアスさんらしい自信に満ち溢れた顔。

 

 彼女はいったんスプーンを置くと、スタスタとこちらへ。

 そしてポスンと可愛い音を立てて、私とピッタリ肩をくっつけるようにして、隣に腰かけました。

 

「早く退院したいなぁ。これから忙しくなるぞ()()

 なんと言っても、この世界の根底をひっくり返すのだからな」

 

「近い近い近い。

 何を言っているのですかジュリアスさん。私はお断りしたハズですよ?」

 

 ふふん♪ と機嫌良さげに笑ってます。

 なんか知りませんが、ここ最近のジュリアスさんって、ずっとこうなんですよ。

 負傷を負ったのが同じ現場という事で、私達は同じ病院に担ぎ込まれ、しかも集中治療室から出た後は、同じ病室となったワケなのですが……。

 すると意外な事に、ジュリアスさんがとても朗らかというか、“好意的”に私に接して下さっている。

 

 先のミッションで見せた、機械的で冷淡な口調(※一部を除く)

 それを思えば、これは非常に意外でしたが。

 しかし曲がりなりにも、自分を討ち果たした者として、こちらを認めて下さっているのかも。

 とても柔らかな、人間味のある態度で、私と話して下さるのでした。

 

「言い忘れていたが、私はバイだ(キッパリ)

 ショタもお前も、どっちもイケるので、安心してくれ」

 

「離れてもらって良いですか? ナウ、イッツナウ」

 

 恐ろしい事を、サラッと言われます。 

 竹を割ったような性格というか、唯我独尊というか。ほんとタチ悪いです。

 

「それはともかくとして……どうだ、()()()()()()()()()()

 お前もリンクスならば、この現状に思う所はあるだろう」

 

 死に場所は用意してやるぞ? ひと花咲かせてみろよ。

 お前がいてくれるなら、心強い。共に戦おうエイ=プール――――

 そう「にぱー☆」と子供みたいに笑われ、私はなんとも言えない気分に。

 やだこの子、純粋。テロリストなのに。

 喪女のコミュ障が、一度心を開くと、こんな風になりますか(辛辣)

 

 なんというか、眼差しに宿る“親愛”が凄いんです。

 それって本来、絶対に部外秘のハズでしょうに、もう同室になった初日に「一緒に来い」と言われましたからね私。

 今だって、「パーソナルスペース? 知らんな」とばかりに、私の隣で機嫌良くチョコンと座ってますし。

 有り体に言って、お姉ちゃんに懐いてる妹って感じ。

 その凄まじいリンクスとしての腕とは裏腹、とっても良い子なんですよ、この人……。

 

「私より、クヌギくんの方に声をかけそうな物ですが……。

 あの子はランク1位ですし、名実ともにクレイドルの最高戦力ですよ?」

 

「駄目だな、幼過ぎる。

 いくら強かろうと、何の思想も持たぬ者に、戦士は務まらん」

 

 同志、という言葉があるだろう? 我々は志しを同じくしていなければ。

 そうふいに、ジュリアスさんが真剣な表情。

 共通の目的や想いがあるからこそ、みんなの為に死ぬ事が出来るし、死んだヤツらの想いを継げるのだと。

 

「強い気持ちがいる。己の命や、人生を賭けられる程。

 仲間の死すらも、耐えられる位のな。

 たとえお前が入ろうとも、あの子を連れて来させたりはせんよ」

 

 それに、と……。

 

「きっとあの子は、世界などではなく、()()()()()()()()()()()()

 誰かへの追従や、洗脳めいた説得で、人を殺させてはならん」

 

 とてもじゃないが、あの子には背負えんよ。我々の(とが)は。

 ジュリアスさんの強い瞳が、私を射貫きます。

 

「その点、お前なら大丈夫そうだ。

 メンタルは鋼だし、腕は確かだし、()()()()()()()()()

 それに雑草でも食ってりゃ、生きていけるんだろう?」

 

「刺しますよ? フォークで」

 

 金も未来も無いときた。軽い命だなぁお前。

 そう朗らかに言われ、衝動的にプスッといっちゃいそうになりました。医療施設で。

 

「私を倒し、クヌギくんを手に入れようとした人が、何を言っているのやら」

 

「ハハハ! 家に連れ帰り、個人的に保護しようとはしたがな?

 だがそれも叶わなかった。続きは事を成してからにするさ」

 

 まだ諦めてはいない、という事ですか……。

 けれど邪気なく言ってのけるジュリアスさんに、私はもう怒る気も失せまして。

 

「まぁ考えておいてくれ。

 状況はすでに手遅れだが、同時に緩慢だと、うちの参謀が言っていた。

 悩む時間くらいはあるだろうさ」

 

「おーい、食事が終わったのなら、こっち入って下さ~い」

 

「そうよー。二人でババ抜きするのも、そろそろ限界なんだからー。

 4人で麻雀でもしましょ~」

 

 向こうのベッドの方から、PQさんとフランソワさんの声。

 ちなみに彼らも同室です。どうなってるんですかこの状況は。

 

「分かった、いま行こう。

 私達に身ぐるみ剥がされる覚悟はあるか?」

 

「ちょ、お金賭ける気!? 前のアレ、タダ働きだったのよ?!」

 

「私も素寒貧ですよ。鎧土竜の修理費すら怪しいというのに……」

 

 私とコンビ打ちする気満々なジュリアスさんが、「ふんす!」とこちらの手を引いて、ズンズン歩いて行きます。

 まぁゲームくらい別に構わないのですが、病院で賭け事をするのは、如何なものかと。

 

(旅団、ですか。

 しかし私には、もう……)

 

 そんな事を考えながら、追従。

 今日も、退屈でのんびりとした私達の一日が、始まります。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 組織におけるショタっ子は、Common ownershipをその第一の要件とし、雌猫……もとい代替不能な個人にこれを委ねることは、厳に慎まれるべきである――――*1

 

 クレイドルの開発により、既に人類の過半が空へと移ってしまった今、それは地上に住むお姉さま方すべての共通認識であり、その結果として裏で気色悪いほど猫可愛がりされているのが、超絶げぼかわ美少年こと“クヌギきゅん”であった。

 

 

 あたかも演歌界における氷川きよし氏の如く、プリンスとして喪女達から圧倒的な支持を受ける存在。

 代替可能な多数のお姉さま方によって保護・監視・寵愛され、この荒んだ地上暮らしにおける唯一無二の癒しとして、盲目的な狂信性すら伴う魔性を発揮する。

 

 クヌギきゅんは、正に喪女達の望むソリューションであり、神の子(キリスト)以来の一大センセーション。オネショタというジャンルにおける絶対的な象徴。

 

 事実としても、その類まれな愛らしさと、強烈なまでにそそられる抗い難い庇護欲は、平均的な一般男性の魅力を遥かに凌いでいた。

 

 

 物量とパワーの戦争――――

 貢物や、コネや、組織力といった、ありとあらゆる物を駆使して行われる、喪女たちの醜い争い。ショタ本人の預かり知らぬ所で頻発する、不毛な足の引っ張り合い。

 

 ただそこに居てくれるだけで良い……。尊い(ホッコリ)

 なれどその裏で渦巻く、ドス黒い怨念、狂気、策謀。

 

 大多数のお姉さま方にとって聖杯の獲得(ショタっ子ゲット)は、正に奇跡の親戚に過ぎなかったのである。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「……クヌギくんが?」

 

 院内に限りますが、ようやく自由に動き回ることが許可された、ある日の昼下がり。

 

「ええ、お見舞いに来たいって言ってる。

 これまでは面会謝絶だ~って、突っぱねてたんだけど……」

 

 けど、あれからもう2週間でしょ? そろそろ我慢の限界みたい。

 そうメイさんが苦い顔。心なしか肌の色も良くない気がします。

 

 当然ですね、彼女も私たち同様、ずっと入院しているのだから。

 むしろ怪我の度合いでいえば、私より酷かった位です。よほど必死にヤツらを止めようとしてくれたのでしょう。

 その優しさ、気遣い。本当に彼女には、頭が上がりません。

 

「せめて、エイプップの体調が良くなってから、と思ってたんだけどね。

 でもこれ以上は、あの子の不安が爆発しちゃいそうで……。

 申し訳ないけど、会ってあげてくれるかな?」

 

「クヌギがそうなるのも、無理はねぇさ。まだ子供なんだ。

 それに、あんな事があったんだからな。責任感じてるのかもしれねぇ」

 

 私達と同じテーブルにいるロイさんも、難しそうな顔で腕組み。

 ここは病院の地下1階にあるレストラン。そこで私達三人は語らっている感じです。

 別に病室でも構わないのですが、私の所にはジュリアスさん達が居ますし、メイさん達の方にも別の患者さん達がいらっしゃいますし。

 あの件から暫く経ちましたが、一度落ち着いて三人で話そうと、ご提案を頂いた次第。

 

 ちなみに、ここの払いはロイさんが持ってくれました。

 別に男だからとか、メイさんのポイントを稼ぐとか、そういうのじゃなくて、「それくらいはさせてくれ……」という切実な想いから来た行為だとか。

 

 俺が付いていながら、なんて様だ。今すげぇ死にたい気分なんだ――――

 きっと私を危険に晒した事、ヴェーロノークが大破した事を気に病んでいらっしゃるのでしょう。でもアレはどうしようも無かったと思います(確信)

 

 そして責任を感じているのは、きっとクヌギくんも同じ。

 心優しいあの子の事です、きっと「おねぇさんを守れなかった」という風に、自分を責めてしまっているかもしれません。

 意識不明でしたので、記憶は無いのですが……私がこの病院に担ぎ込まれた時も、ずっと寄り添ってくれていたそうですし。

 

 けれど、あの件の事後処理だったり、メイさんのやんわりとした制止だったり、面会謝絶という状態だったり。

 また『一日でカラードランカ―の1/3にあたる数のネクストが大破』という前代未聞の出来事により、とても見舞いなどに来られる現状では無かったでしょう。

 まあそのウチの8人を病院送りにしたのは、クヌギくん(コジパン)だったりするのですが。

 

 余談ですが、まだ幼いクヌギくんは「自分があの時、誰をやっつけたのか?」という事を、よく理解していないそうな。

 あのトンガリ覆面……もとい変な頭部パーツを装着していたおかげで、あの怪しいお姉さま方は、身バレをせずに済んだ模様です。

 私からしたら「マジか」って話ですが。役に立っちゃったよと。

 

「あの子、最近ごはんも食べてないって。ずっと塞ぎ込んでるみたいなのよ。

 おねぇさんに会いたい、()()()()()()、毎日そればっかり……」

 

「なんてこった。お前さんのせいじゃないってのに……クッソ!」

 

 突然襲い掛かって来たネクストの集団を、ひとり頭4秒ほどで沈めておいて、「ぼくに力がたりなかったからだ」と……なるほどなるほど。

 それはともかくとして、どうやらクヌギくんが心を痛めているのは、間違いないようです。

 

 それに加え、彼の憧れの象徴であり、あんなにカッコいいと言ってくれていたヴェーロノークが、目の前で無惨にもバラバラになってしまったのですから。

 あの子が受けた心の傷は、いったい如何ばかりでしょうか。

 

「会うのはともかく、今のクヌギに“あの話”をするのは、少し酷だな。

 コイツが僚機を降りる事すらも、『ぼくのせいだ』って事にしちまいかねない」

 

「うん、絶対そうなっちゃう。傷口に塩を擦り込むみたいなものよ……」

 

 最悪のタイミングだ。そう二人がギリリと歯ぎしり。

 

「時間を置かないか? 僚機うんぬんの事は、また落ち着いてから話せばいい。

 先延ばしでしかねぇってのは、重々承知だがよ」

 

「せめて、エイプップが元気になってからの方が、良いでしょうね。

 それまでは“なぁなぁ”っていうか……。

 確かにクヌギの事もあるけれど、今はエイプップの身体のことが第一なワケだし。

 いったん、先の事はさ?」

 

 お互いに「うん」と頷き合い、話が纏まった雰囲気。

 けれど、

 

 

「――――いいえ、ここですよ。今話すべきです」

 

 

 私の無機質な声に、二人が振り向きます。

 

「丁度いい、利用出来る。

 ただ理由も告げずに『辞める』ではなく、この件によって僚機を降りる事にしましょう」

 

 感情の無い、氷のような印象の響き。

 近頃は久しく耳にしていませんでしたが、本来私の声というのは、こういう物だった。ずっとこんな話し方だったハズだ。

 それを、ふと思い出していました。

 

「例えば、怪我でネクストに乗れなくなったとか。後遺症とか。

 その方がずっと自然ですよ、辞める理由としては。

 きっとクヌギくんにも納得してもらえる。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あの子がどう思うかなど関係なく、なし崩し的にパートナーを解消出来る――――

 そう聞き間違えようのない程、ハッキリと告げます。

 いま目を見開き、驚いたように私を見つめている二人に。

 

「企業だの、組織だの、闇の部分だの、そういった事を理解できる年頃でも無いでしょう?

 もし下手に事情を話せば、見当違いな義憤を燃やし、よくあるヒーローのように単騎で出撃しかねません。ぼくが悪い奴等をやっつけるんだって」

 

「それに、やはり引き延ばしは良くないです。

 期待させておいて、治った途端に「やはり辞めます」というのは、流石の私も心苦しい。

 あの子に“嘘”をつくのは、一度きりにしたいんです――――」

 

 なら、この方が良い。こっちの方が良い。

 たとえ、ひと時ばかり気に病もうとも、その無邪気で比類なき牙が、他者に向くことだけは無いのだから。

 

 泣くかもしれない、悲しい想いをさせるかもしれない。あの子の真心を踏みにじるような、酷い嘘をつく事になる。

 けれど最終的には、きっと丸く収まるハズだから……。

 

 

「ご心配なく。前にも言った通り、私からクヌギくんに話しましょう。

 それが筋ですから」

 

 

 知らぬ間に、握りしめていた拳。

 それからゆっくりと力を抜き、コップを手に取りました。

 何食わぬ顔して。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 海が、綺麗です。

 ここからも海が見えるんだって、嬉しくなりました。

 

 病院の屋上。頭上には澄み渡るような晴天。少し強めの風が身体を吹き付ける場所。

 ここが、私の選んだ“戦場”。一世一代の舞台です。

 

 古来のレイヴン達は、アリーナでどうしても勝てない相手がいる場合に、地下駐車場へと呼び出して戦ったそうですが……。せっかく選べるのだから、私はこちらの方が良い。

 

 院内とは比べるべくもない美味しい空気と、ポカポカの陽気が、私の心を穏やかにしてくれる。

 加えて、眼前には海。

 あの日、クヌギくんと共に駆けた海を思い出して、なにやら懐かしい心地です。

 つい数か月前の事のハズなのに、今はもう遠い昔のよう。

 

 

 

「――――おねぇさんっ!!」

 

 私の安物のパジャマが、風によってパタパタ音を鳴らすのを、何気なく聞いていた時。

 ふと振り向けば、そこには息を切らせているクヌギくんの姿。

 きっと、急いでここへ来たのでしょうね。エレベーターが昇っていく速度すら、もどかしく感じる程に。

 額に光る汗を見て、それを察しました。

 

「クヌギくん……」

 

 肩の高さに合わせて、自分で切り揃えた、ボブカットちっくな髪。

 風に揺れるそれを、手で押さえながら、あの子の方へゆっくり向き直る。

 

「……っ!!」

 

 途端、意外なほど強い衝撃。

 タタタと走ってきた勢いのまま、クヌギくんが私の胸に飛び込む。

 まだ小さな子なのに、私は少しだけ「おっとっと」とよろけます。

 そして、私の腰の辺りにまわされた幼い腕に……この子の想いの強さを感じるのでした。

 

「クヌギくん、お久しぶりですね。

 ご無沙汰しておりました」

 

「……っ! ……っ!!」

 

 言葉なく、必死に抱き着く。

 私のお腹に、グリグリと顔を押し付けて。

 

 私はなにげなく、その肩を抱こうと。この子を抱きしめ返そうとしました。

 けれど、すぐに思い直し、上げた腕を元に戻します。

 

「あぁ……泣いてはいけませんよ? 男の子なのですから。

 ほら、拭いてあげます。いったん離れて下さい」

 

「やた゛っ!!」

 

 グジグジ、グジグジ。

 その声を聴きつつ、暫しの間、この子のぬくもりに身を委ねました。

 

 赦して、欲しかった。

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

 

 

「綺麗ですねぇ、クヌギくん。

 見渡す限り、地平線の彼方まで、海です」

 

 やがて、クヌギくんの嗚咽がようやく止んだ頃。

 私達は隣り合わせで座り、二人で海を眺めていました。

 

「あの時はネクストに乗っていましたが、やはりこちらの方が良い。

 私はのんびり海を見るのが、性に合っているようです」

 

 何気なしに三角座りしながら、隣にいるクヌギくんに微笑みかける。

 いま目が真っ赤っかになっていますが、この子もコクンと頷き、私に同意してくれます。

 

「でもね、前はも~っと綺麗だったんですよ?

 昔とかじゃなく、ほんの20年くらい前までは……」

 

 少なくともリンクス戦争の頃には、まだ緑もあったし、大地も生きていました。

 けれど、辛うじて残っていたそれすらも、今は資料映像の中で見るのみ。

 企業が、私達が、全て破壊し尽くしてしまったから。

 

 なんて綺麗なんだろう。()()()こんなに美しいんだろう――――

 

 穢れ、壊れ、もう終わりつつある世界なのに。

 既に人類の過半は、この大地を見限り、空へと移ったのに。

 

 これが“まだ”綺麗なことを、どこか不思議に感じます。

 これを愛おしく思う自分を、変に思うんです。

 

 

 クヌギくんは、ギュッと私の腕にしがみ付きながら、こちらの声に耳を傾けています。

 散々泣いたから、もう精魂尽き果てたのかもしれません。きっとここへ来るまでにも、ずっと辛い気持ちでいたでしょうし。無理もない事かと。

 

「なぜ……戦うのでしょうね?

 こんな風に、誰かとのんびり景色でも眺めている方が、よっぽど幸せなのに……。

 クヌギくんも、そう思いませんか?」

 

 ふぅ、とひとつため息。

 それと共に、私は意識して、出来るだけ優しい顔を作る。

 さぁ、覚悟の時だ。

 

 

「ネクストを、降りようと思います。

 なんだかもう……、嫌になっちゃいまいまして♪」

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 先日の、いわゆる“騙して悪いが”的な依頼。

 それがメールで送信されてきた時点で、もう私の居場所など、どこにも無いんだという事を、悟りました。

 

 たとえクヌギくんの僚機を辞め、この子から離れたとて、もう私にネクストを駆ることは出来ない。

 ユニオンも、他のどんな企業も、私が傭兵として生きる事を、決して許しはしないでしょう。

 

 まさか、と心のどこかで思っていましたが、それほどまでに私達を取り巻く状況は、重かった。想像していたよりも、ずっと。

 

 メイさんは「会ってあげて」と言ってくれましたが、私がこれ以上クヌギくんと関われるハズも無い。

 今こうして生きている事すら、僥倖という他ないのですから。

 まぁ、半分死んでいるような私ですし、その言葉が適応されるかどうかは、置いといて。

 

 ヴェーロノークは、既に私の手を離れました。

 大破したので修理に、という事ではなく、本当の意味で()()()()()()()()()()

 

 ずっと借金まみれであった私です。所有権など主張できるワケも無い。

 ただ一言、アレの本来の持ち主である企業が「返せ」と言えば、それでお終い。

 つい先日、ヴェーロノークの差し押さえと、修理に伴う莫大な費用を請求するとの通知が、私のもとへ届いたばかり。

 

 それに抗う術や、ネクストを買い取るお金なんて、私にはありません。

 もし仮に、先日受けたのが全く別の依頼であり、それに見事成功していたのなら、話は別だったやもしれませんが。

 

 これまでの4カ月で蓄えていた、傭兵という稼業から見れば、ほんの些細な貯金。

 それを全てユニオンに支払い、足りない分は借金という事になりましたが、あの何十万Cというお金を、果たして払い切れる物なのか。

 リンクスを続けるのならいざ知らず、もう一般人たる私には、その術すら思いつきません。

 

 前に、ジュリアスさんに「ずっとここに居たい位です」と言いましたが……意外とそれもアリかもしれませんね。

 生命の保証はともかく、少なくともごはんは貰えるのですから、一考の価値はあるかもしれません。今の私にとっては。

 

 まぁ、そんなこんなにボケーっと考えを巡らせていたワケなのですが……。

 やがて、これまでずっと押し黙っていたクヌギくんが、ようやく口を開いてくれました。閑話休題です。

 

 

 

「ぼくの……せい?」

 

 ボソリと、力の無い声。

 それどころか、精気すら感じられない、弱々しさ。

 

「いえいえ、クヌギくんには感謝していますよ?

 なんと言っても、私は貧乏人でしたから。お仕事を貰えたのは有難い。

 あれだけあった借金だって、綺麗サッパリ返せましたし」

 

 15%ではなく、折半。

 そのお心遣いと真心を、私は決して忘れることは無いでしょう。

 これは偽りの無い、本当の気持ちです。

 まぁ、それとはまた別の借金が、出来てしまったワケですが。いま言うことでも無いので。

 

「ただ、怪我をしちゃいましたのでね。

 お医者さまにも言われたのですが、もうネクストに乗ることは、出来ないのだそうです。

 いま生きているだけで、ラッキーガールらしいですよ? 凄いでしょう?」

 

 それに、先ほども言った通り、もう嫌になってしまいました。

 戦場に出るのも、ネクストに乗るのも。

 ズルズルと続けては来ましたが、向いていなかったのかもしれませんね?

 そうのほほんとした口調で、ひとり喋り続けます。

 

「けれど、構わないんです。()()()()()()()()()

 ガッポリ稼げましたし、貧乏からも脱却出来ました。

 わざわざネクストに乗り、危険極まりない傭兵稼業を続ける理由など、もうどこにも」

 

「身体が治ったら、これからは気ままに生きていこうと思っています。

 美味しい物を食べ、好きな所へ行き、心に良いものをたくさん見るんです。

 美術館の絵とか、星とか、海とか……空とか」

 

 一瞬、不覚にも言い淀みました。

 “空”と言おうとした途端、ピキリと私の身体が固まり、口が動かなくなったんです。

 けれど、すぐにその想いを振り解き、言い切ってみせました。

 なぜこれを言い淀んでしまったのか、私には分かりませんし、考えるのも面倒だ。

 

「それが出来るのも、君が雇ってくれたからなんです。

 だからどうか、変な風に思わないで欲しい」

 

「というか、潮時だったのだと思います。

 うだつの上がらない下位ランカーに、この待遇は過ぎたる物でした。

 正直、君に付いていくだけで、私は精一杯だったのですから。

 この怪我も、無理をしていたツケを払う事になった、というだけの話です」

 

「もう新人では無くなり、これからドンドン高みへ昇って行く。

 そんな君のお供をするには、私では役者不足。

 ちょうど良い機会だったんですよ、これは」

 

「ありがとうクヌギくん、君のおかげです。

 私はいま、()()()()()()()

 

 私は、しっかりと目を見る。

 目線を逸らすことも、泳がせることもせず、まっすぐに告げる。

 

「では一足お先に、足を洗わせて頂きます。

 クヌギくんも、傭兵稼業は程々に。

 ランク1位ですし、たくさんミッションにも出たのです。

 もう気は済んだのでは無いですか? どうかご自愛下さい」

 

 きっと、冷たい瞳。人形の目のような。

 けれど、これが私。本当はずっとこうだったのだから。

 これまでの方が、むしろおかしかった。

 

「おねぇ、さんは……」

 

 まん丸になったクヌギくんの瞳が、私を見つめている。

 

「たのしく……なかった?

 ぼくといっしょに、いるのは……」

 

 無垢。

 穢れの無い、吸い込まれそうな目。

 けれど、そこには精一杯の真剣さが籠っていて。決して逃げることを許さない。

 

「ヴェーロノークに、のるのも。

 ぼくと、いてくれたのも。

 おかね、なの……? ホントは、すきじゃなかっ……た?」

 

 ぼくをみて――――そう言外に言われているような。

 私はガラス玉になった目で、彼を見つめ返す。

 

 

()()()()()()()()()()()が好き、ですかね」

 

 

 もっとも、既に不要となったワケですが――――

 そう付け加える。

 

「リンクスになった日から、私はお金のことしか考えていません。

 傭兵稼業をやるのに、それ以外の理由がありますか?

 貴方の僚機を引き受けたのも、また然りです」

 

 なぜ好き好んで、戦場に出る。人を殺す。

 ネクストに乗るのが楽しいなどと、そんな事を思うのは“異常者”です。

 誰しもが譲れない想いを胸に、戦場へ出る。それが私にとって、お金だったというだけの話。

 

 そんな私の言葉を、クヌギくんは暫し、黙って聴いていました。

 けれど、一度だけ静かに目を閉じた後……、改めてその顔を上げ、私に向き直った。

 

「てるみどーる、ってゆー人がね……? メールをくれたの。

 私のもとへ来い、道を示してやるって」

 

 このままでは、君達は潰される。

 その僚機の為にも、君はカラードを抜けるべきだって――――

 そうクヌギくんが、今度は震える声で。

 

「もういっかい、いってほしい。

 ぼくに、さっきのことばを……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、私は。

 

 

「――――お金の為に、僚機をやりました。

 ヴェーロノークなど、好きでもなんでも無い」

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「 馬鹿ッ!! 」

 

 あれから、1分ほど後。

 

「エイプップの馬鹿っ! ほんとアンタって子はっ……!!」

 

 何も言わず……とはいきませんが、メイさんはギュッと私を抱きしめてくれました。

 

「メイさん……、何者かが、あの子に接触を……。

 どうか、クヌギくんのこと……」

 

「いい! もういいからッ!! お願いよッ!!」

 

 彼女が、泣いている。

 ガラス玉みたいな目になった私の代わりに、メイさんが泣いてくれてるって、そう感じました。

 

「なんてツラだお前さん。そんなになっちまいやがって……」

 

 きっと、二人で見守っていてくれたのでしょう。

 ロイさんも今、悲痛なくらい心配そうな顔で、私を気遣ってくれてます。

 あの一言を聞きいた後、何も言わずに去って行ったクヌギくんと入れ替わりに、彼らが駆け寄って来ました。

 なにやら頭がボーっとし、崩れ落ちそうになった私を、こうして抱き留めてくれたんです。

 

「メイ、気持ちは分かるが、お前はクヌギの所へ。

 コイツのことは、俺にまかせとけ。後で連絡しろ」

 

「う、うん! ごめんねエイプップ……また土下座しに来るからっ!!」

 

 メイさんは、私の両手を慈しむように握り、それを名残惜しそうに離した後、この場を駆けて行きました。

 ぬくもりという支えを失った事で、ストンと腰が落ちそうになりましたが、大丈夫。

 ロイさんナイスキャッチです。

 

「わ……ワンタッチ5ドルです、よ?」

 

「意外と大丈夫そうだなぁ、安心したよ」

 

 セクハラですよ、と冗談めかすつもりが、この期におよんでお金。しかもドルって。

 

「病室に戻す……と言いたい所だが、あそこにはややこしい連中が居るからなぁ。

 ベッドが無くて悪いが、レストランにでも行くか?」

 

「お、奢りですか?」

 

「もちろん、なんでも食えよエイ=プール。食えるんならな」

 

 よっと! という掛け声と共に、ロイさんが私を担ぎます。

 お姫様だっこではなく、子供にするようなオンブであるのは残念ですが、仕方ないでしょう。

 

「お疲れさん、後は俺達の仕事だ。

 なんにも気にせず休め。全部なんとかするから」

 

 クヌギのことも、お前さんのこともだ――――

 自分だって怪我をしているのに、ロイさんはそう言って、笑ってくれました。

 

 

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「――――クヌギッ!」

 

 縋り付くように、後ろから抱きしめる。

 メイはあの子に追いついた。包帯だらけの身体に鞭を打ち、決して離すまいと腕に力を込める。

 

 その後、虚ろな目をした弟を連れて、院内のロビーへ。

 とりあえず座れる場所へ、という意図からの強引な物だったが、彼にはもう抵抗する気力など残っておらず、手を引かれるまま黙ってついて来た。

 

 

 

「ほら、アンタこれ好きでしょ? 飲みなさい」

 

 傍にあった自販機で、二人分のジュースを購入。

 自分が金を払うのだからと、有無を言わさず選び、押し付けるようにして手渡す。

 けれど、義理とはいえ姉なのだ。この子の好みなど熟知しているし、そのチョイスには何の問題も無かった。

 今それを飲むかどうかは、彼自身の問題だが。

 

「正直、もうなんて言って良いか、私には分からないんだけど……。

 アンタからは、何かある? 愚痴でも罵詈雑言でも、なんでも聞いてやるわよ」

 

 ただ、傍に寄り添うだけでもいい。

 それだけで気持ちが救われる事も、きっとあるハズだ。

 メイはそう信じ、ただ無言の時間を嫌うかのように問うた。別に答えが返って来なくとも構わないと。

 

 思えば、この子がネクストに乗るのを黙認したのも、ミッションを請け負う事を止められなかったのも、自分だ。

 その上、あんなキツイ役目を、友達であるエイ=プールに押し付けてしまった。

 メイの罪悪感は、ここに極まる。何が姉だと自己嫌悪の嵐だ。

 ゆえに、せめてこの子が怒ってくれたなら、というある種の贖罪のつもりで、勝気な彼女が普段絶対言わないような事を、口にしたワケなのだが……。

 

「なんで……、お金ほしいのかな?」

 

 しかし、この子から返ってきたのは、期待していたのとは全く別の物。

 

「いつも、モヤシとかたべてた。

 ふくとか、オシャレとかも、別にきょうみないって。

 なのに……、なんでお金がほしいの? 何につかうのかな?」

 

 きっと、彼女のことを言っているのだろう。

 先の二人の会話を見守っていたメイは、それを察する。

 

「おかあさんの教えだって。

 清貧? をムネとしてるって。

 ゼイタクなんてしたら、おかあさんにおこられる~って、ゆってたけど。

 でもそれなら、お金なんてなくても……」

 

 ひとり呟くように、思い悩むように。

 だが、いま隣にはメイが居た。彼女はそれを聞き、何気なく告げる。

 

 

「えっ、あの子のことを言ってるのよね?

 エイプップって、()()()()()()()()()()()()

 捨て子かなにかで、ずっと孤児院暮らしだった、って聞いてるよ?」

 

 

 

 

 デリケートな話題だし、直接あの子から聞いたワケじゃないけどね。

 けれど職業柄、リンクスの経歴の話は、よく耳にするのよ。

 出生なんて調べたら分かるものだし、これは間違い無いわよ?

 

 そうメイが、不思議そうな顔をした。

 

 

 

 

 

 

*1
【Common ownership】共有、共同所有の意



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

86 ふよふよエイプー 【後編その2】

 

 

 

 

「およ?」

 

 病室の扉を開けてすぐ、違和感。

 いつもの騒がしさ……もとい賑やかさが無いことに気付きます。

 

 ここは四人部屋。でも今は、私のを除く全てのベッドが空。

 あるのは静寂と、開いた窓からの風にパタパタと揺れているカーテンのみ。

 

「……これは」

 

 未だ慣れない松葉杖を、歯を食いしばりながら操り、自分のベッドに戻ってみると……。

 そこには一枚の白い紙きれが、同じく白いシーツの上に、ポツンと置かれていました。

 

『See you』

 

 まるで時を惜しむかのような、汚い走り書き。端的な言葉。

 けれど、それだけで私は、全てを察することが出来る。

 たった数日の付き合いでしたが、私達はたくさんの言葉を交わし、心を通じ合わせたのですから。

 

「脱走……ときましたか。

 いやはや、貴方らしいです。ジュリアス・エメリーさん」

 

 先のクヌギくんとの再会、およびロイさんに付き添われての休憩。

 そのほんの2時間ほどの間に、親愛なる(?)我がルームメイトは、姿を消していたのです。

 恐らくは、入院費を踏み倒し。監視も振り切って。

 

 きっと、彼女が言っていた“旅団”とやらに帰ったのでしょうね。PQさんやフランソワさんと一緒に。

 まだ傷が塞がっておらず、包帯を代える度に血が滲んでいたハズなのですが、そんなのは彼女を留めておく理由にはならなかったのでしょう。

 やはり、モノが違う。……それに付き合わされるお二人には、同情を禁じ得ませんが。

 

 クスッと、笑みが零れます。

 愉快で、優しい気持ちが、私の中で湧いているのを感じました。

 

 先ほどまではボロ雑巾。

 ですが、まるで怪盗か何かのように、ドタバタと元気よく去って行ったであろう彼女達を想う時、渇いた土に水が沁み込んでいくように、ホワッと心があたたかくなった。

 おかしくて、なんだか涙が出そうになりました。

 

 おいて行かれてしまった事には、一抹の寂しさがあります。

 誘いを断ったのは自分だし、べつに向こうもそんなつもりは無いのでしょうが。だからこその『See you』なのですし。

 けれど、彼女がもう隣のベッドに居ないこと……振り向いてもジュリアスさんの顔が見えない事を、素直に寂しく思います。

 

 ウェットなのは苦手ですし、ぶっちゃけ変な子ではあったのですが、私は自分で思っていたよりも、彼女のことが好きだったのかもしれません。

 ぴったり肩をくっつけて座り、しょーもない事を語り合ったあの時間が、愛おしかった。

 

 まぁ、せっかくのお言葉ではありますが、もう会う事はないでしょう。とても残念ですが。

 少なくとも、戦場で轡を並べたり、敵としてネクストに乗って相対する事は……。

 

 

 

「?」

 

 ふいに、ポタリと水音。すぐ近くから。

 私はキョロキョロと辺りを見渡し、その発生源を探す。

 

「あっ……」

 

 けれど見つからず、心当たりも無く、何気なしに指を口元に当てた時……、それに赤い色が付着している事に気が付きました。

 

 鼻血……? なぜ……?

 ポカンと呆ける。その場で立ち尽くす。

 けれど、それが何かのトリガーであったかのように、とつぜん私の視界が白い光に覆われる。

 つっかえ棒を失くしたみたいに膝が折れ、崩れ落ちました。

 

「……ッ」

 

 倒れる。床に。身体を打ち付ける。大きな音。

 でも痛くない。そんなのを感じている余裕は無いから。

 

 頭痛、吐き気、嘔吐感。そして得も知れない飢餓感。

 

 目が見えない。身体を起こせない。

 今はただ、こうして丸くなって耐えることしか、必死に息を吸うことしか出来ない。

 この凄まじい苦しみと、痛みすら伴う()()()

 

 

「つ――――翼が」

 

 

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「これが、今度の被験体かね?」

 

「はい。資料では、元リンクスだとか」

 

「なるほど……例のヤツか。

 一時期、世間を賑わしていたな」

 

「負債は、相当の額だったそうですよ?」

 

「散々企業にこき使われた挙句……、世知辛いな」

 

「彼女の愛機にあやかっての事でしょうが、“鳥籠”なんて言われ方をしていましたからね。

 まさに生かさず殺さず、だったようです」

 

「そして最終的に、ここへ送られて来たと。

 結局どう足掻いても、こうなる運命だったのだろうな」

 

「飛べるだけ飛ばせて、力尽きればここへ……ですか。

 なんとも無駄の無いことで。予定調和ですね」

 

「まぁ良い、症状は?」

 

「はい。絶え間ない頭痛や嘔吐感の他、“幻肢現象”が出ていると。

 なんでも、()()()()()()()を引きちぎられたような激痛に襲われているようです」

 

「ふむ、一定期間ネクストから離れたことによる弊害だな。

 彼女の中では“有る”ことになっているんだよ。

 たとえば四脚機を操るリンクスであれば、その機体から降りた途端、脚を二本失ったような感覚を覚えるというぞ?」

 

「それが彼女の場合、翼であると?

 あのヘンテコな機体に、乗り続けたせいで?」

 

「恐らく今のコイツは、両の翼をもぎ取られた挙句、人間の腕という()()()()()()()を縫い付けられたような気分を、味わっているのだろう。

 そりゃあ痛むし、うまく動かせなくもなる」

 

「度し難いですね、リンクスというのは。

 それもう人間じゃない、って事じゃないですか」

 

「ナノマシンで脳髄を弄くり回され、頸部にAMS接続用のジャックまであるんだ。今更だろ」

 

「話によると、この被験体はどれほど金にならなくても、ネクストに乗るのを止めなかったとか。これだけ身体中にガタが来ていたのに。

 金どうこうじゃなく、アレに乗っていないと()()()()()()()()()()()()?」 

 

「知らんよ、症状は人それぞれだ。

 むしろAMS適性なんて物を持っている時点で、普通の人間とは違うのさ。

 それに、この処置を以って、更に遠くなるだろうしな」

 

「生きていれば……ですが」

 

「ま、そういう事だな。

 では始めようか」

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

【ふよふよ日記 2XX8年1月2日】

 

 

 エイ=プールです。

 今日から新しい生活が始まります。

 

 といっても……この古巣となるAMS研究所へやって来たのは、もう数日前になるのですケド。

 今朝ようやく意識が戻り、こうして筆を取る(キーボードを叩く?)許可が下りましたので、本日からという事でご容赦いただけたら幸いです。

 

 思えば、こうして日記を書くのも久しぶりですね。

 なので、ここ最近あった事を、まとめて書いていこうと思います。

 

 

 先日、病室で倒れた後、すぐに駆けつけて下さったロイさんによってナースコールが押され、私は治療室へ運ばれて行ったそうです。

 けれど、私の身体の異常というのは、負っていた怪我による物ではなく、とりあえず酸素マスクを装着したり、安定剤を打つくらいしか、出来る処置が無かったのだそうです。

 私達が入院していたのは、ごく一般的な病院でしたし、それも当然の事。

 

 約半日ほど藻掻き苦しんだ後、なんとか状態が落ち着いた私は、すぐにインテリオル・ユニオンに連絡を取りました。

 そう、いま居るこの施設へと、私を送って貰えるようにと。

 この身体を蝕んでいるのは、リンクスの“職業病”のような物なので、そちらで治療をして頂いた方が良い、と思いまして。

 

 そして、本当はこちらがメインとなるのですが……実際の所で言えば“身売り”というヤツだったりもします。

 あの借金を返すあてもなく、また返済期限として定められた(情け容赦ないほど短い)期間が、そろそろ終わろうとしていましたからね。

 たとえ、この発作めいた症状が出なかったとしても、私は借金のカタで、この身体を差し出さなければならなかった事でしょう。

 

 私は今後、このAMS研究所の被験体として、暮らしていく事になります。

 元リンクスで、しかも結構なベテランだというのに、候補生のための技術教官とかアドバイザーとか、そういうのになれなかった理由は、お察し下さい……。

 

 

 気分は、ケースの中に入れられたネズミ。

 けれど、私は元々そういう生活をしていた人なので、どこか懐かしい心地。

 適性を見い出されてリンクスとなり、10年ばかりお外で暮らしてはおりましたが……、それが元に戻ったというだけの話です。

 

 むしろ、入院中にも思っていた通り、もしかしたらこういう生活こそが、私には合っているのかもしれません。

 ごはんが食べられて、のんびり暮らせる。まさにネズミさんその物の暮らしですが、さして不満はありません。

 だって、世の中せちがらいですもん。毎日毎日、お金とごはんの心配をしなくちゃいけませんもの。とても忙しいのです。

 

 前に、誰か私の脳をガラスケースに入れ、ホルマリン漬けみたくして生かし続けてくれ~と願った事がありましたけれど……、それに近いというか、ある意味でなんの心配もいらない生活が出来るという事。

 

 なので、私はこれで良かったのだと思います。

 

 

 時折、胸が痛みはします。

 ロイさんやメイさんには、あの病院を去る時に、「治療が終わったらクレイドルに乗る」という嘘を付いてしまいましたからね。そんなお金なんてどこにも無いのに。

 でもそうしないと、彼らは心配してしまうでしょうし、下手をすればここに殴り込んで来かねません。阿鼻叫喚の嵐が吹き荒れるでしょうから。

 

 これまで付き合いの薄かったロイさんは元より、メイさんにも私の事情というのは、あまり深くは伝えていません。

 また莫大な借金をこさえた事などは、ご存じないのでした。

 なので、私がいったん身を隠すためにクレイドルへ乗るという“嘘”を、お二人ともすんなり信じてくれました。なんか最近の私って、嘘を付くのが板について来ましたね……。

 

 また帰って来る、いっしょにリンクスをやる――――

 去り際にメイさんと、そう果たせるワケもない約束をした時は、心が痛みましたが、これも仕方のない事。

 どうか少しでも早く、メイさんが私のことなど忘れてくれる事を、願って止みません。

 

 そして、影ながらクヌギくんのご活躍と幸せを祈りつつ、ここで健やかな余生(?)を過ごそうと思っています。

 

 

 あの処置だか手術だかをされた痛みは、未だにあるものの、あれだけ酷かった頭痛や嘔吐感は、すでにありません。

 ずっと背中に感じていた不思議な痛みも、すっかり消えました。

 

 ここに来たのは正解。

 ごはんも出て来るし、のんびり寝ていられる。心穏やかでいられる。

 

 しいて言えば、たまにで構わないので、ネクストに乗せてくれたら嬉しいのですが……それを言うのは贅沢という物でしょう。

 

 私は今、とても幸せなのです。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

【ふよふよ日記 2XX8年1月6日】

 

 

 エイプーです。先ほど、本日のお仕事が終了しました。

 といっても、リンクスの仕事ではなく、AMS研究の被験体としての役目ですが……。

 

 なんかヨクワカラナイ機械の中で、ヨクワカラナイ感じのケーブルに繋がれ、ヨクワカラナイ物を投薬された状態で、小一時間ばかり意識を()()()()する。

 

 これで私はごはんを食べているのです。こうして生きていくのです。

 

 

 私が入れられた装置から少し離れた場所で、大勢の研究者がこちらを見守っていました。

 私はいわゆる“マッパ”の状態でしたが、こんな貧相な身体を見ても嬉しくないでしょうから、さして気にしません。

 人の尊厳など、とうに捨てた。いや最初から無かったのやもしれません。

 

 確か、最初にここへ来たのは12の時だったと記憶していますが、それ以前から大した扱いなどされていませんでしたからね。

 私を想ってくれるのは、大切にしてくれるのは、お母さんだけ。

 それ以外のことは、別にどうでも良いのだと思います。

 

 私の現在の状態が表示された、なんらかの計器やメーターを見ながら、多くの研究者の方々が一喜一憂していましたが、それをどこか不思議に思いました。

 いったい何をそんなに騒ぐことがあるのだろう? 世は常に事も無し、です。

 そう遠く無い内に、世界すら終わるというのに。おかしな方々ですね。

 

 今日の実験が終了した後、その内のひとりから「長持ちしてくれよ」と労いの言葉を頂きましたので、適当に「はい」と返事をしておきました。

 そんなのどうでも良いので、早くシャワー室へ行きたかった。

 

 

 ちなみに今日、クヌギくんがサイレントアバランチを撃破した、という噂を耳にしました。

 確か強力なスナイパーライフルを所持した、ノーマルの精鋭部隊だそうですが、あの子の敵では無かったようです。

 

 たぶんクヌギくんの事だから、一体一体とっついて周ったんだろうなと思うと、なにやら微笑ましいです♪

 

 がんばれクヌギくん! おねぇさんは応援していますヨ!

 ヒューヒュー☆

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

【ふよふよ日記 2XX8年2月3日】

 

 

 エイプップです。……といっても、私をそう呼んでくれる人は、ここには居ません。

 みんな私のことを「被験体○○○号」みたいな感じで呼びますからね。

 

 ごはんを貰えるのだから、文句は言いませんけれど。

 

 でも今日は、少し良い事がありました。ネクストに乗せて頂いたのです。

 まぁ実機ではなくトレーニング用で、コアの部分しかない物を使用したシミュレーションでしたが、それでもAMSと繋がれたのだから、久しぶりにテンション上がりました。

 

 なんでも聞く所によると、今の私は既に()()()()()みたいな感じなのだそうです。

 

・光学繊維化と呼ばれる、神経系の光ファイバー置き換え。

・知覚系の直接伝達を更に強化する、肉体への入力コネクタ埋め込み。

・人工血液の使用などによる対G特性の向上、および外科手術による心肺機能・骨格・筋肉組織の強化。

 

 以上の処置が施されているのだそうな。私の知らない内に……。

 というか、近頃は特に()()()()してますからね。どうも記憶が曖昧で。

 

 鏡で見る分には、私はいつもと変わりないですし、身体も普通に動くので、さして問題は無いのですが。

 痛くないし、別にいっかな? と思ってます。

 

 

 ちなみに今日のシミュレーション結果ですが、私史上最高の出来。

 というか、この研究所においても過去最高のスコアだったようです。

 射撃が苦手というのは、いったい何だったのか。やりますね私。

 

 やはり、ネクストに乗っている時だけ……いえAMSと繋がっている時だけ、私は私でいられる。

 私に施された実験とやらは、どうやら成功した様子ですし、この分ならまた機会もあるでしょう。それを楽しみにして生きようと思います。

 

 

 そして今日、クヌギくんがまたアームズフォートを墜とした、という噂を聞きました。

 なんでも分離飛行する6つのソルディオス砲が備わった、非常に変態的なAFだったそうですが、そこから放たれるコジマキャノンをヒョイヒョイ躱しながら、全部とっついて見せたそうな。

 

 流石はクヌギくん、やりおるマン。

 喜ばしいことに、彼は順調に高みへ昇っているようです。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

【ふよふよ日記 2XX8年3月10日】

 

 

 エイプーです。少し間が空いてしまいましたね。

 ここ最近は、連日の実験で疲れている……のやもしれません。

 少しばかり気力が無い。ごはんは食べているハズなのですが。

 

 昨日、久々にまた発作に襲われました。

 頭を金槌で叩かれるような頭痛と、耐え難い吐き気。そしてヨクワカラナイ飢餓感。

 私は獣のように床をのたうち回り、研究員の方々に取り押さえられ、ベッドにグルグル巻きにされました。

 

 私の場合、これまではAMSと定期的に繋がっている時の方が、心身の調子が良かった。

 むしろ、ネクストに乗っている時の私が、本当の私だとすら思っていました。

 けれど、近頃はずっとそうしているにも関わらず、あの発作に見舞われた。それがショックでした。

 

 今も体調が良くないし、何気なく櫛を通したら髪がたくさん抜けたのも、こわかった。

 けれど、平気です。食べて寝たら、きっと元気になる。

 あまり物事を深く考えないのが、私の美徳です。

 思えば、あれからずっと頭の中に白い靄がかかっていて、感情がずっとフラットのまま。

 

 

 昔はよく、お母さんが髪を梳かしてくれました。

 私は貧相ですが、自分の身体で唯一好きなのが、この髪だったりします。

 

 頭を撫でて欲しい、ギュッてしてほしい。

 それだけで、何もいらなかったのに。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

【ふよふよ日記 2XX8年3月25日】

 

 

 頭痛がヒドイ。身体が軋む。

 やっぱりヴェーロノークが良い。あの子が良い。嫌いだなんて言ってゴメンナサイ。

 

 今日、クヌギくんがラインアークのライフラインであるメガリスを破壊した、というニュースを耳にした。

 既に彼は、英雄として称えられています。

 

 でも企業が彼を担ぎ上げ、プロパガンダやイメージアップの為に利用しているのが見えて、何とも言えない気持ち。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

【ふよふよ日記 2XX8年4月3日】

 

 

 暴力的な衝動が、心を支配しているのを感じる。

 抗えない。気を抜けば手首を噛みちぎってしまいそう。

 

 彼らが言うには、私はあのミッションで撃墜された折に、致命的な精神障害を負ってしまった可能性があるとの事。あの洪水みたいだったAMSの光で。

 

 もともと壊れていたというのに、なんて事をしてくれたの。もう取り返しが付かない。

 

 なにも考えられない。熱に浮かされているみたい。

 

 私をネクストに乗せて。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

【ふよふよ日記 2XX8年4月13日】

 

 

 髪留めが無い。どこへやった?

 私の大切な、たったひとつの、なのに。

 

 さがす、見つかるまで。

 

 どこへいったの? なぜ? 私はどうしてあんな

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

【ふよふよ日記 2XX8年4月26日】

 

 

 いたい、でもいたくない。

 わたしの身体じゃない。だからこれはチガウ。

 

 たえろ、たえろ、たえろ。

 消えて無くなってしまえ。

 

 

 にんげんでもないくせに。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

【ふよふよ日記 2XX8年4月28日】

 

 

 

 お母さん。

 お母さん。

 お母さん。

 お母さん。

 お母さん。

 

 

 お母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さん

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

【ふよふよ日記 2XX8年5月1日】

 

 

 優しい人達がいた。いたハズなんです。

 でも、背を向けたから。私がプイッと顔を背けたから。

 

 

 ごめんなさい。

 

 気付けなかった。

 私はバカだった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

【ふよふよ日記 2XX8年5月4日】

 

 

 

 起きたら、涙を流していた。

 

 クヌギくんに「君が必要だ」と言われる夢をみた。

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

【ふよふよ日記 2XX8年6月23日】

 

 

 スコア更新。AMS適性の上昇を認む、との事。

 以前とは比較にならない程、脳に流れ込んでくるビジョンが鮮明に。

 

 投薬量、増加。体調は悪化の一途をたどる。

 現在は睡眠誘導剤を使用する事で、ようやく眠りに着けるという状況。

 

 更に記憶障害を自覚。人の名前や、過去の知人の顔を思い出すことが困難に。

 時間の感覚が曖昧になり、今日などは、気が付けば一日が終わっていたという有様。

 でも私は食事を摂り、実験をし、入浴その他の日課も、しっかり済ませていたようだ。特に問題は無し。

 

 

 けれど、お母さんの顔はどんなだった?

 どんな声で、どんな服? どんな風にしていたっけ?

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

【ふよふよ日記 2XX8年7月10日】

 

 

 あの子がアルテリア・ウルナを破壊し、カーパルスを襲撃したと聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

87 ふよふよエイプー 【後編その3】

 

 

 

 サイレンの音。けたたましく鳴ってる。

 私の意識が浮上していく――――

 

 

『当施設内に、所属不明ネクストが侵入。直ちに迎撃せよ』

 

 知らない声。機械的で冷たい。キライ。

 でもこれ、私に? じゃあ行かなきゃ。

 

 目を開けると、暗闇。

 でも沢山のモニターから発せられる光が見える。ぼんやり。眩しい。

 

 いまシートに座ってる。いつの間にかここに。身体は固定されてるみたい。

 まるでお母さんのお腹の中にいるような、慣れ親しんだ感覚。包まれてる感じ。

 

 手が、何かを握ってる。これは……操縦桿?

 知ってるヤツだ。なら大丈夫。いける。

 私は口では無く、脳内でAMSに指示する。――――起動。

 

『被験体○○○号、相手は一機だ。

 君がやれ、少しでも時間を稼ぐんだ』

 

 頭の中に、光と映像が流れ込んでくる。

 言語は無い、でも不思議と分かる。作戦内容と、状況と、オーダーを確認。

 目標の位置情報、敵機体の所載、自機の状態、確認。

 

 ゲートロック解除、拘束具パージ、オールグリーン。

 出撃。メインブースターON。前進。

 

 ガレージを脱出した、飛行する。

 轟音が響く。身体にGと振動。それと共に、心に全能感が満ちてく。

 

 繋がってる。この子と。問題なく動く。

 一緒。私達は同じ物よ。ふたつでひとつだ。

 

 強く感じる。分かる。

 私は――――生きている。

 

 今、この瞬間だけは。

 

 

 

「?」

 

 敵機、目視で確認。距離1600。接敵する。

 現在標的は、右腕武装のレーザーブレードにて施設を破壊中の模様。

 けれど。

 

「いったい……なにを?」

 

 思わずボソリ。久しぶりに、私の口が動いた。

 状況不明。現状の理解に戸惑う。このAMSすらも解析に窮している様子。

 

 ――――え、下手くない?(キョトン)

 なぜ貴方は、()()()()()()()()()()()()()()()? 全然届いてないよ?

 そして何故、ノーマルやMTじゃなく、止まっている無機物を相手にブレードをスカるの?

 なんで、そんな闇雲にブンブンやるの? ロクに当てられないの?

 

『だぁぁーーっ! 今日は機体の調子が悪いぜぇーっ!

 なんにも思い通りいかねェーーッ!!』

 

 FCSの故障かぁ? ちゃんと整備しとけよなアイツらぁー!

 そんな情けない言い訳が、無線を通して耳に届いた時……。

 

「――――っ」

 

 私は目覚める。パッと頭の中の霧が晴れるように。思わず。

 そう。いま目にした、あまりに衝撃的な姿に……。

 

 

「あ! そのヘタクソな操縦は、()()()()()()()()()()()()()

 何してるんですか、こんな所で?」

 

『ッッ!?!?』

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「いやー。私グーパンで倒されるネクスト、初めて見ました」

 

「るっせぇよチキショォォーー!!!!」

 

 私が乗っていたのは、施設に置いてあった練習機。

 何の武装も積んでいなかったものですから、()()()()()()()()()()()()。飛び蹴りってヤツです。

 するとダン・モロさんのセレブリティアッシュ、〈ドゴーン!〉と吹っ飛びましてね?

 そこからマウントポジション取って、ゴスゴス殴りまくってやったら、なんと何にもさせずに勝つことが出来たんですよ。ビックリ。

 

 私達の教科書にはありませんが、意外とこの“飛び蹴り”ってヤツが、今後の白兵戦のスタンダードになるかも?

 だって、めっちゃ使い勝手良かったですもん。もうブレードとか振ってらんないです。

 ホワッチャーイ!

 

 とはいえ、今もダン・モロさんはバッチリお元気ですし、私のネクストが徒手空拳であった事も幸いし、大した怪我もしていません。

 あくまでセレブリティアッシュの動きを制し、少しばかりお話をする時間を稼いだ……といった感じでしょうか。

 

 ちなみ、現在私達はネクストを降り、彼のガレージにてお茶を頂いているところ。

 あのAMS研究所での交戦から、既に2時間ほど経過していますかね?

 

「信じらんねぇ、まさかお前がいるとは……。

 大した防衛設備もねぇって聞いてたから、楽なミッションだと思ってたのに。

 なんて日だチキショウ……」

 

「えへへ」

 

 ガックリ! と項垂れるダン・モロさん。絵に描いたような落ち込みよう。

 いくらネクストとはいえ練習機、しかもなんの武装もしてない相手にボコられたのですから。左手のライフルとか私に取られてましたもんね、逮捕術よろしく。

 

「つか、マジなんで居たの? すげぇビビッたんだが……。

 あっこって、なんかの研究所だろ? なんでリンクスのお前が」

 

「ダン・モロさんも、ブリーフィングを聞き流してミッション行くタイプですか。

 とりあえずやれば良いんだろ? オペ子が説明してくれるさ。みたく」

 

 いま自分が何と戦ってるのか、解ってない。何をしているのか理解してない。

 多いんですよねぇ、そういうリンクス。かく言う私も、昔そうでしたが。

 

「まぁ細かいことは置いといて……、来てくれて助かりましたダン・モロさん。

 実を言うと、そろそろあそこから出るつもりでいましたので。ちょうど良かったです」

 

 まさに渡りに船。ダン・モロさん操るセレブリティアッシュの施設襲撃に乗じて、私はあの研究所から脱出することに成功したのでした。

 奪ったライフルを、彼が搭乗するコックピットの辺りに突き付けて、無理やり言う事を聞かせてやりましたからね。「大人しくしなさい」って。

 

 端的に言えば、私は彼と共に施設を破壊し、そこを脱出した後、機体をそこらへんに乗り捨て、セレブリティアッシュに相乗りさせて頂きました。

 ここは、いつもの酒場の近くにあるダンモロさんのガレージですし、これにて無事に我が町へ帰還です。借金とかもう知りません(キッパリ)

 

 というか、彼が受けたミッションは研究所の襲撃というよりも、“エイ=プールの殺害”こそが真の目的だったのではないかと……。

 アルテリアが襲撃されたという、こんな大変なご時世に、企業同士で小競り合いをする理由が分かりませんし。わざわざ本社でも軍事施設でもなく研究所を狙うという意図も、それくらいしか思いつきません。

 まぁ恐らく、「念には念を」と考えたのでしょうね。どんだけ邪魔者なんですか私。

 

「ダンモロさん、ここ一週間ほどで起こったニュースを、詳しく教えて頂けませんか?

 ネット端末もお貸し頂けたら、有難いです」

 

 

 そう、出来るだけ柔らかな声を意識して、お願いをしました。

 

 心はフラット。視界はボンヤリ。意識は()()()()のまま……。

 きっと一皮向けば、私の中身はもうズタボロでしょう。

 その実、自動音声を喋る機械と、なんら変わりはありません。

 

 けれど、長年かけて処世術として習得した“仮面”を被り、ダンモロさんと対話しました。

 少しでも、人らしく見えるように。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「――――オッツダルヴァやないかい!!(絶叫)」

 

 私は気づき、真実へ辿り着いた。

 

「なにが“てるみどーる”ですかっ! こんなもん乙樽やないか!

 なにを申し訳程度に、逆脚乗っとるんですか! アホかぁ!(怒)」

 

 なにが感情フラットだ、とばかりに叫びます。いつもの口調もかなぐり捨てて。

 

「えっ、これ王子なの……? マジで言ってんのかよ!?」

 

「ええ。実はこの人、牛丼屋で名乗ってたんですよ。

 私はマクシミリアン・テルミドールだ! って。

 どっかで聞いたことあると思ったら……」

 

 散々ナニカサレタ弊害ですね。もう記憶がグシャグシャで……。

 でも、あの時クヌギくんが言っていた【てるみどーる】という人物は、かの牛丼王子に相違ありません。

 ヤツこそが、いま世間を騒がせている、最悪の反動勢力のトップだという事。

 私達は、ネットニュースのページを見ながら、冷や汗。

 

 詳しくは聞きませんでしたが、恐らくジュリアスさんが所属する団体というのも、このORCA旅団なのでしょう。

 確か「世界の基盤をひっくり返す」とか言ってましたからね彼女。

 

「でも王子って、あの後“第8艦隊”か何かのミッション行ってよぉ。

 そこでスティグロに水没させられた~って聞くぜ?」

 

「わざわざ茶番をやり直したんですか。しかもまた水没って……」

 

 なにやら“水没”という物に、得も知れぬ拘りがある様子。

 私には彼が理解出来ません。

 

「ここ最近は、ずっと王子が、あの坊主の僚機やってたんだよ。

 けっこう相性良いみたいでさ。二人でガンガン依頼をこなしてたが……。

 けど牛丼野郎がゴボゴボいった後、()()()()()()()()()

 どこ行ったんだ~、ってみんな心配してたら、突然あの事件だよ」

 

 アルテリア・ウルナ、およびカーパルス襲撃――――

 それをやったのが、あの見間違えようもなくファニーな機体、【AN BREAD MAN】であるとの事。

 これには世間も度肝を抜かれたそうな。私がいる施設の人達も、ガヤガヤ騒いでた位ですからね。

 

「なんでもORCAってのは、テロ集団みてぇなヤツらしいが……ここにクヌギが居るぅ?

 いや有り得ねえって! まだ10才かそこらだぜ?!」

 

 有り得ないも何も、既に情報は出揃っています。

 私達がどう思うかなど関係なく、あの子は今も“活動家”として、ネクストを駆っている事でしょう。

 あのオッツダルヴァ……いえマクシミリアン・テルミドールの右腕として。

 

「ここを見て下さいダン・モロさん。

 つい先日も、ORCAの保有する“衛星軌道掃射砲”とやらを破壊に向かったネクストチームが、クヌギくんのACにより撃退された~とあります。

 三大企業の総力を挙げた合同作戦だったようですが……残らずクヌギくんに、とっつかれたと」

 

「パねぇな坊主。今に始まった事じゃねぇが……」

 

 恐らくは、カラードのトップランカ―達を、惜しみなく投入したハズ。

 これは世界的な危機なのです。もう是が非でもという、なりふり構わぬ作戦だったのでしょう。けどそれすらもクヌギくんは……。

 

 実質的に、あの子を止められるACは、この世に存在しないということ。

 たとえ何機がかりで挑もうと、クヌギくんには勝てないというのが、これで白日の下で証明されたワケです。

 それどころか、いま何機くらい残っているのでしょうね? カラードのネクスト戦力は……。

 

 同じACで勝てないとすると、考えられるのはAFをぶつける手。

 けれど、あの子の武装は“KB-O004(コジパン)”。これはまさにジャイアント・キリングをする為にあるような武器なのです。

 

 たとえ何体揃えようが、限りなく勝ち目は薄いでしょうし、下手すれば会社が傾きかねません。

 その損害額は元より、主力AFという保有戦力を失えば、管理者たる企業の力は地に墜ちるでしょうし。なによりライバルである他社に好きなようにされてしまう。

 果たして、軽々しくそんな手を取れるかどうか……。少なくとも自分の所からAFは出さないでしょう。

 

 ならば弾切れを狙おうとばかりに、MTやノーマルなどの通常戦力を差し向けたとて、それは本末転倒という物。

 ACの強さなど語るまでも無く、これを打倒するのは無理というものですし、そもそも彼は今ORCAにいるのです。雑魚の露払い役を一機用意すれば、それだけで事足りる。

 私や王子がやっていたように、です。

 

 考えれば考えるほど、恐ろしいですね。極まった個というのは。

 成り行きとはいえ、私はこれほどの子を身近に置き……いえ“力”を持っていたのかと思うと、背筋が寒くなる想いです。

 

 そりゃあ誰も彼も、私をなんとかしようとするハズだ。ただの保護者気分でいたのは、とんでもない事でした。

 比喩ではなく、今あの子は世界を壊そうとしている。()()()()()()()()()なのだから。

 

 もし私が企業の立場なら、戦うのではなく“対話”という手段を取ります。

 なんと言っても、あれだけみんなでワッショイし、御神輿みたいに担ぎ上げていたクヌギくんが、実質的に企業を見限った形なのです。

 もう統治者の威厳とか面子とかは、ボロボロでしょう。もしかしたらAFを墜とされる事なんかよりも、よほど痛手だったかもしれません。

 ORCAどうこうは置いといても、なんとか彼と和解・懐柔し、再び手元に置くことが出来ないものかと、そう考えるでしょう。

 

 もしくは……搦め手ですか?

 私にやったように、戦い以外のあらゆる手段を以って、あの子をどうにかしてみるとか。

 お金や報酬をちらつかせたり、誑かしたり、人質を取ったり、またはACから降りている時を狙って暗殺したり。

 あるいはその全てを? ()()()()()()()

 

「なんという……こと」

 

 愕然としました。

 私がシャバを捨てて引きこもっている間に、このような状況になっていたとは。

 目の前が、暗くなる。

 

「あの子が、危ない――――」

 

 

 

 何を思うより、まず最初に浮かんだのが、それ。

 世界情勢だとか、アリエナイとか、何故とか、そんなことは今いいんです。

 

 クヌギくんが危ない。殺されてしまう……。

 

 それだけを思う。脳内でアラートが鳴り響く。

 いつもACに乗っている時に聞く、機械的な警告音が、止まらない。

 

 だめ、駄目、ダメ。

 そして、決して抗えない命令が、私の一番深い所から下される。

 これ以外はもう、なにも考えられない。

 

 ――――()()

 

 

 

「お、おい大丈夫か? 真っ青じゃねぇかお前……」

 

 ハッと意識を戻すと、こちらを覗き込んでいるダン・モロさんの顔。

 

「ちょっと横になるか? ソファーくらいあるからさ。

 あんなトコに居たんだ、お前いま身体がよぉ……?」

 

 それとも飯か? なんか買って来よっか!?

 そうダン・モロさんがオロオロしながら、私を気遣ってくれます。

 ミッションを邪魔された挙句、カージャックならぬACジャックまがいの事をされたというのに、なんとお人好しな。

 こんな時だというのに、私はそれがおかしくって……。

 

「いえ、どうぞお気遣いなく。

 それよりも、ダンモロさんは行かなかったのですか? 先のORCA討伐のミッション」

 

「えっ!? いや俺ぁ……忙しくってよ!

 多分その日は、たまたま別の依頼があったんじゃねーかな~? アハハ!」

 

 ああ、呼ばれなかったんですね。

 総力を挙げた一大作戦だったハズなのに、「ダン・モロはいらん」と。

 まぁおかげで私は彼と会えましたし、あの研究所から出る機会も得たのです。

 もしダン・モロさんが来なければ、きっと私は今も、夢現の中で()()()()していたでしょうから。黙って感謝しておきましょうか。

 

「あれ? なんかメールが来てやがるぜ。

 こりゃあ……企業連からぁ?」

 

 誤魔化すように咳払いした後、モニターに向き直った彼が見つけたのは、一通のメッセージ。

 彼にリンクスとして出動を要請する、依頼の文章でした。

 

 

「ショタっ子を見守る淑女の会? が保有する新型AF【()()()()()】を破壊して下さい。

 ……って! なんだこりゃあーっ!!!!」

 

 

 ダン・モロさんのおっきな声が、ガレージに木霊しました。「できるかぁ!」と。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 国家解体戦争以前――――

 喪女たちは、新たなフロンティア“オネショタ”を巡って激しく争い、ただ余所の女のストーキングとか、情報収集とか、連れ去りとかを妨害するためだけに、致命的な無人兵器【アサルト・セル】が開発された(?)

 

 それは、クッソ醜い争いの激化に伴い、やがて()()()()()()()()()()()

 結果、人類は自ら、宇宙への途を閉ざすことになる。

 

 マクシミリアン・テルミドールは(うそぶ)く――――

 それが、今日(こんにち)まで続く、お姉さま方の罪だ。

 

 こんなしょーもない事のために、いま人類は種として閉塞し、この惑星で壊死を迎えようとしている……。

 国家解体戦争も、リンクス戦争も、ランクマとか依頼とかコジマ汚染とかクレイドルとか、あとオーメルとかGAとかインテリオル・ユニオンとかも、全てこの罪を隠匿するためにあった。本当クソッタレな事に。

 

 であれば、我らORCA旅団の戦いは、この罪を清算するためにある。

 正直やりたくないし、すんごいメンドクサイ。もう涙が出るくらい情けない事だが、致し方無し。

 

 犠牲なき解決の機会は、とうに失われている。

 「いつまで争っとんねん。なんでそんな事すんねん」というくらい、彼女らは一心不乱に、ショタっ子を求め続けたのだから(怒)

 

 ゆえに、贖罪に痛みが伴うならば、それは甘んじて受け入れなければならない。

 

 それが、()()()の咎だ――――文句はあいつらに言えと。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ――某所――

 

 

 04-7952  THERMIDOR

 04-1675  NEO NIDUS

 04-6933  JULIUS EMERY

 04-8082  MALZEL

 

 

 

「老人達と、淑女達は、取引に応じたよ。

 後はビックボックスに哀れな走狗を迎え、クラニアムをナンヤカンヤするだけだ」

 

「おー、ええ感じに進んどるじゃないかメルツェル。

 老体にムチ打った甲斐があるわぃ」

 

「ああ、よくやってくれたよ銀翁。後で酒でも届けさせよう。

 ともかく、それでクローズ・プランは第一段階を遂げる。

 めでたしめでたし、というワケさ」

 

「……で、分担はどうする?」

 

「それか。

 ではクラニアムをテルミドール、お前に。

 ビックボックスは私……でどうだ?」

 

「お前が? ()()()()()()()()()

 相手は恐らくダン・モロか、キルドーザーあたりだろうし」

 

「ウチのヴァオーだけでも良いくらいだ。残り物リンクスの相手など。

 一応は、私も付き添うつもりだがな」

 

「なぁ……ちょっと良いか二人とも?」

 

「おや、どうしたジュリアス。なにか問題かね?」

 

「さっきからクヌギきゅんの姿が見えないんだが、どこへいった?

 あの子がいないと、なんだかソワソワしてしまって……」

 

「ん、伝えていなかったか?

 これは、かの淑女の会から【不干渉および共闘の密約】を取り付ける為だ。

 ()()()()()()()()()()()が条件だった故、のしを付けてくれてやったのさ。

 所詮ヤツではORCA足り得ん」

 

「飛車を切った形だが、散々働いて貰ったしな。最早あの子も不要だ。

 人類に、黄金の時代を――――」

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「――――私を()()にして下さい」

 

 自動的に、私が喋り出す。

 

「行きましょうダン・モロさん。

 あねサラーを破壊するんです」

 

 躊躇は無い。考えるまでも無い。

 私のすべき事は、それだ。

 

「いや無理だろ!? 新型アームズフォートだぞ?!

 んなもんヤベェに決まってるじゃねーか!! ムリムリムリ!!」

 

 きっと例の“未確認AF”のトラウマでしょう。ダンモロさんが扇風機みたく首を横に振ってます。

 これは企業連から直々の依頼。その重要度は他と比べるべくも無い。

 確かにカブラカンとかソルディオス砲とか、それらの相手も非常に危険度が高いでしょう。でも今回は、きっと桁違い。

 

 もう是が非でも受けて貰うとばかりに、相場の倍近い金額が提示されてますし。

 ま、どうせこれ受けたらダンモロさん死ぬでしょうし、ワンチャン払わずに済むかもしれませんものね(毒)

 

 関係ないけど、この依頼文から漂う必死さ、そして「よりにもよってダンモロに」という切羽詰まった感じが、現状の拙さを物語っています。

 もうホント、カラードにはロクなリンクスが残ってないのでしょうね。彼に依頼せざるを得ない位ですから。

 

 そして案の定、ダンモロさんは渋っている。

 普通に考えたら、こんなの出来るワケないのですから。

 彼にとってジャイアント・キリングは奇跡の親戚であり、特攻機に乗るのと大差ない所業なのです。無理もない事。

 けれど……。

 

「私がいます。貴方を守りますから。

 お願いですダン・モロさん」

 

 退くワケにはいかない。絶対に。

 恐らく、そこにクヌギくんも居るハズだから……。

 

「ミッションを連絡します――――

 淑女の会が保有するAF【おねサラー】を破壊して下さい(ええ声)」

 

「ッ!?」

 

 私は意識して声を作り、企業連の仲介人さんの“声真似”をします。

 

「クヌギくんは、まだ10才にも満たない、幼い男の子です。

 そして彼女らは、単なるメンヘラ集団に過ぎず、生かしておく価値はありません――――」

 

「似てる! エグイくらいッ!

 まるで()()()が同じみてぇだ!(迫真)」

 

 私がたまに酒場で披露する持ちネタなのですが、まさかこんな所で役立つとは……。

 強気で、冷淡な声。有無を言わさない雰囲気。

 こんなの断れるものなら断ってみなさい! 逃がしませんよダンモロさん!

 

「貴方のセレブリティ・アッシュにしか出来ないミッションです。

 卑劣な暴力集団の、息の根を止めて下さい――――」

 

「やめろ! 怖ぇよ!

 行くから! 受諾すっからぁ!(必死)」

 

 言質は取りました。やったぜ☆

 

「つかお前、僚機って言ってもよ。ネクストはあんのか?

 確か聞いた所によると、前にヴェーロノーク全損したって……」

 

「あ」

 

 そうだ、私のヴェーロノークって、壊れちゃったんでした。

 しかもユニオンに取り上げられ、所有権まで……。

 これでは、とても僚機どころでは……。

 

「ダンモロさん、セレブリティアッシュ()()()()

 それ売っ払えば、TELLUSを買い直せるかも」

 

「――――ヤダよ! 俺が出られなくなるだろッ!」

 

 思い切って頼んでみましたが、なしのつぶて。

 一瞬「こいつを殺して奪うか?」という考えが頭をよぎりましたが、これまでのダンモロさんとの思い出が、私を人に繋ぎ止めます。命拾いしましたねこの野郎。

 

 それにしても、まさかこのような問題が……。

 出撃したくとも、肝心のネクストが無いなんて。どんだけ貧乏という物は、私に付きまとうのか。

 ちなみにですが、ヴェーロノークの元となったTELLUSを一式買おうと思えば、大体200万Cくらいかかります。とてもじゃないけど、そんなお金ありません。ダンモロさんもそうみたいです。

 

「この人の臓器を売っても、せいぜいライフルの弾代くらいでしょうし。

 これは参りましたね……」

 

「なぁ、今なんか言った? 俺をナニカスル算段してない?」

 

 いいじゃないですか! あんな残念アセンの機体!

 それにダンモロさんなんて、生きてても仕方ないでしょ!? 私にネクスト下さい!

 と……それを口にしたら、人として終わりですので、私は黙って「うむむ」と唸ります。

 どうにかならないものか。お金、お金、お金……。

 もう泥棒とか、強盗とか、そんな物騒なアイディアしか浮かんできませんが……。

 

「あーっ!!」テッテレー

 

 そうだ、私にはアレがありました!

 青天の霹靂めいた閃きに、ズガーン! と雷が落ちた心地です。

 

「ダンモロさん、車を出して下さい。

 おっきなトラックが良いです。ACパーツを運べる位の!」

 

 身体が熱い。何かに突き動かされてる。

 私はその熱と衝動のまま、彼の背中をグイグイ押して、走り出しました。

 ボロボロの身体なんて、気にせずに。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「――――出来ました! 新生ヴェーロノークです!!」

 

 まるで、ロボットアニメ中盤における、機体乗り換え。

 私は新たに手に入れたACの前で、「ばんざーい!」と両手を振り上げます。

 

「お前……スゲェな。

 まさか半日かそこらで、AC一式を買い揃えちまうとはよ」

 

 隣には、目をまん丸にしたダンモロさん。彼には今日一日、さんざん付き合わせちゃいましたし、感謝してもしきれません。

 

「わらしべ長者作戦、か。

 あのとき買った肩武装が、ネクストに化けるとはなぁ……」

 

「ええ、私も驚きました。

 まさか倉庫で埃を被っていたLALIGURAS(肩スラッグ)に、プレミアが付いていただなんて……」

 

 急いで私のガレージに向かい、そこで取ってきたのが、あの雪の日にクヌギくんと買ったショルダーユニット。

 私はいつもASミサイルを肩に装備していましたので、結局これは一度も使う事がありませんでした。でもヴェーロノークに取り付けていなかったおかげで、これだけは被害から免れた。

 

 機体の大破によって壊れる事も無く、また私が個人的に購入した物だった事もあり、ヴェーロノークと一緒に取られることも無かったのです。

 私がASミサイルしか使わないのは有名ですし、これ倉庫の隅っこでシートかけてあったので、きっと盲点だったのでしょうね。うひひ。

 

 そして前述の通り、LALIGURASにプレミアが付いていた事も、幸運でした。

 なんでもこの肩武装は、そのあまりの使()()()()()()()によって、すでに生産が中止されているのだとか。

 けれど、手に入らないとなれば欲しくなるのが、人の情という物。捨てる神あれば拾う神ありです。

 

 私はこれを普通に売り払うのではなく、足を使って知り合いの所を周る事で、高く買い取ってくれる人を見つけたのでした。

 もうこれ手に入らないよ~。貴重だよぉ~。と商人みたいな売り方をして、大金ゲットです♪

 

 加えて、それを元手とし、さっきも言った“わらしべ長者作戦”を敢行。

 レアそうなパーツを買って、それを高く売ったり、またちょっと高めなパーツと交換したりを繰り返すことで、最終的に新品のネクスト一式を買い揃える金額を得ることが出来たのでした。

 

 もちろん腕部は、愛用のA06-AURORA。腕武器VerのASミサイルです。

 そしてこれは、ちょっとしたアレンジなのですが……思い切って背中武器にはCP-49。いわゆる“三連ロケット”を積んでみました。

 

 これはAMS研究所での訓練&ナニカサレタ効果で、私自身のスペックが激上がりした事による物。

 腕武器Verに比べて、少し使い勝手が悪いと感じていた背中ASミサイルではなく、「なんかコレなら出来そう!」と個人的にしっくり来ていた三連ロケットを、代わりに採用してみたのです。

 普通の射撃武器よりも、何故かこっちの方が当たるっぽいんですよ。私の場合……。

 元々ノーロック戦法という、変態的なネクスト操縦をしてきた効果ですかね?

 

 そして、せっかくですので、この機会に内装もイジりました。

 ヴェーロノークはリンクス戦争時代から、相も変わらず使い続けていた機体なので、当然もう古くなっている。今の時代、これよりも良いパーツが沢山存在しますから。

 

 まずはジェネレーターを、MAXWELLではなくRIGELに変更。

 そして実はず~っと物足りなさを感じていたBBのSCHEATを、ARGYROSに変えました。

 これでマシ機のACに距離を詰められる事なく、安心して引き撃ちが出来ますね。ホッコリ♪

 

 まぁ実は、これより良さげなパーツも、結構あったりしたのですけど……。

 でも悲しいかな、機体構成を変えるにしても「出来るだけインテリオル系列で」という意識が働いてしまった私は、立派な社畜なのでしょう。

 あんな“騙して悪いが”的なことをされておいて、未だに義理を立てるのですから、人の心とは度し難いものです。

 まぁなんだかんだ言っても「育った水が一番」というヤツですよ。

 

 後はチューンの内容を変更。長年の傭兵生活で大量に獲得したFRSメモリを、もう大人げないまでにつぎ込んで、各種能力を大幅にパワーアップさせたり。

 また肩武装と同じく、今まで倉庫で埃を被っていた沢山のスタビライザーで、機体のバランスを整えたくらいですかね?

 

 余談にはなりますが、前にユニオンから頂いた私専用のコア背部用スタビは、既に一般のリンクス達にも出回っていまして。

 今日わらしべ長者作戦をやった時に、とある心ある傭兵さんから「お前と言えばコレだろ。ついでに持ってけ」と、ご厚意で頂くことが出来たのです。

 今このACの背中にも、しっかりとあの羽みたいなスタビが、装備されているのですよ。

 機体自体は別物だけど、あの子の魂を受け継いだ感じがします。

 

 そんなこんなで、新生ヴェーロノーク 爆 誕 で す ☆

 私はお手製のエンブレムを、この子の左肩にペタリ。

 そして「うんしょ!」とコックピットに乗り込み、あの研究所の実験機を乗り捨てる時、密かに拝借しておいた“私専用のAMS”を、パイルダーオンとばかりに差し込みました。

 

「いつも思うんだけどよぉ……。

 なんかAMSの基盤って、()()()()()R()O()M()()()()()みてぇだよな」

 

「そうですよね。グイッて差し込む方式ですし」

 

 今の時代、こういうのは珍しいかもしれません。

 なんか辞典みたくぶっといカセットですし。きっとこれ100メガショックくらいあります。

 

「ダン・モロさんの方はどうですか? 新しい機体は」

 

「おう、万全だ! テンション上がるぜ!

 なんたって、あの()()()()()()()()だからなぁ!」ババーン

 

 実はですね? 先ほどクヌギくんのガレージにもお邪魔して来たのですよ。今はもう誰も居ませんでしたが。

 そこでかっぱらってk……いや使っていないのならと拝借してきたのが、あのアンノウンさんの忘れ形見である、ホワイトグリントと呼ばれる機体。

 これが、今回お願いを聞いて頂いたダンモロさんへの、私からの前払い報酬となっています。

 

 なんでも聞く所によると、彼の愛機であるセレブリティアッシュは、昔のコミックヒーローを模した機体なのだとか。

 そんな少年の心を忘れないダンモロさんが、我らが英雄の機体ホワイトグリントに食い付かないワケがありません。「ヒャッホー!」ってなモンです。

 もうこれを貰える、これに乗れるとなった時の、彼の喜びようったらありませんでしたよ。おめめをキラキラさせてましたものね。

 

「つかよ、ライフルとアサルトってのは、流石に多いんじゃねーかな?

 やっぱ俺的には、右手にレザブレを持t

 

「ダメです(キッパリ)」

 

 お前はもうレザブレを握るな。黙ってダブ鳥しとけ(辛辣)

 そして、せっかく強武器と名高き通称“グリミサ”があるのですから、是非それを使って下さい。お願いですから。

 

 適当にロックオンして、3秒に一回くらいポチポチしとけば、たとえやってるのがダンモロさんだとしても、かなりの戦力になるハズ。

 僭越ながら、さっき私がミサイルの使い方を、耳にタコが出来て「うぎゃー!」ってなっちゃうくらい叩き込んでおきましたので、きっと大丈夫だと思われます。多分。

 

 きっとレザブレというのは、彼にとって譲れない拘りなのでしょうね。「ヒーローって言ったら剣だろ」みたく。

 でも今回ばかりは、このミッション中だけは、ホワイトグリントそのままの装備で行って貰おうと思います。私めっちゃ先輩風ふかせて説得しました。

 

「そうだぞお前ぇー! エイプーの言うこと聞いとけぇー!

 んな事だから、いつまで経ってもランク28位なんだぁー!」

 

「ほら、キルドーザーさんもこう言ってるじゃないですか」

 

「いやコイツに言われたくねぇって!!!!」

 

 隣に並んだ機体のコックピットから、なんか髭ヅラのガラの悪いオッサンが、高笑いしながら降りてきます。

 彼の名はチャンピオン・チャンプス。でも呼びにくいので、みんな「キルドーザーさん」と呼んでいます。もしくは解体屋でしょうか?

 

 ちなみに、彼も今回のミッションの僚機をやって下さいます。

 知人の所を周っていた時に、たまたまお会いしたので声をかけてみたら、二つ返事で了承。

 

「ドスの敵討ちだぁー! 淑女の会のヤツラめぇーっ!

 アイツから受け継いだ、この“KIKU”で、絶対にとっついてやるからなぁーーっ!!」

 

 そう、キルドーザーさんは今、燃えているのです。

 なんでもドスさんが、淑女たちが所有するAFに破れたそうで、病院送りにされちゃったのですよ。

 とっつき三羽鴉として、親友の仇を取る。そしてクヌギを取り戻す。

 報酬の為ではなく、私達と同じ志を以って、このミッションに協力して下さるのでした。

 

「流石はエイプーだぁー! お前にアセンの相談をして良かったぜぇーっ!

 まさか背中グレを、SAPLAに変える手があったとはなぁーっ!」

 

「ええ。こちらの方が機体負荷が低いし、実は弾数も多いんです。

 使い勝手だって上なんですよ♪」

 

 まぁ少しばかり入手困難なパーツですし、キルドーザーさんがご存じなかったのも、無理はないです。

 実は腕のドーザーのみならず、グレも大好きなこの人。意外と当て方も上手だったりするので、SAPLAを担げば鬼に金棒というヤツです。

 

「私のチョイスで恐縮ですが、内装周りもイジらせて頂きました。

 もしミサイルを降ろすのであれば“社長砲”を担ぐ、という手もあるのですが……」

 

「うーん。そりゃあ流石に()()()()()()()

 ドーザーと一緒で、あれ担ぐにゃあ、相応の覚悟がいんだろうからよ。

 ま、今回は遠慮しとくわ! がっはっは!」

 

 俺にはKIKUがある。こっちで生きてくぜ!

 そう豪快に高笑い。新生キルドーザーにご満悦の様子です。

 

 関係ないですが、なんかカラードランクの下位陣が、劇的に強化されてしまった感。

 これからリンクスになる新人さん達は、さぞ大変でしょうね……。あのミセステレジアさんに負けないくらいの“ランク詐欺”です。

 

「――――出撃はマダカ? 俺のコジマが漲ってイル! はよセイ!」

 

「おい、誰だよコイツは」

 

「知らねぇぞ俺ぁ」

 

「あー、その人も拾ってきたのですよ。

 みんなのヒーロー“アクアビットマン”さんです」キッパリ

 

 説明しよう! アクアビットマンとは(以下略)

 とりあえず、なんか暇そうな顔していたこの人も、ついでに誘っておきました。

 

 そりゃー売れ残るよな~、こんな状況でもお声かからないよな~、と妙に納得してしまいましたが……。でも彼の機体が誇るコジマライフルの攻撃力は、他の追随を許さない強力な物。

 きっと何かの役に立つ(ハズ)と思い、ご参加頂いたのでした。

 

 まぁなんか、ミ○キーの帽子を被ってる、ロクに言葉が通じない感じのぶっ飛んだ御仁ですが。でもここに居るのは変人ばかりなので、きっと大丈夫でしょう(適当)

 

「ぱ……、パートナー。

 フラジール単騎でも、敗率はほとんどアリアリアリ……」

 

「あらら、まだ寝てて良いですよCUBEさん?

 出撃までには、時間がありますから」

 

「おい、こいつも拾ってきたのかお前」

 

 そして、ガレージの傍らにあるソファーに寝そべっているのは、かのAC【フラジール】を操るリンクス、CUBEさんです。

 彼も淑女の会のAFに破れ、なんでも精神崩壊を起こしたので()()()()()()()()()()()()そうなのですが……、何かに使えるかもしれないという事で、拾っておきました。

 

 機体も買ってあげましたし、新生フラジールとも言うべきアセンもバッチリ。

 特にあのクソッタレなガリガリ腕部には、通称“黒板消し”と呼ばれるハンドミサイルを持たせて、その弱点を補っておきました。

 これで以前よりは、多少マシに戦える事でしょう。

 

「その変態共はともかく、私も早く行きたいぞ。

 なぁ、良いだろう()()? ミッション予定時刻など気にするな」

 

「駄目ですよジュリアスさん、これダンモロさんの依頼なのですから。

 ちゃんと条件は守らなければ、報酬貰えなくなっちゃいます。

 ささ、こっちに来てコーヒー飲みましょう?」

 

 そして、この“おもちゃの兵隊”とも言うべき軍団のエースを務めるのは、言わずと知れたジュリアス・エメリーさん。

 クレイドルでも類を見ないほどピーキーな機体を乗りこなす、天才女性リンクスです。

 

 なんでも彼女は、怒りに任せて()()()O()R()C()A()()()()()()()()()のだとか。

 もうプンプン怒りながら、私のもとへ来てくださいましたよ(白目)

 

 すまん、クヌギきゅんを取られた。お前に申し訳が立たん……。

 そう沈痛の面持ちで、私に頭を下げてくれましたが、きっと彼女は私のかわりに、クヌギくんを守ってくれていたのでしょう。

 少なくとも、彼女はそのつもりでいた。いつか私がORCAへ来たら、一緒にクヌギくんのお姉さんをやるんだと。

 

 しかしながら、事後報告でクヌギくんの身柄が淑女の会へと引き渡された事に、憤慨。

 メルツェルさんや牛丼王子をフルボッコにし、その悲願を()()()()()()()()()()()()、こうして私達の仲間へ加わってくれたのでした。

 戦わずして、ORCA消滅しちゃった☆ てへ♪

 

 

「なんか、僚機がエライ事になってる件……。

 こいつら全員、俺のミッションに?」

 

「そうです、貴方が率いるんです。

 今この時より、【ダンモロ旅団】の旗揚げですよ! ヒューヒュー☆」

 

 

 

 

 

 よろしく頼むぜぇー、団長ぉー!

 お前を守ロウ、俺のコジマガ。

 そのためのフラジールです(蚊の鳴くような声)

 

 団員となった仲間達から「やんややんや」と囃し立てられ、ダンモロさんは何とも言えない表情。

 あたかも壊滅したORCAの代わりとばかりに、ここに新たな反動勢力【ダンモロ旅団】が結成されたのでした。

 

 

 今に見てなさい、ショタっ子を見守る淑女の会!

 ココガ! お前の! 墓場デスヨ!

 

 

 ――――戦争だァ! 我らにはそれが必要だァ!(ノリノリ)

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

88 ふよふよエイプー 【後編その4】




「ヴェーロノーク、目標を確認しています。作戦を開始しましょう」






 

 

 

 

 

 ――――エイプップ、メイ・グリンフィールドよ。

 

 

 アンタがこれを聞いてるんなら、私は既に死んじゃってると思う。

 きっと、あの変態淑女どもに破れたんでしょうね。

 

 ロイさんも、喪女板からは生きて戻れない。

 クヌギの保護者同盟は、アンタ一人きりになったって事よ。

 

 

 お願い……。私の替わりに【ショタっ子を見守る淑女の会】を壊滅させて。

 アレを倒せば、喪女達は最後の拠り所を失い、全ての人は大地に還るわ(?)

 

 衛星軌道掃射砲とか、クレイドル問題とかは、ぶっちゃけ知った事じゃないけど……。

 とりあえず彼女達の罪は清算され、マンネリ化やクヌギの一強状態で閉塞感があったオネショタ界隈も、宇宙への(みち)を切り拓くでしょ(適当)

 

 

 可愛いエイプップ。守護天使ヴェーロノーク。

 ぜんぶ、アンタに託すわ。

 

 共に戦ったリンクス達と、うちらの弟の為に――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―8―

 

 

 

 

 

 パチリと、音が鳴ります。

 愛らしい飛行機を模した髪留めが、私の前髪に、しっかりくっ付きました。

 

 これを失くした時は、大慌てしたものですが、本当に見つかって良かった。

 夜通し探し回った末に、ベッドの隙間に落ちていたのを見つけたのですが……。それを拾い上げた途端、私は気を失いましたからね。

 あそこの職員さんが言う所によると、髪留めを大切そうにギュッと握りしめたまま、床でグースカ眠っていたようです。

 

「……」

 

 姿見に映る、私の姿。

 その表情は無。何も映していないかのような目。ガラス玉。

 

 熱は、感じないんです。大一番の前だというのに、滾ってはいない。

 けれど、強い衝動を感じる。私の一番深い所から。

 

 コップを手に取るように、やってきた電車に乗り込むように。

 きっと私は、何も考えず戦場へ向かうのだと思います。

 ただ、そういうモノだから。私はそういう風に出来ているから。

 

 けれど、いつもとは少しだけ、心の在り方が違う。

 この髪留めは、きっとその証なのでしょう。

 

 

 

 

「ヴェーロノーク……貴方もなの?」

 

 雨が、降っていました。

 出撃を前に、野外で待機するヴェーロノークに、強い雨が打ち付けている。

 その頭部……いえ目の辺りから、まるで涙を流しているかのような筋が。

 

 ササッと身支度を整え、この子の所へやって来た私は、暫しの間、その姿に見入っていました。

 

「うん……馬鹿だったよね、私。

 なんで、あの子から離れたんだろう――――」

 

 あの病院の屋上で感じた、心を引き裂かれるような痛み。

 やめろ、離すなと、何度も私の中で警笛が鳴っていたハズなのに……。

 でも耳を塞ぎ、私は去った。あの子を裏切った。

 ゆえにこの現状は、私が撒いた種なのだと思います。

 

 優しい人に背を向け、たくさん傷付けて、見て見ぬふりをして……。

 馬鹿な私は、たくさんの過ちを犯した。今ならそれが分かる。

 

 手を離しちゃいけなかった。何が何でも、しがみ付かなきゃ駄目だったのに。

 ぬくもりや、絆を、私は解さなかった。

 それがどれほど大切な物なのかを、理解しなかった。

 

 いつも己の中に逃げ込み、見たい物しか見ずに。

 きっと、「私にそんなあったかい物が得られるワケない」って、信じることが出来なかったんだと思います。

 どこかで軽んじていた。人の情など、私にはどうでも良い物だって、小馬鹿にさえしていたんです。

 

 なんの事はない。ただ怖かっただけ。

 私はクヌギくんから、逃げたんですよ――――

 

「自業自得、アタリマエ。

 もう取り返しはつかない」

 

 ヴェーロノークの青は、お空の色。

 今は、悲しみの青。

 

 けれど、やる事がある。まだ身体は動く。

 なら行かなくてはならない。ケジメだけは、しっかり付けたいから。

 

 

 

 

『そこにいるのか、相棒?』

 

 やがて、出発の時刻が近づき、私がヴェーロノークのコックピットで、シートに身体を預けていた時。

 

『こちらは準備万端だ、いつでもいける。

 しかし、こんな事を言うのはなんだが……』

 

 無線の声。

 AMSによる脳内のモニターにジュリアスさんの姿が映る。

 

『お前、残る気はないか?

 馬鹿ばかりだが、頭数だけは居る。戦力としては充分だ。

 あとは、私とアステリズムに任せておけばいい』

 

 唐突で、意外な言葉でした。

 ジュリアスさんでさえも、なにやら言い淀んでいるかのような、自信なさげな声。

 

『私はアスピナ機関にいたからな……。

 今のお前みたいなヤツを、たくさん見てきた。()()()()()()()()()?』

 

 あのCUBEとかいう男とは、比べものにならんほど重傷だ。

 立って歩いてはいたようだが、中身はボロボロだろうに。

 お前がまだ普通に喋っている事すら、私からすれば信じられんよ。

 そうジュリアスさんが、真剣な眼差しで。

 

『必ずあの子を連れ帰る。同志のお前に誓うよ。

 だから、ここで待っていろエイ=プール』

 

 これは、“優しさ”なのでしょうね。

 私が今まで、目を背けてきた物。羽虫を潰すみたいに、踏みにじってきた物……。

 またチクリと胸が痛みます。ジュリアスさんの真心が、私を苛む。

 

 きっと彼女は「無粋だ」と感じている事でしょう。私が、そして自分ならばどうするかなど、武人である彼女には分かり切っているハズだから。

 それでも言ってくれた。私を想ってくれた。

 そのお心遣い、今度は決して忘れません。心に刻もうって思う。

 

「……」

 

 そして、余談にはなりますが……。この「行くな」という言葉を聞いた途端、ふと先ほどヴェーロノークの方に直接来ていた“ある通信”の文面が、頭をよぎったんです。

 これは、私の知らない人物からのメッセージ。

 もう出発直前という、このタイミングで届いた物でした――――

 

 

 

【よぉ()()()()。オールドキングだ】

 

【ようやく鳥籠から出たらしいな? お宅さんの事は、よく知ってるぜ】

 

【てめぇは“狂人”だ。それも極付(きわめつき)の】

 

【だからこそ、仲間に入れてやっても良い、と思った】

 

【――――今からクレイドル03を襲撃する。付き合わないか?】

 

【ORCAの連中は、ぬるくてよ。革命なんざ、結局は殺すしかねぇってのに】

 

【お前ご無沙汰なんだろ? 鬱憤を晴らしに来いよ。楽しいぜ?】

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

 きっとコイツは、たくさん殺すでしょう。

 何万、いや何億という人間を。ただ欲望のままに。

 

 これが届いたのは、つい30分ほど前のこと。

 “今から”と書いていあったから、恐らく決行は今日なのでしょう。

 途轍もない規模の被害が出る。大変なことになる。今すぐ誰かが行って止めないと。

 けれど。

 

 

「――――行きましょうジュリアスさん。()()()()()()()()()

 

 

 私はそれを黙殺し、AMSを起動させました。

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「うわぁーーっ! ぜんっっぜん動かせねぇ! 思い通りいかねぇぇぇー!!」

 

「www」

 

「wwwwww」

 

 ダン・モロさんのテンパった声に、メンバーが爆笑。

 いま私達は、曇ってるんだか汚染されてるんだか分からないような薄暗い空を、OBで巡航飛行している所です。

 AC6機で編隊を組むのって、なんかカッコいいですよね。

 

「めっちゃフワフワする! バシューン横QBするぅ!

 つかあの人、こんなのに乗ってたのかよ?! パねぇ!!」

 

 前述の通り、いまダン・モロさんはホワイトグリントに搭乗しています。

 かの英雄を象徴する機体であり、ダンモロさんのセレブリティアッシュとは全く別の、乗り慣れないAC。その操作感の違いに、だいぶ戸惑っているご様子です。

 

 垂直推力に特化したMB、そしてQB性能に重きを置いた殺人的なSB。そりゃあダンモロさんが驚いちゃうのも無理はないです。

 例えるなら、バトミントンの羽にでも乗っているような心地でしょう。

 

「私からすれば、『お前が何に乗っとんねん』って感じですけど。

 あのFCSでブレードを握るなんて、宝の持ち腐れですよ?」

 

「ふむ、あの高級FCSか。

 セレブリティアッシュはクッソ弱いが、アレだけは欲しいくらいだ」

 

「わはは! その機体(グリント)を乗りこなすにゃー、まだまだ腕が足らんわなぁーッ!

 精進しろよ若ぇのぉーッ!」

 

「コジマが俺に『もっと輝け』と囁いてイル――――」

 

 四苦八苦しながらグリントに乗っている彼を、微笑ましく見守ります。

 私達のACも内装をイジったとはいえ、純粋なパワーアップだったり微調整だったりですので、もう乗り慣れたもの。

 今も「ぎゃー!」とか「うおーっ!」とか叫んでるダンモロさんを余所に、のほほんと飛んでいる感じ。

 

「なんならCUBEさんと代わります?

 彼だったら、上手に乗りこなせるかと」

 

「プランD、いわゆるピンチですね(乗り物酔い的な意味で)」

 

「ヤだよ! 渡すかよバカ!

 そもそもフラジールなんか、もっと乗れねぇよ俺ッ!!」

 

「明日が見えなければ、俺とアクアビットに付いてコイ」

 

 どれだけ機体に振り回されようと、決してホワイトグリントを降りようとしないダンモロさん。向こう見ずな憧れなのでしょうが、そういうのも大事なんじゃないかと思います。

 腕なんてものは、後からついて来る。大事なのは“乗り続ける為の動機”です。

 アセンや調整ではなく、自分の方を機体に合わせる。

 私やCUBEさんや有澤社長といった、特化形のACに乗るリンクスは、みんなそうですし。

 

 ちなみにですが、さっきから会話の流れをガン無視して何か言っているのは、アクアビットマンさんです。

 彼はこの非常に濃い面子の中でも、特にロッケンロールな人物。“自分の世界に生きる人”とでも申しましょうか。

 基本的に()()()()()()()()、好きに喋って頂いております。

 

「というか、よく見れば私以外、全員“実弾系”の武装だな。

 なぁ相棒、EN武器は好かんか?」

 

「いえ、そんな事はありませんよ? ……ただ使えないというだけで(死んだ目)」

 

「俺は……どうだろ?

 前はブレード使ってたけど、それ以外はミサとライフルだかんなぁ~」

 

 なにやらプク~っと頬を膨らませているかのような、ジュリアスさんの声。

 誰しも武装には拘りがありますから、この場で自分だけ~というのが、きっとお気に召さないのでしょう。

 

「俺ぁ、EN管理ってヤツが下手でよぉー?

 そんなの使ってたら、ロクに動けなくなっちまわーな! がっはっは!」

 

「バシュバシュQBを吹かす、そのためのフラジールです(弱々しい声)」

 

「ふん、実弾厨どもめ。

 EN管理は腕の見せ所だろうに。甘ったれおって」

 

「ひとつだけ言える事がある――――男はコジマに染マレ」

 

 ハイレーザー強いのに……(シュン)

 そうしょんぼりするジュリアスさんを、まぁまぁと慰めます。

 貴方とアステリズムの強さは、身を以って知っていますよ、と声をかけながら、仲良く隣同士で飛びます。

 

 どーでも良いのですが、アクアビットマンさんの武器腕(コジマライフル)もEN武器のハズなのに、何故かカウントされていませんでしたね。

 ジュリアスさん的には、「こんなヤツと一緒にするな」って事なのでしょうか?

 

「ほら見て下さい、ジュリアスさん。

 あれがEN管理を疎かにした者の、末路です」

 

「おー、歩いてる。アクアビットマンめっちゃ歩いてる」

 

「通常ブーストすら出来ねぇって、どんだけだよカツカツだよ」

 

 その貧弱なジェネレーターと、馬鹿みたいに消費ENが激しいフレームのせいで、アクアビットマンさんはOBも出来ません。そして空を飛ぶどころか、通常ブーストすら5秒くらいで息切れし、こうしてゲッションゲッション歩く羽目になっているです。

 

 その姿を惨めに思うも、いちおう彼も戦力の内ですので、私達は彼と速度を合わせるべく、頻繁に足を止めるのでした。

 アクアビットマンさんを先頭にし、駅伝でもやっているみたいに列を作って走る(足で)

 恐らくは、こういう事態になるだろうと思い、それを見越して早めに出発しましたので、ミッション予定時刻には問題ない……ハズです。きっと。

 

「俺を称えタイ? このPA整波性能に跪ケ――――」

 

「誰もそんなことは言ってない」

 

「お前はPAより、ジェネをなんとかせぇ」

 

「その武器腕なかったら、ホンマいてもうてんぞお前」

 

 というか、なんか()()()ですね。こーいうのも。

 みんなでランニングしてる感じですし、まるで部活でもやっているような気分。まぁACに乗ってるんですけども。

 無駄に「ふぁいおー! ふぁいおー!」言いながら。

 

「よぉエイプー! 帰ったら一杯奢りだぜぇーッ!

 分かってるよなぁお前~?」

 

「えっ」

 

 でも唐突に、キルドーザーさんが一言。

 なんかみんなも、うんうん頷いてる雰囲気ですし……なんで!?

 

「そらそーだろ、コレお前に付き合ってんだから。

 最初の一杯くらい当然だぜ」

 

「なんたって、貧乏人のお前に身銭を切らせるんだぁーッ!

 さぞ旨い酒に違いねぇーッ!」

 

「遠慮はいらんぞ相棒、ねぎらえ」ワクワク

 

「ちょ」

 

 じ、ジュリアスさんまで。あの友情は幻だったんですか? 私は愕然とします。

 けど……。

 

「お前ダン・モロ旅団とか言ってたけどよぉ。

 今日は俺らが、()()()()()()()()()()

 たまには良いだろエイプー? こういうのも」

 

「ええ、これまで散々サポートして頂きましたし。

 今日はこのフラジールが、貴方を守りましょう」

 

「なんでも解体してやるからよぉーッ! 任せとけエイプー!」

 

「っ!」

 

 息が、詰まりました。

 いま聞いた言葉が、信じられない。一瞬理解出来なかったんです。

 

 スピーカーから、楽し気に笑うみんなの声。

 それを茫然としながら、遠くに聞く。

 同時に、なにやら目にじんわりとした感覚。だんだん視界が滲んでく。

 ……なぜ?

 

「寝食は共にしたが、酒を飲んだことは無かったな。

 帰ったら飲み明かそう。私もカルアミルクなら飲めるぞ(←お子様舌)」

 

「今宵くらいは、ハード&ワイルドなコジマで眠りな(?)」

 

 あったかい声、楽しそうな笑い声。

 私はおめめをグジグジ、鼻をズズッとする。

 こんなの、今までしたこと無かった……。もうどうして良いのか分からない気持ち。

 

 なんで――――こんなに嬉しいんですか。

 何故そんな言葉を、くれるんですか。

 

 私なのに。疫病神のエイ=プールなのに。

 でもみんな、優しい。

 知らなかった……。こんなにも()()()()()()()なんて。

 

「い、いーですよチクショウ! 奢りますよっ!

 お水でもなんでもやって! 脱ぎます!(錯乱)」

 

「待て」

 

「落ち着け」

 

「誰がそこまでしろと」

 

 私って研究所帰りですし、ネクストという資産以外は一文無しですからね。

 でもまぁなんとかなるでしょう、先のことは後で考えます。

 とりあえず、今はこのミッションの事だけ。

 今まで決して無かった、大事な大事な“楽しみ”を胸に、戦う決意を固める。

 

「そろそろ作戦エリア上空です。

 準備はよろしいですね皆さん?」

 

「はぁい↑ そのつもりです(蚊の鳴くような声)」

 

「おうよ! ダンモログリント、いけるぜ!」

 

「キルドーザァーッ! ばっちこいだぁーッ!」

 

煌めき(コジマ)こそ俺の魂の火花。俺の生存理由」

 

「アステリズム了解、エンゲージ( 交戦する )

 

 6機のACが、一斉に加速。雲をひき、横並びで飛んでいく。

 眼下には、数多の敵影。数えきれないほどのMTやノーマルが。

 

 

「――――ミッション開始。

 まずは淑女の会・本部守備部隊を、全て排除します」

 

 

 けど、なんてこと無い。私達は“リンクス”だ。

 世界を焼き尽くし、秩序を破壊した力、ここで見せてあげます。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「――――アクアビットマンが死んだ!」

 

「「「 この人でなし!! 」」」

 

 爆速のフラグ回収でした。まさかMTの群れにやられるとは……。

 

「すまない、限界ダ! アクアビットマン撤退スル!

 コジマの美学は、隠れキリシタンの信仰に似ル――――」

 

「いいから帰れよオッサン」

 

「気をつけてなー」

 

「あ、居酒屋予約しといてくれます? よろしく~」

 

 まぁ歩いてますものね、ENカツカツ過ぎて。

 それでは敵の弾を回避出来ないし、寄ってたかってボコられちゃうのも、無理はないでしょう。

 

 でもせっかくの武器腕コジマライフルを、まさか()()()()()()()退()()()()()

 発射回数がたった二回とはいえ、その破壊力には期待してたのですが……。

 なんとミッション開始から30秒、ボスに辿り着く前に雑魚にやられるという、残念な結果となりました。アクアビットマンよ、永遠なれ!(適当)

 そんなこんなは、ありつつも……。

 

「オラオラー!」

 

 爆音。MTが炎を上げて爆散。

 その傍らには、ライフルを二丁持ちするダンモログリントの姿が。

 

「うおっ、BFFの突ライすげぇ!

 つか、こんなすぐ倒せるもんだったかよ……。

 いつも()()()()()かけてたのに」

 

「貴様は本当に残念な子だなぁ」

 

 ジュリアスさんの嘆息を余所に、ダンモロさんが悠然と空を飛びながら、弾丸の雨を降らせていきます。

 以前の機体とは違い、グリントは上昇にこそ特化した機体。まるでダンモロさんが操っているとは思えない程フワフワと空を飛び、瞬く間に敵を殲滅していきます。

 いま握っているライフル&アサルトの優秀さや、ダブ鳥の火力もあり、まさにMTやノーマルなど鎧袖一触といった様子。

 これがダンモロさんだなんて思えない(2回目)

 

 一応は不慣れな機体という事もあり、未だグリントの操縦には四苦八苦しているようですが……。でもそのフラフラとした不安定な動きや、時折わけの分からないタイミングで発動する前後左右のQBが、うまい具合に敵の弾を散らしている。

 思わず「おっ!」と唸らせるような、神回避を見せる事もしばしば。

 

 流石()()()()()()ダンモロさん。

 彼が曲がりなりにも、これまで生き残ってきた理由の一端を、ここにきて知ることが出来ました。

 凄い……まるでエースみたい。

 ダン・モロが役に立つだと!? 私は夢を見ているのか?!(失礼)

 

 

「よいしょおぉぉぉーーッッ!!!!!」

 

 そして地上では、豪快にミサイルやグレネードをぶっ放すキルドーザーさんの姿。

 ジェネレーターが強化された事に加え、武装の軽量化によって機体速度も上昇。

 そのOBを交えた突進は、これまでとは見紛う程のスピードです。

 

「だっしゃあああぁぁぁーーッッ!!!!」

 

 そして、彼の代名詞である“とっつき”が炸裂。クエーサーと呼ばれる巨大兵器を一撃で粉砕。

 これは、以前【レッドバレー突破支援】などのミッションで見た事がある、とても頑強な敵。私達の武装では中々倒せないくらいに。

 けれど、そこはキルドーザーさん。いま両腕に輝く、かの親友より受け継いだ“KIKU”の圧倒的な破壊力が、物凄いスピードで地上の敵を掃討していきます。

 

 お世辞を抜きにして、「もうコイツ一人でいいんじゃないかな?」と。

 ねぇ知ってます? この人カラードランク最下位なんですよ。信じられないでしょう?

 地上最強はグレートウォールじゃない、うちのキルドーザーさんなのです。

 

「気分良いぜぇーッ!

 たまにゃあ解体以外の仕事もアリだなぁぁーッ!! ハッハーッ!!」

 

 頼りになる。とても頼もしいです。

 まるでお互いの背中を預け合うように、二人で地上部隊を殲滅していくダンモロさんとキルドーザーさんを、私はお空からふよふよ見守ります。

 なんか老人が若者を見る時の気持ちというか、妙な感慨深さを抱きながら。

 

 

「ヤツら任せておいて問題なかろう。

 私達は空だな、アスピナの」

 

「ええ先輩。手早く片付けるとしましょう」

 

 そして、新旧アスピナリンクスのコンビが、とんでもない速度で空へ飛び立って行く。

 

「光栄です、まさかあのジュリアス・エメリーと共に飛べるとは。

 しっかりデータを取らせて貰いますよ」

 

「好きにしろ。だがついて来れるか?

 私の真似が出来るものなら、してみると良い」

 

 フラジールの連装砲によって、ヘリの部隊が瞬く間に落とされ、アステリズムのレールガンが巨大な航空機を貫く。

 花火のように、連続して空に爆炎が咲く。たった二機のネクストが、この空を支配している。

 まさに鷹のようでした。

 

「当たるか、鈍間(ノロマ)

 

 両機によって左右を挟撃された飛行型AFイクリプスが、何も出来ないまま一瞬で撃破される。息をするようにAFを墜とす。

 当然です。主砲レーザーなんて、あの二人に当たるワケが無い。

 図体ばかり大きな親鳥は、黒煙を上げて地に還っていきました。

 

 

『企業のネクストだと……!? チキショウ! こんな時に限って!』

 

『効いているのか……?』

 

『PAだ! プライマルアーマーを減衰させるんだ!』

 

 無線から、敵部隊らしき方々の声。

 その慌てふためく様子が、目に浮かぶよう。

 

『撃てぇ! 撃ちまくるのっ!!』

 

『通常兵器では太刀打ち出来ないわ! 応援はまだなの!?』

 

『くそぅ、私達をゴミのようにっ……!』

 

『教えてやれ! 勝敗を決めるのは、覚悟の差よ!(オネショタ的な意味で)」

 

 でも不思議なことに、何故かどれも()()()()。いい歳した感じの。

 そういえばここ、淑女の会の本拠地でしたね。

 つまり、コイツ等は喪女という事。スミカ・ユーティライネンです(´・ω・`)ノシ

 

「どうだ、楽しんでいるか相棒?」

 

「ええ、壮観です。

 さしずめ、全てを焼き尽くす暴力……といった所ですか」

 

 ジュリアスさんの楽し気な声に、フフッと笑って応えます。

 ネクスト6機による強襲。こんなド派手で情け容赦ない光景、なかなか見られませんから。

 ま、既に一機墜とされてますけどね……。

 いなくなってしまった人たちのこと、時々でいいから…… 思い出してください(アクアビットマン的な意味で)

 

 とにもかくにも、私はヴェーロノークの肩から「ほいっ!」と三連ロケットを発射しつつ、地に蠢く哀れな蟲達を、お空からふよふよ見下ろします。

 

 

「喪女共め、追い詰めて肥溜めにぶち込んでやります――――」

 

「なんか、お前が言うと怖い」

 

 

 オネショタ死すべし、慈悲は無い。

 メイさんは守護天使と言ってくれましたが、今のヴェーロノークは“堕天使”です。

 

 散々ナンヤカンヤされた恨み、ここで晴らすとしましょう。ナムアミダブツ!

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「鼠が6匹ほど、入って来るようだなァ。忌々しい……」

 

 例のトンガリ覆面を被ったセレン・ヘイズが、忌まわし気に眉を歪める。

 ここは本部中枢。地下深くにある作戦本部である。

 ぶっちゃけ、エヴァのNERVにあるソレを想像して頂けると、大変分かりやすく思う。

 いいか、俺は面倒が嫌いなんだ。

 

「基地が燃える。君の国が無くなるやもしれん。

 この施設も、物も、人も、全て君の物だったのに……」

 

「だが問題ない、君は我ら“淑女の会”が守る。

 安心すると良いぞォ、クヌギきゅん」

 

 煌びやかな装飾が施された、王様の物と見紛うほどの椅子。

 それに腰かけ、死んだ目で虚空を見つめているクヌギの方へ、セレンがローブを翻しながら振り向く。

 

 固い床の上を、コツコツとブーツの音を鳴らしながら歩き、彼のすぐ傍へ。

 そして、常軌を逸したグルグルのおめめで、愛おし気にクヌギの顔を見つめる。

 

「そして、楽しみにしていてくれ。

 私は君を“王”にしてみせる。

 いずれ、この世の全てが、君の物になるだろう」

 

 そっと手を伸ばし、頬を撫でる。

 優しい手つき。だが汚らわしい手。

 けれど、それにこの子が反応を返すことは無かった。ただじっと座り、あたかも人形のように動かずにいる。

 

「オネショタ・クレイドル計画――――

 淑女の会で特別なクレイドルを建造し、そこで君と私達だけで暮らす」

 

「クヌギくん、この世界はもう詰んでいる。だからこそ救いが必要なんだ。

 ショタっ子とお姉さま方の楽園……、全てを忘れられる()()()()()()を作ろう」

 

「その為ならば、私はなんでもする。

 君に相応しい王国、笑って暮らせる世界を創造するぞ。

 せめて、君が生きている間だけでも――――」

 

 正直、()()()()()()()()()()言葉だったが、セレンは真面目に言っている様子。

 まるで宝物を披露する子供のように、キラキラした目でクヌギに告げた。

 けれど……。

 

 

「あなたは、まだじぶんのヨクボーのために、悪いコトをするというの……?」

 

 

 クヌギが口を開いた。

 彼女らのもとに来てからというもの、ずっと貝のように口を閉ざし、どんなに高価な贈り物や豪華な料理を前にしても、決して喋ろうとしなかったのに。

 

「いままでより、もっとヒドイことを。もっとたくさんの人を……。

 ぼくの心が、かわらないかぎり……同じコトをつづけるんだね」

 

 フラフラと、彼が歩き出す。

 セレンが茫然と見つめる中、何気なしに歩を進めたように見えた。

 やがてクヌギが足を止めたのは、下が見えないほどの高所である断崖絶壁、そのすぐ前。

 

「また罪のないリンクスが、なんにんも死んでいく。

 そんなこと……ぼくにはもうたえられないっ……」

 

「く、クヌギきゅん……? 一体なにをっ!?」

 

 そして、セレンがそれを止める間も無く……。

 

 

「おねぇさん。

 もういちどヴェーロノークと、とびたかった――――」

 

 

 

 

 

 

 

 落ちていく。子供が。

 まるで、天使のように。鳥が飛び立つようにして。深い深い崖に。

 

 そして、もう決して手の届かない所へ……。

 あの愛らしかった子は、永遠に失われてしまったのだ。

 

「……ッ!!??」ピシャーン

 

 セレンは立ちすくむ。茫然と。

 彼女の受けた衝撃を表すかのように、頭上に雷が落ちる(漫画的比喩表現)

 

「ば、馬鹿な……何故だッ!

 何故、なぜ、ナゼ??? ……クヌギきゅん……」

 

 つぅ……と涙が頬を伝う。

 セレンはそれに気付かぬまま、虚ろな目で、眼下を見つめ続ける。

 あの子が落ちていった、暗い地の底を。

 

 

「――――ユリアァァァアアアーーッッ!!!!(クヌギきゅぅぅぅうううん!!)」

 

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「ふっ、俺達の敵では無かった」

 

「緩むなよ、若ぇの」

 

 見渡す限り、粗方の敵を掃討し終わった私達。

 僅かばかりの砲台や、既に炎上している倉庫や建物だけが、この場に残されています。

 

 ダンモロさんのいつものビッグマウスを、親方的な風格を漂わせるキルドーザーさんが戒めます。

 そんな歓談ムードを感じつつも、後方支援機である私は、周囲に気を配る。

 気を抜くこと無くレーダーを睨み、ありとあらゆる予測を立てる。

 

「ここは淑女たちの本拠地、彼女らもリンクスだ。

 これで終わりとは、とても思えませんがね」

 

蚊トンボ(フラジール)の言う通りだ。

 通常戦力の防衛部隊など、やった内に入らんさ」

 

 楽勝と言える戦闘、でもこれだけの数を相手にしたのです。弾薬の消耗も馬鹿にならない。

 機体のダメージはともかく、確実に戦力は削られている。気力も体力もです。

 

 私ならどうする? 次の手は?

 何が来る。考えろ、考えろ、考えろ。

 そうAMSの負荷によってクラックラしている頭で、必死に知恵を絞っていた時……。

 

『ゆりあー、りあー、あー、ぁー……(エコー)』 

 

「っ!?」

 

「「「ッ!?!?」」」

 

 遠くの方から、耳を疑うような大きな山びこ。

 悲痛で、必死で、アホみたいな女の声が、こちらの耳に届いたのです。

 

「これ、人の声か……? えらい絶叫だが」

 

「ええ、いったい何ヘイズなんでしょうね(すっとぼけ)」

 

 まさに、地の底から響くような。地獄の閻魔がガン泣きしてるみたいな、悍ましい声。

 私達はお空で機体を制止し、暫しのあいだ恐れおののく。

 何があったんだ、あのオバハン。久しぶりに体重計にでも乗ってみたんでしょうか?

 

「おい……なんだありゃ?」

 

 ふと、その弛緩した空気を破る、ダンモロさんの呟き。

 

「光……? いや“火”が見えるぞ。

 なんか沢山ある。星か何かみてぇに……」

 

 ヴェーロノークの首を、頭上へ。

 その場でふよふよホバリングしつつ、みんなでお空を見上げます。

 そこにあったのは。

 

 

「――――ARETHA(アレサ)だ! 何故あの機体がッ!?」

 

 

 さっきの山びこにも負けないくらいの、ジュリアスさんの叫び。

 ACを動かすことも忘れ、ただ茫然と佇む一同。

 

「な、なんて数だッ! ()()()()()()()()()()()!!」

 

「来るぞ! ARETHAの大群が、ここに降りて来やがるッ!!!!」

 

 まるで、あの悲痛な声に呼応したかのように。

 いま私達の頭上には、かのアサルト・セルもかくやという数の()()()()()()()()()()が。

 ミルキーウェイの星々が、流星となって全て降って来たみたいに。

 あたかも、人類を滅ぼす為に遣わされた天使たちの如く、この施設に舞い降りて来るのです。

 

「じ……地獄じゃねーか」

 

 こんなの、()()の光景です。

 いま目にしている物が信じられない。まったく現実感が無いんですもの。

 震える声で呟いたダンモロさん。それは私達みんなの気持ちを代弁していました。

 なんなのだ、これは。どうすれば良いんだと!

 

「関係ないのですか、これみんな()()()()()()()()()()()()?」

 

「余裕あるな相棒、頼もしいよ」

 

 致命的な環境汚染を引き起こすという、悪魔の機体。

 それに、あまりのモテなさに全てをかなぐり捨てた喪女たちが乗っているのかと思うと、なにやら私の口角が上がる。“半笑い”というヤツです。

 

 これは【ANETHA(あねサ)】ともいうべき機体。

 きっと、乗ったらただじゃ済まないタイプのヤツなのでしょう。何かヤバい物に汚染される、命を捨てて乗る感じの。

 そしてAMS適性ならぬ“オネショタ適性”が劣等な者は、乗れなかったりするんじゃないでしょうか? 「なにで動いとんねん」という話ですが。

 

 

『許さん……許さんぞォ!! 忌まわしいノンケ共がぁぁぁーーッッ!!!!』

 

 

 そして、突然この場に響き渡る、天地を割るような声。

 それと共に、途轍もない轟音を立てて淑女の会本部が崩れ、中から“巨大なAF”が姿を現します。

 

 あれは――――【あねサラー】だ!

 もう勘弁して下さいという心地!(本音)

 

『殺してやるッ! 皆殺しだ貴様らぁーッ!!』

 

『もう全部どーでも良いわ! くたばりなさいエイ=プール!』

 

『リザーッ!!』

 

 セレン・ヘイズ。

 ウィン・D・ファンション。

 ミセステレジア。

 リザイア。

 

『お前さえッ……! お前さえ居なければッッ!!」

 

『あの子を返せ! クヌギきゅんを返せッ!!』

 

『お腹の子はどーするんですかぁ!』

 

 そしてシャミア・ラヴィラヴィ。

 ステイレット。

 腹に赤ちゃん・オルコット(?)

 

 彼女達だ! あねサラーに乗っているのは!

 あいつらリンクスの誇りもかなぐり捨てて、AFで攻めて来やがりました!(迫真)

 

 そしてコレ……なんか私が知ってるアンサラーと、だいぶ違いますねぇ。

 7人で操ってる事もあるのでしょうが、なんか妙にミニマムですし。造形も傘ちっくな物じゃなくて、出来の悪い聖母マリアみたいな見た目ですし。

 どこか狂気を感じさせるような、おどろおどろしいデザインなんですよ。

 

「なんか私、()()()()()()()()()を思い出しました……」

 

「逃がさん、お前だけは――――ってか?

 大変だなぁエイ=プール」

 

 なんか叫んではいるようなのですが、もうそれ声になってないというか。既に人語を喋ってない感じなんですよ。ジャイアンの歌みたく「ぼえぇ~っ!」としか聞こえない。

 まさに地に墜ちた英雄、オネショタリンクスの末路って感じ。

 

「これを相手にするのは、流石にキッツイなぁ。

 スリガオ海峡も真っ青の殲滅戦が、繰り広げられるぞ」

 

「もしくは、メタルクウラの大群ですか?

 あれに勝るとも劣らぬ絶望感です」

 

 もう笑うしかない、あの時の悟空さの気持ちが分かりました。

 悠然と上空を舞っている、数えきれないほどのANETHAの群れ。そして遠くにそびえ立つ忌まわしいAFを前に、私達は動く事すら出来ない。

 ただ身を寄せ合って、それを眺めるのみです。戦火で赤く染まったお空の下で。

 

 

「仕方ありませんね――――ここはフラジールが請け負います」

 

 

 けれど、唐突に。

 

「やるだけやってみましょう。死なば諸共というヤツです」

 

 どこかすかした感じの声が、無線から届きました。

 

「パートナー、私が途を拓きます。

 貴方がたは【あねサラー】とやらの所へ。

 それが、このミッションの目的でしょう?」

 

 まるで現状が分かっていないかのような、いえあえて飄々としているかのような。

 機械的で、己の命すら軽く見ているかのような、フラジールさんの態度。

 

「な、何を言ってやがんだテメェッ! んな事出来るワケ……!」

 

「そうだ! お前こんな時に、カッコつけたって……!」

 

「いえいえ、私は貴方がた下位ランカーとは違う。

 出来ない事は口にしないタチだ。そのためのフラジールです」

 

 シュンと、残像だけを残して、CUBEさんの機体がこの場から消えます。

 極限まで空気抵抗を失くし、速さに特化したACは、止める間もなく空へ駆けて行きました。

 向かう先には、日の光すら遮るほどの数のANETHA。

 たった一匹のスズメバチが、ミツバチの群れに寄ってたかって嬲られる姿が、脳裏をよぎりました。

 

「いけないっ! 戻って下さいCUBEさんっっ!!」

 

 空気の壁を破ってフラジールが飛んでいく。

 見事なまでの連続QBで、天使めいたプロトタイプネクスト達の間を縫うようにして、ギザギザに飛行する。

 

「同類かと思いましたが……意外と情の深い。

 貴方のそんな声を聞けるとは、ね」

 

 初めて聴く、彼のクスッという笑い。真心のこもった声。

 

「実は、ある新型のパーツを積んできまして。

 早くそれを試したくて、ウズウズしていたのですよ。

 プランF、いわゆる“特攻”ですねwww」

 

 ついに、フラジールが捕まる。

 耳障りな音を立てて、群れの中の一機と接触してしまった途端、そこをラグビーのように沢山のANETHAに群がられ、巨大なひとつの団子のようになる。

 ギガベースなんて目じゃ無いくらい大きな、ACの塊。そこら中から鳴っている金属が軋む音。

 今その中心に居るであろうフラジールは……。

 

 

「幸の薄い人でしたが、貴方のことはキライじゃなかった。

 ――――おさらばです、エイ=プール」

 

 

 

 

 

 

 

 閃光――――

 その言葉と共に、世界が白一色に染まった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「アサルト……アーマー?」

 

 黒煙を上げて落ちていくANETHAたち。

 まるで、地上に降り注ぐ沢山の隕石のよう。世界の終わりを連想する時に、頭に浮かぶような。

 

「でもアレは……、あんなの……」

 

「あぁ、既製品では無いな。

 恐らくは、アスピナが開発した新型なのだろう」

 

 隣に居るアステリズムが、空を見つめている。

 その中で、ジュリアスが静かに語ります。

 

「馬鹿げた威力だ……。

 あんなペラペラの機体で、あれを使用するなど、正気の沙汰ではない。

 人の命など微塵も省みぬ、実にアスピナらしい兵器だな。まさに“特攻”というワケか」

 

 プロトタイプネクストすらも、一撃で葬り去る威力。その効果範囲。

 けれど……その爆心地にいたフラジールは? CUBEさんの身は?

 そんな分かり切った事、この場の誰も口にしませんでした。

 

「ヤツが途を拓いた、この機を逃せば死ぬぞ。

 感傷は後にしろ」

 

 でなければ、ヤツは無駄死にだ!

 そう叫び、アステリズムがOBを吹かす。

 

「お……おうよっ! こんなトコでボサッとしてられるか! とにかく前だ前っ!」

 

「アイツも言ってたろうッ! あねサラーだッ!

 突っ込むぞエイプー!!!!」

 

 即座に仲間達も追従。四機が飛び立ちます。

 未だ私達を取り囲むようにして空を舞う、数多のARETHAたちをすり抜けながら。

 

「どけぇ!!」

 

「くそったりゃあああぁぁーーッッ!!」

 

 グリミサとグレネードが、彼女達(敵AC)を蹴散らす。

 私達は一塊の弾丸となって、一直線にAFのもとへ。

 

『無駄だァ、虫ケラ共ォ。

 いくら喪女が乗っているとはいえ、3桁のACに勝てるものかァ』

 

『そうリザ。お前らを殺し終わったら、今度は企業の連中リザ』

 

『あの子が居ない世界なんで、どうでも良いわ!

 どうせ壊死するだけなら、スッパリ息の根を止めてやろうじゃない!』

 

 遥か向こうから、長射程のレーザー砲。

 それを弾け飛ぶようなQBで回避しつつ、忌まわしい声に耳を傾ける。

 

『無駄だ、運命を受け入れろッ!

 貴様らは滅ぶのだッ! このANETHAによって!!』

 

『ええそうです。

 ここの地下、淑女の会本部、施設最深部にある、巨大なマザーコンピューター。

 あたかも(いにしえ)の管理者の如く、全てのANETHA達を司るそれを、破壊でもしない限りはっ!』

 

 ウケケ! ウケケケケ!

 淑女たちの狂った笑い声が、高らかに響きます。

 それを余所に、ダンモロさん&キルドーザーさんが。

 

「おい、聞いたかエイプー?」

 

「お前ちょっと地下行ってこい。ここは俺達でやっから」

 

『『『――――しまったぁぁぁあああーーっっ!!!!』』』

 

 なんか、あねサラーが「ガビーン!」みたく、後ろに仰け反りました。

 7人で操っているんでしょうに、まったく器用な事です。

 

「ナイト役はお前だ、しっかりエスコートしろよ?」

 

「ふん、言われるまでも無い。

 承ったぞ、男共」

 

 ジュリアスさんが私の前方に回り込み、ハイレーザーを発射。

 征く手を塞ぐANETHA達を蹴散らします。

 

「い、いけない! ミニマムサイズといえど、AFですよ!?

 あんなのにかなうワケが……!」

 

「出来る出来ねえじゃねーんだよ。

 俺らを気遣うんなら、さっさと行けっての」

 

「その方が助かるなぁーッ!

 お前さんがふよふよしてると、グレネードが撃ちづらくて仕方ねぇーッ!!」

 

 お膳立てとばかりに、キルドーザーさんが私の前方に迫るANETHA達に、グレネードをお見舞いする。

 その巨大な爆炎によって、一直線に本部までの途が開かれました。

 

「カラードのリンクスも、中々捨てた物では無いな。

 すぐ戻る、それまで持ちこたえろ」

 

「そっちもなぁジュリアス嬢! 頼んだぜぇーーッ!!」

 

 隣を飛行するアステリズムが、無理やりヴェーロノークの手(武器腕)を引き、強引に進路変更をさせる。

 それにより、有無を言わさず本部へ連れていかれます。

 私の抗議の声など、まったく意に介さずに。

 

 

「だっ……ダメですよ二人とも! やるんなら私もっ!

 ダンモロさぁーん!! キルドーザーさぁぁぁあああーーん!!!!」

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「なぁ……アンタを呼ぶ時の方が、声デカくなかった?」

 

「がっはっは! 日頃の行いだなぁ若ぇの!!」

 

 やがて、エイ=プール達二人が、この場を飛び去った後……。

 この場には、しょーもない事で言い争いをする二人だけが残された。

 

「いや俺リーダーじゃん! ランクあんたより上じゃん!

 ここは俺を大事にすべきなんじゃねーの!? つか俺が受けたミッションだしコレ!」

 

「んなこと言ってねぇで、行くぞぉダンモロぉーーッ!!

 一世一代の大舞台だぁぁーーッッ!!」

 

 男冥利に尽きるってもんだぁぁーーッ!

 ちょ、待てよオッサン!!

 そうゴチャゴチャ言いつつも、ダンモログリントとキルドーザーが、ついに眼前へと迫ったAF【おねサラー】に突貫。

 勢いよくOBを吹かし、並んで二機が飛び込んでいく。

 

『カラードの最底辺がァ! 跳ねっかえりおってェ!!

 この【おねサラー】に勝てるものかァ!』

 

『そうです!

 機体の中心部、ちょうどアサルトアーマーを充電中のエネルギー球、そのちょっと上らへんにある傘の根元の部分を、とっつきでもしない限り!』

 

 ウケケケ! ウケケケケ!

 喪女たちの嘲り笑いが、既に深刻なコジマ汚染に見舞われた空に、楽し気に響く。

 

「――――だっしゃー!!(とっつき)」

 

『『『うぎゃーーっっ!!!!』』』チュゴーン

 

 一瞬にして内部から爆散。淑女の会が誇る新型AFが、ガラガラと音を立てて崩れ去る。

 おねサラー、破壊確認。

 

『ま……まだだァ! 我々には切り札があるゥー!』

 

『そうリザ! こんな事もあろうかと、もう一機AFを用意しておいたリザ!』

 

『名付けて、【スピリット・オブ・オネショタウィル】よ!

 倒せるもんなら倒してみなさいクズ共!』

 

『ですです! オネショタ・ウィルは墜ちません!

 機体の正面にある、筒みたいな射出用カタパルト二本、そして前にせり出したヘリポートちっくな部分を、全て破壊でもされない限りは!』

 

「――――よいしょーい(グリミサ)」

 

『『『ら゛めぇーーっっ!!!!』』』チュゴーン

 

 満を持して投入された、彼女達の切り札たるAFも、出てきた途端()()()()()()()()()、巨大な爆炎を上げてスクラップと化す。

 乗っていた彼女達は……どうなんだろう? いちおう「総員、地上装備! 退避しろォ!」とか聞こえていたけれど。

 

 

「おいオッサン……、ここは普通、負けるトコなんじゃねーの?」

 

「俺もビックリだわ。

 まさかダンモロとキルドーザーで、()()()()()()()()()()。いやはや」

 

 ガラガラと崩壊する敵AF二機をボケ~っと眺めつつ、野郎二人のACがホバリング。ふわふわとその場に佇む。「こんな事あるんですね……」って感じだ。

 

「ま、AFはともかく、コイツ等は許してくれそうもねーけど……」

 

「もう俺達は弾切れだしなぁ~。

 後はあの二人に任せるとしようや。お疲れさん」

 

 ふと見れば、空から悠然とこちらへ向かってくる、大量のANETHA。

 その数えるのも馬鹿らしくなるほどの絶望的な光景に、二人は苦笑する。

 きっと、自分達2機がANETHAに群がられ、ついばまれたパンのように解体されていくのに、さして時はかからんだろうなぁ~、なんて思いながら。

 

 

「お前さん、ちょっとだけエイプーの事……好きだったろ?」

 

「 んんんな事ねーしっ!! これヒーロー的なヤツだし!?!? 」

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 防衛部隊が、全滅? 20秒足らずでか!?

 そんなジェラルドさんの声が、聞こえたような気がしました。

 

「ッ!!」

 

 天井に張り付いているレーザー砲台を、アステリズムのレーザーが次々と破壊。

 そこら中にうようよ居るMTやノーマルも同様です。全てジュリアスさんの手によって、見敵必殺とばかりに撃破されていきました。

 

 ここは、淑女の会本部の地下施設。

 言うなれば初代AC~3系でよく見るような、施設内探索ミッションの様子を想像して頂けると、たいへん分かりやすいかと思います。

 いいか、俺は面倒が嫌いなんだ(二度目)

 

「すごい……ネクストってこんな動きが出来るんですね」

 

 先ほどまでの動揺はどこへやら。ただただ今は感嘆するのみです。

 あれだけ「私も残る」と、ジュリアスさんにダダをこねていたというのに。

 

 目の前にあるゲートのロックが解除された途端、即座に襲い来るガードメカ達の攻撃。APを削ってやると言わんばかりの、制作者の悪意すら感じる、雨あられの砲撃。

 けれど彼女は、それを全く意に介さず、まるで時代劇の殺陣(たて)のような動きで突破。それを淡々と繰り返していきます。

 

 変な例えですけれど……「コイツやりこんでるな」って感じ。いったい何百回トライ&エラーを繰り返せば、こんな上手に出来るのでしょうか?

 この人には未来でも見えてるんじゃないかって、そう思わずにはいられない程、完璧な立ち回りでした。

 

「相棒、お前は弾を温存しておけ。私がやる」

 

 リズム良く、連続して鳴り響くレーザー音。レールガンの独特な発射音。

 そんな中、ジュリアスさんが平然とした声。

 

「こんな狭い場所で、ミサイルやロケットは悪手だからな。

 それに……なにか嫌な予感がするんだ」

 

 薄暗い屋内、悪意に満ちた敵の配置、何より“淑女の会”という狂った組織。

 ただでさえ、ここに居るだけでゴリゴリ精神が削られるような場所ですが、それのみならず、彼女の戦士としての勘が、危険を告げているのでしょう。

 

 進む、ただひたすら道なりに。

 嵐のような敵の砲撃をかい潜り、その全てを行きがけの駄賃とばかりに撃破しつつ、私達は進み続けました。

 脳裏に浮かぶ、残して来た仲間達の姿に、後ろ髪を引かれながら。

 

「これは……コジマエネルギープラント?」

 

 やがて施設の下層へ向かって進む内、私達の眼前に、緑色の光を放つ巨大な装置が。

 この場を包む静けさと、得も知れぬ悍ましい雰囲気。そしてAMSより警告されるAPの自然減衰。

 今この場には、高濃度のコジマ粒子が充満していることが、容易に見て取れました。

 

「喪女共め、このような物まで……。

 一体どこから資本を得ているのやら」

 

「まぁ喪女なんて、この世界に腐るほどいますからね。

 支援には事欠かないのでしょうが……」

 

 きっとこれが、淑女の会の持つ軍事力の源。

 そしてこれこそが、世界を汚染しようが破壊しようが、ショタっ子をキャッキャウフフしたい! という欲望の具現なのでしょう。Kiss my ass( くそくらえです ).

 

「とにかくジュリアスさん、先へ進みましょう。

 マザーコンピューターとやらは、また別の場所にあr

 

「――――えい!(速射)」

 

「ちょ」

 

 私がヴェーロノークの踵を返し、来た道を戻ろうとしたら、レールガンの発射音が。

 次の瞬間、施設内にけたたましくアラームが鳴り響きました。

 高濃度コジマ粒子発生、直ちに避難せよと。

 

 な、何をしてるんですかジュリアスさん! こうなる事は分かってたでしょう!?

 きっと、思わずトリガーを引いちゃったんだろうし、その気持ちは痛いほど分かりますけれど、今そんな事をしている場合じゃ……。

 

「ぬ。プラントの破壊によって、()()()()()()()()()()()()()

 こりゃもう出られんな」

 

「――――おいジュリアスさんッ! お前ホントお前!(語彙力喪失)」

 

 ガッシャーン! と大きな音を立て、私の背後にある出入り口が封鎖。

 コジマを生成するプラントなだけあって、その頑強さは言わずもがな。たとえネクスト級の火力であっても、破壊するのは困難なほどの頑強さが窺えました。

 

 私は良いんです。既に踵を返し、通路に入っていましたから。

 でも閉じられた隔壁の内側には、未だジュリアスさんが!

 

「何してるんですかジュリアスさん! 早くハイレーザーを! 隔壁をっ!」

 

「すまん、弾切れだ。

 あれ装弾数6発しか無くてな、パージしてしまったよ」

 

 無線から、のほほんとしたジュリアスさんの声。

 けれど隔壁の閉鎖と、コジマ粒子の充満によって、どんどん音声にノイズが混ざっていきます。

 

「おっと、三連ロケットは撃つなよ?

 こんな閉所で使えば、お前もただでは済まんぞ」

 

「なっ、なにバカなこと言って……! ふざけないで下さいジュリアスさんっ!」

 

「言ったろう? 力を温存しておけと。

 お前は施設最深部に向かい、マザーコンピューターを破壊しろ。

 きっと、そこにあの子もいる」

 

 これを壊せば、マザーコンピューター(略してマザコン)とやらも、ワンチャン止まるかと思ったのだが……アテが外れたよ。

 行ってくれエイ=プール。後はお前に任せた――――

 

 そういつも通りの声で。

 自分の命なんか、()()()()()()()()()()()()()

 

 プラント内のコジマ粒子の濃度は、こことは比べ物にならないハズ。

 きっと瞬く間にACを浸食し、乗っているジュリアスさんの生命を奪うことでしょう。

 

 生まれて初めてです、“怒り”で目の前が真っ赤になったのは。

 もう思考すらも赤く染まり、パクパクと口を動かす事しか出来なくなった。

 山ほど言いたい事があるハズなのに。このアホンダラに、ありったけの罵詈雑言を叩きつけてやりたかったのに。

 でも……。

 

 

「生きて会え――――それがお前の責任だ」

 

 

 その一言に、息が止まる想いでした。

 

 

「笑ってくれなかった。一度も。

 やはりお前が必要だよ、エイプーおねぇちゃん?」

 

 

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

 

 やがて、優しかった声は途絶え、無線はノイズに覆われました。

 

 それを私は茫然と、暫しの間、ただ聞いていた。

 

 隔壁の内側から伝わる衝撃と、空気の揺れ。そして大きな爆発音が轟くまで。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

『――――引キ返セ』

 

 汗ばむ手で操縦桿を握り、機体を走らせる。涙を撒き散らしながら。

 

『抵抗ナド、モハヤ無意味ダ』

 

 ただひたすらに。

 視界が滲んでも、関係ない。AMSが脳に映像を送ってくれるから。

 

『無駄ナ事ハ、ヤメロ』

 

『ソレ以上、近付クナ』

 

『マダ、間ニ合ウ――――』

 

 きっと、これはマザーコンピューターの物なんでしょうね。

 さっきから煩いくらい、施設の最深部へ進めば進む程、声がしているんですよ。

 

『世界ヲ、秩序ヲ破壊スル……。

 ソレガ、オ前ノ望ミナノカ?』

 

『私ハ、必要ナノダ。

 ダカラコソ、私ハ生ミ出サレタ』

 

()()()()()失クシテ、人ハ、生キテイケン。

 タトエ、ソレガ幻デアッテモ』

 

 ――――やかましいわ、という話でした。

 えらい大層な、世界の裏ボスちっくな演出ですが、オネショタて。

 

 私は声をガン無視し、全速力でOBを吹かす。

 管理者だがマザコンだか知りませんが、お前ぜったいボコボコにしたるからな。そう決意を固めました。

 ダンモロ旅団の仲間達のことを思えば、もうメンタルはグシャグシャでしたが、逆に闘志が湧いて助かったまであります。はらわた煮えくり返ってますケド。

 

 そして。

 

「どっせーい!!」

 

 突進の勢いを以って、道を塞いでいたゲートをぶち破った時、とても大きな広間に出ました。

 そこは、これまでのせまっ苦しい物とは違う、明らかに特別な感じのする場所。

 私は一旦ブーストを切り、ふわりとヴェーロノークを着地させ、辺りを見渡します。

 

 幾何学的な模様の刻まれた、冷たい金属の壁。

 ネクストの大きさをしても、見上げんばかりに高い天井。

 そして、広間の中央に鎮座する、一体の“アーマードコア”。

 まるで、管理者に敵対する者を殺す守護者(ガーディアン)のように。

 

「く……()()()()()

 

 

 

 そのACは、赤かった。

 けれど、いつもの機体じゃない。私が共に駆けた【AN BREAD MAN】とは、似ても似つかぬ外観。

 あのトーラス製のコアに書いた、アンパンマンの顔こそは、以前のままなのですが……それ以外の部分がもうかけ離れている。

 

 その背部には、翼を模したかのような形状の、巨大な追加ブースター。

 そして、恐らくは“とっつき”なのでしょうが……見た事も無いほど巨大な兵器が、圧倒的な威圧感を漂わせ、かのACの拳に備わっていました。

 

『排除――――はいじょ――――ハイジョ――――』

 

 機械的な……いえ何かに乗っ取られているかのように無機質な、幼子の声。

 まだ声変わりすらしていない、懐かしくも切ないクヌギくんの声が、耳に届きました。

 

秩序(オネショタ)を、破壊する者。

 お前は、この世界には不要だ。――――消えろ、イレギュラー』

 

 なんとも変わり果てて(白目)

 これも私が手を離したからなのかと、ものっすごいブルーになりました。テンションだだ下がりです。

 

 折角の再会。もうどのような罵詈雑言でも受け入れる気でいたのに、肝心のクヌギくんが正気を失っている。

 その特殊なACのせいなのか、マザコンによる洗脳なのか、はたまた私のようにナニカサレテしまったのか……。

 

 とりあえず言えるのは、あれは私の知るクヌギくんでは無い、という事。

 そして、いま私を“敵”と認識し、勢いよくこちらへ飛び掛かって来た、という事だけです。

 

「っっ?!?!」

 

 ほとんど脊髄反射で、横QBを吹かします。

 今、通常の10倍はあろうかという巨大な“コジマパンチ”が、0.1秒前まで私がいた場所に振るわれました。

 

 まるでネット対戦時のラグによって、瞬間移動したような速度。

 そのアリエナイ性能の、背部の追加ブースターにより、目視出来ないほどのスピードで、一瞬にしてこちらとの距離を詰めてきた。

 

 そんなに大きな機体なのに、フラジールもかくやという突進! いえ上回っている!

 私は目をひん剥きつつも、身体に染みついた操縦技術を以って、即座にクヌギくんの上を取る。

 

「……ひっ?!?!?」

 

 途端、緑色の光――――

 燕が空へ飛び立つような速さと、曲線を描く不可解な軌道で、AN BREAD MANが突貫してくる。

 空中にいた私に追いつき、瞬時に軸を合わせて、拳を一閃。

 まるで、突然目の前に現れたかのように、私には映りました。

 

「う、嘘でしょう……? ()()()()()()()()()!?」

 

 レーザーブレードの使用時に、FCSの方で機体の軌道を補正する機能。

 それをクヌギくんのACは、コジパンでやってのけている!!

 

 そんなの私、聞いた事ありませんよ!?

 当たりさえすれば、一撃で敵を葬る“とっつき”に、自動追尾機能を付加するだだなんて!

 どんなチートですかソレは! ズルいとかいうレベルじゃないですよ!?

 

 本当は、いろいろお話したかったんですよ。

 たとえ正気を失っていたとしても、この子に語り掛けたり、「いつもの君に戻ってください!」とか叫びたかったんです。よくある物語のヒロインみたく。

 ――――でもそれどころじゃない! そんな場合じゃないです!

 いま私、死にそうですもん! まさにブッコロされようとしているんですもん!!

 

 唐突な展開に、目を丸くしている暇もありません。

 ただ必死こいてヴェーロノークを駆り、前後左右上下斜めに回避するだけ。

 今はそれ以外、出来ることが無い!

 

 この子と初めて会った日もそうでしたが、もう成す術なく追い回されている。

 しかも、そのプレッシャーは、あの時の比じゃない。

 同じコジパン、同じ一撃死でも、状況が全く違います。

 だって、この子のACは可愛かったですもん。こんな悍ましい瘴気は纏っていなかったハズです。

 

 何があったんですかクヌギくん、私が分からないんですか……?

 これは、このACは、君が好きだと言ってくれたヴェーロノークなんですよ……?

 私が搭乗している事など、一目瞭然のハズなのに……。

 

 それとも、()()()()ですか?

 私なんかキライだから、キライになってしまったから……今その拳を振るっているのですか?

 

 縦横無尽に動き、嵐のような激しさで矢次に飛んで来る攻撃を躱しつつも、私はそれを思わざるを得ない。

 私がやった事というのは、それほど深く君を傷つけたのかと……。

 

『排除――――はいじょ――――ハイジョ――――』

 

 あの愛らしかった声が、もう見る影もない。

 そんなのは機械だ。人形です。こんな風になってしまうのは、私だけで良かったのに……。

 

 思わず、トリガーに指が掛かります。ASミサイルを発射するための。

 けれど、それをしたら()()()()。それだけは出来ない。

 たとえこの身が、ヴェーロノークがどうなろうとも、クヌギくんを撃つことだけは……。

 

 だって、悪いのは私なんです。クヌギくんは悪くない。

 謝罪をすべきは私なのに、この子を怒るなんて出来ない。

 なら私は、もう身を任せるしか……。

 

「んぎっ……!?」

 

 すんでの所で回避した拳が、私が背負っていた壁にぶち当たり、緑色の光を撒き散らす。

 それは私の視界すら奪い、途轍もない恐怖を心に植え付ける。

 でも、私はリンクスであり、AMSによってネクストを駆る傭兵です。

 脳内に光として送られて来たビジョンは、未だ健在。その恐怖や危機感が愛機に伝わり、動きとなってACに表れます。

 私は未だに、宙を飛び続けている……、生きている。

 けれど、

 

「あげても、いいんです。こんなモノは」

 

 そう、良いんだ。こんな()

 殺されたって、別に大した事じゃない。

 むしろ、軽い命だからこそ、傭兵なんてものをやっていたワケですから。

 

 謝罪と償いは、違う。

 赦しと罰は、まったく別のものだ。

 

 謝ったから許してくれとか、もうしないから止めてくれとか、そんな都合の良い話は無い。通るワケが無いんです。

 

 謝ろうが、反省しようが、私は罰せられなくてはならない。

 この子の怒りを、受け止めなければ。傷付けた分だけ、私も傷つかなければ。

 それが道理という物なのですから。

 

 ゆえに、意識を閉じようかと思いました。

 いっそ操縦桿から手を離し、瞼を閉じてしまおうかなって。

 先ほどから、AMSからの光が、頭の中で荒れ狂っているのです。頭痛のみならず、嘔吐感や身体の軋み、痛み。もうありとあらゆる苦痛に苛まれている。

 ジュリアスさんが“限界”と診断したこの身体は、既に極限まで酷使されている。それを無理やり動かしていた気力すら、もう消え去ってしまった。

 

 知らなかったんです。誰かに憎まれるのが、こんなにも()()()だなんて――――

 痛みは怖くない。ヘッチャラです。

 でも人に嫌われるのが、攻撃されるのが、こんな悲しい事だったなんて、私は知らなかった。

 

 何があっても、飄々と生きてきました。自分の身に起こった事すらも、気にせず生きて来た。

 けれど……君に出会って初めて、「心が痛い」って思った。

 君を傷つけるのは、君に嫌われるのは、こんなにも耐え難い。

 悲しい気持ちになるんだって、学びました。

 

 これは、きっと大事なコト。

 ぜったい失くしてはいけない物。

 だからもう、君を傷つけたりは出来ないんです。私は。

 

「しょーもない命ですが、もっていきますか……? クヌギくん……」

 

 ふわりと、宙に舞い上がる。鳥のように身を翻して。

 私はそのままヴェーロノークをホバリングさせ、ただじっと、眼下にあるクヌギくんのACを見つめます。

 

 散々逃げ回っておいて、おかしな話ですが、そのおかげでようやく心の整理が付いた。

 覚悟を、決めたのです。

 

「本当は、パージでもしたい所ですけど。

 でもこれ腕武器なもので、外せないんですよ。どうか……」

 

 無抵抗を示す、武装解除。それが出来ないことを申し訳なく思う。

 いちおうASミサはともかく、背中にある三連ロケの方は外せるのですが、でもなんか中途半端のように思えたので、結局はそのままで居ることにしました。

 

 どうか……許して下さい。そう心の中で呟く。

 口に出すのはイヤでした。こんな私が「許して」なんて、おこがましい言葉のように思えましたから。

 

『――ッ』

 

 そして、私が動きを止めたのを認めた途端、【AN BREAD MAN】が背部のブースターを吹かし、ゆっくりと浮き上がります。

 急がず、悠然と、ヴェーロノークと高さを合わせる。

 そして、まっすぐ私と向かい合い、拳を振りかぶりました。

 首を固定された罪人に対して、処刑人が斧を振りかぶるように。

 

「一撃……いえ一瞬でしょう。

 他ならぬ君なら」

 

 目を閉じようか、と思いました。

 けどAMSがあるもので、あまり意味はない。

 最後に何か言おうか、と思いました。

 でも私は口下手で、肝心な所でダダ滑りしちゃう方だから、黙って死ぬことにしました。

 

 なんか、有難いような申し訳ないような気持ちです。

 だって、きっと苦しまずに逝ける。ACのコアごと消し飛ばしてくれるでしょうから。

 

 既にこの身は、ボロボロです。なんとか意識は保っていますけれど、今も耐え難い苦痛に襲われている。たぶん常人であれば、発狂しかねないほどの。

 そんな私の苦しみを、ここで終わらせてくれるのだから、これは“救い”のように思う。

 罰を受けなければいけないのに、この子に助けて貰おうだなんて、どこまで厚かましいんだろう……。そう自嘲してしまいます。

 

 ほんとうに私は、度し難い。

 どうしようもない女なんだって、そう思いました。

 

「……」

 

 これは、アドレナリンどうこうの効果でしょうか?

 如何なる作用によるものかは存じませんが、今クヌギくんのACがQBを噴射し、こちらへ突進して来たのが、ハッキリと見えました。

 

 時間にすれば、きっとコンマ何秒。でもとてもゆっくりに感じる。

 あの子のACの動き、その細部に至るまで、目に焼き付けることが出来る位。

 これが、いわゆる“最後”というヤツなのかと、ボンヤリ考えていました。

 

 ごめんね――――

 

 そう、あまりにもゆっくりだったものだから、心の中で呟きました。

 おこがましいけど、意味なんか無いけど、でもそうせずにはいられなかった。

 私は、私を貫こうとするクヌギくんの姿を、静かな心で、目に焼き付けて……。

 

 

 

 

 

 

 

「――――コジマビーム!!」バシューン

 

「ちょ」

 

 いたのですけど……、突然クヌギくんのACが()()()()、私に拳が届くことは無かった。

 

「ヤッタ! コジマを叩き込んでやったゾ!

 この()()()()()()()()がナ!」

 

「 あんた何してんですか! いつの間に!?!? 」

 

 曲がりなりにも命を救われたというのに、わたし大絶叫。

 今この場には、嬉しそうにキャッキャとはしゃぐ、アクアビットマンさんの姿がありました。

 未だシュウシュウと煙を上げる両腕(コジマライフル)を、カニみたく頭上に振り上げて。

 というか……あなた撤退したんじゃなかったんですか!? こそこそ逃げ回りつつ、コジマ溜めながら隙を窺ってたの?!

 

「ああっ、クヌギくんっ! 大丈夫ですかクヌギくぅーん!」

 

「心配いらヌ、峰打ちダ。

 我がコジマは不殺を旨としてオル」ペッカー

 

 お前の失った愛の全てが、アクアビットにある――――

 そんなワケの分からないアクアビットマン語録を言ってますが、もう私それどころじゃない。

 慌ててACを飛び降り、ぐったりと仰向けに斃れるクヌギくん機の所へ。

 

「あ……おねぇさん? なんでここに」キョトン

 

「えっ、正気を取り戻したんですか!? ()()()?!」ガビーン

 

「千の言葉より雄弁な、コジマという説得力――――」

 

 なんとかコックピットから引きずり出してあげると、クヌギくんはすぐに意識を取り戻し、ポケ~☆ っと私を見つめました。

 いつも通りの愛らしい表情、愛らしい声。先ほどの洗脳めいた雰囲気は、もうどこにもありません。

 

 これぜんぶ、コジマの効果? コジマ・パワーのおかげなの!?

 私にはもう、理解しきれません。この状況が。

 

「実を言うと、私の正体はアディ・ネイサン。

 そう、『悪い話では無いと思いますが?』でお馴染み、()()()()()()()()()()

 このたび思い切って脱サラし、アクアビットマンとして世に蔓延る悪をt

 

「――――クヌギくんっ! なんともありませんか大丈夫ですか!?(必死)」

 

 なんか重要なことを言ってるっぽいですが、どーでも良いのです。

 私は今、クヌギくんの事でいっぱいいっぱいなので、申し訳ないけどガン無視させて頂きました。知るかと。

 

「さて……、感動の再会も良いガ、君は最深部へ向カエ。

 クヌギくんの事は、この私に任せ、マザーコンピューターを破壊するノダ」

 

 もうわんわん泣きながら、クヌギくんをギューっと抱きしめていると、彼が空気の読めない事を言ってきます。

 

「え、嫌です(真顔)

 預けるワケありますか! アクアビットマンの変態ですよ!?」

 

「コジマに生き、コジマに死ぬ。それが孤高のファンタジスタ――――」

 

 会話が成立しません。今もアクアビットマンさんは「シャキーン!」みたく変なポーズ取ってますし。めっちゃ殴りたい。

 

「俺にしてみたら、とりあえずのゴージャス(PA整波性能的な意味で)

 とにかく、時間がないぞエイプー。早くシロ」

 

「あっ、コラ!」

 

 ひょい! っとアクアビットマンさんがクヌギくんを抱え上げ、そのまま「ひゃっほー!」と逃走。

 まぁ生身ですのでアディさんかもしれないですか、それよりクヌギくんを返せ! 何してんですか貴方!

 

 そして、私が拳を振り上げて抗議したのも束の間。

 アクアビットマンさんは、速攻でクヌギくんを連れてACに乗り込み、ゲッションゲッション! と走り出しました(EN不足)

 

 

「表で待っているゾ! 最後はお前が決メロ!

 コジマに選ばれし男の、体勢への反逆――――」

 

「お前ホンマ 殺 し ま す よ !?

 クヌギくぅぅーーん!!」

 

 

 

 ドップラー効果で、だんだん小さくなっていく「おねぇさぁーーん!」という声。元気よく走り去って行くアクアビットマンさん。

 

 そして、タイミングよくガッシャーン! と隔壁が締まった事により、私は一人この場に取り残されるのでした。Holy shit(くそったれ)!!

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「なんですかあの人! 何なんですか一体!」プンプン

 

 お話したかったのに! つのる話もあったのに!

 そうファックファック言いながら、私は本部の最深部へ向かう。

 大事な大事なクヌギくんとの語らい、その機会を容赦なく奪われた事に、今まで経験したことが無いくらいの怒りを感じながら。

 あのコジマプラントでの激おこから、たった30分かそこらで記録更新ですよ。

 

 まぁそのパンクな行動はどうあれ、アクアビットマンさんに助けてもらった形ですし、本当は感謝しなければいけないのでしょうが……。

 私では逆立ちしてもあのACは倒せなかったし、彼が来なければ確実に死んでいました。恐らくクヌギくんの方も、あのまま元に戻れなかったでしょうし。

 

 でも何故でしょう? ()()()()()()()()()()()()()()

 きっと、あのミ○キーの耳のような、ふざけたスタビのせいです。

 アレがあるからアクアビットマンは、もうギャグキャラにしか見えない風貌になるんですよ。とってもファニーですもん。腹立つくらい。

 

「こうなれば、速攻でアレ破壊して、クヌギくんの所へ帰るしかありませんっ!

 ホントなんですかコレ! なんて日ですかチクショウ!」

 

 もう今日は、色々なことがありすぎて、頭がパンクしそうです……。

 オネショタ組織の狂気。

 散っていったフラジールさん。

 二人でAFを相手してくれた、ダンモロさんとキルドーザーさん。

 自分でプラント破壊して、自分で閉じこめられちゃったジュリアスさん。

 所載は不明ですが、恐らく強化人間的にナニカサレタであろう、可哀想なクヌギくん。

 そして、ヒーローなんだか鬼畜なんだかよく分からなかった、脱サラ戦士のアクアビットマンさん。

 

 こんなの、研究所帰りの身体でする事じゃありません。わたし死にそうです……。

 もう良いじゃないですか、クヌギくんと再会した所で「このあと滅茶苦茶セックスした」というナレーションでも入れて終われば。

 それで万事OKです。幸せになれるじゃないですか。主に私が。

 なんだったらもう、私の顔を中心として、画面が丸くすぼまっていく“トホホEND”でも良いです。

 もうコジマは懲り懲りだよぉ~う! とか思いっきりシャウトしてやりますよ。昔のアニメみたく。

 けれど。

 

「……まだ飛べる? ヴェーロノーク」

 

 いかなきゃ。ケジメをつけるって決めた。

 それがいったい何を示すのかは、もうゴチャゴチャしててよく分からない事になっておりますが……とにかく行かなきゃです。

 

 この子もまだ動く。まだ飛ぶことが出来る。心臓の鼓動のように、ブースターの振動が伝わってくる。

 ヴェーロノークが生きているのだから、私はまだやれるって事。仲間達に託された想いや責任を、しっかり果たさなければ。

 

 目が霞む、身体が寒い、崩れ落ちそう……。

 あの研究所で受けた心身のダメージで、私という存在が崩壊しかかっているのが分かる。未だにACを操縦出来ている事が、自分でも不思議でなりません。

 AMSからの光が私を蝕み、もう生きている実感すら持てない。意識が()()()()する。

 

 でも、進みます。ミッションを終えるまで。

 それがクヌギくんという男の子の未来を、より良い物にすると信じて。

 

 

 

「これ……ですか」

 

 最深部。私は辿り着く。

 幾多の困難と障害を、仲間達と越えて。

 こんな私なのに、疫病神の狂人なのに、優しくしてくれた人達の献身があったからこそ、来ることが出来ました。

 淑女の会の中枢。ANETHAを始めとする全てを司る、このマザーコンピューターの所へ。

 

 辺りは静寂。ただっ広い空間の中心で、暗闇を薄明りでボンヤリと照らしている、柱のように巨大な装置。

 その出で立ちは、何故か古代遺跡のそれを思わせ、ここが本来は人が入って良いような場所じゃないことを、私に告げている。

 

 不気味で、神聖で、仰々しく、悍ましい。

 ただの金属の塊とは思えない、不思議な印象を受けました。

 まるでこの機械が、意志を持っているかのような。電子による演算やデータなどではなく、生きているみたいに。

 

「……」

 

 静かに、気を整えます。大きく息を吸います。

 見上げるような巨大な装置を前に、私ただ一人。今一度、心を決める。

 

 これで全部終わる。私の戦いも、クヌギくんの苦しみも、全てが。

 そう、いま万の想いを込めて、右のトリガーに指をかけました。

 

「ミッション、完了です」

 

 その言葉と共に、私は息を吐きつつ……。

 

 

「――――いや、壊されちゃうのは()()()()()()()

 

 

 轟音。ブースターの。

 

「ねッッッ!!!!!!!」

 

 途端、閃光。

 視界が高速で回転し、衝撃。

 ヴェーロノークのコックピットに鳴り響く、“大破”を知らせる音声とアラーム。

 

「……っっ!? っっ?!?!?!?」

 

 状況が、認識出来ない。

 視界どころか意識すらグシャグシャで、ただでさえ苦痛だったAMSからの信号が、もう洪水のように……!

 

「あー、カス当たりかぁ~。

 やっぱ、あの子のようにはいかないわね。

 止まってる相手に外すんだから」

 

 難しいのねぇ、“OBとっつき”って。

 そんな声を、台風のように荒れ狂った意識の中で、聞く。

 

「まぁ良いわ、もう虫の息だし。

 でしょ?」

 

 ガシャン! とパージした武装が床に落ちる音。

 そこに転がっていたのは……KB-O004?

 あの子のACの両腕にあった、コジマナックル……。

 

「後は、いつものバズや垂直ロケで充分よ。

 悪いけど死んでくれる? ()()()()()

 

 

 

 緑色。新旧混合のGAフレーム。スマイルのエンブレム。

 

 メリーゲート――――

 いえメイ・グリンフィールドの姿が、そこにありました。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「よっと!」

 

 彼女の放った砲撃によって、かのマザーコンピューターが爆発。炎上。

 

「ふぅ、これで淑女の会も終りね。

 安心してエイプップ、手柄を取る気は無いし。

 これアンタがやった事にしたげる」

 

 ま! ()()()()()()()だけど。

 そうメリーゲートが、ゆっくりとバズーカを降ろしながら、破片を撒き散らして床に倒れ伏すヴェーロノークに向き直る。

 

「よく頑張ったわね、アンタ。

 きっとみんなに褒めて貰えるわ。私だって褒めちゃう♪

 でもやっぱ、英雄っていうのは、死んでナンボだからさ?」

 

 死んではじめて、伝説になれるの。

 光栄でしょ? うだつの上がらない下位ランカーにとっては。

 メイさんはブーストを使わず、ただゆっくりと歩を進め、私の側へ。

 

「……なっ……、なぜ……」

 

「ん?」

 

 金属の軋む音。ヴェーロノークの装甲が歪み、もう身体を起こす事すら困難。

 けれど、せめて彼女の方を見ようと、懸命に頭部を持ち上げる。

 

「何故ですか……メイさん。

 貴方の始めた事でしょうにっっ!!!!」

 

 なにやら既視感のある言葉でしたが、気にしている余裕はありません。

 私は、激高する。

 こんな大きな声を出したのは、一体いつ以来かという程。

 

「裏切ったのですか……!

 義理とはいえ、クヌギくんの姉なのに!!!!」

 

 クヌギくんの笑顔、そしてこれまでの思い出が、頭を駆け巡る。

 そんな全てを叩きつけるように叫んだつもりでした。

 でも、彼女は。

 

「人違いだわ。

 ここに居るのは、淑女の会№8――――スマイリー( 笑う女 )よ」

 

 何食わぬ声で、そう言ってのけました。

 

「あら、立つの?

 へぇー。まだ動けるんだ?」

 

 彼女の言葉を聞いた途端、私はグシャグシャになった意識のまま、ヴェーロノークを起立させました。

 大破し、私すらも血塗れ。もう身体の感覚すら無い。

 なのに、何故これほどの状態にあって、ネクストが動くのか。自分でも不思議に思いますが、今は目の前にいる人の事だけ。

 

「流石テルスフレームね。

 カス当たりとはいえ、コジパンを耐えるんだから。

 私のGAマンじゃ、とてもこうはいかない。……まぁ羨ましいとかは無いけど」

 

 けれど、また倒れる。

 砲撃ではなく、ただ手にあるバズーカを横薙ぎにして、ヴェーロノークに叩きつけた。

 それだけで、私達は成す術なく、床に身体を打ち付けた。

 

「もう寝てて良いわよ? あんたの役目はおしまい。

 グースカ寝てれば、その内ここのフロアも崩落して、楽に死ねるでしょ」

 

 私は帰るけどね? クヌギのとこへ。だってお姉ちゃんだもの。

 彼女の童女のような笑い声が、炎と熱で崩れゆくこのフロアに響く。

 

「ここも壊滅して、あねサラーも破壊された。

 あのお姉さま方が死ぬとは思えないけど……まぁ当分は大人しくしてるでしょ。

 そして、クヌギも自由の身になれたわ。

 これに懲りて、もうAC乗りたいだなんて、言わなくなるでしょ」

 

()()()()()。全部思い通り。

 あんたに目を付けたのは、間違ってなかった。

 バカで、頭おかしいクセにお人好しな、可愛いエイプップ」

 

「あんたの凄さを、私だけは知ってた。同じ僚機稼業だしね。

 それが上手い風にいったんだと思うわ。

 あんたは、私が手を回すまでもなく、あの子の守護天使やってくれたし♪」

 

「そして……おかげで淑女たちや企業の目は、全部あんたの方に行った。

 同じ家に住んでる、お姉ちゃんの私じゃなく、あんたがヤツらの標的になってくれたからこそ、自由に動けたの」

 

「クヌギを狙うヤツラを壊滅させた上で、あんたにも消えて貰う。

 そうして最後に、()()()()()()()()

 怖いくらい合理的ね、私♪」

 

「あんたを失って泣くクヌギを、『おーよしよし』って献身的に支える。

 それでイチコロ☆ 今度こそあの子は、私の方を向くわ」

 

 肩こりでもほぐすかのように、バズーカでメリーゲートの肩をトントン。

 その妙に人間臭い仕草は、彼女のAMS適性の高さを表しているのか。

 武器腕の機体を使用する事によって、適性の低さを補っていたヘボリンクスの私には、とうてい真似できない事。

 

 そして、今の今まで知りませんでした。……彼女がここまでレベルの高いリンクスだとは。

 中堅所のランク、僚機稼業という目立たない役どころ。そして人に親近感を持たせるスマイリーのエンブレム。色気すら漂う人当たりの良さ。

 その全てがカムフラージュ。人を欺くため、計算づくの物だったのかもしれない。

 

「あ、でも楽しかったでしょ? いい夢見れたよね?

 狂人のあんたじゃ、決して手に入らないくらいの、幸せな時間だったハズよ。

 それを本ミッションの報酬として頂戴。名誉と一緒にね♪」

 

 ゲシリと、蹴りを入れる。

 床に伏したヴェーロノークの頭に、さも何気なくと言ったように。

 

「誤魔化せないわよ? 知ってるんだから。

 今日のミッションの前、なんかアンタの所に、メッセージ来てたでしょ?

 あれ届けてあげたの、()()()()

 

「オールドキング? とか言ったかしら。連絡先を教えてやったのよ。

 あの誘いが来たら、あんたどーすんのかな~って、ちょっと興味が湧いてね」

 

「そしたら案の定、()()()()()()()()()()()

 何万、何千万の命よりも、あの子の方が大事だって、ここに来たでしょ?

 ――――私それおかしくてさぁ!! あはははははははは!!!!」

 

 今お腹を抱えている姿が、アリアリと見て取れるような笑い声。

 

「というか、あんたみたいな壊れた女に、クヌギ預けとけるワケないじゃんか。

 当たり前よ。なに調子こいてんの?

 ちょっと考えれば、分かりそうなモンだけどね。普通は♪」

 

 メリーゲートが振り下ろした足が、ヴェーロノークの膝を踏み折る。

 関節の稼働とは逆方向、くの字に曲がり、その痛みがAMSを通して、私にも伝わる。

 

 絶叫。喉が破れるほどの。

 メリーゲートのリンクスは、その声を聴きつつ、ケラケラと笑っているようだった。

 ガシッ、ガシッと、何度もヴェーロノークを踏みつけながら。心底楽しそうに。

 

「あんたは一人で、グラニュー糖でも舐めてりゃ良いのよ。私が買ってやったヤツを!

 ……っと、フロアの温度が上がってきたわね。

 そろそろココも限界、早くトンズラしないと」

 

 ついでとばかりに、もう片方の足も折られる。

 ダルマ、という言葉がありますが、元々腕という物がないヴェーロノークは、これで完全に四肢を失ったことになります。

 けれど、私はそれも気にせず、

 

「あの子の……身体……を」

 

 彼女に、問いかける。

 

「イジった……のです、か?

 明らかに、生身のリンクスがする、動きではなかった。

 メイさん、貴方は……自分の弟を……!」

 

 踵を返し、私を残してこの場から去ろうとしていたメリーゲートが、首だけをこちらに向ける。

 

「うん、やったよ?

 そうしなきゃあの子、死んでたもん。

 私が助けたとはいえ、あんな高い所から落ちたんだし」

 

 強くなってたでしょあの子? 身体の何割かは、もう別物だしね――――

 そう感情の見えない、冷たい声。

 

「でもさぁ、あんたの事なんて、よく憶えてたね?

 クヌギは私のことだけ、認識出来ればいいや~って感じで、色々と強めにイジらせたハズなのに。下手こいたなぁ……。

 やっぱアンタ邪魔だわ。ここで始末できて良かったよ、エイプップ」

 

 つぅ……と。彼女の瞳から涙が。

 これは、直接見たワケではない。あくまでAMSが送ってきた映像であり、解像度はとても低いです。

 けれど、いま無感情でいるかのような、無機質な声で話しているハズの彼女が、泣いているように見える。

 たとえ、そのあまりの耐え難い悲しみに、心を凍らせてはいても……。それは涙となって外へ押し出されている。そう私には思えました。

 

「言うなれば、“戦友”。

 互いに頼り、互いに支え合い、助け合う」

 

「一人はみんなの為に。みんなは一人の為に。

 だからこそ、私達は生きられるのよ。

 既に詰んでしまった、悲しいこの世界で」

 

「リンクスは家族。同じ傭兵。血を分けた兄弟も同然……ってぇ」

 

 彼女が、俯いた顔で、

 

 

「――――嘘を言うなッッッ!!!!」カッ

 

 

 突然の、激高(ドン引き)

 

「どいつもこいつも、足の引っ張り合い! 狸の化かし合いよっ!

 猜疑に歪んだ暗い瞳が、せせら嗤ってる!」

 

「無能、怯懦、虚偽、貧乳、年増、前金。

 どれひとつ取っても、戦場では命取り! “騙して悪いが”は当たり前!

 このイス取りゲームっていう、女の戦いではねっ!」

 

「それらを纏めて“性欲”で括るッ。誰が仕組んだ地獄やらッ。

 ショタっ子を見守る淑女の会……? ふんっ! 嗤わせないでよ!

 みんな、クヌギのショタちんぽの事しか、考えてないくせに!(キッパリ)

 ……だからぁぁぁーーッ!!!!」

 

 今、その天を突くような怒りに任せ、メイ・グリンフィールドが……

 

「お前もッ!!

 お前もッッ!!!

 お前もぉぉぉおおおーーッッ!!!!」

 

「みんなみんな――――()()()()()()()()()()!!!!!!!」

 

 持て余してるフラストレーショ~ン♪

 そんな謎の曲が、私の脳内でかかりました(むせる)

 

「気が変わったわ、トドメを刺してあげる。

 尊厳ある安らかな死なんて、傭兵(アンタ)には似合わないでしょ?」

 

 とにもかくにも、再び彼女が、ACの私の方へ。

 ゆっくり、その足音を私に聞かせているかのように、歩いてきます。

 

「恨まないでね、これアンタと一緒だから。

 守るべき物の為に、全てを捨てる――――

 その中に、エイプップも入ってた、ってだけの話よ」

 

 別に、キライじゃなかったもの。

 そう小さく呟き、彼女が銃口をこちらに向ける。

 

「同じことしてる。似た者同士なのよ……。

 でも、不倶戴天って言うし。あの子をパンみたく、ふたつに割ったりは出来ない。

 だからこのトリガーは、私のケジメなんだと思う」

 

 ロックオンなど、とうに完了しているハズ。

 それでも彼女は、言葉を紡ぎ続けました。

 非情や無感情を装いつつも、何かに赦しを乞うような、とても弱々しい声。

 

 きっと、それが我慢ならなかったのでしょうね。

 空気読めない人ですから、私。

 

 

「お言葉ですが、まだまだ()()()()ですよ?

 私から見れば」

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 メイさんが息を呑む声が、聞こえました。

 

 鉄を軋ませてゆっくり……ではなく、飛び立つように。

 今、私のヴェーロノークが、空気を振動させるほどの凄まじいブーストを以って、舞い上がりました。

 

「まだ……動けるの?

 そっか、もう人間やめてたんだね、アンタ」

 

 静かな、先ほどよりも冷たい声。

 メリーゲートが腕を動かし、ズレてしまった照準を、再びゆっくりと合わせる。

 100メートル上空にいる、私のヴェーロノークに。

 

「ええ、おかげ様で。

 そんな私からすれば、メイさんは少しばかり()()かと。

 引き金は、黙って引くものです」

 

 赦しを乞い、同情を誘うような事を……。今から人の命を奪おうという人が。

 私は少し、呆れていたんです。このような人と、一緒にされたくは無いと。

 

「だから機を逃す。手に入らない。守れない。

 なにをモジモジやっているのですか。まどろっこしい」

 

 甘えないで下さい、迷惑です――――

 両足を失い、腕さえも無いヴェーロノークが、悠然と翼を広げる。

 

「小悪魔ぶった馬鹿女の策謀など、滑稽なだけです。

 そんなガチガチの重量機に乗っておいて、なぜ前に出ない?

 何をそんなに怯えているのですか。臆病者」

 

 砲撃音。次いで破壊音。

 バズーカの弾がヴェーロノークのコアをかすめ、後方の壁に突き刺さる。

 

 別に、避けてはいません。ただメイさんが外したというだけの事。

 それが威嚇であったり、私の口を閉じさせる為であったなら、まだ良かったのですが。

 

「そんな動揺して撃っても、当たりはしません。

 なんのためのAMSですか、感情が()になっている。

 まだノーマルにでも乗った方が、マシです」

 

「加えて、そのような人に討たれる者の気持ちを、考えた事はありますか?

 私は御免です」

 

 倒すのなら、誇って欲しい。

 アイツに勝った、ねじ伏せたと、私との勝負を自信として欲しい。それが手向けです。

 そんな想いを以って、ランクマッチをやってきましたが……、今のメイさんに負かされるなど、まっぴらだ。

 

「へぇ……言うじゃない。

 そんなエイプップ、はじめて見たかも。

 らしくないじゃん、怒ってるの?」

 

「いえ。貴方が知るように、私はドライな女ですので。

 さして怒りは」

 

 これは、ホントの事です。

 ここまでされたというのに、自分でも不思議なくらい、静かな心でいる。

 なんなら、先ほどのジュリアスさんやアクアビットマンさんの方が、よほど私を怒らせた。

 

 分かるから。メイさんも言った通り、私達は似た者同士。

 だからこそ、憎めないのかもしれません。

 

「でも、久しぶりに手合わせしましょうか、メイさん。

 こういう場面であれば、そうする物なのでしょう?」

 

 私イカれてますので、よく分かりませんけれど。感情は高ぶらないけれど。

 しかし、きっと()()()()だったら、そうするのでしょう?

 ですので、今回はそれに倣っていきたいと思います。

 

「うん……当たり。

 よく勉強してるねエイプップ。……えらいよ」

 

 それはもう。私にとって処世術ですから、必死に努力して()()()()()()()()()()

 クスリと、お互いの笑う声が、無線から聞こえました。

 

「たまに、思うんだけどさ……。

 もしクヌギが居なかったら、私アンタを選んでたかもしれない。

 きっと……ずっと一緒にいたよ。(つがい)の鳥みたく」

 

 ため息。そして両足を踏ん張る。

 メリーゲートが戦闘の態勢に入る。

 

「光栄です」

 

 一度だけ、そっと瞳を閉じて、私も。

 メインブースターの垂直推力を更に上げ、高く浮き上がる。

 

 

「さよなら、エイプップ」

 

「はい、さようなら」

 

 

 

 

 

 同時に、私達の武装が、火を噴きました。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「そんなナリで、何が出来るっていうのよッ!!!!」

 

 巨大な炎の光が揺らめく、広大なフロアで、私達二機が飛び交う。

 

「ただでさえポンコツなのに、そんなボロボロ!

 アンタ舐めてんの!?!?」

 

 ASミサイル発射。だが無意味。

 それは全て、メイさんの放つ垂直ミサイルに無効化され、ACとは別の場所で爆散する。

 

「知ってるでしょ? アンタじゃ()()()()()()

 なのに、いきがってんじゃないわよバカ!!!!」

 

 加えて、矢次に放たれる残りのミサイルが、次々と襲い来る。

 私のASミサより、彼女の方が遥かに連射数が多い。比べ物にならない程。

 こちらの攻撃を無効化した上で、()()()()()()()()()()()()

 

 いつもは教えてあげる側。でも今は私の番。必死にミサイルを躱す。

 機体を左右に振り、時に避けきれない弾幕を最小限の被弾で済ませるべく、その中へ突っ込む。

 

「最初にアンタとやった時は、驚いた記憶があるわ。

 こんな弱いAC……いえ()()()()()()がいるんだって」

 

「私のメリーゲートは、どちらかと言えば持久戦志向。

 でも30秒かそこらで倒せちゃった。一発の被弾も無く」

 

「ただただ、弾数の多い垂直ミサイルをばら撒いて、それ避けるのに四苦八苦してるアンタに、バズやライフルを撃つ。

 それだけで、アンタは完封出来るの。なんにもさせる事なく」

 

 その言葉を体現するように、宙で藻掻く私へ、砲撃が飛んで来る。

 躱そうと思いQBを吹かせば、その熱をこそ頼りにミサが襲い来る。

 何度も何度も、ヴェーロノークが炎に包まれ、装甲から炸裂音が鳴りました。

 

「ついでに言うなら、私のメリーゲートはGAフレーム。実弾に強いの。

 そのASミサで削り切れるかしら? ちょっと弾数が足りてなくない?」

 

 おっしゃる通り。たとえ垂直ミサを全て躱し切り、私のASミサを全て当てたとしても、彼女を墜とせる保証などありません。

 それほど、私のヴェーロノークと、メイさんのメリーゲートは、相性が悪い。

 攻守共に、手の打ちようが無い。ハッキリと()()()()()組み合わせなのです。

 

 仮に、ASミサイルを全弾“間を置かず”当て切ることが出来たなら、倒すことが出来るかもしれません。

 PAを剥がした上で、メリーゲートの硬い装甲を溶かせるでしょう。

 

 けれど……そんなことはメイさんも、百も承知。

 彼女が無理をする必要は無い。ただ適当に垂直ミサを撃ち続けながら、時折それをかい潜って飛んでくる来るASミサを、しっかり回避するだけで良い。

 そうして、やがて私が弾切れするのを、その豊富な火力に物を言わせ、ただのんびりと待てば良い。それだけでヴェーロノークに勝てる。

 

 私というリンクスは、彼女にとって“カモ”でしか無いのだと――――

 

「いつもながら、上手に操るものね?

 ACってそんな風に動けるんだ~って、いつも関心してたわ」

 

 回避、立ち回り、当て方、相手の射角を外すトップアタック。

 でもそんな私の小細工を、メイさんは全く意に介さず、のほほんと喋り続けている。

 火力も装甲も、違い過ぎるから。

 

「私はあっさり勝ったけど、他のリンクス達は、みんな苦労してた。

 どうやってエイ=プールを倒そうか~って、頭をひねってたの」

 

「その時かな? あんたがヤバいって気付いたのは。

 ASミサしか使わないもんだから、みんなマシとかフレアとかで適当に勝っちゃて、誰も気付かないけど。でも私だけは知ってる。

 アンタの操縦技術は、()()()。空の申し子なんだわ――――」

 

 そりゃあ、クヌギも憧れるワケだ。アタシ以外で気付いたのは、あの子だけかもね。

 メイさんがGAライフルで、ヴェーロノークを蜂の巣にする。その飄々とした声とは裏腹に。容赦なく。

 

「みんなハンデ貰って勝ってた。ASミサ縛りと、()()()()

 もしそれが無きゃ、誰もアンタを倒せなかったでしょうね。……クヌギすらも」

 

「でも戦場にIFは無い。アンタはここで死ぬの。

 強化人間めいたリンクスだって、命はひとつよ」

 

 バズーカの砲撃、被弾。

 ヴェーロノークが硬直し、そこへ次々とミサが襲い来る。

 やがて、羽を奪われた鳥のように、私が地へ墜ちていくのには、さして時はかかりませんでした。

 

「ほい、私の勝ち。2戦2勝ねエイプップ」

 

 重金属が地面にぶち当たる、轟音。

 それを聞いた後、メイさんは数分前の光景をなぞるようにして、ゆっくり私のACの方へ歩いてきました。

 

「あんま撃たなかったね? こっちのを躱すだけだったじゃん。

 もうASミサ撃っても無駄って感じ? それとも弾切れしてたのかなぁ」

 

 焼き直し。メリーゲートがゆっくりとバズーカを持ち上げ、銃口をヴェーロノークに。

 先ほどと違うのは、ほぼゼロの距離であるという事。そして砲身の先端が、ピッタリとヴェーロノークの頭部に接触している事。

 有り体にいえば、眉間に銃を突き付けられている、という感じでしょうか。

 

「引き金は黙って引け……だっけ?

 そうするわ」

 

 発射。ヴェーロノークの頭部が()()()()

 それと共に衝撃。自分の頭を砕かれたのと遜色のない痛みが、私にも。

 

 不具合を起こしたAMSからの光が、私の思考を犯す。

 暴風雨、耳をつんざくようなノイズ。そしてミルクを入れたコーヒーのように、グルグルと回転する世界。

 私が私を認識出来なくなるほどの、ダメージ。

 

「ただでさえ、研究所でモルモットにされてた。

 ACなんか、乗れる状態じゃなかったでしょうに」

 

 その上、足も頭も吹き飛んで……。達磨の方がマシになっちゃったね。

 なんて死に様なの、とメイさんが失笑。

 私はそれを、ボンヤリとした意識の中、遠くに聞いていました。

 仰向けに倒れ、もうほとんど胴体だけになってしまった、ヴェーロノークに乗って。

 

「あ、コア撃ったげた方が良かったね?

 リンクスはここに居るんだし」

 

 また拙ったなぁ、なんて呟きながら、改めてメイさんがバズを掲げる。

 

「もう聞こえてないかもだけど、一応ね。

 ちゃんと楽にしてあげるわ、エイプップ?」

 

 

 

 

 けれど。

 

「――――それには及びません」

 

 即座に。

 

「っっ!?!?」

 

 バネのように上半身を起こしたヴェーロノーク。

 その背部から、()()()()()()()()()

 

「っっ?!?! っっっ?!?!?!?!」

 

 連射、連射、連射。

 鳴り響く、連続した爆発音。

 

「 うわぁぁぁあああああああああああーーーッッッッ!!!!!!!! 」

 

 メイさんの絶叫。

 それを余所に、私は再びヴェーロノークを舞い上がらせる。

 高く、フルスロットルでブーストを吹かし、彼女の頭上へ。

 あたかも、破滅を与える天使の如く。

 

「ッッ!!!!」

 

 腕部ASミサイル、発射。

 同時に肩ASミサイル、発射。

 10を軽く超える数の弾幕が、次々とメリーゲートへ炸裂。

 被弾硬直。

 

「ちょ……アンタまだッ……!!??」

 

 足を潰したのに、頭を砕いたのに。

 でも残念、ASミサイルは()()()()()()()です。

 頭部のカメラなど無くても、たとえ目が見えなくても、私は貴方を砕くことが出来る。

 

 きっと、手足どころか頭すらないACが襲い掛かって来るだなんて、ちょっとしたホラーに違いない。

 首無し騎士(ヘッドレスホースマン)でも、ここまで殺意をみなぎらせて、苛烈に動きはしない。

 

「――――っっ」

 

 ロケット特有の凄まじい爆発が、矢次にメリーゲートを包む。

 ASミサイルの用途は、攻撃だけではありません。()()()()()()()()()事も出来る。

 

 風切り音や、ジェット噴射の音。それがどこへ向かっていくのかを感じ取り、そこを目掛けてロケットを乱射!

 空から! 眼下へ! 絶え間なく! 息もつかせず!

 多少ズレていても問題ない! 爆炎が削る! 私はただひたすらに撃ち続ければ良い!

 

(クヌギ君……。クヌギ君……! クヌギ君ッ……!!)

 

 吐き気、凄まじい頭痛、今にも吹き飛びそうな自意識。

 そんな中で脳裏に浮かぶのは、あの子の顔。

 

 歯を食いしばり、崩れそうな身体に鞭を打ち、必死にAMSに命令を送り続けながらも、繰り返しあの子のことを想う。

 クヌギ君という存在が、か細い一本の糸となって、私の心と身体を繋ぎ止めている。

 

 戦闘中だというのに、我ながら呆れてしまいます。

 でも構わない。私には()()()()。それだけを握りしめて生きてる。

 クヌギくんのこと以外、もはやどうでもいいでしょう?

 

 

 ――――だから何も考えず! ふよふよしながら! トリガーを引け!

 

 撃て! 撃ち続けろヴェーロノーク!!

 この場に動く物が、全て無くなるまで!!!!

 

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

 

「あ、悪魔かアンタは……」

 

 やがて、私の肩武装の弾が尽き、それがガシャンとパージされて、地面に落ちた頃。

 

「何が守護天使よ、悪鬼羅刹じゃないの。

 イカれてるわ、アンタ……」

 

「光栄です、メイさん」

 

 ほとんど装甲が溶解し、パチパチと電気を帯び、それでもなんとか原型を留めている様子のメリーゲート。

 その中にいるメイさんの生存を知らせるように、無線が届きました。

 

「えっと……何秒?」

 

「約10秒ほどでしょうか。メリーゲートが墜ちるまでに」

 

 この後に及んで、妙なことを気にするメイさん。

 GAの重量機に乗っている彼女の、妙な矜持みたいな物を感じました。

 

「あー、新記録ねコレ。

 おめでとうエイプップ。クヌギでも30秒かかったのに。

 私のメリーゲート……」

 

 なんか、意外と元気だな? ()()()()()()()の私ならいざ知らず。

 エアリーディング能力が皆無の私は、場の空気も無視して、そんな事を思っていました。

 あと、「なにを私のレッドラムみたいに……」と、しょーもない事を。

 

「いちおう聞いておきたいんだけど、それ三連ロケよね?

 あんた宗派変えしたの……?」

 

「まぁ、研究所でナンヤカンヤされましたからね。

 無駄にスキルアップしたのです」

 

「そっかぁ~。先入観って恐ろしいなぁ~。

 アンタがそれ担いでるの、ぜんぜん気付かなかった。

 どうASミサイルに対処するかって、そればっかり……」

 

 悔しそうなメイさん。彼女のこんな姿は、初めてかもしれません。

 もう四捨五入すれば10年の付き合いになりますが、まだまだお互い、知らない面はあると見えます。

 

「アンタの勝ちね、もうグウの音も出ない……。

 メリーゲート動かん。私も動けん」

 

 その一言を、彼女の口から聞いた時、初めて実感。

 ああ、終わったんだなって……。

 これで全部。私の戦いが。

 

 

「――――くっそおーーっ! ()()()()()()()()()()()()!! 悔しいぃぃ~~っ!!」

 

「っっ!?!?」

 

 

 けれど、なんか聞き捨てならない事を言われ、私は驚愕しました。

 

「なっ、何を言うのですかメイさん! 私はショタコンでは……!」

 

「え、アンタこそ何言ってんの? 今更でしょ?」

 

 こんだけ必死こいてやっといて、まだしばらっくれるの?

 そう、なんかとてもフラットな、「何を当たり前のことを」みたいなテンションで言われます。

 

「ショタコンの魔の手から、あの子を守るのが、私の使命なのに……。

 あークヌギとられたー! ショタ=プールに取られたー!」

 

「ちょっと待って下さいよっ! それはメイさんの方でしょう!?」

 

 なにおぅ?(ピキーン)

 メイさんが片方の眉を上げ、私を睨んでいる……ような雰囲気。

 

「誰がショタコンよ! 私そんなんじゃないし! このショタコン!」

 

「いえ私は違います! 貴方の方がショタコンじゃないですか! それもガチの!」

 

「だれがガチよ! ただ義理の弟なだけだしっ!?

 家族として、そして姉として、あったかく愛でてんのよこっちは!

 一緒にすんなショタコン!」

 

「嘘はやめて下さいショタコン! 私は知っているのです!

 貴方クヌギくんのお風呂を覗いたり、無理やりおっぱい触らせようとしたり、パンツをクンカクンカしてるのを見つかったから、あの子に嫌われたんでしょう!?」

 

「ち゛ょ!? なんで知ってんのよ?! ショタコンエスパー!?」

 

「ほら! これがショタコンじゃなくて、なんだと言うのですか!

 ブラコンとショタコンの合わせ技一本です! 懲役300年ですよショタコン!」

 

「だれが犯罪者よ! こんなの世のお姉さま方は、みんなやってるし!

 わー、クヌギのパンツだー♪ いいにおーい☆ いいにおーい☆

 いっぺんアンタもやってみなさいよ! とぶぜショタコン?」

 

「うっさいんですよショタコン! 変態ショタコン!

 だいたい今日は、私が勝ったのだから、メイさんがショタコンでしょうが!」

 

「そんな勝負してた!? 最初に言っといてよショタコン!

 それなら私、もっと頑張ってやってたのに! ずるいわよショタコン!」

 

「いーえズルくないですぅ! 勝った者が正義なんですぅ!

 貴方はまごう事なきショタコンです! ショタコンリンクスです!

 そして私は違います! 子守ACヴェーロノークです!」

 

「今更だって言ってんでしょーが! つか私、あの子の家族なのよ!?

 それクヌギ欲しさにブッ殺しかけといて、何カマトトぶってんのよ!

 欲望丸出しじゃないのショタコン! あの子まだ精通もしてないのにぃ!」

 

「――――ソレなんで把握してるんです?! この腐れショタコーン!!」

 

 メイのバカ! もう知らない!(敬称略)

 そうギャーギャーかしましく言い合う。

 こんなそこら中を炎に囲まれた、今まさに崩壊しようとしている地下のフロアで、する事ではないような気がします。早く逃げろという話ですし。

 

「憶えておけッ! いずれ第二第三の【淑女の会】が現れる……。

 そして心しておきなさいエイプップ! あんたの歪んだ性癖が、人類を壊死させるのだとッ!」

 

 ババーン! って感じの勢いあるセリフですが、もう台無しです。

 けど……、なにやら心地よかった。私は今、清々しい気持ちでいます。

 

 痛い、いたいよぉ……。もう身体ボロボロ……。

 だから、機械なんかじゃないです。生きてるんです。

 

 こんなにも今、胸が高鳴っている。

 人間なんです。

 

 

「ええ。でも私は()()()()()()()()

 

 

 そして、良くするんじゃなくて、「自分がどうしたいか?」

 正しさなどではなく、勝った人が、それを決めるのなら……。

 

 

 

「これが、私の“答え”です――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

 

 

 

 倒壊するフロア。崩れ落ちる天井。炎。

 そんな中で私は、きっと生まれてはじめて、笑った。

 

 ニッコリと、口角を上げて。

 心の底から、メイさんと笑い合う。

 

 

 

 さんざん喧嘩をした挙句、仲良く仰向けで天を仰ぐ、2機のAC……。

 

 やがてそれは、沢山の瓦礫と炎に包まれて、消えていきました。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

89 ふよふよエイプー 【後編その5】

 

 

 

 

 

―Epilogue―

 

 

 

 

 

 

 あのミッションから、1か月後。

 

「トイレ大丈夫? お腹空いてない? 忘れ物は無いわね?」

 

 空港。その広々とした空間の一角に、クヌギの姿があった。

 

「お土産とかは、ぜんぶ郵送しちゃうから。

 アンタは、いるっぽい物だけ持ってなさい。重いのは私が持つし」

 

 隣には、彼の義理の姉である、メイ・グリンフィールドがいる。

 あの戦闘で負傷し、未だ鼻には絆創膏を貼ってはいるが、もう既に活発な姿を見せていた。

 そして、甲斐甲斐しくクヌギの世話を焼く。その強引さやお節介さに、この子が辟易していようがお構い無し。

 私はお姉ちゃんだから、と言い張ってはいるが、ただこの子に構いたいだけのように見えた。

 

「まだ少しだけ時間あるし、わたし電話かけてくるわ。

 ちょっとだけ、ここで待っててくれる? 勝手にどっか行っちゃ駄目よ?」

 

「うん、わかった。メイお姉ちゃん」

 

 一刻も早くここへ戻るべく、スッタカタ―と早足で去って行く。

 そんな姉の背中を、クヌギは何気なしに見つめ、見送った。

 

「……」

 

 適当に購入され、無理やり持たされていたジュースの蓋を開け、ひとくち。

 美味しいし、喉も潤う。けどそれがどうという事も無い。

 天気も良いし、今も空港の巨大な窓からは、眩い日の光が余すところなく差し込んでいる。

 でも、それでクヌギの気分が晴れる事は、無かった。

 

 

 今日、クヌギはこの国を離れる。

 この1年近くやってきた傭兵稼業をやめて、クレイドルに乗るのだ。

 その為に、同じくリンクスを引退した姉と一緒に、空港へとやってきたワケだ。

 今は飛行機の出発までの時間を、こうして自動販売機の置かれた休憩所で、椅子に座りながら待っている所。

 

 

 

『また……ぼくのリョーキに、なってくれる……?』

 

 ふいに、あの日かけた言葉が、胸をよぎる。

 元パートナーであり、彼が一番信頼していた、あの女性リンクスに言った言葉だ。

 

『いえ……、今度は言葉を濁さずに、ハッキリと言います。

 君はもう、ネクストに乗ってはいけない――――お願いですクヌギくん』

 

 あの怖いお姉さん達の施設。そこを出て少ししてから、クヌギは彼女と再会した。

 あのミッション当日のことは、あまりハッキリとは憶えていないけれど、でも彼女がわんわん泣きながら抱きしめてくれた事と、本当に心配してくれていたんだって事だけは、しっかりと憶えている。

 

 だから、思い切ってお願いしてみたのだけれど……あの人は少し困った顔をしながらも、躊躇なく断った。

 もう僚機にはなれない、そしてクヌギにもリンクスをやめるようにと、ハッキリ告げたのだった。

 

 悲しかった。とても胸が苦しかった。

 けれど、彼女はすごく優しい顔をしていたから。あの病院の屋上で見た物とは違う、とても美しい顔だったから、クヌギは素直にそれを受け入れる事が出来た。

 残念だけど、もうおねぇさんとはお別れなんだって、理解する事が出来た。

 

 彼女と離れていた半年間、ずっと自暴自棄だった。

 時に、こんな辛い思いをさせる彼女を、憎んだ事すらあった。

 おねぇさんなんかキライだって、そう思いこもうとした。

 

 けれど、ギュッて抱きしめられた時に、そんな想いは一瞬で溶けてしまった。

 悲しさのあまり、悪い事だと知りつつもORCAに入り、彼女へのあてつけのような事をしてしまったのを、心から後悔した。

 自分を心配してわんわん泣いている彼女の姿に、胸がたまらなくキュッとなり、同時にすごく満たされた気持ちになったから。

 

『実を言うと……また施設に入ることになりまして。

 引退したリンクスや、AMS障害を持つ人の為の、療養施設があるんですよ。

 そこで暫くの間、羽を休めようと思っています。

 さすがにもう、だいぶガタが来ていましたから……♪』

 

 えへへと、照れ臭そうに笑った。

 なんでもロイさんの紹介で、そこへ入れてもらえる事になったのだとか。

 

 淑女の会を壊滅させた事で、これまでの冷遇とは一転して、彼女は英雄となった。

 企業から煌びやかな賛辞を以って迎えられ、たくさんのお金も貰えたので、もう何も心配する事は無い。

 

 関係ないが、あのミッションで共に戦った【ダンモロ旅団】の仲間達も同様。今ではちょっとした有名人である。

 ちなみに、全員生存しているので安心して欲しい。ここでは詳細を省くが、フランソワやPQやアクアビットマンが頑張って助けたとだけ理解して貰えれば、それで概ね問題は無い。

 ついでにオールドキングどうこうも、きっと世界中にいる正義のヒーロー・アクアビットマンがなんとかしてくれたと思う(適当)

 言うなればコレは、“アクアビットマンEND”なのだ(ホラ吹き)

 

 まだまだ世界は騒がしいし、問題は山積み。この先どうなるのかなんて、誰にも分からないほど混沌としている。

 けれど、二人のリンクスとしての戦いは、ここでいったん終わり。

 自分達は英雄なんかじゃない。既に役目を終えた今、のんびりと身を任せていきたいと思う。

 この悲しくも優しい揺り籠に。時の果てまで。

 

『ありがとうクヌギくん。

 どうか、お元気で――――』

 

 その笑顔が、あまりに綺麗で。

 どこか作り物めいていた以前とは違う、とても幸せそうな笑みだったから、クヌギは何も言うことが出来なかった。

 

 

 

 

「……」

 

 あれから少し経つが、今もふとした瞬間に、思い出す。

 そして、チクリと胸が痛んだ。

 これが愛とか失恋だとか言った物による痛みだというのを、クヌギはまだ知らない。

 ただ、甘酸っぱく胸を焦がす、自分にとって大切な想いなのだという事だけは、理解していた。

 

「メイお姉ちゃん、おそいな……。

 ひこうき出ちゃうよ」

 

 やがて、思考の海にあった意識を戻し、再び何気なく空港の光景を眺める。

 もうジュースも飲み終えてしまったし、少しばかり手持ち無沙汰。退屈な時間を過ごした。

 

 

「おい、アレなんだよ! ネクストじゃないか!」

 

 

 そんな時、ふいに誰かの大声。

 

「何あれ、どーしてこんな所に?」

 

「なんか可愛いデザインね? 鳥みたい」

 

「ボケ~っと突っ立ってるわ? 何してるのかしらねぇ」

 

 空港がざわめく。みんな巨大な窓の方へ駆け寄り、そこから見える滑走路の方を眺める。

 緊張感もなく、和気あいあいとした空気。どこか楽しそうな雰囲気だった。

 

「っ!」

 

 途端、クヌギが椅子から腰を上げる。

 そのまま彼も、大勢の人が群がる窓の方へ。

 彼はまだ幼いので、身体が小さく、小回りが利く。

 大人の脚とか腰とかをがんばって潜り抜け、やがて人込みの先頭へ。窓ガラスの真ん前に行く事が出来た。

 

「…………おねぇさん」

 

 この空港近くの山の上。そこに青と白のカラーのAC、ヴェーロノークがいた。

 それは、ただボケ~っとそこに立ち、こちらをじーっと見つめているように思える。

 クヌギがいる、この空港の方を。

 

 クヌギは両の手のひらと、おでこをピッタリとガラスに引っ付けて、それを見る。

 やがてヴェーロノークは、意味もなく腕武器の翼をパタパタ上下させながら、ふわりゆっくりと上昇。空へと上がっていった。

 

「っ――――」

 

 

 

 

 ブーン。スイーッ。

 

 そんな擬音が聞こえてきそうな飛び方。

 ネクストらしからぬ、まるで自由な鳥のような姿。

 

 クヌギは見入る。時を忘れて。

 美しい、ヴェーロノークの飛行を――――

 

 

 高く飛び上がり、大きく弧を描いて、一回転。

 キラキラと太陽の光に照らされながら、我が物顔で青い空を飛ぶ。

 

 雲より高く、時に地面スレスレを。遊んでるみたいに。

 たまに思い出したようにQBを吹かし、飛行機みたいにバレルロール。楽しそうに飛ぶ。

 

 鋼鉄の鳥。アーマードコア・ネクスト。

 彼が心から憧れた、大好きなヴェーロノークが、キィーンと雲を引きながら空を舞っていく。

 

 くるくる、くるくる。

 シュゴー! バシューン!

 

 それはまるで、夢の光景だった。

 クヌギの想いや、大好きな物、ピッカピカに素敵な事。それがそのまま現実となって、目の前に現れたかのような。

 現実感のない、楽しい空想の中にいるような、ふよふよした気持ち。

 

 

 (´・ω・`)ノシ

 

 

 やがて、ヴェーロノークはこんな風に羽をパタパタさせてから、バビューンと身を翻していった。

 ヒューヒュー! と沢山の歓声を受けながら、瞬く間にオーバードブーストで地平線の彼方へ。

 

 雲を突き抜け、太陽を浴び、ヴェーロノークが空へと帰っていく。

 またね――――と。

 

 

「エイプー、おねぇさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その姿を、男の子はいつまでも見送った。

 

 見えなくなっても、瞼に焼き付いた夢を、ずっとずっと追い続けた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~おしまい~

 

 

 







◆スペシャルサンクス◆

 甲乙さま♪


・作品テーマ曲

【スタッカート】(ジムノペディ)


・キャラテーマ曲 

 エイ=プール 【水中メガネ】   (Chappie)
 クヌギ    【ドリーム・シフト】(絶対無敵ライジンオーOP)



・PS   弾幕、薄くなかったですか?






目次 感想へのリンク しおりを挟む