親子丼好きですか? (ローリング・ビートル)
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親子丼好きですか?
「公人さん。親子丼をしてみたくはありませんか?」
「はあ……」
学園一のお嬢様・有栖川麗子の母親、有栖川鳳子。
娘の麗子がお姫様なら、この人はお妃様。
身に纏うオーラ、しなやかな立ち振る舞いをお姫様より二段階アップさせ、威圧感と色気を搭載した圧倒的美女。
高校生の娘がいることが信じられないくらいの若々しい美貌は、一度視界に入れてしまえば、目が離せなくなるほどで、正直この人が近くにくると、色んな種類の緊張を同時に味わってしまう。
「どうかしましたか?顔が赤いですよ」
「あ、いえ、その……」
正直怖いけど、気になった点を聞いてみる。
「親子丼を食べる……じゃないんですか?」
「あら、いけない。私ったら……」
「あと聞きたいことがあるんですが……いいですか?」
「何なりと」
「どうして俺の部屋にいるんでしょうか。こんな休日の朝っぱらから」
「あら、何かおかしなことがあるかしら?」
「むしろ疑問しか湧かないのですが……」
「何か不満でも?」
「滅相もございません!」
やはりこの人に逆らうのは、相当な勇気がいる。先日の見合いの件では、かなり腹をくくったからな。正直、肉体的にも社会的にも抹殺されるかと思ったし……
ちなみに、この人は今さっき、いきなり部屋を訪ねてきた。
今朝もいつも通り、みゆきに起こされ、朝食を摂り、部屋に戻って、庶民部の誰かが来るのを待っていた。そして、ドアがノックされたので開けてみると、なんとびっくり鳳子さんだった。
そして、彼女はこうしてここに居座っている。
……言うまでもないが、気まずい。怖い。
とにかく、まずはこの現状を打破しなければならない。
「じゃ、じゃあ、すぐに麗子を呼んできますね」
「お待ちなさい。その必要はありませんわ」
「え?でも……」
「今日は貴方に会いに、お忍びで来たのですから」
「え、そうなんですか?じゃあ、付き人とかは……」
「見つからないように周辺に待機させていますわ」
「そ、そうですか……」
いよいよ意味がわからなくなってきた。
娘である麗子にも会わず、わざわざ俺に会いにくるとか……嫌な予感しかしない。
もしかして……俺をイビリ倒しに来たのか。
麗子のお見合いを阻止した時、鳳子さんに言われたのだ。俺が大嫌いだから、婿にしてイビリ倒すって。
……前倒しでイビリに来たというのだろうか。
だとしたら、どんだけ俺の事が嫌いなんだよ……。
「どうしました?この世の終わりのような顔をして」
「ああ、気にしないでください。これが庶民のデフォルトなんで」
「まあ、それは大変ですわね」
「え、ええ、色々と大変なんですよ。庶民は」
「ところで公人さん」
「はい……」
「まだ話は終わってないのですが、何故逃げようとしているのですか?」
鳳子さんの鋭い眼光に射抜かれ、蛇に睨まれた蛙のように、俺の体は動けなくなる。
「い、いや、外の空気を吸いたくて……」
「窓を開ければいいではありませんか」
「ですよね!何で思いつかなかったんだろう、あはは……」
退路は断たれた。
斯くなる上は……
「公人さん」
「は、はい!」
くっ!また先手を打たれた!
この人は俺の心が読めるのだろうか。
まあ、特に何も思いついてなかったんだけど。
鳳子さんは、思わず見とれてしまうような艶然とした笑みを浮かべ、ぴったりと隣に寄り添ってきた。
「な、な、何でしょうか?」
またこの人は俺をからかっているのだろうか。
と、とにかく距離を取らないとまずい。
大人の色香が容赦なく責めてきて、理性を掻っ攫っていきそうだ。
「親子丼、食べたくなりませんか?」
何!?さっきからの親子丼推し!!俺じゃなく厨房に行ってくれませんかねえ!?
むにゅっとした何かが肘に当たる。この感触は、もしかして……もしかしなくても……この前もこんな事があったような……。
「あの、当たってますけど」
「あら、ごめんなさいね」
謝りながらも、一向に体を動かす気配のない鳳子さんに、どうしたものかと懊悩していると、ドンドンッとノックの音が聞こえてきた。
「お母様!?いらっしゃるんですの!?」
「あらあら、もう気づいてしまいましたか」
「じゃあ、出ていいですか?」
「ええ」
ドアを開けると、麗子がハアハア息を切らしながら入ってきた。
「お兄様から聞きましたわ!今、学園内にいるって!どうして私より先に、公人様の部屋にいますの!?」
「あら、未来の婿の顔をたまに見に来るのは当然の事ではなくて?」
「お、お母様っ……そんな、婿だなんて……!私と公人様はまだそのような関係では……!」
一人で顔を赤らめる麗子に笑みを向けながら、鳳子さんは立ち上がった。
「それでは、娘の邪魔にならぬように、私はお暇させていただきますわ」
「え?あ、はい……」
一体何しに来たんだ、この人……本当にわからない。
考えていると、もうドアの近くにいた鳳子さんが振り返った。
「公人さん」
「は、はい……」
「親子丼、好きですか?」
さっきと同じ質問をした鳳子さん、こちらを見ながら、チロリと舌を出し、すぐに背を向けた。
その真っ赤な舌の動きに、ドキリとさせられながら、俺は黙ってその背中を見送った。
…………親子丼、食べたくなったな。鶏肉多めで。
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