Fate/Genuine Objects (N-Kelly)
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断章『Fate/Genuine Objects』

 俺はこれまで順風満帆といえるような人生を過ごしてきたはずだ。

 それは客観的に見てもおおむね誰もが同意できるような経歴であり、有体に行ってしまえば成功者の道程だ。

 世の中不平等な境遇から這い上がって富を得た者もいれば、恵まれた環境に身を置きながら堕落し、満足いかない暮らしをせざるを得ない者が多くいる世の中、俺は我ながらにしても堅実にやってきたと思う。

 

 それなりに裕福な家庭に生まれた俺の幼少期は、海外への単身赴任で父親がいないということを除けば実にありふれたものだ。

 住まいは父の実家から少し離れたところにある一軒家で、広い家には母と二人きりだが寂しくはなかった。

 日本と外国を行ったり来たりして偶に帰ってくる父親はその度に俺と遊んでくれて、汗水流して働いた上で家族を気に掛ける父親を俺は好んでいたし、母親は小さい俺を一人で育て上げ、学校から帰ってくるその日の出来事を語る俺を話をしっかりと聞いてくれて、優しかった。

 学校に行けば友人にも恵まれていた上、俺が捻くれてしまう要素など一切存在しない健全な環境であったといえるだろう。

 それを裏付けるように、俺は中学、高校に入ってからも素行不良はなく、勉強においてもそれなりの成績もとっていたし、誰かから嫌われるような性格もしていなかったと自負している。

 どこにでもいる普通の人間であり、特に変わったこともなく俺は普通に、堅実に生きていたのだ。

 

 しかし高校2年も半ばの時、単身赴任していた父親が俺と母親を海外へと呼びつけた。

 以前に母親が海外にいる父親の元でひと月ほど暮らしことがあったのだが、その時の家族での暮らしが父親としても気に入ったことと、父自身が家族の団欒が取れないことをかなり気にしていたらしい。

 そして何よりもこれまでそれなりの頻度で帰ってきていた父親だが、ついに日本に戻る目途が立たなくなったことが大きな要因だった。

 そういった様々な事情も込みで、俺は慣れた故郷や友人たちとの別れも惜しみつつ母親といっしょに父が待つイギリスへと行くことになった。

 環境が変わってすぐの時には混乱することも多かったが、俺はそのまま向こうの大学に進学し、海外の暮らしにも慣れていった。

 一方で日本の友人と偶に連絡を取り合ったりもしていたし、こちらでできた新たな友人とも充実した毎日を送っていた。

 これらの当たり障りのない境遇だけ聞けば、ああ誰が見ても誰が聞いても本当に普通の人生だと思うだろう。

 確かに少しだけ境遇は特殊かもしれないし、人よりも恵まれた環境だとも思うが、それでも多くの人間と比べれば所詮些細な差異であり、世の中にありふれた一般的な家庭の範疇だろう。

 そんなありふれた生活を俺は俺自身が幸せだと実感しているし、俺の周りでも誰も不幸になっていないと思っている。

 きっと俺は、このまま堅実に生き、それなりの人生をもって、満足して行くのだろうと考えるのだ。

 それは決して悪くない。そう、悪くないはずなのだ。

 

 ――白光の濃霧は既に晴れ、晴天は人理を照らす。極天へと至る路は、はるか昔に過ぎ去った。

 

 だが俺は何か忘れているのだ。この充実した人生、誰もが満ち足りた俺の周囲の環境の中で。

 

 ――――これは閑話であり、空想以前の夢路の記憶である。

 

 俺は満足しているはずなのだ。それなのに、これ以上求めてもいいのだろうかと自問自答する。

 俺は俺なりに、自分の手の届く範囲で、努力を重ねてきた。堅実に、着実に。

 

 ――――――想起せよ、己が命題を。

 

 だが俺は手を伸ばしてしまうのだ。欲しがってしまう。求めてしまう。無視などできない。

 これは満たされた俺にとっては過剰だ。それ以上に求めるのは持っていない、満ち足りていない人たちへの冒涜なのはわかっている。

 それでも俺は忘れていた、忘れようとしていたあの頃を思い出す。

 出来ればどうか、罰を受けるのは俺だけのようにと。

 

 

 

 

 

 ―――Fate/Genuine Objects

 

 

 



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除幕『9月某日、八坂市にて』

 

 

 

「こーらっ!起きなさい慧!おばさんがいないからっていつまでも寝てていいってわけじゃないのよ!」

 

 すでに強引にカーテンを開け放たれた窓から差し込む朝日が、重たい瞼の上から俺の瞳に突き刺さる。

 その太陽光線が健全なバイオリズムを生み出すのだろうが、できれば今の俺はそれを拒否したいと考えている。

 俺の意思を示すかのように枕元の目覚まし時計はとっくに沈黙しているし、体を包んでいる布団を俺の手は決して放すまいとがっちり握りこんでいた。

 

「……生憎だが、ここは俺のユートピアだ。何人たりとも、たとえ真琴であろうと邪魔立てはさせない……。

 お天道様がもう少し登ったら起きるから、ここは俺に任せて先に行け……」

 

「そんな茶番はいらんわー!!」

 

 無慈悲な来襲者は俺の防護壁たる掛け布団を容赦なく剥ぎ取っていく。

 その瞬間窓から差し込む太陽光線は俺の全身に突き刺さり、俺は吸血鬼さながらにもだえ苦しんだ。

 

「グワーッ!!」

 

「そんな事もういいから、さっさと起きて。

 朝ごはんの支度は出来てるから、着替えて冷めないうちに食べてよ」

 

「……なんだ、もう少し付き合ってくれてもいいだろ」

 

 俺は茶番をやめてゆっくりと体を起こす。

 確かにもう少し惰眠を貪りたい気持ちはあったのだが、こう急かされてはしょうがない。

 諦めて俺は、勝手に俺の部屋に侵入してきた不届き者へと視線を向けた。

 

「おはよう。真琴」

 

「おはよう!慧」

 

 毎朝とまではいかないが、何度も繰り返した有間慧(アリマケイ)の日課。

 俺の幼馴染である滝沢真琴(タキザワマコト)とのよくある光景だった。

 

「なぁ真琴。醤油取ってくれ」

 

「自分で手が届くでしょ。……はいこれ」

 

「サンキュ」

 

 リビングに場所を移し、俺と真琴は向かい合って、彼女が作った朝食を食べている。

 品物は目玉焼きにご飯に味噌汁と、和も洋もへったくれもないものだ朝食というジャンルではありふれているものなので気にはならない。

 真琴はなんだかんだで手先が器用だからか料理もおいしく、毎回品を変えてくるので飽きもほとんどない。

 

「今日の体育何限だっけ?」

 

「2限目だよ。体操服忘れないようにね」

 

「わかってるよ。まだ暑さも残るってのに外で体育ってのは少し憂鬱だけどな」

 

「またそんなこと言って……別に運動嫌いでも苦手で思ないんだからいいじゃない。私なんて体力ないからずっと日陰で休んでいたいくらいだよ」

 

「ははっ、確かに真琴はすぐへばるからな。何だったら体力づくり手伝ってやろうか?」

 

「それもありだけど、そうなったら家事する余裕がなくなるかもしれないから、明日から家事も手伝ってくれる?」

 

「……冗談はよしてくれ。俺の料理スキルの無さは真琴も知ってるだろう?」

 

「まぁ家庭科の授業で炭を作ったのを見ればそれも頷けるけどね……。それも、いつか克服しなきゃだね。お互い苦手克服を目指して頑張ろう?」

 

「まぁ……また今度にしてください」

 

 言い出しっぺは俺なのだが、真琴の提案は謹んで辞退させてもらおう。

 真琴に甘えてきたツケを清算するのはもう少し先でいいだろうと思いながら俺は味噌汁をすすり、喉を落ちていく豆腐と共に嚥下する。

 

「それよりも、今日の数学の課題真琴はちゃんと終わらせてるのか?」

 

「う゛っ……。解いた内容を気にしないなら、ちゃんとやってあるよ……」

 

「解答欄埋めただけはやった内に入らねーよ。学校行ったら教えてやるさ」

 

「た、頼んますお師匠……」

 

 そんな会話をしながら一足先に朝食を食べ終えた俺は、空いた皿を重ねながら傍らに置いてあったテレビのリモコンを操作する。

 いつものようにチャンネルが地方局に合っていたテレビから流れる音を耳に入れながら俺は重ねた食器を流しへと持っていく。

 

『八坂市八阪町の山中で起きた鳥獣被害を受けて町は山中への立ち入りを自制するように呼び掛けているようですが、今回の動物に人が襲われるというような事件を聞いて、琴吹さんはどう思われますか?』

 

『やはり野山の管理の杜撰さが問題ではないかと考えられますねぇ。なんでも被害をもたらした動物の特定がまだできていないとのことですけど、結局のところ山に何が住み着いているのかさえ把握できていない事態こそが問題があると思いますね』

 

『確かにこの事件を受けて野放しにされた私有地の管理をもう少し明確にすべきだとは私も思いますね。それだけでなく最近八阪町自体も暴行事件や通り魔なんかで夜の治安とかがあまりよくないみたいですから、警察を始めとした地方の行政組織が一体となってこれらの問題に取り組んでいくべきだと思いますよ』

 

「鳥獣被害、ねー」

 

「なんか思うところでもあるのか?真琴」

 

 テレビで流れるローカルニュースを横目に見ている真琴はさほど興味もないような口ぶりだが事件について反復している。

 俺の記憶の中では特に真琴に動物関連のエピソードなんてなかったと思いながら、一応話題の一つとして聞き返してみた。

 

「動物も不明って、この辺の山ってそもそもどんな動物が住んでるのかなーって思っただけよ。

 猪とかイタチとかはもしかしたらいるかもしれないけど、熊はさすがに出ないと思うし、じゃあなんだろうってね」

 

「確かに猪なんかはたまに出るって話も聞くし、実際に猪は遭遇しうる動物で随一に危険だろうな。

 かと言ってもしかしたら犯人はそんな大げさな動物じゃないかもしれない。野犬とか、もしかしたら猫だって可能性もある。

 本気になれば愛玩動物でさえも人間に大けがを負わせることができるらしいから、案外犯人は野生動物ではなく人に訓練された動物なんて落ちもあるかも」

 

「やめてよ慧。そんなこと言われると今度から道に歩いてる猫に気軽に近づけなくなっちゃうじゃない」

 

「猫は常に主人の命を狙ってるなんて話もあるからな。真琴は実際弱そうだからいいカモだろ」

 

「むぅ。流石に猫にまで舐められちゃいないとおもうけどさ。というか今私は慧に舐められてるのか。

 ……今に見てろよ有間慧。その命を私がもらい受けてやるからな。シャー!」

 

「はいはいどうどう。どっちかというとお前は猫というよりも犬っぽい気がするけど。

 というかそろそろ出発しないと学校遅れそうだぞ」

 

「え?犬っぽいってどういう……こ、と……」

 

 そういって俺は未だ食卓から座ったままの真琴を尻目に自室へと学校の準備に戻る。

 緩慢に動き出す俺の背中と壁にかかった時計を真琴は交互に視線を移ろわせながら器用に顔を青ざめさせた。

 

「やばいやばいやばい!急ぐよ慧!のんびりするなダッシュで準備してー!」

 

 俺は慌てふためく真琴の声を背に受けながらゆっくりと制服に袖を通していた。

 

 

 ***

 

 

「あっぶ、ねー。ぎりぎり、間に合ったぁ……。ていうか遅れそうなら早く行ってよ慧ー」

 

「今日の体育のためのウォーミングアップだと思えばなんとなく得した気分になるだろ。

 学校も間に合って体育でも体が温まってる。一石二鳥だ」

 

「なるほど確かに、ってなるかバカー!」

 

 何とか授業が始まる前に教室に滑り込んだ俺たちは隣同士の席に座る。

 真琴は朝から全力疾走したせいかその白い皮膚からは汗がにじみ出していた。

 

「というかあんだけ走ってなんで汗かいていないのよ慧は。私なんて慧についていくのに手いっぱい脚いっぱいだっていうのに」

 

「別に俺だって顔に出てないだけさ。正直暑くてシャツの中気持ち悪い」

 

 今の時期はまだ残暑であり日差しは強い。

 そんな照り返しのアスファルトの中を走れば誰であろうと汗は抑えられないだろう。

 真琴は言わずもがな、俺にしたって見た目は涼しい顔をしているのかもしれないが体の中は熱が籠っている。

 体力的には学校までの距離なんて大したことはないが、単純に運動後のクールダウンは必要だった。

 

「まぁこんなこともあろうかとってな。ほら」

 

 どうせ家を出る前から走ることはわかりきっていたのだ。

 元々体育の授業があることも知っていたのだから、運動後のケアの準備はあらかじめ用意してある。

 

「これって……冷やしタオル?」

 

 俺が手渡した小さな筒から真琴が取り出したのは冷気を帯びた白いタオルだ。

 家を出発する直前に冷凍庫で冷やされたタオルを持ち出しており、断熱性の高い容器によってタオルの温度は保たれていた。

 

「体育後の分も別にあるから遠慮せずに使っとけよ」

 

「さっすが慧!いつもの用意周到さが憎いよこのこの!」

 

「気に入ってくれたのなら、光栄だよ」

 

 早速冷えたタオルで汗を拭きとり、首に巻いて上昇した体温を下げる真琴。

 タオルを昨日のうちに余分に準備をしておいて正解だった。

 

「俺はタオルだけじゃ体中居心地悪いから制汗スプレーを使うんだけどな」

 

「ってかあるならそっちを先にちょうだいよ慧!女子を汗まみれで放置させて自分は悠々と身だしなみを整える男子がどこにいんの!?」

 

「あっこら勝手に取るな!」

 

 真琴は俺の手から素早く制汗スプレーを奪い去って、自身に吹きかけ始める。

 冷やしタオルを恵んでやったにもかかわらず、スプレーまで奪うとは強欲な女め。

 

「相も変わらず朝から夫婦喧嘩かよ有間。つかもうそろそろ先生来るからおとなしくしたほうがいいぞ」

 

「誰が夫婦か鈴藤君!私は慧から正当な権利をもって借り受けてるんだから」

 

「……ああ、確かにそんな時間か」

 

 俺はクラスメイトの発言を聞いて時計に目を合わせればもう朝のホームルーム1分前だ。

 このまま真琴とくだらないやり取りをしている暇はない。

 

「教えてくれてサンキュ鈴藤。ほら真琴も使い終わったらさっさと授業の準備しとけよ」

 

「ん?ああうん、わかった」

 

 先ほどまでの口調は嘘のように素直に俺の言うことを聞いた真琴はタオルで残った汗を拭いていく。

 俺も腕に滲む汗をタオルでふき取って、冷却用の道具をカバンの中にしまい込んだ。

 

 さてそのままホームルームと1限の授業を終えた俺は体操着に着替えて校庭の日陰で体育座りをしている。

 俺もこの残暑の時期に、運動していない時にまで無意味に日向に出る趣味はなく、特にすることもないので日陰で涼んでいるわけだ。

 一方で俺の視線の先では女子たちが順番に短距離走のタイムを測定している姿が見える。

 そしてちょうど真琴の順番であった。

 短距離走は1組5レーンで行われておりタイムは個別に測定されるが、ある意味ではその同時に走る5人の競争となる。

 その走りの結果は真琴は5人の中から5番目という残念なものであり、傍から見ていてもあまりいいタイムではなさそうだ。

 朝にも語っていた通り、真琴はあまり運動が得意ではなくこのような単純な地力の競技しかしない体育の日は退屈そうに見える。

 

「また滝沢見てたのかよ、有間」

 

「ん……ああ、後木か。別にいつも見てるわけじゃねえよ。ただ、真琴はやっぱり運動が下手だなって思ってただけさ」

 

 俺の隣に座った男もクラスメイトであり、たまに会話を交わす仲だ。

 ただやはり話題のきっかけとして上るのはやはり俺と真琴の関係であり、何度も言われているから俺も辟易してしまっている節はある。

 

「なぁ、ほんとに滝沢と付き合ってないのか?あれだけいつもべったり一緒に居てよ」

 

「別に一緒にいるからって付き合ってるわけじゃない。ただ幼馴染で腐れ縁ってだけだよ」

 

「お前のその言葉を真に受けて滝沢に挑んでいった奴らは尽く全滅してるけどな。滝沢人気あるんだから、あんまり中途半端なことすんなよ。いつか本気のやつにお前刺されかねないぜ」

 

「はぁ?……本気ってなんのことだ?」

 

 真琴と俺は小さいころからの幼馴染だ。

 最初の記憶を辿れば幼稚園の頃からの付き合いでもあり、もはや兄妹に近い関係かもしれない。

 そんなことを言えばどちらが上かということでまた揉めるだろうし、なんだかんだでまんざらでもない顔をされそうなので口には出さないが。

 

「結構滝沢のことを狙ってるやつは多いけど、お前がいるから諦めるやつが殆どだよ。だからこそお前らのそんな不用意な発言が諦めた連中の反感を買うかもしれないってのに……」

 

「勝手に勘違いしたほうが悪いだろがそれ。それこそ俺に言われても困る。

 ただまぁ……真琴が告白を受けてるなんて言うのは初耳だな」

 

 なんだかんだで真琴と話す機会なんて腐るほどあるが、真琴自身が告白されたなんてことを口にしたことは一度としてない。

 別に俺たちは付き合ってはいないし、そういった勘違いをされているのも俺は何となく察していたが、真が告白されていることについては初耳だ。

 

「有間もいろいろ言い訳してるが、やっぱり滝沢のことが気になるのな。

 でも安心しとけ。全部断られたっていう話らしいし、お前の嫁は寝取られてはないよ」

 

「勝手に言ってろ。別に嫁じゃねえし」

 

 俺を見るクラスメイトのにやついた視線をうっとおしく思いながら立ち上がる。

 勝手に勘違いしたところで別に大した問題ではないが、話題のおもちゃにされるのは御免である。

 

「素直じゃないね。せっかくだしもう一個だけお節介かもしれないが、最近の通り魔や暴漢の噂くらいは知ってるだろ。

 どうせ今日も滝沢は練習して遅くなるんだから、終わるまで待って送って行ってやれよ」

 

「お節介どうも。そうかよ、夫婦はとにかく忠告通りSPの真似事くらいならやってやるさ」

 

 俺の目線の先には立ち幅跳びで盛大に砂に尻餅をついている真琴の姿が見える。

 噂好きのクラスメイトのことはさて置き、先ほどの真琴が告白されたことを考える。

 当然断ったということは相応の理由があるだろうが、やはり王道は他に好きな相手がいるだろうかということか?

 

「それじゃ俺がまるで本当に気にしてるみたいじゃないか」

 

 そんなこと考えたことが真琴にばれたら、数か月は弄られかねない。こんな危険な思想は排するに限る。

 結局のところ交際を断る理由としての妥当なラインはやはり「練習が忙しいから」だろう。

 コンクールまで今はあまり期間はないし、他のことに割いている暇なんてない。

 それ以上にほぼ毎日顔を合わせている真琴を様子を見るに結局好きな相手なんていないってことも濃厚だとも考えられる。

 結局のところ行き着くのはそんな普通な帰結であり、特に浮いた話なんて真琴の様子を見るに限って俺は考えられなかった。

 

「6秒21」

 

 走り終わってから言い渡された50メートル走のタイムを聞きながら、俺はそんなところで思考を帰結させる。

 どうせ真琴とはいつも顔を合わせるのだし、真琴が告白されたことを俺が逆に茶化してやればいいのだ。

 そうすれば疑問の答えも得られるし、他愛もない会話の種にもなる。

 

 

 ***

 

 

 9月の半ばともなれば日の傾く速度も相応に早くなるものである。

 8月の夏真っ盛りの時期ならば図書室の奥まで届いていた夕日の影も今は少し薄いようだ。

 傾いた夕日は朧げにオレンジ色の光を放っており、朝の日差しとは違った紫外線を瞳へと運んでくる。

 俺は差し込む夕日に目を細めながら広げた教科書とノートを閉じて鞄へとしまい込む。

 今日やるべき宿題や復習などは真琴を待っている時間の間で大方片付いた。少し前の時間まで俺と同じように図書室を利用して勉強する者や本を読む者もいたが今は周りを見渡しても俺以外に図書室には誰もいない。とうの昔に下校時刻は過ぎていて、もうしばらく待てば見回りの教員が部屋の鍵を閉めにここにやってくるだろう。

 そうなる前に俺も図書室から退散するために安い丸椅子から立ち上がると、同じ姿勢を続けていたせいか凝り固まった筋肉がほぐされる感覚が身体を走った。

 

 俺は斜陽差し込む廊下の中を一人歩く。今の時期は特に行事もなくこの時間に残っている生徒は部活動に所属している者くらいだ。生憎と俺は所属していないので本来この時間に残っているような人間ではないのだが、偶に別の用があるのでこの時間まで図書室で過ごすことはそう珍しいことではない。

 窓からは校庭で部活動に勤しむ生徒たちが伺える。彼らは校庭を部同士が互いに陣取りのように分割して利用しているのでそれなりに広大なはずの土地は少々狭小に見えてしまう。

 それに対して俺の歩いている校舎の廊下は自分以外に住人はいないために貸し切り状態であり狭い廊下も校庭に比べれば相対的に広々と感じる。

 そんな広大なプライベートエリアを確保しているが故のみみっちい優越感を抱くことを我ながら内心下らないと思いつつも俺は図書室から最短距離である教室を目指していた。

 

 しばらく廊下を歩けば校庭から静かに響く部活動の掛け声に混じって別の音色が鼓膜を揺らす。

 それは普段から耳に届く無秩序な喧噪とは違い、調和のとれた和音はさざ波のようにやさしく耳に届く。

 俺はこの音色を少しでも長く堪能したいと少しだけ歩調が遅くなる。

 目的地であるその教室は廊下の一番奥であり、そこへ一歩進むごとに届く音楽はより明瞭に聞こえてくる。

 平均律クラヴィア曲集からピアニストの旧約聖書、18番目嬰ト短調。

 門外漢である俺にとってその曲に込められた意図はよくわからないが、それでも鍵盤をやさしく叩くことによって弾き出される空気に溶け込んでいくような旋律が俺は好きだった。

 俺はしばらく扉に手を掛けながらも立ち止まり、演奏が終わるまでその場から動かない。

 その教室から流れるかつてバッハが奏でた繊細な音律を静かに鑑賞しながら、閉幕まで直立し続けていた。

 

 そして聞こえた気がした小さく息を吐く音を合図に夕暮れ時の演奏会は終わりを迎える。

 俺はその教室、音楽室の扉をゆっくりと開けてピアノの前に座る少女へと目を向けた。

 

 奇麗に整ったセミロングの栗毛は陽光を反射して輝いている。

 いつもは意志に溢れ活発な瞳はこの瞬間だけはただ真摯に鍵盤へと向けられて、自らが奏でた旋律の余韻を未だ反芻しているのだろう。

 世界からピアノと彼女だけが切り取られたような空間は、普段の彼女が醸し出すものではない一種の神聖さを内包していた。

 

「おつかれ、真琴」

 

 俺はその触れることを躊躇われるような空間にそっと触れるように、鍵盤の前の彼女へと声をかける。

 真琴はゆっくりと俺に向けて、そのピアノしか映ってなかった瞳の中に俺を写す。

 

「ああ、慧かー」

 

 瞳をこちらに向けた時から隔絶されていた彼女の世界が拡張されていき、瞳はいつもの快活な真琴のものに戻る。

 真琴は鍵盤の蓋をゆっくりと下げて、不満げな目をこちらに向けた。

 

「いつからいたのよ。音も立てずに入ってこないでっていつも言ってるのに」

 

「別に無音で入ってきてるわけじゃないよ。聞こえなかったてことはよく集中できてる証拠だろうよ」

 

「それはそうなのかもしれないけど、知らずに見られてたってなると少し恥ずかしいよ」

 

「別にずっと見てたわけでもない。いつも通り、終わる時間を見計らってちょうど音楽室まで来ただけだって」

 

 真琴がこうして学校でピアノの練習することは別に珍しいことではなく、練習を終える時間は何度かの経験によってある程度把握してある。

 真琴は気分屋なところもあるのである時には下校時刻限界まで練習をすることや、一方で片手ぐらいの数曲弾いた程度で練習を終えてしまうことがある。昔から何度も真琴の練習を隣で見てきたこともあって、そうした乱数も含めて今では把握できるようになっている。

 

「確かに私が今日はここまでって気分の時に必ず来るからね」

 

「パターンなんて当の昔から把握してるよ。で、コンクールに向けて今日の調子の方はどうだ?」

 

「うん、上々。ていうかどうせもうすぐだからこの時期には完璧に仕上げてなくちゃまずいって」

 

 これも素人視点でしかないが先ほど聴いた感じでは真琴のコンディションは十分であるように感じた。

 長年聴いてきた真琴のピアノの音色の跳ね具合から十分に判断できる。

 

「そうか。……帰りどこかでも寄っていくか?」

 

「今日もお母さんが晩御飯作ってるかいつも通りまっすぐ帰ったほうがいいと思うよ。

 今日も慧は食べてくでしょう?」

 

「ああ、じゃあいつも通り帰るか」

 

「まぁ実はアーネンエルベのパイを食べたい気分だったけど、今日はパスしとく」

 

「晩飯前にそんなもん食ったらさらに二の腕がやばくなりそうだからな」

 

「ぐ……、だからこそ今日は直帰だよ!」

 

 真琴は制服のスカートをはためかせながら椅子から立ち上がる。

 彼女は夕日に目を細めながら、傍らに置いてあった学生鞄を持ち上げた。

 

 音楽室の鍵を返した後二人で廊下を歩いてしばらくした後、昇降口を挟んで反対側から此方に向かって一人の男が歩いてくる。

 この学校という環境において制服や体操服以外の服装をした人間ならばその正体は自然とわかる。

 その教師は、俺たちの後方先にある職員室へ向かっているのだろう。

 

「不二崎先生、さよーなら」

 

 真琴は教師に向かって手を振りながら別れの挨拶を口にする。

 それに倣うように不二崎と呼ばれた教師も小さく手を上げ、こちらに向けて口を開いた。

 

「滝沢さんもさようなら。しかしこんな時間まで残っていることは感心できませんね。

 最近は通り魔の話もありますから、早く帰るようにと指示が出ているはずなんですが」

 

「コンクールも近いので、最終調整の時間が惜しいから音楽室借りてました。

 それに一人で帰るわけじゃないんですから、ちょっとぐらいいいでしょ先生?」

 

 真琴の言い分に、柔和な中年教師は少し困ったような顔をする。

 真琴の活動については校内で知れ渡っており理由は理解できるが、一方で教師としては承諾しかねる部分もあるのだろう。

 

「確かに有馬君もいっしょみたいですけど、平時ならとにかく近頃の物騒さでは日暮れ後の下校は少し不安が残るというものですよ。

 何せ生徒に何かあれば責任を取らされるのは学校なんですから」

 

「自然に保身の話するね先生。

 まぁでも大丈夫だよ先生。慧は空手やってたから痴漢から暴漢までさくっとやっつけてくれるし」

 

「俺を当てにするなよ真琴。空手やってたのは小学生の頃の話だ。

 しかもあの爺さんの空手は実戦じゃ使い物にならないから、俺にできるのは真琴を囮にして逃げることくらいだよ」

 

 数年前確かに俺は近所の爺さんの道場で空手を習っていたが、爺さんが亡くなってからは型の一つもやっていない。

 そもそも喧嘩に使えるようなことは何一つ教わった記憶はないので、仮に何者かに襲われたとしても反撃する術など俺は持っていなかった。

 

「私囮なの!?守ってよ、か弱い私を!」

 

「か弱いっていうか運動神経へっぽこだけどな。

 生憎自称の通り真琴どころか自分を守る力もないから、万が一ならさっさと逃げな。数秒くらいは時間稼ぎしてやるよ」

 

「相変わらず仲がいいですねお二人は。ですが仮に不審者に襲われた場合は二人で逃げてくださいよ。

 これは教師としての忠告です」

 

「言われなくてもわかってますよ。

 俺は危険なことにはわざわざ首を突っ込まない性分ですから、そんなことになれば逃げの一手だ」

 

「なら、いいんですけどね。

 では二人とも、気を付けて。さようなら」

 

「うん。さよーならせんせー」

 

 小さく手を振って中年教師は俺たちに背を向ける。

 向かう先は当初の目的地である職員室であり、まだ仕事が残っているのだろう。

 俺たちも忠告通り暗くなる前に家路に着くとしよう。

 

 帰り道の途中にあるコンビニの前を歩きながら、沈みゆく太陽と対比するように月が顔を覗かせ始めている。

 九月末の残暑は、日の沈みと共に沈静化していくが、一方で夏の羽虫はまだ健在の様で、コンビニの明かりを誘蛾灯として夕刻にもかかわらず群がり始めていた。

 こんな風に二人で帰るのは割といつものことで、家や学校なら割と取り留めない会話をするのだが、こういう道すがらでは真琴も俺も黙ったまま歩くのが基本になっていた。

 

「あのさ……」

 

 そんな無言の時間も特別苦になるほど付き合いが短いわけじゃないが、普段周りの景色を噛み締めながら歩く真琴が珍しく道中に口を開いたので、俺は少しだけ驚いた。

 

「やっぱりアーネンエルベに行っておくべきだったかな?なんだか無性に甘みが欲しくなって来たんだよね」

 

「……今更かよ。流石に今からは無理だぞ。

 せいぜいこのコンビニに寄るくらいだし、食べるにしても晩飯の後だな」

 

「わかってるよ。だから慧、いくつか選んで買っておいてくれない?」

 

「は?なんで俺が選ぶんだよ。今日は奢ってやらねえぞ」

 

 下校中に珍しく口を開けば出てくるのは甘味の話だ。

 肩透かしもいい所であり、晩飯前にコンビニに寄って来たことが判明した際の真琴の母親の呆れ顔が目に浮かぶ。

 

「ちょっと私、音楽室に楽譜忘れてきちゃって。

 すぐに戻ってとってくるから、その間スイーツ選んで待っててよ」

 

「はぁ?忘れ物だって?

 急に何言ってんだていうか今から取りに戻るのか!?」

 

 確かにこのコンビニから学校まではさほど離れていない。

 ほんの十分程度で戻ってくることのできる距離だろう。

 しかしだからといって俺だけ待っているわけにもいかないし、甘味一つ選ぶために十分もかからない。

 

「まーすぐ戻ってくるからさ。一つクイズを出しましょう!

 私が今食べたいと思っているコンビニスイーツはなんでしょう?制限時間は私が戻ってくるまでってね」

 

「ちょ、こら勝手に……」

 

 真琴は言いたいことだけを言って、駆け足気味に走り出していく。

 戻ってくる頃にはもしかしたら太陽は沈み切ってしまうかもしれない、そんな逢魔が時。

 こんな気まぐれを真琴が言い出すことは確かに珍しいが、これまでにわがままには散々付き合わされてきた。

 だからさほど気にしていない自分と、困惑している自分の半分半分だ。

 

 もはや真琴の脚は止まらないだろう。

 だからこそいつも通り、俺はため息を小さくついて去る真琴の背中に呼びかけるのだ。

 

「さっさと戻って来いよ。お前のお眼鏡にかなう物を選んどくよ」

 

 生憎俺は甘いものがあまり好きではないのだが、真琴の好みぐらいはある程度分かる。

 こんな造作もない問題は、真琴の今日の気分から推察すれば十分もかからないのだから。

 

「おっけー!じゃあいってきま―――」

 

 

 

 瞬間、視界が揺らぐ。

 俺の見ている景色が振動し、赤橙色の空は色調を反転させた。

 目に映る世界は静止し、伸ばした腕が現実を歪め、螺旋を象る。

 

 ―――それは、認められない。

 

 ―――ミトメラレナイ―――

 

 夢から覚めるような衝撃が頭に走る。

 目の奥はチカチカと痛み、全身、特に腕は鈍く思い筋肉痛めいた痛みを生じている。

 世界は相も変わらず学校帰りのコンビニの前であり、空の模様も赤い逢魔が時の様相だ。

 

「ど、どうしたの?……慧」

 

 だが俺の腕は気が付けば、真琴の手首をがっちりと握っていた。

 走り出して少し離れた場所に居た真琴は俺の正面に居て、まるで時間が巻き戻ったかのようだった。

 

「その……すぐ戻ってくるからさ。

 だから慧は私のお菓子でも選んで待っててほしい……って思ってたんだけど」

 

「ああ……そうだな。お前が食べたいのは『季節の盛り合わせベリータルト』だろう?」

 

「あ……正解。じゃなくてなんでそんなことすぐわかるの!?」

 

「何年お前の幼馴染やってると思ってるんだよ。それぐらいすぐにわかる」

 

 俺は内心平静を装いながら、真琴の出題を先んじて封じ込めた。

 俺自身にだってよくわからない。だけど、喫茶店のパイを食べ損ねたからその系列だろうくらいの推察はしていた。

 俺はコンビニスイーツなんて詳しくないし、商品名なんて一字一句合うように答えることなんてできない。

 だけど口からはすらすらと、自然にその名称が出てきた。

 

 そしてそんな疑問などどうでもいいほどに、今俺の心を占めている考えが一つある。

 

『決して真琴をこのまま一人で学校に戻らせては駄目だ』ということだ。

 

 なぜかは理解できない。思い至った過程はないが、『そんなことはいつものこと』だ。

 これは最善ではない。最悪を回避する手段だ。

 こんなことは今までにもあったし、今までにはなかったのだが。

 だからこそ、俺はこの『直感』を無視はできなかった。

 

「俺も着いていくよ。忘れ物」

 

「え……なんで?私一人でも別に……」

 

「俺も少し忘れ物、っていうか置いてきた本があってな。

 別に置いてきてもいいんだけど、せっかくだから一緒に取りに戻ろうぜ」

 

「うん……わかった。でも、心配しなくても別に一人でも……」

 

「物騒なのわかってんのに、一人にさせれるかよ。

 俺も多少は心配してるが、それ以上におばさんの心配を俺が代弁してるんだよ」

 

「そう、だね。お母さんに心配かけちゃ、だめだよね!

 しょうがない、私が真琴の忘れ物に付き合ってやるとするかー!」

 

「調子乗んなよお前なぁ」

 

 やや腑に落ちない部分もあった真琴だったが、それなりに納得したようで、俺に並んで学校へと引き返す。

 俺は内心安堵しながら、真琴とたわいもない話をしながら学校へと戻っていく。

 いつもなら登下校の間はほとんど言葉を交わさないのにもかかわらず、この時だけは軽快に口が回った。

 

 既にこの時には、俺の頭の中から先ほどの非現実的な時間の薪戻りに関しては過ぎ去っていた。

 この時から歯車がかみ合わなくなっていくような、道筋がそれていくような事は始まっていたのにも関わらず。

『違和感』を内包した世界は、俺と真琴の間だけではなく、この町、この世界正しく歪めていく。

 

 ―――……「さあ、聖杯戦争を始めよう」

 

 極天は堕ちて過ぎ去った。

 埋没した空想は根を張り天へと伸びるその最中、悪性の黒点はたった一人の観測者の下で浸み拡がっていく。

 

 

 

 

 

 

 



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1話 『1章:語るに落ちず、夜もまた更ける』

「流石にこの季節になると夜は少し寒くもなるか……」

 

 9月半ばの残暑でも日が暮れれば少し秋口の顔を見せ始めるのか、若干冷めた空気が肌を刺す。

 俺はまだ夏の大三角形が残る星空の下を一人で歩いていた。

 

 真琴といっしょに学校まで忘れ物を取りに行った俺は、目的の忘れ物を回収した後に、直接真琴の家へと向かった。

 真琴はコンビニの甘味を惜しそうにしていたが、そんなものを買っていては晩飯の時間に間に合わなくなってしまう。

 

 そして俺は真琴の家でおばさん……真琴の母親の作った晩飯を頂き、真琴の家の隣にある我が家に戻ってきたのだった。

 私室で一人でしばらくすごした後、喉が渇いたと冷蔵庫を開けてみればそこに買い置きしておいたミネラルウォーターは残っていなかった事に俺は気づいた。

 結果として、俺は重い腰を上げながら下校時に回避したコンビニへと向かう羽目になった。

 おそらくあの時にコンビニに寄っていれば、今晩の水分を同時に買い置きしたのだろうが、それはたらればの話でしかない。

 だからこそ今俺はこうして物騒と噂の夜の街を歩いているのだった。

 

「まぁ街ってほどでもないんだが」

 

 俺の住むこの街、八坂市は言ってしまえば中途半端な街だ。

 家のある周辺は住宅街なのだが、少し歩けば田畑が広がる開けた景色が広がっている。

 学校のある場所は街の中心部に近い場所であり、その辺まで行けば商店などがあるが、決して栄えているともいわず、さびれているとも言い難い中途半端という言葉がこれほど似合う町はそうそうない。

 山一つ越えた先には三咲市というこの街など比較じゃないほどに発展した街があるのも、中途半端さに拍車をかけている。

 有体に行ってしまえば、この街はどこにでもある地方都市であり、栄える要素のない日陰の一都市という感想だ。

 

「コンビニの立地も、特にそれを実感させられる」

 

 悲しいかな住宅街の中にはなぜかコンビニがない。

 住宅街とコンビニの距離は五百メートルもないのだが、歩くには少し不都合で、自動車を使うには近すぎる距離は近隣住民からも暗黙の不満になっている。

 三咲市に行けばもう少し短い間隔でコンビニがあるのだろうが、この中途半端な距離感が、やはり全国展開しているコンビニチェーン側からのこの街に対する感想なのだろうということは容易に推察できた。

 

「今更気にすることでもないんだが」

 

 生まれてこの方十年以上過ごしてきた街だ。

 不満点はあるだろうが、これぐらいいい加減なれたものだ。

 そう思えば逆に都会やら海外に出かけた時のほうが調子が狂いそうで、居心地が悪い。

 俺は別に急いでいたわけではないので、コンビニへの歩調はそこまで急いだものではなく、当てもなく星空に照らされた田舎の風景を見飽きているにもかかわらず見回しながらふらふらと歩いていた。

 だからだろう。普段見慣れている景色だからこそ、その奇妙なものに目を自然と向けていたのだ。

 

「なんだ?……花火?」

 

 畑によって開けているので遠く離れた山の麓まで今いる道から見通すことができる。

 そしてその離れた麓の辺りで、火花に似た光が明滅しているのが辛うじて判別できる。

 また、よく耳を凝らせばどこかで走る車のエンジン音以外に、金属同士がぶつかり合うような高く響く音も混じっていることに気が付いた。

 まだ9月半ばなので誰かが花火をしていても不思議ではないのだが、いくつかの違和感を俺は覚える。

 平日の夜に誰かが花火をしているという違和感は兎に角として、あの光と音が花火というには正直素直に頷くことはできない。

 それに光の明滅の辺りは特に民家もなく、畑か工事の土砂置き場があったくらいにしか覚えがない。

 そんな場所までわざわざ行って、花火もしくは何かを行うというのはあまりにも不自然というものであろう。

 

「まぁ……少しくらい様子を伺ってもいいか」

 

 近頃物騒なのは承知の上だが、気になってしまったものは仕方がない。

 普段なら無視する程度のことだが、なぜか今回は妙に気になってしまっている自分がいた。

 俺の脚は自然に道なりのコンビニの方角から、横道の農道に逸れてゆく。

 近づいていくたびにその明滅する光とぶつかり合う金属の音は大きくなっていく。

 次第に暗闇の中の様子が俺の目にゆっくりと露わになるのがわかった。

 

「なんだ……これ?」

 

 実のところ、近づいていくたびに俺の中で二つの感情が大きくなっていったのがわかった。

 一つは警告。昔から勘は鋭く、事前に危険を回避することがなぜか多かった。

 だからこそ余計なことには首を突っ込まないし、面倒な事態にならないように普段から予防して行動することを心掛けることが多かった。

 今回も例にもれず、脈動は速く、脳の本能に似た部分が何らかの警告を発していたのは、光を見た時点でわかっていたのだ。

 だが一方で、もう一つは感情は使命感であった。

 この光景を自分の目で目撃しなければならないという使命。

 体中の神経がざわつき、何かが循環していくような感覚が、俺の脚を前に進めていたのだ。

 これが始まりであると、そしてこの状況は避けられないものだということが理性の上で理解できていたのだ。

 そして様々な感情が渦巻いてからこそ、今俺が目にしている非現実的な光景を脳が理解するのに時間がかかってしまったのだろう。

 

「オラララアァーーーー!!!!この程度かァァ!!??」

「――――■■■■ッ……!!」

 

 闇夜の中で二つの影が高速で躍動する。

 その動きは常人の俺では追ってくのがやっとであり、詳細を把握するのが困難であった。

 片方は並程度の身の丈の鎧姿の男の姿、しかしその鎧の下にはすさまじく鍛え抜かれた肉体が透けて見え、その恰好は決して劇団の衣装などではなく、本物の重さを持った鎧であり、動くたびに震える空気が伝わってくる。

 その重厚感のある鎧をものともせず男は得物である三叉槍を両手、時には遠心力を利用して片手で自在に操っていた。

 剣戟の音にも負けんほどに響く男の声は、戦場において敵には恐怖を、味方には鼓舞を与える叫びであった。

 その技量は荒々しくも精緻であり、現実にこれほどの動きをできる者はいないと思わせるほどに神話めいた武威である。

 一方でその益荒男の動きに相対するのは、小さな影。

 その動きは、槍使いの男以上に早く、縦横無尽に動く小さな影であった。

 槍使いに動きを捉えられないように高速で常に動いているため、どんな顔をしているまで把握することは不可能であった。

 しかし、その小さな影は剣のようなもの扱っており、三叉槍と交差するたびに火花を上げ、槍使いに負けないほどの膂力を持っていることがわかった。

 常に小さい影は槍使いの死角を狙うように動いており、その高速移動はあまりにも人間離れしたものということは明白である。

 だが、その弱点を狙うように繰り出される剣捌きは尽く槍使いに防がれており、状況としては槍使いのほうが優勢であることが素人目でも理解できた。

 だからこそなのか大声で挑発する槍使いの男の声ははっきりと聞き取れるが、攻めあぐねる小さな影の方の悪態は何を言っているか把握することはできない。

 そして結論として言えることは、この二人の争い、否、戦争は決して人間のものによるものではなく、この事態が地方都市の隅で行われるはずのない異常なことであることは、傍観者である俺にも理解できたのだった。

 

 一応この状況は膠着していたはずだった。

 槍使いは優勢のまま押し切るか、小さい影が何らかの策をもって逆転するか、通常ならばそうだったのかもしれない。

 しかし、この戦場で思わぬ想定外が起きたのだ。

 

「!?……そこにいるのは誰だ!!」

 

 常に周囲に気を配り、小さい影の攻撃を予知していたからこそ真っ先に気づいたのは槍使いの方だった。

 影の剣を三叉槍で弾いたのちに、槍使いは視線をこちらに向ける。

 一応俺は物陰に隠れながら様子を伺っていたが、所詮素人の隠密ではあれほどの達人の前では丸裸同然だったのだ。

 そう、この状況においての想定外というのは俺自身という第三者の目撃者のことだ。

 普通に考えれば誰にでもわかる。これほどの現代一般社会において異常なことを目撃されるのは彼ら自身に避けたいはずである。

 これほどまでの原始的な殺し合いを、目撃されるのは明らかに不都合なのだ。

 

「……■!?

 …………■■」

 

 一方で槍使いが俺に気を取られたと同時に、小さい影は遅れてこちらに気づく。

 おそらくその脳裏に浮かんだのは槍使いへの追撃か自身の撤退だろうが、どうやら後者を取ったらしい。

 小さい影は速度にブレーキを掛けることなく、茂みの闇の中へと溶けていき、、俺にほとんど正体を明かさぬまま戦闘を離脱していった。

 そして残されたのは俺と槍使い。槍使いは影の消えていった方を一瞥した後、小さく舌打ちしながら此方へと向き直った。

 

「おいテメェのせいで逃げられちまったじゃねぇか。

 この消化不良感どう始末つけてくれるんだァ?」

 

 槍使いは少し不機嫌そうな声色で、明らかに相当の質量を持つ三叉槍を片手で回しながら問いただしてきた。

 改めて該当のわずかな光に照らされた槍使いの風貌を見れば、身の丈は極端に高身長というわけではないが、威圧感を与える三白眼を持つ貌と人を殺しえるその得物によって姿は身長以上に巨大に見える。

 俺は槍使いの問いかけに対してどう返答しようか思索を巡らせる。

 近頃噂になっている不審者かどうかはともかくとして、俺が逃げの一手を選んだとしても即座に俺を殺せるだけの技量をこの男が持っていることはわかっているのだ。

 

「いったい……あんたらは何なんだ?」

 

「あ?オレら……って、ああさっきのあいつも含めてか。

 ハッ、知ってどうするっていうんだ?知ったところでどうにかなるとは思わないが」

 

「別に……あんたたちのことを知れば、多少はそっちの都合も考えられるからだよ。

 おそらく、さっきの戦いは見られちゃまずいものだったんだろう?

 別に俺はこのことを他言することはないし、そもそもさっきのを誰かに話したところで誰も信じる人間なんていないよ」

 

 現実離れした身体能力を持つ人間が、剣や槍を振り回して殺し合っていたなんて話をしたって、頭がおかしいと言われるのがオチだ。

 そして仮にも命乞いをしたところで見逃されるとは到底思えない。槍使いが漂わせる柄の悪い雰囲気からそういったこと地雷だということは目に見えていた。

 こんな論理で見逃されるかは兎に角、俺を放置しても無害なことをここでは主張する。

 

「まぁ確かにテメェを野放しにしたところで、オレのことを誰かにピーピー漏らすような奴じゃないことはなんとなく理解できる。

 さっきまでの戦いを見た後で、この時代の一般人がオレに対してこれだけの物言いできるのは大したものだぜ。

 機嫌がいい時なら、いろいろ喋って見逃してたかもしれねぇな。

 だが……」

 

 瞬間、俺の鼻先を槍の穂先が通り過ぎる。

 切り裂かれた空気は直接俺の眼下へと伝わり、全身が硬直するのがわかった。

 

「まるでオレを言いくるめられる、そんな態度が気にいらねェ。

 そしてお前は勘違いしてるぜ。お前が死ぬのは確定してる。

 口封じじゃない。目撃者は皆無でなければいけないという『協定(ルール)』があるんでな」

 

 この時に俺は、すでに間違いを犯していたことにようやく気付いたのだ。

 まずこの状況を理解した時には例え逃れられる可能性が薄くとも、真っ先に逃げるべきだったのだ。

 否、それ以上に、好奇心に負けて近づくべきではなかった。すべて俺の浅慮さが招いた結果であったのだ。

 

「じゃあな、ガキ。

 一つ言えば、オレはお前の様な理屈こね回す賢しい奴は嫌いなんだよ。あのいけ好かない野郎を思い出しやがる」

 

 振り上げられた三叉槍が俺の胴体へ一直線に向かってくる。

 その動きに手抜きはなく、当たれば確実に致命に至る一撃だ。

 市は目前に迫る。常人には回避不可能な速度で放たれた三叉槍を前にして俺はただその穂先を見つめることしかできず。

 

「……な?」

 

 その気の抜けたような声を上げたのは槍使いの方であった。

 そう、俺は奇跡的にもその三叉槍を回避していたのだ。

 無様に体勢を崩しながらも横に飛び退くことで回避した俺は、呼吸が乱れながらも状況の把握に努める。

 

「はぁ……はぁ……なん、で」

 

 正直、避けれるとは思ってなかった。というよりも、そもそも意識して体を動かしたわけではなく、ほぼ反射的な動きだっただろう。

 幸い、槍使いは疑問符を発して以降、外した槍の穂先をじっと見つめたまま静止している。

 俺はゆっくりと息を吐いて、体勢を立て直そうとする。

 

「……シッ」

 

 しかし、ほぼノーモーションから繰り出された三叉槍は再び音速にも匹敵するかの速度で俺を狙う。

 槍使いが静止していたからには何らかの思考を巡らせていたはずだが、静の状態から迷いなく繰り出された突きは油断なく本気で俺の命を狙ったものであった。

 始めの槍の振り下ろしでさえ圧倒的な膂力から振り下ろされたものだが、それなどに比肩しない、俺が目撃した人外同士の戦いの際にふるっていた速度と同等である。

 

「そうか……そうかよ。くはは」

 

 だからこそ槍使いはまた空振った自身の獲物を見下ろしながら、嬉しそうにギラリと嗤うのだ。

 先ほどまでの苛立ちと失望の混じった表情とは一転して、心底楽しそうに利己に塗れた笑みを浮かべていた。

 そして俺自身も本音を言えばもう一度避けられるとは思っていなかった。

 気が付けば俺と槍使いの間には数間の距離がある。

 回避できた理由を冷静に考えてみようとするが、ただ理屈に合わないように当たらなかったという事実があるだけだった。

 実際に槍は俺に向けて放たれたし、俺はそれに対して反応すらできていなかった。

 そして残ったのは俺がどうにかして三叉槍を回避したということだけである。

 

「くは、ヒャーーハハハハハッハッ!!!!

 意味わかんねえ!オレはガチで殺す気で放った一撃だ!

 どうやって避けた!?いいや、はっきり見たぞ単純に避けただけじゃねえか!」

 

「意味わかんねよ……俺だって」

 

「猶更上等だ!意味わかんねぇなんてとか、わかった時が一層痛快になる!」

 

 槍使いの方でさえ俺がどうやって避けたのかの理屈を理解できていないようだ。

 しかしその言葉には困惑が混じっているわけではない。

 

「ああ、退屈な戦争だとも思っていたが、こいつはまた別で楽しめそうだ!

 これも手向けにちょうどいい。構えろガキ!

 せいぜい退屈しのぎにはなってくれよなァ!!」

 

 男の視線は三度変わった。

 始めは哀れな部外者、弱者を見る目。

 次に見極める目、意思を込めぬ瞳は試金石の一撃を放つ予兆であった。

 そして今は、敵を見る目だった。

 

「なんて、厄日だ」

 

 これならコンビニでチンピラに絡まれたほうが数十倍はマシである。

 同じ柄の悪さでも、人外染みた時代錯誤の槍使いを相手にするなんて冗談にしては意味不明だ。

 只のまぐれの回避で何を悟ったかは知らないが、既に逃走の選択肢は経たれたに等しい。

 

「というか、初めから無謀じゃないか」

 

 冷静に考えれば、首を突っ込んだ時点で失敗だったと思ったのは俺自身ではないか。

 ならば早々に諦めていたほうがまだよかった気がする。

 

「さあ、行くぞオラァ!!!!」

 

 槍使いの地を蹴る音と共に思考の時間は終わりだ。

 確かにまぐれは2度起きたが、そうそう何度も都合のいいことが起きるわけではない。

 俺が持てる限りの力で槍使いの動きを追うが、明らかに肝心の体の方は反応できず、次こそは命運尽きたと自覚できてしまう。

 後ろに避ける。槍に貫かれる。

 横に避ける。槍先の刃が胴体を切り開く。

 すれ違うように前に避ける。槍の柄によって殴打され、倒れた拍子に首を切られる。

 ■■を使う。励起、起動、循環、放出、具象。

 

 脱力感と共に俺の身体から何かが放出される。

 理解不能の選択肢は、理屈を無視して状況を構築する。

 そして突如として現れた夜の闇を照らす光は、俺と槍使いの間に立ち塞がるように弾けた。

 

「……何っ!? このタイミングだと!?」

 

 槍使いの三叉槍を受け止めるのは大ぶりの西洋剣。

 突如として現れた白く輝く鎧姿の騎士は一種の神聖さを醸し出しながらも、鎧は決して薄板ではない堅牢さを兼ね揃えた重厚なものだ。

 

「……はあ!!」

 

「チィッ……」

 

 槍使いの一撃を受け止めた騎士は、剣を大きく振りぬき、受け止めた三叉槍をはじき返す。

 その衝撃で距離を取るように後ろに下がった槍使いは、閃光の中から突如として現れた騎士を睨みつける。

 

「その得物、セイバーか?」

 

「そういう貴方はランサーとお見受けします」

 

 セイバーとランサー。

 その意味は何となく分かるが、それが一般用語ではなく互いを指し示す固有の符号であることが推測できる。

 その符号を確認した両者はもはや言葉を交わさない。

 すべてを理解したうえで、互いが敵対関係であるということだけを周囲に発信し、得物を構えてにらみ合う。

 

「ハァ!!」

 

「オラァア!!」

 

 にらみ合いはそう長くは続かない。互いが合図したわけではないが、お互いがほぼ同時に地を蹴りだした。

 構えた二つの得物は眼前で激しい音を立てて交じり合う。

 上段下段、刺突、フェイント、一辺倒の打ち合いではない刹那の剣戟は一つ一つが殺意をもって繰り出されるが、どれも互いに傷をつけることはない。

 高速の剣戟はおおよそ数十手にも至る。

 槍と剣では、槍のほうが有利であるという話を聞いたことがあるが、そんなことを微塵も感じさせないほどの達人同士の互角の戦いを俺は蚊帳の外で目の当たりにする。

 そうしてひときわ大きい金属の衝突音で両者は同時に一歩下がる。

 

「その槍捌き、生半可なものではないですね。攻め切ることができませんでした」

 

「そういうお前はつまらん剣術だぜ。まるで手本のような、無駄のない攻撃だ。

 面白みがないくせに、踏み出せないからイライラするぜ」

 

「それは、ありがとうございます。

 わたしはそういう無駄のない剣術を目指していましたから、そうのように評価されるのは光栄なことです」

 

「ハッ、口の減らねえ奴だ。全く萎えるぜ。

 せっかく肉を食う気分だったのに、出てきたのが魚だったみたいな感じだ」

 

 槍使いは軽口を叩きつつ、ちらりと俺の方へと視線を向ける。

 その隙を決して見逃さず、騎士は槍使いに攻撃を仕掛けるが、軽く捌かれてしまい再び両者の距離は空き、俺と槍使いの距離はさらに開いた。

 

「セイバー、お前との勝負はお預けだ。今日は今日が削がれたし、何よりお前が出てきたってことは今夜が『開戦初夜』だ。

 これまでの小競り合いは所詮前座でしかねえ。本番はこれからだし、決着も急ぐ必要はないだろうさ。

 そして何より……」

 

 槍使いの視線は、決して話相手の騎士のほうに向いていない。

 その獲物を狙い定める視線は、騎士が現れてからも常に一つしか狙っていない。

 背筋が凍るような殺意の視線。その矛先が俺のほうに向いていることなどもはや言うまでもない。

 

「そこのガキ。お前はイレギュラーだ。

 お前らはこの無法の街にたった一組存在する真っ当なマスターだろうよ。

 そして、それ以上にお前にはそうなった意味がある」

 

「何を……意味の分からないことを」

 

 所詮俺は偶然ここに行き当たった通行人でしかない。

 それに意味なんてないし、因果なんてものはあるはずがない。

 只の巻き込まれた一般人の俺に、この怪物は何を期待しているのか理解できなかった。

 

「お前は俺の『敵』だ。

 次に会うときはもう少し動けるようにしとけよ。

 セイバーとか、アーチャーとか真っ当なサーヴァントよりも、お前の様な未知のほうが『スリル』があるからよ。

 じゃなきゃ俺が楽しめねぇだろうが。大物喰らい上等だ。次会ったときこそが、正真正銘の戦争になるぜ。

 ……さて、名前ぐらい聞いておきたかったが、この場はお開きとしておくか」

 

「逃がすとお思いですかランサー?」

 

 俺と槍使いの話を脇で聞いていた騎士がその大ぶりの剣を構える。

 その向けられた敵意に槍使いの方は意に介していない。

 

「お前の相手はしないっていただろうがセイバー。

 それに、そこのガキは聖杯戦争について何もわかっていない様子だぜ。自衛の手段も持ち合わせていない。

 それなのにそいつを置いて俺を追っかけていいのか?」

 

「……くっ」

 

「利口で結構。じゃあなセイバーとガキ。

 夜は長いぜ。せいぜい、この戦争に惹かれた者として、楽しむことだな」

 

 槍使いはそう言い残して、背後の山の闇へと駆けていく。

 その速さは野山を駆け巡る獣など比にならないほど高速で、闇夜も相まって一瞬の姿を見失った。

 

 先ほどまで非現実的な戦闘が行われていた片田舎の農道は、再び静寂を取り戻す。

 この場に残されたのは、俺と、おそらく味方であろう騎士だけだ。

 

「大丈夫ですか?」

 

 そう言って騎士は俺の方へと向いて手を差し伸べてくる。

 よくよく考えれば、槍使いの攻撃を避けてからは俺は尻餅をついたままだったことを今更思い出した。

 

「ああ、ありがとう」

 

 俺は差し出された手を握り返して、ゆっくりと立ち上がる。

 そして先ほどまでは守られていたために後ろ姿しか確認していなかった騎士の姿を、ようやく正面から観察することができて、思わず目を見張ってしまった。

 その精錬された鎧姿にばかり気を取られていたが、並び立って真っ先に気になったのはその背丈だ。

 あの人外めいた膂力を発していたとは思えないほどのその体格は、真琴と同じくらい小さく、身に纏う鎧が余計に大きく見える。

 髪型は少年を思い出させるようなショートヘアーだが、その顔の作りは明らかに男のものではない小奇麗なものだ。

 有体に行ってしまえばその騎士は、俺と大差ない程度の年齢の、先ほどの戦闘など縁遠いような、物語から出てきたような白い肌を持つ少女であったのだ。

 

「申し遅れました。わたしはセイバー。

 今一度、改めてお聞きします。貴方が、わたしのマスターですか?」

 

 月明かりが反射するその白い肌の眩しさの記憶を端にして、長い夜は始まった。

 只の一般人の俺にとっての、今はその名称さえ知らない『聖杯戦争』が。

 

 

 



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2話

「セイバーさんってどこ出身なの?」

 

「ブリテン島の北の方、オークニー諸島がわたしの生まれ故郷です。

ブリテンでも北寄りですが、結構暖かくて喉かなところなんですよ。マコト」

 

「ブリテン……ああ!イギリスね!

慧のお父さんが出張で行ってる場所かー。いつか私も行ってみたいなー」

 

「是非いらしてください。今の時代はロンドンが賑わっていますが、ブリテンは隅々まで見所に溢れてます。

オークニー諸島では特に白夜に似た現象が見られるのですよ」

 

「へー、日が沈まないってどんな感じなんだろ?なんか不思議な気分になりそう」

 

 一体どういうことなのだろうかと俺は思わず頭を抱える。

 夜が明けて、明くる日の朝。我が家の居間には二人の少女の姿が見える。

 片方はもはやこの家の風景の一部となっている滝沢真琴。お隣の幼馴染だ。

 そしてもう片方は、鎧の騎士……ではなく俺のジャージを身に纏った色白で透き通るような瞳の少女。

 その真琴と話している少女は昨日の騎士の中身であり、自らをセイバーと名乗った過去の英霊だ。

 

 二人を引き合わせる予定は俺の中にはなかったはずなのだが、気が付けばこのような状況が出来上がっていた。

 正直どうやって収拾をつけようかと悩む俺を置いて、二人は年相応にのように見える会話に花を咲かせている。

 

「ええ、ブリテン島では獣なんて日常なんです。イノシシからライオンまでいろんな獣を相手にしました」

 

「イギリスにもイノシシって出るんだねー。というかイギリスってライオンまでいるんだ……ん?相手ってどういうこと?」

 

 話が変にこじれていないからこそ、余計に面倒なことになりそうな気がしてくる。

 だからこそどうしてこうなったのか、俺は昨日の記憶を振り返りながら思い出すことにした。

 

 

 ***

 

 

「聖杯戦争というのは、万能の願望器を奪い合う魔術師同士の戦争です」

 

 槍使いことランサーとの戦闘があった場所から少し離れた寂れた公園の街灯の元にて、俺とセイバーと名乗るは落ち着いて話を始めた。

 

「聖杯戦争の最大の特徴といってもいいのが、英霊を使い魔にした『サーヴァント』の存在。

英霊召喚といわれる奇跡、そしてその英霊同士の闘争がこの戦争における主軸になります」

 

 話を聞く限り聞きなれない単語ばかりで正直ピンとこない。

 俺は自販機で買った缶コーヒーを一口分だけ嚥下する。

 

「あんたやさっきの槍使いがその英霊ってことなのか?」

 

「はい。過去の英霊、すなわち名のある偉人や英雄の魂を呼び出して、7つのクラスに当て嵌めて戦い合わせるのがこの戦争の基本的なルール。

そして、最後まで残った英霊と、そのマスターが勝者となって聖杯を手にする、といったものです」

 

「7つのクラス……さっきあんたが言ってた『セイバー』や『ランサー』ってのがそれに該当するのか。

そして『マスター』、その英霊を使い魔として使役する魔術師のことをそう呼ぶと」

 

「ええ、その通りです」

 

 本音を言えば、こんなフィクションの中でしかありえないような単語の羅列を聞いたところで、俺には今一つ理解が及ばない。

 万能の願望器なんて宝くじの一等のほうがまだ現実的だし、魔術師なんていう詐欺師まがいの存在なんて信用ならない。

 そして何より、死者である過去の英霊を呼び出すなんてそれこそ非現実的だろう。

 

「だが……非現実的なものは十分に見たからな……」

 

 しかし俺は実際に目の当たりにしている。

 現実のものとは思えないほどの凄まじい戦闘の光景を。

 ただの人間では到底たどり着けない怪物染みた力同士の殺し合いを目の前で見た上に、あまつさえ巻き込まれたのだ。

 これを悪い夢として片づけるのは簡単だが、俺の正常だと思われる理性がそれを許してはくれないようだった。

 

「……まだ理屈は理解できていないが、とりあえず状況は理解できた。

この世界には、魔術師なんて連中が存在して、そいつらがなんでも願いの叶う道具を奪い合ってるってこともだ。

俺の中で折り合いつけて、そんな世界がこの世にあることを仮定しておく。

しかし、一つだけ納得できないことがある」

 

「納得できないこと……ですか?」

 

「俺がマスターに選ばれたなんてのは、何かの間違いじゃないのか?

俺は魔術師しなんてモンでもないから、別に魔法なんて使えないし、それどころか手品だって持ちネタ一つない。

ただ俺は偶然、あの場に居合わせただけだ。それこそ、そんな理由でマスターに選ばれて、命拾いしたなんてあまりにも出来すぎな話だろう?

だからこそ、俺以外の事柄に関しては納得できても、俺が当事者になることなんてのあまりに偶然が過ぎる」

 

 魔術師やら聖杯やら夢物語を信じたことに対して、今更それらが映画の収録だという感じにドッキリを暴露されればただ俺の恥なだけだが、そんな考えはこれ以上無駄なだけなのでしばらくは考えないことにする。

 聖杯戦争の最中を目撃したことはまあいい。

 そんなフィクションの中の怪物染みた戦士に殺されかけたのも、偶然助けに入った女騎士も、まだ星の巡り会わせであり得る感も知れない。

 だが俺がまるで役どころがあるかのように事の中心になっていることだけは、納得をコーヒーのように嚥下できなかった。

 

 そもそもこれは魔術師同士の戦争のはずだ。

 俺は魔術師ではないし、そういった非現実的なことに遭遇したこともない一般人だ。

 そんな一般人が、突然魔術師の戦争の参加者になるなんて、いったいどこの世界の話だということになる。

 

「正直、俺には魔力なんてものは感じ取れないから、今はあんたの言うことを信じるくらいしか現状を把握することはできない。

だからその一点。俺が当事者になっているという納得が欲しいんだよ」

 

 俺は抱いた疑念、というよりも理解できない違和感をもって、セイバーへと問いかける。

 曰く令呪という痣こそが、マスターである証であり、俺とセイバーとの間でサーヴァント契約としての繋がりを維持しているのだという。

 それらしいものは今のところ俺の体に見つかっていないこともあって、俺自身がマスターであることに納得ができないでいた。

 

「なんというか……妙に理屈っぽいのですねマスターは。

思慮深いのは頼もしいのですが、少々面倒くさ……コホン」

 

 話を聞く限りマスターとサーヴァントの関係は主従関係に似たもののはずだが、この騎士は偶に妙な不遜さをにじみ出す。

 悪意はないのだろうが、既に第一印象の清廉された騎士像が崩壊しているのは俺の胸の内に秘めておこう。

 

「兎に角マスターは納得が欲しいんですね。

まぁ……端的に行ってしまえば、マスターの選出に大した理由はないはずです。要はマスターに必要なのは魔術師の自覚ではなく、魔術回路だと思われます」

 

「魔術回路?」

 

「要するに人間が持つ魔力を扱うための内臓器官に近いものです。そこから魔力供給がされているからこそ、サーヴァントであるわたしは今も現界をしていられますし、魔術師が魔術師たる証でもあります。

そして別に、これは必ずしも魔術師のみが持っているわけでもないんですよ」

 

「それを扱えるかどうかで、魔術師であるか決まるのであって、別に一般人でも持ち得るということなのか?」

 

「ええ、基本的には眠った状態で使い物になりませんが、魔術回路を持っている一般人もわずかにはいるでしょう。

そして、貴方は魔術師でないにもかかわらず、魔術回路が励起してわたしに魔力が供給されています。

これもおそらく、今回の召喚が呼び水になって眠っていた魔術回路が目覚めたんだと想像できますね」

 

「なるほど、つまりは魔術師だからマスターになったわけではなくて、マスターに選ばれてから魔術師になったようなものか」

 

 順序は逆だが、俺はマスターになったことで魔術師になったということらしい。

 やはり自覚はないし、そもそもどこまで信用できる話かは定かではないが、辻褄としてはあっているだろう。

 

「俺がマスターに選ばれた理由は皆目見当がつかないが、マスターに選ばれる理屈としては一応納得しておこう。

とりあえず、偶然にしても俺はアンタに助けられた。

それについては礼を言っておくよ」

 

「別に礼などいりませんよ。マスターを守るのはサーヴァントの役目ですし、そうしないと困るのはわたしもですから。

それに、今後は一緒に戦っていくのですもの、他のサーヴァントにはマスターに指一本触れさせませんよ」

 

「……はぁ?一緒に戦うって何のことだ?」

 

「……んん?」

 

 どうにもお互いの認識が交わっていないことがなんとなくわかる。

 生憎俺は一般人であり、今日とて偶然巻き込まれたにすぎないのだ。

 

「俺は聖杯戦争に参加する気なんて毛頭ないぞ。

さっきから言ってるだろう?マスターに選ばれた理由がわからないって。

そもそも俺は別に聖杯に叶えてもらいたい願いなんて持っていないからこそ、マスターに選ばれた理由がわからないって言ってるんだよ」

 

「え、ちょ、ちょっと待ってくださいよ!

聖杯戦争に参加しないって、じゃあわたしはどうしたらいいんですか!?」

 

 そんなことを言われても俺にはどうしようもない。

 ランサーから助けられたが恩はあるが、流石にこの超人同士の殺し合いに混ざるのは命がいくつあっても足りないのは自然だ。

 マスターに選ばれた理由と同時に、俺は聖杯も求めていない故に聖杯戦争を続ける理由も持ち合わせていないのだ。

 

「どっかの別のマスターに引き受けてもらえよ。

流石に一般人には殺し合いは荷が重すぎる」

 

「ぐ……むぅ。仕方ありません。

無辜の民に戦いを強要するなど騎士として恥ずべきことですし……」

 

 もう少しごねるかとも思ったが意外と素直に引き下がってくれたようだ。

 危うくさっき説明されたばかりの令呪とやらを使う必要もあるかと思ったが、その心配はないらしい。

 

「しかし、一つ条件……というか、聖杯戦争に不参加を表明するのならば会うべき人物があります」

 

「人物?」

 

「わたしは聖杯から与えられた情報で、聖杯戦争のルールなどを知っています。

それによれば、どうやら戦争ですが審判の様な役割を持った人間もいるらしいのです」

 

 戦争なのにもかかわらず審判とは、とも一瞬思ったが現実でもよく似た場合はある。

 人道や互いの利益から、条約を結んで、ルールに則って戦争するなんてことは別に当たり前だろう。

 

「『監督役』という方を頼れば、敗退したマスターの保護や、孤立したサーヴァントの仲介などを請け負ってくれるそうです。

まずは明日、その『監督役』という方を探しましょう。

仮にマスター権を放棄したと自称しても、サーヴァントとの再契約の可能性は残りますから、他のマスターから狙われなくなる理由にはなりません。

敵対の目は摘んでおくべきなのは、魔術師とて同じですからね

だからこそ、『監督役』のようなリタイヤ者を保護する人がいるんだと思います」

 

「……『監督役』ね。オッケー理解した。

ほんとにこの街にそんな奴がいるのかは知らないが、方針としてはそれで異論はない」

 

 流石に今即座に聖杯戦争を降りるというほど俺もわがままを言うつもりはない。

 とりあえずセイバーが近くに居れば、ある程度サーヴァントからは身を守ってくれるだろうし、下手にここで別れるよりかはまだ安全だろうという判断もあった。

 

「さて、方針も固まったことですし、工房に戻りましょうか」

 

「……工房?なんだそれ」

 

「あ、マスターは魔術師ではないのでしたね。魔術工房とは魔術師の拠点のことです。

じゃあ工房がないなら……マスター、貴方の家に戻りましょう」

 

「別に言われなくても戻るつもりだが、まさか来るつもりか?」

 

「当たり前じゃないですか。誰がマスターを守るんです?」

 

「マスター権は放棄させてもらう。短い付き合いだったな」

 

「なんでどうなるの!?」

 

「生憎うちにはお前を泊めるスペースはない。空いてる犬小屋さえないんだから諦めろ」

 

「その空いてる犬小屋があったらそれでいいかみたいな言い回しなんなんですか!

これでもわたし英霊ですよ!もっと敬意を払ったらどうなんです!?」

 

「あの胡散臭い話を1から10まで全部信じたわけじゃねーよ。

仮に過去の英雄だとしても、そもそもうちにそんな大層なお方をもてなす余裕はないね」

 

「そもそもわたしの話を信じていなかったですって!

ぐぬぬ……マスターじゃなければ騎士道の名のもとに切り捨てていたのに。

ですが一方で、わたしには策があります」

 

「策だって?」

 

「わたし……というかサーヴァントには『霊体化』という能力があるんです。

もともと英霊であり魂が一時的に現界しているにすぎないのです。

肉体を維持していると過剰に魔力を消費してしまう。

そこで、魔力の消費を抑えるため、さらには一般人に姿を見られないために霊体になることがサーヴァントには出来るのです」

 

「そんな便利な能力があるなら初めから言えよ。

そもそもそんな不思議能力を見せれば、俺だってもっと話を信用できたのに」

 

「反応としてはわたしの話を信用してくれていたと思ってたんですよー。

ですが、霊体化して見えなければあなたの家に居ても問題はないでしょう?」

 

「まぁ……確かに、多少はマシか」

 

 プライバシーだのの問題はあるが、別段セイバーに見られて面倒なものはない。

 というか他人に見られて一番厄介なのでが、セイバーという存在である。

 特にこんな時代錯誤の女騎士を家に連れ込んでいることが真琴にバレれば、頭痛では済まされない気がして仕方がない。

 

「それなら、今から霊体化しましょう。

因みに、霊体化している状態ではわたしの姿は見えませんが、念話での会話は可能です。

魔術師とてある程度力があれば、霊体化している英霊の存在に気づくこともできるのですが……まあそれはいいでしょう。

では……」

 

 セイバーはそう言って、目を閉じる。

 体から力を抜いて、霊体化の準備をしているのだろうか?

 

「……」

 

「……ん?」

 

「…………」

 

「きょろきょろ見渡しても、消えてないぞセイバー」

 

「あ……あれ?今日は調子が悪いんですかね?」

 

「はぁ……じゃあな住所不定の外国人さん。

助けてくれたことだけには礼を言っておくよ」

 

「ま、まって!もう一回!感覚掴めてなかっただけだから!今度はちゃんとしますから!」

 

 結局この後何回か試していたが、セイバーの姿が消えることはなかった。

 正直彼女の話を真面目に信じていた俺が馬鹿だったんじゃないかとも思い始めたが、今夜のところは考えないことにした。

 

 そうしてなんだかんだあって自宅にまで着いてきたセイバーだった。

 丁度両親が海外に行っていて助かった。

 セイバーのことを親に説明なんてどうすればいいのかわからないし、そもそもこの世のどんな人間でも説明は不可能だろう。

 その点でいえば、俺の家は比較的居候が済みやすい環境だろう。

 

「しかし……どうしたものか」

 

 正直『監督役』を探すという方針は決まっているが、懸念事項はまだまだある。

 一つは『監督役』がいなかった場合だ。

 先ほどシャワーを浴びた際に、俺の右肩に刻まれた令呪を見つけた。

 

 その存在を確認したことでなのか、俺から何かが流れ出ているような感覚を掴むことができた。

 それがセイバーの言っていた魔力なるものならば、半分胡散臭く感じていた彼女の言にも多少の信憑性が出てくる。

 だからこその、セイバーの言葉をどこまで鵜呑みにしていいかが問題なのだ。

 セイバーの持っている情報は全て聖杯からの受け売りだ。

 令呪の存在は確かにあったが、一方で霊体化については結局できなかった。

 つまり情報自体の正誤が不確実であり、胡散臭いのは抜きにしても情報として信頼できないのだ。

 

 そして『監督役』がいなかった場合、俺は聖杯戦争を無理にでも放棄したいが、セイバーはそうでもないだろう。

 多少抜けてる面もあるが、それでも『英霊』とやらであるからには相応の戦闘力を持っている。

 強さに限ってだけは、すでに俺は目の当たりにしている。

 だからこそ、意見の対立によってセイバーが俺に牙を向ける可能性も考慮しておかなければならない。

 セイバーのあの性格からは考えられないが、最悪俺を拷問にでもかけて、強制的に聖杯戦争に参加させれば……あるいは四肢をもいで魔力電池にでもされる可能性も完全には否定できないのだ。

 

 そこで俺は常にその最悪を想定しておかなければならない。

 これまでに最悪と呼べる状況は体験したことはない気がするが、今回の様な未知どころか不可思議な事態に限っては用心しすぎて困ることなどないはずだ。

 俺が無事に日常に戻れるか、それもこれも『監督役』の有無で大きくかかわってくるだろう。

 

 そしてもう一つ、懸案事項を考えながら俺はベッドの上で瞳が閉じる。

 なんだかんだで密度の濃かった一日は、思っていたよりも俺の体に疲労を蓄積していたようだった。

 

 

***

 

 

 さて、翌朝。いつも通り俺を起こしに来るはずの真琴は俺が目を覚ましたのにもかかわらず来ていない。

 いつもの下らない茶番をしようと思っていたのに、俺の部屋に来ないものだから自分で目覚めてしまった。

 

「……誰か、来ているのか?」

 

 そして耳をすませば、居間の方で誰かの会話が聞こえてくる。

 何を話しているのかは聞こえないが、その会話はどちらも高音であり、女性同士の会話だということだ。

 

「女……同士……まさか」

 

 それを基に脳裏に一抹の不安が過ぎる。それは寝る前に考えていた懸案事項。

 俺はベッドから跳ね起きて顔も洗わずそのままの姿で、1階にある今まで階段を半分落ちるように駆けていく。

 そして、居間の中から聞こえる声の主を認識する。やはりそれは予想通りであり、頭痛の種が芽吹いた瞬間であった。

 

「あ……マスター。おはようございます」

 

「慧、おはよー。今私はセイバーさんとお話してるんだけど、どういうことなのかなコレは」

 

 今の扉を開ければ、そこには歓談する二人の姿。

 幼馴染の真琴と、この家の住人ではないセイバーの姿を視界に捉えた。

 更に言えば、セイバーの方は昨日と相変わらずだが、真琴の方は笑顔の様な、怒りが滲みだす微妙な表情。

 

「セイバー……昨日、見つかるなって、あれほど言ったよなぁ」

 

「それよりも慧、そのセイバーさんのことだけど、説明ヨロシク」

 

 昨日から続く処理不足による頭痛は、今日も朝から引き続くことが確定した瞬間だった。

 

 

 

 



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3話

「つまり、このセイバーさんはイギリスにいる親父の知り合いの娘さんなんだよ。

前から海外留学に興味があって、ホームステイするために昨日急に来たんだ」

 

「ふーん」

 

 今セイバーは居間のソファーに座らせておとなしくさせている。

 おそらくあのセイバーを会話に加えたら余計に話がこじれるとの判断からである。

 そして真琴には、万が一のために昨日の時点から考えてあった真琴用の嘘の回答を答える。

 

「本当なら親父たちと一緒にこっちに来る予定だったらしいけど、手違いで先に来たみたいなんだよ。

だから昨日セイバーさんがうちに来たタイミングと同じころに親父からも連絡あった。

『暫く家に置いておいてくれ』ってな」

 

「それって本当なの?いくら私でもそんな急なこと信じられると思う?」

 

「信じがたいのは俺の方だよ。正直昨日の夜からいろいろ怒涛すぎて俺のほうが疲れてる。

全部ドッキリだったらどれだけ楽なことか……」

 

 ある意味昨日の夜からいろいろありすぎて疲れているのだけは事実である。

 正直、言い訳にしては少々非現実的だが、こっちも混乱してるって雰囲気を出しておけば、なんとなく真実味を帯びてくるだろう。

 

「……そっか。まぁ、慧のおじさんとおばさんなら、そういう無茶もあり得るかも。

で、セイバーさんが着てるのって慧のジャージだよね。それは?」

 

「ええ、マス……ケイから借りました。甲冑そのままではダメと言われて、服がないと言ったら渋々ですけど」

 

 マスター呼びは家主だから的な事で真琴を言いくるめて、セイバーには俺を名前呼びに変えてもらった。

 昨日着ていた重厚な鎧に関しては、元々魔力で編まれていたものだからか、それだけは霊体化は出来たらしい。

 

「余計に話がこじれるからセイバーは黙っててくれ。

……はぁ。それはな」

 

 そして鎧姿だと何かと不便ということで、昨日はとりあえずとして俺の着なくなったジャージをセイバーに与えておいたのだ。

 鎧姿などの説明のしようがないことについての問題を、真っ先に片づけられたのは不幸中の幸いか。

 

「荷物は後で送ってくるそうだ。

着替えも持ってきてないみたいだし、まさに着の身着のまま。何考えてるんだか親父たちは……。

で、仕方がないから俺のお古を着せるしかなかったんだよ」

 

 成人にも達していない少女を着の身着のままで日本に送り出したことにして、さも当然のように何も知らない両親に責任転嫁する俺。

 事前に考えていたとはいえ、全て嘘にもかかわらずよくもまあ口が進むものだと我ながら感心する。

 

「なるほどなー……ってそんな話さすがにあるかー!?……ってあるかもしれない?

こんな変なことが続いてたら……だけど、ううむ?」

 

 さすがに嘘で塗り固めすぎたか、逆に真琴の情緒が不安定になってきている。

 俺よりもおつむが弱いせいか、すでに情報の整理ができなくなっているようだ。

 好都合なので、このまま押し切れば、この単細胞少女を言いくるめるのは容易いだろう。

 

「そうさ。荷物が後で届くことくらい、急にホームステイの女の子が押し掛けてくることに比べればよくある話だろ。

偶然それが重なっただけ。真琴を混乱させてしまったが、これで納得はしただろ。

セイバーさんはイギリスから来た短期留学生。復唱」

 

「せいばーさんは、いぎりすからきた、たんき、りゅうがくせい」

 

「はい。わたしはブリテンからきた留学生、ということなんですね。わかりました!」

 

「洗脳の途中だ少し頼むから黙れセイバー。そもそもお前には姿を見せるなって昨日あれほど言ったはずなんだが」

 

 本来ならば、セイバーには他に人がいる際には、家では姿を隠すようにと言っていたのにもかかわらずこの体たらく。

 保険のために用意していた想定質問をすべて使い切ってしまったではないか。

 

「いや、特に挨拶もなく家に入ってきたんで、敵かな?と思ったのでつい……」

 

「さすがにこんな堂々と入ってくる敵はいねーよ」

 

 魔術師ってのはそんな間抜けな連中とは考え辛い。

 他のマスターが真琴の様なやつらばかりなら、楽というか、戦争って単語が似つかわしくなくなってしまう。

 

「そっか。セイバーちゃんは留学生で、服を持ってないと。

じゃあ、買いに行かないとね」

 

 そして俺に納得させられたはずの真琴の方は、今度は変な方向に思考を飛ばしていた。

 

「なんでそうなった真琴。少し待てば荷物が届くのに」

 

 まぁ全部噓八百なので、いくら待っても届くことはないが。

 正直これ以上面倒事が増えるのは勘弁してほしいんだが。

 

「でも、待ってる間ずっとそのジャージだけじゃかわいそうでしょ!

私だったら、せっかく新しい場所で暮らすなら、生活に必要なものは揃えたくなるけどなー」

 

「まぁ……確かにそうだが」

 

「セイバーちゃんも、流石にその服だけじゃ辛いよね。

新しい服揃えたいと思うでしょ」

 

「現代の……服、新しい……」

 

 真琴の意見に、少し考えるそぶりを見せるセイバー。

 その視線の先には、真琴が着ているうちの高校の制服があった。

 

「少し……気になって、ます」

 

「決まりだね!じゃあ私たちが学校から帰るときに、買い物に行こうよ!ね?」

 

「いや、別にいいだろ。無駄遣いは余裕は真琴には無いはずだが」

 

「女の子の買い物には金に糸目を付けなくてもいいでしょ。

それに私のを買うわけじゃないからいいの!」

 

「そ、そうですね!わたしも、欲しいです!……いけませんか?」

 

「セイバーまで……。別に必要ないだろ。だってなぁ」

 

 そもそもサーヴァントなのだからわざわざおしゃれなんて必要ないはずだ。

 『監督役』を見つけたらセイバーとは別れるのだから、そもそも金を使ってわざわざ買い物までする義理はない。

 

「別にそこまで意固地にならなくてもいいでしょ慧。

イギリスから日本に来れるくらいなんだから、セイバーちゃんだって完全に無一文ってわけではないんじゃない?」

 

「ぐ……確かに、そうだな」

 

 真琴にしては理屈の通った意見だ。

 だからこそ

 勘弁してくれ。そんな軍資金は存在しない。

 

 当たり前だが、さすがに援助なしで海外留学に行こうなんてことは基本的にはないだろう。

 当然ここでも、セイバーの設定上の親が軍資金なりを用意しているのは当たり前のことのはずだ。

 しかし全部嘘なので、セイバーに後から届く荷物はないどころか、そんな軍資金なんて存在しない。

 

「……はぁ、仕方ないな」

 

「よし!決まりね!

良かったねセイバーちゃん。私も気合い入れて選んであげるから」

 

「は、はい!ありがとうマコト!」

 

 これ以上の言い訳は思いつかないので、仕方なく俺が折れることにした。

 無いものは俺が工面する他なく、さっきから財布の中の紙幣の数を脳内で数え始めていたのは、すでに半分諦めていたからなのだろう。

 

 願うことなら、下校時刻までに『監督役』とやらにセイバーを押し付けることができればいいのだが。

 そんなことは多分無理だろうと脳裏に過ぎりつつも、この手痛い出費を防ぐために厄介ごとは早く片付けるべきだと俺は再確認するしかなかったのだ。

 

 

***

 

 

 さて場所は変わって学校である。

 いつもならば俺の隣にいるのは真琴だけなのだが、今日はもう一人別の姿があった。

 

「ほら言った通り。制服着てれば勝手に学校に入ってもバレないでしょ」

 

「確かに周りの人たちに紛れていますからね。さながら気配遮断スキル、ですか?」

 

「見知らぬ外国人がうちの制服着てるんだから十分に目立ってるぞ」

 

 もう一人は、真琴の制服に身を包んだセイバーであった。

 体型もさほど真琴と変わらなかったため、苦も無く着こなしている様子である。

 始めてった時に見た、動きづらそうな重厚な鎧姿に比べれば、断然似つかわしい姿である。

 

「安心してくださいケイ。確かに今は少し目立っていますが、怪しまれる心配はありませんよ」

 

「はぁ……本当に、どういうことだセイバー」

 

 正直真琴がセイバーを学校に連れて行くとまで言い出した時にはさすがに眩暈がした。

 セイバーまでも護衛のためだと言い張るし、二人に挟まれた俺はただ言いくるめられるだけだった。

 ただ、セイバー自身は何かしらの根拠があって、学校に行っても目立たないと言い張っていたのだ。

 確かにセイバーはサーヴァントであり、何らかの不思議な力を持っていても不思議ではない。

 だからこそセイバーの言うことを信じて学校まで来たのだが。

 

「留学ってことは学校にも来るんだよね。

だったら雰囲気を知っておくことだって無駄じゃないって。

それに慧は心配しすぎだよ。綾ちゃん先生なら見学って言えばオッケーしてくれるだろうし」

 

「そりゃあの担任ならそうかもしれんが……」

 

 うちの担任教師である綾小路先生は比較的緩い性格をした教師だ。

 基本的によほどのことをしない限りは許してくれるような雰囲気はあるし、確かに留学生の見学くらい許可してくれるだろう。

 

「だが、他の教師はそうとも限らないだろうよ」

 

「まぁ……そこは、綾ちゃん先生にも協力してもらってね」

 

「他の教師の中には許可しないのもいるだろうに……。

セイバーのこと、そっちに先に見つかったらどうすんだよ?」

 

「まぁ見つからないように臨機応変だね」

 

「行き当たりばったりかよ」

 

「安心してくださいケイ!これでもわたし正体を隠して動くのには自信があります。

なにせ兄弟にも正体を知られず、暫くの間厨房で過ごしてましたから」

 

「それはいいが、持ち物に名前書いてあって身元バレるってことはまさかないよなセイバー?」

 

「そ、そんなこと、ないですよ?」

 

 下らない問答をしつつも、面倒事は時間が経つにつれて増えているような気がしてくる。。

 いつも真琴と登校しているが、さらにセイバーまで増えているのだ。

 こんなところをクラスメイトに見られたらまた面倒になる。

 

 そういう意味では、もう俺たちは学校に居て他にも同級生を含めて生徒が周りにいるのに、こちらに話しかけてくる者はいない。

 偶然知り合いが周りにいないだけかと思ったが、よく見ればクラスメイトの鈴藤が眠たげな顔で向こうの方を歩いているのが見える。

 鈴藤はこちらを一瞥して、少し怪訝そうな表情をするもそのまま昇降口へと向かっていくようだった。

 

「本当に気にされて、ないのか?」

 

 どうやらやはりセイバーには自身の存在に関する違和感を消す何らかの能力があるのかもしれない。

 不安事項が杞憂だったことはいいのだが、後でセイバーにどういう理屈なのか詳細を問いただす必要がある。

 

「ね、いった通りですよね?ケイ」

 

 そう言いながらこちらを覗き込んでくるセイバー。

 ぞんざいに扱ってきた意趣返しのつもりなのか、その表情は憎たらしいほどに得意だった。

 

「どうかしたセイバーちゃん?」

 

「いえ、別に何でもないですよ。ただケイが心配性なだけだったんです」

 

「確かに慧は少し過保護だからねー。言った通り無事何事もなく侵入成功でしょ?」

 

「ああ、ほんと心配して損したよ。拍子抜けするくらいだ」

 

 この調子なら、綾小路教師のところま難なくたどり着けそうである。

 そんな気がしながらも、俺たちも昇降口へと入る。

 

「おや、誰ですか君は?君の様な北欧系の生徒はいなかったと思いますが」

 

 だが、そんな気の緩みを正すかのように、昇降口の奥から響く声。

 その眼鏡の奥にある不健康そうな瞳とは裏腹に、優しげな声が今は恨めしかった。

 

「ふ、不二崎せんせー……おはよう、ございます」

 

 真琴が表情を固まらせながらも挨拶をする。

 そこに立っていたのは、昨日俺たちを下校を見送った数学教師である不二崎であった。

 真琴はどうやらどう切り抜けようか考えているようだが、想定外の事態で頭の中が整理できていないようである。

 

「おはようございます不二崎先生。

この子はうちに来た留学生でして、まだ正式な転入手続きはしてないんですけども、見学だけならと今日連れてきたんです。

勝手なことなんですけど、許可を頂けませんか?」

 

 固まっている真琴に代わって俺が経緯を説明する。

 正直あの担任なら素直に信じてくれるかもしれないが、不二崎は正直よくわからないというのが所感である。

 記憶を辿っても、そこまで個性を持った教師ではなく、融通が利く面もあれば、規律を重んじる部分もある。

 まさに中庸といったスタンスの教師であり、言いくるめられるかは五分五分といった感じなのだ。

 

「なるほど、留学生ですか。……そんな話は聞いていませんが」

 

「僕も昨日両親から急に聞かされましたから。

諸々の手続きはこれからするんですが、どうしても先に日本の学校を見たいと言い出すものですから」

 

「それは大変でしたね有間君。

事情は理解できました。それなら詳しいお話は後程ご両親から聞くことができるのでしょう。

じゃあ、君……」

 

 そして不二崎は納得したように視線をセイバーの方へと向ける。

 できれば話は俺がするだけで切り上げたかったが、やはりそうはいかないようだ。

 その不健康そうな瞳を不二崎は少し優し気にして、セイバーと向かい合う。

 

「……名前はなんというのですか?」

 

「……セイバー、です」

 

「ふむ……セイバーさんですか。少し変わったお名前ですね。

それに日本語も話せるんですね。以前から勉強を?」

 

「……少し、ですね」

 

「謙遜せずともいいですよ。

ご出身はどこですか?その年で単身留学とは、なかなか大したものですよ」

 

「……イングランドです。それが、どうかしましたか?」

 

「おい、セイバー!」

 

 不二崎と会話を始めた突端に、言葉の歯切れが悪くなるセイバー。

 さすがに失礼にも感じ取ることのできる受け答えに、思わず俺も口を挟んでしまう。

 これまで特に違和感なく過ごせていたにもかかわらず、急に態度が怪しくなっていた。

 こうも露骨に態度がよそよそしくもなれば、逆に目立ってしまうだろう。

 

「これは、緊張させてしまいましたかね?

……仕方ない、話はまた今度にしましょう。

それで、有間君」

 

 セイバーの態度が緊張しているように見えたのか、空気を読んで不二崎はこちらへと話を投げかける。

 セイバーの様子をそう受け取ってくれたのは好都合な上、こちらに話を戻してくれたのもありがたい。

 

「私は授業の用意もありますし、もう行きますよ。

ついでに綾小路先生や他の先生方にも口添えしておきますので、安心してください」

 

「……いいんですか?本来俺が伝えるべきことなのに」

 

 不二崎の思わぬ提案に、思わず俺も面食らう。

 正直もうセイバーには帰宅してもらうしかないかと考えていたところだったのだが。

 

「確かにそうかもしれませんが、ただの一生徒である有間君に、少々固い先生方の説得は荷が重いでしょう。

ここは私から伝えたほうが、話もスムーズに通ると思いませんか?」

 

「まぁ……確かにそうですね。正直俺も、どう話をつけようか悩んでいたこともありますし。

先生に任せていいなら、お願いしますよ」

 

「やったじゃん慧!不二崎先生が味方なら百人力だよ!

これで、セイバーちゃんも問題なく学校回れるね」

 

「元々こんなことで悩む羽目になったのはお前の思い付きのせいだからな真琴」

 

 不二崎はまじめな部類の教師なので、このような融通が利くことには少し驚いている自分がいる。

 逆に不二崎はそのまじめさから教師側からの信頼も十分にある印象なので、話をつけてくれるなら実に好都合なことである。

 

「では、また後で。有間君、滝沢さん。

それと、セイバーさん」

 

 そうして昇降口を後にする不二崎。

 気が付けば少し時間が経っており、朝のホームルームまで時間はあまり残されていない。

 

「じゃあ、いろいろ気にしなくてよさそうだし、早く教室行こうよ」

 

 下足箱に靴を入れながら、真琴は一足先に教室へと歩みを進める。

 俺もそれに続く形で、靴を履き替えようとするが、その前に袖を軽く引っ張られた。

 

「……どうした?セイバー」

 

 セイバーの表情はどことなく強張っている。

 先ほどもそうだったが、急に態度が固くなって今もそれは継続している。

 いや、冷静になって考えれば、それは態度が強張ったというよりも、警戒しているような雰囲気だったのだ。

 

「ケイ、一つ伝えておきます」

 

 セイバーは真琴が向かう教室側ではなく、不二崎が歩いて行った職員室への廊下を見据えている。

 俺はそこまで来て、ようやくセイバーが何を伝えたいのかなんとなく感付いた。

 

「あの、不二崎という男、おそらく魔術師です」

 

 

 

 

 



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