ただ一人、君の為なら。 (ぶんぶく茶の間)
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第1章 白衣の生徒
第一話 空から男の子が


 皆さんこんばんは、初めましての方はこんにちは。
 絶トモでお世話になってますぶんぶく茶の間でっす!

 この度原作沿いの物語を書かせて頂きながら勉強させていただきたいと思い、手を取らせていただきました。
 読む皆様からのご意見などを交えつつ、面白おかしく、時に格好良くグレンくん達を書いていきたいと思いますので、よろしくお願いします!
 第一話ということで大分長くしましたが、今後は少し文字数は減っていきます。ご了承をっ。
 まずは本作主人公の概要をどうぞっ!(今後各話毎に更新予定)

アステル=ガラード
本作主人公。どこはかとなく儚い印象を受ける少年。クラスの男子では割と背が高いが、細身のため華奢に見える。
真っ白な髪を後ろで束ね三つ編みにしたのが特徴的。瞳の色は亜麻色。
女子力が高く、家事全般、裁縫など様々な面に長けているため、女子力高い系男子としても同級生には有名。
幼い頃から帝都の下町で育ったために人付き合いを大切にしており、時折おすそ分けなどをしている。
買い物に出たときも顔が広く、色々とオマケを頂くことも多々あり、そんな優しい人たちに恩返しをしたいと思い学院を志願した。
学院では魔術を学びながら個人的に錬金術をハーレイやセリカの協力のもと学びつつ、ハーレイとは師弟のような仲となり、時折彼から飛び出すとんでもない助言に自分の研究をサポートしてもらうことも。
掲げたテーマは「人々の暮らしを豊かにするものを創ること」であり、志願理由と同様に己の持つ特異な錬金法で様々なアイテムを作っている。
その大本にはフェジテへやってきた頃にシスティーナと交わした約束があり、お互いに切磋琢磨しながらも一歩ずつ前へ進んでいる。
魔術特性は「万理の構築・分解」であり、相手から読み取った詠唱を分解し、自己の固有魔術として再構築を行うことが出来るが、教本通りの三節詠唱などは威力が霧散してしまうなど、対魔術師専門の特性となっている。
教授と助手といった関係であるハーレイは、自身の研究の手伝いをしながらも彼自身の研究を進められるよう設備や書籍を収集するなど過保護となっており、ふと第三者がアステルの事を尋ねると「奴は天使のような奴だ」と頬を綻ばせるほど師として溺愛しているらしい。


『――ル。アステル』

 

 声が聞こえる。僕、アステル=ガラードを呼びかける声が。

 

「――………ごめん、少し寝ちゃった」

 

 重い瞼を無理やり持ち上げ、冴えない視界の中で立ち上がる。

 頭が重い。体が怠く、空腹のせいか嘔気が襲ってきた。

 

「う……」

「調子は……悪そうだな」

 

 僕の耳元で、金の髪を短めに切り揃えた女の子が申し訳なさそうに顔をゆがめている。

 その嘔気を顔を左右に振りながら払い、僕の隣ですやすやと寝息を立てている長い髪の金髪の女の子を見て安堵した。

 

「……大丈夫。君は?」

「心配すんな、いつでも移動できる」

 

 男言葉の彼女はシャーリィ=メドラウト。帝都の下町で生まれてからずっと、傍にいる親友であり幼馴染だ。

 裾が泥だらけになった、自分の身の丈に合っていない焦げ茶色のローブの中から、一つの銀時計を取り出す。

 時刻を確認すれば、夜中の二時。辺りは暗闇に染まり、天から降りる唯一の光はここ一体に生い茂る木々によって阻まれていた。

 

「そっか……分かった。移動しよう」

「おう。――ウェアウルフ」

 

 僕は彼の言葉にうなずいたのを確認したシャーリィ――シャルは、使役している魔物の名前を呼ぶと、地面から紫色の魔法陣が出現し、蒼と銀の体毛が特徴的な中型の狼が現れる。

 その狼は精悍な顔立ちをしながらも、僕を心配してくれているのか小さく喉を鳴らして頬にすり寄ってくれた。

 

「……大丈夫だよ。ありがとう……」

 

 腕を狼の首元に回してそう呟くと、女の子を先に乗せ、そのまま彼へ跨る。

 首回りの毛を掴み、片手でぽんぽん、とその逞しい背中を軽く叩くと、その狼はゆっくりと加速を始めた。

 

       ◇

 

 システィーナ=フィーベルは読書が好きだ。

 そして書くことも好きだ。

 早朝の四時を回った今も走り出した羽ペンが止まらず、己がリビドーの赴くがままにそれを走らせている。

 齢十一、二歳という少女が、ほぼ二十四時間行動しているあたりで不健康そのものだが、その反動が彼女の体の一部に現れるのはまだまだ先の話となるだろう。

 そんな中、明け方の暗闇のもと、玄関のベルが恐る恐る鳴らされた。

 

「……お父様?」

 

 仕事で帝都へ召喚された両親の居ないフィーベル家の屋敷で一人留守番をしていた彼女は、寝静まった夜でしかこの誰にも教えていない趣味を行えない。

 急ぎ筆記用具を机の引き出しなどへ仕舞い込み、投げ出していたスリッパを履きなおして玄関まで向かう。

 その間も、玄関のベルは申し訳なさげに鳴り続けていた。

 扉の鍵を開け、彼女はその幼い手で恐る恐る、軽く開いてみる。

 しかし、その扉の角度にも限界があり、彼女の視界には来訪者は見えず。

 

「……どちら様ですか?」

 

 と、小さな声音で尋ねてみた。

 

『こんなお早い時間に申し訳ございません。わたくし、テネブラエ、と申します。その可憐なお姿、システィーナ=フィーベル様とお見受けいたしました』

 

 どこか老人のような声音が聞こえ、そっと扉を開き顔を外へのぞかせると――彼女は驚きに目を剥いた。

 

「と、飛んでる……!?」

 

 そう。飛んでいたのだ。

 犬にも狼にも、あるいは狐にも見えるその変わった生き物は、自分達人間が地から離れられない断りから逸脱し、中空に浮遊しているのである。

 まるで夢でも見たかのような心境の彼女は慌てて目をこすり、テネブラエと名乗ったその得体の知れない生き物を見つめなおす。

 やはり、浮いている。

 

「……夢、じゃ……ないのよね」

 

 ぐに、と自分の頬を軽くつねり、痛む頬をさすったあと、ひとつ深呼吸した。

 

「はい。失礼ですが、ご家族の方は……」

 

 テネブラエは恭しく頭を垂れると、彼女は(お父様のお友達かしら……?)とありえない思考を働かせる。

 

「ごめんなさい、今日はいないんです。戻るのは……明後日になります」

 

 自分の体内時計が狂っているせいか、昨日の事を本日と誤認識した彼女は少しだけ間を空けて言い直した。

 

「そうですか……」

「あの、何かご用事でも……?」

 

 どうしたものか、と目を伏せた彼(?)に、システィーナは尋ねる。

 それは興味というよりも、こんな時間に尋ねて来るのだから大事なのだという、貴族の令嬢としての思い遣りや思考の働かせ方からくる、日常の教養の賜物だった。

 そんな幼い彼女の一風変わった反応にテネブラエは感心しながらも目を見開き、重々しく「ええ」とうなずいた。

 

「実は……。貴女の御父様であるレナード=フィーベル様、その教え子たるエミル=ガラード様、マルタ=ガラード様お二人の訃報のお知らせと……」

 

「訃報?」と尋ね返した彼女に反し、テネブラエは「オォ―――ン……」と、動物本来の鳴き声を響かせる。

 

「はい。……お二方は、大変残念ながら御逝去されました。しかし、そのご子息は――」

 

 空から。それも自分が目標としている「メルガリウスの天空城」に近い所に、――何かが、居た。

 

「鳥……?」

 

 此処からその姿が目視できることから、かなりの大きさだと思った彼女は訝し気に声を上げ、それが近づいてくることを理解して――更に、驚いた。

 月光によって鮮やかに照らされる翡翠色の体羽。その姿は燐光すら放っているようにも見えて、システィーナは目を細める。

 

「きれい……ん?」

 

 感嘆の声を上げたシスティーナだったが、その鳥の爪足に何かがぶら下がっていることが分かり、疑問符を浮かべた。

 

「ちょっ……ちょっ!? テネブラエさん!? 空から男の子達がっ!?」

「ご安心を。御身の体調と安全を配慮し、ギリギリの高度で飛行させるよう命じましたので」

 

 システィーナは慌てふためき、それを窘める様にテネブラエはゆっくりとした口調で語る。

 

「――シムルグ」

 

 ピューイ、とテネブラエが彼の名前を呼ぶと、そのシムルグと呼ばれた翡翠色の鳥は、爪足から男の子二人と一人の女の子を放す。

 

「ちょっ!?」

 

 咄嗟にシスティーナは覚えたての魔法を発動するべく手を伸ばすが、シムルグが上空で両翼を羽ばたかせると大気が揺れ動き、落下している彼を優しく包み込み、地へ迎え入れさせた。

 それを見届けたシムルグは静かに闇色の粒子となって消え去り、それを見送ったテネブラエは告げる。

 

「この方々は元アルザーノ帝国第二王女、エルミアナ=イェル=ケル=アルザーノ王女殿下。アステル=ガラード様、そしてシャーリィ=メドラウト様。件のエミル様、マルタ様の実子とそのご親友方にございます」

 

 

       ◇

 

 

 早朝でありながらシスティーナは大忙しだった。

 水を溜め、湯を沸かしたあと、身体に優しい料理を作る。

 それは決して自分の為ではなく、このフィーベル家へ転がり込んできた一人の少年、アステル=ガラード、そして親友だと伝えられたシャーリィ=メドラウト、さらに自分の住むアルザーノ帝国の元王女(・・・)、エルミアナ=イェル=ケル=アルザーノの為であった。

 意識を失っている、泥だらけのローブに身を包んだアステルとエルミアナ、シャーリィをリビングのソファへとローブを脱がせ横にさせたのは、癖の強い金色の髪が特徴的な優男だった。

 男性は彼らをソファへ寝かしつけ、頬を優しく撫で満足げに微笑んだ後、先ほどのシムルグと同様に闇色の粒子となって消えていったのである。

 とてもではないが細腕のシスティーナでは彼に肩を貸し起き上がらせる事すらできず、見ていられないという様子で登場されたので「最初からそうしてよ!」と彼女が叫びたくなったのは言うまでもない。

 閑話休題。現在システィーナはキッチンにてテネブラエを従え、スープを作っていた。

 

「――システィーナ様は、料理がご趣味なのですか?」

「システィでいいわよ。それと料理はぜんぜん。お父様やお母様がいない時くらいしかしないから……」

 

 それなりにテネブラエと打ち解けた彼女は、自室から持ってきた本を何冊も重ねて簡易的な足場を作っており、やや不安定な姿勢のまま調理を行っている。

 小皿へと少しだけスープを乗せ、軽く味見。うむ、これでよしと満足げな顔をしたシスティーナはひとつ頷いたあと火を止めた。

 本の台から降り、アステル達の様子を見ようとリビングへと戻ると……。

 そこで、言葉を失った。

 先ほど現れた男性、鳥、そして蒼と銀の毛並みを生やした狼や二足立ちで腕を組む白金の獅子、フードを深くかぶった足のない魔術師が両手を組んで祈りを捧げながら、彼らを取り囲んでいたのである。

 

「な、なんなのよ……この人(?)達は……!?」

 

 この短時間で起こった出来事に軽く立ち眩みを覚えたシスティーナは、ドアの端を手でつかみながら額に手をあてた。

 

「彼らはすべて、シャーリィ様の眷属にございます。奥の男性からゴーヴァン、シムルグ、ウェアウルフ、マルノクス、レキシファー。他にもわたくしの配下に置かれている魔物と契約を結んでおられます」

「ちょっと待って。……あの子たち、いくつなんだっけ?」

「齢は十一、二ほどの方々です。丁度システィ様と一緒になりましょう」

(どれだけ濃い人生辿ったらこんなになるの……)

 

 システィーナはとんでもないことを言い出したこの精霊と、その主だという少女に辟易した。眉間を人差し指で揉み解しながら深いため息を吐いて、先ほどの男性に「あの、この子、起きそう?」と片言ながらに尋ねる。

 

「ええ。レキシファーの読みではあと十分もかからないはずです。……それよりも」

 

 ふふっと小さく笑ったゴーヴァンと呼ばれた男性は、片手で口元を隠し、

 

「そのような煽情的な恰好で彼らと(まみ)える気か、御令嬢?」

 

 着替えておいでなさい、と言われ、システィーナは改めて自身の身なりを自覚する。

 

「ゴーヴァン……。貴方はもう少々弁えなさい。こんな時間にお邪魔しているのです、その発言は失礼ですよ」

「これは出過ぎた真似を。申し訳ございません」

「い、いえ……。教えてくれてありがとう」

 

 ゴーヴァンは頭を下げ、システィーナは自分のパジャマで胸元を隠しながら、自室へと小走りに向かう。

 そんな彼女をテネブラエ達は見送ると、今の今まで無言であったマルノクス達は口を開いた。

 

「可憐さはエルミアナの方が上だな」

「確かに、エルミアナ様の方が愛らしい」

「まったく。御主人様にそれらで勝てる存在など、それこそ指で事足りてしまうほどです」

「……みなの意見、もっともです。ですが、エルミアナ様は元王女。今後はお名前を伏せられることでしょう。我々も、御三方の行く末を見守らねば」

 

 テネブラエは憂いを秘めた声音でシャーリィの眷属をまとめると、彼らは主人の成長してゆく姿を想像し、喜び半分、悲しみ半分といった憂鬱な気分となり、それを胸から外へ出す様に深いため息を吐くのだった。

 

 

       ◇

 

 

 意識が浮上してくる。目を開くよりも先に鼻腔から草木や泥の香りが漂ってくるけれど、その他にどこか温かみのある香りが感じ取れた。

 ここは……。

 

「や、ど……?」

『やっと起きた……』

 

 聞き慣れない、歳の近そうな女の子の声が聞こえた。

 目を伏せたまま起き上がろうと地に手を付けようとしたが、――柔らかい。ソファ? ベッド? それとこの体にくるまれているのは……毛布?

 一体どうしたことだろう。僕は確か、林の中で疲れ果てて意識を失ったはずだというのに。

 あまりにも奇怪な移動現象に頭が徐々に覚醒してゆき、目を開けば――そこにはまばゆい光があった。

 強い光源に目を細めながら眉根を寄せて手で遮る。

 

『あ、ごめんなさい……眩しかった?』

「うん……」

 

 思いのほか素直に自分の感情が出たことに驚いた僕は、シャッという音と共に消え失せた光から目を逸らし、ようやく慣れてきた目で辺りを見回した。

 ……家だ。それも宿やテントといった簡易的なものではなく、本棚な食器棚、年季の入った木製の壁……。

 そして、質の良いソファ。そこに僕は横になっていたらしい。

 咄嗟に自分の身なりに気づいた僕は飛び起きる様に立ち上がり、ぱたぱたと急いでそのソファに付いた泥を手で払おうとする。

 

「うわっ! こ、こんな格好でごっ、ごめんなさい!? その……ちゃんと汚れは取りますから……!」

「気にしなくてもいいわよ。その、調子はどう?」

 

 カーテンを閉めてくれた女の子へと視線を向ける。――そこで、僕は言葉を失った。

 綺麗な銀色の髪に、まるで宝石のようなエメラルド色の瞳をした女の子。

 そんな彼女は、慌てふためく僕を見ながら目を細めて小さく笑う。

 

「――アステル様」

「あ、て、テネブラエ」

 

 動揺しきった僕を落ち着かせる様なトーンで僕の名前を呼んだテネブラエは目を伏せたまま動かず、浮遊した身体を無理に地面へと下ろして頭を垂れた。

 

「誠に勝手ながら、道中で意識を失われたアステル様を目的地までお連れ致しました。どうかお許しください」

「そ、そんな。僕はただ、みんなに乗せて貰っただけなのに……。……ありがとう、テネブラエ。みんなにもお礼を言わないといけないね」

 

 片膝をついて、彼の頭を優しく撫でる。つるつるとした毛並みはウェアウルフとはまた違っていて魅力的だ。正直ずっと触って居たい。

 

「ああ、なんとお慈悲深い……! わたくしのような者に労いのお言葉を頂けるとは……! この上なき幸せ……っ!!」

「……えっと、そろそろいいかしら……」

 

 おいおいと号泣し始めるテネブラエをよそに、銀髪の女の子は困ったように笑いかけ、僕は直立不動になってしまう。

 

「システィーナ=フィーベルよ。初めまして、アステル=ガラードさん」

「は、初めま……っ。お初にお目にかかります、システィーナ=フィーベル様。……その、こんな浅ましい姿でお会いする形になってしまい……大変申し訳ありません。お会いできて幸栄です」

「気にしないで。それと、わたしの事は名前でいいわ。わたしもあなたをアステルって呼ぶから、変に敬語もなし」

 

 いいわね? と有無を言わせぬ疑問符に、僕はこくこくと頷く。

 

「それじゃあ、さっそくだけど」

 

 システィーナは軽く腕を組んだあと、

 

「朝食にしましょうか」

 

 僕のお腹をひとつ見た後にそう言って、次の瞬間には盛大に僕のお腹の虫が鳴るのだった。

 

 

 

「ようっ、先に始めてるぜ?」 

「……シャル、きみね………」

 

 システィーナに通されたそこには、金髪を短めに切り揃えた少女がガツガツとパンやスープを食べ散らかしていた。

 そんな有様にアステルは悲鳴にも似た声を上げたあと、シャルと呼んだシャーリィを窘めるために口を開く。

 

「まぁお互い生きてここまでたどり着けたんだ。まずオレ様はハラが減った。んでここには食べモンもある。だったら食うしかないだろ?」

「だからと言って、もう少し弁えようよ……。ごめんなさい、システィーナ……遠慮がなくて」

「いいのよ。元気があってよかったわ。お風呂も沸かしてあるから。……でも、一人は入浴中だから後でね。あなたも落ち着いたら入って」

「ありがとう……」

 

 アステルのため息交じりの謝罪としょんぼりした様子での感謝の言葉に、流石のシスティーナも苦笑をこぼす。

 システィーナに席を勧められ、アステルは木製の椅子に腰かける。対面にはシャーリィが。

 すぐにスープが運ばれて来て、合掌して食前のあいさつを済ませたアステルはスプーンを手に一口。

 

「……温かい………」

 

 短くそう言うと、シャーリィの食べ物を口に運ぶ手が止まり、アステルを睨み、けしかけるようにしてぎゅむっと頬にパンを押し付ける。

 

「味はどうなんだよ、テメェ」

「え? あっ、ああ! 美味しいよシスティーナ! すごく、優しい味がする……」

「ふふっ、よかった。あまり誰かに食べてもらったことがなかったから、心配だったの」

 

 シャーリィから受け取ったパンと、手元にあるスープを交互かつ丁寧に食べながら、アステルは感想を述べると、システィーナも安心したのかほうっと胸をなでおろす。

 目の前のシャーリィも納得がいったのか、頬杖を突きながら自分の食事の手を止め、彼の食事する姿を見守るのだった。

 ――それはどこにでもある、普通の家族が送る普通の生活の一風景に等しかった。

 

 

       ◇

 

 

 数年後。

 少年、アステル=ガラードの朝は案外早い。

 それは、此処アルザーノ帝国領の南部に存在する学究都市、フェジテでも同じだった。

 擦り傷などができやすい彼なので、日課の訓練を終えたら自室に戻り、休みの日に採り貯めておいた何種類もの薬草を炒ってすり潰したり、煎じてその効能を失われないように程よく苦みを消す味付けを行ったりする。

 

「……ん、こんな感じ……かな?」

 

 白く細い腕を机へ伸ばしちょんちょん、とそれを軽く指につけ、しっかりと内服薬の方に薬効があるかを口に含んで確認。下手な薬なんて人に渡してしまったら大変なのだ。

 こうして出来上がった外傷用の塗り薬と、包帯とテープ、麻布を錬成して作った「バンソーコー」なるものを麻袋に包んだり、ガラスとゴムで錬成した割れない試験官へ流し込んだり。

 

「……よしっ………」

 

 試験官にコルクで栓をして、猟友会で使われていた、革製で散弾銃の弾丸を詰める為のベルトのスリットへと薬品や水の入った試験官を数本を差し込み、そのベルトへ縫い困れた革製の長方形型のポーチに塗り薬の入った麻袋を詰めておく。

 このベルトもかなりの年月で使い込まれており、革の色は変色し、所々にシミのようなものが見て取れる。所謂これはいただきもの。お古なのだ。

 塗り薬といっても、乾燥した状態で傷口に塗り込むと痛みが激しいので、水をかけることで浸透するようなものになっている。

 要は葉をそのままかけられるよりも、粉末状にして水で軽く流せるようにできるほうがいい。

 中の効能をそのままに外はかさぶたの様に固くなる様にできているので、そこは安心だ。治る頃には自然と剥がれるのである。

 ちなみにその部位を水に流しても、固まっているので簡単に剥がれることはない。

 

「(……ないんだけど、その前に大抵の人は応急処置しちゃうもんなあ………)」

 

 はぁぁ、と深いため息を吐きながら、制服のベストに袖を通して、ロープを手にかける。

 とりあえず朝食の準備をしないと。そう思ってドアノブに手をかけ、キッチンへと向かってゆく。

 徐々に、ベーコンを焼く香ばしい匂いが彼の鼻腔をくすぐり始めた。

 

(この匂い……セラさんかな?)

 

 ほぼ直感と言ってもいい彼の予想は、見事に的中する。

 ドアを開けば銀色の髪を毛先で纏めた女性が、キッチンに向かっていた。

 

「――あっ。おはようアステル君!」

「おはようございます、セラさん。いつもありがとう」

「いいのいいの。私にできることなんてもう家事(これ)くらいしかないのだから、せめてお世話くらい焼かせてよ」

 

 振り向いた女性は、早いね~とアステルへ気兼ねなく笑いかける。

 セラ=シルヴァース。元は帝国宮廷魔導師団に所属していた魔導師だった。

 しかし、ある一件を経て彼女は魔術を行使することが不可能な体となってしまい、現在はフィーベル家のメイド件家庭教師として働いているのである。

 アステルは彼女の言葉尻に秘められた憂いを感じ取り、複雑な表情を浮かべると、セラがそれに気付いたのか、食器を出してもらうようにお願いした。

 彼もそれを察し、話題を変えようと朝食のメニューを尋ねる。

 

「今日の朝食はなんですか?」

「ふっふっふ。セラさん特製、燻製ベーコンとスクランブルエッグだよ!」

 

 じゃーん! とフライパンの上に乗った蓋が御開帳し、食欲をそそる香ばしく、眠気を叩き起こすほどのパンチの利いた刺激的な薫りが爆発した。

 いい匂い、と唸るアステル。そしてきゅう~……とその匂いの爆弾の目の前にいたセラの腹の虫が鳴る。

 お互いに顔を見合わせると、笑い合った。

 途端、

 

「おーおー。朝からお熱いこって」

 

 ぐぎゅぅぅぅるるるる……という形容し難い腹の虫を鳴り響かせた金髪の少女が、アステル達の背後から登場した。 

 振り返ればドアの脇に体を預け、腕を組みながら半眼でアステルを睨んでいる彼女は、シャーリィ=メドラウト。

 彼はシャーリィ――シャルの言葉に何を思うでもなく、彼女に笑いかけた。

 

「おはようシャル。早いんだね」

「ったりめーだろ。ガッコなんだっつの。ンな暢気に朝メシ作るよか身体動かしてた方が何倍もマシだぜ」

「っはは。お休みの日はいつも“まだ寝たりね~”とか言って、お昼くらいまで寝ているのに」

「うるせーっ! フォーク投げんぞ!!」

「待ってシャル! 投げてるっ、投げてるよ!」

 

 アステルの指摘に首筋まで真っ赤にしたシャルは彼へと引き出しから取り出した木製のフォークとナイフを投げつけ、食器をテーブルに並べていた彼はステップを踏んで後退しながら器用に指の間で受け取る。

 セラはそんな十六歳ほどの少年少女に「食器はキャッチボールするものじゃないよー」と苦笑交じりに窘めると、二人は瞬時にその行為を止め、シャルは舌打ちをしながらアステルと共に並べ始めた。

 この家で反抗期真っ盛りのシャルを止められる若者はヒエラルキーの頂点に居るセラ、そして次点のシスティーナ=フィーベルしかいないのだ。

 その基準は料理が美味いか否かであり、案の定男勝りなシャルは料理など大の苦手としており、その一つ上が予想外なことに下宿仲間のルミア=ティンジェルなのである。

 

「チッ、いけ好かねえ」

「あはは……んっ?」

 

 隣で自分と同じようにフォークとナイフを並べていく彼女を横顔から見つめると、明らかに印象の違う部分があった。

 リボンの色だ。後ろ髪をまとめてポニーテールにしている彼女だったが、普段は、確か白だったはず。

 それがいきなり赤いリボンに変わっていたので、彼の視線が引き付けられたのである。

 

「シャル、ひょっとしなくてもリボン変えた?」

「ん? あぁーこれか。お嬢と姫さんがうるさくてなぁ。買い換えたんだよ。悪いか?」

 

 アステルに指摘され、シャルは頭の後ろに手を回してリボンを撫でる。ちなみにお嬢はシスティーナ、姫さんはルミアのことだ。

 するとふにゃ、といつもはぶっきらぼうな表情が崩れ、嬉しそうに頬が緩む。

 

「ううん全然? すごく似合っているよ? 活気な君に赤は似合うよ。前はシスティとお揃いだったから、てっきり今度はルミアとリボンの色お揃いにするのかなと思っていたんだけれど」

「お、おぅ……」

「ふふっ、シャルも女の子なんだね~」

「なッ、セラが言うなよ! 見立てたのそっちだろうがっ!」

「なんのことかなぁ~?」

 

 ぷふっとセラが口元に手を当てながら半眼で笑い、ニヤニヤしながらシャルを見つめると、さらにシャルの顔が赤くなってゆく。

 アステルは(くわばら、くわばら)と呟きながら隣にいる彼女から離れ、食器を置き終えると「システィとルミア、迎えに行ってくるね」と告げてその場をあとにした。

 そうでなければきっとシャルに拳一発はもらっていただろう。

 

(ルミアはともかくとして、システィは流石に起きているよね)

 

 彼女達の自室前にたどり着いたアステルは、三回に分けてノックを行うと、中から「はーい」というシスティの声が聞こえた。

 返事がある事にアステルは安堵して、

 

「おはよう。二人とも起きてる?」

『おはよ。ルミアはいつも通りよ』

「……入っても大丈夫?」

『ええ。どうぞ』

 

 ドアノブを引き、中へと入る。

 すると目の前には特徴のある、おへそ丸出しの制服に身を包んだシスティが立っており、壁際にあるベッドには未だに枕を抱いてうつらうつらと船を漕いでいる金髪の少女、ルミアの姿があった。

 

「いつも悪いわね……」

「まぁ、仕事だから……」

 

 アステルはどこか遠い目をしながら、システィと共にルミアの元まで向かっていく。

 

「ほーらルミアー? アステルが来たわよ~」

「お、おはようルミア。寝起きは……悪そ――ぐふうェアッっ!?」

 

 悪そうだね、と言おうとしたところでアステルの上半身に衝撃が走る。ルミアがベッドの上を這いずりながら彼の胸元に飛び込んだからだ。

 しっかりと足腰で受け止めなければこの衝撃は耐えきれず、現にアステルの腰からパキッと間接が鳴り響く。

 そして――ぐりぐりぐりぐりぐりっ。

 

「いっ痛い、痛いよルミア! 削れるッ、色々削れっ……ま、まって腕の骨が、骨が折れるぅぅぉ……っ!?」

 

 まるで枕を引き剥がそうとしたところでそれを抱きしめながらイヤイヤする様な行動をするルミア。恐ろしや低血圧。

 傍から見れば恋人が起こしに来てそれに甘える、といったうらやまけしからん光景に見えなくもないが、アステルにとってこれは拷問に等しいのである。

 ましてや色々と薄――…………薄いシスティやシャルに任せれば、己の発育の悪さに絶望しながらこの痛みを味わう事になるのだ。

 両腕からこれでもかというくらいに抱きしめられ、柔らかくもない胸板にぐりぐりと顔を擦り付けられれば、摩擦によって熱が生じ、ましてやその痛みが反映して体を抱きしめる力が増加する。

 背中の後ろががっちりとルミアの細腕によってホールドされ、逃げ場もなく、解放されるのはこの痛みを自覚して起きる彼女を待つしかないのだ。

 

「その……いつもごめんねアステル」

「謝るなら止めてぇぇ~~~っ!!」

 

 システィーナは心の底から申し訳なさげにしながら合掌したあと、アステルの断末魔を聞いてぺろっと軽く舌を出すのだった。

 

 

 

「骨が繋がってるって、素晴らしい……」

 

 満身創痍となったアステルは、自分の腕をさすりながらしみじみと呟くと、目の前でシスティに大人しく髪を梳かされているルミアを見つめていた。

 時折ちらちらと彼の様子を伺うルミアは、システィに恨み言ばかりを呟いている。

 

「もう……毎日アステルを犠牲にして……」

「だってルミアの力が日を経るごとに強くなるから……」

「あはは……。でも、ルミアにあれだけされる彼氏さんは羨ましいけどね。誰かと付き合うなら屈強な人を選ばないとダメだよ?」

「確かに。ルミアのあの攻撃は並の男子じゃ耐えきれないわね……折れそう」

「もうっ! 二人とも!」

 

 ぷりぷりと怒り出すルミアに、システィとアステルは笑う。

 

「アステルだって鍛えているんだし、大人になればもっと筋肉もつくわよ」

「だといいんだけど……」

 

 アステルは自分の細腕を見つめながらん、と力を籠めるが、未だに筋力が上がったようには感じない。

 正確には確かに力はあるのだが、それを知らしめるための屈強な体格ではないのだ。

 自分と同じように体にコンプレックスを抱えているシスティと彼は所謂同志にも等しく、「早く大きくなりたい」という切実な思いと目的が現在の彼らの共通認識であり、日々の鍛錬を欠かない理由でもあった。

 閑話休題。髪を整え終えたルミアがアステルへと歩み寄り、彼の細腕に指を這わせる。

 

「……うん。筋も痛めてなさそう。大丈夫……? 痛くない……?」

 

 柔らかい指で所々を指圧され、むしろ心地よい感覚だったアステルは少し慌てながら「だ、大丈夫っ」と答えてルミアの手を丁重に解きながら肩をぶんぶんと回す。

 それを見たルミアはきょとんとした表情で小首を傾げたあと、真剣な顔をして「本当に?」と念を押されて尚、彼はこくこくと首を縦に振る。例え肘関節が悲鳴を上げても、彼であれば頷いてしまう。最早意地の域であった。

 そんな二人を近くで眺めていたシスティはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら「私はお邪魔みたいだし、先にいってるわね」と言って部屋を出て行ってしまった。

 

「……もう」

「はは……」

 

 変なところで気を遣うシスティにルミアは軽く頬を膨らませ、アステルは苦笑いを浮かべて見送ると、おもむろにルミアが彼の手を握る。

 唐突な出来事でアステルは頭が真っ白になりかけたが、なんとか持ち直して彼女の名前を呼んだ。

 

「ルミア?」

「わ、私達も行こう? セラさんが作ってくれたせっかくの美味しいご飯が冷めちゃう」

「そ……そうだね。行こうか」

 

 お互いに触れあう温度に気恥ずかしさを覚えながらも、覚束ない足取りで二人は皆の待つ朝食の場へと歩き出すのだった。

 

 

       ◇

 

 

 ルミアとアステルが朝食の席に着くと、すぐさま朝食に舌鼓を打ち始める。

 こんがりと焼きあがった燻製ベーコンに齧りついていたシャルは「うめえ」を連呼しながらも早々に平らげてゆき、仕舞いにはアステルのパンを横取りする始末。

 そんな彼女をセラとシスティが窘めつつ、彼の隣に座っていたルミアがアステルへ自分のパンをそっと半分に分けお礼を言うという和気藹々とした空間が広がりつつも、思い出したようにアステルが口を開いた。

 

「そうだ。僕今日は少し帰りが遅くなるから……」

「ほっほーう? なんだ、恋人でもできたか?」

「ッ」

 

 何の気無しに頭を突っ込んだシャルの言葉に、ぽてっと珍しくルミアが皿にパンを落としてしまった。

 アステルは「違うよ」と苦笑い交じりにシャルの言葉を否定し、ルミアはほうっと息を吐きながらもふっとパンをちぎらずそのまま口にする。

 

「実はハーレイ先生と約束があって。放課後残って実験する予定なんだ」

「チッ、つまらねぇなぁ~。――にしてもあのハーレイかよ。お前もよくあんなヤツとつるめるよな」

「先生相手にそういう言い方はないんじゃない、シャル?」

「でもよぉ……。あの傲岸不遜な態度からしてあたしらの事、ぜってぇ見下してんぜ?」

 

 システィがシャルにけしかけるが、彼女は席の背もたれに片腕を乗せながら前足を浮かせた。

 そんなシャルの言葉にシスティも何も言えなくなってしまい、アステルへとヘルプアイを送る。

 

「先生、口調は厳しいけれどちゃんと生徒を見てくれているよ。だから僕みたいなぽっと出の平民でも相手にしてくれるし、助手にだってしてくれたんだから」

「テメェは素直すぎなんだっつの。もうちっと相手を疑う心を持てよ。いいように使われてるだけじゃねーだろうな?」

「そんなことはないと思うけど……」

 

 実際、彼はハーレイの研究を手伝っている先輩達の指示を受けながら雑用ばかりしているが、時折ハーレイに目を掛けられては研究の進捗などを見せてくれることもあった。

 アステル自身、ハーレイはツンデレであるということも理解しているうえ、彼の右前に座るシスティも同類なので接し方は慣れたものである。

 そして時折自分の意見も聞いてくれるので、お互いに良い面で刺激し合う関係となっており、そんな彼らの間柄から、手伝いを始めて一年後。晴れて助手という立場に昇格され、少なからず生活の足しにできるほどの謝礼を受けることができたのだ。

 閑話休題。アステルは片頬を掻きながら苦笑を零すと、シャルは額に手を当てて深いため息を吐く。

 

「心配してくれてありがとう、シャル。でも僕は大丈夫だから、気持ちだけもらっておくよ」

「チッ……おう」

 

 舌打ちした彼女は顔をそっぽに向けると、その耳は徐々に赤くなってゆき、彼の隣に座るルミアがくすりとほほ笑んだ。

 

「相変わらず、シャルはアステルに優しいね」

「なッ―ーンなワケあるか! 誰がこいつなんか!!」

 

 バンッとテーブルに手を叩きつけたシャルはルミアへ抗議の声を上げるが、唐突にブハッ! という水が噴き出した音が聞こえ、その場の若人全員が音の元を見ると、なんと先ほどから静かに食事をとっていたセラが口元を抑え、流れ出る血を抑えていた。

 彼女の両隣に居たシスティとルミアはは一斉に立ち上がり、ルミアは治癒魔法でセラを回復させ、システィがセラの肩をゆすりながら彼女の意識へ問いかける。

 

「ちょッ、セラさん!? 大丈夫ですか!?」

「尊い……もう、この光景だけで一週間はご飯食べずにいける……」

「一週間も!? そんなにいけるの!?」

 

 私なんて三日、なんて呟きかけたシスティは首筋まで赤らめながらアステルへと「ふぎゃぁぁ~~~っ!!」と威嚇ついでに叫んだ。要は見るな、ということである。

 アステルは苦笑いを浮かべつつ正面を見れば未だに耳を赤くしていたシャルに睨まれ、挙句セラ達から背を向けてちぎったパンを口に運ぶ。

 

「なんでさ……」

 

 とほほ……と呟く彼の目尻には少しだけ涙の粒が浮かんでいた。

 

 

       ◇

 

 

 夕刻。いつも通りの講義を受けたアステルは台車を転がしながらあるものを運んでいた。

 彼の身なりは誰もが一目見れば一瞬で理解する。なぜなら普通の男子の制服ではないのだから。

 規定のシャツにベストまではいいものの、その上には真っ白な白衣が着こまれているのだ。それが彼の特別さを物語っている。

 アステルは鼻歌を小さく歌いながら廊下を歩いてゆき、やがて目的の屋上へと出た。

 するとそこには腕を組みながら夕陽を眺め黄昏ている教師、ハーレイ=アストレイが居る。

 彼はアステルの気配に気づいたのか顔だけを振り向くと、フッと笑いながら体の向きを変え歩み寄った。

 が、突如としてハーレイの動きが止まる。

 みるみるうちに不機嫌な表情となり、アステルの後ろに付いてきていた金髪の美少女、ルミア=ティンジェルの姿を見て大きなため息を吐く。

 

「……アステル。彼女は一体」

「あ、あはは……すみませんハーレイ先生。朝食の場で少しだけ言ったら……」

「こんにちは、ハーレイ先生。アステルの考案したものに興味があって……」

「フン……ルミア=ティンジェル。アステルが発明したこの《魔導噴流推進器(マギジェットスラスタ)》の意味が分かるか?」

 

 興奮気味に語ったハーレイの言葉の裏には“帰れ、貴様に見せて良い代物ではない!!”とこの場に来たことを激しく非難する意味が含まれていたが、ルミアはその言葉さえ受け止め、胸に手を当てながら語る。

 

「蒸気機関の運用が始まった昨今、彼の発明は“革命”の一品となることに間違いありません。彼の親友として、旧友として……この歴史的瞬間を見る事がどれだけ傲慢な願いであるかも理解しています。ですがどうか、彼の成功する瞬間を私にも見せていただけないでしょうか……? お願いします!」

「僕からも、お願いします!」

 

 己の助手と、その親友である彼女が頭をさげている。ハーレイはアステルとルミアの二人を見ると、やがて根負けしたのか再び大きなため息をついた。

 

「………いいだろう。アステル、魔導噴流推進器(コレ)について説明してやれ」

「はい。えっと、まずは――」

「うん。……うん……う、ぇ?」

 

 アステルが簡単にわかるよう噛み砕きながら説明するが、最初はこくこくと彼の説明を飲み込んで吸収していくルミアの表情が少しずつ苦笑いになってゆき、挙句――

 

「――つまりっ! 将来的には僕たち人間が乗り込む船を空に浮かせることだって可能になるんだよっ!!」

「「な、なんだってー!?」」

 

 目の前で力強く拳を握りしめたアステルの力説に、まさかの教授であるハーレイですら驚きの声を上げてしまった。

 その瞳があまりにもキラキラと輝いており、夢とロマン溢れる彼の思想を崩してはいけないと思ったハーレイとルミアは視線でコミュニケーションをとり、一つの結論にたどり着いた。

 ――『駄目だこの開発バカ、早くなんとかしないと』と。

 魔術では飛行系のものもあるが、それは結局、魔術師にしか行使することができない。

 彼の場合、三節詠唱と呼ばれる魔術の基本的な詠唱を行っても魔術が発動せず霧散してしまう。そのため、魔術師以外の『一般人でも使える魔道具』を求めて奔走しているのだ。

 

「ですが、これだけじゃあ推進力はあっても上昇力はありません。ということは上昇機関も考案しなければならないということですか……。ああっ、それに上空には気圧も存在しましたね……空気抵抗を抑え安定性を高める船体の研究、気圧による負担を軽減する魔術式の開発に……っふふ、ふふふ……あーっはっはっはっはっ! なんて楽しいんでしょうね、ハーレイ先生! この先“空飛ぶ船”はあのメルガリウスの天空城でさえ上を行くのではないでしょうか!? さらに海でもなければ陸でもない、新たな世界である“空”!! 行ってみたくはないですか!? そしてそして、あの城を解き明かすのは僕と同じ志を持つ親友、システィーナ=フィーベル! たとえ遺跡研究の能力や知識はなくとも、必ずしも道標は僕が立てて見せますよォ!!」

「あ、ああ……そうだな」

「アステル……研究になると性格変わるね……」

「……言ってやるな、ルミア=ティンジェル。彼の場合日常の疑問は全てストレス。それによってフラストレーションを溜め込んでいるのだ……。時折、こういった予想外の発明さえしてのける彼の頭はまさに異次元としか言い様がない」

 

 ハーレイは歪んだ眉間を揉み解しながらため息交じりにルミアへと伝えると、彼女が浮かべている苦笑の層がさらに深くなった。

 事実、彼は給料の殆どを研究費用についやしているが、こうして彼の突拍子もない発明に驚かされ、研究者としての性か、哀しいことにそちらへお金を回してしまうことが多い。

 それだけ彼を溺愛しているのだが、果たしてこれが正解かどうかは不明である。

 

「す、ストレスの捌け口が研究……ですか……」

「その通りだ。こうして発散させてやらねば私にとばっちりが来る……」

(せ、先生の身に一体何があったんだろう……)

「――ハーレイ先生っ! 人は《魔導噴流推進器》によってまず、魔術に頼らずこの重力という概念が存在する世界の中で始めて中空で前へと進む力を手に入れました! 次は上昇機関……そうですね、《魔導浮揚器(マギウスレビテータ)》と名付けましょうか。これについては《魔導噴流推進器》の技術の他に心臓部が必要になりそうですね……っと、そうでした。早速試運転と行きましょう!」

「あ、ああ。始めてくれ、アステル」

 

 たった今出来上がった作品のさらに次もあるのか……とハーレイは内心で彼の頭はどうなっているのかと舌を巻いていると、実験開始の合図を出した。

 アステルはこくっと頷くとレポート用紙を懐から取り出し、ハーレイは即座に台車へ乗っていた中型の魔道具を、どこにでも売っていそうな箒の周りに魔術式を刻印し、硬度や耐久性を高め、その上手元にはつまみの様なレバーが設えられたそれに接続してゆく。

 ボルトと呼ばれる回転式のネジを締めて、持ち上げた際の重量感や暴発などの危険性はないかなど細部に渡りハーレイから聞き出しレポートを取っていく。

 

「本体接続時に違和感や音もなし、ですか。……よかった。この間なんてそこでスイッチ入ったらいきなり爆発しましたもんね!」

「あ、あれはお前のせいだろう……。心臓部の《魔導式原動器(マギウスエンジン)》に損傷はなかったが、内部機構の部品にヒビが入っていたぞ……。私の眼鏡は大破したが」

「あはは……スミマセン」

(ほ、本当に大丈夫かなぁ……)

 

 後ろ頭を掻きながら苦笑交じりにぺこりと頭を下げるアステルを見つめていたルミアは少し緊張した面持ちで彼らの作業を見守っていたが、アステルが何か思いついたようにルミアの傍に寄った。

 それはどうやら説明のようで、アステルが各部位の説明をルミアへと事細やかに行ったが、専門用語が多すぎて彼女ではあまり理解ができなかった。もちろん彼女の頭が悪いということは一切なかったが、彼の中独自の言語で表現されているためにハーレイでさえこの奇怪な魔道具は理解できないのである。

 誰もが言えるのは、「とにかく凄いものができた」ということだけ。あのハーレイでさえこの《魔導噴流推進器》の完成された姿を見るのは初めてであり、結果がどうなるのかすら分からない。

 

「最終的にはハーレイ先生の背中にある非常脱出装置(パラシュート)が命綱になると思います。まずは徐々に速度を上げてもらって、危険だと思ったらすぐに下げて高度を徐々に下げて行ってください。直滑降になると《魔導噴流推進器》の排気機構に引っかかって先生の緊急脱出装置も意味がなくなります」

「分かった」

「では、よろしくお願いします!」

「任せておけ。――行ってくる」

 

 ハーレイは緊張した面持ちで、アステル、そしてルミアが見守る中、徐々に《魔導噴流推進器》の出力を高めてゆく。

 キュィィイイ――という彼らにとっては聞いたこともない機械音が周囲に響き渡り、ふわっと疑似的な風が舞う。

 その絶妙のタイミングで、アステルが「飛んで!」と叫んだ。

 瞬間、ハーレイがその場でジャンプをする要領で飛び上がると――ふわりと空へ舞い上がった。

 

「――よしっ!!」

「おぉおおお―――っ!! よくやった!! 流石は私の助手だ―――!!」

「やったね! アステルっ!!」

「うん……っ!」

 

 成功した喜びにアステルは飛び上がるくらいにガッツポーズをすると、ルミアは彼へと抱き着き、ハーレイは右腕を伸ばしてアステル達へ親指を立てると、出力を『中』にした状態でアステル達の周りを箒の角度を調整しながら旋回し続け、竜巻の様に上空へと上がってゆく。

 その行動に二人は声を上げて喜び、上空でハーレイが『校庭側へ飛び、速度確認をした後、着陸』というサインを行い、アステル達は走り出すような勢いで行内の階段を駆け下りるのだった。

 

 

       ◇Side システィーナ◇

 

 

「っかーっ!! 飛んでる! 飛んでやがるぜあのクソ先公!!」

「やったわね、アステル――!!」

 

 シャーリィ=メドラウトと共に教室の窓から顔を乗り出して見上げれば、ハーレイ=アストレイが箒に奇天烈な魔道具を付けて跨っている。

 傍から見れば珍妙な光景だが、少年少女は彼のいる場所が陸ではなく“空”であることに目を輝かせていた。

 誰もが窓を開き、その空の光景を見つめたくなるほどの興奮が、そこにある。

 システィーナ=フィーベルはそれを開発したであろう――いや。紛うことなくその魔道具の設計者、アステル=ガラードの名前を叫んでいた。

 そして同時に、彼女は彼が以前放った言葉を思い出す。

 

『――システィーナ。僕はいつか必ず、絶対に君をあの天空城へ送り届けてみせる――!!』

 

 あの時の彼の決意と約束を、その強い瞳を忘れない。今も彼女自身の瞼の裏に焼き付き、それでいてこの胸を高鳴らせるその言葉を。

 数年前、彼らが我が家にやってきたその日から、彼女の夢は始まった――。

 祖父の研究を継ぐことに間違いはないが、それをしっかりと受け継ぎ、己の夢として掲げることが出来たのは彼の御蔭なのだ。

 ――これは、お互いの夢の第一歩。

 

(――私も、負けていられないわ……!)

「お、おいお嬢!?」

 

 きゅっと胸の前で拳を握りしめたシスティは、でもっ! と大きく呟いて踵を返し教室から駆け出してゆく。

 その背中を追うようにシャルも追いつき、並走して校庭へと飛び出した。

 ――今はまず、彼の成功を祝いたい――。

 息を切らせながらその場で立ち止まると、ルミアを連れていたアステルはシスティと、彼女を追い越したシャルへと大きく腕を振り、システィは最後の力を振り絞って彼へと全力疾走する。

 

「アステル―――!!」

「システィ―――っ! やったよ―――っ!!」

「や―――りやがったなコンにゃろ~~っ!!」

「っはははっ! シャル、苦しい、苦しいよっ!」

 

 アステル達へ追いついたシャルは彼の肩に手を回し、アステルの髪をぐしゃぐしゃと撫でまわす。隣で見守るルミアも興奮しているのか、頬が赤く上気している。

 そしてようやくシスティが合流。彼女はアステルへと飛び掛かるようにして胸に抱き着き、くるくるとアステルと共に軽いダンスを繰り広げた。

 

「こンのっ――エンターテイナーッ!! なんてもの開発してるのよっ! そういう事なら私にも相談しなさいよ~っ!!」

「相談したらサプライズにならないでしょ? 君の驚く顔が見たかったんだっ!」

 

 とんっとシスティは優しく地に着けたアステルに再び抱き着くと、ルミアは「はわわ……っ」と声をあげながら更に顔を赤らめる。

 するとかなり高度を落としてきたハーレイが「今日は私の奢りだ―――!!」と叫びながら着地さえ難無く完了させ、アステルと固い握手を交わすのだった。

 

 

       ◇Side ???◇

 

 

「空飛ぶ魔術講師、か……」

 

 ふふっと小さく笑った年若い美女は、窓辺の壁に寄りかかりながら空を見上げていた。

 そしてその下には、銀色の髪をした少女と抱き合う真っ白な髪を伸ばし、襟足で三つ編みに結った少年がいた。

 

「ん、アステル……? ああ、うん」

 

 その二人を見た彼女はさらに口角を持ち上げる。

 

「そうか、決めたんだな。アステル、おかえ……」

 

 彼の名前を再び呟き、出掛けた言葉を噤む。そして彼女は目を伏せた。

 

「……いや、まだ言うべきじゃないか。これからもっと楽しくなって、然るべき時が来たら、言うことにするよ。――なあ、そうだろう……?」

 

 その瞳は、彼の真っ直ぐな瞳を見つめ優し気に揺れるのだった……。

 




 ここまでお読みいただき、ありがとうございました! あとがきではアニメのようにキャラを入れ替えしながら開発したものや魔術の概要を説明していきたいと思います!
 あっ、ちなみに第二話も上げますがそれ以降は未だ執筆中です、もうしばらくお待ちを!

~あとがき・開発魔術説明コーナー~

アステル:皆さん初めまして、アルザーノ帝国魔術学院、二年次生二組所属、アステル=ガラードです

シャル:おーっす。同じく、シャーリィ=メドラウトだ。よろしくな!

アステル:さて、始まりましたロク……アカじゃないよねこれ。発明家? だからロクハツ?

シャル:キン●ダムハーツじゃねぇんだからもっとフランクに行こうぜ。まんまロクアカの虹小説だどうのこうの言っておけばいいんじゃね?

アステル:うわぁい適当~。とまあこんな投げやりなシャルは置いといて。今回僕が発明しました《魔導噴流推進器》について少しだけ、触れたいと思います!


・《魔導噴流推進器》・・・マギジェットスラスタ
 魔力を溜め込む特殊な金属を加工して器内に填め込むことで、その魔力を使い空気を取り込む風の魔術と取り込んだ空気を熱し膨張させる炎熱系の黒魔を連続して発動させて推進力を生む魔道具。


シャル:……うむ、よくわからん!

アステル:く、詳しくはナイツ&マジックの原作をご参照ください……。つまり、エンジンむき出しの状態でバイクのマフラーを付けたもの、って表現すればいいのかな?

シャル:ンなもん排気とかがすっげー事になるんじゃねーか? つか、この機械の中で魔術が発動し続けてる、ってことだろ? 大丈夫なのかよ?

アステル:うん。それについては作成段階で一度爆発させたことあるから知ってる。中には特殊な結晶を組み込んでいて、そこに僕が作った魔術式を焼き付け、魔力を電動させる金属を特殊な金属と伝導させることで永続的に発動し続ける仕組みになっているんだ。いきなりガス欠とかはしないけれど、金属内の魔力が無くなりだしたら徐々に出力が減ってしまうので、いきなり落ちてしまいかねないんだ

シャル:長ぇよっ! もっと短く!!

アステル:え、えっととりあえず色々な工程吹っ飛ばして描いたからみんなよく理解できてないと思うけど、ノリで補完してくださいお願いします!!

シャル:よォし今回はこれまで! それじゃあお前ら、数十分後にまた会おう!!





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第二話 アステルの受難

 今回はセラ姉さん描写多めです! ご期待くださいっ!
 ヒロインは未定です。出来る限り主人公との絡み濃くしていきたいなぁ……。
 あっ、ちなみにグレセラ一択。流石にこれは譲れません……!


 セラ=シルヴァースは怒っていた。

 激おこぷんぷん丸だった。

 大事なことなので二度表現した。

 食卓に並んだ豪勢な食事は、彼女がいつもより腕によりをかけて作った一品の数々。

 しかしそれに誰も手を付ける者はいなかったのだ。

 

「もうっ、アステル君が遅くなるっていうのは知っていたけれど、みんなまで遅くなるなんて聞いてないよっ! お姉さん怒っちゃうんだから!!」

『ご、ごめんなさい……』

 

 時刻は夜の八時。温め直された料理は味が落ちると言うが、明らかに対面に座るアステルの喉がごくりと嚥下されるほどに美味しそうだった。

 あれから打ち上げを行い、その場で次の開発プランを持ち上げたアステルはハーレイと共に話に熱中してしまい、そのままフェジテの街へ繰り出してしまった。

 取り残された少女三人はハーレイの奢りということで盛大に飲み食いしながらアステルの会話に華を咲かせたが、今考えてみれば誰もが『本人が居なくて本当によかった』という安堵の言葉に尽きる。

 つまり、夕刻から今の今までの時間、飲み食いをしていない者はアステルとハーレイの二人だけということになる。

 結果的に近日中にアステル考案の《魔導浮揚器(マギウスレビテータ)》の製作に取り掛かることが決定し、一足早く帰宅したアステルがセラへと報告し、今日からアステルは製図や魔術式の開発などに追われるため、セラも全力でバックアップしてくれるという話だったが、彼よりも遅く帰ってきたシスティ達を待ち受けていたのは、彼の報告を喜んで聞いていたセラではなく、鬼の形相となったセラだったのだ。

 さらに好きなだけ食べてしまっていたシスティ達はあまりお腹が空いておらず、目の前の豪華な夕食に手を付けられない。それにセラは怒りの層を厚くさせてゆく。

 正直今の状態のセラに教えを請うのは難しいと思ったアステルは、申し訳なさげな表情をしながら脳裏で《魔導浮揚器》のイメージを膨らませてゆく。

 

(正直、今日の実験はハーレイ先生が巧くあの箒を動かしてくれたからだ。思うじゃなくて、確定要素。急上昇急降下は試すのが怖かったから流石に試さなかったけれど、もしあの真っ直ぐ飛ぶ状態でやったらと思うとゾッとするな……。一刻も早く空中でどんな角度でも飛んで行けるくらい安定させる技術を確立しないと……。でも、どうする? さっきも言ったように上昇にも負荷がかかる。それにもっと上を行くのなら気圧の問題だ。果たして生身の状態でそれらに耐えられるのか。試したことはないけれど絶対危険だ。流石のハーレイ先生でも耐えきれないと思うし……うーん………)

「……アステル君、アステル君? おーいっ?」

「へあっ!?」

 

 いつの間にか熟考していたアステルを引き戻すように、セラがつんつんと彼の頬をつつくと、唐突に思考を引き戻されたアステルは素っ頓狂な声を上げてしまった。

 それが恥ずかしくなり、アステルは顔を俯けると「すみません……聞いてませんでした」と言葉尻を縮めながら謝罪する。

 そんな彼の素直かつ可愛らしい仕草にセラはついふにゃっと顔を緩ませてしまい、じとっと彼の後ろに座りお叱りを受けていた少女三人に睨まれてしまう。

 セラはうっと小さく唸りながら苦笑いを浮かべたあと、ふうっと目を伏せて息を吐く。

 

「はいっ、それじゃあお説教はこのくらいにして。アステル君も少し研究の事から頭を放して、早くご飯食べよう? 私もお腹すいちゃって」

「あはは、実は僕も、かなり……」

 

 お互いにお腹をさすって、食前の言葉を唱えてから食事に手を付け始める。

 それぞれが自分の席に位置を戻すと、三人は二人が食事する光景を見つめていた。

 それがどこかむず痒くなったアステルは、自分のいない場所で食事をしていたことなど露知らず。隣に座るルミアへと尋ねる。

 

「……ルミア? 食べないの? まさかさっきの実験でどこか怪我したとか……!?」

「ち、違うよアステル! 私のことは大丈夫だから、心配しないで?」

「ならいいけど……。風圧やそれ以外――そうするとまだまだ僕も詰めが甘いな……。もっと医学や魔術も齧らないと……。いや、まさか吸排機構に……? 魔力を燃焼することでマナが排気されるわけだから体内のマナ・バイオリズムも乱れ――」

「――はい、ストーップ!」

「あ、アステル……」

 

 身を乗り出してアステルの思考を強制シャットアウトしたセラと、ルミアが隣で苦笑いを浮かべていた。

 アステルはなんとも言えない表情で愛想笑いを浮かべると、一度その思考を止めて料理に舌鼓を打ち始める。

 そんな様子を目の前のシャルにまじまじと見られてしまったアステルは、軽く視線を逸らしながらセラ特製ローストビーフを口に入れてもぐもぐと動かしていると、頬杖をついた彼女はハァァ~っと大きなため息を吐いた。

 

「そんなこっちゃお前、いつか研究にのめりこみ過ぎてメシすら忘れるんじゃねーか?」

「そんなことはない、と……お、思う………」

「説得力ないわよ、アステル……」

(たしかに……)

 

 挙句の果てにはシスティにまで窘められ、ルミアは先ほどの魔道具の説明を行っていたアステルの様子を見るに(止まらなさそうだなぁ~)と脂汗をにじませる。

 ましてや女の子三人を放って男二人で次の研究の話をしながら飛び出して行ってしまったのだから、当の本人も何も言えないのだ。要は自分の行動を省みろということである。

 

「まあでも、アステル君今日の実験は成功したんだよね?」

「ええ、大成功でしたけど……。いくつも課題が出来上がっちゃって。もっと勉強しないと。風の魔術も洗いないさないといけなさそうなので」

「そういうことなら私に任せてっ! 応用も大切だけれど、一番の大元になる基礎を固める事も大事なんだから、ね?」

「はは、ありがとうございま―――あっ!?」

『あ?』

「ど、どうしたのよアステル?」

 

 自分にとって一番参考となるセラの言葉を聞き、感謝したと同時に彼の中で何かが閃いてその場で立ち上がってしまう。

 システィが心配げにアステルを見つめるが、彼は自分の足元を見ながら驚いていた。

 

「(基礎……足場、そうかっ……! 特殊な力場を形成して足場を安定させることで上昇不可は分散し易くなる――いやでも、とすれば《空気弾(エア・バレット)》を改変して展開させながら空気膜を作れば、もしかしたら気圧からも――っ!!)」

「お、おーい……? だめだこりゃ、完全に自分の世界に入りやがった……」

 

 傍にやってきたシャルがアステルの肩をぽんぽんっと叩きながら、彼の視界に手をひらひらさせるけれども反応はなく、ぶるぶると震え出した彼は「セラさんっ!!」と彼女の名前を叫ぶ。

 同時、セラは飛び上がるほど驚きを見せ、「ひゃいっ!?」と声を上げた。

 

「ありがとう! 大好きっ!!」

 

 ごちそうさま!! と言い放ち自室へと駆け出していく彼を、その場に残された四人の女性陣は茫然と見送ったあと……

 

『……………』

 

 愛の告白とも取れる彼の発言がようやく少女三人の中で理解でき、鋭い視線がセラを射貫いてゆく。さながら黒魔【ライトニング・ピアス】のように。

 そしてその場に取り残されたここ一番の被害者は、

 

「……え、えっと~……」

 

 困ったように眉根を寄せ顔を赤らめながら、彼女達をなだめようと脂汗を流しながら苦笑を零すのだった。

 

 

       ◇

 

 

 そして翌日。

 目の下に隈を作ったアステルは、血走った目で本の山の中からむくりと起き上がった。

 ばさばさと彼の体の上に乗っていた本が落ちてゆき、そこから現れた彼は、白衣の袖には所々に斑点の様なインクの染みが付き、昨日のような清潔感は一切感じない。

 制服は脱いだが白衣を着ることで集中力が上がることを知っていた彼は、自室へ入るなり黒のタンクトップにジーンズ、その上に白衣といった変わった着こなしをしていたが、タンクトップらは徹夜に備え明日の鍛錬に出かけられる下準備といったところか。

 

「完ッッッ全に、興奮して寝られなかった………」

 

 どうしよう、今日も講義があるのに、と呟く彼は自分の額に手を当てながら、自分の体の下で書き上げた魔術式(スクリプト)――魔法陣とはまた違った、彼だけが理解・解読できる、名付けるのならば固有魔法陣といったところ――は、これから作り上げる《魔導浮揚器(マギウスレビテータ)》の心臓部だった。

 彼は本の城を急いで片付けるが、その周りに何杯分かのティーカップがあり、それを踏んづけて転倒。本の城はまるでハリボテの様に脆く崩れ去り、彼は本の雪崩に巻き込まれ沈んでしまう。俗に言う『本の中にいる』というわけだ。

 すると、ドアの外から『どうしたの!? すごい音がしたけれど……!!』とシスティの声が聞こえ、アステルは「だ、大丈夫……」と力なく返事をする。

 

『入ってもいい?』

「うん、どうぞ……」

 

 見せられるような環境ではないのだが、今は少しでも手を借りたかった彼は申し訳なさげに了承し、慌てた様子で入ってきたシスティは目の前の衝撃的な光景に思わず「ひっ……!!」と悲鳴を上げてしまった。

 だが、今はそれどころではない。

 崩れ去った本の中から、白衣が着こまれた細腕が一本伸びているのだから。

 

「あ、あ、あっ……アステル!? 大丈夫、アステル!? 声は聞こえたけれどまさかこんなことになっているなんてっ――!!」

『へ、へいきだから……。あの、申し訳ないんだけど動けなくて………助けてくれる?』

 

 それからシスティは、まるで瓦礫の中から彼を引っ張り出すようにして救出するといった滑稽な行動を起こしたのだが、見事に徹夜したことが判る彼の顔を見て再び悲鳴を上げてしまったのは、フィーベル家の記憶に新しい。

 一度の事に二度驚かされたシスティはアステルに二度とこんなことにならないよう、熱中していても整理整頓はしなさい! と激怒したという。

 結果的に朝の鍛錬は夕食前の鍛錬に繰り上げられ、システィ監視のもと、アステルはベッドで仮眠をとることになった。

 

「ほら、早く寝なさい」

「お、怒ってる人に見られている状況じゃあ、とてもじゃないけれど眠れないんですけど……」

 

 彼のベッド脇で腕を組み仁王立ちしているシスティから体を背けて横になったアステルは、涙目で訴える。

 それもそうだ。こんな怒気に包まれた環境下で眠れと言う方がおかしいのである。

 理不尽なことには今までの生活の中で多少なりとも耐性はついていたアステルだったが、流石に今回ばかりはどうしようもない。

 目をきつく閉じて(眠れ、眠らないと余計に怒られる……)と自己暗示をかけるが、結局失敗に終わってしまう。

 見かねたシスティは溜息を吐きながらベッド脇に腰かけ、アステルへと語りかけた。

 

「ねぇ、昨日の実験……」

「うん……?」

 

 彼女が落ち着いた事を理解したアステルは、おずおずと寝返りを打ってシスティの方を向く。

 

「あれって、大型にすれば船だって飛ばせる、のよね?」

「……うん。工費はかなり掛かるだろうけれど、それを抑えるために余分な部品も切り盛りしてみた。でも、ルミアの体調が悪くなったのは多分、排気されたマナを吸ってしまったことが原因かもしれない。環境被害を抑えるためにももう少し工夫はしないといけないと思う」

「……いや、あれはその、ハーレイ先生が奢りだっていうから……」

 

 システィが片頬を掻きながら苦笑を浮かべると、アステルはきょとんとした様子で「どういうこと?」と訪ね返す。

 

「お、思いのほか美味しくて、つい食べ過ぎちゃったというか……」

「それはだめだよシスティ……。セラさんだってご飯作ってくれていたんだから……」

「そう言われると、なんとも申し訳ない気分になりました、ハイ……」

 

 しょんぼりした彼女を見たアステルはくすっと笑うと、システィはもうっと軽く頬を膨らませそっぽを向いたあと、

 

「でも……ありがとう。あれって結局、私のためでしょう?」

「……約束だからね」

 

 アステルは目を閉じて、微笑みながらそう言った。

 彼も覚えているのだ。あの時の約束を。お互いの未来を誓い合った、あの瞬間を。

 

「これから先も、色んな困難があって……みんな、大変な思いをするかもしれないけれど……。僕は……絶対に………」

「……アステル?」

 

 システィは顔をアステルへと向けると、そこにはすやすやと心地よい寝息を立てる年相応の少年の寝顔があった。

 それがどこか微笑ましくて、彼女はつい、手が伸びる。

 ふさふさで真っ白な髪の毛を梳くように撫でると、彼の寝顔が一層穏やかなものになってゆく。

 

(――って、何してるのよ私はっ!?)

 

 ぼふっ! とその場のベッドへと顔を当てて悶えるシスティ。恥ずかしさのあまり耳や首筋まで赤くなっており、圧迫された空間で「わーっ!!」と小声で叫んでしまう。

 すると、不意にアステルの腕が伸び、システィを抱えるようにして抱き寄せた。

 

「(ふぇっ!?)」

 

 まさか彼にこんな寝相――というか包容力があったとは。

 アステルの顔との距離、僅か数センチ。

 流石のシスティもこの距離になれば混乱する。表面は真面目に心はヘタレ。それを体現したのが彼女なのだ。意識しないわけがない。

 きゅっと彼女の腰辺りを抱え直されたと同時、築き上げてきた彼女の理性が崩壊した。

 そして今、目を閉じ自分の唇をつき出し、彼の柔らかそうな淡い色に生唾を飲み、期待と不安が入り混じった感情が押し寄せ、そして――

 

『ふきゃあああっ!? あ、アステル!? ななな何して……っ!?』

『あ―――――っ!!?』

『―――コークスクリューブローッ!!!」

「ぐふぅッ!?」

「ひぇっ……だ、大丈夫アステル!?」

「――なっ、なに!? なに!? 何事ですっ!? というか今殴ったのだれ!? シャル!?」

「テメェ! 鍛錬サボりやがって何してるかと思えばお嬢手籠めにしてたらそりゃ来ねぇわなあ! あたしの怒りを思い知れ……ッ!!」

「ひいいっ!?」

「いやぁ~大変だったねぇ……」

 

 そして……こうなる。

 珍しく自力で早起きしてきたルミアが混乱のあまり悲鳴を上げ、セラは『家政婦は見た』かのように叫び、後ろからダッシュしながらの回転パンチをアステルに食らわせたシャルがアステルにマウントを取ってゆく。

 にわかに賑やかになり、危ういところで彼の危険(?)は回避された。代償に腹の鈍痛はしばらく続きそうだが……。

 

(あッあっ……あっぶなかったぁ………ッッ!!)

 

 心臓が爆音を繰り広げていたシスティは己の胸に手を当てながら荒い呼吸を戻し、今の一瞬で理性を構築してゆく。

 気の迷い――ではないが、今自分たちの置かれた状況かで“間違い”を起こしてはならないことを再確認する。

 

「(あっぶな……)」

 

 そそくさとベッドからフェードアウトして、システィは安堵の息を吐くのだった。

 

「……それで? システィはどうして寝ていたアステルの部屋に?」

「詳しく聞かせて欲しいなぁ。ちょっと下でゆ~っくりお姉さん達とお話ししよっか♪」

「ひっ……!?」

 

 シャルにマウントを取られ拳を全力でいなし続けるアステルと、前門の姉後門の姫状態のシスティ。二人の明日はどっちだ。

 

 

       ◇

 

 

 シャルからの蔑みの視線で針の筵状態だったアステルは、なんとか朝食を終えて軽くシャワーを浴び、替えの白衣に袖を通して登校準備を進める。

 するとシャルが窓から自室へ入ってくるなり、徹夜で作り上げた魔術式を書き込んだ大型の羊皮紙を包むのを手伝ってくれた。いつもはこんな事をしてくれない彼女にアステルは「何かあったの?」と尋ねたが、シャルは顔を赤らめながらそっぽを向き「なんでもねぇ」の一点張り。

 

「あーあと、今日はちょっくら遅れて行くからよ。お嬢と姫さん、頼んだぜ」

「え? あ、うん。分かった」

 

 あとでな、と言って退室していくシャルに、羊皮紙を折りたたんで鞄へ突っ込んだアステルは(本当にどうしたんだろう)と彼女の変化を心配した。

 だが、とにかく今は二人と登校せねば。そう思いアステルは急ぎ玄関へと向かう。

 

「ごめん、お待たせ……って、あれ? システィは?」

 

 そこに居たのはセラとルミアだけだった。アステルは(シャルと何か関係が?)とも思ったが、先ほど二人の事を頼まれたこともあって気のせいかと疑問を霧散させてゆく。

 

「忘れ物があるみたい。先に行って、と言われたけれど……」

「シャルもなんだか用事があるみたいだったし、それならゆっくり歩きながら行こうか」

「うん。そうしよう」

 

 二人でうなずき合い、自分たちを送り出すセラへ手を振って登校開始。話題がないのも変な話だが、無言の空間でも居辛さや気後れといった感情はなく、落ち着いた雰囲気で花崗岩で綺麗に舗装された道に革靴をこつこつと鳴らしながら、騒がしい朝のフェジテを歩んでゆく。

 すると二羽の鳥が上空から滑空し、アステルの右肩と頭へと降り立った。

 

「あっ。おはよう二人とも」

「おはよう~」

「おはようアステル~ルミア~っ!」

「眠そうだなぁ。大丈夫ー?」

 

 大丈夫だよ、と彼が伝えるその二羽の首元には赤いスカーフの切れ端が巻かれ、それが彼らが特別であることを物語っている。

 そのスカーフには小さくも確かにフィーベル家の家紋が刺繍されており、裏には彼が作成した魔術式が織り込まれているために人語でのやり取りが可能なのだ。

 雄鳥のゼオと雌鳥のシーダの兄妹は特にアステルと仲が良く、フィーベル家との交流も彼がパイプ役となったことで正式に認められたのである。

 

「二人とも今日はどうしたの?」

「うん~。お兄ちゃんと北の森にでも行ってみようかなーって話してたんだよね~」

「木の実が豊富で美味しいんだよなー。アレックスも今日は蜂蜜探すって言ってたしー」

「へぇ。あ、そうだ。今度の休みにルミアと一緒に釣りに行くから、また何か持っていくよ」

「ほんと!? 楽しみだな~っ!」

 

 アレックスとはフェジテから外れたところにある森に住む、雄隈の事であり、アステルとは他の動物たちよりも特に仲が良い。所謂種族の垣根を超えた親友だ。

 のんびりとした会話を繰り広げるアステルと二羽の鳥を見たルミアは、その珍妙な光景にくすくすと笑ってしまう。

 

「どうしたのルミア~? 楽しいことでもあったー?」

「ふふっ、ううん。本当にアステルはみんなと仲がいいなあと思って」

 

 ちょっと羨ましい、とルミアが言うなり、一匹の銀色の体毛をした狼が彼らに追いつき、ルミアが驚く。

 

「お~っす。なんだ? メシの話か?」

「ひゃっ、ジークくんかぁ。びっくりした……」

「あーっ! ジークおっそーい!」

「悪い悪い、肉屋でちょいとおすそ分けを……」

「相変わらず口が巧いなぁジークは」

「ナハハ、すまんすまんっ」

 

 シーダがそう言って、ジークと呼ばれた銀狼の背中に飛び移ると、兄のゼオもそれに倣って彼の背中へ乗り移り、ルミア達と同じ速度で並走してゆく。

 ジークは近辺では珍しい種族、《シルバーウルフ》の若手No1であり、アレックスの親友。アステルとは一番最初に出会った動物であり付き合いも長く、ルミアとも仲が良い。

 もちろん彼の首元にもスカーフが巻かれ、意思疎通が可能だ。

 ちなみに彼らとアステルが出会ったのはフェジテ郊外の森。普通の獣であれば警備官などに退けられてしまうが、このようにスカーフを巻かれた者達は容易に通ることが出来る。

 街の中で悪さをしない、というのが絶対条件だが、アステルの友人ということは悪人はいないと警備官達の中でも共通認識となっており、今や公認されていた。

 だからこうして、よくアステル達のもとに遊びに来るのだ。

 

「もしかしてジークも北の森に?」

「おう。チビ共だけじゃああそこは危ねぇしな」

「チビじゃないし!」

「そう言うのがガキだっつってんの。おらいくぞー。またな、お二人さん!」

 

 自分たちの数歩先でくるっと回転したジークが、鳥の兄妹を乗せ学院の方まで走り去ってゆく。

 二人はそんな愉快な仲間達を見送ると、お互いの顔をふと見てしまい、それが照れ臭くなりアステルが声をかける。

 

「……僕たちも行こうか」

「ふふっ……うんっ」

 

 顔を赤らめた二人の様子を見ていた老人は小さく笑いながら「青春じゃのう」と気楽に言うのだった。

 

 

       ◇

 

 

 そしてその後合流したシスティとシャルと共に学院への通学路を歩く。

 

「そういえばヒューイ先生の代わりの人が非常勤講師としてやってくるみたいだけど……。アステル、何か知ってる?」

「え?」

 

 ルミアの言葉に隣を歩いていたアステルは素っ頓狂な声を上げ、自分にとっては一番身近な講師であるハーレイ=アストレイの顔が頭に浮かんだが、彼との会話のなかでそんな話はなかった気がする。

 もちろん噂の類でならそういった話は聞くが、学院の職員である彼から聞くというのは少々難しい問題だ。情報の漏洩などあってはならないのだから。

 アステルは「噂では聞くけど、僕もあまりわからないや」と曖昧に答え、システィとルミアを挟む形で反対側を歩く男子制服姿のシャルが後ろに腕を組みながらぼやく。

 

「ヒューイかぁ。結構いい奴だったんだけどな。今頃何してんだか」

「そうね……。なんで急に講師を辞めちゃったのかなぁ?」

「仕方ないよ。先生にだって色々と都合があるもの」

 

 落ち込んで猫背になるシスティをルミアが健気に励ます。システィはそれでも続けた。

 

「あぁ、惜しいなぁ……ヒューイ先生の授業は凄くわかりやすくて、質問にもちゃんと答えてくれて……凄くためになったのに……」

「それに凄く格好良かったもんね?」

 

 アステルが冗談まじりにくすくすと笑いかけると、システィは顔を赤くして彼に吠える。

 

「ばっ! なななっ何を言ってるの! 格好良さなんて関係ないでしょ!? それに……」

「「それに?」」

「……なんでもないわよ! ばかっ!」

「なんでさ……」

 

 ルミアと共にアステルが声を揃えてシスティの言葉を待ったが、彼女はアステルに鞄を投げつけて三人よりも先に階段を上ってゆき、十字路に差し掛かった時だ。

 

『うぉおおおおおおお!? 遅刻、遅刻ぅうううううううううううッ!?』

 

 目を血走らせ、修羅のような表情で口にパンをくわえた不審極まりない男が、右手の通路からシスティを目掛けて猛然と走ってきた。

 

「――え?」

「システィッ!!」

「アステル――きゃあっ!?」

「な、何ィいいいッ!? ちょ、そこ退けガキ共ぉおおおお――ッ!! 待って、止まれ!? うわァ―――ッ!?」

 

 勢いのついた物体は急には停まれない。そんな古典物理法則を正しく踏襲し、男がいたいけな少女を引き飛ばそうとしていた。

 アステルはシスティを庇うべく鞄を投げ出しながら階段を一気に駆け上がり、彼女を抱き締めて男とシスティの間へ割って入る――その時。

 

「お、《大いなる風よ》――ッ!」

 

 システィがとっさに一節詠唱で、黒魔【ゲイル・ブロウ】の呪文を唱えた。瞬時にその手から巻き起こる猛烈な突風が男の身体を殴りつけるようにかっさらい、そして――

 

「あれ―――ッ!? 俺、空飛んでるよ――ッ!?」

 

 首の角度を上に傾けなければ補足できないほど、男の身体は天高く空を舞い――放物線を描いて――通りの向こうにあった円型の噴水池の中へと落ちた。

 遠くで盛大に上がる水柱を、四人の少年少女は遠巻きに茫然と眺めるしかなかった。

 

「あの、システィ? ……やりすぎじゃない?」

「う、うん。御蔭で僕は助かったわけだけれど……大丈夫かな、あの人」

 

 ルミアとアステルが苦笑交じりに優しくシスティを窘めるが、後ろからやってきたシャルはぶふーっ!! と爆笑しながら彼女の背中をバシバシ叩いた。

 

「あっはっはっ!! さあっすがお嬢だぜ! あたしらの予想の斜め上の事をやってのける!! そこにシビれる憧れるゥ!!」

「そ、そうね……あはは……つい。どうしよう?」

 

 四人の注視(一部は爆笑)を受けながら男は無言で立ち上がり、ばしゃばしゃと水を蹴りながら噴水池から這い出る。そして、つかつかとアステルとシスティ二人の前まで歩み寄って言った。

 

「ふっ、大丈夫かい? お嬢さん達」

「いや、貴方が大丈夫?」

 

 男は爽やかな笑みを浮かべて精いっぱい決めているつもりなのだろうが、哀しいくらいに決まっていなかった。

 妙な男だった。システィ達よりも、幾ばくか年上の青年だ。黒髪に黒い瞳、長身痩躯。容姿そのものに特筆する所はないが、問題はその出で立ちだ。仕立ての良いホワイトシャツに、クラバット、黒のスラックス。かなり洒落た衣装に身を包んでいる。だが、この男はこの服を着るのがどれほど面倒くさかったのか、徹底的にだらしなく着崩していた。

 服を選んだ人と、着用する本人が別人であったことが素人目に見ても明らかだった。

 正直、彼の筋肉質な腕を見せつけられたアステルは正直羨ましいと思うほどであり、自分の制服と白衣の中に隠されている細腕ではとてもではないが見せつけられるものではない。

 

「……くっ」

 

 ぎゅっと自分の片腕を握りしめたアステルを見たルミアは苦笑を浮かべている折、男はシスティへと語りかける。

 

「ははは、道を急に飛び出したら危ないから気を付けた方がいいよ?」

「いや……急に飛び出して来たのは貴方だったような……」

「駄目だぞーお嬢。この兄さんばっか責められないんだぜ? お嬢だっていきなり人に向かって魔術を撃つなんて。一歩間違ったら怪我じゃすまなかったんだからな?」

「うわぁさっきまで爆笑してた人が見事な手の平返し(クルー)……!? ……うん。でもそうね。ごめんなさい」

 

 ばつが悪そうにしすてぃは目を伏せた。

 アステルはそれが見て居られなくなりフォローへ回る。

 

「ほら、システィ? ちゃんとこの人に謝ろう? 僕も謝るから」

「え。でもアステルあなた……」

「いいの。ほら」

 

 ぽむっとシスティの背中を軽く押したアステルは、彼女と共に頭を下げる。

 が、

 

「まったく親の顔が見たいね! 一体、お前はどういう教育を受けているんだ? あ?」

 

 ……こちらが下手に出れば、途端に態度を変える男。流石のアステルでさえ苦笑の層を濃くしながら、隣でぷるぷると怒りに震えるシスティをなだめた。

 そして後ろからルミアとシャルが一歩前に出て、ぺこりと頭を下げる。

 

「本当に申し訳ありませんでした。私からも謝りますから許してくださいませんか?」

「あー、もう仕方ないな! 俺はちっとも悪くなくて、お前らが一方的に悪かったのは明確だけど、そこまで言うなら超特別に許してやらんでも……ん?」

 

 ぶつぶつと愚痴を零していた男がアステルを見て、何かに気付いたように眉根を寄せる。

 

「ん? ん?」

「あ、あの……僕の顔に何かついてますか?」

 

 戸惑うアステルに構わず、男はずいずいと顔を彼に寄せてゆく。

 いきなり不躾な視線をぶつけられてアステルは目を瞬かせた。

 

「いや……お前……どこかで……?」

 

 首を傾げながら男は指でつんつんとアステルの頬をつっつく。頬をむにーっと引っ張る。髪をもふもふと撫でまわす。細い肩と腰を撫でまわし、顎にそっと手を添え彼の目を覗き込んだところで……

 

「アンタ――」

『グーレーンくーん……………?』

「ヒッ!? せ、せせっセラッ!? どうしてお前がここに!? 逃げたのかっ? 自力で脱出をっ!?」

「ううん。今それ関係ないよね? ――お前は最後に殺すと約束したな。アレは嘘だ」

 

 グレンと呼ばれた男の後ろからセラが現れて彼の肩に手を触れ、アステルの隣ではシスティがグレンに歩み寄ったと同時――

 

「何やっとるかぁああああああああああ――ッ!?」

「何やってるのかなあ、も~~~っ!!」

 

 セラがグレンを振り向かせての全力の鳩尾をキック。そしてシスティの鋭い蹴りがグレンの延髄を的確に捉え、同時に対の角度から蹴りを決め込んだことでグレンを回転させながら上空に吹き飛ばした。そして、

 

「と、飛んだァ―――!?」

「ウソぉ!?」

「行くよシスティちゃん!」

「はい! セラさんっ!!」

 

 とんでもない脚力で飛び上がり、さながらアステルの《魔導噴流推進器》が足底についているかのような勢いでグレンまで追いつき、セラはその場で回転しながらのオーバーヘッドキック。システィは足を振りかぶってのキックがグレンへと炸裂し――

 

「「黒魔改!【炎の風見鶏】―――ッ!!」」

「ズギャァアアアアアア――――ッ!?」

 

 情けない悲鳴を上げてグレンの体に炎が纏われ、噴水池(ゴール)へと吸い込まれる様に飛び込んだ。これは超次元サッカーだ!?

 アステルはルミアに抱えられながら茫然とした様子で「………えっ?! 知り合い……?」と目の前でスッキリした表情を浮かべながら着地したセラへと尋ねる。

 というか、どうして彼女がここに居るのだろう。その答えはすぐにわかった。

 

「ふうっ……スッキリした! はいっ、アステル君♪」

「ああっ! 僕のポーチ……!」

 

 彼女の手にはアステルがいつも持ち歩いているポーチが抱えられており、それを見てアステルは初めて自分も忘れ物をしていたことに気付いた。というかよく薬瓶(これ)持った状態でオーバーヘッドなんてできたなと思う。

 アステルは申し訳なさそうに後ろ頭に手を当ててそれを受け取ると、セラから「もう忘れちゃだめだよー?」とほんわかとした雰囲気で叱られる。先ほどの雰囲気とはうって違う和やかなムードの中、グレンはまるでボロ雑巾の様になってしまった衣服を気にせず彼らの下まで戻ってくるが、システィは大層憤慨していた。

 

「不注意でぶつかってくるだけならまだしも、何よ今のは!? 他人の体に無遠慮に触るなんて信じらんない! 最ッ低!!」

「特に最後のはなに、グレンくん!? ひょっとしてそっちに目覚めちゃったとか――!?」

「ちょっと待て、お前ら落ち着け!? 俺はただ、学者の端くれとして、純然たる好奇心と探求心でだな!? やましい考えは多分、ちょっとしかないッ!」

「「なお悪いわ(よ)ッ!」」

「ごぼほぉッ!?」

 

 脇腹に良い角度で刺さったシスティの炎を纏った拳(熱血パンチ)、身を翻し加速しながら踏み込んだ勢いを殺さずそのままの威力を乗せたセラの平手打ち(ゴッドハンド)が炸裂する!

 グレンは容易く吹っ飛び、脇腹と顔面の予想外なダブルパンチに悶絶した。

 

「シャル、警備官の詰め所に連絡。この男を突き出すわよ! やっぱりただの変態だわっ!」

「えっ!? ちょ、勘弁してください! 調子乗ってすんませんでしたッ! セラ頼む助けてくれっ!?」

「駄目でーす、セラさんヘルプは使えませーん。自業自得だよ! グレンくんちょっとは反省しなさいっ!」

「ハイ……」

 

 確実に自分より年下であろう少女の足元で、恥も外聞もなく土下座する情けない大の男の姿が、そこにあった。

 ましてや知人であるセラにさえ助けを拒まれる始末。最早目も当てられない。

 自分もいつかそうなるのだろうか……と想像したアステルの顔からサァ……っと血の気が引いてゆくが、なんとしてでも同じ男として。否、例え彼が自分の未来の姿であったとしても今の自分が彼を否定するわけにはいかないのだ。

 アステルはルミアの抱擁から丁重に解放され、グレンの元まで歩み寄り、膝をついて手を差し伸べる。

 

「大丈夫ですか? ……その、災難でしたね」

「お、お前……いい奴だな……」

 

 天使かよと呟かれ、苦笑を浮かべて手を取り合うと彼を立ち上がらせる。そしてアステルは未だに激おこぷんぷん丸状態のセラと、その銀色の髪を逆立たせながら彼を警戒するシスティへと言う。

 

「あの、反省はしているみたいだし許してあげようよ? セラさんの知り合いなんでしょう? 情状酌量の余地はあると思うよ……」

「はぁ? それ本気!? あなたって本当に甘いわねアステル……」

「お姉さん、ちょっと悲しいよ。まさかアステル君にそっちの気があったなんて……。だからシスティやルミアちゃんに手を出さなかったのねっ……」

「ジャストモーメントセラさん!? それは色々と誤解があるよ!?」

「そんな……アステル、男の子が好きだったなんて……」

「救われねぇな……この場にいる誰も……。……未来って……何なんだろうな……」

 

 セラはおいおいと懐から取り出したハンカチで涙を拭い、ルミアはショックを受けたように胸の前と口元に手を当てながら涙目になる。

 そして仕舞いにはシャルが後ろでそっぽを向きながら襟足に手を当て、空を濁り切った瞳で見上げていた。

 

「なんでさぁぁぁ―――――っ!?」

 

 ここ一番の被害者は、このフェジテ全域に響くほどの絶叫をあげるのだった。




 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
 いつもながらに書き出しは二話が現界です……ほんとすみません。
 さあっ行ってみようあとがきのコーナー!!


システィ:アルザーノ帝国魔術学院ry、システィーナ=フィーベルよ……ってなんで略すのよ!?

セラ:まあまあ落ち着いてシスティちゃん! 私なんて肩書ないんだよ?

システィ:セラさんにはフィーベル家のメイドさんって肩書きありますよ! 立派なメイドさんですよっ!!

作者:そうだそうだっ!

システィ:……今他の世界(小説)でいじられまくりの人が出てきたような

セラ:き、気のせいだよきっと! さ、早く紹介始めよう?

システィ:ふふっ、そうですねっ!


・炎の風見鶏・・・被害者:グレン=レーダス
 乙女の嫉妬と恋への情熱が体現した姿。対象を対角線上に蹴り出すことで上空へと飛ばし、嫉妬の炎を回転中の対象に点火。片方は通常のキック、もう片方はオーバーヘッドキックで蹴り飛ばす、いわば乙女にしかできない必殺技。

・熱血パンチ・・・被害者:グレン=レーダス
 乙女の純粋な嫉妬が拳に付呪された状態。相手は吹っ飛ぶ。

・ゴッドハンド・・・被害者:グレン=レーダス
 乙女の大らかな心を掌として具現化させた姿。相手は死ぬ。


システィ:死ぬんだ……あの人

セラ:死んじゃうのかぁ~。おぉグレンよ! 死んでしまうとは情けないっ!

システィ:まあ、この技の説明は特にいらないわよね……

セラ:うんうん。まさかアステル君とグレンくんが――

アステル@録音係:違うからっ!!
グレン@AD:白犬テメェ後で覚えとけよ!?

セラ:あはは、怒られちゃった

システィ:それじゃあ今回はこれで終わりにしましょうか。あ、セラさん次回予告でもしてみます?

セラ:あっ、いいねそれ! やってみたいかも! グレンくーんカンペーっ!!

グレン@AD&ヤケ:人使い荒すぎだぞオラァ!!

セラ:やめて! 私達の特殊能力(言葉)で、アステル君の精神を焼き払われたら、心が繋がっているグレンくんまで燃え尽きちゃう! お願い、死なないでグレンくん! あなたが今ここで倒れたら、私やお義母様(セリカ)との約束はどうなっちゃうの!? 魔力はまだ残ってる。ここを耐えれば、現実に勝てるんだから!

セラ&システィ:次回! 『グレン 死す』 ロクアカスタンバイッ!

グレン:ちゅおおおっっと待てええええええええッ!?




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第三話 乗り越えるべき『壁』

 タクモン様、霧沢 白虎様、Fallout 錬金パパ様、カーイーター様、お気に入り登録ありがとうございます! これからもよろしくお願いします!

 本日より題名を変更させていただきました。混乱させてしまって申し訳ありません……。

※今回は前話よりも短いうえ、システィのターンです。ご注意を(最近システィばっか書いてるとか言わない)


 お互いマトモではない精神状態に陥ったグレンとアステルは、先に行ってしまったシスティ達の後を追うべく立ち上がった。

 

「大丈夫ですか、グレンさん」

「おう。お前は……?」

「アステル=ガラードです。よろしくお願いします」

「……そうかい。俺はグレン=レーダス。よろしくな」

 

 不運に満ち溢れた出会いだったが、男達は身の回りの絶望(シセン)を無視して固い握手を交わす。そうでもしなければ彼らの精神が持たない。

 アステルはそうだ、と呟いて、先ほど急いでいたであろう彼の事を心配した。

 

「そういえば、レーダスさん何か急いでいたのでは? それでぶつかりそうになったんでしょう?」

「あ……あぁああああッ!? やっべぇ完全に遅刻だ! ありがとよアステル! 俺は行くぜ!!」

「お、お気を付けて……」

 

 アステルは出会った時と同様、猛然とした勢いで走り去っていったグレンを見送り、自分も急がなければと学院へと走り出す。

 

「さて、今日も一日頑張りますか」

 

 やがて走ってゆく彼の前に、敷地を鉄柵で囲まれた魔術学院校舎の壮麗な威容がいつものように現れるのだった。

 

 

 登校して早々に朝のホームルームでは、一から七まである魔術師の位階、その最高位である第七階梯に至った、大陸屈指の魔術師であるセリカ=アルフォネア教授が直々にこのクラスへ赴き、ヒューイ先生の代わりに非常勤講師がやってくるという公式的な発言を残してホームルームが終わり、アステルはそのセリカ=アルフォネア教授から呼び出され(ハーレイ先生絡みかな?)と予想しながら彼女と共に教室の外へと出る。

 その煌びやかな金髪を翻し、日が差した廊下で金燐が舞うような錯覚を受けたアステルは思わず息を飲んでしまうほどだった。

 しかし、彼女はどうしてか小難しそうな表情をして、その紅色の瞳は憂鬱げに細められ彼から視線を逸らしている。一体どうしたのだろう?

 

「アルフォネア教授。一体どうされたのです? 私の様なしがない生徒を直々にお呼びになるなんて」

「謙遜はいい。ガラード、単刀直入に言わせてもらう」

 

 黒いドレスに同色のアームガードを付けた彼女の手が、アステルの両肩を掴んで離さない。

 いきなりの出来事に流石のアステルでも挙動不審になってしまい、思わず顔が赤らんだ。

 

「君のクラスの担当講師を、なんとしてでも教室まで送り届けて欲しいのだ。頼めないか?」

「………はぇ?」

「無論どれだけ傷だらけに、それこそゴミの様になってでもいい。できれば生かしておいて欲しいがやむを得ない場合は骸でも構わん。どうだ? やってくれるか?」

 

 唐突かつ奇妙なアルフォネア教授からの依頼に、アステルの思考は一瞬フリーズしかけたがすぐに持ち直す。

 彼女の目は真剣だ。自分に生殺与奪を濃密に予感させる言葉だったが、それでもきっと意味があるのだろう。アステルはそう無理やり飲み下して頷いた。

 

「わ、分かりました。それで、その方は今どちらに?」

「引き受けてくれるか! いやぁ~よかったよかった。私の場合ヤツを炭にしかねないからな、温厚な君へ頼むに限る」

 

 突如としてパッと華の様な笑顔を浮かべるアルフォネア教授――セリカはうんうんと満足気にうなずいたあと、アステルの両肩を叩いて激励する。

 

「すぐに案内する。着いてきてくれ。ちなみに次の講義については公欠扱いにするから、単位については気にするな」

「は、はい……」

 

 ついてこい、と言われアステルはセリカの後を追うように、絨毯が敷かれた広い学院の廊下を歩きだす。

 ……到着したのは、なんと学院長室だった。

 一般の生徒では立ち入りが難しい場所であるため、アステルは否が応でも緊張してしまう。

 セリカはそんな場所でも物怖じすることなく、ノックもなしに「入るぞ」とだけ言って入室。アステルはその同道とした行為に冷や汗が背中をだらだらと伝い、額には脂汗が滲み出る。

 

「どうした? 気にせず入れ」

 

 ニコッと美女の微笑みに当てられ、アステルは苦笑を浮かべつつ頬を朱に染めて入室。

 見たこともない空間だった。

 煌びやかな絵画や古めかしい本棚、磨き抜かれた飾り鎧、ソファーにシェードランプなどといった品の良い調度品の数々が立ち並び、奥に貼られたガラスにはレースカーテンが掛けられ、その前に学院長であるリックが腰かけている。

 そんな空間の、本棚に寄りかかりながら腕を組んでいた黒髪の青年は、アステルの姿を見た途端目を丸くした。

 

「おっ……?」

「あ、貴方は」

「む。なんだ知り合いか?」

 

 お互いに視線が合い軽く会釈を交わすと、セリカは驚いたように目の前の男性――グレン=レーダスに尋ねる。

「あぁ。色々とワケありでな」と苦笑交じりに笑ったグレンはアステルの元まで歩み寄り、ぽんぽんと彼の頭を撫でると、セリカは眉根を寄せ目を細めながらグレンを睨み付ける。

 

「……まぁいい。ガラード。彼が今日から君のクラスに赴任する講師、グレン=レーダスだ。まぁ、なかなか優秀な奴だよ」

「よろしくお願いします、グレン先生」

「……おう。よろしくな」

 

 アステルは健気にも微笑みながらグレンへと挨拶するが、彼は襟足に手を当ててそっぽを向いてしまうなどぶっきらぼうな態度を取った。

 

「それじゃあ、早速クラスへご案内しますね」

「ああ」

「しっかりやれよ?」

「わーってるよ」

 

 セリカから一言言われたグレンは面倒くさそうに気だるげな声を上げ、アステルと共に学院長室から出てゆく。

 ドアを閉め切り、緊張が解けたアステルは胸にたまった息を深々と吐き出し安堵する。

 そんな彼の様子を見ていたグレンは両腕を頭の後ろで組みながら「なあ」と尋ねた。

 

「はい? どうかされましたか?」

「お前、セラの知り合いなんだろ? あいつ今どうしてんだ?」

「セラさん、ですか? 今はフィーベル家でメイドさんをしていますよ? 僕も今、そこに下宿中で……」

 

 片頬を掻きながら笑うアステルに、グレンは「ほーん……」と、興味なさげに相槌を打つと、静かな廊下を歩きだす。

 無言になってしまうのも居心地が悪いだろうとアステルはグレンを慮り、彼に質問をぽつぽつと上げてゆく。

 

「セラさんとはどういったご関係なんです?」

「……まぁ、昔の友人っつーか。そんなもんだよ」

「グレン先生お若いですけど、何歳なんでしょう? 18くらいですか?」

「歳は19だ」

「以前はどこで何を?」

「……セリカの奴の脛を齧ってました。とか言ったら信じるか?」

「へ――」

 

 シニカルに笑ったグレンにアステルは言葉を詰まらせてしまう。――なんというか、その言葉の裏にどこか“触れて欲しくない”と彼に訴えているような気がして。

 アステルはつい、自分の興味本位で彼のプライベートかつデリケートな事情にまで踏み込んでしまった事を悟り、申し訳ない気分になって謝罪した。

 

「……すみません。色々と踏み込んだことを」

「………。……いいよ、気にすんな。――んじゃあ、今度は俺からだ」

 

 少し間を開けて息を吐いたグレンは、畳みかける様にアステルへ向き直った。

 思わずアステルも立ち止まり、彼の黒い瞳を覗き込んでしまう。

 その死んだような瞳は、どこまでも濁っていて――吸い込まれそうだった。

 

「――お前、どこでセラと会った?」

「……え……」

 

 肩を押され壁に磔にされた後、逃げ場を無くすようにグレンは片腕を彼の顔横へと勢いよく叩きつけた。

 

「知らないとは言わせねぇぞ? セラと会ったのはいつ、どこで、あいつがどんな姿だったのか。俺が聞きてえのはそれだけだ」

「………」

「だんまりかよ。吐かねーといつまでもこのままだぞ? といっても、吐かせる手段はいくらでもあるんだけどな」

 

 グレンは空いている手で握り拳を作ると、『吐かなければ殴る』と脅しをかける。

 アステルは脳裏で(どうしてこんなことに……)と考えたが、それもそのはず。

 セラ=シルヴァースは特務分室の中ではすでに故人という扱いになっているらしい(・・・)。戸籍というものがないこの世界では墓を建てることで人の死は簡単に作れてしまうのだ。

 そしてそれを何故、アステルは知っているのか。

 一年と少し前、アステルは瀕死の女性を奇跡的に救ったことがある。

 森の仲間達やシャルの眷族の力を借り、なんとか息を吹き返したその女性を屋敷へと連れ帰り、それから昼夜問わず、休憩すら取らず彼女を介抱した。

 結果的に魔術が二度と使えない身体になってしまったものの、現在はそこのメイドとして働いている。

 ……アステルは脳裏に浮かんだ彼女の凄惨な姿を思い出し、思わず目を伏せて苦し気に眉根を寄せ、唇を痛いほど噛みしめ、苦々しい表情を浮かべた。

 彼女(・・)の知り合いである彼に、『自分が助けた』などと恩着せがましく言えるわけがない。ましてや、自分一人で彼女の命を繋ぐことなどできなかった。誰もが手を貸し協力してくれたからこその奇跡なのだから。

 だから、正直に話そう。彼がそう決めた時だった。

 不意にグレンの手が壁から離れ、少し離れる。

 

「………まぁ、結果的にアイツ(セラ)は生きてる。それもきっと、お前のおか――」

「――違います、先生」

「……なに?」

 

 お前のおかげ。そう言いかけたグレンを止めたのもまた、アステルだった。

 彼は目を開き、強い意志の籠った瞳で彼の死んだ魚の様な目を見つめる。

 

「セラさんを救ったのは僕だけの力じゃありません。そこに仲間が居てくれて、例え酷い傷を負っていてもあきらめずに治癒してくれた人がいます。応急処置を終えたセラさんを安静な場所に運んでくれた子もいます。彼女の介抱を昼夜構わず手伝ってくれた人がいます。お礼を言うのなら、どうか皆に言ってあげてください。けれどまず、グレン先生はセラさんに言わなければならないことがあるのでは?」

「お前………」

「彼女はフィーベル家に居ます。もうフィーベル家の人間です。その縁は簡単に切れるものではありません。ですからグレン先生、今日の授業が終わったらどうか、セラさんに会ってあげてください。――これは僕のエゴです。先生の意思関係なく言っているのは分かっています。でも……そんな哀しそうな目をしながら、彼女の話を尋ねてくる貴方を、僕は放っておくことができません」

「………」

「会いたいのなら、会ってください。会わずに終わってしまうなんて悲しすぎます。すぐ近くにいるのに、手の届く場所にいるのに、どうして向き合おうとしないんですか………」

「……アステル」

「………はい」

 

 グレンはアステルに腕を伸ばす。殴られる。そう思ったアステルはきゅっと目を閉じ歯を食いしばり衝撃に備えた。

 だが、やってきたのは軽く頭を撫でられるという、予想外の行為だった。

 

「へ……?」

「………ありがとよ。ちっとはやる気出てきたわ」

 

 踵を返したグレンは肩を回しながらそう言い、「ほら、さっさと案内しな」と言って歩き出す。

 アステルはその後ろ姿にどうしてか目尻に涙が浮かんだが、今はセリカから頼まれた依頼が優先だと判断し彼の元まで駆け寄るのだった。

 

 

       ◇

 

 

 ………そして、時は経ち。

 やってきたのは学院校舎の中庭。

 例によって、システィとグレンの決闘の立会人として、アステルは二人の間に立っていた。

 結局、グレンは一度もセラに会いに来なかった。

 むしろ授業の質は悪化し、日に日にシスティが憤慨する姿を見てセラの元気も無くなっており、学院と屋敷双方共に冷ややかで居心地の悪い雰囲気がアステル達の周りに漂っている。

 そんな重苦しい空気のなか、一人平常運転であるグレンは余裕の表情で指を鳴らしつつシスティを横目で睨み見ていた。

 

「さて、いつでもいいぜ?」

 

 対するシスティはグレンの一挙手一投足に集中しながら油断なく身構えている。その額を脂汗が伝い落ちる。

 いくら黒魔【ショック・ボルト】が殺傷能力を一切持たない護身用の術だったとしても、詰まるところ魔術詠唱の速度がものを言わせる。浅い経験を積み重ね続けているシスティと、大人のグレンとでは雲泥の差であろう。

 続けてグレンが「かかってこないのか?」など表情を崩さぬままシスティを煽ってゆく。システィは目を細めながらくっと喉を鳴らした。

 そしてついに、システィはグレンを指差し呪文を唱えた。

 

「《雷精の紫電よ》――ッ!」

 

 刹那、システィの指先から放たれた輝く力線が真っ直ぐグレンへと飛んで行き――

 ………グレンが得意げな顔でそれを受けた。

 

「ぎゃあああああ――っ!?」

 

 バチンッと電気が弾ける音がした後、直後にグレンは身体を痙攣させ、あっさりと倒れ伏した。

 

「「………あ、あれ……?」」

 

 指先を構えたまま硬直していたシスティ、そして固唾を呑んで二人の勝敗の行方を見守っていたアステルは二人して小首を傾げる。

 ともあれ。

 この結果を見るに、彼らを取り囲んでいた殆どの生徒がシスティの勝利という結果にざわめいていた。

 

「わ、私……なんかルール間違えた?」

 

 助けを求める様にシスティはアステル、そしてギャラリーの中に居たルミアとシャルを見回し、アステルは「ううん……?」と顔を横に振りながらそれを否定する。

 そして「卑怯だ」「これは三本勝負」「五本勝負」とグレンによるグレンの為の特別ルールによって、彼が一節詠唱が出来ないことが生徒たちに露見。彼の評価は地に落ちた。

 結局、彼が逃げる様に決闘前の条件をすっぽかして引き分けという形を取り付け退散してしまったことで、システィの勝利に終わったわけだが………。

 

「心底、見損なったわ」

 

 システィはまるで親の敵の様に、逃げてゆくグレンが走り去った方を睨みながらうめくのだった。

 

 

       ◇

 

 

 システィがグレンを実質下した決闘から数日。またも教室に剣呑な雰囲気が生まれ、ルミアとシャルに挟まれる形で自習を行っていたアステルはピタッと羽ペンを止めた。

 グレンとシスティのやり取りから放たれた言葉によって顔を上げ、彼らの会話を見つめる。

 ――何が偉大でどこが崇高なんだ?

 魔術の価値観の相違による二人の口論。アステルとしても彼が魔術をどう思っているのか気になったところではあったが、目の前のシスティが言葉に詰まる姿に思わず立ち上がりかけた。

 すると彼の隣の席に座っていたシャルが彼の腕を掴んで引き留め、顔を横に振る。

 

「(シャル……?)」

「(黙って見てろ。こればっかりは二人の持論の押し付け合いだ。あたしらじゃあどうしようもない)」

「(でも……)」

 

 後ろ引かれるようにアステルはシスティがグレンの正論によって打ちのめされている姿に心が痛む。

 だが、そこから更に左へ顔を向ければルミアも席を立たず胸元に手を当てて彼らを見つめていた。

 そして行き着いた会話の終着点。

『魔術は人殺しの為に役に立つ』。それを聞いたアステルはビクッと肩を震わせ、グレンの細められた暗い瞳、歪められた口から紡がれた言葉に、思わず俯かせてしまう。

 それでもシスティは自分の信じた魔術を、アステルが目指した理想を外道に貶められるのは我慢ならず、「ふざけないで!」と激情を露わにした。

 しかしその抵抗も空しく、あっさりとグレンに論破されてしまった。

 俯いたシスティとアステル、その二人を見たシャルは自分の眉を寄せ、ふつふつと胸の底から沸き上がる怒りをなんとか鎮めにかかる。

 ルミアはただ、哀しい表情を浮かべながらそのやりとりを見守るだけ。

 ついにシスティがグレンの頬を掌で叩く。グレンは非難めいた目でシスティを見るが、途端に言葉を失う。

 

「違う……もの……魔術は……そんなんじゃ……ない……もの……」

 

 システィの目元に涙が浮かび、泣いていた。

 グレンはその時、彼の中にいる白髪の女性と彼女を一瞬だが確かに重ねてしまい、続いて飛び出した彼女の「大嫌い」という言葉に苦虫を噛み潰したようなひどい顔になる。

 システィが袖で涙を拭いながら荒々しく教室を出て行く。

 残されたのは圧倒的な気まずさと沈黙。しかしその中でようやく、シャルがアステルの腕の拘束を解いた。彼は疾く立ち上がり、俯いたままシャルへと呟いた。

 

「(………シャル、ルミアをお願い)」

「おう。しっかりな」

「――うん」

 

 やがて顔を上げた彼の目は、確かに怒りも孕んでいた。だがそれでも、あれだけ心に刺さる言葉を告げられても尚、彼の瞳の中には光があった。

 

「先生、ちょっと体調が悪いので医務室に行ってきます」

「……………」

 

 グレンは沈黙したまま動かず、アステルはそれだけを言って教室から飛び出してゆく。

 行く先はもちろん、システィの元。

 授業中でも構わず階段を駆け上がり、彼がやってきたのは東館の屋上にあるバルコニー。そこには確かに、銀色の髪をした少女は髪を風に靡かせながら、壁際に座り込み顔を腕で覆っていた。

 

(――いた)

 

 普段の鍛錬の御蔭か、さほど息を切らしていないアステルは、彼女がまだ学院内に居てくれたことに安堵する。

 アステルはゆっくりとした歩調で彼女まで歩み寄り、その隣に座り込んだ。

 この際白衣に汚れが付くことや授業の単位が損なわれることなど関係なかった。それほどまでにアステル=ガラードという少年はシスティーナ=フィーベルという少女を優先した。

 もちろん彼も精神的に堪えていたが、今はまず、真正面から自分の理想と夢、そして己の在り方を崩された彼女を癒したいと思ったのだ。

 

「……ごめん、ね……。結局私、あの頃から一歩も成長できてなくて………。せっかく貴方が作ってくれた発明品も……人殺しの……」

 

 消え入りそうな、それでいて今触れてしまえば折れてしまいそうな弱々しいシスティ声音がアステルの耳に入り、アステルは彼女に伸ばしていた手を止め、自分の腰元に落ち着かせる。

 確かに、彼女の抱いている夢は偉大で、崇高で、掛け替えのない希望でもあったのだと思う。

 しかし、それと共にグレンから聞かされた人を傷つける魔術の発展に貢献してしまうことになる。彼女が直面している問題はそこではないとは思うが、魔術というものの在り方は人それぞれ。千差万別なのだ。

 使い手を間違えてしまえば人を傷つけるものになってしまう。ましてや魔術を扱えない一般人からは不気味で恐ろしい悪魔の力。実際には人を癒す魔術も存在する。一般人と魔術師の相反する点はそこだろう。

 攻性呪文による人を傷つける印象を人々に与えてしまったのも魔術。研究を行うことで人の役に立つために作り出した魔道具なども魔術。

 人という存在は悪い印象に怯えてしまい、その良い所を見ようともしない。

 それもそうだ。刃物を持った人物と対面した時、実はその刃物は傷害犯から奪い取ったものだったとしても、人々はその刃物の持ち主を犯人と決めつける。

 過程や結果すら信じず、自分の信じたものだけを信じるというずるい生き物なのだ。

 だが、それでも。

 彼は自分の夢を、自分達の目標を諦めなくなかった。

 アステルは空を見上げて言葉を放つ。

 

「……僕は辛いことがあったとき、いつも思い浮かべるのは君の笑顔だった」

「……え……?」

 

 ふとアステルの言葉で顔を上げたシスティの顔は、涙で目元を腫らしていた。彼は彼女の顔を見て苦笑を浮かべながら、未だに目元に溜った涙の粒を手を添えて拭い、言葉を紡いでゆく。

 

「研究でなかなかうまく行かないことがあった時とか、それこそハーレイ先生のお手伝いを始めた時なんて、先輩や先生から毎日きついことを言われたけれど……それでも頑張ろうって思えたのは、君が居たからなんだ。《メルガリウスの天空城(あそこ)》へ行きたいと。そして自分がその謎を解き明かすと言ったとき、僕の世界は変わったんだ。『あぁ、彼女は本気なんだ』って。だったらそのお手伝いがしたいと、心の底からそう思えた。魔術の使えない僕なんかが出来ることは、君をあそこまで連れていくことなんだって。それを言ったときの君の顔が忘れられなかった」

「アステル……」

「だから《魔導噴流推進器》が出来たとき、君が笑ってくれたのがとても嬉しかったんだ。まだまだ足りないところは多いはず。もちろん、グレン先生の言葉も間違いではないと思う。僕の発明は、いつかきっとこの空に船を浮かせる。けれどその中でもし、何かが足りずに大規模の事故が起こったとしたら。自分の手に負えない技術的な欠陥が見つかったとしたら。……そう思うと、とても恐ろしくなる」

 

 アステルは語る。もし空飛ぶ船が出来上がったとしたら、人々は一体何に使うのだろうと考えた。

 空域での物資のやり取り、貿易や観光など。良い方向にも使われていくだろう。

 しかし、それに反してやはり悪い方にも扱われてゆく。大砲の設営や魔術による防御結界の構築……。それらは必ず人を傷つけると。

 

「――それでも、僕は辞めない。僕の作ったものが人を傷つけるのなら、それをしない発明をしていく。……それがどれだけ難しいことかも分かってる。でも僕が出来るのはそれだけだから。だからシスティ、君も―ー」

「もういいわ」

 

 熱くこれからの理想を、目標を語ったアステルはシスティへ振り向くと、目の前に彼女の手が伸び、銀色の軌跡が舞う中、熱の籠った吐息と共に彼の耳元で囁かれた。

 正面で受け止めた彼女の体は軽く、それでいて確かな熱を感じる。

 そして彼の背中を優しく撫でる様に首から腕が回され、お互いに顔が見えない状態で抱き合う形になる。

 

「だめね、私……。泣き癖、ついちゃったかもしれないわ……」

「……泣きたいときは枯れるまで泣いていいんだ。それからまた、笑えるようになれるのなら」

 

 嗚咽を漏らしはじめるシスティ。アステルは彼女の背中をさすりながら、さらにもたれ掛かってきたシスティの身体を受け止める。

 その温かさに包まれる中で、アステルはひとつ、心に決めたことがあった。

 

(……グレン先生との和解、魔術の印象の改善、《魔導噴流推進器》等の安全装置(セーフティ)の考案……やる事は山積みだ。僕が出来るのはこの魔術学院の生徒として、この街の人々とより広く触れ合っていくこと……か)

「……何か、考えごと?」

 

 しゃくりあげながら尋ねてくるシスティの声。アステルは「うん」と頷き、彼女の名前を呼んだ。

 

「これから僕達は、今日みたいに色んな壁にぶつかると思う。でも、一人じゃない。みんなとなら、目の前にどんな壁が立ちはだかっても、一緒にそれを乗り越えていける気がする」

「ぁ……」

「だから、今は足掻いて――みんなで壁を乗り越えて行こう?」

「……分かったわ」

 

 システィは顔を離し、その赤らんだ表情と、腫れた目すら気にせずに――彼へ、笑いかける。

 

「ありがとうアステル。元気出た」

「これくらいどうってこと。むしろ、光栄だったというか……」

 

 アステルは気恥ずかしげに片頬を掻きながら目を逸らすと、システィは掛け声と共に再び彼へと抱き着くのだった。




 ここまでお読みくださりありがとうございました。
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第四話 飛翔する翼

 お待たせしました、第四話!
 satotas様、お気に入り登録ありがとうございます!

 一日遅れの前書きで大変申し訳ありませんでした!
 今回と次回、少し内容が原作と異なります、ご注意を!


 放課後となり、気分を入れ替えようとシャルと共に先に帰宅したシスティを見送ったアステルとルミアは、方陣構築の復習を行う為に魔術実験室へやってきていた。

 そこの準備室はほぼアステルの城となっており、魔導工学教授であるオーウェル=シュウザーの認可の下自由に往来することが出来るようになっているため、彼は準備室へ到着して早々にルミアへと温かいカフェオレを出し、方陣構築に必要な触媒の厳選、素材の精製などを終えて一息吐いていた。

 まさにこういった実験室こそ白衣に袖を通したアステルに似合う部屋だと、マグカップ片手に方陣構築の教本と参考書に目を通している彼を見てルミアは実感する。

 彼と自分とでは住む世界が違う気がしてならなかったルミアは、幼い日に城へやってきたアステルとシャルと共に中庭を走り回った頃を思い出す。

 彼女の母は彼らを認めていたが、母の付き人である男性からは、平民の子供と遊ぶなど、と怒られてばかりだった。

 あの頃は自分の存在が上に在り過ぎて、手の届かなかった存在だった少年が、今は、目の前で自分と同じ飲み物を口にしながら共に勉強に励んでいる。

 そして、自分は今一介の平民であり、魔術学院の生徒。彼も同様だが、彼には研究者の助手としての肩書きがあり、周りの見る目も違ってくる。

 もちろん、アステルが助手として一定の評価を受ける前は、復習をするためにルミアが実験室の鍵を盗むといったやんちゃっぷりを見せたが、今はそんな事をする必要もなく堂々と入室できるようになっていた。

 

(いつの間にか、抜かされちゃったなあ……)

 

 当時とは百八十度異なる寂しさを感じていたルミアは、両手で持ったマグカップを口元に寄せて傾けた。

 薫りのいいコーヒーの苦みはミルクと砂糖によって若干中和され、まろやかな舌触りの中、未だに参考書に視線を傾け、細く白い骨ばった指先で自分の顎を数回つつく癖を見せた彼を見つめ続ける。

 視線を感じて振り返るのはいつだろうか。目が合った時に彼はどんな表情を見せてくれるのか。ルミアは内心で色々な期待を持ちながら、頁をめくる音だけが響く準備室で待ち続けた。

 ……だが。当のアステルは。

 

(う~ん……ルミアは魔力円環陣を試したかったみたいだけれど、僕としてはこの冷熱置換陣や錬成陣での金属錬成も捨てがたい……いやいや、今はルミアが主役だ。彼女の方陣構築の練習なのだから、あまり危険な方陣は……ううんでもやってみたい……)

 

 自分の目的をルミアの復習にとどうにかして混合させようと企んでおり、お互いに全く違う方向で淡い期待を胸の内に秘めていた。

 結局、アステルも理性が利いたのか自分の興味本位で彼女を巻き込むのはよそうと考え、魔力円環陣を作成することに決め顔をルミアへ向けると。

 

「………(ジィィ)」

「……えっと、僕の顔、何かついてる……?」

「う、ううんっ!? なんでもないよ!?」

 

 彼女はまじまじとアステルの顔を見つめていたからか、それにようやく気付いた彼は若干顔を赤くしながら後ろ頭を掻いた。

 ルミアの慌て様から(随分待たせちゃったなぁ)と心の内で反省するアステルは、準備室から予備の水銀が入った壺を手に実験室へと出ると、ルミアが待ってましたとばかりにアステル監修のもと、方陣構築に取り掛かる。

 監修とはいっても、ルミアの指定した教科書のページを開き、方陣構築の参考になりそうな書籍のページも両手で開きながら彼女がいつでも見ることができるように自分の胸の前で掲げているだけなのだが。

 彼女はアステルの抱える教科書を見ながら水銀で床に円を描き、五芒星を描く。さらにルーン文字を五芒星の内外に書き連ねてゆき、霊点に触媒を配置してゆく。

 しかしその手は緊張の為か震えており、流れ落ちる水銀も糸の様な細いものから猫の尻尾の様に太いものにまでなっていた。

 

「ルミア、第七霊点が少し解けかけてる。って水銀が流れてるよ壺を傾けてっ……」

「あ、アステル……」

 

 別に失敗しても爆発などはしないが、それでも過保護気味にルミアの方陣構築に口を出してゆくアステルに、ルミアは壺の取っ手を持ちながら苦笑いを浮かべる。

 自分がこうも細かい性格だったのかとアステルは自分に少し憤りを感じたが、不意に笑ったルミアに呆気を取られた。

 

「ど、どうして笑うの?」

「ふふっ……ううん。こういうアステルを見られるのも、実験室(ここ)に居るからなんだなあって」

「う、うう……」

 

 方陣を描く手を止めて、この魔術実験室を見渡すルミア。

 比較的広い間取りとなっている実験室の壁には、髑髏やトカゲの瓶詰めなど、怪しげな魔術素材達が並び、並ぶ机の上には羊皮紙やフラスコなどが綺麗に置かれ、奥には大きな魔力火炉や錬金釜までもが置かれており、胡散臭い雰囲気が漂いながらもしっかり手入れされているところを見るに、彼の性格が表れている。

 

「まるでアステルの部屋に居るみたいで、ちょっと安心する」

「さ、流石の僕も自分の部屋に髑髏なんて置いたりしないよ……。仮にも下宿中の身だからね?」

「でもこの前骨粉は持ち帰って来たよね? あれは何だったのかなぁ?」

「うぐ、そこを突かれるとなんとも申し訳ない気分に……。でもあれはあの、肥料になるから……」

「そ、そうなんだ……ごめんね、あれは流石にびっくりしちゃって」

 

 朝の鍛錬のあと、彼は必ずフィーベル家裏手にある自分の畑で作物を育てている。丁度摘み終えた薬草など種類を変えるために元肥として使っていたのだが、シャルには気味悪がられ、彼の部屋を掃除して発見してしまったセラには恐怖のあまり真っ青になった顔で「そんなもの部屋に置かない! 悪趣味だよっ!」と叱られる始末。

 

「……お叱りはちゃんと受けました。はい」

「セラさん、怒らせると怖いもんね……」

 

 アステルは申し訳なさげに苦笑を浮かべると、ルミアはくすくすと口元に手を当てながら笑っていると。

 ばんっ!

 

「「!!」」

 

 突然実験室の扉が外から乱暴に開けられ、二人は思わず飛び上がった。

 他人の悪口はこういった場所でするべきものではないと二人は思いながら、現れた人物を見て二度驚く。

 

「グ、グ、グレン先生!?」

「……相変わらずボロいんだな、ここ」

 

 その人物――グレンは仏頂面のまま、後ろ頭に手をやりながらつかつかと入室し部屋を見渡しながらつぶやいた。

 

「ど、どうしてここに……?」

「そりゃこっちの台詞だ。生徒による魔術実験室の個人使用は原則禁止のはずだろ?」

「そ、それは……」

 

 口をもごもごさせながら言い渋ったアステルは、きろっと向けられたグレンの視線につい目を逸らしてしまう。

 ここは正直に自分がこの実験室の物品管理を先生から任されていると言ってしまえば済む話なのだが、彼の性格上、あれだけキツい事を言われては口を噤まずにはいられないのである。

 

「アステルは、魔導工学を専攻されているオーウェル先生からここの備品管理を任されているんです。だからこうして自由に実験室を利用できています」

「へぇ……。そういやお前、変わった服装してるもんな。学生って感じがしないっつーか……」

「ど、どうも……」

 

 アステルは声をどもらせながら会釈すると、グレンは彼の後ろにあった方陣を見つめた。

 

「もうほぼ出来上がってるじゃねーか。いーよ、最後までやっちまいな。崩すのはもったいねーだろ」

「「え……」」

 

 グレンは入口の壁へ寄りかかり、二人は驚いた様に目を見開いて彼を見た後、互いに視線を合わせて頷き合う。

 それから方陣を書き上げてゆくルミアへとアステルは細部までアドバイスや己も水銀を動かす手袋を嵌めフォローを行ってゆく。

 そして出来上がった方陣を見たアステルとルミアは納得のいった表情で頷き、グレンはふっと笑った。

 彼が笑ったことが意外だったのか、二人はついグレンへ振り向いてきょとんとした顔を浮かべたが、グレンは照れ隠しするように「なんだよ。教科書の通り五節だ。横着して省略すんなよ?」と言うと、二人は小さく笑いながらも手袋をその場に置いてルミアが法陣の前へ立つ。

 ルミアの横で見守っていたアステルはすうっと深呼吸をした彼女から数歩下がり、詠うように涼やかな声で呪文を唱えるルミアの後ろ姿を見つめる。

 

「《廻れ・廻れ・原初の命よ・理の円環にて・路を為せ》」

 

 その瞬間、法人が白熱し視界を白一色に染め上げた。

 

「――っ!」

「――よしっ!」

 

 息をのんだルミアと、思わず控え気味にガッツポーズをしたアステルは、光が収まり鈴鳴りのような高音を立てて駆動する七色に光る法陣が視界に現れたことでより一層嬉しくなった。

 

「うわぁ……綺麗……」

「うん……」

 

 ルミアとアステルはその七つの光と輝く銀が織り成す幻想的な風景を前に、感極まったようにじっと見つめていた。

 

「やーれやれ……そんなに感激するようなもんかね?」

 

 グレンは冷めた目で腕を組みながら法陣を一瞥するが、ルミアは顔を縦に振る。

 

「だって……今まで見た誰の法陣よりも魔力の光が鮮やかで……それに繊細で力強い……。やっぱり、アステルは凄いなぁ」

「いやそんな。僕はよく水銀を使うことが多かったからほんの少し慣れただけで……。そもそもこれを組んだのは殆どルミアなんだから」

「きっと精製した素材や触媒の質が良かったんだろうな。良かったじゃねーか」

「……え、先生?」

 

 アステルとルミアは実験室をそそくさと出て行こうとするグレンの背中に気付いた。

 

「帰るわ。あばよ」

「ま、待ってください!」

 

 彼は慌ててグレンの後ろ袖を掴んで引き留める。

 

「……なんだよ?」

「あの……ええと」

「用がないなら帰っちまうぞ?」

「……あの……えと……」

 

 胃がキリキリする。ふつふつと胃の中のものが沸き上がってきそうな感覚を覚えたアステルは、なんとかそれを抑え込んで、意を決してグレンへ言う。

 

「先生にどうしても、見て欲しいものがあるんです」

「……はぁ?」

 

 引き留めてしまうことに申し訳なさを覚えながら、アステルはお願いします、と頭を下げた。

 そこにルミアもやってきて、「私からも、お願いします……!」と彼と同様に首を垂れる。

 そんな二人をグレンは一瞥したあと、はぁぁ~っと大きな溜息を吐いて、

 

「……わーったよ。んで、何を見せたいんだ?」

 

 頭をがりがりと掻き毟りながら、やけくそ気味に付き合うのだった。

 

 

       ◇

 

 

 それからルミアはグレンを連れ屋上へ、アステルは自分の開発したものを台車に乗せて屋上へ辿り着くと、すでにその場に居た二人の雰囲気は少し楽しそうだった。

 メルガリウスの天空城をどこか遠い目をしながら眺めていたグレンを見たアステルは、無自覚に「何かいいことでもあった?」とルミアへ尋ねると、「秘密♪」と口元に人差し指を当てながらウィンクされてしまった。

 

「……ってうおぉ!? なんじゃこりゃ!?」

 

 ようやくアステルの方へ向き直ったグレンは目の前にあった物体に思い切り仰け反る。

 そう。これは彼がこの数年間で歩んできた軌跡。言わば彼の人生。

 

「驚きましたか? これが僕なりの魔術の役立て方です。左の名前を《魔導噴流推進器(マギジェットスラスタ)》。そして右にあるものが現在開発中の、《魔導浮揚器(マギウスレビテータ)(仮)(カッコカリ)です! 未だ消費魔力の制御が上手くかみ合いませんが、ほぼ完成に近づいていると言っても良いでしょう!」

 

 物々しい、鋼鉄の魔導具。それを見て目を白黒させるグレンは、ちょんちょんとその物体達に触れた。

 

「こちらの《魔導噴流推進器》は以前飛行テストを行ったところ、大気中に燃焼されたマナが溢れ出してしまって、吸った人物のマナ・バイオリズムに若干の支障を来たしてしまうことから、排管の構造を見直し極限にまで排気マナを薄め、内部で暴発しないよう工夫したものです! また箒の座り心地も悪かったということでサドルを採用し、グリップを取り付け加速時の点火具合を調節するレバーも作成しました! どうですかこのスラッとしながらもしっかりと乗り手を支える力強いフォルム! そしてこの肌触り! 美しいでしょう!?」

「ほ、ほーん……? 飛べんのかよ?」

「それを、今から証明するんですっ!」

 

 アステルは目を輝かせながらグレンへ熱く語り終えると、意気込んで改良された箒へと接続してゆく。

 台座といっても、箒の穂の部分を本格的に《魔導噴流推進器》、そして製作中の《魔導浮揚器》の接続をするために改造したものであり、最早箒の原型は留めておらず、言うなれば“杖”といったところだろうか。

 金属製のシートの中に綿を詰め皮を張り、滑り落ちぬよう工夫され、角度を付けて拵えている。

 跨ったあと、方向を取るのは杖の先であり、微調整することで高低差も制御可能となったが、使用者は前かがみになりながらの操縦となるため、こちらも未だ改良の余地はあるだろう。

 だが、アステルの開発した《魔導浮揚器》によって上昇するに当たってのGは風の魔術によってほぼ抑制され、疑似的な足場を設けることで人体への負荷を格段に軽減されていた。

 簡単に言うのなら、疑似的な強化ガラスを周囲に取り付けた魔導バイク、と表現すれば理解できるだろうか。

 すべての部品接続を終えたアステルは、逐一レポートを取りながらの作業だったために、それなりに待たせてしまったグレンは欠伸を噛みしめていたので、彼はすぐに謝罪する。

 

「すみません、お待たせしました!」

「おう……。……けっこーゴッツいなそれ」

「はい! 僕の趣味ですからっ! ……ふむ、ですがあまり一般受けはしませんか。考えていたことではありましたが僕の感性はやっぱりほんの少しだけズレているんでしょうか……」

「あはは……」

 

 輝かしいばかりの笑顔を浮かべたアステルにルミアは額に脂汗をにじませながら、また彼の悪い癖が出始めたと思い、彼の加速していく思考を止めようと彼の名前を言いかけたところで、グレンが彼へ歩み寄りその杖を握りしめた。

 

「んで、完成したらこれ一式で発表すんだろ? 名前はなんだよ」

「……へ?」

「もうそっちにはれっきとした名前が付いてんじゃねーか。なら、(これ)の名前はなんなんだ?」

「…………あっ、盲点でした」

「えぇええっ!?」

「……はぁぁっ!?」

 

 ルミアとグレンは彼の真顔に思わず声を上げてしまう。何を隠そう彼は杖の名前など考えたこともなかったのだ。

 アステルにとっては《魔導噴流推進器》と《魔導浮揚器》さえあれば現状では十分だったため、試験的に採用した『杖での飛行試験』などには目もくれていなかったのである。

 つまり(これ)は彼にとってただの通過点であり、比較的簡単に『人が空を飛ぶ姿を模したもの』にすぎないのだ。

 

「確かにこの杖自体にも各部品の圧力や負荷などの力学に耐えうる頑丈さにするために強化魔術を刻印していましたが、まさかこれにも名前を付けることになるなんて思ってもみませんでした」

 

 ハハッとジョークを混ぜたように笑うアステルだが、その額には脂汗が大量に浮かんでおり、ルミアは彼のその表情で全てを察していたために「アステル……」と半ば呆れがちに半笑いを浮かべた。

 グレンはただ茫然と目の前に居る発明馬鹿を見つめており、視線が気になったアステルは話を切り替えるべくシートへと跨る。

 

「そ、それではお待ちかねの飛行試験といきましょう! 二人とも、少し離れてください!」

「どうして離れる必要が?」

「内部機構はすべて把握して安全を確信していますが、もしものとき爆発したら二人も吹っ飛んじゃいますから!」

 

 爽やかに笑うアステルだったが、彼の発言に不安しか感じ得ない二人はそそくさと彼からかなり距離を取り、ようやく飛行準備に移る。

 

「よし、行きますよ……《ニンバス》!!」

 

 キュィィイイイ――――……という魔導具特有の機械音が《飛行杖(ニンバス)》に跨った彼の周囲に響き渡り、《魔導噴流推進器》内部の黒魔が発動し微弱な風が発生してゆく。ここまでは《魔導噴流推進器》と同様の起動状態だったが、今度は《魔導浮揚器》の起動音が鳴り始め、その風がさらに弱くなってゆき……最終的には彼の肩幅ほどにまで風が収縮されていた。

 

「凄い……アステルの足元に風が集中してる……」

「いやそれだけじゃねえ。アイツは魔術すら発動していなかった。つまり必要最低限の黒魔を、あのヘンテコな魔導具だけで制御を成立させて飛ぼうとしてるってことだ。だが、飛び立ったあとの衝撃はどうだ? あれだけ圧縮した風だ、モノだけ吹っ飛んで自分は落下すんじゃねーの?」

 

 それを眺めていた二人は息を呑み、グレンは腕を組みながらも彼の組み上げた魔術式はどれだけ高度なのかを理解したが、すぐに冷めた目に戻る。

 そしてアステルが地を軽く蹴ったと同時、そのまま垂直に中空へふわりと舞い上がった。

 離陸直後の反動すら感じさせない安定した上昇。その感動にアステルは目いっぱいにその亜麻色の瞳を開きながら、喜びのあまり口元を歪めながら息を吐き出し、自分の予想を大きく外したグレンは口をあんぐりと開けながらさらに上昇してゆくアステルを眺めている。

 アステルは手元のレバーを操作してグレン達の周りを高度を変えることなく集会飛行を開始。ぐるぐると回ってゆくアステルを目で追ってゆく二人の一方、ルミアは興奮しているのか頬を赤くしながら目を輝かせ、不意に彼女達の前で停止したアステルが叫ぶ。

 

「このまま学院を一周します! 徐々に速度を上げるので、見失わないでください!」

「わーったよ、途中で落ちんなよ?」

「気を付けてね、アステル!」

 

 二人の言葉にアステルはこくっと大きく頷くと、再びゆっくりと、反時計回りに飛行し始めた。

 現在居るのは西館の屋上。彼は東館目掛けて放物線を描くように飛んで行き、徐々に前傾姿勢へなってゆく。加速する気だとグレンは彼の体勢変更で察し、ルミアへと説明する。

 東館の中心までやってきたところで更に加速してゆき、アステルの《飛行杖》から蒼銀の軌跡が生まれ、茜色の空によって黄金色に輝く。

 

「綺麗……!」

「完璧な魔術式が作動してるってことだな。一切の綻びもなし、魔力の漏れもない。……アイツ、いい腕してやがるぜ……!」

 

 それからは一瞬の様だった。彼の姿が徐々に接近――ではなく、まるで瞬間移動でもしたかのように自分達の真横を通り過ぎ、背後でギュンッッッ!! という激しい魔導駆動音が聞こえ、振り返れば。

 

「ふふっ、どうでした?」

「早過ぎだろ……ヤベェ」

「み、見えなかったよ最後。アステル」

 

 純度が高いマナが蒼銀の鱗粉の様に周囲を舞い、その中で白髪を微かに揺らしながらシートに足を掛け、立った状態で飛行しているアステルの姿があった。

 彼は杖を握ったままシートから下り、その場で着地すると思ったが、

 

「ほー……」

 

 風の黒魔術によって浮遊した状態を維持、レバーを絞りきることでゆっくりと着地したアステルを見て、グレンは思わず感嘆の声を上げる。

 肩にかかった三つ編みの髪を後ろへ払ったアステルは、強い意志の籠った瞳でグレンを見つめながら告げた。

 

「――グレン先生。これが僕の魔術の使い方です」

 

 と。

 

 

       ◇

 

 

 それから三人で帰路に付き、アステルとルミアは二人の目標をグレンへと告げながら諭してゆく。

 アステルは「船を空に浮かべ、親友が目指しているあの《メルガリウスの天空城》まで送り届ける」こと。ルミアは「盲目のまま魔術を忌避するよりも、知性を以て正しく魔術を制する魔術師になりたい」ことを語り、グレンの暗い瞳も二人の強い意志によって、徐々に明るさを取り戻していった。

 そして彼らが初めて居合わせた十字路まで辿り着き、アステルとルミアは足を止める。

 

「あ、先生。私達こっちです。システィの御屋敷に下宿しているので」

「そうかい。じゃあな、気を付けて帰りな」

「大丈夫ですよ? アステルもいますし、もう近いですから」

 

 ねっ、とルミアにウィンクされたアステルは少し顔を赤らめながら「う、うん……」と照れくさげにうなずいた。

 

「そうか。だが、万が一ってこともある。一応、気をつけな」

「あはは、先生って意外と心配性なんですね?」

「バーカ。それだけお前らが危なっかしいっつーコトだ」

「ふふ、気を付けます。それじゃあ先生、また明日!」

「失礼しまーす!」

「……ん」

 

 グレンは次第に小さくなっていく二人の背中を、なんとなく眺めていた。

 二人は途中何度も振り返り、グレンの姿を見つけては嬉しそうに手を振っていた。

 

「……犬か、あいつらは」

 

 何気なくこぼれた言葉だが、それはなんとなく的を射ている気がした。

 あの二人が――三人が犬だとしたら、あのシスティーナとかいう奴は猫かね、と考えてしまう。

 

「しかしまぁ……ぼ~っとしているようで色々考えてるんだな、あいつら」

 

 グレンは先ほど、二人が入っていたことを胸中で反芻した。

 

「……『考えないといけない』……『どうして向き合わないのか』……か……」

 

 そしてグレンは懐から辞表を取り出し、それを空に掲げ、中身を透かすように眺めた。

 

「さぁて……どうしたものかね?」

 

 そんなことを呟いていると、不意に後ろからコツコツと革靴が路を叩く音が聞こえ、グレンは舌打ちをして振り返る。

 

「………。……なんか用でもあんのか?」

「ううん。なんとなく、ここに来れば貴方がいるかなーと思って」

「……働きだして早々、逃げ腰になってる俺を笑いにでも来たか?」

「――笑わないよ。だって私の知っているグレン君なら、なんだかんだ言ってもちゃんとやる子だもの」

「姉貴面は相変わらずだな――」

 

 穏やかに微笑みかけているのは、その穢れなき新雪のように白い髪と、雪をも欺く白い肌、風の精霊のように神秘的に整った顔立ちの女性(・・)

 グレンは彼女の姿を見ると一瞬複雑な表情を浮かべたが、すぐにニヒルな笑みを浮かべ、

 

「――白犬」

 

 彼女……セラ=シルヴァースをそう呼んだ。




 ここまでお読みいただきありがとうございます! いつの間にかUAが1000近くいっていてビックリしました・・・!
 さてさて、約二話ぶりのあとがきのコーナー!
 飛び込んでみよう!(


グレン:ほーい、っつーわけでバトン代わって原作主人公のグレン=レーダスと

セリカ:メインヒロインに昇格した(大嘘)セリカ=アルフォネアだ

グレン:嘘つけ! 第一お前第二話以降一切出てきてねーじゃん!?

セリカ:何を言う第一話にも出ていたぞ!?

グレン:なにィ!? 俺よりも登場が早いだとォ!?

※詳しくは第一話『Side???』参照です※

セリカ:あれは間違いなく私だ! 絶対そうだ!

グレン:って作者公認じゃねーのかよ! なんだったんだよ今の自信あり気なカミングアウトはよぉ!?

セリカ:だってお前、この小説に何が足りていないかわかるか?

グレン:そりゃ俺の出番じゃねーの?

セリカ:私が足りない

グレン:……はーい、っつーわけで今回登場した《飛行杖》について説明していきまーっす

セリカ:ええい畜生めぇ! 出番をよこせェ! イクスティンクション・レイだァァァァ!!

グレン:ちょおおおお前ぁあああああああ!?

・《魔導浮揚器》・・・マギウスレビテータ
 《魔導噴流推進器》の技術を転用・改変した、飛行杖の上昇・降下システムの根幹であり、《魔力供給器》内の魔晶石から供給される魔力を使用し、浮揚力場を発生させる。

・《飛行杖》・・・ニンバス セリカ:2000
 アステルが発明した《魔導噴流推進器》、《魔導浮揚器》と刻印などで改造した杖の総称。当初彼はこの杖に名前を付けていなかった。

グレン:おいばかやめろ。ってか飛行杖はともかく、《魔導浮揚器》とかいう奴は正直俺じゃあサッパリなんだよなぁ……

セリカ:ふっふっふ。ならば私が教えてしんぜよう!!

グレン:おおぅキャラ変わりすぎじゃねお前?

セリカ:《魔導浮揚器》とは《魔導噴流推進器》から発生する風の黒魔を収縮させる機能があり、作中でも語られた使用者本人にとって必要最低限の黒魔で上昇させることが可能だ! ちなみに離陸直後に反動が来なかった理由は学院制服に永続付呪されている【エア・コンディクショニング】からヒントを得て『同一の空間ごと移動する』という点に着目し、杖のシートにまたがった時点で《魔導浮揚器》内部のセンサーが本人の身体情報を感知・解析することで実行が可能だ! つまり《魔導浮揚器》の起動条件は二つあるわけだ。一つは本体に跨った時。もう一つは離陸・着陸時だ。ほかにも緊急停止などにも使われるが、そこまでは私もわからん。アステルに聞け

グレン:……なんかイマイチパッとしねぇなあ。結局どういうことだよ?

セリカ:要は《魔導噴流推進器》が前進と後退、方向転換を受け持ち、《魔導浮揚器》は上昇と降下、また反動制御など使用者本人を保護する役目を持っているわけだ。……これでいいじゃないか。どうしてあそこまで説明文を長くしたのだ……

グレン:文字数稼ぎとかだろ。大人の事情ってヤツ

セリカ:とまあ、とにかくアステルの課題は決まったわけだが、何やら最後は少し雲行きの怪しい終わり方になったな?

グレン:まっ、なんとかなるだろ

セリカ:投げやりだなぁ~。振られたら私の胸に顔をうずめてもいいんだぞー?

グレン:しねぇよっ!! っつーわけで今回はここまで! あばよ!!







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第五話 解けて行く空白

 こんにちは、ぶんぶく茶の間です。
 ついに五話……。今回はシリアス系からの上昇! 稚拙な文脈が多々あります、ご注意を。

 今回はグレセラ? セラグレが多分に含まれています。甘めのBLっ気も混じっていますので、それでもOKBLなんてアルグレどんと来い! とかいう人は喜んでどうぞ!


 学院を卒業する頃、グレン=レーダスという齢十五の少年は帝国魔導士団に引き抜かれ、戦果は絶大。グレンは特務分室へ所属し、執行官ナンバー0、コードネーム『愚者』として、魔術師を、特に外道な魔術師を抹殺する日々を送っていた。

 その数は同僚ほどではないにしろ、若く、三階梯に過ぎない魔術師にあるまじき数であり、曰く、魔術師としては三流だが、魔導士としては一流だった――らしい。

 ただその魔術を人殺しに使う日々、魔術を貶めるような輩達の存在は、少年の純粋な心を否定させるには充分すぎるものだった。

 こうしてグレンの魔術への純真な想いが打ち壊されてゆくなか、同じく特務分室に所属する偉大なる遊牧民族出身であり、随一の風の魔術師、セラ=シルヴァースの存在は、彼の心が病んでゆくのを抑えてくれていた。

「白犬」「グレン君」。そう呼び合う二人の仲は、喧嘩はありつつもまるで姉弟のような関係であり、『正義の魔術師になる』という、魔術師暗殺の日々と相反する理想を掲げている子供だったために敬遠されがちだったグレンにとって、決してその理想を無碍にしない、暗殺稼業には似つかわしくない朗らかな性格のセラは数少ない普通の友人であり、まだ年頃の少年として、男として――なかなか素直になれない女でもあった。

 そんなセラ=シルヴァースという同僚が、グレンを庇い殉死を遂げたと思われた日に。

 最早魔術に対し、セラに対し、「手の届く範囲の人を、大切な人を守れればいい」という妥協にも――大人になったとも取れる想いしか抱いていなかったグレンが、宮廷魔導士団を去ることに戸惑いはなかった。

 

 

 

 繁華街のとある路地裏へ入り、人と熱気で溢れる表通りとは裏腹に、ひんやりとした人気のない路地裏を進んでゆくと……やがて奥まった場所にひっそりと隠れる様に据えられた、場末のバーが現れる。

 知る人ぞ知る隠し店のような趣のその店に、グレンとセラは迷わず足を踏み入れていた。

 店内は薄暗く、客はピークタイムだというのに殆どいない。所々に設置されたランタンの火が店内をぼんやりと淡く暗闇から浮かび上がらせており、二人は奥にあるカウンター席へ腰かけ、店内に並ぶテーブル席には、席ごとに仕切りが立てられ個室の様な案配になっている。

 この店は客に対して徹底した秘密厳守・非干渉を貫くことが売りの店であり、貴族や政治家、あるいは脛に傷持つ裏社会の住人達などが、密談・密会に使うような店なのだ。

 そんな店内のカウンター席、その端にあるスツールへ二人は座っており、早々に店員へと酒を注文する。

 

「雰囲気のいいところだねー。ふふ、グレン君はこういうお店が好きなんだ?」

「まっ、気楽に飲めるからな」

 

 出されたウィスキーをグレンはロックでちびりちびりと飲みながら、カクテルを頼んでいたセラもそれに倣って、グレンを横目で見つめながら口を付けた。

 

「グレン君もお酒飲むようになったんだねー。びっくりしちゃった」

「そりゃそうだろ。俺ももう十九――立派な成人様だぜ?」

 

 ずきりと、胸に締め付けられるような痛みが走り、それを平静を装いながら隠し通すグレン。

 細められた暗い瞳は、カランカランとグラスの中で回転させる氷を目で追い、不意に目を閉じた。

 正直、セラとしては彼の心境も察し済み。もう少しこうしてグレンと普通の会話を交わしていたかったが、それも難しいだろう。

 彼女はカクテルのグラスをテーブルに置き、両手を脚に置いて眉根を寄せながら俯いた。

 

「……ごめんね、グレン君」

「あん……? なんのことだ」

「貴方に何も言わずに離れちゃったこと……ずっと、後悔してたんだ」

「………」

 

 グレンは静かに再びグラスを傾けると、一つため息を吐いた。

 

「はぁ……。そんな事で悩んでたのかよ」

「そんな事って……ひどいなぁ、グレン君は。私、これでも結構繊細なんだよ? もっと優しくしてよぅ……」

「甘えた声出すんじゃねーよ気色悪ぃ……」

「ひどい!?」

 

 涙目になったセラを半眼でうなりながら鎮めるグレンは、後ろ頭をがりがりと掻き毟った。

 

「そんなこっちゃお前、俺の方がロクでなしだろうが……」

「……え?」

「あの時、あの瞬間。お前は間違いなく殺されかけた。誰の所為(せい)? 俺の所為に決まってんだろ……!? 顔向けできなかったのは俺も同じだし、今もこうしてお前と酒飲んでられるような奴じゃねーんだよ……俺は……お前にどの面下げて……!!」

「グレン君……」

「本ッッッッ当に、自分(テメエ)自身が情けねえ……ッッ!!」

 

 今でも昨日の様に思い出す彼女が散りかけた光景は、瞼を閉じただけでも再生されそうなほどに鮮明であり、その場で何も出来なかった後悔と自分への憤りを口にしたグレンは、酒の力でも頼らなければ今にも崩れ落ちてしまいそうだった。

 情けなくテーブルに顔を伏せ(むせ)び泣く。きつく握られた拳に、セラは頬に涙を伝わせながら彼の拳と背中に触れ、優しく撫でてゆく……。

 ……長い間、そうしていた気がする。握られた拳が少しだけ緩み、セラはその隙間へ指を入れ彼の拳を解し、最終的に手と手を握り合う形となった。

 

「……私が最後に貴方に言った言葉。覚えてる?」

「………いや……」

 

 よく聞き取れなかったが、きっと自分に対する恨み言なのだろうと覆っていたグレンは今、彼女の言葉に顔を横に振って見せる。

 セラはそっか、と呟いてから、彼へ上体を寄せ、耳元で囁くように告げた。

 

「君だけは魔術を嫌いにならないで」

「――え……?」

 

 不意にグレンは顔を上げ、涙によって半音高くなった疑問符を浮かべると、目の前のセラは少し辛そうにしながらも微笑んでいた。

 

「でも、きっとあの時グレン君は悪い方に捉えるだろうなっていうのも分かってた。どういう形になっても、特務分室を抜けることは簡単に想像できた。魔術に……夢に愛想を尽かして別の道に進むことも。だから、ごめんなさいグレン君……。結局、貴方から魔術を遠ざけちゃった一番の原因は、私なんだから」

「そんなこと――」

「あるよ。あるもの……じゃないと、私も自分を嫌いになりそうなの……」

 

 その眦には涙が溜まっており、今にも伝いそうになっていた。

 握っていた彼女の手が弱々しく震えており、どうすべきか悩んだグレンは、天井を向いて彼女の肩に手を回し自分の胸を貸すことにする。

 たったそれだけの行為だったが、今度はセラが咽び泣く番だった。

 グレンはその間も天井を向き続け、ただ自分の胸元にある女性の温度が確かであることを実感してゆく。

 全てがあの頃に戻ったわけではない。けれどそれでも、自分にとって大切な存在が未だいることに、彼は深く安堵するのだった………。

 

 

 

「……私、あれから貴方の事を探そうとして帝都へ足を運んだけれど……あったのは謂れもない私自身のお墓。詰め所にも近づけなくて、結局、ここに戻って来ちゃったんだ。途方に暮れていた私を支えてくれたのは、システィちゃん達だった。『私の家のメイドになってください』。最初はびっくりして、私なんかに務まるのかなぁって思ったけれど、やってみたら案外面白くて。みんなも優しいし、私も自分でいられるような……酔いすぎちゃったかな、まとまらないや」

「世話焼きたがりなお前のことだし、そっちのが向いてんじゃねーの? さしてあの頃と変わらんだろ」

 

 かなりの時間を経て、ようやく泣き止んだセラと、どこか毒気を抜かれたグレンは、お互いに目元を赤く腫らしながら酒を飲んでいた。

 泣きながら彼女がここ一年余りの行動を語りグレンは静かに聞いていたが、落ち着いたところでグレンはようやく口を開く。

 恐らくセラは自分の行動なんてアステルなんかから聞いているだろうと踏んでいたグレンだったが、まさにその通りで。

 

「グレン君はその間家に引きこもってセリカさんの脛齧ってるって言うし、ギャンブル依存になっちゃうし、お酒も飲めるようになっちゃって悪い遊びとかしてそうだし……くどくどくどくど………」

「………」

 

 完全に酔いが回り、首筋まで赤くしたセラがグレンにしな垂れ掛かりながらも本人を前に皮肉を言いまくり、仕舞いには説教が始まってしまい……。

 グレンはそんな彼女を見て、つい安心からかふっと笑ってしまう。

 セラは彼が笑うのを見て更に怒り出し、分かりやすく頬を膨らませた。

 

「もう……。……いつでも君の事が心配で、どうしても傍で見ていてあげたくなっちゃうんだよ? だからかな、今日、何かあったんだよね? よかったら話して?」

「………まあ、なんつーか……」

 

 言い出し難かった。先ほど『魔術を嫌いにならないで』と言われてしまっては、彼女を理由にすることもできなくなったグレン。これ以上追い打ちをかけるわけにも行かず、酔いの回った頭でなんとか言葉を探す。

 そして、魔術を人の為に役立てる方法を模索し日々努力している少年と、世界の神秘に憧れを抱きながらも、いつかその神秘を解き明かす事を信じている少女の話をした。

 その二人の理想を、特務分室から出てきた自分の価値観が相違してしまい、激しく非難してしまったことを語ったグレンは、ひどく落ち込みながら深いため息を吐く。

 セラに語っている間に、自分がつくづく最低な人間だと実感させられる。グレンは口を湿らせるように酒を含み、ゆっくりと嚥下させる。

 

「……前に一度話したことがあったと思うけれど、今後、自分の持つ魔術で何を為すか、良心に従って行動した時、何ができるのか。その行動が自分の理念に基づくものであったのなら、その時、自分は初めて正しく在れるんじゃないかな?」

「あー……。あれか」

 

 特務分室時代、グレンの心が病みかけ、「日々人殺しに明け暮れる自分は、果たして正義の魔法使いになれるのだろうか」という疑問に打ちのめされていた時、セラが言ってくれたものだ。

 それによってある程度心の整理を付けることが出来た彼は、その日もまた彼女をからかって眠りについたのを覚えている。

 

「今更そんな言葉を聞くはめになるとはなぁ……」

 

 もっとしっかり聞いておくべきだった、とグレンは頭を掻きながら反省した。

 セラはくすくすと笑いながら目を伏せると、「年上の言う事はちゃんと聞いた方がいいよー?」と軽く説教が飛んでくる。

 

「……出来るかな、俺なんかに。魔術師の卵を育てる事なんて」

「出来るよ。グレン君だもの。それに私はもう魔術を使えないけれど、それでも触れてきた時間の分だけ、誰かに伝えることはできる。君は君だけに出来ることがきっとあるよ。いつも疑問を持って前へ進み続けてきた貴方なら、きっと大丈夫」

「……そっか」

 

 グレンは再びグラスに口を付けると、不意に自分にしな垂れかかっていたセラの重さが僅かに増す。振り向けば、整った寝息を立てる想い人の姿があった。

 

「ったく、良い事言ってすぐに寝るんじゃねーよ……。……でも、ありがとな。白犬」

 

 彼女が「また白犬って言ったー!」と怒りそうだが、グレンは含み笑いを浮かべながらも今は彼女の確かな重さを感じることにした。

 

 

       ◇

 

 

 翌日。アステルは気分を入れ替え、制服に身を包んで朝のホームルームから少し余裕をもって登校し、学院長室を尋ねていた。

 そこにはすでにハーレイと学院長であるリック=ウォーケンがおり、彼は緊張した面持ちで二人から聞かされた言葉に、思わず聴き返した。

 

「……えっと、今のお話は本当なのでしょうか?」

「勿論だとも。君には二週間後に帝都で行われる魔術学会に参加してもらいたいのだ」

 

 執務机に肘を置いて、口元の前で手を組んだリックは朗らかに笑い、その隣に立っているハーレイは眼鏡のブリッジを持ち上げながら口元だけを緩ませる。

 

「私の推薦でな。助手であれば自分の研究内容を発表するのも当たり前のことだ。無論、当日は私の講演のフォローもしてもらうことになるが」

「それは知っていましたが……まさか僕みたいな若輩者がそんな恐れ多い場所に立てるだなんて……」

「何を言うのだアステル! お前はすでに私以上の成果を以てあの《飛行杖(ニンバス)》を完成させたのだ! これを発表せずなんとする!?」

「で、ですがハーレイ先生。《魔導浮揚器》自体は未だ調整中です。飛行試験は昨日済ませましたが、未だに魔力量の制御が利きません。これでは未完成品をお店に出すようなもので――」

「だが、すでに内部構造は出来上がっているのだろう?」

「は、はいリック学院長……」

「なら問題ないだろう。発展途上の研究成果を発表するのも大切なことだ。どうか君も、あの場にいる大人たちの胸を借りるつもりで行ってきなさい。実りあるものになることを、期待しているよ――」

 

 

       ◇

 

 

(なんて言われてしまったけれど、正直僕には荷が重いというかなんというか……)

 

 朝一番にこれまた難題を課せられたアステルは、頭を抱えながら実験室で一息ついて教室へ戻ると。

 そこには昨日、自分の研究成果を見てもらった恩師、グレン=レーダスが――

 親友であり盟友のシスティーナ=フィーベルへと謝罪している場面に出くわした。

 

「どっ、どどどどうしたんですかグレン先生!? 一体何が……!?」

「おう。お前にもちっと話があるんだわ。授業(・・)が終わったら、ちょっといいか」

 

 顔を真っ青にしてグレン達へと駆け寄ったアステルは、どこか吹っ切った風の雰囲気を纏っているグレンを見上げる。

 その瞳には僅かながらも光が差していたが、眉根はヘコんだように垂れ下がっていた。

 ちら、と隣のシスティを見れば露骨な敵意に満ちた視線をずっとグレンへと送っており、黒板へ背を向けて歩いていく彼の後ろ姿を「………授業?」と疑問符を呟いたアステルの淡い希望の視線が絡み合い見送る。

 教壇の傍らでこちらへ振り向いたグレンは目を閉じており、その場に居るアステルとルミア以外の猜疑の視線を彼は完全無視していた。

 やがて予鈴が鳴り、弾ける様にして目を開いたグレンは誰かの名前を呟きながら教壇に立つ。

 そして、彼の口から信じられない言葉を聞くのだ。

 

「――じゃ、授業を始める」

 

 どよめきがうねりとなって教室中を支配した。誰もが顔を見合わせ、その中でも隣同士であり、昨夕に自分たちの目標を語ったアステルとルミアは目を輝かせながら笑みを浮かべた。

 ……だが。

 呪文学の教科書のページをぱらぱらと流し読みしたグレンの表情が明らかに渋い顔になり、挙句それを

 

「そぉぉぉいッ!!」

「え……エエエェェェエエエ―――ッ!?」

 

 思い切り床へ叩きつけた。

 アステルは思わず声を上げてしまい、それはもう角から落下したために表紙が激しく折れ曲がり、平も若干破けかけていた。

 彼はスッキリしたような清々しい表情で教壇に手を添え、「さて、授業を始める前にお前らに一言言っておくことがある」と前置きする。

 

「お前らって本当に馬鹿だよな」

 

 そしてとんでもない暴言を吐いた。

 その後彼は日々熱心に勉強していた生徒たちを褒め、皮肉り、そして侮辱する。

 もちろん生徒たちもただ黙っているわけではなく、黒魔【ショック・ボルト】でさえ一説詠唱できないグレンの技量を貶し、彼は不貞腐れるなどしながらかわしていった。

 やがてグレンはチョークを手に取り黒板へ書いた【ショック・ボルト】の呪文の節を切り、三節から四節となったそれを見て彼は何が起こるのかと、設定を肉付けし生徒達へと聞いたが、誰もが口を閉ざしている。

 優等生であるシスティすら、額に脂汗を浮かべ悔しそうに押し黙っていた。

 だが。その中で。

 目をキラキラさせながら笑みを浮かべ、グレンが教鞭をとっている姿に感動している少年が、彼から左斜め前の席に居た。

 まるで主人から与えられる餌を待つ犬のように。

 

(わっかり易ッ。あー、こいつは完全に犬だわ)

 

 グレンは内心でそう思いながら、彼との――アステル=ガラードとの視線を合わせながら「ちょっと待ってな」とアイコンタクトすると、更に彼は一層目を輝かせ口をあわあわと震わせる。恐らく尻尾が生えていたら縦横無尽に振り回しているだろう。

 

「これはひどい。まさか全滅か?」

 

 その熱意ある視線を受けながらもグレンは生徒達を嘲笑い、「そんな変なところで区切った呪文なんてあるわけがない」と反論したツインテールの少女、ウェンディが声を張り上げ、机をたたきながら立ち上がった。

 彼女の返答にグレンはハラを抱えながら下品極まりない嘲笑を上げ、まるで仇を討つようにアステルとシスティに次ぐ成績を持つ男子生徒――ギイブルが立ち上がり、眼鏡を押し上げながら負けじと応戦する。

 

「その呪文はマトモに起動しませんよ。必ずなんらかの形で失敗しますね」

「必ずなんらかの形で失敗します、だっておー!? ぷぎゃ――ははははははっ!」

「な――ッ」

「あのなぁ、あえて完成された呪文を違えてんだから失敗すんのは当たり前だろ? 俺が聞いてんのは、その失敗でどういう形で現れるのかって話だよ?」

 打ちひしがれたように俯くギイブルを後目に、

 

「何が起きるかなんてわかるわけありませんわ! 結果はランダムです!」

 

 ウェンディはさらに負けじと吠え立てるが――

 

「ラ ン ダ ム!? お、お前、このクソ簡単な術式捕まえて、ここまで詳細な条件を与えられておいて、ランダム!? お前らこの術、究めたんじゃないの!? 俺の腹の皮をよじり殺す気かぎゃははははははっ! やめて苦しい助けてママー!」

 

 ひたすらグレンは人を小馬鹿にするように大笑いし続ける。

 この時点でアステルとルミア、ただ茫然とその話を聞いているシャル以外のクラスの苛立ちは最高潮に達していた。

 

「もういいか。――おい、そこのさっきから目ぇキラキラさせながら俺見てる開発馬鹿」

「はい!!」

「ちょっ、アステルに対してその言葉は酷くないですか!? ってアステルもなんで反応しちゃうのよ!?」

 

 グレンのあんまりな呼称を糾弾するようにシスティが立ち上がるが、嬉々として返事をし勢いよく立ち上がったアステルを見てぎょっとする。

 

「答えは右に曲がりますっ! さらに五節に区切ると射程が三分の一ほどになり、三節中の一言を抜けば出力が格段に低下します! 原理としては体内の魔力の流れが右回転ということから、直線状、それも力線駆動などによる雷撃の黒魔に於いては――」

「ストップ、ストップだ。細かい説明までありがとよアステル、座っていいぞ。っとまあ、分かってんのはこいつくらいか? まあ、究めたっつーなら、こいつくらい頭に入ってねーとな?」

 

 チョークをくるくると指の上で回転させ、アステルが回答したというのにどや顔を浮かべるグレンだったが、腹立たしいことに、クラス中の生徒たちは誰一人として言い返せない。

 それから彼の投げかける疑問の解を生徒達の呟きから拾い上げて進んでゆく授業。アステルは(やっぱり、この人は凄い人だ……!!)とこれからの彼の授業に思いを馳せ、懐の羊皮紙に羽ペンを走らせてゆく。

 

「つーわけで、今日、俺はお前らに、【ショック・ボルト】の呪文を教材にした術式構造と呪文のド基礎を教えてやるよ。ま、興味ない奴は寝てな」

 

 グレンはそう言って一呼吸置きつつ、再びチョークを黒板に走らせ始めるのだった。

 

 

       ◇

 

 

「……要するに魔術式ってのは超高度な自己暗示っつーコトだ。だから、お前らが魔術は世界の心理を求めて~なんてカッコイイことよく言うけど、そりゃ間違いだ。魔術は人の心を突き詰めるもんなんだよ」

 

 ドンッと自分の胸板へ手を当てたグレンを見て、先ほどから好奇心一杯羨望一杯のまばゆいばかりの視線を送っていたアステルはごくっと生唾を飲み込んだ。

 そこからざわざわとクラスがざわめき、グレンは更に生徒達の言葉を拾っていく。

 

「何? たかが言葉ごときに人の深層意識を変えるほどの力があるのか信じられないって? ……ったく、あー言えばこう言う奴らだな……おい、そこの開発馬鹿」

「はい?」

「だから彼は開発馬鹿じゃありません! 彼にはアステル=ガラードって名前が――」

「……愛している。実は一目見た時から俺はお前に惚れていた」

「え゙……」

「は?」

「ほーうっ?」

「なッ――」

「……なななな、貴方、何を言って――ッ!?」

「はい、注目ー。白猫達の顔が赤くなったり青くなったり黄色くなったりしましたねー? 黄色は危ないと思うが見事に言葉ごときが意識になんらかの影響を与えましたねー? 比較的理性による制御の容易い表層意識ですらこの有様なわけだから理性のきかない深層意識なんて――どわぁッ!? ちょ、この馬鹿! 教科書投げんな! ってかそこの金髪(シャーリィ)テメェ今ナイフ投げたな!? 刃物投げちゃダメ絶対!!」

「シャーリィ=メドラウトだ! 馬鹿はテメェだッ!! 何授業中にいたいけな男子口説いてんだテメェは!?」

「先生の馬鹿ぁぁっ!」

「馬鹿はアンタよッ! この馬鹿馬鹿馬鹿――ッ!」

 

 ひと騒動の痕、顔を真っ赤に腫らし、頬には複数の切り傷の出来たグレンは術式の呪文の関係について話し始める。

 アステルの両側からフーッ、フーッと猫や犬が威嚇している時の呼吸音が聞こえるが、彼は気を取り直して彼の話に聞き入った。

 

「ま、要は連想ゲームだわな。例えば、そこの白猫と開発馬鹿と聞けば白髪、と誰もが連想するように呪文と術式の関係も同じだ。ルーンで呪文を括ることで相互――痛ぇッ!? ちょ、頼むから教科書投げないでぉおぶはぁッ!?」

 

 グレンの顔に、さらに本の痕が付く。今度は他のクラスメイトもグレンへ近い者から本を投げ出し、彼は滅多打ちに遭ってしまう

 それから後も時に聞き入り、時に考え、時に激しいツッコミの押収が続き、あっと言う間に授業は終わってしまうのだった。

 

 

       ◇

 

 

 授業が一区切りついたところで昼休みとなり、グレンはアステルを呼び出し西館の屋上バルコニーへと出た。

 

「どうしたんです? 今日の授業といい、グレン先生、昨日何かあったんですか?」

「あー……まぁ、色々とな。見直すことが多かったっつーか……」

 

 グレンは壁に寄りかかり、空を見上げる。すると視界のどこにでも、あの空に浮かぶ城が目に入る。

 それを見て意を決し、少しぶっきらぼうな口調で語り出した。

 

「昨日、セラと会った」

「……そうですか」

 

 アステルももちろんセラが外出したことは知っている。深夜まで戻らなかったので心配していたが、その予感は的中。泥酔しかけたセラがべろべろになって屋敷へ戻ってきたため、その時間まで研究に没頭していたアステルは慌てて彼女を介抱したのである。

 尚、現在その話の中心であるセラは絶賛二日酔いに悩まされダウンしているので、今日の臨時料理当番はシスティが受け持つことになった。

 

「――ありがとな」

「え……?」

「まあ、なんだ……その、結局アイツを救おうと真っ先に飛び出してったのはお前なんだと思うし、まずはお前から礼を言っとこうと思ってさ」

「先生……」

 

 グレンは後ろ頭を掻きながら照れくさげに笑う。そんな彼の見たことのない表情を目にしたアステルは、思わず涙腺が緩んだ。

 

「なーんでお前が泣いてんだよ。おらっ」

「うわあっ! や、やめてください戻すの大変なんですから!」

「はははっ! うりうりこいつめーっ!」

「せんせーっ!!」

 

 くしゃくしゃと癖の強い前髪をさらにぐちゃぐちゃにされながら撫で回されながらじゃれ合い、最終的に完全にセットが乱れたアステルは涙目でそれを戻してゆく。

 

「……また頑張るからさ。付き合ってくれないか? さっきみたいに、俺の授業に」

「当たり前じゃないですか。先生の教科書に縛られない授業、僕はとても好きです。考えて考えて、根本から見つめ直して一から……いえ、ゼロから組み上げていく魔術というものが好きです。どうかこれからも、よろしくお願いします、グレン先生」

「――おう。任しときな」

 

 ふっと笑ったグレンは大きく頷いたあと、「でも」と付け加える。

 

「はい?」

「まずはメシだ。腹減った~もう仕事いや~」

「っはは……!」

 

 自分の腹をさすったグレンを見て、アステルは白い歯を見せて笑うと、二人で食堂へと向かうのだった。

 

「そうだ先生、セラさんとはお付き合いされてるんですか?」

「ばッ!? ち、ちげーよっ!? あいつとはまだ何もしてねぇっ!!」

「……まだ?」

「……もうやだぁ……お家帰るぅ……」

「ああっ、先生待って! 逃げないで! そっち食堂じゃないです!?」




 ここまでお読みいただきありがとうございます! 次回もどうか、よろしくお願いします……!!
 ※6/16、リック学院長のお話を少し修正しました。大変申し訳ありません!
 ここら辺で少し人間関係図を記入していきたいと思います。学生組はほぼハーレムとなっていますが、グレンとの絡みも多めに考えておりますのでご安心ください!
 第一弾はアステルです。どうぞ!


1.〇〇からアステルに対する印象

①システィ:……好きよ。当たり前じゃない。――って、何言わせてんのよ馬鹿ぁぁぁ――ッ!!(ゲイル・ブロウ)

②ルミア:好きだよ? 大好き♪ システィとくっついても大丈夫かなぁ

③シャーリィ:まぁ、好きな部類なんじゃねーの? つっても恋愛感情はあまりねーから、お嬢と姫さんのやりとり見てニヤニヤしてるのが性に合うっつーか

④セラ:可愛い弟分! いつかめいっぱいなでなでしたい!!

⑤ハーレイ:私の弟子天使すぎィ!!

⑥グレン:開発馬鹿。滅茶苦茶授業気に入ってくれてるっぽいが……まっ、これからも頑張りますか

⑦セリカ:もっと出番くれ 全員:直球!!


2.アステルから〇〇に対する印象

①システィ:親友、かな? 同じ目標を持っている大切な人で、お互いに支え合えるように頑張ります!

②ルミア:彼女は幼馴染です。立場的に危ういところに居るけれど、彼女を守れるように頑張ります!

③シャーリィ:幼馴染で頼れる親友! かな? たまに僕よりも男らしくてカッコイイところがあるけれど、ちゃんと女の子としても見てあげたいなぁ

④セラ:システィの家の縁の下の力持ち。メイド服可愛いです。優しくて時には叱ってくれるところも愛情があるとてもいい人だと思います!

⑤ハーレイ:師匠。ツンデレで少しコミュニケーションが大変だけれど、毎日楽しく研究できているのも先生の御蔭です、ありがとうございます!

⑥グレン:色々と危なっかしい人。もっと仲良くなりたいなぁ

⑦セリカ:恐れ多くも先の大教授、セリカ=アルフォネア公であらせられるぞ! この紋所が目に入らぬか! ハハーッ!!(土下座)


グレン:おいアステル最後の……

シャーリィ:ってか「!」大杉!




※次回はグレン先生です、お楽しみに!



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第六話 それぞれの休暇

 お待たせしました第六話! 今回はオリ要素多めです!
 お気に入り登録ありがとうございます、これからもよろしくお願いいたします!


 数日後。本日は休校日ということで、フィーベル家に住まう若者たちはそれぞれの時間帯に起床し、それぞれが別々に朝を過ごす。

 その中で最も早く起床したのは、いわずもがなアステル=ガラード。

 黒いタンクトップ姿で下はジーンズといったラフな格好でベッドから起き上がり、彼を中心として眠る前に読み込んでいた本が散乱している。

 眠気が彼を襲う中、負けじとシスティの言いつけを守り整理整頓を行う為本を重ね、棚へと戻してゆく。

 そこでようやく脳も起きてきたのか大きな欠伸を噛みしめ、彼は勉強机の椅子に掛けられたシャツを羽織り、ぼろぼろになっている白い絹で出来た手袋を片手に自室を出た。

 向かう先は一階の洗面所であり、彼は目を擦りながら階段を降りてゆくと、廊下で何やら金色の何かが動いた気がした。

 

「……?」

 

 手すりから身体を乗り出して下を見ると、彼は、

 

「うぇッ……シャル!?」

 

 思わずその正体に驚き声を上げてしまう。

 なんとそこにあった―――というより居たのはシャーリィ=メドラウト。彼女は絨毯の敷かれた上で横になり眠っているようだ。

 慌ててアステルはシャルの元まで階段を駆け下りて近づくと、ぐうぐうと小さないびきをかいており、ひとまず体調が不良でないことに安心した彼は彼女を優しく揺する。

 

「シャル、シャル。こんなところで寝ていたら風邪引いちゃうよ」

 

 誰かに起こされればすぐに目を覚ますアステルとは違い、彼女は眠りの質が深いのかこの程度ではなかなか起きない。基本自分が起きようと思うまでとことん眠ってしまう人物なのだ。

 アステルは何をしても起きない彼女に溜息を吐きながら肩を下げると、彼女の脇に首を入れて担ぎ上げる。

 

「………んん~っ……」

 

 シャルがどこか嫌がるように艶めかしい声を上げ、アステルは顔を赤くしながら「お願いだからそんな声出さないでよびっくりした……」と呟きつつ、リビングまで彼女を運んで行く。

 なんとかソファまで連れてゆき、彼女を横にさせたところでクッションを彼女の頭の下へ、毛布を上へ掛けてやる。

 アステルはその時には完全に眠気など吹っ飛んでしまっており、洗面などを済ませタオルを手に玄関へ歩いてゆき、壁に立てかけてある巨盾を手に外へと出た。

 深々とした空気の中、アステルは大きく深呼吸しながら伸びをして小鳥のさえずりを聞く。

 さくさくと芝生を踏みしめながら裏手の庭へ回り、自分の畑に立てた柵へとシャツと盾を置いて準備運動を念入りに開始。

 

「……っふう―――っ……」

 

 軽く汗が出たところで準備運動をやめ、腕の筋を伸ばしながらその盾の元まで歩いてゆく。

 見るからにボロボロな巨盾――タワーシールドであり、これはとある伝手で手に入れた騎士団の払下げの品だ。

 幾多にも連なる剣劇を耐えきったそれは最早新品に切り替えた方がよいという声もあったが、彼には思い入れの深い品であったために未だ鍛錬に於いては手放さずにいる。

 アステルは取っ手を握りしめてそれを軽々と持ち上げると、一つ深呼吸してから勢いよく横に薙いで地面へ盾の下部を押し当て、踏み出した右足から宙へと舞い数々の蹴り技を行う。

 盾の上でバランスを取りながら回転蹴りなどを見せる彼の姿は異様であり、前後の装甲の厚さの違いから均衡が取り難い盾でもこんな芸当をしてのける彼のバランス力は大したものだと言えるだろう。

 彼の足が地面へと接着すると同時に盾の上部を握りしめ上段から振り下ろし、取っ手側へと一瞬で回り込んだ彼はそれを握りしめて更に一歩前へ踏み出す。所謂《チャージ》といわれる近接格闘技術だ。

 勢いを切らさないまま盾を軸にアステルがその場で再び回転し、うねる様に腰から盾を持ち上げて振り払う《バッシュ》、こういった動きを一連として繰り返し行うアステルだが、相棒が不在の鍛錬に少しばかり味気無さを感じていた。

 それも仕方ないと考え、ひたすらに同じ動作を繰り返してゆき、息が上がったところで呼吸を整えるため、腰のポケットに入れていた手袋をはめると、彼はおもむろに手袋を嵌めた右手を持ち上げる。

 

「――《綴る》。《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ》」

 

 そして指先を動かし始め、黒魔【ショック・ボルト】のルーン語を中空へ描くように書き上げると同時、白銀の軌跡が舞い、彼の指先から激しい電撃が放たれた。

 以前彼も口々に言っていたが、彼は魔術が使えない。――通常の状態では。

 だからこそ、彼は魔術を学ぶ前に自分自身と向き合った。魔術を解き明かすいち研究者として。魔術学院に通ういち学生として。魔術の詠唱と法陣は構築出来たとしても発動直前で破砕してしまう自分自身の体質を改善させるために何もしなかったわけではなかった。

 彼が身に着ける手袋はただの手袋ではない。内側の繊維に彼が独自で開発した《銀線繊維(シルバーナーヴ)》と呼ばれる、魔力を通しやすい金属である銀を魔晶石と錬金術によって混合させ、魔力にのせた魔法術式を伝達するよう加工した。

 それを繊維状にまで細め、手袋へと通常の絹と組み込んだのである。

 この手袋のおかげでようやく彼は魔術を扱うことが出来るのだが、今彼が行ったように言葉での詠唱、そして手袋を嵌めた右手によるルーン語の書き込み、この連動起動によってようやく魔術が扱えるのだ。

 つまり、普通の魔術師の二倍以上の工程を経て初めて彼は魔術を扱うことができる。

 しかし魔術を発動する際、素手の左手で手袋や法陣周囲に近づけば簡単に破壊されてしまう。そのため左腕があさっての方向へ行かせない為の鎖、巨盾だった。

 もちろんそれを鎖としてではなく、確実に戦闘で役立てる為のものとして日々鍛錬に励んでいる彼は……彼らは、一つの想いがある。

 

「よう。やってんな」

「おはようシャル。ダメだよ、あんなところで寝てちゃあ」

「悪い悪い」

 

 アステルに声をかけたのは、軽くストレッチをしながら片手にはロングソードと呼ばれる鋳型製法の鋼鉄の剣を鞘に納め手にしたシャルが居た。

 彼の小言を平然と受け流したシャルはとんとん、と鞘で自分の肩を叩いたあと、それを引き抜くと、刃の潰された鍛錬用のそれが覗く。

 シャルの行動にアステルは軽く目を伏せながら、いつもの朝の鍛錬へと戻ったことに嬉しさを感じつつ盾を構える。

 

「んじゃまあ、やるか! まずは打ち込み百回5セットだ! 覚悟しやがれ!」

「寝起きで動けるかい?」

「舐めてっと痛い目見るぜ? 打ち身じゃあ済まねえ体にしてやんよ!」

「ははっ……――よしっ、来いッ!!」

 

 二人は軽く笑い合った後、アステルは息を吸い込みながら盾を構え、シャルは地を這う蛇の様に蛇行しながらフェイントを掛け、彼へと斬りかかるのだった。

 

 

       ◇

 

 

「もー、二人ともお休みの日だからってはしゃぎすぎだよ? オーバーワークは身体に響くんだからね? 特にシャルちゃん! 女の子なんだからもっと身体を大事にすること! わかった!?」

「ゴメンナサイ……」

「へーへー。――ってイッデェエエエッ!? だから処置した後ぽんぽん叩くのはやめろ! やめてください!!」

 

 ものの見事に痣や打ち身だらけになった二人は、起床していたセラにリビングで手当てされており、アステルは頭にたん瘤を作り額には痣ができて氷を包んだタオルを巻き、打ち身だらけとなった身体中には彼が採りためていた薬草が当てられ包帯に巻かれている。

 一方シャルと言えば脚を挫いてしまい、腫れがひどかった為に彼女から手厚い処置が施され、仕舞いには軽く叩かれてしまい思わず悲鳴をあげた。

 処置を終えたセラは手を桶に入れた水で洗い、清潔なタオルで拭いたあと、「さてと」と呟き椅子に掛けていたエプロンを身に着けキッチンへ立つ。

 そして女神の様な笑みを浮かべながら振り返ると、

 

「お腹すいたでしょう? 二人とも何か食べたいものない?」

「アンタが神か」

「うう……どうしよう、セラさんの後ろから光が差してるように見える……」

 

 二人はぐでっとテーブルに突っ伏しながら思い思いに食べたいものを口にするが、最終的にアステルが譲りシャルの食べたいものを優先してもらった。

 セラはアステルの言葉に「大げさだなぁ」と微笑みながら調理を開始。そんな彼女の後ろ姿を見て、二人は思わず顔を向き合わせる。

 

「(なぁ……セラの奴いつもより……)」

「(シャルも気付いた? いつもより綺麗というか……)」

「(バーカ、オシャレって言うんだぜ、ああいうの)」

「(……まさかシャルの口から御洒落なんて言葉が聞けるなんて)」

「――ンだとテメェ!? っ()ぇぇ~~っ!!」

「ど、どうしたのっ?」

 

 唐突なアステルの言葉に怒りのあまり勢いよく立ち上がったシャルは自分が足を挫いたことなど忘れ、思わず体重をかけてしまい激痛が走った足を抑える様に蹲った。

 セラは慌てて振り返り、アステルは平然を装い顔を横に振り、シャルは苦笑を浮かべて再び椅子に腰かける。

 そしてシャルがセラへと尋ねた。

 

「今日どっか出掛けんのかよ? そんなカッコして」

「え? えー……あー……う、うん。まあね。どう? 似合う?」

 

 セラは言葉を迷わせながら自分の身なりを見せようとくるりと回転した。

 私服を上手く組み合わせたのだろう。清楚な印象を受け、尚且つ派手でもなく落ち着いた服装。アステルは「よく似合ってます」と口に出し、シャルは「まっ、いいんじゃねーの?」と含み笑いを浮かべている。

 そして二人へ礼を言いつつご機嫌になり鼻歌を歌いながら調理へ戻るセラを、二人は暖かい目で眺めながら思うのだ。

 

((ああ、先生(グレン)ってこういう服が好みなんだ))

 

 と。

 セラが誰とは言わなかった辺り、恐らく自分たちには言い難い相手なのだろうと察していた二人はその相手が誰なのかはすぐに判ってしまう。恐らくシスティは巻けてもルミアにはお見通しだろう。

 

(でも、よかった。グレン先生も普通にセラさんお誘いできたんだ)

 

 アステルはふふっと笑いながら頬杖をつき、先日の昼休みにグレンから持ち掛けられた相談内容を思い出す。

 

『なぁアステル。学生のお前に聞くのもなんだけどよ。この辺で女子受けのいい穴場とかってあるか?』

『え? どうしたんですいきなり?』

『いいから教えてくれって。お前モテモテじゃねーか、さっきの授業でまーた白髪呼ばわりしたら教科書ぶん投げられたし』

『それは自業自得だと思いますけど……。あと僕、全然モテませんよ? たまにクッキー配ったりとかするだけなので、たぶん友達感覚……で……』

『おいっ、言いながら悲しそうな顔するなよ! ってか泣くなよ!? お前顔はいいし性格もいいじゃねーかっ!? それにあの白猫飼いならしてるんだ、絶対裏じゃ騒がれてるって!』

『すみません……ありがとうございます』

『お、おう……。んで、心当たりとかねーかな? 俺も隅々までこの街んこと知ってるワケじゃねーしよ、頼むッ! この通りだ――!』

 

 それから幾つかクラスメイトや他クラスの女子から聞いた噂などをグレンへと伝えたが、まさか今日とは。結構積極的なんだなぁとアステルは思っていると。

 

「なーに緩んだ顔してんだよ。頭ん中お花畑か?」

「違うよ。シャルは今日予定ある?」

「ん? 昼寝っつー重要な予定がある」

「そっかー」

「それにお前、デートに誘うならもっと適任がいるだろ。お嬢とか姫さんとか」

 

 シャルの言葉が放たれた直後、ガチャンッ!! と激しい音がキッチンから聞こえ、二人は見てみれば耳を真っ赤にしたセラがお玉をシンクに落としていた。

 

「……セラさん?」

「おいおいどうしたんだよ。まさかその年になってデートなんて単語に過剰反応するほど乙女かぁ?」

 

 お淑やかという言葉の対局に居るであろうシャルのゲラゲラという笑いにセラはついに両肩を震わせて振り返った。

 その顔はすでに真っ赤になっており、握りしめたお玉はひん曲がり、膨らんだ頬は今にも爆発しそうなほどで、アステルはその顔を見て苦笑いを浮かべる。

 

「セ、セラさん落ち着いて……。その、楽しい一日になるといいですね」

「後からそっと追いかけっから、気にせずよろしくやれよ~」

「ア、アステル君はともかくシャルちゃんは……つっ、ついてくるつもりなの!?」

「面白そう」

「……もうっ! いじわるな二人には朝ごはん作ってあげません!!」

「なんでさぁぁ――っ!?」

 

 その後本当にセラは二人分の朝食を平らげてぷんすこ怒りながら出掛けて行く。アステルは彼女を見送ったあと一つため息を吐いて、セラが置いて行ったエプロンを手に取った。

 シャルもセラを追おうとはせず、頬杖を突きながらぼーっと簡単な朝食を作り始めたアステルを眺める。

 

「……お前、ホントエプロン似合うようになったよなあ」

「そう? 男が調理場に立つのはやっぱりおかしいかな」

「おかしかねーだろ。立派だと思うぜ? 研究の手伝いやりながら自分の発明して、んでもって成績も優秀、交友関係も広い。んでもって家事まで出来る。完璧じゃねーか」

「珍しい。シャルが僕を褒めてくれるなんて」

「たまーにだから意味があんの、こういうのは」

 

 わかってねぇなぁ、とシャルの嘆息する声を背を受けつつ、アステルは手元を見たまま苦笑を浮かべ、彼女に聞こえないくらいの声量で「素直じゃないなぁ」と呟いた。

 シャルにとってアステルとは親友であり家族であり、そして好敵手でもある。

 剣を扱う彼女としては、盾だけを使う彼は盾で、自分は矛。

 二人でようやく一人前と彼女の知り合いから笑われてはいるが、それでも技量はお互いに帝国武官にも匹敵しうる。

 要は対極的な性格にある二人だが、お互いの足りない分を幼い頃から補い合ってきた相棒なのである。

 だからこそ、小さい頃はよく褒め、褒められを繰り返していた二人にとって現在は、褒め合うことなどあまりない。互いを理解し合っているからこその信頼とも言えるだろう。

 ……いや、アステルはよく気付く性格であるからか褒めているのだが、昔は素直だったのに今ではつっけんどんな態度をとられてしまう事に彼女も年頃の女の子なのだと自覚させられる。

 シャルの本心としては嬉しいのだが、システィやルミア、それにセラの手前素直な態度を取ってしまえば水面下のキャットファイトが激化しかねないので、なんとかリアクションを抑えているため、俗にいうツン属性が働いてしまうのだ。

 せめて二人きりの時くらいはこうした甘えも許されるだろうと思っての言葉だという事を、アステルはまだ知らない。

 会話が止み、アステルとしては心地よい、シャルとしては気が気ではない空気の中、それは唐突に起こった。

 

「あっ」

「どうした!? 指でも切ったか!?」

 

 アステルの呟きにシャルは勢いよくその場を立ち上がり痛む足を持ち上げ片足ケンケンしながら彼へ駆け寄ると、手元にあったのは包丁ではなく野菜炒めが盛りつけられた皿だった。

 

「……味付け忘れちゃった」

「ンなモン食えるかバカヤロー! ほぼ味が油じゃねぇか!」

「あはは、ごめんごめん。上から塩胡椒でも掛けようよ」

 

 顔を傾けながら申し訳なさげに笑うアステルに、シャルは思わず肩へパンチを食らわせると文句を言った彼女に彼は朗らかに笑ってみせる。

 

「ったく……心配させんなダホ」

「ごめんよシャル。でもこれは結構自信作」

「味ねーのに?」

「うん」

 

 唇を尖らせながら拗ね始めるシャルの脇にアステルは空いた手を回し、彼女が彼の肩に腕を掛けて若干の体重をかけたところでゆっくりと歩きテーブルへと座らせた。

 キッチンへ戻り、ゴリゴリと胡椒をすり潰したアステルは、小鉢の上で塩と混ぜ合わせた後、フォークとセラが置いて行ったパンを食卓へ出してシャルの皿から優先的に調味料を振ってゆく。

 どれどれ、とシャルがその野菜炒めを口にしたあと、フォークを咥えたままもぐもぐと頬を動かし……ゆっくりと嚥下する。

 

「お前、何入れた? 豆?」

「正解。よくわかったね? 結構細かく刻んだのに」

「いやなんつーか……普通の野菜炒めの触感にない奴があったからな……」

「嫌だった? やっぱり豆っぽさ出ちゃうか……」

「嫌いじゃねー。味も悪くねーし」

 

 そういって頬杖をつきながら食事を進めていくシャルを、アステルは優しい眼差しで見守るのだった。

 

 

       ◇

 

 

「……よし。準備完了」

 

 それからおよそ一時間ほどが経った頃。アステルは自室にて私服の白いシャツに濃紺のベスト、黒いジーンズに白と黒のラインが入ったスニーカーといった動き易いシンプルな格好に着替え、癖っ気の前頭部の髪をいじりながら姿見で身だしなみをチェックしていた。

 腰にはいつものポーチが回されているが、少し緩められたベルトによってそれが傾き、ラフさが伺える。

 アステルが自室を出ると、丁度自室の前を通りかかっていたルミアと出くわした。

 

「アステル、おはよう」

「おはようルミア。準備できた?」

「うん、バッチリ」

 

 カーキ色のパーカーベストに濃紺のノースリーブシャツ、薄水色のパンツにスニーカーといったアウトドア向けのファッションを着こなしていたルミアは、今日はどうしてか若葉色のリボンの色も小紫色に変わっており、いつもとは異なる白い肌を見せた彼女の服装にアステルは少しドキッとした。

 

「似合ってる。ルミアもその色好きなんだ?」

「ふふっ、びっくりした? シャルが選んでくれたの」

「ああー……納得」

 

 ルミアの微笑にアステルは苦笑で応えて玄関まで行くと、そこにはテーブルに突っ伏すシスティの姿があった。

 

「システィ? こんなところで寝たら風邪引いちゃうよ?」

「………」

「……システィ?」

 

 ルミアの呼びかけにも応じないシスティに、何かが変だと思いつつアステルが彼女へ歩み寄る。

 すると意識を失っていたのかハッとしてシスティが顔を上げると、不意に飛来した彼女の後頭部がアステルの前歯にクリーンヒット。思わず二人はその場で蹲り声にならない悲鳴を上げ悶絶した。

 

「「~~~~っ!!!」」

「あるある……」

 

 どこか思い出したようにルミアも口元に手を当てて苦々しい表情で笑みを浮かべると、痛みが落ち着いてきた二人は互いに「大丈夫?」と尋ね合う。

 

「どうしたのさシスティ? こんなところで寝ちゃうなんて珍しい」

「わ、私もうかつだったわ……。二人とももう朝食終わったのね……」

「? うん、僕はシャルと一緒に」

「そ、そっか……そうよね、私達より早起きだもの……ないわよね……うう……」

(作ってもらう気だったんだ……)

 

 脂汗を額に浮かべるルミアは困ったようにアステルを見つめると、その視線に気づいた彼も同じく困ったように眉を寄せて軽く肩を竦めたあと、彼女の頷きに応じてポーチを席に置いてエプロンを肩に掛け始める。

 

「良かったねシスティ。優しいアステルはシスティの為にご飯を作ってくれるみたいだよ?」

「……ほ、ほんと……?」

「流石にお腹を空かせた女の子を無視はできないよ」

 

 ふふっと天使の様な微笑みを浮かべたルミアはシスティの前に座り、アステルは振り向きながら涙目で彼を見つめるシスティに頷き返した。

 

「あぁ~……なんだかもう、二人が尊すぎて私も鼻血出そう………。私、二人の妹にならなってもいい……」

 

 そう言って再びテーブルへ突っ伏したシスティに、『わかる~』と空席となっているセラの席からそんな声が聞こえた気がしたのは、アステルだけではないはずだ。

 

 

       ◇

 

 

 フェジテから出て半刻ほど歩いた森の中に、アステル達はいた。

 風によって葉が擦れ合う音、木々に留まった鳥達の鳴き声が心地よく耳に残り、ルミアは自然に囲まれた中で伸びをしながら深呼吸する。

 

「少し休憩する?」

「ううん。あともうちょっとだもの、頑張る。早くアレックス達にも会いたいし」

「はは、二人が聞いたらきっと喜ぶよ」

 

 さくさくと、この森に住まう動物たちが作り上げた道を歩いてゆく二人。数分してようやく目的地が見えてきた。

 瑞々しく生い茂った葉。太い幹。大樹といってもおかしくはないその根元には、一軒の家がある。

 その大樹の周りにはいくつもの小屋があり、そこはもう、村と表現してもよいだろう。

 積み重ねられ、編み上げられた蔓の縄によってまとめられた丸太に腰かけ、別途にもう一本の太い縄を結っている狸がおもむろに顔を上げ二人の姿を見つけると、立ち上がりそれを投げ出しながら駆け寄った。

 

「あっ! 二人ともいらっしゃい!」

「ジャン!」

「嘘っ……ジャンなの!? 前に来た時はこんなに小さかったのに……!」

「ルミアはひさしぶり~!」

 

 焦げ茶色とベージュといった毛並みの狸、ジャンは二人を迎え入れ、ルミアは小さき頃の彼を手で表現してジャンはその手を取って小躍りする。

 アステルはその光景を見守りながら、ジャンの声によってわらわらと森から顔を出して来た仲間達に迎え入れられた。

 狸のジャン、弟のケンにポン、狼のジーク、鳥の兄妹、ゼオとシーダ。女鹿のファラ、狐のミュゼに蛇のスネーク。

 すぐさま賑やかになり、それに気づくのも時間の問題だったろう。大樹の家から一頭の熊が現れる。

 その姿にアステルとルミアは目を見開き、仲間達と共に熊へと駆け寄った。

 

「「アレックス!」」

「よく来たな。ルミア、アステル」

 

 その熊、アレックスの胸元へ飛び込んだ二人は彼から優しく温かい抱擁を受ける。

 胸元に白い三日月の様な模様が描かれた茶色い毛並みの熊は、低く落ち着いた声音で二人の名前を呼び、彼らの背中を撫でた。

 

『あなたー? 二人がいらっしゃったの?』

「……メアリー!?」

 

 ルミアは目を見開いて、彼が出てきた家から姿を現したもう一頭の熊に驚く。

 彼女の名前はメアリー。アレックスの嫁であり、本来は学院の敷地内にある北の森で過ごしていた熊の一族の姫だった。

 アレックスは遠く離れた森を取り仕切る一族から勘当され、傷だらけの状態でアステルと出会ったことがきっかけで流れ着いたこの辺りに住み着き、生き長らえた。

 そしてつがいを探すため、アステルの協力のもと北の森に熊が出るという情報を聞きつけ、共にその場へ赴き、数々の修羅場を潜り抜ける中でメアリーと恋に落ち、嫁にもらうことができたのである。

 結果としてフェジテ近郊の森はこのアレックスが取り仕切り、全ての生き物が平等で同じく敬い合うという環を作り出した英雄となった。

 ここに居る動物達が全て流れ者であり、それでいてアステル達を最も誉れ高い人々として敬い、家族として迎え入れている。

 アステルとしては人々の知恵を彼らに教え、生活していく術を伝えることで、彼らは殆ど人の様な安定した生活が出来ていた。

 学院へ通い出した影響でしばらくルミアはこの場へ来ることが出来なかったが、こうしてアレックスがメアリーと共に住まえるようになって一年。知らないのも無理はなかった。

 

「フフ、驚いたようだな」

「そ、それはもう……。まさかメアリーとここで会えるだなんて」

「それは私もよルミア。……久しぶりね。一年半ぶりかしら?」

「うん……。元気そうで本当に良かった……」

 

 ルミアはメアリーと抱擁を交わす。男二人は顔を見合わせふうっと安堵の息を漏らすと頷き合った。

 

「二人とも、これから釣りにいくのだろう? 道具は小屋の中だ、持って行くといい」

「はは、ありがとうアレックス。っと、小屋と言えば燻製の方はどう?」

「順調だな。最近は魚を燻している。炉のおかげで火事になる心配もないだろう」

「それはよかった」

 

 二人は笑い合い、目の前のルミア達が抱擁を解いてゆく。

 

「アステル。昼食はここで取っていくのだろう?」

「うん。そのつもりだよ」

「そうか。ならば私も、せめて森のものを仕留めて、もてなさなければな」

「ははっ、きっとルミアも喜ぶよ」

「さあ入って。すぐにお茶の用意をしますから。リビングでくつろいでいてくださいな」

「うんっ」

「はーい」

 

 ルミアは嬉々として家へ入ってゆき、アステルはそんな彼女の後ろ姿を眺めながら、アレックス達と共に入って行くのだった。




 森メンバーが全員登場しましたね……いやぁ我ながらネーミングなさすぎです(笑)
 釣り描写なども書きたかったのですが、そこは今後のネタバレになりかねないので割愛させていただきました。
 服装についてはロクアカの世界観とちょっとズレちゃうかなあと心配しています……大丈夫かな?
 次回からはようやく原作第一巻のクライマックスへ入ります、拙い文ではありますが、どうかよろしくお願いします!


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第七話 捻じ曲がる平穏

 ガウリイ様、ゴンゴン398様、MASA011840様、XY桜花様、影龍 零様、ヨタカ123様、にゃおーん様、お気に入り登録ありがとうございます!

 そして大変お待たせしました最新話! 例のごとく深夜投稿で申し訳ありません!
 本日より新キャラ加入のためタグ『幻想神域』を追加します!
 詳しいことはあとがきにて!
 それでは最新話をどうぞっ!


 その日の夕刻。アステルは自室でトランクへと荷物の最終確認をしたあと、玄関に立っていた。

 振り返ればフィーベル家に住まう人々がおり、彼の出立を喜び半分、不安半分に待っている。

 

「アステル君、着替え持った? 歯ブラシは? あっ、シャンプーは持ってるっ?」

「セラさん、帝都のホテルに泊まるんですだからそういうのは揃ってますよきっと」

「う、うう……。なんていえばいいのかな、可愛い弟を送り出すお姉ちゃんの心境が分かっちゃって……」

 

 眉根を寄せ眦に涙をうっすらと溜めたセラはシスティへ窘められ、ルミアは苦笑を浮かべている。一方でシャルはアステルへと歩み寄り、「何かあったら連絡する」と耳打ちしてからスッと離れた。

 アステルは彼女の耳打ちに小さく頷いたあと、「んじゃっ、せいぜい頑張ってこい!!」と背中をぶっ叩かれて屋敷を出る。

 夕陽が沈みかけ空が少しだけ闇色に染まり出す中、アステルは屋敷の門前でそれを振り返った。

 

「……行ってきます」

 

 珍しく白衣ではなくケープを肩に掛けた制服姿のアステルは、そう呟いて学院へと向かってゆく。

 ……だが。

 少しして、彼の後ろから誰かが駆け寄ってくる足音が聞こえた。

 

「ルミア――?」

 

 とんっと彼の胸に身体を預けてきたルミアは何も言わず、その腕を彼の背へと回した。

 ――行って欲しくない。そんな感情が、鈍感なアステルにでも分かるほどにルミアから流れ込んでくる。

 今日から五日ほど、帝都で行われる魔術学会に出席するアステルに、ルミアは周囲の人々よりも一層強い不安に刈られていた。

 もう帰って来ないのではないかと。そのまま自分の事を忘れ帝都で研究の日々に追われてしまうのではないかと。

 ルミアはうつむいたまま彼の胸元に顔を押し付け、精いっぱいに抱き締める。

 そんな彼女の様子にアステルはくすっと微笑むと、右手をルミアの背に回し左手で頭を優しく撫でた。

 

「大丈夫だよ、ルミア。僕は必ず君の許に帰ってくる。約束する」

「……本当……?」

 

 ようやく顔を上げたルミアの瞳は揺れており、アステルは満面の笑みで頷く。

 

「だって、みんなのいる処が僕の帰るべき場所だから」

 

 その言葉にルミアは目を見開き、頬につうっと涙が伝う。

 アステルは頭を撫でていた手を頬に滑らせ、指でそれを拭い取った。

 

「行ってきます」

「……うん。行ってらっしゃい、アステル」

 

 二人は最後に抱擁を交わし、踵を返して歩いてゆくアステルの背中を、ルミアは見えなくなるまで見送るのだった。

 

 

       ◇

 

 

 学院の転移塔からやってきた帝都の街並みを見て、アステルは小さく笑みを浮かべた。

 あまり変わりのない景色に少し不安が和らいだのだ。

 

「そういえばお前は帝都出身だったか」

「ええ、まぁ。といっても下町なので、こんな高級街をまじまじ見るほど来たことありませんよ」

 

 隣に居たハーレイの荷も預かりながら、アステルは苦笑を浮かべつつ、他の教師陣の流れに沿って帝都の中心部にある転移門から出てゆく。

 これからは自由行動の様で、夜の帝都に繰り出すのも良し、団体で予約した帝都のホテルで睡眠を摂っても良しとなっていた。

 

「久々の帰郷だろう。馴染みの場所へ顔を出しても良いのではないか」

「え、ですが……」

「構わん。私の発表は三日目なうえ、お前は二日目だ。一日目は大御所の発表と懇親会だ、気にせず行ってこい。チェックインだけは先に済ませておけ」

 

 ハーレイはふっと微笑みながら自分の荷物をアステルから受け取り、彼の背中を押すと、そのまま宿泊先のホテルへと歩いて行ってしまった。

 手持無沙汰になってしまったアステルは彼の背中を見送ったあと、ふうっと息を吐いて困ったように眉根を寄せながら周囲を見回す。

 この区域に知り合いなど片手の指で足りるほどしかいない。ましてや両親が亡くなった際にこの帝都の人々とは疎遠になっているのだ、今更顔を合わせずらいというのもある。

 

(……展望台にでも、行ってみようかな)

 

 だとすれば自分の時間に少し当てることができる。アステルは気分転換も含め、ホテルにチェックインした後最小限の荷物だけを持ち帝都上部にある展望台へと向かう。

 歩けば半刻ほどで到着するそこは、夜であるからか非常に人気が少なく、道中の植物公園には年頃のカップルが何組かベンチを占領していた。

 独り身には居辛いデートスポットの一つではあるが、彼は構わず路を進んでゆく。

 ……やがて白い建造物が見え、高地の端へと建てられたそこは、満点の星空が上を、帝都の街並みから発せられる光が下を占め、その境界線には数多の星々が煌めいていた。

 

(いつ来ても、ここは変わらないな……)

 

 道中の街には新しい店舗が構えられていたり、以前もあった店が店先をリフォームしたのか改築されていたりなど、細々としたところに変革の兆しがうかがえた。しかし、ここの景色だけは変わらない。

 

「はは……」

(そういえば、ルミアをお城から連れ出して、ここに来たこともあったっけ)

 

 懐かしい思い出にくすっとアステルは微笑むが、今は笑い合う人物はここに居ない。だからこそ、その声を少しだけ抑えた。

 思いを分かち合う存在がここまで尊いものなのだと自覚したアステルは、夜空を見上げる。

 月夜が彼を照らし、風によって靡いた白髪は月光によって蒼銀の様に煌めいており、それは星の様な幻想的な色合いを醸し出していた。

 そんな時だ。

 

『――君は、星が好きなのですか?』

「え――」

 

 空を眺める自分の頭上から、少女の声がする。

 銀色の髪を三つ編みのツインテールおさげにした少女。そして長い前髪から覗くアイスブルーの瞳。奇しくも少女はアステルと同じ様に月光によって蒼銀の燐光を纏い、白と群青色の生地が組み合わされたアカデミックドレスを着こんだやや無表情な少女は彼の背後から顔を出し、回り込むように滑らかな動きで彼の眼前へ躍り出る。

 しかし彼の眼前はかなりの高低差のある崖。少女が落ちないかと心配したが、その心配はない。

 一見天球儀の様なそれに腰かけた少女は、それによって中空に留まり続けている。アステルと視線を合わせながら再び尋ねた。

 

「星が好きなのですか?」

「え、あ……うん、そうだね。……考え事をする時、よく空を見るかな」

 

 なぜならそこに自分達の目標が見えるから。その言葉が喉を出掛けて、彼はそれを胸の中に押し込む。

 シャルの眷族であるテネブラエも中空を浮遊していたことからそういった奇想天外な事柄に若干の耐性を持っていたと自負していたアステルだったが、流石に人の形をした少女が浮遊しているところを見るとハラハラしてしまう。

 彼は率直に彼女の問いへ答えると、少女は小さく笑ったかと思えば、次には無表情へ戻って「そうですか」とうなずいた。

 

「あの、君は……?」

 

 自分の知り合いであったなら絶対に忘れることがないほど強い印象を持つ少女へ彼は訪ね返すと、少女は小首を傾げる。

 

「私ですか? ……あぁそうですよね。忘れてますよね………間違いなく」

 

 そしてぷくっと頬を膨らませ半眼で彼を睨み付け、むにっと彼の両頬に手を添えたと思いきや、額をぴとっと押し当てた。

 接近したことによる恥ずかしさからか頬をほんのりと赤くした彼女の頭にのせていた学士帽が揺れ動き、落ちかけたところで彼の両頬から手を放しそれを支える。

 

「……記憶の残滓もなし。ふむなるほど、これは完全にアレですね。一方的に君の事を知られていて怖がられるってやつです……むぅ……もっと強く刻んでおけばよかった……」

「あ、あの……?」

 

 唇を数回つついて思案し、悔しがるように渋い顔を見せた少女に、流石のアステルも疑いの視線を向けた。

 すると彼の視線に気づいた少女は彼へ視線を戻すと「ごめんなさい」と言ってから、

 

「改めまして、はじめましてアステル=ガラードさん。わたしの名前はクロノス。無限にある時間の中で、君を待っていました。また(・・)、よろしくお願いしますね――」

 

 月光を背にして一礼した少女は、そう名乗るのだった。

 

 

 

 一体どうしたことだろう。

 アステルは難しい表情でホテルの自室へ戻ると、そこまで付いてきた少女、クロノスは彼と共に入室した室内を見回していた。

 高そうなシングルベッド、柔らかい絨毯に高質な家具類が立ち並んだ一室は、一学士としてのアステルの身にあまり、正直に言えば居心地がとても悪そうだった。

 なぜ一人用の部屋に二人が入室できているのか。それはクロノスの着こんでいるアカデミックドレスの様な衣類には認識阻害の魔術が永続付呪(エンチャント)されていることが起因しており、アステルは現在得体の知れない存在と行動しているからである。

 

「それで、君は一体何者なのかな……?」

 

 不安いっぱいに表情を浮かべたアステルは、声をひりだすようにクロノスへと尋ねた。

 彼女もふうっと自分が乗っていた天球儀の様なもの――時辰儀から下り立ち、ドレッサーの椅子を両手で動かし腰かけ、アステルへと向き直る。

 

「そうですね……。精霊、と表現した方が理解が早いでしょうか? 魔物でもなく、天使でもない。そんな存在がわたしです。本来は更に高次元の存在なのですが、まぁ今は精霊といった認識でよいでしょう」

「……うん。でもどうして僕なんかに付いてきたのか聞かせてくれない?」

 

 こうして再びクロノスはふむ、と唸りながら思案し、アステルはその言葉を待ち続ける。

 待つこと三十秒。彼女は思いついたようにふと顔を上げて目を見開かせ、彼を見つめた。

 

「……えも言われぬ時の運命に惹かれたというか」

「運命って……」

 

 そんなものでいいの、とアステルは内心で思いながらも苦笑を浮かべると、クロノスは「それです、その顔」とぴっと小さな手の人差し指で彼を指差した。

 その指摘に気づかないアステルは再び内心で混乱を起こし、困ったように小首を傾げる。

 第一、こんな幼女――もとい幼気(いたいけ)な少女を連れ回す趣味を彼は持っておらず、自室にまで連れて帰ってきたことでさえ彼にとっては信じられない出来事なのだ。頭の良い方と本人は否定しているものの完全に今置かれた状況に容量オーバーを起こしていた。

 

「はぁぁ……っ。こんなことも最初から話さないといけないなんて思いませんでした。………まぁいいです。それでこそ燃えるというものっ」

「えっ? え、クロノスちょっとっ!?」

 

 クロノスは席を立ちアステルへととてとてと歩み寄ると、両頬をがっちりホールドして彼の額に軽く口付けした。

 すると、まるで右目が切り付けられたように痛み出し、それが視神経を通い脳神経まで焼き切るような痛みに代わる。

 不思議と声は出なかった。何故か耐えることが出来たことにアステルは驚き、しかめた顔から徐々に和らいでいった彼の顔には、奇しくもセラ=シルヴァースの刻印と似ても似つかない緋色の刻印が施されていた。

 その刻印は右半身の上腕部まで伸び、不思議な紋様を描いている。

 一瞬の出来事でアステルは目を白黒させ、一方でクロノスは満足気に口元を緩めた。

 

「ちょっとした契約です。これでわたしは貴方の契約者。どこまでも――この世の果てまでもお供しますよ? マスター・アステル」

「こ、こんな押し売りみたいな真似して大丈夫なの?」

 

 アステルは自分の額を右手で抑えると、クロノスは大きく頷き満足気に微笑む。

 

「一切合切問題ないです。むしろ光栄といいますか……一世一代のチャンスといいますか」

「ん、どういうこと?」

「なんでもないですっ」

 

 頬を赤らめてそっぽを向いてしまったクロノスの後ろ姿を見て、アステルは一つため息を吐きながら思う。

 ――僕も人の事は言えなくなっちゃったか、と。

 シャルの眷族達は目立つが故に現状は彼女の胸元にある宝石入りのペンダント内で現世を見ており、通常はこの世の裏となる魔界と呼ばれる場所で過ごしている。

 だがひとたび彼女の意思が彼らを呼べばすぐさまに現れ、命令を実行する存在だ。あれほど心強いメンバーであるなら彼女はある種無敵の存在なのかもしれない。

 そして自分も予想外な形で契約者となったわけで。だがこの人のなりをした少女を果たして眷族や精霊の類と考えても良いものかは不明だ。

 

「……とりあえず、そういう事なら君を繋ぎ止めなければならないわけでしょう? 僕に出来ることはある?」

「そうですね……。しいて挙げるのなら朝は一緒に食事を、昼にも食事を、夜にも食事を。そして湯浴みの後に髪を梳いて欲しい、くらいでしょうか?」

「……なんというか、あまり人と変わらないね?」

「一応人から成りあがった身ですから」

「色々とツッコミたいところはあるけれど……まぁ、それくらいなら全然問題ないよ? でも加減なんかはあまりよく分からないから、そこは君の匙加減を教えて欲しいかな」

「………」

 

 アステルが照れくさげに頬を掻く姿を見たクロノスは目を見開いて驚き、そしてぼそっと(天使だ、天使がおりゅぅ……)と顔を赤くしながら呟く。

 兎にも角にも、彼の接し方がたとえ彼女がどんな存在だとしても一人の女の子、それも自分にとってある意味で特別な存在だとすれば、皆と同じ様に接することに変わりはない。

 それだけ見ればある種胆が据わっている様に見えなくもないが、むしろ冷静かつ知的そうに見える(というよりそうなのだが)彼女が胸を張って「わたしは精霊です敬いなさいっ!」などと言われようものなら流石の彼も対応に困る。

 常識的な部分に於いて本当に人間らしく落ち着いてくれていた彼女のおかげで、彼も変な気を遣わず接することができるのだ。

 

「いいでしょう。わたし好みに染めてあげますよ」

(前言撤回)

 

 彼は額に脂汗を滲ませながら、冗談交じりに若干黒い笑みを浮かべたクロノスへとほほ笑むのだった。

 

 

       ◇

 

 

 アステルが帝都へ渡った翌日。

 例によって前任だったヒューイがひと月も不在となったために授業が遅れていたシスティ達のクラスは、魔術学会による休校日であっても登校を余儀なくされていた。

 しかし、気怠そうに登校する者は片手で事足りるほどであり、ましてや休日扱いとなっている他クラスの生徒でさえも登校し、現担当講師となったグレン=レーダスの授業の見物にやってきて立ち見の生徒まで出るほどの人気ぶりだ。

 シャルはシスティとルミアの九割がたアステル、一割がグレンの談義に付き合いながらも張り合いのなさそうな表情を浮かべており、机上でインクの入った小瓶をころころと転がしていた。

 なぜこうも露骨に暇そうな表情を浮かべているのか。それはグレンの到着が予想よりも遅く、授業時間もすでに三十分ほどが経過し、生徒達の不満がそろそろ爆発しそうになっている。

 そして教室の扉が無造作に開かれ、新たな人の気配が現れたのは、その時だった。

 

「あ、先生ったら、何考えてるんですか!? また遅刻ですよ!? もう――え?」

 

 早速説教をくれてやろうと待ち構えていたシスティは、教室へ入ってきた人物を見て言葉を失った。

 シャルの表情が一瞬強張り、そして緊張感から引き締まってゆく。

 グレンの代わりに、見覚えのないチンピラ風の男とダークコートの男がいたのだ。

 

「あー、ここかー。いや、皆、勉強熱心ゴクローサマ!」

 

 頑張れ若人! と突然現れた謎の二人組に教室全体がざわめき始めた。

 

「あ、君達の先生はね。今、ちょっと取り込んでるのさ。だから、オレ達が代わりにやってきたっつーこと。ヨロシク!」

「ちょっと……貴方達、一体、何者なんですか?」

 

 正義感の強いシスティが席を立ち、二人の前まで歩み寄ると臆せず言い放つ。

 

「ここはアルザーノ帝国魔術学院です。部外者は立ち入り禁止ですよ? そもそもどうやって学院に入ったんですか?」

「おいおい質問は一つずつにしてくれよ? オレ、君達みたいに学がねーんだからさ!」

「……っ!」

 

 システィは苦い顔で沈黙し、男たちは自分たちがテロリストと名乗る。そして女王陛下に喧嘩を売る怖い人間だとも。

 そしてこの学院の防衛システムは強固たるものだと信じていた生徒達は、それがいとも簡単に突破され、現に証として自分たちが居ることを知らされる。

 クラス中のどよめきが強くなってゆく中、システィがそれでも問答を続け――やがて。

 彼女の首を、腰を、肩を。光の線が掠めて走った。

 

「―――……」

 

 シャルは自分の頬から流れ出た血を気にするでもなく、目を鋭く光らせ、胸元のペンダントにばれないように触れた。

 それからルミアが彼らに連行され、挙句この場の全員に黒魔【マジック・ロープ】で縛り上げ、呪文の起動を封じる黒魔【スペル・シール】が施され完全に拘束されるまでにあまり時間はかからなかった。

 

 

       ◇

 

 

「ち――何が起きた!? 一体、何がどうなってやがる! クソッタレが!」

 

 魔術学院の正門前にて。

 倒れていた守衛が息をしていないことを確かめたグレンは、思わず地面を叩いた。

 

「一応、学院関係者のはずの俺が結界に弾かれて学園内に入れねえ……結界の設定が変更されてやがる。誰だ、んな面倒臭ぇことしやがったアホは!」

 

 幸か不幸か、この事態の下手人が展開した人払いの結界は効いているらしく、周囲には誰もいない。彼()は落ち着いて状況を整理してみることにした。

 

「天の智慧研究会……だね?」

「ああ。……あのロクでなしの馬鹿共だ」

 

 こと切れていた守衛の目を閉じさせ、祈りをささげた後立ち上がったセラが静かに言う。グレンは彼女の言葉に小さく、怒気をはらんだ声で頷いた。

 彼女の言葉には確証があった。遅刻寸前であったグレンを襲った数名のうち一名を返り討ちにし、嫌がらせに裸にひん剥いたときに判明したこと。

 その男の腕には短剣に絡みつく蛇の紋――あの忌むべき組織の紋章が彫られていたのだ。

 天の智慧研究会。それはこの帝国に蔓延る最古の魔術結社の一つ。彼らの言葉通りに活動する外道魔術師たちの巣窟であり、その常人と相容れぬ思想ゆえに歴史の中で常に帝国政府と血を血で洗う抗争を続けてきた最悪のテロリスト集団、魔術界の最暗部だった。

 

「だが……連中、何が目的なんだ? なんのためにこの学院を?」

「……図書館の地下書庫にある魔導書、というわけじゃなさそう。――静かすぎるよ……不自然なくらいに」

「確かにな……」

 

 セラは己の武器である歯引きされた魔導具仕掛けのハルバードを握りしめ、目の前の校舎を静かに見つめていた。

 グレンも一瞬魔導書や、博物館の封印倉庫に収められている魔導具や魔導器などが目的と推測したが、彼女の言葉によって考えを改める。

 

「くそ……連中があの馬鹿共なら、町の警備官じゃ手に負えん……対抗できるのは宮廷魔導士団くらいしかない……」

「セリカさん、繋がらないの?」

「あぁ――セリカの奴め、早く出ろってんだ!」

 

 グレンは半割りの宝石を耳元に当て、何度も魔力を送っている。これはセリカと直通で会話ができる通信用の魔導器だが、彼女が応じる気配は一向にない。

 

「何やってんだアイツ。まさか、寝坊してるんじゃねーだろうな!? 寝坊は社会人として最低だぞ!? 責任ある立場としての自覚がなさすぎだ、バーカ!」

「グレン君が言えたことじゃないと思うよ……」

 

 グレンは悪態を吐きながら乱暴気味にその宝石をポケットに突っ込み、セラは苦笑交じりにため息を吐く。

 そして懐から一枚の割符を取り出し、見つめる。

 これは消費付呪型の魔導具、要するに使い捨て。一度これを使用して中へ入れば、黒幕を討つまで学院から出られないだろう。

 ましてやもう魔術が扱えないセラを連れて行くのも難しい。彼にとって目の前で彼女が傷つく事など今後一生あってはならない。

 これを使って、自分一人で学院内へ踏み込むべきか――

 ぐっとその符を握りしめたグレンの肩に雪の様な白肌の手が優しく置かれる。

 

「セラ……」

 

 彼女はグレンから放たれた弱々しい自分を呼ぶ言葉に顔を横に振り、そして強く微笑んだ。

 

「貴方の考えていることくらいすぐに分かるよ。でも、それを言っても私が聞かないのも、グレン君なら分かるよね?」

「……あぁ………」

(そうだったな。そうだったよ――)

 

 彼は思い出した。お節介で、世話焼きで、説教臭くて、お人好しで――頼りになる(・・・・・)

 もちろん危なっかしいところもあるが、それでも……

 魔術を失った今でも、セラ=シルヴァースという自分にとって掛け替えのない存在の強さを、彼は知っている。

 セラはそれに、と続けた。

 

「グレン君が、私を守ってくれるんでしょう?」

「ッ!」

 

 その言葉に、彼に雷を撃たれたかのような衝撃が走る。

 ――ちゃっかり聞いてたんじゃねーか! とその場で羞恥心も含めた怒りがぶわっと吹き上がり、彼は声を荒げながら

 

「当たり前だ。今度は絶対にお前を――」

 

 言葉尻は、セラの柔らかい指先がグレンの唇に乗せられたことで止められる。

 彼女は嬉しそうに微笑んでいた。そして、それが彼女の自分への信頼なのだと気づくまでにそう時間は掛からない。

 意気込んで肩を張った彼から余分な力が抜けていく。セラはその様子を見守り、ふふっと小さく笑ったあと、手に持った得物を握り直す。

 グレンは一つ深呼吸をしたあと、パンッ! と掌と拳を打ち鳴らした。

 そして、二人は強く微笑み合う。

 

「――頼りにしてるぜ……セラ(・・)」 

「ふふっ、久しぶりに名前、呼んでくれたね。――任せてグレン君、お姉さん頑張っちゃうんだから!」

 

 学院へ駆け出した二人の眼前に三閃の黒魔【ライトニング・ピアス】が奔った瞬間、二人の脚はより一層に速まった。

 

 

       ◇

 

 

 システィーナ=フィーベルは拘束されていた。

 ジンに連れられ魔術実験室へ押し込められ、今、凌辱の限りを尽くされようとしている。

 彼と彼女は幾ばくかの問答を続けるが、『自分の弱さに仮面を付けて隠しているだけのお子様だ』というジンの指摘に彼女は言葉を詰まらせてしまった。

 

「私が貴方に屈するとでも……?」

「ああ、屈するね。多分、割とあっさり」

「ふざけないで! 私は誇り高きフィーベル家の――」

「はいはい、じゃー、どこまで保つかなー?」

 

 ばり、と。ジンはなんの迷いもなくシスティの着る制服の胸元に手を掛け、それを引き裂いた。白い下着に包まれた胸と肌が露になる。

 

「……え? ……ぁ」

 

 掠れた声がシスティの喉奥から絞り出される。肌がひやりとした外気にさらされ、いよいよこれから自分がどのような末路を辿ることになるのか、強く実感する。

 じわりと。だが、もう誤魔化し様もなく致命的な恐怖と嫌悪が心の中で醸造される。

 

「ひゅーッ! 胸は謙虚だが綺麗な肌じゃん! うわ、やっべ勃ってきた……おや? どうしたのー? なんか急に押し黙っちゃってさー、元気ないよー?」

 

 相手を煽らんばかりのジンの嘲笑が実験室に響く。

 システィはきつく瞳を閉じる。

 ――負けるものか。屈するものか。私は誇り高きフィーベル家の娘だ。魔術師にとって肉体などしょせん、ただの消耗品ではないか。唇を震わせながら自分自身に言い聞かせる。

 だが。その脳裏に焼き付いた彼の……アステル=ガラードの笑顔が消えてくれない。

 以前、非常勤講師であるグレン=レーダスはこう語ったのを思い出す。

 

 ――お前らが魔術は世界の心理を求めて~なんてカッコイイことよく言うけど、そりゃ間違いだ。魔術は人の心を突き詰めるもんなんだよ――

「――ッ!」

 

 彼女は目を見開いた。

 人の心を突き詰める。確かに彼はそう言った。

 正直に言って、齢十四・五の少女がその言葉の意味をどう受け取ればよいのか戸惑うところでもある。

 しかし、今この場に於いて、己の身体が消耗品などと考えた自分自身を可能であれば打ち倒してしまいたい。

 

(――私は、アステルのことが好き……)

 

 ただこの一点。認めてしまえばすんなりと自分の腹に落ちる己が本心は、しかしそれでも彼女の折れかけた危うい心を持ち直させるには充分すぎるものだった。

 だからこそ、目の前の恐怖に負けられない。

 例えどれだけこの身が穢されようとも、自分の弱い心には、絶対に負けるわけにはいかない。

 

(逃げるな……勝つのよ!!)

 

 きっと、強い意志の籠った瞳で再び目の前の男を睨み付ける。

 彼は一層嗜虐心が煽られたのか、ニィ……と形容し難いえげつのない笑みを浮かべる。

 そして、システィは静かにこう告げた。

 

「貴方には負けないわ。どれだけ自分が穢されようとも、この気持ちを――想いを、彼に伝えるまで……私はこんな恐怖に、絶対に屈したりはしない!!」

「言葉だけじゃあ分からねーよなぁ? さてさて、いよいよご開帳――」

 

 彼女が啖呵を切ったと同時、ジンはその手を彼女の切られた下着に手をかけたところで――

 

『――《よく言ったぜ・お嬢(食尽せよ炎獅子)》!!』

 

 獅子の顔を模した炎の塊が、システィの眼前を過ぎった。

 その炎を纏った獅子はシスティを辱めたジンへと顔から齧り付く。

 現れた金髪の少女は、その手に銀色に輝く剣を手にしており、彼女へゆっくりと駆け寄りその白い肌を己のケープで覆い被せた。

 

「あ……あ………ッ」

 

 唐突な出来事に言葉にならないシスティ。

 目の前に現れた少女は、現在この学園にある教室の一室で捕虜となっている存在。

 だというのに、金髪の彼女は現れた。

 

「シャ、ル………っ!!」

「……悪ぃなお嬢。ちっとばかし手古摺っちまった」

 

 金髪の少女――シャーリィ=メドラウトはシスティを安心させるようにきつく抱きしめると、その視線を鋭くさせ遂に表皮を焼き切った見るに堪えないジンの姿を見据える。

 炎の獅子は火の粉となって消え失せ、彼女は目を伏せた後システィを抱き上げ、周囲を見渡した。

 

「お嬢達を探してうろうろしてみれば、かーなーり胸糞悪い展開になってたからなァ。お楽しみの所悪いが、思いっきりぶち壊したくなった」

 

 彼女の額には青筋が走り、その口からぎしりと重苦しい歯軋りの音が聞こえる。それでも護衛対象の手前笑顔を絶やさぬところは美少女の鏡であるが、事実システィとしては恐ろしい事このうえない。

 

「だ、だからってやりすぎなんじゃ……」

「おぉい今しがた服引ん剥かれて泣き言吐いてたくせによく言えんなぁ?」

「うぐ……」

「まっ、いいや。――おい、そこのロリコン野郎。だらしなく伸びてんじゃねーよ。テメェら一体何が目的だ? 姫さんはどこだ、答えやがれ」

 

 ゴキリゴキリと指の関節を鳴らしたシャルは瀕死となったジンへと尋問を開始。彼女の後ろ姿からもその怒りの度合いが分かる様に、ゆらゆらとその髪を憤怒の炎が揺らめかせ、フラスコのガラスが反射して伺えたその紅の瞳は爛々と燃えていた。

 問答を繰り返すうちに彼女は彼の指を一本ずつ圧し折ってゆく。そのあまりに残酷な尋問にシスティは涙目でその場に蹲り、耳をふさいだ。

 ……やがてその絶叫が止み、恐る恐る彼女達の方を振り向いてみればその行為は終わっており、完全に気絶したジンと顔を盛大にしかめながら大きく舌打ちしたシャルが居る。

 

「かなり厄介な事になっちまってるな……。あの先公も簡単にくたばってねぇとは思うが」

 

 がりがりと己の金髪を掻きむしったシャルは嘆息交じりに剣を構え、入口を警戒し始めた。

 一体どうしたのか。システィは彼女をただただ見つめながら、シャルは徐々に闘気をゆらめかせていく。

 システィにとって今までに見たことがないほどの、シャルの洗練された闘気は今にも最高潮に達しそうなほど鋭い殺気となって辺りに充満している。

 

「《赤ら」

「うぉおっ!? ちょっ、タンマタンマ!?」

「――先生!?」

「あんだよ、新婚カップルじゃねーか」

「なんだよ、とはご挨拶だなぁ。――って違うからねっ!? まだ私達お付き合いしてな――いやこれでもお姉さん頑張って駆け付けたんだよっ!?」

 

 三度シャルは盛大に舌打ちし、そこに現れた――アルザーノ帝国魔術学院非常勤講師、グレン=レーダス、そしてフィーベル家メイド長、セラ=シルヴァースを部屋へと迎え入れた。

 先ほどの殺気は一瞬で霧散しており、シャルは剣を肩でとんとんと叩きながら二人へと事情を説明し始める。

 

「……なるほどな。かなりやばい状況、ってわけか」

「おう。まァ、そっちにも手立てはあるんだろうが――」

 

 シャルの言葉尻が消される様にして、室内に金属を打ち鳴らしたような甲高い共鳴音が響き渡る。

 何事かとシスティが身を固くしていると、眉間に皺を寄せたグレンがポケットから半割りの宝石を取り出して耳に当てた。

 

「てめぇ、セリカ!? 遅ぇぞ! 一体、何やってたんだ、この馬鹿!」

『すまんな。ちょうど講演中だったんだ。着信は切ってたんだよ』

 

 宝石から、今はフェジテから遥か遠き帝都にいるはずのセリカの声が聞こえてくる。

 

「こっちはそれどころじゃねーぞ!?」

『……何かあったのか?』

 

 宝石から聞こえてくる声が硬くなった。

 

「ああ、実はな――」

 

 それからグレンはなんとか帝国宮廷魔導士団の応援を要請するなど、増援の手立てを逐一セリカへと訴えるが、学院へ直通している転送法陣も破壊されていると冷静に推測した彼女の言葉によって冷や水を浴びせられた様に彼は押し黙る。

 

「……悪い。冷静じゃなかった」

『人の本質ってやっぱ変わらないな。お前はお前のままだよ。とにかく、こっちは対応を急ぐ。お前は無理をせず、保護した生徒と一緒に――』

「――ちょっと待てやお二人さん」

 

 自分のあずかり知らぬ所で今後の動き方について話が進められていたシャルは、その場で待ったを掛けた。

 グレンは眉間に皺を寄せながらシャルを軽く睨むが、彼女は一切動じずに一歩前へ出る。

 

オレ(・・)にいい案がある。アルフォネア教授、あんたの近くにウチの開発馬鹿はいるか?」

『ん? ガラードのことなら目視できる範囲に居るぞ?』

「そいつは大体の事情は把握済みだ。あと、こっちにも切り札(・・・)がある」

「シャルちゃん?」

「お前ら……一体何者なんだよ」

 

 疑問符を浮かべるセラ、呆れた様に額に手を当てて天井を仰ぎ見るグレン。システィはただ、呆けた表情でニヤリとこれほどまでに邪悪な笑顔はないほどの表情を浮かべたシャルの後ろ姿を見つめていた。

 

「まっ、追々話すことになるだろ。とにかく今は生徒の保護、姫さんの奪還が最優先だ。それには人手が足りねぇ」

「だから、それは今――」

「ちゃんと最後まで聞けって。こういう土壇場になると、授業とはうって違うなアンタは。まっ、それが普通なんだけどよ」

「くっそ……」

「オレが、アイツらを喚ぶ。方法は間違っても他言無用だ。いいな?」

 

 そう言ってシャルは「テネブラエ」と、その名を呼ぶ。

 

「お呼びでしょうか、シャーリィ様」

 

 そこに現れたるは、犬にも狼にも、あるいは狐にも見えるその変わった生き物。

 彼女の眷族であるテネブラエだ。

 

「おう。状況は分かってんだろ? ――マルノクスは《結界》を破壊、レキシファーはアステルとアルフォネア教授をこの場に転移させろ。出来るだけ隠密に、だ。派手にやると後が怖ぇ」

「承知しました。――往きなさい」

 

 テネブラエは恭しくシャルへ首を垂れると、彼の影から二つの影が飛び散って行った。

 シャルはそれを確認し、後ろ頭を掻いた後――さて、と。と呟く。

 

「――おっ始めようじゃねーか、この戦争をよォ」

 

 その場にいる全員を引かせるくらい、獰猛な笑みを浮かべながら。




 ここまでお読みいただきありがとうございます! アステル君が若干強化、精霊(?)のクロノスちゃんが登場しました。
 というわけで今回は申し訳ありませんがわたくしから概要を!


 クロノス
 本作新キャラ。デザインは幻想神域のクロノスちゃんそのものです。
 一応時間を司る女神、ということで本作はクランクイン。アステル君の契約精霊(?)になりましたが、契約した彼に入れ墨(※紋様)を作っちゃうお茶目さん。
 彼についてよく知る人物のようですが、少し意味深な発言も多々あります。詳しくは今後随時開示されていきますのでご期待ください。


 いやぁついに真っ向から原作以外のキャラ出しちゃいましたよ……。大丈夫かな?(震え声)
 色々とカオスになってゆく第一巻クライマックスとなりましたが、なんとかうまくまとめられるよう頑張りますので、よろしくお願いします!
 それでは次回予告を。


 シャルの眷属、レキシファーの転移魔術によって魔術学院へやってきたアステル、クロノス、セリカの三名。先ずはグレン達と合流するべく学院内へ移動を開始するが、何者かによって召喚されたボーン・ゴーレムに道を阻まれる。
 一方でグレン達も生徒達を解放し避難させることを優先するべく動き出すが、肝心のルミアの足掛かりが掴めず歯痒い思いをしていた。
 果たして彼らの運命はいかに。







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第八話 約束の為に

 お待たせしました最新話!

 第一巻(章)クライマックスですよォォォオッ!!
 もうね、走り出した指が止まりませんでした。かなりテンションに任せて書いてしまったので、かなり読みにくいとは思いますが、

???「考えるな、感じるんだ」

 という偉人の名言に則ってお読みいただければ幸いです!
 それでは本編どぞっ!


――学院の正門前へ降り立ったアステルとクロノス、そしてセリカは、一瞬で状況を把握しながらも驚愕の声を上げた。

 

「なんだこれは……!?」

「……どうやら結界が破壊されているようです。今ならこの学院に誰でも入れますね……」

 

 不用心です、とクロノスは淡々と告げると、三人の目の前に居た金獅子は腕を組みながら仁王立ちしている。

 

「来られたか」

「マルノクス……。君がやったの?」

「うむ。主は中で戦闘中の模様。急がれよ、ここの守衛は我に任せるがいい」

「分かった――」

「アステル。これを持って行け」

「これは……僕の盾!?」

「気を付けろ。敵は相当な手練れと見える」

 

 その金獅子――マルノクスはそう言い、アステルに愛用の盾を手渡し彼らを学院内へ急がせる。アステルは馴染みの相手に後ろ髪を引かれたが、半身で振り返ったマルノクスと視線が交錯し頷き合う。

 よほど緊急だということを、嫌でもアステルは理解させられた。

 学院校舎へ入り込み、セリカは周囲を警戒しながら、クロノスは精霊特有の霊気を感知して索敵しつつ、今後の方針が決められる。

 

「まずはグレン達との合流が優先だな。相手も一人ではないはずだ。精霊、妙な気配を感じたらすぐに教えてくれ」

「わかりました。では事後報告になりますが、校舎西館にある魔術実験室にて遠隔連続召喚が施行されています。徐々に廊下にも気配が広がっているあたり、かなりの手練れかと」

「だとすればグレン達はそこか。よし、行くぞ」

「了解、先行します!」

 

 アステルは盾の柄を握り直し、彼女達と共に階段を駆け上がろうと踏み出す。

 しかし、階段の踊り場から――骸骨の兵士がぬうっと顔を出した。

 

「え!? ボーン・ゴーレム……!?」

「……なるほど? そう簡単に合流はさせてもらえないか」

「対象を敵性と判断。分析を開始します――」

 

 虚を突かれたアステルへと降りかかったのは、ボーン・ゴーレムの手に持つ鋭い刃だった。

 階段という足場の悪い中でありながら、アステルはそれを真っ向から受け止め、クロノスが懐から小さな水晶玉を取り出して解析、詠唱を終えたセリカがその陰から現れ黒魔【ブレイズ・バースト】によって焼き払う。

 しかし、その衝撃を受けても尚立ち上がるボーン・ゴーレムにアステルは息をのんだ。

 

「……どうやら竜の牙製のもののようです。膂力、運動能力、頑強さ、三属耐性を持っています」

「チッ……厄介だな」

 

 解析を完了させたクロノスからの報告を受け、セリカは歯噛みするように舌をうつ。

 

「なら――!」

 

 剣戟を受けながら、アステルは攻めに出る。

 階段を一段登ることで踏み込み、腰から上体へ力伝させるよう溜めを作って《バッシュ》を振り放つ。

 通常の盾であれば小さな面積で相手に衝突するため威力はそこそこなものだが、彼の持つ巨盾に於いてその理論は通じない。

 あまりにも巨大な面積から放たれる質量を伴った衝撃。彼が盾を振り切る頃には目の前のボーン・ゴーレムはバラバラとなり、壁に激しく衝突したことで微塵も残さない。

 

「……頭の切れる生徒だと思ったんだが。ただの脳筋だったか」

「その言い方は酷くないですか」

 

 ふぅ、とため息交じりに天井を仰ぎ見たセリカへとクロノスがけしかけ、盾を持ち直したアステルは半身で振り返りつつ苦笑を浮かべた。

 

「行きましょう。これほど頑丈となるとグレン先生達も危ない」

「そうだな。急ぐとしよう」

 

 幾度となく現れるボーン・ゴーレムを、今度はセリカが【ブレイズ・バースト】、【アイス・ブリザード】を併用することで耐性を弱体化させ、アステルがそれを叩いてゆく。

 そして今、上階への最後の階段を登り切ろうとしたところで不意にクロノスが叫んだ。

 

「――黒魔の発生を感知! 大型呪文ですっ!」

「止まれ、ガラード!」

「え――うわぁあッ!?」

 

 セリカの腕が伸び、アステルの首根っこを掴んで引き戻された。

 次瞬、目の前に巨大な光の衝撃破が過ぎり、彼の揺れた前髪の毛先が塵と化す。

 

「あの馬鹿、ここで使ったか……」

「黒魔改、【イクスティンクション・レイ】……。敵性遠隔連続召喚の反応ロスト。――なるほど、貴女の入れ知恵ですか」

「否定はしない。が、今ここでそれを使ったという事はよほど困った状況だったと見える」

 

 先を急ぐぞ、とセリカは言い放つと、二人よりも先に廊下へ躍り出たセリカは、廊下の行き止まりで倒れ伏したグレンへと駆け寄る。

 が、そこに居た人物の姿に流石の彼女であっても走り出した足を止めざるを得ない。

 

「セラ……!? 生きていたのか………!?」

「セリカ、さん……?」

「ったく、おせーぞ……馬鹿……」

「――先生!?」

 

 完全にマナ欠乏症となっていた恩師を見て、アステルは慌てて駆け寄る。その声に覇気はなく、へへ、と小さく笑った彼がとても痛ましい。

 

「処置を開始します」

「うん、お願い」

 

 時辰儀から降り立ったクロノスは早急にグレンの許へ寄り、彼の手を握りしめる。

 すると淡い蒼の燐光が漂い、みるみるうちにグレンの体色が元通りになっていった。

 

「……そうか、時の………お前だったのか」

 

 セラと熱い抱擁を交わしていたセリカは、クロノスを見て何かを思い出したように呟く。

 しかしクロノスは淡々と「その話については、また、いずれ」と言ってグレンから手を放し立ち上がる。

 そして傍で周囲を警戒していたシャルは、右肩に剣を担ぎながらアステルの肩へ腕を回す。

 

「聞きてぇことは山ほどあるが。まだやる事があるだろ?」

「そうだね……」

 

 アステルは目の前で、きゅっとシャルから受け取ったケープの端を掴んで胸元を隠すシスティを見つめたあと、彼女へ歩み寄り一つ頭を撫でた。

 

「……頑張ったね」

「っ……!」

 

 息を飲む声が聞こえた。アステルは彼女を抱き締める様に背中へ腕を回し、システィはただその厚意を受け取り彼の胸元で静かに嗚咽を漏らす。

 

「……来て……くれたのね……っ」

「当たり前だよ。友達なんだから」

 

 その言葉にシスティは一瞬嗚咽を止めるが、それでも自らの想いが決壊したダムのように溢れ出してしまい、今度は盛大に泣きじゃくる。

 彼女の小さな背中をぽんぽんと叩いて宥めるアステルだが、その目は――憤怒に満ち溢れていた。

 

「(おーおー……良い顔してんじゃん)」

 

 シャルはこれ以上ないほどにニヤニヤとした笑みを後ろで浮かべているものの、次はセラ達へと視線を向ける。

 

「これほどまでに近い場所に居たというのに気付いてやれないなんてな……。母親ながら、情けない」

「そんなっ! セリカさんのせいじゃありませんよ……!」

「いいや。お前を見つけてやれなかった。それだけで私にも責任があるというものだ。……この件が終わったら、ゆっくり語らうとしよう。家族(・・)で、な」

「っ……! ………はい」

 

 セリカがセラを抱擁し、互いが肩に顎を乗せて語り合う姿につい目頭が熱くなったのか、グレンはそっぽを向いて鼻を擦る。

 

(こっちはこっちでお熱かよ……)

 

 はーぁ、居場所がねえ。と呟いたシャルは――不意に現れた新しい気配を感知し、飛来した剣を己の剣で弾き落とす。

 その鋼と鋼が激しくぶつかり合った音によって、周囲は一瞬で臨戦態勢へと切り替わった。

 

「――ったく、折角他人(ヒト)様が感傷に浸ってるっつーのに。……ちったあ空気くらい読みやがれ」

 

 シャルが剣の切っ先をダークコートの男――レイクへと向ける。背後ではセラがハルバードを構え、両隣にはグレンとセリカが腕を前に控えている。

 そしてアステルはシスティを護る様に巨盾を構え、システィは彼の後ろでケープの端を片手に持ちながらも腕を前へ掲げていた。

 

「【イクスティンクション・レイ】まで使えるとはな。それでいてまだマナが残っているか。少々見くびっていたようだ。それに――」

「あー、浮いてる剣っつーだけで嫌な予感がするわ……」

「グレン=レーダス。全調査では第三階梯にしか過ぎない三流魔術師と聞いていたが……。まさか貴様らに二人もやられるとは思わなかった。誤算だな」

「あいにくと、ウチにはめっぽう腕の立つ優秀な生徒達がいるんでね」

「ハッ」

 

 ニヒルに笑ったグレンの言葉に、シャルは不気味な笑みを浮かべながらも鼻で笑う。

 正面に立つレイクは五本のうち二本を術者の自由意思で自在に動かし、手練れの剣士の技が記録され自動で敵を仕留める三本の剣で成り立っていることを、自身の直感と、先ほどの一合で悟っていた。

 彼女もただの一介の剣士ではない。その天才的な直感や戦闘経験から、相手の癖などを読み取ることが出来る。

 

「他人の剣術に何か言いてぇわけじゃないんだけどな……。テメェのその剣、気に入らねぇ」

「なに……?」

 

 シャルは剣を構える。次瞬、その剣から迸った赤雷は見る者全てを畏怖させた。

 

「振るうのはあくまで“己”の魂と意志だ。最後には、それが全てを決する――!!」

「……小娘風情が。いいだろう、まずは貴様から血祭りにあげてやる――!」

 

 足元から赤雷を生じさせ、彼女は剣を腰に溜めて駆け出した。

 正面、左右、上下から飛来する剣。しかしそれらは彼女をとらえることが出来ない。――いや、むしろ。

 

「オラァ! 折角遊んでやってんだ! 一太刀くらい入れてみやがれ!! でねぇと叩き割っちまうぞ!!」

 

 人である彼女が、剣たちを翻弄している。

 雷さながらの速度で周囲を駆け回る少女の姿は目視できず、見ている者からしてみれば人間業ではないと一目で分かる。

 彼らが認識できるのは、鋼が打ち鳴らす剣劇の音だけであり、響き渡った音はまるで反響しているかの様にけたたましい。

 その中でアステルは目を閉じ、くすっと笑っていた。

 

「……アステル?」

「ううん……。やっぱり、僕の相棒は凄いんだってつくづく思うよ」

 

 恐らく、彼女はその剣技の持ち主であった虚像を相手にしている。打ち合わせること数十合。未だに決着は着いていないのか。はたまたその相手は倒しても死にきらない猛者なのか。

 すでにレイクの操作していた剣の二本は叩き斬られており、無残にも【イクスティンクション・レイ】による破壊の傷跡が刻まれた廊下に転がっていた。

 

「……そうね」

 

 システィは彼と同じように目を伏せて笑い、瞳を開いた彼の右手には、驚愕のあまり茫然としているセリカとグレン。戦闘狂をこじらせた彼女の事をよく知るセラは苦笑を浮かべながら見守っている。

 そして、僅か三分でこの勝負は決された。

 

「――獲ったァッ!!」

 

 パキィンッ!! という激しい破砕音がする。シャルは雄たけびを上げ、ようやく彼らの前へ姿を現すと、数秒遅れて見事な太刀筋で切り裂かれた剣が廊下へと落下した。

 

「ふぃーっ……。なかなか手応えあったわ。生きてたら手合わせくらいしてみたかったぜ」

「な、な……な……っ」

 

 あまりの衝撃に言葉も出なくなったレイク。その口元を震わせ、シャルは剣を肩に掛けながら彼へと歩み寄りメンチを切った。

 

「もう弾切れか? あるならとっとと出せよ。なぁ?」

 

 その戦闘を嬉々として受け入れる獰猛な瞳に吸い込まれそうになったレイクだったが、キッと目を鋭くさせると同時、廊下の天井に潜ませていた剣でシャルの背を襲わせる。

 

「――シャルッ!?」

 

 システィがその剣を見つけ叫ぶ。しかし。

 彼女は身体を右に傾け、左手で地を着き膝を折り、右手に持った剣を振り上げてその剣を両断すると同時、レイクの首を刎ね上げた。

 

「本当に、もうなかったみてーだな」

 

 血の付着した剣を振り払う事で飛沫が舞い、彼女は綺麗になった剣を再び肩に掛けて踵を返すと、遅れてレイクの首元から血が吹き出す。

 

「さぁて、次に行くとしようや」

 

 完全に戦闘モードへ入ったシャルを見たアステルは、真剣な面持ちで頷くのだった。

 

 

       ◇

 

 

 ――レイクを打倒したアステル達は、今後の方針を疾く決め合い、生徒達の保護をグレン、セラ、システィの三名が受け持ち、ルミア救出をアステル、クロノス、セリカ、シャルの四名に分担した。

 そしてクロノスが転送塔に魔術の気配を感知したことで、それぞれが行動を開始。

 しかし、転送塔前には数多のゴーレムが立ちはだかっており、四人は結託して――いや。

 

「ハッハァ! いいぞぉ三人とも! よーっし私も調子に乗って【イクスティンクション・レイ】だァ―――ッ!!」

 

 もう全部コイツ(セリカ)だけでいいんじゃないだろうか。そんな気が三人の中で渦巻き、黒魔改【イクスティンクション・レイ】をぶっぱしたセリカによって、辺りのゴーレムが一層されるのを見届けた。

 恐らく今まであまり出番がなかったことへの鬱憤が溜まりに溜まっていたのだろう。三発目を見たところから三人は考えるのを辞めている。

 完全に辺り一体が文字通り塵芥となったところで、セリカの腕周りが若干変色し、彼女は気分爽快といった表情で倒れた。

 

「阿呆……阿呆がいます……」

「あ、アルフォネア教授にもいろいろ考えがあったんだよ。僕達を温存させるためにやってくれたんだ」

「プラス思考パネェ……」

 

 ジト目でセリカを睨み付けるクロノス。なんとか彼女をフォローしようと脂汗を額ににじませながら言葉を紡ぐアステルに、シャルは彼の肩を叩いてそう締めくくる。

 

「かといって、このままおぶさって屋上まで登るのもなァ……」

 

 シャルは目の前の白亜の塔を見上げ、しばし逡巡すると。

 

「……行けよ、アステル。お前が姫さんを救ってこい」

「え。でも……」

「防衛ならお前、攻撃ならオレ。そういう役割だったよな」

「そうだよ。だったらシャルの方が――」

「――思考じゃねぇんだよ。姫さんが今、誰を待ってるのか。テメェが一番判ってんだろ」

 

 肩を押され、シャルは自分の剣を地面に突き刺す。

 その姿は、まるでこの白亜の塔を守護する騎士の様であり、彼女の後ろ姿をアステルは数秒見つめる。

 

「……何かあったら、その時は」

「任せときな。相棒の片棒くらい持ってやるさ」

「武運を」

「おう。お前もな」

 

 背中越しに語れる言葉。今度こそ、アステルは背中を押されクロノスと共に転送塔へと侵入した。

 そして、学院内の防御システムであるゴーレム達が倒されたことにより、遠方からさらなる援軍がやってくる。

 シャルは半身でアステルが白亜の塔へと入ったことを確認すると、足場から赤雷を発生させた。

 

「今度こそ全力だ。テメェら本気で掛かってきやがれ――!!」

 

 迸る赤き雷の魔力は凄まじく、その赤雷は剣にまで伝播し、やがて巨大な剣となって襲い掛かったゴーレム達に振り下ろされた。

 

 

       ◇

 

 

 アステルとクロノスは屋上の大広間――転送法陣のある部屋まで辿り着くと、そこには前任であった恩師、ヒューイの姿があった。

 そして近くには囚われのルミアの姿があり、二人の足元に敷設されていたものが白魔儀の【サクリファイス】であることを知る。

 

「なぜヒューイ先生が……!? あなたは立派な先生だったはず! こんな事をするような人じゃないのに……ッ!!」

「すみません、アステル君。残念ながら僕は元々、こういう人間だったのです」

 

 申し訳なさそうに目を伏せて、ヒューイが言う。

 

「王族、もしくは政府要人の身内。もし、そのような方がこの学院に入学された時、その人物を自爆テロで殺害するために、十年以上も前からこの学院に関係者として在籍させられていた人間爆弾。それが僕なのです」

「そんな……! 将来的に入学するかもわからないことにために、そんなに前から備えていたんですか!?」

「ええ、そうです」

「っ……!!」

 

 アステルの中に、彼との記憶が鮮明に蘇る。

 今は直属の上司であるハーレイ=アストレイへ助手として接点を繋ぎとめてくれたのも彼だ。魔術を扱えない自分を励まし、自らの未来の選択肢の一つを与えてくれたのも彼だ。

 恩ばかりが蓄積されて、到底返せないものだと。けれどいつかきっと、彼へ正しい形で返せると思っていたのに。

 思わず涙が浮かぶ。それでも彼は、ヒューイという自分の中の存在を信じたうえで、今起こっている現状を把握した。

 

「……ルミアさんがいなければ、僕は今でもこの学院でのんびりと講師を続けていられたのですが。……そう考えると、君とシスティーナさんの未来がとても楽しみでたまらなかった」

「――!!」

(この人は、僕とルミアの関係を知らない……?)

 

 繋がりの強さをここで表すのも酷な話だが、アステルとルミアの間には切っても切れない繋がりが存在する。

 それは、元第二王女であるルミアの護衛。幼いながらに課せられた自分への、絶対的な約束。

 ルミアが居なければ、自分はどうしていたのだろう。

 苦労してでも、いつかこの、アルザーノ帝国魔術学院へ入学し、システィーナ=フィーベルという女性に惹かれ、理想を築き、共に未来を歩んでいたのかもしれない。

 しかし、今この現実には、ルミア=ティンジェルという自分にとって大切な親友が居る。

 それをなかったことになど、彼には到底できなかった。

 

「しかし残念ながら、組織はルミアさんに目を付けてしまいました。……アステル君。僕はここで君に、最後の試練を課しましょう」

「……試練、ですか?」

「彼女が囚われている転送法陣を解呪すれば、僕の自爆方陣は作動しません。つまり、これは制限時間内にルミアさんの転送法陣を解呪できるか否かです。……魔術を扱えなかった君は、その手袋によって扱えるようになった。授業を真面目に受け、疑問に思ったらなんでも僕へ相談してくれた。実験も失敗しながらも、真っ直ぐ前を見つめて歩み続けてきた。たとえ実技で皆さんに評価されなくとも、君の頑張りはこの僕が、君の周りがよく知っています。ですから、見せてください。君の――君が皆さんの希望たる由縁を」

「――……やっぱり、先生は先生ですね」

「……そうですか?」

「例え人殺しの密命を受けていたとしても、僕らに……こんな僕に真っ直ぐ向き合ってくれて、道を示してくれました。こうして身体を張ってでも、最後に僕を試そうとしてくれている……。なら、僕ができる事はたった一つです」

「逃げることもできるのですよ……?」

「しません。研究者の端くれとして、貴方の生徒だった者として、目の前の問題から目を背けるわけには、絶対にできない――!!」

 

 クロノス!! アステルは盾をその場に置いてルミアの元まで掛け、契約した自分の精霊の名前を呼んだ。

 

「――正念場です。気張ってください、マスター!」

「もちろん!!」

 

 彼女が二人を繋ぎとめる白魔儀の発動を停止させる。そして、アステルはおもむろにその手袋を外した。

 

「そんな、手袋を――!?」

「アステル……?!」

 

 ヒューイとルミアが驚きに声を上げる中、アステルは法陣から浮き出ている結界に右の拳を叩きつける。

 次瞬、その最外角である第一層の結界がまるでガラス窓が叩き割られたかのように砕け散った。

 

「なんですって……結界が!?」

「割れ、た……?」

「っぐ……!」

 

 原理不明の事象にそれぞれが混乱する中、アステルはただ一人、拳から噴き出た血と、分解することで無意識に発動しているであろうマナの消費によって起こるマナ欠乏症の前症状。その両方の痛みに耐える。

 よろめいた彼を見たルミアは、眉根を寄せ悲鳴にも似た声を上げた。

 

「一体何をしたの、アステル……!?」

「……っ、僕が魔術を使えないのは、発動直前でそれを『分解』してしまうからなんだ。多分、これは……」

魔術特性(パーソナリティー)……ですか……」

 

 ヒューイが静かに、しかし悔し気に語る。

 

「ああ……なんて――なんて皮肉な事か……っ! アステル君、きみは自らの在り方を………?」

 

 ――そう。彼が体質だと思っていた謎の魔術破砕現象は、己が『魂の在り方』であった。

 《銀線繊維》で作り上げた手袋や、彼の発明は、皮肉にも自分の在り方を覆す存在なのである。

 しかし、彼は「でも、」と続ける。痛みに耐える苦々しい笑みを浮かべながら。

 

右手(これ)のおかげで、君が救える」

「アステル……っ!」

「アステル君っ……!?」

 

 再び彼は右手で第二層を粉砕する。今度は指だけでなく掌、甲の皮膚が裂け、血が噴き出した。

 間髪入れずに第三層。その腕にヒビが入ったように腕の筋繊維がブチブチと音を立てて切れてゆき、彼はたまらず喘ぎながら喀血した。

 

「っぐぅぅううう………っ!!」

「アステルもうやめてっ! お願いだから……! このままじゃあなたが……ッ!!」

 

 ルミアは結界を一心不乱に殴り砕き続けるアステルの顔を見た。ひどいマナ欠乏症だ。全く血色と体温を感じさせない身体は、もはや命に関わる領域だった。

 

「どうして? どうしてそこまでしてくれるの……? 自分の命を賭けてまで……!?」

「そうさルミア。いつだって命がけだよ。だって、僕は――」

 

 ――君のヒーローになりたいのだから。

 

 ひたりと、骨が表皮からむき出しになり、肉が裂けた皮膚の間からせり出てくるぐずぐずの右拳が、第四層の結界に触れられる。

 同様の破砕音。衝撃。アステルは抵抗することなく大量の血を吐き出しながら吹き飛び、ごろごろと床を転がった。

 

「アステル―――っ!!」

「アステル君ッ!!」

「マスター……!」

 

 ルミアが悲痛の悲鳴を上げる。

 最早彼には立ち上がる力さえ。もう一度、その右手を振るう力さえ残っていない。

 地面に横たわった身体は暫く動かず、試練を課したヒューイでさえも彼の名前を呼んでしまった。

 ――しかし。彼にはまだ、気力があった。

 

『……ッ………!!』

 

 左腕を軸に上体を持ち上げ、開いた空間に膝を入れ……ゆっくりと。殊更にゆっくりと………再び立ち上がった。

 その姿にルミアは口元を覆い涙を流す。ヒューイも思わず息を呑み、クロノスは――

 

「……やっぱり、性ですか」

 

 目を伏せ、小さく笑みを浮かべた。

 なぜなら、笑っているからだ。他でもない、自分の主であり、心の底から信頼している彼が。

 白髪の三つ編みは解け、腰から下の髪は血の色に染まり、前髪も同様に、しかし地面を擦れたからか毛先が黒くなっている。

 見るからに満身創痍。しかし、その目に灯る強い意志の輝きだけは失われていなかった。

 アステルは一歩一歩、ルミアの元まで歩いてゆく。

 ゆっくりでいい。少しずつでも構わない。

 

「(彼女の、許まで――!!)」

 

 こうして、最後の一歩を踏み出そうとした時。

 彼の中で、不意に何かがぷつんと切れた感覚があった。

 

「――ゴフッ……ッ?」

「え――」

 

 次の瞬間、アステルは一際盛大に吐血し、その場に崩れ落ちる。ルミアは言葉を失った。

 言葉が出ない。身体も動かず、指も動かず。抜けていく力。しかし、右手に作られた拳は固く握りしめられたまま、アステルは急速に落ちてゆく意識、判断能力の中で――視線を上にあげる。

 

「―――……」

 

 そこに映るのは、助けたいと、救いたいと、いつまでも守り抜きたいと思う少女の泣き顔だった。

 唇も動かず、肺から出るのは大量の血とわずかな酸素のみ。ルミアも最早、アステルが何を言いたいのかさえ分からないでいる。

 しかし、それでも。

 

「……聞かせて……アステル……。貴方が、何を言いたいのか……貴方が思っている事も、全部……教えて欲しい……よ……っ」

 

 ルミア=ティンジェル――否、エルミアナ=イェル=ケル=アルザーノのアステル=ガラードに対する信頼と想いだけは、今も尚変わらずにいた。

 故に。

 故に。

 故に、

 

 アステル=ガラードは動いた。

 

 自分の細い身体を、自らの顎で引くように手繰り寄せ、頭を振りながら右手を遠心力によって前へ付き出す。

 僅か数センチ。その距離が、今の彼にとっては絶望的な距離であり、果てしなく遠く感じる。

 その時だった。

 

「……届いた」

 

 結界の中から延ばされたルミアの手が、ぎりぎりにアステルの頬に触れていた。

 

「貴方が諦めなかったから……届いた……」

「………るみ、ア……?」

「アステル……お願い、受け取って――」

 

 その瞬間だった。

 突如としてルミアの身体が眩く発光し、彼女に触れられた場所が熱くなる――

 

「――コフッ――ッ!?」

 

 溢れる光、巻き起こる風が揺らす黄金色の髪、周囲に踊る光の粒子。

 微笑みながらこちらを真っ直ぐ見つめてくるルミアの姿は、まるで女神のようで――

 どくん、と。アステルの体に莫大な魔力があふれてくる。

 その身体を支配していたすべての苦痛が嘘の様に消え失せ、知覚が鋭敏になる。全身に経験のしたことのない熱が漲り、まるで灼熱の炎に包まれているかの様。

 

「これ、は……?」

 

 心身ともに回復している。とうに糸の切れたはずの身体が動く。彼女がなんらかの魔術を行使した気配はない。そも、ルミアは魔術を封印されているはず。

 ならば、この奇跡の現象に至る節はただ一つ。

 異能。彼女が虐げられ、追われる理由となった根源。

 使う事も恐れていたその力を、彼女は今、行使した。

 

「……わがまま言ってごめん、アステル。……だから、もう一つ……もう一つだけ、お願いしてもいい?」

「……なんだい?」

「私を……助けてくれる?」

「―――……」

 

 ふっとアステルは顔を伏せて笑った。

 彼が再び立ち上がる。傷の癒えた右手に力が滾る。

 その表情は――笑っていた。

 いつだって絶望的な状況下に於いても、彼から笑顔が消え失せたことはない。

 喜怒哀楽、渋い顔をすることはあっても、それでも、彼の心の底には笑顔がある。

 なぜなら。

 瞳の奥に、何があっても決して揺らぐことのない、『彼女を護る』という強く輝かしい意志があるのだから。

 アステルは拳を握りしめる。

 

「ああ――もちろん……!!」

 

 腰元まで腕を引き絞り………

 

「――いつだって僕は、必ず君の許に帰ってくる――!!」

 

 渾身の一撃を放った。

 

「―――おおおおお―――――――ッ!!!」

 

 最後の結界を破砕し、爆風が舞う。手が傷つき、抵抗のせいか腕の筋までもが千切れてゆく。

 しかし彼は、今度はそれでも止まらなかった。

 振り下ろされた拳は、そのまま彼女の足元に敷設された転送法陣までも叩き割り、その威力が凄まじく床に小さなクレーターを作り上げる。

 ――………そして、静寂。

 光も、風も、すべてが嘘の様に霧散してゆく。

 同時に、転送法陣は完全に消え失せていた。

 

「アステル……」

「はぁッ、はぁッ……はぁッ……ッ! ……っく、そして………絶対に、君を守り抜いてみせる……っ!」

 

 全てが終わった後の静寂の中、ただアステルの炎の様な息遣いと、過去の約束の言葉が木霊している。

 

「……僕の、負けですか」

 

 試練を乗り越え、自分達の目的を崩されたヒューイは小さく息を吐いた。

 それは嘆息なのか、安堵なのかは判らない。しかし、この場にいるアステルとルミアの二人は、後者だと信じている。

 クロノスも懐から出していた水晶をしまい込み、彼らの元まで歩み寄った。

 

「不思議ですね。計画は頓挫したというのに……どこか嬉しく、そしてほっとしている自分がいる」

「ヒューイ先生……」

「……いえ。何もかも全て、自分がしでかしてしまったことではありますが……。何よりも生徒達が無事でよかった。心の底から、そう思います」

 

 二人の目尻には涙が溜まっており、ヒューイは彼らへ歩み寄ると、優しく抱擁した。

 

「これで、最後です。――合格おめでとう、アステル君。そしてルミアさん、怖い思いをさせてしまって、本当に申し訳ありませんでした」

「せん、せぇ……ッ!」

「そんな……先生……」

 

 アステルは脱力し、全力で号泣した。

 恩師との別れと、今後辿る彼の行く末を想像して。

 ヒューイはただ、泣きじゃくるアステルの背中を優しく撫で続け、一つの考えに至る。

 

(僕は一体、何をしていたのでしょうか……。組織の言いなりとなって死ぬよりも、僕の大切な生徒達を護るために、組織に逆らって死ぬべきだった……。考えることを捨ててしまったと思っていた僕が、ここまで思い至れるようになったのは、講師である僕自身、彼らから学んだことが、あまりにも多かったからなのですね……)

 

 ――償おう。彼らの今後の活躍を、勇姿を、たとえ獄中や墓の中からであっても見守り続けよう。と。

 

 

       ◇

 

 

「あなたの夢は無意味なんかじゃないよ」

 

 夜。とある屋敷の一室で、少女は右腕に包帯が巻かれたままベッドで眠る少年の横で何かを呟いていた。

 

「確かに……昔のあなたが恋焦がれる様に思い描いていた夢の形とは違ったものかもしれない。でもね、あなたの夢は確かに、たくさんの人を救ったんだよ?」

 

 見知らぬ緋色の紋様を頬に刻み込んだ少年の頬を、優しく撫でる。

 

「だって私は……八年前、あなたに救われたあの時から……あなたの事をお慕い申し上げていました。………――――……ありがとう」

 

 そして、本人の意識もないうちに、少女はお互いの酸素をほんの少しだけ…………共有した。




~あとがきのコーナー~

アステル:ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。筆者に代わりまして、ご挨拶させていただきます!

シャル:いや~一巻ようやく終わったな? 今回は暴れたしよかったわ~

アステル:シャル、ちょっと妄想癖ありそうだけど大丈夫? 虚像切ってるんでしょ?

シャル:触れるな。難病なんだよ

アステル:……え。何か病気でも――

システィ:(中二病)

アステル:あぁ~重病だ

シャル:よぉしテメェ表出やがれ!?

システィ:ところで、ルミアさっきから静かだけれどどうしたのよ? 何かあった?

ルミア:えっ? う、ううん何でもないよっ?

シャル:そらお前……ラストの絶対姫さんだルルォッ―――

ルミア@顔真っ赤:シャル、ちょっと向こうでお話しよっかー?

システィ:一瞬で連れていかれたわね……大丈夫かしら

アステル(※経験有):そだねー……

システィ:さてさて、今回は紹介行くのかしら。前回は某サッカーアニメの概要しかなかったから、何気に初めてよねっ

アステル:うん……それなんだけどね? 僕もその、よくわかっていないというか

システィ:はぁ? え、じゃああのシャルの超絶技巧について何の説明もなしなの!?

アステル:……ゴメンナサイ

システィ:……まぁ、仕方ないわよね。私も目で追えなかったし、何が起こってるのかもさっぱりだったんだから

アステル:というわけで、今回はシスティに次回予告をお願いしようと思いまして

システィ:む。……いいわよ、やってあげるわ!

システィ:アステル達の奮闘により、魔術学院は平穏を取り戻した。しかし、彼には問題があった

クロノス:………講演会(ぼそっ)

システィ:そう講演会である。見事にすっぽかしてしまった彼は急ぎシャルの眷族であるシムルグを繰り帝都へ急ぐ。果たして間に合うのか。彼の運命やいかに!?

アステル:そういえば転送法陣壊しちゃったもんね……。ハーレイ先生のお手伝いもしないと……。ってそう考えたらフェジテで泊まらない方がよかったんじゃ

ルミア@アステルの腕へ抱き着く:いいのっ! アステルは帰ってこないとだめなのっ!!

アステル:……ルミア、顔赤くない? どうしたの……?

シャル:すまん。逃げるためにウイスキー飲ませた

アステル:シャァアアアアアアルゥゥウウウウウ!!



セリカ:未成年の飲酒はダメ、ゼッタイ! お姉さんとの約束だぞ?

グレン:お前お姉さんって言える歳じゃ――

セリカ:《我は神を斬獲せし者・我は原子の祖と終を知る者――

グレン:だからいっつもあとがきでイクスティンクション・レイすんのやめてェェェエエ―――!!


アステル:次回もよろしくお願いします!


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第九話 踏み出す一歩+α

 大変ご無沙汰しております!
 シグナ様、お気に入り登録ありがとうございます!

 ようやく一章終了ですね……エピローグはどうしようか迷いました……
 今回は恐らくこのお話っぽいガバガバな終わり方にできたと思います!(失笑)


 ※途中でGEのハルオミさんエピが開始されます、ご注意を!(なお今後継続の模様)
 それでもOK! という方は下へお進みください!




 翌日の早朝。アステル()はフィーベル家の玄関前で、グレンを前に整列していた。

 その場には、講演会に出席したアステル、その契約精霊であるクロノス、セリカ以外のセラ、グレン、システィ、シャル、そしてルミアの面々もあり、唯一負傷しているアステルの傍らには、心の底から心配するルミアが居た。

 

「そんじゃ、出席取りまーす」

「いやお前、急いでるんだからそんなの中でやれよ」

「講師として必要なことなんでーす。察してくださーい」

 

 フェジテへやってきた帝国宮廷魔導士団により、昨日の事件への情報統制が被害に遭った生徒達へ行われたことで、本日は臨時休校となった。

 しかし、王都へ秘密裏に召喚されたグレン達は出席扱いなのである。悲しかな学院講師。そして単位の非情さたるや、疲れ果てていたシャルはげんなりした様子で返事する。……アステルは大怪我を負いながらも嬉々として返事をしていたが。

 やがて出席を取り終え、それぞれがシャルの眷族であるシムルグの足元に下げられた籠へと乗り込む。

 

「ね、足元気を付けて……。大丈夫?」

「あはは、そこまで心配してくれなくても平気だよルミア。でもありがとう」

「……天使」

「尊い……」

「お姉さんもう三日は――」

「それはもういいですからっ」

 

 階段から跨いで籠へ入ったアステルは右腕が扱えず、ルミアは彼の肩と腕を掴んでよろめかぬよう支えていた。

 そんな二人のやりとりを、無造作に飛び乗ったり、籠の端を蹴って乗り込んだり、跳び箱の様に手を付いてアクロバティックに乗り込んだりする面々がそれぞれの動作で乗り込む中でぼそりと呟く。

 

「ふふ、行きとは違って、なかなか面白いパーティーになったじゃないか」

「ア、アルフォネア教授が言うと本当にただ事じゃないっていうのが分かるわ……」

 

 籠の内側にある席へ腰かけたセリカの正面に座ったシスティは脂汗を流し、アステルはグレンの隣へ腰かける中不安げに二人の会話を聞いていたが、不意に自分と反対側に座ったセラが手にしていた包みが目に入り、尋ねてみた。

 

「ところで、セラさんその包みは?」

「えっ? ああ、これのこと? アステル君が作ってくれたハルバードだよ」

「うぇッ……て、帝都に持って行って大丈夫なんですか?」

「だって、一応これもアステル君の開発品でしょう? なら実際に持って行ってもいいんじゃないかな?」

「……マジかお前、アステル。なんつー凶悪なモン造りやがる……」

「それを言うならあたしの剣もそうだぜ?」

「なにィ!? 一体お前の頭の中はどうなってやがるんだよ……!?」

 

 グレンは顔を青ざめさせ、アステルへと耳打ちする。

 

「(いいかアステル。セラに長物を持たせんなマジで。あいつあれでも槍の扱いはずば抜けて巧いんだよ……俺、殺されちゃうかも)」

「(そ、そんなにですか……?)」

「(怒らせた時にああいう類の物持つと特にな。マジでなにしだすかわからん)」

「(あー……)」

 

 それはむしろ先生が悪いのでは、とアステルはのどから出かけたが、慌てて飲み込んだ。

 ちら、とセラを見れば彼女はニコニコしながら可愛らしく小首を傾げ、「?」と疑問符を頭上に浮かべている。うん、いつものほんわかお姉さんだった。

 しかしいつにも増して機嫌がよさそうである。

 

(グレン先生も、隅に置けないなあ)

 

 それが嬉しくて、アステルも満面の笑みで笑い出した。

 

「あ~グレン君っ! アステル君と何話してるの? 私も混ぜてよ~」

「帝都で安くて美味い飯屋でもねぇかなーって話を聞いてたんだっつの」

「ほほう? それは気になるな」

 

 グレンの無理やりな話の転換にそれぞれが食いつき、やがて帝都の話になる。

 いつの間にかシムルグは静かに飛び立っており、外の景色は一面青空が広がっていた。

 

「……へぇ。つーとシャーリィとアステルは幼馴染だったのかよ?」

「はは、まぁ僕の家が魔術師の下請けで。シャルは近所にある剣術道場に住んでいたんです。だからまあ、魔術師や騎士を目指す方も結構来てくれてて。それに付いてきたシャルとはそれからの付き合いですね」

「思えばお前、小さい頃からよく御袋さんの仕事手伝ってたもんなぁ。愛想よくて、優しくて強くてよぉ。いい両親だったよな」

「うん。僕もそう思う」

「コイツ四歳の頃から計算覚えだしてさぁ、よく会計もやってたっけ」

「あ~。たまに商品の値段間違えて怒られちゃったことあったねぇ」

「なははッ! だっせーの~っ!」

 

 今思い返せば楽しい思い出として語れる。それを喜ばしく感じたアステルだったが、システィとルミアに挟まれながらも自分の話を聞いていたクロノスが気になる。

 

「クロノス、さっきから静かだけれどどうしたの?」

「いえ。なんといいますか、自分がこの場に自然と溶け込めている事に違和感があるといいますか」

「そんなもん気にすんな。あたしだってこんなデッケー鳥飼ってんだぜ? 今更驚かれやしねぇよ」

「……そういうものですか?」

「そういうもんだ。そうだろ?」

「そうねー。奇想天外な出来事にはもう慣れたわ……」

「あはは……」

 

 昔を思い出したようでシスティは頭を抱えながらため息を吐き、ルミアは微笑む。そしてシスティはクロノスへ向き直ったあと、優しくその頭を撫でた。

 

「でも、こんなに可愛い精霊さんなら、私も大歓迎よ? 可愛いし」

「今可愛いと二回言いましたね……」

「だって本当のことだものっ」

「わぷっ……システィーナ……。ますたぁ……」

「ごめん、僕はそこ不可侵領域。先生お願いします」

「俺に死ねってか?!」

 

 涙目で救援を訴えられたアステルだったが、その絶対的女子空間に割り込む勇気はなくグレンへとスルーパス。彼は大げさに拒否するもののセラによって背中を押され突っ込み、見事玉砕するのだった。

 

 

       ◇

 

 

 ……空の旅を終える頃には、すでに空にあがった陽は真上になっていた。

 降り立ったのは一昨日前の夜、クロノスと出会った展望台近くにある植物公園だった。

 昼間は殆ど人の出入りがなく、夕方から夜にかけての時間がピークとなっている此処ならば、シムルグも目立たずに着陸できると考えたからである。

 

「ここって……」

「何年かぶりだっつーのに変わらねぇな」

「はは……」

 

 ルミアは驚いたように周囲を見回し、シャルも呆れがちに笑っていた。

 そしてルミアは恐る恐る、展望台の方まで歩いてゆく。

 アステルがそんな彼女の後ろ姿を見守っていると、不意にシスティが彼の制服の袖を軽く引き、「行ってきなさい」と伝えられ、頷きながらゆっくりとした歩調でシャルと共に向かう。

 システィが主人であるアステルを見つめていたクロノスを捕まえ、先に公園から出ていくグレン達の後を追ってゆく。

 さくさくと芝生の上を踏みしめながら、アステル達は先に展望台へたどり着き、帝都の街並みを眺めていたルミアの両隣りに立った。

 

「アステル……シャル………」

 

 二人の幼馴染兼護衛役を交互に見たルミアは微笑を浮かべ、シャルは笑い飛ばし、アステルは展望台の手すりに片手を置いてただ一つの方向を見つめる。

 帝都で一番背の高い建造物……以前はルミアの住まいであった城を。

 

「まさか、こんなに近くまで来られるだなんて思わなかった……」

「うん……」

 

 不安と期待の入り混じったルミアの表情を横目で見つめるアステル。

 今から数年前、エルミアナ=イェル=ケル=アルザーノという存在は歴史の表舞台から消えた。

 しかし今は素性を隠し、普通の女の子、ルミア=ティンジェルとしてこの帝都に立っている。

 考えてみれば複雑な感情になることは当たり前だ。しかし、帝都に召喚されたということはつまり――

 

「……お母さん、元気かな……」

「……大丈夫。きっと元気だよ」

 

 彼女の母、アリシア七世とも接触する機会が少なからず存在する、ということ。

 アステル自身も少々気まずい思いをしながら、何とかフォローしようと言葉を紡ぐものの、ルミアの表情は晴れずどうしたものかと視線を下に向けると。

 まるで何かを探すように彷徨う彼女の手があった。

 意を決して握ろうとすると――ばしぃっ!

 

「ひぇっ? シャ、シャル……?」

「――安心しろって姫さん。いざという時にゃあたし達が絶対にアンタを護ってやっからよ!」

 

 酷く威力を抑制された彼女の手がルミアの背を叩き、危うく高台でつんのめりそうになったルミアの前身をアステルは慌てて抱えながら睨み付ければ、シャルは満面の笑みを浮かべている。

 その表情にアステルも毒気が抜かれ、ため息交じりに笑いが漏れた。

 

「まったく、素直じゃないねシャルは」

「るせーっ! っていうかお前らいつまで抱き合ってんだよ! こっから放り投げんぞ!?」

「誰のせいだと思ってるのさ」

「ま、まぁまぁ……」

 

 流石に理不尽が過ぎたシャルの物言いにアステルは額に軽く青筋を浮かべながら笑っていると、ルミアが仲裁に入り、アステルを上目遣いで見つめながら軽くウィンクしてくる。

 アステルは小首を傾げながら笑みを浮かべたまま、肩を竦めた。

 

(――君は本当に強いな。僕一人の力じゃあ、どうしても君を支えられない……)

 

 でも、とアステルは視線を上にすれば、ルミアの向こうに絶対的信頼を置く幼馴染兼、相棒のシャルがいる。

 その視線に気付いたのだろう。シャルは少しだけ驚いたように目を見開き、次には半眼でシニカルに笑いながら口角を上げた。

 

(……もっと、頑張らないといけないね)

「………お互いに頑張ろう。ルミア」

「? うんっ、そうだね」

 

 ルミアは軽く小首を傾げたあと、そう言いながら大きく頷くのだった。

 

 

       ◇

 

 

 頑張ろうと言った矢先だというのに、アステルの心は早くも折れかけていた。

 

「もうっ! ダメじゃないアステル! 舞台に立つ以上ちゃんとメイクしないと!」

「いや、一応僕も学生だしあまり華美な格好は好まれな――」

「せめて顔とか髪くらい手入れしておきなさい!」

「はい……」

 

 発表者控室。おなじ学院の生徒として、尚且つクラスメイトとしてアステルの激励にやってきたと制服姿で言えばすぐに入室の許可が下り、こうしてアステルをドレッサーの前に座らせ、化粧品を薄く塗っている。

 ちなみにアステル、発表の時間ギリギリにセリカと共に現れた為に順番を二つほど繰り下げられ、舞台に立つ権利はなんとか維持されていた。

 

「あの、シャル達は……?」

「二人は先生達と一緒よ。歓談席で待ってるわ」

「……システィは行かなくていいの?」

「………はぁ」

 

 彼にとってはもっともな質問は、システィの深い溜息によって取り下げられた。

 そしてメイクを終えたアステルを自身の胸元へと抱き寄せる。

 

「……え……」

「今……あなたが舞台(あそこ)に立ったら……今より更に遠くへ行ってしまうんじゃないかって………不安になる」

「システィ……」

 

 アステルは顔を上げると、システィと視線が絡み合い、その近さにお互いに頬を朱に染めるものの離れることはなく。

 

「――行ってらっしゃい」

「……ずるいなあ。答えを知っててそういうこと言うんだもん」

「女はいつだって、何かを決断するとき、言葉にして欲しい生き物なのよ」

「はは、参ったな……そりゃっ」

「きゃっ!? ちょっ、ちょっとアステルッ!」

 

 アステルは動く左腕でシスティを腰から抱き上げ立ち上がると、システィは慌ててアステルの頭に腕を回して支えを取る。

 羽の様に――とはいかないが、それでも軽い彼女の身体は容易に持ち上がった。

 

「行ってくるよ。僕達の(・・・)理想(ゆめ)を叶える為に、僕は今日、此処に来たのだから」

「―――」

 

 朗らかに笑うアステルに、目を見開くほど驚いたシスティは口元を片手で覆い涙を流す。

 その時、彼自身の中でようやく、彼女の夢が自分のものでもあると真に理解した。

 昨日、恩師であるヒューイと対峙した時に言われた言葉から、眠る前に『もしもの世界』を考えた。

 もしもルミアがエルミアナとして居られたならば。僕の生き方はどうだったのかと。

 やはり自分も父や母の後を継ぎ、魔術師の人々との下請けとして働くべく、魔術学院を目指したのではないかと。

 そこでもし、父の教え子という縁でシスティーナ=フィーベルという少女と出会ったのなら……。

 ストンと胸に落ちた自分の気持ちに、晴れ晴れとした気分になる。

 

(もう、手伝いなんかじゃない……。これは僕の理想で……きっと僕は、ひたすらに夢へ向かって走ってゆくシスティに憧れていたんだろう)

 

 なら、今日からそれは憧れではなく……。

 アステルはそう思いながら、視線の先で泣きじゃくるシスティをただ見守っていた。

 

「……みるな、ばか」

「ごめん。でも目が離せない」

「……もう」

 

 ひっく、ひっくと嗚咽を漏らし途切れ途切れに訴えるシスティの顔は耳まで真っ赤になっており、アステルがそれでも見続けるため、彼女も根負けして小さく微笑んだ。

 そして彼の額にそっと唇を当てると、今度はアステルが驚く番だった。

 柔らかいシスティの唇が、肌が露出している部位で最も薄い額に当てられ、その温かさと柔らかさを思い知る。

 一瞬で顔が真っ赤に染めあがり、呆けた顔になっていた。

 

「ふふっ……なんて顔してるのよ」

「い、いや……あまりに予想外なことだったから」

「言っておくけど、私は決して安くないわよ」

「……知ってるよ」

「ならよし」

 

 アステルはシスティを床へゆっくりと下ろし、地に足のついた彼女は再びアステルへ笑いかける。

 

「安心して。もしあなたが遥か遠く先に行ったとしても、私がいつだって風の速さで追いかけてあげるから」

「――ありがとう」

 

 目を伏せ、彼女の言葉を噛みしめるアステル。そして係員が講演の時間が近い事をドア越しに告げられると、システィは背もたれに掛けていた彼の白衣を袖に通した。制服のケープは昨日の事件によってボロボロとなってしまい、修復は不可能。後日取り寄せになってしまったのである。

 アステルは袖を通してくれたシスティの手を握りしめ、互いに頷き合うと、控室を出る。

 

『あ』

「……む」

 

 廊下へ出れば、アステルの師であるハーレイ=アストレイが丁度尋ねる処だった。

 システィとハーレイの視線が合い、二人の声を聴きながらハーレイは唸る様に声を上げる。

 

「システィーナ=フィーベル。……そうか、お前も来ていたのか」

「ええ。彼と理想を共有する者として、応援しないわけにはいかないでしょう?」

「……なに?」

「あ、あはは……」

 

 包帯が巻かれだらんと下げられたアステルの右腕に優しく抱き着いたシスティを睨み付けたハーレイは「どういうことだ」と鋭い視線をアステルへ送るが、当の本人は左手で後ろ頭を照れくさげに掻き笑っていた。

 

「ええい貴様らッ、昨晩一体何があった!? 答えろルドガー!?」

「アステルです先生……」

「動揺しすぎでしょう……。まぁ私も結構恥ずかしかったんだけれど、この顔が見れただけで得よね」

 

 見事に錯乱したハーレイは己の髪を掻き毟り、名前を間違えられたアステルは苦笑で返す。システィはぱっと即座にアステルからはなれながら頬を朱に染めて片頬を掻いていた。

 しかし、ハーレイも流石は一流の魔術師。冷静になるのも早く、気を取り直してゴホンッと咳払いをしながらアステルを見つめる。

 未だに自分の手元から離したくないほど溺愛している雛鳥だ。しかしこうして送り出さなければ彼の成長に繋がらないというのも分かっている……。

 だからこそハーレイは少しだけ眉根を歪め、愛弟子の姿を目に焼き付けた。

 

「……行ってこい、アステル=ガラード。私の弟子としてではなく、一人の魔術師として。研究者として。思う存分熱弁を振るえ」

「――はいっ!!」

「行きましょ、アステル」

「うんっ。先生、行ってきます!」

「ああ。期待しているぞ」

 

 腕を組み、一礼しながら踵を返し舞台裏へ向かってゆく白銀の軌跡を見つめ……。

 ハーレイは一人、眼鏡を取り、静かに涙した。

 後に廊下で「私の弟子があんなに立派になって……ッ!! アステルぅ、アステルぅぅぅぅ~~~~っ!!」といい大人が号泣している所を発見されたのは、言うまでもない。

 

 

       ◇

 

 

 会場がどよめいた。

 目を輝かせ、興奮のあまり頬を紅潮させ熱弁を振るっていたアステルが合図すると同時に運ばれてきた《飛行杖(ニンバス)》の姿に、歓談席の前席に居た人々が身を乗り出すほどだ。

 舞台袖で彼の姿を見つめていたシスティは思わず祈る様にして胸の前で手を組んでいたことに気付く。

 

「――なかなか好評のようだな」

「ハーレイ先生……って、どうしたんですかその顔?」

「気にするな。クッ、眼鏡が曇っていてよく見えん……」

 

 講演も終盤へ差し掛かったところ。ようやく師であるハーレイが現れ、システィが向き直れば目元を真っ赤に腫らし、鼻をずびずびとすすりながら懐から出したハンカチで涙で湿っている眼鏡を拭いているハーレイの姿があった。

 

(涙脆いのは師匠譲りなわけね……)

 

 納得、とシスティは意外なところでこの師弟の共通点を発見して苦笑いを浮かべると、――次のアステルの行動にぎょっとする。

 

「なッ――ちょっとアステル何してるのよ……っ!?」

 

 声は最小限に、かつ盛大にツッコミを入れたシスティ。

 なんせ彼は負傷したはずの右腕で、背後の黒板へ物すごい勢いで、発明品の各部をイラスト付きで描いていたのだから。

 そういう事をするのなら自分を呼べと言えばよかった……と後悔しながらも、右腕に手を添えて呆れた笑いを浮かべる。

 

(そうよね……そういうやつだったわ)

 

 自分が好きになった人物が、己の負傷程度で研究を辞めることなど絶対にない。

 人々の為にと願う気持ちが身体を追い越して、その想いを空へ飛ばしてゆく。

 そんな男の子が、彼女の知っているアステル=ガラードという少年――だった。

 いつしか彼の中で“人々”という枠組みの中に自分が居て、その中心にシスティーナ=フィーベルという少女が居ると……。自意識過剰かもしれないが、今では素直にそう思える。認識する。

 誰にでも優しく、強く、頼り甲斐のある少年。

 出来る事なら彼の“特別”を自分のものにしてしまいたいと言うのは傲慢だろうかと。ふとそんな感情が浮き出るものの、彼にはライバルが多すぎる。

 

(負けないわよ……負けるもんですか)

 

 まずは正々堂々彼を振り向かせなければ。

 システィは改めて自分の気持ちを再確認し、ぐっと握り拳を作りながらメラメラと今後更に激化するであろう争奪戦に闘志を燃やすのであった。

 

 

       ◇

 

 

 時は変わり、夕暮れ時。

 セリカに誘われ、魔術工房の見学からホテルへ戻ったアステルを捕まえたのは、なんとグレンだった。

 同伴していたセリカとルミアからアステルを借りるという旨を伝え、夕飯も別で食べるといった一風変わった断りを告げたあと、彼らはそのまま下町にある酒場に入った。

 アステルはジュースを、グレンはウォッカを飲み、出てきた料理に舌鼓を打つ。

 お互い小腹を満たされるまでは今日のアステルの講演やその後の工房見学、そしてグレン達にあった出来事などを語り合うと、本題と言うようにグレンはウォッカを飲み干した。

 

「世の中には、本当に色んなヤツがいる……。でもな、これだけの数の人がいるのに、人間にはたった二種類しかいないんだ……」

「まぁ……そうですね?」

 

 頬が少し赤らみ、酔い出したグレンはカウンターテーブルに身を預ける様にして右腕を置き、どこか遠い場所を眺めるような瞳で語り出す。

 アステルは素面で、ジュースをちびりと飲みながら相槌を打った。

 

「それについて、俺の中では常にある考えが渦巻いていて……ずっと、答えを求めてる」

 

 グレンはアステルへ向き直ると、真剣な瞳で見つめた。

 

「その探求に、付き合って欲しい」

「――分かりました。僕にできることでしたら」

「よし。なら話は早い。――もしお前だったら……女性のどこに魅力を感じると思う?」

「そうですね……。優しさ……でしょうか? 強さもあると思いますけど。あ、もちろん精神面で」

「ああ、そうだ……それらはすべて素晴らしい。質問を変えるぞ。世の男は、女性のどの部位に魅力を感じると思う?」

「……は? ……あの、先生? もう一度聞きますね? ――は?」

「俺は真剣なんだ、アステル。お前の意見を……お前の心の叫びを聞かせてくれ」

 

 まさかお酒弱いわけないよね……セラさんもつぶれちゃったくらいだし……とアステルは唐突に振られた質問に色々と考えてしまう。

 一方でグレンは真剣な面持ちそのものであり、彼からの回答を今か今かと待ち続けていた。

 真剣なのだ。流石に自分の言葉でお茶を濁すことはできない。

 アステルはふむ、と唸ったあと、下顎をちょんちょんとつつきながら答えを見出す。

 

「そういうお話であれば……胸、とかですか?」

「そうだな、そういうヤツは多い。俺も若いころはそうだった……」

「いや先生も十分若いと思いますけど……」

 

 しみじみと語るグレンにアステルはついに苦笑を浮かべてしまい、残っていたサラダを口元に運んだ。

 しかし、「でもな、きっと違うんだ」というグレンの言葉に彼の顔が向かう。

 

「違う、とは……?」

 

 その言葉を待っていたのだろう。グレンはふうっと清々しい息を吐いた後、

 

「脚、だよ」

 

 と。

 ファーストコンタクトの際に失敗した、あのキメ顔でそう語った。

 アステルの手が止まり、口に運ばれたサラダの咀嚼が止まる。

 彼の眼は見開かれ、グレンは得意げな表情を浮かべながら、一つ一つ、己の言葉を噛みしめる様にさらに語り出す。

 

「最近の俺のムーブメントはな、脚……それもニーハイだ」

「……んくっ。ニーハイってなんですか……!?」

 

 ここでアステルがまさかの食いつきを見せ、彼は嬉しかったのかうんうんと頷きながら続けた。

 

「本来はオーバーニーと呼ぶべきだが、帝国語におけるニーハイとは膝上までの丈のソックスの略称だ。ニーハイの要諦は、ソックスの口ゴムとボトムスの間に出来る領域。その太ももの、わずかな輝き……。例えるなら、朝、山の端から顔を出した曙光のような……。それが、今、俺の求める女性の美だ」

「なるほど……。確かに、システィ達の着ている制服よりも更に高いソックス……。ガーターもなしに、隠された肌に自然と張り付く口ゴムから覗くその光景……」

「……いいだろ?」

「――ええ。それが嫌いな人は認められないのではないでしょうか」

「フッ――決まりだ。今度服を見繕っておくから、遊びに行こうな。聖なる探索の始まりだ………!」

「はいっ! グレン先生!」

 

 完全に話がおかしな方向へ傾きつつ、()少年達の旅は始まりを告げるのだった。

 

 

       ◇

 

 

 その夜。シャワーを浴びホテルの部屋で寛いでいたアステルは、傷ついた自分の腕に新しい包帯を巻いていた。

 それがなかなか難しく、誰かを頼ろうにも近くの部屋に居るのは講師陣。学院で起こった事件のこともあり、一部の講演を終えた講師達は学院へ戻る事になっていた。

 そのうちにハーレイも挙がったために、明日の朝にはアステルも出立する予定だ。

 クロノスは追ってやってきたルミア達と同じ宿に居る為コンタクトが取れず、孤立無援の中、現にこうして一人包帯と格闘しているのである。

 するとコンコン、と控え気味に部屋のドアがノックされ、アステルは椅子から立ち上がり出ると――そこには。

 

「……シャル?」

「よう、やってるな」

 

 お菓子や飲み物が大量に詰め込まれた紙袋を抱えたシャルが立っていた。

 ぎこちなく巻かれた包帯を見られて笑われ、アステルは困ったように苦笑を浮かべる。

 

「どうせ一人で寂しくやってると思ってな。邪魔するぜ~」

「あ、いやちょっとシャル……」

 

 問答無用で部屋へ入り込んだシャルはベッドに腰かけ、まず紙袋からクッキーを取り出した。

 ぱりぱりと二枚重ねで贅沢に頬張っていく彼女を見て、アステルはなんとも言えない表情を浮かべながら肩を竦ませ、対面の椅子へ腰かける。

 

「あの先公と何話してたんだ? 二人で夕飯どっかに行ってたんだろ?」

「うん……まぁ、色々とね」

「ほーん……」

 

 シャルは訝し気な視線をアステルへ送るが、それでも口を割らない彼にため息を吐きながら質問を取りやめる。

 スッと出された菓子の袋をアステルは受け取りつつ、一枚食べてみると、ほどよい甘さに頬を緩めた。

 彼の綻んだ表情を見てニヤニヤするシャル。アステルは小首を傾げながらもう一枚食べると、彼女は立ち上がって彼の傍に寄り、包帯を巻き始めた。

 

「……なぁ」

「ん?」

「あたしらってさ、アイツの隣に居ていいのかな」

「アイツって……ルミアのこと?」

 

 しゅるしゅると包帯の巻かれる衣擦れの音が聞こえる中、静かに呟かれたシャルの言葉にアステルは訪ね返すと、巻かれてゆく包帯の一点を見つめながら彼女は頷いた。

 

「そりゃもちろん、ルミアと一緒に居たくないわけじゃねえんだ。けどさ、もっと……適任が居るんじゃねえかって思ってさ」

「……ははっ」

「なっ――笑う事ねーだろ?」

「いや、シャルも気弱になることもあるんだなあって」

「あんだと!? 締め付けんぞテメェ!!」

「いだだっ!?」

 

 彼女から吐露された真剣な悩みをアステルは茶化すと、顔を真っ赤にして彼の腕の包帯を締め上げた。

 しかしそれもすぐに開放され、包帯の端をピンで留めた後、シャルは拗ねたような顔をしながらアステルの背から寄りかかり、頭に顎を置いた。

 

「あたしだって……弱る時ぐらいあるんだぜ?」

「知ってるよ」

「だったらフォローくらいしろよ。相棒だろ?」

「うん、でもシャルは勘違いしてると思うから」

「はぁ?」

「ルミアは幼馴染とか、昔から付き合いがあるから接しやすいってことだけで、僕らを傍に置いてないってこと」

「そりゃ……」

「確かに、僕らは弱い。単純な腕っぷしじゃあまだ大人には勝てないと思う。でもさ、それは“今”だけで、まだまだ先があるってことだよね」

「……おう」

「きっと将来、ルミアは険しい荊の道を通っていくと思う。なら、僕らはそれまでに彼女を荊から守れるくらいに成長すればいい。今はグレン先生やアルフォネア教授、それにセラさんだっている。皆帝国の最前線で戦い続けてきた人たちだ。僕らは今、そんな恵まれた環境に居るんだ。ただただ教えられるだけじゃなく、自分なりの考えを以て教えを乞う。自分の意見さえ持っていればそれは正しいのか、間違っているのかを教えてくれるし、それが正面から言われて納得できたのなら、きっと糧になると思う……だからさ」

 

 だからさ、とアステルは後ろから延ばされたシャルの手を左手で握りしめる。

 手に出来た豆が幾度となく破れ、硬くなった表皮。しかしそれでも女の子らしい柔らかさを持った手が、彼の手を握り返した。

 

「変な意地を張らずに、必要な時は誰かに助けを求めていいんだ。いつかきっと、一人でなんとかしなきゃいけない時はきっとくる。でもそれは今じゃない……。その時までに、たくさんの人から助けてもらったり、助けたり。その繰り返しが、繋がりが。君を強くしてくれるはず。僕はそう信じてる」

「お前……。……結構キザだったんだな」

「あのねぇ」

 

 唸る様にアステルは異議を唱えるものの、シャルは笑い飛ばしてそれを軽快にかわしてゆく。

 

「っしゃあ! 今日は飲むぞー!」 

「お、おー……?」

 

 ジュースの入った瓶を取り出したシャルは、室内にあるグラスを手に取り、ジュースを氷属性の魔術で軽く冷やすと、二人はそれを飲み交わす。

 アステルは(たまにはこういうのもいいな)と、先ほど見せたシャルの憂いを帯びた顔を思い出しながら、そんな事を思うのだった。




~あとがきのコーナー~

セリカ:ここまで読んでくれてありがとな。ようやく一巻終わったか……

グレン:珍しく出番がないとか言わないんだな?

セリカ:今回は序盤で出たから満足した

グレン:そっかー

クロノス:(ちょろい……)

グレン:そういやなんだかこのメンツだけってのも珍しいよな? なんか意図でもあんのか?

セリカ:片や美人、片や合法ロリだからな。セラが黙っとらんぞ

クロノス:両手に華、というやつですね。くっつきますか?

セリカ:奇遇だな精霊。私もそう思っていたところだ――いざっ

グレン:やめて! 火に油を注ぐのはやめて!

セリカ:それより、なんだ中盤のあれは? まさかいたいけな女学生相手にそんなことをするんじゃないだろうな?

グレン:HAHAHAまっさかぁ! 俺の人脈を駆使してモデルを探すのさ!

セリカ:……お前友達とかいたっけ?

グレン:やめてよね、せっかく人がやる気になってるのに水を差すの

クロノス:マスターの今後が不安になるような案件だけはやめてくださいね

グレン:フッ、安心しろクロノス。すでに同志Aはこの俺と想いを共有している!

クロノス:どうやら遅かったようですね……巻き戻してしまいましょうか

セリカ:おータイムリープか~? よいぞよいぞ~

グレン:年も気にしねぇBBAだからそういう事言えるんだよなぁ

セリカ:《ふざけんな・この・馬鹿野郎》――ッ!!

グレン:ぴぎゃああああ―――――ッ!!?


クロノス:次回もお楽しみに、です


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第九・五話 システィーナの決意

 今回は短めです。相変わらずの駄文……(苦笑)

 最近ハーレイ先生との絡みが無くなっているように感じた(むしろない)ので補給用に。
 あとは予想外なあの子が登場します、ご期待ください!



 ※今回あとがきのコーナーはメンバーお休み中の為ありません! ご了承をっ!


 アルザーノ帝国魔術学院自爆テロ未遂事件。

 内密に処理されたこの事件からおよそ半月。アステルの右腕はなんとか包帯が取れ、生々しい傷跡が残っていた。

 本人は名誉の負傷として受け入れていたものの、グレンからの忠告や、ルミア達からの希望から、彼が愛用している《銀線繊維》の組み込まれた白い手袋を着用のもと、登校が義務付けられていた。

 これは非常時に於ける彼への自衛措置であり、今までそれの認可が下りていない(というよりも申請すらされていない)状態だったため、また本人も自粛していた為に学院内へ持ち込まれていなかった品物だったのである。

 その手袋によってアステルもようやく魔術の実技講義へ参加できるようになり、しっかりとその手袋の運用技術なども認められ……

 この日、彼はようやく一般の魔術師と同等の位階、《第四階梯(クアットルデ)》へと昇り詰めることが出来た。

 休日にも関わらず学院で執務を行っていたリック学院長から賜った、先日の講演会で受賞したトロフィーと賞状、第四階梯へ至った事への証である書面を手に、彼は現在師であるハーレイ=アストレイの屋敷へやってきていた。

 一連の出来事をハーレイへ報告すると、研究室でコーヒーを飲んでいた私服姿のハーレイは眼鏡のブリッジを持ち上げながらフン、と一つ鼻息を漏らす。

 

「今までお前の技量を見誤っていた馬鹿共が悪いのだ。だが、ようやく正当な評価が下った。それだけの話だ。……だが………一番に私の許までくるとはな。師としてこれ以上の喜びはあるまいよ……」

「はは……。僕もまだ、夢見心地で。本当に、先生のおかげです。ありがとうございます」

 

 立ち上がり、細められた目の端には涙の粒が浮かび、軽く鼻を擦ったハーレイは、アステルの頭を優しく撫でた。

 

「……先生?」

「……よくやったな、アステル。これでようやく、私と対等の立場というわけだ」

「そんなっ!? 滅相もないです!?」

「ハハハ、どの口が言う? 私と同じ《第四階梯》へ至ったということ、それはいずれ私をも超える魔術師になると同義だ。その年でまさか此処まで至るというのも嫉妬はするが……そうだな、悪くない気分だ」

「先生……」

「いつか師は弟子に越えられるもの、とはよく言うが……まだお前は学生の身。せめて卒業するまで、私も師として高みに行かねばな」

「――はい! まだまだ勉強させてください、師匠!」

「……師匠、か。ッフフ――そう呼ばれるのも、悪くないものだ」

 

 眩い笑顔を浮かべたアステルへとハーレイは珍しく微笑み、目を伏せ、彼の肩に手を置いて踵を返させる。

 

「え……」

「私はこれで充分だ。あとはお前の大切な仲間と喜びを分かち合うといいだろう。――理想を、共有する者がいるのだろう?」

「……っ! ありがとうございます!」

 

 アステルはそう言って、笑顔で部屋から出てゆく。

 その三つ編みに結われた長い白髪は、尾引くようにハーレイの視界に映っていた。

 その光景を目に焼き付けたハーレイは、再びゆっくりと目を伏せ、フフ、と笑いながら腕を組む。

 

(……行ってこい、アステル=ガラード。お前のこれからは、周りに居る学友達と共に進むことで広がってゆくはず――)

 

 なら、私はその掛け替えのない弟子の学友達を育て、守ろう。此処を巣立つ、その時まで。

 普段は他人を見下してばかりの師が、ようやく己の力で前へ進み始めた弟子を思う事で……

 心の底から、そう思えるようになった瞬間であった。

 

「………。よし、行ったな。……さて、褒めるだけではいくまい。昇格祝いに何を買ってやろうか……」

 

 そしてこのアスコンは、緩み切った顔を浮かべながら外出の準備を始める。

 

 

       ◇

 

 

 恩師への報告を終え、アステルはフィーベル邸への帰路についていた。

 街道沿いに歩いてゆく彼が目にしたのは、雑貨屋へ入ってゆく同級生の姿だった。

 

「……ジャイル君?」

 

 ジャイル=ウルファート。二年次生五組に所属する、札付きの不良として有名な生徒だ。

 大柄な体系で褐色の肌を持ち、顔の所々にピアスを通した赤褐色の髪を持つ男子。身体の数か所には刺青も彫られていた。

 なぜそんな彼をアステルが知っているのかと言うと、実は同じ趣味と目的を共有する親友だからである。

 学院では滅多に顔を合わせないものの、休日は自然と例の森へ足を運ぶことで行動を共にすることが多い。

 森の住民達の住処を作り上げることが出来たのも、土木技術などに詳しいジャイルの助言があったからこそとも言えるだろう。

 閑話休題。アステルは何を思うでもなくジャイルの入った雑貨屋へ入店すると、来店者に気付き振り返ったジャイルが目を丸くした。

 

「なんだ、お前も買い物か?」

「ううん。君がここに入っていくのが見えたから」

「相変わらず物好きだな。変な店だったらどうする」

「その時は君の首根っこ掴んで出るさ」

「そうかよ」

 

 フン、と鼻で笑ったジャイルも邪険には扱わず、アステルは彼の元まで歩み寄り、彼が眺めていたものを見る。

 

「へぇ、ランタン?」

「下水道の定期保守点検も近いからな。前使ってたモンはガタが来ちまってる、そろそろ買い替え時だと思ってよ」

「なるほど……」

 

 ジャイルは同じ学院に通う不良生徒からも一目置かれており、柄や口も悪いものの、その律儀な性格から親しまれている。

 その不良を集め、有志団体としてこのフェジテの地下にある下水道の保守点検を行っているのだ。

 勿論、物好きなアステルもその団体に同行して付き合いもあるのだが、誰もが彼と行動すると普通の生徒に戻ってしまう事から、グループの中では『浄化』と呼ばれているらしい。唯一免疫を持っているのはジャイルのみである。

 

「今度行くときは僕も行くからね」

「分かった、森の奴らに伝えとくぜ。臭いに負けてゲロんなよ?」

「痛いところ突くなあ。もう吐かないよ」

「そいつぁ頼もしい限りだぜ」

 

 棚に置かれたランタンを手に調子を確かめるジャイルはニヒルに笑い、アステルは苦笑を浮かべながらそう返すと、ジャイルも歯を見せて笑う。

 その光景を、店員は(カップル……?)と訝しむのであった。

 

 

 

 近場で露店を開いていたクレープ屋で、チョコレートと苺のピューレが掛けられたそれを二人は購入し、近くのベンチに腰掛けながらそれを食べていた。

 

「……うめぇなこれ。流石はアステルだぜ」

「あはは、実はリンに教えてもらったんだ。来たことがなかったけど、確かに美味しいね」

「あのチビのことか?」

「うん。女の子が凄く並ぶって聞いたから覚悟してたんだけど……」

「野郎二人で並ぶからだ、変な噂立つぞ……?」

「異国にはこんな言葉があるらしいよ。『赤信号、みんなで渡れば怖くない』って」

「お前、そりゃ火遊びの事じゃねえか……」

「そうなの?」

「そうだよ……ったく」

 

 ジャイルは苦笑交じりに二口目を頬張ると、アステルはそっかあと呟きながらそれに倣って口にする。

 チョコレートの味が全面に出た後、咀嚼するたびに苺の酸味が口内に広がり、心地よいコントラストを描いていた。

 幸せそうに食べるアステルをジャイルは横目で見ながら目を伏せて笑うと、頬に苺のピューレを付けたアステルが頭上に疑問符を浮かべながら彼を見上げる。ジャイルは遠慮するでもなくそれを指摘した。

 

「口に苺付いてんぞ、だらしねぇ」

「ごめんごめん、ありがと」

 

 アステルは苦笑を浮かべながら親指でそれを掬って舐めると、ジャイルはフン、と鼻で笑う。

 

「……そういや、風の噂で耳にしたが。お前、あの生徒会長の手伝いをすんのか?」

「もう広まってるんだ」

「ッたりめぇだ。何を頼まれっかも分からねぇヤツだぞ?」

「うん……」

 

 ジャイルの言葉にアステルは少し俯きがちになりながら、手元のクレープをいじりながら語る。

 

「けどさ、今の学院にはもう少し、周りの人たちに理解して貰えるようにする努力が必要だと思うんだ。それはもちろん、先生達が考えることではあると思うのだけど……。今年を入れてあと三年間。その学院に通う者として出来ることはたくさんあるんじゃないかって。魔術学院に通う生徒も、結局は学生。子供なんだ。学院の授業でも一般常識は教えてくれるけれど、普通の社会についてはあまり触らない。就労して社会常識を身に着ける人もいるけれど、それは殆ど学院への理解を得ているところだけ。少なからずそういった人たちがいてくれるのなら、もっと……そう、大きく言うのならこのフェジテに根ざした学院にするべきなんじゃないかと僕は思う。……まぁ、理想論だけど」

 

 現実的ではない。けれど自分が動くことで、そういった未来に少しでも近づくのならと、彼はその想いを生徒会長であるリゼ=フィルマーへ相談した。

 すると彼女は彼の相談を提案として快諾。そこから生徒会長による顕現とその敏腕を振るう事で案を骨組み・肉付けされ、『依頼』という形でフェジテに住まう人々の困りごとなどの情報を収集し、生徒会を中心とした生徒へ手配するシステムを顧問へ提案、ここ数日で学院側に承認されたのである。

 そして晴れて、生徒会のお手伝いという形でアステルの名前が上がり、今後二日ある休日の内一日は依頼へ当たる事になっていた。

 アステルの真剣な眼差しと言葉を受けたジャイルは、いつしかクレープを食べる手を止めて聞き入っていた。

 

「テメェは……どこまでお人好しなんだよ」

「そうかな? 僕は自分に出来る限りの事をしたいと思っているだけなんだけど……。それに、ここにきてもう四年。色々な人にお世話になってきたからさ、そろそろ恩返しをしたいんだ」

「ハッ――ッハハハハハハッ!」

「どっ、どうして笑うのさ!?」

 

 ジャイルは声を上げながら笑い、アステルは軽く頬を朱に染めながら軽く睨んだあと、むぐむぐとクレープを食べる。

 ……ひとしきり笑ったあと、ジャイルは腹を抑えながら笑ったことで溢れた涙を拭うと、アステルの頭をくしゃくしゃと撫でた。

 

「やっぱテメェ馬鹿だわ。オレ以上の大馬鹿!」

「なんだいなんだい、せっかく本音を言ったのに……」

 

 拗ねだしたアステルをジャイルは謝罪交じりに宥めつつ、ゴホッと力強く咳払いすると、

 

「困った時はいつでも呼べ。絶対に駆けつけてやっから! いいな!?」

 

 彼の肩を組みながらそう言った。

 

「そ、そんな大それた目的はないんだけれど……」

「お前がやろうとしてる事はそんぐらいデケェ事なんだぜ?」

「……はは………」

 

 アステルは気づく。これが彼なりの激励であり、自分の言葉が彼の心をを動かしたことに。

 頼もしい親友の協力に、彼は心の底から今までの関わり合いに感謝するのだった……。

 

 

       ◇

 

 

 そんなジャイルとのひと時を経て、アステルはようやくフィーベル邸へと戻った。

 休日だからだろう、屋敷のリビングにはこの家の主であり、システィの父であるレナードと母のフィリアナ、そしてセラがお茶の手を止め、彼を出迎える。

 

「おかえり、アステル」

「おかえりなさい、アステル。お休みだというのに大変だったわね」

「ただいま戻りました。義父さん、義母さん。セラさんも」

「おかえり、アステル君っ。ふふっ、その様子だと何かいいことがあったみたいだね?」

「ははっ……わかりますか?」

 

 アステルは照れくさげに後ろ頭に触れると、フィリアナはまあっと声を上げて口元に手をやる。

 

「セ―ラー? 何か知っていたのなら教えなさいっ。怒らないからっ」

「あ、あはは……奥様、それを私の口からお伝えするのは野暮と言うものですよ? さ、アステル君も紅茶を淹れるから座って座って?」

「っはは、お言葉に甘えていただきます」

 

 嬉々としてセラへ絡みつくフィリアナにセラはニコニコと笑みを浮かべつつ、アステルの両肩に手をやってリビングのテーブルまで移動。そして彼を自分の席へと座らせた。

 そして紅茶の準備をするセラを視界の端で捉えつつ、「それで、それで?」と童話の先を聞きたがる子供の様に食いついたレナードをフィリアナが窘めつつ、アステルは腰のバッグから例のトロフィーと賞状、そして書面をおずおずと取り出してテーブルの上へ置く。

 出されたものが何であるかを理解した二人。レナードは滝の様な涙を流し始め、フィリアナはハッと思いついたように「今夜はお赤飯ね!」と立ち上がりながら宣言する。

 

「あの……義母さんっ? お赤飯ってその、東方でもかなり限定された地域の料理だったと思うんですけど……」

「この前出張のお土産でお赤飯セットを買ってきてくれた人が居たのよ~。どこだったかしらね……んふふ、腕が鳴るわぁ~♪ セラも手伝ってちょうだいな」

「はいっ! 喜んでお手伝いしますっ♪」

「はは……(敵わないなぁ)」

 

 運ばれてきた紅茶をセラから受け取りつつ、アステルは半笑いを浮かべると、ようやく泣き止んだレナードが嗚咽を漏らしながらも「エミルもマルタも、きっと喜んでいるよ……!!」と語る。

 

「とにかくおめでとう、アステル。今後もより一層、自分の研究に励みなさい……っぐす」

「……はい。ありがとうございます」

「あらあら、あなたったら……」

「旦那様、ハンカチを」

「ありがとう……」

 

 妻とメイドのやさしさに再び目頭を熱くさせたのか、レナードはハンカチで目を覆うと、フィリアナとセラの二人はアステルへと軽くウィンクした。きっとこれから話が長くなる、という合図だろう。

 アステルは困ったように笑った後、ひとつ頷いてから着替えるべく自室に行くことを伝えてその場を後にする。

 その後に向かう場所は、一つだった。

 

 

       ◇

 

 

 ……風が吹いていた。

 それはどこまでも爽やかなものだったが、この場に居る人々の心の内にある靄を吹き飛ばすには、あまりにもか弱いものだった。

 

「……いつ来ても、ここは変わらないわね」

 

 その風に靡いた銀色の髪を抑えたシスティは目を細め、静かにそう語る。

 彼女の隣で膝を折り、目の前の墓標を見つめていたアステルも、尾にも似たその白い髪を靡かせながらゆっくりと頷いて立ち上がった。

 墓標の前に置かれた花束は白く、しかしその花束がまとめられた紙の内側には、二通の手紙が添えられている。

 これは、アステルとシスティの二人が、彼女の亡き祖父へ宛てた手紙だった。

 お互いの理想が果たされるまで、中身を確認しないことを約束した、未来の相手へ送る手紙。

 

「……システィーナ(・・・・・・)

「……ええ」

『……………』

 

 アステルは珍しくシスティの名前を最後まで告げると、彼女は胸の前で手を組み、彼は右手を胸に当て、故人の冥福を祈る。

 

(お爺様、私ね……好きな人が出来たのよ? お爺様も知っている彼……アステル。何度も手紙に書いたけれど、この前、彼がようやく私の夢を自分の夢と言ってくれたの。……嬉しかった。でも、彼のことを考えると少し……ううん。かなり……心配になる)

 

 システィは先日の帝都にて、帝国政府の上層部からルミアの素性を聞かされた。

 そして、幼馴染と言ったアステルとシャルの過去も。

 異能者だったルミアが様々な政治的事情によって、王室から放逐されたということ。帝国の未来のために、ルミアの素性は隠し通さなければならないということを。

 工房見学へ出ていたセリカ、アステル、ルミア、そして一人単独行動していたセラ以外の、その場に居た全員が事情を知る側として、彼女の秘密を守るために協力することを要請された。

 彼女はアステル達が屋敷へやってきた日に、シャルの眷族であるテネブラエによってルミアの素性は知っていた。

 しかし、彼らの事情は聞けず終いだったため、今回召還されたことでようやく理解できたのである。

 シャルについては別段一般の家庭から幼馴染と共に魔術学院へやってきた普通の女子生徒と説明されたが、アステルは少しばかり、平民の次元とは異なっていた。

 以前彼は、両親は魔術師の下請けとして素材の調合や販売などを行っていたと語っていた。その事実に嘘はなかったものの、真実はその裏に隠されていたのである。

 ルミアが王室から秘密裏に放逐されることとなった日に、彼の経営していた店に盗賊団が現れ、父親は四肢を切断され、腹を切り裂かれ、最後に首を刎ねられるという無残な死を遂げ……。

 母親は集団強姦によって、見るに堪えない程凄惨な姿で息を引き取っていたという。

 そんな中、アステルは一人の宮廷魔導士に助けられ、その場を逸した。

 ……彼の心の内に、とてつもなく深いトラウマを植え付けながらも。

 そして騒ぎを聞きつけたシャルを連れ、ルミアの帝都脱出を援助……。

 迫りくる外道魔術師達を振り払う役目を護衛達に任せ、シャルの使役していたウェアウルフ、そしてシムルグによってフェジテへとやってきたのだった。

 

(――それでも、諦めるわけにはいかないのよね。だって、それだけ私は彼の事が大切で、どこまでも知りたくて……それでいて、支えてあげたいと思えるんだもの。だから見ていて、お爺様。私は、どんな形であれ彼を――幸せにしてみせます)

 

 新たな決意を胸に、銀髪の少女は目を開く。

 今まで以上に、想い人への気持ちを募らせながら。

 すると少しして眼を開いたアステルは、照れくさげにシスティへと微笑みかける。

 

「どんな事を伝えたの?」

「ふふっ、内緒♪ 行きましょ?」

「うん。そうだね」

 

 どちらからともなく互いの手を取り合い、二人はその墓地を後にする。

 

 再び風が吹く。

 それはまるで自分の背中が誰かに押されたように感じられ、システィは意志の籠った瞳でその空へ浮かぶ天空城を視界に捉え、大きく腕を伸ばすのだった。




 ここまでお読みいただきありがとうございました!
 次回から原作第二巻へ突入します。うーん、また少し時間がかかってしまうかもしれませんが、今後もどうかよろしくお願いします! ご感想などお待ちしておりますので、そちらもどうか……どうかぁ……!!(土下座)



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第2章 魔術競技祭編
第十話 魔術競技祭に向けて


 こんばんは、ぶんぶく茶の間です!
 ようやく第二巻開始です……。序盤から少しばかり重いのをぶっこんでしまいましたが……大丈夫かな(滝汗)

 というわけであらすじからどぞ!(目次にもコピペします!)

 アルザーノ帝国魔術学院自爆テロ未遂事件からおよそひと月半。
《第四階梯》へと昇格した少年、アステル=ガラードの周りは一変していた。
 先の講演会より帝国政府から技術面で目を付けられ、魔導兵器の設計などを要請され苦悩しながらも応えてゆく中で、学生である彼の周りも少しずつ変化してゆく。
 学院に於いては恒例行事となっている魔術競技祭の参加。アステルはグレンから出場するクラスメイト達の練習相手や指示を行うセコンドの役割を与えられる。
 帝国政府からの要請、生徒会長からの民間依頼、魔術競技祭の実行委員からの要請、クラスメイト達のセコンド。
 果たして彼はどうなる。動き出すロクアカ第二巻、『魔術競技祭編』スタート!





「よう、やってるな少年ー!」

「………」

 

 日の暮れたアルザーノ帝国魔術学院、魔術実験室にて。

 飄々と現れた長身の男性が、自身の発明である《飛行杖(ニンバス)》のメンテナンスを行っていた少年、アステル=ガラードへと一枚の封筒をかざしていた。

 通常であれば学院の結界により部外者は侵入禁止となっているはずの区域へふらりと現れたその男性は黒い生地に緋や白の鮮やかな装飾が施されたスーツを着込んでおり、程よく伸びた朱色の髪、その髪の合間からは捉えどころのない翡翠色の目を光らせている。

 アステルは溜息交じりに《飛行杖》を床に置き、静かに睨み付けた。

 

「貴方達は……いつも唐突に現れるんですね」

「一応これも、俺の領分だからなァ」

 

 曖昧な返事のおまけにウィンクと来た。アステルは飛んできた星を手で弾き返すと、男性は悲壮な表情を浮かべて「俺の星っ!!」と叫ぶ。それでも頼まれごと、ましてや帝国政府からの要請(・・・・・・・・・)ともなれば拒否するわけにはいかない。

 彼は目の前の男性について情報を知り得ていない。唯一知り得るのは帝国政府の関係者であり、それも彼の見た目からの年齢から推測するにかなりの腕前だということが伺える。だというのに、いつも持ち込まれるのは公にはならない裏の仕事であり、帝国に住まう者として見過ごすことのできない内容ばかり。

 ――軍用魔導器の設計、今も尚戦火が広がり続ける北セルフォード大陸の覇権を争う、レザリア王国からの攻撃への抑止力となる事。それが彼に与えられた要請だった。

 それを拒否すれば何千何万の帝国の人々が死ぬことになり、了承すれば敵対国の人々が死んでゆく。

 人を殺さない為の発明をしたいと願う彼が、国を守るために人を含めた様々な存在を手に掛ける。なんと理不尽極まりない選択か。

 男性は封筒の中から一枚の羊皮紙を取り出し、アステルへとかざした。

 

「――アステル=ガラード殿。……帝国政府の要請(オーダー)を伝える」

「……今回は、何を?」

「戦争区域にて魔術素養のない兵士が使用できる魔導装具を設計せよ。攻性、耐性の両立を求む。……どうやら軍のお偉いさん方にお前さんの《飛行杖》が目に留まったみたいでな。その技術転用を求めているようだぜ?」

「……あれは……」

「何も防具だけで空を飛ばせなんて考えちゃいないさ。恐らく、元《女帝》のお姉さんの為にお前さんが作ったハルバードの上位互換だろう。これは俺の勝手な推測だが、現地はこれからの時期かなりの荒れ具合になるはずだ。安定性を含めて新しい武器が欲しい。そんな魂胆だと思うけどな」

「……そうですか」

「良い答えを聞けそうだな」

 

 男性はニヤリと笑い、アステルはその紙を受け取り胸に手を当てた。

 そして伏せていた目を開き、目の前の男性をしっかりと瞳に映しながら……

 

「その要請(オーダー)――しかと承りました」

「期限は学院の前期が終わるまでだ。学生のお前さんにこんな事を頼むなんて世も末だと思うが……まっ、一種の修行だと思って頑張りたまえ若人よっ!」

 

 彼は鋼鉄によって出来た荊の道へと、足を踏み込んだ。

 

 

       ◇

 

 

 放課後のアルザーノ帝国魔術学院、東館二階。

 魔術学士二年次生二組の教室は、びっくりするほどカオスになっていた。

 翌週に迫った魔術競技祭と呼ばれる年間行事。

 年に三度に分けて開催される、学院生徒同士による魔術の技の競い合いであり、それぞれの学年次ごとに各クラスの選手達が様々な魔術競技で技比べを行い、総合的に最も優秀な成績を収めるべく、クラスが一丸となって挑む一種の祭典である。

 原則的に各クラスの成績優秀者が殆どの競技をローテーションで受け持つというテンプレートな構成が組まれているはずなのだが、アステル達の居るクラス、二年次生二組は一風変わった編成が行われていた。

 はじめはシスティとルミア主導で各競技の立候補者を募っていたものの、外部から魔術界における官僚達がやってくる為、将来を掛けて挑むべきだと語るギイブル、そしてクラスで結託し、一つの目標へ向かう姿勢が大切であると語るシスティの間で口論が始まってしまい、それを引き留めたのは担任講師であるグレン=レーダスだったのである。

 それがまた波乱を呼び、生徒一人一人の適正に合わせた競技種目を割り当てられ、それに対しての異議申し立てが出るなどまさにてんやわんや。

 なんとか生徒達のブーイングを止めるべく、グレンがアステルの許へ駆け寄り、おもむろに彼が勝手に書き留めていたクラスメイト達の編成表を公にしてしまう。

 

「あッちょ、先生それまだ!?」

「見ろォお前ら! 俺以外にも似たような事考えてるヤツがここに居るんだぜ!? アステルの信頼を無下にする気かよ?」

 

 その言葉によって一気にアステルへと視線が向かい、彼は滝の様な汗を流す。

 

「どういうことですの、アステル? (わたくし)が『決闘戦』に見合わないとでも!?」

「う、ううん。そういう事じゃないよ?」

 

 もの凄い剣幕でアステルへ歩み寄るのはツインテール少女、ウェンディ=ナ―ブレス。

 友達としても相性のいい二人だったが、今回は彼女が一方的にアステルが自分を信じていないと決めつけてしまい、彼の前に立ちはだかる。

 それでも彼は心の底からこのクラスメイト達を信じている。だからこそ、彼は顔を横に振ったあと、彼女を正面から見つめて語った。

 

「確かにウェンディは魔術の知識や行使できる呪文の数、魔力容量も高いのはみんな知ってるはず。でも、突発的な事故……例えば詠唱の失敗や対抗呪文(カウンタースペル)への対応からの立て直しは苦手でしょう?」

「うぐっ……」

 

 一年次生だった頃、アステルとウェンディはよく法陣構築の授業で同じ班分けとなることが多く、唯一彼にとっては魔術に触れられる機会だったその授業だったからこそよく覚えている。

 霊点の結び方や触媒の配置があまり理解できずに四苦八苦してしまい、挙句混乱してしまう事があった。現在は克服しているものの、彼女は生徒間でのコミュニケーションでドッキリを取り入れられると挙動不審になってしまうのだ。

 それを知っている彼だからこそ、説得力があった。

 

「ウェンディが怪我をしてしまうところを、その……僕は見たくない、かな」

「む、ぐっ……うう……っ」

 

 これで説得になっただろうか。自問自答するアステルは小首を傾げながら彼女へ微笑みかけると、ウェンディは耳まで赤くしつつ、涙目で呻く。

 パッとが咲いたような笑みを浮かべられては、そんな甘い言葉を掛けられた方としては納得せざるを得ない。

 ましてや御嬢様然としている彼女だ。よりによって異性であり友人の彼から言われては逃げたくなるのも当然。

 

「ウェンディは頭も良いからさ、【リード・ランゲージ】による『暗号早解き』。これは満場一致でうちのクラスで一番だと思うんだ。頭脳戦なら君は強い。競技祭までにしっかり力を付けて、一緒に頑張ろう?」

「わっ、わかりましたわ! ですからあっ、アステルっ! もうそのくらいでやめてくださいなっ!」

「やるなぁオメェ」

「あ、あはは……。――それにカッシュはスポーツも強いし、気配り上手だからさ。きっと『決闘戦』で自分で思っているよりもずっと強い立ち回りが出来ると思うんだよね。僕でよければ練習付き合うからさ、いつでも呼んで!」

「おう! 存分に付き合ってもらうぜ! 覚悟しろよなっ!」

「オッケー!」

 

 幼馴染のシャルはアステルの隣の席で頬杖をつきながら見守っており、アステルは後ろの席でガッツポーズするカッシュを見て、彼は軽く手を振ると、ぞろぞろとクラスメイト達が彼の元まで集まり、自分の長所と見つめ直す点、そして競技に対する動き方などを聞きに来る。

 

(やーれやれ、俺が手を出すこともなかったかねぇ?)

 

 グレンはそんな様子を彼の横で見守りつつ、そう思う。

 だとすれば答えは一つ。

 

「よぉしアステル。お前を二組の『セコンド』に任命する! 異議は認めんッ!」

「ふぇ?」

 

 ビシッとグレンに指をさされ、眼を丸くしたアステルは素っ頓狂な声を上げた。

 アステルに割り振られた役職は『セコンド』。それは選手の介添えや練習・本番に於いて指示に当たる存在であり、セカンドとも呼ばれるものである。

 本来アステルも選手として出すべきだと考えていたが、生憎と彼の真骨頂を発揮できる競技がない為にどうしたものかと悩んでいたところだった。

 しかしこうして、自分以上にクラスメイトの事を見ていた彼へこの役職を任せるのは正解だともグレンは感じていた。

 

「お前は競技祭終了までこのクラスの『指令塔』だ。まっ、フォローくらいはしてやるから、全員への指示出しはお前がやってみろ。できるか?」

「は、はい!」

「うむうむ、良い返事だ」

 

 そんなこんなで、クラスメイト全員が先の魔術競技祭に於ける編成に納得し、それぞれの練習の日々が始まるのだった。

 

 

       ◇

 

 

 この学院では、魔術競技祭前の一週間は、競技に向けての練習期間となっている。

 アステルの師匠であるハーレイも一組の面倒を見なくてはならず、研究どころではない為、アステルにとってその期間は一種の長期休暇に等しかった。

 彼がセコンドとして任命されたその日、帰りがけにクラスメイトであり、お菓子好きという共通点を持つ友人、リン=ティティスがおずおずと彼に声を掛けたそうにしていた。

 そんな視線を感じたアステルは彼女と視線を合わせてから、ゆっくりと歩み寄る。

 

「リン? どうかした?」

「そ、その……。競技祭のことで、ちょっと、相談、したいことが……あって………。いま、大丈夫……かな?」

「うん、大丈夫だよ? そうだね……少し、落ち着けるところに行こうか」

「……ありがとう」

 

 何人ものクラスメイトが残った教室では彼女も落ち着いて話せないだろう。アステルはそう思い、鞄を手にリンと共に図書館へと向かう。

 道中、幼馴染のシャルやルミア、親友のシスティが彼へ声を掛けるものの、一歩後ろを歩くリンの姿を見て「また後でね」と声を掛けてくれた。有難い心遣いである。

 放課後でも遅くまで開放されている図書館へ入り、アステルは二階席のテーブル席へ腰かけると、隣に腰かけたリンはひとつ深呼吸をした。

 

「わ、わたし……まだ、『変身』のテーマが決まっていなくて……」

「まぁ、それはそうだよね……さっき決まったばかりだし」

 

 くすっ、とアステルは小さく笑うと、リンの表情も少しばかり強張りが解け、落ち着いてくる。

 

「そうだなぁ……。リンとしての希望はある? こう、何かの物語に出てくる登場人物とか」

「……うーん……。……アステルは?」

「え、僕?」

「うん……。できれば、アステルの意見も聞いてみたいの……ダメ?」

「ううん、そんなことないよ。僕だったら、かぁ……」

 

 上目遣いで訪ねてくるリンのお願いをアステルは快く引き受けるものの、なかなか思いつかず、いつもの下顎を指でちょんちょんとつつく癖を見せた。

 そして何か思いついたように「あっ」と小さく声を上げると、リンは食い入るように彼を見つめる。

 

「……今なら苺タルト、かなぁ?」

「……ぷっ。っふふふふっ……もう。食べたいものじゃないよ?」

「そうだった……」

 

 ごめん、と照れくさげに笑いつつ後ろ頭を掻いたアステルを女の子らしく笑うリンは少しだけ頬を赤くした。

 

(……そっか。派手じゃないものでもいいんだ……)

 

 自分のなりたいものを形にすればいいと、彼の言葉から感じたリンは、ひとつ、彼へと相談することにする。

 

「あのね、アステル……。わたし、『時の天使』ラ=ティリカ様が好きなの……」

「時の……」

「う、うん……。どう、かな?」

 

 アステルは彼女の提案を真剣に考える。

 あくまで伝説上の存在であり、模倣の難しいもの。

 けれど、折角気弱な彼女が真剣に相談してくれているのだ。それに応えられなければ自分にセコンドを名乗る資格はないと考えたアステルは、その天使が記されている書記を思い当たるだけ記憶から探り出すように、彼は席を立った。

 

「リン、ちょっとだけ着いてきてくれる?」

「何か、思いついたの?」

「少しだけ。『時の天使』に関する物語があった気がするんだ。……確か」

 

 記憶を頼りに、リンを連れて図書館を歩く。

 

「リンは、ラ=ティリカ様の物語はどのくらい読んだことがあるかな?」

「す、少し……だけ。……伝記を読み齧ったくらい……かな」

「なるほど……。だとしたら同じものかもしれないね。力になれなかったらごめん……」

「そんなっ。アステルが謝ることじゃない、よ……」

 

 ようやく目的の棚まで辿り着き、アステルは自分の背よりも高い本棚から記憶の中で内容を吟味し、出来る限り彼女の中での天使像に近づけようと三冊ほど本をピックアップしていく。

 彼女としてはおもむろに案内された本棚であり、その無数に詰められている本を手にアステルが真剣な面持ちでパラパラとページを捲っていくものだから、自分も何かしなくてはという思いに駆られて一冊、本を手にする。

 ずしりと来るかなり厚みのある本だったが、冒頭さえ読んでしまえば読書好きな彼女はその物語に一瞬で引き込まれてしまう。

 あまりに作業に真剣になりすぎてリンの事を思い出し、ハッとしたアステルも、隣で真剣に本の字を追っていた彼女を見て安心し、ペースを速めて行った。

 そして最後は画集コーナーに並んでいる聖画集を手に取り、最初に腰かけたテーブル席まで戻る。

 

「……うん。これならイメージもしっかりできる気がする………」

「そっか……よかったぁ……」

 

 アステルはほっと安堵の息を吐くと、聖画集を手にしたリンは最後にそのラ=ティリカが描かれた画を見て、瞳を輝かせている所を目にした。

 それは自分とお菓子談義をしている時よりも一層楽しそうに見え、彼女としては一番うれしそうな表情でもあった。

 興奮のあまり頬を朱色に染めて、もくもくとその画を見ながら伝記を読んでゆくリン。

 気付けば図書館の外は暗くなってきており、先日ハーレイから送られた金色の時計を見てみれば最終下校時間まであと数分、といった所だった。

 それに気づいたアステルは慌ててリンを説得し、本の貸し出し許可を貰いながら学院から飛び出す。

 校門から出たところで、息も切れ切れになったリンを心配していたものの。

 

「「……あっ」」

「っそ、その……ごめん」

「う、ううん……。ありがとう、アステル。手、握っててくれて。ひとりだったら、間に合わなかったかも……」

 

 無意識に繋がれていた手を離し、アステルは夕焼け色の空を見上げ、リンは彼に握られていた右手に触れていた。

 貸し出された本はアステルの右脇に抱えられ、コンパスの短いリンに歩幅を合わせる。最大限の配慮はしていたつもりだったけれど、まさかこんなことになるとは、と顔が熱くなる。

 お互いしばらく無言で息を整え、やがて落ち着いたところで小さく笑い合った。

 そしてどちらかが言い出すでもなく、アステルはリンが住まう家へと送っていくと、玄関の前で。

 

「今日はありがとう、アステル」

「これくらいどうってこと。もし内容で難しい所があったらいつでも呼んで? 自分なりの見解でよければ伝えられるし、グレン先生もアドバイスしてくれると思うからさ」

「うん。がんばる」

「その意気だよ。競技祭が終わったら、また美味しいお菓子食べに行こうね」

「ふふっ、スイーツだよ? アステル」

「あはは、そうだった。スイーツね」

 

 リンは微笑みながらアステルへ訂正を持ちかけると、彼はそれに応じ、彼女は満足気にうなずく。

 

「送ってくれてありがとう。また明日から、よろしくね」

「こちらこそ。またねー」

 

 お互いに軽く手を振りながら、アステルは家路を辿り、リンは家へと入っていった。

 

(まさかリンが、自分で意見を言ってくれるなんてなぁ……)

 

 どこか小動物的で、大人しい友人。

 意外な一面を知ることが出来た彼の頬は緩んでおり、すっかり暗くなった夜空を見上げる。

 

「……ようしっ、明日も頑張るぞっ!」

 

 そう意気込んで声を上げたアステル。

 そんな彼の進んでゆく道を、月の光はまるで彼を導くように行く先を煌々と照らしているのだった。

 

 

       ◇

 

 

 一方その頃。

 ハーレイ=アストレイは憤りを感じていた。

 

「何故だ……なにゆえアステルがメンバーに入っていないのだ………ッッ!!?」

 

 くしゃりと、一週間後の魔術競技祭における出場表を手にした彼は怒りのあまりそれを握りつぶす。

 目は血走り、ギリギリと歯を軋ませながら音を立て挙句もぐもぐとそれを口の中に入れて咀嚼した。

 その原因は先の通り。彼の愛弟子であるアステルの名前が一つも入っておらず、まして彼以外の生徒の名前は見事に並んでおり、それにより一層の怒りを覚えた彼は髪を掻き毟りながら床をのたうち回る。

 自分のあまりに傲慢不遜な態度から生徒達に嫌われていることは知っていたがまさかここまでとは。アステルは私のせいでハブにされているのではないかと過保護なあまりネガティブな妄想に陥った彼は「ファー――ッ!!」と誰も居ない自宅の書斎で吠えた。

 

「おのれグレン=レーダス……ッ!! アステルを……我が愛弟子を無下に扱うなど……! 許さんッ……このハーレイ=アストレイ、絶対に許さんぞォオオオ――――――ッ!!」

 

 怒りは憎悪となり、グレンに対するヘイトは彼の中でより一層高まってしまい、後日勘違い極まりない論争と賭けを呑むことになったのは言うまでもない。

 ……余談だが、翌日彼の部屋へ清掃に入ったメイドは床に落ちていた毛。その多さたるや……。それを見て悲鳴を上げ失神してしまった事はぜひとも内密にしていただきたい。彼の名誉と威厳の為にも。

 

 

       ◇

 

 

 翌日。日直でフィーベル邸を早めに出たアステルは、開錠されていない教室の扉の前でウェンディの姿を見つけた。

 彼女はぼうっと窓の外に流れる雲を眺めており、手には鞄が握られ、身体は壁に預けている。

 どこか御嬢様然とした少女が、あんなにも憂いた表情をしている。いい画になることは間違いない。

 

「おはようウェンディ。ごめん、待った?」

「おはようございます、アステル。今来たばかりですわ。お気になさらないで」

 

 早いね、と言ったアステルは教室の鍵を開け、ウェンディに協力して貰いながら日直の仕事をこなしてゆく。

 ……朝のホームルーム前の仕事を片付けた二人は並んで席に腰掛けた。

 

「それで、何か相談事?」

「さすがはアステル。話が早いですわね」

 

 くすっと小さく笑ったウェンディはアステルを見つめると、「実は……」と語り出す。

 曰く、【リード・ランゲージ】の精度を高める為に、昨晩自宅にある暗号本を読み耽ったのだが、これといった成果は得られず……。

 何度も同じ問題をしている感覚に陥りマンネリ化しそうになってしまったという。

 

「なるほどね……」

「パターンを覚えてしまえば簡単ですから、手応えがないといいますか……」

「……うーん」

 

 どうしたものか。アステルは考える。

 結局自分では解けない問題を彼女に解かせることになるのは必至なため、下手な問題は出せない。となれば……。

 

「ねぇウェンディ。悪いのだけれど今日の練習の時間を貰えないかな?」

「もちろん構いませんわ! 私の方からお願いしているのですから、そういったお気遣いはしないでくださいな?」

「はは……ありがとう」

 

 昼休み中に図書館などから資料をかき集めて自分が理解し、その上で彼女が見出しそうな結露に沿って知識を肉付けしていけばいい。

 とは言うものの決して簡単ではないはず。それでもまだ手はある。

 アステルは幾つかのアテを頭に浮かべながら、軽くウィンクして見せたウェンディへ朗らかに笑うのだった。

 

 

       ◇

 

 

 昼休みでもアステルは大忙しだった。

 図書館を駆け回り、学院内で困っていた生徒を助け、先日の講演会によって舞い込んだ国立魔術開発研究工房からの開発依頼を含めた帝国政府からの要請。生徒会長からの依頼で競技祭実行委員の手伝いを行うなどなど……。

 

「大丈夫かなぁ、アステル……」

「そうねー。少し働きすぎなんじゃないかしら。頼まれやすい体質だっていうのは知っていたけれど、生徒会長からも当てにされてるみたいだし」

 

 中庭の木陰でいつもの三人娘が集まり、ルミアはシャルと談笑しながら廊下を駆けてゆくアステルの姿を見て呟くと、読書を嗜んでいたシスティはその手を止めて視界に入って来た銀髪をかき上げ、ちらっと彼を見ながら答えた。

 一方でシャルはまじまじと二人の心配げな表情を見つめたあと、ニヤッといやらしい笑みを浮かべる。

 

「最近隠さないようになってきたよなぁ、お嬢たちも」

「うっ、うるさいわね……言われなくても分かってるわよそのくらい」

「あ、あはは……」

 

 システィは耳まで赤くなり、再び本に目を落とす。シャルは笑いつつもため息交じりに腕を頭の後ろで組み、まぁと続けた。

 

「確かにありゃ働きすぎだわな。セコンドとしての仕事をしつつ、あの生徒会長の手伝いだもんな。簡単そうにゃ聞こえるが、あの様子を見てそうは言えねーわ」

「うん……。せめて競技祭までに身体壊さないといいんだけど……」

「身体だけは頑丈なヤツだからな。そこらへんは心配ねーだろ」

 

 芝生の上に寝転がりながら素っ気なく答えるシャルに、ルミアはぷくっと頬を膨らませる。彼の事が心配だからこその話題だというのに、シャルはそれを大丈夫の一点張りで終わらせようとしているからだ。同じ幼馴染として少しばかりいら立ちが沸くのは仕方がない。

 

「シャルはアステルの事が心配じゃないんだ……」

「どーしてそんな話になるんだよっ? 一応あたしも心配してるんだぜ?」

「それでも心配を前に出すべきところよ、そこは」

「ぐっ……」

 

 拗ねたように唇を尖らせながら言ったルミアに、シャルは慌てて起き上がりながら弁明する。そこにシスティの言葉が入り、胸に槍が刺さったようにシャルは胸元を抑えながら口を噤んだ。

 観念した様にシャルははぁぁぁ、と盛大に溜息を洩らすと、伸ばした片足を曲げ、その上に腕を置きながら彼を見つめる。

 

「……あたしだって心配だよ。アイツが本当に容量限界(キャパオーバー)迎えそうになったら助けてやる。けどさ、生まれてこの方、あたしはアイツの限界ってのを知らねーんだ。もちろん目を逸らしていたわけじゃねぇ。それでもアイツは、一番しんどい時に辛そうな顔を一切見せずに歩いてきた」

 

 それに、今の彼には心の支えだってある。その中に自分もいてくれたらと淡い想いはあるものの、それを胸中に留め、表に出す事はなく……ただ彼を信じて傍にいる。

 必要な時に力を貸して。貸してもらって。己の限界を理解しながら共に歩んでいければとさえ思う。

 お互い限界(そこ)に対する甘えはなく、辿り着いた時には肩を貸せるくらいには近くに居るはず。

 そこで不意にシャルは気付く。

 

(あぁ……。居たい(・・・)のか、あたしは。そこに)

 

 居るはずなのではなく、近くに居たいと。傍に居たいと。彼と肩を並べ、肩を貸し合い、支え合いながら互いに前を向いて進みたいと。

 それが彼女、シャーリィ=メドラウトの願いであり、彼に対する想い。

 付き合いの長い少年に想いを寄せる物語はよくあるものの、まさか自分もそうだと気付くまでに十数年もかかるとは。

 目を伏せ再び盛大な溜息を吐いたシャルは、対等でありたいと望む彼を見つめた。

 髪と白衣による白い軌跡が廊下へ漂い、思わず目を追ってしまう。

 

「なんつーのかな……。理屈じゃねえんだよ。眺めてれば眺めているだけ、どんどん助けてやりてぇって気になってくる。けど、それじゃあアイツが育たねぇ。アイツが学べねえ。だから、必要な時に手を貸してやればいい。……それが、あたしなりの“支える”ってコトの意味さ」

「シャル……?」

「あなた……」

 

 気付けば二人は目を丸くしながら彼女へ振り向いており、その視線と自らがくさい台詞を吐いたことによってシャルは羞恥心に煽られ、顔を真っ赤にしてしまった。

 

「なっ、なんだよ。そんな目で見んなッ!」

「ふふっ、シャルも乙女だったんだね」

「あたしゃ元から女だ!?」

「まさかここにきてダークホース到来とはね……負けないわよ?」

「違うんだぁぁぁああああっ!!」

 

 くすくすとほほ笑むルミアに乗ってシスティも好戦的な視線をシャルへ送る。

 思わず自分の本心を語ってしまったシャルは、恥ずかしさのあまり脱兎の如くその場から逃げ出すのだった……。




~あとがきのコーナー~
なんちゃってお芝居
※キャラ崩壊注意、動画の耳コピです。めちゃ長い
『ソードマスターシャーリィ 誤植編』


システィ@作者:もうっ! なんなのよこれ!? 担当に文句言ってやるわっ!!
アステル&クロノス:翌日~(子供っぽい声で)
システィ:レーダスさん!? 酷いじゃないですか! 読みましたよ今月号の私の漫画!
グレン@編集:え? 酷いって物語(ストーリー)が?
システィ:ぐ……え……!? 違いますよ! 誤植ですよ誤植! 台詞の文字が間違っているんですよ!
グレン:えーほんとにー? どこどこ何ページ目?
システィ:ほら、シャーリィが四天王の一人ジャティスに挑む前の会話で「アイツだけは許さねぇ」って最高にカッコイイ台詞が

シャル:『パンツだけは…許さない!』

システィ:酷いですよこれ!? 
グレン:あっ、ほんとだw やっちゃった☆(テヘペロ)
システィ:いや「やっちゃった☆」じゃないですよもうっ! 主人公がいきなりノーパン趣味に目覚めちゃったみたいじゃないですか!?
グレン:HAHAHA☆
システィ:「HAHAHA」ァ!? どうしてご機嫌なんですか!? 誤植はここだけじゃないんですよ!
グレン:え~ほんとー? どこどこ?
システィ:主人公が暗い過去を語って「オレの憎しみは消えないんだ……」って決意を新たにする超渋いシーンで

シャル:『オレの肉しみは消えないんだ……!』

グレン:あ、ホントだ帝国語間違ってる。やっちゃった☆
システィ:いやだから「やっちゃった☆」じゃないですよちょっと!?
グレン:HAHAHA肉しみってちょっと何?w 脂汗? ハッハッハww
システィ:「HAHAHA」じゃないですよなんでそんなに上機嫌なんですか!?
グレン:いやぁ~実は先日彼女が出来ちゃって♪(※本編ではまだお付き合いされてません)
システィ:え? ほんとですかよかったですね? でもこちとら全然良くないんですよまだ誤植あるんですよっ!!
グレン:え~どこどこ? 
システィ:ほら、ついに現れた四天王のジャティスが「お前がシャーリィか!」っていう超緊迫した場面で

ジャティス:『お前はトマトか!』

グレン:あ、ほんとだw 
システィ:『お前はトマトか!』ってなんですか!? どんなボケをしたらそういうツッコミが返ってくるんですかもぉおお~~~っ!! また「やっちゃった☆」とか言わないでくださいよ!?
グレン:やっちゃったZE☆
システィ:いや「やっちゃったZE☆」じゃないですよ! なにちょっとカッコイイ言い方してるんですか!? 誤植はまだあるんですよ!!
グレン:え~どこどこぉ? 彼女居ない歴ゼロ年の僕が一体どんな間違いを~?
システィ:その次のコマですよ!! シャーリィが「オレがシャーリィだ!」って言う超クールなシーンが

シャル:『オレはポテトだ!!』

システィ:なんで主人公がいきなりお芋宣言してるんですかぁぁ!!
グレン:あ~ほんとだ間違ってる
システィ:間違えすぎです!!
グレン:HAHAHAやっちゃったZE☆
システィ:格好良く言わないでください? 気に入ったんですかその言い方?!
グレン:気に入ったんだZE☆ 取っちゃやだZE☆
システィ:取りませんよそんな喋り方ァ!! それよりももっとあるんですよ誤植ゥ!!
グレン:えぇ~まだあるの? どの辺なんだZE?
システィ:どの辺なんだZE!? そんな無理に言わなくても……最後ですよ最後のページ! シャーリィが「オレの新しい技を見せてやる!」っていう超ドキドキのシーンですよ!!
グレン:どれどr……

シャル:『オレの新しい脇を見せてやる!!』

グレン:あ、ほんとだやっちゃったZE☆
システィ:なんですか新しい脇って!?
グレン:ごめ~ん彼女の事で頭がいっぱいでついうっかり……
システィ:しかももっと酷い誤植が最後のコマにあるんですよ! シャーリィが赤雷の剣を構えて「うおおぉぉーっ!」って突っ込む所ですよ!!
グレン:えぇー? そんな台詞間違えないと思うけど
システィ:間違えてるんですよ!!

シャル:『まそっぷ』

システィ:なんですか「まそっぷ」って!? もー意味わかんないししかもこのコマについてる煽り文句!
グレン:『彼女が出来ました~♪』
システィ:何自慢してるんですか!!?
グレン:やっちゃったZE☆
システィ:「やっちゃったZE☆」じゃないでしょ!? 煽り文は自慢したくてつい言っちゃっただけでしょ!? 
グレン:言っちゃったZE☆
システィ:だから「言っちゃったZE☆」じゃなくてはぁぁ~~~もぉぉぉおおお~~~っ! なんかもぉぉぉっ!! やってられないんだZE!!
グレン:ごめんネだZE☆


『ソードマスターシャーリィ 完結編』

クロノス@担当役:もしもし、月間フェジテのクロノス=ガラードです。お疲れ様です
システィ:え? ガラードさん?
クロノス:今日から僕がソードマスターシャーリィの担当になりました。よろしくお願いします
システィ:え、あの、レーダスさんは?
クロノス:亡くなりました
システィ:うそォォオ―――!? な、なんで?
クロノス:実は初めて出来た彼女と初デートの前に作者から付き合う設定の添削があったようで
システィ:ええぇ……それで自ら命を?
クロノス:いえショック死です
システィ:ショック死!?
クロノス:なんか仕事中に彼女から別れのメールが来て「ありえないんだZE!!」と叫んでバタンとぶっ倒れました
システィ:最期までその喋り方だったんですか
クロノス:それで仕事の話に戻しますが、ソードマスターシャーリィ、来月号で最終回ですので
システィ:うそォォォオオオオ――――――ッッ!?
クロノス:悪く言えば打ち切りですね
システィ:わざわざ悪く言わないでください!?
クロノス:もともとあまり人気がありませんでしたが、今月号ぶっちぎりで不人気だったんですよ。ReLさんの「よっこらタルトちゃん」より人気なかったです
システィ:マジですか!? でも急に最終回とか言われても困りますよ! 私の漫画、やっと盛り上がってきたところなのに……。四天王とか出てきて!
クロノス:戦いはこれからも続くーみたいな終わり方でいいじゃないですか
システィ:そういう終わり方ってよくありますけど、私の漫画の場合敵のボスのフェロードに主人公の両親が捕まってるじゃないですか! しかも食事は一日にパン一枚で地獄の様な労働を強いられているんですよ!?
クロノス:よっこらタルトちゃんと被ってますね
システィ:いや全然被ってないですよ!? とにかくそういう訳で、フェロードを倒さないとスッキリしないっていうか……
クロノス:そうですね……
システィ:しかもその為には色々条件があって、(以下略)
クロノス:どうしてそんな面倒な設定に……
システィ:十話くらい引っ張ろうとおもって……。あと主人公に生き別れの妹がいるらしいことを第一話からほのめかせているんですが、これどうしましょう?
クロノス:さあ……まあうまくまとめてください
システィ:はあ……(新しい担当なんだか冷たい……)。で、そのページは何ページ貰えるんですか?
クロノス:3ページでお願いします
システィ:うそォォォオオオオ――――――ッッ!? なんで私そんなにひどい扱いなんですか!?
クロノス:本当人気なくて……
システィ:四コマ漫画の「よっこらタルトちゃん」だって毎回4ページあるのに!?
クロノス:「よっこらタルトちゃん」も次回で最終回です
システィ:え、そうなんですか? タルトちゃんの最終回は何ページなんですか?

クロノス:4ページです

システィ:チクショォォ――――――――――ッ!! も、もう月間フェジテでは、書きません゙から゙ね゙!
クロノス:はい


ソードマスターシャーリィ 最終話
希望を胸に すべてを終わらせる時…!


シャーリィ「チクショオオオオ! くらえジャティス! 新必殺・魔人千裂衝!!」
ジャティス「さあ来いシャーリィィイイイ! 僕は実は一回刺されただけで死ぬぞォォオオッ!」
(ザン)
ジャティス「グアアアア! こ このザ・フジミと呼ばれる四天王のジャティスが…こんな小娘に……バ……バカなアアアア――!!」
(ドドドドド)
ジャティス「グアアアアッ!」
四天王A「ジャティスがやられたようだな…」
四天王B「ククク…奴は四天王の中でも最弱…」
四天王C「人間ごときに負けるとは我らの面汚しよ…」
シャーリィ「くらえええ!」
(ズサ)
3人「グアアアアアアアッ!」
シャーリィ「やった…ついに四天王を倒したぞ…これでフェロードのいる魔神城の扉が開かれる!!」
フェロード「よく来たなソードマスターシャーリィ…待っていたぞ…」
(ギイイイイイイ)
シャーリィ「こ…ここが魔神城だったのか…!感じる…フェロードの魔力を…」
フェロード「シャーリィよ…戦う前に一つ言っておくことがある お前は私を倒すのに『聖剣』が必要だと思っているようだが…別になくても倒せる」
シャーリィ「な 何だって!?」
フェロード「そして奴らはやせてきたのでむしゃむしゃしておいた あとは私を倒すだけだなクックック…」
(ゴゴゴゴ)
シャーリィ「クク……上等だ……オレも一つ言っておくことがある アステル(!?)は実の妹だと思っていたがそんなことはなかったぜ!」
フェロード「そうか」
シャーリィ「ウオオオいくぞオオオ!」
フェロード「さあ来いシャーリィ!」

シャーリィの勇気が世界を救うと信じて…! ご愛読ありがとうございました!





セラ@手で布団叩きをトントン:グレンくーん……何か言うことは?
グレン:あの、ちょ、セラさんお待ちを。ちょっとした出来心でして……



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第十・五話 違うんだから

 こんばんは、ぶんぶく茶の間です!
 別の小説と並行して書き進めていましたが……まずい、甘さがこちらにも!?
 間話という形が続いてしまって申し訳ない! 今回はなるべく本編の流れに沿いつつ執筆しています!

 今回はグレセラ、アスシス(若干アスシリ……なんか語呂悪いな)回です。

 ePHA93Rp6様、★くおゆ様、shiroyasya様、erumes様、お気に入り登録ありがとうございます!


「なに? アステルの奴まだ帰ってねーのか」

「……うん。流石にこんな時間まで居残りなんて考えられないと思うし……」

 

 その夜。グレンは彼から頼まれていた書類を抱えてフィーベル邸を訪れていた。

 しかし件の本人が未だに学院から帰宅していないことをセラから告げられ、また何か事件に巻き込まれたのではないか、という不安が二人の脳裏を過ぎってゆく。

 時刻は既に夜の八時を過ぎている。いくら落ち着いている彼といってもたった十四歳ほどの少年だ。担任講師として心配しないわけにはいかない。

 

「ルミアや白猫は何も聞かされてないのか? あの精霊は?」

「そうみたい……。クロノスちゃんは暫く外出で。シャルちゃんはシャルちゃんで早々に寝ちゃったし……」

「健康的すぎだろ……。あいつら幼馴染じゃなかったのか?」

「そのはずなんだけどなー……」

 

 セラは心配げに苦笑を浮かべながら答えると、グレンは溜息を吐きながら後ろ頭を掻いた。

 

「分かった。こっちはこっちで探してみるぜ。10時になったらまた来る――」

『――あれ、先生?』

 

 そういって踵を返しかけた彼の背後から、探していた当人の声が暢気に聞こえる。

 振り返れば真っ白な髪はどこかで転んだのか黒くくすんでおり、頬も渇いた油がぎっとりと付いている。上着として着込んでいる白衣には草木をすり潰したような緑色の染みと頬と同じく黒い油が所々に付着していた。

 

「おまっ――このお馬鹿! こんな時間まで一体何やってたんだ!?」

「はは……。そ、それについては色々と深いわけが……」

「もうっ! アステルくん!? システィちゃん達と同じことしてるってわかってるの!?」

「……ごめんなさい」

 

 物凄い剣幕でセラに叱られたアステルは途端にしょんぼりしながら謝罪すると、二人は溜息を吐きながら互いの顔を見て頷き合う。

 

「とにかく、そんな格好でお話なんて聞けないから、お風呂に入っておいで?」

「すみません……。先生も」

「あーいや、丁度これから探しに行くとこだったからな。気にすんなよ」

「グレン君も上がっていくでしょう? お茶準備するから」

「は? あぁいや、俺はただコイツに――」

「――なーに?」

「全力でお邪魔させていただきます、はい!!」

「(ダメですよ先生。セラさん怒ると怖いって言ってたじゃないですか……)」

「(まさか俺にまで飛び火するとは思わなかったんだよっ! なんで!?)」

 

 こち、と耳打ちしてきたアステルの頭を小突いたグレンはそう返すと、おずおずとフィーベル家へとお邪魔する。

 アステルは早々に風呂へ入ってゆき、静かな一階のリビングにはセラがキッチンでお茶の準備をする生活音だけが響き渡り、グレンは適当に四人掛けのテーブルへ腰かけると、メイド服姿の彼女の後ろ姿を見つめる事しかできなかった。

 ふわりとハーブティ特有の落ち着く香りが漂い、彼の鼻腔をくすぐる。そんな中、二人は――

 

(ほーん……こいつ、メイド服も似合うんだなぁ)

(どっ、どどどどうしよう!? 成り行きとはいえ無理やりグレン君上げちゃったけど大丈夫だったかなっ!? お、お仕事だって言ってたしお邪魔だったんじゃ……? うぅぅ、でもなんかすっごい見られてる気がするのは私の気のせい!? お仕事とはいえせめて私服に着替えるべきだった?! あぁぁあああ気になるぅうううう!!)

 

 片や今後の彼女の服装に期待を。片や今後の彼の行動に期待していた。

 先のテロ事件から幾度となく逢瀬を交わしている二人だが、未だに『元同僚』という関係から進展はなく。セリカから「もう付き合っちまえよお前ら」なんて言葉が出た時、二人の頭から火属性の黒魔が出そうになったのは、二人の中でも記憶に新しい。

 付き合いが長い分、こういった恋愛事情の話はしにくいというのが現状であり、お互いの気持ちに、あの事件以降変化がない事を探り合うような日々が続いている。

 それが心地よく、慣れない仕事、しかも始めたての為にそれなりに忙しい毎日を送っている二人には、一歩踏み出すという機会があまりにも少ないというのも事実。

 相手から来なければ自分から。それでも言い出す機会や勇気が足りない。自信がないといった悪循環から抜け出せていない二人。

 だからこそ、今、この空間が二人の関係性を正しく表していることだろう。

 そして、そんな光景が広がっているリビングを覗く小さな影が二つ。

 

「(……やべぇ、めっちゃ入りづれぇ…………)」

「(確かに……。なにあの、付き合いたてのカップルにありがちな『お互いの距離感に悩んでます』みたいな空気……)」

「(あたしにゃ甘すぎて砂糖吐きそうだぜ……。うぷ、胸やけしてきた)」

「(そうね、糖分過多。コーヒー飲みたい。ブラックで)」

 

 シャルとシスティは顔を青くさせながら食い入るように二人の織り成す甘々な空間を眺めていると、再び背後から彼の声が聞こえてきた。

 

『あれ? 二人ともどう――なんでさっ!?』

「(しーっ! 今良いところなのっ)」

「(テメェはもうちっと恋愛面に敏感になりやがれ! この不能!!)」

「(ひどい……。というかこの体勢、滅茶苦茶辛いんですけど……!?)」

 

 風呂上りの彼がフェイスタオルを肩に掛けながらやってくるなり、あっさりと二人に組み伏せられ、文字通りうつ伏せで尻に敷かれてしまう。

 しかもシスティには抱かれるように左腕を極められ、シャルには右足を引っ張られる形で極められている。

 アステルはずるずるとなんとか生きている右腕と左足で身体の向きを変えながら、彼女達と同じようにドアの隙間からリビングを覗いた。

 

「――はい、どうぞ」

「あぁ、悪いな」

 

 微笑み交じりに出された紅茶に口を付ける、システィの席に腰かけていたグレン。いつもの席に腰かけたセラは彼の次の言葉を待つ。

 しかしその淡い期待はあっさりと交わされ、ほうっと一息ついたグレンはティーソーサーにカップを置いたあと、丁寧にテーブルの上へと置いた。

 

「ぁ……」

「んっ、どうした?」

「う、ううん?! なんでもないよ!?」

「そか」

 

「(あちゃー……)」

「(あれは完ッ全に乙女心を理解してないわね……)」

 

 アステルは残念な声を上げ、システィは肩を竦めながらため息を吐く。

 セラは気にせず対話を試みてゆく。

 

「学院のお仕事はどう?」

「まっ、あいつらのおかげで退屈はしてねーな」

「ふふっ、そっかぁ……」

「なんだよ聞いてねーのか? 白猫あたりが愚痴ってると思ったんだけどな」

「ううん、全然? ……私を気にしてくれてるのかなぁー。グレン君にどういったことを教えてもらった、っていうのはよく教えてくれるけれど、悪口は全然聞かないの。シャルちゃんもそう」

「へぇ、白猫はともかく、あの男女はてっきり言うもんだと思ったんだが」

 

「(あんだとテメェ……?)」

「い゙っ……!(シ、シャル、どうどう……!!)」

 

 平然と教え子の悪口を叩いたグレンの話を盗み聞きしているシャルは、ぎりっとアステルの右足を握りしめた手が強張り、更に引かれてしまったことで彼が悲鳴を押し殺しながらボルテージを下げにかかる。

 セラはくすくすと笑いながら「言わないよ~」と朗らかに訂正し、グレンは「どうだか」と小さく笑いながら再び紅茶に手を付けた。

 

「きっと、それだけみんなグレン君の授業が面白いんだと思うよ? アステルくんなんて本当に楽しそうに教えてくれるんだもん、私も教壇に立つグレン君見たいなぁ~」

「あ、そういや魔術競技祭が終わったら授業参観あるぞ。白猫の両親に伝えといてくれ」

「そうなの!? 私も行く!!」

「いやお前……」

 

 身を乗り出して宣言するセラを、目を丸くしながらグレンは窘めるが、次には悪戯気に目を細めたセラに口を噤ませてしまう。

 

「お姉さん、どこからどう見てもグレン君が『来てください』って言ってるようにしか聞こえなかったんだけどな~?」

「――っ。あ、あぁそうだよ! 白犬の仕事ぶり見たから今度は俺がってな!?」

「あー! また白犬って言ったぁっ!!」

「はんっ」

「ぶー……」

 

(グレン先生ツンデレだったんだ……!?)

「(……なに、この二人)」

「ぐっ……!?(待って、待ってください、システィさん?! それ以上は腕が、肩がおかしくなります! 360°回転出来ちゃいますよ!? アステル=ガラードは人形じゃありません!!)」

 

 ぎりぎりと自分の胸元にアステルの腕を引き寄せるシスティ。アステルは再び悲鳴を押し殺しながらシスティへ抗議するが、一向に聞き入れる素振りを見せない彼女。しかし諦めず涙目で訴え続ける。

 

(というか、セラさんが白犬って……。確かによく似てるとは言われるけど、好きな人にはちゃんと名前で……。――って何考えてるのよ私はっ!?)

「(しすてぃぃなぁ……)」

「(――えあっ!? ご、ごめんなさいアステル! 大丈夫?!)」

「(なんとか……。でもお願い、腕は放してぇ……)」

 

 今にも泣き出しそうな情けない声を上げた彼にようやく気付いたシスティは、すぐ彼の腕を解放して手を握りしめるだけに留める。

 

(あっ、それでも手は繋ぐのね……)

 

 絹の様に白い頬を朱色に染め、翡翠色の瞳を潤ませながら空いた方の手を口元に寄せ、まじまじと二人の様子を見続けるシスティ。

 再びやってきた危機に彼は額に脂汗を滲ませながら、次なる苦痛に備えて覚悟を決めた。果たして彼は五体満足でこの場を切り抜けられるのだろうか。

 

「(おーい、こっちはこっちでイチャイチャしてんじゃね、ェ……ッ!!)」

「はぐっ……!? っ! ッ――……!」

「(ちょっ、ちょっとシャル! アステが苦しそっ……って、落ちたぁ!?)」

 

 シャルのドスの利いた声が背後から聞こえ、首を極められ気絶するアステル。

 

「(……ふぅ、我ながらいい仕事したぜ)」 

 

「でもグレン君、身体は大事にしないとダメだよ? アステルくんもそうだけれど、先生って体力勝負なところがあるんだから……」

「なぁに大丈夫だって。最近じゃ無理矢理弁当寄越す誰かさんが居るからな」

「う……気付いてたの? 申し訳ないけれど、ちょっと嬉しいから困る……」

 

「(お、べ……!? えっ、セラさっ……いつの間に!?)」

「(……ほーん………?)」

 

 システィはセラとグレン、そして自分の下で気絶する少年を交互に見つめながら変に口走り、話を聞いていたシャルも目を丸くする。

 余談だが、セラはフィーベル家に住み込みで働いている為、朝食後から子供達の見送りまでこの屋敷を離れることは出来ない。だというのにグレンにまで弁当を宅配することが出来るのは、ひとえに森の住民達の協力があってこそできる手法だ。

 おなじ乙女として、鳥の兄妹の妹、シーダが全面的に協力しているのは言うまでもないだろう。

 そんな背景があるとは露知らず、二人はセラのウルトラCに驚くばかりだった。

 

「お、お節介だったらごめんね……?」

「いや、結構助かってるんだなこれが。こっちこそ悪いな、毎度毎度メシ作って貰っちまって」

「……っ! う、ううんっ。簡単なものだから気にしないで?」

「お、おう……。……にしてもアステルの奴遅いな。なんだ、風呂で寝落ちなんてしてねーだろうな?」

「うーん、どうだろう? あの子の事だからそんな事にはなってないと思うけど……」

 

(すみません先生、セラさん。さっき話題に上がってたシャルが落としました………)

 

「とりあえず時間も時間だし、今日は帰るわ。白犬、わりーけどこれ、アイツに渡しといてくれ」

「えっ? う、うん。わかった」

 

 セラはグレンから書類の入った封筒を受け取ると、彼を送り出すべく玄関まで付いてゆく。

 

「話は明日俺が聞いとく。白犬も今日はもう休んどけよ。あ、見回りでもあんのか? なら男女にでもやらせとけよ。ったく、金があるなら人件費に回せっての。開発馬鹿の方はまだまだ扱き使われるからな……」

「ふふ、心配してくれてありがとうグレン君。でも大丈夫。ルミアちゃんやシャルちゃんもよくお手伝いしてくれるんだよ? おかげで助かってるんだ」

「そか。まぁお前も肉体労働が多いんだし、身体にゃ気を付けな」

「うんっ。そうするね」

「あぁ、あと……」

「ん、どうかした?」

 

 グレンは少しばかり頬を赤らめた後、襟足に手を当てそっぽを向きながら、

 

「紅茶、美味かった」

 

 ぽそりと、人差し指で片頬を掻きながら、ぶっきらぼうにそう言った。

 

「……っ! うんっ!」

 

 それをしっかりと聞き取っていたのだろう。セラは一瞬驚いた表情をしたあと、頬をほんのりと赤くさせながら満面の笑みを浮かべながら頷いて、今度こそ彼を送り出す。

 

「……ふう。――ふふっ」

 

 彼女の背中越しに、上機嫌に微笑む声が聞こえたあと、セラは振り返ってリビングのドア手前まで気配を殺してやってくると――ゆっくりと、それを開く。

 

「――ぴぃっ!?」

「はっ?」

「う……ん………。あれ、僕どうして床で………へっ?」

「……うん、アステルくんはともかく。二人とも、ちょっとお姉さんとお話しよっか?」

 

 まるで小鳥の悲鳴のような声を上げるシスティと、気配を一切感じなかったことで驚きを隠せなかったシャルが素っ頓狂な声を上げ、ようやく気絶から回復したアステルは間抜けにも目の前に現れていたセラに目を丸くする。

 そこには……そう、怒れる女神の姿があったのだから。

 

「おっ、あたし明日日直だった! おやすみお前ら!!」

「えっちょ、抜け駆けなんて酷いわよシャル!?」

「あれ、でも明日の当番ギイブル君とカッシュだったような――」

「《うっせぇ寝てろ(雷精の紫電よ)》!」

「なんでさぁあああっ!?」

 

 脱兎の如く逃げ出すシャルが、まるで口封じとばかりにアステルを【ショック・ボルト】で再び意識を奪い取ると、すぐさま階段を駆け上がり自室へ逃げ込んでしまう。

 その場に残ったのは、気絶したアステルの上で、生まれたての子猫の様に震えあがるおいたをしたシスティ(御嬢様)と、それを躾ける使命を帯びたセラ(メイド)のみ。

 時刻は未だ夜の九時半を回った頃合い。

 

「ふふっ、御嬢様~? お休みになられる前に、少しばかり愉しいお話をしましょうか?」

「いっ……いやぁぁああ~~~っ!?」

 

 

       ◇

 

 

「……あれ?」

 

 翌日。訓練を終えて戻ってきたアステルの自室の机上に、ピンク色の可愛らしいハンカチで包まれたお弁当箱が置かれており、周囲に散乱していたはずの本や書類などがものの見事に整理整頓されていた。

 そして彼が最近購入した黒いエプロンを掛けたシスティが、なんと彼のベッドの上で静かに寝息を立てているではないか。

 

「あす……おべ……と……」

「っ……!」

 

 寝返りと同時に呟かれた寝言に、アステルも思わずかぁっと顔が熱くなり口元を抑えながら息を呑んだ。

 

「(破壊力ありすぎでしょ、これ……っ!)」

 

 まさか昨晩のセラさん達の話が原因で……? と、思春期ならではの想像を膨らませてしまったアステルは、慌てて顔を横に振ってそれを振り払い、大きく深呼吸する。

 なんとか気を落ち着かせつつ、毛布無しで眠っている彼女へと自分の毛布を掛け直すと、妙に顔を綻ばせるシスティを見て再び息を吐いた。

 

「はー……びっくりした」

 

 なんだか朝から大仕事をしたかのような感覚になり、妙な疲労感を覚えた彼は、少し休もうと思いながら目を伏せる。

 そして瞬く間に寝落ちしてしまい、シャワーを浴びたことで未だに湿っている彼の髪がベッドに沈むのは時間の問題でもあった。

 ……横になった彼の気配を察知したシスティは、静かに目を開く。

 

「……ばか。ちょっとくらい、撫でてくれてもいいじゃない」

 

 彼の三つ編みを軽く掴んで引き寄せながら頬を膨らませると、毛布ごと移動した彼女は、彼の背中に抱き着き、顔を埋めるようにして再びまどろみに身を委ねてゆく。

 

(……セラさんたちとは、違うんだから……)

 

 おかしな嫉妬心と対抗心を胸に抱えつつ、システィは思う。

 

 

 数十分後。

 見事に抱き合う形で眠っていた二人を起こしに来たセラが目撃してしまい、盛大に吐血したのは言うまでもない。




 グレセラ・アスシス回でした。セラさんいつもの事ながら血出し過ぎ問題(笑)
 グレセラは少し大人っぽくて、過去(原作4・5巻参照)の事から微妙な距離感を、学生組は思春期特有のぎこちなさげなイメージで書かせていただいてます。

 システィがかなりデレて来てしまってますが、シャルもルミアも負けないよ。
 今後の方針としてはシャルルート、システィルート、ルミアルートの三種を通していきます。ハーレイルートはないんだ、すまんな。
 現状でもヒロイン三名を組み合わせてイベントシーンをやっていますが、ハーレムルートは考えていません。

 今回はシスティが変な感じになっていますが、セラと自分の容姿が似ていて、そんなセラに心を許しているグレンがアステルに重なってしまったことが原因です。
 けれどアステルはグレンのように自分を白猫などと言わず一般的な愛称で呼んでおり、変にからかったりもせず大切にしてくれている。
 違うと思っても、もう一人の自分が他人に想いを馳せているように見えてしまって……といった女の子の複雑な心情を書いてみました。

 うーん……自分の語彙が大変酷いため、一つ一つの伏線や言葉に色々な意味合いを持たせて、読んでくださる皆さま一人一人に、別々の受け取り方を感じて頂けるように書いているのですが、本当にこれでいいのか、伝わっているのかと不安に……(苦笑)もっと精進しますね!!


 感想やご質問等お待ちしております! 拙い小説ですが、どうか今後もよろしくお願いします!


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第十一話 努力の始まり

 お待たせしました、最新話です!
 今回からオリジナル展開要素ぶちこみました、ほんとすみません……。
 しっかり原作に沿った形で進ませますので、どうか今後もよろしくお願いします。

 セリカplus様、お気に入り登録ありがとうございます!
 まさか教授から御登録いただけるとは……!(笑) これからも頑張ります!


 今回は昨晩のグレセラいちゃこらの後から始まります。


       ◇Side システィーナ◇

 

 セラにこってりと絞られた翌朝。システィはいつもより一時間半ほど早く起床し、身嗜みを整えるなどしたあと、一階のキッチンへと向う。

 朝日が上がり切る前のこの時間帯でも、構わず屋敷の庭からは甲高い金属音が響いている。

 ちら、と窓の外を見れば、幼馴染と共に鍛錬を行う想い人、アステル=ガラードの姿があり、笑顔で何合も打ち合っている二人をしばしぼーっと眺めてしまい、ハッと自分の目的を思い出してキッチンへ急ぐ。

 すでにそこには当家のメイド長、セラの姿があり、笑顔で挨拶をしてくれたことから昨晩の怒りは静まったらしい。

 システィは若干引き気味に挨拶を返すと、最近購入したアステルのエプロンを肩に掛けながらセラのお手伝いを買って出る。

 

「あれ? システィちゃんがお手伝いしてくれるなんて……」

「あはは……。いつもはアステルやシャルがやってくれてるから、たまにはと思って」

 

 彼女の本心はそこではないのだが、なんとか誤魔化しを利かせながら朝食の下拵えを行うなど、その作業段階の合間に簡単なサンドイッチを作ってゆく。

 流石に具材を挟んでいたあたりでセラにも気付かれ、ニヤニヤとえらく上機嫌で笑われる。

 

「ふふっ、そのサンドイッチ、誰にあげるのかな~? お姉さん、ちょっと気になるなぁ~♪」

「うう……セ、セラさんこそグレン先生にあげるお弁当、どうなんですかっ? ひょっとしてもう出来ちゃってたり……?」

「ううん、まだ作ってないよ? 私もサンドイッチにしようかなー」

 

 システィは装えていないポーカーフェイスを気取りながら対抗するも、成す術もなくセラと共にお弁当作りに着手する。

 流石は料理上手であり、我が家のメイド長。手際よくサンドイッチを作り上げてゆく。紙で包まれた状態のサンドイッチをまな板で均等に圧を掛けることで、具材を均等に馴染ませる。

 五分ほど時間が空くので、その間にウィンナーなどを焼いていると、お弁当用の小さなバスケットを二つ分、棚から取り出すセラに、

 

「それで、本当にどうしたの?」

「……はい」

 

 自分の目的を聞かれる。

 システィは待っていましたとばかりに火を止め、フライパン返しをキッチンのシンクに置きながら、真剣な表情でセラへと向き直った。

 そして、彼女へと頭を下げる。

 

「セラさん、お願いします……。私に、戦い方を教えてください」

「……ひとつ、聞いてもいいかな?」

「はい」

「どうして、私なの?」

 

 いつもの明るいセラとは打って違う、真剣な声音で諭すように尋ねる彼女に、システィは頭を上げ、同じように真剣な瞳で彼女を見つめた。

 セラは魔術が使えない。なぜなら、魔術の行使に最も重要な左腕には、彼女が重症を負ったことに因る後遺症が残り、魔力を通すための霊路(パス)が閉ざされてしまっているのだから。

 だからこそ、セラは訪ねた。もう魔術を扱えない自分を、どうして選ぶのか。

 

「強くなりたい、という気持ちはもちろんあります。でも私……セラさんが好きなんです」

「……え?」

「いつも笑顔でいてくれて、私達が間違ったことをすると叱ってくれる。そんな優しくて強い貴女に、私は憧れた。どんなに重く辛い過去を背負っていても、いつも私達には笑いかけてくれた貴女に感謝しているんです。そして私は、そんな貴女をもっと知っていきたい。メイドと雇い主の娘という間柄だけじゃなく、一人の人間として。魔術師の卵として。セラ=シルヴァースという魔術師の存在が、どれだけ大きなものだったのかを」

「システィちゃん……」

「たとえセラさんがどんな過去を背負っていても、私にとってセラさんはセラさんです。そして、私は貴女のようになりたいのではなく、システィーナ=フィーベルとして。貴女という魔術師を理解したうえで、貴女と付き合っていきたい。おこがましいかもしれないけれど、その為に、貴女の技術を私に教えてください」

 

 システィはセラの後を追い、そして彼女を真の意味で理解するために魔術を習いたいと、そう言ったのだ。

 そしてそれは、セラという存在を受け入れる為に必要なことでもある。

 確かに主従の絆はあるだろう。姉妹のような絆も、彼女達は出会った一年と数か月で育んできたはず。

 だからこそ、システィーナ=フィーベルという少女は、更に彼女へ踏み込もうとしている。

 自分の為だけではなく、フィーベル家に住まう人々の気持ちを代弁する形で。

 言外の意味を理解したセラは、思わず口元を抑え眦に涙が溜まってゆく。

 ここまで自分を理解してくれようと思ってくれる人物に再び出会えたこと。そして、彼女の気持ちに自分が影響を与えたことで生まれ始める新しい“師弟”という絆の形に、喜ばずにはいられなかった。

 

「……それだけじゃ、ダメですか……? ――って、どうして泣いてるんですかっ!?」

「だ、大丈夫……。嬉しくって、つい……」

 

 えっ、嘘私泣かせるような事言っちゃった……!? と呟きながらあたふたするシスティを見て、セラは目じりに溜った涙を拭いながらふふっと微笑む。

 彼女はシスティの肩に手を伸ばし、ぽんっと両手を置いたあと、

 

「――システィ(・・・・)の気持ちはよく分かったよ。……ありがとう、私を選んでくれて」

 

 初めて彼女を呼び捨てにしながらも、システィを抱き締めた。

 

「そんな、私の師匠(せんせい)はセラさんしか居ないと思ったからで……」

「それでも、だよ? それじゃあ、今日ばかりは流石に準備をさせてもらえるかな?」

「大丈夫です!」

「うんっ。なら、明日から訓練を始めよっか」

「――はいっ! よろしくお願いします!」

 

 システィの輝かんばかりの笑みを見たセラは大きく頷き、新たな距離感に嬉しさを覚えながらも、その日の朝食とお弁当は出来上がるのだった。

 

 

       ◇Side アステル◇

 

 

 そんな一幕があったとは知らず。アステルはパンにベーコンと目玉焼きを乗せて早々に学院へ登校。生徒会長のリゼ=フィルマー経由で学内依頼として『魔術競技祭実行委員の全補助』を頼まれ、実行委員の彼らから『開催に必要な備品の点検・消耗品の在庫確認』を。クラスのセコンドとして『飛行競争』に出場するロッドとカイ、『決闘戦』に出るカッシュの朝練に始業まで付き合う予定になっていた。

 朝の七時を過ぎた頃には、白衣に袖を通したアステルが学院内にある埃くさい大倉庫に居り、実行委員から渡された木製の板に紙を挟んで備品の在庫確認と、会場に必要なテントの骨組み、その本数や劣化具合を確認している。

 薄暗い屋内でも難無く見える様、アステルは独自の錬金法で苔と石同士をぶつけ合わせることで光を発する鉱石を混合。ぐに、と丸まった苔を親指で一刺ししてやれば発光する『ヒカリゴケ』をランタンの中に突っ込みながら、倉庫内を見回ってゆく。

 

「……これでよし、と」

 

 指差し確認、と呟いたアステルは一つ息を吐いて在庫の個数確認を終えると、大倉庫にしっかりと施錠を施しながらその場を後にする。

 道中で不自然な喉の痛みを感じた彼は水道でうがいと手洗いを行いつつ、金色の懐中時計を見れば、分針はすでに二十分ほどを指している。そろそろカッシュ達も登校する頃合いだろうと思い、二年次生二組の教室へと向かった。

 しかし、すでにそこには男子生徒達の荷物が机の上に置かれており、教室の窓から外を見れば中庭で準備運動をしている三人の姿があった。

 

『おせーよ、アステルー!』

「ごめんごめん! 遅れた!」

 

 手を振って中庭から大声で叫んだカッシュにアステルは手を振り返して、自分も荷物を置いて急ぎ中庭へと向かう。

 そして、中庭を覗けるベンチには、暗号解読の教本を広げたウェンディが腰かけており、集まってくれた皆にアステルは再び遅れたことを謝罪した。

 

「なーに気にすんなって! そんな埃だらけの白衣見せられちゃ、何かしてきたってのは分かるからさ!」

「そうだよ、オレらにも手伝えることがあったらいつでも言ってくれな?」

「アステル一人では難しいこともあるのではなくて? 私達も頼ってくださいな」

「はは……ありがとう、みんな。その時はお願いさせてもらうよ」

 

 なら良しっ! と元気よく頷いた面々に、アステルは意気込んで拳を空へ掲げる。

 

「本番まで残り六日。ここからは時間との勝負のはず。カッシュは特に慣れない競技に出る事になるから、調整はグレン先生にも見てもらわないといけない。色々と課題はあるけれど――みんな、頑張っていこう!」

『おーっ!』

「……やれやれ、朝っぱらからスポ根かよ」

 

 そんな彼らへと水を差すように、同学年の一組――ハーレイの担当するクラスの生徒、クライスが肩を竦めながら現れ、カッシュ達は険しい顔つきになる。

 以前からクライスという少年は二組に対して対抗意識があるようで、今回の魔術競技祭は学院の中でもビッグイベント。各クラスで一位を奪い合うという、闘争心が顕著に表れるこの時期も相まって、その嫌味交じりの煽りは鋭さを増していた。

 そして何よりも昨日のグレンとハーレイに於ける『賭け発言』によって、更に牽制の度合いも強くなっている。

 そればかりはアステルも回避不能であり、師であるハーレイの『アステルを出場させない』『何故お前も出場しないのだ、出場する意思はあったのだろう』というモンスターペアレントならぬモンスターマスター発言によって言葉を噤まざるを得なかったのだ。

 まさに板挟みの状況である中、グレンの『この編成はアステルが考えたウチの最強の布陣なんスよ』発言によってフォローされ、一層怒りを露わにしたハーレイがそれを『構想した者がいない編成などありえん!』と全否定。なら賭けをしようという話になったのである。

 

「競技祭もテストと同じだろ? 元から弱い奴が何をしたって、たった一週間の練習でクラス内トップの人間に勝てるわけないだろうが!」

「お前!?」

「そんな言い方……っ! あんまりですわ!」

「やってみなきゃ分からないじゃないか!」

「カッシュ。みんなも落ち着いて」

 

 クライスの煽りにカッシュを筆頭とした面々が怒りだし、アステルは腕を伸ばして彼らを制す形で静かに引き留めた。

 

「――っ。すまん」

「いいんだ。みんなの気持ちは痛いほど分かる」

「ハッ……魔術もマトモに使えないヤツの言葉で引き下がっちまうのかよ?」

「なんだとテメエ――!?」

「カッシュ!」

「まったく傑作だよな、ガラード!? 自分(テメエ)の力がないからってクラスメイトに頼り切りで出て貰うんだもんなぁ? それでお前が指令塔だって? バッカじゃねーの?! お前は一生魔術を使える様になった自分の妄想でもしてればいいんだよ!」

「……っ」

「~~~ッ! もう我慢ならねえっ! ダチを悪く言われて黙ってられるか!! アステル、お前がやらないのなら俺が――ッ!!」

「抑えてカッシュ! ここは我慢だ!」

 

 アステルが必至にカッシュを羽交い絞めにしながら抑えにかかる。しかし、その後ろには怒りを孕んだ瞳できつくクライスを睨み付けるロッド達の姿があった。

 

「ほぉ~らほら、凶暴な犬が脱走しそうになってるぞー!? ちゃんと鎖で繋いどけよガラード!」

「……君もそこまでにしたらどうだ。確かに僕は魔術を皆の様には扱えない、魔術師として欠陥だらけの存在だろう」

 

 嘲笑う様に自分の腹を抱えながら爆笑するクライスに、アステルは息を荒くしたカッシュを抑えながらも眼を伏せる。

 そして自分は魔術師として欠陥品だと認めた言葉を放った途端、クライスの視線が更に愉快に歪んでゆく。

 しかし、「けれど」とアステルは言葉を紡いだ途端、彼の眉間に皺が寄り、「あ?」と口を開け、彼が更に言葉を繋ぐという予想外な事態に苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。

 

「それでも僕は魔術を扱えている。自分なりの使い方で人の役に立てる事の何が悪い? 魔術とは、人の心を突き詰める存在(もの)なんだよ。それを人に伝えればどれだけの力になるのか、君は知らないだろう。なら、今は慢心して僕らを侮っていればいいさ。君達二年次生一組は僕だけではなく、二年次生二組(ぼくたち)が下す――」

「っ……!!」

「もしもそれで君達が勝ったというのなら、潔く僕はこの学院を去ろう。けれど、僕らが勝った時には――今の、僕の大事なクラスメイト達を貶した言葉だけは絶対に取り消してもらう」

「――ッ!?」

 

 アステルから発せられた言葉の威圧感は凄まじく、まるで怒り狂った龍の様に荒々しく襲い掛かる。今まで嘲笑を浮かべていたクライスの顔に他人を卑下する意思の欠片もなかった。

 ――殺される。

 恐らく今までの人生で一度も経験したことのない、明確な“恐怖の根源”が目の前に在る。それを悟ったクライスは顔を引き攣らせながらその場に尻もちを突き、悲鳴を上げ脱兎の如く逃げ出してゆく。

 アステルはふう、と一つ息を吐くと、怒気も同様にそよ風の様にどこかへ吹きやられてしまう。

 

「カッシュ、カッシュ。終わったよ」

「あ、あぁ……?」

 

 まるで背中から鋭い刃を突き付けられたような感覚だったカッシュの頬に冷や汗が伝い、ゆっくりと怒気を沈めてゆく。

 そして後ろを振り返れば、怯えるように両腕をさするロッドとカイ、そして顔を真っ青にして口をパクパクさせていたウェンディと視線を合わせ、こくこくと頷き合う。

 

「さて、それじゃあ気を取り直して。練習を始めよう!」

「そ、そうですわね!」

「お、おおおうっ! あんなヤツに負けてたまるかよ!」

「はは、頼もしいね」

「ああ任せとけ! 決闘戦で捻り潰してやるぜ!!」

 

 先ほどの事などまるでなかったように、それぞれが意気込んでゆく姿を見て安心しながら微笑むアステル。

 いつもは穏やかで笑顔の印象が強い人物を怒らせると此処まで恐ろしいのか、という事を彼らは痛感するのであった。

 

「やれやれ……俺が入ることもなかったみてーだな」

 

 そして昨晩の出来事を尋ねようと思い、早めに出勤したグレンは、大倉庫から追っていたアステル達のやり取りを物陰に隠れ見守ったあと、競技祭の準備等に刈られていることに納得し、静かにその場を去る。

 

(怒ることもあるんだなぁ、アイツも)

 

 先ほど見せたアステルの、友達の悪口を言われたことで、静かに怒っていた彼の表情を思い出しながらニヤリと笑う。

 

(やっぱ、お前は(そっち)の人間だよ。その方がいい)

 

 せめて以前の様な事件に見舞われないことを祈りつつ、グレンはアステルの行き着く先を想像しながら教室へと向かうのだった。

 

 

       ◇

 

 

 昼休みに頼まれた仕事を片付け、食堂へ向かったアステルを見つけ、呼び出したグレンは揃って魔術実験室の準備室へと向かう。

 その場には何故かシスティが付いてきており、彼女の手にも緑色のハンカチで包まれた弁当箱が握られている。

 

「なんで白猫まで付いてくるんだよ。こっからは男同士の会話なんだぜ?」

「正直先生とアステルを二人きりにさせたら、何をしだすか分かったものではないので」

「あんだとっ!? 少しは担任講師を信じろよ! いや信じてください!?」

「イヤです!? とくにアステル絡みとなれば先生いっつも暴走するんですから!?」

「はは……。そんなこと言わないでくださいよ、先生。システィも落ち着いて? 何か伝えたいことがあるんだよね?」

 

 グレンが一つ言葉を発せばシスティが噛みつくように反論する。そんな様子を席を勧めコーヒーの準備をしているアステルがフォローすると、システィは内緒事がバレた子供の様にしゅんとしてアステルへ向き直った。

 

「う……分かる?」

「分かるよ。でも悪いことじゃなさそう」

 

 アステルはくすりとほほ笑みながら二人へミルク入りのコーヒーを出し、すでにセラ特製の弁当であるサンドイッチ入りのバスケットを広げていたグレンはそれを片手で受け取り、飲みながら「ほーん?」と呟く。

 

「一体なんの話だよ? 授業は最近マトモにやってんだろー?」

「ええ……。それについては色々と聞きたいこともあるんですが、今日は別件で」

「……別件?」

「はい。あの……私、セラさんに師事することにしました」

「………。……………はっ?」

 

 たっぷり数十秒フリーズし、ぽろっと彼の手に握られたサンドイッチがバスケットの中へと落ちる。そして口をあんぐり開けたグレンは彼女へと向き直った。

 事の真意を問おうと食事の手を止めたグレンに、システィはアステルから受け取ったマグカップをテーブルに置き、決意の籠った瞳で彼を見つめ返す。

 アステルも彼女の言葉に驚きつつ、二人の間でそのやりとりを見守ることにした。

 

「それは……本気で言ってんのか?」

「本気でなければこんなタイミングで言うわけないじゃないですか」

「……だよな。しかしどうして今更白犬に」

「私も、彼女が好きだから。今までも所々でセラさんの過去を知ってきました。でも、それだけじゃ足りないと感じてしまって。魔術師としてのセラさんはどんな人だったのか、私個人としても、識りたいと思ったんです」

「お前……」

「あなたがセラさんの元同僚で、どんな仕事をしてきたのかは知っています。けれど、ただそれは知識としてそこに在るだけで、理解には至れていない……。それを成し遂げる為に、私はセラさんからも魔術を学びたいんです」

「……そうかい」

 

 グレンははぁ~っと溜息交じりに納得の声を上げると、彼は椅子の背もたれに身体を預けながら、アステルの淹れたコーヒーに手を付ける。

 

「……白犬は風の魔術が得意だったからな。同じ属性の先輩が居るってだけで学びやすいこともあるだろ」

「えっ、そうなんですか!?」

「なんだよ。お前知らなかったのか?」

「は、はい……。その、セラさんの魔術の話はあまり聞けなかったので……」

「ああいった現場で、自分の得意分野を自慢げに話す奴はいねーからな。弱点が漏れれば即、命取りになる。覚えときな」

「なるほど……」

「まあ、なんだ。……アイツはかなり面倒見がいいからな。相性はいいんじゃねーの? ――励めよ、白猫」

「――はいっ!」

 

 憂いの無くなったシスティの笑顔を、まるで眩い物を見る様に目を細めながら眺めたグレンはコーヒーを口に含んで嚥下する。

 話は終わり、といった雰囲気が流れ出し、アステルはいよいよシスティと共にお手製の弁当箱を広げると、中にはグレンと似たようなサンドイッチが詰められていた。

 

「あんだよ、俺と同じかー? 摘まめねーじゃん」

「あはは……出来上がったキッチンが同じなので、メニューは似たり寄ったりで……ですから摘ままないでくださいね、先生?」

「わーったよ」

 

 苦笑を浮かべながらグレンにくぎを刺すシスティを見て、アステルは苦笑を浮かべながら合掌し、「いただきます」と言って手を付ける。

 均等に馴染んだ卵サンドは、咀嚼するごとにパンの甘味が引き出され、卵の塩加減も絶妙。アステルは唸る様に嚥下すると、隣に座ったシスティは彼の感想を待っているのかその様子をまじまじと見ていた。

 

「美味しいよ。ありがとうシスティ」

「そ、そう……。よかったぁ」

「ん? っつーとこれは白猫の手作りか?」

「先生のはセラさんでーす」

「あ、そ」

 

 つーんっと顔をそっぽに向けたシスティはそう言うと、グレンもそっけなく応え、持ち直したサンドイッチを見つめる。

 このままではグレン先生の気分次第で何か追撃が来るかもしれないと思い、アステルは額に脂汗を流しながら「へ、へぇ~」と声を上げフォローに徹した。

 

「二人で作ったんだ?」

「ええ。アステルも昨日はバタバタしててあまりご飯食べられなかったじゃない? お弁当なら好きな時に食べられると思ったのよ」

「……愛だねぇ」

「なっ……そっ、そそそそんなんじゃないですよ!!」

 

 しみじみと語りつつ、口角を上げセラ特製のサンドイッチを頬張るグレンに、システィは首筋まで赤くしながら否定する。

 

(あぁ、いつもの光景だ)

 

 アステルはくすっと笑いながら次のサンドイッチに手を出し始め、ゆっくりとした昼休みは過ぎてゆくのだった。

 

 

       ◇Side セラ◇

 

 

「ん、しょっと……」

 

 一方フィーベル邸では、セラ=シルヴァースが使用人として与えられた、自身の部屋の片隅に置いてあったトランクを開いていた。

 その中には、もう使う事もあまりなくなった魔術道具などが詰められている。

 風の魔術を使用していた彼女には風霊魔術などを使用する為に小道具が多かった。

 以前に使用した時と言えば、この屋敷に住まう子供達が魔術学院に入学するための教材として使用するくらいだっただろうか。

 

「……ふふっ」

 

 たった一年ほど前だというのに、何故か不思議と懐かしさを覚えたセラ。思わず笑みが漏れる。

 純粋に魔術についての知識を深めようとする子供達の瞳が、あんなにも綺麗に見えた。

 過去形になってしまったものの、今でもその瞳は変わらずにいる。

 ただ、魔術の知識を深め目を輝かせてくれたあの瞬間ばかりは、彼女にとってもう見ることはできない光景だろう。

 

「(すごいなぁ、グレン君は)」

 

 微笑み交じりに、そんな呟きがぽつりと出た。

 なぜなら今その中心には、かつてセラの相方であったグレンの姿があるのだから。

 魔術の使えない臨時講師よりも、今も扱えて、様々な角度から見ている彼のもとで学んでいる。

 それが自分事の様に嬉しくもあり、日々育ってゆく子供達を見守ってゆく。

 少し寂しいけれど、親の気持ちを自分も勉強していると思えば前向きに考えることができた。

 

「あ……。あった」

 

 セラはトランクの底深くに眠っていた、年季の入った古い長方形の木箱を取り出す。

 中の物が出ない様に紅い紐で結い、紐の片方に付いた鈴が揺れ、リン、という小さな音が鳴ると同時にセラはその紐を解いた。

 そして、特務分室時代に使用していた愛剣が姿を現し、彼女はその鍔無しの剣を引き抜く。

 鍔のない淡いセルリアンブルー色の柄から徐々に色を無くし、白銀へと徐々に色を変えた刀身。

 長さとしては片手剣と短剣の中間地点といったところか。少女が振るうにしても最適なサイズであり、それでいて刀身も細身の為に扱いやすい代物だった。

 彼女は刃(こぼ)れがないか、切れ味は、と具合を確かめると、あの頃と一切変わらないその剣――《精霊剣》の調子にひとつ安堵の息を吐いてそれを鞘に戻す。

 再び自分に教えを請いてくれた少女の期待には応えたい。

 だがこれからの時代、そうも言っていられなくなるだろう。

 憂いを帯びた瞳を振り払ったセラは、その《精霊剣》が収まった柄を抱き締め、たくさんの想いを籠める。

 

「どうか、あの子達が健やかに育ち、無事に思うがままの道へと巣立ってゆけますように……」

 

 目を閉じ心の底から願った彼女の呟きに応じてか、もしくは偶然か。彼女の後ろにある窓から優しい風が吹き込む。

 はっとして振り返れば何もない、普通の街の光景。しかし微かでも、その“存在”を感じ取れたセラはふふっと優しく微笑むのだった。




 ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
 最近文字数が若干少なくなっています……オリ要素入れているのでこれから!という時なのにすみません……!

 というわけで簡単に作中に出た“精霊剣”について触れます。

精霊剣:セラの私物であった儀礼用の刀剣。
鍔のないシンプルな形状であり、扱い方は短剣から片手剣まで様々なアクションが掛けられる。使い手のセラは舞う様にこの剣を扱う事から簡易的な儀式魔術も使用可能であった。

 ある種セラさん全盛期の強化要素として登場させました。そしてグレン先生に師事するのはまさかのあの子になります。……大丈夫だよねアステル?(滝汗)
 次回以降も今回の精霊剣について触れつつ、魔術競技祭直前まで行きます。どうか今後も、よろしくお願いします!



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第十二話 信頼と絆

 おはようございます、ぶんぶく茶の間です!
 何気に朝の投稿は他作品含めて初めてという……。自分の悲惨な生活事情がばれてしまったっ(苦笑)

 そして悠斗@花音推し様、お気に入り登録ありがとうございます! UAも5000突破! いつもお読みいただき、ありがとうございます!


 前回はカッシュ×アステル。今回はギイブル×アステルです。軽めのBL要素入りまーす!!(歓喜)あ、ちなみに作者は腐男子ではないです(笑)説得力がないね、うん。
 前々回あたりにアスシャルなど語呂が悪かったので、髪色などからカップリングの名称を考えてみました。
 アステル×ルミアは『白金』、アステル×システィは『白銀』、アステル×シャーリィは『盾剣』に落ち着きました。うん、盾剣コンビは髪の色関係ないね!?(爆)
 浸透できればいいなぁ……。というわけで今後もよろしくお願いします!


 魔術競技祭に於ける練習期間の日々が過ぎてゆく。

 アステルを指令塔に置いた二年次生二組の生徒達は実に士気が高く、勝つために一生懸命魔術の練習と勉強に励んでいた。

 そこには最早他クラスの成績上位陣に対する負い目も気後れもなく、『女王陛下の前で無様に負けるかもしれない』ことに対する恥も何もない。

 みな一生でたった一度の、二年次生の部の魔術競技祭に対して。そして、二組の中心となっているアステルの落第の危機を回避するべく必死だった。

 本人が口外したわけではないというのに、先の一組生徒、クライスとのやり取りの件がクラス中に知れ渡っており(恐らく男性陣はカッシュ、女性陣はウェンディの呼びかけに因る)、学院からの依頼によって彼の手が回らない折はグレンへ群がるほど貪欲に勝利を求めている。

 陰ながらに話を聞いていたグレンも生徒達の有り余るやる気に応じ、どこか鬼気迫るような熱心さで生徒達の勉強と練習に付き合っていた。

 カジノで金をスッたわけでもない彼が何故ここまで必死なのかと尋ねられれば、「俺の昼メシが無くなる……」とどこか遠い目をしながら答えられる始末。生徒達は首を傾げるが、事情を知っているフィーベル家の子供達は苦笑いを浮かべていた。

 そしてアステルも、依頼中に何もしないわけではなかった。

 放課後の教室にて、アステルは学院からの依頼で、学院校舎までの敷地で行われる一般開放向けの露店についての書類仕事などを片付けていると、開かれていた窓からぬるりと黒と赤が交じり合った様な模様をした蛇が部屋へ入り込み、アステルの許まで寄る。

 

「――アステル」

「あぁ、スネーク……。ごめんよ、偵察なんてお願いしちゃって……」

 

 その蛇――森の住民であるスネークの声に気付き、アステルはペンを握りしめ作業を続けたまま詫びる。

 スネークは頭を左右に振りながらも、少々顔色が悪くなってきている彼を心配げに見つめていた。

 

「なに、気にすることはない。……顔色が悪いぞ。大事ないか?」

「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

「そうか……。森のみなも心配していた。落ち着いたらまた顔を出すがいいだろう」

「うん、そうする。――それで、状況は?」

「一組は私が。三組から六組まではジャン、ケン、ポン。その他はゼオとシーダ、そしてジークに交代で見張らせている。別段それぞれに特殊な動きはないが、そなたの組に比べると練度が高いと見える。が、ここ数日でも技術が上がったとは言い難いだろう。《グランツィア》では結界の展開までの秒数を計測しつつ調整を行う程度だった」

 

 事細やかに報告するスネークの言葉を一つ一つ拾い上げ、アステルは手元に控えていたメモ帳にそれを控えてゆく。

 グレンも使い魔などで他クラスの偵察をさせているが、その場合複数のクラスの練習光景が見えてこない。練習メニューがある場合その切り替えのタイミングなどを見損なう可能性もあるからだ。

 だからこそ、アステルはこうして森の民達に協力を仰ぎ、フルタイムで各クラスの偵察を頼んでいる。

 そして裏では彼らの存在も知っている為に警戒し、正規の練習メニューをこなせなくさせるという牽制の意味合いも込められていた。

『やる事が腹黒いぞ』と幼馴染(シャル)に言われようが知ったことか。開けた空間、それも公式で設定された放課後のみ練習を行う自分達が悪いのである。

 

「――報告は以上だ。そろそろ私も一組の偵察に戻る」

「ああ。くれぐれも気を付けて」

「フッ……。紛い物と呼ばれようとも、私は《シャドウサーペント》だ。相応の仕事をしてみせるさ」

 

 スネークは魔獣と呼ばれている《シャドウサーペント》と通常の蛇とのハーフである。しかし魔獣としての特性を受けておらず、一族から追放された身。

 こうして影に交じり標的を偵察、もしくは暗殺することに特化した存在であり、森の民として彼に与えられた仕事は、ゼオとジークと協力し住み家周辺の警備と外敵への牽制などを行うこと。所謂『森のお巡りさん』なのである。

 

「心強いよ。でも、流れ弾なんかもあると思う。用心はしておいて損はないからね」

「承知した。心して任務にあたる」

「よろしく」

 

 そして再び窓から抜け出してゆくスネークをアステルは見送り、彼は「シーダも仕事してるんだなぁ」と呟きながら、友人(?)の成長を嬉しく思いつつも再び視線を机に落とすのだった。

 

 

       ◇

 

 

 早々に依頼を終えたアステルは足早にクラスメイト達の許へ向かう。

 通常の練習は学院の中庭で。そして更に一段踏み込んだ練習をする時は学院の敷地内にある森の中で行っている。

 元は熊のアレックスの嫁であるメアリーの住んでいた熊の集落であり、魔術競技祭の練習期間中のみ、という形でその場を借りていた。

 移動はもちろんアステル考案の《飛行杖》であり、運べるのは一度に一人まで。燃料としては往復六回といった程度な為にグレンを含めると二人しか運べないのが難点である。

 その為、アステルとグレンは相談し、対人戦などの多い競技の生徒に限りローテーションを組んで個別に練習させているのだ。

 本日はカッシュとギイブルの二名であり、先着していたグレンとカッシュは集落の長、ロイと共にはちみつ茶を飲みながらくつろいでいた。

 ギイブルはビキッと額に青筋を浮かべながら眼鏡のブリッジを持ち上げると、『弛んでいる』と二人をけしかけるがアステルがフォロー。

 

「いいかアステル。これはお前の今後も関わっている重要な事なんだぞ? 僕はお前の事を心配して――」

「うん、分かってる。その気持ちは有難いけれど、ギイブル君はそこまで気を張り詰めないで欲しい。真面目な君のことだし、夜中まで魔術の本を読み耽っているのは分かる。けれど今からそうなっていたら、本番に糸が切れちゃうよ?」

「だが……」

「真剣に向き合ってくれてるんだよね? その目の隈を見れば一目瞭然。……今日は緑を見て、ゆっくり休んで欲しい」

「お、おい……?」

 

 不意に伸びたアステルの手が親友の目の下にくっきり出来上がっていた隈を優しく撫でると、彼は怪訝そうに目を細めながら声を上げた。

 しかしアステルの手は暖かく、血行の悪くなった血管がじんわりと解されてゆく。

 アステルにとってはマッサージはお手の物であり、鍛錬や仕事で筋肉痛になったシャルとセラのケアをしたり、ギイブルと同じく本を読み耽った所為で徹夜し目に隈を作ったシスティのフェイスマッサージも行っていることから、熟練度が高いのだ。

 

「とにかく、君は今日はお休み。調子を整えておいて」

「……分かったよ」

 

 根負けしたように肩の力を抜いてグレン達のもとまで歩み寄り、ごろりと横になったギイブル。その様子を見ていたグレンとカッシュはアステルに説得されたことに対してゲラゲラと笑い、目を閉じ彼らに背を向けたギイブルは「うるさい」と言って寝息を立て始める。

 それを確認した三人は頷き合い、彼の安眠の妨害にならないよう少しばかり声量を抑えて膝を突き合わせ会話を始める。

 

「前にも言った通り、先鋒中堅大将と三人で編成される《決闘戦》だが、俺とアステルはカッシュに先鋒を任せる事にした」

「まっ、妥当ですよね」

「けれど、一番大事な所でもあるんだ。先鋒が相手と対峙することで相手の力量などをある程度推測できる。中堅、大将と力量が上がっていくのが定番だけれど、裏を掻いて先鋒から強力な人員を配置する事で最初から勝ち数を取っていく作戦もあり得る」

「要は一番の強敵とぶつかる可能性もある、ってワケか」

「そういうこと」

 

 話を察したカッシュはパンッと意気込みながら握りしめた拳を片手で受け止め、アステルは頷きながら腰元のバッグから数枚の紙を取り出し、地面に広げた。

 記されているのは各クラスの《決闘戦》出場メンバー。殆どのクラスが他競技との使い回しであり、《決闘戦》は魔術競技祭の中でも一際盛り上がる競技でもある。故にプログラムでも一番最後なのだ。

 

「他競技とのローテーションで出場生徒達も若干は消費、回復を繰り返す。僕ら二組の《決闘戦》メンバーの強みは疲れが来るプログラム最後まで、選手の魔力(マナ)体力(スタミナ)を温存できるということ。……で、他のクラスのメンバーについては、これ」

「なっ……細っけぇなあこれ!?」

「すげぇ……。これ全部手作りかよ、アステル?」

「まあ、ちょっとした助力があってね」

 

 目を剥くほどに驚きの声を上げる二人に、アステルは照れくさげに頬を掻く。

 一枚目の裏から二枚目の紙を取り出して広げると。二枚目には森の住民達の偵察で受け取った情報による各選手の推定魔力総量と、各競技に於けるそれぞれの魔力消費量のペースを推測で配分し計算され、グラフ化されたものだった。

 

「あくまで推測の域に過ぎないけれど、これをベースにして、感情の振れ幅に於ける各競技の魔力消費配分を再計算してみたものがこれ。あと、こっちは皆にも公開するけれど、各競技での魔術使用時に於ける展開速度や威力をデータ化してみた。……貰うとまずいって攻撃くらいは、これで分かると思うんだけど。どうかな?」

 

 グレンは手を震わせながらそれぞれの書類に目を通してゆく中で、額から首筋までダラダラと脂汗を流してゆく。

 

(ここまで精密なデータはなんだ? アステル(コイツ)もコイツで偵察を行っていたってのか……?)

 

 いや、違うと判断するグレン。少なくとも今日この日まで、アステル=ガラードという少年が偵察を行うほどの時間配分などなかったはず。しかし、だというのに此処まで事細やかに記されたデータ(コレ)はなんだ……?

 

(助力……。セリカの奴が手を出す理由もねえ。……内通者? ありえん、今回は二年次生だけの戦い。それも女王陛下の御前試合だ、内通して手前のクラスを負かす奴なんかこの学院にゃ一人もいねえはずだ………)

 

 グレンはゆっくりと顔を上げ、目の前の白髪の少年を見つめる。

 

「アステル。お前は一体……何者なんだ?」

「一人だけシリアスにならないでくださいよ先生。こっちがビックリします……」

 

 いつも通りのおどおどした表情を浮かべるアステル。その表情の裏に何かがあるわけでもなく、そこにあるデータは純粋な努力と信頼、そして絆の結晶体。

 確かにここまでの情報量ならば誰もが疑いたくもなるだろう。しかし、彼は正攻法で(ちょっぴり裏技は使ったが)手にした情報。『卑怯だ』と言われる筋合いはこれっぽっちもないのだ。

 

「流石だぜアステル! なぁ、俺たちのデータとかはないのか!?」

「ああ、あるよ? ……見たい?」

「……あッ、ゴメンなんか寒気がしてきたから遠慮しとく」

 

 アステルは意味深に髪を下げ表情を隠し、ニタリと上がった口角を見てカッシュは引き気味に辞退。「仕方ない」と苦笑いを浮かべたアステルは、クラスメイト達のデータをグレンへと託した。

 そのデータは他クラスよりも精密に取れており、伊達に一年彼らと同じ机に向かったわけではないというのが判ったグレンは、思わず乾いた笑いをあげる。

 

(こりゃ、コイツをセコンドにしておいて正解だったな……)

 

 担任講師である自分(グレン)でさえ知り得ない情報を、生徒一人一人の性格など事細やかに記されたその書類を見つめながら、グレンはそう思う。

 クラスとしっかりと向き合っているグレン以外にも、旧友たちと向き合い、広く接し、深く知り合う生徒がいる。そんな(アステル)の存在と彼なりのやり方を、このような形で教えられるとは。

 

「っし、戦略ちっとばかし弄るぞ。アステル、ペンをよこせ――」

「っ! はいっ!!」

(……ったく、そんな顔見せられちゃあ、俺も黙ってはいられなくなっちまうだろうが――)

 

 いつも自分の授業を聞いている、アステルの輝かしいばかりの期待と羨望の眼差しを受けたグレンは、彼の書き記した紙の裏へと新しくペン先を落とす。

 クラスを知る為に動いていた自分よりも先をゆく生徒へ追いつこうと、グレン=レーダスという魔術講師は、歩く速度を速めてゆく。

 彼らの『先生』であり続ける為に。

 

 

 その後、グレン達は寝ぼけたギイブルを叩き起こして学院まで戻った。

 すでに練習を行っていたクラスメイト達はわらわらとグレン達の元まで駆け寄り、それぞれの競技に於けるフォーメーションの見直しや修正点などを上げてゆき、アステルが対応してゆく。

 捌き切れない生徒はグレンが対応しており、それぞれの目はみな真剣そのもの。偵察の生徒などさえ気に掛ける素振りもなく、自分の役割を全うせんとばかりに知識と技術を身に付けて行った。

 ……そして時は過ぎ、いよいよ競技祭前夜。

 

 

       ◇

 

 

 一杯の水を飲みにキッチンまで降りていたアステルは、自室の窓淵に腰かけ、夜空を見上げていた。

 群青色の空に、満点の星空が煌めいている。そしてそんな空を一際明るく照らす月光は、《メルガリウスの天空城》を照らしており、見れば見る程幻想的な風景に感じ取れる。

 

「―――……」

「……眠れないの?」

「……ルミアこそ」

 

 月明りだけが屋内を照らしており、彼の髪は蒼銀色に輝いている。そして薄暗い室内の奥から、ルミアの落ち着いた声が聞こえて来た。

 アステルは静かに自室へと入って来た彼女へと振り向き、苦笑いを浮かべる。

 

「いいのかい、明日は大事なお祭りなのに?」

「ふふ、私だって緊張してるんだよ? でも……なんだかよく寝付けなくて」

「そっか……。もう明日、だからね………」

 

 アステルは目を伏せながら窓の淵から降り、ルミアは瞳を閉じてこの一週間の日々を思い返す。互いに早かった、と呟きを漏らし、その呟きが耳に入ると顔を見合わせて笑い合った。

 恐らく彼にとってはもの凄い速さで駆け抜けた七日間だったのではないだろうか。突如として今回の魔術競技祭から、校舎までの区域に限り一般開放を行い、二年次生以外の学年の生徒達が露店を出す事になったのだから。

 魔術界としては先のテロ事件の後、学院は此処まで復旧したことを知らしめるためのポーズであり、宮廷魔導士団を動員することで今も尚ルミアの拉致の為に影で(うごめ)いているであろう《天の智慧研究会》や外部組織への牽制という意味合いも含まれている。

 外部協力者への手回しは会長のリゼ=フィルマーが行い、アステルへと毎度の事ながら帝国政府の要請を与えに来る男性、レクター=アランドール特務大尉(本人は二等書記官の資格も有している為、『書記官』と呼ばれることを好んでいる)率いる情報統制部隊がオブザーバーとして監視に当たる事になっていた。

 また、グレンの話では彼の古巣である『特務分室』から数名の人員が導引されるという情報もあったために、より強固な体制で本番に臨むことができたのである。

 そしてセラ生存の報告はされていないため、レクター書記官による情報統制の能力が異なる部署、それも帝国魔導士団にさえ振るわれている事を知り、舌を巻いたのは記憶に新しい出来事だった。

 

「ねぇ、アステル。……また無理してない?」

 

 数日前の出来事を思い返していたアステルの表情をうかがう様に、ルミアが下から見上げてくる。

 アステルはそんな質問を疑問に思いながら、彼女を心配させまいと振舞った。

 

「え? いや、そんなことは……。睡眠もちゃんと摂ってるし」

「はい、ダウトー」

「ああ~……」

 

 しかし彼女は悪戯気にウィンクすると共に、柔らかい手の平がアステルの顔をしっかりとホールドし、親指で目元を擦られた。

 風呂から上がった事で落ちてしまった、セラから借りていたファンデーションでなんとか誤魔化していた真っ黒に変色した隈を撫でられ、アステルは苦笑を浮かべてしまう。

 

「……その、みんなにはこの事は」

「言わないよ。人知れず努力するのが貴方だもん」

 

 むぎゅむぎゅと頬をこねくり回されたアステルは困ったようにルミアへお願いすると、ルミアは天使の様に微笑んだあと、「でも」と付け加える。

 

「でも、私が……ううん。シャルやシスティ、セラさんも知っているから。貴方がずっと頑張り続けていることを。……『自分にも手伝わせて欲しい』って、みんなも同じように言っていると思うけれど。こうして隠しながら努力されちゃったら、いくら私達でも気付けないんだよ?」

「隠し……――いや、そうだね。化粧なんてしている次点で、みんなに隠しているのと一緒だ。でも、いつから気付いていたの?」

 

 なんとか反論しようと言葉を上げたところで、誤魔化しがきかないと悟る。

 もう、ルミアにはバレてしまっているのだ。今更取り繕ったとしても、この目元の証拠(クマ)が消えない限り説得力に欠けてしまう。

 アステルは肩を竦ませながらいつからこの化粧に気付いていたかを尋ねた。

 

「二日くらい前、かな? アステルが身体を動かす作業をした後、目元の色が少し違って見えたの」

「……それだけで?」

「気のせいだとも思ったし、アステルがお風呂に入るのはいつも私達が自室に入ってからだから……。半分憶測だったけれど、当たってよかった」

 

 ほうっと彼女が胸を撫で下ろしたことで顔の拘束が解け、アステルは困ったように笑いつつ、後ろ頭を掻いた。

 立ったままではこれ以上落ち着いて話も出来ないだろう。互いにベッドの端に腰かけ、本題というようにルミアの表情に険しさが加わり、アステルを見つめた。

 

「ねえ、アステル。私って……そんなに頼りない?」

「え」

 

 久々に見る彼女の怒りの相貌は、それでも美少女故に愛らしさがにじみ出ており、アステルは一瞬だけ顔を驚きに染めた。

 しかし彼もそこで表情を緩ませるわけにはいかない。ましてや先ほどまで「私達」と言っていた彼女が、友人達を盾にするでもなく「自分」を出して来たのだから。

 彼は真剣な表情で彼女の気持ちを聴く。

 

「たしかに、私は攻性呪文も平均的な威力しか出せないし、アステルやシャルみたいに鍛えているわけではないけれど……。白魔でなら、役に立てるところはあると思う」

「ルミア……」

「だから、教えて欲しいの。今、非常時において、私はアステル=ガラードという一人の魔術師にとって必要とされているのか、どうなのかを」

「………」

 

 アステルは目を伏せ押し黙る。確かに、ルミア=ティンジェルという少女は彼にとって命を賭けてでも守らなければならない対象であり、自分の過去を知る数少ない幼馴染であり、親友……。

 しかし、彼女を護らなければならない場面に遭遇した時、彼は彼女を“共に戦う仲間”として認識できるのだろうか? 『護らならなければならない』という意識が率先して、彼女を戦闘から遠ざけてしまうのではないか?

 考えれば考える程に、ルミアの存在が大切な人として遠ざけるべきだと思えてきてしまう。それも彼なりの優しさであり、当たり前の事なのだろう。自分は彼女にとっての“盾”であるのだから。

 だが。並行して『もしも』という考えが巡ってゆく。彼の中でそれは最早癖のようになってしまい、先の講演会と同様に『もしもの世界』を想像してしまう。

 もしもルミアを自分達と同様に考えられたのならば、恐らくサポート役となる。しかし、果たして“剣”として前に出るシャルと連携を組みつつ、“盾”である自分が後方に居るルミアとの間で上手く立ち回れるのか。

 ……長い沈黙の後、アステルは言葉をひりだすように口にした。

 

「……確かに、ルミアの白魔は心強いし、居てくれたらかなり助かる場面もある」

「それじゃあ――」

「でも。今の僕に……果たして前に立つ君を護れる力があるのかどうか……。そう考えると――」

 

 アステルは先日負った右腕の傷痕を掴みながら、「不安になる」と告げようとする。

 その言葉は、彼女が不意に出した指先によって阻まれた。

 不思議そうな顔を浮かべるアステル。そんな彼をルミアはくすっと微笑みながら、彼の脇両腕を回して抱き締め、こつんっと自分の額を彼の肩に当てたルミアは静かに語った。

 

「ヒューイ先生から私を救ってくれた時……あなたが私に言ってくれたこと、覚えてる?」

「……もちろん。『絶対に君を守り抜いて見せる』と……そう言った」

「……正解」

「今でもその言葉に嘘偽りはないし、自分もそう在りたいと思うけれど……」

「その気持ちは嬉しい。でもね、アステル? あなたは大切な事を一つ、見落としてるんだよ?」

「大切な、こと……?」

「アステルは一人で戦っているわけじゃない、ってこと」

「………ぁ………」

 

 凝り固まっていた彼の考えが、彼女の一言で解されてゆく。

 ――そう。何も自分一人で戦っているわけではない。“盾”としての役割も、前衛と後衛の間を右往左往するばかりのものでも、ただひたすらに前へ立ち続ける事でもない。

 どの戦闘でも必ず『状況』というものが存在する。味方が一人も居ない状況もあるだろう。自分達だけでどうにかしなければならない時もあるだろう。

 けれど、そこに『達』というものがある以上、誰かが居るという事。

 その場に居合わせた偶然。なんとか状況を打開したいという意思が集まれば、その人々は『仲間』だ。

 別の理由が含まれようと、それは『味方』でなくとも共通した目的を持つ『仲間』なのである。

 ルミアはそれを改めてアステルへと伝えたかったのだ。

 彼は目を見開き、顔を上げたルミアを見ると、彼女もその表情に驚き、ふふっと目を細めて微笑を浮かべる。

 

「……自分がどれだけ無茶なことをしていたのか、ようやく分かったって顔だね?」

「ああ……。なんというか、とても回りくどいやり方をしていたような気がする。……ははっ、馬鹿だなぁ、僕は。……本当に………」

 

 胸のつかえが取れたような、晴れた表情を浮かべたアステルはベッドの上に横になり天井を見上げた。

 そんな彼をルミアは笑みを絶やさずに傍で見守りつつ、彼へ手を伸ばす。

 

「それで、結論はどう?」

「……うん」

 

 アステルは目を伏せつつ、その手を取りながら起き上がると、

 

「僕達には――……いや。僕には(・・・)君が必要だ、ルミア。どうか僕に力を貸して欲しい」

 

 開かれた亜麻色の瞳に新たな光を灯しながら、彼女へとそう言った。

 待っていた彼の言葉を受け取ったルミアはより一層輝かし笑みを浮かべると、彼の手を両手で握りしめる。

 

「――はいっ」

 

 魔術競技祭前夜は、長く連れ添った幼馴染の関係を新たな形に変えながら更けてゆく………。




 ここまでお読みくださり、ありがとうございます!
 森の仲間達が登場しましたね。スネーク(CV:大塚明夫さん)……一体何者なんだろう(すっとぼけ)

 最後にアステルがポンコツっぷりを見せましたが、大天使ルミア様によって浄化されるという……(笑)※ちなみに二人は付き合っていません。
 もう一度言います、二人は付き合ってません!!(チクショーッ!! 早くくっつけェェェ)


 次回はいよいよ魔術競技祭に入ります……! その前にアステルの過去をちょびっとだけ入れます。ドンッと重々しい始まりになってしまうとは思いますが、次回もよろしくお願いします!!


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第十三話 アステルの決意

 おはようございます! ぶんぶく茶の間です!

 謎の通行人B様、イシュリー様、ミラオルグ様、お気に入りのご登録とご評価、ありがとうございます!
 まさかの9点……! 感無量です!(号泣) これからもグレセラ推しで頑張ります!


 ……夢を、見る。

 それはフィーベル邸へやってきて、間もない頃の景色。

 今よりも視線が低く、勢い余って飛び出した外の世界の景色を、斜に見ていた頃の。

 ああ、またこの夢か……と、アステルは胡乱な意識の中で、気恥ずかし気にそう思う。

 当時の彼は、“白い物”が苦手だった。

 乳製品などの食べ物から家具、空に浮く雲。

 ――そして、自分の髪さえも。

 毎日ように鍛錬で土と泥をかぶり、そのままにしていると犬の様にシスティに頭を洗われる。

 風呂場の鏡で自分の真っ白な髪を見ただけで吐気を催すほどに、彼は“白”という色が苦手だった。

 なぜならそれは、大切な母親を穢した色だから。

 汚泥の様に溢れ出るそれを母は絶叫と共に浴び、受け止めていた光景を思い出してしまうから。

 ――『愛』という感情すら、その場を目の当たりにしてしまえば疑いたくなる。信じたくもなくなってしまう。

 作る気もない存在を作らせるという、ただ一時の快楽に身を任せ蹂躙する様は、果たして『愛』と呼べるものなのか。

 

「もう、いつも泥だらけになって……」

「……ごめん」

 

 濡れそぼったアステルの真っ白な髪をシスティは絞りながら溜息を吐くと、彼はうつむきながら表情を隠していた。

 いつもは笑顔を振りまいて、自分や我が儘だったルミア、それに自由奔放なシャルの相手をしている彼も、鏡で自分の顔と面を突き合わせる時間だけは暗い顔をする。

 汚れたままならそれでもいい。白は嫌だ。この髪も、食べ物も、雲も何もかも見たくない。白はすべてを侵す色。母親も、空や太陽、月さえ埋め尽くす。

 

「白は、見たくないんだ……」

「………」

 

 怯える様に半裸の少年は身を縮ませ、タオルの掛けられた膝を抱きながら震える。

 そんな彼の頭に、システィはそっと自分の手を乗せ、服が濡れることも厭わず抱き締め、そしてゆっくりと諭すように語りかけた。

 

「わたしは、綺麗な色だと思うけど?」

「……僕には、そうは思えない」

「どうして?」

「汚い色だから……。何かを塗り替える時も白だ。もともとあった色を全部元に戻して、なかった事にしてしまう。そんな色だから……僕は堪らなく嫌なんだ」

 

 震えた声で、自分の価値観を語ったアステルにシスティは「そう……」と呟く。

 

「でも、それは白も同じじゃない?」

「え……?」

「白で塗り尽くしたら、また新しい色が入れられる。赤とか、青とか……。白がなかったら、きっと混ざった色ばかりになると思わない? 混ぜすぎると黒になることはあるけれど、全部の色を組み合わせても、白になることはない。それって凄い事だと思うのよ」

「………」

「わたしは、白がなくなったら嫌かな。何も書けなくなっちゃうし、他の色ばかり見るのは飽きちゃいそう」

 

 彼女は苦笑を零しながら片頬を掻くと、アステルが不意に顔を上げる。

 ようやく視線が合ったことにシスティは喜びながら、「それに」と付け加え彼の伸び始めた襟足の髪に触れそっと持ち上げた。

 

「それにあなたの髪、わたしはとても好きよ? 真っ白で、色々な色を塗られても、洗えば元通り。それって凄い事じゃない?」

「でも……」

「髪の色は人それぞれ。それはきっと、“自分の色”なんじゃないかってわたし思うの。だから、白を……自分を嫌いにならないで?」

「……システィーナ………っ」

 

 今にも零れ落ちそうな大粒の涙を眦に溜めていたアステルは、涙声で彼女の名を呼ぶ。

 彼女は自分の色を好きだと言ってくれた。ただ、それだけの事。

 たったそれだけの事で、自分は救われたのだと、アステルは今でもそう思う。

 簡単な言葉が相手を変えることはよくある話だが、まさか自分がそうなるとは。

 

「いいわよ。……おいで?」

 

 優し気な声音と微笑みに、アステルはシスティをきつく抱き締める様にして――泣いた。

 理性的な彼の嗚咽は静かで押し殺したようなものだったが、不意に彼女の手によって頭を撫でられる。それがどこか亡き母と重なり、感情のコントロールが利かず……その後、盛大に泣きじゃくる姿は、年相応の少年の姿だった。

 

 

       ◇

 

 

「……また、見てしまった………」

 

 ぱちりと目を開けたアステルは、今見ていた夢の光景を思い出し、徐々に顔を赤らめてゆく。

 そしてその熱を吐き出すように「はぁぁあああ~~~っ」と盛大に悩ましい声を上げ、枕に顔を埋めながらばたばたと足をばたつかせれば、彼の枕元にあった本がばさばさと床へ落下してゆく。

 アステルは最後にはぁ~っと深い溜息を吐くと、ベッドから起き上がって身体の調子を確かめる。

 

「……うん。幾分か寝たから楽になったかも」

 

 昨晩の内に作っておいた薬品などのアイテム類も確認して、いつも持ち歩いているバッグへと詰め込んでいると。

 

『アステル、起きてる?』

「システィ? ちょ、ちょっと待ってね!」

『ええ』

 

 控え目なノックと共にシスティの声が聞こえ、彼は先ほど見た夢を頭の片隅に追いやり、跳ねた心音をなだめながら彼女を部屋へ迎え入れる。入って早々、彼の目に留まったのは、魔術師としての伝統的な決闘礼装に身を包んだシスティの姿だった。

 その細い腰に巻かれた革製の剣帯(けんたい)には、セラに師事する際彼女から譲り受けたという《精霊剣》と呼ばれるセルリアンブルー色の剣が煌めいている。

 

「おはよう、システィ。……はは、なんだか勇ましいね」

「あ、ありがとう。貴方も一応公式の場だし、外套を着て行ったら?」

「や、あれはその……。少々気恥ずかしいといいますか、なんといいますか」

 

 一方で、彼の誉め言葉にシスティは頬を軽く朱色に染め、意趣返しと言う様に悪戯気な笑みを浮かべながら彼の後方にあるクローゼットへ歩み寄り、そこから白と灰色の生地に紺色のラインとベルトがあしらわれた上質な外套(コート)と専用の制服を取り出す。

 その外套の肩口にはアルザーノ帝国魔術学院の校章が模られており、普段人の為に動き続けている彼に見合う一品であろう。

 これはアステルがハーレイの助手に任命された際、学院から贈られた代物であり、本来ならこの外套を着て通わなければならないところを、『研究などの作業で汚れがついては申し訳ない』という理由から一般の制服と白衣に妥協してもらっているのだ。

 

「いいじゃない、折角の晴れの場よ? 私もこんな格好をしているんだし、着て行けばいいじゃない」

「うう……」

「それにほら、今日は貴方が先陣を切らなきゃいけないんだから。示しも必要でしょう?」

「わ、分かったよ。………。……一応着ていくけれど、他言は無用だからね?」

「はいはい」

 

 アステルがシスティからその外套と制服を受け取ると、彼女は上機嫌に笑いつつ、勉強机に並んだアイテムの数々を眺めた。

 塗り薬やポーション、先日の絆創膏といった治療薬などにもバリエーションが豊富であり、それに分けられて詰められているアイテムは……戦闘用。

 毬栗が詰め込まれた『うに袋』、麻痺や毒といった効能を持った草花と毬栗を錬金して作り上げた『毒うに』、『痺れうに』など元々の素材であった物の派生品が置かれている。

 他にも小型の爆発物の『フラム』や、周囲一帯を凍らせる『レヘルン』といった割と凶悪なアイテムもぞろっと並べられており、外套を席に掛け、それらを詰めてゆくアステルにシスティは苦笑を浮かべていた。

 

「どうかした、システィ?」

「なんというか、物々しいわね。フラム……だっけ? 爆発物を持ち歩くなんて」

「まぁ、用心に越したことはないからね。システィだってその剣、もしもの時に必要だから、でしょう?」

「……分かる?」

「うん」

 

 気まずそうにアステルを見るシスティに、彼は微笑み交じりに頷く。

 本来であればフィーベル家が保有している細剣(レイピア)を佩剣するはずなのだが、今回は師から賜った剣を剣帯に通している。それは彼女なりの非常時に於ける備えである事を示しているのは、アステルでも理解できた。

 そして、昨夜ルミアから再び教えられた『味方』という言葉に、システィーナ=フィーベルという少女も加わっていることを再認識する。

 しかし、今回はテロ事件同様学内で行われる行事の為、盾という自分の本領を発揮できる代物を持ち歩くことが出来ない。

 それによって普段の立ち回りがほぼ不可能な領域となっており、彼なりに新たな動き方を研究しなければならなかった。

 アステルはおもむろに、自分の勉強机の下からやや小ぶりなトランクケースを取り出す。

 

「なに、それ?」

 

 怪訝そうな表情を浮かべるシスティが、彼の隣に立ち、そのトランクケースをまじまじと見つめる。

 彼女も『味方』である以上、自分もこれ以上隠し事はできないと判断したが故に、アステルは口を開く。

 

「……うん。……実は――」

 

 ぽつり、ぽつりと語られてゆくアステル自身に置かれた現状。

 学院の依頼を受け持ちながら、先の講演会以降、国立魔術開発研究工房へ技術提供を行う傍ら、帝国政府の要請に応じ魔導兵装を開発している事を、彼女へ打ち明けた。

 彼女の瞳はみるみるうちに驚きに染まってゆき、アステルはその表情に罪悪感を抱き顔を顰めながらも、そのトランクを開く。

 そこにあったのは、紛れもない、人殺しの近代兵器――

 

「これが……人殺しをしない発明をすると決めた僕が最大限の妥協をした、魔導兵装」

 

 銃であった。

 打撃としても活用が出来る様、衝撃吸収機構を備えた銃身。回転式拳銃の機構を利用することで、様々な軍用魔術等を記憶させた弾丸――《魔術式記憶弾(マギメモリーバレット)》を装填することを可能にした二挺の拳銃……銘を《魔導式自動拳銃(マギウスオートマチックハンドガン)》。

 銀と黒といった色合いの二挺拳銃のグリップ部には見たことのない機構が備わっており、アステルはトランクから凡そ12セルチほどの長方形型の弾倉(マガジン)である《魔力貯蓄筒(マナ・カートリッジ)》を銀の拳銃へと装填する。

 カチンッという金属が接続された音が、アステルの自室へ静かに響き渡る。同時、自動拳銃のシリンダー部に淡い青色の光が灯った。

 

「発表はまだまだ先になるだろうけれど……。名前は《魔導式自動拳銃》。文字通り、自動的に魔術を発動させる拳銃。この長方形の筒は弾倉(マガジン)という部品で、本来なら弾丸が詰められている部分なんだ。僕はこれを実弾ではなく、魔力(マナ)を貯蓄する鉱石を内蔵するための部品にした」

「……つまり、その弾倉? の中に入っている限りの魔力でしか魔術が打てない。それも威力は分かり切っている、ってことよね?」

「……そういうこと」

 

 アステルは苦しそうに眉根を寄せながら、言い当てたシスティへと微笑む。

 要は致命傷を与える程の威力は出せない代物であり、発明品で人を殺させないという彼の信念の塊でもあった。

 しかし、技術提供面ではそれでは不十分。だからこそ彼は、この世界にはない自動式(オートマチック)拳銃の技術を新たに見出し、実弾で殺傷力を補える様工夫したのである。

 それでも、実弾に於いて肝心な発砲までの機構は巧い事はぐらかしている為、今後帝国政府の兵器開発者達は躍起になって自動式拳銃の機構構造に着手、改造を施してゆくことになるだろう。

 これによって、彼なりに折り合いを付けられたといってもよいのではなかろうか。

 人を殺さない発明をするべく、魔術においては完全。その他に於いては使い物にならないほどの不完全さという均衡を保ちながら兵器を開発してゆく。

 それがアステル=ガラードという魔術師、そして研究者としての矜持である。

 全てを理解したシスティは両肩を竦めてため息を吐き、彼を認め労いの言葉を伝えると同時、

 

「本当、できるなら貴方の頭の中身を見てみたいわ」

「なんでさ」

 

 そう、軽く皮肉るのであった。

 

 

       ◇

 

 

「あっ。二人ともおは――わあっ……うわぁ~~………っ!?」

 

 正装に着替えたアステルとシスティは二人でキッチンへと降りてゆくと、朝の挨拶を口にしかけたセラが二人の姿に思わず感嘆の声を上げ、二人へ小走りに駆け寄りながら両の手をぱちぱちと叩いた。

 

「はは……。おはようございます、セラさん」

「やっぱり、そういう反応になりますよね……」

 

 入室した二人は揃って苦笑を浮かべ、アステルは片頬を掻きながらセラと挨拶を交わす。

 そんな彼の姿に驚いたセラ同様、「その気持ちは分かる」と言う様に神妙に頷いていたシスティも、彼女から賜った《精霊剣》を佩剣していることを気付かれ、微笑み合う。

 アステルは例の外套を着込み、その内側には黒地に灰色と金色のラインとジッパーが入った襟付きのロングベストに黒のスラックス。ロングベストに近しいデザインのブーツを履いている。白い開襟シャツが着こまれており、腰回りには太目の赤いベルトが通され、背には二挺の拳銃が提げられていた。

 使い古しのバッグは背部のウエストバッグに切り替えられ、それと併用して《魔力貯蓄筒》の入ったレッグポーチを一つ採用。ベスト裏と右脚に通されたベルトでポーチを固定する事によって、より動き易さを重視した姿になっている。

 

「二人ともすっごく似合ってるよ!? 特にアステル君っ! とても大人っぽい!」

「あ、ありがとうございます……」

「ふふっ、良かったじゃない?」

「普段着てくれないから、新鮮さが割り増しで……ああっ、お姉さんこれでもう半年はいけるっ」

「半年は危険な気がするんですが……」

 

 悪い気はしないと思いながらも、軽く鼻血を噴き出したセラの身を案ずるアステル。

 システィはくすくすと笑いながら、ルミアを起こしてくると告げて再度キッチンを出て行った。

 アステルとセラは互いにほうっと息を吐き、彼はモーニングティーの準備を行い、セラが食器棚からティーセットを出してゆく。

 

「そういえば、セラさん今日は?」

「うんっ。もちろん応援に行くよ? 旦那様や奥様の分までしっかり応援するからねっ!」

「っはは、心強いです。(暴走しなきゃいいけど……)」

 

 ふんすっと意気込んだセラにアステルは乾いた笑いを浮かべた。

 すると起床してきたばかりのシャルが欠伸交じりにキッチンへ入ってくるなり、アステルが淹れた紅茶をぼさぼさになった髪を掻きながら一口飲む。

 ゆっくりと開かれてゆく瞼から、紅い瞳が覘いてゆく。アステルは視線を合わせると「おはよう」と笑いかけるが……

 

「ぶっっ!?」

「うわあっ!? ちょっ、大丈夫!?」

 

 シャルはあさっての方向へ紅茶を噴き出し、げほごほと咽てしまった。

 アステルは慌ててキッチンのシンク上にあった布巾で飛び散った紅茶の後始末をすると、シャルは彼を指差しながら

 

「なんっつーカッコしてんだお前! いつもの白衣はどうした!?」

「あ、ああ……。一応公式の場だし、久々に着て行こうかなと思って……」

 

 照れくさげに片頬を掻いたアステルに、ようやく呼吸を整えたシャルは「ほ、ほーん……」と言いながら再度紅茶を飲む。どうやら睡魔は一気に飛んで行ったらしい。

 

「馬子にも衣裳、ってか? まぁ、悪くないんじゃねーの」

「あのねえ」

「ふふっ、ルミアちゃんも起きてきたらきっとビックリするよ?」

「同感。今度の肉料理賭けてもいい」

「言っておくけれど、賭けないからね」

 

 二人の反応から鑑みるに九分九厘ルミアも驚くことは分かり切っていたアステルは、分の悪い賭けをしないようシャルへと釘を刺していく。

 ちぇっと舌打ちした彼女は紅茶を飲み干すとそそくさと自室へと戻ってゆく。恐らく身形を整えるのだろう。

 がりがりと伸びた金髪を掻き毟りながら出てゆく様は完全にオッサンのそれであり、セラは嘆息しつつ肩を竦めた。

 

「シャルちゃんはもう少し女の子っぽくして欲しいんだけどなぁ~」

「まぁ、育った環境が環境ですから……」

 

 むしろ、あのむさ苦しい男達の中でよく一人称を「オレ」から「あたし」に変えられたものだ、とアステルは苦笑と共に感心する。

 それもそうだね、と納得したセラは小さく笑うと、外套を脱ぎ席に掛けたアステルと共にそれぞれのエプロンを肩に掛け、朝食の準備を始めるのだった。

 

 

       ◇

 

 

 アステル達は早めに学院へ登校し、すでに集まりだしていたクラスメイト達と挨拶を交わしてゆく。

 時折アステルとシスティの装いに黄色い声が上がったり、男子にからかわれたりする中で、それぞれがついにこの時がやってきた、と言う事をひしひしと感じている雰囲気を彼らは感じ取っていた。

 クラスの士気は上々。この勢いであればきっと他クラスを上回る結果に結びつく事だろう。

 

「にしても、久々に見たよなぁ。アステルのその格好」

「白衣の方が校則違反ですものね。私としてはどちらも似合っていると思うのですが」

「まぁ、作業とかで服が汚れちゃうからね……。次からは買い直しになっちゃうから……」

「……万金が吹っ飛びそうだよな」

「正解。だからあまり着たくないんだ」

 

 どこか遠い目をしたアステルに、カッシュはその気持ちは分かる、と言う様に彼の肩に手を置きうんうんと頷いた。

 一方で庶民との金銭感覚がずれているウェンディは小首を傾げてそのやりとりを見守っており、彼女の隣ではリンが苦笑を浮かべている。

 

「それにほら、なんだかこれを着ていると自分の立場を誇示しているみたいで……気まずかったりもするから」

「いやあ、それは気にしすぎじゃね? だってお前いっつも働いてばっかじゃん」

「そうですわ。最近は特に学院の外でも依頼をこなしているのでしょう? トレードマーク、という意味合いでも必要なのでは?」

 

 カッシュとウェンディの言葉に同意しているのか、彼の隣に居るリンもコクコク頷いていた。

 そんな様子を見ていたアステルは苦笑いで返し、ふと考える素振りを見せる。

 

「はは……。でもどうだろう? 依頼については学院のいち生徒として受けさせてもらっているわけだから……」

「だーから、それが考えすぎなんだっての!」

「いでっ」

 

 ったく、とアステルの頭を軽く小突いたカッシュは苦笑交じりに呆れており、頭をさすったアステルは愛想笑いを浮かべた。

 そんな処にグレンが現れ、女王陛下を歓待するべく生徒は校門前に集合、とだけ言って去って……行かなかった。

 血相を変えた担任講師がアステルの元まで駆け寄り、大量の脂汗を流しながら彼の身なりを確認する。

 それはもう、出会った時以上に頬肉を抓みムニムニと弄り、髪の尻尾をふんっと引っ張ったり……。

 挙句コートの内側にあるポーチやホルスターも確認され、ボディチェックを受けているような気分になったアステルは困ったようにグレンへ笑いかけた。

 

「あの、先生? 僕の制服に何か問題でも……?」

 

 そう言って周囲が見守る中、いつも通りのホワイトシャツに黒のスラックスといった格好のグレンは不安げにアステルを見上げてゆく。

 彼の表情はすでに顔面蒼白になっており、今も尚頬には脂汗が伝っている。

 グレンはごくりと生唾を飲み込んだあと、彼へ尋ねた。

 

「ふ、普段のカッコじゃダメ?」

「えっと……大丈夫、なんじゃないかと。一応公式の場ですし、僕も去年の最後は白衣着てましたから……」

「アステル。こんな先生にフォローの必要はないわ」

「システィ?」

 

 つかつかと歩み寄ったシスティはアステルの左肩に右手を置き、そして冷え切った視線は瞼を伏せて切り、グレンへとこの上ないほど愉快な笑顔を浮かべてゆく。

 周囲の生徒達はグレンが今行った行為に対して「ないわー」という冷たい視線を送っていたり、システィの恐ろしく綺麗に作られた笑顔にドン引きしている者もいる。

 完全に針の筵となった彼は「ゲッ、白猫……!」と顔を引き攣らせながら後ずさった。

 

「あのですね……。今日はアルザーノ帝国魔術学院の伝統行事、魔術競技祭なんですよ? 講師である先生が正装をしていないだなんて言語道断です。……まったく、アステルといい先生といい、どうして男の人って……くどくどくどくど………」

「アッ、ハイ……スミマセン」

 

 唐突に巻き込まれたアステルはいつもの癖で思わずその場に膝をつきそうになったが、その仕草を察したリンとルミアが慌てて彼の腕を引きその場に留める。

 グレンはグレンで、(セラに似てきやがったな……)と内心で悪態を吐きながらそう思っていると、「ちょっと、聞いてるんですかグレン先生!?」とシスティの一喝が飛び、グレンは慌てて背筋をピーンと伸ばした。

 

「つまり、この場で俺が正装になればいいってことだな? 外套を持ってくれば、それでいいんだろ?」

「ええ、可能ならどうぞ?」

 

 えらく挑戦的でありながら、正面に立ちその表情を見ることでゴリゴリと精神を削れそうな恐ろしい笑みを浮かべたシスティは、ぺったんこな(少しはある)胸の前で腕を組む。

 一方でグレンはシスティの避難を意に介さず、フフンと得意げに笑った後――

 ぐるぐるぐるっ――びた――――んっ!!

 その場で宙に浮き身体を丸め三回転。それもただの回転ではない。反回転なのだ。そして激しく顔を床に叩きつけたグレンに、クラス中が慄いた。

 ――この先生、生徒にまで土下座しやがった。

 しかも只の土下座ではない。彼のとっておきである【ムーンサルトジャンピング土下座】である。

 しん、と静まった空気の中で、グレンはばっと顔を上げると、満を持してアステルへと衝撃の言葉を放つ。

 

「よしアステル! 俺の服と交換してくれ!!」

「え゙っ!?」

「頼むアステル! 俺とお前の仲じゃないか! 世の中情けと助け合い! あの夜に誓い合った言葉は嘘だったのか!? 幸いワイシャツ程度ならお前も困らないだろっ? なっ?」

「え、えぇぇ……そこで引き合いに出されると何も言えないんですけど……」

「いっ、いきなり何言ってるのよ!? 《この・お馬鹿》―――っ!!」

「ふおっぉぶゎああああ――ゴフッ!?」

 

 立ち上がりアステルの両肩に手を置いて揺するグレン。そして彼から出されたあの誓いの言葉。それは彼の聖なる探索に付き合う事でもあった。

 確かにアステル自身も興味を示し、その手を取ったがまさかここで持って来られるとは思いもよらなかったのである。

 しかし傍から見れば「そういう関係」とも取れるような言い回しであり、誤解したシスティは威力を最小限にとどめた黒魔【ゲイル・ブロウ】を発動。グレンの尻を風でひっぱたく様に吹っ飛ばし、びたーんっ! と彼の身体が黒板に衝突することで再び生々しい音が教室に響く。

 そのままずるずると黒板から身を剥がし、どてんっと彼がその場に落ちると起き上がった彼は「やれやれ」と言ったように肩を竦めた。尚、顔は衝撃の所為で真っ赤に腫れあがっている。

 そんな彼の暢気な反応にシスティは更に逆上し、顔を真っ赤にしながらゆらゆらと自身の銀髪を揺らめかせ、彼へ抗議の声を上げた。

 

「貴方にはっ! 倫理観とかそういうものがないんですか!?」

「い、いやぁ男同士だし別に良いかなと――」

「《尚悪いです》!!」

「ぴぎゃああああああ――――っ!?」

 

 追撃の【ショック・ボルト】が放たれる。そしてグレンは見事、姫殿下歓待時にはボロボロになったホワイトシャツでの参列と相成る事になったのは、言うまでもないだろう。

 

 

       ◇

 

 

「よっ、元気かー少年?」

「……レクターさん」

 

 いよいよ女王陛下を歓待する為、校門前に出てきた二年次生二組の前に現れたのは、帝国軍情報局特務大尉兼二等書記官、レクター=アランドールだった。

 五十音順で列をなしていた二組の生徒達。その戦闘に立っていたアステルは、グレンの横で声を掛けられる。

 

「お前のアニキか?」

「違いますよ。一緒にしないでください」

「おお……」

「わーお。見事に嫌われてるなァ。まっ、俺もそういう仕事しか振ってねぇから当たり前なんだけどな☆」

 

 グレンのジョークさえ付き合わず、辛辣な言葉と冷たい視線を送ったアステルに流石の二人も苦笑いを浮かべ、軽くウィンクしながら☆を飛ばすとあさっての方角へ吹き飛ばされてゆく。

 レクターはひとつ溜息を吐いたあと、グレンへ向き直り胸に手を当て自己紹介を行った。

 

「――帝国軍情報局所属、レクター=アランドール特務大尉であります。アステル=ガラード殿には以前の魔術講演会より協力関係にありまして。偶然お見かけしたのでお声掛けしました」

「こりゃどうもご丁寧に。アステルの担任講師、グレン=レーダスです。……歳も近そうなんで、敬語は無しで行けませんかね?」

「そいつは助かるな。いやー、なかなか良い先生じゃないか少年?」

「……本日はよろしくお願いします。後が詰まっていますので、お先に失礼を」

「あ、おい……?」

 

 アステルはレクターへ一礼したあと、生徒達を引き連れて正規の配置場所へと向かう。

 いつもの彼からは予想だに出来ないドライな対応を見たグレンは少々驚きつつ彼を引き留めようとしたが、レクターが手を制し顔を横に振ったことで遮られ、二人は肩を竦める。

 

「(アステル……)」

 

 そんな様子を最後尾に近い場所に居たルミアはひょこっと顔を出しながら、先頭を歩くアステルの背中を心配げに見つめていた。

 そして同じように顔を出したシスティは後方に居るルミアと視線を合わせると、目を伏せてゆっくりと頷いてゆく。

 

(……そっか。システィは信じてるんだね、アステルのこと)

 

 親友が自分にとって大切な人を信じている。例え彼が危うい立場に居ようとも、それを理解し、信じている。

 ルミアにとってもアステルは大切な人物であり、掛け替えのない存在。ならば彼女よりも彼の過去を知っている自分が信じずになんとする。

 

(分かった。信じるよ。あなたのこと)

 

 きゅっと胸元のロケットを握りしめたルミアは、先を歩いていくクラスメイト達の後を追う。

 他の生徒同様、擦れ違ったレクターに視線を合わせ、軽く会釈をしながらルミアは真剣な面持ちで整列してゆく。

 彼女達を見送ったグレンとレクターの二人は、壁に上体を預ける。

 

「いいのか? ルミアにもなーんも声かけずに見送っちまって」

「今日は“祭り”だしなァ。それに、今のお前さん(・・・・・・)にも会えてよかったぜ」

「……どういうことだ?」

「そのまんまの意味さ。あそこ(・・・)を抜けた後どうしているのかと思えば、まさか学院(ココ)で講師をしてるとはなァ。流石に予想できなかったわ」

 

 レクターはふうっとため息交じりに肩を竦めると、グレンは(特務分室絡みか)と察しを付ける。

 

「まっ、元《女帝》の姉さんとよろしくやってくれや。一応彼女の情報はこっちで伏せさせて貰ってるんでね」

「お前――セラの事をどこまで知っている」

「さーてな? 役職上要らん情報まで入ってくるもんだから、対処も簡単じゃないんだよなァこれが」

 

 朱色の髪を揺らして小首を傾げたレクターは苦笑を浮かべており、真剣な表情を浮かべていたグレンの威圧さえ容易にかわしてゆく。

 

「とにかく今回ばかりは協力体制を敷いてるわけだ。お前さんもこんな処でドンパチするわけにはいかないだろう? それに敵対する気もない。何度も言うが、こっちは少年に世話になってるんでね」

「……そうかよ」

「ああ、あと下世話な話だがな? 俺は“黒スト派”だ。ハイソの旬はとっくに過ぎてる」

「――なに?」

「そんじゃ、俺は失礼するぜぇ」

 

 きょとんとしたグレンはレクターへ振り返ると、彼はすでに踵を返し背を向けながら手を振っており、捉えどころのない奴、とグレンは呟いてアステル達の後を追ってゆくのだった。




ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
昼間に更新すると言ったな……あれは嘘だ(すみません寝落ちしました……笑)
序盤ドンと重くしちゃったけど、なんとか白銀カプで濁せてればいいなぁ……。

~補足のコーナー~

・アステルの新衣装(次回登場は未定)
 服装についてのイメージは閃の軌跡Ⅲ、リィンの教官服です。後ろの三つ編みは前に卸してます。
 なぜこの色合いを選択したのかと言うと、グレン達講師勢は黒だった為。そしてあっちは金色を使われていたので、白色のイメージであるアステル同様生地を白でいいコートないかなーと思ったら奇跡的に見つかったので採用。(当初はアンデルセン神父みたいになる予定だったり……笑)<ぶるぁあああ

 設定としては通常の制服よりも良い素材を使用、通常の制服にもある【エア・コンディショニング】など他にも綻びを防止する魔術が永続付呪されており、この制服を着られるのは各学年の成績優秀者など色々な条件が上がります。簡単に言うなら遊戯王GXのデュエルコートみたいなものです!(メタい)

・錬金アイテム
 殆どアトリエシリーズから取っています。学院がテーマなので原則的にアトリエオンラインのアイテムのグラで使用していきたいと考えてました。(プロット作成時はソフィーのアトリエを参考)

 →うに袋・・・投げると中の『うに(毬栗)』が弾け飛んだり、顔に当たれば中に剣山を仕込んだ枕に顔を埋めるようなもの。子供や味方には絶対に使っちゃいけないアイテム。
 →毒うに・・・一過性の植物毒をうにの棘に浸透させたもの。発熱、動悸など効果は様々。
 →痺れうに・・・神経性の植物毒を(以下略)。撤退時に使うことが多い。
 →フラム・・・誰もがご存知ダイナマイトモドキ。今回は約5センチほどの手榴弾サイズだが効果は絶大。霧払いや探索などにも使われる。
 →レヘルン・・・フラムの氷結版。攻撃の他痺れうにの様に敵の足を止めるにも最適。


 そしてそして! 今回ようやく登場しましたアステル君の新武器のご紹介です!(まぁ二番煎じですが)

・魔術式自動拳銃・・・マギウスオートマチックハンドガン
 イメージでは閃Ⅲの《蒼のジークフリード》さんの二挺拳銃。色合いは一般的な拳銃の色合いで使用される白と黒(深い意味合いはないです)。
 装弾数は各6発。一つ一つに《魔導式記憶弾》(※後述)を装填し、アステル独自の魔術式(スクリプト)を刻印形式で転写することで発動可能。
 原理としては撃鉄を引いた時点で、内部機構(回転式拳銃で言うハンマー部)が作動し、《魔力貯蓄筒》(※後述)から魔力が伝わって、装填されていた魔術弾通りに発射する、というもの。連続作動も可能であり、その場合はハンマー部に搭載しているダイヤルを回転させることで装填している弾丸の種類を交換可能。シリンダーについてはホールドオープンが可能。

・《魔導式記憶弾》・・・マギウスメモリーバレット
 アステルが独自で使用している魔術式を刻印することで各種の魔術を発動可能。内部は火薬等ではなく、以前彼が開発した手袋の《銀線繊維》で使用した塊と《魔導浮揚器》に使用した使用者の身体に合わせて威力を制限するという内部機構(条件起動式)を転写した特殊な結晶が詰められている。炸裂はせず消耗品ではない。

・魔力貯蓄筒・・・マナ・カートリッジ
 《魔導浮揚器》内部の《魔力供給器》をダウングレードしたもの。《魔力供給器》内部には凝縮された魔晶石が収められている為、弾倉では弾丸を収納する内部に特殊な魔晶石を採用。外装に鉄を使用しているのでなかなか重い。
 消費される魔力量は一定であり、一本の魔力貯蓄筒での魔術使用量は以下。

【ショック・ボルト】・・・25発
【ゲイル・ブロウ】・・・18発
【ライトニング・ピアス】・・・8発
【ブレイズ・バースト】・・・5発
 etc...

 初級魔術は基本二桁、軍用魔術は1桁単位(限りなく5に近い数字)で使用できます。
 術式改変が出来ないというデメリットはありますが、それを補える分の魔力容量にしてみました。
 これが軍事化されれば、平気で軍用魔術(ブレイズ・バーストとかライトニング・ピアスとか色々)が乱発できそうですが……(苦笑)。まあ、アステルだから大丈夫でしょう!!

 遅ればせながらレクターさん(軌跡シリーズの中で一番好きなキャラ)登場です。
 タグに「英雄伝説」、「アトリエシリーズ」を登録します!

 正直彼の開発が世界覧に合っているのかどうかと考えれば考える程「なくね!?」と思うところはありますが、ご意見・ご要望他、ご感想お待ちしております!


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第十四話 本領発揮

 こんばんは、ぶんぶく茶の間です!
 明後日からついに12月ですね……。ポッキーの日とか11月28日(いいニーハイの日)にグレンの聖なる探索が出せなかった……悔しいっ!!
 二巻の途中でも番外編でクリスマス編は書きたいと考えてます(ちなみに誰ルートとか関係なしに。来年まで続くと思うので来年には各ルート書ければと思います)。よろしくお願いします!

 そしてお気に入りも30に近づいて参りました……! 本当に嬉しい限りですっ! ありがとうございます!!

 ゴドウィン将軍様、魅華様、正宗03698様、お気に入りご登録ありがとうございます!

 二巻終了は年明けになりそうですが、頑張って書きますので年末年始もどうかよろしくお願いしまーす!

 それでは最新話をご覧あれっ!!


       ◇Side セラ◇

 

 

 学院の敷地内北東部に座する魔術競技場。

 石造りの円形闘技場が、本日のメインイベントである魔術競技祭が行われる舞台となっていた。

 中央には芝生が敷き詰められ、三層構造の観客席は外側へ向けて高くなっている仕様であり、最も高くなっている見晴らしの良いバルコニー型の貴賓席には女王陛下の御姿が覗かれている。

 生徒達は恐らく選手入場口に整列しており、今か今かとその晴れ舞台へ立つ瞬間を待っていることだろう。

 魔術競技祭は学年次毎のクラス対抗戦。一年を通して三度行われるそれは、一年、二年、三年次生の三つの部が存在することになる。今回開催されるのは二年次生の部であり、更に今回の二年次生の競技祭のみに限り、女王陛下自らが表彰台に立ち、優勝クラスに勲章を直接下賜するという帝国に住まう民ならば誰もが羨むような名誉が与えられることになっていた。

 そんな誰もがその栄誉を手にしたい思いで一杯の中、グレン率いる二年次生二組は生徒全員を参加させるという平等出場。

 アステルの出場枠はなかったものの、セコンドと呼ばれるクラスの中心であり指令塔という重大な役割を担っており、ハーレイ以外の講師からは「勝負を棄てた」「魔術師の風上にも置けない男」などと酷評されており、編成者はアステルであることを知っていたハーレイは、心労からか己が毛髪は風に吹かれれば数本抜けていくという事態にまで陥っており、胃の痛みからここ数日食事がまともに喉を通っていなかった。勿論彼もプロの魔術講師。生徒の前では毅然とした態度で振舞っているが、歩く事に抜けてゆく髪を目撃した生徒からは哀れみの視線が送られていたのは、語るまでもないだろう。

 

(大丈夫かなぁ、みんな……)

 

 すでに場が温まり切っている観客席で、セラは一人膝上に大きめのバスケットと水筒を抱きながら不安げに会場の中心部を見つめていた。

 

「(グレン君は忘れ物しちゃうし、アステルくんもアステルくんで剣忘れちゃうし……ぶつぶつぶつ……)」

 

「お、おい母さん……あそこのお姉さんずっと独り言ばかりしてるけど大丈夫なのか……?」

「だ~いじょうぶよぉ。きっと弟さんか妹さんが女王陛下の前に出るもんだから心配なのさね」

「そうかぁ……。弟妹思いのいい姉ちゃんなんだなぁ………」

 

 ぐずり、と近くに居た夫婦のうち旦那の方が鼻を大きくすする音が聞こえ、それに気づいたセラはハッとして辺りを見回した後、愛想笑いを浮かべるのだった。

 

 

       ◇

 

 

 所替わり、選手入場口。

 そこにはいつもより硬い表情を浮かべる生徒と講師達の姿がある。

 それぞれが緊張した面持ちの中、特に目を引くのはアステルだった。他の生徒とは異なる服装であり、その腰には細剣とは異なる刃渡りの広い剣であるロングソードを佩いており、講師としての身分を表す黒い外套に身を包んだグレンやシスティと共にクラスメイト達を鼓舞している。

 競技場への移動中に実行委員から呼び出され、魔術の拡声音響器の調子が悪い、入場整理が追いつかない、迷子の子が出た……などなど、挙げればキリがないほどよく起こりうる様々なアクシデントへの対応に追われていた。

 さらに追い打ちをかける様に彼はこの後の開会式で選手宣誓を行う事になっており、その後各競技に入るまでは選手達の最終調整や、各競技に沿ったフィールドの設営をする為に管理室への指示を飛ばすなど。昼休みには食事もそこそこに、生徒会長からの依頼で本館で行っている出店の視察を兼ねて問題が起こった場合の対応役を、他にも出店に於いて食品や道具などを提供してくれた一般の雑貨屋を始め各店舗の店主やオーナーへの挨拶を行うといった、これでもかというくらい凝縮されたスケジュールが待っているのである。

 午後の競技に入ればピークタイムを終えた後輩と先輩が駆けつけてくれるとのことだったが、開会式までの短い時間でもこのアクシデントの数々。キャパオーバーを起こして混乱する実行委員も少なからず発生することは容易に予想できた。

 

「(ねえシャル。アステルの顔……)」

「(ああ……。悪い予感ってのは当たるもんだぜ。ありゃ悪い兆候だ)」

 

 二列で隣り合ったルミアとシャルは、前方でクラスメイトへ緊張を和らげるべく語りかけているアステルの様子にいち早く気付いていた。

 先ほどのアクシデントの対応に追われていたからか、汗によって目元のファンデーションが落ちかけている。昨晩はルミア監視のもと睡眠を摂ったアステルだったが、一晩だけでは隈は取れなかったのは一目瞭然である。

 流石は幼馴染であり、この数年を共に歩んできた者達。更にルミアは彼が隈を作るほど現状の仕事に忙殺されていることを知っている為、心配の度合いが違う。

 

「ルミア、シャル」

 

 そんな二人の心配などつゆ知らず。アステルはいつも通りの明るい表情を浮かべながら二人へ歩み寄り、「今日は頑張ろう」と言って来る。

 正直周りの雰囲気からその言葉に応じなければならないというのをルミア達は理解してはいるものの、表情は不安の色が出ている。アステルは一瞬彼女の表情が理解できなかったものの、すぐに悟った。

 

「大丈夫。昨日はちゃんと眠れたし、強壮剤は飲んできたから」

「いやそれただのドーピングじゃ……。ねぇアステル、そういうことじゃないんだよ?」

「ま、まぁ……。でも体調はすこぶる良いし、一日くらいなら全然」

 

 そう言って苦笑交じりに笑い飛ばすが、むっと怒りの表情を浮かべたルミアに何も言えなくなってしまう。

 昨晩といい今日といい、連日いつもは滅多に怒らない彼女を怒らせてしまっている。アステルは(困ったな……)と内心で小さな罪悪感を覚えていると、ずいっと彼女が顔を寄せてきた。

 

「今日の予定は?」

「……分かった、分かったから。言うよ。だからお願いその笑顔はやめて……」

 

 観念した様にアステルは今後の予定を語ってゆく。

 それを真剣な表情で頭に入れるべく目を伏せ聞いていたルミアはその凝縮されたスケジュール、しかも彼なしでは成し得ない内容ばかりで次第に眉根を寄せていった。シャルは大きく溜息を吐きながら肩を竦め「(コイツ全然分かってねぇ)」と呟きながら呆れていた。

 

「ねえ、アステル? きみ、休む気ないでしょう?」

「え? いや勿論お昼はみんなと一緒に食べるつもりだよ? セラさんもお弁当作ってくれてたから楽しみでさ」

「はぁぁ~っ……」

「……えっと」

 

 ついにルミアからも盛大に溜息を吐かれてしまい、アステルは苦笑しながら後ろ頭を掻く。

 するとそこで更なる追撃者であるシスティが前方からやって来た。

 

「どうしたの、ルミア?」

「もぉ~聞いてよシスティ! アステルが――」

「うん? ふむふむ…………う、ぇ?」

 

 彼女も彼女でルミアの言葉を聴きながら次第に驚いたような表情を浮かべ、事実確認をするべくアステルへ顔を向けると、そこには申し訳なさげに眉を寄せ反省している彼がいる。

 システィは呆れたように首を傾げてため息を吐くと、軽く右手を上げて「二組、集合」と言って招集をかけた。

 なんだなんだとカッシュやウェンディを筆頭にクラスの面々が一瞬で集まり、システィはアステルの背を押し、無理矢理事情を説明させてゆくと。

 

「なるほどな……。まぁ外部の人達を招いているわけだし、こうなる事は目に見えてた案件だもんなぁ。――っしゃ! 俺も手伝うぜ! フィールド変更時の誘導は任せとけっ!」

「同じく、ですわ。実行委員もそれなりの仕事はあるのでしょうけれど、流石にアステル一人だけでは対処しきれませんわよね」

「フン。詰めが甘いというのはこのことだな。管理室での調整役も必要だろう? なら僕がやろう。各競技毎にローテーションを組めばなんとかなるはずだ」

「アステルが……無理、してるのは、知ってたけど……。わたしも、迷ってる子が居たら、案内する……ね?」

「なら俺とロッドの競技が終わったら買い出し兼ねて出店の方見回って来るよ」

「あっ、それ賛成! 僕も何か買いに行きたかったし! クレープの出店があるんだよね? あれ食べたかったんだ~! 喧嘩沙汰は苦手だけど、二人なら手分けして係の人呼べばいいもんね」

「ふふっ、そういう事でしたら私達は両親への挨拶も含めて、会場を回りましょうか?」

「そうだねー。親が応援に来てくれてる子達は会場周辺の対応をするのもありだよね」

「確かに。折角の平等出場だし、親にいい顔見せてどんなもんだ! って言ってやりたいもんなっ!」

 

 カッシュ、ウェンディ、ギイブル、リン……。二組の面々がそれぞれ自分達に出来る事を考え、他でもないクラスメイトであり友人でもあるアステルの助けになろうと話し合ってゆく。

 その渦中であるアステルはだらだらと額から脂汗を流し出し、これだけの大ごとになってしまった事に罪悪感を感じてしまう。

 ましてや今日は皆の晴れ舞台であり、それぞれが主役なのだ。各競技の合間でそんなことをしてしまえば、クラスの士気が下がりかねない。それはなんとしてでも避けたかった。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! みんな、折角の競技祭なんだよっ? もっと自分の為に時間を――」

「――見くびるな。僕達は今日の為に様々な準備をしてきたんだ。今更こんな話を聞かされて、競技に支障が出るわけがないだろう」

「むしろ、こうして……みんなに打ち明けてくれた事が、素直に嬉しい……かな?」

「右に同じく、ですわ」

「え……?」

 

 珍しく声を荒げたアステルに、ギイブルがぴしゃりと眼鏡の位置を直しながら答える。

 それに続くように照れくさげに微笑んだリンが、腕を組んで頷いたウェンディが同意してゆく。

 

「まっ、そういうことだ」

「何が起きても俺達が傍にいるんだ! 心配はないだろ? なっ?」

「いつでも、貴方の力になりますよ?」

「……ぁ……」

 

 ニヤリと笑ったシャルに続いてカッシュがサムズアップし、続いて普段彼の開発面で必要な部品を工面してくれていたテレサが微笑む。

 そんな面々にアステルは驚いていると、不意にルミアが彼の手を取る。

 傍にはこの光景に納得し腕を組んでいたシスティがおり、ルミアと視線を合わせて頷き合う。

 アステルは手を握ったルミアへと視線を合わせると、彼女は微笑み交じりにウィンクした。

 

「一人じゃ無理でも、ここに居るみんなとなら、大丈夫なんじゃないかな?」

「ルミア……」

 

 彼は顔を上げ、自分の仲間であるクラスメイトそれぞれの顔を見回す。

 それぞれと視線が合う度に頷き返され、中には笑顔を浮かべて親指を立ててくれるクラスメイトもいた。

 アステルは全員を見回して、一切の反論がなかったことに感謝する。そして、今までの仕事を全て独りよがりで行っていた自分を恥じた。

 

「みんな……。……ありがとう」

 

 彼は心の底からこの場に集まってくれた仲間達に礼を言うと、それぞれが笑っていた。

 ……何故頼らなかったのだろう。自分は……こんなにも素晴らしい仲間達に囲まれているのに。恵まれた環境に居たのに、と。

 それはきっと、幸せに鈍感になっていたからなのではないか、と。

 アステルは目を伏せて俯きながら今在る幸せを噛みしめ、新たに決意する。

 ――なら、これからは。みんなと共に歩める日々に幸福を感じながら進んでいこうと。

 選手入場の合図であるファンファーレが鳴り響く。その場に緊張が走ってゆく中で、彼は悲愴的な表情を振り払い、目を開き、顔を上げ、目の前の仲間達へと告げる。

 

「――ここから先は、人生で一度きりの魔術競技祭だ。それを成功に終わらせる為に、みんな、改めて力を貸してくれ――!!」

『応っ!!』

 

 二組の生徒達が声高らかに喊声(かんせい)を上げ、左手で拳を握りしめながら入場口へ立つ。

 先頭はグレン、アステル、システィの三名。

 アステル達はグレンと肩を並べると、グレンが「お前、いつか過労死すんぞ」と軽く叱ったあと、満面の笑みを浮かべて拳と手の平を打ち合わせた。

 

「っしゃあ、お前らー! 気張って行くぞ―――ッ!!」

『おーっ!!』

 

 こうして、彼らは初の晴れ舞台へと飛び出してゆく。

 

『そしてそして! 今回の目玉の入場ですッ! なんと通常では考えられない全員平等出場! 二年次生、二組―――!! 近頃生徒間で最も人気高いグレン=レーダス講師。そして一年次からファンクラブ結成! 規模はフェジテの街まで幅広い! その容姿や性格からコロッと落ちた女性は数知れず! 女性講師の間でも囁かれるほど! 《森獣の導き手》、《白き天使》、《人助けの妖精》などなど、挙げれば切りがないほどの渾名所持者(タイトルホルダー)、アステル=ガラード! この二名が率いる二組は、どの様な活躍を見せてくれるのか―――ッ!!』

 

 キィィ―――ンッというハウリングを起こすほど強烈な文句を会場へ響かせた、実況担当者であるアースが実況席から立ち上がりながら興奮気味にアステルの経歴を解説してゆく。

 その中で飛び出した渾名の数々は彼すら知り得ておらず、ぎょっとして実況席を見上げた。

 

「えっ、ちょっと待ってっ? 僕裏でそんな風に呼ばれてるの!?」

「むしろ今まで貴方の耳に入ってなかった方が驚きなのだけれど……」

「全っ然知らなかった……」

 

 システィに指摘され、はあ……とアステルは疲れたように額に手を当てて嘆息すると、グレンがくつくつと笑っている。

 会場は盛大な拍手と歓声で包まれており、それに応える様にアステル達は手を振りながら指定された位置へ着く。

 

「ようやくこの日がやってきたな」

「おはようございます、ハーレイ先生」

「ああ」

 

 整列したアステル達へと声を掛けたのは、眼鏡のブリッジ部を持ち上げたハーレイだった。

 彼へ挨拶したアステルにハーレイは頷き返すと、フン、とひとつ鼻を鳴らしてグレンを睨み見る。

 

「グレン=レーダス。アステルが考案した編成だからとて油断はするな? 我々とて最強の布陣であることに間違いはないからな」

「へーへー、ハーなんとか先輩もそっちはそっちで頑張ってくださーい、っと」

「(こいつ……!)」

「ま、まぁまぁ。女王陛下の御前ですよ」

 

 いつも通りのグレンの対応にハーレイは両肩を持ち上げ怒りを露わにするものの、アステルが申し訳なさげに苦笑いを浮かべてそれを宥めてゆく。

 やがて二年次生の生徒と講師達が整列し、開式の言葉から国家斉唱、関係者からの式辞などを終え……。

 

『選手宣誓。二年次生代表、アステル=ガラード』

「はい」

 

 学院長のリックに呼ばれたアステルは一つ声を上げ返事すると、グレンに軽く背を押されて軽く振り返る。

 

「しっかりな」

 

 その表情はどこか誇らし気であり、彼が登壇するのは当然と言ったように、いつも通りニヤリと笑っていた。

 アステルは無言で頷き返し、ゆっくりと登壇してゆく。

 他の生徒とは異なる制服の彼が登壇することで、一時場が騒然とする中、階段を上り切り目の前に立っていたリックは一つ頷いてからその場を譲り、女王陛下の居るであろう貴賓席を見上げながら左腕を上げた。

 そして、目の前にある拡声音響器へと語りかける。

 

『――宣誓。我々アルザーノ帝国魔術学院、二年次生一同は、日頃培ってきた勉学、練習の成果を十二分に発揮し、帝国の歴史ある礼式に則り、正々堂々競技を行い、全力を尽くすことを誓います。――生徒代表、二年次生二組所属、アステル=ガラード』

 

 アステルは自分の名前を告げることでそう締めくくると、目の前の貴賓席からは、どこか優しく嬉しそうな眼差しが自分へ届く。

 目を凝らせば、そこにはアリシア七世が席を立ち彼を見つめていた。

 会場から拍手が飛び交う中で、アステルはただただ、亡き両親からも感じていた優しい視線を感じながら目を伏せて一礼するのだった。

 

 

       ◇

 

 

 競技場の外周には等間隔にポールが立っており、その外側を飛行魔術、【レビテート・フライ】を起動させた選手たちが風を切りながら翔ける、翔ける。

 二人一組で広大な学院敷地内に設定された五キロスもの広大なコースを、一周の交代制で二十周も回る『飛行競争』という競技。

 そして、その中でも特に異質な――否、異質としか言い様のない、従来ではすでに廃れてしまってた杖型の魔導器を使用した二組のロッドとカイのコンビが、周囲の生徒達よりも半周ほど差を付けて翔け抜けていた。

 純度の高い魔力素子が吸排機構から排出されることで、銀色の粒子が軌跡を作り上げ、人体に限りなく影響を低減させたことで安心のパフォーマンスを繰り広げてゆく。

 現在は指輪型の反重力操作魔導器に加え【レビテート・フライ】を使用することで完成するスタイルが主流となっているが、過去には箒型の気流操作魔導器が主だった為、今回の杖型魔導器の使用も公式的に認められていた。要は『箒も杖も元は木で出来てるんだから一緒じゃん』ということである。

 しかし彼らの跨る二器の杖型の魔導器――《飛行杖(ニンバス)》は次元が違う。これは最早『魔導器』であっても『補助魔導器』ではない。そもそも存在する概念が違うのである。

 箒型や指輪型は魔術を使用し、宙空へ身体を浮かせ維持するための補助的な装置。しかし《飛行杖》という魔導器は違う。使用することで使用者の身体を宙空へ浮かせ、挙句自動的に移動することが可能。

 簡単に表現するのであれば、自力でペダルを漕いで動かす自転車と、必要最低限の魔術(コントロール)だけで動ける馬車ということ。

 言うなれば――そう。『飛行補助魔導器』ではなく、本物の『飛行魔導器』なのだ。

 

『そして、さしかかった最終コーナーッ! 二組のロッド君がぁ、ロッド君がぁああ――ゴールテープを――き、切った―――ッ!! まさかの二組が、まさかの二組が―――これは一体、どういうことだぁあああ――ッ!?』

 

「流石だな、アステル。仕事の早さは一級品だ」

「いや、これはテレサのお陰だよ。彼女が居なければ二本目は作れなかった」

「うふふっ、クラスの為ですもの。このくらいどうと言う事はありません♪」

 

『なんとぉおおお!? 「飛行競争」は二組がぶっちぎりの一位! あの二組が一位だぁ――ッ!! なんという番狂わせッ!! 誰が、誰がこの結果を予想したァアアアアア――ッ!?』

 

 洪水の様な拍手と大歓声が上がる中、まるで一着が当然、というように競技参加クラス用の観客席にてギイブルが眼鏡のブリッジを持ち上げながらレンズを煌めかせ、見事堂々一位を勝ち取ったカイとロッドが空の上でハイタッチしてから肩を組み合い、互いに空いた左右の腕を空へ突き上げていた。

 そんな二人の笑顔を見たアステルは心底安心したように胸を撫で下ろし、隣に居たテレサへと礼を言う。

 その拍手の発生源は主に競技祭に参加できなかった生徒達からのものであり、グレンとアステル率いる二組とは別のクラスだったが、何か共感できるものがあったのかもしれない。

 

『開催前からトップ争いに突入するはずだった一、四、七組が圧倒的大差を付けられるという、大・大・大どんでん返し―――ッ!! 凄いぞ二組ッ! 彼らには、あとどれだけの力が隠されているのか――ッ!?』

 

 続いて二位争いが巻き起こり、結果的には一組と七組の順でゴール。それでも彼らの前を翔け抜けたロッドとカイの二人は、あまりにも異色に見えたのだろう。一組の生徒からの視線は戦意を削がれかけているのか、どこか畏れを抱いたものになっている。

 近くではルミアが手を打ち鳴らして大喜びするルミアの姿が見え、システィもはしゃいでいたのか、顔をほんのりと紅く上気させながらやれやれ顔でアステルへと近づく。

 

「貴方、二器目なんて聞いてないわよ。いつ作ったの?」

「はは……。この一週間で。なんとか形に出来たよ」

「一週間て……。よくあの二人が間に合ったわね」

「元々一器あったからね。練習にはそっちを使って貰ったんだ。……二人と喜び合いたいけど、調整もあるし僕はもう行くね。歓待よろしく。――ギイブル君は管理室へ。カッシュ、ウェンディ! フィールド変わるよ誘導お願い!」

「ああ、任せておけ」

「おっしゃあ! 出番だなっ!?」

「任されました! ふふっ、まだ秘策がおありなのでしょう? 何を見せて頂けるのか、今から楽しみですわっ♪」

「そうあれる様に、頑張るよ」

 

 それぞれが別の意味で浮足立っている仲間達にアステルは微笑を浮かべながら、セシルと共にその場を空け、生徒達の荷物置き場へと向かう。

 そして彼ら二組の荷物が置かれた場所までやってくると、アステルは台車の上に積み重なったトランクを引っ張り出す。

 

「ねえ、アステルはさ……研究者になりたいの?」

「え? うーん……そうだね、何かを作って人々の暮らしに役立てたいとは思ってるけど、研究者ではないかなぁ?」

 

 緊張した面持ちで壁に身体を預けていたセシルは、ふうっと息を吐きながら石作りの天井を見上げ、ふとした疑問にアステルは苦笑いを浮かべながら答えた。

 セシルは緊張をしやすい性格でありながら、本番にはかなり強い。ある種胆が据わっているというべきか、魔術の実技ではかなりの命中精度で的に当てることから、アステルは彼を強く評価している。

 だからこそ、アステルは彼を信じ「魔術狙撃」の競技を任せた。

 魔術を扱うにもかなりの制約が必要なアステルが出来る事と言えば、その命中精度と彼の緊張時に於ける不安要素を取り払う事だろう。

 そこで作り上げたのが……

 

「はい、セシル」

「えっ? うわぁ~……! お守りまで作ってくれたの!?」

 

 彼へ手渡したのは、従来の回転式拳銃をベースにストックやチークパッドと呼ばれる部品を取り付け、銃身を長く保った木の狙撃銃。

 当然弾丸など射出される機構は存在せず、ただただ“構え”を練習するためだけに作られたそれのトリガー部から麻布の紐で吊るされているのは、森の仲間であり、細工の得意なポンが作成した、球状の木に幾つかの穴を開けたキーホルダー。中には綿で作られた匂い袋が入っており、彼の好きな紅茶の茶葉が詰められている。中の匂い袋はキーホルダー上部を軽く捻り、中心から通された紐を引くことで取り出せるようになっている。

 これはアステルが魔導装具を考案している際、モデルとして作成したものにストックなどを付け加えたものだったのだが、照準の造りなどからセシルに最適だと判断した。開発の副産物を利用する点に於いてはかなり有効的であろう。

 

「うん。僕の友達が作ってくれたものなんだけどね」

「それに凄くいい匂い……。こんな香りの強い茶葉を嗅いだのは初めてだよ」

「っはは、きっと皆も喜ぶよ。伝えておくね」

「それはもう! 今度買いに行かせて!」

 

 ちなみに茶葉についてはポンの兄であるケンが森の畑で栽培しているものであり、最近ではアレックスやメアリーと共にハーブにも手を出し始めたのだとか。

 綿袋や麻布の生地作りから裁縫は長男のジャンが担当し、キーホルダーはポンが。綿と麻、紅茶の栽培はケンが担当するといった三兄弟の合作である。

 しかしこの品物は非売品であり、ましてや例え売れたとしても売る者は人ではなく動物である。果たして種族の垣根を越えて買物は出来るのだろうか、とアステルは心配するのだった。




 ここまでお読みいただき、ありがとうございます! めっちゃ寒くて手が震えてる!(緊張もあるかも笑)

 森の皆が第二巻に入ってかなり登場してますね……。シャルの眷族とクロノスがが一切出てないけど(笑)
 彼らの見せ場もしっかり考えてありますので、ご期待くださいっ!


 さてさて、今回のアステルの活躍ですが、作中ではグレン先生と似たような事をさせてみました。
 ハーレイ先生はじめ他の講師勢は体裁や格式にこだわった編成で優秀な生徒を使い回しに、グレン先生は表向き精神論でもその裏はかなりシビアでガチに勝ちに行く編成をしていました。
 アステルも同じく、時代に沿って進歩してゆく魔術と魔導器に対して、表向き最新鋭と語っていても、古くから培われた魔導器(気流操作などを《飛行杖》の基軸にして)をこの時代に合わせた形で再現しています。
 うん、ある意味で似た者同士……なのかな?(苦笑)
 書いていた筆者の気分は某劣等生のお兄様です、本当にありがとうございました。

 おまけですが、アステル考案時はどんな容姿にしようかかなり迷いました。
 個人的にグレセラのカラーリングは黒と銀だったのですが、それを後の世代(システィやルミア)にも踏襲するのもなぁ……アステルの性格も天使(笑)だし……と思って思いついたのが白でした。
 結果的にカップリングで白銀(アスシス)とか白金(アスルミ)に出来てよかったと思ってます! 結果オーライ!(笑)


 次回はセシル、ウェンディ、ルミア三名の見せ場です! 後半はグレセラもあるよ!!


 追記:短編集の白犬編はガチで泣きました


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第十五話 君を想う心

 大変ご無沙汰してます……! 後半にてご報告有!
 今回はアステル×ウェンディ、アスルミ、グレセラ回です! 次回はグレン先生の聖なる探索(笑)から始めたいと思います……!


 セシルが手にする銃の模型から放たれた雷線は、彼があえて狭めた視界の中に入った円盤を悉く打ち抜いていた。

 乾いた唇は舌を滑らせる事で湿らせ、彼が浅く呼吸を吐き大きく吸い込む際にはその口と鼻腔からお気に入りの紅茶の香りが身体へ入り込み、安心感と活力を与え、緊張をやわらげてくれる。

 ――必ず中てる。彼の勇気と強い意思が籠られた濃緑色の瞳は競技を開始して三分という集中力が切れかける時間になっても尚衰えることはない。

 なぜなら、彼も背負っているからだ。二組全員の『勝ちたい』という気持ちを。

 

『え――……アステルが、学院を……?』

『あぁ。クソッ! 思い出すだけで腹が立ってくるぜ!! クライスの野郎……!!』

 

 悔し気に、そして痛々しいほどにきつく拳を握りしめたカッシュから、アステルが落第に瀕している事を知らされた時、セシルの内心は気が気ではなかった。

 自分のクラスメイトが、友達が、この学院から消えてしまうかもしれない。

 そして、彼をこの魔術学院に繋ぎとめる無数の紐のうち一本を、自分が握りしめている。

 それが重圧となり、本格的な練習が始まった初日。その恐怖から身を竦ませたセシルを奮い立たせたのもまた、アステルだった。

 

『信じて』

 

 たったそれだけの言葉が、どれだけその時自分を救ってくれたか。

 アステルは誰かの、とは言わなかった。それはきっと、たくさんの意味が込められた言葉だとセシルも感じたから。

 自分を、アステルを、カッシュ、ウェンディ、システィ、リン、ルミア……。この魔術競技祭に参加するクラスメイト全員の事であると彼が思えたのは、自分と同じように競技に対して真剣に取り組んでいる仲間達が傍にいてくれたからこそだった。

 ――そして今。一人一人が背負っている重圧(プレッシャー)と、自分がやらなければという責任(プライド)。そして他でもない、この「魔術狙撃」という精確さが必要とされる重要な競技を任せてくれた指令塔(セコンド)、アステルの信頼を無碍にすることは、決してできない。

 けれどそれは自分自身だけで抱え込むものではなく、同じ彼からの期待と信頼を得た仲間達と共有するもの。

 きっと、だからこそ、自分達はここまでやれる。――戦える。

 最後の円盤が放たれる。距離は凡そ――六百メトラ。

 

「(《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ(一人は、皆の、為に)》――ッ!!)」

 

 何の変哲もない木の先から一際強い雷が迸る。セシルの茶髪が揺れ、彼三節詠唱で発動した黒魔、【ショック・ボルト】はその勢いを衰えさせる事なくグングンと距離が延びてゆき………そして、

 ――パキャァンッ!!

 激しい破砕音が響き渡り、会場が一瞬の静寂に包まれる。

 セシルはゆっくりと木の銃を下ろし、トリガー部に括りつけられたキーホルダーを外してその香りを鼻先にあてて目一杯吸い込んだ。

 次瞬、会場全体に拍手喝采が巻き起こる。首筋にまで汗を伝わせた彼は、銃身を握りストックを地面に着き、空を見上げながら吸い込んだ息を大きく吐き出して、満面の笑を浮かべながらガッツポーズ。

 

「……よしっ!!」

『あ、中てた―――ッッ!!? 二組選手セシル君、六百メトラ先の空飛ぶ円盤を見事、【ショック・ボルト】の呪文で撃ち抜いた――ッ!? 「魔術狙撃」のセシル君、一組の四百メトラという最長記録を大幅に塗り替え、堂々の一位だァ――ッ!! またまた盛大な番狂わせが巻き起こるゥ!? 今年の二組は一味違うッ! どこまで我々の常識を覆してくれるのか――ッ!?』

 

 それに遅れて、数秒放心していたであろう実況のアースが寄生を発しながら解説してゆく。

 クラス用の観客席ではアステルの隣でぴょんぴょんと嬉しさの余り飛び跳ねるルミアの姿があり、グレンは半ば茫然としながらも、会場の大型パネルに堂々と表示された一位という数字が残された結果を見つめていた。

 

「凄いですよ先生っ! セシル君、一位ですよ!? しかも六百メトラなんて距離尋常じゃありませんっ!!」

「うそーん……。……なぁアステル、お前これすら見越してたってのか……?」

「いや、五分五分といった処でした。彼の感情次第でしたけど……。お守りが役立ってくれたみたいで何よりです」

「お守り?」

 

 アステルは頬を掻きながら解説すると、ルミアが可愛らしく小首を傾げてアステルへ尋ねる。彼は懐からセシルに渡したものと全く同じお守りを取り出した。

 

「うん。ジャン達が作ってくれたお守りなんだ。ルミアにもあげるね」

「わあっ、いいの!?」

「もちろん。袋にはルミアの好きな紅茶の茶葉が入ってるよ」

「そうなのっ? ……あっほんとだ……!」

 

 ルミアは嬉しそうに香りを楽しんだあと、そのお守りを胸元できゅっと抱えて満面の笑みを浮かべる。

 

「えへへ……ありがとうっ、アステル!」

「競技祭が終わったら、ジャン達にお礼を言いに行かなきゃね」

「うんっ」

「でもよぉ、お守りなんかがあんな成績に関係すんのか?」

「セシルは好きなものが傍にあると物凄い集中力を発揮するんですよ。気付いたのは今年に入ってからでしたけど。昇級試験の勉強会を喫茶店でやった時、紅茶を出す前と出された後とで集中の度合いが格段に違ってたので」

「……なるほどな。だからお守り、ってわけか」

「はい。そういうことです」

 

 簡単な種明かしをしたアステルに納得したグレンは肩を竦めながら内心では舌を巻いていた。それは生徒達の単純な日常動作でさえ攻略の糸口に使ってしまうアステルに対して、である。

 ただ単にグレンと昼食を共にしているだけでも、彼にとっては今後の窮地に対する光明を見出すものになっているのでは、とさえ考えてしまうほどに。

 自分の力量を認識しても尚、それでも真っ直ぐに。直向きに魔術師の卵である者達を理解するため接し、活躍できる指針を示してゆく。

 恐らくその指針はこの先の未来、自分達の選択肢として必ず浮かんでゆくことになるだろう。

 セシルにとってはあれだけ精確な狙撃が出来るのであれば軍に入るのも良し、狩りのインストラクターになるのもいいかもしれない、など捉え方や考え方、使い方は様々。

 しかしそれを間違った方向に使う事だけは阻止しなければならない。……それはきっと、俺の役目だろうとグレンは思う。

 そして、そんな先見の明があるアステル=ガラードという少年に、自分(グレン)はどのような方向性を示せるのだろうかとも、彼は考えていた。

 その直向きに物事を知る姿勢から、研究や開発職の適正もあり、それでいて――

 

「――生、グレン先生?」

「ん、あぁどうした?」

「どうしたはこっちの台詞ですよ。見てください、ウェンディの出番ですよ!」

 

 ほほう、と唸ったグレンの隣で嬉々として彼女の奮闘ぶりを見つめるアステルとルミア、二人の横顔を見るグレンは、ふっと笑う。

 

(まっ、こいつらもこんな個性的な奴らの中で揉まれてりゃ、いつか自分の求めた夢を追いかけられる日がきっと来るか)

 

 そして出題された問いを一つ一つ、確実に正解へと導いてゆくウェンディ。幾度となく押し寄せる難問の数々でさえあっさりと乗り越えてゆく彼女の姿に、いつしかアステルの手伝いで、出店エリアの見回りや親への挨拶次いでに会場の見回りから戻ってきた二組の生徒達がわらわらと前方に押し寄せ、歓声と応援の声を上げている。

 そんな生徒達の後ろ姿を、グレンは数歩離れたところで優しげな瞳を浮かべながら見守っていた。

 

 ――きっと……こんな気持ちになれたのも、セラ(アイツ)が居て、それを繋ぎとめてくれたアステル達(コイツら)がいるからなんだろうな。

 

『――先生っ!』

『――そろそろ終盤ですよ!』

『――早く早く!』

 

 システィ、ルミア、アステルの言葉に再び意識が呼び戻されたグレンは、前方で自分を待っている生徒達へと視線を向ける。

 時折、グレンにとってアステルという存在が大きく見えてきてしまう。

 それほど彼は自分の担当するクラスを知っており、自分から前へ出ることなくグレンを立てる為裏方に徹していた。

 どこかセラと似たような立ち回りに、一層彼女との今の関係がもどかしくなる。

 出来る事なら彼女の傍に居たい。しかしそんな思いを生徒に吐露してしまえばアステルという少年は全力で自分と彼女をくっつけにかかるだろう。

 それがクラスぐるみとなればもう、手の付けようがなくなってしまう。それだけはなんとかして避けたかった。

 

「(はぁ~……。厄介なもんだぜ。先生ってのは、さ)」

 

 せめて歳の離れた友人として接することが出来たならどんなに楽だったことか。

 今はそれが悔やまれるばかりである。

 

「へいへい、今行くよ――」

 

 グレンは面倒くさげに後ろ頭を掻きながら、彼らと肩を並べ、フィールド上で一人奮闘する教え子の姿を眺めてゆく。

 

 

       ◇

 

 

『――単刀直入に聞くぞ。お前、アステルの事好きだろ?』

『ひぇっ?! とっ、突然何を言い出しますの!?』

『いや~だってお前さぁー。「暗号早解き」の相談とか確実にアステルの負担になるジャーン? そんで真っ先に俺へ相談しに来るってのは、やっぱ……愛だろ?』

『ちっ、ちちちちっ違いますわっ!? (わたくし)はただ単にアステルの負担を(おもんばか)っただけですのよッ!?』

『それが愛ってやつだろ~? な~に安心しろ、俺、実は結構口が堅い方だからサ』

『嘘ですわ絶対嘘ですわっ!? どこからどう見ても、お金を出されたらあっさり口を割るタイプにしかみえませんわ!?』

『ありゃ、バレたか♪ まぁもう男子からは色々と金積まれてるんだけどな?』

『いつにも増してゲスいですわこの先生、ほんとゲスいですわ……ッ』

 

(――あぁもうっ! 【リード・ランゲージ】を使う度に思い出してしまいますわね……っ!!)

 

 ウェンディ=ナ―ブレスは顔を真っ赤にしながら高速で出題を解読してゆく。

 しかしそんな赤裸々な自身の恋愛事情を他所に、彼女を冷静にさせてくれる記憶がある。

 

『それでも僕は魔術を扱えている。自分なりの使い方で人の役に立てる事の何が悪い? 魔術とは、人の心を突き詰める存在(もの)なんだよ。それを人に伝えればどれだけの力になるのか、君は知らないだろう。なら、今は慢心して僕らを侮っていればいいさ。君達二年次生一組は僕だけではなく、二年次生二組(ぼくたち)が下す――。

 もしもそれで君達が勝ったというのなら、潔く僕はこの学院を去ろう。けれど、僕らが勝った時には――今の、僕の大事なクラスメイト達を貶した言葉だけは、絶対に取り消してもらう』

 

 ……嬉しかった。固有名詞は着いていなかったけれど、自分を含めたこの二組を大切に思ってくれているアステルが放ってくれた言葉が。

 その時の自分は暴力沙汰になることを恐れ、彼の後ろでただ敵を見る様にクライスを睨み付けることしかできなかったのだから。

 彼がそう言ってくれた時のクライスの反応を見て、気が晴れた気分だった。

 令嬢としてとても口にはできなかったが、それでも留飲を下げてくれたアステルに感謝している。

 

(思えば……一年次の頃から、彼には助けられてばかりでしたものね)

 

 問題が出題される僅かな合間でも、ウェンディはアステルとの過去を思い出す。

 入学当初、彼女は自身の御嬢様然とした態度が原因でクラスから浮いていた。

 システィは貴族の令嬢としての所作はあったものの、それでも接しにくいというわけでもなく、変に気取ったことも無かった為に交友関係の構築は割と余裕だったのである。

 しかしウェンディはその真逆というにはあまりに極端だと思うが、他者を寄せ付けない雰囲気を漂わせていたからだ。

 隣席であったテレサともコミュニケーションがうまく取れず、どこか他人事の様に接していた。

 けれど、そんなウェンディへ歩み寄ったのはアステルだった。

 きっかけは先の選考時の通り。法陣構築の授業で上手く行かず混乱していた時、彼が笑いかけながらフォローしてくれたことから始まる。

 

『ナ―ブレスさんも苦手なことあるんだね』

 

 今となっては決して貶したわけでもない事が判る彼のその言葉にカチンときたウェンディは「なんですのこの失礼な方はっ!!」と最悪なファーストコンタクトだったものの、徐々に彼と実習と学院生活を共にしてゆく中でそれが誤解であると理解していった。

 頑張り屋で、人一倍魔術に対して本気に向き合っている彼の姿は今でも変わらない。それでも実技に於いては最低な成績を日々更新しているアステル。それでもめげずに毎日授業が終わった途端に担当講師であったヒューイへ駆け寄って質問している彼の姿が、当時のウェンディには眩しく見えたのだ。

 それが結果に見合わないものだったとしても、である。ウェンディにはそれが疑問の渦となって押し寄せ、ついに我慢が出来ず、実習の休憩時間にアステルへと尋ねてみた。

 

『どうしてあなたは、そんなにも頑張れるんですの?』

『――頑張ることを諦めるな』

『……は?』

『昔、剣の先生から言われた言葉でね。憧れていた人に頭を撫でられながらそんなことを言われちゃったら、やらないわけにはいかないでしょう?』

『―――……』

 

 それで……たったそれだけの言葉で、彼女は理解した。

 たとえ魔術が扱えずとも、知識として自分の中に在るだけで、人に伝えることは出来る。力が無くとも、剣術を習うだけで相手の太刀筋を読んで避ける事ができるのと同じ様に。

 事実、実習の際ウェンディはアステルのフォローがなければ法陣を結びつける事ができなかったのだから。

 彼の根源は自分の信頼する人から、憧れた人から言われた簡単な言葉だった。それが彼を突き動かす原動力なのだと、単純明快かつあっさりとした理由を知ったウェンディは、思わずくすりと笑ってしまった。

 

『――やっと笑ってくれた』

 

 恐らく今後、この二人が歳をとって昔話をする際、笑い話として語り合えるであろう思い出。しかしその時、まるで花の様に笑ってくれた彼の笑顔は――今。彼女の原動力になっている。

『頑張ることを諦めるな』。友人の受け売りであっても、この言葉がウェンディの他人に対する態度を改めるには充分すぎる程の言葉(もの)だったのだ。

 その時からだろう。ウェンディ=ナーブレスという少女は、殻に閉じこもった自分を、殻をこじ開けるわけでもなく、開きかけた殻の外から語りかけて外へ出る勇気を与えてくれたアステル=ガラードに恋をしたのは。

 けれど今となっては彼に物申してやりたい。同じ言葉を原動力にする者として、『頑張る事』と『無理をする事』は違うのだということを。

 正直今朝の出来事によってアステルが自分の考えを根本的に見直したとは思っていない。何が何でも一人でこなしてしまう彼の事。

 

 絶対に分かっていない。

 

 ある種の確信めいた乙女の第六感が告げている。『あの朴念仁、全っ然分かっていませんわ』と。

 

(でしたら、今度は私の番というものっ!!)

 

 ウェンディは彼への想いを胸に頬を赤らめながら目を開くと、実況のアースが叫ぶ。

 

『さぁ、最後の問題が魔術によって空に光の文字で投射されていく――これは……ちょっと、おいおい、まさかこれは――な、なんとぉ!? 竜言語だぁあああ――ッ!? 竜言語が来ましたぁあああ――ッ!? これはえげつないッ! さっきの第二神性言語や前期古代語も大概だったが、これはそれ以上ッ!? 出題者、解答者達に正解させる気がまったくないぞぉ!? さぁ、各クラス代表選手、【リード・ランゲージ】の呪文を唱えて解読にかかるが、ちょっと流石にこれは無理――』

 

「――わかりましたわッ!」

 

『おおっと!? 最初に解答のベルを鳴らしたのは二組のウェンディ選手! 先程から絶好調でしたが、いくのかッ!? まさか、これすら解いてしまうのか――ッ!?』

 

 満を持して解答を導いたウェンディは立ち上がり、左腕を上げ胸を張って答える。

 その表情に不安など一切なく、彼女がこの学院で培ってきた知識と技術、その片鱗を見せてゆく。

 

「『騎士は勇気を宗とし、真実のみを語る』ですわ! メイロスの誌の一節ですわね!」

 

 途端に会場の音楽隊からファンファーレが鳴り響き、同時にウェンディは片目を伏せながら実況席で待っているであろうアステルへと視線を向けると、彼は目を輝かせながら口を開き大きく万歳しながらテンション高めにグレンと喜びを分かち合っていた。

 

『いった――ッ!? 正解のファンファーレが盛大に咲いたぁ――ッ!? ウェンディ選手、「暗号解読」圧勝――ッ!! 文句なしの一位だぁあああ―――ッ!!』

 

「ふふん、アステルに任せられた以上、この分野で負けるわけにはいきませんわっ! とはいえ……もし、神話級の言語が出たら、いきなり共通語に翻訳するのではなく、いったん新古代語あたりに読み替えろっていう先生のアドバイスには感謝しないといけませんわね……」

 

 アステルばかりに頼るのではなく、かつての彼がそうしていたように、講師(グレン)に相談する。

 彼女も彼女で成長しているのだ。今は未だ、アステルの後を追うだけに過ぎないものの、互いに共通するものがある以上、肩を並べ歩んでいく日も近いはず。

 

「やりましたわよ、アステル―――っ!!」

 

 それでも今は、この一週間の頑張りを彼に認めてもらいたい。その一心でウェンディは彼の名前を叫びながら大手を振るのだった。

 

 

       ◇

 

 

「ねぇ、先生……」

 

 午前の部、最後の競技を目前に控えたところで、システィは不安げにグレンへと語りかける。

 隣に居たシャルは視線だけを彼女へ向け、彼女を挟んだ向こう側でだらしなく椅子へ腰かけているグレンは気だるげに顔を上げた。

 

「どした、白猫」

「その……今からでも、ルミアを他の子に変えない?」

「はぁ……?」

 

 いかにもお前なに言ってんの? みたいな怪訝な表情を浮かべるグレン。

 

「だって、あの競技は……」

 

 システィは中央のフィールドへ目を向ける。そこには次の競技に参加する生徒達の姿があり、十名の出場者の殆どは男子生徒。その中で紅一点として輝いているのがルミアだ。

 確かに次の競技、『精神防御』は最終的に正常な精神状態を保ち残った者が勝者となる敗者脱落方式の耐久競技でもある。

 そんな危険な競技に、何故アステルとグレンの二人はルミアを出場させたのか、システィは分からないでいた。

 彼女の右隣りにはアステルの親友であるジャイルの姿があり、他にも屈強そうな男達が彼女の左右に並んでいるのだから、彼女の気持ちも分からないでもない。

 

「アステルも何考えてるのよ……ッ! こんな過酷な競技、あの子には無理……っ!?」

「そこまでだぜ、お嬢」

 

 ヒステリックに叫びかけたシスティの唇に人差し指を添え言葉を遮ったのはシャルだった。唐突な出来事にシスティは目を白黒させてしまう。

 するとグレンは深い溜息を吐き、後ろ頭を掻きながら答えた。

 

「ダチを心配する気持ちは分かる。けどな、この競技の選考は俺とアイツも満場一致だった」

「どういう……ことですか?」

「そんだけアステルは姫さんを信用してるっつーことだろ? 先公」

「ああ。ルミアは白魔の扱いに長けてる。下手に攻性呪文をぶっ放す競技よりも、ああいった自己強化呪文を活かす競技に当てた方がいい」

「まっ。あたしらは姫さんを信じるっきゃねえ、そういうこった」

 

 シャルは腕を頭の後ろに組みながら寛ぎだし、システィは眉間に皺を寄せながら「いやに冷静じゃない、シャル……」と恨み言の様に言う。

 そんな彼女の言葉を鼻で笑い飛ばしたシャルは、この言葉で黙らせた。

 

「お嬢が信じた姫さんを、見ててやんな」

「―――……」

 

 システィはその言葉を聞いたあと、肩を下げるほど深い溜息をしてから腕を組んで静かに席に座る。

 

 

       ◇

 

 

(ああ、なんだか緊張してきたなぁ……)

 

 競技開始までの僅かな間。ルミアは周囲を見渡しながら時間をつぶしていた。

 選手の入場口には白い外套を着込んだアステルが壁に手をかけ静かに佇んでおり、それを見つけたルミアは安心して軽く手を振る。

 

(アステルが見てくれてるんだもの。大丈夫……)

 

 午前最後の競技というのもあるのだろう。アステルは次の競技に備えるでもなく、ただルミアの健闘の行く末を見守っていた。

 ルミアはほうっと胸に両手を当てて深呼吸する。組まれた両手にはまだ、アステルの手の温もりが残っている。

 入場口まで付き添ってくれたアステルは、最後のエールにと彼女の両手を自身の両手で包み込み、祈る様に送り出したのだ。

 彼にしてみればかなり大胆な行動であり、いきなり手を握られ何か念じられる方としては、それだけ心配されていると、大切にされているというのが痛いほどに分かる。

 

「……おい、そこの女」

 

 隣から噛みつく様な野太い声が浴びせられ、見上げてみればジャイルがルミアを見下ろす様に仁王立ちしていた。

 

「悪い事は言わねえよ。今からでも棄権しな」 

「ふふっ。心配してくれてるの? アステルに聞いてた通り、優しいんだ」

「……あぁ? アステルだと……?」

 

 頬に脂汗を流したジャイルは不意に選手入場口に居たアステルを一瞥すると、遠目ながらでも分かった。まるで白い大型犬が尻尾を振る様に手を振っている。

 ルミアはそんな彼の姿にくすっと微笑みながらジャイルへ視線を戻せば、「何やってんだあの馬鹿野郎は……」と額に手を当てて空を見上げる彼の姿があった。

 

「大丈夫だよ、私。みんな一生懸命頑張ってるんだもの。私だって頑張らなきゃ」

 

 この競技に自分を当てたことから、彼女はすでにアステルが言い出した事だと察しがついていた。故に、彼女は拒否するでもなく受け入れたのである。

 その根底に『心配』はあるものの、何か踏み出さなければならないと感じていた彼女を『信じる』ところもあったのだと思う。

 今はそれだけでいい。彼に必要とされているだけで自分は頑張れる。

 

「……結局、二組の奮闘はアイツ絡みって事かよ」

「うん。……だって負けちゃったりしたら、いなくなっちゃうかもしれないから」

 

 ジャイルは腕を組んで複雑な表情を浮かべ、ルミアの言葉に目を見開く。

 

「あの噂はホラでもなかったのか?」

「冗談で流す人はいないんじゃないかな?」

 

 笑顔を絶やさずに言ってのけたルミア。ジャイルは彼女の言葉に若干の怒気を孕んでいる事に驚いた。

 あの《天使》とも呼ばれているルミア=ティンジェルが怒っている。それだけで事の重大さを感じ取り、背中に冷や汗が伝う。

 

「……始まる前からキレてっと、マナ・バイオリズムが乱れるぜ」

「うん、分かってるよ?」

 

 ジャイルは豪胆な性格だが、ようやく感じ取れた彼女の怒気に気圧されじりじりと悟られぬ様距離を離してゆく。

 感じ取ったのはジャイルだけではない。彼女の左隣に立っている男子も思わず距離を取り始めていた。

 

(アステルお前……なんて女連れてやがる……!?)

「?」

 

 状況が察せていない親友へと視線を送るジャイル。しかしアステルが小首を傾げていても救援を出すわけにはいかない。これは勝負を決する場なのだ。漢として背を向けるのは一生の恥となるだろう。

 精神汚染魔術よりも恐ろしいそれは最早白魔の領域であり、名付けるならば白魔改【乙女の怒り】だろうか。流石は白魔の扱いに長けたルミアである。

 そして今回の競技に“障害物”として舞台へ登壇するのは、精神汚染魔術に長けたツェスト男爵。

 しかし、彼も登壇した直後にその場の異様な雰囲気にシルクハットの奥に潜めた眉をピクリと動かした。

 

 ……何この、恐ろしい女生徒。

 

 対峙しているからこそ判るルミアの迫力に、学園に在籍する魔術講師でも上位に君臨しているツェストでさえ背中に冷たい汗を流す。

 視線が合えば天使のような笑みを浮かべてくれるものの、その背後にあるオーラだけは隠せない。

 

 ……早く終わらせよ。

 

 内心で縮こまったツェストと、現場の雰囲気を一切察知していないアースが声を張り、いよいよ競技開始と相成る。

 

 

       ◇Side ルミア◇

 

 

 ……わかってない。

 ほんのちょっぴり拗ねた気持ちで、それでも真剣に私達へ襲い掛かるツェスト男爵の精神作用系魔術を耐え忍んでいく。

 思えば、アステルがズレ始めたのはいつからだっただろう。

 学院でハーレイ先生の弟子になってから? それとも学院に入ってから? ……ううん、もっと前。

 きっとセラさんに魔術を教えて貰った時よりも以前から、彼はズレ始めていた。

 そう、それはたぶん……

 私が、王室から追放されたあの日から。

 

 

 あの時はひどい雨だった。

 こっそり城から抜け出して眺めていた街並みは酷く淀んでいて、前へ前へと、生まれ育った帝都から離れていく馬車の車輪の音、激しい雨が馬車の屋根を叩く音だけが私の耳に入っていて。

 止まることの無い雨の中で、唐突に馬車が停まって外を見てみれば、自分の背丈に合っていない、きっとお父さんの物であろうローブを着込んだアステルと、雨に打たれてびしょ濡れになったシャルが立っていた。

 今でも変わらずに、いつも快活だったアステルが、その時だけは顔を伏せていて、護衛をしていた騎士に連れられて私の馬車へと乗り込む。

 私もその時は自分の事で一杯一杯だったから、声を掛けられなかった。

 きっとアステル達は私に別れを告げに来てくれたんだと思ってた。

 でもそれは違っていて。

 彼も帝都には居られない事情があって。道中に私達を追ってきた《天の智慧研究会》と抗争になり、護衛という形で私と一緒にフェジテまで辿り着いた。

 ……この流れの真実を知ったのは、この前の事件後、帝都へやってきた日の夜。

 私とアステルはアルフォネア教授に連れられて工房見学に行っていた頃、システィはその真実を聞いていた。

 それを私に話してくれて、数年越しにあの日の事を理解することができたんだ……。

 

『なんと【マインド・ブレイク】すら耐えたぁあああ――ッ!? 凄い! この二人は本当にすごいぞぉおおお――ッ!?』

 

 いつの間にか私とジャイル君の一騎打ちになっていて、洪水のような歓声と風のような拍手が巻き起こる中、未だに選手入場口で私達の様子を見ていたアステルと視線が合う。……やっぱり、わかってない。

 私はきろっとアステルを睨めば、彼はえっと驚いた顔をして苦笑いを浮かべながら片頬を掻く。……いつもああやって誤魔化すんだから。これでも私、怒ってるんだからね?

 せめてもの意趣返しにと、アステルに向かって少しだけ瞼の下を引っ張って軽く舌を出していると、隣に居たジャイル君が「ふん」とひとつ鼻を鳴らした。

 

「お前……女のくせにやるじゃねえか。ここまで気合い入ってるやつは野郎でも、滅多にいやしねえ」

「そ、そうかな? じゃあ、アステルは?」

「……あいつは別格だ。あいつは……普段からいつだって死んじまえる様な覚悟を固めてやがる。お前もそうだろう?」

「……どうだろうね?」

「へっ。だが、そろそろきついんじゃねえか? 脂汗浮いてるぜ?」

「あ、あはは……わかる? うん、実は結構きついかも。……今も一瞬、くらっとしちゃったし……」

 

 実際はアステルの事ばかり考えていたから、白魔【マインド・アップ】の効力が弱まってしまったのかもしれない。

 今は競技に集中。ぱちっと両頬を軽く張って気合いを入れ直すと、ジャイルは目を伏せて再び鼻で笑った。

 

「棄権したらどうだ? 三日昏睡は嫌だろ?」

 

 む、そうするとアステルに三日三晩看て貰えるってことになるのかな?

 それはそれで……と一瞬考えたけれど、私は軽く頬を熱くさせながら顔を横に振る。

 

「心配してくれてありがとう、ジャイル君。でも……だめ。私だって負けるわけにはいかないんだ」

 

 ジャイル君がやれやれと肩を竦めて腕を組んだ。

 

「はっ……わからねえな。どいつもこいつもが自己顕示欲と名誉欲にまみれたこのクソくだらねえ競技祭ごときに。……一体、何がお前にそこまで――あぁいや、なんでもねえ」

 

 これ以上は野暮ってもんだ、と彼は頭を掻きながらツェスト男爵へ向き直った。

 ……顔が熱くなっていく感じがして、私はひとつ深呼吸をしながら彼に倣う。

 

「それにね、楽しいんだ。皆と一緒に、何か一つのことを目指すのって、すごく楽しいよ? ジャイル君。先生やアステルのおかげで私も初めて知ったんだ。だから、私も頑張らなきゃ」

「…………ふん、そうかい」

 

 それ以降、彼から話を振られることは何もなかった。堅い信念をもって立ち塞がる好敵手に語る言葉はない、ってやつなのかな?

 

『では次! 第二十八ラウンド――ッ!』

 

 ――彼はきっと、これからも“誰か”の為に歩き続けるんだと思う。今は自分の為だと勘違いしているけれど、それでも、その信念を曲げずに。

 誰よりも優しくて、勇敢なアステル。

 そして私達の中でも一番の、哀しい過去を背負っている彼を。

 私は一歩前に立って、手の握り引いてあげられるような存在になりたい……。

 その為にも、今は。

 

(強く、ならなきゃ――)

 

 ツェスト男爵から二度、三度と重ねられる呪文に私達も【マインド・アップ】を次々に唱えながら【マインド・ブレイク】に耐えていく。

 二十九、三十、三十一……!

 最初に比べてかなり威力があがった【マインド・ブレイク】が、私の【マインド・アップ】を突破した。

 喪心を引き起こす金属音。それが私の耳朶を叩き、頭の中が何かに引っ搔き回されたような感覚になる。

 

「……ッ!!」

 

 ぐらっと視界が揺らいで、バランスを崩しながら片膝を地面に付きながら俯く。

 

「大丈夫かね、ルミア君……ギブアップかね?」

「…………いえ」

 

 朦朧とする意識の中で、ツェスト男爵の声が歪みながら聞こえてくる。

 ここで立ち止まったら、彼の前なんて歩けるわけがない。夢のまた夢になってしまう。

 お願い、立って……! 立って、その先に――もっと……!!

 膝に手を置いて、頭を振りながらゆっくりと立ち上がる。

 

「……大丈夫です。まだ、行けます――!」

 

 力強く言い放つ。それが気合いになって、揺らいでいた視界が徐々に収まってきた。

 

『……では! 張り切って参りましょう! 可憐な少女が、屈強な男に勝るその光景を、我々は目にできるのか!? 第三十二ラウンド――開始ィッ!!』

 

 そして、さらに強くなった【マインド・ブレイク】が私達に襲い掛かる。

 

「……ッ!?」

 

 合わせて【マインド・アップ】を発動するけれど――あまりの威力に、魔術を維持する事すら困難になってしまう。

 

 ――もう、ダメ……これ以上は……!

 

 目を瞑り、またあの金属音に襲われることを危惧して身構えた。――そんな時だった。

 白い軌跡が舞い、私達の前で陽の光を浴びた銀色の刀身が煌めいて、【マインド・ブレイク】の金属音が風の様に取り払われてしまう。

 強い光に、私は顔を腕で覆うと、

 

『――棄権だ!」

 

 するりと私の脇に手が回されて、その手に携えられていた堅い感触が剣であることを理解する。

 今まで何度も言葉を交わしてきた、彼から発せられる優しい声音。でも今は見る影もなく、真剣の様に鋭い声音に感じられた。

 ああ、やっぱり私は……彼がいないと、前には進めないのかもしれない。

 目を閉じたまま、抱き寄せられた私は彼に身体を委ねる。

 

「アステル……?」

 

 不安になった私は、彼の“色”ともいえる白い外套を握りしめて、ゆっくりと目を開きながら彼の名前を尋ねる様にして呟いた。

 

「うん。僕だ。……よく頑張ってくれたね、ルミア。……ありがとう」

 

 優しく、ゆっくりと掛けられた、彼からの言葉。

 もう何度、彼と“ありがとう”という言葉をやり取りしたんだろう。

 でも、ここで私が頑張らなきゃ、彼が……。

 

「でも、優勝が……。ここで私が勝たないと、あなたが……」

「……確かに、この勝負は惜しかった。でも、流石にルミアを三日間も昏睡させるような真似は、僕にはできないよ」

 

 だめだ。彼の優しさが身に染みて、思わず涙が出てくる。

 

『え、えーとアステル? 今、なんて?』

 

 実況の男の子がアステルへと尋ねると、彼はその場で大きく頷いた。

 

「二組、ルミア=ティンジェルは、第三十一ラウンドクリアの時点を以て棄権します」

 

『な、なんと……二組ルミアちゃん、三十二ラウンド中に、棄権……。これはまた、呆気ない幕切れ……』

 

 実況がそう呟けば、辺りはしん、と静かになる。

 ……それもそうだと思う。飽くまでアステルは、発動中の精神作用系魔術の中へ飛び込んで、それを打ち消したのだから。ヒューイ先生が発動していた【サクリファイス】を破壊した様に。

 彼が剣を持っていたから、周りの人からは魔術を斬り捨てた様に見えたはず。

 それだけの実力者が『棄権だ』と言えば、反論もできないと思う。

 

「ジャイル君も粘るなぁ。流石は男子筆頭だね」

「………」

「……んっ?」

 

 アステルは苦笑しながらジャイル君へと顔を向けるけれど、彼は腕を組んだまま微動だにしていなかった。

 ツェスト男爵が悠々とした所作でジャイル君の元へと歩み寄ると、目元のモノクルの位置を直す。

 

『おや、どうしたんですか、男爵?』

「ジャ、ジャイル君は既に――」

『……すでに?』

 

 そこで、アステルが動いた。

 

「ひゃっ!?」

 

 私は脚に手を回されて抱き上げられ、落ちそうになった私は慌ててアステルの首元に腕を回す。

 こ、これは――!

 い、いわゆる……お姫様抱っこ、ってやつじゃ……!?

 慌てて彼の顔を見上げれば、アステルはなんだか嬉しそうに笑っていた。

 

「立ったまま気絶している――!!」

 

『な、なんだって――!?』

 

「……恐らく第三十一ラウンド時点で、勝負は決していたはず。我々はルミア君だけ(・・)を心配していたからね」

「だけを強調しないでください。」

「ア、アステル。とにかくおろして……。私歩けるからっ」

「嫌だ。とにかく戻るよ」

 

 それは嫉妬なの? 純粋にその、変わった嗜好を持っている人相手だからなの?

 

「と、とにかくジャイル君、第三十一ラウンドクリアならずと認定する……」

『なんというどんでん返し――!! この勝負を制したのは紅一点、二組のルミアちゃんだったぁ――ッ!? っというか、立ったまま気絶するとか関羽かッ!!』

 

 爆音の様な大歓声が渦巻いて、アステルは安心した様に口元を緩めて、私を抱き上げたままみんなの元へ歩いてゆく。

 

「まったく。君はいつも無茶をするんだから」

「それはこっちの台詞、だよ?」

「……はは、そうだったね」

 

 ちょんっと彼の鼻の頭を軽くつつくと、彼は苦笑いを浮かべながら小さく頷くのだった。

 

 

       ◇

 

 

「グレン君、あーん♪」

「………」

「あ~ん!」

「ちょ待てよ。一人で食えるっての」

 

 嬉々としてグレンの隣に座っていたセラがフォークに刺さったベーコンのアスパラ巻きをグレンの口元へ運んでいたが、その好意が気恥ずかしかったのか、グレンは目の前に広がるランチボックスに詰められた卵焼きを手掴みで口に頬張った。

 

「あ~っ! 今逃げたー!」

「うっせ! 昼飯ぐらい静かに食べさせろ!?」

「むぐぅ~……!」

 

 まるで餌を貰えなかった時の犬の様にセラがきゃんきゃんと吠えると、グレンは顔を赤らめながらセラが持っていたそれを自分で食べさせる。

 彼女は涙目でグレンを睨み見ており、アステルは全員分のコーヒーを配りつつも嬉しそうに微笑んでいた。

 

(相変わらず仲が良さそうでなによりですね、先生)

「ヘタレめ……」

 

 紙コップに淹れられたコーヒーを啜っていたシャルがアステルの隣で目を細めながらグレンを睨み見ている。その視線に気付いた彼はこちらをギロリとみるが、……僕は何も見てません、とばかりにアステルはそっぽを向いてルミアとシスティにコーヒーを回していく。

 競技祭は午前の部と午後の部に分かれており、現在はその間に設けられた昼休み。

 グレンのクラスの生徒達も一度解散し、昼食の為に各自分かれて移動を始めている。

 最も、殆どの親子連れの生徒達は学院校舎の出店を回っている。これはアステルの仕事量を少しでも軽減させるためのものだった。

 だからこそ、アステルはこうしていつもの面々と共に昼食を摂れているのである。

 真っ青な空の下でレジャーシートを広げ、和気藹々とした雰囲気の中で食べる昼食ほど心休まるひと時はない。

 ない、のだが……。

 

(この後はリゼ会長と合流して、お店を回りながらオーナーへの挨拶か。……午後からは――)

「アースーテールー?」

「――ぅひっ?!」

 

 いつもの癖で下顎を指でつついていた所を、右隣りに座っていたシスティが恐ろしいほどの笑顔を覗かせてきたからか、アステルは思わず変な声を上げた。

 

「まったく。食事の場でくらい仕事の事は考えないように!」

「は、はい……ごめんなさい」

 

 腕を組みながらぷんすこと頬を膨らませたシスティにアステルは頭を垂れていると、彼の前に置かれたランチバッグに収まっているサンドイッチがシャルに奪われる。

 

「シャルは人のご飯取らないの!」

「へへ、お前の飯はあたしの物、あたしの飯はあたしの物!」

「ジャイアニストめ……。もう、どうしてあなた達はルミアみたいに静かに食べられないのかしら……」

「まぁまぁ……」

 

 護衛役の二人揃って行儀の悪さをシスティに呆れられ、ルミアは彼女を宥めにかかった――その時。

 

「セラ。…………あーん」

「――えっ?」

 

 アステル達の目の前では、まさかのグレンが頬を赤くしながらも先ほどのセラと同様の行動を取っていた。

 

「ごふっ!? ごほっ、ごほっ!?」

 

 ……まさか、ここでデレるとは……!!

 啜っていたコーヒーが器官に入ったのか、アステルはそっぽを向いて激しく咽た。

 そして、当のカウンターを受けた本人はというと。

 

「~~っ!? ぶふぅ――っ……!?」

「ちょおい!? コイツ吐血したぞ!?」

 

 一瞬彼から差し出されたフォークを見つめた後、徐々に赤面し口から血を吐きながらこてんとその場に倒れこんだ。

 

「我が生涯に、一遍の悔いなし……がくっ」

「セラ!? おいセラしっかりしやがれ!? なんだってんだよ!?」

 

「わぁ~お……」

「……青いねぇ」

「……すっ、すごいもの見ちゃったかも……」

 

 女子三人組はそれぞれ顔を赤くしながら、グレンが慌ててセラを抱き上げ介抱を始める姿をまじまじと見守るのだった。

 

 

『あのリア充共ぶっ飛ばす……』

 

 周りにレジャーシートを広げていた学院の卒業生達の静かな憎悪の視線を受けているとも知らずに……。

 

 




 ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
 本当に長かった……。どうして長かったのか、それは……。

 1.オンゲの方がもう、なんというかね、全盛期ばりにハマりこんでしまいました

 2.小説家になろう様でオリ小説(何気に処女作?)を投稿開始

 ……いやなんだろう、「ロクでなし魔術講師の禁忌教典」を書いているだけあって二次創作者もロクデナシになって……おっと誰か来たようだ(

 これから文字数がだんだんと少なくなってきてしまうかと思います(あと深夜に執筆しているので文章が今まで以上に拙くなってしまいそうな……苦笑)

 そして最新刊が出るごとに作者の設定とプロットが崩壊しておりますほんっとごめんなさい! できる限りロクアカの世界に合わせる形で頑張りますが、特に謎なタグについては変更のしようがないので、このまま突っ切ります。
 これからのお話の中で、原作との相違によって「あれ?」と混乱させてしまうことも多々あるとは思いますが、どうか今後もお付き合いいただければ幸いです。

 それでは、また次回でお会いしましょう!




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第十六話 邂逅と逢瀬

 大っ変お待たせしました……! 最新話でっす……!
 今回からかなり短めになります、ご了承くださひ……!


「――グレンとセラ、だな」

「……ん。どう見てもグレンとセラ」

 

 簡素なカップに淹れられたコーヒーを啜りながら口を開いたのは、藍色がかった長い黒髪の青年だった。

 その隣で紙に包まれたハンバーガーを頬張っていた少女は、まだ十代半ばの小柄な少女であり、ナイフの様に鋭い目つきに、やや眠たげに細められた二人の瞳の先には、仲睦まじく生徒達と共に昼食を楽しんでいるグレンとセラの姿があった。

 そして、二人と楽し気に会話を繰り広げる白髪の少年を見て、青年は安心した様に息を吐く。

 

「それに……彼もいるのか」

「ん。アステルも元気そう。……よかった」

 

 一瞬だけ穏やかに微笑んだ少女を見た青年は、グレンについての話を戻す。

 

「俺達に何も言わずに去って行ったと思ったら……。こんな所に居たとはな」

「でもセラが居るなら、納得できる」

 

 青年の隣に立っていた少女は音もなく、グレン達のいる方へと歩き始めた。

 

「待て」

 

 威嚇するような固い声と共に青年は手を伸ばし、少女の後ろ髪に括られた尻尾(・・)を無慈悲に掴んで引き留める。

 がくんっと少女の頭が引っ張られ、その小さな身体が後ろに傾いた。

 

「……何をするの? アルベルト」

 

 表情のないまま、少しも感情をにじませず、少女が青年に尋ねる。

 すると彼女はさも当然とばかりにこう答えた。

 

「それは俺の台詞だ。何をする気だ? リィエル」

「決まってる。……グレンからアステルを取り返しに行く」

 

 ぐいっと。青年――アルベルトは掴んだリィエルの後ろ髪をさらに引っ張った。

 

「痛い。どうして引っ張るの?」

「余計な事はするな。任務を忘れたのか?」

「…………。んーと…………よく分かんない」

 

 子猫の様に無表情で小首を傾けたリィエルに、アルベルトは眉間に指を当て凝り固まった表情筋を解しながら、彼女へと伝えてあった任務について語り始めるのだった。

 

 

       ◇

 

 

 昼食を終え、腹ごなしにとセラに学園内の案内を始めるシスティ達。食べ過ぎで腹を膨らませたグレンは、アステルと共にレジャーシートでその姿を見守りながら、食後のコーヒーを啜っていた。

 

「なあ、お前さ……。魚は好きか?」

「魚……ですか?」

 

 足を前へ投げ出しながら右腕を地面にやり、遠くを見つめているグレンに、アステルも胡坐をかいて尋ね返す。

 

「あぁ。そして、東洋の一部では「寿司」と呼ばれる米の上に生魚の切り身を乗せた食べ物があるらしい。ネタ、そしてシャリ……。そう呼ばれているそうだ。その寿司とやらのミニマリズムを、俺達は……軽視してた気がするんだ。俺は最近、あのシンプルさには、何かがあると思い始めた……」

「ニーハイは、どうなったんですか……?」

 

 今日のセラの格好は、見事に二人の約束の通り。白黒のボーダーニットに、黒色のやや短めのスカート。そして、ニーハイ。上着にはカーキ色のミリタリージャンパーを着込み、見事にニーハイを際立たせた服装をしていた。

 これがグレンの差し金だとすれば……。彼は、やってのけたのだ。

 あれだけの仕事量。そして学院には女子生徒の目がある中で、その視線を掻い潜り、ようやく見つけた……モデル。

 

 それが、彼女(セラ)だったのである。

 

 彼の見立ては正解であり、年若い少年であれば彼女の姿を見れば息を呑んでしまうほどの……脚線美。

 以前にグレンが主張した、ソックスの口ゴムとボトムスの間に出来る領域。彼女の短いボトムスと上着の長さも相まり、自然と目の行くその領域には、黒い絹同士に合間から伺える新雪の様な瑞々しい白肌が、夜明の太陽の様に煌めていた。

 

 アステルは不安げにグレンの表情を伺ったが、彼は目を伏せ顔を横に振る。

 

「バカだな……。冒険の中で一番の宝物は、回り道、だろ?」

「先生……。ええ、そうですね。僕も、思い当たる所がたくさんあります」

「そうか……分かってくれるか」

 

 互いにしみじみと頷いていく。

 グレンは話題を戻す為にカッと瞳を開き、アステルを見つめた。

 

「次のムーブメントは、シンプルな……「生脚」、だ」

「なっ、生脚……!?」

「――ホンモノに、飾りなんか要らない! 飾らない脚を見て、そこに漲る命の息吹を、ただ……感じればいい……」

 

 拳をきつく握りしめ、饒舌に語るグレンを見たアステルも、彼の言葉に耳を傾け、そしてその言葉が耳朶を叩き、性少年としての脳を覚醒させていく。

 

「飾り……。――そうかっ! ニーハイとは、着飾ることで見出せる、絶対的な領域……! シンプルかつ、自分だけが曝け出せる、オンリーワンのその輝きは……つまりっ」

「ああ。俺達の求めている……女性の美。そのものだ」

「それが嫌いな人は、男性とは認められないんじゃないでしょうか」

 

 ピシガシグッグッと互いの腕を合わせる二人。双方の瞳には決して折れることの無い意志が芽生え、それと同時に、二人の間には鋼よりも強固な絆が生まれていた事を……彼らは改めて痛感する。

 

「――決まりだ。モデルの心配は要らない、俺が全力で探す! 聖なる探索は、次のフェーズへ移行する……!!」

「はいっ、先生!!」

 

 彼らの輝かしい笑顔とは裏腹に、下心丸出しの会話を聞き取った周囲の女子生徒達は、頬を赤らめながらも静かにスカートの裾をつまんで下げた……。

 

 

       ◇

 

 

 休憩時間も中盤に差し掛かった頃。アステルは生徒会長であるリゼ=フィルマーに同行し、学院校舎の前で出店してくれている店舗のオーナーへの挨拶等を済ませた後、彼女の指示のもと、学院敷地内の北部にある森……通称『迷いの森』の入り口付近で、来場者などが居ないか見回りを行っていた。

 その指示には彼自身を休憩させるというリゼなりの計らいでもあったのだが、まじめな彼はその気遣いなど露知らず。木陰や生い茂った草を掻き分け、子供などが迷い込んでいないか逐一見て回っている。

 彼女が見れば呆れを通り越して感心する所だが、それを発見したのはルミアだった。

 

「あっ、アステル~」

「ん、ルミア? どうしたのさこんな所で」

 

 いつもより目立つ服装だったアステルを彼だと認識するのも秒、といったレベルで、軽い足取りで駆け寄るルミア。

 半ば確信を持っていたものの、もしも間違っていた時の気まずさはない。「(よかったぁ、当たってた)」、と呟いた彼女は照れくさげに軽く頬を赤く染め、後ろで手を組む。

 

「うん、学院中が賑やかだから、少し落ち着かなくて。アステルは?」

「あはは……。実は、会長から迷子が居ないか見てきて欲しいって頼まれてさ」

「(それって休めってことなんじゃ……)」

「え?」

「ううんなんでもないよっ? ね、せっかくだし、アステルもちょっとだけ一息つかない?」

 

 畳みかける様に誤魔化したルミアは、持っていた紅茶の入った水筒を取り出しながらアステルを誘う。

 

「ははっ、そういうことなら」

 

 そのくらいなら会長も許してくれるだろう、と思ったアステルは、ルミアと共に近くにあったベンチに腰かけた。

 ゆったりとした所作で水筒のコップに紅茶を注ぐルミアを視界の端に捉えたあと、アステルは背もたれに身体を預け、ゆっくりと目を伏せて深呼吸する。

 草木が揺れ、深緑の葉がこすれ合う……アレックス達と過ごした森に似た雰囲気を感じ取ったアステル。

 激流の様に押し寄せた忙しさも、この一時は忘れることができた。

 不思議と閉じた瞼が上がらなくなり、心地良く吹いた風によって意識がさらわれていく。

 

「――………」

「(……やっぱり、寝ちゃったかー)」

 

 コップを両手で抱えたルミアは、中に入った紅茶をちびりと口に含んだあと、彼の寝顔を見ながらゆっくりと嚥下する。

 さほど重いわけでもないコップ。それを両手で持ったまま、というのは少し勿体無い。

 そんな気がしたルミアは、彼の目元に乗った前髪を右手でそっと払いながら……片頬に優しく触れた。

 張りがあり、彼の身体で恐らく一番柔らかいであろうその頬の触り心地は堪らず、あのルミアでさえも冷静さを失いかける。

 

(なにこのほっぺ!? プリンみたいに柔らか――じゃなくてっ! あぁぁ摘まんでみたいけど絶対起きちゃうし……うぅぅ……)

 

 あぁでもないこうでもないと瓦解しかけた理性を働かせようと目を瞑り顔を振り、その合間も優しく彼の頬をふにふにと指圧するルミア。

 そんなところに、一人の女性に声を掛けられた。

 

『――おや。暫く見ないうちに、随分と仲良しになられたのですね』

 

 びっくぅ! とその声に思わず飛び上がったルミアは咄嗟にアステルから手を……放さない。

 ギギギ、と油の刺されていないブリキ人形の様に顔だけを声の主に向けると、その女性を見て更に驚く。

 

「おか……じょ……女王陛下……?!」

 

 

 そこに居たのは他でもない――アルザーノ帝国女王アリシア七世、その人だった……。

 

 

       ◇

 

 

「(……さて。アリスのやつ、うまく接触できたかな?)」

「あっ! セリカさん、ここのクレープアステルくんのお勧めなんですっ! 一緒に食べませんか?」

「ほう? そうか、彼も甘味には詳しいようだし、どれ、一つ貰おうか」

 

 昼下がり。セリカはセラと共に露店を練り歩いていた。

 その笑顔を輝かせながら手にしていたクレープを差し出すセラの手に触れて受け取り、苺のピューレとチョコレートが掛けられたそれを一口頂く。

 いつもならば親友のアリシア――アリスと午後のティータイムと洒落込むところだったが、彼女の「娘に逢いに行く」という言葉に倣い、自分も「(将来の)娘に会いに行こうか」と相成ったのである。

 もちろん、アリスを離席させるために王室親衛隊の隊士達をちょろまかした後で、だが。

 一応グレンも誘ったのだが、「女同士ゆっくりしてこい」との事だったので、久々の嫁と姑(希望的観測かつ絶対案件)水入らずになっていた。

 

「おぉ……うん、美味いなこれは!? なるほど、チョコレートの甘さを控えて、苺の酸味と甘みを引き出しているのか……なるほど、やりおるっ」

 

 手元のクレープを見つめながら「帰ったらグレンに真似させよ」と呟いたセリカにセラは思わず笑ってしまう。

 

「んっ、どうした? 私の顔に何かついてるか?」

「ふふっ……セリカさん、口にクリームが付いてますよ?」

「おっ……」

 

 セリカは自分の口元を見た後、軽く頬を赤らめて親指でそれを絡めとり、口元に運んだあと、むすーっと軽く頬を膨らませて「笑うより先に教えてくれ、私も大の大人なんだぞ」と軽い恨み言を呟く。

 そんな姑(仮)の一面を見たセラは思わず(可愛いなぁ)と感じてしまった。

 二人の関係は良好だろう。人の好い性格のセラに、あのロクでなしを女手一つで育て上げたセリカの愛称は抜群に違いない。

 

(まったく、アイツには勿体ない恋人だよ)

 

 フッと再び口元にクリームを付けたセリカはクールに笑うのだった。

 

 

 

「やっぱ俺じゃあ力不足だったみたいだな。ここは後日また改めて出直すとすっか。グレン=レーダスはクールに去るぜ」

 

 二人を陰ながらに見守っていたグレンだったが、自分以上にセリカと良好な関係を築いているセラに安心して踵を返す。

 ――彼と擦れ違う様に、一人の黒髪のメイドがセリカへと凶報を持ち込む事も知らずに。




 此処までお読み頂きありがとうございます!
 UAがついに1万近くに……お待たせして申し訳ありませぬ……。

~あとがきのコーナー~

 システィ:先生がストーカーじみてきたわね……

 アステル:いやいやいや、陰ながら僕達を見守ってくれてると思えばっ!

 セリカ:いや、あの様はまさにストーカーのそれだぞ? 衛士に突き出しても構わんが

 アステル:教授もほどほどにしてあげてください!? 物語が進みません!?

 セリカ:そんな事言われてもな……。ぶっちゃけ主人公がストーカーって……なくね?

 アステル:(あ、なんだかグレン先生への風当たりが強い……そしてメタい……)


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第十七話 想い、交錯す

 ルミアの声にハッとして覚醒したアステルは、目の前の人物にぎょっとする。

 

「これはっ……じょ、女王陛下……っ!!」

 

 飛び上がる様にして驚いた彼はその場で片膝を突き、恭しく平伏する。

 

「大分お疲れの様ですね、アステル。顔の化粧も随分と厚いみたいですし……母親代わり、といっては酷だとは思いますが……少し心配になります」

「あ、いえ、その……。陛下こそ、日頃お疲れでしょう……。自分など……」

「そんな、御顔を上げてくださいな、アステル。今日の私は帝国女王アリシア七世ではありません。帝国の一市民、アリシアなんですから。さぁ、ほら、立って?」

「いえ、そう仰られましても……。その……し、失礼します……」

 

 アリシアに手を取られたアステルは、彼女に引き上げられ、恐る恐る立ち上がっても尚、目を合わすことができない。

 きつく目を瞑り、自分の後ろに居るルミアを想えばこそだろう。

 そんな彼の心情を察しているアリシアは、雰囲気を和ませようと微笑み掛けた。

 

「ふふっ……。三年ぶりですね、アステル。随分と大人びて……落ち着きもあって。選手宣誓の時は、とても驚きました」

「はは……恐縮です。陛下も、御変わりないようで安心しました」

「ええ。……貴方には、ずっと謝りたいと思っていました」

 

 ふと、アリシアは目を伏せ、ハッとして顔を上げたアステルは「あ、謝るだなんて、そんな――!」とそれを否定しようとするも、彼女は顔を横に振る。

 

「貴方は私の為に……家族の弔いを投げ出し、私のお願いを聞いてもらう形になってしまって……。本当に、我が身の不甲斐なさと申し訳なさには、言葉もありません……」

「いえっ、全然気にしていませんから……! 宮廷魔導士の方に、あんなに立派なお墓も立てて貰えて、父も母も喜んでいるはずです! それに――陛下のお願いを引き受けたのも、他でもない僕の意思です! 彼女を護れることは、僕にとって最大の栄誉でもあるんです。ですから、どうか……顔をお上げください……」

 

 アステルは声が震えても尚、彼女の謝罪を固辞する。過去を飲み込んでも、自分に近しい人物からその話題を持ち出されれば、その光景は今でもフラッシュバックする。

 あの凄惨な出来事を、これ以上自分の周りで起こさせるわけにはいかないと、改めて心に宣誓させられる。

 アリシアはその言葉を聞いて顔を上げると、その眦には大粒の涙が溜まっていた。アステルは懐からハンカチを取り出すと、彼女へと差し出した。

 差し出されたハンカチをきょとんと見つめたアリシアは、目を伏せて微笑みながらそれを受け取り、涙を拭ったあと……彼を抱き締める。

 

「へ、陛下……?」

「あんなにも小さかった男の子が……。今ではもう、立派な騎士様ですね。背もとっくに抜かされてしまって……本当に、大きくなりましたね。アステル……」

「……はは……。……はい。此処に住まい、日々研鑚を積むこと。同じ学び舎で切磋琢磨する事ができるこの街で過ごせること。総て貴女のお陰です。改めて感謝を。女王陛下」

 

 抱擁が解かれたアステルは再び平伏すると、アリシアは彼の肩に手を置いて頷き返した。

 

「それで、その……。陛下、本日はどのような御用向きで……? 僕の様子だけ(・・)を見に、という事でもないのでは」

「……ふふっ、そうですね。今日は――」

 

 アリシアは視線を横にずらし、その視線が捉えた先には、呆然と立ち尽くしているルミアがいた。

 

「……お久しぶりですね、エルミアナ」

 

 そんな彼女に、アリシアは真名と共に優しく語り掛ける。

 ルミアは無言でアリシアの首元に視線を彷徨わせるも、そこに翠緑の宝石が収まった金細工のネックレスが掛けられているのを確認すると、彼女は目を伏せった。

 

(ルミア……)

 

 アステルもアリシアと視線を合わせられずにいたのも、それが原因だったのだ。

 中身のない空のロケット。ルミアはそれを大切に身に着けている。

 それが、他でもない自分の母……アリシアとの唯一の繋がりだから。

 

 間近にいる娘に対して、優しく語り掛けるアリシア。その心の内側は、彼女を放逐して尚、今も変わらず母親として……娘の身を案じているかのように。優しく、温かく……。

 そしてそれがどれだけ、娘であるルミアの心を搔き乱しているか。

 痛ましい親子の会話。そんな姿を、アステルは眉に皺を寄せ、唇をきつく噛みしめながら――

 それでも尚、二人から視線を逸らさない。目に焼き付ける。過去も現在も、そして未来も……今以上に、彼女を護るという誓いを立てる為に。

 

「あぁ、夢みたい。またこうして貴女と言葉を交わすことができるだなんて……」

 

 そして、感極まったアリシアは、ルミアに触れようと手を伸ばす……。

 

「エルミアナ……」

 

 しかし……。

 

「っ……」

 

 アステルは息を呑む。

 なぜなら、ルミアはまるでアリシアの手から逃げる様に、片膝を突いて平伏したからだ。

 

「……お言葉ですが、陛下」

「っ!」

「陛下は……その、失礼ですが人違いをされておられます」

 

 ルミアがぽそりと呟いた言葉に、今まで心の底から嬉しそうだったアリシアが……凍り付いた。

 

「――私はルミア。ルミア=ティンジェルと申します。恐れ多くも、陛下は私を、三年前に御崩御なされたエルミアナ=イェル=ケル=アルザーノ王女殿下と混同されておられます。日頃の政務でお疲れかと存じ上げます。どうか、ご自愛なされますよう……」

「……ぁ……」

 

 慇懃に紡がれたルミアの言葉に、アリシアも気まずそうに押し黙る。

 

「……そう、ですね。あの子は……エルミアナは三年前、流行り病にかかって亡くなったのでしたね……。あらあら、私ったらどうしてこんな勘違いをしてしまったのでしょう……? ふふ、歳は取りたくないものですね……」

 

 彼女は薄く微笑み、目を伏せながら……頷いた。

 せめて、その手を受け入れる事ができたなら……アリシアは、どんなに報われただろう。

 ルミアは……どれだけ救われただろう。

 

 きっと……間違いなく。アリシアは、放逐した娘と逢う為だけに、無茶を働いている。

 アステルにとっては、恐らくレクターがこの近辺一帯に人払いを敷き、セリカが裏で糸を引いて脱出の機を作り上げている事は容易に想像できたのだ。

 だというのに……この結果は、あまりにも……何一つ、救い様がない。

 

(何が政治だ……。何が《魔法》だ……ッ! ふざけるな……ふざけるなッッ!! 馬鹿野郎ッ!!!)

 

 指の合間から血が滲み、地面に滴るほどに強く拳を握りしめる。唇が切れ、血が口元を伝う。

 この時ばかりは、優しい彼も心を乱す。この世界に存在する《魔術》という存在を呪う。

 

(こんな……こんなにも、逢いたがっている二人すら引き裂いて……!!)

「……くっ……!」

 

 哀愁が漂うアリシアの背中。そして俯きながらもその場で平伏しているルミアの姿を見て、アステルはきつく目を閉じてその二人の姿を焼き付ける。

 そんな彼を置いて、ルミアは淡々と言葉を紡いだ。

 

「勘違いとはいえ……このような卑賤な赤い血の民草に過ぎぬ我が身に、ご気さくにお声を掛けて頂き、陛下の広く慈愛あふれる御心には、感謝の言葉もありません……」

「いえ……いいえ。こちらこそ。不愉快な思いをさせてしまって、申し訳ありません」

 

 暫くの間、重い沈黙が周囲を支配する。

 ルミアは何も言わない。アリシアは何かを言おうとして口を開きかけても……漏れるのは、彼女の吐息だけ。

 ……そして、諦めたかのように口を閉ざす。……その、繰り返しだった。

 ――無情にも、時間は有限だ。

 

「……そろそろ、時間ですね」

 

 未練を振り切る様に、アリシアはアステルへと振り返った。

 

「アステル=ガラード。エル――……ルミアを、よろしくお願いしますね?」

「……――はい、陛下。この身に代えてでも」

 

 アステルは何か物言いたげな表情で見送る中、アリシアは静かに去ってゆく。

 ……掛けられる言葉なんて、一つもない。この二人の問題は、二人でしか解決できないものなのだから。

 問題の奥底に眠るものが『感情』である以上、たとえ幼馴染であっても、友人で、親友であっても……。どんな正論も、慰めも。まったく役に立たない。

 

「…………――」

 

 その場に恭しく平伏したままのルミアは、終に一度も……去り行くその背中に目を向けることはなく……。

 

「……ねぇ、アステル……」

「……なんだい、ルミア?」

 

 消え入りそうな声で、その場に座り込んでしまったルミアはアステルへと語り掛ける。

 

「今だけは、甘えてもいい……?」

「……勿論。喜んで」

 

 アステルは手の平に滲んだ血を拭い、ルミアの前で膝を突くと、両腕を伸ばしてきた彼女を抱き締めた。

 

(……冷えてる……)

 

 コートの上からでも分かるほど、肩に手を回された彼女の手は冷たくなっていた。そして、首元に顎を乗せた彼女の嗚咽だけが聞こえてくる。

 ちら、とベンチの上を見れば……まるで彼女の心を体面しているかのように、コップに注がれた紅茶も冷え切っていた……。

 

 

       ◇

 

 

「私……怖いのかなぁ……」

 

 落ち着きを取り戻したルミアは、新しく注がれた紅茶のコップを手に持ちながら、空を見上げていた。

 あれから、少し時間が経ったものの、血を流していたアステルの処置をしつつ、二人はお互いが落ち着くまでその場に居座っている。

 クラスの競技についてはグレンやシスティが会場に居るので滞る事はない。アステルは自分の仕事よりも家族を取ったのだ。

 後になってしわ寄せは来るものの、今は「そんな事」と片付けられるくらいには冷静になれている。

 

「私を追放した前日まで……あの人はとても優しかった。――でも、私が追放されたあの日、あの人に呼び出されたら、国の偉い人達が険しい顔でたくさん集まってて……。あの人は、凄く冷たい目で私を見つめていて……。それがまるで、別人の様に……」

「……それは………」

「さっきのあの人はとても優しかったけれど……また、いつ私に対して、突然、あの冷たい目を向けてくるのかと思うと……怖くて。だから……私は、もう一度あの人に逢って確かめたい」

「うん。いいよ」

 

 意を決した様に、ルミアは隣に座るアステルを見つめると、彼は笑みを浮かべたまま、二つ返事でオーケーした。

 

「ほ、本当……?」

「一年生の時なんて、無断で教員室に忍び込んで鍵を取って来ちゃうくらいだし。それだけ行動力があるんだから、ルミアは」

「もうっ、時効になった話はやめてよ~」

 

 彼女もようやく笑みを浮かべ、穏やかで和やかな雰囲気が辺りを包み込む。

 ――が。

 

「……?」

 

 ふと、アステル達の前に奇妙な集団が現れる。

 その集団は全員、軽甲冑に身を包み、緋色に染め上げられた陣羽織を羽織った……。

 王室親衛隊だった。

 それも五人。その全てが腰に細剣を佩いており、弧を描くような陣形で足早にこちらへ向かってきた。

 

「……王室親衛隊?」

 

 ルミアは訝し気に小さく呟くと、アステルは立ち上がり、彼女を護る様に自分の後ろへと下がらせた。

 帝国軍の精鋭中の精鋭。最も女王陛下に忠義の厚い人物達で構成された、王室一族を何よりも優先して護衛する――王室の守護神。

 故に、王室親衛隊は今回の女王陛下の学院訪問の折、当然の様に陛下の警邏と護衛を務めているはずなのだが――。

 

(……陛下がここに来たのを知ってるのか? ――いや、レクターさんがそんなミスをするはずがない)

 

 人柄と関係は最悪だが、認めている処は認めている。彼が女王陛下たっての密命を、親衛隊に情報をリークするだなんて事はまず考えられないのだ。

 

「ルミア=ティンジェル……だな?」

 

 まるで二人を囲むように素早く展開された布陣の中、アステル達の正面に立った、その一隊の隊長格らしい衛士が低い声で問いかけてくる。

 アステルとルミアは顔を見合わせ、彼はコート裏にある銃へ手を掛けた。

 

「……ルミア=ティンジェルに間違いないな?」

「は、はい……そ、そうですけど……」

 

 一触即発の空気の中、念を押す様に再び重ねられた問いかけに、ルミアは戸惑いながらも応える。

 彼女が返答した次の瞬間――

 衛士達は弾けたバネのように一斉に抜剣し、ルミアにその剣先を突き付けていた。

 

「――ッ!?」

 

 自分に向けられた鋭い切っ先に、思わず硬直してしまうルミア。

 同時にルミアを自分の背後に庇っていたアステルが目を細め、

 

「……どういう、つもりですか」

 

 まるで眠れる竜を起こしたかの様な鋭い殺気と威嚇を放つ。

 

『……ッ……』

 

 彼から放たれたあまりにも強烈な殺気に、一隊の隊長格らしい衛士以外の全員が息を呑み、剣先を震わせる。

 その中で、隊長格の衛士は一瞬怯んだもののなんとか立て直し、彼を忌々しそうに一瞥した後、朗々と宣言した。

 

「傾聴せよ……我らは女王の意思の代行者であるッ! ルミア=ティンジェル。恐れ多くもアリシア七世女王陛下を密かに亡き者にせんと画策し、国家転覆を企てたその罪、最早弁明の余地無しッ!! よって貴殿を不敬罪及び国家反逆罪によって発見次第、その場で即、手討ちとせよ。これは女王陛下の勅命であるッ!!」

 

 あまりにも現実離れした、その現実に。

 アステルとルミアは、凍り付くしかなかった……。

 

 

       ◇Side ???◇

 

 

「――どうやら、始まったようですね」

 

 風の様に吹いた心地良い殺気に、女性は思わず微笑む。

 

「やーれやれ。ゼーロスのオッサンも大概にして貰いたいモンだぜぇ。まっ、確かに? タイミングとしちゃあ神がかってはいるが――」

 

 薄紫色の髪をした女性へと笑いかけたのは、レクター=アランドール。

 

「――そんで? オタクはどう動くよ?」

「……まあ、ここは一つ、彼女(・・)に引導を渡すのも悪くはないでしょう」

「オイオイ私怨かぁ? そんなん持ち込まれたらオレが困るんだが」

「フフ、何を仰っているのやら。これは彼が私のものだと言う事を知らしめる場として、活用させてもらうまたとない機会ですよ」

 

 白金の重甲冑を着込んだ女性は、脇に抱えられた兜を被る。

 そして、黄金色の突撃槍を背から下ろし、天へと掲げた。

 

「へいへい。――存分に、ランスロット郷(・・・・・・・)?」

「――よいでしょう。この輝ける糊光を以て、真なる騎士に迫れるかどうか。その力量を計らせて頂きます――!」




 ここまでお読みいただき、有難うございます!
 UA1万突破しました……本当にありがとうございますm(_ _)m

 ようやく郷が出せました……。なんだか第二巻だけでもかなりの内容になりそうで、最優先で執筆してはいますが、第三巻はまだ先になりそうです……!
 どうか彼女がアステル達にどう関わっていくのか、お楽しみ頂ければ幸いです。


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