もしも言峰が召喚したアサシンがあの戦闘員だったら (拙作製造機)
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この世絶対の悪は負け確定

あらすじに同じ。


「これで終わりだ、雑種」

 

 アーチャーの一撃が呆気なく黒ずくめのアサシンを貫きその存在を消滅させようと迫る。その攻撃を防ぐ事も避ける事も出来ず、ただアサシンはその場に立ち尽くす。そして、その胴体を一本の剣が貫いた瞬間……

 

「イィィィィィィッ!」

 

 爆ぜた。断末魔と共に。それはもう見事な爆発を遂げた。あまりの事に予想外だったのか、アーチャーさえ呆気に取られていた。が、そんな時アーチャーは何か自身の中に湧き上がるものを感じていた。

 

「……何だ? この、妙な感覚は? 哀しみ……とでも言うのか」

 

 本来であれば何も感じる事のない雑種と呼ぶ者達を倒す事。なのに、何故か妙に切ない気持ちがアーチャーにこみ上げる。戦う事の虚しさを噛み締めるような、そんな生前には覚えた事のない感覚を。

 一方でマスターである遠坂時臣もそのアーチャーの感覚に気付いたが、今は計画を進める方が先と判断。霊体化するよう呼びかけたのだが、それに対するアーチャーの反応は予想外のものだった。

 

(分かっておる。だが、しばし我の好きにさせよ。今は、何故か風を感じていたいのだ)

(……分かりました。王のお好きなように)

(うむ)

 

 初めて聞くような静かな声でアーチャーは時臣の呼びかけに返事をしたのである。これがアサシンの最初の一体目の犠牲の結果。そして、誰も知らなかったがその宝具の初使用でもあった。

 

 アサシンを召喚したのは時臣の弟子である言峰綺礼。教会の代行者でもあった彼は、自分の前に現れたアサシンを見てしばし言葉を失った。

 

―――イーッ!

 

 見事な整列をし、一斉に胸に当てた右手を上げて声を上げる姿にだ。そう、それはもっとも有名なやられ役であり、雑魚中の雑魚と名高い存在。ショッカー戦闘員であった。しかもマスクをする様になったタイプである。

 

―――……アサシン、でいいのか?

―――イーッ、そうであります。

―――…………喋れるのか?

―――イーッ、必要とあれば。

 

 実は普通の会話が可能な事に綺礼は驚きを隠せなかった。開いた間はその驚きを処理するための時間である。元々アサシンを捨て駒に使うつもりであった綺礼達としては、数が無限のようにいるアサシン達を歓迎した。情報収集にも使えるとして、かなりの数を放つ事も出来たためだ。

 が、肝心の宝具についてはアサシン達も知らないと返してきた。曰く、自分達は常に情報を統制されてきた。その能力なども特筆するものはなく、強みなどありもしない。宝具と呼べるものがあるとすれば、瞬時の変装能力ぐらいだと。その便利な能力に綺礼達は納得し、ならばとそれを踏まえた作戦を立て始めたのだ。

 

 だが、彼らにも宝具はあったのだ。ちゃんとした宝具。その名も絶対悪の宿命(ショッカーバンザイ)。効果は一つ。相手に倒される際に必ず爆発を起こし、相手の心に戦う虚しさを与える事。常時発動系の宝具である。つまり、どんな相手もアサシンを倒せば少しずつ争いが嫌になり、最終的には戦いを放棄してしまうというもの。

 

 サーヴァントやマスターが倒せばお互いに影響し合い、競争心や闘争心を失っていく。しかも弱い上に本来であればもっと数がいるため、この効果は一気に出る。一体でさえアーチャーが虚しさを感じる程なのだ。これを善性の人間が倒せばどうなるかは言うまでもない。

 

 さて、時間は流れセイバーとランサーが相対し、ライダーがそこへ乱入する場面となった。アサシンもその場で監視を命じられていたのだが、上空よりライダーが現れた事でその動きに変化が生じた。

 

(マスター、ライダーが、ライダーが現れましたっ!)

(そうか。引き続き監視を)

 

 続けろ。そう命じようとした時だった。監視していたアサシンから信じられない言葉が返ってきたのだ。

 

(た、助けてくれっ! まだ死にたくないっ!)

(……アサシン? どうした?)

(ライダーが……ライダーが来る……しかも今度のライダーは空が飛べるなんて……)

(アサシン? どうしたのだ? 何故そこまでライダーを恐怖する?)

 

 綺礼は知らなかった。彼らアサシンにとってライダーとは天敵であり、彼らの全てが通用しない唯一の存在であると。それは、例え生身の人間であっても同じ事だ。アサシン達にとって、ライダーとの響きは死神も同様である。聖杯戦争とは別の宿命がそこにはあった。

 

 そんな風に狼狽えたアサシンの気配を一斉にサーヴァント達が察知する。これもおかしな話であった。アサシンのクラスは本来気配遮断や察知に優れたクラスであるためだ。これもライダーという存在によってアサシンの持つ一切の能力が無力化されてしまった結果である。

 

「あれは!?」

「アサシンか。やはり死んではいなかったようだな」

「ふむ、何故だろうか。余はこう言わなければならん気がしてきた」

「「は?」」

 

 驚くセイバーと警戒するランサーとは違い、首を傾げながらライダーは二人の間を割る様に足を踏み出した。

 

「出たなショッカーっ!」

「おのれライダー! こうなっては仕方がない。せめて情報の一つでも手に入れてやるっ! 行くぞ!」

 

 お約束である。世界の強制力の前にはサーヴァントも敵わないのだ。突然のやり取りについていけないセイバーとランサー。そして、そのマスター達と仲間達。そんな彼らを余所に、気付けば周囲には大勢のアサシン達が出現していた。そこで誰もが気付く。アサシンは一人ではなく大量にいるのだと。

 これに頭を抱えたのは綺礼達だ。アサシンを使った工作がバレただけでなく、今後やろうとしていた各陣営の監視や工作もアサシンを警戒されて成功率が落ちるだろうと分かってしまったのだ。

 

 まさしく、アサシンとそれを使う者達らしい流れである。そう、アサシン達はある意味で約束された壊滅の証でもあるのだ。これはアーチャーの黄金律を以ってしても変えられない絶対敗北の掟。悪は必ず最後に滅びる。そういうお約束をアサシンは背負っているのだから。

 

―――イーッ!

 

 そして、ライダーだけでなくセイバー達、いわば滝やおやっさんなどの協力者がいればアサシンの勝率などあるはずもない。ものの数分で片付けられ、派手な爆発を起こして消えていった。ただ、セイバーとランサーに今までにない虚しさを与えて。

 

「……セイバー、この場は引く。機会があればまた相見えよう」

「ああ……」

「何だ? 急に大人しくなったな。というか、余の臣下になる話はどうした?」

「お前、この状況でもまだそんな事言ってんのかよ! てか、さっきのアレは何だ? ショッカーって、アサシンの真名か?」

「……そうかもしれんな。何故か勝手に口から出てきおった」

「え、えっと……セイバー、私達も引きましょう?」

「……はい、アイリスフィール」

 

 火の消えたロウソクのようなセイバーに内心疑問符を浮かべつつ、アイリは彼女に抱き抱えられてその場から去っていく。それを見送り、ライダー達もならばと戦車へ乗り込んでいった。それらをスコープで覗きながら、舞弥は一向に指示を出さない切嗣へ声を掛ける。

 

「切嗣、いいのですか?」

「……ああ、今日のところはもういい。何故か今は誰も撃てる気がしないんだ」

「切嗣……?」

 

 返事の内容に違和感を覚えた舞弥が視線を切嗣へ向けると、彼はどこか遠い目で夜空を見上げていた。持っていたスナイパーライフルは近くへ無造作に置かれている。彼は元々争いに対して否定的な人間であった。そのため、より一層アサシンの宝具が効いたのだ。

 

「……舞弥、撤収だ。今日はもう帰ろう」

 

 その絞り出すような声は、舞弥が初めて聞く切嗣の声だった。

 

 同じ頃、ランサーのマスターであるケイネス・エルメロイ・アーチボルトもアサシンの宝具による影響を受けていた。そしてその婚約者でもあるソラウ・ヌァザレ・ソフィアリも、魔力供給の影響により多少ではあるが効果を受けていたのだ。

 

「け、ケイネス……これは……?」

「……分からない。だが、おそらく魔術ではないだろう。呪いの類か……? いや、だとしても……」

「ランサーは何て?」

「アサシンの能力ではないかと言っている。私も同意見だ。……しかしこの虚無感は何だ……?」

 

 共に程度の差はあれ、脱力感などに苛まれる二人。更に別の場所でもアサシンによる宝具が炸裂しようとしていた。

 

「アサシンっ! 桜ちゃんを離せっ!」

 

 間桐家の地下で繰り広げられる光景。それは、黒ずくめのアサシンに抱き抱えられるか弱い少女とそれを睨み付ける男性の姿。まるでヒーロー物のお約束である。ただ、違う事があるとすれば、男性がヒーローではなくダークヒーロー系である事だろうか。

 

「イーッ! それは出来ん。このガキはかなりの魔力を持っている。この娘の魂を食えばどれだけの強化が出来るか……」

「貴様ぁ……桜ちゃんへ手出しはさせんっ!」

「ふんっ、見るからに死にぞこないが何をするつもりだ?」

「おじさん……逃げて。私は、大丈夫だから」

「っ?!」

 

 儚い声で告げられる幼子の強がり。それに彼は、間桐雁夜は目を見開き拳を握りしめた。バーサーカーを呼んで戦わせようにも、下手な事をすれば桜までも傷付けてしまう。ならば、選べる手段はたった一つだった。

 

「桜ちゃんを……」

「イ?」

「離せぇぇぇぇぇぇっ!」

「イーッ!?」

 

 繰り出された拳を避ける事が出来ず、アサシンの顔がマスクの中でゆがむ。そのまま雁夜は、桜を自らの腕へ引き寄せるやバーサーカーを呼び出した。

 

「やれっ! バーサーカーっ!」

 

 まるで少女を人質にした事へ激怒するようにバーサーカーがアサシンへ襲い掛かる。そして、それは呆気なく片付いた。大きな爆発音と共に。

 

「……おじさん」

「怪我はないか桜ちゃん」

「うん。その……ありがとう」

 

 その時、雁夜は確かに見た。微かにだが笑う桜の顔を。それに言葉を一瞬詰まらせるも、彼は優しくその体を抱き締める。その様を静かにバーサーカーが見つめていた。

 

「……アル……トリ……ア……」

 

 アサシンの宝具の効果で僅かではあるが狂気が薄れ、騎士としての顔を覗かせながら……。




笑ってもらえたらこれに勝る喜びは……感想もらうぐらいしかありません。読んでいただき本当に感謝です。


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絶対悪と敵対すれば善となる

タイトルままの内容。読んでいただき感謝です。


「さぁ、お逃げなさい」

 

 どこにでもあるはずの団欒の象徴、リビング。そこが血生臭い色と雰囲気で塗り替えられていた。そこにいるのは、一人の青年と一人の少年。そして、この世ならざるものであるキャスターであった。そんなキャスターの言葉に少年は戸惑いつつも我が家からの脱出を試みる。

 

「ちょ、逃がすのかよ」

 

 青年―――雨竜龍之介はあからさまにがっかりした。彼は普通の人々とは違う感性の人間である。そのため、凄惨な事件を何度となく起こしていた。先程の少年もその手で人生を摘み取ろうとしていたぐらいに。そこへ突如キャスターが出現したのだ。突然の乱入者に龍之介は驚きこそしたが、彼が自分の感性に近いものを持っていると感じ取り、獲物であった少年を委ねたという訳である。

 

 さて、少年は血塗られたリビングから廊下を走り、玄関まであと少しというところまで来ていた。そのドアを開ければ外だ。その希望を胸にドアへ近付こうとして、その体は何者かに抱き抱えられた。

 

「え……?」

 

 何もいなかったはずの廊下。なのに今、自分はたしかに誰かに抱き抱えられている。そう思って少年は顔を動かした。するとそこには……

 

「イーッ」

「うわぁぁぁぁっ!」

 

 黒ずくめの覆面男がいたのだ。アサシンの姿に絶叫する少年。キャスターの魔力反応を察知し侵入したアサシンは、情報だけでなく魂食いも兼ねて少年を連れ去ろうとする。が、意気揚々と玄関を開けた瞬間、今度はアサシンが絶叫する番であった。

 

「イィィィィィィッ?!」

「か、怪物だぁぁぁぁっ!」

 

 そこには海魔と呼ばれるモンスターがいたのだ。そう、少年を殺すためにキャスターが呼び出していたために。その理由は、希望を与えた後で再度絶望へ叩き落として殺すため。恐怖には鮮度があるというのがキャスターの持論だからだ。が、それが失敗した事を察知し玄関口へ龍之介とキャスターが現れた。そこで彼らは少年を抱えるアサシンを見つける。

 

「あ? 何だ、こいつ?」

「アサシン、のようですねぇ。どうやら私達の愉しみを邪魔してくれたようです」

「チッ! なら取り返すまでだ!」

「あっ、お待ちなさい」

 

 まったく強そうな感じのしないアサシンへ龍之介はナイフを手に向かっていく。それを止めようとするキャスターだが、当然といえば当然だ。サーヴァントは基本人間が勝てる相手ではない。それに、今の状況で下手に龍之介が突っ込むと海魔が攻撃出来なくなるのだ。

 

 仕方なくキャスターは海魔を除去し、龍之介の好きにさせようとした。それと同時に龍之介のナイフがアサシンへ突き立てられる。

 

「どうだ!」

「……イ?」

「あれ?」

 

 手に感じる感触はまったくといっていい程ない。どういう事だと思って刺したはずのナイフへ目をやる龍之介とアサシン。それと少年。すると、ナイフはアサシンの体に刺さる事なく刃が折れていた。神秘のない武器ではサーヴァントへ傷付ける事が出来ない。その法則が辛うじてアサシンを守ったのだ。

 

「嘘だろ? こいつ、意外と強いのかよ」

「魔力のない攻撃ではサーヴァントは倒せませんよ。ここは私にお任せを」

 

 警戒するように距離を取る龍之介へキャスターのアドバイスが飛ぶ。一方アサシンはこのままでは逃げられないと察し、足手まといを手放す事にした。少年をその場へ下ろしたのである。

 

「え……?」

「イッ!」

 

 邪魔だと言わんばかりに手を動かして少年を外へ追い立てるアサシン。よく分からないがそれが少年には逃がしてくれると取れた。なので当然こうなる。

 

「ありがと! 変なおじちゃん!」

「イ?」

 

 笑顔で走り去っていく少年。何か自分はしただろうかと首を傾げるアサシンだが、その次の瞬間には彼の命運は尽きた。再度召喚された海魔によりあっさりと殺されたのである。が、今回のそれは場所が不味かった。狭い場所で起きる爆発。その音で他の住人達が騒ぎ出し、外へと流れる煙や炎を見て誰もが警察や消防へ連絡を入れ始めたのだ。龍之介は幸いにしてキャスターによって守られ怪我こそなかったが、このままでは捕まってしまうと判断。

 

「とりあえず逃げるぞ!」

「その方が良さそうですね」

 

 玄関から慌てて逃げ出す龍之介と霊体化してそれを追うキャスター。その後、逃げた少年の証言により龍之介の犯行と決定づけられ、玄関での爆発は証拠を隠滅するための行動かもしれないと判断される事となる。一方で少年はどうやって逃げ出せたかとの問いにアサシンの事を話し、こう証言した。

 

―――お面をした正義の味方が助けてくれた、と。

 

 こうして龍之介には別の罪状も加わる事となる。爆弾魔、という呼び名と共に。その裏には、一人の少年を期せずして助けてしまったアサシンの犠牲があった……。

 

 

 

 七騎全てが出揃い、聖杯戦争は完全に幕を開けていた―――のだが、どの陣営も動きがないといってよかった。全てはアサシンのおかげというかせいである。

 ライダー以外はあの宝具の影響を受けてしまうため、セイバー陣営とランサー陣営はマスター共々強烈な虚無感に苛まれ続け、アーチャー陣営とバーサーカー陣営はそもそも打って出るつもりはなかった上、後者は拠点への襲撃を許してしまったためにより防衛に力を入れていた。

 

 そしてキャスター陣営もまた、何故か子供を狙うと高確率でアサシンと遭遇してしまい、その常軌を逸した感性さえも緩々と弱められていたのである。ちなみに、子供を狙うから遭遇するのであり、これが女性ならば60%程度まで遭遇率は落ちる。アサシンも自己の強化のために確実性を取って子供ばかりを狙っていたのだ。

 

 それと、もう一つ小さいが大事な動きがあった。

 

「それではな」

「……はい」

 

 言峰教会から綺礼が出たのである。アサシンが存在していると他のマスターに知られてしまった以上、教会にかくまう事は出来ない。更に元々監督役の璃正と親子であったため、綺礼は聖杯戦争中は二度と連絡や接触を取るなと厳命されたのである。

 

 新都の街を歩きながら綺礼は一度だけ立ち止まる。行くあてがない訳ではない。住まいは手配されているし短期間であれば貯えで生活も問題ない。ただ、アサシンのマスターである以上今後は狙われ続ける。しかも、悲しいかな。アサシンは完全に綺礼よりも弱く、また数も無限に近い程いるため楽にドロップアウト出来ないのだ。

 

「……主よ、これが試練だと言うのですか」

 

 時臣からもアーチャーがアサシンを毛嫌いしているので来るなと言われている。既に当初の共闘などなくなっていた。アーチャーは気付いたのだ。アサシンと手を組む事は結果的に自分の損にしかならないと。ここが彼の凄いところであるが、残念な部分でもある。何故なら、アサシンはいるだけで意味を発揮してしまうのであり、近くにいるかいないかは被害の大小の差でしかないのだから。

 

(イーッ、綺礼様、アジトを変えるというのは本当ですか?)

(本当だ。今後は今まで以上に厳しい状況となる。アサシン、分かっているだろうな?)

(イーッ、勿論です。必ずやライダー共の息の根を止められるよう、動いてみせます)

(うむ。それと、何故そこまでライダーにこだわる? あと、拠点をアジトと表現するのは何故だ?)

(イーッ、我らの宿敵だからです。それと、アジトをアジトと呼ぶのは普通では?)

(…………そうか。もういい。引き続き監視等を続けろ)

(イーッ!)

 

 アサシンの声が聞こえなくなったのを合図に、綺礼は大きく深いため息を吐いた。最初は最低限だったイーッと言う声も、倒されていく毎に必須レベルにまで変わり、今や絶対に言うようになっていたのだ。

 

「私は……ハズレを引いたのだろうな」

 

 心の底から噛み締めるように呟き、綺礼は重い足取りで歩き出す。今日から住まう新しい部屋へ、アジトへ向かって……。




サーヴァントになると従来の能力が十倍になるらしいですが、今作のアサシンである戦闘員は既に生前に改造手術という形で人間として死んでから強化されているため、その恩恵に与れません。なので対マスターでも最弱です。
スペックは常人の十倍? 昭和ライダーではスペックなどは意味を成しません。意味があるのは特殊能力ぐらいで、身体能力系はただの目安。だから戦闘員は少年ライダー隊どころか犬にさえ勝てないのです。合掌。


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絶対悪もたまには役立つ事もある

またもタイトルまま。読んでいただき感謝。短編日刊ランキング上位に載っててビックリ。本当にありがとうございます。


「魔力を供給する量が少なすぎる気がする?」

「はい」

 

 遠坂邸のリビングに綺礼の姿があった。アサシンは彼の傍にいない。その理由はいくつかあるが、一番は護衛するべきアサシン自身が綺礼より弱いためである。故に綺礼はアサシンを護衛より諜報の方へ回し、自分の身は自分で守るを地で行こうとしていた。

 

「どうしてそう思うのかね?」

「その、アサシンが言うには奴らは倒される度に補充が常にされるらしいのです」

「……俄かには信じられない内容だな。それではアサシンは決して敗退しない事となる」

「はい。唯一の方法はマスターである私を殺すだけです」

「ふむ、それでそれがどう関係してくるのだ?」

「…………その補充があっても私の体には何の負担もかかっていないのです」

 

 その一言が時臣にも衝撃を与えた。サーヴァントであるアサシンがある種の永久不滅である事もさることながら、一番はその再生などが起きてもマスターである綺礼が感知出来ない事の意味する事に。

 つまり、アサシンはその存在を維持するための魔力をマスターではないところから得ている。そこまでくれば心当たりはそう多くはない。

 

「まさか、アサシンはこの聖杯戦争の根幹からその存在を作り出しているとでも言うのか……」

「私は詳しくは知らないのですが、この聖杯戦争は英霊の域にまで達した死者を一時的に甦らせるようなものだと聞いています。であれば、アレは一体どういう英霊と思われますか?」

「綺礼、反英雄の話を覚えているかね。私はアサシンは間違いなくそれだと思っている。彼らは暗殺を生業としていたはずだ。つまり、悪行を知らしめる事で善行をはっきりと分からせた。故にサーヴァントとなれたのだろう」

 

 その推測は正しかった。アサシンはとある世界で恐れられた組織の構成員の主だった姿であったのだから。反英雄と言えばそうかもしれないが、事実としてはこの上ない英雄と敵対していたからこそのサーヴァント抜擢と言える。即ち、この世絶対の悪。

 まぁ、かのヒーローと激戦を繰り広げた存在達は多種多様にいるため、名もなく同様の存在が無数にいる彼らこそがアサシンのクラスに該当したのも大きいが。

 

 もし仮に死神の名を持つキャスターや、大佐との称号を有したバーサーカーなどが召喚されていたら、それこそこの世全ての悪と同様かもしくはそれ以上に厄介な事態を招いていただろう。……きっと誰もが予想する正しい意味で。

 

 と、その時綺礼にアサシンからの報告が入る。

 

(イーッ、綺礼様、大変です。とんでもないものを見つけてしまいました)

(どうした?)

(イーッ、補充として合流した者達が出てくる洞窟があるのですが、何となしにそこを調べてみた結果、恐ろしい程の魔力を感じるのです。至急、ご確認をお願いします)

(分かった。では、案内役を遠坂……いや深山町のバス停付近へ寄越せ)

(イーッ!)

 

 最後の締め括りにも慣れた綺礼は、それでも小さくため息を吐いた。

 

「どうかしたのか?」

「アサシンが何やら見つけたようです。おそらくですが、聖杯戦争に大きく関わるものかと」

「ほう、それは興味深いな。少し待ってくれ」

「はい」

 

 そう告げると時臣は少しだけ意識を集中するように目を閉じる。アーチャーへ今の事を報告しているのだろう。そしてその返事はすぐに出たようだ。

 

「アーチャーも行くと言っている。どうやら探検という行動に感じるものがあるようだ」

「英雄王、ですからね。未知の場所などへ足を踏み入れる事は嫌いではないのでしょう」

「だろうな。そうだ。分かっていると思うが」

「案内をさせたらアサシンは下がらせますのでご心配なく」

「うむ、すまないがそうしてくれ」

 

 こうして綺礼達はアサシンの案内により柳洞寺へと向かう。そこで二人はある予感を感じていた。ただ、その内容が綺礼と時臣でまったく違うものではあったが。

 

(まさか……アサシンは柳洞寺の霊脈を大発見と勘違いしてはいないだろうか?)

(聖杯の降臨場所の一つでの発見、か。もしや先んじて聖杯を押さえる事が出来るかもしれない)

 

 アサシンをある意味で信頼していない綺礼と、柳洞寺についての情報が彼よりも多い時臣ではそもそものベクトルからして違っていた。嫌な予感と思う綺礼と朗報と取る時臣という具合に。だが、もう一人の存在はそのどちらでもなかった。

 

(雑種、そこは本当に人を寄せ付けぬ結界が施されていたのだな?)

(イーッ、間違いありません。ナチスの遺産などが隠されていてもおかしくない雰囲気もありました)

(なちす? ……ほう、様々な美術品などをな。この世にある全ての財は我の物だ。ならばそれも我が取り戻さねばならんか)

 

 分からない事はすぐに教えてくれる聖杯戦争のシステムを使い、アーチャーは少しだけ愉しそうに笑う。勘違いしてはならないのは、アーチャーがアサシンを嫌っているのは共闘関係という状況だからであり、見るのも嫌だとまでは考えていない事である。

 何せアサシンは根っからの下っ端思考。初対面時から威厳や強者感が凄まじいアーチャー相手に媚びへつらうかのような立ち振る舞いをしたのだ。それが臣下というよりは奴隷のように思え、アーチャーとしてはそれならそれでと受け入れ扱っている。奴隷を毛嫌いするというのは彼の価値観にはない。奴隷は人ではなく物であり、そこへ感情を向けるなど有り得ないからだ。

 

 そうしてやってきた柳洞寺。彼らは参拝客のように装いながら墓地の方へと足を進める。やがてそこから少し逸れた道へとアサシンが向かい、その後を綺礼達が追う。すると、たしかに若干の抵抗感のようなものを感じたのだ。

 

「師父、これは……」

「ああ、人払いの結界に間違いないだろう。綺礼、これはもしかすると本当に大手柄かもしれない」

 

 期待に満ちた表情を浮かべる時臣とは逆に、不安が増したような顔をする綺礼。そう、綺礼は何となくだが気付き出していた。アサシンに期待すればするほど、もたらされる結果は逆になると。

 道と呼べないような道を歩く事数分。綺礼達の目の前に洞窟が姿を見せた。そこから漂ってくる魔力は確かにその洞窟がただの洞窟ではないと二人へ告げていた。

 

「綺礼、これはもしかするともしかするかもしれない」

「と言うと?」

「聖杯だ。聖杯の出現する場所は実は決まっていてね。その候補は四つ。一つが君達親子が暮らす言峰教会。二つ目は我が家。三つ目は間桐家。そして四つ目が」

「ここ、柳洞寺」

「そういう事だ。アサシンが見つけたものは、完成前の聖杯かもしれない」

 

 ここにきて、やっと綺礼も不安を払拭した。何せ時臣から有力な根拠を提示されたからだ。人払いの結界も聖杯を持ち込むアインツベルンが施したとすれば納得がいく。と、そこで綺礼は気付いた。

 

「では師父は、ここにアインツベルンが訪れたと?」

「もしくは、あの魔術師殺しに運ばせたのかもしれない。我々は聖杯がどういうものか知らないが、セイバーの剣を覚えているだろう」

「……不可視化の魔術」

「そうだ。それを聖杯に施し、我々の目をセイバー達へ向けておいてここへ来たとも考えられる」

「たしかにそう考えれば目立つ行動を奴らはしていました」

 

 無駄に頭が回ると色んな事を考えるもの。それと、遠坂家伝統の能力が合わさり、今盛大に二人は勘違いを始めていた。ここで面倒なのはその中に事実が混ざっている事である。衆目を引くためにセイバーとアイリは行動していたのだから。

 

 このまま思考に没頭しそうな二人を見て、アーチャーは霊体化したまま呆れるように息を吐いた。

 

(時臣、いつまで我を待たせるつもりだ)

「はっ、これは失礼を。では、王よ。どうされますか?」

 

 先頭に立つか後ろからついてくるか。これはアーチャーの事を考えての時臣なりの心配りだった。王とすれば後ろから。だが、歴史に残る冒険家だった彼ならば人より後に未知の場所へは入りたくないだろうと。

 

(無論我が先だ。そちらは我の後をついてこい)

「御意」

 

 頭を垂れる時臣と合わせるように綺礼も頭を下げる。それへ目もくれずアーチャーは実体化するや洞窟の中へと入っていく。自分の足で地を踏みしめて行きたいのだ。かつて友と共に世界を旅して回った頃のように。

 その背をある程度見送り、時臣たちも中へと足を踏み入れていく。彼らの前にはアサシンの一人が現れて先導を務めていた。勿論アーチャーの前にもアサシンがいる。

 

 奥へ進めば進む程魔力の質が濃くなるような感覚を覚えながら、三人はその足を進めていく。やがて、その視界の先がぼんやりと明るくなり始めた。最初こそヒカリゴケでもあるのかと思った綺礼達だったが、それが魔力の光だと気付いた時には、その眼前にとある物が見えていた。

 

「これは……」

「何と、魔法陣か。それも……」

「何だつまらん。これが聖杯とやらならば我の知る物とは異なるようだな」

「いえ、王よ。これはある意味では聖杯を超えています。これは、大聖杯とでも呼べばよいでしょうか。この聖杯戦争を支える根幹の部分です」

 

 落ち着いて話してはいるが、今にも時臣は叫び出したい程の興奮を覚えていた。彼はすぐにその魔法陣がサーヴァント召喚用の物に酷似している事に気付き、綺礼から聞いたアサシンの補充がここから出てくるという事実から察したのだ。ここが、聖杯戦争の大元を支える場所であると。

 

「綺礼、アサシンを褒めてやるといい。これはたしかに大発見だ。上手くすれば今後の戦いにも有利に働く」

「それほどですか?」

「うむ、おそらくだがここを知る物はいないと言っていい。いや、アインツベルンと間桐の老人は知っているかもしれないか。とにかく、ここはアサシンを配置し常に監視下に置くべきだ。ここに数人、出入口に一人ないし二人がいいか。綺礼、頼めるか」

「はい。聞いたなアサシン。そのように配置せよ」

「「「「「イーッ!」」」」」

 

 いつの間にか複数現れるアサシン達に驚く事なく、綺礼達は少しだけその場で話し合い、そして大聖杯を後にする。しかし、アーチャーは何故かその場に残っていた。その眼差しはアサシンへと向けられている。

 

「雑種よ、一つ答えよ。ここから貴様は補充がかかると言っていたが、どうしてだ?」

「イーッ、それは我々が絶対悪だからです」

「絶対悪? どういう意味だ。それで何故ここから補充される事となる?」

「イーッ、我々はいわばここから召喚されたようなモノだからです。マスターは綺礼様ですが、我々の触媒はこの場所に巣食う何かだと思われます」

「……この場所に巣食う何か、だと?」

 

 アーチャーの目がアサシンから大聖杯へと向けられる。淡い光を放つそれは、どこか神秘的な印象を受ける。が、アーチャーは微かに気付いた。その漂う魔力の中にわずかではあるが重く嫌悪感を抱くような何かが混ざっている事を。

 

「…………これは、面白い事になるかもしれんな」

 

 愉しそうに笑うアーチャー。だが、それもすぐに消して彼はアサシンへと視線を向ける。

 

「雑種、貴様の知っている事を全て話せ。ここに関係する事は全てだ」

「イーッ、分かりました」

 

 こうして語られる内容を聞いてアーチャーは思わず息を呑む事となる。目の前の取るに足らんと思った存在が、実は”生まれ方だけ見ればどんなサーヴァントよりも異質”であると痛感したために。そして、同時に理解するのだ。何故アサシンと共闘してはならないと感じたのかを。

 

―――貴様は中々愉しませてくれるかもしれんな、アサシン。

―――イーッ、ありがとうございます。

 

 暗闇の中、淡い光を浴びながら話す二人の姿は、見る者が見ればまさしくそういう物のワンシーンだったろう。悪の怪人とその手下による悪巧みの光景に……。

 

 

 

 時臣が忘れられていた大発見に浮かれている頃、ある陣営に大きな変化が起きていた。

 

「セイバー、君はアサシンと直接対峙した。そこから何でもいい。分かった事を教えてくれ。あのアサシンは危険だ。対応策を練るにも情報が無さ過ぎる」

 

 やっと虚無感から脱した切嗣がセイバーへ自ら会話を求めたのだ。これにセイバーだけでなくアイリや舞弥も驚きを見せ、しばらくその場に沈黙が流れた程だ。が、セイバーはすぐに意識を切り替え、どこか嬉しそうな雰囲気を漂わせながらアサシンとの戦闘を思い出す。

 

「そうですね……最初は気のせいだと思いました。アサシンを一人倒した瞬間、私の胸の内に今まで感じた事のない虚しさが去来したのです。それはアサシンを倒せば倒すだけ大きくなり、途中からは……」

「剣を捨てたくなった。そうだな?」

「……はい。騎士としてあるまじき事ですが、あの時の私は剣を捨てその場からも逃げ出したかった。それをせずに済んだのは、アイリスフィール、貴方がいたからだ」

「私?」

「ええ。貴方を置いて逃げるなどは騎士としてだけでなく私自身が許せなかった。だから、最後まで踏み止まれた」

 

 柔らかい笑みを浮かべるセイバーだが、すぐにそれが曇る。

 

「セイバー?」

「……マスター、あのアサシンは危険だと言いましたね。私も同意見です。しかも、おそらくですがアサシンは未だに大勢存在するでしょう。私がこうなったと言う事はランサーも似た状態のはず。これは、もしかすると我々の戦闘意欲を奪い、仲間割れを起こす策では?」

「……たしかに僕と君ではアサシンの影響に差が多少あった。聖杯戦争に参加するマスター達は基本的にその願いがある。だが、サーヴァントにしてみれば所詮一時の事。それも自分よりも劣る可能性が高い相手に使役される訳だ。そこにあのアサシンの能力が干渉する事で……」

「はい、継戦を望むマスターと望まぬサーヴァントという構図が出来上がるかもしれません。あるいは、場合によっては逆もありえます」

「……アイリ、魔術でそういう事は可能かい?」

「…………出来ない事はないけど、それならセイバーに通用しないわ。三騎士と呼ばれるクラスは魔力に対する対抗力が強いの」

「では、魔術ではないと?」

「おそらく。アサシンの宝具かもしれないわ。真名解放を必要としないものもあるから」

「呪いの類、という可能性は? 暗殺者であるのならそういう方向の者がいてもおかしくない」

 

 舞弥の言葉に切嗣はふむと手を顎に当て考え始める。こうしてセイバー陣営が対アサシンで協調を見せ始めた頃、ランサー陣営では信じられない事をケイネスが提案していた。

 

「「同盟を組む?」」

「ああ、そうだ。あのアサシンと事を構え続ければこちらは勝利しながら敗北する事になる。ランサー、主に忠を尽くして戦うと思うお前でさえ、槍を握り続ける事に躊躇いを覚えたのだ。おそらく、アサシンを倒した者へ戦いへの拒否感を与える何かがあるのだ。魔術か呪術かは分からないが、魔力供給をしているだけのソラウでさえ影響を受けた事を考えると、アサシンの狙いはこちらの無力化だ。戦闘意欲を失わせ、継戦意欲を削ぐ。そしてそうなったと思われた陣営から物量を以って仕留めると、こういう事だろう」

 

 ケイネスの考えはある意味で間違っていない。ただし、それはアサシン陣営がその能力を正確に把握して運用していればの話である。綺礼どころかアサシン本人さえ宝具の効果もその存在も知らない以上、それはまったくの考え過ぎというもの。ただ、この聖杯戦争で宝具の事を理解していないサーヴァントなどいるはずもないと思うのが普通なので、彼がこういう結論になるのも無理からぬ事ではあるのだが。

 

「それは分かったわ。でも、同盟と言っても」

「あのアサシンの能力を危険視しているのはセイバーも同じはず。なら、同盟とはいかずともアサシン陣営を撃破するまで休戦ぐらいは応じるだろう。今、あの能力を知る者が恐れるのは、アサシンの能力で戦闘力が落ちた瞬間を他の陣営に狙われる事だ」

「……応じるとは思えませんが」

「それならばそれでいい。こちらには向こうに応じさせる材料がある」

「材料?」

「ランサーの付けた傷だ。あれがある限り、セイバーは全力を出せん。アサシンを討ってくれればそれを消してやると言えばいい」

「まさか、それで向こうが応じると?」

「セイバーの全力とアサシンの能力。どちらが厄介かは言うまでもない」

 

 その言い方は本当にセイバーの傷を治せるようにすると言っていた。ケイネスなりにアサシンの事を警戒しているのがよく分かる事と言える。これに感動したのはランサーだ。彼はケイネスの在り方や考え方に僅かではあるが不満を持っていた。そこにきてのこの提案である。この裏には、ランサーであれば全力のセイバー相手に槍が一本でも勝てると思っていると彼には伝わったのだ。

 

「マスター、このランサー、例え槍が一つになろうと必ずやセイバーだけでなく他のサーヴァント達をも討ち取ってみせましょう」

「そうでなくては困る。だが、分かっていると思うが……」

「はっ、アサシンとの交戦は極力避けます」

 

 ランサーの言葉に満足そうに頷き、ケイネスはランサーへセイバー陣営を訪れ、先程の提案をするよう指示を出す。更に手紙を持たせ、ある助言までしたのだ。その様子を見つめ、ソラウは意外そうに目を見開く。

 

(あのケイネスにも男らしいところがあるのね……)

 

 ランサーへ指示を出し、先の事を考える横顔はまさに出来る男の顔である。今まで気付かなかったケイネスの一面にソラウは微かな好意を抱いた。それもまたアサシンの宝具による影響。ランサーの能力がアサシンにより弱体化し、加えてソラウもアサシンの宝具による影響を受けたからこその結果だった。そして、それはランサーとは違い本当に自然な好意。故に、ソラウからすれば小さく笑みを浮かべてしまう程の可愛らしい感情の波だった。

 

「ケイネス、私には何かないかしら?」

「ソラウに? ……なら、すまないが自分の身を守る事を今まで以上に考えて欲しい。アサシンというのは対マスターに特化している。ないと思うが、ここへ息を潜めてやってこないとも限らない。勿論私やランサーで守るが、いざという時は君自身が頼りだ」

「分かったわ。私も魔術師の家に生まれた者、色々な意味で覚悟は出来てるから」

「頼む。よし、ランサーよ、この手紙を持ってアインツベルンへ接触せよ。もしセイバーの事を持ち出しても頷かぬ時は、分かっているな?」

「はっ、必ずやマスターの意に沿うような結果を持ち帰ってみせましょう!」

「当然だ。では行け、ランサー」

 

 その言葉を合図にランサーがその場から立ち去って行く。その背を見送り、ソラウはケイネスへ視線を向けた。

 

「何をランサーへ言い含めたの?」

「なぁに、大した事ではないよ。もし奴らがセイバーの傷を条件にする話で頷かぬ場合、その場でゲイ・ボウを折ってやれと言っただけさ」

「……いいの?」

「もしそれでも頷かないのならば仕方ない。が、あの騎士然としたセイバーがそこまでされて頷かぬマスターと折り合えるかな? もしかすれば、セイバーが単身アサシンを討ちに行くかもしれない。どちらにせよ、最優のサーヴァントは弱体化するのさ。そして、アサシンの目もそちらへ向くのなら好都合だ。精々派手に動いてもらおう。私達はその間に漁夫の利を狙う」

「というと……まさか」

 

 ケイネスの考えを察してソラウが妖艶な笑みを浮かべる。それに彼も口の端を吊り上げてみせた。

 

―――アサシンと戦い、あの能力で戦う意思を無くしたところを討たせてもらおう。

 

 

 

 さて、セイバー・ランサー両陣営が次の動きを見せ出した頃、ここ間桐邸でもある変化が起きていた。

 

「イィィィィィッ!」

「……これで何度目だ?」

「五度目……です、マスター」

「ああ、だったか。くそっ、何でアサシンはいつもいつも蟲蔵に現れるっ!? しかも桜ちゃんがいる時に限って!」

 

 何と、防衛に力を入れているにも関わらず、アサシンは雁夜の目を掻い潜るように侵入を果たしていたのだ。そしてその度に撃退され、雁夜の闘争心が弱体化していた。そう、時臣への憎しみにも似た競争心が。

 更にバーサーカーもその狂気を薄れてさせていき、既に会話が可能となり始めている。だがスタータスが下がる訳ではないので思わぬ効果をこの二人へ与えていた。それと……

 

「お疲れ様、おじさん。バーサーカーもありがとう」

 

 何度もやってくるアサシンから守ってもらう内、桜も度胸がついてきたのか少しだけ笑う事が増えてきたのだ。桜の労いに雁夜は小さく笑みを返し、バーサーカーはその場に臣下の礼を取るようにしゃがんだ。バーサーカーにとって、桜は守るべき姫である。マスターである雁夜が命懸けで守ろうとしているためだ。

 

「桜ちゃん、怪我はなかったかい?」

「うん。でも、また……」

 

 そう言って桜は後ろを振り返る。そこには間桐の象徴とも言うべきおぞましい蟲の死骸が転がっていた。アサシンの爆発で絶命したのだ。

 

「いいんだ。蟲なんていくらでもいる。桜ちゃんには代えられないよ」

「おじさん……」

「それにしても、臓硯の奴最近姿を見せなくなったな。どうしてだ?」

 

 アサシンによる襲撃があった次の日から、この家の主である臓硯は姿を見せなくなっていた。雁夜が最後に会ったのはまさしく襲撃のあった日である。きっとどこか安全な場所で自分の身を守っているのだろう。そう考える雁夜へ桜が小首を傾げて告げた。

 

「おじい様なら会ったよ」

「え? 本当かい?」

「うん。だって、魔術の練習をしなさいって言ってくるから」

「……そうか」

 

 考えてみればそうだった。そう思って雁夜は拳を握り締める。と、そんな時だ。バーサーカーが何かに気付いて立ち上がった。そのまま彼は蟲の死骸へと近付いていく。やがてその場へしゃがむと、その手に何かを掴んで立ち上がる。

 

「どうした、バーサーカー」

「……これ、を……」

「何だ、それは?」

 

 それは、大鷲のレリーフだった。アサシンの腹部にある物だ。

 

「それ、たしかあの黒い人の物だよ」

「……言われてみればベルトの中央にあった奴か。だが、何故それが?」

「僅かに、魔力を……感じます」

「魔力を? ……まさかっ!? それを目印にここへ現れてるのか!?」

 

 これまでアサシンを撃退した後、蟲の死骸などへ意識を向ける事はなかった。それに、バーサーカーも蟲の死骸に紛れているアサシンの魔力を感じ取れる程の理性がなかったのもある。こうしてアサシンの侵入経路は潰された。

 ちなみに、実際は倒された一人があそこで再生していただけである。まさしくゴキブリのような状態だった。アサシンを一度相手したら何度も戦うと思え。そう出来たのは、やはり間桐邸が魔術師の工房だったからだろう。邪悪な魔力に満ち、アサシンの魔力を感知しにくくなる場所だったためだ。

 

 雁夜はレリーフを手にしたバーサーカーへ小さく頷く。それを見てバーサーカーがレリーフを上へ投げ放ち、その拳で打ち砕いた。

 

「これでいいだろう。もうアサシンが現れる事はないはずだ」

「……そっか。もう出てこないんだ、あの人」

「桜ちゃん?」

「……あの人が来ると、練習、しなくてよかったのに」

「っ!?」

 

 ぽつりと呟かれた言葉の重みに雁夜は何も言えなくなった。桜はアサシンに襲撃されるよりも、魔術の練習の方が怖く嫌だったと痛感させられたのである。それ程までに辛い事を強いる間桐の家。それに雁夜は激しい怒りと強い無力感を抱く。自分さえ逃げなければこの幼い少女は今も姉や母と一緒に居られたはずなのにと、そう思って。

 

「バーサーカー、打って出るぞ」

「……いいの、ですか?」

「ああ。ここにこもっていても桜ちゃんを苦しめるだけだ。なら、俺達が他のサーヴァントを倒してこの子を今の状況から救い出す。あの爺は俺が聖杯戦争の勝者となったら桜ちゃんを解放すると言った」

 

 その言葉に桜が目を見開く。雁夜はそんな彼女に優しくも強い笑顔を浮かべてしゃがみこんだ。

 

「桜ちゃん、もう少しだけ一緒に戦ってくれるかい?」

「一緒に……たたかう?」

「ああ。俺達がアサシン達を倒すまで、蟲やあの爺と戦って欲しいんだ。必ず桜ちゃんをこんな場所から助け出してみせるから」

「…………うん」

「ありがとう」

 

 一度だけ優しく桜の頭を撫で、雁夜は立ち上がる。そして屋敷中に聞こえる程の声を出した。

 

「臓硯、聞いていたなっ! 俺は必ず約束を果たす! だから必ずお前も約束を果たしてもらうぞっ!」

「おじさん……」

 

 たった一人の少女のために血塗られた道を行く男、間桐雁夜。本来そこにあるはずの嫉妬や憎悪は薄れていた。アサシンの宝具の効果は、こんなところにも影響を与えていた。

 彼はバーサーカーの狂気が薄れた事により、その制御などからも解放されつつあり、蟲の方もアサシンの襲撃による爆発などで臓硯が隠れているためか大人しくなっていた。それは、彼の命の炎が燃え尽きるまでの猶予が伸びたという事。

 

―――待ってろ、アサシン。まずはお前から倒してやる……っ!

 

 今、闇に潜むアサシンを狙い、影の男(ダークヒーロー)が動き出そうとしていた……。




絶対悪であるアサシンは、基本みんなの嫌われ者。セイバーもランサーもバーサーカーさえもその首を狙い出す。つまり、一番危ないのはそのマスターです。言峰、強く生きろ。キャスターがなるはずの討伐対象になりつつあるけど。


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絶対悪が導く結末

タイトルままな内容。これで終わり。読んでいただきありがとうございます。


「「「「「イーッ!」」」」」

「くっ、どうやら本当のようだな」

「ええ、柳洞寺へ向かうにつれアサシンの数が増えている。やはりアサシンのマスターはそこにいる!」

 

 時刻は深夜。ランサーの訪問を受けたセイバー陣営はその申し出を結果的に受諾した。しかも、ゲイ・ボウを折る必要はないとまで告げたのだ。これにはランサーも、そしてケイネス達も驚きを隠せなかった。ただし、それにはある切嗣なりの考えがあった。

 

―――代わりにアサシン退治にはランサーの手も貸して欲しい。

 

 そう、ケイネスが考えている事など誰にでも分かるもの。ゲイ・ボウを折らせない代わりに自分達と同じリスクを負えと迫ったのだ。これにケイネスは少し思案し、何とソラウとランサーへ意見を求めたのだ。

 

―――ランサー、お前はどうするべきだと思う? ソラウ、君も意見を聞かせてくれ。

 

 こうしてランサーとソラウが一致した意見を出した。それは、セイバーとランサーを臣下にと誘ったライダーを巻き込む事。何故なら、彼だけはアサシンを倒しても何の影響も受けていなかったように見えたためだ。

 

 それを受け、ケイネスが切嗣へライダーを巻き込む事を提案。その狙いをセイバーだけでなくアイリも理解し切嗣へ同調するように意見し、ならばと両者のサーヴァントが揃ってライダーの拠点を訪れる事になった。

 

―――我らを臣下にと言うのであれば、まずその力を見せてもらおう。

―――征服王よ、この聖杯戦争にはびこるアサシンの黒い影、見事制圧してみせろ。

―――ふむ、そうくるか。よかろう。

 

 ライダーのマスターである少年―――ウェイバー・ベルベットは突然の事に理解が追いつかない……とはならず、二陣営がアサシンを警戒しているのを察した。

 

―――魔術師殺しにあのケイネスまでアサシンを? つまり、あいつって見た目以上にヤバイって事か……。

 

 自分よりも実戦経験が多い切嗣や魔術師として研鑚を積んでいるケイネスが揃って共闘を選んでいる事実。それをウェイバーは素直に受け止める事が出来る柔軟性と冷静さを持っていた。彼は、即座にライダーへ二陣営と共闘する事を認めたのだ。

 

 この動きは、当然アサシン陣営へ伝わる。

 

―――イーッ、綺礼様、大変です! ライダーがセイバーとランサーと手を組みましたっ!

―――……是非も無し、か。

 

 既にどこか諦めムードな綺礼は、残る気力を振り絞るように立ち上がるやアサシンへこう指示を出した。それは、何があっても大聖杯を守れ。そこへ誰一人として近付けるなというもの。それを令呪を以って命じた事でアサシンにも綺礼の覚悟が伝わったのだろう。

 

―――イーッ、お任せください綺礼様。必ずやその命令、果たしてみせます。

―――ああ、頼んだぞアサシン。

 

 そして綺礼は一人狙いを付けていた相手である切嗣と戦うべく、アインツベルンの拠点へと向かうのだった。その姿にアサシンはサーヴァントとなる前のどんな幹部達よりも優しく、そして立派な上司へ最敬礼とも呼べる動きを見せた。

 

―――イーッ!

 

 右手を高く掲げて声を上げるアサシンに見送られ、綺礼は一人アジトを出る。が、すぐに隣の住人である五十代の婦人に掴まり、先程のアサシンの声を理由に注意を受ける事となったが。

 

 そんなこんなで唐突に始まるアサシン討伐戦。彼らの誰一人として知らないが、これは聖杯戦争最後の戦いとなる。何せアサシンが守るは大聖杯。そこでサーヴァントが全力を出し合えばどうなるか想像に難くない。

 

「はぁっ!」

「イィィィィッ!」

 

 セイバーの剣閃があっさりとアサシンの一体を宙に巻き上げ爆散させる。その瞬間、セイバーの胸に去来する戦いへの虚無感。それでも彼女は首を振って剣を握る手に力を込める。

 

「セイバー、無理に自分で倒すな。ライダーへ任せろ」

「分かっているのですが……」

 

 アサシンの一体をランサーがライダーのいる前へ蹴り飛ばしながらアドバイスを送る。ライダーは戦車でアサシン達を文字通り弾き飛ばしていた。ウェイバーもその隣で蹴散らされるアサシン達を眺め、どこか噛み締めるように呟く。

 

「こいつら、ほんっ…………きで弱いんだな」

「まったくだ。手応えのない」

「だけど、そんなこいつらをセイバーもランサーも警戒してる。どういう事だ?」

「宝具、ではないか? 先程から倒す度に一瞬ではあるが妙な感覚を覚えるぞ」

「……真名解放をしないで使える宝具。倒しても倒しても現れるアサシン。まさか、こいつらの戦法って自爆か?」

「ほう、よくぞ気付いた。余もそうだと思っておる。でなければ、ここまで弱くはない」

「弱いのを逆手にとって、倒させるだけ倒させて自動発動の宝具で苦しめるのか。何て戦い方だよ。負けて勝ちを取るって、聞いた事もない」

 

 そんなウェイバーの言葉にライダーは小さく笑う。それは自嘲の笑み。彼は召喚されて知ってしまったのだ。自分が築いた大帝国は、その死後後継者争いで揉めに揉めて複数に分裂してしまった事を。まさに、ウェイバーの言った事の逆になった訳だ。勝って負けるという結末に。

 

「そんな事もないぞ。今はどうか知らんが、余の時代では血や名を遺せば勝ちだった。故に男も女も様々な家へ嫁がせ、血が絶えぬようにしていた。例え弱小国であろうと、その王家の血を絶やす事なく勝利した国の王家へ入れ、その血を持った子が王になれば負けて勝ったと言えなくもない」

「……要するに目先の勝利じゃなく最終的な勝利さえ得られればいいって?」

「そうだ。このアサシンはそういうために戦っておったのだろう。その身が取るに足らぬ扱いだとしても、な」

「目先じゃなく最終的な勝利……」

 

 それは、どこか自分へも通じる考えだった。今まで彼は目先の事に囚われていた。優秀な者であれば、何代も続いたような家柄の者よりも上になれる。そうであるべきだと思って彼はこの聖杯戦争へ参加した。己の優秀さを証明するために。

 だが、それは目先の勝利を求めた結果だ。最終的な勝利を収めるためには少々浅慮だったと痛感している。入念な準備もしなければ、戦う相手の情報なども不足しているために。

 

(どうすれば良かったんだ。これに参加した事は……間違いじゃない。家柄や歴史を跳び越えるには、実力を示すしかないのは事実だ。だけど、僕はそれを突発的にやり過ぎた。せめて、事前に聖杯戦争で実力を示すとして計画するべきだったのかもしれない)

 

 ウェイバーは魔術師としては新興の者だ。故にまだその考え方や在り方が旧態依然の魔術師とは違っていた。だから、彼は反省し、先を見る事が出来る。魔術は万能ではないし未来が明るいはずもないと。

 

「ライダー、僕達は先行してアサシンを蹴散らすぞ」

「その理由は?」

「簡単だ。アサシンを見てると妙にこっちへ突っかかってくる。あの初めての戦闘でも思ったけど、こいつらはお前に、もっと言えばライダーってクラスに過剰反応してるんだ。なら、こちらでアサシンを引き付けてセイバー達をマスターのいる場所まで行かせよう」

「……よし、大局を見れるようになってきたな。やはり、一角の将となれる器があるやもしれん」

「言ってろ。セイバー! ランサー! 今からこっちでアサシンを引き付けて道を作る! マスターはそっちに任せるぞ!」

「成程、了解したっ!」

「ライダー、そのマスターも武運を祈る!」

 

 駆け抜けていく戦車。それにアサシンが跳ね飛ばされて巻き起こる爆発を追い駆けるようにセイバーとランサーも走り出す。彼らは着実に大聖杯へと近付いていた。

 

 さて、深夜の田舎町とはいえ、ひっきりなしに起きる爆発音などあれば当然警察や消防へ連絡が入る。その対応に追われているのは聖杯戦争の監督役である言峰璃正だ。もう高齢となり始めているにも関わらず、深夜にあちこちへ電話をし、根回しやもみ消しにと忙しく動き回っていた。

 

「ええ、そうです。……はい、よろしく頼みますよ」

 

 寝ているところを叩き起こされたのか、その格好は神父のものではなく寝間着であった。受話器を置いて、すぐに彼はまたどこかの電話番号を入力していく。

 

「あー、夜分遅くにすみません」

 

 関係各所へ連絡しながら璃正は思うのだ。もうこのご時世に聖杯戦争は厳しいのかもしれない、と。秘匿するのが難しい時代となってきたからである。まあ、今回に限って言えばアサシンの宝具のせいでより一層その傾向は強いのだが。

 

「申し訳ないがよろしくお願いします。では……」

 

 この璃正の地味な戦いは結局朝まで続く事になるのだが、今はまだそれを誰も知らない……。

 

 

 

「一体何の用かな? まさか私と戦おうというのかね?」

「……前まではそのつもりだった。だが、今はそれよりもやらなきゃならない事がある」

 

 セイバー達が柳洞寺へ向かっている。それをアサシンの一体から報告され、時臣は大聖杯へと向かおうとしていた。が、家を出て少し歩いたところで雁夜と遭遇したのだ。余裕を見せるように話す時臣と不気味な落ち着きを見せる雁夜。実は、今の二人にはある共通点があった。

 

((よりにもよってこんな時に……))

 

 二人してサーヴァントと別行動を取っていたのである。時臣は勝手にアーチャーが動き、雁夜はアサシンを倒すために分散行動中だった。ここでもアサシンのせいで面倒な事になっていたのだ。

 互いに相手のサーヴァントを警戒し、それでも出来るだけ穏便にその場を切り抜けようと頭を動かす。普段であれば、時臣は雁夜と戦う事を選んでいただろう。だが、今は大聖杯の危機である。出来るだけ素早く現場へ向かいたいと思っていた。雁夜は雁夜で一番最後にしたい相手をどう戦わずに回避するかと考える。そう、夢にも思うまい。今、自分達の思考が一致しているとは。

 

「遠坂時臣、お前は今桜ちゃんがどうなっているか知っているか」

「桜? ……成程、君が間桐のマスターか」

「ああ、そうだ。それで答えろ。桜ちゃんの現状を知っているのか。または知ろうとしていたか」

「知るも何も、桜は次期間桐の後継者として育てられている。魔術師としてこれ程有難い事はない」

「…………その全身を醜くおぞましい蟲に這いずり回られてもか?」

「何……?」

 

 静かな怒りと共に放たれた言葉は時臣の心へ波を起こした。雁夜はアサシンによってその憎しみにも似た闘争心を薄められ、桜の本音を聞いた事で一人の人として彼女の幸せを守りたいと思えるようになっていた。故に時臣へ感情に任せた言葉ではなく、それこそ魔術師のように冷静に事実だけを告げていく。

 

「まだ十歳にもならない少女が、魔術の練習という名目で刻印蟲と呼ばれる不気味な物に体を蹂躙される。あの子は、今もそれに耐えている。小さな体で、弱音を隠して」

「どういう事だ? 桜は間桐の後継者として丁重に扱われているのでは」

「んな訳あるかっ! あの臓硯だぞ? いつから生きてるか分からないような化物が、自分の子孫さえも駒のように見ている奴が、血の繋がらない優秀な魔術師をどう扱うかなんて考えるまでもないだろ! あの子はな! アサシンに襲撃されるより魔術の練習の方が嫌だと呟いたんだ! 分かるか? 死ぬよりも嫌な事があるってあの歳で知ってるんだよ!」

 

 時臣は後頭部を鈍器で痛烈に殴られた気分になっていた。たしかに魔術の研鑚や訓練には命の危機と隣り合わせなものもある。だが、それはいつもの事ではない。魔術師とて命は一つである。ならば、出来るだけ危険を排し、安全に心がけて修練に臨むものだ。しかし、雁夜の言葉はそれを否定していた。更に時臣の考えを甘いと断言したのである。

 

 衝撃を受けている時臣へ、雁夜は一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。今の彼は嫉妬で動いている男ではない。幼い少女を助けるために動く男なのだ。だからこそ、自分の惚れた女を妻にし、可愛い姉妹を引き離した男相手にも感情だけで動く事はなかった。

 

「臓硯は、俺が聖杯戦争の勝者になったら桜ちゃんを解放すると言った」

「……何?」

「正直あの化物がどこまで約束を守るか分からない。最悪、俺が勝っても桜ちゃんを解放しないだろう。だからこそ、お前に、桜ちゃんの父親に頼みたい。もし俺が敗退したり、あるいは勝者になっても桜ちゃんが解放されない時は、俺の代わりにあの子を助けてやって欲しい」

「私が? だが、君が勝者になった時に私が」

「俺はお前を殺さない。何があってもだ。俺は桜ちゃんを助けるためにこの戦いに身を投じた。なら、あの子を哀しませていい訳ないからな」

 

 それだけ告げ、雁夜は時臣へ背を向ける。言いたい事は告げたとばかりに。そのまま歩き出す雁夜の背中を時臣は見送る事しか出来なかった。と、何故かその背が止まる。

 

「まだ何かあるのか?」

「……奥さんを大切にな」

 

 それが最後だった。今度こそ雁夜は、一度も振り向く事も足を止める事もなく夜の街へ消えていく。それを見届け、時臣はすぐに動き出す事が出来なかった。常に優雅たれが家訓の彼が、である。

 それほどまでに桜の身に起きていた事実は衝撃だった。遠坂と間桐は不可侵という決まりも、もしかするとこれをどこかで予測していた先祖の警告だったのではとさえ思う程に。

 

「桜は、桜は請われて間桐へ養子に行った。だが、それは魔術師としてではなく、ただの繋ぎでしかないと、そういう事か」

 

 さすがに血を残すためだけの存在とは言えなかった。だが時臣とて魔術師の端くれである。雁夜の言っていた魔術の練習がどういう意味合いかは理解していた。

 

「……聖杯に願う事が出来てしまったな」

 

 自嘲するような笑みを浮かべ、時臣は小さく呟く。魔術師としてではなく父として望む事だ。

 

―――今は一刻も早く大聖杯へ向かわなければならんな。

 

 

 

 セイバー達が柳洞寺へ到着しようとしている頃、アインツベルンの城では、ちょっとした騒動が起こっていた。

 

「侵入者?」

「ええ。それも一人」

「サーヴァントですか、マダム」

「いえ、マスターよ。それも、おそらくアサシンの」

「裏をかかれたか……っ!」

 

 アイリの言葉に切嗣は表情を引き締めると銃火器へ手を伸ばして部屋を出ていく。舞弥もそれに倣い、銃火器を手にし彼を追い駆けようとして、その彼から止められた。

 

「舞弥、君はここでアイリの護衛を頼む。ないと思いたいが、ランサーのマスターが攻めてこないとも限らない」

「分かりました」

「切嗣……」

「心配いらないよアイリ。今の僕には君からもらった物があるからね」

 

 最後に軽く笑みを浮かべ、切嗣は外へと向かって走り出す。一方の綺礼と言えばアインツベルンのテリトリーへ入り、ある程度視界が開ける場所まで移動していた。そこで切嗣を待つつもり―――だった。

 

(イーッ、綺礼様、大変です!)

 

 最近アサシンからの連絡は、半分以上が「綺礼様、大変です」で始まるなと思いながら、彼は内心ため息を吐いた。

 

(どうした? またお前の一人がキャスターと鉢合わせでもしたか? あるいはバーサーカーに出会いがしらに殴り飛ばされたか?)

 

 もう慣れたものである。いや、正確には荒んだと言うべきか。普段の彼らしさはどこへやら。どこか投げやりな口調でアサシンへ綺礼は問いかける。すると、返って来た言葉は想像を超えていた。

 

(イーッ、違います! バーサーカーがいきなり洞窟前に出現しました! 今もこちらを目指して見張りを倒しながら暴れていますっ!)

「何だとっ!?」

 

 そう、雁夜は勝負に出たのだ。令呪を使いバーサーカーにアサシンの本体がいる場所へ行けと願い、洞窟前まで瞬間移動させたのである。ここに来て大聖杯をアサシンに監視させていた事が裏目に出た。ここで綺礼がアサシンを令呪で逃がそうにも、そうすれば今度は大聖杯が狙われる。そうなれば結局アサシンは存在を維持できない。

 更に不味い事は、そこへ現在セイバー達三騎のサーヴァントが向かっている事。もっと言えばキャスターを除いた全てのサーヴァントがそこへ集結しようとしているのだ。

 

「……これは不味い。師父も柳洞寺へ向かっているだろうし、私もその護衛として行かねば」

 

 優先順位を組み替え、即座に踵を返そうする綺礼だが、その体が突然横へ跳ぶ。すると、先程まで綺礼がいた場所へ銃弾が降り注いだのだ。

 

「ただで逃げようなんてさせないよ、アサシンのマスター」

「……衛宮切嗣、か」

 

 銃口を綺礼へ向け、切嗣はその眼光鋭く彼を射抜かんとする。本来ならば緊迫感漂うはずの二人だが、今回ばかりはそうはいかなかった。綺礼はアサシンの報告を受け、一刻も早く大聖杯へ向かわなければならない。切嗣は切嗣でアサシンの宝具による効果は未だに影を落としているため、相手を殺す事へ躊躇いを抱いていた。故にこうなる。

 

(何とか隙を見て逃げなくては……一戦交えてダメージを与えて撤退させるか)

(先程の行動はまるで撤退をしようとしていたように見えた。あれは……こちらを油断させるための策か何かか? とにかく手傷を負わせてさっさとお帰り願おう)

 

 正直に互いの気持ちを伝えれば叶うと知らず、二人はヒリつくような空気の中、相手の隙を見出そうと睨み合う。

 

 その頃、アサシンは寸でのところで頼もしい援軍を得ていた。

 

「失せよ雑種。ここは我の愉しみが眠る場所だ。貴様のような下賤な輩の来てよい場所ではないわ!」

「くっ……」

 

 アーチャーが背後からバーサーカーを強襲したのである。バーサーカーもどうしてもそちらに意識を向けざるを得ないため、アサシンからアーチャーへと目標を変更、現在大聖杯近くの場所で激しい戦闘を開始していた。

 アーチャーの放つ幾多もの宝具の原典がバーサーカーを襲うも、それらを何とか回避し、彼は逆に手にして振るい始める。それはバーサーカーの宝具である騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)の効果。

 

「何っ!? 我の財を自分の物とするとは……無礼者めっ!」

「マスターと……幼い命のため……この身を賭せん……っ!」

 

 この対決、実はアーチャーにとって分が悪いと言えた。場所もさることながら、バーサーカーは武器とみなす物を自分の宝具と化してしまえるのだ。対するアーチャーは、主な攻撃が様々な宝具の原典を射出するというもの。まさしく相性が最悪である。それと、もう一つアーチャーにとって不利なのは……

 

「イーッ!」

 

 アサシンが彼の援護をしている事。つまり、共闘してしまっているのだ。絶対悪は敗北が必定。その法則もあり、バーサーカーは絶対正義となっている。

 場所は聖杯戦争の根源である大聖杯付近。そこで己が命を賭けて少女のために戦うマスターに使役されるかつての狂戦士。これ以上ない程の最終決戦であった。もう、誰がどう見ても負けなければならないのはアサシンとアーチャーであり、勝って欲しいのはバーサーカーである。

 

「これは、そういう……事か」

「イ?」

「むっ……まさか!?」

 

 手にした槍を見て、バーサーカーはその真名に気付く。今、その真紅の魔槍は彼の宝具となっている。故に、使おうと思えば使えるのだ。本来ならば出来ないはずの、真名解放が。

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)っ!」

「ぐぬっ!」

 

 アーチャーへと突き出された真紅の魔槍は、その心臓を捉える事は叶わなかった。だが、しっかりとその体を貫く事は成功する。黄金律によって凄まじい強運を持つアーチャーであっても、アサシンというこの世絶対の悪であり負けフラグを味方にした以上、死の因果を持つ攻撃を避ける事は出来なかったのである。

 

「イィィィッ!? あ、アーチャー様が……」

「狼狽えるなっ! 我はこの程度で倒れぬっ!」

「……ならば、倒すまで」

 

 ゆらりと魔槍を携え、ゆっくりアーチャーへと近付いて行くバーサーカー。アサシンは何も出来ず、ただただナイフを投げ続ける事しか出来ない。それを避けるも見る事さえなく、バーサーカーは手にした槍で防ぐ。そして、腹部を押さえるように蹲るアーチャーへ、その穂先を突き付けようとした瞬間だった。

 

「いたぞっ! アサシンだっ!」

「待てランサー! 他のサーヴァントもいるようだ!」

 

 遂にセイバーとランサーがそこへ到着したのだ。その声に弾かれるように三人が視線を動かす。と、そこでバーサーカーに異変が起きる。

 

「っ?! あ、アル……トリア……?」

「なっ!? どうしてその名を!?」

「セイバー、アルトリアがお前の真名か?」

「……ああ」

 

 ランサーの問いかけに苦い顔で頷くセイバー。誤魔化せないと悟ったのだ。何とも言えない空気になる場で、唯一彼だけが動く事が出来た。

 

「無礼であろうっ! いつまで我に刃を向けるつもりだっ!」

 

 アーチャーによる一撃がバーサーカーを襲い、不意打ち気味だったそれを彼は辛うじてかわす事に成功する。だが、その攻撃がバーサーカーの兜を掠めて破壊した。そこから現れた顔にセイバーが思わず息を呑んだ。

 

「ら、ランスロット……」

「……王よ、お久し……ぶりです。戦場故、不作法……お許しください」

 

 臣下の礼を取らない事を指していると察し、セイバーは無言で首を横に振る。気にするなと、そう言おうとしたが出来なかった。騎士の中の騎士として名高いランスロットがバーサーカーへ身をやつしていた。その意味する事を考えて。

 

「セイバー、積もる話もあるかもしれんが今は」

「っ! そうだ。ランスロット、手を貸して欲しい。我らはアサシンのマスターを討ち取りに来た」

「イーッ、残念だったなセイバー。綺礼様はここにはいない」

「「何っ!?」」

「どこに……いる?」

「イーッ、教えるはずがないだろう。それに、教えたところで意味はない。お前達はここで死ぬのだからなっ!」

 

 そう言うやアサシンは姿を消し、代わりに大勢のアサシンが出現する。それらはセイバー達を囲むようにしながらじりじりと迫った。

 

「くっ、そうくるか……」

「っ! ランサー、アーチャーがいない!」

「なっ……」

 

 アサシンの大群に気を取られていた間に、アーチャーが霊体化してその場から撤退していたのだ。それもアサシンの意図した事だとすれば。そう思いセイバーとランサーは唇を噛んだ。

 

「とんだ道化だな。弱いなりに知恵は回ると見える」

「そのようだ。仕方がない。ランサー、ここは」

「私が、引き受けます」

 

 手にした魔槍を振るい、元々アサシンがいた方への道を切り開くバーサーカー。その意味が、意図が分かり、セイバーはバーサーカーの顔を見る。バーサーカーは穏やかな顔を向け、無言で頷いたのだ。

 

「……行こうランサー。ここは我が円卓最強の騎士が引き受けてくれる」

「分かった。バーサーカー、いや、ランスロット殿。出来れば、貴公とも手合せしたかった」

「私も、だ。……王を、頼む」

 

 迫りくるアサシンを槍で薙ぎ払いながら、バーサーカーはセイバーとランサーを見送る。セイバーは一度として振り返る事なく先を目指して進む。その背を守れる事。更にセイバーが自身を円卓最強の騎士と評した事。それらが狂気を失い騎士としての己を取り戻しつつあったバーサーカーを、湖の騎士たるランスロットへと完全に戻した。

 

「っ!」

「「「「「イィィィィィィッ!」」」」」

 

 五体まとめて薙ぎ払い、ランスロットはその目を見開く。周囲を覆っていた黒い霧は完全に晴れ、そこには一人の円卓の騎士が立っていた。

 

「これより先は何人たりとも通さん。例え十重二十重と襲い掛かろうと、だ!」

 

 

 

 大聖杯へ続く洞窟で様々な出来事が起きる中、ライダーとウェイバーは思わぬ相手と出くわしていた。

 

「これはこれは、ウェイバー・ベルベットではないか」

「……ケイネス・エルメロイ・アーチボルト」

「そちらはライダーか。成程。先程の爆発音はアサシンのもので間違ってなかったようだ」

「と言う事は、お主が本来ならばマスターだったという男か」

「いかにも。まぁ、まさか触媒を盗られてしまうとは思わなかったがね」

 

 やや呆れるようにウェイバーを見つめるケイネス。その眼差しに以前までの見下す色が無い事に気付き、ウェイバーは内心疑問符を浮かべた。

 

(何だ? 何かが前と違う。この聖杯戦争で何かあったのか?)

 

 思いもしないだろう。アサシンの宝具によってケイネスの性格に変化が起きているなどと。何しろ、柳洞寺までの道のりでランサーも数体ではあるがアサシンを再度撃破している。今のケイネスはそういう意味で闘争心や競争心という物が以前程強くなかった。

 

「そ、それで僕を責めに来たのかよ!」

「冗談ではない。私はそこまで器量の狭い男ではないつもりだ。まぁ、たしかに当初は憤りもしたが、目の前に転がったチャンスを掴み、こうして形にするという点に関しては見事だと思っているよウェイバー君。ただ、どうやら君が出来たのは形にするまでが限度だったようだが」

 

 ケイネスの言い方でウェイバーも理解した。ケイネスは詰めが甘いと言っていると。それは、聖杯戦争に参加するのはいいが、異国で行われる事や現地での補給や住居の確保など、重視しなければならない部分をおざなりにした事を指摘していた。

 

「戦いにおいて、兵站というのは重要だ。君はそこを見落とした。おそらくだが資金にも乏しかったのではないかね? 結果、神秘の秘匿という点でギリギリの綱渡りをしたのではないだろうか? 例えば、一般人への魔術行使」

「っ!?」

「……その顔は当たりのようだ。まぁ、ギアスの類とは思うが、ここにも君は見落としをしている」

「み、見落とし?」

「そうだ。魔術に対する抵抗力は、魔力を持たぬ者にはほとんどない。だが、時折魔術を使えぬでも魔力を持つ者もいる。しかも、君のように強大な魔力を持つ訳ではない者の魔術は、時に一般人さえも撥ね退けてしまう事もある。君はそこを考慮した上で魔術を行使したかね?」

 

 ウェイバーへ問いかける姿はまさしく教師だった。以前のような高圧的なものではなく、相手の問題点などを指摘し考えさせるという、以前からは考えられないケイネスの姿にウェイバーは反骨心も忘れて背を丸めていた。ライダーは聞いていた印象と違うケイネスにふむと息を吐き、顎に手をやっていた。

 

「とにかく、君は自分の功を焦り、魔術師としてのルールを破りかけた。いくら努力を重ね才能があっても、神秘の秘匿を忘れては意味がない」

「……すみません」

「分かればいい。それに、私も結果的に己の至らぬ点を見つめる事になった。もう一つ言わせてもらえば」

「ん? 余がどうした?」

 

 ケイネスの視線に気付いたライダーが不思議そうに尋ねると、その視線を向けられたケイネスは複雑そうな表情を見せる。

 

「私ではライダーと上手くやれた気がしない。そういう意味でもよかったよ」

「奇遇だな。余もそちらよりこちらの方が良いと思うぞ」

「僕はランサーの方が良かったよっ!」

 

 やけっぱちで叫ぶウェイバー。それにライダーが豪快に笑い、ケイネスは呆れるように息を吐いた。そしてケイネスはその場から歩き出して柳洞寺へと向かう。

 

「どこへ行くん……ですか」

「ランサーがセイバーと共にアサシンを追い詰めている。どうやらそこに何か凄まじい魔力を放つものがあるらしい。それを見に行く」

「一人でか?」

「いかにも。あのアサシンは倒すと厄介な能力を発揮するが、逆に言えば私でも倒せる程弱い。ならば倒し切らぬよう適度にあしらえばいい」

 

 その答えを聞いてウェイバーは確信する。セイバー達がライダーを頼ったのはその能力が何故か効かないからだと。ならばと考え、彼はケイネスへこう持ちかけた。

 

「もし良かったら、これで近くまで送りますよ。何ならその後の護衛役もライダーにしてもらいます」

「……いいのかね?」

「さっきの授業料代わりです。後で命を請求されたらたまったもんじゃないんで」

 

 冗談半分本音半分の声に、ケイネスだけでなくライダーまでもが小さく笑みを浮かべた。絶対悪がいる事で、アサシンへ対抗する者達は絶対正義として休戦状態となっている。誰もがどこかで思っているのだ。一番先に倒さなければならないのはアサシンだと。

 だからこそ、そんなアサシン側についてしまった彼らはとことんついていなかった。時臣は深夜に柳洞寺まで徒歩で向かう事になり、綺礼は切嗣から逃亡するために戦闘。どちらも内心でこう思っていた。

 

―――こんなはずではなかったのに……。

 

 両方共に拠点にこもり、サーヴァントを暗躍させたり静観したりで時間稼ぎと漁夫の利を狙う作戦だった。それがアサシンのせいで早々にご破算になり、そこからはもう彼らの思い描いた流れにはならなかった。

 そして、大聖杯を発見した事で傾いた流れが上向いたかと思えば、むしろそれこそが終わりの始まりに過ぎなかったと誰が思おうか。第四次聖杯戦争は、本格的な戦いの様相を呈した瞬間、終わりを迎えようとしているのだから。

 

 さて、唯一この騒ぎに参加していない者達がいる。キャスター陣営だ。彼らはどうしているかといえば……

 

「な、旦那。なぁんで俺ってあんな事してたんだろ?」

(分かりません。私も、何故ジャンヌを捜していただけなのにあのような事を……)

 

 新都にある警察署内の留置場。そこの一角に彼らはいた。何も捕まったのではない。自首したのである。アサシンと絶えず遭遇しては倒すものの、肝心の子供には逃げられるを繰り返した結果、その常軌を逸した性格や思考さえも失われ、聖杯戦争からの逃避ではなく彼らの中で生きがいともいえたモノに嫌気が差し、現状となっていた。

 

「俺、昔は虫とか殺すの好きでさ~、よくアリとか踏み潰してたんだ」

(弱い者を痛めつけて愉しんでいたんですねぇ)

「そ。だけどさ、それって俺がそういう目に遭わなかったから続けてられたんだと思うんだよ」

(龍之介は自分が痛めつけられる事は経験していないのですか?)

「痛い目ぐらいは遭ってるって。でも、死ぬほど痛いとかはないなぁ。きっと、ガキの頃からそうやって痛めつけられたらこうなれなかったと思うよ、マジで」

 

 共に楽しげに話しているが、当然キャスターは霊体化しているので見えていない。だからか、龍之介は警察からこう思われていた。精神異常者の猟奇殺人犯。近く精神鑑定が行われ、おそらく二度と塀の外へは出て来れないだろう。

 いくら精神異常が認められようと、彼がやってきた事は重罪であり、尚且つまだ彼が彼らしくあった頃の犯行は子供ではあるがしっかりとした目撃者が複数いるのだから。全て、覆面男によって結果的に助けられた子供達である。

 

(龍之介、最後に頼みがあるのですが)

「ん、いいぜ。俺に出来る事なら」

(願って欲しいのです。私自身に己の罪を清算せよ、と。強く願うだけでいいので)

「OK、分かった。んじゃ、旦那、自分の罪を清算してくれ」

(……ありがとう、龍之介)

 

 それを最後にキャスターの声は龍之介に聞こえなくなった。キャスターは令呪によって自害したのである。こうして龍之介は最後まで聖杯戦争の事も、令呪の事も知らないままその舞台から降りる事となる。

 誰に知られる事なくキャスター陣営がドロップアウトする一方で、他の者達はその戦いを激化させていく。アインツベルンの森では、綺礼と切嗣が人知を超えた戦いを繰り広げていた。

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

「っ! time alter double accel!」

「なっ?!」

 

 繰り出された拳は本来ならば必殺の一撃。それを切嗣は事もあろうにかわして見せる。綺礼が退却のために仕掛けた戦闘で、切嗣は何度も理解不能な動きを見せていた。それは、代行者であった綺礼でさえ驚きを禁じ得ないもの。格闘戦の達人でもない限り出来ないような、そんな理不尽な動きを見せていたのだ。

 

「……それが貴様の魔術か」

「さてね。観客に食い扶持を種明かしする魔術師(マジシャン)がいると思うか?」

「ふっ、一理ある……っ!」

「time alter triple accel!」

「っ! これさえ避けるかっ!」

 

 切嗣は接近戦のプロフェッショナルではない。だからこそ綺礼もそこへ持ち込めば勝てると踏んでいた。だが、そこにこそ切嗣の策がある。彼は、簡単に言えば瞬間加速と瞬間減速が可能なのだ。しかもその倍率も変化可能であり、それを駆使して綺礼の目や感覚を狂わせている。

 

(思った通りだ。アイリから貸してもらったアレのおかげで、まったくと言っていい程負荷がなくなる)

 

 勿論代償に彼への負担が凄まじいのだが、それさえも今の切嗣は解消出来るため、実質切り札が使い放題であった。切嗣の銃口が綺礼を捉える。それでも綺礼は慌てない。何度となく銃撃を防ぎ、あるいは避けてきているのだ。

 

「無駄だ。私に銃は通用せん」

「time alter double stagnate……」

「っ?! 馬鹿な!?」

 

 今度は銃の引き金を引く瞬間、その動きを遅くする。それが引き金を引く指の動きで回避していた綺礼のリズムを狂わせた。放たれた銃弾を無理矢理な上体そらしで避け、綺礼はその場から後方へ下がる。

 

「……動作の速度を自在に操作出来るようだな」

「随分喋るな。そんなにアサシンの元へ行きたいのか」

「そちらこそ、セイバーと合流しないでいいのか? アサシンは数だけはいる。しかも、アサシンが言うには決してその数は減らんそうだ」

「貴重な情報だな。何が目的だ」

「ほう、今のを真実と捉えるのか。意外と素直なところがあると見える」

「……情報戦をしたいのか。この期に及んで」

「さてな。標的に親切な始末屋(スイーパー)などいると思うか?」

「違いない」

 

 互いに一歩も譲らず戦い続ける二人。その本来ならば因縁の戦いとなるものへ乱入する者がいた。

 

「イーッ!」

「っ!? アサシンっ!」

「どうした? 何故ここに」

「イーッ、綺礼様、ここは私が引き受けます。早く大聖杯へ」

「大聖杯!?」

「チッ! アサシン、後は頼んだぞ!」

 

 さらりと重大情報を漏らすアサシンに内心で頭を抱えつつ、綺礼は切嗣の隙を見てその場から走り去る。切嗣はその後を追う事もせず、アサシンへ銃口を向けた。

 

「大聖杯と言ったな。どういう事だ」

「イーッ、誰がお前などに、と言いたいところだが冥土の土産に教えてやる。柳洞寺の外れに隠された洞窟には、この聖杯戦争を支える大聖杯と呼ばれる物が存在するのだ。そこを我々は押さえている」

 

 まさか素直に喋るとは思っていなかったのか、切嗣はその場で何度も瞬きをした。一瞬嘘を言っているのかと思ったが、それにしてはアサシンは自慢するように胸を張っていた。そこで彼は確信する。アサシンには情報漏洩という事の重大さが分かっていないのだと。

 

「…………つまり、そこにセイバー達も向かっているのか?」

「イーッ、そうだ。そして、そこがセイバー達の墓場となるのだっ!」

「えっと……令呪でここへ戻せるのにかい?」

「イ?」

 

 切嗣が見せた令呪にアサシンの視線と動きが止まる。そして、その瞬間にその頭部が銀の弾丸によって撃ち抜かれた。即座に起こる爆発。それをやってのけたのは舞弥だった。彼女はアイリの魔術で常に戦場の様子を監視しており、綺礼が撤退したのを受けて切嗣のフォローに入っていたのだ。

 

「……さすが舞弥。正確だ」

 

 安堵するように息を吐き、切嗣は一旦城へと戻る。勿論セイバーへ連絡を入れるのも忘れない。

 

(セイバー、そちらはどうなっている? こちらはアサシンのマスターの襲撃を受けて撃退した)

(……そうですか。こちらは厄介な事になっています)

 

 切嗣の言葉に答えながら、セイバーは眼前の光景に冷や汗を流していた。大聖杯に辿り着いたセイバーとランサーを待っていたのは、百を超えるアサシンの軍団だったのだ。それを撃退してもすぐに補充が入ると二人は察し、打開策が思いつかないままジリジリと追い詰められていた。

 

「イーッ、どうやらここまでのようだな、セイバー、ランサー」

「イーッ、お前達がいかに強くとも、永遠に現れる我々を倒し続ける事は出来まい」

「イーッ、観念して死ね、ダブルサーヴァント!」

「くっ、やるしか……ないのか……」

「どうするつもりだ、セイバー」

「私の宝具を使う。そうすれば、この場一帯を吹き飛ばせるはずだ」

「その一撃でアサシンの本体諸共攻撃すると、そういう事か」

「ああ。ランサー、巻き込まれるなよ?」

「言ってくれる。ああ、お前との決着をつけるまでは消滅する訳にはいかんからな」

 

 全方位をアサシンに囲まれ、その中心で背中を合わせるセイバーとランサー。共に覚悟を決め、セイバーが宝具を使用としたその時だった。

 

―――待ていっ!

―――っ?!

 

 突如として響き渡る野太い声。それに全員の視線が動き、一人の男を捉えた。

 

「お、お前は……」

「ライダー! 来てくれたのか!」

「うむ、遅くなったな。ショッカー、もう貴様らの好きにはさせんぞっ!」

「イーッ! おのれ忌々しいライダーめっ! どこまでも我々の邪魔をするのだな!」

「行くぞ!」

 

 威風堂々と構えるライダーへアサシンの大群が向かっていく。それらを千切っては投げ千切っては投げと、無双の強さを見せつけるライダー。その光景をセイバー達だけでなくどこか呆れるようにウェイバーとケイネスも見つめていた。

 

「……何か、アサシンと対峙するとあいつもおかしいよなぁ。格闘戦しかしなくなるし」

「そのようだ。アサシンはイスカンダルと同年代の存在なのか? ショッカーなどという暗殺者など聞いた覚えもないが……? まぁいい。我らはあの奥の物を調べるぞ」

「は、はいっ!」

 

 すっかり学生に戻ってしまったウェイバーであったが、今の妙に出来る男のように思えるケイネスならば仕方ないとも言えた。時計塔コンビが静かに大聖杯へと接近する中、ライダー無双は続いていた。アサシン達は為す術なく殴られ、蹴られ、投げ飛ばされて爆ぜて死ぬ。それを繰り返すだけであった。

 

「イィィィィッ!」

「これで打ち止めか?」

 

 最後の一体を倒し終え、ライダーは周囲を確認する。あれ程いたアサシンも既に残っておらず、セイバーとランサーも確認するように気配を探りつつ目視でも確かめ、その全滅を確信した。

 

「そのようだ」

「すまないライダー。結局そちらを頼り切ってしまった」

「なぁに、お前達二人を臣下に出来るのであればこの程度」

 

 笑みさえ見せて答えるライダーだったが、ふと風が流れた事に気付いて視線を動かす。何故なら、その風は出口からではなく前から吹いていたのだ。

 

「……どういう事だ?」

 

 様子を窺うライダー達の目の前で大聖杯が活性化し、その中心からアサシンが出現した。それも一体ではなく先程と同じかそれ以上の数で。

 

「「なっ!?」」

「どうやら、それをどうにかせん事にはアサシンを止める事は出来ぬようだな……っ!」

「その通り。我らは大聖杯ある限り不滅。この世全ての悪から呼び出される我らこそ、この聖杯戦争の勝者たりえるのだっ!」

 

 胸を張って告げるアサシンだが、その内容にライダー達が一様に息を呑み、すぐさま聖杯へとそのこの世全ての悪を尋ねて答えを得た。アンリマユ。ゾロアスター教の神の名で、その名の通り悪神である。だが、この聖杯戦争では神を召喚する事は不可能であるため、おかしな話ではあった。

 

「小僧、どういう事か分かるか?」

「知るか! そもそもそんなものを誰が呼び出そうとしたんだよ!」

「ふむ、今回ではないとすれば前回以前となるか」

「だとすれば、知り得るのは遠坂やアインツベルンの者達だ。彼らはこの儀式の発案者の子孫なのだからな」

「セイバー、どうだ?」

 

 ケイネスの問いかけにセイバーは即座に切嗣を通じてアイリへと尋ねていた。そして、その解答は歓迎出来ないものだった。

 

「……前回の時にアインツベルンが召喚したのがそれだそうです。そして、四日目にて敗退し、マスターは自国へと逃げ帰ったそうです」

「待て。だとしても、何故その時のサーヴァントが」

「ショッカー、どういう事か説明しろ!」

「よかろう。どうせ貴様らはここで死ぬのだ。敗退したアンリマユは座と呼ばれる場所へ戻ろうとした。そのため、まずは来た道を逆に通る事になる訳だが、ここで問題が起きた」

「問題?」

「そうだ。召喚される時は人としての形を得るが、戻る際は魂として座へ戻される。その際、一旦そのアンリマユの魂は聖杯へと宿ったのだ」

「「……まさかっ!?」」

 

 魔術師コンビがアサシンの言いたい事を理解し顔面蒼白となった。セイバー達はまだ理解が追いつかないが、二人の反応で不味い事だけは理解したのだろう。それでも視線はアサシンへ向けられていたが。

 

「その聖杯とは何だ?」

「聖杯とは何だ、だと?」

「願望器だ。願いを叶えると吹聴している事からしてそうなのであろう」

 

 突然聞こえてきた声にセイバー達が振り向く。そこには腹部の傷を負ったままのアーチャーが立っていた。しかし、その表情はどこか愉しそうに笑っている。

 

「だから何だと言うのだ!」

「ふん、征服王は気付き出しているようだぞ」

「何?」

「ライダー、どういう事か分かるのですか?」

「……アンリマユはこの世全ての悪。その魂が聖杯へ宿った時、願いを告げたような状態になったのではないか? つまり、この世全ての悪であれと」

「さすがライダー。そう、その通りだ。つまり、聖杯はその時に変化したのだ。全ての願いを悪に染める、そういうものへとな」

 

 アサシンのまとめに誰もが言葉を失っていた。聖杯は名前の通りではなく、汚れてしまっていたと理解したのだ。と、その時、アーチャーがアサシンへ視線を向けて口の端を歪めた。

 

―――そして、貴様がその”この世全ての悪”とやらか。

 

 告げられた内容にその場の誰もが一斉にアサシンへ目をやる。今まで喋っていたアサシンへ。そのアサシンは―――嗤っていた。その邪悪な笑みにウェイバーは背筋が震えるのを覚え、ケイネスでさえも悪寒が走った程だ。アサシンから流れる気配が代わり、辺りを重苦しい空気が包む。

 

「さすが英雄王。いつ気付いた?」

「ふん、あの耳障りな声を出さなかった時からだ。我は本来のアサシンと話をした事がある。奴め、止めろと我が言ったのにも関わらず、これだけは止められぬと言って聞かなかったのだ」

 

 その指摘に誰もが小さく声を漏らす。そして同時に気付くのだ。では本来のアサシンはどうしたのかと。それをアンリマユも察したのだろう。邪悪な笑みを浮かべて告げる。

 

―――俺が喰った。

 

 その瞬間、弾かれるようにランサーが動いた。その神速に届かん速度で突き出された槍がアンリマユを貫き、その勢いのまま後ろへと突き飛ばした。が、アンリマユは何事もなかったかのようにゆらりと起き上がったのだ。腹部に槍による穴を開けたままで。

 

「どうやら奴だけはあの厄介な能力がなさそうだ」

「つまり、私達の相手はアレと言う訳ですね」

「では、周りのは余が相手をするか。英雄王よ、そちらはどうする?」

「知れた事。この世全ての悪とほざく愚か者を誅するのみよ」

「ならば……」

 

 アーチャーの言葉を聞き、ランサーはその手にしたゲイ・ボウをその場で折ってみせた。それと共にセイバーの傷も消える。

 

「ランサー……」

「報酬の前渡しだ、セイバー。この意味、分かっているな?」

「……承知した。必ずや後悔させぬ」

「分かっておろうな。奴のとどめは我に譲れ」

「そうしたくば自力で掴め、英雄王よ」

「そうとも。生前のようにな」

「ふんっ、よかろう。ならば精々我のために尽くすがいい」

 

 三騎士が揃って同じ相手へと挑む。そんな聖杯戦争始まって以来の事態が起きる中、ケイネスとウェイバーはある事に気付いて頭を抱えたくなっていた。

 

「あの、これって聖杯戦争の勝者が出たとしてもその願いはそいつの望む形にはならないって事ですよね?」

「そうなるな。そして、それは我々では修正出来ないだろう」

「根本が呪われてるんじゃ手の出しようが……」

「……いっそ、これを破壊する方がいいのかもしれん。そうすればこの世全ての悪は宿る物を失い、あるべき場所へ戻るはずだ」

「で、でもそんな事をしたら」

「そもそもこの聖杯戦争というのはおかしいと思っていたのだ。何故こんな辺境の島国で行われるのか。これは、おそらく間桐とアインツベルン、この二つの家が勢力争いに負けたか何かでここへ来たのではないか? だが、現地の協力者を得ても儀式の成功には遠かった。そこで外部の者を巻き込む形で何とか形にさせた儀式なのだろう」

 

 ケイネスの推測は外れてはいなかった。たしかにこの聖杯戦争はマキリとアインツベルンの二家が発起人であり、遠坂は場所を提供した地主である。更に言えば、令呪と呼ばれるものも第三次から導入されたのであり、それまでは完全にサーヴァントを制御する術なく行われていた。そこからもこの聖杯戦争がいかに杜撰なものか分かるというものだ。

 

「あの、考察は凄く気になるけど、今はそれどころじゃ」

「そうだったな。とにかく、現状のままでは聖杯戦争など続ける訳にはいかん。ウェイバー・ベルベット、君はアーチャーのマスターと接触し事情を説明しろ。向こうはおそらくだがこの事を知らん。それを告げ、一時休戦を提案しろ。私はセイバーのマスターと接触し、事態の打開かもしくは改善策を考える」

「わ、分かりました」

 

 繰り広げられる戦闘を避けるように移動するウェイバーとケイネス。彼らは洞窟の外へと向かい、柳洞寺の方へと移動、そのまま山門を下り出したところで疲れたように歩く時臣と出会った。

 

「なっ、君達は……」

「アーチャーのマスターか。丁度いい。後は任せたぞウェイバー君」

「は、はい」

 

 時臣の横を通り過ぎて階段を下りていくケイネス。それを見送るように見つめる時臣へ、ウェイバーが意を決して声を掛けた。

 

「き、聞いてくれ! 実は大変な事が分かったんだ!」

 

 

 

 アンリマユと戦う三騎士だが、その状況はお世辞にも有利とは言えなかった。斬っても、貫いても、穿っても、それを意に介さずアンリマユは立ち上がるのだ。アサシンの体を使っているため、アンリマユに滅びは来ない。更にステータス最弱だったアサシンと違い、今のアンリマユは間違いなくこの世全ての悪として顕現している。故にその力はどのサーヴァントよりも上であった。

 

「くっ、厄介だな。突いても薙いでもまるで意味がない」

「おそらくですが、宝具を使ったところで無意味でしょう」

「おのれぇ……我が財さえ通じぬとは……アサシンの分際でっ!」

 

 憤りをぶつけるようにアーチャーの攻撃がアンリマユを襲う。その聖剣や魔剣などが雨のようにアンリマユへ降り注ぐも、その土煙が晴れた後にはそれらを体へ突き刺したままで笑みを浮かべて佇む姿があるだけ。

 

「無駄だ。そちらの攻撃はこちらには通用しない」

 

 三人の事を嘲笑うかのような声にセイバー達はそれぞれ拳を握り締める。どこかで彼らも分かっているのだ。例え倒せたとしても、アサシンの体を使っている以上何度でも再生可能であり、その度に同じ事を繰り返させられるのだろうと。

 

「観念するのだな。どう足掻いてもそちらに勝ち目はない」

「それはどうかな?」

 

 場の空気を変えるような言葉が全員の耳に届く。それはアサシンを全て片付けたライダーのものだった。

 

「どういう意味だ?」

「気付かんのか? 自分の周囲をよく見てみろ」

「…………っ!? これは!?」

 

 自身の周囲を確認し、アンリマユは思わず驚いた。そう、アサシンの補充が止まっているのである。

 

「ど、どういう事だ!? 何故」

「お前がいるから、と言っておったぞ」

「何?」

「最後のアサシンを倒す時、奴はこう言っておった。アンリマユ様がいる限り、貴様らに勝ち目などない。例え自分達が倒れても、とな」

 

 その瞬間、アーチャーが何かを思い出したように笑い出す。セイバー達だけでなくアンリマユさえもアーチャーへ目を向ける中、彼は心の底から愉快とばかりに高笑いを続けた。

 

「ええい! 何がおかしい!」

「思い出したのよ。アサシンの奴が我に言った事をな。奴らは生前組織に属し、そこの最下層の地位だったそうだ。故に数は途方もない程多い。が、奴らを使役する怪物がいたらしく、それと帯同する時は、必ず邪魔をする存在が現れ、アサシン達はその者に蹴散らされて終わりだそうだ。後の事をその怪物へ託して、な」

「……つまり、今のアサシンにとってアンリマユはその怪物であり」

「我らが邪魔をする存在とみなされた?」

「だろうよ。ちなみにその存在の名は、ライダーと言うらしい」

 

 そこで誰もが全てを理解した。アサシンの無限復活は彼らしかいない時のみの現象であり、彼らを管理もしくは抑え付ける事の出来る存在がいる時はその限りではないと。更に、天敵とも言えるライダーとの名を持つ者がいる事でそれは完全なものとなる。

 

「ば、バカな……」

「なるほどなるほど。要するに余がアサシンの天敵となっておったのか」

「だからライダーにはあの能力が通じなかったのですね」

「そして、アンリマユという怪物が現れ、ライダーと対峙した事で、アサシン達は後事を託して散って行ったと」

「ふん、そいつは知らず自分で自分の首を絞めたのだ。救いがたい愚か者だな」

 

 四騎のサーヴァント達から立ち上る闘志と覇気。それにアンリマユがたじろいた。そう、完全に流れは決まっていた。隠されていた謎を解明され、無敵でなくなった怪人と、反撃に移ろうとするヒーロー達という、完璧なまでの展開だ。

 

 この後の事は、最早語るまでもあるまい。いくらアンリマユがこの世全ての悪とはいえ、宿った体はアサシンのものである。お約束な状況となった以上、もうアンリマユさえもあの宿命からは逃げられない。

 

―――こ、こんなバカなぁぁぁぁぁっ!!

 

 四騎のサーヴァントによる一斉攻撃。それによってこの世全ての悪は倒された。最後の爆発は凄まじく、大聖杯ごと洞窟を崩壊させる程の規模であり、セイバー達はその場から素早く脱出。アーチャーをライダーが担ぎ、ランサーとセイバーが崩れてくる岩などを除去しながらライダーの道を切り開いて。

 

 四騎が外に出たのを合図にするように、洞窟は完全に崩落し大聖杯までの道は閉ざされた。

 

「……終わった、のですね」

「そのようだ」

「やれやれ、とんだ結末になったわ」

「まったくだ。まぁ、我の財に入れる価値もない物であったので良しとしよう」

 

 そのアーチャーの負け惜しみのようにも聞こえる言葉にライダー達が笑う。それを笑うなと言わず、アーチャーはやや憮然とした顔で聞いていたが、最後に小さく笑みを零す。

 

 そこへ、ゆっくりと明るい光が差し込み始めると共に現れる者がいた。

 

「王よ、そして他の者達も無事で何より」

「バーサーカー、いやランスロットも無事でよかった」

「何? バーサーカーだと? それにしては普通に会話しておるが……」

「アサシンの影響だろう。こう考えると、場合によっては有用だったのだな」

 

 ランサーの言葉にライダーが納得するように頷き、彼らは揃って同じ方へ顔を向ける。そこには、燃えるような朝日があった。

 

「……夜明けか」

「おう、綺麗なものだ」

「まさしくあのアサシンを討ち取った日に相応しい」

「ええ、勝利の余韻を感じさせてくれます」

「勝利、か。本当にそうと言えるのか?」

「英雄王、言いたい事は分かるが、もう少し空気を読め」

「ふん、何故我が貴様らの事を考えてやらねばならん」

「ライダー、いいのです。アーチャーはこれでこそアーチャーなのでしょうから」

「ふっ、違いない」

 

 昇り行く朝日を浴びながら五騎のサーヴァントはしばしその場にとどまり、やがて誰ともなくその場から去っていく。これが、第四次聖杯戦争唯一の激戦であり、その幕切れの始まりだった。

 

 この後、ウェイバーから事態の説明を受けた時臣へ切嗣と共に現れたアイリもその補足をする事により、聖杯戦争は休戦へと追い込まれた。更に大聖杯がダメージを受けた影響なのか、サーヴァント達も次々に現界出来なくなっていき、なし崩しに聖杯戦争は終結させられる事となる。

 

 しかもその魂は聖杯へ行く事なく座へ戻り、切嗣やアイリが心配していた事は起きなかった。これも根本である大聖杯が機能を停止、あるいは破壊されたためと思われた。

 

「では、もう聖杯戦争は起きないと?」

「まだ確証はない。だが、その可能性は高いと見る」

「臓硯もどうやら諦めたみたいだ。それぐらい想定外の事だったんだろ」

 

 遠坂家で行われている御三家での話し合い。そこで明かされた意外な事実。何と臓硯は雁夜から大聖杯に起きた事を聞かされ、あまりの衝撃に無気力状態となってしまったのだ。何せ聖杯戦争のシステムの根幹はある一人の魔術師が必要不可欠。その人物亡き今、もう臓硯に聖杯戦争を存続させるだけの力も意欲もなかったのだ。

 

 そして、それが意味する事は……

 

「お茶をどうぞ」

「ありがとうございます、奥様」

「ありがとう、葵さん」

「葵、凛はどうしている?」

「桜と公園へ行きました。舞弥さんが付き添ってくれています」

 

 髪の色が変わってしまったが、間桐桜が再び遠坂桜となって実家へと戻れたという事だった。臓硯という実質の当主が力を無くし、表向きの家主であるその息子が雁夜へ強く出られる訳もなく、時臣の尽力もあって養子縁組は白紙となったという訳だ。

 

「お姉ちゃん、これかえさなくていいの?」

「もちろんよ。私があげるって言ったんだから大事に持ってなさい」

 

 シーソーで遊びながら話す幼い姉妹。それを見つめ、舞弥は小さく微笑む。近い内にここ冬木へアイリの娘であるイリヤも来る事になっているのだ。理由は一つ。聖杯戦争の本来の目的を明らかにし、今後の魔術の発展に役立てるため、ケイネスが主体となり調査を行うためだ。

 

 その後援者にアインツベルンが名を連ねており、しばらく冬木を離れられない両親がイリヤを呼び寄せたと言う訳である。いずれ、アインツベルンの城は賑やかになるだろう。そこが当面の調査隊の宿舎となるからだ。ケイネスとウェイバー、それにソラウが住まい、凛と桜という同性の友人も得られるかもしれないのだから、イリヤにとっては色々と目新しい事の連続となる。

 

「……こんな結末を誰が予想出来たでしょうね?」

 

 どこか楽しそうに呟いて舞弥は空を見上げた。そこには、雲一つない青空が広がっている。まるで、今後の行く末を暗示するような、どこまでも澄み渡る青空が。

 

 こうして聖杯戦争は終わりを告げた。この世全ての悪に利用され、世界を混乱に陥れようとしたショッカーの企みはライダー達の活躍によって打ち砕かれた。ありがとう、ライダー。ありがとう、サーヴァント達。

 

 

 

「で、お前はどうするのだ綺礼」

「はい、今度の事で分かりました。私は、どうやら生まれながらにして貧乏くじを引くタイプのようです」

「……それで?」

「もう一度勉強をし直します。ここを受け継げるよう、そして自身の歪みと向き合うためにも」

「そうか。だが忘れるな我が息子よ。歪みというのは、言い換えれば誰にでもあるものだ。それを無理に矯正しようとすれば、その者にとってはとても辛く苦しい事になるやもしれん。それを乗り越えられる者はいいが、乗り越えられぬと思った時は正直に言うのだ。その時は……」

「その時は?」

「……共に考えよう。乗り越えられる方法や、上手く折り合っていく道を。私達は家族であり親子なのだから」

「…………はい」

 

 言峰綺礼のその後は、特に大きな事もなく無事に司祭となれる資格を得、父の跡を継いて教会を守り抜いたという。その傍らには、綺麗な銀髪の少女がいたとかいなかったとか。彼は、終生その歪みを克服する事は出来なかったが、それと向き合い続ける事こそが主の与えた試練と思い、その強靭な信仰心で付き合い続けた。

 

 それは、どこかでアサシンの事を聞いた事も影響していたのかもしれない。悪になったら、あの仲間としてどこかで召喚されるかもと冗談半分で時臣が話したのだ。

 

―――絶対に私はイーッなどと叫ばんぞ……。

 

 絶対悪の素質を持った男は、絶対悪と出会った事でその道を死んでも行くものかと決意した。それもまた、絶対悪がもたらした結末の一つ……。




うん、なんだこれ? 自分でも書き終わった後で首を傾げてしまった。でも、こうなるしかないと思っています。ショッカー戦闘員が関わり、ライダーと名の付く存在がいて、この世全て悪なんて大層なものがいるのなら、こうなるしかないと。

楽しんでもらえたら幸い。少しでも笑えたら幸せ。感想もらえたら感激です。
ご拝読、本当にありがとうございました。拙作製造機の次回作には、期待しないでください。


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絶対悪の残したモノ

後日談というか、まぁ蛇足になりかねない話。あの結末から十年後の冬木の様子をどうぞ。


 大きな桜の木がある趣のある洋館、間桐邸。その玄関のドアの前で通学鞄を手にしている一人の女性がいる。今年から高校生となった遠坂桜であった。と、ドアがゆっくりと開いて一人の男性が姿を見せた。

 

「あ、おはようございます」

「……ああ。朝練の呼び出しか?」

「それもありますけど、姉さんが一緒に登校した方がいいって」

「義理の兄妹だった事もあるんだからってか? 余計なお世話だ」

「いえ、あの事です」

 

 桜の言い方で慎二も悟る。要するに魔術絡みの話かと。臓硯が力を失い、雁夜が実権を握った後の間桐家は様変わりをしていた。まず、魔術の研鑚を捨て研究へとシフト。臓硯の造り上げた魔術を徹底的に解明し、後世に残す事へ注力したのだ。

 留学から帰ってきた慎二は、義理の妹の出戻りと叔父の帰還、更に自分の家柄に関わる事や今後やっていく事を伝えられてこう思ったのだ。

 

―――魔力が無くても魔術には関われるし、大きな事を出来る可能性があるのか。

 

 叔父である雁夜が自分の余命が長くない事を悟り、後の事を慎二の父ではなく彼自身へ託したのも良かったのかもしれない。臓硯と同じ過ちは繰り返すな。それが叔父から彼へ託された願いであった。こうして慎二は捻くれ過ぎる事もなく魔術の研究へ勤しんだ。彼の父は長きに渡る臓硯の支配下ですっかり腑抜けてしまっていたが、我が子の姿がゆっくりとその自我を立ち直らせていった。

 

 今や慎二は知識だけならば立派な魔術師並であり、令呪の仕組みを一部解明した事もあって時臣から一目を置かれていたのだ。

 

「あの事、ね。で、一体どれだ?」

「えっと……」

 

 先んじて歩き出す慎二とそれに少し遅れて動き出す桜。春の風流れる中、兄妹であった二人は少しだけ距離を作って歩く。それはそのままその心の距離でもある。慎二にとって桜は、一度は妹として守ってやろうとした相手。対する桜にとって慎二は、兄として慕おうと思った相手。故に高校生となった今も、その心境は複雑であった。

 

「そういえば、あの話は本当なんですか?」

「どれだよ。相変わらず話が分かり難いな、お前」

「ご、ごめんなさい。け、結婚の事です」

「……ああ、お前がまた間桐になるかもしれないってあれか」

 

 慎二の複雑そうな声に桜の頬が赤く染まる。既に魔術師としては終わりを迎えている間桐ではあるが、だからといって絶えさせるのも良くないと時臣は考えていた。そこには、優秀な成果を出している慎二と、娘を助けようとした雁夜への様々な想いがあったのだろう。

 そこで挙がったのが桜の嫁入りである。元々桜を間桐の養子に出した裏には、彼女の魔術師としての優秀さを時臣が惜しんだという事もある。それに、本人達は気付いてないが、傍目には単なる幼馴染ではない雰囲気を見せ合っているのだ。

 

「僕は正直どっちでもいい。今はあの爺の残した事を解き明かすのに夢中だしな」

「……そう、ですよね」

 

 顔を背けたままで告げる慎二の言葉に桜は少し寂しそうに目を伏せる。それを横目で見て、慎二は小さく息を吐いた。

 

「でも、ま、実験なんかやるのに苦労してるのもある。助手として来てくれるなら助かるな」

「……はい、先輩」

「ふんっ……」

 

 先輩と呼べ。それは、幼い頃の慎二が遠坂に戻った桜へ告げた命令である。お兄ちゃんと呼ばれていたのに帰って来たら他人へ戻っていた。そのため慎二をどう呼べばいいか分からなくなった桜へ、彼が先んじてそう言い放ったのだ。自分の方が年上なのだから敬意を払えと理由も含めて。

 以来、桜は慎二を先輩と呼んでいる。そこに秘められた不器用な気遣いに感謝しながら。そして二人が学校へ向かうため、道路を渡って少しした時だった。

 

「あら、桜達じゃない。まだ学校に行ってなかったのね」

「姉さん」

「何だよ、低血圧の遠坂がどうしてこんな時間に登校してるんだ?」

 

 学校へ向かう坂道。その登り口付近で二人を出迎えた形になったのは桜の姉の凛であった。自分の数少ない弱点を言われ、凛はやや赤い顔をして慎二を睨む。

 

「ちょっと! あまりそういう事を大っぴらに言うんじゃないわよっ!」

「事実だろ。で、どうしてか答えろよ」

「……あの子が来るのよ。留学生として」

「「あの子……?」」

 

 凛がどこか疲れた声で告げた内容に二人は同じような声を返す。なので凛は続けてこう告げた。ドイツからね、と。それで二人も完全に理解した。

 

「まさか、イリヤちゃんが来るんですか?」

「そ」

「留学って、向こうはそれこそ箱入りお嬢様だろ? 何で留学なんて……」

「何でも私達との学校生活に憧れがあるんですって。そうお母様が舞弥さんから聞いたそうよ」

 

 あの聖杯戦争後、しばらく日本で暮らした衛宮一家だが、今はドイツへと帰国していた。理由はイリヤの魔術教育のためである。当然アイリは難色を示したのだが、友人となった凛や慎二に負けたくないと言い張るイリヤの熱意に折れ、必ず再来日すると約束して冬木の地を去っていた。舞弥はそのために今も冬木で暮らしており、葵と時折スイーツ巡りをする仲となっていたのだ。

 

「それで今日来るって?」

「らしいわ。で、案内兼出迎えを頼まれたのよ。騒がれない内に軽くでいいから学校の事を見て回りたいらしいの。おかげでこっちはいい迷惑なんだから……」

 

 そう言うと欠伸をかみ殺しながら凛は片手を口へ当てた。まだ登校する生徒達はほとんどいないので、彼女も普段の自分を曝け出している証拠である。これが学校なら、何があろうと欠伸などせず、したとしてもどこか可愛げが出るようにしているだろう。

 

 と、そこへゆっくりと近付く黒塗りの高級車。すぐに三人はアインツベルンの物と理解した。それを裏付けるように助手席から白いメイド服らしきものを着た女性が降り、後部座席のドアを開けたのだ。

 

「久しぶりね、リン。サクラとシンジも元気そうね」

「イリヤも元気そうで何よりよ。夏休み以来?」

「そうなるわ。にしても、案内はリンと聞いてたんだけど、サクラとシンジもしてくれるのかしら?」

「冗談。僕達は付き合い切れないからな」

「部活の朝練があるんだ。ごめんね、イリヤちゃん」

「ブカツ? アサレン? ああ、クラブ活動ってやつね」

 

 母親譲りの綺麗な髪を風になびかせ、明るく笑う姿は男なら全員が、女でも半分以上は見惚れてしまう程の可憐さがある。スタイルも西洋人らしく魅惑的であり、ミスパーフェクトの異名を持つ凛が悔しがる程のバランスだった。

 

「そういう事さ。桜、行くぞ」

「あ、はい」

 

 足早に歩き出す慎二を追う様に小走りで動き出す桜を見つめ、イリヤは凛へそそくさと近寄る。

 

「ね、ホントにあの二人って恋人じゃないの?」

「今のとこは、ね。ま、付き合いが長すぎてどっか踏ん切りがつかないんでしょう」

「そんなもの?」

「そんなもの」

 

 言い合ってから笑みを向け合う二人。と、そこへメイドであるセラが口を挟んできた。

 

「恐れ入りますが凛お嬢様、そろそろ学校の方へ案内をお願い致します。この車では騒ぎになりかねませんので」

「あ、そうだったわね。ありがとうセラさん。イリヤ、行くわよ」

「ええ。セラ、送ってくれてありがとう。迎え、よろしく」

「はい、畏まりました。行ってらっしゃいませ、お嬢様」

 

 深々と一礼して送り出すセラに苦笑しながらイリヤは凛と共に坂道を登り始める。その頃、先に車で遠坂家を訪れていた衛宮夫妻は時臣と葵と会話に花を咲かせていた。

 

「結婚、ですか。もうそんな年齢になったんですね」

「ええ。まだ話として出ているだけですけど」

「それにしても、かつて養子に行った先へ今度は嫁に行けとは、中々言える事ではないと思いますが?」

「私とて行けとは言っていないよ。ただ、桜も慎二君もお互いを意識している節は見えるのだ。だからこそ、このまま間桐が、いや彼の血が絶えるのは忍びないとね」

「思い合っての結びつきなら以前とは違いますわ。切嗣もあまり時臣さんをいじめないの」

「別にいじめてるつもりはないよ。ただ、僕はてっきりウェイバー君を狙っているのかと」

「彼は年下は興味ないそうだ。いや、政略結婚に思われる相手は、かな。魔術師としての悪しき慣習を改革する側だからね、彼は」

 

 ケイネスの下で助手を務めていたウェイバーは、今や時計塔の講師の一人となっていた。その従来の魔術師とは違う考え方や着眼点をケイネスに認められ、新たな魔術や魔術師の在り方を模索する学部を創設、そのために今や忙しく動き回っているのだ。

 

 凛や慎二が高校を卒業後目指しているのはその学部である。

 

「反発も多いと聞いていますけど、大丈夫なのでしょうか?」

「そこはロードエルメロイの秘蔵っ子ですからね。古き良き魔術師として名高い名門が後ろ盾になっている以上、大きな失態を犯すまでは静観するしかないですよ」

「その辺り、やはり抜け目ないなあの二人は。それぞれ古き良き魔術師と新時代の魔術師の先頭を行くつもりなんだろう。互いを互いで認め合う事で敵が動けないようになっている」

「まったくだ。彼の影響で、私の家も科学に侵略されつつあるよ」

「そうは言うけれど、アナタだって便利になったと仰っていたじゃない」

 

 葵の指摘に時臣が言葉に詰まり、切嗣とアイリが笑った。それに気恥ずかしさを感じつつ、話題を変えるように咳払いをする時臣。そして、彼は切嗣とアイリへ視線を向ける。

 

「それで、この後は?」

「墓参りをしようと思っています」

「古き盟約を新しい形へ変えた功労者である彼の、ね」

「……そうか。なら、我々もご一緒しましょう。葵、支度をなさい」

「はい」

 

 そうやって二組の夫婦が柳洞寺へ向かおうと動き出した頃、遠いロンドンの地では話題に挙がったウェイバー・ベルベッドがソファにもたれながら疲れた顔で紅茶を飲んでいた。そんな彼をやや呆れ顔で見つめる男性の姿がある。

 

「ウェイバー、もう少し紳士らしく振舞いたまえ」

「……無理ですよ、ケイネスさん。こっちは何分庶民の出なんで」

「まったく、普段は家柄など関係ないと言っているのだ。そういうところもそうだとは思わんのかね?」

「それは……そうですね」

 

 ぐうの音も出ない正論にウェイバーは姿勢を正す。それを見てケイネスは小さく頷いた。

 

「人へ持論を納得させるには、自身を以って範とするべきだ。私だから良いと気を抜けば、それをどこで誰に見られるか分からないと思いたまえ」

「はい、先生」

「……懐かしいものだ。君にそう呼ばれるとあの頃を思い出すな」

「もうお互い冬木へ五年は行ってませんからね。そちらの最後は家族旅行、でしたっけ」

「ああ。とはいっても、仕事にかこつけてだがね。ソラウは苦笑していたよ。公私混同とは私らしくないと」

 

 もう結婚して十年近くになろうとしている愛妻の名を、ケイネスは愛おしく呼んだ。今や二児の母であり、一男一女に恵まれたケイネス達はその子達の将来も考えてウェイバーの試みを応援していた。

 

「それで、どうなのだ? 新しい魔術の方は」

「一から創り上げる事の難しさを噛み締める日々ですよ。それに、やはり出遅れ感が凄いです。科学技術の進歩は魔術の比じゃないですから。先生も、時折足を運んでますか? 電化製品の店を」

「ああ。嫌という程理解させられてしまうよ。魔術で同じ事をやろうとすると、どれだけの準備や用意がいるのかとね。あれを受け入れない限り、魔術に先はないと言った君の気持ちは分かる。現状、魔術は過去へ過去へと戻る術だ。対して科学は前へ前へと進む術。これでは勝ち目などない」

 

 あの冬木での調査はケイネスに大きな衝撃を与えていた。助手であるウェイバーは調査を楽に出来ると様々な機械を薦めてきたのである。それらを最初こそ拒否しようとしたケイネスだったが、実際に使ってみるとその機能性に言葉を失ったのだ。彼とて知っているはずだった、科学の恐ろしさは。だが、それを実物として見せられた時、そしてその進化速度を知った時、彼も危機感を覚えたのである。このままでは、魔術は科学に取って代わられるかもしれないと。

 

「でも、魔術が最先端だった頃はたしかにあったんです。錬金術も魔術の一部でした。そこから今日の科学は始まっています。科学も魔術の支流だったんです」

「それが、今や逆転しようとしている。故に、魔術師も本流を思い出さねばならない。それが君の主張だったな」

「どうしても魔術師は自分達の魔術を隠そうとします。それが絶対にダメとは言いません。だけど、科学が発展した理由はその公明さにあります。誰もが勉強出来、研究出来る。故にあれだけの速度で進歩していくんです。今日分かった事を明日には全員へ伝達している。これと同じ事がこちらに出来ますか?」

「無理だ。だからこそ、これだけの差が開いた訳だが……」

 

 そこで二人は同時に紅茶を飲んだ。少し冷めたそれは、苦みが増したように感じられる。まるで今の彼らの心境のように。

 

「ならいっそ一気に過去へ戻るしかない。だから、今自分は大聖杯の力を借りたいんです」

「どういう意味だね?」

「魔術師を召喚したいんです。それも、出来れば神話の時代の。適性がアサシンやランサーでも魔術関連の知識がある存在もいます。それらを何とか呼び出してその知識や知恵を借りる。そんな時間を、一か月いや一週間でもいい。その間、そんな存在達から教えを請えたら……どうですか? もしくは、一人だけ召喚するなら長い時間の魔力の貯蓄は必要ないかもしれない。なら、毎年は無理でも五年に一度か最低でも十年に一度は可能なはずですし」

「……やはり君の発想と着眼点は素晴らしい。きっとそんな考えを聖杯戦争へ持ち込んだ者はいないだろう。根源を目指すのではなく、そのための勉学の場とするか。ふむ、やってみる価値は十二分にあるな。早速上へ掛け合ってみよう」

「お願いします。こちらも伝手を使ってアインツベルンやエーデルフェルトに話を持ちかけてみますので」

 

 かつては殺し合うはずだった師弟。それが今や同じ事を憂い、同じ道を歩む同志となっていた。これが後に魔術革命と呼ばれる動きの第一歩となるのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 イリヤの登場は穂群原学園にとっての大ニュースとなった。何せその立ち振る舞いは淑女然としたものであるし、凛よりも優れたプロポーションである。そこへダメ押しの外国人お嬢様とくれば男も女も話題にしないはずがなかった。

 

「凄い人だかりだったわ。あれがコーバイってもの?」

「ま、そうよ。これからはちゃんとお弁当を持参なさいな」

 

 昼休みの屋上。人があまり寄りつかないよう人払いの結界を張っての二人だけの昼食である。とはいえ、自作の弁当である凛と違い、イリヤの昼食はその立ち位置を利用して男子達に手に入れてもらった焼きそばパンとクリームパンにフルーツ牛乳といったものだが。

 

「そうするわ。さすがに毎回あれは勘弁だもの」

「それがいいわ。それで、留学の本当の目的は何?」

「ふふっ、リンはさすがね。あれじゃ誤魔化されてはくれないんだ」

「当然でしょ。ま、あれも理由の一つではあるんでしょうけど」

「えっと、アハトお爺様は諦めてないんだって。根源へ行く事を」

「……大聖杯は破壊された。聖杯戦争はもう起こせない。それなのに?」

「だから、もう一度最初からやり直すために準備したいみたい。幸いにして、マキリの魔術はシンジが頑張って解き明かしてくれてるし、その魔術使用はサクラが可能。で、トオサカにはリンがいる」

 

 その声に感情は一切なかった。それで凛は気付く。きっとこの事を切嗣とアイリは知らないだろうと。何故なら、あの二人はイリヤが魔術を習う事を嫌がった過去があるのだ。ならば、この話を知れば日本へなど来させないだろう。

 

「それ、衛宮のおじ様達はご存じなの?」

「リン、答えが分かってるのに聞くのは無意味よ」

「……お父様がマキリの前当主の次に厄介と言った理由が分かったわ。イリヤ、あんた本当に従うつもり?」

「そんな訳ないじゃない。だけど、お爺様は私に涙ながらに頼んできたの。それを無下にするのも孫としてどうかなって」

「それで一応聞きいれてあげたんだ。叶えられるか分からないけどって」

「うん、そんな感じ」

 

 そう告げてイリヤは焼きそばパンを齧る。と、その味に首をコテンと傾げ、もう一度小さく齧りついた。

 

「…………不思議な味。甘辛いのに時々酸っぱい」

「あー、紅ショウガが入ってるからよ。ほら、そのピンク色の奴」

「これ? へぇ、可愛い色ね。なのに酸っぱいなんて面白い」

 

 笑みを浮かべながら焼きそばパンを食べ続けるイリヤを見つめ、凛はどうしたものかと考える。あの第四次聖杯戦争後、御三家は繋がりを取り戻していた。アイリ、時臣、雁夜がその本来の目的であった根源へ至るというための手段であった聖杯戦争を見つめ直し、成功出来るものへ変えるためにと。

 その結果、それから数年は御三家による話し合いと研究が行われ、その役割も分担されたのだ。アインツベルンは大聖杯の修復法及び新しく施術する方法を探す。遠坂は大聖杯があった場所へのアクセスを回復する。間桐は令呪などの召喚関連魔術の解明。それらを中心に行動してきたのだ。

 

 そして、その兼ね合いで三家の子供達もよく顔を合わせた。親達が忙しい時は、舞弥が彼らの面倒を見てくれたりもしたのである。その場合はアインツベルンの城で四人揃ってのお泊り会となり、色々と騒ぎを起こしたものだ。主に凛とイリヤが慎二を相手に、ではあるが。

 

(懐かしいわね。もうあれから五年は経ったのか……)

 

 そんな日々はイリヤ達が帰国する事で終わりを迎えた。最後の夜、凛と桜はそれぞれイリヤへ贈り物をした。それは、手紙。時臣や切嗣から教えてもらいながらの拙いドイツ語で書かれたそれに、イリヤはしばらく言葉を無くした後、大粒の涙を流して笑ったのだ。その笑顔を今でも凛は鮮明に覚えている。

 

「ね、リン」

「ん?」

 

 凛が感慨に耽っていると、焼きそばパンを食べ終えたイリヤが声を掛けてきた。その声が普段のものである事で凛も本来の自分のままで応じる。

 

「今もアレってやってるの?」

「……やってるわよ。我が家の大事な収入源なんだから」

 

 アレとは冬木市のご当地ヒーローの事である。その名も、仮面ライダー。言わずと知れたアサシンの残した話を基にした存在である。元々はあのキャスター絡みの一件から生まれた他愛ない馬鹿話だった。

 

―――師父、あのアサシンが偶然やってた人助けを知っていますか? あれが子供達によってヒーロー扱いされているらしいのです。

―――そうなのか? まぁ、何も知らぬ者達ならばそう思っても仕方ないか。

―――ですが、その格好があれなものですから、今一つ保護者達から受けが悪いそうで。

―――ふむ、覆面だったからな。ん? そういえば、そのアサシンが宿敵と呼んでいた存在が似た名をしていた気がするな。

―――ああ、仮面ライダーです。

 

 その時臣と綺礼のやり取りを聞いていた雁夜がこんな事を言ったのだ。

 

―――なら、その名前でアサシンがやったような善行を人知れずやるヒーローものを作ったらどうだ?

 

 それを面白がったのが切嗣だった。彼は正義の味方としての理想像をそこに込めた。その彼が書いた設定を見て、綺礼が描いたアサシンの絵では似合わないとなり、名の通り仮面らしく変えたのだが、その髑髏を模したそれを凛と桜が怖いとダメ出し。だが、当然素人の彼らで他のものが思いつくはずもなく、ならばと髑髏に似ている他のものと雁夜が見つけたのが慎二が読んでいた昆虫図鑑のバッタであった。

 

「今なんて知名度上がって、全国区なんだから」

「ゼンコククって何?」

「……この国の人達が結構知ってるって事」

「へぇ、すごいじゃない。なら結構お金も」

「それが、今の家はその原作者ってだけなの。権利のほとんどをお父様が売却しちゃったのよ。うっかり、ね」

「…………トオサカのうっかりは直せそうにないわね」

「返す言葉がないわ。あれ程お母様がいる時じゃないと大事な契約は危ないって雁夜君が言ってくれてたのに……」

 

 大きくため息を吐く凛だが、その収入は未だに馬鹿に出来ない程の額はある。去年など映画化もされ、今や仮面ライダーは子供達のヒーローとなっていた。アサシンは、その敵役のデザインとして採用され、今もバタバタとやられている。最初にそれを見た時、綺礼は一人決意を新たにしたのだが、残念ながらそれは彼以外は知らない。

 

「カリヤ、か。もう三年になるんだっけ」

「ええ、早いものね。それでも、綺礼曰く長く生きた方らしいわ。本来ならあの時に死んでたんだって」

「……私も聞いたわ。アサシンが狂わせた聖杯戦争。そのおかげで、死なずに済んだ命が沢山あるって」

「ホント、何が幸いするか分からないわよね。だって、下手したら私は未だに桜を他人扱いしてて、イリヤとはここまで仲良くなってないんだもの」

「私だって。今みたいになれたの、お母様達がお爺様を説き伏せたからだもん。聖杯戦争はもう起きない。だからより良い血を残すために私にもちゃんとした伴侶をって」

 

 そこで昼休みの終わりが近い事を告げる音が鳴り響く。凛は立ち上がり、イリヤは首を傾げた。彼女は予鈴が分かっていないのだ。

 

「イリヤ、後五分で授業始まるから。それ、急いで食べちゃいなさい」

「え~っ!」

 

 こうしてイリヤはクリームパンを急いで食べ、見事に詰まらせかかった事を記す。

 

 そんな事が起きる一時間半程前、遠坂・衛宮両夫妻が柳洞寺の墓地へ足を踏み入れていた。すると、目的の場所の前に偉丈夫と可憐な雰囲気の少女が立っていたのだ。彼らは近付く気配に気づいたのか、そちらへ視線を揃って向ける。

 

「おや、師父達ではないですか。それに、衛宮夫妻も……」

「綺礼、君も来ていたのか」

「やあ、久しぶりだね」

 

 柳洞寺の間桐家の墓前。そこに綺礼と娘のカレンの姿があった。一度は手元から離した綺礼であったが、何が悪行と取られるか分からないと思い、再び彼女を呼び戻したのである。今や、言峰教会の看板娘的な存在となり、璃正の事を御爺様と呼んで可愛がられていた。

 

「こんにちは、時臣おじ様に葵おば様。それとお久しぶりです。切嗣さん、アイリさん。家の綺礼がお世話になっております」

「カレン、いい加減にその言い方を止めないか。それでは夫のようだと何度言ったら」

「母さんの代わりですので当然です。貴方は御爺様曰く愛に飢えた人なのですから、主のような深い愛で包まないといけません」

「あ、相変わらずね、カレンちゃん」

「本当に……」

 

 少し苦い顔で笑う葵に同意するようにアイリも頷く。親子と言うより歳の離れた夫婦がピッタリきそうな二人なのだ。それがここ数年前から親離れを始めた娘を持つ二人の父親には若干羨ましくもあった。

 

「お前の言いたい事は分かった。だがカレン、ここは墓前だ。あまり騒ぐのも良くないし、師父達も間桐氏へ挨拶をしに来たのだからそれで終わりだ」

「……分かりました」

 

 渋々といった感じで綺礼の近くへ移動するカレン。その様子に微笑みを浮かべつつ、四人は墓前へと立った。そして静かに手を合わせると目を閉じる。雁夜が息を引き取ったのは、桜の中学への入学式を見届けた次の日だった。老衰、と診断される結果に誰もが息を呑んだ。それだけ彼の体は疲れ果てていたのだ。無理な刻印虫の侵食にバーサーカーへの魔力供給。それらは短期間とはいえ、確実に雁夜の寿命を短くしていた。

 

「……桜にとって、君はもう一人の父だった。凛にとっては、兄のようなものだったかもしれない。私にとっては、最後には友人の一人となっていたよ。本当に、こうなって残念だ」

「アナタ……」

「僕はそこまで関わった事はなかったが、彼は魔術師らしくない男だった。だからこそ、己が身を犠牲にしてまでも桜ちゃんを助けようとしたんだろう。正直尊敬に値するよ、その在り方は」

「そうね。私にも親切で優しい人だった。切嗣がいなければ夫にしてもいいと思ったかも」

「雁夜君が聞いたら苦笑いで遠慮すると思いますけどね。衛宮さんを敵に回したくなって」

「僕こそ敵に回さなくて良かったよ。情に厚い人間程、何をするか分からないからね」

 

 どこか和やかな、だけどしんみりとした空気が流れる。長くはなかったが濃密な関わりを持ったのだ。雁夜はそれこそ御三家の中で一番聖杯戦争を嫌った。もう二度と起きないようにとの想いで動いていたのだ。それを時臣もアイリも肌で感じていた。桜が臓硯に狙われたのも、元はといえば聖杯戦争があったためなのだから。

 

「ん? すまない。電話だ」

「おや、こっちもか」

 

 時臣と切嗣の携帯が震える。その相手はケイネスとウェイバーだった。そして告げられる内容で二人は思わず互いへ視線を向けた。直感で感じ取ったのだ。これを相手も話されていると。

 

「……もしかして、そちらの相手はロードエルメロイ?」

「そういうそちらは、ウェイバー君かな?」

 

 そして二人は微かに笑みを浮かべるや、すぐに詳しい話をまた後日にと告げて通話を終えた。

 

「こういう形なら、彼も許してくれるでしょうか?」

「さて、死者の気持ちは分からんよ。ただ……」

「ただ?」

「あの子達がそれを望むのなら、彼も反対はしないだろう」

「……違いない」

 

 澄み渡る青空の下、二人の男が笑みを浮かべる。彼らの子はもう十五を超えている。時代が時代ならば立派な大人扱いだ。なら、自分達の人生に大きく関わる事ぐらい決めさせてやるべきかと、そう思って。

 

 そんな事は知らないまま、凛達は下校時刻となって生徒達が続々と帰宅や部活へと動き出す中、校庭を歩いていた。

 

「サクラとシンジはブカツなの?」

「そうよ。ちなみに顧問はあの藤村大河先生」

「……タイガって、あの別宅横の?」

 

 イリヤの問いに無言で頷く凛。別宅とは、切嗣が用意していた日本家屋の事で、今は舞弥が暮らしている場所である。そのお隣さんが藤村家であり、またの名を藤村組である。大河はそこの組長の孫娘であった。イリヤも幼い頃に何度か遊んでもらった事のある相手である。

 

「先生になったとは聞いてたけど、ここだったのね」

「そ。あたしもここで再会した時は驚いたわ。もっと驚いたのは、向こうがあたしの事を覚えてた事だったけど」

 

 イリヤと違い、凛はそれこそ数える程しか大河に会っていない。にも関わらず、彼女はしっかりと名前まで憶えていたのだ。

 

―――凛ちゃんだぁ。大きくなったねぇ。覚えてるかな? ほら、何回か一緒に遊んだ大河お姉ちゃんだよ。

―――え、ええ。覚えています。お久しぶりです、大河さん。

―――む~っ、他人行儀すぎるよぉ。ま、いっか。公私のけじめって事でね。何かあったらいつでも相談に乗るからね!

 

 ちなみに同じ事を桜と慎二も経験するのだが、それを知った時三人して笑ったのだ。それが、久しぶりの三人揃っての思い出となった。

 

「おーい、遠坂~っ」

「ん?」

 

 そんな時聞こえてきた声に凛とイリヤが振り向く。そこには短髪の少年がいた。その顔を見て凛が呆れ気味に息を吐いた。

 

「士郎君じゃない。何かご用?」

「いや、一成が遠坂がアインツベルンさんへ変な事教えないか注意してくれって」

「あら、人聞きの悪い。第一、どうして変な事を教えると思うの?」

「遠坂だからだろ?」

「わぁ、私には納得しか出来ない返しね」

「イリヤ? どういう意味かしら?」

 

 士郎と呼ばれた少年にイリヤは楽しげに笑い、そんな彼女に凛はとてもイイ笑顔を向ける。

 

「とりあえず、あまり一成と揉めるなよ遠坂。間に入る俺が大変なんだ」

「それが副会長の務めでしょ。じゃあね、手入れ屋さん」

「ちょっと待ってよリン。待ってってばぁ」

 

 言い終わるや歩き出す凛を追い駆けるようにイリヤも足早に動き出す。その背を見送りながら、士郎は頬を掻いて苦笑した。

 実は、彼と凛の付き合いは高校入学と同時だった。まず彼は同じクラスの柳洞一成と仲良くなり、部活として選んだ弓道部で慎二と関るようになった。そこから凛との関わりを持ったのは、ある意味で必然だったのかもしれない。彼女は一成と同じ中学出身であり、慎二の幼馴染でもあった。

 

―――ごめんなさい。慎二はいる?

―――遠坂さんか。慎二ならもう帰ったぞ。

―――……そう。で、貴方は何を?

―――ああ、これ? 手入れだよ。俺、射が下手でさ。だからせめてこういうのだけでも上達しようと思って練習中なんだ。

 

 それが彼らの初めての会話。それから凛はちょくちょく弓道部へ顔を出す事が増えた。士郎と同じ新入部員の美綴綾子と親しくなったからである。それを当時の士郎は気付かず、自分へ興味を持ったからではと勘違い。ならばと射を磨く事も力を入れ、一年の終わりには上位の腕前となっていたのだ。まぁ、その辺りで彼も凛の目的が自分ではないと気付いてもいたが。

 

「……俺には高嶺の花過ぎるかな」

 

 そう呟いて彼は弓道場へと歩き出す。だが、きっとその呟きを綾子が聞いていればこう言っただろう。なら自分ではどうだ、と。本来なら衛宮士郎となるはずだった彼は、何の因果か結局女難の相は消えなかったのである。射を急激な勢いで伸ばした彼に一目置く事になって意識し出した綾子と、自分の適性を見つめて相手に勝てそうな点を伸ばそうとする彼に感心し射まで上達してみせた事で意識し出している凛という、本来よりも厄介な状況で。

 

 これもまた、絶対悪が残したモノ。世界中がではないが、平和な世界がここにある。縁は形を変えて繋がり、その織り成す姿を作り出す。運命は変わっても宿命は変わらない。ただし、結末までとはいかないが……。

 

―――イーッ!

―――出たなショッカー!

 

 絶対悪と人類の自由を守る者。それが導いた一つの未来がここにある。




という事での蛇足的後日談でした。ライダーも戦闘員も、元は同じ組織から生まれたもの。だけど、その在り方は正反対。聖杯戦争も同じです。その在り方を決めるのは存在ではなく力の使い方。きっと、この世界では平和的な使われ方をするでしょう。……そうじゃなくなった場合、ライダーとして雁夜が現れてくれるかもしれませんね(苦笑


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