モモです! 外伝集 (疑似ほにょぺにょこ)
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外章 ナザリック 時計のキセキ


「ふむ──」

 

 左手を天に透かす。ここは地下である。至高の御方々の中の最上位であらせられるアインズ・ウール・ゴウン様が統治される絶対的な地。栄えあるナザリック地下大墳墓である。このナザリックには陽の射す場所はあるが、ここはそうではない。寧ろナザリックの中でも、ここはそう明るい場所ではない。

 

「ほぉ──」

 

 しかし私は左手を天に透かす。もう一度。

 別に左手を見ているわけではない。その手の首に填められたブレスレットを見て居るのだ。

 とても大事で、とても栄えあるアイテムである。性能そのもので言うならば各広間に添え付けてあるものと大差ないだろう。しかしこれはそんなものとは隔絶した風格と品格。神々しさと美しさが芸術的に混ざり合っている。

 

「素晴らしい──」

 

 それは思わず呟いてしまう程だった。このまま、天に翳したまま拝みたいほどに。

 

「フ──フフフ──」

 

 これほど素晴らしいものを頂けた私はどれ程の幸せ者なのだろうか。恐らく三千世界を探し回ったとしても、そう居ないだろうと確信できる程に私の心は大きく波打っている。

 ゆっくり、ゆっくりと手を降ろす。そして、儚く繊細な飴細工よりも優しく、優しく──そっと指を這わせた。

 

『今、午前4時37分だな、デミウルゴス。あまり無理をせず、励めよ』

「おぉ──おぉ!!」

 

 今聞こえた。はっきりと。至高の御方であり、敬愛すべき御方の声が。

 なんと素晴らしいものか。なんと尊きものか。はらはらと流れる涙を拭くこともなく、そっと腕輪を抱きしめる。

 

「あぁ、アインズ様。いと尊き御方。至高の御君。貴方様をこれほど身近に感じることが出来る物をこんな私に頂けるとは──このデミウルゴス。感謝感激極まりのうございます」

 

 常にアインズ様を身近に感じられる。常にアインズ様のお声が聞こえる。それはまるで、常にアインズ様のお傍に居続けられるようなものだ。

 アインズ様はおっしゃっていた。これが最初の一個なのだと。まず最初にお渡し頂く事が出来たのは私だけなのだと。

 

「んんっ──そういえば、アインズ様はこのアイテムをもっと作るかどうかの批評を私に任せるとの事でしたね」

 

 欲を言うならば、このまま自分だけが所持出来れば最高である。だがそれを行うにはこの崇高なブレスレットに最低評価を付けることに等しい。それは出来ない。絶対に出来るはずがない。私が付けるとするならば最高得点以外にあり得ないのだ。

 

「しかし──例え文句なしの満点をつけたとしても、それに納得していただけるのだろうか。いや、寧ろそこが私に渡した理由と一致するのではないだろうか」

 

 常に深淵なるお考えを持つアインズ様の事だ。褒美としてただ与えるだろうか。私の評価が欲しいとおっしゃっていたが、本当に私だけの評価で良いのだろうか。

 ただ個人の評価が欲しいだけならばそれこそアルベドやシャルティアでも問題なかったはずだ。

 私を評価したついで程度でこの私に渡されるだろうか。

 

「これは──やはり私だけの主観的評価だけではなく、他の皆の評価もそれとなく欲しいという事ではないだろうか」

 

 まずアルベドは論外だ。そもそも立場上。身軽に動けない。シャルティアは短絡的思考が多い故に私のような答えに辿り着くかも怪しい。アウラやマーレならば答えに辿り着くだろうが、経験の少ない二人では周囲にそれとなく聞くことは不可能だろう。パンドラズ・アクターは宝物庫の責任者であるとはいえ目立った功績はないので、そもそも与えられる事もない。と、言うよりアインズ様の被造物であるパンドラズ・アクターがアインズ様の事を第三者視点で見れるだろうか。

 

「ふむ、こうやって消去法で考えてみても、私しか居なさそうですね」

 

 やはりアインズ様は単に褒賞としてこのブレスレットを下さった訳ではなさそうである。

 

「そういえば、アインズ様はこうおっしゃっていましたね。『ただ言われることをするのではなく、まず自分で考えてこのナザリックの──アインズ・ウール・ゴウンの為になることを行うのだ』と」

 

 つまり、アインズ様はそれを実行なされたわけだ。

 危なかった。もしそのまま私の評価だけをアインズ様に渡していたら、折角私の事を評価して頂いたというのに、その期待を裏切ってしまう所だったのだ。

 無論、私程度で推理できるような簡単なお考えでは無い事は間違いない。だが、それでも。私に出来る最高の仕事をアインズ様にお見せしなくてはならない。

 

「見ていてください、アインズ様。このデミウルゴス──必ずや貴方様が期待されるであろう結果をお持ち致します!」

 

 

 

 

 

「──おかしいわね、アインズ様のお声が聞こえたと思ったのだけれど」

 

 聞き間違いだろうか。凡そ30分ほど前まではいらっしゃったが、デミウルゴスと会った後にさっさとリ・エスティーゼ王国に向かわれてしまってこのナザリックには既にいらっしゃらないはずなのだ。

 しかし、先ほど間違いなくアインズ様のお声が聞こえたのだ。私は例え数万キロ離れたアインズ様のお声であっても決して聞き逃すつもりはない。そもそもこのナザリック内で呟かれた事が聞こえないはずがないのだ。

 

「おかしいわね──デミウルゴスしか居ないわ」

 

 確かにアインズ様は先ほどデミウルゴスと話されてはいたが──

 

「──っ!?」

 

 思わず柱に隠れてしまう。アインズ様のお声が聞こえてきたのだ。『気がした』ではない。間違いなく聞こえていた。それもデミウルゴスの所から。もしや《パーフェゥト・アンノウアブル/完全不可知化》をお使いになられているのかとも思ったが、どうやら違う。何しろ聞こえてきた場所は──

 

「ま、まさか──」

 

 

 

 

 

 

「デミウルゴス、こんなところで何をしているのかしら」

「おや、アルベドではありませんか」

 

 後ろから声を掛けられ、振り向けばアルベドが居る。だが不思議な事に柱の影から出てきたような気がした。隠れるような何かがあったのだろうか。

 まぁ忙しくも聡明な彼女の事だ。何かがあったとしても自分で何とかしてしまうだろう。もし助言等が欲しい場合は彼女自身が頼んでくるはずである。

 いや、むしろ助言が欲しいのはこちらの方か。早速一人目は彼女にするとしよう。

 

「先ほどアインズ様よりこれを頂いたのですが──」

「やはりあなたが──」

 

 ふむ、『やはり』とは一体何を指しているのだろうか。あまりに小さな声で何を言っているのか聞こえ辛い。このブレスレットは私が最初だとアインズ様はおっしゃって居たから彼女が知る筈はないのだが──

 

「どうかしましたか、アルベド」

「い、いえ──何でもないわ。それよりも、そのブレスレットはどうしたのかしら。あなたはそういったものをあまり身に付けないと思っていたのだけれど」

 

 やはり気の所為なのか。彼女は普段通りの雰囲気に戻っている。しかし私があまり付け慣れていないブレスレットを身に付けているのが気になったのかもしれない。それが正しいと言うように彼女の視線はブレスレットに釘付けのようだ。

 

「えぇ、これがアインズ様から頂いたものなのですよ」

「そ、そうなの──それはどういうものなのかしら?」

 

 アインズ様より直接頂いたもの。やはりアルベドも気になるようだ。珍しく声が上擦っており、動揺を隠せていない。統括であるアルベドは良い評価は頂けても高い評価は難しい。故にこういった物を頂く事はそうないだろう。守護者統括として『リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』を頂いた手前、そうそう次に褒賞を頂くと言う事はできない。

 それゆえに私の持つこのブレスレットが気になって仕方ないのだ。

 ほんの少しだけ、優越感がこの身に走って行く。守護者統括である彼女と、階層守護者である私では、どうしても埋められない隔絶した立場の差と言うものがある。最終的な立場は彼女が絶対的に上なのだ。だからこそ感じてしまうこの優越感。思わず笑みが深くなってしまうのも仕方のない事だろう。

 彼女の形の良い眉が少しだけ顰められる。どうやら思わず取ってしまった笑みが彼女に不快感を与えてしまった様だ。

 

「そう怒らないで下さい、アルベド。今使いますので」

 

 そういって軽い気持ちでブレスレットに触れる。だがそれは、私も──アルベドにも予想だにしない声が聞こえてきたのだ。

 

『今5時丁度だな、デミウルゴス。ん?アルベドもそこに居るのか。二人とも、夜はしっかり寝たか?今日も一日頑張るんだぞ』

「なんと──」

「うそ──でしょ──」

 

 私は先ほどと同じように、時間と私を労うアインズ様のお声が聞こえると思っていたのだ。

 はっきり言おう。これはマジックアイテムである。ただの時刻を知らせるだけのマジックアイテムである。基本性能はぶくぶく茶釜様から聞いて居る。時間と同時に喋るコメントが幾つか。そして特定の操作を行く事で、『ねた』という特殊なセリフを入れることが出来る。精々性能としてはそれ位の筈なのだ。

 

「あ、アルベド──すみませんが、少々離れて頂けますか」

「え、えぇ──」

 

 渋々といった表情でアルベドが離れて行く。20歩ほど離れたところで止まり、こちらに振り替える。この程度で良いだろう。そう彼女の視線が言っている。

 

「ん──お、押しますよ──」

『今5時5分だな、デミウルゴス。はっはっは。デミウルゴスはせっかちだな。まだ5分しか経ってないぞ。アルベドも気になっているのか?離れていてもこちらを伺っているのが丸分かりだぞ』

「ち、ちち──ちょうだい、デミウルゴス!!」

 

 あげられるわけがないでしょう。というよりも、これはどれだけ機能を増やしているのか。まさか少し離れていたアルベドにも反応するとは。まさか本当は録音した声ではなく、アインズ様がこのブレスレットを通して喋っているのでは──あっ!

 

「ちょ、返してください、アルベド!それは私がアインズ様より頂いたものですよ!!」

「いっかい!いっかいだけ!ね?デミウルゴス」

 

 いつもからは考えられないほど素早い動きで私からブレスレットを奪い取り、そっと自分の手に通したのだ。本当にアインズ様の事になると良くも悪くもこちらの想像を上回る行動をとるので非常に困ってしまう。

 しかし、一回だけと念を押す彼女に根負けしてしまう私も私なのかもしれない。

 そして、私達はアインズ様の凄まじい深淵なるお考えの片鱗に触れることになったのだ。

 

『何をやっている、アルベド!これはデミウルゴスのものだぞ!!』

「も、もも──申し訳ありません、アインズ様ぁ!!」

「ま、まさかアインズ様はこの状況すら想定されていたのか──」

 

 ブレスレットから聞こえるアインズ様の声に叱られたアルベドは、まるで泣き叫ぶような声を上げながら地に頭を擦り付ける。条件反射でそうなったのだろうけれど、怒られた事自体は深く反省しているのだろう。物凄く落ち込んだ表情でブレスレットは返してくれていた。

 再びブレスレットに手を通す。まるでここに最初からあったかのようにしっくりと手首に嵌るブレスレットを見つめ、ふと思い出す。もしや、と。

 

「アルベド、すみませんがこの状態でもう一度触ってくれませんか?」

 

 泣きそうな顔でいやいやと首を振る彼女の手を取り、無理矢理ブレスレットに触れさせる。決して彼女を苛めているわけではないのだが、ブレスレットに触れた瞬間『びくり』と震える彼女はまるで幼子の様である。

 

『ちゃんとデミウルゴスに返したようだな。私は信じていたぞ、アルベド』

「あ、アインズさまぁ──」

「げに恐ろしきは、アインズ様の深淵なる智謀──ですね」

 

 アインズ様は許すところまでしっかりと録音なされていた。もし、アルベドがあのままもう一度触っていたのなら──一体どうなったのか、想像するのも恐ろしい。

 泣いているアルベドの手を取って立ち上がらせれば、許されて少しは安心したのだろう。陰りは大分薄くなっているようだった。

 

「さて、アルベド。情緒不安定な状態の貴方に言うのは少々酷かもしれませんが、このブレスレットについて評価を頂きたいのです」

「ぐすっ──評価ですか?」

「えぇ。アインズ様より最初に頂いたものとして、以後これを褒賞の一つにするに相応しいのかどうかの評価を頂きたいのです。私個人だけの評価で決めるのはいけませんからね」

「そ、そうだったの──わたしてっきり──」

 

 ふむ、アルベドには何か含むものでもあったのだろうか。私も、そして創造主であるウルベルト様も悪魔であるが故か感情の機微には疎いので理解できない部分である。しかしだからといって彼女に暗い顔をしていてほしいと言うことでは決してない。

 

「アルベド。貴方に何か含む所があるのは私にも理解できますが、それ以上は分かりかねます。ですが、貴方にそういう顔をして欲しいとは私も──そして当然アインズ様も思っていません。あのアインズ様のことです。私が最初に渡された理由も様々とあるのでしょう。決して気落ちする必要はありませんよ」

「え、えぇ。ありがとう、デミウルゴス」

 

 やっと彼女らしい笑みが戻ってきたようだ。これで当面は大丈夫だろう。ならばさっさと評価を聞いて次へと行かねばならない。

 

「私の評価は間違いなく満点よ。──でも、満点という言葉がここまで陳腐に聞こえる事もそうそうないでしょうね。私が評価すること自体烏滸がましいと思ってしまうもの」

「ふむ、ありがとうございます、アルベド。私も、貴方のお蔭でさらにこのアイテムの評価が上がりましたよ──っと、そうです」

 

 仕事へ戻ろうとしたのだろうアルベドへと再び声を掛ける。実験を行うので1時間後に玉座へ来てほしい、と。

 私の予想が正しければ、恐らく私に持たせた理由がそこにある気がするのだ。

 さぁ、次へ行きましょう。兵は巧遅よりも拙速を尊ぶと言う。なら王へ巧速を捧げねば良き配下とは言えないのだから。

 

 

「──おや、セバスですか。お早うございます」

「おぉ、デミウルゴス様。お早うございます」

 

 アルベドより分かれて歩いて10分弱程度。どこかへ向かう所だったのだろう。曲がり角でティーセットを持ったセバスに出会うことが出来た。このままどこかの部屋に入られていたら彼を探さなければならないところだった事を鑑みれば僥倖と言えるだろう。

 

「セバス、すまないが先ほどアインズ様に頂いたマジックアイテムについて評価を貰いたいのだが」

「ふむ、でしたら丁度プレアデスの皆と朝食後のお茶を頂くところでした。デミウルゴス様、プレアデス達の評価もお茶と一緒にどうですかな」

「なるほど、それは魅力的なお誘いだね。乗るとするよ、セバス」

 

 流石はセバスといった所か。こういう機転の効かせ方は私も倣いたいところである。

 セバスに先導してもらい、使用人たちの使う食堂へと足を向けた。

 遠くからでも分かる程に緩んだ空気が食堂から漏れている。それに少しだけ笑みを浮かべた。視線を向ければ背中越しでもわかるほどに、セバスも苦笑しているようだ。

 

「あれでも仕事はできる子たちです。多めに見て頂けると──」

「いやいや、何も問題はないよ。彼女たちの能力はアルベドと共に高く評価しているからね」

 

 近づくにつれて緩い雰囲気が消えて行く。私が居ることに逸早く気づいたのはシズだろうか。耳を澄ませると足早に動いているのが聞こえるものの、声は聞こえない。声を出さずとも連携が取れている証拠だ。これを高く評価せずして何と言うのか。

 

「ふむ、最初に気付いたのはシズですな。次にユリ。続いてルプスレギナ。最後にソリュシャンとエントマが同時ですか」

「──なるほど、ナーベラルは私とセバスがあった時点で気付いていたみたいだね」

 

 恐らくナーベラルは一人そっと身なりを正して居たのだろう。誰にも気づかれずに。元より性格的にあまり気を緩めるタイプでも無いというのもあるだろう。

 

「すまないね、皆。楽にしてほしい──と、言っても出来そうにないみたいだね。要件をさっさと済ませる事にしようか」

 

 食堂に足を踏み入れながら謝罪する。何しろ食堂なのにまるで会議室に入ったかのように張り詰めた雰囲気が部屋に漂っていたのである。別に抜き打ち検査に来たわけでもないのだから気を抜いてもらっていいのだが、彼女たちの立場上そうもいかないわけだ。

 ならばさっさと彼女たちからコレの評価を貰って退散した方が彼女たちの為になるというものか。

 セバスも視線だけではあるものの、申し訳なさそうにしている。

 

「あ、あの──デミウルゴス様。こんな朝から何の案件なのでしょうか」

 

 おずおずと手を上げたのはルプスレギナだった。だが皆が聞きたい話である事には変わりない。単に彼女が代表として手を上げたに過ぎない。

 

「あぁ、これですよ。先ほどアインズ様より頂いたものの評価を貰いたいと思ってね」

「アインズ様の──デミウルゴス様。アインズ様から頂いたものに我々が評価をするなど不敬に当たるのではありませんか」

 

 少しだけ眉を潜めながら声を上げたのはナーベラルだ。確かに通常考えるならば不敬極まりない行為だろう。だが、これはアインズ様より評価してほしいと直接言われたものだ。マジックアイテムとしては大した効果のない物。時間を分刻みで必要とする者などこのナザリックでは限られていると言って良い。それでもなお欲しいと思えるのかと、お優しいアインズ様は心配なされたのだ。

 

「問題ないよ、ナーベラル。これはアインズ様のご意志でもある。必要としないものを渡しても良いかと、お優しいアインズ様は腐心なさっておられるのだよ」

 

 しん、と部屋が静まり返った。本来アインズ様よりいただくものは、例え道端の小石であっても尊ぶべきものとなる。だというのに、私達の事を考えて下さっておられる。それがどれ程素晴らしいことなのか。それを皆噛みしめているのだろう。

 

「それで──私達に評価してほしいと言うそのマジックアイテムは──」

「フフ──皆、驚くといい」

 

 少し緊張した面持ちのユリに、私は笑みを深めてブレスレットに触れた。

 

『現在5時20分だな、デミウルゴス──』

「──ん?」

 

 おや、とブレスレットを見やる。もしや階層守護者達に反応するだけでプレアデス達には反応しないのだろうか。そう思った時だった。

 

『──おはよう、セバス。そしてプレアデスの諸君!今日も元気かな。体調の悪い者は遠慮せずにセバスに言うように。セバス、体調が悪くなったら遠慮なくアルベドに言うんだぞ』

 

 突然プレアデスの皆が立ち上がる。そして始まる斉唱。『おはようございます、アインズ様!』と。まさかタイムラグがあるとは思わなかった。思わぬ不意打ちだったからだろう。プレアデスの皆はほぼ反射で斉唱してから、きょろきょろと周囲を見回している。アインズ様が居ない事に気付かないまま。

 しかし解せぬのはセバスである。斉唱に参加はしたもののいつもの表情から変わらない。眉を潜める私に気付いたのだろうセバスは、私に笑みを浮かべた。

 

「ははは。申し訳ありません、デミウルゴス様。実は先日、アインズ様よりそのマジックアイテムに入れる声について相談されておりまして」

「なるほどね。ネタは既に知っていた、というわけか」

「はい、流石にこれほどまでのものとは思っておりませんでしたが」

 

 それはそうだろう。何度も聞いて居る私ですら驚いたのだ。

 

「しかし本当に素晴らしいお方でありますな。このようなマジックアイテムであっても我々の様な末端にまで心を砕いて下さるのですから」

「あぁ、そうだね。本当に──」

「デミウルゴス様ー?今のアインズ様のお声はー、そのマジックアイテムからなのですかー?」

「ん?あぁ、そうだよ、エントマ。ただ時刻を伝えるという簡単なマジックアイテムのはずだったのだけれどね。こんな些細な物にまでアインズ様は気付かって下さっているのだよ」

 

 凄い、素晴らしいと皆が口々に言っている。これは聞く必要すらなく最高評価が貰えそうだ。

 

「そういえばデミウルゴス様。このマジックアイテムは我々でも頂ける可能性があるのでしょうか」

「勿論だよ、セバス。セバスも一度経験しているだろう。何か欲しいものはないか、とアインズ様がおっしゃった時を。その褒賞の一つとしてこれを入れるかどうかの評価なんだ」

「なんと──」

 

 皆の雰囲気が変わるのを見て、なるほどと得心が入った。これもアインズ様が私にやらせた理由の一つなのだろう。明らかに皆のやる気が上がったのだ。良くよく考えれば私達の評価など聞かずともこれの評価は間違いなく最高だ。褒賞で欲しいものランキングで間違いなく上位になる物だろう。それをわざわざ評価させるという手間を取ってこれを皆に周知させ、皆の意欲を高めようとなされているのだ。

 簡単な、たった一つの行動で幾つもの意味を持たせる。流石はアインズ様である。

 

「さて、私はそろそろ暇させてもらうとするよ」

「おや、お茶は要りませんでしたか」

「あぁ、それはまた今度にするよ。私が居たら皆がゆっくりできないだろうからね。そうそう、6時ごろに皆玉座の間に集まってくれないか。最後の実験をしたいからね」

 

 コップにお茶を注ごうとするセバスを制して食堂から出て行く。入って着た時とは間逆に、皆が名残惜しそうな顔をしているのはこのブレスレットのお蔭だろう。

 私は本来恨まれ役だ。厳しい事を言って皆の規律を正す事が私の使命である。そんな私が皆に惜しまれながら退室するというのも、何とも不思議な感じがした。

 

「これもまた、貴方様のお考えの通りなのでしょうね。アインズ様──」

 

 目を瞑り、そっとブレスレットを胸に抱く。やはり貴方様は素晴らしい御方です。そう、万感の思いを込めて。

 

『今5時30分だな。仕事はこれからだ、行くぞ、デミウルゴス』

「はい、アインズ様」

 

 

 それから私は第六階層まで昇ってきていた。どうやらアウラとマーレだけではなく、コキュートスと『じゃんがりあんはむすたぁ』なる種族のハムスケが居るようなのだ。シャルティアは恐らく自室だろう。

 闘技場から戦闘音がしている。おや、と思い空から見下ろせばどうやらコキュートスとハムスケが戦っているようだ。

 とはいえ、戦上手であるコキュートスにハムスケ程度の強さで歯が立つわけがない。ハムスケの方は本気でやっているようだが、コキュートスは武器一本で軽くいなしているようだ。

 

「あれ、デミウルゴスじゃん。こんなところにどうしたの?」

「先ほどアインズ様より褒賞としてマジックアイテムを頂いたんだ。その評価を皆に聞いておきたいと思ってね。高評価であれば以後、褒賞の一つになるようだよ」

 

 降りて来た私にいち早く気づいたのは、やはりアウラだった。マーレは全然気付かなかったようで、音無く降り立った私を見て目を見開いている。流石にやりあっている二人はこちらに視線すら──いや、コキュートスはこちらをちらりと見ているか。

 

「あ、それ!」

『今5時40分だよ~』

 

 目聡く見付けたアウラが自分の身に付けているブレスレットに触れた。すると何とも気の抜けたぶくぶく茶釜様の御声が聞こえてくる。だが、それだけだ。やはり本来はこうやって時間を教える程度のものなのだ。

 

「ふふふー。ぶくぶく茶釜様~」

 

 私には一切理解できないが、やはり創造主の声なのだ。聞けるだけでも嬉しいものなのだろう。

 では、と私もブレスレットに触れる。

 

『今5時42分だな、デミウルゴス。そしてお早う、アウラ、マーレ』

 

 アウラとマーレが『ぎょっ』とこちらを見つめてくる。流石に自分たちの声を呼ばれるとは思わなかったのだろう。嬉しそうにブレスレットを見つめている。

 

「うわぁー。アインズ様の声だけじゃなくて、回りにも──」

『お早う、コキュートス、ハムスケ!朝から元気だな!!』

「え、殿──はぎゅーーー!?」

「ソノ行動、悪シ──オハヨウゴザイマス、アインズ様──?」

 

 アウラが嬉しそうにブレスレットに顔を近づけた瞬間だった。まるで謀ったかのようなタイミングで大音量が流れたのだ。コキュートスとハムスケに向けて。流石に続きがあるとは思ってもみなかったのだろう、大音量が直撃したアウラは目を回している。

 

「デミウルゴス、今アインズ様ノ声ガ聞コエタノダガ──」

「お早う、コキュートス。これだよ」

 

 気を抜いた瞬間にコキュートスに闘技場の壁にまで吹き飛ばされ、激突して気絶したのだろうハムスケを放置したままコキュートスがこちらに来ていた。やはり近くで見ても彼の身体には傷一つ付いていない。ハムスケは一方的に翻弄されていたのだろう。

 コキュートスは興味深そうにブレスレットを見ている。彼の主人に倣い、武くらいにしか興味が無いだろうコキュートスですらこの態度である。これはもう確定と言って良いのではないだろうか。

 

「前回の働きの褒賞として貰ったものなのだけれどね。どうやら試しに作ったものらしく、今後の褒賞として入れて良いかの評価を、アインズ様は欲っしていらっしゃるんだ」

 

 私の言葉に弾かれる様にアウラとマーレが『欲しい』と手を上げている。いや評価が欲しいのであってこれが欲しいかどうかでは──いや、間違いではないのか。

 

「アインズ様ノ御声ヲ身近ニ感ジル事ガ出来ルトイウノハ身ノ引キ締マル思イダ。欲シイナ」

「ふむ、当然の如く満場一致だね。最後はシャルティアか」

 

 ハムスケの方に視線をやると震えながら手を上げている。小さいが『欲しいでござる』とか言っているので大丈夫だろう。

 

「えーシャルティアー?要らないんじゃない?アイツなら殺してでも奪い取るって感じだと思うけど」

「ははは。それは私も同じ意見だよ。しかし、万が一というのもある。我が主たるウルベルト様もおっしゃっていた。『無意味な行動などない。全てが万事に繋がっているものだ』とね」

 

 さて、急がないといけない。もうあまり時間が無いのだ。喋ってるうちに随分と経ってしまっている。

 

「あれ、もう行くの?」

「えぇ。シャルティアを連れて行くので先に玉座の間に行っておいてください。最後の実験をしますので」

「実験──ですか?」

 

 きょとんと不思議そうに首を傾げる二人に笑みを浮かべる。決して損はしないと。

 さぁ急いでシャルティアの所に向かうとしましょう。

 

 

「おはようございます、シャルティア。起きてますか?」

 

 シャルティアの寝所へとやってきたのだが、案の定まだ寝ているようだ。彼女はアンデッドなのだから寝る必要すらないはずなのに良く眠る。ナザリックにある7不思議と言われているものの一つである。

 

「おはようございます、デミウルゴス様──申し訳ありませんが、シャルティア様はまだ──」

「ふむ、それはいけないね。彼女が欠けたら私の実験も意味を成さないからね」

 

 申し訳なさそうにしている吸血鬼の花嫁<ヴァンパイア・ブライド>が苦笑する。そういえば、コレならばいけるのではないか。そう思いブレスレットに視線を移した。

 さて、近いとはいえドア越しでも反応するのだろうか。反応しなかったらどうしようもない気もするが、アインズ様の事である。恐らく反応するだろう。そう一縷の望みをかけて、触れた。

 

『今5時55分だな。ヒューゴーゴーゴーゥ!!』

「──え?」

 

 もしかしてネタ枠とやらに当たってしまったのだろうか。今までとは明らかに違う。なんとも微妙な雰囲気が流れてしまっていた。吸血鬼の花嫁<ヴァンパイア・ブライド>も突っ込んでいいのか放置した方が良いのかと悩んでいるようだ。

 

「ね、ネタ枠ですからね。1分待ってもう一度やれば──」

『──気を抜いたな、デミウルゴス?』

「──は?」

 

 そう思った時だった。そう、コレは今までわざとずらしていたのだ。それを失念していた。そう思った時はもう遅かった。

 

『我が名はアインズ・ウール・ゴウンである!おはよう、シャルティア!!』

「ぐぅっ!!」

 

 あまりの大音量に思わず呻いてしまう。近くに居た吸血鬼の花嫁<ヴァンパイア・ブライド>は驚いて耳を塞ぎながら縮こまってしまっていた。

 しかしその効果は絶大だったようで『ギャー!?』とあまりにもあまりな叫び声が、ドタバタと走り回る音と共に聞こえて来る。

 

「お、おおおおお早うございます、アインズ様!貴方様のシャルティアが──あれ?アインズ様ー?」

「おはようございます、シャルティア。これですよ」

 

 喜色満面でドアを勢いよく開けたシャルティアだったが、当のアインズ様がいらっしゃらないことに首を傾げている。つまりシャルティアであってもこのマジックアイテムから聞こえる声が本人かどうかの判別が出来ないということだ。これは大きな収穫である。

 私が笑いながら身に付けているブレスレットを彼女に見せながら指さすと、シャルティアは恐る恐る触れようとしてくる。さて、今度はどういう言葉が出るのだろうか。時間はないが私も楽しみになってきている。何しろ未だに同じ言葉が一度も出ていないのだから。

 

『残念だったな、シャルティア。俺は既にデミウルゴスのものなのだよ。因みに今5時58分だ』

「おう──」

 

 明らかに殺気を含んだシャルティアの視線が私を貫いて来る。戦闘力最高位たるシャルティアの遠慮なしの殺意は流石に無防備である今の状態では辛い。

 

「こ、このマジックアイテムは私の物だからね。深い意味はないのだよ?」

「ほんとぉでありんすかぁ?」

 

 怖い。怖いよ、シャルティア。何の狙いがあってアインズ様はこんなものを仕込まれたのだろうか。真意は掴めない。っと、こんなことをしている場合ではなかった。

 

「シャルティア。起きてそうそう悪いけど、玉座の間へ急ぐとしよう」

「玉座の間でありんすか?アインズ様は──今リ・エスティーゼ王国にいるはずでありんすが──」

「確かにそうなんだけどね、ちょっとした実験をしたいんだ。悪い事にはならないはずだよ」

 

 寝起きで機嫌が悪いのだろうシャルティアは、渋々とだが頷いてくれた。もう少し時間に余裕を以て言っておけばよかったかもしれない。まさかここまで時間がかかるなど、アルベドの時には予想も出来なかった。私の不徳の致す処である。何よりアインズ様の御深慮に欠片ほども近づけなかった事が一番大きいだろう。

 それは次回挽回する他ない。悔んでいても時間は待ってくれはしないのだから。

 

 

「申し訳ありません。遅くなりました」

「おや、もう全員居るのでありんすね」

 

 オーレオールにまで頼んで急いで玉座の間に来たつもりだったが、既に全員集まっていた。しかしそこまで待っていないのだろう。苛ついた感じは無い。

 

「デミウルゴス。実験と言っていたけれど、何をするつもりなのかしら」

「とても簡単な実験だよ、アルベド。──皆、このマジックアイテムの凄さ、素晴らしさは体感してもらえたと思っている。そこで私は思ったのだよ。これを、全員の前で使った場合どうなるのかと」

 

 皆が、ごくりと唾を飲み込んだ音が聞こえた。それほどに期待が高いのだ。さぁ、どのような結果が生まれるのだろうか。私の想像も付かない結果となることは間違いないだろう。

 

「さぁ、アインズ様の声を宿したマジックアイテムよ。お前は何を私達に伝えてくれるのだ!」

 

 ゆっくりと手を天に掲げ、触れる。

 

『今6時10分だ──』

 

 そこで一旦声が止まった。だが知っている。我々は知っているのだ。この先があることを。さぁ、続きを聞かせてくれ。

 

『あぁ──こほん。忙しい中、皆良く集まってくれた──』

 

 息を飲む声が聞こえる。そこに入っていたのは──

 

『──皆、もしこんな世界に私一人で来ていたとしたら、恐らく今の様には行かなかっただろう。それがこうも上手くいっているのは、間違いなく皆の頑張りがあったからだ──』

 

 アインズ様の、偽りなき──

 

『皆、私の無理難題に不平も言わず良く頑張ってくれた。感謝する。そして、これからもよろしく頼む我が配下たちよ──』

 

 感謝の言葉だった。

 

『そして、ありがとう。我が無二の友の子達よ。私はお前たちに会えて、とても幸せだ!』

 

 

 どれほど時間がたっただろうか。今だにすすり声が聞こえている。普段は寡黙なコキュートスですら大声を上げて泣いていた。

 我らはアインズ様にここまで愛されていたとは思いも依らなかったのだ。一方通行の思いであると思っていた。報われなくとも良いとさえ思っていた。ただ傍に仕え、御方の命令に従えれば、と。

 あぁ、素晴らしきはアインズ様。最後の最後にこんなものまで用意してくださるとは。

 

「このデミウルゴス。今以上の忠誠を誓いましょうぞ──!!」

 

 

 

 

 

 

「──と、いうわけで満場一致で皆がこのマジックアイテムが欲しいと言っておりました。出来得るならば、入手できる機会を増やしてほしいとの嘆願も出ております」

「あ、あぁ──」

 

 え、何があったの。詳しくは教えてくれないのが非常に怖い。何しろ簡単なマジックアイテムである。分かりやすく言うならば、入力できる音声の数が非常に少ないのだ。そこで何を取捨選択しようかとセバスに相談するものの上手くいかず、パンドラズ・アクターと頭を悩ませていたのだが、ふと天啓が降りて来たのだ

 

──入力音声が少ないならいっそ本人が喜ぶ声を自動判別するようにしたらいいじゃない。

 

 まさに逆転の発想だった。

 だから俺は一音づつ入力し、相手の魔力波動だけではつまらないから周囲の知っている魔力波動も含めて感知し、触れた者が最も望むであろう答えを自動で喋ってくれるように作ったわけだ。

 平たく言うなら、触った本人の妄想が俺の声で聞こえてくるという非常に恥ずかしいアイテムとなってしまったわけである。ついでに防犯機能もつけたりなど、作るときはテンションが物凄かったために空いたリソースギリギリまで詰め込んでしまったのだが──

 聞けない。聞けるわけがない。喋った事を話せと言うのは、彼らの妄想を暴露しろといっているようなものなのだ。

 

「あー、本当に欲しがっている──のか?」

「はい!全員欲しがっております!!今回の批評はプレアデスから階層守護者辺りまででした。しかしざっと聞いた感じによりますと一般メイドは言うに及ばず、末端の者に至るまで皆欲しがっていました。特にオーレオール・オメガに至っては、中々褒賞を貰える立場ではないためか土下座までされてしまいました。」

 

 え、全員?しかもオーレオールは土下座までした?一体何を言ったのだろうか。どんな妄想をぶちまけたのだろうか。気になるが聞こえない。何しろそれは相手にとっての黒歴史である。もし今ここで俺の黒歴史をぶちまけろと言われたら全力で逃げるだろう。デミウルゴスだってそうするはずだ。

 しかしオーレオールか。確かにあの子は基本的に一人である。妄想とは言え喋るものが居るのは気が紛れるのかもしれない。

 

「う、うむ。皆の件は了解した。では以後このマジックアイテムは褒賞の一つとしよう。オーレオールについては後で送っておくことにする。あの子にはこのナザリック全体を管理してもらって居るのだからな。褒賞としては十分だ」

「それは良うございました。きっとオーレオールも喜ぶことでしょう」

 

 あぁ、気になる。凄く気になる。一体デミウルゴスは皆の前でどんな妄想を俺ボイスでぶちまけたのだろうか。あまりに凄まじ過ぎて逆にすっきりしたのかもしれない。そう思えるほどに普段よりもすっきりとした笑顔なのだ。

 

「アインズ様──このような素晴らしいものを作って頂き──このデミウルゴス。感謝の極みにございます。より一層、アインズ様の為に尽くす所存にございます」

「あ、うむ。──あまり無理はするなよ」

 

 そうか、それほどストレスが溜まっていたのだな。きっとそうだ。だから公開処刑<ばくろ>されたのが逆に良かったのだろう。

 そして嬉々として出て行こうとするデミウルゴスが、くるりとこちらを向いた。

 

「アインズ・ウール・ゴウン様、万歳!!」

「お、おう──」

 

 本当に──テンション高いなぁ、デミウルゴス。



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外章 ナザリック アインズ様、新しい魔法を覚える

こそっと深夜投稿です
今日──いえ、昨夜?夏祭りでしたので遅れました──


「いっただーきまーす!──んぐんぐ──うんまぁー!!」

 

 食事──

 それは、生きとし生けるものに与えられた祝福である。

 

「それは良うございました。アウラ様のご要望通り、一般ランクのビーフパテを利用したのがよろしかったようですね。あ、わん」

「うんー。この大味で大雑把な感じが、ジャンクフード!って感じで良いよね」

 

 ここ、ナザリック地下大墳墓 第六階層『森林』の一角。アウラやマーレが食事をとるためだけに作られたエリアで、アウラはペストーニャ・S・ワンコが作ったハンバーガーセットに舌鼓を打っていた。

 俺は決して隠れているわけではない。アウラたちを含む配下の者たちがどのように食事を摂っているかを観察するためである。いやはや、それにしても──

 

「このポテトやコーラとの相性は抜群だね!んー──うまー!!」

(本当に美味しそうに食べるなぁ──)

 

 アンデッドに成ってから久しく、食事を摂りたいという欲求そのものを感じることは無くなっている。しかしそれは、イコール食事を摂りたくないという事ではない。

 食事を摂る必要がないだけで、食事をしたくないわけではない。

確かに『したいか』と聞かれても『どうでもいい』と思う程度に落ち込んでいる。しかし『食べたくないのか』と聞かれたら『そうではない』と思わず口にしそうになる程度には食に対する欲求は残っている。

 空腹そのものがないためこの中途半端な状態がずっと続いているのだが──

 

「ペストーニャ、おかわり!」

「はい、既に用意してあります──わん」

 

 ああやって、アウラに限らず美味しそうに食べているのを横で見て居るとふつふつと湧いてくるのだ。

『食べたい』という欲求が。

 

(でも食べたとしてもそのまま床にぶちまけるだけなんだよなぁ──)

 

 身体が骨であるため食物を消化どころか口の中に留めて置くことすら出来ない。いっそ《星に願いを/ウィッシュ・アボン・ア・スター》で受肉でもしようかと考えたこともあるが、高々食事のために──本来必要すら感じないような物に超位魔法を使っていい物かと二の足を踏んでしまう。大量の経験を消失するか、超貴重品であるこの指輪──

 

(食事なんていう俗な願いのために貴重な回数を消費するのはなぁ)

 

 己が指に嵌る流れ星の指輪<シューティングスター>の貴重な3回のうちの1回を利用するかのどちらしかない。

 友のため、仲間のため、配下のためならば経験だろうが貴重な1回だろうが使うことに躊躇はない。しかし己が為、しかもこんな仕様もない事に使うのにはあまりにも躊躇が激しいのだ。

 

(他に方法はないものか──)

 

 

 

 

「──それで作られたのが、この魔法ですか。アインズ様」

 

 早速執務室に戻って魔法を作ること数時間。割とあっさり出来てしまった趣味全開の魔法を試してみたくなり、我が創造物であるパンドラズ・アクターの居る宝物庫へやって来ていた。

 

「あぁ。日々食事を摂るものたちがどのような感情を持って行っているのかが気になってな」

「態々下々の者のために崇高なる御心を御砕きになるとは──流石です、ン──アインズ様!」

 

 相変わらず仰々しいというより騒がしいポーズを取りながら俺に敬服してくる。しかしそのポーズそのものを教えたのが自分であるため、黒歴史をまざまざと見せつけられている気分になり非常に居た堪れない。

 

(あぁ、ユグドラシルのように設定書き換えられたらなぁ)

 

 早速感情の平坦化が発動する。感情そのものは戻ってくれるが、発動すること自体が悲しくて仕方がない。なんで自分で作ったものでここまで感情が揺さぶられているのだろう、と。

 

「んん!そこで、お前にこの魔法を使ってみて、効果のほどを確かめたいのだが。構わんな?」

「もちろん問題ありません!と、普段なら言うのですが──」

 

 普段なら二つ返事で承諾するパンドラズ・アクターが珍しく口を濁す。好き嫌いでもあるのだろうか、とも思ったがそんなレベルの話ではなかった。

 

「アインズ様、お忘れかもしれませんが──私も味覚、ありませんよ?」

(そうだったー!?)

 

 そうだ、忘れていた。いや、完全に忘れていたわけではない。ドッペルゲンガーはそもそも食事を必要としない種族である。そのため味覚がないだろうことは、まぁ分かっていた。しかし。しかしだ。

 

「お前は他の者に成り代われるではないか。その時はどうしているのだ」

「──なるほど、確かにそれはドッペルゲンガーではないアインズ様には分からないことかもしれませんね」

 

 案ずるより産むが易し、と先ほどとは打って変わって即席魔法《感覚共有/センス・オブ・シェア》を簡単に受け入れたようだ。そしてそのままテーブルに置いてあったチョコレートを徐に口に運ぶ。

 

「んー──なんだこれは」

 

 パンドラズ・アクターはチョコレートを食べた。しかしこちらに味が伝わってこない。これではどんな味かわからないではないか。そう思った瞬間だった。

 

(糖質50%、脂質35%、蛋白質5%──ってこれは)

「ご理解いただけましたか、アインズ様。我々ドッペルゲンガーは食事を必要としないため味覚はありません。そのため摂食した物の成分を解析して、どのような味であるかを推測しているのですよ」

 

 合点が入った。通りで俺ことモモンと一緒に行動し、食事のとれない俺に代わって食事をしてもらっているナーベがあまり食事を美味しそうに食べていないと思って居たのだ。

 単純に美味しくないのかと思って居たが、そもそも味がしないのでは──ただただ話を合わせるためだけに成分を解析して記憶しているだけならば楽しいと感じることはないだろう。

 

「すまない、ドッペルゲンガーの対する認識が低かったようだ」

「いえいえ!知る必要のないことですら、無知を既知とされるその姿勢!見習いたいと思います、アインズ様!」

 

 

 

(失敗したなぁ──まさかドッペルゲンガーがああやって味を感じていたとは思わなかったよ)

 

 ナザリックの主であるが故に、アインズ・ウール・ゴウンであるが故にパンドラズ・アクターは不快に感じなかっただろうけれど、あまり気分のいいことでは無かった筈だ。

 宝物庫を後にし、第九階層をゆっくりと歩きながら反省する。ただデータとしてだけではなく、もっと種族の事を理解するべきだと。

 

「おやアインズ様、このような所で奇遇でございますな」

「セバスか」

 

 『このようなところ』とは何だろうか、と周囲を見回せばあったのはピッキーの愛称で親しまれている副料理長が管理しているショットバーの目の前だった。どうやらセバスはここで一杯ひっかけていたのだろう。

 

「新しい魔法の被験者を探していたのだ」

「ほう、新しい魔法でございますか──では、私めなど如何でしょうか?」

 

 それは嬉しい誤算だった。何しろセバスは今ショットバーから出てきたのだ。つまり、少なからず酔っている。そう、酩酊状態を感じることが出来るわけである。

 

「すまぬな、セバス。《感覚共有/センス・オブ・シェア》」

 

 パンドラズ・アクターの時と同じくふわりと青い光がセバスの身体を包む。すると、すぐさま効果が表れたようだ。

 

「ほう、これはなかなか──」

「なるほど、感覚共有の魔法でございますか。中々面白いものですな」

 

 セバスのは俺の感覚を感じているのだろう。興味深そうに何度も頷いている。そして俺の方にも。

 

(おぉ、酔ってる!口に残る甘い味と香り!それに少し辛い。つまみの味かな)

 

 久方ぶりに感じる酩酊感のためだろうか。身体が熱く、強く興奮している。しかしそう思った瞬間、感情が平坦化されてしまった。いや、これは興奮や酔いのための平坦化ではない。抵抗<レジスト>したのだ。そう、その後に襲ってきた強烈な眠気を。しかし酩酊状態は残っているのにこの眠気だけは抵抗<レジスト>するとは、一体何なのだろうか。

 

「セバス、かなり眠いようだな」

「はは、お恥ずかしい。今は立っているのもやっとという状態です」

 

 そういうセバス。しかしその眼光は相変わらずだ。一体どのような設定を組めばこのような執事になるのだろうか。いつかたっちさんに会えたら詳しく聞いてみたいものだ。

 

「あまり無理をするな。今日は早めに──ん?」

 

 セバスと話していて気付かなかったが、こっそりとショットバーの隙間から二つの視線がこちらを向いていた。誰だったか。ホムンクルスではないようだ。しかしナザリック謹製のメイド服を着用しているのだからナザリックのメイドなのだろう。そう思っているとふと思い出した。

 

(あぁ、デミウルゴス──じゃなくてヤルダバオトが王都を襲った時のゴタゴタで家や家族を失った少女も数人匿ったとか言ってたっけ)

 

 メイドの管理はトップであるセバスの役目だ。人間である娘をこのナザリックのメイドとして使っていくのは中々に難しいのだろう。恐らくは今日、セバスはこのメイドたちの悩み相談を聞いていたわけだ。

 

(いい上司やってるじゃないか、セバス)

「そこの二人」

「は、はい!」

「はひっ!!」

 

 骸骨の姿が怖いのか、ナザリックのトップ──雲の上の存在だから怖いと感じるのかは分からないが二人とも顔を真っ青にしながら出てくる。今にも泣きそうを通り越して死にそうである。

 そこまで怖がられるいわれはないのだが、レベル1な人間であれば仕方がないのかもしれない。

 

(こんな可愛い子二人に慕われるなんて、羨ましくなんてないぞ。セバス!)

「二人とも、セバスはかなり眠いようだ。一人では辛いだろう。寝室へと連れて行きなさい」

「「よ、喜んで!」」

 

 二人は本当にうれしそうにセバスの両腕を絡め取り、足早に去っていく。セバスの腕が彼女たちのふくよかで柔らかそうな部分に埋まっている事が羨ましくてたまらなかったわけでは決してないのだが──

 

「「お、お休みなさいませ!」」

「ふわ──失礼いたします、アインズ様」

(慕われる程度なら構わんが──複数人と不順異性交遊などしてみろ──)

 

 セバスを連れて行くときにこちらに一礼してから一切視線を向けないというのに、幸せそうな笑顔をセバスに向け続ける二人。脳裏に思わず浮かんでしまっても仕方ないだろう。

 

(そう、ハーレムでも作った日には──超アインズ・ウール・ゴウンが誕生する日となるだろう!!)

 

 沢山のメイドを侍らせ不敵に笑うセバスを幻視してしまったのである。たっちさんの子であり、真面目一辺倒であるセバスがそんな不埒なことを率先してするはずもないというのに。

しかし──

 

(どちらかというとセバスの方が捕らわれているように見えたのはなんでなんだろう──)

 

 

 

 

「おや、アインズ様ではありんせんかえ」

 

 時刻が深夜を回ってなお動き続けるナザリック。セバスと別れてから少し歩いただけでシャルティアから声をかけられた。出てきたのはスパリゾートナザリックだ。恐らく風呂に入っていたのだろう。普段白すぎるほどに白いシャルティアの肌がすこし艶めかしく感じる。

 

「シャルティアは風呂に入っていたのだな」

「はい、我が領域にもお風呂はありんすが、たまには広い浴槽でゆるりと入りたくなりんす」

 

 ゆっくりと風呂を楽しんだのだろう。俺の前でくるりとまわるシャルティアからは普段と違う少し甘い匂いがふわりと香ってくる。

 

「そうだ、シャルティア。一つ実験に付き合ってくれ」

「まあ!もちろん喜んでお付き合いいたしんす」

 

 彼女に《感覚共有/センス・オブ・シェア》をかけて牛乳を渡す。風呂上がり後の牛乳は格別である。その感覚を感じられるというのは貴重だ。

 

「あぁ、アインズ様より手ずから頂けた牛乳──飲んでしまうのはもったいなく感じてしまうでありんすえ」

「実験だからな、遠慮なく飲むのだ」

 

 魔法がかかってすぐに来る、暖かい感覚。俺も時々風呂に入ってはいるものの、どちらかというと洗うことが優先である。ここまで温もれるものではない。

 

(うわぁ久しぶりだなぁ──このお風呂上がりのぬくぬくとした感覚──でも男女の差なのかな、妙にお腹の下が熱いや)

 

 女性はお中の下にある器官が男性とは全く違う。そのため身体の温まり方も違うのだろう。

 

「では、いただきんす」

 

 コップが彼女の口に触れる。瞬く間に広がる冷たい感覚。続けて襲ってくるほのかな甘さ。ゆっくりと舌で味わっているのだろう。口の中に流れを感じる。そして『こくり』と彼女の喉が鳴ると同時に俺の喉を通っている感じが、胃へと流れていく感覚が伝わってくる。

 

(あぁ、こんなにも愛おしいものだったんだ──)

 

 口に含み、飲む。ただそれだけだというのにとても身体が震えるほどに気持ちがいい。そういえば誰だったか、昔の人が言っていた『食事とは快楽である』と。だから欲の一つなのだと。なるほどと思った。食事ができない身体になって初めて気づいたのだ。

 

(食事って、気持ちいい──)

 

 シャルティアも風呂上りの牛乳は余程美味しかったのだろう。ゆっくりだったが息つく間もなく飲み干し、『はぁ』とため息を付く彼女の顔は先ほどよりも赤く感じるほどだ。

 

「アインズ様の──とっても、美味しゅうございんした──」

 

 デミウルゴスから貰った、特殊な交配で生まれた種から採ったらしい美味しい牛乳。余程気に入ったのだろうか。普段ならはしたないとハンカチを使うだろうに、気にもせずに口の周りについた牛乳すらも下でペロリと舐めとっている。

 風呂上りという感覚を除いても、あの甘さ、すっきりとした後味は確かに美味しい。デミウルゴスに増産するように打診しておくとしよう。

 

「お陰様で少々下着が──大変なことになりんした──着替えてきんすので、これにて失礼しんすえ」

「うむ、風邪をひかぬ様にな」

 

 恐らく暑すぎて汗を掻いたのだろう。再びスパリゾートに戻るシャルティアを見送ってからその場を後にした。さて、次はどこへと向かうか。

 

 

 

「あー、アインズ様」

「む、エントマではないか」

 

 第十層へと戻る階段へと来た時、丁度エントマが階段下から上ってきているところだったようだ。俺を見つけたからだろう、嬉しそうに階段を駆け上がってくる。

 

「どうしたのですか、こんなところで」

「あぁ、新しい魔法の実験をしていたのだ」

 

 そう言いながら《感覚共有/センス・オブ・シェア》をエントマにかける。すると、歩きながら食事をしていたのだろうか。口の中にぱりぱりと香ばしくも美味しい感触が生まれた。

 

「エントマ、女の子があまり食べながら歩き回るものではないぞ?」

「えへへ、見回りをしていたらお腹空いちゃって」

 

 恐らく食堂に常備してある煎餅あたりだろう。ぱりぱりぽりぽり。香ばしくて美味しい。流石既製品とは一線を画す味である。

 

「感覚共有の魔法の感覚はどうだ、エントマ」

「ふえー、これがアインズ様の感覚なのですね。一気に世界が広がった感じがします」

 

 なるほど、どうやら俺の感覚は蟲のエントマよりも強いのだろう。俺は変わった感じがしないので、エントマの感覚のそのまま上位互換という感じになっているのかもしれない。

 

「エイトエッジアサシンちゃんたちも普通に見えて面白いです」

「あぁ、確かに私には不可視化は効かないからな」

 

 そういいながら周囲を見回すエントマの口から絶えず感じる感触。ぱりぱりぽりぽり。ずっと食べてるな、この子。俺の前だからだろう。見えないように食べているのだろうか。

 しかしこの触感。癖になりそうだ。止められない止まらない!っていうお菓子のコマーシャルがあったが、まさにそんな感じだ。こんなに美味しいならいつか受肉した際にはこの煎餅にドハマりしてしまうかもしれない。

 

「エントマ、食べるなとは言わん。だが、食べ過ぎには注意しろ。よいな?」

「はぁい。食べ過ぎて太っちゃったら嫌ですからね」

 

 体重を気にするとはやっぱり女の子なのだな、と思わず思ってしまった。しかしその間も絶えず口の中に香ばしい煎餅が入り続けている。時々煎餅の方から入っているのではないかと思ってしまう程に。

 

「それでは、見回りの続きに戻りますね」

「あぁ、無理をせず頑張るのだぞ」

 

 『はーい』と、ぶんぶん手を振る姿は本当に可愛い。本当に源次郎さんの愛を感じる仕草である。しかし終始食べ続けていたようだ。

 

(まさかエントマがここまで腹ペコキャラだったなんて)

 

 お陰で直接食べても居ないのにナザリック煎餅にドハマりしてしまいそうになってしまった。

 

 

 

「はふぅ──」

 

 自室へと戻り、ベッドへとダイブする。満足。そう、満足。大満足な結果だった。ここまで食事というものが素晴らしいものだったとは。人として生きてきたときよりも強く感じることができたのだ。

 

(これは、いずれ受肉したときが楽しみなってきたなぁ)

 

 食事は楽しいもの。なんて人であった時には思ったことがなかった。ただの栄養補給でしかなかった。だから食事を摂る必要の無いこの身体になったときも一切違和感がなかった。むしろ面倒なことをしなくて済んで良かった程度にしか思って居なかった。

 それがどうだ。今では食事そのものが楽しくて仕方のないものになっているのだ。

 

(これは確かに嵌るよなぁ)

 

 眠る必要のないこの身体。でも、今夜は──今夜だけはゆっくりと眠れそうだ。そんな気がしていた。

 

 

 

 

 

「おはようございます、セバス」

「おはようございます、デミウルゴス様」

 

 仕事が込み入ってしまい、ナザリックへと戻るのが朝になってしまっていた。日の入らぬ墳墓ではあるものの、朝は来る。元気よく最初に会ったセバスに挨拶をしたのだが、珍しくセバスは疲れているようだ。

 

「珍しく疲れているようだね。夜通し仕事だったのかな。アインズ様は、休めるときに休むように。とおっしゃっていたはずだよ」

「はは、休んではおりましたが──」

 

 そう少し気恥しくする彼の身体からふわりと匂いが伝わってくる。なるほどと頷いた。どうやら交配実験をしていたのだろう。それも二体同時に。最近よく手伝ってくれているので助かるばかりである。

 気合を入れなおし、足早に立ち去るセバスを見送り──

 

「そこの二人、ちょっとこちらに来なさい」

「「は、はい!」」

 

 相手だったであろう、同じ匂いをさせている二人のメイドに今夜も必要になるだろうアイテムを渡しておく。こういうことは回数が必要なのだから。

 

 

 

「おはようございます!今日も良い朝──なのですが、どうしましたか?」

 

 まずはアインズ様への報告にと執務室に来たのだが、珍しく肝心のアインズ様が居ない。代わりに居たのがアルベドと、普段は居ないシャルティアだ。しかも朝から喧嘩しているのか、二人から──いや、主にアルベドから強い怒気を感じる。

 

「聞いてよ、デミウルゴス!シャルティアがアインズ様からお情けを頂いたっていうのよ!」

「ほう、それは目出度い事ではありますが──本当ですか、シャルティア」

「勿論でありんす。アインズ様の白くて、濃くて、どろりと濃厚で、それでいて後味すらすっきりとしたものを頂いたでありんす」

 

 得意そうにシャルティアが話しているが、私は『なるほど』と頷いた。今の一言で分かったのだ。シャルティアが何をもらったのかを。

 

「あ、アインズ様のし───しし白くて、濃厚なものですってぇ!!」

「まぁ大口ゴリラには縁のないものでありんすぇ」

「ふむ、それは美味しかったですか、シャルティア」

「勿論でありんす。とおっても美味しかったでありんす」

 

 『それは良かった』と思わず笑顔が濃くなってしまった。アインズ様に渡した特製牛乳は中々に好評のようである。後々アインズ様より直接ご報告していただけることだろう。

 さて、アインズ様はナザリック内にまだいらっしゃるようだが、まだこちらには来られないようだ。恐らくまだ寝室にいらっしゃるのだろう。

 眠る必要の無いアインズ様が寝室から出ていらっしゃらないというのも不思議な感じはするが、恐らくあまりに早く執務室に来ても周りが急かされているように感じるだろう。そう思われてわざと遅くされているのだろう。

 ならば直接寝室に行った方が良いのかもしれない。

 

「では、私はこれで失礼するけれど。二人とも、喧嘩するのは構わないがあまり汚さない様にね」

 

 睨み合い、もはや言葉らしきものを発していない二人に私の言葉が理解できているか怪しいが、とりあえず一言言っておけば大丈夫だろう。

 

「あー、デミウルゴス様ー。おはようございますー」

「うん?エントマか。相変わらずゴ──いえ、恐怖候の配下を食べているのだね」

 

 執務室を出てすぐにプレアデスのエントマと会うというのも不思議な感じではあるが、恐らく今日はエントマが見回りの当番なのだろう。相変わらずというか、彼女は延々と恐怖候の配下を食べ続けているようだ。とはいえ、消えず延々と増え続ける配下に恐怖候も辟易していたようだから大丈夫と言えば大丈夫なのか。

 

「えへへー。アインズ様もこのおやつ気に入ってたみたいなのー」

「うん、アインズ様が?」

 

 どうやら昨夜アインズ様が新しい魔法を作られて、それによる感覚共有の実験をなさっていたらしい。その時に恐怖候の配下を食べる触感を非常に気に入っていらっしゃったとのことだった。確かに今もぱりぱりぽりぽりと子気味良い音が鳴り続いている。食事そのものが必要ないアインズ様にとってこの感覚は初体験でいらっしゃったのだろう。しかし恐怖候の配下は美味しいのだろうか。私も食事を必要としないので食べようという気は起きない。しかしアインズ様はそれでもなお、配下のためを思い感じ取られる努力をなされたのか。素晴らしきはアインズ様の崇高なるお考えというものだ。

 

「アインズ様が美味しいとおっしゃるのであれば、私の牧場の食事のラインナップの一つに加えるのもいいかもしれませんね」

 

 

 

 

「おはよう、アインズ様の寝室に入りたいのだが──」

 

 エントマと別れてアインズ様の寝室へと来たはいいのだが、珍しく一般メイド──恐らくは今日のアインズ様当番の──がドアの前に立ち塞がっていた。

 

「申し訳ありません、ただいまアインズ様は就寝中でございます」

「いやそれは理解──ん?」

 

 それは配下のための言葉なのだと理解している。そう言おうとした時だった。

 アインズ様の部屋から聞こえる低く響く音。何かとドアに耳を付ける。それが、アインズ様の貴重な鼾だと気付くには数秒かかってしまった。

 

「本当に──お眠りになっているのですね」

「はい、とても安らかに」

 

 そういうメイドの顔はとても満ち足りたものだった。恐らく彼女は唯一アインズ様の寝顔を見られるという栄光を頂けたのだろう。しかしそれを濫りに見せるわけにはいかない。王の寝顔など醜聞でしかない。だからこそ己が命を賭してでもドアを死守する。そう彼女は思い立ったのだ。アインズ様の安らかな眠りのために。

 

「シャドウデーモン。全員に通達。本日のアインズ様の執務は少し遅らせます」

「感謝いたします、デミウルゴス様」

 

 深々と頭を下げるメイドに笑みを浮かべ、頷く。休息など必要の無いアンデッドであらせられるアインズ様が、それでもなお休息を取られている。それほどにお疲れなのだ。

 この世界に来てからずっと、この世界を手に入れるという目標をもたれるだけではない。不安に駆られる我々に対してこんな小さなことにすら御心を砕かれていらっしゃる尊き御方。

 

「どうか、今だけ──今だけでもゆっくりとお休みくださいませ、アインズ様」

 

 

 

 

 それから、アインズ・ウール・ゴウンが起きたのは数時間後だったという。フツカヨイというナザリックでは聞いたことのない頭部への状態異常を抱えたまま仕事をするアインズ・ウール・ゴウンの姿は、ナザリックの皆に感動すら与えたという──

 

(まさかセバスの時の酔いが眠気どころか二日酔いまで起こすなんてなぁ──慣れないお酒には注意し──いたたた──)

 



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外章 バハルス帝国 漆黒の英雄モモンがまた美女を落したらしい

これは、お題目募集時に削除されたお話を元にしています。
しかし、その元になったお話は早々に削除されたため、記録に残っていません。

誰なのでしょうね?
というわけで文章化しましたが、今回その該当者様はお気に入りに入ることはありません。
次回また狙ってくださいね、ナナシノゴンベエさん!

──これでナナシノゴンベエって名前の人が居たらどうしよう!?


「おや。どうされました、お嬢さん<フロイライン>」

 

 我が神にして創造主たるアインズ・ウール・ゴウン様の命──『引き籠ってないで、たまには散歩でもしたらどうだ』というご命令──により、私はナザリック内を散歩していた。誰かに会えば、何かしらの交流や情報交換ができるだろうという優しき主の御心に沿って。そこに丁度現れたのが、羨ましくもアインズ様が英雄の姿をとられている時の警護兼従者として連れられているナーベラル・ガンマだった。

 私と同じくドッペルゲンガーではあるものの、ナーベラル・ガンマの創造主たる至高の四十一人の一人である弐式炎雷様のいと深きお考えによってドッペルゲンガーとしては最低限の能力しか持ち合わせていない。それはドッペルゲンガーとしては失敗作と言っていいだろう。ドッペルゲンガーは主のために他者のコピーを行って能力の調査を行ったり、潜入調査を行ったりするのが主な役割である。また、コピーした存在の能力を行使できるのも大きな力と言えるだろう。まぁ私ほどのような者になると、至高の方々を含めた最高位の存在をまるごとコピーしてしまい、その能力の全てとはいかずとも80%を行使することが可能となっている。

 しかし目の前に居る者はどうだ。コピーしているのは外装のみであり、代わりに自身の戦闘能力を上げるというドッペルゲンガーとしてあるまじき所業を行っているのだ。

 私が思うに、弐式炎雷様はこの者を創造するときに失敗なされたのではと思って居る。本来であれば至高の方に作られたのであれば、至高の方々ほどではなくとも最上位のモンスターを最低でも20種はコピーしてしかるべきなのだ。それが誰一人、何一つコピーすることも出来なかったこの失敗作に弐式炎雷様は、それを挽回させることなく戦闘能力を上げるという愚行を行わせた。

 ドッペルゲンガーは相手の能力をコピーできる。最上位のモンスターを一体でもコピーすることができるのであれば、今目の前に居る失敗作と同等以上の戦闘能力を有することが可能だというのに。

 

(全く。見るに堪えないですね。なぜこの程度のものがナザリックの栄えあるプレアデスの一人などになっているのか、理解できません)

 

 恐らくではあるが弐式炎雷様は、戦闘能力を持った者ではなく単に愛玩動物を欲しがって居られたのだろう。彼女の外装は人間の基準で言えば相当美人であるのだから。

 

「これは、パンドラズ・アクター様」

 

 ゆるりと頭を垂れる彼女の姿は、流石プレアデスの一人と言える所作ではある。だがそれだけだ。恐らく彼女がプレアデスの中でも最も弱い存在であるだろう。なぜアインズ様はこんな者を護衛兼従者となされたのか。単純な見た目で言うならば、長であるユリ・アルファは外すにしても、ルプスレギナ・ベータやソリュシャン・イプシロンの方が良いだろうに。しかしそれはあくまで私個人の意見だ。神と同等──否、それ以上の存在と言えるアインズ様がこの程度の結論に辿り着かないわけが無い。ならばこれを使う何か理由があるのだろう。

 

「いけませんね。淑女は常に優雅たれ、ですよ」

「は──申し訳ありません」

 

 珍しく彼女の眉間に皺が寄っている。唯一使える外装を上手く使いこなしていると言えば聞こえはいいが、それは同時に相手に自身の意図を無意識に伝えてしまうという非常に危険な欠点があるということをドッペルゲンガーであるこれは知らないのだろうか。

 特にドッペルゲンガーとして重要な、固有名詞を覚えようとしないという異常というべき欠点を持って居る。いくら至高の方のお作りになられた存在とは言え、破棄してしまった方が良いのでは。そうは思うも口に出すことは無い。これの存在が許されているのは、単にアインズ様の御意思によるものなのだから。

 

「どうしましたか。プレアデスたる貴女がそこまで困惑する案件でもありましたか」

「それが──」

 

 ふむ。ぽつぽつと、あり得ない程に拙い情報伝達を出来るだけ噛み砕きながら理解してみる。しかしこれは失敗作というより、それ以前にすらいってない欠陥品ではないのだろうか。その辺りのドッペルゲンガーの方がもっと情報伝達も上手いだろうに。

 

「──というわけなのです」

 

 要約すれば、これはアインズ様の命によって一時的にバハルス帝国の冒険者となっていた。そしてそこで何かしらの恩を受けた人物が居るだろうと言われた。だから、その人物に恩を返しなさいとアインズ様に言われた。しかし固有名詞を覚える気のないこの欠陥品は、恩を受けたことすら気付かずにいたために、恩を返す宛てがない。

 

(本当に、これは破棄して新規に作り直した方が良いのではありませんか、アインズ様)

 

 不必要なほどに落ち込む姿を見て、天を仰ぐ。何なのだこれは。こんなものが栄えあるナザリックの一員で、至高の存在たるアインズ様の配下で良いのだろうか。

 

「ふむ──」

 

 しかし、全てはアインズ様のお考えが元にある。つまりアインズ様はこれがこのような事態になることを想定していたことになる。そして同じプレアデスに相談できないだろうことも想定済みだったはずだ。

 

(なるほど、そういうことですか。アインズ様!)

 

 そう考えると合点がいく。わざわざ今日、私に散歩しろと言った理由はこれだったのだ。全く、頭の回転が速すぎますよ、アインズ様。せめて過程を教えて頂ければ良いというのに、行動の命令しか出されないのですから。

 

(いえ、アインズ様がそんな意地悪をなされるはずもない。そう、それは私がこの答えに辿り着くことが当然であると思われたからなのですね!)

 

 嗚呼。なんと素晴らしきかな、我が神よ。

 

「あの、どうか──なされましたか」

「いえいえ。いと素晴らしき我が神の、深淵なるお考えに改めて敬意を表していただけですよ」

 

 私がそう言うと、全く理解していないのか──むしろ妙な誤解をしているのか若干引いているようだ。

 なんだその顔は。私の事ならばいざ知らずだ。アインズ様がどれほど素晴らしいお考えで行動なさっているのか、まさか気付いていないとでもいうのだろうか。

 まぁいい。これはこれで何かしらの使い道があるのだろう。アインズ様がお許しになっていることそのものが、これの存在理由なのだから。

 

「まかせてください、このパンドラズ・アクター。お嬢さん<フロイライン>の悩み、さっくりと片付けてしまいますよ!」

「え、あの──」

 

 さらりと普段の軍服姿から英雄モモンの姿を取る。呆気に取られているこれは放置でいいだろう。

 さぁ、アインズ様のために頑張るとしましょう。

 

(散歩がてら、ですけどね。ふふっ)

 

 

 

 

 

「これはモモンさん!まさかここ、帝都アーウィンタールにいらっしゃるとは」

「ん、お前はフォーサイトのリーダー──だったか。確か、ヘッケラン・ターマイト。だったな」

 

 まずは情報収集が必要だろうと帝都をうろつく予定で門を潜ったのだが、流石はアインズ様の分身たる英雄モモンだ。主だった行動範囲は王国中心だというのに、帝都にまでその名が広まっているとは。

 異常に馴れ馴れしい人間だと思ってアルベド達より手に入れている情報と照らし合わせてみれば、どうやらピンポイントで当たりを引けたらしい。これも想定済みなのですか、アインズ様。

 彼らに誘われるままに喫茶店のテラス席に座る。どうやら彼女とデート中だったようだ。彼女は確か──

 

「君はイミーナ、だったな。デート中に邪魔ではなかったかな」

「あら、流石はアダマンタイト級冒険者というべきなのかしら。一目会っただけの人を覚えているなんて、凄いわね。それに、デートじゃないわよ。今はワーカーを止めて、新しい仕事を探しているところなの」

 

 彼女の斜め向かいに座り、ジュースを頼む。こういう場所の味覚の情報収集も大事なのだ。あれでは無理だろうから、私がやるしかないだろう。アウラ・ベラ・フィオーラも基本的にバハルス帝国の食事は摂られていないらしいので。

 

「ふむ、なかなかの味だな(甘味:最低(ほぼ皆無。価値無し)。酸味:最低(強すぎて雑味が多い。価値無し)。旨味:最低(無し。価値無し)。総評:味覚データとしての価値は無し。この程度の味で満足している帝国民の味覚も相当酷いものであると思われる)」

「でしょ。ここのジュースは結構美味しいのよ」

 

 自国の味を褒められていると勘違いしているイミーナは嬉しそうだ。こんなもの、デミウルゴス様が管理なされている家畜の方が良い食事を摂っているのではないだろうか。

 ──おっといけない。本来の仕事を忘れるところでした。

 

「そういえば、お前たちにはナーベが色々と世話になっていたな」

「いやいやいや!むしろ俺たちの方が世話になっていたんですよ。それに、アルシェのことも世話してもらって──ほんと、感謝しかないんで」

「そうそう。アタシらなんかより、レイナース様の方が世話してる感じだったわよ」

 

 ──レイナース様?これは良い情報のようだ。

 

「もしや、帝国四騎士の一人、重爆レイナース・ロックブルズの事か?」

「そうそう!流石に王国冒険者内でも帝国四騎士は有名ですか」

 

 どうやらその娘に世話になったのか。なるほど、と合点が入った。アインズ様の意図の片鱗を掴めたのだ。

 礼をするという前提でその娘に近付き、信用を得る。帝国四騎士の口から『漆黒の英雄モモンは素晴らしい人物だ』と言わせる。なるほど王都に居ながらにして、モモンの名声は帝国で天井知らずに上がっているわけである。

 

(ただの一手でここまでのことを想定なさるとは。貴方様は本当に素晴らしい御方です、ン──アインズ様!!)

 

 そもそもあれをフォーサイトに会わせた最初の人物でもあったらしい。素晴らしい。本当に素晴らしい。全てがアインズ様の想定の範囲にあるのでしょう。

 

「なるほど、情報助かった。私はこれから件の彼女に会いに行くとしよう」

「でしたら──」

 

 席を立つ私に、ヘッケランが半笑いで顔の右半分を指さしている。

 

「彼女の顔の右半分が呪われているんです。その呪いの解除法を知っていたら、教えてあげてはどうですか。それが何よりの恩返しと受け止めてくれるはずですよ」

「ありがとう、助かったよ」

 

 まさか彼女の情報まで貰えるとは。そういう情報は得難いので非常に助かる。私が王国金貨を置くと、彼らは目を見開いた。ワーカーであった頃を考えれば高い金額ではないが、情報料としては妥当だろうに。

 いや、むしろ無料<ロハ>で教えたつもりがお金になって驚いたのか。

 大声で『ありがとう』と叫ぶ二人に後ろ手を振りながら、私は皇城へと向かった。

 

 

 

 

 

「王国のアダマンタイト級冒険者である漆黒のモモン殿が、私に会いに来た、ですって?」

 

 兵から聞いた言葉は寝耳に水であった。漆黒の英雄モモン。その名声は王国のみならず、この帝国でも決して低くはない。強大な吸血鬼ほにょぺにょこを絶戦の末に倒した話や、王国でヤルダバオトなる悪魔を倒せなかったものの撃退した話。それに、エ・ランテルを襲った謎の大量アンデッド襲撃事件も彼が救ったと聞いている。それらは帝都でも吟遊詩人たちが挙って歌にしているくらいなのだから。

 しかしそれほどの存在がなぜ私の所を訪ねて来るのだろう、と考えながら歩いて数歩。足が止まった。ゾッと冷えたからだ。

 

(ま、ままま──まさか──)

 

 確か漆黒のメンバーは二人のはず。一人はモモンであり、一人は美姫と謳われるナーベという者。

 そう、先日帝都に来た奴だ。彼女のあまりの美しさにしつこく付きまとって、色々と世話するふりして愚痴愚痴と文句を言い続けていたのだ。

 それをそのモモンが聞いていたとしたら?

 

(自分の信頼する仲間を、嫉妬に塗れて徹底的に蔑んだ愚かな女に会いに来るなんて──)

 

 私は帝国四騎士の一人だ。殺しに来るとは思いたくはないが、話を聞いている事が全て事実だとするならば、私は抵抗することすら出来ずに一撃で殺されるだろう。

 

(それとも──笑いに来たの──?)

 

 もう一つあるとするならば、彼女から私の呪いを聞いてきたとすれば。蔑んだ私を蔑みに来たのか。英雄と謳われる人物がそこまで暇だとは思えない。

 

(殺しでも、蔑みでもなければ──何なのよ──何しに来たのよ──)

 

 城兵に案内されながら彼の待つ部屋へと向かう。足取りが重い。脳裏に浮かぶのは、私を捨てた両親。私を捨てた婚約者。もう既に居ないというのに、なぜまた浮かんでくるのか。

 

 

 

「お待たせしました」

 

 そう、出来るだけ繕いながら、努めて明るく件の彼の居る客間のドアを開ける。一瞬足が止まった。部屋に全身黒尽くめのフルプレートを着た大男が居たら、誰だって入る足を止めるだろう。

 しかし見ればわかる。そのフルプレートもただのフルプレートなどではなく、細かい意匠を施した最高級品であることを。決して安くない──下手をすればその鎧だけで庭付きの屋敷が使用人込みで買えるだろうくらいの事を一瞬で判別してしまう自分を呪いたい。まだ貴族の娘であるつもりなのだろうか、私は。

 確かに私は、私の身体──顔を蝕む呪いが解けたら何をしようかと考えることは多い。そのための行動もし続けていると言っていいだろう。だが、いざ呪いが解けた所で私は何も知らぬ貴族の娘に戻ることはできない。親とは絶縁し、今ではその爵位も領地も帝国へと返上された今だ。まぁ皇帝に打診すれば貴族位くらい嬉々としてくれるとは思うが。

 

「──失礼しました」

 

 入り口で立ち尽くすなどあってはならない。実際は一瞬程度であったとしてもだ。

 私は努めて平静を装いながら彼の向かいに座った。しかし、なぜ彼は兜を脱がないのか。

 

「私が帝国四騎士、重爆のレイナース・ロックブルズです。失礼ですが、貴方がアダマンタイト級冒険者である漆黒のモモンですか?」

 

 言外にヘルメット脱げよと言っているのだが、伝わったのだろうか。まぁ彼ほどの凄まじい鎧を着て居れば真似することなどできはしないのだから、顔以上に証拠とはなるだろう。しかし私はそこに目を付ける。常にヘルメットをかぶっている。つまり、相当醜悪なのか、もしくは禿ているのか。さぁ、私に見せるがいい。あのような美人を侍らせるような男だ。恐らくコンプレックスの塊のはず──

 

「これは失礼した──これで良いかな」

「びっ──」

 

 思わず『美形ぃ!?』と叫ぶところだった。なんだこの方は。神が与えたもうた最高位の存在なのではないだろうか。

 癖の少ない、少し量の多いストレートの髪。勿論禿げては居ない。

 見つめるだけで思わずため息を付いてしまう程の甘いマスク。青年という程若くなく、壮年と言う程年老いて居ない。しかしその雰囲気は若々しく、エネルギーに溢れている。

 

「どうした、お嬢さん<フロイライン>」

「あ、あぁぁいえいえ──なんでも──ありません──」

 

 何だろう。この方。どうして自然体<ナチュラル>に私を口説いて居るのだろうか。だがその胸に抱かれながら、耳元で愛を囁かれたらほとんどの女は一瞬で落ちそうだろうことは間違いない。

 確かにこの方は、あの美人を傍に置いておける良い男である。ただの顔の良い男ではない。内面からして違う。溢れ出るオーラからして違うのだ。

 

(お、お願い──私に笑顔を向けないでぇ──惚れてしまうでしょうがぁぁぁ)

 

 一体どれだけの女性がこの笑顔に熔かされていったのだろうか。しかし王国からこの方の浮名は聞こえてこない。これだけの顔<ルックス>ならば少なからず女性問題を抱えていてもおかしくないだろうに。

 

「ひぅっ!?ち、ちちっ──」

(近っ!!なんでぇっ!?)

 

 視線を合わせることも出来ずに下を向いていたら、いつの間にか隣に座られていた。互いに鎧越しとはいえ、ほぼ密着している。

 

「じっとして──」

 

 ガントレットを外された、生身の彼の手がそっと私の顔に触れて来る。誰もが気味悪がり、恐ろしいと近づかぬ呪いのかかった顔に。

 この方は呪いが怖くないのだろうか。なぜ躊躇なく私の顔に触れて来るのか。そこまでして私を落したいのか。良いだろう全力で落とされてやる。ただし放置したら全力で追いかけるぞ。私が重爆と名付けられている本当の意味をその身で──

 

「これでよし」

 

 ぷつり、と右半分を覆う髪を止めていた紐が切られる。

 さらり、と髪が流れる。

 そして、見えた。世界が。彼の顔が。私の右目で。

 

「え──えっ──えぇっ!?」

 

 ぺたぺたと右頬を触る。何も手に付かない。むしろ何もなかった左の頬よりもぺたりと手に張り付くほどに瑞々しく感じる。

 強めに抓る。夢ではない。膿に、呪いに侵された右頬に痛みが走ったのだ。

 

「治って──うそ──」

 

 彼は一体何をしたのだ。手で触れただけのはずなのに。

 彼が髪留めを右に着けてくれる。はっきりと両目で彼を見た。見えた。彼の笑顔が。

 視界が歪む。滲む。大粒の涙が、熱い涙が止め処なく溢れて来ていた。

 

「ありがとう──ございます──ありがとう──」

「女性が涙を濫りに見せるものではないよ、美しいお嬢さん<フロイライン>」

 

 そう言いながら、真っ白いハンカチで私の涙を拭っていく。拭うハンカチが吸うのは涙だけ。汚く臭い緑色の膿はもう付かない。

 

──私は、彼に救われたのだ。

 

 

 

 

 

「ミッションコンプリート、ですね。んふふ──」

 

 頬を上気させ、荒い息を吐きながら気絶した彼女を放置して皇城を出る。人気のないところから転移。さっさと上空まで上がって、やっと一息つくことができた。

 いやはや。まさかあれほど簡単な呪いだったとは。最下級状態異常回復薬<レッサー・キュア・ポーション>で済む程度で本当に良かった。かなり強力な呪いかもしれないと思って上級まで用意していたが、まだまだ大量に素材がある最下位と違って数限りのあるこちらを使わずに済んだことは僥倖と言える。

 しかしあの程度の呪いを解除したくらいで身も心も捧げようとするとは。本当に安い命だと言える。あの程度で四騎士など名乗って良いのだろうか。いや、帝国ではあの程度ですら四騎士になれるのだろう。戦闘能力も皆無に等しかった。彼女のデータをコピーするために色々させてもらったが、彼女の脳内にあった情報以外は特筆すべき点も何もなかったのだから。

 

「これで英雄に恋したあの女は、色々とあることないこと情報を帝国中にばらまいてくれることでしょう。そう、全てはアインズ様のためにっ!!」

 

 何か失敗はないかと遠目で見て居たが、皇城の客間だというのに発情し始めた彼女に思わず笑いが零れる。この調子ならばいずれ意識を弄って、デミウルゴスの実験の素材にするのも良いかもしれない。彼女にしかそう見えないとはいえ愛するモモンの子を産むとなれば、嬉々としてやってくれるだろうから。ここまで詰まることなく簡単に事が運べるとは。やはり全てはアインズ様の掌の中ということなのだろう。素晴らしきかな、我が神よ。

 

 

 

 

 

「──というわけで、順調に終わらせることが出来ました。流石はアインズ様の御計画!とても動きやすくて思わず笑いそうになるのを堪えるのに必死でした、はい!」

「そ、そうか──」

 

 執務室で、散歩から帰ってきたパンドラズ・アクターの話を聞いていたのだが──

 なぜコイツはただの散歩で、バハルス帝国まで行ったのだろうか。しかもナーベラルに言った宿題まで奪って。もう一つ言うならばそれが全て俺の計画通りだということになっている。本当にわけがわからない。

 あれは助けてもらったならちゃんと恩を返しなさいという、ナーベラルへの宿題。心の成長のための宿題だったというのに。

 まぁ話を聞く限り、そもそも恩を感じていた相手など居なかったらしい。しかも個人名すら覚えてない──フォーサイトの名前すら、だ──から最初から躓いて居たわけだが。

 というか、その子──レイナースだったか?──なんでモモンに惚れたんだ。惚れる要素があったのか。ただ異常回復ポーションで下位の呪いを解いてあげただけだというのに。

 嬉々とした表情で退室するパンドラズ・アクターを見送りながら、ため息を一つ。

 

(あいつ──分かっているのかなぁ?いくら呪いを解いて、どうやってかは知らないけど惚れさせたとはいえ女性を素っ裸にしたって。しかもデータのコピーのためとはいえ、色々弄り回すとか羨ま──じゃなくて普通に犯罪なんだけど。帝都に行った途端捕まったりしないよね?王都では英雄だけど、帝都では破廉恥な犯罪者とか洒落にもならないんだけど!?)

 

 お気楽に『これで帝国でも漆黒の英雄の名声は天井知らずですね!』とか言っていたが、本当に大丈夫なのだろうか。

 アウラに連絡して、こっそりと内情を調べて貰った方が良いかもしれない。出来れば、モモンに性犯罪者の烙印が押される前に。

 

「はぁぁぁぁ──」

 

 どうにかナーベラルへと新しい宿題を考えながら、パンドラズ・アクターの奇行に頭を抱える。俺の心の休まる日々はまだ遠いようだった。

 




というわけで、外章でございました。
うちのパンドラズ・アクターはこんな感じです。外見的見た目はお茶目ですが、あくまで外見的見た目だけです。

アインズ様以外に対しては嫌悪感も愛情も何も欠片すらもありません。あるのはただただアインズ様への無限なる忠誠心のみです。
他はただ効率や数値的なデータに基づいた、まさにプログラムの様に客観的な見方しかできないわけです。
なので、例えばアインズ様がパンドラズ・アクターに『アルベドを殺せ』と言われれば何の疑問も持たずに殺します。
例えば暴走したアインズ様を見た他の人がパンドラズ・アクターに『アインズ様を止めるのを手伝って』と言われれば、言った者を皆殺しにします。

カルマ-50ですからね。主人以外はどうでも良いんです。賢人でも悪人でも冷静でも暴走でも関係なし。主人を邪魔するモノは須らく皆殺し♪
そんな存在なんですよ。うちのパンドラズ・アクター。
傍から見てる分にはお茶目な子なんですけどね!

そんなパンドラズ・アクターの内面が書けて楽しかった外伝でございました。


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クリスマス短編 アインズ様生誕祭?

そういえば、アインズ様の誕生日っていつなのでしょうね。
そんな思いから出来た短編です


「クリスマス──で、ございますか?」

 

 年末も差し迫ったある日のこと。普段通りに玉座の間に集まった皆に俺は告げた。クリスマスパーティをやるぞ、と。

 困惑しているのは手に取るように分かる。何しろユグドラシルではあの狂った開発者たちのせいでクリスマスは歪みに歪んでおり、まともとは呼べない惨状だった。そしてこの世界にはクリスマスが無い。まぁ当然である。神の子なんて居ないのだから。

 あぁいや、神の子自体は居るのか。いや、実在するのか。ただしその神とはかつて居たプレイヤー(らしき人物だと思われる)なのだから全く関係ないのだが。

 そうだ、と短く応える俺の方を見る皆は少しばかり怯えている。何を怯える必要があるのか。

 

「アインズ様、申し訳ありませんが我々はその──クリスマスというものを実際に体験したことがございません」

「私も──タブラ様より話には聞いてはおりましたが──」

「ふむ──」

 

 さてどうしよう。何と言えばいい。神の子であるジーザスな人の誕生日なんだよって伝えれば良いのだろうか。しかし元々の世界でも、特に日本に限って言えばあまりその事に対してあまり関心のある人は決して多くは無かった。

 では皆で楽しく祝うパーティなんだよと言えばいいのか。じゃあクリスマスって何が特別なんだよって話になる。

 

(そうか、クリスマスって有名無実なのか──)

 

 クリスマスという名ばかりが残り、ただ楽しむことだけに変わってしまっている。ただただ意味も分からぬままにメリークリスマスと言い、何故食べるのか分からないままに鳥の丸焼きとケーキを頬張る。

 さて、何も知らぬ皆にどうやって言おうか。そう、意識が逸れていた。逸れてしまっていた。

 

「あの、アインズ様──それはどういうものなのでしょうか」

「あー──誕生日──」

 

 だから、『神の子の誕生日って言えばいいかなぁ』と思って居たのが不意に口から洩れると言う失態を犯してしまったのだ。

 

「なんと──クリスマスとは、アインズ様の御生誕を祝うものだったのでございますか!!」

「あー、うん。えっ──?」

 

 ざわり、と室内がざわめく。それは違うと止めようとするも、既にデミウルゴスは思考の海に入っておりこちらを見て居ない。

 アルベドならと一縷の望みを以て視線を送るも──

 

「こうしてはいられません。皆、早急に会議を。そして準備を始めます。時間はありませんよ!アインズ様、気付けず申し訳ありませんでした!」

(ダメだったァァァァーー!!)

 

 既に時は遅し。今更『違うよ』と言える雰囲気は無い。アルベドが矢継ぎ早に皆に指示を出し、デミウルゴスが纏める。素晴らしい連携である。誇るべき姿である。全力で拍手を送りたいものである。

 俺の失言で始まったものでなければ。

 

「アルベド、まずはクリスマスというものがどういうパーティなのかを纏めて貰えるかい」

「えぇ、でも私の情報だけでは足りないわね」

「アルベド、ぶくぶく茶釜様から聞いた話があるから──」

 

 みんなーまってーと、言えぬまま。伸びた手は無常にも何も掴むことは無く。足早に皆出て行ってしまう。

 『クリスマス=アインズ・ウール・ゴウンの誕生日』という図式を抱えたまま。

 

(訂正を──誰か訂正をぉぉ!)

 

 もう修正できる域にはないだろう。アルベドが動いた。デミウルゴスが動いた。それはつまり、ナザリックのメンバー全員に周知されたということである。

 

──クリスマスとは、アインズ・ウール・ゴウンの誕生日である、と。

 

 

 

 

 

「でね、兎に角でっかい木が必要なんだよ」

 

 会議を皆で中座したこと胸の内でアインズ様に謝罪しつつ、私たちは近場の小会議室に再び集まっていた。実際に見たことのないクリスマス──アインズ様の御生誕祭についての情報を少しでも纏めるためである。

 

「大きな木なんて必要なの、マーレ?」

「だから必要なんだって。しかもちょーでっかいやつ!」

「そ、それを綺麗に装飾するって、ぶくぶく茶釜様がおっしゃってました」

「なるほど、煌びやかに装飾を行った巨大な木。つまりアインズ様の御威光をその巨木に見立てるわけだね」

 

 なるほど、と紙に書いていく。巨大な木、として真っ先に思いついたのは魔樹ザイトルクワエだ。先日アインズ様先導の元、皆の連携を試すために討伐してしまったモンスターである。

 

「ザイトルクワエ、生かしておいた方が良かったかしら」

「あの魔樹かい。確かにあの大きさはかなりものもだったけど、アインズ様が倒せとおっしゃったからね」

「アインズ様の御威光を示すには、あの程度じゃ小さいって!」

「う、うん。そうだよね」

 

 確かに言われてみれば大きさはあったものの、ただの雑魚でしかなかった。もしあの程度の木をアインズ様の御威光の容とするのは不敬だっただろう。

 

「恐らくだけれど、アインズ様は安易にあの魔樹を選択肢に加えない様に先んじて倒してしまうようしたのではないかね」

「アインズ様ならあり得るわね──では──」

「もう時間無いんだし、アタシとマーレで探してくるよ」

 

 確かにだらだらと会議をしている場合ではない。時間は有限であり、アインズ様の御生誕祭はもう間近に差し迫っているのだから。

 

「──これは我々に与えられた試練なのかもしれないね」

「試練?」

「そう、我々の忠義が、技術が、どれほどアインズ様に役立てるか。それを試すための試練であると考えられる。でなければあのアインズ様がこの間際になって突然言うとは思えないからね」

「──確かに、全てを見通すと言うべきあのお方であれば余裕をもって私たちに言うはず」

 

 デミウルゴスの言葉にゆっくりと頷く。得心が入ったのだ。であるならば、決して遅れるわけにはいかない。『出来ませんでした』など決してあってはならない。

 

「ではアウラとマーレは巨木の探索に行ってくれるかしら」

「まかせてよ。ザイトルクワエなんて目じゃないでっかいの見つけて来るから!」

「私は装飾を担当しよう。コキュートスとシャルティアは各種素材集めに奔走してもおう。特にアレはナザリック内部では手に入らないからね。アルベドは残りを統括してナザリックの面々から他にクリスマスに対する情報が無いかの聞き込みと──」

「それの準備ね、分かったわ。セバス、貴方はプレアデスを使いメイド達に聞き込みを。私はタブラ様からの情報を精査して行動するから、集まったら早急に連絡をちょうだい」

 

 思考は早く、行動は迅速に。私たちは互いに頷き、席を立った。

 

(私のすべきこと。まずはタブラ様のお言葉を思い出さなければ)

 

 小会議室を出た私は、歩いた。目的地は。そう自分に問う。記憶の整理は付いていないにも関わらず、身体は動いている。まるでそれがタブラ様のお言葉であるとばかりに。

 

「こっちにあるのは食堂──いえ、調理場ね。あぁ、そうだったわ。そうですね、タブラ様」

 

 調理場というフレーズを口に出した瞬間、脳裏に浮かぶタブラ様の言葉。

 

──全くクリスマスというのは面倒だ。なんでわざわざ鳥の丸焼きなんて作らないといけないんだ。

──ケーキなんて普段食べているだろう。なんでそんなものをホールで頼むんだ。そんなに太りたいのか。

 

 一歩一歩、歩を進める度にタブラ様のお言葉が脳裏に浮かんでくる。あぁ、そうだと思う。そう、タブラ様もそうだった。じっとしておらず、常に動いておられた。全身の触手を動かし、あらゆる行動と共にあらゆる感情を表されていた。

 そして、とうとう最も素晴らしいタブラ様の言葉が浮かんでくる。浮かんできた。あぁ、なんて素晴らしい言葉かと感謝の想いと共に叫びそうになるのを必死に殺して歩く。

 

──クリスマスなんて日は

──1年で最も子作りに励んでいる日なんだろうな。

 

「タブラさまぁぁ!必ずや!必ずやこのアルベド!アインズ様のお世継ぎ様を!見事!見事授からせていただきますぅぅ!!」

 

 想いの丈は周囲を憚らず口から洩れ、叫び、絶叫と化す。たまたま通り過ぎようとしたメイドの一人が泣きそうな顔で腰を抜かしていたが、そんなことは些事である。

 全てはクリスマス成功のため、そしてアインズ様とのお世継ぎのため。私は一世一代の決心をする日となるようであった。

 

 

 

 

 

(あぁ、どうする。どうすればいい)

 

 玉座の間でのやらかしから数時間。俺は逃げるように宝物殿の応接室に引き籠っている。どうやらアウラとマーレ、シャルティアにコキュートスは素材集めにナザリックを出たらしい。デミウルゴスとアルベドは何かを嬉々として作り始めているようだ。と、正面に座るパンドラズ・アクターが嬉々として話しかけてくる。俺が久しぶりに宝物庫に引き籠っているせいなのか、とても嬉しそうだ。

あぁ、と頭を抱える。皆が必死に動いてしまっている以上、『実は違うんだよ』と言いたいのに言えない。言う訳にはいかない。いや違う。そうではない。俺の心に渦巻くのはそういう壮語とか葛藤とかそんな大それたものではないのだ。

 

(なんでクリスマスが俺の誕生日になっているんだよぉぉ!!)

 

 単純に恥ずかしかったからだった。

 

「パンドラズ・アクター。お前はクリスマスがどういう日か知っていたよな」

「勿論です、ン──アインズ様!ジーズァッス・クルルルルァイッスト!なる自称神の子が生まれた日でございますね」

「あー、うむ。その通りだ。で、何で巻き舌?いや格好いい気はするけど」

 

 なんでこの子は無駄に巻き舌で喋るのだろうか。しかしデミウルゴス達の様に間違った知識ではない。少しばかり偏っている気もするが敬虔なキリスト教徒でないどころか、宗教に節操のない日本人的に考えれば誤差だろう。

 

「しかし流石は我が神!自称するよく分からない輩を祝うなどという愚行を良しとせず己が日にするとは、素晴らしきお考えでございます!」

「やっぱ何かおかしいぞ、お前!?」

 

 確かに俺ですら遥か昔の歴史の人物程度にしか知らないと言うのに。パンドラズ・アクターを始め皆にとっての認識などその程度なのかもしれない。

 

(そもそもユグドラシルではカップルはぶっ飛ばすのが良い事だーみたいな風潮を公式が作る程に狂っていたからなぁ。実際俺もクリスマスはマスク付けてPK<プレイヤー・キル>しまくってたし)

 

 クリスマスが来るたびに凄まじい量のネタ満載の武具やアイテムが配布され、開発者の怨念が聞こえてきそうな課金アイテムすらその日限定で売られる。そして誤植だと言い張りながらも、毎年『呪・クリスマス!』と公式ニュースに書いていたのである。あの狂った世界で生まれたこいつらの思考が歪みまくっていたとしても誰も責められないだろう。

 

「はぁぁ──」

 

 アルベド以下他者には絶対に見せられないため息を付きながらゆっくりと全身の力を抜いてソファに身体を鎮める。咎める者は誰も居ない。あまり認めたくはないが、己が分身でもあるパンドラズ・アクターしかいないのだから。あまり認めたくはないが。

 

「お疲れのようでございますね」

「あぁ、色々とな」

 

 疲れてはいる。だが辛くはない。止める気も無い。時折愚痴をぶちまけたくもなるが、その程度だ。

 皆俺を振り回していく。全力で。でもそれは、俺を一番に考えるからこそ起きていることなのだ。喜びこそしても、困惑したとしても。決して嫌ではない、恨みもしない。

 

「私が私で居る事を望んでいるのは。他でもない、私なのだからな──」

 

 ゆっくりと空へと手を伸ばしながら呟く。その手に掴もうとするのは何なのか。世界か、あるいは。

 姿勢を正し、座りなおす。目の前には最初と同じ格好のままで座っているこいつがいる。

 

「これからも、お前には色々と迷惑をかける」

「Wenn es meines Gottes Wille<我が神のお望みとあらば>!」

「だからそれ本気で恥ずかしいから止めよう、な!?」

 

 なぜこいつと話していると締まらないのか。あぁ、俺の分身だからなのか。認めたくはないが、きっとそうなのだろう。決して認めたいとは思わないが。

 喜色満面の笑みを浮かべながら俺に向かって敬礼をしてくるこいつを見ながら俺は、小さくため息をついた。

 けれど、少しだけ心が軽くなる自分がどこかに、居た

 

『アインズ様、今宜しいでしょうか?』

「ん──デミウルゴスか。どうした」

『アインズ様御生誕祭──準備が整いました。つきましては──』

 

 おいクリスマスはどこへ行った。思わずパンドラズ・アクターに対する口調のままに口に出てしまいそうになるのを必死に堪える。

 どうやらアインズ・ウール・ゴウン生誕祭──じゃない、クリスマスパーティの準備が整ったようだ。クリスマスツリーを準備したりと色々と頑張ってくれたらしく、デミウルゴスにしては珍しく興奮しているよのが《メッセージ/伝言》越しにも伝わってくる。

 

「──わかった。今向かおう。──パンドラズ・アクター、お前はどうする」

「私はいつも通りここに居ります。いってらっしゃいませ、ン──アインズ様!」

 

 きらきらとした表情のままに敬礼するこいつに少しばかりため息を付きながら転移する。皆が待つ第六階層へと。

 

 

 

「うわぁ──」

 

 いけない、思わず口に出てしまった。『うわぁ──!』という感動的な呟きではなく『うわぁ──』というなんとも気の抜けた声が。まだ遠くだったので誰にも聞かれていなかったのが幸いである。

 何しろ第六階層に飛んで一番最初に見えたのが、非常識なくらいに巨大な木だからである。となりにあるアウラたちの居住用の巨木が小枝に見える程の差である。何よりも気になるのが幹の中ほどにある顔のような──

 

『おぉ──なんという神の如き御方──』

「なんか聞こえたァー!やっぱ生きてんのかよ!?」

 

 あまりの事にあまりな叫びが出る。流石に一瞬で鎮静化されるも、眼前に広がる異様さが無くなるわけではない。アウラたちは一体どこから拾ってきたのか。

 よくよく見れば枝葉に様々な装飾がされている。魔力の光を放つ謎の球体や、魔力の光を放つ謎の髑髏。モンスターや動物に混じって、明らかに人間のものと思われるものもあるような気がする。いや、深く考えてはいけない。

 

「アインズ様どうですか、ザイトルクワエの生みの親であり、自称ですが大地の主を名乗る魔樹ニンウルタです!」

 

 俺を見つけたアウラが嬉しそうな顔で駆け寄ってきた。こう、なんだろう。ネズミの死骸をドヤ顔で主人の目の前に置く猫を見て居る気分と言えばいいのだろうか。

 褒めてあげるべきなのだろうが、どうにも素直に喜べない自分が間違いなく居るのである。

 

「お、おぉ。これだけの大きさであれば大変だっただろう」

「いえいえ、しっかりと上下関係を植え付けましたので自分の根<あし>で来させましたから!」

 

 歩くのか、巨木<あれ>。あの大きさである。一歩歩くだけで大惨事だと思うのだが、その辺りはマーレがどうにかしたのだろう。どうにかしてくれたのだろう。したと思いたい。

 『そうか』というなんとも言えない感想しか出ない口を誤魔化すようにアウラの頭を撫でる。本当に評価が難しい。

 

「どうですか、アインズ様!アインズ様の御威光を如何無く再現させていただきました!」

(デミウルゴス、お前もか!!)

 

 どうやらあの骨装飾を行ったのはデミウルゴスのようだ。流石に骨だけではいけないと思った誰かが居たのだろう。他の装飾をしたのは遠くからちょっと満足気にこちらを見て居る内の誰かだろう。

 

「こちらは如何でありんすか、不死鳥の丸焼きでありんす!」

「死ナヌ鳥トイウノハ斬リ甲斐ガアリマシタ」

「そ、そうか──」

 

 アウラたちに引っ張られる様に巨木の根元へと連れていかれると、クリスマス衣装で着飾ったシャルティアと、妙に似合っている気がするサンタの帽子を被ったコキュートスが出迎えてくれた。

 巨木の根元に鎮座する、これまた巨大なテーブルの上にあるまた巨大な丸焼きはどうやら不死鳥らしい。不死らしく、丸焼きになっている現状ですら『じゅうじゅう』と音を立てながらしつこく再生している。何かがおかしいと目を凝らせば、俺ですらよく見なけば気付かない程の速度でコキュートスが再生している部分を斬っていた。そこまでしてテーブルに並べなければならなかったのだろうか。

 

「アインズ様、こちらも如何ですか?」

「おぉ、これは凄いな──アルベドが作っ──ぶふぅ!?」

 

 巨大なワゴンの上に乗せられた巨大なケーキ。これは素直に褒めることが出来た。頂上を見るまでは。

 10段重ねという大きさはいい。豪奢な装飾も素晴らしい。しかし何故頂上にタキシードのような服を着た俺とウェティングドレスのような服を着たアルベドのような人形がハートマークの形に作られた蝋燭の元に並べられているのか。

 しかしそれはまるで錯覚であったかのように一瞬で無くなる。アルベドの方だけが。この感覚は恐らく誰かが《タイム・ストップ/時間停止》を使ったようだ。

 

「美味しいでありんすかぇ、コキュートス」

「ム、コレハ砂糖菓子ナノダナ」

「シャルティアァァァァ!!」

「おほほほ、抜け駆けしようとするのが悪いでありんす」

 

 どうやら犯人はシャルティアたったようだ。本人は一切隠す気すらないらしい。つまり、ケーキの頂上にあったアルベドの砂糖人形に気付いたシャルティアは魔法を使って人形を奪い、コキュートスの口に突っ込んだわけだ。

 いつものようにアルベドとシャルティアのバトルが勃発する、その前に柏手一つ。少し騒がしくなってきた周りがしん、と静かになった。

 

「皆、この短時間でここまでのものを準備し、作ってくれた事嬉しく思う」

 

 一旦言葉を切り、ゆっくりと皆を見回す。皆傾聴してくれているようで良かった。

 

「私は食べれないが、せっかく頑張って作ったものだ。皆、楽しく味わってもらいたい」

 

 ゆっくりと空を見上げる。ブループラネットさんが作った空を。今では巨木が邪魔してあまり見えないが。

 ゆっくりと一拍。そして、皆を見る。誰一人忘れぬと。

 

「皆、ありがとう。これからも宜しく頼む。メリークリスマス」

 

 皆の顔に笑顔がある。この笑顔、守らねばならない。俺だけではなく、皆で。だから──

 

「アインズ様の御生誕たるこの日が来たこと、ナザリック一同お慶び申し上げます。メリークリスマス!」

(か、勘弁してくれぇぇ!!)

 

 まずはこの間違った情報をどうにかして正さなければ。しかしどうやって正せばいいのか。

 あまりの恥ずかしさに連続で鎮静化され続ける己が精神に、ただただ心の中で涙するしかないのであった。

 




ハッピーバースデー!じゃなくて、メリークリスマス!アインズ様!


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お題目 外伝集
お題目短話-1 アインズ様愛を極めよう!


このお話はkaiwai様の
『ナザリック』 『パンドラズ・アクター』 『(アインズ様の姿が)アルベドに死ぬほど愛されて眠れない』
というお題目を元に作られました。

ありがとうございます、kaiwai様!


「おはよう、アルベド」

 

 いつもの日。いつもの朝。いつものナザリック。いつものアインズ様の執務室。何気ない一日の始まり。私はいつも通りこうやっ──

 

「あら、今日はあなたなのね、パンドラズ・アクター」

「ブフォ!?」

 

 ──こう──やって、アインズ様の不在の代わりを行うはず──なのに──

 

「なぜ分かったのですか!!」

「私は階層守護者統括よ。分からないと思われる方が分からないわ」

 

 さも当然とばかりに言うアルベドを見たときのショックと言ったら──私のショックを受けたランキングでもベスト3に入るほどのものだった。

 

 

「あ──あぁ──なぜバレるんだ──」

 

 アルベドは笑顔で言外に『仕事怠るなよ、ん?』と威圧を私に投げかけるとさっさと執務室を出て行ってしまった。アインズ様の時にはしつこい位ずっと一緒に居るとおっしゃっていたのに。

 ゆっくりと全身を見る。どこかおかしいところはないか、と。しかしおかしいと思える場所がない。

 私はパンドラズ・アクター。アインズ様──アインズ・ウール・ゴウン様に作り出された宝物殿の領域守護者であり、アインズ様を含む至高の41人全てをコピーすることができる最上位のドッペルゲンガー種である。それこそ千変万化の顔無しと呼ばれるほどのものであり、時折他のドッペルゲンガーから変身のコツを指導してほしいと懇願されるほどの存在なのだ。そのはずなのだ。

 

「そういえばアルベドにはタブラさんの変身も一瞬で見破られたな」

 

 ゆっくりと大仰に動く。今の姿はアインズ様なのだから、アインズ様らしく。至高の存在としての姿を。

 しかし何故分かるのだろうか。これはドッペルゲンガーとしての沽券にかかわる問題である。アインズ様に作られた存在としてのプライドの問題なのである。

 

「失礼します。書類をお持ちしました、アインズ様」

「うむ、ご苦労、デミウルゴス」

 

 そんな風に悩んでいたら、書類一枚どころか一文字すら進まないままにデミウルゴスが新しい案件を持ってきてしまう。さっさと終わらせて、私ではどうにもならない案件のみをアインズ様のところへ持って行かねば業務が滞ってしまう。しかし胸に残るしこりが集中を邪魔してしまうのだ。

 

「デミウルゴス、私をどう思う」

 

 出ていこうとしたデミウルゴスを思わず呼び止めてしまった。忙しいはずなのに何をやっているのだ私は。しかしアインズ様的に言うならば、気になることは即その場で聞かないといけない。

 

「ふむ、それは──『アインズ様を上手くやれているか』という話ですか?」

「ぐはぁっ!!」

 

 思わず断末魔を上げつつ椅子からずり落ちるという、アインズ様ならば絶対にやらないことをやってしまった。それほどに精神的に辛い言葉だった。

 

「そ、そんなに私はアインズ・ウール・ゴウンには見えないのか?」

「いえ、そんなことはありませんよ。普段の貴方はアインズ様と全く区別がつきません。ですが──まぁ恐らくアルベドに看破されて精神的に不安定になっているからでしょうね。私でも分かる程度の差異が見え隠れしていますよ」

 

 なるほど、と頷く。つまり普段は全く問題なくやれているわけだ。ではあのアルベドの看破能力は一体何なのだろうか。アインズ様の様に、そういった類のものが一切通用しないスキルでも持っているのだろうか。

 

「やはりアルベドはそういったスキルを持っていたりするのか」

「いえ、そういう話を聞いたことはありませんね。むしろ、理由は他にあります」

 

 『ガタリ』と椅子が動く。私は無意識のままに立ち上がっていたのだ。それ程に焦っているのだ。私の変身能力を打ち破るものが何なのか。スキルですらないというそれは一体何なのか、と。

 

「とても簡単な理由ですよ。アルベドは、アインズ様を愛しています。一番に。誰よりも。強く、ね」

 

 そう言うとデミウルゴスは足早に執務室を出て行ってしまった。仕様もない事で呼び止めてしまったのだ。それでもなおこうやって相手してくれたデミウルゴスには感謝しかない。

 

「愛──か──」

 

 

 

「愛ですか、アインズ様?」

 

 それから全能力を使って一気に執務を終わらせた私は執務室を出てアウラの所に来ていた。アウラは沢山のペットがいるから愛について知っているかもしれないと思って。

 

「うーん──すみません、分からないです」

「アウラでもダメか」

「ボク──でも?」

「うむ、アウラは沢山のペットが居るだろう。だから、愛を持って接しているのかと思ってな」

「愛──かは分かりません。徹底的に上下関係を叩き込んで絶対に反抗できないように躾けているだけですし」

 

 逆らえない様に徹底的に痛めつける。のは、愛なのだろうか。そういえばアインズ様は時折アルベドに押し倒されている。押し倒す。つまりマウントポジションだ。最も殴ったり関節を極めたりするのに適していると言えるだろう。つまり、アルベドはアインズ様の上位に立ちたいという事?それが愛?いや、何か違う気がする。普段のアルベドはアインズ様を決して下に見えているわけではない。むしろ至上の存在として見て居ると言って過言ではない。ということは違うのだろうか。

 

「申し訳ありません、アインズ様。お役に立てなくて」

「いや、構わんさ。仕事を邪魔して悪かったな、アウラ」

 

 少し気落ちするアウラの頭を優しく撫でる。アインズ様はよくこうして頭を撫でるのが好きだったから。ん?そういえばこうやって撫でることを何と言っただろうか。

 

「あ、あのぉ──アインズ様。そろそろ恥ずかしすぎて辛いので放していただけませんか?」

「ん、おぉ。すまん」

 

 いかんいかん。考え事をして撫ですぎてしまった。こういうものは適量が大事なのだ。そういえばアウラもよくペットたちを撫でていたはずだ。

 

(なるほど、相手を撫でる。これも愛の一つなのかもしれませんね!)

 

 

 

「おや、こんなところでどうされましたか、アインズ様」

 

 アウラと別れて、誰かに会わないかと第九階層をぶらりと歩いていると丁度部屋からセバス・チャンが出てきた。ここは何だったかとプレートを見ると、茶室と書かれている。

 

「セバスか。ちょっと皆に話を聞きたくてな」

「そう言う事でしたら、アインズ様自ら赴かれなくとも。一言お呼びになれば我々一同、喜んで馳せ参じますのに」

 

 確かにアインズ様であればそれで良いのだが、私はアインズ様をやっているだけであってアインズ様ではない。仕事であれば別だろうが、流石に私用で呼ぶなど職権乱用というものだ。

 

「皆忙しく働いているのだ。たまには構わんだろう」

「そうでございますか。して、どのようなご用件で──?」

「うむ、実は──」

 

 そう言いかけた時だった。セバスの後ろのドアがそっと開いて女性たちがぞろぞろと出てくる。総勢8人。だがメイドのホムンクルスたちではない。さて誰だったかと逡巡する間に、軽く会釈しながら皆通路の向こうへと消えていった。

 第九階層に居るのだからナザリックのものではないわけがない。そして私があまり知らないということは最近ナザリックに来た者たちのはずだ。だとすれば人間だろう。

 

「あの者たちは息災のようだな」

「アーニア達ですか。はい、アインズ様のご厚恩によりこのようにナザリックにて元気にさせて頂いております」

 

 あぁ!と心の中で柏手を打つ。あの子達は確かデミウルゴスの異種族間の交配実験の被験者たちだった──はずだ。確か、それでセバスがリ・エスティーゼ王国から拾ってきたはずである。

 

「そうか、あの様子ならば交配実験もうまくいっているようだな」

「ブフォッ!?」

 

 ──なぜかセバスが盛大に咽ている。年なのだろうか。いや、この姿はあくまでたっち・みー様に作られたもので、単純に年を取っているからではないはずである。

 

「セバス。人間と竜人では全てに於いて根本的に差がある。いずれ母体となる彼女たちにあまり負担を掛けさせるな、わかったな」

「ゴフッ──は、はい。アインズ様」

 

 セバスも忙しいだろうに8人も相手させるとは。デミウルゴスも少々性急過ぎるのではないだろうか。これも一応アインズ様に報告しておいた方が良いだろう。

 

(っと、本題を忘れるところでした)

「セバス、愛とは何だと思う」

「──っ!──は、共に在り続けるという覚悟かと」

 

 なるほど、覚悟か。確かにアルベドは小さな村を救うなどという簡単な事ですら、アインズ様を守るためにとフル装備してくるほどだ。その覚悟たるや、この私パンドラズ・アクター以上といっても過言ではないだろう。なるほど、と合点が入った。あの時の行動は階層守護者統括としてではなく、アインズ様への愛が源泉なのか。

 

「流石はセバスだな。愛というものへの理解はナザリックでも上位と言えよう」

「ごっふぅっ!!──き、恐縮でございます、アインズ様」

 

 事あるごとに、まるで私が一言喋るごとに胸を押さえながら噴出しているように見える。やはりセバスの体調は悪いようだ。あまり引き留めても悪いか。

 失礼します、と生気の抜けた顔で遠ざかっていくセバス。本当にふらふらしている。

 

「あの8人にじっくり癒してもらうのだぞ、セバス!」

「──ぐふっ」

 

 余程辛かったのだろう。とうとう倒れてしまったか。そういえばアインズ様も超過労働は出来るだけ避けるようにと言われていた。こういった事態を想定されていたのだろう。

 

(えぇと、こういう時は誰に伝えれば良かったでしょうか)

 

 プレアデス──は、戦闘メイドだ。下手すれば倒れたセバスを引きずって連れていきかねない。

 一般メイド──は固定の仕事があり、突発的な仕事をさせる余裕はない。

 階層守護者や領域守護者は問題外。私でも良いのだが今はアインズ様の姿なので、誤解を招きかねない。

 

(確かツアレさんがセバスと懇意でしたね)

『すみません、麗しきお嬢さん<フロイライン>。今手透きですか?』

『この喋り──パンドラズ・アクター様でいらっしゃいますか?はい、今大丈夫ですが、どうなされましたか?』

『日々の過労がたたり、セバスが倒れてしまいました。ですので──』

『すぐ行きます!!』

 

 普段のツアレさんとは比べ物にならない気迫で《伝言/メッセージ》を打ち切られてしまった。彼女は魔法が使えないはずなのに、あちらから切られるとは。

 

(これも愛なのでしょうか。素晴らしい力ですね)

 

 

 

 

 それから暫くしてセバスと交配実験を行っている8人が勢ぞろいでセバスを連れて行ってしまった。最後は吐血していたが本当に大丈夫だったのだろうか。

 

『パンドラズ・アクター、今大丈夫か』

『おぉ、これはン─アインズ様!』

 

 突然のアインズ様からの《伝言/メッセージ》に思わずいつもの敬礼をしてしまう。いけない。今はアインズ様の姿なのだ。自重せねば。

 

『お、俺の声でテンションがパンドラズ・アクターって──』

『すまない、モモン。それで、何の用だ』

 

 努めて平静に切り返したおかげでアインズ様改めモモンも落ち着いてくれたようだ。

 

『なに、一つアルベドに伝言を頼もうと思ってな』

『それならばモモンが直接送れば良かったのではないか?』

『そう思ったのだが──』

 

 珍しく口籠っていらっしゃる。こういう状態なのは、相手に対してあまり口にできないものであることが多い。至高の存在であるアインズ様ではあるが、こういうちょっとした態度が愛嬌となって──

 

(そうか──アルベドはこういった小さな部分を目敏く見て居たのですね。ただ支配者然とした完璧なアインズ・ウール・ゴウンではなく、等身大のアインズ様を)

『──というわけなのだが、頼むぞ。パンドラズ・アクター』

『了解した。しっかりと伝えよう、モモン』

 

 アインズ様の話が耳に残っていないということはそう大した案件ではなかったという事。そして、あまり直接言いづらい事。となれば──

 

(労いと感謝の言葉ですね!わかっていますよ、アインズ様!)

 

 

 

 

 

「これで良し。まさかナザリックで密かに売られていた俺の等身大抱き枕カバーを作っていたのがアルベドとはなぁ──上手くパンドラズ・アクターが止めるように言ってくれればいいけど」

 

宿屋にある自室のベッドに寝ころびながら軽くため息をつく。話によればその抱き枕は物凄い人気らしい。しかし俺の抱き枕など貰って誰が喜ぶのだろうか。もしかしてサンドバック代わりだったりするのだろうか。

 

「やめやめ。頑張ってくれよ、パンドラズ・アクター」

 

 

 

 

 

(フフフ──いざ勝負ですよ、アルベド。新生パンドラズ・アクターを見せて差し上げましょう。愛を知った私に隙は──)

「そこに居るのは──パンドラズ・アクターね。何をしているのかしら?」

 

 一瞬で全身の力が抜けてしまった。思わず床に突っ伏してしまうほどに。なぜ柱に隠れていた私に気付いたのか。そもそも喋ってすら居ないのになぜ私だと分かったのか。

 

「ふふっ。なぜ分かったのか分からないって顔してるわね、パンドラズ・アクター。優しく言ってほしい?厳しく言ってほしい?」

「き、厳しく頼む」

 

 両膝をついて両手をつく。ペロロンチーノ様曰く『失意体前屈』の姿をした私の元にアルベドが歩いてくる。一体何が駄目だったのか。何がいけなかったのか。全力でアインズ様をしているはずなのに。

 そう思って厳しく評価してほしいと言った。言ってしまった。今ほどその言った瞬間の私自身を殴り飛ばしたいと思った時はないだろう。

 

「立て」

「──は?」

「立て!!」

「は、はい!」

 

 突然アルベドの雰囲気が変わったのだ。普段の柔らかい雰囲気などない。普段が羊皮紙程度の柔らかさと仮定するならば、今は七色鉱の一つであるセレスティアル・ウラニウムが羊皮紙程度の柔らかさに感じる程度の硬さだ。恐ろしいなどというものではない。流石は守護者統括というべきか。

 弾かれるように立ち上がった私の顔をジロリと睨みつけてくる。正直言ってすごく怖い。単純な強さからくる恐怖ではない。底知れぬ『何か』を感じる怖さだ。

 

「まず下顎骨!幅が0.017㎜広いわ!長さは0.024mm長い!」

「はい!──え?」

「次頬骨!0.05度外に向いてる!──幅も片方辺り0.0027mmも出ているじゃない!」

「え、あの──」

「さらに蝶形骨!」

「待ってください!何ですかそれは!?」

 

 なぜ突然幅や長さが違うというのか。しかも最小単位が万分の一ミリである。それをアルベドは目視で測っているというのか。いや、そもそもだ。

 

「私はアインズ様のお姿を完璧にコピーしているんです。外見に誤差があるはずが──っ!?」

 

 『ガシリ』と両肩を掴まれた。いくら今アインズ様の姿をしているからと言ってここまでピクリとも動けなくなるだろうか。スキルか。それとも単純な力の差か。その答えは──

 

「おいこらパンドラズ・アクター──」

「な、何ですか!」

「アインズ様──ナメんじゃねえぞゴラァ!」

 

 気迫だったのだ。

 凄まじいまでの彼女の気迫が私を竦み上がらせていたのだ。声を上げようにも上ずり、裏返ってしまう。まるで蛇に睨まれた蛙である。

 

「そのコピーとやらはいつ取ったァ!」

「も、もちろんこの世界に来てすぐ──ひぃ!?」

「毎日とれや毎日ィ!アンデッドだからってナメんじゃねえ!アインズ様は毎日変化なさってンだぞ!!」

 

 そう言い放つと、彼女は手を緩めた。どさりという音が嫌に耳に響く。それが、自分が尻餅をついた音だと気付くのに暫く時間がかかってしまう。それ程衝撃的だったのだ。

 しかし手を離したアルベドにはもうあの気迫はない。いつもの彼女に戻っている。まるであれが夢であったかのように。

 

「分かったかしら、パンドラズ・アクター。貴方は姿を似せられるという能力に感けているせいで、中途半端に似せているだけなの。技術が足りない。能力が足りない。情熱が足りない。思想が足りない。理念が足りない。気品が足りない。そして何より──優雅さが足りない。私から言わせれば、稚技ね」

「私の能力が──稚技──」

「確かに貴方はアインズ様に作られた、アインズ様にもっとも近い存在と言えるでしょう。でも、それは最もアインズ様を見辛い位置に居ると自覚なさい」

 

 そう言われて渡されたのは、クッション。いや、抱き枕<ピロー>だ。それもただの抱き枕ではない。

 

「こ、これは──アインズ様の──しかもこんなに精巧に──」

「理解したかしら、パンドラズ・アクター。精進なさい」

 

 そう、写真よりも精巧に描かれた等身大アインズ様の抱き枕だったのだ。しかも細部まで分かりやすいように防具を付けていない状態のモノ。こんなにも素晴らしい物をアルベドは作り上げたというのか。

 優雅に立ち去る彼女は、只管に大きかった。アインズ様を知るものとして。あれほど大きい彼女を超えられるのだろうか。

 

(いや、違う。そう、私は彼女を超えなければならない!アインズ様に造られたものとして!!)

 

 そのために何をしなければならないのか。その答えは──

 

 

 

 

 

「やっと帰ってこられた──やはりナザリックは落ち着くな」

「これは、お帰りなさいませ。アインズ様」

 

 リ・エスティーゼ王国の雑事も大分落ち着き、久しぶりにナザリックに帰ってきた。少しばかり雰囲気が違う気がする不思議な感覚が纏わり着いてくる。

 

「少し痩せたか、セバス」

「は──お陰様で──」

 

 痩せた、というよりも窶れた感じのあるセバスだがその眼光は相変わらずだ。パンドラズ・アクターの話では過労で倒れたらしいし、それとなく気を付けておいた方が良いだろう。

 

「そういえばアルベドの姿を見ないな」

 

 いつもなら『アインズ様ぁ~』って帰るなり走り寄ってくるのだが、一体何をしているのか。

 

「アルベド様でしたら、今は宝物殿でパンドラズ・アクター様と何かをしているようです」

「ふむ、では行ってみるか」

 

 いつの間にパンドラズ・アクターと仲良くなったのだろうか。いや、仲良くなってくれたのだろうか。

 あまりに奇抜に作りすぎたために、こいつ友達作るの無理かもしれない。と半ば諦めてしまう程だったというのに。何か共通の趣味でも出来たのだろうか。

 

「宝物殿へ!」

 

 リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンに願えば一瞬で宝物殿へと転移出来る。正確にはその受付兼パンドラズ・アクターの生活の場であるが。

 

「パンドラズ・アクター?居ないな」

 

 いつも座っているソファーには誰も居ない。しかし居る気配はする。この宝物殿のどこかに居る様だ。

 

「──こっちか?」

 

 そう思って向いた方は、主に縫製系の生産素材が保管されている区域だったはずだ。

 その区域へと歩いていけば、何やら楽しそうな声が聞こえて来る。

 

「──で、これが──」

「ほう、それは素晴らしい。では──というのはどうでしょうか」

「ふふっ、やるわね。流石は私が見込んだだけの事はあるわ」

 

 本当に楽しそうだ。しかしなぜだろう、少しだけ悲しい気分がするのは。頬が暖かいのはきっと心が温かいからなんだ。きっと。

 

「はいる──ぞ──って、なんじゃこりゃあ!?」

 

 そこ──縫製素材倉庫にあったのは、俺だった。

 俺、俺、俺。ただただ只管俺。壁一面にある超巨大な俺の顔。その周囲に張り付けてある抱き枕カバーらしき等身大の俺。しかもなぜか裸。デフォルメ化されたぬいぐるみの俺は床一面に敷き詰められている。

 一言でいうなら、俺部屋である。俺の部屋ではなく、俺部屋。この差がわかるだろうか。俺は分かりたくない。だから──

 

「お前ら──謹慎3日」

 

 ため息交じりに二人を処罰するしかできなかった。

 




お題目外伝でも、要望した方の予想を外したい!その一心で書いてます。
良い意味で外せましたでしょうか?
実は要望通りでしたか?

どちらにせよ、楽しく読んでいただけたら幸いです。


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お題目短話-2 始祖の力

バロトン様
『王国で』『レエブン候が』『激しく困惑する』

のお題で作られたお話です。
困惑してもらうために激しく黒いお話になっていますのでご注意ください。

読む前にバロトン様に向かって一礼しましょうねっ


「──超位魔法というのは本当なのかね」

 

 ラナー姫より指令を送られて二ヵ月。この前我が子の見つけた古書を私の信頼する魔法研究者に依頼して十日が経とうとしていた。あまりといえばあまりな姫の指令に焦りばかりが募り、今日は奴の所に突撃しようかと思って居た所に奴が現れたのだ。

 どんなことが分かったのかと、軽い気持ちだった。正直な話、全体の1割でも分かれば重畳だと思って居た。しかし私の前に来た彼が持っていた書類は私の想像を絶するものだったのだ。

 

「はい。それが何を意味するかはまだはっきりとは分かりませんが、一般的な位階魔法とは明らかに隔絶したものであると思っていただければいいと思います」

 

 書斎に呼び寄せ、黒檀の机一杯に広げられた彼の書類一つ一つに目を通していく。総数にして100枚は下らないだろう。よくもこれだけのことをたった十日でやってのけたものだと感心する。

 ちらりと彼の顔を見る。この十日間一切寝ていないのだろう。妙なテンションが口から出ていた。見た目も決して綺麗とは言い難く、まるで死人のような様相だ。

 しかしその目は爛々と輝いており、一方の研究者然としていた。これで元はただの平民だったというのだから世の中分からないものだ。

 

「どこがどう、隔絶しているのかね」

「それは──えっと──ここです──ここ」

 

 ばさばさと乱雑に、他の書類が床に落ちていくのすら気にすることなく一枚の紙を手に取って私に見せて来る。それは魔法陣の一部だった。

 

「──私はマジックキャスターではないのだが?」

 

 何やら文字らしきものが書いてあることくらいは分かるが、それ以上は何も分からない。少し眉を顰めながら彼の顔を睨むと、彼は失念していたとばかりに目を見開いた。

 

「す、すみません。それは魔法陣の魔力供給部分にあたります。──えっと」

 

 一般的なマジックキャスターならば、この絵ともとれそうなものがどれだけ異常なのかが分かるのだろうか。さらさらと物凄い勢いで書いた別のものを私に見せて来る。分からない。が、似ている。私が手に持つものと、今彼が書いたものが、だ。

 

「私が書いたものが一般的な魔力供給用の陣の一部になります──ここの部分を作用させ、術者の魔力を注ぎ込むことによって魔法陣が作用するわけです」

 

 まるで魔法使用の講義である。しかしこの前提が分からないとどうしようもないのだろうと黙って聞いているが、正直頭が痛い。

 

「──となっていまして、それでここです。閣下。この部分」

 

 だんだんと話半分で聞いていた彼が突然私の手に持つ方を差してくる。

 

「──ね?」

 

 分からんよ。そう突っぱねてしまいたい。

 しかしこれは姫の指令──私の家の祖先に始祖の魔法が操れるものがいるかもしれない、そしてその始祖の魔法が通常では考えられない凄まじい力を持っているかもしれないという。だからそれが何なのかを調べろと言うのだ。

 そんな前提からして荒唐無稽な指令を実行しなければならないのが中間管理職の辛いところだろう。

 

「──私は素人なのだ。詳しく話し賜え」

「これは──すみません。この超位魔法という陣には魔力を供給する部分がありません。極論で言いますと、この魔法陣は成功しないよう意図的な欠陥を孕んでいる。もしくは、通常の位階魔法とは全く違う形態をとっている。そのどちらかというわけなのです」

 

 つまり──動力となる部分はあるが、その動力を動かすためのエネルギーを入れる場所がないということなのか。

 

「──これが使える前提だとしたらどうなる」

「正直なところ、発動するとは思えません。火を使わずにパンケーキを焼けと言われるようなものなのですから。ですが、方法がないわけではないですね。パンケーキで言うなら、人の体温で焼く──魔法で言うなら、使用者の命を使用すれば発動は可能でしょう」

 

 人の命を使う魔法?つまりそれは──

 

「超位魔法は始祖の魔法だということなのか?」

「現在始祖の魔法を扱える者が極一部の上位ドラゴンしかいませんから、何とも──しかし可能性はあると思います。しかしその前提で行くならば、人は絶対に発動できないんですよ。人と上位ドラゴンでは、明らかに生命の量が違いすぎますから。それと、始祖の魔法と明らかに違うものが──ええと──これです」

 

 今度は床に散らばった紙束の中から一枚抜きだしてくる。彼にはこの部屋中に散らばり続ける書類一枚一枚がどこにあるのか把握しているのだろうか。

 見せられた書類に書かれたのは絵だった。中央に人らしきものがおり、その周囲に何重もの帯が包んでいる。

 

「──これは?」

「件の超位魔法を発動させるために必要な魔法陣です。暫定的に『多重立体魔法陣』と名付けています。恐らくこれが超位魔法の一番の肝となる部分ですね」

 

 馬鹿げている。そう言いたかった。

一般的な魔法陣の形くらいならば私でも知っている。円形、角形の二次元的な平坦な魔法陣である。上位になろうともその法則が崩れることは無く、大きさや複雑さが増えるだけ。第一位階という基礎があり、そこに幾重にも重ねていくことで上位の魔法になっていく。それが位階と言われる所以であると。

しかしこれは明らかに違う。魔法体系そのものが違うのだ。

 

「これは位階魔法なのか──?」

「どうなのでしょう。命名したものがどなたなのか見当もつきませんが──私の予測としては、位階魔法そのものを超えたもの。超位階魔法としたのでは、と思っております」

 

 位階魔法を超えた位階魔法。

 身体の力を抜き、ゆっくりと椅子の背凭れに体重をかける。

 位階魔法が確立して500年と言われている。しかし姫様の話ではその祖先は1000年はゆうに昔であると言っていた。つまり、この超位魔法は位階魔法が確立する前の魔法ということになる。

 

(この超位魔法というのは後付けか?我が祖先が始祖の魔法を人が使えるように落とし込んだ魔法を、位階魔法が確立した後に生まれたものが名付けた可能性がある、ということなのか)

 

 そう考えれば納得がいく。1000年以上昔の書物が現存するとは思えないのだから。

 

「話は変わるが、あの本は何年前のものだと思われるかね。例えば1000年以上経っているとか──」

「あの本ですか?──少なくとも3、400年は堅いですね。しかし1000年はありえません。そこまで風化は進んでませんでしたから」

 

 ビンゴ、か。と内心で頷く。そうすると最低でも300年程度昔の私の祖先はこの超位魔法が扱えたということになるわけだ。

 

「でもおかしいんです。この魔法──使えるわけがないんですよ」

「ん?──使えるわけがないというのはどういうことだ?」

 

 これで姫への報告の形が成ったかと思った矢先の言葉。やっとゴールに付いたと思った瞬間に石に躓いたかのようだ。

 

「だって、この魔法陣──ドラゴンでも無理ですよ。あの噂のアインズ・ウール・ゴウン伯爵様であっても不可能でしょう」

「──だからどういう意味なのだ。分かりやすく話し賜え」

「だって──足りないんですよ。基礎が、発動するための鍵がないんです。このままでは──」

「旦那様!大変です!!坊ちゃまが──坊ちゃまが──!!」

 

 突然執務室に入ってきたメイドは、顔面を蒼白にして泣いていた。

 

 

 

 

 

「これは──」

 

 彼と大粒の涙を流すメイドを連れ立って中庭に出ると、そこには想像を絶するものがあった。

 そこにあったのは、あの絵にあったものと同じもの。魔法陣だ。彼の言う多重立体魔法陣。

 

「いったい、一体何があった!何をしたのだ!!」

 

 近付こうとしても、まるで障壁でも張られたかのように弾かれてしまう。

 ゆっくりと我が子を中心として回り続ける白い魔法陣。そして見えてしまう。我が子の命が、風前の灯火なのだと。

 

「ぼ、坊ちゃまが何かを呟かれたと思ったら──突然こんなことに──」

 

 何故だ。何故発動しようとしている。あいつの話では発動しないのではなかったのか。

 まるで私を拒絶するかのように弾き続ける魔法陣に無理矢理近づいていく。押し開く。我が子の下へと。愛する我が子を助けるために。

 

「閣下!このままでは閣下も魔法に喰われてしまいます!」

「構うものか!この子は──私の──」

 

 荒れ狂う力の本流が私の身体を傷つけていく。幾重にも擦過痕が指に、手に、腕に走っていき、服も身体も諸共ずたずだに引き裂いていく。だが止まらぬ。止まるわけにはいかぬ。

 

「私の──全てなのだぁぁ!!」

 

 『キンッ』と何かが切れる音がした。

 それと同時に衝撃が、圧が、痛みが、ありとあらゆるものが無くなる。

 

「あぁ、あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 倒れ込み、転がるように我が子へと走り、抱きしめる。勢い余り、抱きしめたまま数転してしまった。

 

「パ──パ──」

「リーたん──」

 

 抱きしめる我が子に傷はない。朝見たままの姿だ。か細い声で私を呼ぶ我が子を再び抱きしめる。もう、離さぬと。

 頬を伝う涙に歪む視界に、見える後ろ姿。

 真っ黒い細身の剣を持つ女性。同じく真っ黒い翼を生やし、頭に角を持つ女性が。

 

「もう大丈夫よ。その子の血は、封印したわ」

 

 それだけ言うと翼を生やした女性は、まるで最初から居なかったかのように消え失せていた。

 

 

 

 

 

「一気に寿命が縮まった気分だよ──」

 

 中庭で起こった事件から既に一刻ほど経っただろうか。愛しの我が子はベッドで安らかな寝息を立てている。起きたらお腹が空くだろう。何か準備しておいた方が良いだろうか。

 医者の話では、極度に衰弱しただけで身体に異常はないそうだ。本当に良かった。

 

「ふふ──我が子のために、我が右手を差し出す、か。かつての私では考えられんな──」

 

 左手で眠る我が子の頭を撫で、ふと右手を見る。痛々しく包帯の巻かれた右腕を。ずたずたに引き裂かれ、もう二度とペンを握る事の叶わなくなった私の腕を。我が子を助ける代償にしては安いものだ。そう躊躇なく思える程度には私は変わってしまっていた。

 

「閣下!閣下ぁ!!わかりました、鍵が!必要となるものが!血です!恐らくレエブン候の血を濃く受け継ぐものが発動の鍵なのです!!」

 

 夜も更けてきたというのにまだ帰ってなかったのか。いや、帰ってからまた来たのか。

 我が子の部屋を出て、自室に向かおうとした時に突然聞こえてきた叫びに似た大声に、思わず顔を覆ってしまったとしても責は無いだろう。

 いつ書いたのだろうか、エントランスで待っていた彼の両手には再びいっぱいになった書類があった。そこから一枚だけ渡される。そこにあったのは昼間に見たあの魔法陣の絵だ。ただ一つ違うのは、人の居る部分にも何か書いてある。

──I WISH と。

 

「ふむ──I wish<我願う>。我が右腕を治せ──っ!?」

 

 何気ないものだった。

 力が抜ける。すとんと腰が落ちた。徐に右手を床に付けてしまうも──痛みがない。

 使えるなんて思って居なかった。思えるはずがない。直系であったとしても、一体何代続いたというのだ。血だって相応に薄くなっている。はずだったのだ。だというのに──

 

「は──はは──頭が痛いな──全く──」

 

 命を食らい、発動する異質の魔法。

 まるで何事も無かったかのように動く、傷一つない右腕を見て頭を抱える。これは個人が所持していい力ではないのだから。

 かくての私ならば、まるで神の如き力だと喜んだだろう。レエブンは王となるべくしてあった家であったと声を大にして叫んでいただろう。

 だが今は違う。ただただ、これからの事に胃と頭が痛くなるだけだった。

 

 

 

 

 

「──なるほど、そういうことでしたか」

 

 それから数日後、姫様に報告をさせていただいた。術者の命を対価にあらゆる奇跡を生み出す、始祖の魔法と類似した超位魔法を扱えたと。今は使えない、ということにして。

 

「命を対価にする奇跡、ですか。あれが喜びそうな力ですね」

「あれ──ですか?」

 

 ラナー姫はゴウン伯爵を呼ぶときは、必ずアインズ様と呼ばれていた。他の者が呼び捨てにした場合は窘めていたくらいだ。そんな彼女があれ呼ばわりするのだろうか。

 疑問は尽きないが、それを詮索する気力などない。この数日で一気に老けた気分なのだから。

 

「随分とお疲れの様ですわね、レエブン候」

「はは──祖先にそのような強大な力を持つ者が居たなんて、胃が痛くなりますよ」

 

 『ご自愛を』と、笑顔を向けられる。しかし、いつもの作った笑顔ではないような気がするのはなぜなのだろうか。クライムとかいう姫自らが見繕った騎士に向けて以外は見たことのない笑顔だ。

 

「変わられましたな、ラナー様」

「あら、それはお互い様でしょう」

 

 『くすくす』と笑う彼女の顔は、仮面だった。私に見せた笑顔の意味は何だったのだろうか。

 

「ですが、ありがとうございます。お陰様で──あれに一手、打つことができます」

「は、はぁ──」

 

 彼女の眼には一体何が映っているのだろうか。まるで深淵を覗くようなその瞳には、私には想像も付かないものが見えているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「本当にこれでよかったの、デミウルゴス」

「あぁ、これで大きな布石を置くことができた。感謝して居るよ、アルベド」

 

 王国のはるか上空。デミウルゴス、ルプスレギナと共に人間共の動きを見て居たが──こんなことに何の意味があるのか私には全く分からない。デミウルゴスの話では、とても重要なものらしいのだけれど。

 

「エイトエッジアサシンを使ったり、ルプスレギナまで使ったり。もう少し詳しく作戦を話しても良いのではないかしら、デミウルゴス?」

「全容を話しても構わないのだけれどね。君が、全てを騙せるほどの役者をしてくれるなら、だけど」

「まったく──わけがわからないわ──」

 

 アインズ様もあまり揚々に話される方ではないが、デミウルゴスはそれに輪をかけて話してくれない。同じ仲間なのだから完全な意思疎通は大事だと思うのだけれど。

 軽くため息を付いて、ナザリックへと帰還する。用事は終わったのだから。後はデミウルゴスが何かするのだろうから。

 

 

 

 

「やはり話してくれませんでしたか──」

 

 レエブン候が部屋を出て行ってから、軽いため息交じりに呟く。王となるべく色々と城も黒もと手を伸ばしているが、中々信用は一朝一夕にとはいかないようだ。

 

「やはり、白金の竜王<プラチナム・ドラゴンロード>様のおっしゃっていた通りのようですね」

 

 ゆっくりと窓を開け、空を仰ぐ。もう黒い雲はないようだった。

 

「始祖の力──アインズ・ウール・ゴウン──そして、アインズ様」

 

 窓を閉め、顔を整える。随分と崩れやすくなっている。気を付けないといけない。

 ノック音が耳に届く。クライムがお茶を持ってきてくれたようだ。

 目尻を少し落とし、口角を少し上げる。さぁ彼の一番好きな笑顔にして、彼を迎えよう。

 




というわけで、本来書く予定のなかった外伝になります。
実はピンポイントでかなり大事な場面なのですが、文章量の都合によりカットした部分でした。
無い方が、読者様たちを騙せるかなぁって──くすくす──

とはいえ、この話によって新たな謎が増えたかと思います。
結果だけ見ると大したことのない謎ですがっ

こんなお題目を頂きましたバロトン様に多大なる感謝を、です!


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お題目短話-3 殿はてくにしゃんでござる

しもん様
『エ・ランテル』『モモン(アインズ)』『ハムスケにご褒美がてらブラッシングする』
を元に作成されました。

読むときはしもん様に向けて拝みましょうっ


「おぉ、モモン君。久しぶりだねぇ!」

 

 久方ぶりにエ・ランテルに到着すると、どこから聞きつけてきたのか冒険者組合長──プルトン・アインザックが走り寄ってきた。

 相変わらず人を食ったような、嘘を付きそうな笑顔ではあるが少なくとも悪い人間ではないことは分かっているため、無視することは控えねばならない。

 何よりエ・ランテル支部とはいえ冒険者組合の長なのだ。冒険者になりたての時は色々と世話になっているのだし、縁を切るわけにもいかない。

 

「アインザックか」

「王都での活躍は耳にしているよ。随分と頑張っているみたいじゃないか」

 

 豪快に笑いながら自然な動きで俺の行く先を誘導していく。無理に動けば問題ない程度であるのが憎らしい。行先は組合の方か。ついでに色々と情報を得たかったので問題はないのだが、どうも操られている気分になって良い気分とはいかない。

 しかしその俺の雰囲気を察したのか少し歩みを止める辺り、伊達では生きて居ないということなのだろう。

 

「そういえば、エ・ランテルには何用かな。私に出来る事ならば大概の事は手伝えると思うが」

「ふむ──」

 

 確かに冒険者を纏める立場にあるこの男ならば様々な情報を持っているだろう。しかしそう簡単に分かるのだろうか、という疑問もあるのだ。

 

 

 

 

──およそ数時間前

 

「ハムスケに褒美ですか、アインズ様」

 

 いつものナザリック。いつもの執務室。外の様相は見えないが、時間からすれば日が昇り始めたころだろう。

 俺は書類を片付けながら、ふとアルベドに漏らしていた。

 

「そうだ。あれも何かとナザリックのためにと頑張っているからな」

「アインズ様より頂ける物でしたら、何でも喜ぶと思います」

(その『何でもいいよ』が一番困るんだよなぁ──)

 

 この前冗談で、手を拭いて汚れたハンカチをアルベドに渡したことがあった。そうしたら突然涙を流し『一生大事にします!』とその汚れたハンカチに頬擦りし始めたのだ。流石に汚いからと取り上げたのだが、まるで我が子を取り上げられた母親のように絶望に染まった顔は流石に居た堪れなくなったのである。

 そんなこともあり配下たちへの褒美は、俺にとって非常に神経を使う案件となっていた。

 

「デミウルゴスはどう思う」

「私もアルベドと同意見──と言いたいところですが、アインズ様はそういった答えをお求めになられていないのでしょう」

 

 流石デミウルゴス。さすデミ!俺の気持ちを察してくれる辺り、良い子である。ウルベルトさんも何だかんだと言いながらも皆の事を考えてくれる人だった。そういう部分も受け継いでくれているのだろう。

 

「では、色々前提から始めましょう。まず、ハムスケは言葉を解せますが、人型ではありません。そのため一般的な食糧・アイテムなどはあまり喜ばないのではないかと愚考します」

 

 なるほど。確かにハムスケはステーキのようなものも食べるが、どちらかというと木の実や種と言ったものの方が好んでいた。この辺りもハムスターに似ているといえるだろう。

 また、アイテムにしてもそうだろう。死の宝珠を渡した時も、躊躇なく頬袋に詰め込んだのだし。

 

「そうですね。最近はアインズ様のために強くなろうとしているのですから、その辺りを考えてみてはどうでしょうか」

 

 確かにハムスケは俺のため、ナザリックのために強くなろうとしてくれている。そのためこの前は武技を習得するという快挙を成し遂げてくれたのだ。

 しかしハムスケにはハムスケのペースというものがあるだろう。前にコキュートスに修行を頼んだのだが、あまりにハイペースすぎてハムスケには付いていくことが出来なかったらしい。

 最近はゼンベルたちリザードマンや死の騎士<デス・ナイト>と一緒に修行していて良いペースで頑張れているという話は聞いている。折角良いペースでいけているのだったら、俺が無理に変えるというのもハムスケに悪いだろう。

 

「ふぅむ──」

 

 ペンの動きを止め、逡巡する。ふと感じる温かい視線。ちらりと周囲を見ると、何とも言えぬ暖かい笑顔でアルベドとデミウルゴスが俺の事を見て居た。

 

「そのように、取るに足らぬ配下であろうとも真摯に向き合うその優しき御心。見習いたく存じます」

 

 大量のヒマワリの種をあげようか、などと適当に考えていたなどいう訳にもいかない。二人の暖かい視線に挟まれながら、何となく居た堪れない気分になってしまうのだった。

 

 

 

 

 

「なるほど、従魔に褒美をなぁ──」

 

 冒険者組合の客間に通された俺は、出された飲めぬ茶に視線を落としながら先ほどの話──ハムスケへの褒美について話していた。

 そんなの適当でいいのではないか、と言われるかもしれないと思って居たが、良い意味で俺の予想を外して──いや、予想以上に真剣に考えてくれていた。

 

「これが馬など人語を介さない、知能の低い奴なら──そいつの好物でも上げると良いんだがなぁ」

 

 すみません、真っ先にそれが思い浮かびました。なんて言える訳もなく。

 一発目で当てられて思わずびくりと震えてしまいそうになるのを必死に止める。肉の身体を持っていたら、恐らく今頃汗でぐっしょりと濡れていたのではないだろうか。

 

「ところで、あの魔獣は何を食うんだ?」

「大体雑食だが、主に木の実を好んで食べるな」

「木の実かぁ──そいつは難しいな」

「──難しい?」

「魔獣ってのはな、基本的に人と味覚が違うんだ。甘味を強く感じる奴も居れば苦みを強く感じる奴も居る。俺たちが美味いと思うもんでも不味いと思ってしまうこともあるのさ。特に木の実は顕著でな。そいつが好みとなると、食う木の実以外には一切興味すら示さない。なんてこともあるからな」

 

 そうなのか。と思わず感心してしまった。やはり長をやっているのは伊達ではないのだろう。

 確かに同じ日本人でも、地域によって濃い味が好きだったり薄味が好きだったりする。種族すら違うとなれば味覚が大きく違ってもおかしくないだろう。

 ハムスケの食事に関しては普段は適当に自分でとらせているし、ナザリックではペストーニャに一任していた。よくよく考えたら俺はハムスケの好物すら知らないわけだ。

 

「ハハッ!従魔の食事は適当にやってたって顔だな。その顔だと好物も知らないんだろう?」

「ぬぐっ──」

「漆黒の英雄殿もそういうことには無頓着ってな。いや別に責めているわけじゃないぜ。それが普通なんだ。むしろ、頑張ってくれているから何かをって考えてくれるだけマシってもんだ」

 

 そう笑いながら、窓から外を見て居る。と、視線が止まった。何かを見つけたのか。無言で俺を呼ぶ。

 近くに寄り指さされた方を見ると、丁度馬がブラッシングをされているところだった。

 

「なるほど、ブラッシングか──」

「よくよく考えればお前さんの従魔はあの図体だ。自分で毛繕いするのも大変なんじゃねえかって思ってな」

 

 物を与える事ばかり考えていたが、確かにこれは良いかもしれない。

 思わず彼の手を握る。彼の笑顔は五月蠅い位に眩しかった。

 

 

 

 

 

 

「はぁ、ぶらっしんぐ──で、ござるか」

 

 それからハムスケをエ・ランテルの広場に呼び、伝えたのは良いのだが──反応はいまいちのようだ。

 ブラッシングは駄目なのだろうか。

 

「あまり好まぬか?」

「いえ、そもそも拙者は毛繕いすらしないでござる。そのぶらっしんぐというものをされているのを見たことはあるでござるが、何が楽しいのかよく分からないでござるよ」

 

 なんと、ハムスターは毛繕いをしないのか。折角おすすめのブラシをアウラから貰ってきたというのに。

 

「とはいえ、何事も経験でござる。殿自らしていただくというのは非常に恐縮でござるが──」

「それは気にするな。お前への褒美なのだからな」

 

 腰を落とし、うつ伏せになったハムスケにブラシを通していく。背に乗った時はたいして気にしていなかったが毛繕いをしていないらしいその毛は、予想以上にさらさらしている。然程抵抗がかかる様子もなく、すっとブラシが通っていく。

 

「お?──おぉ──これは──」

 

 さっさ──すっす──あまりの通りの良さだ。確かにこれならば毛繕いの必要はないだろう。しかし殊の外気持ちが良いのだろうか。目を細め、脱力しているようだ。

 

「はぅんっ!!」

「っ!?」

 

 思わずびくりと震えてしまった。なんて声を出しているのだ。

 

「なんか電気が走ったでござる。思わず変な声が出てしまったでござるよ──申し訳ないでござる」

「お、おぉ──」

 

 内心の動揺を隠しながら、続ける──つづけ──

 

「はぁう────」

 

 何故悶える。

 

「殿はてくにしゃんでござるなぁ──気持ちよくて身体がぷるぷる震えてしまうでござるよ」

 

 ごろりと今度は仰向けに転がる。くたりと全身を弛緩させる。

 

「殿の、好きにしてほしいでござるよぅ──」

(無心──無心だ!)

 

 無心で声を聞かず、無心で手を動かし続ける。

 気付けば周囲には人だかりができていた。確かに人の言葉で大声で何かを叫んでいれば気になって集まるというもの。

 何しろハムスケは周囲を気にすることなく大声で叫んでいるのだから。

 

「殿ぉ、もっとしてほしいでござるよぉー!」

「はいはい、じっとしていろ。な?」

 

 それから数時間にわたり、エ・ランテル中にハムスケの叫び声は響き続けたという──

 

 

 

 

 

 

「アインズ様!アインズ様はブラッシングが非常にテクニ──お上手であると聞きました。是非褒美の中に入れて頂きたく思いますっ!」

「入れるわけが無いだろう──」

 

 それから数日後、漆黒の英雄モモンはブラッシング一つで魔獣すらも悶えさせるテクニシャンであるという噂が広まっており、なぜかナザリックにもその噂は伝搬してしまっていた。

 お陰で体毛を持つ者たちの俺を見る視線が妙に熱い。やる気を出してくれるのは構わないのだが──

 しかもどう曲解したのかは知らないが、アルベドより正式に褒美の一つにと具申があったほどである。

 

「で、でもアインズ様に髪を透いてもらえるって、すっ凄いご褒美だと思うんです!」

「マーレ、お前もか──」

 

 それから、体毛のみならず髪のあるナザリック女性陣プラスマーレの熱い要望により、褒美の一つとなったのであった。

 

 

 

──ちなみに

 

 

 

「──終わりだ」

「はぁう──はふぅ──」

 

 この褒美を最初に受けたのはマーレだった。

 




というわけで、ブラッシング話でした。
気分的には大型犬をブラッシングしている感じで。
うちにいたわんこにブラッシングしている時も同じでした。ぷるぷるしてぐったりと身を任せるのです。
人語を解せるハムスケを町の広場でやってしまい大惨事になってしましまた。

私はわるくぬぇ!
って、逃げておきましょう。

3人目の方、L田深愚様のお題目
『カルネ村』『フェイ達』『日常』は月末一般公開となります。
お楽しみに!


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お題目短話-4 春が来たっ!

このお話はL田深愚様
『カルネ村』『フェイ』『日常』のお題目を元に作成されました。

読むときは、L田深愚様に向けて敬礼しましょうっ!びしっ!


「わたし──わたし──」

 

 平和な一日。平和な日常。特別悪い天候でもなく。強大なモンスターも現れず。村人とゴブリン、オーガ達は野良作業に精を出す。それは、このカルネ村において極々当たり前の光景である。

 ただし、常に同じ日常が流れるわけではない。時とは移ろい行くもの。この平々凡々とした村でもそれは同じである。

 

「このままじゃ──」

 

 まぁ分かりやすく言うならば、この村の族長であるエンリ・エモットに彼氏ができたというわけだ。これは吉事であり、良い事である。しかし、ある一名にとっては、凶事であった。

 

「結婚できないまま──」

 

 そう、エンリ・エモットの彼氏であり村の薬師であるンフィーレア・バレアレの妹であり、結婚適齢期を迎えた年代であり、村にはもう同年代の男子は居ないという恐ろしくも悲しい現実に直面した──

 

「お婆ちゃんになっちゃうじゃないのよぉぉー!!」

 

 フェイ・バレアレである。

 これは、この寂しい人生を送ることが確定しかかって──

 

「ちょっとジュゲム!変なモノローグ付けないでよ!!」

「いやでもフェイの姉さん。いい加減男見つけねえと、来手も貰い手も無くまっちまいやすぜ」

 

 ──しかかっている、一人の少女の物語である。

 

「ぜぇったいに、彼氏見つけてやるんだからぁぁー!!」

 

 少女に、幸多からんことを。ゴブリン一同、お祈りしておきます。

 

 

 

 

「全くお兄ちゃんったら、酷過ぎるわよ──」

 

 『ぐぬぬぅ』と少々──いやかなり少女としては出してはいけない呻き声を出しながらテーブルに突っ伏す。身体の中で暴れまわる怒りを逃がそうと、テーブルに頭を預けながらゆっくりと息を吐いた。窓から漏れる陽が少し翳り始めている。もう一刻足らずで日も落ちるだろう。兄はまだ帰ってこない。恐らく今日『も』エンリさんの所に行っているのだろう。通常の3倍くらい鼻の下を伸ばしながら。 

 私の兄と族ちょ──村長のエンリさんが付き合い始めて早一ヶ月。私もそろそろ異性の友達──いえ、あえて言いましょう──彼氏が欲しいと思ったのである。

 それでエ・ランテルでもそれなりに顔の広く、交友関係もある兄に頼んだのだが──

 

「なにが『あ、うん。ちょっと無理かな』よ。自分はエンリさんの胸押し付けられてデレデレしてるクセにっ!!」

 

 こっそりと私の細い交友仲間の伝手を辿ってエ・ランテルで彼氏募集してみたのだが、やはり薬師として大成している兄とは違う。

 返ってきた手紙には『あなたの幸せを願っています』と、遠回しに拒否の言葉が書いてあるだけだった。

 まぁ気持ちは分からないでもない。何しろカルネ村は田舎だ。忌憚なく言うならばド田舎だ。今でこそ多少は発展したと言えるかもしれないが、エ・ランテルの都会ぶりから考えるならば、ド田舎以外の評価が出るはずもない。しかも、この村の住民ならば受け入れてはいるものの、一般的にモンスターと称されるゴブリンやオーガ達が和気藹々と共に生活しているなど想像すらできないだろう。正直な話、祖母がエ・ランテルに行くと決めた時はエ・ランテルで一人暮らしをしようかと考えたくらいだった。

 実際は、薬師を必要としていた領主のゴウン伯爵様が冒険者に扮して祖母と取引?したとかで、必ず行かなければならなかったらしい。私が丁度リ・エスティーゼ王都へと薬を卸しに行っている間に兄が拉致されていたらしく、その報酬という形だったらしい。とはいえ私が帰ってきた時にはいつもの笑顔で出迎えられたので、最初はただの冗談かと思って居た。

 しかしそれは本当の話で、ゴウン伯爵様が居なければエ・ランテルは滅んでいたかもしれないほどの事態だったそうだ。ここカルネ村も同じくゴウン伯爵様に救っていただいたとかで、異常なほどに忠誠心が高い。私としては『凄い人なんだなー』程度でしかないのだが。

 エンリさんの話では長身でスラっとしているかなりのイケメンらしい。本人曰く、兄さんが居なければゴウン伯爵様に惚れていたかもしれないほどだったとか。

 

「──伯爵様って側室の募集とかしてないかな」

「してないんじゃないかなぁ?」

 

 突然後ろから聞こえてきた声に振り返ると、いつの間にか兄が帰って来ていたようだ。やはり族長の──じゃなくて村長の彼氏というのは色々と苦労が多いのだろう。朝見た時よりも明らかに疲れた顔をしている。

 

「お兄ちゃん、ごはんは?」

「ん、食べて来たよ。はいこれ、エンリがフェイにって」

 

 気の利く優しい義姉は私の分まで晩御飯を作ってくれていたようだ。器を受け取るとまだ暖かい。なんというか、彼女の優しさを感じる温かさだった。兄には勿体ない位に良い女性<ヒト>なのである。

 

 

「んくんく──はぁ──美味しい──なんであんな良い女性がお兄ちゃんの彼女になってるんだろ」

「まぁ──幼馴染ってのもあるかなぁ──」

 

 義姉から頂いた食事に舌鼓を打ちながら幼馴染かぁ、と心の中で呟く。正直な話、私の交友関係は狭い。有能な兄に引っ張られる様に毎日薬師としての勉強を続けていたせいだ。青春の大半を、勉学に費やしてきたからなのだ。しかし才があるとはいえ、同じことをしてきた兄には幼馴染がおり、彼女になっている。この差は一体何なのだろうか。

 

「って、そう言えば──伯爵様が側室募集してないってマジなの?」

「確定じゃないけどさ。冒険者に扮している時もすっごい美人の女性を連れまわしているし。この前エンリがゴウン様に招待されてナザリック──あ、ゴウン様が住まわれているところね──そこに行ったんだけど、びっくりするくらい美人のメイド達を侍らせてたらしいよ」

 

 『ぐはぁ』と少女らしくもないため息を付きながらテーブルに突っ伏す。なんて夢も希望のない世の中だ。満たされたのは胃袋だけではないか。

 しかし、捨てる神あれば拾う神ありという諺がある。こう──縁の無い私に良縁を授けてくれる神様がどこかに──

 

「はーい?」

 

 村では珍しい控えめなノックに顔を上げる。誰か来たようだ。疲れている兄を酷使するわけにもいかず、気持ちを切り替えて立ち上がる。笑顔。笑顔だ。全ては第一印象で決まる。そう、ドアの向こうに神からの良縁があるかもしれないのだから。

 

「こ、こんばんわ──」

(神、居たァー!!)

 

 大して信仰心などあるはずもないのに、思わず心の中に讃美歌が鳴り響いた。なにしろドアの向こうに居たのは、まるで美少女のように可愛らしい男子だったのだ。

 彼がなぜスカートを履いているかとか、肌が浅黒くて多分ダークエルフなんじゃ?とかどうでもいい。見た目とか趣味とか種族とかそんな小さなこと、愛さえあればどうとでも超えられる。そういうものなのだ、愛。すばらしきかな、愛。

 

「結婚してください!」

「──はい?」

 

 よし、はいってOK貰ったァー!──じゃない、何を口走っているのよ私はぁ!!

 即座に訂正をして謝れば、多少苦笑した感じはするものの簡単に許してくれた。何と優しい心の持ち主なのだろうか。天使だ。私のために堕天してくれた優しき黒天使なのだ。

 

「あ、あの──ンフィーレア・バレアレさんのお家で──間違いないですか?」

「あ、はい!それ、兄です!私、妹のフェイ・バレアレって言いますっ!」

 

 少々押しすぎただろうか。苦笑いしながら若干後退りされてしまったが、帰らせるわけにはいかない。彼の腰にそっと手を当てながら中へと促した。

 

(ヤバい腰細い小さい可愛いマジ天使すぎて辛いぃぃ!!)

 

 少々強引な感じで中に入れてしまったが、そんなことは気にしていないと私に笑顔を向けながら『ありがとうございます』と礼を言ってくれる。本当に天使だ。

 

「あ、貴方がンフィーレア・バレアレさんですか?ボクはマーレ・ベロ・フィオーレって言います。アインズ様より──」

 

 ──どうやらゴウン伯爵様のお使いでウチへ来たようだ。たどたどしい口調でありながらも専門用語で兄と話し続けているため、内容が半分すらも頭に残らない。ここカルネ村に来てから薬師としては仕事をしていない──やるとしても精々兄の手伝い程度だ──ので、仕方のない話かもしれないが。しかし聞いたことも無い薬草の名前が羅列したりしているのに、なぜうちの兄はあんなに平然と対応できるのだろうか。

 

「──と、いうわけなのですが。大丈夫ですか?」

「えぇ、勿論です。多少難しいかもしれませんが、ゴウン様に頂いたご恩。それを返すためにも、全力でやらせていただきます」

 

 仕事の時の兄はとても格好良い。義姉が惚れるのも無理はないだろう。しかしその兄を前にしても一切翳らないこの天使は何者なのだろうか。マーレ君、マーレちゃん、マーレさん。さん、は遠い気がするし。ちゃん、は馴れ馴れしいかな。ここは君だよね。

 

「はい、ありがとうございます。アインズ様もお喜びになると思います」

 

 どうやら話が終わったようだ。ここで逃がすわけにはいかない。この細い糸の如き縁。ここで帰らせれば、まず間違いなくぷつりと切れてしまう。決して──ニガシテナルモノカ。

 

「では、ボクは──」

「もう遅いですし、今夜は泊まっていきませんかっ!」

「え──ちょ──フェイ!?」

 

 二人の会話とぶった切る勢いで大声で静止させた私を二人が見つめて来る。突然何を言っているんだと顔を青くしながら凝視してくる兄と──

 

「え、でも──」

 

 思わず抱きしめたくなるほどに尊い顔で私を落そうとしてくる──天使だ。あぁ、尊い。

 

「大丈夫です、お兄ちゃんは今からお義姉さん──エンリさんの所に泊まりに行きますし──行くよね?」

 

 半分泣きそうな顔で首を横に振り続ける兄を、殺す勢いで睨みながら小声で行けよと言う。妹公認で夜這いに行けと言っているのだから嬉しいだろうに、なぜ涙を流すのだろうか。嬉し涙だろう、きっと。

 

「あの、でも、ボク──」

「わたしっ!マーレ君とお友達になりたくて、もっと──あなたの事を知りたいし。──それに!私、ゴウン伯爵様の事を全然知らないから──」

 

 今まで培ってきた相手の表情を見る力を最大限に生かしながら押していく。どうやら彼は相当伯爵様を慕っているようだ。伯爵様の名前が出た瞬間、明らかに表情が変わったのだ。ここだ、と一気に畳みかけていく。

 

「今夜、ゴウン様の事──いろいろ教えてくれませんか?」

「はい、ボクでよければ──是非!」

 

 『いよっしゃぁ!!』と、心の中で勝鬨を上げた。そう、勝ったのだ。私は。

 マーレ君との小さな縁を、少しだけだが太くすることが出来たのだ。

 

「じゃ、お茶──入れなおしますね」

 

 喜色満面でテーブルを片付けていく。何故か渋る兄の尻に、マーレ君に見えない様に蹴りを入れながら。さっさと行けよ。上手くいけば今夜私は大人の女性の仲間入りするんだから、邪魔しないで欲しい。

 

 

「えっと、何から話そうかな──」

「最初から──うん、最初から。マーレ君とゴウン様の出会いからが良いなっ!」

 

 未だに行かぬ兄を蹴り出して扉を閉め、マーレ君の隣に座る。まだ触れてはいけない。早まってはいけない。ゆっくり、じっくりと──

 

 

 

 

 

「──と、いうことがありました」

「ほぉ──」

 

 俺は執務室で、マーレに頼んでいた件について話を聞いていた。新しいポーションについての話だ。多少は詳しいだろうとマーレに頼んだのだが、これが意外と良かったようだ。

 お陰で仔細を詰めることが出来たようで、これからの結果に大いに期待できるだろう。

 

「──どうした、マーレ」

「いえ、その──」

 

 どうしたのだろうか。珍しく口を濁している。言い難いことがある。というより、言い辛い感じだろうか。どういうわけか、少しばかり顔が赤い。

 聞く俺に対し、言わないのはいけないと思ったのだろうか。決心した顔をすると、マーレは口を開いた。

 

「あの、ポーション作成に携わっているンフィーレア・バレアレに妹が居ますよね」

「あぁ、フェイ・バレアレ──だったか。その者がどうかしたか」

 

 家族丸ごと連れてこないと面倒な事が起きたときの対処が面倒だからという理由で一緒に引っ越させた子だ。別にそれ以上の理由はなく、護衛の対象にも入れていない。

 

「はい、アインズ様の事について聞きたいと言われまして──」

「ふむ──?」

 

 そういえば、その子は俺がクレマンティーヌ達を下した時には居なかったのだったか。終わった直後辺りに帰ってきて、それから事情を聞いて一緒にエ・ランテルからカルネ村に向かったとか。たしかそんな感じだったはずだ。

 

「そうか、バレアレ家の中で唯一私との面識がなかったな」

「はい、そのようで──色々聞かれましたが──宜しかったでしょうか?」

「構わぬ。私に悪意を持って居たのではないことは、お前を見ればわかるからな。何も問題はない」

「そ、そうですか──」

 

 明らかに安堵した様子でマーレが、ほっとため息を付いた。

 

「マーレよ。お前は私の事を思い、良かれと思って行動したのだろう。それは素晴らしい行いだ。何ら悪いことも、恥ずべきことも無い。むしろ私は嬉しいぞ」

「う、嬉しい──ですか?」

「あぁ、勿論だ。お前の成長を感じることが出来たのだからな。それを喜ばない筈も無いだろう」

「あ、ありがとうございます──」

 

 相当恥ずかしいのだろうか。マーレは顔を真っ赤にしながら深々と頭を下げた。

 

「──それで、その子の事をどう思った」

「は、はい。とても好まし──じゃなくて、良い子であると思いました。アインズ様への忠誠心も申し分なく──」

「ふふ──よい。蛇足であった。お前がそのような顔をするのに、悪い者であるはずがなかったな、許せ」

「い、いえ!と、とんでも──ありません」

 

 人とのコミュニケーションは心を成長させる要因の一つである。と、誰か言っていたが誰だったか。たぶんウルベルトさんかタブラさん辺りだったと思うが。

 そんな取るに足らない人間であったとしても、マーレの心の糧になるのであれば大事にせなばならないだろう。

 

「ルプスレギナにはその子も護衛の対象に入れる様に伝えて置こう」

「ご配慮、ありがとうございます、アインズ様」

「それとだ、マーレ」

 

 マーレにはアウラと共にバハルス帝国について調べて貰っていたが──アウラだけで大丈夫だろうか。手の空いたものにフォローを入れて貰えばいけるだろう。それよりも、マーレの成長だ。さて、何と言おうか。

 

「なんでしょう、アインズ様」

「うむ、マーレよ。お前には新たな指令を命ずる。これを最優先とし、バハルス帝国についてはアウラに一任とする」

 

 とりあえず周りを埋めながら考えていく。マーレが成長できるように。ただ命令を聞くだけの配下でなく、ただ言われたことしか出来ぬ人形でなく。自分で考え、自分で行動する一人となれるように。彼は大事な──ぶくぶく茶釜さんの子供なのだから。

 

「マーレ。お前はこれより、カルネ村との連絡係を行え。ンフィーレアのポーション作成について密に連絡と情報をとりあうのだ」

「は、はい。了解しました」

 

 さて、ここからが重要だ。頷くマーレを見ながら、わざとらしく咳を一つ。喉がないのだからする必要もないのだけれど。お陰で俺の咳を聞いたマーレが不思議そうに、きょとんと首をかしげてしまった。

 

「マーレよ。ンフィーレアとの仕事のついでに、そのフェイという娘と交流を行え」

「えっ──」

 

 マーレが驚きを隠せず目を見開いた。何故そう言われたのか分からないのだろう。まだまだ成長が足りない。逆を言えば、成長させられる余地があるという事だ。だが、心を成長させるためにその娘と交流しろと言われても何が何だか分からないだろう。

 

「んんっ!マーレよ。お前はその娘に私の事を聞かれたと言ったな」

「は、はい──」

「私の事をどれだけ伝えられた。全てではないだろう。私の事を語るには、一晩で語り尽くせる筈がないのだからな」

 

 マーレがどうかは分からないが、前にアルベドやデミウルゴスに聞いてみたら『最低でも一ヶ月はかかる』と言われてしまって居る。一体一ヶ月も何を語り続けるのか、あの時は興味よりも恐怖が勝ってしまった。流石にそこまでは行かずともマーレも一日で語り尽くせるということは無いだろう。きっと、多分。

 

「は、はい!それは当然です!」

「そ、そうか。当然なのか──」

 

 俺の話は一晩では語り尽くせないのが当然なのか。俺自身が語ったら一時間も掛からない気がするのだが。

 

「んんっ!それでだな。私の事を上手く、正しく、正確に伝えるのだ。出来るだけ、時間をかけてな」

「な、なるほど。アインズ様の素晴らしさを宣伝すれば良いのですね。わかりました!」

 

 嬉しそうに頭を下げるマーレを見て、本当にこれで良かったのだろうかと疑問は残る。しかしこれはあくまで切欠である。俺の話を糧に、コミュニケーションを続けてもらう。それによってマーレの心の成長を促すのだ。

 

「急がず、ゆっくりとで良い。大きくなるのだぞ、マーレ」

 

 嬉しそうに出ていくマーレの後ろ姿を見ながら、そっと呟く。まるで、息子の成長を願う父親の気分だった。

 

 

 

 

「えぇぇぇぇ!? アンタ!人間と交際するですってぇ!しかも、アインズ様がお認めになったぁ!?」

「う、うん。頻繁に会えないだろうからって、わざわざ配置換えまでして頂いちゃった」

 

 ボクは嬉しくなって、真っ先に姉のところに飛んで行った。バハルス帝国の事を独りでやってもらわないといけないこともあり、少しばかり後ろ暗く感じたからというのもあるけれど。

 

「で、でも交際ってほどのものじゃなくって──ただの友達で──」

「何言ってるのよ。あんたの顔を見ればわかるに決まってるでしょ──くはー!弟にも春が来たかぁー!!」

 

 春と言っていいのだろうか。百年すら満たない、たった数十年で散ってしまうものだというのに。

 僕の大好きなアインズ様の事が、同じく好きな子だったってだけで。そういう特別な感情があるわけではない。はずだ。

 

「んふふ。いいよいいよ。どうせバハルス帝国にはプレイヤーは居ないって確定してるし」

「え、いつの間に──」

「ちゃんとジルに確認取ってるし、裏も取れてるからねー」

「だから、いつの間に──」

 

 ジルってたぶん帝国のトップの名前だよね。いつの間に仲良くなったのだろう。シャルティア辺りから魅了の魔法でも使ってもらったのだろうか。

 

「まっ、バハルス帝国については──この有能なお姉ちゃんにまかせなさーい!アンタは、向こうで頑張りなさい、ね?」

「う、うん。ありがとう。お姉ちゃん」

 

 ふと思ってしまう。もしかして、お姉ちゃんにも春が来たのかって。お姉ちゃんが皇帝の妻になれば、それはイコールバハルス帝国がアインズ様のものになるという事なのだし良い事尽くめなのだけれど。

 まるで太陽のような笑顔を向ける眩しい姉にボクは目を細め、笑った。

 

 

 

 

 

「あの、本気で付き合う気なの?相手はゴウン様の直属の配下の方で、ものすっごい偉い人なんだけど──」

「だからなに?だからどうした?その程度の事で委縮するほど私は甘くないのっ!この縁を!確実にする!そして、彼氏を!旦那様を!ゲットするの!!」

 

 行商人から奮発して買った姿見で格好をチェックしていく。笑顔、よし。私、可愛い!

 後ろであまりのことに苦笑が硬直して歪み始めている兄を睨み、両肩を掴む。むしろ、握りしめた。

 

「あの、フェイ?」

「わかる?お兄ちゃん。私にとって、これはラストチャンスなの。これを逃がしたら一生結婚できないの」

「そんなのわかるわけが──」

「乙女なめんなぁ!分かるのよ!私の人生は、マーレ君と一緒に歩むためにあ・っ・た・の・よ!」

 

 両肩を掴んだまま力の限り前後に振る。相変わらずのモヤシ体形の兄は成すが儘に、振り子の様に揺れた。こんなにヘッポコなのに、なんで義姉は惚れたのだろうか。

 

「っと──はーい!」

 

 控えめのノック。彼だ。何やらゴウン伯爵様が私とマーレ君の縁を応援してくれているのか、この村との連絡係に配置換えしてくれたらしい。お陰で毎日の様に彼に会うことができる。マジ神。ゴウン様って、実は神様なのではないだろうか。天使マーレ君を遣わせた神様。ありがとう神様!

 

「こ、こんにちわ、フェイ──ちゃん」

 

 ドアの隙間からこちらをうかがう様にそっと覗く可愛い彼が私を笑顔にしてくれる。私は最高の笑顔で彼を迎えられているだろうか。

 必死に訂正を重ねる事、数十回。なんとか私の名前の後に『ちゃん』を付けることに成功した私は、名前を呼ばれる度に天にも昇る気分になる。今度しっかり昇れたらゴウン様にお礼を言わないといけない。

 

「こんにちは、マーレ君。今日もゴウン様のこと、聞かせてねっ!」

 




というわけで、フェイとマーレのお話でした。
この設定は最初から決めていたことです。フェイを出そう。よし、誰かとくっつけよう。マーレ良いんじゃ?って感じで簡単に。
web版はさっと読んだだけなので、フェイちゃんの性格はほぼオリジナル状態だと思います。口調とか祖語とか一切気にせず筆の向くままに書ききりました。
私のSS独自のオリキャラだとでも思ってください。どうせ外伝にしか出まs……ゲフンゲフン。

花の命短し恋せよ乙女。
本当に、爆走して頂きました。正直なところ、ここまでぐいぐい来る子でないとうちのマーレは落ちませんので。

というわけで、面白いと思ったらもう一度L田深愚様へ敬礼しましょう。
Wenn es meines Gottes Wille!って感じで。


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お題目短話-5 ナーベラル・γの帝国による被監視報告書

雲弧亭糞太郎様からのお題目
『ナーベ』『バハルス帝国』『金稼ぎ』を元に作成しました
まずは雲弧亭糞太郎様に二礼二拍手一礼してから読みましょうっ

御利益あるかもしれませんよ?


 ガタガタと乗合馬車が揺れる。何もない平原にうっすらと城壁が見えてくる。走れば数分も掛からない距離を、数日も掛けてゆっくりと馬車で行くのはなぜなのだろうか。

 今回の目的地であるバハルス帝国帝都アーウィンタールへと進む馬車に揺られながら私は静かに考えていた。

 

 

 

 

「バハルス帝国、ですか?」

 

 数日前、私は元々の活動拠点としていたナザリックにほど近いエ・ランテルの街に戻ることとなっていた。表向きは冒険者を続けるために。モモン様と別れて先にエ・ランテルにて仕事をするという体である。

 

「そうだ。表向きは金策──金を稼ぎにな。多少大きいとはいえ所詮エ・ランテルは街だ。それにリ・エスティーゼ王国自体、金の回りが悪い。そういう意味でバハルス帝国に行くのは何ら不自然ではない」

 

 簡単な討伐などをやって時間を潰しておこうと思った矢先、ナザリックにてアインズ様より下された命令は『バハルス帝国へ行け』であった。

 

「──ふむ。なるほど。そういう理由ですか」

「──?」

 

 アインズ様の本来の理由を察したのか、アインズ様の巨大な机の隣に立っていらっしゃるデミウルゴス様がしたり顔で頷いている。同じくアインズ様の隣に立っていらっしゃるアルベド様も微笑みながら頷いておられる。

 つまり金策はあくまで表向きの理由であり、本来の目的が何かあるという事なのだが。

 

「あの──それで私は何をすれば──」

「あー──だから、金策だ。金を稼ぐのだ。冒険者として」

「表向きは、ですね。アインズ様」

 

 金を稼ぐ。先日行われたデミウルゴス様扮する悪魔ヤルダバオトがリ・エスティーゼ王国に襲撃を行った時に、不正に金を貯めていた所等から金品を奪っている。この世界の通貨はそれなりに貯まっている筈である。つまり、早急に金を稼ぐ必要はないと思われる。なのに、金を稼ぎに行かねばならないのか。理解が出来ない。

 あくまでこの世界の通貨を入手するのは、ナザリックにある金貨が外に流出するのを防ぐという意味合いが強く、不必要に集める必要も無かった筈なのだ。

 しかしその疑問を口にすることはできない。私に命令した相手は絶対的な存在であり、敬愛すべき存在である。なにより私が理解できないというだけであり、その命令に何ら不都合は無いはずなのだから。

 

「私は──バハルス帝国でお金を稼げばいいのですね」

「うむ、その通りだ。頑張るのだ、ナーベラル・ガンマよ」

 

 

 

 

 

「はぁ──」

 

 今回の命令には何か裏がある。しかし、私には期待して頂けていないのか、その裏──命令の本質を教えては下さらなかった。聡明なお二方であればあれだけの情報で察することは出来るのかもしれないが、戦闘メイドたる私程度では察することも出来ない。

 口から零れるため息を噛み殺しながら視線を上げる。巨大な城門が視界一杯に広がり、その下を通る景色は圧巻の一言である。

 あくまで一般的な感想を言うのならば、という前提がつくが。

 

(なぜこんな脆い材質で拠点を囲っているのか全く理解できないわ──)

 

 魔法の一発、物理の一撃。どちらにしてもたったの一回で大穴を開けることなど容易いただの石を積み上げただけの壁。一体何の意味があるのだろうか。ゴブリンやオーク程度ならば防げるだろうが、アインズ様がモモンとして一撃で葬られたギガントバジリスクの一撃すら守れるのか怪しい。

 

「どうだい嬢ちゃん。凄ぇだろ?」

「そうですね」

「これが、帝都自慢の巨門さ!」

「はあ」

 

 今回の命令には何かしらの意味がある。私が好き勝手に暴れていい事案ではない程度には理解しているつもりだ。そのため、不必要に事を荒立てるわけにもいかない。

 例え、不躾に延々と話しかけてくる五月蠅い羽虫が居たとしても、だ。

 

「ご利用ありがとうございましたー!」

 

 馬車が停留所らしき広場で止まる。大したものすらない閑散とした場所。ただただ人が多いというだけの場所だ。

 

(もし好きに暴れていいと許可を頂けたなら、ルプスレギナ辺りを連れて来たら喜びそうね)

 

 あくまで『もし』だ。基本方針は人間とは敵対しないことになっているからこの許可が下りる可能性は限りなく低いだろう。だから『もし』である。

 乗車確認の割符を係員らしき人物に渡し、人込みから離れる。煩わしい。なぜこんなにも脆弱な者が溢れ返っているのか。少しばかり間引きしたほうが良いのではないだろうか。

 しかし行動に移すわけにはいかない。私はナーベ。漆黒の英雄たるモモンのパートナー。つまり、英雄の仲間なのだ。そう心に言い聞かせる。あまりにも面倒が過ぎるがアインズ様の命令なのだから。

 

(前の世界にも英雄と呼ばれた存在は大量に居たわ。至高の四十一人にすらも匹敵する者、コキュートス様やシャルティア様ですらも届かない境地に居た者も。でも──)

 

 ゆっくりと帝都へと視線を巡らせていく。

 その辺りに居るのは脆弱で惰弱な虫でしかない。英雄と呼べるものも、強者と呼べるものも居ない。しかしゼロではない。王国にエントマを撃退した冒険者が居たように、この帝国にも──

 

「もしかして、それが理由──?」

 

 確かにあの吸血鬼は王国の冒険者だった。ならばこの帝国でもその強者と呼べる者が冒険者をやっている可能性がある。もし冒険者をやっていなかったとしても、その者の情報は集められる可能性が高い。

 

「でも──」

 

 その程度ならばシャドウデーモンやドッペルゲンガーでもやれる事だ。戦闘メイドプレアデスの一人である私がわざわざやるようなことではないと思う。であるならば、もっと重要なことがあるはず──

 

「そこの貴方。あなた、帝国の人間じゃないわね」

 

 不意に呼ばれ、後ろを振り返る。明らかに他の者たちとは違う服装。いや、鎧を着こんでいる。前情報として貰って居た帝国兵の──特に上位の者のみが身に着けている者だと気付けたのは、私を呼んだ女と視線が合った時だった。

 

(迂闊──)

 

 その女は私に対する情報を何一つ持って居なかった筈だ。この人込み。決して帝国の人間だけではない。つまり、私以外にも帝国民以外の者がここには大量に居る。だというのに振り返ったのは私だけ。

 その結果に満足しているのだろう。女は悪意に満ちた満面の笑みを浮かべていた。

 

「あらあら、可愛い顔ね。まるで作り物みたい」

(私が──ドッペルゲンガーであることすら看破している──?)

 

 アインズ様には、決して人間を侮るなと何度も言われていたというのに。そもそも今回私が単独行動しているのも、ヤルダバオトとモモンが内通しているという噂が王国にあったからなのだ。そのためモモンであるアインズ様は王国から出ることはできないのだから。まさか私が人間ではないことすら簡単に看破する人間がこんなところに居るとは。全くの不覚である。

 

(──殺す?いや、それこそ相手の思うつぼだとアインズ様はおっしゃっていた。接触した後に死んだとすれば、その接触した相手──元々疑わしかった相手が犯人であると状況証拠を突き付けられることになると。どうする?)

「随分と警戒されたものね。別にとって食いはしないわよ。私は帝国四騎士の一人。『重爆』の二つ名を頂いているわ。レイナース・ロックブルズよ」

 

 簡単に自分の名と立場を言いながら私に近づいてくる。この女、私が人間でないことを確信しているのは間違いない。でなければ一々自分の立場をひけらかす必要などありはしない。自分の立場を私に知らせること。それはつまり──

 

(私は既に帝国にマークされているということ?)

 

 にこやかな笑顔のまま、女が私の手を取る。払いたければ好きに払えと言わんばかりに弱い力で。しかし動かないわけにはいかない。まだ決定的な証拠は無いのだから。まだ、完全に黒だと確信している筈は無いのだから。

 アインズ様曰く、確定しているならば捕縛なり殲滅なりしてくるはずだと言って居た。しかしわざと仲の良い振りをして近くに居ようとするのは相手の情報を引き出すのと同時に、相手にボロを出させるためだと。つまりこの女は私がボロを──自分を殺すことを狙って居るのだろう。

 

(危なかった──アインズ様に事前に情報を頂いて居なければ、私は大して考える事無くこの女を殺していたわ)

 

 弱いながらも、女は私の手をぐいぐいと引っ張っていく。一体どこへと連れていかれるのか。詰所か、牢屋か。いや、確定してないうちは捕縛しないはずだ。だとするならば、と思いながら引っ張られて10分程度。視線の先にあるのは見るからに汚らしい場所であった。

 

「ここ、私のお気に入りなのよ」

(雑臭が酷い。劣悪極まりない臭いね)

 

 頭の中にざらざらと臭いに関する情報が流れてくる。特に腐敗臭と黴臭が強い。アルコールと腐りかけた果物の臭い。これは人間であれば吐くのでは──

 

(しまった──!)

 

 気付けば女は私の方を見て居る。この場に慣れているこの女は我慢できるだろうが、そもそも帝国民ではない──この臭いに慣れていないであろう私はこの臭いに顔を顰めたり、吐くのが普通だろう。人間であるならば。

 『にぃ』と女の顔が歪む。全てが確認だったのだ。

 

「す、凄い臭いですね。あまり嗅ぎ慣れてない不思議な臭いです」

「あらそう?帝国の果物は匂いが強いものが多いけれど、とっても美味しいのよ」

 

 苦し紛れに話す私に、女はまるで何事も無かったかのように笑顔を向けて来る。そして不意に引っ張られた。二度の失敗は無い。私は突然引っ張られてバランスを崩したかのように見せかけてたたらを踏んだ。

 まるでそれを予測しているかのように、滑るように私の身体が運ばれていく。私が抵抗したら一体どんな状況になったのか。想像するだけでも恐ろしい。

 

「さ、着席っと」

「わ、わ──」

 

 慌てふためき驚いたふりをしながら、誘導されるままに席に着く。視線に映るのは──

 

「おぉ、かなりの美人!」

「ちょっとデレデレしてるんじゃないわよ、リーダー」

「──見ない顔」

「帝国では見ない顔ですな」

 

 見知らぬ男女四人。

 

「はい、新人さんよ。王国ではアダマンタイト級冒険者なんてお高くやっていたみたいだけれど、色々教えてあげてね」

 

 この四人とよろしくしろということなのか。自分の息のかかった子飼いの冒険者に。まるで蒼の薔薇を監視につけられたモモン様のようだ。しかしモモン様の状況とは違う。

 視線を女の方に、見上げるように向ける。そこにはとても嬉しそうな、暗い笑みを浮かべた女が居た。ちらりと隠れた顔半分が見える。ぐちゃぐちゃと音を立てるそこが。

 

(あれは呪いか。だとするなら恐らく自分に呪いをかけて、攻撃した相手に移すタイプ──攻撃してきた相手をカウンターで呪い、腐らせる呪いね。しかも恐らくドッペルゲンガーにも効くタイプを)

 

 やはり、女は私を知っていたのだ。最初から。だからこんな回りくどい行動をやっていたのだ。

 私が抵抗するなら呪いで対抗し、抵抗しないなら監視を付ける。全てこの女の掌の上で踊らされたわけだ。だとするならば、今アルベド様達に連絡を取るのは愚策。

 

(アインズ様達はこれら全てを察しておられた。だから、私がここでやるのは金策。金を稼ぐこと。つまり、冒険者として真っ当に動くこと。そういうことだったのですね、アインズ様)

「私の名はナーベ。チーム漆黒のアダマンタイト級冒険者よ」

 

 

 

 

 それから、一ヶ月が経った。あのフォーサイトとかいうワーカーチームは随分と勤勉に私を監視し続けている。まるで私が仲間だ、友達だと言わんばかりに馴れ馴れしく。

 結局アルベド様に連絡を送ることも出来ていない。常に監視の目があるのだ。アインズ様はこの現状を予期なされていた。であれば、監視の目を潜れるアイテム等を使ってまで連絡する必要はないだろうと思い今まで連絡できないでいるのだ。

 

(もう一ヶ月。そろそろアルベド様に連絡を取らないと──)

「ナーベさーん、起きてますかー?」

「ちっ──起きています」

 

 そう思う私に気付いているのか、凄まじいタイミングでドアがノックされる。思わず舌打ちが出たとしても仕方ないだろう。しかし恐らく舌打ちは外に居る人間にも聞こえている筈。私がボロを出すのを今か今かと待ち受けているのだから。

 

 

 

 

 

 

「《エレクトロ・スフィア/電撃球》」

 

 ナーベさんの魔法がモンスターたちの中央へと放たれる。第三位階魔法だ。第三位階魔法の筈だ。だというのに全く違う魔法を見て居るかのような錯覚を覚える。

 

「すげえ──」

 

 思わずため息交じりに声が漏れる。明らかに他ワーカーが使う魔法とは練度も速度も完成度も違う。まるで大人と子供だ。普通のマジックキャスターといえば必死になって魔法を放つ姿が普通だと言うのに、まるでお茶を飲む合間に放っているかのように自然に撃っている。

 

「これが王国のアダマンタイト級冒険者かぁ──やっぱ格が違うな」

「一緒に組んでくれているのが不思議なくらいね」

「──お陰で最近の稼ぎがすごいことになってる」

 

 オークたちの死亡確認を行った後に部位を切り取りバッグに入れる。この程度ははした金と見て居るのかナーベさんが行うことは無い。やはり金策と言っていたけれどほかに何か理由があって帝国に来ているのだろうか。

 

 

 

「つうわけでさ、どう思う?」

 

 その夜、いつもの酒場に集まってのいつもの会議。ちなみにナーベさんは、誘ったのだが早々に宿に戻ってしまった。

 

「アンタ、バカね」

「──言っていいことと悪いことがあると思う」

「あまり良いことだとは思えませんな」

 

 こう、影のある女性だとは思って居た。しかしここまで言われるほどの事なのだろうか。

 

「でもなぁ、気にならねえか──」

 

 

 

 

 

 

『──なんで第三位階魔法までしか使えないことにしてるか、とかさ』

「っ!?」

 

 酒場の二階にある部屋から《ラビッツ・イヤー/兎の耳》を使って奴らの話を聞いて居た身体が思わずびくりと震えた。まさか第三位階魔法までしか使えないというのが嘘であった事までバレていたとは思ってもみなかったのだ。

 

『──だから、わかった?』

『なるほどなぁ──』

(しまった──)

 

 驚きで集中が切れたからだろう。元々一階の酒場は非常に騒がしいのだ。そのせいで大事な部分が聞こえなかった。一体何の話をしていたのか。必死に話を繋げようにも、既に話題は大して意味のあるものとは思えない支離滅裂なものになっていたのだった。

 

 

 

 

「はぁ──ダンジョンですか?」

 

 それから数日。私は大した情報を得ることもなく、アルベド様に報告することも出来ないままに無為に日々は過ぎて行った。

 そして大して狩りに出る事無く昼も過ぎた、夕飯にはまだ早い時間。私は凄まじい情報を手に入れることが出来ていた。

 

「えぇ、ワーカー全員に募集がかかっているんです」

「出所は大丈夫よ。どうやら国が絡んでいるらしくてね、金払いもバッチリ」

 

 なぜ敵だと思って居る私にこんな情報を漏らすのか。確かに耳をすませばその情報がそこかしこで話されている。人の口に戸口は立てられぬと至高の御方はおっしゃっていた。どんなに情報を隠匿しようとしても、漏れるものだと。であれば、さっさと情報を渡せばいいと思って居るのか。いや、違う。

 

「ナーベさんも行きませんか?かなり美味い仕事だと思いますよ」

 

 これは踏み絵だ。

 何といえばいい。興味がない?金策していることになっているのに美味い仕事に飛びつかないのは何故かと疑問を持たれるだろう。

 リスクが怖い?アダマンタイト級冒険者として名を売っているのにそんなに臆病で良いのか。

 

「────行きます」

 

 結局選択肢など無かったのだ。断れないのを知っていて、私に二択を迫ったのだ。

 私にできることは、この情報をナザリックに伝えることくらいだ。もうアイテムが勿体ない等と言って居る場合ではない。

 

 

 

 

 

「どうしたんだ、ナーベさん。なんか妙に鬼気迫ってたけど」

 

 一緒に件のダンジョンに行ってくれる事となりほっとしたのも束の間。突然鬼気迫った表情でどこかへと行ってしまったのだ。

 部屋に戻るわけでもない。用を足しに行ったわけでもない。何も持たないままに外へと出て行ったのである。

 気になって立ち上がろうとするも肩を掴まれ、力任せに座らせられる。

 

「いって!もうちょっと、こう──やさしくなぁ──」

「アンタがデリカシー無さすぎるからでしょうが」

 

 痛む肩を擦りながら座りなおす。イミーナには何故いったのか分かったのだろうか。

 

「アンタだって聞いてるでしょ。アダマンタイト級冒険者チーム漆黒。常時ペアで動くペアチーム。ペアのお相手は王都から動かない。そして、王都ではついこの前悪魔に襲われて被害を受けた」

「──もう一つ言うなら、その悪魔を撃退した男の名前がモモン。つまり、漆黒のリーダーであり、ナーベさんのパートナー」

「あぁ!!」

 

 つまり王都で悪魔退治をやったが大怪我を負った仲間の治療費をこっちに稼ぎに来ていたわけだ。

 

「恐らく第三位階魔法までしか使えないって嘘をついているのもそのためね。第六位階魔法とかそれ以上使えるってバレたら、まず間違いなく帝国から出られなくなるもの。そのモモンさんって人も王都で英雄って呼ばれているらしいわ。そうそう帝国に来ることも出来ないのではないかしら」

「普段から気を張っているのもそのせいでしょうな。仲間の危機。急いで金を工面しなければならない状況。物見遊山に日和っているわけにはいかなかったでしょう」

「なるほどなぁ──あ、じゃあ今急いで出て行ったのも」

「──お金の工面の都合が出来た。その報告」

 

 あぁ、確かにと頷く。確かにそんな状況ならば急いで報告したくもなるだろう。であれば俺たちが出来ることは一つ。

 

「じゃあ気張りすぎないよう、帰ってきたナーベさんを温かく迎える、だな!」

「短い期間とはいえ一緒に仕事した仲ですからな」

「アンタ絶対ニヤニヤしそうだから気をつけなさいよ」

「──笑ったら吹き飛ばし決定」

 

 おいおいそりゃないぜと俺は大声で笑った。この一件が終われば大金が転がり込んでくる。ならばもう、冒険者をやる必要は無くなってくるかもしれない。恐らく今回の一件が終わればナーベさんは王都に、漆黒チームとして戻るだろう。つまり、今度の仕事が彼女との最後となるわけだ。

 

「よっし、頑張ろうぜ!みんな!」

「相変わらず熱いわねぇ、アンタ」

 

 

 

 

 

 

 

「監視の危険があり、直接報告となりましたことを謝罪いたします」

 

 どうやっても監視の目を潜ることが難しいと、疑心暗鬼となっていた私は結局、ナザリックに直接報告に来てしまって居た。見たところアインズ様もいらっしゃらない。恐らくアインズ様も監視の目が厳しいのだろう。

 

「監視の目が厳しい中、よく情報を持ってきました。貴方は続けて詳しい時期や規模を調べてちょうだい。くれぐれも、尻尾を掴まれない様になさい」

「はっ!」

 

 アインズ様は大丈夫なのだろうか。色々と思うところがあるものの、そんな私の思いなどアルベド様の想いに比べれば小さいもの。アルベド様がこうやって落ち着かれているならば、私が慌てるなど以ての外。

 

 

 何よりも──

 

「ナーベさん、お疲れ様です!」

 

 こうやって私の監視を続ける羽虫に愛想というものを振りまきながら頑張らないといけないのだから。

 

 

 

「くぅーっ!ナーベさんって無愛想だよなぁ──だが、それが良い!」

 




というわけで、ナーベさんの帝国のお話でした。
もっと軽い感じにする予定でしたが──やはりナーベはド真面目ですから。
ド真面目に明後日の方向向いてバカやってるのが似合いますね。


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お題目短話-6 Re:ガゼフ

とめいとう様からのお題目
『ガゼフ』『2週目』『アインズと出逢う』ですっ

このお話はモモです!ではなく、本編のガゼフ様です。
つまり、アインズ・ウール・ゴウン魔導王と戦い、死んだガゼフ様です。
さて、彼が行った2週目の世界は──


──私は今どこに居るのだ。

 

 暗く、深い。意識が沈む。眠りとも違う、揺蕩う自身を無意識ながら認識していく。

 意識が浮き上がらない。夢とも違う。目を開けようとするも、周囲が暗すぎて目を開けているのかいないのかすら分からない。

 だから、一つづつ確認していく。

 

──私は誰だ。

 

 私は戦士長。王国戦士長。ガゼフ。ガゼフ・ストロノーフ。

 

──ここはどこだ。

 

 暗い。分からない。

 

──なぜここに居る。

 

 分からない。

 

──では、何をしていた。私は何をしていた。

 

 戦って居た。

 

──誰とだ。

 

 ゴウン殿。最強のアンデッド。オーバーロード。アインズ・ウール・ゴウン魔導王殿。

 

──戦ってどうなった。

 

(あぁ──そうか)

 

 そして気付く。自分は死んだのだと。では、ここは恐らく死んだ者が来る場所。死後の世界というものなのだろう。

 私は、負けたのだ。私は、死んだ。ゴウン殿と戦い、負けて、死んだのだ。

 一瞬思い浮かぶ。ゴウン殿は自分との約束を守ってくれただろうか。我が命を以て、我が死を以てこれ以上の蹂躙を止めて貰えるように、と。

 そして、ゆるりと頭を振る。ゴウン殿は悪ではなかった。ゴウン殿は誠実であった。ゴウン殿は聖人ではない。しかし、正面から、心から願えば応えてくれる誠実な存在であった。で、あれば。

 

(これからの王国にはブレインやクライム君が居る。もう、何も──憂うことは無い)

 

──本当にそうか?

 

 いや、憂いなど掃いて捨てるほどある。しかし、それを成す事はできない。私は死んだのだから。

 

──本当にそうか?

 

 もう一度問われる。本当に私は死んだだろう。しかしそれは終わりを意味するのかと。

 ゴウン殿はアンデッドであり、死すらも超越したものであると言って居た。他者の生死すらも容易く操れる存在であると。死など状態異常の一つでしかないと。

 あの時は私は死んでも良いと思って居た。私の命一つで王国が救えるのであれば、捨てるのは惜しくないと。

 しかしそれは個人的な見解だ。ゴウン殿は私を欲していた。我が配下に成れと。では死した私をどうにかしようとするのではないか。

 幾つもの疑問が折り重なっていく。そして、その疑問が正解だと言わんばかりに身体が浮き始める。

 覚醒の時が近付いてきている。ゆっくりと目を開ければ、浮き上がる先に光が見えた。

 起きた時にまず何をしようか。ブレインやクライム君。いや、まず陛下に謝らなければならないだろう。そして、ゴウン殿に──

 

 

 

「ここは──」

 

 見慣れた天井。慣れた感触。ゆっくりと起き上がる。視界に入ってくるものは何一つ変わっていない。ここは、自分の部屋だ。

 ゆっくりと見回す。何も変わっていない。いや、詳しく見れば何点か無いものがある。最近買った物が幾つか。そして他にも。ブレインの私物だ。相変わらず私の部屋に置き続けていたブレインの私物が無い。私が死んだ後に持って出て行ったのだろうか。

 確か、と着替えながら頭を巡らせる。そうだ、確かブレインはラナー姫様のお抱えの兵士になったのではなかったか。であれば、私が死んでいる間に私物を持って引っ越してしまって居る可能性が高い。

 部屋のドアを開ける。視界に入るテーブル。椅子。キッチン。少しだけ汚れた部屋。男の部屋だ。もう少し片づけた方が良いかと思ったのは、何かしらの心境の変化があったからなのかもしれない。

 ドアを開け、外に出る。まだ日も出ていない早朝。何も変わらない日常の朝。平和な朝だ。ゴウン殿は約束を守ってくれたのか。仮初とはいえ、王国はこの平和を享受出来る選択ができたわけだ。

 

「ほっほっ──」

 

 まだ人が疎らな街並みを駆けていく。街並みが一望できる所へと向かうために。身体が軽い。死んで生き返った後とは思えない程に。

 軽い足並みで階段を上っていく。まるで背中に羽が生えているかのように。

 階段を瞬く間に登りきると、視界一杯に王国の街並みが飛び込んできた。私の好きな景色が。どこも壊れておらず、美しい城下町が。守っていかねばならぬ美しき国が。

 

「んっ──んー!!」

 

 ゆっくりと深呼吸をして伸びをする。身体に不調は無い。流石はゴウン殿と言うべきなのか。あまりの一瞬の戦闘であったため、身体が壊される事無く死ねたのはある意味僥倖だったのかもしれない。むしろあの戦闘の前よりも体調が良い気がする。

 

「早いな、ガゼフ」

「ブレイン!」

 

 どれだけ街並みを見続けていただろうか。後ろから声を掛けられて振り向けば、ブレインが階段を上ってきていた。私の隣に立つブレインの姿に隙は無い。私がどれだけ眠っていたのかは分からないが、明らかに強くなっているのが見て取れた。

 

「強くなったな、ブレイン」

「おいおいどうした、ガゼフ。そんなにしみじみと」

 

 昇る朝日に目を細めながら笑う。心配をかけた。迷惑をかけた。そんなことはどうでもいいと、そう言ってくれているような、そんな笑顔だ。

 

「──すまない。少しばかり感傷的になっていたようだ」

「気持ちいい朝だからなぁ──」

 

 勝手に死んですまなかった、そう口にしそうになる。しかしブレインが望む言葉はそこにはない。私はどうなるのだろうか、いやどうしたいのだろうか。私は王国戦士長だ。国を捨てることはできない。つまり、どんなことがあろうともゴウン殿の配下になることはできない。

 

「どうした、ガゼフ」

「ん──いや──」

 

 考え事をしていたのを見抜いたのだろう。少しばかり真面目な顔で俺の瞳を覗いてくる。口にだそうかと悩んでいると、背中を叩かれた。笑いながら。言えよ、と。

 

「ゴウン殿と話さなければならない」

「──ごうんどの、って誰だ?お前が殿って付けるくらいだから上の奴なんだろうけど、聞いたことないな」

 

 どういうことだ。あの戦いのときにクライム君と共にブレインは居たはずだというのに。

 

「まさか忘れたのか、ブレイン。ゴウン殿──アインズ・ウール・ゴウン魔導王殿だ」

「あ、あーあー。アインズさん!って──いやいやいや。いつの間にアインズさんそんなすげえモンになったんだよ」

「アインズ──さん?」

 

 どういうことだ、ともう一度疑問が浮かぶ。ブレインと全く話が噛み合わない。

 

「すまないが確認するぞ。ブレイン、アインズ・ウール・ゴウン殿は知っているな」

「おう、ガゼフがどのアインズさんを言っているのかは知らねえが、多分今酒場で嫁さんとイチャついてるアインズさんなら知ってるぜ」

「──嫁?イチャついてる?」

 

 情報が噛み合わない。知らないことが起きている。一体どういうことだ。まさか私は数年にわたって眠っていたのだろうか。

 

「ちょっとまてブレイン。まず、アインズ・ウール・ゴウン魔導国と──」

「だからなんでそんなぶっ飛んだ話なんだよ、ガゼフ。まだ寝ぼけてるのか?アインズ・ウール・ゴウンって言えば──」

 

──十四英雄の一人で蒼の薔薇の現リーダーだろう。

 

 

 

 

 無言で街中を歩いていく。見慣れた街並みだと言うのに、まるで異世界に来た気分である。

 下がりそうになる視線を上げながら酒場へと歩く。ブレインに教えて貰った酒場へ。ゴウン殿──いや、英雄アインズ・ウール・ゴウン殿の所へ。

 

(この世界に魔導国は無い。魔導国と戦って居ない。そして、俺は死んでいない)

 

 何から何まで同じなのに、違う。まるで皆が私を化かしているかのように。

 

(ここか──)

 

 ブレインに言われた場所に確かに酒場があった。確か私の記憶では、ここは空き地だったはずだ。

 『ナザリック』と書いてある看板に記憶は無い。しかし建物自体は相当古いもので、軽く百年以上経って居そうな雰囲気がある。

 

『──じゃないですかぁ!』

 

 入り口に近づくだけで中の喧騒が耳に届く。まだ早朝だと言うのに、中の人たちは随分と元気のようだ。

 『キィ』と音を立てながら扉を開くと、良い匂いが鼻孔を擽る。朝食かと、腹が訴える程に。

 

「おや珍しい。戦士長殿がこんな場末の酒場に来るなんてね」

「あなたは──」

 

 最初に私に話しかけてきたのは、英雄の一人であるリグリット・ベルスー・カウラウ殿だった。確か冒険者を引退なされて、各国を回って不穏な動きが無いか探っておられると聞いて居たが、この酒場に居たとは。

 リグリット殿の声に皆が──蒼の薔薇の皆がこちらを一斉に向く。蒼の薔薇のリーダーであるラキュース殿。巨大なハンマーを軽々と振り回す戦士ガガーラン殿。シノビという特殊な職業を持つ三姉妹のティア・ティナ・ティオ殿。──三姉妹?二人ではなかったか?

 それと吸血鬼<ヴァンパイア>であるイビルアイ殿と──

 

「モモン殿もここに居られたか。しかしゴウン殿が居られないな──」

 

 皆の視線が。私を見て居た皆の視線がモモン殿に向かう。そして、再び私に戻ってくる。

 二・三度繰り返された後、皆が傾げる。まるで、私の言っている意味が分からないと言っている様に。

 

「あー、ガゼフさん。一応この格好の時はモモンガではなく、アインズで通してもらえると嬉しいのですが」

「──はぁ?」

 

 随分と砕けた物言いである。モモン殿と言えば漆黒の英雄と呼ばれる非常に強い冒険者であるが、あまり他者を寄せ付けぬ雰囲気を纏って居た。それがどうだ。まるで普通の青年のような喋り方だ。

そういえば様子がおかしい。あまりにも自然であったために気付かなかった。

 まず、イビルアイ殿がモモン殿の膝の上に座っており、ティナ・ティア殿がまるで恋仲であるとばかりに両隣で身体を摺り寄せている。ティオ殿──誰だこの子は。こんな子は蒼の薔薇には居なかったはずだ。いや、それよりも。

 

(この状態に誰も疑問を持って居ない?)

 

 それに加えて先ほどのモモン殿──いや、言葉通りならばゴウン殿か──の発言だ。まるでモモン殿がアインズ・ウール・ゴウン魔導王であるかのような発言である。漆黒の英雄と呼ばれた男がアンデッドである魔導王だとでもいうのか。

 

「失礼──モ──ゴウン殿、兜を取っていただけないだろうか」

「ほい」

「きゃー!ティオ、簡単に兜をとっちゃいけません!!」

 

 ゴウン殿の肩に乗っていた少女──私の記憶に無い筈のティオ殿がゴウン殿の兜を奪う。そこにあったのは人の顔ではなく、あの時に見た顔──骨の顔だった。すぐにゴウン殿が兜を奪い返して被りなおしたのでほんの一瞬だったが、忘れようがない。

 

「ゴウン殿、これはなんの冗談だろうか」

「え、冗談?」

 

 私が配下になることを拒否したからなのか。だから、蒼の薔薇を王国から奪ったのか。漆黒の英雄を殺してまで。

 そう思い、ゴウン殿に詰め寄ろうとした瞬間──一瞬で席に座らされた。この動き、と視線を向ければ居たのは英雄殿──リグリット殿である。

 

「ガゼフ。アンタ何か勘違いしちゃいないかい」

「勘違いなど!」

「してるさ。まず、このアインズ・ウール・ゴウンなんて恥ずかしい名前を名乗ってる小僧は蒼の薔薇の現リーダーだ。100年以上前からね。つまり、今現在の状態は冗談でもなんでもなく現実なのさ。さぁ、それを前提に考えて喋りな」

 

 正面──テーブルの向かいに座るゴウン殿をじっと見る。返ってくる視線はゴウン殿だけではない。周囲に座る皆から。少しばかりの警戒と困惑を混ぜて。

 訳が分からない。100年前から蒼の薔薇のリーダーをやっていた?では魔導国はどうなったのか。

 

「──ゴウン殿、幾つか質問したい」

「ど、どうぞ──」

「まず、アインズ・ウール・ゴウン魔導国はどうなったのですか」

「ぶふぅっ!!!」

 

 至極真面目に聞いたはずなのに、当の本人は凄まじい勢いで咳き込み、周りの皆は肩を震わせている。流石に私が真面目に聞いたから声を出して笑って居る者は居ないが、明らかに突拍子の無い話が始まっているという雰囲気しかない。

 

「あの、その魔導国ってなんですか」

「ですから、魔導国です。数多のアンデッドや異業種を持つ強大な国です。貴方が王として君臨する──」

「何ですかそれは!?」

「へぇ──小僧が王様だったなんて初耳だねぇ」

「え、じゃあ私って王妃様!?うわぁどうしよう──」

 

 まるで冗談か夢物語を聞いて居るかのように誰も信じていない。リグリット殿はニヤニヤと笑いながらゴウン殿をからかい、イビルアイ殿はゴウン殿の膝の上で嬉しそうに身体をくねくねとくねらせている。

 

「ま、状況は分かったよ。ガゼフ、アンタ──世界を渡ったね」

「世界を──ですか?」

「そうさ。元々そこにいる小僧は別世界の人間──いや、アンデッドでね。不意の事故でこの世界に来たらしいよ。まぁアンタみたいに近い世界ではなく、全く違う世界からみたいだけどね」

「違う──世界──」

 

 ここは私の知る世界ではない、ということなのか。全く同じなのに何か違うと、違和感を感じていた理由がそれだったようだ。

 だからといって簡単に理解できる話でもない。

 

「にしても面白い話だねぇ──この小僧が国を作っている世界があるなんてさ」

「いやいやいや、無理ですよ!俺、小市民ですから。王様なんて無理ですって!!」

 

 しかし、リグリット殿の言葉を必死に否定しているゴウン殿。その姿に嘘偽りを感じることは無い。何より芯は同じようだが、やはり私の知るゴウン殿とは雰囲気が全く違う。

 

「で、その──この世界のゴウン殿は十三──いえ、十四英雄の一人として悪と戦っていたのですか──」

「そうさ。ま、ここ数十年は平和だからね。冒険者の真似事してたらアダマンタイト級冒険者になっちまって、弱小チームだった蒼の薔薇もそれなりに有名になって、今じゃああやって大貴族の小娘が腰かけで来るようになった位だからね」

「こ、腰かけじゃないです!私はちゃんと冒険者としてですねっ!」

「私のモモンガさんに一目惚れして加入してきたくせにぃ?」

「ひとめっ!?ち、ちがっ!──くはないですけどぉ!!」

 

 喧々諤々──いや、和気藹々と皆がしゃべる雰囲気に何ら壁を感じることは無い。私の知る蒼の薔薇のリーダーであるはずのラキュース殿に凛とした雰囲気はない。それに私が知るより少しばかり幼く、少しばかり少女をしているように感じた。

 ゴウン殿が王として君臨せず、英雄として頑張る世界。ゴウン殿とイビルアイ殿が恋仲で、ラキュース殿が横恋慕していて。

ここは──私が知るより少しだけ優しく、少しだけ平和な世界のようだ。

 

「憑き物が取れたような顔をしているね。理解は出来ずとも、納得は出来たかい」

「えぇ、ご迷惑を──お掛けしました」

 

 ゆっくりと深呼吸をしてから蒼の薔薇の皆に一礼する。礼。そう、礼だ。

 私はゴウン殿の配下になるという選択肢を選ぶことが出来なかった。

 私は生き続けるという選択肢を選ぶことが出来なかった。

 私は捨ててしまったのだ。未来を。世界を。選択肢を。

 だからなのだろうか。きっと、私がこの世界に来たのは──きっと──

 

「皆さん、聞いてもらえますか──」

 

──悲しき孤独な王の話を。

 




というわけで、原作で死んだガゼフ様が、隠し外伝のSugar and spice and all that’s niceルートの世界に飛んでしまったお話でした。
とはいえ、Sugar and spice and all that’s niceに書いてある時代ではなく、現代(モモンガ様達があの世界に来た時代)ですけどねっ
なので主人公であるモモンガさんはラノベ主人公らしくハーレムモードです。
ラキュースさんちょっと影キャ化してます。原作に居ない3姉妹の最後の3人目がオリキャラ化して居ます。って感じでいろいろ変わってます。

モモです!が終わった後に書くかもしれないお話の世界でもあったりします。

さぁ、皆さん。とめいとう様の方を向いて叫びましょう。
ありがとー!


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メリクリ単話 甘い毒<ユメ>

めりーくりすまーす!というわけで、メリクリ短話をお送りします。

ホクト様『モモンガ』『ナザリック』『クリスマスパーティ』です!

ホクト様ありがとうございまーすっ!ひゃっほう!


「──さん。──ガさん」

 

 夢。そう、夢だ。緩やかに揺蕩う浮遊感。現実であって現実ではない幻想感。優しき闇の中に微睡む俺の名を誰かが呼んでいる。

 

──モモンガさん、と。

 

「はいっ!?」

 

 まるで弾かれたように一気に意識が覚醒する。今現在、俺の事をモモンガと呼ぶものは居ない筈だというのに。誰かが俺をモモンガと呼んだのだ。そう認識したと同時に俺は一気に起き上がっていた。

 

「もーモモンガさん。寝落ちですか?仕事で疲れてます?」

 

 ふら付く頭を軽く振り、ゆっくりと周囲を確認する。お尻に感じる柔らかい感触。腕に感じる硬い感触。起き上がった勢いで見えた天井から下がる豪奢なシャンデリア。視界が下りるに連れて見えてくる巨大な扉と壁。そして巨大なテーブル。そして──

 

「ぺロロンチーノ様、モモンガ様はここナザリックが為に日々の度重なる実務に邁進しておられます。アンデッドである身とはいえ、心身共に疲弊しても致し方ないと愚行致しますわ。えぇ、日頃遊んでおられるぺロロンチーノ様と違って」

「ひどっ!アルベドちゃんそれはないんじゃない!?」

「まぁ馬鹿弟が日頃からぐだぐだしてるのは良いとして──」

 

 ここはどこだ。

 ここは円卓会議場だ。しかし皆が居なくなり、俺と配下の皆があの世界に飛んでからずっと使って居なかった場所だった。だというのに、どういうことなのか。

 

 俺の視界に映るは懐かしき皆だったのだ。

 俺の事をモモンガと呼ぶ皆が一堂に集まっているのだ。いや、それだけではない。俺の後ろにはアルベドとデミウルゴスがいつもの様に控えており、ぺロロンチーノさん達と普通に会話している。

 

「これは──夢なのか──?」

 

 まるで己が願望を投影したかのような現状に、現実味が全く湧かないのは仕方のない話だろう。しかしそれをあざ笑うかのように、まるで本当に皆がそこに居るかのように俺の言葉に反応している。

 

「やはり内政実務の割り振りを考え直した方がいいのではないか、デミウルゴス」

「はっ!それにつきましてはアルベドと共に協議を行いましたが、至高の御方々皆様はそれぞれ能力が特化し過ぎてしまっており、むしろモモンガ様の足を引っ張る可能性が高いという結論が出ております」

「アルベド、私の方にもう少し仕事を回してもらっても良いと思うのだけど」

「いえタブラ様、タブラ様にはして頂かなければならない仕事がございます。現状としましては──」

 

 俺が疲れている事に眉を顰め、デミウルゴスと話すウルベルトさん。タブラさんとアルベドも、ぺロロンチーノさんとシャルティアも。皆が話し、動いている。

 

(もしこれが夢ではないとするならば、俺は『皆と一緒に飛ばされた世界の俺』と一時的に入れ替わったと思うのが妥当なのか?)

 

 そう、あくまで一時的なもの。これが夢にしろ現実にしろ、この状態が長く続くとは思えない。いや、思ってはいけない。いずれ、戻らなければいけない。

 

(まぁ戻り方も分からないんだから今は現状を受け入れて動くしかないんだけどね)

「すまない、皆。少しばかり寝ぼけていたようだ。会議を続けるとしよう」

 

 努めて冷静に、いつものように皆に話しかける。だというのに、皆の反応がおかしい。いや、明らかに呆然とした顔で俺の方を見て居る。ほんの数秒前まで騒然としていたというのに。

 

「やだ、モモンガおにいちゃんっばイケメン──」

 

 ぽつり、と言葉を漏らしたのはぶくぶく茶釜さんだろうか。視線を向けると、スライムの身体で器用に手を口元──とはいえ本当に口があるのかは分からないが──に持って行き驚いた表情をしていた。

 

「落ち着いてしゃべると随分と威厳が出ますね、モモンガさん。いや、そちらの方がずっといいですよ」

「ここアインズ・ウール・ゴウンの長としての意識が芽生えた、と思って良いのかもしれないね」

「いやいや、俺としては『ちょ、ちょっと皆さんもうちょっと落ち着いて──』ってあたふたしてるモモンガさんの方が良いと思うな」

「モモンガさん、ちょっと格好良く見せたとしてもアルベドとの結婚は認めませんよ?」

「いやですわ、タブラ様。私の身も心も。既に全てがモモン様のモノです」

「えっ──あっ──いや、ちょっと待って下さいよ!」

 

 確かにユグドラシルに居た時は今の様に精神の鎮静化などおきるわけもなかったので結構慌てることも多かったけれど、今は結構沈静化が起きるお陰で冷静に話すことが出来ていた。しかしこちらの俺はそうではなかったのだろうか。少し慌てた感じで皆を止めようとすると『どっ』と笑いが起き、『やっぱりいつものモモンガさんだ』と皆が口を揃えて言い合って居る。

 どことなく懐かしい。どことなく悲しい。もう二度と戻らぬ日々が走馬灯のように脳裏に蘇る。

 皆に釣られて笑う俺の心は、やはり現状を受け入れ切れては居ないようだ。

 

「さて、モモンガさんの笑いもとれたことだし今回の議題『クリスマスパーティー』について話し合っていこう」

「はいはーい。クリスマスといえばやっぱり巨大な木でしょ。あんちゃんやまちゃんにうちの子たちが居れば超でかいの持って来れるし。ね、アウラ、マーレ」

「勿論です、ぶくぶく茶釜様!」

「は、はい。任せてください!」

「んじゃ、付近に強そうなのが居たらとりあえずぶん殴る方向だね」

「食べられそうなのが居たら持って帰ってペストーニャと料理しちゃおうかな。美味しそうなの居るかなぁ」

「あ、試し斬りに付いて行ってもいいですか?」

「建御雷さん行くんだ。じゃ、俺も行きます。ぶくぶくさんも居るんだしワールドエネミーでも湧かないかなぁ。あ、ぬーぼーさんも行きませんか?」

「行きます行きます。この世界でも熱素石とか面白いもの見つかるかも」

「え、ちょ。木を持って帰るって話なのに、いつの間にそんな話になってんのよ!」

「では飾りつけは──」

「場所は──」

「じゃ、今から設置しに行ってきますね」

「誰かるし★ふぁーさんを止めろぉぉ!!!」

 

 いつもの様にいつもの如く。いや、あの時と同じように。皆が意見を出し、ぶつかり合い、一つに集まり、物事が決まっていく。アインズ・ウール・ゴウンとしての本来の姿がそこにあった。いや、俺の理想とするアインズ・ウール・ゴウンがそこにあったのだ。

 

(あぁ、これは毒だ──)

 

 甘い、甘い毒。もしこれが敵の攻撃だったとしたら、なんと残酷な攻撃だろうか。

 

 

 

 

「はぁ──」

 

 会議が終わり、皆が出て行って一拍。ゆっくりと深呼吸をする。

 そして見る我が手。そこにあるのは人の手ではない。無論、ゲームでもない。

 そこにはるのは紛れもなく現実。夢であったとしても、異世界であったとしても。俺の身体は今居るここが現実であると言って居る。

 一体いつまでここに居るのか。一体いつまでここに居られるのか。帰らなければ、戻らなければと思う自分が居る。しかしこのままここに居たいと思う自分も居る。

 この身体になって、久方ぶりの葛藤だった。

 

 ドアを潜り、会議室を出る。見知った空間が続いている。ここがナザリックであるのは間違いない。視界の端に忙しそうに走り回るメイドの姿が見えた。

 一瞬呼び止めようかと思い手が伸びるが、そのまま止まる。忙しくしている者を止めてしまうのが申し訳なかったのもある。

 いや、正直に言うならば──

 

(何が切欠でこの状態が崩れるのか──それが怖いんだ、俺は)

 

 少しでも今を享受したいと思って居る自分が居るのだ。なんて弱い。なんて──

 

(──やめよう。少なくとも今ここには皆が居る。情けない姿を見せるわけにはいかない)

 

 ナザリックの主たる姿を作ったのは、皆に胸を張りたかったからだ。皆とまた会った時に、頑張ったんだぞって言いたかったからだ。だというのに今の俺はどうだ。何と情けない。

 ゆっくりと頭を振り歩く。そういえば、今回の俺の仕事って何かあったっけと思いながら。

 

 

 

 

「準備が整いました、モモンガ様」

「あぁ、分かった」

 

 それから数時間。手持無沙汰になってしまった俺は玉座の間に行き、ただただ玉座に座り続けるという仕事──仕事なのか?──をしていた。

 結局今回に限って言えば俺に仕事は回してもらえなかったようで、気が付けば準備すら終わってしまって居たようだ。本来ならばもっと積極的に動くべきだったのだろうが、動けなかった。いや、動く勇気がなかったのか。

 デミウルゴスに呼ばれ、第六階層に飛ぶと──そこは雪国であった。

 

(え、雪?)

 

 一瞬第五階層の氷河に間違えて飛んだのかと錯覚したが、どうやら違う。遠目に見えた超絶に巨大な木が見えたからである。

 

「でかっ!?」

 

 まだ皆は米粒程度にしか見えないというのに、その巨大な木の異様さたるや凄まじいとしか形容が出来ない。何しろこの距離だというのに大きく見上げないと頂上が見えないのだ。しかもあまりにも巨大すぎるためか頂上が少し霞んで見える。一体何百メートル──いや、何千メートルあるのだろうか。

 

「なんでもユグドラシルという名前の木なのだそうです。全く素晴らしきは至高の御方々!世界の根幹たる大樹すらも意図も容易くナザリックへと運び込まれるとは!このデミウルゴス、皆様の素晴らしきお力にますます敬服するばかりでございます」

(それ、抜いてきて大丈夫だったのかなぁ──)

 

 ぶくぶく茶釜さん達はかなりガチな編成で突撃して来たらしく、予想以上に巨大な木を運び込んでしまったらしい。

 装飾はあまのひとつさんをはじめとする生産系の皆が頑張ってくれたらしく、恐ろしい程に煌びやかに輝いている。

 

 近付くほどにその異様さが目立ってくる。何より装飾と一緒にあるあの人型で動いているアレは一体何だろうか。結局るし★ふぁーさんを止めきれなかったのかもしれない。

 さらに近付けば見えてくる、雪原に置かれた巨大なテーブル。その中で目立つのは中央に置かれた巨大な鳥の丸焼きのようなもの。焼き過ぎて焦げた、などということは一切なくきれいに焼けているのが遠目でも分かる。『遠目』でも。

 

(あれ、何十メートルあるんだよ!?)

 

 何しろそのスケールがすごい。隣に置いてある十段以上もあるケーキが小さく見える程なのだから。

 

「お、きたきた。モモンガさーん!こっちこっち!」

 

 近付く俺にいち早く気付いたぺロロンチーノさんさんが俺に向かって手を振っている。その横には普段のドレスとは違い、ファーをふんだんにあしらったドレスを着たシャルティアが居た。

 

「モモンガ様、このドレス──如何でありんす?」

「あぁ、とても似合って居るぞ、シャルティア」

「あぁ、ありがとうございんす。このドレス、ぺロロンチーノ様に選んでいただいたでありんすえ」

「えぇぇぇ、娘同然の配下に生着替えさせるとかドン引きなんですが」

「いや。コイツ本気でやろうとしたけど、私が止めたから」

「なんで止めるんだよ!ぶくぶく姉だってアウラとマーレを──ゴバァッ!?」

「ぶくぶく姉って呼ぶな!」

 

 本当に生着替えさせようとしたのか、ぺロロンチーノさん。ぶくぶく茶釜さんに後頭部をぶん殴られて一発で沈んだ彼を見ながらため息一つ。しかし似た者姉弟である。ぶくぶく茶釜さんの方はしっかりと生着替えしたらしく、少し恥ずかしそうにアウラとマーレがサンタのコスチュームを着ていた。相変わらずスカートはマーレが履いていたが。

 

「あぁ、モモンガ様ぁ!この服如何ですか?」

「あぁ、アルベド。すごく似合っ──ぶふぅっ!?」

 

 後ろからアルベドに話しかけられ、後ろを振り向く。そこには可愛いサンタのコスチューム姿のアルベドが居た。一見すれば。

 だが実際は採寸が全く合っていない。どこもかしこも締め付けるほどに小さく、豊満な胸は今にも零れそうだ。何よりスカートが小さすぎてミニスカ状態になっている。俺とアルベドの身長差であってもそのまま下着が見えてしまいそうな程に。

 

「あぁぁぁアルベド?そ、その服は少々小さくはないのかね」

「いいえ、全く問題ありませんわ。えぇ、全く。あぁ、モモンガ様が私の姿に興奮してくださっている──これほどの栄誉は──きゃっ!」

「はい、おしまい!全く茶釜さんのところにわざわざ小さいサイズを借りに行くなんてね。お父さんはそんな破廉恥な娘に育てた覚えはありませんよ」

「愛するモモンガ様の前では大胆でありたいんですぅぅ──」

 

 驚きと羞恥が入り混じって混乱するのも数秒。どこから現れたのかタブラさんにマントで包まれたアルベドはそのままタブラさんに引きずられていった。

 しかしあの小さなサンタコスチュームはぶくぶく茶釜さんから借りたのか。ちらりと彼女に視線を向けると、それに気付いたのか俺にドヤ顔を向けてきた。嬉しかっただろう、と。役得だっただろう、と。無言ながらも彼女の顔はそう物語っていた。

 

(わざとか。わざとかぁぁ!!)

 

 いつもならば精神安定されるはずの俺の心は沸き立ったまま止まらない。無い筈の心臓の動悸激しい。全く何なのか、この世界は。

 

「モモンガさん、ほら。仕事仕事」

 

 たっち・みーさんに促され、皆の中央に連れていかれる。俺の手にはグラスになみなみと注がれた真っ赤なワイン。いや、飲めねえよってツッコんで欲しいのか。それとも飲んでバシャリと溢してボケろということなのか。

 

──あぁ、コホン。皆がこうして集まってくれたこと。集まれたこと。とても嬉しく思います。

 

 乾杯の音頭なんてそう何回もしたことないと言うのに。飲めぬワインを片手に。

 

──また皆と会えたこと、とても嬉しく思います。

 

 きっと皆分からぬ話を。

 

──でも、俺の居場所は

──ここではありません。

 

 俺は続ける。

 

──ここに呼んでくれた事。とても嬉しく思います。とても感謝しています。

──皆、ありがとう。また、皆との楽しい思い出が出来ました。

──でも、俺には俺の居場所があります。俺を待ってくれている者たちが居ます。

 

 それを、誰も止めることは無い。

 

──だから、俺は帰ります。俺を待つ皆の所へ。

 

 俺は笑って居るだろうか。泣いていないだろうか。

 

「ありがとう、みんな。メリークリスマス!」

 

 皆に胸を張れる俺で居られているだろうか。

 それを確かめる術は、まだ──無い。

 

 

 

 

「めりー──」

 

 伸ばす手が抜かす先は、天井。いや、天蓋か。やはり、夢だったのだろう。

 ゆっくりと手を下ろし、ゆっくりと見回す。見知った部屋。俺の寝室だ。

 

「アンデッドでも──夢は見るものなのだな──」

 

 あぁ、とても良い夢だった。とても、楽しい夢だった。そのまま覚めねば良いと思えてしまう程に甘く、甘美な夢だった。

 もう少し、もう少しと思い続けてしまう甘美な毒だった。

 戻ってこれたのはきっと、ふにゅん。

 

「──ふにゅん?」

「あんっ──」

 

 右手が柔らかい。あぁいや、右手そのものではなく右手で触っている物が──

 

「──って、えぇぇ!?」

 

 ゆっくりと、まるで錆付いたドアを無理矢理開けるかのようにゆっくりと。ふにゅふにゅむにゅむにゅと、どうも癖になりそうな柔らかにナニカを揉んでいる右手へと視線を向けていく。

 

「メリークリスマスです、アインズ様。プレゼントはわ、た、し。です。ウフフフフフ!」

「ヒィッ!?」

 

 夢で見た、あの楽しい夢で見たあの時のアルベドそのままに。彼女は俺を熔けた顔で見詰めて来る。俺の手は──何故だろうか、服の中に隠れているようだ。

 あぁ、右手が熱い。灼熱に焼かれたかのように。

 

「あぁ、アインズ様!アインズ様がここまで積極的になってくださるなんて!今夜こそ、私はアインズ様のお世継ぎをこの身に授かるのですねぇ、アインズ様ぁ!!」

「ちょ、待て落ち着けアルベド!」

「落ち着けるわけがありませんわ、アインズさまぁぁぁん!!」

 

 あぁ、きっとこれも夢なのだろうな、と。どことなく他人事のように。

 俺は覆い被さろうとするアルベドに必死に抵抗しながら思うのであった。

 




かなり真面目なアインズ様とはっちゃけたアインズ・ウール・ゴウンの面々でお送りしました。
よくある夢落ちですね!


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お題目短話-7 魅惑の〇〇〇〇

このお話はsugarmaple様
『スレイン法国・巫女の私室』『シャルティア』『デメテルを夜な夜なこっそり調教』のお題目を元に作られました。

sugarmaple様、お題目ありがとうですよ!


「キィル、今宵はもういいですわ」

 

 いつもの部屋。いつもの自室。スレイン法国にある神殿の、特別上位の者にしか許されぬ区域にある私の部屋。それは私が、それだけ重要な位置に居る事を示している。私には、まるせ狭い牢獄のようなこの部屋がとても窮屈で嫌だった。

 

 でも今は──

 

「そうでございますか。では失礼いたします、巫女デメテル」

 

 そう微笑む侍従のキィル・エンリカは嫋やかに一礼すると、音もなく扉を閉める。なんと女性的な人であろうか。と、いつもそう思う。このスレイン法国でも彼女ほどの美貌を持つ女性はそうそう居ないだろう。何しろあの御方の初恋の方であり、はじめての──

 

「──そんな事を考えている場合ではありませんね」

 

 素早く、音を立てないようにしながら扉に耳を当てる。予想に違わずゆっくりと遠くなっていく足音。それが途切れるまで私はじっと聞き耳を立て続けた。

 

「もう、大丈夫の様ですわね」

 

 少しだけ気が抜けて、ほっと胸を撫で下ろす。勘の良い彼女の事だ。最近の私を見て何かを感じて居るかもしれない。そう思えたからこその行動だ。

 いけないことをしている。それは理解している。

 あの方を騙している。それも分かっている。

 でも──

 

「いけない娘でありんすね、そんなに待てなかったでありんすかぇ?」

 

 誰もいない部屋に私ではない声が響く。全身を熔かす熱く、冷たい声が。その声が私の耳に、ただ届いただけ。ただそれだけで私の身体は歓喜に打ち震えていた。

 

「あぁ、あぁ。お待ちしておりました、一日千秋の思いで。あれは泡沫の夢だったのではないかと、恐怖に打ち震えながら」

 

 とろりと流れ落ちる涎を拭きもせず、ゆっくりと声の主へと近づく。きっとだらしない顔をしているのだろう。きっとはしたない顔をしているのだろう。でもそれを止められる精神など、とうに私には残ってなどいない。

 

「ほほ、可愛い娘でありんす。今宵も、たっぷりと楽しませてあげるでありんす」

 

 まるで欠けた月を彷彿とさせる彼女の笑み。魅惑的──否、蠱惑的なその笑みは私の心を掴んで離さない。いや、そうではない。もっと自分に正直になろう。そう決めたのに、彼女の手に納まる黒光りしたそれを直視することはまだ出来そうになかった。

 

「あぁ、お願いいたします。お願いいたします。貴方様のそれを──それを──」

 

 彼女の前で力なく崩れ落ち、それでもなお彼女のスカートを掴みながら膝立ちで懇願する。顎を伝う涎など気にする余裕もなく。だらしなく舌を伸ばしながら。

 

「そんなに待ちきれないでありんすかぇ?仕方ない娘でありんす。ほら、頬張ってみせるが良いでありんす」

「んっ──んんっ──っっ!!」

 

 彼女は嗜虐的に笑むと、私の身体を荒々しく抱きしめた。私を逃がさぬように。これから訪れる、至福の時から逃れられぬように。

 逃げなどしない。逃げられるわけがない。荒々しく私の口へと突き立てられたそれを、私は歯を当てぬように気を付けながら受け入れた。

 

「おやおや、少々入れ過ぎたでありんす。お前があまりに物欲しそうにするからいけないでありんす」

「っはぁ──っと──もっとぉ──」

 

 突き入れられたそれは瞬く間に私の口から抜き取られた。ぬらぬらと私の唾液を纏ったそれが怪しく光る。私を魅了して已まないそれが。

 

「先に言っておくでありんすが、今宵は中途半端で止める気はありんせん。お前の『ハラ』の限界を超えてもなお、止める気は無いでありんす。それでも──続けてほしいでありんすかぇ?」

「はい──ぃ──下さいませ。たっぷりと、たくさん。下さいませ──後生でございます。最後まで、お願いいたし──んむぅっっ──っっ!!」

 

 あぁ、止まらない。止められない。その結果、皆を絶望させるやもしれないとしても。皆が悲しむかもしれないとしても。もうそれを拒絶することなど出来はしない。

 私に突き入れられた名も分からぬ魅惑的なそれを、全身を突き抜ける甘い快感を。私は嬉々として受け入れることしか出来ないのだ。

 

 

 

 

 

 

「ほう、お前が──」

 

 あの御方に出あったのは今から凡そ一か月前ほどだっただろうか。今宵と全く同じように、私しかいないはずの部屋にあの御方の声が響いていたのだ。

 

「だ、誰でございますっ!!」

 

 あの頃の私はまだ何も知らぬただの子娘だった。あのような素晴らしいモノを下さる方など思いも依らず、誰か来てくれる。誰か助けてくれる事に一縷の望みを掛けて声を荒げるしかできない、ただの子娘でしかなかった。

 しかし私は巫女だ。寝所に誰も近づくことは無い。侍従であるキィルですら私は寝た後は、起床の時間まで近づかないほどだ。それが裏目に出ていた。否、好い方向へ傾いたというべきなのだろうか。

 

「今日はお前にプレゼントを持ってきてあげたでありんす」

 

 とん、と優しく押される。そう思った時には私はベッドに倒れ、視界には天井しか映って──否、私の上に跨ってきた彼女の嗜虐的な笑みしか映っていなかった。

 

「お、おやめ下さい!私は巫女デメテル。かの大神に純潔を捧げし者。あ、貴方様な──ひっ──」

 

 薄暗い部屋であっても雄々しく主張したそれ。彼女の右手に納まった、蝋燭の光に照らされ黒光りしたそれが視界に映り、小さく悲鳴を上げてしまう。それが何かは分からない。でも決して一度も妄想したことがなかったわけではない。あの御方のそれを、いつかはその身に受け、子を授かるようにと育てられた私だ。巫女になった今ですら、その記憶がなくなったわけではない。否、巫女になったからこそ。この身に受ける事が出来なくなった今だからこそ、強く想う事が増えて来たとも言える。

 そして男子禁制たるこの区域では、あのように黒光りするモノで懸想し合う二人にて使用すると。そう耳にする事も少なく無かった。

 

「お、お願いいたします──わたっ──わたしっ──ひぅっ!!」

「おやおや、そんなに震えて──食べてしまいたくなってしまうでありんすぇ」

 

 彼女が覆い被さってくる。彼女の熱く冷たい吐息が私の耳を擽ってくる。それでもなお私の視線は、私の目の前をちらちらと揺らされる黒光りするそれに捕らえられていた。

 

「今宵は泡沫の夢。起きて朝になれば全て元通り。何も変わらぬ日常が始まるでありんす。だから──ほらっ!」

「やっ──んんっ!!」

 

 黒光りしたモノが口に押し付けられる。すると、先端の割れている所からドロリとした白い何かが出てきた。それを舌で味わってしまった。それからは、もう抵抗など出来なくなってしまったのだ。

 

「んっ──んんっ──はぁ──んぁ──」

「おやおや、そんなに美味しそうに頬張って──もっと突っ込んであげるでありんす!」

 

 あんなものに抵抗できる女などいない。私は少女だ。私は巫女だ。でも、どうしようもなく女だったのだろう。ただただ、甘い魅惑的な快感に溺れる事しか出来なくなってしまっていたのだった。

 

 

 

 

 

「もっとぉ──もっと下さいませ──シャルティア様ぁ──」

 

 それからほぼ毎日彼女──シャルティア様は足気く私の寝所へといらっしゃっていた。彼女の言う通り、私を楽しませるために。私を魅惑的な快感の渦へと誘う為に。

 

「もうこんなにぷっくりと膨らんでしまっているというのに、まだ足りないでありんすかぇ?ほんとうにはしたない娘でありんす。ほら、もっと開くでありんす。奥の奥まで、一つ残らず突っ込んであげるでありんすっ!」

 

 そう笑みながらも、彼女は私の望む通りに突き入れてくる。もう入らぬと言う私の『ハラ』など気にせぬとばかりに。

 あぁ、戻れない。もう、私は──二度と──

 

 

 

 

 

「はっ──ぁ──ぁさ──朝?」

 

 それからどれほどの時が流れたのだろうか。気付けばカーテンから漏れる朝日が私の頬を優しく撫でていた。既に彼女の姿はない。部屋に充満していたあの濃厚な香りもない。まるで泡沫の夢であったかのように。でも、それが夢ではなかった事は身体が示していた。

 

「身体が──重い──」

 

 それはそうだ。あれだけされたのだ。身体とて無事ではないだろう。

 

「あ──あぁっ──っ!!」

 

 気怠い体を起こして見えるは歪に膨らんだ私のお腹。私は──私は──

 

「おはようございます、巫女デメテル──どうなされたのですか!?」

「き、キィル──わたっ──私──にんっ──うぷっ──」

 

 何れはこうなることは予測して然るべきだった。私は彼女の子を身籠ってしまったのだ。あれだけされて出来ない筈はなかったのだ。それが当然とばかりに、悪阻が襲い掛かり、私は吐瀉物を部屋に撒き散らしていた。大きな後悔と共に。

 

 

 

 

 

「食べ過ぎでございますなぁ──お腹の限界以上まで食べられたご様子。昨晩、何をお食べになられましたか、巫女デメテル?」

「──はぇ?たべ──すぎ──?」

 

 それから神殿がひっくり返るほどの騒動となっていた。それはそうだ。現在唯一ケイ・ケセ・コゥクの巫女である私が妊娠したと私自身が告白し、悪阻で吐いたのだから。

 それで相手は誰なのか、いつ出来たのかなど憶測が飛び交った。私はその騒動の中、お腹の子の診察に来たのだが、その結果は悲惨なものだったのだ。

 

 まさかただの食べ過ぎと言われるは。

 

「え、でも私沢山のモノを──精をこの身に受けたのです。食べ過ぎなどとは──」

「では聞きますが、その精とやら──どんな味でございましたか?」

「それはもう、とても甘露でございました!それで──」

 

 これはいけない。単に夜こっそりと菓子を食べただけの子供扱いになってしまう。そう思い、事細かに説明していく。だというのに──話す毎に、周囲の目が冷たくなる。何と言うのか、居た堪れなくなる雰囲気になって行くのは何故なのか。

 

「巫女様、貴方様には必要ないと性知識につきましてお教えしなかった我らの落ち度でございます。しかしながら、流石に菓子と精を間違えるというのは些か行き過ぎでございます。そもそも──」

「うぐぅ──」

 

 それから主治医の説明という建前の説教は、まるで泡沫の夢だったのように私のお腹から消え失せて『お腹空いた』と自己主張するまで続いたのであった。

 

「巫女様、最近随分とお太りになられたようです。暫く、菓子を口にすることは禁じます。よろしいですね?」

「そんなぁ──」

 

 そして決して可愛くない自己主張で打ち切られた説教は、菓子禁止の令が発令することで閉められたのであった。

 

 

 

 

 

「はぁっ? エクレアが全部なくなった!?」

 

 ナザリック地下大墳墓の執務室で仕事をしていた私の耳に飛び込んできたのはあまりに凄まじい報告だった。

 それは、先月行った下位従者たちの慰労にと褒美を上げた時、トイレ掃除を頑張っていたエクレア──エクレア・エクレール・エイクレアーの報酬として上げたものだ。

 その数999個。所謂1スタック分というやつだ。配下として使っている男性使用人たちに食べさせたいと思ったのか、それとも単なる自虐ネタなのかよく分からない報酬だった。しかし彼自身の望んだものということで了承し、同じ創造主である餡ころもっちもちさんの子のペストーニャ・S・ワンコに作るように指示したものだった。だが実験にとナザリックの素材を使うのではなくこの世界の素材を使ったからなのか、あまり日持ちしないことが発覚。上手くストレージに入れて保管する他ないという、何とも言えない状態になっていたのだ。そのためエクレアの管理はパンドラズ・アクターが行っていたはずだ。

 

「誰かが盗んだという可能性は?」

「あり得ません。と言うより、持っていった者は分かっておりますので」

 

 パンドラズ・アクターが管理している。つまりナザリックに居る者の中で『リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』を持って居る者に限定されることになる。食べ物であるために宝物庫の浅部に保管はしてあるため、入ることさえできれば持っていく事は容易いはずだ。そういう意味でも誰かが盗んで(摘み食い)いったのかと思ったのだが、どうやら違ったらしい。

 

「ふむ、では誰が持って行ったというのだ、そんなに沢山」

「はい、シャルティア・ブラッドフォールンでございます」

「──シャルティアが?」

 

 シャルティアは俺と同じアンデッドだ。つまり食事を必要としない。食べられなくはないだろうが消化は出来るかどうか怪しい。そんなシャルティアが一体何に使ったというのか。

 

「はい、エクレア・エクレール・エクレイアーが『まるで自分を食べるようだ』とエクレアを食べるのを拒否したのが始まりでございます」

「あぁ、それは私も聞いて居る」

 

 だから下位メイド達に食べさせようかとしたのだが、エクレアは下位メイド達に嫌われているらしく食事のデザートに出しても食べようとしなかったらしい。単にダイエットしていただけなのか、それ程にエクレアは嫌われているのか。しかし少しづつとは言え消費しないわけにもいかず、俺の世話をしてくれている(今も後ろで控えて居る)メイドのおやつにと食べさせていたのである。で、今日もおやつにと持って来させようと思っていたのだが、もう無くなってしまっていたわけだ。

 女性型であるため甘味は好きなのは変わらないのだろう。後ろに控えるメイド──リュミエールの表情はあまり動いてないが、何となくがっかりしているように俺には見えた。

 

「私が使ったのは精々数十個位だったと思うが」

「はい、私もそのように記憶しております」

「つまり──残りは全てシャルティアが食べたのか──?」

「後はアルベド、デミウルゴス、アウラ・ベラ・フィオーラ、マーレ・ベロ・フィオーレ。それとプイレアデスの面々が各1つづつ。セバス・チャンが10個持って行っておりますね」

 

 意外と甘党だったらしいセバスと、甘味そのものを食べないコキュートスを除き守護者達とプレイアデスが一つづつ。それでも100に届かない。900個程度をシャルティア1人が消費したことになるわけである。

 

「ふぅむ、今度の褒美に甘味を入れるのも悪くはないかもしれないな」

「それは実に素晴らしい案かと」

 

 

 

 そしてそれからしばらくの間、シャルティアは重度の甘味中毒であるという噂が実しやかにナザリック内に流れるのであった──

 噂の出どころは皆の主たるアインズ・ウール・ゴウン。当の本人たるシャルティアも、ちょっと気に入っていた人間の娘の餌付けに使っていたと言うわけにもいかず、その噂を粛々と受け入れていたらしい。

 

 




というわけでエクレアネタでございました。
ただエクレアを食べさせるだけなのに、どれだけエロっぽく書けるかだけを重視してみました。
えぇ、非常に遅くなりました。次の作品はもっと早くお送りしますのでお待ちくださいませっ


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お題目短輪-8 キヨラカ

dai198509様
『ナザリック』『アルベド』『ヒロイン勢によるアインズ様との思い出自慢大会開催』というお題目を元に作りました。

dai198509様、ありがとうですよ!


「只今より、オーバーロードのヒロイン達による、アインズ様との思い出自慢大会を開催します!」

 

 とある麗らかな昼下がり、ナザリック地下大墳墓第九階層『ロイヤルスイート』の一区画にある大会議室にて突如行われることとなったこの自慢大会。

 

「司会進行はこの私。ナザリック地下大墳墓守護者統括にして、至高の御方々の頂点にあらせられるアインズ・ウール・ゴウン様を愛して已まないアルベドが行います」

 

 異論はないか、とテーブルについている面々を見渡していく。守護者であるアウラにマーレ。それにシャルティア。プレイアデスの子たちにカルネ村の姉妹。それと──

 

「あー、私が呼ばれている理由が分からないのだが」

 

 少々控えめに手を上げたのはリ・エスティーゼ王国アダマンタイト級冒険者チームである蒼の薔薇の一人である吸血鬼の小娘だった。

 

「何を言っているのかしら小娘。あのような──え、何?かんぺ?──はぁ?」

 

 今回はスタッフ役を買って出たセバスが、皆の後ろから私に見えるようにカンペ──進行役である私に指示を出すカンニングペーパーを出している。それに書かれていたのは──

 

『現時点では蒼の薔薇の人達はアインズ・ウール・ゴウン様と漆黒の英雄モモンが同一人物であることを知りません』

というものだった。

 

 まさかあれだけ分かりやすいのに未だに気付いていなかったとは思いも依らなかった。いやむしろ、分かりやすくすることで敢えて誤認させていたのかもしれない。流石は私のアインズ様である。

 

「アインズ様との素晴らしき思い出が無いと言う、あまりにも無残で可哀想な貴方達にも発言権を与える。それがこのナザリック地下大墳墓の守護者統括であり、未来のアインズ様の妻たる私の慈悲と思いなさい」

「いやだから、アインズ・ウール・ゴウン──様との思い出など無いのだが?」

 

 頭痛がする。アインズ様とモモンが同一人物でないと思っているからの発言ではあるが、あまりにも無様であるが故に。さてこれをどう説明しようかと思ったとき、再びカンペが上がった。凄まじいタイミングである。セバスは心を読む能力を持っていたのだろうか、そう思ってしまう程に。

 

『漆黒の英雄モモンとの思い出を語ってもらいましょう』

 

 それはナイスね、セバス。その思いを乗せながら親指を立て(サムズアップ)た。

 

「光栄に思いなさい。無様で滑稽で、哀れなあなた達に発言させてあげるために新しい題材があるわ。漆黒の英雄モモンとの思い出自慢を語りなさい」

「えっ──えぇ──そんなぁ──モモンさんとのなんてぇ──し、しかもみんなの前でなんてぇ──うふふぅっ」

 

 ビシリと音が鳴る。ちらりと視線を移せば、右手に持っていたはずのタクトが手の中で粉になっていた。例え漆黒の英雄モモンであっても、それがアインズ様であることに変わりはない。大した思い出はないだろうと思っていたのだが、なぜか全員頬を染め始めたのだ。しかも中心に座っている仮面を被った吸血鬼の小娘は特に酷かった。仮面を被っているため直接は見えないが、その仮面が熱せられて変色したのではないかと思えるほどに明らかに頬を染めているのが分かる。いやそれだけではない。両手を頬に当て、何を思いだしたのかくねくねと身体を揺らし始めたのだ。

 あまりのことに『貴様のような小娘にアインズ様の何がわかる』と叫びそうになるのを必死に堪えながら、笑みを浮かべるよう努力する他ない。今回に限っては敵同士ではないのだから。

 

「因みに、今回はアインズ様より了承を得ております。貴方達も無礼講で、普段通り喋りなさい」

 

 そうプレイアデス達に向かって言うと、いつもとは違う統一性の無い了承の返事が返ってくる。こういう時でもないと彼女たちの普段の喋り方は分からない。アインズ様がルプスレギナの普段の喋り方を全く知らなかったことにそのお心をお砕きになって考えられた事だった。こういうイベントの時には無礼講で、普段の喋り方をするように、と。

 

「ところで最初はだれから発表するっすか?やっぱりアルベド様からっす?」

「私が最初でも構わないのだけれど、アインズ様の最も近くに居る私の話から始めてしまうと、それだけで時間が終わってしまうわ。だから私はトリよ。最初は──そうね、シャルティアは妄想が多分に含まれてとても長くなりそうだからアウラから始めましょう」

 

 まるで瞬間湯沸かし器のように怒り立ち上がるシャルティアを無視しながら、今回スタッフであるセバスから貰った新しいタクトでアウラを指した。

 

「え、あたし?」

「えぇ、最初だから緊張するとは思うわ。でも気軽に話していいわ」

 

 『仕方ないなぁ』と後ろ頭を掻きながら立ち上がるアウラ。無論アウラを最初にした理由はある。アウラは子供だ。そして守護者としての立ち位置。あまり大した話がないであろう者を最初に置くことで軽く始めるという手だ。何しろアインズ様との直接的なものは少ないはずだから。精々最初の頃に自慢気に話していた水を貰った話や、ぶくぶく茶釜様の声の入った時刻を知らせるマジックアイテムの話程度──

 

「じゃあ、前にアインズ様と二人きりでデートした話を──」

「はぁっ!? ──こほん。アウラ、先に聞いておくけど──妄想じゃないわよね?」

「そんなシャルティアじゃないんだからさぁ」

 

 再び立ち上がろうとするシャルティアをスタッフのセバスが当身で沈ませた。総合最強とはいえ、こういう部分であっさり落ちるのはシャルティアらしいと言うべきか。

 しかしアウラの言ったことは本当なのだろうか。

 

「んじゃ話すよ。シャルティア──は、気絶してるから良いか。シャルティアと前に東の巨人であるグと西の魔蛇であるリュラリュース・スペニア・アイ・インダルンの所に行ったんだ。そしたらグは抵抗してきたから殺したんだけど、リュラリュースの方は抵抗してこなかったんだよね。で、あたしの配下になりたいって話が上がったの。でもあたしの一存じゃどうしようもなかったから、後日アインズ様と一緒にそいつの所に行ったんだ」

「それ、ただの仕事じゃないの」

 

 何を勿体ぶって驚かせたのだと、呆れ声を出すがアウラはこちらを見ながら意味あり気に笑みを浮かべるだけ。

 

「アルベドはせっかちだなぁ、最後まで聞いてよ。んでさ、あたしのフェンに乗ってリュラリュースの所に行ったんだけど」

「まさか、アインズ様も一緒に乗られた──? まさか──あ、ああ相乗りしたっていうの!?」

「だからデートだって言ったじゃん。で、こっからが本題」

「ま、まだ本題じゃないって言うの!!」

 

 まさかこんな所に伏兵が居たとは。かねてからアインズ様と相乗りしようと計画していたが、乙女であったために私の騎乗ペットであるバイコーンに私自身が乗れないという失態を犯してしまって頓挫してしまっていた。その計画を先んじて行っていたのがアウラだったなんて。

 

「その時にあたし聞いたんだよ『アインズ様は誰を一番愛しているんですか?』って」

「あ、ああああ──愛している方を──き、聞いたですって!! だ、誰なの!早く言いなさい!!」

「いやこの流れで気付かない?」

 

 そう言いながらの自信満々の笑み。まさか──

 

「アインズ様はこうお答えになられたんだよ『私はアウラが大好きだぞ』って」

「い、いやぁぁぁ!! ま、まさかアインズ様はお子様体型がお好きなのかしら──私が身を以て正しい道に戻して差し上げなければいけないわっ!えぇ、未来の妻として!!」

 

 恥ずかしそうに頬を染めて『終わり』と言いながら座るアウラを気にする余裕など無い。まさかここまで進んだ関係をアウラが築いていたなんて知りもしなかったのだから。

 いやまて、今回の事がアウラの妄想ではなかったと何故言える。アインズ様の事だ。一緒に二人乗りはしただろう。あくまで子供と乗る感覚で。しかしその後の会話はアウラのただの妄想だったのではないか。そう一縷の望みを掛けて叫ぶ。

 

「え、NAR(ナザリック・アシスタント・レフェリー)!NAR判定は!」

「はい、白です。因みに、その時の映像がこちらです」

 

『因みに、アインズ様は誰を一番愛しているのですか?』

『はは、そうだな。アウラが大好きだぞ』

 

 ナザリックの全てを記録している通称NARを担当しているオーレオール・オメガがあっさりと映像を流す。それがアウラの妄想ではなく、現実であると。

 

「ちょ、はずっ──恥ずかしいからやめて!!」

「うわぁ、お姉ちゃん真っ赤になってる」

 

 記録映像は短いものだったが、明らかにアインズ様の言葉に反応して乙女どころか雌の顔になったアウラの表情まで細かく記録されていた。確かにこんなことを言われて『これは仕事でした』などと言えるはずもない。間違う事なきデートであったのだ。

 しかし。だがしかし。一つだけ希望がある。アウラは『愛しているか』と聞いたが、アインズ様は『好きだ』と答えたのだ。しかも『一番』とも答えていない。つまり、『アウラを一番愛している』とアインズ様が答えたわけではない。それは『皆大好き』という部分からアウラだけを切り取った可能性があるのだ。いやそうだ。そうに違いない。そうでなければ今頃私は二人目を身籠っている筈なのだから。

 

「こほん、では続けるとしましょう」

 

 私が素早く立ち直った事に驚いたのか、セバスから『大丈夫ですか』とカンペが上がったが私は親指を立てて返した。そう、アインズ様はまだ誰も愛しているとは言っていないのだから。

 しかしそこからは平穏なものだった。次のマーレは──まぁ羨まけしからんがアインズ様と一緒に背中を流した話。プレイアデスに至っては頭を撫でられただの優しく声を掛けて下さっただの差して取り上げる必要の無いものばかり。ナーベに至っては自身の話がないからと上げたのは下位メイド達の話で手ずから菓子を食べさせてもらったと言うものだった。

 しかし私だって経験がなかったわけではない。アインズ様御自ら開発なされた新魔法である《センス・オブ・シェア/感覚共有》にて味覚を共有し、食事を食べたことがあった。たまたまであったがその魔法を開発なされた初日にアインズ様に会うことなく終わってしまったために出遅れてはしまったものの、手ずから菓子を私の口へと運んでいただいたあの至福の時間。今でも鮮明に思いだせる私の大切な記憶の一つである。

 

「あの、帰っていいだろうか?」

 

 場も温まった頃。そろそろ本命というべき蒼の薔薇の面々の話を聞きだそうとした時だった。あろうことか彼女らの中央に座っている吸血鬼の小娘が、突如『帰りたい』等と言い始めたのだ。何の為にお前たちをここ──栄えあるナザリック地下大墳墓に呼んだと思っているのか。情報の漏えいを危惧なされたアインズ様が、魔法等による監視を禁じてしまったからだ。ナーベからやエイトエッジアサシンやシャドウデーモンらから又聞きする以外に方法がなかったからだ。一体あの吸血鬼の小娘と深夜に何をしていたかを知りたかったからだ。だというのに本命たるものが一言も喋らないまま帰るなどと言い始めたのである。

 

「ふっ──残念だけれど、ここに来た以上喋ってもらうわ」

「いや、喋るのを嫌がっているわけではないのだがな」

 

 情報の漏えいを防ぐために喋る事を躊躇ったのではと思ったが、どうやら違うらしい。仮面をつけているというのに、そこはかとなく頬を染めているように見えるその顔がなんとも恨めしい。一体何があったというのか。

 

「いや、その──これまでの話があまりに微笑ましくてな」

 

 ぽりぽりと、仮面と頬の境目辺りを気恥ずかしそうにかきながら言うその余裕すらうかがえる姿。気付けば二本目のタクトが手の中で粉になっていたのは仕方ないと言うものだろう。

 

「イビルアイは遠回りにいい過ぎ」

「はっきり言うべき。『子供の発表会の中で大人の男女の情事を話すような大人げない事はしたくない』と」

 

 小さな声。しかしはっきりと聞こえる声。恐らく両隣に居た吸血鬼の小娘よりもさらに小さい、よく似た二人の小娘が喋ったと認識した時。いや、認識したのだろうか。誰が喋ったなどもうどうでもよくなっていた。

 

「なん──ですって──お、おとなの──だんじょの──じょおおおおじですってぇぇぇ!!!!」

 

 視界が真っ赤に染まり、全身から漏れ出す力を制御する事なく叫ぶ。確かにナーベから聞いた話にそういうことをした『かも』とは聞いて居た。しかし確証がない話であった。例え小娘が発情しきった豚のような声を上げたとしてもだ。そういう事実はない。もしあったとするならば、既に私は愛するアインズ様との間に出来た二人の子供をこの手に抱いて居なければおかしい筈なのだから。

 

 

 

 

 

「そういえば、アインズ様」

 

 今日は階層守護者の殆どとプレイアデスの面々が休息の日。普段よりも少しばかり多い仕事をデミウルゴスと執務室で片付けている時。ちょっとした空白の時間が出来た時、デミウルゴスがぽつりと零した。

 

「どうした、デミウルゴス」

「あまりに不躾であり、不敬であるとは重々承知しておりますが」

「よい、発言を許す」

 

 あまりにあまりな言葉を。

 

「アインズ様は、生殖行為をなさるのでしょうか?」

「ブッフォォォッ!?」

 

 溜める肺もないはずなのに空気が一気に口から吐き出される。アンデッドあるが故に唾液はでない。空気も出た気がしただけで出たわけではない。だから書類が撒き散らされることも、唾で汚れることもなかった。だがあまりにあまりな言葉に精神の平坦化が起こるのに数秒すらかかることは無かった。

 

「デミウルゴス、私はアンデッドだ」

「承知しております。しかし、同じアンデッドであるシャルティアは生殖行為が可能です。子が成せるのかと言われればどうなのかは実験してみないと分かりませんが」

「あ、あー──セッ──生殖行為な。そもそも私は骨だぞ。肉の身体を持つシャルティアとは違う」

 

 そうはぐらかして事なきを得ようとするも、今日のデミウルゴスは一味違うらしい。珍しく食い下がってくるのだ。

 

「しかしアインズ様。アインズ様は通常のアンデッドと同列には決して置けない御方です。で、あるならば。そういった行為が出来ないと断ずるのは如何なものかと」

「そ、そうか──」

 

 こほん、と咳一つ。これはどうはぐらかしても無駄だと悟り、正直に話す他ないだろう。

 

「──ないのだ」

「はい?」

「んんっ!したことがないのだ。そういう事は」

「な、なんと──清らかなお身体でございましたか!」

 

 『この身体になってからは』という前置詞が付くが、それは人間であった時の話。ユグドラシルはそういうエロい事に関しては特に厳しかった。だから設定だけでもと見た目からして色々とやばいローパー種を、さらに魔改造を幾重にも重ねてもう見た目だけで言えば修正なしには見られないレベルまで昇華。そして使う事もない設定文を事細かに書いて満足する程度でしかなかったのである。

 

(そういえばあのローパーってナザリックの中に居たっけ。エロに対して制約のないこの世界に解き放ったら色々と危険な事になりそうだなぁ)

「う、うむ。清らかであるかは別としてな。それ故にこの身体がセッ、生殖行為が出来るのか自体。私自身でも理解していないのだよ」

「なんと、そうでございましたか──早い御世継ぎをと思っておりましたが、そういう事でしたらもっと慎重に事を進めないといけませんね」

「あ、ああ。そういう事で頼む。あぁくれぐれも。くれぐれも!アルベド達には内密にな」

「勿論でございます、アインズ様」

 

 自慢げに頷くデミウルゴスのメガネがきらりと光る。ハンカチを放つその姿も美しい。というか何故にハンカチを投げたのだろうか。投げた先はメイドが立っている方。そういえば何故かメイドの顔から血が流れている。病弱設定の子だったのだろうか。どうやらその血はすぐに止まったようだが、それを拭くためにデミウルゴスはハンカチを投げたのか。中々に紳士である。

 

 

 次の日から暫くの間。アインズ・ウール・ゴウンが知らぬ所で、彼が純潔であると。彼の身体は清いままであるという噂が、主にナザリックの女性の間で流れたらしい。噂の発信源はデミウルゴスであるとされたが彼は頑なに無罪を主張しており、真の噂の発信源が誰であったのか。真相は闇の中である。

 




冗長にならない様にするのが難しいっ!
ノリで書き続けて2万字超えた辺りで『こいつはヤベェ』ってなりました。
久しぶりに思いましたよ…

削りに削って今の形に。ぷれぷれの、あの短い間にネタを収納する技術。すごいですよね


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