偽りの笑顔の先に (黒っぽい猫)
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特別編
番外編①〜星に願いを〜


七夕なので、特別編を書き上げてみました。

なるべく本編には絡まないように書きましたが、読んでくださると幸いです。


「七夕パーティーをするわよ!!」

 

「………はい?」

 

入学してから約3ヶ月がすぎた頃、絢瀬先輩が唐突に言い出した。

 

まだ僕は生徒会の成員ではないが、どうせ立候補する予定ならと東條先輩に引っ張られる形でなし崩し的に毎日仕事をしている。

 

「だから七夕パーティーよ!七夕パーティー!」

 

そんなアイマスですよ!アイマス!!みたいに言われましても……。

 

「今日の放課後、私の家でやるわよ!希は来るって言ってるから貴方も来て?」

 

「いや……僕は遠慮しておきま「よし!決定ね♪」僕の意思はないのか……」

 

「絵里ち、なんだかんだ言ってこういうイベントできるように仲のいい人が殆どいなかったからはしゃいでるんよ。大目に見てあげてな?」

 

東條先輩のからかいに一々真面目にリアクションする絢瀬先輩。

 

「なっ?!希は少し黙っていて!!わ、私にだってパーティーを開ける友達が……友達が………」

 

「わかりました、僕も行きますよ……どこに行けばいいんですか?」

 

「パーティーは私の家でやるけど、放課後に買い物をして帰るからその荷物持ちもお願いできる?」

 

僕が頷くと絢瀬先輩はウインクして仕事に戻っていった……ウインクは心臓に悪い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

買い物をしながらふと気になったことを尋ねることにした。

 

「七夕パーティーと言っても、具体的には何をするんですか?」

 

「そうねぇ…ご飯食べて、皆でワイワイ騒いでゲームしたり?」

 

「それ普通のパーティーじゃダメなんですか?」

 

絢瀬先輩は一瞬言葉に詰まると僕から顔を逸らして前を見る。

 

「そうね、本当は…理由なんてなんでもいいの」

 

その時の絢瀬先輩の横顔は、とても寂しそうな笑顔だった。それでも僕は、素直に綺麗だと思ってしまった。

 

「私にとって希や保科君は、初めてできた親友なのよ。だから、私は今この時をできるだけ笑って過ごしたいの。ごめんね、自分勝手で」

 

親友、その言葉は、不思議と僕の中にストンと収まった。収まったはずだった。

 

(なんでだろう……少しモヤモヤする)

 

「いいんじゃないですか?」

 

モヤモヤは喉の奥に押し込めて、僕は咄嗟に取り繕う。

 

「親友にくらい、遠慮しないで接してもいいんじゃないですか?絢瀬先輩は学校で普段気を張りすぎてますからね。そこが先輩のいい所でもあり弱いところです」

 

取り繕う為に言葉を絞り出したとはいえ、これも紛れもない本心だ。

 

「弱いところ……?」

 

「ええ、そうです。気を張っている分、絢瀬先輩は一人で抱え込んでしまう癖があるように思われます。自分一人で解決出来ると錯覚していることが多々あります」

 

「うっ……鋭いわね…」

 

「まあ、それが弱点なら克服する方法として最も手っ取り早いのはその親友に頼ることじゃないですか?僕も東條先輩も、頼ってもらえる方が嬉しいですし」

 

そんな事を言われると思っていなかったのか、キョトンとした顔になると、その後には花が咲くように笑ってくれた。

 

「ありがとう……本当にありがとう、保科君」

 

「いえ、絢瀬先輩はその方がいいですよ」

 

「?」

 

ほとんど無意識だった。

 

「先輩は、笑っている方が魅力的です」

 

「ふぇ?」

 

「え……あ………」

 

うっかり口が滑って余計なことを言ってしまった。絢瀬先輩も顔を真っ赤にして怒ってらっしゃる。

 

「なんでもありません、早く買い物を済ませて絢瀬先輩の家に向かいましょう」

 

「魅力的………はぅ……」

 

……そういう所ですよ先輩。そういう動作が男子を勘違いさせるんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただ今戻りました」

 

「おかえりなさい〜、絵里ち、顔赤いけど保科君にセクハラでもされたん?」

 

「そんなことはしません」

 

ピシャリと言い切る僕に東條先輩はころころ愉快そうに笑う。

 

「保科君はヘタレやもんね!」

 

「もうそれでいいですから荷物を冷蔵庫に入れなきゃいけないんでどいてください」

 

結局、絢瀬先輩は帰るまで顔が赤かった。相当腹に据えかねているようだ。

 

「別に怒ってるわけじゃないと思うんやけどね…」

 

「さり気なく地の文に割り込まないでください東條先輩」

 

7月だからと言うべきか、突き刺すような日差しに流れた汗を拭う。

 

「絢瀬先輩、これどこに置きますか?」

 

「ああ、それは──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ん。夢……?」

 

夕方の日差しを顔に受けながら僕は重い頭を上げる。

 

いくらカフェインを摂取して目を覚ましたところで眠い時は寝てしまう。

 

「そういえば、今日が七夕か……」

 

オープンキャンパスの集計などをしていたので忙殺されていたが、もうそんな季節か。

 

「去年は、楽しかったな」

 

絢瀬先輩に誘われた七夕パーティー。夢で見たところのあとは絢瀬亜里沙ちゃんが突如乱入してきたり、そのお友達の女の子がいて男女比的に肩身の狭い思いをしたことなどがある。

 

「今年も絢瀬先輩はやるのかな?」

 

あの先輩がやろうとしなくても今年は東條先輩辺りが画策してやるのかもしれない。

 

まあ仮にあっても、今年のパーティーに僕の居場所はあるはずがないのだが。

 

「今夜は素麺にしようかな」

 

今日の分の仕事は寝る前に終わらせていたので鞄を持って帰る。

 

屋上からは絢瀬先輩の掛け声が聞こえてくる辺り、ちゃんと活動しているようだ。

 

「あ……!お兄ちゃん!!」

 

正門を出た瞬間に声をかけられる。僕をお兄ちゃんと呼ぶのは記憶にある限り一人──。

 

「亜里沙ちゃん、久しぶりだね」

 

「はい!お兄ちゃんは元気でしたか?」

 

 

満面の笑みで話しかけてくる亜里沙ちゃんに僕は曖昧に返事をする。

 

「まあボチボチかな?家では絢瀬先輩は元気かい?」

 

「元気……じゃないかもしれないです。一人の時に、写真を見て泣いてる所をこの前見てしまって…」

 

「……」

 

何も言えない。僕に何かを言う資格はない。それが僕が、絢瀬先輩に残した傷なのだから。

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃんと喧嘩してるの?」

 

「…どうして?」

 

「お姉ちゃん、お兄ちゃんの話をしようとしないんです。私が聞いても曖昧に笑うだけで」

 

「そう……だね。少し喧嘩しちゃってて、今も話せないんだ」

 

「そっか……私、お兄ちゃんとお姉ちゃんには仲良くして欲しいの……だから、ちゃんと仲直りしてね?」

 

無理だ、とは言えなかった。僕自身も言いたくなかったのかもしれない。

 

「……わかった。機会を見つけて、僕も絢瀬先輩に謝るよ」

 

「約束だよ?」

 

小指を差し出してくる亜里沙ちゃんに僕も小指を差し出す。

 

「指切りげんまん、嘘ついたら──亜里沙のお嫁さんになってね?」

 

「え?なにそれ??」

 

「はい、指切った♪」

 

ニコリ、という擬音がつきそうな程綺麗に笑った亜里沙ちゃんに僕は何故か何処と無く恐怖を感じた。

 

「まあ、結婚云々は置いておいて、僕はもう行くね」

 

「うん!またね!!」

 

亜里沙ちゃんの笑顔に癒されながら僕はその足でスーパーへ向かう。

しかし、あの時感じた恐怖は一体……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スーパーに辿り着くと、大きな笹があった。

 

毎年何処に行ってもある、願い事を書き込むものだ。

 

「……下らない」

 

神に祈っても星に祈っても、結局は叶えるのは自分自身なのだ。ましてや、僕の願いなどを誰かが聞き届けて叶えてくれるなどとは思えない。

 

そのまま店内に入ってかごを取り野菜コーナーから順に見て回る。

 

「確かバターと卵が切れてたな……あ、後は魔剤も買っておかないと。素麺は少し多めに買っておこうか」

 

必要なものを頭の中でリストアップしながら買い物カゴに入れていく。

 

そのまま特に何事もなく会計を済ませるとスーパーから出る。

 

「……少し見ていくくらいなら」

 

人の願い事を見るのはマナー違反なのかもしれないが、ここに書いているということは、見られる覚悟があるのだろうと勝手に解釈して見ることにした。

 

『○○君のお嫁さんになれますように』

 

『陸上の選手になれますように』

 

『今年こそ世界征服できますように』

 

『世界中のみんなを歌で笑顔にできますように』

 

『彼女が出来ますように』

 

願い事は人によって様々だ。明らかにおかしなのもあるような気がするが気にしてはいけないと無視する。

 

「願い事……か」

 

昔は父親が買ってきた笹を庭に立てて願い事を書いたものだ。いつからだろう。願いを持つこと自体が下らないと、そう信じ込むようになっていたのは。夢を持つことがかっこ悪いと思い込むようになったのは、いつからだろう。

 

体の不調がはっきりした時からだろうか。あるいは、つい最近の事なのだろうか。

 

ふと、魔が差しただけだ。そう言い聞かせながら僕は置いてある短冊とペンを手に持つ。

 

紐で目立たない所に括り付けると、僕は足早にその場から去ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少年が立ち去った少し後、二人組の少女がスーパーに立ち寄った。

 

「願い事かぁ……懐かしいなぁ」

 

「何よ、書いてくの?」

 

「そうやね、にこっち、先に入っててくれる?」

 

「全く、早くしなさいよね?」

 

一人は真っ直ぐスーパーに、もう一人はペンを持って願いを書き込む。

 

「よし…これでええかな!あとは目立たないところに〜………ん?」

 

目立たない所を探すと、既に一枚の短冊がかかっていた。

 

「…!ふふっ、全く、素直じゃないな〜」

 

その短冊には、こう綴られていた。

 

『いつか、また先輩達と笑える日が来ますように』

 

その少女は、別の場所に短冊をかける。そして誰にも聞こえない声で呟いた。

 

「そのお願いは、ウチが叶えてあげるからね」

 

 

 

 

 

今日は七夕。年に一度、星に願いを託す日だ。

 

少年、少女達の願いをしかと見届けたと言わんばかりに、夜空には星が瞬いていた。




七夕、というのはなんとも不思議な日だなーと作者は個人的に思ってたりします。

自分の願いを神にではなく星に託すというのは、中々にロマン溢れることだと思います。

私が願いを書こうとすると進路になってしまいそうではありますが(苦笑)

感想や評価、お待ちしております。


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誕生日特別編〜形のない想い〜

過ぎてしまった……0:00にっ……投稿したかった…!!

※若干本編のネタバレ(?)の要素が含まれている可能性がありますがご了承ください




「……待ち合わせ30分前…予定より早く着いちゃったかな」

 

時刻は朝の9時半、僕は今秋葉原駅にいる。集合は10時なのでまだ絵里先輩は来ないだろう。

 

「さて、今日の予定のおさら……「勇人〜!」!」

 

そう思い油断していたから後ろからかけられた声に驚いてしまった。そして、絵里先輩を見て頭の回転が止まってしまった。

 

「ゆ、勇人……?」

 

「っ!い、いえ……なんでもありません…お早いですね、先輩」

 

絵里先輩は黒が基調のマルチニット、薄灰色のニット帽にキャメルのスカートとを見事に着こなしていた。思わず見とれているところに、絵里先輩が少し顔を近づけてきてドギマギしてしまう。

 

「…勇人が誘ってくれた……で、デートなんですもの…遅れるわけにはいかないから……」

 

……後ろで手を組んで頬を赤らめながらモジモジするのやめてください、僕を殺す気か。

 

「ズルいですね、先輩」

 

「ええっ?!な、何が?」

 

「いえ、なんでもありません。そのお洋服、とてもお似合いだと思いますよ」

 

「なっ……?!」

 

「さ、先輩。行きましょうか」

 

顔を真っ赤にした絵里先輩の手を引いて駅の改札に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハラショー……」

 

「絵里先輩、ここに来るのは初めてですか?」

 

「ええ、そうよ。勇人はあるの?」

 

「一度姉さんに引き摺られて行きましたね」

 

「容易に目に浮かぶわね……」

 

苦笑した僕と先輩がいるのは池袋。その一角には某赤白ヒーローが屹立している。

 

「それじゃあ行きましょうか。人が多いのではぐれないように──」

 

言い切る前に、僕の左手にはひんやりした感触が伝わってきていた。

 

「……はぐれないように…ダメ?」

 

「………さ、行きますよ」

 

上目遣いは反則だと思う。わざとやってるのかと思うほどあざとい。カウンターでチケットを二人分購入するが、カウンターのお姉さんに話を振られる。

 

「彼女さん、お綺麗ですね」

 

「いえ……そういう訳では…」

 

「見てましたよ〜、手を繋いでるところ。初々しいですなぁ〜」

 

そんなの見てないで仕事しろ、と突っ込みたくなるのを堪える。

 

「はい、二人分のチケットです。頑張って下さいね!」

 

「あはは……」

 

とりあえずチケット二人分を貰って絵里先輩の所へ戻る。

 

「お待たせしました、先輩………先輩?」

 

何やら、先輩は不機嫌そうだ。

 

「……ねぇ、勇人。お願いがあるのだけれど」

 

「?なんですか?」

 

「その先輩っていうの、やめにしない?」

 

「へ?」

 

突然の事に間抜けな声が出てしまった。

 

「だって……私達その…そんなに離れた関係でもないでしょう?だから…名前で呼んで欲しいの」

 

友達以上恋人未満、そんな微妙な関係性を僕と先輩は築いている──というより、僕が待たせている状態だ。それなら、先輩の意になるべく添いたいというのは当然だろうか。

 

「いや、でも………」

 

「い、嫌ならいいわ……ただ、そうしてくれた方が嬉しいなって…」

 

「……わかりま…いや、わかった………え、絵里」

 

僕の顔が今どうなっているのかわからない。ただ火照り具合からして、赤くなっているのは間違いないだろう。

 

「うん……ありがとう、勇人」

 

名前呼びにして、敬語を取っただけなのに、せんぱ…絵里は胸に手を当ててとても幸せそうに笑ってくれた。その事だけで、僕の中にも温かい気持ちが流れ込んでくる。

 

「さ、行きましょう勇人?今日を精一杯楽しみたいわ!」

 

「うわぁっ!?」

 

急に絵里に手を取られて、僕は水族館の館内に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ハラショー…すごく綺麗ね」

 

「そうだね……」

 

順番に見ていく中、今はクラゲの水槽だ。赤、青、緑と順番に変わっていく照明を透明なクラゲの体が写していて、何とも幻想的な光景だ。

 

不意に、繋がれた手がぎゅっと強く掴まれる。心臓の鼓動が早くなるのを感じながらチラリと絵里の方を見るとイタズラが成功したかのように舌を出していた。

 

「………心臓に悪いよ、絵里」

 

「ふふっ、なんとなくよ。なんとなく」

 

溜め息を吐くも、嫌な気分ではない。その後も色々な場所に振り回され、売店で飲み物を買って休憩することにした。

 

「どうぞ」

 

「あ、ありがとう。お金は……そういえば、チケット代も──」

 

座った絵里が慌て気味に財布を取り出す手をそっと抑え込む。

 

「今日は気にしなくていいよ。このくらい僕に出させてほしいから」

 

「え、でも──!!」

 

そっと今度は唇にそっと人差し指を当てる──いつかそうされた時のように。

 

「いいんだよ。今日は絵里の誕生日だろ?」

 

「えっ──そ、そう言えばそうだったわね…」

 

「え?」

 

絵里の発言に言葉を失ってしまった。

 

「ま、まさか自分の誕生日──忘れてた?」

 

「ええっと……その、最近色々あったでしょ?」

 

主に僕の失踪とか僕の手術とか……あ、あれ?よくよく考えたらそれって──。

 

「僕のせい……かな」

 

流石にいたたまれない気持ちになってしまう。僕の行動は、思っていた以上に彼女の負担になってしまったようだ。

 

「ごめん……そこまで絵里に負担をかけてしまったのは僕の──「はい、そこまで!」」

 

ピシャリ、と手を叩いて話をぶった切られた。

 

「私はさっき言ったでしょ?今日を精一杯楽しみたいって。だから湿っぽい話は一日禁止!!」

 

「……」

 

「もし、君がまだ申し訳ないって思っているのなら──」

 

両手で僕の右手を包み込み僕の顔を見つめる。

 

「今日、ちゃんと私をエスコートして頂戴?」

 

思わずその目に惹き込まれそうな魅力を感じながら、何か言わねばならないと必死に言葉を探して紡ぐ。

 

「わかった、こんな僕なんかでよければ「違うわよ、勇人」──?」

 

彼女は立ち上がり、その綺麗な金髪を弾ませながらこちらを振り返る。

 

「私は勇人だから、エスコートして欲しいの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水族館を出たあと僕達は同じビルの上の階にあるプラネタリウムを見て、そのあと昼食を取っていなかったのを思い出し、遅めの昼食をとるために喫茶店に入ることにした。

 

注文を済ませて料理がくるまでの間、絵里はずっと興奮しっぱなしだった。

 

「勇人、さっきのプラネタリウムは凄かったわよね〜!一年間全部の夜空を見せてくれるなんて思わなくってびっくりしちゃったわ!」

 

「確かに、しかも有名な星座は全部細かい説明までしてくれるなんて随分と親切な作られ方をしてたよね」

 

「やっぱり夜空を見るのっていいわよね……いつか本物を見に行ってみたいわ」

 

うっとりとした表情をしている絵里を見て、なぜだか僕は吹き出してしまった。

 

「な、何よ……変な事言った?」

 

「だって、綺麗な夜空を見ようと思ったらどうしたって明かりのないところに行かないと厳しいんじゃない?絵里は暗い場所苦手だし、どうするのかなーって思ってね」

 

「ふっふっふ、その点は問題ないわね」

 

「??」

 

「だって、勇人と見に行くもの」

 

予想外の返答に、今度はお冷を噴き出しそうになる。

 

「えほっえほっ……ぼ、僕となら平気なの?」

 

「ほら、夏合宿の時もさっきのプラネタリウムでも平気だったでしょ?あれは、多分勇人がずっと手を握ってくれてたからなのよ」

 

急にそんなことを言われると些か恥ずかしさを感じてしまう。絵里も耳が少し赤くなっているのが見えた。

 

「その……多分勇人がそこでも手を握っていてくれれば、平気なのかなって」

 

「はあ……絵里は全く僕のこと考えてないんだな」

 

思わず声に出して言ってしまった言葉にショックを受けたのか、絵里は涙目になってしまう。

 

「えぇ?!い、嫌だった………?」

 

「あー…いや、そうじゃなくて……その、そんなにずっと手を繋いでたら、そっちに気を取られて星を見るのに集中出来なくなっちゃうからさ…勿論良い意味で、だけど……」

 

実際、夏の星座あたりまで握っている手の方に緊張して説明がまともに聞けなかった。

 

それまでも手を繋いではいたけど、静かな中で隣に好きな人がいて手を繋いでる環境でそっちに気を逸らすなって方が無理な相談だ」

 

「そ、そうなの……その…えーっと………」

 

顔を真っ赤にしていきなり項垂れる絵里。

 

「え、絵里?」

 

「いきなり好きって言われると、恥ずかしいわよ……バカ」

 

ま、まさか………

 

「い、今の口に出してた?」

 

「出てたわ、それに聞こえてたわよ……」

 

やばい。死にたい……。恥ずかしすぎる。気まず過ぎてこちらも何も言えずにいると丁度店員さんが料理を持ってきてくれた。

 

「お待たせしました、料理をお持ちしました」

 

「ありがとうございます」

 

「これは美味しそうね!」

 

二人とも恥ずかしかったのか、全力で話を明後日の方向に逸らすことにした。

 

僕が頼んだのはオムライスで、絵里が頼んだのはナポリタンだ。

 

「「いただきます」」

 

オムライスを口に運ぶと卵の焼き加減が絶妙でとても美味しい。ここまで美味しいオムライスを食べたのは初めてで目を丸くしてしまう。

 

「美味しい……これはあたりを引いたかも」

 

「ナポリタンも美味しいわ……ねえ、勇人」

 

「ん?どうしたの?」

 

「一口ずつ交換しない?料理が得意な勇人が美味しいって言うなら間違いないでしょうし」

 

「別に構いませんけど…」

 

新しくフォークとスプーンを貰いましょうと提案する前に、僕の前にはパスタが巻き付けられたフォークが差し出されていた。

 

「はい、あーん」

 

「新しいフォークとスプーンを」

 

「あーん」

 

「いや、あの……」

 

同じ笑顔をキープされててなんだか怖い。

 

「せめてフォークを渡して」

 

「あーん」

 

同じ反応しか返ってこない……。無言で早くしろと言われてるような気が…「勇人、早く」言われちゃったよ。

 

「……むぐ」

 

「ふふっ、やっと折れたわね。どう?美味しいでしょ?」

 

私が作ったわけじゃないけどね、と付け足して苦笑いする絵里。

 

確かに、美味しいのだと思う。だが、恥ずかしさのせいかあまり味がしない。

 

「勇人、次は私に食べさせて?」

 

当然と言わんばかりにニコニコしてる絵里。ここまで来ればもう諦めるしかないだろう。それにこちらも既に食べさせてもらっているのだ、今更拒否権などないのだろうし。

 

諦めてスプーンでオムライスをすくって差し出す。

 

「……はい、あーん」

 

「あーん……」

 

口に入れて飲み込むと、ふむふむと今度は考え込み始める絵里。

 

「この味が勇人の好みなのね……少し研究が必要かしら」

 

「ええーと、絵里?」

 

「いえ、なんでもないわ。美味しかったわよ、ありがとう」

 

この後、他のお客さんが次々ブラックコーヒーを注文したりマスターがブラックコーヒーを飲んでいたりしたのは何故だろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勇人?どこに向かっているの?」

 

「もう少し目を開けないでね。もう少しで到着するから」

 

「わ、わかったわ……その代わり手を離さないでね?!」

 

「わかっているよ、ちゃんと最後まで絵里をエスコートするって約束したじゃん」

 

「で、でも少し不安なのよ」

 

僕は駅の改札を出てから最後の場所に到着するまで、絵里に目を閉じていてもらうようにお願いした。彼女は快く引き受けてくれたのだが、やはりどこに連れていかれるのか分からないのは不安なのだろう。

 

「よし、到着したから目を開けていいよ」

 

「う、うん……え?勇人の……家?」

 

「そういう事。さ、中に入りますよ、お嬢様」

 

「ちょ、ちょっと勇人──」

 

真っ暗にしてある玄関に絵里を無理矢理連れ込み明かりをつける。

 

パン!!パン!!

 

破裂音と共に火薬の匂い、そして色とりどりの紙が絵里に降り注ぐ。最初こそびっくりして目を瞑った絵里だが、今度は目を大きく見開いた。

 

『絵里(ちゃん)(さん)(お姉ちゃん)!!お誕生日おめでとう(ございます)!!!』

 

「え……亜里沙…皆?ど、どうして……?」

 

「一週間くらい前にな、うちら勇人君から頼まれたんよ」

 

希先輩が真っ先に口を開く。それに同調してにこ先輩も話し始める。

 

「絵里の誕生日パーティーを開きたいから協力してくれって頭を下げられた時は流石に驚いたわよ…ほんっと絵里の事になると勇人は必死なんだから」

 

海未さん、ことりさん、穂乃果さんが大きく頷いていたのは少し腹が立った。

 

「ふふっ、勇人さん、場所も費用も自分が提供するからって本当にすごい頼みようだったんですよ?」

 

「流石にちょっと呆れちゃったわね……」

 

花陽さんと真姫さんも酷い言いようだ。

 

「またまたー、真姫ちゃんだって結構必死に準備してたにゃ〜」

 

「誰かさんが楽しようとするからでしょ!!」

 

それを凛さんがからかってワイワイ騒ぐ。

 

「あのー……皆さん、主役をほっぽり出すのはやめてそろそろリビングに移動しませんか?せっかくのお料理が冷めちゃいますよ?」

 

「あー!ご飯が冷めちゃいます!」

 

「か、かよちん!!今日の主役はご飯じゃなくて絵里ちゃんだにゃ!落ち着くのにゃ!!」

 

「乾杯のドリンクを用意するわよ!海未、ことり!手伝って!穂乃果は零すから動いちゃダメよ!」

 

「あー!にこちゃん酷い!穂乃果だってやれば出来るもん!!」

 

雪穂ちゃんの号令で慌てて亜里沙ちゃん以外は皆リビングに戻ってしまう。

 

「勇人お義兄ちゃん、お姉ちゃん、お帰りなさい。やっと仲直り出来たんだね」

 

「まあ、ようやくって感じかな…?」

 

「これで亜里沙とじゃなくてお姉ちゃんと結婚だね!」

 

「あ、亜里沙?!ま、待ってちょうだい!勇人と結婚ってなんの話?!」

 

先程までフリーズしていた先輩を最悪の状態で復帰させると、笑いながら亜里沙ちゃんは奥に入ってしまう。

 

「絵里、僕達も中に「待ちなさい勇人」…な、なんでしょうか」

 

絵里はにっこりと笑っているはずなのに、何故だか後ろには般若が映し出されていた。

 

「説明、してくれるわよね?」

 

「………はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勇人、今日はありがとう」

 

皆が絵里を囲ってワイワイしてる間にこっそり抜け出して夜風に当たっていたのだが、どうやら見つかってしまったらしい。後ろから声をかけられた。

 

「主役が抜け出してきて良かったの?」

 

「誰かさんが抜け出さなければ、私も抜け出す必要もなかったのだけれど?」

 

ジト目で睨まれてしまう。

 

「皆からのプレゼント、どうだった?」

 

「ふふ、嬉しくないわけないわよ。皆が選んでくれたものならなんでも、ね」

 

「そうか……それなら、これも喜んでもらえるといいけど」

 

「え?」

 

「何度も申し訳ないんだけれど、少しの間目を閉じててもらえるかな?僕からの誕生日プレゼントをまだ渡してないから」

 

「わかったわ」

 

ポケットからあるものを取り出し、素早く絵里の首元に巻き付けて後ろで止める。

 

「もう、いいよ」

 

大体首元に何かが触れる時点で察してしまうのだろうが、それでも良かった。

 

目を開けた絵里は首元を確認して、目を見開いた。

 

「パライバトルマリンっていう宝石で、10月の誕生石、オパールの一種なんだ。色合いとしても絵里に似合うと思って」

 

「これを……私に…?」

 

「うん……今までのお礼の気持ちを込めて………おっと」

 

いきなり抱きつかれ、驚きながらも絵里を支える。そこで見上げてきた絵里の瞳は輝きを湛えており、とても美しかった。互いの鼓動が溶け合うような、そんな錯覚に囚われていると絵里が口を開いた。

 

「胸がいっぱいで、まだ多くの事を言うことは出来ないのだけれど──本当にありがとう、勇人。今までで……最高の誕生日になったわ」

 

(そんな笑顔の前だと、どんなに綺麗な宝石を送っても霞んじゃいそうだ……)

 

「え?何か言った?」

 

そんな恥ずかしいセリフを聞かれていなかったことに安堵しつつ、僕はあることを忘れていたことに気付いた。

 

「あ、そうだ。言い忘れてた」

 

「?」

 

「お誕生日おめでとう、絵里」




絢瀬絵里ちゃん!!お誕生日おめでとう!!!

初めてデートを書いたので至らない点があるのはご了承ください……。

また、次回投稿はしっかり本編です。
お礼なども次回投稿時にさせていただきます。


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偽りの笑顔の先に
プロローグ〜偽りの笑顔〜


前置きをしておきます。これは作者の完全なる自己満足で書いている作品です

他の作品も自己満足でありますが、これはその中でも特にその毛が強いです

それでも宜しければ、読んでいってください


僕は廊下を歩いている。すると、目の前にハンカチが落ちているのを見つける。

 

視線を持ち上げるとそれを落としたと思われる女子生徒が少し先を歩いている。

 

慌てて拾い上げてその人に声をかける。

 

「あの──!」

 

「…あら?どうかしたの?」

 

「これ…落としませんでしたか?」

 

「!失くしてしまわなくて良かったわ…ありがとう」

 

その時に見た笑顔を、僕は多分忘れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は通学路を歩きながら頭を抱えていた。

 

(よりにもよってなんで今日こんな夢……!)

 

昨日で春休みも終わり、今日から2年生に進級した。

 

(どうやって顔を合わせればいいんだ……)

 

まだ生徒がおらず、静かな校舎内を歩いて目的の教室──生徒会室の前へと辿り着く。

 

「はぁ……」

 

「溜息つくと幸せが逃げてまうよ?勇人君?」

 

いきなり後方から聞こえた声に少なからず驚いてしまう。その声の主は僕のよく知る人だというのに不覚である。

 

「いきなり話しかけないでください東條先輩。おはようございます」

 

「一瞬ビクッとしてから振り返るところが面白いからできない相談やね♪おはよう、勇人君」

 

「相変わらずいい性格してますね」

 

そう文句を垂れるが先輩はいつも通りニコニコと人を食った様な笑みを浮かべている。

 

もう何度目かわからない溜息をついて生徒会室の扉を開く。

 

「あら、保科君、希。おはよう」

 

「……おはようございます会長」

 

「おはよ、えりち♪」

 

金髪碧眼に透き通るような白い肌、そして整った容姿。100人に聞いたら100人が美少女だと言うだろう人が座っている。この人──絢瀬絵里先輩はこの学校、国立音ノ木坂学院の生徒会長だ。

 

「早速で悪いのだけれど、仕事をお願い出来る?新学期なのもあって、結構溜まっているのよ」

 

「了解しました。僕はそこの束を片付けますね」

 

なるべく会長と目を合わせないように自分の席について書類を捌く。それから何分が経過しただろうか。大方仕事が片付いたのでチラリと横目に会長を盗み見るとバッチリ目が合ってしまう。

 

「……」

 

「……」

 

そっと目を逸らすと、会長の居る方向からの視線が冷たくなる。突き刺さるような視線を極力無視していると、唐突に東條先輩が地雷を投下する。

 

「なあ?勇人君はどうしてえりちと頑なに目を合わせようとしないん??気まずそうにしとるみたいだし何かあったん、えりち?」

 

「いえ……別に何があった訳でもないんですけどね」

 

「あ!えりちで変な夢見たとか?」

 

なんてことを言うんだこの女は?!!

 

「断じてそんな夢を見たりしてないんで会長もそんな氷のような視線を向けないでください。東條先輩もそんな変な事を言わないで下さい」

 

睨みつけるも本人はどこ吹く風でクスクス笑っている。

……殴りたい。

 

「ぷっ…くくく……」

 

「……会長はどうして笑ってるんですか」

 

何故か腹を抱えている会長にジト目で確認をとる。なんとなく理由は分かっているが。

 

「希の冗談に必死に弁明してる君が面白くて……あははっ」

 

どうやら、僕に向けてきた冷たい視線はからかう為の演技だったらしい。

 

「……もう知りません」

 

それから僕は一言も喋らずに、朝の仕事を終えた。二人が謝り倒してきたが全て無視した。別に僕も本気で怒っている訳では無い。ただ、やっぱりからかわれるのは気恥しいのだ。

 

去年からずっと続いてきた先輩達とのささやかな日常。僕はそれを気に入っていたし、最後までそれが続くものだと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「音ノ木坂学院は、来年度より生徒の募集を取りやめ、今の一年生が卒業したら廃校とします」

 

そんな始業式の日、理事長から告げられた一言が、まるで僕を嘲笑うかのようにその日常を奪い去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休み。僕達は生徒会室で昼食を取っていた。具体的には僕と東條先輩と会長──絢瀬先輩の三人だ。

 

近年共学化までして生徒の募集を行っていた中で僕は家から近いという理由で音ノ木坂学院を選択したのだが、余りにも男子が少なく、やはり教室にいるのは気が引けるのだ。

 

「数少ない男子も、中学から一緒の人達と群れとるもんね、勇人君が孤立するのも無理ない話やん」

 

「サラッと心の中を読まないでください。怖いですよ」

 

心外やなあ、と愉快そうに笑う東條先輩だが、絢瀬先輩の表情を見て少し悲しげな顔になる。

 

「……絢瀬先輩?」

 

「えっ?!あ!ごめんなさい、なんだったかしら?ちょっと考え事をしてたの……」

 

「廃校ですか?」

 

首肯する絢瀬先輩に先を促す僕。

 

「どうにかして廃校を阻止したいのだけれど……」

 

「難しいと思いますけど、僕は不可能なことではないとも思いますよ?ただし、先にご飯を食べませんか?お腹がすいては思いつくものも思いつきませんよ」

 

「そうね……希、保科君、食べ終わったら少し付き合ってくれる?私も、やれる事をやりたいの」

 

「「もちろん!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでどうして中庭に?」

 

「さっきあの辺に……あ、居たわね。理事長の娘さんの南 ことりさんよ」

 

一本の樹をぐるりと取り囲むように設置されたベンチに三人の女子生徒が座っているのが見えた。

 

「あ〜、なるほど。僕と東條先輩は脇に控えてればいい感じですか?」

 

「そうね……行くわよ…」

 

カツカツと歩を進める絢瀬先輩を横目に見ると明らかに緊張しているのがわかる。初対面の人と話すのが苦手な先輩なら無理もないけど、この人の場合……。

 

「少しいいかしら?」

 

ほら、カチコチに緊張してるよ。しかも眼光が鋭いし。面と向かっている三人の顔も若干ひきつっている。

 

そんな人見知りをしている絢瀬先輩は一先ず置いといて、その話し相手を観察する。

 

普段から特に会話はしないが、ベンチに座っている三人はクラスメイトの為、誰かくらいは知っている。

 

高坂穂乃果。底なしに明るく、オレンジ色のサイドテールが特徴的だ。たしか、教室ではよくパンを食べて、授業中に舟を漕いでいる光景を目にする。

 

南ことり。頭に乗っている団子のような塊が印象的で、声が甘ったるい。理事長の娘さんだ。尤も、そこで差別をしようとする先生が居ないのは理事長の人柄が影響しているのだろうが。

 

園田海未。大和撫子。人がそう呼ぶのに相応しいだけの見た目スペックを持ち合わせている文武両道を地で進む家元の愛娘。

 

三人は幼馴染みなのか、常に行動を共にしていることもあり印象に残っていた。

 

「あの……!学校無くなっちゃうんですか?!」

 

何をやり取りしているのかまでは聞いていなかったが、高坂さんが立ち上がり先輩に問いかける。

 

「……貴女達には関係無い事だわ」

 

先輩の返答はあまりにも素っ気なく、言外に「関わるな」と言っているようにしか捉えられなかった。

 

……何をしているんですか。

 

何故か少し満足気に立ち去る絢瀬先輩に続いて東條先輩が「ほなな〜」といって去っていく。よし、ここは巻き込まれる前に僕も──。

 

「待ちなさい、保科君」

 

「どうかしたのか、園田さん?」

 

僕を引き止めたのは同じ部活動に所属している園田さんだった。

 

「生徒会長、何かピリピリしていましたがどうかされたのですか?」

 

「あ〜、まあ……色々あるんだ、色々」

 

言えない……ただの人見知りでつっけんどんな態度をしてしまうのだなんて言えない……。

 

「生徒会長もやはり色々考えていらっしゃるのですか……引き止めてしまってごめんなさい。また部活でお会いしましょう」

 

なんとか誤魔化せたようで引き下がってくれた。と、今度は高坂さんがズイッと前に出てくる。

 

「貴方、同じクラスだよね?私のことわかる?!」

 

「数学の赤点補習常連の高坂さんだよね」

 

「嫌な覚え方だ?!」

 

「そっちの南さんも同じクラスだよね」

 

「そうだよ♪海未ちゃんのお友達だったんだね」

 

「友達というか、部活仲間?まあ、そんな感じ」

 

「こら二人とも、あまり引き止めては迷惑ですよ。お仕事がまだあるのでは?早く行った方がよろしいかと」

 

「ああ、そうさせてもらうよ」

 

どうやって高坂さん、南さんとの話を切り上げるか考えていた所に園田さんの助け舟が流れてきたのでありがたく乗らせてもらおう。

 

「またお話しようね〜!」

 

元気に手を振る高坂さんに元気をもらって僕は先輩たちの所へ急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……絢瀬先輩?」

 

「………なに?」

 

場所は変わって(戻って?)生徒会室。

 

「なんであんなに冷たい言い方したんですか?」

 

「言わないでちょうだい……気にしてるのよ……」

 

若干落ち込んでいる会長を少し呆れつつ見る僕と苦笑している東條先輩。

 

「いくら会長が真面目って認識をされているからといっても、もう少し周りを気にしなくてもいいんじゃないでしょうか?」

 

「でも……人が期待させているのよ?その通りに私は動かないと……」

 

「会長は少し気を張りすぎです。そんなに疲れるように振る舞う必要もありませんよ、僕や東條先輩と過ごすように周りにも接してみるだけで変わると思いますよ?」

 

「そうかしら……?」

 

「せやで。この前福引きで当たった時みたいに定期的に舞ったりすればええんやない?」

 

「ちょっと希?!なんでそれ知ってるのよ?!」

 

「東條先輩。それ詳しく教えてください。よかったら動画見せてください」

 

「ええよ〜」

 

「撮ってたの?!やめなさい希!!!」

 

取り留めのない話から、くだらないいつものやり取りへ。

 

僕は、そんな特別みのない、二人の先輩と笑いながら過ごせる日々が好きだった。

 

そう、好きだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なによ、これ……もう少しまともな案は無かったの?!やり直して!!」

 

「……っ!ごめんなさい会長……」

 

そう肩を落としながら企画係に抜擢された生徒は去っていた。

 

「えりち、少しやりすぎやで」

 

「ダメなのよ……!月並みじゃダメなの!!」

 

あれから既に一ヶ月がたっていた。日に日に焦りを感じ始めた会長を気遣って東條先輩が東奔西走してはいるが結果はこのザマだ。段々と生徒会の構成員も少なくなりつつある。

 

「会長……何処に行くんですか?」

 

「理事長室よ……今日こそ行動の許可を貰うんだから」

 

会長は、毎日理事長の元へ直訴をしに理事長室に行っている。とはいえ、毎日足を運んでいるという事は成果が芳しくない、ということなのだが。

 

言葉少なに去る会長を追いかけるように出ていく東條先輩。

 

「また今日も仕事は僕ですか……まあ、仕方ありませんかね〜」

 

カバンからエナジードリンクを取り出すと一気に飲み干す。決して体に良くはないが、ここ最近は詰まっている仕事僕一人でこなしている。人並みよりは慣れていても、一人で出来る量には限りがある。

 

「まあ、それだけ会長も追い詰められているんだから、やれるだけの事はね」

 

少しでも会長や東條先輩の負担を減らしたい。そう思って仕事をしているのだが、僕が一人の時に限って厄介事はやってくる。

 

コンコン、とドアを叩かれる。

 

「どうぞ、鍵はかかっていません」

 

「ごめんね………保科君」

 

先程ダメ出しをされていた生徒だった。もう二人、生徒会の書記さんもいる。手に握っている用紙を見れば、大体何があったのかも検討がつく。

 

「そこに置いておいてください、僕が受理しておきますから。お仕事お疲れ様でした」

 

そういった僕の前には、生徒会役員の辞表が三枚。その全てに承認の印を押す。その後すぐに書類の処理を再開した僕を見て、書記さんが聞いてくる。

 

「保科君はやめないの……?もう、これで貴方達三人だけなのに……」

 

「今の所辞める予定は無いです。今の生徒会じゃ、仕事の八割は僕がこなしているようなものですし、僕が抜けてしまってはそれこそ笑い話にもなりませんよ」

 

「そっか……強いね。それじゃ……本当にごめんなさいって、会長に伝えておいて?」

 

「ええ、わかりました」

 

彼女達も、最初は頑張っていた。廃校を阻止する為、他の高校にはない強みとしてアルパカを前面に押し出したパンフレットを作成してみたり、最近高坂さん達が始めたスクールアイドル、μ'sと一緒に何かやってみたらどうか、と。

 

だが、会長はそれを一言で片付けた。

 

『彼女達を宛にするのはよしなさい!他に何かないの?!』

 

その頃から生徒会室に来る人の数は減り、空気も重いものになっていった。そして一人、また一人と役員は欠け、丁度今の三人が辞めたことで今期の生徒会役員は僕と会長、東條先輩の三人のみになった。

 

「ここも三人だけで使うには少し広いよな」

 

 

ドカン!!

 

 

書類を捌きながらそんな事を呟いていたらドアが乱暴にこじ開けられた。会長が空いていた席に座るやいなや頭を掻きむしる。

 

「なにが悪いって言うのよ!?私も必死に考えて考えているのに!!なんでよ……どうして……」

 

始めは強かった言葉にもすぐ覇気が無くなっていく。ひと月前の面影はひとつも無かった。

 

……潮時なのかもしれない。

 

「無理に決まっているじゃないですか」

 

「……ぇ」

 

「そんな風にパニックになっていれば誰かから同情してもらえるとでも思ってるんですか?つい先程も、二人から辞めたいと申し出があったので受理しました。あまりにも強く周りに当たりすぎですよ、会長……いえ、先輩」

 

「保科君……?君は……何を言っているの?」

 

「昨日から受け取っていたのですが、今この場で言い渡しますね」

 

仕事の時は会長、それ以外は先輩。そうルールを決めていた僕と先輩。僕がこの部屋で彼女を先輩と呼ぶという事が意味する所を、先輩はもう気がついているはずだ。

 

「絢瀬絵里先輩。貴女は本日付けで生徒会長の解職をします。そして同じく本日付けで生徒会が行う全権を僕、保科勇人に委託します。これは、校長先生と理事長により認可されたことです」

 

「……嘘」

 

「申し訳ありませんね、先輩。何時までも貴女のような仕事をする事を忘れたものに権利を預けておけるほどここには余裕が無いんです」

 

できるだけ傷つける言葉を、それでも再起できるような言葉を選ぶ。

 

あくまで、僕は先輩に自由になって欲しいのだから。

 

「どうして………どう……してよ……」

 

ブツブツと何か言いながらフラフラとした足取りで去っていく先輩。その姿が見えなくなると僕は元いた場所に座り込む。

 

「保科……君」

 

こんな時に声をかけてくる人なんて一人しかいない。扉の前で佇む東條先輩に僕は目を向ける。

 

「……聞いていたんですね、東條先輩。早くかいちょ……絢瀬先輩を追いかけてください。μ'sに引き込んで、あの人の本当の力を……きっと、あの人なら成し遂げてくれるはずですから」

 

「でも……それじゃあ保科君が」

 

「僕は悪役でいいんです。ほら、早く。僕にはもう追いかける資格なんてありませんから」

 

僕は、精一杯笑ってみせる。

 

うまく笑えているのかと不安になるけど、精一杯笑顔を作る。

 

いつの間にか、東條先輩も居なくなっていた。

 

「頑張って下さいね──絢瀬先輩」




ここまで読んでくださりありがとうございます。

次回もよろしくしてくださると個人的には嬉しいです


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第一話〜誰がための〜

黒っぽい猫でございます。

今回もよろしくお願いします


絢瀬先輩の件から数日が経った。僕の生活は大して変わらない。授業が終われば一人で生徒会室へ行き、一人で仕事を片付ける。

 

絢瀬先輩は、日に日に元気を取り戻しているそうだ。東條先輩から聞いた。

 

「んー…少し眠いな……」

 

ここ数日の間まとまった睡眠を全くと言っていいほど取れていない。理由は明らかで、辞めていった役員達の仕事も僕一人でこなさなければならない。僕にそんなに高い処理能力があるわけもなく家に持ち帰ってやると、いつの間にか朝になっている。勉強にも時間を回しているのだから当然といえば当然なのだけれど。

 

「仕方ない……少し仮眠を取ろうか」

 

アラームをセットすると腕を組んで目を瞑る。それだけで、あっという間に意識は落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンコン、コンコン

 

「ん………」

 

閉じていた目を開くと、時計の針は一時間進んでいた。アラームはとっくに切れている。

 

コンコン、コンコン

 

「やれやれ……どうぞ。入ってきてください」

 

「はい、失礼します」

 

「失礼します」

 

「……」

 

「なにか御用ですか?」

 

「はい、これを」

 

入ってきたのは三人の生徒。

 

一人は園田海未。μ'sの発起人である高坂穂乃果の幼馴染みであり、文武両道をこなす努力人。

 

一人は西木野真姫。ファーストライブの時からμ'sの作曲を担当している。その才もさる事ながらその歌声も多くのファンを惹き付けている。

 

そしてもう一人は絢瀬先輩だった。

 

「ライブ場所の使用許可……。僕が首を縦に振ると思って来ているんだったら見通しが甘いです。これに関して生徒会は一切の承認をしません」

 

ピクリ、と西木野さんの眉が引き攣った。なるほど、この三人なら自分の強い意志を持ち、だがこちら側の意見を聞くだけの度量はあるというわけだ。

 

「どうしてダメなのか聞いてもいいですか?」

 

園田さんが食い下がる。

 

「別に部活動として活動する分には一向に構いません。ですが、それは部活動の紹介をするに当たってするべき事であって、学校全体の説明に必要があるとは思えません」

 

「それは………っ!」

 

「学校の説明会を、おちゃらけた気持ちでやられてしまってはコチラが迷惑です。わかったら早く帰ってください。そのようなこともわからない人間達に時間を掛ける余裕は今の僕にはありませんので」

 

「……わかりました。失礼します」

 

「………」

 

園田さんは悔しげに、絢瀬先輩は悲しげにそれぞれ部屋を出ていく。

 

「西木野さんも、こんな所にいないで早く練習に行った方が」

「貴方、どのくらい寝てないの?」

「……君が何を言っているのかわからないね」

 

突然投げかけられた質問に虚をつかれ、一瞬言葉に詰まった。

 

「私はパパ……お父さんの病院へ頻繁に顔を出しているから体調不良の患者さんをよく見てきた。貴方の今の雰囲気は、まるで不眠症の患者さんそのものよ。慢性的な寝不足でしょう」

 

「……ハッ、拒絶した相手に心配されるなんて、僕も随分落ちぶれたものだね。これでもたかが三日寝てない程度だよ。支障はないね」

 

正直にいえばこれは強がりだ。だが、コレは僕が請け負った重荷なのだから決して捨てるわけにはいかない。

 

「……気をつけなさいよ。寝不足は心身のコンディションにも影響する。正常な判断ができなくなる前に休むことを進めるわ」

 

「余計なお節介どうも……。ところで、これでも一応先輩だから敬語を使ってくれると嬉しいんだけど」

 

「それは無理。絵里先輩を追い詰めた貴方に対して敬意を抱くことなんて出来ないから」

 

「そうかい」

 

淡々と話す僕に苛立ったのか、西木野さんはキッとこちらを睨み付けてくる。その目にはえも言われぬ迫力があり些か驚いた。

 

「……ねえ。一つだけいいかしら?」

 

「手短にお願いするよ」

 

「どうして?貴方は絵里先輩を慕っていたんじゃないの?何故あの人を突き放したのよ?貴方にならきっと絵里先輩を助けられたはずなのに、どうしてその義務をかなぐり捨てたの?」

 

西木野さんは目に涙を浮かべていた。

 

「あの時見た先輩はボロボロだったわよ。目も光が無かった。私達みんなで部室まで連れて行って、希先輩や穂乃果先輩達が頑張って、今はなんとか笑えるようにまでなったの」

 

「そっか、その報告が聞けただけでも良かった」

 

「よかった………?良いわけないでしょう……!」

 

西木野さんは堪えきれなくなったのか、シャツの胸倉を掴んでくる。

 

「アンタがもっと絵里先輩に目を向けていれば!アンタが裏切らなければあそこまで深く傷つくことも無かったのにどうして──ッ!」

 

「続きは……?それで、終わりかい?」

 

「貴方……泣いているの?」

 

「……まさか」

 

そっと自分の目に手を当てると、確かになにか液体が流れ落ちているようだ。

 

「おかしいな……とっくに感情の整理はつけたのに」

 

そっと西木野さんの手を解くとハンカチで目元を拭う。目を見せないように後ろを向いて、極力声が震えないように抑えながらなんとか言葉を紡ぐ。

 

「西木野さん、僕には逆立ちをしたって絢瀬先輩を助けることは出来なかったよ。いや、それは東條先輩一人でも無理だった」

 

「何を言って──」

 

「親しい人が何を言っても、あの時の絢瀬先輩には届かなかったってことだよ。そして、言葉を届かせるためには必要だった。僕か東條先輩のどちらかが汚れ役を買う必要があったんだ」

 

涙も収まり、声の震えもなくなった僕は西木野さんと目を合わせる。

 

「僕はね、絢瀬先輩には笑っていて欲しいんだ」

 

「……」

 

「そのためなら、幾らだって嫌われる。汚れ役だって引き受ける。たとえ誰に恨まれても、誰に笑われても構わない」

 

だから、今はまだ折れるわけにいかないんだ。

 

「ああ、そうだ。ここまで話を聞いたんだ、一つ僕の頼みを聞いてくれるかい?」

 

「……なんですか?」

 

「実は、口が固くて信頼のおける三人にライブの手伝いは依頼してある」

 

「!」

 

「明日、君はμ'sのリーダーを理事長室に誘導してもらいたい。そこで、君達が理事長から直々に許可をもぎ取るんだ」

 

「でも、それじゃあ会長が──」

 

「言ったはずだ。汚れ役も嫌われ役も僕一人だけでいい。君達は僕にそれを押し付ければいい。それだけの単純な話だよ」

 

「……」

 

「わかってくれたか」

「わかるわけないでしょ!!」

 

「貴方はどこまで自分の事を蔑ろにするの?!絵里先輩のことなんて何も考えていないじゃない!!」

 

……何を言ってるんだ?

 

「僕はただ、絢瀬先輩が辛くならないように」

「違うわよ。貴方は、ただ怖いだけ。絵里先輩に拒絶されるんじゃないかって怖いから、絵里先輩から逃げてるだけよ!!」

 

「だから?」

 

僕は、いつも通り自分を偽る。彼女達と馴れ合うつもりは無い。

 

「だからなに?そりゃ怖いさ。絢瀬先輩と面と向かって話すことなんて今の僕にはできない」

 

「……そう。貴方、最低ね」

 

「わざわざ言われなくてもわかっている。先程の件については君が好きに動けばいい。少なくとも、僕としては裏から君達を支援する用意がある」

 

西木野さんは、身を翻して去っていく。

 

「……頼みの件は、それとなく動きます。もっと自分のことも考えてください。もし本当に、絢瀬先輩に笑って欲しいなら」

 

振り返ってそう呟くと、今度こそ部屋から出ていった。

 

「………………なんだよ、それ」

 

西木野さんが去ってからしばらくの間、動くことも出来ず僕はその場に立ち尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、理事長室に僕はいた。勿論一人だけじゃない。

 

「あらあら、多数で押しかけてきて、なにか御用かしら?」

 

「やめてください理事長、僕は彼女達と馴れ合いに来た訳ではありません。生徒会の仕事上、次回のオープンキャンパスについて生徒会、詰まるところ僕自身で案を纏めてきました。目を通して総合的に評価をいただければ幸いです」

 

無論、ライブなどで校庭の使用許可などを下ろすつもりはありませんが、そう言って隣に立つ高坂さんを睨みつける。

 

「だから!どうしてダメなの?!ただステージで踊って歌うだけじゃん!!」

 

「だから、それは活動場所の屋上でやればいいだろう?!運動部の説明に最も適してるのは校庭なんだ!わざわざ一つの部活のために他の運動部には諦めろというつもりなのか?君達はいつからそこまで偉くなった!?」

 

「うっ、それは……」

 

「お言葉だけど、生徒会長?確かに運動部の紹介のために校庭を使うのは理解出来るわ?でもだからと言って、別に全ての時間をそれに費やすことは無いでしょう?」

 

「ええ、確かにそうですね」

 

ここまでは計算通りだ。理事長がこういった反応を見せるのもわかりきっている。

 

「まして、彼女達のステージも部活動紹介の一部として組み込めば問題ないんじゃないかしら?」

 

「そうだよそうだよ!!別にいいじゃない!」

 

「穂乃果!貴女は少し黙っていなさい!」

 

理事長に便乗する高坂さんを窘める園田さん、なんとも微笑ましい光景だ。

 

ただ、これで僕もカードを切れる。

 

「そうですか、わかりました。理事長がそう仰るのなら僕からこれ以上言えることはこれだけです。精々、貴女達の活動がこの学園の汚点にならないよう、気をつけてくださいね」

 

「なによ!!あんたに何がわかるの?!ただ偉そうにイスに座ってふんぞり返ってるだけのあんたにあたし達の何がわかるってのよ?!」

 

一言余計だったか、脇にいた矢澤にこ先輩に食ってかかられる。

 

「まあまあにこっち、落ち着いて?な?」

 

「希!アンタは好き勝手言われて腹が立たないわけ?!絵里のことをあんな目に遭わせた奴なのよ?!挙句の果てにこんな事まで言われて!私は我慢の限界よ!!」

 

「小さいのは体格だけじゃなくて器も、なんですね、矢澤先輩」

 

「アンタねぇ……!!」

 

パンッ!

 

にこ先輩が何か言う前に、頬に衝撃が走った。周りのみんなが驚いている。僕自身も、何が起こったのか理解出来ていなかった。

 

痛む頬を抑えて前を見据え──




今回は短いですが、ここで区切ります。

ここまで読んで下さりありがとうございました。
次回もお待ちくださると幸いです



2020年10月19日(月):本文の一部改訂を行いました。


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第二話〜決定的に〜

頬に走った衝撃に、思わず一瞬思考が止まる。

 

「どうして……そんなに酷いことを言えるの?」

 

最も笑って欲しいと、そう願っていた人が目の前で泣いている。痛みよりもその事が何よりも辛かった。

 

僕の頬を叩いたのは、絢瀬先輩だった。

 

「貴方は、そこまで変わってしまったの……?もっと優しかったのに…どうして?」

 

「……僕は、失望しただけですよ」

 

これを言ってしまえば、もう絶対に後戻りはできない。それでも、言わなければならないのだろう。この人とは、ここで決別するべきだ。

 

 

 

鉛のような口を開く。

 

 

 

「僕は優しすぎて、自分の身を滅ぼしかけた貴女に失望しただけです。だから、僕は斬り捨てました。優しさなど不要だと。だから貴女達を免職するように掛け合ったんです」

 

言葉にしてみれば、全くと言っていいほど脈絡もない事だ。自分でも笑ってしまうくらい支離滅裂だ。それでも、この場で言うからこそ意味があるのだろう。

 

「そんなくだらない貴女に失望したから、貴女を排除しました………もういいですよね?失礼しました。後日、草案を受け取りに行きます、理事長」

 

「え、ええ………わかったわ」

 

憤りを隠しきれていない矢澤先輩と園田さん。あまりの状況に唖然としている高坂さんと二人の一年生。涙を流している絢瀬先輩。それを慰めながらこちらを睨む南さん。

 

理由を理解しているから、悲しそうな顔をしてこちらを見る東條先輩と西木野さん。

 

様々な視線を浴びながら僕は理事長室を後にする。

 

これでよかったんだ。これで、よかった。

 

何度も言い聞かせる。自分の頭に響いてくる避難の声を捻り潰し、必死に頭を正当化する。

 

「これで、嫌われ役に徹せられる……だからこれが最適解だ」

 

震える膝に拳をめり込ませて震えを止め、LINEである人に電話をする。

 

「もしもし?詳しい打ち合わせがあるから──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、私たちを呼んだ、と」

 

「そういう事だ、よろしく頼むぞ。三人共」

 

生徒会室。μ'sとの一悶着の後に僕は打ち合わせのために三人の生徒を呼んだ。

 

「それにしたって、ずいぶんとひどい喧嘩の仕方したんだねぇ?」

 

「喧嘩と言うより、完全に罵倒だよね、矢澤先輩に対しては挑発してるし…」

 

「意地っ張りにも程があるんじゃない?」

 

「お前ら三人とも容赦なさすぎじゃない?ヒデコ、フミコ、ミカ」

 

「「「自業自得でしょ!」」」

 

「いやまあ、否定しないけどさ」

 

ため息混じりに、余計なこと言うんじゃなかったなぁ、とボヤく。

 

仕事上とはいえ信頼関係は大切だろうと思って全て話してこのざまだ。やっぱり女はめんどくさい。

 

「でもさー、絢瀬先輩との関係ってそれじゃ修復不可能じゃない?もう少しなんとかならなかったわけ?」

 

「いいんだよ、もう。最初から高嶺の花だったんだ、今更だ」

 

「裏で私達に依頼するんだもんね〜。この捻くれ者〜」

 

「うっせ、少し黙ってろよフミコ」

 

この三人は小学生からの付き合いであり僕の性格を熟知してくれている。その上高坂さん達とも仲がいいので、非常に便利だ。

 

「あ、そうだ。生徒会室に冷蔵庫を注文してスポドリ冷やしとくから、それちょくちょく差し入れとかしてくれる?適当に応援資金募った体にしておけば違和感もないだろうし」

 

「「「過保護すぎだから?!」」」

 

「別にいいだろ、お前達の評価うなぎ登りだろうし誰も損しない」

 

三人とも今度は悲しそうな顔になる。

 

「……ユウが損してるじゃんか」

 

「元々数に入ってない奴カウントしても仕方ないだろ」

 

「はぁ……まあ、頼まれたからにはやるけどさ」

 

「弓道部の人達の何人かにも声掛けてあるから上手く協力して準備してくれ」

 

「園田さんに伝わるかもよ?」

 

「あの人はどうせもう気がついてるからもういいよ…」

 

園田さんの鋭さは凄まじい。気づかれているものとして行動するべきだろう。

 

「今日はもうここ閉めるぞ。細かい話は伝えたから後はそっちで頼むぞ。報酬は夏休みの宿題の面倒見てやるのでいいだろう」

 

「「やりぃ!!」」

 

「二人とも……」

 

「まあ、逆に言えば僕から出せる条件なんてそれくらいだよ。申し訳ないけど、お金まで出せるほど余裕無いからね……」

 

「いくら私達でもそれは怒るよ?」

 

不満そうな顔のミカに詰め寄られる。

 

「私達はお金とか見返りを求めて行動してるわけじゃないんだから、本当はそういうのも気にしなくていいの!!そこは勇人と同じだよ!」

 

「何を言って……「勇人が全部μ'sの為に動いてることが分からないほど私達は鈍くないよ。そりゃあもう少しやり方があるんじゃないかって思うし穂乃果達とも仲良くはしてほしいけど、今は無理だってこともわかる。とってもたくさんの事を一人で抱え込んでるんだよね?」……」

 

今度はミカだけじゃなくて二人も真剣な顔をしていた。だからこそ、と笑いながら手を差し伸べてくれる。

 

「「「頼れる所は、私達に任せて!!」」」

 

「……!ああ……ありがとう」

 

「あ、でも時期が来たら全部話しちゃうけどいいよね?」

 

「待て、なぜそうなるフミコ?!」

 

「さっきミカが言ったでしょ?私達は穂乃果達とも仲良くして欲しいんだって。だから、その時がきたら穂乃果達に話すよ」

 

「ヒデコまで……ここに僕の味方は居ないのか…」

 

「「「捻くれてるからでしょ」」」

 

三人ともよくハモるけど仲良しかよ…仲良しか。

 

「まあ、そういう事だから後は私達が準備進めるからね〜」

 

「ユウもちゃんと寝なよ?」

 

「目元のクマを隠すならもう少し練習した方がいいと思うよ!」

 

ヒデコを筆頭に三人が生徒会室から出る。

 

『ああ!!ヒデコ、フミコ、ミカ!なんで生徒会室から出てきたの?!』

 

『いやあ……アハハ、まあ、色々あってさ』

 

頼むからちゃんと誤魔化してよ……。

 

『もしかして会長さんに酷いこと言われたんだね!!穂乃果が文句言ってくる!!』

 

無理だよねー……お前ら嘘下手だもんね…。

 

「………」

 

無言でドアに鍵をかける。早く帰ればよかった…。

 

ドンドン!!ドンドン!!

 

『会長さん!!用事あるから開けて!!』

 

「ドアの前での話は聞いてたけど開けるつもりは無い!面倒事は僕はゴメンだよ!」

 

『いいもん!職員室で鍵借りてくるもん!!』

 

言うが早いか、高坂さんは去っていく。勘弁してくれないかな……。まあいいや、今のうちに帰らせてもらうとしよう。

 

カバンに残った仕事を入れると生徒会室の鍵をかける。

 

「やれやれ……僕にとって平穏な生活なんて望むべくもないかもしれないけど、もう少し波風立てずに過ごしたいなぁ……」

 

僕は鍵を先生から一々返しに来なくていいと言われているのでそのまま下駄箱へ行く。

 

「随分と遅かったですねほの………」

 

園田さんが僕と高坂さんを間違えたらしく振り返りかけて止まった。よく見ると南さんも隣にいる。

 

最悪だ……。

 

「………」

 

無言で傍を通り抜けてそのまま「待ちなさい」帰れる訳ありませんよね知ってました。

 

「どうかした?」

 

「一つ聞きたいことがあります」

 

「僕は忙しい、そんなのに付き合う余裕は「どうして貴方は無理をし続けるんですか?」」

 

やはり、見抜かれていたみたいだ。

 

「希先輩や真姫が貴方を気遣うように見ているのを見ていたので、何となく」

 

「余計なお世話だよ。君達には関係ないね」

 

「あります。絵里先輩の精神面に大きく関わります。そしてそれは、私達全体の雰囲気に影響があります」

 

「そうかい………本当によかった」

 

「え……?」

 

「そんなくだらなくて安っぽい感情を持って馴れ合いで活動する君たちの事などどうでもいい」

 

そう何度も口を滑らせるほど僕は間抜けじゃない。僕にだって譲れないものはある。

 

「そんなバカバカしいことに時間を費やしているようだとテストの順位を僕に抜かれるよ?」

 

「!それこそ余計なお世話です!!」

 

終始、南さんはこちらを睨んでいた。なにか嫌われるようなことしたっけ?

まあ、嫌われるか。

 

 

 

 

 

 

 

これ以上は話の無駄だし、高坂さんが戻ってくるとかなわないので僕は彼女達を無視して帰途につく。

 

「はぁ……一日だけで何回人を罵倒すればいいんだよ…」

 

馬鹿馬鹿しいのも、下らないの全部僕だ。ヒフミに言われた通りだ。

 

他の人ならもっと上手くやれたと思う。誰も傷つく必要のない工夫ができたと思う。

 

「でも、僕にできるのはこれだけだから」

 

自分にない発想を羨んでも仕方ない。不完全な僕は不完全なりに自分の解を見つけなければならない。

 

「その行動の結果がこれなのだから受け入れて生きるしかないのさ」

 

さて、明日はどんな風に嫌われるかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の放課後には理事長が直々に生徒会室まで来た。その顔には若干の険しさが含まれているようだ。

 

「理事長、何か自分の草案に問題点がありましたか?」

 

「いえ、特に訂正すべき点もないわ。不自然なことに、μ'sのライブまでもがこの草案には初めから組み込まれているけどね」

 

「さあ、果たしてなんの問題があるのか僕にはさっぱりですね」

 

「私の記憶が正しければ、貴方は昨日μ'sのライブを拒否しましたよね?その上でこの草案にはライブの時間配分がなされている」

 

「ダメですか?」

 

「私にはわからないのよ。貴方がなんのために嫌われるような発言をしたのかが」

 

「話したくない、では通りませんか?」

 

理事長の目が鋭くなる。

 

「昨日、あの後絢瀬さんは泣き崩れていたわ。自分自身のことが許せないって、そう言ってたわよ」

 

「──!だからなんですか……僕には関係ありませんね」

 

「ここで話をしたことは口外しないと約束しましょう。人生相談のつもりで話をしてみない?貴方だって積もると辛いでしょ?」

 

「…色は相対する二色があればより輝きます。善と悪も同じだと思います」

 

「……」

 

沈黙とともにこちらを気遣うように見る理事長。

 

「そんな目で見ないでくださいよ。僕は失敗しません。最後まで嫌われ続けますよ」

 

「貴方、いつまで無理をし続けるの?」

 

「さあ?別に僕は無理などしてませんが」

 

「それなら、今はそういうことにしておきましょうか……お邪魔したわね。草案は、これで許可します。校長先生とも昨日話した結果よ」

 

「わかりました。それでは僕もそのように動きます」

 

理事長がいなくなったのを確認する──そろそろいいかな…。

 

ガタッ!

 

「はっ…はっ……」

 

激しい動悸に胸を抑える。イスに座っていることも出来ず、ただ蹲って必死に肩で息をする。

 

少しでも気を抜けば刈り取られそうになる意識を繋ぎ止めながら生徒会室の鍵を閉め──!

 

ガチャ!

 

「ほな、入るよ保科く…?!どうしたん?!」

 

「なん……でも……ありません………大丈夫…です…ぐっ……!」

 

「酷い汗……とりあえず、保健室に行くよ」

 

どうして東條先輩が入ってきたのかはわからないが保健室に運ばれる前になんとか理由をつけて帰ってもら「何があっても今回は君を保健室に運ぶからね?」………。

 

「いくら何でも、そんな苦しい顔の君を放置しておけるほどウチは冷たくないよ?ウチに見つかったのが運の尽きやで、保科君」

 

「はぁ…わかりました、どうにでもして下さい」

 

今回は僕の不注意でもある。今後このような失態をしないために、薬も必要だろう。

 

 

もっと上手く、隠すべきだろう。彼女達にこれ以上悟らせる前に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません、東條先輩。肩貸してもらって」

 

「ええんよええんよ、気にせんで休みな?」

 

僕は結局保健室で寝かされている。あの後も往生際悪く生徒会室で横になれば良くなると言い張ったのだが、無理矢理運ばれた。

 

「どうせ、録に寝てないんやろ?見たところ目元のクマも酷くなってるし」

 

「…お見通しですか?」

 

「絵里ちのために悪役まで買って出て、生徒会の活動を全部一人で背負って、勉強にも手を抜かない……不器用なのはわかるけど、もっとやり方があるんやないの?」

 

椅子に腰掛けた東條先輩にそっと頭を撫でられる。抵抗しようにも、ベッドの温かさに体の疲労が負けてしまっているようだ。腕も上手く動かない。

 

「無いですよ…他の手段なんて。先輩も言ったじゃないですか。僕は不器用なんです」

 

だから、他の手段なんてわかりません。

 

「それはそうと、さっき苦しそうやったのは持病かなにか?」

 

「まあ、そんなところです。問題ありません。今日はたまたま薬を忘れていただけですし、あのまま誰も来なくても自力で帰る予定でしたから」

 

本当は帰るつもりもなかったが、概ね嘘は言っていないからいいだろう。

 

「そっか……」

 

東條先輩が僕の頭を撫でる手が少し震えているのを感じて上を見上げると、顔を片手で覆っていた。

 

「東條先輩……?」

 

「……ごめんね…全部、押し付けちゃって…本当なら私がやらなきゃいけないことだったのに…絵里ちの事も、本当は私が──「やめてください東條先輩」」

 

僕は、どうやらこの人にも泣いて欲しくないみたいだ。絢瀬先輩に最も近い人、誰よりも優しくて、誰よりも人を思える人。

 

「僕は、あの時覚悟を決めました。絢瀬先輩と決別して、絢瀬先輩が笑えるようにどんな泥でも被ろうと。それは僕自身の意思なんです。だから東條先輩が気にする必要は何も無いんですよ」

 

「でも……「でもも何もありません。東條先輩は絢瀬先輩達と楽しんでください。汚い所は全部僕が引き受けます。貴女達の物語に僕が主演する必要は無い。僕は悪役Aで」ダメだよ、それじゃあ「……」」

 

「保科君も、私達の中に必要だよ」

 

その顔に、涙はもう無かった。あるのは、何かを決意した目だ。

 

「保科君は絶対に認めないと思う。それでも、他のみんなが反対しても、私は君がμ'sに必要な人だってわかる」

 

「……いつもの占いですか?」

 

「それだけじゃない。ウチはちゃんと自分の目で君の事を一年間見てたんよ?わからんわけないやん♪」

 

「それ、他の男子だったら告白と勘違いしてますよ?」

 

「ち、違うよ!真面目に話しとるのにからかわないで!」

 

こんな僕のことを必要だって言ってくれることは嬉しい。でも、それとこれと話が別だ。

 

「ダメですよ、東條先輩」

 

「……え?」

 

「……僕には、もう誰かと何かをできる時間は残されていませんから」

 

「何を言って──」

 

「そのうちわかりますよ、全部」

 

僕は布団から起き上がる。多少フラフラするがもう大丈夫そうだ。

 

「本当に今日はありがとうございました。僕はもう帰ります。それでは」

 

東條先輩が何かを言う前に保健室から離れる。

 

「まさか、体がここまでボロボロだったとは思わなかったよ……ただでさえ少ない余命なんだ、もう少し大切に扱うべきかな」

 

そんな呟きは、生徒がいない廊下に響いて消えていった。




今回もここまで読んでいただきありがとうございます

主人公の保科勇人君についてはもう少ししてから詳しい紹介ができたらなと思います。

次回もよろしくお願いします


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第三話〜伝説の〜

今回も宜しく御願いします


オープンキャンパスは、μ'sのライブによって大成功を収めた。

 

廃校はひとまず延期となり、学校全域にも緩やかな空気が流れている。

 

保健室での一件は僕自身のブラックボックスに放り込んで普通に過ごしている。発作に関してもあれ以降こないし、もう暫くは普通に過ごせそうで何よりだ。

 

「それにしても、だんだん暑くなってきたな…」

 

と、スマホが着信を報せてくる。

 

宛先を見る。

 

『姉さん』

 

見なかったことにして仕事を……今度はメール?

 

《なんで電話に出ないのかな、ユウクン?次出なかったら君の黒歴史を希ちゃんに横流しするからね♪》

 

「おいこらバカ姉!何勝手に僕の写真をとんでもない人に渡そうとしてんの?!」

 

『おー、やーっと出てくれたねユウ君♪』

 

「脅迫者のセリフかよ……」

 

『それはそうと、ユウ君。今!私はどこにいるでしょーか?』

 

「いや、普通にアメリカにいるんじゃ『正解は秋葉原駅でした!!』……はぁ?!」

 

姉さんは今両親の海外赴任について行ってアメリカの高校に通ってるはずなんだが……?

 

「いや、学校は?」

 

『単位全部揃って暇だったから♪』

 

「もう何も言うまい……で、僕にどうしろって?」

 

『今から30分以内に秋葉原駅に来なさい!お姉ちゃん行きたいお店があるけど一人じゃ入れないのよ〜』

 

「はぁ……一応僕は生徒会長なんだけど?仕事もあるし、生徒からの嘆願が何時あるのか分からないし」

 

『生徒会の仕事と自分の黒歴史を守ることどっちが大切なんだい?』

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やー!久しぶりだねユウ君!!」

 

僕が、姉──保科 夏海──と合流したのは連絡から20分後の事だった。

 

「何度も言うけど、それが脅迫者の態度かよ…」

 

はい、生徒会の仕事より自分の秘密を守ることを優先しました。ちゃんと張り紙をしてからこっちに来てるし大丈夫……だよね?

 

「で?行きたい場所って?」

 

「ホテル♪」

 

「帰るね」

 

「冗談だって!イッツジョーク!!」

 

「冗談を言うならもう少しそれっぽい顔をしてくれ…腹が立つから」

 

しかも無駄に発音がいいのがムカつく。

 

「私が行きたいのは、メイド喫茶よん♪」

 

「で?なんで一人じゃ入れないんだ?」

 

「それは……その……あまりにも二人組のお客さんが多い中に私一人で入るの恥ずかしくない…?」

 

「だったら他の店にすれば……「ダメよ!このお店にしか秋葉原のカリスマメイドはいないんだから!」は、はぁ?誰?」

 

「日本に旅行した友達が言ってたのよ!なんでもミナリンスキーっていう名前らしいの!一目見てみたいのよぉ……お願い、ユウ君」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へえ〜、そんな事があったんだ〜…」

 

そのメイドカフェに行くにあたって、駅から少し離れているらしく、学校での話を聞かせろという姉さんのリクエストに応えてポツポツと話しながら歩いている。

 

「姉さんも、他にやり方があったと思う?」

 

僕の中にある迷いを、それとなく話してみる。姉さんは少し考え込むように顎に手を当てる。

 

「う〜ん……わかんないな……私はその時その場所にいなかったし、絵里ちゃんや希ちゃんの状況もわからないから」

 

「そうだよね、ごめん」

 

「でもね。ユウが凄く頑張ったってことはお姉ちゃんでもわかるよ」

 

「姉さん………」

 

「ユウも悩んだんでしょ?他に方法があるんじゃないかって、ずっと探して、足掻いた結果にユウは実行したんだよね?」

 

だったら、仕方ないよ。そう言って姉さんは僕に笑いかけてくる。

 

「……てっきり姉さんは、僕のこと叱るかと思ったよ」

 

「人間には向き不向きがあるのよ。私に出来ることの全てが周りのみんなができるとは限らないってことは知ってるつもりよん?」

 

姉さんはなんでも出来る。比喩的な表現でもなんでもなく、姉さんに何かをやらせれば何も文句よつけようがないくらい完璧に全てをこなしてしまう。

 

「でも、私にだって出来ないことはあるよ。例えば人の為に自分を顧みないで行動するとかさ」

 

「……」

 

「だから、行動の方法はその人にあったやり方ですればいい。もし道を間違えているのなら、周りの人がユウの事を放っておかないと思うよ?少し思い出してごらん。心配してくれる人とか気にしてくれる人、いるんじゃないの?」

 

思い浮かべてみる。東條先輩、ヒデコ、フミコ、ミカ……。

 

「多分ユウはカウントしてないけど、父さんと母さんも今必死になってるし、私は何時でもユウの味方だよ」

 

クシャッと頭を撫でられる。

 

「うわっぷ?!」

 

「私は他の誰でもないユウの姉ちゃんだから!」

 

何か、熱いものがこみ上げてくるのを必死に堪えながら、僕は口を開く。

 

「……ありがとう姉さん」

 

「どういたしまして♪さ、もうメイドカフェに着いてるし入ろうね〜」

 

目の前のドアは小洒落ている。いかにもカフェといった佇まいだ。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様にご主人さピャッ?!」

 

「………!南さん…?」

 

僕の目の前に立っているのは明らかにµ’sの2年生であり衣装担当の少女、南ことりだ。

 

「ホワッツ?違いマース!」

 

「ユウ君!外人さんだよ!!」

 

「なわけあるか!こういう時にだけポンコツを発揮するんじゃねえぞバカ姉!」

 

「私は南などではアリマセーン!私は東デース」

 

「ぶふっ!」

 

思わず吹き出してしまった。

 

「ちょっ?!ユウ君、汚いよ!」

 

「いや……だって…あはははっ……南じゃなくて東って……くくく…」

 

「お姉ちゃんは弟のツボが心配だよ……」

 

「これ……私どうすればいいんだろう………」

 

この後、10分くらい笑い続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、南さんのその格好を見るにアルバイトって感じかな?」

 

「はい、そうです………」

 

笑いが収まってから、僕は南さんから事情を聞くことにした。何故か、ものすごく恐縮されている。敵意を向けられるのには慣れてるけどそういう態度をされるとこちらも反応に困る。

 

「いつから?」

 

「ええっと、穂乃果ちゃん達とスクールアイドルを始めた頃から……かな…」

 

「別に金銭的に困っているとか、そういうことは無いよね?」

 

理事長の娘なのだ。経済的に困るような状況にいるとは思えない。

 

「………」

 

「言いたくないなら言わなくていいよ。別に個人の動機にまで干渉するのは生徒会の仕事じゃないし、何より校外の活動に対して責任を持つのは職務外だからね」

 

「本当にいいの?」

 

「ああ、でも四月頃に申請書を出してもらったと思うんだけど、どうやらこちらの手違いで紛失してしまったみたいだから書き直して提出してくれるかな?」

 

「!」

 

南さんが驚いた顔をしてこちらを見てくる。何に驚いているのか全くわからない。

 

「それでこの話はおしまいだよ。僕と姉さんはご飯食べに来たんだから、接客お願い出来ますかミナリンスキーさん?」

 

「………はい♪ご注文がお決まりになりましたらお呼びくださいね、ご主人様♪」

 

少し早足で去っていく南さんを見届けると姉さんが話しかけてくる。

 

「ねえねえ、あの娘って本当に一度申請書出してるの?」

 

「出てたんじゃない?四月の半ば頃だと日々の雑務の処理で手一杯だったし、絢瀬先輩と東條先輩も廃校阻止を考えてたから仕事の大半は僕一人でこなしていたからね。一枚くらい見落としがあっても何ら不思議じゃない」

 

「全く……ユウ君は優しすぎるんじゃない?」

 

「何言ってんの、姉さん。優しかったらとっくに恋人のひとりやふたり居るでしょ」

 

「そんなこと考えずにリラックスしな弟よ!今日はお姉ちゃんの奢りだから!!」

 

「絶対あんた一人で店に入れてるだろ……てか僕の渾身の自虐ネタをいとも簡単にスルーしやがって」

 

これも姉さんの気の回し方なのだろうか…「ユウ君ユウ君、これ美味しそうじゃない?!」いや気のせいだな。

 

この後は他愛のない話をしながら気がつけば外も暗くなっていた。

 

 

 

「そういえば、姉さんはいつ向こうに帰るの?」

 

秋葉原駅から行くと言っている姉さんを送ることにして、駅まで歩いている。

 

「今日の夜中のフライトで行く予定だよ。お姉ちゃん居なくなるのが寂しいの?」

 

「まさか、しょっちゅう電話してくるのは姉さんのくせに、姉さんこそ寂しいんじゃないの?」

 

「うん、寂しいよ」

 

前を歩く姉さんの表情は僕からは見えない。ただ、肩が震えていた。

 

「寂しいし悔しいよ。確かにアメリカには父さんも母さんもいるけど、私にとって弟は勇人一人なんだし。その弟が沢山のものを──自分一人のものだけじゃなくて、色々な人のものを抱えているのに、私は隣に居てあげられないんだよ」

 

振り向いた姉さんは、目を潤ませながらも笑っていた。

 

「大丈夫だよ、ユウ。父さんと母さんは今頑張ってるから。絶対にユウの事を助けるんだって。私も少しだけど手伝ってる。だからユウは、最低限の体調管理以外は体のことは気にしなくていいよ。私達が、必ず──」

 

「わかってるよ、姉さん。僕は何も心配してないから。姉さん達のことを信じているからさ」

 

抱き締められた。優しい姉さんの香りに包まれるのを感じる。ずっと小さい時から、僕が泣いている時は姉さんがこうしてくれたっけ。

 

「姉さん……恥ずかしいからそろそろ離れて…」

 

道路のど真ん中でさえなければ、そこまで恥ずかしいことでもないんだろうけど…。

 

それから少しして姉さんは渋々ながらも離れてくれた。通行人の目が痛い……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユウ君、私は何時でもユウ君の味方だからね」

 

「ああ、ありがとう姉さん」

 

駅前で、姉さんに別れを告げる。

 

「ちゃんとご飯は食べなさい?」

 

「わかってるよ」

 

「彼女ができても不順異性交遊は認めないからね?」

 

「そもそもできないから大丈夫だよ」

 

「寂しくなったら電話するからね?」

 

「いや、そっちからするのかよ」

 

そんなやり取りをしていると先程のしおらしい展開が嘘みたいだ。僕もこの方が好きだし。

 

「……ユウ君、頑張ってね」

 

「まあボチボチ頑張るよ」

 

「また……ね」

 

「うん、また」

 

姉さんは、駅の改札を通って行った。そのまま姿が完全に見えなくなるまで僕はその場所から離れられなかった。

 

「いつが最後になるのかわからない身だからか少し感傷的になりすぎたかな」

 

僕の胸の爆弾は、どのタイミングで破裂するのかわからない。少なくともその場所は学校で会って欲しくはないものだ。

 

……これがバレてしまえば、あの三人どころか東條先輩や西木野さんが口を開いてしまいかねない。

 

「僕は最後まで悪役に徹する──その為の今までだったし、その為のこれからだ」

 

帰路について、誰にも聞こえない声で呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから一週間がすぎた。もう少しで今年の一学期も終わりを告げる。

 

「………?」

 

生徒会室の前に来たところで、紙が挟まっていることに気がついた。

 

「アルバイトの届出かな?それにしては枚数が多い………ライブのお知らせ?」

 

挟まっていたプリントは三枚。一枚は予想通りアルバイトの届出、二枚目にはメイドカフェの割引券付きのチケット。そして三枚目は──。

 

「ライブのお知らせ………か」

 

時間は今日の放課後だ。場所はメイドカフェの前。

 

「ふん………当日渡された所で僕にも都合というものがあるんだけど……ね」

 

よく考えてみれば、µ’sのライブを生で見た事は無かった。

 

「………これは生徒会長としての視察業務だ。決してそれの範疇を超えてはいない」

 

そう割り切ると、僕はそのまま下駄箱へと向かう。

 

外に出ると、初夏独特の暑さに体を包まれる。

 

「やっぱり……夏は苦手だなぁ…」




ここまで今回も読んでいただきありがとうございます

ここでお礼をさせていただきたく思います。

お気に入り登録をしてくださった皆さん、ありがとうございます。皆様の登録一件一件が私の創作のモチベーションとなっております。

また、評価をくださった

☆10:起動破壊様
☆9:tatsumi様、銀行型駆逐艦1番艦ゆうちょ様
☆8:クルクオン様
☆7トミザワ様

重ねて御礼申し上げます。これからもこの作品と私をよろしくお願いします


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第四話〜変化は否応なく〜

どうもお久しぶりです(?)

黒っぽい猫です。いつも通り御礼などをあとがきに書きなぐっております。

ここは短く、本編をどうぞ


µ’sの路上ライブから少し時が流れて夏休みに入った。

 

暑さは日に日に増していき肌を焦がしていく。日焼けはあまりしたくないので日焼け止めはぬるが、何処まで効果があるのか甚だ疑問だ。

 

これでまだ七月というのだから、来月の暑さを想像するだけで気が滅入ってしまう。

 

µ’sのライブを観た感想は感動の一言に尽きた。踊りにも歌にもすっかり魅了されてしまったかもしれない。僕のウォークマンには既にµ’sの歌が全て入っている。

 

まあ、だからと言って接し方を帰る予定は微塵も無いが。それはともかく、今は夏休み。本来ならクーラーの効いた部屋で炭酸飲料片手にゲームをしたいが、残念ながら仕事が山積みだ。

 

「夏休みとは言っても、仕事が減るわけでは無いんだよなぁ」

 

むしろ、学校に人がいない今だからこそ校舎内の見廻りをして直すべきところを学校側に提案するのも大切な仕事だったりするので、休みというのは名ばかりなのかもしれない。

 

「午後からはヒフミが来る予定だからそれまでに視察を終わらせておこう。今度、先生に頼んで弓道場を使わせてもらおうか」

 

コンコン

 

来客らしい。ヒフミは最早ノックすらなく入ってくるから、今は鍵をかけている。一度ここで着替えていた時に乱入されて以来は確実に鍵をかけるようにしている。まあ、今はどうでもいいか。

 

「はい、今開けますね」

 

ドアの鍵を開けた──次の瞬間僕は全力で飛び退かなければならなかった。勢いよく、本当に勢いよく扉が開いたのだ。

 

「危なっ?!」

 

「あははっ……ごめ〜ん…」

 

飛び退いてからドアを睨みつけるとその先に立っていたのは高坂さんだった。

 

「………なにか用?」

 

「うんっ!合宿の申請書を提出しようと思って」

 

「屋上での練習はあまりにも暑いという事で、特訓も兼ねて真姫の別荘にみんなで行く事になったのです」

 

言葉足らずな高坂さんを補う園田さん。彼女も相当な苦労人なのだろうか、僕と似た気配を感じる。

 

「それで、部活動としての外泊になるから許可を貰いに来たと」

 

「はい、いただけますか?」

 

「少し待ってね。今から書類を準備するから」

 

「なんでダメなの?!……え、いいの!?」

 

「寧ろなぜダメだと?疚しいものでもあるの?」

 

「てっきり保科君のことだから、頭ごなしにダメって言われるかと……」

 

一体彼女は僕の事をどんな鬼だと思っているんだ。いや、今はそんな事よりも……

 

「高坂さん頭ごなしなんて言葉知ってたんだね」

 

こっちの方が大切だろう。

 

「ちょっと!!穂乃果は数学以外そんなに成績悪くないもん!失礼だよ!!」

 

「穂乃果、もし印象を変えたいなら少しは知的に振舞ってみてはどうですか?」

 

「メガネかけたらどうかな?」

 

「「似合わないからやめておいた方がいい(と思いますよ)」」

 

「即答だ?!」

 

そんなやり取りをしながらも手を動かして必要な書類を集め切る。

 

「これが書類の全てかな。全員が保護者のサインを貰って僕に提出してください。東條先輩には電話で許可を貰うように伝えておいてくれると助かります」

 

「?これだけなのですか?」

 

「ええ、今回は西木野さんの私有地を使うとのことですし、それだけで構いません」

 

外泊場所が一般の宿泊施設だと、他にも面倒な手続きもあるが、使用されるのが身内のものならそこまでは必要無い。

 

「西木野さんの御両親には僕からお礼をしておくから君達は合宿に集中すればいい」

 

さ、帰った帰ったと二人を締め出す。

 

「僕は基本的に8時から午後の4時までここに居ますから、明日か明後日までにお願いします」

 

「わかりました。ありがとうございます。行きますよ穂乃果」

 

「ねえ、保科君?」

 

「なんですか?」

 

「貴方、私達の部活に入らない?」

 

世界が固まったような気がした。僕が彼女達の部活動に?

 

「……ありえない話だよ、僕と君達は水と油だ」

 

「そっか。もし気が変わったらいつでも来てね」

 

待ってるから。そう笑うと高坂さんは去っていった。突発的に行動するのは知っていたが、まさか自分がその憂き目に遭うとは思わなかったので冷静に返せたか不安だ。

 

「申し訳ありません……後で本人には注意しておきます」

 

「ううん、気にしなくていいよ」

 

園田さんも去った後、僕は一人考える。

 

僕がスクールアイドル研究部に、ね…。

 

「何を考えているんだ僕は。親しくしても後で辛くなるだけだ。僕も、その人も」

 

僕にはそこまで時間が残っていない。できるだけ人の記憶からは僕という存在を消しておきたい。

 

「考える余裕があるなら仕事を進めなきゃ。引き継ぎのことを考えるともう少し仕事を片しておかないと」

 

二学期になれば直ぐに生徒会長職の引き継ぎがある。それに向けてやらなければならないことは多い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いくら淡々と仕事をこなしていても、胸に刺さった高坂さんの言葉は、すぐに抜けることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……?」

 

三日後の理事長室。µ’sの全員が出した申請書に僕が印鑑を押して承認した上で理事長の前に差し出す。

 

「アイドル研究部の夏合宿申請です。生徒会長の僕は承認しましたので、あとは理事長の印鑑をいただければ承認された旨を彼女達に報告しに行きます」

 

「そう、わかったわ。でも──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東條先輩に頼んで全員を部室に集めてもらった上で、僕は溜息をつきながら彼女達の部室前に立っていた。

 

「報告したくないな……でも、仕事だからな…」

 

覚悟を決めてノックをしようとした瞬間──ドアが凄まじい勢いで近づいてくる。

 

「なっ──?!」

 

躱す間もなく目の前に火花が走った。どうやら強かに額をぶつけた──ぶつけられたらしい。

 

咄嗟のことに体が平衡感覚を保っていられずに廊下に倒れてしまう。

 

「え?!保科君?!」

 

「穂乃果さん?騒々しいわよ……!ちょっと!保科君大丈夫?!」

 

チラリと金髪が目に入った途端、僕の意識は完全に覚醒する。ダメだ、この人にだけは迷惑をかけられない。

 

「……大丈夫です。少し強くドアに頭をぶつけただけですから、お気になさらず」

 

未だに戻ってはいない曖昧な平衡感覚に頼りながら体を起こす。

 

「……報告があります。合宿の件で。中に入りますけど、構いませんね?」

 

心なし、口調が強くなっていたのだろうか。絢瀬先輩は手を僕に向けるのをやめると曖昧に頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで?報告って何?さっさとして頂戴」

 

部室に招かれは僕はまず高坂さんと園田さんに(主に園田さんに)謝り倒された。

 

園田さんからはやはり苦労人のシンパシーを感じる。

 

そして今話しかけてきたのはこのアイドル研究部の部長である矢澤にこ先輩だ。

 

「まずは、許可自体は降りました。それを先にお伝えします」

 

僕の言葉に、西木野さんを除いたメンバーから安堵の声が立つ。

 

「みんな、安心する前に保科さんの話を最後まで聞きましょう?含みのある言い方をするのだから何かあるのでしょう?」

 

「ありがとう西木野さん。彼女の言う通り、この話には続きがあります。顧問の先生の同伴ですが、出来そうですか?理事長から聞くところによると顧問の先生は昨日から他の部活の合宿で当分戻られないとか」

 

「たしかに、その通りです。ですがそれがた私たちの合宿となんの関係が────まさか」

 

「はい。顧問の先生の同伴がないと部活動としての合宿は認められないと」

 

「「「「「「えーーーーーー?!!」」」」」」

 

今度は園田さん、絢瀬先輩、東條先輩以外の6人が大声を出す。仲良しだなぁ。

 

「それで?貴方もわざわざそれを言う為だけにここに来た訳では無いのでしょう?」

 

ここまで周りにテンポを握られると、帰ってもう全部知られているのに言わされてる感があるな。

 

「園田さんは察しが良くて助かる。理事長から教師の確保が難しいならそれ以外で監視役をつけるべきだ、と言われてね。いっその事生徒会から出せと言われてしまったんだよ」

 

「ですが、生徒会と言いますと……」

 

9人全員の目が僕を見る。まあそうなるよね…。

 

「要するに、理事長は合宿するなら僕の同行が必須条件だと言ってきた」

 

今度こそ、全員からの絶叫が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕だって、最初から素直に受け入れたわけじゃない。

 

『はい?生徒会役員の同伴?』

 

『ええ、その通りよ。まあ、実質的には今の生徒会の成員は貴方だけだし、決定ね♪』

 

『しかし……』

 

『拒否権はないわよ〜?理事長の命令ですからね♪』

 

『……わざわざ、御息女を得体の知れない男と同じ屋根の下に放り込むんですか?』

 

せめてもの反撃を試みるが……

 

『貴方、絢瀬さんの事好きなんでしょ?そんな貴方が彼女が嫌がるようなことをするわけが無いもの。彼女の利益無く、ね?』

 

この人は、やはり全てお見通しらしい。

 

『わかりました……その仕事、引き受けます』

 

『よろしい!楽しんでらっしゃいね♪』

 

『………ところで、その情報は何処から?』

 

『ご想像におまかせするわ♪』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、皆さんはどうしますか?」

 

現実逃避から抜け出して僕は目の前の少女達に投げかける。

 

「もしも、どうしても足掻くというのなら理事長室へと抗議をしに行ってください」

 

最も、その程度であの人が折れるとは思えないが。

 

「うーん、ウチは別にいいと思うけどね?勇人君ならウチらのこと襲ったりしないやろうし♪」

 

変なフォローの仕方をしないで欲しいものだ。

 

「まぁ、別にいいんじゃない?悪い人じゃないだろうし」

 

僕的には拒絶して欲しかったんだけど賛成の方向に進んでるのはどうして?

 

「穂乃果は賛成!もっと私たちのいい所をこの機会に知ってもらおうよ!!」

 

「そうね。このスーパーアイドルにこにーの素晴らしさを教えてあげましょう!!」

 

高坂さんも矢澤先輩も頭は残念なようだ。

 

「本当なら、殿方と同じ屋根の下など破廉恥ですが、そうしなければ許可が降りないというのなら仕方ありませんね……」

 

ダメだ……最後の砦まで落とされた………。

 

「というわけで、今から日程を組むから保科君も参加してってね♪」

 

この後、夕方まで帰らせてもらえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

距離を置こうとすればするほど、何故か彼女達との距離が近くなっていくような気がする。

 

「……本当は、離れるべきなのにな」

 

高い確率で未来がない僕が彼女達と時間を共有することを、僕自身は未だに許せてはいない。

 

「それなのに、どうして胸が高鳴るのだろうな」

 

四月の頃は、もっと上手く距離をおけていたはずだ。

 

「僕も、変わってきているのだろうか……」

 

距離を置かなければいけない、という思いと共に居たい、という思いが自分の中でせめぎ合っているのを感じる。

 

「僕はヒーローでもなんでもない、ただの一般人なんだ」

 

ヒーローなら、或いは悪役ならば迷わず自分の信じたものを貫けるのだろう。でも、僕は普通の人間だ。

 

「……弱いなぁ、僕も」

 

モヤモヤしたものを心中に隠しながら、僕は通学路を歩いて家へ帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ただいま」

 

ポツリと、誰もいない家の中で零す。

 

「誰も居ないのに、ね」

 

自嘲気味な笑みを貼り付けて荷物を自室に放り投げ、そのままベッドにダイブする。

 

「はぁ……どうすればいいんだろう」

 

丁度その時、僕の携帯が着信を告げてくる。

 

『姉さん』

 

「……もしもし?」

 

『あっ!ユウ君久しぶり〜、元気にやってる?』

 

「また、ボチボチだよ。用はそれだけ?それなら切るけど」

 

『何やら合宿に同行っていう面白い展開らしいじゃないですか〜?だから姉さんから迷ってるだろうユウ君の背中を押そうと思って♪』

 

「……理事長といい姉さんといい、その情報は一体どこから仕入れているんだい?僕にプライバシーはないの?」

 

『ビジネスパートナーの名前は秘密だよん♪何しろ、秘密裏に動いているユウ君と絵理ちゃんをくっつけ隊の情報網だからね〜』

 

「それを僕に言ってる時点でアウトだって気づかない?」

 

『ふっふっふ、ユウ君にはメンバーを教えないから大丈夫だよ♪』

 

あ、そうそう、話はこれじゃないんだ、と姉さんは声色を少し真面目にする。

 

『いい報告だよ勇人。叔父さんがもう少しで見つかりそうだって父さんと母さんが言ってた』

 

「え………?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued




如何でしたでしょうか?
変化というのは、何も自分自身を指すものではありません。環境や情報によって変わるものです。

それをこの作品では表現出来たらいいなと思います。

さて、ここからはお礼をさせていただきます。
最新話まで読んでくださった皆さん、ありがとうございます。皆様のお陰でこの作品もUA4100突破や私自身が当初目標としていたお気に入り登録3桁などが突破できました。

また、以下の方に評価を頂きました。

☆10:レベルスティーラー様
☆9:ぺぺっぴ様、Dレイ様、asteion7様、優しい傭兵様、逆立ちバナナテキーラ添え様、星辰様
☆8:蛙先輩様
☆6:純愛鬼様

本当にありがとうございます。作者の励みになっております。また、上記にいらっしゃる「優しい傭兵」様は感想も下さりました。重ね重ねお礼を申し上げます。

今後も不定期な作者となりますが、よろしくお願いします。

それでは、また次回の更新でお会い致しましょう。

(他の作品も完成出来次第投稿致しますので、よろしくお願いします)


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第五話〜夏の罠〜

まさかの連投に驚きが隠せませぬ、黒っぽい猫です。

今回は主人公が羽休めをする回です。
それではどうぞ!


合宿当日、僕は誰よりも早く駅前に到着していた。具体的には、まだ集合時間の50分前だ。

 

「仕事的には保護者枠なんだから、そのくらいは当然だと思うことにしよう」

 

自分に言い訳をしてみるものの、やはり楽しみであることは否定しきれない。

 

そもそも、僕はあまり人と遠出をした思い出がない。皆無と言ってもいい。

 

小学校も中学校も万人の共通の敵として周りと距離を保ってきた関係上、そこまで付き合いの深い人間関係ができなかったのだ。

 

「共通の敵を持つことさえできれば、人は簡単にまとまることが出来る」

 

その事を小さい時に知ってしまった僕にとってこのような機会は無縁の存在だった。

 

「それがまさかこんな形で……ふふふっ」

 

ああ、やはりダメだ。口元が緩んでしまう。

 

「ふぅ〜ん?なんかええことでもあったん、勇人君?」

 

「わっ?!…東條先輩ですか……驚かさないでくださいよ」

 

ごめんごめんと口では言ってるがカラカラ笑っている辺り、反省はしていないようだ。

 

「早いですね?東條先輩も」

 

「勇人君が早く来るってカードに書いてあったからね♪」

 

この人のカード占いはよく当たる。それはもうびっくりする程に。

 

「だから、早く来れば一番にウチの私服の感想貰えるやん♪」

 

そう言われると、自然と目がそちらに行ってしまうのが悲しい男の性なのだろうか……。

 

「ふふっ、勇人君のエッチ〜」

 

この人は、僕のからかい方を熟知している。逆に言えば僕が反撃できない方向に持っていく。たまには仕返ししてもいいだろう。

 

「はい、とてもお似合いだと思いますよ」

 

「ふぇっ?」

 

「流石アイドルと言ったところでしょう。自分の魅力の引き出し方をよくご存知で。東條先輩の雰囲気似合ってて、綺麗ですよ?」

 

褒め殺し、である。僕自身がここまでスラスラ出てくるあたり、大体が本音なのだが…果たして…。

 

「う………うぅ……い、いきなりは反則だよぉ…」

 

やっぱり、褒められ慣れていないと見た!両手で顔を覆っている。

 

「いつもの余裕が無くなってますよ先輩?」

 

この後、こちらも早起きしたらしい西木野さんが来るまでからかっていたのだが、やってきた西木野さんに非常に白い目で見られたのはまた別のお話だ。

 

ちょっと仕返ししただけなのにな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからまた少し時間が経って、案の定高坂さんが10分程遅刻をした後、電車に乗る前に絢瀬先輩が急にドヤ顔で口を開いた。

 

「この合宿から先輩禁止よ!!」

 

「「「「「「ぇぇぇええええ?!」」」」」」

 

一、二年生から驚きの声が上がる。

 

「私達は一つのチームなのだから、先輩後輩とはいえ、そこで遠慮が起こってしまってはダメでしょう?」

 

「確かに……先輩に合わせてしまうところがありますね…」

 

指摘をする時に、どうしても先輩相手だと強く言えないというのはその通りだ。

 

その為に敬語や先輩をやめるというのも、一つの手段としては名案だ。絢瀬先輩、落ち着いていれば凄くいい采配ができる人なんだよなぁ。

 

「ちょっと、私に対してそんな気遣いを全く感じないんだけど?!」

 

「にこ先輩は先輩って感じがしないにゃ〜」

 

サラッと酷いことを言うのは星空さん。

 

「じゃあなんなのよ?!」

 

「先輩というか……後輩?」

 

「というか、子供?」

 

「マスコットかと思ってたけど?」

 

上から高坂さん、星空さん、東條先輩だ。先輩…貴女という人は…。

 

「それじゃあ、今からスタートよ、穂乃果」

 

絢瀬先輩から真っ先に始める。

 

「う、うん……絵里、ちゃん?」

 

「よし♪」

 

「じゃあ凛も凛も!……ことりちゃん?」

 

「うん♪宜しくね、凛ちゃん、真姫ちゃんも♪」

 

「ヴェェ、私?!べ、別にわざわざ呼んだりするものじゃないでしょ?!」

 

この中でその態度をとるのも中々大変だと思うけど……。

 

苦笑いを浮かべる絢瀬先輩と東條先輩。まあ、蚊帳の外にいる僕には関係の無いことだし、早いこと出発を──。

 

「一人だけ無関心ってわけにはいかんよな勇人君?」

 

また東條先輩は余計なことを……。

 

「先程西木野さんも言っていましたが、わざわざ言うものじゃないでしょう。それに僕は別に馴れ合いに来ているわけでもありませんし、ましてや貴女達の部活に所属している訳でもない。その様に貴女達のルールの中でやるつもりはありません。それよりも、浮ついた気持ちで合宿に望んでしまえばラブライブ出場にマイナスになり兼ねませんよ」

 

なんとか言葉の弾幕で煙に巻いて……

 

「おおっ!私達の心配してくれてるんだ!」

 

「んなっ?!」

 

なんというポジティブシンキング……!さ、流石にその返しは完全に予想外だ…!

 

「まあまあ、楽しまないと損だよ勇人君♪」

 

いつの間にか近くに寄ってきていた南さんがにこにこ笑いながら僕の名前を呼んできた。

 

「はぁ……僕の話を聞いていたのかい南さ「ことりだよ♪」……」

 

……僕をどうしたいんだ、この人達は。

 

「いや、だから南さ「ことりだよ」知ってます」

 

…はぁ。やむを得ない、煙に巻く作戦Part2だ。

 

「そんな事よりもそろそろ時間ですし、部長の矢澤先輩から一言頂きましょうか」

 

「えっ?!私?!」

 

よし、全員の視線を矢澤先輩に向けることに成功した!これで勝つる!

 

「えーっと……しゅ、しゅっぱーーつ!!」

 

しばしの間があって、誰かが呟く。

 

「え?それだけ?」

 

「仕方ないでしょっ!考えてなかったのよ〜!」

 

「ほな、にこっちのじゃ締まらないからここで彼からも一言貰おっか?」

 

今度は全員の視線がこちらに向く。矢澤先輩が仲間を見る目でこっちを見ているところ申し訳ないが、僕はちゃんと準備してある。

 

「はい、わかりました。今回は生徒会長である僕が顧問の先生の代理として同伴する事になりました。ハメを外すのを悪いとは言いませんが、気を引き締めて望むように。あくまで常識の範囲内で楽しんでください」

 

以上です、と締めくくる。

 

「おおっ!部長っぽい!!」

 

「ぬぁんで準備してんのよぉ!!」

 

「なんでも何も、東條先輩からいつ話をするように言われてもいいように対策はしていましたから、いつまでも対策ができないとからかわれっぱなしですよ?」

 

矢澤先輩に、無駄だろうが一応アドバイスをしておく。なぜ無駄かって?この人は良くいえば実直、悪くいえばアホだ。

 

そんな頭を働かせることをできるはずがない。

 

「さ、馬鹿な事言ってないで早く乗りません?せっかく西木野さんの家が貸し切ってくれた車両なんだし」

 

 

 

 

この合宿の日程決めを行った後に西木野家にお礼をしに行った時の事だ。

 

『ええっと、西木野先生。今回は合宿の場所の提供をしていただきましてありがとうございます。同伴する保護者役として、また生徒会長として御礼申し上げます』

 

『まあまあ、そんなに畏まる必要も無いだろう勇人君。それよりも、君達は何時の電車に乗るつもりなんだい?』

 

『七時半のですけど……』

 

『わかった、その時間の新幹線の車両を貸し切ろう』

 

『ファッ?!』

 

 

 

 

最後の反応は失礼?いやいや、普通貸し切られた電車で移動するなんて考えなくね?

 

あまりに予想外すぎて、後ろにいた西木野さんもカバンを取り落としてたし。

 

「パ……お父さんがここまでするなんて……」

 

車両に乗っても、僕らの他に誰も乗っていないのでソワソワしっぱなしだ。

 

「まあ、そんなに長い旅じゃないですし、リラックスしましょうよ」

 

10人しかいないので、3人がけの椅子に向かい合う形で六人と四人で別れることになった。

 

僕の向かいは西木野さん、絢瀬先輩、園田さんの三人だ。どうやら練習メニューについて考えているらしい。

 

僕は眼鏡をかけてPCと向き合う。たとえ二泊三日の短い時間でも、極力時間を無駄にしたくはない。

 

「……保科さんは何を見てるんですか?」

 

「ん?生徒会の仕事」

 

「「「………」」」

 

三人が黙り込む。少し驚いた顔をしている。

 

「幾ら僕でも、一人で全部の雑務をこなすのに秒で終わったりしないよ」

 

「では、その手に持っていらっしゃるエナジードリンクはなんの為に……?」

 

「昨晩ほとんど徹夜で仕事をやっていたので目覚まし替わりに……と」

 

「「「……………」」」

 

先程より長い沈黙。何かおかしなことを言ったか?

 

「……保科さん、パソコンとエナジードリンクをこちらに渡して、少しでも寝てください」

 

「え、いや無理。僕にだってやる事がある。自分でこの道を決めたんだ、休むなんて口が裂けても言えないよ」

 

「……医者の娘として、以前忠告はしましたよね?」

 

「ごめん、覚えてないな」

 

文化祭まで日数がない……出来るだけ早くポスターとパンフレットを完成させないと。µ’sは恐らく今回もライブをするはずだ。例年より多めに刷っておくべきだろう。

 

「二人とも、少し保科さんを抑えてて下さい」

 

「「ええ(わかりました)」」

 

話半分に聞き流していたら急に手を抑えられる。

 

「は?!ちょっ、離してくださいよ?!」

 

実際、ほとんど睡眠をとっていなかったので思うように手を解けない。あっという間にPCを没収されてしまう。

 

「合宿の間は責任を持って私が預かるから保科さんはちゃんとこの期間を休息にしてください」

 

「勝手な事は言わないでくれないか西木野さん」

 

僕にだって沸点はある。それに、仕事の邪魔をされて何も感じない程、僕は優しくはない。

 

「僕はちゃんと、この三日間の予定管理はしてきているんだ。それを乱すのはやめてもらえないか?」

 

「無理ね、もう一度言うけど、医者の娘からの忠告よ。まず顔色からしてここ一週間の睡眠時間、30時間以下でしょう。更にそれだけじゃない、時々指先が震えてることは疲れだけじゃなくて栄養失調なんじゃない?」

 

どうしてそこまでスラスラと言い当てられるのか。合宿の日程が決まってから一週間、確かに睡眠時間の殆どを宿題と仕事に当てていたし外にもほとんど出ていなかったので食料は溜め込んであるカップ麺で済ませていたのは事実だ。

 

「どうしてそこまで良くわかる?僕と君はそんなに会った事もないだろう?」

 

「馬鹿にしないで、初対面の時に一度忠告したでしょ。あの時から接触する度に私は貴方を観察していたわ。口出しをした以上、見届ける義務があるから」

 

少なくとも貴方が健康になるまではね。西木野さんはそう言葉を継ぎ足す。

 

「……それにあまり使いたくは無かったけど、こういう時のために持ってきたものがあるのよね」

 

「………何?」

 

「もしも、貴方が休息を取ろうとしなかったり無理しようとしたら、これを使うようにお父さんに頼まれているのよ」

 

主治医の先生から渡されたもの……休もうとしない…まさか?!

 

「そう、クロロホルムよ♪二人ともそのまま抑えておいてね」

 

「待て?!やめろ!」

 

西木野さんにハンカチを口に当てられた数秒後には、抗えない眠気の中にいた。

 

「………眠る…わけには……僕には………責任があるのに…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふう、どうやら保科さんは眠ってくれたみたいだわ。

 

「ま、真姫……?本当にクロロホルムを?」

 

隣に腰掛ける絵里先輩が不安そうに私を見てくる。私は肩を竦める。

 

「まさか?何も薬はつけてませんよ。洗剤の匂いがするだけです」

 

「確かに、眠くもならないわね……でもどうして」

 

「ただの思い込みです。プラシーボ効果と聞けばわかるでしょうか?」

 

簡単に言えば、単なる思い込みだ。人の体は極限状態になると、実際には起こっていないものを現実だと思いこみ、それが身体に影響を及ぼす。

 

「元々疲れていたってことだと思います。体は極限状態に近いレベルの疲労を溜め込んでいたからこそ、ここまで脆く引っかかったんだと思います」

 

「彼がそれだけ根を詰めていたって事なのでしょうか…」

 

その言葉を聞いて申し訳なさそうに絵里先輩が俯いた。本当なら、ここは私の出る幕じゃないのかもしれないけど……。

 

「それはそうと、絵里先輩は保科さんの事が好きなんですよね?」

 

「ああ、それは私も気になってました。馴れ初めの話などがあればぜひ作詞の参考に……!」

 

「えぇっ?!いや、別に私は……えぇ………」

 

羞恥に顔を赤らめて身体を小さくする絵里先輩に同性の私もドキッとしてしまった。

 

「(真姫、なんなのでしょうか、この可愛らしい生物は……本当にあの絵里なんですか?)」

 

「(堅物からは想像もつかないわね……)」

 

「やめてっ!二人とも、聞こえてるのよ?!」

 

「「しーっ!起きちゃいます!」」

 

慌てて口を噤んでチラリと保科さんの方を見やる絵里先輩。

 

「……すぅ…んぅ…………」

 

無防備に寝顔を晒す彼を見ていると、微笑ましい気持ちになってくるわね……。

 

「それで?どうなんです?」

 

「うぅ………多分、好き、なんだと思う…私も初めてだから、戸惑うばかりで……」

 

私と海未先輩は、絵里先輩の話を聞き逃さないように聞き入った。




はい、如何でしたでしょうか?
以上主人公が羽休めする(させられる)回でした。

この合宿回は、この話の中でもかなり濃くなると思います。といいますのも、作者自身がアニメの夏合宿の回が大好きだから、ここに重点を起きたいのです。これまでと違いコメディ色が強くなるとは思いますがお付き合い頂けると幸いです。

ここで予告しますが、次回は絵理ちゃんの秘めた想い編と銘打ちたいと思います。

そしてなんとなんと、今回も評価を頂きました!

☆10:クスガモ様
☆9:水蒼様

ありがとうございます。

次回もよろしくお願い致します。黒っぽい猫でした。


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第六話〜大切なオモイデ〜

どうも、黒っぽい猫です

明日には続きを投稿しますのでそちらもよろしくお願いします


「そうね、話すならまず彼との出会いかしら?」

 

興味津々な顔をしている二人に聞くと頷きが返ってくる。

 

「私と彼が出会ったのは、一年前の春ね」

 

今でも鮮明に思い出せる。彼との出会いを。

 

私は語ることにした。今まで隠してきた私の中の大切な思い出、彼との思い出を──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、今日も仕事頑張らないとね!」

 

春休みも明けて私も二年生になっていた。当時から生徒会に所属していた私は、その日も仕事のため生徒会室に向かっていた。

 

「あの──!」

 

後ろから誰かに声をかけられて振り返る。見たところ新入生のようだ。彼は手に持っているものを差し出してくる。

 

「…あら?どうかしたの?」

 

「これ…落としませんでしたか?」

 

彼が手に持っていたものは、私のお祖母様が買ってくれた花柄のハンカチだった。

 

「!失くしてしまわなくて良かったわ…ありがとう」

 

笑いかけると、彼は戸惑うように目を逸らして頬をかく。

 

「いえ…別に……」

 

「ふふ、私は絢瀬絵里、二年生よ。貴方、新入生よね?よかったら名前を聞いてもいいかしら?」

 

「あ、はい。保科勇人です」

 

単純で、捻りもない。それが私、絢瀬絵里と保科勇人君との出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後。

 

「絢瀬さん。一年生の子で生徒会入会希望の子が居るんだけど、雑務の振り分けできたりするかな?部活動と違って、やる気があればOKってわけにもいかないからさ……」

 

「あ、はい、それなら丁度部活動名簿の処理事務がありますから、それをやってもらうのはどうでしょうか?」

 

処理と言っても、パソコンに打ち込んでいく単純なものだから力を図る上では適当な落とし所だろう。

 

「いいね!それじゃあ監督役はお願いね?」

 

「わかりました」

 

入っていいよー!と言われておずおずと部屋に入ってきたのは、昨日の男子だった。

 

「えっと、はじめまして、保科勇人で……絢瀬先輩?」

 

「ええ。数日ぶりね、保科君♪」

 

「はい。今回はよろしくお願いします」

 

少し緊張した面持ちの彼を椅子に座らせると、私はやるべき事を指示する。

 

「貴方に今回やってもらうのは、この名簿をパソコンに移すことよ。できる?」

 

振り返った彼の表情は、安心したような笑顔だった。キリッとした顔とのギャップが微笑ましいわね。

 

「ええ、問題ありません。それじゃあ、早速取り掛かりますね」

 

彼は懐からメガネを取り出した。

 

「ただのブルーライトカットのメガネです」

 

すっと一瞬目を細めた彼は、物凄い勢いでキーボードを叩き始めた。

 

本当に早い……!私なんかよりも全然…。

 

五分も経てずに、彼は打ち込みを終えてしまった。

 

「終わりました。チェックをお願いしましゅ」

 

「ふふっ、噛んだわね?」

 

「…やめてください。これでも緊張してるんです」

 

「あら、ごめんなさい」

 

穏やかな空気が流れる中、チェックをするが特に問題点は無さそうだ。

 

「私もついていくから会長の所に行きましょう」

 

「はい」

 

歩いて生徒会長の所まで行く。

 

「会長。彼の事なんですけど」

 

「うん?もう終わったの?ダメだった?」

 

この短時間で終わってればそう捉えるのも無理はないのかしら…。

 

「その逆です。処理があまりにも早いです。採用しない手は無いと思います」

 

「ふぅん……そんなに?」

 

「はい、即戦力として期待出来るかと」

 

私の報告を聞いて満足そうに頷くと、会長が今度は保科君の方を向いてイタズラを多分に含む声で言う。

 

「ベタ褒めされて嬉しそうだね保科君?」

 

「べ、別に……そういう話じゃ今無いですよね?」

 

「ぶー、お堅いなぁ。まあ、それじゃあ当分は絢瀬さんの元で仕事に励みなさい。仕事の引き継ぎは夏休み明けに行うから、その時に成員として貴方を迎え入れます」

 

からかいを混ぜながらも優しい顔で笑う会長。という事は、彼も手伝いとして認められたってことよね?

 

「おめでとう保科君。これから宜しくね」

 

私は彼に右手を差し出す。

 

「はい、これからよろしくお願いします。絢瀬先輩」

 

彼はその手をそっと握ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、これが彼と私の出会いだけど。何も変わり映えしないわよね?」

 

話し終えてみると、本当に普通の出会いなのよね、私と彼。私にとっては大切だと思える思い出なのだけど。

 

「それでも、お話を聞く価値は十分にありますよ絵里」

 

「でも、今の話は絵里先輩が保科さんに好意を持つ前ですよね?」

 

うっ……あまり話したくなかったから逸らそうと思って今の話をしたのに。

 

「目を逸らさないでください。ちゃんと話してもらいますよ?」

 

真姫が意地悪だわ……。

 

「なになに?面白そうな話してるやん♪ウチも混ぜて〜。にこっちワシワシするのも飽きちゃったんよ」

 

げっ?!希まで……私に救いはないのかしら……

 

それよりも、にこは大丈夫なの?

 

「希先輩。絵里先輩が保科さんを好きになるきっかけって何なんですか?」

 

「ちょっ?!なんで希に聞くのよ!!」

 

「うーん、色々と思い当たる節はあるけど、多分絵里ちが自覚したのは勇人君が倒れた時やないかな?その時、絵里ちが看病しに行ったんよ」

 

その後から絵里ちの勇人君に対する態度が少し変わったからなぁ、と希が付け足す。

 

流石私の親友ね……私の事はお見通しみたいね。

 

「それじゃ、到着するまでそんなに時間もなさそうだし、その話だけしましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?今日は保科君お休みなの?」

 

「はい、なんでも熱が出たらしくて……」

 

昼休みにお昼ご飯を一緒に食べようと思って一年生の教室に行ったら、そう言われてしまった。

 

「それで?絵里ちは心配なん?」

 

「そりゃあ……大切な後輩だもの」

 

彼が休みだったので、仕方なく希と二人で食べる。いつものように生徒会室で食べているけど何か心にポッカリと穴が空いたような感じだ。

 

「二人で食べるのも久しぶりやね、絵里ち」

 

「そうね…彼が生徒会の手伝いに入ってから、ずっと三人で食べてたものね」

 

「そんなに心配なら、放課後に様子を見に行ったら?仕事はウチが中心になってやっておくよ?」

 

「私は会長なのよ?そんな事……「ええやん。愛しの後輩に気を配るのも、会長の仕事やで?」愛しって……それじゃあまるで私が彼に恋愛感情を持ってるみたいじゃない」

 

「え?違うん?」

 

希はキョトンとしていた。

 

「え?」

 

私もキョトンとしてしまう。私が彼の事を……?

 

「……まさかね」

 

「へ?どうしたん?絵里ち」

 

「いえ、なんでもないわ」

 

どうなのかしら…私は彼をどう思っているの…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来てしまったわ………」

 

私は、保科家の前に立っている。会長に話をしたところ、どうやら体調不良の原因は過労もあるのではないかと睨んでいたらしく、謝罪も兼ねて行ってきてくれと頼まれた。

 

しかもどこから漏れたのか、彼の担任の先生にもプリントを届けるように頼まれてしまった。

 

先生曰く、誰も彼の家の近くに人がいないとのこと。

 

「まあ、これも仕事の一環だから……」

 

ピンポーン!

 

『はーい……広告ならおことわ…絢瀬先輩?!』

 

10秒と待たずに彼が出る。たまたま目が覚めていたのか、それももまさか……ね。

 

「保科君かしら?プリントを届けに来たのと、お見舞いに来たのだけど……」

 

『あ!わかりました。すぐに出ます』

 

それから程なくして、ドアが開くとパジャマを着た保科君が出てきた。

 

「申し訳ありません、御迷惑をおかけして」

 

「風邪なら仕方ないのだし、気にしないでちょうだい。会長も仕事を増やしすぎたかもって心配してたんだから」

 

「そういう訳にも行きません。もう少しで休んでいた分の仕事も終わりますし……」

 

「え?まさか家に仕事を持ち帰って私が来るまでやっていたの?」

 

あまりの事に耳を疑ってしまう。熱を出しているのに仕事をしているなんて……!

 

「仕事を持ち出すのは悪いことですか?」

 

「そこじゃないわよ!どうしてちゃんと寝ていないの?!身体のことを大切にしようとか思わないわけ?!」

 

「怒鳴らないで下さい……頭に響きます」

 

「もう!上がらせてもらうわよ!!」

 

「ちょっと?!」

 

今から思えば、こんなに強引なことをするなんて自分でも思っていなかった。でも、放っておくわけには行かなかった。私は保科君の肩を担いで布団が敷いてある部屋へと寝かせる。

 

「……とりあえず寝ていなさい。先ずは貴方の体が先よ」

 

「ですが仕事が…「そんなの認められないわよ」なんでですか?」

 

運ばれる事に関しては諦めていたようだけど、そこはまだやる気なのね……。

 

「身体を休めてからやりなさい。身体を治さないと、パフォーマンスも落ちるわよ?」

 

「ですが……」

 

「そこまで不安なら私が代わってあげるわよ、その仕事」

 

「え……?」

 

「勿論、タダでとは言わないわ。今度私にチョコレートパフェを奢ってちょうだい?その後に買い物にも付き合ってもらおうかしら」

 

多分彼は、何も受け取らない手伝いだと拒否してしまうだろう。だから私は、わざとそうおどけることにした。

 

一瞬目を見開いた後、彼は微笑みながら私が一番聞きたい言葉を言ってくれた。

 

「……ありがとうございます、絢瀬先輩。その好意に、甘えさせてもらいます。買い物のお供については、また後日教えて下さい」

 

「ええ、そうしましょうか…………あれ?」

 

ナチュラルに誘ってしまっているけど、これって……デートなんじゃ……いやいやいや!私は彼に対して好意は持っているけどそれは後輩としてであって…そんなんじゃ……。

 

「……?どうかしましたか?」

 

「ひゃっ?!な、にゃんでもないわよ?!」

 

「………?」

 

ダメ……!彼の顔がまともに見られない………!落ち着きなさいエリーチカ!ま、先ずはこの場を取り繕わないと!

 

「いえ、大丈夫よ!それより、ちゃんとご飯食べられてる?」

 

「………」

 

そっと目を背ける保科君を私はジト目で睨む。

 

「た、べ、て、る、の?」

 

「……食欲無くて、朝から何も食べてないです」

 

「キッチン借りるけどいいかしら?」

 

「え、先輩料理出来るんですか……」

 

「失礼しちゃうわ、それくらいできるわよ?機会があったら振舞ってあげる。」

 

少し待ってて、そう言って彼が横になる部屋から出る。家の構造は私の家と似ているみたいだから、それほど難しくない。

 

「………どうしてこんなに胸が苦しくなるのかしら」

 

私の中で色々な感情が渦巻いているのを感じる。頼ってくれる事への嬉しさ、無理をしたことに対しての怒り。

 

そして何よりも彼と話をしている時の安心感。

 

全ての感情が私の中でごちゃ混ぜになって、整理をつけてくれない。

 

「これが………恋?」

 

そう感じた瞬間に顔がさらに赤く、鼓動が早くなる。胸が苦しくなる、でもそれ以上に感じる幸福感。

 

「私は、本当に──痛っ!」

 

慌てて指を引っ込めると、包丁で指を軽く切ってしまったみたいね…。

 

「ダメね、私。彼の事を考えると上手くいかないみたい」

 

先ずは目の前の料理に集中する事にして、私は手早く作り終える。

 

「早く持っていきましょう。温かい方が美味しいものだし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出来たわよー、保科……く、ん……?」

 

「………ノックくらいして欲しいんですけれども」

 

扉を開けると、保科君がちょうど上半身が裸だった……じゃなくて!

 

「ごめんなさい、外に出ているわね」

 

一言だけ言って扉を閉める。

 

お盆をそっと床に置くと私は顔を埋めて座り込む。

 

私のバカァァあ!!熱があれば当然汗はかくじゃないの!!どうして確認しないのよぉぉお!

 

でも体綺麗だったわ……そうじゃない!そうじゃないわよ私!!確かにそれも大事かもしれないけどそこじゃない!!

 

「うぅ……本当に今日の私は変だわ…それもこれも希が変なことを言うからよ…」

 

「もう大丈夫です、先輩」

 

そっと部屋に入ると、彼は布団に横になっていた。着替えたシャツは脇に畳まれている。やっぱり几帳面よね。

 

「その、もし次があったらちゃんとノックはしてください。びっくりするんで」

 

「え、ええ。ごめんなさい……」

 

なんとなく気まずい雰囲気が部屋に残ってしまった。

 

「……作ってきたの、ご飯。食べましょ?」

 

「はい……」

 

私は作ってきたもの──卵粥をスプーンですくい上げると息で冷まして彼の口元に持っていく。

 

「それじゃあ、あ、あーん」

 

「いえ、自分で食べられますから……」

 

「無理をしたバツよ♪早く口を開けなさい」

 

本当は、私がやってみたいだけだけれど、このくらいの悪戯は良いわよね♪

 

「意地悪ですね……」

 

彼は観念したのか、諦めて口に含む。

 

「………」

 

「どう?口にあうかしら?」

 

「はい。とっても美味しいです。本当に料理がお上手なんですね」

 

「それは良かったわ。まだあるから、しっかりと食べなさいな」

 

「であればスプーンを「認められないわ!」えぇ」

 

この後、結局全部私が食べさせて、彼の家で仕事も済ませてしまうことにした。

 

「絢瀬先輩は、どうして僕にそこまでしてくれたんですか?」

 

「放っておきたくないの。貴方みたいに危なっかしい人の事を」

 

多分、これは私の本音だ。彼と仕事をしていく中でなんとなく彼の危うさに似た何かを感じていた。人の為であれば平然と無茶をしてしまう彼を目の前で見て、改めて感じた。

 

彼を、一人にしたくないと。

 

私が、せめて私だけでも、常に彼と肩を並べていたいと。

 

「だから、何か困ったりすることがあったら、私に少しは頼ってね?また無茶したら、その時は本気でお説教なんだから」

 

「……はい。ありがとうございます」

 

このあと私は、彼に仕事の説明を受けてから帰途についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで、大雑把な話は全部だけれど……」

 

何故かしら?希以外の二人が落ち込んでいるわね。

 

「絵里は、辛くないのですか?今の状況が」

 

「辛くない、って言ったらもちろん嘘になるわ」

 

確かに、突き放された最初は辛かった。でも今思い出してみれば、あの時私に彼が見せた瞳の奥に、私は確かに彼の苦悩を見ていた。

 

「でも、彼の方が今は辛いはずだもの」

 

そっと、眠っている彼の頬を撫でる。

 

「今の彼は、多分私たちの誰よりも苦悩しているわ。一人で仕事をこなして、廃校と真摯に向き合おうとしているの……本当はね。私は彼を隣で支えたいわ、でもそれは今じゃない。

 

廃校が無くなったなら、多分彼はこれまで以上に私たちと距離を置こうと、一人になろうとすると思う」

 

これは、私の推論でしかない。でも何故か確信がある。彼が一人で遠い所へ行ってしまうような予感が。

 

「彼は不器用でしょ?だから、それしか知らないのよ。そうなった時に、私は今度こそ彼の手を離さない。たとえ迷惑だって言われても彼を支えるのは、私でありたい。私って自分勝手でしょ?」

 

そう自虐的に笑うと、呆れたような顔を真姫にされてしまう。

 

「それじゃ、私も絵里のサポートをしないとね」

 

「……!真姫、貴女……」

 

「な、何よ?!仲間なんだから呼び捨てでいいんじゃないの?!」

 

「ふふっ、それで構わないのよ?少し驚いただけだから」

 

「もう!私が真面目に話してるのに!イミワカンナイ!」

 

顔を赤らめてそっぽを向く真姫だったけど、私は素直に嬉しかった。

 

「ウチも絵里ちのサポートするよ〜、ウチに任せれば結婚まで一直線や!!」

 

「そ、それはそれで怖いわよ……?」

 

何をするつもりなのよ…?

 

『まもなく到着します。お忘れ物にお気をつけ下さい』

 

「もう着くみたいね。彼を起こさないと」

 

改めて彼の寝顔に目を向ける。最近は顔を合わせる機会も無かったからか、愛しさが込み上げてくる。

 

(私は絶対に、貴方を一人にしないから)

 

そう自らに改めて誓いを立てると、私は彼の肩に手を置く。

 

「勇人君、もう到着するわよ!起きなさい!!」

 

さ、合宿はこれからなのだもの。楽しみましょうね!




ここまで読んでいただきありがとうございました。今回の話は絵里ちゃんが覚悟を新たに決める回だと思ってもらえれば幸いです

今後、彼女には活躍してもらうのでそのための布石です


さて、ここで御礼申し上げます

前話投稿後、なんの気なしにランキングをチラ見していたところ、この作品が25位にありました!冗談でなく、小躍りしてました。

みなさまの応援のおかげで、私自身が密かに目標としていたランクインができました!本当にありがとうございます!!

そして、本日までに評価くださった

☆10:絢瀬白様、京都産様
☆9:be-yan様、タケト様
☆8:RINA様

重ね重ねありがとうございます。励みにさせていただいております

それでは、また次回の更新時にお会いしましょう


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第七話〜それは泡沫の〜

どうも、黒っぽい猫です
今回もよろしくお願いします


「……くん!もう到着するわよ!起きなさい!!」

 

頭に響くのはよく聞き慣れた人の声──僕が最も聞きたくて、聞きたくない声だ。

 

「絢瀬………先輩?」

 

僕は何をしていたのだろうか……、確か西木野さんに……そうか。

 

「すっかり眠ってしまったみたいですね……」

 

ぼーっとした頭を起こそうと、カバンから目覚めのコーヒーを取り出す。

 

「またカフェイン…?」

 

隣の絢瀬先輩からため息混じりに問われる。

 

「……別に僕の自由でしょう。先輩には関係ありませんよ」

 

何故だろう、西木野さんと園田さんから向けられる目が先程に比べると生暖かい。

 

そんな事を考えながらコーヒーをすすっていると、振動と共に景色の動きが完全に止まる。どうやら、本当に到着したらしい。

 

「さあ、早く降りましょう。合宿場所までどのくらい掛かるのですか真姫?」

 

「そうね……」

 

二人が話しているのを他所に、僕は一足先に車両の外に出る。

 

「やっぱり外は暑いけど、窮屈なのよりはマシかなぁ」

 

体を伸ばしながらそう呟く。車内で寝ていたせいか、少し体の節々に痛みを感じる。

 

「あんな暗示にコロッと引っかかる位だったんだから、相当疲れ溜まっていたんだろう」

 

今思い返してみれば、そう簡単に薬が手に入るはずもない。そうなれば可能性は、そう思い込ませることによって体に変化を表すプラシーボ効果くらいだろう。

 

「多少は休みを増やした方が効率も上がるかな」

 

「勇人君〜!!もう行くよ〜!!!」

 

何処に行っても元気な高坂さんに促され、僕は先を歩く彼女達に追い付く為に小走りで追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが………?」

 

「ええ、そうよ。ここが私の家の別荘よ」

 

なんてことない風に言う西木野さんだが

 

「大っきいのにゃ……」

 

全く同意見だ。他のメンバーもどうやら二の句が告げないらしい。その中でまず場を取り仕切るのは西木野さんだ。

 

「そんな所に突っ立ってないで、さっさと中に入るわよ。じっとしてると暑さで倒れそうだわ」

 

ゾロゾロと入っていく中で、僕はまた別の所に目を奪われていた。

 

「………これが、海?」

 

磯の香りというのだろうか、聞いたことはあっても実際匂いを嗅ぐのは初めてだ。

 

「まさか…勇人さん…海に行ったことないの?」

 

「恥ずかしながら、一回も。育ちは海無し県だったし、両親も忙しくってさ」

 

西木野さんに驚かれてしまったようだ。両親は僕が中学生の頃からずっと叔父さんを探し回っていたので、専ら海外にいた。その時には姉さんが僕の面倒を見てくれていたけど、やはり遠出とは無縁だった。

 

「そうなのね……それじゃあ、尚更楽しまないと損じゃない?パソコンなんかと向き合ってないで海と向き合いなさいよ」

 

「取り上げられてしまったし、そのつもりだよ」

 

「そ。貴方の部屋は2階のパ……お父さんの部屋を使って頂戴。余計なものは置いてないはずだから」

 

「了解」

 

そう指示をされた僕は、豪邸に限りなく近い別荘の中に入っていく。二階の部屋……あ、ダメだこれ。部屋数が多すぎて分らない。

 

そして、μ'sのメンバーがどこにいるのかもわからない……これは詰まるところ。

 

「鉢合わせの危機か……」

 

まあ、そうは言ってもノックして誰かいるのか確かめれば済む話だ。

 

大体、近頃のライトノベルの主人公はわざわざ自分をラッキースケベの起こりうる状況下に放り込みすぎだと思う。

 

「回避方法なんていくらでもあるのに……」

 

あらゆる部屋をノックしていき、その中で医学書なんかが多く入っている部屋を暫定的に荷物置き場に決めて、手早く着替えることにした。何に着替えるのかって?水着に決まっているだろう。何しろ目の前に海があるのだから。

 

「人生初めての海……楽しみだ」

 

念の為、浮き輪とボールを3つずつ持ってきている。一応補足するけど、僕は泳げないわけじゃない。

 

「おっと、薬飲まなきゃ」

 

僕が飲むのは血圧の上昇を抑える薬だ。

 

「これで準備は出来たかな……?」

 

パーカーを羽織ると、僕は忘れ物がないことを確認する。

 

クーラーボックスには過剰なくらい飲み物や氷が入っているし、タオルもちゃんと沢山ある。浮き輪とビーチボールは向こうで膨らませればいいだろう。

 

「……よし!行こう♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

玄関に出ると、まだ誰も着替えをしていないようだった。各々がリラックスして旅の疲れを癒しているらしい。

 

「皆さんまだ泳がないんですね?一足先に僕はひと泳ぎしますけど、何かやっておくこととかありますか?」

 

「あ、勇人さん。お願い出来るなら、パラソルの設営を頼みたいんだけどいい?」

 

「まあそのくらいならいいけど、何処に?」

 

「外に出してあるはずだから、それをビーチに立てておいて」

 

片手をひらひらさせて了解の旨を伝えると外へ出る。

 

「うへぇ……さっきまで涼しい部屋にいたのもあるけど物凄い暑さだ……」

 

玄関に立て掛けてあった傘を担いで照り返しのキツいアスファルトの道路を車が来ないことを確認してから渡る。

 

冷たい水の中に入りさえすればこちらの勝ちなのだから!と砂浜に手早くパラソルを立ててクーラーボックスをそのパラソルの影になるところに置いて、軽く体操をしたら海に飛び込む。

 

「丁度いい感じに気持ちいいな……それにしても海の水は本当に塩辛いのかぁ……」

 

プカプカと浮きながらそんなことをしみじみと思う。

 

暫く泳いでいると別荘の方から逃げるように七人が走ってくるのが見える。全員が水着を着用していて、更にその後ろに肩を落としてトボトボ歩いてる園田さんがいるところを見るに、練習しようとしたがみんなが遊びを優先したといったところかな?

 

肌の露出の多い彼女達を視線から外しつつ僕は海から上がる。なぜ目を逸らすか?走ってきてるんだ、揺れるだろ?僕は普通の男子だが、だからこそ辛い所もある。今のうちに離脱して部屋で昼寝でもしたい。

 

「あれ〜?もう戻っちゃうの〜?」

 

「ええ、少し泳いだら満足したから」

 

「そんな事言って〜、ウチらの水着見るのが照れくさいだけなんやないの〜?」

 

「………」

 

「ふふーん、そう簡単には逃がさんよ〜?」

 

ジリジリと近づいてくる東條先輩……嫌な予感がする。

 

「それ以上近寄らないでください、貴女は何をするのかわからないので」

 

「だが断る♪」

 

僕も少しずつ深い所に逃げて泳いで突破を試みる。

 

「ていっ!」

 

「なっ?!」

 

逃げる機会を伺って目を逸らさないでいたらいきなり海水を目にかけられる。急な痛みに思わず動きが止まった刹那

 

ムニュ

 

「つーかまーえた♪」

 

上半身に柔らかな感触。

 

「と、東條先輩?!何やってるんですか?!」

 

ん〜?と首を傾げてにこにこしながら笑う東條先輩……絶対楽しんでるな。

 

とりあえず目を開けないようにしてそのまま深く潜る。

 

「うわっ?!」

 

東條先輩が離れたのを体から柔らかい何かの温もりが消えたのを合図に確信すると、後は真逆の方向へと泳ぐ。

 

急に潜ったのでさほど息が続かなかった。呼吸の苦しさを感じた僕は体の浮かぶに任せて浮上する。正直目が見えないのはとても怖い。

 

「………ぶはっ!はぁっ…はぁっ……死ぬかと思ったわ……」

 

顔を上げて肩で息をする。東條先輩から逃げる方法がこれしかなかったとは言って、あまり褒められた手段じゃなかったね……。ただでさえ心拍を少し弱めているのに、そこに酸素不足が重なると少し不味い。

 

「幸い岩場が近いことだし、そこから砂浜まで戻ろう」

 

少し険しい岩をよじ登って、後は砂浜へと向かって歩く。深呼吸をするうちに体に酸素が回っていったのか、視界が良好になる。

 

「もう少し体の事を考えないとなぁ……あと一ヶ月は短いようで案外長いからね……」

 

計画通りに進めば、夏休み明けの始業式までに引き継ぎが終わる。それさえ済ませてしまえれば、僕はもう不要だ。

 

あとは静かに自分の寿命を受け入れる。そう腹は括っている。だからこそ、必要以上の彼女達との接触は避けたい。彼女達は優しいから、きっと傷つけてしまう。

 

それに僕も、今更死にたくない、なんて思いたくない。姉さんはああ言っていたけど、まだ見つかってはいないのだ。

 

「僕が大嫌いな、おじさんは……まだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、保科さん」

 

「どうしたの?設営になにか不備があったかい?西木野さん」

 

戻った僕は、危険な行為をするなと潜水をしたことについて園田さんから注意をもらい、一人にしたら何をするかわからないと別荘に戻るのを禁止された。

 

仕方なく西木野さんがいるパラソルの下に避難しているのだ。

 

「そうじゃないわ。真剣な話よ」

 

「……」

 

無言で先を促す。

 

「私のお父さんと随分親しげだったけど、もしかしてお父さんの患者さんだったりするの?」

 

「どうして今その話を?」

 

日陰にいても汗ばむほどの気候でありながら周囲は冷え切っている。僕の額を流れるのは冷たい汗だ。

 

この娘はとても鋭い。返答次第では見破られてしまいそうだ。

 

「合宿の件で私の両親に挨拶に来た時に親しげだったからそう思ったの。御両親の仕事でうちと付き合いがあったなら、どこかで私と会っているはずだもの。それが無くて親しげなら、残っている関係は主治医と患者の関係なんじゃないかと推測を立てた」

 

それに、と更に追撃をしてくる。

 

「私が薬をお父さんから預かったと言った時に、ピクリと反応したわよね?それでもう私は確信したわ。貴方は西木野総合病院の患者だと」

 

……これはまあ、なんという洞察力というか…刑事にでもなった方がいいってレベルじゃないのか?

 

「確信したとは言っても、これはあくまで仮定に仮定を重ねた推論よ。貴方にとぼけられたらお手上げ」

 

「確かに君のお父さんは僕の主治医だけど、僕の口からそれ以上の話をするつもりは無いよ」

 

「………そう」

 

それきり、互いに無言になる。西木野さんは本に目を落とし、僕は楽しそうに遊ぶ彼女達を眺める。

 

「隣いいかしら?」

 

「どうぞ」

 

やってきたのは矢澤先輩。素っ気なく返事をする西木野さんの隣の椅子に腰を下ろすと真似をするように足を組む…が、明らかにコンパスが足りていない。

 

「ぐぬぬ………!」

 

「無駄な努力はしない方がいいですよ……」

 

「なんですって?!喧嘩売ってんの?!」

 

「あ、声に出てましたか、すみません。つい本音が」

 

「いいわ!買ってやろうじゃないその喧嘩!私と勝負よ!!」

 

意味がわからん……飛躍しすぎてない?

 

「いや、遠慮しておきます。勝負をしても矢澤先輩が悲しくなるだけだと思いますから」

 

「ふっふっふ!勝負内容は………」

 

僕の話なんか聞いちゃいない……。

 

「料理勝負よ!!」

 

こうして、何故か巻き込まれた僕と矢澤先輩の料理対決が勃発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょうど南にある太陽。僕と矢澤先輩はネットを隔てて砂浜に立っていた。

 

 

「………矢澤先輩」

 

「何よ………」

 

「僕達がするのは、料理対決ですよね?」

 

「ええ、そのはずよ………」

 

僕はパーカーを、矢澤先輩は水着を着用している。そして周りにはμ'sの他のメンバーが。

 

「それがどうしてビーチバレー勝負にすり変わっているんですか?」

 

「私が聞きたいわよっ!!!」

 

因みに、僕のチームメンバーは園田さん、小泉さん、東條先輩で、敵さんは矢澤先輩、星空さん、高坂さん、南さんだ。絢瀬先輩と西木野さんは審判をやる事になっている。

 

「これはどういうつもりですか?東條先輩」

 

ここまで話を盛り上げた張本人にジト目を向けるものの、やはり涼しい顔をして笑っている。

 

「頑なにウチらと距離を取ろうとする勇人クンとの懇親会みたいなものよ♪それにやっぱり勝負と言えば三番勝負やろ?」

 

つまり料理勝負とこれの他にもう一つなにか競技があるのか……。

 

「………矢澤先輩」

 

「なによ?」

 

「やるからには必ず勝ちます。手加減はしませんのでそのおつもりで」

 

僕は負けず嫌いだ。どんなに小さなものでも、勝負なら全力で勝ちに行く。器が小さいだけなのかもしれないが特に年上には負けたくない。

 

「いいわよ。先輩の私の胸を貸してあげるわ!存分にかかってきなさい「え〜?にこっち胸はないやん?」……」

 

ブチィ!と間違いなく何かがブチギレる音がした。矢澤先輩のツインテールがどういうわけか逆立っている。

 

「…ふふふふ………全力で捻り潰してあげる!」

 

地雷を起爆させた東條先輩によって、ビーチバレーは地獄と化すことを、僕達はまだ知らない。




ここまで読んでいただきありがとうございます。定期的な更新はやはり気分屋の自分には難しそうですね……。

次回もよろしくお願いします
黒っぽい猫でした


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第八話〜始まった勝負、笑顔の影〜

黒っぽい猫でございます

多少立て込んでおりますが、更新はします

今回も生暖かく見守ってくださると幸いです


「ていやぁぁぁあああ!!!」

 

「ぐっ……!」

 

空いたスペースに向けられた一撃をなんとか飛び込んで持ち上げる。重いっっ!

 

「園田さん!頼んだ!!」

 

「はいっ!!」

 

ヴォン!!

 

彼女の腕が弓のような音を立て、ボールが叩き込まれた。これであと一点だ。

 

僕と先輩の試合は、既に一時間近く続いていた。七点先取、デュースありとルールを設定した結果、僕はリードされながらも見事にデュースに持ち込んだ。そこまでは良かったのだ。

 

今の点数は55-54。どれだけの激戦だか分かるだろうか。

 

長期戦のため、スタミナの比較的少ない小泉さんと南さんがギブアップ。高坂さんと東條先輩もリタイアして勝負は僕&園田さんペアと星空さん&矢澤先輩ペアの勝負となっていた。

 

もはや僕の体力も限界に近く、どうやら矢澤先輩も限界が見えているようだ。僕達よりも園田さんと星空さんの方が元気なことからもそれが良くわかる。

 

「行くわよっ!!」

 

矢澤先輩のサーブだ。デュースなので交互にサーブ権は移動させている。

 

「くっ!後ろか!!園田さん!」

 

「任せてください!!」

 

上手く上に弾かれたボールを僕が空いているスペースに捩じ込む。これで得点できれば──!

 

「それを狙ってたにゃ!!」

 

素早く移動した星空さんが落下を阻み、最短かつ矢澤先輩にとってスパイクを最も打ちやすい座標にボールを運ぶ。

 

「せいやっ!!」

 

正確な一打は吸い込まれるように地面に落ちてしまう。強打を売った直後の僕には反応出来ず、これでまたやり直しだ。

 

55-55

 

「くっ……!粘りますね先輩………!」

 

「ふんっ!まだまだいけるわよね凛!」

 

「もっちろんだにゃ!まだまだ動けるにゃ〜♪」

 

「園田さん、まだやれる?」

 

「ええ、これしきでへこたれたりはしません!」

 

これ、星空さんと園田さんの前に確実に僕と矢澤先輩の体力が尽きるよね……。

 

「仕方ない………取って置きを使おうか」

 

幸いにも今度は僕のサーブだ。ここで奥の手を使って先制をしよう。相手が動揺すればこちらにも勝機がある。

 

僕は目を瞑り、心頭滅却する。

 

「…………フッ!」

 

一息に吐ききると同時に手元にあるボールを打つ。

 

「凛!後ろよ!!」

 

「はいにゃ!!」

 

長めのボールだと思いますよね……!

 

ズガッ!!

 

「「なっ……?!」」

 

審判の二人も目を大きく見開いている。僕の打ったサーブは、ネットのギリギリに着弾していた。

 

「成功率は高くないけど、なんとか上手くいったみたいだね♪さあ、矢澤先輩?サーブをどうぞ」

 

先程のサーブに動揺しているようだ。飛んでくるサーブは、簡単に上に持ち上がる。

 

「園田さん!真ん中に!!」

 

「はいっ!!せいやぁぁあ!!」

 

矢澤先輩と星空さんの丁度中心。どちらが取りにいくのか、咄嗟に反応できるわけがない位置にボールを落とす。案の定誰にも防がれずにボールは突き刺さる。

 

「「ゲームセット!!」」

 

思わず両手でガッツポーズをしてしまう。

 

「やりましたね!勇人!!」

 

「そうだね、園田さん」

 

右手を出されたので僕も右手を出す。いわゆるハイタッチだ。それと、君はいつの間に僕の事を名前で呼ぶようになったのかな?

 

「ぜぇっ……ぜぇっ………」

 

矢澤先輩も気力が切れて限界が来たようだ。玉のような汗を流して肩で息をしている。

 

「矢澤先輩」

 

「な、何よ……早く次の勝負を……わぷっ?!」

 

タオルを顔に被せる。タオルから顔を出して睨む先輩の手にスポーツドリンクも握らせる。

 

「お疲れ様でした、いい試合でした。残りの二戦も互いに頑張りましょう」

 

「ふん!残りの二つは必ず私が勝つわ!!」

 

そう言いながらも先輩はスポーツドリンクを一息に飲み干した。

 

「っ痛〜!!」

 

「締まりませんね………」

 

冷たいものを飲んで頭を抑える矢澤先輩に、苦笑が隠せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ!次の競技は!!スイカ割りやで!!ルールは簡単!交互に挑戦して先にスイカを叩いた方の勝ちや!」

 

10m程離れた地点にブルーシートが敷かれ、その上にスイカが乗っている。大盤振る舞いな事にかなりの大玉スイカだと思われる。

 

「これならにこの楽勝にこ♪」

 

「………甘いと思いますよ、矢澤先輩」

 

「その通り!勇人君の言う通りやでにこっち!アシストは勿論ウチらがやるけど……本当のことを言ってるのは誰か一人だけや♪」

 

どうせそんなことだろうと思ってました。他人事だからって楽しそうですね先輩。

 

「本当のことを言う人は毎回変わるんですか?」

 

「流石にそこまで鬼やないよ♪これは声の聞き分けと推理力が試される競技やで!!」

 

 

 

 

 

先攻は僕。目隠しをされてからバットを中心に10回転する。

 

「だいぶ平衡感覚がなくなりますね、これ」

 

とはいえ、なんとなく座標は覚えているから今の僕はスイカを正面に見据えているはずだ。

 

「それ反対側やで勇人君!!」

 

「流石にダウトです東條先輩」

 

「勇人く〜ん。もう少し左〜」

 

「OK、南さんもダウト」

 

少しゆっくり歩くと平衡感覚が戻ってくる。これが三回目とか五回目だったらまともに感覚を掴めるとは思わないが、まだ一回目なら余裕がある。

 

よし…あと3歩前に進めばスイカがある位置だ。

 

「ここかっ!!」

 

そう振りかぶった瞬間

 

「ゆ、勇人!頑張って!!」

 

「っ?!」

 

いきなり絢瀬先輩に名前を呼ばれたことで動揺して懇親の一撃は空を切った。悔しさと恥ずかしさに唇を噛みながら目隠しを乱暴に外すと、やはりほぼ真横に本物のスイカがあった。

 

「やってくれましたね……東條先輩」

 

「名前を呼ばれるだけで取り乱すなんてな〜。本当に勇人君はピュアピュアやなぁ〜」

 

にこにこと笑う東條先輩。やっぱりこの人の策略か。それとは対照的に少しオロオロしながら絢瀬先輩が近付いてくる。

 

「その……嫌だったら戻すけれど…?」

 

指を合わせながらモジモジしているのが普段とのギャップもあって強烈な破壊力だった。

 

感覚としては、普通の斧を湖に落としたらヒートホークを渡された感じだろう。分かりにくいか。

 

「…………別に、好きなように呼んでください」

 

「そ、そう……」

 

東條先輩と絢瀬先輩は離れていき、チラチラとこちらを見て話をしている。

 

「………?あ、次は矢澤先輩ですよね。僕は少し離れてますね、巻き込まれたくないので」

 

「ふっふっふ!見てなさいよ!さっきの雪辱は必ず果たすわ!!」

 

 

 

 

後攻の矢澤先輩。先程の僕と同じように回ってから、これもやはり僕と同じようにゆっくりと前に進む。

 

「にこちゃん……!そのまま真っ直ぐ…!!」

 

「違うにゃ!左側に軌道修正するにゃ!!」

 

小泉さんと星空さんの声が聞こえた瞬間、矢澤先輩の足取りから迷いが消える。

 

そしてそのまま──

 

「チェェエストォォオ!!」

 

なぜその掛け声なのか。ともあれ、矢澤先輩の振り下ろした木の棒は見事にスイカのど真ん中にぶつかる。

 

「やったわっ!!私の勝ちよ!!!」

 

こちらを見て勝ち誇っている矢澤先輩。八人も意外だったのか、唖然としている。勿論僕もだ。

 

「矢澤先輩。小泉さんの声が聞こえた時から足に迷いがなくなりましたが、彼女が?」

 

「多分ね。花陽が話す時だけ、必ず誰かが打ち消していたのよ。そのほかのメンバー同士でそんな現象が起こってないってことは、花陽の言ってることが聞かれたらまずい。つまり当たりね」

 

とはいえ、後攻じゃなかったら厳しかったわ。そう付け足すが、それでも充分凄いことだ。

 

「……少し先輩の評価を変える必要がありそうですね」

 

「そうよ!もっと私の事を敬いなさい!」

 

「高坂さん並にアホの子かと思っていましたが矢澤先輩のアホ度合いはもう少し軽度でしたねすいません」

 

「なんかその言い方は褒められてる気がしないからやり直しなさい!!」

 

「そうだよ勇人君!!それじゃあ穂乃果が救えないアホみたいじゃん!!穂乃果アホじゃないもん!アホって言った方がアホなんだもん勇人君のアホ!!」

 

誰もそこまで言ってないんだけど……。

 

「まあとにかく、あとは夜の料理対決まで各自自由行動でいいんじゃないですか?僕はそろそろシャワーを浴びたいですし。夕方頃に買い物に行きますから、矢澤先輩は欲しいもののリストアップをしておいてください」

 

返事を待たずに体を拭いて別荘に入る。扉を閉めて取り敢えず場所を聞いてあったシャワー室を借りる。なんでも、この別荘には露天風呂もあるらしいのだが、そちらは夜に堪能するとしよう。

 

「うまく誤魔化せたかな……」

 

脂汗を流しながら鏡で自分の顔を見ると、青白くなっている。あの薬で抑えきれなくなれば、後は入院だと先生は言っていた。パーカーに入れていた薬をもう一度飲む。

 

「………気にしてもしょうがない」

 

久々に僕自身が楽しいと思えているのだ、今くらい全ての立場を考える必要も無いだろう。

 

体に僅かに残っていた砂を迷いと共に熱いシャワーで洗い流し、今度はカメラを持って砂浜へと向かう。

 

これも元々頼まれていたことでもあるので、私的利用の為じゃない。

 

「この季節は仕事が多いね、全く……困ったものだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

PV作成用の写真や動画の撮影があらかた終わった所で、今日の作業は切りあげることになった…とは言っても、写真撮影以外皆遊んでいただけのような気もするけどね。

 

「さ、矢澤先輩、買い物リストを。買い物に行ってきます」

 

「ウチもお供する♪」

 

「私も行くわ。正確に場所がわかった方が楽でしょ」

 

「好きにしてください。さっさと行きますよ、皆さん疲労しているようですし、早くご飯食べて明日に備えるべきですから」

 

「おおっ!私たちの心配してくれてるんだ!」

 

「生徒会長として仕事を引き受けたんだからそれが当然だよ。体調を壊されては学校の存続に関わる。僕のクーラーボックスの中のスポーツドリンクを最低でも一本ずつ飲んでおいてね。海に入っている間は感じなくても、普段と同じかそれ以上汗をかいているから」

 

財布は持った。西木野先生からは領収書を持って帰ってくれば何を買ってもいいと言われている。どうやら、娘の合宿と聞いて親バカが発揮されているらしい。

 

まあ……仲が悪いよりはいいことかな?

 

「まあ、行くなら早い方がいいでしょう。日が落ちきる前に帰りますから少し急ぎ足で」

 

「「了解やで(ええ、わかったわ)」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん〜、潮の香りはええよなぁ〜」

 

「私はもう慣れてるからなんとも言えないわね」

 

二人が他愛ない話をしてる。あまり自分から喋る気にならないので耳だけを傾ける。

 

「そーいえば、新曲の方はバッチリなん?」

 

「一週間前から海未と歌詞と曲のすり合わせは出来てるから問題ないわよ、文化祭は夏休み中みたいだからそんなに練習出来るわけじゃないけど、何とか形にできれば大きいと思ってるわ」

 

「熱心やね。最初は乗り気じゃなかったのに」

 

「な、何よ………悪い?」

 

髪の毛をクルクルさせながら珍しく照れる西木野さん。厳しい目付きが少し和らいでいるのも印象的だ。

 

「いや〜?あんなに意地っ張りだったのにな〜って思ってただけやん♪」

 

「なっ………!失礼ね!!」

 

「でも、その様子なら心配なさそうやな♪心配してたんよ?貴女にそっくりなタイプの人、よーーく知っとるからね」

 

にこにこ笑いながらその笑顔をこちらに向ける東條先輩。その目の奥には、何か不安を持っているようだ。

 

「……なんでこっち見るんですか?」

 

「絵里ちに名前で呼ばれたの嬉しかったやろ?」

 

「そういえば絵里に名前で呼ばれた時、思いっきり動揺してたわよね」

 

西木野さんまでからかいに乗ってくるとは思っていなかったから少し面食らう。彼女も本当に変わったんだな。

 

「…別に、何も無いですよ」

 

東條先輩は顔から笑みを消す。

 

「いつまで意地を張ってるつもりなん?勇人君」

 

胸に突き刺さった一言。これは、あの時高坂さんに突き立てられたのと同じ痛みだ。

 

「もう皆気づいてる、君の行動が全部ウチらのためだって事に。それなのに、どうしてウチらの手を取ろうとしないん?」

 

優しい声音。彼女は僕を責める気は微塵もないみたいだ。純粋な悲しさと疑問。

 

「………何もかもが遅すぎた。それだけです」

 

もしこの言葉を聞けたのが半年前だったら僕は迷わずその手を取れただろう。

 

「あまり深いところに触れないで下さい、苦しくなるだけですよ」

 

僕も、貴女達も。

 

 

最後の言葉は口に出さず喉の奥に閉まっておく。そして僕は目の前に見える店へとゆっくり歩いていく。重苦しい雰囲気を帯びた周囲の空気は、買い物を終えても消えることは無かった。

 

ふと空を見上げると群れからはぐれたのだろうか、一匹の鳥が所在なさげに飛んでいた。寂しげなその光景は、少年の胸の中に新たな感情を植え付けた。

 




今回はここまでとさせていただきます、そして、悩みに悩んだのですが、やはり言わせていただきます。

新たに評価を下さりました

☆2:ka0320zu様

ありがとうございます。

読んでくださり、また評価をつける段階までこの作品を見て下さったことに御礼申し上げます

今後とも、本作品をよろしくお願い致します


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第九話〜夜は寝るもの、ピアノは引くもの〜

どうも、黒っぽい猫でございます。

本日チラチラとランキングを見ていたらなんと16位でした……こう、嬉しさより先に驚きが立ちまして未だに実感出来ておりません

長話もアレですので本編をどうぞ!


買い物を終えた帰路も特に会話は無かった。

 

「お〜っかえりぃ〜!!ねえ勇人君お腹すいたよお腹すいた!!!ごーはーん〜!!」

 

だが、その重苦しい空気は、高坂さんにいとも簡単に切り捨てられてしまった。

 

幸か不幸か、この場合は幸なのだろう。僕はあれ以上話すつもりもないから。詮索されても相手を怒らせることになるであろうことは目に見えてる。

 

「さぁ、矢澤先輩。こっちが頼まれていたものです」

 

玄関まで出てきた矢澤先輩にずっしりと荷物の入った買い物袋を手渡す。

 

「ええ、ありがとう。あの広いキッチンなら二人でも余裕で料理出来そうよ」

 

「制限時間かなんかを決めておきますか?」

 

「そうね………今が六時だし、諸々含めて制限時間は七時半でどう?お米は多めに花陽が面倒見るらしいからそれ抜きで」

 

小泉さん?あぁ、そういえばお米が好きだったんだっけか。

 

「わかりました。それじゃあ手早く始めましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「す……凄いにゃ…!」

 

「これ、本当に食べていいの……?!」

 

「流石に驚きだわ……」

 

上から星空さん、小泉さん、西木野さん。

 

「ねえねえねえ!早く食べよ?ね!?」

 

「こら穂乃果、はしたないですよ。もう少し行儀良くしなさい……それにしてもこれは少し…」

 

「うん、女の子として自信をなくしちゃうね…」

 

高坂さん、園田さん、南さん。

 

「ことりじゃないけど、私もダメージを受けたわよ…いくら分かっていてもこれは……」

 

「圧巻やね〜」

 

絢瀬先輩、東條先輩。

 

三者三様ならぬ八者八様だ。それぞれが思い思いに並んだ料理を眺める。

 

頼まれた材料から矢澤先輩がカレーライスを作る予定なのだと察した僕は、メインディッシュとして春巻きと麻婆豆腐、棒々鶏。バランスが偏りそうなので付け合せにサラダを作ってみた。もちろんサラダも中華風だ。

 

それと他にデザートと残り日程分のおやつなども色々仕込みを終わらせておいた。まあ、それは後のお話だ。

 

「お飲み物は冷蔵庫にお茶、水、コーヒー、フルーツジュースなどがありますので各自でどうぞ」

 

「それじゃ、さっさとアンタも座りなさい。早く食べましょ!」

 

「そうしましょうか」

 

全員が座ると、何も無くても手を合わせる。

 

『いただきます!!』

 

 

「にこちゃんのカレー美味しい〜♪」

 

「勇人さんの春巻きも悪くないわ♪」

 

「どれもお米と合いますね〜〜」

 

なんだかんだ、全ての料理が好評みたいで安心しながら先輩が作ったカレーを口に運ぶ。カレーは誰でも作れるが、作る人によって少しずつ味が変わるのが面白いところだ。

 

「美味いですね……!」

 

「ふふんっ!どうよ!!」

 

ドヤ顔で腕を組む矢澤先輩。何故だろう、年上のはずなのに後輩を見ているような感情が湧いてくる。

 

「な、何よその慈愛に満ちた目は?!」

 

「やっぱり先輩らしくないな〜、と」

 

「やっぱアンタ表に出なさい。ぶちのめしてあげるから」

 

ワイワイと騒ぎながら、その日の夕食の時間は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「練習をします!!」

 

「花火をするのにゃ!!!」

 

「「ぐぬぬぬぬぬ……!」」

 

僕が洗い物から帰ると何故か園田さんと星空さんが睨み合っていた。

 

「何があったんだい?」

 

「これから何をするかで揉めてるの、穂乃果は疲れたからもう寝たいよ〜。勇人君、お茶入れてくれる?」

 

「はいはい」

 

これから練習するには周りの雰囲気があれだし確かに花火はスーパーで東條先輩がカゴに入れてたけど、明日の夜じゃないのかな?

 

「はぁ、これじゃ纏まらないわね……花陽はどう思う?」

 

「わ、私はもうお風呂に入って寝たいかな……」

 

「第三の意見出してどうすんのよ…」

 

まあ、僕も、小泉さんの意見に賛成だ。

 

「東條先輩、面倒なので仕切ってください」

 

隣にいた東條先輩に全て丸投げする。ぶっちゃけ僕も眠いから思考がまとまらない。カバンに入っていた分の魔剤までボッシュートされてしまったからだ。

 

「しゃ〜ないなぁ〜………凛ちゃん海未ちゃん。練習は明日の朝やった方が効率ええと思うし、花火も明日の夜やればええやん?今日は早く寝て体を休めた方が楽しめるよ?」

 

「確かにその通りですね……今日は寝ましょうか」

 

「凛は花火ができればそれでいいにゃ!!」

 

さすが先輩だ、纏めるのが上手い……手をワキワキさせて言ったセリフじゃなければ、ね。

 

「東條先輩、それ脅迫って言うんですよ?」

 

「ん?ウチは何もせんよ?結果的にやけどね♪」

 

この人、僕がいてもときどき絢瀬先輩にワシワシしてたから、とても心臓に悪い。

 

「さて、大浴場らしいですし、皆さんはお風呂どうぞ。僕は別の場所のシャワーを借りてきますから」

 

とにかく、男女として適切な距離を保つのも今回のミッションの一つなのだ、極力そういった関わりでじこが起きる確率は下げておくに越したことはないだろう。

 

「え?一緒に入らないん?」

 

「東條先輩は馬鹿なんですか?馬鹿でしたね、ごめんなさい忘れてました」

 

「や〜ん、いけずぅ〜」

 

意味がわからん、と首を振って僕は一人シャワーへと向かう。後ろで何故かこそこそ話が聞こえるのは知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼間に続いて二度目のシャワーを浴びてから僕は髪の毛を乾かしながらフカフカのソファに座っている。本当にシャワー室なのかよ、って思うくらいに設備が充実している。

 

「明日は露天入りたいなぁ……朝早く起きようかな」

 

どのみち仕事は出来ないのだ、それであればゆっくりするのも悪くない。

 

「ましてや泊まる所はホテルに引けを取らない豪華さだもんなぁ…」

 

一人呟きながらも、やはり楽しんでいることを実感する。そしてだからこそ、やはりこれが最後なのだと実感せざる負えない。

 

弱気になってはいけない。もう決めた事なんだから。

 

僕は間違っていない、何度そう言い聞かせても夕方に刺さった言葉は中々抜けない。

 

大体乾いた髪の毛をタオルで拭きながら広い廊下を歩いていると、ふとある部屋の中にピアノが置いてあるのが目に入った。

 

勝手に触るのは悪いと思いながらも、部屋に入って、蓋を持ち上げてみる。

ホコリがほとんどついていないあたり、こまめに掃除されているようだ。西木野先生がお掃除を誰かに依頼しているのだろう。

 

試しに一つ音を出してみると綺麗な音がする。調律も完璧だ。

 

「……少し、弾いてみようか」

 

真正面から向き合うと、周りの雑音が完全に消える。指が勝手に動き始めて止まらなくなる。

 

 

 

 

『愛なき世界』

 

 

 

 

今はそう名付けているオリジナルの曲だ。これに沿った詩はもうできているから、後は曲に合わせるだけなのだが、それが噛み合わない。弾くだけだから今は関係ないけど。

 

 

 

その他にも沢山の曲を流れる様に弾き続けた。思いに浮かんだ歌を奏でた。父さんが幼い日に口ずさんでいた歌や母に聞いた子守唄、とにかく弾き続けた。

 

 

 

自分の中の迷いを振りほどくように、強くハッキリと。

 

 

 

そして、最後にμ'sのWonder zoneを弾き終えた時に、僕の集中力が途切れた。

 

 

パチパチパチパチ!!

 

「……誰ですか?」

 

振り返ると、園田さんと小泉さんだった。珍しい組み合わせもあるものだね。

 

「勇人さん……最後の曲は──」

 

「さあね、良く分からないよ。時々少し耳に残った曲をタイトルもわからないまま弾く時あるからさ」

 

小泉さんからの問いをのらりくらりと躱す。後ろでは園田さんが苦笑している。

 

「園田さん、もう寝る時間?」

 

「…はい、戸締りついでに探しに来た時にピアノの音がしたので。それにしても驚きました、お上手なのですね。習ってらしたんですか?」

 

「いや、母が時々教えてくれたのをやってるだけだから、大した事ないよ」

 

「それでも、私にはできませんよ。素敵なものだと思います。そういうのって」

 

そう言って目を細める園田さんからそっと目を逸らす。あまりにも眩しかったから。

 

「さ、もう就寝時間です。勇人にも明日仕事を頼むんですから、しっかり体を休めましょう」

 

「それで、僕の部屋は?」

 

「こっちです、勇人さん♪」

 

小泉さんってこんなに引っ張るタイプだったっけ?と疑問を抱きながら運搬される僕だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って、みんなは雑魚寝するんだ」

 

先程までテーブルが置いてあったダイニングには10枚の布団が敷いてあっ……10?

 

「僕はその辺の部屋のベッド借りて寝ますね」

 

「勇人さん、逃がさないにゃ!」

 

僕の右腕をガシッと掴むのは星空さん。振り返ると小泉さんもちょこんと僕のパジャマの袖を摘んでいる。

 

「ダメ………ですか?」

 

上目遣いに言われても、ここは否定するべきだろう。

 

「ダメだよそこは、しっかり区切らないと。あくまで僕は男なんだから、君たちの御両親だってそんなつもりで合宿に行かせたわけでもないだろう?」

 

適当に誤魔化して撤退してベッドで寝たい。こんな所で寝られるか!

 

そんなことを考えているとちょこちょこと南さんが寄ってくる。

 

「どうしたの南さん、話はもう終わったからこの二人を引き離してくれるかな?」

 

んん?どうしてあんなに目を潤ませて……

 

「勇人君……おねがぁい!」

 

…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ど う し て こ う な っ た ?

 

僕は今、ダイニングに敷かれている布団に横になっている。一番端にしたのだが、隣からはスヤスヤと園田さんの寝息が聞こえる。

 

因みに、まだ横になって5分も経っていない。暗闇が苦手な絢瀬先輩がどうしたのかと思っていたが、東條先輩が手を握っているらしい。

 

どうしよう、全く眠くならない。というより、何故か甘い匂いがする。女子の匂い?洗剤の匂いなのだろうが妙に鼻についてします。不快ではないけれど……。

 

「ねぇ、ことりちゃん……起きてる〜?」

 

小声で高坂さんが南さんと話し始めるが、適当に流しておく。諦めて早く寝てしまうのが一番だ。寝相はいいから、なんとかなるだろう。

 

その後は、絢瀬先輩に窘められて周りが静かになった。

 

そしてウトウトして寝入る直前のことだ。

 

ボリッ!バリッ!

 

唐突に響いたのは硬いものを砕く音。

 

「ちょっ?!なんの音?!」

 

「早く電気つけなさい!」

 

電気が点いてからも園田さんは全く起きる気配を見せなかった。完全に目を覚ましてしまった僕は、仕方ないから音を立てた犯人を眺めるとする。

 

 

犯人は高坂さんで、煎餅を食べていた。

 

 

「穂乃果ちゃん?!ナニヤッテルノォ?!」

 

小泉さんがとても驚いていらっしゃる。その驚き方に僕が驚いているのは秘密だ。

 

「えへへ〜何か食べたら眠くなるかと思って〜」

 

そんな事を言って周りを呆れさせてる後ろで何かがモゾモゾと起き上がっていた。

 

「夜中にぬぁに騒いでんのよォ…煩いわよォ」

 

顔にきゅうりパックを貼り付けた矢澤先輩だ。正直、おばけにしか見えない。

 

「ピャァァッ!」

 

「お、おばけ………っ!」

 

「ぬぁんですってぇぇ!!誰がおば…ゲフッ!」

 

唐突に飛来した枕が矢澤先輩の顔に着弾!いや何故に?!

 

「まきちゃ〜ん、何するのぉ〜?」

 

「なっ!のぞみぃ!!?」

 

「いくらにこっちが五月蝿いからって枕投げちゃダメや〜ん?」

 

今度はこちらに飛んできたのをキャッチする。明らかに投げたのは東條先輩だ。

 

「まぁ〜きぃ〜!上等よ!白黒つけたげるわ!」

 

「ヴェェェッ!私じゃな…きゃあ!」

 

最後まで言う前に顔に枕がぶつかる。ちなみに投げたのは僕だ。

 

「………もう!こうなったらとことんやってあげるわ!!」

 

こうして、第一次μ's枕投げ大戦が始まった。

 

基本的に殺傷力は皆無なので、そのうちみんな疲れて眠るのだろうと思っていた。

 

「勇人さん!食らうにゃ!!」

 

「さっきのお返しよ!食らいなさい!!」

 

「日頃の恨みやでっ!!」

 

三方向からの枕を避けた後悲劇は幕を開けた。たまたま避けた先にスヤスヤと眠る園田さんがいたのだ。

 

そしてその三つはどれも園田さんの顔にクリーンヒットした。

 

『あっ…………』

 

気まずい沈黙。全員が見守る中、ゆっくりと園田さんが立ち上がる。長い髪が顔を隠し、それがより恐怖を駆り立てている。

 

「何をしているのですか………ことり?私は明日は練習だと言いましたよね?」

 

「う、うんっ…!」

 

「それをこんな夜中に……絵里、勇人、貴方達が止めなくてどうするのです」

 

信じられないほどにドスの効いた低い声に動けない。

 

「「………」」

 

「ふふふふっ………いいですよ、眠らないというのなら、私が眠らせてあげますから………」

 

と、僕の真横を風が撫でていった。

 

「ぶべっ?!」

 

「「にこちゃんっ!!」」

 

高坂さんと星空さんが叫ぶ。

 

「ダメにゃ……もう手遅れにゃ!」

 

「超音速枕………ッ!!」

 

「ハラショー………」

 

全員の目が驚愕に見開かれている。

 

「ふふふふふふふふふ……さぁ、次は誰ですか?」

 

「穂乃果ちゃぁん……」

 

「生き残るには戦うしか……モガ!」

 

高坂さんも一瞬で!どうやら、ノーモーションで枕を投擲しているようだ。とはいえ弾は無限じゃな………っ!

 

「どこからこんな大量の枕が?!」

 

今度の標的は僕らしい。凄まじい勢いで何回も枕が飛んでくる。

 

くっ……!手元の枕は一つしかない。せめてもう一つあれば………。

 

「西木野さん!東條先輩!絢瀬先輩!!そこから枕を園田さんに!一瞬でも気を逸らせればあとは僕が決めます!!」

 

「「「了解!!」」」

 

とにかく僕は躱すことに専念して機会を待つ。

 

「ふふふっ……勇人?逃げてばかりでは殺ってしまいますよ……?」

 

怖っ?!いや、今はそんな事考えてられない!!

 

ビュンビュンと風を切る枕をとにかく躱し続ける。無限の枕製かよ!!本当にいつになったら弾切れするの?!

 

と、そんなことを考えていたら弾が一瞬だけ途切れる。

 

「投げて下さい!!」

 

僕に向かって放たれた死角から強襲してきた園田さんからの枕を西木野さんが投げた枕が弾き、東條先輩と絢瀬先輩の投げた枕が一瞬だけ園田さんの視界を遮る。

 

全力で園田さんとの間合いを詰めて僕は彼女の顔に枕を投げるのではなく叩きつける。

 

「ハッ!!」

 

「ムグッ!」

 

後ろに勢いよく倒れていく園田さんを慌ててだき抱えて頭を打たないようにゆっくりと布団に寝かせる。

 

 

 

生き残った……これ枕投げじゃない、弾幕戦争だ。

 

「………やられた皆さんをちゃんと布団に戻してから僕達も寝ましょうか」

 

どっと疲れたとはいえそのまま放置するわけにはいかないので、いつの間にかやられてた星空さんと小泉さん、高坂さんと矢澤先輩、園田さんを布団に戻すと眠る場所に変更が起こり、僕の両隣が東條先輩と絢瀬先輩になっていた。

 

改めて布団に入り電気を消す。生き残った人達も皆布団に入ったようだ。

 

 

……少ししてからモゾモゾと布団の中になにか入ってきて、僕の手をひんやりとしたものが掴む。

 

「……どういうつもりですか、絢瀬先輩」

 

それは絢瀬先輩の手だった。優しく、しっかりと握られている。

 

「怖いから………ダメ………かしら?」

 

うわ言のように呟く弱々しい声。その聞き方は少しずるいと思う。

 

「好きにしてください、おやすみなさい」

 

動揺を悟られないようにそっぽを向いて目を瞑った僕はすぐに眠気に意識を奪われてしまう。

 

「ふふっ、ありがとう勇人。貴方の手、とても暖かいわ」

 

そんな言葉は、眠りに落ちる僕の耳には入らなかった。




難しいですね恋愛……シリアスも難しいですけど。

さて、ここまで読んで下さりありがとうございます。

また、お気に入り300件突破致しました、ここまでこられたのもひとえに読者様のご愛読あってこそでございます。

至らない点も今後ともあるとは思いますがよろしくお願いします。

最後にはなりますが評価をくださいました

☆10:満田ちゃん様

☆9:セイバーオルタ様、みどり^^様、銀シャケ様

☆8→☆9:蛙先輩様

重ねて御礼申し上げます。

次回の更新でまたお会いしましょう。


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第十話〜距離感と関係〜

お久しぶりです、黒っぽい猫です。

今回は少し長めです。よろしくお願いします


気がつけば、合宿の二日目ももう夕暮れになっている。僕も彼女達のサポートをしていたからあまり時間の感覚がなかったけど、日が傾いているのに気がついた。

 

「今日の練習はここまでにしましょう!」

 

その一言で、全員の膝が崩れ落ちる。極限まで行われた練習に、余裕の表情を浮かべているのは満遍なく体力のある園田さんのみだ。

 

「凄い練習だね………毎日こんな風にやってるのかい?」

 

一瞬キョトンとした園田さんは苦笑しながら否定する。

 

「まさか、毎日こんなことをしては、体が壊れてしまいますよ。私はともかく皆が」

 

……園田さんはどうやらまだ余裕があるらしい。

 

「流石だね……弓道部の方も掛け持ちしてるんだっけ?」

 

「普段はそうですが、ラブライブも近いですから余りあちらには顔を出せていません。少なくとも、ラブライブの結果が出るまでは、スクールアイドルの活動に集中します」

 

中途半端にやるつもりはないらしい。その性格が男子よりも女子に人気がある理由なのだろうか。

 

そんなどうでもいいことを考えていたからだろうか。全員にスポーツドリンクの配布をしていた僕は足を砂に取られて転んでしまう。

 

「痛ッ!!」

 

手をついたので体に怪我はないが、どうやら手に貝殻でも刺さってしまったらしい。

 

「勇人、大丈夫?」

 

近くにいた絢瀬先輩が心配そうに顔を覗き込んでくる。咄嗟に痛みの走った左手を後ろに回して取り繕う。

 

「はい、大丈夫です。少しぼーっとしていました。泥が付いてしまったので、新しいのを出しますね」

 

 

慌ててパラソルの方にあるクーラーボックスへと小走りで戻る。ちらりと左手を見ると、やはり貝殻の欠片が左手に突き刺さっていた。かなり深いらしく、中々抜けない。仕方が無いので声がもれないようにパーカーの首の部分を噛みながら力いっぱい引っこ抜く。

 

「……っつ!!」

 

抜いた箇所からの予想より多い出血に、慌ててミネラルウォーターで傷付近の砂ごと洗い流す。

 

「包帯なんかを使うのはバレそうだな。綿で覆っておけばいいか」

 

止血用の綿を患部に押し当てると念入りにテープで止める。

 

そして、スポーツドリンクの予備を箱から出して戻ると、何事も無かったかのように残りのメンバーに渡していく。

 

「これから、夕食のBBQの準備をしますので、皆さんは一度着替えてからこちらに来てください」

 

「やった!勇人君、お肉はあるん?」

 

「ええ、沢山ありますよ。色々と準備もありますので、大体1時間後くらいにここに集合してください」

 

そう告げると、メンバーは高坂さんと、星空さんを筆頭にして走って戻っていく。

 

「絢瀬先輩も早く戻った方が──いてっ?!」

 

僕が何かを言い切る前に、絢瀬先輩に左手を取られていた。いきなり振動が伝わって思わず声が漏れてしまう。

 

僕の傷を見た絢瀬先輩は僕を睨みつける。

 

「勇人、これは一体何かしら?」

 

「………別に、ただのかすり傷ですよ。少し止血しておけば問題ありません」

 

「………」

 

無言の絢瀬先輩は僕を引きずるようにクーラーボックスの方に歩いていく。そして、その近くに零れている僕の血を見ると辛そうな顔をしたあとに僕に座るように指示する。

 

「勇人、そこに座りなさい。ビニールシートの上でいいから」

 

「だから、この程度──「座りなさい!」…はい」

 

今までに見たことないほどの剣幕で怒鳴られて思わず従ってしまう。

 

「手、出しなさい」

 

「………はい」

 

絢瀬先輩は丁寧に僕の仮の処置を外すと、新しい綿に消毒液を染み込ませてゆっくり患部に押し当ててくる。

 

「──っ!!」

 

「染みるけど、少し我慢してちょうだい」

 

そう語りかけるように優しく言われ、どこかで逃げようかとタイミングを見計らっていた僕は完全にその考えを打ち破られてしまう。

 

その後の処置は完璧だった。

 

もう一度綿を変えると包帯を外れないが手の動きを制限しない微妙な力で縛る。

 

「これで………よしっ。どうかしら、手の動きに違和感はある?」

 

「………いえ、ありません」

 

「ふふっ、それは良かったわ」

 

穏やかな空気が流れたのは束の間、絢瀬先輩は目を鋭くして問いかけてくる。

 

「何故、傷を隠したの?」

 

「………ご迷惑を、少しでもおかけするべきではないと判断しただけです」

 

この人を相手にして、隠し事をしても仕方がない。そう判断して僕は正直に話す。

 

「僕は、この合宿において本来招かれていない者です。そんな僕が、迷惑をかけるわけにはいかないでしょう」

 

「……貴方のそれは、筋が通らないわよ」

 

「何故です?なぜそう断言出来るんですか?」

 

「もしも、本当に招かれていないなら、私達の採決の時点で反対が出ているわ。それに、駄目ならわざわざ理事長が貴方を推薦したりしないし、真姫のお父さんも、許可を出さないでしょう?」

 

そう言って頭を撫でられる。それは、まるで心を暖められているような、そんな感覚を僕に芽生えさせた。

 

「貴方はそんなに怖がらなくていいのよ。誰も貴方がいることを責めない。そして、迷惑だなんて思わないわよ、怪我をしたくらいで」

 

「………」

 

黙り込んだ僕を見て満足したのか、先輩は悪戯っぽく笑う。

 

「さ、私は一度シャワーを浴びてこようかしらね?どうせ止めてもBBQの準備は一人でやるんでしょ?」

 

返事を待たずに去っていく先輩を目で追いながら、僕は先程言われた言葉を反芻していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9人が用意をしている間に僕の方も色々と準備する。

 

事前にセットの在り処は聞いていたので昼の間にホコリを洗っておいたそれを砂浜に運ぶ。やはり、海の近くでやるのも乙なものだろう。

 

「炭に火をつけて…おっと、つき始めはうちわで……」

 

パタパタと静かにあおぎ、徐々に赤くなっていく炭を確認する。

 

今回は鉄板を二つ用意した。まあ、その他にもテーブルを5つ運んだ。昨日の夜から用意したものを置くためだ。

 

「火も安定したね……後は蝋燭と水バケツ…花火はパラソルのそばに置いとこ」

 

よし、これであとは食材が揃えば終わりっと♪

 

「運動という程じゃないけど、少し疲れたね…」

 

やはり身体に負荷をかけるのは極力避けた方がいいのかもしれない、と溜息をつきながらなんの気なしに空を眺めた。

 

「わぁ………これは、中々」

 

思わず子供っぽい声が出るほど、その空は美しかった。

 

まだ日暮れからそう時間が経ってないこともあり微かに赤を残し、紫、濃紺と何層もの色を形成した空に、月を初めとしてまるで宝石を散りばめたかのように無数の星が輝いていた。

 

「綺麗な……ものだな」

 

その後、着替えを終えたらしいμ'sの面々の話し声が聞こえるまで、僕はその景色に魅入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にーこちゃん、そのお肉取って〜」

 

「全く、仕方ないわねぇ〜、ほら、皿を渡しなさい」

 

「穂乃果!ピーマンをちゃんと食べなさい!!」

 

「ええ〜!!海未ちゃんの意地悪っ!!」

 

昨日よりも騒がしい夕食の中、僕は黙々と焼きそばを焼いていた。まあ、しっかり自分の食べる分は確保しているから大丈夫だが。

 

「あ、勇人君。ウチが代わるから食べてええよ」

 

「いえいえ、まだ大丈夫ですよ」

 

「も!そういう時くらい甘えとき?ほらほらどいたどいた!」

 

「うわっと?!」

 

何か焼くことに拘りがあるのか、東條先輩に追い出されてしまう。

 

少しムッとしながら椅子に腰掛けていると、突然後ろから冷たいものを首に押し当てられる。

 

思わずガタリと椅子から転げ落ちそうになりながら振り返ると、いたずらが成功したからか、ドヤ顔をしている絢瀬先輩がいた。

 

「お疲れ様。はい、冷たいジュースよ」

 

「どうも」

 

「それにしても……よくもまあ一人でこれ準備出来たわね」

 

「…別に、気まぐれですよ」

 

「はいはい、皆知ってるからもうそうやって意地を張る必要も無いのにね」

 

また、心が掻き乱される。

 

「それは僕の勝手でしょう、僕は別に何かの報酬を求めてそれをしたわけじゃありません。勝手に報酬を押し付けられても困ります」

 

「私達も『誰かに報酬を与えるために』やってるわけじゃないわよ?はい、貴方の分。ちゃんと盛ってあるわよ。ほら、あちらに行って食べましょ」

 

紙皿ごと食べ物を渡され、少し強引に腕をひかれる。

 

「あ!勇人君!準備ありがとう!!勇人君もちゃんと食べるんだよ〜?」

 

真っ先に話しかけてきたのは南さんだ。ふわりと笑みを浮かべている。

 

「勇人君〜、言ってくれれば穂乃果も手伝ったのに〜!」

 

「いや、別に……」

 

「あ〜、照れてるのにゃ?」

 

「そ、そうじゃないよ!僕はただ「はいはい、そんなのはいいからさっさと食べなさい!焼いたりするのは私と希でやるわよ!」……」

 

いつの間にか、ペースに完全に飲み込まれていたみたいだ。

 

「一人で意地を張るのもいいけど、たまには肩の重荷を下ろしたらどう?」

 

「………」

 

「自分の目を向けていることが全てじゃない、その外側を見た時、人は成長できる。私にそれを教えてくれた貴方が、どうしていつまでも一人でいようとするの?」

 

僕の何がわかるのか、思わずそう叫びそうになり顔を上げた僕の目を、しっかりと絢瀬先輩は見つめていた。

 

「今すぐ変えろなんて言わないわ。貴方はその事をわかった上で行動してるんでしょう?でも、今この時くらいは普通にしていていいのよ。疲れたなら、そう言っていいのよ。私達は誰もそれを笑わない」

 

周りを見ると、全員が笑って頷いていた。

 

「………どんだけお人好しなんですか、貴方達は」

 

呆れながら、僕は言葉を繋ぐ。

 

「でも、今だけはそれに甘えさせてもらいますね、絵里先輩」

 

「!!」

 

これっきりだ。そう自分に言い聞かせながら僕は決めた。今だけは、彼女達の優しさに触れていたい。

 

決意が鈍っているわけじゃない。僕は、この場所に本当はいるべきじゃない事もわかっている。ただ、今だけは……僕は、僕としてここにいていいのだろう。

 

「皆さんも、ありがとうございます」

 

その言葉は、僕の口から出たとは思えないほどに細々としたものであったけれど、皆は笑顔を向けてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから少し時間は流れて、僕は高坂さん──穂乃果が花火を2本持ちしているのを少し遠くから眺めていた。

 

別に楽しんでいないわけじゃない。僕の手にも花火は握られているし、その色を眺めてもいる。

 

「どうして暗い顔をしてるん?楽しくないん?」

 

「もう驚きませんよ、希先輩」

 

「あら、残念やな〜。それで?何を考えてん?」

 

「別に楽しくないわけでも、考え込んでいるわけでもありません」

 

僕にとって今いる環境は美しすぎるのだ。ありふれた言い方をすれば、幸せすぎるのだろう。

 

「ただ、時々わからなくなるんです。僕にとって本当にこの選択が正しかったのか」

 

「別にえーんやない?後悔したら、やり直せばええんやから」

 

確かに、普通の人ならそうかもしれない。僕にもっと時間があったなら、それで良かったのかもしれない。でも僕にはもう残っていないのだ。もしかしたら今日が最後の日になるかもしれないのだ。

 

「それでも………後悔はしたくないです」

 

「あははは、そうやね。だから、ゆっくり考えて答えを出さんとね♪でも少なくとも、今回の選択は正解やない?」

 

「どうでしょうね……もし、これが誰かを傷つける結果を生んだ時、僕はどうすればいいんでしょうか……」

 

一瞬黙り込んだ後、希先輩はいつもの笑みを浮かべて背中を叩いてきた。

 

「もう!その時のことはその時に考えればいいんよ!!いつまでも辛気臭い顔をしとると絵里ちに嫌われてまうよ!」

 

「急に背中を叩かないでくださいよ!痛いです」

 

カラカラと笑う希先輩を見ていると、今は選択を焦る必要は無いのかもしれない、と少し気が楽になる。

 

「のーぞみーー!!ゆうとーーー!!穂乃果が線香花火大会やるんですって!!早く来てーー!」

 

「ほら、噂をすればなんとやらやね。ま、ウチからアドバイスがあるとすれば、折角の合宿やし多少は無茶してみるのもいいと思うよ?」

 

「そう……ですね。早く行きましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この夜、みんなで第二回の枕投げ大会をしたり、何故か寝る時になって絵里先輩が隣になって手を繋いできたりと本当に色々(?)あった。

 

ただ、にこ先輩が意識を飛ばされていた辺り、あの人には芸人の才能があると思う。アイドルよりも向いてるんじゃないかって思ったけど、言ったら殴られそうだから黙っておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の早朝。まだ誰も起きていない時間に一人目を覚まして布団を抜け出す。そっと荷物を置いた部屋に戻ってお風呂セットを取り出し、着替えを掴むと僕はある場所に向かった。

 

何を隠そう、露天風呂である。

 

脱衣所で服を脱ぎ、全て畳むと浴場に繋がるドアを開ける。真夏とはいえ、海辺の早朝だ。肌寒さに身震いしながら体と頭を洗う。

 

手早く丁寧に洗うとゆっくり、足から順番に浸かっていく。

 

「はぁ………朝風呂はやっぱり気持ちいいな」

 

思わずそんな感想が口から漏れる。このお湯は掛け流しの温泉から引っ張ってきているらしいので、本当に西木野家の財力には恐れ入ってしまう。僕の……両親の収入でも、きっと足元にも及ばないのだろうな、と無駄に負けた気分になりながらお湯に入っていると──。

 

ガラガラガラッ!!

 

という音が響く。予想外の展開にどうしたものかと慌ててながら必死に解決策を模索するも、これしか浮かばなかった。

 

「誰ですか?!僕が入ってるんですけど!!」

 

まさか朝早くから誰も来ないだろうと思っていたばっかりに、完全に油断していた。

 

「ゆ、勇人?!まま、まさか入ってたの?!」

 

若干裏返り気味の声で帰ってきた返事はどう考えても絵里先輩のものだった。

 

「は、はい。入ってました………ごめんなさい!すぐに出ますから少し僕から姿が見えない方向を向いててください」

 

景色の方を見て、できるだけ振り返らないようにしながら答える。

 

「い、いえ……私も脱衣所で貴方の服に気づかなかったのは失態だったし…それに朝風呂を楽しんでいたところ中断させるのは悪いわ…」

 

「でも、絵里先輩も入るのであれば僕は──」

 

「………」

 

しばらく後ろから慌ただしい水の音が聞こえたが、どうやら僕の発言は聞こえなかったようだ。できることなら今のうちに抜け出したいが先輩がどこにいるのか分からないので不可能だ。

 

水の流れる音がしなくなったかと思うと、今度はチャプンと石が水に落ちるような音とともに僕の方に水紋が届いてくる。

 

ま、まさか………っ?!

 

水をかきわけるような音が断続的に続いてはいるが、やはり振り返ることは出来ない。

 

「こっち、絶対に見ないでね………?」

 

「ひゃいっ?!」

 

背中に、とても柔らかく滑らかなものが当たる感触があった。どうやら、背中合わせに座る形になっているのだと理解した瞬間、僕の心臓は早鐘を打ち始める。

 

落ち着いて考えてみて欲しい、今僕が置かれているのは裸で背中合わせで、それも憧れの先輩と共にいるんだよ?!

 

恥ずかしくて死んじゃうから!!

 

「ふふっ……緊張してる?」

 

「え、絵里先輩こそっ……声がふふふ震えてます」

 

「ええ、そうね……緊張してるし、恥ずかしいわ」

 

でも居心地は悪くないのよ、と不思議そうに口にする。

 

「……嫌では、ないんですか?僕と、その…変な意味はないですけど、こういう事になるの」

 

我ながら何を聞いているんだか分からないが、とにかく場を持たせるために思いついた事だけを言葉にする。

 

「嫌じゃないわよ」

 

数瞬の迷いもなくそう断言された。嬉しいような、気恥ずかしいようなむず痒さに、顔が赤くなる。

 

「むしろ………っ!!」

 

突然バシャバシャと水を立てる先輩に驚いてしまう。慌てて振り返ろうとしてすんでのところで止められる。

 

「大丈夫ですかせんぱ「振り返っちゃ駄目!」…すみません」

 

「わ、忘れないでちょうだい……今………裸なんだから…」

 

「………はい」

 

 

 

 

 

 

少しして落ち着いた絵里先輩と、しばらくの間しょうもない話をしながらお湯に浸かっていた。

 

「私、そろそろ出るわね……着替えが終わったら一旦呼ぶから、そのあいだ私は脱衣所の外にいるわ。君の着替えも終わったら髪の毛をお互いに乾かしてみんなの所に戻るってことでいいかしら?」

 

「はい」

 

「それじゃ、私は出るわね……あ、でも私がお風呂からで終わるまで振り向かないでね?」

 

「し、しませんよっ!!」

 

「ふふっ、冗談よそれじゃあ、後でね」

 

スっと、先程まで触れていた背中の温もりは去っていった。もの寂しさを感じたのは無理のないことだろう。

 

後ろで戸が開閉される音を確認してから、僕は一人呟く。

 

「……暖かかったな。背中」

 

僕はあの短い時間で虜にされてしまったらしい。思い返すだけで、僕に寂しさを覚えさせるほどには。

 

寂しさを、いつも先輩は与えていく。それは縮まぬ距離のもどかしさだけではないような気がした。

 

もしかしたら、あの人も本当は寂しさを感じている人なのかもしれない。僕の持つ自ら作り上げた孤独感からくる寂しさではなく、生まれた時から持つ、人の温もりを求める寂しさ。

 

寂しい人間同士の親和だっただろうか。いつか読んだ小説に書いてあった一節を思い出す。

 

『勇人ー!!!もういいわよー!!』

 

「はーーーい!!」

 

ふと思い浮かんだそんな思考を振り払うと僕はそっと歩く。さて、今日の朝食は何を作ろうかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少年は選択した。一時とはいえ、少女達に心を許すことを。その選択が彼を生かすのか、或いは──。

 

その答えを知るものはまだいない。




ここまで読んでいただきありがとうございます。

三回ほど書き直しを行っておりました……。

ギャグパート……というかシリアス少なめで今回もお送りしました。今回にて合宿編が終了、次回より一期最終回へと向けて突っ走っていきます。


ここで評価をくださりました皆様にお礼を申し上げます

☆10:suzuryo1125様

☆9→☆10:銀行型駆逐艦1番艦ゆうちょ様

☆9:キース・シルバー様、四条博也様


いずれも高評価、ありがとうございます!執筆の糧となっております。また、ご感想などありましたらよろしくお願いしますm(_ _)m

次回更新がいつになるのかは不明ですが、質の良いものをお届けしたく思います。

気長に待ってくださると幸いです!
あとがきの最後まで読んでくださった皆様、ありがとうございました。また次回の更新でお会いしましょう

黒っぽい猫でした


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第十一話〜迫る最期に〜

お久しぶりです、黒っぽい猫です

いつも通り活動休止詐欺ですね、はい←

今回は短めの回となっております、おそらく次回もそれほど長くはならないと思われます

今回もよろしくお願い致します


「保科さ〜ん、着いてきてくださーい」

 

名前を呼ばれてゆっくりと立ち上がる。読んでいた雑誌と片耳に入れていたイヤフォンを抜く。スマホの電源を落とすと看護師さんの後についていく。

 

「最近体の調子はどうなんです?」

 

「まあ、可もなく不可もなくですね」

 

ちょっとした雑談をしながら長い廊下を歩く。僕が今いるのは西木野総合病院である。合宿が終わってから既に数日が経過している。その間僕は誰とも会わずに仕事に従事していた。

 

「ご家族とは会っているの?」

 

「いえ……知ってからは、少し」

 

「そう………」

 

この人は、僕の事をよく知っている人の一人だから、少し踏み込んだことを聞かれる。

 

「あ、もう付いちゃったね。またお話しましょうね保科君。私はお仕事に戻らなくっちゃ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

看護師さんは、僕がお礼をいうと手をひらひらさせながら去っていった。

 

「……失礼します」

 

「ああ、入って来なさい」

 

扉を開けると人の良さそうな男性が座っている。スラリとした身長に眼鏡をかけている。その見た目からは、彼が既に50に近いことは全くうかがえない。院長の西木野先生である。

 

「座ってください、勇人君」

 

「はい」

 

席に腰掛けると、早速と言わんばかりに質問を浴びせてくる。

 

「最近痛みは?」

 

「あまり無いですが、念の為鎮痛剤は持ち歩いてます。補充ができればお願いします」

 

「体調自体はどうかな?」

 

「悪くありませんね。精神的にも落ち着いています」

 

「そうか………それで、君の気持ちは?」

 

「変わりません。僕は、死を選びます。たとえ誰になんと言われようと、僕は手術を受けません」

 

「本当にいいのか?もう少しで君の叔父は見つけられるし、彼が日本に戻ってくれば──」

 

「もう決めた事です。僕は、自分の意思で自分の死を受け入れると。それにあの人に──僕の親友を見捨てて逃げたあの人に、僕の体を弄られたくありません」

 

僕は肺動脈、肺静脈が徐々に細くなる病気に侵されている。治療法は、人工的なチューブを血管の代わりに用いることだが、世界にそれを成功させられる人間はたった一人しかいない。

 

「あの男の手術を受けるくらいなら死んだ方がマシだ」

 

吐き捨てる。そうとしか表現出来ない語気で断言する。

 

「そこまで君が彼を嫌う理由もわかる──だが君のご両親の「あの人達は親じゃない!」ッ!!」

 

思わず怒鳴りつけてしまったことを詫び、座って言葉を繰り返す。

 

「あの人達は……僕の親ではありません…僕の親はっ……!」

 

「落ち着きなさい、勇人君。ほら、水だ」

 

「ありがとうございます………」

 

渡されたボトルの水を飲み干すと、ため息とともに続ける。

 

「あの人達の気持ちは、汲めません……どんなに親しくした所で、突き詰めてしまえば血の繋がりのない他人……なのですから…………」

 

「わかった、手術は行わない方向で薬を継続的に処方する」

 

「ありがとうございます、西木野先生」

 

そう言って帰りかけた僕は、言うべき言葉を思い出して振り返る。

 

「合宿の件、お世話になりました。本当に楽しい思い出が出来ました。あいつの所に行くのに、こんなにいい思い出話は無いと思います」

 

頭を下げ、今度こそ部屋を後にする。

 

さて、帰ったらどこから仕事に手をつけようかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全てを知っているが故の辛さ、か……聡すぎるのも困りものだね…」

 

白衣の男性は、深くため息をつくと少年の座っていた椅子を眺める。

 

「春馬君、君は彼を一体どうするんだい………?」

 

その声は、虚しく室内に響いて消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病院に行ってから数日後。いつも通り生徒会室にいるのだが、今日は気色が違う。具体的には生徒会室には僕を含めて七人の生徒が座っている。

 

とはいえ、ほぼ全員が顔見知りだ。

 

座っているのは真姫ちゃん、海未さん、ミカ、希先輩、矢澤先輩、そして三年生のもう一人の先輩。

 

一応総括である僕から話を切り出す。

 

「お集まりいただきありがとうございます。本日の集まりは、今年の文化祭の進捗を聞くためのものです。できるだけ細かく現状を伝えていただけると嬉しく思います」

 

今年、音ノ木坂学院は文化祭を夏休み後半に一週間の準備登校日を設けて行う事にしている。

 

勿論、振替の休日は各平日にバラけて設定してあるので成績的にも問題ないラインだ。

 

「一年生は特に問題ありません。予定通りに進んでます」

 

一年生がやるのは調理の出し物だ。一年生を半分に分け、交互にシフトを組むというので承認したが、三種類の料理を出すのは中々面白いのだ。面白いのだが……

 

「こ、このお米スムージーなるものは……?」

 

「ヴェェッ……えっと、花陽がドリンクとしてどうしても販売したいって言うから……」

 

教室内に『あ〜、なるほどね〜』という空気が流れる。あの子の白米好きは、校内中に知れ渡っている。

 

一度、それを聞いた男子がにわか知識で気を引きにいったものの、五時間お米について語られたらしい。

 

くわばらくわばら。

 

「味の方は?」

 

「美味しかったから、出す分には問題無いわ。炊飯器に炊いたのを保温しておけば持つし」

 

衛生面は私が徹底するわ。と付け足す。

 

「わかった、それで許可しよう。次、二年生」

 

「はいはーい!私のクラスは問題ありません〜」

 

先に立ち上がったのはミカだ。やるのは確か、迷路風お化け屋敷だったかな?使われていない階をほぼ丸々使った本格的なものだそうだ。

 

「準備は間に合いそうですか?」

 

「うん!心配ありません!」

 

敬礼するミカを見てれば、本当に大丈夫なのだろうとわかる。

 

「海未さんの方は?どうですか?」

 

「そうですね……私達も特に問題は無いかと。ただ」

 

「ただ?」

 

「その……少し、男子のやる気が薄いと言いますか、滞りが見られます。今は深刻ではありませんが、このままいくと……」

 

確か、こちらは簡単な喫茶店を行うのだったっけ。どの教室にも、行事すらまともに取り行おうとしない人間はいる。海未さんが言っているのはそういった所だろう。

 

「わかりました、それはクラスメートでもありますし僕が直接指揮を取りましょう」

 

「えっ、ですがお仕事は……」

 

「残りの仕事と言えば、皆さんの進捗の確認と見回りくらいですから、問題ありませんよ」

 

実際、僕の仕事は既にほとんど終わっている。引き継ぎまでもういける程度には。

 

「そうですか……それでは、お願いしてもよろしいですか?」

 

「はい、構いません」

 

これでここは一旦幕引きとなり、三年生に聞いてみたが、どのクラスも特に問題は無いようで安心した。

 

「それでは、この辺りでこの集まりを終了にします」

 

全員が出ていったのを見計らって溜息をつく。

 

「ふぅ………これさえ無事に終わってくれれば…ゴホッゴホッ!!」

 

慌てて手で口を抑えると鉄の味が口いっぱいに広がり、手に何かヌメリのあるものが付着していた。恐る恐る確認すると、手が鮮やかに赤くなっていた。

 

「………?」

 

朝から重かった身体が、更に重くなるような錯覚に囚われる。心なしか熱っぽい。

 

「………また病院かな?」

 

再び重々しく溜息を吐いて荷物を片づける。とりあえず、今の時点で残っている最大の不安要素は、文化祭当日にやるμ'sのライブだ。

 

「ヒフミに頼んではあるから準備は大丈夫だろうがな……」

 

心配なのは当日の天気だ。今の予報では大雨となっている。体育館の使用抽選に落選している彼女達にとっては死活問題だろう。

 

「恐らくここが踏ん張りどころなんだろうな…」

 

彼女達の練習を少し観てから帰るか、と重い足を引きずって階段へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは……本当なんですか?ことり」

 

何回か転びかけながら屋上に繋がる階段まで登ると話し声が聞こえてきた。声的に海未さんらしい。

 

「…………うん」

 

どうやら、ことりさんと話をしているらしい。聞き耳を立てるのは忍びないと思いながら、話を遮るのも悪いので黙ってその場に留まる。

 

「本当に……留学してしまうのですか?」

 

「…………うん」

 

「そう……ですか。穂乃果にはもう話をしたのですか?」

 

「ううん……穂乃果ちゃんは、今ライブに集中したいと思うから、文化祭が終わってから話すよ」

 

「………」

 

まさか、そんな深刻な話だとは思っていなかったので聞いたことを後悔する。

 

「ここは戻──っ!!ゴホッ!!ゴバッ!!!」

 

引き返そうとした瞬間、僕は激しい咳とともに喀血してその場に膝をつく。体に力が入らない。

 

「「!!」」

 

慌ただしく階段を降りてくる音がして、反射的にそちらを向くと、立っているのはやはり海未さんとことりさん。二人とも驚愕に目を見開いている。

 

「ことり!!今すぐ屋上に行って電話で救急車を!!私は彼の介抱をします!!」

 

「う、うん!!」

 

僕はいきなりの喀血に喉を覆われてしまい上手く呼吸ができない。

 

「勇人!意識を確かに!!」

 

「ゴホッ!だいじょ……っ!!」

 

「無理に喋らずに口を下に向けて下さい!!」

 

酸素が足りず朦朧とした頭で彼女の指示に従うが、意識は段々と薄れていく。

 

「勇人!!!」

 

消えゆく意識の向こうで、金髪を揺らしながら誰かが駆け下りてくるのが見える。

 

絵里──せんぱ───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勇人が倒れた翌日、私は病院に来ていた。

 

「やあ、君は確か絢瀬君だったかな?真姫がお世話になっているね」

 

柔らかに笑みを浮かべているのは真姫のお父さんだ。

 

「いえ…真姫さんには、私達の方こそいつも助けられています」

 

口から出る言葉も社交辞令のような言葉になってしまっている。私の頭は、倒れた勇人の事でいっぱいになっていた。

 

「ははは、真姫の言った通り、余程勇人君のことが心配なのだね。彼はまだ目覚めては居ないが心配無いよ。あれは急性気管支炎だね。恐らくは免疫機能が弱った時に無理をしていたんじゃないかと思うよ」

 

意識を失ったのは、疲労と血液の不足によるものらしい。

 

「……文化祭も近かったですから。目を覚ますのにはどれくらいかかりますか?」

 

「そうだね……どんなに短く見積もっても目を覚ましてから四日ほどは病室にいてもらうことになるかな」

 

「そうですか……あの、今勇人に会うことはできますか?」

 

「構わないよ。着いてきてくれ」

 

そう言われて、歩き出す先生についていく。二分ほど歩いてから病室の前に着くと、思い出したかのように白衣のポケットから何かを取り出して差し出してくる。

 

「一応それをかけておいてくれれば、私がいない時でも彼の病室には入れる。真姫が信頼している君に預けておこう」

 

「ありがとう、ございます」

 

「さて、私は患者さんが来るといけないから失礼するよ。ゆっくり話をするといい」

 

「はい、何から何までありがとうございます」

 

にこやかに頷くと、先生は去っていった。私も彼の病室のドアを開けて中に入る。

 

一人用の小部屋らしく、目の前には白いベッドに眠っているらしい人の影があった。

 

ゆっくりとカーテンを捲ると点滴に繋がれた勇人が寝息を立てて眠っていた。

 

私は思わず安堵の息を漏らしながらそっと用意されている椅子に腰掛ける。

 

彼の寝顔を見るのは二度目だが、やはり幼さを感じさせる。とても高校二年生には見えない。

 

「全く……心配かけて呑気に眠ってるなんて…認められないわよ……」

 

昨日、血を吐いて倒れた時は本当に死んでしまうのではないかと思い気が気でなかった。

 

その為か、安心して緩んだらしい涙腺から涙が溢れだしてきた。

 

「でも、本当に何事もなくてよかった……ゆっくり休んで頂戴。文化祭は、必ず成功させてみせる」

 

今回の文化祭でも、恐らく学校側は入学志望者アンケートを行うはずだ。上手くいけば、今回で廃校が阻止できるかもしれない。

 

「貴方だけにはもう背負わせたりしない。今度は私も一緒に背負うわ」

 

そっと手を取ってそう誓う。

 

「それじゃ、また明日来るわね勇人」

 

寝ている勇人の頭をゆっくり撫でて、私は病室を後にする。そのまま病院の外に出てすぐに私は親友に電話をかけた。

 

「もしもし、希?少し協力して欲しいことがあるのだけれど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

各々が思いを抱えた文化祭まであと三日。果たして、その先にあるものは──。




ここまで読んでいただきありがとうございます
今回よりアニメ一期の山場、及びオリジナル章のプロローグとなります

女神達と少年が紡いでいく物語を、今後ともよろしくお願いします。

また評価を下さった

☆10:とあるライバー様、宇宙一バカなラブライバー様、桐ケ谷様、ノブオ様
☆9:Asuha様、岩下航希様、ローニエ様、フィム様、ケ_ン_ト様、吟路様

誤字修正をして下さった、山風様。

そしてここまで読んで下さった皆様

ありがとうございます。皆様の暖かいご声援が作者の糧となっております

それでは次回更新でお会いしましょう


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第十二話〜やらぬ善よりやる偽善〜

どうも、黒っぽい猫です

今回もよろしくお願い致します


翌日、アイドル研究部の部室にはμ'sの全員が集まっていた。

 

「それで絵里ち。手伝って欲しい事って?」

 

私は希だけに話をしたはずなのに、いつの間にこんなに話が大きくなったのかしら……?

 

「希…これは私が勝手にやろうとしている事なのだから、皆を巻き込むなんて……」

 

「何水臭い事言ってんのよ絵里」

 

私の話をにこが遮った。

 

「私達は、今まで勇人に支えられてきています。恩を返す機会を逸する事などできません」

 

そして続いた海未の言葉に全員が強く頷く。

 

「絵里ちゃんだけに格好いい思いはさせないのにゃ!!」

 

「私も合宿の時に言ったはずよ、サポートするって」

 

私は、今更ながら強く仲間の頼もしさを感じていた。

 

「ありがとう………!」

 

「よーーーーしっ!!ライブも文化祭も大成功させるぞっ!!頑張ろーーーっ!!」

 

『おーーーっ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、私はそれぞれの仕事の分担をする為に生徒会室へ向かっていた。勇人が倒れた時に鞄は生徒会室に置きっぱなしだったので、彼が目覚めるまでその場で管理することにしていた。

 

その中には持ち帰って仕事をやるつもりだったのであろう、生徒会用のノートパソコンも入っていた。

 

「……勇人をここまで追い込んだのは、私の責任でもある」

 

正直、私達九人だけで全ての仕事の代わりを務めるのは厳しいかもしれないが、やれる事をやるしかない。

 

生徒会室の鍵は職員室から借りているので鍵穴に入れて回すが鍵は開いている。

 

「………?」

 

不思議に思いながらもドアを開ける。すると…

 

『お疲れ様です!!!』

 

「あ、貴方達──どうして?」

 

私が扉を開けた先には、辞めていった元生徒会のメンバーが勢揃いしていた。突然の事に驚きが隠せない。脇から出てきたのは穂乃果の友人のフミコさんだった。

 

「私が、皆さんに声をかけてみたんです。勇人の事は聞いていましたから。そうしたら──」

 

「私達にも、手伝わせてください。あの時逃げてしまったこと、ずっと後悔していたんです」

 

「自分勝手で、ただの偽善行為なのもわかってます。それでも、私達も──」

 

『文化祭を、成功させたいんです!!!』

 

全員が声を重ねる。この場の思いは一つ──それなら私がやるべき事も一つだ。

 

「そう…それじゃ、仕事の分担を始めるわよ!みんな席に着いて!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……って言うことがあってね」

 

場所は変わって勇人の病室。少なくとも彼が目を覚ますまでは毎日通うと決めた。既にあれから3日経ち、文化祭は前日へと迫っていた。

 

「μ'sの皆だけじゃないの……辞めていった元生徒会のメンバーやフミコさん達まで手伝ってくれて。それはきっと、貴方が頑張ってきたからなのよ。勇人は否定するでしょうけど、そうやって皆が協力しようって思わせる程のものが貴方にはあるのよ」

 

この3日間、私達は悔いのないように準備に取り組んできた。

 

「貴方は怒るかしら……勝手なことをしたって」

 

それでも私は、勇人の力になりたかった。頭を撫でながら、そんな事を考える。彼らの中の誰かが言っていたように、例えそれが独善的な行為なのだとしても、彼が望まない結果だとしても。

 

「……僕は、怒りませんよ。絵里先輩」

 

「えっ?!」

 

零した独り言に返事が返ってきて驚くと、ベットで横になりながらこちらを見て微笑んでいる勇人の姿があった。

 

「おはよう……ございます」

 

「本当に……目が覚めたのね?」

 

「はい……まだ、少しぼんやりしますけどね」

 

お手数をお掛けしました、と申し訳なさそうな顔をしている。ゆっくり起き上がると、彼はそっと私の頬をなぞりながら不思議そうに呟いた。

 

「絵里……先輩?」

 

「え……あ………」

 

気がつくと、私の目からは暖かいものが流れていた。それは次から次に私の頬を伝い、制服のスカートを濡らしていく。

 

彼の手が、私の頭に触れていた。その温もりによって涙の量が増える。我慢しきれなかった私は、起き上がっている彼の胸に自分の顔を埋めた。

 

「とっても、心配したんだから………」

 

「…………はい」

 

「だからもう少し…このままでいて………」

 

「……はい」

 

私がこうしている間、勇人はずっと頭を撫でてくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええっと……ごめんなさいね。取り乱して…」

 

「いえ……大丈夫です。気にしないでください」

 

数分後、絵里先輩は落ち着きを取り戻して座っていた。目元が赤く腫れている彼女を見ると自分がどれだけ迷惑をかけたのか、その重さが心にのしかかってくる。

 

「体の痛みとかは無いの?」

 

「…問題ありませ「きちんと言いなさい。誤魔化すのは許さないわよ」……少し、呼吸が苦しいです」

 

見透かしたかのように機先を制してくる先輩に素直に白状する。

 

「よろしい。それなら、横になっていなさい」

 

「わかりました…」

 

大人しくベッドに潜り込むと頭を撫でられる。照れくさくて少し早口に思っていたことを言う。

 

「……本当に、ご迷惑をおかけしました。後で皆さんにも謝罪しなければなりませんね」

 

絵里先輩は呆れた表情をして溜息を吐いていた。

 

「な、何かおかしいこと言いましたか?」

 

「もし、本当に申し訳ないと思っているのなら、君が言うべきなのは謝罪ではないと思うのだけれど?」

 

本当はわかっている。ただ、僕もいい加減危機感を持っているのだ。

 

これ以上近づいてしまえば、本当に離れられなくなってしまう。

 

「…………」

 

無言を貫くことしかできなかった。だが、絵里先輩は優しく僕の頭を撫でる。その温もりを何度も受け取るうちに、僕の心にも迷いが生じてきているのかもしれない。

 

「急ぐ必要なんてないわ。何回でも言うけど、貴方は自分のペースで変わればいい」

 

「そう……ですね………」

 

もしも、まだ時間があったなら。そんな事を考えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから少しの間、他愛のない話をして先輩は帰っていった。明日が文化祭だから早く寝て備えるとのことだ。

 

「明日……か…」

 

結局、僕には何も出来なかった。最後の仕事と息巻いておきながら、だ。

 

知らず知らずのうちに、握りしめた拳を布団に打ち付けていた。

 

「クソ!」

 

「随分と荒れているね──勇人」

 

「?!」

 

突然投げかけられた野太い声に入口を睨みつける。聞き慣れた、それでも今一番聞きたくない声だ。

 

「……何しに来たの?今、僕は機嫌が悪いんだ。用がないなら帰ってくれよ」

 

「ハッ、何を偉そうに。病弱で貧弱な勇人クン?」

 

その声に神経を逆撫でられる。咄嗟に立ち上がろうとするも──

 

「ゴホゴホッ!!?」

 

咳き込み、動けなくなる。まだ体は本調子とは程遠いのかもしれない。その男はゆっくりと近づいてくると、その嫌味な態度とは裏腹に優しく布団をかけ直してくる。

 

「ったく……病人らしく寝てりゃいいんだよ。どうせ体こき使って無理してたんだろ?お前は昔っからそういう所が「能書きはいいから、用事は何?早く言って帰ってよ、叔父さん」……へいへい」

 

白衣を纏った男──僕の叔父である保科春馬は、頭をガシガシとかく。

 

「あー、報告は二つ。

 

まず一つ目はお前の担当医は今日から俺になるってこと。これは俺の兄さん、つまりお前の父さんの願いだ。

 

んで二つ目、お前の手術日は三週間後に行われることになったからそのつもりでいろって事。

 

簡潔に述べたが、質問は?」

 

「…僕は手術は受けない。そんな話ならもう帰ってよ。僕の体のことは僕が一番よくわかっているし、申し訳ないけどこれ以上僕自身の命を長らえさせることに意味があるとは思えない。

 

何より、僕の親友を見殺しにしたあなたに体を弄られるくらいなら死んだ方がマシだ」

 

だんだんと語調が強くなってくるのを感じる。もう自分の中で止められそうにない。

 

「大体さ、アナタは何故あの時アイツを見捨てたのに僕を助けようとするの?血が繋がってるから、とでも言うつもり?」

 

一瞬表情を固くした叔父さんは僕から目を逸らす。

 

「そうだ…お前が………俺の甥っ子だからだ」

 

それを聞いた瞬間、僕の中で何かが弾けた。

 

「甥っ子………?ふざけるな!!いつまでもいつまでも僕が何も知らないと思っているのか?!お前達嘘つきの言うことなんて誰が信じるものか!!

 

血の繋がりで助けると言うなら、僕だってアイツと同じはずだ!

 

僕とアンタにだって!血の繋がりなんてないだろう!!それどころか僕がずっと両親だと思っていた人達だって僕の両親じゃない!!ずっとお前は『あの二人の息子』って、僕に言っていたクセに!!」

 

「!!!」

 

呼吸が苦しくなり、一旦語気を抑える。続いて出た声は自分でも驚く程にか弱く、細い声だった。

 

「…小学六年の時、血液型を調べたんだ。その時僕が普通なら両親から産まれるはずのない血液型だったことがわかった。その時聞いたのさ

 

『僕は本当に父さん達の実の子供なの?』って。あの時あの人はそうだって答えた。煮えきらなかった僕はこっそり調べた。

 

………僕は『養子』だった!」

 

苦虫を潰したような顔をする目の前の男に、僕は言葉を続ける。

 

「どうして嘘をあなた達が吐いたのか。僕には何もわからなかった。

 

病気がわかって、両親と姉さんが海外に行く時僕が日本に残ったのも、それを知るためだ。

 

調べて得た結論は、もう僕の血縁はどこにもいないって事だけだった」

 

全てを知られていたことにか、おじさんの目が見開かれる。

 

その態度を見て、心の底に燻っていた熱が冷めていき、そのまま凍りついていくのを感じる。僕は何を熱くなっている。目の前の男に怒鳴っても仕方ないじゃないか。

 

「もう放っておいてくれ。人に騙されるのはもう真っ平御免だよ。あなた達が僕に嘘をついていた事ももういいからさ。一人にしてよ」

 

どれだけの間そうしていたのだろうか。無言で去っていく叔父さんの背中を眺めていくうちに、目尻から涙が流れていくのを感じる。

 

そして、その扉が閉まるのを確認した後──

 

「本当に最ッ低だな…僕は………」

 

僕は、確かに騙してきたあの人達のことが大嫌いだ。本当の事を言わず、何もかも嘘で塗り固められたあの人達のことが嫌いで嫌いで仕方ない。

 

でもそれ以上に、僕は僕が嫌いだ。何時までもそんな事に縛られて、それに意味が無いことは解っていても、それを変えようと思えない。そんな自分が大嫌いだ。

 

「なぁ……今の僕を見て、お前はどう思うんだ?なに難しく考えてるんだよって笑うのかな………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜side 絵里〜

 

お見舞いからの帰路、ふとお参りをしてから帰ろうかと思った私は神田神社に来ていた。

 

お賽銭を入れて鐘を鳴らす。そして手をあ分けて心の中で願い事を呟く。

 

(どうか……ライブが成功しますように。そして勇人が早く良くなりますように…)

 

欲張りかもしれないけど、いつも頑張っているから、少しくらいいいわよね?

 

そうして、帰ろうと思った時、私はふと男坂の方で聞き慣れた声が聞こえた気がした。

 

「ハッ……ハッ……あと四往復!」

 

聞き間違いじゃない──私の体は考える前に男坂の方へ向かって叫ぶ。

 

「──穂乃果!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えへへへ……なんか、明日が本番なんだって考えるといても立ってもいられなくって「だからって雨の日に、それもライブ前日にこんな夜遅くまで!!ダメに決まってるでしょ?!」……はい」

 

私は神社の屋根に穂乃果を引っ張りこみ、彼女の髪を拭いていた。

 

「全くもう……私の周りには、どうして自分を顧みないで頑張る人がいっぱいいるのかしら…」

 

勇人も穂乃果も、一度決めたことには一直線でブレなくて……。

 

「それって穂乃果のこと褒めてる?!」

 

「褒めてない!もっと自分を大事にしなさい!」

 

調子に乗ってる穂乃果の額をペちっと叩く。

 

「あう〜……クシュン!」

 

「ちょっと穂乃果、本当に大丈夫なの?」

 

私の心配を他所に、鼻を啜りながら穂乃果は笑う。

 

「うん!このくらいお風呂はいってご飯食べてパン食べてから寝れば平気!」

 

「ご飯とパンって……太るわよ?」

 

なんでそう炭水化物ばっかり食べられるのかしら…穂乃果といい花陽といい、全くの謎よ……。

 

「さ、そんな事よりも穂乃果。私が送るから帰りましょ?」

 

「え……でも絵里ちゃんのお家の方向って真逆じゃ──」

 

「放っておいたら、また練習するでしょ?明日は、絶対に失敗したくないのよ……わかってくれるわよね?」

 

明日には勇人だけじゃない、今まで必死に準備してきた皆の期待がある。

 

「………うん」

 

「ならよし!もしも倒れたりなんかしたら、ほむまんをメンバー全員分奢ってもらうんだから♪」

 

「ええっ?!そんなぁ〜……」

 

「ふふっ、もし嫌ならちゃんと今日は寝なさいね?」

 

「え、絵里ちゃん……笑顔が怖いよ?!」

 

そんな軽口を言いながらも私の胸の中には、何故かライブが失敗するような、そんな予感があった。そしてそれが、なにか大変なことに繋がっていくような、そんな気もしていた。

 

(気のせいに決まってるわ……今は、前に進まないと!)

 

私は拭えない不安を抱いたまま、穂乃果の家へ向かうのだった。




目覚める主人公、早すぎですかね?

とはいえ、眠り姫みたいにしても動かせないからね!仕方ないね!

はい、いつもの如くお礼です

高評価を下さった

☆10:柊 黒葉様、かきめり さょをざ様
☆9:園田海未様、可愛い=世界様、鵄3263様、takatani様、最弱戦士様

ありがとうございます

また、その他評価を下さった方、ありがとうございます
評価をつけるに値するとこの作品を判断して頂けたことに御礼申し上げます

最後にはなりますがここまでお読みくださった皆様
ありがとうございます

次回もよろしくお願いします
黒っぽい猫でした


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第十三話〜夢と友〜

………………………………………………大変長らくお待たせ致しました。約一年間何をやっていたのかと石を投げられても文句を言えません、黒っぽい猫でございます

一応言い訳をさせていただきますと、リアル事情によりラブライブというコンテンツへの熱意が急激に冷めてしまい、この作品の作成への意欲が削がれてしまっていました。

手前勝手で申し訳ございませんでした。

投稿を本日10/21日よりゆっくりと再開しますのでどうぞまたよろしくお願い致します

それでは、本編どうぞ!

※今話では絢瀬絵里は出てきません。ご了承ください


「あ、雨か──」

 

暗く濁った空はポツポツと涙を流していた。そしてそれは段々と強さを増していく。そして直ぐに大雨へと変わった。

 

文庫本を読んでいた手を止め、窓の外の曇天を眺め思いを馳せる。今日は学園祭の当日だ。

 

この空の下でμ'sのライブが行われているのだろうか。彼女達はこんな中で踊り続けているのだろうか、歌い続けているのだろうか。

 

それなのに僕は──と、自分の無力さを歯噛みする。何も出来ずただここに居る体の弱さ、そして現実から何時までも目を逸らし続けている自分の心の弱さに、下唇を噛む強さが増していく。

 

本当は、わかっていた。僕が叔父さんに叩きつけた言葉も僕の『両親』の想いも。

 

あの人達は、きっと僕のことを全て知った上で紛れもない『家族』として僕の事を受け入れてくれていた。だから本気で叔父さんを探していたのだろう。

 

でも、もう何もかもが遅かった──そう言い訳して僕はそこから逃げた。

 

僕は死ぬと決めた。一度決めたことを簡単に覆せるほど僕の頭はもう柔らかくない。僕の描いたシナリオの中で僕はもう死んでいるんだから。

 

そんな事を考え、虚しい空回りで自分を正当化していた時だった──突然廊下を物凄い勢いで何かが走っていったのは。

 

 

音からして担架だろうか……どうやら急患のようだが──

 

 

「──高坂さん!しっかりしてください!!」

 

次に耳に入ってきた声に僕は頭を殴られたかのような衝撃を受ける。縋り付くように扉まで走り、重いそれを引き開ける。

 

「高坂……?まさか──」

 

一瞬だが…見えてしまった。担架に乗せられて運ばれていくその人のオレンジ色の髪の毛が。

 

「穂乃果さん!!!!」

 

僕の叫びにも彼女の体はピクリとも動かぬまま──廊下の角を曲がって消えていった。

 

「どうして……なんで…一体何があったんだ……!」

 

ズキリと頭が痛む。それと同時に、突然吐き気が襲ってくる。急激に喉元へ何かが込み上げてくるのを感じた。

 

「うっ──」

 

慌ててトイレの個室へと駆け込む。幸いにも目と鼻の先だったので辛うじて間に合った。

 

「おぇぇえっ……うっ……ゴホッ…ゴホッ!」

 

しばらく個室で嘔吐いた後、涙を拭いながら自分の吐き出した大量の血をぼんやりと眺める。

 

「これは酷いな……笑えてくる…」

 

自分でも少し驚く程に底冷えした冷たい声だった。恐らくは穂乃果さんが運ばれている様をみてストレスが限界を超えたのだろう。常人であれば不安に感じる程度のものでも、今の僕は身体に如実に現れるらしい。

 

「うがいして部屋に戻ろう……」

 

ふらつく身体を無理矢理動かし、半ば這い出でるようにトイレを離れ部屋に戻ろうとした時、トイレの入口で誰かにぶつかりそうになった。

 

「あっ、ごめんなさ──海未さん?」

 

「ッ!勇人……」

 

僕がぶつかりかけた相手は、穂乃果さんと同じく今学院に居るはずの園田海未だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、お茶。家に居たらもう少しマシな茶葉と茶菓子を出せるんだけどこれで勘弁してね」

 

湯呑みに緑茶を入れて渡す。一口お茶を飲んだのを見届けてから聞いてみることにした。

 

「それで……聞いてもいい?なんで穂乃果さんが運ばれたのか」

 

「はい、私も誰かに聞いてもらえると整理がつきそうですから」

 

よくよく海未さんの顔を見ると、彼女の目元は赤く腫れていた。

 

「私達は、文化祭に向けて今日まで新曲と合わせて何曲もの練習を重ねてきました。ここでのライブはきっと廃校の阻止やラブライブへの出場へと繋がると信じていたからです。練習は誰もが納得いく仕上がりになりましたし、後は本番を待つばかりでした」

 

穂乃果以外は。そう彼女は付け足した。

 

「穂乃果は、どうやら前日に風邪を引いていた様なのです。不覚にも私達は誰も穂乃果の体調に気づけないままライブに望んでしまい──はじめの曲を踊り切ったあと、穂乃果は倒れました。

 

その後絵里がライブを中止し、私と雪穂で穂乃果を保健室まで運びました。穂乃果は救急車で運ばれ、私とことりは真姫の家の車でここまで運んでいただき現在に至るというわけです」

 

「……そう」

 

話し終えて俯く海未さんの身体は震えていた。

 

「ごめんなさい、勇人……貴方にもわざわざ舞台を整えてもらったにも関わらず私達は「やめてよ、海未さん」──ッ」

 

本当なら、彼女を慰めるべきなのだろう。残念だったね、と。まだ次がある、と。でも僕が彼女にぶつけたのはもっと醜い自分の本音だった。

 

「僕は、絵里先輩に──君達にそんな顔をさせる為に裏からライブを手伝ったわけじゃない。僕をもうこれ以上後悔させないでくれ」

 

──本心なのか、これが僕の。なんだ……醜いだけじゃないか。

 

「勇人……?これ以上、とは?」

 

「いいや、こっちの話だよ。気にしなくていい。それより、ことりさんは今ここに?」

 

「ええ、穂乃果の隣に……私はこれから一度家に帰りますから、その間はずっと隣にいるそうです」

 

「そっか、わかった……」

 

「?」

 

訝しげに首を傾げる海未さんに苦笑しながら僕は点滴を杖代わりに再び立ち上がる。きっとこれが最後だ。

 

ああ、今の僕はどんな顔をしているのだろうか。扉を開くまでの間、そんな風に考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

果たして、ことりさんは確かに穂乃果さんの隣に居た。

 

「ことりさん」

 

「──ッ!!勇人君?!どうしてここに──」

 

唇に指を当てるジェスチャーをして大声をあげる彼女の機先を制してから小声で話しかける。

 

「少し外で話さないか?君の事も少し聞いておきたい」

 

「……うん」

 

こちらの誘いにすんなりと乗ってきた彼女の瞳もやはり濡れていた。穂乃果さんは本当に友人に恵まれているのだな。

 

二人で部屋の外にあるベンチに座ってから、しばらくの間沈黙が場を支配していた。その沈黙を破ったのはことりさんだった。

 

「……ごめんね」

 

「え?」

 

「あんなに立派な舞台を手配してもらっていたのに私達は勇人君の希望に添えなかったかなって思って……」

 

「君も海未さんと同じことを言うんだね。だったら僕も同じ事を返させてもらうよ──僕は君達にそんな顔をさせる為にライブを裏からサポートしてきたわけじゃない。だからそんな風にありもしない事実を謝られても迷惑なだけだ」

 

「ふふっ──勇人君は本当に優しいんだね」

 

は?

 

「何言ってんの、ことりさん。今の言葉を聞いて言ってるなら脳神経外科に行った方が……丁度ここは病院だし」

 

「酷いな〜勇人君。海未ちゃんにも言ったんでしょ、同じ事。ならきっと海未ちゃんもそう思ってるよ」

 

「君達に何を言われても関係ない。そんな事より君に会いに来たのはあの日の事だ──先ずは救急車を呼んでくれてありがとう。お陰で僕は助かったよ」

 

「ううん、私は何も。全部海未ちゃんのお陰だよ?」

 

「海未さんには、全部ことりさんのお陰だって言われたよ」

 

わざとらしく肩をすくめるとことりさんはクスリと笑った。だが、ふとその笑顔に影がさした。

 

「ね、勇人君。あの時あそこに居たってことは、私たちの話聞こえてたんだよね?私の留学の話──聞いてた?」

 

聞いてない、そう答える選択肢ももちろんある。だがその場合彼女の心境をあらかじめ聞き出しておくことが出来なくなる。今更嫌われようがどうということも無いのだから彼女のことを気にする必要は無い。

 

「聞いてたよ。フランスに行くんだよね、服飾の勉強をするために」

 

「うん」

 

返ってきたのは肯定だった。そこにさらに質問を重ねていく。

 

「そしてそれを穂乃果さんにはまだ話してない」

 

「うん」

 

またも肯定。こちらも質問を重ねる。

 

「理由を聞いてもいい?」

 

「……」

 

今度は沈黙が返ってきた。下を向き膝の上で拳を握ることりさんを後目に一番可能性が高いであろう推論をぶつける。

 

「『穂乃果ちゃんの邪魔をしたくなかった』から?」

 

「──っ!」

 

息を呑むの気配が伝わってきた。どうやら図星だったらしい。

 

「そうして相談をする為のタイミングを見計らっていた悩んでいるうちに決めなければいけなくなってしまった?」

 

「……勇人君はなんでも知ってるんだね。全部正解。穂乃果ちゃんに言い出したくて、でもラブライブの前に気負わせたくなくて言い出せないうちに……私は決めなきゃいけなかった」

 

「じゃあ、行くと決めたのは君の本心なんだね、ことりさん?」

 

「……うん」

 

──嘘だ。ことりさんの目は、本気の時には強く輝く。でも今の彼女からはその光が全く感じられなかった。

 

でも、そのお陰で僕も口火が切れる。今のことりさんが触れられたくない傷口に塩を塗り付けるように言葉を発する。

 

「それなら僕から何も言うことは無い。君にとっての幼馴染み、高坂穂乃果は君の夢と秤にかけた時釣り合わないという事がハッキリわかった」

 

「……ッ!!!」

 

一つ目、ことりさんの表情が固まった。チクリと胸を刺す痛みを感じるが構わず続ける。

 

「いいと思うよ。夢を追うのは大切な事だからね。その結果例え身近な誰かを傷つけることになっても間違っているはずがない」

 

わざと皮肉っぽく、強い口調で嗤うように言葉を発する。。

 

きっと彼女は理解してるだろう。僕がわざと彼女を怒らせる為に行っている言葉だと。でも、彼女がもし本当に留学に行きたい、その為に穂乃果さんを切り捨てる覚悟ができているのなら──反論はしてこないだろう。

 

「……やめて」

 

二つ目小さく拒絶の言葉を発した。勿論やめる気は無い。そうしなければ彼女の本心まで触れられないから。彼女に彼女自身(南ことり)の願いを自覚させられないから。

 

「だから諦めたりなんかしないようにね?君は親友を切り捨ててまで夢を追っているのだから「やめてよっ!!!!」──本当の事だろう?」

 

そして三つ目。涙をいっぱいに溜めたことりさんの手がこちらに振りかぶられる。

 

「私はっ──私にとって穂乃果ちゃんは……大切な、大好きな幼馴染みなの!!!勇人君なんかが私のことを偉そうに言わないで!!」

 

パァン!!!

 

乾いた音が廊下に響きわたる。何度目だろう、今年に入ってから女性に引っぱたかれるのは。そりゃ、僕がそうなるように仕向けてるのだから自業自得だけど。

 

「私だって悩んだ……考えた……!!穂乃果ちゃんにずっと相談したかった!!だって!そんなの当たり前でしょ?!穂乃果ちゃんは私の最初で一番大切な友達なんだよ!!!」

 

そう言って泣きながら彼女はどこかへ行ってしまった。苦笑いしながら頬をなぞる。跡にはならないだろうが当分はヒリヒリしそうだ。

 

「……なんだ、言えるじゃないか、本音」

 

そのまま病室に残るつもりだったが、海未さんが戻ってくるまでの間誰かが穂乃果さんの事を見ていた方がいいのだろうなと思い直し病室に入る。

そこには点滴で繋がれている穂乃果さんの姿があった。普段はサイドに結ばれている髪も今は解かれていて、その色と穂乃果さんの様子が僕の記憶を掘り起こす。

 

「髪の色以外は全く似てないのにね……いや、でも君とアイツの行動力はそっくりなのか」

 

約十年前、初めて小学校で僕に話しかけてきて友人になり、そしてあの日死んだアイツに。

 

「……アホらしい。何を今更感傷なんて」

 

ふと、後ろの扉が開いた。振り返ると、そこには久方ぶりに見る理事長の姿があった。

 

「勇人君……?ああ、そうだったわね、そういえば貴方もこの病院に入院しているのだものね。すっかり忘れていたわ」

 

「ご無沙汰してます、南理事長。学園祭の方は宜しいのですか?」

 

「ええ、校長先生に全て任せてきたわ。恙無く終わるでしょう」

 

「一生徒の為にわざわざここまで?」

 

「いいえ。今は理事長としてじゃなくて、娘の親友のお見舞いに来ているのよ」

 

穂乃果さんの頭を慈しむように撫でながら言う理事長。今のこの人からなら、聞き出せるかもしれない。

 

「……でしたら不躾を承知でお聞きします、南さん。貴女は自分の娘の留学をどうお考えですか?」

 

「あら、それはどういう意味?私はあの子に話をしただけよ?服飾の仕事に就くなら近道になる、と」

 

「ことりさんが本当にそれ(留学)を望んでいるとお思いですか?」

 

「ええ。ことりには確認をしたもの。あの子が是としたのだからそれがあの子の望みなのではなくて?」

 

「子は親が思っている以上に不自由に物を見るものですよ。特に自分の両親に対しては。自分の親が何かを勧めてきた時は『ああ、自分にそうして欲しいのか』と勝手に解釈し、自分にとってそれが本当に心の底から望んでいるのかを度外視して表面上を取り繕う──っ!」

 

喉の奥から湧いてきたモノを吐いてしまうことを慌てて口元を抑えることで封じ込め、話を続ける。いまここで止まるわけにはいかない。

 

「──……確かに、服飾の仕事に就くのはことりさんの夢なのでしょう。μ'sのライブ衣装を作っている彼女を見たことがありますが真剣に、でも終始笑顔で作成に当たっていました。それは彼女にとってそれがやりたい事で好きな事であるということでしょう。

 

ですが、その方向は高校生の今この時に、友人や本気でやっている部活動を捨ててまで選び抜かねばならないことなのですか?

 

貴女が勧めた留学が、彼女の心に今暗いものを落とそうとしていることに貴女は目を向けていますか?」

 

「私だって気づいてる。ことりの顔を見ていれば分かる。日に日に不安が増していくあの子の目を見ているもの。一番に相談したい相手に相談もできず、勝手に決めてしまった後ろめたさをあの子が背負ってることに私が気づかないわけないでしょう。

 

……それでも私には、あの子をもう止める資格なんてない」

 

苦痛を堪えるかのように理事長は目を伏せた。

 

「そんなに弱った顔をしないで下さい、僕だって南さんがことりさんを止められないなんてことはわかっています。

 

僕が問いたいのはその先ですよ、南理事長」

 

「……?」

 

「理事長として、母親としての両面からお聞きします。もしことりさんが留学に行きたくないと言い出すことができたのなら、貴女は彼女の留学を取り下げることが可能ですか?何時いかなる場面においてもです」

 

「それは──」

 

この文化祭を最後に、本当なら僕はこの職を退くつもりだった。そしてこの学校を去り、死ぬまでどこか僕のことを誰も知らない場所で生活をしたいと思っていた。

 

でも、僕には文化祭を成功させるという功績を建てられなかった。しかもμ'sのライブ失敗というアクシデントまで起こってしまった。

 

「ことりさんの本音は先程確認しました。彼女は中途半端な気持ちで揺らいでいる。中途半端に揺れたままウチの生徒を外に出すのは、僕の生徒会長としての威厳に関わります。

 

だから彼女がどうしたいのか、僕がその真意を確かめます。勿論留学に意思が固まるならそれで良いでしょう。ですが残りたいと決めた時、取り消しがきかないと困るので。

 

お答えを、理事長」

 

南理事長は目を見開いた。僕の提案に心底驚いたようだった。だが、その目はすぐに強い意志を示す。

 

「私は理事長として断言します。もし、南 ことりさんが留学を取り下げて欲しいと願った場合は、その場で取り下げができると」

 

「わかりました。それならそのように。僕は振休明けから学院に戻ります。手法の一切は僕に任せて貰えますね?」

 

「ええ、わかりました。貴方に委ねます」

 

「でしたらまた来週の朝、理事長室に伺います。これで失礼します」

 

穂乃果さんの部屋を出て、自分の部屋に戻りつつで薄く笑う。

 

言質はとった、きっと理事長はこの選択を後悔するかもしれない。だが僕にとっては最高の舞台だ。μ'sから嫌われ、その上でことりさんの留学を止める。後者は理事長の手前留学に中立的な事を言ったが実際の僕はことりさんの留学を止めるつもりだ。

 

少なくとも、僕から見たことりさんは行きたがっているようには見えなかったから。

 

「どうせもう最後なんだからね……せめて、思い切りあの人達に嫌われて終わろうじゃないか」

 

さあて……生徒会長保科勇人。正真正銘、最後の仕事だ。




如何でしたでしょうか?エリチカが全く出てきませんでしたね…ゴメンなさい。話のくだり的にここでエリチカを出すと上手く話が組めなかったので二年生組との絡みになりました。

恐らくあと2話から3話でアニメ第一期が終わり、オリジナル編を挟んで第二期に進めると思います……オリジナル編はプロットは完成してるので私の意欲さえ死ななければテンポよく更新できるかなーと思います(フラグ)

評価をくださっていた方々のご紹介は次の話の時に致します。

ここまでお読み下さり有難うございました。
また次回おあいしましょう!

そして……絢瀬絵里ちゃん、お誕生日おめでとう!!!


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第十四話〜希望のカケラ(前編)〜

いやね、もう何も言いません、はい。
同じ時期に投稿し始めた方がもう私の六倍も七倍も書いてるんだとか、気にしてませんよ。

突然ですが、本日は2話連続投稿となります。
こちらはその前半の方です。どうぞご理解をお願いします


いつも通り、慣れた道を歩いていた。雑草一つ生えていない、キチンと整備された石畳の上を歩いていく。手に持つのは数本の花だ。僕自身、特に花に興味は無いのであまり色のしつこくないものを選んでもらった。

 

「…………こんな所まで隣同士なんて、本当にお似合いの二人なんだよな、君達は」

 

そう呟いてそっと花を隣合う墓にそれぞれ置いていく。線香も1本ずつ備え手を合わせ目を瞑る。思い出すのは二人の笑顔だ。

 

ここには、僕の親友だった人達がいる。だった、というのは僕には彼らにそのような関係を望む資格などないからだ。

 

「向こうで、君達は仲良くやっているのかい?僕はきっと君達には会えないのだろうから、幸せに笑ってる事を祈るよ」

 

そう呟いて、暫くの間閉じていた目を開く。随分と長い間そうしていたらしい。線香はとっくに燃え尽きてしまっていた。

 

持参した小さな箒とちりとりで灰を回収、その後は濡れた布で灰の残る部分を綺麗に拭き取っていく。

 

最後に供えた花を灰を入れたのと同じ袋に投げ込む。基本的に墓参りをする時に物は残さない。僕は彼らの家族でもなんでもないのだから。ただの他人だ。

 

「──もうきっとここには来ない。サヨナラだ伊月、日向」

 

重い足を持ち上げ寺を出る。一瞬だけ振り返りたいという衝動に囚われるもどうにかそれを堪えて外へ踏み出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその翌日、生徒会室には僕を除いて複数人の生徒が居た。アイドル研究部の部長であるにこ先輩、恐らくその連れ添いの真姫さん、絵里先輩の三人だ。

 

「どういう事よ勇人!この通知書は何?!」

 

判断が不服なのだろう。こちらに怒声を飛ばしながら掴み掛からんばかりにこちらに顔を近づけてくるにこ先輩。それには取り合わずたんたんと処分の内容を改めて伝えていく。

 

「見た通りですよ。貴女達アイドル研究部所属のユニット『μ's』には今回ラブライブへの出場を辞退していただきます。これは学校としての判断であり十分に審議がなされた上での決定事項なので拒否権などありません。直ちにスクールアイドルランキングから名前を消して下さい」

 

「だから!その決定が納得いかないって言ってんのよ!なんで私達の活動をアンタに制限されなきゃなんないの?!」

 

「……先程も言いましたが、これは学校長、理事長、生徒会長代理の僕の三人で話し合い、満場一致で決められたものです。部活動はあくまで生徒会の自治範囲の元で、生徒会長と教師達の了解の元で行われるものですので貴女達にその決定を覆す権利は──」

「違うわよ、勇人さん」

「──何だい、西木野さん」

 

「私達が聞きたいのはそんな御託じゃない。何故そうしなければいけないのかよ」

 

ピリ、と一段と強い緊張が室内に走る。こちらを真っ直ぐに見つめる彼女の目にはハッキリとした敵意があった。

 

「わかった。ならば理由を示そうか。君達に今回出場を辞退してもらう理由はこれだ」

 

プリントの山から一枚を抜き出しテーブルに叩きつける。それを見た三人の目が丸くなった。

 

そこには理事会から『来年度の入学生受け入れについて』と書かれており来年度も入学試験を行い、新規生徒の受け入れを行う旨が記されている。

 

「見ての通りだ。この学校は来年度も生徒を受け入れる。そんな中で学院の品位が疑われるような行いをされると迷惑なんだ」

 

「品位を──なんですって?」

 

ピクリ、と西木野さんの指が動き顔が険しくなる。どうやらよっぽど気に障ったらしい。

 

「品位を貶めるような行いをされては困る、という事だ。文化祭の話は人伝に聞いたが酷いものだったそうじゃないか。ライブの1つに自分の体調を整えられない様な愚か者達が全国の舞台に立てたとして、その先は?恥を晒すのがオチなのでは無いのかい?」

 

「それはっ……でも勇人!」

 

「絵里先輩。大切なのは貴女達が失敗する可能性がある、という事です。それも全国という大舞台で。他の部活動であれば負けるで済む。ですが貴女達は違う。貴女達μ'sは、学校の為にやり過ぎてしまった」

 

悪魔の証明だ、こんなものはと内心せせら笑う。こんな事を言われては感情的になってしまうだろう。特に本気の彼女達は。

 

「高坂穂乃果さん、園田海未さん、そして南ことりさんの三人から始まった貴女達μ'sがここまで学院の知名度を上げたのは事実です。だからこそ、貴女達の失敗は音ノ木坂学院全体の不評に響きかねない。

 

僕には生徒会長として、この学校を守る為に、それを止める義務がある。だから今回僕自身から理事長達にこの働きかけを行いました」

 

「アンタねぇ…………!!!」

 

最後の一言がにこ先輩の限界を超えたらしい。顔を怒りに染めてこちらの胸倉を掴みあげる。

 

「ふざけないで!!学校がどうとか、そんなの関係無いわよ!!私は誰かの為に踊ってるわけじゃない!!!」

 

「貴女がどうかなんて知りませんよ。ただ、μ'sというグループはその為に生まれたグループなのでは?そこに居る以上は貴女もそうレッテルを貼られるということです」

 

「黙りなさい!!」

 

「ぐっ──」

 

思い切り壁に押し付けられる。思わず苦悶の声が漏れ、反射的に手をどかそうと両腕を振りほどこうとするが上手くいかない。

 

「ちょっと!に──」

「にこちゃん、ダメよ」

 

割って入るのは絵里先輩かと思ったが、意外なことに西木野さんだった。彼女は矢澤先輩の腕を離すように促す。それに従い渋々とこちらを睨みながら先輩は僕を解放した。

 

制服の襟を直していると西木野さんが声をかけてくる。夏の合宿でも聞いたこちらを気遣う声だがどこか雰囲気が違っている。

 

「大丈夫?勇人さん。呼吸器系に異常は?」

 

「ああ、幸いな事になんともないよ」

 

「そう、それは良かった。それなら──私が一発入れても問題ないわね」

 

今回はグーだった。気遣ってからの突然の一撃に流石に対応しきれず奥の机に激突してしまう。後頭部を若干打ったせいなのか、上手く視界が纏まらない。そんな中、追い打ちをかけようとネクタイを掴んでこちらを引き摺り上げる西木野さん。

 

再び顔に鈍痛。今度もまともに食らいそのまま倒れ込む。どうにか歪んだ視界を正常な形に取り戻して上を見上げれば、肩で息をし、涙を流す西木野さんの姿が目に飛び込んできた。

 

「最っ低よ……貴方。自分が何を言ったかわかってるの?私達のっ……私達の活動が恥晒しですって!?ふざけないで!」

 

「真姫!!!!」

 

「絵里の気持ちを汲んで黙って聞いていれば言いたい放題!いい加減にしてよ!!私達は自分達のためにスクールアイドルになったのよ!決して誰かのためじゃない!!にこちゃんだって、私だって……きっと、きっと穂乃果達だって──」

 

「…………だったら、聞いてみればいい。今の穂乃果さんに、海未さんに、ことりさんに。本当に彼女達が踊り、歌う意味を持っているのか」

 

立ち上がり口の端が切れて出てきた血を拭う。口の中はきっと血塗れなのだろうな。だがここで黙っていても仕方ない。最後のもう一押しだ。

 

「いいか、もう一度だけ言う。今回の処分は決定事項だ。明日中にはスクールアイドルランキングから君達の名を消しておくように。もしもそれが確認できないようなら部活動自体の活動停止処分も有り得るのでそのつもりでいるように」

 

「────っ!!!!この──」

「…………真姫、絵里。行くわよ。いつまでもこんな場所に居たら不愉快でおかしくなりそうだわ」

 

三度目が来るかと身体を強ばらせたが、その必要は無かった。にこ先輩がそれを止めたからだ。淡々と感情を押し殺してこちらを睥睨するとにこ先輩は続ける。

 

「アンタの気持ちはよくわかったわ、保科 勇人。スクールアイドルのランキングからは名前を消しましょう。ただし、一つだけ条件をつけさせてもらうわ──もう二度と、私の前に姿を現さないでちょうだい」

 

そう言ってにこ先輩は西木野さん、絢瀬先輩を連れ立って部屋を出ていった。チラリ、とこちらを最後に一瞬だけ見た絵里先輩の目は酷く悲しげで、それでいて疑問を浮かべているようだった。

 

『どうして?』と。

 

そんな事を考えた矢先、グラリと視界が揺れた。どうやら西木野さんに殴られた際に脳震盪を起こしたらしい。立っていることも出来ずに床に座り込む。

 

本当に受け身すらまともに取れなくなっているのか、と自身の情けなさにそのまま倒れた机に寄り掛かった。そして安堵と何かが混ざった溜め息を吐きボヤく。

 

「思ったより痛かったな、西木野さんのパンチ。まさかグーで殴られるなんて思いもしなかったけれど」

 

それはそれとして、打てる布石は全て打った。後はあの六人が三人を上手く繋ぎ止めてくれればと思う。僕という仮想敵を仕立て上げるのも完璧に成功した。

 

「敵というか、怒らせているだけのような気もするけれど……」

 

まあそれはこの際深く考えない。目的は彼女達と僕の間にある縁を彼女達に気負わせない形で断ち切ること。僕が本当にどう思っているのかなどは大して重要でも無いのだ。

 

フラフラと揺れ続けていた視界がようやく収まった。ゆっくりと立ち上がるがもう問題はなさそうだ。口の中をティッシュで軽く拭き取るとやはり口腔内でかなり大量の出血をしていた。幸いにも歯は折れていない。

 

手当が終わったら先程彼女達に見せた廃校取り消しの通知を校内の掲示板に貼っていかないといけない。それが恐らく、前年度から始まった今期生徒会最後の仕事になる。

 

「本当にしんどかったよなぁ、生徒会の仕事を一人でこなすってのも。まあそれでも──」

 

それでも、悪くなかったと思う。こういう終わり方をしてしまったけれども、僕にとっては思い出になったのだから。

 

 

 

 

きっとあの九人ならなんであっても乗り越えてくれる。安易にもこの時の僕はそう考えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

μ'sが活動を停止したという事態を知ったのはこの数日後の事だった。




はい、というわけで後半に続きます。急展開とは思いますが、頑張って書きあげておりますので着いてきてくださると幸いです。


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第十四話〜希望のカケラ(後編)〜

前書きです。こちらは2本連続投稿の後半になります。前半を読んでいないという方は1つ前のお話から読んでくださると幸いです。


ヒュン、という音と共に矢が真っ直ぐに飛んでいき的に突き刺さる。矢を番えていた人──園田海未さんは詰めていた息を吐くと共にこちらに向き直った。その表情は笑みを浮かべてはいるがどこかぎこちなく、困ったような、寂しいような、様々な感情の入り交じったものだ。

 

「それで、勇人……わざわざここになんの用事ですか?」

 

「いや、僕も一応弓道部員だし。たまには顔を出さないとさ」

 

「ああ、そういえばそうでしたね。貴方が生徒会の仕事を一人で請け負うようになって以来ここでは会う事が無かったのですっかり忘れていました」

 

「おい」

 

「ふふっ、冗談です。さ、どうぞ」

 

海未さんが場所を開けてくれたので有難くそこを使わせてもらうことにしてそっと座る。目を瞑り落ち着けていた心を更に深く沈めていく。ここにいる間は雑念を挟むことは許されない。澄み切った心で一射を的の中心に当てることだけを考える。

 

「いける」

 

そう呟いて矢筒から一本の矢を抜き出し弓に番える。不要な力を入れず、弦を引き絞り放つのに必要なだけ力を使う。

 

 

『どうして──?』

 

 

「っ!!」

 

放つ直前、絵里先輩の影が見えた気がした。だがそれは気の所為で、気がつけば的の中心に矢が突き刺さっていた。

 

周りからぱちぱちとまばらに拍手が響く。練習来てないのにブランクが無いねぇ、などと冷やかすような言葉も飛んでくるが、誰も本気では言っていないので特に気にならない。

 

「流石ですね、勇人。ですがお身体に障りませんか?」

 

心配そうにこちらを見る海未さんに苦笑する。

 

「平気、という訳では無いけどね。少なくとも矢を放つのに必要な力は残っているさ」

 

そう苦笑しながら額の汗をタオルで拭う。真夏はすぎたと言っても残暑が厳しいこんな晴れた日に袴を履こうものなら暑くて堪らない。

 

弓道場の隅の木陰で休みつつ他の生徒が的に向け矢を放つのを何の気なしに見ていると隣に海未さんが腰掛けた。海未さんもじっと弓道場を見ており、その横顔からは表情が読み取れない。

 

「……」

 

「……」

 

「…………」

 

「…………勇人」

 

しばらくの静寂、それを破ったのは海未さんだった。

 

「絵里とにこ、希の三人がμ'sをランキングから削除しました。それが一週間ほど前のことです」

 

「ああ」

 

それはこの目で確認した。その日、僕はμ'sの名前がランキングから消えるまでずっとパソコンの前に張り付いていたから。

 

 

「その翌日に復調して学校に来た穂乃果と、ことりと、三人で廃校が取り消しになったという掲示を目にして肩を抱いて喜び合いました。μ'sの九人で成し遂げられたのだと、そう喜びました。

 

──更に、その翌日のことです」

 

 

彼女の声が震えそうになっている事を知らないフリしながら先を促す。

 

 

 

「その日、ささやかな祝勝会を開くことにしました。私達九人で、この学校を存続させる、その手伝いができたことを喜びたいと」

 

「……うん」

 

膝に置かれた海未さんの手が強く握りこまれる。そこで僕は、小刻みにではあるが彼女が震えていると言うことに初めて気がついた。

 

「そこで……っ……そこで、ことりが、決めたことだと言って、話をしました────服飾の勉強の為、留学をするのだと」

 

全て一度聞いた話だから知ってはいたが、やはりそれを当事者から聞くと酷く、重いものだった。

 

「ことりは……何もっ…………私にも、穂乃果にも言ってくれなかった!どうして?どうしてなんですかっ!!私達は幼馴染で……親友で……なのに!」

 

堰を切ったように溢れた感情は彼女を呑み込んだ。袴をシワになるくらい強く握め彼女は泣きじゃくった。

 

しばらくして落ち着いたのか、多少しゃくりあげながらも震える声で彼女は続けた。

 

「ことりは……私と穂乃果に言いました。一番に相談したかった、と。そんなの当たり前だろう、と。

 

でも、邪魔をしたくなかった……そう、ことりは言ったのです。私と穂乃果が一つの目標に向かうその邪魔をしたくなかったのだ、と。

 

穂乃果は、自分を責めました。自分がやろうなどと言い出さなければよかった、そんな事を言わなければこんな事にはならなかった。もっと周りを見ていれば、もっと自分をわかっていればこんな事には……と」

 

「海未さん、それは──」

 

違う、と言おうとして歯を食いしばった。聡明な海未さんの事だ、そんな事にはとっくに気がついている。

 

「ええ、そうですね……わかっています。これは誰も悪くない。

 

でも、それでも私は……やっぱり自分を責めてしまう。自分にはもっと上手く出来たはずなのに、どうしてやろうとしなかったのかと。どうしてこの身体は動かなかったのかと……!!!!」

 

海未さんは懺悔をするかのように声を絞り出す。一度は落ち着いたその声は再び震えていた。今度は悲しみではなく、自らを焼いてしまうかのような激しい感情(後悔と怒り)に。

 

「何度も機会はありました。穂乃果にはなくとも、私には一度話を振ろうとしてくれていたのです。『あの事はどうするのか』と一言聞けば状況は違ったかもしれない……っ!!」

 

だが、その怒りもすっと姿を消してしまう。最後に残ったのは諦観の籠った自嘲だった。

 

「私は、自惚れていました。ことりの親友なのだ、穂乃果の親友なんだ。だから私は二人の支えになれるに決まっているのだ、と。

 

──ですが蓋を開ければどうでしょう。私はことりを止める言葉を持たず、穂乃果を支える手もなかった。私は離れていく二人をただ眺める事しか出来なかったんですよ」

 

海未さんの目は、どこか虚ろでそこにある全てを映していて、何も見ていなかった。そんな彼女にどう声をかけようか、そう思慮していたら口が無意識のうちに言葉を紡いでいた。

 

「──それで、君はここで立ち止まるの?」

 

優しい慰めではない。それは次にどうするのかという先を見る為(未来へ進む為)の言葉だ。

 

「勇人……?」

 

「確かに、海未さんの言う通りだ。君がどうにかすれば現状は変わったのかもしれない。でもね──現実として既にこう(μ'sは活動休止に)なっているんだよ」

 

「──ッ!!!」

 

「自省と自責は違う。前者は前に進む原動力になるが、後者は歩みを止める足枷になる。君がどんなに自分を責めた所で何も変わらない」

 

「そんな事は──っ」

 

「変えられるのは今からだけなんだよ、海未さん」

 

「……っ!!」

 

きっと僕に言われたくないに違いない。そもそも、この混乱を招いた責任の一端は僕にもある。あの日、もし僕が倒れてさえ居なければ。或いはもし、ランキング削除を命じなかったら。様々なもしも(if)が脳裏を過る。

 

でも僕は、そして彼女たちは決断したハズだ。選んで今この場にいる。ならば、もし後悔にまみれているのだとしても、見据えるべきは前だ。

 

どうしようもなく過去から逃れられなかった僕だからこそわかる。ここでこの人の歩みを止めてしまっては駄目なんだと。だから僕は優しい言葉はかけない。

 

僕の言葉がどんなに冷たく心に突き刺さったとしても、後からどれだけ恨まれようとも。

 

「──南さんの中には、少なくとも彼女の中には、迷いがあった」

 

「勇人……」

 

「もし君にその気があるのなら、南さんが飛び立つその日、裏門に。僕が必ず園田さんと高坂さんの二人共を空港まで送り届けるから」

 

僕が知っているのはことりさんが何時飛ぶのかだけだ。だからその日を狙う。立ち上がり弓道場から立ち去ろうとする僕に何かを言おうとしている海未さんの機先を制する形でもう一度だけ口を開く。

 

「僕はね、園田さん。君達のファンなんだ。体育館で君達が踊るのを見たその日から、ずっとね。そんな君達が僕の大好きな先輩の居場所になっていて、感謝しているんだ。だから、君達の作ったμ'sを守る、その手伝いを僕にさせて欲しい」

 

精一杯の笑顔を作りながら踵を返す。

 

「──それにね、園田さん」

 

きっと聞こえないであろう、最早独り言でしかない呟き。キラキラと輝く彼女達を見て想起したのはもっと別の所だった。

 

 

 

──親友との別れ際が喧嘩だなんて、そんなに苦しいこともないんだよ。そんな思い、わざわざする必要は無いんだ──




はい、ここまでお読みいただきありがとうございます。

何度でも、宣言します。
この作品を完結させるまで、絶対に失踪は致しません。

何度モチベーションが潰えても、誰かに笑われようと、どれ程ネタに困ったとしても決して逃げません。

これが私の大好きなラブライブ!を形にしたものなんだって、そう信じています。

ですから、どうか。どうか今しばらく、彼らの物語にお付き合い下さい。

よろしくお願いします。


次回は絵里ちゃん視点のお話です。
次回更新のその時まで、皆様どうぞお元気で


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