ダゲキ「俺のトレーナーはかなり無茶だと思うのだが皆様はどう思うだろうか?」 (個人情報の流出)
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プロローグ:イッシュ地方編~アユとダゲキ~
VSイッシュチャンピオン!


※この小説には特定のキャラ、ポケモンを貶める意図は一切ありません。それでも不快に感じた方は、そっとブラウザバックをお願いします。


 皆様、ご機嫌はいかがだろうか。早速だが、まずは簡単な自己紹介からはじめたいと思う。

 俺はダゲキ。イッシュ地方で発見された、格闘タイプのポケモンだ。

 皆様は、イッシュ地方の格闘タイプ、と言われたら、どのポケモンを思い浮かべるだろうか? 多くの人が思い浮かべるのは、そう、ローブシンだと思う。

 ドッコラーから2段階の進化を経て至る、強力なポケモン。きっと、ローブシンを相棒にして冒険したトレーナーは多いだろう。建築現場なんかでも役に立つし、優秀なポケモンだ。

 それに比べて、ダゲキというポケモン。訓練して技を覚えさせなければ、格闘とノーマルの技しか覚えない。進化もしない。うむ。無能。自分の事ながら無能である。

 まあ、何が言いたいかというと。俺としては、ダゲキなんてポケモンを相棒にして冒険をするなんてやつは相当な物好きと言うことだ。

 ……そう言えば、イッシュの四天王には俺と同じダゲキを使っている者が居たな。彼もそれなりの物好きと言うことなのだろうか。

 

「いやぁ……ついに、ここまで来ちゃったねぇ」

 

 ついでに。俺を相棒として冒険している、物好きなトレーナーのことも紹介しておこうか。

 今、ボールの中の俺に語りかけた女が、俺のトレーナー。名はアユと言う。肩まである黒髪ストレートで、緑色を基調とした服を身に纏っている。本人曰く、森ガール風! らしい。 

 アユという名前はイッシュ系の名前ではないが、生まれはホウエンらしい。冒険の途中、アユ自身が語ってくれた。

 

「ようこそ! 挑戦者! 待ってたよー!」

 

 アユと対峙する、天女のような服を着た褐色の女。紫色の髪の毛を、何とも言えないような形に結んでいる彼女は、イッシュ地方のチャンピオン。名はアイリスと言う、らしい。冒険の途中、アユが教えてくれた。

 さて、ここまで言えば、今がどういう状況なのかわかるだろう。

 俺と、俺のトレーナーであるアユは今。四天王を打ち倒し、チャンピオンへの挑戦権を得てここにいる。

 まったく、四天王戦と良いチャンピオン戦と言い、なぜアユは俺を使い続けているのか理解できない。彼女ならもっと強いポケモンを捕まえることくらい容易だったろうに。

 まあ、ここまで来てしまった以上何を言っても仕方がない。ポケモンはただ、トレーナーを勝利に導くだけである。

 

「あたし、アイリス! おねーちゃん、お名前は?」

 

「アユだよ。よろしく、アイリスちゃん!」

 

「うん! よろしく、アユさん! ……今までの勝負、見てたよ。すごかった。正直、少し戦うのが怖いくらい。でもね。あたし、強いトレーナーとの勝負が楽しみなの! あなたは強いよ。だからこそ、あなたと戦えたら、あたしも! あたしのポケモンも、もっともっと強くなれるし、お互いわかり合えるもの! ……じゃあ、行くよ。ポケモンリーグ、チャンピオンアイリス! あなたに……勝ちます!」

 

 いいなりの勝利宣言から繰り出されたのは、鳴き声を聞くにサザンドラ。……しかし、戦うのが怖いとは。俺はそこまですごいことをしているつもりはないんだけどなぁ。

 俺のトレーナー、アユは、俺をチャンピオン戦まで連れて来るほどの物好きだ。

 そして、ちょっと……無茶な面がある。俺はその無茶に応えてきただけだ。

 アユが俺の入っているモンスターボールに手をかける。そろそろ出番らしい。

 アユは無茶だ。無茶な状況を覆せと命令してくるし、無茶な相手に勝てと指示してくる。タイプ相性も何もかもお構いなしだ。

 それを信頼と呼べれば美談なのだろうが、俺とアユの関係はそこまで美談じゃない。

 時にはそらをとべと指示してきたり、覚えてもいない技を指示してきたり……おっと、話がそれたな。まあ、色々と無茶なアユだが、そんなのが霞むくらいの無茶を彼女はしている。

 それは。

 

「出てきてダゲキ! 今回も1人で頑張って!」

 

 彼女の手持ちポケモンが俺だけ。と言うことだ。

 なぜかは知らない。アユは色んな事を俺に教えてくれるが、俺以外のポケモンを捕まえない理由を教えてくれたことは一度も無い。

 手持ちが俺しかいないものだから、彼女の勝敗は全て俺にかかっている。

 トレーナーとの戦いも、ジム戦も、前の四天王戦ですら、俺1匹。

 俺がボールから出るときに言うと決めているセリフが一つある。ちょうど良く今回もボールから出て来たため、言っておこうか。

 

 「ダゲダ(無茶だ)」

 

 まあボールから出た瞬間無茶な状況無茶な指示などいつものことだったから、いつの間にか俺の口癖のようになってしまった。

 さて、相手は予想通りサザンドラだ。見た目的には逆立ちしたって勝てそうにないな。相手、ドラゴン。俺、人型。ついでに素手。うーむ、不利。

 

「ダゲキ、れいとうパンチ!」

 

 まあ、ちょうど良く相性有利な技を覚えてるんだから不利ってわけではないが。

 拳に冷気を纏い足にぐっと力を溜めて……一気に。サザンドラの前へと移動する。

 目の前にはサザンドラの唖然とした顔。どうやら動けない様子だ。まあ、こうも一瞬で間合いを詰められては仕方のないことだけど。

 うむ、じゃあ、喰らって貰おうか。『れいとうパンチ』。

 ドゴォッ、と、到底人がパンチで出すような音ではない轟音が鳴り響き、サザンドラが後ろに吹き飛ぶ。いや、まあ、俺はダゲキだから人ではないのだが。

 

「サザンドラ!」

 

 その一撃でサザンドラは戦闘不能。俺が全力込めて殴った。当然だろう。

 

「やっぱり流石だね! ……まさか、あたしのサザンドラが一撃でやられちゃうなんて。……ちょっと、いや、かなり悔しい!」

 

 サザンドラをボールに戻したアイリスは、2つ目のモンスターボールに手をかけた。

 

「行って、ボスゴドラ!」

 

 次のポケモンは……ボスゴドラ、か。これはアユが話してくれたことがある。おっきくて硬くてかっこよくて強ーいポケモン! と。実物を見るのは初めてだ。

 

「ボスゴドラ、ボディパージ!」

 

 アイリスの鋭い指示が飛ぶ。アイリスの指示を受けたボスゴドラは、体の余計な装甲を捨て始めた。

 ……ボスゴドラの体表の鎧は着脱式なのか。覚えておこう。

 

「ダゲキー、かわらわり!」

 

 アイリスに対してアユの方は指示が緩い。これでは気合いも入らないというものだ。もうちょっとびしっと指示を飛ばせないものだろうか。……まあ急にびしっと指示を飛ばしてきたら病気を心配するが。

 なんて考えている間にも、俺の体は自然に動く。ボスゴドラ目がけて『かわらわり』を叩き込もうとして……

 するりと、避けられた。

 ええと、こういう時はなんて言うんだったか。アユに聞いたことがあったはず。驚いたとき、驚いたとき……

 かるちゃあしょっく! これだ、かるちゃあしょっく! 巨体が素早く動いて避けた!

 アユよ、こいつは鋼タイプで動きが遅いのでは無かったのか。びっくりしたぞ、俊敏だ。

 

「ダーゲーキぃ! ダゲダゲ言ってないで追撃して! インファイト!」

 

 おっと、俺としたことが取り乱していたみたいだ。アユの声で落ち着いた。ふむ、指示は『インファイト』か。確かに相手の懐に入れば避けられない。アユ、ナイス指示!

 指示を受けて俺は相手の懐に入り込むべく足に力を……

 

「させないでボスゴドラ! もろはのずつき!」

 

 アッボスゴドラが頭をこっちに向けて突っ込んできた。無茶だアユ。相手の懐には潜り込めない。

 

「頭なんてすり抜けちゃって! ダゲキ!」

 

 無茶だアユ。俺は格闘タイプだから相手をすり抜けるとかできない。

 ぐぬぬ、だが指示を受けた以上はやらなくては。どうすればすり抜けられる? 相手の頭を。しかしボスゴドラはすごい体勢だな。ボスゴドラにしてみれば低い位置に俺がいて、その俺に頭を向けて突っ込んできてるからお腹が地面すれすれだ。

 ん、今はボスゴドラの体勢が低いじゃないか。ちょっと飛び越えるか。うむ。良い考えだ。俺は前に飛ぶべく溜めていた力を上に飛ぶための力に変更。突っ込んでくるボスゴドラにタイミングを合わせてジャンプで躱す。

 ボスゴドラの後ろに着地した俺は、ボスゴドラが振り向くのに合わせて懐に……

 

「ボスゴドラ! 連続でもろはのずつき! 相手を懐に入れちゃダメだよー!」

 

「ドラァッ! (承知しました!)」

 

 アッ懐がない。どうすればいいこれ。再びボスゴドラが頭をこっちに向けて突っ込んできた。

 タイミングがわかっているから躱せるが、一向に攻撃に転じられない。どうやって崩そう、これ。

 あー、そうだ。こうすればいいかもしれん。

 ボスゴドラがこちらに突っ込んでくる。これで都合4回目のもろはのずつきだ。

 だが、今回はさっきよりも低く躱す。そして、俺が技を繰り出そうと構えたとき。

 

「今! かわらわり!」

 

 素晴らしい。今やろうとしていたこと、アユもやろうとしていたようだ。

 すなわち、ジャンプを低めにし、落下の勢いを使って『かわらわり』を叩き込む。

 効果抜群の技がボスゴドラの大きな背中にヒット。それと同時に、フィールドに大きく砂埃が舞う。

 それが晴れた時、そこに立っていたのは俺のみだ。ボスゴドラは戦闘不能。装甲を捨てた分の防御力の低下もあるだろうが、まあ、俺が効果相性のいい技で殴ったのだ。そりゃあこうなる。

 

「……やっぱりすごいな、あなたは。サザンドラだけじゃなくて、ボスゴドラまであっさりやられちゃうなんて。でも! 次のポケモンはそう簡単には倒せないよ! 行って、クリムガン!」

 

「ムガァ! (まっかせなさーい!)」

 

 ほう、次はクリムガンかなるほど。彼の攻撃は痛い。とくにぶん殴られると本当に痛い。これは気合いをいれて回避をせねばならな

 

「クリムガン! かえんほうしゃぁ!」

 

 ひょ!? 熱い! 熱いアユ熱い! なんてことだ! クリムガンが『かえんほうしゃ』撃ってきた! いや覚えるのはアユに教えてもらったから知ってたけど! 今まで対峙してきたクリムガンは大抵一撃で倒したし技出されても物理だから完全に頭から抜けていた! 熱い!

 

「わわ、ダゲキなにやってるの!? 避けなきゃダメじゃん!」

 

 そんなこと言われても油断していたのだから仕方がない。ぐぬぬ。アユに怒られてしまった。あのクリムガン絶対許さん。

 

「効いてるよ、クリムガン! もう一度、かえんほうしゃ!」

 

 一回喰らった技はもう喰らわん。俺は学習するダゲキなのだ。飛んで弾んで避けてやろう。ほら華麗。

 

「ダーゲーキ! どや顔してないで攻撃して! れいとうパンチ!」

 

 おっと失敬。ちょっと決まったと思ってしまったもので。さて、命令された以上、それは遂行せねばならない。しかしパンチか。クリムガンのトゲトゲして固い鱗に拳を叩きつけるのか。いや、俺はパンチかキックしか出来ないし、別にいいんだけど痛いのだ。素晴らしく痛いのだあいつの鱗。個体によっては俺の拳がボロボロになったりする。ふぁっきんクリムガン。

 そんなことを考えている間にも俺はしっかり動いている。ちょっと痛いのも我慢して、今クリムガンに『れいとうパンチ』を叩き込んだところだ。さすが出来るダゲキ。ダケキが出来たところで大したこと無いと思うのだが、そのツッコミはえぬじーだ。

 

「クリムガン! ドラゴンテェェェルっ!」

 

 が、しかし。俺の『れいとうパンチ』をもろに食らったクリムガンは、持ち前の高い防御で耐えきり、思い切り尻尾を叩きつけてきたのだった。ふぁっきんクリムガン。いってぇ。アユ、まじいてぇ。やっぱり俺一匹でチャンピオンになるとか無茶だったのだ。諦めようアユ。諦めて手持ちを六匹にして戻ってこよう。俺一匹でここまで来られたのだから、六匹なら絶対チャンピオンになれるって。ね?

 

「ダゲキ! まだやれるよね! もう一度れいとうパンチ!」

 

 アッハイ。諦める気など微塵もないんですね、わかります。というかまた『れいとうパンチ』なのか。アユは鬼なのか。もう既に体中痛いのに拳までボロボロにしろと言うのか。わかりましたよやってやりますよ。『れいとうパンチ』を当てればクリムガンともおさらばだろうからな。ふぁっきんクリムガン。

 

「クリムガン、いわなだれ! ダゲキを近づけちゃダメだよ!」

 

「ムガッガム! (わかってる!)」

 

 ぐぬぬ、やはりサザンドラから合わせて三回目。もう正面から当てさせてはくれないか。邪魔だ。『いわなだれ』めっちゃ邪魔だ。進路を妨害するように落としてくるのやめろ。クリムガンお前頭いいな。

 とんとんと岩を避けることに集中せざるを得なかったからか、いつの間にか手に込めた冷気が霧散してしまっていた。こういうときに限って岩を避けきり、絶好の攻撃チャンスが訪れるのだ。冷気を溜めなおす時間はない。こういうとき頼りになる技はやはり……

 

「ダゲキ! かわらわり!」

 

 流石だ、アユ。俺は最後の岩を足場にして思い切りジャンプし、上空から渾身の『かわらわり』を……

 

「クリムガン! ドラゴンテールで迎え撃って!」

 

 ……のぉぉぉぉぉぁぁぁ! ダメだ。それはダメだ。この勢いで『かわらわり』を『ドラゴンテール』に叩きつけたら死ぬ。絶対戦闘不能になる。ならなくても戦意喪失する! ストップ、ストッいってぇ。あ、いってぇ。なんとかクリムガンを戦闘不能には出来たけどいってぇ。『かわらわり』で『ドラゴンテール』の勢いを相殺してしまったが故に余計いてぇ。ほんと、もう。ほんともう、ふぁっきんクリムガン。

 

「……クリムガン、ありがと。お疲れ様、ゆっくり休んでね。行って、ラプラス!」

 

 次はラプラス。的はデカイ。固い甲羅があるものの、殴っても痛くない柔らかいところもいっぱいある。うん。いける。きっといける。もうあれだ、とっとと六匹倒してこのバトルを終わらせたい。ぶっちゃけ最近味わったことの無いくらいの接戦をクリムガンと演じてしまってめっちゃ疲れた。あれかな? このラプラス倒せば終わりかな? え? あとこいつ含めて三匹いる? ははは、ご冗談を。 

 

「ラプラス! うたう!」

 

 ……おっとぉ? 眠くなってきたぞぉ? え、大丈夫かアユ、これ、ピンZZZ……。

 

「だ、ダゲキ! ダメだよ寝ちゃあ!」

 

「アユさん。確かに、アユさんとダゲキは強いよ。クリムガンの攻撃を三回も受けて、全部耐えちゃうくらいだもん。でも、一匹しかポケモンをつれていない、って、こう言うことなの。状態異常を受けちゃったら、それだけで大きく不利になる。本当は、こんな形で決着を着けたくはなかったけど……あたし、今度はあなたの全力と戦いたいの! だから……ごめんね。ラプラス! ぜったいれいど!」

 

「……アイリスちゃん、ありがとね。ダゲキの目を覚まさせてくれて!」

 

「……うぇ!?」

 

 さっむ!? さむい、なんだこれさむいアユ何があった? あれ、ここはポケモンリーグで、俺はチャンピオンと戦って……

 

「ダゲキ! どうでもいいから早く動いて! インファイト!」

 

 アッハイ。なんかよくわからんけど了解した。あのラプラスに撃てばいいのかな? いくぞラプラス。歯を食いしばれ。

 一撃必殺。俺の『インファイト』を真正面から喰らい、目を回して倒れるラプラス。ふぃー、なんかよくわからんが、一仕事終えた。清々しい気分だ。めっちゃ寒いけど。

 

「……どうして? どうして、あなたのダゲキは倒れていないの? ぜったいれいどが、完全に決まったはずなのに……」

 

「えへへ。うちのダゲキのとくせいは、がんじょうなの。がんじょうにいちげきひっさつ技は効かない。だからダゲキはけろっと起き上がったんだよ」

 

 おお、なんとなく色々思い出してきた。そうか、俺はラプラスの『うたう』で眠らされたんだったか。それで、めっちゃ寒かったのは『ぜったいれいど』を喰らったから、と。……それ、俺のとくせいが『がんじょう』じゃなかったらやられてるじゃないか。あっぶな。だから無茶だと言うのに。

 

「……そっか。まだまだあたし、勉強不足なんだね。でも、まだあたし負けてない! 残ってるのはあと二匹だけど、絶対に勝つからね! いくよ! アーケオス!」

 

 げ。次はひこうタイプじゃないか。まあ『れいとうパンチ』があるから大丈夫だろうが、これ、何かしらの技を喰らったら戦闘不能になるぞ俺。

 

「大丈夫だよ、ダゲキ。ここまで来れたんだもん、絶対勝てる! 自信もって!」

 

 ……いい笑顔だ。元気でた。やってやろうではないか。もとより無茶は承知の内なのだ。なら無茶を通して、トレーナーを勝利に導くのがポケモンの役割なのだ!

 ……おい、誰だ今『現金なポケモンだなぁwwww』とか言った奴。あとでお前インファイトな。

 

「アーケオス、アクロバット!」

 

 うおっとぉ!? びっくりした、いきなり攻撃してこないでほしい。脇を掠めていったぞあいつ。しかし、流石に速いなアーケオス。油断してたら食らっていた。危ない危ない。 

 ……誰だ今『いやいや油断してたろwwww』とか言った奴。お前もあとでインファイトな。

 俺は今やる気まっくすなのだ。余計なツッコミはいれないで貰いたい。

 

「ダゲキ、今度もれいとうパンチ! 相手はアーケオスだもん、当てれば一発だよ!」

 

 お、そうだな。しかし、本当に便利だな『れいとうパンチ』。アユと一緒に修行していたときはどうしてこの技を? と思ったものだが、めちゃくちゃ使えるではないか。アユ、ナイス!

 しかし、ああも素早いアーケオスに『れいとうパンチ』を当てるのは至難の技だろう。無理に当てにいったら隙をさらして逆にやられかねん。慎重に狙わなければ。

 

「アーケオス! ストーンエッジ!」

 

 えっ……それは、無理。俺は大きくバックステップして『ストーンエッジ』を避ける。が、違う。無理なのは『ストーンエッジ』じゃない。そうじゃなくて。

 

「今! アクロバット!」

 

 そのあと。空中で身動きのとれない俺に、『アクロバット』が飛んでくるのが無理なのだ。一瞬で俺の目の前までやって来たアーケオスの勢いは、まるで弾丸のよう。

 ……ああ、すまないアユ。俺たちの挑戦は、ここまでのようだ。アユが無茶なのが原因の九割な気はするが、俺はこのあとのアユの悲しそうな顔などみたくはなかっ……

 

「ダゲキーっ! 頑張れぇーっ!」

 

 ……頑張る。アユがそんなに言うならやってやろうじゃないか。

 

 どごぉん! と、派手な音がする。それは、俺が『アクロバット』を喰らった音……ではなく。俺が、アーケオスの顎めがけて『スカイアッパー』のように『れいとうパンチ』を叩き込んだ音だ。 

 危なかった。途中でアユの声援があったから咄嗟に思い付いたものの、それがなければ負けていた。トレーナーは偉大である。これで無茶でなければ最高なのだが。

 

「……嘘」

 

 アイリスは茫然といった感じで呟く。それはそうだろうな。あんなもの、勝ちが確定したようなものだ。それを声援ひとつで覆されては堪ったものではないだろう。やはりアユの……もとい、トレーナーの声援と言うのは素晴らしい。

 

「とうとう、あと一匹になっちゃったね。でも、もうダゲキも限界が見えてる。さあ! 最後の勝負だよ。あたしは……この子を信じる! 行って! オノノクス!」

 

 ラストは……凄まじい威圧感だ。これが、チャンピオンのエース、オノノクス……。なんかもう、絶対殺してやるみたいな空気だしてる。アユ、怖い。俺ボールに戻っていいだろうか。ダメですよね、はい。

 

「オノノクス、りゅうのまい!」

 

 ぐぬぬ。『りゅうのまい』だと。こりゃ参った。

 『りゅうのまい』は、こうげきとすばやさを上げる技。これ以上技を受けると厳しい俺にとっては最悪と言えよう。

 

「りゅうのまいが終わる前に倒すよ、ダゲキ! れいとうパンチ!」

 

 アイアイサー。『りゅうのまい』で強化された『ダブルチョップ』なんて喰らった日には、戦闘不能を通り越して死んでしまうだろう。なら舞い中の隙を狙って先に倒すだけだ。

 え? 『れいとうパンチ』ばっかりでつまらない? 大体真っ正面から攻撃するだけで芸がない? ……考えてもみてほしい。ポケモンは俺一匹。今回の戦闘のような公式戦では、技は四つまでしか使えない。そして、俺はダゲキだ。どうトリッキーに立ち回ると言うのか。戦法が固定化されて先が見えてつまらないのは断じて俺のせいではない。文句なら俺一匹でチャンピオンに挑んでいるアユに言って貰いたい。

 

 と、そんなことはどうでもいい。とにかく、俺は素早く勝負を決着させるべく、オノノクスに『れいとうパンチ』を叩き込む。ここまで来て負けるとか洒落にならん。頑張ってきた俺の努力が台無しだ。絶対に倒すと言う気迫をもって『れいとうパンチ』をオノノクスの顔面にぶちこんだ。オノノクス、たまらず吹き飛ぶ。これは決まったろう。アユ、やったぞ。俺たちがチャンピオンだ。

 

「……オノノクス、じしん!」

 

「! ダゲキ、ジャンプして」

 

 うぉ? 了解アユ。真上に跳ぶ。っと、おお? 『じしん』だ。めちゃくちゃ地面が揺れてる。あれ当たったら多分戦闘不能だ。あわててオノノクスが吹き飛んだ方を見ると、オノノクスはボロボロの様子だが健在。元気に地面を揺らしていた。なぜだ。『れいとうパンチ』は完全に決まったはずなのに。

 

「アイリスちゃん、あなた、オノノクスにきあいのタスキを持たせてるんだね。危ない危ない、危うくやられるところだったよ」

 

「オノノクスが吹っ飛んじゃったのは予想外だったけど、決まると思ったんだけどな。流石アユさんとダゲキだよ。一匹で六匹も相手してるって言うのに微塵も動きが鈍ってない。ねえアユさん!」

 

「なあに? アイリスちゃん」

 

「オノノクスはもう戦闘不能寸前。でも、そんな状態からとっても強いあなたに勝てたら! とっても格好いいと思わない!? マダよ。マダマダっ! マダあたしたち、戦える! オノノクス! ダブルチョップ!」

 

「ダゲキ! かわしてれいとうパンチ!」

 

 ぬおお速い。あの巨体がこうも俊敏に動くとか反則だ。だが、なんとか『ダブルチョップ』の軌道はよめる。ここから反撃の……!

 

「オノノクス、じしん!」

 

 おっとぉ!? セーフだ。なんとか上に跳んだ。しかし、脚に力を込めて地面を踏みぬくだけで繰り出せる『じしん』は相当に厄介だな。ふとした隙にやられかねん。それに、今、俺は空中にいる。これも非常に厄介だ。

 

「オノノクス! シザークロス!」

 

「ダゲキ! かわして!」

 

 無茶だ、アユ。俺はひこうたいぷやふゆうポケモンでないから空中で身動きを取ることができない。しかし、かわさないと俺がやられる。これに関しては、無茶なんて言っていられまい! どうすればこれをかわせる? どうすれば……む。『シザークロス』には隙間があるな? これを利用しない手はない! 『シザークロス』のためにバッテンにされたオノノクスの手。その上方向の隙間からオノノクスの頭をつかみ、そのまま前方に自分の体を投げ飛ばす。結果、『シザークロス』は空振り。俺はなんとか事なきを得た。あぶね。

 

「オノノクス! もっかいじしん!」

 

 またそれか! ジャンプするしか避ける手段がないと言うのはしんどいぞ、アユ!

 

「オノノクス、今度こそトドメ! ダブルチョップ!」

 

 これは。完全に俺が着地した隙に当たるタイミングだな。ぶっちゃけ、これは避けられん。今度こそ俺は技を喰らうだろう。……だが。俺はこれを待っていた!

 

「ダゲっ! (アユっ!)」

 

「わかってるよダゲキ! こらえる!」

 

「えっ……? こらえる……?」

 

 オノノクスの『ダブルチョップ』が当たる瞬間に、俺は『こらえる』の体勢にはいる。一発目をそのまま受け、二発目に振り下ろされた右腕を、左腕でガッチリとつかむ。痛い。とてつもなく痛いが、つかまえたぞオノノクス!

 

「ダゲキ! インッファイトォ!」

 

「オノノクス! 振りほどいて!」

 

 慌てたアイリスの指示にオノノクスが反応する前に、俺は『インファイト』の一発目をオノノクスにぶち当てた。そこから二発、三発、四発。そんなものではない。何十発もの打撃の乱打をオノノクスに叩き込む。そうして『インファイト』が終わる頃には、オノノクスは目を回し……。その場に、倒れこんでいた。オノノクス、戦闘不能、だ。

 

「……勝っ、た? 勝ったの? 勝ったんだ! やった、やったよダゲキぃ!」

 

 ふぃー。アユがそんなに喜んでくれると言うなら、無茶を通して六匹抜きした甲斐があったというものだ。まさか、本当にチャンピオンを撃破できると思っていなかったのだが、やはりやればできるものだな。

 

「ふわあああ……力を出しきったのに……負けちゃったんだ、あたしたち!」

 

 そして。オノノクスを倒され、バトルに負けたアイリスは、どこか楽しそうにそう言った。そして、バトルフィールドを横切りアユの前までやってきた彼女は、アユの手を両手で握りしめた。

 

「勝てなくて悔しいよ! でもね。でも、聞いて。あたし、それ以上に嬉しいの! だってそうでしょ! 真剣勝負をすることで、あなたとあなたのポケモン! そして、あたしたち……これまで以上にわかりあえたよ! 今回のバトル、あたし、すっごく勉強になった! 世界にはまだこんな人がいるんだって、まだまだあたしは勉強不足なんだって、それを知ることができた! だから……ありがとう、アユさん!」

 

「そんなこと、ないよ。私一人じゃここまでだってたどり着けなかった。ダゲキ以外のポケモンでも、きっと駄目だった。私を信じて、どんな無茶だって聞いてくれるダゲキがいたから。私のパートナーがダゲキだったから、私はアイリスちゃんに勝つことができたの。今回のバトルで、私もそれを再認識することができたよ。だから、ありがとう、アイリスちゃん!」

 

 そう言って、二人は笑いあう。っていうかおい、今聞き捨てならない言葉が聞こえたな。アユ、お前、自分がやってることが無茶だってわかってたのか。わかってたらやめてほしいものなのだが。やめてほしいものなのだが!

 

「うん! じゃあ、いきましょ!」

 

 そう言って、アイリスは部屋の奥へと走り出す。ずっとアイリスの後ろにあった部屋に向かっているようだ。

 

「アユさーん! 早く早くー!」

 

「うん! 今いくねー! ふぅ、じゃあ行こっか、ダゲキ」

 

 おう。行くとしようか。

 

 

 

 

 アイリスにつれられて入った部屋は、荘厳で神秘的な雰囲気の部屋だった。壁には様々なトレーナーとポケモンたちの写真が壁のモニターに映されていた。

 

「すごい……」

 

 アユが思わず言葉を漏らす。うん。すごい。俺もアユとの旅の中で、こんな部屋見たことがなかった。

 

「ここはね、殿堂入りの部屋なの」

 

 雰囲気に飲まれる俺たちをクスクスと笑いながら、アイリスは語り出す。

 

「ポケモンのことを考え、ポケモンのために心を尽くす。そんなあふれる優しさを持つ卓越したトレーナーと!」

 

 なんだろう。おかしい。アユにはそれが当てはまらない気がしないでもない。アユ。もしかして君には、殿堂入りする資格がないのでは?

 

「トレーナーの心を信じ、トレーナーのため全力を出す。そんな尽きない強さを持つ、素晴らしいポケモンを!」

 

 ふふ、それほどでもない。そんなに誉められると照れてしまうではないか。

 

「永遠に忘れないよう、名前を刻む場所なの! ……それでは、アユさん。ここにいるトレーナー! 共にいるポケモン! 彼らが戦いを通じて培った美しい結束! それらを永遠の宝とするため、このマシンに記録します!」

 

 アユが俺をボールに戻し、トレーナーカードと共にアイリスに渡す。アイリスはそれを機械にセットすると、アユと俺の写真が新たに壁のモニターに映された。

 

 

 

 

 

 こうして。殿堂入りを果たした俺たちは、ゆっくりのんびりとチャンピオンロードを下っていた。

 

「いやぁー、ほんっとーに出来ちゃったね、殿堂入り。ありがとう、ダゲキ」

 

 ふむ、どういたしましてだ。俺もアユがいなきゃ勝てなかったからお互い様だ。ありがとうアユ。

 

「次はなにしよっか? 他の地方に行って、またポケモンリーグに挑戦するのもいいかな?」

 

 そのときは是非俺以外のポケモンも手持ちにいれてほしいものだな。もう二度とエスパータイプとの連戦なんてしたくない。あくタイプを投げてくれ。

 

「まー、今はそれは置いといて! とりあえず、これからもよろしくね、ダゲキ!」

 

 ……うむ。よかろう。そうやって笑顔を見せてくれるなら、よろしくしてやらんこともない。

 

 

 

 こうして。俺とアユの無茶な二人旅は続いていく。なお、俺たちはあとで取材を受け、今回のダゲキ一匹での殿堂入りは新聞の一面を飾ることになった。そのせいで俺たちは有名人になり、世界各地で腕試しとして無茶なバトルをさせられることなど、このときの俺は思ってもいなかった。

 



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ホウエン地方編~才能ってなんだろうね?~
アユの里帰り


中々沢山の人に見ていただいたのと、このお話についていろんなエピソードが浮かんできたので投下。これからしばらく続けると思います。


「見て見てダゲキ! 水平線だよ!」

 

 ボールの中でだらだらごろごろとしていた俺は、唐突に船の上に放り出された。俺としてはもう少し休んでいたかったのだが、まあ呼ばれたとあっては仕方がない。

 で、水平線がすごいという話だったか。そうは言っても海は海だろう。そんなすごいというほどでも……すごい。これはすごい。

 

「綺麗だねぇ。ね、ダゲキ」

 

 そう笑顔で言うアユに、俺はこくりと頷いた。そういえば、アユとはずいぶんのんびりとイッシュを旅していたものだが、ゆっくりと海を見たことはなかったかもしれない。アユが目を輝かせて綺麗と言う海は、確かにすごいものだった。どこまでも果てしなく続く青い海面が、日の光を浴びて眩しくキラキラと輝いている。それはいつか見た、みずのいしのようだった。空を見れば白い鳥ポケモンが群れをなして飛んでいた。

 

「あれはね、キャモメっていうポケモンだよ。ぺリッパー居たじゃない? あのポケモンの進化前。イッシュにはぺリッパーはいるのにキャモメはいないからなんだかちょっと寂しかったけど……うん。やっぱりキャモメが飛んでるのを見ると、ホウエンに帰ってきたんだーって気持ちになるなぁ」

 

 む。俺がボールで休んでいる間に、もうホウエン地方の海域までやってきたのか。中々早いではないか。

 

 そう。俺たちは今、アユの故郷であるホウエン地方のミナモシティへと向かっている。何故だって? その理由は一つしかないだろう。アユが、実家に、帰るのだ。

 

 

 

 

 

 船出の前、まだ俺たちがイッシュにいた頃。俺とアユは二人してイッシュのホテルのベッドに突っ伏していた。

 

「ああああああ、(づが)れだぁぁぁぁぁぁ……」

 

 アユが俺一匹で四天王、チャンピオンを倒し、殿堂入りしてから約三ヶ月。俺たちは、あらゆる方面から引っ張りだこだった。新聞記者、雑誌記者、ポケモン大好きクラブ、テレビ、ラジオ、ポケウッドの映画関係者、ポケモン大好きクラブ、トレーナーズスクールからの特別講師の依頼、ポケモン大好きクラブ、ポケモン大好きクラブ……本当に、沢山のオファーが舞い込んできたものだ。俺とアユはやれやれとため息をつきながら、ほとんどの案件を二つ返事で受け入れた。まあ、なんだかんだ文句を言いつつもアユは満更でもなさそうで、取材や番組の出演も楽しんでいたと言えるだろう。ポケモン大好きクラブと、ポケウッドの依頼は頑なに拒否していたが。

 それで、全ての案件が終わったのがついさっき。三ヶ月も働きづめだったのだからまあ、こうなるのも仕方がないだろう。めくれ上がったスカートからパンツ丸見えなのは許してあげてほしい。

 

「あー……ダゲキぃ、次に行くところ、どうしよっかぁ」

 

 アユが力なく声を上げる。次に行くところ、というのはイッシュ地方内の話ではなく、次にどこの地方に渡ろうか、という話である。というのも、イッシュに残っていたのは、マスコミからの出演依頼が絶えなかったから。本当はチャンピオンを倒したあと数日もすれば別の地方……アユはカロス地方に行きたいと言っていたか。そう、数日後にカロス地方に行く予定だった。しかし、翌日からの依頼ラッシュに、これはしばらくイッシュから出られないな、と諦めたのである。

 

「いや、さぁ。この前カロスに行きたいって言ったじゃん? でもさぁ、こんな……こんな疲れた状況でさぁ、カロスに行ってさぁ、なんか、まともに動ける気がしなくて……」

 

 同感だ。ぶっちゃけ休みたい。泥のように眠りたい。エキシビションから野良試合からなにからなにまで一匹で任されるこっちの身にもなって欲しい。そろそろ俺以外のポケモンも捕まえて欲しい。ポケモンセンターやら傷薬やらで体力は回復するが、精神力は回復しない。休みを寄越せ。アユは本当にぶらっくだ。

 

「でさ、私思い付いたの。このままイッシュでしばらくゆっくりするのもいいけど、また何かに捕まっちゃうかもしれないじゃない? だからさ、実家に帰ろうと思うんだよね。いいかな?」

 

 ふむ、実家。実家というと、ホウエン地方か。よいのではなかろうか。アユはかなり長い間家に帰っていないのだろうし、俺もアユの地元を見てみたい気持ちがある。俺は腕だけを持ち上げて、サムズアップサインで返事をした。肯定の旨をアユに伝える際にこうするといいよ、と、随分前にアユに教わったものだ。

 

「ありがとー。疲れたし、準備は明日にして今日はもう寝よっかー。戻って、ダゲキ」

 

 アユは探るように腰に手をやり、ベルトにセットされたたった一つのモンスターボールを取り出して、俺をボールに戻した。ちなみに、モンスターボールの中は俺たちポケモンにとってかなりの快適空間だ。もうボールの中で一生暮らしていきたいと思うほど快適なのだ。中にはボールに入ることを拒むポケモンもいるそうだが、ぶっちゃけ信じられん。

 

「おやすみ、ダゲキ」

 

 アユは俺が入ったモンスターボールを腰のベルトに再びセットすると、すぐに寝息をたて始めた。着替えもせずに寝るのはどうかと思わないでもないが、まあ今日に関しては仕方ないことだろう。おやすみ、アユ。

 

 

 

 

 

 と、いうことがあり。その次の日に荷物をまとめ、数日後に来るホウエン地方ミナモシティ行きの船のチケットを取り、ゆったりと船旅に出たのがもう一週間ちょっと程前の夜だ。ホウエン地方の海域に差し掛かったということは、もうすぐ着くのだろうか。アユの実家がある、ミナモシティに。

 

『この船は、あと二時間でミナモシティに到着いたします。皆様、残り少ない船旅を、どうぞお楽しみくださいませ』

 

 そんなことを考えていると、船中にアナウンスが鳴り響く。

 

「あと二時間だって、ダゲキ。中に戻って、朝御飯でも食べよっか」

 

 アユのないすな提案に、俺は勢いよく頷いた。

 

 

 

 

 

 

「んーー………っ、はぁ! 着いたぁー!」

 

 船に揺られて二時間。朝食を済ませ、果てしなく広がる海に思いを馳せていたら、あっという間に着いてしまった。

 ミナモシティとは、活気のある町だ、と俺は思った。流石に大都会であるヒウンシティとは天と地ほどの差があるが、ミナモシティの活気はヒウンとはまた別のところにある気がする。というのも、船着き場だけでも様々な人種が居るのが確認できるからだ。これは、きっと他地方からの観光客だろう。デパート、美術館、サファリパークにコンテスト。他地方から船で直接やって来れる事もあり、この町はホウエンの観光にぴったりなのだとアユがいっていた。

 

「さ、行こっかダゲキ。私の家はここから結構近くにあるんだ。コンテスト会場の隣なの」

 

 ふむふむ、コンテスト会場の隣か。随分立地がいいのだな。楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 大きなコンテスト会場の隣、これまたそこそこの大きさを誇る建物が、アユの実家らしい。アユがその家の前で足を止めたのだから、きっとそうなのだろう。

 

「……うーん」

 

 しかし、なぜかアユは先程から家に入ろうとしない。どうしてだろう、久しぶりの実家だというのに、入りたくないのだろうか。それも中々変な話だ。里帰りをしているのに、実家に入るのが嫌だなんて。

 少し俯きがちなアユの顔を除き込むと、アユはチャンピオン戦の時にも見せなかったような固い表情をしていた。

 

「あっ……ごめんごめん。ちょっとボーッとしてた。ここが私の家。それじゃ、入ろっか」

 

 俺の視線に気づいたのか、アユははっとした表情になると、照れ臭そうに頬を掻きながらそう言った。ゆっくりとドアノブをつかみ、思いきったように扉を開く。

 

「お父さん、お母さん、ただいまー!」

 

 というその声は、ひどく緊張しているように聞こえた。

 

「……アユ? アユなの? アユなのね!? あらー! お帰りなさいアユー! 元気にしてた?」

 

 中から出てきたのは、若くて綺麗な女性だった。アユとそれほど年齢が離れていないように見える。姉とかだろうか?

 

「お母さん……ただいま」

 

 お母さん!? 今アユはお母さんと言ったのか!? この女性が、アユと一回り以上年齢が違うと!? ……うーむ、人間とは実はすごい生き物なのかもしれない。

 

「聞いたよ。あんた、イッシュで殿堂入りしたんだってねぇ。しかもダゲキ一匹で。あたしゃびっくりしてびっくりして……一年くらい前にこっちでポケモン捕まえたのーって連絡くれたっきりでまるで連絡もないもんだから心配したのよ」

 

「う。ご、ごめんねお母さん」

 

「まあ、いいのよ。立派に成長して無事に帰ってきてくれたから。隣に居るのが、アユのパートナーのダゲキ?」

 

「うん、そうだよ。私のイッシュでの旅をずーっと支えてくれた、大切な……大切なパートナー」

 

「ふふ。本当に、成長したのね。さ、立ち話もなんだから中へ入りなさい。いっぱい旅のお話聞かせてよ」

 

「うん。ダゲキ、行こっか」

 

 了解した。こんな大きな家、中がどうなっているのか楽しみだ。

 

 

 

 

 

 アユの実家は、とても居心地の良い場所だ。内装は派手すぎず、質素であるが洒落ている。インテリアを選んだ人のセンスを感じる部屋だ。そして、壁においてある棚には大量のトロフィーや盾等の記念品と、沢山の写真が飾られていた。驚くべきはその量。写真はそれほどでもないが、トロフィーや盾などは壁を埋め尽くすほどの大きさの棚にぎっしりと詰まっているのだ。すさまじい量だと言えよう。

 

「どうしたの? ダゲキ君。トロフィーとか写真に興味津々?」

 

 アユのお母さんがフレンドリーに話しかけてくる。俺は彼女にサムズアップで答えた。何となく使いたくなったのだ。

 

「あら賢い。アユが教えたの? これ」

 

「うん。なんか人のジェスチャー教えてあげれば、もっとコミュニケーションとりやすくなるかなぁと思って」

 

「へぇー、あのアユがねぇ……」

 

 俺にはわからない話題だ。昔のアユの事にも興味はあるが、今はあのトロフィーについて教えてもらいたい。

 

「あ、ごめんねダゲキ君。あれはね、私と、アユのお父さんと、アユが取ったトロフィーよ」

 

 ご家族全員で取ったトロフィーが、あんなに。アユの家って、実はとてつもない家なのでは?

 

「お母さんはポケモンコンテストかわいさ部門のマスターランクコーディネーター。お父さんはホウエン地方の殿堂入りトレーナーで、いろんな地方の大会を荒らし回る賞金稼ぎ。そして、私は……」

 

「ミナモが生み出した神童。十歳の駆け出しにして驚異的なスピードでホウエンバッジをコンプリートした天才トレーナー。だったかしらね、アユ」

 

「……うん。そんな感じ、だったね」

 

 ほえー。すごい。アユのご両親の経歴もさることながら、アユがそんなに騒がれるほどの天才だったとは驚きだ。このトレーナーは、いつも無茶な状況で無茶な指示を出す無茶苦茶なトレーナーだとしか思っていなかった。四天王やチャンピオン戦で見せた緩いながらも的確な指示には驚いたが、それは神童と呼ばれるほどの才能と、ホウエンバッジコンプリートという経歴に裏打ちされた経験によるものだったのか。

 速報:俺のトレーナー、すさまじい人だった。いや、まあ、俺一匹で殿堂入りを果たした時点ですさまじい人であるのは間違いないのだが。なんというかイッシュバッジコンプリートまでのアユとイッシュリーグ挑戦中のアユはほんの少しだけ雰囲気が違った気がするのだ。なんとなくの感覚だけど。

 ……うーん、でも、だとしたらますます不思議なことがある。アユと俺が初めて出会ったとき、アユはポケモンを連れていなかった。ホウエンでジムバッジをコンプリートしたときのポケモンはどうしたのだろうか?

 

「ねえ、お母さん。お父さんは?」

 

 ふむ。そういえば、確かにアユの父親の姿が見えない。お仕事だろうか?

 

「お父さんはカントーのおっきな大会に招待されて、そっちにいるわよ。まあ、もう大会も終わって明日には帰ってくるらしいけれど」

 

「へぇ。結果は?」

 

「三位入賞ですって。激戦区のカントーで三位はさすがよねぇ」

 

「へぇーえ。私のお父さんなんだから、バチっと一位とってほしかったけどな、私は」

 

「そう言わないの。お父さんももうそろそろ衰えてくる頃なんだから、すごいもんでしょう、この結果は」

 

 アユのお母さんはそう言って笑った。アユも笑っていた。

 

「……アユ。あの子に会うの?」

 

 そんなアユの柔らかな笑顔は、一瞬で凍りついた。なにかを恐れているかのような顔だった。

 

「……うん。そのつもり」

 

「いいの?」

 

「うん。もうそろそろ、しっかり向き合わなきゃなって思うから」

 

「そっか。なら私は止めないわ。あなたとあの子の問題だものね。……さ、時間も時間だし、お昼ご飯にしよっか」

 

 そう言って、アユのお母さんは席を立つ。俺はなんだかアユが心配になって、アユのことをじっと見ていた。俺の視線に気づいたアユはぎこちなく笑って、「大丈夫だよ」と言って、俺の頭を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 夜になり、アユの実家では予想外の事態が起きていた。

 

 

「うーい、ただいまっとぉ」

 

 明日帰ってくるという話だったアユの父親がもう帰ってきたのだ。

 

「あなた! 帰ってくるの明日じゃなかったの?」

 

「あー、その予定だったんだけどさ、思ったより早く帰ってこられそうだったから早く帰ってきたんだよ。愛する妻の顔を早く見たくて、な」

 

「ば、馬鹿なこと言わないでよもう! もう、早く帰ってこられるなら連絡してよ、また食材買いに行かなきゃいけなくなったじゃない!」

 

「ははは、すまねぇすまねぇ!」

 

 唐突なアユのお父さんの帰宅により、玄関は大騒ぎだ。一見すると喧嘩しているようにも見えるが、アユのお父さんもお母さんも心なしか楽しそうに話している。とても仲の良い夫婦なのだろうな。

 

「……お父さん!」

 

 そんなお父さんとお母さんの様子を離れてみていたアユが、意を決したようにお父さんに声をかけた。お父さんは目を丸くして、「アユ……!」と呟いた。

 

「お帰りなさい、お父さん。私、帰ってきたよ。イッシュリーグで殿堂入りトレーナーになって、帰ってきた」

 

 アユは泣きそうな声でそう言った。言葉を失い、立ち尽くしていたアユのお父さんは、ゆっくり、ゆっくりとアユに近づくと、アユをしっかりと抱き締めた。

 

「話は聞いたぞ。遠くイッシュの話だが、カントーにも伝わってきた。立派になったな」

 

「……うん、うん! 私やったよ、お父さん! 頑張って……頑張ってチャンピオンに勝ったのぉ!」

 

 お父さんに優しい言葉をかけられたアユは、お父さんの胸のなかでボロボロと泣き出した。アユのお母さんもその光景を見ながら涙ぐんでいた。うむ、実に感動的な光景と言えよう。感動的な光景なのだが、事情がわからぬ俺が見ていてもちっとも感動的ではない。だれか、俺にこの状況の説明をしてくれ。なんだか気まずくてここにいられない。

 

 

 

 

 

「それでね、お父さん。私、ジュカインに会いたいの」

 

 感動的なシーンも終わり、家族が色々と話す中で、アユがそう切り出した。アユのお父さんの顔には驚きが浮かんでいる。

 

「はぁ? おいおいいいのか? だって、ジュカインはお前を……」

 

「いいの。私が今日ここに帰ってきたのは、三ヶ月間引っ張りだこで疲れたって言うのもあるし、お父さんとお母さんに久しぶりに会いたかったってのもあるけど……一番は、ジュカインに会うためなんだから」

 

 え。なにそれ聞いてない。

 

「……あー、そっか、そうだそうだ、ダゲキにはまだ説明してなかったっけ」

 

 俺の困惑の表情に気づいたのか、アユは苦笑いをしながらそう言った。……これは、ついに聞けるのだろうか。ずっと気になっていた、イッシュに居たときには聞けなかったアユ自身の話が。

 

「聞いてくれる? ダゲキ。私の、すごく恥ずかしい話。黒歴史。きっと気分を悪くしちゃうと思うから、嫌なら良いんだけど……」

 

 俺は首を横に振り、サムズアップをする。自分のトレーナーのことだ。どんなに恥ずかしくても、醜いことでも、聞きたくないなんてあるわけがないじゃないか。

 

「……ありがとう。じゃ、話すね。……私、私ね。ポケモンに捨てられたの」

 

 ……トレーナーが、ポケモンに捨てられた?



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ポケモンに捨てられたトレーナー

半分以上サブタイト関係のない話になってしまったのでサブタイ詐欺です。よろしくお願いします。

お気に入り登録していただいた方、ありがとうございます! 二話までしか投稿してなくてこんなにお気に入り登録をいただいたのは初めてで驚いております。これからもこの作品をよろしくお願いします!


 ホウエンにアユという少女がいる。父ユウジはボーマンダを操るホウエン殿堂入りトレーナーで、世界各地の大会を荒らし回る賞金稼ぎ。母アサヒは美しくも可憐なサーナイトと共にかわいさコンテストマスターランクで何度も優勝をもぎ取った、トップコーディネーター。類い稀なる才覚を持つ二人の人間を親に持つアユは、当然のごとくその才能を受け継いでいた。

 

 その手腕はまさしく神童と呼ばれるに相応しいものだった。相手に思考する隙を与えない素早い試合運び、一瞬の判断力、攻めすぎず引きすぎない絶妙な駆け引き。大局を見通す観察眼。格下などまるで相手にもならず、格上であっても容赦なく食い潰す、その威圧感。凄まじいトレーナーだった。ジムリーダーなど歯牙にもかけず、圧倒的なまでのスピードでコンプリートした彼女には、しかしある問題があった。

 

 ポケモンを思いやらないのである。

 

 彼女の考えとは、ポケモンはバトルにおける道具であり、武器であるということだ。最低限面倒を見ていれば問題はないし、最低限コンディションを保っていれば十分と考えていた。

 彼女は戦況によって、意図も簡単にポケモンを切り捨てる。倒れることを覚悟した攻撃などは信頼あるトレーナーとポケモンでも行うことはあるが、彼女のそれは冷静で、冷酷なものだった。

 

 彼女の指示には躊躇いがない。彼女は大局を最重要視し、小局をあっさりと切り捨てる。神童アユとの対戦では、二対五の状況からあっさりと逆転負けすることが珍しくはなかった。それはきっとポケモントレーナーとして、勝利を目指すものとしては正しい姿なのだろう。しかし、ポケモンは道具ではない。相手の心境を考えることもなく、有効な関係を築こうとするでもなく、ただただ戦うための道具として扱われ、その場の判断で切り捨てられればそんなトレーナーから離れていくのも当然だった。

 

 アユの手持ちは短期間で大きく変わることが多かった。それはアユの考えに、戦いについていけなくなったものがアユの許を離れたり、アユ自身がそう判断し、逃がしたりすることが多かったからだ。彼女が旅立ちからホウエンリーグに至るまでずっと使い続けたポケモンは。ずっと、彼女と共に居続けたポケモンは、彼女の最初のパートナーであるジュカインだけだった。

 

 

 

 ジムバッジをコンプリートしたアユは、すぐにホウエンリーグにチャレンジした。彼女は当然のように四天王を蹴散らした。当然のように、チャンピオンにも勝てると思っていた。ところが、チャンピオンには勝てなかった。

 

 完敗だった。アユはチャンピオンダイゴの操るポケモンを一匹も倒すことができなかった。神童アユは、その存在を伝説のものとする直前に、敗北した。そしてダイゴは、敗北したアユにたった一言、「君には圧倒的に足りていないものがある」と告げた。

 

 アユはそれに対し、かなりのショックを受けた。ショックは受けたが、自分はまだ大丈夫だと思っていた。ポケモンリーグに挑戦する回数に制限はない。むしろ、一度ダイゴの戦いを見て、対策をたてられる。負けたところで何度も挑戦すれば、いつかは彼に勝てるはずだ。殿堂入りトレーナーになれるはずだ。

 

 しかし、新たなポケモンを捕まえるために繰り出したジュカインは、アユの命令を聞かなくなっていた。

 

 

 

 とうとう、彼もか。アユはそう思った。自分の戦いにずっとついてきてくれたポケモンだった。自分の戦いに唯一壊れずについてこられた武器だった。しかし、言うことを聞かなくなってしまったのでは使えない。もう使いどころのないポケモンは、いらない。残念だが、この子は逃がしてしまおう、と、そう思った。

 結果的に、アユはジュカインを逃がすことができなかった。どうしても逃がせないのだ。このポケモンが自分のそばから離れることが耐えられない。このポケモンと二度と会えなくなってしまうのが怖い。ここでアユは理解した。私は、ジュカインのことが大好きだったのだと。このポケモンを信頼していたのだと気がついたのだ。しかし、それに気づくのが遅すぎた。きっと泣きわめいても、謝っても、ジュカインが私を許してくれることはないだろう。彼はきっと、もう一生私と共に戦ってくれることはないのだろうと、彼女は察した。

 それに気づいたとき、彼女はもう戦うことができなかった。自分が武器だと思い込んでいたポケモンは、武器ではなく、共に戦う仲間だった。そのことに、気がつくのが遅すぎたのだ。

 

 

 

 

 

 殿堂入りトレーナーになる前に家へと帰ってきた、酷く落ち込んだ様子の娘を見たユウジとアサヒは、とてつもなく驚いていた。自信満々で、お父さんよりも早く殿堂入りするんだと息巻いていた娘が、目標も果たさず、ボロボロな状態で帰ってきたのだから無理もない。特に家族の前では明るい彼女が笑いすらしないことが、両親の一番の驚きだった。

 

 アユはたまたま家に帰ってきていた父に、ジュカインのボールを預けた。強い子なの。戦わずにいるのは勿体ない。けれど、私の許ではもう二度と戦ってくれないから、と言って。両親はその理由をアユに問うた。すると、アユはこう言った。

 

「私は、ポケモンに捨てられたの」

 

 ジュカイン以外のポケモンをパソコンに預け、たった一人になった彼女は、自らの部屋に閉じ籠った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんてことがあったんだよ。私ってば、あんまり誉められたトレーナーなんかじゃないんだ」

 

 出会ったとき、妙に暗い人間だと、そう思っていた。負の感情を持つ人間は知っていた。ただ、その人間の負の感情とは、自分の思うように行かないことに嘆き、それがなぜなのかを考えようともせず、他人のせいにして、ポケモンのせいにしてわめき散らすような、そんな負の感情だった。出会った頃のアユはそうではなかった。言葉では表しづらいが、俺が知っていた負の感情を動だとすると、静の感情と言える物だと思った。そんな感情の裏には、こんな過去があったらしい。今のアユからは考えられないことだ。

 しかし、それではそのジュカインに会うのは気まずいだろう。なぜわざわざジュカインと会おうとするのか。

 

「私ね、もう一度向き合いたいんだ、ジュカインと。あの時は、気づいただけだった。気づいただけで、変われてなかった。……ねえ、ダゲキ。私はね、あなたと出会えて変われたと思うの。あなたと出会って、あなたとイッシュを巡って……あなたと殿堂入りトレーナーになった。私はもう、あの頃の私じゃない」

 

 アユはまっすぐに、曇りのない目で俺を見つめた。アユの決意は本物らしい。やれやれ、こうなったアユは強いのだ。まあ、元々俺に止める気はないし、止める理由もないのだが。

 俺はポケモンだ。それが信頼できるトレーナーなら、どんな悪事を働こうともついていくし、そのトレーナーの重要な決断に反対はしない。それが、良いポケモンとトレーナーの関係なのではないかと思うのだ。

 

「それじゃ、お父さん。ジュカインに会わせて」

 

「じゃあ、私は買い物に行ってくるわね。二人とも、夕食までには終わらせること。行ってきます」

 

 アユがジュカインと話をしているうちに食事の準備をしてしまうつもりであろうアユのお母さんが、唐突にお父さんが帰ってきたために足りなくなった食材を買い出しに行った。それを見届けたお父さんは、腰のベルトから一つのモンスターボールを取り出した。そのボールはなんの変哲もないただのモンスターボールだったが、まるで新品のようにピカピカに磨かれていた。持ち主がそのボールを、そのポケモンをどれだけ大切にしているかがわかるボールだった。

 

「出てこい、ジュカイン」

 

 出てきたのはジュカイン。ボールの中で話を聞いていたのか、自分が出てきたときに目の前に誰がいるかはわかっていたようだ。アユのことを、とても冷たい目で見つめていた。

 しかし、ジュカインとは大きいポケモンだな。俺よりも、アユよりも、身長が高い。アユのお父さんと同じくらいだ。いや、ジュカインの方がちょっと大きいか。ジュカインを初めて見た俺には判別がつかないが、背が高い方なのだろうか。スラッとして美人な、いや、美ポケモンなジュカインだと思う。

 また、それと同時にかなり鍛えられている。美しく、無駄がない筋肉のつきかただ。これは強い。強いポケモンだ。

 久しぶりにそのジュカインと会っただろうアユはジュカインの前まで歩み寄っていって、深く、深く頭を下げた。その行動にジュカインは若干驚いていたようだが、ほとんどその表情は変わっていない。

 

「ごめんなさい、ジュカイン。私、馬鹿だった。私、自分が強いんだと思ってた。自分が強くて、ポケモンはその強さを周りに見せつけるための道具だと思ってた。笑っちゃうよね。本当に強いのはあなたたちで、私はあなたたちがいてくれるから強いんだってことに気づかなかった。あなたたちに力を借りなければ、なんの力もないただの人間なんだって事に、気がつかなかった。私ね、イッシュ地方を回ったよ。色んなトレーナーを見てきた。人とトレーナーって信じあえばどこまでも行けるんだって思えた。だから……ごめんなさい。私は、私のせいであなたと、私が捕まえてきたポケモン皆と、そんな関係を築くことができなかった。そんな、馬鹿な私を、許してください」

 

 ジュカインは黙って聞いていた。そして、黙ったまま、アユのお父さんと目を合わせた。ジュカインのその目には、確かな意思を感じられた。アユのお父さんは深いため息をつきながら、ガリガリと頭を掻いた。

 

「ジュカインはお前と、お前のダゲキと戦いたいそうだ。許すかどうかはその後ってことだろうな」

 

 ちょっと。ちょっと待った、なんでそうなるのか。うわ、なんかジュカインが無言でめっちゃこっち睨んでる。なんだお前。なんか話せや。お前はポケモンなんだから俺と話せるだろうが。お願いです。なにか話してください。怖いです。

 

「……わかった。ジュカインがそうしたいなら、私は戦うよ。いいよね、ダゲキ」

 

 えぇ……? なんでぇ……? なあ、アユよ。俺たちは休養のためにここまで来たのではなかったのか。なぜ俺がまた戦う流れになってるんだ。くそう、くそう、本当に、なんで毎回こうなるんだ。

 

「じゃあバトルフィールドに行くか。場所は覚えてるよな?」

 

「お父さん、私をなんだと思ってるの……? さすがに忘れないって」

 

「本当か? ちっちゃい頃はトイレの場所忘れたーって泣きながら……」

 

「ちょ、馬鹿! そういうの良いから、早く行くよお父さん!」

 

 顔を赤らめて早足で歩いていくアユと、それに笑いながらついていくアユのお父さん。そして、俺をまた一睨みしてアユたちについていくジュカイン。

 ……はぁ。仕方がない。覚悟決めるかぁ。

 

「ダゲキーっ! なにやってるの、早く!」

 

 はいはい、今いきますよっと。

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、まあ。大きい家だとは思っていたが、まさか家の中にバトルフィールドまであるとは思っても見なかった。なんだか、トレーナーにとっての楽園のような家だな、ここは。

 きっとアユのお母さんやお父さんが練習のために使っているのだろうこのフィールドは、スタンダードのもので非常に綺麗に整備されている。足元の土を踏みしめた感覚とか、ポケモンリーグのフィールドに近い。非常に戦いやすそうだ。

 俺の背にはアユが、向かいにはジュカインと、アユのお父さんが居る。一つ深呼吸をしたアユのお父さんが、フィールドの反対側まで聞こえる大きな声でルールを説明し始める。

 

「ルールは公式戦とほぼ同じだ。使用できる技は四つまで。そして、今回の変則的な部分は一対一でのバトルと言うことだな。俺はジュカイン。お前はダゲキだ」

 

「うん! ルールはだいじょーぶ! 私とダゲキはいつでも始められるよ!」

 

「はは。しかし、アユと本気のポケモンバトルが出来るなんてなぁ。お父さんは感慨深いよ」

 

「そういう感傷は終わったあとで! さあ! 早く始めよ!」

 

「おう! 今回は審判がいないから、タイマーをセットする! アラームが鳴った瞬間からバトル開始だ!」

 

 アユのお父さんがリモコン操作でアラームをセットする。フィールド全体に、電子合成のカウントダウンが鳴り響く。

 

五! フィールドの空気が張りつめる。

 

四! 俺とジュカインが睨み合う。

 

三! アユとお父さんが、同時に息を吸い込んだ。

 

二! 背中に冷や汗が流れるのを感じる。

 

一! 足に、ぐっと力を込める。

 

バトル開始!

 

「ダゲキ! 『れいとうパンチ』!」

 

 先に指示が飛んだのは、アユだ。年齢の差、反射神経の差か、それともアユのお父さんが様子見を選択したか。それだけは頭の隅に留めておいて、俺は命令を遂行するべく地面を蹴る。一歩、二歩。あんなに遠く思えたジュカインとの距離が、目と鼻の先まで縮まる。……そこで、嫌な予感がした。

 

「ジュカイン! 『つばめがえし』!」 

 

 しかし、嫌な予感程度では攻撃を止められないほど勢いが乗ってしまっていた俺は、何が来ようとも耐えきる気概で『れいとうパンチ』をねじ込む。それと同時に、鋭い痛みが走る。つばめがえしがクリーンヒットしていた。

 

「『アイアンテール』!」

 

「かわして!」

 

 次の命令が早い。さすがアユのお父さんだ。とりあえず俺は指示に従い、ジュカインから離れる。重いはがねタイプの一撃なんか受けたくないしな。

 

「ジュカイン、『くさむすび』!」

 

 む? この状況で、俺を相手に『くさむすび』? 特にこうかがばつぐんな訳でもないし、俺は別に重くもない。撃つ理由が見当たらないのだが……ほほう、これはこれは。

 今しがた放たれたくさむすびは、フィールドのあちこちに俺を引っかけるためのわっかの罠を作っていた。きっとアユのお父さんは、この罠だらけのフィールドを作るためにくさむすびを指示したのだろう。

 もちろん、このフィールドはスタンダード。草むらでもないのだから、『くさむすび』の罠などバレバレだ。全部見える、はっきりと。

 だが、見える罠だからと言って、厄介ではないというわけではない。むしろ使い方によっては、見える罠の方がよほど厄介だ。見える罠と言うのは避けるのが簡単な罠なのではない、避けることを強制される罠なのだから。もし、この罠を無視して攻勢に出れば、俺は誘導され、罠に引っ掛かり転んで、無様で致命的な隙を晒すだろう。だからと言って罠をよければ、今度は動きが大幅に制限されることになる。これ以上厄介な罠もない。

 だが、これは相手のジュカインにも言えること。この状況で、アユのお父さんはどんな技を選択するのか。

 

「ジュカイン、『ソーラービーム』を準備しろ」

 

 アユのお父さんの指示に従い、無口なジュカインは『ソーラービーム』の発射準備に入った。なるほど、なかなか厄介な状況だ。攻め込みにくい状況を作った上で、『ソーラービーム』を指示することで攻めを急がせる。躊躇すれば『ソーラービーム』で焼き払われ、焦って攻めれば無様に転ぶか、誘導されたルートを通って返り討ちにされるわけだ。

 しかし、凄まじいのはジュカインの集中力である。素晴らしい戦略ではあるが、やっていることは大量のくさむすびを維持しながら『ソーラービーム』のチャージを行うということ。これは非常に難しい。

 一つの技を発動させるにはそれなりの集中力が必要だ。他のことを意識すると、技が解除されてしまう場合があるくらいには集中しなければならない。俺がアイリスのクリムガンと戦っていたとき、『いわなだれ』を避けるときに『れいとうパンチ』の冷気が霧散してしまったのが良い例だろうか。

 一つの技でもそこそこ。じゃあ、その一つの技、『くさむすび』を複数出して維持するなら? それはかなりの集中力を要求されるだろう。そして、『ソーラービーム』は難しい技だ。チャージが必要なこともあって、撃った後はかなりの疲労があるらしい。そんな技を、大量の『くさむすび』を維持しながら撃つ。これがどんなにすごいことなのか、皆様に伝わっただろうか。

 

「ダゲキ、『くさむすび』に向かって『ほのおのパンチ』!」

 

 む、『くさむすび』に? 罠を燃やすのは確かに効果的だと思うが、一個ずつ潰していくのは非常に効率が……むむ。気づいた。気づいてしまった。これはあれか。『ほのおのパンチ』一発で全ての『くさむすび』の罠を燃やしきれと言っているのか、アユは。それは……それは無茶だ。そのためには普段の『ほのおのパンチ』を大幅に超える火力で放たなければならない。そのためにはこちらも『ソーラービーム』よろしくチャージを行う必要があるだろう。しかし、それもそれで難しい。そもそも俺は炎タイプではないのだ。いくら集中したところで火力を強めることが出来るとは限らないし、出来たとしても相当長い時間チャージしなくてはならないはず。その間に『ソーラービーム』に当たってじ・えんどだろう。……だが、まあ。俺の持っている技で、これ以外の突破方法が見当たらないのも事実だ。やってやろうではないか。いつもの通り、無茶を乗り越えて。

 いつも以上の集中力を右こぶしに注ぐ。熱く燃える炎を意識すれば、いつの間にやら俺の拳が炎に包まれる。

 その炎を猛火に、猛火を業火に。自分の拳を焼き尽くすほどに大きく、大きく、大きく、大きくしていく……!

 

「「今! 『ほのおのパンチ』(『ソーラービーム』)!!」」

 

 アユの指示にしたがい、灼熱の拳を地面に叩きつける。それとほぼ同時に、ジュカインが『ソーラービーム』を放つ。

 拳が叩きつけられてから一瞬の間を置き、バトルフィールドが炎に包まれた。『くさむすび』から『くさむすび』へと炎が広がり、巨大な炎の壁を作る。そして、それをかき分けるように突き抜ける『ソーラービーム』が、確かに俺の左を掠めた。

 ジュカインがなぜ『ソーラービーム』を外したかはわからない。しかし、これはとてつもないチャンスだと言えよう。メラメラと燃え続ける炎の壁で俺とジュカインはお互いにお互いの姿を見ることができない状態だ。それは、アユもアユのお父さんも同じだろう。この炎をどうするかが、この勝負の分かれ目になる。

 

「ダゲキ、『こらえる』で炎の壁に突っ込んで!」

 

 ……全く、俺のトレーナーは無茶な命令をする。ああ、了解だアユ。この程度の炎の壁、二歩で乗り越えて見せよう!

 俺はこらえる体勢を作って炎の壁に突っ込む。自分が作ったものだとはわかっているが、熱い。めちゃくちゃ熱い。しかしそれも一瞬だ。宣言通り、一歩、二歩で再びジュカインの前に躍り出て……渾身の力を込めて『つばめがえし』を構える、ジュカインを見た。

 

「ジュカイン! 『つばめがえし』!」

 

 致命的な一撃が俺の体を襲う。こうかばつぐんの斬撃が二回、俺の体を切り裂いた。……しかし。

 

「ダゲキーぃ! 『ほのおのパンチ』でっ! 『インファイト』ぉーーーっ!」

 

 ――――俺はまだ、『こらえる』体勢を解いていない……! 

 ジュカインが目をまるくする。その様子を見て、俺はジュカインに向けてニヤリと笑った。最後の指示は技の二つ同時使用。ジュカインが『くさむすび』をしながらソーラービームを撃ったのに触発されたのか、対抗意識を燃やしたのか。しかしそれは、この勝負を決めるのに十分な威力を持つだろう。いいだろう、やってやろうではないか。『ほのおのパンチでインファイト』!

 炎をまとった右拳がジュカインの腹を抉る。次いで、右よりも火力のやや低い左拳がジュカインを捉えた。左での『ほのおのパンチ』は初めてだったが、この一回でコツはつかんだ。もう一度右を叩き込み、次の左は右と遜色のない火力で放つ。徐々に威力を増す無数の拳はジュカインの体力を大きく削り取っていき……そして。技が終わる頃、ジュカインは膝をつき、そのままフィールドに倒れこんだ。その様子をただ見守っていたアユのお父さんは、感心したような、安心したような顔でふっと笑った。

 

「出てこいペリッパー。『あまごい』だ」

 

 アユのお父さんが繰り出したペリッパーがあまごいをし、フィールドの炎を消した。視界を遮るものがなくなったフィールドで、アユにも見えただろう。フィールドに立つ俺と、倒れるジュカインの姿が。

 

「見ての通り、ジュカインは戦闘不能だ。アユの勝ちだな」

 

「や……やった! やったね、ダゲキ-っ!」

 

 それを見たアユは満面の笑みになり、俺のところまで駆け寄ってきて俺に抱きついた。それ自体は心地よいものだが、割りと傷に響く。もうちょっとダメージが落ち着いてからにしてもらいたい。

 

「ごめんねダゲキ。熱い思いさせちゃって。でも、ありがとう。ダゲキのお陰で、今日も勝てたよ」

 

 熱いくらいならよいのだ。このくらいの無茶はいつものことだし、あの厳しいチャンピオン戦に比べればぬるいものだったからな。それに、トレーナーを勝利に導くことができた。バトルを行うポケモンにとって、これ以上に嬉しいことはなかろう。

 

「さて、そんじゃあアユ。早くポケモンセンターに行くか。傷ついたポケモンを治療して貰わなきゃな」

 

「うん。じゃあ、ボールに戻ってね、ダゲキ」

 

 了解した。やっと休めるのだな。……今回は、多少寝過ごしても構わんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 アユとアユのお父さんが家に戻ると、食卓には豪華な料理がところ狭しと並んでいた。これはすごいな。パーティとかでもなかなかないほど豪華だぞ。

 

「すご……どうしたのこんなに……」

 

「アユもお父さんも帰ってきたんだもの、ごちそうを用意して当然じゃない! 久しぶりに家族が揃ったんだから、ね」

 

「そういやそうだなぁ。次、いつ三人揃うかもわからねぇしな」

 

 アユと、お父さんと、お母さんは三人で顔を見合わせて笑い合う。和気あいあいとした空気の中、みんなで楽しい食卓を囲むのだった。

 

 アユのホウエン地方での生活は、もうちょっとだけ続く。

 

 

 

 

 

 ……ちなみに、俺たちポケモンにはお母さん特製のポロックが振る舞われた。あの甘酸っぱいやつはいい。すごく美味しい。アユも作れるようになってくれないだろうか。



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ポケモンたちの夜の密会

前半部分はポケモンしか喋らないため、一時的にポケモンの言葉を人間の言葉に翻訳して書いております。


 夜の帳が町を包む頃。人間の女の寝息がささやかに聞こえる部屋に、ジュカインはやって来た。元トレーナーの、女の部屋に。

 彼女はある種の確信をもってここに来たのだ。彼女の予想が外れてしまえば、彼女がここに来た意味はない。人間のいる前では話せなかった彼と話すことだけが、彼女の目的だった。

 

「君は、ここに何をしに来た」

 

 居た。ボールから出て、トレーナーを守るかのようにベッドの横に佇むそのポケモン、ダゲキ。自分の予想通りダゲキがそこに居たことに安堵したジュカインは、ダゲキの許に歩み寄る。

 

「驚いた。まさか本当にボールから出てるとはね。お姫様を守るナイトみたい」

 

「質問に答えてほしい。なぜこんな夜に、忍び込むようにしてアユの部屋に入ってきたのだ。後ろめたいことでもあるのか? 何をしに来た」

 

 まるでバトルをしているときのような気迫に、ジュカインは一瞬たじろいだ。しかし、思っていることを悟らせないのはジュカインの得意技だ。平静を装い、警戒心全開のダゲキをなだめるように言葉を続けた。

 

「従順なのね。良いと思うわ。ポケモンとして、正しい姿だと思う。……別に、なにもしないわよ。目的はそこの人間じゃなくて、あなた。あなたに聞きたいことがあってここに来たの」

 

「……ふむ。まあいい、信じておこう。しかし気に入らないな。君は元々アユのポケモンだったのだろう? なぜアユと呼ばず、人間と呼ぶ?」

 

「へぇ。その子、アユって言うの。そこの人間は私たちに名を教えてくれなかったわ。ずいぶん変わったのねぇ、その子」

 

「……アユが、君に名前を教えていなかったのか?」

 

「ええ。ずいぶん長い間旅をしていたけれど、一度も。彼女、説明していたでしょう? 私たちは彼女の武器でしかなかった。それだけだったから」

 

 ダゲキは沈黙する。彼は賢いポケモンだ。何か考え事をしているのだろう。

 

「いまいち、信じられないのだ」

 

 と、ダゲキは言う。

 

「俺が初めて会ったときのアユは、暗い女ではあったがポケモンを武器としか思わないような人間ではなかった」

 

「そう? ……まあ、そうでしょうね。さっきも言ったけれど、確かに少し変わったわ、その子。ポケモンとちゃんと話すようになったみたいだし。でも、根本は変わってない。勝ちを重視した、ポケモンに負担を強いるその戦い方はね」

 

 ジュカインはふぅ、とため息をついた。ふと、アユと共に戦っている時のことを思い出したのだ。自分は彼女のエースだったから捨て石のような扱いをされたことは少なかったが、それでも自分の前に出ていったポケモンたちの悲鳴が、疲労した相手トレーナーのポケモンにとどめを刺すという自分の役割が、嫌で嫌で仕方がなかった。

 

「ポケモンに負担を強いるのはポケモンバトルをしている以上仕方のないことだろう。どんなバトルをしようと戦うのは俺たちなのだから」

 

「それが過剰だって言いたいのよ、私は。今日のバトルであなたが炎の壁に突っ込んで抜けてきたのって、その子の指示でしょう? いくらこらえるを使っていたからって、よろしくない指示だと思うわ」

 

「それならあの状況をどうするべきだと思ったんだ。俺は水タイプ技は使えないし、君はすでに技を四つ出していて、あの炎を消せる技があったとしても出せない状況だった。膠着状態だ。どちらかが何とかする必要があった。それを俺がどうにかしただけだろう」

 

 互いがにらみ合うだけの、無意味な時間が過ぎる。静寂は重苦しく、空気は肌にまとわりつくようだ。こんな状況に自ら突っ込んだのはジュカインであるが、実際彼女はこんな状況が大の苦手だった。それに、彼女はこんな問答をしにここへ来たのではない。

 

「……まあ、その話はおいておきましょう。こんな話をするためにここに来たのではないし」

 

「……そういえば、俺に聞きたいことがあってきたのだったな。それで、俺に聞きたいこととはなんだ? ダゲキなんかに何を聞いても、大した答えは返ってこないと思うが?」

 

 ダゲキは自嘲ぎみにそう答える。このダゲキ、ダゲキと言う種族の中でも最強クラスに位置するポケモンなのだが、どうもそれをわかっていないらしい。まあ、ジュカインはそんなことなど知るよしもないのだが。

 

「簡単な質問よ。どんなポケモンでも答えられるくらいのね。あなたは、あなたのトレーナーの事をどう思っているの?」

 

 ダゲキはその問いに、呆けたような顔をした。そして、眉をひそめて「全然簡単じゃないじゃないか」と呟いた。そして、ダゲキはまた考える。バトルの時の頭の回転はものすごく早いのに、どうしてバトル以外だとこうなってしまうのか。謎は深まるばかりである。

 

「良いトレーナー、だな」

 

 ダゲキは十数分の格闘の末、そう答えた。しかし、その答えが返ってくるのは想定済みだ。聞きたいのは、どうして良いトレーナーだと思っているのか。ジュカインにとってアユと言うトレーナーは、どうしても良いトレーナーだとは思えない。だから聞きたいのだ。あんなトレーナーに付き、あんなトレーナーを信頼し、あんなトレーナーと共に殿堂入りをした。それはなぜなのか、と。そんな疑問の全てを込めて、ジュカインは「その心は?」と返す。今度は、ダゲキは考えなかった。

 

「アユは無茶だ。無茶な状況を覆せと命令してくるし、無茶な相手に勝てと言ってくる。タイプ相性もなにもかもお構いなしだし、所持ポケモンは俺だけだ。だけどな、アユの命令は理にかなっている。アユの選ぶ技は、その全てがそのときの状況に最適なものだ。俺なら間違いなくこうする、と、考えたことを指示してくれるし、俺の思考を上回る指示をしてくれることもある。こんなに魅力的なトレーナーが他にいるだろうか? きっと、居ないだろうな。……それに」

 

「それに?」

 

「アユは俺を捨てなかった」

 

「……そう」

 

 ダゲキのその言葉の真意はわからなかった。自分が優秀だから、とでも言いたいのだろうか? それとも。彼は過去、トレーナーに捨てられたことがあるのだろうか。……考えても仕方のないことだ、と、ジュカインは考えるのをやめた。聞きたいことは聞けたのだ。もう、十分だろう。

 

「ありがとう、ダゲキ。……最後にひとつ、言いたいことがあるの」

 

「なんだ?」

 

「私、その子を許すことはできないわ」

 

 あのバトルの後。ジュカインはアユの謝罪に対する返事をしていなかった。……ずるいことに。ジュカインはアユを許すつもりなど、初めからなかったのだ。ただ、自分が見限ったトレーナーが新しいポケモンを手に入れてどうなったのか、見てみたいだけだった。久しぶりに見た元主の姿は、思った以上に変わっていて、思った以上に変わっていなかった。

 

 ――――だから。

 

「だから、私その子についていくことにするわ」

 

 まだ、許すつもりなんてないから。これからの旅で許させてみなさい、と。そんな考えで、ジュカインはこれからまたアユと旅をすることを決めた。ここにきてダゲキとアユが友好な関係を結べていなければ、あるいは、ダゲキがアユを良いトレーナーだと言う理由が薄っぺらければ。もう一度、アユの旅について行くつもりはなかったのだが。思ったよりもこの主従の絆は強いようで、これならば今は許せなくてもそのうち許せるようになるのではないかと、そう思ったのだ。

 

「……そうか。なんだかよくわからないが、いいんじゃないか? ポケモンが増えれば俺の負担も減るしな」

 

 ダゲキがやれやれといった感じでそう言った。ジュカインはそれにクスリと笑うと、「それじゃあ、おやすみなさい」と言って部屋を出た。いやいや、本当にそれだけだったのかよ、とダゲキは心のなかで突っ込みをいれ、これでようやく眠れると、アユの眠るベッドの中に潜り込んだ。

 

 こうして、ポケモンたちの夜の会話は、その家の人間の誰にも知られることなく終わった。静寂に包まれたアユの家は、人間とポケモンという大勢の家族を抱えたまま、朝日が上るのを待っていた。

 

 

 

 

 

 

「んむ……」

 

 耳に届く妙に色っぽい吐息で意識が覚醒する。……うむ。まだ頭がぼんやりとしている。昨日遅くまで起きていたせいだろうか。いや、昨日の夜更かしは俺のせいではないのだ。なんとなく、夜になにかが起きる気がして眠いのを我慢してボールから出て待っていただけなのだ。気のせいだったかと寝ようとしたちょうどその時に現れやがってジュカインのやつ。許さぬ。ふぁっきんジュカイン。

 

「んぁ……らげき、おはよぉ……」

 

 寝ぼけて呂律が回らない様子のアユが、ゆっくりと起き上がる。隣で横になっている俺を見て、こてんと首をかしげた。

 

「んー? なんでダゲキがいっしょにねてるの……?」

 

 そのまま俺が横にいた理由をボーッと考えていたようだが、やがて諦めたのか、まぁいっか、と呟いてベッドから降りた。そのまま机の上に置いてあったモンスターボールを手にとって、俺をボールに戻す。

 

 ちなみに、ポケモンは自分の意思でボールから出ることは出来るが、ボールに戻ることはできない。だから、俺が昨日アユの隣で寝たのは仕方のないことだったのだ。仕方のないことだったのだ。

 

 俺をボールに戻したアユはモソモソと着替え始め、いつも通りの森ガール風の服を身にまとった。いつも思うのだが、そのふわっふわのスカートは冒険の邪魔にならないのだろうか? 本人が冒険の中で邪魔そうにしていた様子はなかったのだが、実は動きにくかったりするんだろうか? 真相はアユのみぞ知る、と言ったところである。

 

「おとーさん、おかーさん、おはよー……」

 

 アユは寝起きが悪い。だから総じて朝はテンションが低い。たまにスッキリと起きて朝から元気全開の時もあるのだが、そんなところは数回しか見ていない。相当のれあけーすである。

 

「お、起きてきたな、アユ。朝の弱さは相変わらずか! アッハッハ、変わらねぇなぁ!」

 

「もー、朝からうるさいよぉ……頭に響くから笑うのやめて」

 

「なんだよひでぇなぁ」

 

「朝はお父さんへの当たりが強いのも相変わらずね」

 

 アユのお父さんとお母さんは顔を見合わせて笑う。アユはそんな二人を気にもとめずに、眠そうに目を擦りながら食卓についていた。

 

「アユ、朝御飯は食パンよ」

 

「しょくパン……? ってことは! お母さんのオレンジャムもある!?」

 

「もちろん!」

 

 うわーい、やったー! と無邪気に喜ぶアユ。旅をしていたときはある程度落ち着いた様子だったのだが、ここに来てからのアユはなんだか子供のようだ。親がいる環境だからだろうか。俺にはよくわからないが、きっとこれが人間の普通なのだろう。

 

「おうアユ、意識はしっかりしたか?」

 

「もちろん! お母さんのオレンジャムがあるのに寝ぼけてるわけにはいかないからね!」

 

「んじゃ、これを渡しても良いな」

 

 そう言って、アユのお父さんはアユにモンスターボールを手渡した。それは、新品のようにピカピカなもの。昨日も見た、ジュカインのモンスターボールだ。

 

「お父さん、これ……」

 

「ジュカインが、良いってよ。こいつ面白いよな。全然しゃべらないくせに、なにか言いたそうにこっちを見てるときは何が言いたいのかはっきり伝わりやがる」

 

「……そっか」

 

 さっきまでの元気が嘘のように静かになったアユは、ただ黙ってボールを見つめた。磨きあげられたボールの表面に反射して、ちょっぴり歪んだアユの顔が写し出されている。そのまましばらく眺め続けた後、アユは意を決したように口を開いた。

 

「これからまたよろしくね、ジュカイン」

 

 当たり前だが返事はない。だが、アユはどことなく嬉しそうで、俺は自分の入っているボールの隣にセットされたジュカインのボールを、何となく睨み付けてしまった。やれやれ、これで昨日の宣言通り、やつはまたアユの手持ちになったわけだ。せいぜいこき使われるが良いさ。俺の大変さの半分をお前も味わうが良い。マジできついぞ、一匹で六匹倒すの。

 

 

 

 

 

「そういえばね、アユ。言ってなかったんだけど、お母さん今日久しぶりにコンテストに出るのよ」

 

 家族みんなで食卓を囲む中、アユのお母さんがそう切り出した。

 

「コンテストに!? すっごい久しぶりじゃん、なんで急に? お母さん前コンテストはもうそろそろ引退ねとか言ってたのに」

 

「いやねぇ、そう思ってたんだけど、いざやめてみると毎日が退屈でね。アユも一から頑張ってすごいことを成し遂げたんだし、私も新しいこと始めよっかなって」

 

「新しいこと……?」

 

「うん。うつくしさのコンテストに出ようと思ってるの」

 

「え、ほんと!?」

 

 昨日アユが教えてくれた情報によると。コンテストは『かわいさ』『かっこよさ』『かしこさ』『たくましさ』『うつくしさ』の五つの部門があり、その中でポケモンの魅力を競っていくものらしい。その中でもアユのお母さんはかわいさ部門のエキスパートということだったが、今回はうつくしさ部門に挑戦するようだ。

 

「お母さん頑張るからねー! アユ、よかったら見に来てね!」

 

「うん! 絶対行く!」

 

 と、言うことで。アユの今日の予定が決まったようである。ポケモンコンテストというのはイッシュには無かったから、見るのが楽しみだ。



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ポケモンコンテストライブ!

ル チ ア 書 く の 難 し い

全国のルチアファンの皆様申し訳ございません。私にはルチアの魅力を書ききることができませんでした。許してください、何でもしますから!

 あ、あと今回から物語がちょーっと動きますよ。


 ミナモシティコンテスト会場。ポケモンコンテストが盛んなホウエンの地で、最も大きい会場だ。そこで開かれるコンテストはくおりてぃが高く、ミナモのマスターランクコンテストで活躍するコーディネーターは例外なくトップクラスの実力を持つ。と、アユがそう言っていた。

 

 つまり、そのミナモのポケモンコンテスト『かわいさ』部門で幾度となく優勝を勝ち取った経験のあるアユのお母さんは、『かわいさ』部門でぶっちぎりのトップコーディネーターであり、伝説のコンテストスターに名を連ねる人物だということだ。

 

 ――――そんな人が、違う部門のマスターランクコンテストに現れたらどうなるか。

 

『皆様お待たせいたしました! ミナモシティマスターランクコンテストライブうつくしさ部門、まもなく開始です!』

 

 やたらとテンションの高い司会者が高らかに宣言する。会場のざわつきが一瞬にして静まり、皆一様に中央のステージに注目する。

 

「ダゲキ、ジュカイン、始まるよ」

 

 アユが音量をギリギリまで絞った声でそう言った。アユの左隣に座るジュカインの顔からは、相変わらず表情を読み取りづらい。俺と話していたときにはべらべらと喋っていたし、表情も多少わかりやすく変化していたのに、人間がいるときには頑なに喋らず、無表情を貫いている。なんでだろうな。

 

 俺はといえば、アユの右隣に座って、やや前のめりになってステージを見ている。俺たちの席はステージを囲むようにして出来た円形の客席の正面で、一番前の席だ。いわゆる、VIP席というやつ。受付の際、アユのお母さんの招待だからとここに案内されたのだ。流石アユのお母さんである。

 

『それでは、今回の出場者の紹介と参りましょう! 今回、私たちは十年に一度もない幸運に出会ったのかもしれません! 皆様、声援の準備をよろしくお願いします。エントリーナンバー一番! ミナモシティのレジェンド、ホウエンかわいさ部門コンテストのクイーン! 伝説を作り、そして一時コンテストから離れた彼女が、なんとうつくしさ部門にて現れました! ミナモシティの、アサヒーっ!!』

 

 司会者がマイクがあるというのに全力で叫ぶ。それとほぼ同時に、上品でいてシンプルな黒のドレスを身に纏ったアユのお母さんがステージに出てきた。なんというか、その、うつくしいです。はい。ポケモンのうつくしさを競うコンテストなのに、コーディネーターもうつくしいとはこれいかに。

 

 そして、アユのお母さんの登場に会場が沸き立つ。アユのお父さんなんか、流石はアサヒだとか言って泣いている。おい、アユのお母さんまだなにもやってないぞ。なぜ泣く。

 

『続きまして! 新進気鋭、見せ方奇抜にして周囲を圧倒させる若手コーディネーター! キンセツシティの、アキト-っ!』

 

 続いて出てきたのは奇術師のような格好をした男。アユのお母さんよりもやや控えめな声援を受け、恭しく礼をしている。なんだ、コンテストっていうのはなんでもありなのか?

 

『三人目! この人だって負けていない! コンテスト黎明期から活躍し、あのアダン選手のライバルとも言われた男! この素晴らしい面々に触発され、コンテストライブに戻って参りました! ルネシティの、ソテツーっ!』

 

 次に出てきたのは、妙齢のダンディーな男性だ。艶やかな黒髪をオールバックにし、チャーミングに髭を生やしている。これは、なんだろうか。彼は立ち居振舞いがうつくしい。聞けばベテランのコーディネーターのようで、それ相応のオーラがある。会場は先程とは違う、黄色い声援で埋め尽くされていた。

 

『そして、ついに最後の一人です。うつくしさコンテストライブと言えばこの人! 皆様ご存じでしょうから、多くを語る必要などないでしょう! ルネシティの……ルチアーーーーーっ!!』

 

 ――――瞬間。会場がグッと沸いた。アユのお母さんの時とも、奇術師のような彼の時とも、ベテランの彼の時とも違う。会場全体が一帯となった声援が、まだ出てきてもいないそのルチアという人物のために上がる。そして、その声援を受けて現れたのは、水色の髪をサイドポニーにし、その髪をまとめているのは煌めく宝石のはまったティアラのようなアクセサリー。アイドル風の衣装を身にまとい、他の三人よりも圧倒的なオーラを放つ少女。

 

「皆ーっ! 今日も声援ありがとーっ! 『コンテストライブ! 一期一会の素敵な出会い!』 この出会いに感謝して全力で演技するから、皆も楽しんでいってねーっ!」

 

 そうして、観客の興奮冷めやらぬままにコンテストが始まる。だが、なぜだろうか。まだ始まってもいないというのに、優勝はあの少女になるのではないかと予想ができる、出来てしまう。これが、コンテストスターと言うものなのだろうか。

 

「ルチアちゃん、すごいな……」

 

 アユが呟く。それはお父さんも同意のようで、深く頷いていた。

 

「アサヒが若い頃でもこんなことにはなってなかった……。そりゃあテレビナビで何度か見たことがあるが、比べ物になんねぇな、生ってのは……」

 

「うん。……お母さん、頑張って……!」

 

『さあ、まずはおひろめ審査です! 皆様、登録されたポケモンを出してください!』

 

 四人はそれぞれボールを一つ手に取り、ステージに投げ込む。アユのお母さんはサーナイト。ソテツは……なんだろう、白いキュウコン? そして、ルチアはチルタリスを繰り出した。どれもこれも見た目からうつくしいポケモンばかり。そして、見た限りコンディションも抜群だ。トップコーディネーター恐るべしである。

 しかし、しかし、だ。この場に一匹、場違いとも呼べるようなポケモンを繰り出した者がいる。それは彼だ。アキトと呼ばれた、奇術師のような男。彼が繰り出したポケモンは……。

 

「ネンドール……?」

 

 アユが訝しむように呟く。それもそのはず、ネンドールと呼ばれたポケモンは、ぶっちゃけて言えば不細工なのだ。こう言うとネンドールが好きな人間には怒られるかもしれないが、これがうつくしさコンテストに出場している、と言うことを考えてほしい。周りのうつくしいポケモンと比べてしまえば、不細工と言わざるを得ないだろう。場違いにすぎる。現に、客席からも疑問の声が上がっている。コンディションには素晴らしいものがあると思うのだが、どうして彼はネンドールを選んだのだろうか。

 

 審査員たちが点をつけていき、結果がモニターに表示される。暫定一位はルチアのチルタリス。それに僅かの差で追いすがるお母さんのサーナイトと、ソテツのキュウコン。アキトのネンドールは、当然というか大差をつけて最下位だった。

 

『続いて! アピール審査と参りましょう! 現在トップにいるのはルチア選手とチルタリスのチルル! そこからあまり差がなく、アサヒ選手のサーナイト、ソテツ選手のキュウコンと続きます。アキト選手は他三人から大きく差をつけられ、最下位となってしまいました! アピール審査でどうひっくり返るのか、見物です! では、アサヒ選手からどうぞ!』

 

 ここからがアピール審査。一組につき一回、技を繰り出して、演技をする。一塊の演技として技を組み合わせても良いらしく、一つの技で皆を圧倒するか、技の組み合わせで魅了するかという戦略があるらしい。そして、アユのお母さんは技を組み合わせるタイプだ。

 

「サーナイト、『みらいよち』」

 

 まず使ったのは『みらいよち』。これは時間差で相手にダメージを与える技だ。

 

「『ひかりのかべ』」

 

 そして、ひかりのかべを幾重にも、サーナイトの頭上に展開し。

 

「『れいとうパンチ』」

 

 それを上方向への『れいとうパンチ』ですべて破壊する。『ひかりのかべ』の破片と、氷の粒がきらきらとステージに舞う。それだけでも相当にうつくしい。言葉を失うような光景だ。

 しかし。それだけでは終わらないらしい。

 

「『サイコキネシス』」

 

 サーナイトはきらきらと散った破片を上空中央に集めた。暫しの静寂。サーナイトとアサヒのお母さんは、なにかをじっと待ち続ける。そして。

 

「今!」

 

 お母さんの指示で、『サイコキネシス』が解除された。それと同時に上空で星のように『みらいよち』が輝き、そこからスノードームのようにきらきらが降り注ぐ。圧巻のパフォーマンスである。自然、会場から拍手が起こる。パチパチとまばらだった拍手は次第に大きくなり、大声援がアユのお母さんに届く。

 

『素晴らしい、素晴らしいアピールでした! かわいさ部門のエキスパートは、うつくしさ部門でも強い! 技枠を四つ使いきったアピールは見事の一言! アサヒ選手、どうもありがとうございました! 続きまして、アキト選手、どうぞ!』

 

 次はネンドールのアキトだ。お世辞にもうつくしいとは言えない見た目のネンドールで、どうアピールをするのだろうか。

 

「ネンドール、『しんぴのまもり』を纏え!」

 

 コーディネーターの指示に従い、ネンドールが虹色の光に包まれる。これは、中々綺麗なものだ。アユもアユのお父さんも見入っている。会場の観客たちも同じだった。

 

「さあ、仕上げだ! ネンドール、『こうそくスピン』!」

 

 ネンドールが光って回る。演技の内容としては、言ってしまえばそれだけだ。しかし、たった今ステージに立つネンドールからは、謎の神々しさを感じる。これを、この姿をもし、会場の全員がうつくしいと思うのなら、それは。きっと、うつくしいのであろう。

 声援は上がらない。拍手は起こらない。ただ、全員が言葉を失っていた。

 

『……うつくしい。うつくしいアピールでした。私からは、それしか言うことがありません! アキト選手、ありがとうございました! 続きまして、ソテツ選手、アピールをお願いします!』

 

 次はソテツと、あの白いキュウコンだ。しかし、そもそもあれはなんなのだろうか? 色違い?

 

「すごいな、リージョンフォームのキュウコンだ」

 

 アユのお父さんがそう言った。はて、リージョンフォームとはなんだろうか?

 

「アローラ地方で生まれたキュウコンの、本来とは別の姿だっけ。あの子を捕まえるために、アローラまで行ってきたのかな、あの人」

 

 ふむ。別の地方だと別の姿になる、というのがあるのか。なんとまあ、凄いことだな、それは。俺もポケモンではあるが、ポケモンは謎でいっぱいだ。

 

「キュウコン、『オーロラベール』!」

 

 渋い声が会場に響き渡り、キュウコンがオーロラを作り出す。オーロラはキュウコンを包み込み、まるでドレスのようにキュウコンを彩った。

 

「さて……キュウコン。会場の皆様に、私たちのゼンリョクをお見せしようか!」

 

 そして。ソテツの腕につけたブレスレットとキュウコンのネックレスが眩い輝きを放った。ソテツが不思議な舞を躍り、それに呼応するようにキュウコンの力が高まっていく。

 

「『レイジングジオフリーズ』!」

 

 キュウコンの足元から大きなこおりの台のようなものが競り上がり、その上に乗ったまま、『れいとうビーム』のような、しかしそれよりも何倍も強い冷気を放つ光線をステージ中に放った。ビームが通った部分は凍りつき、氷山のようなものを作り出す。聞いたこともないような技を繰り出したキュウコンは、一瞬にしてステージに南極のような光景を作り出したのだ。

 ……背筋が震える。正直俺は、あんな技を受けて立っていられる自信がない。フィールドに氷山を作り上げるために分散されていたパワーをもし余すこと無くぶつけられたら……

 

「あれは……Z技か!」

 

「お父さん、知ってるの?」

 

「一度だけ見たことがある……。あれも、アローラ地方特有の物だ。アローラ地方にはカプ神と呼ばれる四体の守り神がいて、そいつに認められたものだけが使える、トレーナーとポケモンのゼンリョクを相手にぶつける技……だったはずだ。俺も、一回だけ使われたことがある」

 

「その時は、勝ったの?」

 

「……負けた。Z技の一撃でボーマンダを倒されてな。しかしあれは、ゼンリョクで放つ分エネルギーの制御が難しい技だ。それをコンテスト用に調整するなんて並大抵のことじゃあないぞ」

 

 ……Z技。あんな、あんなものがあるのか。もし、もしも、あれを手に入れることが出来たなら……俺は、もっと強くなれるのだろうか。

 

「仕上げだ。キュウコン、『れいとうビーム』」

 

 最後に上方向に『れいとうビーム』を放ち、枯れた樹木のような物を作って、ソテツはパフォーマンス終了。終了と共に生み出された氷は全て砕け、あの素晴らしい世界の証拠はどこにも残らない。フィールド全てを自分のものにする、すさまじいパフォーマンスだったといえよう。会場も、最高潮と言えるほどにボルテージが上がっている。……最後。ルチアという少女のパフォーマンスはどんなものになるのだろうか。

 

『今の。今の技は、一体なんだったのでしょうか!? ソテツ選手の素晴らしい演技に、皆様拍手を!』

 

 煽られるまでもなく皆すでに拍手をしている。なぜだろう、あの司会者どこかズレている気がする。なんかいまいち乗れない。下手くそなのでは?

 

『では、最後のアピールに移りたいと思います! 皆様おまちかねのルチア選手、どうぞ!』

 

「……皆」

 

 しん、と。会場が静まり返った。今の、皆という言葉はルチアが発したものだろう。あんなに賑やかだった会場に、うるさいほどの声援が響いていた会場に、ポツンとした小さな声が通り、そして、一瞬にして会場が静かになったのだ。

 

「今日の皆さんのアピール、最高(サイッコー)だったよね! 私、こんなコンテストライブ始めてだよ! 『激闘、憧れとの熱い一時!』 っていう感じかな? とにかく、ワクワクして仕方ないの! 会場の皆もそうだよね? 最高潮(サイッコウチョウ)だよね!? だから……!」

 

 ――――瞬間。ルチアの髪を留めるティアラと、チルタリスの首元のネックレスが共鳴するように輝いた。

 

「チルル! メガシンカ!」

 

 チルタリスが厚い厚い殻のようなモノに閉じ込められる。その殻には次第にヒビが入っていき、チルタリスがそれを破り出たときには。面影を残して、全く違う姿に変わっていた。彼の胴を包んでいたモコモコふわふわの毛は今や全身をモコモコふわふわと包み、ひらひらとキレイな尾は伸び、体色は少し薄くなっただろうか。その姿はうつくしかった。そして、その存在感は圧倒的だった。小細工も、パワーも、なにもかも及ばないだろうことが、俺にはわかった。

 またか。また、俺の知らないポケモンの可能性が現れたのか。能力が強化されているのを感じる。例えばあのポケモンと戦ったとして、俺は確実に苦戦するだろう。アイリスのオノノクスの比じゃない。一対一ならまだしも、あれと消耗した状態で戦ったら…………この先は、あまり考えたくはないな。

 

「いっ……くよー! 『ぐれーす★ファンタジー』!」

 

 会場に、月が現れた。何を言っているのかわからないと思うが、俺も何が起こっているのかわからない。ただ、月が現れた。そして、虹色の尾を引きながら、華麗に月まで飛んでいくチルタリス。その姿を見て……会場が、感動に包まれた。

 

 

 

 

 

 コンテストライブは終わった。結果はわかると思うが、一応言っておこうか。

 

一位 チルル&ルチア

二位 キュウコン&ソテツ

三位 ネンドール&アキト

四位 サーナイト&アサヒ

 

 である。アユのお母さんは、最下位だった。

 俺たちは今、アユのお母さんの楽屋に居た。お母さんに何か言わなきゃ、というアユの言葉からここまでやって来たのだが、アユのお母さんは案外落ち込んでいなかった。

 

「いやあ、見事においていかれちゃったねぇ。手厳しいなぁ、うつくしさコンテストっていうのは」

 

 と、アユのお母さんは語る。

 

「元々うつくしさ部門はポケモンコンテストの中でもトップレベルのコンテストだからね。いくらかわいさ部門のトップコーディネーターだからって、それにあぐら掻いてちゃ優勝なんて夢のまた夢か。……うん。楽しかった! また出よっかな、うつくしさコンテスト!」

 

 晴れ晴れとした顔で伸びをするお母さんに、俺も、アユも驚いている。お父さんだけはやれやれといった感じで笑っているから、わかっていたのだろうか。

 

「あのさ、お母さん。……その。悔しくないの? だってお母さんはかわいさ部門のトップコーディネーターで、なんども優勝してて……それなのに、最下位で。悔しくないの!?」

 

 そんなお母さんに、アユは詰め寄る。今まで見たこともないような顔をして、辛そうに言う。……これは、きっと。悔しいのはアユなのだろう。

 

「悔しいよ。悔しいに決まってるじゃないの。行けると思ったし、やれると思った。でも、やれなかった。それが、悔しいわけないさ。でもね、アユ。悔しければ、コナクソーってもっと努力するでしょ? そうすれば、いつか優勝できるかもしれないじゃない。その過程が楽しいのよ。……ずっと忘れてたなぁ、こんな気持ち。いい? アユ。悔しさは、人を成長させるの。覚えときなさいね」

 

「……そっか」

 

 アユはどこか納得していない様子でそう言った。……悔しさは人を成長させる、か。それが、本当なのなら俺は……。

 

「さ、帰ろ帰ろ! 皆お腹すいたでしょう? 今日も美味しいご飯作るからね!」

 

「あ、私は、ちょっと出掛ける。心配しないで、すぐ戻るからさ」

 

「ポケモン一匹でチャンピオンを倒した殿堂入りトレーナーのどこを心配するってんだよ! むしろアユを襲うヤツが心配だなぁ!」

 

「えぇ!? それは酷くない!?」

 

「あっはっはっはっは! 冗談だ冗談だ! ま、あまり遅くならないうちに帰ってこいよ! じゃあな!」

 

「うん。じゃあ、また後で」

 

 そう言って、アユはお父さんとお母さんと別れてコンテスト会場を出る。俺とジュカインをボールに入れたままふらふらと歩いていたアユは、最初からそのつもりだったのか、はたまた偶然か。公園にたどり着いていた。アユは、比較的新しめのその公園の、新しいベンチに腰かけた。

 

「……こんなところに、公園出来てたんだなぁ」

 

 誰に聞かれるでもない一人言。それが妙に寂しそうで、俺は少し心配になった。ボールから出ようかとも思ったが、アユが俺を出さないのだ。きっと、出てきてほしくないのだろう。

 

「ねえ、ダゲキ、ジュカイン、聞いてる?」

 

 アユの問いに、俺はカタリとボールを揺らして答える。隣のボールからはなんの反応もなく。中々薄情なやつだな、ジュカインも。

 

「お母さんはね。すごいコーディネーターなの。かわいくて、よく考えられたパフォーマンスで観客を魅了して。ちっちゃい頃に見たお母さんのパフォーマンス、すごかった。今はトレーナーやってるけどさ、一時期私もコーディネーターになる! って言ってたくらい、私はお母さんに憧れてたんだ。ずっと一位で、ずっとトップの、お母さん。でもさ、最下位だって。かわいさコンテストでトップのお母さんはうつくしさコンテストじゃ最下位だって」

 

 アユの声は、震えていた。

 

「すごいのに、すごいのに、すごいのに、すごいのにさ。最下位だって。私悔しくてさ。自分のことじゃないのに自分のことみたいに悔しくてさ。すごいお母さんが最下位だって言うのが何となく納得できちゃうのが悔しくてさ。最下位なのにお母さんが笑ってるのが悔しくてさ。……最下位なのに、お母さんが一位だったときより楽しそうなのが悔しくてさ。もう、なんか、私バカみたいだよね! ……どうすればいいんだろうね、こういう時ってさ」

 

 ……アユは何を望んでいるんだろう。わからない。俺にはわからない。なぜアユは俺をボールから出さないのだ。出してくれれば頭くらい撫でるのに、涙くらい拭うのに、なぜ出さないのだ。自分から出てくるのを待っているのか?それとも、泣いている姿を見られたくないのか? ……こんなアユを見るのは始めてだ。だからわからない。アユがどうしてほしいのか、これっぽっちもわからない……。

 

「お前、アユか?」

 

 そんなどうしようもない状況を救ってくれたのは。

 

「あなたは……あの時の?」

 

「……こんなところで何してんの、お前」

 

 アユと同い年くらいの男の子だった。



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メガシンカとの対峙

一番最初が少年視点、前半がダゲキ視点。後半が三人称視点です。


 今でも覚えてる。って言っても、そんなに昔のことじゃない。俺が、新米だった頃の話。俺はあるトレーナーにこっぴどく負けて、そのトレーナーに言われたんだ。

 

『あなた、才能無いと思う。トレーナーやめるか、ポケモンを変えたら?』

 

 ずっと頭にこびりついて離れない言葉。呪いみたいなもんなんじゃないかとも思う。それほどまでにトラウマで、それほどまでに悔しかった。ぶっちゃけ、これを言ったトレーナーとはもう二度と会いたくない。

 

 そう、思っていたんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

「……こんなところで何してんの、お前」

 

 フード付きトレーナーにジャージのズボンと言う、動きやすさを重視した服装。逆さにかぶったキャップ。容量の大きそうなリュックサック。なんというか、お世辞にもお洒落とは言えない格好をした少年は、なんとなくアユへの敵意が見えるような、そんな口調でそう言った。

 

「……別に、あなたには関係ないでしょ」

 

 ぐしぐしと涙を拭いながらアユは言う。そんなアユの姿を見て、少年は大きなため息をついた。

 

「泣いてんのか? なんで?」

 

「うるさい」

 

「うるさいってなんだよ。理由くらい教えてくれたっていいだろ」

 

「教える義理無い」

 

「いいじゃんか泣いてる理由くらいさぁ!」

 

「もうしつこい! もう一回言うからよく聞いてよ! 別に、あなたには、関係ないでしょ!」

 

 もっともである。これは少年が突っ込みすぎだ。誰にだって聞かれたくないことと言うのはあるものである。

 

「いや、そりゃ関係ないけどさ。スッゴい無表情で血も涙もなさそうだったあのアユが泣いてたらそりゃ気になるだろーが」

 

「知ったようなこと言わないでよ、一回会っただけのクセに! ……私だって、泣いたりするもん」

 

 え、一回会っただけって。一回会っただけって。それでこんなに親しげに話してるのかこいつらは。その一回にどんなことがあったんだ。

 

「なーんか面白いなぁ、アユが弱ってるとか。超ウケる」

 

「ウケるじゃない! もう、もうもうもう本当(ほんっとー)にうるさい! どっか行ってよ、ほんとに!」

 

「……まぁ、どっちかっつーとお前と関わりたくはないけどさ」

 

「なら関わらなきゃいいじゃない」

 

「いや、そうなんだけどさぁ。……見返してやりたい相手に偶然会ったんだ。関わらないではいさよならなんてもったいないだろ」

 

「……そう」

 

 少年はアユの隣にどかっと勢いよく座った。一通りの言い合いの後、アユはうつむいてしまった。

 

「殿堂入りしたんだってな、ダゲキ一匹で。さっすが神童ですわ。桁が違うねぇ」

 

「……神童って呼ばないで」

 

「なんだよ、嫌なのか? 自分で名乗ってたくせにさぁ」

 

「昔の話でしょ、それ。今は名乗ってない」

 

「昔って言ってもそんな前じゃないだろ。何があったんだよ?」

 

「……別に、なんにも」

 

「ふーん」

 

 少年はぐーっと伸びをすると、じろじろとアユに視線をぶつける。アユが身じろぎしたのを感じる。不快なのだろう、単純に。

 

「何?」

 

「いや、変わったなと思ってさ」

 

「あなたは驚くほどに変わってないわね。そのダサい格好とか」

 

「余計なお世話だ」

 

「で、変わったって?」

 

「いきなり話戻すのな。……いや、何? 昔のお前ならもっと俺のこと相手にしなかっただろうなって思ってさ」

 

「……そーかもね」

 

「やっぱり、何かあったんだろ?」

 

「だから何もないって」

 

「はぁ……なんっか調子狂うなぁ」

 

 そう言うと、少年はこれまた勢いよくベンチから立ち上がった。そして、腰のボールを一つ取りだし、アユに突きつけた。

 

「おい、バトルしろよ」

 

 唐突のバトルの申し込みである。

 

「……なんで?」

 

「だってお前すっげー暗いし。バトルでもやって気分転換しようぜって話。それにさ、俺も殿堂入りしたんだよ。だから、お前にリベンジしたい」

 

「……殿堂入りおっそ」

 

「お互い様だろ。お前、イッシュの殿堂入りが初めてだってテレビで言ってたじゃないか」

 

「……私の気晴らしに付き合うのを口実にリベンジしたいだけなんじゃないの?」

 

「それの何が悪いんだよ」

 

「私、今ポケモン二匹しか持ってないけど」

 

「お前本当に何があったんだよ!? ……はぁ。別に二対二でもいいからやろうぜ」

 

「ため息つきたいのはこっちなんだけど……。もう、わかった。やればいいんでしょ? さっさとやろう」

 

「言ったな? 今さらやっぱやめるとかなしだぞ?」

 

「一度いいっていったんだからやめないわよ。知ってるでしょ? 私がそんな人間じゃないの」

 

「それはもちろん」

 

「じゃあもう行こう。ポケモンセンターのバトルフィールド借りるんでしょ? 早く行かないと利用時間過ぎちゃうから」

 

 そう言ってアユは立ち上がり、ポケモンセンターへ向かってすたすたと歩き出した。なんだかアユが俺と二人で居たときとも、家族と居たときとも違う感じだ。ホウエン地方では、アユの知らない一面がたくさん見られるな。

 

「おい、ちょっと待てって! バトル相手を置いていくな!」

 

 それに。あの暗い空気も、彼がちょっとだけ変えてくれた。デリカシーの無い男だが、その点には感謝しなければなるまい。

 

 

 

 

 

 

 アユと少年がポケモンセンターに入ったとき、センターは大パニックになった。

 アユは分かりやすく有名人である。ミナモに帰ってきたことはもう知られていると思うが、近くにいるのを知っているのと実際に目の前にいるのでは大違いだ。そりゃあ騒ぎになるだろう。意外だったのは少年の方。彼、つい先日殿堂入りを果たしたばかりらしいが、ホウエン地方での久々の殿堂入りトレーナーらしく、メディアに大きく取り上げられたばかりだそうだ。

 そんな二人が揃ってポケモンセンターにやって来たりしたら、そりゃあパニックになる。サインだの、握手だの、ポケモンバトルの申し込みだのに殺到され、フィールドを借りるのすら苦労していた。結局、二人して後で全員相手するから待っていてくれとセンターにいた皆にお願いして、今ようやくフィールドに立っているところだ。

 ……しかし、まあ。

 

「すごい観客……」

 

「俺、こんな大勢の前でバトルすんの初めてかもしれない」

 

 ギャラリーが多い。とにかく多い。これ、さっきから人が増えてないだろうか。というか、これからも人が増えるのではなかろうか。お父さんにはあまり遅くなるなと言われているが、これはちょっと無理だろう。中にはカメラ構えてるやつもいる。おい、ちゃんと許可とれ許可。

 

「まあ、でも。何人見てようが関係ないでしょ。いつも通りやるだけ。違う?」

 

「違わないねぇ。ついにお前をギャフンと言わせるチャンスだ。観客に動揺してちゃもったいねぇよ」

 

「じゃ、ルールの確認。お互いポケモンの数は二匹ずつ。使用できる技は四つまで。どちらかのポケモンがすべて戦闘不能になったら決着。これでいい?」

 

「おう! ……なあ、アユ」

 

「何?」

 

「お前、前に俺には才能が無いって言ったよな?」

 

「……言ったね、そんなこと」

 

「その言葉、撤回させてやる」

 

 少年はニヤリと笑う。その笑みは獰猛でいて楽しそうで、彼が本当に実力のあるトレーナーなのだと感じさせられた。

 

 互いが一つずつ、ボールを手に取る。一瞬だけにらみ合い、そして、同時にボールを投げた。

 

「行け! クチート!」

 

「チート! (出番だな!)」

 

「行って、ダゲキ!」

 

 任された、アユ。今回も君を勝たせてみせよう。敵はクチートと呼ばれていた。見たことがないのでタイプはわからないが、見たところ鋼タイプは入っているだろう。体は小柄だが、大きく発達した牙……顎? のようなものを持っている。パワーはあると思っていた方がいいだろうか。とにかく、まずはアユの指示を待とう。

 

「初っぱなから飛ばしていくぞ、クチート! メガシンカ!」

 

 少年の声に呼応するように少年の手首に巻かれたバングルと、クチートの胸元の石が輝く。クチートは丸い殻のようなものに包まれ、殻が割れて出てきたのはさっきまでのクチートではないクチート。

 

「チィィィィィィットォ! (おっっっしゃあ!)」

 

 二つに増えた顎は凶悪にきらめく。こちらに振り向く目が自信ありげに輝いている。

 ……メガシンカ、か。いつか戦うかと思ったが、早いな。驚くほどに対峙が早かった。これは、証明しなくてはなるまい。俺は、メガシンカなんかには負けないとアユに証明せねばならない。

 

「……ダゲキ、『ほのおのパンチ』!」

 

 指示は『ほのおのパンチ』。はがね単タイプならインファイトを指示するだろうから、あいつははがねではないか、なにかしら複合タイプを持っているかのどちらかだな。……さて。なんなら一撃で仕留めようか。

 一歩でクチートの目の前まで詰め寄り、スピードを乗せた『ほのおのパンチ』を叩き込む。俺とこの技はタイプが違うために威力は低いがはがねタイプにはこうか抜群だ。それに、俺がトップスピードを拳に乗せてぶん殴った。倒れて当たり前だろう。

 ……倒れていなければ、おかしいのだ。だって、今のは俺の全力の一撃だ。滅多に出さない本気も本気。技の威力が心許ないからって、それだけで耐えられる一撃ではないのだ。それなのに。俺の拳を受けたクチートは、自身のトレーナーと同じように獰猛に笑っていた。

 

「クチート! 『じゃれつく』!」

 

「っ!? ダゲキ、こらえる!」

 

 二つの大顎がしっかりとこちらを向く。俺はアユの指示に瞬時に反応して、こらえる体勢を作る。それとほぼ同時に、鋼鉄の顎がこちらをぶん殴ってきた。ああ、確かにこれは『じゃれつく』だ。本当にじゃれついているだけのような動きで、こちらに攻撃を加えてくる。しかし、その攻撃の重さは『じゃれつく』なんてものじゃない。じゃれつくような軽い接触で、こちらは目眩をおこす。軽い接触で、意識が遠のく。流石アユ、的確だ。これは、これはこらえるをしていなければ確実に一撃で戦闘不能になっていた。

 さて、これを耐えたところで次だ。次の命令はなんだ? もう切り札のこらえるを切ったということは、こいつを一撃で仕留める必要があるだろう。『ほのおのパンチ』では距離的に威力が足りない。ならば、そうか。昨日も使ったあれを使えばいい。『ほのおのパンチでインファイト』をすれば、こいつは沈むだろう。なあ、そうだろうアユ? 俺はそうするぞ。……さあ、『じゃれつく』が終わった。散々やってくれたじゃないか。今、お前を倒してやる。

 

「待って! ダゲキ!」

 

 はぁ? 何を、待つ必要がある? 敵の攻撃が終わった今こそ攻撃のチャンスが……

 

「クチート、『ふいうち』」

 

 ドガッ、と、音がする。俺の腹にクチートの鋼鉄の顎がめり込んでいた。……なぜだ? おかしいだろう。俺の方が早く技を出したはずだ。一方的な攻撃を許さないために、アユの指示を予想して動いたはずだ。なのに、それなのに、なぜ。俺の拳が届く前にやつの顎が届いている? あいつは、攻撃する素振りなんて、見せてすらいなかったのに。

 ドサリと音がした。それが、自分が倒れた音だということにしばらく気がつかなかった。周りから聞こえた歓声と、自分の視界が地面しか捉えていないことに気がついて、やっと自分が倒れたのだということを自覚した。

 自分が負けたのだということを、自覚した。

 

「戻って、ダゲキ」

 

 赤い光に包まれて、ボールの中に納められたのを自覚した。……すまない。アユ、すまない。君の期待に応えられなかった。

 

「……ごめんね」

 

 だから、そんな悲しい顔をしないでほしい。俺が、悪かったから。

 

 

 俺が倒れてもバトルは続く。アユはもう俺と二人旅ではなく、ジュカインも連れているのだから。アユは俺のボールをベルトに戻し、代わりに隣のジュカインのボールを手に取った。

 アユはしばらくの間、そのボールをじっと見つめていた。いつしか決意を固めたように強くうなずいたアユは、フィールドに向かってボールを投げ込んだ。

 

「お願い、ジュカイン!」

 

 ジュカインが無言でフィールドに降り立つ。それを見て、少年の顔が少しこわばった。

 

「……先手、必勝だ。クチート! 『ほのおのきば』!」

 

「チート! (了解!)」

 

 俺を襲った脅威の顎が、ジュカインに向かう。それをただ冷静にみていたジュカインは、ちらり、と指示を仰ぐようにアユを見た。

 

「『じしん』」

 

 ジュカインがフィールドを踏みしめ、じしんを起こす。攻撃のために地面を走っていたクチートには、それを回避することができなかった。

 こうかばつぐんであろう一撃を、しかしクチートは耐えた。顔を歪め、大ダメージを受けた様子はあったものの、しっかりとその足で地面を踏みしめていた。ジュカインに向かう速度はかなり遅くなってはいたけれど。

 だが、きっと。ジュカインとアユと戦っているときのそれは、致命的な隙なのだ。

 

「ジュカイン、『くさむすび』」

 

 『くさむすび』に足をとられ、転倒し。

 

「もう一度、『じしん』!」

 

「『まもる』だ! 『まもる』を使え、クチート!」

 

 再び襲い来る『じしん』を『まもる』で凌いだ。しかし。

 

「ジュカイン! 『はかいこうせん』!」

 

 極太の熱線が、クチートを呑み込んだ。

 

「クチート!」

 

 すべてを焼き焦がすビームが去った後、クチートは目を回し、メガシンカが解除された状態でフィールドに倒れていた。明らかに戦闘不能だ。クチート対ジュカインは、ジュカインが遠距離からの火力で圧倒する形で終わった。

 

「……ごめん、クチート。お前をジュカインに勝たせてやれなかった」

 

 クチートをボールに戻した少年は、次のボールに手をかける。

 

「クロバット、出番だ!」

 

 クロバット、あれも見たことの無いポケモンだ。恐らくタイプはひこう。『じしん』を無効化出来て、高く飛べば『くさむすび』も通じない。アユが見せた技三つの内二つを潰す見事な選出だ。

 

「クロバット、『あやしいひかり』!」

 

 そして、『はかいこうせん』の反動で動けないジュカインに『あやしいひかり』が放たれる。ジュカインは混乱状態に陥った。

 これは一気にアユが劣勢だ。このままではクロバットのこうかばつぐんの一撃でジュカインが沈んでしまうだろう。……あの時、俺が倒れなければこんなことにはなっていなかったのだが。

 

「確かに『はかいこうせん』は強力な技だけど、打つタイミングを間違ったんじゃないか? これでお前はほぼ詰みだ」

 

「まぁ、確かに。状況だけ見ればそうかもね。でも」

 

「でも?」

 

「そう言うときこそ、お喋りをしてないでバトルに集中するべきじゃない? ジュカイン、『たたきつける』!」

 

 次の瞬間。ジュカインがものすごいスピードで動きだし、空中のクロバットを地面にたたきつけた。

 

「……は?」

 

「ジュカイン、しっかりクロバットを踏みつけて。それで逃げられないはずだから」

 

 唖然とする少年を置いてきぼりにして、ジュカインがクロバットを踏みつけて動けなくする。

 

「じゃ、終わりにしよう。ジュカイン、『じしん』」

 

 地面に押し付けられて逃れられないクロバットを、『じしん』が襲う。たとえひこうタイプだったとしても、地面に体がついてしまっていては回避のしようもない。『じしん』をモロに喰らってしまったクロバットは、たまらず戦闘不能。この勝負、アユの勝ちだ。

 

 

 

 

 

 

 バトルの後。サインやら握手やらの対応を終えた二人はげっそりとして自らのポケモンの治療を待っていた。ちなみに、捌ききれたわけではない。あり得ないほど殺到するトレーナーたちに、見かねたジョーイさんが説得し、センターを閉めてくれたのだ。それでもまあ、ポケモンセンターに泊まるトレーナーの分はきっちりサインを書いたのだが。

 

「ちくしょー……結局勝てなかった」

 

 少年はサイコソーダを飲みながら言う。

 

「行けると思ったんだけどなぁ、ダゲキ倒したときは」

 

「そうだね、びっくりした。まさかあなたにダゲキを倒されちゃうなんてさ」

 

「ひっでぇ言い草だなぁ」

 

 本気で傷ついたような顔をする少年に、アユは思わず笑みを漏らした。

 

「お、笑った」

 

「何でそんな珍しいもの見たような顔してるの? 私だって笑う時は笑うよ」

 

「いや、だからさ。俺が前会ったお前は笑いすらしなかったんだって」

 

「……そうだっけ?」

 

「そうだよ。さっきも言ったろ? お前のこと、スッゴい無表情で血も涙もなさそうな女だって思ってたからな、俺は。バトルでボロボロに負かされた上に、あんなこと言われたらそう思うだろ?」

 

「あなた、才能無いと思う。トレーナーやめるかポケモンを変えたら? ってやつ?」

 

 アユはそう言って、イタズラっぽく笑う。だが、少年にとってはイタズラではすまない。正真正銘のトラウマを刺激されたのだ。気分は最悪の一言だろうことは、その雰囲気から察せられた。

 

「……まあ、あの時は、ね。調子乗ってたし、私」

 

「……俺の人生を変えた一言を調子乗ってたで片付けないでくれよ」

 

「あはは、ごめんごめん」

 

「……なあ、アユ。俺、才能無いかな?」

 

 少年は真剣に問う。彼は、ずっと思い悩んできた。勝つことが少なかったときも、次第に勝てるようになってきたときも、ジムバッジを手にいれられるようになってからも、ジムバッジをコンプリートしたときも、殿堂入りを果たしたときも。ずっと、才能がないと言う言葉に縛られて、苦しんできた。

 だから、聞きたかった。自身に才能がないと言いはなったその本人に、聞きたかった。少年は強くなった。アユの言葉を振り払いたくて努力して、ついに殿堂入りを果たした。その自分に才能が無いのかと。その自分にも、才能が無いと言うのかと。

 

「才能、か。あるんじゃない?」

 

 一方。アユは非常に軽く答える。散々悩んできた少年を嘲笑うように、実に簡単に自分の言葉を覆した。

 

「……なんだよそれ。俺、馬鹿みたいじゃん」

 

「あれ、私なんかダメなこと言った?」

 

「別に? ダメなことは言ってねぇよ、何も」

 

「そう? ならいいけど」

 

 いいわけあるか、と少年は思った。無表情ではないけれど、血も涙もないところは変わってないんじゃないかな、と思う。そんなにあっさり才能があるなんて言われたら、どう反応していいのかわからない。ちょっとした憎しみすらわいてきてけれど……少年は、それを自分の中に押し止めた。

 

「そういえばさ」

 

「ん?」

 

「あの時、何でジュカインは混乱してる中で動くことができたんだよ? しかもその動きがめちゃくちゃ早いし」

 

「あー、あれねー」

 

 アユが少年のサイコソーダをひったくる。一口だけちょうだい、と言って、本当に一口だけ飲んで少年に返した。少年は、サイコソーダの飲み口を複雑な心境で見つめていた。

 

「ラムの実を持たせてたの。それで混乱を回復したってわけ。その後動きが早かったのは、私のジュカインの特性がかるわざだから」

 

「はは、なるほどな。……やっぱ敵わないわ、お前には」

 

 その時、テンテンテレテン、と軽快な音楽が鳴った。ポケモンの治療が終わった音だ。それと同時に、ジョーイさんが奥の部屋から出てくる。

 

「二人とも、ポケモンの治療が終わりましたよー!」

 

 少年はサイコソーダをぐいっと飲み干すと、立ち上がった。つかつかとジョーイさんの許へ向かい、ボールを二つ手に取ると、腰のベルトにセットする。

 

「お前と会えてよかったよ。さっきお前に会うまでは二度と会いたくもなかったけど、今はよかったと思う」

 

「そっか」

 

「またどっかで会ったらバトルしよう。じゃあな、アユ」

 

「あ、ちょっと、待って!」

 

 そう言って、少年はポケモンセンターを出ようとする。そんな彼を、アユは呼び止めた。

 

「……なんだよ」

 

「まだ、名前聞いてない。あなたの名前」

 

「それだけ?」

 

「大事でしょ、それだけのことでも」

 

「……はぁ。ほんと、調子狂うなぁ。ノブだよ。俺の名前はノブ。覚えといてくれよ」

 

「うん。そんなにダサい格好してるんだもん、忘れないよ」

 

「余計なお世話だ! ……今度こそ、じゃあな」

 

「あ、待って!」

 

「なんだよ! 一回で全部言えよ!」

 

 今度こそ帰ろうとしたところを再び呼び止められた少年……ノブは、キレぎみにアユの方を振り返る。

 

「いや……センター閉まってるから、ジョーイさんに開けて貰わないとここから出られないなぁと思って、さ」

 

「……そういえば、そうだったな」

 

 そのことがすっかり頭から抜け落ちていたノブだった。




ダゲキ初敗北。メガシンカに負けたダゲキは何を思うのか。
え? ノブって人物についてよくわからない? ごめんなさい、いつか番外編で書きます。


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才能ってなんだろうね?

もうすぐお気に入り登録者様100人達成です。未だお気に入り100件まで行った作品がない底辺作者ですので、とても嬉しいです。皆様本当にありがとうございます!


 夜もすっかりと更けて、アユの家への帰り道。俺はアユのベルトに下がるボールの中で、ひたすらに考え事をしていた。

 ああ、負けた、負けた、負けた、負けた。あんなに重い一撃を喰らうのは初めてだった。あんなに、俺の拳が効いていなさそうに見えたのは初めてだった。……負けるのも、初めてだ。

 そうか。負けるというのは、こんなにも怖いものだったのだな。

 

 ……ジュカインとアユの連携はすさまじかった。ジュカインのやつ、あんなにアユに文句を言っていたというのに息ぴったりではないか。あれでアユのことを信頼していないと言うのなら、アユと信頼関係を構築した日にはどこまで行くのだろう?

 俺とたった二人で旅をし続けていたアユだ。そのときは、もしかしたら俺は。

 

「ダゲキ」

 

 唐突にボールの外に出された。なんだと言うのだ? この時間からバトルの申し込みなど無いだろうし、まだ家も遠い。ボールから出す理由など無いというのに。そんな感情を目で訴えると、アユはこちらを向いてにっこりと微笑んだ。

 

「ダゲキと一緒に帰りたくなっただけだよ」

 

 ……別に、ボールの中にいても一緒に帰ることになるのでは? まあ、いいが。

 アユと俺の背丈は同じくらいだ。アユの方がちょっと高いが。だから、歩幅もほとんど一緒。横並びになって、帰り道をてくてくと歩いていく。頭の上を、スバメが飛んでいった。

 

「ねえ、ダゲキ。才能ってなんだろうね?」

 

 いきなり何を言い出すのだ。それを俺に問うたところで、返事をしても通じないのだから意味無いだろうに。

 

「……ねぇ。返事してよ」

 

 ちょっとムスっとした顔でそう言うアユ。いや、無茶だアユ。俺が返事したところで人にはポケモンの言葉はわからんだろうて。

 

「……なーんてね。ちょっとからかいたかっただけ。冗談だよ、ごめんね」

 

 知ってた。まったく、なんだっていうのだ、普段はあまり冗談なんて言わないくせに。……まあ、なんだか楽しそうな顔をしているからいいのだが。本当に今日のアユはおかしいな。

 

「ああでも、才能ってなんだろうね? って質問は冗談じゃないよ。……私、わかんなくってさぁ。わかんなすぎて質問しちゃった。ダゲキが返事してくれても、何言ってるかわからないんじゃ意味無いのにね」

 

 まったくだ。そう言う質問はお父さんとかお母さんにするべきだろうが。

 しかし、才能ってなんだ、か。よくわからないことを考えるな、アユは。才能なんてものは、天から与えられるもので、元々持っているヤツと持っていないヤツがいる。それだけだろう。体の大きさとか、頭のよさとか、そういうもの。アユは難しいと言うけど、そう難しいことでもないと思う。アユが難しく考えすぎているだけなのではなかろうか。

 

「……ふふ、ダゲキ、考え込んでる?」

 

 む? ああ、本当だ。いつの間にか才能について考え込んでしまっていた。いつの間にかアユが俺の顔を覗き込みながら歩いているのにも気づかないくらいに集中していたらしい。危ないぞ、アユ。前を見て歩け。

 

「難しいよねぇ、才能って。きっと、簡単に答えはでないんだろうね。……ねぇ、ダゲキ。カロス地方に行こうか。できれば明日に出発してさ」

 

 なんだ、随分と唐突だな。いや、もともとアユはカロスに行きたいと言っていたっけか。だが、それにしても慌ただしい。せっかく長い船旅を経てここに来たのに、たった二日しかいないなんてもったいない気がする。お母さんとお父さんも寂しがるのではないだろうか?

 

「私ね。殿堂入りトレーナーになって、なんだか目標を見失ってたの。こっちに来る前カロスに行きたいって言ってたのも、単純にミアレガレットが食べたかったからなんだけど……今はね、違うの。才能ってなんだろう? って言う問いの、答えを知りたい。だからいろんな人を見て、いろんな才能を見たい。それに……メガシンカも、手に入れたいから」

 

 メガシンカ。その言葉を呟いたときの一瞬、アユの眼光が鋭くなった気がした。……しかし、そうか。アユもメガシンカが欲しいのか。そうだ、そりゃあそうだろう。……もし、俺がメガシンカを手に入れられるなら。その時は、アユの手持ちの中で、紛うことなき最強になれるだろうか。あのメガシンカしたクチートを、超えられるだろうか。

 

「だからね、カロスに行きたいの。ダゲキはどうかな?」

 

 異論はない。あるはずもない。そもそも、俺がアユに逆らうわけがない。俺たち(ポケモン)はどこまでも、トレーナーに着いていくだけなのだから。それに、俺ももっと強くなれるのならば、大歓迎だ。必ずや、俺も、メガシンカを成し遂げて見せる。

 

「あれ? なぁんか気合い入ってる? ダゲキ。……うん。やる気満々だし、オッケーってことだよね。ありがと、ダゲキ。ジュカインは、どうかな?」

 

 アユがジュカインに声をかけた瞬間、ジュカインのボールがかたりと揺れた。おお、こういう時は返事をするのだな、ジュカイン。いつもだったらうんともすんとも言わないくせに。

 

「うん、決まりだね。じゃあ、お父さんとお母さんに報告して、荷物をまとめて……っと、その前に、家に帰らなきゃね」

 

 いつの間にか立ち止まって話していたアユは、それに気づくとえへへ、と笑って頬を掻いた。もう、ずいぶん夜も遅い。お父さんもお母さんも心配していることだろう。急いで帰らなければな。

 

「わ、わ!? っと、ち、ちょっとダゲキ、何するの!?」

 

 今の悲鳴は、俺がアユを持ち上げたことによるものだ。ただ普通に歩いて帰るよりも、俺が抱えて走った方が早く家につくと判断した。ちなみに、アユくらいなら持ち上げるのは容易い。軽いもんだ。格闘タイプをなめないでもらいたい。

 

「え、待って、ダゲキ。帰るの? このまま帰るの? 嘘だよね? ちょっと待って、絶対本気で走らないでね? ダゲキが本気で走ったら私死んじゃうからさ? ね、聞いてる? 私死んじゃ……」

 

 ――――ダゲキ、参る。

 

「ぁぁぁあああああああああああああああああ!?」

 

 夜のミナモシティに響く悲鳴と、少女を抱き上げて全力疾走するダゲキ。後日、ポケモンによる誘拐事件があったとジュンサーさんの許に連絡があったと言う話を電話でお父さんから聞いたアユが怒っていたが、それは俺のせいではないと思う。

 

 

 

 

 

 

 走ること三十秒。ギャリギャリと音を鳴らしながら気持ちよくブレーキをかけて制止した俺は、アユを地面に下ろした。悲鳴上げっぱなしだったアユは、地べたに座り込んだまま肩を上下させて荒い呼吸を繰り返している。

 

「なんだ、何があった!?」

 

 と、俺がアユを下ろしたのとほぼ同時に、家の中から酷く焦った様子のお父さんがボールを片手に飛び出してきた。鋭い目がアユの姿を認めると、「アユ!」と叫んでアユの許へと駆けつける。

 

「何があった、何をされた!? 怪我は無いか? どうしたんだぁぁぁぁぁぁ!」

 

 うわ、うるさい。夜も遅くにそんなに叫んでは近所迷惑ではないか。そう考えてみると、散々悲鳴を上げていたアユも近所迷惑ということになるのか。まったく、近所迷惑な親子である。ん? 原因は俺じゃないかって? ハハハ、面白い冗談だ。今それ言ったやつ、後でインファイトな。

 

「あの……あのね……ダゲキが……」

 

「わかっている! ダゲキが撃退してくれたんだろう! それで、誰に教われたんだ!? 男か? 女か? 大人か? 子供か? 顔は見たのか? 知り合いだったか? 知らんやつだったか?」

 

 アユが状況説明をしようと言うのを遮って、めちゃくちゃでかい声で質問をし続ける。質問してるのに答えを聞かないとか、バカなんだろうか? 昨日のバトルの時の、あのフィールドを自分の有利になるように作っていく賢さはどこへ?

 

「違くて……ダゲキが……」

 

「わかってる! わかってるぞぉ! アユぅぅぅぅぅ!」

 

「だ、だから……」

 

 すでに息も整っているアユをも圧倒し、叫び続けるお父さん。これ、わざとやってるんじゃなかろうか。

 

「誰だ!? まだ近くにいるのか!? 出てこい! でてこ……あだっ!?」

 

「うるさいわバカ夫。近所迷惑でしょうが。ちゃんとアユの話を聞きなさいよ、事情説明しようとしてるじゃない」

 

 いつのまにか家から出てきていたアユのお母さんが、アユのお父さんの後頭部を全力でぶん殴る。しっかりと腰の入ったパンチだった。かくとうタイプとして称賛に値する腕前だと思う。しかし、冷静なお母さんが出てきてくれて助かった。これでようやく話が進む。

 

「それで、どうしたっていうのアユ。帰りも遅いし、何かあったの?」

 

 立てる? と聞かれたアユは、苦笑いを浮かべながら首を横に振った。まだ立てないらしい。そもそもなぜさっきから座り込んでいるのだ? わからぬ。

 

「ああ、えっと……悲鳴上げながらここまで来たのは、ダゲキに抱えられて全速力でここまで来たから。……あはは、まだ足ガクガクしてる……。それで、帰りが遅かったのは、ポケモンバトルを挑まれたから。ポケモンセンターにフィールドを借りに行ったら、サインやら握手やらに殺到されちゃって……」

 

 それを聞いたお母さんは、ぷふっと吹き出して笑った。お父さんはよかったー……と呟いて、深くため息をついた。なんとも過保護な父親である。

 

「というかアサヒ! 何笑ってるんだお前は! アユが心配じゃないのか!」

 

「あなたが心配しすぎなの。アユは殿堂入りトレーナーよ? 大抵の不審者なんて返り討ちでしょ。そうじゃなくても、アユは神童なんだからトレーナーの襲撃くらいなら……」

 

「お母さん!」

 

 唐突に叫ぶアユに、お母さんとお父さんがビックリしてアユの方を見る。アユはしまった、といった表情をしていた。叫んでしまったのは本意ではなかったのだろうか。やがて、アユは言いづらそうに次の句を告げた。

 

「……えっと、あんまり、神童って呼んでもらいたくないなぁって、思って……」

 

「どうして?」

 

「……」

 

 お母さんが優しく問いかけるが、アユは何も答えない。そう言えば、あの少年……確か、去り際にノブと名乗っていたか。彼に神童と言われた時も、神童と呼ばないでと言っていた。その呼ばれ方に何か負い目でもあるのだろうか? 

 

「……ま、言いたくないこともあるわな。アサヒ、それ以上聞いてやるな」

 

「わかってるよ、あなたに言われるまでもなくね。っていうか、そんなにしつこく聞いてないでしょう。さっきまでアユの話も聞かないで質問ばっかしてたあなたに言われたくありませんー。良い歳して格好つけないでよもう」

 

「うっせぇ、格好つけてねぇっての。っていうか、良い歳しては余計だ」

 

 うむ。見ていて微笑ましくなる光景だ。難しい顔をしていたアユも、いつの間にかクスクスと笑っていた。

 

「ごめんね、アユ。余計なこと聞いて。無神経だったね」

 

「ううん、いいの。ありがとうお母さん。ごめんね、急に叫んだりして」

 

「ん? アユ、お父さんにはお礼を言ってくれないのか?」

 

「さ、早く入りなさい。疲れたでしょ、先にお風呂に入ってきたら? ごはん温め直しておくから」

 

「うん。ありがとう」

 

「おーい、アユ-?」

 

「さ、行こっかダゲキ。お腹すいたもんね」

 

 了解した。行こうかアユ。

 

「あのー、俺もお前のことを心配してだなー?」

 

「……お父さん」

 

 先に家に戻ったお母さんに続いて家に入ろうとしいたアユが、笑顔で振り返った。期待で目を輝かせるお父さん。さて、そんな彼にアユが贈った言葉とは。

 

「うるさい」

 

 罵倒だった。

 

「アユぅぅぅぅぅ!」

 

 周りなんて気にせずに泣きわめくお父さん。お父さんの泣き声は、激怒したお母さんが家に引きずり戻すまで続いた。

 

 

 

 

「お母さん、外の声止んだけど、お父さんは?」

 

 風呂から上がり、火照って赤くなった肌そのままで食卓にやって来たアユは、開口一番にお父さんのことを聞いた。なんだかんだ言ってお父さんのこと大好きなんじゃなかろうか。

 

「んー? 泣きつかれて寝ちゃったよー。本当に子供みたいなんだから、あの人」

 

「本当にねー。でも、そう言うところが好きなんでしょ?」

 

「親をからかうんじゃありません」

 

 アユがいたずらっぽく問いかけると、お母さんは若干顔を赤くして、キッチンに引っ込みながらそう言った。あれだな。昨日から思っていたのだが、お母さんって結構分かりやすい人だな。

 

「さ、アユ。召し上がれ」

 

「あ……ハンバーグ」

 

 キッチンから出てきたお母さんが運んできたのは、湯気の立つハンバーグ。それを見たアユは目の色を変え、凄まじいスピードで席についた。そして、テーブルに置かれたハンバーグをまじまじと見つめる。

 

「いただきます」

 

 手を合わせて挨拶をすると、アユは箸を持ち、ハンバーグを大事そうに切り分けて口へ運んだ。ゆっくりと味わうように咀嚼し、飲み込んだ。

 

「……おいしい」

 

 二口、三口と食べ進めて、横に置かれたお米に気づいてそちらも口に放り込む。随分と大事そうに食べていたのに、そこからはガツガツと食べ始めた。ちょっとはしたないのではないかと思うが、本人が良いと思うのなら良いのだろう。

 食べ終えてふぅ、とため息をついたアユは、お母さんの方を向いて笑顔を作った。

 

「美味しかったよ。ありがとう、お母さん。ご馳走さまでした」

 

「お粗末様でした。アユ、ハンバーグ大好きだもんね。また旅に出る前に、アユに食べさせてあげたくて。……明日、出るんでしょう?」

 

「……あれ? なんでわかるの!?」

 

 アユがすっとんきょうな悲鳴をあげる。しかし、これには俺も驚いた。アユが明日旅に出ると決めたのはついさっきなのに、どうしてわかったのか。

 

「娘のことだもの、わからないわけないじゃない。アユはいつも唐突に旅に出るって言い出すから、大体わかるようになっちゃったのよ。そう言うところお父さんとそっくりよね」

 

「……うーん、お母さんにはお見通しかぁ。うん。私、明日から旅に出るつもりだよ。行き先はカロス地方」

 

「メガシンカのため?」

 

「それもあるけど……私、色んな人を見たくなったの。色んな人を見て、それで、才能ってなんだろうって疑問の答えを見つけるつもり」

 

「へーぇ、楽しそうじゃない。頑張ってね、アユ。応援してる」

 

「うん、頑張る。だから待っててね」

 

 そう言って、アユとお母さんは笑い合う。実家で過ごす最後の夜は、そうして過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

「傷薬オッケー。テントも持った、水筒も。ハンカチとティッシュもある。マルチナビも入ってるし、お財布もバッチリ、と。よし、大丈夫かな。じゃあ行こっか、ダゲキ、ジュカイン」

 

 荷物の確認を終えて、アユはバッグを持って立ち上がった。ボールの中の俺たちに語りかけた後、部屋を出て玄関へと向かう。

 玄関では、お父さんとお母さんが待ち構えていた。見送りだろうか。

 

「アユ」

 

 お父さんはアユの近くまで来ると、アユに何かを手渡した。それは、丸い宝石のような物。進化の石とも違うそれは、その真ん中に、赤色と黒の混じった猫の目のような模様がついていた。

 

「お父さん、これは?」

 

「『ジュカインナイト』……ジュカインの、メガシンカに必要な物だ」

 

「ジュカインナイトって、メガストーンじゃない! なんでこれをお父さんが?」

 

「いつかジュカインをメガシンカさせるために手に入れたんだ。まぁ、何度試してもメガシンカしてくれなかったけどな。ジュカインは俺の指示には従ってくれていたが、最後まで心を開いてはくれなかったってわけだ。……ジュカインは、お前の手持ちに戻ったんだ。それはもう、俺には必要ない。だからお前が持っておけ」

 

「お父さん……ありがとう」

 

 お父さんにお礼を言って、アユはジュカインナイトをバッグにしまった。……これで、メガシンカに関してはジュカインに先を越されたと言うわけか。流石に、焦るな。

 

「あ、あと……その。だ、大好きだよお父さん!」

 

 アユが顔を真っ赤にして言った瞬間、お父さんが雷に打たれた。いや、実際にでんき技を喰らったわけではないのだが、見えた。見えたのだ、お父さんを打ち付ける雷が。お父さんの目からは涙が溢れ、嗚咽を漏らし始め。

 

「アユぅぅぅぅぅ!」

 

 と泣き叫び始めた。なんだろう。俺はお父さんへの認識を改めなければならないかもしれない。この人、ヤバイ人だ。

 

「あーもう、うるさいなぁ! 嬉しいのはわかったから泣き止むか部屋に戻ってよ。せっかくのアユの旅立ちなんだからもうちょっと落ち着きなさいっての」

 

 お父さんは頷くと、階段を上って自分の部屋へと引っ込んでいった。それで良いのかお父さん。

 

「ごめんねー、最後まであんなんで。ほんと、どうしてもっと落ち着けないのかしらあの人……」

 

「いいよ、別に。今のは私のせいでもあるし。流石に泣くとは思ってなかったけど」

 

「そう? ならいいけどね」

 

 呆れたように言うお母さんに、顔が真っ赤なまんまのアユが返事をした。んー、アユも結構わかりやすいな? 似た者親子なのだな、本当に。

 

「えっと。じゃあ、行ってきます、お母さん」

 

「行ってらっしゃい。また、成長した姿を見せてちょうだい」

 

「うん。絶対」

 

 アユとお母さんが拳を突き合わせて笑いあった。それは男性的な挨拶だと思ったが、まあ、二人が楽しそうだから良いのだろう。こうして、アユは実家を出てまた旅に出る。才能ってなんだろう? という疑問の答えを得るために。俺は……そうだな。もっと、もっと強くなるために。もう負けないためにアユと旅をしよう。トレーナーに付き従うポケモンに、改まった旅の目標など必要ないのだが。あると無いとでは結果が大違いだ、きっと。ちゃんとした目標さえあれば……俺がどれだけ弱くても、あの時のようにはならないはずだから。



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カロス地方編~カロスの天才少年~
はじめまして、カロス地方!


みんなの物語を見てきました。去年の映画に引き続き、人間ドラマの中に上手くポケモンが絡んでくるような、そんなストーリーが私は大好きです。

印象に残ったのは、ラッキーの声がやたらセクシーだったことですね。むしろそれしか覚えてないです。俺はバカなんでしょうか。


「……ダゲキ」

 

 今日も今日とてボールの中。キーンという飛行機の飛行音を聞きながらのんびりしているところに、少し怒った様子のアユの声。なんだなんだ、何があったのだ。

 

「お父さんから電話があったの。昨日の夜、ポケモンに人が誘拐されてるって通報がジュンサーさんにあったんだって。ものすごいスピードで誰かを抱えたポケモンが走り去っていって、女の子が絶叫してたって。ねえ、これダゲキと私だよね?」

 

 む? ……うむ、そうかもしれない。しかしそうなると俺がアユを誘拐しているのだと勘違いされたということか? ……うん。深く考えるのはいいや。とりあえずボールを揺らして返事をしておこう。かたり。

 

「その話をお父さんが耳に挟んだらしくて、ジュンサーさんに説明してくれたんだって」

 

 いいことじゃないか、誤解が解けたのだから。アユは何をそんなに怒っているのだ……? あ、とりあえず返事をしておこう。かたり。

 

「すっっっっごく恥ずかしいんだけど、私! どんなに急いでいても、これからは私を抱えて移動しないこと! わかった、ダゲキ!」

 

 えー……? なんでそれで俺が怒られるのだ……? あれは途中で立ち止まったアユにも問題があると思うのだが……?

 

 まあ、うん。仕方ない。トレーナーが二度とやるなと言うなら二度とやらない。納得はいかないけど。……最善の手だと思ったのだけどなぁ、あれ。

 

「返事は?」

 

 ……かたり。

 

「よろしい。さて、そろそろカロス地方に着くよ」

 

 お? そうなのか。随分と速いのだな、飛行機というやつは。船と比べると雲泥の差だ。

 

 さっきもちらりと言ったが、俺たちはカロス地方に向かうのに飛行機を使っている。なんでも、船に乗っていくよりも格段に早いらしい。お父さんの強い勧めによって、飛行機を選んだ。

 飛行機に乗ったのは午前の十時だ。そこから何時間飛んでいたのかはわからないが、かなりの時間飛んでいたように思える。もう夜も遅いだろう。今日はもう、ホテルをとって寝るだけだろうな。

 

「着いたら早速研究所に行くからね。バトルとかあるかもしれないから、一応そのつもりでいてね、ダゲキ」

 

 ……わっつ? 何を言っているのだアユ。夜遅くに訪問とか、失礼ではないのか?

 そんな俺の疑問の答えは、カロス地方に着いたときに明らかとなるのだった。

 

 

 

 

 

 カロス地方の時計にして午後三時。アユと俺はカロス地方のミアレシティに到着した。

 驚いている。俺は心底から驚いている。なぜだ? あんなに長く飛んでいたというのになぜまだ三時なのだ? アユよ、俺は夢を見ているのか……?

 

「ダゲキ、なんでそんなにびっくりしてるの? ……もしかして、時差のこと知らない?」

 

 ジサ? なんだそれは?

 

「ちょっとダゲキ-、しっかりしてよぉ。イッシュからホウエンに行くときもちょっと時間ずれてたじゃない。気づかなかった?」

 

 え、全く気づかなかった。ボールの中でグダグダするのに夢中だった故に。ところでだ。ところで、ジサってなんだ?

 

「カロスとホウエンでは、時刻に差があるの。大体七時間くらいずれてるんだよ。ホウエンの方が時間が早いから、ホウエンの午後十時はカロスの午後三時ってわけ」

 

 ……ほえー、そんなことがあるのか。世界にはまだまだ知らないことがたくさんあるのだなぁ。

 だが、午後三時ってのも訪問にはちょっと遅くないだろうか。それに研究所に訪問って言うと、カロス地方のポケモン博士に会うのだろう? 約束とか取り付けないと駄目なのでは?

 

「なーんか心配してる? ダゲキ。もう時間遅めだけど、プラターヌ博士には連絡とってあるから大丈夫だよ。さ、行こっか」

 

 行動力の化身だな……。まあ問題ないって言うならいいが。なんかここまでやる気を出しているアユを初めて見た気がするぞ……? れっつごー! と気合い充分のアユの後ろを、必死に追いかけていく俺であった。……しかし、アユはなぜ、新天地に着く度にまず俺をボールから出すのか。コレガワカラナイ。

 

 

 

 

 

 

 ミアレシティはカロスで一番大きな都市である。交通網も整備されていて、観光地であることも相まって人が多い多い。この混み具合はヒウンシティといい勝負だろう。しかし、ミアレはヒウンと違って高層ビルが多いわけではない。ヒウンの持ち味は、立ち並ぶ高層ビルによる圧倒的な景観。しかしそれは、悪い言い方をすれば町に閉塞感を与えてしまうものだ。それに比べて、ミアレは解放感があっていい。ビルの背がちょっと低くなるだけでこんなにも街が明るく感じるし、それに……中央にそびえ立つ、あの塔がすごく目立つ。日が落ちかけ、暗くなり始めたミアレシティで自分の存在をアピールするかのように輝くあの塔は、プリズムタワーと言うらしい。なんでも、中がポケモンジムになってるんだとか。カロスってのはすごいところだ。

 

「えっと……たしかこの辺に研究所があるはず……うわ、でっか!」

 

 マルチナビの地図機能を頼りに研究所を目指していたアユは、顔をあげるなり大声を出した。それも仕方がない。なにせ目の前にある建物は……正直、すごくでかい。周りの建物と比べても遜色ないくらい立派だ。これがポケモン研究所なのか。他の地方の研究所も、こんな大きさなのか?

 

「……ダゲキ、私が見てきた研究所の中で一番大きいよ、これ」

 

 ほうほう。ということは、世界のポケモン博士の中でここの博士が一番すごいのだろうか。一番すごい博士ってどんなだ。髭モジャモジャのじいさんとかだろうか? う

うむ、気になる。

 

「と、とりあえず入ろっか」

 

 おう、早くしよう。気になる気になる。

 

 

 

 

 研究所の中に入ると、広いエントランスが俺たちを出迎えた。アユがうわぁ……と感嘆の声を漏らす。受付らしきカウンターに立つ女性はこちらを認識すると、笑顔で声をかけてきた。

 

「ご連絡いただいたアユさんですね? ようこそいらっしゃいました」

 

「あ、あれ? わかるんですか、電話で話しただけだったのに……」

 

「わかりますよ。ホウエン地方出身、イッシュポケモンリーグをダゲキ一匹で攻略した殿堂入りトレーナーアユ。ポケモン界であなたを知らない人間なんていませんよ。プラターヌ博士もあなたに会えることを楽しみにしていました」

 

「そ、そうですか……えへへ」

 

 世間話などしている場合ではないぞアユ。俺はポケモン博士とやらが気になるのだ。いったいどんなモジャモジャなのだ? チルタリス位もふもふなモジャモジャなんだろうか? 早く、早くプラターヌ博士とやらに会わせてほしい。

 

「わ、わ、ちょっと引っ張らないでダゲキ。服破けるから。もう少し力込めたら服破けるから! もー、そんなに博士に会いたいの、ダゲキ?」

 

 ブンブンと全力で首を縦に振る。あわよくばモジャモジャに触らせていただきたい。

 

「すみません、ダゲキが早く博士に会いたいみたいで。プラターヌ博士はどちらにいらっしゃるんですか?」

 

「プラターヌ博士は三階でお待ちです。移動はそちらのエレベーターを使ってください」

 

「ありがとうございます! 行こう、ダゲキ」

 

 おう、早くしよう。待ちきれないぞモジャモジャが!

 

 

 

 

 

「こんにちはー、連絡しましたアユですけど、プラターヌ博士はいらっしゃいますかー?」

 

 モジャモジャはいるか? 早く姿を見せてくれ。

 

「はいはい、少し待っていてほしいな。今、資料を片付けてそっちに行くからね」

 

 間もなくか! 間もなく会えるのだな、プラターヌ博士に。うむ、気配がある。壁の向こうからガサガサ聞こえている。資料を片付けているのだろう。……お、足音が聞こえる。もうすぐだな? もうすぐモジャモジャに……

 

「やあ、お待たせ。初めまして、殿堂入りトレーナーアユさん。わたしがプラターヌ。カロス地方のポケモン博士さ!」

 

 モジャ……モジャ……?

 

「はい、初めまして! ほらダゲキ、この人がプラターヌ博士だよ! ……ダゲキ、どしたの? なんかショック受けてる?」

 

 紺色の髪に翡翠の瞳。顔立ちは整っているが、少々無精髭が気になるか。青いシャツの上に白衣を羽織る、いかにも博士っぽい青年がそこにいた。……めちゃくちゃ若いじゃないか。なんだそれは、詐欺じゃないか。モジャモジャを期待していたと言うのに、なんだこれは。期待はずれだ。

 

「……怒ってる。なんで?」

 

「うーん……よくわからないけど、ダゲキにも色々と思うところがあるんだろうね。……さて。いきなりだけど、バトルをしよう」

 

「え?」

 

 なんだ? この人は研究者なのではないのか? なんでいきなりトレーナーみたいなことを言い出すのだ。

 

「バトルをすればお互いにわかりあえる! わたしはニュースで見た君しか知らない。君がどんな目的でここに来たのかはわからないが……わたしは、話をする前に君と言うトレーナーがどんな人なのか、自分の手で知りたいと思う! だからバトルをしよう、アユさん!」

 

「えぇと……は、はい。そういうことならやりましょう、バトル! じゃあ、バトルフィールドまで移動しますか?」

 

「いや、ここでやろう」

 

「えぇ!?」

 

 えぇ、それは……まずいのでは? ここは研究所で、資料とか色々あるはずだ。そこでバトルなんて自殺行為ではないか。

 

「僕は弱いけれど、周りに気を使って戦えないほど下手くそではないよ。僕ですらそうなんだから、殿堂入りトレーナーである君はもっとそうだろう?」

 

 じ、自信満々だ……うーむ、気を付けはするが、物を絶対に壊さないという自信はないぞ。流石にここでっていうのはしないよな? な、アユ?

 

「うぅ……そこまで言うなら、はい。やりましょう、ここで」

 

 え、本当に? ……ぐぬぬ、知らないからな、俺は。物が壊れても俺のせいではないからな!

 

「さて、バトル形式は一対一にしよう。わたしの一番自信のあるポケモンで君に挑むよ。それ以外は公式ルールに準ずる」

 

「わかりました。私はダゲキで行きます」

 

「オーケー。わたしは……出てこい、ガブリアス!」

 

 げ、ガブリアスだと? 弱いとか言っておきながらこの博士……ガブリアスを従えているトレーナーが弱いわけがないだろうに。これ……これ結構本気でやらなきゃ駄目なのでは? 本当にここで戦って大丈夫?

 

「さて、先手は貰うよ。『ドラゴンクロー』!」

 

 おいおいいきなりだな。開始宣言もないのか。……まあいいか。プラターヌ博士の指示を受けて、ガブリアスの凶爪が迫る。が、心なしか動きが鈍い気がする。周りを気にしているからなのか、これがこのガブリアスの本気なのか。まあ、どちらでもいい。さて、周りへの被害を考えると回避するのは無しだろう。となると、ここはあれしかあるまい。

 

「ダゲキ、『カウンター』!」

 

 了解、アユ。華麗に決めてやろう。俺は『ドラゴンクロー』を受け止め、その二倍の威力のパンチをガブリアスに叩き込む……ぐ、痛いな。奴に叩き付けた拳が傷ついている。これはさめはだか?

 

「素晴らしい! 指示を受けてからの反応が早いね。流石だ。だけど、わたしだって負けるつもりはない! ガブリアス、『アイアンヘッド』!」

 

「かわして『ローキック』!」

 

 俺をめがけて飛んでくる頭突きをしゃがんで回避し、『ローキック』を繰り出して転ばせる。さて、ここまでの動きは最小限で収めた。周辺被害はゼロだ。そろそろ、とどめと行こうかアユ。

 

「『かわらわり』!」

 

 おーけー、ナイスだアユ。俺は地面に突っ伏したままのガブリアスに『かわらわり』を叩き込む。ガブリアスは目を回し、そのまま力を失った。戦闘不能だ。

 

「……わたしの負けか。流石。ガブリアスがこうも簡単に倒されてしまうとはね。それに研究室にも被害はない。本当に素晴らしいよ」

 

 プラターヌ博士はガブリアスをボールに戻しながら言う。アユは周りに被害を出さなかったことに心底安心しつつも、「ありがとうございます」と褒められたことへの礼を言った。

 

「さて……トレーナーとポケモンの信頼。そしてその強さ。君が優秀なトレーナーだと言うことを改めて確認したところで、本題に入ろうか。君も……メガシンカを求めてここ(カロス)にやって来たのだろう?」

 

 プラターヌ博士は「こちらへどうぞ」と言って、アユと俺を研究室の中へと案内した。中は結構ごちゃごちゃで、いろんな資料やらモンスターボールやらが散乱していた。研究所って皆こうなのだろうか? 外観からの綺麗な研究所というイメージが粉々である。プラターヌ博士が俺たちのために用意したのだという椅子に座らせてもらったアユは、さっきのプラターヌ博士の言葉に返事をした。

 

「はい。私はメガシンカを手にいれたくてここに来ました」

 

「だろうね。しかし、君はメガシンカを手にいれずとも十分強いだろう。どうして、メガシンカ(更なる力)を求めるのかな?」

 

「……変わりたいから、です」

 

「変わりたいから?」

 

「メガシンカは、ポケモンとの絆の結晶。それが出来るようになることで……私は、自分を変えたい」

 

 アユはそう言って、ジュカインを繰り出した。ジュカインは相変わらずの様子だ。無言で、アユの方を見ようとしない。傍目から見てもなついているようには見えないだろう。

 

「……へぇ。もしかして、そのジュカインがメガシンカ候補かい?」

 

「えぇ。この子には酷いことをしてしまいました。……心を閉ざしても、仕方のないことを。だから、だからこの子がメガシンカ出来るようになれば……その時は、少しでも変われるのかなって。もちろん、出来ることならダゲキだってメガシンカさせたいですけどね」

 

 ……そうか。アユの目的の一つは、『ジュカインを』メガシンカさせることだったのか。いや、しかし俺だってメガシンカ出来るのならばするだろう。アユとしっかり絆は結んでいるはずだ。もし、アユがダゲキのメガストーンを手にいれることがあれば、その時はジュカインよりも先に、この俺がメガシンカを果たすはずだ。……その、はずだ。

 

「……なるほどね。いいだろう。君ならメガシンカを手にいれても問題なさそうだ。君にキーストーンをプレゼントしようじゃないか」

 

 プラターヌ博士は研究室の奥に引っ込むと、なにかをガサガサと探し始めた。キーストーンで大事な物なのではないのか? 探さないと見つからない場所に置いておくのって、それはどうなのだろうか。

 

 そして、数分後、博士は指輪を手にして戻ってきた。

 

「それがキーストーン、ですか?」

 

「あぁ。キーストーンが嵌め込まれた指輪。名付けてメガリング! ……腕輪型のキーストーンと名前が被っているけど、それは問題ないはずだ。このリングはサイズを調整できるようになってるから、どの指にもはめられるよ。さあ、受け取ってくれ」

 

「……ありがとうございます!」

 

 アユはプラターヌ博士から受け取った指輪を見つめる。次に自分の左手を見つめた。しばらく悩むようなそぶりを見せたアユは、最終的に……親指に、メガリングをはめた。

 

「親指に指輪をはめるのかい?」

 

「ええ。願掛けみたいなものですけど。親指に指輪をはめると、どんな願いも叶うって言い伝えがあるらしいんです。特に左手の親指は、信念を貫くパワーが得られるんだとか。どこにはめるか悩んでるときに、急にそれを思い出してここにしました」

 

 ほう、指輪をはめる位置にも、なにか意味があるのか。出会ったときから思うのだが、アユは結構知識がある。アユの話すことは、他の人を驚かせるような内容も多いのだ。

 

「メガストーンはあるかい? 生憎だけど、今この研究所にはジュカインナイトがなくて……」

 

「大丈夫です。ジュカインナイトなら持ってます」

 

「そうか。じゃあジュカインのメガシンカに関して、今できる準備は出来ているわけだね。……ダゲキに関しては、ちょっと言いづらいんだけど。メガシンカ出来る、という報告を聞いたことがない。もちろん、まだ誰も見つけていないだけ、という可能性もあるけどね。だから、ダゲキに関しては手探りになることを覚悟しておいてくれ」

 

「はい。わかりました」

 

 ……手探り、か。前途多難だな。そう簡単にメガシンカ出来るとは思っていなかったが、メガシンカ出来るかわからない状態だ、というのは流石に凹む。わからないのが、余計にもどかしい。……だが、可能性がゼロではないだけましだ。アユと共に、ダゲキのメガシンカ第一例になってやろうではないか。

 

「そうだ、メガシンカに関してもっと知りたければ、シャラシティに向かうといい。あそこにはメガシンカの古い伝承が残っているからね。僕も知らないことを教えてくれるかもしれない」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 そう言うと、アユは立ち上がった。ここでの目的を達成したのだろう。同じく立ち上がったプラターヌ博士と、がっちり握手を交わす。

 

「プラターヌ博士、何から何まで本当にありがとうございます。また今度お礼をさせてください」

 

「いいんだ。ポケモントレーナーに協力するのも、ポケモン博士の仕事だからね。……君のカロスでの旅が、素晴らしいものになることを祈っているよ」

 

 プラターヌ博士の激励を受け、アユはカロスのポケモン研究所を後にした。カロスについて早々、有意義な時を過ごしたと言えるだろう。プラターヌ博士はモジャモジャではなかったし、なんか変な人だったが、それでも、アユにとってカロスで一番の恩人になるのだろうなと、なんとなく思った。

 

 

 

 

 

 

「さてと。じゃあポケモンセンターに行こっか」

 

 む、なんだアユ、今日はポケモンセンターに泊まるのか。カロスのホテルに泊まれるのかとうずうずしていたのだが。

 

「あれ、もしかしてホテルに泊まると思ってた? ……うーん、それでもいいんだけどさ。ミアレシティに滞在するわけでもないし、ポケモンセンターでいいかなーと思って」

 

 まあ、アユがそれでいいならいいのではないだろうか。ポケモンセンター、タダだし。

 

「今日はぐっすり寝て、明日はミアレジムに行こうと思ってる。メガシンカも大事だけど、才能とは何かの答えも探さなきゃね。バトルもするだろうから、ダゲキ、明日も頑張ろうね」

 

 ―――了解した、アユ。明日も君を勝利に……勝利に、導こうではないか。

 

「さて、じゃあ明日からの本格的なカロス旅、頑張ろー!」

 

 こうして、俺とアユは気合い十分にポケモンセンターに向かう。プラターヌ博士から受け取ったメガリングが、夕日を浴びてキラキラと輝いていた。




すこし駆け足ぎみに進んでしまいましたが、こうでもしないとカロス編の本筋が始まるまで相当長くなってしまうのです。原作にいるキャラを動かすのが難しかったというのもあります。要するに私の力不足ですね。申し訳ありません。これからも精進していきたいと思います。


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パルテール街道にて。

推定残り1000字とかで行き詰まって投稿できなくなる時って、あるよね。……あるよね?


お気に入り登録者様がついに100件を越えました。皆様本当にありがとうございます! これからも精進します!


 一夜明けて、ぐっすりと眠り疲れをとって。しっかりと朝食を食べたアユは、ある場所にやってきていた。ミアレシティの中央にそびえ立つ、プリズムタワー。ミアレシティで一番の観光スポットであるこの塔は、昨日も言った通り、ジムでもある。観光客向けの正面の入口では無く、トレーナー向けの入口に、アユは立っている。

 

「ここから入ればミアレジム……な、なんか緊張してきた」

 

 何を今さら。アユよ、君はホウエン地方とイッシュ地方を巡り、合計十二ものバッジを持っているのだろう? 何故そんな人間がジムの入口で緊張するのだ。

 

「よ、よし。入るよ」

 

 十分ほど入口前をうろうろした後、ようやく決意を固めた様子のアユは、中に入るべくドアの前に立った。ちなみに、ジムの入口のドアは世界共通で自動ドアである。

 

「……あれ?」

 

 が、開かない。うんともすんとも反応しない。アユがドアの前でぴょんぴょん跳んだり、近づいたり離れたりしても、開かない。これはどうしたことか。

 

「ミアレジムの挑戦者ですか?」

 

「ぴょんぴょんと跳ね回っても、そこの自動ドアは開きませんわよ」

 

 なおも諦めずに自動ドアを開けようと悪戦苦闘しているアユに、金髪碧眼の王子さまのような男と、紫色の、なんとも言えない髪型をしたお嬢様のような女が話しかけてきた。……紫色の髪の女は、こう、ちょっと説明しづらいような髪型にしなければいけないという決まりでもあるのだろうか。

 

「あ、えーと、挑戦者って訳じゃないんですけどちょっと用事があって。ええと、あなたたちは?」

 

「ああ、自己紹介もせず急に話しかけてしまってすみません。僕の名前はデクシオ」

 

「そして麗しいあたくしの麗しい名前はジーナ!」

 

「プラターヌ博士に呼ばれて研究所に行く途中だったんですけど、なんだか困っていたみたいなのでつい声をかけてしまいました」

 

「困っている人を助けるのもあたくしたちのお仕事ですわ!」

 

 なるほど。この二人、ジーナとデクシオはなかなかにいい人のようだ。どんな地方にも親切な人というのは居るものなのだな。

 

「ありがとうございます。あ、私はアユって言います。よろしくお願いします。……それで、ドアが開かないっていうのはどういうことですか?」

 

「ミアレジムジムリーダーのシトロンは、現在シャラシティジムリーダーのコルニとのエキシビションのため、ジムを空けているんですよ」

 

「といっても、もうエキシビションは終わっていて、こっちに戻ってくる途中ですけれど。まあそんな事情があってドアには鍵がかかっているから開かないというわけですわね。シトロンは三日後には戻ってくる予定ですから、ここに用事があるなら三日後また来ると良いですわ」

 

「なるほど……ありがとうございます」

 

 ふーむ、三日後か。それまでこの街に足止めされてしまうというのも微妙だな。せっかくの旅の始まりだというのに幸先が悪い。三日後までどうするつもりなのだ、アユ?

 

「しかし、ジムへの挑戦ではないのなら、どんな用事でここに? 差し支えなければ教えていただいても構いませんか?」

 

「あー、えっと。私、才能って一体なんなんだろう? って疑問に思ってしまって。その答えを探すためにたくさんのトレーナーやポケモンを見たいなー、と、そう思いまして。それで、トレーナーが多い場所っていえばジムだよねと思ってここに来たんです」

 

「あら、随分と難しいことを目標にしているのですね」

 

「うん。答えにたどり着くのには時間がかかると思いますが、素晴らしい目標だと思います」

 

「え、えへへ……ありがとうございます」 

 

「もし、シトロンが戻ってくるまでの四日間やることがないのなら、ハクダンシティに行ってみてはいかがでしょうか?」

 

「ハクダンシティですか?」

 

「ハクダンシティは四番道路を真っ直ぐ進めばある街ですわ。ここからハクダンシティへは一日かからずに行くことができますわ。ハクダンにはジムもありますし、トレーナーズスクールもあります。きっと、ためになるお話が聞けるはずですわ」

 

 なるほど、ジムにトレーナーズスクールか。確かに勉強になりそうだし、時間も潰せそうだ。一日かからずに行けるということだから、行って帰ってくれば、ここのジムリーダーが帰って来る頃に戻ってこられるはずだ。

 

「なるほど……ありがとうございます。そうしようと思います」

 

「お気になさらず。では、僕たちはこれで失礼します」

 

「あなたの旅が素敵なものになるように願っているわ。ボン・ヴォヤージュ!」

 

 そう言って、二人は研究所方面に去っていった。しかし、あの二人のお陰でとても有益な情報が得られた。特にこれ以上ここで時間を無駄にすることがなくなったのは嬉しい。効率よく過ごすばかりが旅ではないが、ある程度効率というものを意識しないと惰性で行う旅になってしまうからな。そのあたりは気を付けなければいけない。

 

「うん、じゃあいこっか、ハクダンシティ」

 

 アユの言葉にボールを揺らして返事をする。こうして、俺たちはハクダンシティへと向かうことになった。

 

 

 

 

 

 

 カロス地方の道路には、公式に振られた番号の他に名前がある。ミアレシティとハクダンシティを繋ぐ四番道路には、パルテール街道という名前がついている。もっとも、カロスの人間でも道路を指すときには、名前を言うのではなく『何番道路』というらしい。それじゃあ名前がついている意味がないじゃないかと思ったが、アユは例えあんまり使われないとしても、名前がついてるのって素敵だよね! と言っていたのでそう言うものなのだろう。

 

 さて、このパルテール街道だが、大きな特徴が二つある。ミアレシティを出た直後でもうっすらとその存在が確認できる、大きな噴水。それと、脇道にある植え込みでできた迷路だ。迷路はハクダンシティに雇われた庭師さんが管理しているらしい。大変な仕事だな。

 道路には腕を競うためにポケモン勝負を仕掛けるトレーナーも多く賑わっている。が、そんな中で俺のトレーナーたるアユは、あるものに夢中になっていた。

 

「わ、また行き止まりだ……難しいね、この迷路」

 

 迷路だ。子供かよ、と突っ込みたいところである。隣のボールの中にいるジュカインも呆れているようで、ボール越しにため息が聞こえそうだ。

 ミアレシティを出てパルテール街道に入ったアユは、植え込みを見るなり近くにいた庭師さんに「これ入っても良いんですか!?」と聞き、了承を貰うや否や意気揚々と入ったのだ。……そう言えば、アユがまだ暗かった頃、ライモンシティの遊園地の前を通った時に遊園地を眺めて目を輝かせていたような……気がする。好きなのか、遊園地の類い。そのわりには迷路の突破にやけに時間がかかっているがな。好きだけど、あんまり行ったことがないとかそういうことなのだろうか。

 

「ええと、この道をこっちに行って、で、そこを……右、かな? だよね、うん。こっちのはず」

 

 ゆっくりと、行ったことのある道を確認しながら曲がり角を曲がり、無視する道は無視して進んでいく。迷いながらも迷い無く進むその足取りはどこか自信を感じさせる。これは、今度は行き止まりに当たらない自信があるのか?

 

「それで、こっちに行けば……出れた!」

 

 お、本当に出られた。いつの間に全部の行き止まりに突き当たっていたのだろうか。随分と時間がかかったものだが、クリアが出来たのなら問題はなかろう。……まあ、時間を浪費したと言えば浪費したのだろうが。

 

「さて……迷路も満喫したし、ここからはトレーナーも相手しつつちゃんと進もっか」

 

 個人的には迷路なんかに立ち寄らず最初から普通に進んで欲しかったものだが、今さら言っても仕方のないことか。通ってきた迷路はミアレシティ側から入ってハクダンシティ側に進めるようにゴールが置いてあったみたいだし、普通に進んでいた場合に発生するであろう面倒なバトルを避けられたと考えればあまり文句も言えないかもしれない。

 

 

 

 

 

 さて、アユのちゃんと進む宣言から時間も経って、現在日暮れ前だ。勝負を挑んでくるトレーナーを相手して、倒した相手にアユがアドバイスをする、という流れを全員分丁寧にやっていたら、いつの間にかこんな時間になってしまっていたのだ。ちなみに、俺、ジュカイン共に攻撃は一度も喰らっていない。無傷である。殿堂入りトレーナーとそのポケモンの意地を見せつけた形になるだろう。

 

 いつの間にかあの大きな噴水も通り過ぎて、ハクダンシティも目の前に見えるところまで来た。そんな時、進行方向から技の爆発と思われる音が聞こえてきた。よく見ると、人とポケモンらしき影も見える。

 

「誰かがバトルしてる? 行ってみようか」

 

 アユはそう呟いて、駆け足で進む。ある程度近づくと、ぼんやりと見えていたトレーナーとポケモンがはっきりと見えてきた。

 

「あれ、テールナーと……ハリマロン? うわ、女の子の方苦しそう……」

 

 アユがテールナーと呼んだポケモンのトレーナーは、黒いインナーに青のチェスターコートを羽織り、下はジーパンという出で立ちの少年。フィールドを見るその目は鋭く、落ち着いた雰囲気からそこそこの実力者であることがわかる。

 対して、アユがハリマロンと呼んだポケモンのトレーナーは、白い肌に黒いワンピースが映える女の子。少々焦っているように見える。こっちの子はきっと、経験の少ないトレーナーだ。

 

「テールナー、『ほのおのうず』」

 

「うわ、わ、マロンさん、避けて!」

 

 少年は女の子が回避の命令を出したのを受けて、左と呟いた。すると、すでに発射された『ほのおのうず』が軌道を変え、ちょうどテールナーから見て左側に回避をしたハリマロンに直撃した。『ほのおのうず』はハリマロンを閉じ込め、身動きがとれないようにする。

 

「嘘!?」

 

「追撃の『サイケこうせん』!」

 

 撃ったあとの技の軌道を変更する、という技術に驚き、女の子の思考が止まった瞬間を少年は見逃さなかった。すぐさま追撃の技を指示し、畳み掛けるように攻撃する。その指示に迷いはなく、テールナーの指示を受けた後の反応速度もいい。そこそこどころではない。このトレーナー、かなり強いのではなかろうか。彼の纏う雰囲気は真剣な時のアユに似ている。もしかしたら、経験を積めばアユとタメを張れるような、そんなトレーナーなのではなかろうか。

 

「マロンさん!」

 

 テールナーの撃った『サイケこうせん』が『ほのおのうず』に包まれたハリマロンにクリーンヒットする。ハリマロンは『ほのおのうず』から弾き出され、どさっと地面に倒れる。普通ならこれで倒れてもおかしくない、というか、もう倒れているはずなのだが、しかしハリマロンは倒れてはいなかった。なんとか起き上がろうとするハリマロンを見て、女の子は泣きそうな顔になっている。

 

「マ、マロンさん……! 頑張って、ころがる!」

 

 なんとか立ち上がったハリマロンは、女の子の指示を受けて丸くなり、地面をころがる。いわタイプの技。恐らくほのおタイプであろうテールナーに効果抜群の技だ。……しかし。

 

「とどめの『サイケこうせん』」

 

 残念だが、さっきまでの動きを見るにあのテールナーは遠距離で戦うポケモンだ。容赦のない『サイケこうせん』が、勢いよくころがり、止まることも避けることもできないハリマロンに当たる。『サイケこうせん』で『ころがる』の勢いは止められてしまい。そして、ハリマロンはとうとう目を回し、倒れてしまった。

 

「マロンさん……ごめんなさい」

 

 女の子は本当に申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にして、ハリマロンをボールに戻した。少年の方はテールナーを誉めるでもなく、労うでもなく、ただ無言でボールに戻した。そのままつかつかと女の子の近くまで歩いていくと、女の子に見下すような視線を向けた。

 

「トレーナーがテンパってどうすんだよ。予想外、予定外の状況に対応するのがトレーナーの仕事だろ。それに、最後の選択。ころがるはないだろうが。俺のテールナーは遠距離からお前を攻撃する手段があるのに、わざわざ自分から避けられなくなる技を使ってどうするんだよ。あの場面は『やどりぎのたね』を使うべきだったろうが。……お前、才能ないぞ」

 

「……え?」

 

 少年の心無い言葉に、女の子の顔が悲痛に歪む。それは流石に酷くないか? 確かにこのバトルは負けてしまったが、それだけで才能なんて判断できるものでもないだろうに。しかも気弱そうなこの女の子に、わざわざそれを言う必要などないだろうに。

 

「駄目だよ」

 

 アユがどこか、悲しそうで、寂しそうな顔で呟く。しかもただの呟きではなく、その一言にとてもとても色々な感情が込められていた気がした。どうしたのだ、急に。確かにこれは酷い光景だが、そんなに顔を歪めることはなかろうに。しかも怒りでなく、悲しみなんて……何かあったのか?

 

「お前さ、トレーナーやめたら? それでバグバッジ持ってるとか、笑わせるぞ」

 

 そして。少年が決定的な言葉を放った。女の子の瞳からは既に涙がこぼれており、受けた心の傷の深さをうかがわせる。……しかし、なんだろう。あの少年の言葉、聞き覚えがある気がする。確か、最近どこかで……。

 

「感心しないなぁ、女の子をいじめるなんてさ」

 

 なんて。思考を巡らせていたら、いつの間にかアユが女の子のそばにいて、珍しく怒った様子でそう言った。

 

「なんだよ、誰だあんた……って、あんた、殿堂入りトレーナーの……!?」

 

 少年は、最初は闖入者であるアユに不愉快そうな目を向けていたが、自らの目の前にいる人間が誰なのか気づいた瞬間、その表情を驚愕へと塗り替えた。一人状況を飲み込めていない女の子だけが、え、え? と間の抜けた声をあげている。

 

「私のこと知ってるんだ、あなた」

 

「当たり前だろ。ポケモントレーナーであんたのことを知らないやつはいない。ホウエン地方で神童と呼ばれ、最近ダゲキ一匹でイッシュチャンピオンを倒し殿堂入りしてみせたトレーナーのアユ。有名人なんてレベルじゃねえぞ、あんた」

 

「え、えええぇ!?」

 

「……それは、どうも」

 

 神童、という言葉を聞いて、アユの顔があからさまに歪む。しかしアユは、ホウエン地方出身だということは言っていたが神童と呼ばれていた過去のことはマスコミの前では一言も話していない。アユという名前とホウエン地方出身だということさえわかれば調べようとすれば調べられるだろうが、この少年はそうして調べたか、昔からアユを知っていたかのどちらかだろう。ちなみに、やっぱりアユの正体―――と言っても隠しているわけではないのだが―――が分かっていなかったらしい女の子は、眦に涙を溜めたまま驚きの声をあげていた。泣いたり驚いたりと、感情の忙しい子だな、この子も。

 

「で。そのアユさんが何の用だよ。俺、そいつをいじめてなんかねぇけどな。本当のこと、言っただけだろ?」

 

「本当のこと? ……私、この子に才能がないなんて思えないけど」

 

「はぁ? 俺でもわかるのに、神童のアユが人の才能すら見極められないのか? ……なんか俺、がっかりなんだけど」

 

()()()()()()()()()()?」

 

「……はぁ?」

 

「人の才能なんて私にわかるわけないじゃない。才能ってなんなのか、何を以て才能があるとするのか。その答えを見つけるために今ここにいるんだもの」

 

「……何言ってるかさっぱりわからねぇ。才能あるやつってのは俺や、あんたみたいな人間のことだろ? 才能無いやつってのは弱いやつだ。そこの女みたいにさ」

 

「今弱いからって才能がないとは限らないじゃない。私、そういう人知ってるもの。昔は弱かったのに、今や殿堂入りトレーナーになを連ねている男の子を」

 

「だからってそいつをかばう理由にはならないだろ? あんたの言ってるその男と、そいつは違う人間なんだからさ」

 

「……駄目だよ。そうやって、自分の思うままに何も気にせず生きてたら、きっと後悔する」

 

 ……あぁ、そうか思い出した。少年のあの言葉、聞き覚えがあると思ったが……つい昨々日に聞いたばかりの話じゃないか。アユが、昔ノブに言ったという言葉そのものだ。

 

「本当に何言ってんだよあんた。訳わかんねぇ」

 

 二人はそれきり沈黙して、パルテール街道に気まずい空気が流れる。そんな中、アユはおもむろに女の子を抱き寄せると、凛とした表情で言った。

 

「この子に謝って、発言を撤回しなさい」

 

「何を言うかと思えば……なんか笑えてくるな。ホウエンの神童がこんなやつだとは思わなかったよ」

 

「聞こえなかったの? 私、あなたに笑えなんて言ってないよ。この子に謝って、発言を撤回しなさいって言ったの」

 

 少年は笑い混じりに言ったが、しかし、アユはそれに対して至極冷静に言葉を返した。そんなアユの姿を見て、少年はアユを不快そうににらんだ。

 

「誰が謝るかよ。俺は事実を言ったまでで、悪いことなんか一つもしてないんだからさ。なんなら何回でも言ってやるよ。そいつには才能がない。トレーナーに向いていないってさぁ!」

 

「それじゃあさ。この子があなたに一矢報いれば、その言葉を撤回してくれる?」

 

 アユがとんでもないことを言い出した。それを間近で聞いた女の子の顔がさっと青くなり、ふるふると首を横に振った。

 

「……どうやって、そいつが俺に一矢報いるってんだよ」

 

 そうだ。アユは今かなり無茶なことを言った。だってこの女の子はたった今少年に負けたばかりで、何をどうすれば彼に一矢報いることができるのだ。何か考えがあるにしても、難しいのではないだろうか。

 

「三日後、この子がまたあなたに挑戦する。私がこの子の特訓を見てあげた後でね。それでどう?」

 

「三日間も俺にハクダンシティにいろって言うのか? やだね。俺にはそんなやつのために立ち止まってる暇はないんだ」 

 

「あなた、次はミアレシティに行くんでしょ? ……ミアレシティのジムリーダー、今いないの。三日後に帰ってくるんだよ。必然的に、あなたは三日足止めされることになる」

 

「……」

 

 別に、ミアレシティを後回しにすれば問題はないのだが……。自信満々に言うことで、少年を考え込ませることが出来たようだ。

 

「私も三日後にはミアレに戻るし、その時に再戦にしよう。それでいいよね?」

 

「……はぁ。わかったよ。あんたの口車に乗ってやる。……でもさ、俺、絶対に言葉を撤回なんかしないから。出来るもんならやってみろよ」

 

「上等。絶対に一矢報いて見せるから。この子が」

 

 自信満々のアユの言葉に、女の子は涙目でふるふると首を振る。……さっきから思ってたけど、可哀想だなこの子。完全に巻き込まれてるだけじゃないか。

 

「じゃあ、三日後にミアレシティのポケモンセンターで会おう」

 

「……おう」

 

 少年はそのまま、もう既に日の沈んだパルテール街道をミアレシティ方面に歩いていった。それを見送ったアユは、女の子の方を振り返ってにっこりと笑顔を作った。

 

「……さて、大変なことになっちゃったけど、あの子を見返すために頑張ろっか!」

 

「……わ」

 

「わ?」

 

「私には……私にはっ! 無理ですぅぅぅぅぅぅぅっ!」

 

 ……まあ、そうなると思った。




今回も拙作を読んでいただき、ありがとうございます。

皆様にお気に入り登録をしていただいたおかげで、短編だったこの作品も連載となったわけですが、それによってひとつ不具合のようなものが生じてしまいました。

題名と作品内容の乖離です。


元々短編部分だった一話では、手持ちがダゲキ一匹のみの無茶なトレーナーが無茶な指示でチャンピオンと戦う、という作品で、題名もそれに準ずるようにつけました。
この時点では先の構想もなく、一発ネタだからはっちゃけてやろうという感じで書いたわけですが。
連載にする上で一つのテーマを定めなくてはならないと考えたときに出たのが、「才能とは何かの答えを探す」というものでした。そうなってくると、題名とは内容が変わってきてしまいます。

そのため、題名の変更をしようかという結論に至りました。
しかし、この作品は私の物ではありますが、皆様に楽しんでいただくものでもあります。そこで、皆様にご意見をいただきたいのです。

この第九話を投稿した直後に、活動報告として、アンケートを投稿します。題名を変更するかしないかのご意見をお寄せください。

アンケートの期間は約一週間を予定しております。よろしくお願いします。


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私を強くしてください

アンケートに誰も答えてくれなかったので、とりあえずタイトルはこのままで行こうと思います。ちょっと寂しいとか、思ってないよ!

文字数少ないのとか、投稿遅れたのとかは文章が全然思い付かなかったからです。言い訳にもなりゃしないですね。申し訳ありません。次回はもうちょっと早く投稿できるようにします。


「……さて、どんな特訓をしよっか。頑張ってあいつを見返してやろうよ。あなたなら出来るよ絶対!」

 

 ポケモンセンターの宿泊室の内の一室。備え付けられているベッドに腰かけたアユは、同じく隣に腰かける女の子に元気にそう告げた。アユのそんな姿とは対称的に、女の子は俯き、どんよりとした雰囲気を身に纏っている。まるで一時期のアユみたいだな、と思うと、非常に失礼ながらなんだか笑えてくる俺である。プゲラ。

 

 パルテール街道での出来事の後、俺たちはハクダンシティに入った。女の子は戦闘不能になったポケモンの治療のため。俺たちは初めから目的地だ。

 日もすっかり沈んでしまって、町のいたるところに置かれたお洒落な街灯の照らす薄明かりの中を歩き、ポケモンセンターに入った。女の子はポケモンをジョーイさんに預け、二人はそのままポケモンセンターで、隣の席でアユが一方的に話をしながら食事をとった。その後女の子が治療の終わったポケモンを受け取って、今夜宿泊するための部屋を二部屋とり、そのうちの一室に女の子を引っ張り込んでこれからの事を話し合うことにした、というわけである。随分とわかりづらい説明になってしまったが、俺はただのダゲキである。その辺りを考慮して、色々多目に見てくれると嬉しい。ダゲキに分かりやすい説明などができるわけ無いのだ。

 ちなみに皆様お分かりだろうが、ポケモンセンターでの回復以外の事はアユが女の子を無理矢理引っ張り回す感じで付き合わせていた事もここに報告しておこう。そう考えてみると、女の子がどんよりとしたオーラを発しているのも仕方がないと思う。

 

「で、ですから。私はそういうの、別にいいのです」

 

 女の子は俯いたまま、ボソボソした声でそう言った。

 

「才能、無いのは本当ですから。私、何かあったら慌てちゃうし、素早くて的確な指示なんて出来ないし、状況判断も出来ないし……マロンさんとピカさんにも、迷惑をかけっぱなしで。あの男の子の言う通り、トレーナーを……」

 

「ストップ!」

 

「うえぇ!?」

 

 アユが急に大きな声で言葉を止めるものだから、女の子は素っ頓狂な声を出してベッドから落っこちてしまった。「あ、ごめんね?」とやけに軽く謝るアユを不機嫌そうな顔で見つめ、お尻をさすりながら女の子はベッドに座り直した。

 

「……急におっきな声出すのやめてくださいって、さっきから何度も言ってるじゃないですか。すごくびっくりするんですから」  

 

「いやぁ、ごめんって。あ、さっきまでのはついつい出しちゃっただけど、今度はちゃんと大きな声出そうとした結果だから勘違いしないでね!」

 

「……それなら尚酷いです」

 

「いやぁ、あなたが驚く姿が可愛いからついつい意地悪したくなっちゃって」

 

「それは最悪です! もう、なんなんですか!? さっきからずーっと私を引っ張り回して! いい加減……に……?」

 

 顔を真っ赤にして抗議する女の子を見て、アユはクスクスと笑っていた。それに気づいた女の子は目を丸くして、何事か言葉を紡ごうとして開いた口をポカンと開いたままにした。

 

「な、な、何で笑ってるんですか?」

 

「あーいや、ごめんね。……多少は元気でた?」

 

「え、あ……はい。その、多少は」

 

 俺も少しびっくりしていた。少し前に会ってから今までアユに散々いじられていた女の子だったが、ボソボソとした声でやめてくださいと言うのみだった。こんなに感情を表に出したことはなかったのだ。大人しそうな女の子から短期間で感情を引き出すほどしつこい嫌がらせをしたアユの所業を考えると誉められたこととは言えないが、こうして落ち込んでいるときに無理矢理感情を引き出されれば、ちょっとは元気になることをアユは知っている。それでちょっとだけ前向きになれることも、アユは知っている。デリカシーが無いくらいがちょうどいいのだ。きっと。

 

「……もしかして、さっきまでの嫌がらせは全部私を元気付けるためにやってたことなんですか?」

 

「最初はそうでもなかったんだけどね。途中からデリカシーの無いやつのことを思い出して、ちょっとくらい嫌がられることをして怒らせた方が気分も変わるかなぁと思ったんだ。どうどう? 大成功じゃない?」

 

「……なんか納得いかないですけど、そうですね。成功なんじゃないですか? ……私の食事に勝手にマトマのみの粉を入れたのだけは一生恨みますけど」

 

「あ、あはは……ごめんね」

 

 ちなみにアユがマトマのみの粉を入れた食事は、女の子が一口食べた後すぐにアユの物と交換された。ポケモンセンターで出る食事は全国共通で日替わりメニュー一つのみで、種類を選ぶことが出来ないのだが、アユと旅をしてきてその事が役に立ったのは今回が初めてだろう。

 ちなみに。アユは辛いものが大好物であるため、マトマ入りの食事を美味しそうに平らげていた。

 

「さて、そろそろ話を戻そっか。さっき、私があなたを止めたのはね。あなたが、言っちゃいけないことを言いそうになったから。トレーナーを(やめる)って言おうとしたでしょ」

 

 アユはやめるの部分だけを口パクにしてそう言った。女の子はアユから視線を逸らし、頷く。その顔はまた、俯きぎみになっている。 

 

「そんな事、言ったらダメだよ。ポケモンたちがショックを受けちゃうかもしれないし。それにね、あなたに才能がないわけないんだよ。ジムバッジ、持ってるんでしょう?」

 

「は、はい。持ってます」

 

 そう言いながら女の子はバッグからバッジケースを取り出すと、それを開いた。バッジケースの中の一番左上には、レディバをちょっといじったような形をしたバッジが納められていて、電灯の光を浴びてキラキラと輝いている。これが、ここハクダンシティにあるジムを攻略し、ジムリーダーに認定された証の品。バグバッジだ。

 

「でも、これと私の才能にはなんの関係も無いじゃないですか。バグバッジを取れたのだってきっと、たまたまの、まぐれ……ですから」

 

 そう言いながらバッジケースを見つめ続ける女の子の髪を、アユは優しく撫でた。

 

「ジムバッジをまぐれでとれるわけ無いじゃん。それは正真正銘、あなたに実力があったから取れたバッジなんだよ?」

 

「……そんなこと、信じられません」

 

 女の子はそう言うが、俺もアユの意見に同意だ。ただ単純にポケモンを鍛え上げたり、力押しではどうにもなら無いものがジム戦にはある。ジムバッジをとるのに完成され尽くした戦略などは必要ないが、ある程度のガッツと機転が必要なのだ。少なくとも、たまたまのまぐれでとれるようなものじゃない。いつも力押しで戦ってるお前が言っても説得力が無いって? ハハハ、ご冗談を。

 

「……まあ、そう思うのはあなたの自由だけど。でも、悔しくない? あんなこと言われてそのまま泣き寝入りなんてさ。私もあんなこと言っちゃった以上引けないし」

 

「私は……悔しくなんて、無い、です。だって、さっきも言ったじゃないですか。あの男の子が言ったこと。私に才能が無いって言うのは、本当なんですから。私が言われたこととか、そういうのにあなたは関係ないですし、だから……」

 

「ああ、もう!」

 

 またもアユの口から放たれた大きな声に、女の子はばっと顔を上げてアユを見た。そして、大きく目を見開いた。

 

「ごめん、言いたいこと言ってもいい!? 私が、私が悔しいの! あなたがあんなことを言われるのを見てて、あの男の子の言った通りに折れそうになってるのを見てて! すっごく悔しいの! ……私、知らなかったんだ。あんなことを言われた人がどうなるのかとか、あんなことを言ってるやつがどれだけ醜いのかとか、あんなことを……言われた人を見るのが、どれだけ悔しいのか、とか。それに、あの子は私の……私、が……私……」

 

 アユは泣いていた。その綺麗な翡翠の目から涙の滴を流していた。そのまま泣いているのを隠すかのように俯いて、そしたら涙がポロポロと落ちた。アユってこんなに泣き虫だっただろうか? 前は、そう、具体的にはイッシュ地方を旅していた頃は、泣いたことなどほとんど無かっただろう。最初の頃は暗かったけれど、明るくて、騒々しくて、無茶な女だったはずだ。それが、こんなに短期間に何度も泣くなんて。

 

「……私、あなたがどうしてそんなに必死なのかわかりません」

 

「……うん。ごめんね、無茶なこと言って。無理して付き合わせるのも悪いし、これで……」

 

「でも、そんなに私のために必死になってもらっているのに、私が嫌だ嫌だって言うだけでは失礼だって、そう思います」

 

「え……?」

 

 アユが顔を上げ、女の子の顔を見る。アユと女の子は、真正面から顔を合わせる形になった。女の子はずっと俯いていたり、そっぽを向いていたりしてアユと顔を合わせようとしていなかったから、二人が顔を合わせたのは今が初めてだ。

 

「私、弱いですけど。才能、無いですけど。それでも強くなれるんですよね? あの子を見返せるくらいに、強くしてくれるんですよね? ……なら、それならお願いします。特訓、させてください。私を強くしてください!」

 

 女の子はぎこちなく笑っていた。アユはなぜだか複雑な顔をしていたが、やがて涙を拭いながら笑った。

 

「わかった。厳しく行くから覚悟してね」

 

 そう言って差し出されたアユの手を、

 

「お、お手柔らかにお願いします」

 

 女の子がしっかりと握った。ここに、アユと女の子の師弟関係が成立した……の、だろうか? 人間に師匠と弟子というものがあるのは知っているが、ポケモンにはあまり無いのでよくわからない。うん。そういうものだと思っておこう。

 

「……あっ。そう言えば私たち、ちゃんと自己紹介してなかったね?」

 

 アユ、気づくの超遅い。俺はずっと前に気づいていたし、早く自己紹介しないのかとずっと思っていた。この女の子の事、ちゃんと名前で呼びたかったのだ。だって面倒ではないか、女の子女の子ってずっと呼び続けるの。言ってしまえばここにいるのはどっちも女の子である。最悪どっちを指してるかわからないなんて事態になりかねなかったのだ。アユの相手の名前を聞かない癖は早々に何とかしてもらいたいものだ。もうずっとなんだから。

 

「そ、そうでした。なんか、ごめんなさい」

 

「いやいや、私が忘れてたんだから謝らなくていいよ。……あー、あー、ごほん。じゃあ、改めまして。ホウエン地方のアユです。よろしく!」

 

「私は、ルミア、です。よろしくお願いします!」

 

 今度はさっきみたいなぎこちないものでなく。光輝くような笑顔を浮かべて、女の子……ルミアはやっと自らの名前を告げた。なんだ、ちゃんと笑えるんじゃないか、彼女(ルミア)

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅー……。明日から忙しくなりそうだねぇ。ね、ダゲキ」

 

 アユはそう言いながらボフンとベッドにダイブして、「うわ、固い……」と呟いた。俺はボールをかたりと揺らして、さっきの言葉に返事をする。

 さっきまでルミアと話していた部屋はルミアに譲って、アユはもう片方の部屋で休むことになった。といっても向かいの部屋なのだがな。

 

「……ずるいなぁ、私」

 

 む、ずるい、とは? 小声で言ったから俺に向けての言葉ではないのだろうが、気になった俺は再びボールをかたりと揺らしてみる。

 

「あー、ごめんごめんなんでもないんだ。独り言だから、ただの。気にしないでね、ダゲキ」

 

 むぅ。そう言われてしまっては俺はこれ以上追求できない。まあ、追求しようにも人とポケモンでは細かいコミュニケーションなどとれないのだから無理なのだが。

 

「ダゲキ、ジュカイン、今日はお疲れさま。ゆっくり休んでね。明日はルミアのポケモンのコーチとして頑張ってもらうから」

 

 了解だ。それが俺の糧になるのなら、張り切ってやらせていただこう。俺は張り切ってボールを揺らす。隣のボールが揺れないのは相変わらずだ。

 

 こうして、カロス地方二日目の夜は更けていく。明日はもっといい日になるようにと、この日の俺は柄にもなく祈るのだ。




フランスの女性名、「ルミア」には、光という意味があるそうです。

今は後ろ向きな彼女も、この先いつかその名前にふさわしい、光輝くような女の子になれるように作者も祈っています。


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アユとルミアのポケモンバトル!

まず始めに、たくさんの高評価とお気に入り登録ありがとうございます! 
ちまちまと続きを書いている間にお気に入り登録者様がとうとう200人を越えて震えております。マジメッチャウレシイ。イエア。

皆様の期待に応えられるよう、これからも精進していきたいと思います。もしよろしければ、評価、感想などもいただけると嬉しいです。

今回は冒頭ルミア視点、その後ずっとダゲキ視点となります。それでは、本編をどうぞ。


 ドンドンドン、ドンドン、ドンドンドンドン。

 

 そんな何か強く叩く音と、窓から差すうっすらとした日の光で、私……ルミアはやんわりと意識を覚醒させました。

 でも、まだ眠いです。私、朝はのんびり過ごしたいのです。だから、上半身をベッドから持ち上げようとして……そのままドサリ、とベッドに倒れ込みます。ちょっぴり固めのベッドに叩きつけられた右半身が痛いです。だからと言って、完全に意識が覚醒するほど私の眠気は柔じゃありません。このまま、すやぁと、二度寝の世界に招かれようとして……。

 

 ドンドンドンドンドン、ドンドン、ドンドンドン、ガンガン、ドンドン。

 

 激しさを増した何かを叩く音が、私の意識を現実に引き戻しました。うるさいです。眠れません。というかさすがに気づいたのですけど、これ、ドアを叩く音です。そうなると、さっきかなりマズイ音、してませんでした? ガンガン、って。ドア、壊れませんか? 大丈夫ですか?

 

 そんなことを考えていたら段々段々、目が覚めてきてしまいました。私の幸せな二度寝の時間は、残念ながら来ず。全くもう、いったい誰なのでしょう。朝から私を訪ねてくる、無粋な人は。

 

「もー、誰ですかぁ? 寝かせてほしいのですけど……って、あれぇ? アユさん?」

 

 ドアの向こうにいる人に起こされた事への文句を言おうとして、ドアを開くと。そこには昨日さんざん私を振り回した後、私の先生になった……殿堂入りトレーナーの、アユさんが居ました。

 アユさんの姿を認識すると共に、私は昨日の出来事を色々と思い出します。そう、そうです、今日から特訓でした。でも……まだ外、薄明るいんですけど。空とかまだ真っ白なんですけど。

 

「おはよう、ルミア。さあ、早速朝の特訓と行こうよ!」

 

 朝から元気にそう言うアユさん。いや、特訓はいいんですけど、今、何時です? 気になってしかたがないのですけど。

 

「お、おはようございます。……ところで、今何時なんですか?」

 

「え? 四時だけど?」

 

 えっ早……え? 嘘ですよね? こんな時間から特訓とか、流石に想像もしてなかったんですけど、もうちょっと寝ても許されますよね……?

 

「……もうちょっと寝てたりとか、駄目ですかね?」

 

「朝は早い方がいいじゃない。さ、出掛ける準備してー。特訓、すぐに始めるからね」

 

 ……拝啓、アサメタウンのお母さん。私に出来たポケモンバトルの先生は、とんでもない人だったみたいです。

 

 

 

 

 

 

 きっちりと整備された、ポケモンセンターの貸しバトルフィールド。ゆっくりと太陽が顔を覗かせてきた時間のここには、当然ながら人なんて誰もいない。わざわざこんな時間に起きてまでバトルする人なんてやっぱりいないのだろう。やはり、何もこんな時間から訓練を始める必要はないと思う。ほら、ルミアも眠そうに目を擦っているし、俺も眠い。何かやるにしても、さっさと済ませてしまおうではないか。そして俺は寝る。いいな? さて、今から何をやるのだ、アユ。

 

「さて、とりあえず手始めに、私とバトルしようか」

 

「あ、はい……はい!? えぇ!?」

 

 え、いきなりバトルするのか? 

 

「な、え、アユさんって、殿堂入りトレーナーなんですよね?」

 

「そうだよ。一応ね」

 

「私、バッジ一つ持ちの初心者なんですけど……?」

 

 そう。既にバッジを取っているとはいえ、ルミアは初心者だ。そんなルミアと最初からバトルをしても、あまりいい結果になるとは思えない。まさか、バトルを何度もして無理矢理強くするみたいな、戦い方は戦いながら覚えろみたいなそんなやり方をするのか? それはルミアがつぶれてしまうのではないか……? アユって、こんなに考えなしなトレーナーだっただろうか。……考えるとそんな気がしてくるから困るな。 

 

「知ってるよ? でも、バトル上手くなるのにはバトルしないとダメじゃない。それに、強くなるためにどんな特訓をするか決めるのも、バトルしないと出来ないからさ。だからこその、手始めのバトル。朝早ければフィールドを借りる人もいないから、待たずにできるしね」

 

「そ、そういうものなんですか……?」

 

「うん。そういうものだよ」

 

 ふむ、そういうことだったか。どうやらアユもちゃんと考えていたらしい。後はこのバトルが終わった後の訓練が無茶でないことを祈るのみだが……うん。アユだから期待するだけ無駄かもしれないな。ルミア、頑張ってくれ。

 

「じゃあ、始めよう。私のポケモンは一体。ルミアは持ってるポケモン全部出してね。ルールは公式に則って、技の使用は四つまで。どちらかのポケモンが全て戦闘不能になったら終了ってことで」

 

「わ、わかりました!」

 

 アユはフィールド端の、トレーナーの位置につきながら簡単にルールを説明した。それを聞いたルミアは慌てて位置につきながら返事をする。

 アユがベルトにセットされたボールを一つ掴む。俺のボールではなく、ジュカインのボールを。……何か理由があるのだろう。先発が俺でなく、ジュカインだと言う理由が。それならば、俺はただ見守るだけだ。

 

「あ、あのあの、その、て、手加減とかは……」

 

 ルミアの声が震えている。まあ、いきなり最終進化ポケモンなど出されては引くのも当たり前だろう。しかし、アユの手持ちは俺とジュカインだけである。その辺は諦めるしかないだろう。さすがのアユもバトル面での手加減はするだろうし。……するよね?

 

「んー、もちろんするよ? ポケモンは二匹しか持ってないし、丁度いい特訓相手っていうのは用意できないけど、本気ではやらないつもりだから安心して」

 

 よかった、ちゃんと手加減するらしい。アユの『本気ではやらない』がどの程度かはわからないが。

 

「あ、はい。わかりました……。えっと、それじゃあ……出てきて、マロンさん!」

 

 ルミアが出したのは、昨日も見たポケモン、ハリマロンだ。カロス地方の初心者用ポケモンの内の一体、草タイプのポケモン。ルミアが彼をマロンさん、と呼ぶのは、きっとニックネームだろう。

 

「相手はものすごく強いけど……マロンさん、頑張れる?」

 

「リマリマ! (当然だ!)」

 

 ルミアがハリマロンに話しかけると、ハリマロンはやる気満々、といった感じで返事をした。昨日コテンパンにやられていたのに、全く堪えていないみたいだ。前向きで結構。

 

「それじゃあ、先手はルミアに譲るよ。どっからでもかかってきなさい?」

 

「は、はい! ええっと、じゃあ、マロンさん、『かみつく』!」

 

「リマ! (おう!)」

 

 威勢良く返事をして、ハリマロンはジュカインに迫る。が、そのスピードは遅い。そりゃあ、育ちきっていないポケモン、というのもあるが、それにしても一歩一歩の歩みが重い気がする。ルミアのハリマロンは……俺もマロンさんと呼ぼう。マロンさんは、素早さにあまり期待できない子なのかもしれない。

 

「ふーん……ジュカイン、『じならし』」

 

「あっ、マロンさん!」

 

 向かってくるマロンさんを冷静に観察しながら、アユはジュカインに指示を出す。繰り出した技は『じならし』だ。アユがジュカインで戦うとき、主に足止めなどの目的で好んで使用する『じしん』と似たような使い方をする技。『じしん』に比べて威力も低いし、どちらかと言うと『じしん』よりも足止めに向いた技のために選択したのだろう。それに、今のマロンさんにとっては『じならし』でも十分以上のダメージとなる。

 揺れる地面に足をとられ、転んでしまったマロンさんは『じならし』のダメージをモロに受ける。それに驚いたルミアはマロンさんの名前を呼んだ。……あれは、完全に思考を止めているように見える。あまりよろしくないな。

 

「ジュカイン、『はっぱカッター』」

 

 アユの次の指示は、普段のタイミングよりも数瞬遅れて飛ばされた。技は『はっぱカッター』だ。

 今の動きでもわかる通り、ジュカインを使う戦闘においてアユは足止めをしつつ、遠距離を維持して戦う戦法をとっている。ジュカインが再びアユの手持ちとなってからほとんど野良試合しかしてこなかったこともあって、その動きに対応してきたトレーナーは一人もいない。いつもより指示のテンポが遅いとはいえ、ルミアがこれに対応できるかどうか……。

 

「あ、えっと、マロンさんかわして!」

 

 指示が遅い。マロンさんはルミアの指示を受けて回避行動を取ろうとするが、その瞬間に『はっぱカッター』が着弾した。マロンさんがルミア側に大きく吹き飛ばされる。

 しかし、この程度で追撃を止めるアユではないのだ。

 

「もう一度『はっぱカッター』」

 

 無慈悲な指示と共に、地面に倒れたマロンさんに向けて『はっぱカッター』が放たれる。これを喰らってしまえば、マロンさんは戦闘不能に追い込まれるだろう。むしろ、さっきの『はっぱカッター』を耐えているのかも怪しいが。

 

「マロンさんっ! 『ころがる』!」

 

「リ……マッ! (了……解ッ!)」

 

 が。『はっぱカッター』の着弾直前、ルミアの先程までとはうってかわった鋭い指示が飛ぶ。『ころがる』を使ったマロンさんは、そのまま『ころがる』の回転で『はっぱカッター』を弾いた。マロンさんは攻撃を継続し、ジュカインに向けて転がっていく。

 

「……へぇ、なるほどなるほど」

 

 『ころがる』のおかげでさっきよりもジュカインに接近する速度も早い。ものの数秒で、マロンさんとジュカインの距離が一気に縮んでいく。

 

「ジュカイン、『かわらわり』で迎え撃って!」

 

 接近するマロンさんに対して、アユが選んだのは迎撃だ。ジュカインから見て位置の低いマロンさんに対して、低い位置にも無理なく攻撃できる『かわらわり』は最適解だろう。これでかち合えば、『ころがる』を止めた上でマロンさんにダメージが入る。このままではマロンさんは戦闘不能だ。

 

「今! マロンさん、跳ねてから『やどりぎのたね』!」

 

 しかし、『ころがる』と『かわらわり』がかち合うことは無かった。ジュカインのかなり手前でころがったまま跳び跳ねたマロンさんは、ジュカインの頭上を飛び越えつつも『やどりぎのたね』をジュカインに植え付ける。これでジュカインは徐々にダメージを受け、その分マロンさんが体力を回復するという状態になった。体力的な問題でこれで有利とは言えないが、たった今ルミアは間違いなく有効な一手を打った。なんだ、やればできるじゃないか、ルミア。

 

「そのままっ、『つるのムチ』!」

 

 そして、連続してルミアの指示が飛ぶ。指示からのマロンさんの反応速度もそこそこだ。

 だけど。

 

「ジュカイン、回避から『じならし』!」

 

 トレーナーの思考速度と、指示を受けてからのポケモンの反応速度ならばジュカインとアユが勝る。今の状況。『やどりぎのたね』が決まり、距離が近いその状況なら、続けて攻撃してくることなどバレバレだ。そのまま攻撃をすることを、『トレーナーにもポケモンにも読まれていた』。だからこそ回避され、そして、技を出した直後で動けないマロンさんを、フィールド全域に効果を及ぼす『じならし』が襲った。

 マロンさん、戦闘不能だ。

 

「……マロンさん、ごめんなさい」

 

 ずいぶんと消沈した様子でマロンさんに謝罪をしたルミアは、マロンさんをボールに戻した。しかし、消沈具合がすさまじいな。まだバトルは終わっていないのだが。

 

「ほらルミア、次々。まだバトルは終わってないよ」

 

「あ、は、はい! ごめんなさい! えっと、頑張って、ピカさん!」

 

 続いて、フィールド中央に投げ込まれたボールから飛び出したのはピカチュウのピカさんだ。これもまたニックネームだろう。

 

「ピカさん、『でんこうせっか』!」

 

 今度の指示は早かった。ルミアはついさっきまで消沈していたのが嘘かのように目が鋭くなっている。

 さて、解説をしよう。意図したのかどうかはわからないが、ルミアの指示した『でんこうせっか』はこの場面での最適に近い行動だろう。ジュカインに素早く接近できる上に、マロンさんの『ころがる』よりも小回りが効く。なにより、マロンさんと比べてピカさんは格段に足が早い。それによって、『じならし』での牽制を許さない。

 しかし。しかし、だ。『でんこうせっか』でフィールドを駆けるスピードは良いものの、ピカさんは指示からの反応が遅かった。その割に動きも直線的で、あれでは回避が簡単だ。それに、ジュカインの出せる技は後一つ残っている。

 

「ジュカイン、『ファストガード』」

 

 ジュカインが、既に『でんこうせっか』を繰り出しているピカさんよりも早く動く。ジュカインが繰り出した『ファストガード』は、『まもる』や『みきり』と同じように自分の身を攻撃から守る技だが、『でんこうせっか』などの出の早い技よりも出が早く、ダブルバトルなどの際に味方も守ることができるほど防御の範囲が広いのが特徴だ。出の早さ、範囲の広さと引き換えに身を守る障壁が薄いのが弱点だが、出の早い攻撃技は威力も低いためその点は問題ない。

 

「ジュカイン、そのまま『かわらわり』!」

 

 ピカさんの攻撃を受け止めたジュカインは、そのままかわらわりを叩き込む。ピカさんは地面に叩きつけられた。

 

「ピカさん、もうちょっと頑張って! 『エレキボール』!」

 

 ピカさんは倒れたまま立ち上がらず、イナズマのようなぎざぎざ尻尾の先端にバチバチと音をたてる電気のボールを作り出す。そして、『エレキボール』を維持したまま跳ね起きると、至近距離からそれをジュカインに叩き込んだ。ルミアが、初めて、ジュカインに攻撃技を当てたのだ。

 ジュカインは既に技を四つ繰り出していて、その中で至近距離からの『エレキボール』に対応できる技はなかった。だからこそのクリーンヒット。流石のジュカインも、踏ん張りきれずに一歩、二歩と後ずさりする。

 

「『でんこうせっか』で追撃して!」

 

 そんなジュカインに、追撃の『でんこうせっか』が刺さる。ここに来て、ルミアの指示のテンポがどんどんと上がっている。彼女はチャンス時に強いトレーナーなのだろうか。指示が早くなった分ポケモンの反応の遅さが気になるが、ジュカインに追撃が出来た時点でそこまで気になることではないだろう。

 

「えっと……ピカさん、次は……『エレキボール』!」

 

 しかし、追撃はそこで止まった。この状況で最適な技が思い付かず、判断が遅れてしまったのだろう。その指示が途切れた一瞬を見逃すアユではなかった。

 

「ジュカイン、『じならし』」

 

 先に指示を受け、動き出そうとするピカさんよりも早くジュカインは動いた。でんきタイプのピカさんに効果抜群の『じならし』がピカさんを襲う。既に『かわらわり』を喰らっていたピカさんは堪らずダウン。戦闘不能だ。

 

「あぁ……ピカさん……」

 

「バトル終了だね。お疲れ様、ジュカイン。ルミアもお疲れ様ー! おかげでどういう特訓をすればいいか、大体わかったよ!」

 

 アユはボールに戻したジュカインに労いの言葉をかけたあと、ルミアにそう告げた。いつもやっているバトルからすればずいぶんとぬるい物だったが、その分フィールドで何が起こっているのか、冷静に観察することが出来た。マロンさんはどういう戦いかたをして、何がダメなのか。ピカさんはどうなのか。また、ルミアはどうすればいいのか。しっかりと考えながら見ることが出来た。アユがまずバトルをした理由がよくわかった気がする。

 

「そうですか? それなら、よかったです……」

 

「うんうん。さて、とりあえずマロンさんとピカさんはジョーイさんに預けて回復してもらわなきゃね。特訓内容とかはその後で」

 

「はい、わかりました」

 

 時計を見ると、時間はいつのまにか六時になっていた。まだまだ時間は早いが、この時間ならジョーイさんもポケモンを預かってくれるだろう。

 

「あ、そうだルミア。私、今のバトルで一つ確信したことがあるんだ」

 

「確信したこと、ですか?」

 

「うん。……やっぱり、ルミアは才能あるよ。いつか四天王とだって戦えるくらいにね」

 

「え、えぇ!? そ、そんな、そんな……私、そんなの信じられません」

 

 本人は信じられないというが、アユが言っていることは本当だ。まだまだ未熟ではあるが、チャンスの時の畳み掛けるような指示はよかったし、チャンスを作り出すために相手の意表を突こうとする姿勢も良い。バッジ持ちに恥じない実力は持っていると思うし、磨けばもっと光るはずだ。ルミアは良いトレーナーになる。確実に。

 

「ま、いつか信じられるようになる日が来るよ、きっと。そんな日のために特訓特訓! さて、ジョーイさんのところに行こっか」

 

「え、わ、わ! ちょっと、引っ張らないでくださいよ、アユさん!」

 

 アユがルミアの手を取って、ポケモンセンターの中に引っ張っていく。戸惑ったような声を出すルミアの顔は、困り顔なのになんだか楽しそうに見えた。




今回から地の文で技の名前に『』を付けましたが、どうでしょうか。
うっとうしくなければ、全話で統一しようと思います。よろしければご意見ください。


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特訓開始

中々筆が乗らずに遅れました。思い付けば早いんだけどな……。

今回は繋ぎです。説明ばっかでつまらないかもしれませんが許してください。なんでもはしません。


 朝日もバッチリと顔を出した、午前六時半。ハクダンシティのポケモンセンターの食堂に、起き出してきた宿泊トレーナーがポツポツと朝食を摂りに現れる頃。貸しバトルフィールドに、二人の人間と、四匹のポケモンが居た。

 

「さて! それでは、本日の訓練内容を発表しまーす!」

 

「リマー! (おー!)」

 

「ピッカァ! (おー!)」

 

「お、おー!」

 

 一人の少女と二匹のポケモンの正面に立ち、元気よく叫ぶのは殿堂入りトレーナーであるアユ。アユの向かいに立ち、その言葉に元気良く返事をするのはハリマロンのマロンさん、ピカチュウのピカさんと、二匹のトレーナーであるルミアだ。アユのポケモンである俺ことダゲキはそんな様子を微笑ましく、生暖かく見守っていて、同じくアユのポケモンであるジュカインは、ため息をつきながら冷たい目でそれを眺めている。

 まあここまでややこしく説明をしてきたが、要するにアユとルミアのポケモンが全員ボールから出ているってことだな。皆ボールから出て勢揃いは初めてだし、俺はマロンさんともピカさんとも直接の面識はなかったので、さっきボールから出たときに挨拶はしておいた。ジュカインは相も変わらず冷たい目で見て、ふんと鼻をならすだけだったが。

 しかし、やはり思うのはジュカインのあの態度ってどうなのだ、と言うところだ。改めて挨拶をしてくれたルミアのポケモンにも挨拶を返さないし、今目の前で繰り広げられている微笑ましい光景だって睨み付けるように見ているし。母性、くすぐられたりしないのだろうか? 俺はオスだがくすぐられるぞ、母性。まあ生まれてこのかたタマゴなんぞは作ったこともなく、親になったことなどないのだが。そんな俺でもくすぐられるのになぜメスのお前がくすぐられないのだ。

 なんとなく、ジュカインの顔をじっと見てみる。ジュカインはこちらに一瞥くれただけで、ずっとアユたちの様子を見ている。……やっぱり冷たい女だなぁ、こいつは。せめてその冷たい目をやめれば良いのに。そうすればもっとマシな顔に……いてぇ。ジュカインにこづかれた。おかしいな、俺は一言も喋っていないぞ? もしかしてこいつ、くさタイプじゃなくてエスパータイプだったりしないか? ……いてぇ、またこづかれた。なんだってんだ全く。アユたちに向けてた目そのままでこっちを睨むな。普通に怖い。

 

「とりあえず、二匹の育成の方向性を言っちゃうね。あ、メモできるならメモしといてね、ルミア」

 

「は、はい! 一応、準備はバッチリです!」

 

「ならおっけー。じゃあ、まずはマロンさんからかな」

 

「リマリィマ! (どんとこい!)」

 

「マロンさんはね、攻撃を耐えるガッツはあるけど、素早さはあんまりって感じかな。だから、牽制しながら遠距離攻撃したり、敵の攻撃を受けてカウンターする感じの戦い方を目指していくと良いと思うの」

 

「は、はい」

 

「リマ! (はい!)」

 

 アユの言ったことを丁寧にメモするルミア。アユの意見は納得できるものだ。俺も異論はないな。

 

「だから、ジュカインと一緒に特訓することにしようか。ジュカインも牽制、遠距離戦闘と、カウンター戦法が主な戦い方だからね。というわけで、こっち来て、ジュカイン!」

 

 アユがそう言った瞬間、ジュカインがものすごく不機嫌そうに、さっきよりも何倍も大きいため息をついた。そのままのそのそとゆーっくりアユに近づいていく。そんなに嫌か、アユのそばに行くの。それとも先生をするのが嫌なのか? ……まあどっちでもいいか。

 

「どしたのジュカイン、そんな怖い顔して。すごく眉間にシワが寄ってるよ? ルミアたち怖がっちゃうから、ほら、ほぐしてほぐして」

 

 アユが自分の眉間に手を当てて、ぐいぐいと押し広げるジェスチャーをする。だが、アユ。多分それ逆効果だ。現にそれを見たジュカインの眉間には先程よりも深いシワが刻まれている。それはもうメキャッと音がするくらいに。眉間ってあんなにシワを寄せることが出来るのか。初めて知ったぞ。

 

「……そのあまのじゃくなところ、相変わらずだねぇ。まあいいや、ジュカインが何を思ってようと特訓には協力してもらうからね。そんな面倒臭そうにしてないで、ちゃんとやってよ? ジュカインが頼りなんだから」

 

 そう言ったアユは呆れ顔だったが、心なしか口元が微笑んでいるようにも見えた。その言葉を聞いたジュカインも、観念したようにさっきとは比べ物になら無いほど小さいため息をついた。眉間のシワも浅くなっているように見える。……なんというか、不思議な関係なんだな、こいつらは。しかしジュカインが頼りとはなんかモヤモヤするな。アユ、俺も居るぞ。俺も頼りにしていいんだぞ?

 

「さて、ジュカインとマロンさんが具体的に何をするかというとね……ジュカイン、『じならし』」

 

 アユはルミアたちの方に向き直ると、唐突にジュカインに『じならし』の指示を出した。ジュカインはそれに応え、右足で強く地面を踏み込む。さっきのバトルよりやや弱い『じならし』がフィールドを揺らした。

 

「はい、この『じならし』を習得する訓練をします!」

 

「『じならし』の習得、ですか……? それは、マロンさんでも覚えられるんでしょうか?」

 

「んー? 多分大丈夫! 覚えるのは簡単な方の技だし、特に初心者用ポケモンで『じならし』を習得出来ないポケモンってのはあんまり聞いたことないしね」

 

 アユの言った通り、『じならし』は習得が簡単で、ほとんどの初心者用ポケモンが習得できる便利な技だ。俺も一応覚えている。まあ、相手より早く動いて攻撃力で押し潰すタイプの戦い方をしているからほとんど使ったことはないがな。

 『じならし』を習得できない初心者用ポケモンと言えば誰だったか……確かジャローダとダイケンキは覚えないんだったかな。誰から聞いたかは忘れたが、そうだったと思う。他にも覚えられない奴はいるだろうが俺は知らないし、ハリマロンは見た目的に覚えられそうだから大丈夫だろう。

 で、『じならし』の何が便利かというと……いや、これは解説をアユに譲ろうか。そもそも俺が心の中で解説したとて、ルミアやアユに伝わることなど無いのだからな。

 

「そ、そうなんですか……でも、どうして『じならし』を? 他にも強い技はいっぱいあると思うんですけど……」

 

「強いから」

 

 っておい。それじゃわからんだろうが。もっと細かく説明しろ、アユ。

 

「『じならし』が、強い技なんですか……?」

 

「ええ? 強いでしょ、『じならし』。特にこれからマロンさんが目指す遠距離+カウンター戦法にはこれ以上無いくらい便利な技なんだよ? むしろ初心者トレーナーの皆はなんで自分のポケモンに『じならし』覚えさせてないんだろうって思うくらいに」

 

「……ごめんなさい、なんで強いのか、わからないです」

 

「えぇ、本当にぃ? 私の言ったことに『じならし』が強い理由は全部入ってると思うんだけどなぁ……。仕方ない、じっくり説明してあげよう! さて、マロンさんが目指す戦い方は牽制と遠距離攻撃を組み合わせた形と、攻撃を受けてからのカウンター戦法だっていうのはさっきからいってる通りね。で、『じならし』はその中で重要な役割を果たす技の一つなんだけど、ここで質問です! 『じならし』は『牽制』、『遠距離攻撃』、『カウンター』のうち、どの役割を果たす技でしょーか?」

 

「え!? ええと、ええと……えぇ……? うー……『遠距離攻撃』……?」

 

「残念! 正解は『牽制』だね。『じならし』は主に牽制の目的で使用する技だよ。なぜかというと……『じならし』は、ほとんどのポケモンにとって使われるだけで厄介な技だから、だね」

 

「使われるだけで厄介、ですか?」

 

「うん。さっきのバトルでも、私はマロンさんの動きを牽制、あるいは止めるためにジュカインに『じならし』を指示したよ。『じならし』を喰らったマロンさんはどうなった?」

 

「ええと……揺れに足を取られて、転びました。……あ、なるほど!」

 

「そ。ダメージ的には大したことないけど、『じならし』をまともに受けると隙を晒すんだ。転べば大きい隙だし、転ばなくても踏ん張ったり、跳んでかわしてもそれが隙になる。まあ、踏ん張る必要もなく耐えられちゃえば無意味なんだけど、それは今は考えないことにして。ほとんどの場合でこっちに有利な状況を作り出せるの。ね、強いでしょ?」

 

 補足するなら、フィールドのほぼ全域に届くこの技と、相手が遠くで晒した少しの隙でも拾える遠距離攻撃戦法は相性が良い。なんにせよ『じならし』は、これからのマロンさんにとって頼もしいサブウェポンになってくれるだろう。

 

「『じならし』って、そんなにすごい技だったんですね……」

 

「うん、納得していただけたようで何よりです。ということで、ジュカイン、頼んだよ!」

 

 ジュカインは相も変わらず鼻をならすのみ。だがその姿から、否定の意思は見えなかった。マロンさんがジュカインの許へ行き、握手を求めて手を差し出した。ジュカインは躊躇いながらも手を握ると、しっかりと握手を交わす。……全く、この流れのどこで心境の変化が起こったんだか。やっぱりジュカインはよくわからんな。

 

「じゃあ次。ピカさんだね。ピカさんの育成の方向性は、マロンさんとは逆。すばやさを活かした戦いを磨いていこうって感じかな。ピカさんの先生はダゲキにやってもらおうと思ってるよ」

 

 お、了解だ。任されたぞアユ。頼れ頼れ。ガンガン頼ってくれ。

 

「ピカさんがやることは主に二つ。単純にスピードを上げることと、トレーナーの指示に反応する速度を上げることだね」

 

「トレーナーの指示に反応する速度を上げる……ですか?」

 

「そう。トレーナーの指示を聞いて、出す技を理解して、技を出す。この行程が速く終われば速く終わるほど、技を出すまでのスピードが上がるの。それじゃあとりあえず、マロンさんかピカさんに技を指示してみて?」

 

「はい。ええと……ピカさん、『でんこうせっか』!」

 

 ピカさんは指示を聞くと、一瞬のタメのあとその目が見据える標的に向かって突撃した。……まあ、その標的って俺な訳だが。いや、あんま痛くないけどさぁ。なんでわざわざ俺を標的にしたのさ。めっちゃどや顔でこっち見てるし。あんまり俺をなめるとあれだぞ? ええと、怒るぞ? ちょっと睨んでみたりしちゃうぞ? ……あ、だめだ。ピカさんめっちゃ笑ってる。全然効いてねぇわ。こうなったらあれだ。ちゃんと『にらみつける』してやろうか? ……いや、まあ、やらないけどさ。

 

 まあ、冗談はここまでにして。……おい、今『冗談じゃなくて本気だったろwwww』とか言った奴。あとでインファイトな。で、今のピカさんの『でんこうせっか』だが、正直言うとめちゃくちゃ遅い。避けるのは余裕だし、ピカさんが『でんこうせっか』を出しはじめた後から技を指示されても俺が先に攻撃できるくらいには遅い。実際『でんこうせっか』の速度は中々のものなのだが、その前のタメが長いことで技を受ける側が反応しやすくなってしまっているのだ。あれがもし一瞬で発動できるなら、反応するのは難しいだろう。

 

「うん、おっけーおっけー。じゃ、ジュカインに同じ技使ってもらおうか。『でんこうせっか』」

 

 瞬間。弾丸のような速度でジュカインはフィールドを駆ける。発動の瞬間が見えなかった。その磨きあげられた『でんこうせっか』の一撃は、彼女の標的に反応することすら許さず吹き飛ばした。標的は何が起きたのかすらわからず、ただ視界(世界)が回転するに任せて地面に叩きつけられた。……まあ、その標的ってのが俺なんだが。

 

「ダ、ゲ、ダァ……! (お、ま、えぇ……!)」

 

 ついつい恨みの声が口からこぼれてしまった。いや、でも仕方ないだろうこれは。くそいてぇし、俺が攻撃される意味がわからんし、ジュカインお前絶対狙ってやっただろ。さっきピカさんが俺を標的にしてたからあえて俺に攻撃しただろ! なんでこういうところでボケのセンスを発揮してくるんだアイツは! 

 ……で、当の本人はいつも通りの冷たい目で俺を眺め、ふんと鼻をならしているわけなのだが。お前マジいい加減にしろよ。

 

「す、すごい……。アユさんが指示した瞬間に、もう『でんこうせっか』が出てました……よね? 正直、速すぎて全然見えなかった、です」

 

「うんそう。これも結構な訓練の賜物だけどね、強くなるにはこの反応速度って結構重要なんだ。実力派互角の、ギリギリのせめぎあいになったとき。勝負を決めるのはポケモンのすばやさじゃなくて、指示への反応速度だったりするからね」

 

「それで、その、反応速度を良くするにはどうするんですか……?」

 

「ひたすらバトルします!」

 

「……はい?」

 

「結局これはねぇ、反復練習しかないのよ。指示への反応速度を高めるには、ポケモンとトレーナーの相互理解が必要不可欠。ということで、ひたすらバトルあるのみって感じかな。ルミアとピカさんは、私とダゲキのペアとこれからずーっとバトルします」

 

「ま、またバトルですかぁ……?」

 

「はーい、そんな露骨に嫌そうな顔しない。このバトルにはルミアの特訓も入ってるんだから」

 

「私の特訓も、ですか?」

 

「うん。ルミアの弱点は判断が遅れるところと、采配の鋭さが感情に左右されること。次の手を迷ったり、焦りすぎちゃったり、予想外のことに驚いたりして指示が止まるのが痛いの。これの解消法もひたすらバトルして経験を積むしかないからこそのバトル! ってね」

 

「はぁい、わかりましたぁ……」

 

 ルミアはうんざりといった感じで返事をする。が、あのバトル一回程度で疲れてしまうようでは、確かによろしくない。さっきのバトルは緊張感も薄く、のんびりとしたバトルスピードだったためにさほどの集中力も要求されなかった。ジムバッジを集め、上のステージに進んでいくほどバトルスピードはもっともっと上がるし、緊張感ももっともっと高まる。残念ながらルミアの今のこの様子では、上のステージでのバトルで一試合も持たないだろう。

 アユのやろうとしているそれは荒療治ではあるが、確かに効果のあることなのだ。

 

「さて、特訓内容も言ったところで早速始めようか。マロンさんはジュカインに任せるね。しっかりと『じならし』を教えてあげて。……あ、そうだ。ジュカイン、ちょっと姿勢低くしてくれる?」

 

 そう言ってジュカインの姿勢を低くさせると。アユはジュカインになにがしか耳打ちをした。それが終わるとアユはにっこりと笑って、

 

「よろしくね!」

 

 とジュカインに言う。ジュカインはため息と共に頷いた。……なんの相談をしていたのだろうか? わざわざ耳打ちをしたところから隠す必要があることだろうが……さっぱりわからん。

 そして、ジュカインはマロンさんを連れてフィールドからちょっと離れたところへ行った。自分達の特訓でバトルを邪魔しないための配慮だろう。それを見送ったアユは、こちらに向き直ると改めて宣言した。

 

「じゃ、私たちはバトルだね。ダゲキ、ルミア、ピカさん、準備して。今から大体二時間くらい、全力で行くからね!」

 

 その宣言と共に、ルミアとルミアのポケモンたちの地獄の特訓が、本格的に開始された。



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トレーナーズスクールへの訪問

大変お待たせいたしました。こちら、続きになります。(ドゲザー


 バトルフィールドを重い静寂が包む。周りからフィールドの様子を見ているトレーナーも、息が止まっているかのように静かだ。

 俺の背に立つアユは自然体。このプレッシャーの中、まったく気負うことなくこの場に立っている。まあ、アユにとってはこの程度プレッシャーにもなっていないのだろうが。

 俺の正面に立つピカチュウのピカさんは、緊張感に当てられて少し体が固まっているか。しかし、不安そうな素振りは見せない。ピカさんのトレーナーが、しっかりと集中している証拠だろう。トレーナーであるルミアは額に汗をかいているものの、非常に良い集中力だと言える。この特訓を始めた時と比べて、随分と萎縮しなくなったものだ。

 

「ダゲキ、攻撃!」

 

「ピカさん、回避!」

 

 アユの俺への指示の数瞬後、ルミアの指示が飛ぶ。ルミアの指示がフィールドに響き渡る頃には、すでに俺は攻撃の体勢に入っている。

 

「ピカさん、『でんこうせっか』!」

 

 ルミアの鋭い指示が飛ぶ。ピカさんが俺の拳を回避し、俺に攻撃を当てる最大のチャンスである。指示は『でんこうせっか』。ピカさんの反応が遅れたとしても、カバーできる可能性のある技。ピカさんの今の実力も加味した上での最適解だろう。

 ピカさんが動く。指示を聞いてからの動き出しがさっきまでに比べて一瞬早い。技の発動時の踏み出しのタメも少し短くなっている。……だが、躱せないほどではない!

 俺がひらりと身を躱すと、ピカさんはそれに反応して即座にブレーキをかけ、『でんこうせっか』を止める。

 

「ピカさん、だめ!」

 

 ルミアは気づいたようだが、もう遅い。発動していた技を中断した今のピカさんは隙だらけだ。

 

「ダゲキ、攻撃!」

 

 俺は動きの止まったピカさんを、大したダメージにならないよう威力を調整して普通に殴る。右のストレートと言うやつだ。

 

「試合終了!」

 

 俺の攻撃のヒットを確認したアユは、即座に試合終了を宣言する。俺のパンチを喰らって吹き飛んだピカさんは何事もなかったかのようにむくりと起き上がる。うん、しっかりと威力調整は出来ていたらしい。

 威力の調整が上手くいっていた事実に一安心していると、目の前でルミアが膝から崩れ落ちた。

 

「ルミア! 大丈夫!?」

 

 アユが慌ててルミアに駆け寄る。ルミアは酷く疲れた様子であったが、駆け寄ってきたアユを見ると薄く笑った。

 

「だいじょぶ、です。ちょっと、その……疲れただけで」

 

「それは大丈夫じゃないって。えっと、ダゲキ運べる? 部屋で休ませなきゃ。あー、参ったなぁ。ごめんね、こういう、人に教えるのとか初めてでさ、加減がわからなくて……。もうちょっと回数少なくするべきだったね」

 

 回数を少なくするべきだった、というのは、今さっきまでやっていたバトルの特訓のことだ。アユは、『名付けて、ワンターンバトル!』と言っていた。

 やることは単純。どちらかが攻撃を一発当てたら終わりのポケモンバトルを何度も繰り返すだけだ。トレーナーの瞬発力、集中力、状況判断能力を同時に鍛え、ポケモンは聞いた指示をすぐさま行動に移す瞬発力が鍛えられると言う優れものな特訓! らしい。

 俺が技を使用せず、威力を調整して攻撃をしていたのは回数をこなすためだ。アユの俺へのオーダーは、『本気でやれ、でもダメージは与えるな』だった。動きは本気で、しかし攻撃まで本気でやると回数できないから、そこだけは手を抜いてくれ、と言うことだろう。俺はその通りに手を抜き、何度も何度もワンターンバトルを繰り返した。最初の方は俺が動いた瞬間どころかアユの指示のタイミングにすら反応できなかったルミアも次第に反応できるようになっていき、指示からの行動が遅かったピカさんも、大分そのスピードを早めた。

 で、問題なのは回数。この訓練が始まったのは六時半。現在時刻が八時半。大体十秒以内に一試合が終わることもあって、その回数は……数えきれないほどである。

 短いわりに集中力を使う訓練であるし、朝食なども摂っていないのだから、ルミアが倒れるのも必然と言うことだろう。

 

「いえ、その……まだ、やれますから。だから、だいじょう……ぶっうぅ! ったぁ……!」

 

 ルミアが立ちあがるも、足に力がしっかりと入っておらず、すぐにまた倒れてしまった。こりゃあ重症だ。

 

「絶対大丈夫じゃないから! ほら、ダゲキ運んで! 私はジョーイさん呼んでくる!」

 

 へいへい、了解した、アユ。しかしポケモン使いの荒いトレーナーだよ、まったく。

 ルミアの心配をするピカさんに心配するなと伝えつつ、俺はルミアをさくっとお姫様だっこした。ルミアは驚いたようであったが、俺に「ありがとう」と告げて、そのまま眠ってしまった。

 俺はふと気になって、ルミアを抱いたままジュカインたちの居る方を見た。そう言えば特訓を開始してから俺もアユもジュカインとマロンさんのことはまったく気にしていなかった。とりあえず朝の特訓は終わりだろうし、それを伝えねばならない。

 フィールドの端に見えるジュカインとマロンさんは、今も両者共に真剣な面持ちで『じならし』の特訓に励んでいるようだった。ジュカインの『じならし』を見よう見まねで繰り出そうとするマロンさんの足には、わずかにエネルギーがこもっているように見える。残念ながら踏みしめた足から『じならし』は起こらなかったが、筋は良さそうだ。

 

「ルミアが倒れたからとりあえず特訓は終わりだぞ」

 

 ジュカインに声をかけると、顔を真っ青にしたマロンさんがこちらにかけてくる。

 

「た、たたたたたた倒れたって!? る、ルミアは大丈夫なのか……?」

 

 すごい慌てようだが、まあそれも当然だろう。なんせ自分の知らないところでトレーナーが倒れたんだからな。俺はマロンさんを安心させるために、なるべく優しい声色を作って言った。

 

「命に関わるようなことではないよ。アユのやつが朝も早くからきっつい特訓に付き合わせたもんだから、疲れたんだろう。しばらく寝たら目を覚ますさ」

 

 それを聞いたマロンさんは「よかったぁ~……」と呟くと、その場にへたりこんでしまった。ちょっと大袈裟だとは思うが、心配だったのだろう。微笑ましい限りだ。

 

「……相変わらず、あの子は自分のことしか考えていないのね」

 

「お、珍しい。お前が喋るなんてな。で、なんだそれは。アユがルミアの限界を見極められなかったのを言ってるのか?」

 

「限界を見極められなかった? へぇ、あなたはそう捉えるのね。……私はそうは思わないけれど。あれはただ、自分ができるから相手も出来るだろうと思っているだけでしょう。強くしようということだけを考えて、相手のことなんて微塵も考えていない。だからルミアが倒れたんでしょう?」

 

「……やめておこう。くだらない内輪揉めにわざわざマロンさんを巻き込むこともないだろう」

 

 そう言って、俺は話を切り上げた。このまま話を続けても、お互いが納得するような結果にはならないだろうという判断だ。この会話にはなんの意味もない。マロンさんをちらりと見ると、へたりこんだまま汗を流して固まっている。まあ、それなりに怖かったんだろうなぁと思う。マロンさんに申し訳ないな。

 

「ダゲキ居た! なにやってるのもう、ちゃんとついてきてよ!」

 

 フィールドにアユの声が響いた。声の方に振り返ると、アユとジョーイさんが走ってくるのが見える。いや、なにやってるのと言われても。やっていたことは状況説明だが。絶対必要なことだと思うのだが。それに俺、ついてきてくれなんて言われていないのだが。そして心の中でどれだけ騒ごうとアユに伝わることがないと言うのが非常にむなしい。口に出しても同じである。世界はいつだって理不尽なことでいっぱいだ。

 

「とりあえず、部屋に運んでベッドに寝かせましょう。容態を見るのはその後ね」

 

 俺が抱いているルミアの様子を軽く見たジョーイさんは、冷静に言った。ジョーイさんはポケモンのお医者さんであるが、人間も見ることが出来る。俺とアユはジョーイさんに従い、ポケモンセンターの中へとルミアを運んだ。

 

 

 

 

 

 

「寝不足と疲れで眠っているだけみたいね」

 

 俺とアユ、それにルミアのポケモンたちが取り囲む中、顔をあげたジョーイさんは笑顔でそう言った。

 

「朝早くから色々やっていたみたいだけど、あんまり無理をしたらダメよ。それで体を壊したら意味がないんだから。特訓もいいけど、ほどほどにね?」

 

「はい。ありがとうございました」

 

 ジョーイさんが部屋から出ていくと、アユはひとつため息をついた。

 どうしたのだろうか? こんな状況になってしまったことによる罪悪感か何かだろうか? ……ジュカインはあんな風に言っていたが、俺は別にそこまで気にすることでもないと思うのだが……。

 と、ごちゃごちゃと考えながらアユを見つめていると、それに気づいたアユが俺に笑顔を向けた。

 

「どうしたの、ダゲキ? 私の顔に何かついてる?」

 

 とりあえず、ふるふると首を振っておく。するとアユは笑顔のままルミアに視線を移した。

 

「ルミアが目を覚ましたらさ、トレーナーズスクールに行こうか。本当はこの後にみんなでご飯食べて、そのまま向かおうと思ってたんだけどね。流石にこの状態のルミアを放置して行くってのはちょっと薄情過ぎると思うし。ルミアが目を覚ますのを待ってから、さ」

 

 俺はなにも言わず、ただ頷いた。元より俺はアユのポケモンであり、それを拒否する理由はない。従うだけだ。だが、この時声をあげて返事をしなかったのは……なんだか、静かにしていなければいけないという、そんな空気が漂っていたからだ。

 

「早く目、覚ますといいね」

 

 ……どうして、そんなに悲しそうな顔をしているのだ。アユは。

 

 

 

 

 

 

 

「ん、む……あれ……?」

 

 ルミアが目を覚ましたのはお昼を過ぎた頃だった。寝ぼけた声をあげるルミアを見て、アユは安堵からか深くため息をついた。

 

「目、覚めたんだね。よかったぁ……。ジョーイさんからはそんなに心配しなくても大丈夫って聞いてたけど、中々安心なんてできないもんだねー」

 

「あ……そっか。私、倒れて……」

 

「そう。ごめんね、本当に。私が無理をさせたから……ってちょっとルミア!?」

 

 ルミアが急に起き上がろうとしたのを、アユがルミアの体を支えつつも止める。

 

「急に起き上がっちゃダメだよ。私がさんざん無理させちゃったんだから、これ以上無理したらダメ」

 

「私が倒れたのはアユさんのせいじゃないです。それに、私が倒れたせいで、特訓中断しちゃいましたよね? だから、続きをやらないと……」

 

「いや、それはそうだけど、ここで無理したって意味ないよ。二日後にはポケモンバトルをするんだし、体を壊しちゃったらまずいでしょ? とりあえず今日はゆっくり休んで、また明日特訓しようよ」

 

「……はい。わかりました」

 

 アユの言葉を聞いたルミアは、大人しく横になった。アユはそれを見届けると座っていた椅子から立ち上がった。

 

「私は今からトレーナーズスクールを訪問してくるから、ルミアはゆっくり休んでて」

 

「はい。いってらっしゃいです、アユさん」

 

「うん、いってきます。じゃあいこっか、ダゲ……」

 

 ぐぅぅぅきゅるるるるる。

 

「……キ」

 

 ちょっと静かな部屋に響き渡る、あからさまなお腹の音。ちなみに、俺ではないぞ? 俺ならこんな不覚はとらない。……おい、今『バトルでは不覚をとりまくってるのになに言ってんだこいつwwwww』とか言ったやつ。後でインファイトな。

 いや、そんなことはどうでもよくて。今のお腹の音、これは誰のものかというと。

 

「あー、ほらいやその、えっと、これは違くてね? 早朝から特訓とかやってたらさ、ご飯食べるのを忘れてたっていうか。あー、そっかー、もうお昼なんだねー時間忘れちゃってたぁー……」

 

 顔を真っ赤にして立ち尽くし、その後にあたふたと訳のわからん言い訳を垂れ流している我らが主、アユのものである。

 皆様ももうお気づきだろうが、俺たちは朝からなんにも食べていない。故に、こうなるのは必然であろう。腹を鳴らすという不覚はとらなかったが、もちろん俺もお腹がすいている。ライトなものとは言え約二時間もバトルをしていたのだからそりゃあもうものすごくすいている。というかなんでここまで食事を忘れていたのか、アユに問い詰めたい。小一時間ほど問い詰めたい。小一時間ほど問い詰めていたらもっとお腹がすくではないか。ちくしょう許さんぞアユめ。

 

「……ふ、ふふ、あははっ……!」

 

 そして、そんなアユの姿を目を丸くして見ていたルミアは、眦に涙を滲ませて笑い始めた。本当におかしそうな、邪気のない笑い声。

 

「な、なによぅ。そんな、笑うことないじゃん……」

 

 アユは拗ねたようにそう呟くと、ぷいっとそっぽを向いた。それがルミアにとってはまたおかしかったのか、よりいっそう大きく笑い始めた。

 

「も、もう! ルミア!」

 

「ふ、ふふ、いや、その、ごめんなさい……あははっ、ふふっ、あの……アユさんが、あんまりかわいいから……」

 

「へっ!? なっ……何を馬鹿なこと言ってるの! こら! 笑うな! 笑うのやめろ! もぉー!」

 

 おーおー、動揺してる動揺してる。こんなに動揺してるアユは初めてみたかもしれん。さっきも赤かった顔が更に赤くなってリンゴみたいになっているし、目の錯覚だとは思うのだが、頭から湯気がたっているようにも見える。これは確かに面白い。ルミアが笑ってしまうのも納得だ。

 

「ふふ、ふふふ、ふー……。ごめんなさい、笑ってしまって。私もお腹すいてるので、トレーナーズスクールに行く前に皆でブランチにしましょう?」

 

「……うん。そう、だね」

 

 アユはそっぽを向いたまま、ぼそぼそとそう答えた。

 

 

 

 

 

「でも、本当によかったの? 部屋で休んでなくて」

 

 皆で食事をとり終えて、今はトレーナーズスクールへの道中だ。アユと共に歩くのは、ボールから出ている俺と、ルミア。

 ポケモンセンターの部屋で休んでいるはずの彼女がなぜトレーナーズスクールへの訪問に着いてきているのか、その理由とは。

 

「もう、何回同じこと聞くんですか。アユさんは心配しすぎです。ぐっすり眠れましたし、ご飯も食べましたからもう元気一杯ですよ」

 

 とのことである。まあちょっとだけ心配ではあるが、元の理由が寝不足と疲れ。寝て起きて飯食って元気一杯っていうのは不自然ではない。見るかぎり無理しているようにも見えないため、大丈夫だろう。

 

「そう? それなら良いけど……」

 

 しかし、ポケモンセンターを出てから何度も何度も大丈夫? 無理してない? と声をかけるアユは、ルミアの言う通り心配しすぎである。過保護なおばあちゃんかよ、ってもんである。あんまりしつこいとルミアも不快だろうから、ほどほどにしておいた方がいいと思うのだが。

 

「ねえ、ダゲキ? あなた今何か失礼なこと考えてない?」

 

 ……え? 失礼なことって、なんだ? えーと、えーと……あ、俺過保護なおばあちゃんかよ、とか思ったな。え、それ? アユはその事を言っているのか? 少し鋭すぎやしないか? ……とりあえずなんか怖いから違うって意思表示をしておこう。首を全力で横に振っておこう。 オレハ、ナニモ、シツレイナコトナド、カンガエテ、イナイヨー?

 

「えー? 嘘だ-。絶対なんか失礼なこと考えてたって!」  

 

「アユさん? なんでそんなことわかるんですか?」

 

 ルミアナイス! よく聞いてくれた! なんで俺の考えていることがアユにばれたのか、知りたい知りたい!

 

「んー? 女の勘ってやつなのかな? なんかびびっときた」

 

「女の勘ですか……。そんなの本当にあるんですね」

 

 え、こっわ。なにそのオンナノカンって。こっわ。聞いてもよくわかんないしルミアはなぜか納得してるし。うわー、わからんぞ。これ、俺これから迂闊に変なこと考えられないぞ。いや、変なことを考えていたわけではないのだが、その……。くそぅ、なんか負けた気がする。とりあえず、これからは思考には気を付けよう……。

 

「……あ、見えてきた見えてきた。ルミアも見えるよね? あれがトレーナーズスクールだよ」

 

「ハクダンシティは一度一通り見て回ってますから、わかりますよアユさん」

 

「あ、そうだったっけ。……でも、大きいねぇ、トレーナーズスクール」

 

 そんなことをやっているうちに、俺たちはトレーナーズスクールにたどり着いていたようだ。……うむ。確かに大きいな、これは。一昨日訪れたポケモン研究所に勝るとも劣らない景観だ。

 

「じゃ、入ろっか。ごめんくださーい!」

 

「あ、ちょ、ちょっと待ってくださいよアユさん! なんでそんなに躊躇い無く行けるんですかー!」

 

 やれやれだ。俺はため息をつきながら、二人の後を追いかける。しかし、このトレーナーズスクールで、俺たちは一体どんな経験が出来るのか。少し、ドキドキするが……楽しみだ。




繋ぎを色々書いてたら本当に訪問するところで終わってしまいました。お許しください。

続きは……いつになるんでしょうか。今度は三ヶ月近くも放置したりしない……と思いたいです。


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