貞操観念逆転した魔女の世界で (宇賀神)
しおりを挟む

一話

 やぁ。僕はストライクウィッチーズの世界に生まれ変わった転生者だよ。これまでのあらすじを端的に説明すると、前世の僕は病におかされて夭折した。で、なんやかんやあって転生して5歳くらいに前世の記憶を取り戻すと同時にウィッチ(ウィザード?)としての才能を開花。それ以来色んな戦場に介入してあれこれ好き放題暴れまくっていたら、いつの間にか階級も大佐にまで登り詰め、第501統合戦闘航空団のゲストとして加入した。

 それで色々とやっている間に劇場版後にまで時系列が進んでしまい、今はオラーシャ解放の足がかりとして、まずはベルリン奪還を目的に再編成された501の仮設基地にいる。

 でも、この世界は僕の知ってるストライクウィッチーズとはちょっと違ってたみたいで――――。

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃーん!!」

「おぶぇっ!」

 

 淡々とモノローグを語っていたが、布団越しに伝わる衝撃で目が覚めた。見れば従妹の芳佳が腹の上にダイブしている。こうやって起こされるのは何度目か。そんなの一々数えていられないほどダイブされているのだが普通に起こしてほしい。

 

「おはよーお兄ちゃん!」

「お、おはよ……」

 

 芳佳は、未だ眠気と戦う僕の頬に自分の頬を擦り付けてきた。

 彼女と従妹の関係であると知ったとき、ストライクウィッチーズの知識がある僕には吉報だった。かのコンテンツはアニメとドラマCDといらん子小隊しか知らない俄組なのだが、1期から劇場版まで芯のぶれない、誰からも好かれる要素しかない主人公様の親類。それは約束された勝ち組も同然だ。それはそれは嬉しかった。ちなみに彼女のはとこであるみっちゃんこと山川 美千子ちゃんは、やはりこちらもはとこで幼少の頃から仲が良かった。今頃、共通の趣味を持った土方さんと憎からずな関係でも築いているだろう。

 

「お兄ちゃ~ん……」

「……芳佳、満足した?」

「まだ!」

 

 このホッペスリスリは昔からの癖みたいなものだ。彼女のお父さん――――僕から見て叔父さんがいなくなってから、家が隣同士ということもあってこうして甘えてくるようになった。元々甘えてきてはいたのだが、それがより過激になったというべきだろうか。

 それにしても、こうしている時は小動物みたいで可愛いのだが、擦り付ける部位が胸板にシフトすると――――。

 

「お兄ちゃん……お兄ちゃ……んっ……ふぅ……♡」

 

 ――――ウットリとした顔に豹変してしまい、彼女の下半身は妙齢に負けず劣らずの艶めかしい腰つきになっている。男を誘う妖艶な動きだ。本人の性格を鑑みるに無自覚に行っているのだろう。

 嘘みたいだろ。これでもこの子16歳なんだぜ。

 

(まだ行方不明の叔父さんごめんなさい……)

 

「ほら、もうどいたどいた」

「はぁーい……」

 

 腹の上の芳佳を退かしながら「このままではお宅の芳佳さんは一足早く大人への階段を踏まんでしまいそうです」と宮藤叔父さんに腹の中で報告した。

 でもこうなったのは、芳佳が思春期という多感で大事な時期に貴方が仕事にかまけて行方不明になってしまい、その穴埋めに僕が駆り出されたからなので文句を言われる筋合いは無いと主張します。

 

「……ん?」

 

 僕はベッドから起きあがろうとしたのだが、なにかが足にまとわりついている感触がする。僕の下半身はまだ布団に埋もれているのだが、よく見れば一人分の足腰では盛り上がらないであろう起伏ができていた。

 怪しく思い、布団を捲るとそこには――――。

 

「おはようございます、お兄さん♡」

「わぁ!? リーネ!?」

 

 ――――瞳にハートマークを宿したリネット・ビショップ曹長がいた。

 

「お、おはようリーネ……」

「あー! リーネちゃんだけずるい! 私もお兄ちゃんと一緒に寝たかったのにー!」

「ふふっ、ごめんね芳佳ちゃん。じゃあ芳佳ちゃんも今から一緒に入ろ?」

「うん!」

 

 「うん」じゃねーよ、ナチュラルに布団の中に入ってくんなよ。朝飯だっつって僕を呼びに来たんでしょうに。

 

「ほら、朝ご飯食べるんだろ。出てった出てった」

「それにしてもお兄さん、昨日は少し遅かったですね……」

「いや出てけよ……。まぁ、昨日はサーニャから魔導針で他のナイトウィッチとの交信のコツを聞いてて、どうにか俺も魔導針を会得すべく――――ちょ、ちょっと待て」

 

 リーネの発言で背筋に悪寒が走った――――。

 

 昨夜は、深夜三時までという中途半端な時間だったがサーニャと一緒に夜間哨戒任務にあたっていた。そこから帰投しストライカーやら何やらを外して僕が寝付いた時刻は午前4時を回っていた。それもサーニャと話し込んでしまいいつもよりも30分ほど長く飛行していたが、それを知るのは一緒に飛んでいたサーニャのみ。そして寝る前の記憶は朧気だが、部屋の鍵はしっかりと施錠したし布団の中にリーネはいなかったと断言できる。

 

 

 以上を踏まえると……リーネは僕が帰投する前から僕の部屋のどこかに隠れて見ていたという事だ――――。

 

 

「リーネ……お前まさか、僕の部屋に昨日から……!?」

「はい、クローゼットの中にいましたよ?」

「何当たり前みたいな顔してんだよ怖えぇよ!? ジャンルがホラーになっちまうよこのままだと!」

「あ、ご、ごめんなさい……。お兄さんを怖がらせるつもりは無くって……」

「それ何回目だ? ん? あの手この手で毎回やり口変えてるけど、僕が怒る度にしおらしくなる手口はもう十回は超えてるよな?」

 

 一応形式として驚きはしたが、内心では「またか……」と呆れていた。彼女が僕の与り知らぬところで暴走する事は度々あり、その都度怒ってはしょんぼりとしょげかえるリーネを見ては(ちょっと言い過ぎたかな、可哀想だなぁ)と思って見逃してきたが、今回ばかりはヤバすぎる。『意味が分かったら怖い』系列のホラーで、危うく萌えアニメから怖ぇアニメになる所だった。

 

「リーネ、頼むから僕の部屋に了承無しに入ってくるのやめてくれ……」

「えー」

「『えー』じゃありません! 僕の我慢にも限度があるの!」

「じゃあじゃあ、私みたいに朝ご飯ですよーって起こしにくるのは? これは良いよね! じゃないと私のお兄ちゃん成分が不足しちゃうよ!?」

「んだよ『お兄ちゃん成分』って初めて聞いたよ……。まぁ、そういう形式的なもんなら別にいいけど、個人的な理由で入ってくんなよ。プライバシーってもんがあんだよ、僕にだって」

「はい……」

「はーい!」

「分かればよろしい。じゃあ僕は着替えるから先に行ってなさい」

「「えー!」」

「『えー』じゃない!」

 

 がっかりと肩を落とす二人を部屋から追い出し、僕は寝間着から軍服に着替えた。

 にしても、今朝の事も含めてずっと気になっていることがある――――。

 芳佳が甘えてくるのは分かる。父親代わりに僕が芳佳の側に居続けた結果、男とも父親とも兄ともつかない特別な関係になっているなと自覚はあった。

 けどリーネがこうなった理由がマジで分からない。僕は彼女と特別な思い出を共有したことはないし、初期の頃の僕とリーネは年相応の距離の取り方だった。年の差が二つあるから学生の先輩と後輩、みたいな。階級も僕が上だったから畏まって面と向かって話し合うことも少なかったし。

 でもどこかで彼女が、僕に固執するきっかけがあったんだと思う。ただ僕には分からない。彼女に問い質しても「覚えていない方が悪いと思います」と頬を膨らませてツーンと突っぱねられてしまったから、間違いなく僕に固執するイベントはあったんだ。けど、それがどうしても思い出せない。

 

 とまぁ色々懐かれる理由はあるのだが、やはり一番は――――。

 

「それにしても、男の人と一緒に戦うなんて想像もできなかったな……。それに同じ屋根の下で寝泊まりなんて……」

「お兄ちゃんは昔から男の人としての自覚が薄くって、同性よりも私達の輪に混ざって遊んでたからね。今はまともになったけど、油断するとすぐ上半身裸になるんだよ。気をつけないと女の人に襲われちゃうよって言ってるのに!」

「お、お兄さんの裸……芳佳ちゃんそれは……」

「想像しただけでも鼻血でるよね……」

「うん……」

 

 ドアの外から段々遠ざかる会話からも分かる通り、ストライクウィッチーズの世界が男女逆転していたからだろう。

 もしもこの真実に気づかなければ、ただのウハウハハーレム人生まっしぐらだっただろうに。真実は時として、知らない方が良い時もあるとはよく言ったもので……。

 

「「……」」

 

 見ろ、今もこうして僕が着替えようとしているのに、扉の隙間から芳佳とリーネが息を潜めて覗き込んできている。男の素っ裸を女性が見て興奮するのかは、前世では異性との接触が乏しかったため女性の性的知識が不足していることを否めないのだが、それでもこれは異質であると理解していると同時に、これが世の中の普通であることも理解している。

 彼女達は、男のヌードを――――それも上半身だけが裸であっても性的興奮を覚えるらしい。それがダビデ像のように無駄な脂肪のない肉体美に溢れているかどうかは関係なく、ただ半裸というだけで、だ。

 

「はよ食堂に行けや! 散ッ!」

 

 僕が怒鳴ると、扉の外から駆け足で去っていく音が聞こえた。恐らくこれで完全に僕を監視する目は消え失せただろう。僕は寝間着から軍服に着替えて、朝食を取るべく廊下へと出た。

 

「あら、おはようございます」

「ん、おはよペリーヌ」

 

 食堂へ行く途中、ペリーヌとばったり出くわしニッコリ笑顔でご挨拶。アニメ初期のツンツンメガネはどこへやら。身に纏う雰囲気は柔らかく、お辞儀をする様はまさしくガリア淑女。パーフェクトなお嬢様っぷりだ。

 

「もしかして、僕のこと待っててくれた?」

「いいえ、たまたまですわ。本当に偶然ですわよ? えぇ、宮藤さんとリーネさんが貴方の部屋から出てきた時からのぞき見ていた訳じゃありません。偶然、バッタリと貴方と鉢合わせた、それだけですわ」

 

 聞いてもいないのにやたらと偶然を強調してくる。そこまで言われると逆に怪しまれるとは思わないのだろうか。つーか、そもそも僕とペリーヌの部屋割りは対称的で偶然出くわす要素無いんだけど。

 

「ま、突っ込むだけ野暮ってことか……」

「つ、突っ込むですってぇ!!?!!? そんな、こんな朝っぱらから廊下でなんて……なんて破廉恥な……ッ! で、ですが、他ならぬ貴方がそう言うのであれば……私は身も心も捧げるつもりですわッ!!」

「……」

 

 絶句。僕の言ったことを官能的に変換して独り相撲を取る彼女に、ただただ絶句――――。

 

 一応、彼女がこういう風になるのは僕と二人きりの時だけで、そうなってしまった理由も想像が付く。

 

 

 これは何ものにも代え難いが――――僕はペリーヌの家族は守った。

 

 

 記憶が戻った時から、これだけは絶対に「やらねばならぬ、僕がやらねば誰がやる」と意気込んでいたポイントだ。処罰上等の覚悟でガリア撤退戦に参加し、彼女の家族やガリアの人々を数多く守れた時はとても達成感に満ちていた。無論、当時の僕はとても若く命令違反も大量にしていたので出撃許可が下りていなかったのだが、扶桑空軍の命令に背いて秘密裏に出撃した。そのため僕がガリア撤退戦に参加したことは機密事項である。

 アニメしか視聴していない組の僕だが、誰も彼もが不幸を背負うこの時代で、それを感じさせまいと気丈に振る舞うペリーヌの背景を知った時は「何だそれ……ペリーヌの人生僕以上にハードモードすぎだろ……」と病室で絶句したのを覚えている。だから彼女は必ず救うと決めていた。

 と言っても、ガリアがネウロイに襲われる頃にはあっちこっちの戦場に顔を出していたから『守れるだけ守ってみせる』をモットーに掲げるようになっていたので、気づいたら彼女の家族も救っていた。というのが本音だ。

 とまぁ流れで助けたことになったのだが、彼女に感謝された時は人知れず自室で泣いたのも事実だ。

 僕の前世は、齢19歳で夭折した親不孝者。録に親へ感謝を述べることも許されず、自責の念に囚われ続け、ただの金食い虫のまま死んでしまった。だから親に何も告げることなく死別してしまう辛さを知っている。

 その辛さは、誰よりも、知っているとも――――。

 

 

『私を……私達を助けてくださって、ありがとうございました』

 

 

 だから彼女にお礼を言われ――――ペリーヌの家族が今も生きていて手紙でやり取りしていると伝えられたときは、報われて達成感に溢れたと同時に安心して泣いた。

 (あぁ、彼女はいつか家族の元へ帰れるんだな――――)、そう思うとまた泣いた。

 そして僕の前世が重なって見えて再三泣いた。僕はこんなにも涙もろかったのか。

 また、僅かであれば歴史の修正力に抗えることの証明にもなったので、天に向かって中指を突っ立てたのも忘れていない。

 

「み、宮藤大佐……? 棒立ちになってどうかしましたか……?」

「……ペリーヌが正気に戻るのを待っていたんだよ」

 

 それがどうしてこうなってしまったのか。まぁ彼女が女性であり――――。

 

「こ、コホン……。では遅ればせながら、私が朝食までエスコートして差し上げますわ」

 

 ――――僕が唯一の『男性ウィッチ』だからという理由が大半を占めているだろうな。これで僕の性別が女だったら、アニメ版坂本さんと同じポジションに収まっていただろう。

 さて、先の覗き見もそうだったが、元の世界の感性だと「いやそれ逆だろ」と思うことがままある。これもその一つで、紳士が淑女をエスコートするのではなく、淑女が紳士をエスコートするのがこの世界の常識らしい。最初の頃は本当に戸惑ったもんだ。

 

「……うん、でもエスコートは大袈裟じゃねーの?」

「そんなことありませんわ! 貴方は世界で唯一の男性ウィッチとしての自覚が足りていませんし、それにそもそも男性としての危機意識が低すぎます。道中でどんな女狐や豆狸に襲われるか……ガリア淑女たるもの、紳士を守ることが矜持でしてよ!」

「そんな食堂まで100mも無いのに……」

 

 御覧の有様だ。男女の観念が丸っと反転してる。お淑やかにスカートを摘んでお辞儀する仕草は前世と変わらないのになぁ……。

 彼女も最初期の頃はアニメ通りツンケンとしていた。しかし僕が介入したことで色々と改変がなされ、家族と領土を喪った悲しみがガリアを失った悲しみだけに代わり、それとなく坂本さんに抱いていた親愛は敬意になっていた。だって坂本さんがペリーヌを501に誘いに行ったとき僕も同行してたもん。一目見たいなーって。

 おまけにどこで情報を仕入れたのか、一生懸命ガリアを守ったウィザードが僕であったと知ると態度は一変。上記のお礼も言われ、それまでの態度を改めて謝辞をつらつらと述べてきた。それを見ていた事情を知らない芳佳とエイラがギョっとして、しばらく腫れ物扱うような態度でいたのはとても面白かったよ。まぁガリアを守ったって言っても原作よりも死者を少なめに抑えただけで、歴史の修正力には抗えずにネウロイにガリア侵略を許しちゃったんだけどね。

 それでツンツンした態度をとり続けていた反動がやってきてしまい、こうして僕に擦り寄ってくる子猫になった。いや好意をひらかしてくれるのは嬉しいんだけどね? でも僕まだ誰ともねんごろな関係になる予定は無いからね?

 

 あ、すっかり忘れていたけど僕の名字は芳佳ちゃんと同じ宮藤姓。芳佳を宮藤呼びする面々は、僕に「大佐」と階級を付けることで区別してる。中には名前で呼んでくれる人もいるが。

 

「つべこべおっしゃらないで来なさいな。ほら、行きますわよ!」

 

 ごく自然に腕を組んできた。これで食堂に入ったら一悶着ありそうだが離そうとしてくれない。嗚呼……ペリーヌが「少佐~! 坂本少佐~」と坂本さんにべったりだったアニメ一期が懐かしい……。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二話

 ネウロイが跋扈するこの世界で、事前知識ありとは言えども生き抜くのは大変だった。

 幼少期はいつなんどきネウロイが襲ってくるか怖くて怯えていたし、それにアニメ・ドラマCD・小説の三つしか知らないからその他の重要そうな知識なんてからっきし。歳を重ねるにつれて軍に入隊したい気持ちがつのるも、ミリタリー関係はあまり興味が無かったから一から軍規や兵器の名称を頭に叩き込まなければならなかったし、ウィッチの魔力が発現していなければ軍になんて到底入れないだろうオツムの出来だった。

 おまけになまじ原作の知識がある分、救える人は救えるだけ救っちゃおうとした。ペリーヌの家族しかり、ミーナさんの恋人しかり、バルクホルンさんの妹しかり。男女あべこべになったから息苦しい生活を強いられてしまい動きづらかったが、多少の差異はあれども救える分は救ってきた。まぁ原作の修正力で叔父さん……もとい芳佳のお父さんやサーニャの家族の行方は相変わらず不明のままだが。

 

 とにかく軍規に逆らってあっちこっちに寄り道してばかりだったが、それらは全てネウロイによる仕業であり、急襲される現地を予知していたかのように基地を抜け出しては急行した僕は、自然と階級が上がって行き勲功ももらい気づいたら大佐の椅子に座っていた。常軌を逸脱した戦歴と戦果の数々により、本来は将校にまで登り詰めてもおかしくないそうだが、前述通り頭がパッパラパーなのと命令違反ばかりで尚かつ男性ということもあり、下手に階級を上げすぎるのはよくないと判断した扶桑のお偉いさんによって今の階級に落ちついている。僕は特にこの階級にケチを付けるつもりはない。ぶっちゃけ大佐がどれくらい偉いのか分からないから。

 

 けど、それなりに高い地位を得ていることだけは理解していた。

 

 当時の第501統合戦闘航空団の中には大佐以上の階級は僕以外おらず、当初は僕が501のリーダーになる予定だったからだ。しかし、やはり命令違反と男性である点がネックらしく『狂犬ウィザード』の肩書きを持っただけの一隊員に落ちついた。発言力とか政治力とかも男女逆転してて、ちなみに上層部は殆どが女性だった。原作でウィッチを嫌悪していたマロニーさんも女性になってた。

 後は、僕が齢16歳という年齢なのも大きかっただろうか。そんな年頃の男性を前線に送り込むだけですらあり得ないほど批判が殺到していたと聞く。対処に追われた広報担当の兵隊さんには頭が上がらない。

 

 長々とモノローグを語らせてもらったが、つまりどれだけ僕の存在が異質で階級が上であっても――――。

 

「――――反省、してますか?」

「はい……」

「……」

「ごめんなさーい」

 

 

 ミーナさんの権威は健在ということだ。

 僕と坂本さん、それに腕組みして仁王立ちするミーナさんの眼前には、石質の床に正座された芳佳とルッキーニとハルトマンがいた。芳佳とハルトマンはひとまず謝罪を述べるが、ルッキーニは「悪くないもん」とでも言いたげに反抗的な目をしていた。

 

「全く、こんな……いかがわしい物を……貴方達には501としての自覚や責任感は無いんですか!? は、恥を知りなさい恥を!」

 

 ミーナさんが頬を朱に染めながら、彼女達が正座させられている発端となった『ブツ』を「ダン!」と机に叩きつけた。『ブツ』とは、被写体の僕が中心になって映っている写真だった。それも一枚や二枚だけでなく紐で括られたそれは辞書並に分厚かった。それが単なる写真ならまぁ良いのだが問題は内容だ。僕が露天風呂で空を見上げながら寛いでいる写真であったり、半裸でベッドに寝ころんでいる写真であったり、ルッキーニと水浴びではしゃいでいる写真であったり。この時全ての情景は覚えているのだが、この写真全て撮られていた覚えは全くない。

 つまるところこれらは――――盗撮写真だ。

 

「全く……宮藤大佐が進言を断ったからここで済んでいるものの、本来だったが軍法会議ものだぞ」

 

 坂本さんが溜息を吐いて頭を振った。

 ぶっちゃけ僕はまだこの世界に慣れていない。男が女性らしく生き、生活し、そして並々ならぬ恥じらいを持つ価値観の違いに未だに苦しんでいる。特に僕がこの世界に溶け込むのに時間がかかったのは、「男が裸になるときにトップスを隠す」文化だった。男が上半身裸になることは、前世で言うところの女性がトップレスになることと同義らしいのだが僕にはそこら辺が理解できず、小さい頃は川遊びする時やお風呂に入るときも股間を隠していただけで終わらせていたが、両親に大目玉を食らってようやくそれがダメなのだと気づいた。みっちゃんも芳佳も黙ってガン見しないで言ってくれよ……。

 とりあえず僕が言いたいのは、上半身を見たり撮られたりされる変態的嗜好は無いが、特に上半身を隠すことに抵抗感があったという点だ。

 

 それもあって、僕は今回のことに対して上層部に申し立てるつもりは一切無い。まぁ半裸を見られるのは別にいいけど自室の隠し撮りは流石に勘弁してほしい。これは男女関係なく嫌悪感を抱く行為だ。これ以上極度にプライベートに干渉するのであれば僕も法的措置を執らざるを得なくなる。それが身内の芳佳であってもね。

 

「でもさー、正直腹筋を自慢しに来る宮藤大佐も控えてほしいよねー。そんなの誰だって我慢できなくなるじゃん」

「そうだそうだー! 私達は悪いことなんもしてなあぁーい!」

「ハルトマンさん!? ルッキーニちゃんも!」

「まぁ確かに……。度々扇情的な格好なるのは気をつけて欲しいが……」

 

 反発するハルトマンとルッキーニに芳佳は目をひん剥いたが、坂本さんは同調して頷いた。隣でミーナさんがため息を吐いているぞ。

 

 とりあえず、これも僕が苦言を取り下げた要因の一つだった。

 

 僕はこの世界では軍人だ。それなりに体を鍛えているから上半身を晒すにあたって恥ずかしい贅肉も無いし、なんならうっすらとシックスパックが割れて自慢したい気持ちにも駆られている。その衝動が爆発して過去にプロパガンダの一環として際どい写真や映像を大本営仕切りの元で撮りまくったけどね。

 けど、さっきも弁明したが僕に視姦される変態的嗜好はない。あくまでも純粋な自慢したかっただけ。

 一方で、病床に伏せていた前世ではフラストレーションが溜まっていた反動があった。と言うのも、この世界の男性基準だと考えられないくらい開放的になっていると言われたことがある。上半身を隠すことに抵抗があったことも要因の一つだろう。

 とまぁ注意されたにも関わらずそれを直そうとしなかった。だから責任の一端は僕にあると考えていた。

 

「僕もそれに関しては反省してるよ。だから上に通達しないでここで留めてるんじゃないか」

「いーや甘い! 甘すぎるよ宮藤大佐! 私達なんてこの程度で収まってるけどまだまだ序の口だからね! 宮藤大佐のあられもない姿を見たいウィッチはごまんといるけど、それ以上に過激な事がしたいウィッチはそれ以上にいるんだから!」

「そうだそうだー! 過激なことだって――――過激なことってなぁに……?」

「ル、ルッキーニちゃんにはまだ早いかな……。ねぇお兄ちゃん?」

「僕に振るなよ……」

 

 いつもならバルクホルンさんがここでハルトマンに雷を落とす場面だが彼女はいない。驚くべき事に僕の盗撮写真を見て泡吹いてぶっ倒れたからだ。どんだけ男性に免疫が無いんだよとケタケタ笑ってしまったが、妹のクリスちゃんにべったりでその後も即軍入りしてた背景を考えると仕方がないのかもしれない。

 前世基準で例えると、バルクホルンさんは小中高全部男子校で育った純粋培養の男子生徒であり、またインターネットも普及していない時代なためおかずも少なく教師も同級生も身内も全員男。戦闘、規律、筋トレと国への奉仕一筋で育った童貞が社会に放り出され、職場に唯一いる女性社員の生々しい写真を見たと仮説を立てれば過度な興奮のあまりぶっ倒れるのも仕方ないだろう。ましたやそれが盗撮であり、盗撮していたのがその同期で責任感が滅茶苦茶強ければ尚更だ。ハルトマンが怒られるのはバルクホルンさんが気を取り戻してからが本番だ。

 

「フラウ……貴方ね……」

 

 ルッキーニは「?」マークを浮かべ、芳佳は羞恥心から僕と顔を合わせようとせず、また罪悪感もあって反省しているようだがハルトマンはどこ吹く風。そんな彼女にミーナさんは頬をつり上げてピクピクしている。相当ピキっている証拠だ。

 

「宮藤大佐、ごめんなさいね。私がいるのに未然に防ぐことができなくて……どこでフラウの教育を間違ったのかしら……」

「そんな気にしなくていいですよ。僕にも落ち度があったことは重々理解していますから」

「ハァ……貴方は優しいのね……。彼を助けてくれた時と何も変わっていない……」

 

 ミーナさんは憂いながら僕の頬に手を当てた。"彼"というのはミーナさんの恋人クルトさんのことであり、史実だと音楽家の道を捨ててミーナさんを追いかけて軍に入隊したが、撤退が間に合わずにパ・ド・カレー基地で戦死した人だ。今回も史実に則ってミーナさんを追いかけて軍に入隊していたが、大規模撤退戦である『ダイナモ作戦』に僕が参加していたことが大きなターニングポイントとなって生存ルートを辿っている。当時の僕は"男性ウィッチ"のブランドを盾にしてあっちこっちに戦役に参加していた。――――勿論、扶桑軍非公認の事後報告で。

 ネウロイ倒してるだけなのに怒られるの癪だったので、パッと戦場に現れてはパッと消えてを繰り返していたが、当然バレて頭ごなしに怒鳴られた僕が「扶桑捨てて自由そうなリベリオンに籍を移します」と脅したのも記憶としては新しい。いや軍規やモラルに反して悪いことしてるのは僕なんだけどね。実際に戦場は混乱しちゃってたし、扶桑だけでなくあちらこちらのお国から怒られたのも確かさ。でも空が飛べて魔力があるのにジッとしてるのも嫌だったんだ。前世では動きたくても動けない日常だったからね。

 

「あーミーナさんだけズルイ!」

「うじゅじゅー宮藤大佐! 私の頭も撫でて撫でてー!」

 

 自分語りで話が逸れてしまったが、反省しているように見えて欲望に忠実なこの二人によって現実に引き戻された。やっぱり反省してないじゃないか(呆れ)。

 

「おいミーナ……お前まさか宮藤大佐に……」

「ちっ、違うわよ美緒。私別に疚しい気持ちなんて無いわ、本当よ?」

「そりゃあったら大問題ですよ、貴方は恋人がいるって公言してるんですから……。つーかルッキーニと芳佳、あんま反省してないよね。特にルッキーニ、さっきからお前欲望ダダ漏れな」

「ハルトマン中尉が言ってたけど、緩すぎる宮藤大佐が悪いー!」

「そうだよ! お兄ちゃん昔からそうだったけど、人目が無くなった途端に上半身脱ぐ癖やめた方がいいよ!」

「確かにガードが緩かったなとは思うけど、そりゃ信頼の裏返しなんだよ。501が結成されてから結構経ってさ、時には背中を合わせて、時には命を預け合った戦友じゃん。それなのに……ハァー……。僕はお前達がこういう事する子じゃないと思ってたんだけどなぁ……。特に芳佳、叔母さんが知ったら泣くぞ」

 

 僕の溜息で三人の顔が青くなった。こういう時はフリでもいいから怒るよりも失望するに限る。

 

「お、お兄ちゃんごめんなさい! やりすぎました、本当にごめんなさい……! 何卒、何卒お母さんには内緒にしてください!」

「ごべんばざい゙い゙いいいぃぃ……エグッ……ヒクッ……。反省じまずううぅぅ! 二度とじまぜんだから嫌わないでえええええぇぇ!!」

「あわわわわ……あわわわわわわわわわ……」

 

 やべぇ……ちょっと効果覿面すぎたか。芳佳は扶桑式五体投地しそうになってるし、ルッキーニは泣き出しちゃったし、ハルトマンは心ここに在らずといった様子でガクガクと体が小刻みに震えている。

 

「ま、まぁ次からそういう写真撮りたいときは僕の了承を得てからにしてね。僕がガッカリしたのはこういうはだけた写真ばかり撮ってるからじゃなくて、盗撮していたことが原因だから。分かった?」

 

 全員無言でコクコクと何度も頷いた。これでもう盗撮しないと約束してくれれば、僕はもうこの件については終わりで良いと思う。

 

「もうしないと誓えるなら、今回は宮藤大佐に免じて不問とする。それでいいな? 宮藤大佐」

「はい」

「では解散だ。もう二度とこんな馬鹿げた真似はするなよ。全く、叱る側の気持ちにもなってみろ」

 

 坂本さんは正座させられていた三人娘よりも先に部屋から出て行こうとしていた。そんな彼女の前にミーナさんが立ち塞がる。

 

「……ちょっと美緒、上着のポケットに隠した『ソレ』。今すぐ出しなさい」

「チッ」

 

 おい舌打ちしたぞこの人。

 そういえば説明し損ねていたが、僕と坂本さんは501に入る前から旧知の仲だ。僕のウィザードとしての適正を見出したのは何を隠そう芳佳の叔父さんであり、その後も僕の固有魔法を紐解くためにストライカーの研究に自発的に協力していた。その途中で坂本さんと知り合い、リバウを始め様々な戦場でも幾度となく背中を預け合った経緯がある。そこで他のウィッチと知り合ったがそれは別の話。

 だから彼女のこういう奇行も――――彼女と一緒に寝泊まりすると僕の私物が消える不可解な現象にも目を瞑ることにした。槍玉に挙げて指摘したこともあったが開き直られてしまい、挙げ句の果てに酒を煽って錯乱した彼女から肉体関係を迫られた事もあった。悪い気はしなかったけど、まだ責任は取りたくなかったので断腸の思いで逃げさせてもらった。

 

「やはりミーナの目は誤魔化せんな」

 

 坂本さんはやれやれポーズで上着のポケットから、あの盗撮写真の束からくすねた一枚を取り出してミーナさんに渡していた。これが僕の私物が無くなる原因でなくてなんなのか。

 

「まだあるでしょう?」

「……」

 

 坂本さんは更にポケットから二枚目、三枚目、四枚目と僕の写真をミーナさんに渡していた。どんだけがめついんだ。

 

「はい宮藤大佐。ついでにこれも」

「あ、ありがとうございます……」

 

 写真の束と一緒に胃痛の薬をミーナさんから渡された。もうこの隊にはミーナさんとサーニャしか常識人がいねーや。

 





坂本さんをオチに使ってごめんなさい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三話

 僕は魔力を持った男、通称『ウィザード』。別にオフィシャルな呼び名でもないし呼び慣れていない人は『男性ウィッチ』と呼ぶ。で、当然ウィッチなわけだからネウロイと戦う。そのために501にゲストとして招かれたのだ。

 

「宮藤、出ます!」

 

 だからネウロイ出現報告があると、こうしてストライカーを履いた僕は大空に向かって射出される。

 敵は大型ネウロイ一機だけ。奇をてらったデザインではなくシンプルな航空機タイプで戦いやすかったが、コアが内部で移動しまくるため破壊までの時間を要する厄介なタイプだ。

 

『宮藤大佐、そっちに小型ネウロイの群れが行きましたわ!』

 

 ペリーヌからインカム越しに報告された通り、空を飛ぶ僕を追尾して小型ネウロイが大量に突進してきていた。一体どこから現れたのか。

 

「了解、こっちで対処するからそっちは大型ネウロイを落としてくれ」

 

 こういう手合いはレーザー等の遠距離武装を持っておらず、数にモノを言わせたインファイトを仕掛けてくる。ペリーヌの雷を放射する《トネール》や、ハルトマンの風を操る《シュトゥルム》など、AOEが有効打なため彼女達に助力を申し出たいところだが、彼女達は大型ネウロイと戦っているため手が離せない。

 だが、僕にもこういう雑魚を散らす方法は心得ている。

 僕は大型ネウロイと交戦する本隊から大きく離れた。1kmほど離れてもまだ、疲れを知らない小型ネウロイは追尾してくる。

 チャンスだ――――。

 

「どおおおおりゃああああああぁぁッ!!!!」

 

 僕はシャンデルしてシールドを展開し、追尾していた小型ネウロイの群れに突っ込んだ。端から見れば自殺行為に見えるが、僕が展開したシールドの大きさを見てそれは勘違いであったと気づくだろう。シールドは円錐型で直系500mにも及び、また三つのシールドを重ねているため強度も高い。有り体に言えば、僕の『固有魔法』と宮藤家特有の底なし魔力量をふんだんに使ったルッキーニ戦法のパクリだ。

 しかし困ったことに、僕のシールドは耐久力があるもののストライカーのスピードはそこまで高くなく破壊エネルギーとしては物足りない。ルッキーニの『光熱』みたいにシールドに接触しただけで全てのネウロイは壊れてくれないのだ。

 一応、当たり所が悪くコアが壊れた小型ネウロイは破片を散らして崩壊していったが、群れを通り抜けた僕の正面には、シールドに押された衝撃で方向感覚の狂った小型ネウロイが浮遊している。

 

「良い的だ」

 

 僕は肩にかけていたサブマシンガンを乱射した。シャーリーが使っていないので借りたトンプソンM1A1だ。特に武器に対して愛着も執着も無いし、使えれば何でも使うの精神なので他の隊員からその場の気分で武器を借りることはままある。何なら坂本さんが怪我でフライトできない間に烈風丸を使わせてもらったこともある。

 

「1、2、3、4――――」

 

 フラフラとその場に漂うだけの小型ネウロイは簡単に落ちていく。途中まで撃墜数をカウントしていたが、それも面倒になったので止めた。マガジンを交換して、構えて、撃つ。撃つ。撃つ――――。

 

 後から思えば、僕はこの時トリガーハッピーになっていたんだと思う。小型ネウロイを破壊するのに夢中で周りが見えていなかった。大型ネウロイと交戦する501の面々から距離を取っていたから、誤射する心配も無いというのも拍車をかけた。

 

「ふぅ……ん?」

 

 小型ネウロイを一掃したところで、急に僕の視界が暗くなった。何かが太陽光を遮ったのだ。

 

『宮藤大佐、真上です!』

 

 かなり遠くで大型ネウロイと交戦しているはずのサーニャから無線が入った。彼女に誘われるまま大空を見上げる。気づいたときには遅かった。ハニカム構造を幾重にも重ねた中型ネウロイが、先端部に真っ赤なエネルギーをチャージしているのが見えた。照準は僕に合っている、機械のように放たれるレーザーは寸分の狂いなく性格に僕を撃ち抜くだろう――――。

 僕は冷静にシールドを展開した。余裕で間に合う。そんなに焦る必要はない。ただ武器がトンプソンだけだとちょっと物足りないかな……。

 なんて考えていたら、今度は坂本さんから無線が入った。

 

『下にもいるぞ!』

 

 

 まさか――――。

 

 

 そう思って下を向いた。そのまさかだった、そこには僕のマウントを取っている中型ネウロイと同じ型のネウロイがいた。先端には赤い光が灯っている――――。

 僕の知る限り、多方面にシールドを展開する技術は習得しているウィッチはいない。一カ所に魔力を集中させることがシールドを展開するコツであり、神髄でもある。それをばらけさせてシールドを多角的に展開させるのは至難の業。少なくとも僕はそれに成功しているウィッチは知らない。

 

 つまり上下に挟み撃ちにされた僕は詰み――――。

 

 

「ッ!?」

 

 撃墜を覚悟した僕だったが、衝撃が訪れることはなかった。

 

「――――!」

 

 僕の真下でネウロイが爆発したからだ。ネウロイは甲高い摩擦音を立てて壊れていく。次いで、上にいるネウロイも爆発四散。あっという間に窮地は脱した。

 奇跡でも起こったのかと神様に感謝しそうになったが、インカムを必要としないくらい近くに、不相応なフリーガーハマーを担いだ女神がいたため神への祈りは取り下げた。

 芯がしっかりとしているが、どこか儚げで庇護欲を掻き立てられて守りたくなる天使――――サーニャちゃん。アニメでも十二分に可愛かったが、改めてこちらの世界でも整った顔立ちは健在でエイラが惚れるのも分かるくらいの美少女。そんな彼女が僕を守ってくれた。

 

「な……ナイス、サーニャちゃん! マジで助かった!」

 

 グッとサムズアップすると、あちらも手を振り返してきた。しかしその表情はどこか優れず、頬から血の気が引いているように見える。危機一髪だったため、きっと僕の顔もあれくらい青くなっているだろう。

 

『フゥッ……。冷や冷やさせるな……。ネウロイの殲滅を確認。総員、速やかに帰投せよ!』

 

 坂本さんに従い帰投すべく、サーニャの側へと飛んでいった。

 

「ありがとうサーニャ。マジで助かったよ……ナイスカバー! もう走馬燈が一瞬頭を過ぎっちまってよ、三途の川渡りかけたわ」

「フフッ、間に合って良かったです……」

「しかしあの中型ネウロイどっから出てきたんだろうな。僕たちが戦ってるときはいなかったよね?」

「私達が交戦していたネウロイの体内から中型ネウロイが射出されたんです。それを魔導針で感知して、慌てて飛んできて……」

「あーなるほど……。じゃああの突然現れた小型ネウロイも」

「はい、多分あの大型ネウロイの体内から……」

 

 サーニャと会話しながら空を飛んでいるが、彼女の顔色は益々悪くなっており青白くなっている。

 

「サーニャ、顔色が優れないけど大丈夫? どっか怪我でもした?」

「実は、魔力を使いすぎて疲れちゃいました……」

「あー……。昨夜に夜間巡回して帰ってきて、それから一時間も待たずに出撃。ネウロイを探知するためにずーっと魔導針出しっぱなしだったもんな……。とりあえず肩貸すよ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 フラフラと力なく飛び続けるサーニャに肩を貸して、基地へと帰っていくみんなの背中を追った。しかしその間も、サーニャは何かを言いたげにチラチラとこちらを見ては青白かった頬に朱が差している。やはり、男女逆転した世界だから友達以上恋人未満のエイラだけでなく、いやが上にも異性を意識してしまうのだろう。

 

「えぇーっと……どうかした?」

「あっ、いえ! その……今から寝ても今日の夜間哨戒までに魔力が回復するか分からないので、できれば魔力を分けて欲しいのですけれど……」

「マジで……? まぁサーニャが欲しいっつーなら別に良いけど……いいの?」

「お、お願いします! 夜間哨戒に影響が出てからじゃ遅いんです! 是非、是非私に魔力をください……!」

「わ、分かった! 分かったから急にアクティブになんなって!」

 

 若干早口で捲し立てるサーニャの迫力に押された僕は、固有魔法を発動した。

 

 一握りのウィッチにしか使えないとされる固有魔法は僕にもある。特に名前は決めていなかったが、その異質な能力から知り合いのウィッチの間で『魔力タンク』と呼称されているようだ。

 

 内容は「魔力を他人に譲渡できる」という至極単純な能力だが、他にも二つ、特殊なメリットがある。

 

 一つは、魔力を譲渡するにあたって相手が魔力を保有しているかの有無は関係ないこと。通常、ウィッチは二十歳を境に魔力が減衰していく『アガリ』という時期を迎えてしまう。だが彼女達に僕が固有魔法を使うと『アガリ』がピタリと止まる。これに関してはウィッチの間で議論が白熱したのだが、なし崩し的に僕が普通の女の子をウィッチに目覚めさせてしまったことがキッカケで一つの結論に至った。どうやらこれは、僕の『魔力タンク』が"元々ウィッチに備わっていた魔力の器に魔力を流し込む"のではなく、僕の中にある"魔力を溜める器をそのまま譲渡する"かららしい。つまり古い器を新品に取り替える、若しくは新しい器をそっくりそのまま渡せてしまうのだ。これによって『アガリ』の時期が止まる、もしくは先延ばしになる理由が解決された。

 

 それと同時に僕の『固有魔法』は世間一般に流布されることはなく隠蔽された。当たり前だ。普通の人間をウィッチに造り替えるなど神に対する冒涜であり、反逆行為であり、ウィッチ不足に喘ぐ昨今からすればどこの国も喉から手が出るほど欲しくなる兵器製造能力――――。

 だから僕の固有能力に関しては箝口令が敷かれた。幸いにも噂が広まったのは扶桑ウィッチの間だけで、また魔力を譲渡した相手にも、男という特殊な立場を生かして「内緒にしてね」と色気たっぷりのウィンクもセットでやったから情報は漏れていない。……と、思いたい。

 

 もう一つのメリットは、僕の体内で常日頃から魔力を溜める器が生成されていること。これによって宮藤家特有の素質としてあった魔力量と合わさって、悪魔じみた魔力量を誇る。先ほどのような馬鹿でかいシールドを展開してもこれっぽっちも疲れないし、24時間のフライトも余裕で行える。

 

 以上の二点からダブルミーニングで『魔力タンク』と名付けられた。

 

 ただし、『魔力タンク』を他者に行使する際に最大にして最低最悪のデメリットがついて回る。

 

 

 それは――――。

 

 

「いっつぅ……。はい、舐めて」

「あぁ……ありがとうございます……!」

 

 僕は自分の手首をナイフで切って、垂れてきた血をサーニャの口元にあてがった。

 

 これがデメリット。

 

 『僕の体液を他者の体内に入れなければならない』

 

 人体から流れ出る液体など、自分にとっても相手にとっても不快の塊でしかない。汗であれ、唾液であれ、血液であれ。それが親族でもない他人であれば尚更だろう。

 ハッキリ言って、僕はウィッチに体液を飲ませるのが心底嫌だった。僕は軍人だ。それに体質なのか新陳代謝もそれなりに高い。すぐに汚れるし垢や頭垢も皮膚表面上に付着している。風呂やシャワーを頻繁に浴びても拭えない不潔感があるのに、体を洗う余裕のない現地で汚れた皮膚を口元に運ぶのが、ましてや体液を飲ませるのが本当に嫌だった。

 それでも彼女達から強請られたら僕は飲ませるしかない。それがこの世界での、新しい体を得られた僕に託された唯一の"役割"であり、また前世で誰かに頼らなければ生きられなかった僕が、誰かに頼られることに喜びを見出していたからだ――――。

 嗚呼……僕の自己満足に付き合わせるのが申し訳なくなる。自己嫌悪してしまう。

 

「……ごめんねサーニャ、こういうやり方でしか魔力を渡せなくて。他に手だてがあればいいんだけど、まだ研究中でさ……」

「じゅ……ちゅるっ……」

「あれ……サーニャさん? もしもーし?」

「ジュルッ、ジュゾゾゾゾッ……。んっ、ふぅ……んっ……」

 

 それはそれとしてもう一つ嫌なことがあるのだが、それがこれ。『僕の体液には麻薬のような中毒性がある』。

 魔力を潤沢に保有する僕の血液が余程美味しいのか、ウィッチに血を吸わせるとまるで蛭のように吸い付いて離れなくなってしまう。今も、僕がサーニャに肩を貸して帰投している最中だと言うのに、彼女は悩ましげな声を上げながら抱きついて離れない。体液に変な成分は入っていないと思うのだが、血を吸ったウィッチによると麻薬のような中毒性があるそうで、一度吸ったら何度も何度も血を吸いたくなるらしい。それが魔力の充足している日常であっても。吸血鬼か何かか?

 そのせいで僕は、誰とは言わないが一度貧血で倒れるまで吸われたこともある。

 

『おい康夫。お前また血を上げてるな』

 

 前方を飛んでいた坂本さんからインカムの回線を繋いで喋り掛けてきた。今更だけど僕の本名は宮藤 康夫(やすお)。仲の良いウィッチからは私的な用事があるとこうして名前で呼ばれることがある。

 そう言えば今更だけど、坂本さんはアニメだとアガリも近く妖刀・烈風丸に魔力を吸い取られて飛べなくなったが、僕の固有魔法によって今日も元気にストライカーを装着して飛行している。芳佳の魔力も枯れることはなく、501が解散された時に一度ウィッチを引退して医療の道を歩むべく劇場版に沿ってガリアを訪れていたが、復活の兆しを遂げるどでかいシールドも発動しなかった。あの場には僕が付き添いでいたからね。で、501が再編成されるにあたって僕と一緒に再入隊した。

 

「まぁ、このままだと夜間哨戒に支障を来すってサーニャが言うんで仕方なく……」

『気軽に飲ませるなと言っただろう。お前の血液は中毒性が強すぎるんだ』

「僕もそう思ったんですけど、サーニャは昨晩から今朝までずーっと出撃しっぱなしでめっちゃ窶れてたんで……――――」

『サアアアアアアアァァニャアアアアアアァァッ!!!』

「あーうっせぇ! 静かにしろエイラ!」

『サーニャちゃんだけズルイ! 基地に戻ったら私にもちょうだいお兄ちゃん!』

『私も飲むー!』

「芳佳もルッキーニも必要ねーだろ……。おいサーニャ、大丈夫か?」

 

 適当にインカムから聞こえるヤク中共をあしらい、まだ手首に吸い付くサーニャに語りかける。ぶっちゃけそろそろ僕がやばくなるから止めてほしいんだけど。

 ちなみにエイラは史実通りサーニャと仲がいいのだが、そういう関係性を持ちたがっているという話は聞いておらず、普通に男性に欲情するノンケともバイセクシャルとも取れるどっちつかずな変態に進化していた。サーニャの方もまだ本意を図りかねているが、それはまた別の話。

 

「プハァッ……。はい、ありがとうございました。お陰様で、今日の夜間哨戒も行えそうです」

 

 一滴も逃すまいと、口の端に垂れた僕の血をペロリと舐めとったサーニャがニッコリ笑顔でお礼を言っていた。儚げな薄幸美少女という妹系の容姿と性格をしているが、男性にガツガツくるウィッチの中で常識人というだけで、存分に甘やかすに値する人物だと思っている。僕の血でよければ幾らでも飲ませてあげよう。サーニャマジ天使。

 ……この性格が打算の上でやっている演技だとしたら怖すぎるが、それは考えないでおこう。

 

「ごめんな、こういう方法でしか魔力あげられなくて。汚いから嫌なんだけどさ……」

「い、いえそんな! 宮藤大佐の血が汚いなんて、思ったことも無いです……!」

「ハハッ、フォローありがとう。みんな同じ事言ってくれるよ。僕からしたら他人の血を飲むなんてのは絶対に嫌だけどね」

「私達も他者の血を飲むのは嫌です……。それが魔力を含んでいたとしても、私は飲みません。でも私は、宮藤大佐の血だから飲んでいるんです。誰でも良いわけでは無いんですよ……!」

「あーマジで可愛い……本当にできた子だなぁサーニャは」

 

 僕が傷つかないよう熱弁を振るうサーニャマジ天使。多分これは男女逆転しているからサーニャは僕の気が沈まないよう言葉を選んでいるんじゃなくて、逆転していなくてもこういう事言ってくれると思う。アニメで見ていたサーニャだったら同じこと言ってくれそう。

 サーニャと彼氏持ちのミーナ中佐くらいじゃないか? 男女逆転した世界で、性格があまり変わっていないウィッチって。

 

 

『サアアアアアアアアアアアニャアアアアアアアアアァァッ!!!』

 

 

 ――――訂正、エイラも変わってねぇ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四話

 

「ふぅー……」

 

 僕は扶桑人で、元日本人だ。シャワーやサウナでは満足できない生粋のお風呂好きだが、汗を流すくらいならと気まぐれでシャワーやサウナだけを利用する日もある。

 今日はその『気まぐれ』が発動した日でサウナに入っていた。

 

 

「あーギモヂイイィ……」

 

 僕は垂れてくる汗を拭いながら白樺の葉で顔を仰いだ。本当は叩くらしいが知らん。このサウナはエイラの強い要望で作られており、脱衣所には本人による「サウナの正しい使い方」という注意事項が書かれた冊子が置かれてるくらい気合いが入っている。この白樺の葉も気合いの表れだ。けど僕はサウナをたまにしか使わないので読んでいない。すまんエイラ、僕はものぐさなんだ。

 しかしいくら僕がものぐさとは言えど、僕が入っている事を示す立て札を脱衣所の扉の横に設置するのは忘れていない。アレがなければ大惨事になりかねないからね。

 まぁ見逃しでもしない限り誰かが入ってくるラッキースケベイベントは発生しないだろう。最も、男女逆転した世界におけるラッキースケベはあちらにとってであることを注釈する。

 

 

「ぬわーん、疲れたモー」

「今日も訓練きつかったねー」

「エイラさんはともかく、ハルトマン中尉はバルクホルン大尉から逃げ回っていただけでしょう?」

「それでも疲れたのー。ペリーヌ細かいこと気にしすぎ」

 

 

 ――――さて、どうやら僕の発言のどこかにフラグがあったらしい。脱衣所からウィッチの喋り声が聞こえてくるぞ?

 

「ウッソだろお前……」

 

 僕は深く項垂れた――――。

 待て待て待て。何の前振りもなく、本当に自然に当たり前のように入って来やがった。立て札はどうなった。まさか本当に気づかずに入ってきたんじゃないだろうな!? 

 

「あ、服が少し破けてる……。どこかでシールド張り損ねちゃったかな……」

「ふっふっふー。油断してるリーネのおっぱいなんか……コーダ!」

「きゃっ!? ちょ、ちょっとエイラさん……!」

「ムムム、また大きくなってる……。好きな人に揉まれると大きくなるって聞くし……さては宮藤大佐に揉まれたナ!?」

「もう、からかわないでください! そんなラッキースケベ起きたことありません!」

「そう言えば宮藤大佐って、あんま女性のタイプについて語ること無いよね~。やっぱりおっぱい大きい方が好きなのかな?」

「あの方は他の殿方と違って胸の大小に拘りませんわ。『好きになった女性の胸が、好みの胸の大きさだよ』……って言うに違いありません!」

「それさー……ペリーヌがそうであって欲しいって言う願望でしょ? 芳佳のことちんちくりんとか言うけど、ペリーヌの胸囲なんか大差ないじゃん。なんならペリーヌのが小さいまであるし」

「そ、そんなことありませんわ! それに、大きさで言ったらハルトマン中尉だってそちらの方が都合が良いでしょう!?」

「まーね♪」

「私もそんな大きい方じゃないからリーネが羨ましいゾー」

「そ、そんな所で羨まれても困ります! まぁお兄さんが欲するならいつでも差し出しますけど……」

 

 生々しいガールズトークから察するに、僕がサウナの中に居ることを知らないようだ。どうやらマジで気づかずに入ってきたらしい。今度から立て札じゃなくて、入り口にバリケードを作るかロープやテープで封鎖するかのどちらかにするようミーナさんに進言するとしよう。

 なんて前向きに代案を考える僕だったが、皆さんは「何冷静に分析してんだ! 早くここから逃げろ!」と思うだろう。しかし生憎サウナ室と脱衣所しか繋がっている部屋はないため逃げ場はない。隠れる場所も勿論ない。

 

 それに僕は……その……なんだ。

 大変お恥ずかしい話で恐縮なのだが、その……このところ出撃続きで寝る暇が無くて、所謂『疲れマラ』という奴が今になって襲いかかってきていて……。

 羞恥心をかなぐり捨てて直球に言うなら、僕のマイサンが半勃ちしてる。被さったタオルを押し退けて「僕はここにいるよー」と自己主張してきている。だから立てないし、このまま脱衣所に行くのもまずい。

 ウィッチのみんなに見られるのが恥ずかしいのも勿論あるが、この世界は男女間の貞操観念が逆転している。つまり男性の勃起というのは、元の世界で言うところの女性の愛液が垂れている事と同義である。それから連想されるに、僕が半勃ちであることを気づかれると――――驚くべき事にサウナの中で自慰行為をしていたと勘違いされる危険性がある。

 

 

 その弁明に費やす労力を計算すると――――。

 

 

「えっ!? えええぇぇっ!? み、宮藤大佐!!!??」

「キャ、キャアアアアアアアァァァァァーッ!!!?!?」

「ワーオ」

「お、おぉっ!? おいおいマジかヨ!」

 

 

 

「君たちさぁ……叫ぶとしたら普通僕じゃね……?」

 

 

 ――――このように、冷静かつ堂々としていることが一番ということだ。

 

 

 それぞれ上から順にリーネ、ペリーヌ、ハルトマン、エイラの四人のウィッチが入ってきた。内リーネとペリーヌだけが、タオルでしっかりと局部を隠しての入場だ。

 それにしても反応は2パターンに分かれているのが面白い。上二人は顔を真っ赤にして思わず目を掌で被い隠しているが、下二人は興味津々に僕の体を目に焼き付けている。

 後者二名が焼き付けようとしているのは僕の半勃ちしたナニではない。それはタオルでギリギリ隠れている。では何に魅入っているのかというと僕の『上半身』だ。この時の僕は上半身を晒け出していた。小さなボディタオルしか持ってきていなかったから、下半身を隠すので精一杯だったからだ。これでも善処している方であり、そもそも立て札をかけておいたので入ってくる方が悪い。

 が、やはりこの世界で男性の上半身は不味く、特に年頃で男性との接点が少ないウィッチともなれば尚更だった。

 

「ごごご、ごめんなさい宮藤大佐! 私、貴方が入っているなんて知らなくて! ワザとじゃ、決してワザとじゃありませんのよ! あ、み、見てませんから! 宮藤大佐の引き締まった上半身なんて見てませんから! ご安心なさいませ!」

「お、おおおお、お兄さんの上半身ヌード……。汗ばんでて……格好よくて……キャッ!」

「み、宮藤大佐……これは事故、事故なんだナ! サーニャに誓ってこんな、こんな抜け駆けなんてしないゾ! 絶対に……ウン……」

 

 ペリーヌは180°回転して明後日の方向を見ちゃうし、リーネは目を隠していた掌の隙間からチラチラとこちらを見るし、エイラは言い訳しながらも堂々と座り続ける僕をガン見している。

 

「ちょっとちょっと~……宮藤大佐さ、やっぱり私達誘ってるでしょ? 立て札も立てずにサウナに入ってて、しかもそんな扇情的な格好しちゃってさぁ……」

 

 中でも一番酷いのはハルトマンだった。彼女に至っては盛大に勘違いして涎が垂れてるし、ダダ漏れする欲望を隠そうともしていない。というかまず、ハルトマンとエイラは欲望よりも局部を隠してくれ。僕なんか目のやり場に困ってずーっと床と睨めっこしてるよ。

 

「……あ? ちょっと待てハルトマン。僕ちゃーんと外に立て札置いといたぞ」

「またまたそんな嘘ついちゃって~……あ、分かった! 誘い受けって奴でしょ!? トゥルーデが好きなシチュエーションだ!」

「いいかハルトマン、よく聞け。僕は君たちがサウナに入ってきてしまったことを事故として片付けようとしているし、何ならこのまま黙っていてもいい。だが君の態度次第では、今すぐミーナさんかバルクホルンさんに泣きつく事も可能だということを忘れないでくれ」

「あっズルイ!」

「ズルイもクソもあるかぁ! いいかハルトマン、今すぐ脱衣所の入り口を見てこい! 僕が立て札をかけていたかどうか、もう一度見てくるんだ! そうすればこの事は内密にしといてやる!」

 

 こういう興奮した奴を静めるには責任の所在をハッキリさせるのが一番だ。ハルトマンはブツクサと文句を言いながらも、脱衣室から出て入り口を確認しにいった。そして30秒も経たずに戻ってくると、頬を赤くしながらもニヤニヤとしていた表情が一変、青ざめながら小声で呟いた。

 

「アリマシタ……」

「ね? 僕そういうコンプライアンスちゃんとしてるから。僕が原因でそういう間違いって絶対起きないようにしてるんだよ」

「ゴメンナサイ……」

「ンダよー。折角合法的なラッキースケベだと思ったのに……」

 

 なんだよ合法的って。意図せずして起こるからラッキースケベなんだろうが。

 

「す、すみませんでした宮藤大佐。ハルトマン中尉が堂々と入っていったので、てっきり中には誰もいないのかとばかり……。私としたことが、完全に不注意でしたわ」

「ごめんなさいお兄さん! でもありがとうございました! とっても綺麗でした!」

「おぉそうだった。サンキューな大佐、これでまた明日も頑張れるゾ!」

 

 まともに謝ったのはペリーヌだけ、他の二名は何故かお礼を言ってくる始末。だが疲れを癒すためにサウナに入ったのに、これで怒ってしまうのは本末転倒だ。頭ごなしに怒り散らすのは止めておこう。

 

「それじゃ、隣失礼するゾ」

 

 ――――だがエイラ、それは流石の僕もキレるぞ。事もあろうに彼女は僕の右隣に何事もなく座ってきた。しかもすっぽんぽんで。何とか目を瞑ることでやり過ごしたが、この流れでよく居座ろうと思えたね、君。

 

「あ、大佐の事だから知らないだろうけど、故郷のサウナは男女共有が当たり前ナンダ」

「えっマジで!?」

「それも裸で。まぁ中にはタオルや水着着けてる奴もいるけど」

 

 知らなかった。混浴且つ裸が基本なんて……なんだそのサービス精神溢れるサウナマナーは……最高じゃないか! 僕が世界で一人の男ウィッチという責任ある立場じゃなければ今すぐスオムスに旅立ってただろうさ。

 

「それに坂本少佐から聞いたけど、扶桑には『裸の付き合い』って便利な言葉があるらしいナ。偶には私達と隠し事無しでふれ合うのもいいだろ?」

「そ、そうですよお兄さん! お兄さんだって扶桑料理のマナーには厳しいじゃないですか! だったらここでも他国のマナーを尊重すべきですよ!」

「そっそうだそうだー! 私達がサウナに入ることに何の問題もなーい! だからトゥルーデには内緒にしてお願い!」

「貴方達なんてことを!?」

 

 なんだその暴論は。そりゃスオムスのマナーで考えれば男女混浴が正しいんだろうが、僕という異物を抱えているんだぞ。今回は例外も例外、じゃなくちゃあの立て札に何の効力があるっていうんだ。

 しかし、スオムスがそういう仕来りでやってきたのならそれに従わなければならない気がしてきた。『郷に入っては郷に従え』とも言うし、ううむ……同調圧力に屈するのは嫌気が差すが、なんだか彼女達の言っている事が正しい気がしてきた……。

 

「まぁみんな疲れてて一々入り直すのも面倒だから……良い……のかなぁ?」

「宮藤大佐!? ほ、本当によろしいんですの!?」

「うーん……。扶桑にも混浴文化はあるし、一緒にサウナ入るくらいだったら良いんじゃない? ……ただミーナさんや坂本さんに怒られないって保証は無いから、怒られても自己責任でよろしくね」

 

 

 改めて弁明するが、僕は彼女達の裸体見たさに同室を許可したのではなく、彼女達がまた服を着て、僕が出て行くのを待って、再度服を脱いでという手間が面倒だからという親切心からだ。まかり間違っても僕の性的欲求を満たすためではない。

 だってよく考えて欲しい。僕のマイサンはまだ半勃ちしてるんだ。それがバレたら僕は彼女達に襲われる口実を作ってしまう。僕はまだ誰とも肉体関係を持つことは考えていないし、彼女達がウィッチを辞めるのも勘弁してほしい。だから本来はそんなリスクを背負う必要は無いんだ。それでもここに居ても良いと許可することが、親切心でなくてなんなのだ。

 

「じゃ、じゃあ私も、その、お言葉に甘えさせていただきますわね……?」

「どーぞ」

 

 ペリーヌが怖ず怖ずと僕の空いていた左隣に座った。彼女の付けていた眼鏡が一気に曇ったため、彼女は渋々と言った様子で眼鏡を取り外す。

 

「やったー! 宮藤大佐とサッウナ! サッウナァ!」

「ハァッ……ハァッ……お兄さんと……一緒に……サウナ……現実……?」

 

 そしてウキウキ気分のハルトマンと、息の荒いリーネが入室してドアが閉め切られた。にしてもペリーヌは二人きりじゃないと本当に大人しいな。

 

 さて、ここからは時間との勝負だ。このままこの空間に居続けることは好ましくない。絶対に――――絶ッ対に間違いが起こると断言できる。腹ぺこで飢えているライオン四頭が閉じこめられた檻の中に、放り込まれた一羽の兎の気分だ。僕はハルトマンとエイラの裸を見ないように地面と睨めっこしてるけど、先ほどから四人の視線が痛いほど全身に突き刺さっている。

 しかし僕がサウナから出て行くためには立ち上がる必要があるのだが、そのためには別の意味で勃ちあがりかけているのを静めるのが先決だ。そうでなければ彼女達に性的興奮を感じていたと勘違いされ(もう半分事実になってるんだけど)、大義名分を与えて即アウトになってしまう。

 

「ご、ゴホン! あー、しかし今日の訓練は疲れたナー」

「ほ、ホントだよね! まぁ私は半分くらいトゥルーデから逃げ回ってたから、あんま訓練参加しなかったけど」

「その話さっきもしてたじゃないですか。でも前居た基地から寒暖差が大きく変わりましたから……ジュルッ……。その、頑張って環境に適応しないと……フゥーッ……!」

「ま、まぁそうですわね。そういう意味ではとても有意義な訓練でしたわ!」

 

 

 ――――なので、僕の半裸をチラ見し精神的に舞い上がっている彼女達を現実に突き落とすことになって申し訳ないのだが、とっておきの奥の手を使うことにした。

 

 

「ハァ……」

「お兄さん……? 溜息なんか吐いてどうかしましたか?」

「あぁいや、ちょっと考え事をね……」

「なんだよ歯切れ悪いナー。もっと楽しそうにしろヨ!」

「そーそー。全ウィッチの中でも選りすぐりのエースがここにいるんだよ? ちょっとは喜んだらどうなのさ」

「お二人とも、宮藤大佐は日夜心身を削って私達以上にネウロイと戦ってますのよ。少しは気持ちを汲んであげてはいかがでして?」

「だったら先ず私達の気持ちを汲めー!」

「ソウダソウダー!」

「全くこの人達は……!」

「でも『ウィッチの抗うつ剤』って呼ばれてるお兄さんが溜息なんて珍しいですね……。何か困り事ですか?」

「え、僕そんな呼び方されてたの? 初耳なんだけど……。まぁそれは置いといて、これからの事を考えるとちょっと憂鬱になってね」

「これから……ですか?」

「うん。いつかは話すことになるかもしれないから、今の内に話しておこうか」

 

 そう区切って僕はわざとらしく咳払いをした。

 

「……少し真面目な話なんだけどさ、この世からネウロイを殲滅したとして、その後には本当に平和が待っているのかな?」

 

 マイサンを静めるためにシリアスな話を持ち出した。かなりメタ的発言になるが、アニメを鑑賞していた時からずっと考えていたテーマであり、この場で即興で思いついたわけではない。そのためスラスラとこの世の行く末を憂う言葉が口を突いて出た。

 

「僕たちが頑張って、死ぬ気で領土を奪い返して、全世界中からネウロイがいなくなって、そしたら……そしたら僕たちを待っているのは、大量生産された軍事兵器と行き場を無くしたウィッチ達……。束の間の平和が訪れたとして、それを世界が放っておくのかな……」

「大佐……お前、ソンナ事考えてたんだナ……」

「お兄さん……」

 

 浮かれていた彼女達の表情に影が差し始める。ごめん、本当にごめん。僕の半勃ちしたマイサンを静めるにはこうするしか無かったんだ。ウキウキ気分を台無しにしてごめん。でも間違いを起こすわけにはいかないんだ。もう少し狂言に付き合ってくれ。

 

「ネウロイという共通の敵がいる今ですら、主要各国は世界の主導権を握ろうと牽制し合う始末さ。なまじ世界に一人しかいない男のウィッチで発言権がある分、扶桑のお偉いさん方の会議に呼ばれるけど酷いもんだよ。互いの欠点を論う会議という名の揚げ足取り合戦。自国の会議ですらそれなんだ。このままネウロイを殲滅したら、その先に待ち受けているのは、僕たちを、ウィッチを軍事兵器としか使わなくなった、各国同士の戦争――――」

「――――それ以上はいけませんわ。宮藤大佐」

 

 項垂れた僕の両手をペリーヌが両手で優しく包み込んでくれる。重火器を扱っているのに女の子特有のスベスベ肌に、汗でへばりついた髪の毛がセクシーだったが、そのにこやかな顔は聖母のように見えた。

 

 ……クソッ、どうしてくれるんだ、折角上手くいってたのにまたアソコが熱くなりはじめたぞ。

 

 

「ペリーヌ……」

「そんなこと絶対にさせませんわ。私達ウィッチは、ネウロイと戦う人類の切り札ですもの。どれだけ上から命令されても、他国と事を構えようなんて本気で考えているウィッチ、居ようハズがありませんわ」

「ソーソー。私がサーニャや大佐と戦うと思うか? あり得ネーだろ」

 

 エイラは「ニヒッ」と快活に笑った。偶然にもここに居合わせた皆は生まれも育ちもバラバラ。そんな多国籍軍に所属している彼女達は一様に、僕を安心させるように微笑みを浮かべていた。しかしその眼差しは真剣そのもので、妙な説得力があった。

 

「うんうん。コレばっかりはボスに命令されても嫌だねー」

「私も、芳佳ちゃんやお兄さんと戦うなんて嫌です!」

 

 僕が絡むと頭がお花畑になりがちなリーネですらこれだ。確かに、あの冷血漢ならぬ冷血女として名を馳せたゴロプさんですら、いざウィッチを使った戦争となったとしたら命令に従わないだろうと容易に想像できる。ウィッチは皆、元々そういう人を思いやれる気質のある人しかなれないのかもな。だから僕の『魔力タンク』も、今後も使い所を気をつけなければならない。

 

「みんな……」

 

 よし……オッケーだ。

 ミッションコンプリート。

 話があっちこっちに逸れたが、みんなの頑張りのおかげでようやくタオルを押し除けようとしていたアレが収まった。これで何事もなくサウナを出られる。全く、生理現象ってのはこれだから厄介なんだ。24時間フライトなんて色んな生理現象が襲ってきて地獄だったんだぞ。

 

「……ごめん、いきなり変なこと言いだして。確かにそうだ。ウィッチ同士が憎み合い、戦う姿なんて想像できないや」

「フフッ、気が晴れたなら何よりですわ。それにしてもちょっと意外でした、宮藤大佐がナイーブになるなんて……」

「私も、お兄さんが真剣な悩みを打ち明けてくれるなんて思いもしませんでした」

「でも真剣な顔した宮藤大佐って、いつ見ても格好いいよねー」

「激しく同意ダナ。ガリア解放戦の時とか、大規模作戦前夜くらいにか見られるモンじゃないからちょっと得した気分だゾ」

「ハハァ……そんな激レアなんだ、僕の真面目な顔って……。さてと……」

「あら、もう出ますの?」

「うん。僕の悩みも解決したし、それに君たちが来るよりずっと前から入ってたからのぼせ気味でさ。じゃあみんな、お先に失礼――――」

 

 完璧な言い訳と共にサウナから退出するために起ちあがろうとしたが、そのタイミングでドアがガラッと開いた。見れば、一つの影が堂々と勇ましく入ってきた。

 

「オーッス! みんなここにいるなんて珍しいなー。話し声が外まで聞こえてきたけど、何かあった――――あれ……私の見間違いか……? 宮藤大佐がいるような……」

 

 ああ最悪だ……。やってきたのはよりにもよってグラマラスシャーリーだ……。しかもタオル巻いてないし、余す所のない豊満な肉体を直視しちゃったし、アレだけ静めるのに苦労したマイサンが鎌首を持ち上げちゃったし最悪だ。これじゃ出るに出られないじゃないか――――。

 

 

 

 さぁ、ウィザード解体ショーの始まりや……。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五話

 僕の前世はお酒や煙草と無縁の人生を送ってきた。病床に伏せているのだから酒や煙草は論外だし、そもそも成人を迎える前に死んじゃったから試す前に終わってしまった。憧れはあったのかというとそれもない。アルコールは病院で嗅ぎ慣れていたからともかく煙草の匂いは好きになれなかったから。

 ちなみに現世ではどうなのかと言うと煙草や葉巻はやっぱり煙の匂いがダメ。なぜか好きになれないんだ。知り合いのウィッチや軍人さんは嗜好品として吸っているんだけど、吸えない僕を特に白い眼で見たりしない。むしろ僕を前にすると吸うのを我慢してくれる。やはり男女逆転しているかららしく、男性の僕に気を遣ってくれているのだ。とても有り難い話だ。

 じゃあ酒の方はどうかと言うと、正直これも好きではない。僕が子供舌というのもあるが、酔いが回って地に足が着かなくなる妙な浮遊感が苦手なんだ。理性が働かなくなるのがちょっと怖い。けど部下やウィッチと付き合いで酒は飲むことはある。もちろん酔いが回らなくなる程度にね。そこまでならギリで飲んでも良いかなってライン。

 

「ふぅ……」

 

 だから僕は今、ペリーヌからの差し入れでもらったガリアワインの入ったグラスを回した。煙草も酒も苦手なんだけどテイスティングは大人っぽくて好き。ガリア産果実の芳醇な匂いとアルコール特有のツンとする匂いが混ざって鼻孔を擽る。とても薫り高い……――――いやごめん、もうキツイ。ちょっと頑張って格好つけたけどもう酔いそうだ。

 「下戸か?」と思われるかもしれないが、実はもうお酒を呷って3杯目になるんだわ。僕にしては頑張った方。

 

「ふふっ……宮藤大佐にそんな気取ったポーズは似合わないな」

「トゥルーデ、思っても口に出しちゃダメよ。私もその意見には概ね同意だけど」

「昔から康夫は妙に背伸びしていたからな。その癖が抜けていないんだろう」

「……何すか揃いも揃って、人のポーズにケチ付けないでくださいよ」

 

 バルクホルンさんとミーナさんと坂本さん。僕はこの三人よりも階級は上だけれど敬語を使う。何故なら年上だから。軍人としては階級が全てなんだろうけど前世は日本で生まれ育った僕からしてみれば、階級よりも年功序列の癖が抜けていないんだ。だから僕より年上の人達にはため口にしてくださいとお願いした。

 

「ハハハッ! 私は良いと思うけどな、そういうお茶目な一面も魅力だと思うぞ」

「私はどっちも好きー!」

 

 瓶から直接ワインを飲むシャーリーと、彼女の膝上でジュースを飲むルッキーニがそれとなくフォローを入れてくれた。ちなみに、酒癖が悪い坂本さんはお酒は飲まないという約束を交わしているため、ジュースを飲みながらの参加だ。

 

「ほらー……二人だってこう言ってくれてるんですからいいじゃないですか」

 

 グラスを机の上に置き、塩コショウで味付けされた蒸かし芋をいじけ食いした。

 

「私もちょーだい!」

「はいルッキーニ、あーん」

「ふんっ……。はしたない飲み方をするリベリアンが宮藤大佐を庇うのはやめろ、大佐が周囲から同列に扱われて品が下がるだろ」

「同列でいいんじゃないかー? 命令違反は日常茶飯事、営倉に入れてもネウロイが出てきたら壊して飛び出す。リベリアン以上にリベリアンらしいだろ?」

「何を言うか! そもそも宮藤大佐が命令違反や営倉脱獄をするのは全てネウロイを倒す時だけだ! 現に命令違反と共に必ず戦果を上げて帰ってきている。脳天気で、ただ束縛が嫌いだからという安直な理由で命令違反しているお前達と一緒にするな!」

「こら二人とも。折角宮藤大佐が酒盛りに参加してくれたのに雰囲気を壊さないの」

 

 ヒートアップする二人を僕の代わりにミーナさんが宥めてくれた。僕と彼女とじゃ隊長としての風格が別格だ。つくづく僕が501のリーダーに就任しなくてよかったと思う。絶対に纏められないぞこんな個性派集団。

 

「それで宮藤大佐、ガリアワイン以外にもお酒を持参してくれたのよね?」

「あ、はい、何か大吟醸……?ってやつがいいらしいって上層部との飲み会で聞きまして。とりあえず一本買ったんですけど、そのままにしてたんですよね」

 

 僕はミーナさんに相づちを打ちながら机の上に扶桑酒を置いた。プンスキー伯爵やマルセイユなどの酒好きウィッチと飲み交わそうと思っていたのだが、生憎僕が501や大規模作戦に抜擢されてからは機会が無かったので腐らせていた一本だ。いや酒は腐らせてナンボなんだけどさ。

 

「私がぁ……いっちばんに飲むぅ……」

「あ、ルッキーニはお酒ダメだからね……ん?」

 

 僕は異常に気づいた。ルッキーニはコップを差し出して扶桑酒を注がれるのを今か今かと待ち侘びているが、眠たそうに船を漕ぎ、しかも顔が若干赤い。

 

「ルッキーニ、僕に向かって『ハー』ってしてみて?」

「……宮藤大佐?」

「いやミーナさん、下心無いですって。いいからルッキーニ、ほら、ハー」

「ハー」

 

 疚しい気持ちはないし変態的嗜好は無い、決してないがルッキーニの吐息を嗅ぐのには理由があった。明らかに酔っているだろうルッキーニ。

 

「……やっぱり」

 

 僕の予想は的中。柑橘系の匂いの他にほんの少しだがアルコールの匂いが混ざっている。一番あり得そうなのは膝上にルッキーニを乗せたシャーリーだったが、彼女は首を横に振っている。

 僕はルッキーニの頬をムニムニと突きながら話しかけた。

 

「……まぁ間違えて入れちまったのかもな。飲んじゃったもんは仕方ない。ほらルッキーニ、面倒くさがらずに歯を磨いて、ちゃんと自分の部屋で寝ようね」

「うじゅー……」

「宮藤大佐、」

「あ、じゃあお願いします……。でも大丈夫ですか? ミーナさんも結構お酒飲んでましたけど……」

「えぇ大丈夫――――と言いたいところだけど、私ももう限界ね……。ルッキーニさんを部屋まで運んだら私も寝るわ……」

「そうですか。じゃあ先に、お休みなさいですね」

「えぇお休みなさい。後片付け、よろしく頼んだわね」

「はい」

 

 僕はミーナさんに甘えてルッキーニを預けた。やはり常識人のミーナさんが一番頼りになる。バルクホルンさんもシャーリーさんもどこか悪のりしがちだから常識人ではないんだよなぁ。

 

「さて、改めて仕切り直しを――――」

 

 僕は持ち込んだ扶桑酒を嗜むために机上の飲みかけたグラスを飲み干そうとした。だがグラスがどこにも見あたらない。扶桑酒の酒瓶もだ。

 

 さて、僕は他者に魔力を譲渡できる固有魔法『魔力タンク』がある。ただし魔力を譲渡するには体液を他者に摂取させる必要があり、その都合上、僕が魔法力を使っていない状態であっても能力が作用する特性があった。唾液であっても血液であっても体液ならなんでも効果がある。

 それともう一つ、この固有魔法は量と質で左右される特性があった。

 量で例えれば、同じ鍋を突いたり、僕の食器を誤って使ったなどの間接キスくらいなら問題はない。同様に血を一滴二滴口に含んだ程度じゃ魔法力は回復されないだろうし、一般女性がウィッチに目覚めることもない。

 一方で質によっても譲渡される魔法力は変わるらしく、血よりも唾液の方が効果があるらしい。

 

 と言うのも、過去に一度だけ、芳佳が原作でも坂本さんのおっぱい揉んでたりした主人公特有のラッキースケベが発動してしまい、運悪く僕とフレンチキス――――もといガリアキスをしたことがある。それも親戚一同が集まっているときに、だ。

 

『お兄ちゃーんッ!!』

 

 ほんの一啜りくらいしかしていなかったのに、同量の血以上に爆発的に濃度が増してしまった芳佳の魔法力は暴走。正気を失った芳佳が力ずくで僕にひたすら「もう一回、もう一回だけ! 先っちょだけだから!」とキスをせがんできてそれを宥めるのにどれだけ苦労したことか。

 おまけに僕の両親を始め親戚一同からは白い眼で見られるし、誤解を解こうにも『魔力タンク』は箝口令が敷かれているから抽象的な説明しかできなかったし。それはそれは後始末が大変だった。

 

 ――――主に芳佳がな。

 

 男女逆転した世界で見れば、芳佳は親戚のお姉さんに性的行為を求める完全にただのエロガキである。だからか、僕が芳佳のご両親から頭を下げられるし、親戚のオバさん達からは疚しい視線で見られるし、逆に親戚のオジさん達からは同情されるしで居たたまれない気持ちになった。ちなみにみっちゃんからもキスをせがまれたが、それはやんわりと断った。

 

 まぁとにかく、唾液が血液以上にアウトという事が判明して以来、さすがに大丈夫だろうとは割り切っている間接キッスもなるべくしないように心がけている。

 

「アッハッハッハ! アーッハッハッハ!!」

 

 ……いるのだが、イレギュラーというのはどこでも発生するみたいだ。

 

「では僭越ながら、私が康夫のグラスで扶桑酒の先陣切らせてもらおう!」

 

 グギギと軋む首を動かせば、そこには僕の唾液が付着していたグラスに並々と注がれた扶桑酒を嗜む坂本さんがいた――――。

 昔から僕の私物をかすめ取る悪癖があると話したが……坂本さん、貴方お酒は飲まないって約束したじゃないですか……。

 

「少佐、独り占めは言語道断! 私にもそのグラスを貸してくれ!」

「バルクホルンさん!?」

「少佐、次は私で頼む!」

「シャーリー!?」

 

 バルクホルンさんもシャーリーも酔いでまともな思考ができていないのか、僕のグラスでやいのやいのと騒ぎ立てている。こういう抜けたところがミーナさんしか頼れないと語った所以だ。

 しかし悪のりする貴方達は大切なことをお忘れではないだろうか。

 あのグラスには僕の唾液が付着しているがそれは前述したとおり大丈夫だと思いたい。それよりもあのグラスには僕の飲みかけのワインが入っていたはずなのに扶桑酒が注がれている。そんでもって坂本さんはアルコールに滅法弱い下戸であり、しかも酔い方が笑い上戸とキス魔のコンボ。

 

 ――――もうおわかりですね?

 

「逃げッ――――」

「ハッハッハ! 逃がさん」

 

 坂本さんは逃げようとした僕を掴んで無理矢理振り向かせてきた。――――心臓が飛び出そうになるほど、坂本さんと僕の顔の距離は近かい。

 

「んちゅ~」

「ヌグオオオォォッ!!!」

 

 だが、ここで勢いに飲まれてはいけない。唇を突き出して力任せに僕とキスしようとする坂本さんの肩を掴み、なんとか体から引きはがそうとするが、そこらのウィッチよりも鍛えていて尚かつ男の僕なのにパワー負けした。男女逆転しているからだとか、男女間の筋量は実は一緒だとか違うからだとかそういうのじゃなくて、単純に酒と欲望でリミッターが外れてるからだろう。

 しかしここにはまだ頼れるリーダーがいる。ルッキーニを抱えて部屋に運ぼうとしていたあの人だ。

 

「そ、そうだ……! ミーナさんヘルプ! 助けて!」

「スゥ……スゥ……まだだめよクルト……」

「ミーナさん!?」

 

 ダメだ、頼みの綱のミーナさんはルッキーニを抱きかかえたままスヤスヤと酔いつぶれてる。限界が近いと語っていたため仕方がない。ミーナさんに助力を乞うのは諦めよう。

 

「もう我慢の限界だ……ここ一年近くお前の血を飲んでいない……。もっとだ……もっとお前の汁をくれッ!」

「ちょっと!? 語弊を招きそうな言い方は止めてください!」

「語弊なもんか! 私はありとあらゆるお前の汁をくれと言っているんだ!」

「本当だ語弊じゃなかった!」

 

 とにかく、このままだとキスされるのは時間の問題と思われる。一歩ずつ下がって足掻いていたが完全に悪あがきだった。もう後ろは壁で逃げ場はない。

 万事休すか――――。

 

「んおっ!?」

 

 しかし坂本さんがグイッと何かに引っ張られてポーイと投げ捨てられた。調度品を撒き散らしながら坂本さんが土埃を上げて倒れ伏す。

 

「――――そこまでだ少佐!」

 

 僕と坂本さんの間にお姉ちゃん、もとい固有魔法の『筋力強化』を開放したバルクホルンさんが仁王立ちしていた。さながらこの世界のスーパーマンならぬスーパーレディみたいだ。さっきまで悪のりして僕のグラス争いをしていたとは思えない凛々しさに涙が出る。

 

「バ、バルクホルンさん!」

「けぷっ」

「あの……大丈夫ですか?」

「あ、あぁ平気――――うぷっ」

 

 ……まぁかなり酔ってるみたいだけど。

 

「ふぅっ……。いくら少佐と言えども大佐の貞操に手を出そうとするなら話は別だ。逃げろ宮藤大佐! 私が時間を稼ぐ!」

「で、でも……バルクホルンさんも限界近いじゃないですか……」

「バルクホルウウゥゥン……貴様アアァァ……」

「ひっ」

 

 ユラリと立ち上がった坂本さんは、いつの間にか竹刀を手にしていた。しかも、いつもの陽気な笑い上戸と違い幽鬼のような負のエネルギーを纏っている。あの人、僕のグラス奪った時に的確に唾液が付着してる部分で飲んだな。じゃなくちゃあんな酔い方しないだろう。いくら力自慢のバルクホルンさんと言えども武器を手にした坂本さん相手には分が悪い。しかも酒が入ってブレーキが効かず、力のみならずあの手この手の絡めてで攻めてくるだろう。主に荒淫的な意味で。

 

 しかしミーナさんとルッキーニはスヤスヤでアテにならないし、もう一人さっきまで悪のりしてたシャーリーは――――あれ、シャーリーどこ行った?

 

 とにかく今頼れるのはバルクホルンさんしかいない。断腸の思いだが僕じゃ足手まといだ、ここは任せそう。

 

「す、すみませんバルクホルンさん! 貴方のことは忘れません!」

「ふっ、その言葉だけで私は百万馬力さ……。さぁ来い少佐! 今の私は阿修羅すら凌駕する存在だァッ!」

「行くぞバルクホルンッ!!」

 

 僕は走った。背後からは竹刀の音と調度品が壊れた音がした。それでも振り向くことはしなかった。

 

「ハァッ……ハァッ……」

 

 自室に逃げ帰って施錠するのが正解だろうか。それとも他のウィッチに助けを乞うべきか。迷いながらも僕は足を止めなかった。バルクホルンさんの犠牲を無駄にしないために。

 

 

「ハァッ……ハァッ……――――うおっ!?」

 

 

 廊下を全力疾走していた僕は、半開きになっていた扉から腕が伸びて室内に引きずり込まれた。突然の事で頭が混乱する。まさか坂本さんに捕まったのかと身構えたが違った。

 

「たーいさ♡」

 

 僕を引きずり込んだのは坂本さんではない。瞳に♡を携え、耳元で甘ったるく囁いたのはシャーリーだった。さっきまであそこで酒盛りしていたのに、坂本少佐が酒を飲んだ途端真っ先に逃げ込んできたのか。スピードキチに相応しい脱兎の如くという奴だ。

 

「シャ、シャーリー……?」

「よぉ大佐、ここなら坂本少佐も気づかないから安全だぞ……しばらく隠れていくといい……」

 

 部屋の中は薄暗くて、窓から照らす月光だけが僕らを浮き彫りにしていた。けれどシャーリーの顔色を窺うのは光量が足りなかった。彼女が本当に僕を坂本さんから匿うつもりだったのか、何を考えて僕を捕まえたのか真意を測り損ねる。

 代わりにここがどこかは分かった。機械油と鉄、それに女の子らしい甘い匂いが混ざっていた。機械弄りが趣味な彼女らしい独特の匂い。酒よりも容易く理性を蝕む匂い。男の本能を掻き立てる匂いだ。

 

「ハァッ……! ハッ……!」

「ふうぅっ……」

 

 全力疾走した僕の乱れた呼吸と、シャーリーの官能的な溜息。深夜の一室に酒と男女の息が合わさって倒錯的な空間。

 

「よーやく二人きりになれたなぁー……最近ルッキーニに構ってばっかりだったから、寂しかったんだぞ……?」

 

 僕を地面に押し倒したままシャーリーは語る。酒の影響で頬は熱を引いたように上気し、瞳は正気を失って狂気を孕んでいた。しかもこの人も坂本さんと同じで魔法力を開放している。明らかに冷静な思考ができていない。

 

「それは、その、ルッキーニ子供だから、何か放っておけなくて」

「私もその気持ちは分からないでもないけど過保護すぎるのは悪影響だぞ? それに……なぁ大佐、兎って寂しいと死んじゃうって噂、知ってるか?」

「そ、それ迷信だって聞いたぞ。兎は12時間飯を食わせなかったら胃腸が何かヤバくなって、そのまま数日世話をしなかったらぽっくり逝くってだけなんだってさ」

 

 何だかんだ言いつつ何時も通り飄々としながら逃げればいい。シャーリーと話すときのノリはいつもこうだ。

 

「大体、私達に気を遣って一緒にお酒を飲んでくれるのは嬉しいけど、男一人混ざるのは襲ってくれって言ってるようなもんだぞ?」

「だって……僕はシャーリー達を信用してるから……」

 

 だから僕は、そう、油断をしていた。なんだかんだでシャーリーは暴挙にうってでないだろうと。だって彼女はヤバイ奴の多い扶桑ウィッチと違って良識のあるリベリアンだから。ウィッチが処女を失うと魔法力を失って飛べなくなる重要性を知っているから。

 

「信用してくれるのは嬉しいが……いくら私でも限界が近いんだ……」

「それはどういう――――」

 

 

 それはあまりにも突然で避けられなかった――――。

 

 

「ンムッ――――!?」

「ンッ……チュルッ……――――」

 

 

 月光に炙り出された僕とシャーリーの影が重なる――――。

 

 

「ンッ! チュッ……ンッ、フゥッ……」

「チュッ……。ンアッ……ジュルッ……ジュチュルッ……」

 

 僕の体を押さえつけていたシャーリーの手は、いつの間にか僕の指の隙間に滑り込んでいた。体は隙間無く密着して彼女の心音と僕の心音が一つになり、荒い鼻息と粘着質な水音が部屋に響く。

 

「ンッ、プハアッ! ハァッ……ハァッ……ハァッ……!」

「フゥー……! フゥー……!」

 

 一方的に貪るソレは、呼吸も忘れるほど夢中になっていたシャーリーの息が続かなくなって終わった。

 

 『僕とシャーリーはキスをした』。

 

 それを理解してまた頭が真っ白になった。心臓は早鐘のように打ち付ける。けど不思議なもので、周囲の時間が止まったようにピタリと音が止んだ。

 

「なぁ大佐……私もそろそろアガリが近いんだ……。大佐は格好いいし、男だから私以外のウィッチからアプローチされて退役しても家庭に入るのに困らないかもしれないけどさ、私達ウィッチは一度も経験しないまま二十歳になるから相手を見つけるのが難しいんだ……」

「シャーリー……」

「だからちょっとだけでいい……。今夜だけでいいから私を――――いや、私だけを見てくれ大佐……。少佐にも、宮藤にも、誰にも見せたことのない大佐を見せてくれないか……?」

 

 蚊の泣くような声で弱音を語るシャーリーは僕の胸元に顔を埋めてきた。僕の唾液を啜った彼女は魔法力の行き場が無くなり、頭からピョコンと可愛らしいウサ耳が飛び出している。けれど暴走しかけている魔法力と昂ぶりを理性で押さえ付け、力任せに無理矢理ではなく僕に判断を委ねている。

 いつもの豪気なシャーリーだったら冗談でも交わしながら断るのだが、弱々しい彼女を僕は押し退けることができなかった――――。

 

「……」

 

 正直に告白しよう。

 シャーリーは前の世界でアニメを見ていた僕の、所謂推し的なキャラクターだった。「あーあ、近所にこういうエッチで巨乳なお姉さんがいたらなー」なんて妄想した日もある。そのグラマラスな肉体に目を奪われたのは事実だが、推しに決めた一番の理由は溢れ出んばかりの『母性』だった。スピード狂いで新作のストライカーに目のない彼女だったが、ルッキーニと接している時だけ彼女は母親代わりを立派に努めていた。『母性』という意味では劇場版のペリーヌも好きだったがそれは別の話。

 前世の僕は孤独ではなかった。両親や兄妹はしょっちゅう見舞いに来てくれたし、危篤時には親族が見舞いに来ていたことも知っている。けど、殆どの時間を一人で過ごした僕にとって、病室のノートPCに感じていたシャーリーの女性らしい振る舞いは妄想の対象としては十分すぎた。

 

 ……何かそれっぽい事つらつら述べたけど、まぁ、何というか、つまり僕はシャーリーが好き。前世から。硬派気取ってすんませんでした。

 

「なぁ……聞かせてくれ大佐……。大佐は私のことをどう思っているんだ……?」

 

 いつも勝ち気で何事にも臆せず、スピード自慢なリベリオンの誇るエース、シャーロット・E・イェーガーはいない。潤んだ瞳で見上げてくる彼女はただの女の子、僕の前世なら可愛さで世界平和にできる破壊力抜群の子兎。

 けどシャーリーは酒でまともな思考ができていない。僕の魔力が含まれている唾液も飲んだだろうから麻薬的な中毒性も手伝って僕を求めている可能性だってある。

 

「シャーリー……僕は……」

 

 それでも僕は明確な拒否を示すことはできなかった。

 

 素直に「前世から好きでした」と気持ちを打ち明けようか、それとも誤魔化すべきか迷っていた。

 ウィッチは処女を失うと魔力が使えなくなると言われている。アガリを迎えても魔法が使える宮藤家が特殊だっただけで本来はそうなのだと聞いた。だからウィッチと男性が肉体関係を持つのは御法度。アガリを迎える前、10代後半の性に盛んなウィッチが男性に飢えている理由の一端だ。

 

 シャーリーの言う通り彼女は確かにアガリが近い。だが僕の『魔力タンク』があれば先延ばしにできることが坂本さんで証明されている。その理論で行けば、処女を失っても僕の『魔力タンク』があればどうにかできるんじゃないだろうか――――。聡いシャーリーがそんな簡単なことに気づかないハズがない。だから彼女は口では「アガリが近いから」などと断っているが、本心では『男』である僕を求めているだけなのだろう。

 けど、処女を失っても飛べるからと言って肉体関係を持つのは御法度。なぜなら"処女=童貞の方程式を辿れば男の僕が女性と関係を持つと僕の魔法力も消える可能性"があるから。

 まぁそうなったら僕が大人しく家庭に入ればいいだけだから二の次三の次でいい。

 じゃあ何が問題なのかって言うと、扶桑軍とリベリオン軍、それに世間がてんやわんやになるのが目に見えている――――。というのが躊躇している理由だ。

 僕の固有魔法を虎視眈々と狙っている国が多い中で「結婚しますた」と僕が寿退役してみればいい。『リベリアンのエースが唯一の男性ウィッチを強姦――――』。各国朝刊の見出しはこれで決まりだ。彼女と僕はバッシングは避けられなくなってしまう。

 

 彼女は僕を求めてくれて、僕も彼女を求めたい。

 だが彼女の輝かしいキャリアに、これから待ち受ける素晴らしい将来に、たった一度の過ちで泥を塗っていいのだろうか――――。

 

「僕は……僕はシャーリーが……ッ!」

 

 ギュッとシャーリーと握った指に力が入る。

 このまま流れに身を委ねたい気持ちと、彼女の将来のために断る気持ちの狭間で揺れていた。

 

 

「……ん?」

 

 

 だが、唐突に淫靡な雰囲気は終わりを告げた。

 外から、ズルズルと何か重たい何かを引き摺る異質な音がし、それがシャーリーの部屋の前で止まったからだ――――。

 

 

「――――ここか」

 

 

 バァン!と勢いよく扉が開いた。

 

「「わあっ!?」」

 

 音に驚いて開けられた扉を見ると、片手に竹刀、もう片手でバルクホルンさんの首根っこを掴んだ坂本さんが鬼気迫る形相で殴り込んできた。先ほど引き摺られていたのはバルクホルンさんで、やはり坂本さんには敵わなかったらしい。

 

「えっ、少佐!? な、なんでここが……!?」

「――――喝ッ!」

 

 スパァン!と一閃、戸惑うシャーリーの頭に竹刀が振り下ろされた。よく見ると坂本さんの右目が開眼している。シャーリーとのキスで『魔力タンク』が発動したから『魔眼』を使われて居場所がバレたパターンだこれ。

 

「うぐあああぁ……」

 

 坂本さんが規格外に強いというのもあるが、酒が回っていたのもあってシャーリーは一発ノックアウト。僕の体の上に力なく覆い被さってきた。

 

「ほら、焼き入れてやるから来い!」

 

 僕がシャーリーの体に興奮するよりも早く、坂本さんは目を回した彼女の服の襟を掴んだ。これで坂本さんの両手が完全に塞がったから僕に手を出す危険性はグンッと減った。禍転じて功と為す……いや棚からぼた餅かな?

 

「ウィー……ヒック……」

「さ、坂本さん……」

「――――康夫」

「は、はい」

「私達はお前にたしゅけられてきた、この部隊にいる全員が全員。だから協定をむしゅんだんだ……」

「は、はぁ……協定ですか……それは何の……?」

「アッハッハ! 我が国が誇る英雄様が何をそんな弱気なんだ! アッハッハ!」

 

 躁鬱みたいにテンションが上がったり下がったり激しい。

 本来ならただのキス魔&笑い上戸に落ちつくんだが、多分グラスに付着していた僕の固有魔法と酒がミックスされて理性がぶっ飛んだ末に一周回ってこうなったんだろう。貴重なサンプルだ。

 

「お前は将来誰の婿に行くだけ考えておけばいい! アッハッハッハ! アーッハッハッハ!」

 

 坂本さんは陽気な笑い声を残しながら、シャーリーとバルクホルンさんをズルズルと引き摺ってどこかへと去っていった。まるで嵐を体現したような人だ。そんな気性だから扶桑のウィッチと自己紹介しただけで警戒されるという自覚はあるのだろうか。

 

「……」

 

 一人取り残された僕は坂本さんの言葉を反芻する。『協定』だの『婿に行く』だの、どうやら僕の与り知らぬところで501のみんなから共有財産みたいな扱いをされていたらしい。まぁ501のみんなは美人揃いだから「そうあってほしい」という願望の混じった確証バイアスで、まだまだそうだと判断するには材料が足りないけども。

 ただもしそうだったとして、せめて僕に一言くらいあっても良かったんじゃないだろうか。誠実に言ってくれれば僕だって心の持ちように答えを出していたのに。

 

「参ったなぁ……」

 

 なぜなら問題が一つだけあった。

 実は僕が共有財産宣言されるのはこれが一度ではない――――。

 

 

「502に次いで二つ目かぁ……」

 

 

 一期と二期の間に短期間だが一時期在籍し、プンスキー伯爵から堂々の共有財産宣言をされた"502JFW"を思い出していた。男女間の貞操観念が逆転した世のウィッチが、どれだけ男に飢えているのかを実感した僕は、重い足取りのまま自室へと帰った。

 きっと今日は泥のように眠れるだろう――――。

 




俺達の戦いはこれからエンドです。くぅ~疲w


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。