世界で一番かわいいヒロインは、この私、山田エルフなんだから! (冬希)
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第一章 エルフと記念の一日

プロローグ
━━━俺の、山田エルフに対する第一印象はまず良いものではなかった。

高慢で、俺の邪魔をして、売り上げで優劣をつけ、サボりがちで。
極めつけは俺からエロマンガ先生を奪おうと小説勝負までしかけてきた。
その時はなんとか勝つことが出来た。
それをきっかけにして話す機会が増えていった。
話してみると第一印象に反し実は結構いいやつで、エロマンガ先生こと紗霧ともすぐに打ち解けてしまった。

こいつといる日々はすごく充実して楽しい、そう気づけたのは仲良くなってからすぐだった。悪かったはずの初期印象はどこへやら。

俺は幼い頃こいつの小説に救われた。
やっぱり、エルフのファンで良かった。


また、多忙な日々を過ごす中でもエルフには色々お世話になった。
にしても最近、特にあいつといる俺はいつも笑っている気がする。

そんな中、エルフとの遊園地デートの日がやってきた。
そうなった経緯を軽く話すと、バレンタインに俺は彼女から随分と立派なケーキを作ってもらっており、そのお返しを渡すホワイトデーでの出来事がそれに起因する。
ホワイトデーの少し前、紗霧のクラスメイトである神野めぐみからとあるボックスをもらっていた。彼女にもバレンタインをもらっており、その中には俺がホワイトデーのお返しとしてやって欲しいことがリストになったいわゆる「逆・ギフトボックス」が入っていた。

その箱を見たエルフはじゃあ私はと言わんばかりに「お兄さんと一日遊園地デート権」を選択したのだ。

「この機会に気持ちを伝えよう」と、俺は気持ちを伝えるひとつの大きなきっかけにしたいと思い、遊園地デートを行うことになった。



冬の透き通った空の元、俺はとんでもない時間にクリスタル・パレスもとい山田エルフ宅の前に立っていた。

 

 

始まりは、夜明けとともに目覚める俺のルーティンをぶっ壊した何十通にも渡るLINEと必要以上のモーニング?コールだった。

最初のメッセージが送られたのは午前三時半すぎ。深夜からなにやってるんだ。

あいつのメッセージに俺がはじめて応える頃には最初のそれからおよそ一時間が経過していた。

本来であれば大声で言ってやりたいところではあるが、なにせ今日はあいつと遊園地デートであるし、ぐっすり寝ている紗霧を起こすわけにもいかない。やむなく俺はやんわりと怒るほかなかった。

 

「ちょ、今何時…」

「メッセージにはちゃんと応答しなさいよ!」

俺の小言なんて聞かぬわといきなり小言を噛ませてやがった。

「せっかくのマサムネとの一日、一分たりとも無駄にしたくないのよ!」

それは嬉しいけど、一番最初のメッセージを送った時間で既に三時間半無駄にしてるじゃん。

「その埋め合わせとして、今日は四時半まで私といること!」

「朝帰りでもする気か!」

つい勢いで声を荒らげてしまった。幸いにも紗霧は目覚めなかった。

「いえ、私と家で夜デートよ!」

「家ってすぐ隣じゃないか…」

もう呆れたツッコミしか入れられない。

「…今えっちな想像したでしょ!」

いきなり変なことを言い出したぞこいつ。

「夜、二人、麗しい女の子とふたりきり…あなたくらいの年頃なら考えかねないわ」

いや酷い偏見!

「お前それが狙いだろ!」

それなら俺もツッコんでやる。

「っ…………そ、そんなこと考えてないから!」

声と反応で頭まで赤く蒸気を発する彼女の姿は容易に想像出来た。話題振ったのはそっちなのに。

「と、とにかく今すぐに私の家の前に来なさい!五分以内!用意スタート!」

 

突然すぎる時間制限が発生した。それに反論を試みたが間延びした電子音を聞かされただけだった。

 

こうして俺は冷たい星空の元立たされた。「クリスタル・パレス」の名すら寒く聞こえる。ただその中の灯りだけは心なしか温かみを感じる。

 

身を縮こませエルフを待つ。にしてもあいつ五分で準備させておいて10分以上待たせてるじゃないか。

 

「待たせたわ!」

クリスタル・パレスの扉が開く。溢れ出る光の中で一際輝くエルフ。

その中でも一際強い一筋の光は鉄さび色した門を照らす。

 

「さあ、行きましょ!」

エルフは正宗の手を引っ張る。二人は強い光を放つ居城から今日の舞台へと場所を移動を開始した。

 

「電気!!」

閉められた門も光までは遮ることは出来ない。しかしそれが幸いし、無駄な浪費を防ぐことが出来た。

 

 

「で、今日はどこ行くの?」

俺はエルフから行くところを伝えられていない。今日の予定はもっぱら彼女任せである。

「あいっ変わらず鈍いわねー」

悪いな、小説漬けで外界のことには疎いんだよ。

「まるで異世界からこの世界に迷い込んだ人みたい」

「いやそれはない」

そもそも集合時間だけで行く場所を察することが出来るのかこの世界の住民は!

しかし、「いやそうでしょ」などと言わんばかりに彼女は腕を組み相槌をしている。

 

「喜びなさい!今日の行く先は千葉ニューアドベンチャーワールドよ!」

 

あの、もう少し静かに喋れませんかね早朝ですよ。

「あー聞いたことあるな」

ツイッターを介して見聞きしたことはあるが、まだ一度も足を運んだことはない。

「なんでそんなにテンション低いのー?こんなにも麗しい私と二人でアドベンチャーワールドなんて高校生の夢じゃない!」

「しーーっ!まだ早朝だぞ」

徐々に大きくなる声に慌てた俺は反射的に指を彼女の唇にあてがう。

 

「…………」

何か言いたそうなエルフ。光があまりないからわかりにくいが、かなり赤面している。まあそりゃそうか。

 

「マサ…ムネ…」

ん?案外怒ってない?

「えっち!」

「わわ!ごめんて!ごめんて!」

「もう…責任取ってね…」

ん?なんか勘違いしてるぞこいつ!

でも反論はできなかった。自分がやったことだし。

 

 

なんとか五反野駅に着くことが出来た。未だに東の空含めて暗く、ほんの気持ちばかりの星が瞬く。

まだ始発すら出ておらず、人はいつもより疎らである。このあと溢れんばかりの人を抱えるのだろう、その時をじっと待っているようだ。

 

疎らだった人が整列し出した時、ご来光よりも早く人工的な光がホームの端を照らした。

それに乗車することおよそ25分。地下駅である八丁堀駅にて乗り換えをする。

そこで京葉線に乗り換え、暗い地下を脱出するとようやく太陽を拝むことが出来た。

 

そしてさらに三十分程度。今回のメインステージに到着した。

 

 

 

 

 

「さあ着いたわ!」

「って誰もいないじゃん!」

「そりゃ、開演まで結構時間あるからねえ」

テンションが上がるエルフに対して、イマイチ実感の湧いていない正宗。

「まあ終わってみればその待つ時間も楽しかった思い出になるから!それは私が保証するわ!」

自信満々に言い切った。頼りにしてよさそうだ。

そして、エルフに手を引かれながらチケットを購入した。「案外高いなあ」など本音を漏らす正宗をまあまあとなだめる。

 

「ほう、もう結構人がいるんだな」

既に門の前には数人くらいのグループが結構並んでいる。ざっと百人くらいだろうか。

二人はその後に場所をとる。ようやく落ち着いた。

 

「さあ、あと二時間弱。私と"ここで"遊びましょ!」

「あと二時間弱!?」

待つとは聞いていたが、そんなに長いとは聞いてない。

「当たり前じゃない。まずは入る前の時間を楽しむのよ!このドキドキ、たまらないでしょ?」

いや中があまり分からないからドキドキもなにもないのだが…。

 

しかしこれを言ったら殺される。せっかく来たのだから楽しもう。

 

「でもここから離れたらほかの人に並ばれちゃうでしょ。ここで遊ぶとは言っても何をするのさ」

「じゃーん」

嬉々としてリュックサックから出して見せたものは俺でも知っている二つ折のあのゲームだった。

いやこんなところでDSかよと俺。

いやほかに何かやることあるとエルフは見つめ返してくる。

仕方なくゲームを始める俺。

俺もこのゲームの名前は聞いたことがある。シナリオが良いとよく絶賛される「ポケ○ン不思議のダンジョン、空の探検隊」だ。

 

どうやら主人公キャラクターとペアになるキャラクターは決まってるようだ…が、なにか違和感がある。

「…っておい!主人公俺の名前じゃねえか!」

それだけでない。パートナーの名前も律儀に「エルフ」になっている。

「なによ!その方が興奮しない?『私を守らなきゃ』って気にならない?」

「いや、やってる側すごく恥ずかしいわ!」

「えー でももう決めちゃったもんは変えられないから、頑張ってね♡」

あざとすぎるウインクが威力をはね上げてやがる、正直めっちゃかわいい。性根は置いといて。

「そうね…普通にやるだけじゃつまらないから、私が倒された回数分なにか奢ってね♡」

いや俺このゲーム初めてなんですけど?

「せめて!せめてそれを言うなら一周してからにしてくれ!無駄に緊張してストーリーに集中できん!」

「うーん、それもそうねえ。ストーリーを読ませるのが大きな目的だから、それができなきゃ本末転倒よねえ」

エルフは腕組みをしながら言った。

まあパーティの名前が名前だけに現時点でもう緊張してるがな。

「しょうがないわね。見逃してあげましょう」

なんで上からなんこの人!?

 

「…というか、さっき『私とここで遊びましょ!』って言ってたよな、お前はいいのか?」

「ええ。あなたがゲームをプレイして、私がそれをいじる、それが私の遊びよ! それで不満なら鬼ごっこかなんかする?」

「絶対ダメ」

いい高校生が一応中学生女子のおまえを追いかけ回すとか、周りから怪訝な目で見られること間違いないな。

 

 

時刻は八時を回った。

 

各々が話題に華を咲かせ笑顔を輝かせている。

これが、いわゆるメジャーランドの力なのかもしれない。俺もドキドキしてきたよ。

 

「ところでさ、入ったら何をするの?」

閉ざされた門の先には豪華な建物が屹立していおり、通路からは奥にそびえる切り立つ山が見える。山とは言っても自然の山ではなく、アトラクションのひとつなんだろう。

 

「まずは優先権なるものを確保よ!各アトラクションには優先権なるものがあるの!それがあると並ばずに入れるわ。まあ人気アトラクションとなると、それを持った人が列を作るんだけどね」

「まずはひとつ優先権をもらって、その後乗るアトラクションに並ぶのか」

「その通り。まあ私がエスコートするわ。必ずあなたを楽しませるから期待しておきなさい!」

自信満々に腰に腕を回すエルフ。これは期待できる。

 

 

時間が近づいてくる。開園の時間が近づき人は皆立ち、扉に吸い寄せられていく。「扉には触らないでください!」という制止の声もあまり意味を為してない。

 

 

時に八時三十分。重い扉が開いて人並みが動く。人の濁流が改札に押し寄せる。その時、煩雑な人の配置は一度整理され、抜けた途端に一気に発散される。その先は我先にと駆け出すケガを恐れぬ男達もいれば、早速と言わんばかりの自撮りを撮るカップル、はしゃぐ子供とその親と様々だ。

「ほらぼさっとしてないでいくわよマサムネ!」

「は、はひぃ」

人前で話すことはあっても人に押しつぶされることは滅多にない彼は、もう既に人波に溺れかけていた。四方から押し寄せる大小様々な圧力によって二人は離れかける。

「全くもう、あんた男でしょ!」

エルフは袖を引っ張り離れないように正宗を密着させた。

「さあ行くわよ!私にデレデレしていると死ぬわ!」

「は、はい!」

いや本当に死にそうなのが怖い。

 

エルフは体を使ってなんとか流れの中で位置を確保した。

安堵の息をひとつするエルフのすぐ後方に未だに慌ただしい正宗がいる。

「バッグの下の方に埋もれた?」

バッグに顔を突っ込み荷物をかき分ける。

「だって盗まれたら嫌じゃん」

深呼吸とともに答えた。

「いやあんたねえ、そういうのはすぐ取り出せるようにすること!」

流石に入りがこんな無秩序だなんて思わないよ。

悪い悪いと軽く謝っている間にぐしゃぐしゃになったチケットは切られた。

 

「さあ!のんびりしてる暇はないわ!」

いまいるほとんどの人は「優先権」を確保しようと必死である。

朝一番の行動の素早さが午前中の回れるアトラクションの数を左右する━━ってエルフは言ってた。

変わって一回くらいだろうけど、後々になると大きな一回になるんだってさ。

 

 

人波に自ら呑まれ「優先権」を確保しようとしていく二人の裏。

「あのラノベ作家である山田エルフと和泉マサムネがここにいる?」

「エロマンガ先生G」の件で動画上とはいえ公衆の前に出た二人、特にラノベ読者の中でも顔を知られていた。

しかし、どうせ偽物なりコスプレだろとまだ信じるものは少ない。

しかしそうとは知らず、二人は湖の前に出来た行列に並んでいた。

その横をすらすらと人が追い抜いていく。これが優先権なるものか。

 

 

「ねえ、あれ山田エルフと和泉マサムネじゃない?」

隠そうとしてもその明らかに日本人離れした金髪を隠すことは難しいだろう、最もアイツの場合はむしろひけらかしてる気すらするが…ダッフルコートを正装の上にきてる故に少しは判断しにくいかもしれないけど。

「まっさかーコスプレかなんかじゃないの?そもそも執筆が忙しくてこんなとこ来てる暇ないでしょ」

俺のコスプレってなんだよ。執筆、確かに忙しいけど休みくらいはあるわ。

まあとりあえずまだ疑いの段階で助かった。

しかし、いずれは噂を試さまいと人は集まるだろう。

しかし正直本日ばかりは一般人として楽しみたいからあまり注目されても困る。

それはエルフもきっと分かってるだろう。

 

「私を注目してる…してない?」

いや、むしろ恍惚の表情に近い気がする。

「今日ばかりは注目を集めたりしないでくれよ…?」

頼んだよとばかりに念を押しておく。

「ええ…分かってるわ…」

惜しいけどって小さく聞こえた気がする。まあ分かってくれればいいか。

 

その時、携帯が振動した。

今の俺には「まさか携帯番号が漏えいしていて、この場にいる誰かがいたずら電話をかけたのか?」とすら思えるほどに人の目を気にしていた。幸いにもその電話は紗霧のものであったが、一瞬出ることをためらってしまった。

 

「兄さん…今どんな感じ?」

「人がやばい。テレビで見るまさにそれ」

もうなんの比喩もない、嘘偽りなんて当然ない。

まあ紗霧がいったら数秒でノックダウンだろう。言わないけど。

「ううぇ…」

「わ、悪い想像させちゃったようだな…」

「吐き気がした」

でも、そんな場所で平気でいられる正宗が少し羨ましくもあった。

「死なないでね…」

「絶対に生きて帰るよ」

「絶対!絶対ね!」

もう少し運営や安全管理を信用してあげてくれ。

「生きて帰って、今後の糧にするよ」

今後の小説に活かすよと言いたいところだが、正体を周りにバラしたくないから濁すしかない。

「うん、わかった」

「紗霧も気をつけてな」

 

 

「もう~愛しい妹からの電話~?」

電話が切れた途端に待ってましたとばかりに茶化すエルフ。

「ま、まあそうだな」

羨ましくなんてないよと言ってそうな瞳。

「ところでこれはどういうアトラクションなんだ?」

あまりこの話は良くないと強引に話題をすり替える。

「テーマは沈没した海賊船。我々の乗る深海調査艇エ…未来号は、大昔の嵐で沈んだ海賊船を発見した!」

なるほどなるほど、まあメジャーランドなるものではよくあるテーマだろう。

 

「…楽しみじゃないの?」

期待通りの反応が見られず心配そうに顔を覗かせる。

「楽しみじゃないというか、これが人生で初めてのアトラクションだからイマイチ想像が出来ないんだ」

「なるほど、まあ見てなさい。終わってみればきっとあなたは充実感・余韻で溢れているわ!」

自信満々に話すエルフ。

楽しそうに話す彼女を見て俺まで笑顔になっちゃうよ。本当に初めてのメジャーランドでエルフと一緒に来れてよかったと思う。

ちょっと目立ちたがり屋さんなところがあるけど、盛り上げ方は超一流。一緒に話すだけでワクワクしちゃう。

そんな魅力が彼女にはある。

 

「楽しみに待ってるよ」

心底の笑顔を見せた正宗にエルフも良かったと思わんばかりの笑いを見せた。

 

三十分もしたか。湖の下へと続くと見られる螺旋階段と地下道を歩いた。

またその先にも列はあるが、さっきの列と比べるとごく小さなもので、あと五回くらいで乗れると思う。

「行ってらっしゃーい!」と見送るスタッフさんや絶え間なく流れる注意事項。出番が近づいてるんだな。

このアトラクションについて分かったことは一回六名であること、昔沈んだ沈没船を深海調査艇で探検すること。

のみである。不安二割楽しみ八割といったところ。

予想に反し深海調査艇「に似た乗り物」は絶え間なく現れては人を乗せていく。まあ一台しかなかったらあれだけの人数をさばくのは不可能だろう。

なんて思っていたらすぐ出番だ。

 

「さあいくわよ!深海調査艇デート!」

エルフに手を引かれ乗り物に乗った。正直この段階では深海調査艇だなんてとても言えないが。

全員の安全確認がなされるとすぐに発進、暗がりへと進んでいった。

どこかのスピーカーから深海調査艇未来号を軽く説明している人の声。どうやらこれは科学を結集して作られた最新型で、海底火山の調査をするために作られたらしい。結構本格的だな。

そしてしばらくすると静止した。

 

「ようこそ深海調査艇、未来号へ!」

の掛け声とともに電気がぱあっとついた。

周囲を近未来的な装置に囲まれ、前方に遥か彼方に広がる水平線が広がる。

 

「さあ!これから我々は海に潜ります!変わりゆく景色、しっかり目に焼き付けてくださいね!」

 

実際に潜ってるような感覚がする。これがいわゆる"体感型アトラクション"なのか。外の景色もかなり現実的に描写されている。ふと目覚めてここにいたら本当にそこにいるって思ってしまうだろう。

周りが深くなるとライトがつき、海の奥底を照らす。もっともまだ底なんて全く見えないけど。

「深さ200メートルを過ぎると光は届かなくなります。一般的にここまでを表層と呼び、ここから先を深海と呼びます」

しばらく海についての説明がなされる。

 

子供ならそろそろ飽きそうだなと思えてきた時。

「なんだあれは!」

ライトは底に眠る何かを映しだす。

「接近します!」

 

「これは…昔沈んだと思われる海賊船です!」

 

そこには何隻もの海賊船が沈んでいた。海賊同士が激しい争いを繰り広げた故に多数の船が沈んだらしい。

中には大きな穴が空いた船もある。そりゃ沈むわ。

「中を覗こう!」 「いや、それは危険だ!何があるか分からないんだぞ!」

「歴史的財産が眠っているかもしれない!歴史に俺らの名を残すチャンスだぞ!」

「だからといって危険を見過ごすことはできない!」

「いやまて、ここは判断を"乗組員"に委ねようじゃないか」

え?

「海賊船の中、見たいよな?見たいという人は手を挙げてくれ!」

「「「「はーい!!」」」」

エルフ含めた半数以上が挙手をした。あわてて俺も手を上げる。

「よし!それでは船と船の間に入る!」

まさに多勢に無勢。こんなんで大丈夫なんだろうか。というかこれ手をあげなかったらどうなってたんだろうか。

ライトは大きな穴を照らす。

 

突然異物が映し出された。

「きゃあーっ!」目の前の出来事に居合わせた女性陣は声を荒らげる。もちろんエルフも例外ではなく、正宗の腕を強く握ってくる。

 

「おっと、これは海賊の骸骨だねー。大丈夫、襲ったりしないから!」

いや襲う訳ないだろ!でも本当にリアリティあるなあ。一瞬ドキッと来たよ。

まあ、今ドキドキしているのは別の理由なんだが…。

「マサムネ、こわくないの?」

「怖いというよりびっくりしたというか…」

高鳴る胸をなんとか抑えようとする。

人生初の深海調査艇デート(?)は沈没船やら骸骨やら大騒ぎだな。

 

探検を進めていくこと5分。画面には陽炎のようなモヤが映し出された。

未だに二人は密着している。

「あれは我々の調査している海底火山だ。この火山を調査して海底火山のメカニズムの解明に繋げるのさ」

なにか足の方から熱気がする。そこまで再現するのか。

 

「「異常事態!異常事態!」」

サイレンの音がけたたましく響く。それに呼応するようにガタガタ揺れ始める。

「きゃっ」

「エルフ!しっかりつかまれ!」

白い煙が満たし、で煙の中から禍々しい溶岩が顔を出そうとしている。

「隊長!海底火山噴火です!

「分かってるわ!緊急浮上!」

「それが…熱でエンジンが危ないです!」

「知るか!ここで死ぬか上で死ぬかどっちがいいんだ!尽くせ!乗組員の命を守れ!」

いや命を守るのか死ぬのかどっちだよ。

「緊急浮上!乗務員全員安全を確保せよ!」

その瞬間、上から固定するアームが下ろされた。腰を固定され立ち上がることが出来ない。

「乗客全員安全確保!」

がくんという音ともに違和感が襲う。

「おい、これまさか…」

その声は一瞬で途切れた。液晶の景色はほとんど変わらない。

隣のエルフは叫びながらも笑っている。俺はそれどころではない。じっと黙って顔をひきつらせこらえている。

液晶に光が差し込む。その直後衝撃と共に停止した。

「…マサムネったらそんなに汗かいて、怖かったの?」

「い、いや怖くなんて…」

内心怖かった。

 

「おめでとう!あなた達は海底火山から無事に生き延びることに成功した!さらに、噴火の瞬間という大変珍しい資料を手に入れた!そのお祝い・お礼として、出口で素晴らしいものを受け取ってもらう!忘れないようにな!それではまたいつか会うその日まで!」

 

活気溢れる声を残し、入口で乗った乗り物は再び動き出した。先程の余韻を残し暗闇を進むこと数十秒、乗る前に聞いたような明るい声がまた出迎えてくれた。

 

「お疲れさまです!深海調査艇・未来号!楽しめたでしょうか!まだまだ沢山アトラクションはあります!良い一日を!」

腰のロックが外され、降りるよう促される。

 

「楽しかったわねマサムネ!」

「ふう死ぬかと思った。でもいいな、こういうのも」

入口とは湖の反対側に建物の出口が設置されている。どうやら湖とその周囲の木々で出口を隠してネタバレを防ぐ仕組みらしい。

出口には「お祝い品」を配る人がいた。

そのお祝い品は…

「あははは!マサムネったら変な顔!」

━━━━━急上昇中に撮られた写真であった。

ここでも当然のようにエルフはカメラ目線を決めている。

「せっかくだし額縁買ってく?」

道の外れには額縁を販売しているエリアがあった。

正直言うと、この表情が額縁に飾られる羞恥と記念に買いたいという欲望が対立している。

さあどうしようか、なんて悩んでるその手には既に額縁に飾られた己の変顔があった。

「せっかくだし自分の部屋にでも飾らなきゃね!」

「ああああああ恥ずかしいぃぃぃ!!!」

顔面真っ赤にしてしゃがみこむも、額縁は大事に両手で支えられていた。

「既に予約済よ!マサムネとの思い出を逃がさないためにね!」

くぅ、こいつはいちいち憎たらしいことをしてくる。

でも気遣い?に少しは感謝してるからな!

 

「ありがとう、大事に取っておくよ」

「あら、素直ねマサムネ!いつか動画で出して見なさいよ!大ウケ間違いないわ!」

「絶対やらないからな!そんなことしたら俺二度と執筆活動なんてできなくなるわ!」

それに、この思い出は二人のものにしたいからな。

 

 

 

次は最も人気の高いアトラクションの一つだとエルフは言っている。入口から望むことが出来た山がそれだ。

どうやら廃鉱山を駆け抜けるジェットコースターみたいなものだと言う。

先程の深海調査艇よりそこそこ列が長いが、今回は優先権がある。

長い列の隣をスラスラスイと進むの、気持ちいいな。決して言葉にはしないがみんな思ってそう。

ちなみにこのアトラクション、普通は「上昇→急降下」の順であるがいきなり急降下から始まるのだ。確かに鉱山は地下もあるけども。

エレベーターを上ると先程と同様、数回で全員乗れそうなくらいの人数が並んでいた。

10人乗りのライドが加速するとその直後に悲鳴が聞こえる。

エルフは怖いの~?なんて肩を叩いてくる。

いや怖いよ!人生初のジェットコースターだぞ!

 

なにより気になるのが乗ってる乗客例外なくかっぱらしきものを着ているのはなんだ。

 

「おい、これ濡れるのか?」

「本アトラクションは水を被ります。濡らしたくないものには十分注意してください」

「当たり前じゃない!『濡れる』もひとつのアトラクションの楽しみじゃない!」

おふた方ともありがとうございます。

「濡らしたくないもの」にひとつ大きな心当たりのある俺は再びあわててバッグを見たが、幸いにもそれは入っていない。

 

「ちょっとあんた、まさか原稿…」

抜き忘れてたら災難になってたかもしれない。

ジェクチャーで安全を伝える。

「まさかこんなところにまで仕事持って来ないよねー」

いわゆるジト目と言われる目付きで見る。

最も持ってきたとしても単なる抜き忘れだろうけど、これまでの傾向を振り返られて弁解にはならなさそうだ。

 

 

「さあいってらっしゃーい!」

いやまて早いって!

たとえ言葉にしようと制止の声なんて届くわけがないけど。

その後ライドとその乗客ははエルフの耳をつんざく悲鳴とともに地下へ落ちていった。

 

ひんやりした空気を猛スピードで切り裂く。正直少し寒い。

気がついたら水滴がカッパに付着していた。濡れるってそういうことか。

「って…」

安心したのもつかの間。水滴なんかとは比較にならない異常な量の水が小さな滝のごとく進路を塞いでいた━━━━。

 

「アカンわこれ濡れるー!」風邪引きを覚悟した。

 

 

 

…ってあれ?何事もなく抜けていったぞ。

 

鉱山の外に出ると付着した水滴は飛び、結局ほとんど乾いたままかっぱは返却したのだった。

 

「途中の滝、夏以外は水が流れないで光だけなのよ。つまらない」

腕組みしてすこし愚痴をこぼすエルフ。

いや俺はこれで良かったと思うけど。濡れて外の寒い空気に晒されたらたまったもんじゃないよ。夏ならいいけど。

 

 

 

そろそろお昼時になる。売店、特に料理を提供するお店はこれからドっと溢れる人で大忙しになるだろう。

 

「ねえねえ!マサムネ!見て!見て!」

意気揚々と携帯の画面を見せる。

 

「和泉正宗先生と山田エルフ先生、遊園地デート!」

そう赤文字でデカデカと掲げられた掲示板。さらに二人の写真まで掲載。下手すりゃ盗撮だぞこれ。

「でもまあ大きな騒ぎにはなってないし、逆に対策したら変な噂が流れそうだし…とりあえず経過観察でいいと思うけどなあ」

そもそも、対策するとしてこの人混みの中どう対策するんだ。

「それもそうね…さあ下僕ども!好きに噂すればいいわ!好きに『エルフはマサムネの愛人』『マサムネはエルフの下僕』なりなんなり呟けばいいわ!」

「恥ずかしいわ!」

 

幸いにもこの後も大きな騒ぎには発展しなかった。

ときどき話しかけられるけど…

 

その後は観覧車に乗り、お化け屋敷に入った。どれも予想を大きく超える出来栄えだ。

観覧車で見える東京湾と都心部、そして遠くに望む富士山は素晴らしいの一言に尽きたな。もしかしたら大きな一軒家であるクリスタル・パレスも見えたかもしれない。

そして、お化け屋敷。正直言うとこれまでは子供だましだろとか思ってた。

そんな気持ちでここに入った。

 

…叫び声が止まらなかったよ。息付く暇なんてありゃしない。

「こういう物には慣れてるし平気平気!怖かったら私の陰に隠れなさい!」なんて強がってたエルフも気がつけば俺の陰に隠れてたしな。

「本物はやっぱ怖いんだなあ」なんて簡単な問題で済む程ではない。それどころか少し血生臭さも感じた気がする。

 

まあ、どのアトラクションにも言えることだが、「待っただけの見返りはある」ことは間違いない。

メジャーランド、見直した。

 

お化け屋敷から出た正宗は携帯を確認する。

 

そこには一件の着信履歴が残されていた。

「うわっ神楽坂さん」

まさかの担当編集からの直々の電話である。

心当たりがあるだけに怖いが、担当編集者からの電話は無視出来ない。

 

「和泉先生!!どうですか?エルフ先生とのデートは!」

開口一番、予想通りの一言が飛ばしてきやがった。

 

「いやーーもうネットで大変なことになってますよーーたくさんのパパラッチに囲まれてデートしてるようなもんですよそれ!」

 

「デートと分かって電話かけたんですか?」

 

「はい!」

自信満々だなおい。

 

「あの担当編集から電話?」

さらに横からエルフがカマをかけてくる。

「貸しなさい!」

そして有無を言わさず正宗から携帯を奪取する。

「ちょっとアンタ?私たちのデートを邪魔しないでくださる?」

「あららーお久しぶりですーどうですか?この前から彼とはうまく付き合えてますか?」

「あったり前じゃない?それを妬んで電話してきたの?」

「ええ。全てが全てそれが理由だという訳ではありませんが」

「それなら切るわよ!」

「よく人の話を聞いてください。全て『ではない』と言ってるじゃないですか。我々と彼との都合ってのもあるんですよ。あなた一人に彼を独占させるわけにはいかないのです」

 

「はあ?マサムネが今日『私のために』休みを作ったはずよ!」

「ええ。その話は聞いています。私は過去の話をしているのではなく、未来の話をしているのです」

「はあ?アンタ達の未来と私がなんの関係があるのよ」

「ええ。大ありですとも。まあ和泉先生が『良い作品』を作ってくだされば私たちはなんの文句はありません」

「ああそう!なら切るわよ!」

 

強引に通話を切った。

 

「マサムネ!いまここで誓いなさい!」

「なんだ突然」

「私は!これからも良い作品を作ります!ほら復唱!」

「私は!これからも良い作品を作ります!って何を言わせるんだ」

「アンタの担当者、アンタが良い作品を作ればあの人も私たちには関与しないと言ったの」

なるほど。

「そんなの当たり前じゃないか。任せな」

それが俺の「義務」なんだから。

 

 

 

夕方。

基本的にエルフに手を引かれ続けた日。二人でこんなに楽しめたのは今日が初めてだろう。

観覧車にお化け屋敷、どれもエルフが太鼓判を押すのもわかった。

 

時々変な視線を送られることはあったが…

友達と遊ぶことがこんなにも楽しいなんて、今日ほどほかの同年代の人が羨ましく感じた日はない。

友人と学校で色々話したり、出かけたり、買い物したり。まあ友達が全くいない訳でもないので、特段憧れていた訳では無いが、改めてこういう機会に触れてみたら気が変わった。めっちゃ羨ましいわコノヤロー!

 

 

 

俺は初めてエルフと行動を別にした。流石にトイレにまでついてくる程変態ではない。

そろそろ気持ちを伝えたいと心を整えるためにはちょうど良い場所だ。

 

 

「エルフと付き合ったらすごく楽しいんだろうなあ」そんなことは前々から考えているけど

でも、「紗霧はどう反応するか」とか、「ムラマサ先輩にどう思うか」とか他人の評価ばかりが先走ってしまってまだ肝心の一言が言えていない。言わないと後悔することなんて分かってるのに。

 

 

「そんな理由をつけて逃げてるんでしょ」

 

「伝えるべきことすら伝えられなくていいの?」

 

「このままだと有耶無耶なまま終わっちゃうよ?」

 

そうなんだよ!全部分かってるんだよ!

 

「ほら、あまり考えすぎてると待たせちゃうよ。愛しの友人を」

 

現実逃避をする自分を深層心理は許さない。

 

「今がチャンスだと思うよ。後のことなんて後で考えな。いけないことは自分に嘘をつくことだ」

 

手を洗いながら自分を鏡で見る。

 

「頑張れ。応援してるから」

 

うん。俺伝えてくるよ。

 

伝えたい感情、嘘偽りなく拳に握りしめた。

 

緊張しながらトイレを出た。ゆったりと一歩一歩を鼓動で感じている。

 

 

 

━━━しかし、そう悠長としている時間はなかった。

 

「このままではエルフが危ない!」

 

エルフは男達に取り囲まれていた。サインを求めている様子もなく、何よりも彼女は嫌がっている。

 

走れ正宗!

 

 

 

 

「おい!俺の"彼女"に何やってるんだ!」

 

エルフと男達の間に入って黙って睨みつける。

双方動かず長い長い数秒。

 

 

「けっ、お嬢ちゃんいい彼氏もったじゃねえか。おめえもその心意気、忘れんじゃねえぞ」

 

その男達は二人から目を背け、歩き出した。

 

 

 

「マサ…ムネ?」

 

「あああああ!!!」

 

事態に気がついた正宗声に出さずに叫んでは一瞬で紅潮させる。

完全に計算違い、暴発である。

これから告白しようとする人を恋人と呼んでしまったのだ。

でもここで引き下がる訳には行かない!

さっとエルフの方へ振り返る。

 

 

「エルフ!俺はお前が大好きだ!俺と付き合ってくれ!」

 

なんか言わされたような告白になってしまったが、最初から告白するつもりでここに来た以上仕方ない。

 

返事を待つこの数秒がすごく長く感じる。

 

 

━━━━「ええ。私も大好きよ、マサムネ。ありがとう…ありがとう!」

 

「やっ…やった…」

 

緊張から放たれ力の抜けた正宗をエルフが支える。

「伝えてくれて本当にありがとう…ありがとう!」

「エルフ…受け入れてくれてありがとう!」

二人はそれぞれの感謝を述べた。

 

そして暫くの抱擁の後、歩き出すと日は既に沈みきっていた。

 

 

二人が"恋人"になって初めて乗るアトラクションは既に決まっているらしく、手を握り案内された。

その先にドーム状の建物があった。

今回乗るアトラクションのテーマは「宇宙旅行」

 

「二人ならばどこへでもたどり着けるはずよ!」

とエルフは付け足した。

確かに、彼女となら困難も一緒に笑って乗り越えて辿り着けそうだよ。当然そんなアトラクションではないと思うけど。

 

ポスターには

「これからあなたは恵まれた星、地球を飛び出し宇宙を旅します」

そんな言葉と地球を飛び出す宇宙船が描かれている。

 

 

一時間ほど並んでようやく順番が近づいてきた。宇宙船の如く精密機械に取り囲まれた空間をたくさんの人数がずっしり並んでいる。いつもなら見ただけで遠慮してしまうだろう。

しかし、「待ったら待っただけの楽しみがある」ということがわかった。

今回もすごく楽しみだ。

ざっと十人くらいが乗ると扉が閉まり暗闇に沈んでいく。

 

「さあいってらっしゃーい!」

アトラクションそのものはさっきの鉱山のやつと似たようなものだ。

違うことといえば、視界には星空だけ。それ以外は「レールすら」見ることが出来ない。つまり、いつどこで急落下があるのかわからない。心の準備ができないのだ。

 

 

無作為に急降下急上昇左折右折を繰り返す。暗くてお互いの表情は探れないけど、握った手でなんとなくわかる。結構エルフって怖がりなのかもな。

なんて思ってるとあっという間に終わってしまった。すごく濃い時間だったな。

 

 

「夏だったらもうひとつくらい乗れたのに…」そうぼやきながらドームを振り返った。

今朝言っていた「一回の重み」がすごく伝わってくる。

しかし、冬の時期は無情に終わる時間も早いのだ。

 

しぶしぶ出口へと歩み出す。散りばめられた装飾は建物や木々をも彩り、昼間とはまた違う景色を作る。

特に昼間は味気なかった廃鉱山という設定だった山ですら装飾で飾られており、その麓はしっかりとそれを記録として端末に残す人でたくさんだ。

 

そして出口にも記念撮影をする人が溢れる。

もちろん二人も例外ではない。

 

「はいっチーズ!」

二人の記念日。心からの笑顔をそれぞれの端末に保存した。

 

 

 

「また来ようよ。仕事がない日にさ」

出口から少し離れた駅へのコンコースで二人はアドベンチャーワールドの建物を眺めていた。

「次はお泊まりね!」

その隣に佇む一際大きな建物を指さす。

「へえ、ここホテルも経営してるんだ」

「ホテルに泊まる人は営業時間が終わってから二時間も遊ぶことが出来るのよ!並ぶ時間もすごく短い!最高じゃない!」

 

 

「絶対今度また、泊まりで!一緒にいこうね!絶対よ!」

「おう!また二人で、今日より楽しもう!」

また来ると誓いの指切りをして、二人はその場を去った。

 

帰りの電車は一本見送ることで二人隣で無事座ることが出来た。

 

「おつかれ、エルフ」

正宗を引っ張り通した彼女は襲いかかる睡魔に身を任せたようだ。

 

 

 

「東京~終点、東京です~。お忘れもののございませんようご注意ください」

 

起こす人を失った二人、仲良く終着駅に送られた。

 

エルフは八丁堀着く前に起こせばいいか…

それにしても…無防備な寝顔はまたかわいいな…

 

「…ふぁ?」

起こしてあげると天使は情けない声とともに意識を取り戻した。

「ほら、乗り換えるぞ」

彼女の手を取ってなんとか乗り換えを促した。

 

このようにうとうとする彼女をリードし、家、もといクリスタル・パレスに無事帰還を果たしたのだった。

 

「さあマサムネ!まだまだこれから!」

さっきまでの眠気はどこへやら。しかし、朝の彼女とは違ってすごく疲れが出ている。

「とはいってもすげー眠そうに見えるけど…」

「いやいやそんなことはありえないわ!」

「頼むから寝てくれ。明日に響くぜ?恋人として最初のお願いだ」

「恋人の」この一言には弱い。

 

「ぐぅの音も出ないわ…仕方ない。今日はお休みさせてもらうわ!」

「明日また頑張ろう!おやすみな、エルフ」

「ちょっと待ちなさい!」

背を向けかけた正宗を止める。

「少し顔貸しなさい!」

正宗は少ししゃがむ。

 

 

ちゅっ

 

 

えっえっえっえっえっ。

ほっぺたを中心に電気が体をおそう。

 

「夜デートができなくなっちゃったからね!ふふふっ!それじゃおやすみ!」

小悪魔的笑顔と共に彼女は階段を上っていった。

 

しばらくして正宗は熱をもち硬直した体をなんとか動かし和泉宅へと到着した。

 

「ただいま…」

家の中は空き家と勘違いするほどに暗い。きっと紗霧は寝てしまったのだろう。部屋の電気も暗い。

 

 

「紗霧…」

俺はエルフと付き合うことになった。それはとても嬉しいことであるが、その反面絶対に解決しなくてはならない問題がひとつある。

 

 

━━━それは、他の女の子関係の清算だ。

 

第二章へ続く。

 

 

 

 

 

 



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第二章 絶対に穢されることの無い最高の小説

俺は山田エルフに遊園地で告白をした。
そして、付き合うことになった。
素晴らしい遊園地デートになったよ。しかし、これがきっかけで二つ解決するべき問題が出来た。
ひとつは「はあ?アンタ達の未来と私がなんの関係があるのよ」
エルフのこの一言にある。
アンタ達、すなわち編集者の未来とエルフの関係ってなんだろう。
エルフは別レーベルの作家だ。彼女の小説が俺のレーベルに影響を与えることは…
そして二つめ、それは紗霧含めたみんなの清算だ。


第二章「絶対に穢されることのない最高の小説」

 

 

 

遊園地デートの翌日。昨日連れ回された疲れがまだどっと残っている。

あれから紗霧と目を合わせていない。

 

 

「…兄さん」

開かずの間の扉がそっと開いた。

いつものパジャマ姿の彼女。変わらず整理された部屋に招き入れるが、いつもよりかなり暗い気がする。

 

「兄さん、エルフちゃんと付き合うことになったんでしょ。ツイッターで自慢してた」

 

話題は単刀直入に切り出される。でも喉の奥からようやく出されたようなか弱い声だ。

 

「うん…その通りだ…」

全く悪いことはしてないのに、言葉尻が弱くなってしまう。

 

 

「…ぜ、全然悔しくないんだからっ!いつも私を困らせる兄さんなんて、全然好きなんかじゃないから!!」

強気な言葉の裏腹、泣き出して布団に潜り込む。

「…しばらく一人にして」

 

「…わかった」

 

ふたたび開かずの間は深く閉ざされてしまった。

それが一時的なものであればいいが…

 

 

 

「ちょっとマサムネ?アンタ紗霧に何をしたの?」

いつも開かずの間から飛び込んでくる彼女。しかし、今は負のオーラというもので満たされているらしい。

だから珍しく玄関からやってきた。いつもこうして欲しいけど。

「なにもしてねーよ、お前と付き合ってることを教えてから半日以上あんな感じだ」

さっぱりと手を横にする。

「どうにかしなさいよ、アンタの妹でしょ」

「なんとかしたいけどさあ、紗霧出ない時はとことん出ないし、強引にやりたくないんだよ」強引に引きずり出そうとしてさらに引きこもりを酷くした人もいるからな。

 

 

同居人として、ようやく心を開きだした紗霧がここでまた固く閉ざしてしまえばさらに解決が難しくなってしまうだろう。

 

「引きこもりがさらにひどくなるかもしれないし、イラストを描けないという位にまでひどくなるとアンタの小説の価値がかなり下がってしまうわ」

二人して腕を組む。

 

『エルフと付き合うことで編集者の未来が左右される…』

そういえばそんなこと言ってたよな。

 

「なあ、昨日神楽坂さんと連絡したんだろ?なんと言ってたか覚えてる?」

「んーとね、電話してきた理由としてこのまえアルミちゃんと色々あったじゃん?あれから私とマサムネは上手くいってんの?っていう電話ね」

いやそれじゃない。

「アンタ達の未来と私の関係って言ってただろ?」

「あーあれね。『これがきっかけでマサムネが良い小説をかけなくならなければ私たちは文句ない』って感じだったかしら」

 

言っていたことと現状は自然と辻褄があっていく。

 

「アンタのイラストレーターが引きこもって仕事が出来なくて小説が書けない現状を踏まえると、悔しいけどアイツの言ってたことも的を得てるって感じね」

「ああ。それにいち早く勘づいたから連絡を入れてくれたんだろうな」

 

あれは笑えない冗談ではなかった。いま、

 

そうだとしたら考えられる解決法は紗霧をなんとか説得するか、俺らが付き合うことをやめることだろう。

 

後者はまずありえない。前者を達成する打開策を考え、成功すれば神楽坂さんは文句は言わないということになるのかな。

ただ、今の紗霧を引っ張り出すのは当然ながら逆効果だろうし、自然と出てくるのを待つしかないとしか言えない。

しかし、俺と紗霧が出会ってから一年は顔を合わせなかったし…

でも代役のエロマンガ先生なんてダメだ。絶対に何とかしなければ。

 

「分かったエルフ。俺も最善を尽くす。ただ、もしそっちで行動が見えたらすぐ連絡を入れてくれ」

「わかった。そちらも進展があったらすぐ連絡を入れること!」

 

二人は解決方法の糸口を掴めないまま、紗霧の経過を観察することになった。

 

 

 

「エロマンガ先生として、今後も俺のイラストレーターになってくれ」

とでも懇願すればいいのか、さらに土下座してでも紗霧に頼み込めばいいのか。

もしくは神楽坂さん経由で頼んでみればいいのか。

様々なアイデアが浮かぶも、どれもそうすることで紗霧が部屋から出てくれるとは思えない。

 

 

二日三日と経つも彼女は部屋から出ない。かろうじてご飯は食べてくれるが、顔を合わせてくれない。

カーテンも閉じられエルフもお手上げである。

 

詰んだな。くそっ、兄なのに何も出来ないなんて…

唯一の頼みの綱かもしれない神楽坂さんからの連絡もひとつもない。

新作の執筆が終わったのに埋まらないイラスト。そして日々がただただ過ぎていく。

 

そして、家族が一人欠けたまま、正宗は一年の課程を修了した。

 

春休みに入るも、状況が変わることはない。

 

そして、紗霧が閉じこもって六日目になった。

紗霧と正宗が家の中で繋がったきっかけを思い出す。

 

「もしかして!」

閃いた正宗は急いでエロマンガ先生のブログから動画アカウントに飛ぶ。

動画が残っていれば、なにか手がかりを掴めるかもしれない!

 

━━しかし、そこにあるのは一週間の空白であった。

 

「打つ手、なしか」

生放送、更新の途絶えたブログもコメント欄のみ更新が続いている。

彼女を心配する声で溢れている。それらすべてが俺に同調しているように感じる。

 

そうして何も進展がないまま一週間が過ぎようとしていた。

 

 

「…兄さん」

 

紗霧は部屋から姿を出したのはあれから一週間経過した日のことだった。

 

「さg…」

今後のことについて、正宗が頭を下げようとした。

「…頭を下げないで。その代わり、すぐに編集者の元へいって。エルフちゃんも一緒に」

淡々と告げられた命令、それは何を意味するのか。

…あまり考えたくないな。でも今は指示に従うほかない。これを達成したら問題は快方へ向かってくれるとそう信じて。

 

「あの編集者の元へいけ?ほんとにそう言ったの?」

クリスタル・パレスの前で二人。

「…あなたがここで嘘をつく理由もないわね。仕方ないわ。それでなにか変わることを願って行きましょう」

 

 

 

「お待ちしておりましたー!どうです?イチャイチャデート、楽しかったでしょう」

二人とは裏腹に非常にテンションの高い神楽坂さん。でもあんた、その邪魔をしたんですがね。

「…残念ながら、今回あなたがたをここに呼んだのはお仕事に関係することなんです」

「分かってるわよ。そんな前戯なんていらないからはやく話を進めなさい」

「まあそんな焦らないでください。奥の部屋で座りながら話しましょう」

 

…何かを隠している。間違いない。この人達と紗霧になんの関係があるんだ…

 

部屋に連れられると特にエルフに馴染みがあるあの人が座っていた。

 

「あら、アルミも来てたのね!」

「ああ。あの強引な女に連れられてな」

 

今この部屋にいるのはアルミ、エルフ、俺、神楽坂さんである。

 

俺の小説の話なのに、エルフ達まで招集された。つまり、この話は「二人は付き合っている」という情報があちらに伝わったから集められているということだろう。

もしかしたら…と嫌な予感が脳裏を過ぎる。

 

 

「あなたが今出版している「世界でいちばんかわいい妹」はこれからもたくさんの需要が見込まれるでしょう。あれは『妹と主人公』、すなわちあなたと紗霧さんがモデルになっていますよね」

「はい、そうですが…それと今回の集まりはなんの関係があるのですか?」

 

「単刀直入に話しますと、ここであなたが山田エルフ先生と付き合ってモデル、すなわちあなたの恋愛対象が紗霧さんからエルフ先生になると、『恋愛に対する考え』も変わるでしょう。恋愛対象が家族か友達かで考え方は変わります。それで、小説の質が変わってしまうと思ったんです。もちろん、小説の質が変わってしまえば読者は減るでしょう。和泉正宗先生と山田エルフ先生の記事をインターネットで見た時はびっくりして慌てて電話を入れました。正直また山田エルフ先生の無茶振りに付き合ってるのかなとは思ってましたが。しかし、それはすぐに不安に変わったのです。紗霧さんからの一報で二人は恋愛関係にあると知りました」

 

 

なるほど。ようやく全てが繋がった。

 

『和泉先生が良い作品を作ればそれでいいんです』

『私は未来の話をしているのです』

 

これは紗霧の話ではなく、「妹に恋していた自分」が変わってしまったことによる小説の変質を指していたのか。

 

「私は『和泉先生が良い作品を作ることができれば文句はない』と先日山田エルフ先生にいいました。それについて、紗霧さんとアルミさんで数日ほど相談をしていたんです」

 

完全に中からも外からも遮断されていただけにわからなかった。でも、遮断出来たからこそ計画を起こせたのか。

 

「相談して得られた結論を言いますと、これより、簡単なテストを行います」

すげえ唐突だなおい。

 

「ちょっと付き合ったくらいでなんでテストを受けないといけないの?」

一見するとまさにその通りだ。しかし、俺たちはライトノベル作家、ちょっとした感性の変わり方が致命的な変質を生むこともあるだろう。そこを気遣ってのテストなんだ。わかってくれ、エルフ。

 

「テストそのものは単純です。和泉先生はこれまで通り、私たちに小説を提出してください。それを私たちが読み判断します。あなたはこれまで以上の小説を書いてください」

テストそのものは本当にごく単純だ。猿でもわかる。

「その達成度を判断するのは私、アメリア・アルメリアさん、紗霧さんです」

 

紗霧か…確かにこの世で二番目に俺の小説を読んでそうだもんな。一番は間違いなくムラマサ先輩だが…

 

「ただ、三人では少ないかなーって思って、お互いをよく知る方それぞれ一名ずつを、なんと特別ゲストとして呼んでいます!」

 

相変わらずこういうことには本気だよな、神楽坂さん。

 

「まずは誰よりも和泉先生のことを知っているでしょう。我がレーベルトップの総発行部数を誇る若きエース!千寿ムラマサ先生!」

 

呼ばれて部屋に入って来たのは着物を普段通り着こなすいつもの彼女だ。

いつも通り小説を執筆している。

今回の件、どう思っているかはあまり想像ができないけど…

 

「さて、お次は山田エルフ先生ならよく知る人物でございます」

 

 

首を傾げ今まで挙げられたムラマサとマサムネに紗霧、アルミの他に誰がと指折り数える。

 

 

「山田クリス先生です!」

彼女自慢のエルフ耳が動いた。

凛とした立ち姿でスタスタ歩いてくる。

「ちょっと!?兄貴!?」

「エルフ、仕事の調子はどうだ」

 

珍しく彼女が怯んだ顔が見れたな。

「ぜ、ぜ、絶好調でございます!」

「なら良かった。私がここに呼び出された時はまたお前が問題を起こしたのかと思ったよ。まあそれはともかく、正宗くんとお付き合いされると聞いた時は嬉しかった。でも、環境が変わるということは想定外の問題が付きまとってくるものだ。でもそれを乗り越えてくれると期待しているよ」

 

エールを送られるのはありがたいけど真顔でそれを言われると少し怖い。でもクリスさんにもそう言われてしまったらもうやるしかない。

 

「テストの概要は、四月七日の二十四時までに『世界で一番かわいい妹 第四巻』の本文を完成させてください。その後それを読み合わせて判断します。期待してますよ、和泉先生」

 

 

俺はあの日、誓ったんだ。

「私は!これからも良い作品を作ります!」

ってな。

それを見せつけるにはいい機会だ。待ってろよ。

「ええ。これまでで一番の小説を提出してみせます」

 

 

二人は事務所を出て覚悟を胸に帰途についていた。

「まさか、こんなにも早く試練が来るとはね」

「ああそうだな。お前とはじめて出会った時を思い出したよ。今、あの時と同じ気持ちだ」

敵だったエルフが仲間になり、当時仲間だった人々が敵になる。複雑な気持ちだ。

そして、初めて紗霧を敵サイドに回す。

もちろん、悪という意味の敵ではない。俺を強くしてくれるいわゆるジムリーダーみたいな感覚。

 

 

「あれでいてあの人、結構優しいのね。あなたを強くするための機会を与えてくれたんだから。それを棒に振るマサムネじゃないよね?」

「間違いないな。俺は今燃えてるぜ。やる気マックスファイヤーだ」

「期待しているわよ。あの人たちをギャフンと言わせる、決して穢れることのない最高の小説をね!」

「任せろ!お前までギャフンと言わせてやるからな!」

 

 

大層な話になってるが、生活そのものはあまり変わらない。俺がただ執筆に専念するだけ。学校もないしね。

というか、ごく一般的な世間は春休みだというのに…俺にももう少しプライベートな春休みがあってもいいんじゃない?さらば俺の高二の春。

 

 

「もし私にできることがあったら呼んでね、例えば…」

「例えば?」

何故か赤面しやがったぞ?

「お風呂とか!」

「…検討しとく」

「やったー!」

そんなに俺と風呂に入りたいのか。

でも、一日くらいならいいかも…なんてな。

「なら、一日中日だけ"お前の家で"お世話になって良いか?」

この前家デートしなかったお礼もあるしな。

「…なるほど!疲弊しきったあなたを本気で嫌せばいいのね!」

「四月一日に頼めるかな」

「ええ!任せなさい!私の最高の癒しテクであなたを天国へ誘うわ!」

「あと、本当にノッてて小説から離れたくない時は晩御飯とか作ってもらうかもしれない。その時は一報入れるよ」

「別にマサムネの家で同居してもいいのよ?」

こういうことを言うエルフは大抵お色気しかないのだが、今回はそれがほとんどないように感じる。頼りにしてよさそうだ。しかし、まだ紗霧との問題はまだ完全に解決していない

「そうしてくれればこちらも助かるんだけど…紗霧が付き合ってることに関してまだどう感じているか分からないから保留にしとくよ」

紗霧の精神的負担にならなさそうだと判断したらすぐ頼りにしたいくらいだ。すごく惜しい。

 

「あともうひとつお願いがあってね」

「ええ。聞いてあげるわ」

「紗霧の動画を見てほしい。それで俺達への印象がわかるかもしれない」

動画なら見てる人に相談という形で本音を吐いてくれるかもしれないしな。

「それでもし悪くなかったらアンタん家に行けばいいのね!」

「まあざっとそんな感じかな。でも先に連絡入れてね」

「任せなさい!超天才作家の完璧なアシストを見せてあげるわ!」

…まったく、こういう時のエルフは本当に心強いんだから。

 

 

「…行ってらっしゃい。"正宗"」

「ああ、行ってくるよ」

「待って、最後に」

瞬間、ふわっと香りが二人を包む。

これまでの彼女とは違う、大人の抱擁だった。

 

こうして俺のおよそ三週間に及ぶ"執筆強化週間"が始まった。

ちなみに、紗霧には既に三巻の完成原稿が渡っている。

とりあえずはイラストを描いてもらえることになった。助かった。

 

 

持ち前の筆の速さで原稿を書き進める。特に前と変わったような書きずらさは感じない。

 

朝も、昼も、夜も。俺はパソコンに向き合った。

紗霧の動画もこれまで通り放送されてるらしい。…本音は喋っていないらしいが。

 

 

あれから一週間。今日もエルフは複数ウインドウを自在に操りエロマンガ先生の放送を見ていた。

「相変わらず楽しそうだなあエロマンガ先生」

流れていくコメントを拾いながらすいすい書き上げられていくイラスト。

紗霧の本当の顔はお面で見えないけど、エルフには視える。

 

「実は俺、兄さんがいるんだけどよ」

 

エロマンガ先生は意気揚々と兄さん、すなわち正宗の話をし始めた。

エルフはウィンドウを取引中のものも含め全て引っ込めて注視する。画面にどんとエロマンガ先生が映り込む。

 

「あいつと付き合う女の子、すげえ綺麗で少し羨ましくてさ。たまに相手の癇癪を買ったりする馬鹿なところもあるけど、それ以上にコミュニケーション能力と女子力が高いんだ。俺もなあ、あいつと付き合えたら良かったんだけどなあ、羨ましいや」

馬鹿って何よ!危うくコメントに流してしまうところだった。

コメントには「へーーその兄ってイケメンなのかなあ」とやら「その彼女さん、見てみたい!」それぞれの脳裏に浮かんだ正宗やその彼女、エルフへの好奇心を示す。

 

「へえ、ちょっと引っかかるけどそれ差し引いてもいいこと言うじゃん」

正宗にも見せてやりたかったよ。仮想とはいえここまで褒められることは今後もあまりなさそうだし。

 

「そ、そんな話はもう終わりだ!」

あわてて自分の言ったことをかき消し画面はイラストメインに切り替わった。

「まっ、エロマンガ先生も特に気にしてなくて良かった」

これまで通りの彼女にほぼ戻ったと確信した彼女は安堵の息をついた。

 

「特に私たちのことを悪く思ってはいないみたい」

正宗にはとりあえず最低限の情報だけを送っておいた。

「良かった。ありがとう」

ようやく正宗の心の枷がひとつ降りた。

 

 

 

「俺の兄さん、最近部屋から全く出てこなくてさあ。部屋から出るとしたらご飯を作る時とトイレに行く時くらいだな。私の知る限りでは」

その翌日、再び兄さんについて語り出した。

「きっと夢中になってる事があるんだろうけど、部屋の明かりは深夜まで消えない。そんな日が続いているんだ」

今日の紗霧は「妹として兄を心配する」紗霧だった。

「どうせゲームに夢中なんじゃないの?」「兄さん想いだねえ」

いや、当然これは小説漬けの正宗のことだろう。まあ真実が分かるのは私しかいないんだけど。

「ちょっと色々覗いてみたんだ。多分一日一回は包丁で怪我をしかけている」

それで指を怪我されたらたまったもんじゃない、なにやってんのマサムネ!今すぐにでも行かなければ!行くべきよ。

 

 

その放送が終わった直後。

エルフに一通のメールが送られていた。

「こっちに来て」

要件はすごく簡潔にまとめられている。

 

 

「ふーん、なるほど、それで私の助けが欲しいってことね!」

もはや和泉家に開かずの間が二つある状況だ。

「私が彼を追い込んでしまった。これで体調崩したりしたらどうしよう」

と自身が彼の負担の一つになっていることに気付き、罪悪感に苛まれていた。

それで家庭的な一面をもつエルフにお助けを依頼した。もっとも、エルフ自身も開かずの要塞に踏み込むつもりだったのだが。

 

 

事情を知ったエルフは「任せなさい!」と胸をポンと叩いた。

普段は馬鹿なことばかりいうけど、こういう時はほんとに役に立つんだから…

なんて正宗と同じことを考えながら紗霧は視線で追いかけた。

 

 

「あれっ、開かずの間が開いてる」

開けっ放しにされた初代開かずの間。そして下からは家庭的な音。

「もしかして、紗霧が…?」

 

 

「マサムネ、おつかれ!」

「お疲れ様、兄さん」

パソコンをずっと見ていた目でぼんやりと二人を映し出す。

「アンタは家事を私たちに任せてソファーで座っていなさい」

「兄さん…少し頑張りすぎ…」

 

 

確かに俺は無意識のうちに頑張りすぎていたのかもしれない。ソファーに座っていると…意識が…堕ちて…背もたれが俺を支えて………

 

 

 

 

 

「エルフちゃんのえっち!変態!そうやって兄さんといちゃいちゃしているところを私に見せつけるんだ!」

顔面真っ赤にして可愛い罵声を浴びせる。

「今のマサムネならそう簡単には起きないわ!ほら!」

「でも…ほら…エルフちゃん…付き合ってるんでしょ…兄さんと…」

一気に語調が萎む。

「私が許可するわ!今しかないわ!目覚める前に!」

 

 

「…?」

飛んだ意識が戻ってきた。

 

「可愛い妹と、お付き合いをしている可愛い彼女。どっちがいい?」

 

頭がまだがぼやける中、ハッキリと耳元で問われた選択肢——。

「!?!?!?!?」

意識が戻ったその勢いで体が跳ね上がりかけた。

目を開けたら別の意味で地獄だろう。というか開けなくてもわかる。

無防備だった俺の手足は美少女二人によって既に殉職。そして残った体も二人に乗っ取られかけている。

そして極めつけに二人の唇が耳に…

「マサムネっ」「兄さんっ」

 

和泉正宗、殉職————。

 

 

 

「おはよう、マサムネ!」

ふと目を開けるといつものエルフと真っ赤な妹がいた。

「兄さんのドスケベ!変態!ハーレムラノベ主人公!!」

 

「どっちが変態だー!」

 

 

こうして数日エルフは住み込みでサポートをした。もちろん、状況を分かっている彼女が邪魔をすることはなかった。仕事をしていない時のイタズラで精神的負荷は増えたけど、物理的な負荷は減ったかな。そこは二人で感謝したい。

 

三月三十一日にはエルフは晩御飯を食べると明日の準備があるからと一旦帰っていった。

 

 

約束の日。俺はクリスタル・パレスを訪れた。

 

「いらっしゃいマサムネ!今日一日はすべて私に任せなさい!」

初めて見る彼女の姿だ。

「それは…」

「ええ…ナース服よ。今日のために取り寄せたの…どうかしら?」

「そこまでして…すげえよ…しかもかわいい…」

つい撫でたくなってしまうほどかわいい。

 

「ふふふっ、ようこそ、我が居城へ」

改めて正宗を招き入れた。

 

 

案内された元作業部屋にはベッドが置いてある。

「さあ、マサムネ!まずはここで寝なさい!」

言われるままにベッドに横になる。

「さあ目を閉じて…深く深呼吸して…」

やましいことを考えるなやましいことを考えるなやましいことを考えるな…

いや俺は何を言ってるんだろうか…癒して貰ってるんだから、それが俺にとっての癒しになるのなr…

ぐええええ!

突然エルフの指が腰に突き刺さった。

「腰痛予防の筋肉よ!あんた一日中デスクワークでしょ!期待を裏切らない硬さね!そのままだとすぐ腰痛持ちになるわ!」

正直痛いけど、正直こんな若くから腰痛持ちになってはきつい。我慢するしかない。

「次は大腰筋!腰痛予防には大切な筋肉だから我慢しなさい!さあ私の方を向いて!」

親指が容赦なく大腰筋を攻め立てる。

 

大腰筋の後も骨盤など、特に腰痛に効くマッサージが施された。

愛が物理的に届いた気がした。少し痛いけど。

 

少し部屋を見渡すと「腰痛予防」と銘打った本が数冊置いてあった。

「ありがとうな、エルフ!」

「ふふん、当然じゃない!あの編集長ですら見据えることが出来たアンタの未来、私で見えないわけがないじゃない!さあ!そんなことより私と遊びましょう!今日一日は仕事も忘れること!」

「さて、流石にこの格好だと遊びにくいし着替えてくるわ!」

「分かった。この部屋で待ってるよ」

 

流石にナース服だと確かに不便があるか。そのままでも正直良かったけど。

そういえば、告白した当日を除けば初デートになるな。ふふっ…そうか、初デートか…まあ今は一人だけど、すぐに戻ってくるだろう。

 

しかしなかなか戻ってこない。きっと何を着るか悩んでるんだろう。

 

さらに数分後。そろそろ不安になってきた。

そもそもここエルフの家なんだし、何か迷うこともないとは思うが…

 

そうだ、きっとお風呂に入ってるんだろう!そうだろう!

エルフの家のお風呂、どうなってるんだろうなあ。

 

そんなアテのない予想を繰り広げていると携帯が着信を知らせる。

 

「今すぐ来なさい!」

 

…そんないちいち脱衣所で連絡するまでもないのに。

 

「エルフー、入るぞー」

「どうぞー」

 

どうぞーって言うもんだから入ったんだ。この先何があっても俺は悪くない…

 

「きゃーーーっ!」

案の定?幼い叫び声が耳をつんざく。

「お前が入れって言ったんだからなー!」

なんとなく察してたよ!俺は悪くないからな!

 

「…一緒にお風呂入りたいんでしょ」

開き直るの早っ!

「入りたいです」

美少女とお風呂入るの、今どき高校生なら飽きるまで妄想してそうだもんな。

「もうっ、マサムネったら素直!というわけで、本日第二の取材、恋人同士のイチャイチャお風呂タイムよっー!」

いちいち淫靡な言い方をするよな。

「マサムネ!あんた服着ながらお風呂入るの?」

「エルフがいると脱ぎにくいんだよ」

「それは仕方ないわねー。私は先に入って待ってるわ」

一人脱衣所にいる正宗。

何を着るか悩んでるんだろうと推測していたけど、"何も着ていない"とは。確かに裸が一番美しいとは聞かされているけど。

結構待ったと思うけど、エルフも同じように脱衣場で待っていたのかな。でも普通の人は着替えてるのわかって探しに行かないぞ普通。

 

と、ここまではいつも通りのお風呂なのだが…

「おい!隠すタオルがないぞ!」

「自宅の風呂、タオルで隠さないでしょ!」

違うんだ。そうじゃないんだ。せめて、せめて自分すべてをさらけ出すのはもう少し先にしてくれ。

「流石に恥ずかしいわ!」

「もー仕方ないわね。その棚の上の方にない?」

俺はなんとか自分の羞恥もろもろ隠すことが出来た。

 

「いらっしゃい!マサムネ!」

 

 

「お前は自宅の風呂で水着を着るのかー!」

音速のツッコミが炸裂した。

くそっ、俺が待つ間に風呂の中に水着を…

いずれにせよ、隠す部分は少ないとはいえ圧倒的不利だ。

 

「さあ、マサムネ!早速背中を流してあげるわ!」

正直エルフに背を向けると何されるか分からないから怖い。

周囲を確認しながら背を向けた。見た感じ脅威になりうるものはないが…

 

ふにゃ

 

いやちょっと待てちょっと待てなんだこれは

「後ろ振り向いちゃ、だっめっ♡」

なんかすげえ媚び媚びな声!

くそっ、俺の背中で何が起きてるんだ!

この淫乱女め!

 

「終わったわ。次はマサムネ、私の背中を流して頂戴!」

 

仕返しをしてやりたいところだが俺がそれを遂行すると間違いなくセクハラになるからな…くそっ、理不尽!

 

前回サンオイルを塗った時と見た目上はほぼ変わらない背中だけど…

ちきしょう、前よりいかがわしく見えてしまう。

抑えろ、抑えろ野生を、煩悩を。

…というか、煩悩に塗れてるのは間違いなくエルフなんだがな。俺は悪くない!

 

と、心の内で大葛藤を繰り広げていると更なる事実に気づく。

エルフは上の水着を取っている。そこまでは良い。

彼女の椅子の前に今は完全に曇っているが鏡がある。それが問題なのだ。

こうなることを見計らっていたように沸かしてあったお風呂が功を奏している。

しかし、万が一エルフが鏡にシャワーを当てた日には…。

地獄と天国が共存しうる世界になるだろう。幸い?シャワーは止まっている。

 

「行くぞ」

俺は覚悟を決めた。

「あらマサムネ、上手いじゃない」

背中流しに上手いも下手もあるかは置いといて、エルフがリラックス出来ているようなら良かった。まあイタズラはできないけど、葛藤は杞憂で終わったようだ。二人のありのままを晒すのは早すぎる。

 

なんとか背中の洗いっこを終えた俺達。

水着で最低限の防御をしている彼女は湯船につかっているが、俺はタオル一枚。当然タオルを外さないで湯船に浸かるわけにもいかず、湯船の外にいた。

「何そんなところでぼさっとしてるのよ、入りなさいよ」

「いやタオル巻いて入ったら悪いだろ?」

「いいわよ別に。どうせ私しかいないし。冷えちゃうでしょ」

こうして俺はなんとか湯冷めを防ぐことが出来た。

 

 

なんとか普通?のお風呂を済ませた俺達。

残りの時間はエルフ手作りのおかしをつまみつつこの前貸してくれたゲームを進めたりと小説のことを忘れ色々なことに没頭した。

ちょっと予想外な展開はあったけどどれも彼女らしいや。

 

今日が終わってもエルフと正宗は別々になるわけではないが、心のどこかでうら寂しさがある。

 

でもやる気根気体力すべてを充填できた俺達。決戦の日まで残り一週間、再び二人三脚での執筆活動が始まったのだった。

 

とはいえ、小説そのものはほとんど書き終えているためほとんど推敲になる。

今回は読んでもらうことなくすべてを自分で行うのだ。

 

そして、四月七日夜。俺は勝負の小説を提出した。

見せつけてやる。俺の「穢されることのない最高の小説」を!

 

 

 

約束の日時、俺とエルフは事務所に向かう。やるべき事はすべてやった。出来ることは模索した。なによりすべてを尽くした。

ここで小説に関して言われたことはすべて真摯に受け止めるしかない。俺が全力以上を出した結果なんだから。

 

神楽坂さんによると、俺がメールに電子ファイルを添付する形で提出したそれをそれぞれの読みやすい媒体にするそう。

ムラマサ先輩には紙媒体にしたり、紗霧には小説データを彼女のパソコンに転送されたり。

さらに、いつもと同じ感情で読めるように試験者はここに来ることを義務付けていない。

しかし、紗霧以外全員みえているらしい。

先日の部屋に向かう。さすがのエルフも緊張面している。

 

神楽坂さん、アルミ、ムラマサ先輩、クリスさん、後から来た俺ら二人で円形に座る。

しかし紗霧含めた五人は既にデータを受け取っているらしく、既に好きなタイミングで読み始めていた。なんという曖昧なスタート。

そりゃまあきっちりやりすぎても無駄に緊張してしまうから分からなくはないけど。

それにしても俺、ここにいる意味があるの?

読んでる人を観察してもピクリとも動いてる気がしない。

部屋から出てもいいですか?なんて読んでる神楽坂さんにいえないし…

まさかこんなことになるとは、耐えろ…耐えるんだ俺…

 

葛藤を繰り広げることおよそ三十分。ようやく一人読み終えた。読了一番乗りはムラマサ先輩だ。

「マサムネくん。少しいいか?」

 

ようやく極度の緊張から解放されたと思えば、今度は違う緊張が体を襲う。

 

「色々あったらしいな。お疲れ様」

「ありがとう、先輩」

事務所からは少し離れ、春の空気と若葉に触れながら二人は対面して座る。

 

「とりあえずマサムネ君の不安要素をなくしておこう。今回の小説も素晴らしいものだったよ。私からは特段咎めることはない」

良かった。とりあえずムラマサ先輩からはお墨付きを頂いた。

「そんなことより、山田エルフ先生とお付き合いしているという情報を得たんだ」

腹を括る覚悟はできている。

「その件は本当だ。俺から告白させてもらったんだ。でも…でも、俺は頼りになるムラマサ先輩も好きだ。そこは忘れないで欲しい」

 

「そう言ってもらえて嬉しい。それに、たとえマサムネくんが誰かと付き合ってたとしても、マサムネくん自身は変わらないからな。私はそんなマサムネくんが好きだ」

ほんとに、俺がこの世に三人いたら紗霧、ムラマサ先輩、エルフと付き合ってたよな。

「ありがとう、先輩…」

しかしそうはいかないのが過酷な現実だ。

「そして、一読者として今後も永遠に期待しているぞ。和泉正宗先生!」

「ああ、任せろ先輩!」

どんと己の拳で己の胸を叩いた。

 

ムラマサ先輩は今回のテストの件を神楽坂さんに伝えると帰っていった。

マイペースなのもあるけど、合格することを確信したのかな。

 

「和泉正宗先生!」

「あっはい!」

戻ってくると間髪を入れずに名前を呼ばれた。なかなか緊張が解けない。

でもいくらかムラマサ先輩のおかげで緊張が少し緩んだ気がする。落ち着いて話を聞けるよ。

「今回の小説、とりあえずは合格としましょう」

とりあえず…?

「どうしてって顔をしましたね。それはたった一人あなたの小説に及第点を唱えた方がいたからです」

「及第点…ですね。それはなんでしょうか」

それは俺でも気づかないようなことなんだろう。今後の糧になることに違いない。

「まあ焦らないでください和泉先生。その方のメッセージをそのまま読みますから、よく耳を傾けて聞いてください」

耳ごと体まで傾いてしまいそうだ。

「小説そのものは正宗先生らしさが出ていて素晴らしかった。たった一つのことを除いては」

 

そのたった一つ…

 

「あまりえっちなイラストがかけそうな描写が少なかった」

 

うん。家族会議だな。

 

「ところで、もし不合格だった場合どうするつもりだったんですか?」

不合格になった時のことなんて考えたくないから気にしていなかったが、合格したらもう話は別だ。

「何も考えてませんよ?」

は?

「えっ、どういうことですか」

もう訳が分からないよ。テストじゃなかったの?

「もう終わったことなので、この話は一から話しましょう。実はこの企画の発案者は私ではありません」

突然の黒幕じゃない宣言にエルフが何かを言いたがっている。

とりあえず腕で静止を持ちかける。話を全部聞かせてくれ。

 

「言ったじゃないですか。『私はあなたが良い小説を書ければ文句はない』と。不安になって電話をかけたのは事実ですが、それであとは小説を読んでそうなった時に考えれば良いと考えてました。しかし、紗霧さんはどうしても気がかりだったようです。『女の子にデレデレして小説の質を落とすような兄さんを見たくない!』と何度も言ってくれました。そして、彼を奮起させる方法として、紗霧さんはこの方法を提示したのです」

 

紗霧は俺を心配して、敢えて敵に回ったのか。

 

「でも良かったです。ここであなたが私たちが恐れていたことをしでかしたりした日には、担当絵師さんから変わってしまう恐れもあった訳ですからね」

俺はそれが一番怖かった。特にこれを知らされる前部屋に入った時は覚悟をしたっけ。

「アンタの妹、黒幕だった割には私を呼んで手助けを依頼したりとまた随分やさしい黒幕だったわね」

確かにな。やさしくてかわいい黒幕だよ。

 

 

紗霧、ありがとう。俺はまた成長することが出来たよ。

 

「まあ何はともあれ、お疲れ様でした。次のお仕事が舞い込んでくるまでの少しの間、英気をまた養ってください。次巻は今作を超えなきゃいけないんですからね!」

「はい!」

 

こうして俺の戦いは幕を下ろした。

 

 

「ただいまー」

リビングに入ると天井がどんどんと返事をした。それを聞いた俺は二階に直行する。

半開きになった開かずの間。

 

「第三巻のイラスト、これでいいかな…」

「完璧だよ紗霧!ありがとう!」

「そんで、第四巻のことなんだけど…」

「うんうん」

「もっと露出が多い衣装にして」

 

顔面真っ赤の紗霧と呆れ笑いをする俺。まあ俺はそれを既に神楽坂さんから聞いていたから知ってたけど。

 

「いやどうしてそうなる…」

「い、いやだってその方が読者も喜ぶかなって…べ、べつにわたしがかきたいわけじゃ…」

いやいや普通に本音漏れてますよー。

 

「うーん、エロマンガ先生がそういうなら仕方ないなー、しょうがない。とびきりエロいのを書かせてやるよ!」

「そ、そんな恥ずかしい名前の人はしらないっ!あ、あと読者のために『仕方なく』描くだけで…」

「えーーホントかなあ」

わざとらしく語尾をあげる。

「妹にそんなこと言わせようだなんて、兄さんのヘンタイ!!ドスケベ兄さん!!!」

 

 

部屋を追い出されちゃったけど、ようやく普通の日常が帰ってきたことが今の俺にとって一番の幸せだ。

 

「エッロマンガ先生ーー」

「そんな恥ずかしい名前の人はしらないっ」

そして、山田エルフが久しぶりに窓に飛び込んできた。

「こっちにまで聞こえてきたわ」

「だって…」

「事情は聞こえたわ!ここにいいモデルがいるじゃない!アンタが望めば全裸にだってなるわ!」

「エルフちゃんのえっち!…でも頼んでいいかな」

「素直でよろしい。さあ、私の幼くも淫靡な姿を好きなだけペンタブに残すがいいわ!」

 

騒がしい二階。ようやく我が家に春休みが訪れた。

 

 

 

 

 

 



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第三章 近くて遠い彦星さま

ホワイトデーや日頃の感謝として、俺と山田エルフは遊園地デートに行った。
俺はそこで告白をし、二人は付き合うことになった。
しかし、俺が書き進める「世界で一番可愛い妹」で俺がモデルになった主人公と現実の自分で異差が発生し、小説の質が変わると神楽坂さんは言った。
加えて「女の子にヘラヘラして小説の質が落ちる兄さんを見たくない」という紗霧の意見もあり小説のテストが行われた。
俺はなんとかそのテストをくぐり抜け、ようやく平穏が訪れたのだった。


小説のテストからおよそ三ヶ月。気分転換としてエルフに足立の花火大会に正宗は誘われる。
それをめぐってある夢を見た紗霧は思いきった行動に出ようとする。
そしてその結末、紗霧が知ったエルフの想いとは。



第三章

 

あれから二週間すると、ムラマサ先輩から二枚目のお手紙が届いた。相変わらずの直筆だ。

表表紙に「敬愛する正宗くんへ」なんてかかれるとすごく恥ずかしいけど、純粋にすごく嬉しかった。

やっぱり熱心なファンがいるってすごく励みになるんだな。彼女の場合ちょっと怖いけど。

そんな励みもあって、お仕事は至って順調である。加えて第四巻を早々と書き上げることが出来たため、かなり余裕もある。

 

ただ、ゆっくり出来るのは今だけかもしれない。当然、人気が出れば仕事が増えるだろう。そんな時に一度体調を崩して仕事が出来なくなれば、回復した後、南の島の時のエルフのように原稿が山のように机に積まれ、差し迫る締切に追われる。だからこそ作者は体調というものにもかなり気を配らないといけない。

 

 

「和泉マッサムネせーんせいっ!遊びましょ!」

ある意味彼女も心の支えになってるなあ。少し物理的に忙しくはなるけど。

次またゆっくり遊びに行くとしたらいつになるだろう。彼女は一応アニメ化しているライトノベル作家。お互い忙しいからなかなか時間が合わない。

…まあ時々こうやって仕事に飽きて開かずの間から飛び込んでくるんだけどね。

一応こちらが暇になったら使って入って来いと合鍵を渡されているが、もし仕事中だったりしたら悪いなとなかなか使うことが出来ない。

 

 

なんて平和な日常をたんたんとこなしていたら和泉京香さんが我が家にやってきた。そして、彼女は俺達にテストを課した。

俺は「学業」と「作家」としてどちらもある一定以上の成果を残しているかというもの。内容が内容なだけにすこしヒヤッとする場面もあったが俺の弁解が効いてなんとか合格をもらった。

紗霧の方は準備と題して少し時間をもらい、その間にエルフやめぐみと作戦会議・練習を重ねて最後は本人の頑張りもあって合格をもらった。

 

その後、紆余曲折を経て同居することに。最初は恐怖心を抱いていた紗霧もなんとか打ち解けることが出来た。そして、京香さんがお手伝いしてくれることで家事も体調管理もかなり楽になった。

 

「世界で一番かわいい妹、アニメ化です!」

「やったあ!!!!」

七月の入り。俺は夢の大きな前進——アニメ化を神楽坂さんの口から告げられる。

体全てで馬鹿みたいに喜んだよ。神楽坂さん少し引いていたかもしれないけど、この際関係ない。

夢が叶った時くらい、馬鹿でいたい。きっとそれを分かってくれた神楽坂さんも今回ばかりは事務所内で大声をあげる俺を止めることはなかった。

そして、ようやく山田エルフとほぼ同じステージに立つことが出来たんだ。

そこで新しく出会った仲間たちはすごく個性的だけど、力を結集したらすごいものができるんだろうなあ。俺も頑張らないと。

しかし、アニメ化と同時に様々な仕事が舞い込み一気に生活が逼迫する。

現状は俺、紗霧、京香さんときどきエルフの四人でなんとかなっているが…

 

 

 

 

街が笹と短冊で彩られる七夕の日。俺たちは短冊にそれぞれの願いを込めた。

「アニメが大ヒットしますように」

俺はアニメ化作家として妥当な願いを掲げた。そして、俺自身にも再度気合を入れる。

 

「私も兄さんの願いとほぼ同じだけど、もうひとつのお願いはまだ…別にあるから。私、まだ諦めてないから!」

紗霧のお願いは俺のものより更に抱負に近い。

 

そして、京香さんはというと

「二人の力になれますように」

…俺も京香さんの期待に応えないとな。

 

七夕の願いを叶えるのが彦星と織姫だったらいいが、このお願いは叶えるのは自分自身だ。今はひたすらに仕事をこなし、最高クオリティのものを常に作り出さなければならない。

高校が忙しいからなど理由にはならない。

 

 

最近は家事を京香さんが一通りこなしてくれるおかげで前より執筆にかなり時間を割けている…とはいえ、ギリギリである。

時に無理をして怒られることもある。

「こんな時間まで起きていたら暑さで倒れてしまいますよ」

そう言われたら調子良くても寝るしかない。仕事で体を壊してしまっては本末転倒だ。

 

 

 

「だーーっ!あっちぃ!」

炎天下もいい加減にして欲しい。京香さんが心配する気持ちは外に出るたびにわかるよ。こんなん睡眠不足の状態で足を踏み入った瞬間やられる。

ほぼ毎日パソコンに向かう俺ができる最善の行動は空調の効いた我が家に直行直帰。

 

もし荒川河川敷でみんなで軽く野球をやってみろ。即死だ。

 

 

そして、家にたどり着いたらやることも最近はルーティンとして確立してきた。

というか、涼を求めてそう体が勝手に動き出した。

 

その一、冷房をつける。

その二、制服を脱ぎ洗濯機に投げ込む。

その三。お風呂で水を浴びる。

その四。体を拭いて着替える。

 

この四手順を行うと世界の温度が変わる。

 

 

あれっ、俺の部屋冷房ついてる。

なんて思って部屋に入ってみれば、仕事に飽きたのかエルフが俺の部屋に居座っているじゃないか。

 

「おかえり、マサムネ!」

「おう、ただいま」

いつものように応じた。彼女はただいまのハグが欲しいなんてポーズをとっている。

ただ、帰ってきたばかりの俺は非常に汗臭い。一刻も早く着替えたい。

近づくのもそうだが、ハグなんて尚更。とにかく今の俺に抱きつくのはやめた方がいい。

しかし、言葉をいう前に俺の透けたYシャツが彼女に教えてくれた。

「とりあえず着替えて風呂入ってくるわ」

「…それが一番ね」

 

ひとまずは吹き出た汗と老廃物を流さないと。

さっさといつものルーティンをこなす。

 

 

「改めてアニメ化おめでとう。マサムネ!」

面として改めて伝えられた。

「こちらこそいろいろありがとう。でも、これから忙しくなるなー。南の島のエルフを思い出すよ」

「マサムネもああやって締切と編集長の威圧に耐えながら原稿を進めるのね!」

まあ正直あれはサボった本人が七割くらい悪いんだけどな。

 

とりあえず余裕はもって進めている自信はあるけど、あの編集長のことだからいつ「新しい仕事よ!」なんて言って原稿を投げつけてくるかわからない。

 

「超売れっ子作家様からの助言よ!明日やろうは馬鹿野郎!めんどくさいことを後回しにするとよりめんどくさくなる!」

至極当然のことなんだが、俺流に言えば仕事を後回し後回しにすると南の島のエルフ状態になる訳だな。

「うんわかった。それだけは忘れないようにするよ」

特にそれが身にしみてそうなお方からの助言だもんな。

 

「でも気分転換もすごく大事。お仕事は続ければ続けるほど効率は落ちるの」

エルフの場合、発散すると物凄い効率になるけどチャージするのに時間がかかるのかな。この前小説勝負した時だって先日までゲームばかりだったもんな。

 

「気分転換はすごく大事…だから…」

「今度の花火大会行きましょうよ!気分転換に!」

 

その話は花火大会に誘うための口実だったのか。

 

「わかった。良い気分転換になるだろうしな」

「よかった…マサムネのことだから、『仕事がー』だとか『時間もったいないー』だとか言うかと思ってたわ」

 

いやいや流石にそこまで言わないわ。それにあれだけ気分転換は大事だと釘を刺された後だもんな。

 

まあそれはともかく、このあたりで花火大会と言えば、毎年荒川河川敷で行われる「足立の花火大会」のことだろうな。

 

「今年はいつなんだ?」

最近仕事ばかりで日程すら把握していなかった。

「七月二十一日!」

締め切り等々書かれたカレンダーを指さしてアピールする。

「わかった。空けとくよ」

俺はスマホのリマインダーに登録し、カレンダーに赤い文字で書き込んだ。

 

 

足立の花火自体の開催場所は自宅から非常に近いので、我が家の窓からでも眺めることが出来る。

しかし、荒川河川敷から見えるそれはまた一段と綺麗なんだろうな。紗霧も一緒に見に行きたいけど、それは愚問になるだろう。

 

 

でもなかなか行くとは言えないな…いずれは言わなきゃいけないことなんだけど…

なんて悩んでた矢先。

 

「花火大会…行ってらっしゃい兄さん」

エルフに誘われたことを知った紗霧は言った。

「えっ」

あまりに唐突な許可に目を点にした。

 

「…行きたいんでしょ、花火大会。家からでも見えるから、でも河川敷の方が綺麗に見えるだろうから…それに、私にそれを言うか悩んでたんでしょ。それで仕事に響いてもだめだから…」

俺を想って自分自身を犠牲にしたのか。

 

「紗霧はいいのか?それで」

 

正直俺もどっちがいいのか分からない。エルフの約束を蹴るべきなのか、紗霧を優先するべきなのか…

 

 

「うん…私は大丈夫。ここからでも見えるから」

 

「でも出来れば兄さんと一緒に見たい」とは答えが怖くて言えなかった。

 

私なんかとよりエルフちゃんと一緒の方が、兄さんだって、絶対に幸せだもん。

 

 

だって、二人は恋人同士だもん。

 

 

 

自分は兄さんを諦めていない。私も兄さんが大好きだ。

私だって、兄さんと荒川の河川敷で…笑いながら…わたあめ食べながら…

でもそれが出来ない私…

こんな私が行ったって邪魔になるに決まってるんだ。兄さんの迷惑になっちゃうんだ。

好きな兄さんの迷惑になるくらいなら…

やりたい自分と出来ない自分がいる。

しかしそれは、鏡に映した二人ではなく理想と現実の二人なんだ。

 

 

 

「兄さんは引きこもりの私と一緒に生活をして、幸せなのか」

その晩、自問自答を繰り返した。

本心を押し殺してまで言った言葉は自分にとっての偽善でしかない。

 

兄さんが離れてしまう…自分の偽善で離れてしまう…

窓を開ければ夏色めいた生ぬるい風が入り込む。

夏の大三角と気持ちばかりの星。東京の夜空は決して良いものとは言えない。ましてや時間とともに霞んで見えなくなってしまった。

 

「兄…さん」

誰にも言えなかった自分の本当の願い。七夕の自分は言えたのに。

手に届きそうで届かない星は綺麗だ。まるで彼のように━━━━━━━━━━━━。

 

 

 

 

「紗霧さん!」

夢遊病患者のごとく体を身を乗り出し星を掴もうとする彼女。

すんでのところで救ったのは京香さんの声だ。

「京香ちゃ…」

 

声を押し殺して泣いた。自分への憤り、悔しさ、少しの妬ましさを全て涙で発散する。

京香さんは何も聞かず銀髪を撫でる。

 

 

「…ありがとう、京香ちゃん」

聖母の体からなんとか離れる。

「もう大丈夫?」

「うん…まだ少し辛いけど、寝れば治る」

「本当に辛くなったら頼りにしていいからね?」

「うん…」

 

出せるものを出し切った彼女は静かに眠りについた。

「おやすみ、紗霧さん」

開かずの間の扉は静かに閉じられた。

 

 

━━━━━━━━━━━━。

 

 

花火大会の日。私は窓から花火を眺めていた。

 

「紗霧!」

どこかで私を呼ぶ声が聞こえる。

私は導かれるように慣れない靴を履き、外へ駆け出す。

 

そして浴衣をぶんまわしながら私は走った。不思議と息はきれない。私を導くのは兄さんが私を呼ぶ声ただひとつ。

それを道しるべに走る。西の空でさそり座が私を見つめている。

信号も青だ。道路を突っ切りさらに走る。

 

河川敷を登ると祭りの灯を見下ろすことが出来る。さながら天の川だ。

全ての人間が止まって見える。そのなかで甚平を着た兄さんが私を呼んでいる。

私は夢中で河川敷を下り、人をかき分けながら天の川を渡る。

その先にいるのは、彦星。

 

「兄さん!」

「紗霧!」

 

二人は抱きついた。それと同時に花火が再び打ち上がる。

 

正宗の片手には綿菓子が二つ。その一方を私は片手にとって正宗と同じ花火を見る。

 

「綺麗だね、紗霧」

「うん。『正宗』」

 

二人は手を取り花火を眺めた。横顔を花火が染めるよくある光景だ。

でも、私にとっては最高の幸せ。

 

「不思議な時間、終わらせないで」

 

 

━━━━━━━━━━━━。

 

 

そんな儚い願いも一夜限りとなってしまった。

二人を繋いだ天の川は陽によってなくなってしまうのか。現実でも、夢の世界でも。

 

 

兄さんももう夏休みだ。とは言っても基本的に執筆等の仕事であまり部屋から出てこない。

私も描くイラストがいくつかある。お絵描きをする時間だけは何も考えずに楽しむことが出来るので仕事効率は変わらない。

さらさらと筆を動かし、自分の想像を具現化する。現実にはなし得ないこともイラスト上ではなしえてしまう。

でも、先日の夢をイラストにすることは無かった。夢は夢で終わらせない。

 

その翌日。私は浴衣を引っ張り出した。去年兄さんに見せたあの浴衣だ。

 

ここで私が行動しないと去年と何ら変わらない!

兄さんは私が課した逆境を乗り越えたんだから、私も超えなきゃ!

紗霧は張り切って浴衣を着こなした。「きっと兄さんなら褒めてくれるだろうなーふふん」

薄ら笑みを浮かべながら浴衣を畳んだ。

 

 

しかし、最も大事な課題が残されてしまった。

私はまだほとんど外に出たことがない。ましてや、会場となる荒川河川敷なんて…

それに今年は異常な大暑と聞く。そんな灼熱地獄に繰り出したら引きこもりの私なんて一瞬で蒸発してしまうだろう。もう私にとっては廊下でいっぱいいっぱいの暑さなのに。

兄さんですら、なんで倒れないか不安になる。幸いにもそんな前兆は今のところないけど…

 

 

「花火大会は夜だし、夜に出ることが出来ればいいじゃない」

と、とりあえず昼間は自分の安全のために部屋でイラストレーターとしての仕事をこなすことにした。

 

そして夜になった。一家揃って各々仕事に就いている。

部屋の窓から外の温度を探ってみる。

「これなら少しは大丈夫」

 

 

開かずの間をゆっくり出た。

忍び足で階段を降り、リビングの隣を通過すればそこは玄関だ。

 

「紗霧ちゃん?どうしたの?」

玄関の前に立つ紗霧を見つけた。

「京香ちゃん、私外に出たい!」

私の夢を叶えるため!夢の世界の私に少しでも近づきたい!

夢の中の私は街中を走っていた。

例えそうとはなれなくても、少しでも近づきたい!

 

「…ええ。私もお手伝いします。しかし、もしあなたが無理そうだと判断したら私はすぐに止めます。いいですね?」

「うん、任せる。お願いね」

夢を叶えたいという無邪気な目はすぐに変わった。

 

私はここから数日、京香ちゃんと一緒に頑張った。普通の人にはわからないだろう、私の辛さを京香ちゃんは理解してくれた。

 

私は星に手を伸ばそうとしている。

一度は諦めた夢に向かって進んでいる。

 

 

「兄さんも必死に頑張ってるんだから…!」

折れそうな気力を何度も立て直す。

そんな秘密特訓は花火大会前日まで続いた。

 

 

 

そして、花火大会当日。やれることはやった。そ準備も覚悟も出来ている。

 

あとは行動に移すのみである。

 

 

「紗霧、行ってくるぞ」

夢で見たまんまの愛しき人と浴衣をまとった親友兼ライバルは共に歩もうとしている。

目的地は当然夢の舞台だ。

 

浴衣を着た。靴も靴箱に閉まってある。

「わ、私も行く」

この言葉を発するだけだ。

 

「大丈夫か?紗霧。なにかぼーっとしてないか?」

様々な考えが頭を回っている。どれをとって話せばいいのかわからない。

もう少し時間が欲しい…でもあまり待たせすぎると二人を待たせちゃう。

小さな唇をそっと噛んだ。

 

「ううん。なんでもない。行ってらっしゃい。兄さん」

 

━━━夢の自分には遠く及ばなかった。

時間に押され、雰囲気に飲まれてしまった。

私は一瞬悔やんだ。

一瞬だけ。

 

花火は七時半からだ。もうすぐ始まるだろう。幸か不幸か、雲もない。間違いなく中止はないだろう。

 

「まだなんとかなる!」

しかし、体はいうことを聞かない。玄関まで聞こえてくる人の声。

 

紗霧は計算違いをしていた。

花火大会が近くで行われるだけあって、特訓を行ってきた環境とはまるで違っていた。

ゆったりと流れるひとの流れがあるのとないのとでは負担が大きく変わる。

 

扉を開けることは出来ても足がすくんでしまう。

「私は…ここで負けるのか…」

でも、せっかく着こなした浴衣なんだから!無駄にするわけにはいかない!

 

人並みが減ってきた。もうすぐ花火が始まるのだろう。きっとこれが最後のチャンスだ!

 

「これなら…」

と肺いっぱいに深呼吸をして意気込み、私は玄関を出ようとした。

 

その瞬間。

 

 

夜に大きな花が咲いた。

 

 

 

その頃河川敷の方では拍手と歓声がこだましていた。

「わー綺麗ねー」

花火の火がエルフの頬を軽く染める。

「すげえな…紗霧もきっと同じ景色を見てるのかな…」

ジャンクフードを食べる手つきを止め、しばらく夜空を見つめていた。

 

 

一方紗霧は開かずの間に戻っていた。

窓から眺める花火。夢で見た景色とほぼ一致する状況を作り出した。

 

私はこの時、兄さんからの手招きを受けた。

 

でも、それは夢の世界のこと。それなら私が兄さんに…!!

 

 

 

「あれ、紗霧から電話だ」

少々正宗にとっては予想外の電話だ。

 

「私!いまからそっちに向かうから!!」

突然脈絡もなく耳がはじけ飛びそうな声でそう宣告した。

「だ、大丈夫なのか?」

こんな人混みに紗霧が迷い込んだら間違いなくぶっ倒れてしまう!

「待ってて兄さん!」

ぷつん。つーつーつー。

 

大変なことになってしまった。

俺は彼女の方を向く。

 

彼女は少々時間をとった。

何かを考え、導き出した最善の答えは━━━━。

「聞こえてたわ。…迎えに行きなさい。マサムネ」

ほとんど見せない本気の目。

「お前はいいのか?」

いますぐにでも行ってやりたい。

「アンタは私と同じくらい妹のことが好きなんでしょ。それなら今すぐ行くべきよ。私はあとでいく。私のことを気にせず本気で、死ぬ気で迎えに行きなさい!マサムネ!」

小さい体を何倍にも見せた、俺に初めて見せた本気の指示。

 

「…ああ。ごめんなエルフ!」

 

俺はエルフを置いて走った。

並み居る人をかき分け、河川敷を駆け上がる。

祭りの灯を見下ろしながら河川敷を走る。

絶え間なく打ち上げられる花火の歓声に下駄の乾いた音が混ざる。

たとえ誰かが俺を引き留めようたって、たとえ鼻緒が切れたとしても裸足で突っ走るまで!

 

東の空、月が俺を見ている。先の電話の「兄さん!」の声が俺を案内している。

 

夜を彩る花弁の中、甚平を揺らして正宗は走った。

 

 

「紗霧!!」

 

これはこの前私を呼んだ声と同じ声━━━。

甚平を着た正宗と浴衣を着た紗霧。

紗霧は夢の人と再開した。

玄関からはるか5m先で。

 

「兄さんっ!」

「紗霧!」

花火に彩られる二人。

お互いの体にお互いの動悸が伝わった。

 

高まった動悸を抑えてなんとか移動する。

「とりあえずここは道路だし、落ち着く場所に行こうか」

と言い手を取り案内したのはエルフ宅の庭だった。まさかここで合鍵が役に立つとは。

 

「ここなら大丈夫だろ?」

「うん…兄さん、ありがとう」

二人はしばし手を取り花火を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

「兄さん。言いたいことがあるの」

 

二人は体ごと向き合った。

 

「あの時、はじめて兄さん私がと敵対した日。もう神楽坂さんから話は聞いてるかもしれないけど、あれを企画したのは全部私なの。

女の子にヘラヘラして、いつもの兄さん、いつもの小説じゃなくなるのが怖かった。そして、兄さんなら乗り越えてくれるって、逆境を超えて強くなってくれるって信じてた。だから私は敢えて敵になったの。ごめんね、言うのが遅くなって。ごめんね、無理をさせちゃって。ごめんね、あの時すごく心配させちゃって」

 

 

正宗は一呼吸置く。

 

 

 

 

「あの時、紗霧がエルフを呼んでくれたんでしょ。俺は『本当に無理だと思ったら』エルフに頼もうと思っていたんだ。俺は気がついたら無理をしていたんだ。もしかしたらあの時紗霧がエルフを呼んでいなかったら、俺はぶっ倒れていたかもしれない。ありがとうな、紗霧。そして、あれがあったから成長した俺がいる。ありがとうな、紗霧。もちろん、ノってくれた神楽坂さんにも感謝したいけど、俺が一番感謝したいのは、その企画者である紗霧なんだ。本当にありがとう。紗霧」

 

胸の内に溜め込んでいたことはお互いに全て言えた。

無理をさせた謝罪も、成長のきっかけをくれた謝辞も。

 

 

「ちょっとアンタ達?なに人の家でイチャイチャしてるんですか?」

 

いろいろ荷物をもったエルフが少し遅れて登場した。

「いや、悪い悪い。なかなかいい場所がなくてね、使わせてもらったよ」

「使うのはいいけど私がいる時に使ってよ…周りに不審者だとか思われたらどうするの、女の子一人で住む家に合鍵で入り込む男の人とかそれ傍から見たら…」

 

俺は後頭部を撫でながら詫びる。

 

「…まあ仕方ないわね。兄妹愛に免じて許してあげるわ。そんなことより、これ食べなさいよ」

 

よいこらせと二つの袋を下ろす。中にはわたあめ、焼きそば、焼きウインナーなど、屋台を代表するものが数種類見えた。

それらをレジャーシートに並べる。

 

各々好きな飲み物をとって笑いあう。

色々あったけど、これが「家庭」ってものなのかなあ。

一家団欒笑いを含んでご飯を食べる。それがいかに幸せなことか忘れていた。

 

 

「さて、私たちの宴にしましょ!」

「エルフちゃん、お酒は買ってないでしょうね?」

「まっさかー!飲めるならここで酔いつぶれるまで飲んでやるけどね!」

 

 

 

「ねえエルフちゃん」

正宗が席を空けた時、尋ねた。

「エルフちゃんは…その、兄さんのことはどう思ってるの?」

ようやく喉の奥からひねり出した声は、ライバルとして、友達として紗霧が知りたいことだった。

どうしてあの時正宗が一人で私を迎えに来てくれたのか。

言い方は悪いけど、見てないそばで不倫行為に及んでいてもてんでおかしくはないのに。

 

「そうね、『私が私以上に幸せにしてあげたい存在』かしらね。マサムネにとって妹の幸せはマサムネの幸せなの。そして、マサムネの幸せは私の幸せ。つまり、私が幸せになるには三人全員幸せである必要があるの。加えて私は二人とも好き。だからこそ二人とも幸せにしたい。それがいまの私の将来の夢ってとこね」

 

それなら正宗は私と付き合っても問題ないじゃん!それが私の幸せなら!

本望を口に含ませむーっと尖らせる。

 

「でも…」

 

「マサムネには私を一番だと思ってほしい。これが私の希望よ」

 

「へー…」

 

「自分の希望」を優先するなら二人で迎えにいくことも出来たし、なんなら二人で花火を見続けることだってできたんだ。

それでも兄さんを一人で走らせた。自分は後々食べ物を買って三人で談笑しながら花火を見る方を優先したんだ

 

自分の希望と夢を天秤にかけて判断し、希望が通らなくなる可能性を一蹴してまで、私の幸せを考えてくれたのかな。

 

そこまで深く考えてるかは分からないけど、そんな気がする。

 

「ありがとうね、エルフちゃん」

「いえいえ。さあもっと楽しみましょう!」

 

 

 

色々あったけど、やっといつも通りの三人に戻れた気がする。そう感じているのは私だけだりうけど。ありがとう、二人とも。ありがとう。京香ちゃん。

 

でも、決して私は兄さんを諦めないから!

 

私が空に打ち上げた特大の花火を最後に、静かな夏の夜空が帰ってきた。

 

家に帰るとすぐに紗霧は開かずの間に帰って寝てしまった。

思えば一時間も外にいたんだもんな。

 

「おやすみ、紗霧」

 

 

 

「なるほど、紗霧さんと外で花火を見たんですか」

今日のことを京香さんに説明した。

俺が迎えに行った時5mほど道を進んでいたこと、俺とエルフ含めた三人でレジャーシートを引いて花火を見たこと。

「なるほど…羨ましい」

「今度は京香さんも一緒に」

「そうですね…その機会を楽しみにしています」

そう言い残して彼女は二階にあがり、開かずの間の扉を開く。

 

「…お疲れ様、紗霧さん」

我が子を大事に見届けるお母さんの優しさ。俺はあまり覚えてないけど、きっとこういうものなんだろうな。

 

 

花火大会も一区切り。

ここからまた多忙な日々が始まる。

 

翌日昼。一通の電話が入っていた。

電話の相手は…

 

「めぐみ!?」

紗霧のクラスメイトであるスーパー委員長神野めぐみであった。

 

「ちょっとーー!ひどいじゃないですかー!」

電話をするや否や見覚えのないお叱りを受けた。

「なんか俺悪いことしたか?」

百パーセント見覚えのない。

「正宗さん、昨日の花火大会でゲタを鳴らしながら猛スピードで駆けてっちゃったじゃないですかー、私を無視して」

紗霧の元へ無我夢中だったからな。

「…何も聞こえなかったけど」

「声かけてないですもん」

えっへんなんて言ってそうなめぐみが浮かぶ。

「気づけるかー!」

何を言い出すかと思えばとんでもないことを言い出したな。

「えーひどいですよー」

「…まあ確かに、普通の俺だったら気づけたな」

まあ、確かにあの人ごみでもめぐみならすぐ見つかるだろう。あくまでも普通の俺ならの話だけどな。

「普通じゃなかったんですか?」

「紗霧に呼ばれてな。大急ぎで」

「うーん。確かにそれは普通じゃなくなりますね…だって、正宗さん妹さん大好きですからね!」

ちくしょう。全くもって事実だから言い返せない。

「その埋め合わせとしていまから駅前のファミレスに来てくれれば許してあげます!」

…変な貸しをここで作っちゃうと後々めんどくさそうだ。既にいくつかあるし。このまえの紗霧のテストのこととか特に。

「わかった。今から向かうよ」

 

この猛暑の中俺は自転車を漕ぎ出した。

 

 

「こんにちはおにーさんっ!」

ファミレスでも容赦ない。かわいいけど、他人から見たら場を弁えないクソカップルだぞ一歩間違えたら。

「いろいろ言いたいことは電話で全部言ったので本題からはいりますね!アニメ化、おめでとうございます!」

めぐみにしてはまともな祝杯だ。まあ一応周りの目もあるって考えているんだろうな。

「ありがとうな、めぐみ。かなり励みになるよ」

なるほど。確かにこれを言おうとして待っていたのに無視されたら結構きついな。少し怒る理由も分からなくもない。

まあ状況が状況なだけに、俺が立ち止まっていたかといえばまた別問題になるけど。

「それに関して実はひとつお願いがあるんですよ」

 

 

「私と正宗さんの恋愛ライトノベルを書いてください!」

 

第四章へ

 

 

 

 

 




一部本編の物語を簡略化して紹介しております。



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第四章 二人の秘密の小説

遊園地で告白し、付き合うことになった正宗とエルフ。しかし、紗霧は正宗に「女の子にヘラヘラして欲しくない」ということで小説のテストが行われた。それをエルフとともに乗り越えなんとか平穏な日々に戻った。その後アニメ化等々のイベントを経て忙しくなる日常。その気分転換として花火大会デートをエルフが考案した。それを聞いた紗霧は、私も花火デートしたいという強い気持ちで外に出る練習をした。その甲斐あって遂に外に出ることが出来、エルフ宅の庭で正宗やエルフと花火を眺めた。
そこで紗霧はエルフが正宗を想う気持ちを知った。
一方正宗は花火大会の翌日、紗霧のクラスメート神野めぐみに正宗と彼女がモデルの小説を頼み込まれていた。

そんな中、足立に大きな台風が接近していた。
そしてまた、エルフはそれを利用して大胆な行動に出る。



第四章 二人の秘密の小説

 

 

 

「どうしてそうなった…」

あまりに予想外のリクエストに俺はただただ困惑するしかない。

「どうしてって…私と正宗さんのラブラブライトノベルが欲しいんです!」

最初はそれこそ超有名どころしかマンガやライトノベルを知らなかっためぐみであったが、主に高砂智恵の手によってライトノベル沼にどっぷりとつかってしまった。

最初は「キモオタ小説」などと言ってたけどねえ…気がついたらここまで洗脳されているし高砂智恵恐るべし。

それはそれで嬉しいけどね。

 

「私めっっっちゃ期待してますから!」

相変わらず目をキラッキラさせてるな!

 

濁点三つくらいつけそうな濁った「あ」を俺の心の中で響かせる。

状況が状況なだけに、バレたら二人に何されるかわからん。

しかし、ここまでめぐみにはかなりの借りを作っているし…

しかもこうして悩んでいるあいだにも手を握られじっと見つめてくる。

こうした場面はラノベで幾度となく見てきたけど実際にされると手の温もりが思ったより…

 

ってそうじゃなくて!

 

さあどうする和泉正宗。正直この場面をノーで切り抜けられる自信がない!

むしろノーと言わせてくれるのか。否、イエスというまで粘られるだろう。

そしてこうして回答に悩む間にも俺は彼女に目で懇願されている。

それならもう書くよ!やってやるよ!後のことは後で考える!

 

紗霧やエルフのことを気にかけながらも、俺は圧と借りに負けた。

 

 

しかしヤケになってる心を隠しあくまでも冷静を貫く。

「わかった。ただ俺も仕事があるから少し遅れるがそれは勘弁してくれ。ただ夏休み終わりまでには書き終えるよう尽力するよ」

書くことそのことは余裕だろう。

この場合、隠す方に尽力すると言った方が正しいだろうな。バレたら何をされるかわからない。

「やったー!お兄さんさっすがー!ありがとうございます!」

「書くからには最高の小説にしてやるからな!待ってろ!」

ここまで期待してくれたんだから、応えないと。

 

いかに小説を隠すか。

俺は自転車をこぎながら考える。

紗霧は滅多に俺の部屋に入ってくることはないから大丈夫だろうけど、エルフは俺がいない間に冷房をつけて帰りを待つようなやつだ。

俺の部屋で俺の帰りを待ってくれることはすげえ嬉しいよ。嬉しいんだけど、このことががバレたら可憐な花が瞬時に毒牙に代わりうることを考えるとすごく怖い。

 

とりあえず俺の心を穏やかにするためにもこの小説の原稿は家に置いてはならないだろう。

基本的に俺は小説のプロットそのものはパソコンで行っているからそこは安心していい。けれども…

しかし、万が一めぐみがエルフにそのことを漏らしたら…

なんて様々な可能性を発見する度に悲惨な展開が脳裏を横切る。

 

とりあえず穏やかに過ごすために外出するたびにパソコンを持ち歩く他ない。

執筆時間も確実に二人が来ない夜、それも深夜にするしかないだろう。

 

 

「何をそんなに悩んでるの?」

交差点で自転車を停め悩む正宗を見つけたのは高砂書店の看板娘こと高砂智恵だ。

「な、なな、な、なにも悩んでませんよ」

隠し事をしている小学生みたいな弁明など効くはずもなく。

「いやそれは間違いなく悩んでいるムネくんよ!」

と容易に見破られてしまった。

 

「へー、めぐみちゃんとムネくんのラブラブライトノベルをリクエストされた…へー…」

なんでそんな目で見るんだよ。俺は「やむなく」了解したんだぞ、仮に何も借りがなかったら蹴ってたわそんなお願い。

「確かに妹さんにそれがバレたら怖いですねー」

だから悩んでたんだよ。

「でもまあ直筆で書くわけじゃないしパソコンの管理さえ気をつけておけば大丈夫なんじゃない?PIN知ってるのムネくんだけなんでしょー?ファイルの名前を変えてどこかに置いとけば大丈夫なんじゃないかなあ」

PIN、すなわち暗証番号は正直エルフや紗霧も知ってる可能性はある。

ファイル名変えてごまかすしかないか。

「とりあえずそれで誤魔化せるだけやってみるよ」

「じゃあ私も期待して待ってるからね!」

「えっ」

「当たり前じゃない!どこにも公開されないムネくんのオリジナル小説が読めるという大チャンスをみすみす見逃すわけがないじゃない!」

俺に体を預けて熱弁する。そうやって俺の小説を他の人に宣伝してくれたらいいのに。

「ああわかった、わかったから近つきすぎないでくれ。お父さんの目つきが怖い」

レジから百獣の王のような目ではっきりと獲物、ここでは俺を捉えている。この目つきだけで小動物なんかは一瞬で逃げ去ってしまうだろう、そんな野生な目だ。

「それじゃ、期待して待ってるからね!」

「できたら連絡するよ」

 

 

とりあえず俺は高砂書店で一つの打開策を手に入れた。

 

そういえば、であった日からはじめて紗霧に隠し事をするかもしれないな。

 

 

ただいまーとほぼ同時にルーティンをこなしてパソコンのスイッチを入れ、エクスプローラーを起動する。

「ん?」

一瞬で俺は注目の記事に視線を奪われた。

 

「週末にかけて発達しながら台風が接近し、関東地方に上陸するすおそれがある」

 

関東全域をすっぽり覆う予想図と緊急事態を煽る赤文字が画面上部をを独占している。

 

「雨が降れば涼しくなるかななんて思ってたけど、これはやりすぎだ」

「地球の運営さん対処が適当すぎ」

それに寄せられたコメントにもかなり同調できる。ほんと大げさなんだよ地球は。

 

とりあえず今週末台風来るのか。

 

 

その予報円は日が進んても変わることなく関東を覆い続ける。天候的にはあまり変わらず呆れた暑さを伴う晴れだけど、衛星画像を見ると問題のそれは目を作り、有り余る熱気を吸収し大きく強くなっていっていることが素人目にもわかる。そんな日が数日続いた。

 

 

来る「上陸すると思われる日」

暑さをもたらす太陽とは違い、重く厚い雲が空を支配していた。

かなり涼しくなったという意味ではかなりありがたいんだけど…

時折降ってきた雫が頬に触れることもある。そして生ぬるい風が吹き雰囲気をさらに不気味にする。

これまで暑すぎて昼間には泣けなかったセミも溜まった鬱憤を晴らすように力いっぱい叫んでいる。

嵐の前の静けさなんてものはなく、むしろ逆に不気味さと蝉の声がひたすら嵐の襲来に警鐘を鳴らしているようだ。

 

そして台風の襲来を知った京香さんがあわてて帰ってきた。幸いまだ雨は降り出していないらしい。

しかし、そう安心していられなかった。

 

窓に突然叩きつけられる雨で突然の大雨を知った俺は大慌てで家中の窓を閉める。

「紗霧、そっちは大丈夫か?」

万が一パソコンが雨に濡れてしまえばお陀仏だろう。

三人で協力して家中の窓を早急に閉める。

 

 

そういえばエルフ宅は大丈夫だろうか。あの家、窓の数は俺の家より多いし、あの日のように窓開けて全裸でピアノなんかしてようなら災難だぞ。窓を開けるだけで不快指数が上がるような日にそんなことはするはずはないと思うけど。

 

 

それから数時間も経過すると、雨風は共に強く、空き缶や木の枝のような道に落ちている小物は呆気なく飛ばされている。

それらが人を襲うこともあるだろう。そして時折歩いている人の中には傘に見切りをつけている人すらいる。

 

 

 

「和泉政宗!今すぐクリスタル・パレスに集合!」

それから夜になってから、隣の家からの招集命令が下される。ああ…なにかやってしまったのか…

俺は不安に駆り立てられ、役に立たない傘もささず大急ぎで向かった。

 

 

 

クリスタル・パレスの重厚な扉の鍵は空いていた。俺は吸い込まれるように侵入する。

 

暗っ!第一声はそれだった。

人がいるとは到底思えない明度。

窓は幸い閉まっていたが、全く違う不安が俺の脳を支配する。なんて言ったって電気が全くついていない。例えるならダンジョンだろう。おまけに外より少し冷えてる気がする。

雨風に晒された家の外壁が鳴り、ダンジョンはダンジョンでも特にサバイバルホラーなんかに出てくる廃洋館に思える。

 

そろそろおばけかなんか出てくるんじゃないか?

とりあえず家主を探そうと階段を上がる。

 

 

うわーーーーー!

 

登りきったその瞬間、擬似ダンジョンの奥から突然出てきた人間に俺は怯んで数段下がる。

 

「…あの。ほんとにお化け屋敷みたいなことやめてください」

「あら。結構楽しそうじゃない」

なんて、再び懐中電灯を顎に当てる。

「ほらーーー呪っちゃいますわよーー?」

なんでこんなにテンション高いんだろう…

「…んで、どうしたんだ?」

「どうしたって分からないの?停電よ、て・い・で・ん!」

「停電とか言っても俺の家はついてるぞ」

特に電気が切れるようなことはなかったよな。

「なにそれ!アンタの家ばかりずるいじゃない!」

「…いやお前なんかしただろ」

懐疑の目で事由を聞く。

「なにって、窓閉めて暑いから部屋の電気とクーラー全部つけただけよ!」

とか言って懐疑の目に対し「私は無罪だ」と主張する。

「思いっきりそれが原因じゃないかー!」

そんなことだろうなと思ってたよ!うん!

 

部屋を開けっ放しにして全部屋冷房いれるなんて、俺ん家より広い家で全館冷房なんて再現するようなもんだけどまあ当然こうなるだろう。

まあ要はブレーカーが落ちただけだろうし、さっと直し方をサーチして…

と事を進めようとしたそのとき。

 

「あっ」

懐中電灯が主の間の抜けた声を残し闇に溶けた。

 

「あはは…消えちゃった」

「ったく、しょうがないな…スマホの電気で…」

まあ懐中電灯の代理にはなるだろう。

「ちょっと待って!」

「せっかくだからこの状況を楽しみましょう!」

…ついに頭もおかしくなったのか。

「…は?」

素っ頓狂な声を素で出してしまった。

「は?って…この状況は神様がくれた二人の距離を縮めるチャンスなのよ!」

この前までの俺なら完全に開き直ってるけど原因はお前だ!なんて全力でつっこんでいたかもしれない。しかし、今の俺は違う。

悪くないな、と彼女のちょっとしたノリに付き合ってしまう。

俺も少し彼女の考え方に影響されてきたのか、はたまた彼女と楽しみたいという感情か。

 

 

「エルフは相変わらずだな…まあ怪我には気をつけろよ?」

そんなところも好きだけど。

「その時はマサムネが守ってね」

「…可能な限りな」

俺が例えば筋肉を全身に纏ったアスリートだとしたなら彼女を完全に守ることもできるであろう。

しかし俺は体ではなくペンで生業を立てる。あいにく本業のそれでは彼女を守ることは難しいだろう。でも、万が一そんなことがあれば身を呈して彼女を守ってやる。

 

 

なにはともあれちょっとした肝試しの始まり。分電盤を探してブレーカーを戻すだけではあるが。

 

真っ暗なので壁つたいに階段を降りる、そして後ろから俺の肩を借りてエルフがついてくる。階段を降りて左手に回って少し歩けば分電盤のある洗面所だ。

 

「あれっ」

階段を降りきった時、既に彼女の手は元あった場所になかった。

「おいエルフ…?」

俺は見えるはずもない彼女を探して右往左往する。頼りにならない視覚の代わりに触覚を活用するべく腕を伸ばす。

 

むにっ♡

 

 

その刹那時が止まった。ような気がした。条件反射で離してしまったが、瞬時にわずかな記憶を遡っては感触を再現し、脳内エルフで再現する。やはり間違いないな。

風雨が戸を鳴らして不気味な雰囲気の中、暗くてよく見えないけどきっと二人で見つめあってるんだろうな。

 

 

「…マサ…ムネ♡」

しかし聞こえたのは怒りとは逆に、明らかに俺を誘う声だった。

声から察するに、きっと俺の前には赤面した彼女が立っているんだ。

そして前から肩を掴んで近づいてきてとアピールをする。

一瞬は困惑した俺も、素直に彼女に身を委ねる。

いいんだよな…だって彼女だから。

徐々に彼女の息吹を肌で感じるようになってきた。

 

少し正宗より小さいエルフは背伸びをする。きっとよくあるカップルのキスシーンだろう。暗くて全容はつかめないけど、まさに二人だけのキスシーンと言えよう。

 

しかしその時。

外を照らした閃光によって一瞬お互いを認識した。

お互い、口付けを待つ甘い顔だった。

しかしその顔を強ばらせるヤツは遅れてやってきた。それは何の対策も防御もない二人の耳に痛恨の一撃を食らわせ、さらにその直後それにも劣らない彼女の悲鳴が再び俺の耳を突き刺した。

 

 

「ひいっ」

エルフはその場に耳を塞んでしゃがみこんでしまった。先までの威勢は何処へやら。

 

「怖いよ助けてマサムネ…」

彼女の肩はブルブル震えている。

「…さっさと電気をつけようぜ?」

「うん、そうすりゅ…」

肝試しは中止。震える彼女のために一刻も早く電気の復旧を進めるしかない。

スマホの灯りをつけ、リビングから椅子を持ち出し、分電盤のブレーカーを戻す。たった数分で終わるような作業ののちに電気は復旧した。

いつも通りの景色に明らかにいつも通りとは言えない彼女。電気がついた今も廊下の中心にしゃがみこんだままである。

 

「とりあえず今日はもう俺の家で過ごしな」

その一言が彼女を自身の意思で起き上がらせるには一番効果を発揮する言葉だろう。

 

「それならがんばる」

よっぽど不意の一撃が効いたのか、まだ声は震えている。まああれほど無防備だったところを襲われたんだし、無理はないか。

「おいエルフ、大丈夫か?」

「マサムネと一緒なら頑張れるわ。だからもうちょっと一緒にいて」

「今から俺の家に移動するぞ」

「わかったわ。でも、この手は離さないでね」

「俺はお前から離さない限り手を離さないからな」

「それなら安心だわ」

 

そして我が家に戻るべく再び電気を消し、扉を開けた。

 

「おい、エルフ。準備はいいか?」

「なんとかいけるわ」

この風だと間違いなく傘は役に立たない。隣の家なんだし、駆け込んでしまうのが一番だろう!

なんとか元気を取り戻したエルフとともに走り出す。

「施錠、完了!いくぞ!」

 

狂った風雨に身を投げ出した。距離にしておよそ二十メートルほどつっきり、そして俺らは我が家に駆け込んだ。

その間のわずか十秒程度でもずぶ濡れになってしまうほどの大雨だった。

 

「あら!二人ともびしょびしょじゃないですか!」

水たまりを踏み込んだのか、特に足首から下はびしょ濡れであった。

「このままでは二人とも風邪をひいてしまいます。晩御飯は私に任せて今すぐお風呂に入ってください」

当然断ることも出来ず、言われるがままに入浴する流れに。

 

 

「おーいエルフまだかー?」

俺は濡れた洋服から1枚のバスタオルに履き替え彼女の風呂を待つ。

「あなたも入ればいいじゃないー」

「今二人で入ったら家族会議もんだわ!」

「大丈夫よー」

いまここで一緒に入ったのが紗霧にでもバレたら…まあしばらくは口聞いてくれなさそうだ。

「まあ、超シスコンのあなたからしたら、妹の動向も気になっちゃうから仕方ないのかしらねえ。ええ。今日はあなたの妹愛に負けてあげるわ」

 

「兄妹二人の幸せを保証する」ことを遂行するには、自分自身の欲望を抑制しないと叶わないこともある、それを飲んでいる以上我慢しないといけないのよ。

でも、その分もマサムネにはいつか借りを帰してもらうんだから!

 

 

「おまたせー」

湯けむりに纏った彼女が現れた。

「…なによ、ジロジロ見つめて」

「いや、なんでもない」

と早々と風呂に進んでいった。

 

こうして平然を装っているが、風呂上がりで芳香漂う金髪美少女を前にして、正直欲望を解放するより平然を漂う方が難しい。

可能なら今すぐにでも抱きついてやりたいくらいだ。

 

「大変そうねえ、でもその気になるまで私、待ってるから」

彼女はそう言い残した。

 

「いつか…ね」

二人のより深い関係が、これまでの人間関係をこじらせることのなくなる日はいつになるだろう。

 

 

俺が風呂から上がると四セットの晩御飯が完成しており、腹を空かせた俺は夢中で食べ進めた。

 

そして、その後の俺は仕事の原稿を進め、二人が寝静まった時を見計らって依頼の小説を書き進める。

 

 

依頼の小説、すなわち俺とめぐみの小説はまだ展開は決まってないが、序盤は実際に起きたことをモチーフにして描写するつもりだ。

 

最初は紗霧を強引にでも(本人は良心でやっているとはいえ)部屋から引きずり出そうとする、紗霧にとっての難敵だった。

いざ家に上がらせ聞いてみれば「学校はインターネットよりも楽しいですよ」と理由をつけ、「インターネットを解約しろ」などとんでもない発言をした。

さすがの俺もこの意見は大反対。

しかし、その方法は絶対却下ではあるが俺も紗霧の引きこもりそのものは改善しなければと思っていたのでできる限りは協力したいとは思っていた。

そして彼女は少しずつやり方を改善し、「お互いの好みを作ってまずは歩み寄る」作戦に移行した。

そうしてなんとか紗霧とめぐみは打ち解けることが出来た。

 

こうして振り返ってみると、紗霧が今みたいに一部の人限定とはいえ心を開けるようになったのはめぐみのおかげなんだなあ。

スーパー委員長などと自慢してたけど、あの状況を打開するのはたしかにその名に恥じない行動力とコミュ力だと思う。

…たまにとんでもない発言が飛んでくるがな。

 

そんな彼女のラブノベル、かー。

 

俺が色々考えながら執筆を始めるが、その瞬間にまた一段と雨風が強くなってきた。

 

「うーん、停電でデータが消えても嫌だし、今日は上がるか…」

 

俺が布団に入るとより雨風の音が聞こえる。

明日、何事も無かったらいいけど。

 

 

翌日。

 

久しぶりに覗いた太陽が眩しい。自然の光で照らされた俺…と?

ちょっとまて。

 

今眼前に繰り広げられている状態と昨晩の矛盾を必死に検証する。

俺は昨晩執筆をして一人で寝たはずだ。

間違いなく一人だった。停電によるデータ損失を恐れて眠ったんだ。

 

しかし…

 

しかしなんでお前がそこにいるんだ…山田エルフっー!!

寝ぼけた目を擦り擦ってもそこにいる。

気がついたら俺と同衾していたんだ。

しかも律儀に俺の方を向いてえっー!

まだ朝六時前なので未だに眠っている。

俺の理性は驚きで抑え込まれてる…とはいえ。

万が一ハメを外したら襲いかねない、そんな寝顔だ。ハッキリって天使だよもう!

 

 

「おはようマサムネ」

さあ天使のお目覚めだ。

「おはようエルフ」

私がここにいるのは当然と言わんばかりのエルフ。

「どう?私との同衾は」

「正直最高でした…じゃなくてなんでお前がここにいるんだよ」

「えへへ、サプライズよ!」

 

昨晩の出来事を思い出すと理由が自然に繋がった。

あくまで推察でしかないが、犯人は恐らく昨日の夜と同じだろう。

わかるよ。暗いとより雷光が目立つもんな。

 

「さて朝ごはんにしましよう!」

エルフは意気揚々と部屋を飛び出した。

 

俺も少し遅れて部屋を、そのまま家も出て二つの家の様子を見る。

(やべ…門の鍵を閉め忘れてたよ…)

しかしこの雨風の中、外に出ようとする人もいなかっただろう。彼女の庭を荒らしたのは雨風だけだった。

 

俺は箒とちりとりを携え落ち葉を一箇所にまとめる。集まるのは強風に耐えられなかった蒼々とした葉っぱばかりだし、一応日頃から掃除はなされているようだな。

ひと拭いする程度の汗をかいて家に戻る。そろそろ朝ごはんができる頃だろう。

 

「ありがと、マサムネ!」

「おつかれ、兄さん」

「お疲れ様です、正宗さん」

三人で俺のことを出迎えてくれた。

台風一過の快晴。今日は歴史的に気持ちがいい朝だな。

そんな日は仕事原稿も捗りそうだ。

 

台風一過の太陽が見つめる空の元、俺は溜まった原稿に集中した。

 

 

 

昼夜を問わず原稿をひたすらに進める。そんな日がおよそ十日ほど続いた。

 

「終わったあ」

ターンっとかっこよく送信キーを押しそのままひと伸び。

 

八月の入りにかけて様々な仕事が舞い込んで来た。三人の手助けを借りても、それでもてんてこ舞いな日々だった。

しかし、ようやくそれに一旦終止符を打つことができたのだ。

さて。仕事のことは一旦忘れ、例の課題にとりつこうか。

一応展開の骨組みは完成している。しかし、執筆できる時間そのものが短いので日数はどうしてもかかってしまうだろう。

まあとりあえずお昼くらいは世間一般的な高校生のようにのんびりしよう。そうしよう。

 

そして、その翌日の昼。

 

「お仕事完遂おめでとう!マサムネ!」

と、俺の部屋のドアを蹴破る勢いでエルフが祝福してくれた。

「これで時間を気にすることなくいちゃいちゃできるわね!」

と俺に猛烈なハグをしてきた。嬉しいけど、この光景を紗霧がみたら嫉妬するんだろうな。

 

 

そういえば俺の家にずっといるような気がするけど、エルフ自身のお仕事は大丈夫なのかな。

ありがたい話なんだけど、俺のヘルプ全てを引き受けてくれただけに、仕事の足を引っ張っていないか不安になる。

「まだ大丈夫よ!締め切りはしばらく先だし!」

えっへんと腰に手を携えてはいる。しかしまだ不安だ。

「そんな怪訝な目つきをしないで頂戴。今回は本当よ!」

と言い、自身の携帯のメモ欄もといTo Doリストを見せつけてきた。

確かに締め切りは先だ。

「ね!わかったでしょ!」

 

仕事がなさすぎて不安になるほどだが、きっといわゆる「やる気マックスファイヤー」の時に終わらせてしまったんだろうな。

彼女はやる気を出すととんでもない効率で作品を産み出す。

そのやる気を出すまでが大変なんだが。

まあ、常に全開を発揮できたら例えるなら異世界モノで「チートすぎてつまらない」となってしまうように、逆に全てを投げ出してしまうかもしれない。特に逆境を好む彼女にとっては。

 

「時間は与えられるものではなくて作るもの。私も、あなたも努力して仕事を早く終わらせて作り出した時間。その時間をどのように使おうと私たちの勝手なんだから!さあ!マサムネ!私の手をとって!」

と俺はすぐにクリスタル・パレスに連れられた。しかしそこには本当に様々なものがある。本棚いっぱいのラノベ漫画類はもちろんのこと、ゲームカセットやCDも所狭しと並べられ、場所を淘汰され追い詰められた弱者のごとく参考書等々がひっそりとある。確かにここなら時間を無限に潰せそうだ。

 

 

ここからしばらくは昼間はエルフや紗霧と時間を過ごし、夜は執筆という日々が始まる。

二人に隠し事をしていることが少しうしろめたいけど…

 

カタカタと止んだはずのキーを叩く音が響く夜。

その音が二人の眠る隣室にまで響くようなことはないだろう。

 

俺もそう思っていた。まさかバレることはないだろう。

 

 

 

 

 

「ねえ、最近夜中になんか執筆してるけど、何書いてるの?」

 

ねえ、バレるの早すぎませんか?まだ執筆開始してほんの数日だと思うんですけど。

なんでわかったんだと疑問を投げつける前に、彼女は語りだした。

 

「私があなたが寝た頃かなーって思う時間頃に行ってもいつも机の明かりは点いているんだもの。それにあのタイピングの早さは間違いなくサーチではなく執筆」

 

深夜、部屋を訪れる度に終わったはずの執筆に没頭する正宗。

またあの編集長に仕事を増やされたのかとでも思ったけど、それはわざわざ深夜に執筆を行う理由にはならない。

趣味の小説だって同じように毎晩深夜に執筆を進める理由には繋がらないし、その事実だけで隠し事をしていると察するには充分すぎる材料だ。

 

「まったく…せっかくお仕事を終えたというのに、自ら仕事を増やすなんて正直執筆バカもそこまで極まれば怖いレベルだわ」

 

執筆バカと言われ返す言葉が見つからない。

確かに仕事の執筆と遊びの執筆は違うけど、普通の人間ならここまで仕事をこなせばしばらくは執筆から離れたくなると思う。

 

「どうしても書き留めたい傑作なアイデアでも浮かんだの?」

仕事を終え、ハグまでされて祝福された俺。

そんな俺が夜な夜な隠してまで仕事をしていた。流石にエルフには悪い。

ここは隠さずに話そう。話すべきだ。

 

「俺はめぐみに頼まれ、俺とめぐみの架空の恋愛小説を書いてたんだ」

 

あくまでも架空と押す。ここで俺は何を言われようと耐える決心はできていたかと言われれば出来ていない。

 

 

「ふーん、マサムネと彼女の恋愛小説ねえ」

深く腕組みをして続けた。

 

「確かにそれは隠す理由もわかるわね。現実の自分と小説上にプロットされた自分のアバターとで恋人が一致しないとなれば確かによく思わない人も出ても仕方ない」

 

情報復唱とその感想を少し。

そして、自慢の金髪をさらっとたくし上げ出した答えは罵倒でも意見でもなかった。

 

「でも面白そうね。完成したらぜひ読ませて」

 

「えっ」

薄笑いを浮かべ読ませてほしいと言うエルフ。

 

正直俺にとっては意外な意見だった。

エルフの言った通り、自分の恋人が、自分以外の恋人とお付き合いする話なんて普通の人なら拒否反応を起こしてしまうだろう。

 

「なぜかって、私はマサムネもマサムネの書く小説も好きよ。それに、あなたの描くひとつの恋愛観も伺い知ることもできる機会じゃない」

 

まあ確かに、俺の書く小説はあくまでも「妹との恋愛」だからな。

俺は今までに普通の恋愛小説を書いたことがない。はじめての赤の他人との恋愛小説となれば、少しは俺の恋愛観をさらに伺うことができるだろう。

 

「ようしわかった!待ってろエルフ!」

 

俺も心の雲が晴れた気がするよ。

 

「あなたのことをさらに知るチャンスよ。見逃すわけにはいかないわ!」

 

その晩。俺は執筆を進めるか否か悩んだ。作品として期待されているので早々に片付けたいという感情もある。

しかし、せっかくの休みに深夜まで執筆をしているのも確かに「なんのために頑張って休みを作ったんだ」と咎められても無理はない。

 

「今日くらいは早めに寝るかあ」

パソコンをぱたんと閉じた。小説はもうエルフには隠す必要ないし、深夜に執筆を進めることも必要もなくなったんだから。

 

「おやすみ、世界」

なんてね。

 

正宗が眠りについた数十分後。

今日も彼女は現れた。

「安らかに眠っちゃってる。何をされても起きないんじゃないかしら」

目の前に眠る愛し人。彼を今ならひとりじめできる。そう思うだけで頰が紅くなってしまう。

 

「そうはさせない」

 

誰!?

 

 

…まあ暗闇をまとっていて少し見えないにしても今の声の主を特定するくらい、今の私には容易いこと——。

 

「紗霧も起きていたのね」

 

「最近エルフちゃんが夜な夜な兄さんの部屋に行っては戻ってを繰り返してたから怪しいと思ってた」

 

「ふふふ、そうね。でも、私が毎晩、マサムネの部屋に出向いている事実に気づけるあなたも実は私と同じことを企んでいたんじゃない?」

 

「ぐっ。否定はできない」

 

「でもまあこんなところで無駄に競い合っても仕方ないし、今日は二人で同衾しましょうよ」

 

その翌日。

 

「…俺はまだ夢を見ているのか」

夢から醒めた夢なんてよくある話だ。きっとそれなんだろう。そうなんだ。

ああ…天使二人が俺に優しい寝息を奏でている。

天国の入口で天使二人がハーブを奏でている絵をたまに見かけるが、まさにそれ。

そうか!俺はもう死んでいるんだ!ここは天国だ!

 

 

 

しかし、天道に登りかけてた俺はすぐに人間道に連れ戻されることになる。

「紗霧さん?エルフさん?」

開かずの間の方から声が聞こえる。

やばい。部屋にいない二人を探しに自ずとここに来るぞ!

さあどうするさあどうする。

とりあえずまずは起こそう!三人で同衾なんて真似が京香さんにバレた…

 

「紗霧さ…」

突貫してきた京香さんを前に、俺は為す術もなく固まることしかできなかった。

 

 

「正宗さん?これはどういうことが説明してくださる」

気がつけば俺はリビングで京香さんと二人向き合って座っている。

当然話題は今朝の同衾事案だ。ほんとにあれは夢だったんじゃないの?

 

「あれはどういうつもりだったのですか?」

「いや本当ですって、俺が起きたら二人が俺を挟んでいて」

「あなたからベットに誘って不純異性交遊を持ちかけたんじゃないですか?」

「し・て・ま・せ・ん!」

恋人と妹を同時にベットに誘うってどんな精神を持ってるんだよ!

まあ二人が潜り込んでるのに気づかない俺も俺だがな。

 

「おはよう…マサムネ…?」

今回の事案の第一人者と思しき人二名がリビングに降りてきた。

「二人でなにやってるの?」

「元はと言えばお前らが元凶だろー!」

朝から声のトーンをあげすぎた。

頼む、頼むから真実を言ってくれ。

「…まあそうね、恋人同士、ベットを共にするのは当然の話だと思うの。私はそう思ったからマサムネの部屋に行ったんじゃない!そしたらエロマンガ先生も一緒に入りたいって言うから入ったのよ!」

「そんな恥ずかしい名前の人はしらないっ」

…まあとりあえずはなんとかなってくれそうだ。

「なるほど。疑ってすみません、正宗さん」

「疑いが晴れてよかったです」

 

…ここで終われば良かったけど。

 

「…ならもう四人一緒に同じ部屋で寝ればいいじゃない。京香ちゃんも本当は寝たいんでしょ?マサムネと」

…えっ。なにを言いだすんだこの小悪魔。

 

「えっ、い、いやべべっべっ別に私が正宗さんと寝たいとは」

ちょっと前までは氷帝などと言いくるめられていた彼女が一瞬で熱くなってしまった。効果は抜群だ。

 

「ねえねえ、ちょっと羨ましがったんでしょ」

「ぐっ…」

この小悪魔天使め…

「ほら、京香さんの口から言いなさいよ、マサムネと一緒に寝たいって!」

 

ああああああああああああああこれ以上は見てる俺の方が恥ずかしい。

とりあえずこの場を…

「正宗さん!」

去れなかった。

「いや別に私はあなたと一緒に寝たくて寝たいんじゃなくて、健全的睡眠を確保するべく仕方なく…」

はわわはわわと腕をぶん回しながら説明する京香さん。

もう見てられないよ。

「…はい。四人でリビングで寝ましょう」

意見に賛成、というよりかは降参の声だ。

 

こうしてしばらくは四人はリビングで寝ることになった。こうなってしまうと仕事を夜の間にこっそり進めることが出来なくなったのだ。まあエルフには小説を書いてることを打ち明けてるから昼に書くこともできるけど…

それに、京香さんがいればエルフや紗霧が夜這いをしてくることもなくなる…

 

「どう?家族と一緒の部屋で寝ている中、私と同衾する気分は?」

京香さんがいようが彼女にとっては関係ないのだ。

「お前、ほんとブレねーよな」

「それに今日は特別なのよ」

なんて言うと、自慢げにパジャマ類の全てを布団の外に投げ出しはじめた。

 

「…今晩は寝かせないわよ、マ、サ、ム、ネっ♡」

と言い最後にパンツを投げ出した。

 

おい…待てや、パジャマ類全てを投げ捨てたってことは…今エルフは…

 

これが、これが「夜這い」と呼ばれるものなのか。

脳髄を沸騰させなんとか分析するも、「夜這い」という答えは変わらない。

 

「なーーんてねっ!今投げたのはダミーよっ!あなたにはまだ私の"本気"を知るのはまだ早いわっ!」

ああよかったよ助かったよ!万が一、二人にバレてたらお前の命どころか俺の命すら保証できんからからな!

 

結局京香さんの掲げた「健全的睡眠」の達成は叶わなかった。結局その達成にはその元凶エルフを元の家に戻す他対策のしようはないだろうな。

 

 

 

 

それから二週間ほどこんな夜が続き、ついにめぐみと俺の小説が完成した。

とりあえず読んでもらうのはめぐみの他に智恵、エルフの二名。人数が少ないので三枚刷って渡してしまうつもりだ。

智恵は高砂書店に行けばすぐに会えるだろう。

 

まあとりあえず一番は第一人者にわたそうか。

 

「はいもしもし、めぐみんでーす!」

相変わらず元気な声だ。

「小説完成したから渡したいんだけど、今から大丈夫か?」

「本当ですか?私ずっと待ってました!楽しみにしてます!場所はこの前と同じ場所で!今からダッシュで用意しますので!」

「俺も今から向かうから、事故とかには気をつけるんだぞ」

「はーい!」

約束は簡単に取り付けられたので、当事者のめぐみんに読んでもらうべく俺は前のファミレスへ向かう。

 

 

「待ってました!ありがとうございます!」

「挿絵までは流石に用意出来なかったよ…紗霧にはちょっと明かしずらくてね…」

「分かってます!こんなこと書かせたなんて知れたら次会う目がありませんから」

実際にパンツ脱がしという被害に遭ってるからな。

「それは否定できない…」

「それでは家に帰ってゆっくり読ませてもらいます!」

持ち前のクリアファイルにしまい込む。

受け取ってくれる人が喜んでくれた、それだけで小説の書きがいがあるってものよ。

 

 

「そういえばお兄さんの高校にも文化祭ってあるんですよね?」

小説ばかりで高校のことはあまり把握出来ていないが、あるのは確かだ。

「あぁ…そのはずだが」

「そのはずだが…って、なんでそんな曖昧なんですか!文化祭っていうのは高校のイベントでクラスみんなで協力して成功させ、仲を深める一大イベントじゃないですか!」

 

悪いな。我々文字書きにとっては文化祭というのは「学園ものの小説にとって展開を進める一大イベント」という認識なんだ。

でも、今回渡した小説は文化祭がひとつのメインなので今は全くの不勉強という訳でもない。

まあいずれにせよ、リアルの文化祭情報はまだ仕入れていない。

「確かにそうだけど、何をするかまだ決めてすらいないのは本当だぞ」

「本当に話題にすら上がってないんですか?」

「ああ。女の子同士の会話ならそれが話題になってることはあると思うけど」

しかし、クラスメイトとあまりプライベートな関わりがないので文化祭の話題もその分あがらない。クラスメイト唯一とも言えるプライベートな関わりを持つ智恵も話す内容はだいたいラノベのことだし…

「ふーん。それで文化祭はいつなんですか?」

「確か第三金曜及び土曜日だったかな」

「本当に曖昧なんですね…」

カレンダーを用いて改めて日を示す。

「九月二十一日と二十二日だ」

「楽しみに待ってます!」

「いやちょっと待て、その日なら好きな時間に行けばいつでも会える訳じゃないぞ?」

「分かってます!シフト分かったら改めて集合時間と場所を決めましょ!」

…確かにめぐみと一緒なら文化祭も楽しめそうだな。絶対俺より詳しいし。

「約束ってことで!今日はありがとうございました!」

「おう、めぐみも気をつけてな!」

 

 

続いて智恵に渡しに高砂書店に向かう。

 

「ありがとう!ムネくんのどこにも出版されていないオリジナル小説、大切にするよ!」

よかった今日は俺を捕縛し捕食しようと企む野獣はいない。

「ところでうちの文化祭のこと聞いていいか?」

「へえ、ムネくんが文化祭を気にするなんて…クラスメイトに好きな娘でもできた?」

「残念ながらそうじゃなくて、友人にその事を聞かれて『うちはどうなってるんだろう』と気になっただけだ」

釣れないわねーと腕を組む智恵。

「実は何をやろうって候補はいくつか上がってるんだよねー」

俺の知らない間に進行してたらしい。

「で、その第一候補は」

「フィーリングカップル」

「それって確か…」

「うん!男女でペア組んで色々やるやつ!」

絶対あかんやつやんけそれ…

俺のクラスでそれをしようものならめぐみもエルフも黙ってはいないだろうなあ…

 

「文化祭じゃお化け屋敷やタピオカジュースのお店に並んで定番で競合するクラスが多いのが難点なのよねー。ボクの高校は学年贔屓なしに「企画書」のみの書類選考だからいいけど。それでも大抵気合いの入った上位学年がかっさらって行っちゃうのが現状かなあ。あーあどこかに「企画書」書く人が得意な人、いないかなあ!」

そんなやついたら俺も頼りにしたいわ!

「ね?素晴らしい発想力で素晴らしいラノベを世に送り出す素晴らしいムネくんならほかのクラスの追随を一切許さない、素晴らしいぶっとんだアイデアを考えてくれるよね!」

やけに「素晴らしい」で押してくるな。

 

「残念ながら恋愛経験皆無なのでそれは無理です」

「そこをなんとか!!」

「いや、本当にそういうことに関してはクラスのほかの女の子の方が詳しいと思う。これは断言出来る」

「むーームネくんでも難しいかあ」

まあそういうの考えるの得意そうなヤツが一人心当たりあるんだけど。

「まあ企画書は俺が出すよ。ここまでクラス貢献出来てないのも悪いしね」

「やったー!企画書のプロが書いてくれる!これで優勝間違いなし!」

「いや俺企画書書くの苦手なんだけど」

書くのが嫌で本文ママで編集部に持ち込むからな。

「でも流石にド素人よりは書けるでしょ?」

「…保証はできないけど。でも俺がライトノベル作家であることはなんとか隠してくれよ?」

「分かってるって!私ずてに書けば問題ないでしょ?」

「なんなら俺の家に持ち帰ってもいいか?」

「いいけど…」

「余裕あったらほかの作家に相談してみるわ」

作家同士の関わりをまさかこんな所で使うなんて。

「なるほど、それは心強い!」

「なにか進展あったらまた呼んでくれ」

「うん!頼りにしてるよ!」

 

ひとつの約束をまた取り付け、最後の一冊をエルフに渡すべくクリスタル・パレスへ向かった。

 

 

「マサムネの純愛ラノベ楽しみに待ってたのよ

!ゆっくり読ませてもらうわ」

嬉しそうに持ち上げる。

「ところで文化祭について相談したいんだけど」

俺の中でのフィーリングカップル第一人者、山田エルフ大先生に相談を持ちかける。

「文化祭同行のお誘い??それならもう少しロマンチックになさい!」

「うーんもうちょっと内情的な感じかな。内容について相談があってね」

「ふーん。まあ聞いてあげてもいいわ」

間違いない。今回の案件で一番頼りになるのはエルフだ。

「うちの文化祭、フィーリングカップルをやる可能性が高くてね」

それを言った途端、上品に飲んでいたはずの紅茶を下品に吹きかけるエルフ。

「マサムネのクラスでフィーリングカップルってなんのネタなの?」

「いや本当だって!!」

「…それで私に相談しに来たわけね」

「頼むから高校の範疇を超えないでくれよ?」

「えーーそういうのはエロマンガ先生の方が詳しそうだけど」

いや紗霧にそれを任せるとフィーリングカップルじゃなくて本当に変態の集まりになっちゃうから。

「高校の範疇って言われても私高校行ってないからわからないわ。もう少しどこまでいいのか具体的に教えて」

うーん、それは確かに俺も分からないや。

「そうね、定番なところだと膝枕とか耳かきとかでしょうね。あとは前後から抱いてみたり、ラップ越しにチューしてみたり…」

なるほど。

「でもさ、そこまでやるならいっそ生キスさせたらどうよ!」きっと盛り上がるわ!」

「相手が彼女持ちだったらどうするんだよ!」

「そんなの彼女持ちが出るのが悪いんじゃない。そもそもキスなんて普通でしょ?」

やっぱり常識の範疇も広かった。

「確かに盛り上がるだろうけど、そこまでやりすぎると女性陣が集まらなさそうじゃないか?」

「そう?女子高校生なんて所詮性欲の塊…」

こいつ女子高生に滅多刺しにされるぞ。

「いやいやいやいや、人前だとまた話は別だろ!」

「むーん残念」

生徒会の検閲にかからない内容じゃないと意味が無い。

例えば、それが高校生に相応しくない行為だとしたらまあ即一蹴されるだろうな。たとえそれがどんなに有力な企画書だったとしても。

「せめてラップキスくらいまでにしとけ」

「文化祭なんだからもう少しはっちゃけてもいいと思うけどねえ」

「せめて企画書に書けるものにしてくれ!」

「そんなものいくらでも誤魔化せるでしょ?」

いや怖い!発想が怖い!

…前言撤回。こいつはフィーリングカップル第一人者じゃなくて「フィーリングカップルを用いてやらしいことを企む第一人者」だわ。。

「名案が浮かんだらまた教えてあげるわ!」

「迷案はやめてくれよ?」

 

 

まあなんだかんだ二人もそれぞれの喜ぶ顔が見れてよかったよ。もちろん、紗霧には秘密って約束でね。

 

 

 

しかしその翌日。

「…兄さん、私に隠してることない?」

 

…はい。バレました。

「ご、ごめんよ紗霧、これはめぐみに頼まれたからやったことで…」

できる限りの言い訳の御託を並べる。言い訳といっても「頼まれたこと」くらいしか言えないけど。

「むー」と紗霧。

「本当にごめん!」

俺は手を閉じて最大限詫びる。それを紗霧は見下ろすように椅子に座っている。

「仕事が終わっても執筆してるから何を書いてるかなーって気になってたけどそういう事だったんだ。へー」

 

…どうやら俺が夜な夜な執筆していることは筒抜けだったらしい。まあエルフの夜這未遂が原因だろうからどうしてかは咎めない。

 

「…その小説、もう完成してるんでしょ。私にも読ませて」

 

「は、はい!!」

 

俺はあわてて印刷をしてそれを紗霧に見せた。

紗霧がそれを読んでいる間、部屋で正座待機をしているが…とにかく怖すぎる。本当は今すぐにでもこの場を去りたいが、去った日には後ろから出刃包丁で後ろから刺されるかもしれない。

 

そして沈黙の口は遂に開いた。

 

 

「…兄さんってこんな小説もかけるんだ。兄さんがこれまで学校を舞台にした小説を書いたことなかったでしょ」

 

…どうやら小説に対して否定的な感情はないらしい。助かったのか、俺。

 

「まあ、書いてはいないけど読んではいるからな。一応、学園ラブコメの定番のような展開だし」

 

俺の恋愛経験は恋愛ラノベ頼りになってしまっているが、それなりのレパートリーはあると思う。

 

「あらっ、結局エロマンガ先生も読んだのね」

「そんな名前の人、知らない!」

紗霧が話しているところに突然の刺客が窓から現れた。

 

「だからそこは玄関じゃないっての!」

俺の注意に耳を傾ける素振りすらなしに当然のように窓から入ってくる。

 

「まったく…ケガだけはするなよ」

「その時は救護よろしくね!」

「俺がその場にいればな」

「ところでフィーリングカップルのことなんだけど」

「え、兄さんのクラスでフィーリングカップルやるの?」

あーあ。エロマンガ先生に知れちゃったよ。

「フィーリングカップルってあれでしょ、女の子が男の子にに色々とえっちなことをやる…」

「えっちなことはやんねえよ?」

やっぱり勘違いしてやがる!そんな不健全な文化祭あってたまるか!

「えーざんねん」

 

「まあせっかくだし、私の脳裏に浮かんだアイデアを聞きなさい!」

まあ全く期待してないけどな。

 

 

「足を舐めるってどう?」

却下!!!ド却下!!!どこの中世だよ!!!

「壁ドンして告白!」

あらそれはなかなかいい案じゃないか。

「靴下やパンツを捧げる!」

衣服を脱がせるのはやめてくれ!!

 

この後もいくつもの案が浮かんだが、結局採用されそうなのはほとんどなかった。

 

 

 

 

(兄さんは鈍感だから気がついてないと思うけど、小説を書かせることで自然とめぐみちゃんのことを考える機会も増えるだろうし、彼女なりのアピールなんだろうなあ)

 

 

(ついにめぐみちゃんが動き出したわね…まあ誰が来ようとマサムネは私のモノなんだけどね。それにしてもあのマサムネオタクのムラマサちゃんは何をやってるのかしら。そろそろ行動を起こしてもおかしくないというのに)

 

こうして、正宗争奪戦にスーパー委員長神野めぐみが加わったのだ。

5章に続く。

 

 

 

 

 




第4.5章に「今回正宗が書いた小説の内容」という設定でEXとしていつか投稿予定です。
簡単に言うと神野めぐみifルートになります。


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第五章 「スランプから始まる同棲生活」

遊園地デートを成功させ付き合うことになった正宗とエルフ。
紗霧と神楽坂さんによる試練を超えなんとか現状の生活を保つことが出来た。
花火大会の直後。めぐみに正宗はめぐみとの純愛小説を依頼された。
それを遂行し、数人に渡した俺はそれぞれに文化祭のお話をした。文化祭、もうそんなに近づいてるんだなあ。

そんな中、夏休みも残り十日くらいとなり再び締め切りに追われるエルフ。
しかし、彼女いわく「スランプに落ちた」といい、仕事が出来ないらしい。
そこで正宗が投じた打開の一手。それはエルフをどのように導くことになるのだろうか。


第五章 「スランプから始まる同棲生活」

 

 

 

「ここがエルフ王女のおられる城か」

貴族のような金と赤の派手な衣装を纏った王子正宗は馬を操り招待された城へとやって来た。

 

しかし、広いお城に警護の人間はおらず。

ましてや扉も開けっ放し。

「すげえ無防備だけどここでいいのか?」

これは罠なんじゃないか。俺を誘い込む罠なんじゃないか。そんなはずはないのだが、敵軍が俺の行動を予想していたのなら有り得る話ではある。念の為馬を降り臨戦態勢を整え中に踏み込む。

しかし、奥に進んでも敵味方関係なしに、人がいない。

記載された部屋を目指して慎重に進んでいく。廊下の最奥部。これまでで最も広く、煌びやかな部屋が見えた。

 

「王子!」

「王女!」

 

白銀を纏ったドレスに身を包んだエルフ王女とマサムネ王子は空いた豪華な扉を挟んで対峙した。

 

「王子。我が居城なるクリスタル・パレスへようこそ。今私たちは時間も、ゲームもなんでもあるわ!さあいちゃつきましょう!」

言動はとても王女とはかけ離れたものではあるが、周りの景色との調和は取れているためまさに王女そのものに見える。間違いなくこの世界ではエルフ王女だ。

 

「王子!耳かきをしてあげますわ!私の膝に横になりなさい!」

かなり現代っ子な王女であるが、もうこの際関係ない。

 

「さあ見なさい王子!我が居城から眺める雄大な景色を!」

森と青い空が地平線の奥まで広がっているだけではあるが、 確かに雄大だ。

 

「おい!あれはなんだ!」

王子——正宗が振り返った先。ある一線以降は暗黒の闇。空と森の境界線もそこから先はひとつの闇に繋がっている。

さらに、それが景色を飲み込みながらじわりじわりとこちらの城に近づいてきている。

 

「クソっ!逃げるわよ!」

とても王女とは似つかない吐き文句と共に王子を引っ張る。

そのまま流れるように馬に飛び乗り

「さあ、走りなさい!」

と手綱を思いっきり引き馬を走らせる。ここまでまるで王女とは思えない、鍛錬された流れ作業だ。

「逃げるたってどこに?」

正宗も負けじと馬を操り木々をかいくぐる。

「分からないわ!遠くの果て、逃げて逃げて逃げまくるのよ!」

その闇は居城をも飲み込み闇に葬る。

闇はさらに加速していく。

「クソっ逃げられないかっ」

 

闇の奥から手が伸びてくる。それは焦る王女を完璧に捉え…

「マサムネー!!!」

「王女ー!!!」

 

 

「!?」

闇に飲まれる既のところで現実世界に引き戻された。

「…どうやらいつの間に寝込んでいたらしいわ」

昨晩は新作ゲームの攻略で夜を明かしていた。その影響もあってかそのゲームに少し影響された夢だった。

 

「…全く。なんなのよ、いいところだったのに」

迫る闇…エルフにはひとつ心当たりがあった。

少し前、自信満々に正宗に見せつけたもの、今はは目を伏せておきたい事実だ。

 

 

「エルフ、あいつ締切大丈夫なのか?」

ひょんな事で彼女の締切を知った俺は今彼女と全く同じことを気にしていた。

もっとも、当時はゆっくりこなしてもお釣りが出る程度には余裕があったはずなのだ。

しかし、その後も一行に仕事をしている様子がない。

確かにあいつは締切ギリギリになるまでやらない。しかし、追い詰められた時のアイツの作業能率はわかりやすく言えばチート級だ

しかし、それでも不安になるものはなる。

もちろん遅れるとは思っていない。思いたくない。夏休み終盤になっても延々と宿題をやらない子供の親の悩みをたまにテレビで聞くけど、きっもこういう気持ちなのだろう。

 

「きゃーーっ!」

一般的なお母さんについて考えていた俺は突然の悲鳴に飛んで開かずの間に押し入った。

押し入ったその先には見覚えのある矢が数本。

さらにそれに続かんとばかりに本人まで飛び込んできた。

「エルフー!紗霧が怖がってるだろ!」

紗霧は腕を付き腰を引いている。

「ごめんなさい、でもマサムネの家に入るにはこれしかなくて」

「いや玄関使えよ」

「玄関は今封鎖されているわ」

ほら見ろどうしようもないだろと目が語っている。

「封鎖?」

しかし、理由はまもなく自然な形で判明した。

俺は呼び鈴の主の元へ行く。

 

「和泉先生」

俺を見下ろす金髪——山田クリスさんだ。

俺を圧倒する立ち姿の元、俺は背筋を震わせている。

 

「妹が来てないかね」

「妹がお世話になっております」の一言すら言わせぬ威圧感で回答を求められる。ここでは嘘つこうがつかまないが彼の餌食になってしまうんじゃないか。

「はい、二階にいます」

頭を下げているので彼の表情の変化はわからない。怒りで我を忘れて襲ってくるかもしれない。当然、内心はガクガクだ。

 

 

「うちの妹が迷惑をかけて本当に申し訳ない!」

瞬て彼の長身が一瞬で俺よりも縮こまってしまい、玄関先で二人で頭を下げている不思議な風景が出来上がってしまった。

 

 

 

俺はクリスさんにお茶を入れた。話題は当然彼の妹のことである。

「エルフはやる気を出しさえくれれば最強なんですが、やる気を出すまでが大変なんですよね」

当然そんなことは十も百も承知だろう。でもそこが彼女らしさであり、作家としてのひとつの明暗だ。

 

「だからといってそれは仕事をサボって良い理由にはなりません。やる気があろうがなかろうが、締切までには提出する。それが作者としての前提です」

 

仕事…か。

彼女と出会った時こう言っていたな。

「私は遊びでやってるのよ!だからこそ本気になるの!」

って。彼女にとって締切というのは期限ではなく、どちらかと言うと節目のようなものなのかもしれない。

「この日をすぎると上がうるさくなるから出来れば書き上げたいー」みたいな。

 

「山田エルフ先生はおそらく締切というものを軽視しているのでしょう」

正しくその通りだ。

 

 

「私は強硬手段に出ることもありました。締切が近づきなんとか間に合わせるために強制的にカンヅメにしたりと。しかしながら悪い風習は治る気配がありません。仕事は仕事、遊びは遊び。ケジメをつけてほしいものです」

 

いや、それは違う。ケジメがあるからこそ彼女は傑作を世に送れるんだ。

自分が持てる最大の力以上の力を発揮出来る時しか執筆をしない。それは「少しでも良い作品を世に送り出したい」という強い願望とやる気がないと出来ないことだろう。

「執筆をしたくない」のではなく、彼女の明確な基準を満たさない限り「執筆をしない」なのだ。

 

「ケジメが全くない訳ではありません。その証拠に彼女は執筆を遊びだと言っていました」

「遊び…か」

「そして、遊びだからこそ本気を出す。それが彼女のポリシーなんです」

彼もそこには薄々感じていたのか、呆れや怒りに関する感情は感じられなかった。

もちろん、それが締切を破っていい口実にはならない。

「本気だからこそ、やる気になるまでやらないのです。だから締切を守らせるのではなく如何に彼女にやる気を出させるかを考えるべきだと思います」

 

ここでふたりは黙り込んでしまった。

自分の欲望を自分で叶えてきた彼女をどのように奮起させるか。

 

 

 

山田クリスさんは早い段階で家を出てしまい、エルフと生活した時間はそこまで長くないと南の島で聞かされた。

だから一緒に住んでいたのがどの程度の期間だったのか、家内での絡みがどの程度あったのかはわからない。

しかし、クリスさんが彼女にどれほど多大な影響を与えていたとしても、今一番彼女を動かすことのできる者は自分であるべきなんだ。

 

「俺がなんとかしてみせます。エルフの彼氏として、ライバルとして」

なにか閃いたわけでもない。ただ未来の俺に仕事をぶん投げただけに過ぎない。

でも、未来の俺ならやってくれるさ。

 

「…はい。わかりました。全て和泉先生にお任せします。しかし、山田エルフ先生にとっては遊びでも我々にとっては仕事です。もし締め切りに間に合わなければそれ相応の対応をとると思ってください」

一瞬彼の威圧感に怯みかける。しかし奥歯を噛んでこらえる。

 

彼女を変えることができる人は沢山いるかもしれない、

その中でも俺は最も彼女を変えることができる人間であるべきなんだ!

 

「お任せください!」

俺は胸を張った。当然、なんの打開案もない今の時点ではそれは虚勢だろと思われていても仕方がない。

しかし、例えそうだとしても後でその印象を覆してやる。覚えとけ。

 

「頼みましたよ、和泉先生」

再び黒のリムジンに乗った彼はそう言い残した。編集者として彼女の改心について悩んでいた先と比べて、優しく儚いその声は、「家族」として彼女を変えて欲しいという彼の願いが潜在していたのかもしれない。

 

家族として、編集者として二人のクリス先生と対峙し相談した俺は早速先の自分に投げられた課題をこなす。

 

彼女のやる気を奮起させ、執筆させることはすなわち、それは締め切りに追われる彼女を助ける方法にもなる。

有り余る財産でなんでも夢を叶えてきた少女のやる気を奮起させる方法…そんなものあるのだろうか?

 

いくら悩んでもなかなか答えが浮かばない。

腕を組み完全に静止した俺をようやく動かしたのは妹の天井を介したコミュニケーションであった。

 

「はーい!」

俺は天井に向けて声を届けた。

 

「どうした、紗霧」

開かずの間には紗霧とエルフが二人、それも深く暗い顔で俺を見つめてくる。

 

「エルフちゃんの悩み、聞いてあげて」

 

エルフの辛さに同調したのか、声はえらくトーンが落ちている。

 

「…悩み、か。俺に出来ることなら協力させてくれ」

 

 

このおてんば娘の悩みってなんだ。しかし、それが彼女の創作意欲を削っている可能性はかなり高いだろうな。

 

俺とエルフは二人、俺の部屋の真ん中に座り込む。

 

 

 

「…私の悩み、聞いてちょうだい」

 

疲弊しきった顔で話は始められた。

 

「私、今スランプかもしれないの」

 

 

彼女のそんなネガティブ発言は初めてかもしれない。

壁にぶつかればぶつかるほど燃える彼女がこんなにも——。

 

いま、彼女はエルフ史に残りうる大きな壁にぶつかっているだろう。

そして、どのように救うかでライトノベル作家としての生き方が変わってしまうだろう。少し大げさにいえば、いま俺は彼女の運命を握っているのかもしれない。

 

 

「スランプ…なるほどそれは大変だ」

 

それこそ執筆している者なら誰しもが抱えるような悩みではある。

彼女のスランプだから異常事態なのだ。初めての感情を前に、エルフ自身も解決策は分からないだろう。だからこそ俺が手助けをする必要があるのだ。

しかし、スランプなんて当然解決法は人によって変わってしまうためだけに、結局、最終的には自身の力で解決せざるを得ない場面が多くなりがちで難しい。

それに、彼女に残された時間もない。

 

さらに問題はこれだけでは済まない。

本人が「やる気マックスファイヤー」であるときしか基本的に執筆しないと豪語している彼女がスランプの状態で執筆をするなんてありえない。

 

 

「スランプに陥っているのに、兄貴のヤツは仕事しろ仕事しろって…本当に面白い小説を書かせようとしているの?期限を守ることこそが全てなの?」

 

そして、スランプが引き起こす副作用、編集者との摩擦。

 

 

震える握りこぶしが分かってくれない編集者への怒りを体現している。

 

「私だってどうにかしようと探りを入れてるもの。積んでいたゲームもやった。楽器を演奏したりした。小説のことを忘れて遊び呆けてみた。でも遊んでいる私を見ると締切は大丈夫なのかとせがんでくる」

 

…まあそれだけだと遊んでいると見られても仕方はないがな。

 

「クリスさんにはスランプだという話はしたのか?」

 

「いえ、してないわ。スランプと言ってもどうせ仕事仕事だもん。だから、見つかりそうになったらやっているフリをする、そんなイタチごっこが続いているの。全く進まない原稿にしびれをきたしたのか、いつの間にか見張られてたりすることも最近多くなった。もう兄貴のせいでめちゃくちゃよ…!!こんなんで小説が書けるわけがないじゃない!!」

 

ついに涙のひとしずくが頬をつたう。

 

かつてない大きな壁にぶつかっているのに全く分かってくれないお兄さんとの摩擦。それがさらにモチベーションが削りとる負のサイクルにはまっている。

 

俺だって神楽坂さんにせがまれ強引に書かされたところで良い作品なんて生まれるわけがないもんな。

 

 

「じゃあ、もしたった今スランプを脱したとしたら小説を書くのか?」

 

「ええ。それさえ脱せれば脱したという喜びで捗るでしょうね」

涙を拭いながら答えた。

 

彼女のスランプの根源を取り除くこと、これが俺に課されたミッションだ。

 

とはいえ、スランプなんて治し方には人それぞれだ。

執筆をほっぽりだして旅に出る人もいれば、ひたすら趣味の小説を書く人もいるだろう。

それらをエルフが試していた結果、クリスさんに見つかって今に陥った。

 

さあ、どうする和泉正宗よ。

 

悩んでいると、自然と自分がスランプに陥った時のことを探っていた。

 

 

それはエルフと小説勝負をした時。俺は何がなんでも彼女に勝つぞと意気込んだはいいが、意気込みすぎてしまい結果沼にハマってボツを連発していた。

 

それを打開したのは紗霧という存在だった。ムラマサ先輩の時の出来事もあって、いま「世界で一番可愛い妹」が出版及びアニメ化されている。

 

 

このような二つの大きなきっかけでスランプを脱したんだ、俺は。まああれをスランプと呼んでいいのかは微妙だけど。

 

とりあえずなにか大きか「きっかけ」を与えること、それが今の彼女に道標となるのかもしれない。

俺にとっては紗霧が道標となっんだ。それなら俺が彼女の道標になればいいのか。

 

 

 

「よし、エルフ。今日から締切まで俺と二人きり、この部屋で生活しよう」

 

 

 

兄貴の問題も、スランプから脱する方法を詮索するにも、おそらくこれがもっとも手っ取り早い。

それに彼女、今までは一人でスランプを抜けようと頑張っていた。それが今日からは二人で詮索する。間違いなくそっちの方が効率もできることも多い。

 

 

「…この部屋で二人?」

エルフはぱちくりと潤った瞳の奥、正宗の顔を見つめる。

 

 

「俺がスケジュールを組んで、その通りに動いてもらう。でも、もしそれで不満とかがあったらどんどん言ってほしいし、取材とかがあれば俺はできることなら協力する。これでどうだ?」

 

 

結局はまたカンヅメになるということだ。

しかし、今回は違う。カンヅメはカンヅメでも彼氏と実質同棲。しかも編集者も監視しにくい場所だろう。

それなら、今後の私の運命を彼に託してもいいじゃない。

 

「ええ。マサムネ、ありがとう。頼らせてもらうわ」

ようやく彼女の笑顔を拝むことが出来た。

 

「ああ、早くスランプを脱していつものお前に戻るんだぞ!」

「ふふふ、私とマサムネの力があれば百万馬力よ!」

「そうだな!」

 

この笑顔を、エルフを救うために!

 

 

 

 

「兄さんの部屋にしばらくエルフちゃんがいるってことでいいの?」

「そういうことだ、これがあいつを助ける最善の手段だと思ったんだ、許してくれ」

 

これがもし単なる同棲だとしたら、しばらく羨望や嫉妬で口を聞かなくなっていたかもしれない。

しかし、こうすることて今、そして未来の彼女を救えるなら…

 

「わかった。エルフちゃんを助けてくれるって信じてるから」

 

「任せろ!以前以上のエルフにしてやるから!」

自信満々のグーサインを紗霧に見せつけた。

 

 

 

「なるほど、私は構いませんが一つ条件があります。 夜寝る時扉を開けといておくこと。よろしいですね?」

「わかりました」

クリスさんに非常に似てるな!その視線!平然を装う俺は悟られない程度に震えている。

 

まあ扉の鍵を開けてくれた方が俺も安心だし、あいつのことだから鍵を閉めたその日には、俺は…

 

 

「まだそういうことをするのは、はやいですからね!」

いや俺何も言ってないよ!

…あらぬ俺達を脳裏に描いてしまったらしく、強面は緩みに緩んでしまった。…これくらい緩んでくれた方が接しやすいんだけどなあ。

 

 

 

 

ここで予定を確認しよう。本日は八月二十四日である。

そして、締切は九月九日である。

二週間の間に解決策を模索、成功させさらに小説を仕上げさせる必要がある。

加えて九月に入れば学校も始まる。

そして、忘れてはならないのは以前約束した、文化祭の企画書である。

それらを全て「ToDoリスト」にぶち込みスケジュールを管理しなければならない。

 

 

 

問題は山積みであるが、俺とエルフの慌ただしい同棲生活は幕を開けた。

 

 

さて、どのように導けば良いのか。

俺は料理をしつつサーチを行う。

 

 

 

「気分転換をする」

…はもう色々やってきたと本人が言っていたな。

「スランプであると自覚をする」

…自覚がなければ告白もないだろう。むしろ、普段勝気しかないような彼女がスランプであると認めるほどにひどいものなんだ。

「時には諦めることを視野に入れる」

…諦めることは現状不可能だろう。

「付き合う人を変える」

俺は悪くないぞ。

 

 

 

 

そもそも、自分に圧倒的自信があるような彼女がなんでスランプに落ちたんだ?

いわゆる「病み期」か?

それとも、自身の能力を超える人を見つけて自信をなくしたのか?

 

 

なんとか深く考えてみようとはするけど、どうもこれまでのあいつの言動からしては考えにくい事象ばかりだ。

あいつの病み期とか想像すらできないが、自身の能力を超えるやつが来たら逆に燃えるようなヤツだ。現にムラマサ先輩と出会った時だってあいつは終始強気だった。

 

じゃあ、仮に本当に病み期がやってきたとして、何がきっかけでそれは訪れたのか。

俺と彼女が一緒にいた時、ほとんどがポジティブな発言だったため、メガティブエルフを脳内で作り出すことが出来ない。

 

 

再び模索は振り出しに戻る。

今度はスランプの解決法からではなく、彼女の言動から原因を探ってみる。

 

 

「スランプになったから、気分転換をしていたら編集長に目をつけられた。スランプの状態でさらに監視下におかれ小説を書いたところで良い小説なんてかけるわけがない」

 

…ん?

 

よく考えてみればスランプとは言っていたけどそれが具体的になにがどうとかは話していなかった。例えば「アイデアが浮かばない」とか「いい比喩が見つからない」とか。

 

ただ「スランプになった」の一点張りだ。

さらに、その後の編集長がなんだかんだという出来事はスランプになった発端には直接の関係はない。

 

 

…結局はやる気が出てこないだけなんじゃないか?

俺も筆はとっても気分が乗らずに筆が進まないなんてこと、あるしな。

やる気が出ない時ってのは例えばアイデアが浮かばなくて、筆が進まないとか。

ましてやその気分転換とか言って夜遅くまでゲームなんかしてみろ。寝不足による気だるさで執筆どころじゃないだろ。そんな中強引に仕事をやらされたら俺だってたまったもんじゃないよ。

 

 

要するにやる気が出ない状態が続いており、執筆に手をつけず編集長に怒られているといういつも通りのあいつに帰着する。

 

 

とりあえず夜更かし厳禁で生活リズムを整えること。今日は特に。

 

 

「おーい、ご飯だぞー」

夜になるも俺の部屋には明かりが灯されていない。

「おい?エルフ?いるのか?」

名前を呼んで、さらに軽くノックしても返事はない。

「おい?大丈夫か?」

不安をよぎらせつつ許可の声なしに部屋に踏み込む。

 

 

…それじゃあ仕方ないか。

部屋の中、静かな彼女の鼻息の音だけが聞こえていた。

「色々大変だったもんな」

いま、彼女を起こして良いものか。

でも、ご飯冷めちゃうしなあ。

 

 

「…?」

俺が起こそうと顔を覗きこんだその刹那、寝ていたはずの彼女がそっと目を開けた。

「ちょ、マサムネ!?」

「エルフ、おはよう」

俺はあくまで平然を装う。

一方いきなり視界が彼に奪わたエルフの脳内は「もしこのまま寝ていたら…」とやましい妄想が頭に粘着している。

 

「おはようじゃないわ!一体私にどんなやらしい仕掛けを施したのか答えなさい!」

「ご飯ができたからお前を呼びに行こうとしただけだよ!」

「呼ぶだけならそこまで覗き込む必要ないじゃない!」

「それは謝る!でも何もしてないのは本当だ!」

たしかに彼女の寝顔をのぞき込んだのは確かだ。しかし、京香さんに釘を刺されているし、お前の考えてる邪なことなどできやしない!

 

「美少女の寝顔を覗いておいてなにかひとつ言うことないの?」

「ごちそうさまでした!」

「ちがーーう!」

 

…まあ少しは元気を取り戻したのは間違いないだろうな。今日はもちろん早寝させるけど。

「とりあえず飯が冷める!」

「ちょっとマサムネ、アンタ責任から逃げようとしてるでしょ!」

「いやお前だって俺の寝顔幾度も見てるだろ!」

「美少女とそこそこの差は大きいのよ」

「それを言うな!」

そこそこってなんだよ。認めるけど。

 

今後、京香さんにエルフの誇張で妙な勘違いをされなければいいけど。ある意味一つ気をつけなければいけない可能性だな。

 

 

「あら、マサムネ。あんた料理上達したじゃない」

「京香さんが家にいない日は基本的に俺が作ってるからな」

「正直私より正宗さんの方が料理上手だと思います」

いや、流石にそこまでではないと思うが、正直そこら辺の高校生よりはずっと料理は上手いと思う。

「仮に小説で生きられなくなってもそっちの道で生きられるじゃない!」

「縁起でもないこと言うな!」

「冗談よ冗談」

笑い声で食卓が満たされた。

 

 

「今日はとりあえず執筆はしなくてもいいから日付が変わるまでには寝ろよ?とりあえず今日だけはしっかり寝るんだぞ」

「言われなくてもそうするわよ。食事を終えたら眠くて眠くて」

なんて、だらしなく欠伸をする姿は明らかに女を捨てている。

 

「鍵を開けておく」という条件をなんとかエルフに飲ませ、彼女の就寝を待った。

 

おやすみ、エルフ。

俺は彼女に続いて眠りに落ちた。

 

 

翌日。

「おはようございます。正宗さん、エルフさん」

二人はエプロンを着た京香さんに起こされた。

「おはよう…ございます」

俺は寝ぼけ顔で立ち上がり、カーテンを捲る。

夏の太陽はまだまだ力強く地を、部屋を照らしている。

「おい!エルフ、起きろ!」

京香さんのモーニングコールにも直射日光にも応じない頑固な彼女を起こす。

「もう…朝なの?」

リアルに呼応した寝言のような弱い声。

「もう朝ですよ」

ここまで日光を当てても分からないのか?

「ここまでぐっすり眠れたのは初めてかもしれない」

「そりゃ良かった」

「朝ごはんはできてますよ、準備が出来たら一階へ来てください」

「はーい」

朝ごはんは栄養バランスの取れた和食中心なメニューだ。京香さんもこうやって、エルフの体調管理に一役買ってくれている。

ここでエルフが余計なことを言わないか少し不安だったがそれも杞憂に終わり、名だけの同棲生活は最高のスタートダッシュを切った。

 

 

 

そんな規則正しい同棲生活に進捗があったのはその二日後のことであった。

 

乱れた生活習慣を強制的に正され、本調子に戻ったエルフはついに動き出した。

 

 

「さーて、マサムネ?ちょっとおつきあいいただけるかしら?」

そう彼女は回転椅子に腰掛け足を組んでいった。

 

「もしかして、ようやくやる気が出たのか?」と俺はその指示に従わまいと彼女の指示を待つ。

「私の仕事部屋にあるクローゼットの奥にウェデングドレスがあったと思うんだけど」

 

ウェデングドレスとはまた大層なものを持っているな。

「持ってきてくれない?」

「それは構わないけど、何故?」

「何って、私が着るためよ!」

「ほへ?」

間の抜けた声を出してしまった。こいつ、マジだよな?まあそりゃあ俺に着せられても困るけど…

 

でも、もしかしたらこれが小説に関わるなにかかもしれない。

そんな可能性を信じて俺はエルフ宅へ乗り込んだ。

 

 

「いっぱいあるなー」

間違いなく日本製ではないものもある。資料集めの一環で資料集を閲覧することもよくあるのに…世界は広いのか、エルフの行動範囲が広いのか。まあその両方だろう。

 

その中でひときわ目立つ光沢を放つ衣装。それがエルフ依頼の一品だ。

 

…これ、持ち運ぶには大き過ぎる。

装飾も剥がれやすいだろうし、ダンボールかなんかに詰めないと大変だよな。

仕方ねえなあ。と、俺はしぶしぶ空いて投げ出されたダンボールを組み立て、衣装を畳み彼女の元へ届けた。

 

「そう!これよこれ!」

俺の部屋に居座る女王様もといエルフは、光を乱反射させ煌めく衣装を指差し高笑いした。

「で、これでなにをするんだ?」

俺は腰に手を回し問う。またぶっ飛んだことを言い出しそうな雰囲気しかない。

「さあ今から乙女が着替えるわ!ただちに部屋から退出なさい!」

 

質問に答えろよ!という訴えも簡単に退けられ、自分の部屋から追い出された俺は腕を組んで待機している。

…まあ、着替えるんだから仕方ないよね、きっと。

ここで変に誤解されても困るし。

 

マサムネ!待たせたわ!

 

彼女の甲高い合図の後に吸い寄せられ、俺は彼女の晴れの姿を目に留める。

 

「………………」

 

言葉にならないという言葉があるように、人間は驚きすぎると言葉を失う。

あえて言うなら、彼女を言葉でいいくるめるのはもったいないと言ったところか。

 

「何か言いなさいよ!」

そんな"急かせ"、エルフには自覚がないだろうけど今の俺には難題だ。

 

「ごめん、言葉が浮かばなかったよ」

俺は素直にそう言った。

「そうでしょう、そうでしょう!」

ふふーんと最高の笑顔を金属光沢とともに輝かせる。

 

「…で、なにをするんだ?」

「なにって、取材や取材!私のためなら取材ならなんでも応じるって誓ったでしょ!」

 

あれは誓ったと言っていいのか!

 

「でもまあ名案が浮かんだのはアンタのおかげも少しばかりはあるから感謝はしているわ。だ・か・ら・こ・そ、この大役をあなたに引き受けたの!」

大役ってなにをさせるんだよおい!

 

「マサムネ、『ガータートス』というのをご存知かしら?」

誘惑せんと少々色気づいた声で問いを投げてきた。

「名前だけは聞いたことあるな…ブーケトスのお婿さんバージョンで、ガーターベルトを未婚の男性に投げる…のであってるか?」

「まあ七十五点と言ったところね。今からそれをやってもらうから」

「はあ?」

 

俺が問い返した理由は言わずもがな、その行為だ。

ガーターベルトというのは、ストッキングを留めるためのベルトである。正直下着に非常に近い。

主に海外の結婚式ではそれを結婚式でスカートに潜って外し、それをボールかなんかに引っ掛けて未婚の男性に投げる「ガータートス」が人気を集めている。

当然、ガーターベルトを取ることは不純異性交遊に抵触しうる。

その刺激性ゆえ、日本で行われることは少ない…が、生憎その刺激的要素もエルフにとっては良い餌としかならないのだろう。

 

それに、それを小説化する上で避けられない問題だってある。

「…おまえ、その小説が全年齢対象として世に出るんだぞ。大丈夫なのか?」

そんな刺激的な小説、山田クリス先生という検閲に引っ掛かりそうだけど。

「大丈夫大丈夫!表現でそんなものいくらでも濁せるわ!」

「いや濁せても行為は行為だろ?」

「我が文才を信じなさい!さあマサムネ!私の華麗かつ淫靡な体から、ガーターベルトを取り外しなさい!」

 

…と、エルフは軽く言っているが万が一この行為が紗霧や京香さんに見つかろうものならしばらく家に入れてもらえなくなってしまうかもれない、超危険行為なんだぞ。

しかしようやく湧き出た彼女のやる気を殺すわけにもいかない。

それらの問題を天秤にかける。

今回のこの同棲の目的は「彼女のやる気を出させ、締切に間に合わせること」であることは確かだ。

その達成のために多少のリスクを負う必要はあるが…

 

しかしここで迷っている訳にもいかない俺は結局自分の欲を決め手に引き受けることにした。

 

 

「しょうがない。始めるぞ?」

「あら、やけに素直じゃない」

「正直俺もめっちゃ怖えよ、なにせ今後の信頼関係とか俺に対する好感度みたいなものとか様々なものを賭けてるんだからな」

おっと、これ以上声を荒らげたら隣に響いてしまう。

これは正直恋人関係になっていなければやっていなかった。たとえ取材でも。

 

 

「いくぞ」

俺は深く息を吸い覚悟を決めた。

「いつでもいらっしゃい」

 

 

今の俺は、例えるなら湖の湖底にあるダンジョンの宝物を探る冒険者だろうか。

今回の目的の宝物であるガーターベルトはすぐそこにある。

それを番人、ここでは京香さんに見つからないうちに回収する。

それが今回の課せられたミッションだ。

当然、本ダンジョンにも妨害はある。

 

それは

 

「おっと、見とれてはいけない。一刻も早くやることを済まさなければ」

 

欲望に塗れた自我と、

 

「マサムネのえっちな視線を感じちゃう…」

 

明らかに狙っている言動を放つ淫魔だ。

 

それらは主に組んで攻撃をしてくる。主に精神的に。

 

しかし、幸いなことに距離はない。時間さえかからなければ…!

 

「マサムネ…そこはだめ…」

 

 

こいつ…絶対狙ってるだろ。

俺は悪くないんだとひたすらに自己暗示でエルフについて考えることを停止させる。

 

 

 

「ほれ、どうするんだこれを」

思考停止で獲得した宝物を彼女に見せつける。

 

「まさか、あんたこれを使って…」

俺が潜ってる時と同じ声だ。

「いかがわしい方向に考えるのをいい加減やめろ!」

油断をすると調子を崩されるな本当に。

 

 

「…で、結局これでいいのか?」

彼女の体に見とれている時間を含めても、時間としてはほんの一瞬の出来事である。

「いいのよ。このような小さな取材を繰り返していくんだから」

つれないわねえと仏頂面を含んだ顔で言い捨てた。

 

その翌日。資料を得たエルフは遂に執筆を開始した。

彼女の邪魔はしまいと俺も共に執筆や企画書書きを開始した。部屋にはキーボードを叩く音だけが淡々と刻まれている。

 

ふう。と彼女が一息つく。

「久しぶりにこんなに集中したわね…」

俺も外の夕暮れではじめて時間の経過を体感した。

 

「で、結局どんな内容なんだ?」

「それは愚問よ!読んでからのお楽しみにしていなさい!」

 

まあとりあえずこの同棲作戦は成功したみたいだな。よかったよかった。

あとはお互い、良い小説を仕上げるのみである。

 

 

九月に入って、俺は高校が始まって部屋を開けることが多くなった。

しかし、もう彼女について心配はしていない。

むしろ俺の企画書の方が不安である。

あれから情報が全く入らないのだ。

 

 

「智恵!文化祭のこと全くわからないんだけど!」

そうして俺は不安に駆られ高砂書店へ向かった。まさに今の俺は脱稿を迫る編集者の気分を味わっている。

「ごめんごめーん、なかなかやりたいことがまとまらなくて!締切前日までには間に合わせるから!」

「頼むよ!直ぐにかけるものじゃないから!」

 

もちろん「フィーリングカップル」これだけで書ける内容にも限度ってものがある。

とはいえ、

「ムネくんの企画書に見合うような最高な提案をひねり出してるから!」

とまで言われるとこちらも文句は言えない。ましてやそこまですごいものは書ける自信はあるとはいいきれないけど、やはり期待されるのは嬉しい。

「ありがとう。ただなるべく早く頼むよ」

「任せとけって!」

 

 

「ところで、ムネくんの小説読んだんだけどさ」

用を済ませ帰ろうとする俺を話題をシフトし引き止めた。

 

「どうした?」

「あれ、うちの高校の文化祭、もっと絞れば伝統行事をモデルにしてるでしょ」

伝統行事——毎年正宗の高校で大いに賑わうイベントがある。

名を「No.1カップル決定戦」という。

部活動のエースとマネージャーというベタ中のベタから、クラスの推薦で半ば強引に引きずり出されるカップル、果ては来場者の夫婦まで様々な人が参加する一大イベントだ。

「やはりお前には筒抜けか」

元々めぐみに向けた小説だったので参考にしても大丈夫かなとは思っていた。

「まあ確かにネタにしやすいものね!やる方は小っ恥ずかしいけど、学園モノラノベならこれを見逃すわけもないって訳か」

「まあね!書きやすいし!」

「今回のカップル決定戦は少し見る目が変わりそうだなあ」

含み笑いで呟いたその一言は、作者にとっても嬉しい言葉だ。

その作品の中の人間の感情によって、現実世界の自分の得る感情を揺さぶられることはすなわち、その作品に少しは感情を移入してくれたことになるのだから。

「ありがとうな、智恵!」

「これからも期待してるぞ!」

二人は手を振り別れた。

 

そして、集中するエルフと共にまた人の心を動かせんと言葉を紡いでいくのだった。

 

 

 

 

————その数日後、締切まで二日前。

 

 

九月七日(金曜日)

——脱稿。

 

「脱稿おめでとうございます!エルフ先生!」

「ふふふ、私達にかかれば最高の小説を締切までに書くなんて容易なものよ!」

 

俺へのあの取材が文庫化されてこの世に最高の文章として放たれるのは誇らしいけど、少し恥ずかしいな。

「文庫化、楽しみにしてますから!」

「楽しみにして頂戴!アルミちゃんにも最高のイラストを頼んであるから!」

 

俺とエルフが初めて事実上の同棲をして作った作品。

その作品もきっと色々な人の心を動かして、笑わせて、泣かせてくれるんだろうな。

 

 

第六章へ。

 





本編を読めば分かりますが本編のタイトルもじってます。

智恵ちゃん可愛いけどなんでこんなに薄いんだろ、特典CDにもちゃんとキャラソンあるしそのクオリティはやばいしもう少し日の目を見せてあげてください(願望)


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第4.5章 「始まりは失言から」 前編

本編で渡した小説と銘打ってますが、一応設定としては正宗×めぐみのifルートです

思ったより長くなったので前半後半で分けました。

本編の内容を一部利用、そこからこうなっているだろうなあと内容を分岐させています。題名にある失言も本編のものです。

あの失言がめぐみと紗霧を結んだきっかけで、あれがなかったら今ほど深い関係はなかったんだろうなあ。

へーそう考えるのかーと読んでいただければ幸いです。


 

神野めぐみ。彼女の特徴を端的に言うと、「最強のコミュ力を持つ女の子」である。

それも、中学入学直後にほとんどの学年全員を友人にしてしまうという、常人の域を脱するレベルである。

しかし、時にそれは暴走し変な方向に彼女を動かすことがある。

 

彼女の目標は「学年全員を友人とすること」である。

しかし、それを阻む難敵がいた。

教師の出欠表、チェックが横にズラリと並ぶ一名の名前。

この問題を解決しない限り、目標は達成できない。

 

永久欠席とでも名付けようか、そんな椅子と机を成すすべなくぼんやりと眺めていた。

そもそも病気なのか、家庭の事情なのかもわからないから何も出来ない。

もちろん情報もない。強いていえばなんと中学校に一度も足を運んだことがないという情報だけ。言い換えればそれは「情報が全くない」という情報ただ一つあるだけということだろう。

 

 

「彼女の家がわかればいいんだけどねえ」

生憎小学生の頃の彼女の知り合いを名乗るものが表れない。

人海戦術もできない。

「なにかの弾みで住所をわかるきっかけがないかなあ」

住所さえ分かればその両親を説得すればなんとかなるかもしれない。

学校にさえ来ればあとはこっちのものだ。

 

「待てよ?両親を説得するだけなら」

顔を合わせなくても会話出来る方法があるじゃない!

私は家に着くと真っ先に「連絡網」を見る。

 

「なん…だと…」

 

彼女の連絡先が記載されてない?そんな馬鹿な。

クラスから省かれてるんじゃないか…これは教師陣からの悪質ないじめなのか?そうして彼女は登校拒否となってしまったのか?

私はそんな疑問をもって担当に問う。

「紗霧さんの連絡先を知ってる人がいないんだよねー、だから私が定期的に直接投函してるの」

「直接投函!?」

 

ようやく掴めた彼女の尻尾。

それに逃さまいとしがみつく。

「それ、私がやります!」

 

こうして私は和泉家をつきとめることができた。

 

「こんにちはー!」

私はインターフォンを押し、家に向かって挨拶をした。

 

「はいー!」

中からは親とは考えにくいような、若い声が聞こえた。

 

着実にミステリアスな闇を明かし、彼女の真相を捉える時が近づいている。

 

「こんにちは!神野めぐみです!紗霧ちゃんのクラスメイトです!」

家から出てきた青年に元気よく挨拶をした。

 

やはり両親とは思えないほど若く、数個年上のお兄さんといった容姿。

ちょっとした会話をし、和泉宅へ入り込むことには成功した。

 

「紗霧ちゃんと仲良くなるにはまずは紗霧を学校に来させること」

今日はそれを説得しに来た。

それに、紗霧ちゃんの関係者であれば当然「不登校である」という事実を深く受け止めているはずだ。

聞けば、まさに絵に書いたような引きこもりではないか。

それなら協力して、紗霧ちゃんを登校させよう!

 

と考えたところまではよかった。

 

しかし、お兄さんの反応がおかしい。

そんな紗霧を私から守っているようである。

 

「お兄さんって、このままでいいと思っているんですか?」

「そりゃ、良くないと思っている」

「ではどうして…」

 

この時まで私は

「学校に登校して、友達沢山作って、みんなでワイワイ過ごすこと」

が全員共通の楽しいことだと思っていた。

この答えを聞くまでは。

 

「あいつは部屋の中でもたくさんの人と関わりを持ち、応援されている。あいつは俺の誇りだよ」

 

私にとってはそれは新しい考えだった。

 

「引きこもりでも楽しむことができる」

正宗から諭された考えはこうだ。

しかし、「それでも学校の方が楽しいに決まっている」という私の考えは曲がらない。

 

だから次に私はクラスメイトを誘って紗霧宅へおしかけた。

 

「「「紗霧ちゃーん!学校おいでよー!!!」」」

 

「「「「「帰れー!!」」」」」

 

全員の声を足しても正宗のみんなを一蹴する怒鳴り声には勝らなかった。

 

紗霧を学校に行かせることは難しい。

お兄さんを説得させることも、自発的に学校に行かせることも。

 

クラス全員で呼び出す作戦も失敗し、私は詰まってしまった。

 

しかし、およそ一ヶ月経ったある日。事態は変わった。

 

きっかけは「紗霧ちゃんと共通の趣味を持とう」というアイデアである。

和泉家のカレンダーには彼が作家と思われる小説のイラストが描かれていた。

後に確認してみれば、その作者がこの前会話した和泉正宗だという。可能性として、妹もそれが好きな可能性が高い。

 

私は再び正宗にコンタクトを取った。

 

しかし…

 

「すでに紗霧は友達ができたみたいだぞ」

 

これを聞いた時、悔しかった。友達第一号になれなかったからだ。

しかし、彼女と友達になりたいことは変わらない。

 

そして、正宗と高砂書店に落ち合う約束を取り付け、例のアイデアを発表した。

 

「私も、キモオタ小説を読んでみたいと思います!」

 

ラノベ作家である正宗と高砂書店の看板娘でありラノベコーナーの主である高砂智恵の目の前で放ったラノベを軽蔑しきった一言。それは正宗を呆れさせ、智恵を怒らせた。

 

「戦闘民族、足立区民をなめんなよー!」

憤怒した彼女の咆哮が書店内に響き渡る。

「ここは書店だぞ、抑えて抑えて、どうどうどう」

対して冷静な正宗は鎮めようと二人の間に入りこむ。

「あの小娘!絶対許さん!!」

正宗がいなければ赤い布を見た雄の牛の如く突進していただろう。

 

言い方はともかくとしてラノベを読みたいという気持ちを汲み取った正宗が彼女を抑えこの場は済んだ。

 

「しかし、なんでまたライトノベルを読もうとしたんだ?」

「お兄さん、ライトノベル作家ですよね?妹さんと同じ趣味を持ちたいなーって思いまして」

 

なるほど。大勢で押しかけたり強引に連れ出そうとした前回よりは大いに成長している。

「ムネくんムネくん、ちょっと」

裏へ案内された俺はあの失言を許すわけにはいかんとある作戦を提案される。

 

「ヤツをラノベ沼にはめる」

最初は意図が掴めなかったけど、それはすぐに判明した。

ラノベを読みたいめぐみとラノベを薦めたい智恵で話はかみ合い、その後は特に騒動はおきなかった。

 

 

「めぐみちゃん、また明日ねー!」

別れ際に放った智恵のこの一言に強い悪意と確信を感じる。

 

そしてその結果はすぐに現れた。

夜に一通の電話が鳴る。

「お兄さん!続きはまだなんですか!」

睨んだ通り、電話に出るいなや質問をぶん投げてきた。

「続きはまだ先だ」

俺は無常の宣告、それはラノベの常だと言い聞かす。

「くぅーー…このなんとも言えない心のどこかが欠けたような気持ちどうすれは…」

「それを緩和させるには新しいラノベを読むしかないよ。それに、紗霧と共通の話題を持つ作戦、成功しているんじゃないか」

「あっ…」

 

「私…いつのまにかライトノベルにハマっている…」

 

その後日。紗霧の問題を解決するためにめぐみはモデルとして部屋に招かれ、なんとか紗霧と友達になることに成功した。

…ちょっとしたハプニングがあったけど。それも結果的には良い方向に向かって作用してくれたのかな。

 

そして、正宗とめぐみをつなぐ新しい手段として、ラノベが増えた。

そして彼女にまだ蒼い恋心の芽が発芽した。

 

 

 

 

中学に入学し二ヶ月半程度がした。一同はようやく中学校生活に慣れ、各々の生活を楽しんでいる。

例えば愛読書について仲間と語ったり、部活で共に汗を流したり。

その中にも当然恋愛的要素もたくさんある。

あの子とあの子は付き合っているーだとか、告白したけどフられたんだーだとか。それは男女共によく話題にとり挙げられるが、やはり女の子同士の会話だと多い。

 

そして、コミュ力と美貌の鬼、神野めぐみの名前がその会話に現れないはずもなく…

 

「ねえねえ!サッカー部のあのイケメンかっこよくない?」

「あの人、めぐみちゃんが好きだって誰かが言ってたよー」

「えーーうっそーーめぐみちゃんいいなーあんなイケメンに好かれて」

 

めぐみはそこに本人がいなくても話題にあがってしまう。恋愛的な面でも、ファッション的な面でも常に先頭を行く。

 

「好きです!付き合ってください!」

校門の前、人だかりが徐々に現れる星々と共に解散しかける時間帯。

めぐみは告白されていた。その相手は先日話題にあがったサッカー部のイケメン。

その容姿は常々話題になる有名人で、誰もが成功を確信していた。

 

 

「ごめんなさい!好きな人がいるんです!」

 

 

さらに二週間くらい経過した夏の昼休み。

昼休みの喧騒に紛れて「付き合ってください!」というめぐみに向けた声が聞こえた。

前回のきっと何日も前から「告白しよう告白しよう」と悶えた日々を過ごしたようなそれではなく、友人に押され勢い任せに想いを告げる。

前回よりは軽いけれど、告白は告白である。

 

「ごめんなさい!他に好きな人がいるんです!」

 

二度も同じ理由で告白を断っためぐみ。「好きな人がいるんです!」

この言葉を小耳に挟んだ女子は、自前の友人関係と情報網をフル活用した特定作業にかかった。

 

彼女が話す時のテンション、仕草、会話内容から推察しようと様々な推論が展開される。

「バスケ部のあいつよ!」

「いや、野球部のあいつだね!」

「いやいや、意外に吹奏楽部のあいつかもよ?」

 

しかしその推論はてんでばらばら。彼女の顔が広すぎて候補がたくさん挙げられてしまう。

 

「もしかして…好きな人がたくさんいるとか?」

「確かにありそう」

そんな悪い可能性すら示唆されている。

それほど学校での彼女はどの友人にも平均的に、かつ好意的に接している。

 

しかし家での彼女は違う。智恵の計略に陥れられためぐみは、夜になれば気を紛らわす談義に正宗を巻き込んでいる。

 

めぐみの知らない裏で悪い可能性が示唆されているのと同様に、彼女達の知らない裏で日々連絡を取り合っている歳の少々離れた男の人、もとい正宗がいるとは知る由もないだろう。

 

「えーー?付き合っている人もいなさそう?」

めぐみの好きな人は誰だという談義は夏休みを挟んでも続く。

「うん。というか、いたとしても特定ができない。それほど沢山の集団を率いて帰っているのよ。めぐみちゃんは」

 

スーパー委員長の名に恥じないコミュ力が特定班を困惑させた。

 

そんな滞った状況に打診の一手が打たれた。それは意外にも「びっち」を貫く彼女の謎の信念から生まれたものだ。

 

「そういえばさー、めぐみちゃんって彼氏持ち?」

もう、影で探りを入れることを諦め堂々と本人に聞いてしまうという脳筋なやり方を遂行した。

 

「彼氏?いますよ!大学生!二十歳!」

 

「…は?」

 

ぶっ飛んだ答えを聞いた女子はひたすら唖然とするしかない。

 

ジョークとも受け止められかねない。というかジョークであってほしい。

 

「危ないよそれ間違いなくカラダ目当てだって!」

「えーーまっさかーー」

声のトーンとテンションをあげ、ないないと手振りで否定する。

確かにそれなら好きな人がこれまで尻尾すら掴めなかったのも理解はできる。

とはいえ、そんな犯罪になりかねないいかがわしい関係に陥っているとしたら…

 

スーパー委員長、影で歳上男性と法を越えて‥越えちゃダメだよ!

 

「大丈夫です!彼氏とはそんないかがわしい関係じゃないです!」

その笑顔と自信が尚更不安を煽る。

 

そもそもそんな関係の有無関係なしにそう答えるだろうし自ら言うあたりが怪しすぎるぞこの女!

 

そんな噂はあっという間に流れ、自然とめぐみの好きな人は誰だと言う騒動は歳上男性との淫交疑いにシフトされた。

 

そして、その調査はめぐみ本人には決して悟られないよう慎重に行われた。

 

帰宅集団に混ざってみたり、週末空いてないかと誘ってみたり。

 

「めぐみちゃん、時々駅前の高砂書店に出向いてるみたいなんだけど、そこでも特別不審な行動はなかったわ。そこの看板娘も高校生くらいの女の子だったし…」

「うーん…」

 

クラスメイトとの淫交の有無を探る女子。

それに対し、その騒動に一切の縁がない男子はまた別の騒動を話題にしていた。

 

「ねえねえ、この前のエロマンガ先生VSエロマンガ先生Gの対決、見た?」

「おお見た見た!」

 

エロマンガ先生Gが超絶な美人であったこと、結局エロマンガ先生の姿が特定できなかったこと、「セカイモ」作者が一同の予想に反し若かった、特に山田エルフに関しては彼らとほぼほぼ同年代だったこと。

しかし、捜査隊はその会話に今回の騒動のヒントが隠されていることに気づくことはなかった。

 

追尾されているとはつゆ知らず、めぐみは今日も正宗に電話をかける。

ただし、時刻は夜十一時過ぎ。到底その時間までは女子中学生の捜査の足は及ばない。

 

「あの展開予想外でしたよねー!」

「すげーわかる!あそこで告白はすげー胸熱!」

同じ恋愛ラノベの話に華を咲かす二人。

誰にもたどり着けない真相、邪魔のできない関係がそこにある。

 

「そういえば和泉先生のラノベ読みましたよー!」

「おー!ありがとう!」

 

あの日、出会うことがなければ一読者にすらならない赤の他人だった。

 

ラノベを馬鹿にしたたった一つの失言から共通の話題が生まれ、そして正宗にとっても特別な一読者になっていた。

 

俺はめぐみと出会ったとき、敵だと思った。

紗霧を学校へ強引に連れ出そうとする悪魔だと思っていた。

 

そんな彼女も今は、俺の恋心を揺らげる小悪魔だ。

そんなめぐみに、俺は好意を抱いていないと言ったら全くの嘘になる。

いや、彼女と話している時が一番楽しいかもしれない。

そんな自分がまだ信じられないでいた。

 

そんな揺らぐ俺の気持ちにトドメをさしたのは秋の終わりの頃だった。

 

「めぐみの好きな人は誰だ」という騒動や淫交騒動はようやく収束、正確に言うと迷宮入りした。

 

そんな中、俺はめぐみの中学校の合唱祭に足を運ぶことになった。

というのも、俺は彼女から直々に合唱祭だけは来て欲しいと懇願されたのだ。

 

その話は前夜にさかのぼる。

 

いつも通り俺たちはラノベについての会話に華を咲かしていた。

 

「私のクラスのみんなが輝く姿をお兄さんにだけでも見て欲しいんです!」

 

突然俺は懇願された。

でも、よく考えれば紗霧も名簿の上ではめぐみと同じクラスだもんな。

 

それならせめて俺だけでも見に行って、その感想だけでも紗霧と共有して欲しい。そういうことなのだろう。

 

「わかった。いつなんだ?」

「今週の土曜日です!私たちは一年生なので十一時の会場に合わせて来ていただければすぐに出番が来ます!」

「よし!わかった!土曜は開けておくよ」

「ありがとうございます!それではお兄さん、おやすみなさい!」

「おやすみ、めぐみ」

 

彼女が彼女なりに紗霧とクラスメイトとして接しようと努力しているのがよくわかる。

よく考えてみれば紗霧とめぐみが初めて出会ったあの日だってそうだ。

 

当時の俺にはあいつが紗霧を連れ出そうとする悪魔にみえた。

でも、その行為は彼女の紗霧に対する好意の一つとも言える。

紗霧と共通の話題を持とうと自らラノベを読んでみたり、モデルになってくれたり。

…ひょっとしたらめぐみは俺よりずっと紗霧のことを思っているのかもしれないな。

 

合唱祭当日。俺は約束通りの時間に会場を訪れた。

体育館前方に生徒席が、後方に一般席が置かれている。その一般席のほとんどは親御さんだろう。

 

空いてる席に腰かけた瞬間に電気は消灯、唯一照らされたステージに注目が重なる。

 

吹奏楽部の演奏で合唱祭の幕間が彩られる。

それが終わるとすぐにクラス毎の発表になる。

 

「めぐみ!?」

俺は寸出のところで声を飲み込む。

彼女はここでもクラスを引っ張っていた。

彼女が指揮棒をあげれば規律された動きで歌うための陣形が作られる。

 

彼女が指揮棒を振り出した時、ピアノが旋律を作り出した。

 

二、三種類の声はそれぞれを引き立て、時に引き立てられる。

 

そして、音楽の盛り上がりに合わせてめぐみも抑揚をつけた動きが多くなる。

 

「めぐみ…かっこいいな」

ここまで真剣な目つきの彼女は初めて見るな。

いつもはあんな下ネタばかりなのに。

 

…すげえかっけえ。

 

何度でも言ってやるさ。

 

そしてこの時正宗は彼女にかつてない輝きを感じた。

それは紗霧にも、エルフにも感じたことのない彼にとっては新しい「憧憬」という感情。

 

いま、憧れの人が指揮棒を振っているのだ。

 

「私に惚れない男の子なんていないはずなのに」

 

そんな話があってたまるか。

なんて当時は思ったけど。

 

今の俺なら信じられる。

 

—俺は彼女に惚れたのだ。

 

演奏が終わると俺は精一杯の拍手を送っていた。

 

そしてその晩、俺は初めて自分からめぐみに連絡をいれた。良い作品を読んで感想を作者に送る読者のように。

 

「紗霧、今日紗霧のクラスの合唱祭を見てきたんだ」

「ふーーん」

「すごいんだ!あのめぐみがめっちゃ輝いてたし、他のみんなも生半可な出来じゃない」

嬉々として語る俺だが、イマイチそれが伝わっていない。

「見てないからよくわかんないけど、兄さんがラノベ関連以外のことで褒めるのは珍しいなーって」

「確かになあ、でもそれほど凄かったんだ」

「へー…」

俺とは対照的に一向に興味を示そうとしない紗霧。

 

延々とムッとした顔をやめない紗霧。

 

あっもしかして…

興奮でうっかり抜けてしまったが、紗霧、クラスメイトに学校においでよって全員で押しかけられている。

それで良いイメージを持てと言われても難しい。

 

「兄さんのばか」

察した俺は一瞬で青ざめ、せめてもの謝罪をと膝と頭をついたのだった。

 

しかしその後、めぐみ本人も高校と作家を兼ねる正宗ともなかなか時間を合わせることができず、会って会話をすることもままならず、唯一声が聞けるのは夜のラノベ討論ぐらいである。

 

展開がようやく進んだのはそれからおよそ半年後の春のことだった。

 

それは俺の父親の妹、京香さんが突然俺の家を訪れたことから始まる。

 

「紗霧の現状を改善させること」

「小説家として一定の成果を上げ続けること」

俺と紗霧はこれらを条件に二人暮らしを許してもらっている。

京香さんが突然俺の家を訪問した理由の一つ。それはこれらの条件を満たしているかを確かめるためであった。

 

後者はアニメ化という大きな成果を残しているため大丈夫だろう。

 

しかし、前者はどうだ。解決したと言えるかどうかは怪しい。たしかに出会った時は一年は自分の部屋から出ることすらままならない相当重症な引きこもりであった。

確かに改善はされているが、果たして京香さんにはどう映るか,

なんとか猶予期間をもらうことができたので、それまでになるべく良い方向へ持っていこう。

 

社会復帰の定理、それも京香さんが認めてくれるような達成条件。

紗霧の現状から考えると…

 

「学校に登校する」

が一番わかりやすいだろう。もしかしたらそれを条件として提示してくるかもしれない。

 

家を出ることすらままならない紗霧にそれができるか。

 

…正直難しい。

 

とりあえずめぐみに相談を持ちかけてみるか。

去年学校に登校させようと尽力した彼女なら力になってくれるに違いない。

 

「なるほど…しかし、なんでまた急に?」

「俺の叔母が紗霧の引きこもりが改善しているかを確かめにテストをするんだ。わかりやすくいうと抜き打ちテストだ」

今時の中学生なら抜き打ちテストの恐怖はわかってくれるだろう。

「なるほど…でも、紗霧ちゃん、大丈夫ですかね」

「正直怪しい。でも、頑張ってもらうしかない」

いつもなら紗霧の心的安全を優先したい。

しかし、そうはいかない緊急事態だ。

 

「わかりました!このスーパー委員長におまかせください!とりあえずお兄さんのお家で作戦練りましょう!」

「わかった。待ってるよ」

 

とりあえずめぐみとはコンタクトがとれた。

あとは紗霧だ。

 

「なあ紗霧、今の紗霧ならどこまでやれそうか?」

「…わからない。でも、自分でも変わらなきゃって思ってる」

「それなら話は早い…けど、本当に無理なら無理だって言ってくれ」

「わかった」

 

こうして、俺と紗霧とめぐみによる鍛錬が始まった。

めぐみも毎日のように家に来ては紗霧のお手伝いをしてくれた。

出会った当初はあれだけ毛嫌いしていたのに、今となっては俺よりも仲良くなってるかもしれない。正直羨ましい。

 

しかし、それによる新しい問題が生まれた。

 

「めぐみが知らない男性の家に毎日出入りをしている。相手は歳上と考えられる」

 

この近辺に住むめぐみの同級生が毎日のように俺と会っているという事実を不審な目で見ていたのだ。

彼女のクラスメイトであれば、以前の騒動で俺という人物が少なくともめぐみと関わりを持っていることを把握しているだろう。

しかし、「同級生全員と友人以上の関係を持つ」めぐみなら確かに俺との関係がわからないという人も多いだろう。彼女の顔の広さが仇となった。

 

学校一の有名人といっても過言ではない彼女が、毎日男性と会っている。

その話題は、先の淫交騒動もあってか有名人のスキャンダルにも負けぬ勢いで、めぐみの知らないところで蔓延していった。

 

そんな中訪れた試験の日、めぐみの案で、リビングを教室に見立て登校(を再現)した。

そして紗霧の必死の挨拶もあってなんとかクリアすることができた。

 

しかし…春休みも終わった登校日。ついに裏の騒動とめぐみが対面する。

 

「ねえ、めぐみ。春休み毎日毎日誰の家にいってたの?」

 

決して何か悪いことをとがめようとしているわけではない。

むしろその逆だ。歳上の人に脅されているのかもしれない。邪な行為を強引にやらされているのかもしれない。

親友が悪い意味で誰にも言えない秘密があるとしたら、それを解決してあげなければという彼女らなりの親切心だ。

 

「お友達のお家ですよー!安心してください!決して怪しい関係だとか、イケナイ関係なんかじゃないですから!」

「それならいいけど、もし何かされたら絶対相談だよ!」

淫交騒動も合わせて否定はしたが、まだ信じきってはくれないだろう。

 

「わかりました!もしもそうなった時は頼りにさせていただきます!」

 

 

一年生のクラスメイトと別れ、新しいクラスになる。

学校側と紗霧を繋ぐ貴重な手段として重宝されたのか、はたまたたまたまなのか紗霧とめぐみは同じクラスとなった。

 

 

 

「お兄さん!お兄さん!来週の土曜日中学で文化祭があるので来てください!」

めぐみから文化祭へのお誘いが来たのは大型連休も終わり、五月もまもなく後半にさしかかろうという頃のことである。

 

文化祭かー、そっちのクラスは何をやるの?」

「お化け屋敷です!それよりももっと面白いイベントがあるので、それにお兄さんと一緒に出たいなーなんて」

「それは学校関係者以外の人が出ても大丈夫なのか?」

「大丈夫です!まあ大半が私の中学校の生徒ですけど」

 

中学生に混じって高校生が出るのかよ…なんて一瞬たじろいでしまうが、めぐみにはこの前の借りがある。

 

「…何をやるんだ?」

 

「ナンバーワンカップル決定戦です!」

 

なるほど、中学生のカップルに混じって俺とめぐみで出るという訳か。

 

いやまて。結構難しい依頼だなおい。

 

相手はほとんど中学生になるだろうし、俺だけ高校生なんて場面も容易に想像できる。

しかもペアの相手はこともあろうか中学ナンバーワン候補の女の子…。少なくとも恨みや妬み等々を多少は買われてしまうだろう。

加えて何かの弾みで万が一悪い印象を植え付けてしまったらどう対処すればいいのか想像がつかないし…それはそこそこリスキーな行為なことは間違いない。

 

「もしかして、回りが中学生だらけでうまく馴染めるかなーなんて思っちゃったりしてます?」

まあ半分図星といったところか。

「そこは安心してください!場のノリでなんとかなりますし、司会者がきっと盛り上げてくれます!」

「めぐみは大丈夫なのか?」

俺と出るという行為そのものもそうだけど、俺と出ることによって彼女に対する周囲の印象もどうなるかわからない。

 

「多分…いえ、なんとかします!それではお昼の正午に正門集合で!」

 

約束を取り付け、電話を切った。

「文化祭かー」

俺は文化祭未経験の妹を脳裏に浮かべた。

「文化祭、紗霧にも経験させてあげたいけど…無理だよなあ」

あの賑わいに人混み、紗霧には致命的な環境だけどそれが克服できる日がきたら、いつか一緒に回ってみたいなあ。

 

 

 

 

俺はいま、めぐみの中学校の校門にいる。

 

さすが文化祭。以前合唱祭の時に見た厳かな校門もその面影一つ残らずデコレーションによって華やかなものになっている。

 

集合時間までは結構時間もあるし、一回りしてみようか。

 

校舎の玄関口は完全に来客者向けになっている。

生徒の靴箱に来客者の靴をしまい、スリッパを受け取り中に入るシステムだ。

 

俺も例に漏れず靴とスリッパを交換する。

校舎に入りまず目に飛び込んでくるものは今後入学する小学生に向けた記事だった。

中学校とは何をするところかだとか、中学校ならではのイベントだとか、小学校と中学校の違いだとか様々なことが書かれている。

 

俺はその隣で気になる記事を見かけた。

「体育館内でのイベントタイムテーブル」

そう蛍光ペンでてかてかと書かれた張り紙の一日目午後の部一番上。時間にすると午後一時。

「ナンバーワンカップル決定戦」の文字。

そこにはめぐみには教えてもらっていない、詳細情報が記載されていた。

「なぞなぞ、フリースロー、借り人、ブラックボックスクイズ、二人三脚にて勝負を決める」

 

そして俺が気になったのはちょっとオカルティックな記事。

 

「このイベントの優勝カップルは必ず結ばれる!」

 

まあいかにも中学生らしい発想というか、妄想にありがちな設定というか…

 

そんな設定も文化祭だからこそ実現出来たのだろう。

まあ今日一日くらい、中学生のような夢を見るのも悪くはない。

 

 

「怪談校舎〜消えた友人の謎」

概要 生徒が一名失踪した。封印された校舎とそなミステリーの関連とは。

 

俺はめぐみが言っていた「お化け屋敷」の前にやってきた。

 

なるほど。

端的に言うと神隠しか何かだろうか。

俺は早速列に並ぶ。

人はそこそこ並んでいたが、捌けるのもそれなりに早く十分もすれば出番は来た。

 

 

 

「高校に眠ると言われる伝説をひとり探る教師がいた。しかし、ひょんなことから伝説の噂が漏洩、蔓延してしまう。失踪事件が発生したのはその頃だった」

最初の話はスクリーンに映し出される画像とナレーションで進められる。

 

「その人の直前を見た人に話を聞くことができた。その人曰く、失踪する直前の彼は気になるものを見たんだとひたすら言っていた。どうせまたくだらないものなんだろと流す俺たちを気にすることもなく、やばいものだととにかく言い張る。それならばその場所に案内してもらおうと彼に案内を要求し、先行してもらった。しかし、薄暗い古い校舎への渡り廊下あたりで彼を見失った」

 

古びた渡り廊下のような絵柄に変わる。

 

「渡り廊下の先にある、古い校舎は昔から怪奇現象の絶えない場所だという。そこへの立ち入りは「古すぎるため危険」と制限されており、現に渡り廊下の先の扉は埃を被って鍵もかけられている。まさに幽閉された扉と言ってもいいだろう。老朽化しきった渡り廊下と一体化され、開けるには破壊の他ない。こんな場所で見失うなんて、俺はそう思って元来た道を戻ろうとしたんだ」

 

「その時だった。輝きの何一つない渡り廊下の先に何かものが見えたんだ。鉄錆色の地にある光り輝くもの。そこにはそれを拾おうとする人らしき姿が添えられていた」

 

「おばけだっ!!亡霊だ!!」

 

「しかしその姿を彼と認めることはなく、怪奇現象とすぐに判断した俺は踵を返し、走り出した。それから彼の姿は見ていない」

 

ここまで話すと道が開かれ、先に進めるようになった。

 

俺たち含めた数人は薄暗いトンネルを進む。

そこは渡り廊下を模していた。進むと鉄錆色をした扉が俺たちの前を塞ぐ。

 

「その話を聞いて、伝説を研究していた教師は当然黙っていなかった。

渡り廊下の扉を蹴破り、中へ侵入した」

 

扉は開いて、続いて古びた旧校舎を模した空間に俺たちは溜められる。そしてまた同様に物語が展開される。

 

「何十年放置された空き家のような旧校舎を御構い無しに進むその教師。蜘蛛の巣を掻き分け、木材を喰らう虫を蹴散らし、そこに棲まっていたゴキブリを眼中にせず進んだ。もう既に彼は引き返すことを考えられなかった。何ヶ月にも及んだ研究の成果が先にあると信じて進んだ」

 

「階段を二つ三つほど降りた先。太陽の光は一切届かない地下空間があった。その地下空間は鼻を刺激する腐敗臭のような匂いで充満している」

 

ここまで話が進み、再びその場を再現した道を進む。同じように扉がいく先を遮断する。

 

「タスケテ…」

 

「そんな馬鹿な!」

 

「教師は立ちすくむ。携帯のライトをぶん回す。先の扉を見つけ出し、渡り廊下の時と同じように蹴破った」

 

現実の扉が開いた時—。

 

「きゃあーー!!」

後ろから耳を突き刺す高音が遅いかかってきた。

俺も目を凝らした。間違いない。これは女性の死体…を模した生徒だ。

 

「そこには数名の女性の死体と思しきものが横たわっていた。いつのものかは想像がつかない。白骨化死体だ」

 

この死体を模した人間は白骨化していないが、そこまで再現するのは難しかったのだろう。

 

「そして、その隣に並ぶように失神している彼が横たわっていた」

 

ここまで話すと再び先に進むことができるようになった。先と同じ廊下を模した道だ。

 

「この旧校舎は戦時中、防空壕も兼ねて建てられた物らしい。しかし、それは活用されることなしに任期を終え、立ち入りが禁止された。

俺が渡り廊下からみた光り輝くものはあとあと考えてみればカナブンかなにかだと思う。伝説の噂を聞いた彼が煌めくカナブンを宝物だと彼が勘違い。さらに深追いしようと奥に入っていくと死体と対面、驚きで失神してしまった。これが謎の真相だった」

 

気がつけば最後の部屋だ

 

「後で聞いた話だが、その女性の死体は複製で、遠い昔使わなくなったものをそこへ放置してしまった。しかし、雰囲気もあり死体と勘違いしてしまった。その教師も生徒も立ち入り禁止の場所に入ったことについて説教を喰らった。しかし、その教授は懲りずに伝説と旧校舎の関連を探っている。果たしてそれは報われるのだろうか」

 

暗い教室から脱出した。物語はともかく、その再現度は高かったと思う。

 

…そういえばめぐみはどこにいたんだろう。

 

 

「お兄さん驚いてくれたー!」

誰もみていない場所で死体は動き出し、恍惚の表情を見せた。

 

約束の時間までまだもう少しあるな。

あとのことを考えて飲み物くらいはかっておこうか。

 

「3.1アイス…?」

そのどこかで聞いたようなお店にふらりと立ち寄ってみる。

偶然か、はたまた図ったのか、その教室は三年一組のものだった。

「ポッピンシャワーとイチゴムース味で」

俺は結局元のお店でよく買うもの三選からあったものを購入した。

落ち着くカフェテリアを模した教室でそれを平らげる。

集合時間まで程よく時間を潰すことができたので、飲み物だけ買って集合場所に向かうことにしよう。

 

そして、約束の時間になり、俺は校門でめぐみを待つ。

 

「お兄さん!」

死体メイクをさっぱり落としたいつものめぐみが俺を呼ぶ。

 

「さあ行きましょ!なにって、私たちの文化祭デートですよ!」

「ちょ、めぐみ!人の前でさすがにそれで歩くのは…」

人混みの中、腕を組んで歩く二人は当然人の視線を集める。

「いいじゃないですかー。いまのうちに注目度を上げておけば、後々有利になるかもしれませんよ?」

度が過ぎると逆効果になるけどな。

「そうだけど…俺が…」

「もうっ!本当にお兄さんは女の子慣れしてないんですからっ!」

「悪かったな!人前に出ることも確かに多いけど、こういう人混みの中に放り出されるのも慣れてないんだよ!」

人前で話すことと人混みの中に放り出されるのは訳が違う。

「それなら今日、克服してしてしまいましょう!」

「それはいいけど、常識はずれな行動だけはやめてくれよ…」

今後の俺の様々なモノがかかってるからな。

「はい!お兄さん!」

 

しかし、いざ二人が校舎に入り、二年生の校舎に入ると…

 

「あれが、神野めぐみと付き合っているという人…なのか?」

「その割にはパッとしねーな」

「見た感じ、大学生かしら」

 

正宗に見覚えない人はめぐみと付き合っている人が彼である噂を疑う。

しかし、本当に彼だとしたら、数ヶ月も彼女の好きな人が特定できないのもうなづける。

きっとあの外見からは想像もつかない彼女が惚れた点があるのだろう。

 

「もしかしてあの人…」

一年ほど前。紗霧を呼びにクラス一同で出向いた時のことを想起している人物もいた。

もっとも、彼の顔を鮮明に覚えている人はごく数名だが。

「ほらほら、覚えてる?紗…霧ちゃんだっけ?そんな感じの子を登校させようとみんなで駆けつけた時私たちを追い返した人!その人だよ!」

すぐに一蹴されてしまい、顔すら見てない人も多いので現場にいた人の中でもその話で通じる人、通じない人が現れる。

 

そして、もっとも二人の関わりに驚いた者はその騒動とほとんど関わりを持たない者だった。

「あの人…神野と一緒にいる男の人…」

「和泉マサムネじゃね?」

「やべーよあいつ…どこまで顔広いんだよ…」

顔出し放送を見た者にとって、この顔は何度か見た顔であった。

彼の著作がアニメ化するとかしないとか囁かれ、コミカライズ化する作品を世に送り出し、その界隈ではそこそこ名前の知られた人物である。

 

「やべえよめっちゃ注目されてるじゃん、お前どんだけこの学校に顔なじみ多いんだよ」

「うーん、三分の二くらい?」

「やべえなお前」

「でもお兄さんもこの学校ではそこそこ知名度高いですよ!時々会話で聞こえますもん」

「えっ、マジ?」

 

そんな奴がいまここでめぐみと二人歩いてるところをみたら、それこそビッグイベントだよなあ。

 

イベントを前に、体育館は異様なざわつきと興奮に包まれている。

俺たちは一般参加枠として参加申請を行った。

「一組目の二列目です!」

空いていた枠に俺たちの名前が入った。

 

一般参加枠数組と学校枠十組程度が集められ、ルールを説明される。

 

「まず、なぞなぞ、フリースロー、借り物競走、二人三脚の四つで競われます」

あれ、もう一つ項目なかったか?

「どうやらブラックボックスクイズとやらは準備ができなかったんだとさ」

「色々大人の事情ってのがあるもんだなあ」

 

「三組のなかの一位と二位がこのあと行われる決勝に駒を進むことができます

最初三つの競技は体育館で行われ、最後の一競技は体育館から案内に沿って外に出てもらい、二人三脚でゴールという流れになっています。そのため、競技開始前各自靴を所定の位置に置いてください。なお、基本的に早上がりなので早抜けした場合はどんどん次の項目をこなすことができます。しかし、フリースローとなぞなぞはかかる時間の差が大きいため、「なぞなぞ一問で一周する」という制限がかかります。また、借り物競走につきましては、自分のチームもしくは相手のチームから人を借りることはできません。それ以外で何か質問はございますか?」

 

「あの、何点先取ですか?」

それはまた大事なところを欠いたなおい。大丈夫か?

とまでは思ったが当然声には出さない。

「なぞなぞが五問、フリースロー三本、借り人競争が一人…です!フリースローは男女最低一回はする必要がございます」

 

聞いたところすごく単純だ。運営は少し不安だけど。

 

運動を嗜んでいない俺たちにとってはいかに借り物競走となぞなぞを効率よく通過するかにかかっているだろう。

 

「それでは準備をして、十分後にここに集合です」

 

解散し、いざ体育館に出てみる。

「…このイベント、毎年ここまで盛り上がるものなのか?」

「毎年こんなもんかなあ。自分の部活のマネと部長が出ると立ち上がって応援するからもっと迫力出るよ」

なるほど、そのなかで色々やるのか。この大舞台に慣れてるって意味では俺たちの利点かもしれないが、状況はアウェーといえる。ここでは五分五分だろう。

 

まあつべこべ言わず、楽しもうじゃないか!

 

「まもなくナンバーワンカップル決定戦予選第一組は五チームが参加します」

 

「第一組、一列目…」

 

順々に名前と応援団のコールが鳴る。

ただ、俺は怖かった。

この中学校はただ妹の名前があるだけ。

名前を呼ばれたところで、体育館に展開されるのはきっと静寂——

 

「三列目、神野めぐみ・和泉正宗」

俺とめぐみは手を振った。俺は静寂を覚悟した。今の俺は、決して現実から逃げず勇敢に手を振る俺だ。

 

「和泉せんせー!小説読んでます!」

「アニメ化待ってます!!」

「イラストすっげーかわいい!」

 

………正直俺は驚いた。まさかここまで応援してくれる人がいるなんて。

めぐみ人気の歓声と、俺を知る読者の声援が部の応援団に負けじと体育館内にこだました。

 

メンバー発表が終わって、早速第一ステージが始まる。

 

「高まってるかー!」

「うぉーーーーー!」

「まだまだ声が小さーい!」

「うぉーーーーーーー!」

「選ばれもしくは我こそはと名乗り出た候補のカップルからナンバーワンを決める、ナンバーワンカップル決定戦、いまに始まり!」

 

会場のボルテージは最高潮に沸かされた。

 

…ここからなぞなぞとは少しやりにくいけど。

何はともあれ、勝負の刻はきた。

 

 

後編へ

 




ついに始まった「ナンバーワンカップル決定戦」。二人に襲いかかる(?)複数のミッション、壁。


そして勝負が終わり、想いがより強まった正宗はついに行動を起こす。



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第4.5章 始まりは失言から (後編)

 

 

 

 

「第一回戦目はなぞなぞ!五問先取です!」

 

「それでは第一問」

体育館内の雰囲気はすぐに切り替わる。

そして、俺たちの運命を大きく左右するだろうなぞなぞだ。

 

「カラスと牛と羊が泣きました。なんの動物がきた?」

 

それは、思ったより数倍「なぞなぞ」だった。

まさに幼稚園児向けのなぞなぞの本から持ってきたような。

俺はさっと手をあげ「カモメ」と答える。

いうまでもないが、「カー」と「モー」と「メー」で「カモメ」だ。

 

「大正解!」

当然だろと困惑する俺に対し、ギャラリーの、特に俺の親衛隊が大いに盛り上げてくれる。

「さすがライトノベル作家!」

…まあ仕事柄、言葉遊びは得意な方だし、こうして称えられるのも悪くはない。

今日一日、特に今だけは馬鹿でいよう。

 

なぞなぞは当然一瞬のひらめきも大事になる。時に勘が冴えて答えに瞬時にたどり着くこともあるだろう。

特に言葉遊びやひらめきなら任せとけと自分の中で豪語し、期待していた。

 

 

「十問終えて、全員二問正解と拮抗しております」

…あれ?

期待通りのひらめきに、期待していた結果がついてこない。答えはわかる。

しかし、何故か先越されてしまう。タッチの差が続いてどうしても差をつけることができない。

 

「さすが、みんな過去問で研究してるだけありますねー」

タッチの差が続き悶える俺にさらっとおかしなことを言い出すめぐみ。

「過去問なんてあるんかい!」

寝耳に水な事実を聞かされた俺はすぐにめぐみと目を合わせる。

「ありますよ!たまに去年と同じ問題が出題されることも結構あるんですよー」

「だから…」

考えているんじゃなくて、答えを思い出しているのか。

 

「第十一問!耳元でブーンと…」

 

俺はボタンをなぎ払うように押して答える。

 

「蚊」

 

正解というコールとともに、俺の親衛隊の盛り上がりが感じられた。

蚊という漢字はそのように耳元でブーンというあの煩わしい音から作られたと以前小耳に挟んだ。正直うろ覚えだ。

でも、確信を待っていたら出遅れるし、もしかしたら指名されるまでのタイムラグと答えをいうその間に真の答えを見つけることができるかもしれない。

 

確信を持つ前にボタンを押すと決めた俺は、過去問を研究した中学生を相手となかなかのハイレベルな早押しを見せ、場を盛り上げた。

問題はかなり子供向けだけど、難易度の高い問題を長考するよりかは見た目的にも、勝負的にもかなり燃える。

 

最初は子供向けにもほどがあるとダメ出しをした俺も気がつけば誰よりも強くボタンを叩いて感情的になっていた。

 

そして…

 

「混戦から一つ頭抜けて早抜けしたのは和泉、神野ペアだ!さすが、ライトノベル作家は言葉遊びにも強かった!」

 

 

狙い通り一抜けを果たした俺たちは次の障害物の前に立つ。

「ここ?」

色々な線があってフリースローラインがわからない俺。

「ここです!」

「ええ、遠くない?嘘でしょ?」

バスケットボールの試合では易々入れてるけど、そもそも届くんかこれ…

「…お兄さん、そもそも届くんですか?」

「さすがに届くでしょ…」

とりあえずその場で遠い昔に習ったシュートのポーズをしていた俺。

しかし、それは外野の笑いを誘うものだった。

 

「ちょっとお兄さん、わざとやってるんですかそれ!」

腹を抱え咳き込まんばかりに笑っている。

俺の手は両手をボールの大きさに広げ挙げている。

そして手のひらの間にボールをおいて、膝を用いてボールを放つ。

それが俺の知っているフリースローのポーズだ。

 

「うーん、じゃあそれで一回やってみてください」

 

審判からボールを受け、ボールを放ってみる。

 

「いでっ」

 

ボールをゴールに向けて放ったつもりが、ボールは自由落下に任せて無防備な俺の頭を襲ってきた。

「それでは垂直に放っているだけです!もう、全くわかってないですね!私が姿勢を教えます!」

この間も外野の笑いは止まることはない。

そしてこうしてる間にも、後続のライバルは二人に追いつこうとしている。

「こうです!まず左手は下に添えるだけ!膝と左手を使って押し出すイメージです!」

ゆっくり手元を離れたボールは放物線に沿って計算通りリングに吸い込まれる。

「わかりました?」

盛り上がる外野にそっぽを向いて俺の顔色を伺うも、俺はちっとも分かっていない顔をしている。

どうしてあんなに綺麗に入るんだろう。

「うーん。とりあえず二本は私が入れるとして、残り一本はなんとしてもお兄さんが入れないとルール上だめです。にしても、ここまで兄さんが運動オンチとは…体育の授業出ていたんですか?」

 

刺さるなその一言。

 

「続いてサッカー部が二抜け!フォームについて討論している和泉チームを猛追している!」

やばい。スポーツチームがここで苦戦するとは考えにくい。

「なあ、下投げで入れるのはだめなのか?」

焦った俺は一つの案を投じる。

「大丈夫ですけど…運が悪ければ永遠に入らないですよ?見た目も悪いですし」

「正規フォームよりはずっとマシだろ」

「うーん、確かにお兄さんの場合下からの方がマシにはなるかもしれませんね」

もうこの際フォームなんて気にしてはいられない。

 

全員がフリースローエリアに到達した時、俺の出番はやってきた。

 

俺ははじめて観客に囲まれフリースローエリアに立つ。

祭りの一環だが、緊張感はきっと本番さながら。環境に慣れていなければ呑まれていたかもしれない。

 

俺は一瞬腰を引く。

震える腕に武者震いだと自己暗示を送る。

まだ誰もここを突破していない、時間はあるんだ。

 

よしっ。

 

沢山の観客に囲まれてるイメージの自分、今現在の自分が合致した。

俺は下投げでゴールを狙う。

 

イメージでは先のめぐみのボールのように放物線を描いて綺麗にリングにおさ…

 

 

「全然届いてないじゃないですか!!」

自身の世界から帰還し聞こえた第一声は残念ながら「指摘」だった。

俺の理想ではリングに収まるっていたはずのボール。しかし現実はその素振りすら見られなかったんだろうな。

「大丈夫なんですか?やっぱり正規のフォームで…」

「もっと無理」

 

バスケなんて授業でしかやってないし、その中でも「いかに活躍するか」より「いかに邪魔をしないか」を考え動いていた運動オンチにとっていきなりこれはきつい。

 

 

 

「入れ!」

願いと一緒に放ち続けたボールは四回目でリングを通過。全てが運頼みのやり方だったが願いが通じ、なんとかほかの組に遅れをとることなく次に進むことが出来た。

 

 

「第三競技、借り物競争!ここではほぼ同時!顔の広さも当然ですが、引きの良さもかなり大事になるこの種目、さあ誰が一抜けを果たすのでしょうか!」

俺達はお題札の置いてある机に駆け込む。

裏返しに置かれた札を三枚ほど取り一枚残して他を机の上に投げ捨て、表を見て、周囲にアピールする。

 

 

「ポニーテールの女子」

 

いや隣にいるんですけど!!正に今その女子とこの会場で、この競技を、この借り物競争をしているんですけど!

しかし規則の前ではそんな言い分は通らない。

「お前の友人でそんな女の子はいないのか?」

「友人でいるんですけど…」

「なんだ?」

「クラスのシフト中なんです」

構わん。連れてこい。

 

…とは言えない。あのお化け屋敷はそれぞれひとつが欠ければその質は下がってしまうことが明白だからだ。

壁を出し入れする人から、死体役、テキストの読み上げ役に至るまで、全ては欠けてはならない。

 

辺りを見回す二人。時間をかけてでも会場外から探さなければならないのか。

 

 

「すみません通ります」

そんな中、難儀する二人を目指して人混みが織り成す無作為な迷路をくぐり抜ける人影があった。

 

「…はいっ」

 

ようやくくぐり抜け、難儀する二人の目の前に現れたのは探し人である「ポニーテールをした女の子」であった。身長は中学生にしてはやや小柄である。二人にとっては赤の他人だけどいまではそれは仏様にも神様にも見えた。

 

「助かる!」

俺はお礼を後回しにして審判に判定をもらおうと駆け込む。

 

「借り人競走クリア!」

 

クリアの拍手が送られ、ようやくその女の子にお礼を言うことが出来た。

 

「私、和泉マサムネ先生の大ファンです!優勝待ってます!」

 

「ああ!任せとけ!ありがとな!」

 

そうこうしている間に後続のチームも追いかけてきた。

 

救世主に見送られ、俺たちはゴールへ一直線、走り出した。

 

 

 

「トップは変わらず和泉、神野ペア!二人は運動部ペアをうまく巻くことはできるのか!」

 

体育館の扉は開かれ、ゴールへの矢印が現れる。

矢印について行くと直ぐに二人の靴と二人三脚用のヒモが置いてある。

靴置き場から真っ直ぐ進む先にも人だかりがある。あそこがゴールだ。

いまにゴールを見届ける人で周囲を包囲するヒモもはち切れまいと堪えている。

 

俺たちはトップで二人三脚を開始した。

 

いちにっいちにっと声を合わせればいける…

 

と二人は思っていた。

「ちょっと和泉せんせっ、一歩大きすぎです!」

「これくらいか?」

「もっと大きくても大丈夫です!」

 

身長差が生み出すかみ合わない歩幅が見栄えも能率も悪くしている。

「丁度いいです!完璧!このペースでお願いします!」

「わかった!任せろ!」

 

 

しかしその見栄えの悪さを全て帳消ししているのは二人の呼吸だ。

 

 

「あれがゴールか!」

 

羞恥を乗り越え声をかけてくれた少女のおかげでアドバンテージができた。

二人を応援する誰もが、そして二人も勝ちを確信した。

 

 

 

 

 

「!?」

真っ直ぐ捉えていたはずの視線が揺らぎ、すぐに体が突然めぐみ側に引っ張られる。

俺は目の右下で捉えためぐみを押し潰さないようにと反射的に手を地面につく。

 

「おいめぐみ?大丈夫か?」

 

ふと見えた彼女の足元には穴が見えた。

きっと子供が悪ふざけで掘ったものだろう。

「ごめんなさい…和泉せんせっ…」

 

なんとか立ち上がり服についた砂をとり払おうとする。

しかし彼女の膝や肘からは鮮血がじわりじわりとしみだしている。

 

「ゴールはもうすぐです、和泉さん、歩き出して…」

明らかに痛そうに右足を引きずっている。

 

「でもめぐみ…さすがにそのケガでお前歩けないだろ…」

「歩かせてください。応援してくれているみんなにも、さっきの女の子のためにも…」

 

俺はさっきの女の子を脳裏に留め悩んだ。

 

しかし、彼女の額には脂汗が染み出している。どちらを優先するかなんて問題じゃない。

 

 

「おいめぐみ、本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫です…」

右足を着く度に顔が歪んでいる。そんな中、追手であったサッカー部の二人が追いついた。

「私は大丈夫だから…先に行って」

気に留めてくれたサッカー部の二人に先に行くよう促すも、正直俺の肩を借りて、右足を可能な限り使わず歩いているその姿を見て気にしないほうが難しい。

 

「そうか…がんばれよ」

しかしそう言い残してサッカー部の二人はめぐみと正宗を抜き去る。

一瞬俺は冷たいなと思ったが、これが勝負の世界の厳しさなんだ。勝負の世界で情けなんて不必要だ。むしろ情けなんて相手に失礼だ。

 

一体俺は彼女になんて声をかければいいのか。

 

俺の肩を借りてゴールに一歩ずつ近づいている二人の裏、惜しみない声援が送られている。

 

後続の人にどんどん抜かれていく。

そんな中めぐみは脂汗を滾らせ、気力一つを動力にして歩んでいる。

 

微かに聞こえる声援を背景に、二人だけの世界を展開している。

 

「マネージャー、包帯と氷のうと絆創膏を」

「わかったわ」

二人をみかねた先駆者は行動を開始した。

 

二人がゴールを果たした時、最後のピストルは打たれる。

 

「めぐみ、足を見せてみろ」

一番先にゴールしたサッカー部のペアが二人を待ち構え、即座に緊急治療が施される。

 

腫れ上がった足首は包帯が包み隠した。

怪我箇所には消毒処置を施し、絆創膏で保護する。

さらに包帯の上から氷のうをあてる。

 

慣れた手つきで以上の処置を施し、「あとは任せます。保健室に連れて行ってあげてください」

とだけ言い立ち去った。

「わかった。助かるよ」

「ありがとう、二人とも」

 

俺はめぐみを背負って保健室に歩き出した。

 

「めぐみ、痛くないか?」

「…正直すごく痛いです」

無理していることが表情に現れていたもんな。一刻も早い適切な処置が必要だ。

 

「悪い、保健室ってどこだ?」

急ぐ俺は校舎入り口で進みあぐむ。

 

「…めぐみ?」

「…ごめんなさい、和泉さんにもサッカー部のみんなにも迷惑かけちゃって…」

「気にすることはないさ、めぐみはみんなの期待に応えたんだから。でも、無理はしちゃダメだからな」

「わかりました」

「あとは俺に任せてめぐみは休みな」

 

「うーん、これは病院行った方がいいかなあ。相当無理したでしょ。待ってな、今御家族呼ぶから」

 

標識を頼りに保健室にたどり着くも、あれからめぐみは黙ってしまった。

様々な気持ちが彼女の中で巡っているのだろう。

今はそっと彼女のそばにいよう。

 

「めぐみ、大丈夫か?」

俺はベッドに横になるめぐみに聞く。

「はい…まだ少し痛みますけど」

「もう少しで親御さんが来るからな」

 

外から文化祭の賑わいが漏れてくる。

それが学園生活超エンジョイ勢めぐみのフラストレーションを高めている。

 

漏れるため息にたまる涙。きっと足首なんかよりも心が辛いんだな。

それを察するも、どうしてもこの雰囲気だと話を切り出せない。

 

 

「めぐみちゃーん!大丈夫?」

「みんな…私は大丈夫だよ!」

気まずい空気を打破したのは彼女の友人の輪であった。

保健室には彼女の友人が何人も入り込み、一気に雰囲気は明るくなってくれた。

「めぐみがお世話になっております!」

「みんな、ありがとうな」

俺は素直に感謝を述べた。

 

「てゆーかーお兄さんめぐみちゃんの彼氏なのに二人きりの状況で何もしていなかったんですかー?」

「この状況で何か出来るとおもうかー?」

 

怪我で寝ていて、心にも少しダメージを折った彼女を励ますくらいならまだしも、お前らの考えてることは断じてありえない!

 

てかなんで俺はいきなり煽られてるんだ?

 

「というか、いつのまに俺は彼氏になったんだ?」

とりあえず自然に口走ったその誤解をを解こうか。

 

「えー、違うんですか?」

俺はさっきまでの目線から一転した猜疑の目線をめぐみに向ける。

「おいめぐみ、こいつらに何を吹き込んだんだ」

「いえ、なにもしてませんよ!信じてください!」

「嘘つけー!あらぬ誤解をされてるぞ!」

「えー?嬉しくないんですか、私少しショックなんですけどー !」

「嬉しいというよりめっちゃ恥ずかしいわ!」

初々しいカップルのような言葉の投げ合いだ。

お互い耳の先まで真っ赤にして。

 

「なーーんだすごく仲良いじゃないですか!もうこれ実質付き合ってるでしょ!」

「ひゅー!お兄さん幸せ者ですねー!」

めぐみが元気を出してくれるのはいいことだけど、代わりにひたすらに辱められている俺はなにか釈然としない。

 

「まだ付き合ってないならいまここでコクっちゃえばいいじゃないですか!」

「どうしてそうなるー!告白するにせよもう少し落ち着かせてくれ、時と場合を考えてくれ!」

「告白するんですね?言質取りましたよ?」

…俺が反論すればするほど自ら墓穴を掘っているような気がする。

 

「めぐみさーん、親御さん到着したよー」

その一言で誰よりも安堵したのは間違いなく俺だ。

 

「あーーーもういいところだったのにー!」

「和泉さん!絶対告白ですからね!」

 

…いつから俺はめぐみの友人のおもちゃになったんだ。

 

「なんでって顔してますね、こうなった経緯を簡単に話しますと…」

 

まとめるとこうだ。

ことのすべての元凶は以前、俺とめぐみが出会った直後にクラスメイト総出で俺の家に押しかけたことだ。

 

それからしばらくして、「めぐみの好きな人は誰だ」という詮索が行われるもその特定はできなかった。

探索範囲はせいぜい学校内が限界で、別の学校、ましてや高校生の俺を特定するのはまず不可能だろう。

 

しかし、今年の春、めぐみは俺の家に通った。

その姿を見た友人が俺を突き止め、付き合っているのではないかと噂を流した。

 

なかなかめぐみの好きな人を突き止められなかった理由は、その人が学校にいなかった。

そうすることで辻褄を合わせられるとその可能性は信ぴょう性を増した。そして、今回のカップル決戦が決め手となった。

 

…もしかして、俺の名前を学校内で聞くというのはラノベ作家としての「和泉マサムネ」と思っていたが、あれはめぐみと付き合っていると噂された「和泉正宗」なのか?

さっきのカップル決定戦のあの大きな歓声、その噂を支持した人によるものだったのか?

 

この中学での俺の知名度の高さは予想外だったし、この話を聞くとそれら全て納得がいくな。

 

…紗霧が学校に登校する日が怖い。

 

その後、俺とめぐみはお母さんの運転する車で病院を訪ねた。

先程の冷却が功を奏し、競技時よりかはいくらかマシになったようだが、まだまだ俺の肩は必要だ。

 

 

「うーん、相当無理したでしょ」

相当無理してました。

「骨には異常は見られないけど、一二週間は松葉杖必須ね。あと激しい運動は厳禁、足の固定は絶対」

まあそりゃああれだけ無理をしたんだ、医師の診察を甘んじて受け止めるしかない。

「あと二週間はお願いしますね、和泉せんせっ!」

…いやだからなんでそんなに陽気なんだ。

 

まあとりあえず骨に異常はなかった。それだけでもよかった。

 

めぐみの支払いを待つ間、外の空気を吸おうと外に出てみる。

二人で後部座席に座っていたため、場所をあまり把握できていない。

 

「…ここは」

まず目に飛び込むのは大きな柱、しかもそれが道に沿って何本も並んでいる。

 

モノレール…とはまたちょっと違うか、右手には駅がある。

 

近くの交差点を示す看板には千住新橋の文字がある。

どうやら千住新橋より上流側の橋なのか。

数分周囲を観察していると目線の上を電車が過ぎていった。

 

「和泉せんせー!帰りますよー!」

病院内からめぐみに呼ばれ、本日は帰途に着いた。

 

 

「扇大橋か、あの橋は」

「そうですよ!それで上を走っていたのは新都市交通、まあ電車ですね!」

「ほーん」

「そこを使う友人はよく私に自慢げに教えてくれます。夕暮れ時とか、冬の朝とかは景色いいですよーって。少し運賃が高いらしいですけど」

そこら辺の建物なんかよりはずっと上空に敷かれた線路は、きっとそこを通る鉄道からの車窓はきっと良いもんなんだなと想像を膨らませるものだった。

 

 

翌日。めぐみは松葉杖をつきつつ強引に登校した。

彼女の文化祭のお仕事は幸いに座ってるだけの仕事なので足に響くこともない。

 

 

「えーーまだ告白してもらってないのー?」

「全く、据え膳食わぬは男の恥なんて簡単なことも知らないのかしらねえ」

「いや、それくらいわかってると思うわ!試されてるのよ!」

「めぐみ!ここはあんたからガツンと言ってやりなさい!」

 

…あの出来事からそんな弄りがかなり増えたらしいけど。

 

 

そんな松葉杖生活が続くこと二週間。日本の西の方は梅雨入りがするとかしないとか、そんな時期で今日は梅雨を思わせる重苦しいくもり方をしている。

 

俺は学校を終えて、用事で出られない両親に変わって病院までめぐみについて行った。

車は運転できないので少々高くはなるが、タクシーを利用する。

 

そして病院は先々週と変わらない病院だ。

 

 

「充分に腫れは引いてるね。あちらから歩いてみ」

 

そっと右足を地面につけ、歩いてみる。

まだ少し左足で庇って引きずりながら歩いている感じは否めない。

でも、歩けているといえば歩けている。

 

「ほぼ完治と見ていいでしょう。でも激しい運動はまだ禁止で、もし何か違和感があったらすぐ病院にくるようにお願いします」

「はい!」

 

 

 

俺とめぐみは病院を出た。千住新橋の通りに負けない量の交通が行き交い空気は良くない。

 

「荒川沿いに歩いて帰りますか!」

「本当に大丈夫なのか?」

「今度こそ大丈夫です!三キロくらいなので一時間もあれば帰れます。リハビリになりますし、何より和泉先生と一緒の方が安心して帰れますから!」

まあいざとなったら俺が肩を貸せばいいかと俺は彼女のリハビリに付き合うことにした。

 

 

俺達は荒川の土手に登った。

眼下に河岸の緑地が、川を挟んで高いビルの屹立する大都会を望むことが出来る。

 

「この桜並木を見ると出会った頃を思い出しますね」

めぐみが視線を傾けた先に、いまは新緑の映える桜並木がある。

 

その桜並木が桜を散らし、新緑が映えだす頃に俺たちは出会った。

 

「なあめぐみ、お前の俺の第一印象ってどうだったんだ?」

「正直に言いますと、教室の片隅で静かーに本を読んでいる男の子に似たような印象でした!」

オブラートに包んではいるが、まあ要するに陰のキャラクターだということだろう。

「でも、すぐにわかりました。和泉さん、本当はすごくいい人なんだろうなあって。私がラノベに興味を持ってから毎晩のように一緒にお話してくれましたし!」

智恵の罠に嵌められ、ライトノベルの沼にハマった彼女はそのフラストレーションを俺にぶつけていたっけ。

でも、それでフラストレーションを貯めていたのはめぐみだけじゃないってことだ。そうじゃなきゃここまで関係は深くならなかった。

 

 

俺たちは昔話に華を咲かせ、河岸の道に降りた。

時折吹く初夏のぬるい風が人の背丈ほどある植物を規則的に揺らしている。

そして、それに同調するように俺の気持ちも揺らいでいる。

 

 

あの時、保健室で少女達に言われた言葉はまだ鮮明に覚えている。踏み出せない俺に対し告白を囃し立てようともした。

 

しえし結局彼女からも特にそれに対する言及もなく、今に至った。

 

今、彼女に想いを伝える最大のチャンスなんじゃないか。

 

俺は彼女に恋に落ちた日、それは間違いなく彼女の中学の合唱祭だった。

あの時、俺の目に映る彼女は後光を浴び、輝いていた。

 

しかし、当時の俺は先入観に抑え込まれていた。

「きっともう彼氏を作っている。むしろ、こんなコミュ力に長け笑顔がきらびやかな彼女に恋人がいないわけがない」

 

俺にとって、彼女は届くはずのない高嶺の花だったんだ。

 

しかし、カップル決定戦に誘われてその意識は変わった。まだ高嶺の花は摘み取られていないんだ、そして、そこに手が届こうとしているんだ——。

 

 

 

鼓動は熱く、喉の奥には酸っぱいものを感じ、手先は震えている。これらは全て「めぐみにとっての特別な人間になりたい」という願望と「めぐみを俺の彼女にしたい」という欲望が混ざってできた俺だ。

 

しかし、これまで積んできた作者のコミュニティが最後の懸念として重くのしかかってくる。

二人の関係を知った時、紗霧は。エルフは。ムラマサ先輩は。

 

 

「告っちゃえばいいじゃないですか!」

 

迷う俺に急かす声が聞こえる。

 

 

「なんで好きなのに告白しないんですか?言わなきゃ伝わらないで終わりますよ?」

 

 

…そうだよな。俺はめぐみが好きなんだから。

 

 

「和泉さん?」

 

「ど、どどどうした?めぐみ?」

現実世界からの突然の呼び出しに隠せない戸惑いと情けない声をさらけ出す。

「ふーん」

「な、なんだよめぐみ」

正宗より一歩前に出て歩みを止めさせる。

 

「言いたいことがあるんですよね?」

正宗の手に彼女の手をかざし、背伸びして顔を近づけるその仕草は、出会ってすぐ彼女が俺にした仕草と図らずも似ていた。しかしあの時とは違い、彼女に対して脆くなった俺はすぐに距離をとる。

 

「ちょ、ちょっと待てめぐみ!言いたいことがあっても…言いにくいわ!」

「なら、あるってことですね?」

ああ、あるとも。とびっきりのものがな。

 

 

「好きだ。俺と付き合ってくれ、めぐみ」

 

 

一年半前の俺なら信じられないことを今めぐみに言っている。

頬を撫でる風がうっとおしい。二人だけの世界にして欲しい。

 

しかしそれを聞いためぐみはイエスともノーともいわず、含み笑いだけだった。

それが俺には何を意味するかは分からない。

 

わかることは俺の若い心の器から感情が溢れかけていることだけだ。

 

 

「やっと…伝わってくれたんですね」

 

 

含み笑いが解かれ口から紡がれた言葉を聞いた俺は、すぐにはその意味がわからなかった。

 

「相変わらず鈍感ですね、私も大好きです。和泉さん」

 

 

つないだ温もりが俺を髄から溶かしていく気がする。

 

そして、溢れた感情が体を燃え上がらせている。

 

 

「ありがとう、めぐみ」

しかし、パブリックな場ではこれ以上熱くなる訳にはいかなかった。

 

 

「さて、歩こうか」

 

晴れていたらなあ。きっと歩みだしを祝福してくれた有象ももっと映えたのに。

 

「そんなに緊張しちゃって、いつも通りでいいんですよ?」

「でもなんか、気まずいというか…」

「ほんと、それで男の子なんですか?しょうがないですねえ、今日だけは特別に、女の子に不慣れな和泉さんを私が引っ張ってあげますっ!特別ですよ!」

気後れする正宗を引っ張り先導するめぐみ。

 

「引っ張ってって何をするんだ?回りには何もないぞ?」

ここは河川敷。野球場か緑地しかない。

「何も無くても好きな男の子といるだけで幸せなんですっ!その男の子が気後れしてたら女の子の方だってテンション下がっちゃいますからっ!」

天気がなんだ!と先の医師の宣告を忘れ薄暗い河岸を突き進む。

 

しかし…

 

「…雨?」

二人の成就を祝福せんと天は雨を降らしたのだ。

 

「とりあえず橋まで急ぎましょう」

「足は大丈夫なのか?」

「たぶん…」

松葉杖が取れたとはいえ、完治したとは言えない足を気にするが、それを誤魔化し心配する正宗を走れと急かす。

「ほら、走れます!」

「絶対無理するなよ!」

 

小走りで橋の下に逃げ込み息を整える。

周囲の緑地に対して、橋の下だけは白い土壌が現れ、大小の石が散乱している。

 

 

「なるほど、二人の時間を作るために雨を降らせたんですかねえ」

濡れをできる限り最小限に抑えた二人。

めぐみは腕を組みうなづく仕草を見せ、俺はスマホの天気を見ていた。

今朝は生えていなかった傘のマークずらりと生やされている。

 

「めぐみ、寒くないか?」

「全然平気です!」

 

しかし、大丈夫だという傍ら肝心の足を気にしている。走れば何とかなる雨量ではあるが、それは断念するしかない。そうしてる間も石に叩きつける雨音が強くなっていく。

 

俺達は雨が止むまでこの緑地が禿げた殺風景な場所で待機することになるのか。

 

「川に降りれるじゃないですかー!」

そんな中でもハイテンションなめぐみは川の端に堆積した砂場に降り立ち、水切りをしている。

 

一方の俺は悩んでいた。このまま留まっているか、濡れてでも帰るか、傘を買いにいくか。

 

 

「…結構暗くなってきたな」

日光が遮られ暗くなる時間は平常に比べ早く、こうなってくるともう悩んでる暇なんてない。

条件は悪くなることはあっても良くなることはない。

 

「どうしたんですか?和泉さん」

俺は黙って着ていた上着を渡した。初夏の気候に合わせ半袖にしたのを後悔した。

 

「待ってろ、今傘を買ってくる」

 

「なるほど…それならお願いします!」

 

俺は持っていたバッグを託し、雨の降る土手へ駆け上がり、傘の売られる店を目指した。

 

「まったく…こんな殺風景な場所に少女ひとりを残すなんて…でも、和泉さんらしいですね」

 

自宅の電話番号が表示されたスマホをみながらつぶやいた。

 

 

その頃、正宗は土手を下った橋の下にいた。

 

雨に浸食された箇所に吹きかける風が体温を奪っていく。

とりあえず急がなければ風邪をひく。

そしてめぐみを待たせるわけにいかない。

この二つの気持ちで僅かな信号待ちですらもどかしい。

信号が青になればまた走り出す。慣れない運動と奪われる体温。

消耗される体力はすぐに体を蝕んでゆく。

 

大きな交差点を一つ、二つ超えた先に店がある。

信号待ちの間にひさしで雨を避けつつ体力を回復させる、の繰り返しだ。

 

暗くなる街に店の灯が見えた。

俺は減速することなく店のひさしに滑り込み、できる限りの水分を排出する。

きっと店員は俺の事を「傘を忘れた哀れな高校生」とでも思うだろう。

思え思え、勝手に思え。

俺はそこでできる限り大きな傘を買った。

 

さて、ミッションを遂行したところで橋の下へ戻ろう。

 

 

暗くなった橋の下にスマホの光が一つ。

「おまたせ!めぐみ!」

俺は膝に片手をつく。こんなに走ったのは何年ぶりだろうか。

 

「さあ、帰ろうか」

俺はめぐみを傘の左側に招き入れる。

「和泉さん、寒いでしょ?」

そう言い、貸した上着を肩にそっと被せる。

「ありがとうございます、和泉さん!」

 

二人は夕食の匂い漂う小路を抜け、めぐみの家に向かった。

 

 

 

めぐみを家に送り届け、雨音だけが響く傘下で俺はくしゃみを数回した。早足で帰った俺はすぐに風呂に入る。

色々忙しくて実感がわかなかったけど、今在る事実をようやく咀嚼した俺はくもった鏡の前で拳を握る。

 

 

大昔の敵が、昔の一読者が、今の愛人になる。

そんな大番狂わせな展開はいつか文字となり、紙に紡がれていくのかもしれない。

 




書きたかった神野めぐみifルートを正宗が書いた小説として書いてみました。
自身の恋愛経験の少なさから告白シーンに相当時間をかけてそのあとかなり走り書きになってしまったのでいつか書き加えます。
また、このあとのストーリーを書くとしたらこっちではなく、また「エロマンガ先生小噺集」みたいなノリの小説を作って書きたいと思います。
いずれにせよこの一ヶ月、めぐみの妄想が捗りました。ありがとう、エロマンガ先生。


次回(第六章)も同じような展開がありますが、別の側面で同じような状況を描写しようと思います。

次回は高砂智恵ちゃん編です(たぶん)

推しCPです。



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第六章 智恵の夢、文化祭 ~夢~

真実を知らず、なかなか振り向いてもらえない正宗に対し不満に思った高砂智恵はついに文化祭を利用して動き出す。



第6章 智恵の夢、文化祭 ~夢

 

 

 

エルフと俺は付き合っている。

俺は小説試験、エルフはスランプと締め切り。それぞれ一山超えて大きく成長した。

 

夏休みが終わり、道を歩く生徒は文化祭への期待や意見を口々に語っている。

そして、正宗の高校も例に漏れず、文化祭一色である。

エルフの締め切りに追われていた時期はその雰囲気をイマイチ味わえていなかったが、今は違う。ミッションを完遂した俺は、ようやく文化祭という一大イベントに気持ちを向けることができる。

 

「やったぜムネくん!」

俺がクラスに姿を表すと同時に嬉しい報告が智恵からあった。

二人で協力した企画書は厳しい精査・競争をかいくぐったそうだ。

 

「少しでも貢献できたみたいでよかったよ」

「少しどころじゃない!大貢献だよ!これが通らなきゃまた一から練り直さないといけないんだから」

「うわあそれは…」

よかったよ企画書通せて!

「でも結局何をやるか細かいことは決めてないんだろ?」

「それは女子で相談中だから期待して待っててよ!」

「その場に男子は…?」

「え?いないよ?だって男の子がいたらどんな要求をしてくるかわからないんだもん」

いやさすがにそこまできついのは要求しないぞ?

と即答しそうになったが、それはあくまで俺ならばの話。

確かにそういうのは女子だけで決めてもらった方が揉め事も減りそうだ。

 

「とりあえずムネくんは十分やってくれたさ」

「ありがとう」

俺は軽く一礼を入れる。

 

「ところでさ!話変わるけど聞いてもらえるかな」

彼女から話題が切り出される時は大抵新作のラノベだ。

俺は最近出たラノベを回想しつつ応える。

 

「生徒会が毎年主催をしている伝統行事、あるじゃない?」

頭を再びラノベから文化祭に切り替え、記憶の糸を辿る。出来事としては去年だが、以前渡した小説のメインテーマとして触れているのですぐにその情景が浮かべることができた。

「男女ペアで組んで様々な項目で協調性やコンビネーション力を競うあれか」

去年は大層な賑わいを見せていた。

体育館に集まって色々やってたっけ。早押しとか、借り物競走とか。

 

「そうそれ!優勝するとね、そのペアは結ばれるという噂があるのも知ってるよね?」

もちろん忘れる訳はない。

 

ほんとにベタな少女漫画のような設定だけど、確かに盛り上がるのも頷ける。

しかし、ラノベ一筋の彼女からそんな話が切り出されるとは思っていなかった。基本的に部活のエース・そのマネージャーといった男女ペアが多いので、彼女には無縁だと思っていた。

 

 

「あれに出てみたいと思わない?」

「お前とか?」

でも、正直出てみたい。

しかし、俺には山田エルフと付き合っている事実がある。

「うーん、少し考えさせ…」

「ダメ…かな?」

 

好奇心と既成事実が拮抗し、悩殺されかけている俺。しかしその手には彼女の温もりがあった。

 

「ってお前!クラスのみんなに見られてるからその少女漫画みたいなことはやめてくれ!羞恥で死ねる!」

「出て…くれるかな?」

「わかった!出ます!出るから手を握るのをやめてくれ!」

 

…こうして男という生き物は堕とされていくんだろうな。

 

「ヒュー!応援してるからね!」

「頑張ってマサムネくん!智恵ちゃん!」

…間違いなく付き合ってるって勘違いされてるだろうなあ。

 

「最強のカップルは誰だ!」

とでかでかと貼られた看板

「高砂智恵、和泉正宗 登録!」

二人の名を連ねた応募用紙は陽気な声とともに箱に入れられた。

 

それから智恵と別れた後のこと。俺は相手に押し切られたことによる不可抗力だったとはいえ、裏切ってしまった恋人に対し心の中で懺悔の言葉を並べていた。

文化祭の日時も知られているので隠し通すことも難しいだろう。

必要になる時が来たら素直に話そう。

 

翌日。今日は午後から文化祭準備が始まり、ようやくフィーリングカップルについての詳細情報が明かされる。

 

決まったルールを簡潔に説明する。

四人対四人、それぞれ一から四から選んでもらい、そこで同じ番号同士がペアとなる。

次に男子のみがくじを引き、女子にやってもらうことを決める。

最後に男子が女の子を選び告白をする。この時ご奉仕された女子に告白をする必要はない。

 

といった具合である。見事結ばれた者は手を繋ぎ、ホテルを模した建物の奥へと消えてゆくのだ。

 

「さあ、準備がんばるよー!」

気高いリーダーの掛け声とともに大掛かりな準備が開始された。

 

「No.1カップル決定戦出場の方は生徒会室に集合してください」

教室の机や椅子を取っ払った頃、俺たちは呼び出しの指示を仰ぐ。

 

「今回は六組の応募がありまして、三組ずつ二回スタートします。こちらが出発する組になりますので、確認してください」

三組ずつ、残り二組は一般枠として残す形だろう。

「ボクたちは一組目だね」

「そうみたいだな」

横に視線をずらせばライバルの名前がある。

続いて競技名も記載されていた。

 

・早押しクイズ

・バスケフリーシュート

・ブラックボックスクイズ

・借り物競走

・二人三脚

 

毎年、二人三脚で校庭を渡りゴールテープを切る。これが定番である。

それまでの競技も基本的には変わらないが、本番になって追加されたり削除されたりして毎年少しずつ変わっている。

 

時間は正午オープニング、十二時半頃に競技開始だそうだ。

 

特に特別な情報もない。毎年恒例のそれがいつも通り行われるだけである。

 

 

しかし俺が教室に戻った時のこと。

 

「正宗達、よろしくな!」

俺は初め何を言っているか分からなかった。数人から肩を叩かれ聞き覚えのない依頼について回想するが、その理由は全て黒板に書かれた二行語っていた。

 

「一日目午前 司会進行役・和泉正宗」

「 〃 司会進行役補助 高砂智恵」

 

「これ、どういうことだ?」

「悪い悪い、この時間誰も空いてなくてね」

悪びれる様子も一切ないし、適当な理由を並べているのはわかる。

反論する俺の一方、何故か智恵は赤くなっている。

 

「…で、何をするんだ?」

準備が落ち着いたので、先程肩を叩いたクラスメイトに質問してみる。

「簡単だよ!司会進行!ルールを説明したり、サイコロを渡したり花束を渡したり…」

 

 

「司会進行補助役と「デモンストレーション」をやったり!」

 

「おい、それってまさか…」

 

「高砂と内容を「デモンストレーション」してもらうってこっちゃ」

 

デモンストレーションの横文字をやたら強調してくる。

俺、彼女いるんだけど。

 

エルフはこのようなことには恐らく寛容的だろう。しかし、想像した可能性で冷めた血潮が体を這った。

 

 

 

「なーーに浮かない顔してんのさ」

 

下校時、俺達は会話もなくただ二人で歩いていた。

特に、結局司会に押され負けた俺は視線を安定できずに、特に智恵と合わせることが出来なかった。

 

「色々考えててさー」

「ふーん。まあとにかく、ボクはムネ君と組めてよかったと思ってるよ。ほかの男子に比べたらね。もうあの時点で結構絞られていたみたいで、いけそうなペアも限られていたみたいだし。まっ、決まったことなんだし楽しもうよ!」

楽しむ…か。交錯する感情を抑えて俺は

「うん、確かにそうだな。悩んでても仕方がないか!」

空元気でその場は誤魔化した。

 

「人手不足」

それなら…仕方ないのかな。

 

俺を信じ、一途に好きになってくれるエルフへの申し訳なさを募らせた。

 

 

 

 

 

「うーん」

一方、智恵は帰宅して頬杖をついていた。

文化祭についての悩みではなく、イマイチ反応の鈍い正宗に如何に自分をアピールするかについての悩みだ。

 

「どうすれば彼に自分にもっと興味をもらえるのか」

恥ずかしさを隠した素っ気のない態度なのかもしれないが、自分が期待していた反応とは少々遠い。

 

その答えを求め、仕事がてら書店を巡ってみる。

 

そこには様々な答えがあった。

自分を磨く方法もあれば、かっこよく見せる方法、更には占いまで。

様々な方法の中でも、一日で準備が出来てかつ即効性の高い方法はないか。血眼になって本の表紙や側面を見つめる。

上から下、右から左を目で舐め尽くしながら徘徊する彼女。

 

 

「初心者でもわかる!恋愛心理学」

 

 

これだ。これなら…

 

文化祭を前にして智恵は机に向かった。

正宗の心を手に入れんとばかりに文字を追いかけ、内容を頭に詰め込んでいく。時にそれを脳内で再現もした。

 

よし!完璧!

 

その本を机の脇に寄せた智恵は、胸の中の猛る炎を鎮火させ眠りに就いた。

 

 

 

「おかえりなさい!マサムネ!」

「ただいま!」

一方の正宗が帰宅した部屋にはいつもの通りエルフがいる。

少し前の俺ならどうしているんだと一蹴しただろう。しかし、以前の出来事より作業は同じ部屋で行われるようになった。その後、帰宅時は彼女の歓迎を受け、それを喜ばしく受ける日々となった。

もちろん、小説家としてのけじめをつけお互い集中したり、意見を投げあったりもする。

家にいる時は起きてから寝るまでの時間、彼女とほとんどの時間を共にする。

もちろん、京香さんの間接的な監視付きで。

 

いずれにせよ、俺とエルフの恋愛は山こえ谷こえ順調に進んでいるのだ。

しかし、爆弾を抱えているいま平常を保つことは難しかった。

何か心に重い文鎮がのしかかるような感じ。

 

 

「エルフごめん!」

心を潰された俺はたまらず話を切り出した。

 

 

 

「ふーん、クラスメイトと二人組で…ねえ」

一通り話を聞いた彼女はその姿勢を変えることなく、話の一部を復唱し咀嚼している様子だ。

 

「ええ。わかったわ。ただし、一つだけ条件を課すわ」

 

一呼吸入れ直す。

 

「私以外の女子に心をなびかせないこと。それだけよ」

 

「わかった」

 

こうして各々の前夜を過ごした。

 

 

 

文化祭当日が訪れた。

俺は午前中の幹事として智恵達と確認をするため、始業のだいぶ前に登校している。

いつもより廊下も各教室も静かで、ゆっくりクラスそれぞれの装飾を眺める事が出来る。

しかしながら、他のクラスに比べてかなりピンクに満ちた俺のクラスの風貌は傍から見ても一際目立つ。

そのクラスの中に入るとすぐにピンク色の薄紙で包まれた蛍光灯の光で包まれ、この中の空気を吸うだけで恥ずかしくなってしまいそうな高校では考えられない雰囲気を作り出している。

 

中の壁側にはホワイトボードにいわゆる「ご奉仕内容」が書いてある。

「…少し過激過ぎないか?」

俺と同じような理由で早々に学校に来た友人に確認をする。

「確かに一部過激かなーなんて思ったけど相当限られた確率だし大丈夫でしょ!」

なんて、軽々しく言うけどその内容はもしエルフに断りを入れてなかったら罪悪感で逃げ出していたであろうくらいのものだ。

 

 

「おはようムネ君!」

簡易的な挨拶の声を残し、一瞬で俺の視界と俺の考え事が奪われた。

 

<高砂智恵の恋愛心理学 その一 積極的にボディタッチをしかけよ。>

 

「だーれだっ」

「わかってて聞いているのか?」

視界を奪われたまま後ろの智恵の声に聞く。

「ごめんごめーん!」

 

「まったく…周りの人の目を見てみろ」

解き放たれた視界を智恵に向ける。

周りの心に突き刺してくる矢尻が痛い。まだ朝でクラスにいるのが数人なのが唯一の救いか。

「まあそんな怖い目付きしないでほらほらー」

…智恵が一言発するごとに周りの目付きがより鋭くなっている気がする。

 

 

 

軽く説明を受け、朝礼を終えればいよいよ文化祭の開始だ。

 

 

そして、朝礼が終わればすぐに「ここ面白そう!いこー!」とか、「ここ誰々がお化けやってるんだぜー!からかいにいこうぜ!」だとか文化祭特有の勧誘や提案がどんどん耳に入る。

 

しかしそんな中、俺は一人スーツに見立てられた衣装をまとい期待と罪悪感に挟まれながら突っ立ち大事な出番を待っている。

一方の智恵も少しは緊張しているのか、先ほどに比べて静かになっている気がする。

 

 

「やっぱ智恵ちゃんも緊張してるの?」

「ちょ、いきなり話しかけないよ!」

正宗と少し距離をとり、同じように立ちすくんでいた智恵は出来ていない笑顔で応対している。

 

<高砂智恵の恋愛心理学 その二 好意を持つ相手と同じような行動、姿勢をとり意識の同調を狙え。>

 

「ははーーん、やっぱり緊張しているんだ、さっきからずっとカカシみたいになってたわよ!」

突然話しかけられ、たじたじしている智恵を俺が視界の一部分に捉えている。

 

 

「文化祭開演に先立ちまして、文化祭実行委員長から一言あります」

 

「ほらほら、文化祭実行委員長の言葉だよ聞かなきゃ聞かなきゃ!」

血相を変え突然の放送を盾にし真理を守ろうとするも、空気に流された女子生徒を止める決め手にはならない。

 

いつも顔の色を変えない智恵もここまで露骨に反応したのは初めてだな。やっぱり緊張しているのか。

 

 

「文化祭のはじまりだー!」

委員長の活気のある一言で文化祭の幕は上がった。

俺と智恵がデモンストレーションする回は間もなく始まる。観客席にもそれを見るため、人々は飲み物を片手に座り始めている。

 

参加者は舞台裏に集められ、概要を聞かされることになっている。

 

俺達は「これが使用される花束ね」と何故か四人の男性陣に対し六つのバラと進行用のカンニングペーパーを渡された。

参加者は四人なのではと聞き返すが、これはどうやら「想定外の出来事」を見積もってのことらしい。

「えー、恒例の出来事じゃーん」なんて小馬鹿にされたけど分からないものは分からない。

そして「まあそれは見てからのお楽しみ」と濁された。

「大丈夫大丈夫、一応ボクもいるからねー!」

…困ったら智恵に投げよう。

 

「そしてこれが一芸用の小道具!小道具を使う機会がきたら適宜渡してあげてね!」

ここでは男性陣が自己紹介の際に自身のできる一芸を披露する。参加者を事前に集め、何をやるのか聞いてはいるらしいので必要なものだけが揃っているらしい。

「あとはカンニングペーパー通りに進めればいいから!」と直前の打ち合わせは終わった。

 

 

午前十時。廊下の通行人の行く手を阻害する程度の人混みが出来上がっている。立見席ももうほとんどないだろう。

 

 

「レディースエーンドジェントルメーン、ようこそ!」

棒読みと言われても反論できないその発音に必死に笑いをこらえる智恵。

「今回の主人公は陸上部とバレー部の精鋭男女四名!主人公の織り成すゴージャスな時間を楽しんでいってくださいね!今回、この場の司会は、この私高砂智恵と!」

「イズミマサムネガオオクリイタシマス!」

 

緊張なのか、慣れないからか棒読みちゃんと化した正宗にもちゃんと惜しみない拍手が送られている。

 

<高砂智恵の恋愛術 その三 緊張体験を共有せよ>

 

 

「そして、こちらが今回の主人公の方々です!どうぞー!」

一方の智恵は多少緊張の面持ちはあれどちゃんと司会進行を務めている。

 

どうぞの掛け声にホテルの扉から八人の人間が出てくる。もうそれ事後ではないかなんてツッコミは置いといて。

 

四人ずつそれぞれお立ち台を挟んで対峙している。正宗とは違いどちらも落ち着いている。

 

 

「それでは、男性陣には一発芸を披露してもらいましょう!それではまず和泉正宗くん!」

「はあーーーー!?」

我ながらとんでもない声を出してしまったと思う。

「ムネ君も"男性陣"でしょほらほら」

「そうだけど違うわ!」

罪の意識の一切なさそうな笑顔から繰り出される無茶ぶりのせいで俺は外野、内野全ての視線を集めている。

一発芸一発芸はと自分に出来ることに探りを入れるが目線が非常に怖い。

ええい!と俺は自慢のひらめきを振りかざす。

 

 

「カーナビとかけまして、恋愛ととく!」

 

開場に敷かれる静寂。俺は智恵に合図を送るが…

 

「そこは「その心は」でしょうが!」

「やーーごめんごめん聞いてなかった」

…なんで漫才が始まってるんだ。

 

 

「カーナビとかけまして、恋愛ととく!」

「その心は!」

「どちらも迷いはないでしょう」

おーーだとかなるほどーーといった声が聞こえる。反応はまあまあかな。まあこの場を切り抜けただけでも良しとしよう。

 

「なるほど!まさにこの場にてき面ななぞかけですね!さて次は陸上部の皆さん!一発芸をお願いします!」

めっちゃ流されてる!とか色々言いたいけど俺達は主役じゃないんだ。と堪える。

 

「えっと、陸上部の皆さんの一発芸は『野球挙』ですね!念の為説明しますと、ジャンケンに負けたら服を一枚脱いでもらう遊びですね!」

え?大丈夫なのそれ?という声が特にバレー部サイドから聞こえる。俺も同じだ。やりすぎるとフィーリングカップルどころではなくなるだろう。一日目の序の序盤から問題行動として全校集会までは容易に見据えることが出来る。

「うーん、私も正直不安ですが、ここは陸上部の皆さんに任せましょう!」

陸上部の四人は打ち合わせをしている。流石に打ち合わせなしで野球挙をしようものなら…。

 

「準備出来たそうですねそれではジャンケン…ポン!」

の合図で一人が服を脱ぎ捨てる。そこにあるのは夏休みに鍛錬し尽くされたマンガのような肉体美に甘美な悲鳴が響く。

 

やはり計画されていたのか、テンポよく服が脱がされていく。それぞれ鍛えられた部位が違うため見せつけるためのポーズも変わってくる。

 

 

「なんと男性陣はこの日のために頑張ってきたそうです!」

ここで「おーっ」と歓声と拍手が起こる。

「…和泉さんは脱がないんですか?」

「脱ぐかーーっ!」

 

男子各々の見世物が終わると、ついに御奉仕タイムの時間だ。

 

「それでは、ルールの説明も兼ねてここでは私、司会補助役と司会でデモンストレーションしてみせましょう。やり方は簡単サイコロを二人でふって頂いて、出た目に応じて決めるだけ!」

 

俺は二つのサイコロを用意した。過激なものはやめてくれよと男子らしからぬ願いを込めて。

 

 

「これは…膝枕+耳かきですね!」

なんとか"やばいやつ"からは免れたーっ!

ちなみにそのやばいやつというのは…ほっぺにキスである。

確率では三十六分の一ではあるが、もしそれを引いた日には許可を得ていたとしても絶えられない罪悪感が俺を支配していただろう。

 

「…本物なのか」

「本物だよ。ほらムネ君」

ぽんぽんと自身の膝を叩いて急かす。無駄に用意周到なクラスメイトは本物の耳かきを用意しているようだ。

 

 

「はじめるよ」

「お、おう」

智恵は大衆が見守る中正宗の耳に手をつける。

耳の中にこそばゆいものがもぞもぞしているのが分かる。

 

「智恵、くすぐったいんだが…」

大衆に聞こえないように小声で話す。

「ごめんごめん!もう少し力を入れるね!」

うーん、自分でやるのとは訳が違うなあと智恵。

「ぎっ!」

俺は耳の奥を突き刺すような刺激を感じた。耳の中から血が出てるんじゃないか。

「ごめん!力入れすぎちゃった!」

 

不慣れなのが伝わってくる。大衆を前にして緊張しているのか、素で下手なのか。

しかし、これは耐え忍ぶ術だなんて覚悟した頃にようやく"耳かき"は始まった。

 

しかし、智恵の膝の上で俺は気づいた。

 

「これ、盛り上がらなくね?」

 

まず耳かきという動作が非常に地味であること。耳かきというと萌えを感じる層はいわゆる"オタク"層が中心であることなど様々な要因はある。キスみたいな「山場」があれば盛り上がるのだが、耳かきのような盛り上がりのない動作が続くものはどうしても有耶無耶に終わってしまいそうだ。

 

なんとか改善策はないかと模索する俺の一方、智恵は耳かきを止め、耳元でそっと囁いた。

 

「正宗…どう?気持ちいい?」

力の加減を気にした智恵は聞いた。

「お、おう気持ちいいな」

考え事をしていた俺の曖昧な答えに対し智恵は良かったとにっこりと表情で返した。

子供の耳を掃除してあげている優しいお母さんのように。

 

一方の俺は少し戸惑っていた。

はじめて彼女が個人的に俺の下の名前を呼んだのだ。

 

俺と智恵がテレビを前に耳かきをしている情景が浮かんできた。俺の名前を呼んで力の加減をたしかめている様子だ。

外の世界では顔真っ赤ー!だのなんだの声が上がっているようだが、それを聞き入れる心理的余裕もない。「盛り上がり」が出来たことは喜ばしいことなのだが。

 

 

ここで浮わついている自分を強引に冷静にさせて考えた。

 

盛り上がりを作り出そうとわざと名前を呼んだんだ。そんな言葉選びになったんだ。きっとこれは場を盛り上げるための演出なんだ。

例えそうだとしても、俺は初めて彼女に理性を揺さぶられている。もしかしたら本当に俺を誘惑しているのか。そう考えれば考えるほどに体が熱くなる。

 

 

困惑している間にデモンストレーションの時間は終わった。

誰これ関係なしに拍手が起きている。

 

「智恵…」

俺はこの時初めて、女性としての意識を彼女に抱いた。しかしそんな余韻に浸る暇はない。司会者である自分を取り戻して、「それでは次はあなた達の番です!」ととりあえず促す。

 

 

しかし…

「あれは…ねえ」

「流石に難しくない…?」

とあまり浮かない女性陣。

「そりゃそうだ」と心で返した。長い付き合いの二人だから出来たんだ、初対面の人に対しては難しいだろう。

しかし俺のカンニングペーパーにはそう書かれているんだ。

 

 

「ペアでやることが決まったら、それを「何秒もしくは何回行うか」をみんなに聞いていきます!私がそれを聞くので、皆さんはそれに応えてくださいね!」

少し遅れて智恵が言った。

ああそれならと外野陣は勢いと喧騒を取り戻した。

 

 

その後は調子を戻した二人によってすいすい事は進み…

 

 

「それぞれ思う気持ちはあるでしょう。その気持ちを、言葉にして咲かせてください!」

 

半分上の空だった正宗とは違ってこの決めゼリフはきっちりと決めた。

 

「それでは毎度おなじみ、司会者にデモン…」

「はあーーーーー!?」

「進行の邪魔だよムネ君。突然大声あげないで」

この会場の人はほとんど全員言葉の末尾を聞き取れなかったが、もうこれから何が行われるかはは自明だろう。

 

「聞いてないわ!」

「あれ、あそこに余ってるバラの花で察してなかったの?」

そういえば余分なバラがいくつかあったな…まさかそんな用途とは…

「さあ、ムネ君!私に恋の言葉を聞かせておくれ!」

「そんな上から目線で告白を要求する奴聞いたことないわ!」

「ほらこれ以上待たせると会場の士気が下がるから」

 

 

告白を急かされてるんだとざわめく会場の前を横切りバラを摘みにいく。

 

まったく、さっきの出来事で既にエルフとの約束が揺らいでるのに…

 

俺は仕方なくお立ち台の上で智恵と目を合わせる、一同は喧騒を意識的に止める。

 

 

しかし、嫌でもあの日を思い出しちゃうな。告白した時とは違う震え方をする心臓。それでも必要なのはあの日と同じ勇気なんだ。

 

「好きだ、智恵。付き合ってくれ」

 

俺は言いきった。逃げられないと判断した苦渋の告白なんだ。

告白しておいてこんな事を言うのも難だけど。

 

一応返事を待ってみる。告白しながら他の女を浮かべる人はそうそういないだろうな。

 

 

「…とまあこんな感じで告白してください!」

「おーーーい!」

無駄に緊張したこの時間を返せ!

ったく…智恵にいいようにやられてるな俺…

「告白が成功したら、そこのホテルに入ってめでたくカップル結成です!」

「いやそれならそこまでやれよ!」

なんというか、すごく中途半端ですっきりしねえー!モヤモヤする。

「二人ともいなくなったら誰が司会するの?」

しかし俺はこの言葉に一言も反論出来ず、引き下がるのであった。

「それに、…」

智恵が何か言った気がするが司会の言葉に対するざわつきでよく聞き取れなかった。

 

「数の若い男子からそれぞれ女子を指名して告白してください」

ようやく場面が進み、バラを持った男子がそれぞれご奉仕された女子に告白していく場面だ。

ちなみに、ここではご奉仕されていない女子に告白することも出来る。

…そんな肝っ玉の持った男子はそうそういないが。

そんな「想定外の出来事」も起きることなく順当に三人が告白し、それぞれ返事を貰った。

もちろんここでの告白なんて所詮ニセのもので、当人もどこか気軽に告白しているようにも見える。

まあそれくらいの緊張感がいいんだろうな。なに無駄に緊張しているんだ俺は、と先のデモンストレーションを振り返る。

 

 

「ちょっとまったあー!」

喧騒を強引に割くやたらでかい声。これに対して智恵は慣れた手つきで隠していたもう一本のバラを渡す。

「これだよ、これだよムネ君。"想定外だけど想定内の出来事"ってのは…」

してやったりの顔で耳打ちしてくる智恵。

いやでも当人足ガクガクですけどー!?完全に見世物になってますけどー!?

 

「はじ、はじめまして!」

もう初めてアイドルの握手会にやってきた初心者の形相である。

もはや罰ゲームでしょこれ。

痙攣の止まらない被害者を見ている俺。

もうわざとなんじゃないかと思えるほどにガタガタである。

そして、忘れてはならないもう一人の被害者、お相手の女性。困惑を含めた苦笑いは止まらない。

 

 

 

「ごめんなさい!」

そして二つのバラは不甲斐なく散っていった…

 

「ははは、どんまいだな!」

とぽんぽん肩を叩いて慰めている。

「ひどいですよ先輩!」

なにやってんの先輩!

そりゃあ、見知らぬ先輩に告白させてるんだもん。ああなるわ。いや、同年代だったらそれはそれでその後気まずいか?

いずれにせよとんだとばっちりである。

 

あとは簡単な終礼をし、今回はお開きとなった。

 

 

緊張局面から解放された俺達は次なる決戦をひかえ、腹ごしらえをするべく食堂へ向かう。

 

「智恵、もしかしてこのような展開になるって分かってはじめにバラを用意していたのか?」

「よくある話だからねー。今回は一人で済んだけど、その分あの後輩ちゃんの荷が重くなりすぎちゃったね」

まあ予測をしていないとあのバラを渡す時の動きは出来ないだろうな。

「まあ、あれもひとつの醍醐味!時間が経てば当の本人も良い思い出になるよ!」

トラウマにならなければいいけど。

 

 

しかし、それが他人事とは言えなくなる出来事が俺を待っていた。

 

「おい…なんでお前らがそこにいるんだよ…」

金髪であのド派手な衣装。見間違えるわけがない。俺の恋人だ。

そして、その向かい側に座る爽やかなベージュ色の髪を青年。お菓子作りをテーマにした小説というなかなか可愛らしい小説を書く獅童国光に間違いない。

 

 

先程まで訳はあれど、不倫じみた行為をしていた俺。

心に平穏が訪れるまで時間が欲しかった。

"浮気"という負の概念も今の俺には少なからずある。

 

彼女は俺を見た。無邪気に手を振っているような気がする。とりあえず俺は手を振り返す。

 

 

「あれ、手を振ってるの山田エルフ先生じゃない?その向かい側にいる人、もしかして"恋人"?」

 

あってはならない妄想を言葉にされた俺。

 

「ちょ、いやっ、そんな関係じゃないでしょ二人は!」

「なんでムネ君がそんなに否定するの?」

「だ、第一年齢差がある!エルフは確か十五歳、獅童先生は二十歳だ!そんな不純な関係は…」

「ほらムネ君呼んでるよ!」

必死の弁解も大して聞いてはもらえず、有名なライトノベル作家に興奮した智恵に引っ張られ相席が始まってしまった。

 

 

 

俺の前には獅童先生とエルフが、俺の隣には智恵が座っている。

唯一作家としては蚊帳の外である智恵も、「本屋のライトノベルコーナーの主である」と名乗ることですぐに馴染むことが出来た。

 

最初は好きなライトノベルについて、各々が話を盛り上げていた。

 

自身のライトノベルの感想を求めたり、それぞれがライトノベルのちょっとしたプレゼンをしたり。

最初はとんでもない相席なんて思ってはいたけど、それぞれの関係について言及されることもなくなんだかんだ大会までのいい時間つぶしになったかもな。

エルフに大会での俺達を見られるのは恥ずかしいけど。

 

そろそろ時間も近いし、ちょっとした集まりも解散の時間かなと、荷物の整理をし立ち上がったその時だった。

 

 

 

「ところでマサムネ。私もカップリング大会に出ることにしたわ」

 

…えっ。

寝耳に見水どころかアツアツの熱湯を注がれたような気がする。

 

「マサムネを敵に回したかったのよ。勝負よマサムネ」

 

 

第七章へ

 

 

 

 




ご無沙汰しております、ふゆきさんです。

この原案(文化祭)そのものはエロマンガ先生を見始めた頃から題材として取り上げたいなと思ってました。
その後エロマンガ先生ライトノベル10巻で文化祭が取り上げられた時は題材変えようかなって思ってたり。

正宗と智恵の行動をメインにして周囲の行動をほんとに簡易的にしか書いてないですが、果たしてそれはいい判断と言えるのでしょうか…

ちなみに、フィーリングカップルで告白の時に飛び出す描写がありますが、モデルは自分です(
先輩の押しに押されて舞台に飛び出したはいいですが、緊張で自分でも何を言ってるかわからない状況で…結果的に三人で告白したんですが、全員玉砕しました(笑)


それらの経験や心理学を勉強していた経験を活かして正宗×智恵を書いてみました。
正宗×智恵、流行れ流行れ…

流行れよ



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