<お試し版>黄金騎士はモテモテです (春雷海)
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黄金騎士、出張して捕まる

 昔々、それは悪竜タラスクを鎮めた一世紀の聖女がいた時代と町に遡る。

 

 その時代、人々は闇とそこから現れる悪魔や魔獣たちを恐れた。

 

 しかし、その時代とともに生まれた一人の騎士。 暗黒を断ち切る騎士の剣によって、希望の光を得た。

 

 燦然と輝く黄金の鎧を纏い、狼の貌をした騎士は、同じく黄金に身を包んだ馬を駆り、奴らへと向かっていった。

 騎士の刃は悪魔らを切り裂く。

 

 その存在は人々に深く刻まれた。そして……その騎士は語り継がれる。闇が覆いし時も、光の騎士が現れ希望を齎すであろうと。それだけであったら、よくある伝説として謳われるだろう。

 

 しかし、この騎士の伝説には続きがある――とても奇妙で謎に満ちた。

 

 実はその騎士は世界各地に存在し、伝承は違えども残されていた。

 

 ある時は古代ローマで、ある時は平安の日本で、またある時は中世のフランス、近世のイギリスやフランスで、現代で、そして遠い未来――月の世界で。

 

 しかし、騎士が子供を設けずにいることは時代で明らかとなっている。子孫も残されていない。

 

 それでは各時代と場所によって存在する黄金騎士たちは一体何者だろうか……今でも考古学の学者たちが追及している謎である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ、お疲れさん。悪いね、いろんなところに飛ばしちゃって――まぁ大概は抑止力らの不手際だけど」

 

「いや、もう慣れましたけどね」

 

 上下左右、真っ白い空間にいるのはソファーに座っている二人。

 

 一人は白いコートを着た青年と。もう一人――というより人ではない何かがいる――白い霧を漂わせて、それが人型にかたどっている何か……所謂のっぺらぼうのような存在だ。

 

 そんな異質である人物とこの青年の関係性は簡単に言えば上司と部下である。

 

「ったく、抑止力らもさ仕事ちゃんとしろってんだ、この俺様のように。こんなに仕事をしている俺なんていないぞ」

 

「……俺が逆レイプされかけたり、恋愛を面白おかしくいじり倒しては、『ハーレム作れよ、お前』ってからかってくる人が真面目なんですか?」

 

「大真面目に決まってんじゃん、人の恋愛って見るの楽しいよ? しっかし、意外とモテるよね……聖女にナース、女王、武士、王妃、踊り子、女子高生。 わぉ、選り取り見取り」

 

 役者のように両腕を広げる素振りをするのっぺらぼうに対して青年は諦めたようにため息をつく。この上司に何を言っても無駄だとわかっている……だが、やはり文句の一言は言いたいのだ。

 

「いやぁ、君ってからかいがいあるよねぇ。 やっぱ、君を選んで正解だったわ、その力も一緒に」

 

「そいつはどうも。こっちもまさか事故で死んだと思いきや、神様に拾われてこき使われるなんて誰も思いませんよ」

 

「なんで説明文風にするのか意味わかんない♪ まぁ、いいじゃないかぁ、ただ死ぬよりもこうして『セイヴァー』として黄金騎士として救い、切り開いてんだからさ――まぁ驚くのは鎧の力を俺の力から自分のものにしたのが驚きだね」

 

 白いコートの青年は(それは確かに)と納得する。もともと鎧はのっぺらぼうから託されたもので、自分で召喚する事が出来ず、必要に応じての場面でしかできなかった。

 

 しかし、今は違う。

 如何なる場面においても鎧は召喚する事が出来るようになり、今ではこの空間でも召喚し纏うことができるのだ。

 

「んまあ、そんなことはどうでもいいか♪ 帰って来て早々に悪いけどさ、また仕事だよん」

 

「……今度はどこっすか」

 

 一々話の切り方が雑な上司に青年はついに諦めてしまった――だってもう長年の関係だもの。

 

 そんな青年に対してのっぺらぼうはなぜかはっきり見える口元だけを、笑みを浮かべてこう言った。

 

 

 

 

 

「ちょっと歪んだ歴史を元に戻す旅に出てほしいんだわ――長くなりそうだから、家とかマスターを用意しといたほうがいいよ、君のマスターだったはくのんのように」

 

 

 

 

「君が新しいマスターを見つけない限り、また移動する羽目になるからね――あっ、そうそう今度ははくのんみたいに逆レイプされないようにね♪」

 

 

 

 

 

 青年――サイガは、のっぺらぼうを思い切り殴りたい衝動に駆られたが、それよりも早く足元が崩れて落ちていった。

 

 慌てることはない、いつものことだ。 仕事に行くときの――いわゆる移動方法のようなものだ。

 

 だがそれでも殴れない代わりに呪いの言葉を叫んでやろうとサイガは思った。

 

「この悪趣味神ぃいいいいいいいいい! 呪ってやるぅうううううう!」

 

「あはははははっ、残念! もうかかんないよっ、すでに俺は抑止力の上司という呪いにかかってるからさぁ! 畜生、あいつらは大して仕事もしないうえに下手なことしかしないから嫌いっ!」

 

 

 あっ、それだったらいいやとサイガはあっさりと呪うのをやめた。

 

 

 * * * * *

 

 

 真夜中の草原地帯、そして美しく輝く青い月が闇に包まれている周囲を淡く光り照らしている。

 

 幻想的なその光景に、見惚れながらここを歩きたいという思いが生まれるかもしれない。

 

 しかし、サイガは決してそう思わない。 いや、別に彼が冷血漢というわけではなく、状況が許してくれないのだ。

 

 だって目の前にはサソリに似た単眼の魔獣がサイガを睨みつけては、斬り殺そうと武器であり手でもある鋏を動かしているのだから――。

 

 前言撤回。

 

 やっぱり呪ってやろうと改めて決意したサイガはため息をついて、腰元にさしていた朱鞘の剣を抜いた。

 

 のっぺらぼうに行かされて、単眼の魔獣を目の前でも決して驚かない。もはや慣れっこだ――確かローマの時は戦争真っただ中に召喚されたか。

 

(あはははは、なんてブラック企業?)

 

 既にブラックどころではないような気がするも、すでに慣れが生じているサイガにとっては些細なことだ。

 

 閑話休題。とりあえずは目の前の敵を何とかしよう。

 

 襲い掛かってきた鋏を斬り流して、魔獣の腹部を刃に斬りこませてから力の限り吹き飛ばす。

 

 距離が空いた隙に頭上に剣先が大きな円を描くと同時に、その軌跡が作った空間の裂け目から――金色の光芒が闇に閃いた。

 

 光芒の正体は金色に輝く鎧だった。 鎧はサイガの全身に装着され、狼をつかさどった兜が装着される。

 そして朱鞘の剣も変化する、黄金の宝剣――牙狼剣へと変わる。

 

 現れるは黄金騎士・牙狼。世界各地に伝承が残されている伝説の騎士。またの名をサーヴァント・セイヴァー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 牙狼剣が単眼の魔獣を真っ二つに切り裂く。魔獣が黒い霧となって消え去ったのを確認したのを見て、勝負は決した。

 

 牙狼も鎧を解除しサイガに戻り――そして朱鞘の剣を鞘に入れなおした時。

 

「えっ、特異点がなくなった? いったいどうして……」

 

「せ、先輩! あの人がやってくれたのではっ!?」

 

 声が聞こえたため、振り向いてみる。 そこにはいたって平凡な少年と幼さと可憐さが見られる少女――懐かしい顔ぶれが驚いた表情でそろっていた。

 

 だが彼女たちにとって、サイガは知らない存在である。それを理解しているが、サイガはさみしい気持ちにさせてしまう……。

 

 しかし、何故かその面々は段々と人形のように能面となっていく……彼女たちにとって初対面であるはずの自分を何故そんな顔で見るのか理解できず、また寒気を覚えながらもサイガは手を挙げて。

 

「……あっ、ど、どうもぉ」

 

 恐怖で引きつりそうな頬を何とか抑えて挨拶をするも、声が震えてしまう。しかしそんなサイガの声に反応せずに面々――彼女たちは。

 

「…………マスター、私に全力で宝具解放を命じてもらえますか?」

 

「うむ、余にもそう命じてくれ。何心配するな、痛みは一瞬だぞ、サイガァ」

 

「うふふふっ、また会えたのだから、約束通り今度こそ私の踊りとお酒に付き合ってもらうわ」

 

 マタ・ハリ、マルタ、ネロの言葉を聞き、顔を見て、サイガは思った――俺ここで死ぬかもと。

 

 理由は一目瞭然……三人の目がハイライトの無いうつろな目となってこちらを見て、しかも恍惚めいた表情を浮かべているのだから。

 

 抵抗しようにも先程の戦いの疲れが残り、また鎧で体力と精神力が削られているため、三人を相手にすることなどできない……つまり。

 

(俺、オワタ)

 

 絶望が彼の心を支配しようとしたとき――サイガの胸に心地よい暖かさと柔らかさを感じた。

 

「ふふっ、また会えたわ! ヴィヴ・ラ・フランス、サイガ!」

 

「えっ、マ、マリ――ぃがぁが!?」

 

 天使のような笑顔を浮かべた少女であり王妃マリー・アントワネットの顔を見て、サイガが戸惑う表情を浮かべたのと同時に悲鳴を上げる。

 

 傍目から見るとマリーがサイガに抱き着いている。しかし、彼女の腕はさながらアナコンダの如く、獲物(サイガ)を逃がさないように巻き付けて締め上げていた。

 

「もう、あなたっていつも意地悪いわっ! 私が会いたいと思っても全然会ってくれないのだもの! でもこの出会いを祝して、許してあげる!」

 

「がっ、ががががっ!?」

 

「マ、マリーさん! だ、男性の顔が真っ青になりかけています! 即刻に手を放してください!」

 

「フォウ、フォーウ!」

 

『う、うわぁ、英霊でも首を極められれば、簡単に青紫色になれるんだね……』

 

 少女と獣、男性の三人の声が聞こえるも、それより苦しさのほうが強く意識が朦朧としていく――そして、意識が闇の中に入ろうとしたとき……小さくも確かにマリーの声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 「うふふっ、計画通り♪ これからはずーーーーーっと一緒よ♪」

 

 

 

 

 

 ……マリーは安全かと思いきや、まさかの三人側だったとは思いもしなかったサイガ。抵抗しようにもすでに意識は闇の中――もう逃げられない。

 

 すでに彼は捕まったようなものだから。



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月の少女と黄金騎士。三つの始まり

長文となりました。そしてこれはEXTRAの物語で、みっつの始まりがあります。

ただし、続きはしない。何故ならお試し版だから。

そして恐ろしいことに一週間で200以上のお気に入りと22人の評価がありましたはがががががっが!

大変にありがとうございます!


 いつも通り、上司に仕事を依頼されて、その地域や時間に召喚されるサイガ。

 

 だが今回ばかりは違うようで――。

 

「月? 月ってあの?」

 

 サイガの戸惑いにのっぺらぼうの上司は頭を掻く素振りをしながら頷いた。

 

「そうそう。あのまんまるのお月様――あそこがちょいと厄介でねえ……厄介な奴が入り込んでるのよ、しかも電脳空間で。君の魂を電子体にしらなきゃいけない上に、あそこの世界じゃ、今までと違って制約が多くてね。私の力も上手く入らないから、君をいつものように召喚できないし戦いすら参加できないのよ――だから君にはマスターと初契約してもらうよん」

 

「……そもそも、俺って召喚できるんですか?」

 

「一応、君の伝説が残っているよ。 座には登録されているけど、詳細も何も不安定だから再現すらできてないけど……君の魂を電子化することで具現化して月の世界限定で召喚されることは可能だよ。 まぁ、後は君と相性がいいマスターに自動的に召喚されると思うから、いつも通りに頑張って――」

 

 上司が指を鳴らしたのと同時に、サイガは足元が硬い床から浮遊感になったのを感じた。そして、重力に沿って、いつも通りに落ちていく。

 

「お土産話し、期待してるよぉ。特に女難の」

 

「過労死しちまええぇぇぇぇぇぇ…………――――」

 

 そして、お約束通りに上司に対する文句をぶちまけて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 変な人形擬きを、朱鞘の剣で一刀両断で切り伏せた。叩き切られたそれは塵となり、どこかに消え去る。

 

 召喚されて早々に人形擬きがサイガの背後をとっては襲い掛かってきたのだ、慈悲はない。

 

「やれやれ、召喚されて早々これか。慣れってこわいな……」

 

 敵がいたにも拘らず特に慌てることなく、寧ろ冷徹に剣で斬り捨てた――常日頃のことなので慣れてしまったことにサイガは自分でも恐怖に思った。

 

 敵を討ったサイガは次いで背後へ振り向くと、どこかの学生服を纏った茶髪ロングの少女が困惑した様子で座り込んでいた。

 

(えっと、この子が俺のマスター……か?)

 

 サイガは確かにサーヴァント:セイヴァーであるものの、実際に契約などした覚えなどない。

 

 ならばどうやって現界していたというと……上司がサイガを“本体”として召喚させては半永続的に魔力を流してもらえるので普通の活動をすることが出来ていた。

 

 だが、電子空間にいる今はその上司の力は頼れないので契約をしなければならないのだが……やり方はどうすればいいのだろうか。

 

 頭を悩ませていたサイガだったが、驚くべきことがその身に起こり始めた。

 

「……んっ? げっ!?」

 

 なんとサイガは自分の脚が若干透けていることに気が付く。いや足だけでなく下半身まで透けていくのが分かる。

 

 いったいなぜと疑問に思ったが、それよりも早く何とかしなければと焦り、サイガは少女に向かって言う。

 

「そこの君、俺と契約してマスターになってくれない?」

 

 これがサイガの初となる聖杯戦争の参加となり、初のマスターである岸波白野――あだ名はくのんとの出会いだった。

 

 * * * * *

 

 ――どうやって契約したのかはわからない。ただ彼女が答えた瞬間に繋がったという感覚をサイガは感じた。

 

 だからこそ、こうやって消えずにいるし、マスターとなった岸波白野と名乗った少女と保健室で会話していただが。ここで少し問題二点ほど発生した。

 

 一点目、まずサイガの見た目と鞘の変化だ。白いコートが漆黒に染まり、朱鞘も白鞘となった。

 更に言えばサイガの身体も調子が悪い……全身に鉛をつけられたようなそんな感覚だ。それは戦いの中で培った経験で何とか出来るだろう。

 

 そして二点目は――マスターの記憶がないこと。

 

「記憶がない、ねぇ」

 

 こくりと頷く白野に対して、サイガは「まいったな」と呻いてしまう。

 

 サイガはサーヴァントであるが殆どが尻拭いのために向かって、問題が解決すれば帰宅といったものだ――しかしその問題も長期間である故に帰宅するにも年単位になるが――そのために聖杯戦争自体初めての参加となるので、これを機会に詳細を聞こうとしたのだが、まさかの記憶喪失とは。

 

「ごめんね……」

 

「うん? あぁ別に構わないよ、寧ろ君のほうが心配だ。 変な人形に殺されかけて、しかもわけのわからん世界で記憶失っているなんて、どんなホラーだ全く」

 

 白野は不幸の星の下で生まれたのではないかというくらいに不運であることが分かった……。

 

 しかし、それでも彼女は諦めずに自分を呼び寄せた。

 サイガの言うように人形の手によって死に臥せかけたが、己が心を突き動かし、自らの足で立ち上がった不屈の意思の持ち主だ。

 

 だからこそ呼ばれたのだろうか、サイガが。 今まで何度も絶望し、乗り越えてきた――黄金騎士の力があっても救えずに泣き叫んだこともあった。だがそれでも、ここまでたどり着いた自分がいる。

 

(同じ性質に惹かれたからか? だからこそ、俺と彼女が相性いいってことで呼ばれたかもな)

 

 苦笑してサイガは鞘から抜刀して自分の顔の前に立てる、剣礼と言われる動作をとった。

 

「? セイヴァー?」

 

「マスターよ。これからどんな敵が来るかわからない……だけど、どんなに硬い鋼でも鋭い刃でも君を貫かせたりしない。 そして必ず救い帰してやる、騎士として必ず果たす」

 

「……うん、よろしくね。セイヴァー」

 

 何とか不安を和らげられただろうか。年相応の少女然とした笑みを浮かべる白野にサイガは安堵したように息を吐いた。

 

 

 * * * * *

 

 

 岸波白野こと私のサーヴァントは不思議な存在だ。

 

 見た目は明らかに現代人のはずなのに、数十年世紀も違う時代を体験し見てきたかのように語りだす。

 いや、サーヴァントという存在を考えれば当たり前なんだけど、ギャップがどうも合わないというかなんというか。

 

 マルタ、ネロ、マリーアントワネット、マタ・ハリ――その人たちとの出会いや経験の話はとても興味深かったけど、やけに女性の知り合いばかりが多くて、イラっとしたのは秘密だ。

 

 それと同時に私は疑問に思った――彼は一体どういうサーヴァントなのだろうかと。古代・中世・近代、三つの異なる時代を駆け抜けてきたようだが、そもそもサイガなんていう偉人は聞いたことがない。

 

 そんな彼と聖杯戦争に参加することになった。でもサイガがどんな英霊なのかわからない。どんな戦いをするのかも――だから目の前にいるエネミーを相手にして戦う姿を初めて見る。

 

 白鞘に納められていた剣で受け流しては斬り返し、四足歩行のエネミーが背後にたたら踏んだのと同時に頭部を蹴り飛ばした。

 

 地面に転がるエネミーは四足で器用に立ち回って体勢を整えた後、頭部に生えている煌めく鎌状の一対の角を前方に突き付けてサイガに突っ込んでいく。

 

「サイガッ!」

 

 私の言葉に、状況に焦ることなくサイガは冷静に剣を天に掲げると円を描いた。

 

 円の軌跡は、煌めく円となって、光が降り注がれると同時に漆黒と金の鎧が現れる。頭や胸以外はほぼ、漆黒に包まれてるけど、随所に施された黄金。頭部は猛き黄金狼の兜。

 

 漆黒と金色の鎧を纏った騎士となったサイガ――その姿を見て、私は自然と言葉が出た。

 

「牙狼」

 

 その騎士を夢の中で見た。

 

 最初は敗北と挫折が多く、何度も挫けかけていた――それでも彼は何度も立ち上がって剣を振るってきた。

 

 その黄金の鎧と剣で――?

 

「あれ、黒い?」

 

 見るとサイガが纏っている鎧は漆黒と金色で、全然黄金に輝いていなかった。夢で見たあの姿とは全く違う……。

 

 だけど、そんな私の疑問をサイガこと牙狼は分かるはずもなく、黄金の剣でエネミーを真っ二つに斬り裂いて、戦いは終わった。

 

「おっ、マスター。 なんかレアアイテムっぽいものをゲットしたぞ……結晶のかけらみたいなもんだけど、いる?」

 

「……一応、持っていこうか。ありがとう、サイガ」

 

 どうして黄金に輝いていないか、あの姿は一体何なのかを問いたいところだったけど、とりあえず彼が手渡してくれたアイテムに手を伸ばした――。

 

 

 

 

 

 それからも私は彼と戦い続けた。

 

 

 

 

 

 

「ははっ、やるじゃないか。 お坊ちゃんみたいなやつだと思って油断していたら、片手を容赦なく奪うって生きがいいねぇ!」

 

「お、おい! 何余裕めいってんだよ! はやくあんな古臭いやつを倒しちまえよ!」

 

「……剣だけ変化させているから、古臭いって言われてもしょうがないけど。 なんかイラっと来るな」

 

 ライダーと慎二の言葉に微妙な表情を見せるサイガはため息をついて、牙狼剣を正眼に構えては突っ込んでいく。

 

 鎧は召喚しない、というか出来ない。鎧を召喚すると私の魔力も減って枯渇したら、今度は私自身の命も奪って鎧は現界するらしい……ヤダ怖い。

 

 でもそんなことよりも、まず目の前で繰り広げられている戦いに集中しなきゃ――私はコードキャストを繰り出す。

 

「コードキャスト:ブースト!」

 

「っおおおおおおおお!」

 

 赤い光がサイガを包むのと同時に、牙狼剣を抑えていたライダーの銃身を斬り落として、彼女の身体を裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「覚悟しろよ、狙撃手――俺は必ずお前を斬り捨てる。 どこにいようが、どこに隠れようがな」

 

『……っとに恐ろしいよ、あんたは。 嬢ちゃんを始末できなかったのが、ほんっと悔やまれるわ」

 

 運悪く遭遇したアーチャーの毒を受けて苦しむ私を抱きかかえて、どこかで隠れている彼に向けて言った言葉はいつもと違ってとても冷たく怖かった。

 

 でも私の為に怒ってくれるサイガがとても嬉しくて、私は彼の頬を撫でる。そんな私を申し訳なさそうにする彼がなんだか可愛かった。

 

「ごめんよ、マスター。 ちょっとだけの間、苦しいかもしれないけど我慢な」

 

 そういってサイガは鎧を召喚――あ、あのサイガさ。

 

 ――鎧の中ってすごい快適なんだなぁ、知らなかったなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、私! すごいわ、絵本しか見たことがない黄金――じゃないけど狼の騎士様よ!」

 

「えぇ、私! とてもうれしいわ!」

 

「――――!」

 

「いや、じゃれるなら、もうちょいかわいらしいのにしろぉおおおお!?」

 

 双子の子供と筋肉隆々とした怪物に襲われ、懐かれている彼をほのぼのとして見守っていた。

 

 白鞘の剣が地面に転がっているけど、まぁ戦闘じゃないから、いい……のかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「令呪がなくなろうが、なんだろうが、君は俺のマスターだろ。 今更、反乱とかなんとかしないし――個人的に君が気に入っているからなんもしないって」

 

「……私のサーヴァント、やめたりしない? 他のマスターに目移りしない?」

 

「俺は浮気常習犯扱い!? 大丈夫だっての、少しは信じてよ」

 

 凜を救うために私は令呪を使って、サイガに無茶な命令をしたけど、彼は怒ることなくむしろ私を慰めてくれた。

 あぁ、もう……うちのサーヴァントは男前すぎて困る。

 

「いや、友人の為に令呪を使い切る白野のほうが男前すぎるんだけど……」

 

 ……そんな酷なことは言わないでよ、サイガ。ちょっとかなしくなるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウン、モウ、オナカペコペコダヨ、ダカラハヤクタベサセテ」

 

「妻よ、もうしばらく待て! お前の欲望はわが槍で肯定する!」

 

「人々の勝手な望みや推測で歪み、怪物になってしまった英雄よ――せめて我が剣で眠るがいい」

 

 異常な性癖を持ったマスターと怪物となったランサーを相手に、サイガは円を描いて鎧を纏った。漆黒と金色の鎧を前にそのマスターは興奮したのか――。

 

「オイ、シ、ソウ。オイシソウオイシソウオイシソウオイシソウオイシソウオイシソウオイシソウオイシソウオイシソウ! タベサセテ、ランサー! ゴチソウガソコニアルッ、ハヤク、ハヤクゥ!」

 

「おぉ、妻よ。それほどまでに食したいか……よかろう。しばしまてい!」

 

「ひっ……」

 

 私は思わず悲鳴を上げてしまいそうになった。マスター、ランルーは口元から大量の涎を垂れ流し、べろりと垂れ流れた舌も見せていた。表所は恍惚として、また浮かんだ感情は興奮と待ちきれないごちそうにご馳走に耐えきれないものだった。

 

 そんなマスターに対して牙狼は決しておびえず、剣を構えて、ランサーと対峙する。

 

「マスターの歪み、そしてランサーの憎しみ――ここで断ち斬る!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背後に凄まじい重圧があるのに、「何もない」。

 

 だけどサイガは力なくその身を床に投げ出している現実は変わらなかった。

 

 マスターであるユリウスと姿が見えないサーヴァントは私たちの姿を見て、そのまま闇に溶けて消え去った。

 

 だけど、いまはそんなことより、頼もしかったサイガが力なく床にその身を横たえていた……。

 

「サイガッ、サイガッ!」

 

 私の呼びかけに答えないままサイガはただぐったりとしているだけ。

 

 状況はうまく呑み込めないけど、これは現実なのだ。夢になってくれるはずもない。

 

 本当は泣き叫びたいし、サイガの傷を癒してあげたい――でも今はそんなことできるはずもないし、なにより現実をそらしたところで何もならない。

 

 私は自分が出来る範囲――早くサイガを連れて戻ることなのだ!

 

「待ってて、サイガ! 今運んでいくからっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サイガの回復を望むため、凜に言われてアリーナへ行こうとする私を引き留めたのはサイガだった。

 

「待て待て、マスター。一人じゃ危ないだろ、俺も行くって」

 

「――っでも!」

 

「適当な露払いくらいならできるって。 俺はマスターの剣であり盾でもあるんだ、それくらいはやらせてくれよ」

 

 サイガの表情から戦える状態でないのは明白だ。生気を失った顔で、掴んでいる白鞘は震える手で音をたてている。

 

 どんなに心配しても言いつくろっても彼はついていくだろう。些細な気遣いは必要ないとサイガは言った。

 

 だからこそ私は震える声で「お願い」と答えた。そんな私にサイガは笑って肩を優しくたたいた。

 

 

 

 ――――凜の言うとおりに何とかこなせた私は、サイガの治療を彼女に任せたけど。

 

 

 

「ゃん、あなたってこんなに……ちょっ、す、すごすぎない?」

 

「……頼むからまじめにやってくれるか?」

 

「ちょっ、こっちだって初めてだってのっ!? む、無理言わないでくれるっ」

 

 保健室で一体何をやっているのだろうか。というか、私のサイガに何をしてくれているんだ、あいつはッ。

 

 終始気になって中を覗こうとしたけど、凜の妨害にあって結局は見られなかった……。

 

 

 その後、ユリウスとサーヴァントを倒して、マイルームでいつものようにサイガと寝ようとしたんだけど。

 

 

「す、ストップストップ、マスター!? 抱き枕になるのはまぁ許そうっ、だけど首輪をつけるのは違うだろう!?」

 

「大丈夫。ちゃんと人間用のものを買ったから、お洒落具合が出てかっこいいよ?」

 

「そういうもんだいじゃなああああああああいっ! ちょっ、服を脱ごうとするなっ、うわっ、綺麗なネグリジェだこと――っておおおおおおい!?」

 

 結局見られなかった苛立ちと、サイガに対して苛立ちが混ざり合ったので、私のものという証明になる首輪をつけてやろうとしたり、ネグリジェを見せてやった。

 

 正直恥ずかしかったけど、それよりも私に隠れて凜と何をしていやがったんだってのが強かったので、別段問題なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、長く苦しい戦いを終えて私は消える。異物である私は聖杯によって消される。

 

 悔いなんてない、サイガと歩んできたこの道が絶対に間違っていたと思わない。

 

 でも、少し欲を言えば――もう少しだけ彼と一緒に過ごしたかったなぁ。

 

 そう思うと胸元から出てきた一つのペンダント――それは彼の手から渡された、牙狼の紋章が刻まれた金色のペンダント。

 

『マスターと一緒に戦い過ごしたことは、俺の誇りだった』

 

 私もだよ。サイガ。

 

『白野をマスターとして一緒に戦ったことは一生忘れない』

 

 それも一緒。私だって絶対に忘れないよ。

 

『だから』 「だから」

 

『また会おう』

 

「また、会おうね」

 

 私は金色のペンダントを握りしめて、目を閉じた――――いい夢が見れますように。

 

 

 

 * * * * *

 

 

 ここで月の聖杯戦争は終わった。だか彼女の物語には実は三つの続きがある。

 

 

 

 一つ目はのちの聖杯戦争後の物語――ここでも黄金騎士牙狼と白野の物語がある。しかし、牙狼がどうやって召喚されるかは……続きがあれば紡がれるだろう。

 

 

 

 二つ目は『黄金騎士牙狼』の一部の力を引き継いだ、サポート用英霊――こちらは上司のイキのいいサービスとやらで彼と同じ職場で働くことになった――としてカルデアに召喚される話で、更なる修羅場となる物語。

 

 

 

 そして最後は……。

 

 

 

「よし、それじゃあ召喚するとしようか」

 

「幸先きいいスタートですね。 先輩もネロさんを召喚できましたし……ここで白野先輩も何か召喚できれば」

 

「大丈夫だよ、マシュ。だって私にはすでに媒体があるからね――」

 

「!? ま、待て、白野よ! そのペンダントは!」

 

 

 

 

「呼び声に応えよ――黄金騎士牙狼!」

 

 

 

 

「また漆黒の姿だよ……少しは成長したんじゃないの? まぁいいや、黄金騎士牙狼・サイガ参上――また会えたね、白野」

 

「うん、また会えたね――それじゃあ今度こそ逃がさないよ」

 

「……白野、なんで首輪を持ってくるの? ちょっネロまでいるし!? だ、誰か助けてぇ!」



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ようこそカルデアへ

第一話での修正・追加をいたしました……。

すまない、女主人公から男主人公にしてしまって……。

すまない、唐突の思い付きでこれを連載してしまって……。

すまない、今回が鎧成分などないぞ……。



すまない、続いてしまって…………。


人理継続保障機関フィニス・カルデア。

 

2016年に人類史が焼却されてからは、本来は存在しないはずの過去の特異点事象を発見し、これに介入して破壊する事により、未来を修正するための作戦『グランドオーダー』を始動。

 

カルデア唯一のマスターである少年――藤丸 立香は契約を結んだサーヴァントたちとともに人理修復に挑む。

 

そして今日、新たなサーヴァントがカルデアにやってきた――。

 

「……まぁ、ほぼ誘拐みたいなものだけど、とりあえずは契約したんだから自己紹介は必要か。どうも、カルデアのマスターさん――俺の名前はサイガ、クラスはセイヴァー……実力は今後の戦闘で発揮させるよ」

 

マリー・アントワネットの手によってカルデアまで連行された新たなサーヴァント――サイガはため息をつきながら答えた。

 

 

* * * * *

 

 

サイガというサーヴァントは不思議だ。彼がカルデアにやってきてから立香は何度そう思ったことか。

 

異なる時代にいるはずの英霊たちと知り合いのようで、彼がこのカルデアにやってきては――。

 

「あれ、マスター。また新しいサーヴァントの方……が……」

 

「あっ、どう――もおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」

 

挨拶しようとしたサイガの鼻先をかすめたのは、聖女ジャンヌ・ダルクの旗。

 

容赦ない旗の攻撃と、また普段穏やかな性格であるジャンヌの凶変に驚きを隠せず立香は唖然として見つめていた。

 

「…………マスター。案内中で申し訳ありませんが、彼とお話ししてもよろしいでしょうか――いろいろと個人的にお話ししないといけないことがあるので」

 

「ちょっ、なん―――っでええぇえええ!?」

 

ジャンヌから問答無用の攻撃を繰り出され、サイガは立香を置いて逃げ出すも追いかけていくジャンヌ。

 

消えてゆく二つの背中を唖然と見つめる立香は唯々立ち尽くすのみであった――因みにサイガが戻ってきたのは十分後。

 

コート等がボロボロになってふらついている姿であったが、立香は敢えて触れず、まだ案内していない場所を連れて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ! お帰りなさい、マス……ター……」

 

「おやまぁ、懐かしい顔やなぁ」

 

「おぁ、サイガの旦那っ!?」

 

カルデアの案内道中で出会ったのは平安時代組――源頼光、金時、酒吞童子の三人。

 

金時の腕にしなだれるように擦り寄っている酒吞童子に対して、頼光が詰め寄りかけている姿があった。

 

金時は立香の隣に立っているサイガの姿を見て驚愕し、酒吞童子に関しては目を丸くしながらも懐かしそうに笑みを浮かべた。

 

対する頼光というと――唖然とサイガを見つめていたが、一瞬にして表情は険しい表情へと変わった。

 

「ッぐッ、マスター、また後で!」

 

「逃がしはしません! 虫、あなたとの話はまた後です! 待ちなさい、サイガッ!」

 

サイガは頼光の表情を見ては嫌な予感を猛烈に感じて躊躇なく逃げ出した。

 

無論逃がすわけもないので頼光は追いかけた。

 

遠く消えゆく二つの背中を唖然と見つめる金時と立香、それを面白そうにケラケラと笑う酒吞童子がいた。

 

そして数分後――――手負いのサイガが逃げれるはずもなく。彼の悲鳴が響き渡ったことは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だ、大丈夫……?」

 

「ふ、ふふふっ、こ、この程度、問題ない。寧ろまだバッチコイってやつだ……っ」

 

「そ、それだったらいいけど。あっ丁度医務室があるよ、ここで傷を見てもらおう!」

 

頼光とジャンヌの攻撃にさらにボロボロとなったサイガを心配して、立香は丁度通りかかった医務室の扉を開けると。

 

「負傷者ですか? 安心なさい、どんな怪我でも治します――譬え命を奪って、で、も?」

 

「……だ、大丈夫なので、さよならぁ」

 

医務室にいた女性――ナイチンゲールの顔を見た瞬間、サイガはそのまま立ち去ろうとしたが。

 

「――待ちなさい。 あなたから不衛生と負傷が見られます、即刻治療を開始いたします――大丈夫痛みは一瞬です」

 

間髪入れずにナイチンゲールは出ていこうとしたサイガの肩を掴む。それこそ万力の如く。

 

「あ、いや、掠り傷だし」

 

「いいえ、どんな怪我でも私は見逃しません。ましてや口だけの人間など信じられませんし、何よりあなたとお話をしなければなりません」

 

「ちょっ!? 本当、本当に要らな――ってちょっ、お前いったいクラスはなんだっ!? 生前だってあんな馬鹿力を発揮していたくせに、クラスによっては俺が引き千切られるレベルだぞそれっ!」

 

「何を言っているのです。 患者を殺してでも治すのが私の使命です――えぇ決して個人的なものはありません。治療を開始いたします」

 

「あっ、ああああああぁぁぁぁっぁぁぁっぁあああああ!」

 

二人の言い合いを他所に立香はコソコソと隠密に医務室から出ていく――丁度扉が閉まる際に見えたのは、ナイチンゲールがメスと銃をサイガに向けていた姿、対する彼は涙目で尻もちついているものであった。

 

密かに彼は十字をきって、サイガの安寧を願った……助けてあげたかったがこれは当人同士の問題なので、お互いで解決してもらわなければならない。またナイチンゲールを止めることも無理難題である。

 

医務室から聞こえる悲鳴に震えながらも、その場から離れるために、そして小腹がすいた為にそのまま食堂へと向かった。

 

 

* * * * *

 

カルデアの食堂はいつもにぎわっている。

 

厨房には料理上手なサーヴァントたちが多く、下手な店よりも美味しい料理が提供される為に人気がある。

 

今日もいつも通りに料理を提供していく最中――。

 

「……お、おすすめ、料理を一つ…………」

 

全身に包帯やガーゼなどの衛生用品が張り付けられて、朱鞘の剣を杖代わりにフラフラと歩くサイガの姿があった。そんな彼の対応をするのは厨房担当である褐色肌のアーチャー:エミヤ。

 

「……君は新しいサーヴァントかね? しかし、なぜそうボロボロになっているんだ?」

 

「き、聞かないでくれ」

 

エミヤは心配げに声をかけるもサイガはただ視線を逸らすのみ。

 

込み入った事情があるのだとエミヤは察知し、丁度良く出来上がった料理――オムライスを提供した。

 

「まぁ、これを食べて元気を出してたまえ……」

 

「あ、あり、がとう」

 

震える手で受け取ったサイガは老人のように足を震えながらも剣を使って歩き進めていく。

 

そんな彼の姿を何故か憐れみと親近感を覚えたエミヤは後日飲みに誘って――『女性って怖いよね同盟』を結ぶのはまた後日談である。そして、その中に最近マシュが怖くなってきたと言って、立香も混ざることもまた後日談。

 

 

 

 

 

 

 

 

剣を杖のようにうまく使って何とか歩き進めていき、適当な席を座るサイガ。

 

周囲の目など気にせず、ようやく一息ついてはオムライスを食べようとしたとき――。

 

「うわっ……なんつうボロ具合だよ。まぁ、とりあえずお久しぶりでいいんすかね?」

 

憐れみと同情めいた、だけども聞き覚えのある声にサイガは顔を上げ前方を見る。

 

そこには緑の衣装とマントを纏った青年――月の世界で戦ったサーヴァントであり、個人的に仲良くしたかった人物だった。

 

「むっ、あっ、ロ、ロビンフッド君か……助かったっ本当に」

 

「いや、オタクはここにきてからどんだけ命が掛かってたの」

 

サイガの切実な声とその姿を見て、思わずロビンフッドは頬を引きつかせながら彼の隣に座った。

 

「とりあえず、まあお久しぶりっす。 まさかオタクと一緒に戦うことになるとは思いもしなかったんですがね」

 

「は、ははは、月の聖杯戦争での戦いは置いといて。  何もしていないのに女性たちがひどいの、何なのあの人たち……生前はあんなひどく無かったのに、あっでもマリーは変わらないでよかったわ」

 

「いや、あの王妃さん……カルデアに戻ってきたときに背筋が凍るような笑みを浮かべていたんっすけど」

 

「はっはっは、何を言っているんだい。 そんなことあるわけないじゃないか、あのマリーがそんな――」

 

ロビンの言葉を無視するかのように視線を背けながらオムライスを咀嚼するサイガ――脳裏によみがえったマリーの首絞めを忘れるように。

 

彼女のクラスはライダーのはずなのに、なぜあれほどの力が発揮できるのだろうか……いやライダーだからこそか?しかし、そんなくだらないことを考えるよりも折角の知り合い――殺しあっただけであるが――と話をしようではないかとサイガは切り替えた。

 

「そもそもオタクはなんでそんなボロボロ……なにをしでかしたんだ?」

 

「いや、俺は何もしていない――はず。そもそも何で彼女たちが俺にこんな仕打ちをしでかすのかいまいちわからん」

 

「…………あーまぁ、とりあえず何で考えてみたらどうですかい?」

 

「といってもなぁ、本当に身に覚えがないよ。悪いことは愚かセクハラすらしてないのに、まぁ欲に負けかけたことがあるけど」

 

「おいごら、黄金騎士」

 

まさかの発言に思わず突っ込んでしまうロビンフッド。

 

そんな彼の言葉を気にすることなく、口にスプーンを咥えて自分の行いを振り返っていくサイガ。

 

「うぅん、彼女たちと長い付き合いで一緒に過ごしてきたけど、何も悪いことしていないよ? 宴会をやったり、悩みを聞いたり、菓子を食べたり、化粧品やペンで顔に落書きという悪戯したりと色々やってきたけど……どれもこれも恨まれることじゃないしなぁ」

 

「へぇへぇ、そうっすか」

 

どれもこれも全部自慢話――本人にその気はないようだが――に聞こえて殆ど聞き流していくロビンフッド。

しかし、女性の顔を悪戯するってどれだけこの男は容赦なく面白いことをしたのだろうと興味がわき、今度どんなふうにしたのか聞いてみようとスープを飲もうとしたとき。

 

「あとは…………別れの時に記憶置換させたことかなぁ」

 

「ふーん、そぉっすか――――ってうん?」

 

サイガの言葉を流そうとした瞬間、ロビンフッドは違和感を覚えて、飲もうとしたスープを置いて尋ねることにした。

 

「いま、なんて? 記憶置換ってなんすか?」

 

「うん、俺――というか黄金騎士と関わった人たちの記憶を代替えさせてもらったんだ。だけど、流石に全員の記憶を消すことが出来なくって、黄金騎士伝説が残っているんだけどさ」

 

ロビンフッドは自分のことではないにもかかわらず冷や汗が止まらず、震える声で聴いた。

 

「……え、えっと、もちろん、そのあんたと関わった女性たちも?」

 

「もちろん。白野は例外としてだけどね、まぁ俺という存在は基本イレギュラーだし、あまり歴史上に関わってはいけないって………………うん?」

 

サイガも今更ながらおかしいと思って言葉を止めた。

 

そう、記憶置換――サイガは上司にもらったとある機器を使って、彼女たちの記憶からサイガ改め黄金騎士を消去させて、別の記憶を置き換えさせたのだ。

 

それなのに何故彼女たちはサイガのことを覚えているのだろうか。

 

「……あれれぇ、おかしいぞぉ」

 

「……オタク、その記憶置換ってもしかしたらだけど、ほんっとにもしかしたらなんだけど―――英霊になった瞬間に記憶が思い出すんじゃないの?」

 

「い、いや、いやいやいや。 そんなはずはないっ、だってでも、え?」

 

しかし、振り返ってみれば彼女たちの行動に何故か納得してしまうサイガがいる。

 

初対面であるはず――記憶を置換された彼女たちにとって――の自分に対するこの行い。

決して彼女たちは初対面の相手にあんな暴力的なことはしない、ここに連れ込んだマリーだってそうだ。

 

頭の混乱が頂点になりかけたとき――。

 

「その答えは余が教えてやろう!」

 

かわいらしい少女の叫びと同時にサイガの隣にやってきたのはネロ・クラウディウス。

 

「英霊の座に入った瞬間にな、荒唐無稽だが違和感のない記憶が消え、サイガの記憶に塗り替えられたのだ! 最初は余も訳が分からなかったが、サイガとの記憶が本物であると理解した――余の心を支配したお前の記憶をな」

 

ネロは嬉しそうに笑みを浮かべて、サイガの腕に擦り寄った――傍目から見れば主人に甘える猫のように見えるもののサイガの腕を強く締める音が聞こえるので、サイガとロビンフッドは顔を青ざめる。

 

「ふふっ、余の心を乱した上に記憶を置き換えるとは何て重罪なやつよ…………覚悟するのだぞ♪」

 

一体何を覚悟すればいいのだろうと聞きたかったが――ネロの恍惚めいたドロドロに満ちた暗闇の瞳を見て即座に辞めた。

 

サイガは助けを求める目でロビンフッドを見るも、彼は諦めろと言わんばかりに頭を振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、余のほかにも誑かした者がお前にいるとはな……他の連中にお前は余のものであることを理解させねばならぬな♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勘弁してくれと云いたかったが、命が惜しかったので敢えて黙ってオムライスを食べるサイガであった。

 

 

(味が感じない……舌が馬鹿になったのかな、俺は)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ、ずるいわ! 私もサイガが欲しいの!」

 

「むっ!? お前には余の玉座を座らせたことがあるだろうに、サイガもものにしたいというか!? ならん、ならぬぞッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……デザートだ。 疲れたときは甘いものがうってつけだぞ」

 

「……ありがとう、シェフ。 何故俺にこんなにも?」

 

「私かね? 私はエミヤという――君とはなぜか他人事とは思えない……今晩酒はいかがかね?」

 

「よろしく頼む……」



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サイガ 幕間の物語

……湖の騎士よりこっちのほうが投稿したほうがいいのかな?

でも湖の騎士も待っている人もいるんだよな、うぅん、どうすべきか。


 カルデアに来て、早数日――サイガはここでの生活に慣れてきた。

 

 サーヴァントたちと関係を作ったり、ネロたちの相手をしたりと忙しかった。

 

 ……ネロたちの相手にすること自体、とても大変でサイガの心身共に疲弊させているも、そこはご愛敬。愛されているということで置いておこう。

 

 マスターである藤丸 立香も性格もいいし、未熟なところはあるがキャスタークラスのサーヴァントたちが師事しているお陰で少しずつ成長している。

 

 人のいいカルデアのスタッフや、個性豊かなサーヴァントたち、美味しい食事――人間関係は勿論環境も素晴らしいここは。

 

(あれ、もしかしてここ所謂ホワイト企業?)

 

 ……人理修復を目指す企業など聞いたこともないが、本人がそう思うのならそうなのだろう。

 

 閑話休題。

 

「よしっ! それじゃあ今日はよろしくね、サイガ!」

 

「あぁ、任せてくれ。 期待に応えてみせるさ」

 

 カルデアに来てからの初陣が来た――特異点に向かい定礎復元を行うための

 

 彼は何時ものように白コートを羽織って、藤丸立香とマシュと共に小さな特異点を修復に向かう――。

 

 * * * * *

 

 小さな特異点での出現場は思ったよりも近かった。

 

 そこは、魔力に満ちた地形と魔術師が死ぬ直前で作り上げた術式で召喚された魔獣の討伐――それこそサイガにとって慣れたものだった。

 

 術式によって召喚された、黒い霧で出来たガーゴイルと餓鬼たちが襲い掛かってくる。

 

 二体を相手に怯まずにサイガは朱鞘から剣を抜いて、袈裟懸けに振るった。

 

 ガーゴイルの胸を斬ってたたらを踏ませたが、もう一体の餓鬼が爪を振り上げる――だがそれは左手で抜いた朱鞘で防いで腹部を貫く。

 

「グゥ……ガガガガガガッ」

 

 吐血して苦しみを訴える餓鬼に対し、サイガは容赦なく蹴り飛ばす――その勢いで剣は引き抜かれた。

 

 ガーゴイルは痛みにこらえながらも襲い掛かってくるが、サイガは鞘で顔を叩きつけた。叩き飛ばされたガーゴイルは地面を数メートル程抉って、ようやく止まる。

 

 そしてダメージの蓄積に耐えきれなかったのか、ガーゴイルの身体は朽ちてやがては霧散した。

 

 蹴飛ばされた餓鬼は――。

 

「やあああああ!」

 

「ゲゲギッ!?」

 

 マシュの盾によって地面に潰されていた――その盾の下は餓鬼の贓物が飛び散っているのだろう、恐ろしや。

 

 だが、そんなことを気にする余裕はなくマシュは次いでガーゴイルを盾で薙ぎ払った。

 

 払い飛ばされたガーゴイルはそのままサイガに向かい、そして――。

 

「りゃあ!」

 

 剣で一刀両断に斬り裂かれた。

 

 だが、ガーゴイルと餓鬼は増え続けている……魔術師が創った術式で召喚され続けているのだ。遠目から見える術式が不気味に紫色に輝き、そこからガーゴイルと餓鬼が増え続けている。

 

「……これじゃあ、キリがないな」

 

 いつの間にか周囲にはガーゴイルと餓鬼が溢れており、このままではジリ貧になる。

 いやそれどころか、押しつぶされる可能性のほうが高い。

 

『立香くん、マシュ、サイガくん! 今からサーヴァントをそっちに送るからそれまで――』

 

「……マシュ、マスターを頼む」

 

 サイガは剣を掲げて円を描いた。

 

 円形の裂け目が生まれ、眩い黄金の光が差し込む。

 裂けめの向こう側から黄金に輝くパーツがサイガの全身に装着される。彼の手にする剣も黄金に満ち、牙狼剣と変異する。

 

 金色の狼を模する猛き騎士――黄金騎士牙狼!

 

 牙狼の顎が開き猛々しく咆哮した。空気が強く振動し、それはガーゴイルと餓鬼もそれに怯え身を竦めてしまう。

 

 立香とマシュ、そして画面越しで見ているロマンは牙狼の姿に見惚れていた。

 

 世界各地で残されている伝説でしかない黄金騎士――それが今目の前に現れている。金色に輝く騎士の姿に目を離すことが出来ずにいた。

 

 牙狼が剣を大きく薙ぎ払うことで、凄まじい剣圧が生じられ、ガーゴイルと餓鬼たちはそれだけで吹き飛ばされてしまった。

 

 牙狼は大きく跳躍し、吹き飛ばされたガーゴイルを踏み台と同時に突き刺して再度跳躍。

 他のガーゴイルや餓鬼たちも同じように突き刺し、斬り裂いて、確実に一体ずつ仕留めていく。

 

 そして、空中に残された最後のガーゴイルの首を斬り落として――ようやく術式が見えてきた。

 

 術式の中心にいる人と物体が見えた……だが人は動く気配もなく、寧ろそれが中心となっていることで召喚されているのが分かった。

 

 牙狼は兜越しから見えるその人の状態が見えた……一度顔を俯かせるも、すぐさま上げて、牙狼剣を大きく振りかぶって。

 

「オオオオオオオオオッ!」

 

 その人諸共、牙狼剣による斬撃を、地面ごと叩きつけた。

 

 人は真っ二つにチーズのように裂かれ、術式は牙狼剣によって破壊された。それにより召喚されることなく、紫色に不気味に輝いていた光も途絶えた。

 

 牙狼は鎧を解除し、サイガは斬り裂いた人を見つめる。それは既に人間ではなかった。

 

 人は既に朽ち果てたミイラのような姿に成り果てていたのだ――その傍らにある棺桶も牙狼剣によっては破壊されて、中身も見えた……そちらもミイラだった。

 

(ミイラが二体で、その内の一体は棺桶か……ん?)

 

 サイガは二体のミイラから漂う何かを感じる……独特の言葉にできないような雰囲気。それは人の想いや記憶を残した残留思念だった。

 

 残留思念を見出したサイガは剣を突き付けて鍵を回すように動かす。

 

<妻よ、この術式でお前を蘇らせてみせる>

 

<この術式は魔術協会の地下深くにあった死者復活のもの! きっとお前を取り戻せる!>

 

<そのために、下らん銃で人を殺した! お前以外の人間など価値もない! 戻ってきてくれっ、妻よぉ!>

 

<なっ、なんだこれは!? ヒッ、や、やめろ! なんだ、お前たち――――ぎゃゃあああああああああああ!>

 

 残留思念が展開されたものは残酷なものだった。

 

 最愛の妻を失った喪失感に耐え切れず、男は禁書を利用し禁断の魔術に手を染めてしまうが、結局はガーゴイルと餓鬼に喰われてしまった。

 

 餓鬼とガーゴイルにとって男は餌だったのだろう――血しぶきを浴び、殺したことで怨念を纏った男が極上のにおいを漂わせていたから。

 

 男が使用した術式は召喚した悪魔と契約し、死者を蘇らせる邪法――だが実は語弊がある。これはただ召喚するだけのもので、死者など蘇ることが出来ない。

 

 そしてサーヴァントたちのような英霊を召喚させるものではなく、人間に害する悪魔を召喚する――中には契約して知識を求める魔術師もいたが、結局最後は食われ殺された。

 

 また半人前の魔術師でも召喚出来るも、大抵は契約が出来ない――そもそも言語を話せない――餓鬼かガーゴイルといったようなもので、今回はそれに至ったのだろう。

 

 無論これを禁忌として指定封印されたものだが……どうやってかこの男はそれを手に入れたことが、今回の特異点の原因なのだろう。

 

 サイガはそこら辺に転がっていた禁書を突き刺して、上空に放り投げ――――もう二度と読まれないように細かに切り刻んだ。

 

 切り刻まれた禁書は唐突に吹かれた風によって舞い、そのまま飛んで消えていった。

 

(もう二度と……こんなことがないように)

 

 サイガは叶うはずもない願いを心の中で思い、朱鞘に剣を収めた。

 

 そして、こちらに向かって駆け出している立香とマシュに手を挙げて迎え入れた。

 

 どうやら二人にはあのミイラたちが見ていない様子だったので好都合だった。若い二人にあのミイラと引き起こした悲劇を見せる必要もないし、見せたくもなかった。

 

 あの二人にはまだ見せるのは早すぎる。サイガの願いとしては。

 

(知らずに生きてほしいな)

 

 人間が引き起こした願いの為に人を殺し、叶えようとしたが結局は殺されたという残酷さを。

 

 ――それは無理の話と分かっていながらもそう願わずにはいられなかった。

 

 

 * * * * *

 

 

 黄金騎士の伝説が本当であったこと興奮気味な二人とロマンを抑えるのを苦労したが、何とかカルデアに戻ってきた三人。

 

 残留思念と禁書のことを黙り通すことで、二人は気にするそぶりはなかった。

 

 知る必要もないことだとサイガは思うが、これからまだ過酷な旅路が続く――何かを切っ掛けに知るかもしれない。

 それまでの間はサイガが引き受けるつもりだ。

 

 だが、何かしらの出来事でそれを知ったときは――。

 

(一緒に引き受けてやるからな、マスター)

 

 甘い考えかもしれないが、まだ二人は幼い……成長するまでは大人が守ってやるべきだ。

 

 サイガはそう決意して白コートを翻して部屋に向かった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで、ネロの縫いぐるみが?」

 

 自室に戻ったサイガが見たのはベットの上に寝そべったネロのぬいぐるみが転がっており、そして机の上には赤いコートが綺麗に折り畳まれていた。そしてコートの上には一枚の手紙があった。

 

「……何々『サイガよ。白コートも似合うが、やはりお前にはローマである紅とマークがよい。至高の芸術家である余が創ってやったぞ、着てみるといい!』か」

 

 赤いコートを広げると、煌びやかな装飾華美がされていた。しかし、煌びやかと云っても白いコートと同じ装飾品がつけられ、牙狼の紋章の隣にはローマの紋章があった。

 

 サイガが着ている白コートと同じように作られた、赤いコートを見て、サイガは感銘を受けたように息を吐いた。

 

「うわっ、紋章の隣にローマって……器用だな相変わらず。まぁ、折角作ってくれたんだし、機会があれば着てみるか」

 

 そう言ってサイガは赤いコートを再び畳み直して、ベットに転がる。丁度真下にいたネロのぬいぐるみを優しく抱きしめて。

 

 縫いぐるみ特有の柔らかさに頬が緩みそうになったものの――ふと気づいた。

 

「…………あれ、そういえば鍵をかけておいたよな? それなのに、ネロはどうやって部屋に入れたんだ?」

 

 更に気づいたことがある。寝転がったベットのシーツが若干湿っているような、更に若干粘々しているような……何かの体液が付いているのだが。

 

 これは一体何なのだろうか……もしかしてネロが入ってきたのと関係があるのだろうか。

 

「気のせいだよな、うん。 さっさと寝よう」

 

 サイガは震える声を何とか抑えながら、ベットの掛布団を被って目を瞑った――布団に漂うネロ独特の香りを感じながら……。

 

 



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番外編

今回、ヤンデレも修羅場もないです。

あるのは、ご都合主義的な展開と設定あるのみ。



「……え?」

 

サイガは上司の言葉に唖然とした声を上げた。

 

信じられないといわんばかりの表情を浮かべる彼に、上司ことのっぺらぼうは面白そうに語った。

 

「だぁかぁらぁ! 君の子供がいるんだよっ、あの世界に! いやぁ、若いっていいねぇ!」

 

「あっ、え、いや、だって俺は……サーヴァント、でしょ? 子供なんて作れるわけが……」

 

「あぁそこね……いや、彼女も結構したたかってところかな」

 

のっぺらぼうは思い出す――サイガと彼女の睦事を。といっても殆どは彼女がすべて仕込んだことだが……そしてお互いに激しく求めあった際に、そこでも彼女側が何かをしたのだがそこは置いておこう。

 

因みに、その彼女は魔術師ではないが普通の一般人でもないことを伝えておこう。

 

そんなことを露知らないでいるサイガは考えるのを放棄したのか、ため息をつきながらも彼女を思い出しつつ想いを馳せる。

 

「彼女は……とても強い女性でしたよね」

 

どんな不運や運命にも見舞われても、決して彼女は後悔せず後ろを見ずに前だけを振り向いて立ち向かった。

何度も立ち上がってはその運命と戦ってきたのだ。

 

「……そうさ、だから人間は面白い。 どんな理不尽な事に襲われても、様々な悪意を受けても、あきらめずに前へ進むことをあきらめない――時に止まることがあっても己を奮い立たせて立ち向かうそんな人間が好きだ」

 

のっぺらぼうは満足気に頷いてはサムズアップをする。サイガはそんな上司に同意するようにうなずいた。

 

「さてさて、そんな君の子供を幼少期から見守っていこうか……と言いたいところだけどさ」

 

「あぁはいはい、仕事でしょ? さっさと終わらせて俺の子供とやらを――」

 

サイガはやけくそ気味になりながらも上司の依頼をこなそうと腰を上げかけた際――。

 

「いや、君の子供と一緒に仕事してもらうから傍らで見守ってあげなよ」

 

まさかの発言にサイガは驚愕の表情を浮かべると同時にのっぺらぼうは厭らしそうに笑みを浮かべた。

 

「さすがは君の子供ってところかな? どうも運が悪いようだ……お父さんと同じようにブラックな仕事に携わることになったんだからさ」

 

「はっ、いやえっ、どういうことですか!?」

 

「どうもこうも。君の子供、歪んだ歴史を直す旅に出たようでさぁ……丁度君もその旅に参加してもらおうと思ってね。というわけで、行ってきて頂戴?」

 

「ちょっ――!」

 

最後までサイガの言葉が紡がれることはなく、のっぺらぼうが指を鳴らして強制転移されてしまった。

 

勿論その転移方法というのは、言うまでもなく、落ちていくものである。

 

 

『あっ、因みにねぇ、子供の名前なんだけど――』

 

 

『藤原立香と董(かおる)っていうんだってさっ! 会えたらよろしく言っときなよぉ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サイガが特異点となっている地点に召喚されてから数日が経った

 

サイガがいる場所は闇に覆われている森林。

樹木や草木に覆われており、方向感覚が鈍るほどに周囲は同じような景色ばかりだ――しかしそれを下もせずに歩き進める。

 

白いコートを羽織り、腰には朱鞘の剣を差す彼は足取りを迷いなく進んでいく。時に北東、北西、東南――まるで自らの進む方向が分かっているように。

 

やがて、とある地点に到着した際に軽く腕を伸ばす――瞬間に虹色の薄い壁が発現して手を弾いた。

 

サイガは朱鞘から剣を引き抜いては自らの足元を勢いよく突き刺す。

 

バジィと電気音と共に破裂音が響くと同時に、薄い壁は解けていくように消えていった。

 

「……やっぱり結界か」

 

剣に突き刺さっている機器――魔力を帯びた道具だ。

しかもこれは侵入を拒む結界を張る道具であり、同時に今から入る小国を外部からの存在認識を消す結界も含まれた二重結界。

 

これほど強力な道具も、それを作製するサーヴァントは聞いたことがない……そして強力な結界を張ってまで一体を目的としているのだろうか。

 

しかし、考えても何も始まるわけがない――彼はいつも通りに仕事をこなす。

 

「さてと、お仕事に行きますか」

 

サイガは剣を朱鞘におさめて、破壊した結界の向こう側に歩き出していった――歴史上に壊滅した筈の小国を目指して。

 

「おっと……その前にお客さん」

 

そんなサイガの目の前に現れたのは、両足に備わった車輪と両腕に剣を差す黒装束たちだった。

 

しかし、彼らから発する雰囲気はただ無感情しかない。

 

戦場においては何かしらの感情が発せられるのだが、彼らからは特に何もない……。敵の様子に疑問を感じるが、両腕の剣が向けられたことで、サイガは剣を抜いて対峙する。

 

「……邪魔をするなら、容赦はしない!」

 

サイガは知らない。目的地に、彼の子供たちが仲間とともに人理修復の為に滞在していることに。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

藤原立香と(かおる)は双子の兄妹だ。立香は黒髪であったものの、董はオレンジ髪ということで、よくそれで虐められていたがめげることなかった。

 

母子家庭で至って普通の人生を歩んでいた――だがとある日を境に運命が彼らを導いた。

 

カルデア、人理修復、サーヴァント、魔術。

二人にとっては非日常的な事ばかりであるも、持ち前のポジティブさと前向きで進んでいく――やらなければならないことだと言い聞かせて。

 

そんな二人に従い慕って付いていく仲間たち。今日も二人は人理修復のために、レイシフトする。

 

二人がたどり着いた先は――過去に滅亡した小国が謎の復活をした地だった。

 

その小国に出現するエネミーと対峙しながら、夕焼けが見えるころに小さな村を発見した。

 

探索は明日以降と決定し、休息していた際、董は気分転換の為に散歩をする最中で教会に入った。

 

「うっわぁ……っ」

 

教会の奥にあるステンドグラスの絵柄を見て、感銘の息をつく。

その絵柄は外套を翻す光り輝く鎧を纏った狼の騎士――そして董は騎士の腰に描かれている紋章を見て、「あれ?」と言葉を発した。

 

董はいつも首に掛けているペンダントを取り出しては、紋章とペンダントを比較して見る。

 

「似てる……母さんが創ったのと同じ」

 

狼の騎士の紋章『▲』と同じ形状で造られた黄金のペンダント。そしてステンドグラスの騎士を始めて見るのに何故か懐かしく感じる。董は不思議な感情に満たされた。

 

「あっ、いたいた! 姉さん、何しているんだよ……ってあれ?」

 

そのとき、弟の声が聞こえて董は振り向く。

弟――藤原 立香は呆れたように腰に両手で添えながら歩いていく最中、狼の騎士を目に留まり董と同じように見つめる。

 

「……立香もやっぱり感じる?」

 

「……うん、言葉に上手く言い表せないけど、たぶん俺も姉さんと同じ感じになってるよ」

 

双子だからこそ言葉を多く紡がなくとも理解し、そして互いの感情を疎通が出来る。

 

その後も立香と董は立ち尽くし見つめていた。後輩である盾の少女が探しに来るまで、ずっと。

 

 

 

 

 

 

 

真夜中、事件は起こった。立香と董が泊まった村に突如奇襲されたのだ。

 

各家は炎に包まれ、火事となり惨事となっていく中で更に多くの畏敬が村の住人たちを襲い掛かっていたのだ。

 

その畏敬は両脚の車輪で滑走し、両腕に備わった剣と槍を武器で人々――男女関係なく斬られ、貫かれていくなかで若々しい娘と子供たちは誘拐されていく。

 

『っなんなんだっあれは!? サーヴァントでも幻獣でもないっ、何も反応がなかったぞっ!?』

 

『ぼやいている暇はないぞ、ロマン! 私たちは即刻に敵のサーチだっ、立香くんと董くんは敵の退治を頼む!』

 

画面越しのロマンとダヴィンチの言葉に反応したのか畏敬・アポストルフは村人の攻撃はやめて、標的を変えた。

 

二人の言葉にうなずき返答した立香と董は、即座に仲間たちに命じる。

 

「マシュ、ロビン、術ニキ!」 「マルタ姐さん、ネロ、ジャンヌ!」

 

立香と董は自分の仲間であるサーヴァントたちに命を下す――あいつらを倒せと。

 

それに応じてサーヴァントたちは霊体化していた身体を現界しては、各々の武器を取り出して戦いへと繰り出していった。

 

二人がともに行動しているサーヴァントたちは計六名で英霊――約一人はデミサーヴァントと言われる特殊なものだが――と謂われる彼らにとっては問題なかった。

 

襲い掛かってくるアポストルフたちを各サーヴァントたちは薙ぎ払っていく。

 

マシュの盾が押しつぶし、弾き飛ばし。

 

ロビンのボウガンの矢が貫き、串刺しにする。

 

術ニキことクーフーリンの、ルーン魔術が焼き払い、光弾で消し飛ばす。

 

ネロの剣は鮮やかに綺麗な赤い斬撃を繰り出し斬り捨て。

 

マルタの杖から発せられた光弾は敵を吹き飛ばす。

 

最後はジャンヌの旗の薙ぎ払いによって、戦いは終了。しかし、勝利したその油断をつかれた――。

 

「きゃっ……!」

 

「姉さんっ!?」

 

「先輩っ!」

 

村のはずれにあった森林から一つの影が現れたかと思いきや、董が捕まり、森林へと連れていかれたのだ。

 

一瞬だけ茫然したものの、即座に彼らは切り替えてはその影を追いかけた――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

董を誘拐したアポストルフは両脚の車輪を動かして、指定された地点まで向かっていた。

 

「このっ、離してよ!」

 

アポストルフは殴られるが、まったく意図も介さずに、寧ろそんな彼女を煩わしく感じたのか彼女の腹部を拘束している片腕だけ強く締めることで黙らせた。

 

「……ぅぇっ!」

 

腹部を締め付けられたことで息苦しさと肉体的苦痛に悲鳴を上げて、力が抜けていく董。

 

ようやく黙った彼女に対してアポストルフは興味も示さず。両脚の車輪を動かして、足場の悪い森林を駆け抜けていく。

 

しかし、前方に立ちふさがる一つの白い人影。アポストルフは片腕の剣を振り上げてそのまま突き刺そうとしたが――腕が吹き飛んだ。そして今度は首が斬り飛ばされて、地面に無造作に転がっていく。

 

 

 

 

 

 

主の命令を叶えられることがなく、意識を閉ざされたアポストルフは霧散して最初からいなかったように消えていった。

 

 

 

 

 

 

アポストルフに抱えられていた董は地面に投げ出される。

 

だが地面に頭が叩きつけられるその前に白い人影に抱えられて救出され、董はゆっくりと地面に横たわられる。

 

「っぅ……あ」

 

助けてくれたその人に礼を言おうとする董だが、先程まで圧迫されていたためか上手く言葉が紡ぐことが出来なかった。さらに言えば苦しさのあまりか涙目となって、助けてくれた人の顔も上手く見れなかった。

 

「あまりしゃべらないで、ゆっくり呼吸して」

 

その助言通りに董はゆっくりと深呼吸を繰り返すことで少しずつ落ち着きを取り戻していく。そしてようやく喋り、見れるようになったことで、助けてくれた人を見ることできるようになった。

 

「大丈夫、もうあいつは倒したし、怖いものなんてないよ」

 

その人物は白いコートを羽織り、腰元には朱鞘が差されていた。そして片腕には血塗られている剣が握られている男性で、明らかに一般人ではないのが分かる。

 

だが董はそんな彼を恐怖や戸惑いを感じることなく、寧ろ安堵感しかなかった。一体なぜあったこともないこの人物にここまで心が寄せられるのか、董自身も不思議に感じていた。

 

「ごめんね……助けるのが遅くなっちゃって。かならず攫われた人たちも一緒に助けるから」

 

そう言って男性はそのまま董を抱き上げようとしたが――――。

 

『その娘をよこせ』

 

「っどうやら、そのまま待ってもらおうかな。ちょっとお客さんが来ちゃったからさ」

 

森林の木々の影から現れた両腕に鎌を備えた赤い悪魔――その身体は肩幅は広く巨体な上に、2メートルほど身体であった――が現れた為に、彼は剣を構える。

 

『邪魔をするな、人間。 喰ってしまうぞ』

 

「……お前ごときに食べられるほど、俺の腕は弱くないよ」

 

彼、サイガは不敵に笑うと同時に剣の切っ先を相手に向けて云った。

 

『ふざけるなっ!』

 

それに劇場した悪魔は見た目とは裏腹に素早い動きと鎌による強烈な斬撃が襲い掛かる。だが、サイガはその動きについていき、鎌の斬撃も受け止めるか弾くかのいずれかで流していく。

 

悪魔と人の剣舞に思わず見とれてしまう董だったが、やがてその剣舞も終わりを迎える。サイガの繰り出した蹴りが悪魔の腹部を捉えて、太い木に叩きつけられたことで。

 

そしてサイガは頭上に剣先が大きな円を描くと同時に、その軌跡が作った空間の裂け目から召還された金色の鎧が全身に装着される。そして、手にした剣からは殻を破るかの如く牙狼剣が顕れる。

 

『お、黄金騎士っ!?』

 

悪魔の驚愕と戸惑いの声を耳にして、董も驚愕しながらただ現れた黄金騎士牙狼をじっと見つめていた。

 

ペンダントと同じ紋章を持ち、金色に輝く鎧の騎士――実在する騎士を見て、生まれたのはやはりあの時の不思議な感情。

 

この感情は一体何なのだろうか……董はその疑問を抱いた。

 

 

『お前の夜はここまでだ!』

 




双子設定と黄金騎士家系のぐだーずを考えたのはいいが、番外編もここまでだ!

続き? 期待しないでもらいたい。


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反転/病愛

比較的早めに投稿いたしました。

今回は題名通りの物語となります。

とある四人が反転して、病愛となり、キャラ崩壊となります……。


 いない。いない。

 

 あなたがいない。

 

 みんなと世界を救ったのに、私も救われたのに、あなただけがいない。

 

 私は後悔している。あの時、あなたを止めることができればと。

 

 かつて私の家で大切で温かくて守りたかった、残骸となったこの場所で私は静かに考える。

 

 もしもつまりイフのことを常に考えて……話しているかもわからない唇で私はつぶやく。

 

 私は守れなかった――守りたかったのに。そのために雪花の盾を取ったはずなのに。

 

 私の中に宿っていたはずの存在どころか残滓すら感じられない。

 

 もう私は独りぼっちだ。

 

 何も守れなかった私にはお似合いかもしれない……このまま消えてなくなってしまえばいい。

 

 そう思った矢先に、目の前に何かが転がった。

 

 それはいつか特異点で回収した――聖杯。

 

 厳重に保管されていたそれが転がっていた。

 

「聖、杯」

 

 手を伸ばして、転がった聖杯をつかむ。黄金のそれを眺めて、思い出すのはこれが万能の杯であること。

 

 どんな願いもかなう器――。

 

「私は――私は」

 

「やり、直したいです――」

 

「もう離れたくない、です」

 

「ずっと一緒にいたいです、先輩とここで」

 

 そう告げると、聖杯が輝きだして――。

 

 * * * * *

 

「カルデアが特異点に?」

 

「……まぁ、ダヴィンチちゃんも信じられないことだけど。正確に言えばカルデアと同じ座標軸にある地域かな。それが特異点になりかけているんだ。いやぁ、よかったよ、ロマニが休みにとってる間でっ」

 

 カルデアと全く同じ座標。

 

 計器の誤作動なのかそれ以外の要因かはわからないものの、それを放置しておくとこのカルデア自体がその特異点に侵食され、施設ごと消滅しかねない。

 

 因みにロマニの休みは、ほぼ強制――ダ・ヴィンチの肉体言語によって取らされたのは言うまでもない。

 

「さてさて、急で申し訳ないけど、すぐさまこの特異点に行ってくれたまえ! 悪いけど、時間がないから編成とかはこっちで全部やっといたからね! 文句は後で受け付けるよ!」

 

 この危機をいつになく慌てているダ・ヴィンチの指揮によりレイシフトの準備が完了し、立香はマシュと数人のサーヴァントたちとともに突入する。

 

 

 

 

 

 レイシフトの光がまだ瞼の奥は疼くも、時間が経つにつれて収まっていく。

 

 ゆっくりと目を開くと、そこ瓦礫だらけとなった室内、埃に泥そして血で汚れた壁と床――だがこの光景……というよりも場所を立香は知っている。

 

 いつもならカルデア職員が一息ついて各々の休憩を取り、ひと時の休憩と言ってロマンがお菓子を食べたり、サーヴァントたちが談笑したり光景が――レクリエーションルームにはあった。

 

 だが今は何もない……目にとらえているのはあちこちに瓦礫が落ちて、人の気配が全く存在しない。

 人の気配どころか、営みも笑顔もない。何もかもなくなっていた。

 

 立香は通信を取ろうとしたが、障害が入っているのか中々つながらない……。

 

 通常ならば連絡が取れるまで待機すべきだろう、更に言えば契約しているはずのサーヴァントたちも周辺にいない。

 

 本来ならば待機すべきだろうが、カルデアの現状を考えるとそうもいっていられない。

 

 足を奮い立たせて、靴の下で破片やがれきを感じながら歩き始めた。

 

 

「……っ」

 

 

 レクリエーションルームから出て、廊下を歩き始めるも、見えるのは瓦礫だらけ。

 

 いつも賑やかで騒がしくも心地いい雰囲気は一切感じられないこの場所が、本当にカルデアなのか信じられなかった。それが寂しくも感じれば、一人でいることに対して孤独を感じる。

 

 早く誰かと会いたい……その気持ちで心中がいっぱいになって早足となっていくと――。

 

「せん、ぱい……?」

 

 背後から声が聞こえた。この声はいつも聞いている可愛い後輩の声だ。

 

 立香はようやく合流できたことに安堵して息を吐き、そのまま振り向くが。

 

「マシュ、だよね……?」

 

 その姿を見て立香は震える声を必死に抑えて、そう尋ねた。

 

 廊下の角から現れたのは確かに立香は見慣れた可愛い後輩の変わらない笑顔だ。

 

 だが、その姿は変わっていて思わず目を見開いてしまう。

 

 血のように赤い盾、紫紺を中心とした騎士の鎧ではなく赤と黒を基調とした奇怪な鎧、目は絶望に満ちた暗い目——その異様な姿さえ除けば彼女は殆どマシュそっくりだ。

 

(ううん、違う、マシュだ)

 

 ことごとく変わり果ててしまった姿であるも、立香の心が訴えている……彼女はマシュであると。

 

「ぁ、ぁぁ、せん、ぱい」

 

 マシュの目から突然涙があふれだした。

 

「うぅ、うわああああああああああああん!」

 

 マシュは盾を投げ捨てて、立香に抱き着いた。勢いあまって床に押し倒される立香だが、マシュは強く抱きしめる。

 

「あぁ、ああ! 先輩、先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩っ! よかった、叶えてくれたっ、やっと、やっと会えたっ!」

 

 支離滅裂な言葉を紡げ終えたのか、マシュはようやく立香の胸元から顔を話しては大輪のような笑顔を浮かべるとともにこう言った。

 

「おかえりなさい、先輩!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 立香はマシュに連れられて、特異点を歩き回っていた。

 

 いまだに通信回路が取れない状態で、今は彼女にゆだねるしかないと判断して探索というよりも案内をしてもらっている。

 

 案内されている中で、瓦礫等で汚れているものの見慣れた光景と居室、部屋が確認されていくなか、やはりここはカルデアであることが判断できた。

 

 やがて、とある部屋に案内された――そこは立香の部屋として扱われていた場所であるが、今では無残な廃墟となっていた。

 

 マシュに手を引っ張られて部屋の中心に立たされたと思いきや、立香は再び彼女に抱きしめられた。

 

「先輩先輩、ここにいればもう安心ですよ。 もう先輩を戦いに行くこともなければ、辛くて痛いことも、しなくていいこともしなくていいんです。 掃除も食事も全部私がやります……先輩はただここにいればいいだけなんです」

 

「なに、言っているの? そんなことできるわけ」

 

 彼女の唐突な発言に対して、立香は否定しかけた瞬間――急激な苦痛と息苦しさが彼を襲った。

 

 

 

 

 「ダメなものはダメなんです。 先輩はもうここにいるべきなんです、えぇそうです。 だってそうしなければ私は独りぼっちになってしまう、また守れなくなってしまう。 もういや、いやなんです、先輩……一人にしないでください」

 

 

 

 

 

 マシュの腕力によって立香の身体全体が強く絞められ、しかもミシミシと音がたてられている……。

 

 意識が次第に白くなり、息もできなくなりかけている……このままでは不味いと立夏は思うも、声も発することができない。

 

 これまでかと諦めが立夏の脳裏に占めようとしたとき――。

 

「マスター!」

 

 部屋の扉が大きく吹き飛んだと同時に、白いコートが翻りながら拳が飛んできた。

 

 マシュは立香を離してはその拳を受け止めるも、次に襲い掛かってきた蹴りに反応できずにそのまま壁にたたきつけられた。

 

 圧迫感から解放された立香は肩で息をして呼吸を整えるも、即座に浮遊感が襲い掛かっては視界が揺れたと思いきや、いつの間にか抱えあげられていた。

 

「サ、サイガっ」

 

「ごめんね、ちょっと気持ち悪いけど我慢だ」

 

 白いコートの青年、サイガが優しく微笑んだのと同時に駆け出した。

 

「悪いけどっ、うちのマスターは返してもらうよっ」

 

「……っぐぁ、ぁ、か、かえして、返してください! 先輩を、かえせ、かえせ、かえせぇえええええええええええええええええ!」

 

 普段聞かないマシュの怒声に身を竦めてしまう立香であったが、そんな怒声にものともせずにサイガは朱鞘から剣を抜いて衝撃波を放つ。

 

 衝撃波を受けて苦痛の声を上げる少女に目もくれず、そのまま部屋から飛び出した。

 

「っサイガ、どうしてここが……っていうよりもマシュが!」

 

「……あの子は俺たちの知っているマシュじゃない。 あの子はどうも反転したみたいだ、それにあの程度でやられてくれれば簡単に修復なんてできるさ」

 

 命をさらされながらも彼女の心配をする立香に苦笑しながら、答えるサイガ。

 

 剣を片手にマスターを抱き上げるのは特に問題ない――厄介な敵が現れなければの話だが。

 

「反転ってどういうこと!? マシュは、あのマシュはいったい」

 

「簡単に言えば、ジャンヌとアルトリアさんみたいな感じ……何かしらの呪いを受けて汚染されたか、別側面によってあぁなっちゃったかのどっちかかもしれない。しかも、他もああなっているから参ったもんだよ」

 

 サイガの口ぶりからして、マシュのほかにもそのように変換されている言い方で首をかしげる立香。

 

「とりあえずは皆と合流しよう、多分ある場所に集まって――」

 

 しかし、サイガの言葉が最後まで紡がれることはなかった。廊下の角から複数の人影が現れては、二人の進路を防がれてしまった為に。

 

「……マスター、悪いけどサポートをお願い。 俺一人じゃ、どうも相手は厳しいからさ」

 

 サイガは立香を下ろして、剣を正眼に相手に向けて構える。そして立香は目の前に現れた相手、いや敵を見て驚愕の声を上げてしまう。

 

 それは見慣れた相手だった。むしろ頼れる戦力として、よくレイシフトしてもらっている仲間だ。

 

 だがいま、()()()()()()()()()()()()()()

 

「ネロ、マルタさん、マリーまで……」

 

 立香の言葉に反応することなく、その三人はただサイガだけを見つめている。

 

「……お前たちがここにいるってことは、まさか――」

 

 最悪な展開を考えて言葉を紡げようとするが、ネロが鼻で笑った。

 

「ふん、あのような有象無象のような連中などどうでもよい。余はただお前にしか興味はない……あの娘に感謝しなければな、このような機会をくれたのだからなぁ――あぁ早くお前と過ごしたいぞぉ、サイガァァっ」

 

 甘えるような蕩けきった表情を浮かべるネロ――しかし、いつもは煌びやかに輝いている赤いドレスではなく、赤と黒を基調としたドレスで、愛剣も血のように歪で不気味な色合いをしていた。

 

「あぁ、あぁ! 国のために私は自分の命や心を投げたけど、もう今の私は捨てられないのっ。 本当はいけないこと、ダメなことなのに、私は自分の心に沿って動くわ! マリー・アントワネットではなく、ただのマリーとしてっ動くわ!」

 

 白銀のツインテールの髪を揺らし、赤と黒のゴスロリドレスの翻しながらマリー・アントワネットは語った。

 美しかったアイスブルーの瞳は今では真っ赤な血の色となり、狂気に満ちた目となっていた。

 

「勝手に消えて、私を一人にさせた罰をあんたには受けさせる、そしてもう二度と私のそばを離れない様にしてあげるわ」

 

 白銀のロングヘアーに、赤と黒の聖衣を纏ったマルタは杖をサイガに向けて淡々と告げる。

 

「……もしかして、さっき言ってた他って」

 

「あぁ、彼女たちのことだ」

 

 サイガは立香の言葉に頷いた。何たることだろうか、マシュだけでなくまさかの英霊三人までもが反転してオルタ化してしまうとは。しかも敵対する関係で……サイガに対して凄まじい執着を抱いている。

 

「マスター、俺のそばから離れないで……強行突破で行くぞ」

 

「余がお前を逃がすと思うのか? それはあまりにも甘い考えだぞ」

 

「うふふふ、それはそちらの殿方もよ? あんなに情熱的で深い愛を受け止めるのが紳士としての役目よ」

 

「えぇ、二人の言う通りよ。 あんたたちを逃がさない……あの子の気持ちは少しは汲み取りなさい、カルデアのマスター」

 

 マスターである立香を守りながら英霊三人と対峙するのは少々厳しいところだが、泣き言を言っている暇はない。

 

 今はここを離脱することを考えるべきだ――サイガは剣を頭上に掲げては円を描く。

 軌跡が作った空間から召還された金色の鎧が全身に装着され、牙狼剣も顕現された。

 

「おおぉっ、相も変わらず美しい輝きよっ……ああ早くお前を余のものにしたいぞっ!」

 

 牙狼が猛々しく咆哮して牙狼剣を大きく振るい上げた――。




ジャンヌダルクやほかキャラのオルタ化?

収拾がつかなくなるからやめれ。


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反転/病愛②

嘗てカルデアであった場所の一角、戦闘訓練を行う為のシミュレーションルーム――そこは既に外壁が剥がれ、床も血で汚れ、瓦礫も転がっていた――にて四つの影が行き交じり、時折金属音が響き渡っていた。

 

四つの影の一人――牙狼は牙狼剣で漆黒に染まった原初の火(アエストゥス・エストゥス)の刃が交じり合う。

 

互いの刃は噛み合い、鍔迫り合っての押し合いを牙狼とネロ・オルタは額が触れ合うほどの至近距離で繰り返す。

 

「ぐっ……!」

 

牙狼は呻き声を上げながらも力を決して緩めることなく牙狼剣を強く握りしめる。

 

反転化した影響なのかネロ・オルタが宿す魔力は凄まじく、それを包む刃と斬り結ぶ度に、鎧を纏っているのにも関わらずいつ押し返されても可笑しくない位に強い。

 

「あの小娘のお陰で余の魔力は多少強くなってなぁ、その鎧にも対抗できるようになったのだ!」

 

「ぐっ、そんなのずるくないっ?」

 

「鎧を纏っている時点で、狡さを訴えるとは何とも情けないなっ!」

 

ネロ・オルタはそう叫ぶと同時に牙狼の腹部を思い切り蹴りつけては吹き飛ばした。空中で受け身とバランスを取りながら、体制を整えては地面に勢いよく降り立つ。

 

次いで、再び刃を切り結ぼうと牙狼が駆けだそうとしたとき――。

 

「ぐぁっ!?」

 

牙狼は真横からの強烈な衝撃を受けて悲鳴を上げるも、床を強く踏みしめることで耐えることで吹き飛ぶことはなかった。

 

すると、牙狼の目の前には漆黒に染まった硝子の薔薇の花びらが舞い散った。

 

「綺麗でしょう。無数の花びらはまるで命が散っているようで……」

 

「ッグ!」

 

オルタ・マリーが散らばる漆黒の薔薇の花弁らを弄ぶと同時に掌を勢いよく牙狼に向けると、数百の花びらが牙狼に襲い掛かる。

 

牙狼は剣を正眼に構えると同時に、前面で風車のように杖のように回しつつ花びらを受け流していく。

 

だが、全てを受け流すことは出来ず、流しきれなかった花びらが牙狼に襲い掛かる。

花びらは牙狼の胸板を強打し傷つけていく度に、金色の鱗粉が舞い散っていく。

 

痛みに呻き声を上げるが、その痛みに耐えながら牙狼剣を止めずに回し続ける。

 

そして花びらをすべて舞い散らかすと、前方にいたはずのオルタ・マリーの姿がなかった。

 

即座にオルタ・マリーを探すために顔を動かそうとしたとき――――いつの間にか満面の笑みを浮かべたマリーが顔面に現れていた。

 

「ウフフ、とてもすてきよ、サイガ! 諦めずに剣を振るう貴方は騎士そのものだわっ。でも——あなたは私を助けてくれなかった」

 

「っ!?」

 

オルタマリーが目を開くと、瞳の奥の輝きは一切なくただ暗闇のみが広がっていた。

 

しかし、口元と頬は笑みを作り、その微笑みに牙狼は見つめてしまう――まるで引き込まれるかのように。

 

「あなたは自分勝手に私の記憶を消してなかったことにさせて、私を助けてくれなかった。ねぇ本当はね、私は死にたくなかったのよ……貴方との愛の証が欲しかった」

 

「っう……ぁっ」

 

牙狼の脳裏に浮かんだのは、目の前にいる彼女と過ごしてきた思い出の数々。

 

幼少期に出会った頃から貴族へと成長するまでの間に過ごしてきた様々な思い出が蘇ってくる――その想い出に浸り、意識が薄れていく。掌に収まっている牙狼剣が零れ落ちそうになった時。

 

「――ガントッ!」

 

「ッ!?」

 

突如、軽い衝撃が奔ったと同時に薄れていた意識が急激に戻ってきた牙狼は柄を力強く握りしめると同時に袈裟懸けに振るった。

 

オルタ・マリーは「きゃっ」と悲鳴を上げながら後ろに下がった。

 

「もうっ、カルデアのマスターは意地が悪いのね! 折角サイガをこっちに引き込もうとしたのに……聖女様は人間ですら抑えられないの?」

 

「人のせいにするんじゃないわよ、あんたの手際が悪かっただけ。……それにあんた如きにわたしのサイガを取られたくなかったし」

 

「…………誰が、サイガのもの? ねぇ、反転してしまって頭の回転も半回転してしまったの?」

 

「はんっ、スイーツ脳も大概にしなさいよ」

 

オルタ・マリーが憤怒を隠せないのか苛立ちを表しながらもう一人、マルタ・オルタに詰め寄る。しかし、マルタ・オルタが嘲笑って逆に喧嘩を売った。

 

喧嘩をしている間に牙狼は即座に二人から離れて、ガントを放ってくれた人物――シミュレーションルームの隅っこにいる立香に駆け寄った。

 

「ありがとう、マスター。 おかげで助かったよ」

 

「どういたしまして……さてどうしよっか。このまま逃げる?」

 

「逃げられたらそうしたいんだけど……どうも逃がしてくれなさそうだ」

 

牙狼の視線の先にいるのは、ニンマリと満足げに凄惨な笑みを浮かべるネロ・オルタの姿。牙狼を追い詰めていることに暗い喜びを覚えているのか、身体がブルッと震えたのが見えた。

 

「くそっ、他の皆が早くこっちに来てくれればいいんだけどな……一体どこにいるんだろうね」

 

「むふふふふっ、ほかの有象無象どもは少々痛めつけてやったぞ! 助けなど当分来ないことを考えておくがいい!」

 

「教えてくれて、感謝しようかなっちくしょう!」

 

嘲笑うネロ・オルタに牙狼は舌打ちをしながら牙狼剣を構えると同時にシミュレーションルームの壁を両袈裟懸けで斬り裂き、破壊した。

 

破壊した先には廊下が見えた――そして人が通れるほどの大きさであるのを確認した牙狼は立香につぶやいた。

 

「行け、マスター」

 

「え……サイガはっ!?」

 

「あいつらの相手は慣れている……幸いにもあのマシュと出会った部屋とは反対側の壁だ。 ここを駆け出していけば、何とかなる」

 

「でも――っ」

 

「今は自分が生き残ることを考えろっ! 俺はここで倒れてもカルデアに戻るだけ、すぐにマスターの元に戻れるっ! 目の前にいる俺よりも、カルデアのっ、お前の大切な場所のことを考えろ!」

 

牙狼の叫びに立香は唇を噛み締める――分かっているのだ、本当は。それでも決断することが出来ない。目の前にいる牙狼を、サイガを放って逃げ出すことなどできない……。

 

そんな立香の迷いを感じ取った牙狼は小手部分を解除し、彼を押し出し廊下に転がせた。

そして、牙狼剣で天井に向けて剣圧を放ち、再び瓦礫とコンクリートの破片が落ちだし、牙狼が破壊した壁がその二つによって向こう側は閉じれた。

 

「サイガッ!」

 

立香の言葉はそれが最後だった。破片と瓦礫によって閉じられたことで声と音がくぐもったものしか聞こえなくなったのだ。

 

しかし、向こう側にはまだ立香がいるのを気配で感じ取れた……だがそれは数秒間のみ。

すぐさま足が駆ける音が聞こえた……行ってくれたのだ、彼は。

 

牙狼は兜の中で安堵し笑った――正直此処にいては戦いに巻き込まれるか、彼を追いかけてくるマシュの餌になるのがオチだ。

 

安全策を考えれば戦いの渦中と追いかけられる恐怖を感じさせるよりも、ここを逃げ出してボロボロになっているかもしれない仲間たちと合流させたほうが少しは安堵できるだろう。

幸いにも彼の礼装は仲間を回復させることが出来る魔術が組み込まれている。

 

牙狼は立香の安全を願い、小手を再度纏ってから牙狼剣を構えるが――。

 

「先輩は、どこですか……?」

 

「おぉぅ……」

 

まさかのバットタイミング。ネロ・オルタ、オルタ・マリー、マルタ・オルタに加えて、マシュまで入ってきた。

 

マシュ、いやマシュ・オルタは牙狼の姿を見受けると――。

 

 

 

 

「あなたが、先輩を――あぁ返して、返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して!」

 

 

「私の先輩を、返してっ、返してください! 私だけの先輩を、返せえええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇっぇぇぇぇっぇぇぇぇぇぇl!」

 

 

 

 

怨念を見つけたかの如く、眼光を開いて牙狼を睨みつけたマシュ・オルタから宿る暴力的なまでの赤黒い魔力が一気に放出した。

 

牙狼はそれに戸惑い怯えるも、牙狼剣を強く握りしめて駆け出すが――。

 

「ぐっ、がっあっ」

 

突如、牙狼の鎧部位から血が噴き出すと強烈な痛みが襲い掛かった。

 

(時間かっ!)

 

鎧には装着時間がある。装着時間を過ぎてしまうと、心滅してしまい暴走する――この痛みはその警告だ。

 

即座に牙狼は鎧を解除し、サイガへと戻る。鎧の警告の所為か、身体全体が傷つき、白いコートに血がにじみ出ていた。

 

「…………フフフフッ、時間ね。サイガ♪ お茶会をしましょう、これからはここでずーーーっと一緒よ♪ 嫌だって言っても、ダメよ?」

 

「あぁ良かったわ。 丁度身体が温かくなってきたのよ、この身体を治めて――あんたがいないと身体が熱くてしょうがないの」

 

「ムフフ、余のお楽しみの時間が来たぞ、サイガッ♪ 何安心するがよい、全てを搾りつくすわけではない。残しておいた後は余とイチャイチャするのだっ」

 

サイガは凄惨な笑みを浮かべながら寄ってくる三人を捉えながら、牙狼剣から戻った細身の朱い剣を握りしめる――。

 

「悪いけど最後まで戦わせてもらうよ――俺は守りし者、サイガ。またの名を……黄金騎士・牙狼!」

 

そう言ってサイガは朱い剣を振るいかぶって駆け出して行った。

 

そして、そんなサイガを冷酷な瞳で見つめてマシュは刻まれた朱い刻印――令呪を光らせて、云った。

 

 

 

 

 

「ネロ・オルタ、オルタ・マリー、マルタ・オルタ――令呪によって命ずる霊期修復及びに宝具開放せよ。その後、そのサーヴァントは貴方たちの好きなようにしてください」



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虚偽

感想にあった清姫とサイガが出会ったらの話――多分、いや確実にこうなる。


どうしてもつかければならない嘘、優しい嘘、残酷な嘘――多彩な嘘がこの世に満ちている。

 

しかし、嘘というのは人を陥れたり、残酷な結果に導くものだけでなく、嘘によっては人は救われることもある本当の意味で救われる選択肢の一つとして――それでも彼女は嘘を嫌い憎む。

 

だからこそ、彼女は彼が嫌いだ。それこそ今にでも焼き殺してやりたいくらいに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は特別何にもなかった。

 

そう何時ものようにネロが「余の赤いコートを常に使わぬとは何事か!」と文句を言われて白コートを剥がされそうになったり。

 

マリーとジャンヌからお茶会を誘われて参加したが、熱々の陶器で飲むのに時間がかかってしまい、根掘り葉掘り己の所業を聞きだされそうになったり。

 

ナイチンゲールに関しては「消臭です、あなたからは複数の女性の臭いがいたしますので」と消臭剤をぶっかけられたり。

 

マタ・ハリには酒と踊りを進められたが、酒はあまり飲むほうではないので、踊りを見せてもらった――踊りの節々に魅了を掛けられることがあったものの、都度振りほどいている。そのたびにつまらなそうにしている表情を敢えて無視した。

 

マルタはというと「どうやってあいつを誘おうかしら。そもそもあいつと何をすればいいのかしら」と悩んでいる姿を発見して、その可愛らしさに胸を打たれるも、マルタにばれて恥ずかしさのあまりの鉄拳制裁を喰らった。

 

そんな一日を過ごしたサイガはマイルームに戻ろうとしたときに――。

 

「あぁ、あなたですのね。大ウソつきの臭いを漂わすのは……今すぐあなたを燃やさなければなりませんね、少々お付き合いをしてもらえませんか?」

 

緑髪の幼い白拍子風の格好に竜の角が生えた少女がサイガの前に現れた。

 

その言葉とは裏腹にその立ち振る舞いと殺気は拒否は許さないと云わんばかりのそのサーヴァントに連れ来られたのは、戦闘訓練を行う為のシミュレーションルームだった。

 

そして、互いの距離が一定期間取った後に――。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、貴方様からは感じます…………裏切って、悲しませて、悲しませて、悲しませて悲しませて悲しませて、貴方を憎くて憎くて憎くて憎くて憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎――——あぁ貴方もあの方と一緒で最後はどうせ裏切るのでしょう!?」

 

 

 

 

 

 

彼女の口から語られるのは安珍に対する想いと一緒に語られる、サイガに対する憎しみ。

 

初対面であるはずのサーヴァントの言動に疑問を抱くサイガであるも、安珍という言葉を聞いて頭に過ぎったのは安珍・清姫伝説。

 

つまり安珍を語る彼女の名、清姫。

安珍を信じ続けたものの、結局は裏切られて憎しみのまま彼を焼き殺したというあの――そして今でも安珍を、嘘を憎んでいるというのであれば。

 

(……すっごい不味いかも)

 

記憶置換をしまくったサイガにとっては、物凄く相性の悪い存在だ。

 

特に彼女たちに行った行為は譬え事情があったとしても嘘は嘘。記憶置換をした挙句に忘れさせて彼女たちの前から消え去った――それは彼女が愛し憎んだあの安珍と同じ行為に近いものだ。

 

しかも、それを数度以上も行ったのだから余計にたちが悪い挙句に、彼女の琴線に強く振れたのだろう……。

 

「——というわけで死んでくれませんか?」

 

サイガの答えを待つこともなく清姫が容赦なく放つ炎を、朱鞘から剣を抜いて切り裂くサイガ。

 

それを見て更に苛立ったのか表情を歪ませてはさらなる炎を繰り出す清姫だが、サイガは冷静に炎を切り裂くか、その炎を刃に纏わせていく。

 

炎の刃となった剣を一文字に振るい、清姫は手に持った扇子で受け止めるも、サイガの筋力にかなわずそのまま吹き飛ぶ。しかし、彼女は空中で器用に受け身を取っては、再度炎を繰り出した。

 

「っふ!」

 

サイガは剣を起用に廻し、その炎を再び刃に身に纏わせて、更に強い炎となる。

 

そのまま刃を振るうと斬撃と炎が一体となった炎の斬撃となって飛び、清姫に襲い掛かった。

 

「っく、このっ!」

 

清姫は扇子で受け止めようとするも、炎の熱さと斬撃の強さを受け止めきれずに壁にたたきつけられた。

 

「がっあは、ぐっ、げほっげほ……っ!」

 

叩きつけられたことで清姫の息がすべて吐き出されたのか、彼女は苦痛に歪みながらも肩で息をしながらゆっくりと立ち上がる。

 

「……もうよせ、戦ってわかった。君じゃあ俺を倒せない、これ以上戦っても無駄だ」

 

サーヴァント・清姫は戦闘能力は低い――なぜそうなのかは知らないが、分かったことは彼女では絶対にサイガを倒せないということ。

 

剣を朱鞘に戻して、そのままシミュレーションルームから立ち去ろうとしたとき。

 

「っ逃しません!」

 

先ほどよりも強い炎が無数の炎の玉となって、清姫から顕現されてはサイガを狙い打った。

 

背後から後ろ目で確認できたサイガは朱鞘から剣を勢いよく抜いた一撃が、炎の球は霧散。

 

サイガは勢いよく駆け抜け、清姫はそれに対抗するように扇子を持ち上げようとする前に、サイガの剣が清姫に突き付けていた。

 

「……もう終わりだ、これで――」

 

サイガの言葉は最後まで紡がれる事無く、清姫の中心から炎の竜巻が吹き上がった。竜巻の風圧と炎の熱さの二つの攻撃を食らったサイガは吹き飛んで、壁に叩きつけられた。

 

「—————あぁ、あぁ、ああああああああ! なぜそのような強さを持ちながら、嘘をつき続けるのです!? なぜ正直にいかないのです! 安珍様のように嘘吐きのくせに、なぜなぜなぜなぜなぜなぜそんなにお強いくせにぃいいいいいいいいいっ、嘘吐きでいるのですかああああああああああああああああああああっ!?」

 

清姫の身体が炎の竜巻に包み込まれては、その竜巻は真っ二つに断ち切られた。

現れたのは清姫――しかしその下半身は違っていた。両足で立っていた下半身は蛇の姿——しかしその鱗は白銀に輝いた美しさを誇っていた。

 

清姫の口から洩れるのは炎の鱗粉――彼女は炎を吐く大蛇、即ち竜としての転身したのだ。

 

サイガに宿る嘘とその強さによる矛盾に混乱し、また嘘に対する憎しみと狂化によって。

 

「やれやれ、困ったサーヴァントだ――まぁ原因は俺だけど」

 

苦笑しながらゆっくりと立ち上がって、清姫を見るサイガ。

 

このままではシミュレーションルームはおろかカルデアがまずいことになる……いや既になっているか。

既にサイレンが鳴り響き、このシミュレーションルームの扉が閉まりきっているのだから。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

怒り狂った清姫から放たれるのはすでに理性を失った叫びと炎。受けきることも捌くことも出来ないサイガはそのまま横に飛んで、炎をよける。

 

「……お前の狂化と俺の嘘に対する憎しみ、俺が晴らさせてやる!」

 

剣を強く上空に突き付けては、ヒュンっと円を描く。空間から召還された金色の狼の兜と鎧が全身に装着され、牙狼剣も顕現された。

 

 

今、狂化に侵された白銀に輝く竜と牙狼が対面した。

 

少女の形をした竜は炎を吐き出し、牙狼は牙狼剣で呆気なく斬り裂いて跳躍した――。



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ジャンヌの黄金騎士語り

私とサイガの出会いですか?

 

そうですね……少々恥ずかしいですが、構いませんよ。

 

折角マスターとマシュさんが話しかけてくれたのですから、お話ししちゃいましょう。

 

 

* * * * *

 

 

私がサイガと出会ったのは、森で迷子になっていた時のことでした。

 

当時の私は御転婆でよく両親に「おしとやかにしなさい」って怒られていました……もっ、もちろん、今は違いますよ? ジルに指導されて、今では立派な女性になったのですから!

 

 

あっ、こほん――話をそらしてしまいましたね、続けます。

 

 

夕焼けになって、真っ暗闇になりかけた際に……私は悪魔を見ました。

 

潰れた顔面を持つツインテールの女性の植物人間のような姿で、私を見てはニタリと笑ったのを恐怖して逃げました。

 

でも私は呆気なく蔦で捕まってそのまま食べられそうになった時に……サイガに救われたのです。

 

あの時のことは忘れられません――誰かさんの所為で、生前に消されましたが――伝説でしか聞いたことがない黄金に輝く剣と鎧で敵を討滅した姿は子供ながら見惚れてしまいました。

 

本当ならば逃げなければならないのに、私は隠れて見ていたのです……黄金騎士牙狼と悪魔の戦いを。

 

そして戦いを終えた牙狼が月光を浴びながら私のもとに近づいて、こう云ったのです。

 

「怪我は……ないか。 よし帰ったら、まず湯浴みすることだな」

 

……あははははははっ、今でも思い出し笑いしちゃいます。まさか伝説の騎士からお説教を受けるなんて夢にも思いませんでしたから。

 

その後、私はサイガに担がれて村に戻って――思い切り叱られちゃいました。それもそうですよね、うら若き乙女が門限を破った挙句に泥まみれになって帰ってくるなもので……とても怖かったです。

 

でも、なぜか両親はサイガのことを認識できなかったのです……私しか見えないようでした。

その時は霊体化をしていて、皆さんを混乱させないようにしたらしいです――でもそれが正解でした。

 

実は混乱だけでなくサイガは村のことも考えてくれていたのです。

 

当時私の村は不作が多くて、食料に少々困っていた時期でもありましたので、もしサイガが見えていたら食料のことで大ごとになっていた可能性もありました。

 

私だけがサイガを認識できるって、当時は嬉しく思いました――今は残念に思います……私だけじゃなかったんだなって。

 

まぁ、それは置いときましょう。

 

サイガが村に来てから、私の日課に『サイガと過ごす』が増えました。

 

勿論皆には見えていないので隠れながら遊んだり、文字を教えてもらったりしていただきました…とても幸せでした。

 

そんな生活が続いて数年程経った頃、村の礼拝堂でお祈りをしていた私に啓示が降りました。

 

――汝、イングランド軍を駆逐し、王太子をフランス王位へ行け――

 

その啓示を受けて直ぐに両親にその事を説明し、旅立ちました。

 

勿論サイガも一緒についてきてくれました――あれほど頼もしさと嬉しさが満ちたときはありませんでしたが、啓示を報告した際にこう云ったのです。

 

「神に言ってやれ……そんなもん自分でしろって」

 

……あの時はあまりの発言に唖然としてしまいましたね。

 

ですが、そんなこと言われても意思の固い私に付いてきてくれたことが嬉しかったですね。

 

その後は史実にも残されている通り、私は戦場を駆け巡りました。

 

ごめんなさい、史実通りではないです。サイガに消された記憶の中に、私や恐らく両方のジルの記憶の中には悪魔との戦いもありました。

 

戦争中にイングランド軍の中から悪魔が出現して、それをサイガとともに討滅したこともありますし……あの時のことはあまり思い出したくありません。

 

敵味方関係なく、両腕に鎌を備えた異形の昆虫人間や双頭の大蛇のような悪魔が命を食らいつくしましたから。

 

あの戦いで殆どの兵はお亡くなりになり、私やジルも大怪我を負ってしまい、サイガもボロボロになりながらもなんとか討滅できましたからね。

 

勿論それは公にすることはなかったです……公にしてしまえば国中が混乱してしまいますから。

 

あとあまり恥ずかしくって話したことはありませんが、左肩を矢が刺さって重傷を負って泣いちゃったことがあるんですよ――ほかの人には内緒ですよ、内緒ですよ!?

 

その時はサイガに頭を撫でて頂いたり、背中を叩いてもらって慰められたのですが……うぅ、お二人だから特別ですよっ。

 

そして、戦争が休戦を迎えた直後――――私はサイガに記憶を消されました。

 

酷いですよね、役目が終わったからと言って記憶を消すだなんて。サイガがいたからこそ幸せだったのに、それなのにあの人ときたら。

 

「異物である俺との思い出は……ここでサヨナラだ。 バイバイ、ジャンヌ」

 

そう言い放ったんですよ!? 信じられますかっ!?

 

私のあの時の記憶も全部奪ってさよならなんて、許せなかったんです! だから彼がここに来た時は嬉しさよりもまず怒りが膨れ上がってしまったんです。

 

私の記憶も、想いも全部無くさせた挙句に何事もなく現れた彼を…………本当なら叩くだけじゃなく、私の部屋に閉じ込めたかったのですが、まあそこはもう大丈夫でしょう。

 

 

だって、もうこのカルデアに召喚された以上………逃がしませんからね、フフッ。

 

 

実は、いま相談しているんですよ、どうやったらサイガを逃がさないようにするかを。最近では、聖女マルタも相談に乗ってくださり、如何にしようか三人で悩んでいるんですが……いい案が浮かび上がらないのです。

 

監禁も良いとは思うのですが、如何せんあの黄金の鎧が装着されてしまえば、あっという間に逃げられてしまいますし……どうしましょうか。

 

えっ、マシュさん……? それはとてもいい案ですっ、甘やかして私たちだけしか見えないようにする案は考えてもいなかったですっ、これはさっそくマタ・ハリさんにもぜひご協力を要請しなければなりませんね!

 

——マシュさん、お互いに頑張りましょう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………ハッ、大変です!

 

マシュさん、急いでマスターを看護してあげてください! 汗が出て震えてますので、風邪をひいているのかもしれませんっ!

 

マスター、余り無理をなさらないでくださいねっ。




マスターである立香は後程こう語った。

『あんな暗い目で笑顔を浮かべるマシュとジャンヌは初めて見た』と。


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ナイチンゲールの黄金騎士語り

私の患者は生前含めても数多くいました。

 

しかし、患者と関わった中で特にサイガは大きな病にかかっていました。

 

最初に彼と出会ったのは、私がまだ見習い看護師で孤児院の一室で住んでいた時――彼の眼は死んでいました。

 

いえ、比喩ではなく本当のことです。

 

彼の眼はまるで死んだ魚のように力のないもので、意志というものは何も感じ取れませんでした。

 

――当時の私は愚かで勉強不足のため、分からなかったのですが、彼は当時相当な精神的病気に掛かっていました。

 

聖女マルタの時代から私の時代まで戦ってきたというならば、彼の精神は殆どが限界に近かったのでしょう。

古代より近代まであのおぞましい悪魔たちと闘い続けた上に、忌々しいことに記憶を消していっては誰からも感謝されずに、存在しているのかどうか怪しい伝説の存在として祀られていくなんて……普通の人間でしたら耐えきれないでしょう。

 

司令官である貴方には多くの仲間がいて支えられています――特にあのデミサーヴァントであるマシュ・キリエライトに――ですが、彼には仲間がいなかった。ずっと孤独に戦ってきたのです。

 

当時の私は未熟で何をどうすればいいのか分からず、ただ怪我をして帰ってくる彼の傷を癒すだけでした。

何かしらの会話を投げかけても「あぁ」や「そうだね」と機械じかけのよう返答するだけ……あの頃の自分の無力さに絶望したことはありませんでした。

 

ですが、そんな彼を変える出来事が起こりました。

 

それはとある日――孤児院にいた子供が悪魔となり皆を襲っていた時、彼が容赦なくその悪魔を斬り捨てたときのこと。全員が気絶して、私だけが残された中で黄金の鎧が解除されたのと同時に彼は無造作に剣で自分を傷つけたのです。

 

多量に出血しても何も反応せずにいる彼に対して私は怒鳴りつけるも、彼は何も反応せずにただ淡々と言葉を紡げるだけでした。

 

「俺は奪うだけで何も救えていない……」

 

「この剣で救ってこれたのだって少なすぎるじゃないか……鎧をまとったって意味ないじゃないか」

 

「そんな俺がなんで生きているんだよ……本当に救いたい人がいても救えなかった」

 

「時代を駆け巡っても、結局忘れられて、救っても殺されて……何のために俺は戦っているんだよ」

 

彼の言葉の意味が分からず、私は戸惑いでしかありませんでした。

当時の私は無垢で何もわからなかったのです……ですが彼の言葉に怒りを覚えてしまい、私は彼を思い切り叩いてしまいました。

 

『それはあなたが今まで紡いだ道を否定するということです!』

 

『確かにあなたが救えなかった命もあったでしょう! ですが、あなたの手には救えた人の命があったはずです』

 

『私やこの子供たちがそうです! 貴方に救われました、それじゃあ駄目なのですかっ!?』

 

「……それでも……俺は救えていない。あの悪魔になった子も……」

 

『己惚れないで、幾ら力を持っても救えないことがあるのです』

 

『出来ない事は出来ないんです。出来る事は亡くなった方への弔いと、次に出来るようになる事だけです』

 

『もしあなたが自分を許せないのであれば、私の愛で、貴方の過ちと意見の対立を許してあげます』

 

『恐れを抱かないで。その心では、小さいことしかできない…………あなたはそんな人にはならないで』

 

……我ながらなんという抽象的で曖昧な言葉で彼を慰めたのだと自分で恥ずかしくなってしまいます。

当時の私は勢いに押され、何とかしてサイガを慰めたかったのです……。

 

そしてその言葉を切っ掛けに彼の精神的病は治療に成功したのか。少しずつですが感情が出るようになり、笑顔も見受けられるようになりました。

 

完全に完治されたのは私がクリミア病院に行く頃になりましたが、それでも私の心は喜びに浸っていたのです。

それが精神病に打ち勝った喜びなのか、彼が完治されたことの喜びのどちらになるかは分かりませんが、それでも喜びに満ちていました。

 

その後、私はサイガや看護師たちとともにクリミア病院へ赴きました。

 

そこは地獄としか言いようがない劣悪な環境に満ち、救えなかった患者が数多くいました。

また戦争によって生まれた兵士たちの邪心によって、悪魔となったものがいました――ですが殆どは人が喰われる前にサイガの手によって討伐されました。

 

その際はサイガの表情は曇ってはいましたが、それでも彼の剣やには迷いはなく振り切った表情でした。

 

病院での殺菌・消毒・清潔が保てるように環境の整備を行い改善に取り組むまでの間……死体に惹かれて出現した魔物や、心の闇に呑まれてしまい悪魔となった人間が数多くいました。

 

そして私がクリミア病にかかり、すべての兵士たちが帰郷したのを見守った後にサイガと一緒に国へ戻った時――彼との別れが唐突にされてしまいました。

 

「ありがとう、本当に。フローのお陰で俺は立ち直れた、これからも戦い続けられるよ。覚えておいてほしいってのはあるけど、俺の存在は忘れてもらわないといけないんだ……上司が告げたおきてには逆らえられないからさ」

 

そう言って彼は寝込んだ私の記憶を削除しました。

 

全く私の記憶と経験を削除しただけでなく、まだ戦いを続けているとなるとまた精神病にかかる可能性があるというのに……彼は私の姿を見ると怯えて逃げようとするのです。

 

治療をしなければならないというのに、困った患者です。

 

えぇあのような困った患者をあのまま野放しにするわけにはいきません。

彼の担当をずっとついていたのは私なのです。私が彼を治療し、見守り続けなければなりません。

 

最近は女性と触れ合うことが多く不衛生さが目立っております、臭いもあまりよくありません。

 

……そろそろ彼を呼び出さないと。早急に彼を治療しなければなりませんね――――私だけを見るようにしなければいけません。

 

 

それでは失礼いたします、マスター。




後程、立香は語った
「……ジャンヌもそうだけど、ナイチンゲールも怖くなってきたよっ。目が全然光ってないし、口元が裂けたような笑いになってたしっ……サイガも早く何とかしてよ」



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鎧伝-例外騎士-

今回はサイガも牙狼も何も出ません。

ただの世界線にあったかもしれない、ifを語ります。
こちらはfate prototypeの物語で且つ作者の金銭的都合上で、wikiだよりで調べつつ作成しました。

不快なことはあると思いますが、暖かい目で見て頂けたらと思います。


これはとある世界線の話――。

 

その少年は誰よりも黄金騎士にあこがれた。

 

少年は黄金騎士になりたいという夢を持った――だが現実は残酷で、成れないことを諭された。

 

それもそのはず、その黄金騎士がどのようなものなのかも分からない上に、所載も何もかも一切不明で人の言葉だけしか語り継がれなかった伝承。

 

そのため、鎧など存在するわけもないと両親に言われてしまった。

 

それでも少年は諦めきれなかった……だからこそこう思った。

 

(黄金の鎧がなければ自分だけの鎧を作ろう)

 

何とも無謀で阿呆なことを考えているのだろうと誰もが思った。しかし少年は本気だった。

 

少年は魔術師の家系に生まれたもので、魔術師の中でも礼装に力を入れることがあった。

 

高度な魔術理論を帯び、魔術師の魔力を動力源として起動して定められた神秘を実行する『限定機能』——それを工夫すれば作れるのではないかと少年は思い没頭した。

 

何度も失敗を繰り返し、それでもと前向きにとらえて努力を重ねるも結局は失敗に終わる。

 

もう諦めたほうがいいのではないかと少年自身も思っていた最中、幼馴染の姉妹——特に六歳年下の励まされ続けて無謀ともいえる挑戦を何度も続けた。

 

失敗が多い中でくじけそうになったものの、それでもと妹の励ましを受けて奮い立たせては立ち向かった。

 

やがて失敗は百、千、万に近い繰り返しを重ね続けた結果――少年は青年となってようやく完成することができた。

 

しかし、完成させたのは銅色の色合いをした鎧。

黄金には遠く及ばないものであるが、青年はとても充実感に浸っていた。

 

付け加えるならば、この鎧自体も原点における鎧らと比べるとかなりの劣化されているものであることは言うまでもなく。

 

鎧を作れただけではなく、それを自分が纏うことが出来るなんて青年にとっては夢のようなものだ。

鎧の殆どはルーンストーンによって作られており、それぞれの部位にはルーンの刻印——殆どは強化と転移もの――が刻まれており、青年の魔力を流せばそれを使用できる。

 

……ただし鎧を纏うには筋力やその他諸々必要で、モヤシ体型であったものの何とかクリアをすることが出来た。

 

完成させた鎧を発表させれば、彼の魔術師としての位は大きく変動するものであったが、青年はそれをしなかった。

 

何故なら彼は鎧を完成させたことだけに満足感を覚えたからだ。

そして、この鎧は決して世に出してはならないものだと作って理解した――この力は危険だと理解した。創り上げていくうちにその鎧の力を感じ、下手をすれば人の命を花のように摘めるが如く簡単に。

 

だからこそ彼は封印した、自分の工房に。

 

 

 

しかし、ある年……1991年を境にその鎧の封印を解放することとなる……聖杯戦争に赴くために。

 

 

 

大切な幼なじみである姉妹の妹を護るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが最初から仕組まれていたものとは知らずに。

 

青年、龍崎 神賀(じんが)は召喚するために必要なペンダントを片手に、鎧をまとう。

 

ペンダントを上空に円を描き銅色の鎧を召喚し、纏う。銅色を帯びた鎧の形状は、幼き日より憧れた黄金とは掛け離れたものだが、それは別に気にしていない。

 

全ては大切なものを守るために…………神賀は鎧——ハガネを纏う。

 

幼馴染であり、慕ってくれている妹を獣召喚の生贄に利用する姉――沙条 愛歌を斬り捨てるために。

 

 

* * * * *

 

とある洞穴にて、少女と銅色の狼騎士が戦っていた。

 

幅広に銅色の両刃剣が煌めき、刃が大きく振るわれるも、 愛歌はダンスするように軽やかに避ける。

 

ハガネは舌打ちをしながら両刃剣を無差別に振るいまくるが、全てが避けられる。

 

「拙いわね、相変わらず」

 

冷たい言葉ながらもどこか微笑ましげに評価する彼女に、ハガネは両刃剣を振るうだけでなく今度は蹴りや拳を混ぜ合わせるも、全てが避けられる。

 

愛歌の表情と振る舞いにハガネは苛立ちを隠せなかった。

 

「もうっ、神賀ったらどこを狙っているの? こっちよ?」

 

彼女の態度は幼い子を相手に、駄々っ子を宥めるかのようなものだ。

 

ハガネは必死に愛歌を捉えようとしているのに、彼女は既に面白がっているよう――いや実際に面白いのだろう。

ハガネをまるで蝶々を捕まえるような子供に見えているのだ彼女は。

 

「ッゥグオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 

咆哮を大きく上げてはハガネは両刃剣で突き出し、愛歌の胸に向けて刺突を目がけるも。

 

人の肉を簡単に引き裂く筈の刃を愛歌は華奢な腕と掌を使って、鷲掴みにした。

 

「グッ!?」

 

「イケない子ね。こんな玩具を着替えて振り回すなんて」

 

ルーンストーンと刻印で刻まれて強化されているはずのハガネの腕力をものともせず、愛歌はその両刃剣を奪い取った。

 

「……ふぅん? まぁ、神賀にしてはいい出来かもしれないわね。でも私の見立てじゃあ、まだまだ――返すわね」

 

「グガッ!?」

 

そう言って愛歌は両刃剣を投擲する――その速度は恐ろしく速く、ハガネが反応するよりも先に鎧に両刃剣が叩きつけられ、衝撃を抑えきれずに無様に転がっていく。

 

両刃剣は彼の隣に無造作に転がり、ハガネは痛みに呻く。

 

「ねぇ、神賀。 いい加減に辞めたらどう? 鎧を着ただけで私を倒せると思うの?」

 

「……っ、ま、だだっ! ま、だっおわりじゃっ、ない」

 

転がっている両刃剣を拾い上げ、地面に突き刺してはそれを杖代わりにしてふらつきながら立ち上がるハガネ。

 

両刃剣を構えるハガネに、ため息をついて頬に手を添える愛歌。

 

「……なんでそんなに頑張れるのかしら。 分かっているはずでしょう、あなたでは私を殺せない……もう諦めなさいな」

 

彼女の言う通りだ。

 

ハガネでは、神賀では彼女を倒すことが出来ないことは戦って理解していた。

だがそれでも――それでも彼は剣を強く握りしめて戦いをあきらめない。

 

脳裏に浮かぶ愛歌の妹、沙条 綾香を護るために。

 

「俺は、綾香を助けるっ。 お前に殺されたりなんかさせないっ!」

 

ハガネは叫んでは駆け出し、両刃剣を振りかぶる――その前に上段に上げられた両刃の刃は呆気なく澄んだ音を立てながら半分に砕け散っていた。

 

半刀となった両刃剣をハガネは唖然と見つめる中、その隙に彼の首元を愛歌は鷲掴みにして片手で持ち上げる。

 

 

「どうして……?」

 

「どうして…………どうしてっ」

 

「どうしてどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてっ」

 

「あの子、なの?」

 

「私じゃ、だめなの?」

 

愛歌の潤んだ瞳をハガネを捉える。だが、そんな彼女を見る余裕はなくハガネは掴まれた手を離れようとするも、彼女の力は万力のごとく強く固い。

 

そして、その力についに耐えきれなくなったのか、首元から兜までの鎧部位がついに破壊されては神賀の顔がさらけ出した。

 

「くそっっ、はなっ、せっ」

 

今度は折れた両刃剣で彼女の腕を斬り落とそうとするも、息が出来ず次第に意識が薄れ、力が抜けていく――彼の手から両刃剣が滑り落ちた。

 

「あっ、がっ……あぇぅぐ」

 

意識が薄れ行く中、神賀の脳裏に最後に浮かんだのは目の前にいる彼女ではなく。

 

神賀が創り上げた鎧を興奮して喜びを上げている幼い少女の、彩香の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴキッと首がへし折る音が響くと同時に、愛歌は手の力を緩ませて神賀を無造作に放す。

 

 

地面に力なく重い音を立てながら倒れると同時に纏っていた鎧――ハガネも砕け散った。

 

 

「……馬鹿な人ね、私を選んでおけば少しでも長生き出来たのに」

 

 

力なく倒れ、瞳の輝きを一切なくした神賀の頬を撫でる愛歌。

 

 

 

「痛かったわよね、苦しかったわよね、でもあなたが悪いのよ」

 

 

 

「私じゃなく、あの子を選んだあなたが」

 

 

 

「私は貴方を見ていた、見続けていたのに、あなたは私に声を一言もかけてくれなかった……」

 

 

 

「ずっと寂しかったのよ……あなたが話しかけてくれなかったことを、見てくれなかったことを」

 

 

 

「だけどもう、寂しくなんかないわ」

 

 

 

 

――だって、これからはずっと一緒なんだもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、この洞穴からは……内に溜まった汁を美味そうに啜る音と湿った音、そして肉を割いてグジュッと引き裂き啜る音が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

「あら、久しぶりね。綾香にセイバー……え? 私の背後にいる漆黒の鎧が誰かって?」

 

 

 

 

 

「何を言っているの、綾香。 この人は貴方がよく知っているじゃない……彼は神賀よ」

 

 

 

 

 

「神賀はサーヴァントじゃないから召喚できない? えぇ、彼はサーヴァントではないし生前はただ魔術師で騎士擬きを振る舞った唯の凡人……とてもではないけど英霊に至れない」

 

 

 

 

 

「でもね、この身体――ビーストという霊基だからこそ出来るの……私の一部として召喚したの」

 

 

 

 

 

「…………あなたってやっぱり凡骨ね。 言ったでしょう、一部だって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼の身体全部を食べて私の体の一部にさせたのよ――――お肉も骨も内臓も、全部全部食べちゃったの♪ お先にご馳走さま♥」

 

 

 

 

 

 

 

 

「聖杯を使って、もう一度彼を食べようかなぁ♥」

 





『BAD END』


……まぁ、ラスボスを相手に一般の鎧じゃ叶わないですよねぇ

またハガネという鎧は牙狼本編にも出ています。

基本的に龍崎神賀が纏ったのはその鎧擬きで、本編の名付きの由緒正しいものではありません。

ソウルメタルによるものではなく、殆どがルーンストーン(FGOの星3礼装を参考)で創り上げたもので、その性能は本編と比べるとダントツに弱く劣化バージョン。

それを作り上げた神賀も神賀で、ご都合主義すぎるかなと思いますが……すみませんどうしても書きたかったので。

最後に出てきた漆黒の騎士は…………なんでしょうなぁ。


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