輪廻の花弁 (社シロ)
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こうして、輪廻の花は咲く

もう一つ書いている作品に行き詰まったので、息抜きと感覚を取り戻すために書きました。
少しでもお楽しみになっていただけたら幸いです。


 齢にして五歳の頃の話だ。

 自身の自我が芽生え確立し、同時に()()()()()なるものを思い出したのは。

 気が付けば、自身の背は縮み体は子供に戻っていた。

 その時の心情は混乱と狼狽で満たされていたし、勢いで変な奇声を上げるものだから、孤児院に居た周りのみんなからは変な目で見られた。

 ただその時は、それが気にならないほどに慌てふためいたのだ。

 それもそうだろう。自分の記憶が確かなら、今とは違う平々凡々な名前の、極々ありふれた何処にでもいる三十路手前のオッサンだったんだぞ。

 なのに、気が付けば子供。それも前世では漫画でしか見たことの無いようなショタでイケメンだ。

 冷静さを取り戻すのに、一時間程度掛かってしまったのはしかたのないことだろう。

 だが、冷静さを取り戻してすぐにまた、驚愕の事実が俺を襲ってきた。

 

 トイレから戻って、居間にあるテレビがたまたま目に付いた。

 内容としてはただのニュース、子供が好んでみるような番組ではなかったが、俺は食い入るようにじっと視線を固定して、()()()()()キャスターのお姉さんをガン見した。

 次いで、そのお姉さんが言ったワードに目を見開くことになる。

 

『先日午後六時頃、火事によって五軒の家が全焼しましたが、人気No.1のトップヒーロー《オールマイト》の活躍により、幸いにも死傷者はゼロでした』

 

 画面が変わり映し出されたのは、偉丈夫の男が複数人の人を背負って、燃え盛る炎を背景に歩く姿。

 偉丈夫の男、その正体はNo.1トップヒーローのオールマイト。

 それを見た時、俺は一つの確信に至った。

 

 ────ここ、ヒーローアカデミアの世界かよ。

 

 口元を引き攣って苦笑い気味に、辺りを見回して漸く状況を理解した。

 そこに居たのは、異形の形をした子供や口や手から炎を出す子供達。

 前世の記憶を取り戻した混乱で、周囲が視界に入らなかったが、冷静になって周りを見れば、普通の子供などいない。

 否──この世界にとって、『個性』を持つ普通の子供しかいなかった。

 

 こうしてワタクシ、『花咲輪廻(はなさくりんね)』は二度目の生を受けました。

 

 1

 

 ──♪♪♪♪

 

 深い眠りの海から輪廻を引き上げたのは、スマートフォンから流れるアニソンの目覚まし。

 重い瞼を無理矢理こじ開け、手を動かしてベッド上に置いてあった携帯のアラームを止める。

 

「……く、ふぁ」

 

 上体を起こして伸びをすれば幾分かの眠気が取れるが、完全に吹き飛ぶ訳でもなく、僅か一分ほどボーッとしてからベッドから降りた。

 シャッ! と勢いよくカーテンをあけ陽の光を招き入れる。

 光が部屋と輪廻を照らし、一日の始まりを告げた。

 アニソンのアラームにボーッとする時間、そしてカーテンを開けて光を浴びる。

 それが輪廻の朝の始まり方だった。

 

「さて、顔洗って飯だな」

 

 誰に言うでもなく、一人呟いて洗面所に向かう。

 孤児院を出て三年、その数字は顔を見たことの無い輪廻の親が残してくれた財産を元に、輪廻が一人暮らしを始めてから過ぎ去った時間でもある。

 あの日、前世の記憶を取り戻してから輪廻の生活は、前世の頃と比べて180度変わった。

 具体的に言えば、精神年齢が一番大人な輪廻が施設の大人達の手伝いとして他の子供の面倒を見たり、手が空いていれば自身の個性の鍛錬をしていた。

 そんな生活を数年続け、中学に上がる頃に孤児院の院長を説得し、輪廻が子供にしては大人しくしっかりし過ぎていた事もあって、何とか一人暮らしを始める事が出来た。

 一人暮らしを始める際に院長に渡されたのが、赤ん坊の頃孤児院の前に輪廻と共に置かれていたという手紙が挟まった通帳。

 通帳には莫大な金があり、その事も輪廻の一人暮らしを許容した一因であった。

 そうして更に三年が経った今日この日。

 今日は輪廻が待ちに待った、雄英高校の受験日だ。

 朝食にはいつも以上に気合を入れて作り、身支度を終わらせ家を出た。

 

 2

 

「へぇ。流石雄英迫力あんな」

 

 校門の前で校舎を見上げ、感嘆の言葉を漏らす。

 天を突き抜けんばかりの校舎は、佇んでいるだけで存在感というものが違った。

 いつまでもこうして見ていたい気もするが、流石に校門前でそれは迷惑なので、案内板に従い説明会場に歩を進める。

 その時だった、横から軽い衝撃を感じた。

 

「あ、す、すいません! こちらの前方不注意でその……!」

(こいつ……!)

 

 モジャモジャとした緑髪の頭に頬のそばかす、彼を一目見たとき輪廻は気持ちが一瞬で向上した。

 しかし、それを表には出さず抑え込む。

 

「いや、俺も前を向いてなかった。気にするな」

「は、はい」

 

 試験に向けて緊張しているのだろうか、声が僅かに震えている。

 挙動不審の足取りで先行く学生を見送りながら、無意識に口角が釣り上がるのを感じた。

 

(あれが、緑谷出久)

 

 前世においてこの世界の主人公だった少年。

 彼を見た事により、世界の歯車が動き始めたのを見たような気分だ。

 いよいよ、いよいよなのだ。

 この世界に生を受けて、待ちに待った物語が動き始める。

 昂る気持ちと燻る闘争心。

 高まる感情をなんとか抑制しながら、ゆっくりと会場へ足を進めた。

 



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輪廻の力

タイトルが個性ではなく、力というね……。


『今日は俺のライヴにようこそー! エヴィバディセイヘイ!!』

 

 頭に響く声で会場全体を包み込むのは、今回の説明役で参上したプロヒーロー『ブレゼントマイク』。

 個性のヴォイスを使って、全員に自身の声が届くように話しているのだろう。

 輪廻は面白い個性だ、と思いながらも余りのうるささに顔を少し顰める。

 

『こいつぁシヴィー! 受験生のリスナー! 実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!! アーユーレディー!?』

 

 こうして説明されたのは、今回の試験における概要。

 手元の要項が載った書類に視線を落とし、プレゼントマイクが言った言葉を反芻する。

 演習場には“仮想敵”を三種・多数配置しており、それぞれの「攻略難易度」に応じてポイントを設けてある。

 自身なりの“個性”で“仮想敵”を行動不能にし、ポイントを稼ぐのが主な目的。

 そして他人への攻撃等、アンチヒーローな行為はご法度。

 実に簡単な説明だ、だが手元の書類を見ればプレゼントマイクの言葉とは違い、三種ではなくポイント0の四種目のギミックが載っている。

 確かこれはお邪魔用の仮想敵だったか、薄くなった記憶を引っ張り出したところで、眼鏡の学生が四種目の質問をした。

 どうやら、輪廻の記憶通りお邪魔用だとプレゼントマイクは言う。

 

『俺からは以上だ! 最後にリスナーへ我が校訓をプレゼントしよう』

 

 説明を終えた最後に、プレゼント・マイクが言い放つ。

 醸し出されるプレゼントマイクの空気は、説明時とは異なり何処か挑発しているようにも感じた。

 それは輪廻だけではない。会場の全員が肌で感じ、息を呑み緊張が場を支配する。

 

『かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った! 「真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者」と!』

 

Plus(更に) ultra(向こうへ)!!』

 

 身体が震える。心が熱を帯び、四肢に力が漲ってきた。

 静寂が漂っていたはずの会場からは、確かな熱気と一人一人の溢れる闘志を感じとれた。

 

『それでは皆良い受難を!!』

 

 その一言を皮切りに、皆がそれぞれの試験会場(戦場)へと、動き始めた。

 

 1

 

 会場に着くと、全員が動き易い服へと着替え、スタートの合図を準備運動などしながら待っていた。

 斯く言う輪廻も、スポーツウェアのポケットに手を突っ込んで、目を閉じ感覚を研ぎ澄ませている。

 雑多の声が僅かに聞こえるが、集中し始めるとそれは聞こえなくなった。

 まるで深い海に沈んでいるかのように、静謐な感覚が内から膨れ上がる。

 このまま何処までも沈んでしまいそうになった時、合図は放たれた。

 

『ハイスタートー!!』

 

 ────串刺し公(カズィクル・ベイ)

 

 刹那──花弁が空を舞い散り、地面が隆起し鋭利な杭へと変貌した。

 

「なっ!?」

 

 他の受験者が声を上げ動きを止めて驚くが、尚も杭は増えていく。

 その数は尋常ではない速度で増えていき、道路を埋め尽くした所で止まった。

 出来上がったのは杭の山、杭には無残な姿へと変えられてしまった仮想敵が無数に突き刺さっており、目に広がる光景は他の受験者達に悍ましさを植え付けた。

 串刺し公。それが今の個性の名前であり、その能力は『半径二十メートル以内の物質を鋭利な杭に変える』というもの。

 殺傷能力においては、それなり高いものだと輪廻は自負しているが、それ故に、常日頃から扱いに注意している能力の一つだ。

 

『此奴ァスゲェーなオイ!』

 

 輪廻が個性を発動した所をあの高台から見ていたのだろう、人が豆粒程度にしか見えない程遠い所でも、今の串刺し公は目立つものだった。

 

『他の奴らも止まってる暇はねぇぞ! 実践じゃカウントなんざねぇんだよ! 走れ走れ! 賽は投げられてんぞ!!?』

 

 プレゼントマイクの言葉で我に返った他の受験者が、遅れて動き出す。

 さながら津波の様相を呈し、市街地の奥へと広がりながら進んでいく。

 だが、中には茫然自失としながら立ち尽くすものも、少なからず存在していた。

 輪廻が発動した個性を目の当たりにし、格の違いを悍ましさと共に刻み込まれてしまった者達だ。

 そういった者達はすでに諦めムードで、乾いた笑みを浮かべている。

 

(アイツらはもうダメだな……)

 

 立ち尽くす受験者を一瞥し、輪廻は新たな仮想敵を求め駆け出した。

 

 2

 

「彼凄いわね」

 

 そう漏らしたのは、18禁ヒーローのミッドナイトだ。

 SM嬢のような格好が特徴的なヒーローであり、彼女のデビュー当時はそのコスチュームが話題となって、それを機に政府が『コスチュームの露出における規定法案』を制定する事になったある種伝説の人でもあるヒーローだ。

 ミッドナイトが向けるモニターには、輪廻が映っていた。

 画面の中の輪廻は、まるで敵の位置を予め分かっているかの如く動き、出会いざまに即破壊している。

 特筆すべきは、敵の位置を見つけ出す情報収集能力以外にも、異常なまでの機動力と助けるべき所は助ける判断力も持ち合わせている事だ。

 戦闘力は言わずもがなだろう。

 

「周囲の状況を理解しすぐさま敵を見つけ出す、情報力と索敵能力。危なくなった他の受験者を瞬時に助け出す、機動力と判断力。そして一瞬で多数の敵を沈める圧倒的戦闘力! いいね彼! 動きがプロのそれだ!」

「ああ。だが、彼だけじゃない。他の子達もいい動きをしている」

 

 他の教員達も輪廻を褒める中、今年から雄英の教師を務めることになった、No.1ヒーローのオールマイトは、輪廻だけでなくモニターに映る受験生達に視線を動かしながら言葉を紡いだ。

 

「今年はなかなか豊作じゃない?」

「いやーまだ分からんよ、真価が問われるのは……これからさ!」

 

 3

 

 異変を感じのは、もう何十体目かも分からない仮想敵を倒した直後だった。

 小さかった揺れがやがて大きなものとなり、あたりに蔓延っていた空気の質が変わった。

 倒れぬよう足に力を入れ、辺りを見回している時、輪廻を大きな影が覆い隠した。

 瞬時に顔を上げてそれを睨みつける。

 

「で、でけぇっ……!」

 

 周りにいた誰かが呟く。

 高層ビルをかき分けるようにして顔を覗かせたのは、プレゼンで説明をされた第四種目の仮想敵(おじゃまムシ)だった。

 プレゼントマイクが第四種目をマリオのドッスンだと例えていたが、なるほど確かにあれが居ては試験に集中出来ない。

 しかし、おじゃま虫と言うには少し過ぎたるもののようにも感じる。

 緩慢な動きで0P敵が動き始めると、受験生の殆どが蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。

 ……だが。

 

「お、おい!」

 

 逃げる受験生達は、一人の受験生が波に逆らい、逃げる方向とは真逆に進み続けているのを見つけた。

「逃げろ」彼にそう言おうとして、輪廻の顔を見た受験者の彼は驚愕に目を見開いた。

 

「笑ってる……のか……」

 

 輪廻が0P敵に向かいながら、凄惨なまでに口元を歪め笑っていたのだ。

 笑顔とは元々は威嚇の表情である。

 輪廻の浮かべた笑みはまさにそれであり、戦闘狂の気色が混ざっていた。

 彼の体から美しき花弁が幻想的に舞い上がる。

 一歩、また一歩と悠然と歩き、その距離をゆっくりと縮めていく。

 輪廻の姿を視界に捉えた受験生達は、逃げる事も忘れただただ彼の背に瞳を奪われた。

 いつの間にか持っていた()()()()を、掲げ──。

 

 ────歪二天礼法

 

八色屍(ヤクサノカバネ)──!

 

 埒外の速度で放たれた、殆ど同時の八つの斬撃。

 鉄をも豆腐の如く両断出来る輪廻の剣に、0P敵が耐えられるはずもなく。

 轟音を立てながら、バラバラとなった元0P敵は重量に従い地へと落ちた。

 

 4

 

「「「YEAR───!!!」」」

 

 モニターを見ていた教師陣は0P敵が倒された瞬間、全員一斉に立ち上がり喜びをあらわにした。

 緑谷出久に続いて、花咲輪廻も理解の及ばない個性(チカラ)で持ってして瞬時に0P敵をバラバラにしたことで、興奮のボルテージがMAXを振り切ったのだ。

 

「彼ら凄いじゃないか!」

「一人はワンパンチでKO! もう一人の彼は瞬きをした次の瞬間には、敵が細切れになってたよ!」

 

 教師達が次々に0P敵を倒した緑谷と輪廻を、手放しで褒め称える。

 こと輪廻に関しては、一人でほぼ全ての仮想敵を倒し且つレスキューPも稼いで、歴代最高の214P叩き出し実技総合の成績では二位に、137P差をつけて一位通過だった事もあって歓声が止まない。

 あちこちから聞こえてくる賞賛の中、オールマイトは緑谷の最後の一撃に口元を緩ませながら、輪廻の情報が記された書類に目を通していた。

 

 ──花咲輪廻。十五歳。孤児。個性『偉人』。

 

 




リィンカーネーションの花弁二巻でヴラドの能力の説明に、数メートル以内の鋭利な物質を杭に変える、とありましたが……アレどう見ても鋭利な物と言うより地面から生えてましたよねぇ(白目)。
という事で、私の作品では半径二十メートル以内の物質を杭へと変えると言う風にしました。
距離が伸びてるのは、輪廻の訓練の賜物という事で……よろしくです。


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始まりの受難

まさか初日から感想を貰えると思っていなかったので、昨日は凄く嬉しかったです。
因みに、感想にはなるべく全て返すつもりですが、答え辛いものや、どう答えればいいのか分からないものは、すみませんが返さない事もあるかもしれません。


 試験を終えて一週間後の事。

 輪廻は自身の住むマンションのポストを確認すると、雄英高校から輪廻あてに通知が来ていた。

 中身をその場では確認せず、自身の部屋に戻ってから手紙を開封すると、円盤状の小さなか機会から空中に映像が投影された。

 

「おうふ、なんという技術力……」

 

 投影されたディスプレイに映ったのは、黄色いスーツを着たNo.1ヒーローのオールマイトだった。

 そう言えば教師になるんだったな、と最早殆ど覚えていない記憶が多少蘇った。

 

『やあ! 初めまして花咲少年! ご存知だろうけど、オールマイトだ! 何故私がという疑問が湧いていることだろう。……それは私が今年度から雄英に教師として勤める事になったからさ! そしてその記念すべき教師初めての仕事が、今回のこの合格発表を伝える役なのさ!』

「オールマイト直々に合否発表なんざ、よく良く考えれりゃ凄い豪華だな」

 

 No.1と謳われる人気高きプロヒーローが、自身のために合否を伝えてくれる。

 熱狂的なファンが聞いたら、卒倒でもしていた事だろう。

 残念ならが輪廻はそこまでではないので、せいぜいが嬉しいな程度である。

 無論ヒーローの先輩として、オールマイトには憧れなどはあるが。

 余計な考えを振り払い、映像の続きを黙って見る。

 

『じゃあ時間も押してる事だし、さっそく結果発表といこうか。……筆記は惜しくも一問間違いだが文句無しの一位! そして実技の方は敵Pが144、救助Pが70の計214Pで歴代最高得点プラスぶっちぎりの一位だ!! 』

「へぇ……」

 

 倒した敵の数からして、相当に高得点だと予想はしていたが、予想を大幅に上回る点数に声が漏れ出た。

 オールマイトが言うには歴代最高得点らしい、これは孤児院の皆にも胸を張って結果を報告できる。

 輪廻をずっと心配してきた院の皆に、この報告で幾らか安堵してもらえれば、と輪廻は口元を僅かに緩めた。

 

『来いよ花咲少年! ここが君のヒーローアカデミアだ!』

 

 オールマイトの一言を最後に映像は切れた。

 映像が終わると、輪廻は朝から立ち上がりスマートフォンを手に取って電話アプリを立ち上げた。

 

 1

 

「……よし」

 

 自室の鏡でネクタイを結び、身嗜みを確認する。

 鏡には赤髪混じりの闇を連想させる黒髪の頭に、ピジョンブラッドに近い宝石のような双眸を宿した、年若き青年。

 彼の名は花咲輪廻。今日晴れて雄英高校に入学となる、ピカピカの新入生だ。

 ネクタイや服装、寝癖の確認などを最後に改めて確認したあと、輪廻は玄関へと向かう。

 靴は動きやすいようにスポーツシューズを選び履く。

 というより、輪廻の持っている靴は三足と少なくその全てがスポーツシューズなので、どれを選ぼうが変わらないが。

 まあ、そこは輪廻の気分次第。

 いざ履き終え、日照りつける外へ出る為に玄関を開けた。

 

「おはよー!」

 

 するとそこには、見知った顔の女性が一人立っているではないか。

 輪廻は誰かと朝から会う約束した覚えは無い為、玄関を開けた時にいきなり彼女が現れ、多少面食らう。

 

「お、おはようございます。それで、何で居るんですかね……ねじれ先輩?」

 

 玄関の前で、ニコニコと輪廻を見つめる女性。

 ねじれた青色の長髪に整った顔立ちをした、大多数が美麗だと認める彼女は、名を波動ねじれ。

 雄英高校の三年生であり、輪廻の中学時代からの知り合いだった。

 

「なになに、来ちゃダメだった?」

「いや、そういうわけじゃないですけど。そういう事ではなくてですね……。来るなら、連絡の一つぐらい、くれてもいいんじゃないっすか?」

 

 言っても無駄だとわかっていても、ついつい口を出してしまうのは、孤児院で下の子供達に説教をする事に慣れしてしまった癖なのだろう。

 彼女が、輪廻に黙って何かをするのは今に始まった事ではない。

 知り合った時から何かと輪廻の反応を楽しみたがるねじれだ。

 おおよそ、輪廻を驚かせたかったとかだろう。

 

「サプライズ、輪廻君をおどろかしたかったから!」

 

 案の定そうだったようだ。

 ねじれとはここ半年以上も会っていなかった。

 理由は多々あれど、輪廻の受験期と雄英での行事やねじれの用事が被っていた為だ。

 だが相変わらずなようで、はあ、と輪廻の口からは何処か安堵の色が混じった息が漏れる。

 

「それと、入学おめでとう!」

「……ありがとうございます」

 

 太陽に負けない眩しいぐらいのねじれの笑顔。

 彼女のこの顔を見る度に、輪廻はいつも毒気や気疲れが抜かれる。

 ねじれが急に現れた事には確かに驚いたが、元気な姿とこの笑顔を見れた事でよしとしよう。

 朝からテンションの高いねじれに、苦笑い気味に笑いかけながら、輪廻は肩を並べ雄英へと向かった。

 

 2

 

 輪廻とねじれは学校に着くと、三年と一年ではフロアが違う為下駄箱で別れた。

 手を振るねじれを見送り、靴を履き替え廊下を歩いていると、少し先に既視感あるモジャっとした髪型の学生を見つけた。

 輪廻が何かと注目している緑谷出久だ。

 

「おい!」

 

 緑谷に声を掛けるが、自分が呼ばれたとは気付いていないのか、振り返る気配がない。

 なので、緑谷の背後に軽く走って近付き、輪廻は直接肩を叩いた。

 

「はい……? あ! 君はあの時の!」

 

 一瞬誰か分からなかったみたいだが、直ぐに思い出したのか声を吹き出した。

 こちらも相も変わらずビクビクと挙動不審気味だったが、雄英に受かった事で多少の自信を付けたのか、以前会った時よりは堂々としていた。

 

「お互い受かったみたいだな」

「そ、そうみたいだね」

 

 輪廻が優しく笑いながら話しかけると、少し詰まりながらも言葉を返した。

 会話が途切れないように、輪廻はすかさず話を振る。

 

「お前、A組か?」

「うん、君は?」

「俺もだ、どうだ一緒に行かないか?」

「う、うん。いいよ!」

 

 輪廻の提案に嬉しそうに返事をする緑谷は、その反応から中学ではあまり友達が居なかったのだろうと、輪廻は予想した。

 個性が発現して当たり前の今のご時世、元々無個性だった緑谷にとっては、苦痛の日々だったに違いない。

 周囲の人間の嘲笑と言ったものも確かだが、何よりヒーローに憧れ夢想していた少年にとって、無個性とはイコール夢の挫折なのだ。

 なのにも関わらず、諦めずにこうして今雄英に立っている事を、輪廻は敬意に値すると思っていた。

 

「輪廻」

「え?」

「名前。花咲輪廻だ。花咲(はなさく)は言い辛いだろうから、輪廻って呼ぶ事をオススメする」

「あ、うん! よろしく輪廻君。僕は緑谷出久」

「よろしくな緑谷」

 

 長く広い廊下を二人で歩きながら、互いの事から世間話、ヒーローの事などを話し合う。

 途中、ヒーローの事が話題になると緑谷のオタク気質が表に出て、若干苦笑いを浮かべたものの、それ以外は特筆すべきことは無い至って普通の会話だった。

 五分ほど経って、二人は漸く1-Aと記された大きなドアの前に辿り着いた。

 ふと、輪廻が緑谷を見てみれば、また緊張した面持ちで固まっていた。

 

「どうした?」

「い、いや。何でもない……」

「ならいいが」

 

 気合いを入れ覚悟を決めたらしい緑谷が、サーっと扉を開け……。

 

「机に足をかけるな! 雄英の先輩方や机の制作者方に申し訳ないと思わないか!?」

「思わねーよ! てめーどこ中だよ端役が!」

 

 扉を開け早速聞こえてきたのは、怒号と喧騒。

 見ればガラの悪いつんつん頭と、入試のプレゼンの時にプレゼントマイクに質問をしていた眼鏡の生徒が言い合っている。

 教室について早々、朝の頭に響く声量で口喧嘩をする二人の会話は、否応なく耳に入ってしまう。

 耳に入った話で、プレゼンの時に見た眼鏡は、エリート中学出身の飯田天哉と言う名前らしい事が分かった。

 事の成り行きを静観するように立っていると、飯田が輪廻達に、正確には隣にいた緑谷に気が付き、近付いてくる。

 グングンと近付いてくる飯田に焦った緑谷が、助けを求め輪廻に視線を送るが、輪廻は欠伸をして「頑張れ」とヒラヒラと軽く手を振って自分の席に座った。

 

「お友達ごっこしたいなら他所へ行け。ここは、ヒーロー科だぞ」

 

 学生とは思えない低い声が聞こえたのは、輪廻が席に座って直ぐにあとの事。

 声が聞こえた廊下側を見てみれば、緑谷は飯田と見たことの無い女生徒とおり、彼ら三人の更に後ろに声の主と思われる男性が寝袋にくるまっていた。

 男は自分を相澤消太、A組の担任だと最低限の自己紹介をする。

 

「早速だが、これ着てグラウンドに出ろ」

 

 そして突きつけられた体操服を、皆訳も分からないまま受け取り、着替えてグラウンドに向かった。

 

 3

 

「個性把握テストォ!?」

 

 表に連れ出され、相澤から言われたのは個性把握テストを行うというものだった。

 通常なら、初日には式やガイダンス等を行うが、そうは問屋が卸さないのが雄英高校。

 相澤曰く、自由である校風は生徒以外にも、教師にすら当て嵌るのだと言う。

 相澤の弁によれば、自身の個性が起こせる最大限(げんかい)を知ることによって、合理的にヒーローの素地を形成させるらしい。

 

「なんだこれ! すげー面白そう!」

「705mってマジかよ!」

「個性思っきり使えるんだ! さすがヒーロー科!」

 

 相澤に命じられ、遠投を行った爆豪の記録に周りははしゃぎ始めた。

 だがそれは、合理主義者であり甘えを許さない相澤消太の前でした事は間違いだった。

 

「……面白そう、か。ヒーローになる為の三年間、そんな腹づもりで過ごすつもりでいるのかい?」

 

 途端、目の前の相澤が纏う雰囲気が重くなった。

 

「よし。トータル成績最下位の者は、見込み無しと判断し……──除籍処分としよう」

「「「「はああああ!!?」」」」

 

 言い渡されたのは、ヒーローになる為の最初の受難。

 目の前の担任が、冗談や酔狂で言った様子が感じられない事から、輪廻は面倒な事になった、と内心愚痴を漏らしたのだった。




個性把握テストまで行こうかと思いましたが、切りがいいので今日はここまでで。
やっぱりねじれ先輩は可愛い(確信)。

誤字脱字がありましたら、お手数かも知れませんがご報告お願い致します。
評価も感想も待ってるよ!


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個性把握テストと新たな友人達

評価を見れば赤バーになっていた。
何を言ってるか……(ry
評価を下さった読者の皆様方、大変御礼申し上げます。




「最下位除籍って……! 入学初日ですよ!? いや……初日じゃなくても理不尽過ぎる!」

 

 声を大にして叫んだのは、緑谷と一緒に居た女子。

 麗日お茶子といったか、彼女の言葉は今のA組全員(輪廻や爆豪を除く)の気持ちの現れだった。

 口に出したのが麗日一人であっても、表情を見れば全員似た感情を抱いたのがわかる。

 

「自然災害、大事故、身勝手な(ヴィラン)達……。いつどこから来るかわからない厄災。日本は理不尽にまみれている。そういう理不尽(ピンチ)を覆していくのがヒーロー」

 

 だが、彼らの温い心情を一蹴し、相澤は喝を入れるように甘えを許さぬように、厳しい言葉を投げ付けた。

 

「放課後マックで談笑したかったならお生憎。これから三年間、雄英は全力で君達に苦難を与え続ける。────“Plus(更に) Ultra(向こうへ)”さ。全力で乗り越えて来い……!」

 

 相澤の紡いだ言霊は、一人一人の心の内へと突き刺さった。

 不安に陰りが落ちる者、理不尽から目を釣り上げる者、はたまた相澤の言葉をブラフだと高を括って表情を動かさない者。

 それぞれ違う顔を浮かべるも、一つ共通するのは、この場にいる全てがこのテストに掛ける意気込みがガラリと豹変した事だった。

 

 

 ──『第一種目:50m走』

 

 準備運動を軽く済ませ、定位置に着く。

 輪廻は自身を含め、他二名と三人で走る事となっていた。

 輪廻が足場を確認しながら、先のゴールを見据えていると、横から語り掛けてくる声が一人。

 

「よっ! 俺は上鳴電気。お前あれだろ、入試の時に0P敵バラバラにしたっていうやつだろ?」

 

 稲妻状の黒いメッシュの金髪の頭が目立つ、所謂チャラ男風の上鳴が、気軽に輪廻に話しかけてきた。

 入試の時に仮想敵をバラバラに、それは恐らく歪二天礼法(いびつにてんれいほう)の事だろう。

 上鳴の言う通り、それならば確かにバラバラにしたが、何故彼がその事を知っているのか気になった。

 上鳴をあの市街地で見た覚えはない。

 

「そうだが。なんでそれを?」

「俺の中学のダチが、お前と会場一緒だったらしくてさ。さんざん凄ぇ奴が居たって話してきたんでよ」

「なるほど」

 

 上鳴のダチとやらが言っていた、外見的特徴も合っていたため、輪廻に話しかけてきたのだと言う。

 あれだけ派手に個性を披露すれば、輪廻の話が広がっていても不思議では無い。上鳴の話に納得する。

 

「なあなあ、汗で服が張り付いた女子っていいよなぁ」

 

 右横から服を引っ張られ、今度はそちらを見てみれば、背の小さな生徒峰田実がそう言った。

 峰田の視線には、50mを走り終えた女生徒達が話し合っている。

 彼女らを見つめる峰田の視線は、いささか危なっかしいものだった。

 問いかけられた質問に、輪廻はどう返そうか迷っていると、左にいた上鳴が峰田の言葉に同意し、意気投合し始めた。

 輪廻を挟み、実に高校生らしい下世話な話で盛り上がっていると、相澤に早く始めろとお叱りを受けてしまう。

 輪廻に続くようにして、峰田と上鳴も走る準備を始めた。

 

(──あれを使うか)

 

 複数存在する個性の能力のうち、ある一つを使う事に決めた。

 あの個性ならば、飯田が先程出した3秒04という記録も越えることが出来る。

 ただ、個性を使うにあたって横の二人に危害が及ばないか不安はあるが、そこはそれ、何とか耐えてもらいたい。

 合図が下される直前に、一応の忠告は入れておくとしよう。

 

「二人とも、衝撃には気を付けろよ」

 

 へ? と二人が問い返すよりも早く……。

 

 ────進化論

 

 合図と共に衝撃。同時に舞い上げられた砂塵。

 上鳴と峰田は、何とかその場で耐えた。

 そして宙に残る砂塵が引くと、輪廻がいたと思われる場所には、人の足二つ分の陥没した跡。

 遥か先を見て見れば、既にゴールした輪廻の後ろを線を描くように、美しい花弁が舞い。

 降ってくる花弁の雨の中、輪廻は上鳴達の方に振り返っていた。

 

「0秒98!」

 

 計測器から告げられた記録は、驚異的なものだった。

 彼の打ち出したびっくり仰天な結果に、周りは驚愕で満たされている。

 輪廻の使った個性、進化論はかの偉人ダーウィンに由来する力。

 能力は、状況に応じて自身の望むままに進化できるというもの。

 輪廻が行ったことは至って簡単、その進化論を使って自身の下半身をサバクトビバッタをベースとして進化させ、中の筋肉や繊維を瞬発力や反発力等に優れた動物のものへと進化させた。

 人工には頼らない、天然の速力自慢の動物達の集大成。

 それによりほんの一瞬のうちに馬鹿げた瞬間最高速度(トップスピード)を生み出し、ゴール目掛け()()()()()のだ。

 まるで銃弾とも比喩すべきスピードだが、曲がる事が出来ない、急には止まれない等の大きな欠点がある。

 50m走においては一直線に進み続ければ問題無いので、今回の種目のみ使える裏技のようなものだった。

 

 

 ──『第二種目:握力検査』

 

 こちらは障子目蔵が540キロという記録を出したが、今回も覆す形で、輪廻が測定不能を出した。

 大木すら容易に握りつぶせる握力を発揮する、罪人デサルボに起因する個性を使い行ったのだ。

 デサルボの個性(さいのう)絞殺魔(ストラングラー)』は、本来の使い方とは()()()()()が、輪廻は本来の使い道ではなくこう言った事に使っている。

 これまた同様に周りを驚かせたのは、言わずとも知れたことだろう。

 

 

 ──『第三種目:立ち幅跳び』

 

 こちらでは飯田や障子のような、突出した記録の持ち主はおらず。

 輪廻が、ライト兄弟の逸話が昇華された個性『空の人』を使い、一人だけ無限()を記録し終わった。

 周りはやはり驚いていたものの、流石に慣れたのかそこまでではなかった。

 輪廻が内心で皆の反応を楽しみにしていたので、大して驚かれなくて少しガッカリしたのは内緒だ。

 

 

 ──『第四種目:反復横跳び』

 

 反復横跳びでは、第一種目で知り合った峰田が自身の個性を面白い方法で使用して力を発揮し、記録を伸ばしていた。

 輪廻も負けじと、進化論を使って敏捷性としなやかさを兼ね備えた動物へと体を進化させ、120近くも結果を残した。

 A組の皆は完全に慣れたのか、ああまたか、といった納得の視線を送るようになり。

 上鳴に至っては「才能マンだよ!」と叫び始める始末だ。

 …………肝心の緑谷は未だに目ぼしい記録を出せていない。

 

 

 ──『第五種目:ボール投げ』

 

 今度は麗日が、重力を操る個性を使って無限()の文字を出した。

 輪廻も重力操作の個性を持っているが、距離における制限が存在する為、無限を出す事は不可能。

 よって、ボール投げでは麗日が一位になる事が決定した。

 そして、続く緑谷の番となり……。

 

「緑谷君はこのままだとマズいぞ……」

「ったりめーだ! 無個性のザコだぞ!」

「無個性!? 彼が入試時に何を成したか知らんのか!?」

「は?」

「……」

 

 輪廻の横で外野陣が緑谷を見守り、口々に言葉を出す。

 飯田や麗日が心配のこもった視線を送り、爆豪は睨みつけている。

 どうやって緑谷がこの窮地を抜けるのか知らない。

 前世に見た漫画の記憶など、とうに擦り切れて無くなったも等しい。

 たまに既視感ある光景を見て思い出すだけで、後は欠片も覚えていないのだ。

 ましてやここは漫画の世界等ではなく、確立した輪廻の生きる一つの世界。

 本来とは違う想定外の事も起こりうるのだ。

 この後緑谷がどうなるか、予想もつかない中で、輪廻は早く脈打つ心と一緒に、目の前を見据えた。

 

「……!」

 

 第一球目、緑谷がボールを振りかぶった所で、個性発動の予兆が見えた。

 しかし、それは不自然に掻き消え、緑谷のボールは力無く地面へ落ちる。

 今間違いなく、緑谷は個性を使いボールを投げようとしていた。

 にも関わらず、個性が発動する事は無く、球は距離が伸びなかった。

 まるで発動を止められたみたいだ、と輪廻は感じた。

 どうやら輪廻の予想通り、個性を発動しなかったのではなく、発動出来なかったらしいと、緑谷の唖然とした表情で理解する。

 

(だとすりゃあ……)

 

 視線が相澤へと動く。

 昔一度、個性を消す個性があると聞いた。

 もしかしなくとも、緑谷が言った言葉で相澤消太……否。

 抹消ヒーローイレイザーヘッドの個性が、そうなのだと認識した。

 個性を無効化させる個性、輪廻には無いタイプの力だ。

 是非とも()()()と欲求が湧いてくる。

 だが同時に、手にした事で自身の持つ他の個性も相殺しかねない為、扱いに困難しそうだ、と要らぬ感想を胸に吐露した。

 輪廻が一人で考えている間に、相澤からの説教が終わったらしく、そのタイミングを見計らって緑谷の元に行く。

 これ以上は見てられなかった為に、声の一つでもかけてやろうと考えたのだ。

 

「緑谷」

「……あ、輪廻君」

「さっき飯田にお前の力について聞いてきたが、絶大な力と引き換えに、一度使えばぶっ壊れるんだろ?」

 

 先程、飯田から少し聞いた緑谷の個性。

 入試試験の時に0ポイント敵を殴り飛ばし、その代わりに腕を痛めていたという、何とも言えない扱いの難しそうな個性。

 この話を聞いた時、あぁそう言えばそんな場面原作にあったような、なかったような気がすると輪廻は薄っぺらな記憶を揺るがせた。

 

「あ、いや! ……うん」

「体を壊すのが発動条件なのか分からないが、どちらにしろ壊れるなら損傷はすくなくしてみたらどうだ?」

「損傷を少なく……。……! そうか! 最小限で最大限を……!」

 

 どうやら輪廻の行動は功を奏したようだ。

 輪廻としては怪我はなるべくしないように気を付けて、というニュアンスで声をかけたのだが、どうやら何かしらのヒントは得られたようだ。

 追い込まれた顔から一転して、事件の鍵を掴んだ探偵の如く吹っ切れた顔をしている。

 いい加減に離れないと相澤から怒られそうなので、良かったとその場を離れる。

 

「輪廻君、ありがとう……!」

 

 感謝に頭を下げる緑谷に、一言頑張れよ、と振り返らずヒラヒラ手を振って輪廻は外野に戻って行った。

 運命の二球目、一球目とは違い個性発動の予兆が見られない。

 そしてボールを離す直前、緑谷は指先に力の全てを凝縮させ放った!

 どこまでも上がるボールは、空気を突き破り、一筋の矢となって進み続ける。

 やがて彼方まで飛んで見えなくなったボールは、705.3mという数字になって、ヒーロー科らしい記録として姿を変えた。

 

「先生……。まだ……動けます!」

「こいつ……!」

 

 目を涙で濡らし、尚も痛みに耐え宣言するように緑谷は相澤を見据えた。

 その痛ましくも勇ましい緑谷の姿に、それでこそだと、輪廻は口角を少し釣り上げた。

 

 1

 

 緑谷のボール投げ後、爆豪が個性を使い緑谷に突っかかるという、事件とも言えない事件が起きもしたが、至って恙無くテストは進み、漸く全種目が終了した。

 残る種目のほぼ全てにも、輪廻は一位か二位で首位を独占していた。

 現在、A組は固まって相澤の成績発表に神経を向けている。

 緑谷一人は自身の不甲斐ない結果から下を向いているが、対照的に輪廻は平然と立っていた。

 そうして、空中に投影された画像には、一位に花咲輪廻の名前。

 

「因みに、除籍はウソな」

「………………」

「君らの最大限を引き出す、合理的虚偽」

「「「はああぁぁ──────!!?」」」

 

 相澤が画像と共に落とした言葉に、A組の全員が過剰反応する。

 無理も無い、今の今まで除籍を回避する為、神経張り巡らしてテストを行っていたのだ。

 声を張り上げるなという方が無理のある話だ。

 緑谷に至っては顔の原型をとどめてないほどに、驚愕している。

 

「あんなのウソに決まってるじゃない……。ちょっと考えればわかりますわ」

「……どうかな……」

 

 近くにいた八百万の言葉に、反射的に呟いた。

 輪廻の消え入る程小さな声が耳に入ってしまったのだろう。

 え? と条件反射的に八百万は輪廻を見てしまうが、彼が嗤い目を細めて相澤を見ていた事で、声を掛けることが出来なかった。

 輪廻から感じた空気が、一瞬悍ましく見えてしまったから。

 しかし、それも刹那の事。次に瞬きをしてみれば、個性把握テスト中の表情の読めないものに戻っていた。

 

(相澤消太か。面白い人だ……)

 

 輪廻の内に宿った感情は、良きものか悪しきものか……。

 ……それは本人のみぞ知る。

 

 




Q.あれ、最後なんか主人公やばい臭いしない?

A.偉人以外にも罪人の力も宿してるのよ?



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戦闘訓練前

今更ですが、東京喰種最終巻読みました。
一花ちゃん可愛い……。





 それぞれが自身の限界を理解した個性把握テストから一夜明け。

 初日の時とは違い、輪廻は数学や世界史、英語といった必修科目の授業を受けていた。

 幾らヒーロー科が有名な雄英であっても、高校な事に変わりはなく、生徒の大半はペンを走らせる音が聞こえる時間を過ごす。

 至って普通の高校と変わらぬ内容に、退屈を覚えているのは輪廻のみにあらず。

 視線を少し動かせば、上鳴や爆豪もノートをとる姿とは裏腹に、退屈と言った顔を浮かべている。

 余程の勉強好きでなければ、一分一秒が苦痛なこの午前の一時を耐え凌ぎ、昼食を挟んでいよいよ待ちに待った授業が訪れる。

 

「わーたーしーがー! 普通にドアから来た!!」

 

 お決まりの台詞を唱え、いつもと変わらぬ笑みで教室に現れたのは、全生徒の憧れるヒーロー。

 彼の登場で室内の興奮が跳ね上がった。

 

「オールマイトだ……! すげぇ、本当に先生やってるんだな……!」

銀時代(シルバーエイジ)のコスチュームだ!」

「画風違いすぎて鳥肌が…………」

 

 登場の一つで皆が沸き立つ。

 まるで彼の人気っぷりを体現しているかのようで、目に見えてその人気の高さが伺える。

 この人気も全て、数多もの(ヴィラン)や災害から人々を救ってきた平和の象徴という上に成り立つもの。

 オールマイトの名を叫び、沸き立つ程の人気はイコールオールマイトが築き上げてきた平和と、救われた人々の数の現れだった。

 

「ヒーロー基礎学。ヒーローの素地を作る為、様々な訓練を行う科目だ!」

 

 午後から行われるのは、ヒーロー科に所属する生徒にとって、何よりも重視すべき科目。

 今活躍し世間を賑わせているプロヒーローも、この科目を受けて素地を作り上げ、ヒーローの世界へと身を投じた。

 そしてそれはプロとなった今も活かされている。

 ことヒーローになる上で、最も大事だと言える授業の一つ。

 それがヒーロー基礎学だ。

 

「早速だが、今日はこれ! 戦闘訓練!」

 

 BATTLEと書かれたプレートを前に突き出し、高らかに言う。

 

「戦闘……」

「訓練……!」

 

 知らされた授業内容を聞いて、爆豪と緑谷がそれぞれ反応する。

 

(まさか初めから戦闘訓練とはな……。昨日のテストと言い、色々と急すぎないか雄英?)

 

 輪廻としては、訓練より先に講義を行い、戦場での基本的行動をノートに写すなどと言った、もう少しお堅い内容だと思っていたのだが。

 他の学校のヒーロー科でもそうなのか、また雄英が特別なのか知らないが、予想外にいきなり戦闘訓練と来た。

 プロヒーローとして活躍する上で、自分の身を守れる戦闘能力が大前提とされている事は周知の事実だが、まさか初めから戦闘をするとは考え付かなかった。

 しかし、色々と言葉で教わるより手っ取り早いのも確か。

 百の言葉を交えるよりも、一の戦闘を体験する方がヒーローとして色々と学べるだろう。

 

「そしてそいつに伴って……こちら!」

 

 ガゴっと教室の壁が、機械的音を発しながら動き始めた。

 

「入学前に送ってもらった「個性届」と要望に沿ってあつらえた……戦闘服(コスチューム)!!」

「「おおお!!!」」

 

 手渡されたのは番号の割り振られた、それぞれの戦闘衣装。

 オールマイトの言っていたように、入学前に各々が自身の個性を全面的に主張できるよう要望し、作ってもらった代物。

 被服控除と呼ばれるシステムだ。

 入学前に個性届と身体情報の二つを予め提出すると、学校専属のサポート会社がコスチュームを用意してくれるというもの。

 コスチューム作成の際、要望を添付することで自身の個性にあった便利で最新鋭のコスチュームが手に入る。

 輪廻の場合は少し特殊で、この被服控除でのサポート会社には頼らず『ある会社』に作ってもらったのだが……。

 そちらは今話すべき事でもないので、一旦置いておくとしよう。

 

「着替えたら順次グラウンド・βに集まるんだ!」

「「「はーい!!!」」」

「格好から入るのも重要だぜ少年少女! 自覚するのだ、今日から自分は────ヒーローなんだと!」

 

 1

 

「始めようか有精卵共! 戦闘訓練のお時間だ!!」

 

 グラウンド・βへ着くと、それぞれがそれぞれの特徴的コスチュームに身を包んで待っていた。

 輪廻のコスチュームは、軍服をモチーフとした衣装の上に黒のロングコートという、何の変哲もないシンプルな格好。

 コートや軍服の中には投げナイフや拘束具等、ちょっとした小道具が至る所に内包されているが、既存のヒーローコスチュームと比べると、これといった目立つところの無い、言ってしまえばつまらないコスチュームだった。

 元々輪廻は服には拘りは無く、本気で個性を使えば纏っている衣装まで変わってしまうので、戦闘に役立つものであればどんなものでもよかった。

 

「輪廻君」

「ん、緑谷か」

 

 呼びかけられた方向を向いてみれば、飯田・緑谷・麗日の三人組が居た。

 緑谷のコスチュームは名を表すように、全身が緑一色で統一されており、特に目を引きつけたのは額から突き出た二つの角だろう。

 恐らくオールマイトを意識してのものだと思われた。

 

「花咲くんなんか動き辛そうな格好やね」

 

 そう言ったのは、パツパツスーツの麗日だ。

 

「そうか? こう見えても機動性は高いぞ。特殊な素材を使ってるらしいから、制服ほどの重さも無い。動き辛そうというなら、俺は飯田の方がそうだと思うが」

 

 視線を自身の軍服から、全身鎧のような、まるで日曜朝のテレビ番組にでも出てくる見た目をした飯田に送った。

 

「そんな事はない。俺のこのコスチュームも、個性を活かせるようにと、機動性を補佐する機能もついている」

「そうか」

 

 話し合いもそのへんに、そろそろ始まるらしい戦闘訓練の説明の為、全員がオールマイトの前に行く。

 

「先生! ここは入試の演習会場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか?」

 

 最初に質問をしたのは、やはりと言うか飯田だった。

 何か事あるごとに真っ先に先生に聞く、真面目な性分故だろう。

 飯田の質問にオールマイトは答えた。

 

「いいや、もう二歩先に踏み込む! 屋内での対人戦闘訓練さ!」

 

 対人戦闘訓練。

 この言葉に輪廻は僅かに眉を動かす。

 戦闘訓練、それもすべての過程をすっ飛ばしての対人となれば、輪廻の個性では大半が扱いに気を付けねばならなくなる。

 加えて舞台は屋内。限られた空間での戦闘は、今後輪廻の凶悪な個性を扱っていく上で大事な経験となるだろう。

 

「君らにはこれから、『(ヴィラン)組』と『ヒーロー組』に分かれて、二対二の屋内戦を行ってもらう」

 

 チーム戦での屋内戦闘。

 輪廻の頭には既にどう戦うかシミュレーションを始めていた。

 輪廻が脳内で戦闘イメージを構成している横で、またしても飯田が手を挙げた。

 

「先生! 俺らA組は全員で21人居ます。ペアを組んで分かれる場合一人余ってしまいます! そういった場合はどう対処すべきかお考えでしょうか!?」

「勿論さ! どこか一チームには三人組になってもらう、そのチームと当たった場合二対三と不利な状況になってしまうが……現場での不利なんて日常茶飯事! どんな状況であっても跳ね除け理不尽を覆すのがプロヒーローってもんさ!」

 

 成程と納得し、飯田は一歩引いた。

 ヒーローが常に劣勢などありふれた事、むしろ有利な事は滅多にない。

 周りに人がいるだけで、視界に映るすべてが人質になってしまうのだから。

 今回の戦闘訓練はそういった場面を体験させる事も、一つの目的なのだ。

 

「今回の訓練は入試と違い、ぶっ壊せばオッケーなロボじゃないのがミソだ」

「勝敗のシステムはどうなります?」

「ぶっ飛ばしてもいいんスか?」

「また相澤先生みたいな除籍とかあるんですか……?」

「分かれるとは、どのような分かれ方をすればよろしいですか?」

「このマントヤバくない?」

「んんん! 聖徳太子ィィ!!!」

 

 詳細な説明を求める生徒達の質問攻めに、オールマイトは叫ぶが、順序だてて話し始めた。

 まず分かれ方及び対戦相手はくじ引きで決めること。

 今回の戦闘訓練には状況が設定されていて、概要としては“敵”が隠した“核兵器”を“ヒーロー”が処理する、といったアメリカンな設定だ。

 今回の屋内対人戦闘では、如何に相手を下すか出し抜くか、が重要になる。

 輪廻はこの段階で既に使用する個性を絞っていた。

 そしてくじで決まったチームは……。

 

 A:緑谷・麗日

 B:轟・障子

 C:峰田・八百万・花咲

 D:飯田・爆豪

 E:芦戸・青山

 F:砂藤・口田

 G:上鳴・耳郎

 H:常闇:蛙吹

 I:尾白:葉隠

 J:瀬呂:切島

 

 ……となった。

 

「よろしくな八百万、峰田」

「ええ、よろしくお願いしますわ花咲さん」

「けぇ、なんだ花咲も一緒かよ。せっかくならオイラと八百万だけで良かったのによ」

 

 峰田のくだらない戯れ言を流し、輪廻はそうそうに二人を交え作戦会議を開く。

 初めに互いに何が出来るか確かめる為に、まず八百万と峰田の個性を改めて聞き確認する。

 

(わたくし)の個性は『創造』。私が知る物を自分の体内で創り出して、素肌から取り出す能力です。大抵のものなら作れますわ」

「オイラのは『もぎもぎ』つって、頭のこれを貼っつけたり出来る。オイラ自身は付かずに跳ねるけどな」

「……なるほど。使えるな……」

 

 八百万の万能とも言える個性に、癖は強いが場面が合致すれば峰田の個性は武器になる。

 輪廻の頭に一つ二つと組み立てられていく戦術は、九割方形となって浮かび上がっていた。

 黙ってあれこれ思考していると、初戦の組が決定したようだ。

 大きな声で対戦するチームを呼ぶオールマイトの声が聞こえた。

 

「初戦は緑谷んとこと爆豪んとこか……」

 

 何かと因縁付けては緑谷に突撃していく爆豪だ、今回の戦闘訓練は爆豪からすれば、いい建前になることだろう。

 目標達成よりも、初っ端から緑谷に攻撃していく爆豪の姿が見ているかのようにイメージ出来てしまう。

 くじ運がいいのか悪いのか分からない緑谷に、輪廻は静かに心の中で合掌した。

 

「あの……?」

 

 建物の中に向かう緑谷達の背中を見送っていると、八百万からお声が掛かる。

 

「ん?」

「それで、まだ花咲さんの個性を教えて貰っていないのですが……」

「ああ、悪い。直ぐに教える」

 

 最後に緑谷と麗日を一瞥したあと、輪廻達はオールマイトに続いてモニタールームへと向かった。

 

(頑張れよ緑谷、麗日)

 

 

 

 

 




本当は戦闘シーンまで行くつもりだったんですけど……すみません、余計な事を書きすぎました。
でも切りがいいので、今回もここで切らせていただきます。
次回は絶対戦闘シーンまで書くので、どうかお待ちを。

それと、誤字脱字の報告をしてくださった読者の方々に御礼申し上げます。
お手を煩わせちゃってごめんね! ありがとうございます!

あ、因みに今回は一つ伏線を撒きました。
その伏線が回収出来るといいなぁ……。



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実力の差

ごめんなさい。昨日はトランスフォーマー見てたら投稿を忘れました。
それと、今回は長いです。


「は! 案の定か」

 

 画面の奥では、開始直後に通路の曲がり角から爆豪が奇襲を仕掛けていた。

 爆豪は良くも悪くも戦闘一辺倒の思考をしている。

 彼の戦闘における才能(センス)は、プロヒーローと比べても引けを取らず、A組の中では上位に入る感覚の持ち主だ。

 ──だからこそ、彼の思考回路を読むのは容易い。

 なまじ自身の腕に覚えがあるからこそ、全ての問題を力で解決しようとしてしまいがちなのだ。

 緑谷が爆豪の奇襲を避けられたのは、開始早々に戦闘を始めるであろう、爆豪の思考を分かっていたから。

 奇襲を回避されたのを気にも留めず、爆豪が追撃の右腕を振り抜く。

 

「ほう……」

 

 輪廻が目を細め感心の息を漏らしたのは、緑谷が爆豪の一撃を反撃に利用した時だった。

 まだ付き合いは浅いが輪廻の知る緑谷は、いつも爆豪に怯えていて怒鳴られれば肩をビクリと震わせている友人だった。

 無論やる時はやる男ということも理解しているが、少なくとも相対した爆豪相手にクロスカウンターに転じれるとは思っていなかった。

 だからこそ輪廻は、勇気を出し先に一撃を見舞わせた緑谷に感心し、評価を少し改める。

 対して背負い投げの要領で地面に叩きつけられた爆豪は、自身よりも格下と思っていた緑谷相手にしてやられた事で、完全に怒りの琴線に触れたようだ。

 

「アイツ何話してんだ? 定点カメラで音声ないとわかんねぇな」

「……どうやら爆豪のやつ飯田からの通信を一方的に切ったみたいだな。『黙って守備してろ。ムカツいてんだよ俺は今』って言ってたぜ」

「花咲お前、読唇術使えんのか!?」

「ああ、昔に遊び半分で覚えた」

 

 隣に居た切島の疑問がたまたま耳に入ったので、爆豪の口の動きを見て、彼が言い放った言葉を伝える。

 切島は輪廻が読唇術を使える事に驚いていたが、輪廻はむしろ読み取った爆豪の言動に驚きを隠せなかった。

 果たすべき目標があるにも関わらず、緑谷との因縁を優先した愚かさに、失望を隠せない。

 A組の中でも轟・緑谷と並んで一目置いていたが、今回の件で流石に呆れ果てた。

 

(幾ら戦闘の才(バトルセンス)に優れていようが、所詮は慢心仕切った学生。少し精神を(つつ)けば周りが見えなくなる程度の奴だったって訳か……)

 

 輪廻が呆れている最中も、状況は動き続ける。

 緑谷が爆豪から離れ逃げの一手を選び、相方の麗日が核のあるフロアに辿り着いた。

 初戦もいよいよ終局に入る。

 誰よりも先に打って出たのは、やはり爆豪だった。

 ゆっくりと、緩慢な動きで右手を緑谷へ向けて翳す。

 モニターを眺めていた輪廻は、爆豪の妙な雰囲気を察知して彼の口元に神経を向け……焦り始めた。

 

「あのバカ、緑谷を殺す気か!!」

「爆豪少年ストップだ! 殺す気か!」

 

 オールマイトも爆豪のしようとしている事に気が付き、輪廻と声を重ね叫んだ。

 

『当たんなきゃ死なねぇよ!!』

 

 だが、爆豪が止まることは無い。

 周りがモニタールームの二人の焦りを感じ取り、訝しむようにモニターへと目線を向けた時──。

 

 ──ドゴォォォン!!!

 

 放たれた爆破の威力は、大きな衝撃と揺れを齎した。

 地下のモニタールームにもそれは伝わり、皆がそれぞれ壁や床に手を付いている。

 立っているのも難しい程の揺れで、崩れ落ちずに済んだのは輪廻とオールマイトの強靭な体幹を持つ二人だけで、あとは全員尻餅を付いてしまっていた。

 

「大丈夫か上鳴、八百万?」

「ってて……。爆豪の野郎、容赦ないの放ちやがって……と、サンキューな」

「ええ、ありがとうございます……」

 

 三半規管が揺れたのか、頭を抑えながら差し出された輪廻の手を取り上鳴と八百万が立ち上がる。

 輪廻は上鳴に続いて他の全員が無事そうなのを確認したあと、モニターに視線を戻した。

 揺れの影響か、若干ノイズの走る映像の奥には、格闘し続ける二人がいる。

 

「先生止めた方がいいって! 爆豪あいつ相当クレイジーだぜ、殺しちまうぜ!?」

「…………いや。止めない方がいい」

 

 切島の言葉を否定したは、輪廻だった。

 

「花咲お前も見てたろアレ! このままじゃマジで緑谷が死んじまうよ!?」

「もし仮にここで止めたとして、それじゃあ緑谷と爆豪の間に禍根が残っちまう。下手すりゃ今後の訓練にも影響が出るかもしれねぇ。……どうせもう授業の評価は見込めないんだ。ならいっその事開き直って、死なない程度に戦わせてやりゃあいい。俺はそう考えますが……」

 

 ちらっと、眼球だけを動かして冷や汗を流す担任へ視線を送る。

 モニターを食い入るオールマイトもどうやら輪廻と似通った考えらしく、先の大技を使わない事を条件に、訓練を続行させた。

 屋内戦闘に限らず、路地裏、人の密集した通りにおいて、全てを蹴散らす大技をぶっぱなす事は、人命を何よりも優先するヒーローとしては論外。

 今回はあくまで訓練であり、周りには人がいなかったから良かったものの、もしこれが現実だったのなら、人が大量に死んでいたかもれない。

 そうでなくとも、核に刺激を与え誘爆していた可能性だってある。

 爆豪の行動は、確実に大幅減点ものだった。

 そして点数的には期待出来ない以上、訓練の事はもう放っておき気が済むまで戦わせた方が、色々と実りを期待出来る。

 

(……緑谷のやつ、何考えてやがる?)

 

 輪廻が違和感を覚えたのは、格闘と言えないリンチを前に、緑谷が再び背を向け逃げの一手を選んだ時だ。

 駆ける背からは、恐怖で逃げ出した訳でも、痛みを恐れた訳でも、ましてや諦めて逃げ出した訳でもない。

 緑谷の顔からは勝利を掴まんとする覚悟が、未だ消えていないのだ。

 とうとう緑谷が壁際まで追い込まれ、まさに袋のネズミと化した時、輪廻はその意図に気付いた。

 

「そういうことか……!」

 

 輪廻が喜色の声を発し。

 オールマイトが中止を呼びかけ掛けるよりも早く、緑谷が麗日に合図を送り、個性を使った一撃を──()()()()()()()

 強大な力から放たれた衝撃波は建物を貫通し、天へ進み続ける。

 止まることを知らない破壊の一撃は、やがて麗日と飯田のいる階層を突き破り、麗日が瓦礫を利用して目眩しを兼ねた攻撃を仕掛けた。

 迫る礫に視界を塞いでしまった飯田は、麗日の行動を読めず。

 

「ヒーローチーム……ウィ────ン(WIN)!!」

 

 核を確保した麗日によって、緑谷達が勝利を飾った。

 

 1

 

「続く二回戦は、こいつらだ!」

 

 飯田以外の三人が八百万と輪廻にボロクソ酷評を受けた講評のあと、オールマイトがクジを引いた。

 二つの球状のクジにはそれぞれ、『ヒーロー・B』『(ヴィラン)・C』と書いてある。

 つまりCチームである輪廻達は、Bチームの轟と障子が対戦相手となる。

 自身たちの出番が回ってきたことにより、輪廻達は気合いを入れた。

 最初のビルは爆豪が半壊させた為、別のビルに会場を移して、それぞれ始まりの合図を待つ。

 

「八百万、このビルの見取り図は覚えたか?」

「はい、大体の構造は暗記致しました」

「やる事は分かってるな?」

「ええ、勿論ですわ」

「ならよし。行くぞ八百万。……峰田、始めろ」

「へいへい。ったく、人使いが荒いぜ」

 

 八百万へ問い、問題無い事を確認すると、峰田へ指示を出して作戦を開始する。

 開始以前の戦闘行為は禁止されているが、罠の設置の是非は言い渡されていない。

 ならばする事は簡単、このビルを侵入してきた蝶を捕らえる為の蜘蛛の巣に変える。

 手始めに峰田がビル全体の電源を落として、中を暗闇で満たす。

 窓が少ないこの建物では、窓から光が入ってこようとも闇を晴らすことは出来ない。

 夜目の利く輪廻以外の二人は、八百万が作った暗視スコープを装着しているので動きが制限されることもない。

 着々と準備が進み、八百万と輪廻がそれぞれの位置に着いた頃だ。

 

開始(スタートォ)

 

 タイミングよく、開幕の狼煙が上がった。

 訓練の始まりを告げる声は、同時に輪廻のスイッチを押す合図でもある。

 纏う空気がズッシリと重く、戦場の獣へと変化していく。

 嗚呼……よかった、と別々に分かれた仲間の二人を思い呟く。

 もし輪廻の振り撒く異質な空気を八百万と峰田が目の当たりにしていたら、きっと耐えられずに叫んでしまう。

 確かにこれは訓練だ。人を殺めることは許されてはいない。

 ────だが、戦闘であることに変わりはない。

 そうである以上、内から溢れて暴れ出す《 ()() 》が、否応なしに輪廻を高揚させてしまう。

 自然と笑みが漏れた。

 自覚していながら、それを抑制する事が出来ない。

 口元を手で覆い隠し、敵が来るのを待っていた時……奴らが来た。

 

「四階東側の広間に一人。後はじっとしているのか、気配を感じない」「建物全体が暗くて視界も悪い。待ち伏せされているのかもな」

 

 障子の複製腕が、感じ取った情報を提示していく。

 

「出てろ、危ねぇから。向こうは防衛戦のつもりだろうが……俺には関係ない」

 

 言うな否や、轟を中心として氷結の波紋が広がる。

 体の一部でさえ絡み取られれば、抜け出る事の出来ない天然の拘束具。

 徐々に足元から壁、天井、やがてビル全体を呑み込んで……────元通りになった。

 

「──は?」

 

 常にクールを纏わせていた轟には似つかわしくない、理解の及ばない声が漏れた。

 今まさに自分の氷はビルを呑み、決着を齎す筈だった。

 しかしどうだ、瞬きをした次に幻を見ていたかのように、元のビルに戻っている。凍らせた跡も無い。

 まるで初めから個性を発動していないような……。

 

「……終わりか?」

 

 暗闇揺蕩う空間に、男の声が聞こえた。

 カツ、カツ、カツと闇の深い通路の奥からゆっくりと足音が聞こえる。

 轟と同じ空間に彼が足を踏み入れると、入口から入ってきた光でその姿を捉えることが出来た。

 

「花咲……」

 

 低い声で男の名を紡ぐ。

 

「轟、何があった!? ビルが凍ったと思ったら元に戻っていたぞ……!」

 

 轟に言われ外で待機していた障子が、異常を察知し駆け寄り──警戒を最大限に引き上げた。

 暗闇を背景に、今現れたであろう軍服姿の輪廻を見て、本能的に危機を感じたのだ。

 逃げろ、あれは危険だ、近付くなと生物としての本能がうるさいぐらい警鐘を鳴らす。

 

 ──誰ダ、コイツハ。

 

 二人が抱いた言葉はそれだった。

 相対する輪廻の顔は、影が覆っていて表情が見えない。

 轟と障子の背中をツーっと汗が伝う。

 気付けば汗が滝の如く流れ出ているではないか。

 室内の温度が高い訳ではない、ビリビリと肌に突き刺さる輪廻の圧が、二人の身体機能を狂わせているのだ。

 

「お前……本当に花咲か?」

 

 問いかけたのは轟だった。

 何が面白いのか、轟の言葉にニヤリと笑い、問いには言葉を返さなかった。

 

「……お前、何をした?」

 

 続けて質問を投げかけると、漸く喋り始めた。

 

「戦いのさなかに手の内をばらす阿呆が居ると思うか?」

「そうかよ──!」

 

 間髪入れず轟が二度目の個性を右足から打ち出す。

 迫り来る氷晶、食らえば確実に再起不能に陥るレベルの攻撃だ。

 常人ならば回避行動か個性を使った相殺を選択するが、輪廻は動かない。

 何を考えている、轟が視線を鋭くさせ輪廻の一挙手一投足に注目する。

 障子も何が起きても対応出来るように、轟の氷結に合わせ身構えていた。

 

 ────猫は選択者(シュレーディンガー)

 

 花弁が舞う。

 輪廻を襲う氷晶は、再び姿を消した。

 一度目の時とは違い戸惑いはないが、種が分からない以上轟はどうする事も出来ない。

 猫は選択者(シュレーディンガー)。それは可能性を選択する個性(さいのう)

 シュレーディンガーの猫をご存知だろうか。

 詳しい説明は省くが、簡単に言ってしまえば、箱の中に毒ガスと一緒に猫を閉じ込めることで、猫が生きている可能性と死んだ可能性を重ね合わせた状態を作り出す、シュレーディンガーという偉人が脳内で想像した思考実験の事だ。

 輪廻が使った能力『猫は選択者』は、無数にある可能性を選択できる能力。

 その力を使い、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』という有り得た可能性を選びとったのだ。

 一度目の氷結も同様に、『()()()()()()()()()()()()使()()()()()()』という可能性を選びとる事で、個性の発動そのものを無効化したのだ。

 

「始めようか」

 

 ────不死の兵

 

 花弁が舞い上がる。

 輪廻の両腕には、いつの間にか小火器が顕現した。

 腰にある発煙弾を手に取ると、安全装置のピンを外し転がした。

 瞬時に煙が勢いよく吹き出し、瞬く間に1m先の視界すら見えなくなる。

 ダダダダンと、重く鈍い音が響く。

 

「轟!?」

「俺は大丈夫だ!」

 

 障子がパートナーの安否を確かめると、声はすぐに帰ってきた。

 だがしかし、遠い。移動しているのだろう。

 暫くして煙が晴れると、そこに輪廻と轟の姿は無かった。

 

 2

 

「すげぇな花咲のやつ、あの轟が防戦一方だ」

 

 呟いた上鳴の見つめる画面には、逃げる轟とゆっくりと歩きながら後を追う輪廻。

 上鳴に限らず負傷している麗日と緑谷以外の全員が、初戦の時以上に集中して画面を見ていた。

 

「花咲少年!? 銃の使用は……」

『中身はゴム弾だオールマイト。安心しろ死にやしないし、重症を負うこともない』

「むぅ……ならいいが」

 

 慌てて通信をすれば、予め分かっていたのか声を被せて問題無いと告げる。

 訓練が始まる前に八百万に頼み、複数作ってもらったゴム弾入りのマガジンを、顕現した小火器の実弾と入れ替えたのだ。

 中身がゴムならいいか、となんとか納得し画面を静観した。

 

(轟少年の個性を無効化させることで警戒心を抱かせ精神的に牽制し、障子少年と連携を取らせないために発煙弾を使い分裂させる。的確でベストな行動だぜ花咲少年。だがあれではまるで……)

「──まるで(ヴィラン)みたいだ」

 

 切島がオールマイトの考えを代弁するように、言葉を発した。

 口を三日月に歪ませ、狩りを楽しんでいるかのように緩慢に轟を追い詰め、時折手に持つ小銃で足元を狙い牽制をする。

 そう、今の輪廻は敵を彷彿とさせていた。

 顔に張り付いた笑みは狂気を孕み、今まで幾度となく見てきた敵そのものだ、とオールマイトは思ってしまった。

 そんな筈はないと首を振るが、凄惨なまでに口を歪める輪廻が、どうしても先程までここに居た花咲輪廻と同一人物とは思えない程に、狂気的に見える。

 

「何言ってんのさ、今の花咲くんは敵役でしょ?」

 

 切島の言葉に芦戸がそう答え、周りはそう言えばそうだったと和むが、オールマイトは笑うに笑えなかった。

 

 3

 

 轟は焦っていた。

 先程の訳の分からない力で個性を無効化され、反撃に使おうとすれば間髪入れずに小火器で射撃され発動出来ない。

 故に逃走を余儀なくされ、今は通路の角で隠れていた。

 少し顔を出し覗いてみれば、ゆっくりと輪廻が近付いてくる。

 

「仕掛けるしか……!?」

 

 輪廻の視界に映らない曲がり角から個性を使おうと発動しようとした時、カランと軽快な音を奏で足元に何が転がって来た。

 転がってきた黒い球体は、轟も見た事のある道具。

 アクションドラマや戦争映画等でよく見る、他を殺すための兵器。

 

手榴弾(そんなもの)まであんのか!!」

 

 急いでその場を掛け離れ、通路の奥に逃げる。

 ドゴォン、と手榴弾は爆発し風圧で轟を押し飛ばす。

 無論この手榴弾も八百万に頼み、威力弱め火薬少なめで作ってもらった特注品で、殺傷力は皆無だ。

 だがそんな戦場では役立たずの小道具でも、()()()()()()()()ぐらいの役割は果たせる。

 為す術なく追い詰められた轟の逃げた先は、一つの空間だった。

 逃げ場がないと悟ると、一か八かに掛け後を追いかけて入ってきた輪廻に体を向ける。

 されど、この空間に入った時点で轟に勝機などは無かった。

 

「やれ八百万」

 

 輪廻が合図を送ると、四方八方から何が飛んでくる。

 

「クソっ……ぐ!?」

 

 個性を使い飛んでくる何かを防ごうとすると、輪廻の銃からゴム弾をくらい全身に激痛が走る。

 発動出来ぬのならば避けるしかない。

 瞬間的に行動をシフトさせ足を動かそうとして……動かせなかった。

 床を見れば丸い何かが足に張り付いて離れない。

 如何に個性が無類の強さと規模を誇ろうが、たじろぎ個性も発動出来ない状況では、どうする事も出来ない。

 痛みで霞む視界に狂気的な笑みを浮かべる輪廻を映して、轟は八百万の放った、射出と同時に既に熱を加えてあった形状記憶合金の縄により捕縛された。

 

「個性も強く、頭の回転も悪くない。そして初手で勝負を決めに行く大胆さもある。……だが残念だったな。俺に誘導されていることに気付かなかった時点で、お前の敗北は必至だった」

 

 近付く輪廻を睨みながら、どうにか個性を使い拘束を脱出しようとするが。

 

「諦めが悪いのはいい事だが、(てき)を前に暴れりゃあ撃ってくれと言ってるようなもんだぞ?」

 

 銃口を轟に向けることで、抵抗を止めさせた。

 捕縛され銃を突き付けられた今、轟はパートナーの障子が何とか核を確保してくれるのを祈るしかない。

 捕まった轟を助けに行くという選択肢も存在するが、その場合輪廻は八百万達を呼び寄せるだろう。

 そうなれば三対一となり、勝利は絶望的になる。

 内心で頼む、と零していると輪廻が心を読んだのか語り始めた。

 

相棒(パートナー)に期待してんなら、それも諦めろ。八百万に出した合図は、罠を作動させる為のものと同時に、峰田とすぐさま合流しろという意味も含まれてる。そして、この部屋同様に峰田は核のある部屋以外にも、アイツの個性を使い至る所に罠を仕掛けさせてもらった。だからまあ、後はその罠まで八百万が誘導してくれれば……」

 

 一分もしないうちに、閉幕の声は上がる。

 

『ヴィランチーム、ウィ────ン(WIN)!』

 

 ほらな、と戦闘中に感じた異質な雰囲気を霧散させ、輪廻はいたずらっ子ぽい笑みを浮かべた。

 彼の顔を見ながら、轟は己との実力差を思い知らされ、奥歯を噛み締めた。

 

 

 

 

 




なんとか日が変わる前に投稿出来て良かったです。
因みに、猫は選択者のルビは勝手に付けました。

それと誤字脱字の報告ありがとうございました。
見直しをしていたのに、思ったより誤字脱字多くてビビりました。

あと、ランキングの方にも乗れました。
読者の皆様、改めてありがとうございます。



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戦闘訓練後

遅れてすみません


 今回行われた戦闘訓練は、各自がそれぞれの反省点や課題を見出して、無事終了した。

 戦闘の影響で意識が飛んだままの緑谷を除き、終了と共に全員が着替え教室に戻り、一人欠けた状態でショートホームルームを終わらせると、放課後になる。

 学校が無事終了した解放感から、今日一日溜め込んだ疲れを吐き出すように、背を伸ばし雑談を交えて先の訓練の反省会を始めた。

 反省会を始めるにあたって、真っ先に人が集まったのは輪廻の周りだった。

 相手のすべてを封じ、圧倒的とも言える戦略と力でねじ伏せたのだ、それを見ていたヒーローの卵達は興奮を抑えきれないらしく、輪廻に詰め寄る。

 

「おつかれ! さっきの訓練アツかったぜ!」

「うんうん! 私芦戸三奈、銃をバンバンって凄かったよ!」

「蛙吹梅雨よ、梅雨ちゃんって呼んで」

「俺、砂糖!」

「あ、ああ。知ってると思うが花咲輪廻だ。苗字が呼び辛かったら輪廻でいい」

 

 ググッと詰め寄ってくるクラスメイトに、若干引きながらこちらも自己紹介をする。

 赤髪の生徒、切島によればこれから反省会を行うらしい。

 訓練後で疲労もあるだろうに、それでも自身達の改善点を話し合い、さらに強くなろうとする向上心に、輪廻は好感を覚えた。

 ヒーロー科に居るだけあって、そう言った向上心のようなものは人一倍大きのかもしれない。

 

「反省会か……。なら、親睦会も兼ねて何処かで食事でもしながらするか?」

 

 いい機会だと思った輪廻は、クラス全体に提案するように言った。

 声が聞こえ、別に話し合っていたグループも視線を輪廻へと向ける。

 

「それいいね! 私は行くよ!」

「ああ、俺もいいぜ!」

「今月ピンチなんだけど、まあいいか」

 

 すぐに返答したのは、近くにいた芦戸・切島・砂糖の三人。

 飯田は帰りの寄り道はどうたらこうたら言っていたが、反省会と今後の訓練を見越した話し合い、などと少し説得したら是非にと飯田も参加が決定し、流れで横の麗日も行く事となった。

 爆豪は「くだらねぇ」と吐き捨て先に帰り、轟は「用事がある」との事で不参加となり。

 上鳴・峰田は女子が行くならという事で参加し、耳郎や葉隠といった他も巻き込む形となった。

 

「あの、私もよろしいでしょうか?」

 

 おずおずと手を挙げて言ったのは、意外にも八百万だ。

 彼女の視線の先には、輪廻が映っている。

 種類の違う八百万の視線に気が付いた輪廻は、なんだ? と首を捻りながらも了解する。

 緑谷が目覚め教室に着いたのは、半分近くが反省会兼親睦会に参加を決めた頃だ。

 教室に入るやいなや、輪廻同様に詰め寄られて慌てている。

 目の前の光景に笑い零したあと、誰にも悟られず教室を出た。

 

 1

 

「オールマイト? それならさっき急いで外出てったが……」

「そうですか……」

 

 騒ぐ教室の横を抜けて、輪廻が足を運んだのは職員室だった。

 目的はオールマイトなのだが、担任の相澤曰く入れ違いになってしまったようだ。

 一言言って職員室から出ようとした時。

 

「少し待ちたまえ」

 

 後の声に呼び止められた。

 振り向けばそこには、人に近しい出で立ちをした白いネズミが立っている。

 ネズミの顔には傷があり、輪廻を見てうっすらと笑っている。

 

「根津校長……」

「やあ、輪廻君。()()()()()()

「ええ、うちのババ……院長が引き合わせた時以来ですね」

「HAHAHA! 君は相変わらず彼女が苦手みたいだね!」

 

 貴方もですよ、と根津の言葉に反射的に言いそうになって飲み込んだ。

 根津と輪廻はその会話から分かる通り、会うのは今回が初めてではない。

 輪廻が自身の前世を思い出し自覚して少し経った頃、孤児院の院長に連れてこられた場所、そこで目の前の根津と初めて会った。

 聞けば根津と院長は古い友人らしく、孤児院の中でも何かと目を掛けていた輪廻を一度は会わせたかったとのこと。

 また、根津も自身の友人が大層可愛がっているという子供を見てみたかった、と言うのも輪廻を連れていった理由だ。

 輪廻が初めて根津を目にした時、子供ながら(精神は大人)に何となく苦手だと感じていた。

 ただ本当に何となく苦手で、これといった理由はないのだが、強いてあげるなら、腹の底では何を考えているか分からないあの顔だ。

 普段は陽気に笑い人の良さそうな態度だが、侮るなかれ。

 根津は人を超える頭脳の持ち主だ、気を抜けば知らぬ内に掌で遊ばれていた、なんて事もあり得る。

 いや、そんな恐ろしい事は意味もなくしないと分かっているが……。それでもとにかく、輪廻としては目の前に立たれると体に力が入ってしまう相手なのだ。

 

「と、引き止めて悪かったね。僕は挨拶がしたかっただけさ!」

「いえ、こちらこそ顔見知りとして、もっと早くに挨拶に向かうべきでした」

「うんうん、じゃあ機会があればまた彼女と交えて、三人でお茶でもしよう」

「ええ、それじゃあ失礼します」

 

 会話を切り上げ、今度こそ職員室を出た。

 オールマイトは外に向かったとの事なので、校舎にいないものと考え、ひとまず校庭に向かう。

 見つからないので、そのまま校舎入口付近まで進むが……見つからない。

 どこへ行ったのか、少し考えていると。

 

『だからなんだ!?』

 

 前方から爆豪の声が聞こえた。

 物陰に隠れて、覗いてみれば何やら緑谷に向かって怒鳴っている。

 爆豪は頭がいい、無闇に暴力を振るう程愚かでもない。

 だが人の心情とは時に抑えられなくなることもある。

 輪廻は無いだろうなと分かっているが、万一の事を考え、いつでも飛び出せるように壁に背を預ける。

 

『今日……俺はてめェに負けた! そんだけだろうが! そんだけ……』

 

 歯を食いしばり、悔しさを滲ませる声からは、爆豪の心情が見て取れた。

 

『氷の奴見てっ! 敵わねぇんじゃって思っちまった! クソ!』

 

 一言一言に自身に対する苛立ちが籠る。

 

『ポニーテールの奴の言う事に納得しちまった……! クソクソッ!』

 

 声が震える。

 

『花弁野郎の実力を見せつけられて! 格が違いすぎるって諦めた自分(テメェ)が居た! クソがッ! クソクソクソッ!!』

 

 自分の不甲斐なさ、たった一度実力を見せられただけで敗北を受け入れた少しの自分。

 それが何より爆豪は悔しく、惨めだった。

 

『なあ! てめぇもだデク……! こっからだ俺は……こっから。いいか……!? 俺はここで一番になってやる!』

 

 宣言する言葉は自身への誓いと戒め。

 二度と誰にも、何より自分自身に敗北しないという意思の表示。

 その誓いこそが、間違いなく爆豪を更なる高みへと押し上げる、かけがえのない物となる。

 

『俺に勝つなんて二度とねぇからな! クソが!!』

 

 再び足を進めた輪廻の口は、笑みが浮かんでいた。

 それでこそヒーローの卵、と瞳を少し動かし、去り行く爆豪の背を見る。

 これから間違いなく彼は強くなるだろう、輪廻は雄英に入ったのは間違いじゃなかったと彼らを見て思う。

 盗み聞き盗み見をそこまでに、足を動かすと、探していた人物の声が遠くから聞こえた。

 

『爆・豪ォォ! 少年!』

 

 彼方から物凄い勢いで走ってきたオールマイトの目当ては、どうやら爆豪らしい。

 仕方ない、オールマイトが話し終えるまでもう少し待とう。

 もう一度壁に背をもたれかけ、ポケットの携帯をいじりながら待つ。

 しばらくしないうちに話は終わり、何処か戸惑った様子のオールマイトがとぼとぼこちらに歩いてきた。

 携帯をポケットに仕舞い、呼んだ。

 

「オールマイト」

「ん? これは花咲少年、どうしたんだい?」

「少し、話したい事が……。他人に聞かれるとあれなんで、少し場所を変えましょう」

「ああ……」

 

 頭上にハテナマークを浮かべ、オールマイトは先導する輪廻の後を付いていった。

 到着したのは人気の無い、巨大な体育倉庫の裏。

 ここならば人が来る心配もないだろう。

 念の為辺りに気を配ってから、輪廻はオールマイトに顔を向けた。

 

「それで、どうしたんだい?」

「いつかのお礼を言おうと思いまして……」

「お礼?」

 

何のことか、オールマイトは首をかしげた。

 

「……」

「あのぉ花咲少年、黙っていられると流石の私も何をすればいいのか……」

「…………はあ。やはり覚えてないですか」

 

 息を吐き出し、何のことか分からない言葉を吐かれた。

 はて、自分は以前にどこかで花咲少年とあっただろうか。

 記憶の糸を手繰るが、それらしき記憶は見つからない。

 若しかしたら自分が忘れているだけなのかもしれない、考えたオールマイトはそれじゃあ失礼だと感じ、必死に昔の記憶を探る。

 

「十年前」

「……?」

 

 輪廻の出した言葉の意味が分からなかった。

 だが、次に言われた事にオールマイトは目を見開く。

 

「十年前の十二月。神奈川のとある港で発見された、誘拐された一人の少女と血塗れの少年」

「──!? 何故それを……まさか!?」

 

 十年前の十二月。

 その年はオールマイトのヒーロー人生にとって、生涯忘れることの出来ない事件が起きた時期。

 事件は公には死亡者0、オールマイトの活躍により被害は無く無事解決したとされている。

 ──だが、本当は違う。

 事件は一人の少年によって殆ど()()()()()()、そして一人の少女が帰らぬ人となった。

 オールマイトが現場に到着した時は、既に何もかもが手遅れだった。

 あの時ほど自身の無力さと不甲斐なさを嘆いた時は無い程、オールマイトにとって衝撃的で最悪だった事件。

 

「……ええ。お久しぶりですねオールマイト、その節はどうも」

 

 その事件の当事者だった幼き少年が、花咲輪廻だった。

 目の前に居る、成長したあの時の少年。

 オールマイトは激しく動揺した。

 

(言われてみれば、確かにあの時の面影がある……)

 

 視線を輪廻の顔に当てよく見てみれば、確かに昔見た血塗れの少年の影を残している。

 心を落ち着かせ、やっとオールマイトは言葉を紡いだ。

 

「そうか……。気づかなかったよ」

「あの時は血で酷く汚れてましたからね。それに名前も言わずに帰っちゃいましたから。分からなくても無理は無いですよ」

「……」

 

 巷ではトップヒーローと言われながらも自身の無力を叩き付けられ、平和の象徴と謳われながら、一人の幼い子供に全てを背負わせてしまったあの日から十年。

 オールマイトは再び現れた彼に、胸が裂かれる痛みを感じながら、頭を下げた。

 

「──すまなかった。あの時もっと早くに私が……」

「やめろ!」

 

 静かな声がオールマイトの声を遮った。

 

「別に俺は貴方を恨んじゃいない。寧ろ来てくれた事に感謝さえ感じてる。……だから、謝らないでください」

 

 顔を上げて、少年の顔を見てみれば無表情でありながら、内に悲しさを秘めていた。

 

「それでもまだあの時自分が……なんて思っているなら、それは貴方の自惚れだオールマイト。確かに俺はあの時餓鬼だった。だがな! ヒーローが全てを救ってくれる、救えると無垢に信じ切れる程幼くない……!」

 

 ……ああ、そこまで成長したのだな。

 オールマイトはあの時の小さな存在が、斯様に勇ましく強いヒーローの卵になっていた事が嬉しく、そして悲しかった。

 そこまで強くなるのに、どれほどの悲しみが必要だったのだろう。

 どれほどの後悔が胸を襲っていたのだろう。

 どれほどの絶望が身を裂いたのだろう。

 いずれにしても、当時はまだ六歳だった子供には……否。

 普通に生きていく上で、全く必要の無い過ぎたものだった。

 

「貴方も人だオールマイト。全てを救済する機械(システム)じゃ無い。だから、人である以上救えない命もある。それがあの時だったってだけの話です。だから、俺から言うことは……」

 

 一度顔を俯け、右手で髪を掻き上げながらゆっくりと顔を上げて……。

 

「────ありがとうございました」

『…………ありがとうございます』

 

 あの日、事件の日に少女の亡骸を抱きかかえた、一人の血塗れの少年と重なる。

 悲しく笑いかける輪廻に、オールマイトは掛ける言葉が見つからなかった。

 

 




誤字脱字報告ありがとうございます。

主人公の過去に伏線を撒くスタイル……。
今回忙しくて、見直しとかしてないので誤字脱字が多いと思います。すみません。


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異変の予兆

お久しぶりです。
夏の後半から今の今まで忙しく、手をつけられませんでした。
はい、言い訳です。ごめんなさい。
え? 許さない? ソンナー。
あ、それと今回は無駄に長いです。





「そこの君、質問いいかな?」

 

 戦闘訓練の疲れを癒す為の、反省会という名の親睦会を行った次の日。

 最近出たばかりの人気ゲームに夢中で夜更かしして、気怠さが体を包む早朝に、学校の校門でマスコミの女性にマイクを向けられた。

 

「オールマイトが教壇に立っているってどんな感じですか? 授業内容は? 先生としての様子とかはどうです?」

 

 マイクを輪廻に差し向けるポニテの女性は、矢継ぎ早に言葉を発する。

 女性だけではない、後ろには餌に群がる鯉の如くマスコミが固まっており、分厚い壁となっていた。

 彼らは平和の象徴、オールマイトが教師になったという情報に食い付いた者達であり、登校する生徒の一人一人に僅かな情報でも得ようと躍起になっている。

 無理もない。長年ヒーロー界の先頭をひた走り、平和をなしてきたオールマイトがいきなり教師に就任したのだ、こんな美味しそうな事を前にマスコミに押しかけるなという方が難しい。

 だが、そんなのはあくまでもマスコミの事情であり雄英の生徒には、ましてや輪廻には知ったことでは無い。

 とどのつまり、輪廻にとって朝からうるさいマスコミはウザったらしかった。

 

「あの登校の邪魔なんでどいてくれませんか?」

「あ、ちょっと!」

 

 聞く耳を持たず、無理矢理に道をこじ開けて門を通る。

 輪廻のぞんざいなあしらい方に、後ろでは「お高くとまって!」とキーキー吠えているが、無視して教室へ向かった。

 欠伸を漏らしながらA組の扉を開くと、中にはクラスメイト達が輪廻同様に疲れきった顔をしていた。

 彼らもまた、マスコミの面倒な質問攻めにあったのだろう。

 教室に入ると、あちこちからおはようと聞こえ適当に返す。

 

「おはよう輪廻君」

「おはよう!」

「む、おはよう!」

 

 A組の席順は五十音順になっており、「は」から始まる輪廻の席は爆豪の後ろで緑谷の前となってる。

 自分の席に着くと、後ろに居た緑谷が声を掛けてき、続くように麗日と飯田も挨拶をしてきた。

 いつもの三人組のようだ、A組は基本みんな仲のいいクラスだが、殊更仲のいいもの達はこうしてグループになっていることが多い。

 因みに輪廻は緑谷達といる事が多いが、どちらかと言えば一人が好きなためグループには属していない。

 

「ああ、おはよう。体は大丈夫なのか?」

 

 先日の戦闘訓練で重傷とは行かないまでも、それなりに酷い傷を負っていた緑谷だが、今はその影すら見当たらない。

 リカバリーガールにでも直してもらったのだろうが、一応不備は無いか聞いてみる。

 

「大丈夫。傷は全部リカバリーガールに直してもらったし、十分に休んだから体力も元通りだよ。ただ、無茶し過ぎだって怒られちゃったけど……」

「うん、確かにあの戦闘は酷いものではあったな」

「うっ!」

 

 頷く飯田の言葉に緑谷だけでなく、麗日も言葉を詰まらせる。

 八百万や輪廻に酷評されたことが、未だ頭に残っているのだろう。

 力なく謝る彼らを見て、大丈夫そうだなと勝手に判断し欠伸をしながら座った。

 

「なんだか眠そうやね花咲くん」

「ん? ああ、まぁな」

「夜更かしか? 行けないぞ花咲君、そんな事では明日の授業に響いてしまう。誇り高き雄英生であるならば、早寝早起きは心掛けねば」

「飯田の言う事は分かるんだが、買ったばかりのゲームについ熱が入ってな」

「あー分かるかも、僕もオールマイトのブルーレイとか買っちゃうと遅くまで見入っちゃうな」

「というか、花咲くんもゲームするんだ。なんか意外!」

「そうか?」

 

 友人とする朝の何気ない会話、歩けばそこら中に見られるありふれた景色。

 だがそれ故に尊いものでもある日常の一時に、ふと()()()()()()()()()()()()()と振り返ってしまいそうになるが、必要ないと考えを振り払った。

 大切なのは過去ではなく、未来を築く今なのだ。

 それに輪廻には振り返るという能動的行動は意味が無い。

 あーだこーだ考えていると、担任の相澤が来たことによりそれぞれが自分の席に座った。

 

「昨日の戦闘訓練お疲れ、Vと成績見させてもらった」

 

 入ってきて早々に相澤の口から出たのは、やはりと言うべきか戦闘訓練の内容だった。

 しかし、一人一人なにか言い渡されるのかという輪廻の考えとは裏腹に、注意喚起を受けたのは爆豪と緑谷の二人だけであった。

 そして相澤は言葉を一度区切ると、ほんの一瞬だけ視線を輪廻に向ける。

 気のせいではない、僅かだが確かに輪廻を捉えていた。

 なんだ、と考えるよりも先に次の言葉が思考を中断させる。

 

「さて、HRの本題だ……。急で悪いが今日は君らに……」

 

 無駄に溜める相澤に、また臨時テストか!? と全員が生唾を飲み込むが、続く言葉がA組を沸騰させた。

 

「学級委員長を決めてもらう」

「「「「学校っぽいの来たァァァ!」」」」

 

 声を張り上げ、バッ! とほぼ全員が手を挙げ立候補する。

 普通、学級委員長というのは雑務をこなすだけの地味で面倒な役職なのだが、ここ雄英に限らずヒーロー科のある学校での学級委員長というのは集団を導くトップヒーローの素地を鍛える役職だ。

 そうなれば当然、誰でもやりたがる。

 あの爆豪が興奮気味に挙手しているのを見れば、どれだけ重要で人気な役職かが分かるだろう。

 とは言え、輪廻は別段興味無いのでただ傍観していた。

 

「静粛にしたまえ!」

 

 騒ぐA組を静める飯田。

 身体を震わせ何を言うかと思えば、「やりたいからと言って、そう簡単にやれる訳では無い」と暗にそう言い、投票制にすべきと意見を出てきた。

 因みに意見提示してきた彼の手が、ものすごくそびえていたのは言わぬが花であろう。

 

「日も浅いのに、信頼もクソもないわ飯田ちゃん」

 

 出された意見に蛙吹が反論するが、当然と言えば当然の返し。

 しかし、だからこそだと力強く発言する飯田の熱に負け、A組は結局投票制となり、結果として緑谷と八百万に委員長・副委員長が決定した。

 

 1

 

「ああくそ、遅れたか」

 

 午前の授業が終了し、誰もが腹を空かせ愉快な音楽を奏でる昼休み。

 輪廻は今、テーブルナプキンに包まれた弁当箱を持って食堂を見渡している。

 雄英はヒーロー科の他に普通科・サポート科・経営科があり、毎年の入学生は馬鹿にならないマンモス校でもある。

 そんな雄英生全てが一堂に会する食堂は、比例してとてつもなく広くて大きいのだが、輪廻の言葉からも分かるように人がごった返しているのだ。

 弁当を持参してきた輪廻は、食堂に来る必要が無いと思うかもしれないが、彼がここに来たのは友人に誘われたからであり、今はその誘った当人達を探していた。

 

「おーい! こっちだ!」

 

 聞き覚えのある声に視線を向けてみれば、切島と上鳴が手を振りながら呼んでいた。

 近くに早足で行くと、席一つ分があいている。

 どうやら取っておいてくれたらしいことに、輪廻は感謝をする。

 

「来たか花咲」

「ああすまん、待たせた」

「気にすんなって、丁度皆も席ついたところだったしよ」

 

 快活に笑う切島は、やはりと言うか気のいい漢だった。

 

「爆豪は?」

「あー、一応誘ったんだけどよ……」

「聞けよ花咲、爆豪の奴がさ『仲良しごっこなら勝手にやってろ!』ってどっか行っちまったんだよ、酷ぇよな」

 

 切島の頼みで一応は爆豪も誘ってくる予定だったのだが、案の定失敗に終わったようだ。

 爆豪は馴れ合いを必要としない一匹狼、と言うよりは今回は自分がいたからかもしれないと輪廻は予想する。

 昨日の夕方、たまたま盗み聞きと言う形で聞いてしまった彼の心の内を考えてのことだ。

 来なかったのならば仕方ないかと割り切った時、横から声が掛かった。

 

「私たちも居るよ!」

 

 見れば、向かい側に制服姿だけの葉隠と耳郎と蛙吹がいた。

 どういう事だ、と視線だけで切島に問うと、どうやら席がなくて困っていた所を見かねて声を掛けたらしい。

 確かにこんなに人が居ては、席を探すのも一苦労だろう。

 なるほどと一言だけ言って、輪廻は席に着いた。

 

「あら、花咲ちゃんもお弁当なのね」

 

 テーブルナプキンを広げ弁当箱の蓋を取った時、驚いたように蛙吹は声を上げた。

 

「ああ、学食でもよかったんだが、昨日の余りを使いきんねぇと行けねぇからな」

「おいおい、花咲は料理もできるとかギャップ狙いかよあざてぇ!」

 

 何やら嫌味的なものを言ってくる上鳴を無視して、ようやく食事にありつく。

 手を動かしながらも、皆で他愛のない話をし笑い合う。

 そうして輪廻が弁当の中を六割がた制覇した所で、ふと目の前の葉隠が気になった。

 彼女自身と言うよりは、その個性が気になった。

 葉隠がランチラッシュに頼んだ日替わり定食の豚肉を口に運んだ時に、豚肉が消えたのだ。

 いや、彼女の透明という個性上は可笑しくないのかもしれないが、輪廻としては『透明』と言うから透けてるのかと思っていたのだ。

 仮に葉隠が「透けている」のならば、豚肉は食道を通って胃に行くまでの過程が見えると思っていた。

 だが、実際は口に含んだ瞬間に消えた。

 ならば葉隠は透けているのではなく、もしかしたら《光を屈折させている》のかもしれない。

 彼女の個性は光学迷彩のように自身に向いた光を曲げ、後ろの光景を映しているのであれば、豚肉が消えた理由も説明がつく。

 それに葉隠は自身の腕の長さや、体の可動範囲を理解しているようだ。

 読んで字のごとく、本当に透けている透明人間ならば、自分の体が見えずに距離感が狂うはず。

 しかしそれらしい様子は無いことから、《彼女自身は透明では無い》と考えられる。

 よし本人に聞いてみようと、そう考えた時……。

 

 ──ウー! ウー!

 

 学校中に警報が鳴り響いた。

 

「なんだなんだ!?」

「これって、侵入者を知らせる警報だよね!?」

「もしかして(ヴィラン)……!」

 

 余計な事を口走りそうになった切島の口を、掌で押さえつける。

 

「よせ切島、まだそうと決まったわけじゃない。変な事を言って要らない混乱を起こすな」

「お、おうすまねぇ」

 

 ゆっくりと手を離し、首を動かして状況を確認する。

 こうしている今も雪崩のように人が入口や非常口から抜け出そうとしており、今行動するのは得策ではないと輪廻は考え、動かないように切島達に指示する。

 

(──イマイチ状況が掴めないな……)

 

 仕方ないと判断した輪廻は、人知れず個性を発動した。

 

 ────掌握者(エニグマ)

 

 花弁が宙を舞い、それを見た切島達は輪廻が個性を発動させたのだと一瞬で理解した。

 掌握者(エニグマ)、嘗てドイツの独裁者であったアドルフ・ヒトラーの才能。

 シンボルである鉤十字(ハーケンクロイツ)に接触している生物の視覚や聴覚を共有出来、そこからあらゆる情報を得ることができる。

 万一の時の為に、輪廻は鉤十字を仕込んだ野良猫等の動物を使い学校の外の状況を確認した。

 

(これは、マスコミが押しかけてきたのか)

 

 動物達の視覚情報を共有する事で見えたのは、侵入してきた大人数のマスコミへ必死の対応をする相澤他教師陣だった。

 どうやらこの警報は、侵入してきたマスコミ達のせいとみて間違いないだろう。

 

「皆安心しろ、どうやらこれはマスコミの校内侵入が原因の物だ」

「ってことは……」

「ああ、少なくとも危険はない」

 

 上鳴の言葉に、あえて(ヴィラン)と言わなかったのは、周囲の生徒が変に聞こえ勘違いによる混乱を起こさないためだ。

 ほっと胸を撫で下ろす友人達の傍らで、尚も輪廻は掌握者を使い状況を探っていた。

 

(可笑しい……)

 

 違和感を感じて仕方が無いのだ。

 ただのマスコミが雄英のセキュリティを突破出来るとは、到底思えない。

 強個性を使えば可能性はあるが、そうなった場合は法律に触れ即逮捕だ。

 幾らオールマイトの情報が欲しいからと言って、そこまでする阿呆では無い筈だ。

 それに今朝見た感じでは、あのマスコミの中に雄英のセキュリティを破れるほどの強個性持ちは居なかった。

 では、なぜ彼らは雄英に入れたのか。

 

(見つけた……!)

 

 野良猫の眼を借りて見つけたのは、粉々に崩され破壊された校門だった。

 マスコミ達を(そそのか)し、門を破壊した黒幕が居る。

 輪廻の予想は可能性を帯び、眉間に皺がよる。

 そしてこの数分後に飯田の働きにより、マスコミ騒動が収束したのだった。

 




次回は漸くの戦闘回だぜ!
まぁ、ようやくつっても二話前にしたばかりですけどね!

あ、あと、友達に指摘されたのですが、そう言えば飯田って最初の方の一人称は僕じゃなくて俺だったなと思い、前の話を修正しました。
違和感を感じた皆様、すみませんでした。


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奇襲

お久しぶりです。
待たせてごめんなさい。


 午後12時50分、聞きなれたチャイムが全生徒へ授業の始まりを知らせる。

 A組の生徒達も例に漏れることなく、大人しく席に座り担任の相澤を待つ。

 次の授業は誰もが楽しみに待っていたヒーロー基礎学ということもあって、芦戸や上鳴といった面々のチラホラと浮かれた顔が見られる。

 しかしそれもガラガラと、巨大な教室の扉が開かれ相澤が入ってくれば真剣な面持ちへと変わる。

 一瞬だけ全員が集中したのを確認すると、単刀直入に相澤は今日の内容を説明を話した。

 

「今日のヒーロー基礎学だが、俺とオールマイト、そしてもう一人の三人体制で見る事になった」

 

 来てそうそうに余計な雑談を挟まず、必要な所から切り出す相澤の話し方は、やはりというべきか合理性を求める彼らしかった。

 だからこそ、輪廻は今の相澤の言葉に含まれた意味を速やかに理解する。

 

(「見る事になった」ね……)

 

 相澤の言い方からして、恐らくは急遽決まった事だろう。

 原因があるとすれば、やはり昨日のマスコミ侵入事件……否。校門を何者かに破壊された事が、大いに絡んでいるのは間違いないと当たりを付ける。

 深読みと思われるかもしれないが、相澤の場合は合理性を求めるが故に言葉の綾と考えるのは逆に難しく。

 そうなると、言葉の中に何か含まれた意味や意図があるとしか思えないのだ。

 さらに言うなれば、三人体制になったのは根津の指示だとも輪廻は考えている。

 だがそれはあくまで仮説だ、本当の所は直接本人に聞かねば分からない。

 だが、雄英が何かを警戒している事だけは事実。

 プロヒーローが多数所属する天下の雄英が警戒する程の何か、それは恐らく……。

 

「はーい! なにするんですか?」

 

 輪廻の思考を中断させたのは、瀬呂の声だった。

 危うく今が授業中だということを忘れ、思考の海に沈み込むところだった輪廻は、一生徒に過ぎない自分が考えることではないか、と自身に釘を刺して反省し相澤の話しに意識を戻した。

 瀬呂の質問に、相澤はポケットに閉まってあったプレートを取り出して時代劇の紋所よろしく一同に見せつける。

 握られたプレートには見覚えがある。

 前に戦闘訓練を行った時にオールマイトが掲げていた、BATTLEと書いてあったあのプレートだ。

 プレート自体に違いは無いが、オールマイトの見せたものとは一つ違う箇所があった。

 書いてある単語だ、今回はRESCUEと書かれていた。

 

「災害水難なんでもござれ、人命救助(レスキュー)訓練だ!」

 

 人命救助と聞いて、周りは同時に喋り出す。

 

「レスキュー……今回も大変そうだな」

「ねー!」

「バカおめ、それこそヒーローの本分だぜ!? 鳴るぜ、腕が!」

 

 周りが口々に今回の内容について話すと、まだ説明を終えていない相澤が威圧して黙らせた。

 

「人命救助……」

 

 誰にも聞こえないくらいの声量で、言葉を零す。

 知らされた今回の基礎学は、輪廻にとって戦闘訓練の時よりも大事なものになると考えていた

 その理由を説明するには、ここで一つ輪廻の個性について話をしなくてはならないだろう。

 輪廻の個性は『偉人』、その能力は嘗て存在し歴史に名を刻んだ偉人(英雄)達の伝説や逸話に由来した能力を行使出来るようになる、と言うものであり。

 例として上げるならば、よく多用する『串刺し公(カズィクル・ベイ)』はドラキュラと恐れられたルーマニアのブラド三世の、「敵国の兵を全て串刺し刑にした」史実に基づく力だ。

 このように輪廻の能力は些か物騒なものが多い。

 凶暴性だけでいえば、ヒーローよりもどちらかと言えば(ヴィラン)寄りである。

 無論、サポート系の能力が無い訳では無い。

 だが、一歩間違えたらいとも容易く人を殺めてしまう能力が大半を占めているのも事実であった。

 だからこそ如何にその能力を救助に役立て生かせるのか、というのが幼い頃から輪廻の中にあり続ける課題だった。

 救助訓練というのは、輪廻にとって頭を柔らかくして全力で挑まなければならない壁でもあるのだ。

 

「訓練場は少し離れた場所にあるから、バスに乗っていく。以上、準備開始」

 

 相澤の号令を発端に、各々が席を立った。

 

 1

 

「花咲のコスチューム見るの二度目だけどよ、A組の中でやっぱ迫力があるな」

 

 下駄箱で靴を履き替え停車してあるバスに向かっていると、横から男にしては高い声が聞こえた。

 首を動かしみてみれば、線の細い体をしたしょうゆ顔の男子生徒、瀬呂範太が黒い衣装に身を包み輪廻に話し掛けていた。

 

「そうか? 最初の印象でインパクトあるつったら飯田だろ。俺のはただの軍服だ」

「確かに飯田のコスチューム(ロボット)もだけどよ、今のご時世に軍服って逆に目立つわ」

 

 瀬呂に言われて、そういうものなのかと自身の衣装に視線を落とす。

 今の時代に、という瀬呂の言葉はあながち間違いでもなかった。

 個性の存在が認識されて以降、既存の軍隊というものはヤクザ等と同様に解体、または必要とされることがなくなった。

 その要因として、やはりヒーロー業の発達があったからだ。

 免許さえあれば何時どこでも個性を使えるヒーローに対して、軍人は人命救助と言えど一々個性の使用許可を確認せねばならない。

 そうしている間に人が亡くなっている事を考えれば、当然の帰結として軍人とヒーローでは後者の方が必要とされていく。

 今現在では軍という言葉すら死語になりつつある。小学生ともなればその言葉すら知らないという児童も少なくない。

 故に瀬呂達からしてみれば、今どきコスチュームに『軍服』などという前時代的なものを選ぶ輪廻は、少し珍しかったのだ。

 瀬呂と話している間に、バスの中へ乗り後部席の窓側に瀬呂と座る。

 流れる景色に目を向けながら、車内では個性の話しに火がついていた。

 輪廻は話には加わっていないものの、一応いつ振られても対応出来るように耳だけは傾けている。

 高校生らしい会話の盛り上がりの中で、輪廻はふと蛙吹の言葉に興味を引かれた。

 

「あなたの個性オールマイトに似てる」

「っ!?」

 

 明らかな動揺を見せた緑谷を、一瞬だけ視界に捉え再び車外の景色を映す。

 

(そういえば、緑谷はオールマイトと何か関係があった筈なんだが……)

 

 自身の記憶が正しければと後ろに付けて。しかし前世の記憶を引き出そうにもそれが出来ない。

 やはりか、と分かっていたが奥歯に挟まった肉が取れないような、くしゃみが出そうで出ないような苛立ちに近い取っ掛かりが滲み出す。

 やめだやめだとかぶりを振った時。

 

「派手で強えっつったら、やっぱ轟と爆豪、花咲の三人だな」

 

 切島なりの配慮なのか、それまでは話に入らず黙っていた輪廻達三人に話を振る。

 漢気溢れ大雑把に見えるが、その実こういう小さな気配りが出来る点ではA組の中では誰よりも場の調和が上手いと言えよう。

 

「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気でなそう」

「んだとコラァ! 出すわ!」

「その調子じゃ当分は無理そうだな」

「ア“ア“!?」

 

 切島の気遣いを無駄にすることも無いと思った輪廻は、会話の輪の中に加わり、輪廻からイジられた爆豪は更に怒鳴り散らす。

 轟だけは無言のままだったが、これと言ってとりとめのない会話は、目的地に着くまで続いた。

 

 2

 

すっげー! USJかよォ!?

 

 ()()を視界に収めて、放った一声がそれだった。

 驚愕には種類がある、有り得ないものを目にした時、予想外の自体に陥った時と様々であるが、今回の場合は前者に近いだろう。

 何故なら答えはA組の大半が言った通り、目の前にUSJが……USJに似通った訓練施設と思われる光景が広がっていたからだ。

 実際に、目隠しを被せられ突然ここに連れてかれ「USJです」と言われれば信じ込んでしまうであろう程度には、衝撃的な視覚情報である。

 あらかじめ説明をされていなければ、学校の敷地内だということすら分からないだろう。

 奥に作られた光景に一同は忙しなく首を動かすが、宇宙服(コスチューム)に全身を包んだ教員スペースヒーロー「13号」が手を叩く事で、生徒達の意識を集めた。

 

「水難事故、土砂災害、火事etc……。あらゆる事故や災害を想定し僕が造った演習場です。その名も……ウソの(U)災害や()事故ルーム(J)

 

 13号の言葉に全員がマジでUSJだったんだと思ったに違いない。輪廻もその一人だ。

 次の瞬間には今日の授業を担当するのがテレビでも見かける、人命救助の場で活躍するプロの13号としって周りは浮つき始めるが、輪廻一人は13号と相澤の会話に全神経を向けていた。

 この場に居るべき人物が居ないことに気が付いたのだ。

 そして耳を澄ませてみれば、道中に人助けをしていた事が原因で疲労しているのだという。

 だがそんな事よりも、輪廻の耳は大事な事を掬いあげた。

 

(制限、だと……?)

 

 その単語が何を指すのか今はまだ憶測しか出来ないが、この場にオールマイトが来れない事と関係しているのは間違いなさそうだった。

 相澤が会話を切上げるのと同じくして、輪廻も一旦思考を切上げ13号の説明に意識を戻す。

 

「えー始める前にお小言を一つ……二つ、三つ……四つ」

 

 どんどんと増えていくお小言に、全員が口を閉じ視線だけでツッコミを入れるのがわかった。

 

「皆さんもご存知だとは思いますが、僕の個性は“ブラックホール”どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」

「その個性でどんな災害からも人を救い上げるんですよね」

 

 緑谷が興奮した面持ちで合いの手を入れる。

 だが、気色満面といった緑谷とは変わって13号の口調は何処か真剣味を帯び、言葉にかかる圧が重さを増していく。

 

「ええ……しかし、簡単に人を殺せる力です」

 

 語りかけてきた言葉に、ピクリと輪廻の眉がつり上がった。

 そこから始まる高説は、個性の運用方法であった。

 ブラックホールという強個性の13号は、確かに色々な面で役に立つが一つ間違えれば恐怖を向けられても可笑しくない危うい個性だ。

 故に、己の個性を危険な物と自覚しその使い方を学ばねばならないという。

 13号の口から語られる事は、全ての個性に置いて“いきすぎている”輪廻に当て嵌っていた。

 知らずの内に固く握られていた手を開き見つめる。

 13号を見て話を聞いて今回の授業では、学ぶ事は多そうだと感じた。

 

「以上、ご清聴ありがとうございました!」

 

 仰々しく手を振り頭を下ろす13号。

 さて、いよいよかと軍服の内の道具を再確認した瞬間だった。

 

 ────ゾクッ……!

 

 背骨の全てを氷柱に刺し変えられたような、気色悪い気配が輪廻を包んだ。

 同時──。

 

「一かたまりになって動くな! 13号! 生徒を守れ!!」

 

 相澤の焦りを含む声音が響き渡った。




戦闘回(戦闘するとは言ってない)。
本当にすみません。
前回、「次の投稿はバトルよ!」的な事を言っておきながら、余計な事を色々と書いていたせいで無理でした。
本当にごめんなさい。
次回こそは本当にちゃんとした戦闘回(戦闘するよ)を書きます。


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