機動戦士ガンダムSEED ~ Fall in a Nightmare ~ (クラウス・リッター)
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序章
第0話:プロローグ


 

 

 太古の昔より、人類は飽くなき欲望や願望、或いは探究心、好奇心を抱き、その果てに様々な技術や知識を生み出し、得て、そして学んで来た。

 

 それは、例えば鉄等の金属を精錬する技術であったり、肉や魚、野菜といった食物を長期保存する技術や知恵であったり。

 

 古くは生きる上で欠かす事の出来ない“火”を利用する術であったり、現代では太陽光や風といった自然エネルギーを利用する術であったり。

 

 人類が抱く欲望や探究心、好奇心は際限が無く、時が経つに連れてそれは増していく。そしてその果てに、人類は従来神の領域とされ禁忌として認識されていた分野、即ち人の根幹たる遺伝子、生殖に関わる分野に迄手を伸ばして行く。

 

 その結果誕生した、新たな人類。

 

 人の根幹たる遺伝子を、望むがまま、思いのままに調整(コーディネート)して生まれる彼等を、人々はコーディネーターと呼んだ。

 

 人類の欲望、願望、探究心、好奇心の末、人々から必要とされて生み出されたコーディネーターの存在は、人類の輝かしい未来の新たな幕開けになるかと思われたが、そのコーディネーターの誕生はそれまでの人類、即ち遺伝子操作を為されずに自然な形で生まれた者(ナチュラル)の存在をも同時に生み出し、それは新たな対立構造を招いた。

 

 遺伝子操作により生まれつき身体能力や頭脳が常人(ナチュラル)より高い状態で誕生したコーディネーターは、自分達よりも大抵の能力で劣ったナチュラルに対して自然と優越感や侮蔑感、差別感情を抱くようになり、自分達が暮らすコロニー群「プラント」が、国民の大半がナチュラルである大西洋連邦やユーラシア連邦といった地球各国による新たな植民地であり搾取の対象となっている現状も相俟って反感、憤り、憎悪の感情を徐々にナチュラル相手に抱く様になる。

 

 一方のナチュラルにおいても、コーディネーターの持つ優れた能力に対する羨望や嫉妬、それに起因する劣等感を次第に抱くようになる。そしてそれらの感情は、程無く

 

「ネアンデルタール人を我々人類の先祖が駆逐した様に、奴等(コーディネーター)我々(ナチュラル)を駆逐するだろう」

 

という恐怖感へと変化して行く。

 

 地球に住むナチュラルと、1基1基の宇宙コロニーの連合体であるプラントに住むコーディネーター。双方が抱いた現状に対しての不満や負の感情、差別意識を要因に、両者の間では確執、対立感情が生まれた。

 

 地球に住む多くのナチュラルの間では、反コーディネーターの思想の普及や活動の活発化が起こる。

 

 中でも、アズラエル財閥をバックボーンとして誕生した反コーディネーター団体の急先鋒、自然保護団体の「ブルーコスモス」は、後に誕生する地球連合及び地球連合軍内部に多くのシンパを擁する様になるなど大きな発展拡大をみせると共に、ブルーコスモスに代表される反コーディネーター組織や団体の誕生は、ナチュラルのコーディネーターに対する差別や迫害の過激化を招く。

 

 そして迎えた、C.E.53年8月1日。

 

 この日、人類最初のコーディネーターであることを告白したジョージ・グレンは、自身がナチュラルとして生まれた事に悲観した少年の手により、大西洋連邦ニューヨーク州の一都市であるニューヨーク市中にて白昼堂々暗殺された。

 

 この、経済的にも文化的にも世界有数の影響力を有する都市で起きた1つの暗殺事件が与えた影響は大きく、この事件以後、コーディネーターを対象としたテロ行為がこれまで以上に頻発する様になり、その規模や凄惨さも増した。

 

 テロ行為の標的となり命を奪われたコーディネーターは、プロのスポーツ選手や芸術家、学者、大企業の経営者、政治家など、社会的地位が比較的高い者、著名人だけに限らない。

 

 極々一般的な生活をしている普通のコーディネーターもジョージ・グレン同様に狙われ、襲撃を受けた人の多くが命を落としたのである。

 

 一方、生命を脅かされる側のコーディネーター達であるが、彼等はこうした反コーディネーター活動が激化する以前から影に日向に行われてきた差別や迫害、度重なる強圧、反コーディネーター活動を止めさせようと、各国政府や民間団体に活動の自粛や取り締まりの強化、組織の撲滅を訴えかけて来た。

 

 しかし各国政府や市民社会は、そのコーディネーター達の訴えを長らく黙殺して来た。

 

 一向に改善される事の無い情勢に、憤りや焦り、何より命を狙われることに対する恐怖に怯えていたコーディネーター達は、明日の我が身がどうなるかも知れぬ生活に不安や絶望を抱きつつ、日々隠れるようにして生活せざるを得なかった。

 

 だが、そんな心理的に多大な負担が掛かるような生活が長く続けられる筈もなく、自殺や自らコーディネーターであると敢えて名乗り出て、反コーディネーター活動を行う団体に殺されるといった事件が続発する。

 

 そんな、自らの境遇に絶望感を抱いて生きていたコーディネーター達であるが、しかしある時そんな彼らにとり、希望の光となるような組織の話が、風の噂で流れ始める。

 

 政治結社「黄道同盟」。

 

 L5宙域でのコロニー群「プラント」の建設に従事していたコーディネーター達を中心にして、「自治権を獲得し、将来的には独立させてコーディネーターの国を作ろう」という考えの下、活動していた組織である。

 

 始まりはC.E.50年。ジョージ・グレンが暗殺される3年前である。

 

 彼等は、地球のプラント理事国の支配下にあったプラントの自治権獲得、そして将来的なプラント理事国からの完全なる分離独立を目指し政治結社「黄道同盟」を結成し、活動を開始する。

 

 黄道同盟結成当初は、決して資金や人員が潤沢とは言い難かった為に水面下でのアングラ活動が中心であったが、C.E.53年のジョージ・グレン暗殺事件以降、コーディネーターへの迫害、弾圧が過激化するに伴い組織は著しい発展拡大を見せる。

 

 そしてC.E.58年には、黄道同盟結成当初からの指導力を発揮して来たシーゲル・クラインとその盟友たるパトリック・ザラの両者が、理事国が運営するプラント運営会議の下に存在した、プラント最高評議会の議員に当選する。

 

 すると両者は、理事国側がプラントに暮らす多くのコーディネーター達の不満を逸らす為に組織された、影響力の無い名ばかりの組織であったプラント最高評議会において、これまで黄道同盟結成時から発揮して来た持ち前の指導力に加え、高い交渉力や果断な決断力を評議会の場でも発揮し、理事国側が無視し得なくなる程までに評議会の存在感、影響力を瞬く間に増大させた。

 

 加えて両者は、評議員当選と時を同じくして党勢を著しく発展拡大させていた黄道同盟の発展解消を行い、改めて自由条約黄道同盟(Z.A.F.T)を結党する。

 

 しかし、Z.A.F.Tの党勢拡大に代表されるプラント内での独立機運の高まりは、理事国側のプラントへの警戒心や高め、軍事及び経済的な圧力を著しく強める結果となった。

 

 C.E.68年には、自治権や貿易自主権の獲得を目指すプラント側の動きに対抗して、プラント理事国側は宇宙での生活に必要不可欠な食糧の輸出制限を実施。

 

 プラント側は、自らの食糧安全保障の観点から南アメリカ合衆国より食糧の輸入を企図するも、食糧を満載したプラント籍の貨物船団を理事国の宇宙艦隊が捕捉撃滅する「マンデンブロー号事件」が発生する。

 

 この事件は、プラントに暮らす多くのコーディネーター達の意識を変えた。

 

 これまで、然程独立運動に熱心でなかった者や独立運動自体に否定的ないし反対の立場であった者達ですら、その多くが反理事国・反ナチュラルの立場に転換、賛同し独立運動を推進する勢力を支持する様になった。

 

 この動きに、瞬時に反応したのが、プラント内で急激に党勢を拡大させていたZ.A.F.Tである。

 

 ジョージ・グレンの暗殺に端を発した、一連のコーディネーターに対する迫害、差別の激化は、「マンデンブロー号」事件を頂点にコーディネーター達の危機感を高め、彼等の後押しを背にZ.A.F.Tはパトリック・ザラの強力な指導の下、純然たる政治結社であった組織の改編を実施した。

 

 手始めにプラント内の警察組織や保安部隊を取り込むと、数年前より密かに開発を進めて来た新型の機動兵器を主力とした武力組織を新たに建軍する。

 

 後世、「ザフト軍」と呼ばれる事になる、武力組織の誕生である。

 

 この組織改編により、Z.A.F.Tは政治結社にして軍事組織という2つの側面を擁する組織になった。

 

 そして翌69年。プラント側は、この新たに創設した武装組織の武力を背景に、食糧自給率の向上を企図して一部のコロニーを大規模食糧生産プラントへと改装を実施する。

 

 このプラント側の動きを、プラントが本格的に分離独立に向けて動き出したと考えた理事国側は、実力を持ってプラント側の動きを排除すると勧告し、時を同じくして月より艦隊が出撃。巡洋艦や護衛艦を中心とした駐留部隊に合流した機動艦隊を加え、総計100隻にも上った理事国側の艦艇は主砲をコロニーへと向け、抵抗は無駄だとプラントに対し示威行動を行う。

 

 しかしプラント側は、この理事国側の動きに対し膝を屈する事無く、対理事国軍用にZ.A.F.Tが密かに開発を進めて来た機動兵器を出撃させる。

 

 コロニーより出撃した彼等は、砲口をコロニーへと向ける理事国側の艦隊に対し接近し、寄せては引くという機動を繰り返したり、或いは威嚇射撃を行う等して理事国側の艦隊を撤退させようと圧力を加える。

 

 コロニー内では兎も角、まさか宇宙空間で大規模な抵抗の動きを見せるとは考えていなかった理事国側は、このプラント側の動きに大いに驚き、焦る。そして同時に、自分達が持つ機動兵器(モビル・アーマー)とは明らかに違う、人型をした未知の巨大兵器が自分達に迫る様に恐怖を覚えた。

 

 そして程無く、武装を手放した状態の1機が、大胆にも理事国側の艦艇の1隻に近付き、艦橋のすぐ傍らを掠める様にして通過しようとしたが、迫る機体に恐怖を抱いたその艦が発砲は厳禁であったにも拘らず砲火を撃ち上げ不用意に接近した未知の機動兵器を撃墜してしまい、結果戦端が開かれてしまう。

 

 L5宙域事件。後年そう呼ばれる事となるこの武力衝突において、プラント側は人類史上初となる戦闘用の人型機動兵器(モビルスーツ)を多数実戦に投入し、数で勝る理事国側の艦隊を圧倒した。

 

 新兵器MSを主軸として理事国側の宇宙艦隊を駆逐したプラント側は、勢いに乗ってプラント内に駐留する少数の理事国側の在プラント部隊をも駆逐し、L5宙域に存在する他のコロニー全てを制圧して実効支配するようになった。

 

 この後、理事国側とプラント側で幾度も交渉が行われたが、最低条件として完全なる自治権の獲得と対等な貿易関係の構築を目指すプラント側と、飽く迄プラントを自身の影響下、支配下に置いておきたい理事国側の意見が一致をみる事など、端から望むべくもなかった。

 

 理事国側の交渉への態度や度重なる強圧に耐えかねたプラント側は、自らの有する軍備の拡大を進めると共に、理事国側に物資の輸出停止をチラつかせ、遂には禁輸措置を実行に移す。

 

 しかし、このプラント側の輸出停止措置は理事国側の経済を悪化させ、地球の人々の間に強烈な反コーディネーター、反プラントの意識が芽生える事となった。

 

 このような現状を憂いたプラントのシーゲル・クラインや理事国の一部の指導者は、事態の打開の為に理事国側に秘密裏に接触をし、遂には国連をも動かして話し合いの場を設けたのだが、既に事態は交渉云々で解決出来る状態を超えていた。

 

 プラント市民や理事国を含む各国市民達の間で、反ナチュラルや反コーディネーターの強硬的な世論が形成されていたのである。

 

 交渉での事態打開を望んでいたシーゲル・クラインや理事国の一部指導者達も、国内の世論を無視するわけにはいかず、彼等が最後の最後、一縷の望みを賭けていた月面は中立都市であるコペルニクス市での会談も、爆破テロ事件の発生によって無残にも打ち砕かれた。

 

 理事国側は、この爆破事件をプラント側によるテロ事件と断じ、プラント理事国延いてはナチュラルに対する宣戦布告であると見なした。

 

 そして、これまで存在していた国際連合の発展的解消という形で新たな国際組織である地球連合と、その常設の安全保障組織として人類史上初の世界規模の軍である地球連合軍を創設した。

 

 そして迎えた、運命の日。

 

 時はC.E.70年、2月11日。

 

 この日、旧プラント理事国である大西洋連邦、ユーラシア連邦及び東アジア共和国の3ヶ国を中心とした地球連合は、プラントに対し宣戦を布告。両者はこの瞬間、戦争状態に突入した。

 

 ナチュラルとコーディネーター、旧プラント理事国とプラント。両者が長きに渡って抱き、そして醸成されてきた反感や劣等感、侮蔑感、怒り、恨み、ありとあらゆる負の感情の一端が、遂に爆発した瞬間であった。

 

 

 

 

 



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開戦編
第1話:開戦(1)


始めまして、クラウス・リッターと申します。

本日より、機動戦士ガンダムSEED ~ Fall in a Nightmare ~の連載を始めます。

よろしくお願いいたします。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪第1話≫ 地のバレンタイン(1) 開戦

 

 

 

 

 

 

 

 

 --- 地球連合軍 第2機動艦隊旗艦「エンリケ」 ---

 

 C.E.70年、2月13日。

 

 月に存在する連合最大の拠点「プトレマイオス」にて、プラントを攻撃せよ、という指令を受け、月面に存在する連合最大の軍事基地である「プトレマイオス」より出撃してから、早2日。

 

 艦隊旗艦としての優れた通信能力を持ち、また地球連合軍の一角を占める大西洋連邦宇宙軍初のリニアカタパルト搭載宇宙艦艇として、その艦体サイズの巨大さと相まってかなりの数の航宙戦力たるMAの運用能力を持った、アガメムノン級宇宙母艦。

 

 そのアガメムノン級宇宙母艦の5番艦として、嘗ての大航海時代の偉人の1人である「エンリケ」の名を与えられたこの艦の艦橋で、ノーマルスーツ姿の1人の男が艦橋内を一望出来る位置に設けられたシートにゆったりと腰掛け、艦橋から見える宇宙(そと)の世界をジッと見詰めていた。

 

 既に彼の座乗する艦は、月とL5宙域の間の、大凡3分の2の地点を過ぎた所に存在した大規模なデブリベルトを通り過ぎ、地球連合が宣戦布告し交戦状態へと突入した、遺伝子調整を受けて誕生した「コーディネーター」と呼ばれる人種の人々が作り上げたスペース・コロニー群の国家である「プラント」の、目と鼻の先と言える位置の宙域にまで進出している。

 

 だが、彼の艦の艦橋から望む宇宙空間に浮かんだプラントの全景は、そうは言っても肉眼で捉えるには未だ多少なりとも距離があり、またそのプラントを構成する、“砂時計”と揶揄される程の特徴的な外観をした優に100基を超える数のスペース・コロニーの大部分が、艦隊とスペース・コロニーの間に割って入るデブリの帯の存在により、ハッキリとは映らない。

 

 暗夜の世界に光り輝く星々と同じ様に、薄ぼんやりと宇宙空間に浮かんでいたプラントのコロニーと、そのコロニーの群を守るかの如くに少し手前に存在しているデブリの帯を暫しの間無言のまま見詰めていた男は、徐にその光景から視線を逸らすと向かって右斜め前方の位置に座り、目の前のディスプレイと睨めっこをしながらコンソールを叩いていた男に、声を掛ける。

 

「中佐、そろそろかな?」

 

 紳士然とした、落ち着いた口調で艦橋内に響いた声に、中佐と呼ばれた男、レイモンド・スミスはコンソールを叩くのを止めて振り返る。

 

「……そう、ですね。予定進出ラインまで来ましたし……如何しますか、マッキャバン中将?」

 

 質問を質問で返された第2艦隊総司令のエリン・マッキャバン中将は、「ふむ…」と考える仕草をするも、次の瞬間にはレイモンド中佐から視線を逸らして「艦長」と呼び、更に続けた。

 

「艦長、何も連絡は無いのかね?」

 

 何処か威厳すら見える程に落ち着いた口調で告げられた科白に、「エンリケ」の艦長であるラング・ファーキン大佐は素早く反応し、艦橋内の部下に指示を出す。

 

 すると、殆どと時を経ない内に、その結果が、彼等の下に届けられた。

 

「プトレマイオスより入電!第1、第2機動艦隊は、予定通りプラントを攻撃。迎撃に出るであろうザフト軍を殲滅せよ、です。総司令部が置かれている『ワシントン』からも、同様の指示が」

 

 オペレーターの張り上げた声に、艦長であるラング大佐は頷きつつ、エリン中将の方を向く。

 

 エリン中将はその報を聞いて俄かに顔を顰めたが、しかし彼の幕僚足るレイモンド中佐は、致し方ありません、という表情を浮かべ、小さく首を振った。

 

 エリン中将は、暫しの間無言を保っていたが、やがてレイモンド中佐、そして艦長であるラング大佐の顔を見て小さく頷くと、正面へと向き直り、艦橋にいるクルーの全てへと向けて言葉を発した。

 

「……諸君、愈々(いよいよ)だ。私にとっては甚だ不本意ではあるが、事ここに至っては、致し方あるまい。此れより、“戦争”を始めるぞ。麾下の艦艇全てに、作戦の開始を伝達せよ!」

 

 上官の発した科白に、今現在艦橋に存在する全てのクルーを代表し、短く、しかしハッキリとした口調で「ハッ」と返事を返したレイモンド中佐は、正面へと向き直ると、自身の方へと向き直るクルー達に対し、指示を飛ばした。

 

「僚艦全てに、作戦の開始を打電しろ。急げ!」

 

「総員に第1戦闘配備を発令。MA部隊は、順次発進させろ!」

 

 レイモンド中佐、そして、次いで響いた艦長のラング大佐の声に、艦橋のクルーが、一斉に応える中、エリン中将は沈鬱な表情を浮かべながら、再び艦橋の外に広がる、広大な暗夜の世界に瞳を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 --- 「エンリケ」艦内 パイロット待機室 ---

 

 アガメムノン級宇宙母艦の、格納庫を見下ろす位置に存在する、MAパイロット専用の待機室。

 

 利便性の為、男女其々がパイロットスーツへの着替えを行うロッカールームを、ドア1つで行き交い出来る様な形で両隣りに併設した構造の待機室。

 

 今、その待機室の中には、20人以上のMAのパイロット達が、其々にパイロットスーツを身に着け、各々ソファーに腰掛けたり、或いは壁に寄っ掛かったまま、室内の中央で次々と言葉を発し続ける男へと視線を向け、耳を澄ましている。

 

 男は5分程話し続けた後、一息つくと部屋の中をゆっくりと見渡し、何か質問は、と訊ねた。

 

 すると、壁に寄り掛かって話を聞いていた男の1人が、スッと右手を上げ、口を開いた。

 

「1つ質問があるんですが、良いっすか?」

 

「……何だ、エミリオ少尉」

 

 またコイツか、という様な表情を浮かべた中央の男に対し、エミリオ少尉と呼ばれた男は、気難しい表情を浮かべたまま、言った。

 

「……詰り、俺達がプラントに攻撃を仕掛けるのは、奴等の抱える軍事組織……ザフトの戦力を壊滅させる為、って事で良いんですよね?」

 

「あぁ、そうだ。先程も言ったが、我々の標的、攻撃目標は、飽く迄も敵の軍事戦力のみ。作戦の骨子は、奴等から“ザフト”という名の軍事組織の戦力を叩き潰し、再び奴等を連合の影響下に置く為の下地を作る事だ」

 

 罷り間違っても、コロニー本体に攻撃を仕掛け、そこに住む連中を虐殺しろという訳では無い、と言葉を続けた男に対し、

 

「それを聞いて、改めて安心しましたよ」

 

 質問をしたエミリオ少尉は、次の瞬間隣で隠れる様に立っていた、華奢な体付きに女の子を思わせる様な顔立ちをした少年の方を向き、肩に手を置いて言った。

 

「上の連中は、俺やコイツみたいな年若く清純な青少年に、“非戦闘員の虐殺”なんて事をさせたいのかって、内心でビクビクしていましたから」

 

 何処か戯けた様な口調で言った青年に対し、直ぐ様別のパイロットから揶揄が飛んだ。

 

「オイオイ、嘘を吐くな嘘を。レンダちゃんは兎も角、お前が清純だって?」

 

 待機室の中が、当たり前の様に、笑い声に包まれる。

 

 この室内にいる誰もが皆、この青年の隣に立つ、この場に似つかわしくない少女の様な少年の存在を、当然の様に受け入れている。

 

 からかわれたエミリオは、助けを求める様に「レンダ」と呼ばれた隣の少年の方を向くが、少年は面倒臭そうに外方を向く。

 

 恨めしそうな表情を浮かべて少年を見るエミリオ少尉に対し、先程からかいの言葉を投げた男とは別の男が、「オッ、振られたな?」と、別のからかいの言葉を投げ掛けた。

 

 先程以上に大きな笑い声が木霊する中、不意に、待機室内に備え付けられたスピーカーから、けたたましい音が鳴り出し、次いで第1戦闘配備を告げる声が響く。

 

 刹那、先程までの和気藹藹とした空気は吹き飛び、待機室にいた全てのパイロットの表情が、クッと引き締まったものへと変わる。

 

 部屋の中央にいた男は、小さく何事か呟くと、周りを見渡し、腹の底から絞り出す様なハッキリとした声で、声を掛けた。

 

「各員、MAへの搭乗を開始!出撃だッ!!」

 

「「「「「ハッ!」」」」」

 

 威勢の良い声と共に、壁に寄り掛かっていた者やソファーに腰を下ろしていた者など、この待機室の室内にいた者全員が背筋を伸ばして立ち、見事なまでの敬礼を、部屋の中央に立つ男へと向ける。

 

 敬礼を向けられた男は、引き締まった表情のまま、自身の後ろに立つ者の顔までゆっくりと見渡すと、サッと正面を向き直って答礼をし、右手を下ろした。

 

 それを合図に、これまで敬礼の姿勢を保ち続けた全てのパイロットは一斉に右手を下ろすと、次の瞬間には待機室から格納庫へと直接出る事の出来る2つの扉から、我先にと其々の愛機の下へと飛び出して行く。

 

「行くぞ、レンダ」

 

 比較的扉に近い位置に立っていたレンダは、先程自身の存在を笑いの種にされてしまったエミリオ・ダナップ少尉の声に従い、足元に置いていたヘルメットを手に取り、待機室を出る。

 

 刹那、彼の目に飛び込んで来たのは、“アメフトが2試合同時に行える”と兵士達に揶揄される程の、母艦の広大な格納庫。

 

 アガメムノン級宇宙母艦は、現在の地球連合が有する宇宙艦艇の中で、最も多くのMAを運用出来る能力を持っているが、それはこの広大な格納庫を有しているからに他ならない。

 

 レンダは、その広大な格納庫へと足を踏み入れると、格納庫内の壁際に設けられたキャットウォークの手摺に足を掛け、愛機の下へと飛ぶ。

 

 無重力状態の格納庫の中を、一直線に突っ切って愛機の下へと向かうレンダの瞳には、青地に白いラインが機首部から機体後方へと流れる様に引かれた、1機のMAの姿が映る。

 

 コックピットと火器管制用のレーダーを除いた各種の電子兵装が内装された高速鉄道の先頭車両の先端部分を叩き伸ばした様な中央モジュールを中核とし、その中央モジュール下部に設置された火器管制用レーダーが内包された2つの球体を介して2基のメイン・スラスターユニットが左右其々から中央モジュール部分を挿み込む、という独特な構造、外観をしたこの機体の名は、「メビウス」。

 

 先代の主力量産型MAである「ミストラル」に換わり、僅か2、3年程前から第一線部隊である機動艦隊の艦載機部隊等へと配備が開始されたばかりの最新鋭機であり、地球連合宇宙軍における航空戦力の中核を成す機体である。

 

 長らく先代の主力量産型MAの地位にあったミストラルは、機関砲や着脱式の簡易ミサイルポッドを装備していたとは言え、元はコロニー建設等に使用された作業用のポッドを戦闘に耐えうるよう改良を施した物に過ぎず、その性能は所詮“作業用ポッドに毛の生えた”程度の性能しか有していなかった。

 

 その為、今現在従事している様な軍事拠点における哨戒任務や船外作業といった所謂“裏方”の任務ならば兎も角、最前線での戦闘運用には明らかに性能が不足していた。

 

 それに対し、プラントとの開戦の僅か2、3年程前に実戦部隊へと配備が開始された本機(メビウス)は、先代(ミストラル)をあらゆる面で上回るべく設計・開発された機体であった。そして実際に完成した本機は、メインとなる大推力のスラスター・ユニットを火器管制用レーダーが内包された球体部にジョイントを介し接続された事で、フレキシブルな稼働が可能となり高い運動性を生み出した。

 

 また、武装面においても固定装備自体は中央モジュールの機首前面に1対のバルカン砲を備えるのみと少々貧弱ではあるが、この機体には後付け式の多種多様な兵装が用意されていた。最も一般的な「ノーマル・タイプ」の兵装においても単装の対装甲用リニアガン1門と合計で4基もの対艦ミサイルを搭載するなど重武装であり、総合的な火力は「ミストラル」を遥かに凌ぐ強力なものとなった。

 

 作業用ポッドに改良を施しただけの低性能な旧式MA(ミストラル)に比べ、特に機動性や運動性、攻撃力に勝る本機(メビウス)は、今や宇宙戦力の中核を成す存在として各機動部隊や月のプトレマイオス基地の他、重要度の高い軍事拠点を中心に既に2千機前後の機体が配備されている。

 

 愛機の下を目指して無重力空間の中を突き進む少年の、その両の瞳に映る1機のMAの姿は、膨大な数が配備されている機体の内の1機なのである。

 

 待機室から飛び出したパイロット達が、各々の愛機の下に辿り着き、コックピットへと姿を消す中、同様に愛機の下へと辿り着いたレンダは、ヘルメットを握ったままコックピットハッチの淵に手を掛けると、そのままコックピットの中へと潜り込んだ。

 

 そして、計器類の大半が休眠状態の為、真っ暗と言って良い程に明かりが無いにも拘らず、彼は慣れた手付きで正面のメインモニター下に設置されたパネルや、メインモニターの上に設けられたスイッチの群を操り、愛機を活動状態へと覚醒させる作業を始める。

 

 正面左右のモニターに光が灯り、外の光景がコックピット内に映し出される中、レンダはOSを起動させ、メインモニター下の小型パネル及びディスプレイに次々と映し出されては消えるウィンドウを目で追う。

 

 火器管制システムを始めとした各種の電子兵装の他、機体の各部に異常が無いかをチェックし全て問題が無い事を確認したレンダは、コックピットのハッチを閉じ、背後へと手を伸ばしてシートベルトを掴み身体を固定させる。

 

 ヘルメットを被り、首に隙間が無いかどうかを確認したレンダは、次にバイザーを1回だけ上げ下げし、しっかりと気密性が保たれるかを確かめる。

 

 刹那、通信機から彼の所属する小隊、“シュライク小隊”の小隊長、シド・レインズ大尉の声が響いた。

 

『こちらシュライク1。各機、状況知らせ』

 

 理知的な人を想像させる低い落ち着いた声が、コックピット内に木霊する。

 

 通信機からは、続け様に2番機、及び3番機に搭乗する小隊のメンバーの声が聞こえた。

 

 レンダは、先程の隊長よりも更に低く、下手をすると聞き取れないのでは無いか、と思える様な口調で、3番機のパイロットに続き、答えた。

 

「……こちらシュライク4。同じく、出撃準備、完了した」

 

 幸いにして、聞き取れたのであろう。

 

 レンダが言い終わるのと殆ど同時に、後から続く様にして同様の旨を告げた5番機のパイロット、エミリオ少尉の言を聞いた大尉は、通信機越しに『シュライク1、了解』と短く答えた。

 

 出撃前にやるべき事を、終わらせるべき事を全て終えた彼は、小さく息を吐き、不意に視線を左側のサブモニターへと向ける。

 

 光り輝く液晶モニターには、今彼が乗っている機体の同型機が、1機、また1機と、後方にあるリニアカタパルトへと向け、次々に彼の機体の傍を通過し移動して行く光景が、ハッキリと映し出されていた。

 

 無言のまま、その光景を見詰めていたレンダだが、やがて暫くすると、再び小隊長であるレインズ大尉の声が、通信機を通してコックピット内に響いた。

 

『シュライク1より各機へ。俺達の出撃は、“イーグレット小隊”の後。つまり、この後直ぐだ。分かったな?』

 

 隊長の声に、レンダは両の閉じながらも、他の小隊所属メンバーと同じ様に、「了解」と、掠れる様な声で応答する。

 

 刹那、殆ど間を置かず、愛機が振動に包まれ、リニアカタパルトへの移動を始めた。

 

 だが、幾ら揶揄される程に広大な格納庫とは言え、艦の全長程に格納庫が長い訳では無い。

 

 レンダが、閉じていた目をゆっくりと開けた時、レンダの機体は、既にリニアカタパルトへの移動を終えていた。

 

 コックピットのモニターに映るのは、これから愛機を弾丸の様に撃ち出すリニアカタパルトと、その更に先に存在する、漆黒の、宇宙空間。

 

 パイロットスーツ(或いはノーマルスーツ)が無ければ、人が生きていく事など絶対に不可能な暗黒の世界をモニター越しに見たレンダは、彼にとって大切な存在であり、また存在であった2人の女性の名を呟き、今一度両の瞳を閉じる。

 

 何処か暗さと冷たさが印象に残る声で、彼がその2人の名を口にしたのは、心の高ぶりを冷ます為でも無ければ、恐怖を無理矢理に抑え込もうする為でも無い。

 

 敢えて言うならば、それは彼が彼女達を大切に、そして愛おしく想ったのと同じ様に、彼の事を大切に想ってくれていた2人の女性の、その抱いた思いと願いを裏切り、戦場で“人殺し”を行った果てに“死”という禁断の果実を求める事に対する、“懺悔”。

 

 閉じていた瞳を、ゆっくりとした動作で開けたレンダは、その瞳の奥に暗く冷たい光を宿したまま、操縦桿を握る両手の力を、僅かに強める。

 

 既にメインモニターの端に別枠で映し出されていたウィンドウには、カウントをする数字は「0」を表示しており、「発進可」を示すグリーンの丸が点灯していた。

 

 正面モニターに映る宇宙空間を見詰めるレンダは、小さく息を吸い込みつつ、スッと目を細め、誰に聞かせるでもなく、言った。

 

「……シュライク4、レンダ・ラザフォード……『メビウス』、出撃する」

 

 口を噤むと同時に、身体の全身、特に腹部に力を込める。

 

 刹那、彼の乗る機体が、静止状態から急加速し、何処までも広大な宇宙空間へと撃ち出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球連合軍の艦隊に動きが見られた頃とほぼ同時刻、プラントにおいても今プラント防衛作戦における実戦部隊の指揮を執るパトリック・ザラが、宙域に展開している全てのザフト軍兵士達に向けて、演説を行っていた。

 

 そして、その演説の最後、「諸君の奮戦に期待する。ザフトの、プラントの為に!」という言葉と共に、ザフト軍の間で歓声が起こり、士気は最高潮に高まった。

 

 そして、その歓声が収まらぬ中、パトリック・ザラは全軍に対し力強く、コンディション・レッドを発令した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 --- ナスカ級高速戦闘艦「トラヤヌス」 ---

 

「敵艦隊より、敵MAの出撃を確認!」

 

 オペレーターの告げた科白に、艦橋の中央のシートに腰を下ろしていたリボニー・スコットランドは、小さく溜息を吐いた。

 

「やれやれ、宣戦布告を受けた時から覚悟はしていたが……いよいよ始まるのか」

 

 艦橋にいる他のクルーに聞かれないよう、小さく独り言ちたスコットランド。

 

 パトリック・ザラの演説は終わったのも束の間。他の艦と同様に熱気に包まれたトラヤヌスの艦橋には、プラント本国にあるザフト軍の司令部からの作戦指示が、引っ切り無しに飛び込んで来た。

 

 司令部からの指示に対応する部下を見やって今一度溜息を吐いたスコットランドは、2、3回両の掌で顔を叩くと、次の瞬間にはキッと顔を引き締めて武人の表情を浮かべ、指示を下した。

 

「諸君。奴等を迎え撃つぞ。コンディション・レッド! MS隊は全機、速やかに発進せよッ!」

 

 

 

 

 

 --- 「トラヤヌス」艦内 ロッカールーム ---

 

 空調の利いた居心地の良い空間に、1人の女性がいる。

 

 スッキリとした細い体付きに、形の良い、バランスの取れた大きさの、胸の膨らみ。

 

 腰骨の辺りまで伸びる、宝石の様な黒く艶やかな黒髪に、はっと息を呑む様な、美しい顔立ち。

 

 若い女性向けのファッション雑誌のモデルの様な、女性なら誰もが羨み憧れる容姿容貌をした彼女の名は、ルーチェ・ベルナドット。

 

 ザフト軍において、士官学校卒業時の成績が上位10名以内に入った者にしか着用を許可されない、“赤”を基調としたカラーの軍服・パイロットスーツに袖を通す事を許された、数少ない女性パイロットの内の1人。

 

 そんな彼女は今、このロッカールームにて、落ち着き払ったゆっくりとした動作で、パイロットスーツへの着替えを行っている。

 

 自身の体形にピッタリと合ったスーツに両足を突っ込み、両腕をふわふわと漂う袖へと通す。

 

 そして、下腹部から首元へと、三重構造になっているファスナーを引き上げる。

 

 素肌に纏う吸水性に優れたインナーが、ファスナーを首元まで引き上げる事で完全に見えなくなり、最上部のフック部分まで完全に閉じられた直後、耳を塞ぎたくなる程の大音量で“コンディション・レッド”を告げるアラートが、ロッカールーム内に鳴り響く。

 

 一瞬、僅かにその表情を歪めたルーチェは、しかし何事も無かったかのように辺りに漂っていたヘルメットを掴むと、右手に存在する金属製の扉の方へと歩を進め、その下を潜り、格納庫へと足を踏み入れる。

 

 そこに漂うのは、今までいたロッカールーム内とは明らかに違う、緊張感に満ちた空気。

 

 格納庫内の壁際に設置されたキャットウォークに立った彼女は、格納庫の端の方へと歩を進めつつも、専用の整備用ハンガーに固定された、この格納庫の主とも言うべき異形の存在へと、その視線を向ける。

 

 彼女の瞳に映るのは、人と同様に五体五指を有しながらも、人とは違う、1つ眼の単眼(モノアイ)カメラと鶏冠(とさか)状の多機能センサーを有する頭部に、翼の様な形状をした、機体背部のスラスターユニットが特徴的な鋼鉄の巨人。

 

 スマートさとは懸け離れた、威圧感を他者へと与える様な、武骨なシルエット。

 

 何処かの国の古い神話にでも登場する、“魔神”の様な姿形をした“ソレ”の名は、MS(モビルスーツ)「ジン」。

 

 国力において、連合を相手に圧倒的に劣るプラントの事実上の国軍組織「ザフト」が生み出した対連合用の切札にして、全長20mにも達する人型をした機動兵器。

 

 格納庫内に皇帝の如く居並ぶ、この鋼鉄の巨人達の姿を見ながらキャットウォークを歩いていたルーチェは、不意にその進めていた歩を止めると、床を軽く蹴って手摺を乗り越え、態勢を変えてキャットウォークの壁を蹴る。

 

 ザフト軍では、士気高揚等の目的の為、“赤”を纏う者や多大な戦果を挙げた者を中心に、自機のカスタマイズが許可されているが、無重力空間の格納庫を、ライフルの弾丸の如くに真っ直ぐ突き進む彼女の、その視線の先に存在する1機のジンは、正にソレであった。

 

 両肩の装甲を左右非対称の物へとカスタムされたこの機体は、グレーを基調とした色で塗装された、「トラヤヌス」の格納庫内に存在する、他の通常(一般兵)仕様の機体とは違い、鮮血を想像させる様な鮮やか真紅を基調とした色で、その全身を染められている。

 

 格納庫内でも、その一際目立つ存在感を放つこの機体の下へと辿り着いた彼女は、無言のまま、開け放たれたままコックピットへと潜り込むと、正面左右のモニター下にある計器類に触れた。

 

 モニターに火が灯り、暗かったコックピット内が明るくなる中、OSが起動し、機体の各部に異常が無い事を知らせるウィンドウが、モニターに比べて小さなサイズのパネルに表示されては消えて行き、僅か十数秒後には、「システム・オールグリーン」の表示がパネルの表面に現れる。

 

 彼女が、機体が何ら問題なく、正常に稼働した事を確認した直後、コックピット内に、彼女が所属する小隊の小隊長、ルドルフ・ワイセンベルガーの理知的で落ち着いた印象を与える声が、響く。

 

『こちらルドルフ。ルーチェ、エリック、出撃準備は完了したか?』

 

「……こちらルーチェ。出撃準備完了……」

 

 正面モニターの上部にある、メインモニターに比べて遥かに小さな3つの液晶画面の内の、その1つに映る年上の男の顔に向け、彼女は言葉少なげに返す。

 

 3番機からも彼女と同様の旨を返された、画面に映るルドルフ小隊長は、了解した、と言うと、その理知的で落ち着いた印象を全く変える事無く、通信画面越しに『出撃する』と告げた。

 

 了解、と再び言葉少なげに、呟く様に答えたルーチェは、右手を操縦桿から外すと、パネルへと手を伸ばし、機体を整備用ハンガーの固定アームから外す。

 

 軽い衝撃と共に自由に動ける様になった機体は、両腕をゆっくりと左右に伸ばすと、ハンガーの脇に備え付けられたウェポンラックから、火器を手に取る。

 

 セミオート時の精密射撃と、フルオート時の掃射能力を兼ね備えた、ジンのメイン火器である「重突撃機銃」を、予備のマガジン3つと共に機体背部のリア・スカートにマウントし、左右の腰部には西洋の両刃剣を模した巨大な実剣である重斬刀を其々1振り、マウントする。

 

 更に、背面に重突撃機銃の弾装よりも1回りも大きいサイズのボックスマガジンを2つ抱えた、ジンの脚部程の大きさもある楕円状の盾を機体の左手に握らせると、もう片方の右手で、ウェポンラックの最上段に置かれていた、「キャットゥス」と呼ばれる巨大な無反動砲を掴み、前へと機体を進ませる。

 

 足を1歩前へと出す度に襲い掛かる衝撃と重低音を感じながら、先を進む小隊長機に続き、開け放たれた隔壁の下を潜る。

 

『ルドルフ小隊各機、聞こえるか?発進は30秒間隔で行う』

 

 通信機越しに聞えたオペレーターの声に、ルーチェは小さく、了解と答える。

 

 すると、次の瞬間、左右のモニターの端っこに映っていたランプが点灯しながら回転し、数秒と経たず、正面モニターに映る小隊長機の奥に見えた隔壁が、ゆっくりと左右に開かれる。

 

『こちらルドルフ。先に行くぞ』

 

 通信画面越しに、小隊長が言った。

 

 正面のモニターに映る、エネルギー充電用のコードが接続されたままのグレーの機体が、僅かに両足を浮かせ、僅かに重心を前へと倒す。

 

 刹那、彼女の目の前にいた機体が、展開されたリニアカタパルトの中を加速し、途中で機体背部に接続されていたコードを切り離すと、宇宙空間へと飛び出して行った。

 

『2番機、準備を』

 

 コックピット内に響くオペレーターの声に、ルーチェは機体を前へと、リニアカタパルトが展開された空間へと進ませる事で答える。

 

 小隊長機と同じ様に、床を軽く蹴って機体を宙に浮かせると、僅かに前傾姿勢を取った。

 

 モニターに映る、艦内の天井部分に設置されたパネルのカウントダウンは瞬く間に進んでいく。

 

「………姉さん」

 

 消え去りそうな程に小さな声で、彼女が呟いた直後、パネルに表示されたカウントが途切れ、「発進可」を示すグリーンの文字が表示される。

 

 彼女は、操縦桿を握る両手に、そして、腹部を中心とした、身体全体に力を込める。

 

「……ルーチェ・ベルナドット、『ジン』、出撃するッ!」

 

 口を噤んだ直後、真紅の機体が、急加速を始める。

 

 小隊長機と同様、リニアカタパルト内の半ばでコードを切り離した彼女の機体は、これから凄惨な戦いが始まる漆黒の空間へと、その身を解き放たれた。

 

 

 

 




 如何でしたでしょうか。次話の投稿は何時になるか不明ですが、なるべく早い時期に投稿したいと考えております。

 これからも本作、機動戦士ガンダムSEED ~ Fall in a Nightmare ~ を宜しくお願い致します。


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第2話:開戦(2)

 プラント本国を攻撃する為、月のプトレマイオス基地より出撃した、地球連合軍の第1及び第2、第4機動艦隊の総勢3個機動艦隊。

 

 その中の2つ、プラント側から見て月を正面に捉える位置に大規模に展開した第1及び第2艦隊から大挙出撃した、総勢で200機をも上回る数の第一波攻撃隊。

 

 彼等は各々の小隊毎に、「デルタ」と呼ばれる三角形を模した隊形や「アブレスト」と呼称される横一列の編隊を組みつつ、宇宙空間を突き進んで行く。

 

 彼等が目指すのは、彼等地球連合軍将兵や政府の役人達が“砂時計”と揶揄する、プラントのコロニー郡。

 

 しかし、一糸乱れず見事なまでの綺麗な編隊を組んで飛翔するMA部隊の進む方向には、生まれ育った故郷を、同胞を、そして愛する者を守らんが為、ザフト軍の精鋭部隊が放つ数々の光点が立ちはだかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 --- シュライク小隊 side ---

 

 

 

 小隊の4番機として、先頭を進む小隊長機の左斜め後方に付いた2番機の、その左後方に位置するレンダ機のコックピット内に、“シュライク小隊”の小隊長であるレインズ大尉の声が響く。

 

『前方に敵機を確認した。各機、安全装置《セイフティ》を解除しろ』

 

 了解、と低い声で応答したレンダは、正面のメインモニター下にある小型ディスプレイの脇のスイッチ群へと手を伸ばし、その中にあった兵装の安全装置のロック、解除を行うマスターアーム・スイッチを「SAFE」から「ARM」へと切り替える。

 

 スイッチの切り替えが終わるのと同時に、メインモニター下の小型ディスプレイに映し出されていた兵装の表示も「SAFE」の文字から「ARM」へと切り替わり、機体に装備された全兵装が使用可能な状態になった。

 

 安全装置の解除作業を完了させたレンダは、その旨を小隊長へと告げる。

 

 すると、小隊長であるレインズの、了解した、という声が聞えた直後、小隊の2番機を務めるニコラス・ブルーゲル中尉の粗暴な声がコックピット内に響いた。

 

『オイ坊主、聞いてるか?』

 

「……何か」

 

 何か、と言葉少なげ返事をしたレンダに対し、話し掛けて来たニコライ中尉は鼻で笑った。

 

『フンッ。何か、か。コイツは傑作だな。今正に初陣を迎えたばかりの坊主が、一端のベテランパイロットの様な生意気な口を利きやがる』

 

「……」

 

 中尉の言葉に何も返さず、沈黙するレンダ。しかし中尉は、構う事無く続けた。

 

『いい機会だ。この際、ハッキリ教えてやるよ坊主。俺はな、テメェの存在が気に食わねぇ。戦場(ここ)はな、テメェみたいな餓鬼が存在していいような場所じゃねぇ! テメエみたいなガキは、他のガキ共と一緒にハイスクールで仲良く学生ごっこをしてりゃ良いんだよ!』

 

 荒々しい口調でハッキリと、レンダの存在を気に入らないと告げた中尉。

 

 中尉のレンダに対するこの口調と言動の中身は何時もの事であり、これは彼が所属するシュライク隊は勿論の事、彼らの母艦であるアガメムノン級宇宙母艦「エンリケ」のクルー達にも認知されていた。

 

 異動、転属等で「エンリケ」へと移って来た、クルーになってから日が浅い者の中には中尉の言動に眉を顰め、諫言する者もいた。

 

 しかし、艦長以下クルーの大半は、余程中尉の言動が悪質且つ暴力行為にでも及ばない限り基本的には黙認しており、それには中尉の過去の経歴、経験が深く関わっていた。 

 

 ニコラス中尉には、歳の離れた仲の良い弟がいた。しかし、15年以上前に起きた、中東のとある国に拠点を持つイスラム過激派集団の手の者によって引き起こされた大規模テロにより、その弟を殺された。

 

 その当時、大西洋連邦空軍のパイロットであった彼は、弟を殺された事に対する復讐の為、事件を引き起こしたイスラム過激派集団と、その過激派集団を影で支援する中東のとある国に対する軍事作戦に従軍する。

 

 生まれ持った才能と長年磨き続けた技術に加え、家族を殺された恨み、怒りを最大の力とした中尉は、連日連夜の過酷な任務をこなし、愛機の戦闘爆撃機を以て幾つもの敵戦闘機や爆撃機を撃墜し、戦車やトラックを破壊した。

 

 しかしある日、敵重要拠点の空爆作戦に従事していた際、地対空ミサイルを被弾した彼は敵勢力圏下でのベイルアウトを余儀なくされた。そしてこれが、彼にとっての転機となった。

 

 味方の救出部隊と合流すべく敵勢力圏下の荒れ果てた大地を駆ける中尉の前に立ちはだかったのは、テロによって殺された自身の弟と同じか、それより更に若い年頃の銃を手にした少年少女達であった。

 

 中尉は生き残る為、味方の下へと逃げる為に彼等を撃ち、殺した。1人や2人では無い。5人10人と、あらゆる手段を尽くして、殺して殺して、そして彼は生き残った。彼を救出するべく、敵勢力圏下にも拘らず捜索を続けていた部隊の手により救出されて。

 

 丸2日に亘った脱出劇の末、味方の基地へと生還した彼を戦友やメディア、国民は挙って“英雄”と称賛し持て囃したが、当の“英雄”たる本人は、称賛の言葉を耳にする度に顔を顰め、口調はぶっきら棒になり、不機嫌さを隠そうともしなかった。

 

 そんな彼に対し、生還を喜んだ戦友が尋ねた。何で不機嫌なのか、と。英雄と呼ばれて、何故怒っているのかと。

 

 それに対し、中尉は一言、こう呟いた。

 

「俺は、弟を殺す為に戦場(ここ)に来たんじゃねぇ」

 

 その一言が、当時の中尉の心情の全てを物語っていた。

 

 中尉にとって、弟はまだまだ子供であり、その弟と対して歳の違わない少年少女達は守るべき対象であった。

 

 中尉にとって、戦争とは大人が行うべきものであり、軍服を着て軍事教練をしっかりと受けた者だけが戦う資格があるものであった。

 

 しかし、中東での戦争は、中尉の抱いていた価値観を一変させた。生き残る為とは言え、満足に訓練を受けたとは思えない、幼い子供達を殺したのだ。しかも、その殺された少年少女達が武器を手にしたのは、自身の所属する強大な軍隊がテロ組織、そしてそのテロ組織を支援する中東の国の軍隊に大打撃を与えた事で生じた兵力消失に伴う補充の為であった事を知った時、彼は苦しむと同時に強い怒りを抱いた。

 

 彼は少年少女達に銃を持たせ、自らは後ろで指示だけをだして生き永らえている敵国の司令官やテロ組織の指導者達に、痛みや苦しみが霞んでしまう程に凄まじい憎しみと怒りを覚えた。そして、彼等を根絶やしにしてやると胸に誓い、戦争を最後まで戦い抜いた。 

 

 そして戦争の終結後、彼は静かに、何も語らずに、大西洋連邦宇宙軍への転属命令を受け入れた。

 

 この宇宙軍への転属は、周囲の声やメディアによる勝手気ままな報道に惑わされる事無く、彼が心に深い傷を抱えている事を理解し様子を見守っていた彼の上官が、知り合いの宇宙軍将官に掛け合い引き抜かせた結果であった。

 

 そしてそれから、早15年。時が経つのは早いもので、この15年の間に彼は中尉へと昇進した。

 

 配属当初こそ周囲全てが敵の様な雰囲気を纏っていた中尉であったが、それも1年経つ毎に徐々に落ち着き、今では所属する艦のクルーや隊の隊員、他部隊のメンバーからの信頼も厚く、また今やベテランパイロットの1人として新人パイロットの教育係も務めるまでになっていた。

 

 新人パイロットや配属されて間もないクルーの中には、髭を生やした厳つい顔立ちや“ドス”の利いた声、口調から恐れられていた。しかし、オフになれば後輩や同僚を食事や飲みに誘うなど面倒見もよく後輩や同僚からも慕われており、彼をよく知る長年の同僚からも雰囲気や性格が落ち着き、大分穏やかになったとその変化を驚かれもした。

 

 しかし、中東での紛争終結、そしてその後の宇宙軍への転属から15年が過ぎようとしたある日、突然ニコラス中尉の目の前に現れた軍服を纏った少年に、彼の心を否応なく掻き乱された。

 

 レンダと名乗った少年の存在は、その肌の色や口にする言語、身に纏う服装こそ違えど、彼にとって15年前に自らが体感した悪夢が蘇ったようなものであり、その少年が欠員がいたとは言え、自らが所属する隊に配属される事が分かった日には、周りの同僚が彼を羽交い絞めにしなければならない程に大暴れをした。

 

 そしてそれ以来、中尉は少年の姿を見る度に、クソガキだの役立たずだの、ドスノ利いた口調で罵詈雑言を叩きつけた。

 

 尤も、彼の怒りや憤りは寧ろ、祖国である大西洋連邦へと向かっていたと言っていい。何故なら、彼が嫌い憎んだ中東の敵国やテロ組織と同じように、彼の祖国もレンダ・ラザフォードという幼い少年を兵士という駒として扱う事を決めたからだ。

 

 先の紛争での体験によって、「戦争は大人が行うもの」という考えをより強くした中尉にとって、レンダの軍への入隊を認め、且つ一瞬の油断が即“死”に繋がるMAの搭乗員として最前線に配属し、戦場にて命の奪い合いを行わせようとする軍上層部の人間の行動は、中尉にとっては裏切りに等しいものであった。

 

 そしてそれだけに、そんな軍の上層部、延いてはそれを許す祖国に対して彼は強い怒りと憤り、遣る瀬無さを感じており、レンダに対する態度はある意味で屈託した愛情表現とも言えた。

 

『坊主、俺は戦場(ここ)にいるテメェを認めねぇ。いいかッ!? どんな理由があろうと、此処にいるテメェの存在を俺は絶対に認めねぇ! 認める訳にはいかねぇんだよッ!』

 

「……」

 

 中尉の言葉に、レンダは無言で答える。

 

 すると、通信機の先で「フンッ!」と荒い鼻息を吐いたニコライ中尉は、しかし先程よりも幾分落ち着いた口調で、言葉を続けた。

 

『……だがまぁ、テメェが此処にいる以上、今更俺がコックピットの中で好き勝手に喚いたって仕方がねぇ。精々俺達のスコア稼ぎの邪魔にならねぇ様に、後ろで逃げ回ってろ。絶対に、俺の……俺達の手を煩わせんじゃねぇぞ!?』

 

「…………了解した」

 

 了解した、と落ち着いた様子で返事を返したレンダに対し、ニコライ中尉は此見よがしに大きな舌打ちをしたが、これ以上言っても時間の無駄と踏んだのかそれ以上何かを言う事は無かった。

 

 すると、まるでタイミングを見計らっていたかのように、今度はそれまで2人の会話を聞きに徹していた小隊長のレインズが、こちらも落ち着いた口調で中尉に向けて言った。

 

『満足か、中尉?』

 

『……小隊長』

 

『まだまだ言いたい事はあるだろうが、ここは既に作戦宙域だ。余計な御喋りは控えろ、いいな?』

 

 落ち着き払った、しかし有無を言わせない力強さを秘めた声に対し、ニコライ中尉は一瞬何か口にしかけるも、結局了解の旨を伝えた。

 

 すると、やれやれといった具合で小さな溜息を吐いたレインズ大尉が、今度はレンダに向かって口を開く。

 

『それから4番機。俺は部隊を預かる立場の者として、中尉の様に「後ろに逃げ回っていろ」とは言えない。どんな理由があって、お前がその歳で軍に志願したのかを俺は知らんが、戦場(ここ)にお前がいる以上、そしてお前がこの俺の率いる隊にいる以上、泣こうが喚こうが嫌でも戦って貰う。だが……』

 

 だが、と言って一旦言葉を切ったレインズ大尉は、これは独り言だと前置きした上で、先程迄とは打って変わり、何処か親が息子に語り掛ける様な声音で、レンダに対して言葉を続けた。

 

『だからと言って、敵に撃墜スコアを稼がせる為に、馬鹿みたいに突っ込む必要は無い。お前には未来があるんだ。戦場(こんな所)で、命を無駄に散らせる必要は無い。最悪の時は……直ぐに逃げろ。これは命令だ。分かったな、レンダ?』

 

 コックピット内に存在する、通信機器を介して聞こえた、レインズ小隊長の言葉。

 

 正面のモニターを見詰め続けながらその言葉を聞いたレンダは、浮べていた表情を、今まで小隊内の誰にも見せた事が無い、暗い面持ちへと変える。

 

「……未来、か」

 

 消え去りそうな程に小さく、か細い声音で呟かれた短い言葉には、聞いた者が思わず耳を塞ぎたくなる程の痛々しさと、どんな光も届く事の無い、深淵の様な暗さを含んでいる。

 

 それは全て、過去に起こった忌むべき“ある事件”の所為に他ならない。

 

 この、15になるかならないか、という幼い少年にとっての全ては、過去に起こった忌むべき“ある事件”の、それより以前にしか存在していない。

 

 そんな彼にとって、“今”を生き、そして“未来”を見る事は、苦痛であり、絶望でしかなかった。

 

「…………咎人でしかない俺に、未来など…………」

 

 コックピット内に木霊した彼の独り言。

 

 だが、小さな声で呟かれた彼の独り言は、ハッキリとはいかないまでも、小隊長であるレインズ大尉の耳に届いていたらしく、『何か言ったか?』と、通信機越しにレンダへと訊ねてきた。

 

 レンダは、一瞬の間を置いた後に短く「いえ」と答えるが、小隊長は尚も訝しみ、声を掛けようとする。

 

 しかし、レインズ大尉が口を開こうとした刹那、自軍の侵攻ルート上に存在する敵部隊が目の前に迫ったからであろう。

 

 レンダは通信機を通して、攻撃部隊の総隊長から各MA部隊を率いる隊長達へと告げられた、全軍突撃という勇ましい言葉を耳にする。

 

 一瞬の間を置いて、息を吸い、そして吐き出す深呼吸の小さな音が通信機から漏れた直後、レンダだけでなく、“シュライク小隊”に所属する全員へと向けて、レインズ小隊長は言った。

 

『これより、戦闘を開始する。各機、編隊を崩すな。私に続け』

 

 僚機である小隊メンバーと同じく、了解、と短い言葉で小隊長に応答したレンダは、モニターに映る2番機の、そのメインスラスターの輝きが増すのを視角の隅に捉えながら、2番機に続く形で、愛機を加速させる。

 

 一瞬離れた2番機との間隔が、僅かな時間で、元に戻った。

 

 再び綺麗な三角形状の隊形へと戻った“シュライク小隊”は、小隊長機を先頭に、周囲に展開している他のMA部隊と同じく眼前へと迫ったザフト軍へと向け、一糸乱れぬ隊形を維持したまま、突撃する。

 

『各機、攻撃開始ッ!』

 

 一本の芯が通った、小隊長の力強く明瞭な声が響く。

 

 了解、と先程と殆ど同じ口調で応答したレンダは、正面のモニターに映り込んだ敵機へと照準を合せると、右手に握られた操縦桿の、その引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 プラント本国から見て、まるで月の脅威からプラントを守る為に存在するかの如く、月を正面に捉えた方角に広がる、小さな、しかし歴としたデブリベルト。

 

 小惑星の破片同士が激突して生まれた大小様々な大きさの岩石の他、遺棄されたロケットのパーツや人工衛星、或いはコロニー建造時に生まれた資材屑など、宇宙開発の負の側面である開発時に生じた膨大なゴミによって構成されていたデブリの帯も、地球連合がプラントに対して宣戦布告を行い、何十、或いは何百といった戦闘艦艇や機動兵器を互いに進出・展開させた事で、今や連合とプラント双方が砲火を交わし激突する、戦場へとその姿を変えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

   --- ルーチェ side ---

 

 大小様々な大きさの岩石の破片や、或いは宇宙開発の際に生じた膨大な量の宇宙ゴミが、まるで帯の様に、ある程度纏まった形で宇宙空間を漂う事によって構成される、デブリベルト。

 

 そのデブリベルトという空間に存在していた、真紅に染められた1機のジンの単眼(モノアイ)が、自機を狙って正面から迫る1機の薄紫色に塗装されたMA(メビウス)の姿を捉え、コックピット内のモニターに映し出す。

 

 辺りに漂う小惑星の破片の中を掻い潜り、機首の面々部分に設置された、1対のガトリング砲を乱射しながら接近する1機の敵機。

 

 その敵機の姿を、真紅のジンを操るルーチェ・ベルナドットは一瞥すると、素早く愛機を敵機の射線軸の上へと移動させて敵弾を躱し、つい先程まで自機が存在した空間を通り抜けた敵機に対し、右手に握られた無反動砲「キャットゥス」の照準を合わせる。

 

 レティクルが敵機の機体上面に重なり、色が緑から赤へと変わった。

 

 刹那、引き金を引いた彼女の機体からキャットゥスの砲弾が撃ち出され、逃げる敵機の上面に直撃し破壊する。

 

 しかし、敵機を撃破しても息つく間もなく、次の瞬間にはコックピット内に敵機の接近を知らせる警報音(アラート)が鳴り響く。

 

 背部のスラスターを噴射しつつ、辺りに漂っていた小惑星の破片を蹴り、愛機を反転させてレーダーが捉えた方向へと単眼(モノアイ)を向ける。

 

 すると、今さっき撃墜した機体と同型同色のMAが更に3機、自機を目指して密集しながら突っ込んで来る光景を捉えた。

 

 ルーチェは、素早くキャットゥスの砲口を向けると、先頭を進む敵機に照準を合わせ、引き金を引いた。

 

 発射された砲弾は、尾を引きながら宇宙空間を突き進み、先頭を進んでいた敵機の前面に突き刺さる。

 

 直ぐ傍を飛んでいた僚機の1機を巻き込みながら、盛大な爆発を起こした敵機は、特異な形状をしたその姿を、宇宙に漂う塵の1つへと変化させた。

 

 だが、ルーチェは撃墜した敵機に然したる興味を示す事無く生き残っていた1機へと視線を移すと、敵機がデブリの只中を弧を描く様にして旋回し、後方から自機へと向かって突撃して来るのが見えた。

 

 チラリと視線を正面モニターの下のパネルへと向けると、愛機の右手に握られたキャットゥスの残弾の表示が、0となっている。

 

「……」

 

 パネルから視線を外したルーチェは、素早く愛機を反転させると同時に右手に握られたキャットゥスを手放すと、左腰に手を伸ばしつつ機体を加速させる。

 

 スピードを落とす事無く、必要最小限の動きで敵機が撃ち放った砲弾と、付近に漂う大小様々な大きさの岩石の塊を躱しながら突き進む真紅の機体は、次の瞬間、敵機と正面から交錯した。

 

 真紅の機体と交錯した敵機は、そのまま真っ直ぐに進み続けるも、やがて小さなスパークを生じさせつつ2つに分かれ、閃光と共に消滅した。

 

『見事な腕前だな、ルーチェ』

 

 敵機を撃墜したのも束の間、突如としてコックピット内に響いた、落ち着きのある理知的な声。

 

 レーダー画面を覗き込むと、愛機の後方に、友軍機を示す青い小さな光点が2つ、点滅していた。

 

 愛機を反転させたルーチェは、機体色と細部が違う事を除けば愛機と殆ど同じ2機の同型機(ジン)が映し出された正面のモニター、そしてその正面モニターの上部に別枠で設置されている、通信用の小さな画面へと視線を向ける。

 

 正面モニターの上に2つ存在する通信用画面の中の1つに、端整で理知的な印象を他者に与える表情を、頭部を丸々と覆ったヘルメットの透明なバイザー部分越しに覗かせる、1人の壮年の男が映し出される。

 

 ザフト軍のMSパイロットの大半が身に付ける、極々スタンダードな深緑色を基調としたカラーのパイロットスーツを着た彼の名は、ルドルフ・ワイセンベルガー。

 

 彼はリボニー・スコットランド隊長が率いる「スコットランド隊」の旗艦、ナスカ級高速戦闘艦「トラヤヌス」を母艦とした2個MS小隊の内の1つを率いており、ルーチェも彼が率いる小隊に所属していた。

 

 画面に映る小隊長の顔を見詰めたルーチェは、先程自身に向かって投げ掛けられた科白に対し、「いえ」と短く答える。

 

 彼女の簡潔な返答を聞いたルドルフ小隊長は、僅かに相好を崩し言った。

 

『皮肉を込めた訳では無いのだから、謙遜する必要は無いのだが…………まぁ、いいか。エリック!』

 

『分かっていますよ、小隊長殿。ほらよルーチェ、お前さんのだ』

 

 ルドルフ小隊長に「エリック」と名を呼ばれた若い男は、やれやれといった口調で返事を返すと、ルーチェの機体に通信を繋ぎ、機体の左腕に抱えられていたキャットゥスをルーチェへと向けて差し出した。

 

「……」

 

 差し出されたキャットゥスを無言で受け取ったルーチェは、空となったマガジンをイジェクトすると、左手に握られていた楕円形の盾の背部から予備のマガジンを取り出し、装填した。

 

『態々持って来てやったのに、感謝の言葉は一言も無し、か。あんまりじゃないか、ルーチェ?』

 

 何処か相手を小馬鹿にした様な口調で言ったエリックに対し、ルーチェは冷やかな口調で、言葉を返した。

 

「……」

 

『フンッ。だんまりかよ、愛想がねぇ女だな、テメェは』

 

「……あなたに取って貰わずとも、自分で取りに行けたわ。それなのに、これは貸しだと言わんばかりに感謝の言葉を求めるの、あなたは……?」

 

 ルーチェの挑発的な科白に、彼は僅かだが表情を強張らせる。

 

 しかし、エリックが再び口を開くよりも早くに、彼等2人を率いる小隊長が間に割って入った。

 

『2人共、其処までにしておけ。新手が来るぞ!』

 

 言うや否や、ルーチェ機の正面モニターに映り込んだルドルフ小隊長の機体が反転し、右手に握られたキャットゥスを発射した。

 

『各機散開ッ!』

 

 再びコックピット内に響いた小隊長の科白を受け、ルーチェは小さく了解の旨を返すと、小隊長の指示に従って僚機から距離を取りつつ、しかし接近する敵機へと向け、再装填が成されたキャットゥスの砲口を向けた。

 

「……」

 

 正面モニターに映り込んだ敵機(メビウス)に、緑色のレティクルが重なり、色が赤色に変化する。

 

 敵機をロックしたルーチェは、無言のまま、キャットゥスの引き金を引いた。

 

 発射された砲弾が、勢いよく敵機に突き刺さり、爆発する。

 

 しかし、味方が撃墜されたにも拘らず、敵機は尚も彼女の機体を目掛け、突っ込んで来る。

 

「……まだ、来る」

 

 小さく呟いた彼女は、敵機から放たれたリニアガンの砲弾を射線軸の上方へと愛機を逃す事で躱すと、躱した時の余勢を駆って前方宙返りの要領で愛機を反転させ、頭部の直ぐ傍を通り過ぎた敵機に向かってキャットゥスの砲弾を叩き付けた。

 

 爆発四散する敵機の残骸に一瞥を向けたルーチェは、再び愛機を反転させると、更に自機へと向かってリニアガンやガトリング砲といった火器を乱射しながら接近する、2機の敵機へと視線を向ける。

 

 フットバーを踏み込み、愛機を加速させたルーチェは、迫り来る2機の内の1機へとキャットゥスの照準を合わせると、引き金を引く。

 

 MS(ジン)の装甲すら貫通出来る程の威力を有した、主砲足るリニアガンを乱射しながら接近して来た敵機に命中したキャットゥスの砲弾は、連合の主力MA足る「メビウス」を粉々に爆砕し、広大な宇宙空間に漂うデブリの1つへと変える。

 

 友軍機の爆発から辛くも逃れ、生き残って1機は、まるで彼女の駆る真紅の機体を悪魔か死神に見えたのであろう。

 

 大慌てで機首の向きを変え、遁走を図ったが、しかし彼の敵機は、失念していた。

 

 彼の敵機と対峙していたMSは、彼女の機体だけでは無かった事を。

 

『不意打ちして直ぐサヨナラ、か。随分な挨拶だな、ナチュラル共は!』

 

 コックピット内に響いた、若い男の声。

 

 彼女と同じ、ルドルフ小隊に所属するエリック・マンスフィールドが、声を張り上げながら、逃げる敵機へと向け重突撃機銃の銃口を向け、貫通力に優れた弾丸を雨霰と叩き込んだ。

 

 機体上部に何十発という数の弾丸を浴びせられた敵機は、本の一瞬、小さなスパークを生じさせた後、閃光の中に消える。

 

『フンッ。俺の手を煩わせやがって。詰めが甘いんだよ、ルーチェ』

 

 弾切れのマガジンを捨て、予備のマガジンを重突撃機銃へと装填したエリックが、侮蔑の笑みを浮かべながら、ルーチェに対して通信を繋いで来た。

 

『“赤(ザフトレッド)”何だから、もっとしっかり戦って欲しいものだな。なぁ……ルーチェ?』

 

 クククッ、と声を漏らしながらルーチェの事を嘲笑ったエリックに対し、ルドルフ小隊長が今迄に比べて幾分厳し口調で、いい加減にしろ、と2人の間に割って入った。

 

『いい加減にしろ、エリック!貴様が“赤”を纏えないのは、自分の技量が足らなかったからだ。彼女は関係ない』

 

 小隊長の科白に対し、フンッ、と息を漏らしたエリックは、親指だけ立てた右手で自身のパイロットスーツを指し、言った。

 

『同じ負け犬の癖に、一々五月蠅いですね、小隊長殿?』

 

『……ッ!?エリック、貴様ッ!』

 

 一瞬、通信モニター越しに小隊長の表情を見ていたルーチェにも、小隊長の瞳に黒い憎悪の塊が宿ったのが感じられた。

 

 しかし画面の先にいたルドルフ小隊長は、グッと歯を噛み締めると、鋭い眼光を閃かせ、言った。

 

『…………レイモンド隊、及びガリソン隊の空域が膠着状態に陥っている。我々は、キルギス隊と合流

し、援護に向かう!2人共、付いて来い!』

 

 通信がプツリと切れ、ルーチェ機のモニターに映っていた小隊長の駆る機体が、背部のスラスターを輝かせ、飛び去って行った。

 

『フンッ、面白みの無い奴だな』

 

 心底不機嫌そうな口調で吐き捨てたエリックは、次いで機体の背後をルーチェの機体に向けると、口調を一切変えぬまま、先に行くぞと言って通信を切り、小隊長の後を追った。

 

 小さく深呼吸をしたルーチェは、操縦桿を握る両手の力を僅かに強めると、フットバーを踏み、愛機を加速させ、2機の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第3話:開戦(3)

   --- 地球連合軍 第1機動艦隊旗艦「アガメムノン」 ---

 

 

 

 

 

 

 

 ザフト軍を撃破すべく、第2機動艦隊と共に大規模なMA(メビウス)部隊を出撃させた、第1機動艦隊。

 

 しかし、アガメムノン級宇宙母艦のネーム・シップにして、第1機動艦隊及びプラント攻撃部隊の総旗艦を務める「アガメムノン」の艦橋に舞い込んで来る通信は、悲惨なモノが大半であった。 

 

「スレイグ小隊全滅!レーンウォール小隊、2番機を残して、反応が消失しました!」 

 

「バラク小隊、及びニケーア、カナリス両小隊、全機反応消滅(シグナル・ロスト)。何れも全滅した模様!」 

 

「ああっ、そんな事は分かっているッ! だが、お前ん所の小隊が、一番近い位置にいるんだ! いいから早くレーンエイム小隊の救援に迎えッ!」 

 

 艦橋内にいるオペレーター達の怒声が木魂する中、艦橋中央に座る第1機動艦隊司令、ラドルフ・スターン大将は正面上方のモニターを睨みながら、彼の直ぐ傍らに立つ1人の幕僚に話し掛けた。 

 

「……どう思うかね、君は」

 

 目の前に叩きつけられた現実に対する狼狽と、指揮官として威厳を保たねばならないという気持ちとが綯い交ぜになった口調で言ったラドルフ大将に対し、声を掛けられた幕僚のルロイ・オーレンドルフ大佐は、慎重な口ぶりで、「よくないですね」と答えた。

 

「第1陣の攻撃隊の内、総隊長機を含めて半数が既に喰われました」

 

「……まさか、な。俄かには信じ難いが……」

 

 ルロイ大佐が告げた内容は、衝撃的なものであった。

 

 何せ、攻撃隊の第1陣は第1機動艦隊所属のMA部隊を中心に編成されており、その第1機動艦隊所属のMA部隊の中でも、最精鋭の部隊を中核としていた。

 

 そんな第1陣の部隊が、戦端が開かれてから然程時が経っていないにもかかわらず、既に半数を失ってしまったのである。

 

 しかも、迎え撃った敵ザフト敵軍の兵力は、MA部隊よりも数で劣っていたという事が、ラドルフ大将を余計に焦らせる。

 

「我が軍の先鋒は、1機艦の中でも最精鋭を集めているのだぞ。それにもかかわらず、半数以下の敵機を相手に劣勢を強いられている、だと?」

 

「ですが、これが現実です」

 

 思わず呻き声を上げてしまうラドルフ大将に、ルロイ大佐が現実を突き付ける。

 

「既に我が方は半数を失っており、部隊としての体を成しておりません」

 

「……どうするべきかな?」

 

 渋面を浮かべながら問い掛けてきた司令官に、ルロイは断言する。速やかに、第2次攻撃隊を送り込むべきだと。

 

「第1陣の部隊は既に半数を失ったとは言え、相応の戦果も挙げております。第2陣を送り込めば、現在我が方の正面に展開する敵部隊を、蹴散らす事は可能です」

 

 ルロイ大佐の言葉に、深く聞き入るラドルフ大将。

 

 彼は、正面に向き直ると、モニターに写し出される戦況の詳細を見詰めながら、先ほど告げられた内容を頭の中で反芻する。

 

(……第2陣として用意したMA部隊の総数は、およそ200機。第1陣よりも全体的に練度は劣るとは言え、数では……現在展開しているであろう敵総数よりも、恐らく勝っている)

 

 オペレーターの1人が、また1機、友軍機が撃墜された事を告げる。

 

(ルロイの言う通り、敵軍にも相応の打撃は与えている)

 

 モニターに、表示された友軍機の表示が消え、撃墜された事を示すマークが画面に写し出される。

 

(第2陣を送れば、打ち破れる可能性は高い)

 

 瞳を細め、モニターを見詰めながら、頭の中をフル回転させ、最適解を弾き出そうとするラドルフ大将。

 

(だが……敵軍の数が、嫌に少ない事が気に掛かる。事前の情報では、奴等の総兵力は艦艇数で60隻前後、MSが300機程度という話であった筈だ)

 

 モニターに写し出される敵軍の兵力に、疑念と警戒感を抱いた彼は、副官に尋ねる。別動隊がいる可能性はないか、と。

 

「敵軍の数が、思っていたよりも少ない。別動隊がいる可能性は、ないかね」

 

 先ほどの動揺や焦りが目に見えて伝わって来るような声音ではなく、何時も通りの冷静沈着な様子で問い掛けてきた自らの上官に、内心でホッと息を吐くルロイ大佐。

 

 しかし彼は、そんな内心をおくびに出す事もせず、淡々と自らが部下に確認させた状況を説明する。

 

「事前の情報と比較をすれば、別動隊のいる可能性は、非常に高いと言わざるを得ません」

 

 ルロイ大佐の言葉に、やはり、という表情を浮かべるラドルフ大将。

 

 だが、ルロイ大佐は別動隊の存在する可能性が非常に高いとしながらも、目の前の事態をより優先して対処するべきであると続ける。

 

「これまでの所、偵察機から別動隊を発見したとの報告はありません。無論、この先も見当たらない、見つけられないという事は無いでしょうし、警戒するに越した事はないでしょう」

 

 ルロイ大佐は自らの所見を述べた後、更に「ですが……」と続ける。

 

「ですが、より優先すべきは正面の戦線です。このままでは、まず間違いなく第1陣のMA部隊は全滅します。そうなっては、味方の士気低下は避けられません」

 

「……1度引かせる、という手もありますが」

 

 ルロイ大佐の言に、別の幕僚が1度部隊を後退させるという手もあると述べる。しかし、ルロイ大佐はそれも認めた上で、引かなかった。

 

「後退も1つの手ではあります。しかし、体勢を整えて再度攻勢に出たとしても、確実に打ち破れる保証は何処にもありません。それなら損害も承知の上で、攻撃部隊の第2、第3陣を投入し敵軍を強引にでも突破。そして」

 

 プラントに砲口を突き付け降伏を促すべきです。

 

 そう断言したルロイ大佐に、ラドルフ大将は静かに目を瞑る。

 

「……」

 

「閣下」

 

 ルロイ大佐の声に、力が籠る。

 

「現状は、チェスで例えるならばチェックを掛けたも同然です。後は目の前の敵勢を打ち破り、プラントに向けて艦隊の砲口を向け、奴等に城下の誓いをさせるだけ。プラントの眼前に展開する我が軍の砲口が我が家に向けられている中では、例え今姿を現さぬ敵勢が目の前に現れても、何も出来はしないでしょう」

 

 ルロイの言葉に、確かにと思ったラドルフ大将は無言のまま、静かに頷く。

 

「それに、これは閣下にとっても、最も望ましいことではないでしょうか?」

 

「……むっ?」

 

 思わせぶりなルロイ大佐の物言いに、モニターから目を離し、彼の方を向くラドルフ大将。

 

 その眼には、何が言いたい、という疑問の色が浮かんでいた。

 

 そして、何が言いたいのか、と続けて問うた自らの上官に対し、ルロイ大佐は平然とした様子で答える。

 

 閣下は、この戦争の長期化をお望みですか、と。

 

 ルロイ大佐が述べたこの一言に、ラドルフ大将は一度瞬きをすると小さく溜息を吐く。

 

「……知っていたのか。私の心の内を」

 

「……閣下の幕僚を務めて、既に1年以上。その程度、分からないでは幕僚は務まりませんよ。なぁ……?」

 

 ルロイ大佐の視線を追い、振り返りながら後ろを見れば、ラドルフ大将を補佐する他の幕僚達が皆、頷いた。

 

「お前達……」

 

 彼等の浮かべる表情に、一瞬、呆気にとられたラドルフ大将ではあったが、彼は内心で苦笑いしつつも1つ咳払いをし、正面のモニターの方へと身体を戻しながら自らの幕僚た達に向けて言った。

 

「4機艦は?」

 

 プラントを守る為に迎撃に出て来るであろう敵軍を、半包囲下に置く為、ラドルフ大将率いる第1機動艦隊から見て右翼の位置に展開する予定の、第4機動艦隊の事である。

 

「未だ、予定地点には到達していない状況です。通信を試みてはいますが……無線封鎖状態であると思われ、反応がありません」

 

「恐らく4機艦は、敵軍の動きを警戒してか予定のルートよりも遥かに遠方を迂回しているのでしょう」

 

「肝心な時に、一体何処で何をしているのだ、4機艦の連中はッ!」

 

 幕僚たちの報告に、ラドルフ大将は顔を顰め吐き捨てる。

 

 しかしルロイ大佐は、ラドルフ大将の顔をチラリと流し目に見ると、直ぐに正面を向き直り、モニターを見ながら言った。

 

「……来ない連中を頼りにしても、仕方ありません。それよりも……閣下」

 

 どれほどの被害を被ろうとも、と全く感情を込めずに事務的な口調で淡々と述べたルロイ大佐に、表情を歪めて小さく舌打ちをしたラドルフ大将は、「分かっている」と呟く。

 

 そして彼は、不意にルロイ大佐の方を見ると、1つの指示を出す。

 

「……第2次攻撃隊を出せ。第3次攻撃隊も、続けて出すぞ。それから、第4次、第5次攻撃隊も準備をさせろ」

 

 司令官の科白に、ハッ、と敬礼で応える幕僚達。

 

 だが、ラドルフ大将の指示は、これだけに留まらなかった。

 

「それから、周囲の警戒を、更に高めたい。偵察エリアを拡大させ、何処かに潜んでいるであろう、敵別動隊を早く見付けたい」

 

「閣下、仰る事は分かります。ですが、我が方の偵察部隊は、目下の所全力で警戒活動に努めており、警戒エリアを拡大させようにも、従事させる部隊が足りません」

 

 ラドルフ大将が指示した、警戒エリアの拡大。

 

 これは、前線に第2、第3陣と続けてMA部隊を送るに当たり、航宙兵力が手薄となった所を未だ見ぬ大規模な敵勢に急襲されることを警戒してのもの。

 

 だが、幕僚の1人が、その指示に対し異を唱える。

 

 偵察機やレーダー・ピケット艦の数が足りない、と。

 

「迂闊でした……我々としては、敵軍は本拠地たるプラント周辺に全軍を終結させるもの、という認識と、この度の我が軍の戦略目的であるコーディネーター達を屈服させ、二度と反抗する気概を与えないためには、圧倒的な戦力差でもって勝つ事との結論でから打撃力を重視した部隊編成を行ったのですが……」

 

 本拠地を攻めてくる敵軍がいる。それも、自らよりも圧倒的な戦力差を有している。

 

 普通ならば、本拠地を死守するために全軍を終結させるべき、と考えるであろう。

 

 だが、敵勢はそれを行わなかった。敵勢が圧倒的な兵力を持って本拠地に迫りつつある、という状況にも拘わらず、プラントの者達は、自らが擁する戦力の大半を何処かへとやってしまった。

 

 それだけでも異常な事態なのに、それに加えて自軍の戦略目的達成の為に艦隊の打撃、攻撃力強化を優先して編成した結果、艦隊の目と耳となる偵察機やピケット艦の数が不足していた。

 

 だが、そんな現実を前にしても、ラドルフ大将は動じなかった。

 

 彼は、言った。無い物ねだりをしても仕方がない、と。それよりも、今、有るものを活用するべきであると。

 

 具体的には、直掩のMA部隊から一部を割き、偵察に充てるというものだ。 

 

「直掩部隊から割いて、ですか……?」

 

 ラドルフ大将の言に、今度はルロイ大佐が表情を顰める。だが、ラドルフ大将はそれを無視し正面上部のモニターを見詰めながら言葉を続けた。

 

「私は……敵の有する“モビルスーツ”という名の機動兵器を、甘く見過ぎていた様だ。それも、“1年前の手痛い敗北”があったにも拘らず、だ。」 

 

 自身の上官の科白を聞き、一瞬、反論しようと口を開き掛けたルロイ大佐は、しかし何も言葉を発する事無く、上官の顔を見詰めたまま、沈黙する。 

 

 彼の上官が口にした、“1年前の手痛い敗北”。 

 

 それは、大西洋連邦を始めとした、現在の地球連合を構成する上での中心国家である旧プラント理事国(宗主国)側と、当時は未だ旧理事国の影響下にあったプラントが、そのプラント本国及び本国近海の宙域にて武力衝突をした、所謂「L5宙域事変」と呼ばれる戦闘である。 

 

 約1年前、プラントと地球連合――――――――当時は、旧プラント理事国と呼称――――――――の双方が武力衝突する事となった「L5宙域事変」。この武力衝突が起きる事となった直接の原因は、シーゲル・クラインとパトリック・ザラの両巨頭が中心となって進めていた、プラントの分離独立をも視野に入れたプラント側の様々な動きにあった。

 

 当時のプラントでは、プラントの自治権獲得乃至分離独立を求める人々のデモ活動や、旧プラント理事国向けの工業製品の生産プラントにおける従業員の大規模サボタージュが各地で連日実施されていた。

 

 そして、その見た目に派手で目が行き易いデモやサボタージュ活動の陰で、同時に理事国側が禁止していたプラント国内向けの食糧生産がシーゲル・クラインの指示により、一部コロニーを大規模食糧生産プラントへと改装されて開始され、また自己防衛の為の軍事力についてもパトリック・ザラの指導の下、密かに増強が進められていた。

 

 しかし、幾ら密かに、慎重に事を進めていたとしても、食糧生産の開始や軍備力の増強を完全に隠し果せるものでは無い。

 

 プラント側のこの動きは、程無く理事国側の知る所となった。

 

 派手な活動の陰に隠れて進められていた、プラント側の密かな動き。これをプラント側が分離独立に向けて本格的に動き出したものと捉え、事態を重く見た理事国側は、プラントに駐留する部隊に警戒態勢を取らせると共に、月のプトレマイオス基地より第1特務艦隊を増援として派遣した。

 

 彼等を含む増援部隊はプラント近海まで進出すると現地の駐留艦隊と合流し、その砲口をコロニーへと向けて定める。プラントの分離独立を防ぎ、再び自らの強い統制下に戻さんと物理的な圧力を掛けたのである。 

 

 巡洋艦や駆逐艦が艦隊の主力を成しているとは言え、多数の戦艦やMA母艦を有する艦隊の総数は、合流したプラント駐留の現地艦隊を加えて200隻を優に超えていた。

 

 その上、プラントの各コロニーには、平時の治安維持を担当する警察戦力とは別に、暴動や反乱といった事態が勃発した際の対処用として規模的には少数とは言え、強力な火力と分厚い装甲を有する機甲戦力を中核とした陸上戦力も有していた。

 

 その為、幾ら身体能力にコーディネーターが優れているとは言え、その多くが正式な訓練を受けた事の無い唯の民間人に過ぎないコーディネーター達に太刀打ち出来る相手では無いと考えられていた。

 

 その為、特に現地に応援として進出した宇宙艦隊の将兵を中心に、『コーディネーターなど恐れるに足らず』といった慢心が生まれており、警戒を怠っていた。

 

 しかしながら、この一連の理事国側の動きに対し、プラント側は座して屈する事など無く、それ所か対理事国用として密かに開発を進めていた新型の機動兵器を用い、対抗する構えにすら出る。

 

 このプラント側の“抵抗”という名の動きに、“異変”という形でに気が付いたのは艦隊の中で最もコロニー本体に近い位置に存在していた、小型フリゲート艦のクルーの1人であった。

 

 索敵兼観測班の務めを果たしていたクルーの1人は、コロニーより次々と飛び出してきた光点の存在を認めると艦長へと報告し、報告を受けた艦長は艦隊司令部が置かれていた旗艦へと報告を上げる。

 

 突然舞い込んで来たフリゲート艦からの報告に、驚き困惑したのは報告を受けた艦隊司令部の面々だ。

 

 コロニー内部での抵抗運動は、そこに住むコーディネーター達の圧倒的な数や日々漏れ聞こえて来る理事国側への不満の数々もあり、多少なりとも予想はしていた。

 

 しかしながら、宇宙空間で抵抗を受ける可能性を露とも想定していなかった艦隊司令官及び総参謀長以下の司令部要員達は、このプラント側の動きに大きく困惑した。

 

 それだけでは無い。彼等の困惑をより大きくさせたのは、続けて映像と共に報告された、コロニーより飛び出して来た光点の正体であった。

 

 彼等が目にしたそれは、人間と同じ様に胴体とそこから延びる四肢を持っていた。

 

 その為、彼等は当初、推進装置を取り付けた作業用の宇宙服乃至パワードスーツを身に纏ったコーディネーター達が自棄になって飛び出して来たのかと考えた。

 

 しかしながら、その光点が徐々に自らに近付いて来ると、光学装置によって捉えられた光点の正体がモニターにハッキリと映し出される様になる。

 

 そして、そのハッキリと映像で捉えられる様になった光点の正体に、徐々に理事国側将兵達の間に驚きと混乱が広がり始める。

 

 何しろ、人と同じ様な胴体に四肢を有していながら、その実頭部には鶏の鶏冠のような巨大な構造物を有し、一つ目。背部には推進装置と思しき巨大な羽の様な物体を有しており、何より理事国側の将兵達が想像していたものよりも遥かに巨大であり――――――――事実、その人型をした未知の兵器モビルスーツの全長は20mを超えていた――――――――それは彼等が知っている既存のどのような兵器とも違っていた。

 

 そんな未知の巨大兵器が、これまた既存の兵器に無い様な機動を見せ付けつつ、高速で自らに迫って来る。このような現実を前にしては、幾ら訓練を積んだ将兵であったとしても、動揺するなと言う方が無茶である。

 

 未知の巨大兵器に対し、当初理事国側将兵が抱いていた“驚き”や“混乱”といった感情。これが“恐怖”へと変わる事に、然程の時間は掛らなかった。

 

 そして、その迫り来る“恐怖”に耐え切れず、1人の兵が上官の命令を無視して砲火を撃ち上げ、それによって双方の間で戦端が突如開かれる事もまた、然程の時間を必要としなかったのである。

 

 後に『L5宙域事変』と呼ばれる事となる武力衝突は、こうして幕を開けたのだが、しかしながら実際の戦闘自体は、呆気無い程の短時間の内に終結してしまった。

 

 結果は、理事国側の敗北。それも、派遣した艦隊を含む総勢200隻を上回る数の艦隊戦力の凡そ3分の2近くを失った上、プラント側のその後の軍事行動によって100以上あったコロニー全ての実質的な支配力を損失するという、正に決定的な敗北である。

 

 今戦闘における僅かな救いは、少なくない数の将兵を救助する事が出来た事により、戦死者の数が失った戦力に比して意外な程抑えられた事と、生還した彼等によって貴重な戦訓を持ちかえる事が出来た事であった。

 

 これは、プラント側が投入した機動兵器の数自体が少なく、また搭載出来る兵装や武器弾薬に限りがあった事に加え、理事国側の宇宙艦隊の“殲滅”ではなく、少しでも多くの艦に損傷を与えて撤退させる事にプラント側が作戦の主眼を置いた為であった。

 

 しかしながら、そうは言っても現実には理事国側は敗北し、コロニーへの影響力も失ったも同然であるという事実は如何ともし難い。

 

 元々プラントに配備されていた陸上戦力並びに駐留艦隊に加え、増援として派遣された大部隊の第1特務艦隊。

 

 双方を合わせた総合的な戦力は、その当時対抗しうる真面な戦力をプラント側が有している事を察知していなかった理事国各国の指導者や政治家、軍人、そして国民に戦わずして勝利を得られると錯覚を覚えさせる程であった。

 

 ところが、いざ蓋を開けてみればどうであったか。

 

 圧倒的な規模の大軍は、未知とは言え少数の敵部隊に翻弄・蹂躙されて壊滅した。

 

 守り手を失ったL5宙域に存在するほぼ全てのコロニーは、コーディネーター達の影響下に置かれてしまった。

 

 その為、理事国側は之までに投じた莫大な額の投資の回収がほぼ不可能となっただけではなく、国民の生活に必要な物資、生活必需品等の多くをコロニーで生産していたが故に、それ等に依存していた理事国各国並びに理事国と経済的繋がりの強い国々に、多大なる混乱を与える事となった。

 

 この2つの事実だけでも理事国側にとっては大き過ぎる痛手であったが、間の悪い事にこの一連の武力衝突は理事国各国が送り込んだ従軍記者達の手により、世界各国へ報道されていた。

 

 当然、理事国側の部隊が敗北、後退した事実は隠し様も無く世界各国の人々に知られる事となり、多くの人々が驚愕しコーディネーターに対し恐怖と怒りの感情を顕わにした。

 

 これは特に理事国各国の市民に於いてより顕著であり、理事国各国の市民の間で反コーディネーターの気運は一気に高まりを見せたのだが、事態はそれだけに止まらなかった。

 

 理事国各国の市民達は、多大な血税を払って軍備を整えておきながらいざ実戦で醜態を晒した軍と政府に対し「役立たず」や「金食い虫」、「無能」といった辛辣な非難を浴びせ掛けたのである。

 

 この事態に大いに憤ったのは、軍の出撃を容認し命じた当の者達、即ち政府の役人・政治家達であり、軍の人間であった。

 

 彼等は、己が歩を弁えずに愚かにも自らに楯突く小生意気なコーディネーター達を自らの強い統制下に押し戻すべく宇宙艦隊、即ち第1特務艦隊を派遣したのだが、その第1特務艦隊が思わぬ形で敗北を喫した。

 

 そしてその敗北が、地球上に存在する大半の国の経済を混乱に陥れ、国家国民に多大な影響を与えたのみならず、世界中の人々から後ろ指を指され、罵詈雑言を浴びせ掛けられる事へと繋がった。

 

 結果的に彼等は、自らの意思で引いた引き鉄によって国家の威信と軍の権威に傷を付け、政府や軍の人間達みずからの面目を潰す事となったのである。

 

 しかし、政府や軍の高官、出撃しなかった他の将兵達は――――――――

 

『全ては、出撃した部隊の連中が負けなければ、今の様な立場には立たされる事は無かった』

 

 ――――――――と大いに憤り、自らが描いていた当初の青写真とは全く違う今の現実を、素直に受け入れる事は出来ず、それ故に戦闘に破れ命辛々といった有様で基地へと戻って来た将兵に対する彼等の見方は、非常に厳しいものであった。

 

 帰還した将兵は、帰還早々に政府や軍の高官に罵詈雑言を浴びせられ、他の兵達からは侮蔑や怨嗟の言葉が投げ掛けられた。

 

 そして満足な休養すら与えられず、艦隊司令や参謀といった地位にいた者達は弁明の機会が与えられぬまま退役乃至は閉職へと左遷させられた。

 

 それだけではない。主だった地位・階級の者達が続々と処分されるのとほぼ同時に、それ以外の将兵達もまた、軒並み花形の艦隊勤務から外されて補給部隊や基地の守備隊――――――――それも、歩兵部隊等――――――――へ容赦無く転属させられた。

 

 月の基地へと命辛々帰還した将兵にしてみれば、自らが無様に破れてしまったという負い目があるにせよ、彼等の為した仕打ちは自らに対する裏切りとしか映らない。

 

 帰還した将兵達は、処分を決めた者達を憎み、彼らに同調する他の将兵や政治家、悪し様に自分達を報じるメディア、それらに簡単に踊らされる市民を恨んだが、しかしそれでどうにかなるものではなかった。

 

 募る国民の不満や批判の矛先をずらし、解消する為には目に見える分かり易い贄が必要であった。そして、その哀れな贄に命辛々戦場より帰還した派遣部隊の将兵やコロニー駐留部隊に属した者達が選ばれたのは、ある意味必然であったのだ。

 

 生き残った将兵達は、無為無策を舌鋒鋭く、時に暴力的な手段さえ用いて政府を非難する各国の市民に対する、都合の良い生贄スケープ・ゴートであったのである。

 

 当然と言うべきか、旧理事国側将兵全体のザフト軍の有する人型機動兵器(モビルスーツ)に対する楽観的な認識は、全くと言っていい程に変わらなかった。

 

 何せ軍の上層部にいる人間は、唯只管に指揮官及び参謀の用兵・采配ミスを声高に叫び、圧倒的な“数”を擁していながら負けた愚か者共と蔑み、嘲笑するだけで戦闘経過等の分析とこれからの対策を立てる事を殆どしなかった。

 

 他の士官や兵達についても、上官に倣えとばかりに多くの者達が帰還した将兵へ心無い事を言う者ばかりで、生き残り帰還した者達から何か教えを請こうと考える殊勝な将兵は皆無に等しかった。

 

 MSに対する具体的な対策においても、極一部の水面下での動きを除きMSの開発は疎か、対MS戦を想定しての訓練ですらプラントとの開戦の1、2ヶ月前まで真面に行われる事は無かった。

 

 ザフト軍の有するMS、延いてはザフト軍、そしてプラントに対する“過大な迄の過小評価”の認識が地球軍全体に蔓延し、そしてそれを払拭出来ぬままプラントとの戦争が始まった訳だが、この余りに大き過ぎる認識の齟齬の“ツケ”は今、このプラント本国の目と鼻の先と言える宙域での戦闘において勇躍出撃したMA部隊の第1陣の内、その凡そ3分の1が戦闘開始から僅か数十分の内に反応を消失させたるという形で払う事となった。

 

 そして、この時点になって漸く最前線で戦うMAのパイロットを含め、この戦場に居る地球軍将兵の誰もが皆、眼前で繰り広げられる現実と突き付けられる結果に、自身の抱いていた認識が大きく誤っている事を悟った。

 

 尤もそれは、今更な事であったが。

 

「“1年前の手痛い敗北”から目を逸らし、意見具申をする生き残りの将兵達の言葉に耳を傾けず、戦訓を生かす事すら怠った“ツケ”が今、目の前に存在している。その様な“空気”を作り出す一端を担った私が言うのも何だが、目の前に突き付けられた現実は、完全に我々の怠慢が招いた結果だよ、大佐」

 

 純白の手袋に包まれた両手をきつく握りしめ、鋭い眼光で正面上方のモニターを睨みながら声を発したルドルフ大将は、言葉を続けた。

 

「自分で蒔いた種は、自分の手で、刈り取らねばならん。蒔いた種が害悪でしかないならば、尚更だ」

 

 上官の言葉に、ジッと耳を傾けていたルロイ大佐は、分かりました、と小さく頷くと、他の幕僚達と共に、麾下の艦艇や第2、第3陣として出撃するMA部隊。それから、直掩のMA部隊に司令官の指示を伝えるべく、クルーに指示を出し始める。

 

 ラドルフ大将は、その後ろ姿を視界の一部に捉えながら、隣に立つ従兵に念のため、自分と幕僚達の分のノーマル・スーツを持って来るように命じる。

 

 そして、指示に従ってノーマルスーツを取りに向かった従兵を見送った彼は、厳しい表情を変えぬまま、誰に聞かせるでもなく小さく独り言ちた。

 

「しかし、だ。古来、敵を侮り、慢心した軍が勝利を得た例は無い。それならば、我が軍は……」

 

 

 



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第4話:開戦(4)

 常日頃、本作をご愛読下さりまして、誠に有難う御座います。

 作者のクラウスです。

 前話の投稿より、大分日が経ちまして申し訳御座いません。大変遅くなりましたが、第3話を投稿いたします。宜しくお願い致します。


 

 ----- レンダ side -----

 

 

「……堕ちろ」

 

 コックピットの中で、レンダは正面のモニターに映し出された敵機(ジン)がレティクルと重なった直後、右手に握られたコントロール・スティックに付けられたトリガーを引きながら、小さく、静かに呟いた。

 

 刹那、機体にホンの僅かな衝撃が走る。

 

 機体中央のモジュール下部に装備された、対装甲リニアガンから1発の砲弾が放たれた。

 

 漆黒の空間を切り裂き突き進む砲弾は、寸刻も置かず、標的である巨大な人型の機動兵器の胸部を貫いた。

 

 砲弾が貫いた胸部付近で小さなスパークを数回発した敵機は、次の瞬間には眩い閃光、次いで爆発がその巨体を包み込む。

 

 しかし、今のレンダにその事を、敵機が爆散する光景を悠長に眺めている余裕は無かった。

 

 敵機の胸部を対装甲用リニアガンから放たれた砲弾が貫いた直後、ハッと何かの気配を察したレンダは、足元のフット・ペダルを操りつつ、同時にコントロール・スティックを左斜め前の方へと押し倒す。

 

 刹那、コックピット内に、けたたましい警報音が鳴り響く。レンダ機の後方に、新手のジンが現れたのだ。

 

 レンダ機の背後に迫ったジンは、その右手に握られたジンの主兵装の1つである、口径76mmの重突撃機銃の銃口をレンダ機へと向け、引き金を引いた。

 

 銃口から放たれた銃弾は、しかし直前にレンダがとった回避行動により、彼の機体に命中する事は無かった。それどころか、回避行動からそのまま機体を反転させたレンダは、対装甲用リニアガンの砲口を敵機へと向けて照準を合わせると引き金を引いた。

 

 回避行動は兎も角、まさか反撃に打って出る等予想していなかったのは、ジンのパイロットだ。

 

 彼は満足な回避運動を行う時間も与えられず、直撃を受けた。

 

 先ほど撃墜した敵機と同様、胸部のコックピット付近に3発の砲弾を命中させたレンダは、力を失い惰性で愛機の右脇を掠め通った敵機に一瞬視線を向けるも、直ぐに正面のモニターに視線を戻す。

 

 周囲全てが敵と言える様な現状の中、何時までも敵機撃墜の余韻に浸っている余裕は無い。

 

 レンダは知らぬ事ではあったが、この時既に、地球連合宇宙軍プラント侵攻艦隊より出撃したMA部隊の第1陣は、その投入戦力の8割弱を損失していたのだ。

 

 正に壊滅的な損害。

 

 撃墜された友軍機の中には、敵機を撃墜する所か1発の砲弾もミサイルも撃てず、自分が今どういった状況なのかが分からぬまま死んでいった者達も、決して少なくはなかった。

 

「周囲に友軍機は、ない……」

 

 レンダはモニターを通じて周囲の状況を読み取り、言葉短く呟いた。

 

 しかしながら、その表情には焦りや恐怖、絶望の色は全くと言っていい程浮かんではいない。

 

 コックピット内には、先ほどから止む事無く、引っ切り無しに敵機の発見や接近、或いは愛機がロックされた事を告げる警報音が鳴り響いている。

 

 今この瞬間もまた、新たに接近する敵機の事を知らせる警報音が、新たにコックピット内に鳴り響く。

 

 彼は、正面のメインモニター下にある丸型をしたレーダー・ディスプレイに視線を向ける。

 

 ディスプレイには、自機の正面より3機の敵機が近づいて来るのが映されていた。

 

 視線をメインモニターへと戻した彼は、先手を打つべく接近する3機の敵機の内、先頭を行く敵機に照準を合わせようとする。

 

 しかし、レティクルが敵機に重なる直前に、敵機が動いた。

 

「……包囲してからの集中攻撃、か」

 

 先頭を進む隊長機と思しき機体と、その左右後方に2番機と3番機が続くデルタ隊形でレンダ機へと向かって来る敵部隊。

 

 隊長機と思しき機体が後続の2機にレンダ機(ターゲット)を半包囲する様に左右に展開させると、自らは重突撃機銃と盾を構え突っ込んで来た。

 

 それに対し、態々半包囲されるのを待っているつもりなど毛頭無いレンダは、半包囲が完成される前に敵を崩すべく打って出る。

 

 最初の標的(ターゲット)は、真っ先に突っ込んで来た隊長機と思しき機体だ。

 

 隊長機はレンダ機を仕留める為、右手に握られた重突撃機銃を撃って来たが、レンダはそれをメインスラスター・ユニットや姿勢制御用バーニアを巧みに扱る事で、ギリギリの所で躱していた。

 

 そして暫くすると、不意に火線が途切れた。弾切れであった。

 

 敵機は空になったマガジンをイジェクトすると、慌ててリア・スカートにマウントされていた予備のマガジンへ、盾を手放し左手を向かわせる。

 

 しかしその瞬間、これまで盾によって隠されていた敵機の胸部が、無防備にもレンダの眼前に曝け出された。

 

 レンダは躊躇う事無く、引き金を引く。

 

 敵機は慌てて回避運動を試み、初弾こそ躱したものの次弾を左肩に被弾。立て続けに2発、更に胸部付近に被弾した。

 

 敵機は爆散こそしなかったものの、胸部付近に命中した2発の内のどちらかがコックピットに命中したのであろう。敵機はそれ以後、力無く宇宙空間を漂う鉄の塊と化した。

 

「……残り、2機」

 

 メインモニター下のレーダー・ディスプレイにちらりと視線を向けたレンダは、そう小さく呟くとフット・バーを力一杯踏みしめ、愛機を下方へと勢いよく加速させる。

 

 操る機体の性能でも、それを操るパイロットとしての能力に於いても、彼等はまさか自らが劣っているであろう等と考えた事も無かったのであろう。

 

 自身が搭乗する機体とそれを操る己自身の能力に根拠無き自信を抱き、敵機(メビウス)とそれを操るナチュラル達を見下していた彼等は、明らかに油断していた。

 

 そんな彼等は、しかし自らの隊長があっという間に撃墜された事、そしてそれによって自らの優位を信じて疑いもしなかった根拠無き自信の根源、根底をあっさりと覆された事により大きく動揺してしまっていた。そしてそれ故に、彼等はレンダのこの急な動きに対して対応できなかった。

 

 数では未だ2対1と勝り、しかも半包囲は隊長機が撃墜された事で崩されたものの、今少しの時さえあればレンダ機を左右から挟み撃ちに出来る絶好の位置に2機は付けていた。

 

 それにも拘らず、彼等は動揺によってこの好機を活かす事が出来なかったばかりか、瞬く間に追い詰められていく。

 

 2機のジンは、レンダ機を撃墜しようと其々が手に握られた重突撃機銃や無反動砲「キャットゥス」、脚部に装着された3連装ミサイル・ポッド「パルドュス」を撃ち放つ。

 

 しかしレンダは、それを軽々と躱すと2機の内の1機の背後に付け、リニア・ガンを撃ち撃墜した。

 

 残る敵機は、1機。この時、完全に戦意を喪失しており、レンダに背を向けて全速力で離脱を図っていた。

 

「……残りは、1機。逃がしは……ッ!」

 

 冷静に狙いを定めて引き金を引こうとした刹那、レンダは背後から迫る敵機の存在を、敏感に感じ取った。

 

 兵士となるには幼く、また同年代の少年よりも背丈体格が若干小柄なレンダは、年頃の一少年としては問題無くとも1人の兵士として見た場合、明らかに問題があった。

 

 兵士として絶対に必要な基礎体力的な部分や、近接戦闘乃至ゼロ距離での徒手格闘戦などに必要な身体能力の面で普通の兵士と比べて、明らかに劣っていたのである。

 

 しかしレンダには、それらを補って余り得る程の常人には無い絶対的な武器があった。

 

 それは、他人よりも遥かに優れた空間認識能力と、所謂“第六感”と呼ばれる力である。

 

 これ等の能力は体力や腕力といったものとは違い、心身の成長や訓練によって後天的に得られるものでも無ければ、パイロット・スーツや高性能レーダー等の装備や機器によって補えるものでも無い。

 

 事実、MA(メビウス)搭乗時にパイロットが受ける肉体的負荷――――――――急加速時に受ける強烈なG等――――――――はパイロットスーツや機体に搭載された対G装置等で軽減可能だが、時に高性能なレーダーさえも凌ぐ力を発揮する優れた空間認識能力や第六感は、どれ程高性能な装備や機器でも得る事は叶わないのである。

 

 正しく人が持って生まれた類稀なる才能、或いは天賦の才というべきそのような力を、今戦いに於いてレンダは如何無く発揮し敵機を撃墜、または自身の危機の回避に繋げて来た。

 

 そしてその力が、新たにレンダに告げた。この敵機は、敵部隊は“危険”であると。

 

 背を向けて逃げる敵機を仕留める事を止め、迫る敵機を迎え撃つ事を決めたレンダは、機体を反転させて迫る敵機に照準を合わせようとする。しかし―――――

 

「ッ! こいつ、早いッ!」

 

 ―――――レンダが照準を合わせるよりも早く、敵部隊が突っ込んで来る。

 

 3機の敵機の内、先頭を進む両肩を純白で染めた敵機は後続の2機よりも倍近いスピードで迫って来た。

 

 威嚇の為に機首の連装ガトリング砲を放ちつつ、咄嗟に回避行動に移るレンダであるが、弾幕に臆する事無く接近した敵機は、右手に握られた巨大な実剣――――――――マイウス・アーセナリー社製MA-M3重斬刀――――――――を交錯する瞬間に振り下ろす。

 

「ッ!」

 

 咄嗟に機体を90度左へ傾けた事で、間一髪のタイミングで振り下ろされた巨大な実剣を躱したレンダであるが、敵機は素早く機体を反転させると左手に握られた重突撃機銃を構え、引き金を引く。

 

「……ッ! 正確な狙い……ッ、こいつッ!」

 

 レンダは敵機から放たれる銃弾を躱す為に回避行動を続けるが、敵機の狙いは正確で、回避行動を行っているにも拘らず敵機から放たれた弾丸はレンダの愛機を掠め、そして捉える。

 

 全身を揺さぶる振動に、コックピット内に響く警報音。正面モニター下のメインディスプレイを見れば、2連装式の噴射口を持つ左のメインスラスター・ユニットの下部スラスターが赤く点滅している。

 

 レンダは素早く、被弾した下部スラスターのメインエンジンを停止させた。

 

 レンダの決断の速さに加え、被弾した数が4発と少なかった事やその被弾した個所が推進剤が入った燃料タンクでは無かった事、比較的装甲が厚い部分であった事等により、スラスターの爆発という最悪の事態は回避する事は出来た。

 

 しかし、エンジンを1つ停止させた事で機体の推進力は低下し、愛機(メビウス)の大きな武器の1つであったスピードや加速力が落ちる等、最悪の事態が回避出来ただけで、状況は確実に悪化していた。

 

 それだけでは無い。レーダーを見れば、更に3機の敵機が自身へと迫っている事を示していた。

 

 態勢の不利を認めたレンダは、直ぐにコントロール・スティックを倒す。

 

 機首を向けた先にあるのは、大小様々な大きさや形をした岩石や宇宙ゴミが漂うデブリ・ベルト。レンダはそこへ、危険を承知で突っ込んだ。

 

 大小幾つもの岩石や宇宙ゴミが漂う中を、レンダは恐怖の色一つ表情に浮かべる事無く、現在愛機が出せる全速に近い速度で駆け抜ける。

 

 ハッキリ言って、正気の沙汰ではない。

 

 事実、コックピット内では正常に作動している障害物探知・回避レーダーによって危険を知らせる警報音《アラーム》が途切れる事無く、けたたましく鳴り響いている。

 

 モニターに視線を向ければ、それを証明するかの如く、機体の正面からアッという間に迫り、後方へと抜けていくデブリの姿形が絶え間なく映し出されている。

 

 それでもレンダは、表情に恐怖の色一つ浮かべる事無く愛機を操り続け、デブリの大群を躱しつつ突き進む。

 

 しかし、レンダを追撃する敵部隊も相当な手練であった。3機の敵機は機体に装備された姿勢制御用バーニアや時に周囲に漂うデブリすら利用して巧みにデブリを避けつつ追撃を掛けている。

 

 視線を、左右のサブ・モニターに向ければ、後からやって来た3機の敵機が、デブリ・ベルトの外を囲う様にレンダ機と並走をしているのが見て取れた。

 

「デブリの中から出さないつもり、か」

 

 レンダの予想を裏付ける様に、後からやって来た3機はデブリの中に飛び込む事は無く、レンダをデブリの中から出させない様デブリと並走し、時折牽制に銃撃を仕掛けて来ていた。

 

(……これで、は)

 

 内心で呟いたレンダだが、コックピット内に響くこれまでとは違う警報音(アラーム)に視線を正面に戻せば、後方から追撃して来た3機の内の1機、両肩を白く染めた隊長機と思しき機体が一気に距離を詰めてきている事を知った。

 

「両肩の白い機体……ッ!」

 

 後方から飛来する重突撃機銃の弾丸が、レンダの機体を僅かに逸れて正面より迫る巨大な岩石へと突き刺さる。

 

 状況は最悪であった。

 

 敵機の狙いは、初弾からレンダ機を僅かに逸れる程度の正確さを誇り、そしてその精度は1発放つ毎に益々正確さを増していく。

 

 飛来する死から逃れる為に敵機を振り切りたくとも、エンジンを1基止めた状態では推力バランスが崩れ操縦が困難になる。その為に推力を落とさざるを得ず、結果速度が落ちて敵機を振り切る事が不可能となってしまう。

 

 かと言って反撃を試みようにも、後方への攻撃方法を有さない愛機(メビウス)では機体を反転させて機首を敵機に向けなければ攻撃を行う事が出来ない。

 

 しかし、デブリ・ベルトの中で無理に方向転換を試みようものなら、デブリに衝突して自分自身がデブリに新たに加わる事になるでろう予想が、容易に想像出来てしまう。

 

 デブリの外に出られれば自由に動く事も出来るが、手練の6機を相手にたった1機、しかもスラスターユニットに被弾して全力を出せない状況で一か八かの勝負に出るには、余りに分が悪い。

 

 勝負に出ようとも、或いは逃げに徹しようとも、どちらも共に高いリスクを抱えている。

 

 正しく進むも地獄、引くも地獄な状況だが、結局レンダは無理をせず逃げに徹する事を選んだ。未だ勝負に出るタイミングでは無いと。

 

 無論、敵機に隙があれば逆転を賭けて一気に勝負に出る腹積もりであったが、しかし何度も言う様に、敵部隊はそれを許す程容易な相手では無かった。 

 

 デブリの間隙を縫う様に四方八方から降り注ぐ弾丸の嵐を前に、自然と回避運動に意識を囚われていたレンダ。彼は、自身が致命的なミスを犯していた事に気が付かなかった。

 

「チッ! コイツ、しつこい……ッ!?」

 

 一瞬にして、開ける視界。レンダがハッと気が付いた時には、乗機はデブリの切れ目から飛び出していた。

 

 好機とばかりに、嵩にかかって攻め寄せる敵部隊。四方八方より迫る敵弾の激しさは勢いを増し、

必死に回避運動を続けるレンダを嘲笑うかの様に装甲を掠め、削り落す。

 

 それでも、並みの搭乗員であったならば数秒と持たずに宇宙の塵と化していたであろう激しい攻撃に耐え、未だ飛び続けていられたのは、単にレンダ自身の持つ優れた空間認識能力とパイロットとしての優れた技量に他ならなかった。

 

 しかし、如何に優れた技量を以てしても多勢に無勢では、何れ限界が訪れる。 

 

「クッ!」

 

 コックピット内に伝わる、激しい衝撃。警報音がけたたましく鳴り響き続け、メインモニター下のパネルに視線を向ければ、赤く激しく点滅している。

 

 被弾個所は、右のメインスラスター・ユニットの上部エンジンへの被弾。

 

 レンダは素早く被弾したエンジンを停止させたが、時を置かずに敵機からロックオンされた事を知らせる警報音が鳴り響き、レンダは回避するべく咄嗟に下方へと機首を向ける。

 

 だが、その機首を向けた先に、突撃銃の銃口をレンダへと向けて構える一つ目の巨人の姿が映った。

 

「ッ!? しまったッ!」

 

 回避行動を取るには、余りにも距離が近過ぎた。

 

(やられる……のか、俺は……)

 

 敵機に囲まれ、追い込められ。今正に“死”が彼を包み込もうとしている中、レンダの心は先程までの荒い鼓動が嘘の様に、一瞬で鎮まっていた。

 

(あぁ、俺は……俺は今、この瞬間、死のうとしている……)

 

 敵機がゆっくりと銃の引き金に指を掛ける中、凪の様に酷く落ち着いた心境で何処か他人事である化の様に、レンダは自らを待ち受ける運命、即ち“死”を受け入れる。

 

(済まなかった……お前が命を擲って救った、こんな俺の命も、結局……少し、少しだけ死ぬのが遅れただけ、に……なってしまったな)

 

 ゆっくりと、静かに両の瞳を閉じるレンダは、何処か自虐的な笑みを浮かべると独り語ちる。

 

「……フンッ。あぁ、本当に滑稽だ……兄貴にもなれず、越えられず……」

 

(本当に……済まなかった、ユリア。そして……済まなかった――――――――ッ、俺は……)

 

 両の瞳を閉じた彼の脳裏に過るのは、過去。

 

「……マリア」 

 

 左手を胸の前で握り占め、1人の女性の名を口にした刹那、何かの気配が急速に近づいて来る事を察したレンダは、気配を感じた方向へ視線を向ける。刹那―――――――――― 

 

『この、バァッカヤロォーがッ! 手間掛けさせんじゃねーと、あれ程言ったろーがこのクソガキがッ!』

 

 耳に飛び込んで来るのは、耳障りで不快な濁声。

 

 しかし、今日この時、この場に限ってはかつて無い程の心地良さすら覚える程の、頼もしき援軍の到来を告げる福音であった。

 

 




 如何でしたでしょうか。

 今回は正直、レンダ君の描写に力を入れ過ぎてしまったと、少々反省している次第であります。

 尤も、次話以降に今回の反省点を活かしていけるかは、未知数ですが……



 さて、次話についてのお話ですが、次話ではザフト軍が話題の中心になると思います。
尤も、誰が話題の中心にいるかは、残念ながらお話しする事は出来ませんが……。
 


 では、今回はこれにて失礼いたします。なるべく早い投稿を心掛けますので、これからも本作を宜しくお願い申し上げます。




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