ありふれた職業と荒野の芸術家 (ふじのん)
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ありふれた日々
プロローグ、あるいはかつてありふれた日常。


初めまして、ふじのんと申します。
駄文ではございますが付き合っていただければ幸いです。


私は復讐者という人間を知っている。

それは、ありとあらゆる事象や感情を集約し、その対象を焼き尽くすまで止まらない炎。

対象に向かって放たれる人の形をした弾丸。

 

かつての私もそれであり、その目的を果たすことが出来た。

でも、私は真の復讐者というモノを知っている。

 

バイアスグラップラーをたった三人と一匹で壊滅させた、正真正銘の化物。

 

三人の中の中心、七つの顔を持つ賞金稼ぎ、人間戦車。

その人間の名前はレナ。

 

そして私は、その彼女を横から見ていた、同じ復讐者であった。

 

 

 

○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○

 

 

今の今まで眠っていた意識は目覚まし代わりのスマートフォンのアラートによって強制的に覚醒。

 

「ふぁ……」

 

まだ少し眠たいが、何ら問題なし。

いつもの様にコーヒーメーカーのスイッチを入れ、マグを用意する。

 

サーバーに落ちる漆黒の液体とそれに付随する香ばしい香りを嗅ぎながら、いつもの習慣を行う。

 

「―――」

 

太ももにくくりつけたホルスターからデザートイーグルを抜いて構える。

ホルスターに戻してから数度繰り返し、感触を確かめる。

 

「うん、快調」

 

ホルスターを外し、シャワーを浴びる。

すっきりしたところで淹れておいたコーヒーを飲む。

 

新聞とネットニュースを交互に見ながら、ラジオから流れるニュースを聞く。

特に気になる情報もなし。

 

コーヒーを飲み終え、昨日のうちに用意しておいた朝食とレベルメタフィンを平らげる。

コーヒーをもう一杯入れながら、軽く一伸び。

 

「うーん、優雅。昔じゃ考えられない生活だわ」

 

あの頃のように砂塵と汚染された大気、そしてモンスター(化物)共が闊歩する世界とは大違いだ。

それなりにしがらみもあるけど、それ以上に平和な世界。

 

鉄と火、そして悪徳がありふれた世界では無く、穏やかな世界。

 

「大破壊前、最高……!」

 

私、棗マリアンナは心の底からこのありふれた大破壊前の世界を謳歌していた。

 

かつて私は錆びた荒野を銃と戦車を駆り、仲間達と共にモンスター共を駆逐する仕事をしていた。

 

いろんな人と一緒に戦った。

共通の敵を持った復讐仲間のレナ、成り行きで一緒に旅をした記憶喪失のドラムカン、大破壊前のホットシードであるヒナタ。

彼らと旅をし、殺し殺されミンチに復活され、必死に生きて生き抜いて、ようやく終わった大往生人生。

 

終わったと思ったらまた生まれて、おそらく大破壊前の世界。

 

思えばわりかし気が合うが私以上の狂犬だったグラップラー滅殺ウーマン(レナ)

愛に生きた化物のグラトノス絶対殺すビースト(ドラムカン)

まともかと思えば順応性が高過ぎるベルイマンマストダイ(ヒナタ)

 

こいつらと行動してよく最後は平穏無事に生きられた物だ。

あの世界で寿命で死ぬとか割と快挙では無いかと思う。

 

あ、駄目。思い出しちゃ駄目。

レナ、それもう死んでるから。それ死んだふりじゃなくてご臨終だから。

ドラムカン、アンタうろつきポリタンで変身しないで。

ヒナタ、それは食べられないから無理矢理料理しようとしないで。

 

身に絡みつく過去のトラウマを振りほどき、マグに残ったコーヒーを飲み干す。

顔を洗い、歯磨きをしてから制服に着替えて、鏡の前で微調整。

 

「よし!」

 

そして、スマートフォンで時間を確認する。

指し示す時間は十一時半。

 

「―――ふぅ……遅刻だ」

 

我が身に起きた出来事を、静かに受け入れるだけだ。

 

 

 

○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○

 

 

 

「棗さん、前に約束しましたよね?」

「はい」

「どんなにのめり込んで止まれないような状況だったとしても、必ず遅刻せずに学校に来ると」

「はい」

「今、何時ですか?」

 

「―――十二時です」

「遅刻じゃないですかー!」

 

うがー! と咆哮を上げるのは担任の畑山愛子先生。言ってはいけない愛称は愛ちゃん先生。

その小さな体を余すことなく使い、私怒っているんですアピールをしている。

 

その様は小動物の威嚇行動に見える。

さしずめパラボラットかビームハチドリといったところ。

 

「聞いているんですか!?」

「ちゃんと聞いてますよ?」

 

なお、このお説教は教室で行われている。

 

あの後遅刻を確認した上で、学校へ向かい、誰にも気付かれることなく着席。

そして何食わぬ顔で最初から居ましたオーラを出せば問題なかったはず。

 

昼休みになった瞬間に愛ちゃん先生が飛び込んでこなければ。

 

なお、クラスメイトはその瞬間ようやく私が居ることに気がついた。

良かったな、これが大破壊後だったら皆脳天に穴が空いて死んでるところだったぞ。

 

「そうは言っても先生、オイホロトキシンの動物投与実験の反応を纏めた論文が面白くて面白くて」

 

意識の混濁無しで鎮痛可能な、医学界を震撼させる世紀の薬ですよ?

ちょっと量間違えると中毒になっちゃう依存性の強い奴だけど。

 

ちなみにこのオイホロトキシンと治療用ナノマシン、それらを活用した回復カプセル。

全部私がかつて得た知識を持って一足先に開発し、特許を取得。その特許料で一生働かなくていい金額を稼いでいる。

 

しかしそのせいでそれらの技術における第一人者として扱われているのでそれなりに忙しい。

 

愛ちゃん先生にはその辺りはしっかりと話をしてあるが、それでも学業はおろそかにしないでというお願いもされている。

この学校では唯一と言っていいほど私の事情を理解してもらっている希少な人だ。

 

基本無碍にはしないようにしているのだが、結果的に反故にしてしまっているだけだ。

 

「オイホロトキシンだろうがテトロドキシンだろうがマイトトキシンだろうが、遅刻は遅刻です!」

 

ちなみに、今月に入ってからすでに十三回目の遅刻、ほぼ毎日遅刻している。

それもこれも全てオイホロトキシンが悪い。QED証明完了。

 

「全く、罪作りですね、オイホロトキシン」

「棗ちゃーん?」

 

あ、笑顔だけど完全に怒ってるパターンだ。少しやり過ぎちゃった。

誰か私に助け船を出せそうな存在、出来ればまとめ役の八重樫さん辺りが適任と見渡す。

 

が、彼女は彼女で南雲君の辺りで話をしている。

友人の白崎さんや天之河君、坂上君と一緒にいる。

 

こちらの事はあまり意識が向いていない様子。

 

「こうなったら……!」

 

袖口から無針注射器を取り出し、少量のスイミンDXをセット。

これで『愛ちゃん先生疲れて眠っちゃったの☆作戦』を実施しよう!

 

そう思った瞬間、かつて味わった何者かに悪意を持った意志を向けられた感触がした。

咄嗟に太もものホルスターからデザートイーグルを抜き、スイミンDXのアンプルを外して様々な毒を混ぜ込んだ禁断の注射器用の薬剤をセット。

 

目の前の愛ちゃん先生が驚いた表情をしているがそこに気をやる時間すら惜しい。

 

そのまま感触のあった方向へ振り向きながら銃を向ける。

 

そして、床に描かれる魔法陣とそれから放たれる光に包まれた。




息抜きで書いている作品の為、反響あれば続けたいと思います。


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教団と王国と地下大迷宮と
転生があるのなら異世界送りもまた日常か?


むしゃくしゃして続きを投稿してみるテスト。


時刻は朝。豪奢な天蓋付きベッドに、技術水準を考えればフカフカの布団。

 

「異世界、トータスねぇ」

 

デザートイーグルのマガジンを抜き、本体そのものを分解。

布で部品を磨きながら整備点検を行う。

 

あの後、変哲もない学校の教室から巨大な壁画が書かれた空間へ一瞬で移動していた。

あまりの事に呆然としてしまったが、すぐにその場に居た法衣を纏った集団が居た。

 

原因もしくはそれに類する存在と判断し、懐に入れてあるきゃた肝を使った無力化から見敵必殺(サーチアンドデストロイ)まで、

様々な手段が頭に浮かぶが周りのクラスメイトを盾にされた場合のリスクを考えて様子見。

 

そうこうしている間に一番偉いと思われるイシュタルと名乗る老人によって煽動が始まる。

 

(タチが悪い)

 

あの老人に関して思った一言はこれである。

彼が語ったエヒト神という存在が魔人族との戦いの為に召喚したのが私達だという。

 

そして魔人族の脅威から人類を救えば元の世界に戻れるかも知れないと天之河君を煽り、そして彼が皆を焚き付ける。

 

私達は帰還という餌を吊された馬車馬。あの老人が手綱を握り、魔人族への尖兵とする。

自分の手を汚すことなく、敵対者を滅ぼし、最後はこちらの事を使い捨てる気だろう。

 

神の存在有無などどうでも良い。そんな物はあの荒廃した世界では糞の役にも立たない。

いや、役に立った瞬間もある。かつての信者が立てた教会や寺は少し手を加えれば暮らすのに困らない立派な設備だった。

 

思考が逸れたが、帰りたければ戦え、殺せという事だ。

 

そうして召喚された場所、神山と呼ばれる場所からその麓にあるハイリヒ王国の王城に私達は移動している。

 

あてがわれた部屋で、思考しながら整備の手は緩めない。

デザートイーグルが終われば次は四連装の拳銃、マグナムガデスを取り出して整備。

次々と思考しながら武器の整備を行う。

 

虚空に手を突っ込み、銃器を取り出す。

 

これが私が死ぬ前の世界から持ち越すことの出来た圧縮空間倉庫である。

正確には死ぬ前と同じ倉庫にそのままアクセスしている。

 

かつて利用していた装備も入っている道具入れだが、使用者権限を施された人間が開け閉め可能という代物らしい。それこそそこが過去の世界でも、だ。

 

彼らの中で一番最後まで生きていたから使っていた武器防具などは私が回収してある。

そこら辺でも簡単に入手できる物は状態の良い物を除いてその辺に売りさばいたが、さすがに大破壊前の超兵器をおいそれと流す事は出来ない。

 

おかげで倉庫内にはそれこそクラス全員を一生養えるレベルで稼いだGがある。現在は使い道のないコレクションだけど。

実際には武器防具売却よりもシャイニングタワー解体ショーの方が儲かった。

 

レナが「解体の練習をしよう」と言ってデスクルスに二ヶ月間滞在して周辺のシャイニングタワー(カネヅル)をひたすら刈り取ったのは良い思い出、いや、悪夢だ。

 

いけない、思考が逸れた。

 

そろそろ訓練の時間だと思いだし、出した装備を一斉に収納してから部屋を出る。

今日は訓練の為の適正を調べるという話だが、一体どんな内容なのだろうか?

 

そんな事を考えながら集合場所である訓練場に着くと、他のクラスメイト共に騎士団と思われる人達が居た。そして騎士団の人から銀色のプレートと小さな針が渡される。

騎士団長であるメルド・ロギンスが声を張り上げながらプレートに関しての説明を始める。

 

「これはステータスプレートと呼ばれる物で、自分のステータスを客観的に把握する為の物だ。最も信頼できる身分証明書でもあるからなくすなよ?」

 

その後の説明から、プレートに血を一滴垂らすと登録が成されると共に、ステータスオープンの言葉で自分の能力が表示されるとのこと。

 

早速血を一滴垂らし、ステータスを開く。

 

 

棗マリアンナ 17歳 女 レベル:???

 

天職:芸術士

筋力:360

体力:395

耐性:398

敏捷:304

魔力:357

魔耐:304

技能:ゲージツ[+死んだふり][+着ぐるみゲージツ][+アドレナリンの歌][+金粉ゲージツ][+砲弾ゲージツ][+復元ゲージツ][+悩殺キック][+爆裂シャウト][+暗黒舞踏][+砲撃演舞][+改造ゲージツ][+爆発ゲージツ]・副職[+魔物狩人][+整備士][+白兵戦士][+看護士][+興行武闘士][+舞闘家][+二輪機兵][+芸術士]・薬学知識・薬品生成・圧縮倉庫・装備制限解除・成長限界突破・言語理解

 

レベルの数字が上手く表示されていない事に関しては、たぶんこっちに転生してすぐにどんな事態にも対応出来るようにとレベルメタフィン飲みまくったのが原因だ。

訓練も欠かしていなかったが、たぶんデルタ・リオに着いたくらいの感覚、全盛期にはほど遠い。

 

副職は一応無いと落ち着かないと潜在能力ヘッドホンでサブジョブに目覚めておいた。

今でこそ役に立ちそうだが、当時そこまでする必要無かったなとは思った事は数度ある。

 

……控えめに言って、これは不味いのではないかと思うの。

いや、もしかするとこれが皆の平均である可能性も否めない!

 

「レベル1の平均能力は大体10位だな」

 

アカン。

是非も無し、能力の偽装を行う。

 

しかし今手持ちの物で何か偽装する手段は……

改造ゲージツは難しい。まだどういう存在の物か分からないのに改造して壊れたとかそんな事が起きたら不味い。

 

こうなったらと少し小細工をする。

 

用意するのはステータスプレートと同じ色合いの金属板とそのほかの材料。

皆の目を盗み、ステータスオープンした際と同じような状態の金属板をでっち上げる。

 

そして出来上がった物をメルド団長に見せる。

 

 

棗マリアンナ 17歳 女 レベル:1

 

天職:芸術士

筋力:22

体力:24

耐性:24

敏捷:30

魔力:16

魔耐:18

技能:ゲージツ[+死んだふり]・薬学知識・装備制限解除・言語理解

 

 

「ふむ、芸術士? 初めて見る職業だな。もしかするとこれから独自の技能を覚えるのかもしれないな。

 装備制限解除というのはよく分からないが様々な武器を使いこなせるという事だろう。

 能力自体も前線向きのステータス比率だから、鍛えれば光るな!」

 

ごまかしにはなんとか成功した模様。後でプレートの構造をしっかり把握した上で偽装機能を取り付けられるようにしよう。

 

 

○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○

 

 

訓練、と言っても初日の今日は簡単な体の動かし方と、各種武器を使ってみるという確認作業が中心だった。

私は装備制限解除の影響だと思われるが、武器を握った瞬間に最適な使用方法が頭にたたき込まれるようになっていた。

 

そのため、選んだポジションは中衛、斥候兼遊撃要員となることにした。

 

何せ天之河君や八重樫さんなど、初期の能力から有望な人たちが軒並み前衛、もしくは護衛が必要な後衛であるため、中衛になる層が非常に薄いのである。

 

かつてはモンスターを狩ってはお金にして、そのお金で武器を強化してモンスターを狩ってという作業が中心。

モンスターをおびき寄せる為の技術などは散々に学んだが、回避する技術は殆ど無い。テキよけスプレーを撒くくらいだ。

 

斥候に関しても大破壊前の遺跡を調べたりトラップをかいくぐったりもしたが、基本は機械式のセキュリティだった。

 

つまり、原始的および魔力を用いたトラップなどの知識は皆無である。

それに新しい事を学んでみたいという道に対する欲求もあったので、斥候を選んだ。

 

こういった事情の為、武器はナイフと弓、防具は軽装を選ぶことにした。

 

そうして皆が大体の武器防具を決め、案内された宝物庫で自分に合った武器防具を選ぶ。

 

ここに眠っている物はアーティファクトと呼ばれ、強力な力を秘めた武具だという。

 

きらびやかな物から禍々しい装飾の物まで、様々な武器防具が並んでいる。

その中からナイフは装飾のないやや大振りな物を、弓は無骨ながらとにかく頑丈な物をチョイス。

特殊な能力や派手な物はないが、全力で振るっても壊れにくい物を選ぶ。

 

そのためどちらもアーティファクトとしては二級品の物になる。

 

軽く使い心地を見る為にジャグリングや素振りを何度か行う。手先に吸い付く感覚は良いナイフだと思う。

これなら普段使いにちょうど良いだろう。

 

「棗さん、そんなナイフで大丈夫なの?」

 

八重樫さんの手には刀とシャムシールの中間のような件が握られている。

おそらく刀が欲しかったが無かったので妥協したのだろう。

 

「うん、問題ないよ? こういうのは能力よりも自分の体の一部として認識出来る物の方がいいんだ」

 

これは前世からずっと思っていること。

手に持って使い方が分かればどんな物だろうと武器であるというのが前世での認識だが、

それでも使いやすい武器、使いにくい武器というのは存在した。

 

たとえばレナのライトソードやワンハンドガリル、ミシカのTNTパラノイアや光粒子スパークがそれだ。

どっちも使おうと思えば使えるけど、二人ほど上手くは扱えなかった。

 

逆に二人は私の使っていたカリョマイクやヴードゥーバレルは使いにくいと言っていた。

 

弓は昔ダイナマイト弓矢という物を遊びで使わせて貰ったことがあるので苦手ではない。

名前通りに矢にダイナマイトをくくりつけた物だったので飛ばすのには苦労したけど。

 

「私も刀があればね……」

「流石に日本刀はないよね」

 

八重樫さんの愚痴に、苦笑しか出ない。

圧縮倉庫内にいくつか刀が眠っているのは秘密。

 

さて、防具の方だが、これもやたらと軽い金属製の胸当てに籠手にグリーブ。

そして下着代わりにミラービキニを着込む。

 

流石にレナやミシカの様におおっぴらに着て歩くことは出来ないけど、下着のようにすれば問題無いはず。

こんなビキニでもサラトガスーツ(最高峰の防具)よりも頑丈だから驚きだ。

一体どんな技術で作られているのかが分からない。

 

後は腰のポーチに支給されたポーションなどと一緒に回復カプセルなどをこっそり入れておく。

ベルトは大きめの物を用意し、飾りのようにカラビナを垂らしておく。

 

手榴弾や武器を吊す為の物だが、今は水筒を二本吊しておく。

皆には水が入っていると説明をしておく必要があるだろう。

 

(実際はガソリンなんだけどね)

 

「なんて言うか棗さんの格好ってレンジャーとかそういう感じだね」

「音もなく忍び寄って仕留めるってイメージかしらね」

 

自分の装備を選び終わった白崎さんがやってくる。

 

治療士が天職の白崎さんは自分の身長ほどの杖に法衣のような装備。

流石学校の二大女神と称されるだけの事はある。非常に様になっていた。

 

だんだん選び終わった人たちが集まってきて、自然と装備の見せ合いや雑談を始める。

 

天野川君の勇者然とした格好や坂上君の拳闘士という風貌だったり、南雲君の少し装備に着せられている感のある感じなど、様々だ。

こうして騒がしく活気に満ちた装備品選択が終わり、それぞれが夜まで自由時間となったので早速部屋に戻ってあることを検証する。

 

「やっぱり使いこなせそう」

 

手に持ったのはライトソード。

 

ライトソードはプラズマ化した重金属粒子を斥力付きのフィールドで覆い、刀身を形成する武器だ。

前世では重さのない棒を振り回す感覚がつかめず、危うく腕を切断寸前にまでなったので使っていなかった。

その時ほどエナジーカプセルに感謝したことはない。

 

まだ試してないけど、TNTパラノイアとかもきっと使いこなせるだろう。

 

振り回した際に出るブォンという音を聞き、スイッチを切って圧縮倉庫に。

また、太ももに装備してあるホルスターからデザートイーグルを抜く。

 

「有効に使えそうだけど、これを抜くときは覚悟が必要かな」

 

一介の学生がこんな危険物を所持している事自体がおかしい。

そのため今の今まで隠してたけど、いざとなったら倉庫の中身も使わないといけないだろう。

 

「結局買って使わなかった物も多いしなぁ」

 

RPG-7の弾頭とかDDパイナップルとかオニヨメボムとか。

フリーズビールとニトロビールもそうか。

 

スイミンDXや濃縮メチルは結構使ったから在庫があまりない。

戦う相手は生物系がメインだろうからこういう薬は用意しておかないと。

 

試しに薬品生成でスイミンDXを作成してみると、あっさり出来上がる。

これは後でしっかり作っておこう。

 

「と、そうだった。図書室図書室」

 

袖口に無針注射器とデリンジャー、腰にナイフを差して図書室に向かう。

 

技能として薬学知識があるんだから、少しこの世界の薬について勉強しておこう。

事前に許可は貰ってるから存分に読書をしよう。

徹夜になっても大丈夫、カフェイン剤が私の味方だ。

 

そうして図書室に辿り着くと、そこには先客がいた。

 

「あ、棗さん」

「南雲君か」

 

実の事を言うと、南雲君との関係はそれなりにある。

 

きっかけは本屋でだ。

息抜きで見たアニメ作品のノベライズを探していたときに親切に教えてくれたのがきっかけだ。

 

その時の縁からおすすめ作品の交換やこちらからアルバイトを頼んだりといろいろだ。

論文の印刷製本作業や郵便物の整理とか、場合によっては実験補助など雑事関連で非常に助かっております。

 

ちなみに扱う物がナノマシンや劇物(危険物)なので、給料はかなり奮発している。

 

「錬成に関する本、かな?」

「能力も技能もパッとしないからせめて知識だけでもって思ったから」

 

南雲君の能力はごく平均的、天職も錬成士というありふれた職業とのこと。

そのことでクラスメイトに笑われたりしたが、正直見る目のない人間だと一人ため息をついていた。

 

「南雲君の天職には私、期待してるんだ」

「え?」

「だって、最低限でも金属加工だよ?」

 

最低限でも戦闘後の装備修繕、精度が高まればもっと細かい部品を作ることも出来るだろう。

 

「そうなれば元の世界の物を再現する事も可能だしね」

 

個人的にはバネやネジの再現が出来れば嬉しい。

圧縮倉庫に在庫はあれど、補充できる目処があるならそちらを使いたい。

 

それに部品があれば機械式の武器、果ては銃器までたどり着けるだろう。

そうなったら血みどろのせん滅船になるだろうが、運河悪かったと思ってあきらめてほしい。

 

いつだって自分が生きるにのに人間必至だ。

 

「まぁ。駄目なら駄目で錬成の力で鍛冶屋でもやれば食いっぱぐれる事もない。戦闘系の天職なんて魔物がいなくなれば戦争(人殺し)の道具だからね」

 

人は手にした力を振るわずには居られない。

転生して殺し合う必要の無い世界に生まれて、人の命の尊さを知った。

そしてそれがいつか分からない未来にあっという間に崩れることも。

 

「ま、どんなに力が合っても奪い取る事の出来ない物が本人の知識だからね。私も少し集中して本を読むから」

「分かった、ありがとう。でも徹夜は駄目だからね?」

 

先に釘を刺されるが、まぁ、眠れなかったと言えば問題無いだろう

 

「今ポケットにカフェイン剤入ってるよね?」

 

鋭すぎる南雲君(助手)に対して降参の意を示し、カフェイン剤をテーブルに置く。

それに満足した南雲君が読書に戻り、私も薬学に関する本を探すのであった。




本編と異なり、実家の仕事ではなく同級生斡旋のアルバイトをする魔王(予定)様です。


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人間最大の武器は筋力でも魔力でもなく知識だと思ってる。

感想付いたので少し舞い上がって投稿してみる。


唐突な用語解説。

スーパーコンピューター・ノア

初代メタルマックスのラスボス。大破壊の元凶で元々は環境再生の為の手段を演算していたスーパーコンピューター。
サーガ含めたメタルマックスシリーズでの出来事の大半は大体こいつ関連が元凶。
破壊されてもなお使い回される便利なボスキャラ。

リターンズの発狂モードは作者のトラウマの一つ。
なにげにCV釘宮。


召喚されてから一週間が経過した。

 

今の生活環境は午前中が訓練で、午後からは自由時間となっている。

前衛系は訓練場で各々武器を振り、魔法系は室内の練習場で魔法に関する練習を行う。

 

その間私はというと―――

 

「ふんふん、この薬草はこういう薬効で―――」

 

前衛と混じってナイフや弓の訓練と、こうして薬学の本とにらめっこしながら薬学の授業だ。

それもこれも薬学知識という技能がある為だ。

 

探索時は斥候、戦闘時は後衛の護衛や弓矢での援護や薬での回復、そして非戦時は薬学の発展を担うハイブリットな人材を目指して教育されているらしい。

 

私を過労死させる気か?

 

「そうです、この薬草はポーションの要であります」

 

顎に伸びた白ヒゲを撫でながら、薬学の先生が授業を進める。

薬学知識を持っているのは私だけだったので先生とはマンツーマン授業だ。

 

「しかし、今まで持った弟子の誰よりも覚えが早い。それに応用が利くのぅ」

「元々こういう方面の研究してましたから」

 

それは重畳、と笑う先生。

ナノマシンと化学方面での知識が主だが、漢方なども少し囓ってある。

その経験が生きたのが今の状態だ。

 

「ほっほっほ、勇者の使命など無ければワシの持ちうる全てを教えられるのにのぅ」

 

それは非常に魅力的だ。

 

「貴族と坊主達が許しそうにもないですけど」

 

違いない、と笑う先生。

 

どうもこの先生は外部から招かれた存在であるらしく、政治バランスの外に居る様子。

魔人族や勇者の使命など知った事ではないと初日の授業で言っていた。

 

「ワシはワシの作る薬で病に苦しむ人が居なくなれば良い、それだけで十分なんじゃよ」

 

心の底からの声。

きっとこの人は病気の魔人族が目の前に現れても同じ事をするんだろう、そんな事を思った。

 

「今日はここまでにしようかの」

「ありがとうございました」

 

これまでに圧倒的な目上に教わる機会など無かった。

正直大破壊後の老人などかなり少なく、五十年を超えて生きる人間などごく僅かだ。

 

だから敬意を持って接する。

自分もそこまで生きた人間だったから、なおさらだ。

 

教室を出て、訓練場を見る。

 

「はぁっ!」

「甘い!」

 

八重樫さんと天之河君が模擬戦を行っていた。

お互いにかなりの速度を持って剣を合わせている。

 

力の天之河君、技と早さの八重樫さんといった所か。

 

そちらから目を離し、訓練場の端で剣を振る南雲君を見る。

細身の剣にもかかわらず重さに振り回されている。剣筋は安定せず、徒に体力を消費している。

 

彼は剣を振るのが仕事ではないはず、それなのにこのような武器を振るわせる。

明らかに武器が合っていない。

 

「やっほー」

「はぁ……はぁ……あ、棗さん。薬学の授業終わったの?」

 

息を切らせ、汗を拭う南雲君。

仕方が無い、雇用者の責任だ。一つ武器を授けよう。

 

「まぁね。ところで、剣術って上手くなってるかな?」

「あはは、見ての通り全然で……」

「あからさまに筋力無いからね。剣での近接は捨てた方がいいかもね」

 

近接をするなら重さのない武器が良いだろう。それか槍などの長物で近寄らせないか。

ライトサーベルのような物は渡せないし、筋力面から考えても長物はあんまり向いていないから、第三の選択肢を提示。

 

「そんなわけでこれを渡しておくよ」

 

鞄から取り出すのはスリングショット。いわゆるパチンコだ。

 

「パチンコ? というか何で持ってるの?」

「秘密。簡単に作れて、威力があって、しかも腕力がそこまでいらない。補修も簡単だし」

 

錬成で金属部を補修すればゴム部分が壊れない限りは問題ない。

 

「ま、頑張りたまえ若人」

 

呆然とする南雲君を尻目に、午後からの図書室籠もりに備えて部屋への道を進む。

しばらく歩いていると、前方に白崎さん。

 

「どしたの、白崎さん?」

「ええっと、棗さんって南雲君と仲良いの?」

 

ああ、さっきのやり取りを見ていたのかな。

 

「まぁ、いい方だと思うよ? バイトとその雇用主の関係だし」

「そ、そうなんだ。どういう仕事を?」

「主に雑用かな? 書類整理とか掃除とか」

 

本当は実験補助

なんか、白崎さんの目から光が消える。

 

「い、いつ頃から?」

「三年くらい前かな。ちょっとした縁で」

 

そうなんだ、と目から完全に光が消える。

後ろから何か陽炎の様な物が見える。

 

あ、これもしかしてそういうことか?

 

「ま、南雲君は基本口が堅いしいい男ではあるよ? 良い弟分だよ」

「あ、うん、そうなんだ」

 

一瞬陽炎が揺らぐ。確定か。

 

「……ちなみに恋愛感情は無いよ?」

「ふぇっ!?」

 

陽炎が消える。

 

「気心は知れるけど、それ以上の所まで踏み込む気は無いかな」

 

今のところの本心だ。

 

前世でも気になる人と結婚をした。子供も作り孫も見た。

結婚や子孫繁栄に関する願望関連は全て叶え終わっており、今更だなぁとも思っている。

 

ま、人間の心なんて移ろう物だ。その時になってみないと分からないが、今はない。

 

「それじゃ、そろそろ図書室にいくから、じゃあね~」

 

まだ混乱している白崎さんを放置し、部屋へと戻る。

 

(ドラムカンとコーラとシセ、ヒナタとアビィさんやラッキーナとのやり取りを知ってて良かった!)

 

彼らはよくモテた。その時に世間話で他の子の話をしたときの気配を白崎さんから感じ取った。

ちなみにレナは同性からものすごくモテた。遠巻きに眺めるのはすごく楽しかった。

 

そしてセシルちゃんの事を思い出し、少しだけ寂しい気持ちになった。

短すぎる結婚生活、彼女のおかげでレナも最後は生きる為に戦ってくれた。だから、それでいい。

 

いけない、感情に少し引っ張られる。

少し首を強めに振って、意識を切り替えるのだった。

 

 

○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○

 

 

今日も今日とて夜の図書室。ページをめくる音だけが響く。

図書室に居るのは僕と棗さんの二人だけ。

 

「あ、棗さん」

「どしたの?」

 

学校では隠しているけど、医学界の天才と呼ばれている最先端医学の申し子。

世間で話題になった内服薬で外傷を治す画期的な治療法の確立、

その基幹技術の治療用生体ナノマシンとオイホロトキシンの二つを独学で作り出した文字通りの天才。

 

本屋で小説を探していた棗さんと出会ってから、およそ三年くらい経つ。

その時の縁からアルバイトとして雇って貰っている関係もあり、学校内でも比較的話をする方だ。

 

「スリングショット、ありがとう」

 

かなりゴムの堅い奴だったけど、なんとか飛ばすことに成功。

十メートルくらいなら問題無く当てることが出来るようになった。

 

撃ち出す物は錬成で準備すれば問題無いし、そんなに力が無くても結構威力が出る。

最初はオモチャみたいと思ってたけど、これなら戦える。

 

「あのまま剣振ってるよりかは有意義でしょ?」

 

本から目線を外さずに、こともなげに言う。

 

ああいう風に言うときは本心からそう思っているときだ。

苦笑しつつパーティーの構成を考える。

 

弓の適正持ちは多いけど、遊撃が出来る様なタイプは本当に少ないと思う。

だからこそ、動きながらある程度の距離から攻撃が出来るタイプが必要と判断したんだろう。

 

必要な物を必要な場所へ、という考え方が基本なのは知っている。

だから掃除するときに置いてある物の場所を変えると怒られる。

 

でもだからと言って制服をその辺に脱ぎ散らかすのは良くないと思う。僕も男なのでいろいろと困る。

 

この話はこれでおしまいとばかりに本をめくり始める棗さん。

 

そしてまたしばらく本をめくる音だけが響く。

棗さんは薬草に関しての分厚い本、僕は魔物図鑑を軽く目を通している最中だ。

 

ある程度経った頃、棗さんの方から本を閉じる音が聞こえる。

読み終わったのか、少し体を伸ばしている。

 

「南雲君」

「どうしたの?」

 

本を机に置き、鞄からヘッドホンを取り出す。

それを何も言わずに僕の耳に掛ける。

 

「え?」

「ふっふっふ。実験に付き合えー!」

 

手元のプレイヤーを操作する棗さん。

そしてヘッドホンからキーンと響くような音と声が聞こえる。

 

『職業は全部で6種類に分類されます。

 ハンター、メカニック、ソルジャー、ナース、レスラー、アーチストです。

 職業によって、成長の仕方が変わり、覚える特技や、装備できる武器や防具も異なります。

 サブジョブとは、本来の職業とは別に習得できるふたつめの職業。

 サブジョブも、本来の職業と同様に6種類あります。

 サブジョブが成長すると、それに伴った特技を覚えます』

 

何か、頭の中がぐるぐるとかき回されるような感触、そして耳にこびりつく音。

しばらく同じ音声が繰り返され、ヘッドホンを外される。

 

「い、いきなり何を!?」

「いや、脳みそを少し自由にしようとね」

 

聞き出すと、棗さんが出発前に行っていた研究テーマで、特定周波音声による脳の使用領域拡大実験、そのデモテープとのこと。

 

しかし、それにしては何か変わった様子もない。そのことを伝えると、少し考え込んでから棗さんが言葉を発する。

 

「南雲君、君は弱い。たぶんクラス内で一番。でもそれを一番自覚しているのは君自身なんだよね」

 

棗さんから突きつけられるのは、僕自身における現実。

ステータスは亀の歩みのごとく伸びず、誰から見てもお荷物な状態。

 

「それでも自分に出来る最善を行おうとする、そういうところが気に入ってるんだよ」

 

どんな手段でもいい、持ちうる手札で目的を達する。その意志が根底に存在すると言う。

 

「だから、そのためのおまじない。今はその芽を出さなくても、いつかきっと役に立つ。断言するよ。自分自身を自覚している人間ほど、強い人は居ないよ」

 

堅苦しい話はそこまで、と話を切り、じゃあねーと去って行く棗さん。

試しにステータスプレートを見ても何も変化はなかった。

 

 

○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○

 

 

朝食を終え、訓練までの自由時間の間、部屋で試験管を振る。

何本かの試験管の中身を合わせ、ビーカーに落とす。

 

「ふぅ……」

 

出来上がった物の名前は、液化オイホロトキシン。

これを固体化させた物が薬品として使用するオイホロトキシンだ。

 

ランプの火を消し、埃が入らない様に上から布を掛ける。

これが常温まで冷えれば固体のオイホロトキシンの完成。

 

窓を開き、換気を行う。

気化したオイホロトキシンは劇物指定の代物。普通の人間がこの場所に一分でも居たらオイホロトキシン中毒まっしぐらだ。

 

私は中毒になるほど柔な体をしていないけど。

 

外から聞こえる声で、訓練が始まっていることに気がつく。今日は薬学の授業がないので大急ぎで装備を調えた後に訓練場へ向かう。

 

そして訓練場に差し掛かったあたりで南雲君に白崎さん、八重樫さん、天之河君、坂上君が居た。

彼らの背後には檜山君達が離れていく姿が見える。

 

大方察した。

訓練の様子からして増長した檜山君達が南雲君をいたぶっていたのだろう。

 

「―――、」

「―――」

 

白崎さんと南雲君が何かを話しているのを聞きながら、そのまま近寄ってみる。

 

「だが、南雲自身ももっと努力すべきだ。弱さを言い訳にしていては強くはなれないだろう?」

 

天之河君の言葉が聞こえた。

どうやら南雲君の日頃の態度についてもの申すらしい。

 

「聞けば訓練が無いときは図書室で読書に耽っているそうじゃないか」

 

ほうほう。

 

「俺なら少しでも強くなる為に空いている時間も訓練に充てるよ」

 

なるなる。

 

「南雲も、もう少し真面目になった方がいい。檜山達も、南雲の不真面目さをどうにかしようとしたのかもしれないだろ?」

 

うん、よく分かった。君の主張は。

人の善性を信じ、物事の一側面からしか見ることの出来ない人間。

 

―――だからこそ反吐が出る。

 

背後まで忍び寄り、天之河君の首元にナイフを当てる。

 

「天之河君はおめでたい思考してるんだね」

 

南雲君と白崎さんの顔に驚愕の表情が浮かび、八重樫さんと坂上君が一瞬で横に飛び退き、天之河君は体を硬直させる。

 

「棗さん!?」

 

皆の声が重なる。

私はそのままナイフを離し、腕のナイフシースに仕舞う。

 

「どういうつもりだ、棗さん!」

「そのおめでたい思考に敬意をこめてナイフを首元に当てただけだけど?」

 

私の行動が信じられないと言わんばかりの驚愕。

 

「その視野の狭さをどうにかしないと、死ぬか、死ぬより辛い目に遭うよ」

 

だって、いつから私が居たか気付いてなかったでしょ? と笑う。

呆然としたままの皆を放置し、そのまま私は訓練場に入る。

 

そして、メルド団長に遅刻だと全力で怒鳴られるのだった。




思わず猫かぶりにボロが出る位には怒っている主人公です。


唐突な用語解説。

オイホロトキシン

メタルマックスシリーズに登場する回復カプセルなどの回復アイテムに含まれる成分。
イスラポルトの病院に渡すと使用しても痛みを感じなくなるというフレーバーテキストのみでなんの効果も無いオイホロカプセルをもらえる。

多量に服用すると中毒症状が現れる薬品。当然ながら劇薬指定。
本作品では鎮痛剤特有の副作用である、意識の混濁や筋弛緩が発生しない鎮痛剤として扱っている。


現実でこんな薬品あったら軍事利用まっしぐらである。


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昔語りと迷宮での別れ

魔王への序曲、開演。


唐突な用語解説。

アーチスト
メタルマックス3から登場の職業。
能力値で見ると特出した部分のない職業だが、特技の充実が特徴。

白兵戦は各種ゲージツ技と暗黒舞踏で補え、戦車戦は砲撃演舞で補える。
特に暗黒舞踏は高火力四連攻撃の為、レスラーが使うと相当な威力になる。

しかし最大の特技は改造ゲージツであり、スーパーレアメタルを消費して戦車装備を限界以上に強化する事が出来る。

上記内容を踏まえ、メインジョブよりサブジョブで輝く職業である。


天之河君に対してナイフを突きつけたその日、オルクス大迷宮に挑みにいくという話を、メルド団長から発表された。

それに合わせて私達も王城から離れて、今は宿場町ホルアドにある国営宿泊施設で明日の攻略に備えている。

 

明日から迷宮探索になるので、デザートイーグルの整備を行い、ナイフも研ぎ直しておいた。

 

「くぁ……」

 

明日は朝早そうなので、さっさと寝てしまおう。

 

「棗さん」

 

そう思っていた矢先に八重樫さんに声を掛けられる。

 

「ちょっと付き合って」

 

そのまま中庭まで連れてこられる。

明かりもなく、ただ宵闇があたりを包んでいた。

 

「それで、なんの用かな?」

「棗さん、なんで全力を出さないの?」

 

へぇ? なかなかに鋭い。これはごまかしが利かなそう。

 

「いつから気付いたのかにゃ?」

「違和感は三日くらい前、確証は昨日の光輝にナイフを突きつけたときね」

 

うーん、猫被りにボロが出ちゃったか。年取ってから丸くなったと思ったけど、まだ若いって事か。

 

「ま、その通り。隠してた。理由は察してるかもしれないけどねー」

「―――国か、聖教教会が信じられないから、でしょ?」

 

正解、と答えてから壁を背に座る。

八重樫さんもそれに習う。

 

「どっちかって言うと教会側かな? あれは狂人だよ」

 

あのイシュタルという老人は、自分の意に沿わない人間はどんな手段を用いてでも殺しに来る。あの変態科学者グラトノスと同類だ。

 

いざというとき、あいつらの寝首を簡単に掻けるように、今は爪を隠す。

正面から戦っても殺しきる自身はあるけど。

 

「棗さんの過去に何があったか知りたい所ね……」

 

まぁ、良いだろう。ある程度事情を知っている人が居た方が動きやすい。

そんな打算と共に、私は少しだけ昔話を紡ぐ。

 

「―――昔、あるところに貧乏ながらも幸せな家族が居ました」

 

お父さんとお母さんと、女の子の三人家族でした。

その家族は日に食べるものに困る様な生活をしながらも、生きてきました。

 

ある日、その人達はやって来ました。

その家族に銃を突きつけ、どこかの研究施設に連れて行きました。

同じように連れてこられた人が一杯居ました。

そしてそこで待っていたのは、実験でした。

 

一緒に連れてこられた人がどんどん居なくなっていきました。

お爺ちゃんも、お姉さんも、おじさんも、同じ位の子も、一人ずつ居なくなりました。

 

残ったのは、その家族だけでした。

三人纏めて施設の部屋から出されたとき、お父さんとお母さんが女の子をなんとか逃がしました。

 

振り向かないで、とにかく走りつつけなさい、とお父さんが言いました。

愛してる、とお母さんが言いました。

 

訳も分からず女の子は走り続け、そして、気がついたら一人になっていました。

 

しばらくして、女の子はこっそり施設に忍び込みました。

そして、発見しました。自分にとって大切な家族が、実験材料として消費された事実を。

 

「それから、女の子は自分と同じように彼らへ恨みを持つ仲間と共に、お父さんとお母さんの敵を討ちましたとさ、めでたしめでたし」

 

これが私の原風景。デビルアイランドで起きた、ある家族の姿。

空を見上げる。瞬く星は、世界が違っても変わらず。

 

「棗さん……」

「ただのおとぎ話。遠い昔のね」

 

当時の研究者であるエバ・グレイはカリョストロ(変態)が殺してしまったが、ブルフロッグ(ブタガエル)は私が暗黒舞踏で首の骨をへし折って殺した。

私もレナの事を言えないくらいに、復讐鬼だ。

 

「そんな訳で、殺し殺されっていうのは得意だから」

 

賞金首と死闘を繰り広げ、致命傷を負ったり実際にDr.ミンチに助けられなければ死んでたりと生死の境を彷徨うどころか常連だったあの日常。

 

グラップラーだけでも数百人単位をこの手で仕留めている。

 

「……棗さんは、それで良かったの?」

 

天之河君あたりだったらここで人殺しは良くない、復讐は何も生まないと言うだろう。

そう言わない八重樫さんは、その問いが無意味だと分かっている。

 

「うん、そうしないと前に進めなかったから一切の後悔もないよ」

 

これだけは胸を張って言える。

大破壊後の世界でも、復讐に生きる暇があれば日々生きる事の方が優先された。

 

それでも、私は復讐を成し遂げたかった。あの時、胸の内にあったのは、どす黒い炎だけだった。

 

「八重樫さんもこれからきっと避けられない決断をしなくちゃいけない。その時に一切の後悔がないようにね」

 

これは、人生の先達からの少しだけアドバイス。

 

「―――分かった」

 

自分の手を見つめながら、八重樫さんが一言だけ返してくる。

 

八重樫さんは、きっとこれから私達が巻き込まれる事の意味を知っている。

一番最初に理解したのが召喚されたときに声を上げた愛ちゃん先生で、最初に覚悟を決めたのは八重樫さん。

 

「あ、これ渡しておくね。雫さん」

 

八重樫さん、いや雫さんの手に乗せるのは、エナジーカプセル。

 

「これは?」

「回復カプセルの成分強化版。断面さえきっちりくっつければ切断されてても治療は出来るよ」

 

それを見て、数瞬呆然とした後笑う。

 

「そうね、ありがとうマリアンナ」

「マリーかアンナでお願いね」

 

 

○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○

 

 

現在位置はオルクス大迷宮内。狭めの通路にドーム状の広場。そして襲いかかる魔物。

閉所での戦闘基礎を教えてくれるような理想的な訓練場。

メルド団長と騎士団のトラップ確認付き誘導により安全な遠足気分だ。

 

「棗、気を抜くな!」

「大丈夫ですよ? ちゃんと警戒してますし」

 

団長の激が飛ぶ。あまり緊張しすぎてもいけないし、かといって気を抜きすぎない。

ちゃんと仕事している事を証明する為、弓に矢をつがえて物陰から飛び出してきたラットマンの眉間を射る。脳天を貫かれたラットマンがそのまま崩れ落ちる。

 

「この通りに、ね?」

「……気を抜きすぎるなよ?」

 

分かってますって、と手を振っておく。

 

そうやって初めての実戦に気が高ぶった皆と共に順調に下の階層へ進む。

 

(眠……余裕過ぎる)

 

気は抜かないが、歯ごたえがなさ過ぎて正直退屈だ。

むしろ魔物を矢で貫通しないように力を調整する方が大変だ。

 

今更だが、持っている弓のアーティファクトは弦を引く力に対して、弦を強化するという物。

どんな剛力持ちが引いても壊れず、放たれる矢は岩すら貫くと言われている。

 

一回全力で引きすぎて本体が軋んだので全力は出さない様にしている。

まさか、強化されるのが弦だけだとは誰も思うまい。はっきり言って只のハズレ武器だ。

 

今出せる全力すら出すことなく、相手をひたすら仕留める。

 

南雲君の方を見ると、騎士団員が弱らせた魔物を落とし穴にはめてから串刺しにしていた。

その後に来た魔物もスリングで上手く挑発し、近寄ってきたところで拘束、地面を槍状に隆起させて串刺し。

なかなかに上手い使い方だ、自分の土俵に相手を引きずり込んで仕留めている。

 

(もう少し自信を持つことが出来れば化ける、かな?)

 

出来る事のバリエーションが増えれば、これ一本で戦える位にはなるだろう。

今のうちに二つ名でも考えておこうか。たとえば罠士とか錬成の鬼とか。

 

「危ない棗さん!」

 

おや、岩に擬態したゴリラがこちらに向かって飛んでくる。

回避は間に合わないから、そのままナイフを抜いてすれ違い様に首を刎ねる。

 

「この程度なら問題無いよー?」

「気を抜くなと言っただろう!」

 

団長からのげんこつが頭に炸裂。

本音を言うと痛く無いのだが、痛がっておく。

 

その後、後衛側に同じ攻撃がされ、白崎さんが被害に遭いそうになったのを見て、

天之河君が過剰火力で迷宮の壁ごと敵を消し飛ばしたのでメルド団長のげんこつを貰っていた。

 

罪状は過剰火力による天井崩落の危険性についてだ。

 

(あったなぁ……廃墟ビルの中でTNTパラノイアブッパして天井崩したとか)

 

なぜ天井のある場所でぶっ放したのかを小一時間問い詰めたかった。

そんな記憶に耽っていると、白崎さんが崩れた壁から何かを発見する。

 

「ほぉー、あれはグランツ鉱石だな」

 

話によるとその神秘な輝きから宝飾品として人気の高い鉱石とのこと。

加えて求婚の際に用いられる宝石でもある、とメルド団長が説明する。

 

「素敵……」

 

白崎さんが呟き、一瞬だけ南雲君の方を見る。

綺麗な宝石と共に愛の告白というのは、いつの世も憧れる物らしい。

 

「だったら俺等で回収しようぜ!」

 

そんな白崎さんの呟きに反応したのか、檜山君達が一斉に駆け出す。団長も静止するが無視される。

そして騎士団員の一人が声を張り上げる。

 

「団長! トラップです!」

「全員この部屋から出ろ!」

 

触れられたグランツ鉱石を中心に魔法陣が現れ、視界が白く塗りつぶされる。

宙に浮いた感触から、一瞬で重力が戻ってくる。

 

「……転送装置も真っ青かなぁ」

 

先ほどまでの部屋の景色から、石造りの橋の上。

あの一瞬で部屋の中の存在がこの橋の上に転送された。

 

周辺を確認すると、上に昇る階段と奥に進む道の二つ。

橋自体は幅が広く、天井もかなり高い。

 

「全員、立ち上がって急いで階段まで向かえ!」

 

指示と同時に皆が動き始めるが、それよりも早く、こちらを挟み込むように魔法陣が現れる。

階段側には大量の魔法陣から骸骨剣士、トラウムソルジャーが大量に。

前方には十数メートルの巨大な魔法陣、そこから現れるその威容。

 

「まさか、ベヒモス、だと?」

 

現れるは漆黒の巨体を持つ、四足歩行の生物。

 

(……少なくともスカンクスよりは強そう、高く見積もってオーロックスくらいはありそう)

 

後方が量の暴力で、前方が質の暴力。

しかも後方は未だに増え続けている。目測でおおよそ百単位。

 

ベヒモスが咆哮を上げると同時に騎士団員の術士が動く。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず、“聖絶”!!」」」

 

多重の絶対防御魔法の詠唱が響き、光の壁が出現。たしか効果時間は一分間。その間はベヒモスだろうが押さえ込めるはず。

 

しかし状況は不味い、トラップと奇襲で全員が浮き足立っている。

団長と騎士団員が収拾に努めているが、それも叶いそうもない。

 

ある人は適当に剣を振り回し、またある人は硬直して動けない。

訓練というのは体に染みこませてからが本番だが、二週間程度ではせいぜい表面がぬれている程度だ。

 

完全に同様しているクラスメイトの一人にトラウムソルジャーが襲いかかる。

そこに南雲君が割り込み、錬成で足下を隆起させ、そのまま橋の外へ滑らせて落とす。

 

「早く前へ! 大丈夫! 冷静になればあんな骨どうって事無いよ。うちのクラスは僕を除いて全員チートなんだから!」

 

南雲君がそう言うと、クラスメイトが少しずつ統率を持って動き始める。

 

「南雲君!」

「何とかしないと……必要なのは強力なリーダー……火力」

 

私が呼びかけても熟考を崩さない。

これは、土壇場で化けたかな?

 

そう思っていると最前線で未だに下がろうとしない天之河君に対してあれこれ話し始める。

後方に火力を集中してトラウムソルジャーを吹き飛ばし、退路を確保、その間ベヒモスを拘束して時間を稼ぐ、と。

 

なるほど単純。しかし効果的な作戦。

だったら私も猫被ってる場合じゃないな、と!

 

聖絶の結界が砕ける。ベヒモスが再び咆哮を上げると同時、天之河君達が攻撃を仕掛けるが無傷。

逆にベヒモスの反撃を食らい、吹き飛ばされる。

 

そのタイミングで、誰よりも前に出て、叫ぶ。

 

「Laaaaaaaaaaaaa!」

 

爆裂シャウト。

 

私の肺活量限界をもって全力の音を作り、相手にぶつける。

ベヒモスの体が一瞬浮き上がるほどの音圧。大きくはないがダメージにはなっている。

 

「棗さん!?」

「マリー!?」

 

再び呼吸、今度は軽く歌う。

特に歌詞のないスキャットだが、この音を聞いた人間のアドレナリン分泌量を上げ、能力向上を行う。

同時に爆裂シャウトほどではないけど、ベヒモスに音波をぶつけて怯ませる。

 

「棗!? それは一体!?」

「さっき覚えました!」

 

メルド団長の質問に対して答える。同時に息継ぎを行い、もう一度アドレナリンの歌を歌う。

先ほどよりも喉が温まっているので威力は出ている。

 

「ちょっと歌でアドレナリンの分泌量上げたから少しだけ無理出来るはず! 南雲君、後もう一回爆裂シャウトで怯ませるからその後足止めお願い!」

「え!? 作戦説明してないのに!?」

「それくらい状況見て考えれば分かるから! 私は終わったら怪我人抱えて逃げるから、一発しっかりと決めちゃいなさいな!」

 

分かった! という声を聞いた瞬間、全力で息を吸う。そして再びの音圧。

 

「Laaaaaaaaaaaaa!」

 

それを身を縮めて耐えるベヒモス。そこが狙い目だ。

 

「今だ南雲君!」

「錬成!」

 

音が途切れた瞬間に駆け寄り、その足下で錬成を行う。足下を泥状にし、沈み込ませてから固める。

頭の角を赤熱化させ振るうも、かろうじて転がって避けた後、床に食い込んだ角の周囲を固める様に再度錬成。

振りほどこうとするも都度錬成を行い直し、動きを封じる。

 

「任せた南雲君、皆、撤収! 急げ!」

 

天之河君と坂上君、それに雫さんが先行して走り、その後ろを白崎さんを抱えたメルド団長が走る。

後方の混乱は少しずつ収束しており、騎士団員とクラスメイトが密集して防戦に努めていた。

 

「天翔閃!」

 

天之河君の一撃がトラウムソルジャーをなぎ払う。

そのまま全員を鼓舞する様に叫ぶ。

 

それを見て私は更に前方へ跳躍。全員の頭を飛び越えて、その後方に居るトラウムソルジャーの頭上を取る。

全力で息を吸うと同時に水筒の片方を手に取り、口に含む。

 

素早くマッチを擦り、口の前に持ってきてから、口に含んだ物を噴射する。

噴霧されたガソリンは霧から炎になり、トラウムソルジャーを焼き尽くす。

 

「ザ・グレート・カブキ!?」

 

どうやらプロレス好きが混ざっていた様子。まぁ、技名が火炎カブキだから元ネタなのかもしれない。

よく燃えた骨を踏みしめ、素早く口を水でゆすぎ、吐き捨てる。

 

「退路確保!」

「よし、全員階段まで急げぇ!」

 

団長の号令と共に全員が階段を目指す。

全員が階段近くまで移動し終わると同時に、天之河君と団長からの声で遠距離攻撃が準備される。

 

南雲君も魔力切れ寸前で離脱開始。

近接組が退路を確保しつつ、遠距離攻撃組がベヒモスに向かって一斉攻撃を掛ける。

 

私も矢を耐久限界まで全力で引き、放つ。

それが外皮を貫いて刺さり、他の魔法も相まってベヒモスの足止めに成功した、その瞬間だった。

 

見えたのは、放たれた一発の火球。それが、突然南雲君の前方に着弾。ベヒモス側に押し戻される。

 

全員が息を呑む。

 

「南雲君!」

 

一瞬で身を低くし、全力で前方へ踏み込む。

ベヒモスが赤熱化した角を振り下ろし、それをかろうじて回避。

振り下ろされた角の一撃で、橋が限界を向かえ崩れ始める。

 

「間に合え!」

 

全盛期の力であればこれくらいの距離ならそれこそ一瞬で詰められた。

ぬるい粘液の中でもがくようにして、ひたすら前に進む。

南雲君の居るあたりが崩れ始め、そして彼が落ちてゆく。

 

「間に合えぇ!」

 

滑り込み、下に向かって落ちていく南雲君に向かって全力をもって圧縮倉庫に入れてあったワイヤーを投げる。

それを見た南雲君が懸命に手を伸ばすが、届かず。

 

奈落に向かって落ちていく南雲君に対して、叫ぶ。

 

「必ず、助けにいく! だから死ぬな!」

 

私は、その姿が見えなくなるまで、そのままだった。




レベルアップの機会が少なければ当然鈍るわけです。

唐突な用語解説。

カリョストロ
バイアスグラップラー四天王の一人で諜報担当。シナリオ的に見てもあまり接点はないが、デルタリオでイベントがあるだけマシ。
2では無視できたが2Rでは無視できないボス。

2では雑魚、2Rでは強ボス。

よく訓練されたアーチストが恐ろしいというのは、大体2Rでこいつに苦渋を舐めさせられたせいである。

作者は2R初見で10回以上全滅させられた。カリョストロ、殺すべし。


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日常を取り戻す為の第一歩

ちょっと無理矢理な展開かもしれないです。


唐突な用語解説。

TNTパラノイア
ソルジャー専用武器。全作品共通で上空に爆弾を打ち上げ、敵全体にたたき込む武装。
そもそもTNTとはトリニトロトルエン、爆薬である。
熱を加えるとアルコールなどに溶け出し、衝撃や摩擦で発火するデリケートな物。

こんな物を持ち歩いて、あまつさえ殆ど無差別で爆撃するような武装こそ狂気と言うべきだろう。


感覚的に、三十秒くらいだっただろうか。

奈落に向けていた体を起こして、皆の所へ戻る。

 

階段の所では南雲君の落下を見た白崎さんが叫び、暴れた。酷い錯乱状態だった。

それを天之河君達が押さえて止めるが、それでも白崎さんは止まらなかった。

 

「ごめん、白崎さん」

 

あの日、愛ちゃん先生に対して打ち込もうとしていた無針注射機、その中身に装填されたスイミンDXを打ち込んで強制的に眠らせる。

 

誰もが目を丸くする中、私は一言だけ呟く。

 

「リーダー、お願い」

 

その言葉に我に返ったのか、天之河君達を中心に脱出の為動き始める。

私は圧縮倉庫からiゴーグルを取り出し、装着する。

 

そして気配感知を最大限にし、出てくる敵を一瞬で撃ち抜く。

 

何も言わず淡々と魔物を打ち抜く姿に、誰も近寄らない。

 

再度の転移や強行軍をもって、何とか地上にまで辿り着いた。そしてすぐ宿に運ばれた。

心も体も満身創痍だった。

 

目の前に死が迫った状態での初戦闘を乗り越え、皆が泥の様に眠る夜。

 

私は一人、宿の屋上に上がっていた。

 

「……感度良好、かな」

 

ゴーグルに映る光点を確認する。

以前に面白半分で南雲君の体に仕込んだシグナル反応。

 

南雲君の生体電流反応を利用して動力を得て、特定の信号を放ち続けるそれを、iゴーグルで受信を続けていた。

それをしまいこみ、後ろに向かって声をかける。

 

「それで、団長さんはどうしてここに?」

「馬鹿が無茶をしないように見張りに来た」

 

後ろから来た団長が、横に座る。

 

「無茶?」

「これから一人で迷宮に潜る気だろう」

 

まぁ、当然ながらそんな動きくらいは読めるよね。

 

「おそらく今の時点でもお前は俺よりも強いだろう。だからこそ、そんな無茶は許容出来ない」

「来たるべき魔人族との戦いの為に?」

「いいや、これ以上、誰も殺さない為にだ」

 

次の瞬間、光で出来た鎖が私の体を拘束する。

首を巡らせると、周囲に騎士団員が杖を構えて立っていた。

 

「このまま拘束した状態で城まで戻る。有無は言わせない」

 

次いで、もう一つの魔法が私の頭を包み、急速な眠気に襲われる。

そのまま私の意識は闇に落ちた。

 

そして今、気がついたら王城の一室に軟禁されていた。

 

 

○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○

 

 

あの日から七日が経過。私は相変わらず軟禁されたままだ。

表向きにはまだ精神が安定していないとのことで、裏向きは私の持つ力を万一にも散らさない為だ。

 

クラスメイトが見舞いに来たりしているが、部屋を出るときはお付きの侍女と共に騎士団員が三人も配備される。

一瞬でも変な動きがあれば彼らの持つ道具で城中の兵士が集結して取り押さえるだろう。

 

だからこそ、慎重に慎重を重ねる。

 

今の(・・)私には正面から彼らを殺さずに突破する術はない。

ただ、術が無いなら作ればいいし、策を講じればいい。

 

装備類は奪われてしまったが、圧縮倉庫にデザートイーグルは退避出来た。

そしてまだ、iゴーグルの反応は消えていない。

 

白崎さんも昨日目覚めた。

薬の分量は間違えていなかったが、精神防衛の一環でずっと眠っていた様子。

 

今は夜。おおよそ皆寝静まったし、準備も整った。状況もクリア。

やるなら今以上のタイミングはない。

 

「済みません、少々お手洗いに……」

 

部屋の扉をノックし、外に居る侍女に声を掛ける。

扉が開くと同時に、きゃた肝から睡眠ガスを浴びせ、眠らせる。

 

「どうしっ!?」

「なぁ!?」

 

見張りの団員にも同じように浴びせてから拘束、部屋の中に押し込む。

後は扉に細工をして、鍵を掛けてから差し込んだ状態でへし折っておく。

 

扉をノックすると、私の声で「ごめん、今は放っておいて」と声が出るようにICレコーダーをセット。

そしてそのままきゃた肝を腰にくくりつけてガスを出した状態で歩く。

通気口があればそこにガスを流し込み、城中の無力化を行う。

 

そうして目的の部屋まで辿り着くと、ノック。

 

「白崎さん、入るよ」

 

返事を聞かず、そのまま部屋に押し入る。

 

「棗、さん? どうしたの?」

 

ベッドで枕に顔を押し当てながら泣いていたのか、酷い顔だった。

 

「ちょっとね、お別れを言いに」

 

今まで来ていたネグリジェを脱ぎ、圧縮倉庫から私の本来の装備を取り出す。

サラトガスーツにグラブ、マダムブーツとブルメット。

本来ならこんな豚のマスクなんざ被りたくもないが、高性能なのだから仕方が無い。

 

武器も腰にライトサーベルをセットし、太ももに巻いていたホルスターを後ろ腰にセット。

銃もデザートイーグルからマグナムガデス(四連装拳銃)に変える。

カラビナには手榴弾を数個くくりつけ、ポシェットには発煙筒とガソリンの入れた水筒。

背中にRPG-7をくくりつけ、光粒子スパークを担ぐ。

 

最後に袖口に無針注射器とカリョマイクを仕込み、完成。

 

「え、ええぇ?」

 

鏡あったら言えるけど、圧倒的不審者の極みだ。

 

「……えっと、お別れって?」

 

無理矢理話の軌道修正を試みるのは凄いと思う。

 

「ちょっと南雲君の救出に行ってくるわ」

 

その言葉に、白崎さんの表情が強ばる。

 

「生きてるよ? 確証付きで」

「っ!」

 

iゴーグルを見せ、光点の反応の意味を教える。

 

「ま、拘束とかされて無駄に時間掛かっちゃったけど、これから行く」

「……棗さん、私も連れて行って」

「―――そう言うと思った」

 

八重樫さんや他のクラスメイトではなく、白崎さんに声を掛けたのは確実に着いてきてくれるからだ。

本来なら私一人でも十分だが、今はまだ万全じゃない。

 

だからこそ、仲間(共犯者)が欲しい。

 

白崎さんは今はそれほどでもないけど、少し磨けば光る。

それに、こういう目的がはっきりしている人間は、強い。

 

「それじゃあ、行こうか」

「行かせない、わよ」

 

声のした方へ顔を向けると、そこには雫さんが居た。

壁に手をつき、太ももにはナイフを刺した痕が見える。

 

眠気を押さえる古典的手段だけど、きゃた肝の睡眠ガスは強烈だ。完全には覚醒に至っていない。

 

「全員を無力化出来ると思わなかったけど、雫さんか」

「雫ちゃん……」

 

そんなふらふらな状態でも剣を私の方へ向けてくる。

 

「マリー、香織、今貴方たちがいなくなったらどうなるの?」

「どうもならないよ。どうせエヒト神の仰せのままに戦わされて、最後は捨てられる」

 

白崎さんが息を呑む。

 

「それに南雲君は死んでないからね。今頃生きる為に必死になってるはず」

「ずいぶんと自信満々に、言うのね」

 

私は笑いながら、眠気でふらつく雫さんに音もなく接近し、無針注射器を当てる。

 

「ま、しばらく旅に出るから探さないで欲しいな。どこかで手紙くらいだすから」

 

その言葉を手向けに、スイミンDXを打ち込む。

そしてそのまま倒れる雫さん。

 

「それじゃあ、小細工してから行こうか」

 

その言葉に、力強く、白崎さんが頷いた。

 

 

○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○

 

 

ゆっくりと目が覚める。

夢見の悪さも、窓から差し込む日の光で浄化される。

 

「嫌な夢ね、香織とマリーが消える夢なんて……」

 

そこまで自分で呟いて、意識が一気に覚醒する。

 

「香織! マリー!」

 

太ももの傷はナイフの痕が全くないくらいに綺麗に治療されていた。

寝巻に染みていた血痕もない。

 

窓の外を見ると、日はすでに落ち始めている。

 

「うかつだった!」

 

部屋の扉を見るとボイスレコーダーの様な物が貼り付けられていて、私のような声で「ごめん、一人にして」と衝撃を受けるたびに呟くように設定されていた。

 

部屋を飛び出すと侍女の人たちが走り回っていた。

 

「あ、お姉様! 棗様に付いていたアリサが何処にも居ないんです! 騎士団の方達も……」

「マリーの部屋は?」

「それが、放っておいてとしか言わず、部屋に入れてもらえないのです……」

 

侍女を放置して、マリーの部屋の前へ辿り着く。

そこには光輝や鈴達が集まっていた。

 

「棗さん、いい加減開けてもらえないか?」

「ごめん、今は放っておいて」

 

光輝がドアをノックし、マリーの声で返事が返ってくる。

私は全員をどかせると、そのまま問答無用で扉をたたっ切る。

 

全員が呆然とする中、部屋の中には騎士団の人たちが簀巻きかつ猿轡をしっかりと填められて放置されていた。

 

それを見た瞬間、香織の部屋に向かって駆ける。

こちらもこちらで侍女達やクラスメイトが集まっていた。

 

「あ、八重樫さん……」

「どいて頂戴」

 

一応ノックをすると、香織の声で「一人に、してくれないかな?」と聞こえる。

無論、問答無用でたたっ切る。

 

ベッド元まで行き、布団を剥ぐと、両手足を拘束された状態で眠っている侍女が居た。

 

「雫、これはどういうことだ!? 雫もさっきまで一人にして欲しいって―――」

 

少し遅れて、光輝達が部屋に入ってくる。

 

「マリーと香織が、オルクス大迷宮に行ったわ」

 

その場に居た全員に衝撃が走った。

 

 

○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○

 

 

時間は二十時間ほどさかのぼる。

 

「さて、一日ぐらいしか時間は稼げないから、明日の朝にはオルクスまで入ってないと、ね」

 

王都の門をくぐり抜け、一息つく。

 

「でもどうするの? 私達お金なんて無いし、乗馬訓練はしたけどまだ走らせるほど上手くないよ?」

 

馬というのはあんなにもやっかいな乗り物だとは思っていなかった。久々に感じた腰の痛みが苦い思い出として蘇る。

 

「大丈夫、我に秘策あり!」

 

圧縮倉庫から取り出すのは、

 

「車?」

「せいぜいカートだよ。あり合わせの物で作ったね」

 

自作して分かるバトー博士の偉大さ。

圧縮倉庫にあった鉄くずを寄せ集め、バレないように組み上げたこのミニカート。

燃料はあるし、座席もしっかりしつらえた。

 

エンジンは車体フレームが不安すぎるのでビートルを搭載。

流石にビーナスジェットとか積んだら壊れそうだし。

 

「大丈夫、爆発はしないから。香織さん」

「……大丈夫だよね、棗さん、ううん、マリーちゃん」

 

乗り込みシートベルトを締める。

エンジンを回してアクセルを踏み込むと、前に進む。

しかしいろいろなものを削って造られたこ奴、特に安定性と乗り心地を無視して作ったのですこぶる乗り心地が悪い。

 

「ごめんね、サスペンションまで準備が間に合わなかった」

「だだだだいじょうぶぶぶぶぶ!」

 

そのまま夜通し運転を続け、朝にはホルアド付近まで到達。

しかしここで問題が発生。

 

「受付で……ステータスプレート……見せたら……バレるよね……?」

「うーん、どうしようか?」

 

助手席で天を仰ぎながら、吐き気と戦う白崎さんに水を渡しつつ、望遠鏡を覗く。

オルクス大迷宮は受付でステータスプレートを提示してから入るシステムだが、私達が提示したら最後、別室に送られてそのまま拘束だろう。

 

こういうとき、どうするか……

 

レナの場合は発煙筒で攪乱した上で強行突破。

ドラムカンの場合は小細工無しに強行突破。

ヒナタの場合は少し考えて、穏便な手段を思いつかないので強行突破。

 

駄目だこいつら、全員脳筋だった!

仕方が無い。こうなれば……

 

「攪乱して強行突破しようか」

 

レナの案を少し補強して利用しよう。

 

「どうするの?」

 

ようやく復活した香織を尻目に、カートからビートルを取り外し、ポリタンクを設置。

中身は半分ほどガソリンい注ぎ、少量の火薬を設置。また、ロケットブースターも装着。

ついでに発煙筒もセットし、準備完了。

 

「こうするの」

 

ロケットブースター点火。

一瞬で数百キロまで加速。目標は大迷宮の入り口横の壁。

 

「――――――!?」

「あははははは!」

 

暴れる車体を無理矢理ねじ伏せながら大迷宮への道を全速力で駆ける。

そして大迷宮入り口まで差し掛かったタイミングで白崎さんを抱えてカートから飛び降りる。

 

カートが入り口横の壁にぶつかった瞬間、点火装置を起動させ、爆発。

ロケット燃料とガソリンが盛大に火を噴き、発煙筒が周囲に巻き散らかされる。

 

「なんだ!?」

「火が!? 魔物の攻撃か!?」

「誰か水を! 急いで火を消せ!」

「なんだこの煙!」

 

一斉に混乱する入り口、その混乱の中。横をすり抜けて大迷宮へ入る。

第一層の半ばまで進んだところで白崎さんを下ろす。

 

「無事潜入完了、大丈夫、白崎さん?」

「……マリーちゃんがこんなに過激な人とは思わなかった」

 

馬鹿な、この程度で過激とは。

 

「レナだったら全員仕留めて安全確保してから潜入だけど?」

「発煙筒ばらまいて混乱しているうちに潜入で十分なんじゃ……?」

 

なるほど、穏当な手段だ。

 

「またまた香織さん、そんな事じゃアシッドキャニオン生き延びられないよ?」

「何処それ!? というかどんな末法!?」

 

大破壊後です。

 

「さて、ここからだよ……皆に妨害されないうちに急いで下まで降りるよ」




これが本当のロケットガールズ。


唐突な用語解説。

ロケットエンジン
車両用エンジン、ではなくアイテム。
使用するとロケット燃料を消費して移動速度が速くなるだけのもの。

途切れた高速道路にある集落、ジャンプキャンプにクルマで行く際に必要になるが、
それ以上にシリーズ最速(フィールド移動速度)の賞金首スピードキングに追い付く為に必要。

メテオドライブ☆3のドロップリセマラで心折られた人多数。


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私はこの副職で一生遊んで暮らせるほど稼ぎました。

なんかストレス溜まりすぎて毎日更新になってます。


唐突な用語解説。

きゃた肝
賞金首きゃたツらーのドロップアイテム。
ガス属性かつスイミンの状態異常付与が魅力のバイオ生物キラー。
作者はこれでテッド様が眠った時、我が眼を疑った。


○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○

 

 

現在二十階層。その中間点にある広間。

あれから一気に下に降りて、休息の為キャンプキットを広げ、周囲にクレイモアを仕掛けて鳴子代わりにしている。

 

今は暖めたスープを二人で飲みながら、私の事を話していた。

無論、大破壊後の事も、圧縮倉庫含めて。

 

「そっか、未来ではそんな事が……」

「直接つながる未来かは不明だけどね」

 

平行世界の過去という可能性もあるので、未来でノアが作られない可能性もある。

 

「嘘だとは思わないんだね?」

「実物があるから……時々見えてた拳銃も本物だったんだ……」

 

これは持ってないと落ち着かないからやむを得ずだ。

 

「じゃ、寝るまでに少し練習しようか」

 

広間の端に的を設置する。

香織の手には象牙細工のピストル。

 

これからは二人でこの迷宮を潜るのだ。最低限援護くらいは出来ないと困るので銃を渡してある。

 

撃つ感覚に慣れる為、マガジン分全て撃ち尽くし、マガジン交換して撃つを繰り返す。

命中精度は後からでも養えるので、今は撃つこととリロードの感覚に慣れて貰う。

 

最初こそ的に当たるのが数発程度だったのに、だんだんと精度が上がり、マガジン分全て当てられるようになり、そして今、

 

「やった、全部中心に寄せられた!」

 

このように、中心五センチ部分に十二の弾痕が収まった。

 

「大体一グロス分撃ってこれとか、成長早すぎ」

 

上位世界の人間だから、下位世界で何かをするときに補正が入るのかもしれない。

 

「そうか、これがトータスブートキャンプ……!」

「ええと、そろそろ寝よう?」

 

こうして、迷宮の夜は更ける。

 

 

○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○

 

 

「今、連絡があった。オルクス大迷宮の入り口に馬のない馬車みたいな物が突っ込んできて、爆発炎上したそうだ」

 

メルド団長の言葉に、私は頭を抱えた。

 

「どんなテロリストよ、マリー……」

 

爆発炎上に紛れて迷宮内に入り込み、今頃かなりの階層を進んでいるだろう。

そしてそれに便乗している香織について気がかりだ。

 

(それにしても、馬のない馬車……車かしら?)

 

そう考えれば僅か半日で王都からオルクス大迷宮まで移動するなんてわけないだろう。

 

「ところで、それは?」

「マリーからのお詫びの品って所ね」

 

浅く反りの入った片刃の剣、いや、刀だ。

 

私のベッドの枕元に、リボンでデコレーションされた状態で置いてあった。

 

鑑定して貰ったが、今使っているシャムシールより切れ味が鋭く、頑丈。

その上、よく分からない機構が付いている、アーティファクトとは似て異なる物とのこと。

 

「妖刀・はらきりソードって名前なんだけど、縁起悪いわね」

 

名前はともかく性能は一級品で、本来刀とは砂鉄から作られた鋼にのみその名前を認められるのだが、これはおそらくそれ以外の金属で出来ている。

よく分からない機構とは、切った相手の血肉を取り込み、それを材料に回復用ナノマシンを製造して持ち主に与えるというもの。

刀と一緒に置いてあったメモにはより細かい理屈も書いてあったが、

 

「つまり、切れば切るほど自分の傷が回復するという事ね」

「それは呪われているかもしれないな」

 

なにせ、戦う事を強要するような刀だ。メルド団長の言葉も頷ける。

 

「棗と香織、何処まで進んでいると思う?」

「最低限一日では追いつけない位の深度、たぶん今頃二十階層くらいで野営中、かしら」

 

自分のこの読みは外れていないと思う。

 

おそらくだけどマリーはあの時でもまだ底が知れないくらいの力を持っていた。

同時に動きの鈍りの様なものも感じたので、まだまだ全力では無い。

もしくは現時点での全力で、全盛はもっと凄いのかもしれない。

 

「明日あたりでもう二十層あたりまで降りて、一日ほど慣らしてから更に下へ、というところね」

「二人とも無茶しなければ良いのだが……」

 

おそらく、いつになるかわからないが私達に追跡の命令が下されるだろう。

私には二人、いや、南雲君の無事も含めて三人の生存を祈るのだった。

 

 

○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○

 

 

食う、激痛、変貌。

 

二尾狼を食い、弾け飛びそうな体を神水が強制的に癒やす。

その繰り返しで体が一気に作り替えられる。

 

死んだ方がマシな痛みが前進を駆け巡り、それでも死んでなるものかという生存欲求がそれらをねじ伏せる。

そうして痛みが収まった頃には、自分の体が大きく変貌していた。

 

「魔物の肉は、人間が食うと体がボロボロになって死ぬんだったか……アホか俺は、そんな事も忘れて肉食って死にかけるとか……」

 

もう一度肉を食べてみるが、痛みは訪れない。

 

ステータスプレートを確認すると、ステータスが大きく上昇していた。ついでに魔力操作と二尾狼が使っていたと思われる纏雷という技能が増えていた。

しかし、それ以上に見慣れない項目も出ていた。

 

「副職?」

 

なんだ? 少し引っかかる。

生きる為に切り捨てた記憶の何かが叫んでいる。

 

『職業は全部で6種類に分類されます。

 ハンター、メカニック、ソルジャー、ナース、レスラー、アーチストです。

 職業によって、成長の仕方が変わり、覚える特技や、装備できる武器や防具も異なります。

 サブジョブとは、本来の職業とは別に習得できるふたつめの職業。

 サブジョブも、本来の職業と同様に6種類あります。

 サブジョブが成長すると、それに伴った特技を覚えます』

 

頭の中に駆け巡る情報の痛みに歯を食いしばって耐える。

しばらくそうしていると、情報が馴染んだのか、痛みが消える。

 

「なるほど、天職とは別に一つ設定できる後付け職業か」

 

しかも意識すれば切り替えも出来る様子。

 

「しかし、アーチスト? どうしてこんな物が職業に?」

 

そこまで口にして、ベヒモスが音だけで吹き飛ばされた光景を思い出す。

 

「芸術士……」

 

そうなるといろいろと謎が出てくるが、そんな物はどうでもいい。

重要なのは、どれがどう使えるか、ということだ。

 

しばし、どの職業を優先で鍛えるかを思案するのだった。

 

 

○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○

 

 

「これが、サブジョブ?」

 

香織に潜在能力ヘッドホンを聞かせ、サブジョブに目覚めさせる。

ちなみに今現在の香織は、背中に杖をくくり付け、肩にRPG-7を抱え、腰にはホルスターがつってあり、象牙細工のピストルが収まっている。

 

「ええと、ハンターは車の運転技術、メカニックは車の整備と機械全般に強くて、ソルジャーが武器全般の取り扱いが基本……」

「ナースが治療系技術と生物系に強く、レスラーが格闘攻撃、アーチストは多彩な特技が特徴だね」

 

自由に選択出来るから一通り使ってからどれをメインで鍛えるかを考えて欲しい。

 

「ちなみにマリーちゃんはなんのサブジョブにしてるの?」

「今はレスラーかな?」

 

ソルジャーと悩んだが、近接能力欲しいし緊急時のブーストがあるからレスラーにしている。

それに、このあたりの魔物なら銃で撃つより殴った方が早い。弾薬だって無限じゃない。

圧縮倉庫には億以上のストックはあるけど。

 

「でも、どれにしようかな?」

 

悩む気持ちは分かる。私も最初は悩んだものだ。

しかし、一部の選択肢は除外できる。

 

「うーん、ハンターとメカニックは今のところ無いかな」

「車もメカもないしね」

 

せめて一両でもクルマかバイクがあれば選べるんだけど、メカも車両もないのなら今無理に取る必要がない。

 

「レスラーは、たぶん合わないし、アーチストもあそこまでの声出そうにないし……」

「あれはああいう技術だよ?」

 

お腹の底から声を出す技術を少し極めるだけだから、いくらでも覚えられる。

 

「大丈夫、最初はマイクを使って練習すればいいから」

「その領域に辿り着くのにどれだけ掛かるか分からないから!」

 

その後も何度か協議を実施、最終的に実戦練習という名の勝負を行った結果、

 

「じゃ、じゃあナースで決定って事で……」

「い、異議無し……」

 

四十階層の敵をひたすら狩り続けて、キャンプ地点に戻って来てから結論を出した。

おかげで私も香織も全身ボロボロだ。ステータスは上がったが。

 

香織のサブジョブがアーチストでないのが残念だが、選択としてはかなり有益だ。

 

「でも、この注射器ってどうやって使えば良いんだろう?」

「刺して、注入」

 

そんな白崎さんに渡したのは巨大注射器。

外見こそレトロな注射器だが、しっかりとした武器だ。

 

針の様だが刃状になっており、槍に近い扱いが出来る。

無論先端には薬剤を注入する為の穴が空いている。

 

「中身の薬剤は私が準備するね」

「な、中身ってなに?」

「毒薬だけど詳しくは聞かない方がいいよ?」

 

何せ遺伝子操作されたモンスター相手にも通じるくらいの物だ。技能の毒無効でもないと無効化出来ないだろう。

技能で用意したフラスコに謹製の毒薬を生成して、香織に渡す。

 

「これが……?」

「私の知り合いが配合した毒薬」

 

バルコニー、いやオリビア調合の毒薬。

何度か作るのを手伝ったから、配分は覚えている。

結構面倒な手順あるけど、薬品生成の技能があればこの通り。

 

「あ、臭いだけでハエが落ちるレベルだから嗅がないようにね」

「どれだけ危険な薬品なの!?」

 

一滴指先に付いただけで指から煙を上げて溶けるくらいには。

じゃ、先の見張り番よろしく、と香織に任せて眠るのだった。

 

 

○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○

 

 

翌日、私達は六十階層あたりまで降りてきていた。

シグナルは快調、目標地点はまだまだ下の様子。

 

「えい!」

 

香織が巨大注射器を振り回し、名称不明な二足歩行豚怪人を切り捨てる。

その側面からもう一匹、骨でできた棍棒を振り回して突進してくるが、冷静に右手で象牙細工のピストルを抜いて四連射。

着弾個所は頭と胸元に二発ずつ。

 

「うんうん、順調に仕上がって来てる」

 

しかし、さらにその後ろから来たもう一体が突撃してくるのを予期しきれず、注射器で棍棒を受け止める。

注射器自体は戦車が降って来ても壊れないほど頑丈だけど、両手ではなく左手だけで保持していたので、受け止めきれず左肩に直撃。

 

「かはっ!? ―――っ!」

 

ゴキリと鈍い音が聞こえ、香織の表情が苦痛に染まる、がそこで怯まず頭部に向かってピストルをマガジン分すべて叩き込む。

 

そのまま豚怪人が倒れ、香織が周辺を警戒を行った後、その場にへたり込む。

 

「大丈夫?」

「だ、大丈夫……天恵よ、彼の者に今一度力を"焦天"」

 

光の中級魔法での治療を行い、傷を回復させる香織。

しかし、まだ軽く引きつるような感覚がするらしく、少し顔をしかめていた。

 

「節約出来るところは節約しないと」

「それでも回復しきってないでしょ? はいカプセル」

 

回復カプセルを口に放り込んで飲み込ませると、すぐに落ち着いた様子。

 

「よし、こうやって一人でも戦う技術をちゃんと覚えること」

「うん、分かった!」

 

恋とは偉大な物だと思う。

ほんの少し前まで素人だった香織が、血反吐を吐くようにしながら戦う事を覚えている。

これも南雲君に向ける感情の重さか。

 

利き手に注射器、左手で拳銃。威力が必要な時は手榴弾やRPG-7を叩き込む。

本人曰くもう少し遠距離の火力がほしいとのこと。

 

「うーん、バズーカ砲かな?」

「RPGと被っちゃうからできればもう少し違うもの無いかな?」

 

どうも一番のお気に入りはRPGのようで、両肩に担いでバンデラス撃ちとか練習していた。

実際に火力あるからいいんだけど、だんだん過激になってきている。

 

そうなると広範囲攻撃も可能な援護用途の武器がいいだろう。

 

「じゃあ、これ」

 

あんまりいいイメージの武器ではないけど、これが最適解だろう。

渡すのは、小手状になった噴射口とそれにつながるバックパック。

 

「これ、火炎放射機?」

「そう、ブロイラーボンベっていう武器」

 

あのテッドブロイラーが使っていた武器だ。

グラップラー残党に回収されないように、貰っておいた。

 

ちなみに、レナには内緒でだ。

本人が知っていたら死ぬ気で破壊していただろう。

 

「……うん、使えそうだけど、なんか怖いね。これ」

「香織ちゃんなら、それをむやみやたらと振るわないだろうから預けるね」

 

試しに火炎を出してみて、その火力に少し引きながらも香織の武器が決定するのだった。




亀と輝く塔はやり込みには必須。


唐突な用語解説。

はらきりソード
スペックだけ見るとかなり高性能な近接武器。
バイオ系に与えたダメージの1/8を回復するブラッドソード。

ただ、どうにもゲーム中ではメインのダメージ自体にかなりマイナス補正が掛かっている様子で、これに武器一枠使うかと言われればノー。

晴れて一番数のある刀は雫の手に渡ったのでした。


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食料調達と44口径の証

自分でも迷いましたがこのように。
ついに大迷宮の真の姿が解き放たれる。


唐突な用語解説。

レベルメタフィン
グロウィンなどの特殊な生物から生成される物質。
取り込んだ細胞に擬態する性質を持ち、擬態細胞が取り込まれた際、その生物の細胞へ向けて浸食を行う。
この性質を利用して作られたのがメタモーフ細胞となる。


順調に進む探索、上がるステータス。

ひたすら下へ向かい、途中で体を慣らすために魔物を狩りながら進む。

 

現在の階層は九十九層。人類の限界を超えて、迷宮を進む。

しばらく前から南雲君の反応が動いている。更に深い層に向かって。

 

まだペースは遅いが、これはしばらくすると本格的に動き始めるだろう。

 

香織の左手から大口径の銃声が響く。それだけで蟹のような魔物の甲殻が砕け、そのまま地面へ崩れ落ちる。

二首の巨大トカゲがこちらに向かって飛びかかってきたので、首の付け根から胴体ごとチョップで真っ二つに裂く。

 

「よし、今日の食糧確保」

「蟹の甲羅焼きっておいしいよね!」

 

私たちはこんな下層、いや中間層まで降りて、晩御飯の支度をしていた。

 

 

○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○

 

 

きっかけは昨日だ。

 

「香織ちゃん、落ち着いて聞いてほしいにゃ~」

「どうしたのマリーちゃん?」

 

「食糧が無いでござる」

「えぇーー!?」

 

結構な量を準備したのだが、想定以上に迷宮が長い。

携帯食糧などがすべて尽きてしまった。

 

残っているのはレベルメタフィンと各種回復カプセル系とドリンク系だ。

 

いざとなれば薬品で飢えを凌げるが、さすがに非常手段だ。

 

「あ、そうだ、魔物食べればいいんじゃないかな?」

「なるほど!」

 

というわけで、魔物クッキング開始。

その時殺した牛型の魔物の血抜きをし、解体。

 

「天恵よ、わが身を害するものを退けよ、”退毒”」

 

念のため切り分けた後に香織の解毒魔法で毒素を分解。

 

「うーん、こんな洞窟の中でバーベキューなんて不思議な気分」

「まぁまぁ、お肉は正義だから」

 

では、いただきます。

さっそく肉にかぶりつき、その味を堪能する。

 

「少し硬いかな? でもこれはこれで野性味があってたまらない」

「うん、おいし……!?」

 

突然香織が体を抱きかかえるようにしてその場に倒れこむ。

痛みに耐える、いやきっとだけど内側からの何かに抗っている?

 

「毒!? いや解毒は完璧だった! ……いや、これ、体が作りかえられて!?」

 

この感じはドラムカンやX-エルの変身に似ている。

そうなればこちらがとれるのは対症療法だけ。

 

「いや、これが役に立つかも! 苦しいだろうけど飲んで!」

 

香織の口に二錠のカプセルを放り込み、飲み込ませる。

 

ひとつは鎮痛のためのオイホロカプセル。もうひとつは、

 

「レベルメタフィン、これで変化の方向性は定まるはず!」

 

人が人のまま人間を超えるための薬品。

おそらくグラトノスはそのためにこれを作ったのだろうが、それ以上にメタモーフ細胞の能力が凄まじかったのでこちらをお蔵入りにしたのだろう。

ネツィブ・メラハに大量に眠っていたそれは、強化改造されたヒトの転写細胞だ。

 

香織が悶え苦しんで居るのに私が平気な理由は、私の体はすでに人間を超えた存在になっているので効果が無かったと思われる。

正確には体が置き換わる以前に強靭すぎる肉体をもっていた事が原因だろう。

 

「しっかりしなさい、香織! 南雲君を助けるんでしょう!?」

 

モーレツ看護とオーバードリップで弾け飛びそうな香織の体を回復し続ける。

 

「な、ぐも、くん?」

 

うわごとのように呟かれる声に、ひたすら呼びかける。

そうして一晩の格闘の末、香織の容体が安定する。

 

「あ、マリー……?」

「どうやら、落ち着いたみたいね」

 

圧縮倉庫からゲンキデルZを取り出して飲み干し、その場にへたり込む。

周辺には介抱に使った道具やらが散乱しており、そのさらに離れた所には無数の魔物の死骸が並んでいた。

 

外見上の変化はない。

いや、一か所だけ、前髪の一部が白くなっている。

 

「原因不明の身体情報書き換えに対しての手は打ったけど、初期段階の治療が間に合わなかった……ごめん」

「ううん、大丈夫だよ」

 

自分のステータスプレートをみる。

 

 

棗マリアンナ 17歳 女 レベル:???

 

天職:芸術士

筋力:1568

体力:1827

耐性:2058

敏捷:2235

魔力:1571

魔耐:1580

技能:ゲージツ[+死んだふり][+着ぐるみゲージツ][+アドレナリンの歌][+金粉ゲージツ][+砲弾ゲージツ][+復元ゲージツ][+悩殺キック][+爆裂シャウト][+暗黒舞踏][+砲撃演舞][+改造ゲージツ][+爆発ゲージツ]・副職[+魔物狩人][+整備士][+白兵戦士][+看護士][+興行武闘士][+舞闘家][+二輪機兵][+芸術士]・魔力操作・薬学知識・薬品生成・圧縮倉庫・装備制限解除・成長限界突破・言語理解

 

 

どうやら魔物の肉を食らったことで、魔力の直接操作ができるようになった様子。

 

「香織、ステータスに魔力操作ってある?」

「ええっと、あれ、魔力操作って増えてる?」

 

どうやら魔物を食うと魔力操作を覚えるらしい。

 

「うーん、魔物の魔力と人体の魔力が反発しあう? いやそれじゃあ体を作りかえることにはならないから、魔物の魔力が体を侵食するからそれに対する免疫反応で体を急激に作りかえるってことかな?」

 

おおざっぱな仮説を立て、そのあたりの死骸から火を吹く魔物の肉を食べる。

 

「あ、火炎放射の技能が増えた」

「……躊躇くなく虫食べてる」

 

火吹きトンボとも言うべき魔物の肉を食らってそのことを検証する。

 

「やっぱり体の組成を魔物に近づける侵食か。メタモーフ細胞のような異物に対する拒絶じゃなく侵食に伴う破壊かぁ」

 

普通の人間では免疫による体の作り変えよりも先に侵食による体の崩壊が先なのだろう。

 

「結論、魔物肉は危険だけど、一度乗り切れば有益! アメーバよりはマシと割り切れば問題なし!」

「えぇーー!?」

 

衝撃を受ける香織を背に、歩くマンドラゴラみたいな魔物で作ったスープを香織に与える。

 

「ほら、なんてことないでしょ?」

「本当だ……しかもこれ美味しい」

 

牛型魔物の骨を煮込んで取った出汁に刻みマンドラゴラを入れて煮込みました。

滋味が深く、自慢の一品となっております。

 

「うん、魔物で食糧調達しよう!」

「よーし、食べられそうな奴は見つけ次第狩ってくぞー!」

 

そうして、冒頭に戻る。

 

地下九十九層、カニの甲羅焼きとトカゲの白焼き。やや淡泊ながら美味しかったです。

南雲君の光点はいまだ地下深く。

 

その夜、香織が何かを感じ取ったように泥棒猫め、と呟いたのは聞かなかったことにした。

決して背中に背負った般若に目をつけられたくないからではない。

 

 

○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○

 

 

「……香織さん、このダンジョンの攻略に関してどう思われますか?」

「すごく、大変だと思います」

 

現在階層、百五十二階層。

南雲君の光点が、ようやく動かなくなる。

 

おおよその高度差から残り階層は四十八層。

 

「つまり、オルクス大迷宮は二百階層からなる大迷宮だったんだよ!」

 

全力で叫ぶが、聞くのは魔物ばかりなり。それらを弾幕優先で装備したハンドバルカンやサンダーフェザーでなぎ払う。

甲殻を纏い、羽で空を飛ぶ黒い虫のような魔物の群れをひたすら撃ち落とす。

 

「同意したいけど、それ以上に手を動かしてよぉ!?」

 

香織も効率優先でブロイラーボンベでもってひたすら虫を燃やし続ける。

熱を持つ小手部分をヒートバスターで強制的に冷却しながら、詠唱を続けてやけどを負う自分の体を回復し続けている。

 

魔力操作の技能を得てから、香織は体のどこかに発動体を接触させておけば魔法を無詠唱で使えるように進化していた。

かくいう私も火炎放射の技能で口から火を吹きまくっている。火炎カブキと違ってガソリンを消費しないのはありがたい。

左手から銃弾の嵐、右手の羽から雷の嵐、口から火の嵐。ついでに足はニンジャステップ。

 

どこの大道芸人だ。

 

そんなこんなで都合二時間ほどで虫型の魔物をすべて狩りつくす。かつての魔物に比べて経験値は薄いが数でカバー。それでも足りない分は食って強化。

 

そうやって敵を狩りながら進み、食べられそうな魔物を食べ、先に進む。

 

途中で大仰な扉があったが、中にはとくに何もなかった。いや、正確には戦闘痕のみ。

 

「……マリーちゃん、これって」

 

転がっている薬莢と、壁にめり込んでいる弾丸を取り出して合わせる。

 

「口径はおおよそ44口径かな?」

「これがあるってことは……南雲君は銃を作ったんだ」

 

あの時から化けると思ってたけど、ここまで化けるとは思わなかった。

こうなったらこちらも俄然やる気が出てきた。

 

「よし、残り階層、一気に下りるぞー!」

「おー!」




迷宮ラストスパートです。

唐突な用語解説。

サンダーフェザー
賞金首ラグナ=ロックの尾羽。
白兵戦で使用出来る全体電撃属性武器。

ラグナ=ロック自体、クリア後追加賞金首の為やたらと堅く強い。

威力が高くお手軽に使える電撃武装として重宝するが、ハンターとソルジャーしか装備出来ない。
複数周回を行う際、これがあると雑魚散らしが楽になる。


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そろそろこの迷宮とおさらばしようか。

け、結局連続更新になってしまった。どんだけストレス溜まってるんだ……

唐突な用語解説。

マグナムガデス
冷血党No.3・百銃のムガデスが持つ銃。
無属性四連攻撃というふざけた属性を持つ銃だが、初出の3では各攻撃間モーションが長く、2Rでは迎撃されるようになってしまった。
しかしその威力は健在、三丁揃えてソルジャーがぶっぱなすを行えばかなりの威力になる。

本当はNo.4? 戦闘イベントを無視出来る? こまけぇ事は気にするな。


反逆者の住処で生活を始めてから一週間ほど経過。

今後のために周辺の魔物を食いながら様々な武器を作る毎日。

 

「ハジメ、今日はどうする?」

 

迷宮の奥で得た特別なパートナーであるユエとともに、これまでに比べて穏やかな生活を送っていた。

 

「そうだな、ドンナーの改良は終わったからそろそろ義手と義眼に本腰を入れてみようと―――」

 

そう思った時、出入り口の方から爆発音が聞こえる。

何事だ、と思いドンナーを手に持ち、向かう。後ろからユエも付いてくる。

 

そこにいたのはあの時倒したのと同じヒュドラと、二人の人間(・・)だった。

 

一人はその右手に巨大な注射器を持ち、左手の拳銃で首に対して銃撃を繰り返す。ナースキャップとガスマスクを組み合わせたようなものをしていて顔はわからない。

その攻撃は的確にヒュドラの顔面にある目を狙って放たれる。立て続けに放たれる銃弾にヒュドラの首が複雑に動くが、それを見越した射撃が繰り出される。

 

もう一人は銃身が四つある銃を撃ちながら、右手に構えた巨大な大砲のようなものから光線を放っていた。こちらは豚のような緑色のガスマスクだ。

片方が攻撃しきれない首を狙ってそれを浴びせ続ける。

そのうちヒュドラの首のうち、黒い頭が力を失ったように崩れ落ちるが、白い頭が光を放つと同時に起き上がる。

 

注射器をもった方がそれを見て、注射器をその場に落とし、背中に手をまわして構えるのは、

 

「RPG-7!?」

「……なにそれ?」

「俺の故郷の武器だ!」

 

両肩に構えられた二本のそれを寸分たがわず白い頭に向けて放つ。

首の根元と頭に一発ずつ放ち、跡形もなく吹き飛ばす。これで再生の心配がなくなったといわんばかりに更に攻撃を続ける。

 

その後も左手でRPG、右手から火炎放射でヒュドラの撹乱を続ける。

 

四連装銃の方がその場で身構える。

腰を深く落とし、手を下に。

 

しばらく目を閉じていたが、見開くと同時に凄まじい速度でヒュドラとの距離を詰める。

 

黄色い頭が防御に入るが、そんなものお構いなしと言わんばかりに超速の四連チョップを繰り出して根元から断つ。

かなり硬かったはずなのだが、それすらお構いなしだ。

さらに離脱時に手榴弾を数発置いていき、本体自体にもダメージを与える。

 

注射器側もひたすら攻撃を続け、着実に欠損部分を作っていく。

その間にも四連装銃側がチョップを叩き込み、残りの首を叩き込む。

 

無論、ヒュドラ側もそれを無傷で成させようとは思っていない。

赤い首が火を吹き、それ以外の首も噛みつきを敢行する。

 

噛みつき攻撃をした首はチョップで迎撃された頭をザクロのようにされるが、火炎放射は直撃。

しかし、それでもひるまず、放たれるエルボーで赤い頭の頸椎を折る。

 

すべての首が行動不能になった後、四連装銃の方がヒュドラから離れ、注射器側の横に付く。

注射器側から魔法の光があふれ、四連装銃側に降り注ぐ。おそらく回復魔法だろう。

 

「まだだ」

 

首を失ったヒュドラから、白銀の首が生える。

それを見た瞬間に二人が左右に散る。

 

先ほど手ひどくやられた四連装銃側に首を向け、その口から極光を放つ。

俺の目を奪ったあの猛毒の一撃だ。

 

極光自体の直撃は避けられたものの、左の脇腹を持っていかれている。

そのまま攻撃をひたすら避けながら自分の体に小さい注射器のようなものを打ち込んでいる。

 

傷自体は塞がっていないが、あの光線砲を放ちながらひたすらヒュドラの気を引く。

 

そして、注射器の方がその胴体に向かってその注射器を突き刺し、中の薬液をすべて注入する。

その瞬間、ヒュドラが大暴れを始める。

 

注射の痕から煙が立ち上り、白銀の首も極光をそこらじゅうにまき散らす。

それを危なげなく避けながら追加で攻撃をたたき込んでいく。

 

そうしてしばらくした後、ヒュドラは動かなくなった。

 

「……強い」

「ああ、とんでもなくな」

 

ヒュドラに挑んだあの時と比べ格段に強くなっているが、少なくとも油断していたら負けるくらいには実力がありそうだ。

いや、元から俺に油断は許されない。油断して死ぬのはごめんだ。

 

「はー、あっつい!」

 

四連装銃側がマスクを取る。

注射器側も同様にマスクを取る。

 

そこにはかつて見た顔。アルバイト先の雇用主に、あの夜守ってあげると言われた人。

 

「棗……白崎……なのか?」

 

 

○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○

 

 

グラトノザウルスみたいな奴には驚かされた。

なんか七本首生えるし、銀色のブレスで脇腹えぐられるし、エナジー注射まで使ったのは久しぶり。

治りが遅いけどたぶん毒だろう。まぁ香織に治療してもらえば問題なし。

 

被っていたブルメットを脱ぐ。香織も戦闘が終わったと判断してメディカルマスクを取る。

 

「棗……白崎……なのか?」

 

わずかな声に視線を向けると、奥にある扉の所に人影。

即座にiゴーグルを確認すると、その人影からシグナルが発せられている。

 

私が走り出すよりも先に、香織が凄まじい勢いで走り、その人影に飛びついた。

 

「南雲君!」

「白崎!?」

 

うん、感動の再会。とても絵になる構図だと思う。

私も走って近づく。

 

「やっと追い付いた! 追い付いたんだよぅ……!」

 

香織が南雲君の胸で泣きじゃくる。

抱きついている間も、約束守れなくてごめんなさいと、泣きじゃくりながら呟いている。

 

「やっほー助けに来たよって、遅かったかな?」

「棗、か?」

 

まぁ、学校の制服じゃなくてサラトガスーツにブルメットじゃなぁ……

 

「だいぶ様変わりしちゃったね」

 

左腕と右目は欠損し、身長も二十センチほど伸びたうえで白髪になっている。

 

「おまえは変わらないな。外見はともかく」

「まぁね、鍛えてるから。ごめん、香織は少しだけ変わっちゃった」

 

香織も相変わらず泣きじゃくっているが、ようやく落ち着いた様子。

そして決心したように南雲君を見る。

 

「南雲君、いや、ハジメ君。私はあなたの事が好きです!」

「はい?」

 

落ち着いたと思ったらこの発言。恋する女の子は強いわ。

そんな状況の中、南雲君の後ろにいた女の子が動き、南雲君から香織をひきはがす。

 

「ハジメは私のもの。離れて」

 

そのまま南雲君に抱きつく女の子の後ろに何か陽炎のようなものが立つ。

 

「ハジメ君、この子は誰かな?」

「ハジメは私のもので、お前なんかが立ち入る隙なんてない。徹頭徹尾私のもので私もハジメの所有物」

 

次の瞬間、二人の背後から暗雲を背負った龍と刀を持った般若が飛び出す。

アビィさんとラッキーナが初めて出会ったときみたい。

 

「……うーん、修羅場」

「見てないで助けてくれ」

 

そのまま私は手を合わせ、合掌。

南雲君は絶望の表情を浮かべた。

 

 

○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○

 

 

私たちが反逆者の住処に辿り着いて、二か月が経過した。

その間、魔物肉で料理したり、ユエと香織が南雲君に夜襲(夜這い)したり、

銃器の手入れや戦闘訓練をしたり、ユエと香織が楽しそうに喧嘩したり、

南雲君が二人に純潔(はじめて)を散らされたりといろいろなことがあった。

 

そして現在の私たちはと言うと……

 

「エバ=グレイ博士か、サイバーウェアの第一人者というのは伊達じゃないな」

「私としては非常に不愉快だけど、役に立つからね」

 

南雲君の欠損部位を補う義手と義眼作成にあたり、デビルアイランドから根こそぎ奪ってきた研究データとグレイ博士のレポートを渡した。

それを元に作られた義手と義眼は元の体のように馴染み、それでいて言われなければ気付かないレベルの精巧さを誇っている。

 

中に何か仕込んでいるようだが、詳しい製造工程は見ていないので後の楽しみにしよう。

 

「こっちのバトー博士の設計図面も中々」

「あー、口は超がつくほど悪いけどまぎれもなく天才だから……」

 

よくレナはあんなあだ名(ゴキブリ)と付けられて切れなかったものだ。

私だったらその場で銃を抜いている自信がある。

晩年はバイクや大型車などの設計図も暇つぶしに書いていたこともあり、遺品整理の時に設計図面をちょろまかしておいた。

 

ところどころにゴキブリ用とかハナクソ用とかうすのろ用とか書いてあるのはご愛敬。

 

「しかし、エンジンの実物があって助かった」

「今見てるの文字通り炎神だし」

 

目の前に置いてあるエンジン(炎神)を眺めつつ、呟く。

 

いくつかだぶついていたエンジンを解体し、それをたたき台にして魔力駆動二輪と四輪を作り上げた。

その上技術協力の代わりにある物も作って貰った。これでアーチストとしての真価も発揮できる。

 

「銃器も現物があると精度が段違いだな。生成魔法と錬成で再現できる銃器も増えるし」

「私としては銃弾の補充が容易になったのはありがたいにゃー」

 

ショットガンに重機関砲、それに二丁目のリボルバー(シュラーク)の作成に大いに役立った。解体された漢マグナム、プライスレス。

専用スピードローダーの開発も行ったので、リロードも楽になるだろう。

 

南雲君は錬成と生成魔法を完璧に使いこなしているが、私は生成魔法でせいぜい弾丸と治療用ナノマシン(消耗品)を作り出すのが精一杯。

 

ただし、時間は掛かったが一つだけ切り札たり得る物を作っておいた。

出来ればこれが日の目を見る機会が無ければいいと思っている。

 

「私は神水と回復ドリンクの新たな可能性が一番の収穫だね」

「魔法と超科学の融合とかどんなラノベだよ」

 

出来上がった薬に超神水と名づけようとしたら南雲君に止められた。解せぬ。

とりあえずアムリタと名付けられたそれは、傷の超再生と共に超回復効果による身体強化(改造)を行う現代化学に基づいた魔法薬となった。

 

試作品を飲んだ際、ちょっと激痛と共に体が強化されつつ傷が治るという体験をしたが、痛くなければ強くなれませぬ。

あって良かったオイホロトキシン。

 

「ところで、部屋の外からこちらを眺めている二人はどうすればいいのかな?」

「俺は知らん」

 

ドアの隙間からこちらを怨念のこもった眼で見る二人。

私たちはあくまで研究の徒であり、やましいこととか一つもないのに。

 

「むしろこの副産物のやたらとぬるぬるした液体とか二人にとって便利なのに」

「おいやめろ」

 

次の瞬間には二人が扉の影から出てきて私の手を握り、ハグしてくる。

 

「ありがとう、これでもうちょっといろんな事が出来るよ!」

「ん、ありがとうマリー。出来れば何か夜の生活をもっと楽しめる物が欲しい」

「お前等少し自重しろ!」

 

南雲君が叫びを上げる。

とりあえず二人には振動する楕円形の物体を渡しておいて、真面目な話をする。

 

「今後どうする?」

 

生成魔法を得るときに知ったこの世界の真実に対し、ここに居る全員の思いは一つ。

 

「俺は帰還の方法を探す。神だの解放者の意志だの、そんな物に興味は無い」

「私もハジメの居ない世界に未練は無いし、ハジメの故郷に行ってみたい」

「そうだね、帰ってハジメ君と結婚したいし。ハジメ君はドレスと白無垢どっちがいいかな?」

 

その言葉にユエが香織につかみかかり、取っ組み合いを始める。

これもまた最近ではありふれた光景だ。

 

私自身の回答も同じだ。

 

「まぁ、私もこんな神の居る世界に居られるか、先に帰らせて貰う! ってところ」

「それ死亡フラグみたいに聞こえるから止めろ」

 

それに、と前置きをして、

 

「―――私が留守にしてる間、どれだけの仕事と査読が溜まるかと思うとぞっとする」

「俺はその処理に駆り出される訳か……」

 

頑張れ助手。超頑張れ。宛名書きと製本作業は任せた。その分給料弾むから。

そうして約二ヶ月間に渡るオルクス大迷宮地下における活動を終える。

 

「忘れ物はない?」

「ん、大丈夫。ローションもばっちり持った」

「ちゃんとオモチャもばっちりだよ!」

「このエロ二人は……!」

 

次の目的地は、ライセン大渓谷。

元の世界への帰還の為、新たな神代魔法を得る為の旅が、始まる。




オルクス編はこれにて終了。今度こそ不定期になる予定です。

唐突な用語解説。
ブロイラーボンベ

皆のトラウマテッドブロイラーが落とす武器。
火炎属性では最強クラスの装備で、装備出来るジョブが多い事から狙う人も多い。
しかし、リメイクで即死攻撃と眼からレーザー撃って迎撃追加するとか、スタッフも分かっていらっしゃる。

おかげで汎用アーチストが秒殺されましたがな!


※2018/07/28 22:45 微修正。


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幕間 苦労人の追跡道中記

なんかカラオケでストレス発散したら出来たので投稿。

唐突な用語解説

やたらぬるぬるした液体
マリーが開発した機械油に変わる潤滑剤を目指した物。
効果は高かったのだが、思ったよりもコストが掛かり、油の方が安いと結論。
しかしナノマシン輸送において非常に有益な物として判断したため、帰還したら研究する予定。

今はもっぱら香織とユエがハジメと楽しむ用のアイテムになる。


マリーと香織の追跡令がが出てから翌日。

私達は、再びこのオルクス大迷宮に潜っていた。

 

「ねぇ、しずしず……二人とも大丈夫かなぁ」

 

ムードメーカーの鈴が、不安げに言う。

彼女の心配も分かる。私達クラスの皆が一斉に挑んで、敗走した迷宮に僅か二人で挑んでいるのだ。

 

「そうね、不安で仕方が無いけど……それ以上にマリーの未知数な実力に掛けるほうがいいかも、ね!」

 

飛び出してきたラットマンを居合いの要領で真っ二つにする。

刀に刻まれたのこぎり状の刃先が、ラットマンの血肉を取り込む。そして鍔元に設置された瓶に透明な薬液が溜まる。

 

「……それ、大丈夫なの?」

「試してみたけど大丈夫みたい。最近薬屋で取り扱ってる液体傷薬と同じ成分みたいだから」

 

ここ数年で出回っている薬品の中で、塗布用の傷薬という物がある。

包帯に染みこませて巻いて薬液で保護などでは無く、塗った部分から傷を再生させる物。

体内内部の傷にも飲むことで成分を行き渡らせて治療する画期的な薬。

 

「ええっと、メディカプセル?」

「そうそれ」

 

医薬会に革命を起こした薬、それと同じ中身だ。

 

「マリーは本当はもっと強力なのが生成出来れば良かったって」

 

当のマリーは刀にしては鋭さに欠け、薬で回復するにはいささか弱すぎるとのこと。

しかし、私自身や訓練中に怪我をした人に試して貰ったが、十分な回復力を発揮した。

 

「なんにせよ、非常時の回復手段があるのはいい事ね」

 

再び飛び掛かろうとするラットマンの胴体に突き刺してから、縦に裂く。

ラットマンが絶命したのを確認してから、胸元に刺して血を吸わせる。見る間に血を吸い、ひからびたラットマンに対して、薬液はほんの少しせいぜい十ミリくらい溜まったぐらいか。

 

「薬の為とは言え本当に妖刀で困るわ」

「今宵のコテツは血に飢えている……ってやつ?」

 

皆にはこの刀の名前をコテツと言ってある。

真実の名前(はらきりソード)を知っているのはメルド団長だけである。

 

 

○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○

 

 

「よし、ひとまずここで休憩だ! 警戒は怠るなよ!」

 

現在地点は二十階層の中間。

メルド団長の声に、各々が広場にある瓦礫などに座り、体を休める。

 

「雫、どうだ?」

 

メルド団長が私の元に駆け寄ってくる。

この場合のどうだ? というのは道中で何らかの痕跡があったかどうか、という事だ。

 

「入り口の派手な破壊痕くらいですね……」

 

あれか、とメルド団長も顔をしかめる。

 

当然だ。三日以上経った現場に漂っていた刺激臭、あれはガソリン系の臭いだった。

黒焦げになったエンジンみたいな物と、熱でひしゃげている車体の様な物が転がっていれば嫌でも分かる。

 

「あの移動手段があれば、街と街の移動は相当楽になるだろう」

「ロケットで突き抜けるのは勘弁ですけど……ん?」

 

これから向かう方向を見る。

通路の床付近に何か銀色に輝く線が見える。

 

線の付いている先を見ると、お弁当箱くらいの箱が有り、その箱につながっている。

あまりこういうのに疎い私でも知っている、こういう仕掛けの爆弾があるのを。

 

「敵襲! ロックマウントだ!」

 

通路の奥からやってくるロックマウントの数、三匹。

そこに構えるのは坂上君と光輝、後ろに鈴。

 

先頭のロックマウントが威勢良く広場に飛び込んできて、その銀線を切る。

 

声を上げる暇も無かった。

何かが弾ける轟音が数発して、入り口付近に煙が立ちこめる。

 

「”光壁”間に合って良かったぁ」

 

鈴が咄嗟に張った結界魔法が光輝達を守護していた。

 

そして煙が晴れると、

 

「うっ……」

「これは……!」

「うえっ……グロい」

 

ロックマウント三体が高速で撃ち出された無数の鉄球に貫かれて挽肉になっていた。

 

「あれは、あいつらの痕跡か?」

「ええ、私達の世界の武器、クレイモアね」

 

おそらく安全確保の為に設置して、回収を忘れたのだろう。

結界にも数発直撃しており、鉄球が結界にヒビを入れていた。

 

「うわぁーん! しずしず、怖かったよぉ!」

 

抱きついて泣き出す鈴をあやしつつ、マリーには一発拳骨をくれてやろうと誓った。

そうして少し鈴が落ち着いた頃、団長の後ろに現れる影。

 

「なぁ、メルド団長」

「うぉ!? なんだ浩介か」

 

ひでぇ! と叫ぶ遠藤君だが、正直に言おう。私も気付かなかった。

 

「あっちの壁の所なんだけど、ちょっと妙な物を発見した。八重樫には薬莢って言えば分かるか?」

 

見せられたのは、金色に輝く金属の筒。

 

「拾ってみたが、ざっと百個近くはあった。やっぱこれってマリーか?」

「出所はマリーだろうけど……たぶん違う。勘だけど」

 

過大評価かもしれないが、マリーの練習ならもう少しスマート、それこそ数発で終わるような物だろう。

にもかかわらずこれだけの薬莢が落ちているのは、

 

遠藤君に案内され、薬莢の落ちていた辺りと、その壁を調べる。

壁に穿たれた弾痕を辿ると、遠くからだんだん中央に集約するように密度が上がっている。

 

「たぶん、銃と弾丸の提供はマリーで、練習したのは香織……」

「薬莢はドラマや映画に出てくる大きさのだな。五発くらいでかい薬莢があったが」

「そっちはマリーね」

「なるほど、デザートイーグルか」

 

何が何だか分からないというメルド団長に、かいつまんで説明する。

 

「爆発で鉛の礫を飛ばす武器、か。強いのか?」

「距離にもよるけど、鉄板くらいなら抜けるぞ」

 

人類の英知が生んだ近代の戦争を塗り替える、鉄と火の化身。

戦争における命の重さを非常に軽くしてしまった元凶。

 

私達の世界で起きた戦争をかいつまんで説明すると、団長も納得した様子。

 

「……この事は俺の胸の内に納めておく」

「その方がいいわ。この世界を地獄にはしたくないから」

 

魔物に向けられるのならいいが、人に向けられるのはゴメンだ。

 

 

○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○

 

 

現在位置は四十階層。

 

魔物を倒し、罠をかいくぐり、皆が順当に経験を得て強くなったと思う。

しかし、あの二人が残した痕跡を見て、皆が言葉を失った。

 

そこら中に散らばる薬莢、大量の弾痕が穿たれた壁、一部には焼け焦げた痕がある。

何よりも、一体も魔物が出てこない(・・・・・・・・・・・)

 

「あいつら、一体何をやったんだ……?」

 

坂上君が呟く。

そこにはベヒモスほどではないが、巨大な蜘蛛の死骸があった。

頭の部分がはじけ飛んで、胴体が真っ二つに裂かれていた。

 

「ジャイアントスパルチュラがこんなになっているのを見るのは初めてだな」

 

同行している騎士団のアランさんが呆然としたように言う。

死骸に触れながら、細かい部分を検分している。

 

「こいつは地上にも現れるんだが、騎士団の一個中隊が総掛かりで倒すような魔物だ……」

 

光輝の一撃なら可能かもしれないが、とアランさんは言う。

検分を終えて、死骸から魔石をえぐり取る。

 

「残っている死骸は今のところこれ一匹か。しかしこの静けさから考えるとこの階の魔物はあらかた狩り尽くされているな」

「前の階は魔物がいたし、一体この階で何があったんだ?」

 

アランさんと坂上君が二人であーでもないこーでもない、と言っている中、私はある物を発見してしまう。

 

『迷宮四十層殲滅記念 棗マリアンナ・白崎香織』

 

そう書かれた石のプレートを。

そして裏面にはこうも刻まれていた。

 

『このプレートは爆発物です。砕けると同時に半径五メートルほどの爆発を起こします』

 

その小さなプレートをそっと懐にしまい込み、マリーのこめかみをグリグリする事を心に誓った。

 

 

○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○

 

 

かつての地獄に思いを馳せるのは一瞬。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ! 天翔閃!」

 

光輝の一撃が、再び私達の前に立ちふさがった壁、ベヒモスに直撃する。

あの時は全くダメージを与えられなかった一撃が確かに奴の体を痛みによじらせる。

 

痛みに怒りを覚えたベヒモスが地面を砕くようにしながら突進してくるが、坂上君と永山君が身体強化を使いながら、突進を受け止める。

 

「粉砕せよ、破砕せよ、爆砕せよ! 豪撃!」

 

押さえ込んだ所に、メルド団長の一撃が角に直撃。

 

「全てを切り裂く至上の一閃! 絶断!」

 

私も抜刀術をもって、メルド団長の一撃が当たったところ目がけて、抜刀術をたたき込む。

衝撃を受けた場所に入る一刀は、ベヒモスの角を両断する。

 

今までのアーティファクト剣であれば、これで終わりだろう。

しかし、今の私の手には刀がある。

 

そのまま柄を両手で握り、下からの一撃。

 

「至上の一閃は再び飛び立つ! 連断!」

 

飛び上がるような一撃が再びベヒモスに襲いかかる。

浅い、がベヒモスの眼の部分に一太刀。縦一文字に入った傷を見て、まずまずの完成度だと認識する。

 

現在位置は六十層。未だに二人の影は踏めず。

ただし、痕跡はどんどん見付かる。

 

たとえば、たき火の痕。

たとえば、大量の薬莢。

たとえば、変色し、謎の液体を垂れ流して腐敗した魔物。

 

それも一体どころでなく、何十体もだ。

 

体内に打ち込まれた毒が、体をグズグズに溶かして絶命させた様子。

試しにその辺の石ころを謎の液体に放り込むと、シュウシュウいいながら溶けた。

 

これには、全員が絶句した。

 

ガラス瓶に保管して持ち帰ったその液体は、薬士曰く龍をも殺すであろう猛毒だと嫌な太鼓判を押した。

厳重な保管対策が施され、宝物庫の奥深くに封印されるのだった。

 

いけない、戦闘中にそんな事を考えている暇はなかった。

 

「聖絶!」

 

私達前衛を飛び越して、後衛側に跳躍したベヒモスが、鈴の結界魔法に阻まれる。

その防御が効いている間に私達前衛が追い付き、ヒットアンドアウェイで攻撃を繰り出す。

 

そして最後は術士五人の炎系魔法によりベヒモスが消し炭になる。

 

しばらくの空隙、そして歓声。かつての強大な敵を、今回は完膚なきまで仕留めた。

 

はらきりソード、いやコテツを鞘に収めて、息を吐く。

 

幼なじみと、あの獰猛なクラスメイトは、一体何処まで行っているのか。

まぁ、今くらいは少しだけ勝利の余韻に浸ってもいいだろう。

 

 

○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○

 

 

雫は知らない。この階層の外れにある広間。

そこに三体のベヒモスだった物がいる事を。

 

一体はなまくらな刃物で切りつけたような一撃をもって、首を引き裂かれ、

一体は先ほどの炎魔法もかくやという炎で焼かれた炭の塊になり、

一体は首元の刺し傷と、首と頸椎が打撃によって折られ、

 

それぞれが無残な姿で屍をさらしていることを、彼女は知らない。




こうして苦労人は微妙に強化されつつも、さらなる苦労に見舞われるのだった。

唐突な用語解説。

楕円形の振動する物体
貼り付けた箇所を動によって筋肉の緊張を解す道具。
使用箇所によっては筋力の瞬間的な強化も可能。

こちらも香織とユエがハジメと楽しむ用の道具になっているが、
時々切れたハジメがこれを使って二人に逆襲するときがあるらしい。

2018/07/30/06:28 誤字修正
2018/07/30 20:30 冒頭に整理用の情報記載の為削除、本文の一部修正。


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