innocent時空のユーノくん短編集(CP雑多) (形右)
しおりを挟む

秘密は些細な独り占めから

 一応は今回の話がシリーズのプロローグ部分にはなっております。


 お出迎えは、一人で Seclet.

 

 

 

 

 

 

 

 海鳴市にあるグランツ研究所。

 VRゲーム『ブレイブデュエル』の開発や、ロボット工学を扱うこの研究所には、現在四人の留学生と、此処の所長たるグランツ・フローリアン博士の娘二人が生活しており、賑やかで楽しい日々を過ごしている。

 だが、本日残っているのは一人。

 赤い縁の眼鏡を掛けた、短く肩口の辺りで切りそろえられた茶髪の少女、シュテルだけであった。

 それというのも、本日は休日であるにもかかわらず取り立ててすることもないと言うのがことの始まりである。さしあたってすることもなかったため、他の面々も――まぁいつものことであるが――勝手気ままに自分たちのしたいことのために飛び出していった。

 面倒見の良いアミタやディアーチェ、あるいは無邪気なレヴィ辺りはシュテルのことを連れて行こうとしたが、今回は辞退しておいた。別に出かけるのが嫌だったわけではなく、ちょっとした野暮用があるからだった。

 

 これはまだ誰にも明かしていない、彼女のちょっとした秘密の――彼女自身が秘密にしようとした、お話である。

 

 

 

 *** ささやかな独り占めのひと時 Boy_Meets_Girl.

 

 

 

 空港のアクセスポートへ着いたシュテルは、いつも落ち着いた彼女にしては珍しく、そわそわしながら到着予定の便を今か今かと待ちわびている。

 とはいえ、別に飛行機そのものに乗ってどこかへ行こうというわけではなく、彼女の待ち望むものがやって来ることを待っているのである。

 それから約一時間後、彼女の待ち人を乗せた便が空港へと着いた。

 しばらくロビーで待っていると、搭乗ゲートから少年が一人降りてきた。

 亜麻色の髪に、緑色の澄んだ瞳。

 髪は少々長く、一見すると女の子にさえ見えそうな中性的な顔立ち。

 まさしくこの人物は、シュテルの待ち望んでいたユーノ・スクライアその人であった――

 

「ししょ――ユーノ」

 

 思わずいつも『BD』の中で呼んでるように呼びそうになり、少し詰まりながらも彼の名の方を口にして、彼を手招く。

 シュテルのことに気づいた彼は、彼女の居る方へ柔らかな笑みと共に足を運んできた。

「やぁ、元気だったかい? シュテル」

「ええ、そちらも元気そうで何よりです。久しぶりですね。ユーノ」

「うん、そうだね、最後に会ったのは確か……シュテルたちが留学して少し経ったくらいだったかなぁ?」

 挨拶を交わしながら、久方ぶりの邂逅を懐かしむユーノ。

 随分と会っていなかったようだ、と、どことなくじじむさい感傷に浸る部分があるのは、彼の保護者である祖父の影響なのかどうか……。

 が、

「大体そんなところですね。――しかし、会えなかったことは兎も角として。少なくとも、連絡が取れなかったのは、別に私が貴方への連絡を渋ったりしたからではないのですけれども?」

 先ほどまでのソワソワとした態度から一変し、シュテルの瞳はいつも以上にジトリと彼を見てきた。

 唐突な飛び火に、思わず言葉に詰まるユーノ。

「うっ……」

 最も、その部分に関して言えば、彼の方に若干非と呼ぶべき一側面があったことは否めないことは、重々承知しているのだが……それ故に、尚のこと始末が悪い。

「いつもいつも、連絡をする度に誰かと通話中、ないし圏外というのはどういうこと何でしょうかね――発掘旅行のついでに、誰か女の子と逢瀬でもしてきたのですか? それとも、どこぞの学会でファンでも増やしてきた、といったところでしょうか?」

 赤く縁取られた、レンズの奥にある蒼い瞳が、まるで責め立てるかのようにユーノを射貫いてくる。

 別にやましいことがあるというわけでもないのに、まるで自分が何かをしでかしたような気分になるのが不思議なところ。世に言う、上司への接待などを勘違いされて妻に糾弾される夫というのは、こんな気分なのかもしれない。

 と、ユーノは思考を切り離して他人事のようにそう思った。

 そんな彼の様子が不満だったのか、シュテルはますますジトっとした半目で何かを訴えてくる。

 前に彼女が向こうにいたときもよくこんなことがあったものだ。

 ちょうど友人であるクロノが母や妹分たちと向こうの叔父に会いに行ったとき、ユーノたちの方にも遊びに来たことがあった。その時も、アリシアやフェイトに勉強を教えていたり、クロノと喧嘩している時さえシュテルはそんな目をしていた。

 いや、流石に大げさに言い過ぎた部分もあるかもしれないけれど、何故かユーノはこの目に弱い。幼なじみ内では――特にレヴィ辺りに――『ユーノはシュテるんに弱いなあ~』などとよく言われていたものである。

 実際その通りなのだが、果たしてこれは何がいけなったのか? その辺りが、今ひとつユーノは判らないでいた。

 しかしその反面、逆に思い出した部分もある。

「あれ? そういえば……みんなは?」

 いつも一緒でいることの多いシュテル、レヴィ、ディアーチェ、ユーリの四人組。けれど、今居るのはシュテルのみ。海鳴市(こちら)へ来ることをメールで告げたときは、確かみんなで来るというようなことが書いてあったような……

 ユーノが思い出した事柄を口に出すと、シュテルの勢いが少しだけ衰える。

 自分一人では不満なのか、と問えば、単純に来ていないのが気になるとだけ応える。……この問答に関しては、微妙にシュテルの側は旗色が悪い。

 とはいえ、だからといってありのままを言うのも悔しい。

「……少しだけ、所用があると言っていました」

 だから、ほんの少しぼかした真実を告げる。有り体に言って、独り占めしたかったという自分の本音を包み込んで。

 別に言ったところでユーノは困らないだろうが、その辺は微妙な意地の部分。

 比較的ストレートな言動の多いシュテルにしては珍しく、そんなところを重んじた答えを導いた。

「そうなんだ。じゃあ寧ろ、シュテルが来てくれて良かったって思うべきだったかな」

「……」

 気兼ねない仲、という間柄を差し引いたとしても。どうにもその素直な展開は、回り込んでいったシュテルに微妙な棘を感じさせる。

 が、もう手遅れだ。

 ――――貴方を独り占めしたくて、他のみんなには告げるフリをして告げていませんでした。

 今更そんなことはいえないし、言いたくはない。……だって、恥ずかしいから。

 普段、ゲーム内では『星光の殲滅者』などという異名を取る彼女も、こうなっては形無しである。殲滅者はその実、存外に乙女なのであった。

「……」

「??? シュテル?」

 先ほどから黙り込んでしまった少女に、不思議そうな顔で声を掛ける少年。

 この構図は、端から見るとまるっきり色恋沙汰のそれである。

 知ってか知らずか――はたまた、これ以上此処に留まりたくなかったのかはさておいて、シュテルはユーノの手を引いて空港の出口へと向かう。

 手を引かれて驚いた様子のユーノに、

「……これ以上、此処で立ち話もなんですから」

 とだけ言って、シュテルは外へと向かう。

 その一言で、自分よりほんの少し上にある翡翠色の瞳は既に困惑をなくしている。

 そのことがどことなく悔しい様に思う。鼓動が強くなり、白い筈の頬に朱が入れられた己とは逆に、落ち着いたユーノの様子がなおのこと。

 最も、それも詮無きことだ。

 ファーストアタックは痛み分けだが、まだ時間はたっぷりとある。

 ここからじっくりと、セカンド、サードと順々に攻めていけばいいのだ。

 

 今、ここからの時間はシュテルのものであるのだから。

 

 

 

 ――その少し後、図書館近くの喫茶店でのんびりと会話していた二人の姿があったという。

 

 

 

 

 

 

 ……オマケ?

 

 

 

 ……と、此処までで終われば良かったのだが、そうそう世の中は上手く行くはずもない。

 

「あれ、シュテル?」

「……ナノハ」

 

 そんな声を皮切りに、あれよあれよという間に人が集う。ちょうどシュテルの得意な、集束砲撃のように――。

 

 

 

「へー、考古学者なのね。凄いじゃない! Excellent!」

 なんてアリサの声が、

「ユーノくんも本好きなんだねぇ~」

 共通点を見つけたらしいすずかの声が、

「久しぶりー! 元気だった~?」

「久しぶりだね。ユーノ」

 なんて言っているテスタロッサ姉妹に、

「ユーノくんっていうの? あのね、家にもそんな名前のフェレットさんがいてね? わたしの大事なお友達で〜……」

「……ナノハ、それはまた違うのでは?」

「えー? でも、なんだか雰囲気似てるし、こっちのユーノくんとも仲良くなりたいなぁ~って」

「…………また、魔の手がユーノに……(怒)」

 

 そんな声もあった。

 

 ちなみに、グランツ研究所の王の面々もやって来ており、

「ユーノ~♪」

「ひっさしぶりぃ~!!」

 ほんわかと抱きつくユーリと、思いっきりダイブをかましていくレヴィ。

「あら、可愛い男の子ねぇ~」

「皆さんの幼なじみなんですね! 研究所こと我が家では、大歓迎ですよー!」

「……おいシュテル。言い訳は、勿論考えてあるのであろう?」

「……なんのことやら」

「とぼけるでない! そもそもだな、朋友を迎えるとあって、その事案をぼかして伝えたなど、臣下にあるまじき――」

「……そもそも王ならば、下々の者の言葉を察するべきでは?」

「ぐっ……!?」

 いつも通り、大体こんな感じであった。

 

 

 

 けれど、

 

「――シュテル」

「何でしょう……?」

「賑やかで、退屈しなさそうな良い街だね」

「……はい」

 

 確かにそこには、笑顔と、楽しいことに溢れる何かがあった――。

 

 

 

 

 

 

 何の益体もないEND

 

 

 




 お楽しみいただけましたでしょうか?

 楽しんでいただけたのなら幸いです。投稿は不定期かと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

麗らかなひだまりの中で

 今回のお相手はユーリ。
 ほんわかした雰囲気を意識して書いてみた感じです。


 休息は外で Let’s go out!

 

 

 

 海鳴市・暁町にあるグランツ研究所にて――

 今日も今日とて、VR関係の研究がおこなわれていた。

 本日は、仮想空間におけるデータベースの運営。また、そこにおける活動のデータ収集である。

 

 投影された画面とキーボードの前に座りながら、ユーリはモニターの中を真剣に眺めていた。

 モニターの中には床や天井の無い、うねるように上下に連なった書架が広がっている。

 その光景こそ、仮想化されたデータベースであり、ここの研究所で研究が進められている仮想世界の可能性の一つだ。

 そんな風景を背景(バック)にして、ユーノは一人浮いていた。

「ユーノ、どうですか?」

 ユーノは〝外〟から掛けられた問いに対し、こう応えた。

『うん、良い感じだよユーリ。検索、閲覧、整理――どれも問題ない』

 自身のサポートをしてくれているユーリにそういうと、ユーノは目の前に在った〝本〟をパタンと閉じ、目の前から書架へ戻す。

 そんな彼の様子に、ユーリは「良かったです」と安堵の表情。

 特に支障はなかったようだと判断して、一旦ユーノに検索を中断するように頼み、正面の脇に浮かぶ他のモニターで彼のバイタルチェックを行う。――数値はどれも正常、いたって問題は見られない。

『仮想空間におけるバイタル変化、いずれもオールグリーンでした。お疲れ様ですユーノ。そろそろ、戻ってください』

『うん。仮想データベースでの検索は、これで結構データが集まったかなぁ?』

「はい。……ただ、速度に関してはもう少し落としてもらえると。ユーノは、並列思考処理が早いので、その……検索の基準(ベース)が高くなりすぎてしまうので」

 微かに苦笑しながらユーリに言われて、ユーノは少しバツが悪そうに頬を掻く。

 そこから、どちらともなく小さく噴き出して、二人きりのラボに楽しそうな笑い声が響いた。

 そうして二人がしばらく作業を続けていると、

 

「やあ、二人共お疲れ様」

 

 と、そんな声と共に、ラボに癖の強い黒髪をした白衣の男性が入って来た。ここの研究所主任のグランツ博士である。

『あ、お疲れ様です。博士』

「おつかれさまです~」

「うん、お疲れ様。そろそろ休憩でも入れないかい?」

 そういった博士だったが、二人はもう少しでキリが付くからと作業に戻る。

 どうやら大まかなデータ収集は終わっていたらしいが、こまごまとした微調整が残っていたらしい。そうやって残りを片付け始めた二人を見て、博士は楽しそうなやる気というか、二人の生真面目さを頼もしく思いつつも、あんまりにも一生懸命すぎる部分には苦笑い。

「うーん……。二人が頑張ってくれているのは嬉しいけど、もう少しペースを落としてもいいんだよ? 研究は君たちや、みんなのおかげで本来の予定よりずいぶん進んでいるわけだからね」

 まぁ、ジェイルの悪ふざけは少し困る時もあるけど。

 なんて付け加えた博士に、ユーノとユーリはくすくすと愉快そうに笑う。

 確かに、博士の言うところのジェイル――グランツの後輩であるジェイル・スカリエッティ博士は、どうにも『悪役(ヒール)』に強いこだわりがあるらしく、未だに世界征服を目指して時に大胆に、時にちょっぴりセコイやり方で『BD』の中をいい意味で掻き乱していたりする。

 と、それはともかく――

 ひとしきり笑い終わると、博士は少し真面目な顔になってこう言った。

「まぁ、君たちが楽しんでやっているのはとても頼もしいよ。しかしね、僕は二人の娘を持つ父親でもある。だから、可愛い家族同然の君たちにも無理はしてほしくないんだ」

「あぅ……」

「すみません……」

「たはは。いやいや、謝る様な事じゃないさ」

 沈んでしまった空気を変えるように博士は、二人に提案する。それならいっそ悩むより、少し外を散歩してくるのはどうかな? と。

「今日は、とてもいい天気だからね。どうやら見たところ、残ってるのは不備のチェックくらいみたいだし。残りは僕がやっておくよ」

 その言葉を受けて、二人はしばし考えた末――じゃあ、お言葉に甘えて、といって、片づけた作業の最終チェックを博士に任せ、外へ出ることに決めた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ラボでのやり取りから十分ほどしたのち、ユーノとユーリは一旦部屋に戻り、外出の準備を始めた。

 準備と言っても、そんなに遠くへ行くわけでもない。せいぜい財布とケータイを持つくらいのものである。あとは、ユーリが小さなポシェットを持ったくらいだろうか。

 そうして入り口まで向かったのだが、思いのほか日差しが強い。

 初夏の訪れをありありと感じさせるそれに、ユーノは少し考えた後、一旦部屋に戻って麦わら帽子を取ってくると、ユーリに被せた。

「まだそんなに熱いって程じゃないけど、まぁ念のために」

「ありがとうございます、ユーノ」

 ぽふっ、と、頭に乗せられた帽子を軽く押さえながら上目で見てくるユーリに微笑みを返すと、早速二人は外へ向かう。

 その背を遠巻きに見守るグランツ博士は「うんうん」と頷きながら、楽しい外出になることを祈りつつ、二人から引き受けた作業を片づけるべくラボに戻っていった。

 

 と、ひとまず外へ出たはいいが、研究所を少し離れたあたりで、二人は目的地を決めていなかったことにはたと気づく。

「どうしましょう?」

「うーん、どうしようか?」

 疑問符を浮かべて首をかしげる二人。何となく傍から見ると、まるっきり姉妹……いや失礼、兄妹の様である。

 悩み始めた二人。

 しかし、脚を止め続けても意味がないのに気づいたのか、とりあえず歩を進める。

 しばらく歩いていると、ちょうど広場のようになっている場所に出た。軽く公園のようになっている場所なので、ここで少しのんびりするのもいいかもしれない。そう思ったところで、少し離れたあたりから三時を告げる時報が聞こえて来た。

 こうもタイミングよく聞こえてくるものなのかと思ったが、ここはバスプールからもほど近い。故に、そういう関係もあるのだろう。

 時報についてはそう納得したユーノだったが、三時というキーワードが彼の脳裏にある事柄を連想させる。

 どうにもグランツ研究所にいる年の近い面子は女所帯であるし、とりわけ内一人はものすごく無邪気で奔放。その他にも諸々の事情もあって、あそこでは大体の面子がそろっていると決まってアレが催される。

 ついでに言うと、ユーノ自身も頭脳労働が多い方なので、アレは好きだ。

 単純に作っている人間が料理上手というのもあるのだが、とにかく美味しい。そんな意識が表出すると、もう戻れない。

 実に単調な思い付きというのは浮かびやすく消えづらい。――が、それもまた一興というものだ。

 隣にいるユーリの方を見ると、彼女も似たようなことを思い浮かべていたらしい。

 となれば、後はもう否も応もない。

 それに、あそこへ行けばお土産も買ってこられる。最近は作ってもらってばかりだったから、日ごろのお礼もかねてプレゼントしてみるのも悪くないだろう。なにせ、我が家の王様は非常にアレが好みであるのだから――。

「――じゃあ、行こっか?」

「はい!」

 そういって手を繋ぎ、僅かに心躍らせながら、バス停の方まで歩いていく。

 目指すは暁町より少し行った、藤見町の商店街にある『翠屋』。二人の友人の高町なのはの両親が経営している喫茶店である。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ほどなくバスは藤見町に二人を運び、二人は海鳴商店街へ降り立った。

 バスを降り少し歩くと、目的の店の看板が目に入る。

 早速その中へ入ると、喫茶店らしくドアに着けられた鈴が来客を告げる音を鳴らし、中から優しげな声で来店を歓迎する声が聞こえて来た。

「いらっしゃいませ~……って、あら。ユーリちゃんにユーノくんじゃない! いらっしゃ~い♪」

 声を掛けてきたのは、ここの店長兼パティシエで、なのはの母である高町桃子だった。

 笑顔で迎え入れた桃子は、早速二人を席へ案内する。

 店内は平日の昼下がりということもあってか、それほど混んでいない。なので、本来なら一緒にやっている桃子の夫の士郎も今は表に出て買い出し中である。

 そうして席に着くと、彼女の息子でなのはの兄である恭也がお冷を運んできた。彼は大学生であるが、時折暇を見つけては、こうして店の手伝いをしているのだ。ちなみに、彼の彼女である月村忍はここのアルバイトチーフだったりする。

 お冷を運んできた恭也は二人を見ると、意外そうにこう話しかけてきた。

「なんだか珍しい組み合わせだな。二人だけというのは」

 言われて、二人は顔を見合わせ少し考えてみる。

 確かに、普段この組み合わせで外出するというのはあまりない。

「そういえば。出かける時はみんなと一緒が多いですから、ユーノと二人というのは案外なかったかもしれません」

 普段、昼間も一緒にいるせいかあまり実感がわかなかったが、外に視点を移すと恭也の指摘は当たっている。

 そもそもユーノもユーリも、自分から主張する方ではないので、大抵は誰かに巻き込まれる形の方が多いだけに、こうして二人での外出は珍しいかもしれない。

「まぁ、今日は休憩がてら外にでも、ってグランツ博士が。それで、ちょうどいい時間だったのでここに」

 そういってユーノが説明すると、桃子と恭也は「なるほど」と納得顔。

 しかし、珍しい組み合わせというのは中々見られないからこそ面白いものだ。こういう時、好奇心旺盛な女性は強い。

「そっか。じゃあ今日のユーノくんは、ユーリちゃんのおにーちゃんなのね~」

「いや、まあ……そんな大層なことはしてませんけども」

 桃子の言葉に苦笑するユーノ。

 そんな彼の傍らで、ユーリはなんとなく言われた言葉を反芻している。

「おにーちゃん、ですか……」

 言われてみると、何となくそういう面もあるかもしれない。

 ユーリは研究所でお世話になっている面子の中では最年少だが、みんなが学校へ行っている間に過ごす時間はユーノや博士と一緒の割合が多い。付け加えるならば、飛び級が終わっているという点に置いて、元々の幼馴染である面子の中では親近感もある。

「おにーちゃん……けっこう、しっくりくるかもしれません」

 ユーリのそんな呟きに、桃子は満面の、恭也は静かな笑みを浮かべる。

「仲が良くて何よりだな。それじゃあユーノ、今日はしっかり兄としてユーリを守ってやるといい」

 そう言ってメニューを渡すと、恭也はユーノの肩をポンと叩いて奥へ戻っていく。

 桃子の方はというと、もう少し二人を愛でたかったようだが、厨房の方でタイマーがなるのを聴くと残念そうに戻っていった。立ち去る際、今日のオススメは桃のタルトとイチゴのチーズケーキだとも告げて。

 オススメを聞き、美味しそうだと思いつつも一応メニューを開く。

 別に急ぐような時間でもないので、ゆったりと吟味することに決めた様だ。

 そうして可愛らしく迷っている二人を遠巻きに眺めつつも、高町親子はお店を回す方に専念しだした。

 出来上がったばかりの皿を渡された恭也は、注文のあった卓へ持っていく。

 それを運ぶと、座っていた恭也と同い年くらいの青年が彼に話しかけてきた。彼は恭也の高校時代からの友人で、赤星勇吾という。

「なあ、高町。なんか仲良さそうだったけど、あの子たち誰? あんまり見かけないけど」

「ああ、妹の友達だよ。例のVRゲームの関連で、暁町にある研究所にホームステイしてる子たちさ」

「ふぅん。でも、ホームステイって言っても学校は?」

「何でも、二人とも学校は終えているんだそうだ。ユーリの方は聞いてないが、ユーノの方はなのはが考古学だとか言ってたかな」

「考古学って……VRとあんまり関係なくないか?」

 言われてみれば、と、恭也も思うが、実際手伝っているあたり、何かしらの関係があるのだろう。それに確か、一つだけを専攻という訳でもないとなのはが言っていたような気がする。

「まあ、なんでも祖父の影響なんだそうだ。なのはが言ってた……それに、別に取ったのは一つじゃないらしいがな」

 それを説明すると、赤星の方もとりあえず納得したようだったが、今度は別の事が疑問に上ったらしい。

「というか、あの子たち姉妹? めっちゃ似てるけど」

「いや、あの二人は姉妹じゃないぞ? あと、せめて間違うなら兄妹にしてやれ」

「? あ、ナルホド……」

 察する赤星。

 顔だけを見てれば、女の子に見えなくもないが、言われてみればユーノは間違ないなく男の子に見える。この辺りの印象は、ボーイッシュで勘違いされやすい中島家の四女とは対照的である。

 そんな益体もないことを話していると、どうやらユーノたちの注文が決まったらしい。

 桃子が聞きに行ったので、恭也はもうしばらく赤星とのトークタイムとなりそうだ。

 

「はーい、二人ともご注文は?」

「えっと、僕はイチゴのチーズケーキとブレンドでお願いします」

「わたしは、さっきの桃のタルトとミルクティーを」

 と、そう二人が注文すると、桃子は承ったとばかりに厨房へ向かって行く。

 そして数十分後。

 二人の前には、美味しそうなお菓子が並んでいた。

「それじゃあ、食べようか。ユーリ」

「はい!」

 ほんわか笑顔を交わす彼らに、店内がなんとなくほんのりしたのは内緒である。

 

 

 

 ***

 

 

 

 のんびりとおやつタイムを終え、『翠屋』を若干ほのぼの空間に変えた後――。

 お土産用にシュークリームを買うと、ユーノとユーリは桃子たちにお礼を言って、店を出ていた。

 そうして向かったのは、『翠屋』にほど近い公園。

 何故そこを選んだのか。そう聞かれると返答に困るのだが、ともかく二人はのんびりとした場所を探していたようである。

 林に囲まれた公園には、中央に池や桟橋があり、ボートなどで遊べるようになっている。だが、とりあえずそれをスルーして、二人は中央の池から続いている水路に面した木陰へと向かう。

 そこにはちょうどベンチがあって、西へ傾き始めた陽光を受けながら休むにはうってつけの場所であった。

 腰を下ろし、一息つく。

 思えばなし崩しで始まった様な感覚だったが、

「たまにはいいね……。こうしてのんびりするのも」

「ですねぇ~」

 悪くない、と。

 陽気に誘われるようにして、ふわふわとそんな呟きが二人から漏れ出す。

 そうして、次第にうつらうつらとユーノとユーリの頭が振れる。眠気に誘われ、二人の瞼が重くなっていく――――

 

 

 

「……ぁ」

 しまった、と、そこまでは声にならなかったが、ユーノは自分が眠ってしまったことに気づいた。どうやらベンチにもたれたまま寝てしまったらしい。傍らに目をやると、自分の肩に頭を乗せて寝息を立てるユーリがいる。

 仲良くお昼寝してしまったようだ。

 と、そうぼんやりとした頭で考えながら、時間を確認しようとケータイをポケットから取り出す。

 画面を付けると、通知が十件ほど溜まっていた。どれもグランツ研究所の面々からのもので、内訳は――シュテル五件、レヴィ二件、ディアーチェ・アミタ・キリエからが一件ずつだった。

 どうやらなかなか戻ってこない自分たちを心配してくれたらしい。

 時間はもう夕食時に差し掛かろうかという頃。これは早く戻らないと、ディアーチェが怒るんだろうなと想像をしつつ、ユーノは返信を送る。

 内容は、シンプルに一言――今から帰ります、とだけ。

 返信を終えると、寝起きの身体を起こすべくため息を一つ。身体が固まっているのをほぐすと、なんとも言えない倦怠感に襲われるが、研究所まで戻るくらいなら問題ない。早速ユーリの事も起こして、帰ろうかと思ったところで、ユーノはハタと気づく。

「…………すぅ」

 安らかに寝息を立てているユーリ。

 どうやら、彼女は自分よりも疲れていたらしい。しかし、考えてみればそれも当然であろう。

 確か、ユーノが来るまでは一人で普段から研究を手伝っていたのだとか。

 そんな環境に、自分よりも年下の女の子がいたのだ。楽しんでいても、充実感があっても、見えない疲労はいつの間にか溜まっていたに違いない。なら、起こすのは忍びないというものだ。

 来るときはバスを使ったが、別にグランツ研究所までは歩いていけないでもない。

 で、あるなら。

 

「……そうだよね。今日は、僕が君を支えてあげなきゃ」

 

 そう意を決して、再度メッセージを送信する。

 今度の内容は――――少しだけ、遅れるかも。

 

 

 

 *** 優しげな背に揺られて Yuno&Yuri.

 

 

 

 ――――なんだか、少し揺れている。

 ぼんやりとした意識の中で、ユーリは漠然とそんなことを思った。

 自分はさっきまで公園にいたのに、何故か今は視界に木々は写っていない。というより、自分の視界は何かに遮られているのだろうか。

 前にある色は、自分のそれより幾分色の濃い亜麻色っぽい金。

 その向こうには夕焼けがあって、最期に見たときよりだいぶ燃えている。

 何だろうと思って、少しだけ身を乗り出そうとして――ユーリは、そこがどこなのか分かった。

 ……自分は今、ユーノにおぶられているらしい。

 つまりここは彼の背で、寝ているところを運んでもらっているということだ。

 降りて歩こう、そう思いはした。

 なのに、身体は起きるのを拒否するようにまた眠気を誘ってくる。

 どうにか起きようと身体を軽く捩ると、ユーノはユーリが寝づらかったのかと勘違いして、少し身を前かがみにしてユーリが持たれやすく重心を調整した。それがまた目覚めかけの意識を沈めていき……

「もうすぐ着くから、大丈夫だよ」

 聞こえているかも定かではないのに、掛けられた声に安心して。

 

「今日は、君のおにーちゃんだからね。――傍にいるから、安心しておやすみ」

 

 そんな柔らかな声で、また瞼が閉じられた。

 

 

 

 ある午後の陽だまりの中。

 燃える火を越えていく二人の影は、とても優しい雰囲気に包まれていて――似た色彩を持った姿は、まるで本当の兄弟の様だったという。

 

 

 




 いかがだったでしょうか?
 楽しんでいただけたのなら幸いでございます^^


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

青い雷の憂鬱が晴れるまで

 今回のお相手はレヴィです^^


 雷光の天敵は宿題? Let's_Reading_and_Writing!

 

 

 

 それは、初夏の風が漂い始めた頃の土曜日。

 グランツ研究所の一室にて、机にかじりついて眉根を寄せているレヴィから始まった。

 

「むぅ……」

「どうしたのレヴィ、そんなに唸って」

 何かに悩んでいるらしい彼女を見つけて、ユーノは声を掛けた。

 すると、

「ぅぅ……宿題めんどーくさいよぉ……」

 ユーノに向かっているのかどうかも定かでない声で、そんな返答を返す。

「あー」

 なるほど。

 と、彼女の様子に納得したユーノ。

 改めて机の上を見てみると、其処には何冊かの本と作文用紙。これから鑑みるに、どうやら彼女に課せられたのは作文のようである。

 地頭は悪くないレヴィだが、あまりこうした課題は得意ではない。

 計算辺りを前にすれば、すらすら解いてしまうが、こうした自分から着想・発想し、ある程度求められる形に治めるのは不得手なのである。かなり前になるが、自己流でやり過ぎて再提出をくらった事もあるとか。

 なので、面倒な事が嫌いな彼女はどうにか頑張ろうとしているのだが――。

「でもおわんないんだよぉ~……」

 ふにゃふにゃの軟体動物にでも成ったかのように、机の上でぐでーっとしたまま突っ伏しているレヴィ。

 どうやら、よっぽど煮詰まっているらしい。

 その様子に苦笑しつつ、ユーノは傍らからイスを引き寄せて彼女の傍らに座る。

「……んー? どしたのー、ゆーの~」

「いや、大変そうだから手伝おうと思って」

「ホント!?」

「う、うん」

 がばっ! と勢いよく起き上がるレヴィに少し驚きつつも、ユーノはひとまず、課題の詳細を把握しようと思い、彼女にそれについて訊ねてみる。

 聞けば、文学書を読んで書くというごくごくありふれたものである事が判った。

「でも、それなら終わりそうな気もするけど……?」

「だぁってぇ~」

 曰く、純文学はまどろっこしくて読み辛い。

 レヴィに言わせれば、話の進みが簡潔でなく、どことなく詩的な部分が面倒だ、という話であった。しかし、年齢自体は小学生であろうが、所属しているのは中学校である以上、まさか児童書のようなものを選ぶわけにも行かない。その上、『日本の有名作家』というカテゴリで括られているため、如何に彼女といえども、奔放に行くわけにも行かず困っている、と。

 レヴィの抱えている理由自体はそんなものらしい。

 なんともらしい理由だな、と、ユーノは思わずまた笑みを零す。

 如何に飛び級しているとはいえ、レヴィはどちらかというと感情や直感で動くタイプの性格をしている。

 単純に言えば、どれだけ流れを見て取る力があっても、他者に伝えるのが下手な所謂〝天才型〟なのだ。硬い表現しか出来ず、多勢に伝わり辛いシュテルとは異なり……レヴィは、そもそも自分の感覚でしか説明できない。その辺りが彼女の欠点と言えば欠点だろうか。

 それはともかくとして、ユーノは早速レヴィの選んだ本を手に取ってみる。

 日本(こちら)に来てまだ日は浅いが、内一、二冊はユーノも読んだことのあるタイトルだった。これなら、ある程度説明は出来るだろう。

 と、そう思ったところで、ふと他の二人はどうしたのだろうかと思い至り、それについて訊いてみた。

「そういえば、シュテルとディアーチェはもう終わってるの? いつもだったら三人で一緒にやってるのに」

「最初は一緒だったケド……読んでるときにうるさくしちゃって、怒られちゃった」

「……なるほど、どおりで二人とも図書館に行ってるわけだ」

 今朝方、図書館へ行こうと誘われたのを思い出した。

 随分いきなりだと思ったが、思いの外シュテルが同行しないことに対してごねたのは、もしかすると、ユーノがレヴィの手助けをすることを危惧したからかも知れない。その他の理由も若干あるのだが、生憎と「手伝うかどうか」を思案し始めたユーノがその辺りまで思い至る事はなかったという。

(まぁ、もう手伝うって言っちゃったし……。それに、レヴィも一人で読んでてもつまんないよね)

 大方、シュテルもディアーチェも、レヴィを置いてきた事にもやもやしているのだろうな、と思い浮かべるユーノ。

 何だかんだとやっていても、存外二人ともレヴィには甘いのをユーノはよく知っている。

 なら、先に手助けしても構わないだろう。早めに終わらせられれば明日辺り、ユーリも連れて遊びにでも行けるだろうし――。

 そう考えたユーノは改めて、レヴィの作文作成を手伝う方向に決意を固めた。

「じゃあレヴィ。作文をちゃんと終わらせて、明日みんなと遊びにでも行こう」

「え?」

「宿題終わらせたら、すっきりした気分で遊びに行こうってこと。それに、シュテルとディアーチェも、レヴィがちゃんと終わらせたって知ったら褒めてくれるだろうし」

 ね? と、ユーノ。

 向けられた笑みに、レヴィは目をぱちくりさせていたが、ソレが要するに〝ご褒美〟だと気づき、顔がパアァァと明るくなる。

「うんうん! じゃあ、ボク頑張る!!」

「それじゃあ、改めて始めようっか。レヴィ」

「うん!」

 

 

 

 ――――それから三十分後。

 

 

 

「あぅ~……」

 やはりというか、そう事はとんとん拍子とは行かず、やはりレヴィは行き詰まっていた。

「うーん、やっぱり読むのは苦手なんだね」

「だぁってぇ~」

「たはは……」

 どーせならもっとカッコいいのが良い! などと駄々をこねるレヴィにユーノは苦笑気味である。

 なんとなく前にユーリのお兄ちゃん気分になったことがあるが、しっかりしているユーリとは真逆に、レヴィを妹と思った場合、なんとも手の掛かる妹様だなと思った。

 しかし、だ。

 別にこれはこれで楽しい。少し困りはするが、レヴィは少なくとも放り出したりはしない為、根気よく支えるだけで自ずと進む事は幼なじみであるユーノはよく知っていた。

(……でも、流石にこのままじゃ拙いかなぁ?)

 何かこう、レヴィが目の前に置かれた壁を超えられる様なものをあげられないものだろうか。

 少し考えてみるが、まず読み進めることが不得手なレヴィは内容を説明するだけでは作文に成らない。彼女自身の考察や感想が載っていなければ、あまり意味がないだろう。

 どうしたものか、と、ユーノは思案を重ねていく。

 すると其処へ、ユーリがやって来た。

 手にはお盆を抱え、其処には三つのカップと皿に乗せられたクッキー等が並んでいるところを見ると、つまり。

「おやつですよ~♪」

 そういうことらしい。

 まあ、こうしたデスクワーク(?)には糖分摂取は必要かと思ったユーノだったが、

「おやつ!?」

 そう言って、地獄に仏とばかりに飛び上がったレヴィを見て、少々思い直す。

「――レヴィ?」

「…………あぅ」

 しょんぼりするレヴィを見ると、なんともいたたまれなくなるが此処は愛の鞭。あまり緩めすぎては、進むものも進まないのである。

 が、その様子は今しがたやって来たばかりのユーリには不思議だったらしく、

「??? 二人とも、どうしたんですか?」

 疑問符を浮かべながら、彼女はユーノとレヴィにそう訊いた。

 そこから経緯の説明が始まり、ユーリが運んで来てくれた紅茶を片手に、暫しの休息を兼ねた相談タイムが始まったのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「――なるほど。それでだったんですね~」

 ふんわりとした笑みで納得した事を告げるユーリ。

 彼女がいるだけで、先ほどまで切羽詰まっていた様子さえも和んでしまうのは、どうしてだろうか。

 などとほんわかしていると、ユーリは不思議そうに首をかしげている。

 何でもないよ、とユーノは告げ、おやつを食べ終わり再度机に向かったレヴィの背を眺めつつ、ユーリにどうしたら良いかを訊ねてみた。先ほどからあまり進みが芳しくはないため、何かしてあげたのだが、あまり良い案が浮かばなかったのである。

 オマケに、おやつタイムの後と言うことも手伝って、レヴィの進みはいっそう遅くなってしまった。人間、楽しいことの後に苦しいことがあると進みが遅くなるものである。

 ううん、と唸るレヴィを見て、ユーリは申し訳なさそうに呟く。

「すこし、タイミングが拙かったでしょうか……?」

「いや。休憩は大事だし、ユーリが悪いわけじゃないよ。それより、ユーリは何かレヴィがやりやすくなるアイディアとか、思いつかない?」

 そんなやり取りを交わしながら、先ほどの問いかけの応えを訊いてみるユーノ。

「そうですねぇ……」

 ぽわぽわと思案していくユーリだったが、直ぐに思いつかなかったようだ。

 そもそも彼女もまた、シュテルやディアーチェ同様、其処まで本を読むのに苦手意識を持たないタイプである。思いつかないのも無理はない。

 やはり地道が一番かな……と、そう思い直し始めたユーノだったが、その時ユーリはふとこんなことを言った。

「ええと、なんとなく思いついたんですけれど……その、レヴィは自分で読むのが苦手なので、いっそ読み聞かせなんてどうでしょう?」

「読み聞かせ?」

「はい。昔、向こうにいたときユーノが偶にやってくれたみたいに」

「あー……」

 そういえば、と。

 ユーノ自身忘れかけていたが、もう少し小さかった頃――そういえばユーノはユーリに本を読んで上げた事があった気がする。保護者である祖父の影響で読書家なユーノは当時、家の書庫の中を漁って古い本なども読んでいた。けれど、シュテルやユーリはそういったものをスラスラ読めるわけではない。そこで、読んであげると言う手段に出たことがあった。

 ……尤も、それはシュテルがユーノと遊びたかったことと、ユーノにくっついていたユーリが退屈しないようにと思ったが故の副産物であったのだが。

 ともかく、そうしてみてはどうかと言われ、ユーノはなんとなく試してみようかと思った。

 なんとなく懐かしい気持ちもさることながら、もしかすると場面の接合を理解しづらいなら、人の口を通して語ることで、少しは判りやすく出来るかも知れないと思ったのである。

「……って事なんだけど、どう? レヴィ」

「ぅうん……よくわかんないけど、お願い」

「うん。わかった――」

 そこからの本選びはトントン拍子に進み、早速とばかりに読み聞かせが始まった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「――――と、あった。

 ふぅ……。どうだったレヴィ、少しは面白か――った?」

 

 最後の一節を結び終わったユーノがレヴィの方を見やると、そこでは。

「ううぅぅ……」

「ふぇ……ひくっ……」

 泣いているレヴィとユーリの姿が。

「!? だ、大丈夫……?」

「うん……そうじゃなくてさぁ……」

「はい……よかったです。感動しました……」

 そこまで大層な事をしたつもりはなかったユーノだったが、今回は思いの外彼女らには好評だったようである。

 とりあえず、何が悪いという訳でもなかったので安堵を浮かべるユーノ。

 ホッとしている彼をよそに、レヴィは何やら燃え上がっていく様な様子を見せる。

「ユーノ! すっごくよかったよ!」

「そ、そう? なら良かった」

「うん!」

 満面の笑みで原稿用紙へ向かうレヴィ。

 そんな彼女の様子を見て、ユーノは先程とは異なる安堵を覚えた。

「……そっか」

 やる気の炎が出たのなら、レヴィは大丈夫だろう。

 確信というには大げさかもしれないが、ユーノは少なくともここまで燃えているレヴィを見て心配などという言葉はもう出てこなかった。

 

 

 

 ――その後、ここまでの遅滞が嘘のようにレヴィは作文を書きあげた。

 思いの外、読み聞かせ効果が高かったらしい。滞りなく進んだ作文の出来はと言えば、不備もなく、しっかりとしたものに出来上がっていた。この辺りは思考の論理性はしっかりしているレヴィらしいといえるだろう。

「できたー!」

「よかったね、レヴィ」

「ですね~♪」

「うん! 二人ともありがと~~!!」

「「わッ!?」」

 ガバッと抱き着いてくるレヴィ。

 こうしたところはどことなく子犬っぽい印象を抱かせる。聞くところによると、彼女と仲のいいアリサも知り合った当初は、なんとなくレヴィをイヌっぽいなんて理由から〝センパイ〟呼びをやめたほどだとか。

 まあ、それはともかくとして。

「えへへ~」

 嬉しさ満開とばかりに喜んでいるレヴィを見ると、助力をした身としても嬉しくなる。

 ユーノとユーリはレヴィの頭を撫でつつ、そんなことを思った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ――――そうして、翌日。

 ユーノを含めた『ダークマテリアルズ』面々は、彼が昨日レヴィと約束した通りに遊びに出ていた。

 場所は、新しく出来た遊園地。何と、園内には水族館も併設されているという一大テーマパークである。

 作文を書き上げた後のレヴィに急かされ、どこに行くのかを決めあぐねたユーノがこういう事に詳しそうなアリサに尋ね、おススメされた場所だ。

 昨夜この『ご褒美』の内容を説明したところ、行けないという面子はいなかったが……フローリアン姉妹は研究所(いえ)で父であるグランツが溜めていた研究ファイルの整理だとかで、不参加である。娘に説教されたグランツ博士は、水族館で展示されているという鉱石を見に行けない事を残念がっていた。

 専門は機械工学でもあるが、外殻(フレーム)などに使う材料であったり、或いは使用される環境での作業などを想定することも多いため、通常から少し離れた環境の物に牽かれやすい部分もあるらしい。なんでも、VRの研究に携わっているのも、極地などでのシュミレートをしたかったという目的もあるのだとかなんとか。

 と、それはさておき――

 早速とばかりに遊園地へ来た面々であるが、ユーノは背中にひしひしと感じるシュテルの非難の視線を感じていた。

「えっと……シュテル?」

「…………(じとーっ)」

「……僕、何かした?」

「いえ。ただ、ユーノはレヴィに甘いですよね。……色々と(わたしの誘いは断ったのに)」

 どことなく内心まで伝わってくるような気がして、ユーノはちょっと心が痛い。

 別にないがしろにしたわけではないが、確かにちょっとレヴィに甘かったかもしれない。……ついでに言えば、シュテルは最近ユーノに構ってもらえなかったこともあり、とても不機嫌であるが……言ってしまえば、単なる嫉妬であった。

 ヴィータによくムッツリ呼ばわりされるのは、この辺りが所以である(捏造)。

 

 閑話休題。

 

 入場した面々は、早速どこへ行こうかを相談しようとした。

 が、そこは奔放なレヴィを抱えた面子である。興味の向く方へと、自由気ままに駆けて行く。

 ……ユーノを引っ張って。

「おぉ~! アレカッコいいーッ!!」

「え――あ、ちょ……レヴィ~~~ッッッ!!!???」

 そんなこんなで始まった休日の遊園地。

 レヴィのパワーに振り回され、ユーノは少し目を回すが、それでもこう思う。

 

「…………こんなのも、たまにはいいよね」

 

 と。

 満面の笑みを浮かべるレヴィと、振り回されるユーノ。

 二人を追って行くシュテルたち。

 遊園地を騒がせる子供たちの時間は、こうして過ぎていく――――

 

 

 

 

 

                    END




 面白かったでしょうか?
 次の短編も楽しんでいただけたのなら幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初心な闇王様は乙女思考?

 今回のお相手はディアーチェでございます。
 振り回す側に見えて実は振り回されてる王様が可愛い(確信)。


 王様の戯れ King's_Flirtation?

 

 

 

「せぁあああああああ!」

 威勢良く響く声と共に、青い光を伴った拳が銀髪の少女へ迫る。

 だが、彼女はその拳には一瞥をくれるのみで、一切の動揺もなくそれを捨て置いた。

 今の彼女が視線を向けるのは、目の前に迫る橙の光を放つ光弾の雨。

 注ぐそれらに手を翳し、傲岸不遜に言い放つ。

「まだ甘いぞ。この程度では、我らへの一撃には程遠い」

「……!?」

 瞬間。

 向けられた拳の主である青髪の少女は淡い緑に輝く鎖に拘束され、橙に輝く光は闇の内に消えた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「んぁ~……」

 などと唸りながら、ぐでっと腰を下ろし仮想の空を仰ぐ青髪の少女の名は、中島スバル。現在急成長中のデュエリストであり、ショップT&Hのニューフェイス的な子である。

「まけたぁ~~っ」

「あーもう、スバルってばうっさい! 相手のが格上なんだから、いい加減負けた事実を呑み込みなさいよ」

 ぼやくスバルを宥めているのは、同じくニューフェイス的な立ち位置のティアナ・ランスター。ちなみに彼女は、『T&H』のダブル店長の片割れであるプレシアの、アシスタント兼家政婦な感じの立ち位置にいるリニスの妹だったりする。

「でもぉ……ティアは悔しくないの?」

「そりゃあ、悔しいケド……。だからって、いつまでも腐っててもしょうがないじゃない。あたしとしては、むしろそういうのはアンタの専売特許だと思ってたんだけど?」

「……むぅ」

 自分でも納得してしまう様な事を言われてしまい、何となく言い返しにくい状況になってしまったスバルは、口をとがらせて拗ねた様にまた唸っている。

 そんな微笑ましいやり取りを繰り広げていた彼女らの元へ、二つの人影が迫る。

「そこ二人。まだ特訓は終わっておらんぞ」

 尊大な口ぶりでスバルとティアナに声を掛けて来た銀髪の少女。

 本日、二人のデュエルの指導を行っている、グランツ研究所所属のショップチーム『ダークマテリアルズ』のリーダー、ロード・ディアーチェである。余談だが、『ロード』は通り名で、本名はディアーチェ・K・クロ―ディアという。

 また、

「まあまあ、ディーアチェ。一生懸命だったし、分析は大事だよ?」

 彼女の傍らで穏やかな笑みを浮かべている亜麻色の髪をした少年は、ユーノ・スクライア。グランツ研究所に、ディアーチェらと同様ホームステイしている留学生である。

 が、ユーノの場合は実は『マテリアルズ』に所属しているプレイヤーではない。一応、彼もテストプレイヤーの一人ではあったのだが、今のところショップに所属しているわけではない無所属(フリー)のプレイヤーだ。

 ただ、ディアーチェたちと幼馴染であることも相まって、グランツ研究所でお世話になっているので、本日は彼女に駆り出されてスバルたちの練習に付き合うことになったのであった。

「分かっておる。我とて、其処を否定する気などない。ただいつまでも漫才をかまされているのでは、先に進まんというだけの事だ。それからユーノ、貴様は他人に甘すぎだ。少しは厳しくすることを覚えよ」

「…………前にシュークリーム持って帰ったときは喜んでたのに」

「アレは別だ。甘いものだけにな」

「……」

「何だその目は。……それと、今度わざと忘れたりしたら怒るぞ」

「……はいはい」

「ならば良い」

 どことなく――というかぶっちゃけ、こっちの方が漫才っぽいんじゃないかと思ったスバルとティアナだったが、ディアーチェは機嫌を損ねると怖いので黙っておく。……最悪の場合、練習相手を交代させられかねない。具体的に言うと、スパルタで有名な星光辺りに。

 しかし、このままでは話が進まないのは先程のディアーチェの弁の通りだ。

 なので二人は、当たり障りない様に口を挿む。

「あのー」

「ん? あぁ、なんだティアナ」

「さっきから少し気になってたんですが、ユーノさんの使ってるデバイスが見えないのはどうしてなんですか?」

「ああ、そのことか」

 ちらり、とユーノの方を一瞥するディアーチェ。

 その視線を受けて、ユーノは応答を急かされているのだと悟り、早速ティアナの質問に応えだした。

「えーっとね、質問の答えから言うと、僕はデバイスが生成されなかったんだ」

「「え? ――ええっ!?」」

 衝撃の結論に、新米プレイヤーの二人は驚きを露わにした。

 これまで『デバイス』を持っていないタイプと会ったことがない彼女らにとっては、ユーノの存在はあまりにも異常だった。少なくとも、バトルは相棒であるデバイスと共に行うものであると思っていたがゆえに。

「まぁ、デバイスが無くてもスキルは使えたし……その代わりなのか、防御面ではそれなりの性能があったから、妙な偶然だったんだと思うよ」

「ほへー……」

「ふん。最初はデバイス無しの反動で攻撃がからっきしだったがな」

「うっ……」

「そのくせ妙に硬いから貫けないときて、テストプレイでは戦闘時間(マッチタイム)が最長で、いちいち長丁場になっていたプレイヤー泣かせだったものよ」

「いや、アレは別に僕の所為じゃ……」

「それを今度、あのチビひよこ辺りに聞いてみるか? 近接だけだと思って距離を取ったら、いつの間にか射程無限の鎖に取り囲まれていた気分はどうだったか、と」

「ごめん悪かったよだからアレはもう忘れて」

 実はフェイトの姉であるアリシアとテストバトルで戦ったとき、ユーノはアリシアの攻撃から身を守ることに専念し、耐久戦を行って最後は彼の持つ唯一にして最大の範囲技を用いて辛くも勝利した。

 この試合運びは、勝てるまで粘ったというよりは、粘らないと勝てないタイプのプレイヤーだったからのものである。

 そんな勝ち方をしたため、しばらくの間テスタロッサ姉妹の母であるプレシアにジトっとした目を向けられていた時期もあった。……尤も、そこそこ長い付き合いのあるプレシア本人もユーノを嫌っているわけではない。ただ何となく、娘のことになると暴走しやすい質なのだそうだ。

 とはいえ、結局は地雷である。

 今でも時々アリシア本人からさえからかいのネタにされている身としては、ユーノは是が非でもディアーチェにその地雷を踏み抜かないでいただきたい。

 すると、ユーノの嘆願の姿勢が伝わったのか、ディアーチェはこんなことを言い出した。

「では、今度の休みに我に付き合え。それでチャラにしてやる」

 思いの外、軽い条件であった。

 そのくらいなら、と口にしたユーノを見ると、ディアーチェは満足そうに頷く。――が、しかし。

「ふむ、なら良しとしてやろう」

「……ほっ」

「たが、その日の命令は絶対だぞ? もし反するようなことがあれば、もう一つの方もバラしておくからそのつもりでな。アレも、小鴉あたりに渡せば、光の速さもかくやと広がるだろうなぁ」

「うん! 誓う、誓うからあれだけは勘弁してディアーチェ!!」

「よかろう。さあ、ユーノの所為で待たせたな二人とも。早速、先ほどの反省を踏まえ、次の練習に移るぞ」

 

「「は、はい」」

 

 そうして、少々困惑気味のスバルとティアナを置いて、またユーノに甚大なダメージを残しながらも練習は続いていった。

 ――――余談だが、ディアーチェの持ち出したもう一つのアレとは、レヴィとキリエがふざけて彼を女装させた時の写真データの事であり……その内容はかなりきわどく、シュテル辺りなどは鬼の様にシャッターを切りまくり、スマホの容量を一ギガばかり削り捨てるほどの収穫を得たとかなんとか。

 

 

 

 ***

 

 

 

 そんなことがあった週の末、ユーノはディアーチェとショッピングモールまで来ていた。

 何でも、それなりに必要な物があったので、機会を見てまとめ買いしておきたかったのだとか。

 要は荷物持ちなのだが、そんな役割を課すあたりなんともディアーチェらしい。

 流石はグランツ研究所のオカンと呼ばれるだけはある。尚、藤丘町にいる八神さん家のオカンとの血縁関係はない。見た目そっくりだけれども、だ。

「さて、早速だがユーノ。一通り見て回ったら本格的に買い物を始めるぞ。いつも研究所か書斎にこもっておる貴様にはいい機会だろう」

「う、うん」

 運動不足なのは否定できないが、そこまで言わなくてもとユーノは思う。

 実際、ここ最近はユーリやレヴィと一緒に遊びまわったときもあったのだし、と、ちょっぴり不満げに顔をしかめていると、ディアーチェはその考えもお見通しとばかりにため息を吐いて、彼を引っ張って中へ進んでいく。

 ――が、

(……ん? そういえば)

 意識していなかったが、ユーノと二人きりでこうして出かけている現状を顧みて、ディアーチェはふと思った。

 これはもしや、所謂〝デート〟なのではないか? と。

 そうと意識してしまえば、後は早い。

(…………な、ななななななッ!?)

 すっかり意識の方に持っていかれてしまったディアーチェは、表に出さないようにはしながらも、脳内はすっかりヒートアップ状態に陥っていた。

 実のところ、彼女は酷く初心である。レヴィのようなただの無邪気という訳ではなく、知るところまで知って初心なのである。要するに奥手、或いは酷く打たれ弱い部分を持った乙女なのであった。

 だが、こんなことを意識していようが気づかれるわけにはいかない。

 何せからかいのネタを握って丸め込んだディアーチェが、その逆を突かれるなどあってはならないからだ。というかそんなのは格好が悪すぎる。乙女でもある反面、王様でもある少女はプライドも高いのであった。

 面倒くさい様な気質であるが、そこも彼女の魅力の一つ。

 であるからこそ、シュテルたちは彼女のチームに席を置き、ユーノもまた彼女の提案に(脅しとはまた別に)付き合っている。

 けれど、そうは言っても結局は互いの意識はズレていて。一方が緊張しているだけに過ぎないこの状況では、あまりこういった感情は通じ合うことはない。ユーノもユーノとて初心であるが、如何せん罰ゲーム的な感触しかない現状には意識が向いていなかった。

 そんな訳で、少しばかり軋みを生みかけたデート的なお出かけはこうして始まったのであった。

 

 

 ***

 

 

 で、それから時が経つこと三十分ほど――。

 このままでは行く末が危ぶまれた始まりであったが、そこは聡明な二人。変には動き過ぎることもなく、ごくごく平常運転の状態を保ち続けていた。一人で緊張に飛び込んでしまったディアーチェも、あまりにもいつも通りなユーノと共にいては興奮も落ち着くというものだ。

 すっかり頭が冷え、どうにか冷静さを取り戻し、一度目の巡行は事なきを得た。

「うむ。ひとまずこれで目星はついたな」

「……」

 ここまで見たものを思い返し、帰りはそこそこの荷物になるなと、ユーノは少し記憶力の良い自分の頭を恨んだ。

 しかし、そんな彼に対し、

「そう落ち込むでないわ」

 と、ディアーチェ。

 不思議そうな顔をしているユーノに、彼女はこういった。

「そこまで過重を背負わせる気など毛頭ないわ。というか、そもそも持てんだろうに」

 事実であるが、女の子にそこまで言われると流石にちょっと男の子としては分が悪い。なんとなく頼りないと宣言されているような気がして、ユーノは僅かに落ち込んだ。……が、かといって完全に分析され切った様な状況でもあまり面白くはないのだろうが。特にシュテル辺りはその傾向が強い(師匠(ユーノ)の事なら何でもお見通しです)。

「えっと、じゃあ配送か何かにするの?」

 ふと聞こえた幻聴から耳を逸らし、ディアーチェにこの後の事を確かめるユーノ。

 すると、彼女はその問いに対しこう応えた。

「そうだな。ネット注文でも良いが……まぁ、少し考えを整理する時間はいるだろう。ユーノ、貴様の休憩もな」

「それじゃあ、どこかでお昼でも……」

「いや、店を探すまでもない。昼食ならば作ってきておいたからな」

 ひらりひらりと包みを振るディアーチェ。

 いつもはバックなど持ち歩かないというのに、何故か今日に限って可愛らしいトートバックを持っていたのかと思えば、こういう事だったのかと、ユーノはついつい衝撃を受けてしまう。

 何というか、流石だ。

 と、呆けているユーノを訝し気に覗くディアーチェ。

「??? どうかしたのか、ユーノ」

「ううん、何でもないよ」

 何だか立ち回りの上手なディアーチェに対し、微妙に普段とのギャップに晒されていたとは流石に応えられない。

 なので、ユーノは曖昧に誤魔化して食べる場所を探す方に頭を切り替えた。

 

 程なくして場所も見つかり、ランチタイム開始の運びとなった二人。

「それじゃあ、いただきます」

「うむ、存分に味わうがよい」

 シェフからのゴーサインを受け取り、早速とばかりにお箸を片手に弁当へ挑むユーノ。手渡されたお弁当箱は彼のものであることがよくわかるライトグリーンの色彩の物であり、形は普段シュテルやフローリアン姉妹に渡しているものと同型だ。

 蓋を開けると、そこには彩り豊かなおかずが所狭しと収められている。

 内一つに箸をつけ、口へ運ぶ。カレー風味にされたアスパラと、巻かれたベーコンのサクサク具合が非常に良い。

「うん。やっぱり美味しいや、流石だねディアーチェ」

 賛辞を述べ、パクパクと箸を進めて行く。そんな彼からの感想と反応に、得意げに笑うディアーチェ。

「ふふふ、そうであろう?」

 いつもながら、彼女の料理の腕には感服せざるを得ない。にしても、朝の短い時間でこれだけ仕上げるとは、一体どんなテクニックがあるのか。ユーノはふと、その事をディアーチェに聞いてみたくなった。

 だが、ディアーチェは教えて欲しければ教えるが、そんな必要もないだろうという。

 何故か? と訊けば、

「貴様らの食事は我が預かっている。だから少なくとも、この目が届く限りでは貴様らに苦労させたりはせん」

 笑みさえ称えながら、自信たっぷりにそう言い放った。

 通常こんなことを言われれば若干の顰蹙を買いそうなものであるが、腕前と彼女の面倒見のいい気質、その両方を知る者、或いは知っていくものであるのなら、その一端を否応なしに実感させられる。

 なんとも頼もしい『王』だ。

 ――なんて、柄にもなく臣下気取りの気分になったユーノ。

 ここは仮想世界のデュエルスペースではなく、現実であるというのに。彼女の持つカリスマは、現実世界であろうと、他者にその魅力を遺憾なく伝えている。その辺り、ディアーチェは大物なのかも知れない。

 まあ、あまり頼りにし過ぎても駄目なのだろうけれど。

「はは。じゃあ、そんな王様に見合った人間にならないとだね。情けなくちゃ、面目も立たないだろうし」

「当たり前であろうが。精進せよ、ユーノ。さすれば我が寵愛の下に置き続けてやるのも吝かではない」

「それは光栄だ。頑張るよ、君に見合う男になれるように――」

 決意の様なものを込めながら、ユーノはそういった。

 するとそれを受けて、ディアーチェは満足げに頷いている。

 が、

「頼もしいことだ。せいぜい励むのだ……な」

 そこまで言いかけて、急に言葉尻がすぼむ彼女に、拍子抜けしたようにユーノが問う。

「どうしたのディアーチェ?」

「ぃゃ……、ぁ……ぇ」

「???」

 全くの無自覚のユーノ。どうやら彼は、先程ディアーチェの振り払った火種を再び燃え上がらせてしまったことに気づいていないらしい。

 ――今後も面倒を見てやる。

 ――それに応えて相応しくなる。

 如何にもなフィルターを通してやれば、何となく告白じみたものに聞こえなくもない。というか、ぶっちゃけそのまんまだった。

 しかし、ユーノは全く気付いていない。それどころか今もまだディアーチェの顔を覗き込んで、不思議そうな顔をしている。これでは勝手に燃え上がっている自分がまるで道化の様ではないか、と、何となく悔しさにも似た気持ちが燃え上がるディアーチェ。

 そう反した炎を抱え込んだものの、一向にどちらも鎮火しない。逆に気恥ずかしさが増していくばかりだ。かといって、口に出して告白するなんて言うのも間抜け過ぎる。そもそも、そんな流れのように見えてそんなではない状況である。これでは浮かれ過ぎて、まるっきり〝恋する少女(おとめ)〟を通り越してただの〝砂糖漬け頭(スイーツ)〟だ。

 次第に居た堪れなくなり、ディアーチェは遂に強硬手段へ出る。

「な、なんでもないわ! そんなことより行くぞ、買い物の続きだ!」

 と、耐えきれなくなったようにまた口を開こうとしたユーノを遮り、食べ終わっていたお弁当箱を片付けると、そのままスタスタ歩き出した。

 唐突な彼女の反応に首をかしげながらも、後を追って行く。

 呆けた表情のユーノに、

(まったく、此方の気も知らんでからに……!)

 そう苛立ちを募らせ、ディアーチェは深いため息を零す。

 何となくシュテルの気持ちが分かったような気がして、自分も相当にやられているなと頭を押さえながら、再びため息一つ。

「……まったく、罪作りな事よ」

「罪作りって、何が?」

「!? ――な、何でもない! というか、なぜそこで拾うのだ!!」

 不覚を取った、と。

 前にもどこかの古書店の店主に呟きを聴き取られたのを思い返した。

「えぇ……そんなぁ……」

「やかましい!」

 羞恥心のあまりすっかりご機嫌ナナメの暴君となった我らが王様に、ユーノはすっかりその後たっぷりと振り回される羽目になった。

 ……が、約束していた料理の指導をディアーチェと仲睦まじくやっていたり、その後もまたスバルとティアナの練習に付き合い、スバルから「せんせー」などと呼ばれることになってしまったために、どこかの星の光に焼かれたりしたのはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 

「………………ふふふふふふふふふふ。

 困った師匠ですね。ええ、本当に全く持って困ったものです。

 いい加減その虚ろ気を治して頂かない事には、安心して夜も眠れません。――――ところでユーノ」

 

 

 

 ――――――焼却された後に外出と、外出したのちに焼却されるのはどちらがいいですか?

 

 

 

 ……その後、彼がどちらを選んだのかは、星光と神のみぞ知る。

 

 

 




 楽しんでいただけたでしょうか。
 次の短編もよろしくお願いいたします^^


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

秘密の花園でのひととき

 今回はユノキリ。
 色気のあるおねーさんを書くのは楽しかったですが、うまく描こうとするとなかなか難しかったです。


 お姉さんと花壇 The_Moment_in_the_Garden

 

 

 

「フンフフフ~ン♪」

 鼻歌交じりに花壇に水をまいて行く。

 午後のお気に入りのひとときに、キリエ・フローリアンはえらくご機嫌であった。

 最近は何だかんだとゴタゴタがあり、研究所内が騒がしかった為、こうしてのんびりと花の世話をする様な時間は久方ぶりだったのである。

 それにしても、

「……えへへ~」

 キリエはこの時、普段は見られそうもない珍しい顔をしていた。

 実は彼女、花の世話などと言った少女趣味があったりする。日常面では出来るお姉さん的な雰囲気を出しているが、実のところ姉以上に内面は乙女チックな色をしているのだ。……日曜朝の番組は魔法少女派だったりするところなども。

 さて、そんな秘密の時間でまどろみに浸っていたキリエだったが――。

「あ、キリエさん」

 と、そこへやって来た人影一つ。

 にこやかな微笑みと共に現れたのは、ユーノであった。

「あらん? ユーノくん、もう帰って来たの?」

 確か今朝は、シュテルたちと一緒に出かけたような気がしていたのだが、帰って来たのはユーノだけだった。

 疑問符を浮かべるキリエに、ユーノは軽く流れを説明してくれた。

「はい。シュテルたちがT&Hでデュエルしてから帰るそうなので、僕は先に。帰りに本屋に寄りたかったのもありましたし」

「へぇー……」

 納得はしつつも、シュテルはさぞご立腹なのではないだろうかなどと思い浮かべるキリエ。

 尚その予感は当たっており――現在T&Hでは、偶々遊びに来ていた鉄槌の二つ名を持つ紅い少女騎士が、星光を司る殲滅者にいつも通りにやられていた。

 しかしそんなことはつゆ知らず、ユーノはキリエの手入れをしていた花壇に近づいて「綺麗だなぁー」なんて呑気なことを言っている。

「そう言えば、ここの花壇はキリエさん一人で世話をしてるんでしたっけ?」

「あー、まあそうかしら。偶にママがやってたりはしたけど、基本はあたしかなぁー。お姉ちゃんはこういうのセンスないし」

 頭の中で「失礼な!」と憤慨する姉が浮かんだが、前に任せて花壇の一角がとんでもない事になったのをキリエは忘れていない。

 具体的に言うと、気合いと根性を謳い水や肥料をあげ過ぎて枯らされたのである。

 謝罪は受け取ったが、あれ以来姉のアミタには花壇を触らせたりしない。……少なくとも世話に限っては。

 しかし、それはともかくとして。

「ユーノくん男の子だけど、こう言うの好き?」

「はい。綺麗なものは見てて楽しいですし、キリエさんが頑張って世話してるから、こうして咲いてるんだって思うと凄いなぁって感じますから――うえっ!?」

「あら〜♪ ありがとうねん」

 自分の趣味を褒めて貰ったからか、機嫌良くユーノのことをハグして撫でるキリエ。

 前にユーリとディアーチェも同様の被害に遭い、今でも良くやられる。というか、フローリアン姉妹は基本的に良くハグをする。

 家族だからというのが理由らしいが、まだ此方に来てそんなに経っていないことや、男の子なので、これまである程度遠慮されていたのが此処へ来て決壊したようである。

 まあ、主にアミタの方がそういうことにうるさいだけで、キリエは割とユーノのことは弟の様にしていた(前にディアーチェに言われた女装写真も、発端は彼女とレヴィである)。

 そんなわけでユーノのことを可愛がり始めるキリエだが、ユーノの方は軽く慌てて彼女の腕――と背中に当たる柔らかい感触――から逃れようとする。

「……うふふ」

 しかし、イヤイヤされると返って面白くなって来るのはいつの世も捕まえた側の性。ついついイジワルしたくなり、キリエはユーノのことを更に強く抱きしめて来た。

「――――!(じたばた)」

 声にならない叫びらしきものを発しながら、ユーノはキリエの腕の中で藻掻く。が、逆にそんな様子が可愛いのか、キリエは嗜虐心丸出しでユーノに構い出す。

「あぁ~……ユーノくんってば可愛いわねぇん」

「き、きききキリエさん!」

(あぁ……これ癖になっちゃうカモ)

 なんとなくイケナイ感覚に苛まれるキリエであるが、今のところ撫でているだけなので、特に問題はない(?)かも知れないのだが――。

 ユーノからすれば、年上のお姉さんに可愛がられる現状はかなり恥ずかしい。……というか、色々柔らかくて良い香りがしているのが、初心な彼には辛かった。

 が、しかし生憎とユーノはキリエの拘束から抜け出せない。

 暫くの間じたばたしながら、その抵抗を頭に乗せられた顎ですりすりされつつ過ごした。

 

 

 

 

 ――――で、十分後。

 抵抗を諦めたユーノはそのままキリエの成されるままになっていた。

 

 

「あぁ~、癒やされるわ~♪ ユーリたちとはまた違った感触が……」

「あの……キリエさん……。えっと、いつまでこうしてるんですか?」

「ん~? もうちょっとかなぁ~?」

 すっかりユーノの感触を気に入ったらしいキリエは、どうやらまだ獲物を離す気はないらしい。

 ユーノは耳まで真っ赤になりながら、じっとしているしかなかった。――本当はもっと抵抗すれば良かったのかも知れないが、動く度になんだか柔らかい感触に当たる上に、キリエはそのくらいでは全然離してくれなかったので、ユーノの方が折れたのである。

 と、そんな状態でいたところに、また一つ影が――。

 

「キリエ。ユーノが此方に来ませんでした…………か?」

 

 新たな人影の主は、シュテルであった。

 しかし彼女は、花壇の方を見るなり動きを止める。……最近その動きの意味を否応なしに我が身で知っているユーノは一瞬、まごうことなく己に迫る静かな怒りの波動を感じると同時。さっきにも似た吹き上がる炎を幻視した。

 だが、キリエの方はそんなものはお構いなしだ。

「ん~? 来てるわよん? ちょーど此処に」

「――――(ふるふる)」

 ほら、と、腕に抱えたユーノを見せる。それを受けたユーノは、「これは違う」と、一体自分で何が違うのか判らないまま首を横に振った。

 ――そして、運命を審議する時間が静かに流れた。

 たっぷり三十秒が経過した後、シュテルの口から低く声が漏れ始めた。

「……………………………………………………ふ、ふふふふふふふふふふ」

 なんとなく、悪魔の嗤いにも思えるその声は、間違いなくシュテルから漏れている。その嗤いは、一体何を意味するのか。

 何が起ころうとしているのかを予測出来なかったユーノは思わず、檻の中の小動物の様に震え始めた。

「――本当に。ほんっ、とうに困った人ですね。ユーノは。

 ええ、全く。最初はユーリに次はレヴィ。ディアーチェや、挙句スバルやティアナにすら……!」

「あ、いや……僕は別に何もして……」

「な・に・も?」

「」

 その眼光は、蛙を睨み殺す蛇の如く。何故か言い訳のようになってしまったユーノの言い分を黙らせるに足るだけの迫力を伴っていた。

 あまりにも無責任な言い分(シュテル視点)に、彼女の怒りはどうやら頂点に達してしまったらしい。

「そうですか。おんぶをしたり、読み聞かせしたり。デュエルの指導をして挙句デートするのが何もしていないと――そう言いたいのですね?」

「………………」

 そう言いたいも何も、そんな事実はないのだが。

 ユーノは正直に述べるのならば、言いたいことはそうであった。

 けれど、今のシュテルに通じそうもない。

 ――なんだか最近のシュテルは怖い。

 前はもっとほんわかして可愛かったのに、と、つい考えてしまうほどには何故か最近のシュテルには焦りのようなものが感じられる。

 尤も、シュテルもシュテルで焦っているのは事実である。当の本人が自身の領分を意識せずに誰かを懇意にしていて、それが意中であれば尚更に。……とりわけ、今はユーノの方が落としてる側だが、下手に落とされでもしたら非常に困った事態になってしまう。

 逆なら別に問題はないのでは? と思われそうだが、違うのだ。

 シュテルは一人、その可能性を秘めた人間を知っている。

 それこそこの二人が懇意にしていれば、運命の出会いの如く互いを意識し合い、十年二十年は平気で無自覚夫婦にでも成りそうな予感をひしひしと感じさせる様な、デュエリストとしては自身と同じく星の光を司る少女を。

 出会ってはいるので、其処は諦めよう。

 だが、獲物まで渡してやる気はないと言うのが彼女の秘めたる決意(おもい)であるが――当の本人がこれでは、気が気でいられない。

 オマケに今度は年上と来たか。

 いろんな意味でこのままでは自分が不利に(断じて胸囲的な意味ではないが)成ってしまうような気がして、焦りが更にヒートしていく。そうして、まるでデュエル空間にでも入ったかのように揺らめく陽炎を感じ始めたユーノは、自身の終わりを覚悟したのだが――。

 そんな彼女を諫めたのは、意外なことに、今回シュテルをヒートさせたキリエであった。

「もぉシュテルってばー、そんなに怒らなくても良いのに~。あんまり心の狭い女の子は嫌われちゃうわよん?」

「な……! わ、わたしは別に……ッ」

「うふふ♪ 別にシュテルがそんなに焦らなくても大丈夫なのよん?」

「何がどう大丈夫だと言うのですか。このままではユーノが、某ウェインターツリーシティで噂になっている方のようになってしまいます」

「だから、まずシュテルが焦ってるのが間違いだって言ってるのよん?」

「??? 何を――」

「だって、結局不安なのってシュテルがなーんにもしないからじゃない? 最初は抜け駆けするくらい積極的だったのに、いつの間にかすっかり奥手になっちゃって……」

 よよよ、と。

 酷く芝居じみた泣き真似をするキリエ。

 その言い分に、今度はユーノではなくシュテルが真っ赤になる。

「な……ッ!」

「あらん? 自覚してなかったの?」

「ぅ……」

「え? え?」

 ユーノは話の展開について行けない。というか、正確にはキリエに耳を塞がれて肝心なところが聞こえない。

 なので、結局何がどうなっているのかに追いつけなかった。しかし、すっかり何か怒られるのだろうと覚悟をしていたところで、何故かシュテルが真っ赤になって、さっきとは別の何かに焦っている。

 訳が分からないままだったユーノの耳に当てられていたキリエの手が、ようやく外された。

「あの、キリエさん? 何が――」

「ん~? 何がって言えば……経験の差、かもねん」

 一体、経験の差とは何か? と、正直疑問に残る部分は多かったが、ともかくシュテルの怒りは鎮火したようである。

 何をどうやってあのシュテルを押さえたのだろう。下手に藪をつつくのはどうかと思ったが、ユーノはどうしても気になりシュテルに声を掛けた。

 

「えっと……その、シュテル?」

「…………」

 返事はない。しかし、何故か真っ赤になっている顔は更に赤く。

 白い首筋にさえ赤みが広がっていって――。

「――ユーノ」

 そうしてようやく、シュテルが口を開いた。

「な、なに?」

 おそるおそる訊ねてみると、シュテルはかなり恥ずかしそうに。

 オマケに、何度か悶えながら……それを口にした。

 

「――――キリエばかり、ズルいです。その……ですからわたしにも、もふもふさせてください」

 

 

 

 その予想外だった発言に、ユーノが一分ほど固まったのは仕方ないことだっただろう。

 

 

 

 後に聞くところでは――。

 この後もシュテルの独占とは行かず、結局レヴィたちにももふもふされた。

 その上、逆にキリエも他の面々をもふもふして行き。ユーリはふんわり、レヴィはふさ~としていて、ディアーチェとシュテルはサラサラ。そしてユーノは、なんとなくもふもふしていたくなる小動物感がある等と細かに感想を述べたりもした。

 背丈で言えば、本来一番小さいのはユーリなのだが……どうにもその辺りを超越した何かがあるらしい。何というか、定めのような何かがあるのだとか。

 其処に関しては全員一致だったらしい。

 で、最終的にはレヴィがせっかくだからみんなで寝ようと言いだして子供たちで一緒に寝ることになった。

 

 そうしてなし崩し的に寝床へと進められたまま、シュテルは悶々とこれまでの己の未熟さを反省していたのだったが……。

 最後に受けたキリエからのメッセージに、新たな決意を固めることとなる。

 

 

 

「――――ユーノくん可愛かったから、あんまりシュテルが奥手だとあたしが貰っちゃうわよん?」

 

 

 

 なんとも色香たっぷりにそう言われてしまい――

 厄介なライバルが増えたことを理解したシュテルは、今後は本気でアプローチをして見ようと心に決めるのであった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

星々の祭典と少年少女

 今回はアリシアとのCP。
 CP名を何と呼んでいいか迷って、とりあえず支部の方ではユノシアにしましたけども、あれでよかったのかなぁ。
 あと、何故かちょっちシリアスめな展開になってます。
 なんでこうなったかというと、ある作品のオマージュ精神が発動してしまったからですかね(笑)


 遙か遠き、七つの夜 Do_you_really_need_me?

 

 

 

 夏も本番に入り出した、七月の始めの頃。

 

 たまたまホビーショップ『T&H』を訪れていたユーノは、そこの看板娘の片割れであるアリシアにこんなことを言われた。

「ねぇ、ユーノ。明日わたしとデートしない?」

「…………え?」

 思わず呆然となって聞き返したが、ニコニコと笑うアリシアに冗談の色は見受けられない。

 次第に赤くなって行く自身の顔に集まる熱を感じながら、ユーノは一応聞き返した。

「で、でーと……?」

「そう、良いでしょ? あ、もしかして忙しかった?」

「ううん、そんなことないけど……でも、良いの? 僕なんかで」

「? うん、ユーノが良かったの♪」

「…………」

 こう言われて、断れる人間がいるなら是非と見てみたいものだ。

 と、何処へむけたかも判らない思考を浮かべつつ、ユーノはニコニコと笑っているアリシアのお誘いを受けることに決めた。

 

 ――――そうして、こんなお誘いから唐突に七夕デートが幕を上げたのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 翌日。

 柄にもなくドキドキしながら、もう一度『T&H』へ向かうユーノの姿があった。

 店に着くと、先日同様にアリシアが出迎えてくれた。

「おはよ~。うんうん、時間ぴったりだね。流石はユーノ」

「あ、ありがとうアリシア」

 感心したように頷くアリシアだったが、ユーノの方はと言えばあまり心中穏やかと言うわけにも行かない。

 意識しすぎなのかも知れないが、デートと意識して女の子を迎えに来る経験などほとんどなかったのだから、彼に求め過ぎるのも酷だろう。

 が、何も喋らずにいても逆に緊張を増すばかりである。腹の辺りに感じる痛みを抑えながら、ユーノは口を開いてみたのだが――。

「ところで、えっと……今日は何しに行くんだっけ?」

「? デートだよ?」

 返ってそれは逆効果だったかも知れない。

 さらりと昨日の言葉が幻でなかったのだと肯定され、ユーノは益々頭の中が真っ白になってく。

 正常な思考は拭い去られ、このまま案山子にでもなってしまいそうな予感さえした。

 しかし幸いというのか、結果として彼が案山子になってご破算という展開になることはなかった。

 何故かといえば、

「でででででデートてアリシア――『少しは落ち着いてください、プレシア』――り、リニス……!?」

「いい加減に子離れしてください。それに、今日は昨日フェイトの試合を八神堂に観戦しに行った分の仕事がたっぷり残ってるんですから。――――今日という今日は、逃がしませんからそのつもりで(にっこり)」

「そ、そんな……あ、アリシアぁ~~~ッ!!(ずるずる)」

 こんな一幕があったからである。

 自分よりも動乱した誰かを見ると、人間は冷静になれる生き物であると。

 この日ユーノは、その事実を再認識することになった。

「ママってば相変わらず心配性だなぁ~」

 アリシアの方は母のことをあまり気にしてはいないようだ。……まあ、『T&H』のプレシア店長と言えば極度の親馬鹿というのはこの辺りのBDプレイヤーには有名な話ではあるのだけれども――しかし、それでもアレを心配性と称するには、ユーノは自身への荷が重すぎると感じたため、肯定の句を継ぐことはなかった。

「それじゃあ、ユーノ。早速出かけよっか♪」

「え、あ……う、うん」

 少しばかり呆けていたユーノは、促されるままに店を出て、アリシアに背を押されるままに目的地へとつれて行かれることになった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 そんなこんながあった後、『T&H』を出た二人が向かった先はと言えば――。

「ここって……プラネタリウム?」

「そ! 《海鳴スターミュージアム》だよ」

 元気よく応えたアリシアだが、ユーノとしては此処に連れてこられた異図がよく分からない。確かに、デートスポットとしては王道の一つなのだろうが、なんとなく違和感を感じる。

「なんでまたいきなり?」

「??? あれ、言ってなかったっけ?」

 そう言うとアリシアはポケットから二枚のチケットを取り出してユーノに渡す。チケットには大きく目の前のプラネタリウムの施設名が書かれていて、その脇にはこんな宣伝文句が乗っていた。

 〝七夕の夜に美しき星の軌跡を! 男女カップル様にお得な半額割引!!〟

 ……。

 …………。

 ………………つまり、これは。

「えっと、僕を誘ったのって――これが理由?」

「? うん。そうだよ」

 屈託のない笑顔で言われると、残念な気分もそこそこに、少しだけホッとした。

 薄情な気もしたが、勘違いしたのと足し引きで勘弁して欲しいものである。

 どことなく余裕の生まれ始めた心と共に、プラネタリウムの内部へと進んでいく。入り口でチケットを受付のお姉さんに渡して、半額になった入場料を払う。

 中に進むと、二人同様に七夕のカップル割引を適用されたと思わしき男女の組が既に大勢席に座っていた。しかし、見た限りでは二人と同世代は流石にいない。

 ちょっと浮いたような感覚と、微笑ましげな視線を同時に向けられてる。どうやら、カップルと言うよりは、兄妹にでも見られているのだろうか。……そういえば受付のお姉さんも、カップル割を渡したアリシアの事を温い目で見ていたような気もする。

 まあ、ユーリほどではないが、ユーノとアリシアはそこそこ似てなくもない。

 フェイトくらい背が近ければ違ったかもしれないが、少なくともこの組み合わせではカップルとは見られにくいだろう。

 さて、そんな感慨もそこそこに席へ着いた。すると程なく会場は暗くなり始め、場内アナウンスが響き始める。

『――本日は、当プラネタリウムにご来場いただき、誠にありがとうございます。本日のプログラムは、七夕にちなんだものが予定されておりますので、皆様、どうかごゆるりとお楽しみくださいませ――』

 そうして暫く説明がされ、それが最後の言葉で締めくくられたのと同時に半球状の天井が暗くなり、夕暮れ時の空が中央のプロジェクターより映し出され始めた。

 段々と、あかね色の空が暗くなり、夜の闇へと呑まれていく。

 説明が所々にまぶされるが、それらは目の前に広がる宇宙(そら)の光景と共に、どことなく滑る様に意識を抜ける。

 誰しもが意識を呑まれていた中、例に漏れずユーノも星空の光景に魅了されていたが――ふと、隣から小さく声が聞こえてきた。

「わぁ……」

 感心と言うよりも感嘆。

 無邪気に光に溢れた紅の瞳を輝かせながら、アリシアは星空を眺めていた。見上げた空の移りゆく様に魅了される姿は、酷く無垢な色を感じさせる。

 先ほどまでとはまた少し違う方向に意識が抜けかけ、ユーノは一拍を置いて我に返った。

 思わず見とれてしまった事に気恥ずかしさを感じながら顔を逸らし、小さく息を吐いて空に視線を戻す。

 彼の内心の焦りとは裏腹に、天井の星々はゆったりと光の帯を形成していく。

 天の川がハッキリと見えた辺りで、七夕伝説の説明が入る。

 曰く、その川の畔には二人の男女がいた。

 天帝の娘と、牛飼いの青年。

 それぞれが布を織る天女と、生真面目な仕事人。そんな二人が出会い、恋に落ちる。けれど、二人は幸せの最中で堕落してしまう。その罰を背負い、二人は天の川の両端に引き裂かれてしまった。

 互いが自身の役割を全うしなかったが故のツケ。

 それを支払う形で、二人は仕事を全うする事によって一年に一度、この川の果てにいる愛しき者と再会を果たすことが出来るのである。

 ――と、そういった説明が流れ、いくつかのコラムと共に説明が進み、次第にその周囲の星座たちの紹介へと移行していった。

「……ね、ユーノ」

 しかし、そうして七夕の説明が終わったあたりで、隣からアリシアが声をかけてきた。

 最初に聞こえたものとは違い、明確に話しかけてきた声。ユーノはどうしたのかと思いつつも、小さくささやきかけられたそれに応じる。

「? どうしたの、アリシア?」

「ユーノはさ、どう思う? 織り姫と彦星みたいに、大切な人と引き裂かれたら」

「どうって、例えば……?」

「別に大したことじゃないんだけど、大切な誰かが違う場所に行っちゃうとしたら、ユーノならどうするのかなって思って」

 酷く難しい質問だった。

 冗談交じりにらしい答えを期待するものとも違うそれは、安易に答えが出せると言うものでも無いように思える。

 何かがあったのか、それとも思うところがあったのか。

 アリシアの心情を推し量ることは出来そうになかったが、それでもなんとなくユーノには、この質問は疎かにしてはいけないもののように感じられた。

「……そうだなぁ」

 誰かと引き裂かれる、という言葉自体をあまりユーノは意識したことが無い。

 元々、幼なじみの内でも同じ場所にいられた時間は短かった方である。誰かと引き裂かれるとしたら、という例を自身のこれまでに適応するならば、ユーノはどちらかというと、その誰かを置いてきた側の人間であるだろう。

 飛び級を重ねるごとに、最初に見知った人間は姿を減らしていった。

 けれど、だからといって巡り合わせそのものが悪かったということもなかった。

 単に運が良かっただけであろうと、ユーノは大切な人たちと過ごす日常にいま居られて、その時間を謳歌できている。

 だから、引き裂かれたら――という問いかけに対する答えとしては不適当かも知れないが、ユーノはこう考えた。

「きっと、最初は悲しくて仕方ないんだと思う。泣いたり、苦しんだりするんだと思う。でも、多分最後はまた会えるとも思ってる」

「……ほんとに、そう思う?」

「うん。――だって、きっと会いたくなるじゃないかな。自分の大切な人と離れちゃったなら」

 そう。離れてしまったのなら、きっと会いたくなる。

「織り姫と彦星も、雨で会えない年もあるだろうけど……それでも、きっと忘れらないだろうし」

「それでも会えなかったら、どうすると思う?」

「多分、言いつけを破ってこっそりあっちゃうんだろうなって思うよ。アリシアだって、勝手に言われてずっと会えなかったら――そんな気持ちにならない?」

「――――」

 何が不安だったのか。

 それとも、何があったのか。

 アリシアの心情は結局判らなかった。しかしそれでも、アリシアはユーノの弁に、こくりと頷いていた。

 今日のアリシアは酷く儚げな印象を受けたが、頷いた彼女の反応に、この方が良いとユーノは思った。

 いつでもみんなを照らす、太陽の様な存在でいて欲しい。

 勝手な願いかも知れないが、そう思ったのだ。

 納得したように見えたアリシアだったが、ユーノが安堵を感じ始めたところを狙い澄ましたかの如く、こんなことを訊ねてきた。

 

「じゃあ――ユーノは、もしもわたしがどこかに行っちゃったら会いに来てくれる?」

 

 じゃあ、と言われても困る。

 寧ろこの場合、アリシアがどこかに行ったら、プレシアやフェイトの方が先に追い掛けていきそうなものなのだが……まあ、そういうことではないのだろう。

 が、そんな事は実は関係なく。答えは、もう考えるまでもなく決まっていた。

「今は傍に居るから想像出来ないけど、多分離れちゃったら会いに行きたくなると思う。だから、フェイトとかレヴィみたいに早くは行けないんだろうけど……きっと、会いに行くんだろうなって、思ってる」

「……そっか、そうなんだ。うん! なら、良いかな」

 にぱっと、いつもの笑顔を取り戻したアリシア。

 それきり二人の間にあった会話は止み、今度こそ星々の海に意識を委ねることになった。

 

 

 

 そうして、二人はプラネタリウムを堪能した後、〝お出かけ(デート)〟の続きを楽しみ、家路を辿ることに。

 静けさを取り戻したものの、何があったわけでもないのに、何故か胸の奥にすとんと落ちるものがある。

 そんな家路を辿り、二人は柔らかな笑みで「じゃあね」と別れた。

 

 それは七夕の日の、穏やかな一幕。

 小さく交わされた心の出来事であった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

暑い日にあった偶然より

 今回のお相手はフェイト。
 そして、前回に引き続いてこの話でもちょっとオマージュが入っています。まあ、そんなに重要というわけでもないですが、楽しんでいただけたら幸いです。

 ちなみに、今回はおまけで前にツイッターに挙げたミニSSも載ってます。

 こちらのミニSSは、特にinnocent時空とはあまり関係ありません。むしろ、どちらかというと本編か別の長編の方のそれな感じですかね。


 熱気に誘われて A_roasting_day.

 

 

 

 それは、暑い日。

 夏が本格的に腰を上げ、陽光で街を焼き始めた頃のこと。

 

「「あ」」

 

 ()だるような熱気に包まれた海鳴市の一角にて、偶然の出会いに導かれた物語である。

 

 

 

 ***

 

 

 

 通りを歩く、金色の髪をした人影二つ。

 肩を並べ歩く少女たち――ではなく、そこには二人の少年少女。街を包んだ熱気に汗を流しつつ、彼らは一緒に街を歩いていた。

 

「それにしても奇遇だったね、フェイト。こんな日に本屋さんで会うなんて」

 ユーノがそう言うと、フェイトも「そうだね」と頷く。

「でも、少し意外だったかな」

「? 意外って、何が?」

「こんな暑い日にユーノが外出てるのもだけど、なんとなく本屋さんに行くならシュテルも付いてきそうな気がしてたから」

「ああ、確かにそうかも」

 そういわれ、フェイトの言葉にユーノは頷いた。

 言われてみれば、平時はインドア派の自身が外に出ていることもさることながら――読書関連でユーノにシュテルが付いてこないのも、珍しいと言えば珍しい。

「ただ、今日はみんな暑さでバテちゃっててさ。それで、ちょうど外に出るついでにお土産でも買ってこようかなって思って」

 現在、ユーノのホームステイ先であるグランツ研究所では、ユーノとユーリを覗いて夏バテの波が真っ盛り。しかし、普段学校に通っている他の面々に比べ、普段は研究所にいるユーノとユーリはそこまで暑さに当てられなかったのである。

 故に、ユーノは一人外に出てきたというわけだ。

 けれど、正直ユーリだけを残してくるのは少し気がかりではあったのだが、生憎と彼女はあまり身体が強くないため、炎天下に彼女を晒すのはあまり好ましくない。

 それに、研究所には他の職員さんたちもいる。

 なら大丈夫だろうと判断して、ユーノはこうして外に出てきたのである。

 そんなわけで今も研究所ではユーリが、パタパタと団扇で『ダークマテリアルズ』と『エルトリア・ギア―ズ』の面々を扇ぎながら、ユーノの帰りをのんびりと待っていることだろう。

 尚、保護者役のグランツ博士もダウンしている。なんでも、研究に行き詰まった気まぐれで外へ出た際に、軽い日射病になってしまったらしい。

 ……これを聞いてユーノも、なるべく普段からちゃんと外に出ようと決めた。うん、不健康良くない。

 と、そこまで考えたところで、ユーノは話の筋を戻す。

「でも、僕もフェイトが一人でいたのには少し驚いたかな。いつもは、みんなと一緒だから」

 大体フェイトはいつも姉のアリシアか、友人であるなのはたちと一緒に居るところをよく見かける。時折、リニスやシグナムといった面々とも出かけているようだが、ユーノ個人としては、前者のイメージが強い。

 彼がそう訊ねると、フェイトはこう応えた。

「うん。確かにいつもならそうなんだけど、今日はお姉ちゃんずっとクーラーの前から動かないし、なのはたちもあんまり外に出る気分じゃなかったみたいだから、外に出るのは一人でも良いかなって」

「そっか……。やっぱりこの暑さには、みんな堪えてるんだなぁ」

 どこか他人事のように口にするユーノ。実際は、今の彼はちょうどその熱気の真っ只中にいるわけなのだが、フェイトと話しているためか暑さへ向ける感覚が薄れているのかも知れない。

「あ、そういえば……」

「?」

「今更だけど、なんだから珍しいね。フェイトが帽子被ってるのって」

「そうかな? 割と最近は被ってるんだけど――でも、それならユーノだって帽子被ってるの珍しいよ。フード付いてる服着てるのは、よく見るけど」

「……言われてみれば、そうかも」

 フェイトに指摘され、なんとなく頭に乗った帽子に手をやってみる。

 意識してなかった所為もあってか、いまさらながら自分が帽子を被ってるのは珍しいかも知れないなと、言われてから他人事のように納得した。因みに、ユーノは黒地に緑のラインの入ったスポーツキャップを被っており、フェイトの方は白地のストールハットを被っている。――尚、それぞれなのは及びシュテルの監修である。

 さて、そんな感じで他愛のないことを話していた二人だったが、暫く歩いていると暑さに当てられ始めた。いくら友人といようと、駅までの間を歩くには少しばかり暑すぎた。普段ならば何の苦も無い距離さえ、まるで無限に感じられる。

 そこで、こんな提案をユーノはしてみることに。

「ねぇ、フェイト。ちょっとだけ涼まない?」

 あそこで、と指を指したのは喫茶店。涼むついでに、おやつでも食べていけば少しは太陽の日差しも弱まるだろうと思ってのことだった。

 ちょうど時刻も、午後三時を回ろうかというところ。おやつのついでにおしゃべりでもしていけば、三十分くらいは潰して帰れるだろう。

 そう提案してみると、フェイトも「そうだね」と頷いた。

 彼女も流石に暑さに堪えていたらしく、彼の提案に乗ることに決めたようである。

 

 そうして、店内。

 お好きな席へ、と出迎えてくれたウェイトレスさんに席へと案内された二人は、早速メニューをのぞき込む。

 暫く悩んで、それぞれ注文を(おこな)う。

 ユーノがコーヒーフロートとティラミス、フェイトはアイスミルクティーとミルフィーユだった。

 先に運ばれてきた飲み物を手にして、おしゃべりでも始めようとしたのだが――店内の穏やかな雰囲気に包まれていると、何となくまどろんだ気分に包まれてしまい、沈黙の時間が心地よく感じられる。

 よくよく考えて見ると、そもそもこの二人はどちらかといえば聞き役に回ることが多いこともあり、あまり自分から話題を振っていくタイプでもない。もちろん、別に触れないというわけではないのだが、単純に気心の知れた間柄も手伝ってか、心地よい静寂に揺られる方が何となく良いと感じたのだろう。

 年に似合わず随分と落ち着いた雰囲気を楽しむ二人に、桃色の髪をした臨時のウェイトレスさんが何となくほほえみを増していたのは内緒である。

 が、程なくしてその沈黙も破られた。

「おまたせいたしました」

 テーブルに到着した品と掛けられた声に、二人はまどろみから一旦現実へ。

 注文していた品を運んでくれたウェイトレスさんにお礼を言うと、店員さんは小さく微笑んでから「ごゆっくり」と手を振って戻っていった。

 それにしても、

「……綺麗な人だったね」

「……うん。確かに」

 何となく二人とも見惚れてしまったくらい、あの店員さんは美人であった。更に付け加えるなら、立ち居振る舞いが優雅でいきなり声を掛けられたというのに驚きがほとんどわいて来なかった。

 先ほどまでとはまた違う意味でぼんやりとしてしまった二人だったが、他のお客さんのところを回っているウェイトレスさんを見ていたフェイトが、ぽつりとこんなことを言い出した。

「あのお姉さん……なんとなくだけど、すずかに似てるかも」

「え、すずか?」

 言われるまで想像だにしなかった名であるが、友人のすずかを思い返してみた途端、ユーノも彼女の弁に納得してしまった。

 言われてみると、似てなくもない。

 髪が長いとか、少しウェーブのかかった髪などもそうだが、確かに雰囲気が似ている。

 が、ついついそんな事が気になってしまったものの、あまり露骨に詮索するのもどうかと思い、二人は話題を移した。

 幸いというか、一度話が出ると第二声は楽なものである。

 本格的に話し込んでしまい、気づけば一時間近くも経ってしまっていたのには二人ともびっくりした。

 あまり遅くなってもいけないので、話を一旦切ってお会計をして貰おうとレジへ向かう。

 ちょうど最初に入ったときの人が外していたらしく、伝票を受け取って精算をしてくれたのは、先ほどのお姉さんであった。

 それに少し驚きはしたが、ともかく今は支払いが先だ。

「では、お会計の方が一四五〇円でございます」

 告げられた金額を聞き、ユーノは「じゃあ」と二千円をお姉さんに渡す。

 おつりを受け取ったのち、フェイトが自分の分と言ってお金をわたそうとしたが、ユーノは大丈夫と手でそれを制した。

「今日は良いよ。誘ったのは僕だし」

「でも……」

「いつもT&Hでフェイトには良くして貰ってるし、この前アリシアにプラネタリウムに連れて行って貰ったから、その分のお礼も少し、ね?」

 いまひとつ納得がいかないようなフェイトだったが、そこへ助け船を出してくれたのは、意外なことに、先ほどのお姉さんだった。

「ふふ。良いじゃない? 今日は、お礼を素直に受け取ってあげたら?」

「…………」

 そう言われても、律儀なフェイトには何となく引っかかりが残る。

 根が真面目なのを見て取ったのか、そのお姉さんは。

「……男の子には格好付けたい時があるんだから、そういうときは甘えちゃいなさい(ひそひそ)」

 小さく耳打ちを始めて、フェイトに柔らかくこう告げた。

「素直な好意はちゃんと受け止めて、相手が困ってたら返してあげるものよ?」

「……はい」

「うん。良い子ね、貴女も」

 優しく撫でられ、フェイトは漸く納得したようである。

 ユーノは何が起こったのか解らなかったが、ともかくフェイトの顔が晴れたのを見て、悪いことではなかったのだという事だけは判ったらしい。

「……じゃあ、そろそろ行く?」

 訊くと、フェイトは「うん」と返事をして行こうと促す。

 そこへちょうどお客さんが新しく入ってきたようで、お姉さんも少しフェイトの後を追う形になり、

「――頑張ってね。可愛い顔した男の子って、案外気が多いものよ?」

 すれ違いざま、そんなことを言ってきた。

「……ふぇ……っ!?」

 驚いて振り返るも、既にお姉さんはお客さんのところへ言っており、何となく中性的な青年と話している。

「よ、さくら。ホントにバイトしてたんだなぁ。びっくりしたよ」

「ふふっ。忍がやってたのが楽しそうだったから、つい。ところで先輩、どうですか?」

「ん? ――ああ、うん。似合ってるよ」

「良かった。それではお客様、こちらへどうぞ」

「ありがと。でも、そろそろ先輩ってはやめない? 卒業してから結構経つのに……」

「そうですけど……やっぱり相川先輩は、私の先輩ですから」

「……そっか。まあ、さくらがそれで良いなら、俺も特に文句はないかな」

「なら良かったです」

 とても親しげだ。

 先ほどのそれより、更に穏やかなその雰囲気を見て――つまり、さっきのアレはそういうことで、彼は彼女のそうなんだろうということを、フェイトは何となく理解した。

「…………」

「??? どうしたの、フェイト?」

 しかし、その弊害か妙に顔が熱い。

 だというのにユーノはそんなことに気づいてさえおらず、フェイトはよくシュテルがユーノに怒っている理由を察した気分になった。……とはいえ、彼女は相手に強く出られるタイプではなかった。

「え、ぅ……ううん、なんでも……」

 故に、こんな返事しか出来ない。

 割と不自然だと思ったのだが、どうやらユーノは気づいてくれなかったようである。

「そう? なら言いんだけど」

 そう応え、彼女の返事を受けたユーノ。

 少し顔を赤くしているフェイトには気づいたものの、若干の和らぎを見せた熱気でも早く帰った方が良いのかな、などと検討違いの方向に思考が跳んでいる。

 逆にフェイトの方も、馬鹿正直に先ほど言われたことを口にするわけにも行かず、外の暑さなど比にならないほどに湧いた熱に苛まれながら、少し深めに帽子を被り直して歩き出す。

 同世代では背の高い方だが、ユーノは彼女より少し高かったため、顔はもう見られずに済む。

 気恥ずかしさを感じる少女と、変わらず穏やかな少年は、こうして穏やかな家路を辿る。

 どこか微妙に思考はズレてしまったものの、二人の帰り道自体は穏やかであった。

 ……素直な好意には、また同じように。

 何時かのお礼を考えつつ、フェイトは傍らを歩く少年のことを帰るまで考えてしまうことになった。

 

 

 

 

 

 

 ――――なお。お土産を買いに行ったのに、ユーノが帰りを遅くしてまでフェイトとお茶をしていたのを知って、グランツ研究所内およびその外気温が二~三度上昇……。

 

「今度は姉妹ルートというわけですかそうですかユーノ。ついに一と二の間にある壁さえ越えると?」

「いやいや、何の話?」

「問答無用です。さあユーノ、今すぐ対戦しましょう。――燃えるほどに熱く……あつ、く……」

「…………はぁ。ほら、無理しちゃ駄目でしょ?(ぱたぱた)」

「…………(ちょっと満足げ)」

 

 ――訂正。

 外気温も研究所内の気温も上がらなかった。

 ただ、上がろうとしていた余波があり、シュテルの高揚度が若干上がりはした。以上。

 

 

 

 

 

 

 おまけ 七夕、雨

 

 

 

 七月七日。俗に七夕と称される行事の設けられたこの日は、恋人を隔て続ける天の河が唯一二人の逢瀬を許す日であるのだそうだ。

 しかし生憎と、その日の海鳴市は雨に濡れていた。

 古人曰く、雨が降る七夕は恋人たちの再会を許さないのだという。

 年月をまた隔てることになった織姫と彦星。

 そんな二人が空の上にいたこの日。

 ある少年と少女が、雨の中で久方ぶりの再会に興じていた。

 

 

 ***

 

 

「……あ」

 雨だ、と。

 そうポツリと少女の漏らした呟きをかき消す様に、雨音が強く周りを覆って行く。

 本降りになる前に屋根の下に入れたのは良かったが、何時迄もそこに立っているわけにもいかない。

 自身の周囲を濡らす雨に、少女は困った様な顔をする。

 彼女の家はここからほど近い場所にあるが、都合の悪いことに、買い物帰りの彼女は沢山の荷物を抱えていた。

 あまり雨に晒したくない品もあるため、このまま雨に打たれて帰るのは躊躇われる。

 ポケットから携帯を取り出して、家族の誰かに迎えに来てもらうことも考えたが、思い返せば今日の我が家はもぬけの殻であった。

 少女――フェイトの母であるリンディと、兄であるクロノは今日、勤め先である管理局の任で久方ぶりに家を空けていた。

 何でも、古くからの付き合いであるレティからヘルプがかかったのだとか。

 同行を申し出てはいたのだが、来週に控えた連休に友人たちと約束をしていた彼女を臨時で出向かせることを、母と兄は良しとしなかった。

 何でも今回、少し大掛かりなヤマを相手にするのだという。それなら尚のことだと普段ならば食いつくところだが、未だ学生の身であるフェイトは本分を優先することに重きが置かれている。

 若干の不満はあったが、一応の理には叶っていた為に大人しくそれを呑んだわけだが、どうやらそれが裏目に出てしまったらしい。

 おまけに、何時もは家に居てくれる彼女の使い魔であるアルフもまた、友人(?)である守護獣のザフィーラと共に捜査へと出かけていて頼れない。

 正しく八方塞がりに落ち着き、すっかり立ち往生に陥ったフェイトは軽く溜息を零した。

 尚、頼みの綱として友人たちに連絡という手段が残っていたものの、少し工夫すれば最小の被害で家に着ける程度であることもあり、いまいち連絡する気になれなかった。

 となればあとは決心を固めるだけなのだが、どうにも雨音というのは人の足を止めさせる。ついつい聴き入ってしまう不思議な感覚は、時を引き延ばしている様にも感じられなくもない。

 ぼんやりと時の流れに溶けていたフェイト。

 そんな彼女を現実に引き戻したのは、雨音の中から聞こえた声であった。

「あれ、フェイト?」

「……ユーノ?」

 聞こえた先に目を向けながら、声の主の名を呼んだ。当然というか、人違いだったなどということもなく。

 そこに立っていたのは、間違いなく彼女の幼馴染の少年であった。

「どうしたの、こんなところで?」

 首を傾げながら彼女の側に立つと、ユーノはフェイトにそう聞いて来た。

 別にありのままを言えば良いのだが、少し恥ずかしかったのだろうか――フェイトはその質問を少しだけ逸らす様にしてこう応えた。

「ユーノこそ……。珍しいね、こっちに来てるの」

「まあ、確かに最近は来てなかったから、そうだね」

 逸らされたことには気づいたようだが、ユーノは人が嫌がることはしない。それも、明らかにそれが判っているだろう状況ならば尚更に。

 返答は他愛のないもので、先ほどまで手に持っていた傘を閉じて水気をそっと払いながら、彼は世間話でもするようにフェイトの振った問いについて語り始めた。

「ちょうどはやてに直接手渡す資料があったから、仕事終わりがてらこっちに来たんだけど……折角だから久々に海鳴市を見ていこうと思ってたんだ。それで、その途中で君を見つけたから声をかけたってわけ」

「そう、なんだ……」

 逸れた話が戻って来たためか、フェイトの歯切れは悪い。

 が、もちろん話を戻したユーノもまた、彼女を責め立てる為に話の方向を戻したつもりはない。

 単純にこれは、単なる理由づけだ。

「ところでさ、フェイト」

「? なに?」

「荷物多いみたいだから、僕も運ぶの手伝って良いかな? どうせこのあと帰るのに、フェイトの家に寄らなきゃ行けないと思ってたから」

 らしく無いなあ、と。

 ユーノは自分のとった行動を内心では自嘲しながらも、一先ずは目の前の問題を解消することを選んだらしい。

 荷物持ちを申し出た彼に、フェイトは大きな紅い目をパチクリさせて驚いていたが、特にそれ以上何も言わずに微笑んでるユーノを見ているうちに、残っていた恥ずかしさは消え去った。

「……じゃあ、お願いしても……良い?」

「了解。任された」

 空いていた片手でフェイトの荷物を受け取ると、ユーノは閉じていた傘をもう一度開いて自分たちの上に差した。

「行こっか」

「うん」

 そっと歩き出した歩みはゆったりと。

 強かな雨音とは裏腹に、暖かな心を感じながら、少年少女は家路を辿る。

 

 隔てるものなき二つの星は、空から注ぐ水の中で出会うことに。

 そんな、雨に誘われた七夕の再会だった。

 

 

 

 

END

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

素直になった子猫の話

 今回のお相手はシュテル。
 このシリーズのプロローグ以来、久々のメイン回……なんですが、どうにも焦らし精神が発動してかなり踏み込み不足な話になっています(笑)
 短夏短編としてなら前回の方が〝らしい〟ですが、今回は軽くニヤっとしていただけるような物を書いた感じですね。


 不器用な甘えと寂しさを込めて I_want_you_all_to_myself.

 

 

 

 ――――最近、何かがおかしい。

 

 ……否。本当は〝何か〟なんて言うまでもなく原因はハッキリしているのだが、その辺りは乙女のプライドといったところか。

 ともかく端的に言って、最近のシュテルは非常に不機嫌であった。

 そして、その原因となるのがこの少年。

「ど、どうしたの……?」

「…………いえ、別に」

 傍で不機嫌そうにしているシュテルへの対処にタジタジしている、ユーノ・スクライアに他ならないのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 時は遡ること凡そ十五分前。

 学校帰りに本屋に寄ったシュテルが、偶々ユーノに会って公園へやって来たところに戻る。

 元々はこんな偶然も、仲間内では読書家な二人にはありがちな展開であったのだが――ただ公園で会ってのほほんとしているだけというのが、シュテルには気にくわなかった。

 かなり理不尽と言えばそうかも知れないが、考えても見て欲しい。

 自分の好ましい相手へ誘いを掛けてもスルーされ、放っておけば何の因果か他の少女たちと遊びに出かけてイチャイチャして――。

 その上、この前など猛暑に煽られた自分たちを放って置いて、フェイトと喫茶店で涼んでのんびりしてたなんてこともあった。……尚、発言にはかなりの語弊があり、ユーノの名誉の為に断っておくと。別にユーノは彼女らを放っておいた訳ではなく、涼みと休憩がてら喫茶店に寄っただけで、その後はちゃんとシュテルたちにも構ってくれていた(膝枕で茹だった彼女らを仰ぐくらいには)。

 が、経緯は重要ではない。

 というか、そんなものはどうでも良い。

 問題は、何で一番近かったはずの自分が最近放って置かれているのかだ。いや、突き詰めれば、まるっきり噛ませ犬にでもされた気分に等しいと言える。

 この屈辱を雪ぐ為、幾度となくリベンジを掛けるも全て不発に終わって来た。しかしチャンスがきたと思えば、こんな如何にもな状況なのに何も起きやしないと来ている。

 

 ――――何なのですか、これは。

 

 これでは愚痴の一つや砲撃(BD内でだが)の一つも撃ちたくなるというものだ。

 ユーノからすれば理不尽も良いところだが、放って置いた彼にも若干の責任がある。……まあ、別に鈍感というわけでもないので、単に色々タイミングが悪いというのも要因の一つだったが。

 簡単に言うと、シュテルが一言「構って欲しい」と言えば、一時の羞恥心を担保に幾らでもお釣りが返ってくるレベルである。

 しかし、それでは面白くない。

 自分から因果を引き寄せても良いが、それだけでは何かに負けた気がする。こういう場合、変に負けず嫌いな性格が生じて損を招く。

 結果として、シュテルは未だに見返りを得られることも無く、ただ剣呑とした雰囲気を保つに至っていた。

 とは言え、

(……流石に、このままというのもアレですね)

 どうせ帰る場所が一緒なので、何時までも意地を張っていたらそれはそれで弊害が生じる。特にユーリ辺りは、自分たちが喧嘩じみた雰囲気を出していたら不安を覚えるかも知れない。

 それは好ましくないとシュテルは思い、そろそろ折れるタイミングかと思い、今日はこの辺りで終わりして次の機会を狙おうとした――その時。

「――――えっと、」

 ユーノが何かを言いかけた。何を言い澱むのか気になって、「何ですか?」と問いかけてみたところ、ユーノはこう応える。

「いや……その、もしかしたら大したことじゃないのかも知れないし、僕の勘違いかも知れないんだけど……」

 が、その答えは非常に歯切れの悪い前置きに留まっており、ことの詳細が見えない。

 故にシュテルは、

「はぁ、それで……」

 結局、何が言いたいのですか? と訊いた。

 するとユーノは、

「……あのさ。シュテル、もしかしたら寂しかったのかな……とか、思って……その」

 あろうことか、そんなことを言い出した。

「――――!? な、ななな……っ!」

 言葉にならない声がシュテルの口から漏れ始めた。普段は冷静な彼女であるが、こう言った攻撃には弱かった。ストレートに来られたり、上手に取られたりすると割と崩れ易い。仮想空間では殲滅者などと呼ばれ、自他共に勝負に厳しい彼女も、現実では存外に乙女である。

 そう言った意味では、ユーノの放った攻撃(コトバ)は非常に効果的であった。だが、逆にこうなるとユーノも焦ってしまう。

 真っ赤になったシュテルは狼狽えているばかりで、怒っているのか恥ずかしがっているのか判らないのだ。

 見かけ上の境が曖昧で、どちらなのか判断しかねる。……尤も、第三者から見ると、どちらでもあまり大差ないような気もするが。

(ど、どうしよう……怒らせちゃったかな? いや、恥ずかしかっただけって可能性も――――ん? それってどっちみち怒られるだけなんじゃ……?)

 漸くそこに気づいたものの、シュテルよりは程度はマシかもしれないが、ユーノもユーノで焦りに苛まれている。

 結果として、公園で静かに百面相を見せる少年少女の出来上がりだ。

 ある意味それは、傍目に見れば告白したてのカップルに見えなくもない光景。

 図らずも望みに近い状況に陥ったシュテルであったが、頭が上手く働いてくれずその事実に気づけていない。

 ――とにかく何か言わなければマズい。

 ただそれだけが彼女の脳裏を埋め尽くして行き、そして――――

 

「そ、そそそ――そんなわけが! ある、ある筈…………あり、ま……す」

 

 ――――混乱の果てに、言葉が出る。

 

 判り辛いか、一応それが口から紡がれた。

 幸いと言うのか、蚊の羽音よりはハッキリと聞こえたそれを聞き逃すこともなく、ユーノは確かにそれを聞き届けていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ――――そうして、十分後。

 

 公園を離れた二人は、駅近くの映画館へとやって来た。

 放課後デートとしてはベタだが、初々しい顛末を見せた二人には誂え向きである。

 実際のところ、売店でポップコーン等々を買った際に店員さんに微笑ましい目線を向けられる程度には、二人はそんな感じであった。

 そうして、ちょっぴり気恥ずかしさを伴いながらも――ユーノとシュテルの映画デートは幕を開けた。

 チケットを入り口のお姉さんに見せて中へ進む。

 販売が自動化されていても、こういったところではまだまだ人の手があることが多い。そういった情緒をどこか感じつつ、二人は劇場内に足を踏み入れた。

 場内はまださして暗くもなく、上映前のCMより少し前といったところか。しかし、結構前とはいえ人の姿はそれなりにいた。なら、先に席に着いても良いだろうと考え、出入りが面倒になる前に二人は早速チケットに指定された席に着く。

 そうして席についたまでは良かったのだが、

(…………か、会話が出てこない)

 ユーノは、ほんの少し気まずさを感じてしまっていた。

 普段ならばシュテルといるのは心休まるのだが、どうにも始まりと現状がなんとも言い難い経緯を辿っているためか、どうにもぎこちなさを感じてしまう。

 取り敢えず、先ほど本屋で見つけた本の内容でも話そうか。

 そうユーノは思っていたのだが――次の瞬間、彼の思考は途絶する。

「――――(こてん)」

 何が起きた。

 その時のユーノの思考を端的に表すならばまさしくこの通りであり、何が起こったのかと問えば、シュテルがユーノの肩に頭を乗せてきたからだと言える。

(ぇ……ぇ、ぁ……えええっ!?)

 驚愕。(ただ)しく驚愕であった。

 一体何がどうしたというのか。

 頭の中が混乱し、うまく思考がまとまらない。それでも言えることがあるのだとすれば、それはとりあえずシュテルがユーノの側に寄ってきたということだけはハッキリと感じ取れてたということくらいだろう。

 何が総じてこうなったのだろうか。

 いや、確かにシュテルがユーノに寄り添ってくることはなかったわけではない。

 しかし日本(こちら)に来て以来、彼女のそういった面はすっかり薄れていて、とても大人びたものだなと感心することの方が多かった。だというのに、今のシュテルは何処となく昔に戻ったかのような反応を見せる。

 正直にいうと、今のユーノの(なか)はすっかり空白になっていた。

 が、ぼんやりとした頭もいつまでも止まっているだけではない。

 次第に取り戻されていく思考の中で、ユーノは何か教訓めいたものに突き当たった気がする。つまるところ、当たり前のように思えていたが、離れてみなければ判らないことも確かにあったということだ。

 ……そういえば、と。

 ユーノはまだ不鮮明な思考で、公園で交わしたやり取りの最後の方を思い返す。

 そもそも自分が言ったのではなかったか。――もしかして、寂しかったから怒っているの? と。

 思い返してみるとかなりデリカシーに欠ける発言だった。しかし、最近のシュテルの反応をどこか思い返すと、どこかそう……彼女の好きな猫っぽいというか、「構え」とせがまれているような感覚がしていたのだ。

 レヴィくらい感情豊かならば分かり易いが、シュテルはどちらかというと不機嫌さは隠すタイプだ。

 影で拗ねるか、もしくは捻くれた対応を返す。

 子供の頃。二人でピクニックに行こうと約束していたが、レヴィたちと一緒になってしまい、楽しんだは楽しんだものの、約束を破ったと拗ねたシュテルに一週間ばかり引っ付かれていたこともある。……まあ、面白がって途中からレヴィも真似していたけれども(なお、のちにアリシアに伝染してクロノが引っ付かれていたりもしたらしい)。

 さて、ここまでくれば概ね分かったようなものだ。

 要するに、お姫様(こねこ)のお相手をサボっていたツケがここに来た――ということである。

 ならば甘んじて請け負おうか。

 自分程度にそこまで構って欲しいと言ってもらえるなら、それはとても嬉しい。

 ユーノはそんなことを考え、どこかほんの少しだけズレた考え方の下でシュテルとの時間に臨むことに。

 

 ……最後の最後までは届かなかったけれど。

 ゆっくりと、ゆったりと。

 徐々に花開く蕾の様に、二人の心は溶け合っている。

 ――――今はまだ、それで良い。

 

 淡い花弁が色付きを増すごとに、二人の想いは徐々に溶け合っていくのだから。

 時に壁もあり、時に涙もあるだろう。

 しかし、いずれそこに花を咲かせることができたのなら――――その時は。

 

 きっと、笑顔でいられる。

 あなたのそばで、たくさんの宝物を持って。

 

 決して枯れぬ、その心に宿す想いを誓い合って――――

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夏の日、古書店での一幕

 今回のお相手はヴィータです。
 膝枕は良いよ膝枕は。……何言ってんだよこの変態め! って感じですが、ともかく思いついちゃったんですよね(汗
 あと、ヴィータちゃんに毒吐かせたかった。
 今回はそんな感じの妄想を詰め込んだお話になっておりますが、お楽しみいただければ幸いです。
 では、どうぞ――――


 始まりは眠気と共に Summer_Date.

 

 

 

 夏もいよいよ中盤に差し掛かり始めたある日。

 ユーノは一人、藤丘町にある古書店を訪れていた。

 店の名は『八神堂』と言い、狸のパーカーとバツ印のバレッタがチャームポイントな少女の営んでいるお店である。

 ここの店主と顔馴染みであることも手伝って、元々よく訪れていた。加えて趣味も比較的近かったこともあり、よくおススメの本を教え合う事やボードゲームに興じる事などもしばしば。

 アポなしで来ても割と平気なので、来店の目的は割と気まぐれだ。少しのきっかけがあれば、足を向けたくなるような店であるからこそ。

 

 ――――そして、ちょうど今日もそんな日だった。

 

 

 

 早速とばかりに入り口をくぐると、微かに来店時に聞こえる鈴らしき音が聞こえてきた。

「こんにちはー」

 声をかけてみるが、返事が返ってこない。

 店の中に人影は無く、出迎えなども特に無い。何時も静かな雰囲気の営業スタイルをとる八神堂だが、それにしても今日は静かすぎる。

 どうしたのだろうかと首を傾げつつ、ユーノは何時も店主の座っているカウンターに向かってみた。しかし、やはり人影はそこにもない。出払っているのかとも思ったが、入り口が開いている以上それはないだろう。

 そこで、とりあえず奥の部屋に入ってみることにした。

 勝手知ったる他人の家……という訳でもないが、何回か通された事があるため迷うことはない。

 元々書庫だった部屋を改造したらしいが、単なる物置を空けたというよりは、どことなく隠れ家的な印象を抱かせる。部屋の様式は比較的和風な色が強めに設定されていて、何となく風通しが良いイメージがある。

 ともかく誰かいないのかを確かめたい。

「おじゃましまーす」

 声をかけながら部屋にあがるものの、相変わらず返事は返ってこないが、代わりに。

 部屋の真ん中。

 掘りごたつになっているテーブル前の畳で、一人の少女が眠っていた。

「あれ、ヴィータ一人……?」

 ユーノの声に出した通り。

 畳の上で寝こけていたのは、八神家の末っ子筆頭であるヴィータだった。

 最近の熱気に耐えかねてか、普段は三つ編みにしている髪を今日はポニーテールにしている。

 三つ編みのようにきっちりまとめられていない分、少し朱色がかった赤い髪が薄い緑の畳によく映えていた。明るい色の髪だと、こういう時にふと鮮やかさが見て取れる。

 と、少し見とれていたが、視線を外して周囲を見てみる。

 しかし、一通り見渡すも人の気配は無し。

 こうなると、事情を知っているのは必然寝ているヴィータだけなのだが――。

「…………すぅ……すぅ」

 気持ちよさそうに眠っているのを起こすのも忍びない。

 だが、かといってこのまま帰っても……と、ユーノが少し迷っていると、思考が結ばれるよりも先にヴィータが目を覚ます。

「んぁ……あれ、ゆーの……?」

 何でここにいんだ? と訊かれ、ユーノはさっきまでの流れを軽く説明した。

 店に誰もいないのが気になり、上の部屋まで来たのだと。

 それを訊いて、ヴィータは思い出したように「あ」と声を上げる。

「あっちゃ……閉店中の札下げとくの忘れてた」

 ぽりぽりと頭を掻きながら、ヴィータは手に持った札を表にかけに階段を降りていく。部屋に一人残るのは手持無沙汰な気もしたため、とりあえずユーノはヴィータに付いて行き彼女が札をかけ終わるまで見守ることに。

 そうして、二人はもう一度部屋に戻って話を始める。

 寝起きの所為か、ヴィータはどことなくぽわぽわしていた。

「大丈夫? 何だかすっごく眠そうだけど……」

 心配になってヴィータの傍に寄るが、ヴィータは「平気」だと短く答える。

 しかし、

「ん、へいき……だけど、ちょっとだけ……ねむぃ」

 そんなヴィータの様子に、ユーノはどうしたものかと頭を捻る。

 とりあえず八神堂が今日は休みだというのは分かった。しかし、かといってヴィータが此処に居るからには何かしらの理由があるんだろう。

 が、それがヴィータ本人の理由なのか、はやてあたりから頼まれたものなのかの判断がつけられない。

 もし用事だったら悪いと思いつつも、とりあえずはやてに聞いてみようかとスマホを取り出したユーノだったが――。

「……なぁ、ゆぅの……ひざ、かして」

「え? あぁ、うん良いけど――」

「ん……さんきゅ…………ぅ」

 座った膝の上にヴィータが寝転ってきた。

 いわゆる膝枕だが、イメージ的には男女逆な気がしないでもない。

 とはいえ、正座で膝を出さなかったのがせめてもの救いか。今度こそ本格的に眠ってしまったヴィータを見て、ユーノはそう思った。

 起こすのもどうかと思ったし、このままにしておくわけにもいかない。

 どのみち時間はある。はやてに訊いておくのも済ませたかった為、少しくらいなら良いだろうと枕役を請け負うことにした。

 

 

 

 ――――そうして、一時間余りが過ぎた頃。

 

 漸くヴィータが目を覚ましたのだが、

「うぇ……っっ!? な、ななな何でユーノがここに! って、しかも膝枕で!!!???」

 しかも膝枕、の部分については訂正を入れておく。

「いや、膝貸してって言ったのヴィータなんだけど……」

 驚かれたのは心外だ、と。

 そうしてちょっとだけ抗議を交えつつ、とりあえずユーノはヴィータに事のあらましを説明する。

 二度同じ説明をすることになったものの、それもやむなしと見たらしい。加えて、ヴィータの寝ている間にはやてと連絡が取れたので、八神堂が今日休みだった理由なども聞けたと告げ、その為にここに残っていたのだとも。

 ちなみに今日ヴィータが一人で店にいた理由は、単純に宿題を片付けるためらしい。

 夏休み的には中盤のはずだが、どうやらヴィータは先に終わらせておきたいタイプだったようだ。ついでに、みんなが用事があって出払っている日だからこそ、暇なら終わらせておけば都合の合う日に遊べる。そんな考えだったようだが、じめじめと熱い夏の熱気もこの部屋ではあまり関係がなかったようで、心地よい風に煽られてついつい睡魔に負けてしまったようだ。

「あ~~、せっかく調子出てたとこだったのに……」

 文字通り二度寝したゆえの気怠さに苛まれ、ヴィータは呻くような声を上げる。

 それを、ユーノは「まぁまぁ」と宥める。こういった対応は行き詰ったときのレヴィで慣れているため、ともかく手を動かせる状態を作ってあげることが大事だと理解していた。

 とはいえ、流石にあと一歩というだけの量とは言い難い。別にそのままの答えを教えてもいいのだが、それではあまり意味がないだろう。

 しばし悩み――ユーノは結局、前にあったレヴィの時と同じようにして、ヴィータに根気強く付き合う事にする。

 どうせ時間はあるし、乗り掛かった舟だということで――。

 そういうとヴィータは手を貸してもらうのは不満そうだったが、しかしこのまま一人でやっていても気分が乗らないと思ったらしく、彼の協力を受け入れた。

 

 こうして勉強タイムが始まった。

 しかし、いまひとつヴィータはやる気の線が途切れたままだ。

 別にヴィータは勉強が嫌いという質ではないが、一度切れた集中のままでいるとどうしてもつまらなく感じてしまうらしい。

 結局、興味が浮かんだ事象を考えたり、覚えていられるかを問うものであるがために――小学生の問題は、解ける解けないよりも興味を持てるかがカギになる。

 そこで、ユーノは所々にコラムを挟んだりするなどして、ヴィータの興味をうまく刺激する。

 この手法はなかなか功を奏し、ヴィータの宿題は次第に目減りして行く。

 そうして二時間あまりをかけて、ヴィータは直ぐに終わらせられない自由研究や感想文などを除いた宿題を全てやり終えた。

「あ〜、終わったぁぁぁ……」

「お疲れ様」

 労いの言葉を口にしつつ、ユーノはまた膝の上に寝転がってきたヴィータの頭を優しく撫でる。

 最初は驚いていたが、しばらくしたら慣れた様で、彼の膝はすっかり彼女のお気に入りになってしまった様だ。

 そうやって一息をついたのち、ヴィータは膝上からユーノを見上げながら「……なんか、悪かったな」と言って来る。

 しかし、特に謝られる覚えはないのでユーノは不思議そうに聞き返す。

「??? 何が?」

 すると、ヴィータはこう言った。

「なんていうか……その、いろいろ」

 そう口にして、少し恥ずかしそうにヴィータは膝の上でそっぽを向く。

 どうやら偶々来ただけのユーノに、結果的として手を煩わせてしまった事を言いたかったらしい。

「大丈夫だよ。それに、僕も勝手に上がった様な感じだったから、おあいこって事で」

 特に困るほどではなかったのだから、気にしなくて良いとユーノは言う。

 だが、ヴィータはどこか腑に落ちない様子である。

「…………」

 そんな彼女の様子を見て――。

 せっかく宿題が終わって晴れやかな気分なのに、モヤついた終わりではあんまりだと感じた。

 なので、

「――――あ、そうだ」

「???」

「それじゃあヴィータ、ちょっと外に出ない?」

「? 外って、どこだよ?」

「まあ、どこってほどじゃないけどさ。おあいこじゃ不満そうだがら、その代わりがてらにヴィータにちょっと付き合ってもらおうかと思って」

 そう言うと、ユーノは少し楽しそうに笑う。

 よくわからないが、ヴィータも別にこの後が忙しわけではない。

 ともかく付き合えと言うのなら、言ってみようと思いユーノの膝から起き上がって外へ出ることにした。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ――――で、その少し後。

 

「……なあ」

「どうしたのヴィータ? ――あ、ちょっと待って。アイスついてる」

「あんがとよ……って、そうじゃなくて!」

「??? じゃあ、どういう?」

「だってお前。さっきおあいこの代わりだって言ってたのに、なんでアタシはアイスおごられてんだよ」

 そう。

 外に出たかと思うと、ユーノはヴィータを連れて遠見市のアイス屋に連れて来た。かと思えば、そのまま店内で「どれがいい?」なんて訊かれて、そのままイートインだ。

 これで不思議に思わない方がどうかしてる。

 買い物にでも付き合えと言われてるのかと思えば、この待遇。

 そしてまたこの限定フレーバーがなんとも美味しくて腹ただしい。まさに。実に。

 しかしユーノはと言うと、涼しい顔でさらっと。

「あはは。でもねヴィータ? 今日八神堂に行ったのは、はやてにオススメの本持って来たのもあるけど、ここの話を君に教えようと思ってたのもあったんだ。

 でも、それが遅くなったのは宿題を見てたからで、ヴィータはそれを悪いと思ってる。――なら、ヴィータがここでアイス食べてるのが、僕にとっては何よりの代わりになるよ」

 なんて言うものだから、ヴィータとしても二の句が継げない。

 しかもそう言われては、無碍に突っぱねるわけにもいかず。大人しく奢られる(好意を受け取る )しかなかった、と言うわけだ。

 だが、このままやられっ放しというのも悔しい。

 そこでヴィータは、こんな事を言う。

「……お前、少しキザになったな」

「うぇっ!?」

「いや、違うな。こりゃもう立派に女ったらしだよ、お前」

「そ、そんなぁ……」

 ちょっと恩知らず気味だけれども、実際そんな感じだったから良い。うん、間違いない。

 意趣返しがてらのカウンターも決まった事だし、これで良いか、とヴィータはそう心内で結び終えるや、早速目の前のアイスに集中する事にした。

 しかしそれは、

 

(……ま、別に嫌じゃねーんだけどさ)

 

 ほんの少しだけ素直さに欠けた意趣返しだった事を、彼女自身もまだ自覚していなかった。

 

 

 

 ――――その後。

 それらを察知し、波に乗るかの様にして、八神堂による『Y・S奪取計画』が秘密裏に動き出した……かどうかは、定かではない。

 確かなのは、せっかく素直になった星光がまた。

 少しばかり厄介な危機感に苛まれることが増えるという事くらいである。

 

 

 END



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

憂う茜色の空模様

 今回のお相手はティアナ。
 しかし、今回はどちらかというと前のシュテルと同じように、ヒロイン側の視点多めです。
 ツンデレガンナー可愛いよ。マジ可愛い。
 ただ、今回は今後へ繋げるための接ぎの回ですね。
 ホントはもっとデレデレの甘々にしてもよかったんですけど、ちょっとINNOCENTのティアの惚れっぽいトコをネタにしてみました。
 ポンコツっぽいのを後追いで書きたくて。
 ……関連でヴァイスさんとかも出したいなぁとか思ってたり(笑)

 あと、何となくこれ書いてて「しゅごキャラ」の亜夢ちゃん思い出しましたね。
 素直じゃなくて、ちょっと恋多き乙女だったりするとことか、結構似てるような気がして。
 なので、今回の短編はちょっと普段に比べるとパワー不足感はありますが、今後の関連含めで楽しんで頂けたらと思います。

 それと、今回からPixivの方と投稿が完全に並んだので、此方でもアンケート取ってみようかなと思います。
 活動報告の方で取ってるので、よろしければお気軽にどうぞ。
 https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=191921&uid=140738
 〆切は大体一週間かそこらを予定しています。長編の方と一緒に投稿しているので、そちらの進行具合とも兼ね合いで変わりますので、その辺りはご了承ください。

 それでは、本編の方をどうぞ――――


 命短し恋せよ乙女 A_fickle_of_the_love.

 

 

 

 海鳴市にある、某図書館の一角にて。

 少女、ティアナ・ランスターは沈むようにして唸っていた。

 もちろん喚くようなほどではないのだが、静かにすべき場所ではあまりよろしくない。

 普段ならば、こんなところで声を上げるような質ではないのだが、それでもこう唸ってしまうのには理由があった。

 

 ――――事は、数日前に遡る。

 

 元々は比較的一人でいる事の多い彼女だったが、クラスでも人気のあるスバルを始め、BDなどを通して色々な人と知り合って少し丸くなった。そのおかげというべきか、最近では普通にクラスで友人の輪に混じることが多い。

 これは、そんな矢先の出来事である。

 

『ねぇねぇ! ランスターさんは、好きな人とかいる?』

 

 ……ベタだ。非常にベタな展開だった。

 クラス内で段々クールだけど、実は優しくて素直じゃない照れ屋だという情報(出所は当然ながら中島家の四女)が出回り始めたせいもあって、ティアナに興味を持つ子が増え始めたのが、これの原因だったといえるだろう。

 スバルよりも判り易く優等生な彼女に、何となく憧れだすタイプが増えた。要するに、ちょうど二年生になったばかりの頃のスバルと同じようなタイプの子に絡まれる機会が増えたのである。

 時はちょうど夏休み。

 集まりやら。お泊りやら。集合してのイベントやら。

 こんな話が飛び出すのも必然。何もかもが、実にタイムリーに重なっていた。

 そうして飛び出してきた話題に、ティアナは巻き込まれていく。

 

『な、なんでいきなり……』

『だって、ランスターさん大人っぽいから! ね?』

『そうそう! だから、ランスターさんならどんなタイプが好きなのかなーって!』

『そ、そんなコトいわれても……』

 

 困惑。

 恋に恋する乙女たち(同級生)に囲まれてしまった彼女の心境を表すなら、まさしくこの一言に尽きる。

 ……生憎だが、ティアナはそういった話題には弱い。

 元々興味が薄いというのもなくもないが、ハッキリ言うと憧れはある。ただ、その代わりにあまり運に恵まれていない。

 端的に言おう。彼女は恋愛を毛嫌いしているのではなく、単純にこれまで恋らしきものに恵まれていなかったのだ。

 友人たちに詰め寄られ、仕方なしに自身の恋の記憶をたどってみた。

 すると、最初は兄の顔が浮かぶ。

 しかし、家族の間での恋愛は出来ない道理はとっくに理解できている。

 で、次になんとなく気になったのはクラスメイト。なんだか妙にアプローチを駆けてくるから気になってしまったけど、……結局、向こうが同性だと知って二度目の初恋らしきものも不発に終わった。

 そんな事情が話せるはずもなく、誤魔化すしかない。

 結果としてはなんだかやっぱりクールだとか、何やら意中の人は胸に秘めておくタイプだとか言われてしまったが、違うのだ。単純に言えないだけである。

 

 ――で、現在。

 

 へし折られた心に悶えるティアナが完成である。

「…………んぁ~~っ」

 兄に同性とか、どんな初恋事情だ。ありがちかも知れないが、ここまで成就しないとなると純情乙女の心も折れそうである。

 というか二人目に関しては紛らわしすぎるのよ! と、あんまりインドア趣味でない為、此処にはいない親友に文句を言ってみたり。

 そりゃ、女の子だもの。恋に興味がない筈も無い。

 しかしだ。逆にここまで運が悪いと、何かに呪われてるんじゃないかとさえ思えて来るのだから不思議なものである。

 とどのつまり、柄にもなく図書館まで来て恋愛云々の本を読み漁る程度には、ティアナも乙女であった。

 夏休みはまだ中盤。

 如何な真面目な生徒とはいえ、図書館に噛り付いているものは少ない。そもそも、真面目なら序盤に宿題など終わらせているだろうし、ずっと図書館にいるなど、それこそ本の虫な子ぐらいだろう。

 そんなわけで特に見つかることもなく、ティアナは色々読めていたのだが――生憎、運命という奴はあまり優しくない。

 

「――あれ、ティアナ?」

「ひぅ!?」

 

 ……何の因果なのか。

 ティアナは本の虫――どころか、書架の主的な少年と巡り合ってしまった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 にこやかに声を掛けて来たのは、翡翠の瞳と蜂蜜色っぽい髪の少年。ちょうどこの間、グランツ研究所でディアーチェと一緒にティアナとスバルのBDの練習に付き合ってくれたユーノだった。

「珍しいね。今日は一人?」

「は、はい」

「そうなんだ。なんとなくいつもスバルと一緒にいるイメージだったけど、こんな日もあるのかな」

 そういって納得したようにユーノは再び微笑む。

 ティアナはそれを見て、何となく柔らかい印象を受ける。いきなり声を掛けられたことへのこわばりも忘れて、話を始めた。

「そういうユーノさんも、今日は一人ですか? シュテルさんたちは……」

「ああ、うん。シュテルたちは今日学校。登校日なんだって」

 それで、と納得したような顔で頷くティアナ。彼女自身は小学生なのであまり縁がないが、中学生以上になると偶にあるらしいことは知っていた。

 兄のディーダや姉のリニスも、時々夏でも学校に行っていたのを朧げに覚えている。

「それで一人で来たんだ。ちょうどユーリも借りてきてほしい本があるって言ってたし、そのお使いもかねて」

 ほら、とユーノは手に持っている本を見せる。何となくユーリのイメージに合った、ほんわかとした女の子らしい本がたくさんあった。

 へー、と感心してしまうほどらしいチョイスである。

 何となく自分には縁がなさそうだな、と思いつつ本のタイトルを見ていると、今度はユーノの方がティアナの読んでいた本に気づいた。

「そういえば、ティアナはどんな本を読んでたの?」

「え、あー……っ!?」

 この時、ティアナはぼうっとしていた三十秒前の自分を叩き起こしてやりたかった。

 しかし、時すでに遅し。ユーノの視線は既に、机の上に置かれていた何冊かに注がれてしまっている。

 寄りにもよって、こんなとこを男の人に見られるなど、あまりに酷すぎやしないか。

 運命を呪ってみるも、現実が覆る筈も無い。

 笑われるか、温い目で視られるか、或いは……なんにせよ、ティアナ的には大ダメージ必死である。

 

(いやぁー! みられたぁ~~~……ッッッ!!!???)

 

 脳内はもう大パニック状態。

 余りの恥ずかしさに卒倒しそうになったが、そこは意地で何とか耐える。

 寧ろこういうのは、恥ずかしがった態度を外に見せた時点で負けだ。毅然としていれば、話題など直ぐに流れてしまう。

 とにかく落ち着けと自分に激を飛ばすも、生憎とティアナの気合はから回ることに。

「ティアナもこういう本好きなの?」

「…………ふぇ?」

「いや、何というかティアナって大人びてるイメージだったんだけど、やっぱり女の子なんだなぁ~って思って」

「……なぁ……ッ!?」

 二度目の驚愕。だが、ユーノは気づきもしない。

 ニコニコした顔のまま、ティアナを見てくるだけだ。

 穏やかな空気に耐え兼ねて、ティアナはついこんなことを聞く。

「へ、ヘンとか……思わないんですか?」

「??? なんで?」

「らしくないかなぁ……とか」

「そう? でも、前にリニスさんたちが――――」

「あ、良いですその先は」

 良くない予感がしたので、先を聞くのはやめておいた。

 しかし、ともかくなんだか無し崩し的に自分の風評が漏れている気がしたが、それもとにかく気にしないことにした。

 と、ティアナが微妙そうな顔をしていたので、ユーノは不思議そうにこう言ってのける。

「なんだかよく分からないけど、普通に可愛いと思うよ?」

「うぇ――っ!?」

 三度目の驚愕。

 しかも今度は不意打ち過ぎる。いや、改めてみるとベタ過ぎる。

 なんだこの甘ったるい展開は。運命という輩は実にやさしくないのか。

 ティアナが混乱の極みにいると、ユーノは結局不思議そうな顔のまま首をかしげている。

 するとそこへ、メールが届く。どうやら、そろそろ帰ってこいコールだった。

「あ、ごめんティアナ。そろそろ帰らなきゃ。じゃあね」

 ポン、と頭に乗った手に気づくよりも早くユーノは歩いていってしまった。というか、ティアナの方が呆けていただけかもしれないが。

 ともかく、この日を持ってティアナは改めて自覚する。

 ……どうにも、気が多い癖は未だに治っていなかったらしい、と。

 

 

 

 

 

 

 ――――その後も、ティアナの受難は続く。

 

 茜色の恋模様。

 それは、実に色多きもの。

 ……尚、そのラインナップはだいたい年上のお兄さんだったらしいが。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

何気ない瞬間に誘われて

 今回のお相手はなのは。
 そして、今回は此方のアンケートで頂いたシチュを元に書きました。

 ただ、二ついただいたのですが、双方を融合させるとどうしてもユーなのオンリーでなく、複数CPみたいになってしまうので、今回は《翠屋でお手伝い》の方を主軸に置かせていただいております。

 最初にアイディアの選択について何も触れていなかったので、両方使ってつくるような感覚でアンケートを取ってしまった自分の不備です。申し訳ありませんでした。

 その代わりに、《テスト前での勉強ネタ》の方に近いネタの過去にユーノスレで書いたss(確か154くらいに、ユノフェレヴィとユノフェの前かそこらに書いたもの)をおまけとして載せてあります。ちなみにこれは本編時空でのものになっております(前にフェイトの話でやったのと同じ感じです)。

 アイディアをくださった鬼討物部さんと紅羽襲さん、ありがとうございました。
 ですが、お二人のモノをまとめて作れる力が足らずごめんなさい。そして、次はその辺りを明確にしてアンケートを取らせていただきます。

 今回のアンケートはこちらより。
 https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=192262&uid=140738

 なお、〆切は一週間くらいと言っていましたが、それだと今回は少し長かったので
コメントが来なくなったところを〆にしようと思います。
 ただ、後追いでコメントをするのも大丈夫です。
 頂いた意見は、ありがたく参考にさせて頂きますので、どうぞお気軽にコメントをいただけると嬉しいです。

 長々とすみません。
 では、本編の方をどうぞ――――


 お手伝いin翠屋 Everything is an experience.

 

 

 

 ――事の始まりは、特に脈絡のない提案より。

 

 何となく外出したユーノが、研究所の面々へのお土産に『翠屋』のシュークリームを買いに行ったのがきっかけだ。

 美由希が剣道の試合に出向くことになり、応援に恭也と士郎が付いて行くことに。

 その話を聞いたユーノが、臨時のお手伝いをすることになった。

 渡されたエプロンに身を包んで、ユーノも準備万端。早速頑張って行こうと意気込んでいたところに、なのはが声を掛けてくる。

「なんだかごめんね、ユーノくんにも手伝ってもらっちゃって」

「ううん。そんなに忙しいわけじゃなかったし、困ったときはお互い様だから」

「……えへへ、ありがと」

「こちらこそ。それじゃ、今日はよろしくね。なのは」

「うん!」

 そう挨拶を交わし合うと、ユーノとなのはは穏やかに微笑み合った。

 

 これは、そんなひょんなことから『翠屋』でのお手伝いに興じることになった、ユーノのある一日の話である。

 

 

 

 ***

 

 

 

「それじゃあユーノくん。今日はよろしくね~♪」

「はい。よろしくお願いします、桃子さん」

 礼儀正しくユーノが挨拶をすると、桃子は「うんうん」と頷いて仕事内容の説明を始める。

「ユーノくんにはホールスタッフと裏での雑務を主に手伝ってもらうことになるんだけど、そんなに複雑なことはないから大丈夫よ」

「わかりました」

 早速、仕事の内容の説明を受けていく。

 お客への対応を初めとして、注文の取り方と通し方に、食器洗いなどの雑用処理。その他、軽い清掃についても教えてもらう。

 幸いユーノは覚えがよく、仕事を呑み込むのも早かった。

 程なくして、慣れた様に仕事に取り掛かる。

 お客からの注文を受け、丁寧に対応してテキパキと奥の方へ注文を通していく。

 因みに、会計の方も担当したりしていた。レジ打ちは初めてとのことだったが、割かし機械系に強いこともあってか、直ぐに慣れた様子である。

 なのはは、そんなユーノの仕事ぶりを厨房で母の助手をこなしながら見ていた。かなり成り行きに任せた展開だったが、それほど動じることもないまま彼はこの店に適応してくれたようである。

 それを見て、安堵したなのはは「よかった」と息を零した。

 娘のそうした様子を見て、桃子もなんとなく微笑ましい気持ちになる。

 ……それにしても、

「ユーノくんの仕事ぶり良いわよねぇ~」

 と、桃子はユーノのことをそう表した。

 しかし、言われたなのはの方はというと、母の言葉の真意を測りかねた様に疑問符を浮かべていたが――。

 次の瞬間。

 悪戯っぽい母の発言によって、ふわふわした思考は一気に白熱する。

「いっそうちの子に欲しいわ~……あ。ねぇなのは、いっそのことお婿さんに来てもらわない? 女の子的はお嫁さんがセオリーだけど、中に入れたいなら婿入りの方が確実ね」

「ふぇ……ええっ!?」

 驚きに苛まれるなのはだが、それも当然だろう。

 そもそも、なのははユーノと知り合ってまだ間もない。仲が悪いわけではないし、とても親しみやすくはあるとはいえ……それでもいきなり、お婿さんになんて言われても困るのは当たり前だ。

 なのに、桃子は呑気に自分の時のことを想いだしているらしく、「士郎さんも婿入りだったし、恭也も忍ちゃんとこ行っちゃいそうじゃない? だから、やっぱりなのはか美由希におむこさんもらってほしいなぁー」なんて言っている。

 そこまで言われて、ようやくなのはの口が二の句を接いだ。

「お、お母さん! なに言ってるの!?」

「あら、なのはは嫌? じゃあ、美由希かなぁ~? あの子も男っ気ないからねぇー」

「――――」

 あんまりにも娘の色恋沙汰に踏み込んでくる母の言葉に、なのはは真っ赤になってしまう。

 だが、それも仕方がない。まだまだ若い心情の持ち主である桃子は、まるで年頃の少女の様に、娘の赤面する様さえ楽しんでいるのだから。

 と、そこへ。

「桃子さん、お持ち帰りのアップルパイの注文が入りまし――」

「にゃあ……っ!?」

 すっかり母のペースに乗せられてしまったところで、件のユーノがそこに顔を見せる。

 不意を突かれ、心臓が跳ね上がったような錯覚に囚われたなのはは、びくっ! と背筋が反して驚いてしまった。

 しかし、なにも驚いたのは彼女だけではない。

「うぇっ!?」

 そう。ユーノもまた同様に、なのはの動揺に誘われるようにして、驚いてしまった。

 此方も当たり前と言えば当たり前。自分が入って来たことで驚かれたら、そりゃ当人としてはびっくりするだろう。

「え? え? ど、どうしたのなのは……?」

「あ……えっと、その……ぁう」

 困ったように俯くなのはに困惑して、助け船を求めるかのようにしてユーノは、桃子の方を見る。

 けれど、桃子の方は「あらあら♪」と楽しげに微笑むのみ。

 自分から話題をふって当人たちの反応を楽しむ様は、まさしく年頃の少女の様だ。……まあ、海鳴市における母親の枠に入る方々は非常に若くて綺麗だという変な統計データがあるので、あながち外見的な意味では間違っていないかもしれない(桃子を始めとして、『T&H』のダブル店長や中島家の奥方。そして、グランツ研究所の出張中の婦人などが主な対象だとか)。

 

 ――さて。

 そんな可愛い反応を楽しんだが、流石にこのままにしておくとお店が回らなくなるので、桃子も二人を動かすために背を押すことに。

「はいはい、二人共固まってないで。なのはもホールの方行ってあげて」

「ぇ、う――うん」

 思考が一拍遅れの状態で、なのはは母に背を押され厨房から外に出された。

 まあそれについてはユーノも同じだったが、彼の場合、なのはが何故か驚いていたことの方が気がかりだったといえる。そこで、とりあえずさっきのことを訊こうとしたのだが、なのはは「なんでもない」と応える。

 若干言いよどむような前置きがあったので、なんでもなくはないと思ったものの、追及するほどのコトかと言われればそうでもない。

 なので、ユーノは「そっか」と相槌を打ってお客の方へ戻って行く。

 なのはもそれに次いで行くのだが、どうも少しぎこちない。

 結局、それからしばらくの間は、地に足ついていない様な状態での応対が続くことになってしまった。

 

 ――――そうして、段々と客足が遠のいていった頃。

 そろそろ、彼の『お手伝い』の終わりが迫っているためか、なのははテーブルの片づけをしながら、ユーノの方を見ていた。

 目を向けた先では、ユーノが会計を済ませ、最後のお客に持ち帰りのアップルパイを手渡しているところが見える。……その時、おそらく魔が差してしまったのだろう。或いは、母の言葉の呪縛か。

 ともかく理由は何であれ、なのははついこんなことを思い浮かべた。

(…………お婿さん…………お嫁さん)

 もしも、仮にユーノが家に何時もいるのなら、と。

 

 知り合ったのはごくごく最近のことだ。

 

 最初に興味を持ったのは、自分が遠い目標だと思っている最強の少女の友人である彼が、偶々自分の幼いころからの友達であるフェレットのユーノと名前が同じだったということが発端だった。

 しかも、現在に至るまでの数か月に置いて、なのははユーノとそこまで踏み込んだかかわりなど特に持ったわけでもない。

 しかしだ。

 なぜだか分からないが、妙にしっくりくる。

 ――自分とユーノが、一緒にいる未来というのが。

 想像は勝手に輪をかけて、どこか確定した将来像の様に広がっていく。だが、ふと正気に立ち戻ると、それは泡沫の夢の様に溶けてしまう。

 実に不思議。いや、奇妙な感覚である。

 けれど、それ以上に奇妙なのは、何よりも、どうした訳かその感覚に覚えがあるという事に尽きる。

 思い浮かべるイメージで近いのは、二人。

 片方は彼と同じように、BDの中で知り合った雷光の様な輝きを持った少女。

 そして、もう片方は未来からの来訪者。自分と同じ苗字を持っている、虹色の輝きを持った少女である。

 絶対的な共通点があるというわけでもなく、強いて挙げるなら髪の色くらい。

 その他を思い浮かべると、部分的に瞳の色や、もしくは声などだろうか? だが、それらは別段何かを表しているわけではない。

 だというのに、似通っているとなんとなく感じてしまうのだ。

 言いようのない、モヤモヤと形を得ない感覚に、なのはは小さく「うーん」とうなりながら、浮かぶ疑念に頭をひねる。

 が、答えらしいものは浮かばない。

 結局なのはの思考における(つい)は、思い浮かべた人たちといると、なんだか温かい気持ちになれるということくらいだ。……けれど、それがある種の答えであることに彼女が気づけなかったのは、果たして幸か不幸か。

 とはいえ、気づけないということは固さを伴わないという事でもある。

 つまるところ、気づかないがゆえに――青い思いは、まだまだ不定形のままに漂い、時に燃え、時に甘くも苦くもなるということである。

 

 その日は、まだ淡いままに終わった思いだったが――。

 それらはまるで運命に誘われるようにして、弱いながらも結びを生み始めていた。

 

 必定などはなく、まだまだ不安定な青い心たち。

 ――――はてさて、それらは此処から先の路はどう進むのだろうか。

 

 

 

 ……因みに、本能的に危惧していた事態が(想像とは少し違うとはいえ)起こった事に、ますます星光は頭を痛める羽目になるのだとさ。

 

 

 

 

 

 

 *** オマケss 『秋空と席替え、そして夢』

 

 

 

 とてもとても色々なことがあった夏休みが終わって、普段の生活に戻ったなのはたちには新学期が訪れていた――――

 

「はーい。では今日は新学期ということもあるので、席替えをすることにしまーす♪」

 

「やったー!」

「いい席だといいなぁ〜」

「窓際だな、窓際!」

「えー、狙って出るものじゃないよー?」

 

 新学期開始によくあるイベントの一つである『席替え』をするという先生の声に、生徒たちは皆とても沸き立っていた。

 廊下側の席に座っていたなのはは、そんなみんなの声を聞きながら、次になるなら仲のいいフェイトかアリサの側がいいなぁとぼんやり考えていた。

 三年生の頃は仲の良かったみんなが同じクラスにいたけれど、今ははやてとすずかは隣のB組にいる。

 今でも何処と無く寂しいような気もするが、新しく友達になれる子が出来たらとても嬉しいだろうと思い直して、席替えの方法が決まるのを待つ。

 定番の『あみだくじ』と『くじ引き』のどちらがいいかで論争が起こったが、結局はジャンケンで意見をぶつけていた二人が雌雄を決すると決め、結果として席替えの方法は『くじ引き』に決まった。

 早速とばかりにノートの切れ端が各々に回され始め、なのはの手元にもそれは回ってきた。

 番号と名前を書き、それを前へ回す。そして集めていた生徒がそれらを箱に戻し、いよいよ席替えのためのくじ引きが始まった。

 準備万端。我よ我よと、みんな動き出す――かと思えば、意外にもみんなは慎重な動きを見せる。

 こういうものは、早く引いたほうがいいと思う人と、そうでもない人とに別れやすい。その辺りのジンクス的部分については、個人のこれまでや性格に寄るところが大きい。

 なので、よしと意を決した子から引き始め、次第にそろそろかなという感じに子供達が列に加わっていく。

 先生もそんな皆の気持ちを汲んでか、そのやり方を微笑ましげに見守っている。

 そしてなのはも、そんなみんなの流れに乗ってアリサとフェイトと一緒に列に加わった。

 

「楽しみね。ねぇ、二人はどこの席がいい?」

 

 列に並んでいると、アリサがなのはとフェイトにふとそんなことを訊いた。

 訊かれた二人は少し悩むようにして考えをまとめ、フェイトが先に口を開いた。

「そこまでどこがいいって程には決めてないけど……でも、アリサやなのはと近い場所だったら嬉しいかな」

「ま、それはそうだけど――なのはは?」

「ふぇ?」

「〝ふぇ?〟じゃなくて、なのははどこがいいとかないの?」

 ぼうっとしていたなのはに、アリサは呆れたように先程訊いたのと同じ内容を質問する。

 なのはも今度はしっかりと答えられる程度までには考えをまとめて、アリサにそれを答えた。

「わたしも、フェイトちゃんと同じ……かな? 二人と近かったら嬉しいし、他の人のところでも、仲良くなれたらいいなって思ってるよ」

「ふぅん……でも、大体みんなそんな感じよね」

 アリサも納得したように二人の言葉を聞くと、そろそろ間近に迫りつつあるくじ箱の方を見据えた。

 三人の順番が回ってくると、アリサ、フェイト、なのはの順でくじを引き、席に一度戻る。

 みんなが引き終わるのを見計らって、一斉にくじを開いて番号を確認。

 ささやかな一喜一憂の後、そこから一斉に大移動が始まっていく。

 なのはも皆の移動の流れに乗り、鞄をもって席を立つ。当てはめられた番号を黒板と照らし合わせながら、新しい席に歩いていくと――

 

「……あ、ここだ」

 

 なのはのとった新しい席は、窓際の一番後ろの席だった。

 日当たりもよく、そこまで先生の目にも当たらないという事で、とても人気のある席なのだが……このクラスにおいては一つ、問題ないし欠点があった。

 それは、

(……ここって、隣がないんだよね……)

 そう。ここは、偶々人数の都合上生じた最後尾の列。それゆえ、隣の席が存在しないのだ。

 フェイトやはやての様に転校生が来たり、或いは転校していってしまう子がいると、人数に若干の変動が生じて、こういったことが起こってしまう。

 ただ、日当たりもよくそこまで目立たないポジションは中々のもの。

 微妙に横とのつながりがない点を除けば、前にだって人はいるし、そこまで困ることもないのだが……はたして、これは運が良かったのか悪かったのか。

 なのはは、その席を引き当ててしまった。

「…………」

 何だか、喜んでいいのかどうなのか……今一つ分からない席を獲得したなのはは、しばらく呆然となったまま先生の「新しい席で気分を一転して頑張っていきましょう」といった旨の言葉を聞き流したまま、授業の開始を迎えることになったのだった。

 因みに、アリサとフェイトはなのはと同じ列の真正面、最前列から二つ後ろの席の場所で並んで座る様な席を獲得していた。

 なんだか一人だけになってしまったようで寂しかったが、別に今生の別れというものでもないので、なのはは気にしないようにして授業に集中することに意識を持っていこうとしたのだが……

 

「――なので、ここの歌の意味は」

 

 ……生憎と、一番初めは彼女が苦手な文系科目。

 国語の中に出てきた和歌の意味は勿論解説されているが、なんだかよく分からない部分があって少し眉根が寄ってしまう。

 勿論、小学校の範囲程度でそこまで思い悩む必要はないのだが……なまじ大学生と高校生の兄と姉を持つ末っ子のなのはは、中学生などに成ったらこんなものをそのまま読んだりしなければいけないのかと思うと、少しげんなりする。

 歌の意味自体はとても儚く素敵なものだ。

 でも、読み方や古い言葉遣いはよく分からない。

 ややこしさと、そこに込められた意味の深さは、一体どうやって昇華していけばいいのやらと、なのはの頭の中で混乱を巻き起こしている様な気がした。

 そんな時、ふと思い浮かんだのは――一人の男の子。

 

(――ユーノくんだったら、こういうの得意なのに)

 

 こういった分野にものすごく秀でている幼馴染を思い起こし、いっそのこと彼がこのクラスに転校して来てくれたらここも一人でなくなるのに……と、酷く無茶な気もしたが、何となくそう思ってしまった。

(……ユーノくん、今もお仕事なのかなぁ……?)

 隣に空いた空白のスペースはまるで、二年前にある時期の間、傍にいてくれた彼の眠っていた籠の様だ。

 今はからっぽで、そこには思い出しかない。

 それが、酷く虚しいような気がした。

 別にもう会えないという訳でもないし、連絡だって取れるし、今だって会いに行こうと思えば会える。

 でも、やっぱりどこか思い浮かんだその姿は彼がここにいないという、当たり前といえば当たり前のことを認識させる。

 その上、斜め前の方ではクラス内でも時々うわさを聞く仲のいい男女が、どちらかが教科書を忘れでもしたのか、互いに見せ合って仲睦まじげにしている。

 なんだかそれを見ていると、ますます一人っきりの自分が浮き彫りになるようで、なのははそっと二人から目線を外す。

 はぁ、とため息をついて窓の外を見た。

 残る春の日差しと、景色の端々に漂う秋の欠片。

 うつらうつらと、まさに小春日和な陽気に誘われて、瞼が重くなっていく。

 そして、

(ぁ……)

 こてん、と、なのはにしては珍しく……眠りの世界の中に自分を飛ばしてしまった。

 先生の声が遠巻きに聞こえる。

 生憎とそれなりの人数の居る教室では、人の影と距離があるなのはの席は見えづらく、小柄ななのはが眠ってしまったのを見咎める者はいなかった――。

 

 

 

「――――ふにゃ……っ?」

 

 程なくして、なのははまた教室で目を覚ました。

 声を出してしまったような気もするが、周りのみんなは気づかなかったのか、何もなかったかのように黙々とペンを動かしている。

 そんな皆の様子に、いけないいけない……とペンをとり、聞き逃してしまった部分があるかどうかノートと黒板を照らし合わせようとして、ふと気づいた。

(あれ? 教科書――)

 さっきまで机の上にあったはずの教科書がない。

 寝ていて落としてしまったのか? と考えもしたが、流石にそんなことをしたら寝ていることが周りに知れるはずなので、それはないだろう。

 不思議そうな顔をしていると、〝隣の席から〟声がした。

「どうしたの? なのは」

「えっ……なんで……?」

「??? いや、それは僕が訊きたいような……」

 たはは、と苦笑するその人は。

 翠の瞳に、蜂蜜か栗のような色の金髪。

 一見すると女の子の様にも見える中性的な顔立ちは、さっきまで隣の席だったら良いなと思っていた人で――

「ユーノ、くん……?」

「……なのは。もしかして……まだ少し、寝ぼけてたりする?」

「ふぇ……!? ぁう……その」

 居眠りしたところを見られたことを今更ながら自覚し、あわあわとしながらさっと前髪を撫でて素早く身だしなみを整えるが、そんな彼女の仕草は反って彼の笑いを誘ってしまったらしい。

「ふふ」

 わ、笑われたーっ!? とショックを受けるが、よくよく考えてみたら、彼は自分の寝ているところなど見たことは何度もあるし、自分だって彼のそういうところは見たことがあるけれど……。

 でも、だからといってそれを面と向かって笑われるというのも、乙心としてはどこか複雑で。

「ひ、ひどいよ……」

「ごめんね。なんだかなのはが随分慌ててるから、少しおかしくて。でも、大丈夫……先生も気づいてないし、そのまま授業に戻れば――って、教科書どうしたの?」

「あ……えっと」

「ふふっ……国語は苦手だし、今日は小春日和。眠くもなるかな?」

「……あぅ」

 ひとしきり笑うと、ユーノはみんなが気づかない程度にそっと机を動かして、なのはと机を合わせた。

「一緒に見よう。そうすればこの授業は乗り越えられるし、ね?」

「あ、ありがと……」

 嬉しい。嬉しいが……なんだかこう、恥ずかしい。

 でも、これは先ほどまで自分が望んでいた光景でもある。

 隣に来ると、彼の髪が微かに揺れて、自分が好きな彼の香りがしてくるような気がした。

 それに、とても安心する。

 彼といる時、この表現が一番ぴったりと来る。

 フェイトたちやヴィータたちといる様な、判りやすい楽しさではなく、柔らかで温かな毛布のような心地よさ。

 先ほどまでの陽気に重なるように、この雰囲気がなのはをほわほわと夢へと誘う。

 しかし、また夢の住人になるには早い。

 そう思っていた矢先、またしてもうつらうつらとしたところを見られ、くすくすと愛おし気な声が聞こえてきた。

「ふふっ。なのは、今日はよっぽど眠いんだね」

「……にゃっ……!?」

 一歩手前でまた牽き戻される。

 眠ろうとしているのに、なんだか眠りの世界に引き留められている朝方のようだ。

 顔が赤くなるのを感じるが、どうにもこの雰囲気には抗いがたい。

 どうしたものかと思っていると、ユーノが先生の指している文の意味を試しに考えてみたら? と言ってきた。

 まあ、逆効果かも知れないが、何もしないよりはいいかなと手元からノートの上に転がったペンを取る。

「――ぬるがうちにせめては見えよ関守のありともきかぬ夢のかよひぢ――?」

 勿論小学校の範囲なので、そのまま読めなどというものではなく、その意味がおおよそ乗っているものを読んでそこに込められた思いを考えてみようといった程度。

 けれど、なんだか読んでいて不思議に思った。

「ねぇ、ユーノくん」

 先生や周りに聞こえない程度の声で、なのははユーノにこう訊ねた。

「これって……要するに、夢で会いに来てくださいってことだよね?」

「うん。まぁ、大まかにいえばそんなかんじかな」

「でも、なんだか不思議な言い方だね。自分が思うから夢に出てくるんじゃなくて、まるで相手の方から夢の中に来てくれるようにお願いしてるみたい」

 首をかしげるなのはに、ユーノはさらっと捕捉を加えた。

「前に、はやてやすずかから聞いたことなんだけどね?

 昔は今みたいに、自分が思うから相手も夢に出てくるんじゃなくて、相手が自分を思っていてくれるからこそ、自分の夢に出てくるんだって考えられていたらしいよ」

「へぇー……」

 しげしげと、改めて先ほど読んだ部分を見返してみる。

 昔の歌に触れてみよう程度の内容だが、いくつかの分類に分かれていてその中でも『恋』にまつわる歌として先ほど読んだものが乗っていた。

 ユーノの言葉を踏まえて考えてみると、この歌はなんだか『恋』というより両親のような夫婦を思わせる気がした。

 もちろん、今と昔では考え方が違うというのは、ユーノの捕捉や社会科の歴史の授業で何度かやったことがあるため分かってはいたが……どことなく、まだそこまでその流れのまま読めないなのはには今の時代に置き換えると、そんな風に感じられた。

 

 ――夢の道には看守などおらず、阻む者はいないのだから……せめて夢の中でくらい、その姿を見せに会いに来てください。

 

 切ないけれど、会いたいという思いがひしひしと伝わってくる気がした。

 そしてそれは、どこか今の自分にも当てはまるような気がして……。

(……あれ?)

 ふと、思った。

 眠ったらいつの間にかユーノがいて、まるで自分の為に会いに来てくれたようで、こうして優し気に笑みを浮かべる彼と一緒に肩を並べて授業を受ける。

 本当にそれは、願っていた夢のようで――。

 

「――――のは」

 

 そこまで考えたとき、どこからか声がした。

 だれだろう? と思ったが、こんな授業中に声を出すような人がいるとも思えない。

「――なのは」

 けれど次第に、自分の名前を呼ぶ声が強くなっていき……

 

 

「――なのはったら、そろそろ起きなさいよっ!」

 

 

 その声と共に、ユーノを含めた周りの景色が一気に消失した。

 

「――――ふぁ……?」

「あ、起きた」

「はぁ……もう、なのはったら。熟睡しすぎよ!」

 

 アリサとフェイトが、何故か目の前にいた。

 先ほどまでスムーズに働いていたはずの頭が、何故だか急にぼんやりと霞んだ気がする。おぼつかない思考のまま、周りを見ると生徒たちがまばらになっているのが見えた。

 所々が空席となり、まるで授業が終わってしまったかのように見える。

 でも、まだその真っ最中の筈であり、その隣にはユーノが――

「――あれ? ユーノ君は……?」

 あったはずの席はなく、勿論そこには彼の姿もまたない。

「え? ユーノ?」

「……なのは。あんたホントに大丈夫? 夢遊病――は違うか。ええと、そうだ。夢うつつとかになってない?」

「なにそれ?」

 素で返すなのはに、ああこれはいつもの彼女だと安心したらしい金髪少女二人。

「なんか夢でも見てたの?」

「ゆ、め……?」

 そう言われて、なのはの思考がやっと本調子を取り戻した。

「……わたし、夢見てたんだ……」

 ようやくそれに気付く。

 授業中に寝た挙句、ユーノの幻影まで見てしまうことになるとは。これではまるで、さっきの夢の中の授業の――

「…………(かあぁぁっ)」

「「???」」

 不思議そうな二人をよそに、なのはは顔を赤くしたまま下を向く。

 夢の中で聞いた内容が、まるで自分の内面から浮き出してきたようで……恥ずかしい。

 良く解らないが、ものすごく照れくさい。

 夢には彼が出て来てくれて、すごく幸せだった。

 

 でもそれが、さっきの歌の様な意味を持っていたのなら――?

 

 そう考えると、幼いなのはには、それだけでも十分な威力をもたらした。

 暫くして、はやてやすずかがお昼の誘いに来たり、夢の内容をアリサたちに茶化されることになり……随分と気恥ずかしい思いをするのだが、それはまた別である。

 

 

 

 これは、そんなある秋の日の――少女の抱いた小さな夢のお話だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

淡く月に沁み渡るものは

 今回のお相手はすずか。
 たくさんのアンケートやご意見のおかげもあり、話自体はするするかけたのですが、少し投稿が遅れてしまいました。
 理由としては、アンケート総数が急に後半伸びたので、はやてちゃんに変わりすずかちゃんの短編を急遽製作したからというのが主だった理由です。

 とはいえ、結構この後につなげる要素を盛り込めたので、結果的には良かったかなとも思ってたり。あとで、前々から色々と展開をネタとして頂いていたので、そういったものを盛り込んで行こうかなとも。

 あと今回もアンケートを設置しておきました。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=192973&uid=140738

 〆切はコメントが来なくなったところを〆にしようと思います。
 ただ、後追いでコメントをするのも大丈夫です。
 頂いた意見は、ありがたく参考にさせて頂きますので、どうぞお気軽にコメントをいただけると嬉しいです。

 長々とすみません。
 では、本編の方をどうぞ――――



 甘く痺れる陶酔感? Be_carried_away_to_heart.

 

 

 

 夏も終わりに差し掛かり、だいぶ気温も落ち着いて来た頃。

 街に残る水気を感じさせる残暑の中を歩きながら、ユーノは一人、近場の本屋さんへ向かっていた。

 程なくして店内に入ると、新刊のコーナーで目当ての本を手に取る。

 そこから更に他のコーナーを回りながら、気になった物を見て行ったのだったが。

(……あ。そうだ)

 ユーノは不意に立ち止まり、何かを思いだした様に回っていたコーナーとは別のところへ向かう。

 ちょうど、頼まれていた用事を思い出したのである。

 今日出て来た最初の理由は欲しい本の発売日だったというのもあるのだが、もう一つ追加された目的がある。

(えっと、確か博士が言ってたのは……)

 そう。出がけに、グランツ博士に何冊かの本を見繕って来てほしいという頼みを受けていたのだ。

 何でも、次のBDのアップデートに関連しているとのこと。

(でも、何が関連してるのかなぁ? 伝説や伝承とか、或いはフィクションの系統でホラーとかオカルトっぽいのを見繕って欲しいなんて……)

 基本的に、BDは対人戦を主としたゲームである。

 ユーノの手伝っている『バンク』の生成や、グランツ博士の最も目指す仮想空間でのVRコミュニケーションなどの派生目標もあるが、伝説や伝承を取り入れるとなると、それはまるっきりRPGの様な――

「――あれ、ユーノくん?」

 と、ユーノがぼんやりとそんなことを考えていると、背後から声を掛けられた。

 振り返ってみたところ、そこには柔らかくウェーブの掛かった紫色の髪を靡かせた、大人しそうな少女が立っていた。

 なのはたちと同じ海聖小学校の四年生、月村すずかである。

「やあ、すずか。久しぶりだね」

 にこやかに挨拶をすると、すずかも「うん。久しぶり」と返す。

 彼女の反応にユーノはもう一度微笑み、すずかがここにいる理由を訊いてみる。

「ところで、すずかは何の本探しに来たの?」

 すると、すずかは「これだよ~」と言って、手に持っていた本を差し出して見せてくる。

 彼女が持っていたのは、ここ最近人気があるという話をよく聞く、ファンタジー系の小説だった。

 なるほど、とユーノは頷いて納得した様子を見せる。

 前にシュテルが面白いって言っていたので、彼もその作品を知っていたのだ。

「すずかは、こういうファンタジー系が好きなの?」

「うん。他にも結構読むけど、やっぱりこういうのが一番しっくりくる気がして。ユーノくんの方は?」

「僕はこういうのとか……」

 そう言って差し出された本と、差し出されなかった方の本を見て、すずかは不思議そうに首をかしげる。

「そっちのは、違うの?」

「こっちは頼まれ物なんだ。……でも、こういうのも割と読むかな。古い時代を調べる時とか、その時代背景を確かめられるし」

「あっ、そういえばユーノくんは考古学者さんだもんね」

「まあ、学者って言えるほど大したものじゃないけど……お爺ちゃんの手伝いの時とかは、そうかな」

 頬を掻いて、照れ臭そうに言うユーノ。

 そんな彼の様子に、すずかはどこか微笑まし気な表情を見せる。のほほんとした雰囲気が漂い、感じていた照れ臭さもだんだんと薄れ。話も弾んでいく。

 

 ――そして、十分ばかりの談笑の後。

 話の流れでユーノは、すずかを研究所の自室にまで招いていた。

 

 好きな本や、ユーノがこれまで巡って来た遺跡などの話を訊いたすずかが、もっと彼の話を聞きたいという事で、立ち話を続けるのもなんだから、とユーノは彼女をここへ連れて来たのである。

 部屋の広さは手狭でも、かといって広すぎるでもなく、程よいスペースを確保した部屋だった。

 大きな本棚が四方に立ち並んでおり、窓際の方には机と椅子。真ん中に来客用のテーブルがあり、二人掛けソファが向かい合わせに置かれている。そして、その隣には小さな戸棚があり、その上に電気ケトルなどが載せられていた。

 テーブルを挟んだ向かいにすずかを案内して、ユーノはすずかに飲み物の用意を始めた。

「はい、どうぞ。まあ、ディアーチェほど上手く入れられるわけじゃないけどね」

 苦笑しながら紅茶を渡して、ユーノも自身のカップを手に座る。

 彼が口を付けると、すずかも「ありがとう」とお礼を言って紅茶を口にした。

「――あ、美味しい」

「良かった。

 でも、すずかは家でメイドさんがもっと美味しく入れてくれるんじゃない? ……えっと、ノエルさんとファリンさん、だったかな?」

「うん、合ってるよ。……あれ、でもユーノくん二人と会ったことあったっけ?」

「直接はないけど、前にシュテルがすずかの家に行った時の話を聞いたから」

「……そういえば、確かに」

 そう呟いたすずかは、前にシュテルにちょっとしたイタズラをしたことがあったのを思い返した。

「ふふ。シュテル、あの後しばらくそのコト根に持ってたからね。何回か愚痴に付き合ってたんだよ」

「ふぅん……」

 楽しそうに笑うユーノ。……尤も、付き合わせていたシュテルの方からすれば、楽しくなかったと言えば嘘になるものの。決して愉快なだけではなかったらしいのが、少しばかり困りどころだったのだが。

 そんなユーノの話に、すずかはどこか興味深そうな様子で聞き入っていた。

 シュテルが愚痴をというのが、今一つ想像できない様である。それに気づいたのか、ユーノも「まあ、確かに」とまた苦笑。

 実際、シュテルは文句を面に出す様なタイプではない。

 全くではないとはいえ、何時までも尾を引くことは珍しいのも確かだ。

 だから、正確には愚痴を延々聴かされていたわけではなく、どちらかというとそれは、寧ろ気晴らしと呼んだ方が正しいかも知れない。

「シュテルの場合。鬱憤はBDとかでの戦闘で晴らしたり、読書とか近所のネコと遊ぶとかしてリラックスするときもあるけど、案外こういうので晴らすのも多いんだ」

 そう言って、ユーノはすずかにある一枚のボードを差し出して見せた。

「……チェス?」

「そう。これは結構昔からやってたんだけどね? 最近だと、将棋とか囲碁なんかもよく誘われるんだ」

 曰く、思考の海に沈むことで邪念を排斥しているのだそうだ。

 確かに、没頭して戦いに挑めるのなら、それはそれで余計なことを考えずに済むのかもしれない。……とはいえ、グランツ研究所内でも、見に来るのは素直に関心のあるユーリや、時々はやてと駒を合わせているディアーチェくらいなものなのだが。

 と、それをユーノから聞いて――すずかは二人からすれば読書と同じような感覚なのだろうなと思うと同時に、少し気になった。

 ユーノの、腕前の程が。

「ねえ、ユーノくん。わたしも、ユーノくんとちょっとチェスしてみたいな」

 勢いでそう訊くと、ユーノは「良いよ」と言って、白と黒のポーンを一本ずつ手に取る。そうして持った駒を手の中で合わせて混ぜ、一本ずつ駒を握りこんだ手をすずかに差し出して来た。

 先手後手を決めるトスだ。

 じゃあ、とすずかは彼の右手を選ぶ。

 握られていた駒は白、先手はすずかに当てられた。

「それじゃあ、始めようか。制限時間は特に決めないけど、良い?」

「――うん」

 柔らかな表情であるが、ユーノには一切の油断がない。

 ……似た空気を、以前感じた事がある。

 それは、それほど昔のコトではなく、BDでのレベルアップを図り、全体に視野を向ける為の特訓を行った時の――。

 

「――――チェックメイト」

 

 短く告げられた声が耳に届いたとき、すずかは自分がどれだけの時間を板に齧りついていたのかを認識した。

 既に日は傾き、すっかり赤く染まった空が視界を埋める。

 思考に陶酔(ぼっとう)しすぎた後の静かな疲労感と高揚が、自分の中を満たす感覚は、実に甘い満足感を齎す。

 鼓動は早くはないが、拍を強め……時を忘れ、余分な思考さえ忘れる世界にのめり込んでしまったのは、どことなく魔的ともいえるかもしれない。

「……すごい」

 口から漏れ出した言葉は、飾りを忘れた短いものだった。――しかし、表すにはそれで事足りた。十分すぎるほどに。

「本当にすごいね、ユーノくん……」

「ありがとう。すずかも良い打ち手だったよ」

 にっこりと微笑むユーノ。

 ……悔しいが、それにまた痺れるような感覚が脳髄を奔る。

 前にはやてと行った時とはまた少し違う、緊迫とは無縁の――否、むしろ緊迫が最大まで解放され、逆に無を生んだような感覚だった。しかしユーノの方はというと、まだサバサバした雰囲気で呑気に外を眺めていた。

「それにしても、すっかり暗くなっちゃったね。本の話をしようと思ってたのに、ほとんどこっちに使っちゃったなぁ……」

「……そう、だね」

 少し声の引っ掛かりを覚えつつも、すずかは返事を返す。

 だが、頭の中に在ったのはまったく別の思考で――単純に言うと、自分でも驚くほどにはっきり、『悔しい』と感じていた。

 勝負だけではなく、そこに付随する全てに、悔しさを感じている。

 だからだろうか。

「……でも、まだもう少しなら時間あるから……お話、したいな」

 そんなことを、口にしていたのは。

「そう? じゃあ、どれにしようかな。すずかのにする? それとも――」

「ユーノくんのが良い」

 びっくりするほど、ワガママに言い張ってしまうのは。―――悔しさの中に、ほんの少しの妬ましさがあったからかも、知れない。

 とはいっても、それはどちらかというと、人に向けられた妬ましさではなく。

 これまで自分が今を知り得なかったことに対する、憤慨の様なものだったのかもしれない。

 

 そうして話を始めた二人は、今日ユーノがグランツ博士に頼まれて見繕って来た伝承本の話をしていく。

 が、伝承と言っても、それは英雄譚より――

 ほんの少しだけ不気味で、美しい吸血鬼の物語であった。

 

 

 

 

 

 

 ……因みに。

 その時に語られた発想を博士が聞いていて、後々にBDに新たなモードがアップデートで加えられることになるのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 *** 更なる余談

 

 

 

「…………ユーノ」

「……は、はい、なんでしょうか……?」

「――――その状況は、いったい何なのですか?」

「……(すやすや)」

「……ひ、膝枕……かな?(ダラダラ)」

「………………………………………………………………………………………………この間はヴィータに、おまけにナノハまで毒牙に懸けたかと思えば……今度はすずかときましたかそうですか…………ええ、わかってましたよどうせそんなことじゃないかとは」

「あ、あの……シュテル?」

 

「――――少しばかり、頭を冷やしましょうか、ユーノ」

 

 ……その後、ユーノは安寧とは無縁の時間を過ごすことに。

 そうして、反省をさせられたにもかかわらず、思いの外積極的なお嬢様に、屋敷まで連れてかれることが増えたとかなんとか。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それは未完成な世界で

 どうも、遅れましてスミマセン。
 毎度おなじみのユーノくんの短編柄ございます。

 今回は初の複数CPを意識して書いてみたんですが……なんだか、パワー不足。コレなら寧ろ普段の方が複数CP書けてるレベルな気がしてます。というより、新しく舞台を据えようとして迷走してしまった感があります。
 実際、今回は結構此方の方が難産でした。多分、長編の方を早く出したいテンションに引きずられてしまいました。本当に申し訳ありません。

 ですが、次回への繋ぎとしてはそれなりに要素をぶち込めたので、完全に失敗というわけでもないですかね。まあともかく、今後は複数CPを書くときはもう少し話を練って、ココの短編を書く合間に複数を練って投稿みたいな、同時進行系にした方がいいかもです。

 とまあ、そんなわけですが、軽く初の試みを説明したところで、今回の短編について少し。
 今回は複数ですが、ちょっとだけ気持ちユーリに比重当ててみた感じです。今期の支部でのアンケートはユーリが圧勝でしたからね……。すごかったです。
 あと、《ストーリーモード》というものを書いてみることにして、少し遊んでみました。
 これまでに頂いたアイディアをぶち込みたくて、その土台を作ろうと思いまして。そこまでいったら次は思い浮かんでの通り、もう一人の博士と未来組の登場とかも書きたくなったので、そういった部分をかんがえてこうなりました。

 なので、次回以降また違った形で話を書けそうな気がします。では次回もよろしくお願いいたします。

 ――追記――

 今回のアンケートの方はこちらになります。
 https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=193827&uid=140738


 作りかけの物語 Unfinished_Story.

 

 

 

 『ブレイブデュエル』――通称・BDと呼ばれるこのゲームは、基本的にはショップでの対人戦を基本としたVRゲームである。

 プレイヤーは『スキル』を用いて対戦相手と戦うバトルゲームであり、そういった『スキル』は、店で一日一枚『ローダー』を引くことで獲得できる。時折イベント報酬として貰えるものもあるが、通常はこの一枚を積み重ねていくことで得られるものだ。

 なので、基本的にはRPGの様にストーリーは介在しないだが――

 

「――次回のアップデートでは、《ストーリーモード》の本格実装へ向けて動き出そうと思っているんだよ!」

 

 ――という博士の一言から、この度。BDに物語的な要素が実装されることとなった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 グランツ博士の言葉に、話を聞いていたユーノたちは驚きに目を見開き、口をポカンと空けて棒立ちしてしまった。

 しかし、そんな子供たちをよそにグランツ博士は解説を続けていく。

「これまでのステージはゲームに合わせたフィールド、もしくは現代の市街地などが主だったけど、ユーリの発案(アイディア)でいろいろな場所に行けるようにステージの幅を広げて、VR空間でのコミュニケーションやアトラクション、他にもいろいろな分野への発展に大きな足掛かりになった。……でも、これだけではBDが『ゲーム』である意味がない。そこで今回は、他の分野への派生ではなく、より『ゲーム』としての発展を目指して考案したのが、この《ストーリーモード》さ!」

 指さしたモニターには、大きく《Storry_Mode ‐Innocent_Oath‐》という表示が浮かんでいる。

 五つほどのステージが並んでおり、それぞれが何らかのコンセプトを持った物語の様だ。

「イノセント、オース……無垢な誓い、という事ですか?」

「そのとおり! プレイヤーが共に純粋な気持ちで同じ苦楽に挑む、という意味で〝無垢〟と〝誓い〟という言葉が合うと思ってね」

「うーん、そのまんま過ぎな気もするケドねー」

「き、キリエ……」

「ま。パパの考案だし? わたしは異存ないかなぁ~」

 どことなく棘のある言い方ではあるが、おおむね反対という事ではない様だ。

 しかし、まだ少しだけ疑問が残る。

 その為か、シュテルは博士に一つずつ確かめていく。

「そうなると、わたしたちを呼んだのはテストプレイの為に、という事でしょうか?」

「うん。その通りだよ」

「では博士、一つ質問なのですが……その《ストーリーモード》は何人でやるものなのですか?」

「将来的には人数に制約のない、主軸のみを定めたプレイヤーが紡ぐ物語を前面に押し出したいところではあるんだけね……現段階においては、通常のスタンドアロンRPGと同じように、元からあるシナリオに合わせて自分アバターをカスタマイズしてプレイ、といった形がほとんどかな……」

「なるほど……。では、現段階における規定人数は?」

 シュテルの一言に、嬉々として説明を続けていた博士が僅かに勢いを失った。

「……そこについては非常に申し訳ないのだが」

 実に申し訳なさそうに、博士は質問に対しこう言った。

「先日ユーノくんに見繕って来てもらった本のストーリーの内、幾つか参考にしてみたんだけど……どうにも僕は文才というモノが無くてね。構想こそあるんだけど、シナリオを書くまでには至らなかったんだ」

 父の弁に、キリエは「あらま」と口元に手を当てる。

 そんな反応も多少予期していたらしく、頬を掻きながら現在までに考えている構成を語っていく。

 

 ――一つ目と二つ目の物語は、よくあるスタンドアロンRPG。

 BDでいうところの『スキル』を『魔法』に位置付けて、出現するモンスターなどを倒しながら、最後のボスキャラを倒すといったもの。舞台設定としては一つ目がファンタジー世界での魔王討伐、二つ目はSFチックな銀河帝国での悪の帝国を倒すといった物語だ。

 基本的に道筋は一本に決まっていて、道中には《クエスト》が設定されており、それらをクリアしていくごとに『スキル』や、これまでのBDには無かった『アイテム』などを獲得していくことが出来る。

 

 ――三つ目は、ここまでの二つと同じシナリオありきだが、分岐が設定されている。

 一つ一つを紐解くごとに、当てはめられたルートを遊んでいく方式だ。なお、これには『バッドエンド』が用意されており〝ゲームオーバー〟ではなく、選択を違えると最後まで進めなくなって、失敗したら、そこからもう一回となってしまう。そして、ルートを進めるごとに、チェックポイント事の報酬と、最終的なクリア報酬を手に入れることが出来る。

 

 ――四つ目と五つ目は、いわゆるMMO系。

 道筋の決まったシナリオではなく、置かれた《イベント》を一つ一つプレイヤーたちがフィールド内から見つけながら、自分たちでクリアしていくと言った方式を取る。これだけならば、前の三つと殆ど条件は変わらず、強いて言えば少し面倒なダンジョンといった程度でしか無いが……この二つには、ほんの少しだけ特殊な仕様を取り入れる事を考えている。シナリオ通りに進むだけではないので、ただトントン拍子にクリアできるわけではない。そこで《鍛錬システム》を導入し、自分だけのオリジナル技を作れる仕様を取り入れてある。単独の必殺技から、コンビ、トリオ、或いはもっと大勢で放つ『必殺技』級のモノを、幾つかの定められた条件を満たすことで登録することが出来る。

 

「――とまあ、今のところ考えているのはこんなところかな。

 尤も、さっき言ったとおり、まだ全然シナリオもシステムも作り切れてないんだけどね……」

 そう博士は語るが、この構想を聞くだけでも子供たちの胸の内で、好奇心という名の炎が燃え始める。

 VR空間での対戦ゲームから、現実とは異なる世界を具現化できるゲームという側面を取り入れようというのだから、当然と言えば当然かも知れないが。

 ともかく、子供たちは完成途中でも遊んでみたいとうずうずし始めている。

 珍しく、普段はオペレーター役を買って出ることが多いユーリさえもだ。

 そうした様子を見て取って、博士は「これ以上長々と説明するのも何だね」と、早速ゲームを始めてみようかと促した。

 シミュレーターに向かおうとして、はたとユーリが足を止める。

 基本的にこの中で一番助手の適性があるのは彼女だ。つまり、彼女がいないと管制の役割が疎かになってしまうコトになりかねない。

 とはいえ、やってみたいという好奇心には抗えず、何処かおろおろし始めるユーリ。

 そんな彼女を見て、フローリアン姉妹が代理を買って出た。ほほえましそうにユーリの背を押して、シミュレーターへと向かわせる。

 そうして、『ダークマテリアルズ』の面々とユーノがシミュレーターに入ったのを確認し、フローリアン親子はいよいよ新しい世界戦(ステージ)へ子供たちを送り出した。

 

 ――しかし、その時。

 送り出された彼らを追う様にして、どこからか、ある一つの改変情報(アップデートパッチ)が送り込まれたことに、それが起こるまで彼らは気づくことが出来なかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 シミュレーターに入ると、いつもとは少し異なる形でアバターへの意識リンクが始まった。

 いつもならステージ選択などのシークエンスを挟むのだが、今回はそれらは特に無いらしい。博士の言っていた通り、まだ作成段階ということもあるのだろう。大まかに言えば、取り敢えず中に入って短いができた分のストーリーを試してみて欲しい、とのことだ。

 尤も、まだ超有名なRPGのそれを模しただけの職種選択から町を出てモンスターを倒し、最後の砦を崩すくらいのことらしいのだが。

 それでも十分に楽しそうなことに変わりはない。

 ないが、しかし――

「……どうみても、完成途中ってわけじゃなさそうなんだよなぁ」

 中に入って目を開け、開口一番にユーノはそんな事を呟いた。

 まだまだ未完成という話だったのだが、博士の未完成というのは凄く基準の高いものだったんだなぁと、ユーノは取り敢えず感心を露わに。

 そして、取り敢えず言われた通りに遊んでみようと思ったのだが、

「――――あれ?」

 一緒に入って来たはずのみんながいない事に気付き、キョロキョロと辺りを見回し始めた。

 しかし、最初からそれが当然であるかのようにユーノは依然一人でポツンと立ち尽くすばかり。事情が呑み込めず、外の博士たちと交信を試みるも、失敗。

 どうしたことか、いつもなら簡単に通じる声も届かない。あまりにも唐突な異常に、ユーノは途方に暮れていた。

 が、そうは言っても思考はまだ冷静。

 とどのつまり、失敗だったのなら一旦外に出れば良いだけだ。そもそもBDはそう言った生命に関わる安全機構は十分に施されているし、ユーノたちも万が一の脱出手段は知っているのだから。

 なので、ユーノは少し考えて外に出るべきかという判断を下そうとした。

 ――――が、しかし。

(……うーん、やっぱり未完成だったから複数のプレイヤーの同時リンクでエラーでも起こったのかな? だとすると、外に出た方が賢明か――ん?)

 目の前に、ゲームによくある指示の書かれたウィンドウが表示された。

 内容は実に簡素で、《先へ進め》というものだけ。

 何となくグランツ博士らしくは無いが、初期指示というだけならこんなものかと、ユーノは納得して指示に従う事に。

 シュテルたちが居ないのは気がかりだが、指示がある以上は、先ほどの安全措置の事も鑑みても、そこまで危険ということもないか、とユーノは思い歩き出す。

 ――この素直さが、ある意味で彼の欠点であると言える。

 というか、もう少しだけ早く彼がこの街に来ていて、某秘密結社のマッドサイエンティスト(笑)に出会っていたならば、おそらくコレがその手のものだと認めることができただろう。

 ……なにせ、呆れた事にウィンドウには凝った装飾で、しかも馬鹿正直とすら言えそうなほどに堂々と、《J・S_presents.》というロゴが書かれていたのだから。

 そうして彼は、気づかず素直にトンデモ博士の乱入シナリオの中に飛び込んでいく事になったのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ――――で、その後。

 

 紆余曲折の冒険の末に――というわけでもなく、ユーノは至極あっさりとゴールらしき《魔城》という固有名のダンジョンへ足を踏み入れていた。

 ぶっちゃけ攻撃型で無いとは言え、その辺のモンスターを退けるだけならユーノも然程苦労しない。

 バインドで集めて、結界の中に閉じ込めて、あとは放置。

 前にディアーチェとスバルとティアナの特訓に付き合った際、バインド系や結界系のスキルが苦手なレヴィがかつてやった練習の応用をしてみた技だ。

 まあ、ただ通るだけならバリアを纏って歩くだけでも事足りる。

 ユーノの持つ《プロテクションスマッシュ》というスキルは、型こそ《プロテクション》系の魔法そのままだが……このスキルは、バリア系の弾く特性が強化されており、防御系であるのにれっきとした攻撃として機能する。

 その硬度は、なのはやシュテルの砲撃すら弾き飛ばしながら接近できるレベルで、《バリアブレイク》の特性を付加したものでなければ易々と超えることはできない。

 そんなわけでユーノはてくてくと城の中へ。

 入ってみると、丁寧に見取り図が書いてあるのを見つけた。こういうところは、ゲームダンジョンのありがたいところだ。

 偶に祖父と遺跡発掘に行くと、大きいものだと慎重に進まなくてはならず、下手をすれば貴重な財産を壊す事さえある。

 ある意味、一番ゲームダンジョンの攻略に当ててはいけないタイプだったかもしれない。……主に制作側の矜持的な意味で。

 実際どっかの秘密結社(ラボ)では、今回の主犯がちょっとだけ引きつった笑いを零しており、最後は「フゥーハハハ!」と笑い出して「コレで最後だと思わぬ事だな! まだまだ刺客はいるぞ、さあこのシナリオをこえてみたまえ!」なんて言って妹に怒られていたりもしたらしい。

 

 ――閑話休題。

 

「えーと、部屋が三つで最後に屋上……か」

 セオリーなら、恐らくフロアごとにボスモンスターでも設定されているのだろう。

 取り敢えずそれを倒して上に行けば、あとはクリアという事になる筈。そう思い、ユーノはさっそく上に上がって行ったのだが……。

「え? 部屋ひとつだけ?」

 目の前に据えられたデカデカとした扉に、思わず拍子抜けした。

 どうやら、とにかく倒して進めということなのだろう。そうなると、逆にモンスターがめちゃくちゃ強い、ということなのだろうか。

 ともかく、ここに居ても始まらない。

 意を決して扉をあけて――――

 

「ハーッハッハッハ!」

 

 ユーノは、めちゃくちゃ聞き覚えのある声を耳にした。

「……レヴィってば、何やってるのさ……」

「何をやってるとか、ボクだってぇ知らん!」

「えー……」

「誰が呼んだかしらないが、この《雷刃の間》を任されたフロアマスター! それこそがボク、レヴィ・ザ・スラッシャーさ!!」

「あ、マスターなんだ。ボスじゃなくて」

「そりゃあ、上にみんな居るし? ボクだけボスってのも変じゃん」

「それはそうだけど……」

 にしたって酷くないだろうか。どこがというわけではないが、色々と。

 ユーノがそんことを考えていると、レヴィは。

「まあ、確かにいきなりだったけどさー。あっちの博士ならこんなもんじゃない?」

「へ?」

 あっちの博士という知らないフレーズに、思わずユーノは間の抜けた声を上げた。

 しかし、レヴィはちっとも気にしていない様子で、とにかくユーノにバトルをしようと急かしてくる。

 別に普段なら何の問題も無いのだが、どうにもまだ話が見えない。なのでユーノは、レヴィの誘いに乗りきれずにいた。

「ねぇレヴィ、後じゃダメ?」

「えー、それじゃつまんなーい」

 不満そうに手に持ったバルニフィカスを弄んでぶーたれるレヴィ。だが、正直ここで戦っても特に何もないような気がして、ユーノ的にはあまりバトルはしたくない。

 なので、

「えっと……なら、ほら。このあと買い物に行くつもりだったし、ソーダ飴買ってく――」

「ホント!?」

「う、うん」

「やったー! じゃあ今は我慢する~♪」

 モノで釣ってみることにしたのだが、思いの外効果覿面だった。

 別段ここで戦うコトにこだわっていなかったレヴィは、ご褒美付きなら後でも良いと納得してくれたようである。

 ホッとしながらユーノは先へ進むことに。

 上へ続く扉の前に行くと、レヴィがそれを開けてくれた。どうやら、フロアマスターと評したのは何も名称の上だけでなく、どうやらボス討伐のように倒して開閉ではなく、上に進む扉を本人が開けられる仕様からも来ているらしい。

 なお、レヴィはと言うと暇だからと言って持ち場を離れて付いてくることになった。

 で、更に上へ――するとそこには。

 

「くくく……。どうやらレヴィはやられたようだが、我はそう易々とは行かぬぞ? 身の程を知れよ下郎、ここは王のごぜ――って、何をしとるのだレヴィ!?」

「んー、何って言われても……。ねぇユーノ、ボクって今、どんな状態?」

「なんだろう……判んないかも」

「じゃあ、テキトーでいいや。ええと、うん! 強いて言えば、勇者ご一行に加わった元・幹部、みたいなカンジ!」

「この大たわけぇ! 何を勝手に光オチしておるのだ貴様はぁ~~ッ!?」

「えー、だってユーノがソーダ飴買ってくれるっていうから」

「ぐぬぬ~~ッ!! ……というかユーノ、貴様も貴様だ! 勇者役に据えられているならそれらしく振る舞わぬか! いかな余興とはいえ、少しは乗ってやるのが人情というものであろうに!」

 それは確かに風情がなかったな、と反省しつつも――ユーノもユーノで、何となく魔王の城的な場所で、幹部役から人情を解かれている現状に何となく腑に落ちないモノを感じていた。

 こうなってしまうと日常(いつも)のやり取りと大差ない。

 すっかり雰囲気が失われてしまったが為に、ディアーチェは怒って「ええい、もう興が削がれた!」とフロアをさっさと開放してしまう。

 なお、なんとなくキャラ的には「さっさといけ」などと主人公を行かせそうなタイプにみえるが、存外さみしがりの女の子な我らが闇王様は、てくてくと進む一行に加わるコトを選んだようである。

 尤も、コレもまた何時ものことなので誰一人として気づかないのが不幸中の幸いだろうか(八神堂の子狸あたりは多分嬉々としてからかってくるはずなので)。

 

 ――――そんでそんで?

 

「まあ、こうなるよね」

「ですね」

 

 ここまでくるとサクサク進むわけで、さっさとシュテルを一行に加えて更に上へ行くことに。

 だが、ただで加わるのは割に合わないとシュテルはユーノにちょっとした小芝居(けいやく)を挟んできた。

「ではユーノ、お願いします」

「う、うん……でも、ホントにコレやらなきゃダメ?」

「はい」

「…………わかった」

 因みにそのお願いとは、

「ええと……〝では、麗しき炎よ。我が槍としてこの先の全てを支えてくださいませんか〟?」

「もちろん、この身は御身が為……永久の果てまで、お供いたしましょう」

 

「「――ここに、契約は完了した――」」

 

 なんだかどっかの騎士の誓いのような小芝居であったという。

 読書家なシュテルは、案外ディアーチェよりもハマりやすいロマンチストだった様である。……なお、契約の言葉は本人の希望で、かなり私欲まみれだったりするのだが、気づいたのはディアーチェくらいだったという(なお、王的には別にどちらも自分のなのだから、くっつこうがくっつくまいが問題は無いとのことらしい)。

 

 で、最後の部屋へとやって来たのだが――

 

「えっと……〝わたしはもう、目覚めてしまった……だから、ここへ来てはいけなかった。あなたを滅ぼしてしまうから――〟で、次が……(ぶつぶつ)」

 中では何故か、ものすごく一生懸命に台本(らしきオブジェクト)を片手に練習しているユーリの姿があった。

 それに気付いて、一行はそっと部屋を出る。幸いと言うべきか、ユーリの方も台本を読むのに一生懸命だったようで、部屋に入ったことも出たことも判らなかった様だ。……ちょっとばかりシステム上の問題を感じなくもないが、まあそれはともかくとして。

 こうなると困ってしまう。確かに始める前から、ユーリはとてもこの《ストーリーモード》を楽しみにしていたのは判っているし、せっかくあそこまでしているのに、何となくこのままの流れで終わりにするのは忍びないといえる。

 ――となれば、残る選択肢は一つだ。

 

「――――」

 重々しい面持ちで、扉をゆっくりと開ける。

 すると、中でユーリも気づいたらしくほんの少しだけ焦った様子があったものの、直ぐさま台本を隠してユーノたちをフロアマスターらしく出迎えた。

「来て……しまったのですか」

「うん。――ここまで来て、君に会わずには帰れない」

「…………だめ、なんです。わたしはもう、目覚めてしまった……だから、ここへ来てはいけなかった。

 あなたを、滅ぼしてしまうから――――ぇ?」

 最後のところで、ユーリはちょっと怪訝な顔をした。

 理由がよく分からなかったが、僅かに流れた沈黙の間に答えを見つける。そもそもココまでのフロアマスターを配備していた以上、倒して進む形である筈だから、一緒に来るなんてコトはないだろう。

 そこがまずイレギュラー。

 気づいた瞬間、ユーノはしまったと思うも、どうすることも出来ない。そうして馬鹿正直に焦りを覗かせるユーノを見て、ディアーチェは呆れたように助け船を出す。

「なんだ? そんなに意外か、ユーリよ。我らがココにいることが」

「……ぁ、は、はい……」

「ふふっ、まあ確かに……我らは本来こやつを排斥するための刺客ではあった。

 だがな――それなりに見込みがあると思ったのよ、こやつを見てな。

 そもそも我らに、この城は狭すぎる……。であればこそだ、外へ行くぞユーリ。こんなとこで燻っていては、紫天の盟主の名が泣こうが――――」

 と、流れるようにスラスラと芝居がかった台詞を並べていくディアーチェ。

 あまりにも饒舌に回る舌に、思わず全員がぽかーんと口を開けて唖然としていた。

 が、すっかり置いてけぼりになってしまった周りだったとはいえ、ノリの良いレヴィは戸惑いを残しながらも「そ、そうだぞー!」とか乗っかり始めている。

 そんな熱のようなモノに押され、ユーリたちも雰囲気に流されて、それっぽい台詞を口にしていく。

 

「それでも、ダメなんです……わたしは」

「目を背けないでください。仮に世界の全てを喰らう毒であろうと、わたしたちはあなたを見捨てることはありません」

「そうだよ、ユーリ。――待ってて、ボクたちが今、君を必ず助けるから!」

「だから行こう――僕たちは、君に来て欲しいんだ」

「そういうことだ。

 ――来い、ユーリ。コレは命令ぞ? 貴様は盟主ではあるが、統べるのは我が役であるからな。ただバカデカイだけの力も、我という制御機構(ユニット)を経てこそ真価を発揮できるだろう」

「……ぅ……ぅぅ、――ハッ!? ぁ、ぇぇっと……ダ、ダメです……それでも」

 若干演技が崩れかけていたものの、どうにか進めることは出来ている。

 このまま行けば、説得で終わりそうだと思った――その時。

 

 

 ――ピコン♪――

 

 

「「「???」」」

 

 すっかり忘れていたシステムウィンドウが、唐突に表示される。

 そこにあったのは、実に簡素な指示。クリア条件が設定されているゲームなどにありがちな、チャンスアタック指示だった。

 

 《システム異常を検出――対象・ユーリを救うために、彼女を覆うバリアを破壊してシステムを上書きし、彼女を取り戻せ!》

 

 瞬間、ユーリの周囲を三面のバリアが覆う。

 突然かつタイミングが良すぎるその現象にユーノは再度呆気にとられた。

 が、しかし。

 それを見ても尚、他の面々はユーノとユーリを除き、何となく察したような表情をしている。

「やれやれだな。まあ、何となく予想はしておったが……」

「ええ、まったく」

「面白くなってきた……!」

「ま、テンプレートではあるが確かに何もなしでは気も引けるというものか……。平和ぼけした結末も悪くはないが、自ら切り開くのも悪くない。

 ん? どうしたユーノ、呆けておる暇はないぞ」

「え、あ……う、うん。わかった!」

 よく分からないけど、何かをやらなきゃならないのは判った。

 ……そうして、そこから一気に始まったのは、一言で言えば最終戦争。

 

「走れ明星、全てを焼き消す炎と変われ――!」

「いっくぞぉ~! パワー極限ぇぇん!!

「集え星と雷、我が闇の下へ……ッ!」

 

 展開はもう読めたと言わんばかりに、一気に力を解放していく。

 赤と青、そして紫に輝く三つの力が集約し、最後の再開を阻む障壁へと注ぎ込まれた。

 

「真・ルシフェリオーン……ブレイカァァァ――ッ!!」

「雷刃封殺爆滅剣! またの名をエターナルサンダーソード、効果――相手は死ぬぅぅぅ!!」

「これこそ我が砕け得ぬ闇、王足る力――〝ジャガーノート〟ぉぉぉッ!!」

 

 三人の魔力の飽和攻撃が放たれると、ユーリの周囲に張り巡らされた障壁は跡形もなく消え去った。

 どうやら急造だったのは、何もシナリオやシステムだけではなかったらしい。

 が、別にそうでなくともこの威力ではシステムの上でもかなりオーバーロードだった気もするのだが。

「……やっぱり、すごいや」

 さりげなくユーリの方にも結界を展開しつつ、それでもユーノはそう思った。尤も、ユーノ的には魄翼のスキルを持っている彼女に守りは必要ないかなとも思っていたのだが――ユーリとしては、いきなり始まった流れに驚いて動けなかったので、実は結構助かっていたりもする。

 と、そうして――――

 

「――――じゃあ帰ろうか、ユーリ」

 

 

 ユーリの額にそっと手を翳し、ユーノはそう言った。それに、ユーリは微笑みながら「はい」といって彼に身を委ねる。

 すると、

 《システムの上書き終了》

 というアナウンスが響き、仮想空間は一気に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「――大丈夫ですか!?」

 開口一番、五人の視界にはアミタの顔が飛び込んできた。

 しかし、ユーノは何なのかよく分かっていない。とはいえ、他の面々は苦笑しながら例のアレだと告げて、グランツ博士は「やっぱりか」と頭を抱えている。

 どういうことなのだろうとユーノは疑問符だらけではあったものの、一先ず皆は判っているらしいので、とりあえずは置いておくことにした。

 けれどこれさえ、まだ始まりの前奏曲でしかないと言うことを、未だ彼らは知らずにいた――

 

 

 

 

 

 

 オマケという名の幕間

 

 

 

「――あのねぇ、ジェイル? いい加減こう言う唐突な不正アクセスは止めて欲しいんだが……」

『フフフ……いやいや、やはり何事にも「悪」に徹しなければ悪役(ヒール)の意味がない』

「……まあ、そのやり方でだいぶ盛り上げになっている面もあるけどねぇ。にしても、今回のは一体何だったんだい? 別に《ストーリーモード》に参戦したいなら、普通に……」

『それじゃあ面白くないじゃないか。――なにより、これで足掛かりは整った』

「??? 足掛かり……?」

『その通り! 一度ヒーローを担ったモノが「悪」に墜ちる、なんともポピュラーで面白いじゃないか。ちょうど協力してくれやすそうだからね』

「…………まさかとは想うが、手荒なことはしないだろうね?」

『何を馬鹿な。ちゃんと合意の上で参加してもらうさ。手荒なのは趣味じゃないしね――――ん?』

 

 ――――バチ……バチバチ……ッ! バズッ、ジリ、バズヂィ……ッッ!!

 

 新たな来訪者。

 それは、唐突に――新たな風を呼び寄せる。

 様々な物語が交錯する時、もっと先へ続く路が開く。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

目指す先に居る者

 どうも遅れましてすみません……ッ! 毎度おなじみのユーノくん短編でございます。

 今回のCP相手はヴィヴィオ。
 未来組の筆頭として、今回は先陣を切ってもらう事になりました。

 その関係もあって、今回はあとがきの様なものを載せて、未来組の外の面子を追加するうえでの確認をしていただこうと思っております。なお、それに加えて、今回のアンケートはその関連になります。
 今後の短編に関連するところなので、是非お答えいただけると助かります。

 今回のアンケートはこちらになっております。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=194613&uid=140738


 来訪者 New_face.

 

 

 

 先日、グランツ研究所では《ストーリーモード》の実装実験が催された。

 とはいっても、別段された実験そのものは無事に終わった。

 むしろ驚きという点なら、後々になって実験中に外部からハッキングをされていた事実の方が大きいと言える。

 だが、研究所の面々はユーノを除いてさして驚きを抱いた者は居なかった。

 どうにも、首謀者には心当たりがあったらしい。……それが、かえって興味を引いてしまったのだろうか。

 

「えーっと……ここ、かな」

 

 色々な疑問を晴らすために、ユーノは一人行われたハッキングと関係深いらしい研究所を訪れていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 そもそもきっかけは一通のメールだった。

 皆が驚いていないので、ユーノはとりあえず後で聞けばいいか、と疑問の解決を先延ばしにしようとしたのだが、そこへ一通のメールが送られてきた。

 差出人は『Dr.J』という人物で、件名は『セクレタリーズ』なる団体への勧誘という内容。

 まあ、この時点で既に怪しさ満点である為、真面目に相手をする気など起きるはずも無かったのだが――

 

 《――先日の改変アップデート、その詳細を知りたくないかね?》

 

 ……ベタだ。あまりにもベタ過ぎるが、それが逆に興味を引いたのかもしれない。

 もちろん、怪しいことに変わりはないので、グランツ博士に訊いてはみた。

 すると、おススメはしないけど、危険というほどでもない――というお墨付き(?)はもらえたので、ユーノはとりあえず興味に任せて行ってみることに。

 

 ……と、そう決心したまでは良かったのだが、いざ目的地を前にしたユーノは足を止めてしまっていた。

 その理由はというと、

 

(…………この建物、なんでここに建てたんだろう……?)

 

 これである。

 そもそものメールからしてそうだったが、そこはあまりにもベタ過ぎた。

 そして、あまりにもふざけていると思えた。主に、特撮的マンガ的アニメ的な『悪』っぽい研究所が、当たり前の様に一般的な住宅街に建っている時点で。

 そう。ほとんど秘密結社じみた研究所が、何をどう間違ったのか、ごくごくフツーの住宅街の一角に建っているのである。

 これでふざけていないと初見で思える強者がいるとすれば、それはよほどの度量を持ち合わせている人間くらいのものだろう。

 少なくともユーノとしては、ここまで作り込むのならばもっとそれらしいところに建てるべきだと思った。彼自身も少しばかりずれている思考ではあるが、とにかく違和感を抱けただけマシと言ったところか。……普通ならばおそらく、「趣味が悪い」の一言である。

 にしても、こうもデカデカと建っていては、近所から苦情とかが来そうなものであるが、その辺りは諸々の事情から切り抜けられているらしい。尤も、初めてここに来たユーノがそれを知る由などないのだが。

 ともかく色々とアレであるが、ユーノはとりあえずインターホン(何故か律儀についていた)を鳴らしてみることに。

 ――――が、その判断を数秒後に悔いる羽目になる。

 

「はいは~い。勇者(プレイヤー)さん一名、ごあんな~い♪」

「――――へ?」

 

 気前よく聞こえて来た声と、唐突に開いた足下から始まる浮遊感と共に……ユーノは漸く、自分がそれなりに危機にいることを自覚した。

 

 

 

 ***

 

 

 

(え、何コレ? なに? どーゆことなのさこれぇッッ!?)

 

 あれよあれよと流れに呑まれ、気づけばいつの間にか袋詰め。オマケに簀巻きにされている為、うまく動けない。

 そのせいもあってか、ユーノの頭の中は、とにかく自分に訪れたこの理不尽すぎる状況へ向けた困惑のみが渦巻く。

 が、その困惑さえも長くは続かない。

 勝手に運搬されたかと思えば、今度は雑に袋から放り出されて暗闇の中。

 慌てて辺りを見渡すも、当然ながら暗闇では何も見えない。

 するとそこへ、

「――ようこそ我が研究所(ラボ)へ、ユーノ・スクライアくん」

 パッと注いだスポットライトに照らされた、白衣の男が姿を現した。

 もうこうなると、思考は停止してしまう。

 そうして、すっかり呆然とユーノは床にへたり込んだまま、事の成り行きを見守ることにした。

「ともかく、些か唐突な私の招待を受けてくれたことに感謝する。少々手荒になってしまったかもしれないが、ともかく君とは一度会ってみたかったのだよ」

「招待って……じゃあ、あのメールは貴方が?」

「その通りだ。――ああ、そういえば、まだ名を名乗っていなかったね? Dr.Jこと、ジェイル・スカリエッティだ。以後お見知りおきを」

 どこか得意げに、そして芝居がかった振る舞いで、どうやら少し高い位置にあったらしい最初の壇上を降りてくるスカリエッティ博士。

 自身の元へ向かってくる彼を前にして、ユーノは未だ言葉を失っていた――否。というよりも、雰囲気にのまれてしまっていたというべきだろうか? すっかり舞台にでも立たされたように、展開に呑まれてしまいそうになる。

 ちょうどそれは、この間の――

「あ」

 ――それが浮かんだ瞬間、ユーノは身体に掛かっていたタガが外れたような感じがした。

「ということは……。貴方が、この間の介入をした張本人……ということですか?」

「いかにも」

 ユーノの疑念の答えは目の前にある。

 だが、ユーノがそれを訊こうとするよりも先に、スカリエッティ博士はユーノに質問を投げて来た。

「その話に関連するところだがね、君はBDの現行のシステム環境についてどう思う?」

「どうって、少なくともそんなに問題はないかと」

「ふむ。問題がない、というのを不具合の意味合いでいえば、その通りだ。――しかしね、それをゲームの枠でいえば些か問題があるのだよ」

「……?」

「解せない、という顔だが――ずばりそれを結論から言えば、不可欠な存在が欠けているといえる」

「不可欠な存在?」

 ユーノはスカリエッティ博士の弁を聴いて考えてみるが、今一つ分からない。

 不可欠と言っても、システム上に問題がないというのなら、そんなものがあるというのは変な話ではないだろうか。

 そうユーノは思う。自然な発想だが、それだけで満足していることを嘆くように、スカリエッティ博士はこう語る。

「BDには決定的に、在ってしかるべきものが足りない。

 それは『悪』――確固たる『悪』が足りていないのさ! であればこそ、我ら〝セレクタリーズ〟はその補助活動を行っていたわけなのだが……」

 どうもユーノが此方へ来てからの期間では活動していなかったらしいが、それまでは『T&H』をはじめとしたショップに挑戦を行っていたという。

 そんな中で、一旦休止中だったそれを返上して急遽再稼働を始めたのは、グランツ博士の《ストーリーモード》実装が理由らしい。曰く、物語を謳うのであれば必然、『悪』の存在は今まで以上に必要不可欠であるから、だそうだ。

 だが、それならばシナリオやシステム系に置いての協力をすればいいと思ったのだが、以前ユーリにも似たようなことを言われたらしく、互いの主張を融合させる形を取ろうという事で一度は落ち着いたというが。

「けれど、グランツ君は私の意見より先に君たちにテストプレイをさせてしまったからね。……本当なら、あんなのは論外。あの時投入したものにしても、結局は付け焼刃さ。本来はもっと深く、もっと鋭いストーリーを展開してこそだと思わないか?」

 と、スカリエッティ博士は結局のところ、先にテストされたことが不満で仕方なかったという事の様だ。

 子供っぽいようだが、それも美意識としてなら分からない気もしない。

 この辺りは、読書家な気質の表れだろうか。少しはユーノとしても納得する部分もあったのは事実だ。

 けれども、

「でも、それならわざわざあんなことしなくても、普通にグランツ博士に言えばよかったんじゃ……?」

 そうユーノが至極真っ当な意見を言うものの、スカリエッティ博士はと言えば、

「それじゃあ面白くないだろう」

 と、にべもない。つまるところ、彼の『悪』の美意識に置いてはこっちの方がいいという事だったのだろう。

 だが、それはあまりにも子供っぽいような。

 ユーノとしてはそんな心境だったのだが、しかしスカリエッティ博士の紡いだ二の句に言葉を失った。

「君にここへ来てもらったのも、一回はヒーローを担った役者が欲しかったからなんだ。あと、単純に君の能力はうちの好みだというのもあるが」

 情報型で、防御が難く、真っ当な精神の持ち主。

 だからこそ、『悪』に寝返った背景としては申し分ない、と。

 とどのつまり、ユーノはスカリエッティ博士に気に入られてしまったようである。……なお、その裏にはランスター家の末っ子経由で、中島家の四女からの口添えがあったりするのだが、それはまた別の話だ。

 で、結局。

「セレクタリーズに入ってもらえないかね? ああ、もちろん加入の報酬はそれなりに良いものを用意してある。防御型のそれもフィールド形成のスキル持ちにはピッタリの、AMFというものでね――」

 どうやら、『AMF』というのは他のスキルをランクB以下なら無効化してしまうものらしい。ユーノがそれを使えば、実に戦いの幅が広がる事だろう。というか、初めからそれが欲しかったのかもしれないが。

「で、どうかな? 入ってもらえないかね」

「…………うーん」

 ここまでの流れは実に強引だったけれど、最近のシュテルからもらっているお仕置きに比べればまだマシだった所為もあってか、ユーノ個人としては、別に協力自体はそこまで嫌ではない。

 しかし、

「でも……それって結局、ケンカを売りに行っているだけですし……」

 あまりみんなと敵対したくないという気持ちも、当然ながらあるわけで。

 ユーノは断りの姿勢を見せる。尤も、それは向こうも往々にして予想通りと言った印象らしい。

 そこで、と。

「仕方がないか。ならば『悪』らしく、勝負の上で勧誘するとしようか」

「え、勝負って――」

「ちょうど先日、うってつけの面子が入って来たのでね」

 そういって指を鳴らすと、新たに現れた影が。

 表れたのは、金色の髪に、黒いバイザーの様なものを付けた少女だった。

 どことなくシルエットは、前に合ったアリサに似ている気がする。だが、アリサよりはツーサイドアップにした髪が長い。

 その所為かちょうど、なのはのそれに重なる。

 だからかは分からないが、ユーノはその子の前に立っても、あまり緊迫した空気は感じなかった。それどころか、全く見覚えがないのに、何故か懐かしささえも感じる。もしかすると、身近な人物に似ているという既視感からかもしれない。

 そんなことを思っていると、その子がユーノに向けて宣戦布告を行った。

「では、全力で勝負です!」

 ビシッと刺された指に、逃げるのも無粋かと思い、ユーノは勝負を受けることに決めた。

 最初から、別に協力自体はそこまで嫌ではない。単純に渋る理由は、友人たちの前に敵として立ちふさがる事の方だ。

 つまるところ、それを決める為だというのなら、否も応もない。

 結局、必要なら戦いは避けられないのも道理だと理解しているがゆえに、ユーノは。

「――うん、いいよ」

 少女の挑戦を、真っ向から受けることを選ぶ。

 

 ――――そうして、移動した先は闘技場。

 

 ちょうどそれは、以前『セレクタリーズ』が一番初めの襲撃を行った時に用いられたフィールドである。

 其処に立つのは、向かい合った少年と少女。

 何方も似た髪の色を持つその二人は、静かに視線だけを交わし合う。そして、たっぷり一〇秒ばかりの間を置いて――彼らは、戦いの鍵となる言葉を口にする。

 

『――リライズ・アップ!』

 

 眩い光が二人を包み込み、戦いの為の衣装を生成し、身に纏わせた。

 纏った戦闘衣装を互いに観察し合い、相手の系統を見て取る。

 ユーノは一見装甲が薄く感じられるが、それは単純に後衛型――つまり、補助系統のスキルに優れたアバタータイプであるという事の表れだ。

 が、そんなこと少女はとっくに知っている。

 少女にとって未知であるのは、相手の系統ではなく、現時点での力量の方だ。

 逆に、ユーノからすると相手の少女が行ったリライズは、とても奇妙なものだった。

 真っ白な、純白を示す様なセイクリッド。それはちょうど、なのはが使っているものとそっくりだ。それどころか、容姿はなのはとはだいぶ異なるのに、その姿がどこかダブる。

 なぜなのか、それは分からない。

 けれどその疑問と同じだけ、どことなく心が高揚する。

 〝負けられない戦い〟

 そんな意識が、知らずユーノの内を埋めていく。

 何の根拠もない、けれど何故か譲れない様な、不思議な感覚である。仮想空間で本能に苛まれるなんて、ある意味滑稽かも知れないが、どうしたことかそれさえも好ましい。

 高揚し、逸る心を落ち着かせながら、二人は静かに視線を交わし合い、始まりの鐘を待つ。

 ちなみに、バトルの形式は一対一のマッチアップ。どちらかが相手を戦闘不能にした時点で、システムから制止が掛かり決着となる。

 そして、流れた時が鐘を打ち鳴らし、開戦の合図が告げられた。

 

 《DUEL_START!》

 

 

 

 ***

 

 

 

 ――と、そこから一気に場が動き出すかと思っていたのだが、意外なことに二人は未だ動かない。

 しかし、だからと言って口を挟むのは野暮だ。そうした理由から、観戦を決め込んでいたスカリエッティ博士をはじめとした『セレクタリーズ』の面々は興味深げに戦いの行方を見守っている。 

 もちろん、相手が動かないことに違和感を抱いたのは向き合っている二人も同じだ。

 奇しくもこの二人は、自分から攻めるタイプではない。どちらかといえば、彼らは『受け』の戦いを好む。

 片や拘束防御(ガーディングアレスター)

 片や回避迎撃(カウンターヒッター)

 真っ向から戦う上であろうと、相手からの攻撃を転じる事から始める型を取る。

 とはいえ、このままではらちが明かないのも事実――。

「――――ハァッ!」

 そのことを察し、先に動いたのは少女の方だった。

 勢いよく地面を蹴り、ユーノの懐へ飛び込む。そうして一撃を見舞おうとしたのだが、ユーノは正面からの攻撃を『ラウンドシールド』で防御し、後方へと跳躍する。

 そのまま上空へ上がったが、それを待っていたとでも言わんばかりに、少女は虹色に輝く光弾を撃ち放つ。

「〝ソニックシューター〟――ファイアッ!」

 音速の名の通り、それらの光弾は凄まじい速度でユーノへ襲い掛かる。

 だが、それだけではまだ甘い。

 ――ここだ!

 と叫ばんばかりの勢いで、ユーノは迫る光弾へと突撃していく。通常なら自殺行為も良い所だが、防御系に自信のあるプレイヤーであれば、その行動の意味も分かるだろう。

 そう、それは――

「――〝プロテクション・スマッシュ〟!」

 翡翠色に輝く障壁を展開し、ユーノは撃たれた『ソニックシューター』を弾き飛ばして相手に迫る。

 引いたかと思えば、突撃へと転換してきた彼に驚いたのか、少女はその体当たりをモロに喰らってしまう。だが、この戦法自体は割とチープなものだ。

 こうした対人戦でなく、レース等で障害物を破壊して進む際などにも用いられたりもする。

 尤も、それもアバターのタイプに寄りけりだが。例えば高速機動型の場合、そもそも障害物を壊しながら進むよりも、持ち前のスピードを生かす方が好ましい。

 つまるところ使いどころの話であるが、この瞬間に使用したのは上手い。

 実際、ダメージこそ少なかったが、不意を突かれた少女は体制を崩し、隙を生じさせている。そこを狙い打つようにして、ユーノは『チェーンバインド』を発動させて拘束を試みるが、見事な反応速度でかわされてしまう。

 どうやら、少女はどちらかというと近接が主らしい。

 いかにも手慣れた身のこなしを見せられ、ユーノは次の手への布石を積み立てようとした。――けれど、それは向こうも同じ。

 ユーノの放った鎖をかわしながら、少女は飛ぶ鳥を落とすための手を組み立てていた。

 

 

 少女の顔に笑みが浮かぶのを見て、ユーノは見えぬはずのバイザーの奥の瞳が輝きを得た様な錯覚に陥る。

 事実、それは正しかった。

 鎖の隙間を掻い潜った彼女の目は、かなり距離がある筈のユーノを些かの狂いもなく捉えている。

 何かが来るという予感。前兆を察し、ユーノの背筋がぞくりと震えた。

 往々にして、勝負事というのは初手で決まると言われている。――だが、後々の展開で覆ることもある。

 そういった場合、特にそれは受け手の側であることが多い。

 敵の攻め手を利用し、布石を散りばめ、もう一度盤上に自分の陣を再構成する。

 要するにだ。何も最初の手や、取っていた戦法が全てを現わす訳ではなく。寧ろそれは、逆に自分の手の内を相手に隠して好機を狙う姿勢でさえあると言うことだ――!

「一閃、必中!」

 虹色の輝きが、それまでとは比べものにならないほどの光量を放つ。

 まるでそれは、少女の全てが拳先に集約されているような一撃。近接の戦いを魅せながらも、セイクリッドタイプらしい弩級の威力を伴った、巨大な直射砲撃だ。

 

「――――セイクリッドォ……ブレイザァァァッッ!!!!」

 

 威勢良く叫ばれた技名と共に、虹色の光の奔流がユーノを呑み込む。

 拘束系のスキルを使っていたところを狙い撃ちにしたのだから、直撃か否かは、防御スキルの発動タイミング次第。

 無論、少女としてはきっとユーノが防御に成功している筈だと、半ば確信していた。

 だってあの少年は、彼女にとって世代を跨いだ師匠である以前に、そもそも母親(ママ)と同じくらい大好きなパ――。

「――――ッ!?」

 確信は真実へと変わり、そして同時にまた、先程のそれと同様に、受け手側の戦いの再現が為された。

「AS――〝レストリクションフィールド〟!」

 ユーノが発動させたのは、彼のアバタータイプの固有スキルで、『プロフェッサー』や『クレリック』に近いが、どちらかというと支援よりも防御や拘束などに特化した『ガーディアン』タイプならではの〝領域制御〟――つまり、相手の動きを一時的に制限する戦い方が出来る、と言うわけだ。

「しま……っ!?」

 気づいた時にはもう遅い。既に先程まで防御に使っていたプロテクションの応用で、少女は翡翠の鳥籠に囚われた。

 しかし、敢えて最小の封鎖にしなかったのかと言えば、それはコレが勝負だからと言う理由である。

 チーム戦ならまだしも、サシでの戦いでは動きを封じただけでは戦闘不能とは成らない。

 システム的にと言うより、このタイプが珍しいというのが主な理由だ。とどのつまり、なにかしらの技で相手を負けにしなければデュエルは終わらないのである

 故に、ユーノは少女を拘束して戦闘不能にしなくてはならない。だが、先程と同じようにすれば逃げられるのは必至。

 なら、初めから囲いを建てて捕まえれば良い。

 そうして封鎖領域内に生成した陣から鎖が飛び出し、少女は完全に拘束された。

 程なくそれをシステムが認識し、勝利アナウンスが響いた。

 

 《Congratulations! Yuno_scrya_WIN!!》

 

 

 

 ***

 

 

 

 ――で、確かに決着はついたのだが。

「んぁ~! は、はずれないぃぃ……!」

 未だ正体不明の少女はと言うと、ユーノの放った鎖に縛られたまま宙づりにされていた。なお、彼の名誉のために断っておくと、別にこれはユーノの趣味ではない。単純に身動きを取れなくしようとした結果と、フィールドがまだ消えていないという偶然の合わせ技である。

 しかし、なんだか技を放った方としては女の子を宙ぶらりんにしているというのはあんまり精神衛生上宜しくない。

「えっと、なんだか、その……ごめん。で、でも多分、そのうち終わるだろうから、もう少しだけ我慢してて貰えば……」

「……うぅ」

 しょんぼりしてしまう少女。そんな彼女になんと声を掛けて良いものやら、ユーノには皆目見当もつかない。

 というかそもそも、まだ名前すら聞いていなかった。

 その事を思い出して、些か絵面は悪いが、とりあえず名前を聞いてみることに。

「そういえばまだ名前聞いてなかったけど、教えてもらっても良いかな?」

 そう言ってから、名前を聞くなら先に名乗るべきかと「あ、僕はユーノだよ。ユーノ・スクライア」と付け足すと、少女の方もこれ以上藻掻いても苦しいだけと理解したのか、素直に名前を名乗った。

 が、

「わたしは、高町ヴィヴィオって言います。St.ヒルデ学院の四年生で――」

「え? ザンクト……ヒルデ? それに高町って……」

 何となく聞き覚えのある単語に、ユーノは思わず少女――ヴィヴィオの言葉を遮ってしまった。するとヴィヴィオは、何故か焦り出す。

「あう……。えっと、そ、そこんところはその、あんまり深く考えないで頂けると嬉しいというか何というか……」

 何だか怪しい。そう思ってしまう程度には、目の前の少女の言動は不自然だった。

 というか、考えないでと言われても、知っているのは仕方が無いというか、実はなじみ深かったりするというか、知り合いのお姉さんがいるというか、もっと言うとそこに通っていたこともあったような。

 それに、〝高町〟という名字は――

「――ヴィヴィオ。もしかして、君って……?」

「ひぅ!(こ、この流れで身バレは非常にアレなのでは!?)」

 何かに感づいてしまったらしいユーノに、ヴィヴィオの生存本能が拙いと警告を鳴らした。主に存在的な意味での危機に。

 その所為か、ヘンに焦った様な言動が漏れる。

「あ、あのあの! そこんとこは今、見逃してくださると非常に助かると言いますか……というかあんまり深く考えられちゃうとわたしの存在そのものが危ういと言いますか……と、とにかく説明はしますから、今だけはあんまり深く考えちゃいけませんっ!」

 ノーモア、存在消滅! と、ヴィヴィオが凄く焦った様子で告げるのを見て、ユーノはますます訳が分からないと言った表情を浮かべ、首を傾げた。

 そこで運がいいのか悪いのか。

 仮想空間は一気に消失し、現実へと二人は帰還することに。

 

 

 

 ***

 

 

 

 気づけば、そこは既にシミュレーターの中だった。

 とりあえず外に出ると、同じようにヴィヴィオも中から出て来ている。

 そこで、先ほどの続きを聴こうとしたのだが、それよりも先にスカリエッティ博士がこんなことを言って来た。

「ひとまずはお疲れ様と言っておこう。いやはや、今回の結果は些か残念だが、大まかな目的は果たせたから良しとしておこうか」

「目的……ですか?」

「ああ。――とはいっても、僕の目的というよりは、今回叶ったのは彼女の望みの方が大きかったがね」

「ヴィヴィオの?」

 視線を向けると、ヴィヴィオは何やらブツブツと呟きながら何かを考えている。

「……ええと、とにかくあんまり推察されるとダメで、とにかく出生に関するところはNGってことだったし、あんまりそのあたりの関連も言っちゃダメだし…………あぁ、でもパパだしなぁ……下手に隠して話すと一気にバレそうな、あーでも全然話さないのもそれはそれで逆にマズいんじゃ…………(ぶつぶつ)」

「? どうしたのヴィヴィオ。……っていうか、パパって君の?」

「ひゃうっ!? え、ぁえ……? あ、あああ、いやその……パパっていうのは別に目の前のユーノさんのコトじゃなくてですね!? ええとえっと――あ、そう! わたしのパパのコトなんです! 未来の!!」

「未来? ……え、つまりヴィヴィオは――」

 何かを言おうとしているユーノは、事の確信に迫ってしまったのだろうか。

 これは非常にマズいのではないか。ヴィヴィオはぎくぎくぅ!? と背筋を張り、額にだらだらと冷や汗を流す。

(マズい! これはマズいよ!? 下手したらわたしという存在デリート街道まっしぐらだよ!? ……あ、でももしかすると逆にキューピットになっちゃったりして――って、いやいやそうじゃなくて! その前にホントにダメな事態に……ッッ!)

 が、しかし。

「未来から来たってこと? 本当に?」

「はぃぃぃい! ……ハイ? え、そっちですか?」

「いや、だって未来だよ? SFみたいな話じゃない。一番確かめなきゃダメなところは其処だと思ったんだけど……」

「あ、はい。大丈夫です。そこで大丈夫です」

 セーフ! と、内心ガッツポーズなヴィヴィオ。

 どうやら肝心なところでは鈍かったらしい。九死に一生を得た気分でふぅと額の汗を拭い、一息つく。

 その間にも、ユーノはスカリエッティ博士の方を向いて、本当なのかを確かめている。

 実はユーノが来たまえにも同じようなことがあったらしいことを聞き、それについてユーノはポカンとして驚いている。大袈裟に驚きこそしないが、十分に衝撃的だったのだろう。否、寧ろ衝撃的すぎて言葉を失っているのかもしれない。

「ホント、なんだ……へぇ、未来からかぁ」

 ともかく、ユーノはBDの無茶苦茶さを改めて痛感していた。

 ――未来とさえ繋がれる技術。

 言葉にしてみるとフィクションの定番の様だが、実際に目にしてみるとなんとも不思議なものだ。

 まじまじと見つめられ、たじろぐヴィヴィオ。けれど、ユーノの方はまだ彼女の事情が呑み込み切れていないため、まだ興味冷めやらぬといった様子である。

 それに、

「――ん?」

 ユーノはまだ彼女が此方へやって来た目的を聞いていない。

「そういえば、博士の話だとなんか前にも来たことあるみたいだけど……今回の目的って、何だったの?」

「え――あ、それは……その」

 つんつんと指先を遊ばせて、ヴィヴィオはどこか応えづらそうにしている。

 そうなってくると無理に聞くのも悪いだろうか、とユーノは返答を断ろうかと思っていたのだが、先にヴィヴィオの方が意を決したらしい。

 しかしそれでも少しバツが悪そうに、ヴィヴィオは明後日の方向を見ながらこう語る。

「あー、ええとですね……。前回の来訪の時は、わたしたちがスカリエッティ博士に頼み込んでこっちのマ――じゃなくて、なのはさんたちとBDで戦ってみたくて来ちゃったんですけども……」

 曰く、未来ではなのはを始めとした現在のショッププレイヤーたちは、ヴィヴィオたちを指導することはあっても、全力での戦いはしてくれないのだという。

 それが不満で前回は此方へ来たらしいのだが、今回は少しばかり事情が異なるそうな。

 何でも、前回の記録を友人たちと見ようとした際に、偶然発生した事故に巻き込まれてまた此方へ来てしまったらしい。それで、転移の衝撃でマシンは直ぐには修復できず、ならこちらにいる間に、前回戦えなかったユーノと勝負をしたかった、と、そういうことのようだ。

「――なるほど。うん、大体事情は呑み込めたかな。でも、相手に選んでくれたのは嬉しいけど……みんなとやった後だと、僕じゃ少し力不足じゃなかった?」

「いえいえ、そんなことないです! というか、わたし結局勝てませんでしたし……縛られましたし……」

「ご、ゴメン……。あ、ところでこっちにいる間は博士のところに宿泊するの?」

「そこはですね……。前は結構色々回ったんですけど、今回は割とすぐに直りそうなので、ちょっと寂しいですがあんまり過去と関わるのもよくないかなぁと思って」

 それで知らせていなかったのだ、とヴィヴィオは言う。

 確かに、時間軸は一つでない可能性もあるのだから、あまり大きく変わってしまいそうなことは避けるべきなのだろう。その辺りはユーノにも判っていたので、口を挟む事ではないかなと思った。

 そうして大体の事情が呑み込めた辺りで、スカリエッティ博士が口惜しいがここいらでお開きにしようかと言って来た。なお、ユーノのデータを登録しておいたので、今後は気軽に来てもいいとのことだ。

「いいんですか?」

「もちろん。それに、隣はちょうど私の姪っ子が住んでいてね。多分知ってるとおもうが、一応言っておくとスバルたちのコトさ。ああ、それと〝セクレタリーズ〟に参加したいときはもっと遠慮なく来てくれると嬉しいかな」

「あはは……。か、考えておきます」

 それにしても、スバルがスカリエッティ博士の姪っ子だったとは。世の中って狭いなー、とユーノはしみじみとそんなことを思った。

 が、そうして呆けていられたのもつかの間――。

 

 

 びりっ……びりりり……バチッ……バチバチッッ…………バリバジィバリィッッッ!!

 

 

 

 ……どうやら、この過去と未来の交差。

 彼を加えた、邂逅劇と騒動は、まだまだ終わらないらしい。

 

 ――――そうして、また光の中から子供たちが飛び出してきた。

 

 

 

 *** オマケ?

 

 

 

「とゆーわけで……来ちゃいました♪(眩しい笑顔)」

「何故か成り行きでヴィヴィオのことを預かることになっちゃって……。でも、みんなは面識あるし、問題ない……よね?(苦笑い汗たらり)」

「………………(にっこり)」

 

 …………ユーノの、明日は平和とは程遠い(かもしれない)。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

未来組の子供たちの設定

 どうも、こんにちは。

 今回は小説ではなく前回のβにおけるキャラ設定を大まかにまとめてみました。

 基本的に友人枠の子たちは今回は外しましたが、追々項目を立てようと思っています。

 小説ではないので、今回は前置きは短めに。

 なお、今回のアンケートは此方になります。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=194840&uid=140738


 ――登場予定のキャラ――

 

 

 《Vivid組》

 

 ・ヴィヴィオ(10)

 

 ・アインハルト(12)

 ・ミウラ(12)

 ・リオ(10)

 ・コロナ(10)

 ・フーカ(12)

 ・リンネ(12)

 

 《Another_V》

 

 ・ハイト(10〜7)

 ・ソフィ(11〜14)→のちにシュテルの娘として出す予定に。

 

 《Sts組》

 

 ・エリオ(12)

 ・キャロ(12)

 ・ルーテシア(12)

 

 《Force組》

 

 ・トーマ(12)

 

 ・リリィ(12)

 ・アイシス(12)

 

 

 一行離しているキャラたちは、一応主要登場人物の血縁がなくても出せる友人の位置にいるので、今回のキャラ設定ではまだ全部載せていません。

 後追いで何か追加の要望や、アイディアが出て来た時にそれらも盛り込んだりして項目追加をしようと思っております。また、それがなくとも本編の方で登場すれば、それに応じて設定の項目を作成します。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

『上の子供たちを出すための年齢設定と血縁の設定』

 

 まず冒頭に各家族事に大まかな説明と、未来組やそれに関連する事柄や年齢などについて書いてあります。そして、キャラ名の下に一応それぞれの設定も軽く書いてみました。

 

 ※()内は年齢

 変更がある場合は、左が原典で右が調整版。

 尚、原典年齢は判明したものに+1(なのはたちの年齢的に)。不明なキャラについては、調整版のみ。

 

 

 

 《高町家》

 

 

 高町家の家系をどうするべきかよく分からなかったので、とりあえずINNOCENT時空らしくごたごたはあまり交えないようにと言うことを基本にして、一応全員実子と言うことで年齢の調整を行いました。

 簡単に家族の成立の経緯としては――

 士郎さんが元々の仕事で海外に言っていたとき、桃子さんがパティシエとして留学してたところに出会い、恋に落ちて結婚。

 ちなみに結婚当時、二十四歳と十九歳。

 で、そこから恭也・美由希の順に生まれ、少し離れてなのはが誕生。

 なのはが五~六歳の時に美由希が『ゆーのくん』を拾って来て、現在の形に至る。

 

 高町士郎(39)→(44)

 ――基本的な性格や生まれ、親戚筋の設定についてはあまり変更はなく、『不破』についても残っているという解釈で一応進めてあります。ただ、家業からかなり離れたところに居ることや、高町家に婿入りしていることなどから、あまり親戚との交流は多くない(高町家の方については、祖母の家がそこそこ近くにあるような発言があったので、恐らく存命中かつ交流もそれなりだと思われる)。

 と、紆余曲折な面もあるが、現在は家族を優しく見守るお父さん兼喫茶店のマスター。近所のサッカーチームや道場によく顔を出していて、シグナムや三月(トーレ)とも顔見知り。父母チームの中だと、特にデビットと仲が良い。

 

 高町桃子(34)→(39)

 ――海鳴市における綺麗すぎる母親筆頭(笑)。菓子職人(パティシェール)としての留学の折りに夫と知り合いスピード婚して、婿入りさせちゃった以外に手の早いお方。

 しかも高校を出るや直ぐに留学して一流になっていたと言う凄腕だったりする。その為、留学期間は割と短い。なお、留学と言うことで、高校を少し早めに卒業してたりと優秀だったらしい。その他にも人気者だったりと、わりかし海鳴では有名人。夫がマスターをしている『翠屋』の専属パティシエであり、よく同じ母親である各家の婦人を集めてお茶会に招いていたりする。ちなみに、クイントさんとメガーヌさんは高校の後輩。

 今回は全員実子ということで、原作以上に『お母さん』感が強めなイメージ。

 

 高町恭也(21)→(20)

 ――原作での一歳の遅れが無くなっているのがまず一つで、大学生なのはそのままに忍と同い年(大学二年生)。全国武者修行はしてないが、その代わりに恋人の忍と一緒に結構旅行には行ったりしているとか何とか。趣味が爺むさいところもある。友人の勇吾が通ってる近所の道場に、父と一緒に時たま顔を出す。シグナムや三月(トーレ)とも顔見知り。ちょっと美由希やなのはに対してシスコン気味。

 

 高町美由希(18)

 ――高校生三年で、恭也に剣を教わっているのはそのままに。料理下手なとらハ設定はなく普通に上手。三年であるが、スポーツ推薦での大学進学が殆ど決まっているので、特に焦りも無く比較的のんびりしている。ただし、勉強は苦手。特筆すべきはフェレットの方の『ゆーのくん』を拾ってきた張本人であること。勉強を手伝って貰ったりしているため、かなり恩返しされている。ちょいブラコン気味であるほかは、のほほんとしたお姉ちゃん。

 

 高町なのは(10)

 ――言わずと知れた原典・原作の主人公。フェレットの『ゆーのくん』は小学校に入る前からの友達。名前が似ていたところからユーノにも興味を持っていったが、段々それだけでなくなってきていたり……?

 

 ゆーのくん(人間換算で10歳)

 ――美由希に拾われたフェレットであるが、滅茶苦茶頭が良い。冗談抜きで。高校生くらいの勉強なら普通に理解し、もっぱら美由希が勉強に困っているときに助けてくれるのはこの子。喋ることの出来る動物は珍しくないが、その中でもかなりの頭脳派。よく神社まで一人で散歩に出向いていたりする。なんでも、そこに友達が居るのだとか……。その他には八神堂にごくごく稀に出現する双子猫に気に入られているが苦手だったり、すずかの家のアイにやたら気に入られていたりするが苦手だったりする。

 

 

 ――ここから未来組――

 

 

 双子設定、若しくは年の差アリの姉弟設定のどちらかで行こうかと思っております。

 出生時期については本編から九年から十年後辺りを設定。

 スピード婚した両親から生まれたという感じを想定しており、まだまだ若い両親の仲睦まじい様子を見ながら育ってたりしてます(笑)

 

 

 ヴィヴィオ(10)

 ――高町家(未来)の長女。St.ヒルデの初等科四年生。BDの海鳴エリアの代表になっていたりする実力者だが、偶に天然が入る。弟のハイトをいたく溺愛しているブラコン。ただ、偶に姉弟の立場が上下逆転したりするなど、日常面においては姉の威厳に欠けていることもしばしば。

 

 フライハイト(10〜7)

 ――高町家(未来)の長男。姉と同様にSt.ヒルデの初等科に通っている。代表には至らなかったが、未熟であるけれど実力はある。シスコンというか、姉以上に天然。しかし要領は良い。お姉様方に可愛がられやすいのは両親譲りで、先輩方に目を付けられていたりいなかったり(尚、狙って言う筆頭はこちらのルートの星光さん……かもしれない)。

 

 

 

 ***

 

 

 

 《テスタロッサ&ハラオウン家》

 

 

 両家が親戚であると共に、BDのショップを共同経営している。

 この設定から、両家におけるパパさん方の職業のイメージはクライドさんは営業系でグローバル展開に現在奔走中で、エンツォさんの方は原典のプレシアママンと似たような感じで研究者ないしプログラマーをやっているといった感じ。

 ちなみに、エンツォさんもグランツおよびスカリエッティの両博士と同じ研究室の同期だったという裏設定を敷いていたりします(笑)

 

 

 H家

 

 クライド・ハラオウン(41)

 ――性格に関しては特に変わりは無く、仕事に忙しいが家族への愛を忘れないパパさん。リンディさんとは未だアツアツで、この辺りは息子と尤も異なる(もしくは経験の差な)部分。海外への展開の下地として、バニングス家の会社との提携が企画されていることから、デビットやジョディと仲が良い。また、寡黙な息子を持つ身としてのシンパシーか、士郎と会ったときには直ぐに打ち解けた。

 

 リンディ・ハラオウン(39)

 ――海鳴市における美人なママさんの一人にして、『T&H』のW店長の片割れ。いつも暴走気味な相方を止めるストッパー役だが、リニス共々何時も振り回されがち。夫であるクライドさんとは未だアツアツだが、息子が最近構ってくれないのがちょっと寂しい。――が、孫の顔は割と早く見られそうな気がしているので少しの辛抱かとも思っていたり(笑)。

 実は昔とあるゲームでは有名なプレイヤーだった過去がある。なお、テスタロッサ家は親戚である。

 

 クロノ・ハラオウン(15)

 ――ハラオウン家のイケメン筆頭。ユーノとは悪友兼親友。優秀であるがだいぶ堅物なところがあり、あまり突飛なことはしない質。エイミィとは良い仲だが、まだちょっと弟扱いが抜けてないのがちょっと不満。実は一家の中では元々一番早く海鳴入りをしていて、遠縁の叔父であるグレアムの伝で元々天央中学校に通っていたらしい。あと余談だが、テスタロッサ姉妹の『お兄ちゃん』呼びに弱い。父同様に何となくシンパシーを感じたのか、恭也と気が合う。時々海鳴にある神社の境内でのんびりしているところを目撃されるとか何とか。

 

 エイミィ・リミエッタ(17)

 ――『T&H』のスタッフチーフ。実はとっくに学校を出ている秀才。元々の専攻は情報技術関連だったが、BDの噂を聞くやリンディとプレシアの伝でさらっと勢いでお店に入った。が、そもそも両家との付きあいが古いので、誰も違和感は抱かず、寧ろ未だに彼女の姓が変わっていない事に違和感を覚えるレベルだとか。クロノくんとは良い仲である。美由希と気が合い、良く『翠屋』でおしゃべりしているところが目撃される。他には、すずかの姉である忍とも結構仲が良い。最初に気が合ったのはゲーム関連の話題で、後々プログラミングなどの情報技術な側面から意気投合し始めたらしい。

 

 

 T家

 

 エンツォ・テスタロッサ(44)

 ――プレシアの夫。今作では名前はオリジナル。元々はスカリエッティやグランツと同じ研究所に所属していた。当然の如く博士号も持っている。性格は寡黙というよりはダンディ。子煩悩ではあるが、暴走しがちな妻を唯一確実に止められる人材だったりもする。なお、娘たちの金髪紅瞳は彼譲り。因みに妻との出会いはやはり大学で、ちょうど似た系統の専攻を取っていたところで出会い、ゆっくりと恋を育みながら結婚した。普段はクライドと一緒にコンビを組んでBDに関連する技術の海外展開のため活動中。因みに、少しSっ気があり、アリシアに特にそれが受け継がれている。妻との仲は良好だが、あまり表では魅せずしっとりとした熱い絡みが多いとか何とか。

 

 プレシア・テスタロッサ(40)

 ――海鳴市の美人なママさん(以下略。リンディさんと『T&H』のW店長をやっていて、テスタロッサ姉妹の母。黒髪美人な方だが、実のところ滅茶苦茶子煩悩で、良くリニスやリンディを困らせている。なお、夫と娘には弱い。元々は博士組の後輩で、同じ大学にいたことがある。そこで夫のエンツォと出会い結婚した。昔は表では少し引っ込み思案な頃があって、フェイトの性格は昔の彼女に似ているとエンツォが証言していたりする。ただ、子供が生まれてからはその辺りも消えており、元々とあるゲームにおいてはかなり張っちゃけてたこともあったらしい。

 ハラオウン家とは親戚で、元々リンディとは仲が良かった。なお、実は互いにゲームでちょっと有名だった経緯から、二人ですこーしばかり界隈を騒がせたことがあったとか何とか……。

 

 アリシア・テスタロッサ(12)

 ――テスタロッサ姉妹の姉の方……が、実にちっちゃい。六年生だが、四年生の妹にかなり負けている。その関連もあって、中島家の次女と仲が良い(本人たち曰く、『心の友』だそうである)。ノリが良く、明るいムードメーカーな側面が強く、良く妹を引っ張り回している。『T&H』の看板娘筆頭。実はパパっ子で未だにお風呂に入りたがる悪癖があるとか何とか。因みに母同様、妹のこれまでの記録は、ほぼ余すところなく保存している。昔からクロノにおねだりするのが上手く、よく頼みを聞いて貰っている。

 

 フェイト・テスタロッサ(10)

 ――テスタロッサ姉妹の妹の方。姉と瓜二つな所為もあってか、良く姉妹の順を間違われることもしばしば。お姉ちゃん子で、ママっ子かつパパっ子。とどのつまり、ファミコン。昔は泣き虫で甘えん坊で完全にテスタロッサ家の天使(アイドル)だった。が、段々自立しようと本人が努力し始めたので、成長が嬉しい反面、家族の側としては非常に惜しまれていた。天然と引っ込み思案気味なため、少々ポンコツな時もある。しかし、その分無自覚に人を魅了しやすいところがあり、幼少期にクロノへ妹というものに逆らえない原因を作った張本人。なお犠牲者(?)は今も増加しており、なのはやユーノも結構ほだされている部分が。……まあ、同じだけ逆を喰らっていなくもないのだけれども。

 

 アルフ(3)

 ――オレンジのふわふわな毛並みが可愛い、子犬っぽい狼。フェイトが昔拾ってきた。言葉を話せ、かつ人間の姿もとれる(!?)。まだまだ子供っぽい。八神堂のザフィーラとよくデートをしていて、背中にちょこんと乗せて貰うのが好きらしい。

 

 リニスⅡ世(??)

 ――淡緑っぽい毛色の山猫で、テスタロッサ家に古くからいる。尚、一世の方は親猫の方だそうだ。加えて、本名は滅茶苦茶長い。普段言葉は喋らないが、ザフィーラと同じか、それ以上に聡明で理知的。厳格さで言えば、かなりの貫禄を持っている。普段はプレシアやアリシアの膝の上だったり、リンディやクロノのところに行ったりもするが、一番のお気に入りはフェイトと一緒にお昼寝すること。軽く娘感覚で見ている部分がある様だ。

 

 ――ここから未来組――

 

 エリオ・テスタロッサ(12)

 ――テスタロッサ家の末っ子。出生時期は本編から四〜六年後辺りを想定。

 ヴィヴィオたちとの本来の年齢差もそれだけで、お兄ちゃんお姉ちゃん枠として相手をしていた。なので、全力で戦ってくれない勢に含められているので、此方に来てからと言うもの、V組からは結構な頻度で勝負を挑まれている。トーマたちとは同い年で仲が良い。キャロとルーテシアが気になっているが、奥手でなかなか先に進めない。逆に彼女たちも時折の無自覚と、積極性を振りまいているせいか、三人一緒がしっくりきている部分もある様だ。

 なお、生まれてこの方いろんな意味で可愛がられていたせいか、母と姉二人には絶対に勝てない。というか逆らう気すらおきない。父はそんな苦労を忍んでくれるも、基本的にはクロノ同様に家族内では苦労人である。

 

 

 

 ***

 

 

 

 《中島家》

 

 

 海鳴市でも有名な数の子一家その一。源也さんが大学教授で、クイントさんは専業主婦をやっている。

 上の設定と、夫婦仲がアツアツ過ぎる部分を上手く踏まえながら調整。なお、教授としてはやての面倒を見たことがあり、八神家とは交流が深いと言う部分もあるので、トーマを出す関連で八神家との繋がりをすこし強めてみました。あと、ユーノの祖父との繋がりなども。

 

 中島源也(45)

 ――大学教授。クイントとは仕事を通じて知り合ったらしい。普段は忙しいが、子供たちのことも気にかけていて、特に双子の末っ子なノーヴェとウェンディには甘い。そのため、ギンガが不機嫌になることもしばしばあるが、本人は気づいておらず、単純にサービス不足だと思いがち。妻との愛は未だ冷めやらず、出かける前も絶対に色々と洗礼をしてから出かけるのが常。昔、世話をしたはやてのことを今でも気にかけており、教え子として優秀な彼女を誇りにしている。大学の関連で、実は義弟であるジェイルや、彼と同期であるグランツ、エンツォとも結構顔見知りと、顔が広い。その顔の広さは、ユーノの祖父との繋がりもあり、かなり仲が良いとか何とか。尤も、実はまだユーノとは直接的な面識はない。酒に強い飲兵衛。

 

 中島クイント(33)→(38)

 ――海鳴市の美人(以下略。専業主婦な肝っ玉母さん。子だくさん家計を取り仕切るカリスマと、それに勝るだけの慈愛を持ち合わせる。なんと旧姓はスカリエッティで、ジェイルの妹。普段から何かと破天荒な彼にちょっと呆れている。が、その経験は子供の頃に散々遊ばれた反動だという話もある。夫とはアツアツで、未だに冷めない愛を新婚気分で交わしている。なお、桃子は中学と高校の先輩で、メガーヌとは中学では同級生。高校は違ったが親友である。――が、現在はまさかの義姉であり、当時は親友と兄に振り回されて大変だったという。

 

 中島ギンガ(13)

 ――実は唯一の中学生。中島家の長女であり、妹たちを取り仕切るしっかり者のお姉さん。……の筈なのだが、実は妹たちに負けず劣らず食欲旺盛で、時にファザコンだったり、ちょっと天然だったりと、年相応の面も結構ある。ちなみに、姉妹の仲では一番母に似ているので、二人だけだと一番姉妹に間違われる比率が高い。BDはそこまでやっていなかったが、スバルに進められて彼女と同型のアバターで初めて見ることにしたらしい。なお、実力的には荒削りだが、かなり強い。何げにスバルよりもパワーヒッターだった。

 

 中島チンク(12)

 ――ちっちゃい姉その二。その二の通り次女だが、スバルより下以外だと絶対に姉と思ってもらえない。……それどころかスバルと一緒でも最近は妹に間違われ始めているのが最大の悩み。アリシアとは親友。本人たち曰く(以下略。何故かいつでも片目を閉じているのは、海賊キャラへのリスペクトらしい。まあ、開けるときは開けるのだが。BDはギンガ同様にスバルに進められて始めたが、他の姉妹に比べるとパワーより技巧派なプレイングを魅せてくれる。自分を『姉』と称する言い方が、何となく最近隠れファンを生んでいると言う話もある。

 

 中島ディエチ(10)

 ――中島家三女で、姉妹の内では一番気性が大人しい。ぽややんと何時も姉と妹を見守る姿は、実に年功序列に反逆しているかのような見方をされることが多い。実はギンガと一緒にいても姉に間違えられたことが一度だけある。クイントに一番頼りにされていたり、中島家の影の功労者である。

 

 中島スバル(8)

 ――破天荒な四女。現在ばりばりBDで名を連ね始めている期待のルーキー。姉妹間では一番お調子者で、特にウェンディと一緒におふざけに興じてしまうことも。人なつっこく、あまり物怖じしないので、姉妹の仲では一番交流関係が広い人気者だったりする。

 

 中島ノーヴェ(7)

 ――中島家の五女で、末っ子双子の姉。一応最年少ではないものの、その割に大人しく見る人から見ると妹のウェンディの方が上に見られがち。姉妹間ではスバルに一番懐いており、姉が取られるのを嫌がっていた時期もある。その後はディアーチェたちからの指導やティアナとの交流などからすっかり引っ込み思案も解消傾向にある。……が、それが後々のトーマの印象崩壊を生むことになるとは誰も知らなかった。

 

 中島ウェンディ(7)

 ――中島家の六女で、末っ子双子の妹の方。現代に置ける中島家の末っ子だが、明るく快活でほどほどに大人びている所為もあってか、あまり末っ子に見られない。ただノリが良すぎて調子に乗ったときに問題を起こしやすいので、其処だけが玉に瑕。語尾に「~ッス」と付ける後輩っぽい口調で喋り、両親のことを「○○りん」と読んでいる。勉強は苦手だが、スバルほどではない。

 

 ――ここから未来組――

 

 中島トーマ(12)

 ――エリオと同い年で、中島家の末っ子。

 元気の良い男の子だが、上の兄弟とは結構な年齢差がある為、どちらかというと色々な意味で可愛がられて育つ。

 リリィとアイシスは幼馴染で、小学校が同じ。なお、リリィは転校生だったところを世話した関連もあり懐かれている。なお、過去に来て一番驚いたのはノーヴェのあまりにも女の子している姿――俺の姉がこんなに大人しくて可愛いはずがない!―――だったりと、苦労人と言うよりは突っ込み役に回ることが多い。

 女所帯で育ったので、そこまで女の子相手に緊張とかはしない質。なお、未来では〝セクレタリーズ〟とはまた別の悪役一家に狙われているらしい。ついでに言うと、未来でもかなり希有なリリィとのコンビ前提のアバターを持っており、かなりプレイヤータイプとしては珍しい部類。

 

 

 

 ***

 

 

 

 《スカリエッティ家》

 

 

 ジェイル・スカリエッティ(46)→(44)

 ――スカリエッティ家のパパさん。グランツとエンツォとは大学の同期。クイントは妹で、妻はその親友のメガーヌ。『悪』にむちゃくちゃなこだわりを持っている子供っぽい心を忘れない博士。かなり遊んでいるように見えるが優秀なのはその通りで、特許などで普通に生活資金は確保できている。尤も、普通の収入源としてみるなら娘に完敗だったりするが。また、筋は必ず通すタイプと……悪役にしてはどこか善良さが目立つ。

 妻とは博士課程を取る時の教育実習で訪れた学校で出会い一気に結婚してしまった。なお、博士が妻であるメガーヌが妹の親友だと知ったのは、籍を入れ終わった後だったりする。そういった破天荒さがあり、妹夫婦に監視されていたり、妻は偶に呆れて実家に帰っていたりと時々反省の為のお仕置き期間がもうけられる事もしばしば。だが、やはりというか妻との仲は良い。海鳴市には妻子が仲睦まじくないといけない呪いでも掛かっているのだろうか……。

 

 一架・スカリエッティ(22)

 ――スカリエッティ家の長女で、主に家事周りの担当をしている。メガーヌが少し天然と言うこともあって、おっとりしている箇所は母譲りながらも、普段の仕事はそつなくこなす長姉。……若干ほかの家の子たちよりも激しいファザコンでもあるが、節度は弁えている。なお、彼女の家事スキルは基本母から教わったもの。

 

 二乃・スカリエッティ(20)

 ――スカリエッティ家の次女で、父を差し置いて一家の大黒柱的立ち位置にいるOLさん。悪戯っぽい言動が目立ち、姉妹の仲では一番交流関係が広い。ただ、ちょっとだけ嘘つき。要領が良いことも拍車を掛けており、結構交際経験が多いが、弄ばれちゃった男性陣も結構いるという。……しかし、アフターケアが良い所為か、逆にやられにくるタイプも多いとか言う話がある。ちなみに優秀さという点でも姉妹の間でも抜けていて、父の頭脳を(活用する方向において)一番受け継いでいる。

 

 三月・スカリエッティ(18)

 ――スカリエッティ家の三女で、高校生のスポーツ少女。かなりスタイルが良いが、ちょっとだけ目つき諸々が悪く見られがち。シグナムの後輩であり、武道系の道を進んでいる。一家では珍しい肉体派。なお、シグナムの後輩という関連もあって高町家や八神家との関連も深い。何気に一番ヒーローサイドに交友的に近いのは彼女かも知れない。

 

 四菜・スカリエッティ(15)

 ――スカリエッティ家の四女で、中学生。ガリ勉少女っぽい見た目だが、眼鏡を外すと結構美人。ただ性格が一番悪く、他人で遊ぶのが楽しいという父親以上に悪役気質。ただ、諸々の事情からポンコツな面が露出しやすく、計画倒れしたときは一番もろいらしい。また姉妹思いで、ツンデレ。なお、そこらを全て母に見通されているため、メガーヌには勝てない。

 

 七緖・スカリエッティ(9)

 ――現代に置けるスカリエッティ家の末っ子。無口系な不思議ちゃん。ただ割と食欲は旺盛。何気に一番家族内では冷静であると共に、付き合いが良い。唯一の小学生と言うこともあってか、かなり可愛がられている。学校でもなんだか和むマスコット扱いで、ぽわぽわしたところは一架と似ている。

 BDでは弓を使うこともあってか、偶に三月に付き合って道場に行っており、シグナムに弓の方でお世話になっていたりするらしい。

 

 ――ここから未来組+オリジナル奥さん設定――

 

 メガーヌ・スカリエッティ《旧姓はアルピーノ》(38)

 ――海鳴市の美人(以下略。原典ではルールーのお母さんでクイントさんの親友。で、今作ではスカリエッティ家のママさん。

 お父さんはゼストさんで、スカリエッティ博士とはかなり早い段階で出会い結婚した。……ちなみにデキ婚だったり(笑)

 何気に母親勢の中では比較的年下な方だが、一番年齢の高い娘持ちという方だったりする。拗ねる事もほどほどにあるが、夫との仲は良好。一目惚れの逃避行経験者は伊達ではない。その他にも割と天然だが、料理などの家事の腕は優れており、娘たちからの信頼も厚い。何気に家庭内ヒエラルキーは最上位で、夫の手綱を握るのは上手い。実家はホテル経営をしており、よくアドバイスに戻っていたりする。

 

 ルーテシア・スカリエッティ(12)

 ――スカリエッティ家の末娘。姉たちには偶に『ウチのお嬢様』なんて呼ばれてる。割と母方の実家を訪れる機会が多いこともあって、向こうでキャロと知り合いになった。

 愛称はルール―。また、祖父であるゼストからの伝で知り合ったアギトとも仲が良い様で、未来では姉たちとはまた違った年長者として頼りしていたとか。加えて、そういった関係から八神家との交友も深く、スタイルが召喚式・ベルカのため『八神堂』の秘蔵っ子に据えられている。

 因みに発育は良好。時々イタズラっぽいことをするのが趣味で、日常の範囲でよく誰かをからかっている。年下の世代は勿論、キャロやエリオ、トーマやリリィ、アイシスといった同世代や父や姉もよくからかうが、母には敵わないらしい。エリオをキャロ同様に気になっているが、積極的な普段の行動に比べると踏み込みのは奥手気味。三人一緒が一番バランスが良いかなぁと思っているなど、時折の思考は達観している。なお、実は幼少期は滅茶苦茶大人しかったらしいが、父たちの影響もあってか覚醒した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 《月村家》

 

 

 基本的な変更はあまりなく、しいて言えばさくらの登場が唯一の大きい変更点。

 やはり元に夜の一族の設定が在るからなのか、何気に様々な家との関わりが広く、血縁的な意味で繋ぎを作り広げるイメージが強い部分がある。

 

 

 月村俊(42)

 ――月村家のパパさん。娘たちが可愛くて仕方がないが、基本的に仕事に追われがちであまり構えていない。ただ、小さい頃の忍には散々手を焼かされたらしいが、恭也とくっついてだいぶ大人しくなってからは逆に懐かしいような気もしているのだという。月村工業の取締役をしており、バニングス社との提携なども行っている。そうした関係もあってか、父親仲間の内ではデビットやクライド、そして士郎と良く絡む。

 

 月村春菜(40)

 ――海鳴市の美(以下略。月村建設の社長兼月村家のママさん。おっとりした柔らかな雰囲気をもっており、子供たちからはすずかをそのまま大人にしたような印象だとよく言われる。夫同様娘たちが可愛いのに、仕事でなかなか構えないのが結構堪えている。……が、彼女の方はよくメイドのノエルから情報を聞き出しており、ママ友の話題提供としては彼女が一番ネタ出しには困らないらしい。会社の元が近いので、夫とは仕事の延長で顔を合わせる事も多く、社内ではおしどり夫婦として微笑ましげに見られているとか何とか。ジョディとは親友で、ママ友関連や仕事でも一番良く会う。

 

 月村忍(19)

 ――月村家の長女ですずかのお姉ちゃん。清楚な見た目の割に意外と活発。妹同様インドア派に見えて、やけに運動系に強い。ただ本人は理系の分野が専門。特に機械工学が好み。BDもプレイするより、むしろ仕組みの方が気になっているとか。

 なのはの兄である恭也とは恋人同士で、高校・大学とずっと同級生。『翠屋』でバイトをしていて、桃子やなのはからも気に入られている。妹のすずかやお付きメイドのノエルの妹であるファリンを可愛がっているが、悪戯好きなので偶にからかって遊んでいる。そうした情報が実はママ友の話題に上がっていることは偶に耳に入るが、実は情報源を知らない(灯台下暗し)。また、血縁上は叔母だが、年が近いためさくらとは姉妹のような間柄だったりする。

 

 月村すずか(10)

 ――月村家の次女で、忍の妹。姉同様に清楚な見た目の割にやたらとスポーツ系に強いというギャップ持ち。機械系などと言った理工が好みなのも姉譲りだが、姉に比べると趣味は文系のものが多い。最近、はやての特訓から始めたボードゲーム系の遊戯に凝っている。

 

 ノエル・K・エーアリヒカイト

 ――月村家のメイドさんその一。通称、しっかりしている方のメイドさん。ファリンの姉で、忍のお付き。あらゆることをそつなくこなしており、月村家の実質的な管理人のような立ち位置にいる。普段は妹の教育なども含めて厳格な態度でいることが多いが、単に堅物と言うだけでは無い。あまり感情を表に出さないが、忍がだらしなさすぎるときは怒る。

 

 ファリン・K・エーアリヒカイト

 ――月村家のメイドさんその二。通称、ちょっとドジっ娘なメイドさん。ノエルの妹で、すずかのお付き。姉に比べてミスが多かったり、感情が表に出やすかったりと未熟な面が目立つが、仕事はきっちりこなしている頑張り屋さん。なお、年はかなり若いはずなのだが……その割に発意が良い。偶にその所為で遊びに来たアリシアなどに羨ましそうに見られることもしばしば。

 

 ――未来組+親戚枠――

 ※さくらと真一郎の年齢は本編時空での年齢です。

 

 さくら・K・相川(23)

 ――原典ではとらハ1のヒロイン。春菜の妹で、忍とすずかの叔母。血縁上は叔母だが、年が近いのでどちらかというと、月村姉妹との間柄は姉妹っぽい。

 今作では見た目が似ていたのと、フェイトの短編でゲスト出演させたことから、キャロのママ役に。

 高校の頃の先輩である真一郎とドイツに行って結婚し、INNOCENTの本編から四年後にキャロが生まれる。ちょっと料理下手なことや、ちょっとお嬢様な所為もあってか、やや天然気味。

 

 相川真一郎(25)

 ――原典ではとらハ1の主人公。今作ではさくらの旦那さんでキャロのパパ。ちなみに女顔で身長が結構低め。それを気にして高校の頃は悪ぶっていた。加えて、昔幼なじみと一緒に道場に通っていた頃があったらしく、腕っ節は強い。料理が得意で、さくらに変わってよく家事をやっていたりする。

 キャロのことを可愛がっており、特に成長面でのコンプレックスには痛いほど共感して親身に相談に乗ってくれたりするらしい。

 

 キャロル・L・K ・相川(12)

 ――忍とすずかの叔母であるさくらと、その旦那である真一郎の一人娘。さくらが生まれドイツだったので、ミドルネームの他に両親の苗字を持っている名前になっている。

 キャロは愛称。また、かつての母同様に、ちょーっとだけ成長が滞り気味なことを気にしてる。ルーテシアは海鳴に来る以前、向こうにいた頃からの友達で、知り合った経緯はルールーの母方の実家がドイツにある関連だったり。

 エリオの事が気になっているが、本人が無邪気且つ天然のため、なんとも言い難い状況に陥っている。尤も嫉妬はするし、独占したがる素振りも見せるので、本人が気づくのも時間の問題かもしれない。

 

 

 

 ***

 

 

 《バニングス家》

 

 

 追加キャラはいませんが、何気に重要なバニングス家。

 ある意味一番変更がないが、実は繋がりを辿ると大体ココに集結してしまう可能性を秘めている元締め的なイメージがありますね。

 

 デビット・バニングス(40)

 ――爽やかなイケメンパパ。何気にパパ友の中ではかなり若い方(これは妻のジョディも同様)。一族発祥で経営している『バニングス社』の重役を妻と共に担っている。忙しいことは忙しいが、他と比べ一人娘と言うこともあってか、娘との時間にはかなり比重を置いている。妻とは普段から完全にパートナーな状態で仕事をしており、スケジュール合わせが容易な分記念日などは集まりやすいという。パパ友の中では士郎と仲が良いが、提携などの関連でほぼ全てと交友を持っているという凄い方。何気にシュテルたちの両親とも交友関係を持っているとかいないとか。

 

 ジョディ・バニングス(37)

 ――海鳴(以下略。快活な印象のキャリアウーマン。夫同様にママ友の中では一番若い。会社経営に全力で取り組んでいるが、一人娘のアリサのことも常に気にかけており、こまめに連絡を取り合っているという。夫との仲も、公私共に良好順調のオールグリーン。ママ友の中では春菜との関係が深いが、夫の交友関係からの派生もあって元々の面識も結構あったらしい。

 

 アリサ・バニングス(10)

 ――バニングス家の一人娘にして、仲間内でのリーダーシップを取っている快活なおてんば少女。しかし、両親に比べると性格的に素直で内面が目立ち、時折ツンデレを発揮することもしばしば。だが、感情の起伏が激しい割には理知的で、その実誰よりも聡明。ただその性格の激しさは、自分の中にある過去の経験から来る反省、そうした部分からの正義感や矜持の様なものが強く影響している。

 気に入った相手をよく振り回すことがあるが束縛はしない質。ただ代わりに報告や相談はして欲しいという根っからの世話焼きであり、リーダーもしくは委員長っぽい性質を持っている。

 

 鮫島さん(??)

 ――本名・年齢ともに不詳のバニングス家の執事さん。実は元々、デビットの運転手だったのだが、アリサが生まれた頃から彼女のお世話を任されている。学校への送迎などが主だが、アリサの要望によっては時たまいろいろな事をこなす。何かと謎の多い執事さん。

 

 

 

 ***

 

 

 

 《八神家》

 

 

 言わずと知れた万屋一家。

 追加要素は少ないですが、設定の上ではハラオウン家や中島家との関連が深く、また主人公サイドとも絡みやすい立ち位置にいる感じですね。

 

 八神シャマル(21)

 ――八神家の中では年長の、優しげなお医者さん見習いのお姉さん。医大生。基本的にみんなのことを「くん」「ちゃん」呼びにする。物腰も柔らかく、一家の中では一番外との交流が強いが、結構ドジっ娘。あと料理が苦手。時たまなんだか凄い味付けを披露するらしい。ただ、実は味が薬っぽいだけでわりと栄養的な意味ではそれなりだったりするとか。尤も、なかなか最後まで平然と食べられる者が圧倒的に少ないのが傷だが。八神家ではお母さん的な立ち位置で、常日頃から皆のことを広く見守っているそうだ。なお、設定の上ではシグナムよりも胸が大きいらしいが詳細は不明。セクハラ常習犯のはやて曰く、反応がシグナムやアインスの方が面白いから普段はやらないらしい。

 

 八神リインフォース・アインス(20)

 ――八神家の元締め的な位置にいるお方。はやてを『主』と呼ぶ。建築系の学校の夜間学部に通っていて、絶賛勉強中。ツヴァイは実妹。一見したところ聡明かつ冷静沈着に見られがちだが、なんというか実のところは天然なお姉さん。ヴィータやツヴァイ、アギトと言った年少組を猫可愛がりしている。なお、BDはともかく、心理戦は弱い。時たますずかやユーノとも盤を囲むが、完全に指導される側になってしまっているのが現状。そしてヴィータ曰く、「わがままボディ」だそうだ。

 

 八神シグナム(19)

 ――八神家ではお父さんらしき立ち位置にいるらしいお姉さん。はやてへの呼称は『主はやて』。一家の中では一番背が高い。スポーツ系の大学に通っているらしい。また、近所の道場にも顔を出しており、恭也や士郎と言った面子とも顔見知り。加えて、高校の頃の後輩にスカリエッティ家の三女である三月がいる。武道を収める者らしく厳格かつストイックなところもあるが、しっかりとした優しさも持ち合わせている。因みに専門は剣道だが、弓の方もいけるらしい。偶に七緖の世話を焼くこともあるとか。そしてヴィータ曰く、「乳魔神」だそうである。

 

 八神はやて(10)

 ――言わずと知れた子狸さん。明るく楽しいBDショップ兼古書店の『八神堂』の経営を行っている。実は既に大学を出ており、その時に源也に世話になったことがあるのだとか。飛び級しているだけに聡明さはかなりのもので、一見ほんわかしているだけの雰囲気の裏には緻密な計略が隠れている。すずかのチェスの師匠で、ユーノともよく盤を囲む。クロノの遠縁の叔父のグレアムが保護者におり、八神家は少しばかり複雑な経緯から形成されている。……因みに、時々腹黒い一面があり、裏ではこそこそと『Y・S計画』なるプランを進めているとか何とか。

 

 八神ヴィータ(9)

 ――実は末っ子じゃないけど圧倒的に末っ子ポジな子。現在小学三年生で、学校では結構な人気者らしい。ぶっきらぼうな口調で話すが、実のところ甘えん坊。はやてにべったりだったり、アリサに懐いていたりと、比較的世話焼きな子に懐きやすい傾向にあるが、偶にユーノの膝上を独占してシュテルに八つ当たりをされる。その他にもシュテルとは何かと反発し合うライバル。そういった関係もあって、彼女の事を『ムッツリメガネ』などと揶揄することもしばしば。よく町内のゲートボール大会などに出ていたりと、町内のお年寄りからの支持が厚く、ザフィーラと買い物や散歩に出かけているところを見かけられては町内のお年寄りから色々サービスしてもらったりしているらしい。普段は三つ編みだが、下ろすとかなり長いウェーブの掛かったロングヘア。

 

 八神リインフォース・ツヴァイ(8)

 ――八神家末っ子(真)の片割れにして、アインスの実妹。姉と比べ表情豊かで、のほほんとした雰囲気の女の子。最近までディアーチェたちの祖国の方へ、アギトと共に留学していた。アギトとは仲が良いが、結構反発もしやすい。お互いに末っ子なので色々思うところがあるのだろう。なお、アギトとケンカをすると大体はシグナムとアインスがそれぞれに味方として抱き込まれる。

 

 八神アギト(8)

 ――八神家末っ子(真)の片割れにして、完全なる末っ子。ちょっとだけ誕生日が遅い為にリインにお姉さんぶられることに何時も悔しがっている。性格は明るく、シグナムへは甘えたがりだが時々捻くれたような事を言うこともある。なんとなくヴィータと一緒にいると姉妹に間違われやすい。またルールーの祖父であるゼストとも知り合いだったようだ。未来ではルール―の姉的立ち位置を確立し、末っ子な立場からはかなり感涙だったようである。……尤も、本人にとっては未来のことなので、現在はあまり実感のない事柄であるが。

 

 八神ザフィーラ(?)

 ――八神家の守護獣。年齢は定かではなく、成年なのか老年なのかハッキリしない。しかし、しゃべれる動物組の中でもトップクラスの威厳を誇る。偶にリニス二世といると、あまりの貫禄に子供たちが圧巻されることもしばしば。その貫禄は家庭内ヒエラルキーにも現れており、しっかりしているという信頼で言えばシャマルとアインスより上。シグナムとはタイ、もしくは彼の方がちょっと上。

 その他にも、ヴィータやはやてくらいまでなら乗せて走れるが、シャマルやアインスは少し無理らしい。なお、実はアルフといい仲らしく、時折海鳴市では、甘く優しい遠吠えが響く夜があるのだとか何とか……。

 

 

 

 ***

 

 

 

 《ランスター家》

 

 

 追加要素はないですが、何気に結構面白い家系。

 本編では一番年齢差の激しい〝きょうだい〟の家系で、オリジナルでも大凡一五歳前後の年齢差がある。この関係もあって、エリオやルール―、トーマの末っ子化を踏み切れたと言っても過言ではない。

 

 リニス・ランスター(23)

 ――テスタロッサ家の家政婦さん兼『T&H』のスタッフの元締め。エイミィが現場主任なら、彼女はその一つ上くらいらしい。優秀で大抵のことはそつなくこなすが、偶に失敗やプレシアの後始末をリンディ共々請け負わされてしまう苦労人。また、BDではアバターに猫耳があるが、これは当人の趣味ではなく、最初のロードの時にアリシアが面白がって二世のデータを混ぜたせいでこうなったのだとか。以来消せないので、常にBD内では帽子を被っている。弟と妹の事をとても大事に思っており、いつも忙しくてもちゃんと家に帰ってはきょうだいの時間を取っている。……なお、実はシグナムとバストサイズが同じらしい。

 

 ティーダ・ランスター(20)

 ――ランスター家の長男で、現在大学生のお兄さん。司法系の専攻を取っており、ティアナにとっては憧れの存在であり、ヒーローみたいな感じ。実は姉と妹に弱く、頼み事は断れない質。ゲームが好きで、ティアナのゲーム好きは彼の影響が強い。恭也とは同い年で、実は知り合い。尤も得物の違いもあって、あまり対戦の考えは合わないらしいが、性格的には馬が合ったようだ。

 

 ティアナ・ランスター(8)

 ――ランスター家の末っ子。スバルと同じクラスで、同級生。比較的一人でいることの多い大人びた子供だったが、最近は物腰が柔らかくなってきたと姉と兄からはその変化を喜ばれている。が、お兄ちゃんの選んでいる正義の味方的な道に憧れており、元々のゲーム趣味も兄の影響と、割とブラコン。偶にその事でリニスは影で拗ねている。

 更に、ちょっとだけ惚れっぽいところがあって、本人の恋模様は色々と難航しているようだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 《グランツ研究所 ――フローリアン家&留学生組(ダークマテリアルズ)――》

 

 

 言わずと知れたBDの元締めの位置にいて、かつ今作では主人公のステイ先ということもあって置かれた部分が多い。とはいえ、追加キャストはなく、どちらかというとエレノアママンやマテリアルズの過去背景が設定の上では大きい感じ。

 

 グランツ・フローリアン(44)

 ――フローリアン家の大黒柱にして、BDの基本設計の生みの親。みんなからは名実ともに博士と呼ばれており、本人もそれを気に入っている。娘たちにもそれを伝播させたが、偶には『お父さん』とか『パパ』とも呼んで欲しかったり……。

 ジェイルやエンツォとは大学の時に同じ研究室で学んでいた仲。ただ、ジェイルには何時も振り回されるので、センスや技術・頭脳の面ではともかく、あまり行動の上では全幅の信頼は置いてない。尤も、友人としては素晴らしいとも思っているので、『悪』の美学についての見解さえ取り払えば普通に親友。――どっかの黒と翠の関係に似て無くもない。

 因みに妻であるエレノアは幼なじみで、子供の頃からのおしどり夫婦。海外への出張が長く続くとかなりへこむが、どうにか娘や子供たちの前では我慢している。他に特筆すべき点は、研究室に籠もると時間を忘れがちになること。なお、この習慣はエレノアさんがいない時ほど多くなるらしい。

 

 エレノア・フローリアン(42)

 ――海鳴(以下略。グランツの妻にして、フローリアン姉妹の母親。物腰の柔らかい、赤髪の美人さん。アミタ同様に常に敬語で話す。グランツとは幼なじみで、専攻についても似た分野を取っていた。また、結婚後は夫の助手も兼任しており、彼のBDやその他の発明品についての諸々のアフターケアを行っており、よく海外へ出張している。

 実は意外にアグレッシブで、その辺りはアミタとそっくり。飢餓を緩和する装置の経過を見るためにわざわざ自分で出向くなど、夫の発明品へかける情熱や才覚に一途な信頼を置いており、それが広く広まって欲しいと願っている。なお、夫が寂しがるのを察知するとビデオメッセージやメールを送って励ましている。また、ディアーチェですら敵わないと認めた料理上手。料理の腕を振るうことから、此方では桃子と仲が良いようである。

 

 アミティエ・フローリアン(17)

 ――フローリアン姉妹、姉の方。お姉ちゃんオブお姉ちゃんを自負する、私立エルトリア女学院の風紀委員長。妹の事をえらく気にかけており、キリエからは少しだけ鬱陶しがられていることもしばしば。だが、姉妹仲は良好。お人好しで、大体何時も困っている人を見つければ人助けしている。特撮や西部劇と言ったサブカルチャー(特に熱血やハードボイルド)が大好きで、レヴィと滅茶苦茶気が合う。それに影響されてユーリも波に引きずり込んでいたりもするらしい。

 ただ、性格上はアグレッシブだが内心は存外乙女で、ディアーチェと大差ない。その所為か恋愛事には非常に奥手である。見かけは非常に母親似。

 

 キリエ・フローリアン(16)

 ――フローリアン姉妹の妹の方。アミタの一歳下の妹で、お茶目なお姉さんな雰囲気をしたエルトリア女学院の一年生。姉と比べどちらかと言えばクールな振る舞いが多いが、実は可愛いものに目がなく、日曜朝の番組も魔法少女もの派。偶にユーリやユーノ、マテリアルズの子たちを膝の上でなで回している事もある。花が好きで、研究所の裏側にちょっとした花園を作っているが、あまりアミタには触らせていない(理由はあまりにも張り切りすぎて、昔花壇の一部を枯らされたことがあったから)。見た目は父親似で、本人もファザコン気味だが、本人的には隠している。

 

 

 ――留学組

 

 ディアーチェ・K・クローディア(10)

 ――留学組の取り仕切り役にして、圧倒的なオカン。シュテルと共に私立天央中学校の二年生。世話焼きで何時もみんなに手製の弁当を用意してたり、リクエストからおやつを作っていたりとやっているのが完全にお母さん。

 どっかの令嬢らしく、喋りはかなり尊大だが、少しつつかれると地の性格がでる。此方へ来ている留学生組とは昔からの顔なじみで、自分のミドルネームからの派生で『臣下』なんて呼んでいたりもする。なお、昔のごっこ遊びで決めた設定が未だにBDでも残っており、シュテルに『理』と『槍』、レヴィには『力』と『剣』、ユーノには『導』と『盾』とそれぞれに役割を振ったことがある。ちなみにこの時、ユーリはあまり戦うと言った事柄に疎かったので、自分たちが守るお姫様役と言うことで『盟主』や『天』といった役割を振っていた。

 

 レヴィ・ラッセル(10)

 ――愛すべきおバカにして、マテリアルズ切ってのムードメーカー。天央中学校の一年生であり、マテリアルズではユーリと並んで末っ子っぽい立ち位置にいる。……しかし、実は一番発育が良いという事実。

 考え方と言うより感性が鋭いタイプの天才肌で、数学力は強いが、そういった実利的な事柄に付加される要素を子供っぽい思考で決めるので所々に粗が目立つ。しかし、そういった自由奔放な性格ではあるが、他者を気遣える子で、困っている人にはちゃんと手を差し出せるタイプ。

 また素直で社交性も高く、非常に人懐っこい。普段はユーリやアミタ、シュテルと行動することが多いが、ユーノやディアーチェを振り回すこともよくある。唯一振り回されるのはキリエによるところが大きく、趣味は一見反対だが、素直なので見えないところでいつもサラッほめてはやたらと可愛がられている。

 

 シュテル・スタークス(10)

 ――我らが星光にして、翡翠を求める筆頭。天央中学の二年生で、マテリアルズの『槍』。また同時にBDのテストプレイで堂々の第一位である。普段から理知的で聡明だが、事弄られる側に立つと焦ったり取り乱したりとポンコツなところが見られがち。

 また、幼馴染の中で一番ユーノのことを昔から好いており、時折『師匠』と呼ぶのは子供のころの名残。とりあえず、何が何でも彼の名字が欲しい的な願望を持ってはいるが、普段は積極的な割に、攻められるとどこか奥手になってしまう。このあたりから、ヴィータにはよく『むっつり』などと揶揄される。何気にヴィヴィオの存在と正体が一番気になっている人物であるが(名字が高町なのに見かけはどちらかというとユーノとフェイトにそっくりだったりする事などから)いまだにその出生を彼女本人は決定づけられていない。

 

 ユーノ・スクライア(10)

 ――今作の主人公。鈍くはないが、肝心なところで邪魔が入りやすいタイプで、また自分への評価が低いことなどもあって、あまり積極的に恋愛沙汰へ足を踏み入れられないタイプ。ただ、誘われればある程度の決心を持って動くなど、思い切りはいい。

 祖父は博物館と図書館の館長を兼任しており、昔は大学教授を務めていたことのある考古学者。著名で、シュテルたちと知り合ったのも祖父の伝手が始まりだった。

 ボードゲームに強かったり、情報処理能力が高いなど、頭脳派である面が目立つ。大学はすでに出ており、現在はもっぱらユーリと一緒に研究所のお手伝いに興じている。ユーリと瞳の色以外が結構似ているせいか、一緒にいると姉妹に間違われやすい。兄妹でないあたり、いまだに女顔が抜けていないらしい。……なお、大人になっても声変わりさえないほどに中性的なままであることを彼はまだ知らない。

 

 ユーリ・エーベルヴァイン(8)

 ――マテリアルズの末っ子的立場にいる女の子。ふわふわした金髪と、同じ色の瞳が特徴的で、ちょっとユーノに似ている。その所為か、昔からお兄ちゃんのようだと思いながら過ごしてきた。また、同じように世話焼きだったディアーチェにも非常に懐いている。それらの理由からか、引っ込み思案で恥ずかしがり屋な性格も手伝って、初対面の相手と一緒だと二人の後ろにいることも多い。

 それ以外ではよくアミタやレヴィと特撮を見ていたり、キリエとのほほんとしていたり、ユーノやシュテルと一緒に猫と戯れながら読書していたりと、なんだか研究所のマスコット的な存在である。

 身体が弱く、気軽に外に出られないたちだが、しかしすでに学校は出ているというユーノ以上に早熟な頭脳を持っており、その腕前はマテリアルズ内では最年少ながら、博士の助手兼BDのオペレーターまでこなせるほど。なお、それに関連して一回だけエイミィと勝負したときがあり、五戦中三勝を挙げたことがある。

 なのはとメル友になっていたり、偶に外出したときに外で小さな友達を作ってくるなど、所々で交友関係を広げているようである。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

湯処での物語の始まり

 めちゃくそ遅くなりまして申し訳ありません……!

 とはいえ難航はしましたが、どうにか形にはできました。
 今回から少し続きものにして、温泉旅行の三部構成にしてみようかと思ったのですが、なんだか思ったよりも登場キャラを多めに書けなかったので、五部くらいに分けてみようかなぁと思っております。

 あと複数CPでのイベント系なお話なので、なんとなくイメージとしてはノベルゲーないしエ◯ゲーっぽいことの運びを意識してみました(笑)。
 まあその関係もあり、だいぶギャグ要素強めですが、楽しんでいただければと思います。
 ……ちなみに、今回出番のなかった闇王様については次回出てくるのでご安心を。

 なお、今回のアンケートはこちらになります。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=195475&uid=140738


 唐突な一声 Beginning_to_trip.

 

 

 

 海鳴温泉。

 それは、海鳴市からほんの少し離れたところにある温泉街の通称である。

 程よく自然を残しながらも、その上でここ数年の開発によって他の施設も備えた利便さも相まって、全国的にも良い温泉として名が知られている。――とはいえ、それも短い連休くらいであればどちらかというと地元に住む人々の憩いの場としての側面が強い。

 だからだろうか、

 

「――――いきなりですが、温泉旅行へ行きましょう!」

 

 そんな唐突な一言が飛び出し、とんとん拍子にある連休の物語が幕を開けたのは。

 

 

 ***

 

 

 始まりは、未来組が来訪した翌日の事――。

 直ぐに帰ってしまう様な展開(よてい)だった筈なのだが、どうにも御都合主義的(おあつらえむき)なことに、ヴィヴィオだけでなく彼女の友人らを始めとした――否。それどころか、また別の時間軸からも来訪者が来てしまった。

 とはいえ、妙に懐が広い面子が多い所為か。

 或いは、以前にも同じことが在ったからなのか。

 そのどちらなのかは定かではないが、ともかく比較的あっさりと受け入れられてしまった未来組の子供たち。

 ここまではさしたる問題でもないのだが、如何せん人数が多い。

 そこで、親睦会もかねた温泉旅行を提案してきた。なお、発案者はヴィヴィオである。

 なんでも、彼女の家では海鳴温泉によく行くのだとかなんとか。

 同じ高町家の娘であるなのはや、アリサとすずかも『それいい!』とあっけなく同意した辺り、どうやら高町家と月村家、バニングス家の恒例は、ヴィヴィオの未来でも引き継がれている模様である。

 ちょうどこれまた都合の良い事に、秋の団体割があったため、かなりいい塩梅で部屋や広間を確保できた。

 

 ――――と、そんなこんなで現在。

 

 BDに関連するショッププレイヤーの子供たちと、その保護者である家族たちは、海鳴温泉へと向かう車に揺られていた。

 因みに、参加者は未来組の十三人に加えて。

 BDのショッププレイヤーの『エレメンツ』『八神堂』『ダークマテリアルズ』『ギアーズ』の子供たち。

 なのは、フェイト、アリシア、アリサ、すずか、スバル、ティアナ。

 ユーノ、シュテル、レヴィ、ディアーチェ、ユーリ。

 はやて、ヴィータ、リイン、アギト。

 アミタ、キリエ。

 と言った少女たちの外にも――

 チンク、ディエチ、ノーヴェ、ウェンディといった中島家の面々。

 ハラオウン家の長男であるクロノや、『T&H』のスタッフチーフであるエイミィ。

 なのはの兄と姉である、恭也と美由希。すずかの姉である忍。

 そして、そこに保護者枠として士郎、桃子、リンディ、プレシア、シャマル、シグナム、アインス、グランツと言った大人たちが一緒に行くことになった。

 なお、一部不参加の面子もいるが、所用だそうである。

 しかし、集まった面子だけでも総勢なんと四十八人。

 下手な団体旅行よりも人数の多い、まるっきり修学旅行か何かの様だ。

 無論、この人数を一気に移動させるのは難しいので、集合までは各々の車などによって宿を目指すことになっている。

 因みに、ユーノはというと、グランツ博士の走らせるワゴンでの移動となった。……ただ、助手席に座ったので、真後ろのシュテルがなんとなく面白くなさそうにしていたのは余談である。

 

 そうして、紆余曲折――というほどでもない道中を終えて、一行はいざ温泉宿へと到着を果たした。

 

 

 *** 一つ目、それは星 Root_of_Stern.

 

 

「きゃっほー! 温泉キターッ!!」

 車から降りるや、早速とばかりにレヴィがはしゃぎだした。

 それにちょっと苦笑気味のユーノだったが、

「は、ハイテンションだね……」

「だってだって! ボクまだここに来たことないし、温泉って初めてだもん!」

「言われてみれば確かに、わたしたちは温泉に来たのは初めてでしたね」

「……まあ、それはそうだけどさ」

 そう。夏にヴィヴィオとアインハルトが来たとき、銭湯やキャンプ、清流で水遊びなどはしてはいたが、温泉には来ていなかったのである。

 新鮮さにはしゃいでしまうのも、無理からぬことだろう。

 とりわけ、

「シュテル~、ユーノくーん」

「ファ……もごっ、」

「(だ、ダメだよハイトくん! 生まれのことバラしちゃ!)」

「(そうですよ。将来、ハイトさんとヴィヴィオさんが生まれなくなってしまうことも、あるかもしれませんし……)」

 こうして、たくさんの友人たちに囲まれているのだから。

 楽しさもテンションも、友達の数だけ掛け算式に倍増していくというものだ。

 と、そんなことを思っていたところに、引率を買って出てくれている保護者組から声が掛かる。

 曰く、部屋の方は自分たちが大まかな準備に立ち会っておくから、夕食までの間は自由に過ごして構わない──とのことだ。

 こうして訪れた自由時間に、お転婆な子たちはいっそうはしゃぎ出す。どことなく小さな嵐を思い起こしながら、みんなが散り散りになっていくのをユーノはぼうっと見ていた。

 しかし、呆けたまま、というのもあまり建設的ではない。せっかくこんな良い所へ来たのだから、楽しまなければ損だろう。

 そうユーノが本腰を入れて動き出そうと思ったところへ────

 

「ユーノ」

 

 シュテルが声をかけて来てくれた。

 どうやら、みんなとは行かずに彼のことを待っていたらしい。

「一緒に回りませんか?」

 断る理由などないユーノは、その誘いを受けた。クロノあたりと回ろうかと思っていたのだが、ちょっとだけ年上の悪友はというと、姉貴分と妹分に挟まれとっくに連行済みである。

 となれば残る躊躇いも消え去った。

 尤も、ユーノがシュテルの誘いを断る気など更々無いのだが。

「じゃあ、行こうか」

「はい」

 そういってゆったりと歩み出す二人。

 何となく老成している気がしなくもないが、何故かその後ろ姿は妙に様になっていたという。

 

 

 ***

 

 

 手始めに二人の向かったのは――

 

「足湯……?」

 そう、ユーノの弁の通り、二人の向かった先は足湯スポットだった。

 にしても、何故ここだったのだろうか。

 ふと気になり、ユーノはそれをシュテルに訊いてみた。すると、シュテルは「前から少し興味があったので」と応える。

「そうなんだ……」

 とユーノが納得しているのを他所に、シュテルは早速と言わんばかりに彼の手を引き、中へと入っていく。

「思ったよりも空いているようですね」

「みたいだね。じゃあ、座ろっか?」

「ええ」

 返事や内部を観察するのもそこそこに、関心が先に立った二人は、席に腰を下ろして足を湯につけてみる。

 すると、

 

「「……おぉ……」」

 

 思わず声が漏れてしまった。

 足湯というのは、見かけの上ではただ足をお湯につけているだけでしかない。だというのに、思いの外これが心地良いのだから不思議なものだ。

 屋外の簡単な入浴施設。しかも、日本の場合は基本的に無料で足湯は利用できる。

 更に、服を着たまま温泉に浸かれるという手軽さや、足元から身体を温める事によって、身体にも良い効用をもたらすことも。

 まあ、そういった理屈を抜きにしても気持ち良いものは気持ち良い。

 何となく足元から疲労感を抜き去れていく様な、甘い陶酔感に包まれていく。

 そうして、どのくらい使ってたのだろう。

 時間を忘れてしまうくらい足湯を堪能してしまった。我に返ったユーノが、そろそろ上がろうかとシュテルに言おうと思い、傍らの彼女の方を向き――。

 思わずユーノは、言葉を失ってしまった。

「…………」

 僅かに火照り、赤みを増した肌。何時も少し半目がちな瞳も、鋭さを無くて柔らかな色を放つ。普段かけているメガネは外しているので、余計に蒼さが際立っている。そして、ほんの少しだけ汗を孕む首筋がやけに色っぽくみえて――――

「――? ユーノ、どうかしましたか?」

 と、惚けた頭に掛かった靄を、向けられた声がクリアに晴す。

「ッ!?」

 一瞬、自分が何を考えていたのが理解できなかった。しかし、回転の良い頭は都合良く前後の思考を忘れさせてはくれない。

 この時ばかりは己の記憶力を恨みがましく思うユーノだったが、自分で自分を恨んでも何も変わらない。当たり前だが、今はその道理さえ恨めしい。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとはこのことか。

 そんな見当外れの思考が過ぎるが、とにかく今はシュテルへの返事が先だ。先程から此方をほわほわと見つめてくる視線を一度外して貰うためにも。

 あまりにも柔らかな表情を前にし続けていたら、いつか抑えが効かなくなってしまう。何となくだが、そんな気がした。……実際のところ、むしろ向こうからすれば(ヘタレなければ)受け入れ体勢は完全解放状態(オールグリーン)なのだが、自分の思考を邪だと思ってしまったユーノにはそれを察するだけの余裕など無かった。

「い、いや……その、なんでもない……うん、なんでもない、よ……?」

 それ故にか、平静を装った筈の返答にも力が無い。

 が、シュテルもシュテルで鈍かった。

「??? はあ、なら良いのですが……」

 返事こそ届いたものの、シュテルには赤くなったユーノの顔の意味が分かっていなかった様である。尤も、身体を温める湯治の場において――見惚れていた訳でもないのに――火照る意味合いを察せというのも無体な話だが。

 結局、その後ユーノが足湯を出ようと提案したことで場は流れることに。

 そうして二人は、また別の場所へと向かっていくのだった。

 

 

 

 が、しかし――そう都合良くは進まない(Stern√_out.)

 ユーノとシュテルは並んで軽く温泉街にある店でも見て回ろうかと思っていたのだが、そこへ雷光の如く襲来する少女が一人。

 

「みつけたーッ!!」

 

 何事!? と、二人が驚いたのも無理はない。

 例えそれが見知った友人の顔であろうと、いきなり大声を上げて目の前に現れたら誰でも驚く。

 しかし、どうやら向こうは全くのお構いなしのようである。

「ユーノ、シュテルン! 力を貸して!!」

「レヴィ、とりあえず落ち着いて――『あー、もうっ、急いでるの! もうどっちでも良いからちょっと来てってばぁッ!!』――え、あ、ちょ……レヴィ……待っ、てぇぇぇ~~~ッッ!!!???」

 軽い断末魔のように。或いは嵐のように。

 うるさかった筈の音は何時しかそのまま風に解けた。

 と、勿論そんなことで片付けられるはずもなく。

「………………ハッ――ユーノ、レヴィ……!?」

 ある意味得物を掻っ攫われたシュテルは、我に返るや二人の追走を試みるが、生憎とレヴィのパワーは留学生組(マテリアルズ)の中でも頭二つは飛び抜けている。

 華奢な見た目に反し、レヴィは同い年の男の子くらいならああして振り回して走れるぐらいのタフネスに溢れている。残念なことに、どちらかと言えば読書家(インドア派)なシュテルには、BDの中ならともかく、現実でレヴィに互角で追走を挑めるだけのパワーは無かった。

「はぁ……はぁ……ッ! く――っ、レヴィ……あとで、覚えて……置いて、下さい……ッ!!」

 そうして舞台は移りゆく――――

 

 

 *** 二つ目、それは雷 Root_of_Levi.

 

 

 ――――星光の少女が温泉街にも拘わらず、湯浴みとは全く別の理由でヒートし、汗を流していた頃。

 半ば拉致された我らが翡翠はと言うと、

 

「…………で結局、判んないのって、このスタンプラリーの事だったの……?」

「うん!」

 

 自分を振り回してもなおパワー極限(ひゃくばい)な雷光と共に、スタンプラリーの順路(コース)に立っていた。

「――――――」

 正直、こんな事だったのならシュテルを置いてこなくても良かったんじゃないかとも思ったが、レヴィは是が非でもクリアしたかったのだろう。なら、とりあえずシュテルには後でしっかり謝る事にして、今はレヴィに付き合ってスタンプラリーを先に終わらせてしまおうと思った。

「でさでさ、ここんとこが判んなくてさぁー……だからユーノ、こーゆーの得意でしょ? 教えて! お願い!!」

「分かったよレヴィ。でもさ、今度こういうことがあったら、次はもう少し落ち着いて説明してくれると嬉しいな」

「うん! するする! めっちゃ説明するから!」

 だから今はこっちの方を教えて! と、口と思考が完全に乖離しているのが丸わかりなレヴィに苦笑しつつ、ユーノはレヴィの分からないというところを一つ一つ丁寧に解いていくことに。しかし、それはどうにも順調にいくだけの道のりと言うわけにも行かない。

 

 問題自体は比較的簡単であるものの、場所が東西から森の方と非常に広くに渡っており、移動範囲が大きい。

 おまけに、謎解きの後に温泉饅頭の大食いだの、まだ昼間なのに射的をやれだのと、どことなくバラエティ番組のそれに近いものばかりやらされる。

 ――尤も、幸いというかちょうど傍に中島姉妹やランスター家の末っ子がいたので手伝って貰えたのは幸いだった。……なお、未だに中島姉妹は温泉饅頭の大食い記録を更新し続けている模様である。

 閑話休題(それはおいておいて)

 そうした序盤を通り過ぎると、何故か森の木の洞であったり、小さな洞窟や吊り橋だのと、自然豊かにも程があるラインナップでコースが組まれている。

「……此処って、ホントにただの温泉街なのかな……」

 謎が多く、ちょっと不思議な街。それが海鳴市である。

 が、レヴィはと言うとそんな彼の心境とは裏腹に、完全にこのスタンプラリーをエンジョイしていた。

「あーっ! ユーノユーノ、彼処に宝箱あった~!」

「ちょ……走っちゃ危ないよ、レヴィ」

「あ、ゴメンゴメン」

 無論、まさか渓谷の上というわけではないので、吊り橋と言っても比較的低いものであるが、落ちれば怪我をしてしまう程度には高さがある。

 とりわけ、レヴィは力持ちだが体格は華奢だ。隙間に落ちてしまうことも十分に考えられる。

 そうした理由もあり、ユーノはレヴィを支えていたのだが、

「もう、レヴィってば……」

「むぅ……。だぁって、ユーノがゆっくり過ぎるんだもん」

「別にそんな早く行かなくても、スタンプは逃げないよ?」

 加えて、正直見てて危なっかしい。どうにも離す気が起きないというのもあるが、単純に後続の自分がレヴィの駆け足で足場が悪いのも少しある。

 それにしびれを切らしたのか、レヴィは。

「じゃあ、これでいいじゃん」

 そういって、ユーノの腕を抱き込んで引っ張る。

「ぇ……ぁ、レヴィ……ッ!?」

「えへへ~、コレなら良いでしょ? ボクってあったまいい~♪」

 確かにコレなら簡単には落ちないけれども、ユーノ的にはかなり困る。何というか、みんなよりちょっとだけ早く階段を駆け上がっている女の子の象徴が柔らかいというか、そんな感じだった。

 が、悲しいかな。それを自覚しているのはユーノの方だけであった。

「それじゃあ行くぞぉー!」

「ぅ、ぇ……ぁ……ぅ、うん……」

 もう吊り橋の事とか、危険がどうとか。

 すっかりユーノの頭からは消え去ってしまう。幸いどちらも踏み外すなんて事にはならなかったが、ユーノは短い筈の吊り橋が終わりのないルームランナーにでもなったかのような気がしていた。

 柔らかい。青い果実であるのに、まだまだ自由奔放なレヴィはしっかりと先への道を既に形成しているのか。……実感している分、シュテルの時よりも理性にダイレクトすぎる。

 結局、そうした煩悩の中で悶々としている間に吊り橋は終わった。が、ホッとしたのもつかの間。その後も何度か似たハプニングが重なり、ユーノはレヴィが解放してくれるまでずっと罪悪感と自分の節操のなさに沈んでしまっていたという。

 

 

 *** 三つ目、それは紫天 Root_of_Yuri.

 

 

 ――――そうして、レヴィから解放されて暫く。

「ありがと~」と大手を振ってレヴィは、スタンプラリーの景品である『真剣・エクスマキナ』という名前のスティックをゲットしご満悦な様子で他の子たちに見せるべく駆けだしていった。

「…………」

 にしても、まだドキドキしている。

 残った感触がとてもとてもガリガリとユーノの中にある『オトコノコ』な部分を削ってくる。

 しかもレヴィに謝ろうかと思ったが、当の本人はまるで気づいてもいない。こういうとき、逆に意識させるような事を言うのはセクハラなんじゃ……とか考えている内に、謝るべき相手は遙か彼方へと走り去っていた。

 結果、取り残されたユーノはと言うと一人悶々とするしかない。

 と、そんな事をしているとそこへ――――

 

「あ、ユーノ」

 

 ふんわりとした、柔らかな声が聞こえてきた。

 振り返ってみると、そこにはユーリの姿が。茶屋らしき施設の店先で、赤布の引かれたイスに座っている。どうやらのんびりとおやつタイムのようだが――。

「……あれ、ユーリ一人? ディアーチェとかは?」

「えーと、実は――」

 何でも、ディアーチェはレヴィがはしゃぎすぎて引き起こしたセンセーションを収集しに行っているらしい。

 どうやら先程の景品がやたら気にいったらしく、すっかりご機嫌のまま近くにいた友人たちを巻き込んで、これまた傍でやっていたカラオケ大会に飛び入り参加していったとのこと。

 なお、その場にはテスタロッサ家の長女や、未来から来た武道少女などもおりノリよく大会を良い意味で掻き回してしまったらしい。……まあ、あまりにも騒ぎが大きくなりすぎたらしく、テスタロッサ姉妹の次女の方がディアーチェにヘルプを入れたようだが。

「……ああ、さっきから遠くで響いてたのって、それだったのか」

「みたいです」

 たはは、と笑うユーリ。

 楽しむのは良いが、大事になりすぎてしまった事には苦笑するしかないと言った様子である。

 なんとなくそれに釣られてユーノも笑いが漏れる。こうもいつも通りであると、一人で悶々と悩んでいたのが馬鹿らしい。

 結局、自分が意識しすぎだっただけなのだろう。

 思考を切り替え、次は気を付ける決意をしながら、意識を入れ直す。

 すると、

「まあ、そういうわけなので……ユーノもディアーチェが来るまで、ここでゆっくりしていきませんか? この後は一度、宿にいくみたいですから」

「そっか――うん、じゃあそうしようかな」

「はい、それが良いと思います」

 にっこりと微笑むユーリを見ていると、なんだか心が洗われていくようである。

 無邪気というものは、方向性が違うだけでここまで変わるものなのだろうか。――などと、そんなくだらない事を考えながら、ユーノはお茶を一口啜った。

 いきなり紆余曲折あったが、どうやら始まりの時間の落としどころに出会ったらしい。

「…………僕の安らぎの場所(オアシス)は、ユーリだったのかもしれないな……」

「??? ユーノ、どうかしましたか?」

「ううん、何でも無い。ただ……そう、何というか……安心したんだ」

「よく分かりませんけど、悪いことでないのなら良かったです」

「ありがとう。ああ、本当に――安心した」

 なお、どっかの月夜の誓いみたいな台詞を吐きながらユーリを撫でているところを星光に目撃され、後々面倒事に発展することを、彼はまだ知らなかった。

 そうして、僅かばかりの平和な時間を堪能しながら、彼らの連休旅行(じゅなん)は続いていく――――。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

湯処での物語の始まり 続

 めちゃくそ遅くなりまして申し訳ありません……!

 相変わらずギャグ成分多めで、かなり暴走してしまいました。
 ただ今回、少し短めです。長編の方が難航しており、こちらが進行遅れになってしまいました。その関係もあって、申し訳ないのですが……今回から少しの間短編をお休みします。
 その分、後で出すのをより濃いものにできるように頑張りますので、ご容赦のほどをよろしくお願いします。

 その関連もあり、短編のアンケートを今回、長編とこちらの両方に設置しておきました。期限はいつものように次回更新までではなく、Ref IFのオリジナルの方がひと段落し、本編沿いの別ルートが始まった時にします。
 今回のアンケートはこちらになります。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=196904&uid=140738

 それまでの間に、皆様からのご意見やアイデア、希望のシチュエーションなどありましたらお気軽にお寄せください。


 続く受難 The_Second_Part.

 

 

 とある未来からの来訪者であるヴィヴィオが発した提案により、BDのショッププレイヤーたち(+保護者代表)が海鳴温泉を訪れる事となった。

 で、色々あってドタバタと右往左往したユーノはユーリとのんびり茶屋で一服する事に。

 こうして、ユーノの温泉旅行は少し激しく、けれど穏やかに受難を綴っていくのであった。

 

 

 ***

 

 

 ユーリとのほほんと過ごしたのち、ディアーチェから『宿へ行くぞ』という連絡網(ラブコール)が来たので、二人は本日よりお世話になる温泉旅館へと足を運んだ。

 温泉街を少し抜けた辺りにあるそこは、背後に林があってどこか静やかな雰囲気を醸し出していた。外観は割とオーソドックスながら、内部施設は温泉が何と六つに、家族風呂やマッサージなどのサービス施設の他――ゲームコーナーやら読書スペースなども用意されていて、実に基本と娯楽を両立させた充実の造りとなっている。

 内部の様相に『おぉー』とユーリ共々感心しつつ、ユーノはディアーチェ達が待っているであろう部屋に向かう。とはいえ、四十九人という大所帯の為、当然ながら全員が同じ部屋というわけにもいかない。今回は広めの部屋(八~一二人程度の大部屋)が五つといった分け方で、各部屋にまとめられている形だ。

 内訳は、まずT&Hと中島姉妹で一部屋。次に八神堂とDM (ダークマテリアルズ)で一つ。そして未来組、保護者組(女性)と少し年上の面々と言った女性部屋が四つに、男性部屋と分けられ、各部屋は隣り合わせかつ、廊下を挟んで向かい合う様にして二対三で並んでいる。

 具体的には、

 

 未来組――T&H+中島姉妹

 保護者――DM+八神堂

 男部屋

 

 と、廊下を挟む形になっているので、ユーノはユーリと一度別れ男部屋に入った。

 中に入ると、まず初めにグランツ博士が出迎えてくれた。

 今はちょうど荷物の整理や、先ほどまでのユーノのように一服したりしていたらしい。ユーノもそれじゃあと、運ばれていた自分の荷物を確認してみる。とはいえ、別にそんな急に入用な物もなく、そもそも持ってきたもの自体そこまで多くもない。……また、どうやらここにいる面々は誰もかれも似たようなものらしく、結局ユーノも皆がいるテーブル周辺に腰を下ろして、手ごろな湯呑を引き寄せる。

 これでもし完全に初対面な組み合わせであれば自己紹介でもするところだが、士郎や恭也とも面識があるし、クロノとも時々ケンカもするが友達だ。今更解きほぐさなければならないほどの関係もない。

 こうなると後は未来組の方に意識が行くところだが、どうやら向こうはこっちを知っていたらしく、ユーノもさして人見知りする質でもないので、自己紹介はとっくに済んでいた。そもそも一人は、研究所にステイしていたりさえする。

「ふぁ~……た……ぁ」

 そう。ちょうど膝の上に乗っかって、あくび交じりにゴロゴロしているこの子とか。

「……なんというか、ものの見事に懐かれているな」

 傍らでお茶を啜っていたクロノからそんな声が掛かり、ユーノも「そうみたい」と苦笑しながら応えた。

 因みに、ユーノの膝の上でゴロゴロしている子の名前はフライハイト。ヴィヴィオ同様に未来からやって来たBDのプレイヤーで、彼女の弟なのだそうだ。

 見た目は、身長一一〇㎝くらいで、ヴィヴィオと同じ金髪と虹彩異色を持っているが、彼の瞳は姉の物とは違い緑と蒼という組み合わせになっている。髪はかなり長く前髪は目を軽く隠しており、後ろで背に垂らす様なポニーテール。その所為か、ユーノ以上に女の子っぽくみえる。

 なお、身長が小さいため勘違いされがちだが、これでも十歳。ヴィヴィオとは双子なのだそうだ。

 そして、その様子を同じようにして見ている子供二人。

 この赤髪と栗色っぽい淡い茶髪の少年たちはエリオとトーマという名で、(ゆかり)としてはテスタロッサ家と中島家に深くかかわっているらしい(詳しくは設定にて)。

「ホント、ハイトはユーノさんのことが好きですね」

「だよなぁ……。(なあ、エリオくん。やっぱ本能的なとこあんのかな?)」

「(さあ……)」

 ちょっとだけ未来の情報が洩れているが、そこは問題なし。小声のため生憎と、ユーノを始めとした周りには聞こえていないからだ。……ついでに言うと、エリオたちの未来ではとっくにハイトもヴィヴィオも生まれているので、そっちについても問題は特に無い。

 そんなわけで二人とも心境としては、イメージにある甘えん坊が結局少し大きくなってもあまり変わっていないことについて、兄貴目線から苦笑と言った状態である。

 結論として何が言えるかとすれば、男子部屋は実に平和だった。

 ――――が、そんなちょっと老成した安寧はあまり長くは続かなかった。

 

 ピコンピコン♪ と、ユーノのスマホにメッセージが届く。

 誰かと名前を確認してみるとはやてからで、内容は『ちょっとこっちの部屋に来て欲しい』というものだった。

 何の用か分からず首をかしげるユーノだったが、とりあえず呼ばれたからには行かないわけにもいくまい。そう思って立ち上がろうと枕役を中断したところ、ハイトは不満そうにユーノをジト目で見てくる。

 あんまりにも判り易く不機嫌なので、ユーノは思わずクスッと笑ってしまった。

(もし弟がいたら……こんな感じなのかなぁ?)

 実はそのさらに先だったりするのだが、それは禁則事項なのでおいておく。

 そっと頭を撫で、後でならまた枕にして良いからと告げた。すると存外素直に離れ、次なる宿主を探す様に動き出しクロノの膝へ乗っかる。

「それじゃあ、クロノ。まかせたよ」

「ああ。まあ、この位なら引き受けておくさ」

 それにしても、と、ハイトの甘えに特に違和感が湧かないのはちょっと不思議なクロノだったが、思い返してみればちょうど似たような気質の持ち主が身近にいたので、こんなものかと一人納得した。……それを受け、ちょうど斜め二つ上の部屋で姉(小)がくしゃみをしたのは全くの余談である。

 

 ――因みにその後。

 クロノがエイミィに、恭也が美由希と忍から、それぞれ呼ばれて部屋を後にすることになってまた宿主を探して士郎に行き付いたハイトが「おじぃちゃ(Opa)……」などと言いかけたのを第六感(おねーちゃんセンス)で感じ取ったヴィヴィオたちが男子部屋に突撃してきたのも余談である。

 

 

 ***

 

 

 そうして、ヴィヴィオの突撃が行われていた頃――ユーノはというと、八神堂とDMの部屋でチェスをやっていた。

「――チェック」

 トン、と置かれた駒が王手をかけた宣言をすると、

「あかん……わたしの負けや……」

 相手をしていたはやてはそう呟き、参ったとお辞儀。それを受けユーノも礼を返し、二人の対局は終了した。

「あー、また負けてしもたぁ……。今度は行ける思たんやけどなぁ」

 残念そうに口をとがらせるはやて。そんな彼女に、ユーノはなだめようとしたのだが、外野から横槍が入れられた。

 横槍の主は、当然というかディアーチェだった。そして、彼女に引きずられるように段々とガヤが騒がしくなっていく――。

 

「ふ、当然であろうが。ユーノはシュテルと並ぶ此方(ウチ)の参謀だぞ? 小鴉如き、敵うはずが無かろう」

「いやいや、なんでオメーが一番得意そうなんだよ?」

「そーですよぉー。アギトちゃんの言う通り、今の勝負ははやてちゃんとユーノさんので、王様(ディアーチェちゃん)のじゃないです」

「まあ、確かにディアーチェの弁は少し的を外しているかもしれませんが――」

「シュテル、貴様もか……ッ!?」

「いえ、別に全部が間違っているとは言ってません。ユーノがこういったことに強いのも事実ですし、彼がわたしと並ぶ者というのも間違ってません。――『盾』は常に『槍』の傍らにこそあるべきものですからね。ええ、間違っても別の者の脇になどありえません」

「おーい、本音漏れてるぞムッツリメガネ」

「うるさいですよ。普段は猪突猛進なのにこういう時には回りくどいんですね。その頭を少しは活かすことをお勧めします」

「あんだとゴラァ!?」

「何です? やりますか?」

「上ぉ等だ。吼えずら掻かせてやんよ! おい、リインとアギト。ちょっとお前ら審判役で付き合え!」

「え、あ、はいです!」

「別にいーけどさぁ、何で勝負するわけ?」

「ハッ、そんなもん決まってんだろーが。――そこら中にあるもん全部で勝負だ!」

「ふ、数をこなせば勝てるというその単純な発想など、速攻で叩き潰して差し上げます」

「言ってやがれ、勝つのはアタシだ――よぉし、早速行くぞお前ら!」

「うぇ、あ……ちょ……ひ、ひっぱらないでくださいぃ~!?」

「待てよヴィータ~!」

「なんかおもしろそーっ! ユーリ、ボクたちも行こ行こ!」

「あ、はい。じゃあ、行きましょうか、レヴィ」

「うん!」

「いやいや待て貴様ら! というかエキサイトしすぎるでない、他のお客に迷惑であろうが!!」

 

 ――と、そんなこんなで嵐が起こり消えた頃。

 部屋には結局、波に圧倒されてしまっていたユーノとアインス、のほほんと事の次第を見守っていたはやて、そして先程から盤面に夢中だったすずかだけが残った。

 なお、

「あれ? みんなは?」

 すずかは本気で気づいてなかった模様である。彼女のそんな様子に「すずかって、意外と大物かも」とユーノが思わず思ってしまったのも無理からぬことだったといえる。

 が、とはいえ残ったのが、先程はやてがユーノに出したメッセージでボードゲームをしようと集めた面子そのものであるため、余興の続行に問題はないのだが。……まあ、外に行った面子の行く末が少しばかり不安であるが、今は考えないことにしようとユーノは決めた。

「――さてと、まあギャラリーはいなくなってまったけど、集中しやすくなったと思えばそれはそれでよしとしよか。

 で、早速やけど次は……あ、そうや。ユーノくん、アインスに指導対局してあげて欲しいねん」

「わ、私ですか?」

「せやせや。だってアインスわたしとやと全然やし、それにユーノくんなら安心できるからなぁ~」

「信頼してもらえるのはありがたいんだけど……いいんですか? アインスさん」

「ああ、まあ今回は観客のつもりだったが、私としてもそこについては問題ない。いつまでもすぐ終わり、というのもなんだからな。お願いできるかな?」

「それはもちろん。じゃあ、よろしくおねがいします」

 こうして、ぺこりと頭を下げてアインスと盤を囲むことになったユーノ。

 だが、しかし……。

「……あぅ」

「…………う、うーん」

 ユーノをして首をひねってしまうほど、アインスはちょっとだけ弱かった。

 別に地頭が悪いわけではないのだろうが、どうにも素直過ぎて戦略の組み立てに向いていないらしい。 時たま八神堂に指しに行っているユーノであるが、アインスと盤を囲む機会は少ない。その理由を、ようやくここで知ったような気がする。

「すまない。これでは、つまらないというか……見込み無し、というか」

「うーん、でも……」

 別にアインスは覚えが悪いわけではない。結局、性格そのままに指して負けているのだ。ならば少し戦略というか、組み立てのパターンを覚えられればもう少しマシになりそうな気がする。

 なので、ユーノは早速それを実行に移してみた。

「アインスさん。今からパターンを説明してみるので、一緒に考えてみませんか?」

「あ、ああ。解った」

 説明を始めたユーノはアインスの横に移動して、手順を実に簡単に解いていく。

 その間、はやてたちはというと。

「あっちは何や忙しそうやし、わたしらもやらへん? すずかちゃん」

「うん。あ、オセロも持ってきたから、これやらない?」

「ええよー」

 あちらもあちらで、ボードゲームに興じている。……ところで余談だが、ボードゲームというモノにおいて、必勝法が存在しているものは非常に多い。ただそれは、互いに最善手を打ち合った場合の必勝――『運』の介在する余地のない『二人零和有限確定完全情報ゲーム』における場合の話だ。

 将棋のように持ち駒を変えられたり、単純に囲碁の様な盤上の組み合わせが膨大過ぎるモノのような場合、計算が追いつかない事の方が多い。オセロも六×六盤なら後手必勝だが、八×八になってくると組み合わせが膨大になり過ぎる。

 それに加え、人の感情による揺さぶりや読み合いが重なれば、必然悪手からの逆転なども往々にして生まれる。――が、あくまでゲームに全身全霊を賭けるレベルで競い合うのなら気にもなってくるだろうそれらも、日常の延長でしかないここでなら、ある程度戦えれば事足りるわけで。

「で、こういう時はこうで。こっちに来たら……」

「……なるほど」

 この場合なら、悪手ではなく、その都度考えて打てる程度の知識があれば十分。ユーノの教え方はそんなものであった。

 しかし、これがなかなか面白い。元々こういった駒を用いてのゲームの起源はどれもある一つに集約するとされており、最初は戦争の代わりだったとする説さえある。そう訊くと物騒だが、戦う上での条件を把握し動くという点ではBDなどのバトルゲームにも通ずるところがある。はやてがすずかに支援役としての技量を高める為にこういった特訓を進めたのも、その辺りがきっかけだ。

 正確に仲間たちの状況を把握し、相手の取りうる手を掌握し、盤面に足りない要素を補っていく。

 まさしくそれは、広域指揮攻撃型のはやてや、後方防御支援役のユーノやすずかの役割と合致するものだ。ちなみに言うと、アインスもはやてと同様に後方からの攻撃がBD内では主なのだが、彼女は近接戦闘もやたら強いのでよく前に出ていることも多い。その所為か、少し力押し気味なところがあるのは余談である。

「となるので、次はここに――」

「で、だからここ、といくわけだね?」

「はい、そのとおりです」

 そういった素直さや愚直さ、或いは指示を他者に頼る部分を少し直して行けば、アインスはかなり良い管制者になれそうな気がした。

 

 ――それからしばらくして、指導が一段落した。

 

「ありがとう、ユーノ。おかげでだいぶ分かってきた気がする」

「いえいえ」

 微笑みながらユーノはアインスにそういうと、丁度はやてとすずかも一段落したらしく彼らの方へとやって来た。

「どやった~、ユーノくん。塩梅は」

「よかったよ。そっちはどう?」

「ぼちぼちかなぁ~」

「……負けちゃいました」

 ちょっとしょんぼりしているすずかを見るに、どうやら軍配ははやてに上がったらしかった。しかし、勝負(ゲーム)勝負(ゲーム)。勝敗が決される以上、必然的にどちらかが敗れるのは自明の理であるのだから仕方がない。

 まあ、何時までも引きずる性格ではないだろうが、空気は変えておいた方がいいだろう。

 そう思ってユーノは、

「えっと、次はどうしようか?」

 と、三人に声を掛ける。

 するとみんなは手近にあるボードを眺め見るのだったが、割と長い時間を過ごしていた身からすると、そろそろ別のことをするべきなのだろうか? なんて思考の切れ目が生まれ始める。

 丁度それに合わせるように、再びユーノのスマホにメッセージが入った。

 軽い音と共に飛び込んできたそれは、薄々予想出来ていたが――案の定それは的中してしまう。

 

『――阿呆どもが少々熱中しすぎてダウンしておる。少し手を貸せ、ユーノ』

 

 それを見せると皆は苦笑いをして、早速ヘルプを飛ばしてきたディアーチェのところへ向かうことにした。

 

 

 ***

 

 

「……なんでこんなことに」

「いうな。――我とて、こうもこやつらが強情(あほう)だとは思わなんだのよ……」

 こめかみのあたりを抑えながら嘆息を露わにするディアーチェに、ユーノも少し引き攣った笑いで同意する。

 なお、視線の先には――

 

「「……きゅぅ……」」

 

 ――ほかほかと湯気を立てながら、完全にダウンしているシュテルとヴィータがいた。

 何故こんなことになったのかと言えば、時は僅かに遡る。

 先ほど勝負勝負と言って部屋を飛び出したのち、シュテルとヴィータはゲームコーナーや軽い運動の出来る外の施設を使ってなんでもかんでも勝負しまくっていたらしい。で結局、勝敗は同率のまま平行。最後に勝負という事で何を血迷ったのか、温泉での我慢比べに派生したとのこと。

「…………」

 聞いていると、なんとも本末転倒の様な。そもそも、何故我慢比べで勝敗を決めようとしたのやら。

「……精神力は……BDのシステム、でも……重要……ですから」

 ということらしいが、結末の見てくれは正直そんなに良くはない。休憩用の椅子に横たわりながら真っ赤になってのぼせているシュテルとヴィータを見ながら、ユーノはなんとも言えない気分になった。……が、このまま放っておくというわけにもいかないので、ため息を吐きつつも彼女らを介抱することに決めた。

「じゃあディアーチェ、始めよっか?」

「ああ。必要なものは小鴉らが売店に行っておるから、そのうち揃うだろう。今はとりあえず、扇いでやるとするか……」

 ひとまずはそれが得策だ。それにまだ時間も早いので、部屋に布団も敷かれていない。はやてとアインスが買い出し、リインとアギト、レヴィとユーリが部屋で二人の布団を敷いて待っている。少し熱が引いたら部屋まで運んでやれば、あとは時間が二人を回復させてくれるだろう。

「……それにしても」

「? なんだユーノ。我の顔に何かついているのか?」

「いや、別に大したことじゃないんだけど……」

「??? よくわからんが、言いたいことがあるならハッキリ言え。分からないままではこちらも気持ち悪い」

「……じゃあ言うけど、怒らないでね。

 なんていうかその、こうしてるとさ。なんだかディアーチェってお母さんっぽいなぁ――なんて」

「ハァ!?」

「う……だ、だってなんだかこれって、手のかかる子供の世話焼いてるみたいというか、そんな感じかなぁ……なんて」

 語彙に断定が無いが、ユーノとしては頑張った方だ。それに言えと言われたから言っただけであるし、と、なんだかちょっと意地にもなっていた。

「な」

 しかし、言われた方は堪ったもんではない。

「な、ななな、なにを言うておるかこの戯け!? そもそも我を捕まえて〝お母さん〟などとぉぉ~~っ!?」

 普段は尊大だが、我らが闇王様は存外乙女である。こんならしい状況でそんなことを言われれば、勝手に思考は妄想的な方向にいってしまう。尤も、本人的には気恥ずかしくも美味しいシチュであるのに変わりはないが……こうなって来ると、辛いのは介抱されている二人である。

 のぼせて頭の中がガンガンして返って『ハイ』になっている二人は、その後も垂れながされる夫婦漫才染みたやり取りを聴かされて閉口しながら、最後にこう思ったらしい。

 

 〝イチャツイテンジャネーデスヨ、コノイロボケドモ……〟

 〝……フフフッ、アトデ『オハナシ』デスネコレハ……〟

 

 と。――だが生憎と、冷静さを取り戻した王様に敵う筈も無く、ユーノもユーノで馬鹿なことをしたものだと叱った為、モヤモヤはその後も残り続けることになるのだがそれはまた後の話。

 取り敢えず今はまだ、

「そ、そもそもだな……お母さんなどと……大体相手もおらぬわ! っ、そ、それとも貴様……我のことを狙ってもおるのか!?」

「違うよ!? なんでそうなるのさ! ディアーチェのことは好きだけどさ……別にアレは雰囲気というか、印象がそうだったというだけで……」

「何だと貴様! 勝手に口説いておいてその仕打ちとは――は、恥を知れこの色ぼけめ! この節操無(おんなったら)しが!」

「なんか被害(ごかい)加速(ひだい)している……!?」

 暫くこれが続いていくのだった。

 

 〝…………(怒)…………ッッ〟

 

 のぼせた二人のイライラと共に。

 加速を続ける受難は、ちょっとだけの間を置いて更に進んでいく――――



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

湯処での物語の始まり 結

 どうも、ひっさびさの短編集の更新でございます……! が、今回もちょっと、いや結構短めです。
 どうにもギャグ調の勘が取り戻せてない気がするので、長編の番外編と並行してこちらも書いてみることにしました。しかし、本当に今回の混浴パートはあんまりえっちくない感じに仕上がったので、次はその辺りを強化していけるように頑張るのが課題ですかね……。
 次回はお風呂後、そして二日目の部分に漸く到達していく感じなると思いますので、よろしくお願い致します。

 と、前書きはこのくらいにして、こちらもひさびさにアンケートを設置してみようかと思います。
 今回のアンケはこちらになります。
 https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=203990&uid=140738


 その他にも皆様からのご意見やアイデア、ご希望のシチュエーションなどありましたらお気軽にお寄せください。
 では本編の方をどうぞ―――!



 宵の混沌 Sweet_time.

 

 

 

 シュテルとヴィータの熱線(?)の(のち)―――。

 二人の激戦はお説教により終結を余儀なくされ、そこからしばらくの時間が過ぎて、舞台はついに夕食へと雪崩れ込む。

 しかし、その合間に紆余曲折というほどのこともなく、ひと段落した騒動に呼応するように夕食の運びとなった。なお、シュテルとヴィータは未だにぽわぽわとしており、まるで雛鳥のようにレヴィやはやてからの「あーん」を謹んで受けている。ちなみに五十人くらいの収容ができる小広間があったので、夕食はそこでということになった。

 そうして平和なひと時が過ぎていくかに思われていたのだが……生憎と、和やかだったのは最初だけ。

 

 保護者陣に酒が入るごとに場は混沌(えんかい)と化していった。せっかくの旅行と無礼講な雰囲気に流されて、普段はそうでもない面子が次第に崩れ始める。

 尤も、それは別段悪いコトというわけでもなく、どちらかと言えば取るに足りないものではあったのだが……。

「いやー、やっぱり桃子は酒が入っても美人だなぁ~」

「あら~、やだー、あなたってばぁ~♪」

 大したことないとはいえ、それもいくつも集まれば多少の毒に成り得る。いや、毒という表現は些か適切さに欠けるかもしれないが、高町夫妻のイチャつきを皮切りに、段々と愛電波的なものが伝播していく。

「本当に仲良くて羨ましいわねぇ~。はぁ……クライドもそろそろ、こっちに顔見せに帰って来てくれないかしら。

 いっつも仕事モード入ると、終わるまで中々帰って来ないんだもの」

「そうよねぇ……。でも、クライドの方はまだいいじゃない? 割とまめに連絡送って来てるみたいだし。ウチの旦那(ヒト)ってば研究(しごと)ばっかりで、ホントそういうトコ無精で困るわぁ……」

「たはは……。なんとなく耳が痛い様な」

 リンディとプレシアの言葉に、傍らで聞いていたグランツ博士はバツが悪そうな顔をしていた。どうやら研究職として、しかも同期の友人の話題となるとどうにも共感せざるを得ない部分もある様だ。

 しかし、

「あら、グランツ博士はマメな方だと思いますよ?」

「そうそう。この間も、エレノアさんに会いに、娘さんたちと北海道に行ってきたって聞きましたよ?」

「いやぁ、アレはその……何というかまぁ、お恥ずかしながら」

「「あら~ッ♪」」

「エンツォも博士くらい追い駆けて来てくれる人ならいいんだけどねぇ~」

「あ、ねぇプレシア。こうなったらいっそこっちから追い駆けない? ちょうど、今度のシステム点検の日とか」

「いいわねぇ~!」

「「―――だって会いたいんだもの~ッ♪」」

 『T&H』のW店長から以前の話を持ち出され、どこか初々しい反応を覗かせるグランツ博士に、すっかり心境乙女(スイーツモード)な二人は黄色い歓声を上げている。

 しかも、そこに共感して後日の夫の元への突撃プランまで立て始めているあたり、容姿以上に心から若返ってしまっている母親陣(てんちょうたち)であった。

 と、そんな黄色いような桃色の様な空気の傍らで、逆にごちゃごちゃとした内乱が起こり始めている。

 例えばそれは、

「ほらぁ~しぐなむものんでのんでー♪」

「いや、シャマル……わたしはだな……(これでもまだ二十歳前)」

「ぇえ~、シグナムはわたしの御酌じゃあ呑んでくれないのォ~?」

「そういうわけではないが……おいアインス、ちょっと助けてく―――れっ⁉ な……おいシャマルのしかかるな、というかあんまり酒気を掛けないでくれ……うっぷ(飲む前から下戸)」「(あせあせ)―――――(おろおろ)」

 普段は頼りになる優しいお姉さん的な人たちが、すっかり団子になって酒という渦に呑まれている光景であったり―――

「……あぁ、エレノアに会いたいねぇ」

「博士、その辺りでいったん落ち着かれた方が……」

「そうよん、お姉ちゃんの言う通りに―――『二人も、最近すっかりパパって呼んでくれないしなぁ』―――あらん、そっちッ⁉」

 だんだんと、沈んでいく博士に翻弄される娘たちの姿だったりした。……なんとなく、その姿を見て、子供たちは言葉を失いつつも生ぬるい視線で微笑んだ。

 そんな保護者陣の姿は、日ごろ溜め込んだ疲れの解消なのだと理解している。

 故に、

 

「「「…………(そっ)」」」

 

 子供たちは、保護者陣の織り成す目の前の混沌を前に、戦略的撤退(やさしくほうち)することを選ぶのだった。広間は幸い朝までは明けておいてもらえるということなので、心配はいらないだろう。少なくとも理性を失って暴れ出すわけでもないのだから。

 ……ちなみに、あまり酒は飲めない下戸の恭也が、酒が出て来た時点でさっさと忍を連れて外へ出て行ったことに気づいたものは誰もいなかったという。御神の剣士は、抜き足の精度さえすさまじいという事だろうか……?

 

 

 

 *** 一難去ってまた一難 Merry_Bad_time?

 

 

 

 と、そんなこんなで外へと逃れた子供たちは、早速就寝前のお風呂へと向かうことになったのだが……当然のことながら、嵐は過ぎ去った後にこそ爪痕を残すものであるという事を、彼ら彼女らはまだ知らずにいた。

 

 広間からお風呂場のある区画へ向かう途中、談笑しながら歩いていた一同の前に各温泉への案内板が一つ立っていた。

 思えばこれが、地獄への入り口―――いや、より正確に言うならば、限りなく天国へ近い煉獄であったとのちに少年たちは語る。

 己の業と絆を天秤にかけて、いろんな意味で悔い改める場所のようであった、と。

 

 ───そうして無邪気さと好奇心の狭間で、少年たちの悲鳴が響き渡る。

 

 

 

「「「無理無理無理ぃぃ~~~ッッッ‼‼‼」」」

 

 

 

 ……何故こんな事態になったのかというと、話はほんの数秒前に遡る。きっかけは、ある無邪気さと好奇心であった。

 

 

 

 事の起こりは、廊下で見かけた案内板。

 そこに在った、様々な浴場の説明書きの中にあった一文を余興担当(おもしろがり)なアリシアが発見したのが始まりである。

 

「―――あ。ここって混浴もあるんだね」

 

 そう、些細な発見。しかし、ここが温泉街であると知っているのならば、在り得なくはなかった展開(シチュエーション)でもあったそれを、ここまですっかり頭から抜け落ちてしまっていた事を、少年たちは何よりも悔いるのだった。

 

 まず初めに顔を青くしたのがエリオ。

 雷閃の如く視線を案内板の安全圏に巡らせ、そこからそそくさと逃げ出そうとしたところを、これまた神速で腕を掴まれ止められる。

「ッ⁉」

 ぎぎぎっ、とどこか油の切れた機械関節みたいな音が聞こえそうな程固まった首を動かし振り向くと、そこにはいい笑顔で待ち構えるキャロとルーテシアの姿が。―――一方は純粋に、もう一方はどこか悪戯っぽく、この流れに明らかに身に覚えのある者の反応であった。

 そんな諦めた様に弛緩していくエリオを他所に、傍らでトーマがリリィの何かを訴える眼差し(純粋)に晒されて言葉に詰まっている。なお、助け船を求めたい姉たちはいま自分よりも幼く、アイシスもリリィに弱いので何も言えなくなっている模様。……ちなみにだが、彼らは十二歳なので女湯には入れないけれど、混浴か、もしくは家族風呂ならば何も問題は無かったりする。

 が、ここまではまだ被害は小さい方だ。極めつけは、むしここから―――好奇心も厄介であるが、何よりも恐ろしいのは、無邪気さという名の残酷さである。

「おねーちゃん、いっしょにはいろ」

 ヴィヴィオの傍らでぽわぽわしていたハイトが、この流れに準じるかの如く、こんなことを言い出した。

 ……邪気も何もないそのお願いに、姉の心はとっくに折れていた。というか、生まれたときから勝てない様な気がするのが困りどころであるが。

 ともかく、そんな弟のお願いを無碍にできなかったヴィヴィオは色んなものを天秤に掛けながらも、頷くことしかできなかったとかなんとか。

 で、そこから始まる悪乗りタイム。

「そだね~ハイトがそういうんならぁー……みんなで入ろうっかぁ~(ニヤニヤ)」

 面白がってノリを加速させていくのはルーテシア。そこに更にアリシアが悪乗りをして加速させていく。

「うんうん、裸の付き合いってやつだね!」

「いや、ちょっと落ち着こう? 流石におかしいよ?」

 と、ここで冷静に突っ込む余裕が残っているあたり、ユーノはどうやら自分が墓穴を掘っていることを理解していなかったようだ。

「えー、そーんなこと言ってー。ひどいねぇ、ハイトぉ~? ユーノお兄ちゃん(ハイト)と入りたくないってぇー(棒)」

 そこのルビの振り方は間違っている、と猛烈に抗議したいところではあったが、生憎とアリシアにはお見通しである。―――尤も、既に最終兵器は目の前にいるのだから、結局は遅いか早いかの違いでしかないのだが。

「……ふぁーた、いや……?(うるる)」

「……………………(汗)」

 

 

 

 ―――――そして、冒頭に立ち戻る。

 

 結論から言うと、ちょっとだけ危ない発言もなくはなかったが、基本的に流れは正しく進んでいるので問題はありませんでしたとさ。

 というわけで、

「ほーらぁ、悪あがきしないのー。だいだい十一歳までは一緒に入っていいって書いてるし」

「それでも無理無理無理……ッ‼ そ、それにほら! 皆だってヤでしょッ?」

 最後の救いを求め皆の方を振り向くも、生憎と困ったような笑い以上の反応が得られなかった。

 フェイトは完全に姉のペースに呑まれており、はやては面白そうに笑っている。他の面々は気にしていないか、苦笑しつつも仕方がないと思っているらしき様子が覗えた。まあ、気にしている面子もいないではなかったが、年下のお願いや案内の表示から仕方ないかなという雰囲気になってしまっている。

 

 ───で、結局。

 

 カポーン、と昔ながらのししおどしの音に誘われる大浴場に、一同はのんびり(一部はどぎまぎしながら)と浸かることになっていたのだとさ。

「……なんでこんなことに」

「ねぇ、ふぁ―――『ハイトくん!』―――ゆーのさん、あらいっこしよ」

「…………うん」

 しかし、断り切れない辺り結局付き合いがいいのか押しが弱いのか。微妙な顔をしながらも、ユーノは甲斐甲斐しくハイトの髪を洗ってあげることに。

「かゆいとこない?」

「ないよ~」

 自分より長い金髪を洗いながら、ユーノは極力無心になるように努めようとした。

 しかし、

 

「わー、ひろーい‼」

「れ、レヴィ……」

「コラァっ! 湯船で泳ぐでないわ‼」

「…………これはチャンスこれはチャンス臆してはいやしかしでも……(ぶつぶつ)」

 

「フェイト~髪洗ってあげるよー」

「あ、ありがと、お姉ちゃん……」

「ティア~わたしたちも洗いっこしよ~」

「ちょっとは落ち着きなさいってば……あんまりはしゃいでると恥ずかしいじゃない……」

「えー、いいじゃんいいじゃん。ほーら、チンクねぇたちも~」

「…………う、うむ……。姉として、正直この状況はあまり芳しくないと思うのだが……まぁ、致し方ないか。――よしディエチ、ウェンディたちのことも洗ってやろうではないか」

「うん」

「別にあたしら自分で洗えるッスけどねぇ~」

「まぁ……でも、こういう時は仲良く……」

「ああ、ノーヴェの言う通りだな」

 

「ノーヴェ姉ぇがオンナノコしてる、だと……ッ⁉」

「……トーマ、あんたそんなこと言ってると未来でぶっ飛ばされるわよ~?」

「うぐっ……それは―――ってェ⁉ アイシス、少しは隠せよ!」

「あー、なんかもうここまで来たらいいかなぁ~って。万が一の時はわたしらのことお嫁に貰ってね♪」

「なんでそうなる……⁉」

「トーマ、わたしがお嫁さんじゃ……いや?」

「ンなわけ―――……、ぁ」

「「………………」」

「相変わらずだねぇ、二人共」

 

「はぁ~なのはちゃん髪解くと結構長いんやねぇ。ヴィヴィオと同じくらいや」

「あ、そういえばそうだね~。この前来たときはあんまり気にしてなかったけど、確かにお揃いかも!」

「えーと、あはは……。そうですねぇ~(い、言えない……。姉弟(きょうだい)揃って真似してるなんて言えない……ッ⁉)」

 

「でも、それを言うならリインとヴィータも長いよなぁ~。アタシも伸ばしてみよっかね」

「あ、良いですねアギトちゃん! そうしたら一緒にお揃いの髪型とかに出来そうです~」

「アタシはパスだな。あんまり弄れねぇんだよ、癖毛だから……」

「あら、そんなこと言ってないでやってみればいいじゃない。きっと可愛いわよ。ねぇ、すずか?」

「うんっ! きっと可愛いと思うなぁ~。それに、わたしもちょっと癖っ毛だからお揃いにしやすそうだし」

「あ、アリサ……すずかさんまで……」

 

「二、三、五、七、十一 十三 十七 十九 二十三 二十九 三十一……」

「エリオくん……?」

「エリオ~、素数なんて数えても気持ちは落ち着かないぞ~? ほらほら~、素直になって、ねぇ……?」

「⁉ ちょ、ルーくっつかないで―――」

「あー、ルーちゃんズルい!」

「キャロまで⁉」

 

 

 

「――――――カオスだ」

 だが、現実(じじつ)である。

 ちょっと逃避気味にそんなことを呟いたユーノであるが、ハイトの頭を洗う手は滞りなく動いている。この辺りは、昔ユーリの頭を洗ってたりした経験からだろうか。……その時点で慣れが入っている部分もあるかもしれないが、若干でもブランクが入ればそりゃ気恥ずかしいものであるとユーノは思った。実際、ユーノよりも慣れてそうな(ハプニング的な意味で)エリオの反応を見ていると少々居た堪れない気持ちになる。やはり、無邪気さは往々にして罪であると教訓を得たユーノであった。

 ちなみに、誰かを忘れていると思ったそこのあなた。

 ご心配なく。先見性を発揮して早期離脱したクロノくんは、ちゃーんとエイミィさんの巡らせた策謀にハマって混浴ENDに落ち着ました。

 

「ぐふふ………! 三歳のころからお姉さんに育てられてきたボディを今年も拝んでたのさ~(ツヤツヤ)」

「…………こうなるから嫌だったっていうのに……ッ‼」

「にゃははは~! おねーさんに勝つなどまだ十年早い!(幼馴染)」

 

 なお、この教訓を得て二日目以降は警戒を強めた男子陣であったが、余興担当であるアリシアやエイミィ、ルーテシアの魔の手からは逃れられず……今回以上のハプニングを経て彼ら彼女らのお風呂ライフは過ぎ去っていくのだったとさ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

湯処での物語 閑話

 どうもお久しぶりでございます。
 不詳この形右、嬉し恥ずかしながら、更新をしに帰ってまいりました!

 言い訳自体は、まぁ色々とあるのですが……ぶっちゃけ、ちょっと行事ゴトと忙しい時期が重なってた、というのが正直なところでございます。いや、成人式とテストってのは重なると面倒くさいことこの上ない。って言っても、そんな難しいトコ行ってるわけでもないですし、ツイッターの方には度々出没してたので、時間自体はあったので、書いときゃよかったんですけれども(汗

 まあ、もし次の話が早く見たい! と強く思って頂いた際には、ツイッターとかメッセージの方にでも発破かけて貰ったりすると、筆の進みも早いかもですね。もちろん、あんまり精神攻撃じみたコトされると馬鹿な自分も傷つくので、ほどほどによろしくお願い致します。

 しかし、漸くそうしたごたごたも終わり、更新を再開できそうです。

 ひとまず、リハビリがてら此方の短編集から更新してみました。結構短いですが、今回は幕間という事でご勘弁を。内容の方には、もうちょっと言うべきことを書いてから振れていきます。

 今回の更新に際して、Det IFからStSの方に続く設定的なものも出して行こうと思っております。といっても、そんなに詳しく出なくても良いという話だったので、『あらすじ』+αみたいな感じになるかもしれませんが。
 こちらの方は以前の予告では同時、もしくは前に出すつもりでしたが、向こうの番外編の残りをどうするかについてのアンケートも兼ねたいので、同時ではなく、この話の投稿した後に出そうと思います。

 そんなわけで、続編のあらすじの出し方についてはハーメルンの方はいつも通り活動報告で。pixivの方は以前短編集でハイトの年齢設定や子供たちのやって来た時空に関するアンケートを取ったときと同じように、次に出すDet IFの番外編のあとがき部分に載せますので、よろしくお願い致します。

 今回のアンケートはこちらになります。
 https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=206080&uid=140738

 長々と申し訳ありません。今回の話に関する内容には、あとがきの方で触れていきます。
 それでは本編の方をどうぞ―――!



 宵の口に響く鼓動(はやがね)

 

 

 

 ───で、結局。

 いろいろとお楽しみだった(ないしお楽しみされた)混浴騒動から一転。温泉を訪れているデュエリスト一同は静かな夜の中にいた。

 あの後、広間に様子を見に行って帰ってこなかったエリオを除いて、他の面々はすっかり夢の中に旅立っていた―――

 

(…………眠れない)

 

 ───というわけでもなく、此処に眠れてない少女が一人。

 T&Hエレメンツの面子に割り当てられた部屋の中。普段は自信たっぷりの碧いツリ目をジトっとした形に変えて、アリサは一人眠れず天井を睨みつけていた。

 が、しかし当然ながら、天井が何か反応を返してくれるわけもなく、アリサは虚しい静寂と親友たちの寝息だけが漂う静かな空間で、孤立したような気分で時の流れを感じていると、なんだかモヤモヤしてきて苛立ちが思考となって彼女の頭の中を駆け巡って螺旋を描く。

(……っていうか、なんでみんな平気で寝てられるのよ……)

 あんなコトの後だっていうのに……。

 と、つい浮かべた思考にアリサはほんのりと頬を染める。そう、アリサは割とさっきの混浴の件を気にしていた。尤も、この苛立ちは別段裸を見られて云々ではなく、なんとも言えないモヤモヤが残っていたからだ。

 そもそもやましいことが起こらなければ、あんな混浴は所詮子供の戯言に過ぎない。

 ぶっちゃけエイミィに襲われてた(?)クロノや、広間で昏倒していた士郎とグランツ、外で忍としっぽりしていた恭也を除けば全員小学生である。だというのに、自分から問題を起こしたくてこんなことをしました、というわけでもないのに、こんなことにいちいち厳密な采配を下せというのが無駄な話だ。

 実際、アリサが気にしてるのは其処ではない。彼女の不満は、なんというかみんな平気で受け入れているのが気にくわないというか、平然と流されてしまった自分に対する苛立ちが大部分を占める。

 ませた感慨だろうが、文字通り毛も生えない子供同士の戯れに騒ぐほどアリサの精神は幼くはない。早熟な部類である。……が、それがイコール納得とはいかないわけで。

 女のプライド的なものがなんとなくこう、その、あれだ。

 

(…………もしかして、気にしているあたしの方がバカなのかしら?)

 

 いや、それが普通なのだが、この時空は半分ご都合主義(ある程度フラグが確立している世界)なので問題にならないだけである。

 しかし、当然彼女にそれが通じる筈も無く、なんだかんだと逡巡を続けていたアリサであったが、次第にじっとしていられなくなって起き上がる。

 だが、

 

 

 

「「―――あ」」

 

 そうして我慢しきれずに廊下に出たところで人影一つ。どうやらアリサと同じように、その人物も眠れなくて出てきたのだろう。けれど出てきたのは、なんともタイミングの悪いことに、あるいは逆にどんぴしゃな顔であった。

 その人物とは、

 

「…………何してんのよ、ユーノ」

 

 そう、ユーノがいた。ちょうど被ったタイミングで、彼もまたアリサ同様に廊下に出てきていたらしい。

 浴衣にスリッパ。正しく旅館スタイルで。

 しかしだ。別段出てきたコトそのものに問題はない。アリサもこのタイミングには若干困ってはいたが、むしろ困っていたのはユーノだろう。何でここに居るのか、と訊かれても、いきなりすぎて返答出来ない。そもそも居る理由自体は旅行で明白なので、ただ出てきた以上の返答はしかねる。

 なので、

「いや、それはアリサこそ……」

 と、ユーノはアリサに返した。

 こうなってくるとアリサも困るわけだが、生憎彼女の場合先程までの思考が余計に足を引っ張っている所為もあり、

「べ、別にアタシはなにもしてないわよ。その……ただ、なんとなく眠れなくて、散歩してただけなんだからっ」

 なんて定型文(ツンデレ)的なことしか言えなかったのはご愛敬。

 だが言ってから、そこでしまったかなとアリサは自分を俯瞰するように分かれた冷静な思考でそう思った。つんけんした口調で挑んだのは流石に露骨だったかも、と。

 さっきまでの思考そのままで、それも思考の渦中の一人とはいえ、彼の方は(さっきの反応から多少なり向こうも気にしているみたいだが)こっちの思考など知るよしもない。なのにこの反応、対応は、流石に子供っぽかった。

 一応、謝ろうかなとアリサがそう考えていると、

「散歩、か……なら、僕と同じだね」

 ユーノがそんなコトを口にした。

「…………」

 なんだか穏やかそうな苦笑(えみ)に毒気を抜かれ、アリサはため息一つ。

 もう考えるのも憤るのも面倒になり、アリサは一言。

 

「……そう。なら、ちょうど良いわ。ユーノ、アンタちょっと付き合いなさいよ」

 

 そう言って、アリサはユーノの手を引っ張って歩き出す。

 ユーノは一瞬、やや強引に手を引かれたコトに驚いた様子だったが、彼自身特に目的もなかったようでアリサの手引きに従うこととなった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「―――ねぇアリサ。外まで来ちゃったけど、どこまで行くの?」

 

 手を引かれ、外へ連れ出されていたユーノは、アリサに何処に向かうのか訊ねた。するとアリサは、それに対しこう答える。

「……別に、特に決めてないわ。

 でも、アンタも散歩したかったっていってたじゃない。これも立派な散歩でしょ?」

「まぁ、それは確かに……」

 彼女の主張は正しい。ユーノは確かにふらりと廊下に出て、散歩に行こうとしていた。そこでちょっと付き合えと言われ、了承したのだ。ならばその通りと納得すべきなのだろうが、ただ引っ張られているばかりでは完全に納得がいかないのも人情である。

 しかし、自分で行きたい場所も決めていなかったユーノに、アリサを責めるだけの道理はない。

 加えて、

「そ・れ・にっ! こうして行きがけに知り合いのレディと会ったなら、エスコートするのが当然でしょう?」

「う、うーん……そう、なのかな……?」

「そうなのっ」

「はい」

 ……これである。流石に言い切られては、従わざるを得ない。しかも如何にお転婆とはいえ、相手は生粋のお嬢様。堂々と言い切られ、またそれに足るだけの風格を持っているのならば、なんだかそれらしい気分になってしまうのもしょうがない気がした。

 しかし、何だか意地になったみたいに答えた所為か、アリサはそれっきりユーノの方を向かない。さして速いペースで歩いているわけでもないが、なんだか絶妙に空気が重い。ちょっとだけ冷や汗を浮かべるユーノだが、アリサの側もさっきからあんまりにもつんけんしすぎている自覚はある。あるが、少々引っ込みがつかなくなっており、どうにも止まれずにいた。

 

 そんな双方手詰まりな状態から、たっぷり十分が過ぎた頃。

 

「……うん、ここが良いわ」

 そういって、アリサは立ち止まる。止まった場所は、温泉街からやや離れたところにある河原だった。

 町中を流れる部分は水路のように石造りになっていたが、こちらは降りられるように階段などが付いている。恐らく、夏場は水遊びなどをして遊べるのだろう。

 だが、生憎と季節は秋。手を軽く付ける程度なら兎も角、足まで付けて遊ぶには少々冷たいに違いない―――なんて、そんなコトをユーノが考えている間に、アリサはさっさと彼の手を引いて河原を降りていく。そうして二人は、やや傾斜の入った草の絨毯の上に腰を下ろした。

「――――――」

「………………」

 急に静かに、しおらしくなったアリサにユーノは不思議そうな顔をするが、別にこの位置自体は良いものであった。

 

 ―――重くなっていた空気は、いつの間にか消えている。

 

 穏やかな風が吹き、優しい旋律が二人を包む。

 言葉が僅かに静寂に呑まれ、二人はしばらく川の潺を眺めていた。

 だが、やがてアリサは遊ばせた手で足下に転がっていた石を取って水面へ向け投げ込んでみる。

 ぽしゃん、と水面を割って沈む音がした。

 しかし、そこでお終い。

 当然何も変わらず、何も起きるハズもなかった。 

 なんだか、つまらない。せっかく夜中に抜け出して、何時もとはちょっと違うことをしているのに。

 ……だからだろうか。

 それこそ切っ掛けと同じように、気まぐれにアリサはユーノにこう言った。

「ねぇ、ユーノ。少し、お話しましょ」

「お話……?」

 言われて、ユーノはオウム返しに確認する。

 するとアリサは「ええ」と返して、こう続ける。

「そ、お話。トークよトーク」

「いや、それは分かってるけどさ……」

 何となく要領を得ない。何というか、今のアリサはヘンにふわふわしている。だが、彼女はお構いなしに話を広げ始めた。

「あたしね? ちょーっと気になってたって言うか、モヤモヤしてたって言うか、なんか気になってたことがあって寝れなかったの」

「気になってたことって、例えば……?」

「……さっきの混浴のコトとか」

「ぅぇっ……⁉」

「なによ。乙女の柔肌見られてんのよ、ちょっとくらい気にするのも当然でしょ」

「そ、それはそうだけど……えっと、もしかして、怒ってたり?」

「…………別に」

 長い沈黙が、怒が皆無ではないと裏付ける。

「本気でキレてるわけじゃないケド、みんなちょっと平然としすぎなんじゃないかなー、くらいは思ってるわね」

「え……っと」

「ああ、ユーノを別に責めてるわけじゃないわよ。規則上は問題ないんだもの。その上であれがあったんだから、あれ自体は悪いわけじゃないし」

 なら、アリサの言いたいことはなにか。如何にもそう言いたげなユーノを見て、アリサはこう訊ねる。

「あたしはちょっと単純に、興味があっただけ。まあ、それもいろいろだけど……例えば、そうね───ユーノが誰に一番興味あったのか、とか?」

 ビクッ⁉ と、思わずユーノは背筋を震わせた。

 側へ視線を向ければ、そこにはもう幅などほとんど失せた距離にアリサがいる。

 分かっていたはずの認識(こたえ)に、

「アンタさっきから、あんなことの後だっていうのに結構顔色変えないし、ちょっと気になったのよね」

「——————」

 ユーノはなぜか、また息を呑んだ。

 怖かったからというよりもむしろ、囁く様に忍び寄るアリサの声が、恐しいくらいに甘く綺麗すぎて。

 このままだと、全部持っていかれそうな気さえして。

「教えてくれない? ユーノが、一番誰にドキドキしてたのか……」

 顔が、熱い。

 沸き起こる熱が、蛇のように絡みついてくる。あと、ほんの数センチでオデコまでくっつきそうだ。……いや、二人の身長差を考えれば、それは。

「っ~~~~……(パチンッ!)……あてっ」

 思わず目を閉じたユーノの額を襲う痛みに、思わず目を開ける。

 すると、そこには。

「———ぷ、くっ……あははは!」

 笑っている、アリサの顔が。

「あははははは! ちょ、ちょっと動揺し過ぎだってばぁ……ふふ、あはははッ‼」

「…………」

 ぽかんと、呆けること約一秒。

 次いで〇・一秒の速さで抜けていく思考により、ユーノは自分がからかわれていたことを理解した。

「ひ、ひどいよアリサぁ……」

「ごめんごめん。……あぁ、でも気になってたのはホントだけどね?」

「うぇ……ッ⁉」

「だぁって、ねぇ? まだ気にする年じゃなくても、オトコノコがどう感じたかくらいは知っておきたいじゃない? ほら、あたしたちってみんな割と〝キレイドコロ〟だし?」

 ユーノも真っ赤になってたしねぇ~、と楽しげなアリサ。そんな彼女の様子に、完全に遊ばれていたと、ユーノはため息を溢す。

「……はぁ……」

「あー、もうだからゴメンってば。で、その上で訊くんだけど───ユーノは誰が一番綺麗だと思った?」

「…………」

 そんなはやてみたいなこと言って、と、若干脳内では八神堂の主に対して結構無礼なことをのたまいながら、ユーノは沈黙を守った。

「ねー、ねー」

 しかし、追及は止まない。

 アリサの変わり身の早さというか、若干アリシアあたりから伝わってきたらしき要素にユーノは抵抗する。……なお、これがもともと弄られ役だったアリサが、ここ最近たくましくなっている結果だ、なんてことはユーノは知るよしもないのだが。

 ……だいたい、

「あの時は恥ずかしくて、そんな余裕はなかったし……それに、」

「それに? なになに?」

 楽しそうなアリサ。何となく防衛本能で心に殻を被せながら、ユーノはもう(心持的に)無心で答えを返そうと思った。まあ、半分自棄だった、ともいえるが。

 

「———ドキドキしたか、っていうなら……さっきのアリサのほうが、よっぽど綺麗だったよ」

 

 はぁ、とまたため息一つ。

 徐々に戻ってきた理性が、これはこれで弄られるのかなとか思考を走らせるが、もうどうでもよくなってきていた。

 ユーノ自身、アリサ同様にちょっと気にしてた勢なのだが、これだけ気疲れしていれば今夜はぐっすり眠れることだろう―――

 と、そう思っていた矢先、

「な―――ななな、なぁ……ええッ⁉」

 何故かそこへ、裏返った声が聞こえてきた。

「ちょ、ちょっとユーノそれって……え、なに? さっきのあたしのがドキドキしてたっての……⁉」

 焦ったようなアリサの声。しかし、ディアーチェやシュテルも時たまそういう反応が返ってくるので───ついでにいうと、その場合は大体〝乙女心への侵入過多(てれかくし)〟でお仕置きされる───そう訊かれ、ユーノは素直に「うん」と、何となくそういうのが来る前兆だろうな、と慣れた(というか諦めた)反応で平静に返す。

 だが、

「しょ、そう! ふーん、そうなんだ……そう、なのね……」

 どうしたわけか、予想していた反応は返ってこないまま。

 顔を真っ赤にして、要領を得ないことをブツブツと呟くアリサの声だけがその場を埋め尽くす。

 

「(……う、うそうそうそっ⁉ え、だって……他にいたでしょ、シュテルとか……なのはとかフェイトとか……この間デートしてたって話だったし……で、でも……え、そうなの? お風呂場でみんなを見てるより、アタシの方がドキドキするわけ? というかアタシどんな顔してたっけ───ッ⁉)」

 

「??? アリサ?」

「ひゃいっ⁉」

「え……あ、その……大丈夫?」

「っ、べべべ別に動揺なんてしてないわよ! あ、あんたにドキドキされてるくらいフツーよフツー! むしろこのアタシくらいならドキドキくらいじゃ足りないっていうか、えっとだから、その───と、とにかく動揺なんてしてないんだからねっ⁉」

「……あ、はい」

 思わず真顔で返事をしてしまうユーノ。

 なお、このやり取りはこの後も続き、強がりをカウンターで返されたアリサが撃沈するまでしばらく夜の河原は賑やかであったという。

 秋の名月もなんとやら。

 すっかり賑やかになった子供たちは風情の欠片もなく、そしてある意味、秋ながら青い春の風味たっぷりのやり取りを交わし続けるのだったとさ。……因みに、このやり取りを見守っていたのは月だけではなかったりするのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 

 *** オマケ Interlude_√Toma.

 

 

 

「———あ、倒れた」

 

 ポツリと呟かれた声に、亜麻色っぽい茶髪をした少年は早鐘を打つ心臓を黙らせたいと強く思った。

(……というか、俺はなんでこんなところに……)

 恨みがましく視線を向けるが、此処へ連れてきた相方は此方のことなどお構いなしで野次馬根性のままに河原の光景を眺めている。

「なぁ、アイシス……いい加減止めにしようぜ。

 こういうの、良くないと思うんだけど」

「えー、だってさだってさ。今時――っていってもココ過去だけど――コレを逃したら、あんなベタなツンデレカウンター見れないって!

 いやー、それにしてもアリサさん見事に喰らってるわ……。ヴィータ師匠でも彼処までじゃないのに。そう思わない? トーマは」

「…………ノーコメント」

 これ以上考えると未来で墓穴を掘りそうなので、一旦思考を捨てて置く。

 しかし、―――

 

 

『——え、あ……ぶ? って、……サッ⁉ し———てっば!』

 

 

「…………」

 遠巻きに聞こえてくるユーノの焦った声に、何となくトーマは鈍感の二文字が脳裏に浮かんだという。まあ、それを遠巻きに聞いている自分たちのことを思えば、どうこう言うのは筋違いな気もしていたが。

 と、そこで。

「……にしても、さ」

 などと、アイシスが意味ありげにそう切り出す。

「??? なんだよ?」

「いや、ユーノさんも大概だけど、トーマも鈍ちんだなぁと思って」

 気になって訊き返すトーマだったが、返ってきた返答はというと、彼の予想外なものであった。

 訳が分からず、「は? なんで俺が」と再度問い返すトーマ。しかし、アイシスの方はというと、彼のそんな様子に呆れたようにため息一つ。

「……わかってないなぁ……。ま、いいけどね。

 分かってないなら、それはそれでいいよ。あたしも今のままが楽しいし」

「…………わっかんねぇ」

 怪訝な顔のトーマをよそに、アイシスはさっさと立ち上がり歩き出す。トーマもそのあとを追うが、アイシスは楽しそうな、けれどちょっと寂しそうな顔で、小さくつぶやく。

「……トーマのばーか」

 が、こういう時ばかりは聞き逃さないらしく、トーマは鈍さをリセットした聴覚でそれをとらえる。

「なぁッ⁉ 誰がバカだ!」

「んー? 末っ子でおねーさんたちに頭の上がらないトーマくんのことですが、なにかぁ~?」

「こ……の、やろ……」

「あはは~、あたし女だから野郎じゃないよー」

「人の上げ揚げ足取んなよ! ……ったく、だれがバカだよ。自分だって万年成長率最下位のくせに」

「が───、い……言っちゃいけないこと言ったなぁ⁉ 大体最下位じゃないもん! キャロちゃんよりは育ってるんだからぁ‼‼」

「あー、そうですねー。きっとそうだといいねー」

「こらーっ! 適当にあしらうなぁ~ッ‼」

 

 こうして、穏やかに進んでいく夜の中。

 お姫様抱っこで連れていかれたアリサとは裏腹に、自分から追いかけていくアイシスの姿があったということを、それぞれのお相手以外知る由もなかったという。

 

 

 

(…………ふん、ほんとにバカでしょ。———フツー、こんな時間にこんな場所に一緒に来てほしいなんて、何にもないわけないじゃん。馬鹿トーマ)

 

 そうして、少年たちはちょっとだけ歯車を進めつつ。

 また少女たちもその流れに乗りながら、この旅行を過ごしていくのだった。

 

 

 




 さあ、前書きでもかなり書いておいてあとがきでもずらずら書いていってしまいます(いつもの言い訳タイム(アレ)

 今回に関しては色々ありますが、まずは今回のヒロインがアリサちゃんだった理由からかなと思うので、その辺から語って行こうかと思います。

 アリサちゃんを取り上げた理由としては、ここまで描いて来た間にアリサちゃんメインの回がなかったのが理由ですね。
 ぶっちゃけもっと早く出しててもよかった気がしますが、最初の頃からアンケでヒロイン決めて短編の流れで、何時も何故か周りに阻まれてしまい、絡みの少ないままに合同イベントに突入してしまったので、いっそ今回ガッツリ間攻めてみようかなとこんな感じに。

 なのはシリーズのキャラは早熟というか、良い子ばっかりなので物分かりの良く前回の混浴を流してしまったのですが……流石にあっさりしすぎだったかなぁと思ったので、激怒するとかではなくてもモヤモヤしたのを感じてる子いてもいいだろうと思いましたのでこうしてみました。
 アリサちゃん本人の度量は広いですが、かといって混浴直後でも落ち着いてるユーノくん(考えないようにしてるだけ)を見てたら面白くないでしょうし……本人も自分の見た目に自信ありそうですから、揶揄いたくなっても良いかなと。

 なお、この話には元ネタがありまして、ちょっと展開を対ツンデレ用にしてクロスカウンターオチに持って行きましたが、結構露骨なのできっと分かる人は分かると思います(笑)

 しかし、アリサちゃんって不思議なキャラですよね。
 通常ではくぎゅみに引きずられてツンデレ特化にしちゃいがちなんですが、性格を顧みてると割とこうした静かな展開もすんなり行けるというか。トロトロに甘く静かに忍び寄る感じになっちゃいそうでした。このヴァイオレットヒロイン的な感覚は、本人の元になったキャラ故か……。

 でも、今回に関してはホントに筆が滑ってしまいました。ツイッターの方ではちょっと呟いてたんですが、書いてたら勢い余ってなんかR‐18に突入しちゃいそうなくらいだったり(笑)
 マジでここまでの全部かっさらってそのままこの一話でアリサENDしちゃいそうな気さえしました。……これがローウェルの御導きか(アリサキーック!>)゚Д゚):∵ゲフゥッ!?

 ごめんなさいちょっと迷走しました。とまぁ、そんな感じで寒いギャグかますくらいの色々があって今回はこんな感じになりました。
 ただ、ぶっちゃけ今回はリハビリがてらという事で短め、且つヒロインはアリサちゃん一人の登場となるのですが、その他にもちょっと新しい流れに挑戦していたつもりだったりします。

 かなり前でしたが、スピンアウト√というか、今回の最後のトーマくんみたいな感じで、ユーノくんの話とは別のところでの√作ってみたいなぁと思ってまして。
 ですけど、ただ別に書くだけじゃ面白くない気がしたので、じゃあ未来組は過去組に興味津々なわけだし、覗き見してたりしたらどうか! なんて馬鹿なこと考えて今回の話の展開になりました(;^_^A
 覗き見無粋だとか同じトコいるとかご都合主義すぎんだろ等々ツッコミどころは満載ですが、むしろ同じ場所で似たようなこと起こってたら裏を想像するだけで個人的に二度おいしいとか思ったんですが……いかがだったでしょうか?

 ちなみに今回トーマくん出したので、次回はエリオくん、そしてその先ではクロノくん辺りもぶっこんでいきたいなぁと思ってます。
 尤も、毎度毎度鉢合わせだけだと添え物みたいな感じがして嫌なので、ガチのスピンアウトも書きたいとか思ってるんですが。

 ……思ったより長くなってしまい、いったい温泉編を抜けるのは何時になるのか最近分かんなくなってきます。フェレットの方の『ゆーのくん』とか、神社に住んでる狐さんとか、セブンフィールドちゃんなイリス様とか、偶々ユーリかマテ娘がたまたま拾って来た子猫三匹とか早く出したいんですけどね……。

 と、弱音言ってみたりもしますが、忙しかったごたごたも終わり執筆の時間には事欠かなくなったので、エンジン掛けなおしてバリバリ書いて行こうと思います!

 大まかな流れとしてはこんな感じでしょうか。
 そんなわけで、今回はこの辺りで筆を置かせて頂こうかと思います。この先も皆様に楽しんで読んで頂けるように頑張っていきますので、よろしくお願い致しますね^^


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。