こちら横須賀港・整備場 (右肘に違和感)
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休憩所


暇がある時に更新していく予定です。
短い上に亀更新の予定。
基本的に小説ではなく文字による戯画と扱って頂けると幸いです。


 

 

カーン ガシャーン 

             ガシャコン ドン ガコン 

                            ズドォーン     キャー クレーンタオレター キャー

 

 

そんな音が響き渡る、とある横須賀の港に存在する施設。

 

重苦しい程の鉄の響きに加え、作業員達が全力で頑張り……

艦にまつわる建造、修理、補修、解体、装備の開発、廃棄、そのほかetc、etc。

それらがひとまとめに扱われるここを、人はなんと呼ぶのか。

 

そんな作業場の入り口に程近い場所に設置された休憩所に、一人の成人男性が存在している。

ツナギの服を身に纏い、そのツナギも油汚れやらよくわからない汚れがこびりついており

ミニマムな女性(?)が多い中で、一際目立っている男性だ。

 

「へぇぁ~、やっぱり昼休みに飲むブラックは……効くねぇ~」

 

わざわざ港の責任者に掛け合い、秘書艦から許可を貰って設置したコーヒーサーバー。

作業員達の中でも(砂糖とシロップどっぷりで)これを使い飲んでいる者は結構多い。

男性は漢らしく、強烈に苦いブラックを飲んで満足しているようだ。

 

「……そんなモノ、飲み物じゃないデース」

「んんん、イギリス子女のお嬢艦(じょうさま)にゃぁこれはきついだろうねぇ」

 

そんな休憩所の中に、何故か場違いにも砲身を背負って長椅子に鎮座する女性が一名。

この港における戦力のうちのトップエース、戦艦娘・金剛である。

 

「ココにもティーセットを置けば良いネ! みんなも沢山集まるヨー!」

「なーにを言ってんだ金剛殿よ、俺らの聖域中の聖域まであんたらに占拠されちゃかなわんよ。

 てかここ『作業員』の休憩所なんですけどね? 俺、昼飯含めた45分休憩なんですけどね?」

「ノーノー! 堅いこといいっこ無しデース!

 整備長サンも、こーんな可愛い私と一緒に居るんだから、嬉しいでショー?」

 

今の今まで、長期修理としてドックに入渠していた彼女なのだが

つい先程修理が終わり、作業場から出ようとした際に入り口横の休憩所で整備長を見つけ

修理における労いと感謝、ついでに暇つぶしとからかいを混ぜて、ここに滞在していた。

 

そして整備長は、一部の人間であれば大歓迎しそうな真理を問われ

大喜びしたのか、整備長は懐に忍ばせていたスマホを取り出し操作を始めた。

 

「あーもしもし比叡殿?

 比叡殿って今、島ちゃん&クマちゃんと一緒に森林浴の最中だっけ? あ、違うのね?

 ちょっとおたくんトコの姉さんが作業場の休憩室で戯言喋ってるから連れ出してくんね?」

「え、ちょ、整備長サン、スマホでシスター呼ばないデー!」

「お姉さまッッッ! 修理が終わったのですねッッ!?」

『はやっ!?』

 

こちらの会話終了から8秒も経っていない筈なのだが

休憩所の入り口には息すら切らせていない戦艦娘・比叡が引き戸をバシーンと開け放っていた。

二人がギョッとするのも確認せず、比叡は真っ先に我が姉へとダイブして押し倒していた。

 

「あぁんお姉さまお姉さま~~~!」

「ノーーーーッ! 整備長サンたーすけてー! ヘルプミーぷりーづー!」

「~~♪ ~~~♪」

 

そして妹に頭をグリグリ押し付けられた金剛は、整備長に助けを求めるが

一緒に叫んで驚愕していたはずなのに既にソコから立ち直り

自分が食べた弁当の容器を、休憩所備え付けの台所で鼻歌交じりに水洗いをしている最中だった。

 

「は、はくじょうものーーー! ……あれ? 比叡、今の場合ってはくじょうものでよかったデス?」

「問題ありませんッ! お姉さまの仰る事は全部正義ですから!

 さぁ演習行きましょう演習! 皆さんお姉さまの復帰を心待ちにしていたんですよっ!

 司令もずっと「ニャー」って仰ってましたからッ!」

「ちょ、分かりましタ! 分かりましタから、降ろし、アァァア~~~~…………」

 

そんなこんなで、整備長に呼び出された比叡は満面の笑みで金剛を攫っていった。

その光景を、弁当の容器を洗いながらなんとも言い難い顔で見送る整備長だった。

しかし、視界から二人が消えそうなその最後に───

 

「────整備長サーーーン! ───いつも、アリガトウデーーーーーース!」

 

本来の目的を果たすべく叫んだ金剛の声を辛うじて聞き取り

「やれやれ」といった感じに苦笑しつつも、内心では御礼を言われる事を喜んでいた。

 

昼休憩が終わったところで、彼には仕事がたんまり残っている。

新しい装備の開発から始まり、新規の艦娘建造案、及びその居住性の拡張。

未だにドックに入渠している、他の修理中の艦娘のケアに作業員達のケア。

整備長室に置かれた関連書類の整理と提出に、作業管理と枚挙に(いとま)が無い。

 

色々な意味で、休みもあまり与えてもらえない仕事場だが                セイビチョー

これまた同じく、色々な意味で充実しているココが、彼は嫌いではなかった。      クレーンタオレチャッター

                                                       ゴメンナサーイ

今日も今日とて、彼の戦いは既に始まっている。                         ナニシテンダオマエラー

 

 





初めましての人は初めまして。
二度目以降の人は二度目まして。
また、よろしくお願いします。


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疲労度


この話は前置きみたいなものです。
本来自分が書き上げたい描写は次話になると思います。


 

整備場の整備長室で、一人の男性が何かを書いている。

 

「●月〒日  晴れ

 

 最近、自分が受け持つこの整備場の部下達の疲労が溜まってきている気がする。

 

 自分は整備をすることこそが戦場であるため、畑違いすぎてよくわからないのだが

 どうやら、鎮守府から新たな海域の開拓を依頼された様だ。

 

 未知の地域というのもあるが、敵である深海棲艦達の強さがキツイそうだ。

 うちの提督、というより秘書艦が引き際を誤らないため、最悪の惨事は避けられている様だが

 つまるところ普通の惨事が常に起こっていて、そのせいで現場がフル回転しているとの事だ

 自分は別になんとでもなるんだが、部下達は一応女性のカテゴリの筈なので

 どうにかその苦労に報いてやりたいのだが、何かいい手はないだろうか」

 

どうやら現場における日誌をつけているようだ。

ひと通り内容を書き終えたのか、男性は椅子の背もたれに体重を掛けて一息ついた。

 

(……先日のクレーン横倒し騒ぎといい、疲労が溜まっていると碌な事にならない。

 かといって今の現状、一人でも欠けると辛い……なんとかして疲労を和らげてやる事は出来ないものか)

 

一人、作業場の事を思い浮かべ、解決策を考えてみるものの……何も思い浮かばない。

基本的に自分達の港は『ブラック鎮守府』と呼ばれる現場ではないのだが

このままではひとりひとりの効率が落ちて、周りから批判される要因にすら成り兼ねない。

 

早急に何かを考えつかねばならないのは確かだが、この場で何かを考えつくのは難しいと判断し

ひとまずは本日の作業内容も終了したので、自宅へ帰る事にした。

 

整備場から外へ出ると、辺りも既に真っ暗であった。

整備場内のドックに居る修理中の艦娘達も、穏やかな寝息を立てている事だろう。

 

そして整備長は、整備場入り口からやや遠い波止場まで行き

ポケットに入れている帰りの駄賃である鋼材1を、糸で吊るして海に下げる。

 

すると1分ほど経過したところで、海に何やら動きがあった。

なんと深海棲艦、駆逐イ級が波止場に現れてしまったのだ。

 

「うっす、今日も家まで頼むなー」

「●ー」

 

何やらおかしい光景が見えた気がするが、駆逐イ級はこの世界の海における『敵』である。

それは間違いないのだが、何故か整備長は駆逐イ級をタクシー代わりにする気マンマンだった。

 

駆逐イ級は海に垂らされた鋼材を嬉しそうにガリポリと食べ始め、その姿にツヤが出てくる。

ツヤが出てきた辺りで整備長は駆逐イ級に飛び乗り、イ級は成年の体重をモロに受けても微動だにせず

そのまま自分の体に彼が座り込む事を容認している様だ。

 

やがて、そのまま彼らは暗闇の海の先へと消えていった。

この港の丁度斜め直線にある、整備長のアパート近くの海で再び姿を表し

そして彼らはその場で別れた。

 

 

 

 

「───と、いうわけだ。現在使える資源も枯渇し始めている。

 量産が利く兵装を何か開発出来ないだろうか?」

「(んー、効率的に疲労を取る方法なぁ……)そうですねぇ……」

 

 

翌日、整備長は整備場の入り口で本日の内容を秘書艦と吟味している。

同型艦が濃ゆい関係上、周りからたまにいじられる男勝りの秘書艦と話しているが

どうにも彼は、彼女の言葉があまり耳に入っていないらしい。

 

「やはり新しい兵装を開発しろというのは無理があるか。

 現存している兵装でも良いから、何かを低コストで量産出来ないだろうか?」

「(整備場に喫茶店、とか? いや、誰が経営すんだよ)んーどうでしょうねぇ」

「……整備長、俺の話を聞いているか? なにやら上の空じゃないか?」

「(んんんんんんん、マイナスイオン、針・お灸、甘いもの……)そうですねぇ……」

「……おいッッ!! 整備長ッッ!!」

「は、はぉっ!? はいッ! 元気ですッ!」

 

突然目の前で名前を怒鳴りながら呼ばれ、整備長は一瞬混乱する。

何やらスットコドッコイな返答をしてしまった辺りで、彼は目の前の秘書艦の黒いオーラに気付く。

 

「───お前……覚悟は出来てるんだろうな?

 仮にも一現場の責任者が、施設の統括者代理の話を聞いていないとは……

 この地での礎にでもなりたいのか? なりたいんだな? 撃っていいな?」

「あ、いや、その、も、申し訳ありません……その、ちょっと……」

「言い訳など聞きたくないのだがな……? まぁ、言ってみれば良い」

「は、はい……その、げ、現場の部下達の、疲労が溜まっているな、と最近感じて……

 何か良い疲労回復は無いかと考えてたら、ちょっと深く考えこんでしまって……」

「…………現場の部下の、疲労?」

 

どもりながら、言葉尻も弱い言葉の所々を拾い、秘書艦は整備場の中に視線を移してみる。

 

忙しそうに走り回る作業員達が見えるが、よくよく姿を捉えてみると

資材を手押し車で運搬している女性は、足取りが重く

ヘルメットを被ってハンマーを使っている女性は、目の下に濃い隈が見える。

前に新たな仲間を即座に建造していた火炎放射を取り扱う女性に至っては

なんと作業現場で倒れたらしいスパナを持つ女性を手押し車で運搬している。

 

じっくりと見れば、一部の作業員達は顔がハニワの様になっていた。しかもプルプル震えている。

 

(あ、これ……もしかして結構ヤバい……?)

 

その様子を伺っていた秘書艦は、実は現場がこのような事になっているとは知らず

何故こんな状態で我々が普通に海上に出れる仕上がりになっているのか疑問を持ってしまった。

 

そして疑問を持つということがすなわち出来上がりの不安という彼女の心理を示しており

この様子では、この部下達に指示を飛ばさなければならない整備長が

物思いに耽ってしまうのも仕方がない事と割り切れた。

 

「……ひとつ、尋ねたいんだが」

「は、はい。なんでしょうか木曽さん」

「何故、この現状を上に報告しなかった?」

 

まず、秘書艦である彼女が思い至った点がそこだった。

 

「い、いや、えーと、報告書に、混ぜたはずなんですけど……

 何も返答がなかったので、多分スルーされたんだなって……」

「……それは、いつ頃の話か覚えているか?」

「3週間前程度ですかね、休憩所をちらりと覗いてみたら、全員ぐで~ってしてて……

 それで「あぁやっべぇなこれ」って思った後に即座に書いたのでよく覚えてます」

「……3週間前、か。俺が丁度秘書艦になった辺りと一致するな……。

 どうやらその際に前の秘書艦との間で引き継ぎがされていなかった様だな」

「あ、そうだったんですか……」

 

予想される内容を話した後、彼女は素直に「すまなかった」と整備長に頭を下げて詫びた。

彼女も、周りの艦娘達も……自分達が活躍する為には土台が必須な事を意識していなかった。

故に気楽に傷を負い、ドック入りしていた艦娘も存在したかもしれない。

 

少なくとも彼女は、自分達にも疲労は存在するのに作業員達の疲労に関しては気にすらしなかった。

だからこそ、この事実に対して素直に謝ったのだった。

 

 

 

 

「今回開発に回してもらいたい資材は、以上になる。

 先程渡した書類にも目を通して、数の差異や不備が無いかを確認しておいてくれ」

「はいよ、木曽ちゃん。まあ二日ぐらいは掛かりそうだけど

 何かしらこっちでも頑張ってみるから、明日にでも顔出してみてくれ」

「わかった、期待させてもらう。また入渠する時にもよろしく頼みたい」

「あぁ、手入れ不足で沈まれちゃやるせなさすぎるしな、こっちの事は気にしないでもいいさ。

 何かおかしいなと思ったらすぐ来てくれて構わんから、いつでも待ってるよ」

「そうか」

 

用意された資材をテキパキと整備場の中にある倉庫へと持って行き

装備用として分別した後、秘書艦である彼女と整備長は別れた。

心なしか去り際に少し笑顔だったのは、恐らく整備長の気のせいであろうと思われる。

 

「さて、どうしようか……ああは言ったものの、皆限界も近いしな。

 本当に何か、その場しのぎにしかならなくても、なにか手を打たないと不味そうだ」

 

悲しい話ではあるが、別れ際に少し良い話にこそなっていたものの

謝って貰ったところで対応して、貰えなければ何も変わらないのが現場である。

その対応も、あの提督では即決力に欠けるであろうことは目に見えているし

どうにかして対応がされるまで、こちらで部下達の働き具合を維持しなければならないのだ。

 

とりあえずは良い頃合いだったので、整備場のスピーカースイッチを入れ

お昼休憩のアナウンスを流す、そしてその後手押し車を引っ張りだし

お昼休憩に行く気力すら危うい作業員達を2,3人ずつ手押し車に乗せて休憩室に運んでいく。

 

「せいびちょうー……本当にありがとうー……」

「ごめんなさい……」

「気にしないでくれ、俺は君等と比べたら長い時間ココに拘束されてるだけだ。

 体の疲れはそれほどでもないし、どうせ独りモンだからな」

「うぅ~……」

 

申し訳なさそうに手押し車でぐってりしながら運ばれ

あまつさえ整備長自身がひとりひとりを椅子に座らせたり長椅子に寝そべらせたりしていた。

 

限界は、近い。

 

そして「ア艦これ」状態の作業員を全て休憩室に収納し終えると

少しでも部下の作業が減るように、入渠して修理されている艦娘の作業を進めようとして───

 

 

それは、突撃してきた。

 

 

「せ、整備長さぁーーーーーんっっ!」

「!」

 

整備長は瞬時に察した。これは何かが突撃してくる殺気ッッ!

 

彼は慌てず騒がず、胸元から赤いハンカチーフを取り出す。

さらに取り出したそれをひらひらふわふわと、緩やかに、だが素早く 横へと掲げる。

 

するとどうだろう。

ちょっと彼より小柄な何かが「整備長さぁーーーーーんっっ!」といいながら赤い布に突撃していった。

 

そして布の先の進路にあった『グラスウール』に「はわわわわわっ!」と言いながら突っ込む。

柔らかいモノに突っ込ませる辺り、やや紳士な整備長である。

 

しかしそんなことも気にせず「暴れはわわ」はグラスウールからズボッと抜け出し

「せ、整備長さんっっ!」と慌てた様子で整備長の元へ駆けてきた。

 

「んで、どうしたの(でん)ちゃん。またイ級でも保護してきたのか?」

「きょ、今日は違うのですっ! あぁ、でもちょっと同じなようなっ!?

 それとデンではありません! イナヅマなのですっ!」

「どうどう。落ち着いて落ち着いて」

「え、あ、は、はいっ」

 

大変に慌てた様子の電を一度落ち着かせ、整備長は彼女の様子を見る。

特に破損した様子も見られないので、やはり彼女に何かが起きたわけではないのだろう。

 

そしてふと、彼は電が脇に抱えているデカめのクッションのような存在に気付く。

それに気づいてからそちらを見れば、目が何か光を出しており

横の裂け目は口の様な歯並びがなぞられてあり、ちょっとウネウネした触手のようなものも見受けられた。

ついでに述べると、整備長はそのクッションが何故か泣いているように思えた。

 

「(……なんか、どっかで見たことある気がするな?)そのクラゲみたいなモノに何かしてほしいの?」

「は、はいっ! あのっ! 今日は警備任務についていたのです!

 それで、その……この子がひっくり返りながらふよふよしてて……」

「見てられなくて、全員が帰投した後にコイツを拾いに戻ったわけか」

「あ、あのっ、あのっ……」

 

以前の駆逐イ級の事もあって、整備長は電が何を言いたいのかすぐに察した。

要するに、このクラゲを匿って欲しいのである。

 

彼女はこの港の艦隊の中でも一際性格が優しく常日頃から「敵でも命までは取りたくない」と言っている。

しかし、それはある意味で、特定部分に対して致命的な弱点でもあった。

 

「……前にも言ったけど、気楽に保護しちゃダメなんだぞ?

 仮にも敵なんだし(多分)、俺や俺らが保護するにしたってこいつらも資材を消費するんだぞ?」

「はうっ……」

「まあ前にも言った通り、正直俺も開発資材から余った資材少しちょろまかしてるけどさ。

 君等と違って弱っちぃ人間がくすねてる資材なんてたかが知れてるんだぞ?」

「そ、それは大丈夫なのですっ! 

 こんなこともあろうかと、私も遠征に行って獲得した資材を少しくすねているのですっ!」

「ア艦これ」

 

自分が前に述べた衝撃的な事実よりもっとダメな事実を、優しすぎるはずの艦娘から聴いてしまい

なんとも言えない気分になり、思わずあさっての方を向いてしまう整備長だった。

 

「そ、そういうわけなので……こ、今回はボーキサイト以外の資材を10ずつ持ってきたのです!」

「あ、そ……そぉっすか。それでこのクラゲを元気にしてあげたい、のね?」

「なのです!」

 

なんの蓄えも無く色々と保護してしまうならまだ説教の余地もあったのだが

この港の電・壱号はその辺りまで確信犯のようであるため、どうしようもないのだった。

整備長はふと、前に持ってきたそれもくすねたもんだったのか……と思い至った。

しかしそれをした上で、どちらの行為もバレて居ない辺りはこの港の精強さを感じる整備長だった。

 

「んー、まぁ、わかった。このクラゲはこっちでなんとか元気にしておくから

 電ちゃん、君は報告に行ってきなさい。

 どーやってごまかしたか知らんけど、君って確か第3艦隊の旗艦だろ?」

「あっ、そうだったのです! で、では、あの……この子の事、よろしくお願いしますね……?」

「あいあい、もう俺らは秘密を共有した共犯みたいなモンだからねぇ……。

 電ちゃんには逆らえんさ、とりあえず資材でも食わせておくから、後で見においで」

「は、はい、ありがとうなのです。では、行ってきますね」

 

そういうが否や、やはり人間とは違う脚の素早さで彼女はその場を高速で去っていった。

その場に残ったのは、入り口で立つ整備長と地面にぺちょっと置かれたクラゲだった。

 

整備長は慌てず騒がず、以前駆逐イ級を保護した際に使ったデカ目の水槽を押しカートに乗せて

ポンプで海水を汲み上げて水槽に入れた後、なんか見覚えがあるクラゲをその中に入れる。

そして何事も無かったかのように、ごく普通に作業場の中に持っていくのだった。

 

 

後に作業に戻った作業員達の一部は語る。

「なんか整備長が隅っこの方で、笑顔でクラゲに燃料やってた」と。

 







※模造Tips※

・グラスウール
 工事現場などで壁材(壁の中に詰める断熱材、吸音材)に使われるもの。
 短いガラス繊維を綿状にしたものであり、腕を突っ込むとものっすごいチクチクする。
 電ちゃんが突っ込んで平気なのは、仮にも艦なので、艦になった際に皮膚が強化されている。
 (公式発表で、一応艦娘の中身は人間ということになっているらしい。
  解体などは装備を外して普通の人間に戻る、という内容なんだそうな)

・駆逐イ級、クラゲの消費する資材
 当小説では深海棲艦達の燃費はチートになっております。
 碌な拠点も持ってないのにどこかしらから沸いてくる彼等の資材摩耗率は著しく低く
 具体的な数字を言えば、駆逐イ級なら燃料と弾薬が枯渇しても補給に1/1しか掛かりません。


・提督のLvは115



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開発


時間が無いのによく頑張ったと、自分で褒めてやりたい。
内容がどうたらこうたらは置いといて。



 

 

「んふ~~♪ ん~ふ~んふ~♪」

 

ドックの隅では、保護されたクラゲのような何かが付きっきりで世話をされている。

但し、保護者が整備長から艦娘の一人に替わったようだが。

クラゲから差し出された触手に人差し指の先をくっつけるなど、とても微笑ましい図であった。

 

「ねぇ、整備長。あれは何なの?」

「ん? あぁ、電ちゃんが触れ合ってるあいつかい?

 結構出撃機会の多い陸奥殿なら見たことあるだろ。多分あれ空母ヲ級が被ってるヤツだと思う」

「え゛……あまりあの子には良い思い出がないんだけど……大丈夫なの?」

 

自分達が戦っている深海棲艦の一部と聴いて、ドックに入渠して修理を受けている陸奥は少し怯える。

しかしその怯えた様子を一切気にする事もなく、整備長は戯れの様に陸奥に対して返答した。

 

「まぁ大丈夫だとは思うよ、さすがに危険だと判断したらこの整備場には入れないからさ。

 一応この港の生命線の一部を任されている自覚はあるんだぜ」

「そう、なら、いいんだけど……。金色のヲ級の攻撃、避けれた(ためし)がなくてね……ちょっと怖いのよ」

「例が無いって……狙われたら一巻の終わりやん……って、あぁそうか……君、運無いもんねぇ……。

 大富豪でも何故か常に貧民だし、大貧民ですらないってところが特になぁ」

「言わないでッ! お願いだからッ! 私も気にしてるのッ! かなりッ!」

 

今回修理を受けている超ド級戦艦娘・陸奥(改)はこのドックの常連である。

しかも戦艦という戦力な為に入渠時間すら無駄に長いため下手をすれば整備長より居る時間が長い。

 

何故常連かといえば……この艦娘・陸奥はやたらと運が悪いのである。

しかも上記で語られた遊びだけではなく、戦場でまでそれが発揮されるという『整備士泣かせ』な娘なのだ。

だが大富豪自体は下手の横好きもあるらしく、待機艦娘と遊んでいるのを見かける事が出来る。

 

さらに述べれば史実では、『超ド級戦艦』という海戦の花型であるのに

戦艦・陸奥は海戦で殆ど『戦い』に用いられず(戦場には出ている)

その上「戦い」の中ではないシーンで、戦艦・陸奥の第三砲塔付近が突然大爆発してしまい

船体が真っ二つになって沈没しているのだ、ここまで行くと最早お笑い芸人の捨て身芸である。

 

「ま、一応鎮守府にゃ黙っておいてくれよ? 仮にも敵方の部品(?)だからなぁ。

 バレたら下手すりゃこの港のお取り潰しまで行くだろうしな」

「あら? ということは……私は整備長の弱みを一つ握っちゃったのかしら?

 うふふ、この弱みに付け込んで何か特別な砲装でももらっちゃおうかな?」

「んー、べっつにー。つーかむしろ弱みとして俺を脅すような艦娘が居るんなら

 遠慮無く『第三砲塔』にC4辺り仕掛けてやるしな」

 

そしてそんな運の無さの詳細を、船を取り扱う者として事前に学習しており

トラウマを気軽に抉る整備長は、おそらくひとでなしの部類と思われる。

事実、抉られた瞬間に陸奥は青くなって黙りこくってしまった。

 

「まあ、お互い下手な事は考えん事さ。

 爆発物取扱の免許は、ここで弾材を取り扱う手前しっかり取ってるからな」

「あ、あわわ、あわわわわ……」

「んじゃ、悪いけどヘルメットさんー。陸奥殿のケアの続き頼むわー」

「あ、はいー、わかりましたー」

 

踏む必要の全く無かった虎の尻尾をいじってしまい、その結果がトラウマの再発。

こんなところでも運が無い戦艦娘・陸奥であった。

 

 

「さて、と……3回目の開発分量はこんなところかな」

 

修理ドックから場所を移り、現在整備長がいる場所は開発施設である。

この施設は資材倉庫と直通の通路が設置されており、必要な資材をすぐさま此処に持って来る事が出来る。

 

整備長は現在、昨日港責任者の代理人である秘書艦に依頼された装備の作成を行っていた。

気まぐれで設計して成功してしまった烈風2台が、既に倉庫の横に鎮座している。

昼休憩に入る前にそこらを歩いていた正規空母・蒼龍と軽く話して浮かんだアイディアのおかげであった。

 

(しかし……なんとか……疲労を……いや、無理なのか……

 俺の考えられる範囲も限界があるしなぁ……でも、なんとか……)

 

だが、前の二台は他の港を管理する提督が驚愕するほどのものを揃えても

今回の開発は、今も思い悩んでいる職場環境のせいもあり、整備長は集中力が乱れていた。

 

そこに通り掛かった艦娘の一人が声を掛ける。

 

「──おーい整備長ー! なんか手元が危なっかしいぞー! 気ぃつけとけー!」

「へ? お、おぉ天龍か……って、あ。やっべ」

「おいコラ! 言ってる側から……ぁーぁ、俺しーらね」

 

整備長の手元が何やらいつもと違い、照準が若干狂っているのを目敏く見つけた艦娘のアドバイスがあり

それに気を向けてしまった整備長は、ものの見事に現在組み上げていた開発装備を歪ませてしまった。

 

───装備の開発に失敗しました……───

 

「あーぁ、どうしようこの鉄屑……いつも通り再加工して専用倉庫に突っ込んどこうかな……ん?」

 

結構なところまで形を造られていたナニカは、残念ながら集中力の足りない整備長が原因で

一瞬で廃棄物となってしまったのだが、整備長はその鉄屑の中を見て何かに気づいた。

 

「これは……うぅむ、こんなのに現れるまで思考がズレてたのか……。

 というかむしろこのまま完成してたら何になってたんだコレ」

 

鉄屑の中に手を突っ込み、周りのがらくたが音を立てて崩れて行く中

整備長は見つけた「それ」を引っ張りだす。

 

そう……それは。

 

「人間の大きさに近い平面の板……か。人体のツボでも書き上げて整備場の入り口に立てとくか?」

 

一見すればタダのガラクタ。そんな鉄の板だったのだが……

板の輪郭が何やら人間の図を表すような……人体模型を平面にした様な板になっており

それを見て整備長が一番に想像したのは、医学本によく書かれている「あの図」である。

 

思いついたが吉日と言わんばかりに、整備長は行動を始めた。

健康オタクでもなんでもないので、港にある図書館から医学本を借りてくる。

そして整備場にある装甲塗装用のペンキと太い筆を用いて、ザカザカと描き上げていった。

 

 

 

 

「……っは!? 俺はこんな時間まで一体何やってんだ!?」

 

ふと気付けば時刻は20:00頃。既に作業員達が帰宅準備を終えている時間である。

本日中に4回目の開発に関する型枠施工までを予定としていたのに

全く持って自分の業務に関係ない内容に目を取られ、3回目の開発から作業は完全に止まっていた。

 

の、だが……スクラップからの再利用という全く関係ないジャンルにここまで入れ込んだ成果はあり。

 

「って、あれ、なんかこれすっごい出来が良いっぽいぞ」

 

改めて見てみると、SSホロですらここまで行くのかという謎の出来栄えになっていた。

適当には作らない職人魂が無駄に大爆発した結晶と言えた。

 

「案外、無駄にならなかったりする……かな?

 俺は医学本見ながら作ったから既に付け焼き刃の知識がついちまってるし……

 明日になったら何も知らんヤツに見せて、やってみてもらって効果があるか実験してみようか」

 

無駄に真剣に取り組んだが故に出来上がった謎の良作を背中に背負い

時間としても既に整備場を閉める時間なので、整備長は開発施設を後にした。

 

そして開発施設からドックを通り、入り口に向かおうとした整備長が

こんな時間になってもドックに残っている人物を発見した。

 

「ん、電ちゃん……?」

「あ、あれ? 整備長さん、まだいらっしゃったのです?」

 

ドックの片隅で保護しているクラゲとずっと触れ合っていた、艦娘・電だった。

クラゲも恩人である整備長に気付き、意思があるのか触手を一本水槽から出して、くにょくにょしている。

 

「俺の方は、まぁ……その、またやらかした」

「あぁ……また廃材から何かを作ってたのですか?」

「うん、気づいたらこんな時間だった。そしてこんなのが出来た」

 

背中から一旦「人体模型・平」を降ろし、一度電に見せる整備長。

しかしさすがにいきなりそんなものを見せられても、意図はわからないらしく

顔から「なんだろうこれ」という意見がひしひしと伝わる顔でジロジロとみられる事になる。

 

「あ、あの……なんですかこれ?」

「うん、人体における健康に良いツボ108選って項目を参考にして作った立体大のツボ図説」

「む、無駄に説明が、長いですね……?」

「●ー」

 

クラゲも若干興味があるのか、水槽の縁に上手く上顎(?)を乗せて人体模型・平を見ている。

 

「ツボ、ですか……そう言われると、確かに見やすいですね」

「お、そうかい」

「えーと……腕の、ここと……ここの間? を、えいっ……はわわわっ!?」

「お……どうだい、一応かなり精密に図説を模写してるんだけど、感じはどう?」

「あの、えっと……凄い痛いんですけど、なんか、こう……調子が上向いてきた様な?」

「マジでか」

 

適当に作っては居ない。適当に作っては居ない、のだが……まさか本当に効果があると思わず

自分が作った作品の効果を普通に疑ってかかる整備長だった。

 

「えーと……次は……ふくらはぎの……」

「電ちゃん、ちょっと待った。一旦やめなさい」

「へ? ど、どうかしましたか?」

「●ー」

「その体勢でそのままやるとパンツ見える。俺オッサンだけどそういう趣味無いから。」

「はわわわわわっ!?」

 

やりやすそうなツボを押そうとちょっと前屈みになって指で押そうとした所で、整備長から制止が入る。

電も自分が現在どんな体勢をしているのか意識した後、股を手で隠して一瞬で顔が真っ赤になった。

 

「どれ……互いに空気が悪くなるよりは、おっさんに奉仕した方がまだマシだろう。

 電ちゃん、悪いけどその板面を参考にして俺の首とか肩にやってみてくれないか?」

「あ、はい……えーと、後ろ失礼しますね……んっと、ここ?」

「おぎぎぎぎぎぎぎッッ!? ちょ、ま、ちょッッ!! アゴっ……」

 

横に置いたツボ指圧の図面板を見ながら、電はさっそく整備長の体を弄りだした。

そして効果がテキメンなのか、単にズレて人体にとって押しては行けないツボなのか

押した瞬間から整備長がよくわからない悲鳴を上げ始めた。

 

「次にこっちで……あ、クラゲちゃんもやってみます?」

「●ー♪」

「ま、まじっすか? ちょっと、あの、電ちゃん一人で十分なんあぎゃぎゃぎゃぎゃ?!」

「そうそう、そこなのです♪ じゃあ私はこっちを……えいっ♪」

「はおっ」

 

クラゲの触手4本ぐらいに一気に指圧をされ始めた所で

電が親指を首の筋にずぶっと入れた瞬間、整備長は最後に謎の声を出して意識がなくなった。

 

「あっ!? や、やりすぎてしまったのです! ど、どど、どうしよう!」

「●ー;」

「えーと、ま……まずは……証拠隠滅? まず整備長さんを隠して、山の中に……

 って、違います! まだ整備長さんは死んでいないのですっ!」

「●ー」

「えーとえーと……ご自宅に送って上げれば……いい、のかな?

 うん、そう、だよね……よしっ! 誰かに見つからないうちに素早く送り届けるのですっ!

 それじゃあ、クラゲちゃんまた明日っ!」

「●ー ノシ」

 

無意識ながら、整備長の意識をすっ飛ばしてしまった電は

己の持つ艦娘としてのスペックをフルに活用し、すぐさま整備長を抱え上げて入り口へと走る。

そして整備長の腰から整備場の鍵を見つけ出し、入り口に鍵を掛ける事を忘れず

すぐさま海へと抜錨し、何度か寄った事がある整備長の家へと突撃し、ドアにも突撃。

たたまれていた布団を素早く畳の上に敷いて、意識のない整備長を横たわらせた。

ばふっと掛け布団を上から掛けた後、壊れたドアから退室。

すぐさま整備長のアパート前の道路から海へと着水して、港へと戻っていった。

 

この間僅か20分。

当事者である整備長と艦娘・電、クラゲの2人と1匹のみしか知らない事件がまた出来た。

 

 

 

 

そしてこの翌日以降、人体板面図は整備長の予想を大きく上回る効果を発揮。

まず初日の被害者である整備長の疲労が(電のアフター破壊ケアがあったとしても)綺麗サッパリなくなり

他の作業員・入渠している艦娘にもクラゲの触手を用いて相次いで試したところ

気絶のち疲労完全回復という凄まじい結果に。

 

1日、作業員達が気絶して動かなくなったせいで整備場の業務はほぼすべて停止したが

翌日以降、ノリにノった上向き調子の作業員オールスターズが目覚ましい働きを見せつけ

2日後には潰れた1日分の作業すら上回る効率を見せつけていた。

 

ただし、ツボ刺激にはひどい痛みを伴っている為、あまり人気はないようである。

 

なお、整備長のアパート玄関のドアは電がくすねている資材の一部を没収され

それを町中の工材屋に売却し、その金額で新品に代えられた事も記載しておく。

電は「助けたい子を保護する資材が減った」と半べそだった。





『人体板面図説』 SSホロ
※効果※ あるだけで艦娘の疲労回復効果が2倍。
     しかし、所詮失敗作から引っ張りだされたガラクタなのでアイテム欄には記載されない。


※Tips

Q.大富豪で運が無いなら大貧民じゃねぇの?
A.状況次第じゃ3と4の革命で巻き返せるから。
 1枚しか交換されない貧民のが巻き返せる可能性は著しく低い、とかってに考えてます

・ゲームでは秘書艦によって、開発で出来る装備が変わります(所詮、率ですが)
 飛行機を扱う子なら艦載機ができやすくなり、駆逐艦とかならなんか電策とかが出来る、らしい。
 艦載機の方は試したけど電策の方は試してません。

・烈風 SSホロ
 ホロがレアなら、SSホロはめっちゃレア。そんなイメージでOKです。


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開発失敗


調度良く区切れた気がしたのでとりあえず投稿。



 

 

 

整備場では、今日も忙しなく作業員が右に左にと一生懸命働いている。

その隅っこでは、最近保護されたクラゲが人体健康のツボ・マッサージの極意を習得した事で

疲れが溜まっていたり、肩こりなどで悩まされている艦娘や作業員などがそこに訪れる様になっていた。

 

「あ、ちょっと、やさしく、やさしくするのよ!?

 そう、その調子……って、うにゃっ!? うにゃーー!!」

 

今回、激痛と引き換えに疲労を消すことが出来た艦娘は、一体誰なのやら。

 

「おーい、整備長ー! 作業中悪ぃんだけどちょっと話聴いてくれねえかー!」

「───ん?」

 

前回の廃棄物から偶然生まれた謎の道具によって、作業員達の疲労が殆ど回復し

通常業務もお気軽にこなせる程度の体調が戻ってきた、この慌ただしい作業場に

あまり見ない組み合わせの珍客が訪れていた。

 

「二人が一緒に俺の所に訪ねてくるなんて、珍しいな。

 どうかしたのか? 天龍に叢雲ちゃん」

 

整備場における吹き抜けの三階付近で、作業員と一緒に設備の点検を行っていた整備長は

階段をのんびりと降りて、下から聞こえた声の元へと辿り着いた。

 

「出来ればそのちゃん付けをやめて欲しいんだけど、ね」

「んな事はどうだっていいだろーが、叢雲。

 駆逐のヤツラなんて殆ど小さいのばっかなんだから、ちゃんだろーがなんだろーが構いやしねえだろ」

「なんだか子供扱いされてるみたいで呼ばれる度にイラっとすんのよっ!

 ま、まぁ……いっつも修理に入る時には世話になってるし、仕方なく呼ばせてあげてるけど……」

 

二人一緒に整備長を訪ねてきた艦娘は二名。

口調が乱暴な短髪で、眼帯を装着しているのが軽巡洋艦娘・天龍。

胸の前で腕を組み、少し顔を赤らめながら呼称に文句を言っている艦娘が、駆逐艦娘・叢雲である。

どちらも艦娘の中でも一際強気であり、天龍は武闘派、叢雲は効率派といったところだろうか。

提督(の秘書艦達)のお気に入りなのか、性能ではトップクラスと比べるとかなり劣っているのだが

出撃機会は他の艦娘と比較してもかなり多めの二人である。

 

「つーてもなぁ、すまんな叢雲ちゃん。

 俺も子供居てもおかしくない年齢だし、君等みたいに小さい艦娘だと自然とちゃん付けになっちまうや」

「ふ、ふんっ、やめる努力ぐらいはしなさいよ? いいわね!?」

「ははは、期待しないで下さいませ、御嬢様」

「おい叢雲、話がズレてんだろーが」

「あっ」

 

整備長の言葉に対し、また少し顔を赤らめながら胸を沿って返答し

そこで主題に一向に入れない天龍から、会話のストップが掛かった。

 

「で、用事は? 一応仕事中なんでな、すぐ済む事ならここで頼む。

 入り込んだ内容なら俺の仕事部屋にでも行くか?」

「んーーーそうだなぁ……パパッと終わっちまう様な内容じゃねぇしな」

「お茶ぐらいは出してもらえるんでしょうね?」

「いつも通りに高圧的でございますね、うちの御嬢は……ま、そんなら付いてきてくれ。

 すまんー、ちょっと抜けるー。後で結果を知らせてくれやー」

「わかりましたよー」

 

此処では解決しない話であるらしく、整備長は場所を移動して話を聞く事にした。

上の方で一緒に点検を指定た作業員達に離脱の声を掛け、三人は整備長室へと向かったのだった。

 

 

 

 

「──近接装備が欲しい?」

「おう、そうだ」

「ええ、そうよ」

 

整備長は、室内へ二人を迎え入れた後ちゃんと粗茶も出し

二人から切り出された話の内容をオウム返しに尋ね返す。

 

「えーと…………」

「んだよ、言いたい事でもあんのか?」

「あるのならはっきり言いなさいよね」

「ん、なら遠慮無く……君等ってアホ?」

「うるせぇちくしょー!

 俺だって艦娘である以上どんだけ有り得ねぇ事言ってっかぐらいわかってらぁ!」

「直で言われたら言われたで腹立つわね……」

 

アホと言われて逆ギレに近い対応を示す艦娘二人。

しかし整備長が言う事も間違っているわけではなく、常識から考えれば有り得ない事である。

 

何故なら、艦隊戦は基本的に砲撃戦か航空戦しか行わないからである。

もちろんこちらで開発する装備も艦載機か砲身砲塔、または索敵機や推進タービン等である。

直接殴りあうモノは一切開発の視野に入れられていない、砲身で殴る場合はまた別の話になるが。

 

「で、なんでそんなもん欲しがってるんだ?」

「そりゃぁ整備長お前よぉ、日頃から俺らこんなもん背負ってんだしさぁ。

 やっぱロマン感じちゃうじゃねーか、これで伸し上がってみたいじゃねーか」

「あー、その野太刀みたいなやつ?」

「私も同じようなものね、多少扱えるのであればそれも長所として伸ばしたいのよ」

「叢雲ちゃんのはアンテナじゃねーか! 取手付いてるだけで騙されるかッ!!

「う、うるさいわねっ! そんな些細な事どうでもいいのよっ!」

 

そんな事情もあり、近接武器を開発している提督、または整備場など皆無である。

殴り合いを希望する艦娘も現れないため、需要も供給もゼロなのは当然であると言えた。

 

「つーわけで、整備長。作れ。」

「いやお前作れったってなぁ……」

「良いからアンタは言われた通りに作ればいいのよっ! どうせ資材も提督持ち───」

「一応既にあるしなぁ」

「なんだから……って、なんですって?」

「なんだと……!?」

 

二人で需要を希望したところ、整備長からは意外な返答が返ってきた。

供給ゼロとはなんだったのか。

 

「あるって……お前……なんで装備完成書類に入れてねぇんだよッ!!」

「だって誰も使わんだろ、そんなん載せた所で周りからいじられるだけでいいコトが何も無い」

「だからって、お前……あるんならあるでもっと早く言えよッ」

「無茶言うなっ! こっちゃ責任背負ってる立場なんだぞッ! 生活掛かってんのにそんなもん出せるかッ!

 役に立たないモン作って資材消費しまくってたら下手すりゃクビなんだよっ!」

「他の奴等に見せりゃ何かしら改良案があったかもしんねぇだろッ!」

「待ちなさい、アンタ達」

「ぉ?」

「あぁ?」

 

己の生活が、ここでの行動に掛かっている整備長と元々口が悪い天龍で口での砲雷撃戦が始まったが

本格的に発展する前に、少し呆けていた叢雲が復活して二人に待ったをかけた。

 

「整備長、あんたは、既にそれを開発してるのね?」

「開発失敗しただけの鉄屑な可能性のが大だけど、な」

「それでいいわ、掘り出し物があるかもしれないし保管場所に案内しなさい。

 アンタも元々仕事中なんだし、時間は無駄にするべきではないでしょう?」

「あぁ、まぁそうだが……がっかりしても俺は知らんぞ?」

「いいわよ、いきなり作れって言った手前もあるし、ダメならダメで作らせるわ」

「おい」

「天龍、アンタもそれでいいでしょ? さっさと行きましょう」

「お、おう……」

「……まぁ、良いか。三階にある兵器保管庫の奥に色々溜め込んでる。とりあえず三階に上がろう」

 

こうして一同は整備長の言う失敗作を見に行くため、失敗作保管庫へと足を向けたのだった。

 

 

 

 

 

「…………ま、マジかよ……なんだ、この品数と品質……」

「…………これは、表に出せないわけね……状態が良いのはアンタの趣味?」

「だなー、一応なにかしらの機会で陽の目も見るかもしれんから

 不具合だけは無いように、協力者と一緒にひと通り整備はしてるぞ」

 

整備長の案内の元、二人は失敗作保管庫へと案内され

その中に綺麗に陳列されている上に埃も殆ど被って居ないその状態に驚いてしまう。

最初こそその光景に圧倒されていたが、二人は途端にウキウキしだした。

 

「な、なぁ! 早速見ていいか!? 見ちゃっていいよな!? な!?」

「そ、そうね……もう、見ても、いいでしょ? いいわよね? 行くわよ?」

「……どうぞ」

「ひゃっほーーーーーーーー!」

「きゃーーーーーきゃーーーーーーー!」

 

整備長の同意を得たが途端に保管庫へと突入した二人は

まるで遊園地へと訪れて手を離されてしまった子供のように辺りを物色し始めた。

 

「おぉ……おぉ……! なんだこれ……失敗作にするにゃ勿体無いモンばっかじゃねーか!」

「うわ……何よこの刀身……私達よりしっかり整備されてんじゃないのかしらコレ」

「やれやれ……まあ御眼鏡に適っているようで何よりだが……お?」

 

周りに置かれているモノの質に感動しながら持ち手をにぎにぎしたり、うっとりしたりしている最中に

保管庫の奥から大きくて太い何かが、こちらに向かってくるのが全員の目から見えた。

 

「な、なんだ、ありゃ……!?」

「な、で、でっか……!?」

 

奥からこちらに向かってきているのが見えているだけでも、天井まで5mはありそうなこのフロアにおいて

既に天井との隙間が殆ど無い辺り、その大きさが伺える。

 

「おーっす、今日もご苦労さんー」

「ーーー」

 

そんなデカブツに対して、さして驚きもせずに声をかけながら手を振る整備長。

それに気付いてデカブツもその手に対してややぎこちなく、手のようなモノをふりふりした。

気のせいか、頭の上に生えた二本の何かもキュリキュリ前に後ろに動いているようである。

 

その様子を見て、天龍は横からそのデカブツを観察し始めて……すぐに気付いた。

 

「おい……こいつ、島風の連装砲(ちゃん)じゃねぇか!!

 整備長お前なんでこんなバカデカく改造してやがんだ!」

「れ、連装砲ちゃんですってぇ!?」

「失礼な、別にあいつの連装砲ちゃんを改造したわけじゃないぞ。

 ただ単に開発に失敗したら鉄屑の中にコイツが居ただけだ、一応46cm連装砲ちゃんと名付けているぞ」

「作ったのかよ!?」

「まぁ、気付いたら。HAHAHA」

「ーーー♪」

 

そしてさらに見てみれば、46cm連装砲ちゃんの手には

掃除道具であるハタキと太めの回転箒が装着されていた。

どうやらここの失敗作兵装・件・失敗作保管室の管理人らしい。

 

「おま……なんつーもんを……」

「………………」

「ん、叢雲、どうした?」

「か、可愛い……♡ 整備長ッ!! これちょーだいッッ! この子ちょーだいッッ!」

「ダメでござる。そいつがさっき言ってた協力者だ。

 その連装砲ちゃんがいなくなったら俺の疲労がマッハでクラゲマッサージで気絶のループになる」

「ちょーだいちょーだいちょーだい! ちょーーだい!」

「うるせぇ叢雲ッッ! お前ここに近接武器探しに来たんだろーがッッ!

 時間が勿体ないとか言ってたくせに他のことに気をとられてんじゃねぇっ!」

「はっ!? そうだったわっ!」

「まぁ、そんなに気に入ったんならたまにここに遊びにくればいいさ。

 んで武器の手入れでもしてもらえばいいぞ」

「そ、そうするわ……」

「ーーー♪」

 

叢雲にとても気に入られたことが嬉しいのか、46cm連装砲ちゃんもニコニコ顔である。

その一方で、艦娘と兵器の和やかな様子を見ながら整備長は

 

(こいつの中身を操縦式にして、叢雲乗せてモビルスーツに出来ないかな)

 

とか考えていた。

 

 





※続きます。


※模造tips

・この小説では開発に失敗しても開発資材(元になるヤツ)は消費されます。
 その代わりアイテム欄に出ていない失敗作が出来上がってしまってます、それが今回のメイン。
 次回明らかになる兵装は普通に他作品のモノが出てきます。一応伝説の剣とかは出ない。

・46cm連装砲ちゃんはPixivで見かけたものを採用しました。

・叢雲さんの口調がうまく表現出来てなくても殴らないで下さい。お願いします。


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失敗作保管庫


注・他作品の名称が大量に出てきます。
  今回の話はそれらを手にとって会話している天龍や叢雲を想像して楽しんで下さい。
  あなたの知っている名称はいくつあるでしょうか?



 

 

「ふーむ……これも捨てがたいが……アレも良いよなぁ」

「連装砲ちゃん、この私に合う武器に心当たりは無いかしら?」

「ーーー」

 

46cm連装砲ちゃんが失敗作保管庫へ登場してから少しだけ停止はしたが

艦娘二名はすぐに本来の目的である武器の散策に戻る。

整備長も、下手な事をして失敗作を破壊されない様に二人に声を掛けられる位置に立っている。

 

失敗作といえど、やはり作ったものに愛着はあるのだ。

 

「お、なんか良さげな大剣見っけたぞッ! どうよ、似合うかお前等?」

「へぇ、結構サマになってるわよ天龍。それでもいいんじゃないかしら?」

「その武器の型番は……U-88、えーと……あったあった、『クロスクレイモア』だな。

 知り合いが言うには特殊な効果は何も無いらしいが……まあ見ての通り良さげなモノだな」

 

自分が探している剣のタイプは大体手を付けている天龍。

本決まりでこそないが、どうやらこの『クロスクレイモア』も大分気に入ったようである。

 

「……あら? これは……雷巡チ級の腕、かしら?」

「いや、違うぞー。それももちろん失敗作だ。

 一応それはガントレットアームの部類だな、それで相手を殴りつけるんだよ。

 知り合いは『+15メカタウのガンドレット』とかつけてるな……。

 なんなんだろう、+15とか、メカタウとかって単語は」

「私に聞かれても知らないわよ、むしろ教えて欲しいぐらいね」

 

剣だけでなく、奇妙な形状の武器もあり……どこに視線をやっても目移りしてしまう。

そんなワクワクフロアが、整備長の管理する失敗作保管庫だった。

軽く見渡せば46cm連装砲ちゃんが掃き掃除をしており、最早テーマパークに近い気もする。

 

「……お? 整備長、なんだこれ?」

「ん?」

 

そんな中、天龍が奇妙な何かを発見したらしく整備長に声をかける。

その手にはオレンジ色に近い輝きを持った球体が持たれていた。

 

「えーとそれは……知り合いの鑑定師に見てもらった事で貰った情報だが……

 報告書によると、『ナイツ・オブ・ラウンド』という、えーと……『まてりあ』? というものらしい」

「……なんかすっげー禍々しいっつーか、猛々しい気配がしてんぞこれ……。

 ここにあるっつーことはこれも整備長が作ったもんなんだよな?」

「結論から言えば片付けてた廃材の中に混ざってたってだけだがな。

 まあきれいな球体のフォルムってのもあって、俺もたまに磨いてるよ」

「ふーん、でもまあそれだけだなー、戻しとくわ」

 

整備長はフロアの入り口に設置されている失敗作鑑定図鑑から球体の説明をした。

その説明を聞いて興味を失ったのか、置かれていた手製の台座へと戻される「まてりあ」。

戻されてすぐに、今度は叢雲が何かを見つけたようだ。

 

「こ、こっちもなんか、すっごい禍々しいんだけど……?

 でも、なんか綺麗なのがわかる刀ねぇ。整備長、これの鑑定結果は?」

「K-73番か、えーと……『初代鬼徹』って付けられてるな……。

 禍々しい感じがするのは、妖刀って部類に入るからなんだそうだ」

「よ、妖刀……!? 確かになんか不気味ではあるんだけど……」

「あくまでも知り合いの予想なんだが……持ち主に非業の死を遂げさせるタイプらしいなぁ。

 あいつの脳内設定なんだろうけど……鬼徹一派が作り上げた刀は全て良質な業物だが

 同時に呪われているそうで、それが妖刀に括られる理由らしい」

「そんな物騒なモン管理してんじゃないわよッ!!」

 

たまらず叢雲は、やけに物騒な設定を持つその刀を地面に叩きつけようとする。

 

「あーコラ何しようとしてるんだ! それ一応既に持ち主決まってんだぞ!」

「はぁッ?! アンタこんなモン誰に渡すのよッ! 相手殺す気ッ!?」

「俺に言うな俺に! なんか知らんけどここに迷い込んだ雪風ちゃんがそれ気に入っちまったんだよ。

 たまにここに遊びに来て、その『初代鬼徹』と楽しそうに話してるの見かけたぞ」

「……雪風って、そんな痛い子だったっけ?」

「いや、なんかその刀……本当に意思があるっぽいんだよな。

 よーく見たら黒い怨念みたいなの出てるのわからん?」

「へ?」

 

言われて叢雲はじっくりと刀を見てみると……こちらに怒りの表情を向けた黒いモヤらしきものが見える。

 

「ひぃっ!?」

「わっととととと……! コラッ! 手放すなッ! 刀はデリケートなんだぞっ!」

「んなこといったって怖いわよバカッ!」

 

驚いて投げ捨ててしまった『初代鬼徹』を整備長が慌ててキャッチし、なんとか事なきを得る。

自分を大事に管理してくれている整備長の手に渡った為なのか、黒いモヤの表情も笑顔になっていた。

どうやら叢雲に不気味と言われた事が気に食わなかったようである。

 

なお、駆逐艦娘・雪風はこの『初代鬼徹』を部屋に飾って大切にする予定なんだそうな。

 

 

 

そのような一悶着もあったりしたが、あった場所に『初代鬼徹』が戻され

さらに失敗作の陳列を次々に閲覧していく叢雲と天龍、それに付随する整備長。

 

「……なんでこんなところに、バカでっかい筆が?」

「あぁ、それか? 一応知り合い曰く『ほうき』の分類らしいぞ」

「ほうきぃ? なんでそんなもんが開発出来……あぁ、だから失敗作なのね」

「名前は『悟りし者の落書き』って付けられてたよ、これで落書きでもするんかね」

「私が知った事じゃないわ、次行くわよ次……あぁ、でもこの毛触りはちょっと捨てがたいなぁ」

 

元の位置に戻そうとした所で毛先が手に触れ、思わずもにゅもにゅしてしまう叢雲。

さらに二人は無駄に広い失敗作保管庫の散策を続けていく。

 

「へぇ、結構渋い陸戦部隊の武器まで出来上がってんのか、ロゴまであるな……いーぜっと、ハチ?」

「えーとそれは……『180mmキャノン』って名前だな、まあ見たまんまだ……ロゴは知り合いがつけてたよ。

 俺らが扱うタイプのモンでもないし、俺も陸戦部隊に知り合いなんぞ居ないからここに置いてる」

「こまめに整備してるだけあって、状態がすっげーよさそうだなー。

 案外陸軍司令部に持って行ったら喜ばれるんじゃねーか?」

「でもヘタしたら俺のクビと引き換えだからなぁ」

「ま、そりゃそうか」

 

天龍が持った武器を置けば、次は叢雲が違う何かに興味を示す。

 

「あら、これなんて結構素敵ね、剣身が虹色になってるじゃない」

「ああ、それ綺麗だよなぁ。なんでそんなもん作れたんだろう俺。

 知り合いは『エターナルスフィア』って名前を付けてるな、軽く振ってみると星が出るぞ」

「え? あら、ホントね。んーでも実用的とは言い難いわねぇ」

「まーせいぜい大道芸で使い道があるかどうかってとこだな」

「お、こっちの腕輪もなんか虹色っぽいな」

「それは……『昂翼天使の腕輪』と書かれてるな……それを腕につけると同じく星が出るらしい」

「意味ねぇ~~~」

 

 

 

そんな流れを繰り返すうち……ついに、二人は、探し求めていたものに、辿り着いた。

 

「こ……これは……!」

 

「な、何、これ……」

 

 

 






めんなさい、まだ続きます。
なんか脳内で無駄に二人が大騒ぎしててまだまだ終わりが完成しません。
二人は何を選ぶのでしょうかね。

※tips※
・知り合い=おまいら

・駆逐艦娘・雪風
 史実の戦果と内容がやばい子。
 ゲームにおいてもワケの分からない性能を有している。


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鉄屑の中で輝くモノ


とりあえず二人が気に入った武器だけのお話。
戦闘描写はまた次回になります、そして難しそうで遅れる気配満々。

二人をくっつけたまま武器発見描写を書くと配置的にも訳のわからない事になりそうだったため
別々に、それぞれが整備長を違う時系列で(つっても5分10分の差だが)引き連れています。


※with・天龍※

 

「お、おい、整備長!! これ、これがいい! 俺、コレがいいッ!!」

「ん……」

 

天龍が見かけた瞬間に心を奪われたその「ツルギ」。

それは、とても大きく、とても無骨で、刃に該当する部分が赤く輝いている。

 

「ちょっと待てよ……T-36番だから……あった。

 えーと、『1/9スケール・アロンダイト』って名前になってるな」

「アロン……ダイト……」

 

天龍が見惚れたそれは、剣を表す部分だけでも天龍の身長を超えており……

 

「ッ! くっ……さすがに、重いなッ……! 見た目通りって事かよッ……」

「おぉ、お前良く持てんなぁそれ。前に一度重さを計ったら200kg行ってたぞ、そのアロンダイト」

 

その超重量こそあり、剣を格好良く構えることこそ出来ないものの

周りに配慮して背負いあげる程度の余裕はあるらしく、ぎこちないながらも峰を肩に当てて持ち上げた。

 

「っは、日頃から、艦隊砲背負って、海を突っ走ってんだからな……! こんぐらい、朝飯前だってのっ」

 

どうやら本当に心底気に入ったらしく、少し顔から汗が出てきているが

その笑顔は普段見る事が出来ない程に嬉しそうな表情だった。

輝かしいばかりに「気に入ったッ!」と全力で主張しているその様子を見て

整備長は少し思案した後、天龍に話を持ちかけた。

 

「よし、天龍。それを本気で使いたいならお前自身に推進力のパーツを追加してやろう。

 その推進力を上手く使えば、そのクソ重い刀も自由自在に振り回せる様になると思うぞ」

「やるっ! つけろっ! 早くつけろッ! 今すぐッ!」

「少しは悩めよお前ッ! まぁ良い、えーと此処らへんに確か……」

 

何も考えてこそ居ないものの、元気の良い快諾を天龍から見せられた整備長は

手に持っていた失敗作鑑定図鑑も見ず、まるで我が家のようにスルスルと棚列の奥へと向かった。

そして少しした後に、手に何かを持って戻ってきた。

 

「よし、持ってきたぞー」

「おう、お帰り。んで……なんだ? その……どっちかってーと艦載機辺りにつけるっぽい物体は」

「お、良い線突いてるぞ天龍。これは『ミノフスキードライブ』ってヤツでな。

 まあコレの名前も知り合いが付けたんだけどさ」

「名前聞いても何に使うのかわかんねーって」

 

天龍の言う通り、何も知らない者からすれば名前になんの関連性があるのかさっぱりである。

それには整備長も同意するものがあるらしく、天龍の発言にうんうんと頷いていた。

 

「まぁそうだなー……これ、なんでも装着したヤツを飛行可能にする程の推進力があるらしくてな」

「ほぉー、空飛ぶ俺様か……なんだよ、わかってんじゃねーか整備長ー♪」

「いや、違う。これ噴出口を下向きじゃなくて横向きにつける」

「よ、横……? えーと……重いもん背負ってるような俺らに横向きに……ってーことは」

「うん、すっごい加速する。ものっそい加速すると思う。

 多分どっかのストックホルム症候群全開の三代悪女なお姫様なら「島風よりはやーい!」とか言う位。」

 

重力に打ち勝ち、空を飛ぶ為に推進するモノを真横につける。

すると互いに相反するエネルギーがひとつの方向にぶっ飛んでいく結果になり

最終的には加速装置扱いとなるであろう、と整備長は見込んだ。

 

「重たくて結構、破壊力がありそうで結構。 けどな……そういうのは当たらなきゃ意味無いんだよ」

「まぁ、そらぁそうだよなぁ」

「んだからお前の体の各所にコレを取り付けて、ついでに剣にも取り付けて……

 お前自身も最速で接近して、なおかつその馬鹿でっけぇ剣も最速で振れる様にする」

「……完全に俺らの望んでる形だな」

「そういうことさ、さすがに初っ端から使いこなせるわけはないだろうし

 暫くの間は努力の期間になるんだろうけど、自在に使えるようになったら……

 多分フラッグシップ戦艦ル級でも一撃ノックアウトなんじゃねーかなぁ?」

 

整備長の話を大人しく聞き、ロマンも夢も、求めていたものがこの剣にあると確認する。

そこまでくれば、後はいかにして短期間でこのアロンダイトを自由自在に扱えるか、だった。

 

「……よし、俺はやるぜ。絶対にやってみせてやるよ。

 それでなくても他の同級の奴等と比べて砲撃力やらなんやらと劣ってるしな。

 ここらで一発でっけぇ一撃必殺があったって、誰からも文句は出ねえだろ」

「その意気だ、ちゃんと手入れもしてやるんだぞ。

 武器を粗雑に扱うヤツには成長の見込みなんぞ、ないからな」

「わかった、これは大切にさせてもらうぜ。ありがとな、整備長!」

「よし、なら早速奥の調整室に行って出力と装着場所を調整しようか」

「そんな部屋まで完備してんのかよこの部屋……アンタどんだけ趣味に走ってんだ」

 

全ての内容が決定したので、この場の掃除と後片付けを46cm連装砲ちゃんにバトンタッチし

整備長と天龍は、失敗作保管庫からそのフロアの工廠へと向かうのだった。

 

 

※with・叢雲※

 

「せ、整備長っ! これっ! これ見せてっ!!」

「ん? おぉ、これかぁ」

 

少し高めの棚が陳列するエリアからさらに歩き、叢雲は壁に刀が掛けられている区域へと辿り着いた。

その瞬間、とあるひとつの刀に魅せられてしまう。

 

「これはさすがに俺も作った時に印象が強かったからまだ覚えてるな、よっと」

「………………」

 

一見しただけでも一発で分かるその刀の特徴は、やはり整備長も根強く覚えていたらしく

懐かしさいっぱいで脚立に登った後、鞘に入った刀へと手を伸ばして慎重に刀を降ろした。

 

「……と、刀身を、見せてもらってもいいかしら」

「わかった、少し離れててくれ……ほいっと」

「…………!」

 

整備長に離れてくれと指示を受け、叢雲は少しだけ距離を取り

整備長の手によってスルスルと刀身が顕になっていくその刀に釘付けになっていた。

 

叢雲が見初めたその刀は、『 長 い 』。

 

その全貌、鞘から抜き去った上で整備長の身長より長い。

せいぜい持ち手の部分を長さの計算から省き、刀身のみで考えても同じぐらいの長さだった。

もちろん頼んだ叢雲の身長など、刃部分だけでも勝てない程だ。

そして持ち手には持ち手で、丸型の窪みが6つ付いているようである。

 

普通の刀には無い、特徴的なモノを色々と持った刀と言えた。

 

「名前こそ知り合いに任せたが……この刀の名前は『正宗』だ。

 見ての通り長いからそれだけで扱いづらいだろうし

 刀本来の耐久力もあって形が変わり安すぎるのが難点ってところかな」

「まさ、むね」

 

整備長の横へと向かい、『正宗』の持ち手を譲り受ける叢雲。

 

「かなり重いぞ、気をつけろ」

「ッ! くっ、見た目の割には結構な重量ねッ」

「先端が長ければ長いほど、負荷がかかってくるからな」

 

しかしこの重量問題も天龍と同じく、艦娘である叢雲にはそこまでの脅威ではない。

最低限度必要な力は備わっているらしく、若干ぷるぷる震えてはいるが持つ事は出来た。

 

「ふ、ふんっ、た、大したこと、ないわねっ!」

「……やせ我慢、ご苦労さん。それで実際どうだった?

 扱いにくさは半端じゃ無いと思うが、これにするのか?」

「もちろん、よっ! ちゃんと鍛錬して、思い通りに動かしてみせるわっ!」

 

叢雲は本気でこの『正宗』が気に入ったらしく、整備長の言葉に快諾をした。

その言葉を聞いて、整備長は嬉しそうに『正宗』の刃を鞘に収めていった。

 

「あ、ちょっと! こんな長い刀身を鞘なんかに収めたら出し入れが大変じゃないのっ!」

「むしろこんな刀を抜き身の状態で居ようとするなバカタレ。

 電ちゃんがこれに激突しただけで刀身が曲がるぞ」

「……あの娘の場合、鞘に入ってても結果は同じなんじゃないかしら?」

「……言われてみれば、そうだな。まあ危険には変わりないんだ、使う時だけ鞘から出すようにしてくれ」

 

長い刀に、これまた長い鞘をゆっくりスルスルと入れていき、最後にパチンと音がする。

そこでふと思いついた様に整備長はその場を少し離れ、叢雲がどうやってこれを運ぶか考えていた所で

再び整備長が姿を表し、鞘の先端に急遽何かを取り付け始めた。

 

「アンタ、何やってんのよ」

「車輪つけてんだよ、車輪。それで引きずらなくても済むようになるだろう」

「子供の補助輪と一緒にしてないでしょうね?」

「子供だろ、事実」

 

最後の整備長の一言に対して素早く(12.7cm連装砲付きの)拳を繰り出したが

日頃から駆逐艦娘・電に突撃され慣れているせいもあって、整備長は軽々と避けた。

 

「さて、失敗作とはいえ俺の大事な作品なんだ……生半可な腕で使う事を許しはしないぞ。

 早速使いこなすための特訓に入ってもらう、場所を提供するからついてきてくれ」

「待ちなさいッ! その前に1発殴らせなさいッ!」

「アハ~ハハハ~、叢雲ちゃん如きに殴られるようじゃこんな港じゃ生きてけないさ~、っと」

 

再度拳を繰り出してきた叢雲の一撃を、軽くパシッと弾き

片方は何やら楽しそうに、片方は憤慨の表情と感情で失敗作保管庫から消えていった。

 






※模造tip※

艦娘は潜水艦娘以外、身体能力が軒並み上昇しています。
腕力握力問わず。
実際この2つの武器を世の中に出したら凄まじい負荷が掛かるはずですが
彼女たちは普段から鉄の塊と火薬を背負っているはずなので問題ない。


・アロンダイト 某デスティニーGの近接武器
・正宗     FF7タシロスの武器



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銃刀法


今回は練習風景のみ。
何か突っ込みがあれば遠慮なくお願いします、台詞とか。



 

★天龍の修行風景★

 

「ふむ、射出材を……N-78、TN-5X230……射出角2.8、と。

 燃料エコのドライブモードでDL33にYのYで……よし、一旦はこんなものか」

「おう、じゃあ早速取り付けてみてくれよ!」

 

整備長がパソコンに繋がる機械に『ミノフスキードライブ』を組み込み

数字的に出力調整を施し終わり、軽巡洋艦娘・天龍につける準備が整った。

 

 

「よし、それじゃあまずは狙い通りのモノを攻撃出来るようにするぞ。

 あそこに置いている固めた廃材をなるべく綺麗に、一瞬で切り落とせ」

「おうッ! ま、さすがに最初だしな。

 完璧にゃ行かねぇだろうけど、形にはしてみせるぜ……行くぞッッ!!」

 

艦娘としての本能でわかる、増設されたパーツの使い道を瞬時に理解し

『ミノフスキードライブ』の初動を動きに組み込み、天龍は吼えた。

 

「うおぉぉぉおおーーーーーーーーーーーー!!!」

 

瞬間。

 

 

バォンッッッ!!

 

 

「うおッッッ!?」

 

天龍が吼え終わったと同時に部屋が輝かしく光り、そしてとても大きい音が響き渡った。

おそらく光は『ミノフスキードライブ』から発せられた余波的な何かであろう。

音はきっと、狙い通りに天龍が固めた廃材を叩き斬り───

 

「……あれ?」

 

光が収まり、目が慣れた整備長が練習台として置いた廃材は少し震えているだけで

特に新しい傷は何も確認出来なかった、その上よく見てみると……天龍が見渡す限りどこにも居ない。

 

「───あらー? おーい天龍、どこ行っ……あ」

 

キョロキョロと顔を動かして天龍を探した結果、整備長は意外な所で彼女を発見する。

その場所は、なかなかに広い調整修練場の、廃材の遥か向こうにある壁の天井際。

 

要するに、彼女は加速に大成功しすぎて、廃材を追い越し壁に激突後、壁に張り付いたまま気絶していた。

 

 

Ω中破

 

 

「う、ぐ、うぅぅう……なんっつーじゃじゃ馬だ、このミノなんたらってのは……」

「す、すまん。一応数字上じゃかなり小さく設定したはずなんだけどな」

「なに、しゃあねえだろ。即使いこなせない俺が悪ぃんだからよ……いででで……!」

 

気絶している天龍をなんとか天井際の壁から引き剥がし

鼻から燃料が漏れているのも秘密にしてやりながら、後始末。

気絶から復帰する前に『ミノフスキードライブ』の再調整も終わらせており

 出力係数を1/2程度に抑えて、中破している天龍に再び取り付けた。

 

なお、アロンダイトについていた『ミノフスキードライブ』も元気が有り余っていたようで

天龍とはまた違う場所にめり込んでおり、整備長はバールのようなものを用いて壁から撤去していた。

 

 

 

「よっし、気を取り直して……と。整備長! 次は平気だな?」

「ああ、大丈夫のはずだ、調整はさっきの係数を1/2にまでしたからな」

「っしゃぁ! 天龍……行くぜッッ! うおぉぉぉぉおーーーーーーーッッ!!」

「あ、いたいた整備長───」

 

天龍は再び吼える、その吼え声によって調整修練場に入ってきた誰かの声をかき消し

天龍に組み込んだ『ミノフスキードライブ』が全稼働、部屋が───

 

バォンッッッ!!

 

「うわぁっっ!」

 

さっきと同じような現象が起こった。

空間が光り輝き、それと同時に叩き付けるような音。

そして例の如く、設置された標的廃材はまた揺れているだけだった。

 

「───あーあ」

 

これは先程と同じなんだろうなと思い、天龍の姿を壁に限定して探すと

案の定、出入口の扉の横の壁に漫画のような形で叩き付けられた天龍と

それに巻き込まれる形で壁にめり込んでいるアロンダイトと、別の艦娘の姿があった。

 

「……前途多難だなぁ」

 

 

 

Ω轟沈   

 

Ω大破   ←深雪

 

〆小破   ← 剣

 

 

 

なお、天龍が自爆して負ったダメージは完全に轟沈なのだが

別に海の上で轟沈したわけではないので、そのまま整備長の準備した台車に乗せられて

ふたりとも普通にドック入りしている事を記載しておく。

 

 

@叢雲の修行風景@

 

 

「叢雲ちゃんの場合はとにかく基本に忠実に、だな。

 特別な効果も重量もあるわけじゃないし、ただひたすらに長いだけだ」

「そうね、わかるわ」

「だからこそ、その長さを最大限に生かせるように……ってコンセプトでいいだろう」

「わかった、で? 具体的には?」

 

長い正宗を調整修練場に持ち出し、刀の扱いに慣れるための修行という事で

整備長は駆逐艦娘・叢雲に付き合っていた。

肝心の方法を叢雲に問われ、「むー……」と芳しくない声を上げる整備長。

 

「まあこればっかりは近道もないだろうしな……地道に行こうか」

「まぁそれもそうね、私もいきなり使えるとは思ってないわ」

「だから、まずは素振りを軽くした上で……自分で満足に扱える手応えがあればいいんじゃないか?」

「そんなところかしら、まぁやってみるわ」

 

基礎の基礎(キソだキソ)ということで、まずは刀を取り扱う所から始めることに。

 

「せいっ! っわったたたたたッッ!」

「……ふーむ」

「まだまだ! ……やぁっ! っとととと」

 

長さ故に掛かる負荷に振り回され、満足に長刀・正宗を扱うことが出来ない。

10分後……少し振り疲れたのか、一度手を止め悔しがっている叢雲が居た。

 

「く、悔しいッ……こんな綺麗な刀なのに、肝心の私が満足に使えないなんてッ……」

「んー……」

「整備長ッ! アンタ横から見てたんならアドバイスかなんかないのッ!?」

「ある」

「うー……使い物にならないわねっ……って、ある、の?」

「おいちょっと待て、その前にお前今俺の事なんつったオイ」

「素敵で逞しいって言ったのよ、早くアドバイスなさい」

「……ガキ」

「…………ッッ~~~! 早くしなさいっ!」

 

仲がいいのか悪いのかわからないような関係の幼なじみの如く夫婦漫才を披露する整備長と叢雲だが

残念な事に、ココには観客が居ないので特に盛り上がることもなかった。

 

「まずあれだな、どうせなら刀の扱いづらさに振り回される事を前提で動いてみたらどうだ?

 振り回される後にいちいちそれを止めようとするから、型が崩れるんだろう」

「なるほど、ちょっとやってみるわ」

 

整備長からの助言を受け入れ、力に逆らわず流す様にして刀を振る。

そして刀の流動性がなくなった後、そこから再度力を入れて振ってみる。

 

「うん、これはなんかいい感じね、少なくともさっきよりは手応えを感じるわ」

「んー……次は回転しながら振り続けてみたらどうだ?

 こう、ゴルフスイングを回りながら繰り返すみたいな……」

「えーと、こう、かしら?」

 

言われた通りに、一定リズムを持って軽く回りながらシュッシュッシュッと振ってみる。

思いの外綺麗に刀が振れているらしく、叢雲の顔はどんどん笑顔になっていく。

 

「いいわ、これだわ! これよ! この感じ! やっ! はッ! えいっ!」

「…………」

「私にッ! ぴったりじゃないッ! 華麗に! 舞いながらッ!

 綺麗なッ! 斬撃をッ くり、だし、う、つづ、う、お、お、お、おぉぉぉ、おヴぇぇぇ…………」

「……だよねー」

 

クルン、クルンと回る度に斬撃を繰り出していた叢雲だったが

楽しいのか……納得したのか、それとも嬉しいのか……または全部か。

完全に型に嵌めて一定リズムで斬撃を放っていたところで

回転していた事による三半規管へのダメージがどんどん追加されていってしまい

終いには呪われた雄叫びを上げ始めた。

 

「大丈夫か、叢雲ちゃん」

「あ、アンタ……@@ さ、さて、は、わかってた、わね……@@?」

「いや、なんかそこまで気に入ると思ってなかった、俺基本的に深く考えてないし。

 さっきも『地道に行こう』って言ったばっかりなのに此処まで型に嵌ると思わなくて」

「ふ、フフフ、こ、こんな@@ ことで……へこたれる叢雲様じゃない、わよ……@@

 漸く、上手く、刀を扱う、コツを……みちゅけ、け、け@@」

「……とりあえず横になっときな、叢雲ちゃん」

「そ、そうす、りゅ……@@」

 

艦娘という聖なる領域が成せる業なのか、一応「吐いては居ない」。

しかしその様子は明らかにもうなんというか見ていられない状態になってしまっており

床にへたばった叢雲は、さらにその苦しみを味わう事となる。

 

「おぉぉぉ……せ、世界が、回ってる、じゃないの……@@! ぎぼちゎるい……@@」

「基礎をすっとばすからそうなるんだぞ……やれやれ、少しのんびりしときな。

 じっくり、ゆっくりと扱う腕を磨くんだ。修行に近道なんて無いぞ」

「そ、そうする、わ……オロロロロロ@@」

 

整備長の諭しに、目を回しながらもきちんと反応する叢雲。

まだ大回転によって与えられた世界回転は収まる気配が無い様だ。

 

 

・※NEW!※

 

・叢雲が目を回してしまったので、全能力値が一時的に8下がります。

 

・上記の内容は今回の話に特に影響しません。

 

 





※模造tip※
序盤の数値は完全に適当なモノです。
SFっぽい数字ならなんでもいーやと。

ミノの出力に関しては、意志があるモノに取り付けたのは今回が初めてであり
室内でもまあ大丈夫だろ、的な意識でやってあの大惨事になってます。
設定上、今回の場は一応縦250m、横70mぐらいの体育館的な脳内構成です。


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嵐の予感


どうやら本文に前話の部分までコピペっていたらしく
一度削除して、再度投稿させて頂いてます。
今話から一連の終わりまで大量のご都合主義と厨二病が出てくると思われますので
黒歴史をお持ちの方は十二分にご注意して閲覧してくださいませ。


 

 

2ヶ月程経った、横須賀に存在する「とある港」の近海にて。

 

「どりゃぁぁああああーーーーーーーーッッ!!」

 

ギャリンッッ!!

 

けたたましい雄叫びと共に、天龍が目にも留まらぬ速さを持って海上を疾走し

海面に浮くブイの上に設置された廃材の塊に突撃、擦れ違い様に廃材を一撃で切り捨てる。

 

「──ほっ!」

 

そして切り捨てた後の勢いをそのままに、一度『ミノフスキードライブ』の駆動を停止させ

慣性の法則に従って少し山なりに放物線を描き──

 

「───だぁぁぁあああーーーーーーーッッ!!」

 

ガォンッッ!!

 

放物線の最中でベストな角度を探し出し、『ミノフスキードライブ』を再点火させて

次の目標へ剛速で瞬時に接近、先程と同じく擦れ違いと同時に切り捨てる。

 

「っしゃぁッ! これで10連斬りだな、どうだ整備長ッ! 相棒ッ!」

「きゃ~♪ 天龍ちゃんすご~い♪」

「おう、すげぇすげぇ。お前等艦娘って本当に頑丈だよなぁ」

「へっ、あったりめぇだろ。

 フラッグ戦艦やらフラッグ空母やらの砲撃爆撃が直撃なんざしょっちゅうだからな!」

 

廃材を切り捨てた後に水面へ着水し、自前のスクリューを用いて港へと戻る天龍。

港ではその様子をずっと伺っていた天龍の姉妹艦・龍田と整備長がビットに腰掛けていた。

 

この2ヶ月、軽巡洋艦娘・天龍は自分と新しく出来た相棒に付けられている

『ミノフスキードライブ』が出す加速によるGを克服し、なおかつその速度が出ている間でも

かなり正確に目標にアロンダイトに当てる事が出来るようになっていた。

 

『ミノフスキードライブ』が生み出す、人間ではまず耐えられない様なGを

何の保護膜が無くても慣れれば受け止めきれるのは、流石の艦娘といったところか。

 

しかし、まだ整備長から実戦使用の許可は出ておらず

定期的に来る出撃要請をこなして帰港した後、大体の時間を鍛錬に回している。

 

そして天龍が訓練している少し左を向けば───

 

「あっちも、結構型が出来上がってきた感じだな」

「────。」

 

叢雲が水面で、自分の身長を遥かに凌ぐ長刀を構え、静かに佇んでいる。

目の前を動き回る目標をその場から動かず眼で追いながら、精神を集中させていた。

 

「──……ふっ! はっ! たぁっ! せいっ! ……やぁーーーーーーっ!」

 

カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カィィンッ!

 

気合の一声を挙げると共に、海面を不定期に動き回るブイの上に設置された小さい廃材を

テンポよく踊りながら長刀・正宗を振り回し、廃材に斬り当てて行く駆逐艦娘・叢雲の姿があった。

 

「ふぅ、こんなところかしらね」

「●ー」

「えぇ、アンタもいつもご苦労様。結構助かってるわよ、イ級」

 

海面に浮くいくつものブイに紐を繋げて、それらを牽引している黒子は駆逐イ級である。

整備長の提案によって、切り捨てる方面より撫で斬る方向に特化させた動きを身に付けさせるため

海上訓練の相棒として整備長から紹介されたのが、この港の近所に居る駆逐イ級だった。

 

普通に敵を紹介され、叢雲も最初こそビビってしまっていたものの

敵ではないと分かれば、一見すれば黒くてツヤがあり撫でやすい形状のイ級は結構可愛く見えるらしく

今も自分の修行を手伝ってくれていたイ級を労い、そして側に寄ってきたイ級を撫でている所だ。

 

「叢雲ちゃんも凄いねぇ~」

「ふむ、もうそろそろ実戦で使わせても周りに迷惑は掛からんかな?

 どう思うかね、我等の提督さんよ……」

「…………」

 

実は二人の真横にこの港の提督が一緒におり、彼らと同じく提督はビットに腰をおろしている。

整備長の声にもさして反応を示さず、ただじっと座って二人が頑張っている海上を見つめ続けている。

整備長の話が聞こえていないのか、または聞き流しているのか……質問に対して反応は見当たらない。

 

「ハハハ、相変わらずうちの提督さんはツレない事で。

 さってと……俺もそろそろ昼休憩の終わり───」

「───びちょうーーーー!! 整備長ーーーーーッッ!!」

「……ん!?」

 

港の施設の中枢部が固まっている区域から、大声を張り上げつつ自分達を呼ぶ声が聞こえた。

声の方向へと振り向いてみれば、現在の提督秘書艦である軽空母艦娘・千歳が大慌てで走ってきている。

この港の提督も、走り寄る秘書艦・千歳の方へついっと顔を向けていた。

 

「よ、よかった……! 提督もこちらでしたか……!」

「お、おう……どうしたんだ千歳殿、そんなに慌てて……何かあったのか?」

「せ、整備長、これから、緊急対策会議が始まります。

 整備長にもその会議にご同席願いたいのです……一緒に来て下さいッ!」

「……はぁっ!? いや、ちょっと待ってくれよ、俺は整備の専門職だぞ。

 海戦や戦略なんぞ何も知らんのに、なんでそんな会議に俺が呼び出されるんだ!?」

 

完全に日頃の冷静な態度が消え去っている千歳の口から出た出席命令に驚愕する整備長。

それもそのはず、ここに着任して責任者となってからかなりの期間になるのだが

その間にも会議への出席命令は一度も無く、今回言われた内容はどう考えても有り得ない人事だった。

 

「と、とにかく、一緒に来てください! 緊急事態なんですッ!」

「あ、あぁ……わかった!」

「───」

 

どうやら、細かい事を気にしていられない程の緊急事態が発生しているらしい。

とりあえず整備長は、現在の自分達の位置から一番近い場所にいる龍田に

一旦現場から抜ける旨を現場の作業員に伝えてもらう事を頼み

千歳と一緒に、港全体の中枢区───横須賀鎮守府へと走り出す。

 

提督も、千歳の後ろをテテテッと付き添って走り出した。

 

 





※模造tips※

ミノドラを一旦切った後の放物線は「しんげきのきょじん」の「りったいきどう」を構想してます。
さすがにブースト中まで、「りったいきどう」の四肢仰け反り状態ではありませんが。

提督に悪印象を持ちかねないような文章はわざとです。
多分一連の流れが終わったら全部ひっくり返る、はず。


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緊急任務


ここからご都合主義全開です。
現実における軍の云々やら、上下関係やら一切考慮してません。
あくまでも文字による戯画と捉えて頂ければ。
まあ元々読んでる人少ないけどさ

※注意 今回龍田さんのキャラが若干崩壊します。


 

 

「そんな……馬鹿な話があるかッッッ!!」

 

会議室に、横須賀鎮守府所属の、別の港を管理している①提督の怒鳴り声が木霊する。

あまりにも馬鹿らしい、現在ほぼ開拓が完了している新海域の報告に。

 

「しかし……事実は、事実なんですッ! そうでなくては私の所属艦である(うしお)が……

 轟沈寸前の大破で、………ッ独りで、帰ってくる訳が……伝える筈が無いのですッッ!」

 

その声に苦々しく、絞り出すように回答するのも……また別の港の管理者である②提督だった。

 

会議室のホワイトボードに羅列された会議前情報は

苦々しく返答した提督に所属する駆逐艦・潮から───

 

───出港時、6人艦隊で出撃した部隊の一人である潮から、もたらされた情報。

 

『新規開拓海域深部に、超大規模の深海棲艦隊・発生。

 近辺で同時に開拓に当たっていた別の港の艦隊一同で対応するも圧倒的劣勢。

 深海棲艦の総数───凡そ4、500隻』

 

ひとつの地点で、一度に出会う艦隊でも最大で6隻。

ひとつの海域で、一度に出会う総数でも最大で25隻程。

その海域ひとつに、400隻も集っているのは今までの常識からして有り得ない数だった。

 

そして情報を伝える為に必死の想いで逃げてきた潮は更なる情報を報告した後、機能を停止。

現在、鎮守府海域の一番近くにあった港で緊急補修を受けている。

高速修復材では、消しきれない程のダメージが積もっていた為に

手作業で修復しなければ、解体の可能性すらあった……それほどまでに苛烈な攻撃の中で帰還したのだ。

 

「しかも、圧倒的劣勢の中で逃げることすら叶わず、まだ戦っているだと……!」

 

潮は、状況を報告した後に最後の件を伝え……

「みんなを……みんなを、助けて、下さい……」と発言した後、気絶した───らしい。

 

会話が一時的に止まったのを見計らい、この港の秘書艦である千歳が新たに話を切り出す。

 

「②提督の潮さんがもたらした情報を全て事実と仮定して、現在横須賀鎮守府だけに留まらず

 他の活動拠点に籍を置く提督達にも情報を送信し、協力を呼び掛けています」

「…………」

「事態は急を要します、まだ戦っている子達が居るなら……。

 一人でも居るならッ……! 見捨てるわけには行きませんッ!」

「…………」

 

現在、千歳の姉妹艦である軽空母艦娘・千代田は───その海域に出撃していた。

絶望的な情報しか飛び込んでこないこの状況でも、身内の轟沈は認めたくないのだろう。

 

千歳の魂の叫びに対し、①提督の反応は鈍い。

しかし、②提督はすぐさまに反応を示した。

 

「……私の管理港の秘書艦には、既に全てを伝えて出撃準備を進めさせています。

 まだ、戦っているはずなんだ……あの海域は遠い、おそらく……間に合わないでしょう……」

「…………そうだな、あそこは最速でも3日は掛かる距離だ。

 私の管轄の、艦娘達も……もう…………」

「───でもッ!! もし、有り得ないぐらいに小さな可能性でもッッ!!

 間に合う可能性があるのならッ!! 私は、それに全てを……賭けますッッ!!」

「……だが、そちらの潮がこの海域に入った時点で、説明された状況ではッ……」

 

その状況になってから潮は艦隊から離脱し、「3日近くの時間」を使ってこの海域に辿り着いた。

現実が見えている①提督と、藁をも掴む勢いの②提督。

全員が全員、足並みが揃わず、やきもきとしてしまっている。

 

こうしている間にも、と思う秘書艦・千歳。

早く行かねば、と焦る②提督。

行ったところで、と諦める①提督。

 

そして今まで沈黙していた、何か役に立つ意見が出されるかもしれない、と

とりあえず同席させられていた整備長に、千歳から会話が振られる。

 

「──整備長は、何か、ないでしょうか。

 本当に……なんでも、いいんです……何か、ないですか……!」

「…………」

 

千歳の問いかけに、整備長は応じる気配を見せない。

 

「私の、千代田を……妹をッ……救い出せる何かを思いつきませんか……ッ!」

「………………」

 

整備長は、会議室のホワイトボードと周りの会話で現時点の状況を聴いてから、ずっと目を伏せている。

既に目元で涙すら溢れている千歳から、必死で、掠れた叫びを一身に受ける整備長。

他の二人の提督も、整備長風情の意見など……と半場諦めきっていた。

 

「………………」

「お願い、します……なんでも……もう、なんでも、いいから──」

「──まず、先に伝えさせてもらう」

 

ふと、目を瞑りながら整備長は声を出した。

 

「え……?」

「俺は、千歳殿も、お二人の提督さんもお分かりの通り……畑違いの人間で、ド素人だ。

 何が効率的で何が間違っているのか、判断が付かない」

『……………………』

「だから、現状で出来るであろうことを俺の中で整理した。

 その中で結論を出すなら、俺は一応、現状生き残っている艦娘がいるのなら……

 今も戦っている艦娘がいるのなら、迅速に救助をする事は可能であると判断する」

『なっ!?』

 

整備長が発言した内容に、とても信じられないといった様子で二人の提督は声を挙げる。

今もまだ諦めきれていない②提督ですら、だ。

 

「……流石に、轟沈していないかどうかは現地の艦娘達次第だが……

 まだ生きているのなら……多分なんとか、な」

「そうだ! 生き残っているかもわからんのだぞッ!

 海域に到達した時点で誰も居なければ無駄骨にしかならんッッ!!

 海戦のド素人が夢でしか無い事を口をする───」

「お願いしますッッ!!」

「頼むッッ!!」

「な、お、おいッ!? お前達───」

 

「どんな方法でも構いませんッッ!!

 あの海域に居る子達の生存確率が少しでも上がるなら、現在の私の権限で全てを許可しますッッ!!

 だからお願いッ、皆を……千代田を、助けて……ッ!!」

 

「ち、千歳さん、あんた……」

 

「あんたが何を考えているのか私にはわからないッッ!!

 だがそんなことを聞く時間すら惜しいッッ!! 私からも頼むッッ!!

 あんたの提案に出来る限り同調もする、だからどうか……どうか、皆を……!」

 

「②提督……あんたまで……」

 

「……わかった。正直、どこまでやれるかはわからない。

 わからないが……俺は今から整備場に戻って全部の仕込みをしてくる」

 

整備長は、自分が座っていた椅子から立ち上がり、詰め寄ってきて横に居た千歳へ顔を向ける。

 

「千歳殿、俺は特に迅速に対応する必要がありそうなモノを

 整備場で全て片付けてから全体に号令を出す、少し後にでも整備場に来てくれ。

 その時に全体の方向性を指示させてもらう、では失礼する」

 

言うが速いが、整備長は「会議室の窓」へと走り、そのまま窓を開いてそこから飛び降りた。

 

『……はっ!?』

 

二人の提督はトチ狂った整備長の行動に仰天し、慌てて彼が消えた窓へ身を乗り出して下を見る。

 

すると整備長が会議室のある建物の壁に張り巡らされた、細い配管を掴みながら滑り降りるのが見える。

そして下に待機されていた施設移動用の自転車の前輪に付いている鍵を無理やり素手で捻り

勢い良く整備場へ向かっていくのが確認できた。

 

「お、おぉ……なんか凄いな……」

「確かに、この建物の階段を使って降りるよりは速いが……なんとも非常識な……」

 

そうして二人が室内に目線を戻してみれば、会議の進行役にあった秘書艦の千歳が

自分の武器に該当する謎の木偶箱を脇に抱えて部屋から走り去るのを捉えた。

 

「…………。」

「……私も、自分の管理港へと一度戻ります……。

 早々に指揮を取らねば、足並みを合わせられない……失礼します!」

「あ、おいっ!」

 

一気に動き出した状況に、②提督は自分の行動の遅延を許せず

①提督に同意すら取らないまま、室内から走り去った。

 

「…………ええいッ! 現実の見えてない馬鹿者共めッッ!!

 俺だって……俺だって認めたく……諦めたくないわ、クソッタレがッッ!!」

 

既に聞く者が誰も居ないその暴言を、一人残る室内に吐き捨て

①提督も②提督の後を追う様に、会議室を全速力で走り去るのだった。

 

 

「───天龍ぅぅーーーーーッッ!! 叢雲ちゃーーーーーーーんッッ!!」

「……おっ!?」

「へ?」

「……な、なによッ!?」

 

運良く目的の2人が整備場の入口近くに居るのを見つけた整備長が、自転車に乗りながら大声を張り上げる。

どうやら修行に一旦の区切りを見出し、天龍は龍田にいじられ。

叢雲は駆逐イ級と再度戯れていた様であった。

 

「緊急事態だ、本当の、緊急事態だ。

 今から事情を説明する、二人の力を貸してくれ」

「な、なんだなんだ、どうしたってんだよ整備長」

「緊急事態って、何があったのよ?」

「整備長~、一体どうしたの~?」

 

普段の整備長の様子を知っている全員からして、今の整備長の状態が普通ではないのは明らかだ。

余程の大事が起こったのだろう、と全員覚悟して次の発言を待つ。

 

「お前達も一度向かった事がある、あの新規開拓中の海域で異常事態が起こっている。

 深海棲艦が……4、500隻程、同時に進撃してきているらしい」

『はぁっ!?』

「そして、その4、500隻に対して海域に出撃していた艦娘全員が集まって戦ってるらしいんだ。

 もちろんうちの港からも第4艦隊があそこに出撃している、そして戻ってきていない。

 圧倒的劣勢で、その報告を伝えるために離脱した駆逐艦は轟沈判定寸前でこっちに辿り着いた。

 もう遅いかもしれん───だが間に合うなら時間との勝負だ」

 

先程、あの会議室で全員が信じられなかったその情報を聴いて

やはりその場にいる3人も状況を信じられない様子だった。

 

──だが、最後の『時間との勝負だ』という一言が全員に冷静さを取り戻させる。

 

「……なるほど、大体読めたぜ整備長」

「……私も、天龍が必要なのはわかるわ。でもなんで私までなのよ?」

「天龍はアロンダイトを叢雲に貸して、一緒にその海域へ最速で迎ってくれ。

 辿り着いたらアロンダイトを回収して、自分の出来る範囲で全て薙ぎ倒してくれ」

「あぁ、そういうこと」

「おう、わかった」

「まあ、アンタに頼んで天龍の剣で遊べるようにしてもらったしね。

 乗るのは普通に出来るわ、それで、私の行く意味は?」

 

天龍に取り付けられた超速を羨ましく思い、叢雲は二人に何度も頼み込んで

天龍のアロンダイトに添え付けた推進力を、別の箇所からも出せるようにしている。

 

その結果、アロンダイトは宙を浮くサーフボードの様に乗る事が可能になり

暇があれば周りの駆逐艦娘を呼んで、修行の合間にそれに乗って遊んでいたのである。

 

そして整備長は叢雲の問いに、予想も踏まえて簡潔に述べていく。

 

「今回最速であちらに辿り着いて戦闘を開始するにしても

 撤退……または後続の増援が海域に着く前に、弾薬が確実に尽きる。

 最速で救助に向かい時間を稼ぐにあたって、弾薬を消費しない攻撃手段があるお前達が最適だ。

 お前達2人は全部の兵装を取り払って、その箇所に予備燃料タンクを持てる限り積み込め」

「なるほど、天龍は本体や兵装の撃破で……私は敵空母の艦載機撃墜ってところかしら?」

「そうだ、状況は最早1秒すら惜しい。すぐに改装室に───」

「待って!」

「ッ?! 龍田!?」

 

全員がこの場を駆け出そうとしたところで、全てを黙って聞いていた龍田が突然声を挙げる。

 

「そんな危ない場所に一番槍で向かうなんて……私の天龍ちゃんを殺す気なのッ!?」

「…………ッ!! 天龍ッッ!! 叢雲ッッ!! 今すぐ改装室に向かえッッ!!」

「わかったわっ! とっとと説得しときなさいよッ!」

「……解ったッ! すまねぇ、相棒ッ!!」

「あっ天龍ちゃん待ちなさいッッ!」

 

走り去る二人を追おうとした龍田は、しかし整備長に道を阻まれ追いかけられなくなる。

そして即座に砲手を整備長へと向ける龍田。

 

「どきなさいッ! 整備長ッ!」

「もう1秒が惜しいんだ、何かをのんびりしていたら───それだけであちらの海域の全員が死ぬんだ」

「もう全員轟沈させられてるに決まってるッ! 天龍ちゃんまでそれに加えるのッ!?」

 

自分の主砲を整備長に向けて龍田は叫ぶ。

そのような死地に、自分の姉妹を行かせるのか、と。

どう考えても無謀でしか無い、素人の作戦の主軸を自分の姉妹にするのか、と。

 

「……撃ちたきゃ、撃て」

「ッ!?」

「お前に構ってる暇は無い、本当に、無い。

 納得が行かないならこの場で俺を殺せ。終わった後でも良い、勝手に殺せ。

 俺は、提案した。あいつらは、理解した。了承した。それだけだ。

 俺がここでお前に殺されてもあいつらは多分お前を許すだろうし、俺の考えを皆に伝えて実行する」

「だ、だからって……あ───」

 

整備長の言葉に未だまごついている龍田をついに放置して自転車に乗る。

整備長は本来なら厳禁である、整備場内に自転車で突撃して改装室へ向かった。

 

説得なんていう形すら存在しない、完全な放置だった。

 

「だって、そんな……そんなところに行って……生き残れるわけ……ない、でしょ……」

 

一人取り残された龍田は、その場で静かに、静かに涙を流す。

簡単に予想出来る……いくら二人が加わったとて500隻と対峙して、無事で済む筈がない。

そんな事は、常識なのに、間違ってないのに、なのに天龍はそこに行くのだ。

 

龍田の涙は、止まらなかった。

 

 

「───待たせたッッ!! おい、予備タンクありったけ持ってこいッッ!!」

『アイアイサーッ!!』

「お前等ッ! そんな取り外した兵装なんぞその辺に転がしておけッッ!!

 金剛殿と榛名殿を連れて来いッッ!! 大至急だッッ!!」

『あいあいさーっ!!』

「整備長、こっちは燃料満タンだッ! 予備タンク付けりゃあいつでも行けるぜッッ!」

「こっちも準備万端よッッ!」

 

改装室内が、慌ただしく蠢き始める。

後始末等考えず、ただひたすらに時間の短縮を。

 

「良いか、今回の勝利条件は敵艦隊の殲滅じゃない。

 現状生き残っている艦娘の救助、並びにお前達の生存だ」

 

『……………………』

 

「お前達が死ぬ事を皆悲しむのは承知の上だ、でも勝利条件にお前達が絡むのはそんな事じゃない。

 お前達のどちらかが轟沈、または大破したらその瞬間に現場の艦娘にも敵が殺到する」

 

『……………………』

 

「だから───生き延びろ、どれだけ不格好で、情けなく無様でも構わない……生きて、此処に戻れ。

 お前達が今回の作戦の全ての要だ、その無事を俺だけがそれを願っている訳じゃない。

 これから作戦を説明する他の港の提督全員も、そして───」

 

「整備長ッッ!! 遅くなりましたッッ!!」

 

「───千歳殿も、な」

 

改装室に突撃してきた秘書艦・千歳の方へ顔を向ける整備長。

二人は千歳を見た瞬間に、千歳の姉妹艦娘・千代田があの海域に居る事を思い出した。

 

そして彼らは、彼女に言葉を投げかける。

 

「……おう、千歳」

「……千歳さん」

 

「は、はいッ」

 

「──任しとけ、ぜってー連れて帰ってきてやっからよ」

「───速さが自慢の私達が、間に合わない訳ないでしょ?」

 

「────……ッ!! ッ、ッ……!」

 

二人の心強い笑顔と言葉を貰った瞬間、千歳の目から再び涙が零れ出す。

千歳はその涙を拭こうともせずに、二人の手を弱々しく掴み、願う。

 

「お願い、しますッ……どうか、二人も、ご無事でッッ……!」

「おう、じゃあちょっと行ってくらぁ、整備長……また後でな!」

「アンタもとっとと追い付きなさいよっ!」

「あぁ、頼んだぞ」

 

全ての準備を終えて、二人の艦娘は港の入口へと姿勢を向ける。

 

絶望の象徴へ、向かう為に。

 

「天龍───水雷戦隊、行くぜッッ!!」

「叢雲───水雷戦隊、出るわッッ!!」

 

天龍と叢雲は、凄まじい光と音をその場に残してあっという間に地平線の先へと消えていった。

そしてそれと同時に、作業員達が先程呼び出させた金剛と榛名を改装室前へ連れてきた。

 

「整備長ー、どうしたネー? 呼んでるって言われたから来たヨー?」

「どうかなさったのですか? 整備長さん」

「あぁ、緊急事態が発生した……今からスクランブル対応で全艦娘に動いてもらう」

「えぇ!? でも整備長、そんな権限持ってないヨー?」

「良いから。千歳、港の全域に非常事態宣言を出してくれ。

 最重要課題は既に全部済ませてる、後はいかに効率良く準備するか、だ」

「は、はいっ!」

 

整備長からの発言を即座に実行する為、改装室に備え付けられた放送施設の設定を館内から全港に変え

指示に対して一切の躊躇をせずに、放送設備に向かって大声を繰り出す。

 

「緊急連絡ッ! 緊急連絡ッッ!! 現在ドック入りしている艦娘以外は全て整備場に集合せよ!!

 事態は一刻を争うッッ、全ての艦娘は整備場に今すぐ集結せよッッ!!」

「ポカーン、ネー……」

「い、一体何が起こっているのですか……?」

「すまない、説明する時間が惜しい。おいお前等ッ! この二人からも兵装全部取り払え!」

『あいあいさーっ!』

「え、ちょ」

「せ、整備長さんっ!?」

 

呼び出された二人を置いてけぼりにして、整備長と千歳を中心に緊急事態はどんどん進む。

戦艦二人はあわあわしながらも、現在装着している46cm主砲三基☓2を取り外されていく。

 

「積載するモノは積み込めるだけの燃料と回避用タービンと本式缶だッ!

 補給艦として二人を出撃させる、2名分持ってこい!!

 違う予備タンクじゃない、燃料だ! あと燃料補給の簡易設備もくっつけろ、俺が載る!」

『アイアイサーッ!』

『ええーーーー!?』

「整備長ッ! ②提督から緊急入電ですッ!」

 

テキパキと状況を更新していく整備長と秘書艦、何がなんだか分からない金剛姉妹。

とりあえず言われた通りに燃料を満載・タービンを装着後、水の上に立っておく。

 

「②提督の入電内容はどうでもいい、予測出来る。

 『そちらで理想と思われる手順で、全艦娘を率いて海域に迎え、手筈は整えた』

 と返しておいてくれ」

「了解── ……ッ!? 整備長ッ! ①提督からも緊急入電ですッ!」

「ッ?! 内容は!?」

「『急を要する案件を回して欲しい』との事です!」

「…………迅速に行動可能な『曳航』専用艦隊を編成させろ!

 全部高速艦で編成するのを伝え忘れるなよッ!!」

「了解ですッ!!」

 

ここに来て会議に同席していた他の提督からも連絡が入り

状況がほぼ整いつつあるのが、事態を更新し続ける二人にもわかった。

整備長は尚も慌しく、整備場全体に指示を飛ばし続ける。

 

「よし、高速戦艦・正規空母・重巡洋艦・軽巡洋艦は誰でも良い。

 とにかく6人体制で高速艦隊を組むんだ! 組んだらすぐに出撃!

 低速の航空戦艦と商船改装型空母・潜水艦は出来る限りの全速力で海域に向かえ!」

「ちょっとぉ~整備長ー! 第4艦隊以上になっちゃうわよー?」

「気にするな! とにかく組め! 組んだら出撃してくれ! 道中の敵は全部スルーしろ!」

「え、ええ~?」

 

本来、色々な軍事規約が交わされている関係上で第4艦隊以上を持つ事は禁止されている。

しかし港の管理の素人であり、なおかつ緊急事態で全てスルーな整備長はそんな事を気にしない。

次々に反則的な指示を飛ばし続けていく。

 

「いいじゃないの愛宕、さっさと出撃するわよッ!

 勝利が、勝利が疲労の取れた私を呼んでいるわッッ!!」

「あ~ん、足柄さん待って~!」

「利根さん、私達も行きましょうか」

「おう、妙高! そなたの雷撃火力、期待しておるぞ!」

 

重巡洋艦娘達が。

 

「軽巡長良、抜錨しますッ! 皆、続いてッ!!」

「五十鈴、出ますッ!」

「魚雷準備おっけー! もうやっちゃいましょー!」

「あぁ……北上さんの魚雷……冷たくて……素敵♡」

「  ク  マ  ー  !  」 /  ●   ●|

「那珂ちゃん一号、お仕事行ってきまーす!」

「那珂ちゃん二号、ロケ地にしゅっぱーつ!」

「那珂ちゃん三号、センター、行きまーす!」

 

軽巡洋艦娘達が。

 

「あ、あの、神通さん……わた、私と、一緒に行きませんか……?」

「あ、羽黒さん……ハイ、行きましょう、皆を、助けに行きましょう!」

 

意気の合う艦娘達が。

 

港に待機していた艦娘達が続々と整備場に集まり、そしてすぐさま出撃していく。

しかしその中でも浮いている、あまりやる気が感じられない軽巡洋艦娘が居た。

 

「おいシャキッとしろ! 仲間が死んじまうぞッッ!!」

「夜戦までまだまだ時間あるじゃない……あーふぁ」

「ふざっけんな! だーもう……川内ッ! お前はこれを目につけろ!」

 

整備長はその態度に苛立ちを覚えながらも

気だるそうな川内に対して、横に固められていた廃材から何かを取り出して投げつけた。

 

「……? なに、これ? ───!? よ、夜だっ! なんかみんなが赤いけど、夜だッ!」

「そのサーマルゴーグル付けてとっとと指定海域に迎えッッ!」

「夜戦なら任せてッッ! 川内、出撃しますッ!!」

 

ゴーグルを身に付けた川内は、先に出撃していた艦隊をすごい勢いで追い抜きながら

あっという間に地平線へと消えていった、その勢いたるや最先陣の2人にも劣らない程だった。

 

「…………なんであいつは夜ってだけで、あそこまで元気になれるんだ」

「せいびちょーーー! はーやくーー! いっくヨーーーーーー!」

「整備長さんっ!! 千歳さんから事情は聞きました!

 早く、新海域へ向かいましょうッッ!!」

「わかった、すぐ行く!!」

 

着水していた金剛達に返事を返し、そして最後にまだ出撃していない千歳に最後の指示を飛ばす。

 

「他の駆逐艦の子達は港の警備に回してくれ、元々俺の策は成功率が低いはずだ……。

 俺らが帰ってこなかったら、奴等はここにまで侵略してくるかもしれない」

「…………はい」

「これが俺の精一杯だ……龍田が多分入り口にまだいると思う。

 あいつはしょっちゅう遠征に行ってる関係上、駆逐艦の娘とも仲が良い。

 残った艦の旗艦にして、警備に当たらせてくれ」

「分かりました、準備が整い次第私もすぐに追いかけます!」

「頼んだぞ……待たせたな、金剛殿に榛名殿、全速力で発進ッ!!」

「ゴーーーーーーーーッッ!」

「榛名、出撃しますッッ!!」

 

二人の姉妹艦は、待ってましたと言わんばかりに港を飛び出す。

そして整備長の初出撃は、地獄と隣合わせの領域となってしまった。

 

 

絶望の宴は、これから始まる。

 

 

 





※tips※
普通に犯罪っぽい表現が鎮守府を出る時に混ざってますが
それほどの緊急事態という事を表現するためにこうしました。
「あの大災害」で、信号無視をしてれば巻き込まれなかった命はどれだけいたのだろう……
自転車自体は鎮守府の所有物のため、まぁ後でなんとかなる、はず。

そして①提督と②提督、もちろんどちらも自軍所属の艦娘はとても大切です。
皆さんと同じく、大切なのです。
俺のところはスーパーブラックで、このイベントでも朝潮さんが沈みましたが……手違いで。

今回mobとして参加した他の艦娘の台詞は、一部ゲーム内台詞の改変を採用してます。


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8 vs 500


さぁ、地獄の蓋を開けようか。



 

 

ドン、ズドン、ドドン。

 

「……き、緊急、回避を……!」

 

弱々しく言葉を絞り出すのは、果たしてどの艦娘だったのか。

 

ドコン、ドカン、ボシュン。ボシュン。

 

砲撃の隙間を縫いながら、甲高い落下音が聞こえ……

 

ドガォンッッ!!

 

───大爆発する音が場に響き渡る。

 

「キャァーーーーーーーーッッ!!」

「ね、姉様ッ……あ、ぐ……!」

 

直撃。

 

轟沈にまでは至らなかったものの、四方八方──周りは全て、敵で埋め尽くされている。

この現状において……大破と轟沈で、一体なんの違いがあるのだろうか。

 

「や、山城……もう、もう……良いの……。

 私は……もう、良いから……貴方だけでも……」

「そんな……姉様、そんな事、出来る訳、ないでしょう……!」

 

そして今尚続く砲撃音と、未来の見えないこの状況に、ついに戦艦娘・扶桑は心が折れた。

 

が、しかし───そこにひとつの声が響く。

 

「──そうだ、巫山戯(ふざけ)た事を言っていては、駄目だぞ?」

「ッ!?」

「え……?」

 

ドドンッ!!

 

『……ーーーッ!?』

 

海上の先に蠢く深海棲艦から絶え間無く繰り返される砲撃を潜り抜け

既に中破している、その航空戦艦から放たれた46cm主砲は

見事に、フラッグシップ空母・ヲ級を一撃で葬り去る。

 

「ひ、日向、さん……」

「諦めたら……駄目だ。私達は、まだ生きている……」

「そうよ、さすがに勝ち切るのは無理でしょうけど……まだ終わった訳じゃない」

「伊勢……様子はどうだ?」

「ちょっときついかな、飛行甲板もこの通り……ボロボロだしね」

「そうか、まあこの状況では……な」

 

別の港に所属している戦艦娘・扶桑、山城の援護を完遂し

敵の深海棲艦に一気に近づかれるのをギリギリの所で防いだ戦艦娘・日向。

その後ろから日向と同じような装甲で、同じように中破している戦艦娘・伊勢が現れる。

 

「今、他港所属の千代田さんに頼んで、敵の層が一番薄い箇所探してもらってるわ。

 一番良くて小破の娘しか居ない私達じゃ、それぐらいしか生き残る道はない」

「そ、そんな……無理よ……この数じゃ、いくら薄くても突破なんて、とても……」

「無理なんて百も承知さ、私達姉妹は──多少、生き汚いものでね」

 

さすがに、この海域に取り残された全ての艦娘が───わかっていた。

艦隊としてこれだけの致命傷を負いながら、周りを埋め尽くす深海棲艦をどうにか出来る訳もない、と。

現に今も、先程放たれた日向の一撃こそあれど、徐々に距離を詰めてきているのがわかる。

 

だが、それでも───

 

「完全に囲まれる前に、貴方達の潮ちゃんに帰港してもらっているから

 無事に逃げ切ってくれてるなら、きっと───きっと、鎮守府が救出部隊を編成してくれる筈だから」

「陸奥さん……千代田さんから新しい情報は来た?」

「いえ……偵察に出した彗星も逃げきれずに撃墜されたらしいわ……。

 いよいよ、ジリ貧ってとこかしら?」

 

希望は、捨てたくなかったのだ。

 

生存し続ける限り、全員───もう一度自分達の提督に、会いたいのだ。

 

 

 

ドン、ドドン。

 

 

 

『『ッッ!!』』

 

再度、長距離砲撃の音が聞こえ、全員が周囲に警戒を張り巡らせる。

だが───弾が向かってくる甲高い音は、こちらに向いてはいない様だ。

 

そして、続く──絶望の『爆発音』。

 

「───ァァァーーーーッッ!」

「ッ! 不味い、あの方向と声は……!」

「───他港の、千代田さん……!?」

「ね、姉様ッッ!?」

 

甲高い悲鳴が海域に木霊して、何故か一番に反応を示したのは──大破している扶桑だった。

低速ながらも、必死に悲鳴の先へと進水する。

 

「……駄目だ、もうここの地点も捨てるしか無い!

 全艦、1発ずつ威嚇砲撃を行って後退するぞ!」

「わ、わかりました!」

「ええ、任せて!」

 

陣形として保っている水域をさらに切り捨て、運命の時は刻々と迫る。

ここまで、全港合わせても轟沈の艦娘が出ていないのは本当の奇跡だった。

 

だが──

 

「しっかりしろ千代田ッ! 全員で生きて戻ると約束しただろう!?」

「おいっ! てめぇ千代田ッ! 先に行くなんざ承知しねぇぞっ!」

「───ぁ、千歳、おねえ? ……おねえは、だい、じょうぶ……?

 そっか───なら、いいや……」

「千代田ァーーーーッッ!!」

「─────駄目ぇーーーーーーーッッ!」

『ッ!?』

 

千代田が敵の爆撃機から直撃を喰らい、ついに限界ダメージを上回った。

同じ港所属の戦艦娘・長門と重巡洋艦娘・摩耶が呼び掛けるも千代田の意識は掠れ行く。

 

その中で、彼女を引き戻したのは──別の港の、先程直撃を喰らい大破した扶桑だった。

ゆっくりと沈みかけていた千代田を無理やり引っ張り抱き締めて、轟沈を遅らせる。

 

「駄目……! 千代田さん、まだ、まだ駄目です……!」

「あ……れ? 扶桑、さん……? 良いの、もう、良いから……千歳おねえに、ごめん、って……」

「───長門さんッ! 摩耶さんッ!」

「お、おう」

「あ、あぁ……なんだろうか」

「私が、私が彼女を『曳航』します……だから……だから、どうか……」

「扶桑……貴方は……そんな傷を負いながら、何故そこまで私達の千代田を……」

 

先程まで、姉妹艦である山城に対して自分を見捨てるように言っていた扶桑だったが

ここに来て、大破ながらも覚醒し──事実轟沈を引き止めた。

 

まだ、『死者』は出ていない。

 

「私も、先程直撃を喰らって、諦めかけました……」

「──そうか、先に上がった爆発音は貴方が喰らってしまった音だったか」

「でも、言われて……伝えられて、しまったんです──『諦めたら駄目だ』って」

「…………」

 

周囲に気を張り巡らしながら、そして間合いを詰めようとするエリート戦艦達に威嚇をしながら

千代田が意識を失った今、戦艦娘・長門と重巡洋艦娘・摩耶は扶桑の話す事を黙って聞き入れ続ける。

 

諦めたら駄目だ、確かにそうではある。

この、今にも押し潰されそうな物量を前にして希望を持つのは難しい。

だが、それだけでここまで持ち直したのだろうか?

 

しかし、それは違った。違って居ないのかもだが……

 

 

もっと単純な理由だった。

 

 

「あの人達は、まだ諦めてない……私は───伊勢や日向には、負けたくないのッ!」

 

 

その言葉を聞き、長門は自然と唇が上に上がっていくのを自覚する。

 

(そうか、そんな……単純な理由か)

 

単純だった。

 

この状況で、一番必要な理由だった。

 

 

『負けたくない』

 

 

「姉様ーーーッッ!! 姉様ッ、大丈夫ですかッ!?」

「山城……えぇ、私はまだ大丈夫……でも、千代田さんが……」

「ッ……千代田、さん……」

 

自分達が居た地点から、先程まで一緒に居た戦艦娘が全員合流する。

そして千代田と同じ港に所属する陸奥は、扶桑の胸の内で気絶している千代田を見て悲しみに染まる。

 

「……これは、もう……」

「陸奥ッ! 千代田は扶桑殿が引き受けてくれるそうだ!

 この際なんでも良い、なんとか活路を見出すぞ!」

「……そう、ありがとう扶桑さん。でも……無理は、しないでね」

「大丈夫です……絶対に、護ります……!」

「……頼んだぜ、扶桑さん」

 

あと少しでも自分に追撃を加えられれば、沈み行く運命である。

ならば既に一度運命に見捨てられた者を抱いていた所で、さして変わりは無い。

むしろ、庇護する対象が固まっている分まだやりやすいはず。

 

そんな想いを胸に抱きながら、扶桑は場にいる全員に願う。

 

「皆さん、お願いします。 ……山城、二人で───必ず、二人で提督に会いに行きましょう!」

「姉様……! 山城は……山城は絶対にやり遂げてみせます……!」

「ふふ、良い姉妹仲だな、羨ましいよ」

「私達だって結構仲いいじゃない、どうなのさ日向?」

「……さて、な」

「ったく、こんな場でもイチャイチャしやがって、アハハ」

 

轟沈寸前の者が固める決意を前に、全員が全員気を引き締める。

負けてなど、居られないのである。

 

「ふぅ、この場に居るのは陸奥が小破であるだけで……。

 私を含め扶桑殿以外は全員中破……これはもう、決死隊で一点に突撃するしかないな」

「このまま粘ってても弾だって枯渇してきてるし……まさにジリ貧だな。

 あんた達がこっちに来たってことは向こうも限界になっちまったんだろう?」

「あぁ、扶桑殿が直撃を喰らった時点であそこの未来は見えていた。

 こちらからこれ以上戦力を削るのも無理がある」

「いよいよ、背水の陣かしら?」

「何言ってやがんだよ陸奥、さっきからずーーーっと周りなんて水だらけじゃねえか」

「あら? あらあら。」

 

格好良く決めたと思いきや、よくよく状況と重ねあわせてみれば素っ頓狂な内容だった陸奥。

自然と陸奥の発言から全員に笑いが浮かんでいた。

 

周囲を徐々に狭めていく深海棲艦達は、その場違いな笑い声の意図を察する事も出来ず

只々、楽しそうに響く笑い声に困惑するのだった。

 

「───さて、全員気合も入ったな!

 準備は良いかッッ!! 我等の、それぞれの……! 提督に、会いに行くぞッッ!!」

『『了解ッッ!!』』

 

───そして、深海棲艦の軍団は……すぐに知る事になる。

 

「散開ッ! 複縦陣を展開するッ! 全砲門開けッッ! 突撃するぞーーーーーッ!!」

「超ド級戦艦・ビック7を、なめないでよねッッ!!」

「山城……大丈夫……! 砲戦よッ!!」

「──お姉さまの力を借りてッ! 今、必殺のッ! 三式鉄鋼46cm砲弾ッ!」

「航空戦艦の力を思い知れ……砲雷撃戦、用意ッ!!」

「瑞雲ッッ!! 気合と根性でなんとか発進しなさいッ!!」

「へっ、散々なめくさりやがって……! でぇぇぇえええーーーーーいッッ!!」

 

 

 

そう……『笑い』とは。

 

 

 

生物にとって、本来攻撃的な行動であることを。

 

 

 

 

「……クッソ、まだ着かねぇのかッ!」

「仕方ないでしょ、前回の私達ですら二日と半日は掛かってるのよ……!」

 

とある海上にて、けたたましい音と共に光を定期的にバラ撒きながら進む二人が居た。

 

最先行部隊に指名され、まるで光る翼をはばたかせながら高速で進む軽巡洋艦娘・天龍と

長い刀を腰に装着し、天龍から借り受けたアロンダイトの剣の腹に足を乗せ

まるでサーフボードの様に乗りこなす駆逐艦娘・叢雲である。

 

「……お? なんか此処ら辺の風景見覚えあんぞ……?

 おい叢雲、お前もこの辺り通った事なかったか!?」

「あ、確かに……これは……! もう少しよッ! もう少しで辿り着けるわッ!」

「っしゃぁー! あと一息気合入れて───」

 

「────アーーーーハハハハハハハハハハハハーーーーーーーーーーーー!!」

 

『……えっ゛!?』

 

互いに水上機程度の高さを維持しながら、高速で進み続けた彼女達である。

あの後、次々に同港所属艦娘が出撃したで有ろう事は想像するに容易い。

 

そして──『聞き覚えのある声』が後ろから響いたのだ。

 

ぎょっとして後ろを振り向いてみれば、なんとおかしな事に誰も居なかった。

しかし笑い声は未だに周りから響いている。

 

「……あぁ?」

「……おかしいわね? 今うちの夜戦バカの声が……って」

 

後ろを確認して見ても、普通の洋上が広がるだけであり

気のせいだったか……と、進行方向の微修正を掛けようと前を見た時に気付く。

 

遥か先に、一人の何かが洋上を突っ走っていた……笑い声を上げながら。

 

「……ねぇ、天龍? あれって、まさか」

「……やっぱ、そういう事なのか……? なんなんだあいつは……」

 

二人はその光景を見て事実を確認するに至った。

 

夜戦バカこと軽巡洋艦娘・川内は。

 

天龍と叢雲が振り向いた時点で二人の真下まで追いついており

後ろを確認している間に遥か先まで突き抜けたのだ。

 

もちろん、二人が高速で飛んでいるその速度すら凌駕して。

 

そして既に、川内は二人の視界から消え去っていた。

 

「っちぃ! 追い抜かれちまったがこっちも負けちゃいらんねぇ!

 風の抵抗少しでも無くして速度上げてくぞ叢雲ッ!」

「了解よッ! あんな夜戦脳に負けてなるもんですかッ!!」

 

かくして飛行状態の二人は、長い間飛び続けた疲労度もなんのそので

体勢をさらに縮め、若干の加速を果たして目的地へと飛び続ける。

 

 

決戦の刻は、近い。

 

 




※tips※

フラグ・夜戦バカ

自分の艦隊には長門が存在していません。出るかあんなもん。
口調、間違ってなければ良いのですが。
千代田は逆に(胸が)好きすぎて暴走しかねないので早々に気絶してもらいました。


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1秒の価値


まぁ、有り得ない物語になってますけど勘弁して下さい。
今回は演出のため、空白行が目立ちますのでご注意を。


 

ドドン、ドドドン、ボシュン、ボチャン。

 

「進め進め! 後ろを見るな、撃ち続けろッ! 少しでも前に進むんだッ!!」

「流石に……きつすぎるわねッ!」

 

長門が吼える、陸奥が狙い撃つ。

 

ィィィィィィン、バシュン、バシュン。

 

「ッ、左舷、艦載機の爆撃が来るぞ、全員避けろッ!!」

「う、く……山城さん! 私達の後ろに来なさいッ!」

「は、はい! 姉様、こちらに!」

「……は、はい!」

 

日向が読む、伊勢が防ぐ。

 

ドドドドドドド、ドン、ドドン。

 

「くたばり……やがれぇぇぇーーーーー!」

「私達だって……ただ庇われるだけじゃ終わらないわッ! 主砲、副砲……撃てぇーーーーー!」

 

摩耶が放つ、山城が唸る。

 

そこには、文字通りの『地獄』が展開されていた。

 

先程にも増して、更に厚くなった弾幕が彼女達に牙を剥かんと襲い掛かる。

周りに群がる深海棲艦からの砲撃の雨は、一向に止む気配が無い。

それに加えて全員が既に手負いであり、さらには大破している扶桑は、轟沈手前の千代田を抱いている。

 

彼女達の進行は遅々として進まない、それでも諦めずに前を向いて彼女達は進む。

 

そして更なる悪夢が、次々に彼女達へと降り掛かって行く。

 

───ズガァンッッ!!

 

「──うあっ!? クソッ……! 飛行甲板は、盾では、ないのだがな……!」

「日向ッ!?」

「日向さんッ!?」

「私は大丈夫だ、まだ、まだやれる! ……──せいッ!」

 

ドゴンッ!!

 

『ッッ!?!?』

 

日向は最早飛行甲板としても、盾としても使い物にならなそうな鉄屑を

ブーメランの応用で横向きにした上で敵陣の中へとブン投げる。

艦娘だからこそ出来る、投擲という荒業だった。

 

幸いにもその重たい鉄屑は、見事にエリート雷巡チ級に直撃したようで

チ級が持つ特徴の一つである巨大な右腕が、飛行甲板だった鉄屑と同じく使い物にならなくなっていた。

 

「長門、少しズレてッ! 主砲、発射───」

「──?! いかん、陸奥、避けろッッ!!」

「え──」

 

ダァァンッッ!!

 

「──あぁあぁぁぁああぅッッ!! ッ、あ、ぐ……あぁぁ……ッ!!」

「陸奥ーーーーーーーーーッッ!!」

「陸奥さん……ッ! 深海棲艦め、離れなさい……ッ!」

 

体勢を入れ替えようとした陸奥に、不運にも真横から飛んできた重巡リ級の一発が直撃する。

小破で保たれていた装甲は一気に大破まで進んでしまう。

 

そして大破している扶桑の放つ主砲は、既に主砲自体が歪んでしまっているため

見当違いの方向へと飛んでいってしまったが、砲撃があったという事実が深海棲艦の足を遅らせ

艦隊として態勢を立て直す時間を得るに至ったが……

 

「う、うぅ……第三砲塔が……!」

「もういい……! お前も扶桑殿達と、回避に専念するんだ……!」

「ま……まだ、よ! まだ、まだ私はやれるわッ……!」

 

───ヒュルルルルル。

 

『ッ!?』

 

その甲高い音は、真正面から放たれた一撃だった。

大破した陸奥に、大破している扶桑が、さらに大破どころではない千代田を抱えながら寄り添い……

 

絶好の、的となってしまった。

 

 

 

「───……まだよッ!」

 

 

 

咄嗟に前に出た伊勢が、飛行甲板を突き出して砲弾を受け止める。

 

「う、ぐぅッ……!」

「伊勢ぇーーーーーッッ!!」

「伊、勢さん……!?」

 

目の前で爆発という輝かしく朱い花が咲き開き───その爆発が済んだ後には。

飛行甲板の原型すら既に無い、今の一撃で完全に大破までダメージを受けた伊勢が

衝撃を受け止めきれず、ふらついて、そのまま沈みそうになっていた。

 

「おいっ! 伊勢ッ! 平気かあんた! なんつー無茶してんだよ!」

「ア、ハハ……これ、小沢囮艦隊の時より……厳しいかも……」

「しっかりしろ、伊勢ッ!」 

 

側に居た摩耶がなんとか伊勢の肩を抱え込むが……

 

「クッソが……──あ」

「しまっ──くそ……!」

 

敵の深海棲艦に悪態をついた時、摩耶と長門は気付いてしまう……。

こちらの足が少し止まり、その間にも周囲が更に色濃く黒色に染まっている───

つまり、深海棲艦達がより一層、自分達に近づいている。

 

確かに、彼女達艦娘部隊は逃げるために前に進んだ。

しかしそれと同時に深海棲艦達もより深く彼女達を囲う為に蠢いていた。

結果、移動をしただけで敵の層は元通りの厚さに戻ってしまっている。

 

「……さすがに、これは───もう……無理、か……」

 

一旦砲撃こそ収まっているものの、広がる光景はまさに地獄絵図の寸前だった。

何かしらの合図が起これば、周りに渦巻く敵艦隊は全て自分達に牙を剥く。

既に中破を保てているのも長門・山城・摩耶の3人だけ。

思わず長門は、前々から解りきっていた事を口に出していた。

 

体の各部位から黒煙を上げながらも、気勢を張り続けていたが……その気合も、既に尽きかけていた。

一番素早いと思われる駆逐艦に救援を頼んだからと言って、横須賀鎮守府の各港からこの海域までは

往復で考えれば普通は6日は掛かる距離なのだ、それに頼るのが夢物語なのも本当は全員が理解していた。

 

それでも諦めず、例え妄想でもそれを糧にしてここまでは来た。

だが、現実だけはどうしても変えられない……嫌でもそれがわかってしまう状況。

 

「───ハッハッハ……そうだな、良い、二度目の生だった。

 あの光の中で沈むより、きっと……遥かに良い末路なのだろうな」

「……もしかしたら、私も……戦いの中で沈めるだけ、マシなの、かもね」

 

前回の記憶で、自分達の末路を知る彼女達は呟く。

それは、彼女達の心も……折れてしまった瞬間だったのかもしれない。

 

 

「───へっ、冗談じゃねーぜ」

 

 

だが、そんな中でも折れない心はある。

 

 

「───私は、誓いました。姉様と……共に提督に会いに行く、と!」

 

 

だが、そんな中でも破られない誓いはある。

 

 

「や、山城……」

「ああそうさ───本当に駄目ってんなら……駄目になってから諦めるだけだッッ!!」

「お、お前、達……」

 

既に弾薬も殆ど残っていない12cm30連装噴進砲を構え、摩耶は吼える。

その声に呼応する為に、山城も立ち上がる。

 

───ィィィィ

 

そして深海棲艦達は、これが最後の砲撃と決めたのか

この海域に渦巻く集団の纏め役と思われる、他の深海棲艦とは一味違うフラッグシップ戦艦・タ級が

周囲に群がっていた黒の壁をほんの少しだけ割って、前へ出てきた。

 

絶好の斬首戦術の好機であったが、既にそこに至る力も残されていない艦娘艦隊。

しかし、それでも……摩耶と山城はタ級に向かって動き出した。

 

その動きを戦艦タ級は、あまり無機質とは感じない笑みを浮かべながら見続け

全深海棲艦に対して、まるで見ろと言わんばかりに左手を天に掲げた。

 

あとはその左手が下に振り下ろされれば、固まって囲まれている艦娘艦隊に

抗う事すら不可能な鉄と火薬の理不尽が降り注ぐのである。

 

「さて、あたし達も……『逝く』か、山城」

 

摩耶は自分の握り締める兵装を、前に構える。

 

「えぇ、この瞬間まで肩を並べて生きた『戦友』と『逝く』のなら……

 再度与えられたこの生命、少しも惜しくはありません。

 姉様との誓いを果たせないのは、ほんの少し残念ですけどね」

 

山城が、折れ曲がった砲身と砕けている飛行甲板を構える。

 

「ははっ、そいつはすまないな……そんじゃぁ──

 最後の祭りだ、お互い────派手に散ってやろうじゃねぇかッッッ!!!」

 

満身創痍の二人は、最後の乾坤一擲を行う為に、己の最速でタ級に向かおうとして

 

 

 

 

───ィィィィィィィィ

 

 

 

 

「────そいつは、楽しそうな祭りだなぁ」

 

 

 

 

 

この場の誰とも該当しない、艦娘の声が場に響いた。

 

 

 

 

 

 

「え……?」

 

「だ、誰……?」

 

『●……●……?!』

 

 

そして 呟く様に声を出した『無粋な乱入者』は

 

 

「祭りってんなら……─── 騒いで 狂って (たの)しくやろうぜッッッ!!」

 

 

まるで廻り独楽の様に回転しながら海上へと急降下し

纏め役のフラッグシップ・戦艦タ級に、手に持つ巨大な『ナニカ』を背後から叩き付け

その余りある破壊力を持って、ただの一撃で装甲を叩き割り、戦艦タ級を吹き飛ばした。

 

場にいる艦娘・深海棲艦が惚けながら、悲鳴すら挙げられず錐揉み状に飛んで行くタ級を目で追った。

 

すると、その吹き飛ぶ戦艦タ級に───さらに『蒼い何か』が上空から直撃し

落下速度そのままに海上へと急降下して、着地地点に水飛沫が激しく散らばった。

 

 

「───随分と、ステキなお祭りね?」

 

 

海上に降り立った『青髪の彼女』の側には、既に戦艦タ級の姿など何処にも無かった。

吹き飛ばされた一撃と、上空から貰った一撃で───落下した者の足の下で轟沈したのだ。

 

腰に備え付けられた凄まじく長い棒を外し、鞘であったそれを海上に投げ捨て

長刀であったそれを片手に(たずさ)え、優雅に海上へ足を揃え直しつつ

 

 

 

『青髪の彼女』は───絶望の戦場に降り立った。

 

 

 

「お祭りなんでしょう? そうね、なら……── 華麗な踊り子なんて、いかがかしら?」

 

 

 

 

海域・『地獄』

 

軽巡洋艦娘・天龍 

 

並びに

 

駆逐艦娘・叢雲

 

参戦。

 

 

 










※模造tips※

天龍の動きもまず有り得ないものですが
(落下しながら自分も『縦回転』して、なおかつ正確に目標をぶった斬る)
叢雲の方は更におかしいことになってます。
(天龍がアロンを持つまでそれに乗って飛翔していたのに
『ぶっ飛んだタ級』に対して正確に着地している。
 つまり叢雲がそれを狙って飛んだ場合、先に事象として在る筈の天龍の攻撃が起こってない。
 この事から『必要最小限』の達成条件として

・叢雲はアロンダイトからジャンプしても
『天龍がタ級をぶっ飛ばし切るまで滞空出来なければいけない』
・天龍は叢雲がジャンプした後にアロンダイトを回収し、なおかつ
『滞空している叢雲の軌道に、タイミングも完全に合わせてタ級を飛ばさなければならない

うん、もうなんかおかしいね! まぁノリだね!
漫画でもこういうの結構あるし、たかが一小説だから勘弁してね!


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状況開始

 

 

「……見えたッ! あれだ……って、なんだあの数!?」

「報告通りの数って事ね……正直気持ち悪いわ」

 

目標海域まで最速で進み続け、天龍と叢雲はついにその場所へ辿り着いた。

そして報告通りの光景が広がっており、別の意味で絶句する。

 

「おいおい……あの数が俺らの鎮守府まで一気に到達したらどうなんだよ……。

 あんなモン一気に来たら、防衛崩壊どころじゃねえぞ」

「まぁ、流石にそこまで状況が進行したら、他の鎮守府の海軍も来てくれるでしょ?

 そんな事は後で考えるとして……! 千代田達はまだ沈んでないでしょうね……!?」

 

目の前に広がる黒い群れに本拠地が襲われる光景を想像すると背筋が寒くなるのは当たり前ではあったが

確かに叢雲の言う通り、今回の彼女達はあくまでも時間稼ぎと救出が主な役目である。

 

そして、現代での史実の結果と同じく某宇宙世紀の厳つい顔で傷面の次男が言う通り

戦いというものは数で決まる場合が非常に多く、自分達の鎮守府からここに派遣された艦娘は

報告通りであるならば、帰還した潮を除いたら、8人しかいないのだ。

 

どういう状況でこの状態になったかまでは二人にはわからないが

たったの8人でこの暴力に抗えるとは到底思えない光景である。

 

しかし───

 

「───ッ!? 天龍、あれ!」

「ん、お、おぉ……!? マジかよ、あいつら耐え切ってやがるッ!」

 

海上から30~40mの高度からその黒の群れを見下ろしていた二人の視点は

モノを探すという意味では非常に良い位置だったこともあり

その中からほんの少しだけ黒色が開けた所を見つける事が出来た。

 

そして、その中心部に人影を確認する。

 

彼女達は、ぎりぎりの所で間に合ったのだ。

 

「って……あれは!? やばい、叢雲ッ! このまま突貫するぞっ!」

 

だが、それでも本当に寸での所と言った状況なのか

既に包囲網も縮められ、絶体絶命というのが上からでもわかってしまう。

 

「チッ、整備長の判断に感謝ね……! 天龍、タイミングを合わせてッ!!」

「っしゃぁ! 任せろッ!」

 

長い間、自分達の港が開港された序盤の時期から肩を並べて活躍している彼女達は

まさに『語る必要など無し』といった様子で、互いに説明も無く動きだけで何をするか察した。

 

天龍と叢雲は一気に高度を上げ、そして天龍が少しだけ叢雲の載るアロンダイトより上に飛び

その位置から急降下しながらアロンダイトを回収して突撃───しようとしたところで

 

 

彼女達は確かに聴き取った。

 

 

「───最後の祭りだ、お互い、派手に散ってやろうじゃねぇかッッッ!!!」

 

 

前向きな、状況に絶望した悲鳴を。

 

 

それが聞こえた天龍は、動きながらも思わず、呟く。

 

 

「そいつは、楽しそうな祭りだなぁ……!」

 

 

自分達が、常着している兵装まで捨てて、ここに辿り着いた目的を達するために。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前等ァッ! こっちに向かって突っ走れッ!!」

「──え……?」

「お、お前達は……救援部隊、なのか?」

「んなことどうでも良いから、さっさとこっちに来やがれッ! 周りの状況考えろッ!」

 

今しがた、敵の旗艦と思われる戦艦タ級を一瞬で轟沈させ

吹き飛ばして奪った位置から、天龍は艦娘達に吼え叫ぶ。

 

その効果は確かにあったらしく、周りの深海棲艦は状況の変化に付いてこれないらしい。

しかし、あまりにもあまりな登場だったために救出対象の艦娘達まで思考が停止していた。

 

そんな中、唯一状況を把握している天龍と叢雲が、状況維持の為に素早く動き出す。

 

少し離れた所に着地した叢雲は、即座に艦娘達を追い越して天龍の傍まで辿り着き

天龍は、先程の敵旗艦・タ級が出てきた際に少し割れた深海棲艦の壁を更に抉るため

既にアロンダイトを両手持ちにして目の前に居る雷巡チ級を、剣の加速による剛力で吹き飛ばしている。

 

そして効率が良いのか悪いのか深海棲艦の群れの中に居た別の深海棲艦に

天龍の放った一撃で吹き飛んだ雷巡チ級が別の深海棲艦に激突し、双方が轟沈していった。

 

「──! 皆さん、行きましょう!」

「ふ、扶桑……?」

「彼女達は私達を助けに来てくれたんです! この群れから脱出させようとしてくれているんです!」

「……! そ、そうだ! 全員、二人を追いかけるんだッ!」

「あ、長門、待って!」

「そう、か……、この場には……『あの二人しか』来れなかったのか……!」

 

日向の言う通り、潮がこの海域を脱出してからまだ4日しか経っていない。

たったの二人だとしても、あまりにも速すぎる到着──故に、二人以外着いて来られなかった。

 

硬直していた艦娘達が動き出し、叢雲はほんの少しだけ場に留まる。

そして全員が自分を追い越した所でバック走航を開始し、迫る砲撃に備えた。

 

絶望の中で突然差し込んだ光を眩しがってしまい、何故彼女達が現れたのか察せなかった艦娘達だが

ここまで来て漸く状況把握を行い、まだまだ未来が暗い事に気付いた。

 

そう、まだ『あの二人しか』来ていないのである。

 

これだけ居る深海棲艦に対して、二人しか来ていない……ならば、これらを打倒するのは無理。

 

「全く、把握が遅いわよアンタ達。死にたいわけじゃないんでしょう?」

「すまない、さすがに突然過ぎて動揺してしまった……む!? お前……私達の港の叢雲か!?」

「そう、よッ!」

 

ギィンッ!

 

長門と会話をしながらも、混乱の中漸く動き出した一部の深海棲艦がこちらに砲撃を行って来た為に

正宗を閃かせ、剣先に弾頭を軽く宛てがって別の深海棲艦へ機動を逸らして直撃させた。

横手から何が起こったのかわからず、運悪く駆動部に被弾して沈み行く戦艦ル級の悲鳴が響き渡る。

 

「よし……いけるわね!」

「な、なんなのだ……今のは一体何をしたんだ?」

「ただの特訓の成果よ、日向……さんってつけておこうかしら一応」

 

話しながらも周囲に気を張り、砲弾撃墜のために隙無く刀を構え続ける叢雲。

今こそ混乱して攻撃気配が鈍いが、一度全員が立ち直れば立ちどころに鉄の雨が降る筈である。

 

「オラオラオラァーーッ! 天龍様のお通りだ、どきやがれてめぇらッ!!」

「チッ、天龍だけに良い所取られて溜まるかッ!

 摩耶様の攻撃も、喰らいやがれぇぇぇぇぇーーーーー!!」

 

そして進行中の前に目をやれば、本人の加速と剣の加速で

短距離ながらもとんでもない破壊力を即座に生み出して、黒い壁を削り続ける天龍がいる。

 

更に、最後に使い切ろうとした弾薬を使う前に戦況が動いた為に

まだ残っているほんの少しの弾を、天龍を狙おうとしていた軽巡ホ級にぶちまける摩耶。

喧嘩っ早い性格が幸を奏し、彼女は復活が早かったらしい。

 

ガシャンと音がしたと思えば、駆逐ロ級がホームランボールの様に空を舞い

ガキョンと音がしたと思えば、戦艦ル級の16inchi主砲が破壊されて無力化されており

更に爆発音が黒の群れから聞こえたと思えば、天龍を狙う軽空母ヌ級が摩耶の活躍で轟沈していき

次々に削り開けられる深海棲艦の壁の中を、全員が順調に進んでいる。

 

「い、一体どうやってここに来たの……!?

 普通の艦隊の速度なら、周りの鎮守府からでも6日は掛かるはずなのに……。

 潮ちゃんを送り出したのが3日前で、あと3日は……」

「それはね、伊勢……さん。私達の港には、ちょっと異質な整備の人間が居て、ねッ!

 たまたま、だけど……ここに即座に辿り着ける様な推進力を持ってたのが私達だったの、よ!」

 

天龍がこじ開け続ける黒の壁を、周囲を気にしながら進み続ける艦娘達。

既にほぼ戦闘力が無いに等しい、先にこの場に居た彼女達を守りつつ、叢雲は説明を行う。

 

「だから……私達二人が超先行部隊としてッ、時間稼ぎに回されたの、よっ!」

 

散発的に撃たれる砲撃に対し、叢雲は慎重に自分達の直撃コースのみを捌き

比較的余裕を持ちながら、会話と弾道逸らしを行っている。

 

「ふぅっ、だから私達二人がやる事は……ふんっ!

 各港の本艦隊達がここに、到着する、までッ! アンタ達を、護り抜く事なの、よッと!」

「だ、だからと言って……二人追加されただけでこの艦隊の群れを捌ける訳が……」

「んな事いいから進みなさいッッ!!」

「は、はいぃっ!?」

 

一度現実を見て、現実を受け入れて特攻しようとした山城が要らぬ事を言おうとするが

ちょっとだけ狙って、格好良く登場したテンションを下げられたくなかった叢雲は

怒鳴り散らして無理矢理山城の発言を止めた。

 

「───それに、ね……私達も、約束してここまで来たからね」

「や…約束、ですか?」

「えぇ、約束よ……千代田を救うって───千歳に、ねッ!」

 

体の各関節部分をしならせ、叢雲は正宗を鞭の様に振るう。

そして正宗の剣先は、割った黒の群れの横に居たフラッグシップ・戦艦ル級の視覚部分を狙った様に掠め

悲鳴と共に、危ない戦力がまたひとつ無力化されていくのだった。

 

「そう……あの娘と、約束かぁ」

「そういう事よ、アンタはのんびり進んでなさいな、陸奥」

「あらあら、いつもは私達が貴方達を守ってあげてるのに……情けない事だわ」

「あら、たまにはいいじゃない……日頃の恩ぐらい──返させなさいッ!」

 

ギャリッ!

 

叢雲の正宗がまた煌き、こちらに近寄ってきていた深海棲艦の艦載機を

ただの一太刀で全て横薙ぎに切り裂き、3機同時に撃墜を果たす。

戦況に乱入してから、流れは完全に艦娘達に向いていた。

 

 

 

 

「──ッラァァァーーーーーーーッッ!!」

 

一方、群れを裂き続ける天龍の方も好調である。

身体に添付された『ミノフスキードライブ』を稼働し、今度はアロンダイトの方は発動させず

剣を固定したままエリート戦艦・ル級にぶち当たり、更にその後ろに居た重巡リ級まで巻き込んだ。

 

更にドライブを吹かし、海面より若干高度を上げて黒の群れより上に飛んだ後

剣に付いているドライブを点火して振り抜き、剣に体を持って行かれたル級とリ級を吹き飛ばした。

そして何処ともわからぬ場所へ吹っ飛ぶ、ル級とリ級の進路にたまたま居た深海棲艦に直撃し

轟沈とまでは行かなかったが、合計4体は明らかに大破までダメージを重ねていた。

 

「───ふっ……!」

 

天龍は剣を振り抜いた所で全てのドライブを一旦停止させ、慣性の法則で少し前へと飛翔する。

その下には黒い群れがこれでもかと言う程に渦巻いており、全員がこちらを見上げていた。

 

「オオォォォォォォォォーーーーーーーーーーーッッ!!」

 

そして深海棲艦達が天龍に照準を合わせた所で、天龍はドライブを発動。

上空に輝かしい閃光を残して加速、上手くバランスを合わせ

まるでブーメランが空中から地面に戻る様な軌道を描き、背後から深海棲艦を強襲する。

 

「おいおいおいおい……! んだよ、無茶苦茶カッコイイだろアレ……!

 あたしも港に帰港出来たら、整備長になんか頼むかな……」

 

摩耶は自分の少し先から深海棲艦が装甲を派手に切り裂かれる音と共に

まるで鉄屑の様に吹き飛ばされ続ける様子を見て、近接武器の魅力に取り憑かれてしまう。

 

パスン……

 

「あり?」

 

その様子を見ながら周りに残った弾薬を撃ち込み続けていた所で、ついに弾切れを起こしたようだ。

本来ならば、自身も中破で他の艦娘も4割が大破、気力も尽きるのだが……

 

「……へっ、弾が切れたってんなら───殴ってブッ飛ばすまでだッッ!!

 どりゃぁぁあああああぁぁあぁぁぁーーーーーーーッッ!!」

 

自分と似た性格である天龍が、武器を所持しているとは言え鎧袖一触の活躍をする様を見て

物凄くテンションが上がってしまっており、有り得ない選択肢へと突っ走ってしまった。

 

しかしこれに迷惑したのは味方ではなく、深海棲艦の方だった。

 

正面に摩耶の様子を油断無く冷静に見ていたフラッグシップ雷巡・チ級が居た。

弾切れを起こした後の無防備な状態に砲撃を加えようと構えていたのだが

 

「どりゃぁぁあああああぁぁあぁぁぁーーーーーーーッッ!!」

『 !? !? !? !? 』

 

弾切れを起こしたら、更に凶暴になって自分に『襲い掛かって来る』という理解不能な状態になり

摩耶は弾切れを起こした砲身装備を、拳の保護具として装着したまま殴り掛かる。

 

バゴンッ!!

 

完全に不意を打たれてまともにアゴを打ち抜かれたフラッグシップ雷巡・チ級は

轟沈こそしなかったものの、完全にノビて海面を意識無くプカプカ浮く事になった。

 

その一撃によって摩耶の砲身装備は醜く歪み、砲身として使い物にならなくなるが

 

「負けてらんねぇッ!! 次はテメエだぁぁぁぁーーーーーーーーッッ!!」

 

自身の拳には確かにダメージが行かなかった為、関係なく使われ続けた。

あまりの予想外に、深海棲艦は次々と伸されていき

そのうち摩耶はノビた深海棲艦まで投擲武器として扱い始める。

 

摩耶の手によって頭からひっぺがされたエリート空母ヲ級のクラゲ状の何かが

フリスビーの様な回転と共に、たまたま近場に居た戦艦ル級の顔面へとクリーンヒット。

 

煙を上げて海上に浮いていた艦載機を鷲掴みにして、駆逐ハ級に投げつけ、しかも爆発。

 

終いには先程殴り倒したフラッグシップ雷巡・チ級の足首を握り締め

天龍が退路として壁を引き裂く方向へブン投げたら、天龍に注意が行ってる空母ヲ級の後頭部に直撃。

二人仲良く海の底へと沈んでいったりと、『摩耶の中破』とは何だったのかと言える程に好き放題だ。

 

「へっ、ノリが良いじゃねぇか、摩耶ッ!」

「おうっ! 砲撃なんてチマチマしたもんに頼っちゃいられねえッ!」

「それでこそ、だな。港に帰ったら整備長に掛け合ってやるか?」

「っしゃぁ! その言葉忘れるなよ!」

 

そしてついに、艦娘艦隊より少し先の黒い群れの中で暴れていた天龍が摩耶と合流を果たし

少しの会話は二人のテンションを更に上げ、彼女達の進撃を加速させた。

 

 

だが、しかし。

 

戦況を未だに座棺しているのは、深海棲艦の圧倒的なまでの物量。

 

いくら旗艦を落としたからといえど、混乱はそのうちに収まるのが定石であり……

 

少しずつ、掴んだ流れは、深海棲艦に引き戻されて行く。

 

「叢雲ォッ! そっちの燃料はまだ大丈夫かッ!?」

「正直、先を考えるとッ、厳しいわッ!!」

「チッ、どうしてもジリ貧になっちまうか……!」

 

もしもこの流れで、救出に辿り着いた彼女達の燃料が無限であるのならば

少しずつ……本当に少しずつ、深海棲艦の数を削り続けて、やがて全滅させる余裕もあっただろう。

 

「クソッ、こいつは他の位置からこっちに艦を回してやがるな……!?」

「ちくしょう、やってもやっても減らねぇぜ……!」

 

理想がそうだとしても現実ではそんな夢物語は存在せず。

急行するにあたってほぼフルブーストで現場に向かった際、予備タンクの燃料は全て切れており

辿り着いた時点で残っている燃料は、彼女達に元々搭載される許容量しか残っていなかった。

 

ヒュルルルルル───ビシッ

 

「ッ!? 至近弾……やってくれるわね……ッ!」

「む、叢雲さん……!」

 

ただの一個艦隊に対して攻撃を行うのならばそれで十分。

ぎりぎりになるが四個艦隊を相手にしても少しの余裕があるその許容量は

やはり、百を超える艦を相手にする場合には心(もと)ない量でしかなく

どうあっても、戦端の最初から節約戦術に移行するしか無いのだ。

 

「天龍ッ! 摩耶ッ! そっちは突破出来そうかしら!?」

「すまん正直わからねぇ! 倒す先から陣形が再生されてやがるんだ!」

「っく……一人分の戦力でも増えるだけでいくらでもやりようがあるのに

 あの夜戦バカは一体何してんのよッ……ふっ!」

 

この場に居ない、予備燃料タンクも無く突っ走ってきてしまったとある艦娘に対して呪詛を吐きつつ

自分の仕事である敵砲撃の撃ち落としをしっかりとこなしていく叢雲。

 

しかし、彼女の姿も最初にこの海域に辿り着いた状態とは既に程遠く

少しずつ装甲を削られており、油断をすれば直撃すら貰いそうな程に動きも摩耗している。

 

「ッ! 野郎、捨て身で俺の動きを封じるつもりか……!

 なめんじゃねぇぇぇぇぇーーーーーーーーーー!!」

「明らかに動きが変わって来てやがる……!」

 

同様に、同じ時を持ってこの海域に辿り着いた天龍も

争っている正面の深海棲艦達が徐々に彼女達の動きに対応してきており、足並みを乱されている。

 

それも仕方がないといえばそこまでだった。

何故なら天龍の訓練方法は、基本的に『動かない的』への攻撃でしかなく

同様に、叢雲の訓練方法は、動きこそするものの『攻撃意思がない的』への攻撃だった。

 

ガシッ

 

「うっ!? や、やめろ、離しやがれ!」

『…………!!』

「摩耶ッ?! ……うっらぁぁぁぁぁーーーーッッ!!」

 

ゴキョッ!!

 

『ッ!?』

「っ! んなろぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーッッ!!」

 

砲撃もせずに摩耶の手を掴んで離そうとしないエリート重巡リ級に対し

天龍はアロンダイトで後ろから斬り掛かり、摩耶は力の弱ったそのリ級を掴んで振り回し

後ろから天龍の動きを阻害しようと迫っていた軽巡へ級へ投げつけ、大破まで追い込む。

 

「すまねぇ、助かった天龍!」

「お互い様だ、摩耶ッ! しかし……いよいよヤバくなってきやがったか……!」

 

感謝の意を述べる摩耶に対し、天龍は気軽に返事を返す。

だが、場の状況は刻一刻と悪くなってきており───援軍も殆ど期待出来ない状況である。

 

もちろんの事、こちらに援軍が来る事自体は間違い無いが

『こちらが生き残っている間に到達する』可能性は極めて低い。

 

そしてその時間を稼がなければならない天龍達の状況は、最早言う必要も無く

戦いの終わりは、着実に近づいているのだった。

 

 





※tip※

・至近弾
要するにカス当たり。
直撃ではない様な一撃をこう表現するそうです。
『直接あたりはしなかったが爆風や破片などで
 なんらかの被害が及ぶ可能性のある範囲内に着弾したもの』という感じだそうで。
一部の艦娘は小破した場合にこの台詞を述べます。げっ歯類とか。


書き溜めがなくなったので少しの間更新が停止します。


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Iron Wall


E5ボス硬い。
軽巡2体だけでいい、出てくれ。Aは取れるんだ……


 

 

───天龍と叢雲が救助に辿り着く、少し前。

 

「───~~~」

 

ある一人の深海棲艦娘が、のんびりゆらゆらと波間の上を揺蕩(たゆた)っていた。

 

何故か腕が固定され、完全に顔も被り物で隠れてしまっている上に

エリートにまでならないと攻撃兵装までもが存在しない、その艦の名は──輸送艦・ワ級。

 

彼女達は、基本的に鎮守府において制圧地点とされる場所には絶対に存在していない。

海流から一本離れた地点等でゆらゆらと波に揺られている事が多く

非武装故に、もしも戦力増強の要請的なものがあったところでそれに参加する意味も特に無く

色んな海域の、色々なところでよく見かける存在である。

 

「♪ ♪ ♪」

 

そして、たまに寄ってくる深海棲艦達に燃料や弾薬を補給しており

補給する資材を蓄える目的なのか、稀に資材が豊富な地点でも彼女達が見かけられる。

そのため、彼女達のフォルムは非常に豊かな装甲をしており

何処ぞにおいて現在進行形で轟沈ダメージを負っている軽空母艦娘も顔負けな胸部装甲を持っている。

 

そんな彼女達のうちの一人が

 

パシャッ

 

「───?   っ?      ーーーーッッ!! ーーーー・・・・・・……」

 

何か水面から小さい音がしたと思いきや、一瞬でその地点から消え去った。

 

彼女は偶然にもはぐれと呼ばれる、一人で海域をうろついていたタイプであり

彼女の喪失がその海域に居る深海棲艦に知られることは……ついぞ、なかった。

 

 

 

 

───そして、時は現在へと戻る。

 

ドォンッ

 

「ッ!? フッ……!」

 

中距離程度から砲撃音が聞こえ、天龍はその方向を見やった後

弾道を見切り、その砲撃をスウェーを用いて避けきる。

 

そして避けられた砲弾は───

 

ダァンッッ!!

 

『ッ───!? !?』

 

別の『深海棲艦』へと直撃し、砲身がひん曲がって大破判定を受けてもおかしくない破損を受けた。

 

「っぶねぇ……本当に厄介だな、四方八方塞がれてるってのはよ……!」

「すみません、天龍さん……私達が、もっと、戦力になれれば……!」

「そんな事今更気にする事じゃねぇ、だろっ!」

 

目の前に迫った雷巡・チ級の砲撃兵器を切り飛ばしながら、扶桑の声に天龍は答える。

天龍は、相変わらずのこの状況に愚痴を垂れているが……

実際の所、彼女はこの状況にかなり慣れてきていた。

 

現在、彼女達は中破、大破で這々の体である艦娘達を護衛する形で

『黒い海域』と言っても過言ではないこの四面楚歌を進み続けている。

 

「……でぇいッッ!!」

 

そう、護衛する形で───つまりは、弾の道筋の都合が悪ければ

自分が避けると護衛している彼女達に砲撃が直撃するのだ。

 

現に今天龍へと向けられた砲弾があったが、彼女は自分の剣の頑丈さを取り柄に打ち飛ばし

明後日の方向へとすっ飛んでいった弾は、黒い群れの中へと落ち

───どこかから、深海棲艦の悲鳴が聞こえた気がした。

 

それらの判断がつくようになっている辺り、彼女の精神力は末恐ろしい物があると言えた。

 

 

「───シッ!」

『ッ!』

 

ギィンッ!

 

一方、天龍と同じく満身創痍の艦娘達を護衛している叢雲にも、それが頻著に現れ始める。

 

「───せいッ!」

 

ヂッ!

 

『ーーー~~~ッッ!!』

 

周りから降り注ぐ弾の数々に対応しながらバック走航をし続けている彼女だが

時たま砲撃の嵐が僅かに止まる事に気付き、その僅かな間を用いて周りの深海棲艦を迎撃し始めている。

 

初撃で、こちらに砲身を向けているフラッグシップ重巡・リ級に

正宗を用いるリーチの長い一撃を入れ、ガードさせて照準をブレさせ……

再度構え直す為の僅かな隙に、目に刀を掠め当て視界を奪い去っている。

 

おどろおどろしい悲鳴を上げ、目元に手を当て仰け反るリ級を無視し

 

ドォン、ドドドドンッ

 

「くっ───せやッッ!!」

 

再度開始された砲撃へ意識を向け、再び正宗で対処を始める。その流れには全く隙が感じられず

しかも上手く逸らした砲撃が周りの深海棲艦へと直撃するのも関係し

後ろから攻め立てる深海棲艦達は、その異様な光景を目の当たりにして攻めあぐねていた。

 

自分達が敵に攻撃をしたら、何故か自分の味方が減っていく。

深海棲艦の常識では(艦娘側からもしても同じ印象なのだが)推し量れない現象が発生したのだ。

それが引き起こす動揺たるや、立派にこの戦場の攻撃忌避への要因となっていた。

 

「オラァっ!!」

『───!』

「何ッ!? くそっ!」

 

そして、護衛される立場のはずである摩耶は、まるで野生に戻ったかの如く

敵陣へと突っ込んで深海棲艦を手当たり次第に殴り倒していたのだが……

相手も学ぶ事が出来ており、奇襲に近い形であったからこそ破壊にまで至っていたその拳も

慣れられてしまえば、自前の硬い部分を前に出されてガードされてしまい、功を成さなくなっていく。

 

「摩耶ァッ! もういい十分だ、下がれッ!」

「んだとぉ!? あたしはまだやれるッ! 黙ってろ天龍ッ!」

「良いから下がれッ! そんなの効くの最初だけなんだよッ!」

「あぁっ!? んじゃ同じような事やってるお前はなん───」

 

がなりたてながら天龍の方へと振り向いてみれば───

そこには前に出された硬い部分ごと、膂力で戦艦ル級を吹き飛ばしている天龍の姿があった。

 

「───……チッ」

 

それを見て、摩耶は妥協する。

天龍が自分と同じような事をやり続けた上でここまで戦端を切り開けているのは

相手がガードをしようにもそれごと吹き飛ばす攻撃性を秘めているからなのだ。

ガードされたら止まってしまう自分が居ては、そこからこの優位が崩れかねないのだ。

 

それでなくとも中破している摩耶だと、下手な爆風ですら致命的に成り兼ねない。

そうなっては、全員を生還させるためにこの場に辿り着いた二人に申し訳が立たない、と思い直し……。

 

摩耶は舌打ちしながらも、目の前で殴りあっていた軽空母・ヌ級から素早く離れて彼女達に合流する。

 

「すまねぇ天龍、あたしはもう弾も使い果たしちまってる、役に立てそうにないぜ……。

 他の大破してる奴等の砲弾は規格外で装填出来ないだろうしな……」

「気にすんな、元から戦力に入れちゃ───いねぇよッッ!!」

 

返答をしながら気合一閃、豪快に横薙ぎに振り切り

その一撃だけで、装甲を完全破壊される深海棲艦が同時に3体。

近接戦闘に特化されたその巨大な剣だからこそ出来る荒業である。

 

ただし、叢雲の正宗と違いアロンダイトの内部には内燃機関が搭載されている。

天龍の腕力と膂力では振り回すことも難しいのだが、剣自体に推進機構を搭載することにより

その重量を活かした圧倒的な一撃を繰り出すに至っている。

 

しかし、この剣に乗って叢雲が此処までやってきた際にももちろん消費されているし

現在を持ってして戦闘中で、機動しっぱなしの内燃機関は、その内部の燃料を確実に消費していく。

 

「……せめて、お前等だけでもここから逃がせりゃ話も違うんだがな」

「…………本当に、あたしは自分が情けねぇ」

「……どうにか、ならないものか。まぁ諦める事だけは(もっ)ての(ほか)だが」

「そうね、日向さん。アンタもないものねだりしてんじゃないわよ、天龍。

 そんな事ほざいてちゃ、ツキも逃げていっちゃうわよ、っと!」

 

こちらに向かってきた一発の砲弾を対処しながら、叢雲も会話に参加。

そしてまた別軌道に弾かれた砲弾は不幸な深海棲艦に直撃し、戦力外と化す。

 

「くっそ……何か、何か無いのか……場を覆す……なに──、か?」

 

それでも、このまま突き進む事が出来る保証があるわけでもなく

小さいことでも何かのきっかけになれば、と天龍が周りを見渡していた所で

 

 

 

 

それは突然起こった。

 

 

天龍達から見て、遥か先ではあったのだが──閃光、というより爆発が発生した。

 

 

 

『……!?』

『ッ!? !? ?!』

『───? !?』

「な、なんだ!?」

「ちょっと! 何か今爆発音が聞こえなかった!? 何が爆発したのよ!」

「え、あの、叢雲さん……何か、私達の進む方向で、爆発が……あ、また爆発しましたね」

 

ダァンッ! ドォンッ!

 

叢雲が弾いた砲弾でもなく、何故か黒の群れの外周と思われる箇所で爆発が上がり

しかもそれは立て続けに連鎖して爆発していた。

 

ゴォンッ! ズドォン! ドゴォン!

 

深海棲艦達ですら、その爆発に戸惑い一度天龍達から目を背けて爆発の原初を探っている様だ。

聞き取れない言葉の様な何かが深海棲艦達の間を走り、さらに動揺は広がっていく。

 

「ッ! まさか……俺等の味方の航空爆撃隊か何かが到着したのかッ!?」

「! そうかも……そうじゃないとこいつらまでこんなにびっくりしないわよね」

 

ダァーン! ドゴォン!

 

爆発と同時にその爆風によるものなのか、空を舞っている重巡・リ級や軽巡・ホ級が見える。

煙を出しながら、こちらとは違う方向の明後日に飛んでいって慣性の法則に従い墜落していく。

 

『───!!』

『!  !?    !? !?』

 

そして爆発はどんどんこちらに近づいて来ており、傷だらけの艦娘達は希望を見出し

深海棲艦達は正体がわからないその攻撃に、恐慌状態に陥りかけている。

 

「よし! この隙に一気にとっ………ぱ……? ……あれ、気のせいか……?」

「ど、どうしたのよ天龍、私はそっち向く訳に行かないんだからきちんと説明しなさいよ」

「いや……あれ? なんか……あれぇ?」

 

そこで天龍は、ふとした拍子に気付いたのだ。

その爆発するに至る道筋には、自分達が希望とするモノの、あるはずのものが見当たらない。

 

「天龍、殿……一体どうしたと言うんだ?」

「……お、俺の見間違いじゃなければ……なんだけど、な」

 

気付けているのは天龍のみらしいその事実を、彼女は───恐る恐る口に出す。

 

 

 

 

「艦載機、居なくねぇ?」

 

 

 

 

そう、爆発の直上を見渡しても何も飛行していないのだ。

 

 

「……あれ、本当ですね?」

「あ、よく見りゃ本当だ。爆発だけ起こってやがるぞ、アレ」

「あ、あぁ、確かにそうだな……」

「……えぇー?」

 

 

艦娘達が気付いたその違和感も、深海棲艦達の混乱状態も──その爆発は全く関係なしと言った感じに

どんどん、ズンズンこの戦いの中心点に、直線上に近づいて来つつある。

 

 

ガァンッ! ドガァンッ! バゴォン! ガォンッ!

 

 

 

しかも。

 

 

 

「……おい、ちょっと」

 

ドドォンッ! ゴカァンッ! ガコォンッ!

 

「……音、どんどんこっちに近づいてない?」

 

ドドドドンッ! ズドドドドォン! ドガァァァァンッッ!

 

 

 

勢い的に、直線上に天龍達が居る上で、そのまま彼女達まで轢き潰しそうな連鎖爆発の勢いを維持して。

 

 

 

そしてその場に居る、深海棲艦も含めた全員がその爆発に目を向け───

 

 

その『 爆 発 の 道 』は、ついに戦場の間近にまで、爆煙を吹き上げつつ迫ってきた!

 

 

「……え、な、うわぁぁぁぁーー!? さ、避けろーー!! 全員避けろぉーーッッ!!」

「ちょ、まき、巻き込まれるッッ! 散れ! 固まってる場合じゃねぇっ!! お前等どけよッ!」

『!? ?! !?!??! ーーーー!?』

「きゃーーーーーーーーーッ!! きゃーーーーーーーーーっ!!」

「いやぁぁぁーーーーーーーーーーーーッ!?」

『ーーー!?!? ッッ!!』

 

急に慌ただしくなった戦場の事など全く気にする素振りもなく

その爆発の道はズンドコとその戦場へと近づいて来る!

 

「うわわわわわわっっ!? ちょ、アンタもそんなとこでぼーっとしてんじゃないわよッ!!」

『ッ!? ッ!!』

「礼なんていいから、早くそこから離れなさいッッ!」

『ーー!』

「なん、なんだぁーーーーーーーーッッ!?」        ←日向

『ーーーーー!?!? !??』

 

ここまで来ると敵も味方も最早関係無い。

正体不明の爆発連鎖から、誰も彼もがその直線から逃げ惑う。

 

戦場と化している艦娘達の周りはまだいいが、結構な密集率になっている深海棲艦達は

逃げるにしても回りにいる味方が邪魔になっており、大混乱に陥っている。

 

艦娘達が散らばって、深海棲艦達の群れの中に潜り込んだところで

その爆発は、彼女達が今まで居たその辺りを極普通に轢き潰し

直線上から逃げ遅れてしまっていた軽空母・ヌ級を爆発で吹き飛ばし

さらに戦場の後方になっていた群れの中に突撃して行き、さらなる阿鼻叫喚を引き起こして行く。

 

「…………」

「…………」

「…………ヲッ」

「…………」

「…………なんなのよ、結局」

 

なんとか爆発が巻き起こす暴力のルートから逃げ切り

その爆発が未だに続いて深海棲艦達の中をぶち破り続けているのを見送った所で、叢雲は呟いた。

 

 

それが切っ掛けだったのかどうかはわからないが……

ふと、彼女達の戦場、後方70m程先で爆発が不意に止まった。

 

「あれ……? 止まったな」

「えぇ、止まったわね」

「そうですね……」

「……ん? あれ、あそこ、なんか誰かいねぇか?」

「え?」

 

爆発を全員が(深海棲艦達も)目で追っており、その爆発が止まった所で摩耶が何かに気付いた。

爆発が最後に起こった辺りで、何者かが2人程居るのだ。

 

 

その光景を、全員が目を凝らしてよーく見てみると……

 

「………………」

『ーーーッッ!! ーーーー・・・・・・……!! ーーーーッッ!!』

 

 

何やら、胴体を紐か何かで縛られた上で

『燃料供給口と思われる部分』から燃料をチュウチュウ吸われ

その度に、体をビクンビクンと痙攣させてぐったりしている輸送・ワ級と

 

 

何やら目元に妙なものをつけて、輸送・ワ級から燃料を吸い上げている軽巡洋艦娘・川内が居た。

 

 

『『『……………()っ?』』』

 

 

あまりの事態に誰もの思考が全く追いつかない。

爆発が止んだ、そしてその中心地点には川内(+α)が存在している。

しかし一軽巡洋艦でしかない川内が何故爆発などという大火力を備えているのか?

つまりは川内は爆発の要因ではない?

 

と、全員が全員、それぞれ考察していた所で、当の本人達に動きがあった。

 

「…………ふぅ♪ 供給完了♪」

『…………、…………』

 

どうやら川内は燃料をとことんまで補給し終わったらしく、曰くヘヴン状態である。

そして、吸う物吸われた輸送・ワ級は、ビクンビクンしながら海上にプカ~と浮かんでいた。

 

「───さて」

 

口元をぐいっと拭って、わずかに着いた燃料を拭い取り

一声出した川内は、どういう構造なのかわからないが目元に付いた何かをキラリと赤く光らせ

 

 

「YAAAAAAAAAAAAAAAAAASEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEENッッ!!」

 

 

まるで()獣の咆哮としか思えない様な絶叫を上げ

信じられない速度と獰猛な笑顔でその場から飛び出し、再び敵陣へと突っ込んだ。

 

 

『………ッ!? ーーーッッ!! ーーーー・・・・・・……!!』

 

 

そして哀れなるかな、紐状の何かで川内に括りつけられて繋がれた輸送・ワ級は

彼女の重さは一体何処に行ってしまったのかと突っ込みたくなる程の抵抗の無さで

川内と同じような速度を持ってして、敵陣へと引きずりこまれていった。合掌。

 

再び起こる爆発、やはりあの爆発は川内が起こしていたものだったのだ。

 

「───あっ」

 

爆発が起こる瞬間、叢雲は確かに見た。

 

川内は、砲身を深海棲艦に対して付き出し、ゼロ距離で砲撃を叩き込んでいた。

 

一体どういうわけか、ゼロ距離なのが良いのかはわからないが

深海棲艦は砲身を突き出された直後に、深海棲艦自体が爆発している。

 

そして今爆発を起こした軽空母・ヌ級は、先ほど見た光景と同じように明後日の方向へすっ飛んでいく。

 

そんな様子を、川内は一瞥もくれずにただひたすら突き進み続けている。

 

更に新しく、爆発の道を作り続けた川内(+α)は

 

「アーーーーハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!」

『ーーーッッ!! ーーーーーーッッ!! ーーーーーーーッッ!! (´;ω;`)』

 

 

 

 

 

 

───そのまま戦場からフェードアウトしていった。

 

「…………あいつ、千代田達の救助に来たんじゃないのかよ」

「ていうかなんてデタラメな戦闘力……」

 

この戦場に来た以上、目的は同じはずなのだがナチュラルハイにでも突入してしまったらしく

遠くで爆発こそ未だ続いているのだが、此処に戻ってくる気配は一切無い。

 

「ん?」

 

このような状況になって、周りをふと見渡して天龍は気付く。

味方も深海棲艦も、ポカーンと川内がブチ破り続ける黒い群れを見続けていた。

慌てながらも、こっそりと全員を集めて一緒に動き始める。

 

 

 

 

 

『………………』

『………………、?』

『………………!?』

『ッ!? ーー!?』

「あ、やべ、気付かれた!」

「くそ、走れ! 今しかないぞ! 皆、走るんだ!」

 

静寂な空気の中、出来るだけこっそりと移動していたのだが

やはりそこはどうしても目立つ物があり、しばらく進む事は出来たが深海棲艦に見つかってしまった。

 

艦娘達が進んでいたところは、丁度───川内が作り上げた『爆発の道』である。

 

全員がポカーンとしていたせいで、まるでモーゼの様に包囲網が裂けたままだったのだ。

 

「あと少し……あと少しで……! あっ!」

 

信じられない偶然で脱出口が見え、強く希望を願った扶桑の前へ新たに深海棲艦の壁が作られ始めた。

 

 

しかし

 

「───邪魔だぁぁぁぁーーーーーーーーッッッ!!」

 

彼女の持つ圧倒的な突破力を前に、急造された深海棲艦の壁は穿たれ

 

「───やらせ、ないわよッッ!!」

 

彼女の持つ圧倒的な制動力を前に、穿たれた壁は修復を許されず

 

 

 

 

ついに、艦娘達は包囲網を突破した。

 

 

 





※tips※

次回は撤退戦です。
戦において最もきつい戦いが、撤退戦なんだそうです。
でも、クオリティに関してはあまり期待しないで下さい。

※模造tips※

当小説ではゲーム内事情をちょっと大事にしており
本来なら、ただ夜戦夜戦騒いでいるだけの川内さんは
当小説において夜戦になった瞬間に全ての命を刈り取る死神な強さを発揮します。


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鉄底の足音


次で一連の流れが終わるといったな。
すまん、ありゃ嘘だ。
嘘のつもりはなかったんだが、下手に留めておくより書いてる最中でも載せた方がいいかもしれんという判断をしたので、もう掲載します。


 

 

『───!!!』

『───……ッ!!』

『──ーーー!!』

『ッーーーー!!』

 

こちらを砲撃しながら急進してくる深海棲艦達と、なんとか避けながら逃げ続ける艦娘達。

 

「くそッ……振りきれねぇかッ!」

「あと、あと少しなんだ……! なんとか出来ない、ものか……!」

 

まだ絶望が続くことを告げる天龍に、僅かな希望を絶対に離さんとするため、それが口に出てしまう出長門。

包囲網をなんとか抜け切り、そのまま全速力で海を進み続ける艦娘達だが

如何せん、装備や走行を破損させすぎており……尚且つ、曳航しながらというハンデ付きである。

 

どうしても、ほぼ無傷である大量の深海棲艦達とは速度に差が出てしまう。

 

最初こそ、それなりの距離を保ちつつ逃げていたが……その距離は徐々に縮まり──

 

 

───ヒュルルルル

 

ガァンッッ!!

 

「ぎっ……ぐ、うぅ……!」

『な、長門さんッ!?』

「長門殿ッ!?」

「長門……!? 大丈夫っ!?」

「……な、なんとか、なっ……! 長門型の装甲は、伊達では無い……!

 し、しかし……これで逃げ、切れ、というのも……少々酷な気がするがな……ッ!」

 

走りながら逃げている最中に、長門が被弾してしまった。

ここまできて、大破している艦娘と比べればまだ動ける長門まで大破に至ってしまい。

轟沈だけは根性でしなかったものの、その様子は艦娘達に一層の焦りを生んでしまう。

 

「ちくしょう、ちくしょう……! なんとかなんねぇのか、天龍……!」

「───…………」

「……? おい、天龍、いきなり黙って……おい、おいッ?!」

 

切羽詰まった自分達の後ろも気にせず、天龍は何故か喋らなくなる。

それと同時なのか、叢雲も叢雲で、後ろに顔を向けながら思案顔であった。

 

そして───フッ、と、唇の端を釣り上げた。

 

「……叢雲、わりぃ。あいつらの中に忘れ物しちまったわ。少し、付き合ってくれねぇか?」

「なっ……!? 天龍、おまっ」

「───あら、奇遇ね天龍……私もちょっとだけ、あいつらに用事があるのを忘れていたわ」

 

走りながら叢雲に話しかけ、真横で絶句する摩耶を余所に叢雲も同じく天龍の提案を承諾した。

 

「つーわけだ摩耶。お前と山城さんはまだ中破だ……なんとか全員曳航出来んだろ?

 二人で全員引き連れてとっとと帰ってくれ」

「馬鹿野郎ッ!! ふっざけるなッ!! 死にに行くつもりかッ!?」

「……え? ま、摩耶さん……ど、どうしたのですか……??」

 

急に怒鳴り出した摩耶を訝しみ、元々海域に居た艦娘達が全員そちらに視線を向ける。

もちろん後ろからは怒涛の勢いで深海棲艦と、そこから発射される砲弾が降り注いでいるため

走りながら、一体何事かと二人に着目した。

 

そんな中、天龍・摩耶と同じく艦娘達を護るように走っている叢雲が(おもむ)ろに話し出した。

 

「何言ってるのよ摩耶、私達に自殺願望なんかあるわけないでしょ?

 いいからとっとと行きなさいな、アンタ達のその状態じゃ、邪魔なだけだから」

「うるせぇっ! あたしはそんな屁理屈聞きたいんじゃねぇんだッ!!

 お前等見捨てて、あたし達はアイツ等になんて言えばいいんだよッッ!!」

「───死ぬつもりなんか、俺等にもねぇよ」

 

摩耶の怒鳴り声に、静かに天龍は呟いた。

 

そして───まるで事前に打ち合わせていたかの如く急に反転し

 

天龍と叢雲は、迫り来る深海棲艦の壁へと突撃を始める。

 

「ばっ……! 戻れッ! 頼むから……戻りやがれぇッッ!!」

「て、天龍さんッ!?」

「叢雲殿ッ……!?」

 

あまりにも予想していない事態に、艦娘達よりも深海棲艦の方が戸惑いを隠せなかった。

先頭を走っていたフラッグシップ戦艦・ル級に天龍が一撃をぶち当て

同じく、先頭の方に居たエリート雷巡・チ級の腕に叢雲が正宗を突き刺して兵装を無効化する。

 

突然止まった進撃に、後ろの深海棲艦達も対処が遅れ

完全壊滅とは行かないまでも、まるでドミノ倒しの様な要領で次々と周りの同類へ激突し始めた。

 

そうして見えない防衛ラインが構築された後、天龍は声を張り上げて叫んだ。

 

「摩耶ぁぁぁーーーーーッッ!! もうそこら辺まで他の奴等が来てるはずだぁぁーーーーッッ!!

 なんとかしてそいつらの所まで辿り着けぇぇーーーーーーーーッッ!!」

「───……ッッ!!」

 

天龍は叫びながら、手当たり次第に深海棲艦を斬り飛ばす。

叢雲もそれに合わせて、深海棲艦の混乱をさらに助長する様に援護へ動いた。

最早、中破・大破の艦娘達の声が届かない位置だった。

 

「……行きましょう、摩耶さん!」

「ンなっ!? 扶桑ッ、あんた、他港の艦娘だからって……!!」

「此処で私達に出来る事はありませんッ……彼女達の想いを無駄にしないためにッ……!

 私達は、一秒でも早く此処に向かっている艦隊にこの状況を伝えなきゃ行けないんですッ……!」

「……そ、そう、よ……摩耶……! 二人の、話が、本当なら……!

 私達の港の、皆が……、整備長も……きっと、近くに、居る……!」

「陸奥…………ぐっ、くっ……そぉぉぉおぉぉぉーーーーーーーーーーッッ!!」

 

艦娘全員に説かれ、摩耶は声を張り上げながら二人に対して背を向けて走り出す。

他の艦娘も全員、罪悪感と共に摩耶の後ろに付いて海域から離れ始めたのだった。

 

 

後ろでは、深海棲艦達の憎悪の声と悲鳴が木霊していた。

 

 

 

 

「……よしッ、次、足柄!」

「わかったわ、整備長、お願い!」

「ありがとう整備長、五十鈴、再出撃しますッ!」

 

とある海域で地獄が展開されている同時刻、整備長と仮・補給戦艦金剛と榛名は

最初に予定した通り、地獄の海域より幾分手前に常駐し

その辺りに留まって燃料の補給を待っていた艦娘達に次々と燃料を継ぎ足し

行軍の最前線へ復帰させる作業を行っていた。

 

「……よし、次ッ! 那……珂……ッ?!」

「ッ!! 整備長さんっ!?」

「プ、プロデューサーッ!?」

「整備長ッ! 平気!?」

 

足柄への補給を完了し、次の艦娘を手前に迎え入れようとした所で

榛名のユニット上部で作業していた整備長の体が突如ふらつく。

 

「整備長サン、無理はノンノンネー……整備長サンの身体は、艦娘の身体じゃないノヨー?」

「……っく、大丈夫だ、次、早く、来い……!」

「は、はいっ! プロデューサー!」

「……足柄、出撃するわッ!! 整備長、あまり無茶しちゃ駄目よ!」

「ハァ、ハァ、……そんなもん……知るか……ッ!

 フー、あいつらと比べりゃ……俺の現状なんぞ、比較にならん……!」

「整備長さん……」

 

補給を終えた足柄が、整備長に言い残して再出撃していったが

その労りの言葉を振り払う様に、那珂2号の艦装備から燃料の補給を開始する。

 

「あいつらは、まだ……まだ戦ってるはずだ……間に合うはずなんだ……!!

 あいつらを死地に向かわせた俺が……行進疲労程度で、倒れて良い訳ねぇだろうがッッ!!」

「……わかりました……せめて、港に帰ってから、ご自愛くださいね」

「……全員で、な」

 

整備長は、金剛と榛名の極端な高速前進により、身体に疲労が蓄積している。

もとより強化された艦娘と違い、彼は生身の人間であり

そしてなおかつ、海とて常に平穏平面な海面というわけではない。

ところどころに波が立ち、揺らぎ、渦巻き、うねっているのである。

 

それらに合わせる事もなく突き進む二人に乗っていた整備長は

必然体力を奪われ続ける結果となったが……持ち前の職人根性で身体を動かし続けていた。

 

「つ、次……!」

「整備長ッ……! もう……」

「そ、そうだよプロデューサー……次の公演だって……」

「……早くしろぉおおおーーーーーーーーーッッ!!!」

『『『は、はいっ!?』』』

 

善意から彼の体を労る他の艦娘達の発言を一声で黙らせ、整備長は補給を続ける。

 

疲れ果てた身体に鞭打ちながら、沈んでいく太陽に……整備長は祈る。

どうか、間に合ってくれ、と。

 

そんな時、ふと後ろの方から、整備長は「ある駆逐艦」に声を掛けられた。

 

「せいびちょうー!」

「なんだ! 補給が終わったなら早く──って、え?!

 な、なんでお前がここに……って、あれ!?」

「うふふふ~、さぁ、はやく出発しましょぉ?」

「お、お前達……守りは……?」 

 

 

───そんな寸劇の中、太陽は西の地平線へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ!

ボシュン、ボシュン、ギン、ドゴォン、ボシュン

 

「………………」

「………………」

 

二人が残った海域、地獄。

 

天龍・叢雲、共に既に満身創痍である。

 

『…………!?』

『───………!?』

 

しかし───時間が経つに連れ、満身創痍になっていくのは……深海棲艦の方だった。

 

深海棲艦は、撃つ。目の前に存在する艦娘二人を捻り潰す為に。

 

ドンッ

 

「…………。」

『ッ!?』

 

ドゴォン

 

そして、先程まで9名居た艦娘達を追い詰めていた現象と似たような事が再び起こり始めた。

しかも今の現時点で、『夜になったこの状況』は『先程よりも悪化している』。

いくら撃っても、どれだけ撃っても、艦娘二人に当たらないのである。

 

『……──!!』

『──────』

 

そして考えなしに撃とうモノなら、交わされた上で別の仲間に直撃。

いくらやっても、一定時期を越えてから触れることさえままならない。

 

「────……!」

 

ガォンッ!

 

『────ッッ?!』

 

しかも、油断しようモノなら気配も何もなく大剣を用いて瞬時に攻撃をしてくる。

今の一撃で、深海棲艦の中ではトップクラスの耐久性と砲撃性能を誇る無傷のフラッグシップ戦艦・ル級が

ただの剣しか持っていない艦娘のただ一太刀で、海の藻屑と戻っている。

 

つまりは、触れてしまえば一撃必殺。

フラッグシップ戦艦・ル級が耐え切れない攻撃を、他の深海棲艦が受け止めきれる訳も無い。

 

『『『────ッッッ!!』』』

 

そして、数に任せて押し潰そうと雷巡チ級が三人、二人に一気に群がるが

 

「── ── ──ッ!」

 

金属で金属を裂く、嫌な音が響き渡る。

その音が過ぎ去った後には、身体の各可動部に際し重要な部分が叢雲の刀で切り裂かれ

 

「……………………ッッ!!」

 

ガガガガガッ!!!

 

その斬撃の効果、または痛みにより一瞬動きを停止した雷巡チ級が

三人同時に天龍の一太刀で吹き飛ばされ、少し遠方へ吹っ飛んだ後に轟沈していく。

 

先程からこれの繰り返しばかりで、あれだけ数で優位に立っていた深海棲艦達は

この連携を前にして、徐々に徐々にその数を減らして行ってるのだ。

 

こうなってくると、深海棲艦達も迂闊に動けなくなる。

何をやっても、どれだけ撃っても、艦娘は攻撃を受け付けないのだ。

あの破壊力からして、全員で接近してはそのまま全員が塵と帰る可能性すら否定出来ないからである。

 

……だが、それらはあくまで深海棲艦達の視点から見た状況であり

天龍と叢雲は、一撃カスれば即大破と言うぐらいに追い詰められていた。

 

圧倒しているように見えるこの状況でも、見方を変えれば二人はその立ち位置から殆ど動いていない。

艦娘達は燃料が全く無くても、一定の速度で動く事は可能である。

そして今の現状、二人は一定の速度までしか出せない燃料しか既に無いのだ。

 

深海棲艦から見れば、たった2枚しかない───しかし、装甲空母よりも分厚い鋼鉄の壁。

しかし、天龍と叢雲から見れば、自分達の耐久度は障子の張り紙にすら劣る張子の虎。

 

矛盾が矛盾を見抜けなくするその状況は───やはり、ここまでが限界だった。

 

 

 

『─────ーーーーーッ!!』

 

『1匹』の深海棲艦が、無謀にも突撃を仕掛けてくる。

天龍は、自分の正面に存在している深海棲艦から放たれた砲撃を避ける事に集中している。

叢雲はそれにすぐ気付き、対応するために正宗を振り抜こうとして

 

 

「──……ッ?!」

 

 

まるで感電してしまったかの様に、その動作をピタリと止めてしまった。

 

もちろんその隙を───『駆逐艦・イ級』が見逃す筈もなく。

 

ガガァンッッ!!

 

「あぁああああああああぁぁーーーーーーッッ!!」

「ッ!? 叢雲ッ!?」

 

駆逐艦・イ級の放つ一撃は……皮肉にも『夜戦効果』によって上がっていた二人の能力と同様に

『夜戦効果』はイ級にも適用されており、イ級の何にも縛られない強烈な一撃をまともに喰らい

ここにきてついに叢雲は、戦闘が難しい状態になった。

 

背後で撃ち貫かれた叢雲をすぐにでもフォローしたい天龍だったが

この状況で攻撃姿勢を解く事がどれだけの自殺行為であるかも認識しているため、それも出来ない。

 

「クソッ、叢雲ッ! 耐えろッ! 耐えてくれ……ッ!!」

「……い、言われ……なくても、沈む、わけが……ないでしょうがッッ!!」

 

ガギョッ!!

 

『───!?!?!?』

「叢雲ッッ?! ……せいっ!!」

 

ギャリッ!!

 

目の前に居る敵を睨み付けながら、拙い願望をつい口に出してしまった天龍だが

一体その小さな身にどれほどの精神力が詰まっているのか───

なんと叢雲は大破したその装甲から想像も出来ない様な、力任せの一撃を正宗で駆逐艦・イ級へとぶち込み

そのぶち込んだ衝撃で天龍の視界の端へとすっ飛ばされ、反応した天龍に斬り飛ばされ……轟沈した。

 

 

が、その代償は───大きかった。

 

───ピシッ、ボキン

 

 

とても長い刀である正宗には向かない、剛の力で放たれた一撃に

所詮素人がいつの間にか作っていた刀でしかない正宗は、耐え切る事は出来なかった。

 

「あ────」

「───…………ッッッ!!」

 

そして当の本人の叢雲も、いつもの動きに慣れていた身体とは掛け離れた破損状況となり

叢雲は大きくバランスを崩し、そして天龍は叢雲を本能的に支えてしまい、戦闘態勢を解いてしまう。

 

『───……』

『───……!!』

『───ーーーーーーーーー!!』

 

 

 

それを好機と見た深海棲艦達が一斉に砲撃を───

 

 

 

 

 

「───……第一艦隊ッ、砲雷撃戦開始ィーーーーーーーーーー!!!」

 

 

 

 

 

撃つ前に天龍と叢雲が「聞いたことのない」男の声が響き渡った。

 

 

ッガガガガガガガガガガァァァァンッッッ!!!

 

 

『ーーーーーーーーーっ!?』

『ーーーーー!? ーーーーーっっ!?』

『ーーーー────』

 

 

ドガァンッ! ズガァンッ!! ガガガガガガァンッッ!!

 

 

「……なッ!?」

「……な、何……!? 何、が……!?」

「撃てぇーーーーーーーー!! なんとしてでも道をこじ開けろぉーーーーーーーーー!!」

 

二人は一瞬整備長かと思ったが、吼えるその声はどう聞いても知っているあの声ではなかった。

 

そして彼がこの戦場で吼える度に、爆撃の音が鳴り響き──それと同時に深海棲艦が数を減らしていく。

 

 

「ふふん、その艦、もらったぁッッ!!」

 

そこに響く、利根型一番艦・利根の声。

 

「兵装実験の軽巡だからって、なめないでねッッ!!」

 

軽巡と思えないぐらいに兵装を満載した軽巡、夕張の声。

 

「この熊野も、行きますわよ? とぉぉぉぉおおおおおぅッッ!!」

 

戦場と考えると少し緊張感が足りない声を張り上げる、最上型重巡洋艦・熊野。

 

 

彼女達3人による奇襲に対応しきれず、深海棲艦達は混乱気味である。

そして砲撃の直線上が波を割るように開き、天龍と叢雲の目の前に道が出来た。

 

「お前達ッ! 早くこっちに来るんだッ!! 少しでも近づけぇっ!!」

「ッ! 叢雲、動けるか!?」

「き、厳しい、わ……ごめん、肩、貸して……!」

 

道が出来た意味を把握し、即座に動こうとする二人ではあったが

どうしても蓄積し続けたダメージが足かせとなり、速度は全然出なかった。

 

『─────!!!』

 

当然のこと、その行軍は深海棲艦にとって狙い目でしかない。

 

ヒュルルルルル    ガァンッ!!

 

『ーーーーー?!!?』

「やらせるわけがなかろうッ!!」

 

そこに放たれる所属不明の利根の砲撃は、大破二人に向けられた照準を鈍らせる。

 

「ほら、こっちや! 早く!」

「す、すまねぇ……あんた達、一体何者だ……!?」

「我々は横須賀鎮守府からの報告を受けて君達を救助しに来たんだ!

 しかし……本当に、なんなんだ、この光景は……!!」

 

上手い具合に救助部隊と合流を果たし、一緒に逃げ始める艦娘達。

龍驤に載っている、別の鎮守府の提督は彼女達が戦っていた「黒い群れ」を再確認して絶句している。

 

「うちは軽空母やから、夜戦になると無力や……けど、二人の航行を助ける位は出来るで!

 早く帰って、みんなに元気な顔見せてあげるんやで!」

「今、ここら辺を回っている他の鎮守府の提督や遠征艦隊も

 余裕がある者達はこちらに援護へ向かっているはずだ」

「はは、そ、そう、か……、これなら、生き残れそうだぜ……」

 

ここに至り、初めて自分側の味方の動きを知る事となった叢雲と天龍。

 

「今回のこの数は、恐らく海軍全軍を用いた総力戦となるだろう。

 本格的な決戦になる前に、削れれば少しでも有利になるが……今はその時ではなさそうだ。

 第一遠征艦隊、我々の目的は達成した。全軍退却するぞッ!!」

「うむ、了解だ!」

「帰還したら、全身マッサージをお願いしたいですわぁ……」

「あ、ちょ、ま、みんな、ちょっと、待ってぇーーーーー!!」

「さぁさぁ、こっからが軽空母の強みやで! 高速運用の見せ所や!」

 

後ろからはまだ猛然と『黒い群れ』と、それによる攻撃の波が押し寄せてきているが

しかしそれらを巧みに交わしつつ、他の鎮守府の遠征艦隊と一緒に天龍と叢雲は脱出する。

 

 

太陽は、未だ登らない。

 




最近艦これ熱が冷めてきたのか、演習と遠征しかしてません。


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