ウマ娘 プリティーダービー 〜レース前には欠かせない存在〜 (てこの原理こそ最強)
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第0R

「んっ…!」

 

「あっ、すいません。痛かったですか?」

 

「い、いえ…だい、じょうぶ…です…」

 

「そうですか。もうちょっとなんで我慢してください」

 

「はい…んぁっ…!」

 

先に言っておくがここはそういういかがわしいお店とかでもましてや自宅でもない。れっきとした学校の一室、メディカルルームだ

 

「はい、終わりましたよ。お疲れさまでした」

 

「はぁ…はぁ…ありがとう、ございました…」

 

「やっぱり痛かったですか?」

 

「いえ…その、気持ち…よすぎて…」

 

体操着に身を包んだ彼女は頰を赤らめ息も少し荒げてうつ伏せの状態から起き上がった

 

今まで行なっていたのはメディカルチェックを含めたマッサージだ。背中、足、腕と言った筋肉をほぐし、身体の体調を整える効果がある

 

「そうですか?ならいいですけど」

 

彼女が大丈夫と言っているのでこれ以上の問いかけは逆に失礼と感じてそこで終わらせた。そして部屋に備え付けられている背もたれ付きクルクル回るイス(今命名)に座る

 

「いよいよ明日は()()()ですね」

 

「はい」

 

「緊張していますか?」

 

「少しだけ…」

 

「そうですか。過度ではない緊張は逆にいいとも聞きますし、なにより楽しんだもん勝ちですよ」

 

「そうですね。それよりも()()

 

「はい?」

 

「いつも言ってますが、敬語やめてくれませんか?」

 

「これは自分の性分と言いますか。なので諦めt「先生…」…うぐっ!」

 

彼女はベッドに両手をつきながら若干こちらに体を倒しつつ今にも泣きそうな表情でこちらを見ている

 

「先生。私は少しでも先生と仲良くなりたいんです。でもこのままだと距離を感じちゃいます…」

 

「それは先生と生徒という間柄、距離感は保たなくてはと…」

 

「先生…」

 

「くっ!」

 

女性の涙目による懇願はどうしてここまで破壊力があるのだろうか。間違ったことは言っていないはずなのに罪悪感がすごくてならない

 

「…わかった。これでいいか…?」

 

「はい!」

 

さっきと打って変わって口角がくっと上がり目もうっとりとした笑顔になった。やはり女性は笑っている方がいい

 

「身体の調子はどうだ?」

 

「先生のおかげでとっても軽いです」

 

「それはよかった。他に気になることはないか?」

 

「先生ともっとお話していたいです」

 

「こら、先生をからかうんじゃないの。さっきも言ったが明日はレースだろ?寮に戻って早めに寝な」

 

「はい…」

 

イスを回し机に向き直って再度体調の面を確認する。すると彼女がからかうような言葉を言ってきたので早く帰って休養するようにと伝え彼女を見るとまたシュンッとしてしまった

 

「…まぁ放課後は忙しいけど昼休みとかは暇だから、いつでも来るといい。そのときにゆっくり話をしよう」

 

「っ!はい!」

 

再び笑顔を取り戻した彼女は立ち上がり部屋のドアの方に歩いていく

 

「先生」

 

「ん?」

 

「明日のレース、見に来てくれますか?」

 

「あぁ、そういう約束になってるからな」

 

「なら、最高のレースにしなきゃですね」

 

「この職業柄一人だけを応援はできないが期待してるよ、”サイレンススズカ“さん」

 

「スズカ…いつものようにそう呼んでください」

 

「おっと、こいつは失敬。スズカさん」

 

「さんがなければ100点でした」

 

「さようで」

 

「まぁいいです。明日必ず見に来てくださいね」

 

「あぁ。今日は早く寝ろよ?」

 

「わかってます。それでは」

 

彼女、スズカはドアをスライドさせて帰って行った

 

オレが勤務しているこの場所はトレセン学園のメディカルルーム兼カウンセリングルーム。トレセン学園は国民的スポーツ・エンターテイメント「トゥインクル・シリーズ」への参加を夢見る“ウマ娘”達が特訓に励む場所である。そしてこのメディカルルーム兼カウンセリングルームで働いているオレの仕事は生徒達の怪我の処置やメディカルチェック、メンタル面でのサポートとなっている。例を挙げると先ほどのようなマッサージによる疲労の軽減、あとは悩み事の相談なんかもしている

 

この学園に通っている”ウマ娘“とはオレのような普通の人間とは違いさっきまでいたサイレンススズカさんのように腰から馬のような尻尾が生え、馬のような耳が頭頂部付近にある。超人的な走力を有するが、それ以外は普通の立派な女の子である

 

彼女達が目指している「トゥインクル・シリーズ」とはウマ娘が競い合うレースの名称で、国民的娯楽として定着している。参加するにはチームに入ることが必須であり、また、チームに入ってもチームメンバーが5名以上でなければ参加はできない。ちなみにサイレンススズカさんが所属している「チームリギル」は学園で最強と呼ばれているチームでありそうそうたるウマ娘のメンバーが揃っている。紹介などは次の機会にしよう

 

「せーんせ」

 

「こらこら、無闇に男性に抱きつくもんじゃありませんよ?”マルゼンスキー“さん」

 

「んもぅ〜。相変わらず先生はお堅いのね〜。こんなことするの先生にだけよ」

 

スズカが帰って行ったドアの方を向いていると後ろからスルッと腕を回され抱きつかれた

 

「とりあえず離れてください」

 

「ぶ〜、先生のイケず」

 

「イケずでもナマズでもなんでもいいです。それにどっから入って来たんですか…?」

 

「え?あそこだけど?」

 

渋々離れてくれたマルゼンスキーは腰に手を当てつつ窓の方親指で指差した。その先には開けっ放しの窓があった。この保健室は一階。まぁ侵入も容易かろう

 

「はぁ…それで?どこかケガでもされたんですか?」

 

「いいえ。練習が終わったから先生に会いに来ただけよ」

 

「練習が終わったなら早く寮に戻って身体を休めてください。ただでさえリギルの練習はキツいでしょうに」

 

「そんなのもう慣れちゃったわ。それに今日は一回も先生に会ってなかったのよ?こんなんじゃ夜も眠れないわ」

 

何を言ってるんだこの人は、と言いたいが心に留めておこう。彼女はマルゼンスキー。学園最強のチーム、「チームリギル」に所属しているウマ娘の一人だ。周りからは怪物と呼ばれているが温厚な性格で気さくで明るく、キレイで優しい。一見ステキなお姉さまウマ娘。しかしセンスは少し古臭く、世間とほんの少しずれているよう。本人も気にしていて、何度も相談を受けたことがある

 

「入ってくるにしてもちゃんとドアから入って来ましょうね」

 

「は〜い」

 

「はい。では気をつけて帰ってくださいね」

 

「え〜。少しお話でもしましょうよ〜」

 

「きちんと身体を休めなさい。リギルのトレーナーさんに報告しますよ?」

 

「それはやめてほしいかな〜。う〜ん…あ、じゃあ相談に乗ってよ」

 

「じゃあって…まぁいいですよ。何か悩み事でもあるんですか?」

 

「えぇ、実はそうなのよ」

 

「その内容は?」

 

「先生と全然会えないのよ」

 

「帰りなさい」

 

ここにいる娘達は個性的である



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第1R

 

今日は昨日言っていたスズカが出場するレースがある。レース会場にはウマ娘グッズや食べ物の屋台が数多く出展され人もわんさかいる

 

「相変わらずの人だな」

 

約束通りスズカの試合を見るために既に会場入りしていたオレは出バするウマ娘を紹介しているゲートの前にはびこる人だかりの中にいた

 

『東京第11レース。次に出てくるのはこのウマ娘。8枠12番、サイレンススズカ!』

 

\ウォー!/

 

次々と紹介されていく中で一際大きい歓声を受けるスズカ。そのスズカと目があった。この人混みの中でオレを見つけるとかすごすぎね?目のあったスズカは一瞬だけニコリとしてまた真剣な表情に戻り脱ぎ捨てたジャージを拾って中へ戻っていった。それを見届けたところで…

 

\キャーーー!!!/

 

すごく大きい叫び声が聞こえたがいかんせん人が多すぎてその位置がわからず確認に赴けなかった。そのため何もないように祈りつつレース観戦場所に移動した

 

『ようこそトゥインクル・シリーズへ!このレースは国民全員が楽しめる一大スポーツエンターテイメント!トップになるのは一体どのウマ娘なのか!』

 

流れてくる声を聞くかぎり実況と解説は今日もいつもと同じ人達が担当するようだ。逆に他の人がいるのかと疑問に思ってしまうぐらいこの人達しか聞かない。その実況が言うには今日の一番人気はスズカらしい

 

『いよいよ本日のメインレースが始まります』

 

♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

流れてきたのはレース前のファンファーレ。これがもうすぐレースが始まるという合図にもなっている。ウマ娘達がそれぞれ自分の番号のゲートに入った。全員が入ったところで一斉にゲートが開きウマ娘達が一斉に走り出した

 

『さぁスタートしました。早くも先頭に立ちました、サイレンススズカ』

 

初っ端から後続を大きく引き離して大逃げを選択したスズカ。オレは今まで見てきた走りとは全く違って驚いてしまう

 

『1000mのタイムが57秒8!驚くほどの大逃げを打ちました!これはマイペースなのか!それとも速すぎるのか!完全なる一人旅!』

 

今まで「チームリギル」のウマ娘が出るレースを何度も見てきたがいきなり大逃げする局面を見たことがない。これはおそらくリギルのトレーナーさんの指示ではない。スズカの独断?それとも…どっちにしてもリギルのトレーナーさんは怒ってるだろうな

 

『4コーナーをカーブしてさぁこの逃げ足はこのペースのままでゴールまで持つのでしょうか!2番手以下が一斉に上がってくる!』

 

最後の直線に差し掛かって後続が一気に追い上げを図った。しかしスズカはさらに加速。逆に後続との距離を伸ばしてしまった。オレの前を通ったのは一瞬だったがスズカの姿は今までよりも輝いて見えた

 

『勝ったのはサイレンススズカ!逃げ切りましたー!』

 

\オォーーーー!!!!!!/

 

観客の興奮は絶頂に達し大きな歓声がどっと湧いた。これが全国民が楽しめるエンターテイメントである

 

\イヤァーーー!!!/

 

歓声の中で1つだけ違った叫びが耳に入った。それはさっき確認できなかった声に似ていて今回は場所が近い。確認に行ってみるとそこにはスカートを抑えた1人のウマ娘となぜか地面にうつ伏せで転がっている男性がいた

 

「ま、待ちなって」

 

「まだ何か?」

 

「見て行かないのか?勝ったウマ娘だけが立てるステージ」

 

「はっ!ウィニングライブ!」

 

「何やってんだ、()()()

 

「ん?おー!お前も来てたのか!」

 

倒れている男性は大変恥ずかしながら我が兄であった…できれば他人の方がよかった…

 

「んで?なんで鼻血出してんの」

 

「あー…まぁなんだ。いつもの…?」

 

「あんたまたやったのか!あれだけやめろと言ったのに!」

 

「いやー、目の前にいいものがあるとついな」

 

「ついな、じゃねぇ!どれだけ迷惑になってると思ってる!被害に遭った娘はその娘か!?」

 

「あ、あぁ…」

 

オレは確認を取ってその娘の前に達、腰を90度曲げて頭を下げた

 

「ウチのバカ兄が大変失礼なことをしました!ホントにすいません!」

 

「い、いえ…」

 

「おいおい、兄に向かってバカはないだろ」

 

「うるさい!この一族の恥晒しが!ホントにすいませんでした!もし何かされたのでしたらセクハラで訴えて構いません。自分が証言いたします」

 

「普通は身内を庇うとこだろ!」

 

「庇い要素のないやつを庇っても意味ないだろ!」

 

「あの〜」

 

「はい!110番ですか!?もし携帯がないのであれば自分のをどうぞ!」

 

そう言ってオレはポケットから携帯を取り出し彼女に差し出す

 

「いえ、私は早くウィニングライブを見に行きたいんですけど…」

 

「おっと、それは失礼しました!身内のお詫びとはなりませんが自分がご案内します。どうぞこちらへ」

 

「え、はい」

 

オレは鼻血と涙を同時に出しているバカ兄を置いて彼女をウィニングライブの観客席に案内した

 

『たゆまぬ努力で勝利を勝ち取ったウマ娘と喜びを分かち合う場所。それが、ウィニングライブ!ファンのみなさん、どうぞ彼女達に熱い声援を!本日センターを務めるのはサイレンススズカ!』

 

\オォーーーーー!!!!!/

 

”ウィニングライブ“。それはレースに勝利したウマ娘が立つことを許される、観客と勝利の喜びを分かち合うライブステージ。レースで3着までに入ったウマ娘がステージに上がり、勝利したウマ娘がセンターを務める

 

「どうですか?」

 

「はい!とってもキレイです!」

 

「そうですね。ウィニングライブの舞台に立ちたいからレースを頑張る、そんなウマ娘もいるぐらいですから」

 

「そうなんですか」

 

「ところであなたは旅行中ですか?」

 

「いえ、私は明日からトレセン学園で…あーーーーー!!!!」

 

「うぉっ!」

 

「門限忘れてたー!すいません!失礼します!」

 

「え、えぇ…」

 

彼女はトレセン学園の生徒さんだったのか。でもあの荷物の量ってことは転校生かな。あ、名前聞いとくの忘れてた。まぁ今度会ったときでいっか

 

そして引き続きライブを楽しもうとステージに目を向けるとスズカが一瞬こっちを睨んできたような気がした。いや、この人混みだよ?気のせい…だよね…?

 



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第2R

 

スズカのレースから一夜開けて、今日は「チームリギル」の入部テストがあるらしい。暇なら見に来いとリギルのトレーナーさんから直々に言われたのでグランドの端で様子を見ている。目視でだが昨日会った娘がいた。いきなりリギルのテストを受けるなんて相当な実力なのかと興味本位で観察していた

 

やはりこのテストは非常に人気が高いのだろう、現リギルの面々はもちろんのこと多くの生徒が見学に来ていた

 

「先生」

 

「あれ?スズカさん」

 

「スズカ」

 

「…スズカ」

 

「はい」

 

リギルのテストに挑むルーキー達を眺めていると後ろから声をかけられ、振り向くとゆっくりとこっちに近づいてくるスズカの姿があった

 

「君は向こうにいなくていいのかい?」

 

「はい。私、リギルを辞めたので」

 

「そっか」

 

「…理由は聞かないんですか?」

 

「君が決めたことだろ?ならそれだけで十分だ」

 

「…」

 

レースの方に目を戻すとスズカからの返答がなくなった。チラッと横目にスズカを見ると顔を赤くして尻尾が左右に揺れていた

 

すると目の前を例のあの娘が通り過ぎた。それもさっきよりも加速したスピードで

 

「あの娘、スズカにはどう見える?」

 

「おもしろい娘ですね」

 

「あぁ。スタートもダメ、カーブもダメ、てんで素人。でもあの加速はすごい」

 

「あの娘が気になるんですか…?」

 

「ん?まぁ気になるって言えば気になるかな、イテッ!」

 

素直に答えただけなのになぜか脇を殴られた

 

「なんだよ」

 

「知りません!」

 

なにか気に障ったのかプイッと顔を背けてそのまま行ってしまった。なにかしたかな…?あ、どこのチームに入ったのか聞くの忘れた

 

「先生」

 

「あ、“フジキセキ”さん」

 

「トレーナーがお呼びです」

 

「わかりました」

 

「チームリギル」所属のフジキセキ。人を楽しませることが大好きなエンターテイナー。抜群のプロポーションと時折見せる甘い言動で数多くのウマ娘たちを虜にしているときく。そんなフジキセキさんに連れられてリギルのトレーナーさんの元に着いた

 

「あ、せーんせー」

 

「マルゼンスキー、大人しくしていろ」

 

オレを見つけたからかこっちに手を広げてこっちに寄ろうとしてきたマルゼンスキーさんを強い言葉で止めたのはトレーナーさんだ

 

「やぁ。今日は急な誘いに応じてくれて感謝する」

 

「いえ、今日の放課後は特に仕事もなかったので大丈夫ですよ。でもここに呼ばれた理由はなんですか?」

 

「それは先ほどのテストで見事ウチに入ることになった”エルコンドルパサー“に紹介しておこうと思ってな」

 

「あ、そうでしたか」

 

「エルコンドルパサー、この人は学園にいる多くのウマ娘が世話になっている。それはウチのチームも例外ではない。むしろ1番世話になっていると言っても過言ではない。粗相のないようにしろよ?」

 

「ハ、ハイ!」

 

「一応自己紹介してくれるとありがたいのだが、よろしいか?」

 

「えぇ、もちろん」

 

オレは一歩前に出てエルコンドルパサーさんの顔を見ながら口を開く

 

「初めまして。この学園で保健医兼カウンセラーをしてる者です。みなさんからは先生って呼ばれてるので同じように呼んでいただいて構いません。ないことに越したことはありませんがもしケガや悩み事があるときはいつでも気兼ねなく来てください」

 

「ハイ!よろしくお願いしマース!」

 

「なんだか話し方がタイキシャトルさんに似てますね」

 

「OH!センセー!短距離なら負けまセーン!」

 

「ワタシも負けたくないデース!だからこれから特訓頑張りマース!」

 

「はい、頑張ってください」

 

「エッ…」

 

「あっ…」

 

激励のつもりで声をかけたが全くの無意識で頭を撫でてしまった。それに対するエルコンドルパサーさんの困惑と数人の周りからの視線が痛かった

 

「す、すみません!」

 

「だ、大丈夫デス…でもなんだか、気持ちよかったデス…また、お願いできマスカ…?」

 

「え…」

 

「せんせー」

 

「ひっ!」

 

声がする方にはいつもの柔らかい表情では到底想像できないほどこちらを睨みつけえてくるマルゼンスキーさんと笑顔でいるもののこちらを見てくる目は全く笑っていない“グラスワンダー”さん。そしてこの学園の生徒会長である“シンボリルドルフ”さんが腕を組んで同じくこちらを睨んでいた

 

「せんせーはすぐそうやって女の子に手を出すんだから」

 

「その言い方は語弊があるのでやめてもらえませんか!?」

 

「先生、ちょっとOHANASHIよろしいですか?」

 

「グ、グラスワンダーさん…?目が笑ってないですよ…?」

 

「先生、私も少しご相談がありますので、後ほど会長室までご同行お願いします」

 

「お願いと言うより命令のような気がするのは自分だけでしょうか!?」

 

「HEY!みなさん!それならセンセーを賭けてレースで勝負するネ!」

 

「へぇ〜、やってやろうじゃない」

 

「その勝負、乗ります」

 

「これは負けられないな」

 

「ワ、ワタシもやりマース!」

 

「お、おい!こら!」

 

トレーナーさんの制止も聞かず5人を筆頭に便乗した娘達も一緒に行ってしまった

 

「…なんだか、すいません」

 

「いや、君の人気が高いのもよくわかっているつもりだ」

 

「そんな…自分なんて…」

 

「謙遜も度が過ぎると嫌味だぞ」

 

「そうですが…」

 

「君にそんな気がないのはよくわかっている。改めて聞くが、ウチの()()()()()()()()()()になるつもりはないのか?」

 

「…すいません。自分はみんなを平等に診てあげたいんです」

 

()()()を引きずっているならそれはお門違いだ。あれは君の責任ではない」

 

「いえ、あれは自分の責任です。あのとき手を差し伸べなかった自分の…」

 

「…そうか。だが私も諦めが悪いタチでな。幸運にもウチの全員が君を大なり小なり尊敬している」

 

「それはありがたいことです」

 

「これからも頼らせてもらうぞ」

 

「できうる限りはさせていただきますよ。贔屓はできませんがね」

 

「ふん、どこまでも抜け目のないやつだよ。君は」

 

「褒め言葉として受け取っておきます。さて、あの娘達が戻ってくる前に自分は退散しますかね」

 

「いいのか?どうせ後で追い回されるかメディカルルームを占拠されるぞ」

 

「そのときはそのときでなんとかします。では…」

 

「あぁ」

 

そのあとトレーナーさんの言う通り、メディカルルームをリギルのメンバー数人で占拠された

 



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第3R

もう既に1が出てしまったか…


昼休みってのはその名の通りお昼に休むことの許されている時間帯のはずだ。そう、そのはずだった…と言うかそうあるべきだ。それは学園に通う生徒にも先生にも平等に与えられるべきものだ。しかしどうしてこうなった…

 

「センセー!」

 

「ちょっとエル!くっつきすぎ!」

 

「センセーは優しいから許してくれマス!」

 

「エルコンドルパサーさんが離れてくれないんじゃないですか」

 

学園にいる時間帯の中で唯一休める昼時には必ずと言っていいほど誰かしらがここにやって来る。今日はエルコンドルパサーさんとグラスワンダーさんが来ている。エルコンドルパサーさんはほぼ毎日な気がする。場所を変えるべきか…

 

グラスワンダーさんはアメリカ生まれの帰国子女でありながら流暢な日本語と温和な物腰で、中身は完璧な大和撫子。何事にも落ち着きはらった態度でいて、ほんわかとした独特のペースで話す。

 

「ぶ〜、エルって呼んでクダサイ!」

 

「今は昼休みと言っても学園の中ですからね」

 

「先生はもっと私達に心を開いてほしいです…」

 

「心なんて完全に開放されてますよ。じゃないとこんなことしませんよ」

 

「アッ、エヘヘ〜」

 

オレに背を向けてイスに座っているオレの膝の上に乗っているエルコンドルパサーさんの頭を優しく撫でる。これをするとエルコンドルパサーさんの調子が上がると「チームリギル」のトレーナーさんに言われてるので実行し続けている

 

「またエルばっかり…」

 

「グラスワンダーさんにもちゃんとやってあげますよ」

 

「っ!」

 

エルコンドルパサーさんにしているのと同じようにとなりに座っているグラスワンダーさんの頭にも手を乗せて優しく撫でた。するとそこに部屋のドアがガラッと勢いよく開いた

 

「ここがメディカルルーム兼カウンセリングルームだよ!」

 

「“トウカイテイオー”さん…ノックをしてください…」

 

勢いよく開かれたドアの外から入って来たのはトウカイテイオーさん。明朗快活。輝くような笑顔がまぶしいウマ娘。身軽でフットワークが軽く、跳ねるような独特の走り方をしている。この学園の生徒会長であり“皇帝”とも呼ばれているシンボリルドルフさんに強い憧れを持ち、自分は“帝王”になるため、無敗の三冠制覇を目指しているらしい

 

「おっ、先生!この子は新しく来た転校生だよ!」

 

「話を聞きましょうね。おや、君は」

 

「あ、スペちゃん!」

 

「いらっしゃいませ。あ、先生は続けてください」

 

「えっ…でもほら、紹介とかありますし…」

 

「……仕方ないですね」

 

「なんで自分が妥協された感じになってるのでしょう」

 

トウカイテイオーさんが連れてきた転校生、エルコンドルパサーさんとグラスワンダーさんとは既に顔見知りな様子の彼女。その娘はついこの前出会ったまま名前を聞きそびれて探そうにも探せなかったが、偶然リギルのテストで見つけたその娘だった

 

「初めまして、ではないかな。あのときはホントにすまなかったね」

 

「い、いえ!」

 

「なになに〜?2人はどんな関係?」

 

「センセー!どういうことですカ!」

 

「……またOHANASHIが必要ですね」

 

「2人とも落ち着いてください。ついこの間身内がご迷惑をおかけしてしまっただけです。おっと、自己紹介がまだでしたね。自分はここで保健医兼カウンセラーをしている者です」

 

「”スペシャルウィーク“です!よろしくお願いします!」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

この前とは逆で今度はスペシャルウィークさんの方が腰を90度に曲げて礼をした

 

「あの〜」

 

「はい?」

 

「どうしてエルちゃんとグラスちゃんがここにいるんですか?」

 

「おや、お2人とは既にお知り合いで?」

 

「同じクラスデス!」

 

「そうでしたか。それでなぜお2人がここにいるってことでしたね。それは、自分にもよくわかりません…」

 

「へっ?」

 

「よくここに来るんですが、特に用があって来ているわけではなさそうなので」

 

「そうなんですか」

 

「ただ先生ともっと仲良くしたいからですよ」

 

「その通りデス!」

 

「相変わらず先生は人気者だね。会長には負けるけど」

 

「そこら辺は別に気にしてないですよ。トウカイテイオーさんはスペシャルウィークさんの学園の案内ですか?」

 

「うん!会長に頼まれたんだ!」

 

「そうですか。だからそれほど気合が入ってるんですね」

 

「うん!少しでも会長の役に立ちたいからね!」

 

「いい心がけですね」

 

「でも、そんな会長は今誰かさんに夢中みたいなんだけどね…」

 

「…」

 

トウカイテイオーさんが頭の後ろで手を組んでこちらをジト目で見て来たので黙って目を逸らした。なにせ心当たりがありまくるもので…横ではグラスワンダーさんとエルコンドルパサーさんもジト目でこちらを見ていた。この場で何もわかっていないスペシャルウィークさんだけが首を傾げている

 

「んっ!そんなことよりその会長から頼まれた案内はいいんですか?」

 

「あっ!そうだった!じゃあ先生、またね!」

 

「あっ!待ってください!」

 

廊下は走らない、と言う間も無く走り去ってしまったトウカイテイオーさんを追っていくスペシャルウィークさん。また元気な娘がやって来たな

 

「さて、お2人もそろそろ戻りましょう」

 

「あ、もうこんな時間でしたか」

 

「センセーといると楽しくて時間がすぎるのが早いデス…」

 

「それはよかったです。グラスワンダーさんはまた放課後に来てください」

 

「はい」

 

「エッ!なんでデスカ!?」

 

「知ってるでしょう?グラスワンダーさんがケガをしているのを。それの治療ですよ」

 

「グラスだけズルいデス!ワタシも放課後に来マス!」

 

「キチンと帰りましょうね」

 

それからすぐにチャイムが鳴り笑顔のグラスワンダーさんとそれを妬むようにして見つめるエルコンドルパサーさんが部屋を出て行った

 



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第4R


今回だいぶキャラ崩壊入ってます。ご了承ください


 

授業終了の鐘が鳴り昼に言った通りグラスワンダーさんがメディカルルームにやってきた

 

「先生」

 

「早かったですね」

 

「はい。楽しみにしていましたから」

 

「これからするのは治療なんですが?」

 

「私が楽しみにしてたんですからいいんです!」

 

「…そう、ですか」

 

治療を楽しみにするなどどういう神経をしているのだ、と思う人が大半だろうがオレはグラスワンダーさんが治療ではなく違うことを楽しみにしていることを知っている

 

「先生」

 

「はい?」

 

「もう放課後ですよ?」

 

「そうですね」

 

「だから、その敬語と呼び方を変えてください」

 

この娘はどこかスズカに似たところがあるように思えてならないな。普段は大人しいくせになにかスイッチが入るととことん譲らないところとか。あとはオレの扱いとか

 

「まぁ確かにもう放課後だもんな。ホントなにがいいんだかね」

 

「その方が先生と親密になれてるって思えるんです」

 

「さようで」

 

まぁ確かに敬語があると距離を感じるってどっかの誰かにも言われたな。だからと言って最低限の礼儀はわきまえなければな、うん

 

「先生」

 

「ん?まだなにか?」

 

「……名前、呼んでください」

 

「グラス」

 

「っ!……もう、1回」

 

「?グラス」

 

「っ!もう1回!」

 

「何回やらせる気だよ。ほらさっさと済ませるからベッドに座れ」

 

「…先生はケチんぼです」

 

なにがケチなのかよくわからずもグラスはベッドに腰かけた

 

「んじゃ、始めるぞ」

 

「はい」

 

オレはグラスの前に片膝をついてグラスの足に巻かれている包帯を取って触診した

 

「んっ…」

 

「痛みはどうだ?」

 

「はい…んっ…以前よりは、大分…んっ…なくなりました…ひゃんっ…」

 

「それはいい傾向だな。触った感じ問題なさそうだし、一応走れる状態には治ったな。よしっ」

 

「あっ…」

 

触診で大体把握できたのでグラスの足から手を離す

 

「だが走れると言っても大分間が空いたからな。チームの特訓に参加するのはもう少しリハビリしてからだぞ?」

 

「はい!」

 

「…なんで元気に返事する」

 

「い、いえ!だってまた先生と2人きりになれるし…

 

なんか最後にブツブツ言っている。聞こえてないフリするのがベストかな

 

「さ、包帯巻き直したから寮に戻りな」

 

「もう少しいちゃダメですか…?」

 

「すまんな。まだ診なきゃいけない娘が残ってるんだ」

 

「そうですか…」

 

シュンとするグラス。やっぱどことなくスズカと似てるな。シュンとするグラスの頭に手を乗せる

 

「また明日な」

 

「はい!」

 

元気になったグラスは部屋を後にした。オレの右手には加護でもついているのだろうか。そんな厨二病のようなことを考えているとドアをノックする音が聞こえた

 

「どうぞ」

 

「失礼する」

 

「いらっしゃい、って言うのは変ですかね。とりあえずそこに座ってください」

 

いつも作業している机の前の2つのイスの1つに座るように促す

 

「さて、本日はどうされました?“生徒会長”さん」

 

「むっ、先生はいつからそんなイジワルな性格になってしまったんだ。いつも通り呼んでほしいのだが」

 

「失礼しました。改めてd…「敬語もなくしてほしい」…どうした?”ルドルフ“」

 

相談事と聞いて今対面しているウマ娘はシンボリルドルフさん。周囲から“皇帝”と呼ばれ、昼にここを訪れたトウカイテイオーさんや後輩ウマ娘達から畏敬の念を抱かれている。性格は冷静沈着、公明正大。とてもストイックな性格だが、実はかなりの心配性で保護欲が強い。

 

「…」

 

「…ちょっと待ってろ」

 

話をするときはいつも凛々しく真っ直ぐに話す彼女が珍しく口を閉ざしている。これはよほどのことだと思いオレは戸棚からティーセットを出して湯を沸かす

 

「そういえば、昼にテイオーが転入生を連れてきたよ」

 

「そうか」

 

「また元気そうな娘が来たもんだな」

 

「あぁ。この前のテストではそこまでの印象はなかったが」

 

「あれはエルがぶっちぎりすぎたからな。まだまだこれからだろうよ」

 

「先生がそう言うなら間違いないな」

 

「買い被りすぎだ」

 

「いや、事実を言ったまでだ。先生のおかげで今の私がいると言ってもいい」

 

「今のルドルフは君自身が頑張った結果だと思うが?ほれ」

 

「あ、すまない」

 

会話をしつつもしっかりとした(インスタントではあるが)ダージリンティーを淹れたカップをルドルフに渡す。ルドルフは一口口に含んでホッと小さく息をはいた

 

「さて、これで話しやすくなったか?」

 

「本当に敵わないな、先生には」

 

「そりゃ先生だからな」

 

「ふっ、そうだな。このごろ思うんだ」

 

「なにがだ?」

 

「……先生と会う時間が減ってしまった」

 

それを聞いたオレは一瞬我を忘れ持っていたカップを落としそうになって我に返った。お前もか、ブルータス…さっきまでの重っ苦しい空気はなんだったんだ

 

「先生とトレーナーのおかげで私は三冠ウマ娘になることができた。そして光栄なことにこの学園の生徒会長にまでさせてもらった。しかし私は気づいたのだ。先生との時間が減ってしまったと…」

 

「周りが君を認めて今の君になっているんだから、オレとの時間なんて考えなくても…」

 

「なにを言っているんだ!先生と会う時間が私にとってどれほど大切なのか、先生はわかっているのか!?」

 

「いや、知らんけど」

 

「私にとってそれは1日三食食べることよりも大切なんだぞ!」

 

「んな大げさな。三食しっかり食べないとダメだぞ?」

 

「先生ならそう言うと思ってこれまで1日三食をかかさないできたさ」

 

「うん、それは偉い。じゃあ今日はここまで」

 

「ちょっ!ちょっと待ってくれ!これだけ言っても先生はわかってくれないのか!?」

 

「いやね、先生冥利には尽きるよ?でも最初の空気とのギャップがすごくてね」

 

「頼む!最後に1つだけ!1つだけ願いを聞いてほしい!」

 

学園の多くから尊敬されてる生徒会長のこんな姿を見たらみんなはどんな反応をするのだろう。やべっ、見てみたくなってきた

 

「1つだけだぞ。別にオレがここから消えるわけじゃないし会おうと思えばいつでも会えるんだ。だからこれはあれだ、いつも頑張ってる生徒会長さんへのご褒美だ」

 

「先生…やはり先生は先生だな」

 

「意味がわからん。で、お願いとは?できないことはできないからな」

 

「わかっている。その、少しだけ…肩を貸しては、もらえないだろうか…」

 

「肩?どうすんだ?」

 

「ここに座ってくれ」

 

そう言ってルドルフはいつもオレが座っているイスを自分の真横に移動させ、めいいっぱい低くして座るところをポンポンと叩いた。そこに座れということだろう

 

「座ったぞ」

 

「……では」

 

ルドルフはオレの肩に頭を乗せてきた

 

「…」

 

「…」

 

「学園のみんなが生徒会長が実はめっちゃ甘えん坊って知ったらどう反応すんのかね」

 

「…やめてくれ」

 

 





ちょこっとポンコツな会長を書きたいと思ったのでこういう展開になりました

これはちょっと、と思った方には謝罪します。ごめんなさい


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第5R

 

「チームスピカ」。それがスズカが新しく選んだ居場所らしい。本人が選んだんだからなにも言うことはない。ないのだが…少し不安である…なぜなら…

 

「おーい。いるかー?」

 

「げっ…」

 

「おいおい、それはヒドいんじゃないか?」

 

「……どうされました?()()()()()()()()()さん?」

 

「つめてぇな〜。いつものように()()()、でいいんだぞ?」

 

「……どうされました?」

 

そう。不安の原因がこの男にあるのだ。認めたくはないが血縁関係はどうしても切れないため認めざるを得ないこのダメ兄がスズカの新しいトレーナーであるのだ。不安で仕方ない

 

「トレーナー。この人は?」

 

「兄さんってことはトレーナーの弟?」

 

「へぇ〜。トレーナーと違ってイケメンじゃん!」

 

「おや、新顔さんがいらっしゃいますね」

 

「これから世話になるだろうからな」

 

「ということは、ようやくですか」

 

「あぁ。スズカとスペシャルウィークが入って5人。これでようやく挑戦できる!」

 

「それはよかったですね。ですがよくスペシャルウィークさんが入ってくれましたね。あんなことをしておいて…」

 

「あはは…」

 

あんなこととはそう、ついこの前彼女がこのバカ兄に痴漢行為をされた件だ。普通ならそんなやつがトレーナーのチームには入らないだろう

 

「私、スズカさんと走りたいんです!」

 

「ほぉ〜」

 

「この前の試合を見てからスズカさんと走りたい、スズカさんみたいになりたいって思いました!だからスピカを選びました!」

 

「それはいいことですね。憧れる存在がいるというのは大切です」

 

「はい!」

 

スペシャルウィークさんは体の前で手をグッとして強い眼差しをこちらに向けてきた。それだけで気合いの入りようがわかる気がする

 

「そちらの3人にも自己紹介しておいた方がよさそうですね」

 

「あぁ。スズカは当然としてスペシャルウィークがもう知ってたことには驚いたが、3人も一応世話になるはずだから覚えとくように。こいつは俺の弟だ」

 

「「「……いや、知ってるけど」」」

 

「あれ?」

 

「はぁ…初めまして。ここで保健医兼カウンセラーをしてる者です。失礼ですがお名前を伺っても?」

 

「俺は“ウオッカ”だ。目標はこいつに勝つことだ!」

 

「私は“ダイワスカーレット”よ。こいつには絶対負けたくないわ!」

 

お互いに指を差し合って負けない宣言をしながら自己紹介してくれる2人

 

「なるほど。2人はライバルですか」

 

「すんげぇ仲良しだよな〜?」

 

「「仲良くなんかない!!」」

 

「ほ〜ら。息ピッタリじゃないか。あ、私は”ゴールドシップ“。よろしくな」

 

「えぇ、よろしくお願いしますね」

 

「しっかしトレーナーとは似てねぇな」

 

「ほんとほんと。顔とか礼儀とか」

 

「本当に兄弟か?」

 

「お前ら…」

 

「いっそのこと他人ならよかったんですけどね…」

 

「おい!」

 

ホントに切に願う。今からでも遅くない。ぜひ赤の他人にしてください…

 

「そういや、なんでさっきからスズカは先生の隣にいるんだ?」

 

「本当だ」

 

「いつの間に」

 

3人の視線の先にはいつの間にやらオレの隣にピッタリとついているスズカの姿があった

 

「サイレンススズカさん?こんなところで自慢のスピードを使わなくてもいいんですよ?」

 

「……スズカ」

 

「へっ?」

 

「…スズカ」

 

「いや、でも…」

 

「スズカ」

 

「……スズカ」

 

「はい」

 

やっば!スズカさんマジこっわ!

 

「驚いた。スズカさんってあんな顔もするのね」

 

「だよな。いつもの凛々しいって感じより、今はなんか可愛いって感じ?」

 

「随分とスズカに慕われてるんだな」

 

「知らず知らずのうちに」

 

「先生」

 

「はい?」

 

「今は放課後です」

 

「…そうだな」

 

「はい」

 

「あ、口調が変わった」

 

「え、どういうことですか?」

 

「こいつが敬語使ってるとこはあくまで生徒と先生ってときだ。普段のこいつはこんなんだ。スペシャルウィークは知ってるだろう?」

 

「あ、そういえばあのときは盛大に怒鳴られてましたもんね、トレーナーさん」

 

突然口調が変わったことに驚きを隠せないでいるスズカとバカ兄以外の4人

 

「それで?今日は紹介だけかい?」

 

「いや。実は頼みごとがあってな」

 

「金なら1円たりとも貸さんぞ」

 

「んなんじゃねぇよ?俺のことなんだと思ってるんだ」

 

「ただのだらしない大人だ」

 

「なっ!」

 

「「「わかる〜」」」

 

「お前らなー!」

 

「いいから、とっとと要件を話せ」

 

「くっ!もうすぐスペシャルウィークのデビュー戦があるんだよ。そのための調整を頼みたい」

 

「デビュー戦?彼女はつい先日に転校してきたばかりじゃないのか?」

 

「あぁ。だが素質はある。お前もわかってんだろ?」

 

「……わかった。デビュー戦はいつなんだ?」

 

「明後日だ」

 

「はぁ!?いくらなんでも急すぎだ!そういうのは前もって連絡しろと言ってるだろ!」

 

「す、すまん…特訓のことで頭がいっぱいでだな…」

 

「ふざけんな!いくら特訓しようがアフターケアをしっかりしないといけないのわかってんだろ!?」

 

「すみませんでした…」

 

「せ、先生。私は大丈夫なので…」

 

「…」

 

いきなり大声を上げてしまった。ダメだな。未だに()()()()が治ってないのか…スペシャルウィークさんもオドオドしてしまっている。でもなんでだろう…なんでスズカは笑顔なんだろう…

 

「…今日のところはスペシャルウィークさんに免じて許してやる。だが今後チームの誰かがレースがあるなら前もって連絡してくれ」

 

「あぁ、恩にきる」

 

「すっげぇ〜な。先生って温厚な性格してそうなのにあんな怒鳴るなんて…ん?スカーレット?」

 

「…」

 

ウオッカさんも驚かせてしまった。でも隣のダイワスカーレットさんは固まってこっち見てるな

 

「ん?スカーレットさん」

 

「ひゃ、ひゃい!」

 

「ちょっとじっとしててください」

 

「えっ!あのっ!」

 

オレはダイワスカーレットさんに向かって近づいていく

 

「ん〜…!」

 

「はい、取れましたよ。どうされました?」

 

ダイワスカーレットさんの頭についていたゴミを取っただけなのにダイワスカーレットさんは目をギュッと力強く瞑っていた

 

「大丈夫ですか?」

 

「へっ?は、はい…」

 

「ならいいですけど」

 

オレは踵を返して元の位置に戻った

 

カッコいい…」

 

「ん?なんだって?」

 

「な!なんでもないわよ!」

 

後ろでまた仲良くしている声が聞こえる。戻る最中にスズカと目があった。さっきまでの笑顔はどこかに消えてしまっていた

 

バカ…」

 

オレには読唇術の能力でもあるのか、スズカが呟いたことがわかってしまう。なんでそう言われたかは不明だが…

 

「それじゃあスペシャルウィークさんは明日の放課後にまた来てください」

 

「はい!」

 

「悪かったな。急な話で」

 

「まったくだ。次からは気をつけてくれ」

 

「わかってる」

 

「先生じゃあな〜」

 

「お疲れ〜」

 

「ま、また来ます!」

 

「失礼します」

 

兄が先頭で続々と部屋を出て行くスピカのメンバー。ダイワスカーレットさんだけ声が裏返ってたのが気になるが、まぁいいか

 

「先生」

 

「ん?」

 

「私も明日の放課後来ますね」

 

「えっ」

 

なぜに…?

 



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第6R

 

「チームスピカ」に入ったスペシャルウィークさんのデビュー戦は見事1位で終わったらしい。なんでもあのパワー自慢のクイーンベレーさんの体当たりを躱してゴールしたとか。それに教えてもらってもいないのにラストスパートのかけ方が完璧だったとか。それはそれは嬉しそうに話してきた。トレーナーが…

 

それからもスペシャルウィークさんだけではなく「チームスピカ」の全員がそれぞれの試合で勝利を掴んでいった。もちろん試合前の最後の調整はさせてもらっていた。とても喜ばしいことなのだが…

 

「でもこれは…」

 

オレは新聞の記事を読みながら頭を抱えていた。そこにはスズカ以外とてつもない醜態を晒しているスピカの4人がはっきりと載っていた

 

「あの人はウィニングライブの方もちゃんと教えていたのだろうか…いや、ないな」

 

まぁ転校してきていきなりデビュー戦だし。ウィニングライブの方に手が回らなかったのもムリはないか。でもルドルフは怒ってんだろうな…はぁっとため息をはいて机の上から2番目の引き出しを開けて大量にある棒付き飴を1つ取り出して封を開けて口に入れる

 

「さて、次は皐月賞…の前に弥生賞か」

 

「先生」

 

新聞を閉じて声がした方を向くとそこには“ナリタブライアン”さんが立っていた

 

“ナリタブライアン”。一匹オオカミなウマ娘。硬派で頑固。我慢強いところもあり、どんなことがあっても感情を表に出すことはない。めったに笑わないため、周囲からは近寄りがたいと恐れられている…と言われてはいるがオレはそう思っていないのだ。オレの前では普通に笑ってるし結構可愛いところもある普通のウマ娘だ

 

「どうされましたか?ナリタブライアンさん」

 

「いや、特に用があったわけじゃないんだ。ただ通りかかったときに皐月賞の言葉が耳に入ったのとその声が先生のものだったから寄ったまでだよ」

 

「そうですか。やはり”三冠ウマ娘“として気になりますか?」

 

「気にならないと言えば嘘になるよ。私だってまだまだ未熟者だが、次は誰が三冠を手にするのかワクワクはしているさ」

 

ほら、笑ってる。確かに感情を出すのが上手い方ではないがそれは初対面のときで、言うなればシャイっ娘なのだ。仲良くなれば普通に接することができる

 

「先生、私も1つもらってもいいかな」

 

「ん?」

 

「それ」

 

ナリタブライアンさんはオレの口元を指差す

 

「おっと、これは軽率でした。口止め料としてどうぞ」

 

「ふっ、なら口止めされるとするかな」

 

開けた引き出しから1つ取って同じように口に入れるナリタブライアンさん

 

「こうしているとあのころを思い出すな」

 

「えぇ。あれは君がまだデビュー寸前のころでしたね」

 

「あぁ。あのとき緊張を紛らわしてむやみやたらに走り続けていた私に今のように飴をくれたな」

 

「それからですかね。君が何かを咥えるのがクセになったのは」

 

「先生のせいと言ってもいいだろうな」

 

「そいつは手厳しい」

 

「ふっ。だがそのおかげで私は光栄にも三冠ウマ娘という称号を手にすることができた。感謝してもしきれない」

 

「いつも言ってます。自分がしたことは君の中の1%にも満たないと」

 

「しかしその1%がなければ私の99%は生まれなかった」

 

「…頑固ですね」

 

「このことに関しては譲る気はないさ。いくら尊敬する先生でも」

 

「なら、これからも君の活躍に期待しますね」

 

「あぁ、期待してくれ」

 

頑固なところは噂通りだ。しかしそれが彼女のいいところでもある。そんなことを去って行く彼女の背中を見ながら考えていた

 

「盗み聞きとはイヤな趣味をお持ちですね、“ビワハヤヒデ”さん?」

 

「ヒドいな、先生。たまたまだ」

 

ドアとは反対方向、少し隙間の空いていた窓の外で下から姿を現したのは“ビワハヤヒデ”さん。葦毛の銀髪がとても美しい。レースを分析し、論理と計算により勝利を導き出す。とても理性的で堅物と思われがちだが、本人は少し軟化したいと思っているためよく相談を受けている。ナリタブライアンさんのお姉さんでもある

 

「妹が世話になってるな」

 

「どうしたんですか急に。妹さんと全然接せられなくて寂しいんですか?」

 

「なっ!そんなことはないぞ!」

 

あらら、堅物と思われてる人があんなに身を乗り出すほど慌てて。さては図星だな?

 

「んんっ!そんなことよりも今日は先生にお願いをしに来たんだ」

 

「おや、何でしょう。言っときますけどあまり過激なのはムリですからね」

 

「わかっている。これをお願いしたいんだが、いいか?」

 

そう言って彼女が取り出しのはクシだった

 

「この時間にですか?」

 

「不覚ながら今日は少し寝坊してしまってな。髪を整える時間がなかったのだ」

 

ここでオレは思った。ビワハヤヒデさんは癖っ毛がすごい。正直いつも通りの髪と寝癖がついたのとの違いがわからん、なんて言えない…

 

「わかりました。こちらに座ってください」

 

「すまないな」

 

「いいえ。これでもよくやらされるので自信はあるんですよ」

 

「ほぉ〜。なら期待しようじゃないか」

 

「それはさっきの自分のマネですか?」

 

「どうだかね」

 

さっきナリタブライアンさんに言った言葉に似たことを今度は言われる方になってしまった

 

「まずは手櫛からやりますね」

 

「あぁ、頼む」

 

まずは彼女のキレイな髪に手を絡ませていく。彼女ほどの癖っ毛でいきなりクシでやると絡まりやすくなる。なので初めに手櫛でほぐす魂胆だ

 

「んっ…んんっ!」

 

「癖っ毛もそうですけど量も多いですね。暑くないですか?」

 

「んっ…別に、んぁっ…大丈夫、だ…んぐっ…」

 

「さて、そろそろクシ使っていきますね」

 

「あ、あぁ…」

 

ある程度ほぐれてきたのでクシも使って整えていく

 

「くっ…んぁっ!」

 

「はい、終わりました。って、大丈夫ですか?」

 

「はぁ…はぁ…先生、本当に…はぁ…上手いのだな…」

 

ただ髪を梳いただけなのにビワハヤヒデさんは頰を赤くしてぐったりとしてしまっている

 

「立てますか?」

 

「す、少し待ってほしい…」

 

それからビワハヤヒデさんが立ち上がれたのはチャイムがなる3分前だった

 



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第7R

 

いよいよ皐月賞の日がやってきた。どうやら弥生賞を制したスペシャルウィークさんが1番人気だそうだ。他にもセイウンスカイさんやキングヘイローさんなど強者も揃っている

 

レース前の調整でわかったことだが“セイウンスカイ”さんはのほほんとしていておそらく練習や特訓を自ら頑張る方ではないと失礼ながら思ってしまった。レースに賭ける思いなどはわからないがこの気の持ちようのままでいいのか心配になるレベルだ

 

“キングヘイロー”さんはその話し方や姿勢からプライドが高いウマ娘だと思った。過剰な自信は身を滅ぼすと伝えたが「キングには何の心配もないです」と言っていた。この自信が試合に吉と出るか凶と出るかは不安なところである

 

さて、結果から言うと1位:セイウンスカイさん、2位:キングヘイローさん、3位:スペシャルウィークさん、という結果に終わったらしい。弥生賞では2位に敗れたセイウンスカイさんがリベンジを果たしたという形になった

 

その日、夕方メディカルルームを締めてから外に出ると柱からどこかの様子を伺っているウマ娘が目に入った。バレないようにそっと背後へ忍び寄った

 

「なにやってんだ?スズカ」

 

「ひゃっ!先生!」

 

いきなり背後から話しかけられて驚きはしたものの大声を出すことはしなかった

 

「なに見てたんだ?」

 

「それは…」

 

『日本ダービーでセイウンスカイにリベンジだ!』

 

柱の向こう、声のする方向には「チームスピカ」のトレーナーとスペシャルウィークさんがいた

 

「なるほどね。スズカはあの娘が心配だったと」

 

「…さっきまでスペちゃんは悔しいのを我慢して笑ってたんです」

 

「そっか。ん?()()()()()?」

 

「っ!」

 

「はは〜ん。随分とあの娘に心開いたみたいじゃん」

 

「〜っ!!」

 

「ま、これでようやくオレから卒業できるな。な?甘えん坊のスズカさん」

 

「…それは、ムリです」

 

ちょっとからかうつもりで頭も撫でてやると速攻返事が返ってきた。これからも離れることはないということか…

 

「さ、スペシャルウィークさんと一緒に帰りな」

 

「…先生は私といるのはイヤなんですか?」

 

「そんなこと言ってないだろ。スペシャルウィークさんと一緒に帰るとこだったんじゃないのか?」

 

「そうですが…」

 

「また明日な」

 

「っ!はい!」

 

スズカはゆっくりと校門の方に歩いて行った

 

 

 

 

 

 

 

次の日の朝から「チームスピカ」に動きがあった。体育館ではウオッカさんが竹刀を持ちながらスペシャルウィークさんが筋トレを、プールではセイウンスカイさんとスペシャルウィークさんが高台からの飛び込みをしていた、という情報を聞いた。正直なにがなんだかわからんかった

 

そしてスピカに関して驚くことがあった。トウカイテイオーさんがスピカに入ったらしい。詳しい事情などは聞いていないがようやくルドルフのように無敗の三冠ウマ娘を目指すべく動き出したのだろう

 

今日の放課後に調整するウマ娘はスペシャルウィークさんとタイキシャトルさん。2人とも急遽の依頼となった。最初はスペシャルウィークさんだ

 

「痛くはないですか?」

 

「はい!大丈夫です!」

 

「そうですか。スペシャルウィークさん、大分筋肉がついてきましたね」

 

「やっぱり先生もわかっちゃいますか…?」

 

「もうずっとこの仕事をしていますのでね。でもやっぱりとは?」

 

「トレーナーさんが私の体重が増えたのわかってたみたいで」

 

「あれでも立派なトレーナーですので。みなさんのちょっとした変化もわかるようになってるんです」

 

「そうなんですか」

 

「今日スペシャルウィークさんがいろいろしてることを耳にしたんですが、なにかあったんですか?」

 

「実は…皐月賞のとき勝負服のフックが閉まらなくて…」

 

「あー。というとダイエット的な感じですね。まぁ女の娘ですからね。わからなくはないですが」

 

「はい?」

 

「もしかしたらトレーナーから言われてるかもしれませんが、体重が増えることは決して悪いことじゃありません。むしろ筋肉がついて体重が増えることによって速く走れるようになりますよ」

 

「そうですが。ですけど!やれることは全部やりたいんです!」

 

「…そうですか。なら、もうなにも言いません。頑張ってください」

 

「はい!」

 

ダイエットね。女の娘はいろいろ大変だな

 

続いてタイキシャトルさん

 

「センセー!くすぐったいデース!」

 

「タイキシャトルさん!暴れないでください!」

 

「ンッ!デモー!」

 

「すぐ終わらせますから!」

 

「アンッ!」

 

いつも思うがタイキシャトルさんの調整は大変だ…

 

「はい、終わりです」

 

「ンー!ありがとうございマース!センセー!」

 

「こら!抱き着かない!」

 

「これくらいただのスキンシップデス!」

 

「ダメです!」

 

抱き着いてこようとするタイキシャトルさんを寸前で止める

 

「ム〜、ワタシはもっとセンセーと仲良くなりたいのにー…」

 

「もっと他の方法もあるでしょうに」

 

「これが1番手っ取り早いデス!」

 

「タイキシャトルさんがただしたいからの間違いでは?」

 

「Oh!センセーは鋭いネ!」

 

まったくこの娘は…

 

「それより、今日は急な調整でしたけど明日なにかあるんですか?」

 

「センセーは知らないんですカ?明日ワタシとスピカのスペシャルウィークさんの模擬レースがあるんデス!」

 

「へぇ〜、だからですか」

 

「ハイ!センセーも明日見に来てください!」

 

「いや、でも…」

 

「センセー…ダメ、ですか…」

 

「うぐっ!」

 

やっぱり女の娘のこの顔には弱いな〜

 

「なら、見に行かせてもらおうかな。このごろ見れてなかったし、久しぶりにシャルの走りを見させてもらうよ」

 

「ッ!やっぱりこっちのセンセーの方がカッコいいデース!」

 

「おわっ!だから抱き着くなっての!」

 

「エヘヘ〜。イヤデース!」

 

ホントこの娘は精神年齢が低いっていうか、子どもっぽいというか…

 



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第8R

「チームスピカ」の新星スペシャルウィークさん vs「チームリギル」の短距離日本最強ウマ娘タイキシャトルさんの模擬レースの情報はあっという間に知れ渡り、レース会場には沢山の生徒が集まっていた。オレは観客席には行かずゴール付近の芝に座った

 

スタートのライン役にはエアグルーヴさん、ゴールライン役にはヒシアマゾンさんが抜擢されたらしい。ちょっとおもしろい

 

そしてレースはスタートしタイキシャトルさんが先行する形となった。スペシャルウィークさんはタイキシャトルさんの真後ろにピッタリとついている。スリップストリーム。前を走るウマ娘にピッタリつくことによって風の抵抗をなくすことができる。スペシャルウィークさんはこれを知っていたのか、それともたまたまか…

 

しかし坂に入ったことで2人の間に距離ができ後ろのスペシャルウィークさんも風の抵抗を受けるようになった。最初から受けていたのと途中でいきなり受けるのとでは全然違うはず。どうなるか

 

しかし坂の途中からスペシャルウィークさんの走るリズムが変わった。いや、タイキシャトルさんを真似たと言えるかもしれない。ピッチ走法。小さい歩幅で脚の回転を速くする走法のこと。坂を登るときはこっちの方がいいというのを聞いたことがある。スペシャルウィークは走ってる最中にこれに気がついてぶっつけ本番でやってきたのか。すごいな

 

もうすぐゴール2人ともラストスパートをかけていきなんとスペシャルウィークさんがタイキシャトルさんにどんどんと近づいていきタイキシャトルさんと並んだ。そこでなぜかオレとタイキシャトルさんの目が合う。すると一瞬タイキシャトルさんの顔がパーッと笑顔になって勢いよく地面を蹴りより加速した

 

そして最後はスペシャルウィークさんと1バ身ほど離してタイキシャトルさんの勝ちとなった

 

「センセー!見ててくれましたカ!」

 

「えぇ、見せてもらいました。さすがですね」

 

「当然デス!短距離なら負けませんカラ!でも、少し危なかったデス…」

 

タイキシャトルさんはゴールした勢いで引き返してこちらにその勢いのまま走って来た。そしてオレの前で止まり走って来た方を振り返りスペシャルウィークさんを見つめた

 

「あの娘、走ってる最中に笑ってました」

 

「ほほぉ、それはそれは」

 

「あの娘はこれからもどんどん速くなるはずデス。ワタシも負けてられまセン!」

 

「そうですね。とりあえずゴールした後は自分のところではなく、リギルのトレーナーさんのところに行きましょうね」

 

「ゴール前にセンセーが目に入って早くセンセーのところに来たかったんデス!」

 

「それは嬉しいです。でも自分は君のトレーナーではない」

 

「ワタシはセンセーがトレーナーでもノープロブレムデス!」

 

「こーら、滅多なことは言うもんじゃありません」

 

「ハーイ…」

 

「さ、自分の仕事に戻りますので君も戻りなさい」

 

「わかりマシタ!じゃあセンセー、またデス!」

 

「えぇ」

 

こっちに手を振りながら走っていくタイキシャトルさん。前を向かないと危ないぞ…その横ではゴール役をサボっていたヒシアマゾンさんがエアグルーヴさんに追いかけられてるのが見える。今日も学園は平和らしい

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の放課後はエルの調整だ。明日はNHKマイルカップ。ここまで4戦4勝、無敗を続けているエルが負けなしのG1制覇なるかの大事なレース。これは最後の調整するこっちの身も引き締まるというものだ

 

「体調はどうだ?」

 

「絶好調デス!これもセンセーのおかげデス!」

 

「そいつはよかった。君は強い。だけど慢心してはダメだぞ?」

 

「わかってマス!慢心せず次もセンセーに勝利をプレゼントしますネ!」

 

「それはリギルのトレーナーさんにプレゼントしな」

 

「もちろんトレーナーにもプレゼントします。でもワタシが1番見てほしい人にプレゼントしたいんデス!それがセンセーなんデス!」

 

「そっか。頑張ってこいよ、エル」

 

「ハイ!」

 

エルをベッドにうつ伏せに寝かせて足のマッサージをしながら会話しているため表情を見ることはできないが気合の入っている顔をしているだろう

 

「センセー」

 

「ん?どうした?」

 

「今度のレースで勝ったら、ワタシはG1を制覇できマス」

 

「そうだな」

 

「明日のレースで勝ったら、お願いを1つ聞いてほしいデス」

 

「…」

 

オレは迷った。職業柄贔屓はできない。でも同じく職業柄メンタルケアもしなければいけない。おそらくこれを断ればエルはひどく悲しむだろう。それが明日に影響したらことだ。しかし…う〜ん…

 

「…わかった」

 

「本当ですカ!?」

 

「ただし、条件があるんだ」

 

「条件…?」

 

「あぁ。“トレーナーになってほしい”、“リギルに入ってほしい”。この2つだけは絶対にダメだ。その他ならできるだけ聞いてやる」

 

「わかりマシタ!これは明日のレース、絶対に負けられまセン!」

 

エルの反応を見る限りこの2つではないみたいだな。なら大丈夫、かな…

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてNHKマイルカップ。沢山の人が注目している中オレもメディカルルームのテレビで観戦していた。そんな中でエルコンドルパサーさんは2位と1バ身ほどの差をつけて優勝した

 

優勝を手にしたエルコンドルパサーさんとそのトレーナーさんがインタビューを受けている場面が映った

 

『素晴らしい走りでした』

 

『ありがとうございます』

 

『エルコンドルパサーさん、次のレースはずばり?』

 

『世界を狙うためにも、次は日本ダービーです』

 

やっぱり世界を狙うか。まぁそうだろうな。しかしエルコンドルパサーさんも日本ダービーか。皐月賞を取ったセイウンスカイさんとスペシャルウィークさんとの同世代初対決。どうなるか

 

『エルコンドルパサーさん、一言』

 

『ワタシはダービーでも勝ちマス!スペちゃん!ガチンコ勝負デス!待っててくださいネー!』

 

インタビューアーさんからマイクを奪い取ってその闘志を顕にしているエルコンドルパサーさん。やる気がみなぎってるな

 

『それとセンセー!ワタシ勝ちましたヨー!約束通り、ご褒美としてデートしてください!』

 

...は?

 

『エルコンドルパサー、先生とは?デートとは?』

 

『センセーはセンセーでデートはデートデス!』

 

...へっ?マジ...?

 

未だ頭の整理が追いついていないところに廊下からドタドタと複数の足音がこちらに向かって来ているのが聞こえた。そしてドアが勢いよく開いた

 

『先生(センセー)!これは一体どういうこと(ですか)(ですカ)!!!』

 

勘弁してくれ...



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第8.5R


昨日投稿できずすみません
書きだめはしてあるんですがいきなりの思いつきがあったのでこの話を書いてました



 

「さて、説明を求めようか。先生」

 

「…」

 

オレは今自分の職場で正座中。イスに座るでもなく床に正座である

 

「せんせ〜…?」

 

「…自分はなにも悪いことはしていません」

 

「それじゃあ、さっきのあれはなんなんですか…?」

 

「自分にもわかりません」

 

「エルのあの言葉、完全に先生に向けたものですよね…?」

 

「エルコンドルパサーさんが他に先生と呼ぶ人物がいないのであれば、そうですね…」

 

「もう!はっきりしないですね!男ならズバッと言ってください!」

 

「…」

 

エルコンドルパサーさんのあの発言の直後にオレの元に勢揃いしたウマ娘達。来て早々全員から『正座!!!』と言われて今の状態に至る。周りは相当お怒りなご様子の娘達に囲まれて逃げることすらできない

 

「みんな、一旦落ち着け。先生にだって言い分はあるんだろう」

 

「そうだ。頭ごなしに追求してはわかるものもわからないぞ」

 

この姉妹はなんて…今、天使が降臨なされた…

 

「センセーならその気になれば全員の気持ちを受け止めてくれマース。センセーはそれぐらいの器をお持ちデース!」

 

シャル。君はなんてことを言うんだ…

 

「ふぅ…確かにナリタブライアンの言うことも一利あるな。突然のことに冷静さを欠いていたようだ」

 

腕を組むのはやめてはいないが一度目を瞑ってさっきまでの見下すような鋭い目ではなくなったルドルフ

 

「そうよね。先生だもんね〜」

 

怖い笑いからいつもの穏やかな笑顔に変わるマルゼンスキー

 

「そうですね」

 

目元の涙をぬぐいいつもの凛とした表情に戻ったスズカ

 

「…よく考えれば尊敬する先生が安易にそんな約束するわけないですね」

 

ハイライトがなくなっていた目からようやく光を取り戻したグラス

 

「ま、まぁ?私は最初からわかってましたけど…」

 

顔を赤くしながらプイッとそっぽを向いてしまったダイワスカーレットさん

 

「さ、みんなも落ち着いたようだし。聞かせてくれないか?先生」

 

「そうですね。今回のことはホントに自分はわからないんです」

 

ブライアンとハヤヒデに助けてもらったおかげでさっきより大分楽になったので説明に入る

 

「心当たりとかはないのか?」

 

「う〜ん…あっ」

 

「なにかあるらしいね」

 

「レース前の調整で彼女にお願いを1つ聞いてほしい、と言われました…」

 

『…』

 

オレの言葉にその場がシーッンと静かになる

 

「確かに私も先生にお願いをしたことがある。だからそれを先生が受けたことに関してはなにも言えないな」

 

「あぁ、私もそうだな」

 

ルドルフが言ったことにハヤヒデが頷く

 

「私も、先生にはわがままを聞いてもらってたので何も言えないです」

 

「同じくです…」

 

こんなときではあるがやっぱりスズカとグラスは似ている気がする。シュンッとする仕草がおんなじだ

 

「え〜、先生。私一回もお願い聞いてもらってないんだけど〜」

 

「私もです!」

 

いつものおねだりをお願いと思っていないマルゼンスキーとまだ出会って数日のダイワスカーレットさん

 

「私はそもそも先生にお願いなんてすることもないしな。先生はそんなことをしなくてもいつも助けてくれる」

 

「ワタシは最初からセンセーに言うことはないデース!今のままで十分カッコいいデス!」

 

方向性は違うものの同じような思考を持っているブライアンとシャル。それとシャルはそれやめて。結構恥ずかしいから…

 

「と、言うことは…」

 

「問題なのは…」

 

そこで全員がまだつけっぱなしにしてあるテレビを見つめる

 

「エルコンドルパサーか…」

 

「そうね〜…」

 

「…」

 

「エル、さすがにこれは見過ごせない…」

 

「首洗って待ってなさいよ!?」

 

違う感じで闘志を燃やしている。女の娘は難しいなぁ・・・

 







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第9R

今回会話がないのでつまらないかもしれないです…


6.7(日)。日本ダービー。皐月賞は「最も速いウマ娘が勝つ」、菊花賞は「最も強いウマ娘が勝つ」といわれるのに対し、日本ダービーは「最も運のあるウマ娘が勝つ」といわれているレースである

 

出馬するウマ娘は皐月賞を制したセイウンスカイさんに弥生賞を制したスペシャルウィークさん、そして4戦4勝の負けなしウマ娘であるエルコンドルパサーさんなど選ばれたウマ娘達がしのぎを削るレース。オレはそれを仕事場である学園のメディカルルームのテレビで観戦する

 

「チームスピカ」のトレーナーである兄や「チームリギル」のトレーナーさんから現場での観戦を直々にお誘いされたがお断りした。それぞれに所属している娘達にもお誘いを受けたがそれも断った。オレはだれかが勝ったからといって公の場でその娘だけに祝うことはできない。やってはいけないのだ

 

別に「おめでとう」、「よくやった」など祝いの言葉をかけないわけじゃない。それは個人個人にの話だ。優勝した娘、頑張った娘、残念ながら負けてしまって悔やんでる娘、それぞれに向き合って言葉をかける。これもオレの仕事だと思うから

 

今回の日本ダービー。1番人気はやはりエルコンドルパサーさん。彼女は強い。彼女もまた歴史を作るウマ娘の1人に登りつめるだろう。しかし彼女に1つ必要なものがあるとオレは思った。対等に競い合える()()()()

 

切磋琢磨。友人同士が互いに励まし合い競争し合って、共に向上すること。オレはこの言葉が好きだ。1人では必ず限界がくる。チームに所属していても、いくらトレーナーが優れていても、レースのときは1人だ。しかし隣に友人でありライバルがいるだけで自分の持ってる最大以上のものを引き出せる。まぁこれはとある人の口癖だが

 

エルコンドルパサーさんはこれまでの4戦、圧勝という形で終わってきた。負けを知らず接戦を知らない。でも今日はスペシャルウィークさんという同世代のライバルになれる可能性のある娘が隣にいる。これで彼女はまた1つ進化できるだろう

 

しかしこれはスペシャルウィークさんにも言えることだ。兄に聞かされた。彼女から限界を超えるにはどうすればいいか聞かれたと。オレはこれに即答することができた。()()()()()()()()()()だと。限界なんてやろうとして突破できるものじゃない。それは偶然できるものだと思う。それに必要なトリガーはライバルだとオレは思っている

 

さて、前置きが長くなってしまったな。テレビの中では日本ダービーのファンファーレが鳴り響き今日出バするウマ娘達が続々とゲート入りしていった

 

「お、今日の解説は武さんですか」

 

実況の人が知り合いなことはとりあえず置いといて、レースがスタートした

 

いきなり飛び出したのはキングヘイローさん。続いてそれを追いかけるのが皐月賞を制したセイウンスカイさん。スペシャルウィークさんは中盤、エルコンドルパサーさんは後方から機会を伺っている様子のスタートとなった

 

そして第3コーナーを回っても変化なし。しかし第4コーナーを回ったところでセイウンスカイさんがしかけキングヘイローさんを一気に抜き去って坂にさしかかった。ここで後ろからあがってきたのがスペシャルウィークさん

 

これまで苦手としてきた坂をこの前タイキシャトルさんとの模擬レースで見せたピッチ走法でクリアした。セイウンスカイさんとの距離をぐんぐんと離していく

 

だがこれで終わらないのが今回の日本ダービー。解説も観客もボルテージが上がる。そうさせたのはスペシャルウィークさんの後ろをものすごいスピードで追いかける走る怪鳥、エルコンドルパサーさんだった

 

スピードに乗ったエルコンドルパサーさんがスペシャルウィークさんとの距離をつめ1位に躍り出た。実況や観客、オレでさえもこのまま終わってしまうと思ったが、スペシャルウィークさんが驚異の粘りを見せ巻き返していった。そしてそのまま並走する形でゴールイン。スペシャルウィークさんは勢いのあまり地面にこけ、エルコンドルパサーさんも全てを出し切ったように地面に四つん這いになった

 

結果は写真判定の末、スペシャルウィークさんとエルコンドルパサーさんの同着1位となった

 

「これは、スゴいですね…」

 

まずこの短期間で坂を完全に攻略したスペシャルウィークさん。そしてわかってはいたがエルコンドルパサーさんのあのスピード。そして最後のスペシャルウィークさんの粘りの走りと巻き返し。スゴいと言うしかなかった

 

「限界は越えたかな」

 

スペシャルウィークさんの限界は確実に越えただろう。そしてこれでエルコンドルパサーさんにもまた違った感情が芽生えたはずだ

 

テレビではスペシャルウィークさんとエルコンドルパサーさんが抱き合っているシーンが流された。お互いにいいレースができたってことなのかな

 

「皐月賞はセイウンスカイさん、日本ダービーはエルコンドルパサーさんとスペシャルウィークさんの同率1位。あとは菊花賞か。それにどれもC組か」

 

ここでオレの頭の中にはあるウマ娘が浮かび上がった。同じC組でありながらケガで戦線を離脱している彼女を。彼女もおそらくこの同世代対決に入れるだけの実力は持ってるはずだ。だから早く完治させて復帰できるようにさせてあげなくては!、と自分のとりあえずの目標を立てた

 

「あとは、あれどうしますかね…」

 

オレの頭を悩ましているもの。それはついこの間NHKマイルカップの会見の場で公にお願いされたことだった。ホントにどうしよう…

 



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第10R

日本ダービーが終わって次の宝塚記念。期待されていた「チームリギル」である“エアグルーヴ”さん。容姿端麗、学業優秀。何でも完璧にこなす才媛。まさしく高嶺の華と学園では呼び声が高いウマ娘。そしてその能力にふさわしい高すぎるプライドを持つウマ娘。しかし1着は最後まで逃げ切ったスズカ。エアグルーヴさんは最後に追い上げを見せるもの届かず3着だった

 

そしてそんな絶好調な「チームスピカ」に“メジロマックイーン”さんが入ったと聞かされた。名門メジロ家に生まれたお嬢様であり落ち着いた淑女的な物腰と気品から、周りから羨望の的となっている。自身の血筋に強い誇りを持っており、母と祖母が獲得した「天皇賞」で3世代勝利を目指しているらしい。入学当初からメディカルルームに来ては特に会話もせずに本を読んでいた。なんでメディカルルームなのか一度聞いてみたら「図書室よりもここの方が静かですし落ち着けますので」と言われた。オレとしては結構騒がしいと思うのだが…

 

「と、また来てるんですね」

 

「あら、先生はわたくしがいてはご不満ですか?」

 

「いや不満云々というわけではないんですがね?」

 

「ならいいではありませんか」

 

「まぁいいですけどね。お茶でも淹れますね」

 

「ふふっ、さすが先生。ありがとうございます」

 

「先生!私も飲みたい!」

 

「あなたはいつの間に来たんですか、ゴールドシップさん」

 

ゴールドシップさんが部屋に入ってきたことさえ全く気がつかなかった。いつものメンツだったらすぐわかるんだけどな。危機察知的な感じで

 

「マックイーン迎えにきた。ほら明日の祭りの準備あんだから!」

 

「その準備とやらにわたくしを巻き込まないでください」

 

「私にはお前が必要なんだよー」

 

「うっ…も、もうその手には引っかかりませんよ」

 

もしかしてメジロマックイーンさんって押しに弱いタイプかな

 

「そんなー。頼むよーマックイーン」

 

「ちょっと!どさくさに紛れてスカート触らないでいただけます!?殿方がおりますのよ!?」

 

腰と背中を曲げながらメジロマックイーンさんのスカートをヒラヒラと揺さぶるゴールドシップさん。オレはスッと目をそらす

 

「さ、もういい時間ですので寮に戻りましょう」

 

「えっ…」

 

「おっ、もうこんな時間だったのか。ほら帰ろうぜ、マックイーン」

 

「…」

 

持っていた本をカバンにしまうメジロマックイーンさん。その姿はどこかさっきまでの元気はなくなった感じがした

 

「お茶はまた今度にしましょう」

 

「っ!はい!」

 

「???」

 

明日はトレセン学園のファン大感謝祭でお祭りが開催される。去年と一昨年もこれを経験したがそれはそれはたくさんの人が参加する。いろんな出店も出店予定らしく今年も盛り上がるだろう

 

一方でそのお祭りをチャンスと思っているウマ娘達はどうなっているのか

 

ーサイレンススズカの場合ー

 

「ふふふん」

 

「スズカさん、なんかご機嫌ですね」

 

「えぇ、明日はお祭りだもん」

 

「そうですよね!明日は()()()()()()()()楽しみましょうね!」

 

「え…」

 

「えっ、スズカさんは一緒に回らないんですか…?」

 

「……そ、そうね。みんなで楽しみましょ」

 

「はい!」

 

「…先生

 

ーシンボリルドルフの場合ー

 

「明日はいよいよ祭りだな」

 

「そうですね」

 

「…なぁフジキセキ」

 

「はい、なんでしょう会長」

 

「明日の休憩時間、先生は私と一緒に回ってくれると思うか…?」

 

「先生は多忙な方です。でも会長が直々にお願いすれば大丈夫でしょう」

 

「そ、そうか。うん、そうだな。ふふっ、ふふふ」

 

(先生の話をしてるときの会長は本当に乙女だな)

 

ーマルゼンスキーとタイキシャトルの場合ー

 

「ふふふ〜ん」

 

「…」

 

「タイキは寝るの早いわね〜」

 

「…」

 

「あんな笑顔で。楽しい夢でも見てるのかしら」

 

「…エヘヘ、センセー」

 

「っ!」

 

「センセー、ワタシのキャロット取っちゃノーデス」

 

「…絶対負けないわ。明日は絶対私が先生をゲットするんだから」

 

ーエルコンドルパサーとグラスワンダーの場合ー

 

「…エル、同じチームの仲間同士争いはよくないと思うの」

 

「同感デース。競争以外のところで争い事はよくないデス…」

 

「なら今回は引いてくれないかな…?」

 

「それはできない相談デス…」

 

「そうよね…私だってそうだもの…」

 

「わかってマス…だから明日は…」

 

「「絶対私(ワタシ)が先生(センセー)と一緒に回る(りマス)!!!」」

 

ーダイワスカーレットの場合ー

 

「先生は明日どこにいるのかしら」

 

「なぁー、もう寝かせてくれよー」

 

「うっさいわね!寝るなら早く寝なさいよ!」

 

「電気消さないと寝れないの知ってんだろー!」

 

「こっちだって明日のことで寝れないのよ!」

 

「なら今日先生のとこ行けばよかったろ」

 

「そ、そんな!急に行ったら失礼かもしれないじゃない…」

 

(めんどくさいなー)

 

ーメジロマックイーンの場合ー

 

「…次はお茶請けのお菓子でも作ってさしあげましょうか」

 

みんな違ってみんないい

 

そしてお祭り当日、まだ始まっていないのにスゴい人数が集まっている

 

『これより秋のトゥインクル・シリーズ、ファン大感謝祭を開始します。心ゆくまでお楽しみください』

 

生徒会長さんのアナウンスで祭りが開始された。どこかの会長ファンのウマ娘はこのアナウンスだけで興奮がMAXになりそうだな

 

「あ、先生ー!」

 

「こんにちはー!」

 

「先生!人参焼き食べなーい?」

 

「また後で伺いますねー!」

 

「言いましたねー!」

 

「言質取りましたよー!」

 

出店の中を歩いているといろんな娘が声をかけてくれる。これだけでも先生冥利に尽きるってものだな

 

「せーんせ」

 

「マルゼンスキーさん。お祭り楽しんでますか?」

 

「えぇ。先生に会えたから最高よ!」

 

「それはよかったですね」

 

「ぶぅ〜。先生はもう少しドキドキしてくれてもいいと思うんだけどな〜」

 

「こんな美人さんと会えたんです。ドキドキしないわけないでしょう」

 

「っ!ど、どうせみんなに言ってるんでしょ…もう、ズルいわよ…」

 

「…似合わないことしました、忘れてください」

 

「やーよ」

 

舌をペロッと出してあざとく笑うマルゼンスキーさん

 

「ねぇ、私以外に誰か来た?」

 

「?誰かとは?」

 

「いつものメンツよ。ウチの会長やスズカとか」

 

「あぁ、そういえば今日はまだ会っていませんね」

 

「ということは私が一番乗りのようね」

 

影で小さくガッツポーズしてる姿を見たことは言わないでおこう…

 

それからお祭りを楽しんでいく内に1人、また1人と集まってきて最後には大所帯になって周りからめちゃくちゃ見られた

 



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第11R

 

感謝祭が終わってその楽しかった思い出に浸ることもできず「チームリギル」は特訓が開始された。オレは1つ心配があったのでその様子を遠目から見ていた

 

「グラス!」

 

グラスがリギルのトレーナーさん呼ばれた。その理由はなんとなくわかる。オレの目からも病み上がりの身体にはオーバーワークすぎる。復帰戦の毎日王冠が迫ってるにしてもあれでは本調子を持っていけない

 

「それを決めるのは私だ!」

 

トレーナーさんの怒鳴る声がこっちまで聞こえてくる。トレーナーさんだって、いや、トレーナーさんの方がオレなんかより何倍もわかっているはずだ。でもグラスも自分の頑張りたい気持ちを持ってる。難しいな

 

「…」

 

「…」

 

放課後のグラスの調整はお互い無言のまま続いた。そんな無言の中でもオレはグラスの筋肉の状態を理解していた。その状態は良くはなかった。悪化してるってわけじゃない。でもやはり左足の筋肉は右足に追いついていなかった

 

その夜、オレは兄に呼び出されてとあるバーに立ち寄った

 

「いらっしゃいませ」

 

そこにはバーテンダーと兄、そしてリギルのトレーナーさんがいらっしゃった

 

「お、来たな」

 

「あら、奇遇ね」

 

「どうも。んで、なんか用か?」

 

「そう急かすなよ」

 

「この男に同意するつもりはないけど、あなたもどう?久しぶりに」

 

リギルのトレーナーさん、ここではハナさんとお呼びするべきかな。彼女が勧めるように自分のグラスを少し高く持ち上げる

 

「そうですね。スクリュードライバーお願いします」

 

「かしこまりました」

 

注文をすまして兄とは反対側のハナさんの隣に座った

 

「今日は見苦しいものを見せたわね」

 

「気づいてたんですか」

 

「えぇ。あなたがケガをしてる娘をほっとくなんて考えられないもの。来るってわかってたわ」

 

「見透かされてますね」

 

「…グラスの足は、どう?」

 

「正直言ってよくはないです。悪化はしてないのでご安心を」

 

「そう…」

 

ハナさんはカクテルをグッと飲み干す

 

「スクリュードライバーでございます」

 

「ありがとうございます」

 

「さっきと同じのを」

 

「かしこまりました」

 

オレのお酒ができたのに続いてハナさんが追加の注文をする

 

「ところで、調子いいわねスピカ。相変わらずやりたいようにやらせてるの?」

 

「気持ちよく走ることが結局は1番なのさ」

 

「その自信はどこからくるのかしら」

 

「お互い様だろ」

 

お互いトレーナー同士。自分達のやり方があるんだな

 

「そういえばあなたはどうなの?」

 

「?どうとは?」

 

「そろそろ誰を取るのか決めたの?」

 

「またその話ですか…前から言ってますが自分はそんなつもりは…」

 

「知ってるわ。でもね、あの娘達の気持ちのことも考えてあげて」

 

「…」

 

ぐっ…なんも言えん…

 

「ふっ、まぁいいわ」

 

「ねぇ、おハナさん」

 

「なによ…っ!」

 

「大事な話があるんだ」

 

兄が異様に真剣な表情でハナさんを見つめる

 

「おごってくれない?」

 

「…」

 

「…」

 

このバカは…

 

 

 

 

 

そして毎日王冠当日

 

『今年の毎日王冠はG2としては異例な大観衆にみまわれています!』

 

『今の注目は「チームスピカ」のサイレンススズカですね。スピカは今絶好調ですから、「チームリギル」も黙ってはいられませんよ』

 

♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

『歓声の理由はわかっております!「チームリギル」の2人がサイレンススズカに追いつけるのか!?』

 

『そうですね』

 

『さぁ、10ヶ月ぶりの復活。不敗のジュニアチャンピオン、グラスワンダー!』

 

『連戦連勝!世界を見据えているエルコンドルパサー!』

 

『今日も華麗なる逃亡劇を見せてくれるのか!?サイレンススズカ!』

 

『今日は闘志に満ちている感じですね』

 

『誰が勝つかわからないレース!毎日王冠!今、スタート!』

 

復帰戦に挑むグラス、世界を見据えてスズカとグラスとの対戦を選んだエル、そしてエルのように世界を見据え解説の人が言うようになにか闘志を燃やしているように思えるスズカ。そんな3人を含めた毎日王冠がスタートした

 

『グラスワンダー、少し出遅れたか?』

 

『しかし落ち着いてますよ』

 

『先頭を走るのは当然サイレンススズカ!続いてナイスネイチャ、エイシンフラッシュがマーク。エルコンドルパサーも控えている。さぁどこで仕掛けるのか!』

 

後続と5バ身ほど離して先頭を走るスズカ。しかしいつもより後続と開けてはいない。まだ後続にもチャンスはありそうだ

 

『グラスワンダー、外から追い上げる!運命のコーナーを曲がる』

 

コーナーを曲がり切る前にグラスが仕掛けた。スズカとの差をどんどん詰めていく。そしてそれに続いてかエル達他の選手もスパートをかけていく

 

『完全にサイレンススズカを捉えにいっています』

 

グラスとエルのリギル組がスズカを追いかける。でもその途中、グラスがスズカとエルのスピードに追いつけなくなった。やはり足が追いついていなかったか

 

そしてラストの直線。エルがさらに加速

 

『おっと!エルコンドルパサーがさらに上がっていく!』

 

しかしエルとスズカの距離は縮まっていない。エルは足の回転をさらに上げるがやはりスズカには届かない

 

『サイレンススズカ!逃げて差す!なんというウマ娘だー!異次元の逃亡者、サイレンススズカ!今、1着でゴール!!!』

 

\オォォォォーーーー!!!!!/

 

テレビ越しに見てもわかるほどの大歓声。そして映ってはいなくてもわかってしまうグラスやエルの心情。スズカの喜び。エルとグラスは初めての負けだ。彼女達が来たときになんて声をかけるべきか…

 

ゴールしても夢中で走り続けたスズカ。そして止まったスズカの目には「チームスピカ」のメンバーが映った

 

「みんな、ありがとう。ありがとう、スペちゃん」

 

そして空を見上げてこう呟いた

 

「先生、褒めてくれるかな」

 

それはそれはチームには見せない明るい笑顔だった

 



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第12R

 

「なぁ、スキー」

 

「ん?なぁに〜?その名前で呼んでくれるなんて珍しいじゃない」

 

「今は放課後だしな」

 

毎日王冠が終わって菊花賞も終わったとある放課後。オレは特訓前にマルゼンスキーをメディカルルームに呼んでいた

 

「ちょっとお願いしたいことがあってな」

 

「先生のお願いならあんなことやこんなことでも聞いちゃうわよ〜?」

 

「そういうのはやめろって。グラスのこと、頼むな」

 

「また他の女のこと。なぁに?先生はグラスのことが好きなの?」

 

「そうじゃない。スキーならわかるだろ、初めて負けたときの心情ってやつを」

 

「まぁね」

 

「オレはカウンセラーではあるがいつもついてやれるってわけじゃない。だから同じチームの先輩であるスキーに頼みたい」

 

「先生の頼みなら断るわけにもいかないし、そもそも先生に言われなくても気にはするつもりだったのよね〜」

 

「助かるよ」

 

「先生のその優しいところ大好きだけど、その優しさを私にだけっていうのはムリなのかしら」

 

「すまんがそれはできない。それにオレ自身優しいって思ってない」

 

「いいえ。先生は優しいわよ。だからこの学園の多くの娘があなたに懐いてるのよ」

 

「ただの仕事だから、かもしれないぞ?」

 

「私の先生がそんな考えするわけないじゃない」

 

「…敵わないな」

 

「当然よ。悪いけどこの学園で先生と1番付き合い長いのは私なんだから。会長やスズカよりも、ね…」

 

「確かにそうだったな」

 

スキーと出会ってスキーが毎日会いにきてスキーがスキーと呼んでほしいと言われた。そっからいろんな娘と関わってきたけど1番最初はスキーから始まった

 

「まぁいいわ。とりあえずグラスのことは承知したけど、エルはどうするつもり?」

 

「あぁ、エルな…エル、はルドルフにでも頼もうと思ってる」

 

「ま、妥当よね。ねぇせんせー?」

 

「ん?」

 

「グラス、()()()()()よかったわね」

 

「っ!それをどこで…」

 

「ふふん。私だって先生のこともっと知りたいんだからね。じゃあね〜」

 

スキーはそのままメディカルルームを出ていった

 

「誰から聞いたんだ、あの娘は…」

 

少し昔のことを思い出してしまった…だがホントにグラスは無事でよかった…

 

「ふふっ、今日は3回も”好き“って言われちゃった」

 

部屋から出たマルゼンスキーはルンルン気分で特訓へ向かった

 

 

 

 

 

 

 

時間は少し遡り、毎日王冠が終わった後のメディカルルーム。「チームリギル」のトレーナーさんにグラスとエルのレース後のストレッチとマッサージを依頼された

 

最初はエルからだった

 

「センセー…ワタシ、負けちゃいマシタ…」

 

「あぁ」

 

「初めて…負けマシタ…」

 

「あぁ」

 

「センセーに、褒めてもらえナイ…」

 

「あぁ…ん?」

 

ちょっと待て。今なんて言った…?

 

「センセーに褒めてもらえないデス!センセーに頭撫でてもらえないデス!」

 

「なぁエル。ああいうのないのか?ほら、レースに負けて悔しいとか、スズカに追いつけなくて悔しいとか…」

 

「確かに悔しいデス!ホントのホントに悔しいデス!絶対にリベンジしマス!」

 

「そうそう。それそれ」

 

「デモ!それよりもセンセーに褒めてもらえないのが1番イヤなんデス!」

 

「お、おう…」

 

2位でも大健闘だとは思うけど、だからといってここで褒めてもエルは納得しないだろう

 

「エル。オレが思うにいつも勝ってるやつより負けたことのあるやつの方が強いんだ」

 

オレはそっとエルの頭に手を乗せる

 

「だから、気休めかもしれんが次また頑張れ」

 

「気休めなんてありえまセーン!今度は絶対優勝します!」

 

「あぁ、その意気だ」

 

「エヘヘ〜」

 

エルは大丈夫かな。いやこんなのホントに気休めだ。時間経過で見守るしかないな

 

次にグラス

 

「センセー、申し訳ありませんでした」

 

「なんでオレに謝る」

 

「先生、わかっていたのでしょう?私の足の状態」

 

「…」

 

「トレーナーさんの言うことも聞かず、私は…」

 

今にも泣き出しそうなグラスの頭にエルにやったように手を乗せた

 

「無事に帰ってきてくれてよかった。ホントに、よかった」

 

「先生…すみませんでした…!」

 

「いいんだ。止めなかったオレも悪い」

 

「でも…私が…!」

 

「よく頑張った。次また頑張ろう」

 

「はい…はい…!」

 

泣かせないようにするのはムリだったが、泣き止むまでオレはグラスの頭を撫で続けた

 

「先生、これからも私を見ていてくれますか…?」

 

なんかどこかで聞いたことあるな

 

「あぁ、一応な」

 

「…そこは「これからは君だけ見ていよう」とかでいいんですよ」

 

「君はこんなときにもそんな変な誘導をするのか。それはできないから諦めてくれ」

 

「先生は本当に罪な方です」

 

「罪を犯した覚えはないんだがな」

 

「いいえ。すでに何件もの大罪を犯してます」

 

「そんなバカな」

 

「ふふっ」

 

まだ涙は浮かんでるもののようやく笑顔に戻ってくれたか

 

「あっ…」

 

「落ち着くお茶でも淹れるから、ちょっと待っててくれ」

 

「ありがとうございます」

 

お茶はいい。落ち着くときにはこれが一番。日本は偉大だな。淹れるの紅茶だけど...ははは...

 

「お待たせ」

 

「いただきます」

 

グラスはティーカップに入った紅茶を少し口に含む

 

「はぁ...美味しいです」

 

「そいつはよかった」

 

「先生の紅茶、毎日飲みたいです」

 

「少なくとも日曜は休みなんだから物理的にムリだな」

 

「…そういう意味ではないんです」

 

うん、知ってる。それに似たような言葉って普通男が言うもんじゃないの…?

 



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第13R

 

「チームリギル」はトレーナーさんを中心に年間最多勝のプライドを見せるため特訓に励んでいる。これ以上スピカに勝ちを譲るわけにはいかないと意気込んでいるらしい。少し心配だったエルやグラスはルドルフやスキー、他の娘達のおかげもあってか悔しさをバネに次を見据えているようだ

 

対する「チームスピカ」は特訓はもちろん、合宿まで行ったようだ。菊花賞では残念ながらセイウンスカイさんに1着を取られてしまったスペシャルウィークさん。しかし既に次のレースに向けて頑張っているみたいだ

 

「たまにはオレも運動するか」

 

今日も今日とて「チームリギル」を中心に多くの娘達の調整をやったが、意外と早く終わってしまった。ちなみに「チームスピカ」のメンバーは夕方ごろに走って校門を通って外に駆けていく姿を見かけた。また新たな特訓に行っているのか、はたまた何か別の案件なのかはオレにはわからない

 

まぁ帰ってもやることも特にないしと思って教員用のジャージに着替えてメディカルルームに鍵をかけて外に出た。学園から少し行ったところに川がありその土手沿いを走るのが意外と気持ちいのだ

 

「久々だな」

 

このところ新入生の活躍がすごすぎて喜ばしい限りなのだが、その都度依頼が殺到していてなかなかこういう体を動かす合間がなかったのは事実だ。だがこれも仕事であり生徒達が気持ちよく走れるならそれだけで十分だ

 

「センセー!」

 

「ん?あれま」

 

このところ活躍している生徒達の勇姿を思い出していると後ろから大きい声で呼ばれた。振り向いてみるとシャル、ブライアン、ハヤヒデがこっちに向かってきていた

 

「センセー!」

 

「はいはい。どうした?チームの練習中じゃないのか?」

 

「いや、先生がジャージ姿で校門を出るところをたまたま見てしまってな」

 

「珍しいと思っておハナさんに休憩もらって来たまでさ」

 

「YES!」

 

オレに追いついて並走する形でスピードを合わせる3人。よく見れば3人も学校指定のジャージ姿で練習の最中だったのはわかる

 

「私達は近々レースもないからな」

 

「センセーと走れるなんてvery happyネ!」

 

「お供させてもらっていいか?」

 

「別に構わないが、君達と違って速く走れないぞ?」

 

「気にするな。君のスピードに合わせるさ」

 

「どこまでもセンセーについて行きマス!」

 

「それはニュアンスが違う気がするが、それも悪くはないな」

 

「ホント君らは家族みたいだな。ブライアンとハヤヒデは現に姉妹な訳だけど」

 

「まぁこう長い付き合いになるとな」

 

「そうなると長女は会長かな?」

 

「それが妥当だろうな。でもあぁ見えて甘えん坊なところもあるからな、ルドルフは。意外とスキーとか長女っぽくないか?」

 

「確かにな」

 

「ワタシもお姉さんネ!」

 

「「「シャルは末っ子」」」

 

「Oh〜…」

 

オレ、ブライアン、ハヤヒデの即答にガクンと頭を垂れるシャル。それに対してオレ達はフッと笑い合う

 

「あ、でもエルが入ったから末っ子でもないかもな」

 

「あ〜、確かに今はエルが末っ子っぽいな」

 

「グラスと同い年なのにな」

 

「ならグラスとエルよりワタシの方がお姉さんデスカ!?」

 

「いや、グラスの方が上だろ」

 

「Oh〜…」

 

追撃きたれり…

 

「エルもシャルも甘え上手なとこあるからな。それに比べてグラスやルドルフは甘え下手な感じだし」

 

「さすが先生だな。私達の誰よりもリギルのことを知ってるんじゃないか?」

 

「さすがワタシのセンセーデース!」

 

「おわっ!こらっ!走ってる最中に飛びついてくるな!」

 

「エヘヘ〜」

 

((やはり末っ子?))

 

「ったく…2人もたまには甘えてもいいんだぞ?」

 

走りながらも器用に腕に抱きついてくるシャルをどかしつつブライアンとハヤヒデに声をかける

 

「まぁシャルほどってわけでもないけど、2人もどっちかって言うとお姉さんタイプだからな」

 

「ふっ、本当に先生には敵わないな」

 

「そうだな。しかし心配はいらないぞ、先生」

 

「というと?」

 

「私も姉さんも先生には甘えさせてもらっている」

 

「あぁ、シャルやエルのような頻度ではないがわがままも聞いてもらっている」

 

「ワタシもそんなにしてないヨ!」

 

シャルはこういうがまぁ末っ子どものお願いが多すぎてブライアンとハヤヒデのわがままを聞いた自覚が全くない

 

「先生にとって些細なことでも私達にとっては嬉しいものさ」

 

「あぁ、こうして一緒に走っているだけでも満たされる感じだ」

 

「ワタシもセンセーといれるだけで満足デス!」

 

「…」

 

オレから言ったことだけどこういう風に言われるとすんごい照れるな…

 

「さ、そろそろ戻るぞ」

 

「そうだな」

 

「なら学園まで競争ネ!それで、勝った人がセンセーにお願い事1つデス!」

 

「なっ!」

 

「ほぅ、それは名案だ。さきほど先生も甘えていいと言ってくれたからな」

 

「ちょっ…」

 

「なら、よーい…ドン!」

 

「こらっ!」

 

さすが年間最多勝チームのメンバー。既にその姿は小さくなっていた

 

「オレが勝てるわけないでしょうが…」

 

はぁっとため息をついてオレは誰が勝ったのか、どんなお願いをされるのか考えながら来た道を戻った

 



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第14R

「やっちまったな〜」

 

天皇賞が迫る中、オレは現在布団の中で寝込んでいた。頭の下にはアイスノンを敷き額には冷えピタをつけている。枕元にはスポーツドリンクと水がペットボトル1本ずつ置いてある

 

「保健医のくせして情けないな」

 

この世の中風邪を引かない人はいないだろうが、一般の人よりも気をつけることができるのにやってしまった

 

「まさか1年に1回の風邪っぴきが今日とはな」

 

これが特になんの仕事も用事もないときならどってことない。1日や2日そこらちゃんと3食取ってきっちり水分摂って寝てれば治る、のだが...今回はタイミングが悪すぎた

 

スズカとエルが出る天皇賞が2日後に迫っているというタイミングだった。ホントなら今日から調整をしていかなきゃいけないのだがオレが風邪引いたばっかしに…

 

「早く治して明日には復帰しないと」

 

前日の1日だけでも調整をするのとしないのでは全然違う。そのためには今日の内に熱だけでも下げなくてはならない。ダルい身体を持ち上げ、アイスノンと冷えピタを変えて再び布団に入って眠りに就いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

来たる11月1日(日)の天皇賞。結論から言うと調整は()()()()()()。今日はノドはまだ痛いがなんとか熱は下がったので会場である東京レース場に足を運んだ

 

メジロライアンさん、ナイスネイチャさん、ウイニングチケットさん、エル、ヒシアマゾンさんと次々と出てくる名だたるメンバーの最後にスズカが登場した

 

『最後に出てきたのは1番人気、サイレンススズカ!』

 

\ワァァァァァーーーーーー!!!!!!!/

 

『割れんばかりの声援です!』

 

さすがは1番人気。だがオレには1つ気がかりなことがあった。オレが風邪を引く前のスズカはチームの特訓以外にも自主練習を行っていて完全なオーバーワーク状態だった。そのときにスズカには抑えるように伝えたんだがその後すぐに風邪で寝込んだためどうなったかわからない。しかも調整もしてないから今のスズカの身体の状態もわからない

 

「なにもないことを祈るしかないか…」

 

しかしその矢先、左足の靴紐が切れた。こんなときに不吉な…

 

♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

ファンファーレが鳴り選手達は続々とゲートインしていく。スズカは観客の方をキョロキョロと何かを探すような素振りを見せたが見つからなかったのかゲートに入ろうとする。そこにエルがスズカに近づいて行った。リベンジ宣言でもしているのだろうか。自分のゲートに戻るエルの目はまるで獲物を捕らえようとする怪鳥のように鋭く見えた

 

『さぁ、12人のウマ娘達がゲートに入ります。エルコンドルパサー、ヒシアマゾン、ウイニングチケット、メジロライアン、ナイスネイチャ。果たしてサイレンススズカを捕まえることはできるか!?今、ゲートが開きました!』

 

いつも通り初めから抜け出したスズカ。それを2番手で追いかけるエル。しかし…

 

『サイレンススズカ!後続をぐんぐんと引き離す!なんというスピード!』

 

速い。いや、速すぎる。エルとは既に10馬身以上は離れてるかもしれない

 

『1000mのタイムは、なんと57秒4!』

 

その驚くべきタイムに会場はどっと盛り上がる

 

『飛ばしに飛ばすサイレンススズカ!』

 

『こんなに速いウマ娘、今まで見たことがありません』

 

『一体もう何バ身差ができたのか!?会場の盛り上がりは最高潮に達しています!』

 

これだけでは終わらずスズカはさらにスピードを上げる。だがなんだ…見る限り不調な様子はない。でもこの状況…あのときと同じだ…

 

そのときだった。スズカが急激に失速し始めた。足の回転もどんどん落ちていきどこか左足を庇っているように見える

 

「っ!スズカ!」

 

オレは一目散に走り出した。ノドが痛いなんて関係ない。人混みを掻き分け最前列のバーを飛び越える。そこでスピカのメンバーと兄貴を見つけた

 

「兄貴!救護班だ!早く!」

 

兄貴の反応も確認せずにオレ自身はスズカの元に走る。その走るオレの横をものすごいスピードで駆け抜けて行った影があった。スペシャルウィークさんだった

 

「これ以上左足を地面につけちゃダメだ!」

 

スズカにもスペシャルウィークさんにも向けて叫んだ言葉。聞こえているかわからない。だが今は叫ぶことと全力で走ることしかできなかった

 

「スズカ!」

 

「せん…せい……」

 

意識はある。左足も最悪の状態ではない

 

「スペシャルウィークさん、ありがとう」

 

スペシャルウィークさんがいなかったら、スペシャルウィークさんがスズカの元に駆け寄るのがもう少し遅れていたら。ホントに彼女には感謝しかない

 

その後、救護班の人と一緒にスズカを救急車に乗せ付き添いとして病院まで同行した。救急車の中で最善を尽くし左足を固定する。他にも身体の別の場所にも異常がないか出来る限り調べた。幸いにも他に異常は見つからなかった

 

着いた病院の先生に後を委ね、オレは診察室の前でじっと待っていた。どれくらい時間が経ったかは覚えていないが兄貴とスピカのメンバーが到着した

 

「スズカの容態は!」

 

「先生!スズカさんは!」

 

「…オレの見た感じでは左足の骨折。それ以外に異常なところはなかった」

 

「そうか…」

 

「大丈夫なんですよね!?」

 

「あぁ…()()()()()()()…」

 

「よかった…」

 

それを聞いて涙を流し出すスペシャルウィークさんとスピカのメンバー達

 

「後を頼む、兄貴」

 

「おい、スズカの顔を見なくていいのか」

 

「…オレにはもう、あの娘達を見る資格はない」

 

「っ!おい!」

 

兄貴の叫ぶ声が聞こえてくるが振り向くことはせずに病院を出た

 



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第15R

 

「…ここは」

 

「スズカさん!」

 

「スペちゃん…」

 

「スズカさん…ちょ、ちょっと待っててください!トレーナーさん呼んできます!」

 

勢いよく飛び出して行ったスペ。扉が閉まるのを確認したスズカは今の状況を把握しようと足元を見た。左足はギブスと包帯で固められ病院と思われる部屋のベッドで横になっている

 

「よっ」

 

「トレーナーさん」

 

「おい!まだムリはするな!」

 

起き上がろうとするスズカを大声で止めるトレーナー

 

「トレーナーさん…私…」

 

「なんにせよ、お前と話せてホッとしてる」

 

トレーナーとスペが部屋に入り、他のスピカのメンバーは部屋の外からソワソワしながら中の様子を伺っている

 

「骨折…」

 

「今までハードなスケジュールだったし、しばらく休養だな」

 

「骨折ということは、治りますよね?」

 

「あぁ、もちろん」

 

「走れるように…」

 

「まぁな」

 

「レースに出て全力で走れるようになりますか?」

 

「そのことなんだがな…前と同じように100%力を出し切って走れるかどうかはわからない…」

 

スズカ自身はもちろん、自分のことではないトレーナーでさえその結果に悲しみを感じている

 

「いえ、走れます!」

 

しかしそれを力強く否定したのがスペだった

 

「絶対走れます!ほら、スズカさん私と約束したじゃないですか」

 

「約束?」

 

「スズカさんがレースで100%、いえ、120%の力で走れるように私これから協力します」

 

「スペちゃん…」

 

「リハビリはすごく大変ですけど、スズカさんならきっと大丈夫です!」

 

『お、押すなってば!』

 

覗きながら聞き耳を立てていたテイオー、ウオッカ、スカーレッド、ゴルシ、マックイーンの5人が雪崩のように部屋に倒れこんできた

 

「みんな」

 

「お前ら聞いてたのか!?ったく、病院でケガすんじゃねぇよ」

 

「スズカー!」

 

「俺、すごく心配で…」

 

「ごめんねみんな、心配させて」

 

「本当だよ!でも、スズカの顔見たらホットしちゃった」

 

心配してくれていたチームメイトの笑顔にスズカ自身も自然と笑顔になっていった

 

「入るわよ!」

 

そこへドアが壊れるくらい勢いよく開けて入ってきたのはリギルのトレーナーだった

 

「おハナさん、どうした?そんな血相変えて」

 

「あの子が、あなたの弟が姿()()()()()()…」

 

「…え……」

 

リギルのトレーナーの放った言葉に部屋にいる全員の顔から笑顔が消えた

 

「消えた…先生が…」

 

「ちっ!あの馬鹿は!」

 

スピカのトレーナーは立ち上がり携帯で当人に電話をかける。しかし電源が切れているのか繋がらない

 

「くそっ!」

 

「先生が…そんな…私の、せいで…」

 

「スズカ。どうしてあなたのせいだって思うの…?」

 

リギルのトレーナーの後ろにはリギルのメンバーが全員揃っていた。その中でも特に先生への尊敬が強いメンバーの表情は暗いものだった。しかしそんな中でスズカの発言に疑問を投げかけたのはマルゼンスキーだった

 

「私が、先生の言った通りに…しなかったから…」

 

スズカは下を向き頭を抱え自分のせいだと涙を流した

 

「…自惚れないでほしいわね」

 

「っ!マルゼンスキーさん…」

 

「あなたが1番先生のことを想ってるような発言はやめてほしいわ。確かに今回のことが完全に関わってないってことはないけど、スズカのせいで先生がいなくなったってのは違うと思うわ」

 

「マルゼンスキー、すまんがなぜそう思うか教えてくれないか…?本当なら今すぐ町中を走り回ってでも先生を見つけ出したいが…」

 

マルゼンスキーのさらに後ろ、シンボリルドルフが口を開いた

 

「それは私なんかよりおハナさんとスピカのトレーナーさんの方が詳しく知ってるんじゃない?」

 

「その言い方からして君は知ってるようだが、なぜ知ってるのか聞いても?」

 

「そんなん先生が好きでもっと先生のことを知りたかったからに決まってるじゃない。でもそれはここにいる娘達も一緒のはずよ」

 

スピカのトレーナーが周りを見ると真剣な眼差しでいる娘達がいるのがわかった

 

「…はぁ。口止めされてんだけどな」

 

「ちょっと!話す気!?」

 

「仕方ないだろ、あいつのことを慕ってくれてる娘がこんなにいるんだ。あいつにはそんな娘達をほっぽってどっか行ったっていう自覚を持たせるためにも話す必要はあると思うが、どうだい?おハナさん」

 

「…はぁ。わかったわよ」

 

「感謝するぜ。みんな、これから話すことは聞いて楽しいものじゃない。強制ではないから聞きたくないやつは部屋を出るんだ」

 

そうは言ったものの誰一人微動だにしなかった

 

「あいつは幸せもんだね。これから話すこと、他言はしないでくれ。頼む」

 

「言われなくともそのつもりだ」

 

「助かる。じゃ、始めるぞ」

 

特に先生を尊敬、また特別な感情を持つ娘達の手の握る力が強くなる

 

「今から6年前の話だ。あいつは今みたいに学園の先生ではなく、ちゃんとしたチームの専属メディカルトレーナーだった。そのチームは今のリギルみたいに最強のチームでな」

 

「そんなある日、とてつもない逸材がチームに新加入した。そのウマ娘はみるみると力をつけていき、連戦連勝と人気も上がっていった」

 

「そんな中でその年の日本ダービー。ある事故が起こった」

 

“事故”という言葉にみんなが固唾を飲む

 

「その娘にレース前の調整で異常が見つかった。どんな異常かまでは聞いていないが、あいつがそんな状態でレースに向かわせるわけがない。あいつはチームのトレーナーにレースに参加させないことを進言した」

 

「でもチーム的に今波に乗っている状況での欠場を当時のトレーナーが許さなかった。天狗になってたんでしょうね」

 

「みんなも感づいてる通りあいつの進言は却下。そのウマ娘は身体の異常を抱えた状態でレースに挑むことになった」

 

「そのレース展開は今回のスズカのレースに似ていたんだ」

 

「私の…」

 

「あぁ。その娘はそれ以前には出なかった速度で駆けていった。しかしそこで身体の異常が現れてしまった」

 

「猛スピードで走っている最中にバランスを崩して、()()()()()()()

 

『っ!』

 

全員がわかってしまった。高速で走るウマ娘がそのままの速さで転倒すればどうなるかを

 

「幸い命に別状がなかったものの、そのウマ娘はそれからの選手生命を絶たれてしまった」

 

「それに対してあいつは自分のせいだと言って聞かなかった。誰もあいつのせいだなんて思ってねぇのに」

 

「その状態のあの子を見て、そのウマ娘も自分のせいと思い込み病んでしまった。それが原因で病気になって、一昨年亡くなってしまった…」

 

『…』

 

自分達と同じウマ娘が亡くなる事実を聞かされたみんなの表情を重いものだった

 

「だが、あいつはウマ娘と関わることを辞めなかった。それはあいつの思いもあるし、亡くなった娘の遺書に書いてあったこともある」

 

「遺書…」

 

「えぇ。その遺書に書いてあったそうよ、“ありがとう”って」

 

「その言葉であいつはトレセン学園に来たってわけさ。一応これで終わりだ」

 

話が終わり、どう言葉を発していいやらわからないウマ娘達はただただ黙ったままだった

 

「あなた、いる場所に心当たりないわけ?」

 

「あるっちゃある。まぁこれから行ってくるよ」

 

「そう。ちゃんと連れ戻してこないと許さないわよ」

 

「わかってるよ。これでもあいつの兄だ。たまには兄らしいところも見せてくるさ」

 

スピカのトレーナーは連れ戻してくるべく病室を後にした

 

「全員、顔を上げろ!」

 

『っ!』

 

未だ俯いてる全員に対してリギルのトレーナーが大声で叫ぶ

 

「今お前達にできること。それはお前達が尊敬するあの子を信じ、慕い、そしてこれからもし続けることだ!」

 

「信じ…」

 

「慕い…」

 

「続けること…」

 

「あの子の言う通りに、あの子の調整を受けていれば滅多にケガなんてしない。それにトレーナーに言えないこともあの子には言えるでしょ」

 

リギルのトレーナーの言葉が全員への活になり、全員そこで心に決めたと言う。先生が帰ってきたらまず“感謝“を伝える、と…

 

しかしその時点では誰も気づかなかった。あるウマ娘がそこにはいないということに…

 



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第16R

 

とある海岸線。夕日が沈みかけている時間帯の中、オレはそこにある慰霊碑の前にあぐらをかいて座り込んでいた。ちゃんと慰霊碑を掃除して花も手向けた後の行動だ

 

「やっぱり、ここにいたか」

 

「よく、わかったな…」

 

「まぁな」

 

もうすぐ夕日が水平線へと落ちきるというときに背後から声がした。それはオレの兄貴のものだった。兄貴はオレの隣でしゃがみこみ目を瞑って手を合わした

 

「ここに来るのはお盆以来だな」

 

「あぁ」

 

「ここに来てなんて報告したんだ?」

 

「…」

 

おそらく兄貴はわかっているのだろう。だからオレがここにいるのがわかったんだと思う

 

「オレはもう、ウマ娘には関わらない。そう伝えに来た」

 

「お前は本当に俺に似て大バカ者だな」

 

「…そうさ。オレは同じ誤ちを犯した大バカ野郎だ」

 

「逃げるのか?その誤ちから」

 

「逃げる…そうかもしれないな」

 

オレは立ち上がりその場を離れようとする

 

「そんな誤ちを犯したにも関わらず、お前を慕ってくれるあの娘達を見捨てても行くのか…?」

 

「っ!なら、どうしろってんだ…オレは!“キース”を追い込み、スズカもケガさせさたんだぞ!」

 

「確かにその事実は変わらねぇ。でもな、それ以上にお前に救われてる奴らもいるだろーが!」

 

「オレがいたのに、スズカはケガをしたんだぞ!」

 

「だがちゃんと生きてる!復帰もできる!ここでお前がいなくなったらこれから先、ケガする娘がもっと増える。下手したらその場で命を落とす娘が出るかもしれねぇんだぞ!それなのに!お前はどっかへ消えるってのか!」

 

「現にケガする娘が出た!オレがいたところで変わらない。結局オレは誰も救えねぇんだよ!」

 

先生!!!

 

兄貴に背を向けたまま話していたオレの目の前に大声でオレのことを叫ぶ1人のウマ娘がいた

 

「スキー…なんで…」

 

「そんなの…はぁはぁ…車を追いかけて…はぁ…来たからに…決まってるじゃない…はぁはぁ…」

 

それはスキーだった。息をきらし肩が大きく上下に動いている

 

「ふぅ…先生、さすがの私でも怒るよ?先生が誰も救えない?そんなわけないじゃない!」

 

いつもの穏やかな表情から一変、激しく怒りを露わにしている

 

「先生と出会って先生の調整を受けてから私は一回もケガをしてない。それは他の娘も一緒。そのおかげで最高のコンディションでレースに臨めてる。これでも救ってないなんて言う気!?」

 

「それは、別にオレじゃなくてもできることだ!」

 

「ふざけないで!先生が来てからの学園のケガした人数知ってる!?0()よ!」

 

「だから、別にオレじゃなくても…「たらればの話をしてるんじゃないの!」…っ!」

 

「先生は結果を出してる!昔にそういう誤ちがあったとしてもそうならないように最善を尽くしてくれてる!だから慕ってる!尊敬してる!みんなも、私も!なのに…」

 

「…」

 

「なのに…なんで私達の前から消えるなんて言うのよ!」

 

「っ!」

 

あのスキーが泣いてる。いや、泣かせたのはオレか。オレはバカ野郎じゃなく、クズ野郎だったわけか

 

「キースのことは俺も思うところがある。だがな、キースみたいな娘を増やさないためにもお前の力が必要だと俺は思う。ウマ娘にとっても、俺達トレーナーにとってもな」

 

「…」

 

「それにお前にはお前のことで泣いてくれる娘がいる」

 

「…だが、オレが看るからってケガ人が出ない保証はない」

 

「そんなん誰にもわからん。だが発症率は格段に下がるはずだ」

 

「買い被りすぎだ」

 

「自慢の弟だしな」

 

「こんなときだけ…」

 

オレは下を向きながら大粒の涙を流すスキーの元にゆっくりと近づき目の前で足を止める

 

「スキー、ありがとう」

 

「…戻ってきて、くれるの……?」

 

「あぁ。君のおかげだ」

 

「…抱きしめてはくれないのね」

 

「オレにそんな資格はまだない」

 

「そう。()()ね。なら、その資格を持ったときは1番最初に抱きしめてもらうから」

 

「それだとオレが何人もやることになるんだが…」

 

「私にはそうなる未来が見えてるわ」

 

「そうか…君には一生返せそうにない恩ができてしまったな」

 

「私と先生の仲じゃない。こんなの、正式なお付き合いか結婚でチャラにしてあげるわ」

 

「冗談キツいな…」

 

「冗談じゃないですからね。先生、スズカのところに行ってあげて」

 

「…」

 

今、オレはどんな顔してスズカに会っていいかわからなかった。ケガ人を出すことに怯え、逃げようとしたやつが会っていいのか

 

「今のスズカにはどんなものよりも先生が必要なのよ」

 

「…必要か」

 

「えぇ。本当はこのまま先生と駆け落ちしてもいいのだけれど、それじゃフェアじゃないしね。ちゃんと実力で奪い取るわ」

 

「そっか。兄貴、車借りるぞ」

 

「お、おぉ…」

 

「スキーも乗ってけ」

 

「やった。先生とドライブ」

 

「さっきまであんなに泣いてたのにな」

 

「先生のせいだし、そもそも泣き顔なんて先生にしか見せないわよ」

 

「はいはい」

 

「おい!」

 

「?」

 

「スズカを、頼むな」

 

「…あぁ」

 

オレはスキーを助手席に乗せて病院まで急いだ

 

「…あれ、俺は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病院に着いたのは面会時間ギリギリだった。スキーは待合室で待っているとのことなので1人でスズカの病室に向かった。そしてスズカの病室の前、オレはノックしようとしたが躊躇ってしまった。さっきの考えが再び脳裏をよぎった

 

『スズカにはあなたが必要なのよ』

 

「必要…こんなオレをか…?」

 

『スズカを、頼むな』

 

「…よし」

 

コンコン

 

「し、失礼するぞ…」

 

「せん…せい…」

 

スズカは驚きの表情を見せてから口元を手で隠して涙を流し始めた

 

「先生…あの、私…「すまなかった!」…」

 

スズカが何かを話し始める前にオレは頭を下げた

 

「先生、なんで…」

 

「オレは!君を放って逃げようとした!オレは最低な人間だ!」

 

「先生!私も先生の言うことを聞かずに…あげくケガまでしてしまって…すみませんでした!」

 

「許してもらえるとは思っていない。でも約束する!絶対君を完全復帰させてみせる!」

 

「っ!はい!」

 

言うことは言ってベッドの横にあった丸イスに座る

 

「先生…手を、貸してください」

 

「あ、あぁ…」

 

オレはスズカの言われるまま右手を差し出す。スズカはその手を自分の頰に持っていった

 

「よかった…もう、先生とは一生会えないかと思ってました…」

 

「…すまなかった」

 

「先生」

 

「ん?」

 

「私のリハビリ、看てもらえないでしょうか…」

 

「そうするつもりだ。まぁ病院の先生を説得しないとなんだけどな…」

 

「よかったです」

 

「まだ決まったわけじゃないが、一緒に頑張ろう」

 

「はい!」

 

それからすぐに面会終了の時間になり、待合室で待っていたスキーと一緒に帰った

 



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第17R

病院の先生に許可をもらってオレはスズカの復帰までの面倒を見させてもらえることになった。しかしだからと言って他の娘達の調整を蔑ろにするわけにもいかないので学園と病院を行ったり来たりする毎日を過ごしている

 

月末にはジャパンCがあり、ホントならスズカも出るはずだったが今回は断念。スズカとようやく一緒に走れると意気込んでいたスペシャルウィークさんも残念そうにしていたが、気持ちを切り替えてスズカの分も頑張ろうとしたらしい。しかし結果は3着。本人も相当悔しかったようだ

 

そして年も明け、スズカの方はようやくギブスが取れるようになり本格的にリハビリが始まるのだ。それとスズカに外出の許可がおりてスピカのメンバーで食事をするらしい。オレも誘われたのだが、その日はWDT(ウィンター・ドリーム・トロフィー)があってリギルのメンバーの調整とレース後のリギルのリギルによるリギルのためのパーティーに出席しなければならないと断ったらスピカのメンバー、特にスズカとダイワスカーレットさん、マックイーンに睨まれた

 

年も明けて少し日が経ち、雪降りが終わってもまだまだ肌寒さを感じざるおえないころ、スズカのリハビリがスタートした。始まったと言ってもいきなり立ち上がって歩くというわけではない。最初はゆっくり立ち上がりつつ直立するところから始まる。それから手すりを活用しながら歩行の練習。そして何も掴まないで歩行の練習とかなり時間がかかる。一般の人ならこれだけでいいのだがスズカの場合筋肉を元に戻す必要があるためそのトレーニングも含まれる

 

約3ヶ月、もう春が終わって夏になりつつある中スズカは頑張った。焦る気持ちを抑えつつよく言うことを聞いてくれた。本人の頑張りもあるだろうが周りにも助けられているだろう。毎日のように通いつめて心配してくれているスペシャルウィークさん。何度もお見舞いに来てくれたスピカのメンバー。そして学園の友達。きっと元気をもらったに違いない

 

まぁスズカの回復に比例してオレへのダメージは増していた。リハビリを手伝ってくれていた看護師さんと話していると後ろから刺されるような視線を浴びるし、倒れそうになるスズカを受け止めるとなぜかスズカは嬉しそうにするし、タイミング悪くその場面を見舞いに来たルドルフ達に見られお説教受けるし…

 

そんなこんなでリハビリを頑張ったスズカは自分の足で歩けるようになった。そして今度は走る練習に移りつつあった。今日は久しぶりにグラウンドでの並走トレーニングに入った。オレも付き添いと見学で見に来ている

 

何ヶ月ぶりかとなるスピカのみんなと一緒に走っているスズカの元にエアグルーヴさんが駆け寄った

 

「スズカ!もう走れるのか」

 

「エアグルーヴ先輩」

 

「レースにはいつ復帰できるんだ?」

 

「まだわかりません。ですが、必ず」

 

「そうか。早く戻ってこい。そしてまた宝塚記念みたいな熱いレースをしよう」

 

「はい」

 

「エアグルーヴ、そろそろ行くわよ」

 

後からマルゼンスキーも合流した

 

「すみません、思わず」

 

「スズカ〜、よかったじゃない。元チームメンバーとして復帰を心の底から待ってるからね」

 

「はい!」

 

「ま、先生が看てくれてるわけだし。復帰は時間の問題ね。先生と長い時間2人きりなんて羨ましい限りだわ〜」

 

「あはは…」

 

「でも〜…先生のことは渡さないからね…」

 

「っ!私も負けません!」

 

レースでもないのに2人の間ではすでに戦いがおっぱじめられているようだ。なんて会話が本人の耳に入るわけがなく、その様子を外から微笑ましく見守っているのだった

 

それからもスズカのケアは続けた。入念にチェックをして些細な変化でも見逃さないよう細心の注意を払った。久々に走ったが軽くだったので足に負担はなかった。それは喜ばしいことだ。だがオレにもスズカにも1つ気にかかることがあった。スペシャルウィークさんのことだ。朝練後、昼休み、午後練後、必ずスズカの様子を見にやってくる。スズカのことを気にしてくれることはありがたいのだが、自分のことはどうなってるのか心配だった

 

そしてそんなときにグラスから相談があると言われた

 

「そうか、スペシャルウィークさんが」

 

「はい。このごろスズカさんにかかりっきりでスペちゃん自身は大丈夫なのかなって…」

 

「あぁ…」

 

「私は今度宝塚記念でスペちゃんと走ります」

 

「知ってる」

 

「先生は、どう思ってますか…?」

 

「…今のままだと、スペシャルウィークさんは絶対に君には()()()()だろうな」

 

「私は、スペちゃんは最高のライバルだと思っています。私は!全力のスペちゃんと走りたいんです!」

 

「わかってる。グラスがこのレースを楽しみにしてることは。でも今のスペシャルウィークさんの頭の中にはスズカしかいない」

 

「…」

 

「まぁオレからもやんわり言ってみるが、できなかったらごめんな」

 

「…先生は、やっぱりお優しいですね」

 

「なんでそうなる。失敗前提の話だぞ」

 

「そのときは私がぶっちぎりで勝つだけです」

 

「さすがだな」

 

「先生が見てくれますから♪」

 

そのときドアが誰かにノックされた。それは学園の事務員さんがオレ宛の手紙を持ってきてくれたものだった

 

「誰からだ?エル?」

 

「あぁ。私にもエルから手紙もらいましたよ」

 

封を切って中を取り出して広げるとお世辞にもキレイとは言えない字で何やら手紙が書かれていた

 

 

 

『センセー!

 

大好きなセンセー成分が足りまセーン!

 

早くこっちに来てくだサイ!』

 

 

 

「…」

 

「…グラス?目が怖いぞ…?」

 

「先生…これはどういうことですか…?」

 

「い、いや〜…凱旋門賞の前の調整をリギルのトレーナーさんに頼まれてだな…」

 

「それで…?」

 

「承諾しないとエルが帰るって駄々こね始めたから、仕方なく…」

 

「…先生」

 

「はいっ!」

 

「次のレース…絶対勝ちますね…」

 

「は、はい…」

 

スペシャルウィークさん…宝塚記念、頑張ってな…それとごめんなさい…

 



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第18R

 

宝塚記念はグラスが2着のスペシャルウィークさんと5バ身ほど離して決着となった。聞くところによるとグラスはいろんな意味で異様なやる気に満ち溢れていたという。これはオレが悪いのか…?

 

レース前、スペシャルウィークさんに「君は何のために学園に来て、何のために走ってるんですか?」と聞いた。そしてら「スズカさんと走るためです!」と即答されそそくさと行ってしまった。スズカにかまけてオレの話なんか聞く耳持たずって感じだった。まぁでもスピカのトレーナーがなんとかするだろ。一応はトレーナーなんだし

 

「うっし、痛みはないな?」

 

「はい」

 

「ならもう大丈夫みたいだな」

 

「それって…」

 

「あぁ。遅くなってすまなかったが、これでようやく復帰できるぞ」

 

「そう、ですか…」

 

「どうした?気乗りしてないみたいだが」

 

「…先生、私ってチームにとって迷惑じゃないでしょうか」

 

「…なんでそう思う?」

 

「みんな私に合わせてくれて練習のペースが遅くなってるんです」

 

「そういうことか」

 

オレはスズカの前に立ってスズカの額に手を近づける

 

「こんのおバカ」

 

「あぅっ!」

 

そしてデコピンをくらわす

 

「迷惑かけてなんぼのチームだろ。誰かが困ってたらみんなで支える。支えられる方は違うもので返す。その繰り返しがチームでしょうが」

 

「でも…」

 

「でもじゃない。ならチーム全員に聞いてみろ、私いたら迷惑だよね?って」

 

「そんなの、みんな気を使って否定するに決まってます!」

 

「だろうな。でもそれは気を使ってるからじゃない。みんな本心で迷惑なんて思ってるわけないと思うぞ」

 

「先生…」

 

「チームに、特にあのトレーナーには大いに迷惑をかけろ。その代わりに誰かが困ってたら助けてやれ」

 

「…はい!」

 

まだ完全に不安が解消されたわけではないだろうがあとはスピカのトレーナーに任せるしかないな

 

そしてオレは海を飛び越えフランス、パリの地に降り立った

 

「あ、センセー!」

 

「おっと。ちょっと逞しくなったか?エル」

 

「ブゥ〜!ワタシは太ってなんていまセン!」

 

「そういうことじゃないさ。顔つきがな」

 

「エヘヘ〜。美人になりましたカ?」

 

「エルは最初から美人さんじゃないか」

 

「っ!」

 

「さっ、ホテルに案内頼むよ。英語ならともかくフランス語はさっぱりだ。ん?エル?」

 

「な、なんでもないデス!」

 

「お、おい!ちょっと待てよ!」

 

久々の出会い頭抱きついて来たと思いきや今度はスッと離れて走って行ってしまった。ホテルどっちだよ…

 

その後、戻ってきたエルと一緒に綺麗な街並みを見ながらホテルに向かった。さすがは「花の都」と呼ばれ世界一美しい街並みと言われているだけのことはあると実感した。日本とは違い道路も歩道も広いし多くの人で賑わっている

 

「センセー、美人に見とれちゃダメですヨ!」

 

「誤解を招くことを言うんじゃない。街並みを見てるだけだ」

 

「ならいいデス。今はワタシだけのセンセーですヨ!」

 

「だからそういう誤解を招く発言は…」

 

いつの間にかエルと手を繋ぎながら歩いている。まぁ逸れたりしたら面倒だしな。エルが

 

ホテルにチェックインしてすぐエルのトレーニングが始まった。オレはそれを見学し馴染みのない外の世界でエルがどんな風になってるか見させてもらった。そこから調整のプランを立てていった

 

「やっぱり慣れてない環境だから疲労がすごいな。ちゃんとストレッチしてたか?」

 

「ギクッ!」

 

「エルー…?出国する前に約束したよな?トレーニング後のストレッチは必ずしろよって」

 

「ハイ…」

 

「はぁ…横になんな」

 

「久しぶりのセンセーのマッサージデス!」

 

「現金な奴め…」

 

エルの部屋に行ってベッドにうつ伏せに寝かせまずは肩と背中にかけてほぐしていく

 

「日本にいたときに比べて少し硬くなってるぞ。何日サボった」

 

「サボってないデス!トレーニングがハードでシャワー浴びた後すぐに寝ちゃうんですヨ…」

 

「だったら朝にやるとかもあったろ」

 

「朝は寝てたいんデス!」

 

「威張って言うことじゃないだろ」

 

肩が少し硬くなっていた。これでは腕の振りも小さくなって走るスピードに影響が出る

 

「前より背筋はついたな」

 

「んっ…頑張り、マシタから…んぁっ!」

 

「わるい、痛かったか?」

 

「センセー…もっと…」

 

「よだれを拭きなさい」

 

エルは顔に出るからわかりやすいな〜

 

「次、足な」

 

「ふぁ〜い」

 

「う〜ん、ちょっと凝ってるかな」

 

「きゃんっ!センセー、そこはくすぐったいデス」

 

「少し我慢してくれ」

 

「ひゃん…ん〜…」

 

「よし、後は軽くやって終わりだな」

 

それから5分ほどして今日のところは終了した

 

「うっし、終わったぞ。あれま」

 

「すぅ…すぅ…」

 

「寝ちまったか」

 

途中から声が聞こえないと思ったら既に眠りの中に入ってたみたいだ。オレは布団をかけてエルのチャームポイントでもあるマスクを外してベッド横の机に置く

 

「頑張れよ」

 

最後にエルの頭を一撫でして自分の部屋に戻ってオレも就寝した

 

 

 

 

 

 

次の日の朝はエルの大声から始まった

 

「センセー!!!」

 

「おう、おはよう。よく眠れたか?」

 

「そんなことヨリ!昨日マスクを外したのって、センセーですカ!?」

 

「ん?そうだけど?」

 

「ッ〜〜〜〜〜〜!!!!!」

 

「ど、どうした!?」

 

「センセーに素顔を見られたデス!恥ずかしいヨ〜!」

 

自分の顔を手で隠して頭をブンブン振っているエル

 

「す、すまん!寝るときは外すものかとばかり…」

 

「確かに外しますケド!マスクなしの顔を見られるのは恥ずかしいんデス!しかもセンセーに…」

 

「えっと、その…か、カワイかったぞ…」

 

「っ!バカーーー!!!」

 

えー…

 

 



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第19R

 

フランスでエルと合流して次の日の日中はエルの練習を見学していた。そこには各国の競合ウマ娘と呼ばれる娘達がたくさんいた

 

「センセー!」

 

「ん?」

 

「コーチからデス!」

 

エルが自分の携帯の画面をこちらに向けた。そこにはリギルのトレーナーとルドルフもいた

 

「これはこれはお二人とも、こんにちは。あ、そちらの時間帯ではこんばんはですね」

 

「ふっどちらでもかまわんさ。エルのこと改めてありがとう」

 

「いえ、元はと言えばエルが駄々っ娘なのが原因でしょうから」

 

「あ!先生ひどいデス!」

 

「事実だろ」

 

『エル、先生に迷惑をかけていないだろうな』

 

「会長!私がセンセーに迷惑なんてかけるわけないデス!」

 

「言いつけを守らなかったのはどこの誰だっけ?」

 

「うぐっ!」

 

エルは指摘に対して顔をしかめる

 

『ところで、エルの状態はどうだ?』

 

「その辺はご心配なく。エル自身すごく努力していることが見受けられます」

 

『そうか。君がそういうなら問題はなさそうだな』

 

「はい。あとは体調管理ですが腹でも出して寝なければ大丈夫でしょう」

 

『ふふっ、エルならあり得そうだ。頼んだぞ?先生』

 

「あぁ任された」

 

「もぅ!センセーも会長もイジワルばっかり!」

 

プクーっと頬を膨らませるエル。こういうところも末っ子と評される所以なのかな。でもエルだけじゃかわいそうだな。ふむ...

 

「ところでルドルフ」

 

『ん?何だ先生』

 

「いつだかにあげたあの人参抱き枕がないとまだ眠れないのか?」

 

『なっ!』

 

その発言にいつも冷静な生徒会長様は驚きを隠せなかった

 

『先生!』

 

「センセー!その話詳しく教えてくだサイ!」

 

『ほぉ...ルドルフにもそのような一面があったとは』

 

『トレーナー!今はそんなもの使っていません!』

 

「そうか、もうあれは捨てられてしまったのか」

 

『そんなわけがないだろう!先生からもらった大切なものなのだ!今でもきちんと取って...はっ!』

 

「ははっ、そんなに喜んでもらえてるとはな。ありがとう」

 

「こんな取り乱す会長初めて見ました!会長かわいいデス!」

 

『いい話も聞けたところで我々はもう退散するとしよう。エルのことよろしく頼む。エル、頑張れよ』

 

「了解です」

 

「ありがとうございますコーチ!」

 

『いいかエル。先程のことは他言しないように。先生はこっちに戻って来たときは私の元へ来るように!』

 

「はいはい。おやすみ」

 

からかいすぎたか。まぁあんなルドルフ滅多に見られるものではないだろうし良しとしよう

 

その夜、今度はオレの携帯が鳴り画面には“兄”と表示されていた

 

「もしもし」

 

『あー俺だ。すまんなこんな時間に』

 

「まだ寝る前だったから大丈夫だ。珍しいじゃないか電話なんて」

 

『ちょっと相談がな』

 

「どうしたそんな覇気のない声で。確かスピカは今合宿で海に行ってるんじゃなかったか?」

 

『そうだがよく知ってるな』

 

「マックイーンから手紙でな」

 

『そうか。実はスズカとスペなんだが』

 

兄によるとスズカは怪我の再発が足枷となって前のように全力で走れないそうだ。そしてそんなスズカを心配するスペシャルウィークさんも練習に身が入っていないらしい

 

『どうしたらいいのか』

 

「それを考えるのがトレーナーとしての仕事じゃないのか?」

 

『わかってる。だが俺が考えつくのはどれも荒療治な方法ばかりだ。もしかしたらそれがトラウマになるんじゃないかと思ったらな』

 

「スズカの足は完全に治ってるしあとは気持ちの問題だ。自身でできないのなら他の人がやってやるしかない。それに、二人とも荒療治なことなんかで心折れることはないだろう。それはあんたが一番わかってるんじゃないのか?」

 

『...そうだな』

 

「それと、あんたの気持ちをそのままぶつけてみろよ。案外感化されるんじゃないのか?」

 

『そんなもんか?』

 

「心なんて些細なことに揺さぶられるもんだ。プラスのことにしろマイナスなことにしろな。頑張れよチームスピカのトレーナーさん」

 

『おう!ありがとな!』

 

通話はそこで終了した。まったく...こちとらどっかのチームに片寄ってのができないってのに

 

「さて、続き続き」

 

オレは携帯を机に置きオレ宛に届いた大量の手紙を開封していた

 

「スキー、グラス、ハヤヒデ、シャル。へーオグリが手紙なんて珍しいな。んでブライアンと、スキーまたかよ...グラスまで。はぁ...あいつらは何通送ってくるつもりだ?」

 

スキーに関しては手紙と一緒に婚姻届まで入っている。ちょっと恐怖すら感じるぞ

 

「シャルは相変わらず字が下手だなー。『センセー!!!』...内容を書け」

 

「オグリは『お腹減りました』いつも減ってんだろうが」

 

「ブライアンは、『先生がいなくて寂しい。鍛錬に身が入らない』か。こんな感じで他の娘の前でも素直になればいいのに」

 

とこんな感じで何十通も来ていた手紙を一つ一つ読んでいって返答が必要なもののみを送るための準備で夜は更けていった



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第20R

凱旋門賞はヨーロッパでの競バシーズンの終盤に開催され、その年のヨーロッパ各地の活躍バが一堂に会する中長距離のヨーロッパチャンピオン決定戦とされている。今、その最高峰のレースに日本の期待を背負ってこの大舞台に足を踏み入れようとしている

 

朝からオレとエルとの間に会話はなかった。エル自身集中でいつもの甘えてくるエルの雰囲気は皆無だった。その目はもう優勝の2文字しか入っていなかった

 

そして凱旋門賞でそんなエルの最大、もしかするとこれまで出てきたレース最大の強敵になる存在がいる。"ブロワイエ"。フランスレース界のトップを張るウマ娘。広幅のマントのついた、古式ゆかしき衛兵のような勝負服に身を包んだ風貌は一国のプリンスのようにも見えると容姿の人気も高い

 

この機会に少し彼女について調べてみた。その人気はさることながらそれに見合う実力は本物のようだ。オレは最初彼女は真剣勝負で相手を打ち負かす、そういうタイプに見えた。しかし本来の彼女は試合前に相手選手に挑発まがいなこと言うらしい。しかし実力があるため強者の余裕とも取れる。エルが変な挑発に乗ってないといいけど...

 

そしてお互い言葉を発さないまま迎えた凱旋門賞。エルが先行する形のスタートとなった。後続と3バ身ほど離したまま第4コーナーを回ってラストスパートをかけるエル。このまま前代未聞の優勝劇、とは行かなかった…後ろからエルとの距離を猛烈な勢いで縮めてきたのがブロワイエ。ゴール前にしてエルはブロワイエに捕まり、そして抜かれてしまった

 

「エル…」

 

多くの人が思っただろう、『やはりブロワイエか』と…でもオレが見たエルの顔は死んでいなかった。エルが諦めない限りオレもエルを信じる。手を強く握りしめ一瞬のまばたきも惜しんで観戦していた。一度抜かれたエルは懸命に巻き返し同着でオレの目の前を通り過ぎてゴールした。結果は写真判定。観客からはどっと歓声が上がりオレは掲示板を見つめていた

 

掲示板の一位の場所に出たのはブロワイエの数字。惜しくもエルは負けてしまった。優勝したブロワイエはエルに手を差し伸べエルがその手を取って握手した。ブロワイエの優勝とエルの大健闘、そして2人への賞賛に盛大な拍手が巻き起こった

 

 

 

 

 

 

ホテルに戻りクールダウンも含めたストレッチとマッサージをしている中、朝同様2人の間に言葉はなかった。それが終わると報告も兼ねて日本で応援してくれていたであろうメンバーに電話をするとのことなので一旦部屋を出る

 

少し時間をおいてから再びエルの部屋の前に立つとまだ電話中でその声は震え泣いているように聞こえた。電話が終わってドアをノックしてから部屋に入るとエルは涙を流していた

 

「センセー…」

 

「…」

 

ズボンを握りしめ悔しさを露わにしているエルはオレを見てさらに涙を流した

 

「エル…」

 

「ワタシ…頑張りマシタ…」

 

「あぁ…」

 

「途中まで…一位だったんデス…」

 

「あぁ…」

 

「もう少し…だったんデス…」

 

「観てたよ…」

 

エルはベッドから離れオレに抱きついてきた。それを受け止め頭を撫でる。少し勢いが強くて衝撃が痛かったのは秘密…

 

3分後…

 

「エヘヘ〜」

 

さっきまで泣いていたのが一変、だらしのない顔でスリスリしてくるエル

 

「センセーの匂いデ〜ス」

 

「あんま嗅ぐなよ」

 

「エヘヘ〜。いやデ〜ス」

 

まったくこの子は。前にスズカとレースした後もだったけど、なんでこんなにも切り替えが早いのか。いいことではあるんだろうけど…

 

「ほら、明日の夜には日本に帰るんだから用意しときな」

 

「そうデシタ!早く用意して明日は1日センセーとデートデス!」

 

「はいはい…街見るくらい付き合ってやるから」

 

「ムゥ〜…」

 

なにが気に入らなかったのかむくれるエルを引き離して自分の部屋に戻った

 

次の日はちゃんとエルの観光に付き合って学園のみんなへのお土産を買った。もちろんオレのポケットマネーで…

 

 

 

 

 

 

 

「到着デ〜ス!」

 

「やっぱ遠かったな〜」

 

「センセー!早く学園に帰りまショウ!」

 

「わかったからそう急かさないでくれ」

 

スーツケースが2個に大量のお土産。しかも早く早くと急かすエル。なら少し持ってくれ

 

空港を出ると既に学園の方からマイクロバスが到着していた。運転手の方も荷物を乗せるのに手伝ってくれた。エルは飛行機の中であんなに寝ていたのにも関わらずバスの中でも眠りについていた。オレはスマホでこれまでのレースの結果を見ていた

 

学園に到着すると、そこには「チームリギル」のトレーナーさんとメンバー全員が出迎えてくれていた

 

「エル!お帰りなさい!」

 

「あとちょっとのレースだったね」

 

「確かに惜しかったですけど2着は2着。次は1着取れるよう早速トレーニングデス!」

 

軽めの挨拶を終えてエルはグラウンドで見つけた「チームスピカ」の元へ行ってしまった

 

「君もご苦労だったな」

 

「いえ」

 

「せんせ〜」

 

「おっと」

 

リギルのトレーナーさんと話している中にスキーが飛び入り参加してきた

 

「どうした?」

 

「どうした?って、何日間か先生に会えてなかったのよ?先生成分がもうすっからかんよ〜」

 

「その先生成分ってのはなんなんだ…?」

 

「私にとって1番のやる気の源に決まってるでしょ〜」

 

「決まってるのか」

 

「マルゼンスキーさんだけズルいです!」

 

「そうだぞマルゼンスキー。それに先生は長旅で疲れているだろ」

 

「あらなに〜?グラスも会長もヤキモチ〜?なら2人も私みたいに先生に抱きつけばいいだけのことでしょ〜?」

 

「そそそ、そんなことこんな公の場でできるわけないだろ!」

 

「公の場じゃなければするってことね。会長も意外に大胆なのね」

 

「揚げ足をとるなあー!」

 

「きゃ〜」

 

スキーがルドルフをからかって怒ったルドルフがスキーを追いかけてグラウンドへ下りてしまった。するとグラスがゆっくりとオレに近づいてなにも言わずにオレの手を取って自分の頭に乗せた

 

「先生…」

 

「はいはい」

 

「ふふっ♡」

 

「あれ、止めに行かなくていいのか?」

 

「そうですね、行ってきます」

 

あれというのはスピカのスペシャルウィークさんと話すエルのことだ。明らかにスペシャルウィークさんのテンションが下がっている。おそらくエルが余計なことを言ってしまったんだろう。無意識なのがタチが悪いけどな。それを止めるべくグラスを出動させる

 

「センセー!お帰りなサーイ!」

 

「マルゼンスキーではないがやはり先生がいないとレース前に身が引き締まらないんだ」

 

グラスが離れていくとシャルとブライアンが近づいてきた

 

「君は相変わらずだな」

 

「よしてください」

 

その光景にリギルのトレーナーさんからからかわれてしまった

 



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第21R

休暇。それはいきなり学園側から強制的に取らされたもの。ついこの間エルのレースでパリに行ったときに何日間か空けてしまったため遠慮しようと思ったが、それも含めて仕事だったらしく休みを取らなすぎと叱られ半分で休みをもらった

 

そんな休暇をもらったオレだが久しぶりの1日休みでいつもなにをしていたか忘れてしまい、特になにもすることもなく家でぼーっとしている間にお昼が過ぎてしまった

 

「とりあえず散歩でも行くか」

 

このまま家にいるだけでもいいのだが、たまには外に出るのも悪くはないだろう。顔を洗って部屋着から外用の服に着替えて髪型を少しだけ整えて家を出た。持ち物は財布と家の鍵とスマホだけなので手ぶらも同然である

 

街中をぶらぶらしながら辿り着いたのは大型ショッピングモール。前からあったのは知ってたけど初めて来た

 

中に入って目の前にあったのは案内板。一応目を通したがこれといっても欲しいものはなかったのでここも気の向くままぶらぶらすることにした。そこでなんか口寂しくなったのでポケットに入っていた棒付きの飴を口に含んだ。ちなみにこの飴、常時3、4個は常備している

 

「あれ、先生か?」

 

「ん?おや、お二人さん」

 

何の宛てもなしに歩いているとナリタブライアン、ビワハヤヒデ姉妹がいた

 

「珍しいじゃないか、先生がこんなところにいるなんて」

 

「学園側から休みを取れと叱られしまって。家にいてもすることがないのでこうしてぶらついてるまでです」

 

「なるほどな。確かに先生が休んでいるところを見たことはなかったな」

 

「お二人もこんなところに、珍しいんじゃないですか?」

 

「あぁ。こうして二人で買い物に来るのも久しぶりだよ」

 

「ま、たまにはな。ところで先生」

 

「はい?」

 

「その飴、他にもあるなら一つもらえないだろうか」

 

「あぁ、構いませんよ。味はどれがいいですかね?」

 

「なら今日はこれをもらおうか」

 

「なら私はこれを」

 

「姉貴」

 

「なんだ、私もいいだろう?なぁ先生」

 

「えぇ、あまりはまだありますから」

 

「ふふっ、ということだがブライアン?」

 

「...まぁいいさ。私は()()()もらっているからな」

 

今日も二人はやり合っているな。普段から仲良いのに

 

「ところで二人は今日はどのような用件でここに?」

 

「先ほど言っただろう?ただの買い物さ」

 

「いつか姉貴と走るときが来ると思ってな。手の内を知り尽くしてる者に勝ってこそ真の強者だと私は思うんだ」

 

「同感だ。今から未来のために準備しておくのも悪くない」

 

「ふっ、相変わらず頭でっかちな言い回しだな」

 

「だ!誰の頭がでっかいって!?」

 

「ふっ」

 

「せ、先生!君まで笑うのか!」

 

「い、いや申し訳ない」

 

「先生本当のことを言っていいのだぞ?私はそんなこと言った覚えはないが姉貴自身自覚しているみたいだからな」

 

「ブライアン!」

 

「まぁまぁハヤヒデ。君の頭の大きさは至って平均だ。少し背が高いのとくせっ毛ので他の娘からそう見られてるだけかもしれない。妬みっていうのもあるんじゃないか?」

 

意味ありな目線でブライアンを見てみると焦ったように目を逸らした

 

「ん?何だ先生。何かあるのか?」

 

「いや、どうなんだろうな?ブライアン」

 

「さ、さぁな。ほら、買い物の続きをするぞ。またな先生」

 

「お、おい!ちょっと待て!」

 

二人とも仲がいいな

 

「先生!」

 

「おーダイワスカーレットにウォッカさん。こんにちは」

 

「おう先生!」

 

「先生!私の買い物に付き合ってください!」

 

「え、いやでも...」

 

「頼むよー先生。俺じゃもうコイツの相手無理ー」

 

「ほら行くわよ!」

 

「ちょっ!」

 

んな横暴なー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

急遽だがスズカの復帰レースが決まった

 

『先生!スズカの復帰レースが1ヶ月後に決まったぞ!』

 

といきなり保健室のドアを開けてゴールドシップさんが叫ぶ勢いで言い放ち、すぐに出ていきどこかへ走って行ってしまった。廊下は走るなという暇もなかった

 

「そうか。決まったか」

 

よかった。あとは調整さえしっかりすれば

 

「センセー!」

 

「おっと。こらこら入るときはノックするか声をかけましょうね」

 

「えへへ〜ごめんなさいデス♪」

 

謝ってる顔には見えんなー

 

「今ものすごい勢いでゴールドシップが駆けて行ったがなんかあったんですか?」

 

「おやエアグルーヴさん。きっと急ぎの用事があったのでしょう」

 

「センセー!なでなで止めちゃいやデース!」

 

「はいはい」

 

「ごろごろ〜♪」

 

猫か!

 

「二人は何かご用で?」

 

「私がな。そしたらタイキも行くと聞かなくてな」

 

「来ちゃいマシタ!」

 

「何か相談事ですか?ならタイキシャトルさん、一旦離れましょうね」

 

「ウ〜、仕方ありませんネ」

 

「ありがとう。それでエアグルーヴさん、相談とは?」

 

「いや、相談というか聞きたいことが」

 

「いいですよ。答えられることなら答えます」

 

「...スズカの足はどうなんでしょう」

 

「おや、心配だったんですか?」

 

「っ!ま、まぁ元とはいえチームメイトでしたから」

 

「Oh!これがジャパニーズツンデレってやつですね!」

 

「タイキ!」

 

「大丈夫ですよ。サイレンススズカさんの足は完璧に完治しています」

 

「そう、ですか」

 

「えぇ。あれから一年も経っているのでブランクだったり、怪我した娘なら特に気持ちの問題なども考えられますがそこはチームのトレーナーさんが何とかするでしょう」

 

「信じているんですね」

 

「まぁそれが仕事でしょう。自分としてはリギルのトレーナーさんのようにもっと立派になってほしいところですが」

 

「センセーがそんなこと言うなんて珍しいデス」

 

「おっと失言でしたね。どうか内密に、お願いしますね」

 

「ははっ、先生もそういうところがあるのだな。何だか安心したよ」

 

「自分はいたって普通の人間ですよ」

 

「では、そういうことにしておこうか」

 

「ワタシはどんなセンセーでも大好きです!♪」

 

「こらタイキ!先生に迷惑だろう!」

 

「エアグルーヴも先生に抱きつきたいデスカ?」

 

「そんなわけないだろう!」

 

「ははは...」

 

スズカ。みんなお前の復帰を待ち望んでいるぞ



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第22R

スズカの復帰レースを喜んだのも束の間、秋の天皇賞の開催ががすぐそこまでやってきていた。今回再起を目指すスペシャルウィークさんや北海道の札幌レースを制覇したセイウンスカイさんなどが参加する予定であり、オレも調整に念を入れた。もう絶対にスズカのような悲劇が起きないように手に力を入れる

 

そして秋の天皇賞当日。スピカのメンバーはスペシャルウィークさんの応援に会場に行っているのだが、スズカは学園に残り自主練習を行なっている。オレはそれを丘の上で見守りながら携帯で天皇賞の行く末を見させてもらうことにした

 

『盾の栄誉をかけて秋の天皇賞、今スタートしました』

 

天皇賞のスタートと同時に時計をチラッと見たスズカもスピードを上げた

 

『スペシャルウィークは後方から。どこで仕掛けるのか』

 

『4コーナーを回った。今だ後方、大丈夫なのかスペシャルウィーク!勝負は最後の坂へ!一気に上がってくる!』

 

そしてスペシャルウィークさんがここで追い上げてきた

 

『負けじとセイウンスカイ追い上げる!ここから巻き返すことができるか!しかしスペシャルウィーク上がっていく!』

 

半バ身ほど前を行くスペシャルウィークさんに離されまいとついていくセイウンスカイさん。前を行くキングヘイローさん、そしてトップ集団との距離をじわりじわりと詰めていった。そして...

 

『スペシャルウィーク!堂々の一着!』

 

『スペシャルウィーク!新たなレコードを樹立!次のジャパンカップにも大きな期待がかかります!』

 

「スペシャルウィークさん、勝ったみたいだぞスズカ」

 

「そのようですね」

 

走り終えたスズカはオレの隣に腰を下ろした

 

「あんま驚かないんだな」

 

「信じてましたから」

 

「そうか」

 

仲間でありライバルでもある。そんな関係が出来上がってるのかな、この二人には

 

「そういえば人気者みたいだなスズカ」

 

「?」

 

「学園内スズカのことで持ちきりじゃないか」

 

「そうですね」

 

「なんだ?嬉しくないのか?」

 

「そんなことないです。でもちょっと恥ずかしくて」

 

「羨ましい悩みじゃないか」

 

「む、先生にだけは言われたくないです」

 

「どういうことだ?」

 

「人気、という点では先生の方がそうじゃないんですか?」

 

「そんなことあるわけないじゃないか」

 

「はぁ...先生の無自覚さはもう罪を越して大罪ですね」

 

「おっと無期懲役ってか?」

 

「そうですね。いっそ厩舎にでも監禁しましょうか」

 

「おいおい冗談はよしてくれ」

 

「ふふっ」

 

まったく冗談きついぜ

 

「足の具合はどうだ?」

 

「はい、もう大丈夫です。違和感はもちろん気持ちでも」

 

「そうか」

 

「先生のおかげです」

 

「今回に関してはオレじゃなくてスズカのトレーナーの方だろ?」

 

「確かにトレーナーさんのおかげで吹っ切れたのは事実です。ですが根本は先生って思ってます」

 

「そうか。んじゃそれは復帰レースの結果で見せてくれよ」

 

「っ!はい!」

 

「そうは言っても気合入れすぎないようにな。トレーニングに身を入れすぎてアフターケアを忘れないように。あと食事と体調管理な」

 

「わかってます。トレセン学園に来てから何度も先生から言われてきてるんですから」

 

「そうだったか?」

 

「そうです」

 

スズカは一度おれに笑顔を向けこちら側に体を預けようとしてきたのでオレは立ち上がるとスズカはそのままポテっと地面に倒れた。オレはしてやったりとした顔を見せるとスズカはプクッと頬を膨らませこちらを見上げた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スズカの復帰レース。オレはいつも通り学園で観戦しようと思っていたところ、とある人に呼ばれて会場に足を運んだ。事前に話が通っていたのか関係者専用の札を係員から渡され奥への部屋に通された

 

「やぁ、久しぶり」

 

「お久しぶりです。今日はまたどうして」

 

「サイレンススズカの復帰戦。せっかくなら君と観戦したくてね」

 

「そうですか」

 

オレはその男性と再会の握手を交わし隣同士の席に座った

 

「レースが始まる前に彼女の一ファンとして感謝するよ。あの娘を助けてくれて本当にありがとう」

 

「よしてください。自分がもっとしっかりしていればスズカをあんな目に遭わすこともなかったんですから」

 

「それでも起こってしまうことはあるさ。君はそんな絶望に追いやられたサイレンススズカをレースに戻って来させてくれた」

 

「自分の力ではないです。頑張ったスズカとトレーナー、それとチームや他の友達のおかげかと」

 

「君の過小評価は相変わらずのようだね。ま、君の言った中に君自身も入ると思っている人がいるって思ってくれればいいさ」

 

「はい」

 

「僕も去年のあの日はショックでやけ酒してね、人生で初めて潰れたよ」

 

「あなたのような方でもそんなときがあるんですね」

 

「僕だって人さ。お、彼女が出てきたみたいだな」

 

レース場の出入り口に目をやるとスズカがものすごい歓声で出迎えられていた

 

「みんな彼女を待ち望んでいたからね」

 

「はい。自分もその一人です」

 

「僕だってそうさ。彼女は君がここにいることは知っているのかい?」

 

「いえ、急遽のお呼ばれでしたので自分がここにいることは誰も知らないはずです」

 

「そうか。最後に何か声はかけたのかな?」

 

「まぁ三つだけ」

 

「ほぉ。ちなみになんと伝えたんだい?」

 

「“スズカはもう大丈夫”“君を待っていた人達が大勢いる”“レースを楽しんでこい”とだけ」

 

「君らしいね。それは彼女にとって何よりの言葉だったんじゃないのかな」

 

「だといいですね」

 

『あの日の沈黙を破りサイレンススズカが今ゲートに入ります』

 

一年ぶりのレース。一着を願うもの、怪我を心配する者、無事に走り切って欲しいと願う者。いろんな思いが蔓延る中オレも背筋を正してレースを見守る

 

『本日のメインレース今スタートしました。あとサイレンススズカ出遅れた!最後方からのスタート。サンバイザーはいい位置と言えます』

 

「彼女は、最近調子がいいと言われている」

 

「そのようです」

 

『サンバイザーいい走りだ。今回二番人気だが実力は本物。サイレンススズカ最後方で苦しそうだ。やはりあの怪我は大きかったか抜け出せません』

 

『サイレンススズカこれはいつもとは違う展開。ここまで後方だと苦しいですね』

 

「どう見ますか?」

 

「うーん単に調子が出ていないのか様子を見ているのか。まだわからないね」

 

『サイレンススズカ尚も最後方。苦しい、苦しい走りです』

 

もうダメか...やっぱり怪我が...ここまでのレース展開にそう思ってる人も少なくないかもしれない。でもオレは

 

「そろそろかな」

 

「え?」

 

『このすごい声援の中サイレンススズカが追い上げてきた。眠れるサイレンススズカが目を覚ました!一つ、また一つと順位を上げていくサイレンススズカ!』

 

『走ってスズカ!』

 

最後のコーナーを曲がったところでスズカのスピードが急加速。どんどんと追い抜き更には先頭のサンバイザーに迫った

 

『何ということでしょう!あのサイレンススズカが全ての選手を抜き去りトップに立ちました!信じられません!さらに加速しました!サイレンススズカトップを独走!』

 

戻ってきた。いやさらに力をつけたサイレンススズカが帰ってきた

 

『一着はサイレンススズカ!奇跡の大復活を遂げましたサイレンススズカ!終わってみれば圧倒的な勝利でした。タイレコードで完全勝利!』

 

『走りもそうですが精神面の強さに驚きました。本当に素晴らしい復活劇です!』

 

アナウンサー実況を含め会場の全員がスズカの勝利を祝福

 

「おかえり」

 

「君はわかっていたのかな?」

 

「そんなことありません。ただ練習よりもペースが遅かったなって思っただけです」

 

「そうか。よく見てるんだね」

 

「それが自分の仕事ですから」

 

「兎にも角にもサイレンススズカの復活。こんなに嬉しいことはない」

 

「そうですね。自分もそう思います」

 

「君...」

 

オレはもう今どんな顔をしてるかわからん

 

「今日は来てくれてありがとう。今度は今日のことを祝して一杯やりたいものだね」

 

「ぜひ。こちらこそ呼んでいただいてありがとうございました。豊さん」

 



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第23R

スズカの復帰レースが終わってオレは次の日にジャパンカップを控えたスペシャルウィークさんの最後の調整をするため学園に戻った

 

「失礼します」

 

「どうぞ」

 

スペシャルウィークさんはいつも通りのジャージ姿でやってきたが、その顔は険しいものとなっていた

 

「どうかされましたか?」

 

「さっきニュース見ました。そこでブロワイエがインタビューされてたんです」

 

「あーあれですね。自分も見ました。何やら挑発的なことを言っていましたね」

 

「はい」

 

会話しながらもスペシャルウィークさんをベッドに寝かせる

 

「では始めますね」

 

「お願いします!」

 

「それで、ブロワイエの言葉はどう響きましたか?」

 

「すごい自信だなって...」

 

「そうですね。彼女にはその自信を裏付けるだけの実力と戦績がありますが」

 

それを聞いたスペシャルウィークさんは少し黙る

 

「ですが」

 

「はい?」

 

「自信とはいつしか慢心や驕りとなり足を掬われる時もあります。それは君達ウマ娘に限らす自分達人間も然りです」

 

「そうですか」

 

「ちょっと強くします」

 

「うぐっ!」

 

「さてスペシャルウィークさんに質問です。あなたの夢は何ですか?」

 

「それは、日本一のウマ娘になることです!お母ちゃんとも約束したんです!」

 

「それはいい夢だ。ならば明日のジャパンカップ、ブロワイエはその一通過点です」

 

「っ!」

 

「それにこの学園にも世界にも他には強いウマ娘はたくさんいます。加えてあなたには一緒に走りたい方がいるのは?」

 

「スズカさん...」

 

「たとえ明日負けたとしてもサイレンススズカさんと走れる機会はいずれ訪れるかもしれせん。でもサイレンススズカさんは世界でも屈指のブロワイエを倒したあなたとそうでないあなた、どちらと一緒にレースをしたいですかね?」

 

「...先生。明日のレース、絶対勝ちたいです!」

 

「その意気です。しかし間違えてはいけません。明日はサイレンススズカさん、あなたの夢を応援してくれるお母様、応援してくれる全員の想いを含めたあなた自身のためということを忘れないように」

 

「はい!」

 

「よろしい。ではそんなスペシャルウィークさんの後押しをするべく自分も念入りにしなければいけません、ねっ!」

 

「うひゃっ!」

 

少し強めに指圧すると変な声が聞こえた

 

「以前のように無理なトレーニングは抑えたみたいですね」

 

「はい。トレーナーさんから無理矢理に休養を取らされました」

 

「当然ですね。もし今回も以前なようなことがあれば明日のレースを欠場させていたところです」

 

「そんな!」

 

「心配しないでもしもの話です。今回はいい具合に出来上がってますよ。これならば明日は全力以上のものが出せるかもしれませんね」

 

「本当ですか!?」

 

「えぇ。本来であれば全員常時その状態に持っていくことが自分の仕事なのですがね」

 

「それができたら先生の手はゴッドハンドですね!」

 

「ははっ、ぜひそうなりたいものですね」

 

それから入念に状態を確認し調整を終了した。話も弾んだのでいい具合にリラックスできたのではないかと思う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

来たるジャパンカップにはブロワイエ効果なのかわからないが満席状態プラス立ち見もいっぱいという程のお客さんが来ていた。その中ではやはりブロワイエか、いや日本を代表するスペシャルウィークに勝ってほしいなどほぼほぼこの二つの意見で割れていた

 

会場にはスペシャルウィークを応援すべくチームスピカの面々はもちろんのことブロワイエを生で見る意味も含めてチームリギルや他の学園の生徒も多数来ていた

 

チームリギルではヒシアマゾンやナリタブライアンがブロワイエに対して対抗心を燃やしていた

 

「スペちゃーん!」

 

「彼女には私達の代表として頑張ってもらいたいが」

 

「思わぬところで負けることもあるからな」

 

「大丈夫よ」

 

「マルゼンスキー」

 

「昨日は先生が念入りに調整したって聞いたし、勝つかと言われるとわからないけどいい勝負にはなると思うわ」

 

「そうだな。先生の後押しもあって粉骨砕身頑張ってほしいね」

 

「全員!絶対に目を離さないように!」

 

『さぁ!ジャパンカップに出走するウマ娘が全員揃いました!やはりブロワイエの存在感は圧倒的ですね』

 

『そうですね。ここまでほぼ負けなし。凱旋門賞ではあのエルコンドルパサー を打ち破ったウマ娘ですからね』

 

『ずばり、ブロワイエの強さとは何でしょう?』

 

『彼女の強さ、それはずばり抜群のレースセンスです!シナリオ良しの完璧なウマ娘です!』

 

『スペシャルウィークにも頑張ってほしいものです!』

 

会場はすでに大熱気に包まれている。全員今か今かとレースのスタートを待ちかねているようだ。そんな先でブロワイエとスペシャルウィークが握手を交わしたことにより大きな盛り上がりとなった

 

♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

スタートのファンファーレが鳴り響き出走ウマ娘達がゲートに入る

 

『ジャパンカップいよいよスタートです!』

 

スタートの合図と共にゲートが開き一斉に飛び出した

 

『今スタートしました。スペシャルウィークとブロワイエは後方から追尾します!』

 

ブロワイエは明らかにスペシャルウィークを狙った位置。それは凱旋門賞でのエルコンドルパサーと対戦したときのようだった

 

『各ウマ娘第一コーナーを曲がる。そして1000mを一分で通過、平均ペース!』

 

『さぁどこで仕掛けるか』

 

『日本の総大将スペシャルウィークはここにいます!その後ろにブロワイエ!』

 

もうすぐ向こう表面に入るもまだ動きは見せず

 

『スペシャルウィークもブロワイエも後方から追い上げ体制』

 

しかし第二コーナーを曲がった当たりでようやく動いた

 

『さぁ動いた!スペシャルウィークが行ったー!その後ろからブロワイエも上がっていく!』

 

前を行くスペシャルウィークが他の選手を抜けばブロワイエも追いかけるように抜いていく

 

『第三コーナーを抜けて第四コーナーへ!大外からスペシャルウィーク!しかしさらに外からブロワイエが来たー!!!』

 

ブロワイエがスペシャルウィークを差そうとスピードを上げる。しかしスペシャルウィークとの間は詰まらない。そこからブロワイエの顔つきが変わる

 

『第四コーナーを抜ける!スペシャルウィーク落ちない!さらに伸びる!』

 

会場の興奮は一気に高まり応援にも一層力が入った

 

『スペシャルウィーク一位に躍り出たー!ブロワイエがスペシャルウィークを捉えるか!』

 

「行けーっ!」

 

「行けー!」

 

「いっけー!」

 

「行け」

 

「「「「「行けー!!!」」」」」

 

「行けー!スペー!!」

 

いろんな者の応援が響く中じわりじわりと少しずつではあるがスペシャルウィークとブロワイエの距離が縮まっていく。辛い、足が重い、限界。しかし...

 

「スペちゃーん!!!」

 

最後に届いたのはやはりサイレンススズカの声。それが届いたのか最後にさらにスピードを上げたスペシャルウィークが堂々の一位でゴールインした

 

『やってくれましたスペシャルウィーク!!!』

 

全員の想いを背負っての一着。日本の総大将が激戦を勝ち取った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ジャパンカップを制した次の目標は何ですか?』

 

『目標?えっと...これからも応援してくれるみんなの夢を背負えるような、そして私を応援してくれる人に夢を見せれるようなそんなウマ娘になることです!』

 

携帯越しにその言葉を聞いたオレはそっと画面から顔を上げて目を瞑った

 

「ですってよ。聞こえてますか?サンデーサイレンスさん」

 

娘さんの今後も今後も見守ってあげてください

 



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第24R &第24.5R(上)

日本中が歓喜に湧いたであろうジャパンカップ。日本の総大将たるスペシャルウィークが最強ウマ娘とも呼ばれたブロワイエを倒したあのレース。人々の記憶からなくなることはないであろう

 

そのレースの直後には有マ記念がありスペシャルウィークとグラスワンダーが激突。一着の判定はその二人の写真判定までもつれ最後にはグラスワンダーが勝利となった。その日の夕方、学園では一人の教師がとあるウマ娘に勢いよく抱きつかれバランスを崩し、机の脚に頭をぶつけて意識を失ったとか...

 

あの感動から三年、ついにスピカのメンバーが全員出走するという夢だったレース、ドリームトロフィーの開催が決まったのである。しかしこの三年、いいこともあれば当然よくないこともあった

 

チームスピカはスペシャルウィークのあのレースに感化されたのか絶好調であった。しかしそんなイケイケ状態の中GⅠを4戦4勝で皐月賞と日本ダービーを勝利し、無敗の二冠を達成したトウカイテイオーがダービー後に怪我が発見。菊花賞を制して新たな三冠ウマ娘になることを期待されていたものの休養を余儀なくされてしまう

 

本人も憧れであるシンボリルドルフと同じ無敗の三冠ウマ娘を目指していたこともあり落ち込んでしまう。そこから心の治療に時間はかかったものの大きな怪我を経験したサイレンススズカや憧れのシンボリルドルフの励ましと先生の手厚い治療と調整により一年近い休養から復帰。復帰戦となった有馬記念には着々と調子を上げてきていたビワハヤヒデやウイニングチケットなどを押さえて堂々の一位。アナウンサーも『奇跡の復活!』と叫んだのも記憶に新しい

 

他にチームスピカ内で言うと、ウオッカとダイワスカーレットのライバル対決はいつも白熱し未だに決着する気配はない

 

メジロ家の御令嬢、メジロマックイーンは春の天皇賞を連覇。自慢の長距離では敵なしの様子

 

ゴールドシップは得意のラストスパートを駆使し宝塚記念を連覇。凱旋門賞にも出走はしたものの実力が発揮されず無念の十四位。しかしそんなゴールドシップでも人気の上昇が止まらないようだ

 

そしてサイレンススズカは見事GⅠを制覇しアメリカへ遠征に出た。最初は不安だったもののアメリカではサイレンススズカの得意な中距離路線のレースが多く試行されていたのが功をそうし想定していたよりもいい結果を残せていた。しかしそれには時々サイレンススズカの元を訪れたとある人物も深く関わっているとか...

 

さて、そんな三年の時を超えて今日はドリームトロフィーに出走するウマ娘や関係者が集まったパーティーが催れている。今日レースの枠番も発表される

 

「もぅ、なんで先生来ないのよ〜」

 

「そうぼやくなマルゼンスキー」

 

「仕方ないだろう。先生はあまりテレビとか雑誌の取材とかが好きではないのはお前でも知っているだろう」

 

「それは知ってるけど〜。せっかく綺麗な衣装着たのに」

 

先生がいないとぼやくマルゼンスキーをナリタブライアンとビワハヤヒデの姉妹が宥めていた

 

「おい、食べ過ぎじゃないか?」

 

「それは私でなく、あいつに言うべきことじゃないのか?」

 

「ん?どうかしたのか?」

 

「まったく...また先生に注意されるぞ」

 

「うっ!」

 

エアグルーヴに注意するフジキセキであったがオグリキャップの量は次元が違っていた。先生のことを出されたオグリキャップは顔を顰めながらも人参をトレーに戻すのであった。でも山盛りの中から一本だけだが...

 

そしていよいよレースの出走枠の番号決めが実施されその結果に場内は盛り上がった

 

 

【挿絵表示】

 

 

スタートから一番に出やすい一枠一番にサイレンススズカであったりスペシャルウィークがあのジャパンカップを制したときと同じ七枠十三番に入ったりと盛り上がりどころがたくさんであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドリームカップが始まるまでの3日の間にオレは出走する予定の娘達の調整を行うようになった

 

ー初日ー

 

<ビワハヤヒデ>

「まさか私が一番最初になるとはな」

 

「それは仕方ないじゃないですか」

 

「まぁくじ引きの結果であるからな。甘んじて受け入れよう」

 

「そこまでですか」

 

「んっ、しかしやはりこれはいいものだな」

 

「それはよかった。ちなみに戦略考えすぎて寝不足になってたりしませんよね?」

 

「ふっ当たり前だ。先生からの言いつけはしっかりと守っているさ」

 

「ならいいです」

 

昔ハヤヒデはレースの戦略や他の選手の分析をしすぎて寝不足で登校したことがあった。そのときはブライアンと一緒に叱ったものだ

 

「先生、こっちもお願いしてもいいか?あと、その口調も止めてほしい。何だか寂しいんだ」

 

「そっか。櫛?毛繕いか?構わんが風呂はこれからじゃないのか?」

 

「心配するな。先生なら承諾してくれると思い既に済ませている」

 

「さすがだな」

 

オレはハヤヒデから櫛を受け取りベッドに座らせ後ろに周り梳いていく

 

「知ってるか先生。これもみんな人気なのだぞ?」

 

「そうなんか?ゴールドシチーの方が上手いと思うんだが」

 

「あいつは散髪が上手いのであってこっち方面はやらないんだ」

 

「あー納得。ま、下手と言われるよりはいっか」

 

「これからもよろしく頼むぞ?先生♡」

 

「時間があれば、だな」

 

<トウカイテイオー>

「先生!くすぐったい!」

 

「あなたは未だになれませんね。我慢してください」

 

「そんなこと言ったって〜」

 

「そんなんじゃ尊敬する生徒会長のようにはなれませんよ?」

 

「む〜、先生はいつも会長のこと言えばいいって思ってない?」

 

「おやバレてましたか」

 

「やっぱりそうなんだ!まったく!会長のこと出せばボクが何でもするわけじゃないんだからね」

 

「そうですね。失礼しました」

 

でもよく戻ってきたな、テイオー

 

「ねぇ先生」

 

「はい?」

 

「いつもみたいに呼んでよ。敬語もいらないし」

 

「別にいいが、そんなにテイオーって呼ばれたかったのか?」

 

「なっ!別にそんなんじゃないよ!」

 

「照れるなテイオー。テイオーほら、いくらでも呼んでやるぞテイオー」

 

「やめろぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

<シンボリルドルフ>

「先生、あまりテイオーをいじめないでくれ」

 

「そんなつもりじゃなかったんだけどな。反応が良くてついな」

 

「それはわからんでもないが」

 

ルドルフはテイオーを擁護してはいるがその顔は少し羨ましいと言いたげな表情を出していた。だからなのか入りざまにに「口調はいつも通りで頼む」と

 

「さすがに緊張はしてなさそうだな」

 

「まぁ何度も出走しているからな」

 

「そうだな。ルドルフ的に注目はやっぱりテイオーか?」

 

「それはあるが全員注目している。しかしそれよりも皆と一緒に走れることが嬉しいのだ」

 

「それ皆には伝えてるのか?」

 

「そんなわけないだろう」

 

「ルドルフも素直じゃないよな」

 

「別にわざわざ伝えることもなかろう」

 

「全員喜ぶと思うけどな。特にテイオーは」

 

「...先生」

 

「わかってる。勝手に言ったりしないよ」

 

「やはり先生だけだな、こうして自分に素直に話せるのは」

 

「同室のフジキセキとかにもダメなのか?」

 

「そうだな。友人として話せなくもないが、やはり先生にほどではないんだ」

 

「そうか。抱え込むのはよくないからな」

 

「承知している。その度にここに来て話を聞いてもらっているからな」

 

「まぁそれも仕事だからな」

 

「こらからも頼りにしているぞ♡」

 

「善処しよう」

 

<グラスワンダー>

「先生♡」

 

「何ですか?」

 

「むぅ、先生はイジワルです...」

 

「...なんだグラス」

 

「ふふっ何でもありません♡」

 

「じゃあ呼ぶな」

 

「それはできません」

 

「何でだ」

 

「先生呼べば絶対に反応してくれるじゃないですか♡」

 

「そりゃな」

 

「だから無理です。んっ...」

 

グラスの調整始めて何回呼ばれたかな、はぁ...

 

「先生♡」

 

「...」

 

「?先生」

 

「...」

 

「せ、先生...」

 

「...」

 

「...」

 

「...」

 

ちょっと反応しないでみるとグラスの耳と尻尾がシュンってしまった

 

「まったく。何でそんな上がり下がりが激しいんだよ」

 

「だって...」

 

「はい、とりあえず終わったから座りな」

 

「はい...」

 

グラスはベッドに座りなおすも変わらずシュンっとしてしまっている

 

「はぁ、悪かったよ」

 

「あっ」

 

そんなグラスの頭に手を置くとこちらを見上げ耳はピンとなり尻尾はゆっくりと左右に揺れだした

 

「でも何の用もなく呼ばれる身にもなってほしいな」

 

「はい♪すみません♡」

 

「謝ってるような顔じゃないんだよなー」

 

<スペシャルウィーク>

「先生!やっとスズカさんと一緒に走れます!」

 

「そうですね。頑張ってください」

 

「はい!それにスピカのみんなとも走れるんです!」

 

「あなたのトレーナーから散々聞かされました」

 

「そうだったんですね」

 

「えぇ。発表があったその日にリギルのトレーナーさんも一緒に三人でご飯に行きましてね。酔っ払った勢いで何度もその話をされました」

 

「あはは...」

 

あんときはマジでめんどくさかったなー。今度何か奢らせよう。あ、あの人金欠なんだった

 

「まぁそれほど嬉しかったんでしょう。スピカのトレーナーとしてもあの人自身としても」

 

「はい。前、合宿に行ったときに言ってました。スピカの全員が走るレースが見たいって」

 

「あの人から離れていった娘も多かったですからね」

 

「そうですか」

 

「ま、この先は本人から聞いた方がいいですね。自分からは楽しんできてくださいということだけですね」

 

「はい!」

 

<サイレンススズカ>

「先生」

 

「ん?」

 

「スペちゃんはなんて言ってましたか?んっ!」

 

「すまん、痛かったか?」

 

「だ、大丈夫です」

 

「そうか。スズカと走れるのが楽しみだって言ってたよ、スペシャルウィークさん」

 

「そうですか。はんっ!」

 

「おい、変な声を出すな」

 

「だ、だって。気持ちいいので...」

 

テイオーもそうだがスズカも全然慣れないな、これ

 

「アメリカはどうだった?」

 

「はい、いい経験ができました。でも芝コースはこっちの方が走りやすいです」

 

「向こうは芝レースにあまり重きを置いてないそうだからな」

 

「はい。ひゃっ!」

 

「ということは向こうのウマ娘達は芝よりもダート用に調整しているのだろうか」

 

「せ、先生...そこは、ひゃうっ!」

 

「でもそれだと偏りが出てしまうし」

 

「せ、んせい...もぅ...私...」

 

「オレもまた留学していろんな場所に行ってみるべきかな」

 

「先生!」

 

「ん?どうしたスズ、カぁぁぁぁぁ!!?」

 

「はぁ...はぁ...はぁ...」

 

「うわぁすまん!考え事してしまった!だ、大丈夫か...」

 

「先生...」

 

「はい!」

 

「こんなことされて私、もう...」

 

「す、すまん...」

 

「なので責任、取ってくださいね♡」

 

や、ヤベェ...

 



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第24.5R(中)

 

ー二日目ー

 

<ゴールドシップ>

「うーん」

 

「さてさてどうしますか?」

 

「ここだっ!」

 

「ふっそうくると思ってましたよ。はい、これで詰みですね」

 

「んなっ!だぁー勝てねぇー!」

 

ゴールドシップさんの調整は早めに終わりそれから二人でひたすら将棋と花札を繰り返していた

 

「先生強えな!」

 

「それほどでも」

 

「トレーナーは弱すぎてよ。でも先生は強すぎだな!」

 

「あの人は頭を使うの苦手でしたからね。将棋やチェスは向かなかったようです」

 

「あいつリバーシも弱いぞ」

 

「あれま。何か一つぐらい取り柄があってもいいのですがね」

 

「だからトレーナーやってるんかな」

 

「かもしれませんね。ゴールドシップさん」

 

「ん?何だ先生?」

 

「スピカを抜けないで、兄を見捨てないでくれて本当にありがとうございました」

 

「おいおい先生がそんなこと言う必要はないぜ。人生楽しくなきゃ意味がないからな。その分スピカは楽しくなりそうだったんだ。それだけだよ」

 

「そうですか。それで、今は楽しいですか?」

 

「最高だよ!」

 

「それはよかった」

 

「うっし、今度は花札だな」

 

「あと一戦くらいはできるかもですね」

 

<オグリキャップ>

グルルルルルル〜

今日もオグリの腹は鳴りっぱなしであった

 

「お腹が」

 

「ダメですよ。夕食はもう済ませたでしょう。ただでさえ普段から想定以上のカロリーを摂取しているんですから、レース後まで我慢です」

 

「先生は鬼だ」

 

「自分は人間なので安心していいですよ」

 

「ならばご飯を」

 

「しつこいですよ。このくだりもう四度目です」

 

「むむむ...」

 

オグリは大食らいで有名で暇があれば食堂にいる。なので学園で一番探しやすいウマ娘だと言われている

 

しかし今回のドリームカップでリギルとスピカ以外から選ばれたのはオグリのみであるためその実力は本物である

 

「ちょっとだけなら」

 

「水なら許可します」

 

「くっ...」

 

「あんなに食べたものは一体どこに行くのやら」

 

「ちゃんと消化して栄養となっている」

 

「それはそれですごいことですが、体重が増えないのがすごいと学園の七不思議の一つとなっているとも聞いたことがありますよ」

 

「そうか。残念ながら私自身もわからない」

 

この娘は腹の中でブラックホールでも飼っているのか、ってくらいよく食べる

 

「先生。今度のレース、勝ってみせる」

 

「お、いつにも増してやる気ですね」

 

「だから、私が勝ったらご飯を作ってくれ」

 

「結局そこかい」

 

<メジロマックイーン>

「先生、ご機嫌よう」

 

「いらっしゃいませお嬢様」

 

「あら、先生もようやく(わたくし)に適応されたのですね」

 

「そりゃあれだけ練習させられれば嫌でもこうなりますよ」

 

「ふふっ、そのような弱音を吐かないのができる殿方ですことよ?」

 

「それはそれは。まだまだ道は長そうですね」

 

「よろしければ私の実家で手取り足取りお教えしましょうか?」

 

「仕事がありますからね、今回はご遠慮します」

 

「あらそれは残念。私はいつでも歓迎致しますわよ」

 

最近マックイーンからの勧誘がすごい。まぁまだ当分はこの仕事を続けるつもりだから断ってるけど

 

「ではベッドに寝てください」

 

「よろしくお願いします。それと口調もいつも通りで構いませんよ」

 

「自分としてはこの話し方が普段通り何ですが?」

 

「ではそちらでない方で」

 

「まったく。こっちは仕事として立場てものがな」

 

「私はそっちの方がいいです」

 

「わかったよ。そういえばこの前ドーベルとライアンが一緒に来たよ。マックイーンの自慢話ばかりされたがな」

 

「なっ!あの二人余計なことは言ってませんわよね!?」

 

「んーどれが余計な話に当てはまるのかわからんが大丈夫だと思うぞ」

 

「そうですか」

 

「二人ともマックイーンの天皇賞連覇を自分のことの様に嬉しがっていたからな。いい関係じゃないか」

 

「と、当然ですわ。二人も誇り高いメジロ家の一員ですもの!」

 

「あ、でも未だに甘いものには目がないお子ちゃまなとこもあるって言ってたわ」

 

「なっ!それが余計なことだと言うんです!」

 

「マックイーンもカワイイとこがあるじゃないか」

 

「かわっ!」

 

「それにオレは既に知ってたしな」

 

「なぜ!?」

 

「マックイーンのトレーナーから聞いた」

 

「あんの方は...!」

 

背後には気をつけた方がいいかもな。絶対伝えないけど

 

「そうだマックイーン」

 

「はい?」

 

「過度なダイエットは抑えろよ?」

 

「な、なぜ先生がそのことを...?」

 

「見てればわかる。ライアン達も時々食べる量が明らかに減るって」

 

「私としたことが...」

 

「別にマックイーンは標準なんだから」

 

「ですが!淑女たるもの外見も見本となるべく努力するのは!」

 

「マックイーンはそのままでも十分美人さんだから大丈夫だって」

 

「美人!?」

 

「おっとしまったな。忘れてくれ」

 

「いやですわ。絶対に忘れませんわ♡」

 

<ナリタブライアン>

「なぁブライアン。頼むから普通に座ってくれないか?」

 

「先生は私にこうされるのは嫌か?」

 

「嫌ではないんだが」

 

「ならばいいではないか。私はこの方が落ち着くんだ」

 

「そうか」

 

ブライアンは他の娘よりもストレッチなどの柔軟をきちんとしていたため調整もほとんどいらない状態だった。こう言っては他の娘に悪い気もするがブライアンほど忠実にオレの言ったケアをしてくれる娘はいないと思う

 

調整が終わって机で報告用の用紙を書いているとブライアンが椅子を持ってきてオレと背中合わせの状態で座ったのだ

 

「なぁ先生。ようやく私は姉さんと走れるよ」

 

「そうだな。ブライアンの夢の一つだったもんな」

 

「あぁ。私と先生だけが敷いている夢の一つでもある」

 

「ハヤヒデもそう思ってるだろ」

 

「姉さんのは姉さんの夢であって私のではない」

 

「ははっ確かにそうだ」

 

「最近は他の娘がよくここにいるからかこうして時間を共にする時間も少なくなった」

 

「まぁな。レース前にこうしてたもんだ。懐かしい」

 

「あぁ。今となっては恥ずかしくて誰にも言えんよ」

 

「そうか?」

 

「私にそんなしんみりしたエピソードはイメージに合わないだろ」

 

「逆に今流行りのギャップ萌えというやつで人気が上がるかもな」

 

「私に人気などいらないさ」

 

「またそういうことを」

 

「いいんだ。私には分かり合える仲間と数人の友達さえいれば」

 

「そういうもんか?」

 

「それに...」

 

「それに。ちょっ!ブライアン!?」

 

背中の感触がなくなったと思ったらブライアンに抱きつかれた

 

「先生はずっと見てくれているんだろ?」

 

「ま、まぁ...」

 

「なら私にはそれで十分だよ。時間だな。私はこれで失礼する」

 

ブライアンはそのまま出て行った

 

「これからも見ていてくれ、先生♡」

 

<ウオッカ>

「聞いてくれよ先生!またスカーレットのやつが!」

 

「あれまそれはそれは」

 

事情を深くは知らないため生半可な返事しかできなかった

 

「ウオッカさんは自分のレースを見たことありますか?」

 

「トレーナーさんに言われてその日の反省をするために見ますけど」

 

「じゃああなたのレースでタイムの差を比較したことありますか?」

 

「タイムの差?」

 

「そうです。トレーナーさんから聞きましたが、ウオッカさんが走るレースはダイワスカーレットさんがいるレースの方がいいタイムが出てるそうです」

 

「え...」

 

「切磋琢磨という言葉を知っていますか?」

 

「互いに高め合う、みたいな?」

 

「まぁそんな感じです。ウオッカさんとダイワスカーレットさんは切磋琢磨しているんですよ。それは同じチームの仲間として、そしてライバルとして」

 

「仲間、ライバル」

 

「二人のライバル対決は今大人気ですよ。実を言うと自分も毎回楽しみにしてるんです」

 

「先生も?」

 

「えぇ。どんなレースでも一着を獲るために頑張っている君達には悪いんですが一番人気のウマ娘が楽々一位のレースなんて面白くありません。その点でいえばウオッカさんダイワスカーレットさんの二人の出るレースは最後までどっちが勝つかわからない展開が待っているとみんな知っている。だから毎回ワクワクして観られるんです」

 

「そっか」

 

「ライバル同士大いに結構なことです。これからもお互いに高め合って頑張ってくださいね」

 

「おう!任せろよ先生!」

 

<エルコンドルパサー>

「センセー!センセーセンセー!!」

 

「こらエル!抱きつくな!」

 

そろそろ来る頃だなと思って待っていたらエルがバーンと扉を開けて勢いよく抱きついてきた

 

「だってセンセーに会えたんデス!抱きつかないと損しマス!」

 

「何だそりゃ!いいから!とっととベッドに寝ろい!」

 

「わふっ。もう、センセーは強引デス♡」

 

「どこでそんな言葉を覚えたんだ,,,」

 

「グラスが寝言で言ってましタ」

 

「あの娘はどんな夢を見てるんだ...」

 

本当に末っ子気質よなー

 

「お、ちゃんと練習後のアフターケアできてるみたいだな。えらいえらい」

 

「エヘヘ、先生に褒められちゃいまシタ♪」

 

「エルはいつも元気だな」

 

「それがワタシデスから!」

 

「エルを見てるとこっちも元気になるよ」

 

「ワタシセンセーの力になってますカ?」

 

「あぁ。いつも元気をもらってるよ」

 

「それはよかったデス!ならセンセーを元気にできるように頑張りマス!♡」

 

「頑張りすぎないように注意な」

 

「ハイ♡」

 

 



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第24.5R(下)

ー三日目ー

 

「今度こそタイマンでぶっちぎってやるぜ先生!」

 

「こら動かないで。それにタイマンて誰とですか」

 

「そんなの全員とに決まってる!」

 

「それはタイマンとは言いませんよ」

 

「先生は相変わらず細けぇなー」

 

「あなたが大雑把なだけです」

 

まったくこの娘はいつからこんな娘になってしまったのか。まぁ今でも本質は昔と変わらないのだけど

 

「寮長の方は変わらず順調ですか?」

 

「ん?おう、特に問題はないぜ」

 

「ま、そうでしょうね。タイマンタイマンと言ってはいますが後輩の面倒見がいい寮長ですもんね」

 

「なっ!んなこたぁねぇよ!」

 

「そう謙遜せずに。後輩の頼まれごとは断れませんもんね」

 

「クッ!」

 

「それでこの前調子に乗っちゃって生徒会に呼び出されてましたね。生徒会長さんから聞きました」

 

「うぐっ!」

 

「それでいて意外にも料理が得意で家庭的なところもあると。タイキシャトルさんがもらったクッキー美味しかったと嬉しそうでしたよ」

 

「んんんんんんがぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「ちょっ!まだ終わって!」

 

ちょっとからかいすぎたか

 

<フジキセキ>

「やぁ先生。今日はよろしく頼むよ」

 

「えぇもちろんです」

 

この娘は本当にイケメンよなー

 

「ところで先生。さっきヒシアマゾンが顔を真っ赤にして寮に飛び込んできたんだが、原因を知らないか?」

 

「さ、さぁ...自分には見当も」

 

「ふむ、先生のせいであったのだな」

 

「別にいじめていたわけではないんですがね。少しからかいすぎたと言いますか」

 

「ヒシアマゾンはそういう耐性を持っていないんだ。お手柔らかにしてやってほしい」

 

「次は気をつけましょう」

 

次会ったとき謝っておこう

 

「それにしても先生の人気は止まることを知らないな」

 

「それを言うならフジキセキさんもでしょう?」

 

「いやいや先生に比べたら私なんて足元にも及ばないさ。学園のポニーちゃん達がどれだけここを訪れているのやら」

 

「自分には日頃からポニーちゃんなんて使えませんけどね」

 

「そうか。先生など耳元でポニーちゃんと囁けばみんなイチコロだろう」

 

「そんなことないですよ」

 

「いいやあるね。断言してもいい」

 

「ふむ。ならば試してみましょうか」

 

「えっ?」

 

オレはフジキセキの耳元に顔を近づけ

 

「今日は、どこをすればいいんだい?ポニーちゃん」

 

「ひょわっ!!!」

 

ひょわっ?フジキセキから聞いたこともない声が溢れた

 

「せ、しぇんせ〜...こりぇは、ダメ〜...」

 

「フジキセキさん?おーい」

 

ありゃま。こんな効果があるとは...

 

<ダイワスカーレット>

「せ、先生...」

 

「はい、どうかされましたか?」

 

「え、あ、えっと...何でもないです,,,」

 

「?そうですか。なら続けますね」

 

「はい...」

 

「...」

 

「...」

 

(あーもう!せっかく先生と二人きりなのに緊張してなに話せばいいかわかんない!)

 

「...」

 

「...」

 

(いざこういう状況になると、恥ずかしい)

 

「...」

 

「...」

 

(先生は私のことどう思ってるのかしら...聞いてみる?いやでもどうとも思ってないって言われたらショックで寝込んじゃう!)

 

「...」

 

「...」

 

(でもなんかこうして黙って身を任せるのもいいかも♡)

 

「〜♪〜♪」

 

「おや、何かおもしろいことでも思い出しましたか?」

 

「へっ?あっ!いや、違います!」

 

「そ、そうですか。失礼しました」

 

(あーもう!先生に気を使わせてどうすんのよ私ー!!)

 

「先生は、こういう時間は...嫌いですか?」

 

「こういう時間?」

 

「その、無言の時間というか...」

 

「うーん。自分は相手に合わせる方なので。まぁ嫌いではないですよ」

 

「そう、ですか...」

 

「それに大体の気持ちは反応でわかりますから」

 

「反応!?」

 

「はい」

 

(え、私どんな反応してたの!?もしかして気持ちバレちゃってる!?)

 

(始めてからずっと尻尾振ってるんだよなー)

 

<テイエムオペラオー>

「さぁ先生!僕が華麗に登場だよ!」

 

「はいお待ちしていました寝てください」

 

「ふふふ、流石の先生といえど僕の美しさに口調が定まらないようだね!」

 

「ええそうですね早く寝てください」

 

「先生にまた新たな罪ができてしまうね。なぜならこの美しい僕の身体を触っt「はよ寝ろ!」...はい...」

 

「まったく。自信を持つのはいいが人の話はちゃんと聞くこと。いいな?」

 

「はい...」

 

「あまり酷いとリギルのトレーナーさんに報告させてもらうからな」

 

「そ!それだけは!」

 

「ならしっかりしてください。そういう内面まで完璧になれば君の人気はより上がるぞ」

 

「ふふふ、さすがは先生だ。この僕の新たな魅力に気づくとは!」

 

「えーっとリギルのトレーナーさんの電話番号はっと」

 

「あー!お兄ちゃん!ごめんなさい!」

 

あ、昔に戻った

 

「久しぶりだな、オペラにそう呼ばれるのは」

 

「だ、だってもう先輩として威厳を持たないとって思ったから,,,」

 

「まぁそれは確かにな。昔は惜しいとこで二着のことが多くてよく泣きついてきたもんな」

 

「は、恥ずかしいから昔のことは止めてよぅ」

 

「ははっ、こんなオペラみんなが見たらどうなるか」

 

「やだよお兄ちゃん!バラしちゃやだよ!」

 

「わかってるよ。前にシャルにバレそうになって大変なことになったもんな」

 

「あ、あのときは...いつもみたいにここに来たらタイキシャトルがもういて...それで」

 

「まぁあれから頑張ったもんな。それで今やGⅠ最多勝だろ?変わるもんだなー」

 

「むぅ...今日のお兄ちゃんはイジワルだ」

 

「いや素直に感動してんだよ。よく頑張ってな、オペラ」

 

「うん!♪」

 

学園内じゃあんななのに根っからの甘えん坊なのよなこの娘

 

<エアグルーヴ>

「ふぅ」

 

「異常なしですね」

 

「それはよかった。まぁ何かあったら先生やトレーナーに大目玉だろうな」

 

「そうですね。何かあったらお説教が待ってるところです」

 

「それは怖いな。いつぞやのタイキを思い出す」

 

「あれは自分ではなくリギルのトレーナーとシンボリルドルフさんでしょう」

 

「それもそうだったな。なぁ先生」

 

「はい?」

 

「トレーナーも言っていたのだが、リギルのケアマネージャーになってはくれないのだろうか」

 

「それはできません。自分はあくまでもトレセン学園に赴任した教師ですので」

 

「そうか。先生が来てくだされば私達はもちろんトレーナーも喜ぶと思うのだがな」

 

「そう言っていただけると嬉しいです」

 

「ま、先生は文字通りみんなの先生だものな」

 

「教師冥利につきますね」

 

「まったく、先生を落とすのはGⅠを制するより大変そうだ」

 

「対にするものが間違ってますね」

 

「ふっ、では私はこれで失礼しよう」

 

「おや、まだ次まで時間がありますがよろしいんですか?」

 

「いいさ。それに」

 

エアグルーヴがドアをチラッとみると見覚えのある影が落ち着きのない様子でソワソワしている

 

「もう来てるみたいだな」

 

「そうみたいですね」

 

「彼女には何度も助けられているんだ。こういうときくらい気を利かせるさ」

 

「申し訳ないですね」

 

「なぜ先生が謝る。まぁあとは!」

 

「ひゃっ!」

 

エアグルーヴがドアを開けると外にいた娘が驚いた

 

「二人で楽しめ」

 

「ちょ、ちょっとエアグルーヴ!」

 

「ははは、ではな」

 

<マルゼンスキー>

「気を使われちゃったわね」

 

「そうみたいだな。誰かさんのせいでな」

 

「なによ〜。先生は私に会いたくなかったわけ〜?」

 

「そんなこと言ってないだろ?こんなに早く来るとは思ってなかったんだよ」

 

「むぅ〜納得いかないわ」

 

「はいはいすまんね。ほら、おいで」

 

「っ!は〜い♡」

 

スキーは変わらんな。でも何だろうな。この感じが心地いい

 

「調子に変わりはないか?」

 

「先生に会えるんだもん。おめかしバッチリよ〜」

 

「そっちじゃない。身体の方だ」

 

「そっちも問題なしよ」

 

「さすがだな。じゃあ始めるぞ」

 

「はいせんせ♪」

 

まずは足から

 

「んっ....」

 

爪先、足裏、踵、足首異常なし

 

「ん〜っ...」

 

太もも、膝、腿異常なし

 

「次上半身な」

 

「はい、せんせ...んぁっ...」

 

腰、背、肩異常なし

 

「はぁう...」

 

腕、手首、指先まで異常なし

 

「よし、異常なし」

 

「はぁ...はぁ...」

 

「大丈夫か?」

 

「えぇ...でも、ちょっとこのまま」

 

「スキーで最後だからな。ゆっくりしな」

 

「ありがと、せんせ」

 

オレはスキーを寝かせたまま机に向かった

 

「ねぇせんせ」

 

「ん?」

 

「先生は結婚ってどう思ってるの?」

 

「結婚か。考えたこともなかったよ」

 

「それって」

 

「でも最近考えるようになったよ。なぜか知らないが毎月うちのポストに婚姻届が入ってるからな」

 

「あら、先生ならもう犯人はわかってるんじゃない?」

 

「あぁ。まぁその娘のおかげっていうのも何だけど結婚というものを考え始めた」

 

「そう...それで?」

 

「特にこれといった答えは出てないな」

 

「そうなのー?」

 

「まぁな。でも近いうちにある程度答えを出そうとは思ってる」

 

「...ねぇせんせ」

 

「どうした...っ!」

 

呼ばれたのでベッドの方を向くとスキーが目の前にいて両頬を触れられた

 

「私は先生のことが好き」

 

「...」

 

「反応がないのは悲しいわ」

 

「もうわかってたことだからな。だいぶ前から」

 

「ま、そうよね。あんだけアピールしてるのにわからないやつは私が蹴飛ばしてやるわ」

 

「おー怖いなー」

 

「ふふふ♪先生、明日のレース私が勝つわね」

 

「自信があるみたいだな」

 

「当然よ。何たって明日勝ったウマ娘には先生を自由に使える権利が授与されるんだもん♪」

 

「...」

 

は?

 

「覚悟しててよね、せんせ♡」

 

ナニソレ...

 



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第25R

『さぁ!ついに来ましたウィンタードリームトロフィー!選ばれし18人のウマ娘の競争です!』

 

『これは夢か現か。敗北など考えられないウマ娘が18人ついに激突する!全世代の頂点は誰だ!』

 

『WDT、東京レース競技場。2400m芝コースで行われます』

 

どれほど待ち望んだことか。誰もがそう思っていただろう。夢の対決、選手も観客も一同に介してボルテージが上がる

 

『ルドルフ様ー!』

 

『ナリタブライアン!』

 

やはり皐月賞、日本ダービー、菊花賞を制した三冠ウマ娘のこの二人の人気は衰えない。二人も呼んでくれる観客に手を挙げて応える。

 

そんな二人に密かに闘志を燃やしているのが皐月賞トライアルの弥生賞に勝ちはしたものの直後に炎症が発見されその3つに出走できておらず、出ていれば三冠確実と言われ幻の三冠ウマ娘と称されているフジキセキだ

 

「姉さん、その勝負服似合ってる」

 

「お前がお世辞なんて珍しいな」

 

「ついに来たな、この日が」

 

「あぁ。決着をつける日がな」

 

「その通り!」

 

ビワハヤヒデ、ナリタブライアンの姉妹対決は観客はもちろん本人達も待ち望んだ対決である。そんな姉妹に割って入るのはなぜかナリタブライアと張り合おうとしているヒシアマゾンだった

 

「どうしてお前が?」

 

「他の奴には目もくれねぇ」

 

「有マ記念で決着をつけたはずだが。受けてやろう」

 

「そうこなくっちゃ!」

 

タイマンの意味がわからないビワハヤヒデには何のことやらの話だろう

 

そして観客はより盛り上がる。ただいま絶好調のチームスピカの登場だ

 

「私、後ろからじっくり行こうかな」

 

「え!本当ですか!?」

 

「嘘に決まってますわ」

 

サイレンススズカが後方からなどあり得ないことを言い出したのだがスペシャルウィークは信じてしまい、メジロマックイーンがツッコミを入れた

 

「スペちゃーん!」

 

「今日はお互い頑張りましょ」

 

「うん!」

 

「二人共燃えてますネ!」

 

黄金世代対決を担うスペシャルウィーク、エルコンドルパサー 、グラスワンダー。お互いに友でありライバル

 

「あの三人に勝ってこそ真のチャンピオン。今日僕はそれを証明してみせる!」

 

「最強は私だ」

 

以前の有マ記念でグラスワンダーとスペシャルウィークに一、二着を奪われ三着で敗北、そしてエルコンドルパサー とは初対決。しかし彼女もまた黄金世代の一人。この三人に勝つまではチャンピオンを名乗れないと気合が入るテイエムオペラオー。しかし最強は自分だと自分を鼓舞するようにエアグルーヴも燃えている

 

「グラス」

 

「マルゼンスキーさん」

 

「怪物、と呼ばれるのは一人でいいかな」

 

「っ!そうですね」

 

二人のむける目先にはオグリキャップ。世代は違えど怪物と呼ばれる三人の決着も気になるところである

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『最高のコンディションで最高のウマ娘が揃いました。まずは一枠一番、この日のためにアメリカから帰ってきました。音速の逃げ足は見られるのか、サイレンススズカ!』

 

『黄金時代を牽引したダービーウマ娘。スペシャルウィークは七枠十三番です!』

 

『サイレンススズカとの対決は今日が初めてですからね』

 

『まさに夢の対決。ドリームトロフィーの醍醐味ですね!』

 

『華麗なテイオーステップは見られるのか!トウカイテイオーは二枠四番に入ります』

 

『ウオッカはジャパンカップを制した三枠五番へ。ダイワスカーレットは桜花賞を制した大外十八番に入ります。永遠のライバル対決の行方は!』

 

『一枠二番にはメジロ家の令嬢、長距離の覇者メジロマックイーン。七枠十四番には規格外の末脚を持つゴールドシップが入ります』

 

『持久力を武器とする二人、注目ですね!スピカのメンバー七人が全員出走です!これはすごいことですよ!』

 

『しかしリギルはそれを上回る十人が出走です!ドリームトロフィーでは常連のウマ娘、皇帝シンボリルドルフは五枠十番へ』

 

『女傑ヒシアマゾンは二枠三番へ』

 

『幻の三冠ウマ娘と呼ばれたフジキセキは五枠九番です』

 

『誰が勝ってもおかしくない同世代対決!グラスワンダーは四枠七番、エルコンドルパサー は六枠十一番へ』

 

『グラスワンダーと新旧の怪物が対決!三枠六番にマルゼンスキーが入ります』

 

『GⅠ最多タイの7勝!テイエムオペラオー六枠十二番』

 

『女帝エアグルーヴは七枠十五番です』

 

『ビワハヤヒデ、ナリタブライアンの姉妹対決が実現!16番17番と隣のゲートに入ります』

 

『名実ともにスーパースター!オグリキャップが四枠八番に入ります』

 

18人の紹介が終わり各々ゲートに入っていく

 

♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「始まるか」

 

オレは他の観客のようにファンファーレに合わせて手拍子をする

 

「うん、みんないい顔してる」

 

『最後にダイワスカーレットが入ります。さぁ舞台は整いました。ウィンタードリームトロフィー、栄光の座はただ一つ。今、スタートしました!』

 

ゲートが開き全員が綺麗にスタートしていった

 

『まずはサイレンススズカが期待に応えてぐっと上がっていく!その後ろについたのはマルゼンスキー!ダイワスカーレットは三番手の位置』

 

スズカがいつも通り前に出て全員を引き連れる形となった。しかし他の娘もさすが、引き離されずついていっている

 

『ヒシアマゾン、ゴールドシップが少し下がる形。予定通りといっていいでしょう。サイレンススズカが17人を引き連れて第一コーナーへ!すごい歓声だ!』

 

出ている娘達が娘達だけに歓声もいつも以上な気がする

 

『シンボリルドルフは中団。スペシャルウィークはこの位置です』

 

観客席前の巨大なスクリーンには選手の位置がわかるように映し出される

 

『エルコンドルパサーがダイワスカーレットの後ろについて四番手に上がってきた!それぞれの想いが交錯しながら第二コーナー、そし向こう正面へ!』

 

『それでは先頭から見ていきましょう。緑の勝負服サイレンススズカ、四バ身程離して先頭です。そしてマルゼンスキー、ダイワスカーレットが続く!さぁ二バ身遅れて先頭集団を引っ張るのはエルコンドルパサー !その後ろ、内からメジロマックイーン、ウオッカ、外にテイエムオペラオーがいます。トウカイテイオーはここ!その外にフジキセキ、シンボリルドルフは外面を回ります!皇帝がここから狙っているぞ!』

 

フジキセキが間にいるといってもテイオーとルドルフが隣。どう想っているのかな

 

『エアグルーヴ、ビワハヤヒデはピッタリついて第三コーナーを回ります!その集団を追うのがオグリキャップとナリタブライアン、グラスワンダー。それを見るようにスペシャルウィーク、ヒシアマゾンは後方から。ゴールドシップは殿だがここから上がってきたぞ!』

 

うん、みんないいね。楽しそうだ

 

『サイレンススズカが大槻を通過!18人の想いが、執念が、情熱が一気に押し寄せてきた第四コーナー!残り600m!誰が勝ってもおかしくない!いくつもの伝説が、夢が、駆け抜けていく!』

 

そろそろ来るかな

 

『隙をついてサイレンススズカ更に伸びる!マルゼンスキー追い上げる!外からナリタブライアンが上がってきたー!残り400m、一斉に上がってきた!』

 

おーキタキター!

 

『ダイワスカーレット!エルコンドルパサー !その後ろは横一線!』

 

スズカ、マックイーン、アマゾン...

 

『シンボリルドルフが上がる!』

 

テイオー、ウオッカさん、スキー...

 

『外からゴールドシップ!』

 

グラス、オグリ、キセキ...

 

『いや、中央からスペシャルウィーク!』

 

ルドルフ、エル、オペラ...

 

『誰だ!誰が抜け出す!』

 

スペシャルウィークさん、ゴールドシップさん、エア...

 

『まったくわからない!』

 

ハヤヒデ、ブライアン、ダイワスカーレットさん...

 

「行け、みんな」

 

いい顔してるじゃないか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー数年後ー

 

『先生!!!』『センセー!!!』

 

「お、お疲れ様」

 

『大好きです!!!』『大好きデス!!!』

 

「お、おー...」

 

「せーんせ」

 

「うおっ」

 

「ふふっ、大好きよ」

 

「ははは...」

 

〜完〜

 



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番外編
BNWの誓い1


「それじゃあなスズカ。くれぐれも体調にはきをつけるように」

 

「はい」

 

オレはアメリカ遠征に出ていたスズカの元を訪れ何日か滞在し今日日本に帰る便に乗るところだ。見送りはいいと言ったのだがスズカは律儀にも空港にまで来てくれた

 

「先生。本当に行っちゃうんですか...」

 

「もう何回も説明しただろ。学園で感謝祭が始まるから帰ってきてほしいと学園長直々の頼みだって」

 

「ですが...」

 

「そんな今生の別れみたいに。どうせ感謝祭が終わればまた来ることになるんだろうからな」

 

「そんなのわからないじゃないですか」

 

「確かにな」

 

「私、先生がいないと不安です」

 

「そんな子供みたいなことを言うな」

 

凱旋門賞のときのエル程でないにしてもここまで駄々をこねるスズカは初めて見る。しかし時間は来るもので搭乗案内のアナウンスが流れてきた

 

「手紙でも電話でも話せるから。な?だからそろそろ離してくれ」

 

「...はい」

 

さすがのスズカでも空港についてからずっと掴んでいたジャケットの裾を離してくれた

 

「いつになるかわからんが一度はまたこっち来るから」

 

「はい、お待ちしてます」

 

そしてオレは日本へ帰国した

 

「お帰りなさい、せんせ♪」

 

「おースキー。出迎えありがとう」

 

「いいのよ〜。トレーナーからお願いされたんだから」

 

「お願いされたのは私なんだがな」

 

「ルドルフもありがと」

 

学園長からリギルのトレーナーへ迎えの要請があったようだが彼女は別件で用事があったためリギルのメンバーでもあり学園の生徒会長でもあるルドルフに白羽の矢が立ったらしい。しかし運が良いのか悪いのかその場をスキーにも聞かれてしまい今に至るらしい

 

「スズカはどうだった?」

 

「元気だったよ。そっちこそ感謝祭の準備はどうなんだ?」

 

「順調よ〜」

 

「ただ目玉企画を決めかねていてな。先生の助言が聞きたかったのだ」

 

「なんでオレなんだ?生徒にアンケートでも取ればいいじゃないか」

 

「それではサプライズ発表ができないではないか」

 

「意外とそういうの気にするよなルドルフって。それで?どんな案が出てるんだ」

 

「私が考えたのはビワハヤヒデ、ナリタタイシン、ウィニングチケットのBNWによる駅伝だ」

 

「駅伝かー。いいんじゃないか?普通のならともかく本来ならレースでしか見られないウマ娘達の走りを間近で見られるんだ。それに出走がBNWとなれば盛り上がるだろ」

 

「さすがは先生だ。しかし本来の理由は別にあるんだ」

 

「最近、3人の様子が変でな」

 

「そうか。ま、ルドルフの考えに反対する娘なんていないだろ。んで?他の案は?」

 

「オグリキャップ、スペシャルウィークなどのウマ娘による大食い大会。学園内宝探し。鬼ごっこならぬ鬼追いかけっこなどなど」

 

「ほー全部面白そうじゃないか」

 

「そして先生による耳かき、マッサージ、デート...」

 

「おいちょっと待てなんだそれは」

 

「全生徒から強い要望があってな。今回は先生から何かして欲しいらしい」

 

「なんでそんなことに」

 

「もぅ、先生がそこかしこで女の娘引っかけるから〜」

 

「酷い言いがかりはよせ。オレはそんなことしていない」

 

「している」「してるのよ〜」

 

なんだこの酷い言われようは。オレが一体何をしたというのだ

 

そうこうしているうちにオレ達の乗った車は学園に到着した。校門前にはたくさんの生徒が集まっていた

 

『先生!おかえりなさーい!!』

 

「なんじゃこりゃ...」

 

「先生の人気は年々増えているからな」

 

「むぅ、先生は私のなのに〜」

 

「いつスキーのものになったんだ」

 

「おかえり、先生」

 

「おぉ。挨拶よりもこれをなんとかしてくれブライアン」

 

「それは私の仕事ではない」

 

目の前の生徒の数と声援にも劣らない大音声に圧倒されているとメガホンを持ったブライアンが近づいてきた。そして持っていたメガホンをルドルフに渡す

 

「全員静かに。戻られた先生を迎えるのは大変素晴らしいことだが限度というものがある。迎えられるべき先生もこのように困っている。直ちに解散!」

 

さすが生徒会長というべきかルドルフの注意で大勢いた生徒達は雲散霧消のごとく解散していった

 

「すまないな先生」

 

「まぁ帰りを歓迎されるってのは嬉しいものだ。さすがに驚いたが」

 

「みんな先生の帰りを待っていたんだ」

 

「そうは言うがなブライアン。空けたのだって四日かそこらじゃないか」

 

「先生にとってはたったの四日かもしれないが私達にとっては四日もなのよ」

 

「先生。帰り早々で申し訳ないのだが後ほど生徒会室へ頼む。先程の話の続きがしたい」

 

「わかった」

 

学園内は既に感謝祭の準備でウマ娘達がてんやわんやだった。今年はそれぞれのクラスがどんな出し物をするのか気になるな

 

「先生」

 

「ゴールドシチーさん。こんにちは」

 

“尾花栗毛”と呼ばれるプラチナブロンドの髪色を持つウマ娘。その美貌から“100年にひとりの美少女ウマ娘“として注目を浴びているが性格はかなり難ありらしい。他人に心を開くことはほとんどないという...のだが、なぜか懐かれている

 

「今日先生に会えるとは思わなかった」

 

「そうですか」

 

「会えるんだったらもっとちゃんとセットしてきたのに」

 

そう言いながら髪をイジイジするゴールドシチー

 

「そうですか?いつも通り綺麗だと思いますが」

 

「そ、そうか...先生にそう言われるのは嬉しいな」

 

「自分に限らず皆さん思ってますよ」

 

「それも悪くはないんだがな...」

 

ゴールドシチーは髪をイジイジをしながらチラチラとこちらを見てくる。何を恥ずかしがっているのか

 

「ゴールドシチーさんは今年も美容室を?」

 

「あぁ。私の特技だし、みんなからもやってくれって」

 

「確かに人気ですもんね。当日は予約でいっぱいとか」

 

「先生の髪もやろうか?私は構わないぞ?」

 

「申し訳ない。生徒会長に呼ばれていまして。今から行かないといけないんです」

 

「そうか...」

 

「機会があればお願いしますね」

 

「あぁ、待っている♪」

 

相変わらず綺麗なプラチナブロンドだなと思いながらゴールドシチーと別れ生徒会室につきドアをノックした

 

『どうぞ』

 

「失礼します」

 

「あれ先生じゃん。どした?」

 

部屋の中には生徒会長であるルドルフと生徒会役員であるエアグルーヴ、同じリギルのメンバーであるブライアン。そしてスズカを除いたチームスピカのメンバーが勢揃いしていた

 

「こんにちは、スピカの皆さん」

 

「ごきげんよう、先生♪」

 

「おっす、せn「こんにちは先生!どうしてここに?」お前な!」

 

「私が呼んだのだ。ブライアン、例の企画を発表してくれ」

 

ルドルフの呼びかけにブライアンは持っていた紙を広げて見せた。そこに描かれていた絵は、お世辞にも上手いとは言えるものではなかった

 

「あの、これなんですか...?」

 

「ビワハヤヒデ、ナリタタイシン、ウィニングチケットの各チームが競う駅伝だ」

 

『駅伝!?』

 

「こ、これが!?」

 

「えー駅伝が目玉ってイマイチじゃない?ねぇーかいちょっ!」

 

「駅伝の何が悪い?これは私の案だ」

 

「えぇー!さ、さすが会長!目の付け所が違う!」

 

『おい...』

 

「みんなに頼みたいことはこの企画の実行だ。まずはBNWの3人に駅伝のことを伝えてメンバーを集めてほしい」

 

「伝える?BNWの皆さんは?」

 

「まだ知らない」

 

『えー!!!』

 

「あの、本人も知らないのに目玉企画ってどういうことですか!」

 

「横暴な生徒会を許すなー!」

 

「優勝チームには全国お取り寄せ高級スイーツ一年分」

 

『っ!』

 

「高級スイーツ!」

 

「一年分ですって!」

 

「いろいろ聞きたいこともあるだろうが実行委員としてこの企画実現させてほしい。私ならスピカの面々ならできると信じている」

 

「会長...出て行きました...」

 

「ふっ」

 

「もしかしてメンバーに加わるつもりなのでは?」

 

「上手くいけばいいんだがな」

 

あれ?オレ置いてきぼり...

 

「すいません生徒会長さん。目玉企画が決まったのならなぜ自分は呼ばれたのでしょうか」

 

「先生にはスピカのフォローをお願いしたいのだ」

 

「と、言いますと?」

 

「スピカが実行委員をするのは今回が初めてだ。無論我々も助力するが先生からも気にかけてほしい」

 

「それは構いませんが、自分に出来ることなど限られますよ」

 

「それでいいんだ。いずれにせよ必ず先生の力が必要なときがくるはずだ。よろしく頼む」

 

「まぁ、承知しました」

 

「先生」

 

「はい」

 

「姉さんのこと、よろしく頼む」

 

「なんだか父が娘を嫁に出すときのような言い回しですね」

 

「なっ!違うぞ!そう言うつもりでは!」

 

「ふふっ冗談ですよ。実際自分のところにお嫁に出すなんてあるはずないことです」

 

「「...」」

 

(先生、先程の校門のことがあってもそのような考えが...)

 



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BNWの誓い2

 

BNW駅伝企画のことはすぐに学園中に広まった

 

「先生。今いいか?」

 

「どうぞー」

 

いつも通りメディカルルームで仕事をしていると昼休みにハヤヒデがやってきた

 

「失礼する」

 

「どうされました?」

 

「例の企画のことなんだが」

 

「あぁ、今学園中がそのことで持ちきりですね」

 

「あぁ。嬉しいことではあるのだが」

 

「何か思うことがあるんですね」

 

「ふっ本当に先生には敵わないな」

 

「君達のことも長く見てきたつもりですからね」

 

「そうか、そうだったな。私自身はこの企画賛成なんだ。私はどんなときでもあの二人と走りたいと思っている。しかしチケットとタイシンがな」

 

「乗り気ではないと」

 

「どうもそうらしい。スペシャルウィーク達が必死に勧誘してくれているのだが流されてしまうみたいだ」

 

「何かあったか心当たりは?」

 

「わからないんだ。私もなぜこんなことになったのか」

 

ハヤヒデは悲しい顔で俯いてしまう

 

「そのことに関してはウィニングチケットさんとナリタタイシンさん自身に聞いてみないとわからないですね」

 

「そうか。先生でもわからないことがあるのだな」

 

「それはそうです。自分は知っていることしかわかりませんから」

 

「どこかで聞いたことあるようなセリフだな」

 

「気のせいでしょう」

 

気のせいだ。うんそうだ気のせいだ。それしか考えられない

 

「それにビワハヤヒデさん、君は聞く人を間違っている」

 

「というと?」

 

「原因がわからないと言うならなぜ本人に聞かないんです?」

 

「っ!それは...」

 

「直接聞きづらいというのもわかりますが、聞いてみないとわからないことだってあります」

 

「しかし...」

 

「まぁまだ時間はあります。それに実行委員であるスピカのメンバーが動いてくれてるんです。何かしら変化があるかもしれない。もう少し待ってみたらいいんじゃないですか」

 

「そうだな。ありがとう先生」

 

「いいえ。考え込みすぎないように」

 

ハヤヒデはいつもの調子を戻さないうちに部屋を出ようとする

 

「ビワハヤヒデさん、二人を信じて待ってみてください。いつもそうだったでしょ?」

 

「っ!」

 

「それに本当にどうしようもないときはまた来てください。自分に出来ることならなんでもします」

 

その言葉を聞いて最後には笑顔に戻ってくれたハヤヒデは出て行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハヤヒデから相談を受けてわずか二日でウイニングチケットの説得は成功したようで校舎に大々的に垂れ幕で勧誘を行っていた

 

ウイニングチケットは純朴で素直で感情むき出しのウマ娘で喜ぶときも悲しむときも全力で感情表現をし、何にでもすぐに感動してしまう。底抜けのお人よしであり、誰でもすぐに信頼してしまう。人間ならば犯罪に注意してほしいところだ

 

「あとはタイシンか」

 

ナリタタイシンは小柄で華奢、つっけんどんな態度のウマ娘。構われるのが苦手で、人けのない場所に一人でいることが多い。そしてネガティブな考えをしてしまうウマ娘でもある。しかしそのことを誰にも言えず一人で抱え込むことがよくあることにオレ自身も心配している

 

「先生」

 

「ブライアンさん」

 

「ちょっといいか」

 

「どうされました?」

 

急に現れたブライアンが深刻な顔をして伝えてきたのはタイシンが引退を考えていると発言したことだった

 

「それは穏やかじゃないですね」

 

「あぁ」

 

「しかし引退を決めるのはウマ娘自身です。何人でもそれを阻む権利はないです」

 

「なんでそんな冷たいことを言うんだ先生」

 

「事実を言っているまでです。これまでもたくさんのウマ娘の引退を見てきましたから」

 

「だが!」

 

「...ま、理由ぐらいは聞いてもいいかもしれないですね。しかし怪我であれば自分が見ているはずなので少なくとも怪我が原因の引退ではなさそうですが」

 

「じゃあなんで...」

 

怪我ではない引退の要因。タイシンとなると...

 

「気持ち、ですかね」

 

「気持ち?」

 

「彼女は学園内でも屈指のネガティブ思考のウマ娘ですからね。何があったか気分が落ち込んで引退を口走った。そう推測することができます。尤も自分の勝手な推測なだけですがね」

 

「ネガティブ...ありがとう先生。少し姉さん達と話してみる。それと先程はすまなかった。冷たいなどと」

 

「いえいいですよ。しかし自分の言ったことは事実です。どんなに説得をしたところで本人が引退と言えばそれまでなんです。しつこい説得が逆にその娘を追い詰めてしまうこともある。そして最後には...」

 

「っ!」

 

みなまで言わなくともブライアンは悟ってくれたようだ。オレはポケットから棒付きアメを取り出し暗い顔になったブライアンの口元に近づけるとブライアンはパクッとそれを咥えた

 

「もし何かあればいつでも来てください。できることはします」

 

「わかった」

 

あれ、なんかデジャブった。この前もこんな会話した気がする

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トゥインクルシリーズファン大感謝祭前日。ゴールドシップやダイワスカーレットの再三の説得にもナリタタイシンは聞く耳を持たなかった

 

そしてとあるカラオケの一室にナリタタイシンはいた。そこへナリタブライアンが入室した

 

「何勝手に入ってんの?ていうかなんでここが?」

 

「姉さんから聞きました。多分ここだろうって。“私の気持ちなんてわからない”とスカーレットに言ったそうですね」

 

「それを知ってるなら私が引退することもわかってるんでしょ」

 

「...秋の天皇賞、私は一番人気だった。結果は十二着。ファンを失望させました。これでダメならもう引退しよう。そう思った翌年、阪神大賞典に出走しました」

 

ナリタブライアンが出走した阪神大賞典。ゴールまで残り50mのところでマヤノトップガンが一位でナリタブライアンがそれに食らいつく形を取っていた。「もうダメか...」そう思ったブライアンの目には自分のことを応援してくれるトレーナーとリギルのメンバー、そして観客が見えた。声が聞こえた。それを糧に最後の力を振り絞ったブライアンが一着となった

 

「私はレースに集中できるようノイズになるものは極力見ないよう、聞かないようにしてきました。でも私が見なかったこと、聞かなかったことの中に大切なものがあった」

 

そしてナリタブライアンはとあるものを差し出した。四つ葉のクローバーが入り"みんな待っている"と書かれた紙が入った栞だった

 

「これは?」

 

「姉さんが渡してくれと」

 

「ハヤヒデが...」

 

ナリタタイシンはそれを受け取り見つめる

 

「明日、信じてます」

 

それだけ言い残しナリタブライアンは退室した

 

「怖いんだ...私が私を信じられない...!」

 

涙を流すナリタタイシン。何気なくもらった栞の裏を見てみると"先生も待っているぞ"と書かれていた

 

「っ!先生...」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

感謝祭当日になってもタイシンは現れなかった

 

「まったく手の焼ける娘だな」

 

「先生?」

 

「ちょっと行ってきます。ん?」

 

オレは駅伝の中継が繋がれているスクリーンに出ているハヤヒデを見て違和感を感じた。顔が赤い

 

「君も気づきましたか?ブライアンさん」

 

「えぇ。おそらく」

 

「念のためです。君も一緒に来てください」

 

「わかった」

 

「ちょっ!先生!」

 

「何も聞かないでください生徒会長さん」

 

オレはルドルフの静止を聞かずにブライアンを連れて車に乗って飛び出した

 

「先生、宛はあるのか?」

 

「ハヤヒデとチケットのことが大好きなタイシンのことだ。気になってどっかで中継を見てるはず。とりあえずオレの知ってる限り中継が見れるところを回っていく」

 

「わかった。探してくれているスカーレット達にも連絡しとく」

 

「あぁ。見つかればいいんだがな」

 



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BNWの誓い3

オレは、いやもしかしたらブライアンがかもしれないが豪運の持ち主かもしれない。とある家電量販店のテレビを見ているタイシンを発見した。オレはすかさず車を止める

 

「ブライアンはここにいてくれ」

 

「でも」

 

「大丈夫、任せろ」

 

「...あぁ、頼む先生」

 

ブライアンを車に乗せたままオレだけ外に出る。だって駐禁のおじさんとか怖いじゃん?

 

「タイシン」

 

「っ!先生...」

 

「はいチョップ!」

 

「いたっ!何するんだ先生!」

 

「チョップに決まってるだろ!まーたお前はみんなに心配かけて」

 

「別に、頼んでない...」

 

「頼まれなくても心配するんだよ。友達なら特に」

 

「っ!」

 

「どうせまたネガティブな考えしてたんだろ。何かは知らんが」

 

「ならほっとけば」

 

「はいもう一回チョップ!」

 

「たっ!だから!」

 

「ほっとけるわけないだろ。大切な生徒の一人なんだから」

 

「...」

 

「引退の理由はわからないがタイシンは怪我はない。どんな気持ちを持ってるのかもわからない。でもたくさんの人がタイシンを待ってる」

 

「っ!」

 

「証拠にほれ」

 

タイシンはおずおずとオレの指差すテレビに目を向けた

 

『タイシン早くこいよ!タイシンがいるのはそこじゃないよ!』

 

『みんな待っているぞ!』

 

「チケット...ハヤヒデ...」

 

「わかったなら早く乗れ」

 

「...うん!」

 

説得成功?最終的にはチケットとハヤヒデな気はするけどまぁいいか

 

「ブライアン!」

 

「よかった。ありがとう先生」

 

「最初からチケットとハヤヒデと話させればよかったのにな、とオレは思ってる」

 

「そう拗ねるな先生。ほら早く会場へ」

 

「はいはい」

 

「?」

 

まったく。あとはハヤヒデだな。さっきチラッと見たけどまた顔が赤くなった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駅伝の第六中継地点に着いたのはちょうど六区を走るメンバーが襷を受け取ったぐらいのタイミングだった

 

「タイシンさん?」

 

「私は全力で走る!それだけだ!」

 

「「タイシン!」」

 

「あれ?そうなるとこのフードは?ってあれ?」

 

先程いたフードのタイシン(?)はいなくなっていた

 

「あれ?何が何やら...」

 

「ほ、ほらインタビューの続きをしようよ!」

 

「遅いぞタイシン」

 

「悪かった。私はお前達の期待までは裏切れなかった」

 

「ありが...」

 

「はいそこまで。額触るぞハヤヒデ」

 

「すまない、せんせ...い...」

 

熱を確認しようと手を伸ばすオレにもたれかかってきたハヤヒデ。そのハヤヒデを抱えテントの中の簡易ベッドに寝かせ改めて熱を測った

 

「ダメだな」

 

「私は走る」

 

「ダメだ。許可できない」

 

「でも私は二人と走るためにここまで全力で...」

 

「ハヤヒデ!」

 

「っ!」

 

「言うことを聞け...こんな状態の君を走らせるわけにはいかない」

 

いつになく大きな声を出してしまったがこれだけは譲れない。いくら本人が言おうと

 

「私が弱いから...私は何にも応えられない...」

 

「なんだよ...なんでなんだよ!」

 

「姉さん」

 

「ブライアン!?」

 

ハヤヒデの額に濡れたタオルを置いているとブライアンがテントに入ってきた

 

「なんでここに」

 

「大丈夫か?」

 

「ブライアン。心配しすぎだぞ。それよりお前に頼みがある」

 

「奇遇だな。私もだ」

 

あとは4人に任せてオレはルドルフに連絡か

 

『もしもし』

 

「もしもしルドルフか?」

 

『先生!一体何をしているんだ!』

 

「すまんな。タイシンを送り届けてた」

 

『そうか。ならタイシンは』

 

「あぁ、無事送り届けた。しかし悲報だ。ハヤヒデが熱発した」

 

『なっ!』

 

「今のハヤヒデを走らせるわけにはいかない」

 

『...そうか。なら駅伝は今走っている区間で終了に』

 

「いや、そこで提案だ。ハヤヒデは走れないが代走としてブライアンが走る」

 

『ブライアンが?...先生は最初からこうなるとわかってブライアンを?』

 

「いや念のためだった。ハヤヒデに異常があるとは思ったからな。頼む。これはハヤヒデの願いでもあるんだ」

 

『わかった。説明はこちらでなんとかしよう』

 

「すまない、助かる」

 

オレは電話を切りテントに戻った。そこではもう着替えも終わり走る準備は整っていた。そして襷を渡す六区の走者も近づいていた

 

最初に着たのはチームNのゴールドシップさんだ

 

「タイシン!負けんなよ!」

 

続いてチームWのテイオー

 

「頼んだよ!」

 

「任せて!」

 

そして最後にチームBのマックイーン。全員スピカじゃん

 

「お願いしますわ!」

 

「わかった」

 

ハヤヒデの想いを託されたブライアンも走り出した。オレはそれを見送りハヤヒデのいるテントに入った

 

「3人行ったよ」

 

「そうか」

 

ベッドの傍の椅子に腰掛け備え付けのテレビでハヤヒデと一緒に結果を見届ける

 

『会場のボルテージは今日一番!』

 

『わんこそばもスパートをかけているぞ!』

 

わんこそば?あぁオグリね...なんとなく見なくてもわかっちゃうわ

 

『さぁ!アンカーが学園に帰ってきた!果たして先頭のナリタタイシンを捕らえることはできるのか!?』

 

『キタキタキター!シャドウロールの怪物、ナリタブライアンが一気に詰める!』

 

『ついに選手達が校内を抜けトラックに戻る!ラスト一周!ラスト一周です!第一、そして第二コーナーを曲がった!さぁ誰が前に出る!』

 

「チケットもタイシンもさすがだな。三冠ウマ娘であるブライアンに遅れを取っていない」

 

タイシンは皐月ウマ娘、チケットはダービーウマ娘。伊達にそう呼ばれてるだけのことはある

 

『ウイニングチケット前に出た!ナリタタイシン苦しいか!?』

 

「走り慣れないコンクリートで足にきてるか?」

 

『外からナリタタイシンがウイニングチケットを捕らえる!おっと内からナリタブライアンも上がってきたー!』

 

そのまま3人横並びの状態でゴールテープを切った

 

『同着!完全なる同着!まさに感動のゴール!』

 

「だってよ」

 

「あぁ。聞いたよ」

 

「閉会まで少し時間がある。少し寝な」

 

「そうしよう。なぁ先生」

 

「なんだ?」

 

「こうして二人きりなのだ。その、寝るまで手を繋いでもいいだろうか...」

 

「熱出て素直になったか?」

 

「い、いいだろうこんなときぐらい!」

 

「ダメなもんか。ほら、寝るまでだぞ?」

 

「あぁ」

 

いつも大人っぽいハヤヒデも熱が出て甘えたくなったのだろう。オレの手を大事そうに握って眠りにつくのだった

 

『審議です!』

 

『えぇぇぇ!』

 

ちなみに今回の実況はチームリギルからグラスとエルだったりする。しかも今回の駅伝を見にわざわざフランスからブロワイエも来ているとか

 

『チームNですがご覧のようにゴールドシップがワープ!ショートカットの反則デス!』

 

『そしてチームWですが中継線手前で襷を受け取るのはルール違反です!』

 

『チームBは坂道でメジロマックイーン選手がトウカイテイオー選手を妨害していマス!これも反則デス!』

 

『あ、あのーということは...会長?』

 

『優勝チームは、なしです』

 

『えー!』

 

『この度の駅伝ではBNWの対決は実現できませんでした。が!一ヶ月後の大阪杯で彼女らの勇姿を見届けてください!』

 

『おぉぉぉぉぉ!!!』

 

ルドルフによる締めで会場は大いに湧き終了、と思われた

 

『ちょっと待ったー!!!』

 

待ったをかけたのは第六中継地点にいるスマートファルコンだった

 

『会長は今回優勝はなしとおっしゃいました!しかし私は見てしまいました!今回の駅伝はビワハヤヒデさんの一人勝ちです!!』

 

そう言ってスマートファルコンの手を向けた先にカメラが移動。ベッドの傍に座りテレビを見ているオレと手を繋いで熱発で倒れたとは思えないほど笑顔で眠っているハヤヒデの姿が。ん?オレはテレビから目を外し恐る恐る顔を横に向けると、中継用のカメラがこちらを狙っていた

 

「...み、みなさん。お、お疲れ様でした」

 

その瞬間方や先程までマイクを持っていたもの、方や実況席に座っていた二人、方や駅伝を走り終えたもの、特定多数のウマ娘が会場からカメラの向こう側を目指し走り去ったことをオレが知ったのはその波が押し寄せてきてからである...

 

その後何があったかというのはキオクニゴザイマセン...

 



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オリジナル1

 

トゥインクルスターファン大感謝祭二日目

 

昨日の駅伝はハプニングがありBNW本来の勝負は見れなかったが生徒会長ルドルフによる大阪杯宣伝により有終の美を飾れたと思う

 

そして二日目もたくさんの人がトレセン学園に来ていた

 

『ニンジン焼きいかが〜』

 

『岩手には負けない!』

 

『高知には負けません!』

 

「今日もすごい人ですね」

 

「そうね〜。ありがたいことだわ」

 

オレは教師として見回りをしながら楽しんでいるとこの通りスキーに捕まった

 

「マルゼンスキーさんは楽しんでますか?」

 

「そうね。本当なら先生にも何か出店みたいなものやってほしかったけど」

 

「すみません」

 

「まぁいいわ。こうして先生と回れてるんだし」

 

「捕まってしまいましたからね」

 

「あら人聞きの悪い。先生が他の娘にちょっかい出さないか見張ってるのよ」

 

「それこそ人聞きの悪い。自分がそんn「センセー!」...おっと」

 

エル。颯爽と登場。さすがは鷹だな

 

「今日も元気ですね、エルコンドルパサーさん」

 

「ハイ!先生に会えたからもっと元気デス!」

 

「それはよかった。とりあえず離れましょうか、いてっ」

 

「?」

 

「そういうところよ...」

 

スキーに軽く蹴られた。嫉妬でもしてるんかな

 

「エル〜私もいるのよ〜?」

 

「先生に夢中で気づきませんデシタ、スミマセン」

 

「あらあら先輩に対していい度胸ね...」

 

「ハーイ、以後気をつけマス...」

 

「はいはい二人とも、せっかくのお祭りなんですからケンカしないで」

 

オレを挟んで歪み合う二人の頭を撫でながら落ち着かせる

 

「まぁ、先生が言うなら私は問題ないわ。だから続けて♪」

 

「ン〜気持ちいいデス♪」

 

「先生」

 

「おや、ナリタタイシンさん」

 

「ちょっと話があって。少し時間いいかな?」

 

「えぇ構いませんよ。ということで二人ともまた」

 

「仕方ないわね〜」

 

「ムゥ...」

 

昨日の駅伝でたくさんの人を盛り上がらせたBNWの一人であるナリタタイシンさんに人気のない訓練場に連れてこられた

 

「先生。ごめん仕事中に」

 

「いえ、お気になさらず」

 

「えっと...来てもらった、その...要件なんだけど...」

 

「はい」

 

「昨日は、ありがとぅ...本当は昨日言った方がよかったんだけど...」

 

「?」

 

昨日のことはキオクニゴザイマセン

 

「先生のおかげでまだ続けられそうだ」

 

「そうですか。それはよかったです。自分も他の人だってまだまだタイシンさんの走る姿を見ていたいですから」

 

「そう...」

 

さっきから俯いていてなかなか顔を合わせてくれない

 

「今度何か考えに困ったら来てください。次は引退、なんて口走る前に必ず一度相談に来ること。自分じゃなくても他の娘に相談してください。それこそウイニングチケットさんとビワハヤヒデさんにならなんでも話せるでしょう」

 

「わかった。そのときは真っ先に先生のとこに行く」

 

「いや、先に友達に」

 

「行く」

 

やっと目が合ったと思ったら力強い眼差しで見つめられる

 

「頑張って直していきましょう」

 

「ん」

 

「あー!タイシンこんなとこにいたー!」

 

タイシンを探していたもようのチケットとハヤヒデが登場。BNWが揃ったな

 

「何度も連絡していたんだが、先生と一緒だったか」

 

「え。あ、ごめん。気づかなかった」

 

「あのタイシンが携帯いじらないなんて。どんだけ先生に夢中だったんだよタイシン!」

 

「なっ!ちがっ!」

 

「まったく、先生には困ったものだな」

 

「自分ですか...」

 

「また会長達にどやされなければいいがな」

 

「怖いこと言わないでください。さっ!三人もお祭りを楽しんできてください」

 

「そうだよ!早く行こう!」

 

「先生も一緒にどうかな?」

 

「それはいい」

 

「すみません。まだ仕事がありますので」

 

「そっか...」

 

「それでは仕方ないな」

 

「では自分はこれで。何かトラブルなどあったら呼んでください」

 

「あぁ」

 

「ありがと、先生」

 

オレは挨拶してその場を離れる

 

「...」

 

「...」

 

「二人とも先生にゾッコンだね」

 

「ちょっ!」

 

「チケット!お前何を!」

 

「え、違うの?」

 

「「...」」

 

そういうのは本人がもっと離れてからするべき話なのでは...?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の感謝祭の一般公開は15:00までとしその後は学園の生徒達が楽しめる催しものがあるとのことで教師達はその手伝いのためそれぞれ指定された教室で開始を待っていた。オレはいつも通りの仕事場だったが

 

『みんな、昨日今日とご苦労様。みんなのおかげで来賓される方々もとても楽しんでおられる。まだ明日の最終日が残っているが一旦今日は頑張ってくれているみんなのねぎらいとなればと思って、生徒会と教師の方々やトレーナー達で催しものを用意した。楽しんでくれると嬉しい。ではその催しものの詳細を説明しよう。エアグルーヴ』

 

『今回行われるのは"宝探し借り物競走"だ。学園内のいくつかの箇所に箱を設置している。中にはそれぞれ一枚の紙が入っている。それに書かれているお題を成功させた後に生徒会室に来ることが勝利条件だ』

 

『お題には物を持ってくるものやゲームのようなものがある。物ならばそれを持って、ゲームならばその場にいる先生からクリアの証拠としてスタンプのついた用紙を持ってくること』

 

ちなみに生徒達には内緒だがお題が簡単なものほど箱は見つけにくく、難しいものほど簡単に見つかりやすくなっている。でないとおもしろくないと久しぶりにルドルフのニタリ顔を見た

 

『催しものと言っても最低限のマナーは守るように。箱の移動や列への割り込みなどが発覚した場合その者には厳重な処罰が待っている。参加人数が多いためゲームに関すること以外で走ることは禁止とする』

 

『また今回勝利者には早い者から五着までのウマ娘には賞品が贈呈される。みんなも気になるだろうから三着までの賞品を発表する。ブライアン』

 

『五着は明日使えるどこの出店でも使える金券3000円分。四着はニンジン一月分。三着は学食で使える食券一月分だ』

 

三着まででもこの豪華な賞品で生徒達は大盛り上がりだ。一体一着と二着はどんな商品が待っているのやら。アハハータノシミダネー...ハァ...

 

『みんな、理解できただろうか。もし不明な点があれば近くにいる教員、トレーナーに聞いてくれ。制限時間は18:30までの三時間。では、"宝探し借り物競走"開始だ!』

 

スタートのファンファーレが流され、生徒達が一斉に動き出したようだ。さてここに最初にここにくるのはどなた

 

「先生!紙どこ!?」

 

早いな!

 

「いやそれを探すのも楽しみの一つなんですが?マヤノトップガンさん」

 

"マヤノトップガン"は天真爛漫でとにかく元気なウマ娘。甘えん坊な末っ子気質で飽きっぽく気分屋。いつもトレーナーを振り回していて制御が難しいらしい

 

「えへへ〜、最近先生に甘えられてないから無意識にここにきちゃった!」

 

「そうですか。しかし今は自分も審査員の立場にあるので、それはまた今度ですね」

 

「そっか...わかった!なら早めに終わらせてまた来るよ!じゃあね先生!」

 

「走ってはダメですよ」

 

オレの注意に身体をビクッとさせてゆっくりと歩き出していった。注意してよかったー

 

「先生」

 

次はグラスだった。それはそれはとてもいい笑顔で。その手にはしっかりとお題の書かれた紙も握られていた

 

「よく見つけましたね」

 

「えぇなんとなくわかりました。でもこれ見つけにくすぎです。始まってすぐに来ようと思ったのに探すのに少し時間がかかっちゃいましたよ」

 

「いやしかしお題の中に自分が担当のものがないかもしれないじゃないですか」

 

「それはありえません」

 

「それはどうして?」

 

「最初会長がおっしゃってました。この催しものは生徒会の方々と"教員"、トレーナーの方々で考えたと。生徒会長であるシンボリルドルフさんが先生に頼まないわけないですから」

 

「よくわかってるんですね」

 

「いえ。先生のことに関して考えれば私でも同じことをするので」

 

「そうですか。まぁお話はそれまでにして早速始めましょうか」

 

「いえ、もう少しお話したいです」

 

「ダメです。紙は一枚しかないんです。グラスワンダーさんが終わればすぐに戻して次の娘を待たなければいけないので」

 

「え〜」

 

「我慢してください」

 

「せっかく会えたのに...」

 

「そんな顔をしないでください」

 

これじゃあオレが悪いみたいじゃん

 

「わかりました。先生に迷惑をかけるのは本意ではないので」

 

「すみません」

 

なんでオレが謝らないといけないの?

 

「じゃあゲームの内容を話しましょう。ゲームは、自分を食堂まで連れて行くことです」

 

「それだけですか?」

 

「えぇ。しかしその間に15人のウマ娘に挨拶以外の言葉をかけられたらゲームオーバーです」

 

「そ、そんなの絶対クリアできるわけないです!」

 

らしいなー。なんでこれが一番難関なお題なのか。あれ?でもお題が難しいのはお題の紙が入った箱見つかりやすいのでは?いろいろ矛盾が...

 



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オリジナル2

2期始まりましたね。そして待ちに待ったアプリ。嬉しいこと続きですね


「では行きましょうか」

 

「ま、待ってください!」

 

グラスはドアを少し開けて顔だけ出し外の状況を確かめた

 

「先生、私から離れないでくださいね」

 

「えぇもちろん」

 

「...っ!そうです!先生が離れないように手を繋ぎましょう♪」

 

「いやそこまでする必要は...」

 

「ダメです!さぁ!」

 

オレの手を引っ張ってメディカルルームを出た

 

「〜♪」

 

楽しそうだな。耳もピョコピョコしてるし尻尾も揺れてる

 

「先生こんにちは!」

 

「先生やっほー!」

 

「こんにちは」

 

「これはセーフですよね?」

 

「えぇ。ただの挨拶ですので」

 

「せんせー紙どこー...?」

 

「先生紙持ってきてよー」

 

「頑張って探してください」

 

これで14人目

 

「グラスワンダーさん。あと一人でゲームオーバーです」

 

「〜♪」

 

あれ聞いてる?あ、これ聞いてねぇや

 

「あ、先生!」

 

「おやハルウララさん、こんにちは」

 

"ハルウララ"。元気とやる気が取り柄の天真爛漫なウマ娘。わがままで飽きっぽいゆえにレースではなかなか勝てないが、何度負けても持ち前の明るさで立ち直り、周囲のみんなと楽しく学園生活を満喫している

 

「先生も芋けんぴ食べる?」

 

「おやありがとうございます。ありがたくいただきますね」

 

「うん!感想聞かせてね!」

 

「えぇ。グラスワンダーさん」

 

「〜♪っ?先生?」

 

オレが手を離すとグラスは正気に戻った

 

「今ハルウララさんに声をかけられました。これで15人、残念ながらゲームオーバーです」

 

「え、え...え?」

 

「んー?どういうこと?」

 

グラスは困惑し事情を知らないハルウララさんはポカーンとしている

 

「...ウララさん」

 

「グラスちゃんどうしたの?」

 

「少し、OHANASHIよろしいですか...」

 

「え?お、おおおおおお!」

 

グラスはハルウララさんの首根っこを掴んで連れて行ってしまった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やはりオレのお題の紙は見つけにくいようでグラスの後に来たのはわずか二人。ゴールドシップさんとアグネスタキオンさんだった。ゴールドシップさんは「なんか適当に探してたら見つけたー」と。アグネスタキオンさんは「ふっ風が教えてくれたのさ」と。偶然てあるもんだねー。ちなみに二人ともクリアならず。というかする気がなかったみたいだ

 

「せーんせ」

 

「やぁマルゼンスキーさん」

 

「もぅ。いつも通り呼んでくれてもいいじゃない」

 

「今は仕事中です」

 

「お堅いわねせんせ。まぁそうおいとこも好きなんだけど」

 

「どうも。それで?何か用ですか?」

 

「何って、決まってるじゃない。こーれ」

 

スキーが持っていたのはお題の紙だった

 

「わかりました。それでは行きましょうか」

 

「ちょっと待って」

 

「はい?」

 

「出発前にこれに着替えてせんせ。それとこれもね」

 

スキーから渡されたのはカジュアルな服と度の入っていないメガネだった

 

「これは?」

 

「変装。別に着替えちゃダメってルールはないでしょ?」

 

「確かにありませんが」

 

「なら大丈夫よ。ほら早く」

 

「わ、わかりました」

 

スキーから半ば強制的に渡され、本人は一旦部屋を出た。仕方なく着替えて鏡を見てみるとめちゃくちゃセンスが良かった

 

『せんせー終わった?』

 

「えぇ」

 

スキーが再び入り着替えたオレを確認すると目を見開いて驚いている

 

「似合うなとは思ってたけどこれはヤバいわね」

 

「変ですか?」

 

「ううん逆。よく似合ってるわよせんせ♪」

 

「そうですか。普段メガネなんてかけないものですから」

 

「だいぶ印象変わるわね。これならホントにイケるかも」

 

「なんだか落ち着きませんね。学園内で私服というのは」

 

「それは我慢してね。それじゃあ行きましょうか」

 

「わかりました」

 

準備が整いスキーに先導される

 

「マルゼンスキー先輩」

 

「お疲れ様です」

 

「えぇ、お疲れ様」

 

廊下を歩いているとウオッカさんとダイワスカーレットさんが現れた

 

「その方は?」

 

「会長のお客さんなの」

 

「そうなんですか」

 

「...」

 

「どうしたんだよスカーレット」

 

「どこかで会ったような気が...」

 

「気のせいじゃないのか?」

 

「二人ともごめんなさいね。急ぐから失礼するわね」

 

「あぁすいません」

 

なんとかバレずにやり過ごすことができた。しかし離れてからもダイワスカーレットさんはオレに疑いの目を向けていた

 

「危なかったわね」

 

「でも意外とバレないものですね」

 

「私としてはもうバレちゃいそうでひやひやしたわ」

 

その後も誰一人とオレだとバレることなくゴールである食堂の前まで来た

 

「ようやく着いたわ」

 

「ですね」

 

「いつもより距離が長く感じたわ」

 

「できるだけ他の娘とすれ違わないようにゆっくり来ましたからね」

 

「Oh!マルゼンスキーデス!」

 

「っ!あらタイキ」

 

ここでシャル登場。スキーも驚きはしたもののすぐに平然を装った

 

「...」

 

シャルはジーッとこっちを凝視してくる

 

「センセー!イメチェンですカ?」

 

「えっ」

 

「メガネかけたセンセーもカッコイイデス!」

 

あっけなくバレいつものように抱きつかれる。しかもなかなかに大声で発したせいで周りにいる生徒達が一斉に寄ってきた

 

「え!先生!」

 

「本当だ!よく見たら先生だ!」

 

「うっそ!印象全然違う」

 

押し寄せる生徒の波に押しつぶされてしまう

 

「やってくれたわねタイキ...こうなったら!」

 

おしくらまんじゅう状態になってもオレの隣をキープしていたスキーはオレの手を取って強引に食堂に入った。そこには判定員のエアグルーヴが待っていた

 

「エアグルーヴ!先生連れてきたわよ!」

 

「お、おう...しかし大勢連れてきたんだな」

 

「それは想定外だったけど実際に先生と話したのはタイキだけだから問題ないはずよ!」

 

「まぁルール上問題はないな」

 

「じゃあ!」

 

「あぁ、達成ということで会長に伝えておく」

 

「やったー!せんせ私やった...よ...」

 

喜びを伝えようと振り向くのだが...

 

「先生その服どこで買ったの?」

 

「いや、これはマルゼンスキーさんが選んでくれたもので」

 

「先生本当にメガネ似合う!普段からもかけなよ!」

 

「いえ別に目が悪い訳ではないので、使う必要がなくってですね」

 

「この際だから髪型も変えてみようよ!」

 

「いやまだ仕事が...」

 

「大丈夫だって」

 

案の定この姿が珍しいのかもみくちゃ状態は変わらなかった

 

「これは何の騒ぎだ」

 

「会長」

 

そこへ現れたのは生徒会長、帝王シンボリルドルフだった。生徒会長の登場にその場は一気に静まり返った

 

「すみません。自分がこんな格好をしたばっかりにこんな騒ぎになってしまいました」

 

「...」

 

「あの、シンボリルドルフさん?」

 

「っ!すまない先生」

 

「なーにー?生徒会長ともあろうルドルフが先生に見惚れちゃったの〜?」

 

「ち、違うぞ!」

 

「どうかしらね〜」

 

「ともかくだ、これだけの人数が集まっていれば他の生徒の迷惑となる。現状打破、すぐ解散するように」

 

『はーい』

 

生徒会長の一声にその場にいた生徒一同渋々解散していった

 

「会長、マルゼンスキーが先生のお題をクリアしました」

 

「そうか。やはりマルゼンスキーだったな」

 

「どういうこと〜?」

 

「生徒会員の中で話になってな。お題もお題でクリアできるウマ娘はいるのだろうか、と」

 

「隠し場所も難易度高かったからな。挑戦する者も少ないとは考えていたんだ」

 

「それでなんで私がクリアするってなったのよ」

 

「景品を狙う者も多かろうが、クリアできるとなったらマルゼンスキーなのだろうと全員一致で考えたよ」

 

「あらそれは嬉しいわね。だってせんせ♪」

 

「良かったですね」

 

「そんな他人事みたいに。先生はそろそろ私の気持ちに応えるべきじゃないかしら?」

 

「さて服を着替えて仕事に戻らないと」

 

「あん、またそうやって誤魔化す。ちょっ待ってよ〜」

 

オレはよくない話の流れに勘づいて即刻部屋を退出する。それを追っかけてくるスキー

 

「あの二人は相変わらずだな」

 

「会長はよろしいのですか?」

 

「泰然自若、焦ってもいいことはないさ」

 

「そうですか」

 

これにてファン感謝祭二日目は終了となった

 



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Season2
第一R



2期も書いていこうと思います。ミスターシービーの情報がほとんどないので完全に自分の感性で表現してますのでご了承ください


 

「こちらはメディカルルームです!身体の不調とかあったらここで診てもらえるからね」

 

「おや案内ですか?」

 

「はい先生。この娘達が見学に来てくれましたわ」

 

「「こんにちは!」」

 

「こんにちは。楽しんで行ってください」

 

今日はトレセン学園のオープンキャンパス。立派なウマ娘を夢見る娘達がたくさん見学に来ている。そしてその娘達の案内係に任命(ハズレクジだが)されたのがチームスピカだった。現に今テイオーとマックイーンが見学の娘を連れて回っているようだ

 

「あの!」

 

「はい?」

 

「あなたが有名な先生、ですか?」

 

「有名?」

 

「いろんな雑誌でいろんなウマ娘の方がコメントで書いてあったんです!」

 

「私も見ました!みなさん揃って『私がいつも以上の走りができるのはとある先生のおかげ』って!」

 

「あー、そういえばマックイーンもこの前の取材でそんなこと呟いてなかった?」

 

「えぇ事実ですもの」

 

「やっぱりそうなんですね!」

 

「そうですわ。まさしくこの方が我々ウマ娘にとってかけがえのない存在の殿方ですわ」

 

「「おー!」」

 

「そんな大袈裟ですよ」

 

「先生は謙遜しないでくださいまし。現に(わたくし)が先日の春の天皇賞に勝利できたのも先生のお力あってこそですわ」

 

「ありがとうございます。しかし勝ったのはメジロマックイーンさんの実力です。自分はほんの少しお手伝いしたに過ぎません」

 

「それだけでも私達ウマ娘にとっては大事なことですわよ」

 

「...では、ありがたく受け取っておきましょう」

 

オレとマックイーンのやり取りを見学の二人は目をキラキラさせながら聞いていた

 

「あの!私も絶対トレセン学園に入って立派なウマ娘になりたいです!」

 

「私も!それで私も先生に診てもらいたいです!」

 

「そうですか。あなた達が来てくれる日をお待ちしています。お名前を聞いても?」

 

「キタサンブラックです!」

 

「サトノダイヤモンドです!」

 

「わかりました。キタサンブラックさん、サトノダイヤモンドさん、入学を待っていますね」

 

「「はい!」」

 

「むぅ、先生はまたそうやって...」

 

「あんなちっちゃい娘に妬いてんの?マックイーン」

 

「や、妬いてなどいません!ただ先生がたらしにならないか心配しているだけですわ!」

 

「あーそう」

 

「なんですその顔は!」

 

見学の娘二人に頑張っての意味を込めて頭を撫でてやると「えへへ♪」状態となり、それを見るマックイーンは「むむむ...」状態となっていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オープンキャンパスも終わりそれぞれのウマ娘はそれぞれの目指すレースへと意気込んでいた。特に春の天皇賞を勝利したマックイーンと無敗の三冠バを期待されているテイオーに注目が集まっていた

 

「お、やってるな」

 

「一心不乱。テイオーは夢に向かって突き進んでいるよ」

 

「ルドルフ。やっぱり気になるか?」

 

最近遅くまで自主トレーニングをしているテイオーを見かけるとそこへ無敗の三冠ウマ娘であるルドルフがやってきた

 

「気にならないと言えば嘘になるな」

 

「そうか」

 

「先生からはどう見える」

 

「調子は上がっていてコンデションもいい、んだが...」

 

「ん?先生にしては煮え切らない発言じゃないか」

 

「少しオーバーワーク気味なのが気になる。テイオー的には許容範囲内らしいんだが」

 

「そうか。スピカのトレーナーはなんと?」

 

「トレーナー的にも想定よりもほんの少し多いぐらい。ちゃんと食ってちゃんと寝てればなんの問題もないだと」

 

「そうか」

 

「テイオーにはふわっと伝えたんだけどな。いつもの「大丈夫大丈夫!」といなされてしまってな」

 

「テイオーらしい。...先生」

 

「わかってる。ダービー前最後の調整の時にダメそうなら止める」

 

「ありがとう。やはり先生は頼りになるな」

 

「一番頼られてる生徒会長様にそう言ってもらえるのは恐悦至極」

 

「先生。その言い方はさすがに嫌だぞ」

 

「そんなつもりはなかったんだが、すまん」

 

「それに先生がいつでも頼ってくれと言ってくれたじゃないか」

 

「あーそんなことも言ったかもな」

 

「ふっ」

 

全く身に覚えがない。そんなこと言ったかな

 

「そういえば今日のオープンキャンパスにテイオーやマックイーンを目指す娘がいたよ」

 

「そうなのか」

 

「その時思い出したよ。ルドルフが三冠ウマ娘になった時のこと」

 

「あーあの時か」

 

「記者の中くぐり抜けて出てきたのがちっちゃいテイオーだったな」

 

「懐かしいな。そんなテイオーが今や私と肩を並べるほどのウマ娘に成長した」

 

「そうだな。時は経つものだな」

 

「おじさんくさいぞ先生。先生だってまだ若いだろうに」

 

「まぁな。でもこの体で持つのもあと何年かね」

 

「そんな縁起でもないことを言うもんじゃないよ先生。私はまだ先生に診てもらいたいのだから」

 

「別に死ぬ訳じゃないさ。オレ自身も君達がどこまで行くのか観たいからな」

 

「君“達”か...」

 

「どうした?」

 

「いいやなんでもない。そろそろ帰ろう。これ以上遅くなるのはよくない」

 

「確かにそうだな。いつの間にかテイオーもいなくなってるし」

 

話に夢中になってしまいテイオーももういなくなってしまっていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本ダービー前の最後のテイオーの調整。テイオーの身体を隈なく診ていく

 

「トウカイテイオーさん。この辺違和感ありませんか?」

 

「ん?別にないよ?」

 

「そうですか」

 

オレはテイオーの左足にごく僅かな違和感を覚えた。しかしテイオー本人にそんな感じはないらしい

 

「これは痛くないですか?」

 

「大丈夫」

 

「これは?」

 

「全然へーき♪」

 

捻ったり押したりしても痛みを我慢してる様子もなかったためテイオーを帰した。しかし気になったので一応スピカのトレーナーにはメールで伝えておいた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『国民的スポーツエンターテイメント、トゥインクルシリーズ。実況は私赤坂と解説は細江さんでお送りします』

 

『よろしくお願いします』

 

『本日のメインレースは日本ダービーです!なんと入場規制がされるほど多くの人がここ東京レース場に押し寄せています!会場にお越しになれないファンのためにここ東京レース場の様子は生配信されています。八枠、最後に登場するのは一番人気、トウカイテイオーです!』

 

『テイオー!』

 

『テイオー!!!』

 

日本ダービーで大外八枠に入ったウマ娘が勝ったことは一度もない

 

「さて、どうやって走るのか」

 

テイオーの走りを考えていると目の前が真っ暗になった。誰かに手で覆われたようだ

 

「だーれだ♪」

 

スキーだな

 

「誰だろー。ちょっとわからないなー」

 

「えぇ〜、先生私よ私」

 

「新手の私私詐欺かな。申し訳ないんだが財布の中にはそんなに入ってなくてね。他をあたった方が」

 

「もぅ!先生なんでわかってくれないの!」

 

「おうスキーだったかー。全然わからなかったー」

 

「むぅ!」

 

「ふっ、先生も人が悪いな。本当はマルゼンスキーだとわかっていたのだろう?」

 

「ルドルフもいたのか」

 

「ちょっとそれ本当!?そうなの先生!?」

 

「まぁな。こんなことする娘なんてスキーぐらいだしな。そうじゃなくても声でわかったしな」

 

「じゃあ普通に当ててよ〜」

 

「いつもスキーに弄られてばかりだしたまにはな」

 

そう言ってスキーの頭を撫でてやる

 

「も、もぅ。こんなことしてご機嫌取れるなんて思わないでよね♪」

 

表情と尻尾でわかるんだよな

 

「そうだ。テイオーは勝てないと言われている大外枠なんだが、どうなると思う?」

 

「ここはスタート直後に急カーブがあるため大外は不利とされているが、それを不利と見るか有利と見るかはウマ娘次第さ」

 

「そうか。なら、テイオーなら大丈夫だな」

 

「どうしてそう思うんだ?」

 

「テイオーならそんなことで悩んだりしないだろ」

 

「ふふっ、確かにな」

 

ん?おーこれは珍しい

 

「ちょっとはずすな」

 

「もうすぐスタートだが?」

 

「それまでには戻るさ」

 

オレは気になる娘の元に歩み寄った

 

「シービー。君も来ていたのか」

 

「やぁ先生。会えて嬉しいよ」

 

"ミスターシービー"。ルドルフやブライアンと同じように三冠を達成した三冠ウマ娘。ウマ娘界きっての追い込みウマ娘で有名だ。また勝利のセオリーが存在したレース場で次々と常識はずれな勝利を掴んできたのもその名を上げている原因だろう

 

「天下のミスターシービー様が注目のウマ娘が今日出るのかな?」

 

「意地悪だな先生、その言い方」

 

『二番人気リオナタール。ターフへやってきました』

 

『そして三冠ウマ娘のミスターシービーが期待を寄せる三番人気シガーブレードが入場です』

 

シービーは入場したシガーブレードに対してグッドサインを出した

 

「なるほど、そういうことか」

 

「あぁ。皐月賞では二着だったし今日もいい走りができると思う。でも...」

 

「でも?」

 

『そしてここまで無敗のウマ娘、トウカイテイオーが皐月賞に続き二冠を制するかどうか非常に注目されます』

 

「トウカイテイオー、彼女の方が一枚も二枚も上手なのは事実なんだ」

 

「そうか。んじゃオレは戻るよ」

 

「おや、一緒に観てくれないのかい?」

 

「先にルドルフ達と会ってな。よかったらシービーも一緒に来るか?」

 

「いや遠慮しておこう。先生、今度は二人きりで、な?」

 

「その約束はできかねるな」

 

「そうか。では今度誘いに行くとしよう」

 

「話聞いてた?」

 

これ以上話しても意味ないことはすぐ理解したので戻った

 

「おかえりせんせ」

 

「何かあったのか?」

 

「シービーに会ってきた」

 

「あら、さっき名前が出たからもしかしてとは思ったけど」

 

「本当に来ていたのか」

 

「あぁ」

 

♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

『枠入りが始まっております。各ウマ娘順調に枠入りしていきます。最後にトウカイテイオー悠然とした表情でゲートに入ります。無冠の二冠ウマ娘が期待されているトウカイテイオー、皐月賞に続きこのレースを制することができるのか!大きな歓声、大きな期待に包まれて東京有償日本ダービー、今スタートしました!』

 

テイオーはいいスタートを切り中盤大外に位置づけた

 

「各ウマ娘がスーッと内側に切れ込んで第一コーナーに向かいます。トウカイテイオーは1、2、3、4、5、6、7、八番手で第一コーナーに差し掛かります」

 

「先生が言った通り大外スタートでも関係なかったようね」

 

「マルゼンスキー覚えているか?昔テイオーに君がかけた言葉」

 

ルドルフが三冠を達成した日に現れたテイオーにスキーは『ルドルフちゃんみたいになるには才能、努力、運の三つが完璧に備わってないとね』と伝えていた

 

「えぇもちろん」

 

「テイオーの生まれ持った素質である膝や足首の柔らかさは才能、毎日の人並み以上してきた努力、そしてあれだ」

 

「ダービーは最も運があるウマ娘が勝つと言われてるからね」

 

「まさに今日のレースは運が試される」

 

『向正面から第三コーナーへ。トウカイテイオーは外側七番手の位置。そして第四コーナーを回ってた!トウカイテイオー五番手に上がってくる!』

 

テイオーの目の前には誰もいない。外側を回る利点はここだろう。内側だと他のウマ娘に囲まれて身動きが取れなくなってしまうことも多々ある

 

『トウカイテイオースパートをかける!外からトウカイテイオーがやってくる!トウカイテイオーがくる!残り40m、トウカイテイオーがきた!しかし他のウマ娘もやってきた!』

 

「うわー強い」

 

「こうなったら無重力状態だな」

 

『トウカイテイオー抜けた!三馬身から四馬身!文句なし!これは文句なし!大外不利もなんのその!トウカイテイオー、日本ダービー制覇!二冠達成!まさに横綱状態!トウカイテイオー、シンボリルドルフ以来無敗の二冠達成!』

 

『テイオー!テイオー!テイオー!テイオー!』

 

『おっとテイオーコールだ!』

 

無敗の二冠達成に大盛り上がり、その熱気はその後のウィニングライブにも続いた。しかし舞台袖で見ていたオレやルドルフは気づいてしまった

 

「っ!?」

 

「ルドルフ...」

 

「先生」

 

「すまん、テイオーの三冠は叶えられないかもしれない」

 

「...」

 

テイオーの違和感に気づいた者は何人いただろうか

 



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第二R

 

テイオーの診断は骨折、菊花賞はおろか入院。さらには復帰は一年後という結果になってしまった。その報道は大々的に発表され今は6月で菊花賞は11月。テイオーの三冠は絶望的と誰もが思い、怪我がなければと悔しがるファンもいた

 

しかしテイオーは諦めなかった。菊花賞は絶対走るという強い意志をトレーナーに伝え、トレーナーもそのためのプランを練る。しかし...

 

「ダメです、許容できません」

 

「えー、お願いだよ先生!」

 

「いくらトウカイテイオーさんに強い意志があろうと医者が全治6ヶ月と判断した以上はその間走らせるわけにはいきません」

 

「大丈夫だよ、どうにかするから!」

 

「怪我は気持ちでどうにかできるものではありません!」

 

「っ!」

 

オレが声を荒げるのは滅多にない。しかし今回は声を荒げざるを得ない。これもテイオーのためなんだ

 

「それにサイレンススズカさんのことを忘れたんですか?彼女は今のあなたよりも酷い状態であり完治にもあなたよりも長い時間がかかった。トウカイテイオーさん、あなたは一年後には復帰ができるんです」

 

「でも、僕の夢は」

 

「無敗の三冠ウマ娘、シンボリルドルフ会長のような。でしたね?」

 

「うん...」

 

「ここでムリして夢を達成したとしてその後走れないことをシンボリルドルフさんは望んでいるのでしょうか」

 

「それは...」

 

「ファンの人にしてもそうです。怪我を負ったままムリして出る1レースと、完治してから本来の強さを見せられる多くのレース、どちらが見たいのでしょう。少なくとも自分は後者です」

 

「そうかもしれないけど...それでも!」

 

「...」

 

彼女の意思は固いようだ

 

「よう」

 

「何か...?」

 

するとスピカのトレーナーがやってきて分厚い紙束を渡された

 

「これは?」

 

「菊花賞までのテイオーのトレーニングメニューだ」

 

「本気ですか?」

 

「あぁ本気だ。テイオーが諦めない限り俺はそれを支える」

 

トレーナーは真剣な表情でテイオーを見る。その顔を見たテイオーも強い眼差しに戻ってオレを見てきた

 

「僕、やっぱり諦めたくない!」

 

「はぁ...」

 

オレは一回ため息を吐き渡された紙束に目を通した

 

「あなたはトレーナー失格ですね。普通ならばあなたが止めるべきなのでは?」

 

「そうなんだろうが、俺はできることをやってやりたいんだ」

 

「そのようですね。これもトウカイテイオーさんの怪我の後急いで資料なんかに目を通したのでしょ?」

 

「んぐっ!」

 

「ところどころ穴があります。修正は自分がしましょう」

 

「っ!先生それじゃあ...!」

 

「えぇ、自分もサポートしましょう」

 

「お前...」

 

「やったー!」

 

「ただしトウカイテイオーさん、いくつか約束があります。これを受け入れられない場合はあなたを縛り上げてでも止めます」

 

「(ゴクリ)...」

 

「まず提示されたこと以外の自主トレーニングなどは一切禁止します。二つ目にムリはしない。痛みや違和感などあればすぐに来てください。そして、ギリギリまでやってみてそれでも医師がノーと言えばそれに従ってください。言うことを聞かずに勝手にレースエントリーした場合はそれ相応の対処をとらせていただきます。これが自分との約束です。よろしいですか?」

 

「うん、わかった」

 

テイオーは力強い目をしたまま頷き了承した

 

「ではこのレシピは一旦お預かりします。明日にはお戻ししますので」

 

「わかった、よろしく頼む」

 

「先生、ありがと!」

 

テイオーとトレーナーは退出した

 

「さてと...」

 

2人が出て行ったのを確認してから机に向かってもらった資料を見返し、修正部分を直していった

 

「テイオーさん、思ったより元気そうでしたね」

 

「まだ残っていたんですか?グラスワンダーさん」

 

「練習が終わって先生に会いに来たら先客がいらっしゃったので」

 

「ではさっきの話は聞いていたんですね」

 

「えぇ」

 

「盗み聞きとはいい趣味ではないですよ?」

 

「そんなつもりはなかったんですが。すみません」

 

「口外はよしてくださいね。伝えるとしてもトウカイテイオーさん自身。あるいはスピカのトレーナーさんがするでしょうから」

 

「心得ています。それより先生...」

 

「はい?」

 

「今は放課後で私と2人きりなのですが」

 

「わかっているなら早く帰りましょうね」

 

「むぅ〜最近先生が構ってくれなくて私悲しいです」

 

「一週間前にお昼を一緒に取ったと記憶しているんですが?」

 

「一週間も間が空いたじゃないですか」

 

「どれだけ辛抱がないんですが」

 

「先生には毎日でも相手して欲しいんです」

 

グラスといいスキーといい練習が終わったなら早く帰って身体を休めなさいと言っているんだがな

 

「まぁいいです。先生が人気者なのは今に始まったことではないですし」

 

「それは自分が望んだわけでは...」

 

「それでもなんです!さ、先生ももう帰るんですよね?よかったら一緒に帰りませんか?」

 

「申し訳ない。自分はまだしなければならない仕事がありますので」

 

「働き過ぎはよくないですよ?」

 

「わかってます。しかしこればっかりは今日中に仕上げなければならないので」

 

俺がそう伝えるとグラスは明らかに残念そうに頭を垂れる

 

「わかりました。あまりムリしないでくださいね」

 

「ご忠告感謝します。グラスワンダーさんも気をつけて帰ってくださいね」

 

「はい。テイオーさん、早く良くなれることを祈っていますね」

 

「っ,,,これからは自分自身との戦いになる。グラスのときと同じようにな」

 

「先生...」

 

「それだけか?それならほら、そろそろ帰りな」

 

「頭撫でてくれたら帰ります」

 

「まったく君は。お淑やかに見えてなかなか逞しい性格をしてるよな」

 

「先生にだけです♪」

 

仕方なくグラスの頭を撫でると気分が上がったのかルンルンで帰っていった

 

 

 

 

 

 

 

「はいこれ」

 

「おいもしかしなくてもお前、徹夜したのか?」

 

「これぐらいなんでもない。いいか?テイオーにも言ったがトレーナーも焦るなよ」

 

「わかってる」

 

翌日の朝には修正終了した冊子を渡した。しかしこれでテイオーが間に合うという保証はまったくない

 

「ありがとな」

 

「本来ならオレは反対の意見だ。でも怪我した本人とそのトレーナーがやるっていうんならそれを止めるなんてことは現状はしない。あとは今後の状態をみてその都度判断させてもらう」

 

「すまねぇな」

 

「今回の件はオレにも責任がある。テイオーが望むならスズカやグラスみたいにつきっきりで看ることもする」

 

「それはテイオー次第だな。今日聞いてみる」

 

「あぁ」

 

そしてテイオーの戦いは始まった。まだギブスもついたままで松葉杖状態のため練習はスピカのメンバーが走っている様子を観察し、自分ならどう走るかひたすらシミュレーションすることからであった。そして毎日オレが足の状態を診ながらむくみを取ったりの処置をした

 

それから一ヶ月後にはギブスが取れ歩行のリハビリに移った。テイオー本人もここからが本番と感じていたのかやる気を見せるが焦らずトレーナーのメニューをきっちりこなす。テイオーはオレのつきっきりのリハビリは...

 

『僕が先生を取っちゃうと会長や他のみんなから怒られちゃうからね。いつもの調整だけで十分だよ』

 

...と大丈夫なようだった

 

「やぁ先生」

 

「テイオーのこと気になってるのか?」

 

グラウンドでリハビリを頑張っているところを見ているとハヤヒデとブライアンがやってきた

 

「もう練習は終わりですか?」

 

「いや一旦休憩だ。先生こそこんなところでサボっていていいのか?」

 

「これは手厳しい。では自分も休憩中、ということにしておいてください」

 

「ふっ、ならばそういうことにしておこうか」

 

「先生、テイオーの具合はどうなんだ?」

 

「順調ですよ。怪我発覚から1ヶ月でギブスが取れて、サポーターをしてはいるもののああして歩行のリハビリもできています」

 

「そうか。菊花賞には...」

 

「それはわかりません。トウカイテイオーさん自身とスピカのトレーナー次第ですね」

 

本音を言えば非常に厳しい。4ヶ月足らずでレースで走れるような身体に戻すことは困難であるのは事実だ

 

「センセー!」

 

「うおっ」

 

「エルコンドルパサー 、危ないだろ」

 

「センセーを見つけて居ても立っても居られなかったデス!」

 

いっつも思ってるんだけど君達が突っ込んできたらオレ粉砕骨折ものだからね?わかってるのかな

 

「きょ、今日も元気ですねエルコンドルパサー さん」

 

「ハイ!センセーに会えたのでもっと元気になりまシタ!」

 

「それはよかった」

 

「先生はエルコンドルパサー やタイキシャトルに甘すぎだ」

 

「まったくだ」

 

「先生は優しいですカラ!」

 

「お前は甘えすぎなんだ」

 

「イタッ!」

 

勢い良く抱きついてきたエルにブライアンがチョップを入れハヤヒデが首根っこを掴んで引き離した

 

「アーン、センセー」

 

「いい加減にしろエルコンドルパサー 」

 

「先生すまないな、私達は練習に戻る」

 

「えぇ、頑張ってください」

 

ハヤヒデがエルの首根っこを掴んだまま引き摺るように連れて行きエルが手をパタパタと抵抗するも無駄であった

 

「先生」

 

「はい?」

 

最後にブライアンが不意にオレの胸ポケットに入れてあった棒付き飴を取った

 

「これはもらうよ」

 

「まいったな」

 

ブライアンはいい笑顔を見せてハヤヒデを追いかけた

 



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第三R

 

テイオーは良く頑張った。めげず諦めず、そして焦らずリハビリをこなしていった。そして菊花賞の三日前、医師の診断は"NO"だった

 

その診断を聞いたスピカのトレーナーはまだ何か手があるはずと最後まで足掻いたのだがテイオーが止めた。トレーナーは悔しさを隠しきれず俯くがテイオーは泣くのをグッと堪え笑顔だった

 

そして菊花賞。テイオーはトレーナーに頼み菊花賞の舞台である京都競バ場に連れて行ってもらったらしい。なんでも自分の走る予定だったレースを間近で見たかったとのこと。その時ばかりは堪えきれず涙を流したと

 

「そうか」

 

「だがテイオーはこんなところで挫けるようなウマ娘じゃない。先生もわかっているだろ?」

 

「そうだな。テイオーは強い娘だもんな」

 

「テイオーは言っていたよ、無敗の三冠ウマ娘にはなれなかったけど無敗のウマ娘にはなれるって」

 

「確かに怪我はしたがその前は0敗。なら復帰後も勝ち続ければいいのか」

 

「新たな夢が見つかったみたいだ」

 

「それはよかった」

 

ルドルフは既にテイオーと話した様子だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオーの足は順調に治っていきもう走っても大丈夫なほどになっていた

 

「ありがと先生」

 

「急にどうしました?トウカイテイオーさん」

 

「僕がここまで走れるように戻ったのは先生のおかげだよ」

 

「いいえ、頑張ったのはトウカイテイオーさんです。菊花賞よく決断してくれたと思っています」

 

「それでも先生がいなかったら治るのもっと遅かったんでしょ?」

 

「いやそんなことは...」

 

「大丈夫、トレーナーから全部聞いてるから」

 

あんのやろうは...余計なことを

 

「だからありがと」

 

「どういたしまして」

 

それからすぐ年末となり、テイオーとマックイーンがなんと今年のURA賞に輝いた。URA賞とはたくさんある部門の中からその年にレースで活躍したウマ娘達を選出し称える賞である

 

テイオーは無敗の三冠ウマ娘にはなれなかったもののファン投票数が一番だったため年度代表ウマ娘に選出。マックイーンは年間三勝に二位が二回と言う戦歴から最優秀シニア級ウマ娘に選出された

 

そして年が明けオレはゆっくり休めるかと思いきやスキーに呼び出され初詣に連れ出された

 

「リギルの娘達と行けばいいじゃないか」

 

「それもいいんだけどせっかく先生が休みなんだもん。一緒にいたいじゃない?」

 

「せっかくの休みなんだから文字通り休みたかったんだけどな」

 

「昼間十分休めたでしょ?ほら行くわよ」

 

「わかったから腕を組むな」

 

「あらいいじゃない。未来のお嫁さんなんだし」

 

「いつの間にそんなこと決まったんだ」

 

「出会った時から」

 

「横暴すぎる。オレはそんな横暴に下ったりしないからなー」

 

「もぅ、こういうときはノリに乗っちゃった方が楽なのよ?」

 

「そうして後が壊滅的なら最悪だ」

 

「私は構わないわよ」

 

「オレが構うんだ。だから離れてくれ」

 

「ああん。仕方ないわね、これで我慢してあげる」

 

離したはいいものの今度は手を繋いできた

 

「これぐらいは許してもらうわよ。はぐれたら困るでしょ?」

 

「まったく困ったお嬢さんだよ」

 

「自分の気持ちに素直なだけよ」

 

「もっと慎みを持ったらどうだい?」

 

「先生の前でそんなもの持ってたら他の娘に取られちゃうもの。そうなるんだったら慎みなんてポイッよ」

 

「ちょっ」

 

「はーいこれ以上の意見は受け付けませーん。いいから行くわよ」

 

「わかったわかった」

 

とまぁこんな感じで休むことはできなかったが楽しく過ごすことはできた

 

 

 

 

 

 

 

聞いたところよるとテイオーの復帰戦が決まったらしい。4月に行われる大阪杯、そこがテイオーの復帰レースとなった。そしてもっと驚いたことにテイオーとマックイーンが春の天皇賞で戦うとゴールドシップが広めていた。トレセン学には多くのチームが存在しているが、同じチームのウマ娘同士が戦うことは滅多にないので驚きだった

 

テイオーの復帰戦の前にまずはマックイーンが出走する阪神大賞典があるためその調整を行なった

 

「最近はあなた達の話題で持ちきりですね」

 

「周りが勝手に叫んでいるだけですわ」

 

「そう言う割にはワクワクしてるって感じが伝わってきますよ」

 

「やはり先生に隠し事はできませんわね。(わたくし)はテイオーが春の天皇賞に出ると言った時からずっと楽しみにしておりましたわ」

 

「二人はいつの間にライバルのような関係になってましたからね」

 

「先に突っかかってきたのはテイオーの方ですが」

 

「懐かしいですね。二人がトレセン学園に入学したばかりの頃にお互い遅くまで残ってよく注意したものです」

 

「その時が先生と初めて出会った時でしたわ。本来ならもっとロマンチックにお会いしたかったです」

 

「学園の教師と生徒なんですからいつかは出会ってたでしょう」

 

「乙女はそういうところも気にするのですわ」

 

「そうですか...」

 

マックイーンとテイオーが入学した年、早々から二人はお互いを意識していた。一方が残っていれば自分も、一方が帰らなければ自分も帰らないといった感じでいたところをオレや他の教師に見つかって幾度となく怒られていた

 

「特に問題はなさそうですね。もう起きて結構ですよ」

 

「ありがとうございます」

 

「トウカイテイオーさんとの対決より先に阪神大賞典ですね」

 

「えぇ。今年最初のレースです。テイオーよりも先に勝利を手にしますわ」

 

ベッドから起き上がり胸の前でグッと拳を握るマックイーン

 

「先生は私のレース見にきていただけますか?」

 

「申し訳ありません。その日は予定がありまして」

 

「予定?」

 

「えぇ、新しく調整師となる方々への研修の手伝いで北海道に行かなければいけないので」

 

「そうですか...」

 

「中継で拝見しますね」

 

「っ!仕方ありませんわね。テレビで私の勇姿を目に焼き付けてください」

 

「そうさせてもらいます」

 

タイミングの悪いことに新たにウマ娘の調整を担う新人の研修があるために阪神大賞典及び大阪杯の観戦に行けないのだ

 

「そういえば今度メジロのお宅にお邪魔しますね」

 

「本当ですの!?はっ!まさかお婆さまに挨拶に!」

 

「?えぇご挨拶に伺います」

 

「そ、そんな突然言われても心の準備が...」

 

「準備?いえ、そんなお気遣いなく」

 

「先生!それはデリカシーに欠けますわよ!」

 

「いや本当に...」

 

「こうしてはいられません...早速じぃに連絡して準備を始めなくてわ!」

 

「ちょっ...」

 

マックイーンは勢いよく飛び出していった

 



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第四R


ウマ娘アプリ楽しいですね

続きを楽しみにしてくれている方がいらっしゃることを知ったので続きがんばりました。次回投稿も間が空くと思われます



 

 

マックイーンが出走した阪神大賞典はあいにくの雨だった。研修先が気を利かせてくれたのか元からプランに組み込まれていたのか研修に参加している全員でテレビ越しに観戦した

 

マックイーンは多くの期待を背負って出走。しかしレース自体はマックイーンが他のウマ娘全員からマークされる展開に。が、そんなマックイーンは慌てることなく第三コーナー辺りからスパートをかけ他のウマ娘を置き去りにし力の違いを見せつける形となった

 

そして続く大阪杯。待ちに待ったテイオーの復帰戦がやって来た。長く調整を診てきた身としては最後も診てあげたかったものの、研修が重なってしまったためトレセン学園にいる他の調整師に託すことになった

 

大阪杯も阪神大賞典同様全員での観戦となり、長距離レースである阪神大賞典と中距離レースである大阪杯で走るウマ娘の特徴やトレーニングによってどのような調整を心がけねばならないのかを伝えられた

 

こうして期間が短かったとはいえ最低限のことを伝えられた研修が終わり、トレセン学園に戻るとテイオーの復帰と来るテイオーvsマックイーンがある春の天皇賞の話題で溢れていた

 

「エキサイティングなウマ娘が出マース!」

 

「え、だれだれ?」

 

「ミホノブルボンさん、前回のトウカイテイオーさんのように無敗でクラシック三冠に挑む娘ですよ」

 

「ハッ!この感触ハ!」

 

「あ、先生!」

 

お昼を取ろうと食堂へ行くと案の定テイオーとマックイーンの周りは多くのウマ娘でごった返していた。そんな食堂でスペシャルウィークさん、エル、グラスの仲良し3人組がいるテーブルを見つけ近寄ると、皐月賞の話をしていたのでエルの頭に手を乗せて話に割り込んだ

 

「おかえりなさい先生!先生もお昼ですか?」

 

「えぇ。今日は食堂でと思いまして」

 

「ならセンセーもここで一緒に食べまショウ!」

 

「先生、こちらにどうぞ」

 

グラスが少しずれてエルとの間にイスを置いてくれた

 

「では失礼しますね」

 

「センセー!撫でるの止めちゃ嫌デス!」

 

「いや、止めないと座れないし食事できませんから」

 

「ムゥ...なら仕方ないデス...」

 

「エル。先生を困らせないで。ところで先生」

 

「はい?」

 

「なんで私ではなくエルの頭を撫でたんですか?」

 

「え...」

 

グラスはいつも通りの笑顔なのだが...なんというか圧がすごい...

 

「いや、決して撫でたわけでは...」

 

「ならどうしてエルなんですか...?」

 

「一番近かったのがエルコンドルパサーさんだったもので...」

 

「フフフ、女の嫉妬は見苦しいヨ!センセーはエルのことが好きなだけデス!」

 

「先生...また浮気ですか...?」

 

「浮気!?待って!いつからそんな...」

 

スペシャルウィークさん!なんでこの状況でそんなモリモリ食べてられるの!助けてっ!

 

「先生!」

 

「センセー!」

 

ダレカタスケテ...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、今日は皐月賞に向けてのブルボンの調整が入っている

 

「先生」

 

「時間通りですね、さすがです。さ、こちらへ」

 

「よろしくお願いします」

 

「えぇ」

 

相変わらず礼儀正しい。オグリやブライアンよりも表情が変わらない。ゆえに感情がわかりずらい

 

"ミホノブルボン"。常に物事を数値的に捉え、無表情かつ無機質に目的を遂行する。しかし感情のない機械のようなウマ娘なのかといえばそうではなく、幼少期から激しい鍛錬で人と話す機会が少なかったことからどう話していいかわからないだけ

 

「ハードなトレーニングを受けているようですね」

 

「それがマスターの指示ですので」

 

「それをやってのけるミホノブルボンさんも十分すごいですよ。あとはもっと表情筋を鍛えましょうか」

 

「?それはレースに勝つことに必要でしょうか?」

 

「直接的には必要ではないかもしれません。しかし今後あなたの役に立つはずだ」

 

「...先生は私が表情筋を鍛えたら嬉しいですか?」

 

「うーんどうでしょう。ただ、表情筋を鍛えてもっと笑顔が増えたら嬉しいですね」

 

「...そうですか」

 

他所からはサイボーグなんて言われてるけど、感情がないわけじゃないんだよな

 

「本日はありがとうございました」

 

「いえいえ。決してムリしないように気をつけてくださいね」

 

「はい。では」

 

ブルボンが出ていってすぐに次の来客ウマ娘がやってきた

 

「お兄様、もういいですか...?」

 

「大丈夫ですよ。お待たせしました」

 

扉を少しだけ開けてひょこっと中を覗くようにするウマ娘。入っていいと聞くとパーっと顔を明るくして座っている俺の膝に乗ってきた。こっち向きで

 

「お兄様」

 

「はいはい」

 

この娘は"ライスシャワー"。さっきまでいたブルボンとは対称的に素直で純粋な性格。自分がいると周りが不幸になると思い込んで他人を避ける傾向にある。とても気弱ですぐに泣いてしまうが誰かのためなら一生懸命頑張ることができる健気ウマ娘。いつからお兄様と呼んで慕ってくれている

 

「ライス、今度皐月賞出るんだ」

 

「知ってますよ」

 

「でもどう走っていいかわからないの...」

 

「うーん、その辺のことに関しては自分も安易にアドバイスできないですね」

 

「そっか...」

 

ライスはシュンとしてしまう

 

「自分の長所を伸ばしてみるのはどうでしょ」

 

「ライスの長所?」

 

「はい」

 

「でも、ライスに長所なんてないよ...」

 

「あなたのスタミナと息の長い末脚は十分に長所と思っているのですがね」

 

「スタミナと末脚...」

 

「似たウマ娘といえばメジロマックイーンさんでしょうか。彼女はステイヤーとして完成度の高いウマ娘です。彼女の走りを参考にしてみては?」

 

「うん。わかった」

 

「あとはあなた次第。楽しみにしてますよ」

 

「お兄様はライスが勝ったら喜んでくれる?」

 

「それはもちろん」

 

「っ!やっぱり大好き!お兄様!」

 

相当嬉しかったのか抱きついたまま離れてくれるまで時間がかかった

 

 

 

 

 

 

 

 

今年度の皐月賞。結果は期待を裏切らなかったブルボンが堂々の1着。ライスは残念ながら8着に終わってしまった。終わった後にライスに泣きつかれてしまったが、次は勝てると慰めている間にライスは寝てしまった

 

そして次は天皇賞・春。同じチームから二人エントリーするスピカはマックイーンとテイオーに別メニューを課し各々トレーニングに励んだそうだ

 

そして今日は前々から予定が入っていた通りメジロ家にお邪魔している

 

「やぁ先生!」

 

「こんにちは先生」

 

出迎えてくれたのはライアンとドーベル姉妹だった

 

"メジロライアン"は筋トレ大好きウマ娘。メジロ家に生まれながらマックイーンのようにお嬢様な仕草は特になく性格は爽やかそのもの

 

"メジロドーベル"は卑屈なクールビューティー。人目が苦手で特に男性の前では極度に緊張してしまう。俺にもようやく慣れてはくれたもののここまでくるのに結構な時間がかかった

 

「出迎えありがとう二人とも」

 

「先生にはいつもお世話になってるしこれくらいはね」

 

「お婆様がお待ちですので、こちらへどうぞ」

 

二人に連れられてやって来たのはとある部屋。中には歴代のメジロ家のウマ娘が獲得したトロフィーがずらーっと並んでいた

 

「あら、来たのね」

 

「お久しぶりです」

 

「そんな畏まらなくていいといつも言ってるでしょ」

 

「いえ、名だたるメジロ家ご当主様に相応の礼儀を示しているだけですので」

 

「あなたも頑固ね」

 

「敬のない人間と思われたくないだけです」

 

「あなたをそんな風に見る輩がいるならここへ連れて来なさい。メジロ家の元断罪してさしあげるわ」

 

「...その時が来ないことを祈ります」

 

冗談じゃなく本当にやりそうなんだよなこの方は...

 

「お婆様お呼びでしょうか...先生!?」

 

「やぁマックイーン。お邪魔してるよ」

 

「まさかもうお婆様にご挨拶を!?」

 

「?うん、今済んだけど」

 

「なっ!おおおおお婆様!その、私は先生であれば...」

 

「マックイーン少し落ち着きな。この子は言葉通り来てくれたことへの挨拶をしただけだよ」

 

「え...」

 

「だからあなたの思っている挨拶はしてないよ」

 

「そ、そんな...」

 

「早とちりし過ぎたね。ま、気長におやり」

 

「うぅぅぅ...」

 

「えっと、なんかごめん」

 

「元気だしてマックイーン」

 

「そうそう。別に先生がいなくなるわけじゃないんだから」

 

「そんなことわかってますわ!」

 

「じゃあ涙を拭いて。マックイーンの言ってる殿方の前なんだから」

 

「はしたない姿は見せないんでしょ?」

 

「そ、そうですわね。申し訳ありません先生」

 

「気にしないで」

 

「はぁ...マックイーンにいうことがあったのだけど少し和んでしまったね。話は夕食の後にしようかね」

 

当主様のご好意でメジロ家の素晴らしい食事を堪能できた

 



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第五R

少し長くなりました


週末に春の天皇賞を控えテイオー、マックイーンのトレーニングは佳境を迎えているとのことだった。今まで3200mという長さのレースを走ったことのないテイオーはひたすらスタミナアップに努め、マックイーンは重量のある蹄鉄を付けテイオーに負けないほどの足腰の強さを身につけるらしい

 

二人とも調整を請け負っているが、二人とも日に日に成長していることがわかる。そして今日は天皇賞前最後の調整。最初に診るのはテイオーだ

 

「気合十分ですねトウカイテイオーさん」

 

「うん!マックイーンには絶対負けないよ!」

 

「新聞で見ましたが一番人気らしいですね」

 

「身体に異常はありません。トウカイテイオーさん自身どこか違和感はないですか?」

 

「大丈夫。あんな怪我した後だし、先生の言いつけ通りストレッチとか入念にしてるからね♪」

 

「そうですか、感心感心」

 

「むぅ...先生僕のこと子供扱いしてない?」

 

「そんなことないですよ」

 

「ホントかな〜」

 

「まぁ自分からしたらここにいる生徒みんな子供なんですけどね」

 

「ほらー!」

 

「ほら動かないで。ただでさえ春の天皇賞はトウカイテイオーさんにとって未知の領域なんですから。入念にしないと」

 

「うーなんか誤魔化された感じ」

 

その後も調整は続いたが問題は一切なく好調な状態だと判断した

 

次にマックイーンだが...

 

「...」

 

寝ちまいやがった...

 

「トレーニングで疲れてたのかね」

 

調整の途中でマックイーンが寝てしまったのだが一応診た感じでは問題ないようだった。まぁ気持ちよさそうに眠っているしこの後来る娘もいないからこのまま寝かせておこうとしたその時...

 

「かっ飛ばせー!ゆ・た・か!」

 

「うわっ!びっくりした...」

 

「はっ!」

 

いきなり何かの応援、かっ飛ばせって言ってたから野球か何かか?...とにかく応援をし出したと思いきや、そのまま目が覚めたようだ

 

「私ったら...先生のマッサージが気持ちよすぎてつい...」

 

「おはようございます」

 

「すみませんですわ先生。あら?少し汗をかいていますわね」

 

「す、少し驚くことがあって」

 

「驚くこと...っ!私ったらまたっ!?」

 

「メジロマックイーンさんが考えていることはわかりませんが、なんというか少しクセのある寝言のことでしたら...」

 

「〜っ!」

 

オレの言っていることがあっていたようでマックイーンは出会ってから今までで一番顔を真っ赤にして布団を被ってしまった

 

「安心してください。別に誰かに言おうなんて思っていませんので...」

 

「そういう問題ではありません!ただでさえここ数日先生に醜態を晒しているのに、あまつさえ一番恥ずかしいことを...!」

 

「ま、まぁ誰にだって隠したいことはありますよ。甘いもの好きだけど体型維持するために影で必死に我慢していたり」

 

「ぐっ...!」

 

「トレーナーに頻繁にかけるくらいプロレス技を知っていたり」

 

「うぐっ!」

 

「好きな野球チームの応援歌の練習するためによく一人でカラオケに行ってるとか」

 

「なっ!!」

 

「それから...」

 

「それ以上はいけませんわ!」

 

別に誰とは言わないがありそうかなって思う隠したいことを述べていったら布団から勢いよく飛び出たマックイーンに口を塞がれた

 

「先生...あなたなぜそれを...」

 

「な、なんのことでしょう...」

 

「怪しいですわ。えぇ完全に怪しいですわ。はっ!まさかまたライアンが!」

 

無意識に目を逸らしてしまう

 

「やはり!まったくあの人は!」

 

「落ち着いて...」

 

「これが落ち着いてられますか!今すぐ帰ってあれこれ聞き出さなくては...!」

 

「それはダメです。ちゃんと寮に帰って休みなさい」

 

「いきなりそんな真顔で正論を言われても...はぁもういいですわ。絶対に言いふらさないでくださいまし。いいですね先生!」

 

「えぇ。誓いましょう」

 

「まったく...先生の前では調子が狂ってしまいますわ」

 

「自分は素のメジロマックイーンさんが見れて嬉しいですがね」

 

「っ!そういうとこ...無自覚で言ってるんでしょうからタチが悪いですわ...」

 

「はい?」

 

「なんでもありません。それでは私は部屋に戻りますわ」

 

「えぇ。しっかり休んでください」

 

マックイーンは部屋を出ようとするがドアの取っ手に手をかけたまま止まった

 

「...先生は、私とテイオー。どちらを応援してくださるんですの...?」

 

「それはお二人ともです」

 

「その答え方は、ズルいですわ...」

 

「すみません。しかしこの間お婆様に教えていただいたのではありませんでしたか?あなたは何を見るべきなのかと」

 

「そう、でしたわね...」

 

マックイーンは振り返って迷いのない表情を向けてきた

 

「見ていてください先生。最高のレースをご覧いれますわ」

 

「はい。楽しみにしています」

 

マックイーンは今度こそ寮に帰っていった。ライアンには後で謝罪を込めてさっきのマックイーンの寝顔を送ろう...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『京都レース場。今日は満員のお客様が入っています。天皇賞・春、無敗のトウカイテイオーか、それとも前回王者のメジロマックイーンが勝つのか。はたまた大波乱が起こるのか!』

 

満員御礼の京都レース場。噂によると明け方から入場口前で待つお客さんがいたとか

 

『一番人気はやはりトウカイテイオー!』

 

『大阪杯での走りは凄かったですね。完全復帰と言っていいでしょう』

 

『そしてメジロマックイーンは二番人気!』

 

『前回王者として、そして連覇をかけてここは譲れないでしょう』

 

「実際どっちが勝つかわからないな。どう思う?このレース優勝経験もあるルドルフ」

 

「そうだな。経験では圧倒的にマックイーンが上だろう。しかし今のテイオーの勢いも侮れない」

 

「左様か。お、出てきたな」

 

『やって来ました。史上初の天皇賞連覇に燃えるメジロマックイーン!そして7戦7勝、トウカイテイオー!』

 

『どちらも仕上がりは上々のようですね』

 

主役二人の登場に会場は一気に盛り上がった

 

「この盛り上がり、最高だ」

 

「ホントね。ルドルフちゃんの時も盛り上がったけど」

 

「いや今日の方がすごい。競い合えるライバルがいる彼女達が羨ましいよ」

 

「さすがは生徒会長。目の付け所が違うんだな」

 

「む、今日の先生はイジワルだな」

 

「そうよせんせ」

 

「そうだな。すまない」

 

「最近の先生は私に対してひどいんじゃないか?」

 

「いやーかわいい娘にはからかってしまうと言うだろ?」

 

「かわっ!」

 

「むぅ...先生がルドルフを口説いてる」

 

「口説いてない口説いてない」

 

構ってくれないため嫉妬したのか一緒にいたスキーが頬を膨らます。その頬を指で突っつくとちょっと嬉しかったのかニヤけた

 

「私からすれば二人がイチャついているようにしか見えないんだが...」

 

「イチャついてないイチャついてない」

 

「えーもっとイチャイチャしましょうよせんせ、ふっ♪」

 

「抱きつきながら耳に息を吹き込むな。ほら、始まりそうだぞ」

 

『お知らせします。メジロマックイーンが落鉄したため発走時間が遅れます』

 

その知らせを聞いて会場からどよめきが起こる

 

「ちょっと行ってくるか」

 

「大丈夫じゃないかしら。ほら、ゲート員さんが近づいてく」

 

「そうだな」

 

「心配性なのね」

 

「当たり前だ」

 

「そういうところがあるから先生を信頼してるのよみんな。ルドルフちゃんも、もちろん私もね」

 

「当然だな」

 

「...そうか」

 

『どうやらメジロマックイーンの蹄鉄の付け替えが終わったようです。トラブルはありましたがその表情に動揺は見られません』

 

蹄鉄を打ち替えたマックイーンは出走するウマ娘全員に頭を下げて謝罪と感謝。他の娘達もホッとした様子がスクリーンに映し出された

 

♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

『始まりを告げるファンファーレが京都レース場に鳴り響く。勝つのは一体誰なのか。各ウマ娘やる気満々、気合十分という形で続々とゲートに入っていきます。最後に大外、14番ゲートにトウカイテイオーが入ります』

 

『さぁ、春の天皇賞を制するのは7戦7勝のトウカイテイオーなのか。それとも最強のステイヤー、メジロマックイーンなのか14人のウマ娘がプライドをかけて、今スタートしました!』

 

『各ウマ娘綺麗にスタート。出遅れはありません。3200mの長丁場、前を行くのはトウカイテイオーか、それともメジロマックイーンか』

 

『おっと外からメジロパーマー!メジロパーマーがレースを引っ張る形。メジロマックイーンは6番手の位置。トウカイテイオーは1人挟んでその外にいます。この2人から目を離すことができない!』

 

第四コーナーを回って正面にきた走者達は一斉に歓声を浴びる

 

「芝が禿げあがっちゃってるわね」

 

「パワーが必要なこの部分、果たして...」

 

「...」

 

「誰もあんな溝で転けるようなやわな鍛え方はしてないわよ」

 

「どうしてわかった?」

 

「そりゃ先生のことずっと見てきたんですもの。こういう時の先生が何を考えてるかなんてすぐわかっちゃうわ」

 

「...恐ろしいな」

 

「あら、観察眼があって気がきくって褒めてくれてもいいのよ」

 

「そうだな。スキーはすごい娘だよ」

 

「えっ...」

 

(もぅ!不意打ちはズルいわよ...!)

 

『おっとトウカイテイオーが動いた!第三コーナーの坂。春の盾は絶対に譲れないメジロマックイーン!春の盾こそ絶対に欲しいトウカイテイオー!さぁ800mの標識を過ぎた!』

 

テイオーとマックイーンは両者一気に加速。それまで先頭を走っていたパーマーを追い抜いた

 

『これからは未知の道のりトウカイテイオー!』

 

内マックイーン、外テイオーで第四コーナーを回り正面へ。カーブ後のためで少し間が空いてしまう

 

『先頭に立ったメジロマックイーン!しかしトウカイテイオー追い込んでくる!』

 

『おっとトウカイテイオー仕掛ける!』

 

テイオーが更に速度を上げる。しかし前を走るマックイーンとの差が縮まらない

 

「キツそうだなテイオー」

 

「えぇ...」

 

「...」

 

『メジロマックイーンなんというスピードだ!トウカイテイオーどうした、いつものように伸びない!今3番手から4番手』

 

『強い!強すぎる!さすが現役最強ステイヤー、メジロマックイーン!グングン伸びる!今1着でゴール!前回に続き、春の天皇賞を制しました!』

 

どちらかと言えばテイオー贔屓で見ていたルドルフは腕を組みながら言葉が出なかった

 

マックイーンとテイオーはお互いの勇姿を称え抱き合った

 

マックイーンには<連覇>、テイオーに<敗北>の二文字が刻まれた

 



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第六R

 

「全治6ヶ月か」

 

「はい。宝塚記念に出走できないのは甚だ残念ではありますが、一時学園を離れて実家で療養いたします」

 

「チームからも少し離れるということか」

 

「えぇ。トレーナーからの了承も得ています」

 

春の天皇賞、テイオーとの劇的なレースに勝利したマックイーンだったが宝塚記念を目前に左足を骨折。治療を余儀なくされてしまった

 

「マックイーン...」

 

「そんな顔をしないでくださいまし、先生」

 

「だが...」

 

「先生は多忙な方です。現にミホノブルボンの調整を彼女のトレーナーさんから直々に頼まれたと聞いています。それに他の生徒も診ているのでしょう?」

 

春の天皇賞の後、オレは日本ダービー、それに菊花賞に向けたブルボン達の調整を頼まれた。学園の方からもそっちについてくれとお達しがあったためマックイーンを診てやれなかった

 

「テイオーは何か言っていたか?」

 

「はい?」

 

「君達はライバルなのだろう?春の天皇賞でも激戦を称え合っていた」

 

「天皇賞はもう終わったことですわ。その先をどうするのか、私はそれだけを考えます」

 

「そうか...」

 

「勝ちたいという本能に逆らえるウマ娘はいませんわ。では失礼致します。先生」

 

「ん?」

 

「必ず戻って参りますわ。あなたの元に」

 

「あぁ、待ってるよ。焦らず無理せずにな」

 

「心得ていますわ。ではしばしのお別れです」

 

「時間ができたら見舞いにでも行くよ」

 

「それは嬉しいですわ。楽しみにしています」

 

マックイーンは諦めず完治したその先を見据えていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁぁ」

 

「珍しいですね、先生がそんな長いため息つくなんて」

 

「マックイーンが骨折して、オレはまた怪我人を出してしまって」

 

「残念ではありますが先生の体は一つなんです。それにメジロマックイーンさんはもう戻ってこれないわけではないんですよね?」

 

「確かにそうですが...」

 

「ならあの娘を信じましょ、ね?」

 

「たづなさん...」

 

今日は行きつけのバーで学園で理事長の秘書を務めている駿川たづなさんにやけ酒に付き合ってもらっていた

 

「ねぇ先生」

 

「はい?」

 

「話が変わりますが、あの話考えてくれましたか?」

 

「あの話?」

 

「えっと...その、お...お付き合いの...」

 

「あ、あぁ...」

 

去年の夏休み前、学園の生徒のほとんどが合宿などに赴いて学園の清掃を教員一同でしていた時。たづなさんから告白のようなものを受けた

 

「えっと...すみません。自分はまだ仕事に打ち込みたくて...」

 

「そう、ですか...」

 

「あ!でも決してたづなさんのことが嫌いってわけではなくてですね!自分が学園に来た時からよくしてもらってますし!」

 

「ふふっ、慌て過ぎですよ先生」

 

「はっ!すみません...」

 

「先生のそういう慌てるところ可愛いです。いつもはしっかりとしているので、ギャップ萌えと言うやつでしょうか」

 

「ど、どうでしょう。自分もそういう言葉には疎くて」

 

「そうでしたね」

 

少し沈黙が訪れグラスの氷が溶けて音がする

 

「ちょっと酔ってしまったかもしれないです」

 

「あ、すみません付き合わせてしまって」

 

「大丈夫です。でも、家までお願いしますね♪」

 

「...かしこまりました」

 

その後お代を支払ってタクシーを使ってたづなさんを家まで送った。タクシー内でたづなさんが妙に距離が近かったのは誰かに見られてないことを祈るしかない

 

ちなみに朝起きたたづなは昨夜の行動、言動を思い出して恥ずかしさで押しつぶされそうになっていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

菊花賞。ブルボンが無敗で三冠を獲ることが期待されていたが、その夢は小さな刺客によって達成されなかった

 

そしてついこの間、マックイーンが復活のレースに出走。前回雨だった阪神大賞典、今回は綺麗に晴れてマックイーンの復活を喜んでいるようだった

 

そして世間はまた夢を抱く。天皇賞三連覇。前代未聞のこの挑戦に挑むマックイーンを多くの人が応援していた

 

あの春の天皇賞以来気持ちが落ち込んでいたテイオーも走る気持ちを取り戻していっているらしい

 

しかし問題が一つ。ライスがブルボンの三冠を阻んだ菊花賞以来頻繁に俺のとこに来るようになった

 

「お兄様助けて!」

 

「おっと!どうしました?」

 

「先生ライス来てる?いた!」

 

「ひぃ!!」

 

ライスが逃げ込んできたと思ったらテイオーとブルボンがライスを探してやってきた

 

「おーよしよし。本当に何があったんですか?」

 

「ライスが春の天皇賞出ないって言うんだ!」

 

「しつこいです!もう放っておいてください!」

 

「しつこいのはライスです!あの菊花賞、凄まじいしつこさだったじゃないですか!」

 

「菊花賞の話なんてしないで!!」

 

うおー、この至近距離でその大声はやめてほしいぞー?

 

「ライスは認めてほしかった...ブルボンさんに勝つことができればきっと認めてくれると思った。だから一生懸命頑張った!でもライスの勝利なんて誰も求めてなかった。ライスが勝ったのに!誰もライスのこと認めてくれなかった!」

 

ライスは泣きじゃくりながらオレの肩あたりに顔を埋める

 

「ライスはテイオーさんやブルボンさんとは違う...ライスはヒールなんだよ。みんなから嫌われて、ブーイングされて、みんな不幸にしちゃう...祝福の名前をもらったのに、ライスシャワーなのに...だから私はもう走らないんです」

 

「ライス...」

 

「しのごの言わずに走りなさい!」

 

「どうしてそんなこと言うの!」

 

「あなたに走って欲しいからです」

 

「わかんない!走りたくないって言ってるのにそんな...ライスが走っても誰も喜ばない!勝っても誰も喜ばない!走る意味がない!それなのになんで!」

 

「あなたは私のヒーローだからです」

 

「え...」

 

オレの肩に埋めていた顔をブルボンとテイオーの方に向けるライス

 

「今度はあなたに勝ちたい。あなたがいるから私は菊花賞で負けても挫けず、走るのを止めることなく頑張れた。確かにあなたは私から夢を奪いました。でもあなたは新たな夢を、闘争心を私にくれた」

 

「ブルボンさん...」

 

「あなたはヒールじゃない。ヒーローなんです」

 

「私が...ヒーロー...」

 

「それなのになんですか!あの有マ記念8着は!」

 

先日の有マ記念。1着はパーマーでライスは8着。ちなみに隣にいるテイオーは11着とさらに下の順位だったりする

 

「あなたは私のヒーローなんです!強いウマ娘なんです!天皇賞に出てそれを証明しなさい!」

 

「...なんだ、そんな表情もできるじゃないかブルボン」

 

「先生...」

 

「なぁライス。さっきライスが勝っても誰も喜ばないって言ったよな?」

 

「はい...」

 

「オレさ。2人ほど心当たりがいるんだよ、ライスが勝って喜ぶやつに」

 

「え...」

 

オレは静かにまずブルボンを指差した

 

「あの娘と」

 

そしてその指をゆっくり自分に向ける

 

「ここに」

 

「〜っ!お兄様...!お兄様ぁぁぁぁぁ!!!」

 

ライスは泣いた。これ以上ないほど泣いた

 

しばらくしてようやく泣き止んだ

 

「私、天皇賞出ます」

 

「ライス!」

 

「やったー!」

 

ライスが心を入れ替えたことにブルボンとテイオーが喜びをあげる

 

「ライス、頑張るねお兄様♪」

 

 

 

 

 

 

それから数日後、ライスは学校から姿を消した...

 



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第七R

 

 

「ライスー!!!!!!」

 

「お兄様...」

 

ライスの欠席は続いた。いろいろ聞き回っていると寮長であるヒシアマゾンが外泊届を受け取っていることがわかった。場所は今は使われていない旧校舎。早速行ってみた

 

「なんでここが...」

 

「心配したんだぞ!!!」

 

「ごめんなさい...でも、マックイーンさんに勝つには!」

 

「だからと言って限度がある!今のライスの状態は見るだけでわかる。寝不足!栄養不足!過度なトレーニングによるオーバーワーク!」

 

「...」

 

「今のライスの体はいつ壊れてもおかしくない状態だ!」

 

「でも、これでも足りないんです!」

 

「話は後でいくらでも聞いてやる!いいからそこに寝ろ!」

 

「はい...」

 

オレは半ば強制的に寝かせた

 

「先生」

 

「ブルボンか。君がいたのになぜって思うけど、とにかく話は後だ」

 

ブルボンがいたのは来た時から気づいていたが、兎にも角にもライスの調整を始める

 

「ストレッチ、柔軟を怠ってる。体が硬い。リンパの流れも悪い。それに特に足の筋肉疲労の蓄積がヤバい。最悪肉離れを起こしてたかもしれない」

 

「...っ!」

 

ライスは少し痛むのか声を出すのを我慢している

 

「先生。ライスを叱らないでほしい。彼女は...」

 

「わかってる。ライスなりに頑張ってたんだろ。それは別にいい。だが学園を無断で休みたくさんの娘に心配をかけ、あまつさえトレーニング後のケアを怠って怪我の一歩手前。これを怒らずに教師は名乗れない」

 

「先生...」

 

「ごめんなさいお兄様...でも、ライスは...絶対に天皇賞に勝ちたいんです!」

 

「...」

 

ライスをこのまま学園に連れて帰るか。それともこのままライスのしたいようにさせるのか

 

「...わかった。ライスのしたいようにしな。ただし条件がある」

 

「条件...」

 

「毎日オレが来る」

 

「お兄様...」

 

「今のライスは心配だ。天皇賞に勝つのはいいが、オレはそこで何かあってその後ダメになるってことは絶対にさせない」

 

その日はそれ以上ライスにトレーニングをさせず調整をし切った。元の状態までとはいかないが大分ほぐれて安静になるまでには戻った。安堵したのかライスは眠りについたので帰ることにする

 

「ブルボンも残るのか?」

 

「はい。ライスを見届けようと思います」

 

「わかった。学園の方にはオレが伝えよう。ライスに何かあったら連絡をくれ」

 

「了解しました」

 

「風邪ひかないように寝るときは暖かくするんだぞ」

 

「わかりました」

 

「頼む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『前回のメジロマックイーンとトウカイテイオーの対決が記憶に新しい天皇賞・春、今回も注目は三連覇がかかるメジロマックイーン!立ちはだかるのはミホノブルボンの三冠を打ち破った菊花賞ウマ娘、ライスシャワー。めっきり力をつけているマチカネタンホイザなど強敵揃いです』

 

マックイーンの人気はダントツの一番人気。ライスには皮肉にも前回のブルボンとの菊花賞同じような観客の前でのレースとなってしまった

 

「あれ、ハヤヒデか?」

 

「先生」

 

観戦できそうなところを探していると、偶然ハヤヒデと遭遇した

 

「ハヤヒデも来てたんだな」

 

「あぁ。いつ挑戦する日が来るかわからない。観れる時に見ておこうと思ってな」

 

「そうか。タイシンとチケットとは仲良くやってるか?」

 

「もちろんだ。チームは違えど一緒にいる時間が長いのはあの2人だからな」

 

「それはよかった」

 

♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

『おや、メジロマックイーンゲートに入りませんね』

 

『珍しいですね』

 

「マックイーンはどうしたんだろう?」

 

「いつも冷静なマックイーンが珍しいな。それに少し焦り?な感じの表情だ」

 

レース前に何が起こっているのかはもはや出走する娘達しかわからない。二度制覇しているマックイーンが冷静を欠く出来事が起こっているのか

 

『メジロマックイーンようやく入りました。パワーとスタミナが要求される京都レース場3200m。15人のウマ娘がゲートに入りました』

 

『さぁ!天皇賞・春、今スタートしました!』

 

『先行争いはやはりメジロパーマー。続いてメジロマックイーン。後ろにつく形』

 

「らしくないな、マックイーン」

 

「ハヤヒデは何かわかるのか?」

 

「いつもなら逃げる選手について行くなんてしないはずだ」

 

「確かに。前回はパーマーの逃げについて走ってはいなかった」

 

「作戦を変えてきた?いや、連覇をしているマックイーンにそれはないか」

 

『メジロマックイーンは現在4番手。その後ろから漆黒の髪を靡かせるライスシャワー』

 

「あれか」

 

「あれって、ライスか?」

 

「あぁ。推測ではあるがあえて背後に入らず自分の姿をマックイーンに見せているのだろう」

 

「それにはどんな意味があるんだ?」

 

「自分がマークしているぞという威圧。それにいつ来るかわからないため気にせざるを得ない」

 

「そうなのか」

 

「あの徹底したマーク。グラスにどこか似ている」

 

「グラス。確か宝塚記念でスペシャルウィークをマークしてたんだっけ」

 

「確かに似ていますね」

 

「うぉっ!グラス」

 

「こんにちは先生、ハヤヒデさん」

 

「急に現れるな」

 

「すみません」

 

「なぁグラス。なんでグラスとライスは似ているんだ?」

 

「それはわかりません。ですが、運命的な何かを感じます...」

 

グラスも何か感じるとこがあるならハヤヒデの推測も()を射ているのか。今回の()合、マックイーンの経験とライスの執念のどっちに軍配が上がるか

 

『先頭は変わらずメジロパーマー、リードは5馬身ほど。さぁ最後の第三コーナーの坂を登って天皇賞・春はスタミナ勝負。おっと!外からメジロマックイーンだ、スパートをかけた!しかしその外!ライスシャワーだ!』

 

「この展開もグラスの時と似てるな」

 

「覚えててくれて嬉しいです、先生」

 

『さぁ第四コーナーを回った。メジロパーマー、メジロマックイーン、ライスシャワーが並ぶ形。ここでメジロマックイーンだ!いや、外からライスシャワーだ!ライスシャワーが迫ってきた!』

 

「すごい気迫だ」

 

「そうなのか。確かにライスのあの表情、普段からは想像つかないな」

 

『横に並んだ!さぁマックイーンの三連覇は!?またも偉業を阻むのはこのウマ娘かライスシャワ\!』

 

「ライスもグラスも、走るときは人が変わるみたいだな」

 

「は、恥ずかしいです」

 

「恥ずかしがることはないぞグラス。懸命に勝利を掴もうと必死なのだから」

 

「ハヤヒデさん」

 

「そうだな。2人も、もちろんハヤヒデも走っている姿はカッコいいと思うよ」

 

「っ!ふっ...」

 

「先生...♪」

 

『ライスシャワー交わした!ライスシャワーだ!ライスシャワー完全に先頭!2馬身から3馬身!1着でゴールイン!』

 

「ライスが...しかもこのタイム」

 

「レコード...」

 

「すごい...」

 

しかしいつものレースのようにすぐに歓声が湧くことはなく、逆にため息などが出る始末

 

「これは...」

 

「確かに三連覇は逃しましたけど、流石に...」

 

 

 

 

 

 

「ライスシャワーすごかったぞぉぉぉぉ!!!!!マックイーンもナイスラァァァァン!!!!!」

 

 

 

 

 

 

これくらいあってもいいだろう。マックイーンには悪いと思うけど今回の勝者はライスなんだから

 

ライスはその声が誰からのものなのか理解したのか笑顔になり、一礼した後で退場した

 

「やっぱり先生は優しいですね」

 

「あぁ」

 

「ライスを贔屓してるわけじゃない。マックイーンの三連覇も見たかった。ただいいレースに賞賛を送った。それだけだよ」

 

「そうだな」

 

「さすがは私の先生です」

 

「...なぁハヤヒデ、グラス」

 

「どうかしたか?」

 

「どうしました?」

 

「どうしよう...今になって、すごい恥ずかしくなってきた...」

 

「ふふっ、先生顔真っ赤ですよ♪」

 

「まったく、締まらないな最後の最後に」

 

こんな羞恥、絶対忘れられない...

 

 

 

 

 

なんとか体を動かし帰路につこうとすると、涙を流しているサトノダイヤモンドとそれを慰めるキタサンブラックを見つけた

 

 

「2人ともマックイーンの応援に来てくれたのかい」

 

「先生...」

 

「先生...マックイーンさんが...」

 

「あぁ。今回は相手が強かった。マックイーンもいい走りをしていたが、今日は相手が一歩前を言っていたな」

 

オレは慰めるように2人の頭に手を乗せる

 

「いつか2人のどちらかが、もしかしたら2人ともかもしれないけど、天皇賞に出て今日みたいにレコードが出る日が来るかもしれない。オレはそんな日が来ることを楽しみにしてるよ」

 

「「うぅぅ...先生!」」

 

オレに抱きつく2人をあやす。背中にはハヤヒデとグラス、特にグラスの目線が痛かった

 



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第八R


ウマ娘アプリやってますか?自分はやってます。面白いですね

ウマ娘のSSも増えましたね。みなさん面白いのが書けて羨ましいです。自分も頑張ります

今回はアプリ内で聞いたことを載っけてみました。よろしくお願いします


 

 

「ねぇ聞いてよ先生!タイシンがさー!」

 

「私は悪くない。あれはチケットが」

 

春の天皇賞が終わってから約1ヶ月後の5月後半、クラシック三冠の1つである日本ダービーが近日に迫っていた

 

今日はダービーに向けて仲良しBNWの3人の調整を行なっていた

 

「何があったんですか?」

 

「先日3人で買い物に出かけてな。その時にチケットとタイシンが少し喧嘩をしてしまったんだ」

 

「それは珍しいですね」

 

「私はいろいろ見れるからと思って大通り行くって言ったらタイシンが!」

 

「私が人混みが好きじゃないの知ってるだろ。静かな裏道を行きたかったのにチケットが」

 

「なるほど。2人と長く一緒にいるビワハヤヒデさんならそうなることは予想できていたんじゃないですか?」

 

「確かに予想し極力2人が言い争わないようなプランを立てたんだ。しかし...」

 

「しかし?」

 

「周りの人から見られる羞恥を計算に入れてなかったんだ...」

 

「私は別に3人で手を繋いだままでもよかったんだけどなー」

 

要するにハヤヒデは事前に2人のいざこざを起こさせないよう3人で手を繋いで行くプランを立てたものの、実際は周りから見られて恥ずかしくなり結局言い争いが起きてしまったと、こうなる

 

「なぁ先生。どっちが悪いと思う?」

 

「うーん。この場合どっちが悪いってこともないでしょうね。でもお互いを知っているからこそ相手に合わせるということも大事なんじゃないですか?」

 

「相手に...」

 

「合わせる...」

 

「ウイニングチケットさんとナリタタイシンさんは真逆の性格と言っていいでしょう。ならなぜこんなに仲良く過ごせているんですか?」

 

「それは...」

 

「そういえば何でだろ」

 

「2人の仲をビワハヤヒデさんが繋いでいるからですか?まぁそれもあるかもしれませんが、普段から無意識にお互いのことを想ってるからでしょ?」

 

「そうなのかな?」

 

「ナリタタイシンさんは本当ならお昼は1人静かなところで食べたいけど、3人でいたいから食堂に顔を出す」

 

「っ!」

 

「ウイニングチケットさんは本当ならカラオケに行きたいけど、3人でいたいから散歩に付き合う」

 

「っ!」

 

「そういう風にできる仲の良い友達を、親友と呼べるのだと自分は思いますよ?」

 

「...ごめんタイシン」

 

「いや、私の方こそすまない...」

 

「さすが先生だな」

 

「君達のメンタルケアや相談事も仕事のうちですからね」

 

「ありがと、先生」

 

「先生は何でもわかっちゃうんだね」

 

「そんなことないですよ。自分の知ってることしか知りません」

 

「先生にも知らないことがあるんだ」

 

「それはありますよ。まぁただ、ナリタタイシンさんはゲーム専用のプレイヤー名があったり」

 

「えっ...」

 

「ビワハヤヒデさんは実は愛用しているヘアスプレーのレビュアーだったり」

 

「なっ!」

 

「ウイニングチケットさんがインナーだけはとてもこだわっていたり」

 

「ちょっ!」

 

「そういうことぐらいしか知りません」

 

「「「何で先生がそのことを知ってる(んだ)(の)!!!」」」

 

おっといけない。口が滑ってしまった

 

 

 

 

 

 

 

 

そして迎えた日本ダービー当日。今日もBNW3強対決が見られるのかと多くのお客さんが会場に来ていた。学園でも3人の勇姿を見ようと誰もが中継に釘付けになっていた

 

レースが始まってからハヤヒデとチケットが中団、タイシンが後方からといつのも形となった。その形は第4コーナー付近まで続いた

 

動いたのは第4コーナーを回ってすぐにチケットとハヤヒデが前へ出てそれを追うようにタイシンも前へ出た。しかし競り勝ったのはチケット。ハヤヒデは2着、タイシンは3着だった

 

皐月賞は1着をタイシン、2着をハヤヒデに獲られ自分は4着となってしまったが、念願だった日本ダービーでその雪辱を果たすことができたチケット。今後にも期待がかかる

 

「やはりここでは上半身の傾きを2度ほど下げるべきか」

 

「はい。そして加速に入るタイミングを0.4秒早くすべきかと」

 

「なるほど」

 

5月を過ぎて6月に入り、食堂ではハヤヒデが菊花賞に向けて出走経験のあるブルボンに助言を求めていた

 

「2人は気が合いそうですね」

 

「先生」

 

「お疲れ様です先生。さ、こちらへどうぞ」

 

「いえ、すぐに失礼しますので」

 

「いや、先生に今後のトレーニングプランを見て欲しいんだ」

 

「そういうのはトレーナーさんに」

 

「無論トレーナーにも見せる。しかし休むこともトレーニングの一環と教えてくれたのは先生だろ?」

 

「確かに言いましたが」

 

「先生に言われた休息方法を取り入れた結果、私の筋力は以前の10%、トレーニング効率に至っては以前の37%増加しました」

 

「私の計算だとこのスケジュールに先生の意見を入れなければ効率値が約13%は落ちてしまう」

 

「そんな大袈裟な」

 

「大袈裟ではありません。しっかりとした計算とこれまで経験したことからの理論、そして多くのウマ娘からのアンケートを元にしたデータからそうなると結論に至ります」

 

「そうですか。なら自分も期待に応えないとですね」

 

「あぁ、よろしく頼む」

 

「その後は私にもお願いします」

 

この後たまたま来たシャカールも加わってお昼終了のチャイムがなるまで2人のメニューを詰めていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、そろそろ帰るか」

 

「お兄様!」

 

「おっと」

 

下校時間もとうに過ぎオレもそろそろ帰ろうとすると、ライスが大声をあげて入ってきて抱きつかれた

 

「どうしたライス」

 

「お兄様!おおおおお...!」

 

「落ち着いて、な?」

 

慌てているライスを落ち着かせるべく頭を撫でる

 

「〜♪これ気持ちい♪」

 

「それはよかった。それでどうしたんだ?」

 

「そうだ!実は...「先生!」」

 

「今度は君かターボ」

 

ライスと同じように入ってきたのは"ツインターボ"。現在チーム"カノープス"に所属しており、いつも走り回っているウマ娘。同世代に比べ幼い性格で臆面なく感情を伝えられる素直な娘

 

「出たんだよ先生!」

 

「何が」

 

「「オバケ!」」

 

「オバケ?」

 

「そう!」

 

「とういうか何でこんな時間まで。もう下校時間はとっくに過ぎてるぞ?」

 

「あ、えっと...ターボさんが夜の学校で肝試しするって話されて」

 

「ターボがライス誘ったの!」

 

「まったく。それでオバケが出たって?」

 

「うん!」

 

「怖かった...」

 

「どこで見たんだ?」

 

「調理室!」

 

「そうか。一応確認してくるから2人はもう帰りなさい」

 

「お兄様と一緒にいたい...」

 

「ターボも行く!」

 

「ダメだ。これ以上いると反省文書かせるぞ?」

 

「「すぐに帰ります!」」

 

「はい、気をつけてな」

 

オバケは一応信じてる。みんなが言ってる怖いオバケとは亡霊だとか怨念だとかだろうけどそうじゃないオバケもいるだろうと思っているからだ

 

「調理室、ここか」

 

調理室に着くと入り口からそっと中を見てみると確かに中には誰かがいる。でもその後ろ姿はどこか見覚えがあった

 

「もう下校時間は過ぎたぞ、カフェ」

 

先生...

 

中に入り、そこにいたのは"マンハッタンカフェ"だった。漆黒の長髪が美しく、一見何を考えているのかわからないが、実は強い執着心を持つウマ娘

 

「こんな時間まで何してたんだ?」

 

精神...統一を...

 

「今か?」

 

嘘、です...今日...ここにいれば...待ち人に会えると...フクキタルさんが...

 

「そうか。会えたのか?」

 

はい、たった今...

 

「それはよかった。ならもう帰るぞ」

 

むぅ〜...もう少し...構ってください...

 

「はいはいまた今度な。今日はもう帰るぞ。送って行くから」

 

わかりました...ゆっくり帰りましょ♡

 

 



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第九R


めちゃめちゃ時間が空いてしまいました。
申し訳ないとは思っています。しかし仕事が…

他にも多数の「ウマ娘小説」がありますが
ぜひ読んでいただければなと思います。


 

「調子はどうですか?トウカイテイオーさん」

 

「へへへー。最近ね、タイムがどんどん良くなるってトレーナーが言ってるんだ」

 

「そうですか。いい傾向です。ですが無茶はいけませんよ?」

 

「わかってるよ。先生は心配症だなー」

 

「当たり前です。2度も骨折してるんです、癖になってたら事ですので」

 

「大丈夫だって」

 

「こればかりはトウカイテイオーさんの大丈夫でも引けません。あなたのトレーナーから宝塚記念に出走すると聞いています」

 

「うん!やっとマックイーンと戦えるんだ!」

 

日本ダービーが終わってもうすぐ安田記念。そしてその後にはテイオーとマックイーンの再戦が期待されている宝塚記念が待っている

 

「トウカイテイオーさん。ちょっと歩いてもらえませんか?」

 

「ん?別にいいよー」

 

俺は少し違和感を感じたことがあったのでテイオーを立たせ室内をぐるぐる回らせた

 

「若干ですが前回骨折した方の足を庇いながら歩いてますね」

 

「そうかな?」

 

「無意識でしょう。だとしたらトレーニング中もそうなってる可能性がありますね。トレーナーさんから何かありませんでしたか?」

 

「いや何も言われてないけど...」

 

「そうですか。では明日のトレーニング中自分も同行します。トレーナーさんに報告しておいてもらえますか?」

 

「わかった!」

 

「では今日は終わりにしましょう。気をつけて帰ってください」

 

「はーい!ありがとう先生!」

 

テイオーはいつものハチミーの歌を口ずさみながら帰った

 

 

 

 

 

そして翌日

 

「うーん」

 

「あれ、先生だ!」

 

「先生!チョリーッス♪☆」

 

「こんにちは」

 

丘の上からテイオーの走りを観察していると"メジロパーマー"と"ダイタクヘリオス"の最近良く見るコンビがやってきた

 

メジロパーマーはメジロ家の御令嬢だがマックイーンのようにお嬢様という感じではなく社交的で親しみやすい。他人のちょっとした変化にも気づけるウマ娘

 

そしてダイタクヘリオスはおしゃべり大好きギャルウマ娘。とにかくなんでも楽しもうとする心を大切にしているらしい

 

「先生こんなとこでどうしたしー?☆」

 

「少し気になることがありましてね」

 

「それってテイオーのこと?」

 

「はい」

 

「そうなんだ。テイオー調子良さそうに見えるけど」

 

「ヤバいよねー!☆」

 

「私も宝塚記念出るのに...」

 

「メジロパーマーさんは去年制してるじゃないですか。そう自分を卑下するものじゃないですよ」

 

「そうかな...?」

 

「先生もこう言ってるし凹む必要ないっしょ♪今回も爆逃げでゴーっしょ!☆」

 

「そうだね。先生、私頑張るよ!」

 

「えぇ」

 

「先生バイピー♪☆」

 

相変わらずヘリオスの言うことは雰囲気で感じ取らないとな...

 

「よう」

 

「先生!」

 

2人と入れ替わるようにスピカのトレーナーとテイオーがやってきた

 

「どうだった?」

 

「やはり若干ですが庇って走ってますね。トウカイテイオーさん、少し足を触ってもいいですか?」

 

「いいよ?」

 

「では」

 

走った後のテイオーの足を触診する

 

「筋肉の付き具合、足首や膝の柔らかさが左右で違ってます。このまま走ると今度は庇ってる足に負担がかかりますよ」

 

「そうか。どうすっかなー」

 

「やはり癖になってるかもしれないです」

 

「トレーナー、レースは?」

 

「大丈夫だ、なんとかしてみせる」

 

「うん、よろしくね!」

 

しかしその日のトレーニングで、テイオーに3度目の骨折が襲った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオーの3度目の骨折はすぐに世間に広まり、本人の意思とは裏腹に世間はテイオーの引退を思惑していた

 

そんな中行われた宝塚記念。メジロライアン、メジロパーマーと続き今一番人気はメジロマックイーン。マックイーンはその期待を裏切ることなく堂々の1着でゴールした

 

本来であればこのレースにはテイオーも出走していたはず。誰もがまたテイオーとマックイーンの対決を待ち望んでいただろう。しかしそれは叶わなかった

 

「どうしたもんかな」

 

ネット上では宝塚記念のマックイーンの優勝を霞ませるほどのテイオーへの書き込み。しかしそのほとんどはマイナスなこと。世間は無責任だ。これを本人の目に留まらないとでも思っているのか

 

「せんせ」

 

「やぁスキー。偶然だな」

 

「偶然じゃないわ。私達は運命の糸で結ばれてるんですもの」

 

「学園内で運命って言われてもな。会う確率からしたら随分と優しい運命だな」

 

「もぅせんせ、ロマンがないわよ〜」

 

「あまり恋愛系の話には疎くてな。サスペンスで最後は必ず崖のシーンが出てくるもんか?」

 

「全然違うわよ〜。はぁ、せんせーはいつになったら私に靡いてくれるのかしら?」

 

「さぁな。来世のその次あたりじゃないか?」

 

「せんせー。いくら私でもそれはチョベリバよ」

 

「悪い悪い、言いすぎたな」

 

「もういいわよ。それはそうとどうしたの?」

 

「ん?単にネットをサーフィンしてるだけだよ」

 

「テイオーのこと?」

 

「...スキーにはお見通しなのか」

 

「当の然!せんせーとはいつアベックになってもおかしくならないように毎日観察してるもの」

 

「今日日アベックなんて言葉聞かないと思うが。それにさらっとストーカー発言してないか?」

 

「ふふん♪」と胸を張るスキーに対して自然と笑みが溢れてしまう

 

「ルドルフちゃんも心配してたわ。テイオーのこと」

 

「そりゃそうだろ。あれだけ慕ってたテイオーをルドルフが放っておくことはないな」

 

「だからテイオーがスピカを抜けたって聞いたときは、表情や行動には出さなかったけど動揺してたと思うわ」

 

「そうか」

 

そう。先日スピカのトレーナーから連絡があった。テイオーが脱退表を出してきたと。俺も最初はどうしてと思ったが、今の世間の風潮を見ると納得してしまう節があった

 

「テイオーはもう戻れないの?」

 

「一概に絶対戻れないってわけじゃない。でももう3度目の骨折だ。癖になってたらまた再発する可能性だってある。しかも二冠を達成したときのような走りをできるかどうかも怪しい」

 

「そう...」

 

「フジやタキオン、スズカみたいに重い怪我を負ってそこから復活できた娘だってたくさんいる。だからテイオーもきちんと療養して全快すれば復活もできるかもしれない。だがこの前まで目の前のレースに出ることを選んだテイオーはトレーニングを続けちまった」

 

「でも、せんせーは止めたんでしょ?」

 

「もちろん止めたさ。でも最終的には許可を出したようなもんだ」

 

「だけど一度せんせーの注意を断ってやった結果なわけじゃない。じゃあテイオーの自業自得とも言えるわね」

 

「それはひどいんじゃないのかスキー」

 

「まぁ言い方は最低ね。でもね。私がこの世で一番信じてるのはせんせーなの。そのせんせーの助言を無視してこうなったのなら自分が選んだ道じゃない」

 

「でもそれは力づくでも止めなかったのはオレだしな...」

 

「せんせーは優しいから自分を責めるのはよくわかるわ。でも私にとってはせんせーをそんな状況に追い込んだテイオーを許せないわね」

 

「おいスキー...」

 

いつものスキーなら絶対に見せない怒りを露わにした表情。しかしすぐにそれはすぐに消えいつもの雰囲気に戻った

 

「...なーんてね。冗談よ」

 

「流石に冗談がすぎるぞ...」

 

「今のはただの本音。みんなの前ではちゃーんと隠してるわ」

 

「でも思ってるのか」

 

「せんせーには申し訳ないけど許せないのは本音よ?でもこの感情に任せて生活すれば私がせんせーに見限られちゃうもの。それは絶対にやーよ」

 

「本当に君は。どうしてそこまで...」

 

「そんなの決まってるじゃない。せんせーのことが大好きだからよ。この世の何よりもね♪」

 

「...そっか。オレの好みの女性は部屋をきちんと片付けれる女性なんだがな。残念だ」

 

「そ、それはこれから頑張るわ...」

 

「あぁ、頑張ってくれよ?もう呼び出しをくらってタイキの分まで片付けるハメになるのはまっぴらだからな」

 

「あーん、いじわるなこと言わないで〜」

 

やっぱりだ。以前から思っていたが、スキーといるとなぜか居心地がいい

 

「さ、もう帰ろう。なんだか気分がよくなった気がするから寮まで送るよ」

 

「あら珍しい。ならお言葉に甘えようかしらね」

 

時間はとっくに夕方になっていた。日は傾き始め空は綺麗なオレンジ色になっていた

 

「あれって、テイオー?」

 

「ん?」

 

スキーを送ろうと校門に向かっているとテイオーとキタサンブラックが話していた

 

「あの!私テイオーさんみたいになりたくって...夢なんです!」

 

「ごめんね。それ諦めて...他の人を目標にした方がいいよ」

 

「っ!」

 

「お前が人の夢を否定するな、テイオー」

 

「っ!先生...」

 

「もし、お前が昔同じことをルドルフから言われたとしたらどんな気持ちになる」

 

「会長...」

 

テイオーは俯きオレが言ったことを想像したのだろう。血が出るほど唇を噛んでいた

 

「今想像したことをお前はやったんだ」

 

「...」

 

「見損なったぞテイオー」

 

テイオーは何も言わず寮に入っていった

 

「キタサンブラックさん、だよね...」

 

「先生...私、テイオーさんに...!」

 

「あぁ。代わりに謝らせてくれ。すまない」

 

「先生...」

 

「テイオーは今どん底にいるんだ。自分で発表してないのに世間からは引退の声が上がってるし、目標にしてきた無敗の三冠も取れず無敗のウマ娘にもなれなかった。そしてマックイーンというライバルとまた走るっていう新しい目標もダメだった」

 

「はい...」

 

「不運に不運が重なってテイオーのモチベーションが下がっちゃったんだ」

 

「じゃあ、テイオーさんはもう...」

 

「大丈夫」

 

「え...」

 

「大丈夫」

 

泣いているキタサンブラックをスキーは母のように抱きしめる

 

「あなたみたいにテイオーを信じる娘がいる限り必ず戻ってくるわ。だから今はただ、信じてあげて」

 

「はい...はい!」

 

「いい子ね。何か困ったことがあったらお姉さんのとこにいらっしゃい」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

「元気があっていいわね♪」

 

「えへへ♪」

 

スキーのおかげで笑顔を取り戻したキタサンブラック。さすがみんなのお姉さん。慰めるのはお手のものか

 

「あら?せんせーは?」

 

「本当だ。いませんね。あっ!あれ!」

 

「え?...」

 

「先生!私が入学したら私のトレーナーになってくれませんか?」

 

「いや、オレは教師だから」

 

「教師をする傍ら私の専属トレーナーになって欲しいんです!」

 

いつの間にか現れたサトノダイヤモンドに捕まってしまった

 

「あらあら、こっちの娘は積極的なのね〜」

 

「何やってるのダイヤちゃん!」

 

「先生を勧誘してるの。あ、心配しなくても大丈夫だよキタちゃん!キタちゃんも一緒に見てもらお♪」

 

「ふふふ...せんせーを誘惑するなんて、10年早いわよ」

 

「誘惑じゃありません!勧誘です!」

 

バチバチと火花を散らすスキーとサトノダイヤモンド

 

『ねぇ先生』

 

『どうした?』

 

『間をとって私のトレーナーはダメ?』

 

バトってる2人を無視して今度はキタサンブラックが小声で提案してきた

 

「「こらそこ!勝手なことしない!」」

 

「バレちゃった!じゃあね先生!考えといてねー!」

 

「ちょっとキタちゃん!先生、またお誘いに来ますので!」

 

もうレースに出れるんじゃないかというスピードで駆け出したキタサンブラックをサトノダイヤモンドが追いかけていった

 

「むぅ、あんな小さい娘にまで...」

 

「あ、あはは...」

 

 



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第十R

なんともう1話できました。
話的には進んでいませんが楽しんでいただけたらと思います。

あとこのウマ娘出して欲しい!とか
このウマ娘とこのウマ娘のやりとり欲しい!とかありましたら感想と一緒にお送りください。
アプリ内で絡んでいるウマ娘はどんどん出していこうかなと思いっています。
(オペラオーとドトウのライバル。グラス、エル、タイキシーキングザパールのアメリカ勢。キングヘイローとカワカミプリンセスのおほほ。などなど)




 

今年も秋のファン第感謝祭が間近に迫っていた。ルドルフ生徒会長率いる生徒会が指示を出しながら屋台の設置や出し物の準備など慌ただしくもウマ娘達も感謝祭を待ち遠しにしているようだ

 

「これ、逆ではないでしょうか」

 

「いいや、今日はこれでいいんだ」

 

オレは準備の見回りをしていると突然シチーに声をかけられそのまま連行された。

 

シチーは毎年同様美容室を開くのだが、オレはそこでシチーの髪を梳いていた

 

「やっぱり先生は上手いな」

 

「日頃からよく頼まれますからね」

 

「みんなが羨ましいよ。私はモデルの仕事もあるから先生と一緒にいれる時間はみんなよりも少ないのに」

 

「でもそんなウマ娘滅多にいませんよ。なんたって100年に1度と言われてるんですから」

 

「そうだね。素直に嬉しいよ。でも肝心のお目当ての人に響かないんじゃ普通のウマ娘だよ」

 

「...そうですか」

 

「あ、ごめん。別に先生を困らせたいわけじゃないんだ」

 

「わかっていますよ」

 

「シチーきたよー、って先生!?」

 

「こんにちはトーセンジョーダンさん」

 

トーセンジョーダン。ヘリオス並みにギャルギャルしいギャル。口調も今時なのかどうかもわからない若者言葉を使い毎日ネイルのケアを忘れない。努力、根性という言葉を嫌いながらもレースでは泥臭く結果を出している

 

「ちょっ!待って!先生がいるなんて聞いてないんですけど!?」

 

「あ、この後ジョーダンの髪やってあげる約束してるの忘れてた」

 

「なんでアタシとの約束の方忘れるし!マジ意味わかんない!」

 

「お、落ち着いてください」

 

「落ち着けるわけないっしょ!あーメイクも雑で髪も結いただけなのに!」

 

「えっと...」

 

「いいから先生はさっさとどっか行く!」

 

「は、はい!」

 

オレは咄嗟に部屋を出た

 

「あ、先生...もう、いいとこだったのに〜。ジョーダン?」

 

「マジ恥ずぅ...これは全然ウケないってー!」

 

完璧ないつもの自分ではなく全くのオフ姿を晒してしまったジョーダンは1人身悶えた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ!先生だ!」

 

「本当だ!」

 

ジョーダンに追い出されたオレは見回りをしようと思ったのだが、途中今度はマヤノとカレンに捕まってしまった

 

「こんにちはカレンチャンさん、マヤノトップガンさん」

 

「もー先生!カレンのことはカレンちゃんでいいって言ってるでしょ〜」

 

「マヤのこともマヤでいいよ〜」

 

「今は仕事中ですので。ご勘弁を」

 

「むぅ〜、先生は堅いな〜」

 

「先生のせいでカレンちゃんのほっぺぷくぷくだー♪」

 

なんとなく同じようなシンパシーを感じさせるこの2人。セットでよく見かけるが仲が良くて結構結構

 

「先生何してるの〜?」

 

「ファン大感謝祭に向けての見回りです」

 

「そうなんだ!じゃあマヤが手伝ってあげるよ!」

 

「あ、カレンも手伝う!先生と一緒に行動できるってことでしょ?」

 

「まぁ。でもただ校舎を進捗がどうか見て回るだけですよ?」

 

「カレンはそれでも全然大丈夫!なんだか先生とデートしてる気分になれるし♪」

 

「あ、マヤニンジンクレープ食べたい♪」

 

「まだ屋台完成してませんから食べれませんよ」

 

話の流れ的に一緒に回ることになりそうだ

 

「じゃあ行こマヤちゃん!」

 

「うん!先生、ちゃんと付いてきてね!」

 

「わかりました」

 

マヤノとカレンが先頭で歩き出す。まだ独身でわかるはずもないのだが、女の子の子供ができたらこういう気分なのだろうか?

 

「ん?先生今カレン達のこと子供扱いした?」

 

ナゼワカッター

 

「そんなことないですよ」

 

「あやしい〜」

 

「2人とも十分大人な女性ですよ」

 

「本当!?やったねカレンちゃん!」

 

「んー、まいっか♪」

 

小さく見える娘でもレースでは大活躍してるんだもんな。見かけによらないとはこのことを言うのかね。でもまぁ、2人ともオレと手を繋いで歩くあたりが子供っぽいな

 

 

 

 

 

 

 

 

「苦い〜!」

 

「ミルクと砂糖ありますから」

 

「でもブラック飲めると大人なんでしょ?」

 

「自分もブラックは苦手で砂糖とミルク使ってるので」

 

一通り回って休憩がてら入ったのはカフェのカフェ。・・・?マンハッタンカフェが出店するカフェだ

 

「そうなの?じゃあカレンもミルク入れよー」

 

先生。来てくれて嬉しいです

 

「美味しいコーヒーをありがとうございます」

 

「うー、まだ苦い...」

 

「ならばこれを入れてみたまえ。苦味が感じなくなるだろう」

 

「本当!?」

 

「ダメですよカレンチャンさん。それを入れて飲んだら苦味どころか味覚が失われてしまいます」

 

「え...」

 

「おや、なぜわかったんだい?」

 

「いつものことなので」

 

乱入してきてカレンのコーヒーに薬物を混入させようとしたのはアグネスタキオン。科学力を駆使し限界を追い求める研究者肌のウマ娘。それと同時に学園内トップの変人でもある

 

コーヒーへの冒涜は許しません...

 

「やぁカフェ。こっちには先生をメロメロにする薬もあるんだが」

 

え...

 

「お、少し揺らいだね」

 

「お止めなさい」

 

「邪魔をするな先生。もう少しで私は新たな境地に」

 

「行かせるわけないでしょう」

 

「ふっ、先生もなかなかしぶといじゃないか...」

 

「もう!カレンの味覚消しちゃダメでしょタキオンさん!」

 

「安心したまえ。消えるのはほんの10秒ほどさ」

 

「その根拠は?」

 

「それを確かめるためにここに来たのさ」

 

「ダメじゃないですか」

 

「先生、お一つどうだい?」

 

「いりません」

 

『バクシンバクシーン!』

 

そこへ学園のパトカーサイレンことサクラバクシンオーが向かってきているのが見えた

 

「ほら、お迎えが来ましたよ」

 

「これはいけないな。それでは諸君!さらばだ!」

 

逃げるタキオン、追うバクシンオー。いつもの光景だ

 

「せ、先生...」

 

「おやニシノフラワーさん。どうかされましたか?」

 

ニシノフラワー。大人しくて純粋無垢な少女。誰よりも慈愛に満ちたウマ娘だ

 

「その、助けて欲しいことがありまして」

 

「何かあったんですか?」

 

「じ、実は。お庭でセイウンスカイさんがお昼寝中なのですが、時間になったら起こす約束をしていて。でも全然目を覚まされなくて」

 

「そうですか...わかりました。自分が行きましょう」

 

「すみません」

 

「いいえそもそもみんなが準備で大変だって言う時に昼寝など」

 

「わ、私が起こすからいいって言ったんです...!」

 

「...わかりました。ニシノフラワーさんに免じて説教はなしにしましょう」

 

「先生フラワーちゃんに甘ーい」

 

「マヤ達もそれぐらい優しくしてほしいなー」

 

うーん。この3人は比較的おんなじような接し方をしてるはずなんだが...3人とも娘みたいな感じだし

 

「とにかく行きましょう。マンハッタンカフェさん、ごちそうさまでした」

 

また来てくださいね

 

「えぇ、もちろん」

 

〜♡

 

娘、違う。ウマ娘3人を連れて庭へ。すると芝生の木陰になってるところで気持ちよさそうに寝ているセイを発見。これが仕事中でなければ水でもぶっかけてやるくらいだ

 

「セイウンスカイさん、起きてください」

 

「ん〜...Zzz...」

 

「セイウンスカイさん、起きてください」

 

「うひっ...Zzz...」

 

「全然起きないね」

 

「どうするの?先生」

 

「少々手荒になってしまいますが、致し方ないですね」

 

オレはセイを起こすべく力強くデコピンをくらわした

 

「っ!いったーい!!!」

 

「ようやく起きましたかセイウンスカイさん」

 

「うぅぅ...あれ〜、先生〜?なんでここに〜」

 

「...」

 

「え、あれ?確かフラワーが起こしてくれるって....」

 

「...」

 

「せ、先生...もしかしなくても、怒ってます...?」

 

「...」

 

「いやーうっかりしちゃってさ。あはは...」

 

「...」

 

「ごめんなさい!だから無言で睨むの止めて!」

 

「...はぁ。ニシノフラワーさんと約束したので今回は説教はなしにします」

 

「ホント?なーんだ」

 

「ですが、このことはあなたのトレーナー、担任、クラスメイト、生徒会、生徒会長、理事長にお伝えします」

 

「え...」

 

「ファン大感謝祭の準備で皆さん準備を頑張っている中、あなただけサボって昼寝していたと知ったら、どうなるでしょうね」

 

「ちょっ!待って先生!お願い!謝るから!なんでもするから!」

 

「なら今すぐ自分のクラスの準備に戻りなさい!」

 

「は、はい!」

 

素早く行動するセイ。今の走りができていればダービーを勝って三冠ウマ娘になれたかもしれんな

 

「すみません先生...」

 

「いえ、ニシノフラワーさんが謝ることはないですよ」

 

「はい...」

 

「ところで2人はどうしました?」

 

謝罪してくるフラワーに対してマヤノとカレンはお互いに抱き合ってガクブル状態にあった

 

「せ、先生って...実は怒ったらすごく恐い...」

 

「うん...マヤノ、腰抜けちゃった...」

 

「それはすみません。ですが大人をナメてはいけませんよ?いいですか?」

 

「「はい!」」

 

「よろしい。マヤノトップガンさんは自分がメディカルルームまで送りましょう。カレンチャンさんは歩けそうですが」

 

「た、多分...」

 

「それならニシノフラワーさんも一緒にメディカルルームでホットミルクでもご馳走しましょう。怖がらせてしまったお詫びです」

 

「先生のホットミルク!?」

 

「あの有名な!?」

 

「有名?」

 

「はい。先生の作るホットミルクは精神安定剤として最高のものってタキオンさんが」

 

「あの娘は...」

 

「しかも滅多に出されないって」

 

「確かにそんな出したことはありませんけど。そんな薬みたいな効果はありません」

 

「でもマヤ飲みたい!」

 

「カレンも!」

 

「わ、私もいただけるなら...」

 

「構いませんよ。それでは行きましょう」

 

「「「やったー♪」」」

 

本当に娘みたいだな。癒される

 



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第十一R

 

 

秋のファン大感謝祭にてテイオーによるステージがあることを知らされた。そこでテイオーはもう走らないことを伝えるらしい

 

「おいっす先生。今大丈夫?」

 

「えぇ。今日は特にメディカルチェックなどは入っていませんので大丈夫ですよ」

 

「じゃ、失礼しまーす」

 

夕方になってメディカルルームにやってきたのはナイスネイチャとマチカネタンホイザ。最近新しく発足したチーム「カノープス」に所属しているウマ娘だ

 

下町生まれで高望みをしないナイスネイチャ。しかし最近はチームメイトや周りで活躍しているウマ娘達に感化されて3位で満足しなくなったとか

 

そしてマチカネタンホイザは真面目で前向き、いつも全直なウマ娘。しかしイマイチ結果がついて来ないのが悲しい現実。そんな中でもめげずひたむきに頑張るウマ娘。天然なところもあり

 

「先生とこんな風に話すの初めてかも」

 

「マチカネタンホイザさんとはそうかもしれませんね。でもこれからレースに出ていくのなら嫌でも関わることになりますよ」

 

「嫌だなんてそんな!むしろありがたいです!」

 

「そうですか。一緒に頑張りましょう」

 

「はい!えい、えい、むん!」

 

「むん?」

 

「気にしなくていいよ先生。この娘なりの気合入れだから」

 

「それはまぁわかりますが」

 

「でね先生。今日来たのは先生にお願いがあってきたんだ」

 

「お願い?」

 

「明日、テイオーの最後のステージがあるの知ってるよね?」

 

「そりゃもちろん」

 

「そこに同じ日にやるオールカマー杯の中継を流したいんだ。その協力をお願いしにきたの」

 

オールカマー杯。確か同じチームのターボとイクノ、あとライスも出るって言ってたな

 

ネイチャ達と同じカノープスに所属するツインターボ。レースではいつも最初から爆逃げ。しかしほとんどのレースでスタミナが保たず残念な結果に終わっている。同世代に比べて幼い性格で素直なウマ娘

 

イクノディクタスもカノープス所属。真面目できっちりしている秘書タイプなウマ娘。常に冷静で体調管理などしっかりしている。そんな彼女がカノープスでやっていけるのはそれだけノリがいいということだ

 

「なぜ中継を?」

 

「ターボの走りをテイオーに見せるため」

 

「...それに何か意味はあるんですか?」

 

「ターボの頑張りをテイオーに見せつけるんだよ!」

 

「テイオーさんは今何もかもを諦めてしまっています。でも!ターボさんが一着を取って諦めないことがどういうことか伝えたいんです!」

 

「ツインターボさんが一位を取れる保証があるんですか?」

 

「そ、それは...」

 

「それにトウカイテイオーさんがもう走らないと決めたのなら、それはもう自分達周りがどうこうするべきではないのではありませんか?」

 

「「...」」

 

2人は黙ってしまい悔しそうにスカートを握りしめている

 

「しかし、本人がまだ走りたいと思っているなら別です」

 

「え...?」

 

「テイオーさんが?」

 

「えぇ。おそらく助けを求めているのだと思います、トウカイテイオーさんは」

 

「助け?」

 

「なぜトウカイテイオーさんはあんなに悲しそうな顔をしているのでしょう?」

 

「それは、もう走れないからで...」

 

「そうです。つまり悔いがあるんですよ」

 

「でももう走るのは無理だから決めたんじゃ...」

 

「誰がもう走れないと言いましたか?お医者様はこれ以上はやめた方がいいと言っただけです。自分ももう絶対に走ることはできない、とは一言も言っていません」

 

「えっと...」

 

「つまり...」

 

「トウカイテイオーさんが走らないと決めてしまったのは世間の声と自分の思い込みなんです」

 

「じゃあ!またテイオーは走れるってこと!?」

 

「いえ、今まで通りに走れると断定することはできません」

 

「...」

 

「しかし可能性はあります」

 

「「っ!」」

 

「無理をせず一日一日ゆっくりと時間をかけて完治に専念すればもしかしたら...」

 

さっきまで不安な目をしていた2人が力強く立ち上がった

 

「先生、ターボは勝ちます!絶対に!」

 

「相手にはミホノブルボンさんの無敗三冠、そしてメジロマックイーンさんの春天皇賞三連覇を阻んだライスシャワーさんがいます。それでも勝てますか?」

 

「絶対勝ちます!ターボさんはそれだけ努力してきたんです!」

 

「...わかりました。生徒会長、そして理事長に掛け合ってみましょう」

 

「「ありがとうございます!」」

 

テイオーは羨ましいね。待ってくれている人がまだこんなにいるんだから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋のファン大感謝祭当日。テイオーのミニライブは壮大なセットが準備され、ステージにテイオーが来るのを今か今かと待つファンが大勢来ていた

 

「みんな、本当にありがとう」

 

「あぁ、チャチャっと締めてこい」

 

「こんなこと言えないけど...」

 

「後悔しないよう思いっきりね!」

 

「テ"イ"オ"ーさ"ぁ"ん"!」

 

「もう泣かないでってば」

 

みんな一言声をかける中何も伝えないマックイーンとは反対にずっと泣き止まないスペ

 

「それじゃあ行ってくるね。最高のさよならしてくるよ!」

 

スズカがいないがチームスピカでテイオーの背中を見送った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

\テイオー!!!/

 

観客からドッとテイオーの名が出る。普通ならば憧れの姿に歓喜の声が上がるのだが、今日のその全てが悲しみの声だった

 

『みんな来てくれてありがと。全然走れてなかったボクなんかのためにこんなにたくさんの人が来てくれてとっても嬉しいよ!』

 

\ウォー/

 

『みんなも知ってるようにまた骨折しちゃった。3回目だよ3回目。逆にすごくない?あはは...3回目にもなったらすっかり慣れっこ...のつもりだったんだけどね...』

 

会場はシーンと静まり返る

 

『だからさ...もう、レースには...』

 

『テイオーさん!私、待ってます!ずっと待ってます!また走ってくれる日を!!!』

 

『テイオー!エゴでもいい!わがままでもいい!もう一度走ってくれー!!!』

 

『トレーナー...』

 

『そうだテイオー!』

 

『もう一度見せてくれよテイオーステップ!』

 

『怪我なんかに負けないで!』

 

『まだ負けてない!』

 

『これは勝ちの途中!』

 

『その通りです!』

 

会場からはテイオーが走るのをやめて欲しくないという熱意が高まる。そして今度はバックにある特大のモニターが切り替わり、現在行われているオールカマー杯が映し出された

 

『さぁこの場内のどよめき。ツインターボの爆逃げ!何バ身離れているか現状ではわからないほど大きく大きく差を広げて逃げています!』

 

「こんなのプログラムにありません!」

 

「すみませんエアグルーヴさん。自分が理事長に許可をいただきました」

 

「先生...」

 

「急遽だったものですからプログラムの変更が間に合わず、その上しっかりお伝えもできず申し訳ない」

 

「そういうことでしたら...」

 

「ありがとうございます」

 

『ツインターボが逃げる!ツインターボが逃げる!大逃げだ!今日も全開、第3コーナーに入っても止まらない!同じペースで突き進む!ツインターボが先頭!しかしここで一番人気ライスシャワーが上がってくる、今は三番手から四番手の位置。漆黒のステイヤーははたして追いつくことができるのか!しかしツインターボ既に第4コーナーに差し掛かった!ツインターボが大きく逃げる!さぁ最後の直線。おっとここでライスシャワーが上がってきた!

ジリジリと追い上げる!しかしその差はまだ5バ身!先頭のツインターボ100mを切った!このまま逃げきるか!あるいは失速したところを漆黒のステイヤー差し切るか!』

 

『これが、諦めないってことだー!!!トウカイテイオー!!!』

 

『ゴールイン!見事に決めた、逃亡者ツインターボ!』

 

ライスは惜しくも届かずターボが一着で勝利。それを最後に元の画面に映り変わった

 

『テイオーさーん!』

 

ステージにチームスピカが乱入。先頭を切ったスペは大泣きだ

 

「あー、もうめちゃくちゃです」

 

「まったく」

 

「いや、これでいいんですよ。いい意味でぶち壊してくれた」

 

『まだまだ教わりたいことたくさんあります!戻ってきてください!』

 

『頼むよテイオー!やっぱり寂しいよ!』

 

『また一緒に走りましょ!』

 

『戻ってこい』

 

『もう一度言いますわ。あなたにどんなことがあろうと、あなたにどんな困難が立ち塞がっても、わたくしは走り続けます。最強のウマ娘になり続けるために』

 

『もう、追いつけないかもしれないよ...』

 

『奇跡は起きます。それを望んで奮起する元に。必ず、きっと』

 

\テイオー!/

 

\テイオー!/

 

\テイオー!/

 

\テイオー!/

 

\テイオー!/

 

\テイオー!/

 

\テイオー!/

 

\テイオー!/

 

\テイオー!/

 

\テイオー!/

 

『そこまで言われちゃしょうがないな...みんな見てて。もう一度走ってみせるから!』

 

こうしてテイオーは走ることを諦めることを諦め、もう一度走るために走り始めた

 



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第十二R

 

 

テイオーの足は順調に良くなり、もうターフの上で走れるようにはなった。しかしわかっていたが元の走りとは程遠い。そんなテイオーでも笑顔が戻った

 

「おや、ナリタブライアンさん」

 

「先生。こんなところでどうしたんだ?」

 

「少し忘れ物をしましてね。家まで取りに行くところなんです」

 

「たまに出るな、先生のちょっと忘れっぽいところ」

 

「返す言葉もありません。ところで...」

 

「ん?」

 

「あれはどういった状況でしょう?」

 

俺はトレーニング中と思われるブライアンと遭遇し、少し離れたところではブライアンと同じくジャージ姿のハヤヒデと何やら黒尽くめのテイオーが話していた

 

「姉貴とトレーニング中だったところにテイオーを見つけてな。よくわからないが姉貴が話しかけたんだ」

 

「そうでしたか」

 

「走り込みの途中だと言うのに」

 

「姉妹で仲がよろしいようで安心しました」

 

「よしてくれ先生。たまたまだ」

 

「そういうことにしておきましょうか」

 

「...なんだ先生。今日はやけにイジワルじゃないか」

 

「そんなことありませんよ。仲睦まじい姿を嬉しく思っているだけですよ」

 

「む...ところで今日はあれ持ってないのか?」

 

「残念、今は持っていません」

 

「そうか」

 

「あなたもトレーニング中なんですから」

 

「そうだった。姉貴」

 

「あぁわかった。おや、先生もいたのか」

 

「えぇ」

 

「ではなトウカイテイオー。突然失礼した。いずれレースでまみえることがあればお手柔らかに頼むよ」

 

「トウカイテイオーとも知り合いとは、さすが姉貴。顔が広いな」

 

「誰の頭がでっかいって!?」

 

「言ってません言ってません。トウカイテイオーさん、無理せず頑張ってください」

 

「え?あーうん」

 

ちなみに先日の件をテイオーに謝ってもいないし逆に謝られてもいない。オレとしては謝る必要を感じていないしテイオーに謝罪の言葉をかけて欲しいわけでもない。ただテイオー的にはまだ引っかかってるのかもしれない

 

「先生はこんなところでどうしたんだ?」

 

「あ、それはですね」

 

「大丈夫だ姉貴。全部私が聞いておいた」

 

「いやしかし、私が聞いてはダメということもないだろ?」

 

「先生に2度同じ説明をさせる必要もないだろ。後で教えてやる」

 

「なぜだか上から物を言われている気がするぞ」

 

「気のせいだ」

 

「えっと...」

 

「先生、一旦家に帰るのだろう?行かなくていいのか?」

 

「なに、行ってしまうのか先生...」

 

「そう、ですね」

 

「そうか...」

 

ウマ娘の感情がそのまま出てしまうハヤヒデの耳がシュンと下がってしまう

 

「そういえば先程リギルのトレーナーさんから依頼がありました。ビワハヤヒデさんの菊花賞に向けての調整を私が担当します」

 

「なに!それは本当か!?」

 

「えぇ。よろしくお願いします」

 

「そうか。そうかそうか!では私達はトレーニングに戻る。行くぞブライアン!」

 

「はぁやれやれ。先生」

 

「はい?」

 

「私のレースがある時は先生にお願いするようトレーナーに頼んでおくとしよう」

 

「そうですか。そのときはよろしくお願いしますね」

 

「あぁ」

 

ブライアンは勢いよく走り出したハヤヒデを追いかけた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...」

 

放課後になって依頼通りハヤヒデのケアを行おうとしたのだが、ハヤヒデはひどくご機嫌斜めのようで黙ったままリアクションを取らない。その理由はおそらく...

 

「ねぇ先生、私も早くー」

 

「チケットうるさい」

 

理由は...わからんなー

 

「もう少し待ってくださいね。ビワハヤヒデさん、痛いところや違和感があるところはありませんか?」

 

「ない」

 

「わかりました。触診した感じでも特に異常はありませんのでこれで終了です。はい、お待たせしましたウイニングチケットさん」

 

「やっとだよー」

 

「すみません。早く終わらせてあげたい気持ちはあるのですが、なにせレースに関わることですから慎重にならざるを得ないんです」

 

「チケット、先生を困らせるな」

 

「ごめんね先生。暇になっちゃうとつい」

 

「いえ、こちらこそ申し訳ない。では始めましょう」

 

「お願いしまーす!」

 

ハヤヒデのケア兼チェックを終え次はチケット。タイシンも含めて全員クラシック三冠の最後のトロフィーをかけて走るためきっちりとチェックしていく

 

「...」

 

「ん?ねぇチケット、いきなり静かじゃ...あっ」

 

「Zzz...」

 

始めてほんの数秒でチケットは眠りに就いてしまった

 

「まったく」

 

「いいですよ。疲労が溜まっていたのかもしれません」

 

「それはトレーニングでなのかはしゃいでなのかわからないけど」

 

「元気があり余ってるのでしょう」

 

「甘いね先生。ところでさ、ハヤヒデはなんでそんな不機嫌なの?」

 

既に終えたハヤヒデが無言で座っているためタイシンが質問した

 

「別に不機嫌ではない」

 

「いやどう見たって不機嫌じゃん。どうせ先生がケアしてくれるって知って2人きりになれるって思ってたんでしょ?」

 

「そ、そんなことあるわけないだろう」

 

「図星か。素直になればいいのに」

 

「タイシンに言われたくないぞ!」

 

「それは確かに」

 

「先生何か言った...?」

 

「おっと」

 

口が滑ってしまった。タイシンがめっちゃ睨んでくる

 

「はぁ...そりゃ私も思ったよ。放課後は先生と2人きりになれるって。でもよくよく考えたら私達3人とも菊花賞出るのに1人なわけないかって思っちゃったよ」

 

「それはそうだが...」

 

「逆にそういうのすぐ思いつくハヤヒデが見落としてた方に驚きだよ」

 

「...最近先生と2人になる機会なんてなくてだな。想像したら嬉しくなってなにも考えられなくなってしまったんだ」

 

「ありゃ、ハヤヒデが乙女してるよ」

 

「うるさい!笑いたければ笑えばいいだろ!」

 

「笑うわけないじゃん。私だって同じだし」

 

「タイシン...」

 

「まぁ私はたまに昼休みここにきて先生と2人っきりになってるけどね」

 

「なに!?」

 

「ね、先生」

 

「そうですね。突然来ては特に用事があるわけでもなくそこに座ってゲームをしてます。ゲームばかり止めなさいと言っているんですがね」

 

「いいじゃん別に。クラスにいたってすることないし」

 

「ウイニングチケットさんがよく大声で学園中を探していることがありますよ?」

 

「知ってる。ここに隠れてるし」

 

「はぁ」

 

「なにを呑気に話している!羨ましいぞタイシン!」

 

「ならハヤヒデも来ればいいじゃん。ここに入り浸ってるの私だけじゃないし」

 

「そうですね。特に多いのはグラスワンダーさんとエルコンドルパサーさんでしょうか。三日に一回は来て居座っていますよ」

 

「ぐっ...!」

 

「別に放課後以外は封鎖しているわけではないのでいつ来ていただいても大丈夫ですよ。本当は怪我したときや相談事があるときだけにして欲しいのですが」

 

「先生と話すだけで私達のメンタルケアになるって理事長に言われたからね」

 

「えぇ。たまに会議などで席を外すことがありますがほとんどの時間はいるので気軽に来てください」

 

「わかった」

 

「あ、毎日はよしてくださいね。そんな娘マルゼンスキーさんだけで間に合ってるので...」

 

「わかっている」

 

本当によく毎日くるよなスキーのやつ

 

「よし、ウイニングチケットさんも問題ありませんね。それでは最後にナリタタイシンさん終わらせてしまいましょうか」

 

「なんか私だけ扱い雑じゃない?」

 

「いえいえそんなことないですよ」

 

「そ。私ゲームしてるからチャチャっと終わらせちゃって」

 

「タイシン、先生が診てくれるのだからその間くらいゲームは止めたらどうだ」

 

「自分は構いませんよ」

 

「だってさ。相変わらず頭が硬いなハヤヒデは」

 

「私の頭は大きくない!」

 

「Zzz...」

 

今日もBNWは仲良しだ

 



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第十三R

 

秋がもうすぐ終わりに近づく季節になったが街はハロウィンで盛り上がっていた。商店街にはさまざまな装飾が施され、店員さんやら通行人はみな各々仮装をして楽しんでいる

 

そんな時にオレも休みをもらったのだが特にこれと言ってしようと思うこともなくふらふらと街を歩いていると大物と出くわした

 

「まさかふらっと街に出たら君と会うとは思わなかったよシービー」

 

「アタシもさ。まさか先生と会えるとは思わなかった」

 

三冠ウマ娘であるミスターシービーと偶然出会い、お互いに目的地もなかったため2人で街を歩くことになった

 

「先生は今日休みだったんだね」

 

「あぁ。もうすぐ菊花賞で出走する娘達のチェックしなきゃだから休みはいいって言ったんだが」

 

「理事長が却下したと」

 

「働きすぎだって怒られたよ。前にも同じことを言っただろとも言われたな」

 

「先生の働き者なところは尊敬に値するけど体を壊してしまったら元も子もないよ」

 

「そうだな。今日休みをもらった上に昨日早めにあがらせてもらったからぐっすり寝たよ」

 

「言ってくれれば添い寝してあげるのに」

 

「そんなことお願いするわけないだろ」

 

普段他のウマ娘と絡んだところを滅多に見たことがないシービー。どこでなにをしているのかは学園の七不思議の一つでもある

 

「シービーのその格好は仮装なのか?」

 

「特に意識してない。まぁちょっとハロウィン寄りのコーデにはなってしまったけど」

 

「そっか」

 

「変かな?」

 

「いや似合ってるよ。シービーのイメージが白と緑だから今身に付けてるオレンジっぽい色がちょっと意外だっただけだ」

 

「そっか。先生は仮装とかしないの?」

 

「そういうのよくわからなくてな。色具合とか考えるのが面倒で出かけるときはモノトーンばっかだよ」

 

「確かに。今日も白黒だね」

 

「どの色にどの色が合うとかわからん」

 

「なんなら私がコーデしようか?」

 

「いいよ悪いし」

 

「でも、前にマルゼンスキーにしてもらったんでしょ?」

 

「あれはオレも知らなかったんだ。事故だ事故」

 

「ふぅん。まぁそういうことにしておこうっか。なら今度ワタシの買い物に付き合ってよね」

 

「なんでオレなんだ」

 

「先生がいいんだよ」

 

「次いつ休みを取れるかによるな」

 

「ワタシが理事長に掛け合っとくよ」

 

「ややこしいことはしなくていい。まぁそのうちな」

 

「それ、やんわり断るときに使う言葉だからね」

 

「大丈夫大丈夫」

 

「「先生!」」

 

シービー商店街の中を歩いていると可愛く仮装したキタサンブラックとサトノダイヤモンドが現れた

 

「やぁ2人とも。その仮装似合ってるね」

 

「ありがとうございます♪」

 

「えへへ、ダイヤちゃんに借りちゃいました♪」

 

2人とも色違いの魔女の格好をしていてよく似合っている

 

「先生!お菓子をくれないと〜」

 

「イタズラしちゃいますよ?」

 

「イタズラかー。それは止めて欲しいから...」

 

オレは周りを見渡し一番近くにあった出店に向かった

 

「すいません、にんじんわたあめ3つください」

 

「はいよ!」

 

店主の人に注文をして受け取ったわたあめを持って戻り、3人に1つずつ渡した

 

「これで勘弁して欲しいかな」

 

「わぁー!」

 

「ありがとうございます!」

 

「どういたしまして。ほら、シービーも」

 

「いいの?」

 

「これで君にだけ渡さなかったら嫌なやつだろ。気にしないでいいから」

 

「わかった。ありがとう先生」

 

「あぁ」

 

「あのー...」

 

「「ん?」」

 

「もしかしなくとも、ミスターシービーさんですか...?」

 

サトノダイヤモンドが恐る恐る聞いてみるとシービーは笑顔で返答する

 

「そうだよ。よろしくね」

 

「本物だ!私サトノダイヤモンドって言います!」

 

「キタサンブラックです!三冠ウマ娘のミスターシービーさんに会えるなんて!」

 

「シービーでいいよ。そっか、ルドルフやブライアンみたいに華々しい三冠ではなかったのに、知ってくれている娘がいるってわかって嬉しいよ」

 

「レースにとってなにが華々しくてなにがそうじゃないのかオレにはわからないが、三冠を取ってるってだけで栄光ある称号だ。それを手にしたシービーの名が忘れ去られることはないだろ」

 

「先生...」

 

ルドルフは無敗の三冠、ブライアンは皐月では3バ身でダービーでは5バ身、菊花では7バ身と進むにつれて差を広げての勝利と2人とも注目されるには十分な結果で勝利している

 

しかしだからと言ってシービーが霞んでいるわけではない。クラシック三冠は取るだけで名誉なことだ。特に三冠が懸かった菊花賞では、当時仕掛けるのはタブーと言われていた京都レース場第3コーナーの上り下りを最後方からスパートをかけ、3バ身差で完勝したレースは大きな話題になっていた。それなのに以前から他人と比較して自分に自信を持てなかったシービーをずっと見てきた

 

「あの...失礼かもしれないんですけど」

 

「なーに?」

 

「ミスターシービーさんと先生って、お付き合いされてるんですか?」

 

「なっ!」

 

普段落ち着いていて焦るところを見せないシービー。そんなシービーが見るからに動揺しサトノダイヤモンドを前後にブンブン揺らす

 

「なななななななにを言ってるんだい君は!わわわわわワタシが先生と!」

 

「落ち着けシービー。えっとサトノダイヤモンドさん、オレ達はたまたま会っただけでそういう関係ではないよ」

 

「...」

 

「なんだ?別に間違っちゃいないだろ?」

 

「別にーなんでもない!」

 

「なんで怒るんだよ」

 

まぁシービーの気持ちに気づいていないわけではないが、話がややこしくなって変な噂でも立ったらお互い大変だからな。すまんなシービー

 

「そうなんですか」

 

「そういえば今日テイオーが商店街に行くとか聞いた気がするな」

 

「本当ですか!?」

 

「今日かどうかわからないけどね。もしかしたらばったり会えるかも」

 

「ありがとうございます先生!行こっダイヤちゃん!」

 

「え、でも私もっと先生と...」

 

「いいから!またね先生!」

 

「転ぶなよー」

 

テイオーが来るかもしれないということを聞いて大のファンであるキタサンブラックがサトノダイヤモンドの手を引っ張り走って行ってしまった

 

「あの子はテイオーのファンなのかな?」

 

「あぁ。もう1人がマックイーンのファンだ。2人とも学園に見学に来た時テイオーとマックイーンに案内されて嬉しそうだったぞ」

 

「そっか。ねぇ先生。今から先生の部屋に行ってもいい?」

 

「おい自由だな。ダメに決まってるだろ」

 

「なんでさ。他の娘は行ったことあるって聞いたけど」

 

「誰に?」

 

「タキオン」

 

「あのホラ吹きめ...確かに家の前で待ち伏せされたことは何度かあるが、部屋にあげたことはない」

 

「じゃあワタシが1人目だね」

 

「ダメだ」

 

「いやだ」

 

「ダメだ」

 

「行く」

 

「ダメだ」

 

「やだ」

 

「頑固者が。自由なのか頑固なのかどっちかにしろ」

 

「ワタシはワタシのしたいようにする。だから行きたい」

 

「好きなもの買ってやるから」

 

「...やだ」

 

「一瞬考えたな」

 

「そ、そんなことない」

 

「ダメったらダメだ!」

 

オレは走り出す

 

「行くったら行く!」

 

シービーも走り出す。ウマ娘に走りで勝てるわけもなくあっけなく捕まり何十分も駄々をこねられた

 



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第十四R

 

 

『本日は菊花賞。世代最強を決めるBNW最後の戦いの結末を見るため多くのファンが詰めかけています』

 

この日のための調整を請け負っていたハヤヒデ、タイシン、チケットは最高のコンディションで送ることができた。クラシック三冠の最後を締め括るのがその3人の中の誰かなのか。はたまた他のウマ娘が待ったをかけるのかわからないが誰が勝ってもおかしくない

 

「あの、お兄様...」

 

「どうかしましたか?ライスシャワーさん」

 

BNWの3人には会場に来て最後の戦いを見てほしいと言われたがあいにく別の娘の調整を受けていたので会場に出向くことはできなかった

 

しかし3人の勇姿を見ようと中庭のベンチに座って自分の携帯でレースの始まりを待っているとライスがやってきた

 

「私も一緒に見ていい?」

 

「構いませんよ」

 

恐る恐る聞いてきたライスが許可が出て嬉しくなったのかパッと笑顔になった。ウキウキ

で近づいてきて隣に座るのかと思いきやそれが普通かのように自然とオレの膝の上に座った

 

「ライスシャワーさん?」

 

「どうしたの?」

 

「隣が空いていますよ?」

 

「?ライスはここでいいよ?」

 

なんでそんなこと聞くの?みたいな顔でオレを見上げるのは止めなさい。こっちが間違ってるのかと思うわ

 

「ほらお兄様、始まるみたい」

 

「はぁ...」

 

「わかるよお兄様。誰が勝つんだろうね」

 

「いやそういうわけじゃ」

 

「違うの?」

 

「あぁ、うん。もうそれでいいです」

 

「?」

 

キョトンとしているライス。なにを言ってもわからないだろうし変に力づくでどかすといじけるだろうな

 

もう諦めてその状態のまま画面に目を戻した。レースは序盤からハイペースに進んだ。ハヤヒデは中団、チケットは後方から、タイシンは最後尾からといつもの展開となった

 

一度目の正面を抜ける際は特に動きはない。しかし第2コーナーを回った時には1人がどんどんと追い抜かれて遥か後方へ。そんな中ハヤヒデは三番手の位置につけチケットも六〜七番手に位置づけた。タイシンもここぞという機会を狙ってる感じだった

 

『第4コーナーを回って最後の直線に入りグッと伸びて抜け出したのはビワハヤヒデ先頭に立った!BNW無冠の最後の1人が遂にここにきて頭角を表すのか!ウイニングチケットも伸びてくるがしかしビワハヤヒデ!リードが4バ身、5バ身とさらに突き放す!圧倒的安定感!他に強さを見せつけるビワハヤヒデ!今ゴールイン!』

 

クラシック最終戦の菊花賞を制したのは皐月賞、日本ダービーと惜しくも二着に終わっていたハヤヒデが制した

 

『なんと二着に5バ身差!最も強いウマ娘が勝つと言われているG1を制覇しました!こ、このタイムは!レコードだ!前回のライスシャワーの記録を上回ってきた!』

 

「すごい...」

 

「そうですね」

 

「去年のライスよりも...」

 

「一概にそうとは言えませんね。でもこの世代で一番強いのは彼女なのかもしれませんね」

 

「もし、ビワハヤヒデさんが有馬記念に出たら」

 

「ライスシャワーさんも出走予定でしたね」

 

「うん」

 

「強敵なのは確かです。しかしこの世に絶対はありません。ビワハヤヒデさんが有馬記念に出るからと言ってあなたが一着を取れない道理はありませんよ?」

 

「お兄様...」

 

「有馬記念まであと2ヶ月ほど。もっとトレーニングに励まなければですね」

 

「うん..うん!ライス頑張るよ!」

 

「その意気です」

 

今のところ有馬記念に出走予定なのはライス、パーマー、ナイスネイチャ、マチカネタンホイザ、それに加えて出るとしたらBNWの3人にマックイーン。注目はクラシックを分かち合ったBNWと去年宝塚を制した後、テイオー・ライスを破った前回覇者のパーマー。2度も栄冠を阻止したライスと天皇賞春3連覇を逃したものの今年の宝塚記念を制したマックイーンと言ったところか。しかし2年連続有馬記念3着のナイスネイチャにマチカネタンホイザだって最近調子は上がってきている様子。もしここに本調子のテイオーが加わっていたら今年は例年以上に誰が勝つかわからないだろう

 

「先生」

 

「メジロマックイーンさん。トレーニングですか?」

 

「えぇ」

 

ライスの頭を撫でながら次の有馬のことを考えているといつの間にかマックイーンの姿があった

 

「ライスさん、少々先生をお借りしてもよろしいかしら?」

 

「あ、はい。あとで返してくれるのでしたら」

 

「大丈夫ですわ。すぐ済みますので」

 

「わかりました。じゃあお兄様、またあとでね」

 

「えぇ」

 

ライスはオレから降りて校舎の方へ向かった

 

「何かありましたか?」

 

「えぇ。少し診ていただきたいのです」

 

「わかりました。メディカルルームに移動しましょう」

 

マックイーンは左膝をさする。何か違和感があるようだ

 

場所を移動してマックイーンをベッドに座らせ言われたように左足を触診してみる

 

「...メジロマックイーンさん。しばらくトレーニングを控えてください」

 

「それはどういう...」

 

「自分も確信が持てるわけではないですが、最悪あなたは走れなくなります」

 

「っ!」

 

マックイーンはオレの言葉に驚く

 

「急いでメジロ家専属のドクターに診てもらうべきです。自分の予想通りなら...」

 

「ま、待ってください先生。冗談ですわよね...?わたくしが走れなくなるなんて...」

 

「...」

 

「なにかしら怪我をしていたとしても、以前のようにまた治りますわよね...?」

 

「...」

 

現実を受け止められないマックイーン。オレは無言で診察を続けるしかなかった

 

「そんな...そんな!」

 

「あくまで自分の状況判断です。間違っている可能性もあります」

 

「...」

 

マックイーンは顔を手で覆い涙を流している

 

マックイーンの代わりにオレがメジロ家の執事の方を呼んでマックイーンを連れて帰らせた。そして数時間が経ってメジロ家当主から連絡があった。マックイーンは...左足の繋靭帯炎と診断されたそうだ

 

これは完治するまでに最低でも8か月~1年、たとえ完治できたとしてもまた再発する可能性が高いというウマ娘にとって不治の病とも呼ばれている。この怪我に幾度とないウマ娘達が引退を余儀なくされた

 

「クソが!テイオーの次はマックイーンかよ!」

 

チームスピカのトレーナーはメディカルルームの壁を殴るなどして感情を露わにしていた

 

「壁に当たるのは止めてください」

 

「お前はなんとも思わないのか!テイオーが復帰してマックイーンとのライバル対決がやっとって時なんだぞ!」

 

「なにも思わないわけないでしょう。だからこうして昔の文献を読み直して緒を見つけようとしてるんじゃないですか」

 

「お前...」

 

「自分達が慌てたってメジロマックイーンさんの足が治るわけじゃない。悔やんでいる時間なんてもっと無駄でしょう」

 

「そうか...そうだよな」

 

するとそこでオレの携帯に着信が入った

 

「もしもし」

 

『私だよ』

 

「これはご当主。珍しいですね、あなたが電話なn...『マックイーンが姿を消した』...なんですって...」

 

『安静にしておくよう伝えたら逆に出ていってしまってね』

 

「わかりました。捜索に加わりましょう。どこか宛はありますか?」

 

『プライドと意識の高い娘だ、どこかで無理矢理足を動かしてるかもしれないね』

 

「なるほど。さすがご当主、わかってらっしゃいますね」

 

『どうなろうと私はあの娘の祖母さ。家族のことがわからないでどうするさね』

 

「おっしゃる通り。見つけ次第お伝えします」

 

『頼んだよ。私のところに連れてきな』

 

「ほどほどにお願いしますね」

 

『約束はできかねるね』

 

そこで通話は途切れた

 

「どうした...?」

 

「メジロマックイーンさんが姿を消したそうです」

 

「なに!?」

 

「落ち着いてください。どこにいるかの目処は経っています」

 

「本当か!?」

 

「行きますか?」

 

「当然だろ!」

 

まぁそうだろうなと思いつつ2人で車を飛ばした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨が降りしきる中、マックイーンがいると思われるメジロ家が保有するターフ場に着くと先にテイオーがいた

 

「運命ってさ残酷だよね。どうしてもボクとマックイーンを勝負させたくないみたい。宝塚記念で一緒に走れると思ったらまた骨折しちゃって。もう元のようには走れないなんて言われて…それで今度はマックイーンまで…。きっとさ、もう諦めちゃったほうが楽なんだよね。でも、ボクはまだ諦めたくない。もう一度キミと走りたいよ。マックイーンは違うの?」

 

「そんなの...走りたいに決まってます!だけどもう無理なんです!もう一生まともに走ることなんてできない!奇跡でも起きない限り元の様に駆けることは叶わない!あなたと一緒ですわ!...はっ!」

 

「なら大丈夫じゃないか」

 

「先生...」

 

「先生...どうしてここに」

 

「メジロ家当主様からお願いされました」

 

「お婆様が...くっ!」

 

「マックイーン、テイオーと一緒とキミは言ったな?」

 

「それは...」

 

「ならキミも復活できるということだな」

 

「っ!」

 

「なにを言って...」

 

「テイオー。君もそう言いたかったんだろ?」

 

「えっと...」

 

「マックイーン。時間はかかったがテイオーはこうして復活した」

 

「でも、前のような走りは...」

 

「うん。まだ走れてない。奇跡が起きなきゃ無理だ。だから起こすよ、奇跡」

 

「テイオー...」

 

「僕が証明して見せる。ボクとマックイーンがもう一度絶対走れるようになるって。今度の有馬記念見てて。ボクは誰よりも先にゴールする」

 

「そ、そんなこと不可能です。今のあなたが勝つなんて...」

 

「それでもボクは勝つんだ。奇跡を望んで頑張れば必ずできる!」

 

「それ、って...テイオー...」

 

マックイーンは前に自らテイオーにかけた言葉を思い出す

 

「マックイーン、キミはテイオーが戻ってくることを信じて走り続けた。今度はキミがテイオーを信じる番だ」

 

「先生...でも...」

 

「それに君は何か勘違いをしてるよ。確かに繋靭帯炎は再発リスクが高く不治の病なんて言われてるけど、なにも完治する可能性が0なわけじゃない」

 

「え...」

 

「そのリスクゆえ発症してしまったウマ娘は引退する娘が多い。未だ科学的にも完全に完治できる術があるわけでもない。でも絶対に再発してしまうという記述もない」

 

「じゃあ、わたくしは...」

 

「まだ諦めるのは早いってことだ」

 

「先生...」

 

「マックイーン!」

 

「トレーナー」

 

「俺はもう一度お前が走るところを見たい!」

 

「それテイオーにも同じこと言ってなかったか?」

 

「変な横槍はよせ!いいんだよ。マックイーン、諦めるな。諦めなければ道は開ける!」

 

「ボクが走るのを諦めかけた時引っ張ってくれた。挫けそうなとき、傍にいてくれた。ボクの目標になる強いウマ娘であり続けていてくれていた。待っているって言っていたのはマックイーンだった。今度はボクの番だ。だから見てて、マックイーン。最強であり続けてくれて、待ってくれていたマックイーンに、見せてあげる!」

 

テイオーの覚悟を聞いてそれを応援するかの如く、マックイーンの心模様を表すが如く、降っていた雨が止み、雲間から光が差し込み、虹が架かった

 



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第十五R

 

テイオーが有馬記念に出走することが決まった

 

ファン投票1位はハヤヒデ。出走したレース全てで結果が一着か二着の連対率100%に先日のレコード更新で圧勝した菊花賞を見たら当然の結果と言えよう。それに引き換えテイオーは賛否両論あった。また走るところが見たかったという人もいれば、一年という長期休暇明けのGⅠ復帰戦で勝った例がない、テイオー以外にGⅠ制覇経験者が7人も出走、去年の有馬記念惨敗という多くの悪条件から厳しいのではないかという人も多くいた

 

そんな有馬記念を戦うメンバーとは別の気持ちを抱えた娘もいた

 

「先生。私は有馬には出ない」

 

「そうですか」

 

「皐月賞は獲れたけど、その後のダービーは三着、菊花では十七着だよ?出れるわけないよ」

 

「...」

 

「最近調子も上がらないし。今回は見送ることにしてチケットとハヤヒデを応援することに決めた」

 

BNWの中で唯一今年の有馬に参加しないタイシンは悔しさを胸にライバルであり友である2人の勝利を願っている

 

「でも、次は絶対私が勝つ」

 

「えぇ」

 

「先生、手伝ってくれる?」

 

「自分はいつだって前を向く娘の味方です。贔屓はできませんが何かありましたら来てください」

 

「わかった。毎日くる」

 

「それは止めましょう」

 

以前のようなネガティブ思考なタイシンとは違い今は次の目標に向かって走り出している

 

「そうだ先生。今日お昼一緒に食べない?」

 

「すみません、本日は先約がありまして」

 

「そうなんだ。珍しいね」

 

「えぇ。相談事も兼ねてるそうで」

 

「そーなんだ。じゃあまた今度ね」

 

「わかりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生、来てもらってすまない」

 

「約束でしたので。ところで、人数増えてませんか?」

 

お昼の先約とはルドルフとだった。しかしそこには他にグラス、マヤノ、オペラオー、ブライアン、カフェ、オグリが座っていた

 

「ルドルフ会長が()()()()と先生とお昼を取られると耳にしたものですから」

 

「マヤはねグラスちゃんに教えてもらったの!」

 

「ボクはマヤノから聞いてね。せっかくだから先生に高貴なボクと食事させてあげようと思ったのさ」

 

「私は別に...ただマヤノに捕まって連れてこられて」

 

私もマヤノさんに連れてこられました。でもまさか先生とご一緒できるとは思いませんでした

 

「先生の奢りと聞いて!」

 

「今回はシンボリルドルフさんの相談も兼ねてだったのですが、よろしいんですか?」

 

「まぁいいさ。このメンバーなら聞かれても問題ない」

 

「そういうことでしたら。みなさん、ここは私が持つので好きなものを頼んできてください」

 

「本当!?わーい♪」

 

「さすが先生です♪」

 

「その言葉を待っていた!」

 

「オグリキャップさんは少し加減をお願いしますね」

 

「そ、そんな...」

 

生徒会長としても来てくれた娘に対して帰れとも入れるはずもなく、集まった全員でお昼ご飯となった

 

「ブライアン、君のお姉さん見事な活躍じゃないか。同じリギルのメンバーとしてボクよりは劣るもののなかなか目立っているよ」

 

「同じチームメンバーとはいえ、姉貴は姉貴、私は私だ。関係ない」

 

「寂しいことを言うじゃないか。ボクもいつか一緒にレースに出てみたい。世紀末覇王の血が騒ぐよ!」

 

「私は今目の前にいる敵を倒す。それだけだ」

 

ブライアンはじっとマヤノを見つめる

 

「どうしたの?今日もマヤカワイイ?♪」

 

「ふんっ」

 

「ありゃりゃ〜。ねぇ先生、マヤカワイイ?」

 

「えぇ。元気があっていいと思いますよ」

 

「だよねだよね♪」

 

ブライアンは何かとマヤノをライバル視している。当のマヤノは特に気にしていないのが可哀想なところだ

 

「先生、一口いかがですか?」

 

私のもよかったら...

 

「...カフェさん、先に私が先生に食べさせていただきますので」

 

先生は今グラスさんのコッテリしたものより私のさっぱりしたものをご所望のはず...

 

横ではグラスとカフェの2人がどっちが先にオレに食べさせようかバトルしている

 

「自分は大丈夫ですので2人とも召し上がってください」

 

「そんな...」

 

「...」

 

「ならば先生のを私がもらおう」

 

「なにが"ならば"なんですか。自分の分があるでしょう」

 

「もう食べ終わってしまった」

 

「はやっ!はぁ...もう一回注文してきていいですよ」

 

「さすが先生だ!」

 

みんな食べ初めてまだ数分と経っていないのにてんこ盛りだった量を食べ切ってしまったオグリに仕方なくおかわりをさせる

 

「先生、そろそろ本題に入っていいだろうか」

 

「あぁすみません。それで、ご相談とは?」

 

「おそらく勘づいていると思うが、テイオーのことだ」

 

「そうだろうと思いました。心配ですか?」

 

「当然だ。何度かトレーニングしている姿を見たのだが」

 

「以前のような走りができていない、と」

 

「そうだ」

 

やはりルドルフの相談事はテイオーに関することだった。昔のような走りができるようになるのか、また骨折をしないか、精神的には大丈夫なのか、いろんな心配事がルドルフの中にはあるのだろう

 

「今のところ怪我の兆候はありません。また、走りについては十分なリハビリを行ってからのトレーニングでないため仕方ありません」

 

「そうか」

 

「しかし彼女は懸命に頑張っています。焦りたい気持ちをグッと堪えて日々できることをしています。それに何よりチームのサポートが彼女の背中を後押ししてくれてるみたいですよ」

 

「スペちゃん達がですか?」

 

「えぇ。スピカ一同、トウカイテイオーさんの力になりたいんだそうです」

 

「一蓮托生、テイオーは素晴らしい仲間を持ったな」

 

「そのようです。しかしそういうことならリギルだってそうでしょう。特にグラスワンダーさん、あなたは身を持って感じたはずです」

 

「はい」

 

グラスが怪我をした後、献身的に復帰に付き合ってくれたスキーや他のチームメイト。それがどんなに心の支えになったかはグラスはよくわかっている

 

「つまり、現時点ではありますがシンボリルドルフさんが危惧しているような状況にはないと言えます。特に精神面は大丈夫でしょう。怪我などは経過観察が必要となりますが」

 

「承知した。先生、テイオーをよろしく頼む」

 

「もちろん、大事な生徒の1人ですから」

 

「先生やっさしー!そういうところマヤ大好きだよ♪」

 

「私もお慕いしています」

 

「ふっ、さすがボクが見込んだ先生だ!輝きを取り戻したテイオーに勝ってこそ、真の覇王さ!」

 

かっこいいです、先生♡

 

全員テイオーのことは心配であったようだ。レースでは競い合うライバルではあるが同時に同じ学園に通う仲間。接点がなくとも心配になって当然か

 

「轍鮒之急、私もうかうかしていられないな」

 

「相手が強いほど燃える」

 

「話は終わったのか?ならもう一回」

 

「ダメです」

 

「そ、そんな!先生!」

 

「そのもう一回は何回続くかわかりません」

 

「あと一回だけだ!」

 

「時には我慢も必要です」

 

「くっ...!」

 

オグリはいつも通りマイペースだ。いつの間にか帰ってきていつの間にかおかわりを完食している



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第十六R

 

「くは〜っ!先生、そこダメぇ〜」

 

「ダメと言われましても、きちんと診ておかないと」

 

「そうだけど、うぉっ!」

 

有馬記念に向けて最後の調整。既にマチカネタンホイザは診終わっていて今はナイスネイチャを診ている

 

「あー効くー。こりゃ一家一先生必要だね」

 

「自分を新しい単位にしないでくださいね」

 

「わかっちゃいるけど、こりゃダメだ〜」

 

「華の学生が出してはいけない声してますよ」

 

「気にしない気にしない。私と先生しかいないし」

 

「マチカネタンホイザさんもいるじゃないですか」

 

「マチタン気持ち良すぎて寝ちゃってるじゃん。ならいないのと一緒だよ」

 

「そんなものですか」

 

「そういうもんなんだよ。あ、先生そこイイ!」

 

確かに足の疲労を取るようにはしてるけどさ。そんな風呂上がりにマッサージチェアで癒されるおっさんみたいな声出してていいのかい...?

 

「はい、終わりましたよ」

 

「あちゃー終わっちゃったか」

 

「お疲れ様でした」

 

「んー!やっぱりさすが先生、さっきまでの疲労が嘘みたい」

 

「それならよかったです」

 

『あの、カノープスのトレーナーです。終わりましたでしょうか?』

 

「えぇ。入ってきていただいて大丈夫ですよ」

 

「失礼します」

 

マチカネタンホイザとナイスネイチャを迎えにきたカノープスのトレーナー。真面目な好青年だが、腰が低く、個性的なカノープスメンバーによく振り回されている。それでもテイオーの引退予定ライブのときに、テイオーにツインターボのレースを見せるというメンバー全員からの無茶振りにも近い計画を考える、スピカのトレーナーのようにウマ娘の自主性を第一に考えてそのサポートに徹するなど、なんだかんだメンバーから慕われているいい人だ。

 

「2人に異常はありませんでした」

 

「そうですか、ありがとうございました」

 

「いえ」

 

「いやー先生ってすごいよトレーナー。これなら今度こそネイチャさん有馬で一着取れちゃうかもなー」

 

「そうなれば私としても嬉しいです」

 

「あとは体調に気をつけていれば大丈夫でしょう。肌寒くなってきましたのでしっかり暖まってから寝るようにしてくださいね」

 

「りょーかい。んじゃ行こっかトレーナー。マチタン運ぶのよろしくねー」

 

「わかりました」

 

「手伝いましょうか?」

 

「いえ、先生にそこまで手を煩わせるわけにはいきませんので。それに、先ほどから部屋の外でソワソワされている方がいらっしゃいますし」

 

「ん?」

 

カノープスのトレーナーから聞いて部屋の扉を見てみると小さな影がサッと隠れた

 

「まだ時間には早いんですが」

 

「それほど先生にお会いしたかったのでしょう。では私達はこれで」

 

「先生見ててね。有馬では度肝抜いてやるんだから」

 

「えぇ、頑張ってください」

 

マチカネタンホイザをおぶったカノープスのトレーナーとナイスネイチャは部屋を出た

 

「お兄様...?」

 

「お待たせしました。入ってきて大丈夫ですよ」

 

「うん!」

 

待ってましたと言わんばかりにライスが一目散にオレに駆け寄り懐に飛び込んできた。オレは咄嗟に手を広げて受け止めた

 

「危ないですよ」

 

「ご、ごめんなさい。お兄様に会えたのが嬉しくって」

 

「大事なレースを控えてるんですから、気をつけてくださいね」

 

「うん」

 

「どこか身体に違和感があるところはないですか?」

 

「大丈夫。いつもお兄様が診てくれるからライス元気だよ」

 

「なによりです。じゃあそこに座って前屈してみてください」

 

「え...」

 

「自分は言いましたよね?トレーニングも大事だけどストレッチも同じくらい大切だと」

 

「うん...」

 

「前は全然曲がらなかったですけど毎日やってれば成果も出ますよね?」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

ライスは前屈すれば硬いままだとわかって怒られると思い顔を埋めて謝ってきた

 

「お兄様ごめんなさい!怒らないで!」

 

「落ち着いてください、怒りませんから」

 

「本当...?」

 

「まぁお説教したい気持ちは少しありますが」

 

「ひっ!」

 

「でもレース前なのでなしにしましょう。今度から気をつけてくださいね」

 

ライスはオレの顔を見上げながら勢いよく首を縦に何度も振った

 

「では足の方を診せてもらいますので向こうで横になってください」

 

「あの、もう少しこのままじゃダメ...?」

 

「...仕方ないですね。もう少しだけですよ?」

 

「うん!お兄様大好き!」

 

うーん、どうしてもライスは甘やかしてしまう。年齢的には他の娘と同じなのに。いかんなこんなことでは...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライスの調整はすぐに終わり次の娘達の時間まで少し時間があったためライスを寮まで送っていった。

 

そして戻ってきた時には既にチケットとハヤヒデがメディカルルームにおり、なぜだかすごい怒られた

 

「先生、チケットとハヤヒデ...きてるね」

 

「タイシン、どうしてここに?」

 

「いや別に。特にすることもなかったし先生の顔見てから帰ろうかなって思ったら今日チケットとハヤヒデ調整受けてるんじゃないかって思って」

 

「そういうことか。こんな体勢ですまない」

 

「いいって。チケットは、あぁ...」

 

「Zzz...」

 

チケットを終えてハヤヒデの調整を行なっているとタイシンがやってきて、眠ってしまったチケットを見て「いつも通りね」と一言言って空いてる椅子に腰掛けた

 

「何のお構いもできずすみません、ナリタタイシンさん」

 

「いいよ。調整中に来ちゃったわけだし。どう?2人は」

 

「いい具合だと思いますよ。ウイニングチケットさんは長距離を見越してスタミナ重視のトレーニングにしてきたみたいですね。比べてビワハヤヒデさんはまた少し大きくなった気がしますね」

 

「なっ!先生まで私の頭が大きいと言うのか!」

 

「いえ体付きがです。長距離で疲れ切ったラストでも力を出せるよう体幹とともの強化をしてきたのがわかります」

 

「そ、そうか...それならいいんだ」

 

「ハヤヒデは考えすぎなんだよ。だから頭でっかちなんて...「誰の頭がでっかいって!?」...はぁ」

 

「前にも言いましたがビワハヤヒデさんの頭は標準です。安心してください」

 

「ふむ、先生がそういうのだから問題ないな」

 

「ハヤヒデも先生の前だとすっかり素直になっちゃって」

 

「タイシンだってそうじゃないか」

 

「まぁね。気を許せる数少ない人のうちの1人だからね」

 

「ありがたいことですよ」

 

「なぁ先生。気になっていたんだが今は放課後だぞ?」

 

「おっとそうだった。もう癖になってるからなー」

 

「やっぱり先生はフランクな話し方の方が落ち着く」

 

「なんだそりゃ」

 

「私も同じだ。気を許してくれていると実感できる」

 

「そうかい。しかし、入学当初オレを穴が開くぐらい睨んできてた2人が嘘みたいだよ」

 

「なっ!」

 

「ちょっと先生、そのことはごめんって...」

 

「あぁ別に気にしてるわけじゃないよ。変わるもんなんだなって思っただけだ」

 

「あ、あの時は色々と初めてで警戒していたんだ!」

 

「知り合いだっていなかったし。でも先生の周りは生徒がいっぱいで、疑問に思ってただけで...」

 

「何度も聞いたさ。でもこうして慕ってくれて嬉しいよ」

 

「...私がこうしてここまで成長できたのは先生のおかげだって思ってる」

 

「私もだ。それに私達が困っていればいつも間に入って助けてくれた。感謝してもしきれない」

 

「それが教師であるオレの仕事だからな。まぁ大変な時もあったけど。チケットが誤ってタイシンの携帯を落としちゃったときのやつは大変だった...」

 

「あれはチケットが悪い」

 

「だからって一週間も無視することはなかったんじゃないか?」

 

「...今では少し悪かったって思ってるよ」

 

「あとはチケットがハヤヒデの顔に落書き事件とかな。ちょっと待て、オレチケットに振り回されすぎじゃないか?」

 

「「え、今更?」」

 

「その時は仲直りさせるのに必死だったから気づかなかったが」

 

「逆に私とハヤヒデはそんなにケンカすることないよ」

 

「記憶の限りはないな」

 

「そういえばそうか」

 

「でも、チケットがいなかったら毎日こんな楽しく過ごせてたかどうかはわからんがな」

 

「それは言える。ただチケットが毎日はしゃいでるとも言えるけど」

 

「そうか」

 

今回の有馬記念タイシンは出走を見送ったが、またいつかこの3人の勝負を見てみたいな

 

「先生きったよー!お?まだ早かった?」

 

3人で話しているとパーマーがやってきた

 

「おっともう時間か」

 

「もしかして邪魔しちゃった?」

 

「大丈夫だ。私もチケットも終わっている」

 

「私はただの見学」

 

「そうなの?」

 

「先生、長々とすまなかった」

 

「こちらこそ。時間を忘れて話しちまった」

 

「チケットは私とハヤヒデで連れていくから」

 

「助かる。よろしくな」

 

ハヤヒデがおんぶでもして連れて行くのかなと思いきや一旦床に寝転がせ、2人で片足ずつ持って引きずって行ってしまった。それでもチケットは起きる気配はなかった

 

「先生、あの3人と仲良いんだ」

 

「まぁ結構な付き合いになるからな」

 

「へぇー」

 

「おっとすまん、すぐ始めよう。ベッドに寝てくれ」

 

「はーい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうかな先生。特に問題ないと思うんだけど」

 

「えぇ。異常なところはありません。よくがんばりましたね」

 

「本当!イェーイ!だってよトレーナー!」

 

「あぁ、あとは本番を待つだけだな!」

 

最後にテイオーを診て問題なしと判断した

 

「なぁ、お前からみてテイオーの勝率はどのくらいだ?」

 

「それはわかりませんよ。もしかしたらトウカイテイオーさん以外の出走者が明日腹痛で棄権するかもしれないですし、レース場に隕石が落ちて延期になるかもしれない」

 

「そんなこと...」

 

「まぁ今のは極端な例ですがレース当日ゲートインするまで何が起こるかわからないんです。勝率などの数字で全てが決まるならこの世界はもっと合理的でつまらないでしょう」

 

「うーん、ボクにはイマイチわからないよ。トレーナーわかる?」

 

「いや、こんな大層な返しをされるとは思ってなくてな。俺もさっぱりだ」

 

「簡単に言えば、有馬記念頑張ってくださいということです」

 

「そっか!ありがとう先生!ボク頑張るよ。マックイーンのためにも」

 

「トウカイテイオーさん...「わかってる」...」

 

「先生の言いたいことはわかってるよ。マックイーンのこともあるけどまずは自分のことだって言いたいんでしょ?」

 

「えぇ。有馬記念を走るのはあなたです。他人の想いを力に変えるのはよくあることです。しかしその力の根幹、つまり自分の意思がないとそれは空虚なものになってしまいます」

 

「大丈夫。ボクはマックイーンの希望、みんなの期待、そしてボク自身の勝利を掴み取ってみせる!」

 

「テイオー...」

 

いつの間にこんなに成長したのか。ついこの間までルドルフの後を「会長!会長!」言って付いていってた娘がこんなにも...

 

「トウカイテイオーさん。おそらくあなたが考えているよりずっと多くの人達があなたの帰りを待ち望んでいます。3度の大怪我を乗り越え、生まれ変わったあなたの走りを見せてください」

 

「うん!期待しててね先生!」

 

無敗の三冠ウマ娘になるという夢を断たれ、無敗のウマ娘でいるという夢を断たれ、ライバルとの再対決を幾度となく阻まれ、怪我に苦しんだ天才。一度は走ることを諦めかけたウマ娘がもう一度その姿を現す。もうダメかと思った、しかし彼女はまだ走れる。誰もが願った1人のウマ娘の復活。それが叶うのかが遂にわかる。その舞台が今始まる。

 

有馬記念。トウカイテイオー復活となるのか...それとも...

 



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第十七R

 

今日は有馬記念。誰もが待ち望んだこのレース、オレも会場で観戦することになっているがその前にとある娘を迎えにきていた

 

「お」

 

「先生!」

 

チームメイトであるテイオーの応援のために遠征先のアメリカから一度帰国したスズカがオレを見つけるや否や小走りで近づいてきた

 

「お迎えありがとうございます」

 

「直接連絡が来たからな。さすがに断れなかった」

 

「急ですみませんでした」

 

「いいよ。久しぶりだなスズカ」

 

「本当ですよ。前回からだいぶ間が空いてませんか?」

 

「そう言ってくれるなよ。アメリカなんてそんな頻繁に行けるところでもないんだから」

 

「それはそうですが...」

 

「年が明けた1月に一回行く予定だから」

 

「本当ですか!」

 

「あぁ。多分後々通知が行くと思う。オレかどうかはわからないけど」

 

「絶対先生が来てください!」

 

「それを決めるの理事長だからな」

 

「...わかりました。後で直談判に行きます」

 

「お、おう...」

 

なんだこのプレッシャーは...スズカ、君アメリカで何を学んでいる...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁ、今年もいよいよこの日がやってきました。暮れの中山レース場。寒風を跳ね返すほどの異様な熱気がターフと観客席を包んでいます。G1有馬記念です!』

 

『そうですね。豪華メンバーが揃っていますし、素晴らしいレースが期待できます』

 

「さて着いた。オレは車停めた後行くところがあるから」

 

「え、一緒に見れないんですか?」

 

「あぁ、すまんがスピカのメンバーと一緒に見てくれ」

 

「そうですか...」

 

「終わったら嫌でもテイオーのところに集まるだろ。そこでまたな」

 

「っ!はい♪」

 

スズカを入り口で下ろしオレは駐車場へ。車を停めて関係者席に足を運んだ

 

「よく見える。理事長に感謝だな」

 

今回理事長が気を利かせてレース場2階にあるガラス張りの関係者席を用意してくれた

 

『さぁウマ娘が続々とターフに姿を現しました。ヒールか、はたまたヒーローか。祝福の星、ライスシャワー』

 

『メジロマックイーンに勝って制した春の天皇賞は強かったですね。名ステイヤーの一員として一体どんな走りを見せてくれるのか期待しましょう』

 

見やすいようにガラスの前に立つとアナウンスで紹介されたライスと目があった。集中していた顔から一変満点の星空を見たかのようなキラキラとした目でこっちを見るとオレに向かって笑顔で小さく手を振った。よくわかったな...

 

『おっと、こちらは昨年の有馬記念覇者メジロパーマーです』

 

『逃げウマ娘としては一級品です。スタートから一気に出てペースを作れば連覇も夢ではありません』

 

『長距離ならば他者に比肩を取らないこのマチカネタンホイザも怖い存在です。ナイスネイチャもブロンズコレクターの名を返上し有馬の栄誉を手にしたいところ』

 

『そして次世代を担うウマ娘の1人、ウイニングチケットが奥にいます』

 

『なんと言っても今年のダービーウマ娘ですからね。相応しい走りをしてくれるのではと私も注目しています』

 

\ワー!/

 

ここで一際大きい歓声が上がった

 

『はっ!一年振りにターフに姿を見せたトウカイテイオー。休み明けもなんのその4番人気で有馬記念に挑みます』

 

『彼女の復帰を多くの方が待っていましたからね。応援する気持ちが人気の高さに表れている感じです』

 

\ワー!!/

 

そしてまた大きな歓声が沸き起こる

 

『注目はこのウマ娘、ビワハヤヒデ。連対率は驚異の100%!堂々の1番人気、ファンの期待に応えることはできるのでしょうか!』

 

『夏を過ぎてからさらに才能が開花しましたし、なかなか彼女を負かすのは難しいのではないでしょうか』

 

凛々しい姿でゲートインを待つハヤヒデ。そんな中ふとこちらを見上げ何かを決意したかのようにさらに目をキリッとさせて目線を戻した

 

♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

『場内にファンファーレが響き渡ります。さぁ今年のナンバー1を決める有馬記念。各ウマ娘枠入りは順調に進んで行きます。それぞれ真剣な面持ちで応援を送るファンの期待に応えるべくゲートが開く瞬間を待っています。最後に大外、メジロパーマーが入ります。さぁ14人枠入りが完了しました。今年最後のG1有馬記念、今スタートしました!』

 

『まずはメジロパーマー、いいスタートをきりました。各ウマ娘一斉に綺麗なスタート。さすが選ばれた14人、優秀です』

 

出遅れの娘はいない。スーッとパーマーが前を取る予想通りのレース。観客は何を思っているのか。パーマーの連覇か。ネイチャの三度目の正直か。チケット、ハヤヒデによる次世代優勝か。テイオーの復活か。はたまたライスによる連覇阻止か

 

(まだ足は残ってる!)

 

(菊花賞は譲ったけど今度は勝つ!)

 

(このレースに勝って祝福を!)

 

(三着でも二着でもない!一着を取る!)

 

(負けられない!負けるもんか!)

 

(...)

 

走っている最中ウマ娘がそれぞれ何を思っているのかは観客にはわからない。しかしこれだけはわかる。全員が勝ちたいと思って走っている

 

『先頭は依然メジロパーマー。ビワハヤヒデは現在4番手。外からライスシャワーも行く』

 

『トウカイテイオーは少し下がった位置にいますね。一年振りのレース、一体どう感じているのでしょうか』

 

『各ウマ娘一回目のホームストレッチに入ります』

 

観客の声が聞こえるホームストレッチ。走っている側はどう聞こえているのか。何を聞くのか。はたまた目の前に集中して耳に入らないか

 

『さぁ第二コーナーを抜けて向こう正面に入りました14人。現在の並びを確認していきます。メジロパーマーが先頭。ビワハヤヒデは4番手。その後ろウイニングチケット、ライスシャワーがいる。久々トウカイテイオーがこれに続く。ナイスネイチャは後方、そして最後方にマチカネタンホイザ』

 

昨年のようにパーマーの爆逃げを許さず14人が10バ身以内に収まる形。昨年の覇者が逃げ切るか。それとも他の挑戦者達が差し切るか

 

『レースはいよいよ第三コーナーに入ります』

 

(絶対に勝つ!)

 

(絶対に勝つ!)

 

(絶対に勝つ!)

 

(絶対に勝つ!)

 

(絶対に勝つ!)

 

(絶対に!絶対に!)

 

『さぁ第四コーナーにさしかかる。前を行くビワハヤヒデにウイニングチケットがじわじわと追い上げる!おっとここでビワハヤヒデが仕掛けてきた!菊花賞ウマ娘のビワハヤヒデ、ぐんぐんとスピードを上げていく!』

 

第三コーナーから第四コーナーに入ったあたりでハヤヒデがスパートをかけた。他を置き去りにし直線に差し掛かった

 

『メジロパーマーを抜く!ビワハヤヒデ先頭!ビワハヤヒデ先頭!やはり強い1番人気ビワハヤヒデ!果たしてついて来られるウマ娘はいるんでしょうか!?ライスシャワーか!ナイスネイチャか!ウイニングチケットはどうだ!』

 

覇者も刺客もライバルも、誰も追いつけないスピードで駆け抜けるハヤヒデ。そんな彼女を懸命に追いかけるウマ娘が1人

 

『トウカイテイオーがきた!え?トウカイテイーがきた!?』

 

実況も驚きの一言。誰が予想できたと言うのだろうか。前回走った有馬記念は十一着。それから一年のブランク。3度の骨折で元の走りは出せないと思っていたテイオーが距離を詰める

 

「行けっ...」

 

「行け...!」

 

「行け...走れ!」

 

テイオーが負ける姿を想像しなかなかレースに目をやれなかった者。テイオーのトレーナーとして誰よりも近くで彼女の帰りを待ち望み、もう一度テイオーの走りを見たいと願っていた者。そしてテイオーの憧れの存在としてあり続け、そんなテイオーに最後の言葉をかけ勇気を与えた者。そんな3人の声が届いたかのようにテイオーが駆ける

 

『トウカイテイオーだ!トウカイテイオーがきた!ビワハヤヒデとの距離をぐんぐん詰める!残り200を切った!一年振りのターフだトウカイテイオー!必死に迫るトウカイテイオー、ビワハヤヒデに追いつくことはできるのか!』

 

観ている者全てが涙を流す。そして声援を送る。今この時会場、また画面の奥で叫んでいる声がテイオーの背中を押し足を回してくれる

 

『追いかけるトウカイテイオー!譲らないビワハヤヒデ!その差は1バ身!後少しの差が縮まらない!菊花賞レコードの力を見せつけるビワハヤヒデ!トウカイテイオー抜かせない!しかしトウカイテイオーくる!ターフに戻った帝王がじりじりとその差を詰めていく!』

 

行け!行け!行け!ともはやテイオー一色になる会場。全員が見たいものは一緒だ。その想いは届いているのか。おそらく今のテイオーにそんこと考える余裕はない。だがわかっている。肌で感じている

 

『残り100を切った!いけるかトウカイテイオー!新世代覇者ビワハヤヒデ!蘇るのかトウカイテイオー!中山が!中山が震えているぞ有馬記念!一体どちらが勝つのか!』

 

あと少し。もう少し。苦しい。足が重い。限界。心を埋め尽くすそんな言葉の羅列。しかしその奥に見たのは、自分を信じて待つマックイーンの姿

 

『トウカイテイオーだ!トウカイテイオー抜けたか!わずかに前に出たトウカイテイオー!しかしその差はわずか!トウカイテイオーとビワハヤヒデ!ダービーウマ娘の意地を見せるかトウカイテイオー!』

 

君と夢をかける。その実現のためにテイオーは最後の力を振り絞る

 

『トウカイテイオーだ!トウカイテイオーだ!トウカイテイオー!奇跡の復活!』

 

決着。選ばれし14人のウマ娘で1番にゴールしたのは、364日ぶりに舞い戻ったトウカイテイオーである

 



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第十八R

 

 

『一年振りのレースを制しましたトウカイテイオー。まさに奇跡、奇跡の復活を見せましたトウカイテイオー。こんなことがあるのでしょうか。前回の有馬記念以来、まさに一年振りのレースでありますトウカイテイオーが13人を蹴散らしました!』

 

会場が、いや、全国が歓喜に沸いていることだろう。奇跡は本当に起こる。今後奇跡は起こるという証明に必ず今日のレースは出てくることになるはずだ

 

『しかし細江さん、びっくりしました!』

 

『信じられません!歴史に残る勝利でしたね』

 

『そうですね。ここまで長期休業明けで挑むG1勝利はこれまでない、史上初の快挙です!3度の骨折で元のように走れるか不安視され、もうダメだと言われていたトウカイテイオー。怪我に負けない不屈の精神を見せつける、歴史に残る勝利となりました!』

 

『一年振りのG1出走でこの錚々たるウマ娘達を相手に見事な勝利。トゥインクルシリーズの常識を覆すすごいレースでした!』

 

『ビワハヤヒデも最後の直線、これは決まったかと思いましたが...トウカイテイオー執念の末脚で惜しくも二着に敗れてしまいました』

 

『どのウマ娘が勝ってもおかしくないレースでしたが、最後はトウカイテイオーの信念が勝利を掴み取りました』

 

『三着は今年もナイスネイチャ。善戦しましたが惜しくも三着でした』

 

\テイオー!/

 

\テイオー!/

 

\テイオー!/

 

\テイオー!/

 

\テイオー!/

 

『おっとここでテイオーコールです!日本ダービーを制した時と同じ、いやそれ以上の勝者を称える声援が中山レース場に響きます!多くのファンを魅了するトウカイテイオー、常識を覆し諦めすら置き去りにしたその走りは有馬記念にまた一つ新しい伝説を生み出しました!』

 

誰かが言った。"天才はいる。悔しいが。"この言葉は今日のテイオーのことを指しているに違いない

 

「ありがとうみんな」

 

「お"ま"え"、す"け"え"よ"」

 

「もう何言ってるかわからないわよ」

 

「や"った"な"テ"イ"オ"ー」

 

「テイオーさんおめでとうございます。スズカさんも喜んでくれてますよ」

 

「うん、ありがとう」

 

「本当にいいレースだったわ。おめでとう、テイオー」

 

「スズカさん!?どうして!?」

 

「直接応援したくて飛んできちゃった」

 

「スズカさん!来るなら来るって言ってくださいよー!」

 

スズカがいることに驚くが嬉しくて抱きつくスペ。そこへさっきまでいなかったマックイーンが現れた

 

「見ててくれた?」

 

「えぇ...えぇ。ありがとうテイオー」

 

「マックイーン」

 

「「「テイオー!」」」

 

そして一緒に走ったマチカネタンホイザ、メジロパーマー、ナイスネイチャ、ウイニングチケットに押し倒される

 

「なになになニー!?重いよー!」

 

「おめでとうテイオー!」

 

「「「おめでとう!」」」

 

「おめでとうございます」

 

「ありがとうライス」

 

そんな光景はやれやれといった感じで見守るハヤヒデ

 

「おつかれハヤヒデ」

 

「先生」

 

「あ、お兄様!」

 

「ライスもおつかれ。いいレースだったな」

 

「いや、さすがトウカイテイオーだった」

 

「うん。強かった」

 

会場はテイオーの祝福一色。そんな中オレは近くにいたハヤヒデとライスに声をかけた

 

「確かにテイオーもすごかった。でもハヤヒデとライスだっていい走りをしてた」

 

ハヤヒデとライスの頭に手を乗せる

 

「おい...」

 

「お兄様?」

 

「1人ぐらい君達の走りを称えてもいいだろ」

 

「お兄様...ありがとう!」

 

「まったく...敵わないな先生には」

 

「いい目だな」

 

「あぁ。今回は譲ったが次は勝つ。私はまだクラシックが終わったばかり。来年からのシニア時期では私がもらう」

 

「ら、ライスも頑張る!」

 

本当ならこのレースに出たみんなを称えてやりたいが今はテイオーに夢中だし、ならば2人だけでも今ここで称えてもバチは当たらないだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー、ハヤヒデ、ナイスネイチャによるウイニングライブも観客全員がペンライトを振って大いに盛り上がった

 

そして退場ゲートにはテイオーの復活を祝いに多くのウマ娘が集まっていた。そしてまたもテイオーはもみくちゃにされてしまった

 

「また怪我しなきゃいいが」

 

「大丈夫よ。みんなわかってるわ」

 

「スキー。君は行かなくていいのか?」

 

「私はいいの。確かにテイオーの復活は喜ばしいことだけどみんなみたいにはしゃぐほどではないわ」

 

「意外と冷静なんだな」

 

「まぁね。お姉さんの余裕ってやつかしら」

 

「それはすごいな」

 

「先生」

 

「スズカ。もういいのか?」

 

「はい。伝えることは伝えられたので」

 

「そうか」

 

「あらスズカじゃない。帰ってたのね」

 

「はい。お久しぶりですねマルゼンスキーさん」

 

「そうね。向こうでは楽しくやってる?」

 

「えぇ」

 

「でもせんせーがいなくて寂しいんでしょ?」

 

「それは、まぁ...」

 

「ふふん、私なんて毎日会ってるわよ。それこそ夫婦みたいに」

 

「むっ...」

 

「お、おいスキー」

 

「先生はこれから理事長に掛け合って一緒に遠征に来てもらいます」

 

「そんなの許可されるわけないじゃない」

 

「調整やケア、カウンセリングなどは先生以外にもできる方が学園に何人もいます」

 

「その中でも一番優秀なせんせーを手放すことはないわ」

 

「私の遠征期間中だけですので大丈夫です」

 

「長期間になるじゃない」

 

「落ち着け2人とも。いつもは仲良いのにどうしてこういがみ合いが始まるんだ」

 

「むっ、元はと言えばせんせーが早く私を選ばないからこうなってるのよ!」

 

「そうです先生。私を選んでくれれば収まるんです」

 

口を挟むとスキーとスズカの標的がオレに変わった

 

「あ、スズカさん!」

 

「スペちゃん、どうしたの?」

 

ナイスタイミングスペシャルウィークさん!

 

「このあとテイオーさんの祝勝会を開こうってトレーナーさんが。はっ!マルゼンスキー先輩!」

 

「チャオ♪相変わらず可愛いわねスペちゃん」

 

「そ、そんな!マルゼンスキー先輩こそいつも綺麗で!」

 

「ふふっありがと♪あ、スズカもう連れて行っちゃって大丈夫よ?」

 

「は、はい!ありがとうございます!」

 

「えっ、待って。まだ私...」

 

「行きましょうスズカさん!」

 

スペシャルウィークは憧れのスキーに会えて気が動転しスキーの言われるがままスズカを引っ張って行ってしまった

 

「お兄様」

 

「ライス、どうした?」

 

「あらライス」

 

「マルゼンさん、こんにちは」

 

「こんにちは。今日は残念だったわね」

 

「はい。悔しかったですけどまた頑張って次は勝ちたいです」

 

「うんうんその意気よ」

 

「それでどうしたライス?」

 

「あ、みんながテイオーさんの祝勝会兼復帰祝いをするんだって。リギルとスピカのトレーナーさんがホテルを取ってくれたらしくって、一緒に行こ?」

 

「いいのか?」

 

「うん。ライスもお兄様がきてくれたら嬉しい」

 

「そっか。ならお言葉に甘えようかな」

 

オレはライスの頭をくしゃくしゃと撫で回しながら返答した

 

「ふにゃ〜♪」

 

「あらあら、まるでお父さんね」

 

「よしてくれスキー。まだそんな歳じゃないんだから」

 

「あら近い将来そうなるのよ?」

 

「誰が決めたんだ誰が」

 

「あ・た・し♪」

 

「よーし、行くぞライス」

 

「うん!えへへ♪」

 

「あーん、ちょっと待ってよー」

 

オレは変なことを言い出したスキーをおいて、ライスと手を繋いでリギルのトレーナーの元に向かった

 



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第十九R


理事長代理もチョコボも出なかったのに1st Anniversaryでジュエル足りないよ~


リギル、スピカのトレーナーが用意してくれたパーティーは大盛り上がり。多くのウマ娘が参加しテイオーの復活を祝った

 

「みんな楽しそうですね」

 

「そうね」

 

「こんな光景を見るために俺達は頑張ってるのかもな。な?おハナさん」

 

「何を言うかと思えば。この祝勝会だってあなた提案しただけで会場の確保だったりは私に押し付けたじゃない」

 

「ぐっ...」

 

「本当にあんたは使い物にならないんだな」

 

「面目ねぇ...」

 

提案した者がいなければこんな盛大なパーティーなどそもそもできなかったと思う人もいるだろうが、提案したなら責任を持って最後までするべきだと思う

 

「さて、そろそろ私達は席を外そうかしらね」

 

「なぜです?何か用事でも?」

 

「別に会場からいなくなるわけではないわ。ただあなたをずっと独占しておくわけにはいかないって話よ」

 

「え?」

 

「周りをよく見てみろ。お前に近づきたいが俺やおハナさんがいるから話しかけられないって目で見てる連中がそこらじゅうにいるだろ」

 

その意見を聞いて周りを一回り見てみると、確かにこちらをチラチラ見ながら何か機を窺っているウマ娘が何人もいるような感じがする

 

「あなたの人気も大したものね」

 

「羨ましいぜまったく...」

 

「あ、ありがたいこって...」

 

「じゃあ私は行くわね。せいぜい頑張りなさい」

 

「はい...」

 

そう言い残してリギルのトレーナーは去っていきスピカのトレーナーもそれに続いてその場を離れた。すると1人になる状況を待ってましたと言わんばかりに1人のウマ娘が飛びついてきた

 

「センセー!」

 

「はいはい」

 

「なんだか久しぶりな気がしマス!」

 

「そうだな。最近は何かとテイオーや他の娘につきっきりだったから」

 

いの一番に飛びついてきたウマ娘の正体はエルだ。それに続いてグラスもやってきた

 

「先生」

 

「グラス」

 

「私、すごく寂しかったです」

 

「ご、ごめんな。でもこの前食堂で話したような...」

 

「先生...?」

 

「...」

 

「グラスは寂しすぎて授業中もぼーっとしてることが多くなりマシタ」

 

「エールー...?余計なことは言わなくていいんですよー?」

 

「ハ、ハイ!」

 

「グラスさん、そんな威圧するものではありませんわよ?」

 

「グラスちゃんは怒らせたら怖いウマ娘ランキングで上位だからね〜」

 

そこへエルとグラスの同年代でクラスメイトのキングヘイローとセイウンスカイがやってきた

 

「セイとヘイローも久しぶりだな」

 

「えぇ先生。私に至ってはグラスさんやエルさんよりも久しぶりです」

 

「私はそうでもないかな〜」

 

「感謝祭以来か?」

 

「うっ、あの時はその...」

 

「もういいって。あの後ちゃんと仕事してたってグラス達から聞いてたからな」

 

「よかった〜。私あれでちょっと先生のことトラウマになりかけたよ」

 

「サボっていたセイウンスカイさんが悪いんですよ」

 

「いやーいい天気だったからつい」

 

「そういえばエルもあの時他のクラスの試食とか言ってサボってましたね」

 

「ギクッ!」

 

「本当か?エル」

 

「...」

 

エルはそそっと目線を逸らした

 

「この前は宿題を忘れてましたね」

 

「ウッ...!」

 

「この前は授業中に居眠りしていましたね」

 

「ギャッ...!」

 

「あ、エルちゃん廊下猛ダッシュしてエアグルーヴ先輩にこっぴどく怒られてなかった?」

 

「ヒェッ...!」

 

秘密を暴露されエルのHPはどんどんと削られていく

 

「エルちゃーん!この前グラスちゃんから借りてて失くしちゃったって言ってたやつ見つかったよー!」

 

「ニャッ!ス、スペちゃん!」

 

「エールー...!」

 

「ヒッ!ご、ごめんなさいデース!」

 

スペシャルウィークがとどめをさしてエルはその場から逃亡した

 

「あれ?エルちゃん?」

 

「スペちゃん、とどめさしちゃったね」

 

「さすがの天然っぷりですね」

 

「え?どういうこと?」

 

「まったくエルってば」

 

「まぁ人のものを失くすのはよくないがエルは反省してたみたいだぞ?オレのところに来てわんわん泣いてたからな」

 

「そうでしたか」

 

「放課後練習が終わってから遅くまで探してたの見かけたよ。その気持ちもわかってやってくれ」

 

「先生がそう言うのでしたら」

 

「あぁ。仲直りしておいで」

 

「わかりました。先生、また後で伺いますね」

 

「わかったよ」

 

「私達も行こっか」

 

「えぇ。おそらく後もつっかえているでしょうし」

 

「え?え!?」

 

「はいはいスペちゃんは何も分からなくていいんだよ」

 

「えぇ。あそこににんじんステーキがあるみたいです」

 

「にんじんステーキ!」

 

「食べにいこ。じゃあね先生」

 

「失礼します」

 

「楽しんでこい」

 

途中乱入したスペシャルウィークもすぐさま退場させられ、と言うよりもすでに頭の中はにんじんステーキでいっぱいのようだな

 

「先生」

 

「おー」

 

飲み物を飲む暇もなくやってきたのは名門、メジロ家の面々だった

 

「先生。本日もご機嫌麗しく...「先生こんちゃー!」...はぁ...」

 

「ははは...パーマーは元気だな。いやはやメジロ家ご一行様とは」

 

「先生、お久しぶりでございます。お会いしたかったです」

 

「確かにアルダンと会うのは久しぶりか。お互いに時間が合わなかったな」

 

「えぇ。とても寂しかったです」

 

「わたくしも寂しかったですわ~ひゃっ!」

 

「おっと。気をつけないと危ないぞブライト」

 

近寄ろうとするブライトが自分の足に躓いてしまい倒れそうになるのを支える

 

「こらブライト!先生にご迷惑を...!」

 

「大丈夫だよドーベル」

 

「ですが!」

 

「本当に大丈夫だから」

 

「申し訳ございません先生。ですが、うふふ♪抱きとめられてしまいましたわ♪」

 

「気をつけてな」

 

事故なのか故意なのか。それはブライトでしかわからない事実

 

「そういえば、もう吹っ切れたのか?マックイーン」

 

「え、えぇ。先程のテイオーの走りを見て決心いたしました。わたくしも決して諦めないと!」

 

「そうか。それはよかった。オレもまたマックイーンの走りが見られることを楽しみにしてる」

 

「もちろんですわ!えっと、そのためにはですね...とある方の助けが必要でして...」

 

もじもじしながらあやふやな言葉しか出さないマックイーン

 

「じれったいなーマックイーンは。素直に先生に面倒みてほしいって伝えればいいじゃん」

 

「ちょっ!ライアン!わたくしにも心の準備というものが!」

 

「診てやりたいのはやまやまなんだがマックイーンにはもうメジロ家専属の主治医がいるから難しいかもな」

 

「そ、そんな...」

 

「あーあ。先生そこは嘘でも任せろって言うところじゃないのー?」

 

「責任取れないこと無暗に言えるわけないだろパーマー」

 

「素敵です先生」

 

ショックを受けるマックイーン。パーマーにツッコミを入れられるのだがこればかりは仕方ない。というかアルダンは何をもって素敵と判断したのやら

 

「でもお婆様から直々に申請があれば先生も診てくれるんじゃないか?」

 

「はっ!」

 

「まぁ確かに申請を受ければ動くことはできるけど」

 

「グッジョブですわドーベル!!すぐにお婆様と連絡を!」

 

「でも~先生はこれからわたくしを診ていただく予定があるのですわ」

 

「なっ!」

 

「私も先生にまた診ていただきたいです」

 

「ちょっ!先生!?そんなはしたない顔されないでください!」

 

「いやしてないでしょ...」

 

両脇をブライトとアルダンに固められ身動きが取れない

 

「相変わらずの人気だなー先生」

 

「そうだね。私もたまには先生と一緒に筋トレに励みたいんだけど」

 

「軽いランニングならたまにしてるみたい。この前一緒に走ったし」

 

「「「っ!」」」

 

パーマーの発言に身体をびくつかせたのが若干3名程

 

「パーマー...今、なんとおっしゃいました...?」

 

「え?先生たまにランニングしてるみたい」

 

「その後ですわ!」

 

「この前一緒に走った」

 

「それですわ!!」

 

「え!?」

 

「わたくしでさえ先生と一緒にトレーニングしたことないというのに、なぜあなたは!!!」

 

「そ、そんなこと言われてもねー...」

 

「そこのところ詳しくお話しくださいませ、パーマー?」

 

「ちょっ!目が怖いよブライト!!!」

 

「逃がしません。えぇあなたがいくら大逃げが得意であろうと話を聞くまでは逃しません...」

 

「アルダンまでどうしたの!?」

 

意中である先生とまったくノーマークであったパーマーが一緒にトレーニングをしたという羨ましくもあり妬ましくもある事実にマックイーン、ブライト、アルダンが物申したげにパーマーに詰め寄る

 

「先生」

 

「ドーベル。あれ止めなくていいのか?」

 

「直に収まると思います」

 

「パーマーめっちゃ涙目だけど...」

 

「そんなことより先生」

 

「そんなこと...」

 

「私、ティアラ路線にしようと思うんです」

 

「そうか」

 

「先生はどう思いますか?」

 

「いいんじゃないか?ドーベルは中盤、もしくは終盤からの加速が持ち味。でもそれを長距離で発揮するほど安定はしてない。ならマイル、中距離構成のティアラ路線がベストだとオレも思う」

 

「ありがとうございます。先生の言葉で確信が持てました」

 

「普通はトレーナーとするものだと思うぞ?」

 

「もちろんトレーナーともたくさん話しました。でも先生からの意見も聞きたかったんです」

 

「そっか。デビューはいつなんだ?」

 

「まだはっきりとは決まってませんが早くても二年後だとトレーナーが」

 

「えらく慎重だな」

 

「焦りは禁物。万全な状態で臨みたいんです」

 

「ドーベルは今のままでも十分完成形に近い脚をしてると思うんだけどな」

 

「あ、ありがとうございます...」

 

「あ、ドーベル照れてる」

 

「ライアン!」

 

「照れてるドーベル見るのは久々だ」

 

「先生までやめてください!」

 

「そう言うなって。いつもはクールなドーベルの意外な一面を拝めたんだ」

 

「からかわないでください...」

 

「あれ、先生気づいてない?」

 

「なにがだ?」

 

「ドーベルってさいつも先生と会うときはにやけ顔にならないように必死にかくしてるんだよー!」

 

「ライアン!!」

 

「そうだったのか。今度会った時はじっくり観察してみよう」

 

「そんなことしたら一生口ききません!」

 

「それはむしろドーベルの方が苦なんじゃない?」

 

「...」

 

一切口をきいてくれない光景を想像してドーベルは血反吐を吐いてしまうほどツラいことだと感じた

 

「大丈夫だよドーベル。先生がそんな惨いことするはずないって」

 

「先生...」

 

「もちろん。逆にこっちが避けられないか毎日不安だよ」

 

「それはありえませんわ~」

 

「ブライト。いつの間に」

 

「先生を避けるなんて天地がひっくり返ってもありえません。むしろわたくしは毎日ずっと先生に寄り添っていたいと思っております」

 

「それもそれで問題がな...」

 

「先生。もうメジロ家にお越しになってください。そうすれば全て丸く収まります」

 

「それはできないって前から言ってるだろアルダン」

 

「名家からのお誘いを断るなんて先生だけですよ?」

 

「お誘いはありがたいんだけどな」

 

「でしたら!」

 

「でもまだ学園での仕事に携わっていたいんだよ」

 

「ならさ、この中の誰かが先生と結婚すればいいんじゃない?ほら、婿養子?って言うんだっけ」

 

「「「...」」」

 

(お前はなんちゅう爆弾投下させてんだパーマー!)

 

「じぃや」

 

「こちらに」

 

「すぐに式の準備を。それとお婆様に連絡を」

 

「かしこまりました」

 

「すぐにドレス選ばなきゃいけませんわね~」

 

「えぇ。それと私と先生が暮らすお部屋の確保も必要ですね」

 

「ちょっと待てぇぇぇぇ!!!!」

 

この娘達怖い。メジロ家怖い。



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第二十R


お久しぶりです。


「ふぅ~」

 

メジロ家からの熱烈な勧誘から逃げ延びて行き着いた先は中庭だった

 

「あ、先生」

 

「タイシン」

 

中庭のベンチでいつものように携帯をポチポチしていたナリタタイシンを発見した

 

「見ないと思ったらここにいたのか」

 

「ああいうところ苦手だから」

 

「そうだったな。でもいいのか?美味しそうな料理たくさんあったぞ」

 

「始まってすぐにチケットが山盛りに持ってきたからいい」

 

「あー。容易に想像がつく」

 

「先生」

 

「ん?」

 

「ん」

 

タイシンはスッと静かに横にスライドし人一人分ほど入るスペースをあけた。あたかもここに座れと言わんばかりである

 

「じゃあお言葉に甘えて」

 

「別に何も言ってないし」

 

「そうだったな」

 

携帯から目を離さずツンケンした態度を取るタイシンだがその尻尾は静かに揺れていた

 

「先生は今日のレースどうだった?」

 

「すごかったな。レース自体1年ぶりのテイオーがまさか1着とは予想できなかった」

 

「それって先生もテイオーのことは諦めてたってこと?」

 

「いじわるな言い方だな。でもその通りかもな。3度の骨折。テイオーには夢を諦めるななんて言っておきながら情けない」

 

「ふーん。でもさ、テイオーが復活できたのも先生のおかげなんじゃない?」

 

「お?慰めてくれてるのかタイシン」

 

「別にそんなんじゃない」

 

「そうか。まぁテイオー復活劇の一役を担えたなら光栄かな」

 

「先生それ本気で言ってんの?」

 

「どういう意味だ?」

 

「もしかして先生は自分の功績って自分ではわかってない鈍感系主人公なの?」

 

「失敬だな。そもそも一介の保健医がそんな功績持ってるはずないだろ」

 

「はぁ~」

 

タイシンはそれは特大の溜息をはいた。そして何かを調べるため指を動かした

 

「これ見て」

 

「なんだこれ」

 

「ウマ娘月刊誌」

 

「そんなものあるのか」

 

タイシンが見せてきた携帯の画面にはウマ娘に焦点を当てた雑誌が載せられていた

 

「ほらここ」

 

「ん?なんじゃこりゃ!!!」

 

タイシンがとあるページの一画を拡大すると『トレセン学園保険医英雄譚』とでかでかした見出しで載せられていた

 

「え、ホントになにこれ...」

 

「やっぱり知らなかったんだ」

 

「雑誌とか見ることないし」

 

「まぁこんな感じでその時レースで活躍した娘からインタビューしたりして記事になってるらしい」

 

「なんでこんな...」

 

「先生が有名なわけだよね。だって個人名は書かれてないにしてもトレセン学園の保険医なんて先生しかいないし」

 

「ほぼプライバシーの侵害じゃねぇか!」

 

「別に先生の過去とかが書かれてるわけじゃないし。先生に直接インタビューとかして得てることじゃないらしいから、あくまで噂レベルじゃん」

 

「それでも許可というものが」

 

「学園長が許可したって聞いたけど」

 

「マジかよ...」

 

自分の知らないところでこんな恥ずかしいことが出回っていたと思うと羞恥で頭がおかしくなりそうだ

 

「落ち着いてよ先生。別に悪いことが書いてあったことなんてないんだし」

 

「そういう問題じゃないんだよ。そもそも誰だよ。こんなこと始めたの」

 

「んー。よくは知らないけどオグリ先輩の復活劇のときとか生徒会長が7冠取ったときからもうあったみたい」

 

「ってことは...」

 

一人のウマ娘が思い浮かぶ。その二人よりも前の世代となると思いつくのは少ない。その中でこんなことやりだしそうな娘に心当たりがあった

 

「あれ、先生とタイシンじゃん」

 

「シチー先輩」

 

「シチーか...」

 

そこへふらっとゴールドシチーがやってきた

 

「え、どうしたの先生。なんかくたびれてない?」

 

「あぁ。多分これだと思います」

 

「ん?あー月刊誌じゃん。あたしも表紙やったことあるけど、なんでこれなの?」

 

「先生の英雄譚あるじゃないですか。その存在を先生知らなかったみたいです」

 

「マジ?教室とかみんな話題で上げてるのに」

 

「マジか...」

 

「あ、追い打ち」

 

普段教室で自分の話題が出ていることを知ってより恥ずかしさが増す

 

「先生もさ。そろそろ自覚しなって」

 

「自覚もなにも」

 

「自分なんて何もしてないって言うんでしょ?もう何回も聞いてるよ」

 

「うっ...」

 

「確かにあたしらも努力してるけどさ、先生に一言褒めてもらえただけでもすごくやる気が湧くんだよ」

 

「私もよく相談とか聞いてもらってるし」

 

「それは仕事で」

 

「その仕事で助けられてんの」

 

「そうか...」

 

「でも先生。最近特定の娘に贔屓しすぎ」

 

「え...」

 

「それはあたしもそう思う」

 

風向きが変わった

 

「そんなことはないと思うけどなー」

 

「グラスでしょ?エルでしょ?」

 

「うっ...」

 

「スズカでしょ?」

 

「いや別に...」

 

「まぁ特に贔屓すごいのはやっぱりマルゼン先輩だよね」

 

「勘違いだ。みんな向こうからやってくるんだ」

 

「それでも一緒にいる頻度他のウマ娘より断然多いでしょ」

 

「それは最近レースが多かったから」

 

「昼休みとかもよく一緒にいるよね」

 

「気が付いたらいるんだよ」

 

タイシンとシチーからの圧により汗が止まらない

 

「でも最近はタイシンもよく先生のところに通ってたでしょ?」

 

「そうでもないですよ。私は途中からレースはあきらめてトレーニングに集中してたので」

 

「でもアフターケアとかで先生のところ行ってたんでしょ?」

 

「それはまぁ...」

 

「へー、いいじゃん」

 

「シチー先輩だってこの前先生連れてカフェに行って来たんですよね?」

 

「よく知ってんじゃん」

 

「デジタルに聞きました」

 

「あの娘はなんでも知ってるんだね」

 

「いいじゃないですか」

 

「一緒に行ったって言っても仕事の合間だったから30分かそこらだよ」

 

「それでもその時間は先生を独り占めにできたんですよね?」

 

言葉を交わすにつれてタイシンとシチーの間にバチバチと火花が散るのが見える

 

「あの、二人とも...?」

 

「先生、今度私ともカフェ行こうよ。静かなとこがいいな」

 

「次のレースまで私のこと診てよ先生」

 

「シチー先輩には専属のケアマネージャーさんついてるじゃないですか」

 

「タイシンだってカフェぐらい仲のいいハヤヒデとチケットと行けばいいんじゃない?」

 

二人のバチバチ具合はさらにヒートアップしていった。もうダメだと感じそろりそろりとその場を抜け出そうとするがあっけなく二人に肩をつかまれた

 

「どこ行くの先生」

 

「ちゃんと決めてくんないと」

 

「あ、あはは...すまん!」

 

肩をつかむ手が一瞬緩んだその瞬間にその場から離れた

 

「...バカ」

 

「バカ...」

 

残されたタイシンとシチーは悲しそうに一言呟いた

 



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