鈴木悟の異世界支配録 (ぐれんひゅーず)
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プロローグ

「......か、体が動かん」

「い、痛いよう...うぅぅぅ」

「な、なんでこんな事に」

「モモンガさん...あなたは」

 

 

 かつてモモンガであった死の支配者(オーバーロード)の目の前には四人の異形種が倒れていた。

 周囲にはなにも無く、腐敗した大地や、砂漠、荒野が広がっており。

 死の支配者(オーバーロード)の後ろには巨大玉座が在り、近くには遺跡の残骸らしきものが転がっていた。

 

 もはやなんの抵抗も出来なくなった四人の前で死の支配者(オーバーロード)の眼窩は赤黒く光り怪しく揺らめかせながらトドメを刺そうと骨だけの右腕をあげようとし......

 

「ちょ、モモンガさん待って」

「いやぁぁ、やめてよう」

「なんでこんな事すんだモモンガさん」

「あなたに一体なにがあったんですか?訳を言って下さい」

 

 死の支配者(オーバーロード)の目の前の異形種の四人。

 

 ペロロンチーノ

 ぶくぶく茶釜

 ウルベルト・アレイン・オードル

 たっち・みー

 

 ユグドラシル時代ではこの四人を相手にモモンガ一人ではどう転んでも今のように圧倒する事は出来ない。

 お遊び重視と言われているアインズ・ウール・ゴウンでも数少ないガチビルド勢である四人を相手に死霊系に特化しロールプレイを重視した浪漫ビルドの死の支配者(オーバーロード)では瞬殺されたとしてもおかしくはない。

 

 しかし死の支配者(オーバーロード)からすればこの結果は当然であった。

 

 まず目の前の四人はユグドラシルを引退する時に、己の最強装備と予備装備、個人で持っている様々なアイテムの全てをモモンガに、あるいは宝物殿に譲っており。死の支配者(オーバーロード)も「売ってオッケー!」と言われていた記憶を持っている。つまり今四人はなんの装備もしていない裸状態である。

 

 逆に死の支配者(オーバーロード)の装備は自身の最強装備に加え、ギルド・アインズ・ウール・ゴウンが入手していたゲームバランスを崩壊させかねないほどの破格の効果を持つワールドアイテム全てを持っている。

 

 ワールドアイテムの効果をワールドチャンピオンであるたっち・みーがスキルをタイミングよく使用することで防ぐことが可能といえど複数のワールドアイテムを相手に無装備で凌ぐのは不可能であった。

 

 様々な状態異常に加え瀕死の四人が攻撃や逃げる等の行動を起こせるにはまだかなりの時間が必要と判断した死の支配者(オーバーロード)は四人の呼びかけに応える為か、なんの感情も篭もっていない声で今までの出来事を語りだした。

 

 

 ユグドラシルのサービス終了の瞬間、ナザリックごとこの異世界に転移した事。

 NPCが意思を持って自ら動き出した事。

 アバター(死の支配者(オーバーロード))の姿だが、仮想現実ではなく現実である事。

 ただ一人残った自分が去っていったメンバー全員を背負う意味を込めて「アインズ・ウール・ゴウン」と名乗っていた事。

 アインズ・ウール・ゴウンの名を広めギルドメンバーを探す為にこの世界を支配下に置いた事。

 仲間を探す内に人間としての感情が無くなってきた事。

 捜索を行っていた現地人が捜索自体に疑問を持っていると聞いた時に本人及び家族、住んでいた都市ごと消し去った事。

 その後も全て破壊、殺害、蹂躙し続け、ナザリックを維持する資金も無くなり崩壊した事。

 そして、世界に生あるものは居なくなり朽ちた都市跡等にアンデットが徘徊するだけとなったと。

 

 死の支配者(オーバーロード)は静かに、ただ記憶にある事実のみを語っているようだった。

 

 

 四人は絶句し、唯々死の支配者(オーバーロード)を見上げる。

 

 しばらくしてペロロンチーノが問いかける。

 

「モモンガさん、それじゃあなんで俺達を殺そうとするんですか?」

 

「そうだよ、モモンガさんは私達を待ってたんじゃないの?」

 

 二人の悲鳴にも似た問いかけに残りの二人も同じ想いだと強い眼差しで死の支配者(オーバーロード)を見つめる。

 

 

 

 

 

 

 「理由か」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お前達が生きているからだ」

 

 そう答えた死の支配者(オーバーロード)の赤黒く光っていた眼光が激しく揺らめき、濃縮された憎しみだけが篭もっているようだった。その姿は生者を憎むアンデッドそのものであった。

 

 そして、四人は光に包まれ世界から消滅した。

 

 死の支配者(オーバーロード)は残骸に囲まれた玉座に座り、瞳に灯っていた光が消え眠ったように俯く。

 

 新しく現れた命あるものが消え、世界は静寂に包まれた。

 

 死の支配者(オーバーロード)は君臨する。

 

 この何も無い、アンデッドのみが存在する世界で。

 

 意思を持つものも無い、何も生み出すことの無い世界で。

 

 誰に認識される事もなく。

 

 不老である死の支配者(オーバーロード)はただ一人で。

 

 

 

 永遠に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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1話 人間

ギルメン殺害!!



「おわぁぁぁぁぁ」

 

ナザリック地下大墳墓のアインズの寝室で悲鳴が響き渡る。

 

 アインズは呼吸の必要のない体で息を荒らげ幾度かの精神沈静化を繰り返しながら自身の骨のみの手を見る。

 

「夢?・・・か・・・・・・」

 

 今日のアインズ様当番のメイドは扉の外に控えているはずで、エイトエッジアサシンも就寝にあたって下がらせており、今ここにはアインズしかいない。

 

 ため息を吐きながら、なぜ睡眠不要なアインズがベッドの上で眠っていたのかを思い出す。

 

 リザードマンをナザリックの支配下に置いてしばらく、アインズは以前守護者達に提案した休日を皆に納得させる方法はないものかと思案していた。至高の御方の為に働く事こそが生き甲斐であり全てだと豪語され、そのあんまりな社畜精神にかなり引いてしまったが、デミウルゴスの提案により、まず試験的に守護者が交代で休みを取りローテーションを組む事となった。

 

 リアルでの過酷な労働環境を思い、慣れない支配者を演じてはいるが、今は自分がナザリックの最高支配者なのだ。自分が組織のトップになったからにはナザリックをブラック会社にはしない、健全なホワイト企業にしたかった。

 

 自分自身が食事、睡眠不要なアンデッドな事もあり、転移してからずっと休む事なく働いている為(たいした事ないのもあるが)、上の者が働いている中下の者が休みにくいであろうと、休暇を取ってみたのだ。

 

 ただ、アインズ自身休みをどう過ごしたら良いかわからなかった。ナザリック内を散歩しても誰かに会ってしまえば気を使われてしまう、部屋で本を読もうにも内容は良い上司になる為のハウツー本等が殆どだ(内容的にも仕事の範囲内と言えそう)。

 

 そこでアインズは寝てしまおうと考えたのだ。幸い?にも以前ナザリックで一騒動起こしたが、<完全なる狂騒>のアイテム効果でアンデットの種族特性を打ち消し自身に<スリープ>を使い眠ることができることがわかった。そういうことでしばし睡眠をとると一般メイドに伝えて、部屋に一人になったのだ。

 

「それがまさかあんな悪夢を見るなんて」

 夢の内容をはっきりと思い出せてしまい、背筋に寒気を感じ、体が震える、これは恐怖か。アイテムの効果が切れたのか、沈静化されるがすぐにまた恐怖が襲う。

 

 しばらくしてようやく落ち着きを取り戻したが、沈静化の効果はこういう時厄介だと以前から思っていた。激しい怒りに見舞われて沈静化されてもすぐにMAXまで怒りのボルテージが満たされまた沈静化。その繰り返しに精神が磨り減ってしまいそうなのだ。

 

 夢の内容は現在よりかなり先の未来の出来事のように思えたが、どうやら自身が長い時を経てアンデッドの身体に精神を引っ張られ完全に人間性を無くしてしまったようだ。最高の友人だと今でも思っている相手を殺し、おそらくはナザリックの者達もその手にかけたのかもしれない。生者を憎むただのアンデットに成り果て一人ボッチの自分。その事実に悲しみも寂しさも、なんの感情も抱かなかった夢の中の自分。

 

 また恐怖が沸き起こってきた。(あんなのは俺じゃあない。俺はあんな結末を望んでなんかいない)

 

 しかしアインズは認めたくはないが、その可能性も完全に否定しきることは出来なかった。この異世界に転移した時から鈴木悟の人間の感情というべき心は残滓と呼べるぐらいに薄くなっており、それもほんの僅かずつだがアンデッドの身体にすり減らされているような気がしているのだ。

 

「どうすればいいんだ」

 一人つぶやき悲観にくれるが、今のアインズにはかつての仲間のような相談出来る相手はいない。NPC達にも打ち明けづらかった。

 

 アインズは自身の気持ちを確認する為、扉の外に控えていたシクススを部屋の中に呼んだ。

 

「失礼します。アインズ様」

 

「・・・あぁ、うむ、私の近くに来なさい」

 

 今日のアインズ様当番のシクススを近くに呼び、その美しい顔やメイドとして完璧な振る舞いを見せるその全身を見つめた。

 

 (う、やっぱりうちのメイドはかわいいなぁ。胸の大きさはそれぞれ違うけど全員スタイルが良いし、ヘロヘロさんやホワイトプリムさんがメイドは俺の至高と言っていたのも分かってしまうなぁ)骨の右手をシクススの頬に添えやさしく撫でる。「ひゃ、ア、ア、アインズ様?」シクススが耳まで真っ赤に染めながら困惑した声をあげるが、アインズは気にせずさらに左手を頭に乗せそのやわらかい金色の髪を撫でる。「んゆぅぅぅ・・・」

 

 (やはり俺の中でこの子達は大切だ、絶対に失いたくない)と変わっていない自分の心に安堵しつつ手を離し顔を見ると、メイドは両手を胸の前で組みつつ息も絶え絶えに顔を赤くし、恍惚とした表情のまま上目遣いで自分を見つめていた。(わぁ、し、しまった。つい考えに夢中で変化に気づかなかった。ていうか少し頭を撫でたぐらいで興奮しすぎだろ。さっきもなんか変な声聞こえてたし、俺を慕ってくれているって事なんだろうけど、少し気をつけなきゃな)

 

「す、すまない、少し確かめたい事があってな。不躾が過ぎたようだ、もう確認したい事は済んだので仕事にもどってくれ」

 

「は、はい。畏まりました。アインズ様」

 

 シクススは名残惜しそうにしながらも少しふらついた足取りで扉の外に向かう。

 

 再び一人になった部屋の中でアインズは一つの決心をした。それに伴い守護者やナザリックの僕達に愛想を尽かされるかもしれなかったが、あのおぞましい夢で見た結末を迎えるぐらいなら死んだ方がましだ。

 

 アルベドに<伝言>(メッセージ)で現在外で活動している者達の状況を確認し、ナザリック内の転移関連を担当している(オーレオール・オメガ)、ナザリック最強の個(ルベド)、監視任務に就いている(ニグレド)を除く友人達が直接創造したNPCを1時間後に9階層の第1会議室に集まるよう指示した。一番遠い王都で活動しているセバス、ソリュシャンにはアインズ自身で連絡すると伝えた上で。

 

 通信役のソリュシャンに状況を聞いたところ、商人と称して活動した甲斐があり、王国側の商人や貴族と、晩餐会や会談に参加する運びとなったようだ。アインズとしては重要な話をする為参加してほしかったが、部下が自ら取った価値あるかもしれない情報を得るチャンスを自身の都合で潰してしまうのは上に立つ者として失格だと思い、会議がある事は伝えず二人の働きを労うだけにして<伝言>(メッセージ)を切る。もし会議があると言えば商人貴族との約束をほっぽり出してこちらに来る事が容易に想像出来た。

 

 会議まではまだ時間がある。その間に話す内容をしっかりと復習しておかなくては。

 

 

 ナザリック地下大墳墓9階層『第1会議室』。守護者達だけで集まったりする時などに使用する、複数ある会議室の一つだ。本来会議等を行うなら円卓の間を使用するのがユグドラシル時代では常であったが、以前守護者達を集めて会議を行った時は皆席に座ろうとしなかった。曰く「至高の御方々が座っていた椅子に座るなど恐れ多い」と口を揃えて言うのだ。

 

 玉座の間を選ばなかったのも今から自身が行う事を思えば支配者として失格と思われるかもしれないし、威厳ある態度など出来ないと思ったからだ。

 

「アインズ様。御命令に従い各員揃いました」

 アルベドの言葉に合わせ皆が平伏しようとするのを軽く右手を上げ止める。

 

「皆、緊急の呼びかけによく集まってくれた」

 

「御身ノ御命令トアラバ即座ニ」

「コキュートスの言う通りでありんす」

 

「あぁ・・・デミウルゴスには特に言っておかなければな。度々呼び戻してすまないな」

 

「我々は至高の御方に尽くす身、アインズ様は感謝などされずに存分に御命令していただければ」

 

「うむ。さて、今回皆に集まってもらったのは重要な話があるからだ。先に言っておくがセバスとソリュシャンは任務を優先してもらい今回の集まり自体伝えていないからそのつもりでいてくれ」

 

 二人が来ない事を伝えていたアルベド以外の幾人かが納得したような顔をし、重要な話と聞いて一様に真剣な顔つきになる。

 

「ナザリックがこの地に転移して以降皆の働きに喜びと共に感謝している」

 

 アルベドがなにか言おうとしていたので手で制しつつ言葉を続ける。

 

「ただな、聞いておきたいのだ。お前達が忠誠を誓っているのは私だからなのか、”オーバーロード”だからなのか?とな」

 

「そ、それはどういう事でしょうか?」

 

 アルベドの問いに他の者も同様理解していないように首を傾げている。

 

「つまりだ・・・私がもしオーバーロードではなく他の種族だったら、もしくはLv1のような弱い存在だったとしてもお前達の気持ちは変わらないのか?」

  

 アインズの問いかけに皆目を見開き、思考停止したかのように固まっている中。

「なにも変わりません」

 

 アインズの斜め後ろに控えていたアインズ自身の手で唯一創造したパンドラズ・アクターが静かに、強い言葉で発した。

 

「なにも変わりませんとも。アインズ様がたとえどのような姿でも、たとえ弱かったとしても私の忠誠は微塵も揺るぎません」

 

「そ、その通りですわ」

「ア、アインズ様がどのような姿でも、ぼ、僕はアインズ様がす、好きです」

「あんたなにドサクサに言ってんのよ。ア、アインズ様。あたしも同じ気持ちです」

「チビの言う通りでありんすぇ。わたしのアインズ様への愛はどのようなことがあろうとも変わりませんえ」

「ソノヨウナ事ガアレバコノ身ヲ剣トシ御守リスルマデ」

「唯一人我々を見捨てず最後まで残って下さった慈悲深き至高の御方。我々の忠誠心はなにがあろうと揺るがないでしょう」

「アインズ様はアインズ様。私の愛しい君です」

 

 パンドラを皮切りに、守護者達が熱の篭もった声で訴えてくる。プレアデスや一般メイド、領域守護者までも同じ思いだと声に出し、頷き、中には涙を流している者もいる。

 

 アインズは無い胸が熱くなるような感覚を覚えた。(何を言ってるんだろうなぁ俺、皆を疑っていた訳でも、信じていなかった訳でもないのに。覚悟を決めたつもりでいたけど心のどこかで怯えていたのかもしれないな)自嘲した後、アインズは今度こそ覚悟を決め、自らの秘密と決意を話す事にした。

 

 

「皆の気持ちはよくわかった。私は心から感謝している。お前達の忠誠に応える為にも私の秘密を話そうと思う」

 

 アインズの宣言にその場に居る全員が息を飲む音が聞こえた。NPCにとって神をも超える至高の存在の秘密と聞いて緊張しない者などここに居るはずもなかった。

 

 

 

「・・・私は元々は人間なのだ」

 

 

 時が止まる。・・・・・・本当に止まってしまったかのように部屋の中の空気が凍りついたような静寂が包む。

 

 (この反応は予想はしてたけどそりゃ当然困惑するよなぁ。ナザリックの者は基本人間を下等で脆弱な存在とみてるし。・・・しかし、ここで止まる事は出来ない。このまま一気にいかなきゃ)

 

「証拠を見せよう」

 

 アインズはインベントリからあるアイテムを取り出す為、虚空に開いた空間から一つの指輪を取り出した。・・・<流れ星の指輪/シューティングスター>。超位魔法<星に願いを/ウィッシュ・アポン・ア・スター>を経験値消費なしで3回発動可能。 ユグドラシルでは超位魔法版より有効な効果が出やすく、同時に出現する選択肢は最大数の10個、かつ発動に掛かる時間もゼロという超々希少課金アイテムである。ただ、この異世界では選択肢が出現せず、使用者の願いをかなえてくれるという破格の性能に変わっていた。アインズはシャルティア戦前にこのアイテムを使用した時にその変化に気が付いていた。

 

「「そ、そのアイテムは!」」

 

 以前このアイテムを直に見ていたアルベドと、アイテムマニアという設定をアインズから与えられていたパンドラズ・アクターが驚愕の声をあげる。

 

アインズはその指輪を自分の指に装備し天を指すように腕を上げ...唱える。

 

「指輪よ・・・・・・I WISH(我は願う)

 

「私を人間の姿にかえよ」

 

 指輪がキラリと輝いた後、光の粒子が舞い、アインズの体を包み込み......やがて粒子の放つ光が膨れ上がり膨大な光が爆発したかのように部屋を照らし出す。・・・あまりの光量に大半の者は目を開けていられないほどだった。

 

 光が収まりアインズの居た位置には・・・いつもの漆黒のローブを纏った人間がいた。

 

 

 誰もが声も出せない中、アインズは自分の手を見る。・・・少しやせ細っている手の感触を確かめるように開閉し。インベントリから手ごろな鏡を取り出しフードを取った顔を見る。

 

 (俺だ・・・間違いなくこれは俺だ)鏡には黒髪黒目に目の下には隈があり、頬は少しこけ、顔色が若干悪い、パッと見冴えない中年にさしかかろうかという人の姿があった。・・・・・・さらに自身の中にある魔力や魔法が使える感覚を自覚し、魔法がうまく作用したことに安堵の溜息を漏らす。

 人間になると願ったとともに心の中で願っていたものがあった。

 

 自身で育てたオーバーロードの力。そして友人達が残してくれた子供のような存在であるナザリックの皆と共に在りたい・・・である。

 リアルの鈴木悟になるという事はおそらくLV1。モンスターが闊歩し、プレイヤーの影も見えるこの異世界では危険すぎる為である。

 周りを見ると、未だ呆然とし声も出せないナザリックの面々の姿があった。

 

「ああ・・・突然のことですまない。理解が追いつかないかもしれないが、これが本当の私だ・・・・・・冴えない姿だとも思う」

 

「そのような事は御座いません!・・・ただあまりの展開に少し呆然としてしまい。お見苦しい姿を晒してしまい申し訳ありません」

 

 いち早く正気を取り戻したデミウルゴスの言葉に続き、全員が同意とばかりに頷く。・・・なにやら腰の羽をパタパタと震わせていたり、太もものあたりをモジモジとすり合わせている者がいる気がするが、アインズは見ない振りをしたところでデミウルゴスがアインズの顔を窺ってくる。

 

「アインズ様。差し出がましいようですがお顔の色があまり良くないように見受けられますが・・・は!そういえば」

 

 デミウルゴスが心配そうに話していた中、なにかを思い出したように懐から一つのアイテムを取り出す。

「それ「それはワァァァールドアイテム!世界を変えるぅぅ。その名も<ヒュギエイアの杯>健康の維持と衛生を意味しその効果は」

「パンドラ!ちょっと黙ってて」

「えぇ・・・」

 

 ワールドアイテムを見た瞬間テンションダダ上がりのパンドラをあまり喋らすと羞恥心から顔を覆いたくなる衝動を抑えつつ少し乱暴に静止させた。

 デミウルゴスの手にある金色の杯にヘビが巻きつき、神聖で不思議な輝きを放つワールドアイテムを見てなぜここでこのアイテムを出したのか考え・・・・・・(あ、そうか。今の俺結構顔色良くないし体調不良かなにかだと思われてるのか。なるほど、それで心配して)

 デミウルゴスの気遣いに感謝を述べつつヒュギエイアの杯を受け取る。先ほどパンドラズ・アクターが説明しかけていたようにヒュギエイアには健康を象徴している部分がある。

 悪い結果にはなりそうもなく、ならば今実験がてら自分に使ってみるのも良いんじゃないかと杯を使用する

 

 するとなにも無かった器の中から透明な液体が満たされてきた。無味無臭で透明な水をゆっくりと飲み込んでいく。異世界に転移してから初めて口にした飲食という行為に感動しながら全て飲み干し、感嘆の息を吐く。

 

 淡い緑の光が体を覆いアインズの全身が軽く熱をもったように温まってゆく。心地良い温もりを感じていると...痩せ気味だった体は徐々にボリュームを増し、目の隈は薄れ無くなり、顔色も肌艶が良くなっていく。

 

 ナザリックの者が固唾を呑んで見守っていると、そこには年は20代前半程で、その目はどこまでも優しそうで強い意志を持っているかのような健康的な支配者がいた。

 その姿に「おおぉ」と感嘆の声が響く。女性型の者は頬を染め煽情的な瞳で支配者を見つめていた。

 

 皆の反応に疑問を感じながらアインズがもう一度鏡を取り出し自分の顔を確認する。・・・・・・驚いた。目も鼻も輪郭も全て整っている普通に二枚目と言える顔が鏡に写っていた。

 少し唖然としつつも鏡のなかの顔は他人ではなく、間違いなく鈴木悟本人だといえた。リアルと比べ整った造形をしているが鈴木悟の特徴がありありと出ていた。

 これがワールドアイテムの効果か、やたら美形の多いこの世界の補正かは分からないが、リアルでの環境を思えば健全に生活していればこれぐらい整っていても不思議じゃあないかもしれない。睡眠時間は極僅か、徹夜も普通にあり、食事は完全栄養と謳っていたチューブ食。美容にも無頓着な悲惨な生活を繰り返していればそりゃ醜くなる。・・・かもしれない。

 

「まさに至高の存在に相応しい御姿。このデミウルゴス感嘆致しました。・・・ところで、なぜ人間の姿になろうと思われたのでしょうか?...差し障りなければ無知な我々にもそのお考えを教えて頂けませんでしょうか?」

 こういう時、頭の良いデミウルゴスが皆の気持ちを代弁するように率先して声に出してくる。それに伴い他の者が相槌を打つのが今までもよくあった流れだ。

 

「ああ勿論だとも。少し長くなるがちゃんと皆に説明しよう」

 

 アインズは会議前に吟味していた伝えるべき事を話した。

 

 自分とギルドメンバー、ユグドラシルでプレイヤーと呼ばれていた者達は全て『現実世界(リアル)』という世界に人間として産まれた。

 リアルは文明の発達と愚かな行いにより環境汚染が進み地表は荒れ空には常にスモッグがかかっており、治安は最悪であり集団窃盗やテロが蔓延し、外での活動には専用のマスクが必要なほど大気汚染が進んでいる。

 そんな中人間は『ユグドラシル』という一つの世界を創った。

 ユグドラシルへは肉体をもって行く事が出来ず。『アバター』と呼ぶ種族や外見等を好きに弄れる器に意識だけを移して冒険していた。その中でギルドメンバー達と出会い共にナザリックを攻略し拠点としNPCを創った。

 ユグドラシルの世界が終わる日、全てがなくなってしまうはずの瞬間、ナザリックと共に今の異世界へ転移した。

 ユグドラシルでは完全に人間の心を持って活動していたが異世界に来た時からそれは残滓と呼ぶぐらい薄くなり、大切だと思っているナザリック以外の者にはなにも感じなくなりその事実にショックを受けたがそれさえもどうでもいいと思えた。

 そして先ほど見た夢。未来でアンデットの種族特性に引っ張られとうとう感情が無くなりナザリックの者達を大切に思う気持ちも無くなり生者を憎むだけの存在になっていた。夢とはいえ実際転移してから人間の心の残滓が磨り減ってきていると感じる。と・・・・・・

 

 さすがにユグドラシルがただのゲームでありNPCがデータのみの存在だったとは伝えられなかったが、伝えたい事を話し終えたアインズは反応を窺うと、皆以前と変わらぬ、今まで以上の忠誠を捧げるとの返答に涙が零れそうになるのを耐え感謝した。

 

 ここでふと自身の変化に違和感を覚えた。自分の心が完全に鈴木悟にはなっていないという事に。

 

 守護者達の訝しむような視線に「少し待て」と静止させアインズは今までこの異世界で自身が行ってきた出来事を振り返る。

 

 

 やはりおかしい。鈴木悟ならば人を殺す事など出来るとは思えないし、死体を思い出すだけでも恐怖を感じるはずだ。

 虐殺を受けていたカルネ村の人達を半数程とはいえ救えたのは良かったと思う。

 平気で虐殺していた法国の騎士は死んで当然と感じ。自身の手に掛けたのにも僅かの後悔も抱かない。

 リザードマンに関しても酷い事をしてしまったと思いつつ、あのままほうっておけば食料事情による部族間戦争が起こっていたらしいし、コキュートスの願いによりナザリックの傘下に加わり忠誠を誓う以上平和な繁栄を約束するつもりだし、結果良かったと思っている。

 ナザリックの利益を理由に、敵対していない者や特に罪の無い一般の民に残酷な仕打ちはしたくないと感じる。

 

 考えていて少し混乱してきたが、憶測だが結論として今の自分は人間の心に異形の精神が混じっている感じだ。

 これからはナザリックに明確に敵対した者、法国の騎士や盗賊のような自分勝手な都合で悪さをする者、ニニャの日記、セバスの報告にあった腐った貴族等には容赦する気はないが、それ以外の罪無き者には残酷な仕打ちは厳禁としていきたい。・・・・・・

 これからの活動方針を皆に伝えた所。

 

「世界征服はどのように進めるのでしょうか?」

 

 アルベドの発言に言葉を失ってしまう。・・・訳が分からないまま取り乱すのは不味いと、声が震えないようにしながらどういう事か聞くも動揺がアリアリと出てしまう。もはや表情もあるし沈静化も働かないようで皆が望む絶対支配者の振りなど演じ切れなくなってしまった。人間諦めが肝心というがまさにここが諦め時だろうか。・・・・・・

 

 世界征服の経緯は転移してまもなく、デミウルゴスと夜空を見た時口にした「世界征服なんて面白い」と冗談で呟いたのを真に受けたらしい。迂闊なことを言ってしまったと後悔したが、人間になったことによる感情の変化を理由に計画を一時凍結、必要があれば世界征服に乗り出すかもしれない。と修正しておく。(世界征服なんてしたい訳じゃあないし)

 

 ふとデミウルゴスが身を震わせて青褪めているのに気が付く。

「どうした?デミウルゴス」

 

「・・・も、申し訳ありませんアインズ様。・・・・・・私はすでにアインズ様の方針に逆らっております」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・え?」

 




と、言う訳で当然とばかりの夢オチ。
漫画版のリアル鈴木悟を見てそんな三枚目かな?と想い世界級で男前にしてみました。


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2話 現状確認

サブタイ通り人間になってどういう状態か確認していきます。
完全な独自解釈なので深く考えないように。
アインズ様の心境としては人間と異形が入り混じった半端状態。


 ナザリック地下大墳墓9階層アインズの部屋

 

 アインズは現在ベッドに腰掛け自分が使用できる魔法やスキルの確認をしていた。

 己の中に意識を向けてみれば、まず魔法は全て使える事が分かる。

 スキルに関しても<アンデット創造><絶望のオーラ>等が代表的な種族スキル。

 <The goal of all life is death/あらゆる生ある者の目指すところは死である>等の職業スキルも問題無く使える。

 これらは種族LV40、職業LV60の合計100であり<星に願いを/ウィッシュ・アポン・ア・スター>を使った時に自分が願った想いを指輪が正確に汲み取ってくれた結果かもしれない。

 もう二度と手に入らないであろう超々希少な課金アイテムを使うのに躊躇いも少なからずあったが、今回自分に使ったのは、将来アインズ自身の手で友人の子供を殺してしまう可能性を危惧しての事であり、ナザリックの者を守る為に指輪を使うと決めていたのにも反しないだろう。

 ただ、アンデットの基本特殊能力は完全に無くなっているようだ。これには自分が願った結果とはいえ、弱体化してしまったと言わざるを得ない。

 

 ユグドラシルでは見た目の悪さから人間種が圧倒的に多かったが基本的に異形種の方が強い傾向にある。その理由がステータスの高さと、種族特性にある。

 アンデットの特性は<クリティカルヒット無効><飲食不要><毒・病気・睡眠・麻痺・即死無効><死霊魔法に耐性><肉体ペナルティ耐性><酸素不要><能力値ダメージ無効><エナジードレイン無効><ネガティブエナジーでの回復><精神作用無効><闇視>(ダークビジョン)

 弱点として<正攻撃脆弱Ⅳ><光攻撃脆弱Ⅳ><神聖攻撃脆弱Ⅳ><殴打武器脆弱Ⅴ><神聖属性・正属性エリアでの能力値ペナルティⅡ><炎ダメージ倍加>がある。

 ユグドラシルでは全てに耐性を付ける事は出来ないが、炎が弱点なのに耐性を付けているように虚偽の情報を掴ませたりしてのPvPの勝率は高かったのだ。

 

 パンドラズ・アクターに()()人間用の装備を宝物殿から見繕うように頼んでいた。

 そう・・・。現在パンドラズ・アクターはナザリックにはおらず、デミウルゴスと共にいる。

 

 アインズは深い溜息を今や存在する口から吐き出し先程の会議を思い出す。

 

 

 

「・・・も、申し訳ありませんアインズ様。・・・・・・私はすでにアインズ様の方針に逆らっております」

 いきなりのデミウルゴスの発言に意味が分からず問いかけた所。デミウルゴスの成果の一つの羊皮紙の事だった。

 アインズは聖王国両脚羊(アベリオンシープ)の皮と聞いており、混合魔獣(キマイラ)の亜種だと思っていたが。・・・本当は人間と亜人の皮だったと改めて説明された。

 思いもよらなかった内容に頭をふら付かせてしまった為、デミウルゴスが自分の命で償うと言い即座に行動を起こそうとするのを慌てて止め、とりあえず落ち着かせた。

 アンデットの時ならば人間の皮を剥いでいようと特に気にしなかったかもしれないが今は違う。

 顔を青褪め、意気消沈した様子のデミウルゴスを見る。デミウルゴスも慈悲深いアインズが人間から皮をはぎ取っているなどと知れば心を痛めると考え聖王国両脚羊(アベリオンシープ)、と誤魔化していた。

 自分の事を気遣ってくれたのもだが、そもそもこれは組織のトップが今まで許していた業務を急遽禁止といきなりの方針変更だ。リアルで営業職に就いていた頃に、自分も勝手な上司に辟易していたのを思い出す。

 アインズにデミウルゴスを責める気持ちは毛頭無かった。部下の失態は上司の責任(今回は失態とはいえないが)、ならばどうすれば良いか共に考える為にも詳しい内容を報告させた。

 

 

 皮を剥ぐ以外にも、デミウルゴスの牧場では様々な実験が行われていた。

 例えば、羊皮紙に関しては年齢や性差などで品質に差が生じるのかどうかや、治癒魔法実験の効果測定。

治癒魔法実験では、対象者が治癒を拒絶した場合は傷が残る場合があるということ、切断した部位は通常は治癒魔法をかけると消えてしまうが細切れなどにして形状を大きく変化させておいたり<保存>(プリザベイション)を掛けると欠損部位が治ったあとも残る。

 異種交配実験をする予定であった等。 

 人間の心も持ったアインズにはかなりキツイ内容だったが。後始末として

 

 牧場に連れられてからの記憶を消し。それぞれ元々住んでいた場所に眠らせた状態で帰すと決めた。記憶を消された期間の問題があるが、アベリオン丘陵には様々な亜人種が住んでおり、ローブル聖王国の人間とも度々争っているとの事で、牧場が出来てからの期間も短い為『他の種族に攫われていた』という記憶に書き換える・・・もっと良い方法があるかもしれないが今はこれぐらいしか思い浮かばない。必要な人材として

 記憶消去にアインズ。

 魔力譲渡にペストーニャ。

 デミウルゴス含む補佐に配下の悪魔

 <記憶操作>(コントロール・アムネジア)の魔力消費が激しい為、<記憶操作>(コントロール・アムネジア)<魔力譲渡>が使える傭兵モンスターを補佐として召喚。

 

 決定の形となったところに、パンドラズ・アクターがアインズの代わりに行くと言い出した。

 自分の責任だと一度却下したが、人間になったばかりのアインズがいきなりナザリックの外に出るのは危険と皆から懇願された為に渋々ではあるが納得せざるを得なかった。

 

 牧場の今後の扱いとしては撤去せずに隠蔽工作を施し、他の者に発見出来ないように指示した。

 そもそもこの施設が出来た経緯が、ユグドラシル経由の素材がほぼ入手不可能になった為、この世界に一般流通している羊皮紙では第一位階魔法が限界。それの代用品探しをデミウルゴスに求めたからだ。

 第三位階まで込められる羊皮紙は今後も必要になる為の処置だ。

 尤も、村々を虐殺するような外道等を牧場行きとするのにアインズ自身躊躇いは無い。

 そういった輩はナザリックに少なからずいる食人種や人間を玩具と見ている者に渡すのも良いと思っている。

 デミウルゴスを代表として種族やカルマ値により残酷な行為を好む者達の趣向を完全に上から抑えるのも戸惑ってしまう。アインズにとっては大事な子供達なのだから。

 

 

 牧場の後処理の話が終わったところ。

「アインズ様。今回の会議の詳細をセバス、ソリュシャンに私から伝えましょうか?」

 

 アルベドからの問いにアインズは右手を顎に添えながら。

「・・・そうだな。・・・ユリ。セバスは私が人間になった事を知って反対すると思うか?」

 セバスはナザリックの中では珍しいカルマ値300の極善だ。人間に対して初見から下等と罵ったりはしない。心配はないと思っているが同じく『善』のカルマのユリなら自身の上司でもあるし参考になるだろう。

 

「はい!セバス様であれば反対などされないでしょう。・・・むしろお喜びになるかと」

 

 ユリの返答に分かってはいたが安心した。・・・だが

「セバスならそうだろうな。・・・ナーベラル。ソリュシャンはどうだ?」

 

 ソリュシャンは確かカルマ値ー400の『邪悪』だったはず。同じプレアデスの三女でありカルマ値も同じナーベラルならソリュシャンがどう思うか分かるだろう。

 

「はっ!至高の御方がお決めになられた事にソリュシャンも反対などありえないと思われます。」

 

(そういう事じゃないんだが)と頭を掻きながらアインズは僕の自身に対する盲目とも言える忠誠心にまいってしまう。もう少し自分の考えや意見を言ってきてほしいと。

 蜥蜴人(リザードマン)の一件でコキュートスが自分の意見を示してくれたような成長を他の皆にも表れるのを期待して待つしかないかもしれない。

 それと人間を玩具と認識している者には制限により少し窮屈な思いをさせてしまうだろうから、なにか望む褒美を与えて贖罪替わりをした方が良いかもしれないと今後の課題に加えた。

 

「うむ。・・・特に問題は無さそうだな。内容が内容なだけに<伝言>(メッセージ)で伝えるのも問題があると思う。二人には情報収集が目的で目立った行動を慎むよう伝えてある、今の業務が一段落してから直接伝える方が良いと思うが。・・・アルベド」

 

「はっ!あの二人であれば問題は無いかと」

 

 アルベドの了承も得られたし、問題は無いだろうとアインズも安心した。・・・この時は

 

 

「アインズ様。私とパンドラズ・アクターが牧場に赴き準備を進める間、ペストーニャに御身の御体を調べられては如何でしょうか?御身になにかあれば一大事ですので」

 デミウルゴスの提案にアインズ自身、今の体が具体的にどうなっているか調べるのは重要と思っていた為。会議の解散後ペストーニャに診て貰う事にした。。(デミウルゴスが現場に向かう際、なにやらアルベドに囁いていたが何だったのだろうか?)

 結果・・・・・・

 

 

「申し訳ありませんアインズ様。私では御身の状態を正確に判断する事が出来ません。・・・あ、わん」

 ペストーニャに診て貰ったが、はっきりとは分からないとの結果だった。

 

 詳しく聞くと、どうやらアインズが腹の中に装備していたワールドアイテムが原因かもしれないと。

 通称『モモンガ玉』11個ある『ギルド:アインズ・ウール・ゴウン』が保有するワールドアイテムの中でギルドメンバーに認められ唯一()()となった紅玉。(指輪を使うのにこれを装備したままなのをアインズはすっかり失念していた)

 『モモンガ玉』は今も玉としての形があるかは分からないが、アインズの中に確実に在るようだ。意識を向けるとその力を行使するのも可能だとアインズにも認識出来た。

 肝心の人間か否かがはっきりしない。理由の一つが『不老』になっているかららしい。

 ただ、人間が持つ内臓や生きるのに必要なモノは人間そのものだがオーバーロードの力が使える人間種なんてユグドラシルには当然存在しない。

 これも指輪に願った『皆と共にありたい』の結果だろう。

 ナザリックの皆は異形種ばかりで寿命は基本無い。唯一(オーレ・オール・オメガ)は人間だが彼女は不老として創られている。

 そんな中ただの人間になってしまえば50年程で皆とお別れになってしまう。・・・それは御免だ。

 彼女も不老でありながら『人間』なのだ、ならば自分も人間と定義してもなんの問題も無いだろうとこの話はとりあえず終了とした。

 

 

 

 会議の事を振り返っていると扉からノックの音が鳴る。

「入っていいぞ」

「失礼します。アインズ様。御食事をお持ちしました。」

 

 扉を開けて入って来たのはワゴンカートを押したアインズ様当番のシクススであった。

 会議の後、腹を空かせてしまったアインズは牧場の後始末を任せたデミウルゴス達に申し訳ないと思いつつ食事の用意を頼んでいた。

「ありがとう。シクスス」

 

 彼女は嬉しそうにしながら寝室にあるソファーセットに座ったアインズに微笑みつつテーブルに皿を置いていき。コーヒーを淹れてくれる。

 

 サンドイッチである。具材は玉子、ハム、ツナマヨとありきたりだがリアルではこれでも一部の富裕層しか口に出来ない嗜好品だ。ナザリックにはリアルには無いもっと高級な料理があるのだが、それはまた今後の楽しみとして転移して最初の食事はこういった軽食から楽しもうと思っただけである。ちなみに紅茶も勧められたが今回はコーヒーを選んだ。

 

 それにしても旨そうだ。アインズは逸る気持ちを抑えてゆっくりと味わう。

(う、美味い。美味すぎる)ナザリック基準でいえば簡素な食事だが、一つ一つが生涯食べた事が無い程美味かった。コーヒーもコクがあり深い味わいがありお替りする。リアルの支配者層の者もこれほど美味なモノを味わった事があるのだろうか?・・・いや無いだろう。

 満面の笑顔で平らげたアインズは十分に満足したように「ご馳走様」と手を合わせてシクススに感謝を伝えた。料理長にもお礼を伝えておいてほしいと加えて。

 

 

 一方シクススは望外の想いで給仕を務めていた。オーバーロードであった頃のアインズは食事を必要とせず、飲食自体不可能であった為、これまでメイドとして食事のお世話をする事が皆無であった。料理長も初めて至高の御方の為に料理を振舞える事にはち切れんばかりの意気込みをかけていた。

 シクススは今ナザリックで一番の幸福を味わっている気分であった。以前の御方は骨であり、その表情を読み取るのは難しい。なんとなく嬉しそうな気配等を感じる事は出来たが。今の食事を楽しんでおられる御方の輝かしい笑顔。ナザリックの食事を初めて味わっておられての喜びに違いない。自分もナザリックの食事は世界最高だと思っているがそれらは最後まで我等を見捨てず御一人で膨大なナザリックの維持費を稼いでおられたアインズ様の尽力から出されているのだ。感謝しない日は無い。

 今後アインズ様当番を務めるメイドは皆御食事の給仕を勤めてアインズ様の笑顔を拝見する事が叶うだろう。・・・しかし初めての体験をされている今の笑顔を堪能できるのは私一人だけ。その事実がシクススの全てを歓喜と幸福に満たし天にも昇ってしまいそうだった。 

 

 アインズはお替りしたコーヒーを飲みながら、・・・ふと部屋にある姿見用の鏡に目が行った。

 

 ・・・・・・(似合ってない。笑える程似合ってないな)

 そこには豪奢な漆黒のローブを纏った男がいる。

 これが骸骨姿であれば誰が見ても魔王然とした姿に見えるのだろうが。いかんせん人間の顔では着せられてる感がハンパ無い。

 神器級(ゴッズ)で着心地は最高なのだがずっとこのままでいるのは恥ずかしかった。

 とりあえずパンドラが戻り、人間用に色々耐性の付いた装備を持って来てもらうまでの間着替えようと、手持ちの装備から適当なのを取り出してみる。

 

 たいした装備ではないがここは安全なナザリックの9階層の自室だ。あまり拘らずゆったりとしたズボンとYシャツ風の装備を選ぶ。

 

「お召し物を替えられるのですね。お手伝いします」

 シクススが音もなく高速でアインズの傍まで詰めてきた。

「あ、いや・・・」

 

 アインズは以前にも着替えぐらい自分でする、と言った時にメイドが泣きそうな(実際泣いてたけど)顔をするので折れて彼女達にされるがまま受け入れていた。

 悩む。ここで断ればまた泣かしてしまうだろう。以前は骨の体だから割りかし平気だったが・・・

 

「・・・分かった。では、手伝ってくれるか?」

「はい!」

 

 嬉しそうに元気良く返事するシクススを見て心が温まるようだ。

(人間になり完璧な支配者の演技はもう無理そうだが、それでも皆の上に立つ者として支配者らしく振舞うのにも少しずつ慣れていかなきゃな)アインズがそう思いつつシクススに着替えを任せていると・・・

 

 

「・・・ゴクリ・・・」

 

 目の前のシクススからハッキリと聞こえる音が聞こえてきた。

 

 前をはだけ、両肩から外され半分ほど脱がされた漆黒のローブ。そこには・・・

 

 「・・・え!、ちょっ・・・」

 上も下も丸出しの支配者の姿があった。

 

 あわててメイドの魔?の手から逃れローブを羽織りなおし虚空から装備を探し取り出した。

 出て来たのは『ステテコパンツ』特殊効果はないが一応の防御力を持つなんでもない下半身装備。

 アインズが即効でステテコを履きなんとか落ち着いた所で

「んん・・・シクスス。続きを頼む!」

 もはや威厳もへったくれもないが、何もなかったかのように振舞う。

 

「・・は、はい。では失礼します」

 

 アインズは『恥ずか死ぬ』と悲しくなりながら、今度は割りと普通に(顔が赤いが)作業を開始するメイドに着替えを任せる。

 

 殆ど無心でいたアインズの着替えが終わり鏡を見て。・・・リアルでもありそうな、だが当時と比べると遥かに上質な出で立ちに満足する。途中なにか変な事があったがもう忘れる事にしとこう。・・・うん・・その方が良い。

 

(・・・?)

 

 

(・・・???)

 

 またもアインズは違和感を覚えた。(・・・?)

 

 

 

(あぁ!)

 違和感の正体に気付いた。・・・ズボンを()()に装備()()ている事に。

 ユグドラシルでは重ね着は出来ない。外装を好きに替える事は出来るが、装備効果を持ったモノを同じ部位に装備す事は不可能なのだ。

 防御力のあるステテコの上に同じく防御力のあるズボンを履いている。・・・効果も重複している。

 ユグドラシルでも異世界に転移してからも起こりえない現象が今起こっている。

 

 (なぜ)と考える。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「!!」

 一つの憶測を立てる。

 この異世界ではユグドラシルのシステムが反映されている。

転移当初の実験で魔法詠唱者(マジック・キャスター)が剣を持つ事は出来ても振ろうとした瞬間に取り落としてしまったように。クラスを持っていない者はそれに準ずる行動が起こせない。それはNPCも同様だ。

 この世界の魔法詠唱者(マジック・キャスター)は拙いながらも剣を振る事自体は可能で、ユグドラシルのシステムに完全には縛られていない。

 魔法に関しては変わらないが、俺だけシステムの縛りから一部抜けた。・・・なぜか?

 答えはこの鈴木悟の肉体だろう。

 恐らくだが、御伽噺にある『六大神』『八欲王』には人間もいただろうが奴等はシステムから外れてはいなかっただろう。

 なぜなら『人間種』であって『人間』ではないから。

 そう。『人間種』という『アバター』という存在であったからユグドラシルの住人としてシステムに縛られていたのだろう。

 そして、オーバーロードの魔法とスキルを持つ事でシステムに縛られているが。今の俺はリアルの『鈴木悟』。純粋な人間だ。一部分はユグドラシルの理から外れているのだろう。

 ユグドラシルのシステムを変えるなどワールドアイテム二十の一つ<永劫の蛇の指輪/ウロボロス>を使わないと不可能だろうが・・・アインズ専用のワールドアイテム『モモンガ玉』が影響したのかもしれない。

 

 色々考えてみたがあくまで仮説。なんの確証もないし、証明する術もない。

 同じ方法でNPCの装備強化が出来るかもしれなかったが、NPC達は今の姿に誇りを持っている。創造主に創られた姿を変えようとはしないだろう。

 

 それにアインズにすればこれは破格な誤算だった。人間になる事で弱体化した分を装備で賄える算段が付いたのだ。この喜びを守護者達に教えるのが楽しみでしかたなかった。

 

 ルンルン気分で無くなった耐性をどう装備で揃えようか考えていると扉からノックの音がした。

 アインズが考え事をしている間。邪魔にならないよう静かに控えていたシクススに頷き対応してもらう。

 

「アインズ様。アルベド様とシャルティア様が参られました」

 

 ちょうど守護者達に朗報を伝えたかったアインズはすぐさま入るよう指示した。(なんてタイミングが良いんだ。さすが守護者統括に守護者最強だ)

 

「アインズ様。突然の訪問誠に申し訳ありません」

「アインズ様。シャルティア・ブラッド・フォールン。御身の前に」

 

「ああ。良く来てくれた。ちょうど二人に会いたかったのだ」

 

 普段のアインズであれば行き過ぎた好意を持つ二人にこのような言い方はしなかっただろう。もう少しやんわりとした言い方をするはずだった。しかし、今のアインズは早く話したくて失言を失言と気付かぬまま歓迎してしまった。・・・アルベドが大事な用事だとシクススを扉の外に追い出したのにも気付かぬまま・・・

 

「!・・・やはり、アインズ様も同じ想いだったのでありんすね!」

「くふぅぅぅ!嬉しいですわ。アインズ様ーー」

「え?・・・・・」

 

 突如稲妻の如く突貫してきた前衛LV100二人にベッドに押し倒された絶対支配者。

 

「ちょ!おま・・・待っ・・・・・・」

 

 支配者の制止も虚しく魔法詠唱者(マジック・キャスター)の力では二人に抗う事も出来ず。天井に居た八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)もアインズ自身により席を外させていた。

 部屋には獰猛な肉食獣二人と子羊一人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして部屋に飾ってあった花瓶の足元に花弁一つ・・・ハラリと落ちていった。




牧場の人達はとりあえず解放。施設は残し今後活用。

肉の体持っちゃったらこうなりますよね。
特にアルベドが行動を起こした理由を次話で投稿する予定。


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3話 サトルの望み?

鈴木悟の卒業!!後悔はしていない。



 

 

 

「くふふふ・・・とうとうアインズ様と結ばれましたわ。ついに私とアインズ様との御子が。・・・くふー」

「あらぁ。なにを勝手な事を言ってるのでありんしょうか。アインズ様はわ・た・しを愛して下さいましたのに」

「あなたこそ何を言っているの?吸血鬼であるあなたは身ごもる事なんて出来ないでしょう?」

「それとこれとは別でありんす。アインズ様はわたしで満足されたのでありんしょうから」

 

 俺の左右で二人がいつものようにいがみ合っている。

「・・・ああ・・・やってしまった。タブラさんとペロロンチーノさんになんて謝れば良いんだ!?」

 

「!!・・・アインズ様。タブラ・スマラグディナ様であれば娘を嫁に出すようなものかと。必ず祝福して下さいますわ」

「ペロロンチーノ様も反対されないと思いんす。それに・・・これはわたしの意志でした事でありんすし」

 

 二人の言葉を聞いてもやはり俺の心は納得出来なかった。

 襲われたとしても、大切な友人の子供に手を出してしまったんだと。

 皆を守ると決めたのに・・・これでは・・・はぁ。

 

 現実逃避したい気持ちを抑え二人に告げる。

 

「二人共聞いてくれ・・・俺はナザリック皆の事を愛している。・・・だが・・・親が子に向けるような感情だと思っている。それは二人に対しても・・今も変わっていない」

 

「「!!・・・」」

 俺の語る言葉に二人が泣きそうな顔で見てくる。

 

「だが・・・いつかこの世界の全てを知り、ナザリックが安泰になった時には二人の気持ちに応える事が出来るかもしれん・・・その時まで待ってくれないか?・・・男として情け無い返事で申し訳ないが・・・それまでは以前のような関係で居たい」

 

 言っててかなり情けないが、これが今のアインズの偽らざる心境だった。やはり二人は友人の子。女としての魅力はあってもそういう対象として見るのは心のどこかで拒んでいた。時間が経てばこの心境にも変化が訪れるかもしれないと。特に自分が設定を変えてしまったアルベドには申し訳なく思う。

 

「・・・うぅ。アインズ様がそう仰るなら」

「その時を楽しみにしているでありんす」

 

「・・・二人共。・・・すまない」

 とりあえず納得してくれた二人に微笑んで告げると、またしても飛び掛ろうとした二人に・・・

「それはそれとして二人共しばらく謹慎な」

 

 

「「ふぁ!!」」 

 

 まぁ、かわいそうだけど皆に示しがつかないしな。俺、襲われた側だし・・・

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓第六階層 闘技場

 

 アインズはアルベドとシャルティアとの事を切り離し。重要な案件として体を動かして以前との差異を確かめる為に闘技場に転移した。

 そこではハムスケとデスナイトが蜥蜴人(リザードマン)のザリュース、ベンゼル?だったか、に武技を教わり訓練している所だった。アインズは四人に近づいて行き・・・

 

「ん?・・・あの御仁は誰だろうか?」

「ありゃ人間か?・・・さぁなぁ、ここには見たことねぇ化物ばっかだしなぁ・・・」

「某も知らない御方でござるな」

 

 三匹にはアインズだと分かるはずもないのも仕方ない。まだ伝わってないのだろう。

 デスナイトだけが召還主として理解出来るのか「グオォォ」となんとなく嬉しそうに唸る。

「訓練ご苦労。私も体を動かすのに交ぜてもらおうと思ってな」

 

 言いつつ、先に自身がアインズであること。元は人間で魔法により姿を戻したことを告げた。詳細は語らずに。ハムスケと蜥蜴人(リザードマン)にはユグドラシルの知識は無いのだし。

 蜥蜴人(リザードマン)は驚きつつも「アインズ様であれば・・」と納得しているが。ハムスケはやたらやかましく「さすが殿でござるよ」と興奮しっぱなしである。

 

 

 冒険者モモンの姿になり、しばらく一緒に素振りや模擬戦を繰り返した結果。

 ハムスケと共に武技<斬撃>を使えるようになった。

 内心「おお」と喜び、戦いの動きも全く問題が無かったのでアインズは訓練を打ち切る。他の者は休憩を挟みながら励むよう伝えて自分の部屋へと向かう。

 ちなみにデスナイトは武技を習得出来ていない。

 予想はしていたがユグドラシル由来の者はこの世界独自の技術は習得出来ないのかもしれない。デスナイトにはもうしばらく訓練を続けてもらうが期待しない方が良いだろう。不可能と分かるだけでも収穫なのだから。

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓9階層 アインズの執務室

 

 アインズはデミウルゴスから<伝言>(メッセージ)を受け、後十分程で帰って来ると連絡を受けて待っていた。

 ノックの音が執務室に響く。今日の当番のフォワイルがデミウルゴス、パンドラズ・アクター、ペストーニャの訪問を告げてきたので入るよう促す。

 

「「「ただいま戻りました」」」あ、わん」

 

 三人同時に跪いたのを見てから、全員をソファーに座るよう勧める。

 並んで座る三人の対面に自身が座り全員分の飲み物をメイドに頼む。

 

「まずは私のワガママで面倒を掛けた事、すまないと思っている」

 頭を下げた事に対しとんでもない、といつものやりとりが始まるが今回の件はアインズのワガママだ。特にデミウルゴスには謝罪を受け容れてもらわねば、アインズ自身納得出来ない。

 少し問答があったが、最終的に受け容れてもらえたので胸の痞えが取れる思いだ。

 

「では報告致します。・・・アインズ様の望む通りに差配する事が出来ました。捕らえていた人数もまだ少なく、傭兵モンスターをお借り出来たので速やかに事を運べました」

 デミウルゴスの報告に胸が若干痛みつつも無事終わった事に安堵した。

 

「ところでデミウルゴス。今回の方針にお前自身や配下の悪魔は不満に思わないのか?」

「とんでもありません。我々は至高の御方に仕える事こそ望み。・・・たしかに私などは悪魔故人間の悲鳴などに愉悦を感じますが、そのような感情を抑える事は何の苦もありません。それに・・・アインズ様は愚かな者にまで慈悲を与えるつもりはないのでしょう?」 

 

「そうだな。私は聖人君子ではないし、そう成ろうとも思っていないさ」

「ふふ・・それでしたらそういった愚か者を牧場。またはこちらに廻していただければ部下達も喜びましょう・・・もっともアインズ様の決定に意義を唱える者はこのナザリックには皆無ですが」

 

「・・・ペストーニャ。プレアデス達も何か言っていなかったか?」

「はい。皆アインズ様の事を十分に理解を示しておりました・・・あ、わん・・・ただ」

「うん?」

「ナーベラルが少し心配かと思われますわん。あの子はナザリック外の者を特に見下す傾向にあります、演技もうまく出来ないようですわん」

「ううぅん。別に見下すなと強制する気はないんだがな。ある程度の演技で構わないんだが・・・あまり皆のストレスになるような事は強制したくない。あくまで無理のない範囲で構わないと全員に通達しておいてくれ」

「畏まりましたわん」

 

「デミウルゴス。そもそもナザリックの者はなぜあれほど人間を嫌っているのだ?・・・私やお前達の創造主は元人間だと教えたにも関わらず。カルマ値や種族によるだけなのか?」

 

「そうですね・・・至高の御方が人間であると知り、人間に対して僅かな共感を持つ者もいます。しかしやはりナザリック外の者は下等と見なしていますね。カルネ村の人間達はアインズ様に感謝の気持ちを持っているようなので例外としまして・・・後はあのナザリックに土足で踏み込んできた輩の原因もあるでしょう」

 

「うん?・・・ああ。1500人の討伐隊の事か」

 

 かつてユグドラシルでも伝説となったギルド:アインズ・ウール・ゴウンを討伐せんとナザリックに押し寄せて来た1500人のプレイヤー(傭兵NPCも居たが)。

 あの時は八階層で全滅させたがその際、第一から第七階層の守護者や領域守護者は一度殺されている。その時の記憶を持っている事は確認済みだった。

 それに、ユグドラシルには異形種は少ない。1500人の中にも殆どが人間種で異形種はいたかどうかも分からない程だった。

 当然だ。そもそもギルド:アインズ・ウール・ゴウンはPKに晒されていた異形種救済から始まったギルドだ。異形種を狩る人間種。その人間種を狩るPKKをしていたのが我等がギルド。その方法や後の復讐も、悪ふざけ好きな濃いメンツばかりだからか悪辣で陰険な心を折るような非情な手段を徹底的に行っていた。

 人間種に嫌われるのはある意味当然である。人間種が圧倒的に多い為ユグドラシルでは悪のギルドの烙印を押されてしまった。まぁそれはそれで皆悪の華として楽しんでいたが。

 つまり人間種に攻め込まれた事に憤りを感じているのだろう。

 

「以前にも説明したがプレイヤーとはリアルでの人間。人間種というアバターを持った私と同じ人間が行った事。この世界に住む者達とはなにも関係はない・・・まぁ気休めにしかならないだろうがこの事実を皆に共有しておいてくれ」

 

「畏まりました」

 

 (あんまり納得してないみたいだな。まぁ気休め程度になれば幸いと思っておくか)

 

「ところでアインズ様。アルベドの姿が見えませんが如何なされたのでしょう?」

 

 デミウルゴスの問いにアインズの額に嫌な汗が流れる。

「あ・・・ああ、アルベドはシャルティアと一緒に謹慎中で今は五階層にいる」

 

 それを聞いたデミウルゴスの宝石の瞳がキラリと光り、「なるほど」口角が吊り上がるのが見えた。

「ん?・・・」

 

「デミウルゴス・・・お前何か知っているな?・・・いや、二人に何を吹き込んだ!!」

 

 アインズのジト目に晒されたデミウルゴスは不意に目を逸らし

「な、なんの事でしょうか?」

 

「デミウルゴス~!?」

 アインズは身を乗り出しデミウルゴスの逸らした目を正面から見据える。

 

「・・・申し訳ありません。私がアルベドを焚き付けました」

 

「はぁ。・・・なぜそのような事をしたんだ?」

 

「はっ。・・・アインズ様が人間に成られた為に早急にお世継ぎを残して戴かなければと・・・」

 

「そういうことでしたか。・・・あ、わん。デミウルゴス様の心配は杞憂ですわん。アインズ様の身に寿命はありません。不老ですからわん」

 

「はっ!?」

 

 (お前の仕業かよ!)どうやらアルベドとシャルティアの暴走はデミウルゴスの早合点が原因のようだ。アインズは自分の身の変化をナザリック全員に至急伝えるよう指示する事にした。ついでに謹慎中の二人のフォローを頼む。デミウルゴスなら上手くやるだろう。

 

「改めて言っておくぞ。私が自らの意思でお前達を置いていくことは無いとな。約束しよう」

 

「アインズ様。ありがとう御座います。浅はかな事をしてしまい、申し訳ありません」 

 宝石の瞳をハンカチで拭いつつ涙ながらに告げてくる。見ればペストーニャも泣いていた。パンドラは・・・埴輪顔なのでよく分からんな。喜んではいそうだが。

 最後にパンドラズ・アクターが話があると言うので他を労って退室させ二人っきりになる。

 

「パンドラ。改まって話とはなんだ?」

 ふだんオーバーリアクション過多な黒歴史が今は随分と静かなのに不安を覚える。(ふだんからそうしてくれてると良いんだけどね)

 

「アインズ様の本当の御望みは何なのでしょうか?」

「・・・?」

「私はアインズ様に唯一創られた領域守護者!他の者と違いナザリックの平穏が望みではありません」

 

 いきなりの発言にパンドラの真意が分からずアインズは戸惑うばかりに。

「どういうことだ?」

 

「私が創造されたのは創造主の心を癒すため。アインズ様の幸せ(・・)こそが我が望みです」

 

 俺の幸せ。・・・そう言われてもピンとこない。

 

 ナザリックの皆を守る事。

 かつての友人に再び会いたい。これが自身の望みなのはハッキリしている。

 だがそれで自分が幸せなのかと問いかけるも・・・分からない。

 ディストピアな世界で家族も恋人も居なかった鈴木悟には幸せがなんなのかイメージ出来なかった。

 

「分からない・・・私自身の幸せがなんなのか・・・」

 

「ならばご自身の。ナザリックの支配者としてではなく、アインズ様自身の望みはどうでしょうか?」

 

 望み!ナザリックを除いて考える俺自身の望み。

 

 

「・・・この美しい自然のある未知の世界を見て回りたい・・・そう思う」

 

「・・・「ギルド長はもっとワガママを言ってくれれば良いのに」、宝物殿にて至高の御方々が話されていた言葉です。アインズ様には周りを気にせず御自分の望む様にして戴きたい・・・それが私の願いでもあります」

 

 思えばナザリックのNPCは創造主に似ている部分が見受けられる。ならば目の前のパンドラはアインズの一番の理解者かもそれない(黒歴史含めて)。

 

「ふっ。・・・はははは。そうだな、私の幸せを探して行くのも良いかもしれないな・・・ありがとう・・・パンドラよ」

 

Wenn es meines Gottes Wille(我が神の望みとあらば)

 

 (これだよ)禁止したはずのドイツ語をここぞとばかりに披露してくる。二人の時はまぁ許すけど、それ以外では禁止。オーバーアクションも控えるよう再度厳命しておく。「はぁ」

 

(ワガママに・・・か)

 

 こんな話までしたのだ、もうパンドラ相手に取り繕う必要は無いんじゃないか?パンドラはナザリック一の知恵者のデミウルゴスとアルベドと同等の頭脳がある。

 空いた時間等に政治、経済等、支配者に必要な知識を内密に教えてもらうのが俺にとって最善なんじゃないだろうか。

 自身が器じゃないと諦めず高めるのは悪いことではない。

 いつか本当の意味でもナザリックのトップとして在るように。

 あらゆる面で優秀なパンドラを創って良かったと初めて思えた瞬間かもしれない。

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓五階層 氷結牢獄

 

 本来は極寒の外部よりなお寒いのだが、反省室として平温に保たれている牢獄に二人の守護者がいる。

 

「ねぇシャルティア。ふと疑問に思ったんだけど?」

「なんでありんすか?アインズ様を妄想して楽しんでいるのに」

 

死体愛好家(ネクロフィリア)であるあなたがオーバーロードのアインズ様に欲情するのは分かるけど、今のアインズ様は人間になったのよ」

「はっ!なにかと思えばそのような事でありんすか。確かにオーバーロードであった御姿は超絶イケメン。この世の美そのものでありんしたが・・・わらわが好いているのはアインズ様自身。姿形は関係ありんせん・・・それに変わらぬ圧倒的なあの気配・・・あ、また下着が・・・」

 

「それよりおんしの方はどうだったでありんすか?デミウルゴスに言われて身篭る事は出来たでありんすか?」

「良く聞いていたわね・・・残念ながら御子は授かれなかったわ・・・でも次こそは・・・くふふふ」

「へえ~。さすがはサキュバスでありんすな。そういう事も分かるでありんすか。次は二人っきりで・・・ぐへへへ」

 

 色々妄想で盛り上がっている二人がデミウルゴスから忠告され、自粛させられるまであと少し。

 ただ二人共、一度関係を持てた事実に満更でもなかったという。




アインズにとっては、まだNPC達はそういう目で見れない状態。今後心境の変化が起こるかもね。
3期7話の恐怖候とニューロニストのええ声にビックリ。



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4話 カルネ村

麺棒様、忠犬友の会様、Sheeena様 誤字報告ありがとうございます。



 エンリ・エモットの朝はいつも通り早い。

 以前と同じように井戸から何往復も水を汲んで瓶に溜めなければならないが、今は少し環境が変わっていた。

 

「おはよう御座います姐さん。水の用意はもう済んでますぜ」

「おはよう。カイジャリさん」

 

 そう、ゴブリン達がエンリや村の仕事を手伝ってくれているのだ。

 

 約二ヶ月前、カルネ村は騎士達によって蹂躙された。

 襲撃によってエンリの父も母も殺された。幼い妹と共に森に逃れようとしたが、騎士に追いつかれ殺されそうになったところを謎の魔法詠唱者(マジック・キャスター)に救われた。そして村を襲っていた騎士達を撃退してくれ、村人は半数程だが命を繋ぐ事が出来た。その後、再度襲撃があったが王国戦士長と追い払ってもらえた。

 

 エンリは自身の首に下げたアイテムを握る。

 これこそ魔法詠唱者(マジック・キャスター)ゴウン様に身を守るように渡され、ゴブリン達を召喚したマジックアイテムだ。

 ゴウン様が去られた後、働き手が足りなくなった村の為に思い切って一つ吹いてみたのだ。

 「プピョ~」と情けない音が鳴り、失敗したのかとかなり恥ずかしい思いをしたが、森の中からゴブリンがゾロゾロと現れて私に忠誠を誓うと言われたあの時は大いに慌てたものだ。

 こういった召喚アイテムで呼ばれた者は召喚主、つまり角笛を吹いた私に絶対服従するものらしい。

 基本エンリの言う事を聞いてくれるゴブリンさん達のお陰でエモット家は村に一番貢献している状態となった。

 村長に後から教えられたが、両親を亡くした幼い妹と二人暮らしでは、村への貢献の無さからあのままなら貴族やどこぞの領主に奉公に出さざるを得なかったと。

 唯一の肉親であるネムと離れ離れで過ごすなど冗談ではないと憤ったものだ。

 だが今はそれもありえただけの話。

 村を虐殺していたのが同じ人間であったからか、村の皆は良く働いてくれるゴブリンを快く迎えてくれた。

 もしかしてゴウン様は私達のそんな未来を憂いてこの角笛をくれたのかもしれない。

 残った最後の一つは私の大事な御守りとして、常に手元に置いている。

 ゴウン様への感謝をいつでも持てるように。

 

 ネムが起きる前に朝食の用意をしていく。

 包丁を扱う時に村を襲った騎士を思いだしてしまったせいか「ダン」とまな板に包丁を叩きつけて刃を欠けさせてしまった。

 

「あちゃ~」

 やってしまった。村には鍛冶師はいない。包丁を研ぐのもゴブリンさんや自警団が持つ装備の手入れをするのも出来ないのに。

 

「おはよう。お姉ちゃん」

「おはよう。ネム」

 

 起きてきたネムと挨拶を交わす。

 ネムの朝一番の仕事はカルネ村に引越して来たバレアレ家の二人を朝食に呼ぶ事だ・・・ただ、二人してポーションの研究に熱心過ぎるのか食事に呼んでも大概来ない。

 研究所兼自宅の匂いの激しい家。入ってすぐの棚に置き、冷めないうちに食べるよう伝えて終わりだ。

 一度ネムが中で大声で呼んだ時にフラスコが割れ、ちょっとだけ怒られてしまいションボリしていた事があった。

 ゴウン様に依頼されて研究しているのは知っているが、食事ぐらいちゃんと摂ってほしいものだ。

 

 朝食の準備が出来た。

 ゴブリンさん達は19人居るので約20人超分だ。外でゴブリンさん達と一緒に摂るのがここ最近の日課だ。

 ゴブリンさん達が森で狩りをしてくれるのでよく肉が手に入るようになり、エモット家及びカルネ村の皆の食事状況は以前より良くなっている。

 大勢の料理を作るのも、力仕事も実はそれほど苦ではない。なぜかここ最近腕力が強くなっている。年頃の乙女としては男勝りになっているのが悩みの一つになっている。

 ネムが戻ってくる・・・どうやら今日も研究に篭もりっぱなしのようだ。

 

 皆の朝食が済み。片付けが終わった時。突如目の前に漆黒の空間が広がって・・・

 

「え!?・・・ゴウン様!?」

「突然ですまないが様子を見に来た。久しぶりだな」

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓 アインズの部屋

 

 パンドラに頼んでいた各種耐性装備を見繕っている最中だ。

 状態異常、特に精神系等、アンデットであれば無効にしていたものに重点を置いていく。

 あまりゴテゴテしているのは好みじゃない為、かなりスッキリした装いに落ち着く事が出来たのは幸いだ。

 ナザリックに居る時だけだが、メイドにより以前からそれぞれの好みで「アインズ様には赤が似合う」「いいえ、黒だ」「黄色だ」と着せ替え人形のようにされている。・・・この流れは変わらないのね・・・

 

 そんな中、問題が出てきた。

 嫉妬する者たちのマスク。通称<嫉妬マスク>が装備出来なくなっていた。顔に被ると拒絶するように「カラン」と落ちてしまう。・・・(原因は間違いなくアレだな)マスクを手に取り、なんともいえない表情でマスクを撫でるアインズの後姿は「哀愁漂い、引き込まれる様であった」・・・後にパンドラは語る・・・。

 

 外で活動したアインズ・ウール・ゴウンは嫉妬マスクを被った《謎の魔法詠唱者(マジック・キャスター)》となっている。モモンとしても今のところ素顔を晒す気は無いが、顔を隠しておく方が無難だろう。

 パンドラに生産職のギルドメンバーに変身してもらい同じ柄のマスクを作ってもらう。宝物殿のデータクリスタルを使い声が変わるマジックアイテムとして。

 

 

 

 そうしてカルネ村の事が気になっていたのもあり、アインズ・ウール・ゴウンを知るカルネ村にやってきたのである。

 

「あ、あの・・・ゴウン様ですか?・・・そ、その声が」

 

 案の定声が違う事を指摘された。ちなみにガントレットはしていない。手まで隠す必要はないからだ。

「ああ、仮面の効果で声を変えているんだ。ただの用心だから気にしなくていいさ」

 

 エンリの後ろの方から不可視化を解きながらルプスレギナが飛ぶように走って来た。

「アインズ様。共も連れずにどうされたのですか?」

「ああ、ルプスレギナがいるから問題ないだろ?」

 

 帽子をピクピク動かしながら返事するルプスレギナに「頼んだぞ」と笑いかけて、村の様子を見渡す。

 報告にあった通り冒険者モモンとして来た時より更に頑丈そうな柵が出来ている。

 

「ゴウン様、ゴーレムを貸して下さってありがとうございました。あの、ずっとお礼が言いたかったんです」

 

 頭を深く下げながら礼を言うエンリに「気にしないで良いさ」となんでもないように応えると、そこで傍に居たゴブリンが震えながらエンリに近づき。

「あ、姐さん。こ、この人は何者なんですかい?」

「ジュゲムさん。前に話したゴブリンさん達を呼んだ角笛を下さった村の恩人のゴウン様よ。私とネムの命の恩人でもあるの」

 見ればジュゲムだけでなくゴブリン全員が震えながらアインズを見ている。

「君達とは初めましてだな。私の名はアインズ・ウール・ゴウンと言う。・・・一つ質問したい。君達が忠誠を誓っているのは誰だ?」  

「お、俺達が忠誠を誓ってるのはエンリの姐さんだけでさぁ。次いでネムさんに村の人達です」

 

 やはりアイテムで召喚されたモンスターは元の持ち主は関係なく、使用した召喚主に忠誠を誓うのだな。次いでエンリの肉親のネム、村人達と優先順位がある訳か。

「結構。私に忠誠を誓う必要はない。それと、私がこの村に危害を加える事はない、そんなに警戒しなくていい」

 

 アインズの言葉を聞いて完全にではないがようやく警戒を解きだした。探知阻害の指輪をしているのに、本能的に相手の強さが分かっているのかもしれない。それに合わせてルプスレギナもいつもの屈託のない笑顔になった。

 

「少し心配していたが、思ったより元気そうでなによりだ」

「ゴウン様に命を助けて貰ったのにクヨクヨしてられません・・・妹もいるし。両親を亡くしてしまったのは悲しいけど、失ったものに固執していたら前に進めません・・・から」

 

 その時、アインズの脳天から稲妻が落ちる。

 (・・・失ったものに・・・固執!)

 それは正に自分の事だった。

 一人、また一人とユグドラシルを辞めていった仲間達。

 

 家族がいる者。夢を実現した者。仕事が忙しい者。単純に飽きた者。

 環境が変わりログイン出来なくなった者。

 

 理由は様々だが皆それぞれ現実世界に事情があり、生活がある。生きる為にいつまでもユグドラシルで遊んではいられない。それを分かっていながら「なぜギルドを捨てられる?」と憤慨していた自分を思うとあまりにも情けない。

 

 目の前の少女を見る。

 

 自分より幾分も若い少女が過去に囚われては前に進めないと、先をしっかりと見据えている。

 アインズは眩しいものを見る様に仮面の下で目を細める。

 

(ああ・・・そうだよな。去って行った仲間を求めるより、過去を良き思い出として乗り越えなきゃな)

 

(・・・ありがとう)

「!?・・・どうされました?」

「ふふ・・・いや。なんでもないさ」 

 

 

 アインズに気付いた村長が現れ、礼をしてきたので軽く挨拶を交わす。

 カルネ村の現状を詳しく聞こうと村長に問いかけると、エンリに村長の座を託したいと説得中だという。エンリは自分には無理だ、と拒んでいるらしいが。

 二人から色々な事を教えてもらった。

 

 襲撃で減った人数を解消するため移住者を募集したところ、騎士によって滅ぼされた他の村の生き残りが来てくれたが、まだまだ人手が足らない。

 引退した冒険者が一人来てくれて、今は村の『野伏』ラッチモンの弟子として自警団に入った。というかモモンが宿屋でポーションを渡した赤髪の女冒険者だった。ちなみに名前はブリタらしい。

 

  

 それよりもカルネ村には感心させられる。いくら召喚したゴブリンと言えど、エ・ランテルでもそうだがあれから話に聞く限りでも人間と亜人が協力し合って生活する村など聞いた事がなかった。

 弱肉強食を絵に描いたようなこの世界では、基本人間は他種族と相容れない。

 カルネ村は種族による差別の無い、アインズが望む理想郷に近いところにある。

 ナザリックに所属する者は殆どが異形種であり、この世界の価値観で特にアンデットは忌避される存在だ。その解消の一助としてカルネ村には頑張ってもらいたい。

 

 

 話が一段落したところで。

「私の考えている改革を試してみる気はないか?」 

 

 

 

 提案を心良く受けてもらえたアインズはカルネ村への準備に一度ナザリックに戻る。

 謹慎の解けたアルベドもアレ(・・)以降初の顔合わせだが、以前のような対応に戻っており一安心だ。(さすがデミウルゴス!何言ったか知らんがナイスフォローだ)腰の羽はパタパタとはためいていたが・・・あ、いつもか。

 

「アルベド。カルネ村への支援の一環として立てた改革の準備を手伝ってくれ。詳細は・・・・」

 

 

 

 アルベドの協力を得られたアインズはそのまま、第一階層、第六階層、第九階層、最古図書館(アッシュールバニパル)と巡って行った。

 

 

 

 気付けばとうに昼を過ぎていた。あまり食事を抜いたりしたくないが、集中的に動く時の食事・睡眠不要<リング・オブ・サステナンス>は便利である。

「思ったより時間を食ってしまったな。・・・<伝言>(メッセージ)

 

『どうされましたか?アインズ様』

「アルベド。こちらの準備はほぼ完了した。私は先にカルネ村に向かう事にする。先に村の連中に説明しておかないとパニックになりかねんからな。それと、カルネ村に送る人員は明日からの行動で良い。待機していてくれ」

『畏まりました』

 

「では行くか。<転移門(ゲート)>」

 

 

 

 アインズがカルネ村に転移すると先程と変わらぬ景色が広がって・・・いなかった。

 村人達はなにやら慌てた様子で騒いでいる。

 辺りを見回してみるとエンリの家に幾人も集まっている。

 

「なにかあったのか?」

「ゴウン様!」

 

 家の前にエンリ、ネム、召喚されたゴブリン達がいる。

 そしてエンリの前には跪いている野生のホブゴブリンとゴブリンにオーガが数匹いた。

 話は付いているようで跪いていたゴブリン等がジュゲム達に大人しく着いて行く。

 状況が分からないアインズはエンリから説明を受けた。

 

 アインズと別れた後。貯蓄が少ないのもあり、この時期にのみ採れる薬草を求めて、ゴブリンと共にエンリが森に入り採取している途中、モンスターに追われていたホブゴブリンを助けた。追われていた理由を聞くと。

 どうやらトブの大森林の中央にアンデッドを多数使役して滅びの建物と呼ばれる物を作っている存在がおり、そいつを倒す為の徴兵から逃げてきたのだと。

 東から逃げてきた他のゴブリンとオーガをジュゲム達が制圧し、エンリに忠誠を誓わせ従えた。

 さっきアインズが見たのは忠誠を誓わせたところだったと。

 

 (状況は分かったが、これは・・・)

 ぶっちゃけアウラである。アインズの命「大森林内を探索し、把握せよ。ナザリックに従属する可能性を持つ存在の確認や、物資蓄積場所の設営も重ねて行え」により大森林内の勢力分布が大いに狂った結果だ。

 

「森の異変に関しては私が対応しよう」

「え、でも。ゴウン様にそこまで甘えては・・・」

「いや。森の異変は私のせいで起こったのだ。だから、責任を取らせてほしい」

「ゴウン様・・・分かりました!あの・・・お気を付けて帰って来て下さい」

「ああ。任せてくれ」

 

 

 

(森の中を探索するならアウラを置いて他にいないだろう)

 アインズはトブの大森林の中央にて仮拠点を建築中のアウラを呼び、神獣と呼ばれる漆黒の巨狼『フェン』にアウラと二人乗りで森の東へと向かう。<伝言>(メッセージ)を使いアルベドに大まかに説明し伝えておく。

 ちなみに今は仮面の魔法詠唱者(マジック・キャスター)ではなく、黒のマントを羽織った聖遺物級(レリック)の魔術師風の格好だ。

 イザと言う時は早着替えに登録してある全身神器級(ゴッズ)になる事も可能だ。

 ナザリックの者は全員アインズの地声の方が好きらしい。仮面の時の声はなぜかニューロニストが厳選していた声の一つで、曰く、『百年に一人の逸材、第一印象は渋みや落ち着き、重厚さを感じさせるが後に残る余韻はどことなく悲哀や妖しさすら感じさせる魅惑のバリトン。聞くだけで耳が妊娠する』らしい。

(耳が妊娠ってあいつそういう生態?)

 百年に一人の逸材より俺の地声の方が良いと言われるのはなんだか照れるな。 

 

「アウラ。森の東は『東の巨人』と呼ばれるトロールが支配しているらしいぞ」

「トロールですか?あたしの敵じゃありませんね。安心して下さいアインズ様。アインズ様はあたしが必ず御守りします」

 

 ドヤ顔で息巻くアウラに自分の見立てを伝えておく。

「ふふ。頼りにしているぞ。油断は禁物だが、まぁ正直強さはハムスケと同じぐらいだろう。『南の賢王』と呼ばれたハムスケ、『東の巨人』、『西の魔蛇』でトブの大森林を三分していたらしいからな。後、最初は対話からだぞ。友好的にこちらの傘下に加わるのであればそれにこした事はないからな」

 

「はい!勿論です。アインズ様」

 

 元気の良い返事にアインズもついつい頬を緩めてしまう。

 それにしても・・・肩に手を置いて掴まっているアウラを見る。

(小さいなぁ・・・まぁまだ子供なんだから当然だけど。俺がちゃんとアウラとマーレの成長を見守らないとな)

 アインズは親心にも似た気持ちでアウラの頭を撫でる。

「うひゃ。ア、アインズ様?」

「おお、すまない。アウラが可愛く思えて・・・ついな」

 

 褐色の肌を耳まで赤くさせて。

「い、い、いえ。も、もっと撫でててほしいです」

 

(うわあぁ!アインズ様に撫でてもらっちゃったよ。ああ、ずっとこのままで居たいなぁ)

 アウラの気持ちを察したのか、フェンが気持ち遅めに歩を進めだした。

(ナイス、フェン。さすがあたしの魔獣。後でいっぱい毛繕いしてあげるからね。

ふっふっふっ。見てなさいよシャルティア。後百年もしたらボーンってなったあたしの魅力でアインズ様を振り向かせてやるんだから)

 

 アウラの決意も知らず、アインズはやっぱり親心的な気持ちで頭を撫でていた。

 

 

 

 

 

 日が沈みかけた夕暮れ時。アインズは仮面の魔法詠唱者(マジック・キャスター)状態でカルネ村に戻っていた。

 対話を望んで接したが『東の巨人』は会話にならなかった。

 長い名前は臆病だとかなんだで聞く耳を持たず、あのまま放置していればナザリック仮拠点に攻め込んで来ただろうし、森の外で被害を拡大する可能性もあった為、結局殺すしかなかったのだ。

 

 ただ、不可視化して(バレバレだったが)後を着いて来ていた『西の魔蛇』「リュラリュース・スペニア・アイ・インダルン」は『東の巨人』「グ」を圧倒したアインズに忠誠を誓い、リュラリュースの部下共々大森林の仮拠点に移し、アウラに教育を任せる運びとなったのは幸いか。

 

「ゴウン様~!」

 アインズに気付いたエンリがこちらに走りながら手を振って来る。

「良かった。御無事だったんですね」

「心配ない。森はほぼ平定する事が出来た。今後薬草採取に行く時は私かルプスレギナにでも言うと良い、案内役を用意しよう」

「トブの大森林を平定って、やっぱりゴウン様はすごいです」

 

 目を輝かせているエンリを落ち着かせる。

「ところで新しく入ったゴブリン達は問題ないか?」

「はい。ジュゲムさん達がしっかり躾けると言ってくれてます。・・・ただ」

「ただ?」

「私が村長をする事になってしまいました。はぁ・・・世界中探してもただの村娘がいきなり皆のまとめ役をするなんて、私ぐらいでしょうね・・・はぁ」

 

(いやいやいや目の前にもいるよ。ほらここに)

「そう悲観する事もないんじゃないか。皆エンリを信じての事だろうしな。それに・・・私も協力するさ。だから頑張ってみないか」

「ゴウン様・・・ありがとう御座います。よろしくお願いしますね」

 落ち込んでいたのが嘘のように満面の笑みを浮かべるエンリに、自分もシッカリしなければと改めて決意を新たにするのだった。

 

「今日は色々あって疲れただろう。ゆっくり休むといい。私も一度家に帰るとする、また明日、ここに来るつもりだ」

「分かりました。では、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 




基本、原作と変わらない部分ははしょってます。
エンリとネムはオバロ界に癒し。異論は認めない。
ネムの出番が殆どないのが悔やまれる、今後書けれたら書きたい。

ちなみにンフィーはこの物語の中では影薄いです。嫌いってわけじゃないんですけどただ一言。
「そのうっとうしい前髪さっさと切らんかい」


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5話 エ・ランテルへ

誤字報告ありがとう御座います。



「おはよう。エンリ」

「おはよう御座います。ゴウン様。・・・あの、後ろの方達が昨日話されてた」

「その通りだ」

(すごく綺麗な人だなぁ)

 エンリは幾人かいる、同性の自分でも見惚れてしまいそうな美貌の持ち主に目が釘付けになっていた。

 

 カルネ村に来たアインズの後ろには村の改革の為に連れて来たナザリックの僕達がいっぱい居た。

「昨日村長・・いや前村長か・・・とも大まかに話したが改めて簡単に説明と紹介をしておこう」

 

 最初にプレアデスのユリ・アルファ──彼女には麦畑を拡大させ巨大な穀倉地帯を開墾する指揮を任せた。

 作業要員に多数のゴーレムとスケルトン。

 このスケルトンだが、ナザリックに自然POPする最弱モンスターに茶色のローブに手袋とブーツを装備させており、フードを被れば魔法効果で顔が見えなくなり真っ暗になる。妖しさ満点だが、骨がモロに見えるよりはマシだろうと思った処置だ。まずこの状態で慣れてもらい、いずれは抜き身でも活動出来るようになるだろう。

 さらにアインズが考案した『アンデッド三原則』がPOPスケルトンに施されている。

 

1──アンデッドは他者に危害を加えてはならない。

 

2──アンデッドは『原則1』に反しない限り、登録された者の命令を聞かなければならない。

 

3──アンデッドは『原則1』『原則2』に反しない限り、己の身を守らなければならない。

 

 原則2の登録された者には、現在ナザリックの者、カルネ村の者が登録されている。

 エ・ランテルや王国から人がくる場合、村の南から通ってくる為、新たに開拓する場所は、村から森に沿って北東に進めていく事になる。これはここが開拓村で領土が相当曖昧な為、どこからどこまでが『カルネ村』なのか定義されていないと、前村長から聞いた為、これを機に拡大してしまおうと試みたのだ。

 

 

 プレアデスのシズ・デルタ──彼女には村を守る為の防護壁の強化。以前より頑丈になったとはいえ未だ未知の多いこの世界では何が起こるか分からない為、心配性のアインズが過剰になり過ぎない様制限をかけてシズに命じた。

 シズはナザリックのギミックの全てを記憶している為、本来は外に出したくなかったのだが、アインズから勅命を受けるのを至上の喜びとしている皆を思って、思い切っての抜擢である。

 それにシズはナザリックのギミックに精通している特性から建築関係にも一家言あるかもしれないと思ったのもある。

 保険として80レベルを超える隠密に特化した忍者系モンスター『ハンゾウ』が村に居る間常にシズに付いているが、この事実を本人は知らない。信頼していないと思われないようにする為だ。ユリもそうだがシズに今回の任務を頼んだ時のいつもの無表情が明らかに喜んでいる様を思うと「心配だ」などと言えるはずもなかった。

 

 階層守護者のマーレ・ベロ・フィオーレ──以前、モモンが受けた希少薬草の採取の依頼中、トブの大森林でザイトルクワエを倒した際に配下に加わった森精霊ドライアード達とトレント達。代表は『ピニスン・ポール・ペルリア』。第六階層で林檎農園をしていたのを作りかけの農園ごとカルネ村に引越ししてもらったのだ。行ったり来たりになったが、本人は生まれ故郷の森林傍だという事でむしろ喜んでいた。林檎だけでなく、他の果物や野菜等も村の人間に手伝ってもらい栽培してもらう。

 マーレには畑の開拓だけでなく、森祭司(ドルイド)の能力で、定期的に土地に栄養を与える役目がある。もちろん、小麦畑にもその力を振るってもらう。これにより土地の栄養を気にする事なく夏に大麦。冬に小麦と常に畑に実りが出来るだろう。

 

 下水道設備や、希望する者に住居の改築、増築。新たな入居者の為に4~8人ぐらいが住めるログハウスをいくつか造る為に、ドラゴン・キンが複数に、鍛冶長の部下(見た目は蜥蜴人に近いが炎を纏っている)等がいる。

 ちなみに畑やログハウス等のモデルは最古図書館(アッシュールバニパル)で司書長達に探してもらった本からだ。

 

 他にもあるのだがあまり長々と立ち話していても仕方が無いと思い。

「さて、とりあえず紹介は以上だ」

「はい。はじめまして。エンリ・エモットと言います」

 

 主に指揮をする、ユリ、シズ、マーレに頭を下げ、他の者にも丁寧に挨拶し始める。

 そのやり取りを見て、ユリ、シズ、マーレ、三人の反応が割りと友好的に感じられ、今後さらに仲良くなれるのも期待出来るかもしれない。

 そして、村人から了承を得られているからとはいえ、あまり迷惑をかけないよう作業に入ってもらった。

 

「ところで、エンリ。昨日採取した薬草を売りにエ・ランテルまで行くのだろう」

「あ、はい。もう積荷は馬車に積んで準備は出来てます」

「では、護衛代わりに私が同行しよう。それとゴブリンから代表として一人だけ連れて行こう」

「ゴウン様がそう仰るなら。分かりました。よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

 そして、アインズは今、エ・ランテルから少し離れた街道を馬車で進んでいる。隣に御者としてエンリが座り。荷台に薬草が入った壷と一緒にゴブリンリーダーのジュゲムが座っている。・・・漆黒の全身鎧を着た冒険者モモンとして。

「まさかゴウン様があの時の冒険者だったなんて」

「全くでさぁ。あの時感じたプレッシャーも今では納得も出来ますがねぇ」

「この辺りの情報が殆ど無かったからな。情報収集の為の偽装なんだが、当然この事は秘密だぞ」

「勿論です」

「分かってまさぁ」

 

「ところでエンリ。私としてはゴウンよりアインズと呼んでくれる方が嬉しいんだが」

「え!?・・・分かりました。これからはアインズ様と呼ばせて頂きますね。あ、今はモモンさんですね」

 

 エンリは自身の敬愛する恩人をファーストネームで呼べる事に一瞬の戸惑いの後、嬉しさと、胸に暖かい何かが沸き起こっていた。当のアインズは『アインズ・ウール・ゴウン』とはこの三つで一つの名称であり、呼びやすいように頭だけとってアインズと皆に呼ばせているだけだ。それが下のゴウンと呼ばれるのはなんとなく変な気分になるので、ある程度親しくなれたと思える相手にはアインズと呼んで欲しいかなぁ、という軽い気持ちだった。まぁこれも偽名なのだが。

 

 エンリとジュゲムの三人で村を出て、転移魔法で馬車ごと移動した後。自身が冒険者として活動しているモモンだと話した。これはンフィーレアも知っており、新しく村長になったエンリにも知っておいてもらった方が良いと思った為だ。そして今回の目的。

 

 エンリを冒険者として登録するのが一番の目的だ。そしてゴブリンやオーガを使役獣としている事実をある程度近隣に広めてもらう。ハムスケを使役しているモモン含め他にもテイマーが居るので、これで村に来た者の混乱を防いでくれるだろう。尤も、亜人が居るという事で入居希望者が減る可能性が高くなるかもしれないが、事実を完全に伏せておく方が問題ありと判断した為だ。これにはエンリも納得済みだ。

 いきなりゴブリンを都市に入れたら大騒ぎになるだろうから、モモンがカルネ村と懇意にしているとして、門番から冒険者組合までをも納得させるつもりだ。

 

 そうこうしている内にエ・ランテルが見えて来た。

「ジュゲム。町の人間に忌避の目を向けられたりするだろうが我慢してくれ」

「分かってますよ。姐さんの為にも何があっても耐えて見せます」

「ジュゲムさん。ごめんね」

「姐さんの為ですからね。あっしの事は気にせんで下さい」

 

 無事にエ・ランテルに入れた。

 予想していた通りにジュゲムが門兵に武器を向けられたり、検問でエンリが持つ角笛で一悶着(これは完全に想定外)あったが、モモンの進言により収束する事が出来た。

 検問所に居た魔法詠唱者(マジック・キャスター)に角笛が金貨1000以上の価値があると言われたエンリが戦々恐々としていたが、アインズにとっては価値がなく、一度譲った物を取り上げる気などサラサラ無かった為「売っても構わない」と言ったが。「アインズ様に貰った大切な物です」と、首をブンブン振り、大事な宝物を扱うように両手で握り締めていたので、アインズはそれ以上なにも言わなかった。

 

「お待ちしておりました。モモンさ~ん」

「殿~。このハムスケ。お迎えに来たでござるよ」

 

 エ・ランテルに来る事を<伝言>(メッセージ)で伝えておいたナーベとハムスケが門を抜けた所で待っていた。

 ナーベラルには冒険者チーム『漆黒』としてエ・ランテルで待機してもらっている。

 ハムスケはナザリックでの訓練を一時きりあげ、ナーベと一緒に居てもらった。

「よく来てくれた。詳細はすでに伝えてあるが、一緒に行くか」

「はっ!お供致します」

「了解でござるよ。殿」

 

 まず最初に登録しようと、冒険者組合に向かう道中にエンリとジュゲムの紹介を済ませる。その合間にエンリが「ルプスレギナさんやユリさん達と同じぐらい綺麗」と言ったのに対し「ありがとう」とお礼を言ったナーベラルに思わず『ギョッ』としてしまった。あの人間嫌いのナーベラルが礼を言うとは。アインズに恩義を持ち、ナザリックの者に好意的に接しているエンリには友好的に話せるのかもしれない。

 

 冒険者組合に到着した。

 ハムスケには馬と馬車と一緒に外で待機してもらう。

 先頭からモモン、エンリ、ジュゲム、ナーベと並んで受付のカウンターに向かう。ジュゲムは緊張しているのか、前後に隠れて周りから見えにくいように歩いている。

 朝一は新たに精査された依頼が張り出される、その為冒険者はおいしい依頼の取り合いが起こり非常に混雑するのだが、今はそういった争いもなく冒険者の数は少ない。目ざとい者がジュゲムの姿に驚いていたが、モモンが一緒に居る為、特に騒いだりはしなかった。

 それらを見越してこの時間に着くようにしたのだが。

 比較的モモンとのやり取りが多いイシュペンという受付嬢は他の冒険者の相手をしている為、空いているもう一人の受付嬢の所に向かう。

 

 実は受付嬢の間でエ・ランテルで唯一のアダマンタイト級冒険者の英雄、『漆黒』のリーダーであるモモンの相手をするのは一種のステータスになっていた。実力のある冒険者は傲慢で粗野な態度が目立つ事が多いが、漆黒のモモンは強さは当然として、その人格も謙虚だが自信に溢れた立ち振る舞いはまさに英雄然としており、少しでもお近づきになりたいと常に競い合っていた。

 そういった裏側があり、ハルシアはカウンターの下でガッツポーズをし、平均より大きめのお尻を揺らし姿勢を正した。他の受付嬢からの嫉妬の視線を無視して美人だと言われる自身の最高の笑みを浮かべて。

「ようこそモモン様。本日はどういったご用件でしょうか?生憎、指名依頼は御座いませんが」

「今日は仕事ではなく、私の紹介で冒険者登録をして欲しい人物を連れて来た」

 

 ここに居る全員に聞こえるよう大きめの声で受付嬢に説明しつつエンリとジュゲムを前にだす。

「え!?ゴ、ゴブリン!?」

「心配する必要は無い。このゴブリンは彼女、エンリ・エモットの支配下にある。決して人に危害を加える事は無いと私が保証する」

 

 今回連れて来てはいないが、他にもオーガやホブゴブリン等、複数体使役している事を伝えておく。

 困惑したハルシアだが。エ・ランテルの英雄の推薦を蹴る事が出来るはずもない。

 今までにもベテラン冒険者が、自分の認めた者を組合に推薦してくることは何度もあった。

 『漆黒』も森の賢王と呼ばれる恐ろしい魔獣を使役している、あの強大な大魔獣に比べたらゴブリンやオーガ等はかわいいものかもしれない。ハルシアも野生のゴブリンを見た事はあるが、目の前のゴブリンはハルシアの知るのよりも明らかに屈強でいかにも鍛えられた戦士と感じられた。

 組合長であるアインザックも断りはしないだろう。モモンの薦めであれば尚更だ。

 

 登録料と代筆料をモモンが払い。冒険者講習もモモンが行うとしてエンリの冒険者登録は恙無く終了した。

 

 組合を後にした一行は、冒険者プレートは翌日に用意出来るそうなので次に薬草を売る為にリイジー・バレアレに紹介してもらった薬師の店に向かう。

「あのモモンさん。本当に良かったんですか?登録料まで出していただいて」

「その事か、問題ないさ。むしろああした方が良かったと思っている」

「「「?」」」

 

 モモンの言葉に何が良かったのかよく分かっていない様子のエンリ、ナーベ、ジュゲムの三人。ハムスケは馬と一緒に鼻歌を歌いながら馬車を引いており話に加わっていない。

「つまりだ」

 

 モモンが登録料や講習を立て替える事により、カルネ村と懇意にしている事を大々的にアピールする事で村に移住する者が増える可能性があり、犯罪者やロクデナシな輩の来訪を抑止する効果も有ると自身の考えを語る。講習についても実際にエンリが依頼を受けたりする必要はなく、モンスターを登録するだけなのでそもそも要らない。もしエンリが依頼を受けたいのならルールを教えるつもりだが。

「村の為に・・・本当にありがとう御座います。モモンさん」

「さすがです。モモンさ~ん」

「なるほどなぁ」

「本当に効果があるかは分からんがな、ないよりマシと思っておいてくれ」

 

 

 リイジーに紹介された店に着く。ここはエ・ランテルでバレアレ家に次いで二番目だった薬師がいる店だという。バレアレ一家がカルネ村に引越した為、今ではエ・ランテル一となっている。

 

 エンリがリイジーの紹介状を渡し、ジュゲムが率先して薬草の入った壷を卸していく中。前日配下に加わったリュラリュースに自分達が使っている薬草等をいくつかを献上させており、それを鑑定してもらっていた。

 西の魔蛇が支配していた地域は南、東と同様、奥地は人が殆ど入らぬ魔境と言われており、薬師にとって希少な植物が多かった。ゴミ同然の物も在ったみたいだが、それを除いて買い取ってもらった結果。かなりの値段が付いてありがたい臨時収入に心の中でガッツポーズをとっていた。

 エンリも十分な額を手に満足しているようでなによりだ。

 

 次に向かうのは武器屋だ。

 薬草を売った金で、ジュゲム達の装備を整えたいというエンリの希望だ。正直アインズがナザリックから低位の(それでもこの世界では一級品)装備を用意しても良かったのだが、エンリから「全てをアインズ様に頼るのは良くない、出来る事は極力自分達で行いたい」と気概を見せてきたので、アインズはその心意気に感心していた。

 向かう道中、エンリをハムスケの背に乗せて街中を歩いている。後ろで御者をジュゲムが勤め、ハムスケの左右に、モモンとナーベが並んで歩く。

「エンリ殿。落ちないよう、シッカリと掴まっているでござるよ」 

「はい。思ってたより、乗り心地が良いんですね」

「立派な姿ですぜ。姐さん」

 

 少々危なっかしいかとも思ったが、意外に身体能力が高いのかエンリがハムスケの上で堂々としている。その姿はアインズからしたら非常に微笑ましく見える。この世界の住人はナザリックの者含め、英知ある、力強い目と感じ、随分立派な魔獣に見えるらしい。ハムスケがただデカイハムスターで可愛く見えるのは今のところアインズのみなのだ。

(やっぱりハムスケに乗るなら、女の子か子供が似合うよなぁ)

 アインズがただそんな微笑ましい姿を見たかっただけではない。これも村長になったエンリのアピールになると思い勧めてみたのだ。

 効果があったのか、街の人々は冒険者『漆黒』よりエンリに注目が集まっている。「あの森の賢王に乗った女は何者だ」といった声がチラホラ聞こえる。明日になれば、組合からの情報が噂話として都市全体に広まるのも時間の問題だろう、とアインズは自分の考えがうまくいくだろうと兜の下でほくそ笑んでいた。

 

 途中で露天の串焼きをアインズが振舞ったり、エンリがネムの土産を選んだりとブラブラしていると、もう太陽が沈み始めていた。

「さて、エンリの冒険者プレートを受け取る為に一晩宿をとる必要があるが。私達が泊まっている宿に来るといい」

「あ、そういえばそうでしたね。でも、ご一緒させてもらってもよろしいんですか?」

「問題ないさ。私達はその宿の常連でもあるしな」

「あっしは馬小屋とかでお願いします。それで十分ですし、その方が良いでしょう」

「そうか・・・分かった。ちゃんと食事が出るように手配はしておこう」

「へへ。ありがとうございます」

「では、私が受付に言っておきます。モモンさ~ん」

「頼んだぞ。ナーベ」

 

 『黄金の輝き亭』に着くと村にはない立派な建物に驚いているのか、エンリとジュゲムがあんぐりと口を開けて呆けている。

 早速ナーベが受付で話をして、従業員にハムスケと同じ馬小屋にジュゲムと馬を連れて行ってもらう。ついでに馬車とエンリが買った荷物をフロントに預けて部屋に向かう。

「ふわあぁ。すごい部屋ですね」

 

 案内された部屋に入るなりエンリが落ち着かない様子でキョロキョロと辺りを見渡している。

「とりあえず疲れただろう。そこのソファーにでも座って寛ぐとしよう。直に夕食を運んでくるだろうし」

「あ、はい。では、御言葉に甘えて」

 

 エンリはソファーのフカフカした感触にご満悦のようだ。

 『黄金の輝き亭』はエ・ランテル一の宿屋であり、家具一つにしても王国内で最高級を謳っている。基本村から出る事の無かったエンリにしてみれば貴重な体験なのだろう。

 アインズもエンリの対面に腰を下ろし寛いでいると。扉からノックの音が鳴る。男性ウェイターが料理を運んできてくれ、テーブルに並べていく。ナザリックのメイドと比べると粗があるが、アインズは特に気にならない。以前ナーベが「なっていない」と酷評していたが、そもそもナザリックと比べるのが間違いだ。

 

「モモンさん。私はカルネ村に赴き、ユリ姉さま達の手伝いに向かいます」

「うむ。ご苦労だったナーベよ。皆によろしく伝えておいてくれ」

「はっ!失礼します」

 

 綺麗な所作で礼をとり、転移魔法で消えたナーベを見送る。アインズの護衛には、

『ハンゾウ』

 幻術に秀でた『カシンコジ』

 肉弾戦・特殊技術に秀でた『フウマ』

 武器戦闘に秀でた『トビカトウ』

 それぞれLV80超の忍者モンスターが宿屋の外に隠れて警備している。アインズ自身がプライベートの空間が欲しかったので、四六時中見られているのは耐えられなかった為、アルベドと協議した結果、ナザリックを出た時から少し離れての警備配置となっている。

 

「あ、あの。ナーベさん帰られましたけど・・・その・・・この部屋って・・・」

 「二人部屋ですよね」の言葉が言えず恥ずかしそうにモジモジし始めたエンリになんて事ないようにアインズが答える。

「ああ。問題ないさ。私もここの料理を食べたら家に帰るつもりだ。気にせず泊まると良い」

 アインズもいきなり若い女性と相部屋に泊まる気はなかった。一度経験(あれを経験とは呼びたくないが)したといっても女性の扱いがまだよく分かっていない身としてはこのまま立ち去り、朝に迎えに来ようと思っていた。

 

「そ、そんな。こんな豪華なところに一人でなんてとてもいられません。お願いです。一緒に居てくれませんか?」

 

 捨てられた子犬のような目で懇願してくるエンリにたじろぎつつ

「そ、そうは言っても私は男だぞ。エンリのような若い女性とだな・・・」

「お願いします。あれから一人でいるのが怖いんです」

 

 あれから、と言う言葉にアインズは思い当たった。平和に暮らしていた時に訳も分からず騎士に襲われ、両親を失ったのだ。幼い妹と二人になり毎晩不安で過ごしていたのが容易に想像出来た。悟自身あまり覚えていないが、母親を亡くした時はどんなに心細かったか。

 そんな過去を思い出したアインズに、ここでエンリを一人残すのはかわいそうだと首を縦に振るしか選択肢はなかった。

「分かった。私もここに泊まろう。・・・さ、料理が冷めてしまう前に頂こう」

「は、はい。」

「食事マナーも気にする必要は無い。私も完璧に出来る訳ではないしな」

 リアルで上司に連れられ、取引先と食事したこともあり。一通りのマナーを知ってはいるが、本来食事は楽しむモノ。マナーを気にし過ぎていては満足に食事を楽しめないと思う。

 

 そうして食事をする為に魔法で創った鎧を解き素顔を晒した。もはやアインズには人として大事な事を教えてもらったエンリに隠し事をする気はなかった。徐々にナザリックの事も話していこうと思うぐらいエンリに心を開いていた。

 アインズの素顔を初めて見たエンリは顔を赤くし、チラチラとアインズの素顔を見て、耳まで赤くなっていく。二人でエ・ランテル最高の食事を楽しんだ。エンリは勿論だが、ナザリックの味を知ったアインズにしてもリアルで食事とは呼べない環境に長く居たせいか十分過ぎる程に食事を楽しめた。

 

 空になった皿をウェイターに下げてもらった後(アインズは全身鎧姿で)、紅茶を飲んで寛ぎながらユリに<伝言>(メッセージ)でネムの世話を頼む。ユリならば面倒見も良く頼りになるからとエンリにも安心させる為に教えておく。

 

 

 エンリは村を出る時に、ネムの世話を前村長夫妻に頼んではいたが、ユリという名にあの時の母性を感じさせる美人を思い出す。アインズの信用する人という言葉を信じ、甘える事にした。

 エンリからすればこちらの事を色々気遣ってくれるアインズに感謝しかなかった。

 

「そうだ、風呂に入ったらどうだ。後で私も頂くから先に入るといい。使い方は分かるか?」

「はい。以前母から聞いたことがありますから大丈夫だと思います」

 

 

 

 

 エンリは風呂上りに自分に宛がわれたベッドの端に座り、上気した体を冷ますように手で扇いでいる。持ってきていた寝巻きを着ており、色気のあるような物ではなく、膝まで丈のあるワンピースに近い装いだ。香油を使っていたのか良い香りのする湯を楽しみ隅々まで念入りに身を清め、ついつい長湯をしてしまった。もっとも体が熱を持っているのは敬愛するアインズの事が頭から離れなかったからなのだが。

 エンリには一つ決心した想いがあった。

 

 しばらくしてアインズが黒いスウェット姿で出てくる。見た目に特徴はないがその材質は見たことがないぐらい上質に感じる。エンリはアインズが何も無い空間から色々な物を取り出しているのを知っており、高価なマジックアイテムを村娘にくれる程の財を持っているだろうし、今更驚く事はなかった。

「少し早いがそろそろ休もうか」

「は、はい。」

 

 

 二人がベッドに横になり数分経った頃。

 

 エンリがアインズのベッドに忍び寄り、布団の中に入っていく。

「!?・・・どうした?」

「あ、あの。色々助けていただいてありがとうございます。アインズ様の援助がなかったら、今頃は村自体無くなっていたと思います。私もネムと離れ離れに・・・」

「・・・気にするな。元々私が深く考えずにゴブリンを呼ぶ角笛を渡したのが原因だ。それによって起こる問題に対処したに過ぎないからな。それに、まだ解決した訳でもない」

「それでも。なにかお礼がしたいんです。だから・・・その・・・私を抱いてくれませんか?」

「(うえぇ)い、いや・・・それはだな」

「結婚とかを望んでる訳じゃないんです。ただ・・・アインズ様の女にして欲しいんです。・・・私じゃ魅力ありませんか?」

 

 そんな事はなかった。そういう目で見てはいなかったが、エンリは十分に魅力的だとアインズは、いや鈴木悟は感じていた。ここで拒否したらエンリを深く傷つけてしまうかもしれない。

 ペロロンチーノさんによくエロゲの話を聞かされ、「こういうふうに女性から迫っているのに手を出さない主人公はただのヘタレ野郎です。ホモです。男として終わってます。エロゲでもたまにあるんですよね、そんな主人公が」等々と熱く語ってきて、そのたび姉であるぶくぶく茶釜さんにどつかれていたのを思い出してしまう。

 

「そんな事はない。エンリはかわいいさ」

「アインズ様♡」

 

 

 

 宿屋の一室で、二人は長い間肌を重ね合った。

    

 

   

 

 

 

 

 




その頃、ンフィーレア君はおばあちゃんと一緒にずっとポーション作成にのめり込んでましたとさ。

人間になったことと、アルベドとシャルティアのせい(おかげ)で、このアインズさんは少しタガが外れています。
アインズとエンリをくっつけてみたかったのもあります。

アニメ8話のラスト。知ってたけどやっぱちょい鬱になる。だがそれがオバロの魅力だとも思う。


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6話 王都娼館

誤字報告ありがとう御座います。


 ユリはカルネ村に新しく造ったログハウスでナザリックから持ち込んだ紅茶を飲みながら、自らの敬愛する主人から面倒を見るよう頼まれたネムの姿を確認する。

「zzz」

 

 よく眠っている。

 シズが第六階層から連れてきたスピアニードルの上で。

「全く。いくらアインズ様がナザリックの僕を好きに使って良いと言われたとしてもなんでその子なの」

「かわいいは正義。・・・アウラ様の許可も取ってある」

 

 ネムを起こさない程度に声を抑えながら問うたユリに、さも当然のようにシズが答える。

 椅子に座り寛ぐシズの目の前でネムと寝ている、高さ2mの白いアンゴラウサギに似ているスピアニードル。普段はモフモフだが戦闘態勢に入ると毛が鋭く尖る魔獣。Lvは67もある。可愛らしい見た目に反して自分より強いのだ。

「はぁ・・・」

 なんとも言えない感情に思わず溜息をはく。 

 

「それにしてもシズは随分ネムを気に入ったみたいね」

 シズがユリの方を向きながら左手の親指を立てる。無表情だが嬉しそうなのが分かる。姉妹として妹の感情ぐらいは分かるものだ。

 

「やっぱ『シズお姉ちゃん』って呼ばれたのがよっぽど嬉しかったんすかね?」

 ルプスが両手を頭の後ろで組みながら「ニシシ」と笑う。

 

「そうなの?確かに気に入ったモノにしか張らない『1円シール』をネ、ネ、・・ネロ?の服に張っているみたいだけど」

「ナーちゃん。それどこの皇帝っすか」

 

 二文字の名前も覚えられないナーベラルに(この子ほんとに冒険者としてやっていけてるの?)と思うが、ルプスも皇帝ってどこで覚えたのかしら。とユリが疑問に思っていると。

最古図書館(アッシュールバニパル)の本で読んだっす。なんか金髪の女の子がお尻半分出して戦ってたっすよ」

 

 ナザリックが転移してしばらく、アインズ様が本来至高の御方専用の第九階層『ロイヤルスイート』にある施設を僕に開放して下さったのだ。なんと慈悲深い御方なのか。というかルプスが得た知識はちょっと違うんじゃないかと思うがあえてつっこまないでおこう。

 

 シズが少しムッとした表情をして口を尖らせる。

「ああ~。ごめんっすシーちゃん機嫌直して欲しいっす」

 悪びれた様子もなく謝る次女にユリはまた溜息をはく。

「あまり騒がないの。ネムが起きちゃうでしょ」

「は~い」

 

 しかしこうして姉妹で仕事を全う出来るのは望外の喜びだ。

 今いるログハウスも私達プレアデスやナザリックから赴いた者の待機場所としてアインズ様から造るよう指示されたものだ。奥の部屋にはナザリック地表にあるログハウスへと繋がる転移の鏡が、厳重に警護されて置いてある。ちなみにマーレ様はすでにナザリックに戻られている。基本ルプスは常駐して、プレアデスが特に仕事が無い時は遊びに来て良いと言われている。特にシズは殆ど仕事が無く、自分は必要とされていないのではないかと落ち込んでいたのを気遣って下さったのだろう。私も勿論そうだが至高の御方から直接勅命を受けたシズの喜びようは姉としても初めて見たほどだった。可愛い妹のその姿に私も嬉しくなったものだ。

 

 再度、眠るネムを見る。

「・・・モフモフ・・・えへへzzz」

 

 自然と微笑む。今日一日でネムは私達を皆、名前の後に『お姉ちゃん』と呼び、懐いてきた。

 私とシズは無邪気なその姿に随分心を開いているが、ルプスとナーベラルはどうなのだろう。エモット姉妹はアインズ様を慕っているのが一目瞭然なのだから悪い気はしていないだろう。

 

 アインズ様にお仕え出来る喜びを感じながら、眠るネムを見守る。 

 

 

***

 

 

 

 日が昇り始めた頃。『黄金の輝き亭』にあるエ・ランテルの英雄『漆黒』が普段泊まっている最上級の部屋。朝食を済ませたエンリは身支度を整えていた。同じく漆黒の鎧に身を包み、出発の準備を終えたあの方は「用がある」と先にロビーに行ってしまった。

 

 昨日の夜、エンリは自分の思いをぶつけ初めてを迎えた。

 知識としてはあったが経験が無かったから不安ではあったが、初めてにしてはちゃんと出来たと思う。男の人のを見た時はちょっと泣きそうになってしまったが、そんな私をとても優しく抱いてくれた。というより気持ち良くて私から何度も求めてしまった。アインズ様も気持ち良さそうにされていたからなにも問題ないのだろう。途中からは頭が真っ白になってよく覚えていないが、かなり激しくしてしまったのか、朝起きたらシーツがめちゃくちゃになっていた。

 他の人のこういう行為の話は知らないが、こんなに何度もするものなのだろうか?いや、求めたのは私だけど。アインズ様は何回しても元気だったからこれぐらいは普通なのかな。

 朝早く目覚め、まだ眠っている愛しい方の顔を見ていると、我慢出来なくなりそっと目を閉じて唇を合わせた。

 ふと目を開けると視線が合った。「おはよう。エンリ」

 慌てる事なく朝の挨拶をして、絡ませていた左足になにか硬いモノが当たる。

「あ、ちょ・・・」

 少しうろたえた様子が愛しくなる。男の人の生理現象だというのは知っている。だから私は「フフ」っと微笑み・・・・・・

 

 昨晩からの事を思い出していると、顔が熱くなってきた。「いけない」下で待たせてしまっているかもしれないのだ。両手で頬を叩き、気持ちを落ち着かせて足早にロビーへと向かう。

 

 一階のエントランスにアインズ様、じゃなくてモモンさんとナーベさんの姿が見えた。

「おはようございます。お待たせしてすみません」

「おはよう」

「それほど待った訳じゃないさ、もう準備はいいのか」

「はい」

 

 宿屋を出ると、ハムスケさん、ジュゲムさんが馬車と待っていたようで挨拶を交わす。今日は私の冒険者プレートを受け取ったら後は村に帰るだけ。

「そうだ。先にエンリに渡しておこう」

 

 そう言ったモモンさんが布の袋を渡してくれた。中には綺麗な木箱が二つ入っている。

「フロントに頼んで作ってもらった弁当だ。時間がなくて二つしか用意出来なかったが帰ったらネムと食べるといい。<保存>(プリザベイション)の魔法がかかっているから時間がたっても問題ない」

「えっ。ネムの分も。ありがとうございます。ネムも喜びます」  

 

 エ・ランテル最高の宿というだけあってここの食事はとても美味しかった。なのでいつかネムにも食べさせてあげたいと思っていたのがいきなり叶ってしまった。心を読まれたのだろうか。それとも私を気遣ってくれたのだろうか。多分後者だと思う。

 

 幸福な気持ちを抱いて街中をハムスケに乗り、組合へ向かうエンリ一行。

 

 

 

 アインズはチラリとカルネ村で会った時より肌艶が増したように感じるエンリを見て、宿であった行為を思い恥ずかしくなる。

 求められるまま何度もしてしまった。出来てしまったのだ。

 リアルで風俗などの経験はなかったが、性欲は人並みと思っていた。

 性欲が無いに等しかったアンデッドから人間になった反動だろうか。今となっては答えが出ない。

 エンリに手を出した事を後悔はしていない。

 エンリの思いを知り、好意的に感じていた相手というのもあり、急に愛おしく思ったのだ。

 恋愛経験の無かったアインズにはエンリに対する自分の気持ちがよく分からなかった。

 ただこれから先、エンリは必ず守っていこうと密かに決心した。

 

 そんな決意の中。冒険者組合へ向かう途中、アインズに<伝言>(メッセージ)が届く。

 人指し指をこめかみに当てて<伝言>(メッセージ)を受ける。

『アインズ様。ソリュシャンです』

「!?・・どうした。何かあったのか?」

 

 現在ソリュシャンはセバスとリ・エスティーゼ王国の王都で情報収集の任についている。何か不測の事態があった時の為に、<伝言>(メッセージ)のスクロールをソリュシャンに渡してあるが、それを使用してアインズに直接連絡が来るとは緊急事態が発生したのかと訝しむ。

 

『セバス様に裏切りの可能性があります』

「・・・・・・はい?」

 

 

 

***

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国 王都にある人気のない裏路地。

 そんな人の目のない狭い通路で執事服を着た猛禽類のような目をした、白髪に同じく白い髭を蓄えた老人『セバス』は襲撃してきた暗殺者を返り討ちにし、スキル<傀儡掌>で相手から情報を聞きだした所である。

 

 アインズの命により、ソリュシャンを商人の娘、セバスはその執事と偽装し、王都で情報収集を行っていた。

 貴族や他の商人と接触し現状を探ったり。

 魔術師組合で最近開発された魔法の巻物、スクロールを購入したり。

 王都における有名人物や噂レベルの話、冒険者組合での冒険者への依頼内容等を纏め報告していたが。

 ある日。情報収集の一端として王都の地理を完全に掌握するため王都を散策していた際に、死に瀕していたツアレを独断で救出した事で、奴隷売買を禁止する法律を盾に、王都の役人とその王都を裏から牛耳る犯罪組織『八本指』に目を付けられ脅された。

 ツアレを助ければかなりの厄介事を抱え込む可能性が高いのは分かっていた。それはナザリックの不利益に、ひいては至高の御方の御意思に背く行為ではないか・・・

 しかし自分の心に波紋のように生じたモノに従い自らの庇護下に置いた結果、追い込まれてしまった。

 外を歩けば何か策が浮かぶかと思い散策している時にクライムとブレインという人物に出会い、稽古を施し、色々相談を受けたりし、後を着けていた暗殺者を共に倒し、今に至る。

 

 暗殺者から聞き出した情報で、八本指 六腕の一人『サキュロント』なる者の指示でセバスを殺し、屋敷の女主人であるソリュシャンを攫う計画だったのを知り、問題の源を潰しに向かおうとした時、<伝言>(メッセージ)が届いた。

 

『セバス様。ソリュシャンです。至急、屋敷にお戻り下さい』

 

 !?・・いつもより圧力を感じるソリュシャンの声色になぜか背筋が凍る気がした。

「なにかあったのですか?」

『詳細は直接に。至急お戻り下さい』

 

 有無を言わさぬ言いようにやはりなにかあったのだと確信した。

「分かりました。すぐに戻ります」

 

「アングラウス君、クライム君。申し訳ありませんが急用が出来ましたので私は屋敷に戻ります」

「えっ。急用ですか?」

<伝言>(メッセージ)を受けていたようですが、なにがあったのです?」

「申し訳ありませんが詮索はしないで下さい。では、失礼します」

 

 そう言いセバスは裏路地を抜け、人込みのある通りを目にも止まらぬ速さで駆け抜けて行った。

 その心に一抹の不安を抱きながら。

 

 

***

 

 

 

 アインズはソリュシャンの連絡を受けた瞬間、時が止まったように呆けてしまった。

(えっ!セバスが裏切り!?いやいやないだろ。あのセバスだぞ)

 全くもって信じられないがナザリックの者が嘘を言うはずもなく、また、こんな街中で詳しく話しを聞く訳にもいかなかった。

「すまんが急用が出来た。ナーベとハムスケはエンリの付き添いを頼む。村に戻った後は自由にしていて良い」

 

 アインズが<伝言>(メッセージ)で話していたのを唯一気付いていたナーベが返事を返す間もなく、漆黒の戦士は重量のある全身鎧を感じさせる様子もなく、「ズドドドドド」と走り去っていった。

 後に残されたエンリ一行は訳が分からずポカ~ンとした姿を街行く人々と一緒に晒していた。 

  

 

 一度ナザリックに戻り、内容が内容なだけにナザリック三大頭脳であるアルベド、デミウルゴス、パンドラの三人と全体化させた<伝言>(メッセージ)でソリュシャンから詳しく聞くことにする。

 

 全てを聞いたアインズは安心した。

 セバスは裏切ってなどいない。創造主であるたっち・み~の正義感がセバスにも息づいていただけだろうと。

 だが、アルベドとデミウルゴスが怒りの表情を見せている。

 どうやらアインズからの勅命「目立つ行為はするな」の部分を守れていないことに憤っているようだ。

 たしかに王都に居た二人はアインズが人間になり一部方針の変更をまだ伝えてはいなかったがそれはまた別の話であると。

 至高の御方の命を軽んじているというソリュシャン含め三人の意見はアインズとしても分かる話だ。

 皆への示しがつかないし、何も御咎め無しだと士気に関わると、デミウルゴスの案でセバスの忠誠を試すこととなった。

 その際の護衛はデミウルゴス、コキュートス、ヴィクティムを連れて行きパンドラがアインズに変身して影武者を演じるとの案だったが、影武者はアインズが却下した。

 セバスの裏切りなど信じていないアインズは自分が直接セバスから話を聞きたかった。

 護衛から外されたアルベドが「なんでよぉ~」とデミウルゴスに激しく詰め寄り、宥めるのに苦労したが、アルベドにしかナザリックの管理は出来ないとして、待機してもらった。アインズ絡みとなると冷静に対処出来ないのもあるが。(もちろんそれは言わない)

 

 

 

 王都で活動するセバス、ソリュシャンの拠点としている館の応接室。

 その部屋で仮面を被ったアインズがソファーに座り、左にコキュートス、右にヴィクティムを抱いたデミウルゴスが立ち、ソリュシャンは扉の傍でセバスを待っている。

 

 

 

 セバスが拭えない不安を抱きながら常人を超えた速さで戻り、館の入り口を開け入った。

「お帰りなさいませ。セバス様。アインズ様がお待ちになっております」

 

 ソリュシャンの瞳は光を宿さない濁ったような色をしており、その気配は冷酷にセバスを射すくめるようであった。

 自身が絶対忠誠を誓う主人が待っている。その事実にセバスの額から脂汗が滲み、恐怖から足が震えてしまいそうになるが───ナザリックの執事として鋼の精神で抑え込み、ソリュシャンに案内され応接室に入っていく。

 部屋に入りすぐにソファーに座る絶対支配者の姿を確認する。ナザリックにおられる時と違い、芸術品のような白い顔を、泣いているような、怒っているような仮面で隠しておられるが、特に疑問に思うことはない。アインズ様はカルネ村を救われた時、仮面で正体を隠していたのだから。

 それにアインズ様からは至高の御方々が纏う、支配者としてのオーラのようなものを発しており、そのまとめ役であられたアインズ様はとりわけ強いオーラを放っている。仮面を被っていようがナザリックに属する者として、間違えようがなかった。

 

「アインズ様。お待たせして申し訳御座いません。セバス・チャン。御身の前に」

「それほど待った訳ではない、私が来た理由はもう分かっているだろう?ソリュシャンから粗方聞いてはいるが、お前の口からどう思って行動したのかを聞かせてくれ」

「・・・はっ、はい」

 

 

 

 そうしてデミウルゴスが提案したセバスの裏切りの可能性の確認。

 セバス自身の手でツアレを処分出来るか。を証明させるため、セバスの放った拳をコキュートスが受け止め、間違いなく即死させるほどの威力が込められていたのを確認し、セバスに裏切りの心が無いことがナザリックの面々に証明された。

 

 アインズとしてはこういう確かめ方は正直したくなかった。本当はパンドラを替え玉にするのも有りかとも一瞬思ったが、他の皆の士気にも関わるし、嫌な事を部下に投げ出すのは上に立つ者として失格だとこの場に来た。

 戸惑いはあったが自分で来て良かったとも思う。

 セバスの行動原理はたっちさんの正義感を受け継いでの事だ。

 子は親に似るもの。

 その事が分かっただけでアインズは嬉しかった。かつての友人が残してくれた大事な子供のように思えて。

 

「言った通りだろデミウルゴス。私は最初からセバスを信じていたと」 

「はっ。浅慮な私をお許し下さい」

「許すも許さないもないさ、ナザリックを思ってのことだろう。頭を下げる必要などないさ」

「慈悲深き心遣い。誠にありがとう御座います」

 

 自身が招いた失態を「許す」と言われたセバスはツアレと一緒に安堵したように緊張していた体を緩める。

 

「それにしても、セバスとソリュシャンも私の変化に気付かなかったようだな」

「「??」」

 

 同時に首を傾げる二人を尻目に、アインズは仮面を外す。

「「!?」」

 

 優しげな瞳をイタズラが成功した子供のように「ニヤリ」と笑いかける。

 

「アインズ様!その御姿は?」

 驚きからいつもは鷹のように鋭い目を見開き尋ねるセバス。

 ソリュシャンも驚いているが、何か他のことがあるのか、考え事があるかのように思考を巡らしている様子。

「詳しい話は後程しよう。その前に。ツアレ」

「は、はい!」

「お前の今後の処遇について決めなければな。私から提示出来るのは、どこかに身寄りがあるのならそこまで送るし、十分に生活出来るだけの金銭を渡そう。嫌な記憶を忘れたいのならば私の魔法で消すことも可能だ。・・・さて、お前はどうしたい?」

「わ、私は・・・セバス様と一緒に居たいです」

「セバスと、か・・・先に言っておくがセバスと共にということはナザリックに、私の拠点に移るということ。そこは異形種の巣窟、見た目は人間に見える者もいるが人間はほとんどいない。それでも良いのか?」

「はい。私にとってこの国では辛い事しかありませんでした。ずいぶん前に離れ離れになった妹のことは心配ですが、それでも・・・セバス様と居たいです」

「・・・分かった。お前の希望を叶えよう。今後ツアレの身はアインズ・ウール・ゴウンの名において保護しよう。そしてセバス直轄の見習いメイドとして働いてもらう。なにか異論はあるかセバス?」

「いえ。寛大な処遇に感謝致します」

「うむ。ではツアレ、疲れたろうから部屋に戻って休むと良い」

「は、はい。その・・・ありがとうございました」

 深く頭を下げ、少し名残惜しそうにセバスをチラリと見て退室したツアレを見届ける。

 

 かつてアインズが冒険者としての第一歩を踏み出した際に出会った冒険者チームが居た。そしてエ・ランテルで起きたアンデット大量発生の事件で全滅。その後そのチームの魔法詠唱者(マジック・キャスター)ニニャが残した日記によってアインズはこの世界の一般知識を得ることが出来た。

 コレはその借りを返すだけである。

 

「さて、なぜ私の姿が人間になったかだが、その説明はデミウルゴスに任せて良いか?私はその間にヴィクティムをナザリックに連れて行こう」  

「畏まりました」

「よろしくお願いします。アインズ様」(エノク語)

 

 アインズが転移魔法で移動するのを跪いて見送ってから、セバスとソリュシャンにあの日の内容を事細かに説明していくデミウルゴス。

 予想通りセバスはなんの異論も無かったが、カルマ値がマイナスのソリュシャンの方が喜んでいたのがコキュートスにはナゾであったという。

(後デ、デミウルゴスニ聞イテミヨウ。サスデミ・・・フフ)

 

 

 

 アインズが漆黒のローブ姿で再度応接室に戻ってくる。

「お帰りなさいませ。デミウルゴスから説明を受けましたが、非常に興味深い御話でした。無論アインズ様の決定に異議など御座いません」

「私からも異議はございませんわ。うふふ」

「そうか。そう言ってもらえると助かる」

 

 二人の理解を得られて「ホッ」と内心安堵の息を吐く。

 そして、社会人として大事な反省会を開かなくてはならない。

「セバス。今回の件、何が悪かったと思っている?」

「はい。やはり報告を怠ったのが一番かと。ソリュシャンから幾度も報告するよう催促されたのにもかかわらず、私の甘い考えからそれを怠りました」

 鎮痛な面持ちで応えるセバスに、十分反省の色が見えたアインズは今後同じようなミスはしまいと満足気に頷く。

「そうだ。報告、連絡、相談は大事な事だ。だがそれだけではない。お前がツアレを拾った時に八本指の男に渡した金にも問題がある」

 セバスに渡した金はアインズが冒険者として稼いだ額のかなりの割合を占める。アダマンタイト級になったことで一つ一つの依頼報酬が跳ね上がり、一般人では手が届かないほどになっている。

 そんな金額を袋ごと渡せば、裏組織の人間はカモと思うのは当然であり、必然だろう。

 終わったことをグチグチ言うつもりはなく(十分痛い金額だが)、最後に自分も人間になったことを二人に伝えていなかったのを反省し終わりとする。

 今回の件でナザリックの者が、外の金銭感覚を理解してくれればそれで良いとして。

 

「ところでセバス。この屋敷を窺っている者が二人いるとハンゾウから報告があったのだが心当たりはあるか?セバスが屋敷に帰ってきてからしばらくしてのことだが。敵意は無く、館を窺う様子だけだったので放置していたのだが。一人は短い金髪で兵士風の少年。もう一人はボサボサの青髪で傭兵のような男らしいが」

「!・・まさかクライム君にアングラウス君?」

 

 セバスは今日会った二人のことを話す。

 詮索しないよう伝えたはずだが、自分を心配してこの館にたどり着いたのだろうと。

 

 

「娼館を潰しに行くところをな・・・よし、セバス。お前はその二人と一緒に襲撃してこい。デミウルゴスは姿を隠して補佐をしろ」

「よろしいのですか?」

 デミウルゴスの疑問は尤もだが。

「ああ。娼館で無理やり働かされている者達を救ってこい。セバスの報告にもあったがこの国の上層部は腐りきっている。その少年が言う慈悲深い主人というのも当てにしない方が無難だろう。あまりに酷い傷を受けていた場合、王国や神殿勢力が持つ治癒能力では完治出来ないだろう。もちろん助けを求めない者まで面倒を見る必要はないがな。店の従業員やそんな店を利用していた者はデミウルゴスに任せよ。重要人物だけその少年に渡せば良い。コキュートスとソリュシャンは館とツアレの護衛だ。全てが終わり次第撤収。二人の王都での情報収集は終了とする。」

「「畏まりました」」「畏マリマシタ」

「後は・・・」

 

 

 

 

 クライムとブレインは詮索するなと言われたが、強大な力を持ち恩があるセバスの異様に感じた様子に、なにかあったのは間違いなく、たとえ役に立たずとも力になりたかった。

 あっという間に居なくなったセバスの館の場所は、王都の巡回をよくしているクライムが最近白髪の執事がいくつかの場所で噂になっていたのを知っており、その人物こそセバスだと気付いたため聞き込みを行ったところ割とすぐに分かった。

「ブレイン様。セバス様は中で何をしているのでしょう?」

「分からん。近くの人がセバス様らしき人が屋敷に入るのを見たと言っていたから間違いなくこの館にいるんだろうが・・・ここからじゃな」

「・・・なにも悪い事をするためにここに来た訳じゃありません。思い切って尋ねてみましょうか?」

「そうだな。いつまでもここに居てもらちがあかん」

「では」

 

 二人が屋敷の入り口に向かって歩き、扉まであと五歩ぐらいのところでその扉が開かれる。

 中から・・・

「「セバス様!」」

「おや。どうしたのですかな御二人とも?」

 

 

 

 

 デミウルゴスがセバスと男二人がアインズ様からの指示通りに娼館へ向かって行くのを上空から見下ろす。高位の不可視化で姿を消しつつ。

 

 どうやら男二人は裏手から別行動するようで、こちらにとって好都合だ。セバスが鉄製の扉を腕力だけで開け放し中に入っていく。

(ちょっ!いくら人通りが無いからといって、扉をそんな状態で立てかけておいたら誰かが通りかかったら不審に思うでしょうに)

 溜息を吐きながら入り口付近に幻術と静寂(サイレンス)の効果を持つスキルを使い補佐する。

 

 先へ進んだセバスの後に続くと部屋の中には意識を狩られた従業員が何人も倒れていた。この者達は我が主を不快にさせた連中、主も慈悲をかける必要は無いと仰った。デミウルゴスは自然と悪魔らしい笑みを浮かべて、ナザリックへと送る段取りをする。ちなみに死体はセバスが跡形も無く消し飛ばしたと説明することになっており、デミウルゴスが血だけ本物を使用し演出していく。

 

 開けっ放しの隠し階段から地下に進み気絶した客と従業員を順次ナザリックへと送っていくと、ここの娼婦だろう女に屈みながら話しかけ、困った様子のセバスに追いつく。不可視化したまま近づき。

「セバス。どうしました?」

「デミウルゴスですか。捕らえられていた女性達は意思疎通がしっかり出来ないようです。これでは助けを求めているかどうかの確認が・・・」

 

 デミウルゴスは辺りを見回す。狭い部屋のベッドで何度も殴られたのか、意識を失い顔の原型を留めていない者。牢屋で鎖に繋がれ麻薬でも打たれたのかブツブツと呟いている者。手足の腱を切られたのか、グッタリしている者。両目を潰された者。他にも様々な状態の者がいるが五体満足な者はなく、意識を持っている者もいるがセバスの言う通り、これでは全員の確認が取れない。

 

「ふむ・・・よし、全員ナザリックに連れて行き治療しましょう。アインズ様であればそうされるはずです」

 

 セバスは驚きから声も出せなかった。人間を玩具にし、悲鳴を聞くのが愉悦としているこの悪魔がと。

「何て顔をしているのですかあなたは。私はアインズ様の御意思に添ったまでですよ」

「あ・・・いえ、なんでもありません。ではこの女性達を頼みます」

「ええ。勿論だとも」

 

 セバスが娼館の幹部を探しにさらに奥へと進むのを見送り、女達を眠らせ治療のためナザリックへと送る。

(セバスも何を思ったのか。当然の事ではないか)

 デミウルゴスにとって至高の御方の意思に背くことなどあってはならない。ありえないのだ。

 我々を見捨てずに残って下さった自身が忠誠を尽くせる最後の御方。

 確かに悪魔である身として人間の悲鳴などは好きだ。だが、主がそういった行為を好まない以上、主から許可の出た者以外には友好的にあたるのはなんでもない。

 主の意思に背き、自身がいらない存在と見なされる事や、主自身が我々を見捨て居なくなられる事を思うとこの身が、魂までもが引き裂かれる思いだ。忠誠を捧げる主がいなくなるのは己の存在理由そのものを失うのも同義なのだから。

 主の意に添えるなら、自分の嗜虐的嗜好なぞ七階層の溶岩にまとめて捨てることになんの戸惑いもない。

 デミウルゴスは主人の期待に応えることが出来る喜びに身を震わせて自らがするべきことを全うする。

 

 

 

 セバスが気配を消しながら部屋に入ると、ちょうどブレイン君(そう呼んで欲しいと言われた)があの時館に来た六腕の一人サキュロントを倒したところだった。もう一人の見慣れない、逃げようとしているオカマのような男がここの幹部だろうと気配を消したまま気絶させる。

 

「御見事です」

「セ、セバス様!?」

 

 ブレインの実力からすればサキュロント相手に苦戦もしないだろう。現に怪我一つしていない。

 

 サキュロントにやられたのであろう、倒れているクライムを<気功>で回復させ店の従業員は怒りから消し飛ばしてしまったと説明する。

「え!?・・・そう・・なんですか。セバス様であればそれくらい出来ても不思議じゃありませんし。ここの者はそうなっても当然ぐらいのことはしてきたでしょうし、問題ないと思います」

 

「ここに捕まっていた女性達ですが、私の方で治療のため預かろうと思いますが構いませんね」

「え?待って下さい。それは・・・」

「王国に住む者を勝手に連れ出しては奴隷禁止法に抵触する。・・・ですか」

「い、いえ。わ、私の主人に頼めばなんとか・・・」

 主人とデミウルゴスが予想してきた返答が帰ってきた。そのための対応もセバスは貰っていた。

「なんとか出来ると?手足を失った者や精神を病んでしまった者を完治させられると言うのですか?」

「そ、そこまでの事は・・・」

「失礼。貴方や貴方の主人を責めているのではないのです。この国や神殿ではそこまでの治療は不可能でしょう。ですからこちらで治療をし、完治した彼女達がこの国に戻りたいと望めば帰します。彼女達にとって悪いようにはしません。約束しましょう」

「・・・分かりました。そこまで仰られるなら」

「ではそこで倒れている二人はお任せします。私は急ぎ彼女達を安全な場所に運びます。では」

「はい。今日は色々とありがとう御座いました」

 

 礼を言うクライム君と無言で礼をしているブレイン君にセバスは執事らしい優雅な所作で礼をし、役目の済んだ館へと帰る。こうしてセバス、ソリュシャンの二人は長かったような短かったような王都での暮らしを終えた。

   

 

 

 

 

 

 




ソリュシャンの裏切り報告が原作よりちょっとだけ早くなってます。
アインズ様がツアレとニニャの関係に気付く描写はありませんが、その辺りは割愛で。
まだ少数ですが、牧場に人が増えたり人間が好物な僕もニッコリ。
とても大事に扱われています。ナザリック的に。


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7話 八本指襲撃

誤字報告ありがとう御座います。
ホントに助かります。


 ナザリック地下大墳墓 九階層 アインズ執務室

 

 漆黒の重厚な執務机の椅子にアインズが座り、向かい合うようにアルベドとデミウルゴスが立っている。

 

 王都で助けた女性達は六階層に建てたログハウスで休養を摂っている。

 このログハウスだが、元々は別の種族とも友好的に共存出来るよう、ナザリックに招いた者を住まわせるためにアウラに命じて建てさせたものだ。

 

 アルベドから改めて詳しく報告を聞き、ツアレや娼婦達がどういう状態だったかを知る。王都の館では低位の治癒では癒せないぐらいの怪我と認識していた。

「これが同じ人間にすることか」

 全ての女性が理不尽な理由で娼館に連れられていた。

 いつもの支配者ロールの時よりさらに低い声を発した絶対支配者。

 

 アルベド、デミウルゴスは、表情こそ変わらないが怒りを露にする主人の周りに絶望のオーラではない、何か別のオーラと、普段優しげな瞳に、オーバーロードの時に灯っていた赤黒い光を見て思わず身を震わせる。 

 

 震えている二人に気付いたアインズは。

「・・・すまない。つい気が高ぶってしまった。」

 無理やり沈静化されることが無くなったが、部下を怯えさせてしまった事実に申し訳なく思う。「ふぅ」と長めの息を吐く、少しずつ気持ちが落ち着いてくる。

 娼館で捕らえた者達。特に王国で巡回使の役人で八本指と繋がっていたスタッファンという太った男には、特別待遇とし、デミウルゴスに厳命しておく。

 

 ペストーニャの治癒魔法のおかげで麻薬依存も脱し、肉体的には完治しているが精神面がまだ病んでいる者もおり、ペストーニャがそのままケアに就いている。

 そして、ここナザリックがどういう場所でその絶対支配者がどのような存在かを教育をしている(拷問といった手段は当然なし)。これはデミウルゴスだけでなく、カルマ値の高いペストーニャとユリからも必要だと薦められた。自分達を助けた存在がどれほど素晴らしい御方かをしっかりと理解させる必要があるとのこと。

 アインズとしてはツアレや娼婦達が受けてきた仕打ちを知り、リアルのことを思い出してしまった憤りから助けると決めたが。鈴木悟が元居た世界でも、権力を持つ上流階級の者達は自分の利益や嗜好を満たすことしか考えておらず、鈴木悟含む貧困層はただの消耗品で替えの利く存在程度にしか思っていなかった。中には良心的な者も居たとは思うが、少なくとも企業のトップ連中が自分本位なのは事実だった。

 だからアインズは彼女達がナザリックの外で暮らしたいと希望すればここでの記憶を消して解放するぐらいなんの問題もないと思っているし、その旨をペストーニャには伝えてある。

 彼女達がどう選ぼうがそれは本人の自由意志に任せよう。

 

 ツアレは彼女達より先に保護されたおかげか、すでにナザリックでメイド見習いとして働いている。

 メイドとしての作法はユリが指導に当たり、掃除はイワトビペンギンの姿をした執事助手。エクレア・エクレール・エイクレアーが指導している。

 

 

 アルベドとデミウルゴスを部屋に呼んだのは、王国の情報がセバス達のおかげで十分に集まり今後どうするかを話し合うためだった。

 デミウルゴスの進言により、館を撤収した後も彼主導でシャドーデーモンを放ち、情報収集を継続させた結果の報告書を読み終わったアインズは深い溜息を吐く。

 

 ナザリックの知恵者二人が提出する内容は、転移した当初小卒のアインズには難解な言葉が多く理解できなかったため、知恵者の三人の判子があるからとあまり読まずに判を押していたが。パンドラの教育を秘かに受け、それとなく遠まわしにアルベド、デミウルゴスにもう少し分かりやすく書いて欲しいと伝わるようパンドラに頼んだ成果により今ではほぼ理解出来るようになった。

 情け無い頼み事をしてしまったが成果を上げたパンドラに褒美を与えようと提案したら。『父上』と呼ばせて欲しいときたもんだ。

 確かにパンドラはアインズが創造した領域守護者。息子と言えなくもない、少々葛藤することになったが二人きりの時だけ許すことにしてその褒美とした。

 

 溜息の原因はパンドラではなく、報告書の内容だった。

「ある程度は分かってはいたが、王国はここまで腐っていたのか」

「全くです。愚かの極みとは正にこのこと」

「同感です。もはやあの国は自力で立ち直るのは不可能でしょう」

 

 昨日、王国に引き渡した八本指の幹部二人。警備部門六腕の一人サキュロントと奴隷部門長コッコドールがもう釈放されたと報告書にあるのだ。

 裏組織と繋がりのある貴族連中が手を廻したのが原因のようだが。(昨日の今日だぞ)

 

「アインズ様。私から一つ提案があるのですがよろしいでしょうか?」

「ん?ああ構わんぞ」

「ではこの書類を。まだ完成しておらず草案ですが」

 デミウルゴスが甲斐甲斐しく差し出す何枚もの書類を当番のメイドに渡し、それをアインズが受け取る。

 

 書類に目を通し内容を一通り把握したところで。

「その案はセバスからの報告を聞いた初期の頃に作成したものです。アルベドとも相談しましたが、アインズ様が人間になられた時に『相応しくない』と、破棄したものですが、今回はそれを修正して行うのがよろしいかと」

 

 作戦名『ゲヘナ』

 王国に悪魔を召還し人、物資を強奪。

 裏組織八本指を洗脳、教育(・・)しナザリックが支配。王国を裏から牛耳る。

 デミウルゴスがヤルダバオトと名乗り魔王として王国に恐怖を与え、それを冒険者モモンが撃退して名声を稼ぐ。

 大まかにだがこんな感じだった。必要な人員と規模などが書いてあったが完成しておらず空白の部分もある。

 

 確かにこれを行えばナザリックにとっては利益が大きく最高の作戦と言えるかもしれない。・・・以前であれば。

 デミウルゴスもアルベドもこれを行えば一般市民にも数千~万単位で被害が出るため破棄したのだろう。ならば修正すれば良い。

 

「よろしい。では私から注文がいくつかある。三人で吟味していこうか」

「「はっ!」」

 

 そうしてリアルタイムで王国からの情報を取りつつ会議は進む。

 

 

 

*** 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓 第六階層 円形闘技場(コロッセウム)

 

 闘技場の中心辺りで、今二人の剣士が模擬戦を行っていた。

 白銀の鎧を着た剣士が相手の攻撃を盾で弾き、もう片方の手に握られた武器で漆黒の鎧を着た剣士に切りかかる。それを弾かれた勢いそのままに、バックステップで距離を取る漆黒の剣士。二人の間に幾ばくかの間が出来た時、ふいに白銀の剣士が口を開く。

「父上。よろしかったのですか?あの内容で」

「ん?────ああ。私が希望したのだからな。お前も必要性は理解しているだろう」

「理解はできますが・・・守護者の方がよく納得しましたね。特に守護者統括殿が」

「いや、かなり苦労したんだぞ。しかし、今後を考えると絶対(・・)必要だと強く言ったからな。それにちゃんと保険も掛けたしな」

 

 「ふぅ」と息を吐き、精神的に疲れた漆黒の鎧姿のアインズ。

 「御疲れ様でした」とこちらの苦労を理解しているように一礼する白銀の鎧姿のパンドラ。

 

 パンドラが「父上」と呼ぶように、今ここには二人しかいない。

 ゲヘナ作戦が決まり作戦指揮を取るデミウルゴスが準備に入ろうとして、アインズも手伝うつもりだったが「こちらは我々僕にお任せ下さい」とハブられてしまった。

 今回の作戦は転移以降最も大きな作戦になるので、即座にナザリック全体に通達された。

 準備に結構時間がかかるので、その間ゲヘナに参加しないパンドラとこうして日課の戦闘訓練をしていたのだ。今日はたっち・み~の姿で。

 装備は相手に1ダメージしか入らないネタ武器『竹刀』を使って。

 

 エ・ランテルでのクレマンティーヌ戦以降。剣士としての基本を学んだアインズは時間があるたびにこうして訓練している。ある時は弐式炎雷。ある時は武人建御雷の姿をさせて。コキュートスとも本人が望む褒美(ガチじゃないけど)として行っていた。

 もちろん勉強もだ。訓練は良いけどパンドラに勉強を教えてもらっているのはナザリックでのトップシークレット。支配者の情け無い姿はパンドラ以外には晒したくない。

 

 鈴木悟は別に頭が悪い訳ではなかった。リアルの富裕層は変に知恵を持つ貧民層からの下克上を恐れて教育機関を絞ったのだ。小卒でも上等と言える環境でまともな教育を受けられなかっただけ。

 パンドラの教え方もあるだろうがアインズは教えられたことを水を吸うスポンジのように吸収していった。

 

 近接戦闘にしても、アインズが思い浮かべるユグドラシルでもトップ3に入る腕前のたっち・み~。

 その戦っていた姿に自らを重ねるように動いていく。少しずつ良くなっているのは実感出来ているが、まだまだ自分の理想には遠かった。

 

「まだ時間がある。もう少し続けるぞ。パンドラ」

「畏まりました。では、参ります」

 

 駆け出す白銀に、迎え撃つ漆黒。

 身に纏う見事な鎧から鳴り響く剣戟は「ビシ」「バシ」と、誰か見ている者がいれば首を捻りそうな音が広い空間に鳴り響いていく。

 

 

 

***

 

 

 

 王国の第三王女。『ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ』はアダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』が八本指の麻薬畑を焼き払った時に得た組織の所在地が判明したのと、クライムがブレインとセバスなる執事と、八本指の奴隷部門長と六腕の一人を捕縛した成果を挙げたのを機に一気に打撃を与えようと今夜一斉襲撃を決行した。先日から根回しをしていたのもあり、急な集合にも十分ではないが人員を揃えることが出来た。

 

 班ごとに分かれての襲撃により、クライムとブレイン。更に六大貴族の筆頭『エリアス・ブラント・デイル・レエブン』子飼いの元オリハルコン級冒険者の盗賊が襲撃予定の屋敷へと向かっていた。

 

 盗賊が屋敷を窺うが様子がおかしい。

 人の気配が全くないのだ。六腕の実力はアダマンタイト級であるという。しかし、部下などもいるはずであり、その程度の下っ端の気配ぐらいオリハンコン級の盗賊が気付かない訳がない。

 実力的に上の六腕だけが潜んでいるのも考えづらい。

 意を決して中に入る。予想通り人がいないのを確認してからクライムとブレインを招きいれ辺りを調べる。

「やっぱりだ。誰もいねえ」

「そんな!ラナー様がせっかく突き止めたのに」

「争いがあった形跡もねえな」

「ああ。盗賊の俺から見てもこりゃ慌てて引き払った感じだな」

「襲撃に気付かれたと?」

「多分な。今回集まった面子で裏切りがあるとは考えにくい。相手は王国を裏から牛耳ってる犯罪組織だ。どっかから聞きつけたとしても不思議じゃねえな」

 

 クライムも裏切り者はありえないと思っている。『蒼の薔薇』は当然だし、目の前にいる盗賊も、自身が絶対の忠誠を誓ったラナーがレエブン候は信頼出来ると言われていた。やはり、気付かれたのか。

 ここに居てもしょうがないとして、別の襲撃ポイントへ応援に向かうこととなった。

 

 

***

 

 

 

「あ、悪魔だぁ~」

「み、皆逃げろ~」

 

 日が沈み月明かりと星の輝きが辺りを照らし、日中働く者が休み入る頃。

 リ・エスティーゼ王国の王都にそんな叫び声がある一区画に響き渡る。  

 そんな声に扇動されるように逃げ出す人々の中の一人の子供が母親に手を引かれながらふいに空を見上げた先。

 月の輪郭の中に浮かぶ人型のシルエット。

 月の光で姿はよく分からないがその影は、頭に二本のくの字の角らしきモノ。手に鎌のような獲物を持ち、背中から生えた羽で浮かぶ御伽噺で聞いた悪魔のようなモノがあった。

 

 

 

 別の場所で一体の悪魔が目的の屋敷の前に姿を現す。

 悪魔の名は<強欲の悪魔/イビル・グリード>

 デミウルゴス配下。三魔将の一体<強欲の魔将/イビルロード・グリード>の下位悪魔でLV50後半である。

 その姿は強欲の魔将に似ているが、二本角の魔将と比べ一本。背は少し低く、羽も小さい。手に持つのは血に塗れたような幅広のブロードソード。人型の体だがその顔は獣のようで、欲望を満たすような赤く光る目をしていた。

 

 悪魔がどこからか合図を受け、屋敷へと火の玉を飛ばす。着弾した瞬間、激しい音と共に油でも撒いてあったのか、あっという間に屋敷全体に広がっていき、もはや中の物は全て燃え尽きるであろう勢いだった。

 

 悪魔が自分に与えられた任務の一つを終わらせて笑みを浮かべていると。

「よお、良い焚き火じゃねえか」

「なぜこんな所に悪魔がいる」

 

 悪魔が振り向いた先には二人の人間が居た。

 最初に発言したハスキーな声をした戦士。

 巨石を思わせるような大柄な体躯をしている。短く刈り上げられた金髪の髪に、肉食獣のような瞳、女性の左右の太腿を合わせた位のサイズの首、腕は丸太のように太い。胸部も盛り上がっているが、それは女のような膨らみではなく、鍛錬に鍛錬を重ねた大胸筋である。

  

 もう一人の忍者。

 髪はオレンジに近い金色。スラリとした肢体をしており、全身にぴったり密着するような服装に赤いバンダナをしている。

 

 二人は王国所属のアダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』。

 戦士ガガーラン。忍者ティア。

 

「冒険者カ、邪魔をスルナラ容赦センゾ」

 獣の顔をしていても悪魔。喋ることはできるようだがその声はだみ声で聞き取りづらい。

「へっ!いきなり王都に現れて屋敷を燃やすような輩をほっとけるかよ。やるぞティア!」

「了解!」

 

 忍者のティアが先制攻撃にクナイを二本投げる、難なく弾いた悪魔だが、ティアの攻撃に合わせ、戦士ガガーランが一気に間合いを詰める。

「おらあ!剛撃!」

 

 「ガギイィィン」ガガーランの持つハンマー<鉄砕き>に武技を発動した一撃を悪魔は剣で受け止め大きく弾く。

「なっ!」

 体勢の崩れたガガーランに、悪魔が鋭い爪の生えた足で切り裂こうとする。

「不動金剛盾の術! 」

 七色に輝く眩い六角形盾がガガーランの前に現れ蹴りを防ぎ、粉々に砕け散る隙に悪魔から距離を取る。

「こいつ!強えぞ。腕が痺れてやがる」

「一撃で砕かれるとは。なら爆炎陣!」

 ティアが放った忍術。爆発と炎が相手を包みこむ。

 直撃した炎を振り払い、二人に突進してきた悪魔が真一文字に横薙ぎで切りつけてくるのを辛うじて避ける。

「笑止。ソノ程度ノ炎、我ニハ効カヌワ」

 

 冷や汗を掻きつつどう戦うか決めかねているガガーランと、同じく相手の強さを瞬時に理解し困惑しているティア。

 (踏ん張るしかねえ)

 

 力量差を長い冒険者生活からの経験で埋めて耐え抜く。

 

 戦い始めて数分。まともに食らえば致命傷を免れない悪魔の猛攻を凌いでいたガガーランが疲労により足を滑らせる。

 その隙を悪魔が見逃さず、悪魔の手から火の玉が飛んでくる。

「やべ!」

「ガガーラン!」

 

 ガガーランが避けられないと悟り、なんとか耐えようと歯を食いしばる。

 どこからか飛んで来た符がガガーランの足元に張り付いた瞬間────巨大な蜘蛛が現れ火の玉の直撃を受け弾け飛んだ。

 爆発の衝撃を受け、そのまま悪魔から後退したガガーランが見た先────屋敷入り口近くの塀の上。南方に伝わる和服のようなメイド服を着た女が立っていた。

 

 

 

 エントマ・ヴァシリッサ・ゼータは他のプレアデス達。ユリ、ルプスレギナ、シズと同じ任務をそれぞれ別の場所で言い付かっていた。

 王国民を悪魔から守る事。

 ただし兵士や衛兵は死なせないようにと言われているが、負傷してしまうのは構わない。彼らは国のため、民を守るため戦い血を流すのも仕事の内だからだ。これはその地に住む冒険者も含まれている。

 

 それと同時に一体。プレアデスと同等クラスの悪魔がおり、見つけた場合は現地人と協力(・・)して倒すのが目的だった。

 そして、ソレを発見したあまり足の速くないエントマが悪魔に追いついた時には、すでに戦闘が始まっており、まさに一人の戦士がやられそうになっていたのを見て符を投げた。<第三位階怪物召喚>(サモン・モンスター・3rd)で召還したモンスターを盾にしたのだ。

(危なかったぁ。結構ギリギリだったみたいぃ。とりあえず)

「雷鳥符!」

 

 さらに放った符は空中で青白い放電を放つ鳥となり悪魔を襲い遠ざける。

 

「助けてくれてありがとよ。・・・それで、おめえさん何者だ?」

 

 悪魔が離れるのを確認してからガガーランがとりあえずのお礼と、王国で見た事もない乱入者に警戒しつつ問いかける。

 ティアも油断なく悪魔とエントマを視界に納めている。

 

「私はエントマ・ヴァシリッサ・ゼータァ。我が主の命によりぃ、王国民を守りにきましたぁ」

 

「そりゃあ────」「ガガーラ!」 

「ガギン」 

 

 どこの貴族か聞こうとしたガガーランへとエントマが蟲を飛ばし悪魔の攻撃を防ぐ。ティアの呼びかけは途中で遮られてしまった。

 エントマが右腕に絡ませた剣刀蟲で悪魔に切りかかり再度距離を離させる。

「危ないよぉ。はい、これぇ」

 

 自己強化の符を自らに貼り、二人にも許可なく問答無用で貼り付ける。

「おお!なんだこれ?支援魔法みたいなもんか?」

「これは・・・うん。絶好調かも」

 

 自身の身体能力が向上するのを感じる。

「お~し!とりあえず味方ってことでいいんだな。よろしく頼むぜ」

「かわいい娘が加わるとやる気出る」

「じゃあぁ、行くよぉ」

 

 左手に新たに硬甲蟲を絡ませメインで戦うエントマ。援護に回るガガーラン。飛び道具とアイテムで支援するティア。

 即席の連携だが少しずつ有利に戦況を進めていく。

 

 

 

 戦闘に介入してからしばらく。エントマは芳しくないと感じていた。

 このままでは時間が掛かり過ぎると。

 元々精神系魔法詠唱者であるエントマは特殊役。支援役で真価を発揮し、直接戦闘は得意ではない。

 蟲使いとして振るおうといくつかある切り札を使うにも時間がかかり、今しているように前衛にいると使える隙がない。

 かといって今もエントマが作った隙に戦鎚で攻撃している戦士と前衛を替われば有利な状況がひっくり返りかねない。あの忍者も同様だ。

(というよりあの忍者の娘は何ぃ。詐欺かしらぁ。通常忍者はLv60以上じゃないとなれないのにぃ、技や動きの感触からしたら精々20後半ぐらいってぇ)

 余計なことを考えてしまい悪魔の攻撃を避けきれずメイド服に当たるが、御方から頂いた装備は一級品。アダマンタイトより硬く同格の悪魔といえど攻撃を易々とは通さない。硬質な音を発し符を使い牽制する。

(せめて高火力担当がもう一人いてくれたらなぁ)

 

 エントマが自分の姉妹達を思っていると、突進してきた悪魔の足元の石畳を水晶で出来た騎士槍(ランス)が穿つ。

 警戒して後退する悪魔を尻目に、騎士槍(ランス)の上にフワリと降り立つ者が居た。

「「イビルアイ!!」」

「ふん。なにがいるかと思えば、王国に悪魔が入り込むとはな」

 

 声が幼く、背格好も小さい、額に朱い宝石を付けた仮面で顔を隠してローブ姿の女。

 彼女はイビルアイ。ガガーラン、ティアと同じく王国のアダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』の魔力系魔法詠唱者。知っている者は少ないが、かつて『国堕とし』と呼ばれ、250年生きた吸血鬼。

 

 悪魔がまたもや現れた新手に警戒しているのか動かないでいる内に、ガガーランとティアがことのあらましをザックリ説明している。

 

「ふむ・・・エントマと言ったか。私はイビルアイ。あの悪魔を討伐する。前衛を任せるが構わないな」

(このメイドかなり強いな。私より弱いとは思うが)

「もとよりそのつもりよぉ」

(こいつかなり強い。私達プレアデスと同じくらいかなぁ)

 

 魔法詠唱者は様々な魔法を状況に合わせ使っていくのが一流で、火力のゴリ押しは二流というのが持論だというイビルアイだが。今回はしょうがないと割り切る。

 

 エントマは時間を置いている内に切り札の二つ。左手に鋼弾蟲(ライフル弾そっくりな蟲150匹)。右手に千鞭蟲(十メートルを超えるムカデ)を呼び寄せていた。

 

 先程まで三人で有利に運んでいたところにイビルアイが火力担当で加わったことで悪魔を段々と押し込んでいく。

 

 

 

 

「爆散符!」

 

 すでに何度か見ている悪魔は威力はあれど投げてくる符を見てから避けるのは余裕だった。

 しかし、それは味方側も同じ事が言える。

 爆発の範囲外まで避けたところにティアの放ったクナイが一枚の符ごと悪魔の横腹に刺さる。

 

「ドゴオオーーン!」

「グフゥ」

 爆発をモロに食らい、よろめいた悪魔にガガーランが複数の武技を発動させる。

「喰らいやがれ!超級連続攻撃!」

 一撃一撃が武技『剛撃』の威力を持つ無呼吸15連撃。ガガーランが使える最強の攻撃を叩き込む。

 

 間髪入れずにイビルアイが悪魔の懐に入り。

魔法最強化(マキシマイズマジック)結晶散弾(シャード・バックショット)!」

 近距離で最大威力を発揮する拳より少し小さい無数の鋭利な水晶が散弾のように放たれる。 

 

「グガアアアアア」

 

 まともに喰らった悪魔が断末魔を上げ石畳の上に倒れる。

 

「はあ、はあ、・・・やったか?」

「ガガーラン。それ、ふらぐ」

 時々よく分からんこと言うティアに「なんだそれ?」と返すガガーラン。

 

 二人がやり取りしている内に悪魔の肉体が消滅していく。

 

「ちゃんと倒したみたいぃ」

「・・・ようやく倒せたか。こいつの強さは魔神級だったな。お前が居なければどうなっていたか。王国のアダマンタイト級冒険者として礼を言う」

 

 イビルアイがエントマに向かって礼の言葉を口にする。

 

「気にしなくていいわぁ。主からの命でやってることだしぃ」

「そういや、おめえさんの主って────」

「よくもやってくれたな」

「!!!」

 

 突如聞こえた声に緊張が一気に走る。

 それは空から地上に降り立ち悠々とこちらに歩いてくる。

 頭にくの字の二本の角を生やし黒く長い髪をなびかせ、背中からは蝙蝠の羽、浅黒い肌に戦士のような屈強な肉体を晒し、手甲と肩当ては炎のような赤に金の縁取り。奇妙な仮面をした男性の悪魔。

 

 その姿を見た瞬間、イビルアイは自分が震えているのに気付いた。現れた悪魔が放つ強者の気配はあまりにも強烈。かつて十三英雄と魔神退治の旅をしていた中で戦ってきた魔神を遥かに凌ぐのも理解した。

(ば、馬鹿な。まさか竜王クラスだとでも言うのか)

 今までどんな苦難な時でも軽口を叩くガガーランとティアも相手の異常さが分かったのか滝のような汗を流して佇んでいる。エントマも動揺しているようだ。

  

 

「お、お前ら・・・逃げろ」

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 




イビルグリード(強欲の悪魔)は勝手な想像で出来てます。ロードがいるなら下位の悪魔がいても良いでしょ。

強欲の魔将は変装しております。

あとデミウルゴスはラナーと接触してません。セバスからの情報で面白そうとだけ思ってます。


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8話 ゲヘナ

誤字報告には感謝しかありません。いつもありがとう御座います。
いつか誤字ゼロになる日がくるのだろうか(遠い目)


「お、お前ら・・・逃げろ」

 

 イビルアイが言った瞬間、悪魔の姿が消えた。いや、消えたように見えただけで実際は高速で動いただけだが。

 

「んきゃ!」

 

 短い悲鳴が聞こえた方を向くと、エントマの腹部に手を当てた悪魔が魔法か何かを使ったのか、衝撃波でエントマが斜め後方に吹き飛ばされた。

 いかなる効果があったのか、そのまま王都の街を飛び越え、遥か彼方まで飛んで行ってしまう。

 

「な!?」

 

 あまりの速さに驚愕の声が漏れる。

 すぐさまこちらに攻撃が来るかと思い身構えたが、悪魔はこちらの警戒に興味を示していないように口を開く。

「あのメイドが一番面倒そうだったので退場してもらった。残った君達は俺を楽しませてくれるかな?」 

「く・・・お前らは先に逃げろ」 

「先にって、おめえはどうすんだよ?」

「イビルアイ一人じゃ無理」

「心配するな。私一人なら転移魔法で逃げれる。その間の時間稼ぎぐらいはしてみせるさ。・・・だから早く行け!」

 

 逡巡しながらもイビルアイの意を汲んだ二人が屋敷の出口へ向かう。

 

「ふむ。このまま逃げられてもつまらんな」

 

「させるか!魔法最強化(マキシマイズマジック)龍雷(ドラゴン・ライトニング)

 

 二人に意識を向けた悪魔に最強化した第五位階魔法を放つ。

 のたうつ雷龍が直撃したにも関わらずなんのダメージも受けていないような様子で背中を向けている二人に右手を翳し。

 

「や、やめろおおお!」 

 

 イビルアイの制止も虚しく、悪魔から黒い魔力の塊が放たれる。

 足元に着弾した爆発で吹き飛ばされ塀にぶつかりそのまま動かなくなったガガーランとティア。

 込められた魔力と威力を目の当たりにしたイビルアイは怒りで頭がおかしくなりそうだった。生きているか死んでいるかも分からない。

 

「貴様ああああああ!」

 

 『蒼の薔薇』に半ば無理やり加入させられた経緯があるイビルアイだが、自分の人生でいえば短いながらも共に過ごしいくつも冒険してきた間柄。既に仲間のためなら命を賭けられるぐらいの仲になった二人への仕打ちに激高してしまう。

 

 だがイビルアイの放つ魔法の数々はどれも効果が無かった。

 最強化しても、魔法抵抗突破で強化しても、砂の領域・対個(サンド・フィールドワン)で動きを封じようとしても、その悉くが無意味だった。

(強さに差があれば魔法が無効化されたりするが、まさかここまでとは。くっ・・・どうする?)

 

 二人が無力化されたため転移魔法で逃げる選択肢は取れない。イビルアイが使える転移魔法は単独用。より高位には集団転移も可能な魔法もあると聞くがイビルアイは習得していない。悪魔はそのあたりを見越して、先に二人を無力化したのだろう。

 今のイビルアイに取れる行動は悪魔をこの場から離れるように戦線を移動させ、後に来る冒険者なり衛兵なりに二人を救出してもらうぐらいしかなかった。

 

 有効な攻撃手段がなく、無効化されにくい、拳に魔力を込めて直接殴りかかっても、悪魔は魔力の渦を飛ばしてこちらの手段を封じてくる。

 

「くっ!損傷移行(トランスロケーション・ダメージ)

 

 避け切れずに喰らった肉体ダメージを魔力ダメージに変換して致命傷を避けているが、代わりにイビルアイの魔力がカラになっていく。

 

 イビルアイが絶望しかけた時。悪魔との間に空から黒い塊が落ちてきた。

 

 石畳を砕き。土煙が風に流され。ゆっくりとした動作で起き上がる何者か。

 それは月明かりを反射し、漆黒に金と紫の模様をあしらった見事な全身鎧に真紅のマント、背丈程もある二本のグレートソードを両手に持った偉丈夫だった。

 

 先日、『蒼の薔薇』が利用している最高級宿屋の酒場でガガーランとクライム相手に話していたエ・ランテルに新しく生まれた、王国三番目のアダマンタイト級冒険者『漆黒』。

 僅か二ヶ月ほどで成し遂げた偉業を聞き集め知っていたイビルアイは呼びかける。

 

「漆黒の英雄!私は冒険者チーム『蒼の薔薇』のイビルアイ!あの悪魔を倒すのに協力してくれ!」

 

 声をかけたイビルアイは「しまった」と後悔した。あの悪魔は自分でも手も足も出ないほどの存在。同じアダマンタイト級の彼が加わったとしてもどうにもならないと。

 

「了解した」

 

 イビルアイの要請を、気負う様子もなく受けた漆黒の戦士が悪魔から守るようにイビルアイの前に立つ。

 その瞬間。イビルアイはまるで巨大な城に守られているように感じた。

(え?・・・なんて頼もしい背中なんだ)

 

 静寂が包む空間で、悪魔から息を飲む音が聞こえてきた。吸血鬼として人間より優れた身体能力がそれを可能にした。

 

「私は冒険者モモン。お前は何ゆえ王都を荒らす。目的はなんだ?」

「これはご丁寧に。俺は魔王・・・魔王ヤルダバオト。ある男に召還されてね、そいつの望みである復讐を頼まれただけさ」 

「何だと!」

 

 悪魔の応えにイビルアイは思わず声を上げてしまう。

 うろたえる自分とは対照的にモモンは冷静に相手の情報を聞きだそうとする。

 

「ほう。悪魔が契約内容を漏らすとはな。その召喚者は何者だ?誰に復讐しようとしている?」

「はっはっはっ。あの八本指の男は正式な手順で俺を呼んだ訳ではないからな。契約に完全に縛られてはいないのさ。俺を召喚するマジックアイテムを偶然手に入れただけで知識の無い矮小な者に俺が縛れるものか。復讐に手を貸してやっているのも俺が楽しむためさ」

 

(八本指の仕業だったのか)

 今まさに壊滅させるために行動していたが、もっと早くに起こせていればと後悔する。

 

「そうか。ではお前達の企みを潰させてもらうぞ!」

 

 目の前に居た漆黒の戦士が踏み込んだかと思うとすでにヤルダバオトに肉薄していた。

 二本の大剣を小枝を振るうように操り、無数の剣閃が煌きのように光って見えた。ヤルダバオトがいつの間に出したのか、鎌を手にし激しく打ち合っている。

(す、すごい)

 陳腐な感想だが、250年生きたイビルアイをして、幾人も一流や英雄と謳われる剣士をみてきたが、モモンほどの超級の剣士は見たことが無かった。

(がんばれ。モモン様・・・)

 

 やがて少しずつ押していたモモンから距離を離したヤルダバオトが羽を広げ、鋭利に逆立たせて振るう。

 目標はモモンではなくイビルアイ。魔力がカラになったため防ぐことも回避することも出来ず、その場に蹲り、目を瞑ることしか出来ない。

 

「カキンキンキン」と、硬質な音がして目を開けると。

「モモン様!」

 

 イビルアイを守るため身を挺して助けてくれた漆黒の戦士が居た。

 

「無事でなによりだ」

 

 その瞬間イビルアイの股間から脳天にかけて電流が流れたようだった。

 200年以上止まったままの心臓が「ドキンドキン」と高鳴っている錯覚を覚える。

 弱肉強食のこの世界では女は強い男に惹かれる傾向にある。だが、そんなものは弱い者の理屈だと鼻で笑い、守ってもらう必要がないくらい強ければいいと思っていたが。

 目の前の超級の戦士に心奪われていた。顔は熱くなり耳まで赤くなっているのが分かる。仮面をしていて良かった。

 もし仮面がなければだらしない顔を晒していただろうから。

 

「見事だな。そこの女性を傷一つなく守りきるとは」

 

「ふっ。世辞はいい。それより何故離れて行くんだ?」

 

 モモンが剣を地面に突き刺し、ヤルダバオトに問いながらイビルアイを空いた片手で抱え上げる。

 俗に言う『御姫様抱っこ』の片手バージョンである。

(うわあ、うわあ、何これ?すごい恥ずかしい)

 またもやうるさく鳴っている気がする心臓に手を当ててみるが、やはりというか止まっている。

 この男を逃せばもう二度と満足出来る男には出会えないだろう。

 長い時を生きてきたが、色恋に興味も湧かず、酒場でそういった話題になると席を離し知識を得てこなかったことを後悔する。今からでも間に合うだろうか。

 アンデッドである身でモモンと子供を作ることは出来ないし、間違いなく先に人間であるモモンが寿命で居なくなってしまうだろうが、ずっとこの男の傍に居たいと思ってしまう。

(なあに。子供は別の誰かに生んでもらっても構わない。妾の一人や二人ぐらいで騒ぐような狭量な心でもないしな。灰色だった人生に一度ぐらい桃色の期間があってもいいじゃないか。それにしても・・・吟遊詩人(バード)達よ。今まで馬鹿にしてきてスマン。騎士は本当に姫を守るために抱えながら悪と戦うのだな)

 まだ敵がいるのに短い時間に色々妄想してしまうイビルアイ。

 

「一度引かせてもらう。せっかく俺が望む強い相手が居るのだ、舞台を整えてやろうと思ってな。この後王都の一部を炎で覆う、その中心で待つとしよう」

 そう言いヤルダバオトは空高く飛び立って行った。

 

「ああ!モモン様、奴が逃げる。追わないと」

「いや、今は追わない方が良い。それよりあちらに倒れているのは君の仲間じゃないのか?」 

「あ・・・そうだった。ガガーラン!ティア!」

 

 名残惜しいがモモンの腕から下ろしてもらい二人の元へ駆け寄る。

 

「良かった。負傷してはいるが気を失っているだけだ」

「大丈夫ですか?良ければ手持ちのポーションを譲りますが」

「ありがとう御座います。ですがそれには及びません。私の手持ちに少しありますし、思ったより怪我は大した事ないようで直に目が覚めるでしょう。それにもうすぐ仲間がここに着くでしょう。リーダーのラキュースは蘇生魔法が使える神官でもありますから」

「ほう。蘇生魔法ですか。・・・それは会って見たいですね」

「ええ!・・・な、なんでラキュースに会いたいなどと?」

「い、いえ。ただ、蘇生魔法に興味があって、詳しく聞いてみたいと思っただけですが」

 

 初めて芽生えた感情に慣れず、つい取り乱してしまった自分を恥じる。

 あまり嫉妬深いのも束縛する女も嫌われると聞いたことがあり、深呼吸をして落ち着きを取り戻そうと努める。

 

「モモンさん。遅れてしまい、申し訳ありません」

 

 空から黒髪をポニーテールにした美女が降りて来る。

 知っている。彼女はモモンの相棒の魔法詠唱者『美姫』ナーベ。

 そんな二つ名でよく恥ずかしくないものだと思っていたが、王国の『黄金』にも匹敵するその美しさを見てしまうと納得してしまう。

 先程嫉妬は良くないと戒めたところだが、これはどうしても嫉妬してしまう。

 自分の容姿は12才あたりで止まっている。胸は膨れかけで小さく、男の劣情を煽ることが出来ない。

 一部の特殊な者であれば逆に喜ぶらしいがモモンがそうとは限らない。

 色々考えてへこんでくるが、無い物はしょうがないと、前向きに頑張ろうと気持ちを新たに上を向くと、王都の一区画が炎で照らされていた。

 

「モモン様!あれを」

 

「あれは・・・ゲヘナの炎」

 

 

 

***

 

 

 

 時は少しさかのぼり────

 アインズはエ・ランテル冒険者組合で依頼を受けていた。

 依頼主は王国六大貴族の一人レエブン候。

 表向きは身辺警護となっているが、それは偽装で本当は犯罪組織『八本指』を襲撃するために手が足りず手を貸して欲しいという内容だ。冒険者は組合に国との関わりを禁じているためにこういった根回しが必要だったりする。

 

 レエブン候が手配した魔法詠唱者が飛行(フライ)浮遊板(フローティング・ボード)を運び、それにモモンとナーベが乗り王都へ向かう。魔力をより多く消費することで飛行速度を上げて。

 

 

 アインズは運ばれながら今回のゲヘナの内容を頭の中で復習していく。

 

 まず、王国側より先に八本指『全て』を襲撃して、犯罪者、金品などの物資を攫う。

 強欲の魔将(イビルロード・グリード)を普段とは違う装いに変装させて王都に姿を現す。

 ドッペルゲンガーを人間に化けさせ悪魔が現れたと叫ばせ一般市民を避難させる。

 悪魔を放ち、市民に紛れて暮らしている八本指関係者を襲い、市民を襲っているように周りに見せ付ける。さらに一般人に化けたドッペルゲンガーが攫われる様子も見せる。これは八本指をピンポイントで狙ったこちらの狙いを紛らわせ、悪魔の習性を晒す意味がある。

 一体だけ放ったLv50超の悪魔はプレアデスの成長を促すためだ。ザイトルクワエ戦で守護者が見せた連携はアインズとしては酷いモノで「満足に足る」と言ったのは予想通りNPCには戦闘経験が圧倒的に不足しているのが分かった結果からだった。もっとも、あの時は勘違いやレベルの差があり、どの程度手加減しなければならないか理解出来ていない感があり、連携の練習には難易度が高かったかも知れないが。

 そのための同レベル同士の戦闘。しかも事前情報のない現地人との連携をさせるために、戦力として期待できるであろうアダマンタイト級冒険者を引き付けるように悪魔を向かわせた。

 プレアデスの誰がその役目を果たすかは冒険者の動き次第で、事前にこちらも分かっていないが、プレアデスはこれを承諾。「全力であたらせて頂く」との意気込みだった。

 

 八本指の情報や所在地、一般人との見極めは、恐怖候の眷属に隠密に長けた僕を大量投入しデミウルゴスとアルベドが全力で当たったことにより丸裸となった。

 そちらを最優先したため、強者である『蒼の薔薇』についてはセバスが集めた情報ぐらいしかなかったが、特に問題ないだろう。

 

 そしてアインズのワガママ。

 

 今回の作戦を機にどうしても試しておきたかったこと。

 

 アインズが大きくダメージを受けなければならないということ。

 アンデッドには痛覚がない。以前陽光聖典が召喚した天使から受けたダメージは弱く、ジリジリするような感触で苦痛は無かった。シャルティア戦では確かに痛いと感じるダメージはあったが、それも耐えられるレベル。

 だが人間になったことで痛覚も当たり前にある。未知の世界でプレイヤーや同格の強者と戦った時に腕を切り飛ばされたり、痛みで戦えなかったりしたら目も当てられない。

 そのためアインズは自分がどれだけ痛みに耐えられるか、耐える訓練が必要だと守護者に説明した。

 

 当然の如く反対されたが、これは譲れないところ。

 話し合った結果。強欲の魔将(イビルロード・グリード)に白羽の矢が立った。Lv80超でアインズに攻撃が通り、肉弾戦に長けているため魔法を使えないモモンの相手として上々。

 ギルメンが直接創造した者ではなくともアインズは大事に思っており、死なせるつもりは無い。

 守護者達同様に絶対の忠誠心を持っている強欲の魔将(イビルロード・グリード)には申し訳なく思うが、至高の存在としているアインズに立ち向かってもらう。本人もアインズが直接説得したことに苦渋の面持ちで頷いてくれた。

 

 アインズが知っているのは大まかな流れだけで、細かい部分はデミウルゴスに「後はお任せを。御身は英雄モモンとして立ち回って頂ければ」とハブられてしまった。

 大筋が決まり、後はデミウルゴスとアルベドに任せておけば問題ないと思いパンドラと訓練し、今に至る。

 

 王都が見えてきた。そして離れた場所で爆発が見える。

 

「ナーベ。私をあの場所に投げろ」

「畏まりました」 

 

 

 

 そうしてアインズは思ってもいなかった戦闘を終わらせ完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)を解き、小さな冒険者を見る。

(それにしても、こんな小さな子供がアダマンタイト級の強さとは、この世界はどうなっているんだ)

 

 

 

***

 

 

 

 ゲヘナの炎を確認した後。王城のある一室に集められていた。今ここには王都に在籍している全冒険者が集められていた。

 

 モモンはナーベと部屋の隅で腕を組んで静かに佇んでいた。

 モモン等冒険者がいる位置より一段高い壇上で、第三王女ラナーが難度200以上とされている対ヤルダバオトの作戦を説明している。同じ壇上には、冒険者組合長の妙齢な女性。白銀の鎧を着た少年。『蒼の薔薇』リーダーのラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。先程会ったばかりのイビルアイ。────そして今の状態で会えばマズイ王国戦士長ガゼフ・ストロノーフがいる。

 カルネ村で会った時から約二ヶ月経っており、交わした会話も僅かだったからアインズの声などもう忘れているだろうが、念のためにガゼフと会話が必要な事態があればナーベに対応してもらう手筈になっている。

(万が一の時は鈴木悟の素の声で乗り切ろう)

 

 モモンが居る位置の反対側に、ユリ、ルプスレギナ、シズ、エントマが綺麗な姿勢で立っている。

 代表でユリが冒険者組合長に────自分達四人は主であるアインズ・ウール・ゴウンの命により王国民を助けるために来たのであり、悪魔討伐には手を貸さず、あくまで一般人を助けるだけだと。その際、必要があれば悪魔とも戦う。と、先に釘を刺している。

 ガゼフの口添えがあったらしく一応の信用は得られたが、監視の意味を含むのか一般人の避難の手助けとして衛兵が数人付くことになった。

 

 冒険者への説明が終わり、別室で作戦の要になる者達による話し合いを開くこととなった。

 ガゼフは王を守るためこの場にはいない。アインズは安心から胸をなでおろした。

 

 別室にてモモン、ナーベ、『蒼の薔薇』の五人、プレアデスの四人、クライムとブレインが椅子に座って作戦について話し合っている。────いや、ガガーランとティアはエントマのところにいた。

 

「いやあ、無事で良かったぜ。怪我の方は大丈夫なのか?」

「問題ないわぁ。回復してもらったしぃ」

「ちゃんとお礼言えてなかった。助けてくれてありがとう」

「どう致しましてぇ」

 

 イビルアイも三人の下へ礼を言いに行きそのままいくらか話しこんでいるのが聞こえてきて、エントマが当たり?を引きヤルダバオトに退場させられたことを知った。

(エントマはしっかり出来たようだな。詳しくは全てが終わってから聞くとして、様子を見る限りナザリック外の人間とも友好的に話しているし、後で褒美をやらないとな。────エントマってなにをやったら喜ぶんだ?)

 

 四人の話が終わり改めて全員で煮詰めていく。イビルアイがやたらと持ち上げてくる。確かに危ないところを助けたがずっとこちらを見上げてくるため少々居心地が悪い。仮面で表情は見えないからハッキリとは分からんが好印象なようだが。

 

 だが、アインズがこの場で一番興味が湧くのが『蒼の薔薇』リーダーのラキュースだ。

 王国唯一の蘇生魔法の使い手の神官戦士。第五位階の信仰系魔法を行使して、さらに戦士としても一流。自らに強化魔法を掛ければあのガゼフにも勝てそうだと思った。

 装備品もこの世界基準で最上で、中でも彼女の持つ両手剣────魔剣キリネイラム。

 『漆黒の剣』から聞いた十三英雄の暗黒騎士が持っていた四本の内の一本。

 彼女の仲間曰く。全てのエネルギーを解放すれば国ごと吹き飛ばせるほどの力があるが本人にも危険があり、日夜魔剣に精神を乗っ取られないように頑張っているらしい。

(呪われた剣なのか?)

 詳しく聞こうとしたが、「だ、だ、大丈夫です。そのような事は起こさせません」と、真っ赤になり両手を顔の前で振りまくってきたのでそれ以上踏み込めなかった。神官でもあるから呪い系には耐性があるのかな。

 

(それにしても)

 すごい美人だ。『黄金』と呼ばれるラナー王女も美しいと思ったが。

 髪は綺麗な金を巻いており、エメラルドの瞳は力強く、ずっと見ていると引き込まれそうな気がする。

 整った顔立ちに薄い桃色の唇。スタイルも良く、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。

 まるで『太陽』のような美女だった。 

 

 

 打ち合わせが終わり、複数の班に分かれ進行する。

 ヤルダバオトと戦えるのはモモンだけという現状から、ゲヘナの炎の中心にいるであろう場所までの補佐に、支援魔法と回復が使えるラキュース。モモンを除けば最強のイビルアイの二人が付く。最短距離の大通りを通るため、他の冒険者の中から精鋭と、他の班より多めの衛兵を揃えることとなった。

 

 モモンはレエブン候に雇われた身で、八本指襲撃から悪魔退治へと内容が変わったが、いわば助っ人という立場から作戦内容や人員の振り分けには特に口を挟まなかった。ナザリックの計画でもモモンがやるべき事はこれで最後にヤルダバオトと戦うだけ。

 ナーベが離れて行動するのに不満顔だが、我慢して欲しい。

 

 作戦開始までまだ時間がある内にラキュースから蘇生魔法<死者復活(レイズデッド)>の詳しい情報を聞く。ラキュースも仲間を助けてくれたモモンの頼みに嬉々として話してくれる。

 

 

 

 モモン、ラキュース、イビルアイが先頭で戦いながら包囲を縮めていく。

 円で囲まれた炎を周囲から一斉に中心に向かって進めていく。

 プレアデスは別働隊として行動し一般人の救出。これはいわば出来レースで、さすがにドッペルゲンガーの誘導だけで全ての市民が避難出来る訳もなく、逃げ遅れた一般人はある倉庫に集められて閉じ込められている。連れている衛兵を誤魔化すよう適当に探し回って門番代わりの強めの悪魔を倒す手筈になっている。

 

 モモンが飛び出して来た上位地獄の猟犬(グレーター・ヘル・ハウンド)を切り捨てる。

 

 視界に収まる悪魔は地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)上位地獄の猟犬(グレーター・ヘル・ハウンド)が大部分でたまに極小悪魔の群集体(デーモンスオーム)が確認出来る。

 この程度の悪魔だと中級冒険者ならば油断せず連携を取っていればそうそうやられたりしない。衛兵には荷が重いがそちらは冒険者の後ろでバリケードを築きながら前進しているので特に問題は起こっていない。

 鱗の悪魔(スケイル・デーモン)が空からショートソードを構えて突進してくる。

 

浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)。射出!」

 

 ラキュースの背に浮いていた六本の黄金の剣が声とともに突き進み、飛んでいる悪魔を串刺しにした。

 空を飛ぶ鱗の悪魔(スケイル・デーモン)を相手にするにはこの世界では遠距離攻撃、弓か魔法で対処するのが一応基本だが、さすがというかアダマンタイト級冒険者のリーダーは飛び道具をも備えていた。

(おお!なんだあれ?ユグドラシルには無い攻撃手段だな。王国のアダマンタイト級の強さを知る良い機会と思ったが、あれはかっこいいなあ)

 

 すでに卒業したはずの中二病がムクリと起き上がってきた気がした。

 

「モモン様の邪魔はさせん!結晶散弾(シャード・バックショット)

 

 イビルアイも負けじと張り切って魔法を放ち、複数の悪魔が無数の水晶の弾丸により、消滅していく。

 

 通常のモンスターであれば死体が残るが、召喚されたモンスターはその命が尽きれば何も残さず消えていく。例外もあるかもしれないが、少なくとも特殊技術(スキル)での召喚。死体を利用しないアンデッド作成では消滅する事が分かっている。

 

 魂食の悪魔(オーバーイーティング)がモモンの少し先に姿を現す。

(あれに後ろの連中が襲われれば危険だな)

 そう考えたモモンは背負っていたもう一本を左手で抜き払い、槍投げのように投擲。腹の出た悪魔に突き刺さり消滅していく。

 周りから「オオオオォ!」と歓声に対し軽く手を上げて応え、投げ放った剣を拾い、再び背に装着する。そのまま立ち塞がる悪魔を切りながら突き進む。浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)を回収したラキュースとイビルアイがモモンに続く。大通りの悪魔は粗方片付けた。残りは冒険者と衛兵で十分殲滅出来るだろう。

 

 

 

 ゲヘナの炎の中央。十分に拓けた広場の中心にヤルダバオトが腕を組み、こちらを見据えるように立っている。

 

「待っていたぞ冒険者モモン。ここが我等の雌雄を決する場だ、些か観客が少ないがね」 

「ふっ、招待されたからには来るのは当然さ」

 

 待っていた悪魔に対してモモンは特に気負うことなく答える。その堂々とした態度に憧れの眼差しを向けるイビルアイとラキュース。

 

「ヤルダバオト!お前を召喚した男の復讐には興味が無いのでしょう!?お前は何を望んでいる!?」

 

 事前の打ち合わせでモモンとヤルダバオトとのやり取りを聞いたラキュースが、悪魔が放つ恐ろしい気配に気圧されながらも相手の目的を聞く。

 

「愚かな質問だな。・・・まぁいい。俺の望みは命を賭けた胸躍る戦いだ。一対一に拘りもない、三人がかりでも構わんぞ」

 

 イビルアイは、悪魔は基本人間を苦しめるのが趣味のような存在だと思っていたが、戦闘狂になってしまう悪魔もいるのか?と感じていた。しかし、これほど強大な力を持つと満足に戦える相手も殆どいないだろう。超級の戦士『モモン』を知ればほっとけないのはなんとなく分かる。モモンがどう思っているかは分からないが、ヤルダバオトを逃がす訳にはいかない。大して役に立てないが援護ぐらいさせてもらう、ラキュースもそのつもりでここまで来た。向こうも三人がかりで良いと言っているし、前もってそういう段取りで話し合っている。

 

 ラキュースと顔を合わせお互い頷きあう。

 ラキュースが全体支援魔法を掛けていく。

 

「アインドラさん。イビルアイさん。援護を頼みます。ただ・・・無理はしないで下さい」

 

 モモンが二人を心配して声を掛けてくれる。

 

「行くぞ!ヤルダバオト!」

 

 モモンが二本のグレートソードを構え強大な悪魔に向かっていく。




・モモンの鎧────上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)で重装備した状態で使える魔法は5つ。
完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)を使うと魔法が使えなくなり鎧も消えてしまうので、今話からナザリックの鍛冶長に作らせた実物の鎧を着用してます。
 アインズ様の肉体が変質したことにより鎧状態でも普通に全魔法使用可能にしてます(あまり重要じゃない)。

完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)────戦士レベルへと移し替える魔法。特定クラスを得た者しか使えない武装も使用可能になるが、戦士化中は魔法が使えない。戦士のスキルも手に入らず、ステータスも完全な戦士より低くなる。
 これは完全なネタ魔法ですね。ユグドラシル世界を考えると、神器級(ゴッズ)を一つも持っていないプレイヤーは珍しくない。そんな中、戦士職じゃないプレイヤーが態々戦士装備なんか作らない、というか作れない。
 アインズ様みたいに引退したプレイヤーの最強装備があればワンチャンあるかも。・・・ただ、やっぱりユグドラシルではねえ・・・
 そんな解釈により完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)の消費魔力は極小でリキャストタイムはゼロ。さらに任意に解除出来る仕様にしました。


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9話 魔王

話数が進むにつれて誤字報告報告してくれる方々への感謝が募る今日この頃。誠にありがとう御座います。
漢字変換ミスが多いですね。
皆もPCで「異形種」と打つ時は「いぎょう」、「しゅ」と分けましょう。「いぎょうしゅ」と打つと……。
タグを一つ消しました。必要に応じて追加して行くつもりです。 




「あれが、英雄の戦いなの!?」

  

 

 ラキュースはイビルアイと連携して、モモンとヤルダバオトの戦いで起こる音と剣戟が放つ光に吸い寄せられるように広場に入ってきた悪魔を数体倒しつつ、速すぎて目で追いきれない一人と一体の激闘に見入ってしまう。

 

 一人で『蒼の薔薇』四人に圧勝出来るイビルアイがしきりにモモンの凄さを語っていたが、はっきりと次元が違う様を目の当たりにした。あれこそラキュースが憧れた英雄譚の中の英雄そのものだった。

 王国でも有数の貴族────アインドラ家の長女でありながら『朱の雫』の英雄譚を聞き、両親の反対も振り払い出奔し冒険者となり、冒険者最高位アダマンタイト級まで上り詰めたが、それで満足した訳では当然ない。 

 天上の如き戦いを目に焼き付けようとしているが、無粋な輩が邪魔をしてくる。

 

「ラキュース!あちらから悪魔数体。私はこっちをやる!」

 

 イビルアイが示す方向を見ると、悪魔五体が固まってこちらに向かってくる。

 

「もう!邪魔しないで!超技!暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)

 

 魔剣キリネイラム────漆黒の刀身には夜空の星を思わせる輝きがあり、魔力を注ぎ込むと刀身が膨れ上がり、無属性エネルギーの大爆発を起こすことが出来る。

 邪魔者を速攻で倒すため、最大の攻撃で五体の悪魔を纏めて吹き飛ばす。

 

 周りを見渡すとイビルアイも終わっている。彼女の意気込みもラキュースと変わらない程だ。見える範囲に敵の姿は無く、悪魔の増援もしばらくは無いだろう。

 

 ヤルダバオトは大鎌による攻撃だけでなく、魔力の塊や炎を合間に飛ばしている。あれ一つ当たるだけで自分達なら致命傷だろう破壊力を秘めているのが、抉られた地面、直撃し崩壊した建物が物語っている。

 

 対してモモンは前後左右、上へと避けたり、二本のグレートソードで切ったり防いだり、時には広範囲を氷で覆う短剣のような武器を使ったり、どこからともなく取り出した炎を纏う真紅の槍を投擲しながら立ち回っている。

 

 時々足を止めて火花を散らしながら打ち合う時に確認出来た。悪魔には無数の傷が出来ている。

 

 だが、モモンにも同じくらい漆黒の鎧に傷が付いている。

(なんとかモモンさんに回復魔法を)

 

 互角の戦いを繰り広げているが、ここに支援魔法を行える者が居る方が圧倒的に有利なのは自明の理。

 しかし、ここからでは回復魔法が届かない。近づこうにも戦いの余波が激しすぎてこれ以上前に行けない。

 

(なにを怖がってるの。ここで私が行かなくて誰が行くの。私がモモンさんを助ける)

 

「イビルアイ!援護して!」

「分かっている!」

 

 イビルアイも私と同じ思いなのだろう。アイコンタクトだけで理解を示し二人同時に走り出す。

 

 後少しで魔法が届く。

 

「!!────下がれ!」

 

 二人の接近に気付いたモモンが叫ぶ。

 

 「えっ!?」「なっ!?」

 

 同時に声を発した。気付かなかったがヤルダバオトの腹部に漆黒の魔力が集まっていた。

 咄嗟に止まり後ろに下がる。

 

「喰らえ!」

 

 ヤルダバオトの声と共に黒い光の波動が使用者を中心にして一気に周囲を飲みつくす。

 

「ぐっ!」

 

 モモンが二本のグレートソードを交差して防御するが、踏ん張った足で地面を削りながら後ろに押される。

 

 ラキュースはモモンの声のお陰でギリギリ範囲外まで下がっていた。イビルアイは少し影響を受けたのか十メートルほど後ろに飛んでいた。

 

「モモンさん!重傷治癒(ヘビーリカバー)

 

 第三位階の治癒魔法をモモンに掛ける。 

 

「危険を顧みず仲間の為に死地に来たか。先にお前を始末してくれる」

「あっ!?」「ラキュース!」

 

 イビルアイの声が後ろから聞こえる中、治癒魔法を使ったため反応が遅れる。ヤルダバオトはもう目の前に居て、左手に鋭い爪を十センチ伸ばし腰溜めに下から切り裂こうとしている。

(やられる!)

 

 防御も回避も間に合わない。

 死の間際の感覚なのか、いやにスローな動きで長い爪が下から迫ってくるのが見える。

 

 死を覚悟した瞬間ヤルダバオトと自分の間に漆黒の影が飛び込んでくる。

 

バキィイイイン

 

「つあ!」

 

 飛び込んできた漆黒の面頬付き兜(クローズド・ヘルム)の右頬から右目の上までを下から襲った爪に裂かれ、兜の破片が宙を舞う。

 

「モ、モモンさん!?」

 

「もらったああ!」

 

 ヤルダバオトはこうなると分かっていたのか、大鎌を放り出した右手をモモンの腹部に当て、溜めていた魔力を解放した。

「ぐはぁ!」

 

 解放された魔力はモモンの腹を突き抜け、ラキュースの横を通り過ぎていく。

 至近距離で受けたモモンは体勢が崩れ、片膝を付く。

 

「よくもおおお!」

「モモン様あああ!」

 

 キリネイラムを振りかぶり大上段から振り下ろす。  

 イビルアイも後ろから<飛行(フライ)>で突っ込み、魔力を込めた拳をラキュースの左側から突き出す。

 

「ふん。遅いわ!」

 

 決死の攻撃もヤルダバオトは余裕さえ感じる所作で、両手でそれぞれ受け止める。

 仮面で表情は見えないが、あざ笑っている顔が透けて見えるようだ。

 そしてヤルダバオトの腹部に魔力が集まるのが見えた。

 今あの技を使われたら三人纏めて直撃してしまう。

 ラキュースとイビルアイに絶望が襲う。

 

「ギィ!?グアアア!」

 

 ヤルダバオトが血を撒き散らしながら吹き飛んで行く。

 モモンがグレートソードを両肩に突き刺し、凄まじい蹴りを放ったのだ。

 

 悪魔の手から解放された二人をモモンがそれぞれ片手で腰を抱える。

 

「モ、モモンさん」「モモン様!」

 

 ラキュースから見たモモンは兜の右側が一部欠けており、暗がりの中その目を見ることが出来た。

(なんて澄んだ瞳……) 

 あれほどの頂にいるモモンはそれなりに年齢を重ねていると思っていたラキュースは、意外に若く見えるその顔立ちに少なからず驚いた。

 空には星が瞬き、月明かりに照らされた英雄に抱きとめてもらっている状況は、御伽噺に出てくる女騎士が英雄に助けられた場面のようだ。

 

(……はっ!いけない。変な妄想している場合じゃ)

 

重傷治癒(ヘビーリカバー)

 

 モモンに再度治癒魔法を掛ける。

 

「ありがとう御座います。アインドラさん」

「いえ。……むしろ私のせいですみません」

「ううぅ……モモン様~」

 

 イビルアイがモモンに抱えられながら両足も使って抱きついている。────尤も体が小さいから子供が親にくっ付いている様であったが。

 

「そんなことありません。二人のお陰です。……奴を見て下さい」

 

 モモンの言葉にヤルダバオトを見ると。吹き飛ぶ際に肩から抜けたグレートソードの刺し傷は、千切れてはいないが深く、マトモに喰らった蹴りで口からも血を吐いている。

 

 モモンが二人を下ろし、落ちているグレートソードを一本拾い、ヤルダバオトへ歩いて行く。

「さて、チェックメイトだ」

 

「……はっはっは!……ああ!楽しかったなあ、冒険者よ」

 

 待ち焦がれた恋人を迎えるように両手を広げたヤルダバオト。

 もはや勝負は着いたと理解したのだろう悪魔を一閃。

 

 袈裟切りにされ、その身を光の粒子に変え────消えていく。

 

「……終わった…のね」

「ああ……さすがモモン様だ」

 

 周囲には冒険者や衛兵。いつからいたのか作戦に参加した者達が遠巻きに集まっていた。他の班も悪魔を討伐してここに辿り着いたようだ。

 

「モモンさん。皆集まってます。勝ち鬨をお願いします」

「えっ?……いや、それは」

「どうしたんですかモモン様?」

 

 モモンが兜越しに人差し指で頬を掻いている。 

 

「……恥ずかしいな」

「……ふふふ」

 

 これだけの強さを持つ英雄なのに照れている姿が可笑しく思えてつい笑ってしまう。

 

「駄目ですよ。偉業を成し遂げた者として締めくくって下さいね」

 

 

 観念したのか、右手のグレートソードを天高く掲げる。

 

「オオオオオオオオオオオオオ!」

 

 モモンの雄たけびに合わせて集まった全員が叫ぶ。

 

 日暮れから始まった悪魔騒動は、日を跨ぐ前に終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 レエブンは子飼いの元オリハルコン級冒険者が見つけてきた山羊の頭をしたニ十センチ程の悪魔像をその手に持っていた。

 冒険者モモンがヤルダバオトを討伐した後、襲撃予定であった八本指の拠点の隠し扉から見つかったのだ。

 悪魔像は腹の前で両手の平を上に向け、大事そうになにかの玉を持っている。────が、それは真っ二つに割れ、石ではないなにか黒い鉱石のようになっていた。魔法詠唱者に鑑定させたところ、微弱な魔力が残っており、少しずつ薄れていっているらしい。

 悪魔像が見つかった隠し部屋には八本指の男も見つかった。目は血走り、涎と糞尿を垂らし、全身を震わせる様にただ事ではないと現場の判断で治癒を施し尋問したら、ヤルダバオトが語っていた通り、この男が偶然マジックアイテムを発見し召喚。恨みのある者達への復讐を願ったと。

 詳しくはわからないが手順が違ったらしい。

 そのため呪われ、男はそのすぐ後、発狂して死んでしまった。

 どういった心境か、召喚されたヤルダバオトは願いを聞き入れ王都を襲う。

 他にも捕らえた何人かの構成員からは碌な情報を得られなかった。

 蘇生魔法も考えてみたが灰になるだけだろう。これ以上の事件の究明は不可能と判断し、悪魔騒動は一人の八本指の男が私欲で起こした事件と推測する。

 幹部クラスや六腕は見つかっていない。同じ組織内でのことだ、こちらより早く気付きさっさと逃げ出したのだろう。

 

 それにしても。────この国の未来を思うと胃が痛くなり頭を掻き毟りたい衝動に駆られる。

 

 少し離れた後ろの方にいる王の姿を見る。

 リ・エスティーゼ王国。国王『ランポッサ三世』。

 民を想う心優しい王として敬意を持ってはいる。

 だが、その優しさは決断力の無さと相まって甘い、甘すぎるのだ。

 第一王子の『バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ』が八本指と関係があったのをレエブンは知っている。当然王も気付いているだろう。

 だが、王は息子可愛さにバルブロを糾弾したりはしなかった。いつか過ちに気付いてくれると考えているのだろう。自分も息子を持つ身として分からなくもない────が、第一王子が王位を継承すれば瞬く間に王国は滅びるのは分かりきったこと。

 貴族派閥との摩擦を恐れるあまり後手後手へと回り、王権が地に落ちるのも時間の問題。

 

 先日、第二王子『ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ』とラナー王女との会談で話し合ったように、出来るだけ早くザナック王子が王位に就いてもらわなければならない。

 

 今回の事件で、王本人とザナック王子は兵を連れて王都を廻り、民を助けるべく行動する姿を民衆に知らしめることが出来た。

 ラナー王女は自費で冒険者を雇う形を取っている。これで王派閥側が民衆の支持を得る。

 反対にバルブロ王子は城を守ると立てこもり。一番安全な場所で伸う伸うとしている。事実であり、これを民の中に伝わるよう手配することになっている。

 

 そうしてザナック王子が王位に就き、自分は愛する息子に完璧な状態で領地を継がせるのが目的。

 

 ラナー王女は愛する男と一緒に暮らすことが出来るよう確約していた。

 尤も、その愛はハッキリと歪んでいると言えるが。

 愛する男を首輪で縛り、ずっと犬のように憧れの瞳で見ていて欲しい。など理解出来るわけがないし、したくもない。

 それを愛だと言う女に薄ら寒いものを感じる。

 ────しかし、それも幼少期の体験談を聞けばある程度は納得は出来た。理解はやはり出来ないが。

 

 

 

 

 

 

 ユリはプレアデスの代表としてガゼフと話していた。

 

「では、捕らえられていた王国民は確かに引き渡しました」

 

 プレアデスはしっかり任務をこなし衛兵を連れて王国民が捕らえられていた倉庫を見つけ、救出に成功していた。

 

「御助力感謝する。ところで、貴方方はゴウン殿からの指示で来られたと聞いたのだが?」

 頭を深く下げ、礼を述べるガゼフだが。────なんでメイド?と不思議だった。その強さはアダマンタイト級と聞いており、今目の前にすると自分より強そうと感じるが疑念は消えない。

 

「その通りです。我が主が悪魔の存在を感知し、御自身が現在動くことが出来ない状態のため、私達を転移魔法で飛ばされました」

 

 思えばカルネ村の時も王国に仕える自分への協力は断られた。

 その後助けてもらったが。あくまで村人を守るため、国に手を貸す気はないという表明なのだろうか。

 いずれにしてもゴウンは民を想い、守る力を持つ素晴らしい御仁なのだと改めて想う。

 

「そうですか。……ゴウン殿にはカルネ村の件でも礼をしたかったのだが、また借りが出来てしまった。ぜひ一度王都に来られた時には声を掛けてほしい。王も直接礼がしたいと仰っていたとゴウン殿に伝えてくれまいか」

 

「畏まりました。必ずお伝え致します。その際にはストロノーフ様に日にちをお伝えしたほうがよろしいでしょうか?街の復興が終わってからの方が良いかと」

「お気遣い感謝する。私の家の住所を紙に書いて渡しておこう」

 

 

 

 戦いが終わり感激したイビルアイが「うわあああああ」と叫びながらモモンに抱きついていた。

 すぐ傍ではラキュースもモモンを「ジッ」と見つめている。

 広場に集まってきた冒険者や衛兵は少し遠巻きにモモンを囲って勝利に騒いでいる。

 

 そんな人の群れを<飛行(フライ)>で飛び越え、主に引っ付く二人の女を確認したナーベが顔を引きつらせ、どうやって我が主から引き離そうか考えながら近づき、ヘルムの右側の一部が掛けていて尊顔が見えかけているのに気付いた。月明かりだけでは夜目が利かない者にはよほど近づかないとなにも見えないぐらいだが。

 

「モモンさん。あ、あの、ヘルムに傷が……」

 

「え?……あっ……」

 

 ヘルムを触って確認したモモンから間の抜けた声が出る。

 戦闘に集中するあまり気付かなかったのだ。

 慌てて首に巻いているマントを上に上げて隠す。ラキュースから残念そうな声が聞こえた気がする。

 アインズとしては仮面で隠しているが、今後表舞台に出る必要もある。

 どこで素顔を晒すかはまだ分からない、モモンの時に素顔を晒す気も今のところない。冒険者として初日に幻術で作った顔はリアルの自分だが、幻術を破られる可能性もあるから今更使う気もない。

 とりあえず宗教上の理由で「人前で素顔を晒せない」。という言い訳がエ・ランテルで浸透しているのを継続していくつもりだった。

(暗がりだし、見られていたとしてもこの小さな傷じゃ一部だけだし問題ない……かな?)

 

 

 

 ようやく冒険者達の喧騒が収まった頃。レエブンがモモン達の前まで来る。

 

「モモン殿。ヤルダバオト討伐、本当に助かりました」

「いえ。依頼をこなしたに過ぎませんので」

 

 モモンの謙虚な姿勢に噂通りの英雄だと感じ、モモンを王都に呼んだ自分の判断を褒めたい気分だった。

 

「今日は疲れたでしょう。『蒼の薔薇』も利用している王都で最高級の宿を手配してありますのでナーベ殿もそちらで休んで下さい。無論、代金は払ってあります。被害の確認等、事後処理は王国兵士達に任せて下さい。私もしなければならない事がありますので依頼報酬は明日、宿に届けます」

「分かりました。御言葉に甘えさせてもらいます。……では、ナーベ。行くぞ」

「はい。モモンさん」

 

「ん?……ちょっと待ってくれレエブン候。手配した宿とは二部屋なのか?」

 

 唐突にイビルアイがレエブンに問いかける。ラキュースも何か気付いたような顔をして、レエブンを威嚇するように見つめている。

 

 レエブンも『漆黒』の噂は聞いている。モモンはナーベを仲間と言っているが、ナーベのモモンへの態度は従者、もしくは部下のような対応であり。常に敬意を払っているのだと。

 中には寵姫だといった噂もあるぐらいなので同部屋で問題無いと思っていた。

 

「二人一部屋だが」

「それはダメだ!」「絶対ダメ!」

「いい!?」

 

 イビルアイとラキュース。人類最高峰と謳われるアダマンタイト級の突然の大声と圧力に思わず身を仰け反らせ後ずさる。

「い、いや。……『漆黒』の二人は相棒同士なのだし、……問題ないのでは?」

 

 二人が同じ屋根の下で寝るなど容認したくなかった。しかも自分と同じ宿で。チーム内での信頼関係が大事なのは冒険者の常識。ましてや『漆黒』は他に例が無い程珍しい二人チーム。寝泊りを共にするのは当然と言える。色々な噂があるが、二人が関係を持っていないとしてもイビルアイには反論する言葉が浮かばなかった。

 

 「ううぅ……」と両拳を顎の下で握り、呻くイビルアイの傍でラキュースが閃く。

「いえいえ、レエブン候。強大な悪魔を倒し、王国を救って頂いた方には十分な休息が必要でしょう。その為には個室を用意するのが宜しいかと思いますわ」

 

(おお、ナイスだラキュース)

 二人の心が通い合った瞬間であった。ラキュースは秘かにウィンクしてくる。イビルアイも、誰にも分からないが仮面の下でウィンクしていた。

 

「……そうですな。それも一理ありますね。どうでしょうモモン殿。一部屋ずつの用意も出来ますが?」

「……お任せします」

 

 その辺はどうでもいいモモンは素っ気無く答える。

 

 いつの間にか居た『蒼の薔薇』の他の三人は、そのやり取りを呆れたように見ていた。

 

「こりゃ完全に重症だな」

「キャットファイトの予感」

「とうとうウチの乙女に春」

 

 

 

 

 

 

「モモン殿。話がしたいのですが、少し時間をもらえるでしょうか?」

 宿へ向かう途中にブレインがモモンに話しかける。共に行動していたクライムは事後処理を任されていた。

 

「貴方は……ブレイン・アングラウス殿でしたか。どういった話でしょうか?」

「ここでは話せません。どこか落ち着ける場所が良いんですが」

「ふむ……では今向かっている宿は酒場も兼業しているらしいのでそこでどうですか?」

「分かりました」

 

 

 案内された宿に入るとすぐに食堂兼酒場があり、宿は二階からとなっていた。

 モモンはブレインと話があると酒場に残り、ナーベと『蒼の薔薇』は部屋へと向かって行った。

 

「あんな戦闘の後で時間を取らせて申し訳ありません。貴方の噂を聞いて話しておくべきだと思いまして」

「気遣いは無用ですよ。それでアングラウス殿。話と言うのは?」

 奥にある丸テーブルに座る。悪魔騒動により他に客はおらず店内は二人しかいないが、ここならカウンターの店員にも聞こえないだろう。

 

「貴方が探してる吸血鬼について」

「!?」

 

 ブレインの発言に急速に警戒を強める。モモンに関わった吸血鬼といえばシャルティアしかいない。組合にはホニョペニョコで通しているが。

(シャルティアを洗脳したのはこの男か?・・・いや、この男が世界級(ワールド)アイテムを持っているとは思えない。……ならば関係者か?)

 

「おっと。……そんなに警戒しないでほしい。気迫だけで縮み上がってしまう。……実は私がある傭兵団の用心棒をしていた時の事なんですが────」

 

 ブレインはシャルティアに会った時の事を洗いざらい話していく。己の不甲斐無さも包み隠さずに。

 セバスやシャルティア。そしてモモンという強さの極致に居る存在を知り、自分の弱さに心が折れ掛かっていたが。先ほどクライム達と炎の中で探索中に再度会ったシャルティア・ブラッドフォールンの爪を切り飛ばす事が出来、どこか吹っ切れた状態になれた。

 人間は弱い。だが、それでも、いつかは自分も頂に届くかも知れないと。セバスにも人が持つ可能性を教えて貰えたのだ。

 モモンは最初こそ警戒していたが、途中からはブレインの心境の話に聞き入っていた。

 

 特にシャルティアの爪を切ったことには俄然興味が湧いた。

 Lv100のシャルティアの肉体を、たとえ爪といえどLv30程の者が傷付ける等本来ありえない。それほどの差を跳ね除けたのは人の意思の力か、はたまた武技によるものか。興味は尽きない。

 

 そして、この男、ブレインはシャルティアを洗脳した者とは関係が無かった。

 

「……以上です。貴方が討伐したホニョなんとかの吸血鬼の片割れがシャルティア・ブラッドフォールンではないかと思いまして」

「いや。残念ながら違うな。私が探しているのは別の吸血鬼だ」

 

 冒険者モモンとしてここは違うと表明しておかなければならない。

 シャルティアが襲ったのは所謂犯罪者。プレイヤーの耳に入ったとしても言い訳が利く。

 エ・ランテルの冒険者を殺してしまったのは『血の狂乱』を発動させた姿でありホニョペニョコとして討伐した事になっているのだから。その時死んだ冒険者には申し訳なく思うが、冒険者に危険は付きもの。彼らも承知で活動しているのだから。

 シャルティアを洗脳した連中が、シャルティアという名を知っているとは思えない。

 ブレインが名を知っているのは戦う前に自分が名乗りを挙げ、困惑したシャルティアに問いかけたからだと言っていた。

 武人気質なところがこの男にはある。

 洗脳という手段を使う連中が名乗り合うような対応をする。────ありえないだろう。

 

「そうですか。……違いましたか」

 

 ブレインは他にも人外のモンスターが居る事を不思議に思わない。ここ最近同じような化け物級の強さを持つ者を何人も見てきたのだから。目の前のモモン含めて。

 

「せっかくの情報をわざわざすみません」

「ペコリ」と頭を下げるモモン。

 

「いえ、貴方と話せて良かったです。……では私は事後処理をしているクライム君を手伝って来ます」

「こちらこそ、貴重な話をありがとう御座います」

 

 お互い握手をして分かれる。ブレインは外へ、モモンは渡されていた部屋番号の付いた鍵を手に最上階へと。

 シャルティアがアインズの傍に居る事実はばれても問題ない。

 だが、今後ナザリック外────特に人間の居る場所で活動する際は変装する必要がある。とモモンはこれからの事を考えながら、静かに階段を昇る。

 

  

 

 

 

 

 王都で最高と言うだけあって、エ・ランテルの『黄金の輝き亭』と変わらぬ程豪華な部屋に入り、備え付けのソファーに座る。

 

 ブレインの話は有意義ではあったが、残念ながらシャルティアを洗脳した連中の情報は何もなかった。

 悪魔騒動により潜んでいるかもしれないプレイヤーの確認をしていたニグレドからの報告もない。

 今回はハンゾウなどの護衛を外して行動していた。万が一看破に特化したプレイヤーがいた場合、察知される可能性があったため。

 

 それにしても────

 強欲の魔将(イビルロード・グリード)の堂に入ったロールを思い出す。

 アインズは大まかな希望を言っただけで細かい内容はデミウルゴスが考えたものだ。強者を求めるロールも指示によるものだとすれば感心する。

 

 強欲の魔将(イビルロード・グリード)の攻撃は非常に強力でアインズの希望は十分に叶えられた。常人なら悶絶していただろう痛みにも戦闘を続行出来るぐらいには耐えられた。オーバーロードの力があることで精神力が強くなっているのかも知れない。

 

 モモンとして一晩泊まることになったのは既にアルベドへ伝えてあり、宿に入ってすぐに居なくなれば怪しまれるかもしれないため、ナザリックへ帰るのはもう少し後だ。ナーベも、今は与えられた部屋で休んでいる。

 

 ベランダへ出る大きめの窓から星が見える。ソファーから立ち上がり、窓を開け十分な広さのベランダから星空を見上げた。

 ナザリックの表層で見たのと変わらない、美しい夜空が広がっている。

 まだ時間があり、時間潰しにあの時のように近くで見たくなり、魔法を唱えようとした────

 

「綺麗な星空ですね」

 

「……アインドラさん?」

 

 不意に掛けられた声に振り向くと、隣の部屋だったらしいラキュースが窓を開けて立っていた。武装は解いており、見る者を煽情させない上品な空色のネグリジェを着ている。

 

「まだ起きていたんですか」

 

「ふふ……今日は本当に色々ありましたから、目が冴えてしまって。……モモンさんも星を見に?」

 

 微笑みを浮かべたラキュースがベランダに出ながら問いかける。

 

「ええ。空に上がって近くで見ようと思いまして」

 

「上がって?」

 

 戦士であるモモンの言葉に疑問を持つのは当然だ。「これを使ってね」とアイテムボックスから出すのを隠すようにマントの中に手を入れて羽を模ったネックレスを取り出す。<飛行(フライ)>の効果が秘められたマジックアイテムだ。

 

 見たことの無いマジックアイテムに冒険者として興味を持つラキュース。

(今までどんな冒険をしてきたのかしら)

 今度ゆっくりと冒険譚を聞かせて欲しいと思っていた。

 

 モモンはアイテムの効果を発揮させて浮かび上がり、ラキュースの前までゆっくりと近づいてくる。 

 

「良ければ一緒に見に行きませんか?」

 

「え?……はい。喜んで」

 

 差し出された手をダンスに誘われた淑女のように掴む。

 

「では、行きますよ」

 

 モモンの声と共に想像していたよりも速いスピードで空に上がっていく。あまりの速さにモモンの腕に両腕でシッカリと掴まり雲を突き抜ける。

 

 目を瞑ってしまっていたラキュースが体に感じる空気抵抗が無くなったのを確認し、目を開く。

 

「……わあ♪♪」

 

 視界に広がるのは星。星。星。手を伸ばせば届きそうな輝きに思わず掴もうとしてしまう。

 下を見れば自分の住んでいる王都の町並みが小さくなっている。

 その絶景にまるで子供のように目を輝かせる。

 

 ラキュースの反応が自分がしたのと殆ど同じだったことにヘルムの下で頬が緩む。 

 

「アインドラさんにも魔法の効果を掛けましたのでもう手を離しても大丈夫ですよ」

 

「!!」

 

 言われて気付いた。モモンの腕に絡ませていたのを。

 慌てて離そうとしたが、離した瞬間地上に真っ逆さまにならないだろうかと不安になる。

 モモンを信じて名残惜しいかのようにゆっくりと手を離していく。

 

「ん、こほん。……本当に綺麗ですね。私、こんなに高いところまで来たのは初めてです」

 

「そうですね。……この世界は本当に美しい」

 

 冷たい風が吹いてくる。その拍子にモモンのヘルムの傷を隠すように巻いたマントが風に煽られ素顔の一部が晒される。

 ラキュースが良く見えない素顔を見つめていると、体が震える。地上からはるか上空で風に晒されて冷えてきた。

 

 ラキュースが両腕を逆の腕に絡ませ震えているのに気付いたモモンがマントから臙脂色のマントを取り出しラキュースに羽織らせる。

 

「女性をこんな寒い場所に連れてきて申し訳ない。これはどんな環境でも快適な温度を保ってくれるマジックアイテムです。あまり過酷な環境だと効果は薄いですが、ここでなら問題ないでしょう」

 

 マントを着せられた瞬間震えが止まる。触れてみると肌触りは極上の絹のように柔らかく、ずっと触っていたくなる感触だった。

 

「暖かい。……モモンさん、ありがとう御座います」

 

「気にしないで下さい」

 

 再度星を見ているとブルー・プラネットが第六階層の空を完成させた時のことを思い出す。

 

『ほら、見て下さいモモンガさん。あれがデネブ、アルタイル、ベガ、あの三つで夏の大三角と言われていたんですよ。あっちの赤い星はさそり座のアンタレス。こっちにあるのが北斗七星ですよ。モモンガさん、北斗七星のしっぽの先から二番目の星の傍に変光星があるんですが、……今は見えませんね。実はその星は超低確率で見えることがあるんですよ。もし見えたら知らせて下さいね。……うぷぷぷ。それであれが────』

 

 リアルで失われた星を熱心に話す仲間を思い出し、つい「ふふ」と笑ってしまう。

 

「何か楽しいことでも考えているんですか?」

 モモンの雰囲気が柔らかくなったのを感じて絆される。

 

「……昔の仲間の事を、ね。……彼にもこの空を見せられたらと思いましてね」

 

 元気が無い声になったのを悪い事を聞いてしまったかと後悔する。過去になにかあったのだろう。

 冒険者は仲間と言えど無粋な詮索は御法度なのは常識。

 ラキュースはモモンの寂しそうな姿に胸が熱くなってくる。

 いつか自分が彼の心を癒してあげられるようになりたいと。

 

「元気を出して下さい。……そ、その、……私でよければいつでもこうして御付き合いしますから。……だから……」 

 

 そう言ってモモンの正面に向き、顔をヘルムまで近づける。

 

「…………」

 

 右頬に感じた柔らかい感触に彼女がキスしたのだと理解したモモンは心底焦る。

 

 モモンから離れたラキュースが耳まで真っ赤にして俯き、足をモジモジとすり合わせる様に、モモンの心臓がバクバクと五月蝿く鳴っていた。こういう時にアンデッドの精神沈静化が欲しいと思う。

 月と星の明かりに照らされラキュースの姿は神秘的に輝きまるで女神のように見えた。こちらをチラチラと見上げてくるラキュースをこれ以上見ていると精神が持たない。

 

「……そ、そろそろ戻りましょうか?」

「……は、はい。そうですね」

 

 ラキュースも恥ずかしくて居た堪れないのか大人しく付いてくる。

 

 昇りと違い、指と指を触れ合わせるように繋いで。

 

 ラキュースを彼女の部屋のベランダへ送り。二人はしばし無言のままに見つめ合う。

 

「あ、……モモンさん。お借りしたマントを」

 

 モモンから借りたマジックアイテムを返そうとする。

 

「いえ、それはアインドラさんに差し上げますよ。今夜付き合ってくれたお礼です。……では」

「待って下さい。……わ、私のことはラキュースと呼んでくれませんか?」

「……えっ?」

「ラキュース。です。それ以外で呼ばれても返事しませんから」

「……分かりました。……お休み。ラキュースさん」

「お休みなさい。モモンさん♪」

 

 満面の笑みを浮かべたラキュースと別れ、自分の部屋に戻る。

 

 

 

 モモンは部屋に入ると気恥ずかしさからベッドの上でもんどり打って倒れていた。 

 

 ラキュースはベッドでモモンから貰ったマントに包まり幸せそうに眠っていた。

 

 

 

 月だけが二人を見ていた。

 




 この世界ではプレイヤーは痛覚が無い、もしくは鈍化する種族じゃないと100レベル同士の攻撃に精神が耐えられないだろうと思う。
 本編のアインズさんは痛覚無しでも鈍化でもなく、普通に痛みを感じます。オーバーロードの残滓的なもので精神的にも強くなってます。(人間と比べたらですが)


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10話 ゲヘナを終えて 

誤字報告ありがとうございます。




 ナザリック地下大墳墓 第十階層『玉座の間』

 

 アインズは王都の宿でしばらく転げまわり、枕に顔を埋めて叫んだりし、ようやく落ち着きを取り戻した。そろそろ時間だ、とパンドラに身代わりをして貰いナザリックへと帰還した。

 

 玉座の間には既に、第四、第八を除く階層守護者に、セバス、ナーベラルを除くプレアデスに、主だった僕が玉座に座る至高の主の前に跪いていた。

 

「皆良く集まってくれた、面を上げよ」

 

 アインズの言葉に全員が一糸乱れぬ動きで顔を上げる。────そんな中、一人の悪魔だけが未だに額を地に付けている。

 

 至高の御方の言葉に従わない様に、周りから殺気にも似た視線が走る。────と言うより、アインズが玉座の間に戻る前からも、殺気程ではないが敵意にも似た視線をこの悪魔は一身に受けていた。

 だが、その悪魔はそれも当然なのだと、甘んじて冷たい視線を受け止めていた。

 

 その悪魔は強欲の魔将(イビルロード・グリード)

 

 叱責しようとしたアルベドをアインズが軽く手を振り静止し、再度の命令でようやく強欲の魔将(イビルロード・グリード)の頭を上げさせる。

 そして、彼をこのままの状態で置いておくのを不憫に思い。

 

強欲の魔将(イビルロード・グリード)よ、報告の前にお前の働きに報いようと思う。何か望みの褒美はあるか?」

 

「!?……そ、そんな、褒美など。……命令とはいえ至高の御方の玉体を傷つけた我が身。……いかような罰をも……」

 

 これである。アインズが予想していた通りの返答が返ってくる。

 ナザリックの僕達は、至高の存在に尽くすのを至上の喜びとしている。意識改革を進めてはいるが、僕によっては時間が掛かるだろう。────その対策も考えてある。

 

「お前の働きには非常に満足している。他の者には出来ない事をやったのだからな。望む物がないと言うならこれを褒美としよう。お前に丁度良いだろう」

 

 アイテムボックスから大鎌を取り出す。

 <死神の鎌>。ユグドラシル時代に、オーバーロードのモモンガに良く似合うと、ギルメンから貰ったアイテムだ(装備は出来なかったが)。副次効果に即死が内包されており、強欲の魔将(イビルロード・グリード)の持つ大鎌と使い分ける事が出来る。

 

「受け取ってくれるな」

 

「おお!……かような物を。感謝致しますアインズ様」

 

 アインズの、「受け取るしか選択肢はないぞ!」、という言外に告げる言葉と雰囲気に従い、アインズからメイドが受け取り強欲の魔将(イビルロード・グリード)へ恩賞が渡される。

 強欲の魔将(イビルロード・グリード)の、いつまでも満たされない欲の塊のように赤く光る瞳が、初めて満たされたように淡く揺らめく。

 至高の御方が使っていたアイテムを授かったことにより、周りからの冷たい視線は嫉妬を多分に含んだ羨望の眼差しに変わっていた。 

 

 アインズがこのように大勢の前で行ったのには勿論理由がある。

 会社の表彰式のように皆の前で功を労うことで、全員の士気を高めるのだ。

 皆も事情は理解はしているだろうが、強欲の魔将(イビルロード・グリード)の役目を思えば周りから冷遇されかねないため、イの一番に褒章を渡すことにした。

 他の者の褒章は後程行う予定だ。

 

「ではデミウルゴス。報告を」

 

 進行役のアルベドが促す。

 

「はっ。まず八本指はこちらが掌握することが出来ました。これにより現地通貨や物資等、八本指が蓄えていた全てが手に入りました。これは王国の国家予算を大きく超えるかと。幹部連中には教育(・・)を施し、ナザリックに絶対の忠誠を誓わせる予定です。六腕については、現地では強力な戦力ということで、教育とは別に鍛錬も行っていきます。これにはコキュートス主導で蜥蜴人(リザードマン)と協力して当たります。王国が受けた被害ですが、一部の家屋の崩壊や負傷者などはありましたが、死亡者は……ゼロです」

 

 デミウルゴスの報告にアインズは安堵の息を秘かに零す。犯罪者などはともかく、一般人に危害を加えるのは鈴木悟として許容出来なかった。────デミウルゴスの報告は続く。

 

「王国側の見解ですが。今回の事件は一部の八本指が起こした騒動と結論付けたようです。ドッペルゲンガーの自演、兵士への成りすましによる偽情報により行方不明者は数千人から一万と判断したようです。また、王国を救った冒険者モモンの名声が高まり、知らぬ者が居ないほどになるでしょう。魔法詠唱者としてのアインズ様の援助も、国王に伝わり、カルネ村に続き更に恩を売る事が出来ました」

 

「素晴らしい!良くやってくれたデミウルゴス」

「ははっ!ありがとう御座います。主の望みに応える事こそ我が望み」

 

 アインズは正直無茶振りしてしまったと思っていたが、デミウルゴスは完全に応えてくれた。

 ならば、と褒美を渡す段階になる。

 やはり予想通り素直に受け取ってくれないデミウルゴス。

 というよりナザリックの僕の殆どがそうなのだ。

 だからデミウルゴスにはウルベルトさんから貰ったマジックアイテムを褒美とした。

 相手が喜びそうな物が分かる場合はこうして物でどうかと提案する事にした。

 

 今回の褒美は、計画に加わった者全員に渡す予定だ。その中で特に良い働きをしたとアインズが判断した者にはアインズが直接褒美を渡そうと考えていた。例えば眷属を使って情報収集に努めた恐怖公は、上司に当たるシャルティアから。直属の上司がいない場合は作戦主導のデミウルゴスか、守護者統括のアルベドからというように。

 アインズが直接褒美を渡す事にしたのはデミウルゴス、セバス、プレアデスの六人、強欲の魔将(イビルロード・グリード)の計九人だ。アルベドとシャルティアは補佐的な役割をしていたのと、また暴走しないか不安だったため保留にした。────正直スマン。

 

 セバスはツアレの服や日用品などを求めてきた。セバスらしいなとつい頬が緩んでしまう。

 

 プレアデスは何をあげたら喜ぶか分からない、なにより今は思いつかない────ということで後程改めて聞く事となった。 

 

 

 

 日が昇り始める前に、ナザリックから再び王都の宿へ戻りモモンに扮したパンドラと入れ替わる。

 その際に潜伏中の僕が拾ったとヘルムの破片が渡されたので、<修復(リペア)>を使い、露になった部分を補修する。

 <修復(リペア)>は壊れた物の応急処置をする魔法で、耐久限界が若干下がるために頻繁に使うことは出来ないが、今は傷だらけの鎧もとりあえず良しとする。

 朝一にモモンの部屋にレエブン候の遣いが来る。

 王都へと送ってくれた魔法詠唱者。レエブン候が手配してくれた者達がエ・ランテルまで帰りも送ってくれる事になっているが、昼頃になるとのこと。事件の後始末と魔力の回復が理由なようだ。

 依頼報酬も受け取り、忙しいのか早々に使者は部屋を出て行った。

 

 

 一階の酒場兼食堂にナーベと降りると、『蒼の薔薇』が出迎えてくれた。

 

「あ、……おはよう御座います。モ、モモンさん、ナーベさん」

「よう。おはようさん」 

「やっ」

「おっほ」

「モモン様!おはよう御座います。ナーベもおはよう」

 

 五人が一斉に朝の挨拶をしてくる。

 

「……皆さんおはよう御座います。昨夜はゆっくり休めましたか?」

「おはよう」

 

 ナーベもちゃんと挨拶を交わす。モモンは昨夜の事を思い出してしまいラキュースの顔をまともに見ることが出来なかった、ラキュースも心なし顔が赤くなっている。

 

 朝からテンションの高いイビルアイに薦められるまま彼女の隣の椅子に腰掛ける。反対側にナーベが座る。

 

 『蒼の薔薇』はこれから王国上層部等に、悪魔騒動の顛末を報告する事になっているらしく、今日にもエ・ランテルに帰るモモンの見送りには間に合わせると息巻いている。────主にラキュースとイビルアイが。

 

「モモン様は空いた時間をどう過ごすのですか?」

「……そうですね。……少し王都を見て周り、短い時間でも復興を手伝おうかと考えています」

 

 死傷者はいなかったが、家を失うなどの被害を受けた人達もいる。国から保障してもらえるらしいが、ナザリックの行いで出た被害をしっかりと目に焼き付けるために。────例えそれが自己満足だとしても。

 

 しばらく談笑する。

 

「では、私達はそろそろ王城へ向かいます。ラナーにもちゃんと報告しないといけないし。……いつかまたお会いしましょうモモンさん」   

「じゃね」

「美女との別れは辛い。……またね。ナーベさん」

「それじゃあな、お二人さん。……ほれ、イビルアイ。いつまで旦那に引っ付いてんだよ。さっさと行くぞ」

「あああああ!……放せガガーラン。もう少しモモン様と」

 

 猫のように首の裏を掴まれ持ち上げられ暴れるイビルアイにラキュースが口を尖らせながらぼやく。

 

「全く……貴方は転移魔法でいつでも会いに行けるじゃない。……私だって……ブツブツ」

 

 最後の方は誰の耳にも入っていない。リーダーとして自らの果たすべき役目を全うしようとするが不満そうなラキュースがそこにいた。

 

 

 『蒼の薔薇』を見送った後、ナーベを連れて倒壊した家屋の片付けを手伝っていく。

 モモンの怪力と、<飛行(フライ)>を使って手伝うナーベの姿に、街の民衆は感謝を述べた。

 それを申し訳なく思いつつも手を振って声援に応えていく。

 

 

 そろそろ時間が差し迫り集合場所へと向かう途中。

 裏路地から走って来た小さな男の子がモモンにぶつかり尻餅をつく。それはみすぼらしい襤褸の服を着ている浮浪者だった。

 モモンは手を差し伸べ────

 

 

 

***

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国、王都。その最も奥に位置し、外周千四百メートル、二十もの円筒形の巨大な塔が防衛網を形成し、城壁によって広大な土地を囲んでいるロ・レンテ城。

 その中にあるヴァランシア宮殿。大きく分けて三つの建物の内の最も大きい王族の住居として使われる宮殿の中の一つの部屋。

 豪華ではあるが、派手ではない────そんな部屋の、窓の近くに置かれたテーブルの席に座っている金髪の二人の淑女。部屋の主ラナーと『蒼の薔薇』のリーダーラキュースである。

 

 ヤルダバオト召喚によって起こった事件の顛末。蒙った被害の報告をするためにラキュースはラナーの部屋に訪れていた。

 ラナーはレエブン候からの情報も合わせて精査し、ラキュースに伝え終わったところであった。

 それはデミウルゴスが情報操作した通りの結論に至った。

 

 いくらラナーがデミウルゴスやアルベドに比肩する頭脳を持っていようと知識に無い存在を看破することは出来なかった。

 戦士長が絶対生きて帰ってこない任務から生還することが出来た、協力者アインズ・ウール・ゴウン。冒険者モモン。クライムに手解きをしてくれたセバス。────そして悪魔ヤルダバオト。

 ここ最近だけでありえないような強者が世に現れている。そこに何か関係性があるのでは?と違和感を覚えるものの、確証までは得られていない。

 

 ラナーが盛大に溜息を吐きたい衝動を抑えて、カップの少し冷めてしまった紅茶を一口含む。

 

「それじゃあ私達は潜伏したと思われる八本指に当たれば良いのね」

 

 王国が捕らえた八本指の構成員は非常に少ない。幹部クラスは当然、組織の概要を知っている者も皆無で、重要な情報は何一つ得られていなかった。

 そのため貴族の介入もなく、捕らえられた犯罪者には処刑が待っている。────ラナーにはどうでも良いことだが。

 

「ええ、お願いねラキュース。でも無理はしないでね」

 

「分かっているわ」

 

 以前よりも覇気があるように見えるラキュースが部屋を後にする。

 

 最初は『蒼の薔薇』五人で来ていたが、彼女達の見解の聞き取りが終わると「今ならモモン様の見送りに間に合うかも」というイビルアイの退場を機に、ラキュースを置いて全員退室して行ったのだ。

 ラキュース以外のメンバーは畏まった場というのは苦手なのだ。

 なお、モモンに会えず盛大に凹んでいるイビルアイの姿が目撃されたのはまた別の御話。

 

 一人になったラナーはハイライトが消えた目で窓から見える町並みを見下ろす。

 視界には映らないが、今も悪魔が残した傷跡を埋めるように復興を行っているだろう。

 元通りになるのにはまだ時間が必要だろう。

 

 アインズ・ウール・ゴウンとモモン。二人共仮面とヘルムで顔を隠している。

 同一人物という可能性も考えたが、戦士と魔法詠唱者を両立するのは不可能。どちらも中途半端にしか成れないとラキュースから聞いているため否定するが、なにかしらの関係性は否定出来ない。

 

 自分自身が自由に外に出られたらどんなに良いか。

 部屋から出られない身で、メイドとのちょっとした話だけで王国貴族の実情等は丸裸に出来るが、二人に関してはいかんせん情報が少なすぎる。

 特に魔法詠唱者(マジック・キャスター)のアインズ・ウール・ゴウン。

 王国での魔法詠唱者(マジック・キャスター)の地位は低い。貴族達の間では彼ら魔法を扱う者とは、詐欺師か手品師のように扱われているためだ。

 ただ分かるのは、無垢な一般人を優先して助ける行動から善人であること、そしてアダマンタイト級を超える強大な力を有しているぐらいしか断定出来ない。

 

 ラナーはどのような状況にも対応出来るように、様々な推測、仮定を頭の中で行い策を考え、破棄、保留を繰り返していく。

 自身の望みを叶えるために。

 

「……はぁ」

 

 どんなに策を考えても王国の未来は暗い。レエブン候と協力して兄のザナックを王位に就かせるぐらいしか有効な手が打てない現状に深い溜息が零れた。

 

 

 

***

 

 

 

 絢爛豪華という言葉を体現する部屋があった。

 敷き詰められた真紅の絨毯は柔らかく、足首まで埋まりそうな感覚を抱かせる。

 室内に置かれた二人掛けの長椅子には一人の男性がすらりと伸びた長い足を放り出し、深々とかけていた。

 金の髪は星々の輝きを浮かべており、切れ長の濃い紫の瞳はアメジストの如く、目にする者をひきつける。

 だが眉目秀麗な容姿よりも、生まれながらに絶対的上位に立つ者だけが漂わせるオーラは『支配者』、という印象を抱かせる。

 彼はジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。

 齢二十二にしてバハルス帝国現皇帝であり、歴代最高と称される皇帝である。また多くの貴族を粛清したことから『鮮血帝』と近隣諸国に恐れられる人物であった。

 

 室内には秘書官と直立不動の従者たる四人の男の姿もあったがジルクニフは気にした様子もなく、王国の内通者からもたらされた書類を読んでいた。そんな時────

 

 ────ノックもなしにドアが開かれる。

 無礼な態度に従者達は警戒を露にするが、入室者を確認すると元通り警戒の構えを解いた。

 

「厄介ごとですぞ」

 

 入ってきたのは、自らの身長の半分ほどの長さを持つ白髪をたたえた老人だ。まとっている純白のローブや装飾品を見れば誰もが魔法詠唱者だと思うだろう。

 事実この老人こそ、帝国至上最高位の魔法詠唱者、主席宮廷魔術師である大賢者。

 『三重魔法詠唱者(トライアッド)』フールーダ・パラダインである。

 

「どうした?じい」

「調査しましたが、発見は不可能でした」

「つまりどういうことだ?」

「……陛下。魔法もまたこの世界の理。知識を────」

「ああ、分かった。分かった。じいの説教は長い。単刀直入に言ってくれ」

「本当にアインズ・ウール・ゴウンが実在する人物であれば、かなりのマジックアイテムを所有、もしくは己の力で探知を防いだのであれば、私と同等、あるいはそれ以上の魔法の使い手かと」

 

 皇帝と老人を除き、室内に緊張感が生じる。

 

「なるほどな。だから嬉しそうなのか、じい」

「当然です。私と同等、もしくはそれ以上の魔力系魔法詠唱者ならば、ぜひ会って魔術について討論したい御仁ですな」

 

 ジルクニフは知っている。フールーダの夢を。

 フールーダは魔術の深淵を覗きたいのだ。そのために自分の先に立つ者に師事を乞いたいのだ。

 後の者は、誰かが切り開いた道を進めばよい。より効率的で最適なルートを歩むことで無駄なく成長出来る。

 弟子を育成するのも、自分を超える人物が生まれ、引っ張り上げてくれないかと考えているためだ。

 

 ジルクニフは一枚の紙を突きつけた。

 それには王国でガゼフ・ストロノーフが王の前で語った内容が記載されていた。

 

「ふむ……それで陛下、この村には誰かを送ったので?」

「いやまだだ。帝国の者を送れば目立ってしまう」

「私の弟子を……いやこの書簡が事実であれば、友好的な関係を築きたいものですな」

「その通りさ、じい。制御の利く強者なら、帝国に迎え入れたいからな」

 

 さらにもう一枚の紙をフールーダに突きつける。

 

 訝しみながら目を通したフールーダは驚愕に目を見開く。

 

「先に言っておくが、それは先ほど王国に送り込んだ間者から<伝言>(メッセージ)で入ってきた情報を整理したもので信憑性はないぞ」

 

 <伝言>(メッセージ)の魔法はこの世界では信用されていない。

 距離が離れれば離れるほどノイズ混じりで聞き取り辛く。過去に<伝言>(メッセージ)によるたった三つの偽情報のために国が滅んだ経緯があったからだ。

 だが書簡や人などの情報は早馬を使ってもかなり時間が掛かる、そのため緊急の場合などはまず<伝言>(メッセージ)を使い、後にその情報を精査していた。これはなにも帝国に限ったことではない。

 

 渡した紙には、王国で起こった悪魔騒動について大雑把に書かれていた。

 難度200を超える大悪魔。

 八本指が起こした事件。

 悪魔を討伐したアダマンタイト級冒険者。

 

「王国は遠いからな、ノイズ混じりで分かったのはそのぐらいだがとても信じられんな」

 

 フールーダも信じられなかった。十三英雄が討伐して回った魔神でもそんな強さを持つ者は聞いたことが無かった。フールーダが知らないだけで実際は居たのかもしれないが。

 

 場の空気を変えようと最も優秀な秘書官、ロウネ・ヴァミリネンに瞳だけ向ける。

 

「ロウネ。お前はイジャニーヤに依頼出来る伝手があったな」

 

「はい陛下。確かに伝手は御座いますが。……誰か暗殺でもされるのですか?」

 

 イジャニーヤとは帝国を中心に知られる暗殺集団で雇うにはかなりお金がかかる集団だ。ジルクニフが帝国に取り込もうとしていたが接触できず、取り込むのは非常に困難だということがわかった経緯がある。

 

「まさか……暗殺が得意なら隠密にも長けているだろう。そいつ等を使ってこのカルネ村を調べさせようと思ってな」

「なるほど、……確かに帝国所属の者より有用かも知れませんが、情報収集だけの依頼を受けてくれますかね?」

「断られればそれはそれで構わんさ。……ただ我々が動いていることを悟られないよう適当な貴族名義にしておけよ。受けるならば敵対行動は御法度だともな」

「畏まりました。陛下」

 

「さて、アインズ・ウール・ゴウン。一体どんな人物かな」

 

 有能であれば平民からも騎士に取り立てる若き皇帝は、実に楽しそうに笑っていた。

 

 

 

***

 

 

 

「我が眷属に新鮮な肉を与えて貰えて、アインズ様に感謝せねばなりませんな」

 

 ナザリック地下大墳墓第ニ階層にある黒棺(ブラック・カプセル)の領域守護者。名を恐怖公。

 金糸で縁取られた真紅のマントを羽織り、頭に黄金に輝く王冠をのせ、先端部に純白の宝石をはめ込んだ王笏を持った直立する30センチのゴキブリである。

 

 恐怖公の傍で同じ組織の幹部がゴキブリに内部から貪り食われている様を見せ付けられたヒルマはこの世の地獄のような光景にガタガタと全身を震わせていた。

 

「いや、いやあああああ!……お、お願いします!なんでも!……なんでもしますから!」

 

 彼女はまだゴキブリに纏わり付かれてはいない。そんな彼女に貴族然とした声色で言う。

 

「ご安心下さい。死んだりしないようちゃんと治癒魔法を掛けますぞ」

 

 そういう問題ではない。見た目のおぞましさに似合わない声に反発し、狂ったように声を張り上げてヒルマは懇願する。

 

「お願いします!逆らったりしません!ほ、本当になんでも!……どんなことでもしますから!」

 

 ふむ。となにか考えるように手?を顎?にやり考える素振りを見せる。

 

(我輩に与えられた使命はこの者達の心を折ること。眷属達への餌は十分に食べさせられた。アインズ様に絶対の忠誠を誓うなら……)

 

「では貴方に確認させてもらいますぞ……至高の御方であるアインズ様に絶対の忠誠を誓いますか?」

 

 

 

 

 

 

「弱イ。コレデ王国最強ノ武闘集団トハ」

 

 第六階層『円形闘技場(コロッセウム)』。

 コキュートスの前には八本指、警備部門の六腕が全身ズタボロにされて転がっている。

 八本指が掌握している王国の実態や勢力を利用するため、まず心を折る段取りとなった。

 主に恐怖候や特別情報収集官のニューロニストなどのナザリック五大最悪がその役目に就いている。

 その中でコキュートスは六腕を相手にするように、とはデミウルゴスの進言だ。

 この者達のように、自分の強さに絶対の自信を持っている連中には力を見せ付ける方が有効だという。

 自身を一本の剣として振るうのを信条としているコキュートスにとって、主人のために武を振るえるのは喜ばしいことだ。────だが。

 

(モウスデに折レ掛カッテイルナ。コノ程度トハ、コレデハ蜥蜴人(リザードマン)達ノ方ガ気骨ガアル……イヤ)

 

 見れば剥げ頭のモンクの目だけはまだ闘志を失っていない。

 

「オ前達、回復シテヤレ」

 

 治癒要員の僕に命じる。アンデッドもいるため負のエネルギーを扱える僕も当然いる。

 武人として弱い者イジメは趣味ではないが、主を不快にした連中に容赦する者などナザリックには存在しない。

 

(アインズ様モコイツ等ノ技ヲ確認スル為見テオラレル)

 

 主に無様な姿を晒す訳にはいかないと、殺さないよう手加減しながら武器を振るう。

 制限された戦いで己の技量が上がっているのをコキュートスは感じていた。   

 

 

 

 

  

   

 

 

 

 




オバロアニメ三期御疲れ様でした。




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11話 エンリの日常

エンリ視点のカルネ村説明会になります。

誤字報告ありがとう御座います。

ところどころ原作と違うところがあると思いますが、そこはゆるい気持ちで読んでもらえると助かります。(このキャラはこう考えないだろ、とか)

「最初に書いとけ」とは言わないで下さいね。





エンリ・エモットの朝はいつも通り早い。

 

「……んん」

 

 目が覚めたエンリは新しく作った布団の柔らかさの誘惑を払いのけベッドで体を伸ばし解していく。

 シズさんというアインズ様のメイドが村に連れて来てそのまま村に住むことになったスピアニードル。

 そのスピアニードルをブラッシングして取れた大量の毛で作った布団はとても柔らかかった。

 他にもクッション等、用途は様々で、村の皆にも好評だった。

 あの方の香りが残る布団から出て居間へと向かう。

 

 朝食の準備をしていると足音が聞こえてくる。

  

 

「……お姉ちゃん。おはよう」

「おはようネム、ラビ。良く眠れたみたいね」

 

 眠そうに目を擦りながらネムはスピアニードルの「ラビ」(ネムが名づけた)と起きてくる。

 あれから改築、増築が進んだ村。

 両親の思い出が残るこの家を壊すのはエンリもネムも忍びなかった。

 だから前の印象が残るよう、エモット家に住むことになったラビが不自由しないように改築したのだ。

 

「お姉ちゃん。私も手伝う」

「ありがとうネム。じゃあ野菜を貰ってきてくれる」

「は~い。行くよラビ」

 

 元気に外に向かうネムを見て嬉しくなる。

 村を襲撃されてからのネムは「良い子」になってしまった。ワガママばかり言っていた時期を思うと悲しく思っていたのだ。

 でも、あの日から少しワガママを言うようになった。

 ラビという友達が出来たことや、たまに来るアインズ様に遊んでもらったりしている内にドンドン元気になっていく。

 普段はネムと一緒に眠っているが、アインズ様が村に来た時はラビと寝てもらっている。昨夜別々に眠っていたのはつまりそういうことだ。ネムもアインズ様と一緒に寝たいとブーブー言ったりするがそこは自分もワガママになり断固拒否している。────ゴメンねネム。

 

「もらってきたよお姉ちゃん。……あと取れたてのリンゴも~」

「あら……ピニスンにお礼は言ったの?」

「ちゃんと言ったよ。ねえ~ラビ」

 

 ネムがラビに話しかけるとラビは頷く。この子は鳴き声をあげたりしない。

 

 ピニスンとはアインズ様が村に連れて来たドライアードで、森に近い場所で畑や農園を営んでいる。

 他にもトブの大森林に住んでいた別のドライアードやトレント達と管理しており、出来た野菜を村に配ってくれる。あまりの実りの早さに不思議に思ったが、それは魔法のお陰らしく、今は大量に作るのが目的らしい。

 

「それじゃあネムは野菜を洗ってくれる?私は切っていくから」

「うん」

 

 ラビの背に乗ってマジックアイテム『湧き水の蛇口』から水を出して洗い出す。

 アインズから配られたこのアイテムが村に普及したお陰で井戸を何往復もする必要がなくなっている。

 

 出来上がった朝食をゴブリン達と頂く。

 森の異変からカルネ村に移り住んだアーグ達の食事はジュゲム達が行っている。「姐さんの料理を食わすのはまだ早い」と、彼らにとってはエンリの手作りはとても美味く、貴重らしい。

 元々母の料理を手伝うだけだったが、最近メキメキ上達しているのが自分でも分かる。

 ピニスン達が作る野菜はとても美味しく、素材だけでエ・ランテルに出回っているどんな物より上等と言うのはブリタの言葉。

 

 食卓にはンフィーとリイジーさんの姿もある。

 ルプスレギナさん経由でアインズ様から「研究も良いがちゃんと食事睡眠を摂る様に」と言われ、今では合間に休憩も取っている。

 その甲斐があったのか新しいポーションの発明に成功したらしい。

 その功績にアインズ様の拠点に招待されたが、発明者の二人は疲労と更なる研究に集中したいと固辞。

 代わりにエンリとネムが今夜招待される事となった。

 

 朝食が終わると村の見回りで外へ向かう。

 村には立派な城壁とも言える塀が囲い、門には守りとして三メートルのゴーレムが二体控えている。

 以前からあった小麦畑を過ぎさらに進んで行くと、村への来訪者には見えない位置に巨大な小麦畑が広がっている。

 ここには特殊な隠蔽魔法が施されており、村の者以外には入れないようになっているらしい。 

 幾人かの村人が農奴アンデッドに指示を出して雑草抜きなどの手入れをさせている。彼らアンデッドは単純な命令は問題なく実行出来るが、細かい部分には誰かが指示しないと上手く出来ない。

 恩人から派遣されたアンデッドに嫌悪感を抱く者は居なかった。説明されたように絶対に危害を加えることなく、村人の指示に忠実に従う姿に、新しく来た人も次第に嫌悪感は薄れていった。

 広大な畑から収穫される小麦は、村に十二分な量を保管し、野菜と合わせてエ・ランテルの商人に卸す事となっている。

 バルド・ロフーレという、エ・ランテルで食料取引の多くを担っている40代後半の商人で、セバスさんというアインズ様の執事からの紹介だ。

 村で出来た野菜と小麦の一部をセバスさんが見せに行き取り成してもらった経緯がある。

 村には過ぎた収入が入るがこれは外部には内密で、商人も出所を一切漏らさないと条件付きでの取引になっている。

 それでも大量に余る分はアインズ様に収める事になっている、労働力や防衛力を提供してくれている方の言う事に反対などある訳がない。むしろどうしたら恩返しが出来るかの方に頭を悩ませてしまう。

 そんなエンリにアインズ様は「気にするな。私がしたくてしているだけなのだし。それに……困っている人がいたら助けるのは当たり前……だからな」

 

 そんな風に言われたら甘えるしかない。────だが、それでも何か出来る恩返しはないかと考えている。

 

 しばらく農作業を手伝っていると太陽が真上に来て昼だと教えてくれる。

 作業を中断して昼食の時間だ。

 本来は朝夕ニ食だったのが、アインズ様の勧めで昼も食事をするのが村の習わしになった。

 疑問に思う者もいたが、昼も食事することで午後も元気に仕事が出来るようになり次第に定着していった。食材も十分にある。

 何事もメリハリが大事だと。

 

 昼食後に自警団の訓練に顔を出す。

 弓による曲射がメインでゴブリンが指導に当たっている。

 

 訓練の場を後にすると女性と子供達に声を掛けられる。

 

「こんにちは。エンリ村長」

「村長~。こんにちは~」

「こんにちは。アーニアさん。皆」

 

 挨拶してきた子供は五人。

 モモンに扮したアインズ様が王都のスラムから連れてきた孤児で全部で二十人が新しく建てられた孤児院に住んでいる。

 アーニアさんは他に七人の女性と一緒に孤児院に住み込みで世話をしており、ルプスレギナさんや他のメイドほどではないが、辺境の村に住むには皆綺麗な顔立ちをしており少し目立つ。

 詳しくは聞いていないが、王都で酷い仕打ちを受けていたところをアインズ様に助けられたらしく、恩に報いるため懸命に働いている。

 子供達も小さいながらも村の手伝いをして、毎日の食事とモモンに感謝しつつ、元気に過ごしている。

 

(同じ人なんだけどなぁ)

 

 思いながらも口にはしない。その事実を知っているのは極一部で秘密なのだから。

 愛しい御方の優しさに祈りにも似た感謝を捧げていると、子供を追って一人の女性が走ってきた。

 

「はぁはぁ……皆走るの早いよ」

「貴方は体力が無さすぎなのよ、リリア」

 

 リリア、とアーニアさんに呼ばれた女性はエンリと年が近いこともあり、仲良くなるのにそれほど時間は掛からなかった。

  

「リリアさん。こんにちは」

「ふう……こんにちはエンリちゃん」

 

 呼吸を整えて花が咲いたような笑顔を見せる。

 

「そんなんじゃアインズ様に御恩を返せないわよ。もう少し体力を付けるべきね」

「え~。そんな事言わないで下さいよアーニアさん。アインズ様なら……」

 

 やいのやいの言い合う二人を尻目に子供達は元気に遊びまわっている。その中にネムも加わりはしゃぎ回る。

 

 彼女達は毎日モモン(アインズ)への感謝を口にしている。受けた恩を返すためだけではない、他の感情も混じって見えるのは女の勘だろうか。

 ネムにも年の近い友達が出来て姉としても嬉しい限りだ。

 

 世間話を終え見回りを再開する。

 村の中央広場にあった鐘は、塀の傍の見張り用の櫓として作られた場所に移動されている。

 代わりに巨大な桜の木が植えられ桃色の花弁が咲いている。

 春にしか咲かない花らしいが魔法により雪の降る冬以外はずっと咲いていると教えられた。

 聞いた事もない花だが綺麗な在り様にエンリはこの木が好きだった。

 

 

 このようにエンリの仕事は村全体を見回り、手伝うのが常であった。

 エンリが居ると体力や腕力、力が漲るようになるらしい。

 アインズ様が村に置いてくれた者達は全員エンリの指揮下に入るようにしたらしく、それに伴うちょっとした実験もあるとのことだが、エンリにはなんのことだか良く分かっていなかった。  

 

 日が暮れ始めた頃、ネムがエンリのところにやってくる。

 

「お姉ちゃん。そろそろお風呂行こ」

「もうそんな時間なのね。それじゃ行きましょうか」

 

 ネムを連れ立って森の近くにある大きな建物へ向かう。

 字はまだ読めないが『浴場』と書かれた看板。左側の赤い暖簾に女と書かれた方に入っていく。ちなみに男は青い暖簾の方だ。

 

 暖簾を潜り引き戸を開けると脱衣所になっている。籠に脱いだ衣服を入れて男湯との間にある渡し口で番をしている小さな妖精に渡す。

 妖精には性別がなく、体長二十センチほどで緑色の体毛を持つ小人で、風呂に入っている間に洗濯してくれる。

 代わりに番号の書かれた札を受け取る、これで洗われた自分の衣服と交換する仕組みになっている。

 

 備え置いてあるタオルを手に浴場に入り、ネムと並んで洗い場に座る。

 

 『しゃんぷー』『こんでぃしょなー』『ぼでぃそーぷ』という液体が器に入っており、これで髪と体を洗う。

 今までは水に濡らした布で体を拭くだけで、髪もたまに水洗いするだけだったのが、この浴場が出来てからは村人全員が毎日利用している。

 隣でネムが『しゃんぷーはっと』を使って髪を洗っている。

 私も常に綺麗で居たいと思い、全身泡だらけになって念入りに洗う。

 

 綺麗になった後は二十人は余裕で入れる大きさの湯船に浸かる。

 今日はヨモギの湯らしい。昨日は柚子湯で日によって変わる。

 こういった風呂に入れるのは本来貴族や裕福な者だけで、辺境の村には縁のないモノだった。

 アインズ様の発案で作られた浴場は大好評で朝に入る者も少なくない。

 浴場が開いているのは朝方と日が沈みかけた夕頃から日付が変わる頃まで。

 もっとも真夜中に入る人はほとんどいないが。

 

「お姉ちゃんの髪、綺麗になったねぇ」

「そう言うネムこそサラサラになってるじゃない」

 

 ネムが言うように、くすんだ金色だった髪は今では蜂蜜色で自分でも綺麗な色になったと思う。

 元村長夫人や年配の女性陣も喜びの声をあげていた。

 

 一日の疲労が抜けていくようで十分に身体が暖まった頃、湯船から脱衣所に出る。

 大き目のタオルで水気をふき取る。濡れた髪は脱衣所で待機している火妖精に乾かしてもらう。

 拳ほどの大きさで丸い火の玉の姿をしており、火傷するほどの熱は出さないようにされている。

 

 家に帰りゆっくり過ごしているとルプスレギナさんが迎えに来る。

 

「用意は出来たっすか。アインズ様のところに向かうっすよ」

「ルプスレギナさん。案内お願いします」

「お願いします」

 

 ペコリとネムも頭を下げる。

 

 そういえば冒険者登録をした日、村に帰った私を出迎えてくれた時。スンスンと私を嗅いで驚愕の表情をして、「こ、これは!すぐに報告しないと。ほうれんそうっす」と言っていたルプスレギナさん。それから敬語を使われてしまった。あの天真爛漫なルプスレギナさんが?敬語はやめて下さいと何度もお願いしてようやく元の口調に戻ってくれた。あれはなんだったんだろう。

 

 失礼があってはならない、持っている服で一番綺麗なのに着替えてネムと向かう。 

 

 

 

 

 

「良く来てくれたわね。まずは寛いでちょうだい」

 

 絶世の美女、そうとしか言えない女性が柔らかい微笑みを浮かべてソファーに座り、対面のソファーに座るよう勧める。

 髪は烏の濡れ羽色に黄金の瞳。蜘蛛の巣のようなネックレスに白いドレス。しかし頭から生えた二本の角に腰から生えた黒い鳥羽が彼女が人間ではないのを物語っている。

 異形種の巣窟ともアインズから聞いていたためそれほど驚きはないが、あまりの美女っぷりに緊張感は拭えなかった。

 

 ここナザリックに招かれあまりの豪華さに驚く中、ネムは「すごい、すごい」とはしゃぎまくり、気を良くしたアインズ様が食事の後ネムを案内すると二人で行ってしまった。

 私も誘われたが緊張で碌に動けなかったため遠慮してしまい、一人で居たところを目の前の女性、アルベド様に誘われ彼女の部屋に来たのだ。今は二人っきり。

 

彼女が優雅な所作で紅茶を一口含む。それに習いメイドの方が淹れてくれた紅茶を「いただきます」と口に付ける。

(わぁ……エ・ランテルで飲んだのよりすごく美味しい)

 

 優しい甘さに強張った身体が少し解れていく。

 

「……エンリだったわね。ここに来てもらったのは聞きたい事があるからよ」

「はぁ?聞きたい事ですか?」

 

 神の住まいと言える場所に暮らしている方が、村人の自分に聞きたい事の心当たりが分からず、つい曖昧な返事をしてしまった。

 真剣な表情のアルベド様がカップを置き居住まいを正す。

 

「単刀直入に言うわ。……貴方、アインズ様から寵愛を頂いたのよね?」

「え?……ええええ!?」

 

 いきなりの言及に手に持った紅茶を零しそうになるが寸でのところで持ちこたえる。細かな装飾に金で縁取られたカップ一つで幾らするか見当もつかない。

 混乱しかけた私にズイっと身を乗り出して来た彼女は、今度は悲痛な面持ちで問いかけてくる。

 

「教えて欲しいの。どうしたらアインズ様から寵愛を求められるかを」

 

 懇願、ともとれる表情に理解する。(この人もアインズ様が好きなのだと)。

 しかし、どうやったらなんて自分でも良く分からない。

 

「あ、あの時はただ、自分の想いをそのまま伝えただけだったので。……どうすればとかは良く分からないんですけど……」 

「……そう……」

 

 今度は明らかに落胆している。ただ、どんな表情でも美しい顔に陰りはなく、美人は羨ましいなと別のことを考えてしまった。

 

「……それじゃあ、参考にその時の事を詳しく話してもらえるかしら?」

 

 人に話すなんて恥ずかし過ぎる。 

 でも彼女の「お願い」と泣きそうな顔に折れて、当時の自分の想いとアインズ様に伝えたことを話す。

 事細やかに聞かれ、やっぱり恥ずかしさで顔が熱を帯びてくるのが分かる。同性というのが唯一の救いだろうか。

 

 全てを話し終えた私は、ネムと一緒に客間に案内され豪華なベッドで一晩泊まることとなった。

 

 

 

 エンリにお礼を言い退室した彼女を見送ったアルベドは収穫があったことにひとまず満足していた。

 

(どうやらあの娘の場合は『誘い受け』と呼ばれるテクニックのようね)

 

 詳しくは知らないがシャルティアが創造主の話を聞いていた中にこういうテクの事があり、それを謹慎中に教わっていた。

 そして謹慎中のアルベドとシャルティアを訪ねて来たデミウルゴスの言葉。

 

 

「二人共、お勤め中失礼するよ」

「あら、デミウルゴス。貴方の言うようにさっきアインズ様から寵愛を頂けたわ。くふふふ……残念ながら御子は授かれなかったけど、次は必ず。くふ♪」

「そうかい、それは残念。しかしまさかシャルティアも一緒とは思いませんでしたよ」

「全くシャルティアったら、デミウルゴスが私に耳打ちしたのになんで分かったのかしら」

「あ~ら。抜け駆けは許しませんえ。それにアインズ様のことでしたらわたしの方がずっと理解していんす」

 

(普段はおバカなのに、こういうことだけ聡いなんて。その優秀さを別のところで発揮しなさいよ)

 

 口ではああ言ったが寵愛を受けた今、シャルティアを邪険にする気は起こらなかった。どっちにしろアンデッドであるシャルティアに御子を成すことは出来ないのだから。

 

(無理やり襲うのを寵愛と言い張る貴方も大概だと思いますがね。焚きつけたのは私ですが)

 

「ああ、おほん!そのことで御二人に伝えておく事があります。……良いですか?」

「あら、何かしら改まって」

「何でありんすか?」

「アインズ様は人間と成られましたが不老です。最初からね」

「えっ?」

「はい?」

「つまり御世継ぎを急ぐ理由は無くなったのですよ」

 

 通常人間は100年も生きられない。アインズの見た目からは後50年ほどしか寿命はなかったかもしれない。尤も御方の魔法で寿命ぐらいなんとでも出来たであろうが。御方が亡くなられるとは微塵も考えておらず、デミウルゴスの後押しを利用して二人は突貫したのだ。

 そもそも王妃の座を狙っている二人がやることは変わらない。

 

「二人が何を考えているか分かりますよ。しかし、もう先のように無理やり襲うのは止めた方が賢明でしょうね。なぜなら、アインズ様は『人間』に成られたのですよ。そこを理解出来ますか?」

 

 『人間』を強調する言葉にアルベドはピンとくるものがあった。シャルティアは小首を傾げている。

 

「ふむ……シャルティアは良く分かっていないようですね。では、説明しましょう。先ほどアインズ様と御話しましたが人間に成った今も変わらず私達僕を大事に想って下さっています。その慈悲深さには感謝の言葉もありませんが……趣味趣向などはどうでしょうね」

「どういうことでありんすか?」

 

 まだ良く分かっていないシャルティアにアルベドが続きを話し出す。

 

「つまりはアインズ様の好みの問題でしょう。人間と成られたことで同じ人間の女に興味が湧くかもしれないと」

「そ、それじゃあ。アンデッドのわたしはアインズ様の好みじゃないと……そんなぁ」

「それは違いますよシャルティア。先ほど言ったようにアインズ様は我々を変わらず大事にされていると。それは貴方達二人も同様に想って下さってますでしょう。ただ、アインズ様が人間の女性に惹かれる可能性もあるということですよ……ですので御二人は暴走しないように注意した方が良いでしょう、過ぎた真似をすればアインズ様に嫌われてしまうかもしれませんよ」

 

(唆したのはお前だろ)と思うがそこはこのデミウルゴス。言ったところで「悪魔ですが何か?」と返されるだけだろう。

 

「貴方はどっちの味方なのデミウルゴス?」

「そんなに睨まないでほしいね。私はナザリックの者が選ばれるのを期待しているよ。しかしそれを決めるのは至高の御方であって我々ではない。アインズ様の決定は絶対だからね。私が言いたいのは二人に少し自重してもらいたいと思っただけさ」

「話は分かったわ。私も少し自重してアピールしていくわ」

「そうでありんすね。少~しだけね」

「期待しているよ。では、私はそろそろ失礼させてもらうよ」

 

 

 

 デミウルゴスの予想通りエンリが御手付きになった。そのことに嫉妬を覚えるが愛しい御方が決めた事に反対は出来ない。妬むより話を聞き、参考にした方がよっぽど建設的だと己を戒める。ライバルが増えようが最終的に自身が一番の寵愛を受けられればそれで良いと。

 

 アインズのベッドに自分の残り香を付けて癒してさし上げたり。

 次に出迎える時は最終兵器(裸エプロン)で新妻ごっこで行こうかしらと妄想を繰り広げながら守護者統括はぶれなかった。

 

   

   

 




描写されてませんがアルベドとシャルティアはアインズに会うたびアプローチしてます。

カルネ村の畑などは、魔法により一度収穫されてます。
現在は季節に合わせて育てている状態。

ゴブリン達には浴場の外に取り付けてあるシャワーで洗っており湯船はありません。
アインズ様がハブったのではなくゴブリン達が「俺達にはもったいない」と断ったため。

ルプスは失態を演じる前に「ほうれんそう」の重要さを学び、ナイス報告をしてしまう。アインズ様から学んだ社会人の常識を実践。



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12話 冒険者回帰

今回少し短いです。


 漆黒の世界があった。

 自分が何か、というのが分からない。

 目を開けているようで────目というものが分からない。

 漆黒という意味も、世界という意味も分からない。

 ならばなぜ、そんなものが浮かんだのかも分からない。

 何も分からない。

 消えていく。

 だが、ふと、引っ張られる感覚がする。

 上に、下に、右に、左に、真ん中に、どこかに────

 そして────白き爆発によって閃光が世界を染め上げた。

 一つからの離脱────

 そして、異様な眠気に襲われまた眠りにつく。

 

 

 

 男は瞬きを繰り返し、ぼんやりとした視界をもとに戻そうとする。

 何かあった気がするが、何も覚えていない。ただ、私達は誰かの護衛をしていたはずだ。どうしたというのか。

 

「あっ……目が覚めたんですね。良かった」

 

 女性の声がした方に首を動かすと村娘だろう少女の姿が眼に入る。

 誰だろう?────と考えたが思い出す。少女の名は確かエンリ。

 ────そうだ。私達はンフィーレアさんの薬草採取の護衛でモモンさんと共に行動していた。そして、エ・ランテルで積荷を降ろしていた時に────

 

 なぜだかそこから先が霧に覆われたようにどうしても思い出せない。

 

「そうだ。私の仲間は?」

 

 重い身体を起こし周りを探る。自分と同じように仲間の三人がベッドで横になっていた。全員静かに寝息を立てているのが分かる。

 

「良かった。ルクルット、ダイン、ニニャ、皆無事だったんだな」

 

 何から?という疑問はあるが仲間の無事な姿に安心する。

 

「んん……」

 

 ルクルットの目が覚めたようだ。自分と同じように何があったのか覚えていないのか、寝ぼけた様子で辺りを見回す。

 

「直に他の方も目を覚ますと思います。詳しい話は全員揃ってからが良いでしょうし、しばらくはこれでも飲んで安静にしていて下さい」

 

 エンリは水差しからコップに水を入れてペテルとルクルットに手渡し、二人分のコップをテーブルに置いてくれる。

 

 しばらくしてダインとニニャも目覚め。冷静に頭が回り、身体のダルさもとれた頃、エンリから事情を聞くことになった。

 

 『漆黒の剣』がバレアレ宅で荷卸しをしている時に襲撃され全員瀕死の重傷を負い、モモンさんに助けてもらったのだと。

 あまりの怪我のため、モモンさんが懇意にしているカルネ村で世話をしてもらい、二ヶ月も眠ったままだったらしい。

 

 あまりな内容に皆言葉が出なかった。分かることはモモンさんにとんでもない借りが出来たことぐらいだ。

 

「モモンさんは今どこに?ぜひお礼を言わないと」

 

 ニニャが全員思っていた事を問いかける。

 

「そう言うだろうとモモンさんから言付けと預かった品がありますので私から説明しますね」

 

 エンリは大きい袋から武具を取り出して四人にそれぞれ渡していく。

 ペテルが受け取ったのは剣と皮鎧、だが、以前使っていたものより遥かに上等だというのが良く見ると分かる。三人もそれぞれ自分が使っていた得物と同じ、だが上等な装備を受け取っていた。

 

「これは、もしかしてミスリルで出来ているのである。良く見ないと分からないであるが」

「この杖も魔化されているようです」

 

 どうしてモモンさんがこんな装備を自分達に?という疑問にはエンリが答えてくれた。

 

 私達『漆黒の剣』のことが気に入ったからだと。

 もし、まだ冒険者として過ごすのなら病み上がりでは危険だと銀級にとっては二ランクは上の装備をプレゼントしてくれた。冒険者を引退するのならば装備を売ってもらっても構わないとも。

 やはり一介の冒険者になぜ?と疑問が浮かぶ。

 

「困っている人がいたら助けるのは当たり前……だそうですよ。私も素晴らしい言葉だと思います」

 

 そういえばこの村も凄腕の魔法詠唱者に助けられたんだっけ。その言葉を口にする彼女は嬉しげに微笑んでいた。

 

「私は村の仕事がありますのでそろそろ失礼しますね。今はまだ朝ですけど皆さんはもう一晩泊まっていって下さい」

「いえ、お世話になったのですからお手伝いしますよ。ずっと寝てた分身体を動かしたいですし。な、皆」

「当然だな」

「である」

「もちろんですよ」

 

 

 

「まさか二ヶ月でここまで村の様子が変わるとはなぁ」

「かの魔法詠唱者(マジック・キャスター)は偉大であるな」

「全くだぜ、オーガまで手なずけるなんてあの村長さんもすげえな」

「それもそうだけど、モモンさんがまさかもうアダマンタイト級になっているのは驚きましたね」

 

 全員がウンウンと頷いているがそれも当然という気持ちもある、なにせオーガを一刀両断するのを見ていたのだから。更に伝説の『森の賢王』をも屈服させるほどだったのだから。 

 

 『漆黒の剣』は村の手伝いで森での狩りに同行していた。少しでも村の役に立とうと張り切り、狩りを終え、畑の方に向かったところで昼になり、村の風習になった昼食を摂るための休憩に従っていた。ならばと門の外で見張りながら寛いでいる。

 

 眠っていた二ヶ月で起きたことを聞き、仲間内で話し合っている。

 ニニャは眠っている間自分の世話は誰がしたのかという話から、とっくにニニャの性別はばれていたのを知り、慌てふためく様を笑い話にされたりしたが。仲間思いの優しい言葉に最高のチームだと改めて思う。

 

「ん?あっちから誰かくるぞ……二人だ」

 

 昼食を食べながらしばらく駄弁っているとルクルットが村に向かってくる人影を発見する。二人ということは盗賊などとは考えづらい。まだ遠いのでニニャにはハッキリ分からないが、そもそも一人はメイド服を着た女性に見える。もう一人は背の高い執事のように見えた。

 

「ありゃ、貴族の遣いかなにかか?」

「村の関係者かも知れんのである」

「とりあえず村長に報告しておいた方がよさそうだな」

 

 ゆっくりと近づいてくる二人。ペテル達に心当たりは無い。しかし、ニニャにはあった。

 ずっと探していた人なのだから。

 

「ね、姉さん?」

「えっ?」

 

 呟いた言葉に三人がニニャの方を見つめる。

 

「姉さ~~~ん!」

 

 ニニャは泣きながら姉に向かって走り出す。時々躓きそうになりながらも懸命に。

 

 ツアレも両手を口に当て、信じられないといった様子で涙を流す。横では白髪の執事が優しい眼差しで二人が抱き合うのを見守っていた。

 

 しばらくの間姉妹の泣き声が辺りに木霊していた。

 

 

 

 

 

 そんな二人を上空から見つめている者がいたが、セバスを除いて気付く者はいない。二人とも不可視化しているのだから。

 

「アインズ様。なんだか嬉しそうですね」

「……ん?可笑しいかルプスレギナ?」

「いえ。アインズ様が嬉しいのは私も嬉しいです」

 

 『漆黒の剣』を蘇らせたのも、ツアレをニニャに会わせたのも全てアインズが仕組んだことだった。

 

 

 

***

 

 

 

真なる蘇生(トゥルー・リザレクション)」 

 

 ペストーニャがペテルに第9位階の蘇生魔法を掛ける。

 

「……成功しましたわん、アインズ様。では……<魔法持続時間延長化(エクステンドマジック)<睡眠(スリープ)>」

 

 アインズは王都でラキュースから蘇生魔法に関する知識を得た。実験と称して『漆黒の剣』を蘇らせようとしていた。

 その結果はアインズの予想通りに成功していた。

 エ・ランテルでは『漆黒の剣』は行方不明とされていた。なぜならリイジー宅から人知れずナザリックに死体を運んでおり、第五階層で氷漬け状態で保存されていたのだ。

 

 ニニャ以外の三人は<不死者創造(クリエイト・アンデッド)>を掛けられゾンビ化しており、ラキュースの話でも蘇生は出来ないと判断出来た。

 だがそれは<死者復活(レイズデッド)>の場合の話で、損傷が激しいと蘇生が難しくなるからだ。

 ゾンビ化した肉体は損傷という意味では相当激しい括りにされているのでは、というのがアインズの推測だ。なにせ腐っているのだから。

 ならばより高位の魔法を使えば良い。

 蘇生魔法は肉体ではなく魂に掛けるのだ。

 

「ふむ……では眠っている内に記憶を消しておくか」

 

 四人を蘇生させた事実は伏せておきたかった。『漆黒の剣』とアインズ・ウール・ゴウンに接点はなく、モモンが蘇生させたとしても問題が起こる可能性が高い。

 話を合わせてもらうようエンリに頼む予定だが、彼女に蘇生のことは伝えるつもりはない。

 それを伝えるのはリイジーだけに留めておくべき。

 

「ペストーニャよ。残りの三人も頼む」

「畏まりましたわん」

 

 

 

 ツアレにもナザリックでメイド見習いとして頑張っている褒美を渡そうと、セバスに命じてカルネ村まで来させたのだった。

 

「アインズ様。疑問に思うことがあるのですがよろしいでしょうか?」

「構わん。言ってみろ」

「ありがとう御座います。あの四人をアインズ様が気に入っておられるのは分かったのですが、どうして下賜された武具はミスリル程度の物なのでしょうか?もっと強力な方が良かったのでは?」

「そんなことか……考えてもみよ、遺産級(レガシー)聖遺物級(レリック)クラスの武具を渡した場合どうなるかを」

「それは……う~ん。この世界でならなにかしらの偉業を成せそうですね」

「そうだ。そしてその偉業は自らの力ではなく装備に頼ったモノであれば、自分の力だと勘違いして慢心しかねん。過ぎた力は目を曇らせるからな。与えられたモノに頼るのではなく自身を鍛えていかないと人は育たん。だから、彼らにとって上級のミスリルあたりが身の安全を確保出来、頼り過ぎないぐらいでちょうど良いと思っただけさ」

「なるほど……疑問に答えて下さってありがとう御座います」

「いいさ。お前がそう言う風に自分で考えているのは成長の証。私は嬉しく思う」

 

 アインズはルプスレギナの頭をヨシヨシと撫でる。

 「くぅ~ん」と嬉しそうな声を上げ目を瞑り、されるがままになっていた。

 

 アインズ自身の力も与えられたようなモノと言えるかもしれない。

 この世界の住人のように汗水流して得た訳ではないが、それでも自分自身で冒険して少しずつ強くなり、魔法やスキルなどを適所で使用出来るよう様々な訓練をしてきた。状況適応能力はギルド随一と賞賛されるぐらいには。

 アインズが己の力を慢心することは無い。

 『漆黒の剣』の四人には、与えられた武具を一つの手段として強くなって欲しいと思う。と同時にそれほど心配はしていなかった、彼らのチームワークや仲の良さを知っているから。

 

「……私はナザリックに帰る。村のことは任せたぞ」

「はい。お任せ下さい」

 

 アインズが転移で移動するのをメイドらしいお辞儀で見送るルプスレギナ。

 地上ではセバスが深い礼を取っていた。

 

 

 

  

 

 『漆黒の剣』はあれからカルネ村で一晩泊めてもらいエ・ランテルへと向かう街道を進んでいる。気を良くしているのか似た話を繰り返していた。

 

「いやあ、それにしてもあの村には驚きだな。ゴブリンやオーガだけじゃなく異形種とも共存してるなんてな」

「そうだな。村の救世主の意向みたいだけど、私なんて亜人とも分かり合えるなんて想像した事も無かったさ」

「あの亜人達は村長のエンリ殿に忠誠を誓っているようであるな。テイマーとして冒険者に登録したと聞いたである」

「あの若さですげえことだよな、というより援助してるゴウンって魔法詠唱者(マジック・キャスター)のおかげか?……あと、振舞ってくれた飯も最高だったよな。ピニスンって森妖精(ドライアード)の作った野菜とか果物とか、ほっぺたが落ちそうになったぜ」

「飯もそうであるが、あの浴場も凄かったである。おそらく王都にも無いだろう設備だったのである」

「それもゴウンさんって方が造ったみたいだけど……二人共分かってるよな、この事を他所では」

「分かってるって。使役している亜人と共存についてはエ・ランテルで知られているけどそれ以外は漏らさない。だろ」

「うむ。開拓村があそこまで発展しているのを知られれば王国に目を付けられる恐れがある、であるな」

 

 本来なら亜人と共存しているというだけで国の兵士が派遣される可能性があるが、冒険者が使役しているのなら話が変わる。冒険者は国とは関わりのない組織。

 冒険者が自身の能力を使い、王国領の村で生活しているだけなのだから。

 さらに『漆黒の英雄』と呼ばれるほど上り詰めたモモンが保証しているのだから、エ・ランテルからは問題視されたりしないだろう。

 

 仲間とやり取りしていたペテルが話に加わっていない一人の方に顔を向ける。

 

 ニニャは三人の後ろを歩きながらマジックアイテムを両手で宝物を扱うように持ち、手の中の物をずっと見つめていた。

 

 ずっと探していた姉と再会したニニャは、姉に抱きつき泣き続けた。

 一晩泊まることになり、姉と同じ部屋で長い時間話していた。

 姉は今、ゴウンのところで世話になっている。これからもそこに居続けると。

 別れ際に一つのマジックアイテムをニニャは受け取った。それが今彼女が手にしている白い貝殻だ。

 姉も同じ者を持っていて<伝言>(メッセージ)のようにやり取りが出来るらしい。

 そしてカルネ村限定でだが、二人は会うことが出来る。姉の主人から許可が下りているとのこと。

 使用人に対して随分優しい人だな、と全員が感心していた。

 とりわけニニャにとっては姉を助けてくれたこともあり、その気持ちは三人のより深いだろう。

 

「それよりいいのかニニャ。冒険者を続けてよ?……それに名前も……」

 

 ルクルットがペテルの視線に合わせて嬉しそうに笑って歩くニニャに問いかける。

 カルネ村を出る時にもした同じ質問を。

 

「いいんですよ。今の職場を離れたくないと言う幸せそうな姉さんを連れ出す訳にもいきませんし、会おうと思えば会えるんですから……この偽名だって姉さんを忘れないために名乗っていましたけど、あんな想いはもうしたくありません。だから、強くなると決心した時のニニャのままで、どんな時でも守れるよう強くなるためにこのままで」

 

「……そっか」

「それも良いのである」

「これからもよろしくな術士(スペルキャスター)

「なっ!?……その名は恥ずかしいのでやめて下さいよ」

「ははははは」

 

 信頼で結ばれた仲の良いチームの笑い声が周辺に響く。

 

「ところで俺達行方不明扱いなんだよな……エ・ランテルに戻ったら幽霊扱いとかされないよな?」

「……あっ」

 

 ルクルットの一言に静寂が訪れる。

 きっとチームの頭脳が良い案を思いついてくれるさ。

 

 

 

 

 

 

 




蘇生魔法に関して。
ユグドラシルで死者復活(レイズデッド)使っても金貨は消費しないんじゃないかな。なのでユグドラシルから来たナザリック勢が死者復活(レイズデッド)を使用してもレベルダウンするだけとしてます。
現地勢には「NPCの復活には大量の金貨が必要」ってのが混ざってしまったのかもしれないですね。

『漆黒の剣』の遺体は今話の展開上エ・ランテルの人達に気付かれず回収されてました。
原作ではやっぱりエ・ランテルに埋葬されてるのかな。


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13話 とあるナザリックの日常

前回短かったので早めの投稿。


 アインズはナザリック地下大墳墓の通路を歩いていた。

 その後ろにはセバスが付き従っている。

 二人が目指しているのは同じ九階層にある『スパリゾートナザリック』。男女合わせて九種十七浴槽を持つ場所だ。

 

 ナザリックには幾多もの湯浴みできる場所があるが、その中でも最大の浴槽が目的地だ。

 一人で入るのは味気ないと思ったアインズは男性守護者に回覧板を廻し出欠をとった。

 内容は男性守護者各位とあり、日ごろの働きに対する労いと賛辞が書いてあり。一言で要約すれば「一緒に風呂でも行って疲れを取らないか」という誘いだ。

 最初にデミウルゴスに渡したため、彼が全員の仕事の内容を把握し、調整したらしく欠席者はゼロ。

 参加者はアインズ、セバス、デミウルゴス、コキュートス、マーレの五人。

 セバスは執務を行っていた時、ちょうど傍に控えていたから一緒に向かっていた。

 ちなみに内緒という訳ではないが女性守護者には伝えていない。

 埃一つない綺麗に掃除されている通路を静かな足取りで歩き、セバスがアインズに話しかける。

 

「アインズ様。ツアレの件なのですが……寛大な処置、誠にありがとう御座います。ツアレもアインズ様にとても感謝しておりました」

 

 改めて言うという事はツアレを助けた件ではなく、ツアレの妹のニニャと合わせた件だろう。

 

「気にするな。ツアレは慣れない環境で良く働いているのを知っているからな。その褒美のようなものだ」

 

 アインズの本心はそれだけではなく、彼ら『漆黒の剣』を気に入っていたのもあった。

 さらに彼らが強くなり活躍すれば、それを助けたモモンの名声を確固としたものになるだろうという狙いもあった。────まあそれはナザリックの皆への方便みたいなものだが。

 

 そんなことを考えつつ目的地に到着したアインズは、想像もしていなかった人物を目にして驚く。

 

「アインズ様♡」

 

 喜色満面な声を上げたアルベドだ。その後ろにシャルティアとアウラの姿もあった。

 デミウルゴスとマーレの姿は見えない。脱衣所で待っているのだろうか。

 

「お、お前達。どうしてここに?」

「え? 三人で休日を過ごしてまして。皆でお風呂に入ろうと思って来ただけなんですが……アインズ様もですか?」 

「あ、うん。……その通りだアルベド、奇遇だな」

「ほんと、奇遇ですね。……宜しければ私もアインズ様とご一緒させて頂いて宜しいでしょうか?」

 

 すすっと、百レベル戦士職に相応しい動きで近寄ると、アインズの胸元に指を伸ばし、文字を描きだす。

 アルベドの頬は赤く、瞳は濡れている。香り立つ芳香が漂ってくる。ベッドで嗅いだことのある気がする、そんな香気だ。

 

「宜しくないな。……女性同士で入りに来たのだろう?私も今日は男性守護者達と入るのだからな」

「あ~ん。いけずなお方」

 

 クネクネと身体を身悶えさせるアルベド。

 シャルティアを抑えようとしてバタバタと暴れているアウラに顔を向ける。

 

「アウラ、お前を二人の監視員に任命する。変な事をしないように見張ってくれ」

「畏まりました」

 

 アウラの瞳に激しい炎が吹き上がった。燃えるような熱波にアルベドとシャルティアは動揺している。

(ここに来るまでになにかあったのか?……それにしても……一緒に風呂か)

 

 一度身体を重ねた関係と言えど、女性と風呂とは鈴木悟にとって少々ハードルが高い。

 親友の娘のような存在であるのもあり、いまだこの世界の立ち位置すらはっきりしない現状では彼女達の想いに応えるのは────複雑すぎた。

 

「お待たせしました」

 

 脱衣所の前でワチャワチャしているとデミウルゴスが現れた。マーレとコキュートスも一緒だ。

 

「待ってなどいないさ、私も丁度来たところだ。女性組もゆっくり浸かるといい。では行こうか」

 

 姦しい三人を置いてさっさと風呂に向かう男組。

 

 アインズを先頭に中に入る。

 

「先ずは体を洗わないとな」

 

 いきなり湯船に入るのはマナー違反だ。

 全員洗い場で横に並んで洗い始める。並びは右からセバス、アインズ、マーレ、デミウルゴス、コキュートスだ。

 

 三吉君はいない、人骨の体を持つアインズが何とか自分の体をキレイに洗うためタオル、ブラッシング、洗濯機などの試行錯誤の末に、スライムに体を這いずり回らせる方法を採用した蒼玉の粘体(サファイア・スライム)の三助なのだが、彼は今一般メイドの手伝いで掃除が主な仕事だ。

 カルネ村に配置するのもアリかも知れないとアインズは考えていた。

 

 左腕を洗っていたアインズにマーレが声をかける。

 

「あ、あのアインズ様。お背中を流させてもらって、よ、宜しいですか?」

「ん?……そうだな、そういうのも良いかもな。では頼んだぞ、マーレ」

「は、はい!」

 

 体つきも子供らしくプニプニしているマーレに背中を洗ってもらうのは、正に子と親のやり取りのようだと感じる。

 マーレに背中を向けるとセバスの姿が見えたアインズは一つ閃いた。

 

「そうだ。皆私と同じように体を右に向けろ」

 

 全員が主人の命に疑問を持たず右を向く。

 

「そうしたら自分の前にある相手の背中を洗うのだ。端にいるセバスはじっとしていろ。しばらくしたら逆向きになり同じことを何度か繰り返す」

「なんと!?至高の御方に洗って頂けるなど、執事にあるまじきこと。されどこれは……」

「ア、アインズ様のお背中って広いんですね」

「ふぁ!?ちょ、ちょっとコキュートス!貴方のタオル少し凍ってますよ」

「オットスマン、デミウルゴス。私ハドウモ熱イ湯ハ苦手デナ」

 

 何度か繰り返し皆で洗い合う姿は家族か、中の良い友人同士のような光景であった。

 コキュートスの背中を洗ったデミウルゴスがマーレを洗い、冷気を帯びたタオルに「うひぁ」と叫ぶマーレの姿があったりしていた。

 

 五人で湯船に浸かって満喫していると、女湯の方が騒がしくなり「腐れゴーレムクラフターがぁ」などの声が聞こえてくる。

 

「やれやれ、風呂ぐらいゆっくり入りたいものだな」

 

 アインズの呟きに四人がしみじみと頷く。

 

 その後ナザリック一の問題児が製作したゴーレムは撤去された。

 

 

 

***

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層 『BARナザリック』。

 

 デミウルゴスがコキュートスを連れて来て、静かに酒を飲んでいた。

 

「ココハ初メテ来タガ静カデ良イ場所ダナ、感謝スル、デミウルゴス」

「なぁに気にすることはないさ、友と酒を飲むのも悪くないと思っただけさ」

 

 ナザリックに休暇制度が取り入れられてから、デミウルゴスはたまにここを訪れていた。今回は休暇の過ごし方が分からないと言うコキュートスを誘ってみたのだ。

 

「ピッキー。随分嬉しそうだが、何かあったのかい?」

 

 ナザリック地下大墳墓で働く二人の料理人のうちの一人、ドリンク担当の茸生物(マイコニド)である。普段は食堂で仕事をしているが、曜日と時間によっては九階層にあるバーのマスターとして腕をふるっている副料理長。

 見た目があるキノコに似てることから、あだ名は「ピッキー」。

 キノコであるために表情を読み取る事が難しいが、顔を歪めたりして感情表現をすることが出来る。

 デミウルゴスから見れば明らかに上機嫌だというのが分かった。

 

「おや、顔に出ていましたか?ナザリックに所属する者が喜びを感じる事と言えばあの方に係わる事しかないでしょう」

 

 あの方というのがアインズを指していると言うのは当然デミウルゴスとコキュートスにも分かる。

 

「私は嬉しいのですよ。ようやく私の作るドリンクをアインズ様に口にしていただけたことが。料理長もあまりの嬉しさから涙を流していました。この前も御一人で色々飲んでいかれましたよ。」

 

 仲間想いのデミウルゴスもコキュートスも御方のために働ける喜びは痛いほど分かる。

 この地に転移してからの二人の料理人を思うと思わず貰い泣きしそうになっていた。

 

「これをどうぞ。十種類のリキュールを使ったカクテル「ナザリック」です。まだ未完成ですがアインズ様も大変喜んでおられました」

 

 二人の前に十色十層のカクテルが置かれる。

 

「ナザリックニ」

「アインズ様に」 

 

 チン、とグラスを合わせ飲んでいく、確かに美味いがナザリックの名を冠するにはまだまだだと二人は思う。副料理長もそれは自覚しており、日々研究していた。

 

「トコロデデミウルゴス、私ガ管理シテイル蜥蜴人(リザードマン)ノ地ノ事ナンダガ、相談ガアル」

「いいとも、何があったんだい?」

 

 コキュートスはこれまで幾度となくデミウルゴスに相談していた。

 武人として創られたコキュートスには統治に関しての知識が無く、非常に戸惑っていた。

 だが、友の助言を貰い、生簀の拡大やインフラ整備などを行い学び、徐々に統治者としても成長していた。

 

「アノ地ノ広場に奉ッタアインズ様の像ヲドウスレバ良イト思ウ?」

「……ふむ、像か……」

 

 それは蜥蜴人(リザードマン)の地に作ったアインズの像。

 問題はその像の姿がアンデッドの姿である事だった。

 今のアインズは人間となりアンデッドに戻ることはないであろう。

 では壊せば良いかと言えばそれは違う、たとえ過去の姿と言えどそれもアインズであることに違いは無い。

 しかし今と違う姿の像をそのままにしておくのもどうかとも思う。

 

「……難しい問題だが、そのままで良いと私は思うよ」

「ム、ソレハ何故ダ?」

「これからアインズ様はこの世界に打って出る、そうなれば数々の偉業を成されるだろう、その時は今の御姿で威光を示されることになる。アンデッドであったアインズ様を奉る地があっても良いんじゃないかい。トブの大森林はほぼこちらが支配しているし、部外者は入ってこないだろう」

「……確カニソノ通リダナ。今ノ御姿ノ像モ作ラセテオコウ」

「それが良いと思うよ」

 

 二人の会話を、グラスを拭きながら静かにしている副料理長。

 彼は話題を提供することもあるが、客同士が話しているときは邪魔をしたりはしない。

 

 二人の会話はスパリゾートの話になっていく。

 

「アノ時ノ皆デ洗イ合ウトイウノハ素晴ラシカッタ、全体ノ信頼ガ高マルノヲ感ジタ」

「ええ全く。アインズ様が行うことはどれも素晴らしいの一言ですね」

 

 あれのお陰で守護者同士の信頼が上がったのを実感していた。デミウルゴスはなぜか嫌いだったセバスとも仲良くなれた気がしていた。

 

「ダガアルベドノアインズ様ヘノ接ッシ方ハ問題アルノデハナイダロウカ」

「それを言うならシャルティアもですよ。まぁ以前ほど暴走してはいないようですから問題ないでしょう」

「デミウルゴス。何ヲ考エテイル?」

 

 友の雰囲気が変わったのを見逃さなかったコキュートス。

 

「君が危惧するような事は考えていませんよ。二人のどちらかが后になろうと応援してますしね。……しかし、君は知っていましたか?ある人間がアインズ様の寵愛を受けたのを」

 

 表情は読みにくいが驚愕した様子から知らなかったのだと理解する。

 

「そういう事実がある以上、アインズ様の好みは人間かも知れません。勿論アルベドやシャルティアにも十分目があると思っていますが、それを決めるのは御方ですし誰も反対意見など言わないでしょう。……しかし、同時に私はこうも思ったのです。この地に生きる全ての者がアインズ様の血を受け継いだらどんなに素晴らしいか、とね」

「オオ!」

 

 デミウルゴスはそんな未来を想い、ニヤリと嗤う。

 コキュートスは沢山の至高の御子に「爺」と呼ばれる姿を想像し完全にトリップしていた。

 

 キュッキュッとグラスを拭く茸生物(マイコニド)も物思いにふけっていた。

 

 

 

***

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓 第六階層 

 

 温度・湿度ともに過ごしやすい空気で、緑の香りと酸素濃度を濃く感じる場所。ナザリック最大の敷地面積を誇り、大半を鬱蒼と茂る木々が支配している樹海ともいうべき場所。

 空はあるが上空200メートル地点に不可視の壁があり、それ以上先にいけないようになっている。時間と共に太陽が上り昼夜すらある。

 侵入者を迎撃する闘技場や蠱毒の大穴、歪みの木々、塩の樹林、木々にのまれた村跡、底なし沼地帯、そして移住者の為に造られた村などが存在する。

 ナザリック外から移住してきた者たちが住む集落以下の村。畑や果樹園があり、トレント達のために時々マーレが魔法で雨を降らせたり大地の栄養素回復を行っている。

 その村にある一つのコテージにアダマンタイト級冒険者に匹敵すると言われていた六人が住んでいた。

 

「……はあぁぁぁ、今日も疲れた~」

 

 『千殺』マルムヴィストが六人掛けのテーブルに突っ伏しながら脱力する。

 

「はいはい。あんまり愚痴って守護者の方に聞かれても知らないわよ」

  

 ソファーに座るエドストレームのツッコミにビクッと体を震わせたマルムヴィストが慌てて姿勢を正す。

 

「い、いやだなぁ、これは愚痴じゃないですよ。ただ疲れたな~って御方の為に働ける喜びのアレを言っただけですよエドさん」

 

 何故敬語なのか、アレって何だよと言ったツッコミなど態々しない。

 六人ともナザリックに、至高の御方に逆らう気などとうに無くし忠誠を誓っているのだから。

 

 コキュートスに強者としての誇りと心を折られた後、軽い(ナザリック基準)拷問を受け忠誠を誓い、それぞれ自分の長所を伸ばすための訓練を行っていた。

 相手は同じ村に住む蜥蜴人(リザードマン)だったり、魔獣、死の騎士(デス・ナイト)などのアンデッドと色々だ。

 

「発言には気を付けろよ。お前の所為でとばっちりを受けたくはないからな」

 

 背筋が凍り付きそうな或いは墓穴から話しかけられたような、虚ろな響きの暗い声で話しかけてきたのは『不死王』デイバーノックだ。────いや、もうその二つ名は返上している。

 二つ名を聞いた守護者の方々、コキュートス、アウラ、マーレの御三方に「その名を名乗って良いのは御方だけ」と特にボコられていたのだ。

 マルムヴィストはあの時、アンデッドの流すはずの無い涙を見た気がした。

 

「つうかお前は良いよなアンデッドで、恐怖や痛みは無縁だろ。俺なんか教育を受けてる時チビりそうになっちまったよ」

「……いやしっかり漏らしてたろうが。……勘違いしているようだが俺も恐怖も痛みも味わったのだぞ、どうやったのかは分からんがここの方々はそれほど尋常じゃないということだ」

 

「チュウウウ」

「んごおおお」

 

 与えられたコテージに備えられている果実水を兜も脱がずストローで飲むペシュリアン。こいつは普段からあまり口を開かない。

 強さを貪欲に求めるあまり誰よりも激しい訓練を続け、コテージに入るなり隅で爆睡しているゼロ。

 サキュロントは自分の部屋で休んでいる。六腕でも最弱の男は「修練が必要」とゼロと同じぐらいの苛烈な特訓を受けていた。

 

「俺も果実水貰おうかな、エドもいるか?」

「ええ、頂くわ」

 

 マジックアイテムでいつでも冷えている極上の果実水をエドストレームに渡し自身も一気に飲み干す。デイバーノックは飲食が出来ないから最初から気にかけない。

 

「……エドは良いよな。お前の特技、アインズ様に特に気にかけて貰えてよ」

「そうね。私も意外だったわ」

 

 アインズは魔法を使わずに<舞踏(ダンス)>の魔法付与が施されている六本の三日月刀(シミター)を自在に操る技に興味を持ち、<黒曜石の剣(オブシダント・ソード)>を使った模擬戦をしたことがあった。

 <黒曜石の剣(オブシダント・ソード)>は空中に黒く輝く剣を浮かべ、それ自体が意思を持ったように自動で敵を攻撃する魔法。二重化、三重化することで剣の本数を増やすことも出来る。

 強度の問題で、エドストレームの三日月刀(シミター)を強化して、剣のみの空中円舞が行われたのだ。

 

 その後、「空間認識能力」が異常なまでに秀でている事と「右手と左手が各々全く違う作業をする能力」も非常に優れているという、タレントとは違う生来の二つの能力(脳力)を持っているから可能なのだと知ったアインズが、自分の戦闘手段に取り入れられないと理解しガッカリしていた。

 それでも非常に希少な能力なため更なる能力強化を命じられていた。

 

「まぁ、従順にしていれば殺されるどころかこうしてやたらと美味い食事と飲み物もあるし、外には出られないけど休憩や休暇も貰えるんだからな。成果を示せたら褒美もあるらしいぜ。……俺は何を希望しようかな、一人ぐらいあの美しいメイドを貰えないかなぁ」

「……止めておけ、間違いなく殺されるぞ。……違うな、殺されるのはマシな方だろう。他の連中のような拷問を受けるかもな。それより俺のようにマジックアイテムか魔法の知識を望む方が無難だろう。……ああ、早く噂に聞く大図書館に入る許可が欲しいものだ」

 

 デイバーノックは自然発生した死者の大魔法使いであり知性を持つ。生者を憎む一般的なアンデッドとは違い憎しみを抑え生者と関わってきた。

 自身の目的である、より多くの魔法の修得のために、出会ったゼロから「自分の下で力を振るう代わりに、魔法技術を教授してくれる人物の紹介及び適度な報酬の支払いをする」事を承諾し、六腕となった経緯がある。

 

 こうしてちょっとした軽口をたたけるのも、六腕がこの世界では強者の部類であり、どれぐらい強くなれるのかの実験のために強くなろうとする意思が残るよう、かなり加減された教育を受けたゆえに他ならない。

 

 強くなる事に貪欲なゼロと、魔法に貪欲なデイバーノックにとって、このナザリックはある意味理想郷とも言える。

 他の四人もそれぞれ目的があったりしたが、ここを離れようとは思わない。

 恐ろしい場所であるのは間違いないのだが素直に従っていれば案外悪くないのだ。

 ナザリックの存在を知った以上ここを離れて過ごし、また目を付けられたら────発狂するどころでは済まない。

 

 八本指の幹部達は、早々に忠誠を誓ったヒルマ以外、聞くだけで鳥肌が立ち、殺してもらった方が何倍もマシに思える無残な仕打ちを受けていた。あの晩、六腕が揃う屋敷に集まっていた八本指と関係を持っていた貴族の次男、三男坊達も一緒に攫われここではないどこかへと連れ去られたらしい。自分で言うのもなんだが、あの腐った連中も碌な目にあっていないだろう。

 

 その点、ヒルマは自分の館に家督を次ぐ前の貴族を呼んでコネクション作りに励んだり、異常事態でも冷静な状況判断力を損なわないなど、かなりしたたかで、常識よりも自分の予感を大切にしており、それを頼りに人生を歩んできた高級娼婦から八本指の長の一人まで成り上がったほどの女だ。

 そのお陰で軽い拷問とナザリックと至高の御方の偉大さの教育を受けるだけで済んでいる。

 尤も、その機転の良さを俺達や他の者に誇ったりはしていない。先日会った時は少し痩せていた、それぐらいの恐怖は味わったのだろう。

 

「私はもっと女を磨いてアインズ様に気に入られるようにしようかしら」

「……う~ん。お前が魅力的な女だってのは俺も思うけど……無理じゃね?アインズ様の傍に居る女性陣を考えたら。しかも全員アインズ様の寵愛を望んでる感じだぞ」

 

 マルムヴィストの言い分も当然エドストレームは分かっている。

 しかしエドストレームの見立てではナザリックに「踊り子」はいないと見ている。

 だから目を楽しませる「踊り子」として至高の御方の傍に居られないだろうかと考えていた。

 気に入られた代償に、ナザリックの女性陣からの殺意の視線に耐えられるか不安だが、あの方に口利きしてもらえば大丈夫だろう。なにせ『至高の御方』なのだから。

 

 ずっとチュウチュウいっていたペシュリアンが口を開く。

 

「……ナザリックは神の居城。……そしてここを統べるアインズ様は神をも超える至高の御方。……俺はそう聞いたな」

「あ、私も聞いた。色んな神をブチ殺してきた方々がここを創ったって。それをまとめてたのがアインズ様だって」

「……改めて聞いてもとんでもねえとこだな」

 

 そんな存在に目を付けられ、王国で好き勝手に生きて来た自分達の命があるのについ感謝してしまう。

 四人が顔を見合わせ同じ考えをしていたのを理解し、ついつい笑ってしまう。

 

「……そろそろ寝ましょうか。明日の訓練もあるし。ゼロは……運ぶの重たいしほっときましょう」

「可哀想なこと言うなよ。デイバー、風邪ひかないように毛布ぐらい掛けてやってくれ」

「やれやれ」

 

 こうして元犯罪組織の腕自慢達の日々はしばらく続いていく。 

 

 

  

  

  

 

 




風呂会は「うる○やつら」のひとコマからの思いつき。




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14話 定例報告会

誤字報告ありがとう御座います。


「フンガアアア!」

 

 奇怪な大声を発しながら、男が一人だけの空間で訓練用の剣を両手に持ち、藁人形に向かってやたらめったら叩き付けていた。

 

「フンガ!フガフガフンガラガッガ!ウンガ!ウガウガウンガラガッガ!ウンガアアア!」

 

 最後の一撃に、内から沸きあがる全ての負の感情を叩きつけると、藁人形の耐久値が限界を向かえ地面に刺さった杭が折れる。

 人払いをした訓練場でボロボロの無残な状態の人形を血走った眼で睨み「ぜえ、ぜえ」と息を荒げる。

 

 

「クソ!クソ!なぜこの俺がこんな惨めな目にあうのだ」

 

 暴れている男は『バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ』。リ・エスティーゼ王国第一王子であった。

 

 ゲヘナの際、子飼いの兵を所有していなかったため王城に籠る事を余儀なくされ、評価を下げてしまった。反対に第二王子のザナックは兵を引き連れ自ら市中を回り、民を守る姿を見せ付けていた。そのせいで自分を推していたウロヴァーナ辺境伯がザナックに鞍替えしてしまったのだ。

 

「小賢しいデブが!あいつだって私兵を持っていなかったのに、レエブン侯に借りた兵を使っただけではないか!」

 

 それに伴い、城内での兵やメイドの侮蔑とも嘲笑ともつかない視線を幻視して苛立っていた。

 評価を上げたのはザナックだけではない。

 王も戦士長と戦士団を連れ自ら出陣していた。

 更に第三王女のラナーも自費で冒険者を雇い、王都を守るために動いていた。

 何もしなかった自分だけが評価を下げる結果となった。

 幸いなのは六大貴族の一人で最大の武力を有するボウロロープ侯は第一王子側だ。ボウロロープ侯の娘を娶っているから当然なのだが。

 

「父上の評価が上がるのは別に良い。だがあの二人が評価を上げたのが我慢ならん。……クソがぁ!」

 

 ザナックは自分と王位継承を争っているので当然面白くない。

 継承権の無いラナーは、自分が王位に就いたら自分にとって都合の良い貴族に娶らせる予定だ。すでに相手とは話し合いが済んでいる。あの女は自分の駒であり、政略の道具なのだ。ラナー個人の評価が上がれば自分の好きなように出来なくなる可能性がある。

 なんとか自分の価値を高める方法が無いかと考えるが良い案はなかなか浮かばない。

 

「こんな時こそアレが必要だというのに。八本指の奴らと連絡がつかんとは……」

 

 アレとは『ライラの粉末』。別名黒粉と呼ばれている麻薬である。使用する際は水に溶かして飲用し、とても安価で多幸感と陶酔感をもたらす。しかし、依存性が高く副作用があり、大抵の服用者は神官の魔法が必要なほど中毒性が強い。禁断症状の弱いものであるため、王国では黒粉はほぼ黙認され続けている。

 黙認されてはいても麻薬は麻薬。貴族、ましてや王族が使用しているのが知られれば悪評が立つ。

 バルブロは八本指から賄賂だけではなく、黒粉も受け取っていた。

 自身が直接会う事はなく、こちら側の下級貴族を通してだが。

 「副作用がない」という触れ込みで販売されており、バルブロも黒粉の本当の危険性は知っていなかった。

 モノがモノなだけに完全な依存症になるほど使用してはいなかったが、副作用で脳が少しずつ小さくなっているのに気付くことはなかった。

 

 バルブロの苛立ちの原因はまだある。

 

「ラキュースといきなり現れたどこの馬の骨とも知れん冒険者が恋仲だなどと……メイド共め、ふざけおって。そんな訳あるか」 

 

 最近王都の一部で流れ始めたらしい噂話を城内のメイドが話しているのを偶然聞いてしまった。

 バルブロはラキュースに好意を持っていた。

 戦士としての技量があり、王族では随一の強さを持っていたバルブロは、貴族でありながらアダマンタイト級にまで上り詰めたラキュースを自分のモノにしたかった。ラナーに劣らぬ美貌と美しい肢体を欲望のままに貪りたいと思っていた。

 

 悪魔騒動が起きてからバルブロに降りかかる災難に、苛立ちはいつまでたっても収まらない。

 藁人形はまだまだある。バルブロは憎い相手を思い浮かべながら人形に剣を叩きつける。

 

「ウンガアアアアア!」

 

 

 

***

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層 プレアデスの部屋

 

「ふう……」

「あら、ナーベラル。御疲れのようね」

「当然でしょユリ姉様。モモ……アインズ様にお仕えするのですもの。片時も気は抜けません」

「……それ……分かる。でもアインズ様と一緒……嬉しい」

「そうなのよシズ。アインズ様のご命令のたびに、この胸に湧き上が」

 

 ピシッ!ピシッ!

 ユリが教鞭で机を叩く。

 

「はい。おしゃべりはそこまでにして、プレアデス定例報告会を始めます」

 

 円形のテーブルを椅子に座り囲い、報告会という名のお茶会を行っていた。

 

「全員が揃うなんてぇ、初めてじゃないかしらぁ」

「カルネ村に居る事が多かったから前回は来れなかったっすけど、今回は私も参加出来たっす」 

「それもこれもアインズ様が『ふくりこうせい』の充実の一環で始められた休暇のお陰ですわ。御方の為に働けないなんてあんまりだと思った時期もあったけど、こうして姉妹が揃う事が出来るのは嬉しいわね」

「そうねソリュシャン。アインズ様に感謝しないと。……エントマ。お茶菓子を用意してくれる?」

「はあいぃ」

 

 それぞれに紅茶が配られテーブルの中央にお菓子が置かれる。シズには専用の高カロリー飲み物(チョコ味)が用意された。

 

「オーちゃん。聞こえてる?」

『はい。ユリお姉様』

「声だけの参加だけどオーちゃんもよろしくね」

『はい。私も桜花聖域でお茶を飲んでお姉様方のお話を聞いていますね』

 

 末妹の声が天井から全員に聞こえる。

 

 ナザリック地表部やカルネ村の見張りぐらいならプレアデスに代わり、他の僕とも交代出来る。

 が、末妹のオーレオール・オメガは第八階層にある桜花聖域に勤めて階層間などの転移門の管理を行っている。

 また、アインズの持つギルド武器は破壊されるとギルド崩壊を招くため安全のために彼女が預かって管理していた。彼女の代役を勤めれる僕は今のところいないため桜花聖域を離れる事が出来なかった。

 

『それにこの間アインズ様がここに来られた時、いつか私も自由に外に出れるようにすると仰って下さったわ』

 

 それが我々僕の仕事を奪うのではなく、ただ心身を休めさせるための優しさだと理解しているプレイアデス七人は歓喜に満たされる。いつか七姉妹全員が顔を合わせてお茶会が出来る日を夢見て。

 もっと至高の御方のために働きたい。という思いはなかなか拭えないが。

 

 エントマがグリーンビスケットをポリポリとかじりだし、それに続きお茶菓子に手を出す姉妹達。

 恐怖公の眷属を食べないのは周りを気遣ってのことだろう。

 

「エントマは今日はいつものあの男の腕は食べないのね?」

 

 ソリュシャンが何気なしに疑問に思ったことを口に出す。

 

「人間ってぇ、右利きが多いからダイエットに丁度良い硬さなんだけどぉ、最近よく支給される男のは脂肪が多すぎてぇ。美味しいんだけどねぇ」   

「……アインズ様を……不快にさせた人間」

 

 シズの言う人間が誰なのかは全員が知っていた。ナザリックで今一番の玩具的存在で扱われている男だ。

 

「当然の報いね。アインズ様を不快にさせた者には。……でも大丈夫なの?人間ならすぐに壊れたりしないのかしら?」 

「そのあたりはぁ、デミウルゴス様がちゃんと手を打ってるみたいぃ」

 

 至高の御方より命を受けたデミウルゴスに落ち度などある訳がない。

 死なないように逐次治癒魔法を施し、発狂などで理性を手放せないよう精神耐性を施された状態でナザリック五大最悪の永久ループに処されている。その間に肉体の一部を切り取られて、エントマなどの人間を好んで食べる僕にも喜ばれている有様だった。

 

「面白いのがぁ、未だに自分が何故こんな目に遭っているのか分かっていないみたいぃなところかしらぁ。デミウルゴス様もある意味感心してたわぁ。うふふぅ」

 

ピシッ!ピシッ!ユリが教鞭で机を叩く音が部屋に鳴り響く。

 

「そろそろ始めるわよ。ボク……いえ、私、副長ユリ・アルファが議事進行を務めます。今回の報告は主に三件。ナーベラル」

「はい。私の方は冒険者ギルドを通じた護衛依頼で旅をしました。……もちろん、アインズ様と共に」

 

 最後の方をやたら強調したナーベラルに周りから「羨ましい」、「自慢してる」、「ズルイっす」などの野次が飛ぶ。

 嫉妬の声を気にせず、キラキラとエフェクトを放ちながら話を続ける。

 最初はアインズ様の活躍を熱弁していたが、途中から自分主体の話になりだした辺りでユリが止める。

 

ピシッ!ピシッ!

 

「ナーベラル!もういいわ……次はルプーね」

「はいっす。私からはカルネ村の件っす。え~と、大規模小麦畑をマーレ様の魔法で収穫を早め一次収穫が終わり、大量の穀物をエクスチェンジ・ボックスにブチ込み金貨に替えたっす。大量っす。パンドラズ・アクターの試算ではカルネ村に投資した額も余裕で賄えるそうっすよ」

 

 エクスチェンジ・ボックス。通称シュレッダー。なんでも査定し、投入した物の材料の価値の分だけユグドラシル硬貨を排出する。

 商人系の特殊技術を持っていると高額査定されるためパンドラズ・アクターにギルメンの音改(ねあらた)に変身させていた。

 価値ある絵画などはただの絵の具とキャンバスとして査定されてしまう。では、鉄鉱石などの含有量や産地に差があればどうかとアインズは色々調べた。

 結果、純度や質の良い物は査定額が上がった。レベル100のマーレが魔法を使用して育てた小麦や野菜は最高品質となり、ユグドラシル金貨の確保の目処がたったのだ。

 「さすがアインズ様」。全員が至高の御方の素晴らしさをかみ締めている。

 

「「……………………」」

 

 ルプスレギナ以外の全員が突然黙りこむ。ソワソワと聞きたい事ががあるけどなかなか言い出せないような感じだ。

 

「?…………!!はは~ん、さては皆エンちゃんのことが聞きたいんっすね?あっ、カルネ村のエンちゃんっすよ」

 

「「!?」」

 

 ビクッと全員が体を震わせる。

 イタズラ好きなルプスレギナなら「ニヤァ」と意地の悪い笑みでも浮かべそうなところなのに、なぜか微妙そうな顔をしている。

 

「聞くのは止めておくわ。だいたいの話は知っているから」

 

 ユリが皆の気持ちを代弁するかのように話の続きを止める。

 

「いやあ~良かったっす。私もこの話はあんまりしたくなかったんすよね、言えば言うほど羨ましくて夜も眠れなくなっちゃうっすから」

「……私は同じ宿に泊まる事もあるのに、そんな空気になったこともないわ」

「それは任務だからでしょうぅ」

「それはそうだけど……うぅ」

 

 凹み出したナーベラルを尻目にソリュシャンが話の方向を変える。

 

「そういえば希少な生まれながらの異能(タレント)を持っている男が居たわよね?」

「ンフィーレアって少年の事っすね。ずっとお婆ちゃんと一緒にポーション作りで篭もってるっすね……そういえば最近は村に来た赤毛のブリタって女と一緒にお酒を飲んでるっす。不可視化して聞いてたっすけど酔っ払ってて何言ってるかよく分からなかったっすけど、なんか愚痴を零してて女に慰められてたっすね」

「……もしかして……アインズ様に……不満?」

 

 表情を変えずに冷たい目になったシズが問いかける。

 

「ああ……それは違うっすよ。アインズ様に対しては感謝してるようだし憧れも持っているみたいっす」

「研究がうまくいってないからじゃない?」

 

 ナーベラルがそれらしいことを言うが、頻繁にカルネ村に行けていない者には分からなかった。

 村によく居るルプスレギナはそもそも研究所に篭もりっ放しのンフィーレアと碌に話したこともなく、また強力な生まれながらの異能(タレント)持ちで重要人物と言われていても、人間的に興味が無かったので詳しく知る気も起きなかった。

 

ピシッ!ピシッ!

 

「カルネ村の話はここまでにして次に行きましょう。最後の議題は……私達がいただいたアインズ様からの御褒美についてね」

 

 アインズはゲヘナで頑張った御褒美にプレアデスを一人ずつ執務室に呼び、個人面談の形を取り、何を褒美にするか聞き取りを行っていた。

 

「まずは私から……と言っても実はまだ受け取っていないのよね。どうしても不敬と思えてしまって。アインズ様からも「焦って決めなくて良い」と言われたんだけど」

 

 長女の性格からしたら「そうなるよね」と、全員なんとなく分かっていた。

 次にナーベラルが報告する。

 

「私も同じようなことをアインズ様に言いました……そんな私に下賜されたのが…………コレよ」

 

 椅子から立ち上がり早着替えを使ったナーベラルの装いがメイド服から変わる。

 

「おお!」「あらあら、うふふ」「良く似合ってるっす」

 

 それは漆黒を主体に金と紫の刺繍が入ったローブに、仄かに赤みのある漆黒のマント。

 冒険者モモンが纏う鎧の魔術師版と言える風であった。

 

「決められない私にアインズ様が提案されたの。しかもアインズ様が以前使用されていた物よ」

 

 美しい形の胸を張ってドヤ顔で披露するナーベラル。

 

 アインズはアダマンタイト級になったのにナーベの装備が貧相なままなのを気にかけていた。

 王都で他のアダマンタイト級の装備品を見て、現地で問題にならない範囲をある程度見極めた。

 ユグドラシル時代に自分が使っていた装備をパンドラズ・アクターに手を加えさせ、モモンの装備に合わせたのをナーベラルに渡したのだ。

 ミスリル製フルプレートメイル程度が上級扱いなので、二つ上の遺産級(レガシー)で、プレアデスが着ているメイド服には劣るが現地からしたら破格の装備だろう。

 ついでにファイターのクラスを持つからと殴打用の杖も一緒に貰っていた。

 

 お古と言えば聞こえは良くないが、ナザリックの配下である者にそれは当てはまらない。

 つまり「羨ましい」である。至高の御方が使用されていた物となれば生唾モノ、たとえ鼻をかんだティッシュであろうと宝物に値する────かもしれない。

 

「素晴らしい物をいただいたわね。…………エントマはどうなの?」

 

 ユリの問いかけにグリーンビスケットを食べるのを止め、動かない表情から嬉々とした気配を漂わせる。

 

「私はぁ、お願いして抱っこしていただいたのぉ。そのまま昔の冒険話を聞かせて貰いましたぁ」

 

 エントマはその時の情景を本当に嬉しそうに話し出す。

 至高の御方の過去の冒険話、頭を撫でられたりなど自慢するように語る。

 

「そう。良かったわねエントマ」

「うん。えへへぇ」

 

 ユリにとって可愛らしく喜んでいる妹の姿が微笑ましい。

 

「妹のシズはどうだったのぉ?」

「…………違う。貴方が妹。…………私もエントマと似ている…………執務をされるアインズ様のお膝の上に…………座った」

「執務中って、アインズ様のお仕事の邪魔にならなかったの?」

「…………問題ない…………むしろ書類選考を手伝えた」

「貴方がぁ、妹ぉ」

 

 ユリの心配に答え、エントマの主張には断固拒否の姿勢を見せる。

 意見を言えた案件は一つだけで、しかもその後は体の向きを変え、アインズと向き合う形で胸に顔を埋めていたのだが。両手両足を椅子に座るアインズの後ろに回して引っ付く様を、シズ推しの当番メイドがキラキラした眼で見ていたが、それはまた別の話。

 ちなみにシズが手伝った書類選考とはパンドラズ・アクターからの案件で、完全ではないが現地の技術を取り込んだ、今後ナザリックに必要になるだろうマジックアイテムの開発であった。

 アルベドとデミウルゴスは保留にしていた。理由は明白で、開発に当たり宝物殿の資源の使用も書かれていたからだ。アインズは傍にいたシズに相談してみたところ。

 

「…………新しいマジックアイテムの開発は必要…………だと思います。…………でも至高の御方が集めた物を浪費するのは…………」

 

 アインズはしばらく考えてから許可の判を押した。補則に「希少、数量の少ない素材の使用にはアインズの許可を得る事」として。

 そしてちゃんと自分で考え、意見したシズの頭を優しく撫でたのだった。

 

「エンちゃんもシーちゃんもやるっすね。次は私がいくっすよ、驚くっすよ。私はアインズ様に私の上に乗ってもらったっす。いやあ、あの時は激しくて汗びっしょりだったっすよ」

「「!!?」」「なっ!?不敬よ!不敬!」

 

 驚きの声が上がる中、シズだけが冷たい眼でルプスレギナを見据えている。

 

「…………ルプスレギナ。その言い方には語弊がある…………私は第六階層で見ていた」

 

 シズの言い分はこうだ。

 アインズとルプスレギナが第六階層の森で散歩していた。

 途中狼の姿になったルプスレギナにアインズが乗り、巨大なジャングルの中を疾走していたのだった。

 

「なあんだ、見られてたっすか。私が褒美に選んだのはアインズ様とのお散歩っす。まあその後私の体を御手自らブラッシングしてもらったっす。あんまりにも嬉しくて、思わずアインズ様のほっぺたや首筋をペロペロ舐めちゃったっすけどね」

「やっぱり不敬よ!」

 

 ユリの咎めを「テヘペロ」、と頭に拳を当てておどける。

 舐めてる際、気付かずに人間形態になってしまっていたのを話すかどうか迷っていた。

 

「最後は私ね。…………私はアインズ様に私の中に入っていただいたわ。ああ、今思い出してもアインズ様のお体の感触がまだ私の中に残っているよう…………」

「「!!??」」「貴方も不敬よ!」「ソーちゃん。パねえっす」

 

 頬を染め、恍惚の表情で天を仰ぐソリュシャン。不敬と言いながら下の妹二人の耳を塞ごうとワタワタする長女。

 

「あら、ユリ姉さん。不敬って言うけど私はそうは思わないですわ」

「えっ!?」

 

 ソリュシャンはアインズに願った時の事を雄弁に語る。

 

 

 

 

 

 

「私の望みは…………アインズ様の玉体を洗わせて頂きたく思います」

「ほえっ!?」

 

 ソリュシャンは以前、アインズがある用途で使っていた三吉君を嫉妬の余り隠してしまったことがあった。

 自分の方が玉体を綺麗に舐め回せると確信しているからこその願いで、前回は却下されたが今回はある秘策があった。

   

「アインズ様!」

「な、なんだ?」

 

 却下される前に切り札を切ろうと瞳を潤ませながら迫真の演技をする。

 

「アインズ様は常々仰られておられます。私達ナザリックの者達はアインズ様にとって子のような存在だと」

「ああ、うむ。…………確かにそう思っているが…………」

「ならば、娘が父親の背中を流したいと思うのも自然なことではないでしょうか?」

 

 

 

 結局アインズはソリュシャンの願いを断りきれなかった。

 実際アインズは皆を愛しており、大事な存在であるのは真実なのだが。ここで無下に断ると自分の発言が嘘であったように取られかねないと思ってしまった。

 

 そしてソリュシャンと二人で家族風呂に入り、上半身を残し本来の粘体形態でアインズの体を包み込む。

 

「ソ、ソリュシャン。私は今マジックアイテムを装備していない。あまり強力な酸は…………」

「分かっております、皮膚を傷付けず汚れだけを溶かせるよう調整しますわ」

 

 半透明の粘体で酸を分泌しながらアインズの全身を同時にマッサージしていく。

 

「…………おお。これはなんとも、気持ちの良いものだな」

 

 少しばかり不安だったが、足の裏や指の一本一本、全て同時にマッサージが可能なのはスライムならではだろう。

 あまりの心地よさに目を瞑り身を任せるアインズ。

 

 かたやソリュシャンは見られていないのをいい事に、表情がヤバイ程欲情していた。

 

(ああ、アインズ様のお体がとうとう私の中に。も、もう我慢出来ませんわ)

 

 このまま全力でアインズの男性部分を攻め立てようとしたが、彼女は出来るメイド。分別を弁えていた。

 

(い、いけない。危うくあのお二人と同じようになるところだったわ。度が過ぎるとこの栄誉をもういただけないかも。アインズ様に嫌われるかもしれないことは絶対に避けないと)

 

 今回は娘として奉仕するから許可されたこと。だから男性部分への刺激も他よりも弱めて「洗ってるだけですよ」感を出している。

 

「頭も綺麗にしますので少しだけ息を止めていて下さいませ」

「ん、分かった」

 

 荒くなった息を整えてアインズの顔を態々胸に埋めるように体の中に入れていく。

 

 取り込んだ獲物の喉を酸で焼いてしまった場合など、自身の体の器官の一部を獲物に挿入する事で窒息を防止出来たりするが、至高の御方にそんな事する筈がない。苦しくならないよう瞬く間に頭と顔を綺麗にしていく。

 

「…………ふう。正に頭から足先までの全身マッサージだな。見事だ」

「ありがとう御座います。私が一番御方を綺麗に洗えると証明出来たかと、ではこのまま湯船までお運びしますわ」

 

 アインズを半透明の粘体に入れたままズリズリと移動し、そのまま湯船に入る。

 アインズは浴場に入ってからここまでほとんど体を動かすことがなく、正に至れり尽くせりだった。

 

 ソリュシャンは人間の姿に戻り、アインズの腕に寄り添うように湯の温かさを堪能する。

 本当は湯よりもアインズの感触を堪能していたのだが。 

 

 

 アインズはソリュシャンの裸に、自分のある部分が膨張しないように様々な妄想をしていた。

 一番効果があったのがパンドラの痛い姿を思い浮かべた時だったのになんとなく微妙な気分になっていた。

 

(しかし、ソリュシャンの技というか、スライム風呂は凄いな。全身磨かれたようにツルツルだ。これなら今後も世話になるのも良いかもなぁ)

 

(うふふ。成果は上々。今は娘として接して、いずれアインズ様が私を女と意識されれば…………うふふ)

 

 ソリュシャンは正妻の座を狙っている訳ではなく側室狙いだった。

 ナザリックで正妻を狙っているのはアルベドとシャルティアであり、アルベド派の方が多かった。

 自分は気が合うシャルティアを推している。

 

 

 

 

 

 

「…………なるほど。そう言って許可を貰ったんすね。やっぱソーちゃんパねえっす」

「…………ズルイ…………私もアインズ様のお体…………洗ってあげたい」

「次の御褒美を頂ける時かしらぁ」

「わ、私もアインズ様と…………」

「全く貴方は…………そういえばオーちゃんから全く反応がないわね。オーちゃん!どうしたの?大丈夫?」

『…………はっ!?ごめんなさいユリお姉様。私には刺激が強すぎたようで、お姉様方の褒美の話あたりから気を失っていました』  

「「…………」」

 

 初心すぎる末の妹に誰も、なにも言えなかった。

 

 

 

 その後、ソリュシャンから褒美の話を聞いたシャルティアがアインズに褒美として『添い寝』を願い出た。

 シャルティアとアルベドの褒美を保留にしていたアインズは『娘』としての願いを拒みきれず、「一緒に寝るだけだぞ。絶対だぞ」と念押ししてベッドに入った。

 

 どこから聞きつけたのかアルベドもシャルティアと同じ願いを、同じように言ってきた。

 アルベドだけダメと断るのは流石に可哀想と思ったアインズは「本当に寝るだけだぞ。分かっているか」と念押ししてベッドに入ったそうな。

 

 後にアインズは物思いにふける。

 

(いやぁ、かなり不安だったけど二人共大人しくしてたのが意外と言えば意外だったな)

 

 実際は、リング・オブ・サステナンスを外したアインズは猛烈な睡魔に襲われ、すぐに寝入ってしまった。

 睡眠を必要としないシャルティアは御身に引っ付き「ハァハァ」していた。

 アルベドは起こさないよう憧れの『だいしゅきホールド』を形だけでも試そうと、やっぱり「ハァハァ」していた。寝ている相手を『だいしゅきホールド』に持って行くのはあまりに困難で、結局諦めざるを得なかったが。

 

 デミウルゴスの忠告が効いていたのかそれ以上のことはしなかった二人。

 それでも満足したのか、機嫌良く自らの階層を見回るシャルティアの姿があった。

 腰が抜けてしばらく立てなかったアルベドは、自室で身悶えながら仕事をしていた。

 

 

 

 

 




 ソリュシャンの本性は汚い色をしているみたいだけど、半透明になるぐらい出来るでしょう。
 ユリは何を望んだのかな?膝枕からの耳掃除とかかな?
 今日もナザリックは平和です。


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15話 フォーサイト

短い紹介回。


 バハルス帝国国土のやや西部に位置する帝都アーウィンタールは中央に皇帝の居城たる皇城を置き、放射線状に各種の重要施設が広がった、帝国の心臓部とも言える都市だ。

 人口こそリ・エスティーゼ王国の王都に劣るものの、規模という点では王都以上だろう。更にここ数年の大改革によって過去最大の発展を遂げている最中であり、将来に対する希望的な光景にここで暮らす市民の顔も明るい。

 

 通りには帝国騎士が常時警邏しており、治安はかなり良い。

 大通りから少し外れたたくさんの店が並ぶ通りの少し先にある『歌う林檎亭』と書かれた看板の酒場兼宿屋。

 ワーカー御用達とも言える場所で、四人組のワーカーチームがテーブルを囲っていた。

 

 ワーカーとは、冒険者のドロップアウト組のことである。

 彼らは犯罪行為を始め、冒険者組合が取り扱わない仕事を生業にしている。

 そのため、多くの仕事が汚れ仕事で危険度も高い反面、冒険者よりも多く金銭を稼ぐことが出来る。

 組合が存在しないため、依頼人は自分の伝手で契約を結びたいワーカーを探す必要がある。

 また、それぞれが個人のチームなので、冒険者組合がやっているような、依頼の調査や仲間探しなどは、全て自分たちでやらなければならない。

 同じ理由で、状況次第ではワーカー同士で殺し合いに発展する場合もある。

 そんな彼らを嘲笑と警戒の意味を込めて請負人(ワーカー)と呼ぶ。

 

「アルシェ。お前に会いに変な男が来たんだが…………」

 

 ワーカーチーム”フォーサイト”のリーダー。ヘッケラン・ターマイトの声が、四人の他に誰も居ない酒場で静かに響く。

 身長は170センチ半ばの軽装で二刀流の戦士。金髪に碧眼、日に焼けた健康的な肌をしており、顔立ちは美形ではなく帝国では十人並みの容姿を持つ。

 しかし、薄く浮かぶ朗らかな笑顔からか、自信に満ち溢れた所作からなのか、どことなく人を惹き付ける魅力を放っている。

 装備品は、腰にナックルガードのあるショートソードくらいの長さの剣を二本下げ、腰の後ろには殴打武器のメイスと刺突武器の鎧通しを付けていた。

 

「そいつは最後にこう言った。…………なんだったっけ?」

 

 ヘッケランは隣に座る仲間に問いかけると、何を言ってんの、という視線で迎え撃たれた。

 

 問いかけられた女性はチームのレンジャー、イミーナ。半森妖精(ハーフエルフ)のため、耳の長さが森妖精(エルフ)の半分程度まで伸びているのが特徴。化粧はしておらず目つきは悪いが、周りからはかなり綺麗な女性と評価されている。

 体型は全体的にほっそりしており、言ったらぶん殴られるが胸や尻に女性特有のまろやかさは皆無である。

 見た目以上に過激なところがあり、嫌った相手や敵に対して容赦のない行動や発言をしたりする。言葉遣いも悪い。

 そういった面もあるが、調子に乗ったヘッケランをよく叱ったり、状況をよく理解し、仲間のために自分を犠牲にできる理性も持ち合わせている。

 仲間にはまだ言ってないがヘッケランの恋人だ。

 

「『フルトんちの娘に伝えておけよ。期限は来てるんだから』よ」

「だ、そうだ」

 

 ヘッケランとイミーナ。もう一人の仲間、ロバーデイクも目線をアルシェへと向ける。

 ロバーデイク・ゴルトロン。外見は三十代でメンバーでは一番年上で元上級神官の信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)

 顔の輪郭はがっしりした無骨な形で、髪は刈り上げられ、わずかに生えたヒゲは丁寧に手入れされているので爽やかな印象を与えている。

 ヘルムはしていないが全身鎧フルプレートを装備し、その上から聖印が描かれたサーコートを纏い、同じ聖印を首から下げている。腰にはモーニングスターを吊るしている。弁が立ち、誰に対しても丁寧な口調で話す。

 

「────借金がある」

 

 アルシェと呼ばれた少女。アルシェ・イーブ・リイル・フルトは十台中盤から後半、艶やかな髪は肩口あたりでざっくり切られ、目鼻立ちは非常に整っている。美人というよりは気品があるという雰囲気の美だ。ただ、人形のような無機質さがある。

 自分の身長ほどある無数の文字か記号のようなものが彫られた長い鉄の棒をテーブルに立て掛け、硬質な皮を使用した厚手の服を着用し、その上からゆったりとしたローブを纏っている。 

 

「借金!?」

 

 ヘッケランは思わず驚きの声を上げてしまう。イミーナもロバーデイクも驚きの表情を浮かべていた。ワーカーとしてどれだけの報酬を得たかは、均等割にしている関係上、互いに知っているのだ。自分の懐に入った金額を考えれば借金なんてありえない。

 

「一体幾らなんです?」

「────金貨300枚」

 

 一般人の収入で考えるととんでもない額だ。『フォーサイト』はワーカーでもかなり上位。冒険者としてならミスリル級に匹敵する能力を持つ。そんなクラスでも一回では稼げない、それほどの借金を一体どうやって作ったというのか。

 

 疑問に満ちた仲間の目を察知したのだろう、アルシェの顔は暗い。

 しかし、言わないわけにもいかないと考えたのか、重い口を開く。

 

「────家の恥になるからずっと言えなかった。…………私の家は鮮血帝に貴族位を剥奪された」

 

 鮮血帝────ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。

 その異名通り、己の両手を血で染め上げた現皇帝だ。

 即位直後、母方の実家である貴族、兄弟たちを次々に葬っていき、母親も事故死している。

 反対勢力も掃討し完全なる中央集権を完了させた。

 更に、無能はいらない、と多くの貴族の位を剥奪し、逆に有能であれば平民でも取り立てる政策でその権力を磐石にしていったのだ。

 そんな人物のおかげで没落した貴族は珍しくない。

 

「────でも両親は未だ、貴族のような生活をしている。無論、そんなお金あるわけが無い。だから少し性質の悪いところから金を借りては充てている」

 

 二年以上前、ぶっちゃけ金が欲しいという理由で集まっていた三人が、あと一人優秀な魔法詠唱者(マジック・キャスター)でも居ないものかと話していた時。「────魔法の腕に自信がある。仲間に入れて欲しい」とほっそりとした子供が、自分の身長よりも高い杖を両手で持って、そんなことを言ってきた。「何の冗談だ?」と呆気にとられたものだが、その後、アルシェの魔法の実力を知り、別の意味で呆然としていた。

 チームが揃い、幾つもの冒険、時に死にかけることもある冒険を乗り越えて、かなりの金を得ても、アルシェの装備が大きく変わることはなかった。

 その理由が今、ようやく分かった。

 

「マジかよ。いっちょガツンと言ってやろうか?」

「神の言葉を言って聞かすべきですね。いや、神の拳が先ですかね」

「耳に穴開いてないかもしれないから、まずは穴を開けるところからじゃない?」

「…………まって欲しい。ここまで来た以上、私から言う。場合によっては妹達も連れ出す」

「妹がいるのか?」

 

 コクリと頷くアルシェに、三人は顔を見合わせる。この仕事を辞めさせた方が良いのではないかという思いから。

 ワーカーは確かに冒険者よりも稼げる仕事だ。しかし、その反面、非常に危険な仕事でもある。

 安全を確認した上で仕事を選んでいるつもりだが、それでも予期せぬ出来事は珍しくない。下手をすれば妹を残して死ぬ可能性だってある。

 ワーカーとして、これ以上は余計なお世話だというのが一般的だ。だが。

 

「私の貯金を貸してあげるわよ?」

「そうですね。いずれ返してもらえれば良いわけですから」

「俺も良いぜ。どうする?」

 

 『フォーサイト』は帝国に数多くいるワーカーの中でも仲間の信頼関係が抜群に良い稀有なチームだった。

 互いために命をかけるのも厭わないほどに。

 ましてやアルシェは三人にとって妹のように思い、可愛がっているのだ。

 決してあげるとは言わない、それは全員対等なので当然だ。

 アルシェがワーカーを辞めたとしても、彼女は若くして第三位階を使える魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)。中退してしまったが、帝国魔法学院在籍中は主席だったのだ。まだ伝手はあるらしく、帝国魔法省に勤めるのも可能だろう。

 更に彼女の持つ相手の魔法力を探知する生まれながらの異能(タレント)。魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)に限り何位階まで使用可能か判別できる。名付けるなら”看破の魔眼”だろうか。

 同じ能力を持つ帝国最高の大魔法詠唱者(マジック・キャスター)、フールーダ・パラダインの存在を考えたらアルシェの存在が希少なのは間違いがなかった。

 

「────それは遠慮する。もう、いい加減両親が返すべき。最後の親孝行で時間だけあげる。次の仕事の報酬で少しでも返しておけば、また待ってくれる」

「そっか。でも、必要ならいつでも頼れよな…………俺達は」

「「「仲間」」なんだからな」

 

 ヘッケランの言葉に『仲間』の部分だけハモらせてきたイミーナとロバーデイク。

 そんな仲間思いの三人に、人形のようだった表情を綻ばせて「────ありがとう」と心からの謝辞を述べる。

 

「でもさヘッケラン。明日の仕事ってカッツェ平野のアンデッド退治でしょ。もっと良い仕事無かったの」

「無茶言うなよ。『ヘビーマッシャー』んとこのグリンガムと情報交換してたけど、今は碌な仕事がねえんだからよ」

「カッツェ平野のアンデッド退治は国家事業ですからね。私も神官として無視出来ません」

「元、神官でしょ。まあ、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)死者の大魔法使い(エルダーリッチ)でも出てきたら結構なお金にはなるけどさ」

 

 イミーナの主武器の弓では骨系のモンスターに有効打にならないからアンデッドだらけのカッツェ平野が苦手だった。しかし、少しでも金になるたとえ話をするあたり、アルシェを思う気持ちに嘘偽りはない。

 

 

 

 帝都の一区画である非常に治安の良い高級住宅街は、広々とした敷地に古いながらもしっかりした、かつ豪華な造りの邸宅が立ち並んでいた。

 しかし、鮮血帝に身分を剥奪された元貴族が多く居たため、邸宅を維持出来なくなり手放した空虚な入れ物が立ち並ぶ。

 その中に、まだ住民をその内に収めた館がある。しかし、外壁の手入れは行き届いておらず、庭木の剪定も疎かになっているようだった。

 

 そんな館の通路をアルシェは二階にある可愛い妹達の居る部屋を目指して歩いていた。

 

(────やっぱりもうダメ。ここを出て行かないと)

 

 家に帰ったアルシェを応接室で出迎えたのは、いつもの両親。

 最初は笑顔で出迎えてくれたが、アルシェが朝には無かった調度品について言及してからは父の態度が激変。 

 

 貴族には必要なもの。

 鮮血帝への呪詛。

 百年以上帝国を支えてきたフルト家の再興。

 

 などなど、唾を飛ばしながら熱弁してきた。うちはもう貴族ではないというのに。

 

 ポケットに入れた香水の小瓶を手に取る。母がアルシェのためにと買ってくれたものだ。

 値段は金貨三枚。平民の三人家族が一月暮らせる額だ。

 

 調度品や宝飾品といった着飾り、貴族の軍事的示威行為に明け暮れる父と違い、母の買い物はまだ賢い買い物といえた。

 身なりを整え、良いパーティーに出席し、力ある貴族に見初められる。女の幸せは結婚と妊娠出産、子育てにあるという考えは、貴族の観点からするとかなり正しいものだ。今のこの家の状態で今更という思いもあるし、アルシェには興味の無いことだったが。

 

 母を冷たい目で見る気にはならない。

 浪費し続ける父に何度も、何度も何度も無駄遣いを止めるように言い続けた。しかし、父は聞く耳を持たなかった。

 もしかしたら母も、貴族の生活を諦められないのかもしれない。そう思ってしまう時もあったが、いがみ合う二人をそれとなく仲裁するのはいつも母だった。

 母も父に忠告していたのを執事のジャイムスから最近聞いた。気弱な母は、アルシェのように強く言ったりは出来ないようだが。

 この香水は母の、父へ対するせめてもの抵抗なのかもしれない。アルシェの幸せを思う母のせめてもの。

 

 以前にも家を出ようと考えたこともあった。

 だが、その度に小さい頃の、アルシェが幸せを感じていた時の記憶が浮かんできた。

 まだ妹が生まれていない頃、一人娘だったアルシェをこれでもかと可愛がり、愛してくれた両親。

 魔法の才能が発見された時の、あの両親の喜びよう。

 「お前は我がフルト家の誇りだ。アルシェ」と抱き上げ頬ずりしてくる父。それを笑顔で見守る母。

 

 思い出すと涙が溢れてくる。

 

 その時タッタッタッと、軽快に掛けてくる軽い足音が聞こえる。見なくても誰か分かる。

 慌てて袖で涙を拭い、少しだけ口元を緩める。

 走ってきた速度を緩めることなくアルシェにぶつかってきた。

 飛び込んできたのは、身長百センチもない五歳ぐらいの少女。目元の辺りがアルシェに非常に似ている、そんな少女はぶぅと不満げにピンクの頬を膨らませた。

 

「かた~い」

 

 アルシェの胸が平坦だといっているのでは断じてない。皮をたくさん使った冒険者用の服、特に胸部から腹部にかけては、硬質な皮を使用しているからだ。決してアルシェの胸が平坦だとはいっていない。

 

「ウレイ、大丈夫だった?」

 

 ウレイリカの顔に触れ、頭を撫でる。

 

「うん、大丈夫。お姉様!」

「ウレイリカずる~い。私も~」

 

 ウレイリカの頭を撫で回していると、もう一人飛び込んでくる。

 

「かた~い」

 

 ウレイリカと同じことを言い出す双子の妹のクーデリカ。見た目はウレイリカと全く一緒で、家に長く仕えている者ぐらいしか見分けがつかないほど似ている。

 天使のような笑顔の二人を撫で続ける。

 

 先ほど応接室で両親にハッキリと伝えた。もう家にお金を入れないと、そして妹二人を連れて出て行くと。

 これまでは過去の思い出により決心がつかなかったが、今、二人の笑顔を前に改めて決意する。

 明日の報酬で、時間の猶予を与えるのを最後にこの家を出る。

 二人の妹だけは絶対に守ってみせる。

 

「少し話したいことがあるの。部屋にいきましょ」

「「うん」」

 

 双子の小さな手を繋いで歩く。

 冒険によって幾度となく切れ、硬くなってしまったアルシェの手を「大好き!」と言ってくれる宝のような双子を連れて。

 

 

  

 

 

 

 



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16話 アンデッドの特性

前回がフォーサイトの紹介だけだったので連続投稿。


 "フォーサイト"は帝都アーウィンタールの西門から出て、カッツェ平野まで来ていた。

 

「あらよっと」

 

 ヘッケランが殴打武器のメイスでスケルトンの頭を砕き、偽りの生命を摘み取る。

 

「なんだかいつもよりアンデッドが多い気がしますね」

 

 討伐証明部位を回収しながらロバーデイクがいつもより多いアンデッドに違和感を覚える。

 アンデッドはアンデッドを呼び、数が多くなると更に強いアンデッドを生み出す。そうならないように、カッツェ平野と隣接している帝国ではアンデッド討伐は国家事業とされている。王国領であるエ・ランテルからも近く、あの腐った王国でもそれは例外ではなかった。

 

「国がアンデッド退治を渋っているのかしら?」

「…………その可能性は低いでしょう。他に何か手を離せない案件でもあるのではないですか?」

「何かって何よ?」

「さあ、そこまでは。というよりただの思いつきを言ってみただけですからね」

「なんでもいいんじゃねえか。ここまで狩った分だけでも結構な額になったと思うぜ」

 

 少し離れたところにいるアルシェを見る。

 せっせと部位の回収をしている三人にとっても妹のような存在。

 今日の稼ぎを借金にあてても大した額にはならない。妹を連れて家を出るならその分金も必要になる。昨日アルシェが家を出ると言ったからには蓄えはあるのだろう。

 若いがシッカリしているのだ。

 助けになれるなら全力で助けよう。そう思えるほどの冒険を共にしてきたのだ。

 

「────回収は終わった。まだ魔力は十分にあるけど、どうする?」

 

 朝早くに帝都を出て、霧ではっきりとは分からないが太陽が真上に差し掛かる頃だろう。

 アルシェだけでなく、他の三人も余力は十分だった。

 

「もう少し狩っていくか。ただ、暗くなる前には────なんだ?」 

 

 ヘッケランの言葉を遮るように、ズシン、ズシンと重い音が響く。

 全員が警戒態勢をとる中、レンジャーのイミーナがいち早く正体を見破る。

 

「音はアッチから、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)よ!」

 

 霧の中から四人へ向かって来たのは骨の竜(スケリトル・ドラゴン)

 

「イミーナは後方で牽制!アルシェは支援魔法!俺とロバーで迎え撃つ!」

 

 数多の冒険を潜り抜けてきた"フォーサイト"のリーダーは的確な指示を出す。

 魔法が効かない骨の竜(スケリトル・ドラゴン)相手に、アルシェが出来ることは非常に少ない。

 弓も骨系のモンスターには効果が期待出来ない。

 後方に下がる二人は、支援に回りながら付近を警戒する。

 

 三メートルはある巨体から繰り出される腕の振り下ろしや尻尾のなぎ払いは脅威。だが、ミスリル級の実力を持つ歴戦の猛者二人は危なげなく立ち回り、ダメージを稼いでいる。

 

「いきなり現れて驚いたけど、これなら問題なさそうね」

「────周囲にも敵影はない」

 

 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は稀にカッツェ平野に出現することがある。難度はおよそ48でミスリル級なら問題なく討伐可能。幸か不幸か、報酬が目当ての"フォーサイト"にとっては幸運だったかもしれない。この時までは。

 

「ん?あれは何?」

 

 半森妖精(ハーフエルフ)は人間よりも目も耳も良い。イミーナが何かを発見したようだったがアルシェには気付けない。問いかけようとしたアルシェの声を遮り、<火球(ファイヤーボール)>が骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の前に居るヘッケランとロバーデイクへ飛んでいく。

 

「ちっ!死者の大魔法使い(エルダーリッチ)かよ」

 

 なんとか回避したヘッケランが思わず毒づく。

 そんな言葉を無視するように、再び<火球(ファイヤーボール)>を飛ばしてくる死者の大魔法使い(エルダーリッチ)

 

「イミーナとアルシェは死者の大魔法使い(エルダーリッチ)を!無理に倒そうとしなくていい!俺とロバーが行くまで引き付けてくれ!」

「了解!」

「了解!魔法の矢(マジック・アロー)!」

 

 死者の大魔法使い(エルダーリッチ)はミスリル級で勝算は十分と言われるモンスター。

 倒すのではなく、回避に専念し、ヘッケランとロバーデイクに魔法が行かないよう立ち回る二人を見てヘッケランは気合を入れる。

 

(しばらくは大丈夫だな。と言っても悠長にはしてられねえ、さっさとこの骨を…………あれは?)

 

 ヘッケランが骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の後ろからこちらに向かって来る人影を見つける。ロバーデイクも確認したようでその場から動かずに警戒している。

 

 霧の中から現れたのは、二メートルを軽く超える身長に、体の四分の三を覆えそうなタワーシルドと1.3メートル程のフランベルジュを持つ。血管のような紋様があちらこちらに走り、鋭い棘が所々突き出した黒色の金属でできた鎧と悪魔の角をはやした兜にボロボロのマントを身につけている。兜の顔の部分は開いており、ぽっかりと空いた眼窩に煌煌と赤い光が灯っている腐りかけた人の顔が見える。 

 

「オオオオァァァアアアア!!」

 

 新たに現れたモンスターの咆哮に全身がビリビリと痺れる。これまで様々なモンスターを狩ってきた”フォーサイト”だったが、このようなモンスターは見た事も聞いた事も無かった。

 未知のモンスター、しかも他に危険なモンスターを同時に相手するのは得策ではないと判断したヘッケランは「撤退」を指示しようとしたが、ニメートルを超える巨体からは信じられないほどの速さで突進してきたモンスターに接近を許してしまった。

 

 

 

***

 

 

 

 「せいや!」

 

 漆黒の鎧を纏ったモモンが馬上からグレートソードを一閃。

 それだけで複数のスケルトンがバラバラになり、偽りの生命を消していく。

 

(う~ん、やはり馬に乗って剣を振るのはバランスが難しいな。槍はまだまだ訓練不足だし、もっと訓練の時間を増やすべきなんだろうな)

 

 モモン(アインズ)は一人でカッツェ平野の近くを進んでいた。

 実際は一人ではなく、ハンゾウが不可視化して万が一の警護に付いてはいるが。

 乗馬の練習の成果を試すため、通常の馬では怖がられてしまい乗ることが出来ず、<動物の像・戦闘馬/スタチュー・オブ・アニマル・ウォーホース>でゴーレムの馬に騎乗し、ついでに馬上戦闘を行ってみたが、これが非常に難しかった。

 

(俺の本職は魔法詠唱者(マジック・キャスター)なんだし、乗馬が出来るようになっただけ良しとするか)

 

 何故アインズが一人でカッツェ平野にいるのかというと、時間は少しさかのぼる。

 

 

 

「それでデミウルゴス、王国の復興状況は?」

「はい。国が主体で復興を進めているようですがなかなか思うように進んでいないようです。どうやらゲヘナで力を高めた王派閥の足を引っ張るため、貴族派閥が要らぬ邪魔をしているようで…………完全な復興まではまだかかると思われます」

「そうか」

 

 アインズの執務室でデミウルゴスの話を聞いたアインズは、椅子にもたれ掛かり、王国の現状に溜息を吐いた。

 八本指はナザリックの支配下に入ったが、王国から完全に撤収させてはいない。裏から牛耳っていた組織がいきなり全て居なくなると経済が大混乱してしまうかもしれなかった。

 奴隷、麻薬部門は綺麗に失くしたが、それ以外は細々と活動させている。

 

(犯罪組織が鳴りを潜めても足の引っ張り合いとはな…………しかし、これはチャンスじゃないか?)

 

「なあデミウルゴス。復興が終わるまで私の出番は無いのだろう?その間に帝国の様子を見てみたいのだが構わんか?…………ああ、冒険者としてだぞ」

 

 傘下に加えた八本指からナザリック近辺、王国と帝国の情報が入った。帝国は王国と違い繁栄していると報告が上がっていた。最近代替わりした皇帝の手腕らしい。

 情報では主席宮廷魔術師の地位にいる第六位階魔法を使える逸脱者が最高戦力で、ワールドアイテムの情報もない。

 仮にワールドアイテムが在ったとしてもアインズの体内にあるワールドアイテムが防いでくれる。

 アインズが冒険者になって情報収集したように、ユグドラシルの情報に精通しているアインズが行い、ただ聞くだけより生の目で見たほうがより良い精査が出来るであろう。

 

 これらを交渉材料に「どうだ?」と言わんばかりにデミウルゴスを見る。

 

「…………アインズ様がそこまで仰るなら、私に反対意見はございません。…………ただ」

「ああ、分かっているさ。ナーベとハムスケ、ハンゾウの護衛を付けて行こう」

「ありがとう御座います」

 

 アルベドの許可も貰ったアインズは早速エ・ランテルの冒険者組合へと、ナーベとハムスケを連れて向かった。

 しばらくの間、帝国に向かうと告げるために。

 

 そこで一悶着起こった。

 王都で起こった悪魔騒動の情報はエ・ランテルでも広がっていた。組合長アインザックは都市の最高位冒険者が居なくなれば民が不安に思う。とモモンを引き止めてきた。

 あの事件は召喚アイテムによるものというのは知っているのだろうが、同じ物がもう無いとは言い切れないと懇願してくる。

 ならば、とモモンが提案したのがナーベをエ・ランテルに残し、いざという時は<伝言>(メッセージ)でモモンに知らせるのはどうかと提案してみた。

 離れた場所からでも転移のマジックアイテムですぐに戻れると。

 

 そこまで言って、ようやくアインザックが納得したのだ。

 

 ハムスケはナーベと共に居る。ナザリックに慣れてきたので、更に親睦を深めてもらおうと思って。ナーベはハムスケの忠臣であろうとする姿に絆され、最近はなかなか仲が良さそうであったのもある。

 本心はハムスケを連れて行く場合はアイツに騎乗する羽目になりそうだったから。巨大なハムスターに乗ったオッサンの姿は、現地人からしたら羨望ものらしいが、自分自身が羞恥心に耐えられそうになかった。もう精神沈静化はないのだし。

 

(なんか(ナザリック)を出て遊びに行くために家族(NPC達)を一生懸命に説得するダメな父親みたいだな)

 

 リアルの父親の記憶はもう無いが、理想の父親とは違うだろうというのはなんとなく分かる。

 それでもアインズは平和な統治をしている帝国を見ておきたかった。

 少し無責任なのは理解しているが、ちょっとした旅行気分で帝国へと向かう。

 

 

 途中にカッツェ平野に広がる霧を見て噂の幽霊船を思い出し、見てみたいと馬で霧の中に入っていった。

 

 そして冒頭へ至る。

 

 

 

 以前カッツェ平野から流れ込んできたアンデッド師団を滅ぼしたことがあったが、あの時は名声を稼ぐのを優先して霧の中まで入らずにすぐに引き上げていた。

 モモンはスキル<不死の祝福>で辺りを探る。

 これは周囲のアンデッド反応を感知し、大雑把な数と方向がわかるスキルだ。

 

(な!?なんだこれ?)

 

 アンデッドの反応がありえないほどの数を感知する。それこそ霧一つ一つに反応しているかのようだった。

 

(これじゃどこにアンデッドが居るのか分からんぞ。取りあえず切っとくか、なんか気持ち悪いし)

 

 スキルを切り、<上位アンデッド創造>で蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)を召喚する。

 蒼馬に騎乗した禍々しい騎士と糸で繋がる感覚がする。

 

蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)よ。非実体に変化して私が倒したアンデッドの討伐部位を回収しろ。回収する部位は────」

 

 蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)に組合から聞いた回収部位を教えていく。ハンゾウでも良かったかもしれないが、彼の仕事は護衛。余計な仕事をやらせるのは躊躇われた。

 

「よし!それじゃあ行くぞ」

 

 モモンの手元には現地通貨がたんまりとあった。

 財政面の管理はパンドラズ・アクターが主に行っているが、アルベドも守護者統括という立場上全てに係わっている。

 アルベドに、帝国に行くのにお小遣いを頼んでみたら大量に渡してくれたのだ。「どうぞ。あ・な・た♡」と微笑むアルベド。恐らく、いや間違いなく夫婦のやり取りを夢想していたのだろう。

 

(無理に稼がなくても良いぐらいの金はあるけど、ナザリックの支配者として少しは稼いでおくか) 

 

 アンデッドを狩りながらゴーレム馬で移動し、霧の中を爆進していくナザリックの絶対支配者。

 

 

 

***

 

 

 

「ちくしょうが!遊んでやがるのか!?」

 

 ヘッケランが悪態をつく。

 未知のモンスターの初撃をギリギリ防いだヘッケランだったが、相手の強さは圧倒的で、防御に専念してなんとか持ちこたえられているだけだった。それでも幾つか捌ききれずに攻撃を喰らい、少なくない傷を負っており。こちらからは有効打を一撃も与えられていなかった。  

 

 そのまま攻め立てられればヘッケランを殺すことも容易だっただろうに、何故か未知のモンスターは後ろに下がり傍観しだした。

 理由は分からないがチャンスと判断し、全員で逃げ出そうとしたら、回り込み死地へと追い込むように攻撃してくる。

 ならば、と未知のモンスターを無視して他の二体を先に倒そうとすると邪魔をしてくる。

 逃がさずなぶり殺しにしようとしているのだろう。嗤うかのように鎧を上下に揺すっているのが証拠だ。

 

 絶体絶命。

 四人の脳裏に『死』という言葉がよぎる。

 

「アルシェ!お前だけでも逃げろ!」

 

 ヘッケランの言葉にアルシェが、何言ってんの?と言いたそうな顔をする。

 

「そうです。貴方の飛行(フライ)ならそれも可能でしょう」

「妹が待ってんでしょ。早く行って!」

「イヤ!皆を置いて一人だけ逃げるなんて、絶対にイヤ!」

 

 せめてアルシェだけでも助かって欲しい三人。

 仲間を置いて行けない少女。

 美しい友情演劇のようであるが、観客は生者を憎むアンデッド。

 なぶるのに飽きてきたのか、そんなものはどうでも良いとばかりに、隙を見せた先頭のヘッケランに切りかかる未知のアンデッド。

 

 反応が遅れたヘッケランに致命の一撃が加えられようとした。────その時。

 

 ヘッケランを守るように一本の巨大な剣が横から飛んできて地面に突き刺さる。それは絡み合う蛇のような紋様が彫り込まれている芸術品のような見事な細工が施された150センチほどのグレートソードだった。

 

 突然の出来事にモンスターも距離をとり、警戒するように唸り声を上げる。

 

「野良の死の騎士(デス・ナイト)とは初めて見たな。他にも死者の大魔法使い(エルダーリッチ)骨の竜(スケリトル・ドラゴン)か」

 

 剣が飛んで来た方向、霧の中から現れたのは漆黒の鎧に真紅のマントをたなびかせた偉丈夫だった。

 呆気に取られている”フォーサイト”。

 漆黒の戦士はもう一本の剣を背中から抜き、散歩でもするかのように気楽に歩いてくる。

 

 助けを求めるべきか、危険だと逃げるよう叫ぶべきか、迷ったヘッケランを置いて、漆黒の戦士に突撃するデス・ナイトと呼ばれたモンスターと骨の竜(スケリトル・ドラゴン)死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は<火球(ファイヤーボール)>を連発して放つ。

 

 ヘッケランは<火球(ファイヤーボール)>による爆発と、強大で巨体から繰り出される攻撃で確実に殺される姿を想像した。三人も同様の光景を想像しただろう。

 

 現実に起きた現象はそれよりも衝撃的だった。

 

 <火球(ファイヤーボール)>は漆黒の戦士に直撃する瞬間に掻き消え、死の騎士(デス・ナイト)は上空に舞い上がり骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は首を切り飛ばされていた。

 

 何をしたのか『フォーサイト』の四人には見えなかった。

 

 漆黒の戦士は凄まじい速さで死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の首も剣で切り飛ばした。

 落ちてきたデス・ナイトに近づき、まるで花を摘むように首を狩る。

 

 ほんの数秒で、自分達を死地に追い込んでいたアンデッドを全て刈り取った漆黒の戦士。

 正気に戻るのに少し時間が必要だった。

 

 

 

 カッツェ平野の霧を抜け、モモンと『フォーサイト』の四人は、カッツェ平野のアンデッド退治を行う軍や冒険者達の休憩や中継のために造られた町へ向けて歩いていた。

 霧の中でゆっくり話すのは危険と判断し、道中警戒しながら簡単な自己紹介とカッツェ平野に来ていた目的を話し合っていた。”フォーサイト”は命を助けてもらったお礼も当然忘れていない。

 

「まさか、噂に聞く”漆黒”のモモンさんに会うとは思いもしませんでした」

 

 ワーカーとして強者の情報は大事だ。もし、依頼で事を構える相手側に付いた者の情報が事前にあれば、受けるかどうかの判断基準となり、危険を避けることが出来たりするのだから。

 ヘッケランが王国の英雄、『漆黒』のモモンを知っていたのは、先日”ヘビーマッシャー”のグリンガムと、偶然会った”グリーンリーフ”のパルパトラと情報交換していた時に聞いたからだった。

 仲間内での情報共有も済ましてある。

 

「ギガント・バジリスクを回復役無しで討伐ってのも頷けるわね」

「正に英雄と呼ぶに相応しい強さでしたね」

「そう言ってもらえるのは素直に嬉しいですが、私の目標にはまだまだ遠いですよ」

 

 称賛の声を受けつつまだ未熟だと言う英雄に驚きの表情を見せる。一体どんな存在を目標にしているのだろうかと。

 

「────モモンさん、あのアンデッドの名前がデス・ナイトと言うのは確かですか?」 

 

 考え事をしていたのか、黙って歩いていたアルシェが唐突にモモンに問いかける。

 

「ええ、そうですよ。死の騎士と書いてデス・ナイトですね。間違いありません」

 

 死の騎士(デス・ナイト)はユグドラシルでは魔法詠唱者(マジック・キャスター)の盾役として非常に有用なアンデッドでポピュラーだった。

 だがこの世界では、と言うより王国で死の騎士(デス・ナイト)を知っている者はいないようだった。伝説過ぎて逆に知名度の低いモンスターであった。

 そんなモンスターが何故湧いたのかは既に話し合っていたが答えは出なかった。モモンが召喚したわけでは勿論なく、心当たりも無かった。

 

 モモンが討伐した、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の討伐部位は既にモモンに渡しており、証明部位が分からなかった死の騎士(デス・ナイト)の首を含めた全身を、後ろから付いて来るゴーレム馬に括り付けて運んでいた。

 

「────なら帝国行政府窓口に持って行かず、帝国魔法省に持って行った方が良いと思う」

「へっ?そりゃまたなんで?」

「────ここだけの話にして欲しい、私は帝国主席宮廷魔術師の弟子をしていたことがあった」 

「それってフールーダ・パラダインのことじゃないですか!」

「アルシェって本当にエリートだったのね」

「────今はもう関係ない。学園を辞めてそれっきりだから。私は弟子として魔法省に入ったことがあって、その時高弟達が話していたのを偶然聞いた。…………死の騎士(デス・ナイト)の研究をしているのを」

「つまり研究素材を提供するってことか?」

「────その言い方で渡すのは止めた方がいい。あくまで未知のモンスターを討伐したと言った方が無難」

 

 帝国で長く暮らしていた”フォーサイト”も、死の騎士(デス・ナイト)の存在は初めて聞いた。「研究にどうぞ」、などと言っては何故知っているのか追求されたら最悪捕らえられるかもしれない。

 この場の五人は知らないが。死の騎士(デス・ナイト)の存在を知っているのは皇帝を除けばフールーダと彼の高弟ぐらいで、帝国の上層部も知らない事だった。

 

「確かに行政府より高く買い取ってもらえそうですね。どうしますか?モモンさん」

「…………せっかく提案してくれたのだし、それで行きましょうか」

「それじゃ魔法省へは俺に行かせてくれませんか?命を救われたチームのリーダーとしてちょっとは役に立たないと」

「私も同行しますよ、ヘッケランだけでは心配ですし」

「まぁヘッケランだけだと確かに心配ね」

「────同意」

「なんだと~!」

 

 モモンとしても彼らの提案はありがたかった。単純に報酬が増えるかもというのもあるが、王国から帝国に来て早々にあまり注目されるのは避けたかった。モモンの協力で“フォーサイト”が討伐したと言えば特に問題にならないだろう。

 

(冒険者組合に顔を出す時のついでというのもアリかもしれないが)

 

 未知のモンスターの報酬額を決めるのに時間がかかる可能性もあった。

 

(それにしても、仲良いなぁ) 

 

 モモンは“フォーサイト”の暖かいやり取りに王国のある冒険者チームと同じ匂いを感じていた。

 やはり気の置けない仲間というのは良いものだと。

 感慨に耽るモモンにヘッケランが勘違いをしてしまう。

 

「どうしました?…………あっ、やっぱりあれですよね、ワーカーの俺達に信用なんてないですよね」

 

 気落ちした言葉に他の三人にも暗い影が指す。

 

「ち、違いますよ!そうではなくて、なんというか仲の良いチームだなと思っていただけですよ。それにワーカーと言っても人それぞれ、自分達で依頼を探し調査し、実行しているのは凄いことだと思いますよ。冒険者は組合に守られてますしね。なんの後ろ盾もなく全てを行わなければならないワーカーこそ評価されるべきだと、私は思いますよ」

 

 リアルで例えるなら会社勤めの冒険者と、自営業のワーカー、みたいな感じだろうか。彼ら“フォーサイト”を見ていると、疎まれているワーカーの評価を変えるべきかもしれない。

 

 “フォーサイト”の四人は英雄と呼ばれる存在にそこまで認められたことに感激していた。

 確かにワーカーは嘲笑の的だ。汚れ仕事もこなしてきたが、誘拐といった人の道を外れた仕事は一切行っていない。なんとなく暗黙の了解でそういった仕事は四人とも避けてきた。

 彼の言葉で今までよりも胸を張っていられるような気になってくる。

 

 ヘッケランが照れたように鼻を擦る。

 

「へへ。貴方にそんな風に言ってもらえるのは嬉しい限りですね。でも、ワーカーの中には碌でもないのが居るってのは本当ですよ」 

「ああ…………居るわね、胸糞悪いのが」

「いますねえ、下種なのが」

「────確かに居る」

「…………ハハ、肝に銘じておきますよ」

 

 五人で談笑しながら歩いていると、モモンの背後に不可視化した蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)が降りて来る。

 レンジャーのイミーナには看破出来ないと判断したのだろうが、どうしたのだろうか。

 モモンが疑問に思っていると蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)が討伐部位を入れたマジックアイテムの袋を恭しく差し出す。

 

(…………ああ、そうか、そろそろ召喚時間がなくなるのか)

 

 “フォーサイト”の四人に見えないよう、マントに隠れた右手で袋を受け取る。

 蒼馬の上からだが礼儀正しく佇む蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)。上空には他に二体の蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)もいる。

 調子に乗ったモモンがアンデッドを倒しすぎてしまい、一体では回収が大変だろうと追加召喚した二体だ。

 

(…………はて?)

 

 モモンの脳裏になにかひっかるものがあり首を捻る。「どうされましたか?」とでも言いたそうに蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)も首を捻る。

 三体の蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)を見てから、ゴーレム馬に括り付けられた野良死の騎士(デス・ナイト)を見る。

 また蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)を見る。それを三度ほど繰り返し思い出す。アンデッドはアンデッドを呼び、やがて強力な個体を生み出す負の連鎖を。

 

(お前かあああ!)

 

 心の中で絶叫した。

 

 

 

 




アルシェがフールーダの弟子になったのはかなり若い時としてます。


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17話 帝国闘技場

誤字報告ありがとう御座います。


 モモンと“フォーサイト”は帝都とカッツェ平野の中間に位置する町に到着していた。

 運ばれている死の騎士(デス・ナイト)を見た門番が戸惑っていたが、モモンが示したアダマンタイトプレートのおかげで問題なく町に入ることが出来た。

 帝国でのモモンの存在は噂程度でしか伝わっておらず。その噂もあまりの異常さに信用していない者もいたりするが、やはり人類最高峰の守り手とまで称される冒険者は伊達ではない、そこらの貴族より信用されるのだろう。

 

 “フォーサイト”が何度か利用していた宿屋。

 その一階の酒場で五人が食事を摂っていた。

 

「モモンさんの分は俺に任せて下さい。なんたって命の恩人なんですから」

 

 ヘッケランの言葉にモモンは罪悪感を抱く。

 

(うぐっ、その命を危険に晒したのも俺なんです。とは言えないよなぁ)

 

 迂闊にも高位のアンデッドを三体も召喚してしまったモモン。

 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)死者の大魔法使い(エルダーリッチ)はこれまでも目撃情報が有り、モモンとは関係がなかったかもしれないが、死の騎士(デス・ナイト)まで湧いたのは間違いなく自分の所為だと思っていた。

 

(これはなにかしらの形で借りを返さないといけないな。…………それに食事か)

 

「その申し出は有難いのですが、申し訳ありません。私は宗教上人前で食事が出来ないのです」

「ふむ、変わった教えですね」

「そうね、そんな教えのある宗教は始めて聞いたわ」

「────二人共、そんな言い方はモモンさんに失礼」

 

 平謝りする二人に「気にしないで下さい、私も変わっていると思ってますから」と本当になんでもないことのように振舞う。

 

(宗教上って言えば深く追求されないけど、やっかいな設定作っちゃったなぁ。誰だよ!これ考えたの)

 

 他でもない自分でした。

 『漆黒の剣』と焚き火を囲んだ時は命を奪った日に四人以上云々言っていたが、肉体を持った今では大後悔であった。

 骨であったのだからしょうがないとは言え、モモン時には<リング・オブ・サステナンス>を装備していても目の前の食事に手を付けられないのはなんか悔しかった。

 ナザリックで最高級の食事を堪能していても、こういった中堅どころの食事も食べてみたかった。

 

(いっそ吸血鬼(ヴァンパイア)を追っている設定も破棄したいなぁ)

 

 かといって今更撤回するのは困難で、このまま押し通すしかないと諦める。

 

 食事も済み、気が大きくなってきたヘッケランが酒を飲みだす。

 イミーナも一緒に注文している。ロバーデイクは下戸らしく水を頼み、アルシェは果実水をクピクピと飲んでいた。

 モモンは当然空手だ。

 

「そう言えばモモンさんの相棒はどうされてるんですか?」

 

 酔い始めたヘッケランが唐突にナーベのことを気にしだした。その顔は少し赤くなっている。

 

「ナーベですか?彼女はエ・ランテルに居ますよ。組合長に二人も居なくなられると困ると言われましてね。留守番です」

「そうなんですか」

 

 その後もヘッケランは『美姫』と呼ばれる女性に興味深々だった。

 酒癖の悪いイミーナが青筋を立てているのを見たロバーデイクは「触らぬ神に祟り無し」と当たり障りのないように会話に加わっていた。イミーナが暴れないのは、英雄の前でみっともない姿を晒すのは嫌だからだろう。

 普段はシッカリしているリーダーの姿との違いに、アルシェは少し意外に思っていた。そしてこの後に起こるであろう出来事に同情も。

 

 帝国にもアダマンタイト級冒険者が二組居るが、そのどちらも個々の能力はアダマンタイトの域ではないとされている。 珍しい職に就いていたり、人数の多さを生かして他のアダマンタイト級では出来ないことも可能と言われているように、実績は十分だが英雄かと言われると首を傾げざるを得ない。

 目の前の漆黒の英雄のような歴然とした存在と共に居るからこそ、ヘッケランのテンションの上がり振りも理解出来た。

 

 ヘッケランが胸の話をし出したのに限界が来たのか、イミーナが「そろそろ休みましょうか。ごめんあそばせ、オホホ」とヘッケランの襟裏を掴み二階へと上がっていく。

   

「…………南無」

「────自業自得」

「?」

 

 何故か合掌するロバーデイク。

 アルシェも不憫な子を見るような目で見ていた。

 今晩は御開きとなり、モモンは個室で、“フォーサイト”は男女別々の二人部屋で就寝することとなった。

 

 

 

 翌朝。

 

「おばようごばいまぶ」

「うお!?」

 

 ヘッケランが顔をパンパンに腫らしていた。

 

「ど、どうしたんですか?ヘッケランさん?」

「気にしちゃダメですよモモンさん。コイツには反省が必要なんだから」

 

 プンプンと怒りマークが見えるイミーナに促され、宿屋を後にする。

 気を使われたのか、朝食は携行食で間に合わすようだ。

 治癒魔法をかけようとしたロバーデイクだったが、イミーナに「まだダメ!」と許されなかった。

 帝都に着くまでの間、四人で談笑し、ヘッケランはシブシブと一人離れて歩き、恨めしそうに見ている。

 

 チーム内の事に口出し出来ず流されるままにしていたモモンはちょっと可哀想だなと思っていた。

 

 

 

 

 

 

「やっと帝都に帰って来たぜ!」

 

 時刻はまだ昼になっていない頃。ようやくイミーナに許してもらったヘッケランが体を伸ばす。治癒魔法をかけてもらい、顔も元通りだった。

 

「それでは私とヘッケランは魔法省に向かいます。モモンさんは組合に顔を出されるのでしたね」

「私はアルシェと消耗したアイテムの補充をしてくるわね」

「────モモンさん、コレ。私達の活動拠点、『歌う林檎亭』の地図」

「ありがとうございます。アルシェさん」

 

 帝都への道中、どうするか話し合った結果。

 

 ヘッケランとロバーデイクは魔法省で死の騎士(デス・ナイト)の引渡しと交渉。その後、帝国行政府窓口で“フォーサイト”が狩ったアンデッドの報酬の受け取り。

 

 イミーナとアルシェは消耗品の補充で買い物。

 アルシェの借金の件があるが、まだ正式にチームを抜けると決まっていないため、アイテムの補充は重要案件だった。

 

 モモンは冒険者組合に顔見せし、帝国の状況を調べる目的があった。カッツェ平野で討伐したアンデッドの素材の鑑定もそこで行うつもりだ。

 

 その後、一度『歌う林檎亭』に集まろうという運びとなった。

 

 

 

「すげえぜ!死の騎士(デス・ナイト)の報奨金がなんと金貨500枚だぜ。未知のモンスターとは言え、行政府じゃこの額は出ないんじゃないか。さすがアルシェだぜ」

 

 ヘッケランは金貨500枚の入った袋をモモンに手渡す。

 死の騎士(デス・ナイト)を見た町人も魔法省の人間も驚いていたが、フールーダの高弟を呼んでもらい確認してもらうと、<伝言>(メッセージ)でも使ったのだろう、フールーダ本人が現れた。

 ヘッケラン達“フォーサイト”だけで討伐したと言えば当然怪しまれただろうが、弁の立つロバーデイクが上手く説明したおかげで無事金にすることが出来た。

 

「これは我々が討伐したアンデッドの報酬です。かなりの数でしたので結構な額になりましたよ」

 

 ロバーデイクが既に四人分に分けた袋をそれぞれに渡す。

 

 アルシェはこれだけあれば、蓄えを合わせて借金を待ってもらえるぐらいにはなるだろうと少しだけホッとした。

 

「回復アイテムなんかの補充も預かってたお金で済ませたわ」

 

 全員が今回の仕事の稼ぎを確認し終えたところでモモンが提案する。 

 

「ゴホン、…………少しいいかね?」   

「ん?何でしょうか?」

「私が帝国に来たのはこの国を見に来たから、というのは以前にも言いましたが、その案内を君達“フォーサイト”に依頼したいのだがどうでしょう?」

「そりゃ勿論構いませんが」

「モモンさんは帝国は初めてでしたね」

「私は構わないわよ」

「────モモンさんには恩があるから、問題ありません」

「では、依頼成立ですね。報酬は全額先払いとしてコレで」

 

 モモンはヘッケランから受け取った死の騎士(デス・ナイト)の討伐報酬が入った袋をそのままテーブルに置いた。

 金貨500枚が入った袋を。

 

「…………えっ!?」

「「えええええ!?」」

  

 帝国の案内ぐらいに出し過ぎ、モモンの頼みならむしろ無償で受けても良いと思っていた四人は拒否しようとする。

 しかし、モモンは譲らない。

 

 依頼報酬は基本依頼主が額を決める。ワーカーであってもその辺りは冒険者とたいして変わらない。

 死の騎士(デス・ナイト)を倒したのは確かにモモンだが、先に戦っていたのは“フォーサイト”であり、モモンは獲物を掠め取ったようなものだ。

 

 ここまで言ってようやく四人も首を縦に振る。まだ困惑した表情のままだが。

 

 モモンもかなりの暴論だとは理解していた。

 それでも、現状彼らに借りを返す方法が分からず、仕方なく取った手段であった。

 帝都へ向かう道中、遭遇したモンスターを狩る彼らの実力はミスリル級と言うだけありなかなかのもので、連携の良さはミスリル以上だと感じていた。

 この金で装備を充実するのもいいと思っていた。

 その辺は自由だが、一人だけ実力に見合っていない装備の少女が気になっていたのもある。ナーベをいつまでも弱い装備でいさせてしまっていたのだから。

 

「…………分かりました。モモンさんがそこまで言うのでしたら、全力で案内しますとも」

「どこか行きたいところはありますか?」

「帝国は王国より魔法技術が発展してるから、北市場なんてどうかしら?」

「────闘技場もお勧め。闘いを生業としている者なら一見の価値はあると思う」

「はは。そこまで気合を入れなくていいですよ。そうですね、…………では北市場からお願いします」

 

 賑やかになった五人組が『歌う林檎亭』を後にする。

 

 

 酒場のカウンターに昼間から一人きりで居る女性がうな垂れていた。

 顔の右半分を綺麗な金髪で隠し、目の前にある空の薬瓶を見つめる。

 

(またダメだった)

 

 女性は商人から、状態異常に効果のあるポーションを買い。試した結果に憤っていた。

 『歌う林檎亭』で一人寂しく居たのは、ここが旨い食事を出してくれるからであり、割と利用していたからであった。

 

「ああ、いつになったら…………」

 

 店に他の客はおらず、店主も奥に引っ込んでしまい、一人の空間でつい愚痴が零れる。そして、とうとう袖を顔に当てさめざめと泣き出してしまった。 

 

 

 

 

 

 

 北市場では、冒険者やワーカー等が自分達には使いこなせない不要な物、中古品等を売りに出したりしていた。

 モモンにとってどころか“フォーサイト”にとっても要らない物が殆どだったが、時折掘り出し物があったりするので、危険と隣り合わせの“フォーサイト”も良くここには訪れていた。

 

 市場を歩いていた中で、モモンが最も興味を持ったのが冒険者やワーカーが使うマジックアイテムではなく、生活用マジックアイテムだった。

 

 箱の中に冷気を発生させ、中の物を傷みにくくする冷蔵庫。

 風を起こして涼をとる扇風機。

 

 これらのアイテムは二百年前の”口だけの賢者”と言われた牛頭人(ミノタウロス)が発案したと言われている。

 多くのマジックアイテムや概念を提案したが、それを作製する事も原理を説明する事もさっぱり出来なかったため、この二つ名が付いた。

 

 “フォーサイト”から説明を聞きながら冷蔵庫を丹念に調べていく。

 

(“口だけの賢者”か…………間違いなくプレイヤーだろうな)

 

 王国ではこれらのマジックアイテムを見たことが無かった。探せば見つかったかもしれないが。 

 市場を全て見て回り、満足したモモンは闘技場へと向かうことにした。

 

 

 通りを歩いていると独特の建物が見えてくる。

 帝国唯一の大闘技場。庶民の最大の娯楽の1つであり、人気の高い観光スポットでもある。死人が出るほど盛り上がる場所。

 

 “フォーサイト”も仕事の一環として魔獣複数匹との連続戦闘という出し物に出たことがある。

 魔獣相手に降参は認められず、敗北は即、死。人同士でも死者が出るのは珍しくない。

 死者の出る多くの催し物の中で、最も人気が高いのが闘技大会だが、外に漏れ出る熱気や歓声から、今日は闘技大会はない模様だと、モモンに説明していく。

 

「ほお。…………なかなかに立派な建物ですね」

 

 帝国が誇る人気スポットというだけあって、モモンは素直に感心した。

 勿論、ナザリックと比べてしまえば鼻で笑う者もいるだろうが、ほぼ毎日闘いが行われた歴史というものが感じられ、生きた雰囲気があった。

 

 一般客用の闘技場入り口を抜けると、広いエントランスの正面に受付があり、賭けを行う事が出来る。

 すぐ傍には、本日行われる演目が書かれている。

 賭けにあまり興味がないモモンと“フォーサイト”は階段を昇り、観客席へと向かう。

 

 観客席は中央の広場を囲うように円周になっており、ナザリックの円形闘技場(コロッセウム)とよく似た造りになっている。

 空いている席は幾つかあるが、五人で座れる場所を探していると女性のくぐもった悲鳴が聞こえてきた。

 

「うげえ!」

「────最悪」

 

 イミーナとアルシェの、不快なものを見てしまったような声。

 ヘッケランとロバーデイクも同様な想いを表情で表していた。

 

 モモン達の視線の先では、一人の男が殴ったのだろう、女性が一人、尻餅を付いていた。その傍には二人の女性がオロオロとうろたえていた。

 

「悲鳴も五月蝿いですよ、もう少し慎みなさい」

 

 倒れた女性の頭を足で蹴り、グリグリと踏み付けている。

 

「全く…………ん?何を見ているんですか?」

 

 男がモモン達の存在に気が付き、威嚇するように切れ長の目を向ける。

 

「…………別に。ただ、公共の場でするような行為ではないだろうと思っただけだ」

 

 先頭に居たモモンが当たり障りのないように口にする。

 

「いいんですよ。森妖精(エルフ)なんかに人権はありません、人類に似ているだけのヒトモドキなんですから」

森妖精(エルフ)?」

 

 みすぼらしい服を着せられた女性を見てみると、森妖精(エルフ)の象徴とも言える耳が半ばで切られていた。

 

 事情を知らないモモンにヘッケランが小声で説明する。

 

 帝国には奴隷制度があり、帝国臣民は虐待や陵辱などから法律で守られているが、ドワーフを除く亜人には適用されていない。

 法国から売られてくる森妖精(エルフ)は、象徴とも言える耳を切リ取り、完全に心を折った状態で高く取引されている。

 

 半森妖精(ハーフエルフ)であるイミーナが、特に強い嫌悪感を露にしているのはそういうことか。と理解する。イミーナのそれは、もはや殺意と呼べるほどにまでなっていた。────というより今にも飛び掛りそうだ。

 

 トラブルは避けたい。ヘッケランがこの場を後にしようと提案しようとしたところで、男がモモンに話しかける。

 

「もしかして、アダマンタイト級冒険者の漆黒の戦士ですか?」

「…………そうだが」

「貴方が噂のモモン殿でしたか。幾つもの偉業は耳にしてましたよ。…………まあ、どれも誇張されただけの疑わしいものですがね。おっと、申し遅れました。私は“天武”、エルヤー・ウズルスと言います」

「エ・ランテルの冒険者モモンだ」

 

(なんだコイツ。初対面で随分な言い方だな)

 

 モモンの実績は王国でのこと。噂程度しか流れていない帝国の者なら疑いを持つのは不思議ではない。それでも目の前の男の態度は普段温厚なモモンでも目に余った。まるで、自分の方が優れているかのような物言いだ。

 

「何失礼な言い方してんのよ!アンタ程度が!」

「モモンさんは噂に違わぬ実力者ですよ。我々はしかと見ました」

「おいウズルス。モモンさんに失礼だろ」

 

 アルシェもウンウンと頷き、同調している。

 

「チッ!」 

 

 こちらに聞こえるほど大きく舌打ちするエルヤー。特にイミーナの発言に反応しているようだ。

 

「行きましょうモモンさん。ここに居て良いことはないですし」

 

 ヘッケランに促され、反対方向に向かおうとする。

 が、モモンは倒れ伏す森妖精(エルフ)と、それを見下すエルヤーの姿を凝視する。

 

「どうしたんですか?モモンさん」

 

 モモンの脳裏に浮かぶのは嘗ての自分。

 まだ弱い頃のモモンガを楽しんでPKしていたプレイヤー達。

 異形種だというだけで見下し、面白半分に狩っていた連中。

 

「ん?なんですか?まだ用が…………」

 

 エルヤーはモモンの視線が森妖精(エルフ)に向いているのに気付く。

 

「コイツ等が欲しいんですか?しかし森妖精(エルフ)一匹買おうと思ったら魔剣一本相当の価格が必要ですからね。…………貴方の鎧と剣となら交換するのも吝かではありませんが」

 

 エルヤーは正直この森妖精(エルフ)に飽きてきていた。次は胸の大きな森妖精(エルフ)でも探してみようなどと考えていた。

 モモンの持つ武具は一目で一級品と分かる、剣一本で釣りがくるほどだと試算していた。 

 

「…………」

 

 対するモモンは沈黙。

 

「それでは試合で決めては如何かな?」

 

 しばしの沈黙を破ったのは別の声だった。

 唐突に現れたのは肉付きの良い体をしており、髪は地肌が見える程短く刈り込まれた男だった。

 傍には執事の格好をした老人とメイド。

 メイドは人間ではない。頭頂部から動物の耳が出ており、顔立ちも動物的な愛らしさがあった。

 

「突然失礼しました。私はオスクと申します。この闘技場で興行主(プロモーター)をしております。お見知りおきを」

 

 突然の闖入者に視線が集まる中、オスクと名乗る男は語る。

 

「闘技場の警備の者から、噂に名高い漆黒の英雄がここに来られたと聞きましてね、是非お会いしたいと思い探しておりましたところ、失礼とは思いましたが貴方方のやり取りを聞いてしまいましてね。如何ですか?試合にて双方賭け品を取り合うというのは」

「面白いですね、私は構いませんよ。いい加減王国戦士長に比肩するという評価にウンザリしていたところです。貴方を倒して私こそが人類最高の剣士であると証明してみせましょう」

「私も構いませんが…………一つ提案があります」

「なんでしょう?」

「彼にはチームからの支援魔法込みで戦ってもらい、私は剣無しで相手をしましょう」

「なっ!?」

 

 全員が驚きの声を上げる。

 エルヤーは自分を侮る舐められた態度に、怒りを露にし、顔が真っ赤になっている。

 

「いや、それは。…………興行主として盛り上がれば問題はありませんが。本当によろしいので?」

「勿論。これでもアダマンタイト級冒険者ですから、ハンデは必要でしょう」

 

 

 

 話はオスクが間に入ったことで纏まり、「後悔するなよ!」と捨て台詞を吐いたエルヤーとシブシブ付いて行く三人の森妖精(エルフ)

 急遽決まった二人の対戦にはまだ時間があるとのことで、オスクに勧められた貴族用の貴賓室で試合を観戦することになった。 

 

「いいんですか?剣無しなんて言っちゃって」

「いやいやヘッケラン。モモンさんが負ける姿は到底想像出来ませんから問題ないでしょう」

「あんなクソ野朗、ぶっ飛ばしちゃって!」 

「────モモンさんなら、きっと大丈夫」 

 

 エルヤーのことを今しがた聞いたモモン。 

 ワーカーチーム“天武”のリーダーである天才剣士。

 チームメンバーは奴隷の森妖精(エルフ)で、森祭司(ドルイド)、レンジャー、神官の三人。

 だがチームメンバーとは名ばかりで、エルヤーは仲間を使い捨て同然の扱いをしている。

 力を持った子供がそのまま大人になったと形容される精神的な危うさ、嫌な雰囲気を持っている。

 森妖精(エルフ)などの人間種や亜人種を侮蔑しているため、スレイン法国の出身と噂されている。一方で奴隷の森妖精(エルフ)の悲鳴を上げさせて悦んだりする性癖があるなど、嗜虐心も持つ。

 帝国闘技場でも不敗の天才剣士として知られており、剣腕だけならオリハルコン級冒険者にさえ勝てるという噂もあり、グリンガムというワーカーのチームリーダの見立てでは御前試合に出場した頃のブレインより間違いなく強い。

 

 モモンの強さを見た“フォーサイト”はモモンの勝利を信じていたが、そこはかとなく不安が混じっていた。

 モモンはその不安を解消してやろうと、ドスンとテーブルに袋を出す。

 

「これを私に賭けてくれますか?」

 

 それはアルベドに貰った小遣い全てであった。

 

 

 

 オスクは二人の対戦の段取りを済ませ、ある貴賓室で試合を観戦していた。

 闘技場には貴賓室が複数ある。闘技場の経営に寄与している資産家用、高位貴族用、皇帝用だ。

 部屋は手狭ではあったが、瀟洒な調度品はどれも一級品で、完璧な清掃がなされていた。

 競技場側の壁は大きく開けられており、眼下の景色を一望できる。

 

「思わぬ強者が来てくれたものだ、武王が居ないのが勿体ない」

 

 武王。歴代最強と言われるウォートロールのゴ・ギンはあまりの強さにより、試合を組む事自体がなくなって結構な時間が経つ。今日も彼は鍛錬していることだろう。モモンが来るのを知っていればここに連れて来ていたが、こればっかりは仕方がない。

 

「首狩り兎の評価は武王と同じく超級にやばい、だったか。天武では勝ち目はないかもしれんな」

 

 メイドの姿をした首狩り兎は戦士、暗殺者としての経験から相手の実力を見抜く才能も持つ。彼の見立てではかなりのハンデを付けていてもモモンの勝ちは揺るがないとのことだった。

 

 モモンを見た首狩り兎の肌は粟立ちが収まらず、気持ち悪いと言って今は休んでいる。

 「今すぐ逃げたい」とも言っていたが、護衛で雇ったのだから帰られたら困るので却下した。

 

 かなり悩んだが、二人の賭けの倍率はどちらも二倍に設定した。テラ銭があるので問題はないだろう。

 

 競技場で冒険者がモンスターにトドメを指し歓声が上がる。次がモモンとエルヤーの対戦だった。   

 

 興行主の端くれとして、強者の情報に関しては見逃さない。モモンの強さを見るのが楽しみであった

 

 

 

 進行係のマジックアイテムで増幅された声が響き渡る。

 

『続いては、急遽対戦が決まりました注目戦。王国に誕生した三番目のアダマンタイト級冒険者、“漆黒”のモモン!!』 

 

 場内に割れんばかりの歓声が沸き起こる。

 モモンが堂々とした足取りで競技場中央まで歩を進める。

 散々鍛錬したおかげか、見る者が見れば隙の無い所作だと気付くだろう。

 

(帝国でも意外と私の名が広まっているのかな?武王とやらは凄い人気らしいが)

 

 少し集中すれば“フォーサイト”の四人の声援が聞こえてくる。そこに向かって軽く手を振る。

 

(応援してくれる人もいるし、無様な姿を見せるわけにはいかないな)

 

『対するは帝国闘技場で常勝無敗の天才剣士、“天武”エルヤー・ウズルス!』

 

 反対側の入場口から、モモンに劣らず堂々と歩いてくるエルヤー。

 入場順は通常挑戦者が先に入るものだが、闘技場の常連のエルヤーがオスクに「後にしてくれ」とワガママを言っていたのだった。順番ぐらいどうでもいいと思っていたモモンは異論を挟むことはなく、どれだけ自尊心が肥大しているのかと呆れるほどだった。 

 

 互いの距離が十メートルほどのところで相対する。

 モモンが背中のグレートソード二本を抜き、上方に投げる。

 それはモモンの後方の地面に突き立つ。

 

 己の獲物を放棄する行動に場内が沸く。

 二人の対戦が決まって直ぐ、オスクの段取りで試合形式が闘技場内に発表されていた。

 

 モモンは帯剣しない。

 エルヤー側は戦うのはエルヤーだが、チームからの支援魔法は有り。

 

 この情報に賭けを行う者達は大いに迷った。

 

 帝国では噂ぐらいしか流れていないが、短期間で最高位冒険者にまでいった漆黒の戦士モモン。しかし、武器を持たない。

 片や、オリハルコン級をも倒せる無敗の剣士エルヤー。補助魔法込み。

 

 倍率が示す通りに、賭けも丁度半分に分かれる結果となった。

 

「始める前に確認したいのだが、お前が法国出身だというのは本当か?」

「その通りですよ。誰も私の力を認めようとしなかったので出国しましたがね」

 

(やっぱりか。人類至上主義の法国はナザリックとは相容れないな)

 

 力を認めなかったのではなく性格に難ありと判断されただけなのだが、その事実を本人は知らなかった。言われたとしても納得しなかっただろうが。

 

「では森妖精(エルフ)を虐げるのも?」

「当然じゃないですか。この世界は人類のためにあるのですから。本来ヒトモドキには生きる価値もないのを、こうして私が使用しているのですから感謝するべきなのですよ」

 

 チラッと入場口の傍で身を寄せ合って動かない三人の森妖精(エルフ)を見るエルヤー。

 下卑た視線に三人は体を縮こめる。

 

 更に何か言い出そうとするエルヤーをモモンの低くなった声が止める。

 

「もういい、それ以上囀るな」

 

 これ以上この男の声を聞いていると怒りでどうにかなりそうだった。

 

(ふう…………落ち着け俺。体はホットに頭はクールに、だ)

 

 事前情報を大事にして戦略を立てるのを得意としているモモン(アインズ)。闘いにおいて常に冷静な判断をするために心を鎮める。

 

 流れでこんなことになったが、純粋な剣士と戦うのは良い機会だ。丁度鍛錬の成果で試したい事があった。

 

「チッ!お前達、さっさと支援魔法を!」

 

 怒鳴り声にビクつきながら魔法をエルヤーに掛ける。肉体能力の上昇に剣の一時的な魔法強化が施され戦闘準備を終える。

 

「その減らず口を黙らせてやる!空斬!」

 

 離れた位置から斬撃を飛ばし、相手を切り裂く武技で先制攻撃を仕掛けてくる。

 「おっと」それなりの速さで飛んで来たのを半身になり、余裕を持って避ける。

 

(遠距離攻撃の武技か、なかなか面白い)

 

 飛ばした斬撃が当たれば良し。避けられても体勢を崩したところを切り刻もうとエルヤーは突進していた。が、最小限の動きでやり過ごすモモン。

 舌打ちしながらも、両腕を脱力したようにダラリと下げた自然体のモモンに突撃する。

 

 裂帛の気合を込めた連撃を繰り出す。

 

 剣腕だけならオリハルコン級冒険者にさえ勝てるという噂通り、一般客では視認するのは不可能な連撃を、モモンは悉くを時に避け、時に腕部の装甲で防ぐ。

 

 無呼吸連撃が一分ほど過ぎたあたり、とうとう一撃が入る。

 

「げはあぁ!」

 

 モモンの見事なミドルキックがエルヤーの腹に。

 エルヤーの袈裟切りを横に避けた時、体が流れているのをモモンは見逃さなかった。

 エルヤーの体がモモンの脛を支点にくの字を超えて横一直線に折りたたまれる。

 勢いのままに壁際の森妖精(エルフ)達の近くまで吹き飛ぶ。

 

「うぐ!おえええええ!…………げほっ!げほっ!」

 

 皮鎧を着ていても衝撃に耐えられなかったのか嘔吐する。吐き出された汚物に血が混じっている。

 

(ありゃ?ちょっと強かったか?手加減は難しいな)

 

 ナザリックで鍛錬している相手はパンドラズ・アクターやコキュートス。レベル百を相手に手を抜く事はなかったため、加減というものが身に付いていなかった。

 最近はセバスとも素手の組み手を行い、今回はその成果を試そうと思ったのだ。

 

「げはあぁ!…………お前達、何を呆けている!さっさと治癒を寄越せぇ!」

 

 モモンは傷を癒すのを邪魔することなく待つ。せっかくなのだから全ての武技を見ておこうと。

 

「もう許さん!能力向上!能力超向上!」

 

 武技を発動して身体能力を限界まで上げる。

 

(へえ、強化魔法に上乗せ出来るのか。結構奥深いな)

 

 そもそも近接戦を学ぼうという気にさせたのはエ・ランテルで起こったアンデッド事件のあの女戦士だった。

 ナザリックの者達はレベルを今以上上げることは出来ない。

 強くなろうと思ったら、戦術や戦略。経験による錬度を高めるぐらいだ。

 あの時は不愉快さで殺してしまったが、キッカケをくれた女に今は逆に感謝しかなかった。

 

 先ほどよりも速い動きでエルヤーが迫ってくる。

 相手の剣が届く間合いまで入ってきた。

 

「縮地改!」

 

 突然足を動かさず、スライドするようにモモンの右へ移動する。

 

 (もらった!)エルヤーの狙いは面頬付き兜(クローズド・ヘルム)の細いスリット部。横合いからこちらを向いた瞬間に突き刺す。如何に硬い金属で身を守ろうとも装甲の無い部分では防げまいと、上昇した身体能力で寸分違わずに狭い標的へと刀が迫る。

 

 だが────。

 

 セバスに教えられたどこからの攻撃にも対応出来る自然体の構えのモモンには通用しなかった。

 モモンは切っ先を左手で掴む。

 

「ば、馬鹿な!?」

 

 モモンが掴んでいた刀を離し、正面から見据える。

 身体を最高まで高め、最高のタイミングで放った攻撃も防がれたエルヤーに、これ以上の攻撃手段は残っていなかった。

 

「う、う、うあああああ!」

 

 子供が癇癪を起こしたような叫び声を上げ、尚も切りかかる。洗練されていた動きは精彩を欠いていた。

 

(ここまでか)

 

 パキン! 

 

 モモンの右わき腹に向かって来た刀を肘打ちと膝蹴りで挟み込み、南方の都市から流れるとされる神刀の刀身を半ばで折る。

 すかさずアイアンクローの形でエルヤーの顔面を片手で掴み持ち上げる。

 <ネガティブ・タッチ/負の接触>で負のエネルギーを流し、相手の能力値を弱体化させる。これは時間では治せず高位の治癒が必要だ。

 ついでとばかりに指向性を持たせた<絶望のオーラI>をエルヤーに叩き込む。

 

 悲鳴にならない声を発し、股間部から湿った湯気が立つ。更にモモンの耳に聞きたくもなかった排便の音が盛大に聞こえてきた。

 

「ぬお!?汚い!」

 

 思わずエルヤーを投げ飛ばしてしまう。

 

 一直線に競技場の壁に叩きつけられたエルヤーは仰向けで地べたに倒れる、無様にケツを天に向けて。

 

 進行係りがモモンの勝利を宣言する。

 

 

 

 森妖精(エルフ)達は糞尿を垂らすエルヤーを蹴りまくっていた。

   

 

 

 

  




拙作のアインズさんはまだまだ荒いですが肉弾戦闘も鍛錬しています。
格闘物が結構好きなので。(手屁)


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18話 拉致

誤字報告いつもありがとう御座います。


「すごかったですよモモンさん」

「見ててスカっとしたわ」

「お疲れ様でした」

「────本当に凄かった」

 

 モモンは対戦を終え、“フォーサイト”の居る貴賓室に戻ってきていた。

 新たな武技を知れたことである程度満足感がある。

 

「コレはモモンさんの賭け金と配当金です。VIP待遇なだけあって運営側の方から持って来てくれました」

 

 ヘッケランが示したテーブルの上にはモモンが渡した金貨袋。その横にもう一つの袋があった。

 手数料で少し引かれているが、ほぼ倍になったようなものだった。

 

「それと、俺達も勝ち馬に乗らせてもらいました」 

 

 ニカっと爽やかな笑顔で金貨袋を掲げて見せてくる。

 

 “フォーサイト”の四人は手持ちの全額を賭けていた。

 今まで賭けをすることは無かったが、モモンの自信、モモンの強さを直接見た自分達の目を信じての行動だった。下種なエルヤーがやられるのを期待していたのもあった。

 

「…………あ、あの」

 

 モモンの背中から戸惑いがちに声がかかる。

 

 森妖精(エルフ)だった。

 エルヤーが負けた瞬間から、賭けの対象だった奴隷森妖精(エルフ)三人の所有権がモモンに移ったのだ。

 鬱憤を晴らすように気絶したエルヤーを顔の形が分からなくなるほど蹴りつけていた。

 かなり長い時間蹴っていたが、いい加減これ以上は死んでしまうと判断した進行係が止めに入り、新たな主人の後に付いてここまで来ていた。

 貴賓室でそれを見ていた“フォーサイト”、主にイミーナが「やれ!そこだ!よし鼻折れたな!目玉えぐれ!」などなど、森妖精(エルフ)達に過激な応援をしていた。その熱の入りようは、モモンが戦っていた時以上だった。ハーフとはいえ、やはり同族が受けていた仕打ちが許せなかったのだろう。

 

「ねえモモンさん、彼女達をどうするの?」

 

 イミーナは変わらず奴隷のままの森妖精(エルフ)を心配しての発言だった。

 

「そうですね…………ロバーデイクさん、彼女達にこれを使用して下さい」

 

 モモンが取り出したのは一枚の巻物(スクロール)

 

「これは?」

「第六位階魔法、大治癒(ヒール)が込められています」

「だ、第六位階!?」

 

 帝国どころか、人類圏で行使出来るとされる最高位の魔法が第六位階。それを行えるフールーダでも魔力系に限ったことで、信仰系はそこまで到ってはいない。

 <大治癒(ヒール)>が込められた<巻物(スクロール)>一つでどれだけの価値があるか計り知れない。

 そんな高価な物を平然と使用するモモンに、「本当に良いのですか?」と確認をとるロバーデイクは当然といえた。

 

「ええ、勿論」

「分かりました。では…………<大治癒(ヒール)>」

 

 即答するモモンにこれ以上の質問は無礼と判断したロバーデイクが<巻物(スクロール)>を森妖精(エルフ)達に向けて使用する。

 

「えっ!?…………うそ!?」

 

 高位の治癒魔法により、半ばで切られていた森妖精(エルフ)の象徴、長い耳が元通りになっていく。

 三人は信じられないように恐る恐るお互いの耳を見て、触り合い、確かめ合う。

 本当に元通りになっているのを理解し、身を寄せ合い。────

 

「「う、う、うわあああああん!」」

   

 子供のように泣き出した姿にイミーナも思わず貰い泣きしてしまう。

 

「お前まで泣くなよ」

「泣いてないわよ!」

 

 ヘッケランが優しくイミーナの頭を撫でていた。

 

 森妖精(エルフ)達が落ち着きだした頃を見計らい、モモンが告げる。

 

「これでお前達は自由だ。国へ帰るなり好きにするといい」

 

 そう言い、金貨百枚ほどを金貨袋に入れて森妖精(エルフ)に渡す。

 

「この金で冒険者でも雇うといい、残った分でも数年は不自由しないだろう」

 

 まるで御伽噺に出てくる英雄そのもののような在り方に、“フォーサイト”は憧れにも似た眼差しを向ける。

 森妖精(エルフ)がモモンを見る目は、神を見るように輝いていた。

  

 

  

 もうすぐ日が沈む夕刻頃。闘技場を後にして、帝都の通りを散策しているモモンと“フォーサイト”一行。

 

(どうしよう)

 

 モモンを悩ませている存在。

 

 後ろを歩く、深くフードを被った三人の森妖精(エルフ)

 帝都内で森妖精(エルフ)が長い耳を街の人間に見られた場合、望まぬ騒ぎを起こしかねない。

 あの後、モモンがオスクと話し、フード付きマントを用立ててもらっていた。

 新たな主人であるモモンから自由を与えられた彼女達が選んだのは、モモンに付き従うことだった。

 

(国に帰りたくないと言い出すし、冒険者チームに入れる訳にもいかないしな)

 

 冒険者が人員の入れ替えをするのは普通によくある。

 なんらかの事情で引退する者、実力が釣り合わなくなり別のチームに移籍する者、理由は色々あるがモモンのチームとして活動するには彼女達の能力では全く釣り合わない。

 ナザリックのこともあり、冒険者活動に支障が出るのはほぼ確実だった。

 

(いっそ全てを教えておくべきか?それかカルネ村に住んでもらうのも良いな。森妖精(エルフ)はカルネ村にいないことだし)

 

 異種族共存。それを目指すテストケースでもあるカルネ村に住んでもらうのはなかなかの良策に思えた。

 アインズ・ウール・ゴウンが支援し、モモンも個人的に懇意にしている村。

 村の住人も他種族への嫌悪感は特になく、森妖精(エルフ)達もモモンが言い聞かせれば村人達とも仲良くやれるだろう。

 

 

 

 色々考え事をしているモモンの後ろを歩くアルシェ。

 彼女は前を歩く大きな背中を熱い眼差しで見つめていた。

 先日からの出来事、モモンに助けられ、依頼と称した異常とも言える報酬、闘技場での森妖精(エルフ)を救った行動と言動。モモンに賭けて得た金貨。

 

 アルシェの手元には帝都案内という依頼報酬を四人で割った金貨125枚。

 先日ジャイムスに渡した解雇手当で貯えは殆ど無くなってしまったが、全額を賭けて得た分、手数料を引かれた合計が金貨約250枚。

 

 妹達を連れて家を出ても、最初はかなり困窮した生活を覚悟していたが、これだけあれば両親の借金を3分の2払ったとしても十分に暮らしていける。

 

 お金に関することばかりで、恩人に対してなんとなく申し訳ない思いがあるが、彼への感謝の気持ちは他の誰よりも深い。あれほど感激していた森妖精(エルフ)にも負けないほどだった。

 

「────あ、あのモモンさん。案内の依頼中ですが、私が一度家に寄らしてもらうのを許してもらえませんか?そ、その…………」 

 

 「妹を連れ出したいんです」とは言えない。仲間達にも家の恥だからずっと言えなかったのに。モモンに自分の家の恥を晒し、情け無いところを見せたくなかった。

 アルシェが言い出しにくいことを悟ったヘッケランが助け舟をだす。

 

「モモンさん。俺達がアルシェの分も働きますから許可してもらえませんか?お願いします」

 

 イミーナもロバーデイクもモモンにお願いする。モモンは「構いませんよ」と快く了承してくれる。

 

「ありがとうございます」

 

 丁寧にお礼を言い、後で『歌う林檎亭』で落ち合うと約束して駆け出す。

 早く可愛い双子の妹に会いたい気持ちからその足は速かった。

 

 

 

 静かな高級住宅街。

 アルシェは自分の家の玄関に勢い良く入る。

 

「お、お嬢様!?」

 

 執事のジャイムスがアルシェを初めに迎える。その顔には驚きと、心底困った表情が浮き出ていた。

 

「────ただいま、なにかあったの?」

「そ、それが…………」

 

 とても言い難そうにしている、何があったのだろうか。

 

「帰ったかアルシェ」

 

 応接室から出てきたのはアルシェの父。最後の挨拶をしていくつもりだったから丁度いいとアルシェが告げる。

 

「────ただいまお父様、前に言ったように妹を連れて出て行きます。お父様と話すのも…………」

 

 「これで最後」、決心していたが、いざ別れの時が来ると悲しい想いが湧き上がってくる。

 しかし、そんなアルシェの想いを裏切る言葉が父の口から告げられる。

 

「ふん、クーデリカとウレイリカならもうこの家には居ない」

「なっ!?」

「お、お嬢様。一昨日お嬢様が出られた日に金貸しの男達が現れ、クーデリカ様とウレイリカ様を連れて行ってしまったのです」

 

 何故借金取りが?アルシェが疑問に思い父を見ると、いつも金貸しが父に渡していた金貨袋を持っているのに気付く。

 

「それは!?…………ま、まさかクーデとウレイを売ったの!?」

「売ったなどと人聞きの悪いことを言うな!二人は預けただけだ、代わりに得たこの金で権威を取り戻せばすぐにでも帰ってくる。お前が金を入れず出て行くなどと言うからだ」

 

 一気に顔が青褪める。

 

「どこ!?二人はどこにいるの!?」

「そんなことお前が知る必要はない!」

 

 怒りに支配され、父を殴り倒す。魔法詠唱者(マジック・キャスター)とはいえ、ワーカーとして鍛えられたアルシェの拳は一般人のそれより強力であり、体を鍛えたこともない者にとっては痛打に過ぎた。

 殴られた頬を抑え、親に手を上げた娘に何か言おうとするが、アルシェの怒りの瞳に見据えられ何も言い出せず口を閉ざす。

 

「私も御二人の居場所を聞いたのですが、旦那様も分かっておられないのです。今日も先ほどまで探しておりましたが足取りは…………」

 

 アルシェは家を飛び出す。

  

 ジャイムスも当たったであろう金貸しのところに向かうが、建物の中には誰も居なかった。

 不法侵入などと言っていられない。魔法で扉を壊し中に入り手掛かりを探す。

 しかし、何も見つからなかった。

 

(どこ?二人共どこにいるの?)

 

 奴隷市場など思い当たる場所を全て当たっていくが一向に手がかりが見つからない。

 息も切れ切れに涙で頬を濡らしながら走り続ける。

 

「うぅ…………クーデ、ウレイ」

 

 

 

 モモンは“フォーサイト”と森妖精(エルフ)達と『歌う林檎亭』に来ていた。

 

 七人で一つのテーブルを囲むことは出来ず、森妖精(エルフ)達は別のテーブルを動かしてモモンの近くに座っている。

 店主の目を気にしてフードを深く被ったまま、モモンが注文した果実水を大人しく飲んでいた。 

 

 “フォーサイト”の三人と話しているのは帝国の歴史から始まり、魔法省や魔法学園など、王国には無い施設の話。専門というわけでもなく、ワーカーとして暮らしてきた中で得た知識なため、一般人よりは知っている程度ではあったが。

 モモンとしては、そこで暮らす者からの視点の情報で十分だった。

 

 デミウルゴス命名の『Gネットワーク』。恐怖公の眷属を使った情報収集、他にも影の悪魔(シャドウ・デーモン)や高位の隠密が可能な僕では表面上のことは分かっても、こういった人々の細かい心情などは調べにくい。  

 “フォーサイト”の体験談を交えた会話をしていると、入り口の扉が荒々しく開け放たれる。

 

 何事かと全員の視線が扉に向かうと、そこには汗だくになったアルシェがいた。 

 

「ど、どうしたんだ!?」

「はあ、はあ、…………お願い、手を貸して。妹が、居なくなったの!」

 

 

 

 とりあえず落ち着かせるためにロバーデイクが冷たい水をアルシェに渡し、詳しい内容を聞いたモモン達。店主は厄介な話を聞いてしまうだけでトラブルに巻き込まれる可能性があるため、店の奥に引っ込んでいた。

 

「自分の娘を売るなんて!何を考えてんだ!」

「信じらんない」

「本人的には売ったのではなく、一時的に預けたつもりなんでしょうが、本当に貴族位を取り戻せるのか。実際のところその辺はどうなんですか?」

「────ありえない。フルト家は帝国に必要が無いと判断された、今更再興されるとは到底思えない」

「ちっ!俺達も手伝うさ、手分けして探せば────」

「落ち着け」

 

 急いで探そうと外へ向かおうとする“フォーサイト”の四人をモモンの静かな声が止める。

 

 現在“フォーサイト”はモモンに雇われた形であり、依頼主の許可なく勝手に行動しようとしたのを咎められたのかと思ったが、そうではなかった。

 

「アルシェさんの様子を見るに、既に心当たりがある所は探したのでしょう。貴方達はどこを探そうと言うのですか?この広い帝都を虱潰しに探すつもりですか、この人数で」

 

 モモンの言うことは正論だった。この人数で闇雲に探しても見つかる可能性はほぼ無いだろう。だが、じっとしていられる訳が無かった。

 

「もっと確実な方法が有る。一度部屋に行きましょう」

 

 

 

 モモンが借りた二階にある部屋、『歌う林檎亭』で一番広く、値段もそれだけ高額な部屋に八人が集まる。

 

「────あの、確実な方法って?」

 

 アルシェは妹が心配で仕方がないのだろう、モモンは帝都の地図をテーブルに広げ本題に入る。

 

「これを使う」

 

 モモンがアルシェに渡したのは<巻物(スクロール)>。

 

「これには<生物発見(ロケート・ライフ)>の魔法が込められている。魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)の君なら問題なく使えるだろう」

 

 闘技場でのことが無かったら驚きであたふたしていただろうが、耐性が付いてきたのか戸惑うことはなかった。

 

 更にモモンは、<探知対策(カウンター・ディテクト)>などの対策魔法の<巻物(スクロール)>をいくつか出していく。

 性質の悪い金貸しが八本指のような犯罪組織と関わっていた場合を考え、ンフィーレアの件と同じぐらいの対策が必要と判断してのことだ。

 アルシェが教えられた通りに<巻物(スクロール)>を順番に開き、込められた魔法の名を唱える。

 無数の魔法防御によって守られたアルシェが<生物発見(ロケート・ライフ)>を発動させた。そして指で地図の一点を指す。

 

 アルシェが地図に指差し、示した場所。

 

「ここは…………確か墓地だったよな」

「なんだってそんなとこに?」

「まさか、二人は既に…………」

「そんな!」

 

 反応があったのが墓地なのはもう死んでいるのかもしれない。アルシェの表情が一気に青褪める。

 

「心配しなくていい、それは無い。この魔法は生物を探知するもので死体には反応しない。つまり生きているということだ。その前に現地の状況も見ておいた方が良い。アルシェさん、<千里眼(クレアボヤンス)>を。<水晶の画面(クリスタル・モニター)>も同時に発動させて、皆にも光景が見えるように」

 

 アルシェが再び<巻物(スクロール)>から魔法を使うと、空間に浮かべた画面には何十人もの人が映っていた。決して派手ではないが、明らかに上等な衣服を纏った者達が異様な雰囲気の中集まっていた。

 そして部屋の端に袋が二つ。小さな子供が丁度入りそうな大きさの皮の袋が転がされていた。

 

「あの中にクーデとウレイが!?」

「動いてる様子はないわね、もしかして眠らされてるんじゃ?」

「待って下さい。…………あの神官の男には見覚えがあります。あれは神殿に仕えている者です」

「おい、あそこに映ってるのはウィンブルグ公爵じゃないか?まさか、周りの奴らも全員貴族なのか?」

 

 公爵という上位貴族に神官の存在。拉致されたも同然なアルシェの妹達。

 あまりにもきな臭いために帝国軍にも報告した方が良いと判断したロバーデイクの案に乗り、提案者のロバーデイクが軍部に報告。残りの者で急ぎ現場に向かい奪還することとなった。

 三人の森妖精(エルフ)は碌な装備をしていないため留守を任せる。本人達は手伝いたかったようだが、モモンに言われたため大人しく従っている。    

 

 墓地へと走っている中、モモンはハンゾウに小声で指示を出す。

 

「状況は分かっているな。お前は先行し、罠や伏兵などがないか調べてこい」

「御意」

 

  

 

 

 

 

 

 帝都の地理に明るくないモモンが先導されて着いた先は霊廟であった。

 墓地には明かりが一切なく、辺りはすっかり暗くなってる。 

 

「────私に任せて。<闇視(ダークヴィジョン)>」

 

 アルシェの補助魔法で闇の中でも真昼のごとく見通すことができるようになる。そしてモモンが<静寂>(サイレンス)の効果のあるマジックアイテムを起動させる。これで霊廟の中が暗くても問題なく隠密行動がとれる。

 

 石の扉を押し開ける。

 中から香の甘い匂いが漂い出す。モモンは秘かにハンゾウから伏兵がいない事と、この部屋の仕掛けを聞く。

奥に置かれた石の台座に近寄ると、石の台座の下の方にある意外に細かな彫刻を押し込んだ。

 

 壊れることなく、それは動くと何かが噛み合う感じがした。そして一拍後、ゆっくりと石の台座が動き出す。その下から姿を見せたのは地下へと続く階段である。

 

「仕掛けを見抜くマジックアイテムを使ったんですよ」

 

 何故知っているのか聞かれる前に、嘘の種仕掛けを明かす。こういう時にはマジックアイテムか特殊技能(スキル)と言っておけばだいたい納得してくれる。

 あまり悠長にしていられないための行動だった。

 

 途中で一度折れ曲がった階段の先には広い空洞が広がっていた。壁や床はむき出しの地面ではあったが、人の手が入っているために簡単に崩れたりしそうな雰囲気はない。

 

 空気もまた淀んではおらず、何処から取り入れてるかは不明ではあるが、新鮮なものだった。

 

 ただ、そこは決して墓場の一部ではない。もっと邪悪な何かであった。

 

 壁には奇怪なタペストリーが垂れ下がり、その下には真っ赤な蝋燭が幾本も立てられ、ボンヤリとした明かりを放っている。踊るように揺れる灯りが、無数の陰影を作る。微かに漂うのは血の臭いだ。

 

 モモン達が階段から異様な空間へと降りようとすると、突然木のドアが開く。

 

「隠れろ」

 

 モモンの小声に全員が身を伏せ下から見えないように位置取る。

 

 入ってきたのは男女交えて、総数二十人ほどだ。

 

 顔は骸骨を思わせる覆面を被っており、うかがい知ることは出来ない。問題はその下だ。上半身、下半身共に裸である。

 

 もしこれが若者のものであれば五歩ぐらい譲って、男の裸でもまだ我慢出来たかもしれない。鍛え抜かれた体であれば三歩ぐらいで済むだろう。

 

 しかし――違う。

 

 中年というより老人の皺だらけのものであり、弛んだぶよぶよとした皮のものだ。老人で無ければ、あるのは中年のだらしない肉体は油の詰まった肉袋だ。

 

 男がそうなのだ、女だってそうだ。第一の感想は干し柿である。

 

「うえっ、なんじゃこりゃ」

「見るに耐えないとはこのことよね」

 

 全くである。モモンは「新手のブラウザクラッシャーかよ」と見たくも無いものを見せられ、精神がゴッソリ削られたようだった。

 

「────これは酷い。…………あっ、あの男が担いでるのは」

 

 アルシェが見つけたのは担がれて運ばれる二つの皮袋。それが裸の連中の後方に置かれる。

 そして神官が祭壇と想われる場所へと歩き出す。

 

「連中が何を企んでいるのか分からないが碌でもない事なのは確かだ。奴らが行動を起こす前に片を付けようと思う」

 

 モモンの提案に真剣な顔つきで頷くアルシェ。ヘッケランとイミーナもいつでも行けると意気込む。

 

「まず私が奴らの前に飛び出し注目を集める。その間に三人でアルシェの妹を助けるんだ。無理に攻撃する必要はない、帝国に突き出す何人かは私が確保しよう。それで構わないか?」

「異議なし」

「二人は絶対に助ける」

 

 場に集まっている奴らはアレだが、それぞれ決意した目で頷く。

 

「よし、ではタイミングは合わせてくれ」

 

 モモンが場を見渡しタイミングを計っていると、木のドアから新たな人影が入って来た。

 

 その人物は黒いローブを身に纏い体を見ることは出来なかった。

 しかし、フードなどは被っておらず、顔を確認することは出来た。

 

 それは金髪のボブカット。ネコ科の動物を思わせる可愛らしい印象を与える女だった。

 

 

 

 

 

 




生物発見(ロケート・ライフ)>…………物体を探す魔法があるなら生物を探す魔法ぐらいはあるでしょう。

森妖精(エルフ)達の名前を付けようか悩みましたが付けない方向にします。途中気が変わって付けるかもしれませんがその時はご容赦下さい。


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19話 邪神教団

この時期仕事が忙しくなりすぎてまして、疲れから寝オチの連続(へえ~え)
更新が遅れてしまい申し訳ありません。
やっと落ち着き始めたので更新の方を頑張って行きます。



 水の中を漂っているような感覚。

 周りは暗闇で包まれて一切の光もない。

 感じるのは恐怖。身も心も、魂までも凍り付くような恐怖が絶え間なく襲ってくる。

 苦しい。辛い。ここにはもう居たくない。

 どこか別の場所に行きたかった。

 

 一筋の糸のようなものが垂れ下がっている。  

 闇から逃れるために懸命に手を伸ばし────

 クレマンティーヌは糸を掴んだ。

 

 クレマンティーヌが目を開けた時、視界に入ってきたのは見知らぬ場所だった。

 薄暗い陰気な部屋。

 蝋燭がぼんやりとした明かりを灯しているだけの静かな空間だった。

 

 

 

 クレマンティーヌを蘇らせたのは秘密結社のズーラーノーンだった。

 盟主及び十二高弟は並みの冒険者では歯が立たないほどの存在である。第五位階魔法が使える者が居ても不思議ではない。

 

 目的は十二高弟の一人だったクレマンティーヌから情報を聞き出すのと、表舞台で周辺諸国最強の戦士と言われるガゼフ・ストロノーフを凌ぐ程であった戦力を惜しまれたからだ。

 その強さも蘇生魔法で弱体化してしまっているが。

 

 蘇生を行った幹部はクレマンティーヌが起きた時には既におらず、自分の使命に向かったようだ。

 代わりにクレマンティーヌの前に居たのは、非常に小さく異様な存在で、腰布だけ身に着けた体は肉も脂肪も無いほど痩せており、さらにしわくちゃな姿はミイラを彷彿とさせる男だった。

 

 歯の抜け落ちた口で声は小さく嗄れているため、聞き取り辛いしゃべり方をするミイラっぽい男から色々と問われる事となった。

 

 だが、蘇ったばかりで記憶が若干曖昧、更に判断能力も低下していて詳しく語ってはいない。

 こういう時に余計な発言をすると後で困ることになりそうだ。

 だから漆黒の全身鎧を身に纏った冒険者に殺されたとしか話さなかった。

 

 ズーラーノーンに義理立てするつもりはない。蘇生させてくれたことに感謝はしているが、そもそも法国がイヤで、どこか適当なところは無いかと思っていただけで、完全な気まぐれで秘密結社に入ったのだ。ここなら気兼ね無く趣味の殺人と拷問が出来ると。 

 自分を殺した本当の姿、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)に似たアンデッドのことは話していない。

 話せばいきなり目の前に現れそうで怖かったのが一番の理由かもしれなかった。

 

 弱体化した肉体を鍛え戻すまで、ミイラっぽい男に勧められ帝都にある下部組織で働くことになった。

 

 邪教集団。

 

 ズーラーノーンが帝国における下部組織として運営するために作り出したものである。邪神という存在は元々、スレイン法国では信仰されている闇の神が他国では信仰されていないという面を利用して作りだしたもので、行っている儀式も適当なものであった。

 

 貴族達の弱みを握るために行わせている生贄の儀式も人間を殺させていただけにしか過ぎない。

 

 信者が求めるもの。 

 

 生まれた瞬間から死に向かって歩を進める。それが生物である以上、避けることのできない宿命である。肉体は衰え、精神も弱くなっていく。しかし、それを受け入れられるかというと、それは別問題だ。

 誰だって何時までも若さを保ち、美味いものを食べ、美麗な異性に囲まれたいものだ。もしこれが一度も経験したことがないのであれば、我慢できたかもしれない。

 しかしこの場にいる者は、そんな欲望を上位貴族として経験してきたからこそ、喪失するのが惜しくなってしまっていた。

 だからこそ魔法に手を出し、薬物に手を出し、そして信仰に身を染めた。

 

 それがこの邪神を信仰する教団の正体である。

 

 しかし適当な儀式で、居もしない邪神に信仰を捧げても願いが叶う訳もない。 

 

 生贄の手はずを整えたり、この邪神殿の管理に当たっていたズーラーノーンの神官が、いつまで経っても望みを叶えられず、次第に信仰心の薄れていく信者をなんとかするため、生贄にそれらしく振舞える高貴な血を求めた。 

 すなわち貴族の血。

 

 帝国上層貴族が幾人も信者として参加しているため、その伝手でとある没落した貴族の情報が入る。

 その貴族に金貸しをしていた男に話を通し、金を渡して娘二人をここに連れて来ていた。

 

 帝都に来てから何度かズーラーノーンの幹部として神官と会い、儀式を見守っていたクレマンティーヌもいい加減この茶番に嫌気がさしていた。

 

 彼女は出来るだけ遠くに行きたかった。帝国というエ・ランテルの近くではなくもっと遠くへと。

 

(こんなところに居て、いつあの化け物が現れるか分からないってのに)

 

 冒険者は国の政には束縛されない。国を跨いでもなんの問題もないのだ。

 なら何故さっさと逃げなかったかといえば、ミイラっぽい男の目があったからだ。

 その男も今は別の用で帝都にいない。

 

(様子見してたけど、これは信用されたと考えるべきか?今日のが終わればしばらくは儀式も無いだろうし)

 

 そこまで考えて行動は早い方が良いと、今夜にでも帝国を去ろうと決意する。

 

 そして、逃亡した先では大人しく過ごそうと。

 もうあんな恐怖は味わいたく無い。

 性格破綻者と言われた殺人狂も、謎のアンデッドから与えられた恐怖、『死』そのものの存在からの絶望はもう二度と思い出したくない。

 平穏に生きていればいつか忘れられるかもしれない。そのためだったら殺人も拷問も我慢するのも厭わない。

 

(変装して冒険者とかもありかなぁ、都市国家連合あたりが良いかも。モンスターを狩るぐらいは良いよね)

 

 一体誰に言い訳しているのか、クレマンティーヌは自分の先行きを考える。

 

 心底どうでもいい催しだが、ズーラーノーンの幹部として最後の仕事をしようと儀式の部屋へと入る。

 

(丁度始まるとこみたい…………相変わらず気持ち悪い連中ねえ)

 

 神官が全裸の信者の前へと歩いて行く。

 そして、祭壇へと近づいた時。

 

 

 黒い影が祭壇の前に飛び降りてきた。

 

 瞬間、クレマンティーヌの目が見開き、ドクンと心臓が飛び出そうなほどの激しい鼓動を鳴らす。 

 

 漆黒の鎧に真紅のマント、人類最強の戦士に真の恐怖を与えた本物の化け物。

 

「いやああああああ!!」

 

 咄嗟に武技を複数発動し、全力で入って来たドアを抜ける。

 

「なんで!?なんでアイツがここに居るのよ!?」

 

 そのまま霊廟の入り口とは別に複数ある、隠し通路を抜けて外に逃げ出そうとする。

 一心不乱に階段を一足飛び駆け上がり、クレマンティーヌや神官、ズーラーノーン所属者のみが知る隠し扉から通路に出る。

 限界を超えて疾走し見えてくる最後の扉。それを開ければ外に逃げられる。

 

「嘘!?なんで開かないの!?」

 

 この扉に鍵は元々ない。力任せで強引に壊そうとしても扉はビクともしなかった。

 

「開いてええええ!!」

 

 扉をドンドンと叩くが、何故か扉はビクともしない。

 クレマンティーヌは、後ろに気配無く立つ人影を涙に溢れた目で見た瞬間。

 

 意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 モモンはエ・ランテルで起きたアンデッド事件の首謀者の一人、クレマンティーヌの姿に一瞬動揺した。

 自分の手で命を絶ち、組合に証拠として渡した。その後、エ・ランテルの遺体安置所から遺体が消えたと報告を受けて行方が知れなかった女が何故か帝都に居たのだ。

 

「ハンゾウ、あの女を無力化してナザリックに送れ。私が戻るまでは眠らせておけ」

 

 他の誰にも聞こえないように指示を出し、了承したハンゾウが不可知化したまま闇に消える。

 

(まずはコイツ等が先だな)

 

 アルシェ達に合図を出し、祭壇の前に飛び降りる。

 突如現れた闖入者に二十人ほどの動揺した者達の視線が一気に集まる。

 何が起こったのか分からず、一言も発しない者達。

 静寂を破ったのは女の悲鳴だった。そのままあっという間に逃げ出す。

 

 ”フォーサイト”ではあの女の相手は厳しいと思っていたが、逃げたのであればハンゾウに任せておけば問題ない。この場に残っているのは強者どころか、碌に戦うことも出来ない連中だけ。

 

 アルシェが皮袋から二人の少女を助け出し、必死に抱きかかえている姿を確認する。

 ヘッケランとイミーナはアルシェを守るように前に立ち、身構えている。

 アルシェが二人の無事を確かめ、涙を流していた。

 

(無事だったようだな、良かった。…………後はコイツ等をどうするか)

 

 

 

 

 

 

 神官の男から何をしようとしていたのか大体の事を脅して聞きだし、全員気絶させ霊廟の外へ出ると、丁度ロバーデイクが帝国騎士数人を連れて来たところだった。

 

「ハア、ハア、急いだつもりでしたがその様子だと無事成功したようですね」   

 

 アルシェとイミーナに抱えられ、静かに寝息を立てている二人の少女を見て「良かった」と脱力する。

 

「────ロバー、いくら呼びかけても二人が起きないの、薬でも飲まされたのかもしれない」

「顔色があまり良くありませんね。分かりました私に任せて下さい」

 

 万が一を考え、ロバーデイクが<病気治癒(キュア・ディジーズ)>と解毒魔法を掛けると二人の顔色が良くなってくる。日焼けと無縁な白い肌に、頬をほのかに赤らめた天使のような姿でコンコンと眠っている。

 

「これで本当に大丈夫そうね」

 

「失礼。事情は彼から聞いていますが、何があったのか詳細を聞かせてもらっても?」

 

 ロバーデイクと共に駆けつけた帝国騎士。長い金色の布とも呼べる豊かな金髪が顔の右半分を覆っている女性が上司なのだろう、代表して前に出る。

 

「はい、ワーカーチーム“フォーサイト”のリーダー、ヘッケラン・ターマイトと言います。俺からお話します」

 

 モモンを気遣ってか、ヘッケランが事の顛末を説明していく。途中、ロバーデイクに補足されながら。

 モモンはアルベドから<伝言>(メッセージ)を受け取り、少し離れたところで魔法を繋ぎ、クレマンティーヌをナザリックで受け取ったと報告を受けていた。

 説明を聞いている金髪の騎士が時折チラチラとモモンに視線を飛ばしているのが気になった。      

  

 

 

 女性騎士の指示で、他の騎士達が霊廟の中へ入っていく。

 

「我々がその邪教集団を捕縛し、取調べを行いますわ。その後、貴方方の泊まっている所に確認のために赴きますわ。時間は遅くなるかもしれませんがよろしいですか?」

 

 帝国騎士にそう言われれば断る訳にはいかない。

 相手が怪しげな宗教団体で生贄まで行うような集団とはいえ、アルシェの両親は確かに金を受け取って二人の娘を差し出したのだ。それを強引に奪還したのは事実、法的手段でこちらが捕らえられる可能性も大いにあった。

 女性騎士の見解ではその心配は杞憂であるようだが。

 

 

 

「お帰りなさいませ」

 

 『歌う林檎亭』へ戻ってきたモモン達を丁寧に出迎える森妖精(エルフ)達。

 

 帝国騎士が後程来る事を考えて、モモンがとった広い部屋に全員で集まっていた。

 

「んん…………ああ!お姉様だあ!」

 

 目を覚ましたクーデリカがアルシェの胸に抱きつく。

 少し遅れて目覚めたウレイリカが「ずる~い」と横から一緒に大好きな姉に甘える。

 

「────無事で良かった、本当に良かった」

 

 涙で頬を濡らしながら両手で双子を抱きしめる。「お姉様、苦しい」と可愛く抗議されてもお構いなく抱きしめ続ける。

 

 ようやく拘束を解いたアルシェが二人に事情を聞くが、知らない人に家から連れ出されてすぐに眠ってしまい、良く覚えていないとのことだった。むしろ覚えていない方が良いだろう。

 

「────皆、不甲斐無い私に手を貸してくれてありがとう。」

「俺達に礼は必要ないぜ、仲間なんだからよ。まあ正直、俺達はなんの役にも立たなかったしな」

「────そんな事はない。一緒に探してくれただけでも嬉しい」

 

 役に立ったとか立たなかったは問題ではない。自分を想って手を貸してくれただけで感謝している。本心からの言葉だった。

 

「────モモンさんには貴重なマジックアイテムまで使ってもらって感謝しかありません。本当にありがとうございました。私に何かお返し出来る事があったらなんでも言って下さい」

「そんなに気にする必要はないさ」

 

 モモンが彼らと知り合うきっかけとなった野良の死の騎士(デス・ナイト)は自分の蒔いた種であった。

 命の危険に晒してしまった罪滅ぼしのつもりで高額の依頼をしてチャラにしたつもりだった。

 誘拐の件では手助けする義理はなかった。

 だが、深く考えるまでもなく、ただ助けたいと思って行動していた。

 補充の目処が立っていない位階の巻物(スクロール)を使ってでも。

 

「お姉様、この人は?」

「お姉様のお友だち?」

 

 クーデリカとウレイリカが天真爛漫な子供特有の有り様で、物怖じせずに全身鎧の人物を見つめる。

 

「この人はモモンさん。私と仲間だけじゃなく、あなた達の命の恩人でもあるのよ」

 

 双子はアルシェに促され、ソファーに座るモモンへ、トテトテと近づき全身を見る。

 

「わあ♪お姉様に読んでもらった絵本のゆうしゃみたい」

「ほんとだあ、かっこいい~」 

「「たすけてくれてありがとうございました」」

 

 可愛らしいお礼を受けたモモンは、屈んで目線を小さな双子に合わせる。

 

「助けたのは私だけじゃないさ、君達のお姉さんとその仲間の協力があったからなんだよ」

 

 ヨシヨシと双子の頭を撫でる。

 

 

 

 

 

 

 

「────クーデとウレイがごめんなさい」 

  

 アルシェがモモンへと頭を下げる。

 モモンに頭を撫でられるのが余程気に入ったのか、クーデリカとウレイリカがモモンからなかなか離れず、ずっと撫でを要求していた。

 森妖精(エルフ)達が『歌う林檎亭』の店主から用立てした紅茶とお菓子でようやく離れた。

 今はアルシェの両隣でお菓子を頬張っている。

 

 「気にするな」と何度目になるか分からないやり取りを行う。

 

「ところで君達はこれからどうするつもりだ?」

 

 モモンの問いかけは“フォーサイト”全員が考えていたことだった。

 幼い二人の妹を連れて家を出ると決心したアルシェに危険なワーカー仕事をさせる訳にはいかない。

 ヘッケラン、イミーナ、ロバーデイクの気持ちは同じだった。アルシェも双子を養うためにも危険な仕事をするのは憚られた。

 最初に口を開いたのはヘッケラン。

 

「そうですねえ、今までの貯金もあるしどこか別のところで暮らすのも悪くないと思ってます」  

 

 アルシェの代わりの魔法詠唱者(マジック・キャスター)を探してワーカーを続けるのも気乗りしないと感じているのは他の二人も同じだった。

 

「おや、そこにイミーナを連れていかないんですか?貴方達の関係はとっくにばれていますよ」

「なっ!?」「えっ!?」

 

 クックックッと神官らしからぬ笑いを漏らす。ヘッケランもイミーナも顔を真っ赤にしていた。 

 恥ずかしさを隠すように「じゃあロバーはどうすんだよ?」と問いかける。

 

「私ですか?私は金が十分に貯まったので開拓村などで孤児院でも開こうかと思ってます」

 

 ロバーデイクはワーカー業で稼いだ報酬の一部を孤児院に寄付していたりと、弱き者を助けたいと心から思う根っからの善人。

 孤児院を営むのも以前からの目標であり夢であった。

 

 三人には特にしがらみが無い自由人なためどうとでもなる。実力もあり、ある程度の金もある。

 問題があるのはただ一人。

 

「────私は…………帝国には居られないと思う。もしここに留まっていれば両親がなにかしてくるかもしれない。だからここを出る。幸いモモンさんのおかげでお金はある」

 

 アルシェの両親も邪教集団と関わっていた訳ではなく騙された側。

 皇帝も毒にも薬にもならないと判断された貴族はその位を剥奪されて放置してきたのだ。態々刑を与えたりはしないだろう。

 逆上した両親がアルシェ達になにかしてくるかもしれないという不安の方が大きかった。

 

「お引越しするの?わ~い♪お姉様と一緒~」

「わたしも一緒~。お姉様、お父様とお母様も一緒?」 

 

 お菓子を頬張っていた手を止め、姉の顔を覗き込むように見上げる。

 家の状況を良く理解していない幼い双子の無邪気な瞳に罪悪感が湧いてくるアルシェ。

 

「────お父様もお母様も、もう私と一緒には居られないの…………クーデもウレイも…………それでも私と引越しする?」

 

 もうあの家には居られない。悲しみを湛えた目で双子の瞳を見る。

 

「う~ん?お姉様と一緒がいい♪」

「お姉様、大好き♪」

 

 ヒシッと抱き合う三姉妹の姿があった。

 

 森妖精(エルフ)達はこちらから聞くまでもなく、モモンに付いていく気満々であった。

 

 

 

 

 

 

 船を漕ぎ始めた双子を隣の部屋のベッドに運んだアルシェが戻ってくる。

 “フォーサイト”の今後の話を黙って聞いていたモモンが「君達“フォーサイト”に一つ提案がある」と指を一本を立てる。

 

「私が懇意にしている村がエ・ランテルの北側にある、そこに移住してみないか?名はカルネ村と言って、最近とある事件で村人が減ってしまって移住者を募集中だ。私の名を村長に言えば迎え入れてくれるだろう」

「えっ、でも、いいんですか?」

 

 カルネ村を襲った帝国騎士はスレイン法国の偽装だったというのはエンリに伝え、村人にも知れ渡っている。彼らが帝国の人間でも問題は起こらない。

 

「ただ、その村は少々特殊でしてね、まず…………いや、先入観を与えるのは良くないかもしれないな。君達が直接見て移住するか判断して欲しい。注意点として何を見たとしても敵対行動を取らない事。それだけ守ってくれれば私から言うことはない」

 

 ゴブリンやオーガなどの亜人が村に居たら敵だと思って攻撃しかねない。あの村の現状を見れば人と亜人も共存可能なのが理解出来るはずだ。

 農奴として働いているアンデッドも支配化に置いていれば危険はない。

 それでどうするかは彼らの判断に任せればいい。

 

 トントン、ドアをノックする音が鳴る。

 ヘッケランが対応して部屋に入って来たのは墓地で会った長い金髪の帝国騎士だった。

 

「失礼しますわ」

 

 礼儀正しく一礼する。

 

「墓地では名乗りも挙げず申し訳ありませんでした。私は帝国四騎士の一人、レイナース・ロックブルズですわ」

 

 名乗りを挙げ全員に目を向ける。モモンに対してなにか強い眼差しをしていたような気がしたが、気のせいだろうか。

 

 帝国四騎士の紅一点『重爆』と言えば帝国で知らぬ者はほぼ居ないほどの有名人。

 ロバーデイクが最初に見つけた帝国騎士が彼女だったのはただの偶然であった。

 

「邪教教団を名乗る者達は帝城へ連行しましたわ。身元の調査と尋問はまだ完全には終わっておりませんが、皇帝陛下より貴方方に対して罪には問わないとのことです」

 

 金で売られたアルシェの妹達を取り返したのが誘拐の類と判断されるかもしれないと懸念していたのを知っていたのだろう。こちらの不安要素を最初に解消してくれる。

 “フォーサイト”の四人も安堵していた。

 

「邪教教団の存在は兼ねてより陛下も気にしておられましたが、実態を掴ませず全く調査が進んでいなかったのですわ。それを捕らえていただいた皆様には、陛下より褒章が渡されますわ。明日、モモン様と“フォーサイト”の方は帝城までお越し下さい」

「褒章!?」

「ホントに!?」

 

 国のトップより直々に褒章を与えられるのに喜びと驚きの混じったヘッケランとイミーナ。

 ロバーデイクとアルシェも同じような様子だ。

 

(それって直接皇帝と会わないといけないんじゃないのか、イヤ過ぎる)

 

 モモンは憂鬱な気分になって俯く。

 

(いや、今は冒険者なんだしそこまで畏まらなくてもいいのか。国には縛られないのだし)

 

 この話を無視して帰る訳にもいかず、仕方ないと覚悟を決める。

   

「邪教教団の処理については帝国が行いますので皆様に迷惑をかけるような事はありませんわ。…………簡単にですが、以上が帝国からの報告になりますわ」

「分かりました」

「…………」

 

 話は終わったはずなのに一向に帰る様子を見せないレイナース。

 それどころかモモンの傍まで近づいて来る。

 

「?」

「ここからは私事なのですが、モモン殿にお聞きしたい事があるのですが?」

「ん、なんでしょうか?」

「モモン殿は魔法詠唱者(マジック・キャスター)の方を相方にしており、回復などの手段はアイテムで代用されているとか?他にも様々なマジックアイテムを持っていると聞き及びましたが、それは事実なのですか?」

「まあ、その通りですが」

 

 半分は嘘だ。冒険者として行動している時に回復する必要があった事はない。どんな病も治す薬草を採りに行った時のように手間がかかる時はナザリックから応援を呼んでいた事もある。

 対外的にマジックアイテムで代用していると公言しているに過ぎない。

 

 モモンの返答を受け、表情に真剣さが増す。  

 

「モモン殿は呪いを解くアイテムを持っておられませんか?」

「解呪?何故そんなことを?」

「…………あまり人に見せるのは憚られるのですが…………見せない訳にはいきませんわね」

 

 レイナースが自分の顔の右半分を隠すように垂らしていた髪を少しずらす。

 

「「!」」

「あっ」

 

 声を出したのは“フォーサイト”か森妖精(エルフ)か。

 レイナースが晒した右半分は黄色の膿を分泌する物と化していた。髪で覆い隠すと非常に美しい顔立ちをしているのも相まって醜悪さが余計に際立つ。

 

 モモンはレイナースの了承を得て膿の部分に手を触れ魔法無詠唱化(サイレントマジック)された<鑑定>魔法を掛けてみる。

 

「それが解呪を求める理由ですか。失礼ですが呪いを受けた経緯を聞かせてもらっても?」

「…………はい」

 

 レイナースは過去を語る。 

 元々は貴族令嬢だった。女ながら自ら武器を取り、家の所領に出現するモンスターの掃討に誇りを持っていた。ある時、モンスターから死に際の呪いを受け、自身の顔を醜い物に変貌させられてしまった。

 腕っ節に目を付けた現皇帝に雇用され、その権限で治療法を探してもらってはいるが、成果はなにもない。

 呪いを解くのが自分の悲願。そのためならどんなことでもすると。

 

(死に際の呪いか、だからやたらと強力なんだな。ユグドラシルには無い呪いだしこれはペストーニャでも無理かもしれない)

 

 <鑑定>の結果とレイナースの証言から高位の解呪でも不可能だと推測する。

 そもそもユグドラシルでの呪いとは相手を弱体化させるのが殆どで、彼女のように唯の嫌がらせのような効果を発揮するものは存在しない。

 アバターの見た目が変わっても戦闘に影響しないのであれば意味がない。

 だが、現実世界でこんな呪いを受けてしまったらどうだろうか。

 自分がリアルで顔半分が膿を出すように変容したら、仕事にも行けずずっと家に引きこもっていたかもしれない。当然、収入が無くなり飢え死にするのは目に見えている。会社に行っても忌諱の目に晒され、とても耐えられるとも思えない。

 元が綺麗な女性なら自分が想像する以上だろう。

 

「モモン殿、どうかお願いします」

 

 鬼気迫る。そう言えるほどの悲壮感を漂わせて懇願してくる。左目にはうっすら涙が滲んでいた。

 

「レイナースさん、貴方の呪いは高位の魔法でも解呪は無理でしょう」

「そんな!?」

 

 レイナースが絶望に染まりかける。

 

「話はまだ終わってませんよ。解呪の魔法では不可能であっても方法が無い訳ではありません。貴方がその方法で、目にする全てを口外しないと誓えるのであれば…………」

「誓います!命に代えても」

 

 凄まじい勢いでモモンへと迫るレイナース。

 

 その剣幕に少し身を引かせたモモンが「では準備が必要ですので暫し待っていて下さい」と双子が寝ているのとは別の部屋へと入っていく。

 

 モモンが部屋に入ってからレイナースは期待と不安からソワソワと落ち着き無く待っている。

 森妖精(エルフ)がモモンに仕える者として、主人のお客をもてなすようお茶を全員に用意したりして接待している。

 “フォーサイト”の四人も女性の顔というデリケートな問題から口をつぐんでいた。 

 

 

 

「準備が整いました。こちらへ」

 

 十分ほど経過して、ドアを開けたモモンがレイナースだけを部屋に入れる。

 口外禁止とするあたり、他の者には秘密なのだろう。

 気にはなるが、あの英雄が秘密にしたいと言っているのだ、ならば詮索するのは無礼にあたると“フォーサイト”も森妖精(エルフ)達もただ待つのみだった。

 

 レイナースを部屋に迎え入れたモモンはさっそく始めようとする。

 

「今から貴方にある魔法を掛けます。先の約束は守ってもらえますね?」

「はい、勿論ですわ」

「結構」

 

 モモンが両手に付けている装備が先ほどまでと違う。

 右手は天使の手をイメージしたようななめらかな作りで白銀に輝き、左手には悪魔をイメージしたような棘や鉤爪が生え、固まった溶岩のような亀裂から赤い光が漏れている漆黒の篭手であった。

 

 元貴族令嬢、現帝国四騎士として高価な品を幾つも目にしてきたレイナース。彼女をして魂をも魅了されるような見事なものであり、内包した力は桁が違うと直感してしまうほどだ。

 

 ワールドアイテム、<強欲と無欲>。

 装備者が手に入れるはずの経験値を強欲が吸収・ストックし必要に応じて無欲がストックした経験値を消費して様々なことに使用することが可能になるナザリックの至宝。

 

 <伝言>(メッセージ)でマーレに彼が所持していたコレを持って来てもらったのだ。

 

「では始めよう、解放。超位魔法《ウィッシュ・アポン・ア・スター/星に願いを》」

 

 何か、目に見えざる力の波動が駆け抜ける。

 超位魔法《ウィッシュ・アポン・ア・スター/星に願いを》は普通の超位魔法のように発動に時間の掛かる物ではないために、課金アイテムを使用する必要はなく、効果はすぐに現れた。

 

 レイナースは何か暖かいものに包まれたような感覚を味わい、髪で隠れた顔に手を当てる。

 

「え!?ほ、本当に」

 

 手にべちゃりとした膿は付いていない、すべすべした肌の感触があった。

 小さな手鏡で確認する。

 恐る恐る隠すための髪をかき上げる。

 

 鏡に写っているのは。 

 

「…………あ、ああ」

 

 

 

 

 

 

 モモンが“フォーサイト”の居る部屋へと戻ってくる。

 

「モモンさん、どうなりましたか?」

「解呪は成功しました。今は、そっとしておきましょう」

 

 解呪出来たであろう彼女に「どうですか?」と訊ねても、鏡を見つめて身を震わせ、声が届いていない様子だった。

 仕方なく彼女を置いて戻ってきたのだ。

 

 モモンが<強欲と無欲>と超位魔法《ウィッシュ・アポン・ア・スター/星に願いを》を使ってまで呪いを解いたのは何も彼女を不憫に思っただけではなく、変異した魔法の仕様を確かめる意味もあった。

 

 超位魔法《ウィッシュ・アポン・ア・スター/星に願いを》を使用した時に感じた巨大な力の塊。何でも叶えられそうな全能感は<流れ星の指輪/シューティングスター>を使った時と同じ感覚だった。

 消費した経験値も、せいぜい呪いを掛けたモンスター分ぐらいだろう。恐らくは願いの規模により消費される経験値が変わるのだろう。世界を巻き込むような大規模な願いだとどれだけ必要なのか、下手すれば百レベル分を超えて自分が消滅する可能性すらある。

 

(そう考えると怖すぎるな)

 

 その不安をかなりの部分、解消させてくれる<強欲と無欲>の存在は有り難かった。ユグドラシルの頃から溜めていた経験値もまだ十分に残っている。 

  

 

 それほど時間を置かずにレイナースがドアを開けて部屋に入ってくる。

 その目は泣き腫らしたのか赤くなっていた。

 

「先ほどは失礼致しましたわ。あまりの嬉しさに少し呆けてしまいました」

「無事解呪出来たようで良かったです」

「感謝の言葉もありませんわ。…………つきましては」

 

 モモンに向けて片膝を付く。

 その様は自らの主君に対して臣下の礼をとっているようだった。

 

「貴方様を主人(マイマスター)として付き従うことを誓いますわ」

「…………え!?」

 

 

 

 




超位魔法《ウィッシュ・アポン・ア・スター/星に願いを》…………魔法詠唱者として95レベルに達しないと習得できない超便利な魔法。
ユグドラシルではどんな願いの選択肢が出るのか気になりますね。私見ですがそれほど有用なのは無かったんじゃないかな。出るとしてもかなりの低確率だと…………クソ運営だしね。
超位魔法はNPCや召喚モンスターには使用出来ず知識として知っている。   
 
レイナースの呪いですが、どこかで「かなり強力な呪い」と書かれていたのを見た覚えがあり、通常の解呪魔法では不可能としました。 



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20話 謁見

誤字報告ありがとう御座います。
ようやく誤字脱字が減ってきました。100話も書けば無くなるのかなぁ(遠い目)。



 翌日。

 太陽が昇り、朝の日差しが眩しい爽やかな『歌う林檎亭』の一室。

 

「はぁ…………」

 

 モモンの溜息が零れる。

 

 昨夜のレイナースの言葉。

 モモンに対して「主人として付き従うことを誓う」と言い放った帝国騎士。

 

 彼女の事を詳しく聞くと。

 

 “重爆”と呼ばれる帝国四騎士の一人。

 雇用主であるバハルス帝国皇帝ジルクニフとは「(陛下よりも)自分の身を優先する」という契約を交わして四騎士に加わっており、四騎士として手腕を振るう代わりに呪いを解く方法を探してもらっていた。

 余談だが、自身の顔を醜い物に変貌させられてからは、世間体を気にした実家から追放され婚約者との婚約も破棄されてしまったが、ジルクニフの支援で自らを追放した実家や見捨てた婚約者への復讐を済ませている。

 

 皇帝への恩義もこれまでの働きで十分返せている。

 呪いが解けた今、自分を縛るものは何もない。

 これからどうしたいのか自らの心に問いかけてみた。出た答えがなんの見返りも求めずに救ってくれたモモンの傍に居たいという思いだった。

 

 そんな彼女の事を聞いたモモンが出した答えは「今は却下」だった。

 

 常識的に考えて、重役に就いている彼女がいきなり抜ければ雇用主は非常に困るだろう。

 リアルの会社でも退社する時などは後継に就く者への引継ぎは大事だ。

 社会人であった鈴木悟として、彼女が円満に今の職を抜けれる体制が出来るまでは帝国に居るようにと諌めたのだった。

 

 非常に、非常に残念そうに「…………畏まりましたわ」と言っていたが、出来るだけ早く主人の下に行けるようにと意気込んで部屋を後にした。

 

 それは良いのだ。

 

 モモンが溜息を吐いたのはまた別にあった。

 

「だ、か、らぁ!私は彼女達(エルフ)の服を買いに行かなきゃなんないから無理だって言ってんでしょ」

「ずりぃぞイミーナ!いくらモモンさんに頼まれたからって」

 

 ヘッケランが騒いでいるのは本日帝城に招かれている件だった。

 イミーナにはモモンからの頼みで森妖精(エルフ)達のみすぼらしい格好をどうにかするために森祭司(ドルイド)森妖精(エルフ)を一人連れて街への買い物を頼んであった。

 費用はモモンが森妖精(エルフ)に渡していた金貨から出す事になっている。

 彼女達の服を選ぶ場合、同じ女性で半森妖精(ハーフエルフ)であるイミーナが付き添うのが一番良いと考えたからだ。イミーナも森妖精(エルフ)達を気にかけており、二つ返事で了承してくれた。

 

 アルシェは幼い双子の面倒を見なければならないから当然留守番だ。

 心配はないと思うが用心にと二人の森妖精(エルフ)に護衛を頼んである。

 主人からの命に気合が入りまくっているようだ。

 

「仕方ありませんよヘッケラン。腹をくくって皇帝に会いに行きましょう。私も同行しますから」

「ロバーが来るのは当然だ。って言うかリーダー命令で絶対同行させるわ」

 

 帝城に招かれたのはモモンと“フォーサイト”。

 アルシェにはしっかりとした理由があり同行出来ない。イミーナは巻き込んでやろうと思っていたヘッケランだったが、キッパリと拒否されてしまった。

 モモンが意図した訳ではなかったが、恩人の頼まれ事を盾にされては強くは言えない。チームリーダーとして拒否出来ないヘッケランは憂鬱だった。

 

(俺も国のトップと会うなんて気が引けるなぁ)

 

 ヘッケランにあてられたのか、モモンも憂鬱な気分になってきた。

 

「モモン様どうしたの?おなか痛いの?」

「元気だしてモモン様」

 

 アルシェに甘えてくっ付いていた双子がモモンを心配するように近づき、上目遣いで見てくる。

 

「…………なんでもないさ。心配してくれてありがとう」

 

 二人の柔らかい髪を優しく撫でる。

 

「よかった~」

「えへへ~」

 

 気持ち良さそうにしながら無邪気な笑顔を見せる。

 

(子供に癒されるとはこういうことを言うのかな?)

 

 なんとなく元気が出た気がする。

 

(こっちは国に縛られない冒険者なんだし、相手を不快にさせない程度の対応でなんとかなるか。作法に関しても詳しく知らないが、アダマンタイト級冒険者として堂々としていればいい。ぐらいの気持ちでいた方が気も楽だしな) 

 

 

 

 

 

 

 帝城にある豪華絢爛な部屋。

 

 長椅子に座して書類を読んでいる皇帝の後ろに控えているレイナースは鼻歌でも歌いそうなほどご機嫌な気分だった。

 

 昨夜、帝都一等地にある自分の家へと帰ってからも鏡を何度も見ていた。

 趣味であった、呪いが解けたら何をするかという空想と復讐を書いていた日記に、漆黒の英雄への感謝の気持ちと、どんな事をすればあの人は喜んでくれるだろうか、などなど一人の男の事ばかり思い書き連ねていた。

 

 相方の魔法詠唱者(マジック・キャスター)は“美姫”とも呼ばれ、その美貌は王国の“黄金”に匹敵するほどだと聞くが、自分の容姿にはそれなりに自信がある。呪いが解けた今、女として磨きをかけていけば良いのだから。

 

 現在、この部屋ではモモンと“フォーサイト”を待っている状態だ。

 皇帝は書類に目を通しており、その後ろに自分を含めた四騎士と秘書官が控えている。

 そして、帝国最強の魔法詠唱者(マジック・キャスター)、フールーダ・パラダインもいる。

 

 未だ嬉しさが冷めず、顔の右半分を隠すように垂らしている金の髪の下をついつい触れたくなってくる。

 

「なんだ“重爆”?今日はやけにご機嫌に見えるぜ」

 

(おっと、顔に出ていたのか)

 

 隣で直立不動で立つ“雷光”が不意に話しかけてきた。

 

「そう?今日は天気が良いからじゃないかしら」

「そうかい。ま、気のせいなら別にいいんだけどよ」

 

 呪いが解けたのを誰が最初に気付くか、遊び感覚で試しているのだ。

 四騎士を抜ける時にはどういった経緯があったのか話さなければならないが、帝国を出る段取りが出来てからでも遅くはない。突然「今日限りでおさらばですわ」と言ったとしても皇帝に止めることは出来ない。そういう契約なのだから。

 

 気付く可能性が高いのは非常に優秀な皇帝か、“雷光”、バジウッド・ペシュメル辺りだろうか。

 

 “雷光”は元は帝国の平民、それも裏路地の出身だったが騎士を目指し、やがて頭角を表し、ジルクニフの目に留まり帝国四騎士に加入し、現在は誰よりもジルクニフに忠誠を誓っている。

 皇帝相手にも砕けた口調を使っているが特に咎められたりはしない。

 娼婦上がりの妻と四人の愛人の計五人と同じ屋根の下で暮らしているからか意外に女性に対して気配りが出来る。

 呪われていた自分に対しても他の者と変わらない態度で接してくれるあたり、まあ嫌いではない。

 

 “激風”、ニンブル・アーク・デイル・アノックは騎士とはかくあるべしという典型的な様相をしている。元々貴族だったのもあり女性の顔というデリケートな部分には触れないようにしていたので気付く可能性は低そうに思える。

 

 “不動”、ナザミ・エネック。彼は寡黙で余計なことはほとんど喋らない。論外だろう。

 

 主席宮廷魔術師は…………基本魔法にしか興味がないからこれも論外。

 

 長い髭を摩っている老人を横目で見る。

 

(あの時の魔法陣。見たこともない魔法でしたわね?パラダイン様ならなにか知っている可能性もあるのでしょうが…………)

 

 そんなことをちらりと考えるが、誰かに聞くという行為はありえない。

 昨夜、あの人と約束したのだ。決して他言しないと。

 超一級の戦士が魔法を使用したのだ、それも超級のを。

 それに関して疑問には思うが詮無きこと。

 あの人の正体がなんであろうと傍に居たいと自分の心が言っているのだから。

 

 

 

 やがて騎士に案内されて待ち人がやってきた。

 

「良く来てくれた。私がジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ。まずは座って気を楽にしてくれ」

 

 皇帝が自分の向かいに用意された長椅子に勧めるままに、三人が腰を落ち着かせる。

 

「初めまして、私は冒険者のモモンと言います」

「お、お初にお目にかかります。“フォーサイト”のリーダーをしております、ヘッケラン・ターマイトです」

「同じく“フォーサイト”のロバーデイク・ゴルトロンです」

  

 国のトップである皇帝相手にも威風堂々とした態度で接するモモン。

 その振る舞いはアダマンタイト級冒険者に相応しく、礼儀正しさもあった。

 ヘッケランとロバーデイクの二人はもっと緊張するかと思っていたが、傍に頼りがいのある英雄がいるからか、さほど緊張した様子は見られなかった。

 

 このジルクニフという男は能力があれば生まれや性別などは気にしない能力主義者だ。

 彼らの対応は皇帝相手に全く問題はなかった。

 

 初めの挨拶もそこそこに本題に入る。

 

「君達が捕縛してくれた怪しげな邪神集団だが、あれらには以前から存在は知っていたがなかなか足取りが掴めず困っていたのだ。奴らは帝国が責任を持って処罰する。二度と帝国であのような連中が現れないようにすると私が約束しよう」

 

 処罰と言っているが、全員処刑する訳ではない。

 邪神集団には公爵を始め、帝国上層貴族が幾人も信者として参加していた。驚くことに魔法学院の学院長もおり、全て処刑してしまうと内政面に問題が起きてしまう。経済などを円滑に回すために、今回の件で脅しをかけ、皇帝の意のままに操れる傀儡にしてしまうつもりなのだ。

 学院長の地位には代わりの者を用意する案もあったりする。

 

 これらの事をわざわざ彼らに話す必要はないと、皇帝は割愛して説明していた。

 

「そこで君たちを呼んだのは褒賞を与えようと思ったからでね。ロウネ」

「はい」

 

 ロウネと呼ばれた秘書官が盆に載せた金貨袋を持って来る。それをリーダーのヘッケランの前の長テーブルにそっと置く。

 

「金貨千枚入っている。君たち“フォーサイト”がモモン殿のサポートをしていたのを加味して私が決めたが、問題はあるかね?」

「…………も、問題どころか、逆に貰い過ぎな気が…………実際ほとんどモモンさんのおかげでしたし」

「そのあたりを気に病むことはない。君たちのことを評価しての額だからな。遠慮は無用だ」

 

 どうしようかとヘッケランがロバーデイクと目を合わせる。そして二人でモモンの方を見ると漆黒の兜が縦に振られる。

 

「分かりました。有り難く頂戴します」

 

 鮮血帝と恐れられる者から大金を受け取るのを躊躇するのは、ある意味当然と言える。

 しかし、先ほどの些細なやり取り。モモンが後押しする形を取った事で皇帝が“フォーサイト”に下手なちょっかいを出す事はほぼ無くなる。

 仮に皇帝が“フォーサイト”を始末しようとした場合、漆黒の英雄の顔に泥を塗る行為に等しいからだ。皇帝の性格からそんなことをする筈がない。

 

(そんな心配は無用ですわね)

 

 “フォーサイト”への褒賞とした金貨千枚は皇帝にとって正に『適正』なのだ。

 理由はただ一つ。

 

 漆黒の英雄と直接会う機会をくれたからだ。

 レイナースは今回の対話の事前情報。皇帝の思惑を詳しく聞いてはいなかったが、皇帝がこの後どうする気か手に取るように分かっていた。

 

 

 褒賞を渡された“フォーサイト”の二人が退室させられる。彼らへの用事は済んだと。

 残ったのはモモンのみ。

 

「さて、モモン殿への褒賞なのだが…………帝国に仕える気はないか?無論貴殿に見合った地位を約束しよう」

 

(やはり来ましたわね)

 

 レイナースの予想通りの展開だった。

 皇帝は王国との戦争中にも関わらず、敵である戦士長、ガゼフ・ストロノーフを直接勧誘しに行くほど力ある者を集めている。 

 噂に名高い強者が目の前に居るのだ。勧誘しない訳がなかった。

 

 レイナースにとってもモモンが帝国に仕えてくれるのは望むところ。むしろ大歓迎であった。

 彼ほどの者に見合う地位となれば、当然四騎士の上に新たな役職を設けることになるだろう。

 上司の傍に部下が居ても何も問題ない。

 公私で常に共に居られる未来を夢想してキラキラした期待の眼差しで彼を見つめる。

 

 

 が────

 

(なんとなく分かってはいましたわ)

 

 モモンは皇帝の申し出を丁重に断る。

 

 皇帝の提案に乗れば金も女も何不自由することなく暮らせるというのに。

 

(女なら私がいますわ。他に妾が何人居ようと…………私が妾の一人でも全く問題ないぐらいなのに)

 

 女の勘的なものでなんとなく、彼は帝国には来ないであろうとは思っていた。

 素晴らしい未来が目の前にあったのが無残に散ってしまい、心の底からションボリしてしまいそうになるが、レイナースはこれしきのことではへこたれない。

 理想の未来がちょっとだけ離れただけなのだから。

 

(立つ鳥後を濁さず。ですわね)

 

 引継ぎに必要な事柄を効率的に進める方法を頭の中で巡らしていく。

 

 思案しているレイナースを他所に、モモンと皇帝の話は続いていた。

 

「褒賞ということであれば、代わりに皇帝陛下に一つお願いがあるのですが」

「ん?貴殿ほどの者が願うものか…………私で叶えられる事ならば構わないが」

「ありがとう御座います。むしろ陛下にしか叶えられないでしょうから」

 

 モモンが望む褒賞を語っていく。

 それは決して大それたものではなく、英雄にとってはささやかな願いにも思われた。

 

 

  

 

 

 

「あれが噂の漆黒の英雄か。…………バジウッドから見てどうだった?奴に勝てそうか?」

「冗談はよして下さいよ陛下。多分四騎士全員でかかっても勝てませんぜ」

 

 モモンが退室した後、皇帝は彼に対する評価を確認していた。

 

 バジウッドの言う通り、モモン相手に四騎士では太刀打ち出来ないだろう。

 足運びや、話している間もほとんど隙が無く、強者特有のオーラのようなものを感じるほどだ。

 モモンの秘密の一端を垣間見たレイナースは、主席宮廷魔術師でも敵わないだろうと思っていた。

 

 当の本人は、相手が戦士であったために然程興味を抱いてはいなかったが。彼の興味はむしろ相方の魔法詠唱者(マジック・キャスター)にあるだろう。

 

(あの時の魔法陣が本当に魔法であったのなら生まれながらの異能(タレント)で見えていたはずですわね。それでもあの様子からして、何らかの方法で隠蔽していたのかしら?)

 

 レイナースは変に怪しまれないよう、普段と変わらない態度で皇帝からの問いに無難に答えていく。

 

「帝国に迎えることは叶わなかったが、繋がりが出来ただけ収穫はあったと考えるべきだな」

 

 モモンが帝国にもたらしてくれた邪神教団捕縛という功績は褒賞という形で相殺された。

 彼と皇帝の間で貸し借りは無く対等と言える。

 しかし、顔を繋いだことで今後依頼という形で接点を持ち易くなる。

 帝国は安定してきているが、まだまだ不安要素は多い。

 冒険者は国に関わらないのが鉄則。しかも王国所属という障害があるが、優秀な皇帝ならば抜け道を突くぐらい簡単だろう。

 

 

 

 

 

 

 モモンは帝城を後にし、ヘッケランとロバーデイクと共に『歌う林檎亭』へと戻っていた。

 

「お帰り。鮮血帝との謁見お疲れ様。私も今帰って来たところよ」

 

 イミーナがヘッケランだけを見て「無礼なことしなかったでしょうね?」と詰め寄る。

 

「ふっ、愚か者め。これを見るがいい!」

 

 不敵な笑いをし、勝ち誇った顔で取り出したのは金貨千枚入った金貨袋。それを半森妖精(ハーフエルフ)に突きつける。

 

 ここ数日だけで稼いだ額に喜びを露にするヘッケラン、ロバーデイク、イミーナの三人。

 

「お帰りなさいませ」

「あ、ああ。ただいま」

 

 モモンに対して丁寧な出迎えをする森妖精(エルフ)達。買い物は済ませたようで過度な装飾はないが、綺麗な衣服を纏い、街娘といった装いだった。 

   

「あ~!モモン様~、おかえりなさい」         

「おかえりなさ~い」

 

 隣の部屋からクーデリカとウレイリカがモモンに向かってトテトテと走り出す。そのままモモンの足にしがみ付く。

 遅れて現れたアルシェも笑顔で迎えてくれる。

 

 

 

 ソファーに座り談笑しているモモン達。

 次第に真面目な話へと変わって行く、主に“フォーサイト”と森妖精(エルフ)の今後の身の振り方だった。

 

 “フォーサイト”はカルネ村に行ってみるつもりのようだ。旅に必要な物資と生活用品を買い、準備が出来次第帝都を発つと。

 森妖精(エルフ)達はそれに付いて行くようにモモンが薦めると大人しく従ってくれた。本人の希望はあるだろうが、主人の命に逆らう気はもはや無いようだ。

 

「それでは皆さんとはここでお別れですね。私は急ぎの用があるのでもう出発するつもりです」

 

 モモンは硬い膝の上で眠っている双子────やたらと懐かれてしまった────を起こさないよう優しくアルシェに預けて立ち上がる。

 

「えっ、もう行っちゃうんですか?」

「そのうちまた会うこともあるさ。それまで皆元気でな」

 

 寂しそうに呟いたアルシェだが、彼らがカルネ村に住めば会うことは当然あるだろう。エ・ランテルで暮らすとしても同じだ。

 アルシェもそれは理解している。それでも寂しさは晴れないように「またお会いしましょう」と別れを告げる。

 ヘッケラン達は「お世話になりました」と感謝を告げる。

 

 

 

「そういやモモンさんが貰った褒賞って幾らだったんだろうな?」

「さあね~、私らが一生かかっても稼げない額じゃないかしら?」

「皇帝の性格を考えれば帝国に勧誘したのかもしれませんね。モモンさんの様子からして断られたんでしょうが。さっ、買い物して新たな地へ旅立とうではありませんか」

 

 アルシェの膝を枕に、存分に甘える双子。それを慈しむように撫でる姉妹の姿に微笑ましさを感じつつ、森妖精(エルフ)の分も必要な物の買出しに向かうヘッケランとロバーデイク。

 

 彼等は長く暮らした帝国を離れる。 

 

 




フォーサイトとエルフはカルネ村へ。
レイナースはまだ暫く帝国に残ることになりました。引継ぎは本当に大事ですからね。

モモンは当然隠蔽のマジックアイテムを装備してます。
ペロペロ爺ちゃん残念でした。またの機会に。


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21話 真犯人

明けましておめでとう御座います。
本年もよろしくお願いします。



「…………ん、んん」

 

 クレマンティーヌは眠りから覚める。

 

「はれ?ここは?…………」

 

 未だボンヤリした意識で周りを見渡すと、そこは法国の神殿よりも遥かに豪華で厳かな空間だった。

 

 数百人が入ってもなお余るような広さ。見上げるような高さにある天井。

 天井から吊り下げられた複数の豪華なシャンデリアは煌く宝石で出来ており、七色の幻想的な輝きを放っていた。

 壁にはそれぞれ違った見たことも無い文様を描いた大きな旗が、天井から床まで幾つも垂れ下がっている。

 

 金と銀をふんだんに使った部屋の最奥には十数段の低い階段があり、その頂には巨大な水晶から切り出されたような、背もたれが天を衝くように高い玉座が────

 

「あ…………あ、あ」

 

 玉座にはクレマンティーヌがこの世で最も会いたくないと思っていた。くそったれな兄貴よりも会いたくなかった存在。正真正銘、本物の化け物。

 

 漆黒の鎧を着たモモン(アンデッド)が鎮座していた。

 

 即座に逃げ出したかったが、体が思うように動かない。本能が逃げても無駄だと告げているようだった。

 

「ふむ、もっと取り乱すかと思っていたが、これなら話ぐらいは出来そうだな」

「はい。私の<支配の呪言>も必要ないかと」

 

 見れば玉座より下の階段前に別の男が居た、黒髪をオールバックにしており、南方で使用されていると聞くストライプが入った赤色の「すーつ」を着用し丸い眼鏡をかけている。

 人型をしているが銀のプレートで包んだ尻尾が揺れている。先端に棘が生えていることから人間ではなく、悪魔だというのが分かった。

 

 その悪魔の対の位置に立っている女も瞳は金色で瞳孔は縦に割れ、頭から突き出した山羊のような角、腰から漆黒の天使の翼が生えているから同じく悪魔だろう。

 

(な、なんでこんな化け物が普通に存在してんのよ!?)

 

 一目見ただけで理解した。あの魔法詠唱者(モモン)含め、この悪魔はどちらも自分の手に負える存在ではないのを。

 それこそ漆黒聖典の隊長でも敵わないと感じていた。

 

 あまりにもおかしい。この世には自分の理解を遥かに超えた化け物が闊歩していたのか。

 今まで積み上げてきた全てが音を立てて崩れていく。

 

 全身の震えが止まり、諦めか、悟りを開いたのか、大人しくなったクレマンティーヌに玉座に座るモモン(アンデッド)が声をかける。

 

「確か、名はクレマンティーヌだったな?お前には色々と聞きたいことがある」

「えっ!?」

 

 恐ろしい正体を知っているクレマンティーヌは、思いのほか優しげな声色に戸惑う。

 

 御方からの問いに、即座に応えないのに殺気を放ち始めたアルベドを手で制し、絶対者は続ける。

 

「私に協力するのであれば身の安全は保障しよう。ここナザリックから外に出る許可はやれんが、それも働き次第といったところだな」

 

 エ・ランテルで彼女が起こしたことは彼女自身の死によって清算されたとアインズは思っていた。

 近接戦の重要性を教えてくれたのもあり、もうこの女に対する怒りは無くなっていた。

 

「…………ア…………」

「ん?」

「アンデッドがなんでそんな?」

「ああ、そういうことか」

 

 生者を憎むアンデッドが何故と言いたいのだろう。

 

 クレマンティーヌが恐る恐る窺うように見上げる。

 漆黒の鎧を着たモモンが玉座から立ち上がり、一瞬でその姿が変わる。

 

「えっ!?あれ!?なんで!?」

 

 現れたのは以前に見た骸骨ではなく、この辺りでは珍しい黒髪の青年だった。

 

「詳しく話す気は無いが、あの時のアンデッドも私だ。これが本来の姿と言うわけだ。ここナザリック地下大墳墓の支配者、アインズ・ウール・ゴウンを名乗っている」

「は、はあ」

 

 良く分からず気の抜けた声を出してしまい、女悪魔からの殺気にビクリと反応してしまう。

 

 つまりは邪悪な魔法使いが死んだ後、その死体に負の生命が宿って生まれた死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が、常人を凌ぐほどの英知を蓄え続け、人間に戻る術を得たのだろうか?

 クレマンティーヌは頭の中で探るが今度はあの時のように答え合わせはしてくれないようだった。

 

 だが、クレマンティーヌには化け物級の強さを持つ存在に心当たりが一つだけあった。

 六大神の血を引くとされる先祖返りのアンチクショウ。

 六大神や八欲王の別称とされる。

 

「ま、まさか、ぷれいやー?」

 

 ズシン、と明確に敵意の強まった視線が二人の悪魔から放たれる。

 

「ひっ!」

 

 少し、いやかなり漏らしてしまい、ズリズリと尻餅を突いた状態で後ずさる。無駄と知りつつ逃げ出したくなる圧力から解放してくれたのは、悪魔の主人であった。

 

「アルベド、デミウルゴス、二人共止めよ。…………さて、クレマンティーヌよ。私の質問に答えてくれるかね?」

 

 逆らったところで未来は無い。

 安全を約束すると言ってくれているのを信じて従うしか生きる道はなかった。

 

 

 

 

 

 

「思っていた以上の情報を得られたな」

 

 アインズの呟きに、傍に控えた知恵者二人はクレマンティーヌを捕らえたアインズを「さすがはアインズ様」と絶賛する。態々一人で帝国まで赴いたのはこういう狙いだったのかと。

 

 勿論、当の本人にとってはたまたま会っただけの偶然である。本来の目的も、今後のためと優れた皇帝の手腕で発展中の帝国を見ておきたかっただけだった。

 

 やたらと大人しくなったクレマンティーヌは手荒な手段をとるまでもなく、自らの持つ情報を洗いざらい話してくれた。今は戦闘メイドのソリュシャンとエントマに連れられ第六階層へと向かっている。

 

 元ズーラーノーン十二高弟の一人。元漆黒聖典の第九席次。人類で最強クラスの人間。

 

 残念ながらズーラーノーンの情報はあまり得られなかった。

 盟主と呼ばれる者がトップに君臨し、その下の十二高弟達は基本的に横の繋がりがなく、それぞれが独自に活動しているからだった。

 カジっちゃんなる高弟と共に行動していたのは、法国からの追っ手を撒くためにお互い利用し合っていたからのようだ。

 分かったのは精々盟主がアインズには敵わない(クレマンティーヌ視点で)ぐらいの強さを持っているというのと、クレマンティーヌを倒せる程の強さを持つのが、十二高弟の中に三人居ることぐらいだ。

 

 アインズにとってズーラーノーンはこの際どうでも良い。重要なのは────

 

「シャルティアを洗脳したのはやはり法国だったか」

 

 六百年前、突如現れた六大神が絶滅の危機にあった人類を救い建国されたスレイン法国。

 遺産としてユグドラシルのマジックアイテムが幾つも残っている。その中でも秘宝と呼ばれる『ケイ・セケ・コゥク』。精神支配無効の者にも耐性を突破して精神支配を与える強力な効果を持つアイテム。

 

(間違いなくワールドアイテムだな。確か傾城傾国(けいせいけいこく)って名前だったはずだが、訛って伝わったのか?)

 

 ユグドラシル時代では有用な情報はなかなか流れない。掲示板に乗ったりするのも信憑性のないものばかりで自分達で数多の情報を集めて精査する必要があった。

 ワールドアイテムの情報ともなると更に少なかったが、その中でも傾城傾国は性能と見た目だけだが、数少ない確かな情報があった。

 

 白銀の生地に天に昇る龍が金糸で刺繍されたチャイナ服だったのを思い出し、クレマンティーヌの証言から確信となる。

 

「アインズ様。御命令とあらば、すぐに軍勢を集めスレイン法国へと攻め込む準備を致しますが?」

 

 デミウルゴスが静かな声で問いかける。いつもの落ち着いた佇まいだが、仲間思いなデミウルゴスからは確かな怒りが混じっていた。

 アルベドも同様のようで法国に対して怒りを抱いている。普段はシャルティアと喧嘩ばかりしているが、やはりナザリックの者同士、本当のところでは思い合っているのだろう。

 

「…………お前達の気持ちは良く分かる。だが、今は戦争をしている時ではない。まずは地盤を固めるのが先だ。情報を共有して今まで以上に警戒を強めるだけにしておくべきだろう」

 

 今後の行動を考えれば、今は法国と戦争する時では無いのだ。 

 

 アインズもシャルティアをこの手で殺す羽目になった怒りは消えた訳ではない。その報いは必ず受けさせるつもりだが、幾分怒りが弱まっているのを感じていた。

 

 クレマンティーヌの話では、スレイン法国は人類の守り手として他種族狩りを行っている。そのお陰で周辺の他の人間国家が保たれているのがこの世界での現状だ。

 クレマンティーヌが法国を抜ける前に、トブの大森林辺りで『破滅の竜王』復活の予言があり、ワールドアイテムで洗脳するために漆黒聖典が備えていたらしい。

 その時期のトブの大森林と言えば、おそらくザイトルクワエという魔樹を警戒していたのだろうと予想出来る。

 予言された『破滅の竜王』が自分達ナザリックの事とは考えづらい。時系列的にもずれているし、ナザリックにも竜はいるが、もっと強い者が多数存在する。

 そう考えた場合シャルティアと遭遇したのは偶然の可能性もなくはない。

 己の浅慮な判断が原因で起こったことを、怒りに任せて法国に全てぶつけるのは違う気がしていた。

 

 死の支配者(オーバーロード)であった時は、精神を沈静化されながらも激しい怒りが湧き続けていた。それこそ実行者達を皆殺しにするぐらいの勢いだったのを覚えている。

 だが、現在人間になった状態で当時を思い出しても怒りは感じるが、あの時ほどではない。思わず首を傾げてしまっていた。 

 

(人間になったのが大きな要因なんだろうけど、これは俺にとって良いことなのか?)

  

 尤も、人こそが神に選ばれた民であるという宗教概念を持ち、人以外の他種族は殲滅すべしというあまりにも偏った理念を掲げている以上、ナザリックにとって潜在敵国であるのは間違いがない。

 

 国の歴史や背景、中枢部分もある程度(・・・・)は分かった。

 クレマンティーヌは勉強事を不真面目にしていたらしく、最高機密組織の一員というわりに深い部分は「らしい」と付いている説明が結構あった。

 一定以上の地位からは徐々に給料が減っていく等は思わず「ほぅ」と感心してしまった。リアルの世界ではまずありえないことだ。

 リアルの世界の上層部・富裕層は己の富・権力を更に上げる事しか考えない。でなければ鈴木悟等の貧困層の生まれの者の生活はもう少しマシなモノになっていただろう。  

 

「アルベドとデミウルゴスには皆にこの事実を伝え、早まった行動をしないようフォローを頼みたい。構わないか?」

「はっ!」

「お任せ下さい」

 

 主人に対し礼を取り、退室していく二人。

 それを見届け、玉座に背を預けたアインズは深い息を吐いた。

 

(法国にプレイヤーはもう居ないのだな)

 

 以前からプレイヤーの影を感じていた国。

 六大神の一人、死の神スルシャーナは百年後に現れた八欲王に殺され、他の五人のプレイヤーは既に寿命で死んでいた。

 代わりに六大神の血を引く『神人』と呼ばれる強者が二人ほど居るのが分かった。

  

 同郷とも言えるプレイヤーが居なくて残念なのか。

 ナザリックの敵に成り得るプレイヤーがいなくて安堵したのか。

 アインズは自分でもよく分からなかった。

 

「そういえば帝国に行っている間に幾つか報告書が溜まっていたな」

 

 玉座から立ち上がり自分の部屋、執務室へ向かう。

 

「それが終わったらクレマンティーヌとあの時のリベンジをするのも良いかもな」

 

 剣士としての腕がどれくらい上がったか計るには絶好の相手だ。

 彼女が弱体化した分は装備で補えば良いのだし、ナザリックでなら元の強さを取り戻すのにそう時間は掛からないだろう。

    

 我が家(ナザリック)に帰り、書類仕事がてらメイドが淹れてくれる紅茶を楽しもうと思っていた支配者だが、それはルプスレギナからの報告に遮られてしまう。

 

 

 

 

 

 

 一台の馬車がエ・ランテルからの街道を走っていた。

 馬車の中には女性が一人、白髪の男性老人が一人座っており、御者の男性を含めた三人組みであった。

 

「お嬢、後一時間程で目的地です」

 

 老人が女性に向かって報告する。

 

「ん、了解」

 

 お嬢と呼ばれた女性は顔を動かすことなく答え、馬車から流れる風景を眺める。

 髪はオレンジに近い金色を箒のように括っている。スラリとした肢体をしており、全身にぴったり密着するような服装をしている。

 王国のアダマンタイト級冒険者”蒼の薔薇”を知っている者が見れば彼女が誰なのかすぐに分かるだろう。

 瓜二つな双子だと一般に思われている“青の薔薇”の忍は、服の模様やバンダナなどをティナが赤、ティアが青で色分けしている。しかし、女性の服の模様とバンダナは緑だった。

 

 彼女の名はティラ。

 バハルス帝国北東部や都市国家群を根城にしている暗殺者集団“イジャニーヤ”の現女頭領。

 二百年前に活躍した十三英雄の一人、イジャニーヤと名乗っていた暗殺者が創設。その弟子達が技術を受け継いで今なお暗殺集団を形成している裏側の組織だ。

 

 ティア、ティナとは三つ子で三人で組織を仕切っていた。

 頭が三人もいると指揮系統に支障を来しかねないと、毎年決まった日になんらかの勝負事で頭領という名の長女を決めていた。

 ちなみに最後に行った勝負は“イジャニーヤ”に伝わる『じゃんけん』でティラが勝ち取った。

 ティラとティナが長女の場合「姉さん」と呼ばれるが、ティアが勝ち取ると「お姉様」と呼ばせて少々悦に入ったりするから性質が悪い。 

 

 ある日“蒼の薔薇”のリーダー、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラの暗殺依頼を受け、ティアとティナが命を狙い襲撃を掛けるが失敗。

 そして、標的からの説得を受け入れ仲間に加わるが、当初は改心からの行動では無く、ラキュースの隙を窺うためのものであったが、その後真の意味で仲間となる。「こういう生活も悪くない」と書かれた手紙を最後に受け取ったのがいつだったか。

 

 『忍』とは本来闇に生きる者。素性を表に出すのは御法度。ティアとティナも本名を晒さずに生きて来たが、冒険者になった事でその名は広く知られる事となった。

 組織を裏切った者は『抜け忍』と呼ばれ、組織から刺客を送られ、常に命を狙われる逃亡生活を余儀なくされるもの────しかし。

 

(二人は元気にしてるかなぁ?)

 

 久しぶりに王国領へ来たことでのん気に二人の妹のことを考えていた。

 

 ティラが二人に刺客などを送ったことは一度も無い。

 それどころか新たな生活を楽しんでいる妹達を祝福していた。

 

 本名は御法度やら、抜け忍には死を、などは“イジャニーヤ”に残っている掟のようなものは確かにある。

 その中の一文

 

「忍とは忍ぶ者…………らしい」

 

 創設者が残した著書にはこのように「らしい」「って言ってた」と散文的に記されており、掟と言われても首を捻らざるを得ない内容だ。

 つまりは掟など形だけのもので、律儀に守る気も、必要もなかったのである。

 一つだけ、ティラには著書の中で共感した忍の在り方が一つだけあった。

 その在り方に絶対必要(・・・・)な存在はまだ見つかっていない。

 

「お嬢、アインズ・ウール・ゴウンとはどれ程の者なのでしょうな?」

「さてね、魔法詠唱者(マジック・キャスター)の強さを憶測で測るのは難しい。お前も良く知っているだろ?」

 

 白髪の老人の問いかけに外の景色を眺めながら答える。

 彼は“イジャニーヤ”のNo.2の猛者でティラ達三姉妹をずっと支えてきた好々爺だ。御者の男も指折りの実力を持っている。

 

 馬車が向かっているのはエ・ランテルから北方向にあるトブの大森林近くのカルネ村。

 帝国貴族から、謎の魔法詠唱者(マジック・キャスター)アインズ・ウール・ゴウンを調べて欲しいと依頼が来たのが事の発端。

 暗殺者集団に調査だけの依頼とは珍しいことだが、仕事を行う上で強者の情報はとても重要だ。謎の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の情報は“イジャニーヤ”にも既に入っており、依頼が無くてもいずれは調べただろう。調査に掛かる費用は先払いで貰っており、報酬は得られた情報で変動するあまり例のないものとなっている。つまり失敗したとしても逃げればいい、依頼主もその辺りは言及してこなかった。

 

 いきなり目撃情報のあった現地には向かわず、まずは人・物資が集まる主要都市エ・ランテルへ商人を装って入ることに成功。

 だが、エ・ランテルではとある英雄の話題が殆どでアインズ・ウール・ゴウンの情報は碌に得られなかった。

 

 カルネ村はその漆黒の英雄が懇意にしており、『モモンの女』と噂される少女が村長をしている。少女が使役している亜人が村人と共存している、という変わった村のようだ。

 はっきり分かっているのは依頼主から聞かされた内容ぐらい。

 

(法国の特殊部隊を退け、王国戦士長を救った凄腕の魔法詠唱者(マジック・キャスター)…………ねえ)

 

 未知の強者を調べるのには危険がはらむ。それが魔法詠唱者(マジック・キャスター)ともなれば尚更だ。

 しかし、無理に依頼を敢行する必要はなく、危険と判断すれば即時撤退だと同行する二人には伝えてある。自分を含め、二人も全力で逃げるだけならアダマンタイト級冒険者すらも撒ける能力を持っている。   

 

 

 

 と、思っていた時期が彼女にもありました。

 

「よっと、これで愚かなスパイは全員捕まえたッすね」

 

 やたらと扇情的なメイド服?を来た褐色の肌に三つ編みをした女が、パンパンと、手を叩いて自身に付いた埃を払う。「さて、っと報告、報告っす」と誰かに<伝言>(メッセージ)か何かを送っている。

 

(なぜ偽装がばれた?)

 

 現在、ティラを含めた三人は縄で縛られ地面に転がされていた。

 

 行商人としてカルネ村へは問題無く入れた。

 噂通り亜人と村人が共存しており、使役者の村長も確認出来た。

 

 辺境の村では有り得ないほどの防護壁。

 村の門を守る騎士のように立つゴーレムが二体。

 森精霊(ドライアード)やトレントといった異形種。

 暮らしている家も、木造だがずい分と立派なもの。なんと大浴場まであった。

 

 部下二人が行商人として商品を広げて商いをしている間に村長と世間話をしながら、例の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の情報を聞き出そうとした。

 

 怪しまれないよう話を誘導しようと思っていたが、村長を勤めている少女はこちらが色々策を弄するまでもなく嬉々として魔法詠唱者(マジック・キャスター)のことを語ってくれた。

 

 『村の恩人』、『とても素晴らしい方』、『とても優しい方』、『すごい魔法詠唱者(マジック・キャスター)』等々。こちらが聞いていないことまで出るわ出るわ。

 

 具体的に何位階魔法が使えるのかも聞いたが、少女は魔法に詳しくなかった。それはちらりと見えた(カッパー)のプレートで納得した。

 亜人を使役出来ているのはその魔法詠唱者(マジック・キャスター)の助力あってのものだろうと予測し、人物像に更に探りを入れると、少女は顔を赤くして「私にとっては…………その」としどろもどろになっていた。 

 

 牧歌的な少女の様子を察し、切りの良いところで話を終わらせる。他の村人とも話してみたが、皆魔法詠唱者(マジック・キャスター)に溢れんばかりの感謝を述べていた。

 この村は王国領であるのは間違いないが、誰も自分達が王国民である、という意識を持っていないと感じられた。カルネ村の真の領主はアインズ・ウール・ゴウンだと秘かに主張しているようであった。

 エ・ランテルの英雄に感謝している者も居た。これも重要な情報に成り得る。

 

 終始一部のゴブリンから鋭い視線を向けられていたが、あれは敵意ではなく何か仕出かさないか監視している目だった。行商人の装いはほぼ完璧。誰にも疑われること無く村を去ったのが夕刻前。

 帝国に向けて走る馬車の中で「いけないっすねえ、御方の村を探るなんて」と、いきなり目の前に現れた褐色の女に抵抗する間もなく「砲愛裁亜(ほあたあ)」という掛け声と共に拘束されてしまった。

 

 

 

「ん?何故偽装がばれた?って顔してるッすね。答えは簡単ッす。私が《完全不可視化》してアンタ等の近くに居てずっと観察してた訳ッす。ダメッすよ、誰も居ないと思って馬車ん中で話なんて始めちゃ」

 

(完全不可視化!?)

 

 <不可視化(インヴィジビリティ)>と言う透明化の魔法があるが、第一位階魔法に分類される魔法ぐらいなら察知は可能。完全と付くことからそれよりも上位の魔法なのは明らか。こちらを呆気無く無力化する手腕といい、明らかに格上だと理解する。

 

(逃走は…………不可能。下手に暴れても良い事はない)

 

 報告と言っていたことから、目の前のやたらと人懐っこい笑顔を浮かべる女の上司にでも連絡したのだろう。この状況を打破するにはその上司を相手になんとかするしかない。

 ティラの判断を理解した部下二人も大人しく相手の出方を待つ。

 

 

 

 妹達は今頃どうしてるだろう?

 ティアは女を、ティナはかわいい男の子漁りでもしているのだろうか?

 変態嗜好を持つ二人の姉は────特に特殊な性癖は持っていなかったりする。

 変態妹二人が性的刺激を求めるのとは違うが、ティラにも求めている相手は居る。

 “イジャニーヤ”の創設者が残した「忍びとは…………」にある、自らの全てを捧げて仕える主君足る人物。歴代最高とまで言われる帝国皇帝でも物足りない、圧倒的な傑物をティラは長年求めていた。

 

 大人しく待つこと数分。

 突如、空間に闇が広がる。

 こちらの気が抜けてしまうほど明朗快活だった褐色三つ編みのメイドが、これまでの態度が嘘のように真面目な顔付きで闇に向かって跪く。

 

 闇の中から姿を現したのは黒髪黒目の青年。

 身に纏うローブはありえないほど上位の物。

 ティラがそれよりも目を奪われたのは、その体から溢れ出る存在感だった。

 『死』そのもの、この世の全ての支配者だと感じさせる漆黒のオーラ。 

 背後に漆黒の後光が見えるほどの圧倒的な風格。

 

 ティラは目の前の存在。アインズ・ウール・ゴウンと名乗った男から目が離せなかった。

 

 

    

  

 

 




”イジャニーヤ”の頭領の名は色々考えた結果です。シンボルカラーは黄色も考えたけど、忍者にその色は目立ちすぎるので当然却下。

十三英雄の暗殺者はプレイヤーではなく現地人で独自に業を習得していた。
リーダー 「君はなんか伊賀忍者みたいだな」
暗殺者 「イジャニーヤ?…………良いねその名前」

みたいなやり取りが在ったと想像してます。日本語を正しく認識しにくい現地人。  
その後も伊賀忍者についてリーダーから色々聞いてたんじゃないかな。


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22話 交渉

誤字報告ありがとう御座います。


 アインズはナザリックの自室に戻り執務を行っていた。

 

「ナザリックの維持だけならカルネ村で生産した食物だけでなんとかなるか」

 

 目を通しているのはアルベドからの報告書。ナザリックの収支報告に関する内容であった。

 

「それでも五階層の吹雪や七階層の溶岩といったフィールドエフェクトを切った状態でギリギリ均衡を保っている状態か」

 

 侵入者が来ない今、地表部に近い第一から第三階層のデストラップなどのギミックも殆ど停止している。

 

 勿論地表部の監視は怠っていないし、もしナザリックに侵入者が現れた場合は即座に撃退用のギミック全てが作動することになっている。

 

 アインズは書類を一旦机に置き、メイドに用意してもらった紅茶を一口含み喉を潤す。

 

 美味い。

 リアルでは紅茶は嗜好品として扱われ、鈴木悟にとっては縁の無い代物だった。

 一度だけ仕事の関係で呑む機会があったが、ここで淹れられた紅茶ほど香りも味も良くなかった。正直旨くなかった。高い金を出してまで呑む気が起きないほどには。

 

 それがこうして素晴らしいモノを味わえるだけでも人間に────鈴木悟になった価値はあっただろう。

 飲食不要のアンデッドの体は確かに便利だ。だが、人間の三大欲求を放棄するアンデッドの体でいると人間である鈴木悟の精神が無くなっていくのは至極当然と言えた。

 たまにだが睡眠も良い香りのする巨大ベッドでとっている。

 性欲は────。

 

「…………深く考えるのは止めておこう」

 

 ルプスレギナが捕らえたカルネ村でアインズの事を調べていた者達。暗殺集団“イジャニーヤ”の頭領をしている忍者、ティラ。

 

 アインズに対して「上様」と跪き仕えさせてほしいと唐突に願ってきた。

 

 モモンとして外で活動する時は隠蔽効果を持つマジックアイテムを装備しているが、ナザリックに居る時は基本的にそれらは外している。

 あの時はそれらを装備するのをうっかり忘れていた。仕事を全うしたルプスレギナの手前、威厳ある態度を意識して無意識に漆黒の後光まで発動してしまっていた。

 

「上様って、俺は殿様かよ」

 

 ティラにはなんとなくハムスケに似た空気を感じる。

 

 現在ナザリックは暗殺組織などを必要としていないが、現地での諜報活動としてなら使えなくはない。

 そう考えたアインズは彼女の願いを聞き入れた。

 「是非、夜のお供を。<影技分身の術>を使った多重奉仕を披露する」と言われた時は時間停止(タイム・ストップ)でもかけられたようにアインズの時間が止まってしまった。────対策は完璧なのに────ルプスレギナの手前却下したのは言うまでもない。

 頭領の決めた事に従う部下共々、しばらくは様子見としてカルネ村でナザリック監視の下、住んでもらうこととなった。

 

 意外に順応能力が高いエンリならば後から訪れる予定の“フォーサイト”や森妖精(エルフ)達とも巧くやってくれるだろう。必要であればナザリックからの援助も惜しむつもりはない。

 

 

 

 

 

 部屋をノックする音が鳴る。一般メイドのエトワルがデミウルゴスの来訪を告げる。

 いつものやり取りを行いアインズの前に跪く。

 

「アインズ様。王国の復興が間もなく終わるとの報告が上がりました」

「そうか、ようやくか」

 

 犯罪組織“八本指”を襲い、傘下に収め現地通貨を大量に手に入れる作戦『ゲヘナ』。

 あれには王国に対してアインズ・ウール・ゴウンが更なる恩を売るという意味合いもあった。

 その最大の目的は────国造りである。

 

 今までのようにナザリックを隠して活動していると表立って動けない。

 どこかの国を後ろ盾にしては主導権を得られない。

 だからナザリックを表に出しアインズの国を新たに造る必要があると、デミウルゴスとアルベド両者が以前から口にしていた。

 

 王国戦士長救助、王都を救う手助けという貸しを背景にして、ナザリックが在る地とカルネ村両周辺一帯を王国から買い取ろうというのだ。

 国から土地を買うのは昔の現実世界でも可能で、行政目的に使用されている「行政財産」(エ・ランテルなど)はさすがに無理だが、開拓村やなんの整備もされていない草原が広がるナザリック周辺の価値など、王国からすればたかが知れている。

 セバスが入手した王国の法律を記した本を調べてもらったが、そのあたりの記述は特になかった。

 土地価値の相場も調べ、見合った額にいくらか上乗せした額を提示する予定だ。

 王国がこの提案を呑んだ場合、同盟国として両国の友好関係を築くのも可能。

 王国に爵位を要求し、治める土地を求める方法もあるにはあるが王国には全く魅力を感じない。王国貴族などになってしまっては様々な不都合を被るのは目に見えている。

 王国領に転移してしまった以上、周辺諸国にナザリックのある地はアインズの土地だと示す必要がある。

 穏便に済ませられればプレイヤーが居た場合、敵対行動を取られにくくなる。

 アインズは正義感に駆られた者なんかと敵対などしたくなかった。

 

「では、ユリに王都に居る戦士長との打ち合わせを頼むとするか」

「はっ、直ちに」

 

 嬉しそうに尻尾を振りながら「失礼致します、アインズ様」と退室していくデミウルゴスを見送り、椅子に背中を預ける。

 

(交渉の成功率は半々…………か)

 

 知恵者達が示した成功率はアインズが考えるのと同じぐらいだ。

 デミウルゴスは僕を送り込み百パーセントにするのも可能だと言っていた。交渉が決裂しても別の手段があるとも。なんとなくだがデミウルゴスは決裂した方が良いと考えているようにアインズには感じられた。

 デミウルゴスのことだ、更に先のことを見据えているのだろう。

 

「王国はどちらを選ぶかな」

 

 マジックアイテムの効果でいつまでも冷めない紅茶を飲む。

 その後、アルベドと王との交渉時の対応方法などを相談して時を待つ。 

 

 

 

 

 

 

 王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフは自らの命の恩人であるアインズ・ウール・ゴウンとまた会えるのをずっと楽しみにしていた。 

 

 村を虐殺して回っていた狼藉者を倒し、大して得にならない辺境の村を救う義侠心を持った心優しい魔法詠唱者(マジック・キャスター)

 同時に敵対するものには容赦しない苛烈な部分もある。

 後詰の特殊部隊も追い払ったと言っていたが恐らくは嘘だと思っていた。

 それについては言及したりはしない。話してみて感じたのは恐ろしい強さを持ちつつも素晴らしい御仁だというのが自分の中での評価だ。

 

 数日前、我が家に現れたユリ・アルファという眼鏡をかけた美しいメイド。

 悪魔が王都を襲ったあの日、ゴウン殿の命で民を救うのに尽力してくれたメイドの一人。

 彼女の用件は主人であるゴウン殿にようやく時間が取れ、王都まで足を運ぶ準備が出来たというものだった。

 それを聞きすぐさま陛下に報告。王都の復興も落ち着き、陛下の準備もいつでも可能だと受け、再度ユリ殿と段取りを決めることとなった。

 

 そして今日がゴウン殿が王城へと来られる日。

 

 本当なら自らが城門で迎えたいと思っていたが、王の剣としている自分が陛下の傍を離れる訳にはいかなかった。今頃は他の誰かが迎えている頃だろう。 

 

 玉座に座る陛下の斜め後方で不動の姿勢で立つ。

 ガゼフの居る反対側には第一王子、第二王子、第三王女が並んで座っている。

 クライムと新たに王女の傍仕えとなったブレインの姿はない。

 王族が揃って一介の魔法詠唱者(マジック・キャスター)を迎えるのは珍しい事態だろう。 

 しかし王国領のカルネ村。更に王都を救う手助けをしてくれた相手だと考えれば、逆に王族の誰かが居ない場合、その者は王国のことを考えない者と捉えられるかもしれない。

 ガゼフとしては陛下がかの御仁に対して心から感謝していることの証と思っている。

 

 六大貴族からはレエブン侯の姿も見える。

 これもガゼフの進言を聞いてくれた陛下の采配だろう。と思っていたが実際はなんてことはない。ただ他の貴族達は地位の低い魔法詠唱者(マジック・キャスター)相手にわざわざ感謝する必要が無いと出席していないだけだった。

 それでも貴族の者が全く居ないわけではない。六人ほどの貴族が居る。ガゼフには何人か見覚えがあった。六大貴族それぞれの派閥の下位貴族達。この場の成り行きを見守るためだけに出席させられた所謂小間使いだろう。彼等は大した発言権は持っていない。ゴウン殿に対して何か言うことはないだろう。

 

 ゴウン殿は礼儀正しい対応を自分にしてくれたが、貴族と言う感じではなかった。どこか遠くから来たとも言っていたからこういった場の作法に疎い可能性があった。自分も人のことは言えないが。

 もし口やかましい愚かな貴族がこの場に居ればゴウン殿の不興を買いかねない。

 レエブン侯の事は王派閥と貴族派閥を行き交う蝙蝠だと言われている。以前から嫌いだったが陛下自身が同席するように言ったらしく反対することはなかった。 

 

 部屋の周りには何十人もの騎士が王族達を守る為に配置されている。

 得体の知れない魔法詠唱者(マジック・キャスター)を招き入れるのは危険だと過剰気味に動員させたのは第一王子だ。

 正直彼の存在が一番不安だ。他の方々は強大な力を持つゴウン殿を怒らせるのは得策ではないと理解している感がある。多少粗野な態度があったとしても目を瞑るぐらいの器量はあるだろう。

 陛下が事前にそのあたりの釘を刺していなければ、首根っこを掴んで放り出したい衝動を抑えられなかったかもしれない。

 

(そろそろか)

 

 玉座へと繋がる扉が開かれる。

 ガゼフの予想した通りに案内されたゴウン殿が姿を現す。

 左右に、黒髪に眼鏡をかけたユリ・アルファ殿と赤金(ストロベリーブロンド)の長い髪をストレートにした、片目を眼帯で隠したメイドを伴っている。

 どちらもありえないほどの美女であり、“黄金”と称される第三王女に匹敵する美貌の持ち主である。

 

 ゴウン殿はあの時と同じ豪華な漆黒のローブを纏い、泣いているような怒っているような奇妙な仮面を被っている。違う所と言えばガントレットを嵌めておらず、人の手が見えているぐらいだろうか。

 

(なんだ?何か違和感が…………)

 

 強者が放つ特有の気配は同じ。だが、圧倒的支配者足るオーラが強まっているように感じる。

 しかし別人だとは思えない。戦士として積み重ねた勘が同一人物だと告げている。

  

「初めまして国王陛下。アインズ・ウール・ゴウンといいます」

 

 深く、ではないが手を胸の前に当て頭を下げる。二人のメイドは見惚れてしまうほど綺麗な礼をとっている。

 その姿に不快感を露に眉を潜めたのは第一王子だけだった。

 

「よ、良く来てくれたアインズ・ウール・ゴウン殿。その仮面については戦士長から聞いている。なんでも魔法的な意味でおいそれと外せないとか。戦士長を救ってくれた事、王都の民を救う手助けをしてくれた事といい、ずっと礼を言いたかったのだ」

「しなければならないと思っての事ですので。それとこちらの事情を察して頂けて感謝します」

 

(間違いなく本人だ)

 

 数ヶ月前に少し話した程度だったが、ゴウン殿の発する声はあの時と同じ声だった。

 

「戦士長から聞いた通りの御仁のようだ。早速だがそなたに褒賞を渡そうと思うが受け取って貰えるかね?」

「それについてですが。褒賞とあればこちらが望むものでお願いしたいのですが」

 

 ゴウン殿は後ろに控えたユリ殿に綺麗に封書されたものを渡し、それをレエブン侯が受け取る。

 

(こういった作法が無縁の私では良く分からんな。いつまでもこのままでは駄目なのだろうが)  

 

「詳しくは今お渡しした紙に書いてありますが、私が望むのは…………」

 

 

 

 

 

 

(帰られたか)

 

 ガゼフはなんとなく気疲れから「ふう」と深呼吸した。

 ゴウン殿の王に対する態度はガゼフから見ても決して褒められたものではなかった。まるで対等でもあるかのようにも感じられた。

 第一王子辺りが一人憤慨して鼻息が荒かったが、ゴウン殿の望みを聞いて少しは納得も出来た。

 

(まさか自分の国を造ろうとは、なんともゴウン殿らしいな。ふふふ)

 

 国を造れば彼こそが一国の主だ。王に成ろうとする者として舐められる訳にはいかないからこそ、対等の立場でこの場に臨んだのだろう。

 

 もし、陛下より先にゴウン殿と会っていれば自分はどうしただろうか?

 

(なんて。詮無きことを考えても仕方がないな)

 

 ゴウン殿の望み。土地を買いたいとの要望に対する陛下の返答は「少し時間が欲しい」だった。

 「良き返事をお待ちしています」と返したゴウン殿が帰られ、二人の王子と王女はそれぞれ自室に戻られた。

 陛下とレエブン侯は二人でゴウン殿に対してどうするか話し合っている。

 

 国造りには驚いたが、それよりもガゼフには気になることがあった。

 

(自分と同じ黒髪黒目だったとはな)

 

 何を思ったのか、ゴウン殿は帰る間際にその素顔を晒したのだ。

 この辺りでは珍しい南方出身を示す特徴の髪と瞳。彼も南方の血を引いているのだろうか?

 かの『逸脱者』と同等、或いはそれ以上の力を持っているとガゼフは睨んでおり、年齢もそれ相応にとっているだろうと思っていたが、予想に反して彼は若かった。あの容姿から自分よりも年下と思える。

 一番目を引いたのが優しげな瞳だった。ずっと見ていると吸い込まれそうになる不思議な魅力を持っていた。

 

 ガゼフは訓練所へと歩を進める。ブレインと鍛錬する約束があったからだ。

 

 恐らく陛下はゴウン殿の提案を呑むだろう。こう考えるのはガゼフとしても気分の良い事ではないが、提示された村と土地の価値の代わりにあの強力な魔法詠唱者(マジック・キャスター)と友好関係を結べるのだから。

 

(そういえば)

 

 ゴウン殿が現れた時からラナー王女の様子がおかしかったのも気掛かりといえば気掛かりだった。

 最初は目を見開いてゴウン殿を見ていた。それからは見たこともないほど真剣な眼差しで凝視していた。

 あれだけ圧倒的な存在感を放つ御仁を思えば無理もないかもしれない。

 あの場に居た誰もがゴウン殿から放たれたプレッシャーに呑まれる中、眉をひそめるという不快感を表した第一王子には驚きだ。

 

 

「色んな感覚が麻痺でもしていないとあの反応は出来んな」

 

 

 

 

 

 

「レエブン侯はこの申し出をどう考える?」

 

 ランポッサⅢ世は、権力闘争を繰り返す王国で王派閥と貴族派閥の間をさまようコウモリと思われているが、その実、国が崩壊しないように均衡を維持するのに尽力している真の忠臣と相談していた。

 

「少し難しい問題ではありますが、私は彼の提案を呑む方が良いかと存じます」

「ふむ、私もそう考えてはいるが…………」

「問題は貴族共…………ですね」

 

 アインズ・ウール・ゴウンが提示してきた土地は王国直轄領だが。だからと言って王の好きなように出来る訳ではない。悪魔騒動で王の力が強まっている今、勝手にこの話しを進めてしまえば貴族派閥からの反発が予想される。

 貴族派閥にも話を通しておく必要があった。

 

 王国では魔法詠唱者(マジック・キャスター)の地位は低い、愚かな貴族達は得体が知れない妖しげな奇術師・手品師などと蔑んでいる者が大半で、魔法というものを全く理解していない。

 

「ふう、納得させるのに骨が折れるかもしれませんな」

 

 レエブンは愚鈍な貴族を思うと溜息しか出なかった。

 

 反発される要因は他にもある。

 開拓村の価値などはたかが知れている。戦士長からの報告によればあの村は最近不埒な輩の襲撃で人口が半減してしまっている。王自身は手厚い援助を施したかったようだが、今年の徴税、徴兵免除ぐらいが精一杯だった。

 そんな村と草原ばかりの周辺地域に示された額は実際の価値以上だった。

 転移事故に巻き込まれ、ナザリック地下大墳墓なる魔法詠唱者(マジック・キャスター)の拠点がある地域など丘が在る程度で整備もされておらず本当に何も無い。

 

 王国直轄領が減るのを喜ぶか。

 本来の価値以上の金銭が王側に入るのに憤るか。

 さしものレエブンにも判断出来なかった。

 

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)の提案を受け入れた場合。

 王国に隣接する形で小国が出来上がる事になる。狭い領土しか無い国相手に大した貿易関係など築けないだろうが王派閥が認めたとあれば友好関係は築きやすい。

 戦士長が計り知れないほどの強さと言った魔法詠唱者(マジック・キャスター)を貴族派閥が関係を持つ前にこちら側と繋がりを持てればそれはメリットとなる。

 

「では早急に会議の招集をかけましょう」

「頼んだぞレエブン侯」

 

 レエブンは部屋を後にする。

 六大貴族に召集をかけたとしても全員は集まらないだろう。王に屈していないという姿勢を示すために仮病や暇が無い等を理由に王の招集に応じないことが度々ある。

 それは特に問題ではない。事後報告が行われて終わる話だ。会議に参加しなかった者に文句を言われる道理は何も無いのだから。

 

 すれ違うメイドに礼をされながらレエブンには気になることがあった。

 

(彼の魔法詠唱者(マジック・キャスター)が身を包んでいた見事なローブはどれ程の一品なのか?)

 

 彼だけではない、傍に仕えていたメイドの衣服も並大抵の代物ではなかった。

 

(陛下や他の方も感付いておられただろうが)

 

 もしかしたらとんでもない者を相手にしているかもしれない。

 冷や汗を流しながら急ぎ会議の準備をしなければと早足で歩いて行く。

 

 

 

 

 

 

「あんな感じで良かったか?」

「なにも問題御座いません、アインズ様。御疲れ様でした」

「お帰りなさいませ、アインズ様♪」

 

 アインズは王城を出た後、都市の外までをナザリックで用意した簡素(ナザリック基準)な馬車を使い、人目の無くなった辺りまで来ると転移魔法で一気にナザリックまで帰って来ていた。

 

 アインズは自室でいつもの椅子に座り、アルベドは傍に立ち、机の向かい側にデミウルゴスが笑顔を浮かべている。

 

 謁見の場では、アインズの傍には戦闘メイドが二人おり、デミウルゴスが遠隔視で観察していた。部下の手前、王相手とはいえあまりへりくだった態度をとる訳にはいかない。かと言って傲慢不遜な態度では交渉どころではない。

 丁度良い按配がとれたかアインズは不安だったがデミウルゴスが問題無いと言うならそうなのだろう。

 アイテムで疲労は無効化しているのに精神的に疲れている気がしていた。

 

「土地を買い取るための資金の準備は出来ているな?」

「はい、既にパンドラズ・アクターに用意してもらっています」

「そうか。…………そういえば資金の元となった八本指はうまくやっているか?」

「一部の元幹部は王都に潜んでおります。金融部門、賭博部門のみの活動で、我々の傘下に入る前ほど派手にやらせておりません。六腕には訓練、及び新たな武技、魔法の研究に従事させております」

「アインズ様がお連れになったなんとかティーヌという女は多数の武技を習得していますし、その知識も豊富なようで今後の研究も捗るかと。さすがですわ、アインズ様♪」

 

 デミウルゴスが話を途中で奪ったアルベドに対して不満そうに睨んでいる。

 悪魔の視線もどこ吹く風。女神のごとく僅かな微笑を浮かべている。

 

「ん、んん!そうか、私も後で顔を出してみるとしよう」

「それでしたら私もご一緒してよろしいでしょうか?アインズ様のおかげ(・・・)双角獣(バイコーン)に乗れるようになったのにまだ一度も戦闘訓練が出来ておりませんので」

「お、お、おう。そ、それは構わないが」

「はい♪では私は準備をしてまいりますわ」

 

 腰の羽をパタパタと振り、淑女らしからぬ走りで部屋を出て行くアルベド。

 

(アルベドの騎獣召喚で呼べるのって、確かレベル100でアルベドの能力に合わせて強化されていたよな。人馬一体で闘うとどれぐらいの強さなんだ?第六階層にコキュートスでも居てくれたらいいけど) 

 

 アインズが内心そんなことを考えていると、デミウルゴスが窺うように声を出す。

 

「時にアインズ様。私が王国に赴く許可を頂きたいのですが?」

「ん?何か用事でもあるのか?」

「はい、王国に一人気になる人物が居りまして。一度会って話してみたいのです」

「お前が他人に興味を持つとは珍しいな。構わんぞ」

「ありがとう御座います。では、私もこれで失礼致します」

 

 尻尾をフリフリさせて退室するデミウルゴスを見送り、アインズはアルベドの相手の生贄にパンドラでも連れて行こうかな。なんて考えていた。

 腕を上げたと言えど正直、近接でテンションの上がったアルベドの相手が務まるとは思えなかった。

 

 

 国王との謁見をパンドラに代役させた方が良かったと気付いたのは彼のオーバーアクションを見てからだった。

   

  

 

 その頃、帝国では調査依頼した“イジャニーヤ”が消息不明という報告が届く。

 ほぼ同時に王国の内通者から、<伝言>(メッセージ)を使ったアインズ・ウール・ゴウンと国王とのやり取りの情報が入る。

 情報の精査を終わらせた皇帝は危険を承知で自らナザリックへと赴く方針を決めた。

 

 

 




ナザリックの支配者として相応しくあろうと振舞ってきたアインズ様の魅力値はカンストして付き抜けていると思って下さい。


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23話 漆黒と薔薇と邪竜と

読者様から情報提供を頂き、”イジャニーヤ”の女頭領の名前をティラと変更させて頂きます。
情報検索不足によって、御迷惑をお掛けして申し訳ありません。
情報提供して下さった方に、この場を借りてお礼申し上げます。ありがとう御座いました。



 

 

 ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。19歳にして幾つもの偉業を成し遂げアダマンタイト級冒険者となった“蒼の薔薇”のリーダーを務める神官戦士。更に第五位階の蘇生魔法も行使可能な水神を信仰する信仰系魔法詠唱者である。

 

 

 

 これはそんな彼女と仲間達────そして後に真の英雄と謳われる漆黒の戦士の物語。

 

 

 

 始まりはリ・エスティーゼ王国の王都から南にある都市エ・ペスペル。その都市の冒険者組合へアダマンタイト級への依頼が入ったことだった。

 内容は数々の英雄譚でよく語られる『竜退治』。

 

 エ・ペスペルから南。アベリオン丘陵方向の山の上空に一匹の巨大なドラゴンの影が発見される。目撃者は幾人にものぼり、いつ自分達のところまで迫ってくるか恐怖に怯える民達。

 都市の上層部は人類最高峰のアダマンタイト級冒険者へ討伐依頼を出すことを決定する。

 エ・ペスペルの冒険者組合から王都とエ・ランテルの組合へと依頼内容が伝えられる。

 そして、その依頼を受けたのが“蒼の薔薇”と“漆黒”の二組だった。

 

 可能な限り早期討伐を望まれ、音沙汰の無い他のアダマンタイト級を待つことなく両チームは一度エ・ペスペルで合流。

 作戦会議とアイテムの補充を手早く済ませ早々に旅立つこととなった。

 

 山裾までは馬を使っての移動。 

 足が速く、訓練された馬を人数分揃えられることが出来ず、二人乗りする事となるのは自然な流れだった。

 

 ティアとティナが索敵しつつ先頭を走る。

 ガガーランは一人乗り。代わりに食料等の荷物を一緒に運んでいる。

 馬に乗れないイビルアイは“漆黒”の相棒、“美姫”ことナーベに乗せてもらっている。

 そして私は────

 

「ラキュースさん、もう少しシッカリ掴まっていないと振り落とされるぞ」

「はい」

 

 漆黒の英雄、モモンの後ろで彼にしがみついていた。

 馬に乗るのは慣れているのだが、こんなに緊張したのは初めて乗った時以来かもしれない。

 

 双子の忍者が時折ニヤニヤした顔をしてこちらを見てくる。 

 ちゃんと索敵はしているのだろうが。

 

 イビルアイは仮面を被っていても丸分かりなほどガン見してくる。多分仮面の下では「ぐぬぬぅ」と唸ってそうだ。

 

(そんな怒らないでよ、くじ引きで相方を決めるのは貴方が言い出したことでしょうに)

 

 ガガーランはやれやれといった仕草で肩を竦めていた。

 

 索敵係の双子忍者、重量のあるガガーラン、二人チームのモモンとナーベ、そして私とイビルアイ。最初はそのような振り分けだったがイビルアイが待ったをかけたのだ。

 双子とガガーランを除いた四人で、厳正なくじ引きを行った結果なのだから運が無かったと諦めてほしいものだ。

 

 優秀な索敵のお陰で、モンスターに出会う事無く山裾に到着する。普段からよくふざけていたりするが自分達の役目の重要性は理解しており手を抜いたりはしない。

 “蒼の薔薇”自慢の優秀な忍びなのだ。 

 

「予定通りここからは馬ではなく足での移動になる。ラキュースさん、手を」

 

 颯爽と真紅のマントを翻し馬から下りたモモンがラキュースに手を差し出す。

 

「はい。ありがとう御座います」

 

 モモンの手によりエスコートされたラキュースはフワリと軽やかに舞うように大地に着地する。

 まるで小さな少女が憧れる、騎士がお姫様に対して行うような、そんなひと時の瞬間。

 

「お熱い所申し訳ねえけどよ、今からドラゴンを探しに行くんだぜ。ココ(・・)をよ」

 

 ガガーランが親指でクイっと指した先は依頼されたドラゴンが生息しているとされている山脈。

 全員が雄大な山々を仰ぐ。

 

「ここから一匹のドラゴンを探すのは…………かなり大変」

「一匹とは限らない。(つが)いが居る可能性もある」

 

 ティナの言う通り他にもドラゴンが居てもおかしくはない。

 移動中ずっと空の警戒をしていたがその姿を確認することは出来なかった。今は住処に篭もっているのかもしれない。

 

「ドラゴンは金銀財宝を集める種族的習性がある。今は外敵から宝を守っているのかもな」

 

 イビルアイは特異な経験から色々な知識を持っている。これまでの冒険でも博識な彼女に助けられたのは一度や二度ではない。ただ今回は彼女より豊富な知識を持ってそうな人物が居た。

 

「ドラゴンにも様々な種類がいる。中には狡猾で嘘つきなのも居れば、人間に知恵を授ける者も居たりする。最強種族と言われているだけあって、どんな種類であってもほぼ共通しているのが巨体で強固な鱗に翼を持っている」

「最も危険なのが固有のドラゴンブレスですね」

「その通り」

 

 ラキュースも知り得た知識からモモンの話に続く。

 有名所ではアゼルリシア山脈に住むと言われている霜の竜(フロスト・ドラゴン)は冷気属性のブレスを吐き出す。

 今回発見されたドラゴンの種類は不明だが、最も警戒しなければならないのは間違いなくブレスだろう。

 『怒れるドラゴンとの遭遇は死を意味する』という言葉まで存在するのだから。

 

「おっかねえなあ。せめて炎とか雷とかどんな攻撃が得意なのか分かってりゃ対策も取り易いのにな」

「緊急の依頼だからしょうがない」

「ドラゴンを倒せたらそろそろガガーランは変異するかも?鱗が生えたりしたら見物」

「尻尾も生えるかも」

 

 忍者のいつものネタに「てめえらぁ!」と怒るガガーランがじゃれ合っている。

 

「そろそろ出発しましょうか?発見に手間取って日が暮れるとこちらが不利になるし」 

   

 ラキュースの言葉にそれぞれが頷く。じゃれ合っていた三人もようやく真面目な顔つきになる。

  

 今回は非常に稀な二組のアダマンタイト級チームによる討伐任務。

 依頼を円滑に進めるためリーダーを決めることになったのだが、推薦されたモモンはこれを辞退。彼はラキュースにリーダーを任せたいと言った。

 恐縮しながらも真の英雄からの薦めに嬉しく思い了承する。

 

「それじゃ手筈通りに行きましょう」

 

 リーダーの声でいよいよドラゴン退治が始まる。

 

 

 

 鬱葱と生い茂る木々。進むのは人一人歩くのが精一杯の狭く険しい獣道。

 常人なら歩くだけで体力を大幅に削られてしまうが、そこは最高位の冒険者。この程度で息を切らすほどやわな肉体ではない。

 

 目撃報告によれば、この山脈あたりに標的が下りたのは間違いない。 

 しかし、ここは広大で特に高い山が三つあった。

 だから三つのチームに分かれてそれぞれの山頂を目指しつつ探索する事となった。

 

 一つ目のチームはティアとイビルアイ。

 二つ目のチームがティナとガガーランにナーベ。

 最後のチームが────

 

 ラキュースは前を歩く、広い背中を見つめる。

 真紅のマントをたなびかせ、周囲を探りながら迷い無く進んでいる男を。

 

 人数を割くのはもしもの時に不安があるが、この三つのチームならば緊急時の対処も問題ないと判断した。

 

 三つのグループに分け、目標及び住処を発見したら連絡を取り合い一先ず合流するのが作戦の第一段階。

 ティアとティナは忍びの技と持ち前の素早さを駆使すれば、たとえドラゴン相手でも仲間を支援しつつ振り切れるだろう。

 ガガーランは重装備故、足の速さに難点があるが、ティナと魔法詠唱者(マジック・キャスター)のナーベが居るので特に心配していない。

 イビルアイも単独でどうにか出来るほどの強さを持っている。

 

 そしてガガーランほどではないが、足の速さに難のあるラキュースにはモモンという傍に居るととても強い安心感を与えてくれる英雄が居る。ラキュースが感じる安らぎにも似たこの気持ちは、彼が単純に強いだけではないだろう。

 

(はっ!?いけないいけない、今は仕事に集中しなきゃ)

 

 連絡手段として<伝言>(メッセージ)の魔法が込められた巻物(スクロール)が腰にぶら下げた道具袋に入れてある。

 <伝言>(メッセージ)の魔法はイビルアイもナーベも習得している。彼女達が別のチームに分けられたのは自然な成り行きだった。

 

 

 

 それから随分歩いた。後数十分ほど進めば山頂に到達する頃。

 ずっと斜面だった道から平らな岩肌へと変わる。

 広さは大体五十メートル程だろうか、山頂方向を見れば壁のように切り立った岩山があり、巨大な洞窟の入り口があった。

 

「モモンさん。あそこに」

「ああ…………中から生物の気配は無い。確かめてみよう」

 

 十分に警戒しながら洞窟の中へと入る。少し進むと小山となった金銀財宝を見つける。 

 

「ここが当たりだったようだ。皆に連絡を取り一度離れた場所で落ち合おう」

 

 モモンが振り返り面頬付き兜(クローズド・ヘルム)越しにラキュースを見つめる。

 洞窟を出て、ラキュースが腰に下げた道具袋から巻物(スクロール)を取り出そうとした時。

 

「伏せろ!」

「えっ?きゃっ!?」

 

 モモンが叫ぶと同時にラキュースに覆いかぶさり押し倒される。

 いきなりの事態に取り出した巻物(スクロール)が手を離れ宙に舞う。

 

 ゴオオオォォォ!と黒い濁流のようなナニカが通りすぎ、巻物(スクロール)が完全に消滅していく。

 何が起こったのかと声を出すまでもなく、覆いかぶさる漆黒の戦士越しにその正体を目にする。

 

「どうやら帰って来てしまったようだ」

「あれが…………」

「財宝を盗みに来たとでも思っているんだろう、随分怒っているな」

 

 ドラゴン。

 全身を黒い鱗で覆わた十メートルはゆうにあろう巨体。闇のオーラを纏い、二つの翼を羽ばたかせホバリングしながらゆっくりと降下している。

 頭には竜というには似つかわしくない禍々しく大きな角が二本。小さな角も何本も生えている。赤黒く明滅している目には怒りと憎しみを宿しているようだ。

 

「見たことも無いタイプだな、黒竜とも違うようだし…………」

「あの邪悪な気配は…………邪竜、とでも言った方が合いそうですね」

「邪竜か…………しっくりくる響きですね。と、どうやら逃がすつもりは無いようだ」

「そのようですね。ここは二人で闘いましょう」

 

 巻物(スクロール)を失い、仲間との連絡手段が無くなった今、選択肢は二つ。

 一つは一度逃げ、仲間と合流してから再度挑むこと。だが、邪竜の様子を見るに絶対逃がさないと言っているようだ。見つかってしまった以上、モモンはともかくラキュースでは空を飛ぶ相手から逃げ切るのは不可能。

 ならば取れる選択肢は一つ。

 

「ゴオアアアァァァァ!!」

 

 邪竜の放つ咆哮。全身にビリビリと痺れる感覚が襲ってくる。

 

「行きますよラキュースさん!」

「ええ!二人であの邪竜を倒して見せましょう!」

 

 そして、強大な邪竜に対して二人の冒険者の死闘が今ここに始まる。

 

 

 

 闘いは当初こちらが劣勢だった。

 モモンは二本のグレートソードを手に、邪竜の豪腕からの振り下ろしの爪を弾き、尻尾の振り回しを華麗に避け、時には高く飛び上がり勇猛に戦っていた。

 だが、なかなか致命傷を与える事が出来ずにいた。

 

 ラキュースは少し距離を取り、モモンに治癒・補助魔法をかけつつ隙を見つけては邪竜に斬りかかっていたが、こちらも深く傷を与えることは出来ない。

 

 時折吐いてくる黒いブレスは最も脅威だった。

 

 このままでは体力で劣る人間であるこちらがいずれ疲労で碌に動けなくなる。

 そう考えたラキュースは、地上から空に飛び上がろうとした邪竜の翼目掛けて渾身の一撃を放つ。

 魔剣キリネイラムに魔力を注ぎ込み無属性エネルギーの大爆発を起こすことが出来るラキュース最強最大の必殺技。

 超技<暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)>。

 

 ラキュースの放った一撃は狙い通り邪竜の翼に直撃し、奴の翼はボロボロの無残な状態となる。これでもう空を飛ぶことは出来ない。

 

 怒りの雄叫びを上げる邪竜だったが、この好機を逃すほどこちらは甘くない。

 

 モモンが素早く懐に入り込みここが勝負どころと武技を立て続けに放つ。

 

(おぼろ)と消えろ列空陣(れっくうじん)!」

「最後の夜に名を刻め鬼刃双天乱舞(きじんそうてんらんぶ)!」

 

 他にも聞いた事も無い技を幾たびも繰り出し、邪竜に深手を負わしていく。

 ラキュースも負けじと魔剣で切り込む。

 

 段々と弱ってきた邪竜に最後のトドメと再度ラキュースの超技<暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)>が喉に直撃。

 ラキュースの一撃と同時に天高く舞い上がったモモンの剣が急降下と共に邪竜の首を断ち切る。

 

「…………やった、の?」

「ああ、私達二人の勝利だ」

 

 とうとう邪竜を倒した。あまりにも長い闘いが終わったことに気が抜けたラキュースはその場にペタンと座り込む。

 

「やったのね、私達。…………うっ、ゴホッ!ゴホッ!」

「ラキュースさん!?」

 

 どうしたのだろうか?酷く気分が悪い。上体を起こしていられなくなり、後ろに倒れそうになったラキュースを駆けつけたモモンが両手で支える。

 

「大丈夫か!?ラキュースさん!一体何が!?」

「分かりません、気が抜けたら急に気分が…………ゴホッ」

「むっ!?これは瘴気か?そういえばあの邪竜のブレスには何か邪悪なモノを感じていたが直撃せずとも体を蝕んでいたというのか?」

「…………瘴気?」

「そうだ。瘴気とは…………」

 

 モモン曰く、毒のように体を蝕む非常に稀有で厄介な状態異常らしい。

 抵抗(レジスト)に失敗すれば身体機能と体力を徐々に低下させ、いずれは心臓の動きも止めてしまう。

 何より厄介なのが特効薬が無く、高位の治癒魔法でも回復出来ない。

 唯一の回復手段が冷えていく体を人肌で温め、相手に瘴気の毒を分け持ってもらうこと。

 

(人肌って、ええええええ!?)

「とりあえず外は冷える。奴の洞窟まで移動しよう」

 

 モモンはラキュースを横抱きにして洞窟まで運ぶ。

 

 

 

 洞窟の中は思いの他暖かかった。

 モモンは焚き火を起こす。燃え上がる火の近くに一枚の毛布を敷き、その上に優しくラキュースを横たえる。

 

 ラキュースは漆黒の全身鎧を脱いでいくモモンを横目で見る。

 

(これは人助け。これは人助け。モモンさんに(よこしま)な気持ちは無い)

 

 自分に言い聞かせるように心の中で呪文のように何度も唱える。

 そして、裸になったモモンがラキュースの乙女の証である<無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)>に手をかける。

 

 遠のきそうになる意識の中、ラキュースを見つめるモモンの瞳を見る。

 

 

 

 

 

 

「『そこには恥ずかしそうに顔を赤くしたラキュースが写っていた』と、『そして、ラキュースを見つめるモモンも顔を赤くして…………』」

「よう、帰ったぞ」

「きゃっ!?」

「ん!?なんでえ、変な声出して?」

「な、何でもないわよ、なんでも」

 

 ラキュースは大慌てで本を閉じる。

 

 ここは“蒼の薔薇”がいつも利用している宿屋の一室。ラキュースとガガーラン二人の相部屋。

 ラキュースは今日は特にしなければならないことが無く、一人の時間を使って趣味の執筆活動を行っていたところに突然の乱入者が現れたのである。

 

「もう、部屋に入るときはノックをしなさいと言ったでしょう」

「別にいいじゃねえか。女同士なんだからよ。それとも一人で自分を慰めてたのか?」

「そんなわけないでしょ!…………全く」 

 

 こちらが油断していたのが悪いのだが、この豪胆な戦士は怒って聞かせてもカラカラと笑い、あまり反省している様子がない。

 

 ラキュースが呆れていると、他のメンバーも帰って来た。

 

「ただいま、鬼ボス」

「今帰った、鬼リーダー」

「…………」

 

 双子の忍者とどこか元気の無いイビルアイが部屋に入ってくる。 

 

「お帰りなさい。今日はどうしたの皆?…………もしかして八本指?」

「ああ、王都中探ってみたが目立った行動はしてないみたいだな」

「賭博と金貸しはまだやってるけど、かなり良心的になってる」

「他の部門は動きどころか構成員も見つからない」

「そう、やっぱりラナーの言った通り、もう王都に幹部は居ないのかもしれないわね」

「…………」

 

 ヤルダバオトを撃破してから数日、八本指を叩くために調査を続けていた。

 ある日ラナーから「恐らく、もう王都に幹部達は居ないでしょう」と一時調査を打ち切る方針だと伝えられていた。

 今日は休日として各々休息に当てていたが、彼女達はまだ気になるようでそれぞれ探っていたようだ。

 ラキュースもラナーの考えと同じ判断をしていた。

 だからこそ自分の趣味に休日を使っていたのだ。

 

「それよりイビルアイの様子がおかしいけど、どうしたの?」

「…………」

「ああ、うちのちびさんは態々エ・ランテルに行ったのに目当てのダンナに会えなくて意気消沈してんのさ」

「うう…………泊まってる宿屋に行ったら、今帝国に行っていて留守だと。ナーベに軽くあしらわれてしまった」

 

 モモンがエ・ランテルに帰り、王都の復興が始まった辺りで、どうしてもと言うイビルアイをエ・ランテルへ行く許可を出した。

 一度行き、転移魔法の登録を済ませれば、以後は一瞬で行き来可能。

 その時もモモンは留守でガックリと凹んでいた。ついでにずい分雑な作りの木彫りの人形を買っていたのを覚えている。

 

「だから言ったろ。遠距離恋愛はうまくいかねえって」

「うう、言うなあ!ホントにそんな気になってくるだろう!」

 

 ポカポカとガガーランを叩く姿は250年以上生きた吸血姫とはとても思えない。見た目通りの小さな少女のようだった。

 

「悪かった、悪かったって」

「ふん!どんな障害があろうと必ず乗り越えてみせるさ」

「今度ちゃんと話を聞いてやるからよ。なにせ俺は“蒼の薔薇”一、恋愛経験豊富なんだからよ」

 

 さっきの子供っぽさは何処へやら。両手を腰に当ててふんぞり返るイビルアイの腰に下げた道具袋がいやに膨れているのがラキュースの目に入った。

 

「イビルアイ。その袋はどうしたの?」

「ん?これか?…………ふっふっふ。モモン様には会えなかったが替わりに良い物を見つけたんだ」

 

 袋に手を入れ「活目せよ!」と取り出したのは木製モモン像だった。

 両手にグレートソードを持ち、右手の剣を肩に担いでマントをたなびかせている。

 

「なんでえ、前に買ってきたのと同じ…………ありゃ、なんかずい分と精巧に出来てんなこれ」

「ほう、さすがはガガーランだな。以前のとは違うと気付くとは。以前のちょっと不恰好なヤツはモモン様の与り知らぬ所、店主が勝手に製作していたらしい。モモン像の存在を知ったモモン様は店主に器用さに補正がかかるマジックアイテムを寄与して作られた第一作目がコレだ。店主に無理言ってなんとか手に入れられたんだ。ついでに私の人形も買ってあるんだぞ」

 

 ちなみにエ・ランテルでは“蒼の薔薇”も人気があるらしく、ガガーランのもあったとか。

 ラキュース、ティア、ティナのは無かったようだ。店主が作り込み出来ていないのか、人気で売り切れたのかは分からないが。

 

「ねえ、イビルアイ。前回頼んだわよね。次は私の分も買って来てって」

「むっ、スマンなラキュース。モモン像はコレが最後の一個だったんだ。お前の分はまた今度な」

 

 ガックリとうな垂れるラキュースにイビルアイは仮面の顎部に手をやり、一つ提案を持ちかける。

 

「そうだな。お前の持っている『漆黒の英雄譚~魔皇編~』を譲ってくれたら次の時、店主との交渉も頑張ってみるが」

 

 『漆黒の英雄譚~魔皇編~』とは魔皇ヤルダバオトと漆黒の英雄との闘いを描いた物語だ。

 吟遊詩人が謳うモノと同じく、英雄譚らしくかなり誇張表現されていて“蒼の薔薇”の活躍もかなり描かれており、ラキュースお気に入りの一つだ。

 

「ダメよ譲るなんて。品薄でもう二度と手に入らないかもしれないんだから。『漆黒の英雄譚~アンデッド編~』なら貸すだけなら良いわ」

 

 『漆黒の英雄譚~アンデッド編~』はエ・ランテルで起きたアンデッド千体と首謀者を討伐した“漆黒”最初の偉業を描いた物語だ。

 以前イビルアイに貸したら、涎塗れになって返ってきたことがあった。こちらなら保存用も有る。

 

「んん、アンデッド編はもういい。だいたい“美姫”ナーベと恋仲な設定の話なんてもう読みたくない」

(分かってないわね。そこに自分を投影して読むのも楽しみ方の一つなのに)

 

 “漆黒”の二人の関係は従者だったり恋人だったり色々な噂が流れている。

 本人は仲間だと言っているが、ラキュースの見立てではとりあえず恋仲ではないと踏んでいる。

 

「だいだいラキュースは他に良い物を持ってるじゃないか」

「な、何のことよ?」

 

 イビルアイがピシッと指差す方向は壁。そこには一枚の絵が飾られている。

 

 それは魔皇ヤルダバオトを倒した後のモモンとラキュースの姿。

 月明かりに照らされ、素顔は見えないが兜の一部が欠け、影に隠された輪郭が少しだけ見えるモモンと見詰め合うラキュース。実際より手が加えられ幻想的に描かれていた。

 本当ならイビルアイの姿もあったはずだが、絵面からは見事に端折られていた。

 

 この絵はあの時その場に居た冒険者の一人が書いた物。

 絵が趣味の変わった冒険者が実家の雑貨屋で売りに出していたのをラキュースが偶然見つけ、即買いしたのだ。

 それを聞いたイビルアイが店に乗り込み「私も書け!」と脅したりしていたが、なかなか本人の満足いく絵にはならなかったそうだ。

 衝撃的なあの夜からすぐに書いた物とでは、作者の感覚も変わるのかもしれない。

 

「全く不公平だ。そもそも、ん?何だその本は?…………薔薇?…………邪竜?」

(しまった!)

 

 目聡く机に置いてあるラキュース自作の背表紙に書いた文字を見つけられ、即座に背中に隠す。

 

「こ、これは違うわよ。イビルアイが求めるのとは違う物だから」

「いや、確かに漆黒と書いてあったはずだが…………」 

 

 嫌な汗が流れて来る。コレを見られる訳にはいかない。絶対に。

 

「…………(ゴク!)」

「…………次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)

「しまっ!」

「も~らい」

 

 転移魔法でラキュースの後ろに飛び、大事な物を奪われてしまった。

 

「それはダメエエエェェェ!」

「なっ!?」

 

 頭一つ抜けた強さを持つイビルアイ相手にラキュースが発揮した速さは目を見張るものがあった。

 見事イビルアイの手から決して見られてはいけない物を取り返す。

 

「いい!これは貴方が求める物ではないの。分かった!」

「う、うん。すまなかった」

 

 鬼気迫る様子のラキュースにイビルアイはこれ以上手を出せなかった。

 

(ふう、良かった。コレは実家の隠し本棚に厳重に保管して置かないと)

 

 二度と手放すまいと、両手で豊かな胸に抱えて守る。

 

 ずっと成り行きを見守っていた双子がイビルアイに話しかける。

 

「気にしなくてもイビルアイにはその像がある」 

「そうそう、今度は良く似たお人形で自分の像をモモン像に寄り添わせたり」

「な!?なんで知っているんだあああ!?」

 

 じゃれ合う双子と小さな魔法詠唱者(マジック・キャスター)。それを見て豪快に笑う戦士と呆れる神官戦士。 

 

 今日も“蒼の薔薇”は賑やかだった。  

  

 




ラキュースの趣味「執筆活動」から妄想を膨らましてみたお話。


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24話 王国からの使者

PCが突然落ちる事態に(´・ω・`)
素人なりに色々試してみて少し改善しましたが、まだ落ちてしまい、書いてる途中で「ああああ!」ってなる。マザーボードとかだったら私には\(^o^)/
今週末に知り合いに見てもらうことになりました。

本編ですが原作、web版をなぞる形で変更点はちょっとしかありません。
IFルートということで御理解下さい。



 レエブン侯の執務室は広いように思われがちだが、実際はさほど広くはない。

 6大貴族に数えられ、王都でも指折りの屋敷に住むレエブン侯からすれば小さいとしか言いようが無い広さだ。この部屋で幾つもの重要な決定がされている。

 レエブンは魔法的な防御まで考えられた部屋に入り、重厚な執務机の向こうにある、唯一のイスにドカリと腰を下ろす。そして怒りが爆発した。

 

「どいつもこいつも馬鹿ばかりか!」

 

 本当にどいつも現状を理解していない。

 王国の現状はかなり追い詰められている。

 帝国の頻繁な示威行為の所為で、食料の問題などゆっくりと様々な問題が沈殿しつつあるのだ。大きな破綻が無いような気がするが、それは村々に目をやって無いからだ。

 

 帝国は騎士という専業戦士を保有しているが、王国にはそんなものはいない。そのため、帝国の侵略となると、平民を集めて兵士を作らなければならない。その結果、村々には働き手がいなくなるという時期が生まれる。

 そんな帝国が狙うのは当然、収穫の時期だ。

 収穫の時期に一ヶ月も男手がなくなるというのは非常に問題なのは言うまでも無い。ならば平民をかき集めなければ良いという考えもあるだろう。しかしながら専業戦士からなる、練度武装共に長けた、帝国の騎士の前には、数倍の兵を集めなくては容易く打ち負けてしまう。

 それだというのに────

 

「屑は裏切りを! アホは権力闘争を! 馬鹿は不和を撒き散らす!」

 

 6大貴族の一人であるブルムラシュー侯は裏切り行為を行い、帝国に情報を売り渡している。貴族達は王派閥と貴族派閥に分かれて権力闘争。王子たちは王の後の地位を互いに狙いあう。

 

 レエブンはアインズ・ウール・ゴウンに対して最大の敬意を払う必要があると考えていた。

 その旨を王陛下にもシッカリと伝えたはずなのに────

 

 アインズ・ウール・ゴウンなる人物が拠点にしている場所を調べる。そういう名目で第一王子が手配した使者が視察のために出立してしまったのだった。

 

「あんの馬鹿王子がぁ!」

 

 王国の忠臣レエブン候は、例の魔法詠唱者(マジック・キャスター)に土地を売り渡し、新たな国造りを王派閥側が支援し友好関係を築く方が得策だと判断していた。

 王に忠誠を尽くす貴族への根回しや貴族派閥への情報操作を迅速に進めていたが、頭の悪い第一王子に釘を刺すのが遅れたのが悪かったのだろうか。

 

「いや、あの馬鹿に伝えたとしても反対してきただろう。王直轄の領土が減る事実に拒絶反応を示してもおかしくない」

 

 いずれは自分が王位に就くと妄信している男だ。その時の自分の領土は多いに越したことはない。とでも考えているのだろう。

  

「せめて失礼がないよう、視察だけで終わるのを期待するしかないのか」

 

 髪を掻き毟りながら思う。

 使者には貴族派閥の息が掛かっている。第一王子と特に懇意にしているボウロロープ侯絡みなのは明白だ。貴族を特別な存在とした選民思想を持ったボウロロープ侯の息が掛かった使者。嫌な予感しかしない。

 

 他の使者をねじ込もうと動いたのだが、貴族の横槍が入ったため難しかった。

 王も息子が奮起して始めた行動に強く出ることはなかった。

 王は決して馬鹿ではない。民を思う優しい人物であることも知っている。だがその一方で、長兄を哀れんでいるのだろう。なにが本当に大切か、王としてちゃんと考えていない。 

 

 視察と言うからには土地云々の話は勝手に決めたりはしないだろう。

 せめて相手の拠点を見るだけにして、サッサと戻って来て欲しいと願うことしかレエブンには出来る事がなかった。

 

 なんでこんなに面倒なことをやらねばならないのか。

 レエブンでも全てを捨ててしまいたくなる時もある。どうしてどいつこいつも現状をしっかり見ないで、くだらないことをやっているんだと。砂で城を作っているというのに、周りでは子供が暴れているのだ。

 

 そんな状況では、破滅願望に襲われても仕方が無いだろう。

 そんな彼が頑張れるのにも当然理由がある。

 

 コンコンという扉を叩く音がする。

 その音の出所は低い。ならば誰が来たのかすぐに分かる。

 目に入れても痛くないほど溺愛している五歳の息子「リーたん」。そして子供を生んでくれた、今では心から愛している妻だ。

 

 今のレエブン侯の目的はたった一つ。

 『我が子に完璧な状態で自らの領地を譲る』

 このためにレエブン侯は頑張れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 その頃の第一王子は酷くご機嫌だった。

 

 王都が襲われた事件で自分以外の王家の者の支持が高まり、何故か失墜したのが自分だけだったのに焦っていた。

 このままでは不味いと思っていた所に現れた妖しげな魔法詠唱者(マジック・キャスター)

 戦士長の話では王国民を助けた心優しく強大な力を持っているそうな。

 だが、そんな事はバルブロには関係がなかった。

 転移の事故に巻き込まれて王国内に現れた拠点とやらの話は特に妖しいと思っている。

 元々王国内に在った物を勝手に使っているのではないかと。

 もしそうであった場合はそれは王国の物と同義。

 そこから相手の弱みに付け込めば交渉事も優位に運べるであろう。

 ならば自分がその拠点を調べ、なにかしらの成果を上げるチャンスだと先行して動いたのだ。

 

 ついでに魔法詠唱者(マジック・キャスター)に付き従っていた非常に美しいメイド。

 肖像画が描けないといわれる程の美貌と称される妹に匹敵する女をも我が物に出来ればなどと鼻の下を伸ばしていた。

 

「ふはははは。見ておれよ私があの魔法詠唱者(マジック・キャスター)の正体を見極め王国を導いてくれる」

 

 

 

 

 

 

(なんて事でも考えているのでしょうね)

 

 第三王女ラナーは自室で紅茶を飲みながら愚かな長兄の行動を分析する。

 仮に第三者がいれば、今ここには彼女一人しかいない様に見える。

 しかしそれは間違いである。正確にはもう一体この部屋には存在している。

 

 ラナーはチラッと自身の影を見る。

 

(デミウルゴス様に報告しておくべき事柄なんでしょうけど…………) 

 

 一瞬だけ考えるが即座にその考えを放棄する。

 

 謁見があった日の晩に王女の部屋に現れた悪魔。

 その悪魔が絶対の忠誠を誓っている主である魔法詠唱者(マジック・キャスター)が仰っていたのだそうだ。

 『王国の決断を尊重する』と。

 今ならば幾らでも対処は可能であっても、ナザリックに仕える者(・・・・)の一員としては主の意向に沿うのが当たり前である。

 初めて会った自分と同等、もしくはそれ以上の知者(デミウルゴス)────しかもまだ他にも居るらしい────もこの程度の事は起こり得ると想定していただろう。

 

 それほどの知恵者達が絶対(・・)の忠誠を誓うほどの主。

 更にラナーは謁見の場で(まみ)えた時の、まるで全ての支配者だと知らしめる様に放たれていたオーラを思い出し身震いする。

 

(まさか王族の自分が支配される事を望んでいたなんて思いもしなかったわ)

 

 ラナーは幼少の頃から類まれな才能を発揮したが、周囲には彼女と同じ領域に到達していた者が皆無であった。「得体の知れない事を呟く少女」「理解不能な事を述べる薄気味悪い少女」という評価を常に受けてきた。母譲りの美貌のため嫌悪は大して無く愛情も多少は得ていたが、「同等の人間」がいない事はラナーの精神に甚大な影響を与え彼女は徐々に歪んでいった。身体的にも拒食症を発症し緩やかに死に向かっていったが、拾った子犬が自分に向ける視線の中に、「自分と同じ人間」を見出したため、満たされる事となる。

 

 このような経緯を経て、今でもクライムには愛情を抱いている。

 それは首に鎖を繋いでずっと飼っていたいという欲望。かわいい子犬に向けるのと同じようなものであった。ラナー自身はそれを愛情と認識している。

 

 仮にラナーが自らの才を遺憾なく発揮して本性をさらけ出せば、父はどうするだろうか?

 自分の容姿のお陰で虐待を受けたりはしないだろうが、二番目の兄のようにおぞましい化け物か、異質な存在と敬遠されるのがおちだろう。

 普通の人間ならそうするのが当然なのだろう。ラナー自身には良く理解出来ないことだが。

 

 デミウルゴスのような知恵者。それも明らかな人外からの忠誠を一身に受け、我が子のように大切に思っているという圧倒的支配者。

 彼の『偉大な御方』ならば自分の全てを受け入れてくれそうな気がしていた。

 彼に抱いている感情が愛情なのか恋慕なのかは分からない。

 ただ、自身が彼の方を強く望んでいるのだけはハッキリと分かる。

 

 今はまだ一介の魔法詠唱者(マジック・キャスター)でしかなくても、すぐに彼を中心に世界が動く。

 

 懸想人の傍で手腕を振るえる日を楽しみに窓から見える空を見上げる。

 その姿を、『連絡用』にと影に潜んでいた悪魔は静かに見ていた。

 

「それにしても、お兄様は馬鹿な事をしましたね。うふふふ」

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓地表部。

 静かな風が草原の草を揺するという牧歌的な景色が広がる草原の中、突然聳え立つ白亜の壁。門から内部を覗けば広がるのは巨大な戦士像などが置かれた墓地。

 

 そこには王国の紋章の入った馬車と世話役を務める者達が乗る一般的な馬車が一台ずつ止まっている。

 馬車の周りには同じ紋章を胸に刻んだフルプレートメイルを着用した戦士が数名。どこかの貴族の私兵というのが最も相応しい出で立ちだ。

 そんな戦士達が視線を送る先にいたのは、一人のメイドであり、一人の戦士であり、一人の貴族風の男だった。

 貴族風の高齢な男が苛立ちを隠しもせずに吐き捨てる。

 

「遅すぎる。一体いつまで我々を待たせるつもりかね?」

 

 アルチェル・ニズン・エイク・フォンドール。皮膚はしわだらけで骨と皮しかないと思えるほど痩せている。髪は殆ど残っていない上に白く細いためにハゲて見える。そんな見た目をしているためスケルトンやリッチと言ったモンスターに似ていると言っても過言ではない姿をしている。

 貴族派閥に属する儀典官であり、ナザリックの視察の任を受けてきた。儀典官と言っても今回は視察と言う名の調査が目的で、アルチェルは自分でなくても良いだろうに、と王都出発時から不満を抱いていた。

 

「大変申し訳ありません。現在アインズ様は急ぎ準備をされております。ですのでもうしばらくお待ちいただければと思います」 

 

 ペコリと頭を下げたのはメイド、ユリ・アルファである。その非常に整った顔に深い謝罪の感情を込めての行動だ。

 

 この問答は既に十数度繰り返されているもの。王家からの使者をこのような場所で待たせるというのは、あまりにも無礼だと言うのに、返ってくるのは中の応接室まで案内するというものだった。

 中、というのはあの墳墓のことかと信じられない者を見る目をして、メイドの神経を疑った。

 挙句には近くに見えるチャチなログハウスから墳墓に入る道があると言い出す始末。

 常識的に考えて墓場に住むような人間なんか、どの程度の人間か言うまでもない。はっきり言ってしまえば穢れた仕事をするような人にして人に有らざるような存在だ。おそらくはアルチェルのような貴族の人間が生涯関係を持たないような地位の者。そんな人間に会うために自分が派遣された。そのことが何より非常に不快だった。

 やはり魔法詠唱者(マジック・キャスター)などその従者も含めて得体の知れない頭のおかしな連中ばかりだ。アルチェルは侮蔑の視線をくれていた。

 

「アルチェル殿。そう目くじらを立てる必要も無いじゃないですか。このような田舎臭いところに住んでいる住人。礼儀という言葉を知らないのも当然です」

 

 アルチェルの横に居る戦士が声を掛ける。

 

「そうはおっしゃいましてもな」

 

 この男はクロード・ラウナレス・ロキア・クルベルク。若いがアルチェルの派閥ではより権力がある貴族で護衛の騎士だ。

 クロードの視線はここに来てからユリの全身を嘗め回すように動いている。肉欲に塗れたクロードの視線はユリの胸の辺りで固定される。

 

「ところでそちらのお嬢さんは、ゴウン…………とかいう魔法詠唱者(マジック・キャスター)の何なのかね?」

「私ですか? 私はアインズ様に仕えるメイドの一人です」

「メイドの一人? とするとゴウンというのは何人もメイドを抱えているのかね?」

「はい。左様です」

「ふーん。ちなみに君がもっとも美人かね?」

「…………わかりません。美しいという評価は、それをつける人によって変わりますので」

 

 ユリは自分が美人だということを否定しない。

 当然だ。至高の41人によって美貌を持たされて生み出されたのだ。そんな自分が美しくないわけがない。それを否定することは至高の41人の美的センスを否定することに繋がる。

 

 ただ、至高の41人に生み出された他の存在も、ユリと同じように美貌を持たされて生み出されているわけだ。そのため、自分の方が美しいと断言するのは、やはりその存在を作り出した至高の41人を侮辱する行為に繋がる。そのためあのような返答になっていた。

 

 クロードが知る限りという範囲まで広めても、ユリの美貌に匹敵できるのはたった1人しかいない。

 それは『黄金』といわれる女性だ。

 ユリはクロードからすれば、それほどの美貌の持ち主と評価される。

 そんな女が、他の者に関して自分の方が美しいと断言できない。それは遠慮によるものか、それとも本当に同じぐらいの美貌の持ち主がいるのか。

 ゴクリとクロードは喉を鳴らす。

 こんな田舎に来るような仕事を受けて最悪だと思っていた。しかしうまく立ち回れば、かなり旨い目を見れそうだと。

 

 再びじれ出したアルチェルが苛立たしげに口を開く。

 

「それで主人はいつ来るのかね?」

「もう、まもなくかと」

 

 そう返答するものの、ユリはアインズがいつ来るか知らされていない。ここは遅れて申し訳ありませんという謝罪の雰囲気を持って言う。

 ただ、本音は少し黙ってろである。

 至高の41人のまとめ役であり、最後まで残っていただいた最高の支配者。それほどの存在をそこまで急かすとは、善良で温厚なユリと言えども内心かなりの苛立ちを覚えてしまう。決して内心を表には出さないが。

 

 王国からの使者が訪れて直ぐに、ユリはアルベドへと報告を行った。そしてアルベドからアインズへと連絡がいっている。

 アルベドからの返答では、アインズは現在用事でナザリックを離れていたところを至急ナザリックへ戻り、服装を整えたりと使者を迎える準備に奔走している。

 

 ユリにアルベド。その他、使者の来訪の話を知った僕達の思いは、何もアインズ自らが出迎える必要は無い。だった。

 使者が王家の紋章を下げた馬車に乗って来た以上、使者を出迎えるのであればリ・エスティーゼ王国ヴァイセルフ王家の者と同等の扱いをすべきだというのは充分理解出来る。

 

 ただ、不快に感じさせているのは使者が突然来たことだ。

 早馬が知らせに来たなどの礼儀を示した上で、使者が来たというのならばこちらも礼儀を尽くす必要があるだろう。しかしながら何も知らせずに、直接乗り込んでくるというのはこちらを下に見ている行為ではないか。

 

 それだけ下に見られている中、主人であるアインズが直接出向く道理は無い。

 

 だが、アインズが下した判断は御方自らがナザリックを案内するというものだった。

 ユリに与えられた使命は、アインズの準備が整うまで使者に対して失礼がないようもてなしをすることだった。

 

 ユリとしても日差しが強い中、外でただ待たせるつもりは毛頭なかった。

 アルベド指示の下、第九階層の応接室に案内するつもりだったのだが、この貴族の男が聞く耳を持たない。

 もう一人の戦士は至高の御方のために存在する自分の身体を不躾に嘗め回してくる。

 ユリをして、そろそろ一発殴って黙らしてしまいたかった。

 

 三人の間に沈黙が流れた時、ログハウスの扉が開く。

 

 アルチェルもクロードもそちらを目にし、絶句する。

 ユリも表情には出さないが、心の中で微妙な思いが駆け巡る。

 

「お待たせしましたでありんす。アインズ様の準備がもうすぐ整いますので中に案内致しんす」

 

 現れたのは漆黒のボールガウンを身に纏った『真祖』シャルティア・ブラッドフォールン。

 日差しを避ける日傘をクルクル回しながらゆっくりとした足取りでこちらに歩いてくる。

 いつもと変わらぬ白い肌に真紅の瞳は健在だが、流石に牙は幻術か何かで隠していた。

 

(何故シャルティア様が?)

 

 ユリが疑問に思ったのは一瞬。アルベドの采配だろうと理解する。

 

 現在のナザリックには第四、第八を除けば守護者はシャルティアぐらいしか居ない。

 コキュートスは蜥蜴人(リザードマン)の集落。

 アウラはトブの大森林。

 デミウルゴスはアベリオン丘陵。

 マーレはナザリックに居るが、性格上使者を迎えるのに不向きだと思える。姉と一緒ならば話は変わるが。王国相手に闇妖精(ダークエルフ)なのも要らぬ問題を起こしかねない。

 

 クロードはあどけなさが残りつつも妖艶さを備えた美しい少女を見て生唾を飲み込む。

 そしてかすれたような声で話しかける。

 

「…………君は…………ゴウンとかいうのとどういった関係なのかな?」

「ア゛!?」

 

 至高の御方を軽んじる発言に思わず低い声が出てしまうシャルティア。

 しかし直ぐに自分の役目を思い出し微笑みの表情を浮かべる。こめかみに青筋が残っているあたり、内心怒りの感情が渦巻いていることだろう。

 

「わらわはシャルティア・ブラッドフォールン。アインズ様の…………妻でありんすえ」

「妻!?」

(妻!?)

 

 シャルティアの唐突な爆弾発言。 

 ユリが抱いた感想は「この人は何てことをのたまうのだろうか」だった。

 目下守護者統括と争っている至高の御方の正妃の座を勝手に名乗って大丈夫なのだろうか?

 

 見た目可憐な少女が胸を張って踏ん反り返っている中、王国の使者が抱いたのは激しい嫉妬だった。

 

 クロードは”黄金”に匹敵する美貌を持つメイド────それもおそらく複数人を侍らせていることに対して。

 更にどこかの国の姫を思わせる可憐な美少女────しかも見た目にそぐわぬデカさを持つ────を嫁にしていることにも。一体どれだけ楽しい夜をすごしたのか、と言う妬ましさからくる嫉妬。

 

 アルチェルは妻を名乗る少女が身に纏う衣服・装飾品が貴族である自分ですら見たことが無い程素晴らしい品であることにだった。

 こんな墳墓に住んでいる頭のイカレタ魔法詠唱者(マジック・キャスター)如きがこれ程の物を妻に与えられる財を持っている。その事実が許せなかった。

 

「ここに居ても仕方ありんせん。付いて来んさい」

 

 自分の欲望を言葉にしたことで幾分か機嫌が良くなった吸血鬼がログハウスに向かう。

 

 王家の使者よりも自分が上位者だと言わんばかりの対応を取られているのに、しぶしぶ後に続く使者の二人。護衛の戦士達もそれに続く。

 シャルティアの放つ堂々とした雰囲気が貴族としてのプライドを萎縮させていた。

 

 メイドとして丁寧な対応をしていたユリは、コレが狙いだったのかと素直に感心してシャルティアの後を追う。

 低いうめき声を出しているあたり納得している様子はないが、すっかり大人しくなった使者達。 

 

 しかし、それも長くは続かなかった。

 

 

 

「これほどの財を一体どうやって成しえたんだ」

 

 アルチェルの硬質な声が響く。

 

 ログハウスに設置してあるマジックアイテム<転移門の鏡/ミラー・オブ・ゲート>で第九階層に飛んで目に入った光景に驚きを隠せない者に「ここはアインズ様を含めた至高の御方々が創られた至宝でありんす」と、上機嫌で応えるシャルティア。

 

 しかし彼女の機嫌が良かったのはここまでだった。

 

「財を溜めているようだが、ここの主人は税金を支払っているのか?ここは王国の領内であり、王国の法律が支配する場所。この地で生きるなら収益に応じた税金を支払う必要がある。そしてこれほどの建物に相応しいだけの税金を支払っている者がこの辺りにいるという話は聞かない」 

「…………」

 

 アルチェルの言葉は止まらない。 

 

「築いたという話だが、王国の領内にあるものを不当に占拠しているだけだと言い切れなくもないのではないか?この地が墳墓だとするなら、墳墓の所有者は基本的に王国、もしくは神殿に返るもののはずだ」

 

 捲くし立てるアルチェルをクロードが窘めるように動く。しかし、この男が放った言葉。「胸の内に秘めても良い。こちらも相応のものをいただければ……ね」の発言からは下心が見え見えだった。暗にここに居る美しい女を寄越せと。

 

 自分よりも遥かに財を有する男への嫉妬が抑えられないアルチェルはまだ止まらない。

 

「不当の占拠であれば、それはすなわち盗人も同然。汚らしい罪人を王都へ連行して────」

 

 アルチェルの言葉が途中で止まる。

 

 目の前の可憐な少女から吹き上がるのは、目で見えるような憤怒の赤いオーラ。背筋も凍る殺気が放たれていた。

 クロードが先ほどまで一緒に居たメイドを横目に見れば、凛とした佇まいを崩さなかった淑女からも同じような殺気を向けられていた。

 

 王国に対して弓を引く者はいない。そんな愚かな行為をするはずが無いという都合の良い考えから傲慢な態度を繰り返してきた男達の考えは────

 

 ナザリックに通じる訳もなかった。

 

 

 

 

 




ラナーがアインズと会ったら実際どうなるか?
原作では特に何も起こらなそうですが、ここではこんな感じになりました。


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25話 皇帝来襲

長い期間空いてしまいすみません。
PCやら職場の引っ越しやらで、てんやわんやしてました。あとオバマス。次限クエとか勘弁⤵



 王国からの使者が突然訪れたことを<伝言>(メッセージ)で聞いたアインズは、外での用事を切り上げ急ぎナザリックへと帰還した。

 訪問者の対応を一時アルベドの采配に任せ、アインズは迎えるための身支度をおこなっていた。

 「正装といえばスーツ」しか思い浮かばなかったアインズは服選びをメイドに任せる。純白のマントになんだかよく分からない金の刺繍が施された白生地のローブという、アインズからすれば派手過ぎて遠慮したい格好。

 しかし、この世界の美的感覚がまだ良く分からないアインズはメイドの薦めるままに着ることにした。

 アルベドを伴い、使者が案内されているはずの第九階層応接室に向かったアインズが目的地へ向かうための通路で見たもの。

 

 それは血の海だった。

 

 生々しい匂いを放つ海の前に青褪めた表情で俯き、震えているシャルティア。

 傍ではシャルティアと同じような状態のユリが居た。

 

 何があったのか?

 二人から使者がナザリックに訪れてから今までの経緯を聞いたアインズから出た言葉は、いつもより優しい声だった。 

 

「…………そうか、そんなことがあったのか」

「「申し訳ございません。アインズ様」」

 

 シャルティアとユリが地に額をこすり付けるような土下座の姿勢で謝罪する。

 

 アインズの目的は王国から平和的に土地をいただき、表の世界に出ること。

 取引相手の王国からの使者ならば友好的に接する方針だと言うのは既に聞いていた。それを怒りに任せて殺害してしまい、絶対支配者の意向に背いてしまったことに震えているのだ。

 特に一度失態を演じた────アインズは自分の失態だと思っているのだが────シャルティアはこのまま消えてしまいそうなぐらい怯えている。

 

「二人共顔を上げてくれ」

「申し訳ございません」

「…………もう一度言うぞ。顔を上げてくれないか」

 

 弁解の余地もないと思っているのだろう二人だったが、二度も告げられては従わざるを得ず、ゆっくりと顔を上げる。その瞳には涙が溜まっていた。

 ナザリックに所属するシモベが最も忌避すること。最後まで残って下さった至高の御方に「お前は必要ない」と捨てられてしまうことを恐れて。

 

 アインズの手がシャルティアとユリにそれぞれ伸びてくる。

 二人が思わず目を瞑る。

 

(イヤ、見捨てないで下さい)

 

 二人がそう思った時。

 

「えっ?」

 

 感じたのは暖かい何かに包まれる感触だった。

 

 目を開けたシャルティアは何が起こったのか一瞬理解出来なかった。それはユリも同じ。

 二人はアインズの胸に抱き寄せられていた。「ア、アインズ様?」とシャルティアが戸惑いの声を上げる。

 

「二人共気にするな。お前達は私を、ナザリックを思っての行動だったのだろう。私はそれを嬉しく思う」

 

 アインズの声はどこまでも優しく、二人の胸に染み渡るように響いてくる。

 

「それに私が出迎えたとしても恐らく…………いや、間違いなく同じことをしただろう。だから気にすることはない」

 

 事実そうだっただろう。先ほど聞いた使者の放った暴言。アインズ自身に対してぐらいであれば水に流せる。自分自身は大したものではないと思っているから。だが、大切な仲間と共に造ったナザリックへの侮辱。それをアインズが面と向かって聞いていれば自分も同じか、それ以上のことをしていただろう。

 

「ア、アインズざま゛~!」

「シャっ、シャルティア!?ぐえっ」

 

 感極まったシャルティアがアインズの腰に抱き付く。ぎゅうううっと力一杯に。

 

「ちょっと!?シャルティア!」

 

 アインズの後ろに控えていたアルベドが慌ててシャルティアを引き離す。ユリも事態を悟り手を貸してようやく引き離しに成功した。

 

「はあ~。あなた馬鹿なの?アインズ様の背骨を折るつもり?」

 

 アルベドが溜息を吐きながら「ああ、シャルティアだったわね」と口にする。その後、小声で「ドサクサに紛れて」と、ギリギリと歯をかみ締めていた。

 

「アインズ様がお許しになったのだからそれを受け入れなさい。それに、私が対応していたとしても我慢出来たとは思えないし。ナザリックの誰であってもそれは同じだったでしょうね。今回はたまたまあなた達だったに過ぎないわ」

 

 アルベドの言葉は嘘、偽りのない真実だろう。それほどに使者供は強欲で傲慢な愚か者達であったのだ。

 

「…………そ、そうだぞ。アルベドの言う通りだ。二人は何も悪くない」

 

 腰を抑えながらアインズが言い聞かす。

 絶対なる支配者と守護者統括の言葉でようやく二人から罪悪感が完全に無くなり、花が咲いたような笑顔で返事する。

 

(やれやれ、本当に腰が折れるかと思った)

 

 アインズはシャルティアの後ろの凄惨な海を見る。

 

 酷い有様だ。七、八人ぐらいの人間だったモノが散乱している。

 この世の恐怖の全てを味わったような表情の老人の生首。

 同じような表情をした若い戦士風の男は四肢が全てありえない方向に曲がりグチャグチャ。胸に大きな風穴が空いていることから、これはユリがやったのだろうか。

 他の者も殆ど原型を留めていない。

 

 アインズはこの惨状を見ても罪悪感を感じない。むしろ自業自得だと冷静に受け入れていた。ただ不快なモノが死んだ。それだけだ。

 『死の支配者(オーバーロード)』だった影響だろうとは思う。

 純人間の『鈴木悟』の心に異形の精神が少なからず混ざっている今の状態はこういう時、有難く感じる。

 人もモンスターも殺せないような弱い心のままであったら、アルベド達に無様な姿を晒していただろう。

 『ナザリックとそこに住まう皆を守る』という一番の目的を果たす為の外界に対しての強い姿勢も持てずに、引きこもり状態になっていたかもしれなかった。

 それではナザリックを守れない。 

 

 血の海の向こう側から人影がこちらに向かってくる。

 足元が汚れないように床から少し浮いて。

 

「ただ今戻りました。アルベドから連絡を受けて急いで来たのですが、遅くなり申し訳ありません」

「良く帰って来てくれたな、デミウルゴス」

「…………ふむ、これは…………なるほど、そうなりましたか」

 

 血の海に沈む人間だったもの。シャルティアとユリ、アインズとアルベドを見たデミウルゴスは何があったのか理解したように頷く。

 

「アルベドから少し話を聞いていましたが。アインズ様、この愚か者の死体はどうされるのでしょうか?よろしければナザリックで有効利用しようかと思いますが?」

「そうだな…………では、死体の処理はデミウルゴスに任せよう。それと、王国に対して交渉は決裂したと伝える必要がある。それも頼めるか?」

「はっ、お任せ下さい」

「どこかに隠れているかも知れないプレイヤーを刺激しないよう注意するようにな」

 

 アインズの言場に「はい」と頷くデミウルゴス。大っぴらに死体をばら撒く、といった方法は却下ということだ。

 ナザリック周辺の人間を主とする三国には、今の所プレイヤーが居るという情報は無い。

 かと言って居ないと断言出来るはずがない。

 隠密に特化した者ならニグレドでも発見は難しいし、課金アイテムを駆使して隠れ潜んでいる可能性も捨てきれない。常にプレイヤーの存在には警戒しておく必要があった。

 

 その時、アルベドに<伝言>(メッセージ)が届く。

 少しして<伝言>(メッセージ)を切ったアルベドはいつもの女神を思わせる美笑を称えていた。

 

「アインズ様。今、姉さんから連絡が入り、バハルス帝国から先触れが来たそうで、皇帝があと少ししたら来るそうです」

「帝国が?」

「ほう」

 

 デミウルゴスが歓心の声を上げる。

 友好関係ではない隣国。それも一国の頂点が出向いたということに対する驚きの表れだ。つまりは皇帝はナザリックに対する重要性を熟知しているということ。

 

 対して王国側の行動はかなり稚拙。

 選ばれた使者に先ぶれのない突然の来訪。基本的にナザリックを重要視していないのが読み取れる。

 

「一体何しに来たんでありんしょう?」

 

 シャルティアの疑問はアインズも同じ思いだ。

 デミウルゴスは頭の中で無数の可能性を検討し始める。 

 

「準備の方は私にお任せいただけませんでしょうか?」 

 

 デミウルゴスが願い出る。

 王国側が使者を送ってきたのはアインズが「土地を買いたい」と言う要望に起因している。

 出来るだけ穏便にナザリックを表舞台に出し、正義感に駆られたユグドラシルプレイヤーを刺激しないためのアインズが提案した手段だった。そして、結果は御覧の通りである。

 

「ああ。お前に任せよう、デミウルゴス」

「畏まりました! ご期待にお応えできるよう、全力を尽くしたいと思います!」

 

 デミウルゴスの熱意に満ちた返答にアインズは重々しく頷く。

 

「では、デミウルゴス。私がすべきことはあるか?」

「いえ、アインズ様には来訪した者たちへ見せつけるためにナザリック大地下墳墓の絶対なる支配者として、玉座に座っておられるだけでかまいません。あとの雑務は我々が」

 

 アルベドからも相手が礼儀を尽くしてきたのだからこちらも礼儀を取るべき。との主張。

 

 ナザリック地下大墳墓の支配者として気合を入れなおしたアインズはデミウルゴスのプロデュースにより着替えから始めるのだった。

 

 

 

 アインズがメイドを伴ってこの場を去った後。

 デミウルゴスが眼鏡を指で調整しながら同僚を見る。

 

「アルベド。こうなる事が分かった上でシャルティアを向かわせたのでしょう?」

 

 ナザリック一の知恵者は血の海の惨状とシャルティアとユリの様子から全てを見通していた。

 

「ええ、その通りよ」

 

 当たり前じゃない。といった様子のアルベド。女神の如き微笑みが変わることはなかった。

 

 「えっ?」それを聞いていたシャルティアはキョトンとした顔で呆ける。そして、次に沸々と怒りが沸いてきた。分かっていて至高の御方の意に反する事を自分にさせたのかと。

 

「落ち着きたまえシャルティア。アルベドは貴方を陥れようなどとは思っていませんよ」

「ど、どういう事なの?」

 

 間違った廓言葉を忘れるほど困惑したシャルティアにアルベドが優しく諭すように説明する。

 

「アインズ様は国を造るために御方自身が王国と交渉されたわね。そして王国の選択を尊重すると仰られたわ。結果、王国が寄越して来たのは心底不愉快な者達。あんな連中をアインズ様に会わせるのは忠誠を捧げるシモベとして許されないことだわ。だから」

「私に始末させた。アインズ様に御不快な思いをさせないために」 

「そう。あんな無礼な者を送って来た時点で、王国がナザリックを軽く見ているのは明らか。王国が選択したのはそういうことよ。もし貴方がアインズ様に『勝手な判断をした』、とお怒りを買った場合は私が代わりに怒られてあげるつもりだったわ」

 

 心優しい御方であれば許して下さると、確信にも似た思いがアルベドにはあったのだが。

 デミウルゴスがアルベドに続いて語りだす。

 

「補足しますと、アインズ様は王国というより国王を試しておられたのでしょう。アインズ様の建国を認めた場合のメリット。ナザリックと友好関係を築いた時の恩恵が国王側にとってどれほどのものになるか。その辺りのことが想像出来れば断る理由はありません。アインズ様の持つ力の片鱗はすでに幾つも見せていますしね。ようは国王が反対派を本気で抑える気があるかどうか。その覚悟を試されていたのですよ。結果は……言うまでもありませんね」

「そうだったでありんすか。アルベド、疑って悪かったでありんす」

「気にしないでちょうだい。本来なら私自らがやりたかったところだけど、そこに転がっているのを見たら少しは溜飲が下がったしね」

 

 そこには普段想い人を巡っていがみ合う二人の姿はなかった。まるで仲の良い友のように笑顔で視線を交わしている風景があった。

 

(いつもこうなら頭を悩ませることもないんですがねえ)

 

「と・こ・ろ・で。誰が、いつ、アインズ様の妻になったのかしら?」

「っ!!」

「今日のことが終わったら私のところに来なさい」 

「やれやれ、またですか」

 

 デミウルゴスの盛大なため息が響く。

 

 

 

 

 

 

 六台の豪華な馬車が草原を疾走している。

 

 バハルス帝国皇帝が乗る豪華な馬車。それを守るように隊列を組んで見事な体躯の馬に乗った帝国近衛。その先頭には四騎士の“不動”。上空には不可視のベールに包まれた皇室空護兵団の精鋭たちが飛んでいる。

 四騎士の“激風”と“重爆”の二人は帝城の守りのため留守番をしていた。

 

 彼らはナザリックへと向かった時とほぼ変わらぬ状態で自らの国、帝都へと帰還中だった。

 そう、アインズ・ウール・ゴウンとの会談はもう終わっていたのだった。

 

 行きの時、皇帝ジルクニフと相席していたのは三人。四騎士の筆頭、バジウッド・ペシュメル。秘書官、ロウネ・ヴァミリネン。魔法学院の上部組織である魔法省の最高責任者フールーダ・パラダイン。

 

 行きと違っているのは秘書官のロウネがおらず、代わりの秘書官が乗っているぐらいだ。

 室内は重い空気に包まれている。

 原因は帝国最高権力者であるジルクニフがいつもの薄い笑みを浮かべておらず、眉間に皺を寄せ、苦虫を噛み潰したような表情で押し黙っているからだった。

 

 ジルクニフはナザリック地下大墳墓で体験した事を振り返る。

 

 それは自身が生きてきた中で最も驚きに溢れたものだった。歴代皇帝達をして自分ほど稀有な経験をした者は確実に居なかっただろうと断言出来る。

 

 

 

 ナザリック地表部に着いたジルクニフ達を迎えたのは、帝国でも見たことが無いほどの美貌を持った美女。彼女はアインズ・ウール・ゴウンに仕えるメイド、ユリ・アルファと名乗った。

 

 彼女の主人の準備が整うまで待つ事となる。

 「少しばかり天気がよろしくない」メイドがそう言った瞬間、冬も近づいてきており、肌寒かった気候が一変。春の陽気に包まれた。

 森祭司(ドルイド)が使う信仰系魔法の中に天候を操作するものがあるらしい。だがそれは第四位階。これほどの現象を起こした事実からもっと上位の魔法だと言ったのは帝国主席魔法使いであるフールーダ・パラダインだった。

 今思えばフールーダはこの時から壊れ始めた。

 

 次に起こったのはデスナイトと呼ばれる一体で国を滅ぼしうるアンデッド。帝国魔法省の地下深くに封印されている伝説級の化物と同一モンスター。それが下男の如くテーブルや椅子を運んで来た。しかも五体。

 ここで更にフールーダが壊れた。

 ジルクニフも以前からデスナイトの事は聞いていた。フールーダですら未だ支配が及んでおらず、支配することを願ってやまなかった存在が使役されている様。

 フールーダから壊れたような笑い声が響き渡る。彼の高弟達は顔色悪くへたり込んでいる者もいた。

 稀代の英雄のあまりな姿に四騎士の二人と騎士達が動揺するのは当然だった。

 

 こちらの世話役として新たに現れた三つ編みのメイド。

 ユリと名乗るメイド同様に美しかった。“雷光”が手を震わせながら「デスナイトより強そう」とぼやいたが、彼女が纏っている雰囲気から不思議とそのことに納得出来てしまった。

 

 この時、圧倒的な力の差を感じたジルクニフの心は諦めかけていた。

 

 (もうこのまま帰ってもいいかな)

 とても美味い黄金色の果実水を飲みながらジルクニフがそう思ってしまっても仕方がないだろう。

 しかしジルクニフがあまり望んでいない言葉は無慈悲にもやってきた。

 「アインズ様の準備が整いました」メイドの案内に従い、胃がシクシク痛み出したのを抑えて笑顔で応じた。

 

 

 

 不思議な鏡を通った先は帝城とは比べ物にならない荘厳な空間。それこそ神話の世界に迷い込んだかと思った。

 ナザリック地下大墳墓とは神々の居城たる美の世界だった。

 左右に数多ある禍々しい像を抜けた先、今にも動き出しそうな気配を放つ精巧に創られた天使と悪魔の像に守られた巨大な扉。名を付けるなら『審判の門』だろうか。

 案内役を終えたメイドが深い一礼をして下がり、何もしていないのに勝手に開いていく扉の先には────。

 

 真紅の絨毯が中央に敷かれ、左右には異形、異形、異形。

 悪魔、竜、二足歩行の昆虫、鎧騎士、奇妙な人型生物、精霊。

 数は数える気が起きないほど。

 そのどれもが圧倒的な力を内包しているのが容易に知れた。

 異形の視線を受けながら、皇帝として侮られないよう堂々と進んだ先。

 おそらくアインズ・ウール・ゴウンの側近だと思われる者達。

 銀髪の少女、金髪のダークエルフの少年少女、青く輝いた昆虫、丸眼鏡をかけた悪魔、純白のドレスを着た美女。

 

 そして天井まで届く水晶の玉座に腰掛けてこちらを窺っているこの地の支配者。

 

 ジルクニフが一番の驚きと恐怖を感じたのは正にこの時であった。

 もしナザリックに来てからここまでの出来事を見ていなければ、あるいは何の驚きも感じなかったかも知れない。

 

 異様な杖を持ち、闇が一点に凝縮された『死』を予感させる存在。

 『魔王』と言われて然るべき気配を放つ者。

 それがまさか『人間』だったとは。

 

「良くぞ来られた、バハルス帝国皇帝よ。私がナザリック地下大墳墓が主人、アインズ・ウール・ゴウンだ」

 

 地の底から響くような重い声が広い空間に響き渡る。

 

 桁の狂った領域の力を持つシモベを従え。世界中の富を集めても尚足らない程の財を持ち。『黄金』に匹敵する美貌を持つ美女を何人も侍らす者。

 化け物でした。とでも言われた方がすんなり納得出来ただろう。

 

 こんな圧倒的戦力を有する存在と敵対する訳にはいかない。なんとしても帝国を存続させるためにジルクニフは頭をフル回転させる。

 

 ────結果。

 

 アインズ・ウール・ゴウンとジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは『アインズ』。『ジル』。 と呼び合う友になった。

 この地にアインズの国を作るため帝国が全面的に協力し、その後は同盟国として友好関係を築くこととなった。

 

 ジルクニフの提案に、アインズは何故かすんなりと承諾した。情報のすり合わせに秘書官のロウネをナザリックに置いてその場を後にする。

 急ぎ色々と決めねばならない。

 なぜ承諾したのか必死に頭を働かせてみたが、明確な答えは浮かばず。どれも推測の域を出なかった。

 

 

 

 ジルクニフはこれからの事を考える。

 

 ナザリック地下大墳墓。あれは墳墓などと呼べる場所ではない。

 

(あれは────魔王の城だ)  

 

 あの恐ろしい化け物の群れ。そしてそれを束ねる存在。

 ────玉座に座った「超越者」

 

 軍事力や経済力など内包する力の桁が違う存在を相手に帝国は立ち回らなくてはならない。

 そのためにまずは────

 

「この場にいる全員であの地で感じたことに相違がないか、すり合わせをするぞ。忌憚の無い意見を聞かせてくれ。最初になによりもナザリック地下大墳墓の支配者、アインズ・ウール・ゴウンについて考えよう」

「はっ!」

「畏まりました」

「…………」

 

 バジウッドと秘書官が気合の入った声で返事をする。

 そしてしばらく話し合いが続く。

 

 アインズ・ウール・ゴウンは超級の力を持ち、敵対したら間違いなく帝国は滅びる。

 絶対的な支配者として君臨しており、王者に相応しいだけの魅力も覇王の風格も持っている。

 バジウッド曰く「俺らの皇帝よりカリスマ性があった」にはジルクニフも同意見だ。

 危険な相手と同盟を組めたのは幸いと言えるだろう。もし、王国と組まれでもしたらその瞬間に帝国は終わる。今後は相手を刺激しないよう細心の注意を払う必要がある。

 

 他にもアインズ・ウール・ゴウンの部下やナザリック地下大墳墓について話し合う。

 

「あの城の荘厳さ、あれほどの物であれば何か伝説などに残っているのではないのか?」

「さあ、俺にその辺の話を期待しないで下さいよ」

「申し訳ありません。私もその辺りはちょっと…………」 

「…………」

 

 バジウッドは遠慮の無い話し方で、秘書官は申し訳無さそうな声で言う。

 

「あそこは本当にこの地域の歴史に基づいた墳墓なのか?」

「さあ…………」

「分かりません」

「…………」

 

 あれだけの物を創れるとは考えづらい。むしろ魔界か地獄からか転移して来たと言われた方が納得出来そうだ。

 

「…………」

 

 この場の全員で話し合う。皇帝がそう言ったにも関わらず何も喋らない人物が居る。

 ジルクニフは自分の対面に座っている者をジト目で見る。バジウッドと秘書官も視線を向ける。

 

 そこには帝国一の知識を持つ主席宮廷魔術師、フールーダ・パラダインがいる。

 三人の視線を気にもせず、と言うか気付きもせず視線を落とし、手に持つあるモノに没頭していた。

 堪らずジルクニフは大きな声で怒鳴る。

    

「フールーダ!いい加減にしろ!今は帝国がナザリックとどう付き合って行けば良いか話し合っている大事な時だぞ!」

 

 怒鳴りつけ、フールーダの手にあった物を取り上げる。ナザリックを後にし、馬車に乗ってからフールーダがずっと没頭していたもの。それは黒皮の表紙の本だった。

 

「あああぁぁぁ!何をするか!?それはワシの命より大事な物!返せ!返さんか」

 

 この!この!と、取り返そうと手を振り回し暴れる様は帝国の英雄とは思えぬ姿。

 

 この本は「死霊秘本」。

 ジルクニフとアインズの会談が終わり帝国に戻ろうとした時。フールーダがアインズに対して弟子入りを懇願した。

 突然の事態にアインズは内心焦ったように見えたが、ゴホンと咳払いをした後、落ち着いた声でこちらに確認を取ってきた。

 

 ジルクニフにしてもここで却下すればフールーダから恨みを買うのは分かり切っていた。だからこそ度量の広さを見せるため「アインズの好きにしてもらって構わない」と告げた。

 それを受けたアインズの返答はジルクニフにとっても意外なものだった。

 

「彼は帝国でも重鎮なのだろう?ならば我々と帝国との関係を良好に進めるためにも、そちらに必要なのではないか?」

 

 本音で言えば当然フールーダは帝国に無くてはならない存在だ。ジルクニフは好きにして良いと言った後だったが、自然と首を縦に振っていた。

 そして、フールーダの弟子入りはアインズによって却下された。

 フールーダの絶望した様子を哀れに思ったのか。弟子入りの代わりに貰ったのが「死霊秘本」という訳だ。

 

「その至宝を読み解く事が出来ればワシの禁術は完成するはずなのだ!そうすればいずれは魔法の深淵にも届き得るのだぞ!」

 

 フールーダは第六位階の魔法と儀式魔法の組み合わせで寿命を延ばしている。仙術とも禁呪とも言われるそうだが、それは緩やかに寿命を減らしていく未完成な魔法だというのはジルクニフは聞いている。フールーダが必死になるのも当然なのだが。

 

「落ち着け爺。お前はアインズに言われた言葉を忘れたのか?」

「む、…………御方のお言葉…………」

 

 アインズがフールーダに言った言葉。

 吟味すれば、それは帝国に残れ。そして帝国にしっかりと仕えろと言ったも同然の内容だ。

 ジルクニフは相手の考えを読むのを得意としている。ましてや直接対面し、声も表情の変化もしっかり観察していた。アインズの放つオーラは圧倒的ではあったが、アインズは嘘を言っている様子は無かった。どこまで信用出来るかまでは分からないが。

 ここでようやくフルーダにいつもの賢者然とした顔付きに戻る。

 

「…………そうじゃった。失礼しました陛下。危うく我が神の御意思に背くところでした」

「そうだぞ爺」

 

 理性の色が戻ったのを確認したジルクニフは取り上げた本を返す。フールーダはそれを甲斐甲斐しく胸元で抱きしめる。

 

「それで爺はあの地についてどう思う?」

「どう、と仰られましてもどうしようもありませんな。玉座の間に居ったモンスター一体でも帝国に攻めてくれば滅びは免れません。側近の方々は言うまでもありませんな。そしてそれを統べる至高の御方に至ってはもはや神の領域。恐らく第十位階の魔法行使が可能でしょうな」

「はっ!?」

「十位階!?」

「そんな領域があるのですか?」

 

 英雄と呼ばれる存在で第五位階。

 逸脱者と呼ばれる存在で第六位階。

 第七位階は大儀式などを除いて、通常の人間では使うことはできないとされている。

 第八位階からは存在しないとみなしている者がほとんどで、存在を知っている者は稀である。

 第十位階は────正に神の領域と呼ばれてもなんら不思議ではない。

 

「それと墳墓でしたな。それは今はなんとも…………帝都に戻り次第、神話関係を中心に詳しく調査してみます」

「あ、ああ。それで頼む」

「ではこの場で出来る事は無くなりましたな。私は御方の宿題をさせて頂きますぞ」

 

 再びフールーダが本に没頭し始める。

 

(頼りの爺がこれでは本当にどうしようも無いのか?)

 

 室内も沈黙に包まれた。

 ジルクニフはそれでも何かないかと思考の海に没頭する。

 その中で不意に留守番をしている“重爆”、レイナースについて思案する。

 

 彼女の呪いは解けている。

 それに気が付いたのは邪教集団を裁いてからしばらくしてからだった。

 四騎士に登用してから見たこともない笑顔でいるのを時折目にしていた。思わず「誰だお前は?」と問いかけたくなる程の変わり振り。

 彼女を内密に呼び出し、呪いが解けている件について詳細を聞き出そうとした。

 だが、詳細を頑なに話そうとしない彼女は四騎士を辞める。正確には帝国を抜けるつもりだと言い出した。今は自分の後釜を探している所だと。

 

 それを聞いただけでほぼ確信出来た。

 時期的にも呪いを解いたのは冒険者モモンだというのが。帝国を去って行く先はあの男の拠点であるエ・ランテルだろうことも。

 エ・ランテルは王国領だ。四騎士最強の攻撃力を誇る彼女が敵国に渡るのは避けたい。

 その時から何か良い手はないかと色々思案してきた。

 

 だが、今のジルクニフには彼女を無理に引き止める気が起こらない。

 モモンの元に行くのなら、彼女も冒険者登録を行うつもりだろう。冒険者は国家間の争いには不干渉だ。帝国に害を及ぼすこともない。

 呪いを解くためなら陛下にも刃を向けると豪語する女でもあるし、それを容認した上で雇っていた。呪いが解けた今、強権で彼女の自由を奪うのは契約違反になってしまう。

 更に今回の戦争後、エ・ランテル近郊はアインズ・ウール・ゴウンの国になるのは目に見えている。彼とは同盟を結んだ。同盟国に移住することに目くじらを立てる必要はない。流石に彼女も一冒険者に帝国の国家秘密を話したりはしないだろうし、その辺りは釘を刺してある。

 

(戦争が終わったら暇を出してやるか。それまでは帝国騎士として働いてもらわねばな)

 

 レイナースに対して、感心している部分もある。

 彼女は帝国外の要因で呪いが解けたらすぐさま出て行くと思っていた。性格上そうするはずだったのだが────

 

(自分の後継を見つけてから去ろうとはずい分殊勝な心がけだな。そういうのは、嫌いじゃない) 

 

 馬車は帝都に向けてひた走る。

 

 

 

 

 

 

 皇帝一行が帝城に着いた時。

 

「おえええええ!ぼええええええ!」

 

 馬車から降りたフールーダが盛大に吐いていた。

 

(馬車の中でずっと本読んでれば酔うのは当然だろうに)

 

 深い溜息をついたジルクニフは帝都の空を見上げる。

 髑髏のような形をした雲が漂っている。まるで自分を見て笑っているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

「意外にバレないもんだな」

 

 アインズは暢気にそんな感想を抱いていた。

 王国の国王との謁見の時もそうだが、“鈴木悟”の素顔を晒し、声を変えるマジックアイテムを使用せずに話していた。 

 魔王ロールの一環で、本気で低い声を出せば『絶対音感(ダメ音感)』を持っているペロロンチーノさんですら驚いていたほどの差がある。彼曰く、普段はホワホワした声色だとか。

 人間になった辺りからだろうか。モモンに変装している時はあまり意識しておらず、素の状態に近い声で過ごしていたせいか、既に面識のある皇帝にも同一人物(アインズ=モモン)であることがばれた様子はない。

 

『皇帝には最初から素顔をお見せになられた方が円滑に事を進められるでしょう』

 

 デミウルゴスの進言でその通りにしたがどういった違いがあったのか。アインズには良く分からなかった。 

 

 

 

 




アルチェルへの嫌悪が多かったですが、彼はあえなく惨殺されてしまいました。
実は彼が再登場する構想がすでにあるのですが、かなり先の事ですし書くかもまだ分からない状態です。
それまでは皆様の想像力で彼を虐めて下さい。(南無)


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26話 戦争準備

新元号になってもよろしくお願いします。


 アインズがバハルス帝国と同盟を結んで一か月。

 

 数年に亘り行われている王国と帝国との戦争が今年は例年とは違う様相となっていた。

 帝国が王国に向けた宣言書の内容。

 

 『エ・ランテル周辺は元々アインズ・ウール・ゴウンが所有していた地であり、王国は不当に占拠している』

 

 王国側からすれば何をトチ狂ったことを言っているのだ。という思いであろう。

 特にボウロロープ侯の怒りは激しいものだった。ナザリック地下大墳墓へと送り出した使者。アルチェル等を選出したのは彼であった。

 

 使者がナザリックへと馬車で向かってから数日後。国王の元に突如として壺が現れた。傍に控えていた戦士長が不審な壺を検めたところ、中にはアルチェルと護衛の騎士の首が入っていた。ガゼフは使者が王国を発つのを見ており、この首が彼らだというのは間違いがなかった。首の素性をしっかり認識した時、不可思議な青い炎が生首を包みあっという間に消失。首ごと炎は何事も無かったかのように消え去っていた。

 これはアインズ・ウール・ゴウンからの交渉決裂の証。そう宣言してきたのだろう。

 この出来事は一部の上層部にのみ伝えられる。

 

 ガゼフは沈痛な面持ちであった。

 貴族共が言う『一国の使者を殺すなど蛮族の証』。

 ガゼフもそれには同意見だ。しかし、アインズは決して蛮族などではない。礼を持って接した自分に対して、彼も礼を持って返してくれる。そんな常識ある人物。このような事をするような彼では決してない。

 だが事実残酷な仕打ちが行われた。それは何故か────。

 決まっている。使者の方が無礼を働いたのだ。

 アルチェルは貴族派閥に所属しており、欲にかられた金目の物に目がない性格をしている。レエブン侯から聞いた彼の評価だ。

 アインズ・ウール・ゴウンは王国と友好関係を築こうとしていた。しかし、それは愚かな貴族により御破算となってしまった。

 今回の帝国からの宣言文は、帝国がアインズ・ウール・ゴウンを認め、かの皇帝がアインズ・ウール・ゴウンと友好関係を構築するためだろう。

 

 また、スレイン法国からも『かつてアインズ・ウール・ゴウンがこの地を所有していたという記述はないが、もし事実であれば法国はこれを認める』という内容の文書が送られた。

 

 1500万人を擁する最大国家が一介の魔法詠唱者(マジックキャスター)と敵対する意思が無い。ガゼフとレエブンの二人だけがそう看破していた。

 貴族たちは────お気楽な様子だった。

  

 王国と帝国が戦争準備を進めている中。ナザリックでも同様に戦争の準備が進められていた。とは言ってもナザリックでは優秀な者たちのお陰で、既にほぼ全てが終わっている。後は開戦を待つのみとなっていた。

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓 第六階層。

 

 鬱蒼と生い茂る森と草原の境目。草木の生えた地べたに座り込んでいる女が一人居た。

 

「……お花キレイ」

 

 傍に咲いている一輪の名も知らぬ花を見てそんな言葉を漏れ出している。その表情は穢れを知らない純真無垢な乙女のように見えた。彼女は休憩時間をもらって休んでいる。

 

「時間が空いたから様子を見に来たんだが、またかクレマンティーヌ」

「へっ……ア、アインズ様!?」

 

 この地の絶対支配者の訪れに呆けていた意識を戻し、即座に片膝を着いた臣下を礼をとる。そして、目線を下げたまま御方の周囲の気配を探る。

 

「そんなに警戒しなくても共は連れていないぞ。今は私一人だけだ」

 

 その言葉で顔を上げるも、再度辺りを探ってみる。

 別に御方の言葉を疑っている訳ではない。本能が自然にそうさせたみたいなものだ。

 

「なぁんだ、それなら安心だね。アインズ様も人が悪いなぁ。来るなら来るって先に言ってくれたらいいのにぃ」

 

 アインズが一人だと分かった途端にケラケラと笑い出す。先ほどの純真無垢な乙女はどこかへと行ってしまったようだ。

 

「それはすまなかったな。私も休憩中なのだが、ここに来たのは偶々だ。ところで…また(・・)例の状態だったぞ」

「あぁ、ここで気を抜くとなっちゃうんですよねぇ。私も別に意識してやってる訳じゃないんですけどねぇ」

 

 頭をガシガシと掻きながら困ったように言う。

 クレマンティーヌはナザリックで暮らすようになって自分が如何に小さな世界しか知らなかったのかを再度見せつけられた。

 目の前に居る御方だけではない。玉座の間で見た悪魔だけでもない。ナザリックには世界すら滅ぼせる存在が数多くいる。しかもそれらは何らかの地位に就いているわけでもない。それどころか召使いか下男といった立場なのだ。それが石を投げれば当たるほど居る。

 それを認識してからクレマンティーヌは時々、ボ~っとしている時や気を抜いて休んでいる時にあんな感じになってしまうようになった。俗に言う『キレイなクレマンティーヌ』である。

 

「今は良いが、誰か他の者が居る時は……」

「分かってますよ~。『てぃぴーおー』でしたっけ?ちゃ~んと場を弁えますよ~」

 

 「それなら良いが」とアインズは軽く「ふっ」っと鼻をならす。

 

 クレマンティーヌのこの馴れ馴れしい言葉遣いはアインズ自身が許可したものだ。

 怯えたように畏まるクレマンティーヌに「そう固くならなくても良い、もっと砕けた感じで構わない」と言ったらここまで砕けてしまったのはアインズとしても驚きだった。だが、これぐらい軽い方がアインズとしても気を張らずに済み、話しやすいのもあって周りの目がない時は特に咎めたりはしない事にしたのだった。

 例えアインズが気にしなくても、他のシモベが彼女の言葉遣いを耳にすればどうなるか。きっと碌な目に合わないだろう。彼女だけが。

 守護者達も彼女のように、とまではいかずとも少しは見習って欲しいと思わなくもない。

 

「それで元の強さは取り戻せたのか?」

「戻りましたよぉ。まさかこんなに早く以前の強さを取り戻せるとは思ってなかったから驚きですよぉ。『れべりんぐ』っていうのはすごいもんですね」

 

 クレマンティーヌには蘇生によるレベルダウンを回復させるためレベリングを集中的に行ってもらっていた。

 ナザリック内にレベル30まで無限POPするアンデッド狩り。 

 クレマンティーヌのレベルは下がったとはいえ現地では英雄級なのもあり低位のアンデッドではたいした経験値は得られない。そのためPOP上限の30レベル辺りのアンデッドと戦闘させた結果、短時間でレベルを回復させることが出来た。

 使用している武器は彼女が元々使っていたスティレット。ユグドラシルには無い技術が使われており、解析は既に終わっているのでそのまま返した物だ。

 防具は────。

 

「……その恰好寒くは……と言うより恥ずかしくないのか?」

 

 アインズはクレマンティーヌが装備している防具に目をやり、なんとも言えない表情になる。

 

「これ?いや~ん、やっぱアインズ様ってえっち~」

 

 胸元を隠しながら満更でもない表情でお道化てみせる。

 

「……んふ、冗談は置いといてコレはシャルティア様から頂いた物ですよ。お話する機会があった時に意気投合する話題がありまして、「ご褒美」って渡されました」

 

 クレマンティーヌが自慢げに見せつけてきたのは体を隠す面積が異様に少ない鎧。通称<ビキニアーマー>だった。

 冒険者プレートを張り付けていたかつての軽装鎧を思えばさして変わらない露出度なのだが、素肌の部分は防護膜のようなものが存在していて、ちゃんと防御性能が有るというのだから魔法防具というのは驚きだ。寒さに対してはなんの対策効果もないが、彼女にとっては慣れたものらしい。

 実際彼女には良く似合っていた。シャルティアと意気投合した話題については考えないことにする。

 

「ま、体も本調子に戻ったようだし。ハムスケやリザードマン達に武技の伝授。新たな武技の開発も引き続き頼んだぞ」

「はぁい。分かってますよ~。……あっ、そういえば」

「んっ?」

「もうすぐ王国と帝国の戦争に介入するんですよね?一つお願いがありましてぇ」

 

 前かがみになり、両腕で胸を中央に寄せて愛らしい(わざとらしい)上目遣いでこちらを見上げてくる。

 

「ダメだ」

「まだ何も言ってないじゃん」

「どうせ戦争に参加したいとか言うんだろう。法国に追われているのを忘れたのか?戦争中は法国からの監視も当然あるだろうから却下だ」

「ぶうぅ」

 

 ほっぺをふくらませて「アインズ様のケチンボ」とか言っているが本気で怒っている様子はない。

 

「そうむくれるな。その内お前にも外で活動してもらう時が来るだろう。それまではここで大人しく訓練を積んでおけ」

「ホントに!」

 

 喜ぶクレマンティーヌに「暴れさせるためではないぞ」と釘を刺しておく。

 

 無邪気な笑顔を見せるクレマンティーヌに以前のような嗜虐的な笑顔はもう見られない。

 

(コイツも随分変わったな。……それは俺も同じか。ふっ)

 

 アンデッドの時であればナザリックの利益の為になるのならいくらでも残酷なことが出来ただろう。この地の人間が蟻などの昆虫のように感じていたアインズから想像すれば、クレマンティーヌを捕えた場合、五大最悪などに放り込んでいた可能性はそれなりに高い。

 人間『鈴木悟』の心を大きく取り戻した今、それらをせずにこうしてこちらに従順な姿勢を見せるクレマンティーヌを見ていると希少なアイテムを使ってまでこの姿に戻った甲斐があったと思わせてくれる。

 

「……少し待っていろ、すぐに戻る」

 

 頭にクエスチョンマークを浮かべたクレマンティーヌを置いて、アインズは転移で消える。

 

 数分後に戻ってきたアインズの手には奇妙な物体があった。

 それは四角形のブヨブヨした形でスライムに似ている。

 一辺30センチほどの正方形。灰色の透明色、中心部には小さな丸い緑の塊があった。

 

「アインズ様。それは?」

「これは『グリーンコア』というモンスターでな。これを倒せばお前はまた一つ強くなれるだろう」

 

 「()ってみるか?」と問われたクレマンティーヌは即座に頷く。色々心が折られたといっても強くなるのを諦めた訳ではなかった。

 

 そして、戦闘と言う名の追い駆けっこが始まる。

 

 

 

「だああぁぁぁもう!全然追い付けないじゃない!なんなのよあれ!」

「はっはっはっ。ほら、立ち止まって油断してて良いのか」

「ぶべっ!」

 

 走り回り過ぎでバテて休んでいたクレマンティーヌの顔面にグリーンコアの体当たりが直撃する。

 ダメージ自体は大したことはない。たとえ何十発受けたとしてもクレマンティーヌが倒される可能性は皆無だ。

 

 グリーンコアはそもそも戦闘用のモンスターではない。

 RPGに良くある経験値を多く持つボーナスモンスターの一種だ。

 ユグドラシルでも当然実装されており、よくやってくれているクレマンティーヌへの褒美としてアインズが召喚してきたものだ。

 同レベル帯のモンスターと比較して消費金貨が圧倒的に高いため拠点配置にはほぼ使われることはない。せいぜいボーナスモンスターで侵入者をおびき寄せて罠に誘うぐらいだろうが、引っ掛かるプレイヤーが居る訳もない。ギルド拠点に攻め込むようなプレイヤーはレベルがカンストしているのが当たり前。態々拠点に配置するギルドなど居なかったオマケのような存在。

 

 意思を持たない無機物の傭兵モンスター。

 HPは少なく、防御力は高いが今のクレマンティーヌなら二撃も与えれば倒せるだろう。中心部のコアを直撃すればクリティカルヒットで一撃。攻撃力は殆どない。

 魔法防御力も高目だが効かないことはないレベル。だが、<魔法の矢(マジック・アロー)>などに付いている追尾性能はコア系モンスター相手には一切働かない。

 そして一番の特徴が何をおいても素早さだろう。 

 俊敏さに自信のあるクレマンティーヌが中々捉えきれていない。

 

 グリーンコアには同種の上位モンスターもあり、上になるほどステータスは上がってくるし、時々魔法を使って攻撃してくるのもいる。中には弱点のコアがないのもいるが取得経験値は討伐難度に応じて多くなる。

 かなりのレアモンスターのため、コア系を狙ってレベルアップを図ろうとしても効率が悪すぎてユグドラシルでは『遭遇したらラッキー』ぐらいの感覚であった。

 

 アインズのポケットマネーを使った褒美が本当の意味で与えられるまでの一時間。クレマンティーヌは武技を乱発し続けたせいでしばらく起き上がることが出来ないでいた。

 レベルが一つ上がった実感を感じる余裕もなく地面に大の字になる。第六階層の綺麗な青空を呼吸を荒げながら見上げる。

 

(これホントに褒美なの?)

 

 

 

 

 

 

「量に問題は……なし。よしっと」

 

 カルネ村の村長エンリ・エモットは食料が保管されている備蓄倉庫で現在の量を確認していた。   

 アンデッド農奴とドルイドの魔法を使った農業は改良されながらすすみ、蓄えられた量は村の消費量を遥か超過している。

 取引で約束されたバルド商会への納品はすでに終わり、ここにある分だけで来年もお腹を空かせて暮らす心配が皆無なほどだ。

 「商人に卸す以外にも大量に必要になる」アインズに言われた言葉だが、意味を問いかけても「さてな」と、明確な答えは得られなかった。意味などなくても構わない。アインズがそれを望むのなら従うのみなのだから。

 因みにアインズ自身も、何故食料がそんなに必要になるのかは分かっていない。デミウルゴスからの弁なのだから本当に必要になるのだろう。

 

 倉庫を出ると太陽の光が全身を照らす。手をかざして空を見れば今日も気持ちの良い天気だ。

 

「おはようございます。エンリ村長」

 

 声を掛けられた方を向くと青年がこちらに手を挙げて挨拶してくる。

 

「おはようございます。ヘッケランさん」

 

 彼の近くにはハーフエルフのイミーナ。神官のロバーデイク。魔法詠唱者(マジックキャスター)のアルシェがいた。全員と挨拶を交わし、しばしの談笑が終わると彼らは自分の仕事に取り掛かる。

 

 彼らは帝国でワーカーを生業としていた四人チームの“フォーサイト”。カルネ村に移住してきた人たち。

 人口の減った村の人口が増えるのは大歓迎。何故態々帝国から?の問いの説明を聞いた時は嬉しくなったものだ。あの御方は本当にこの村のことを気にかけて下さっている。

 

 彼らフォーサイトは冒険者で言えばミスリル級の強さらしい。ジュゲム達が全員でかかっても勝算は薄いと言ったのをよく覚えている。そんな頼もしい彼らは自警団に入ることになった。

 モモン(アインズ)の紹介というのもあり、人柄にも問題がなかった彼らを村人たちは快く迎えていた。

 アンデッド農奴の姿を見た神官のロバーデイクがかなり狼狽していたが、それも最初の内だけ。「アインズ様の支配下にあるアンデッドは無害なんです」とエンリたちの説得と、彼らが恩人の好意を無下にする訳にはいかないと前向きに捉えてくれたお陰で今ではすっかり落ち着いたものだった。

 

 エンリが見回りをしていると、子供の元気なはしゃぎ声が聞こえてくる。

 その中にも新たな住人の姿があった。

 アルシェの双子の妹、クーデリカとウレイリカの二人が孤児の子供たちと一緒に遊んでいた。二人はこの村の最年少で、ネムがお姉ちゃんとして昼間はよく遊び相手をしてあげている。

 勿論遊んでばかりではない。子供でも出来る仕事はある。一通り遊んだ後はそれぞれ仕事に取り掛かるだろう。

 ネムが自分より幼い友達が出来たことでシッカリしてきたのは嬉しくもあり、少し寂しいと感じてしまう。この感情は前にも感じた事があった気がする。

 

 エンリが次に向かったのはドライアードのピニスンが管理している畑だった。

 そこでは“フォーサイト”と共に来た三人のエルフが額に汗を滲ませて畑仕事を手伝っていた。

 彼女たちの名は茶髪のレンジャーがアイナリンド。青髪の神官がエアルウェン。金髪のドルイドがララノアという。

  

「おはよう御座いますエンリさん」

 

 一番近くで作業をしていたアイナリンドが笑顔で挨拶してくる。それに対してエンリも笑顔で挨拶を交わす。

 今でこそ、こんなにも明るい表情でいるが、村に来た当初はどことなく無理に笑っている感じがしていた。

 彼女たちが帝国を離れた事情をルプスレギナからある程度聞いてだいたい察しがついた。

 彼女たちはまだ人間が信用し切れていないのだろうと。

 だが、それもこの村で過ごしていく内に少しずつ解れてきているのをエンリは感づいていた。

 ここには人間だけではなく、亜人や異形の者も協力し合って生きている。アインズが目指す種族を超えた共存がここでは成立しているのだ。

 

 彼女たちが前向きに過ごしているのはそれだけではなかった。

 一番の変化をもたらしたのは、土に栄養を与える魔法をかける為にやってくるマーレとその姉アウラとの出会いだとエンリは思っている。

 ダークエルフの双子を見たエルフ三人は驚き、即座に跪いて何故か平伏していた。

 何事かと驚いたのはエンリだけではなく、アウラとマーレもどういうことか困惑している様子だった。

 用事が済んだからと二人のダークエルフが村を去った後。エンリはエルフに理由を尋ねてみたが「いえ、あの……」と要領を得ない答えしか返ってこなかった。なんとなく怖がっているようにも見えた。

 何か深い事情があるのかも知れない。

 そう思ったエンリはそれ以上追及することはなかったが、一応これだけは言っておいた方が良いかもしれないと一言忠告した。

 あのダークエルフのお二人もアインズ・ウール・ゴウン様に忠誠を尽くす方たちなのだと。

 

 あの時の彼女たちの驚きようは凄かった。

 それ以後、彼女たちは、自分たちを実質的に救ったモモンだけでなく、まだ一度も会っていない村の大恩人アインズ・ウール・ゴウンにも敬意を払うようになっていた。

 

 畑の方に目を向けるとそろそろ収穫出来そうな育ち具合だ。

 明日には何人か人手を集めた方が良いかな。そう思い、ジュゲムと相談しようと歩き出す。

 

 新たな住人も迎え入れ、かつてよりも活気が増えてきた生まれ故郷。

 村長という大役を背負うことになったが、皆が自分を支えてくれる。こんなに嬉しいことはない。

 アーグやオーガたちが自分のことを村長ではなく族長と呼んでくるのに思うところはあるが、些細なことだろう。

 

 そういえば、新たな移住者の中で、今日はまだ会っていない人がいる。

 

「えっと、ティラさんは……」 

「呼んだ?」

 

 ビクッと体を震わせて後ろを振り向くと正にその人がすぐ傍に居た。いつ後ろに来たのか。この人はルプスレギナと同じように突然現れてよく驚かせてくる。

 

「はぁ、ビックリした。そうやって驚かすのは止めて下さいよ」

「忍びとは忍ぶ者だから仕方がない……っと言うのは半分嘘。村長が驚かしがいがあるから仕方がない」

(ルプスレギナさんと同じようなことを言うのね)

 

 彼女は以前、カルネ村に行商人に偽装して情報収集しに来た、言わばスパイみたいなことをしに来た人。

 私たちが何も気づかずにそのまま帰してしまったのを、アインズが捕えたそうだ。

 依頼で村を探っていただけで、特に敵意も無かったとのこと。彼女はアインズに忠誠を誓ったらしく、害はないそうなのでカルネ村に住むようになったのだ。

 

「それで、今からレンジャーの特訓ですか?」

「うん。赤毛の子はまだまだだけどハーフエルフの子は種族的特徴から耳が良くて筋が良い」

 

 ティラはミスリル級に匹敵するイミーナより遥かに優れた能力を持っているらしい。

 プライドが高いイミーナは最初はかなり悔しがっていたが、ティラの洗練された動きを目の当たりにする内に教えを乞うようになっていた。

 そのおかげか、最近隠密能力が上達したと言っていた。「これで森での狩りも上手くなる」とか。

 事実、“フォーサイト”の加入により、森から獲れる獲物は増えている。新鮮な肉が毎日────とまではいかないが、割と頻繁に肉料理が食卓に並ぶようになった。 

 

 ティラもカルネ村のために力を貸してくれている。

 そのことに感謝もしているし、ずっと村に居てくれても構わない。

 

 だが、エンリには彼女に対して少しばかり思うところがあった。

 

 苦手な訳ではない。

 嫌いな訳でもない。

 

 あれはアインズからティラを紹介してもらった時のこと。

 

 

 

「────と言うわけでティラをしばらくカルネ村で預かってみてくれないか? 彼女の部下たちは身辺整理に時間が掛かるらしく、カルサナス都市国家連合に一時帰還するとのことだ」

「アインズ様がそう仰るなら……はい。大丈夫です」

 

 アインズに頼まれたことを拒む理由などはない。

 彼女に対して一番信用出来たのは、何よりもアインズの配下に入ったということだろう。

 

 エンリとティラの自己紹介が終わった後。

 ティラがアインズに向かって発した言葉。

 

「それで夜伽は今夜……する?」

 

 ブフゥと吹いてしまったエンリは悪くないはずだ。

 その後も「影分身を使った……」だの「房中術」だのエンリにはよく分からないことを言い、驚くほどの猛烈なアピールをしていた。

 しかし、対するアインズは華麗にスルーする。それはそれは冷たい対応だった。

  

(ちょっと可哀そうだな。もうちょっと、こう、少しは応えてあげても良いんじゃないかなぁ)

 

 好きな人とは結ばれたい。一人の女であるエンリにはそう思うのが普通だと考える。たとえ相手が雲の上の人であったとしても。

 一種の同情の気持ちが湧いてきたエンリがティラを見ると。

 

 ティラは俯き、体がブルブルと震えている。

 泣いてしまったのだろうか。

 何か慰めの言葉をかけようと近づく────。

 

 息はハァハァと荒く、顔を紅潮させ、震える体を両手で抱きしめて身悶えしていた。

 伸ばしかけていた手を止める。

 

(これは……もしかしてヤバイ人?) 

 

「では私はそろそろ行く。何か問題を感じたならすぐにルプスレギナに言うと良い」

「あ、はい」

「ではな」

 

 最後にため息をつきながら何時もの漆黒の空間へと消えていく御方を見送った。

 

「あぁ、どうせなら口汚く罵ってくれても」

 

 ティラの呟きを、私は何も聞こえてません、というように耳を塞ぐ。

 

(やっぱりヤバイ人だ。ネムが変な影響を受けないといいけど)

 

 

 

 少し前を思い出して、目の前のティラを見る。

 

「……?何?顔に何か付いてる?」

「ううん。なんでも」

 

 今は普通だ。口数が少ないぐらいで見た目も綺麗な女性だ。これがアインズの前だと色々ヤバイ状態になってしまう。

 御方の魅力が自然と変わった人を引き付けるのだろうか。

 エンリは自分が変人だとは思っていないが、もしかしたら自分も────。

 変なことを考えているエンリの意識を現実に戻す事態が迫る。

 

「ここに居ましたかエンリの姐さん!……非常事態です!?」

 

 血相を変えて走ってきたジュゲムから、カルネ村へと迫る集団の存在を知ることとなる。   

 

 

 




ボーナスモンスはエ〇トポ〇スから出張してもらいました。今後も出番があるかは検討中です。
エルフ三人娘は思うところがあって名前を付けてみました。多分原作ではもう出番はなさそうですし、名前の発表もないと思う。もし、発表されたら修正します。
ティラは蒼の薔薇と同じように、ヤバイ人なのは間違いない(確信)。で、こんなんなっちゃいました。 


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27話 カルネ村の戦い

タイトルはオバマスより。


 王国と帝国との開戦前。カッツェ平野への進軍準備が始まったエ・ランテルから北へ進むバルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフは苛立ちに顔を歪めていた。

 

「糞。何で俺がこんなことを」

 

 悪魔騒動の時、弟は自ら前線へ赴き評判を上げた。

 逆に長男である自分は王宮に引きこもっていたとされ評判を落としてしまった。

 

(王宮を守る必要もあっただろうが)

 

 バルブロは今でも自分が間違っていたとは思っていない。しかし、愚か者たちはそれが分からず、ただの見栄えに騙される。ザナックは巡回しただけで悪魔と戦った訳ではないというのに。

 

 もう一つ、バルブロが不快に思っているのが、カルネ村という寒村に向かっている自らの惨めさだ。

 今回の帝国との戦争において、バルブロこそが王国を継ぐに相応しい王子であると内外に知らしめる必要があった。

 なのに辺境の開拓村に行って、アインズ・ウール・ゴウンとの関係について調べるだけというお使いのような仕事を命令されてしまった。

 

(まさか、既に父は弟に王位を譲る気で……俺に手柄を立てさせないためにこのような仕事を俺に?)

 

 そう考えた瞬間、背筋にぞわっとしたもの走る。

 

 嫌な考えが頭をよぎるバルブロだが、これは単なる被害妄想であった。

 バルブロをこの任務に就かせた実の父である王はバルブロが考えているような思いは一切無かった。

 アインズ・ウール・ゴウンと敵対するのは非常に危険だとずっと主張していたレエブン侯とガゼフ。王が真に信頼している二人の言葉があったからこその采配であった。

 アインズ・ウール・ゴウンと正面から闘う危険な戦場に息子を立たせたくなかった親心。

 しかし、悲しいかな。親の気持ちは息子には届いていなかった。

 いつかは届く日がくるのか、それとも────。

 

 

 

 偵察を行ったティラから告げられた内容はエンリたちに動揺をもたらした。

 その軍隊の中に王旗があったらしく、王族に連なる人物が軍勢を率いて来たというのだからなおのこと。

「一体どうして? なんで王国の兵が?」

 

 困惑するエンリにティラが一つの可能性を述べる。

 

「……もしかしたら内乱かも。王国はあまり王の力が強くない。王派閥と貴族派閥が常に争っている状態。王族の中には貴族派閥と繋がっている話もあるから……王の直轄領に対する攻撃とかかも?」

 

 エンリは顔から血が引いていく気分だった。またあの恐ろしい虐殺に晒されるかもしれないと。 

 しかし、昔のエンリとは違い前を向く。

 

 まずは逃げる準備をしつつ、相手が何故ここに来たのか理由を確認。戦いを挑むのは最後の手段。

 五千人もの大軍に戦いを挑むなど、自殺行為でしかない。

 

 

 

 正門の前で守りの準備を始める自警団と“フォーサイト”。

 トブの大森林へと逃げる準備も同時に進む。特に小さい子供たちは優先的に逃がさなければならない。エルフたちはその能力から護衛を務めることとなった。

 

 そして、王国第一王子の使者と名乗る者からの問答で得られた、彼らがここに来た理由。

 

『かつてカルネ村を救った魔法詠唱者(マジックキャスター)、アインズ・ウール・ゴウンが王国に敵対した』

 

 だからアインズ・ウール・ゴウンと関わりのあるこの村の調査を行うと。

 

 エンリは驚きのあまり声を出せなかった。

 しかし、逃げる準備を整えて集まっていた村人たちからぽつりと疑問の声があがる。

 

「あの方が王国に敵対したということは、王国の方が間違っているんじゃないか?」

 

 この場に居る者には同意の色しかない。

 特に実際村を焼かれて移住してきた者は顕著だ。高い税を払わせておきながら守ってくれなかった王国への憎悪が浮かんでいる。

 “フォーサイト”にしても村を救ったアインズ・ウール・ゴウンの話は聞いており同様の気配だ。彼らは王国の腐敗ぶりをある程度は知っているというのもあった。

 ゴブリンを召喚するアイテムを無償でくれたこと。

 分厚い塀などを作るためのゴーレムの融通に村の防備の強化。

 労働力であるアンデッドの提供。

 本当にお世話になっている。あの方の助力なくしてカルネ村の今がなかったのは周知の事実なのだ。

 

 村人たちは互いに意見を言い合う。

 

 門を開けるのは正しい行為なのか?

 相手はかなりの軍勢。門を開けなければ……

 あの方の恩義をこれだけ受けておきながら裏切るような行為は出来ない。

 調査と言っているだけなのだから、それを受けることが裏切り行為になるとは限らない。

 

 どの意見も非常に良く分かる。板挟みになったエンリは決断出来ずにいた。

 だが、エンリの気持ちも知らずに使者からは催促の怒鳴り声が聞こえてくる。

 エンリは時間を稼ぐために行動する。

 

 

 

 いつまで経っても門が開けられる気配がない現状に、バルブロの苛立ちは上がっていく。

 

(何故だ。何故門を開けない。俺は次期国王なのだぞ。俺の命に従わない者なぞ王国民ではない)

 

 我慢の限界が来たバルブロは火矢を射かけるよう侯爵配下の兵に命令する。

 炎を纏ったいくつもの矢は緩やかに放物線を描きながら物見櫓へと乾いた音と立てて刺さる。

 ただの木の骨組みで作られた櫓は時間をかけることなく火が広がり、倒壊する。

 

「敵だ!」

「敵だ!あんなことをするのは敵だ!」

 

 火矢が放たれたことで、憎悪が場に満たされる。

 

「エンリの姐さん。決を採るべきです」

 

 このまま放っておくと暴走しないとも限らない。それに次は火矢よりも苛烈な攻撃を仕掛けてくるのは間違いない。一刻の猶予も許さない状況だと判断したジュゲムはエンリに決断を求める。

 

 エンリは大きく息を吸い込む。周りを見れば、スピアニードルのラビに乗ったネム。ヘッケラン、イミーナ、ロバーデイク、アルシェ“フォーサイト”の四人にティラ。皆真剣な顔つきで見守ってくれていた。

 

 そして、村の総意は。

 

 王国には屈しない。命をかけてでも王国に反対し恩義を返すことに決定した。

 当然恐怖はある。しかし、あれほどの恩義を受けておきながら、仇で返すような人間にはなりたくないという思いが皆を突き動かしていた。

 

 すぐにジュゲム主導で作戦が練られることとなる。

 

 まずは戦えない女子供たちを森の中に逃がす必要がある。

 敵の大半は正門にあり、トブの大森林側の裏門にも兵をいくらか集めている。

 正門を開け、不用意に近寄ってきた敵をこちらから打って出る。分散させていた兵力を正門に集結させざるを得ないほど、強い攻勢をかけなければならない。

 森の知識を持つアーグやブリタを避難組に付けることで、奴らがいなくなるまでの間ぐらいならば森の中でもなんとかなる。

 村の長として村人たちを死地へと向かわせる決断を下したエンリは当然最後まで一緒に行動するつもりだった。

 だが、ジュゲムを始め皆から避難組へと編成される。

 エンリが反論の言葉を考えている間に本人を置き去りにして「俺の最後の家族、子供を頼む」「エンリちゃん。頼んだよ」と村人から後を託され、結論が出てしまう。村人たちの力のこもった握手に目頭が熱くなっていた。

 

 

 

 エンリたち退避組を見送ったジュゲムは満足気な表情をしていた。一番守りたいエンリを一番生存率が高い所へ送れたのだから。

 ジュゲムは横に立つ男に声をかける。

 

「すいませんねえ、ヘッケランさん。あんたらに危険な役目を頼んじまって」

「気にしなさんな。この村は俺たちにとっても恩人が大切にしている所なんだしな……ただ、リーダーとしてイミーナとアルシェは途中で逃がして欲しいんだが」

「はっ!? あんた何勝手なこと言ってんのよ」

「────私も最後まで戦う」

 

 ヘッケランの願いにイミーナとアルシェは食って掛かる。ロバーデイクはヘッケランの意見に賛成しているようで静かに頷いている。

 

 ヘッケランの言い分は恋人のイミーナに生きていて欲しいとの思いから。

 アルシェは幼い妹のためにも絶対に死なせる訳にはいかないからだった。

 口論が始まりそうな四人だったが、ジュゲムの言葉がそれを止める。

 

「安心して下せえ。あんたらには全員、途中で逃げてもらうつもりなんで」

「はっ?……いや、でもそれじゃ」

「一回目の攻撃。裏門に分散している敵を集結させるためにもあんたらの、特に第三位階魔法が使えるお嬢さんの力は当てにしてんですよ。その後の二回目の攻撃。森に逃げたエンリの姐さんらのための時間稼ぎの時に最初の方だけ、遠距離攻撃で手を貸してもらったらもう十分なんで」

 

 なおも何か言いたそうにしているヘッケランたちを再度ジュゲムが黙らせる。

 

「いくら俺たちより強くても、エンリの姐さんのために死ぬ役目は譲れねえんですよ。……それに十分に時間を稼げたと判断したら俺たちも引くつもりです。そんな訳でティラさんもちゃんと逃げて下さいね」

(尤も、最後まで残る俺たちを逃がしてくれるとは限らねえけど)

 

 そこにはワーカーとして討伐してきたゴブリンとは明らかに違う、戦士の顔をした漢がいた。

 

 

 

 ジュゲムの作戦通りに事態は進む。

 正門を開けて、不用意に近づいてきた兵たちを五体のオーガが吹き飛ばした。更にオーガの背後に隠れたアルシェの<雷撃(ライトニング)>が兵士の体を貫通し複数人を倒した。

 

 バルブロはカルネ村へ向かうにあたり、ゴブリンなど(・・)の亜人を使役している者の情報は聞いていた。だが、今回の任務を命じられた時点で冷静でいられなくなり、詳しい話の内容はほとんど右から左状態であった。だから、人食い鬼と呼ばれるオーガがこんな辺境の村にいるのが信じられなかったのだった。

 

「殿下! お下がり下さい! あれは第三位階魔法です」

「何なのだあ、あれは!? ただの寒村ではなかったのか!」

 

 バルブロは侯爵配下の兵に守られながら正門へ兵を集結させるよう命令する。

 

 無駄な時間を取り過ぎた分、かなりの強行軍でカッツェ平野に赴かなくてはならない。そのために大半の歩兵がへばろうとどうでも良い。

 王子である自分の命を聞かずに閉じ籠っていた村の連中は縛り首にしてくれる。子供も生かしておいてもしょうがない、親子共々吊るしてやるのが慈悲だろう。

 門が開けられるまで、そんなことを考えていたバルブロは門の前でボロボロにされた王家の旗を見て激高する。

 

(絶対に許さん!この村を滅ぼしてくれる)

 

 

 

 ジュゲムの作戦通り、敵を正面に集めることに成功。後はタイミングを見て退避組を逃がす時間を稼げば良い。

 カルネ村の防衛力は砦のようにかなり強固になっている。

 アインズの協力で塀はかなり分厚く作られており、たとえ火をかけられても簡単には瓦解しない。塀上には弓兵を配置出来るほどの幅があり、弓兵を守るための矢除けの防護壁も備えてある。配置についたゴブリン・アーチャーのシューリンガンとグーリンダイに弓の得意なイミーナと遠距離魔法が使えるアルシェが的確に攻撃していく。

 ヘッケランとロバーデイクも同様に塀の上にいる。二人はスリングで攻撃しつつ仲間のフォローを行っていた。

 村人たちは散々練習してきた弓の一斉曲射を披露していく。

 敵からも発射位置を予想された反撃の矢が振ってくるが、それらは的外れな場所に矢が突き立つ。ジュゲムの指揮の元、場所を移動しつつ矢を放っていく。その中で一人の村人に当たる軌道で飛んで来た矢が不自然に逸れていくという現象が起こっていたりしたが、戦闘中という過度な精神状態にある村人たちはそれを認識することはなかった。

 

「くっ、数が多い」

 

 イミーナは卓越した射撃で一人ずつ確実に仕留めていた。出来れば指揮官クラスを狙いたいがそれらしき人物は完全に射程外の位置にいる。

 近くではアルシェが<魔法の矢(マジック・アロー)>を放っている。<雷撃(ライトニング)>を使わないのは射線が斜めとなる塀の上からでは消費魔力に効果が見合っていないからだった。貫通の効果を十分に発揮させるには地上から打つ必要があるが、それは余りにも危険な自殺行為。仲間としてやらせるつもりも、アルシェ自身やるつもりはなかった。

 範囲攻撃の<火球(ファイヤーボール)>の魔法であれば、この場において有効な手札になっただろう。しかし、アルシェはその魔法を覚えていない。必死に魔法を放っているアルシェの姿は自分の未熟さを悔いているように見えた。

 

 村人の指揮をしていたジュゲムがゴブリン・クレリックに指揮を任せ、塀上に上がってくる。

 

「ヘッケランさん! ティラさんの姿が見えないんですが知りませんか?」

「えっ、戦いが始まったあたりでは居たと思うけど……」

「それって、まさか!」

 

 弓を構えているイミーナが驚きの表情をしながら嫌な予想をした。

 

「いえ、逃げたんじゃないと思いますよ。あの人はお館様に認めて欲しがってましたからね。ただどこに居るのか……」

「うーん。……ねえ。なんかあそこの親玉が居るっぽいとこ。なんか騒がしくない?」

 

 他より優れた目を持つイミーナが指し示した場所。王国軍の大将がいる本陣。

 そこでは────。

 

 

 

「ええい! たかが辺境の村如き、まだ落とせんのか!」

 

 バルブロが苛立ちをそのままに、声を大にして叫んでいた。

 傍に仕える侯爵配下の兵も村の抵抗力。砦にも等しい分厚い塀に、正確に飛んでくる矢と魔法。今は引っ込んでいるオーガの存在もあり、一筋縄ではいかないことを進言してもバルブロの憤りを鎮めることは出来ずにいた。

 

 傍付きの彼がソレ(・・)に気付けたのは全くの偶然だった。バルブロの理不尽さに気持ちが滅入り目線を下げた先。

 バルブロの影から何かがキラリと光る。

 

「殿下ぁ!」

 

 咄嗟に騎乗していた馬の上からバルブロに飛びつき、二人一緒に地面を転がる。

 

「んぐおぉ! 貴様いきなり何を……はっ!? こ、これは」

 

 バルブロが首筋に何か伝う感覚がしたので手で触れてみる。ヌルリとした感触が指を伝う。そこにあったのは血だった。

 

「これは、俺の血か?」

 

 頸動脈は切れてはいないようだがもう少し深ければ致命傷になっていただろう切り傷。自分にもたれかかる兵がしたのかと思った時。聞きなれない女性の声がした。

 

「ちっ、まさか感づかれるとは。それとも、ただ運が良かっただけ?」

「なんだ貴様はぁ!」

 

 王子の周りに居た精鋭たちに囲まれ、クナイを片手に構えている人物。

 それはティラであった。

 ただしその姿はいつもの忍び服ではなく、黒いローブにフードを深く被った顔が見えない怪しい姿。

 この変装は、王国が相手ということでティラの顔を見られた場合、王都で冒険者をしている姉妹に迷惑をかけかねないと危惧したからであった。

 

 ティラは影から影への短距離転移を行う忍術<闇渡り>と<影潜み>を駆使して密かに敵大将に近づき。感情が高ぶった隙を狙い撃ちしてこの戦いを終わらせようとしたのだった。

 

 敵大将を討ち取るのを失敗したティラは自身を囲む兵たちを見る。

 

(こいつら結構やる)

 

 その間にも標的(大将)はどんどんと離れていく。いくらティラがアダマンタイト級の忍びといえど、何十人もの精鋭に囲まれた今の状態で標的を討つのは不可能に近い。

 

 

 

「ああ!? あれ、敵陣のど真ん中でクナイ持ってるの、ティラさんじゃない?」

「なんだって!?」

 

 イミーナの指差す方向にヘッケランとジュゲムが目を凝らす。

 近くで話が聞こえていたアルシェとロバーデイクも同様に目を凝らす。言われなければ分からないぐらいだが、あのローブ姿の人物がティラだというのは佇まいからなんとなく分かる。

 恐らくは奇襲したのだろうが失敗してしまったようだ。

 そして、周囲を囲まれ絶体絶命のピンチ。

 なんとかして助けたい。

 ヘッケランたち“フォーサイト”にとってはまだ交流も短く、仲良しと呼べるような間柄ではない。

 しかし、短期間と言えど共に協力し合って暮らしてきた仲だ。なんとか助ける方法はないものかと頭を回転させるも、離れたこの距離では打てる手段は────なかった。

 イミーナが届きもしない矢を放とうとした時。

 

 ティラを中心に大爆発が起こる。

 

「なっ!?」

「じ、自爆?」

「そんな……」

「なんということを……」

 

 確かに大将を討ち取る。もしくは捕えることが出来れば、戦況はこちらに大きく傾いただろう。

 しかし、だからといって単身で敵陣のど真ん中に突っ込むなど無茶にも程がある。

 “フォーサイト”の四人に何も出来なかった無念の感情が溢れる。

    

「あの人はお館様に認めてもらいたくてあんな無茶を……」

 

 ジュゲムが爆発がおきた方向。キノコ雲を見ながら呟く。

 

「そうだね、この活躍をしっかりと伝えないといけないね」

「ええ、勿論でさあ。生きて帰ったらエンリの姐さんからしっかりと伝えてもらいやしょう」

「うんうん。ついでに夜伽も勧めるとなお良し」

「そうですね。あの人、こちらが呆れるくらい熱烈にアピールして……って、ええぇ!?」

 

 ジュゲムと会話していた人物。ジュゲムの後方から声を出していたのは────。

 

「「ティラさん!?」」

「ども」

 

 何食わぬ顔でなんでもないように立っていた。

 

「いや、あんた自爆したんじゃ?」

「そもそも爆発の中心にいて何で平気なのよ?」

 

 ヘッケランとイミーナが唖然としながら当然の疑問をぶつける。

 

「あれはイジャニーヤに伝わる忍術<微塵隠れ(みじんがく)>」

 

 爆発を起こす直前に影に逃げ込み自爆に見せかける超荒業。

 本来の用途は洞窟などに追い込まれた時に深追いしてきた相手を全滅させるように使う技である。爆発自体に大量の魔力を消費してしまうため、今のティラでは一回こっきりしか使用出来ない高難度の忍術。

 

「魔力がもうカラッポ。残念ながら敵大将を巻き込むことは出来なかった」

 

 爆心地から離れていたため敵大将は無事のようだ。それでも敵陣中央で起こった大爆発により敵兵はかなり浮足立っている。

 敵将を討てなかったのは残念だが、時間稼ぎがしたいこちら側としては、先の一手は十分な効果があった。

 更に、カルネ村にはまだ敵側に見せていない手札がある。

 

 敵の動揺が収まった頃。城門や城壁を破壊し、突破することを目的とした攻城兵器。破城槌が持ち出された時に隠していた手札を切る。

 正門の外。門の左右に不動で立っている二体のミスリル製の騎士ゴーレム。

 

 製作には時間と手間と費用が非常に掛かる為に、ゴーレムという存在は非常に稀である。これはゴーレム作成技術がしっかりと確立されているわけではないからだ。

 最弱とされるウッドゴーレムでさえ、作り出すには高位の魔法使いたち複数人を一年は拘束することになるという。なので最も弱いものでもかなりの金額で売買されている。

 リ・エスティーゼ王国王都でも魔術師組合に数体のウッドゴーレムがあるだけであった。

 

 破城槌を持って突撃してくる兵たちは、矢が振り注ぐ中を突破した先に待ち構えるゴーレムに蹴散らされることとなる。

 

 

 

 エンリたち避難組は物見やぐらから外の兵が表に回っていなくなったのを確認してからトブの大森林を目指す。先頭にブリタとアーグたち。続いて子供と女性にエルフたち。エンリは責任者として一番最後であった。

 ンフィーレアとリイジーはここにはいない。二人はアインズより借りている錬金術のアイテムを地下室に隠しているからだ。逃げる時間はないかもしれないが、覚悟の上での行動だ。

 ピニスンとトレントたちも村の中にいる。

 トレントは自力で移動が可能だが、ピニスンには自力で移動することが出来ない。何故か腕力がついてきたエンリでも、流石にピニスンの本体を担ぐなんてことは出来ない。

 「火をかけられそうになったら死ぬ気で暴れてやる」とはピニスンの言葉だ。彼女もアインズの配下として、村を襲ってきた連中に怒りを露わにしていた。

 エンリには無事を祈ることしか出来なかった。

 

 必死に足を動かすが森まではまだ遠い。普段よりも遠くなっているように感じる。

 極度の緊張感から息が乱れだしたエンリは馬の嘶きを後方から聞く。

 恐怖に怯えながら振り返ったエンリは────絶望を見る。

 

「嘘……」

 

 騎兵が百人以上、後方から現れた。恐らく物見やぐらから見えないよう、塀に張り付くように隠れていたのだろう。

 村から森まではそれほど距離があるわけではないが、人と馬とでは速さが違う。

 先頭を行く者たちは森まで間に合うかもしれない。

 ラビに乗ったネムと何人かは間に合うだろうか。

 でも、他の子供や女性たちは絶対に間に合わない。

 エンリは過去の虐殺を思い出し戦慄する。

 

(時間稼ぎにしかならないかもしれない。無駄に死なせてしまうだけかもしれない。それでも)

 

 エンリは逃げ延びた先。「終わった後で、俺らの仲間をこき使ってほしい」。そうジュゲムに言われていたみすぼらしい角笛を取り出す。

 

(ゴブリンさん!助けて!)

 

 轟いたのは大地を揺らすような重低音。

 ジュゲムたちを召喚した時はもっと貧相な、子供のおもちゃのような音色だったのだ。

 何故か騎馬隊が突撃を止め、手綱を引いて急停止している。その視線はエンリを通り越し、もっと後方を見ているようだった。

 エンリは後ろを見て────。

 

「……えっ?」

 

 エンリには聞こえていなかったが、上空から。

 

「えっ?」

 

 そして、とある軍の駐屯地の天幕内から。

 

『えええええぇぇぇぇ!?』 

 

 




忍法の中では<微塵隠れ>が一番好きです。
ンフィー君は空気。仕方ないね。
次回の話は結構すっ飛ばします。 
 


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28話 戦争後

戦争描写はまるっと飛ばします。


「やはり報告通り……なのだなニンブル。間違いであってほしかったが……」

「はっ、しかとこの目で確認しました」

 

 確認したと言うか。目の当たりにしたと言うか。見せ付けられたと言うのがニンブル的には正しい。

 

 バハルス帝国帝城。皇帝ジルクニフはカッツェ平野での戦争で行われた出来事を<伝言(メッセージ)>で既に聞いている。だが、<伝言(メッセージ)>の魔法の信憑性の問題もあり、実際にその場で見て来たニンブルに再度報告させていた。

 

 眩暈がしそうになりながらも、ジルクニフは提出された書類に目を落とす。

 

 帝国騎士 死傷者 0人

 

 王国兵  死者  0人

      重傷者 少数

      軽傷者 多数

 

 あり得ない数字だ。

 王国を疲弊させるために帝国が仕掛け続けてきたこれまでの戦争。収穫時期に二十万もの民兵を集めさせるだけで帝国の目論見は達成出来ている状態で、無理な戦いをして貴重な騎士を失うのは帝国としても痛手なのだ。陣形を敷いて待ち構える王国兵に軽く一当たりするだけで終わる戦争でも、少なからず死者は出てしまう。

 

 では、全く戦わずに終わったのかというと、それも違う。

 争いは在った。

 一方的な一撃が。

 

 アインズが巨大な黒い門から呼び寄せた軍勢。

 それは伝説のアンデッド、死の騎士(デス・ナイト)。それが三百体。

 そして死の騎士(デス・ナイト)が騎乗しているモンスター。判明したモンスターの名は魂喰らい(ソウル・イーター)。かつてビーストマンの国に三体現れた時に十万の被害を出した、この辺りでは目撃例のない超級に危険なモンスターが同じく三百体。

 この軍勢だけで周辺国家のほとんどが滅ぼされてしまうだろう。

 しかし、この軍勢は何もしていない。ただの見せしめで呼ばれただけの存在だった。

 

 ジルクニフは今回の戦争でアインズに一つだけお願いをしていた。

 

 『会戦の狼煙として最初にアインズの魔法を放って欲しい。出来れば最大魔法を』

 

 これはアインズの力を確認するため。要はアインズがどれだけのことが出来るのか、その基準を図るための策であった。

 

 ニンブルは当時の事を身振り手振り交えながら語る。

 

 アインズが腕を一振りする。それに合わせるように突如としてアインズを中心に、10メートルにもなろうかという巨大なドーム状の魔法陣が展開された。魔法陣は蒼白い光を放ち、半透明の文字とも記号ともいえるようなものを浮かべている。それはめまぐるしく姿を変え、一瞬たりとも同じ文字を浮かべていない。

 

 実際に目の当たりにしたニンブルはそのあまりにも幻想的な光景から目が離せなかった。

 そして、魔法陣が放つ光量が増し、発動した瞬間。

 

 世界が凍った。

 発動者のアインズの足元から前方、赤茶けた大地が広がるカッツェ平野が白銀の世界に包まれたのだ。

 範囲は平野だけに留まらず、王国軍最奥に構えていた部隊を越えて、遠く離れたところに見える森までもが凍っていた。

 

 ジルクニフとニンブルの理解の範疇を超えたものであるが、アインズが使ったのは超位魔法<天地改変/ザ・クリエイション>。それを特殊技能(スキル)で範囲拡大・強化させたもの。

 

 予定ではアインズが魔法を放った後に、帝国軍が突撃するはずであった。

 しかし、帝国が誇る騎士たちは放たれた魔法の圧倒的な規模に恐慌。アインズが通り道にあたる氷は解除させることは可能だと、ニンブルに言ったようだが、誰一人動くことが出来なかった。

 帝国騎士がより多くの血を流してアインズの代わりに戦ってこそ、貸しが作れるという計画が狂うこととなった。

 しかし、ジルクニフはニンブルや将軍を始め、誰も咎めるつもりはない。さすがにここまでの魔法を行使出来るとは思っていなかったのだから。

 

 帝国が誇る鍛え抜かれた騎士たち、後ろで見ていただけの彼らですらこの様なのだ。

 直接魔法を向けられた王国軍にもたらした影響は想像に難くない。あちらは碌に訓練されていない民兵ばかりの集まり。

 誰もが一目散に逃亡を開始。その際に転んだりした者が軽傷者の数なのだろう。

 大人数が混乱して、なりふり構わず逃げようとした場合。押し合い、圧し合いで死者が出てもおかしくはないが、凍った大地の上で速く走れることが出来なかったのが幸いしたのだろう。

 足を滑らせて転げながらも逃げ惑う王国軍の姿が目に浮かぶようだった。

 

 因みに重傷者にはボウロロープ侯爵と、その配下が大半を占めていた。

 いの一番に騎馬で突撃を行った彼らは氷に足を取られて落馬。骨折などで退却も中々すすまなかったようだ。

 

「……しかし、これは困ったな。結局帝国が貢献出来たことがほとんどないではないか」

 

 やったことと言えば、戦争の大義名分を立て────でっち上げだが────場をお膳立てしたことぐらいしかしていない。

 

「ナザリック地下大墳墓周辺の割譲の交渉を全てこちらでする必要があるな……最低でもエ・ランテルは渡してもらわないとな。アインズの力を背景に脅せば……」

「王国も素直に従うと思われます」

「そうだな。後は……戦勝記念パーティー。もしくは建国記念パーティーと銘打って帝国に招くのも良いか。戦争で何も出来なかった分、豪勢にすれば……」

 

 ジルクニフは早急に動き出す。

 

(出費がかさむが仕方がない。全ては帝国を守るためなのだ) 

 

 ジルクニフが忙しく動いている中。城の中庭で奇妙な笑い声を上げながら走り回っている老人を見かけたという噂が広まる。

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテル周辺がアインズの国になることはほぼ確定されている。

 守護者たちとの話し合いで決められた国の名は魔導国。

 魔導国を統べるは“魔導王”。

 “魔導王”アインズ・ウール・ゴウン。

 この名は後程大々的に発表されることとなる。

 そんな彼は今────。

 

 

「……本当に五千体居るな」

 

 アインズの呟きはすぐ近くに居なければ聞き取れないほど小さい。

 

 アインズは会戦前。帝国軍の駐屯地内に用意された天幕内で<遠隔視の鏡/ミラー・オブ・リモート・ビューイング>を使ってカルネ村の戦いを見ていた。

 カルネ村に迫る脅威に対して何もしないという選択は今のアインズにとってはあり得ない。

 不可視化したルプスレギナが待機しており、村人に被害が出そうな場合は預けてある軍勢を用いて助けるよう指示してあった。

 だが、村を守るための用意は虚しく空を切り、辺境の村を焼き討ちしようとした愚かな王族を討つに終わった。

 そのことに関してはどうでもいい。気になるのは────

 

(本当に居るよ。……どうすんだコレ?)

 

 アインズが今居るのはカルネ村の正門のすぐ外。見事な隊列で居並ぶゴブリン五千体を見渡していた。

 

「あ、あの、本当にどうしましょう?」

 

 エンリが戸惑いながらオロオロしている。

 この軍勢を呼び出したのは彼女だ。そのお陰で村が助かったのだからゴブリンたちに感謝はしているのは当然だが、この数をどう養って行くか。これから先を不安に感じていた。

 

「……ふむ」

 

 アインズが顎に手を当て考えこむ。

 そこに一体のゴブリンが近づいて来る。 

 

「お初にお目にかかります。私は指揮官をしておりますゴブリン軍師と申します」

 

 アインズに話しかけて来たのはヒゲを生やし綸巾を被り、羽扇を持ったゴブリン。その見た目は大昔のとある国に登場した有名軍師を思わせる。

 

「貴方様のことはエンリ将軍閣下から聞き及んでおります。閣下が忠誠を捧げる御方ならば我らもそれに従いましょう」

 

 先輩であるジュゲムたちに習い『お館様』呼びされてしまうアインズ。

 

 それからこれからの事を決めていく。

 

 まず住居についてはゴブリンたちだけでなんとかなると軍師は進言する。

 材料となる木材はトブの大森林から採れる。この世界の自然を無暗に壊したくないアインズは環境に気を配って行うよう指示し、ドルイドの魔法などの支援を約束する。

 

 衣服、装備品のメンテナンスについては軍団に一人だけいる鍛冶師がなんとかするつもりらしい。大人数になった村の鍛冶仕事を一人で担うのは難しいので、鍛冶についてはなんとかしなければならない。

 アインズは頭の中にメモをとっておく。

 

 最後に一番の問題、食料について。

 これはナザリックから供給するしかなかった。

 カルネ村に備蓄してある量は、ゴブリン軍師たちが召喚される前、百人ほどの村人に対してなら十分な量があるが、流石に五千体も増えると圧倒的に足りない。それとは別にナザリックに収めてもらった分はデミウルゴスの作戦で使用される予定なので回せなかった。

 

 軍師は手厚い支援を約束してくれたアインズに深く感謝しながら、軍を指揮していく。

 こうしてカルネ村は帝国をも凌ぐ武力を手にしたのだった。

 

 

 

 次にアインズは“フォーサイト”が暮らす家へと向かう。

 カルネ村に建てられた木造二階建てのログハウスは、全てがかなり立派に作られており、ある種別荘のような佇まいをしている。

 

 案内役のエンリが扉をノックして、中の住人にアインズの来訪を取り次ぐ。

 

「では、私は軍師さんたちの所に行ってますね」

 

 村の責任者であるエンリにはしなければならない事がいくつもある。

 ただの村娘であったのに、いつのまにか村全体を背負わなくてはならなくなってしまって大変だろう。しかし、村人を始め、ゴブリンたちの誰もがエンリを支えてくれている。

 言うなればアインズ(鈴木悟)と似た状況であった。

 

 突然の訪問にも関わらず、ヘッケランたちはこの村の大恩人の来客に快く応じる。

 ヘッケランたちの認識ではアインズ・ウール・ゴウンとは。

 辺境の村を襲った脅威から救い、その後を支援してきた人徳者。そして強大な魔法詠唱者(マジックキャスター)である。

 

 居間の簡素なソファーに腰掛け、テーブルを挟んだ反対側に別の椅子を用意したヘッケランたちが座る。

 

「さて、初めましてになるが私がアインズ・ウール・ゴウンだ。先の戦闘ではこの村を守るために君たちが尽力してくれたことに感謝している。それと君たちのことは聞いているので自己紹介は不要だ」

 

 モモンとして既に帝国で会っているアインズにとっては無駄なことなので省略。モモンだとバレないように威厳たっぷりの声で話すのも忘れない。皇帝にもバレなかっただけあって、気付かれた様子は微塵もないようだ。

 アインズは自身の魔王ロールの完成度の高さに満足する。

 

「初めまして。リーダーの……って自己紹介は要らないんでしたね。俺た、私たちにとっては当然のことをしたまでですから」

 

 “フォーサイト”にとっての恩人。モモンが懇意にしている村のためになるのであれば当たり前のこと。少しでも恩を返したいと思っていた。特にアルシェは妹のこともあり、まだまだ恩を返せていないと感じていた。

 

「君たちの思いに何か言うつもりはない。今日は君たちに一つ提案があってきたのだ」

「提案……ですか?私たちで出来ることでしたら」

「難しいことではない。実は私が支配している地でトブの大森林の奥地に蜥蜴人(リザードマン)の集落があるのだが、そことカルネ村との間で交易を手伝って欲しいのだ。村人たちは他種族に慣れて来ているとは言え、見たこともない種族に会えば戸惑うだろう。だから君たちに頼みたいのだ。ワーカーとして今まで様々な種族を見てきた君たちなら、初めて会う種族ともうまく交渉出来るだろうと思ってな」

「はっ?……えっ?蜥蜴人(リザードマン)ですか?」

「ちょ、ちょっと待って。えっ、トブの大森林を支配って聞こえたんですけど……」

 

 困惑したヘッケランを置いてイミーナが素っ頓狂な声をあげる。

 

 トブの大森林は入って直ぐであれば人の手が入った程度の森ぐらいの雰囲気しかないが、少し進めばそれまでの雰囲気は一変する。足場は悪く、頭上に茂った木々によって視界は遮られ、周囲は昼でも暗く、あちらこちらに闇がわだかまっている。この辺りからモンスターの姿が現れる確率も急上昇し、何時何処からモンスターに襲われるか絶えず注意をしなくてはならない。そのため原生林の冒険は非常に神経をすり減らす作業となる。

 それらの理由により探検する者は少なく、詳しい地形はあまり判明していない。どこかの国が本腰を入れて調査を行ったということも歴史上一度たりとて無い。森の奥にまで入っていけば希少で高価な薬草が豊富に自生しており、自然の宝として存在している。薬草に詳しい者にとっては宝の山である。

 一部の冒険者たちがロマンやこの地でしか取れない薬草などの宝を求めて冒険を繰り返してはいるが、多様なモンスターが住み脆弱な人間を拒む世界のため、帰ってこないことも多い人の支配が及ばない人類未踏の魔境だ。

 王国と帝国もトブの大森林は自領だと主張しているが、実際は管理も何も出来ていない口だけの主張である。

 

 そんな地を支配していると言っているのだ。

 

「内緒だぞ」

 

 アインズは指を縦に一本、口の前に立てて言う。

 別にバレても問題はないだろうが、自国を持たないアインズが人の支配に入っていない地とはいえ、勝手に支配下に置いたという事実は要らぬトラブルを招きかねない。白日の下に晒すのはまだ後で良いだろうと考えていた。

 

「……噂には聞いていましたが、とんでもないお方なのですね」

 

 ロバーデイクの呟きは彼ら共通の思いだった。

 

「えっと、それで蜥蜴人(リザードマン)でしたね。見たことがありませんが具体的にどういう種族なんですか?」

「ああ、彼らは────」

 

 アインズは蜥蜴人(リザードマン)の特徴を語る。

 

 トブの大森林にある、瓢箪をひっくり返したような形の湖の南側に集落があり、現在コキュートスが統治している。

 農耕や畜産の技術はなく、狩猟で80センチほどの魚を得て食料にしており、生食か干物にして食べる。火を使う調理は知識として持っていない。

 魚の養殖がデミウルゴスの指導でより優れた形になり、その巨大生け簀が製作されている。

 

 ”フォーサイト”に望むのは、魚しか食べない蜥蜴人(リザードマン)に他の食料、スープなどの人間社会で一般的に食されているものが摂取出来るようになるのかの調査、などである。

 雑食である蜥蜴人(リザードマン)は基本何でも食べられるはずであり、彼らの好むものが見つかれば、アインズが目指す他種族共存も更に進むだろう。

 ついでに蜥蜴人(リザードマン)から魚をカルネ村へと流通させていくのも良いと考えていた。

 

 ナザリックに滞在している蜥蜴人(リザードマン)たち相手にアインズがそれをしないのは、彼らに魚以外の物を与えた場合、何の不満も抱かずに食べることができてしまうだろうことが予想できるからである。なにせ彼らはアインズを神として崇拝しているのだから。

 彼らはよそ者を嫌う閉鎖社会で生きて来た。だからこそ、アインズの指示で強制力を発揮することなく、カルネ村から発信してほしいというのがアインズの思いであった。

 

 移動に関しても問題はない。

 アウラ主導でインフラ整備が行われ、道を歩くのに苦はなく、いずれは馬車での往来も可能となる予定だ。相変わらず道の周囲の視界は暗く、あちらこちらに闇がわだかまっているのは変わらないが、森全体がアインズの管理下にある以上、蜥蜴人(リザードマン)の集落とカルネ村間は安全そのものなのだ。

 

「……なるほど」

 

 アインズの話を聞いたヘッケランは頭の中で情報を精査していく。

 

「分かりました、お引き受けします。でも、その内容でしたら俺とイミーナの二人でやる方が良いと思うんです」

「ほう」

 

 ヘッケランの考えはこうだ。

 

 自分たちはワーカーとして数々の修羅場を潜ってきた歴戦のパーティーだと自負している。そんな“フォーサイト”が四人で蜥蜴人(リザードマン)の集落に赴いた場合、相手に要らぬ警戒心を与えてしまいかねない。

 かと言って武装を解いて行くのは不安が大き過ぎる。最低限、自衛が出来る装備は身に付けておきたい。

 

「それに俺とイミーナだけだったら……」

「……?」

「……ほ、ほら。イミーナってハーフエルフじゃないですか。他種族交流なら人とハーフエルフのペアでやる方が良いと思うんですよ」

 

 途中、頭にクエスチョンマークが出たアインズだったが、彼の弁も納得のいく理由だった。アインズとしてもチーム全員でやらせなければならない理由もない。

 

「私としてもそれで構わんよ」

 

 とりあえず話がまとまる。

 ヘッケランの横に座るイミーナが盛大にため息を吐いていた。

 

(そこはハッキリ言えばいいでしょうに、まったく)

 

ロバーデイクなどは心の中で仲間に毒づいていた。

 

「私が君たちと話したかったのは以上だ。では、そろそろ失礼させてもらうよ」

「────ちょっと待って下さい」

「ん?」

 

 立ち上がり外へ出ようとしていたアインズを、アルシェが止める。

 

 

 

 アルシェは目の前の黒髪の男。アインズ・ウール・ゴウンと会って話している間、ずっと違和感を抱いていた。

 村の人から聞いた限りでは弱き者を助ける人徳者にしてカルネ村の大恩人。中には毎朝祈りを捧げるほどの敬愛と尊敬を抱かれている優しい人。

 

 そして────偉大な魔法詠唱者(マジックキャスター)だと。

 

「────私は相手の魔法力を探知することが出来る。でも、貴方からはなんの魔力も感じることが出来ない。それはどうしてですか?」 

 

 正確には、魔力系魔法詠唱者に限り何位階まで使用可能か判別できるタレント(生まれながらの異能)。名付けるなら”看破の魔眼”。

 アルシェは目の前の男がアインズ・ウール・ゴウンではなく、誰かの変装、別人の可能性も考えていた。

 

「見えないってどういうことだよアルシェ? 村長からちゃんと紹介されたじゃないか」

 

 仲間の言葉を聞いても、アルシェは警戒を緩めることなくアインズを見据える。

 

「なんだそんなことか。私は外に出る時は探知系から完全に身を隠すマジックアイテムを装備しているのさ。その証拠に……」

 

 アインズが右手の小指に嵌められた指輪を外す。

 その瞬間。

 

 アルシェの視界は閃光に包まれた。

 

「う、うぷ!」

「えっ?」

「お、おいアルシェ?」

 

 ヘッケランの呼びかけに答える余裕もなく、アルシェは部屋奥にある洗面所へと口元を抑えながらダッシュする。

 

「ちょ、ちょっと大丈夫!? どうしたっていうのよ!?」

 

 洗面所から聞こえてくる音は聞かないでおいてあげた方が良いだろう。

 

「…………」

 

 アインズはなんとも言えない気持ちでスッと指輪を元の指に嵌める。

 

 

 

「────あ、あの。本当にすみませんでした……いきなり、あんな……」

「いや、気にすることはない。事情は先ほど聞かせてもらったから」

 

 嘘だ。

 本当はめっちゃへこんでいる。

 アインズとして会うのは初めてなのにいきなり吐かれたのだ。しかもまだ少女と呼べる女の子に。

 タレントが原因と知るまで、自分の顔は吐く程気持ち悪かったのかと悲しくなってしまっていた。それがまだ尾を引いている。

 

 

 

 ロバーデイクに<獅子のごとき心/ライオンズ・ハート>を掛けてもらい、水を飲んで心を少し落ち着けたアルシェは先ほどの光景を思い出す。

 

(信じられない魔法力。明らかにパラダイン様以上の……)

 

 世界が真っ白になったようだった。

 そして、アインズから凄まじい勢いで吹き上がる青と赤のオーラ。

 

(一体何位階魔法まで行使出来るの? 御伽噺や伝説の……ううん、ひょっとしてあれが神話級の……)

 

 再びソファーに座り、どこか困ったような様子のアインズ。アルシェから見た今のアインズの印象は穏やかで優しそうに見える。先ほどまでの風格を感じさせる渋い声はそのままに。そして、内包するその力は到底計り知れない。

 アインズのことを考えていると、後ろからアルシェにとって愛しい声が聞こえて来た。 

 

「おねえさま。大丈夫?」

「顔色わるいよ」

「クーデ、ウレイ。二人とも下りて来ちゃったの?」

 

 あまり顔色の良くないアルシェを心配して覗き込むようにしている双子。

 二人はアインズが来た時に、失礼が無いようにと二階へと連れて行かれていた。しかし、好奇心旺盛な双子は二階の階段部分から顔をひょっこり出してアルシェたちを覗いていたのだ。

 大好きな姉の急変を心配して、下りて来たのだった。

 

「────大丈夫だから。心配してくれてありがとう」

 

 アルシェは心配してくれている優しい妹の頭を撫でようと手を伸ばす。

 だが、伸ばした手はスカっと空をきる。クーデリカもウレイリカもアルシェから離れトテトテと歩いて行く。

 その目標は────。

 

「モモンさま。お姉さまをいじめちゃだめ~!」

「め~! モモンさま」

「ちょ、私はいじめたわけでは……」

「そ、そうよ。その人は何も悪く……」

 

 アインズ・ウール・ゴウン。ナザリック外でも一部の者は彼がどんな容姿をしているのか知っている。

 “フォーサイト”と双子とは今回が初対面なのは間違いない。

 ところが双子は黒髪黒目のアインズに対して今なんと言ったのか。

  

「「えっ?」」 

 

 双子を除く全員の声がシンクロした。

 

「……な、何を言っているのかな? 君たちは。私の名はアインズ・ウール・ゴウンと言うのだよ」

 

 沈静化しない精神を根性で抑え込んだアインズはなんとか何時もの低い声を出すことが出来た。骨であればかかない冷や汗を流しながら。

 

「えぇ~、どうしてウソつくの?」

「ぜったいモモンさまだよ」

「「ねぇ~」」

 

 お互いの顔を見ながらハモらせる双子に、どうしたら良いのかと困惑している“フォーサイト”の四人。

 

「だ、誰かと勘違いしているようだな。私はアインズだ」

 

 何か確信があるのかもしれないが、再度否定するアインズ。

 

「モモンさま。わたしのこと忘れちゃったの?」

「えー! そんなぁ!」

 

 泣きそうな顔。いや、既に目の端に涙が溜まってきている。子供がギャン泣きする一歩手前。所謂、充電中というやつだ。

 

「……はぁ、参った。 降参だ」

 

 両手を上げて降参のポーズをとるアインズ。流石に幼い幼女を泣かせてまでウソを吐き通す気は起きなかった。

 

「えっ、じゃ、じゃあ本当に?」

 

 ヘッケランの問いかけに応える意味で魔法を使い、その身に漆黒の鎧を纏わせる。

 驚きを隠せない四人。

 魔法詠唱者(マジックキャスター)でありながらアダマンタイト級の戦士にまで上り詰めているというのが信じられず、言葉を失う。タレントにより魔法の力を見たアルシェの反応は特に顕著だった。

 

 黙り込んでしまった四人を取りあえず放っておいて、双子に確認をするアインズ。

 

「教えて欲しいのだが……どうして私がモモンだと分かった?」

 

 それは、正に子供に話しかけるような優しい声色だった。

 

「え~、だって」

「それは~」

「それは?」

 

「「モモンさまだから」」 

 

 答えになっていない。

 帝国皇帝でさえ気付かなかった声で判断したのではないだろう。

 理屈などではないのかも知れない。

 今後の参考にはならないが、純真無垢な子供だからこそ分かったのかもしれない。

 

 その後、アインズは四人に冒険者モモンとして活動していた理由────情報収集と資金調達────を簡単に説明する。

 最後に────

 

「内緒だぞ」

 

 そう言ってナザリックへ帰ろうとするアインズ。その背中に向かって。

 

「「また遊びにきてね~」」

 

 声をかけてきた双子に軽く手を振り、去って行く新たな国の絶対支配者。

 

 そして、我が家であるナザリックには、そんな圧倒的支配者を戦慄させる事案が待っていた。

 

 

 




戦争描写は王国軍視点で書いていたんですが、原作にない部分を書いてたら冗長に感じてしまいカットすることにしました。すみません。
ガゼフは生きてます。良かったね。

アルシェがその場で即吐かなかったのは敵対している訳でもなく、緊張と恐怖がなかったからちょっとだけ耐えれた感じです。



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29話 現実世界では必要無い

誤字脱字報告ありがとうございました。
ちょっと短いよ。


「……何?」

 

 ナザリックのいつもの執務室。アインズは特に意識しなくとも、自然と支配者としての振舞いが出来るようになっていた。おまけに相手が委縮してしまいそうになるほどの存在感を無意識に放てるようにも。

 いつまでも地下に潜っている訳にはいかない。新たな国の王となる覚悟を決めたアインズの姿は、誰が見ても畏敬の念を抱かせるには十分。アインズの傍に控えている守護者統括も、愛する者の姿に、心の中で「かっけぇ~。アインズ様かっけぇ~」などと呟いていた。

 

 しかし、そんな支配者としての威厳も、今は若干かげりが見えているようだ。

 

「武……道……会?」

「あ、いえ。失礼致しました。私の活舌がよくなかったようです。ごほん……舞踏会であります」

 

 机を挟んだアインズの向かい側で一枚の羊皮紙を広げ文面を読み上げているのは、帝国との同盟のすり合わせを行うためにナザリックに残ったロウネ・ヴァミリネンである。

 手に持っている羊皮紙は、帝国から送られてきた使者が持って来たもの。

 

 それは3日後に城で行われる戦勝を祝う式典の案内だった。その中には建国祝いと同盟祝いも含んでいた。

 アインズも自分がその式典の主賓の1人だというのは理解できる。上手くこなせるか不安な所があるが、3日もあればだいたいの流れは暗記できるだろう。

 そんな思いで聞いていたアインズは「舞踏会が開かれる」という言葉に思わず問いかけてしまった。

 聞き間違いであってほしかったが、残念ながらそうではないらしい。

 

「……? どうかなさいましたか? 何か私がお気に障ることを……」

 

 尻すぼみに声が小さくなり、震えだしたロウネ。

 

「ぁ、いや、何でもないとも。用件は理解した。皇帝にはよろしく伝えておいてくれ」 

「は、はい。では、失礼致します」

 

 深々と腰を曲げた礼をとり、今日のアインズ様当番のメイドによって開けられた扉の先でもう一度礼をとって去って行く。

 異形種ばかりのナザリックに彼一人で過ごすのは相当なストレスだろうが、それも三日後の式典までだろう。デミウルゴスとのすり合わせが終わった彼が帝国へ戻る際には、好評だったナザリックの飲み物や酒などを土産に渡すのも良いかもしれない。

 

(……と、人の心配している場合じゃない。ええと、まずは……)

 

「如何なさいましたか? アインズ様」

 

 少し様子がおかしい支配者を心配したアルベドが前かがみで伺うように訪ねてくる。

 

「……うぅむ」

「……?」

 

(言っていいんだろうか? 舞踏会でダンスなんて踊れませんって)

 

 可愛らしく首をキョトンと傾げているアルベドを見る。

 彼女だけに留まらず、ナザリックの誰もがアインズに絶対の忠誠を誓っている。それは異世界に転移して来てからずっと見てきたので最早疑ってはいない。

 

(むしろ何でも出来る支配者像を少しでも崩すチャンスなのか?)

 

「アルベドよ……。私は実はダンスというものが出来なくてな。……失望するか? ナザリック地下大墳墓の主人たる私がダンスを出来ないことを」 

「いえ、そのようなことは決してございません」

「ほぅ(あれ?)」

 

 アルベドは即答でかえす。

 

「アインズ様に苦手とする分野が無ければ、私たちが存在する意味がありません。私たちの喜びはアインズ様のお役に立つこと、なのですから」 

「……そうか、それは礼を言わせて貰おう。それではアルベドはダンスが出来るか?」

「申し訳ありません、アインズ様。私もその分野は習得しておりません」

「まぁ……そうだろうな……」

 

 予測された答え。というよりもナザリック地下大墳墓にダンスが出来そうなNPCは記憶に無い。

 

「では、ナザリック内にダンスが出来そうな者に心当たりはあるか?」

「守護者の中には居りません。デミウルゴスなら知識ぐらいは持っているかと。それと、セバスは王都に赴いた際にそういったことに触れている可能性があります。後は……っ!」

 

 ナザリックの全てを管理しているアルベドが自分の知識を探っている中。何かに思い当たったのか、ハッとした様子を見せる。しかし、その表情は非常に嫌なものに思い当たったように見えた。

 

「どうしたアルベド? 誰か心当たりがあるのか?」

「い、いえ。……あの……はい。ではセバスとデミウルゴスも呼んで参りますので」

 

(アルベドにしては歯切れの悪い返事だったな。しかし、ダンスを知っている者が居るなら有難い)

 

 アインズは少し気が楽になり、椅子の背もたれに体を預ける。

 

 

 

 しばらくしてアルベドが(くだん)の者たちを連れて戻ってくる。

 結果、セバスもデミウルゴスもダンスに関しては詳しくなかった。

 それならばアルベドにそう伝えるだけで、態々ここまで足を運ぶ必要はないんじゃないかとアインズは思ったが、セバスもデミウルゴスもアインズに会える機会を逃したくなかったのだった。それがアインズが求める内容でなかったとしても、何か役に立てることがあるかもしれないと信じて。

 

 それはそれで全くもって構わない。彼らの頑張る姿はアインズにとっても嬉しい限りだ。ちょくちょくプレッシャーに襲われてしまうが。

 

 ふと彼らを執務室へと連れて来たアルベドが執拗にある一点を見ようとしていないのにアインズは気付く。無視しているのではなく、意識して見ないようにしているようだった。

 その一点とは、デミウルゴスの後ろに隠れていた者。いや、隠れるというより体が小さいのでアインズからは丁度見えないだけであった。その者が横にズレて姿を現す。

 

「────アインズ様、久しぶりにお会いできて、我輩嬉しく思います」

「恐怖公!?」

「ははぁ! アインズ様。忠義の士、恐怖公でございます」

 

 すっと礼儀正しいお辞儀を見せる。デミウルゴスに匹敵するだけの優雅さだ。

 

(その体でどうやって腹の辺りを曲げた?)

 

 アインズは内心驚愕しつつも、冷静に答える。 

 

「良くぞ来たな。それで……用件は?」

 

「おや? アルベド殿から聞きましたが、ダンスを指導できる人物を探していると聞きまして、我輩、これは駆け参ぜねばと思った次第です」

 

 アインズは恐怖公を眺め、複雑な感情を抱く。

 どこの世界にゴキブリにダンスを教わる者がいるのだろう。

 人類始まって以来のゴキブリにものを教わる人間。アインズは言葉で表現出来無い感情に襲われる。

 しかし、それしかないのであれば────

 

「……よろしく頼むぞ、恐怖公」

「畏まりました、アインズ様」

 

 耳障りの良い声で、心強い返事で応えてくる。目を瞑っていれば、きっと高貴な貴族がそこに居ると思ったことだろう。

 

「それで私のダンスの相手は……恐怖公なのか? それとも別のメスゴキブリなのか? 流石に1人でエアダンスというのはちょっと厳しいんじゃないか?」

「いえいえ。吾輩や他の同族では流石にサイズが違いすぎまして問題がありましょう。そしてお一人では成長が鈍ります。やはりパートナーあってのダンスですとも。それで、どなたか他にダンスを得意とする方はおられないのですか? 出来ればアインズ様が踊られる国の社交事情についてある程度の知識がある者がよいのですが?」 

 

(そんな相手が居たっけ?)

 

 ダンスが踊れて、帝国の社交事情に詳しい者。

 アインズが頭を悩ませていると、デミウルゴスが声を上げた。

 

「そういえば、カルネ村に一人、帝国貴族の娘がおりませんでしたか?」

「……ああ。アルシェか」

 

 ポンっと手を叩き、彼女が元貴族だった事を思い出す。最近会ったばかりなのに他に驚くことがあって────クーデリカとウレイリカに正体を見破られた件だ────すっかりと忘れてしまっていた。

 更にセバスからも声が上がる。

 

「……確かもう一人、レイナースと言う女性がおられましたね」

「……何?」

 

 アインズは怪訝な様子でセバスを見る。

 

「……セバス、その情報をどこで聞いたのだ?」

 

 アルシェたち“フォーサイト”はカルネ村に移住した際に一応の保護対象となり、ナザリック内での情報共有を行ったため守護者たちが知っているのは分かる。

 だがレイナースは違う。彼女と関わったのは冒険者モモンとして、ナーベラルを伴わない一人での観光旅行の時のことだ。

 超位魔法の実験結果はアルベドに伝えはしたが、レイナースはアインズ(モモン)の指示で、その後も帝国四騎士として従事することになっている。

 こちら側の所属でない者────いずれは来るかもしれないが────現在他国に在籍しているレイナース個人については、ワールドアイテムを持って来たマーレ含め、ナザリック内の誰にも話していない。

 それが名をあげたセバスは元より、アルベドもデミウルゴスも彼女のことを知っていた様子に疑問を覚える。

 

「はっ、私が聞いたのはアルベド様からですが、情報をもたらしたのはハンゾウと聞き及んでおります」

(アイツかぁ~)

 

 確かにアインズ一人では心配だと言われてハンゾウを連れていた。

 

(『報連相』を大事にするのは組織として当たり前だけどさぁ。これじゃ俺のプライベートなんて無くないか? いや、心配してくれているのは分かるんだけど、これでは……)

 

 一人の時間が無さすぎる。

 ナザリックに居る時は常にメイドが近くに仕えていて一人っきりにはなれない。半ば無理やり休暇制度を導入したが、アインズに仕えることを至上の喜びと言って憚らないメイドたちを無下にするのもアインズとしてはあまりしたくない。

 

 アインズは今後、帝国に行った時のように一人で行動する時は誰の目もないようにしようと心に決める。

 ハンゾウは優秀なのだから他で使う方が良い。万が一アインズが一人で居る時にプレーヤーが襲って来たとしても確実に逃げられるだけのアイテムは持っている。

 

「成程、二人居られるというのでしたら更に上達出来るでしょう。吾輩、ダンスの基本は教えられますが、その国特有の習わしなどはやはりその国の者に教わるのが一番ですから。ダンスパートナーに一人、指導側に吾輩ともう一人で完璧でありますな」

 

 恐怖公が前足をワキワキさせて張り切っている。横に立つデミウルゴスも賛成の言葉を綴る。

 

「ふむ、あの帝国騎士であればアインズ様への恩もあって断らないでしょう。それに私が見た限りですが、彼女は冒険者モモンとアインズ様が同一人物だと知っても何か問題を起こす可能性は皆無だろうと思います」

(そうなの?)

 

 良く分からないがデミウルゴスがそう言うのであればそうなのだろう。

 

 式典に向けての準備が始まる────前に一つ厄介な問題が浮上する。

 それは式典本番でのアインズのパートナーを誰が務めるのか?

 

 部屋の扉を勢い良く開け放って入って来たシャルティア────何時聞きつけたのか────とアルベドがパートナーの座をかけていつもの争いを始める。

 

 しかしその争いはとある一言により終焉を迎える。「出来れば本番時にアインズ様のフォローが行える経験者が望ましい」。恐怖公の言葉はアインズにとって背中を押してくれる内容だった。これにより、アルベドとシャルティアは悔しさにハンカチを噛みながら折れることとなった。

 ────今回は。

 

 

 

 

 

 

「背中が丸まっておりますわ。指もしっかり伸ばして下さい」

 

 ここはナザリック地下大墳墓 九階層。 

 演劇、コンサート、ライブ?、スポーツ?、展示会など、様々な公演やイベントに使用される『多目的ホール』の舞台上にレイナースの指導の声が響き渡る。  

 

 帝都一等地で一人暮らしをしているレイナースの元に一人の銀髪の鋭い目をした執事がやってきた。

 「冒険者モモンと所縁がある」

 その言葉を聞いて、警戒を緩めて部屋に通すことにした。

 そして話を聞いた私は喜んで協力を了承した。

 勿論、話の内容に驚きを隠せなかったが、私にとっては関係がない。

 呪いを解いてもらった恩に、少しでも報いる機会なのだから。

 帝国には少しだけ暇をもらう。と手紙を残して来たので大きな騒ぎは起こらないだろう。

 

 音楽が終わり、ダンスも止まる。

 

「お疲れでしょう。一度休憩を挟まれては?」

 

 舞台上で練習していた二人に近づく。

 アインズは難しそうな顔をしている。練習相手をしていたアルシェには疲れが見えていた。

 

「いや、私はいい。ようやく感覚が掴めてきたところだ。アルシェは少し休んでいるといい」

「────は、はい。では、すみませんがレイナースさん」

「ええ。分かりましたわ」

 

 練習が始まってからずっとこんな感じだった。

 アルシェとレイナース。疲れが見え始めたら交代を繰り返している。その間アインズは一度も休憩を取っていない。

 

「アインズ様。もう少し肩の力を抜くと良いですぞ。リラックスしてリズムに乗るのです」

 

 もう一人、いやもう一体の指導者がアドバイスしている。

 レイナースもアルシェも、出来るだけこの声の主を見ないように心がけている。

 アドバイスは的確だし、その振舞いや話し方も非常に紳士的だ。

 それだけで見れば好感を抱いてもおかしくはないが、それは絶対に起こりえない。

 ここナザリック地下大墳墓が異形の者で溢れているのは事前に聞いていたが、コレはないだろうというのがレイナースとアルシェ共通の思いだ。

 ナザリックの皆が皆、アインズ(モモン)に絶対の忠誠を誓っているのも聞いていた。種族は様々で、アンデッドから悪魔。ドラゴンまでをも支配に置いている黒髪の青年。

 本当に何者なのだろうか。

 執事が言っていた神をも超える至高の御方という呼び名。

 そのフレーズはとても納得がいくものだった。アルシェとも話してみたが彼女も同様のことを思っている。

 

 しかし、レイナースは疑問に思うことがあった。

 立ち方に歩き方、足のポジションを確認していたアインズが怪訝そうなレイナースに気付く。 

 

「ん? どうした? レイナース」

「……あの、どうしてそんなに頑張るのですか? 貴方ほどの力があれば練習などしなくとも……」

 

 そもそも無理に踊らなくても良いのだ。

 確かに社交界の催しとして頻繁に行われている舞踏会では、貴族や富裕層たちはそれらを鑑賞するだけでなく参加して踊ることも出来なければならない。人前で披露できるだけの教養や技術が必要とされる。

 碌にダンスが出来ない貴族は教養無しと後ろ指を指され侮られてしまう。プライドと面子を潰された者は貴族社会で生きてはいけない。そういう世界なのだ。

 しかし、アインズは一国の王となる身。

 過去の皇帝の中には踊りが好きで、毎日ダンスのレッスンを欠かさなかったと言われていた者もいたようだが、現皇帝のジルクニフは踊りの教養はあっても実際に踊ることは少ない。

 王国のランポッサ三世も当然踊りを習得しているだろうが、あちらは年齢を理由に踊りを断ることもあるだろう。

 

 主催者に合わせて、同じ国のトップのアインズが踊らない選択をするのも有りなのに。 

 

 アインズは「そうだな」と、前置きして顎に手をやる。少し間を開けて。

 

「……貴族社会や社交界では教養が無い者は侮られるというのは理解している」

 

 痛いほどに。

 王国の使者がナザリックに訪れた時、もしアインズが貴族社会の教養に詳しければもう少し上手く対応出来ていたかもしれなかった。そのせいでシャルティアとユリを酷く落ち込ませてしまった。

 結果的に二人共気に病むことはなかったが、それでも。とアインズは今でも思う。

 

「私自身が侮られるのは別にどうでもいい」

 

 これはアインズの本心。アインズ自身、自分が大した人間じゃないと思っている。

 

「だが、そのせいで大事な者たちまで侮られるのは許容出来ない。ナザリックの支配者として、国のトップに立つのだから、不得手だからと何もしない訳にはいかない。それらも身に付けておく必要があると思っている」 

 

 だから頑張るのだ。

 

「……良く分かりましたわ。では、レッスンを再開しましょうか」

「うむ。よろしく頼む」

「あ、もっとお互いの腰を密着させた方がやりやすいですわよ」

「こ、こうか?」

 

 音楽が流れ始める。

 

「おお、良くなっております。その調子ですぞ」

  

 巨大ゴキブリが絶賛している中、二人の様子を見ていたアルシェはなんとなく面白くなく、ムッとした表情をしていた。

 

 

 

 




web版でシャルティアをなんちゃって殺害した人が居ますが、残念ながら彼女がパートナーに選ばれることはなかったのでした。ゴメンね。

王様って舞踏会で踊らなきゃならないのかな?理由があれば断っても問題ないとは思うんですが。
調べてみたけど良く分からなかったのでツッコミは無しの方向でおなしゃす。


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30話 舞踏会

誤字報告ありがとう御座います。
前回短かったので、今回はちょっとだけ割り増し。


 舞踏会とは単に踊るだけの会というわけでは無い。それは1つの権力闘争の場であり、縁故(えんこ)を強めるための場所でもある。

 それも今回の舞踏会は皇帝が開いたものであり、つまりは今回の場所に来た者は、皇帝の声がかかったある程度の地位のある者ばかり。皇帝の招きに逆らえる貴族は少ないために、結果として派閥を越えて様々な貴族達が集まることとなる。

 

 広すぎでも狭すぎでもない、相応しい様式を整えた部屋にはいまや多くの貴族達が華やかな格好で集まり、穏やかな表情で談話をおこなっていた。天気の移り変わりや、自らの趣味などの穏やかな話を語り合っているが、それは表面的なものでしかない。

 夫人や連れられた息女などの女達も互いの服装などを微笑みの仮面の下で観察し、自分達の敵となる人物を探しており、たわいも無い会話に紛れて棘をぶつけ合っていた。

 

 ある意味、今回の舞踏会こそ貴族社会の醜悪な部分を集約したものといえよう。

 

 そんな彼らの話題として最新のトピックスは新たに国を興した人物だ。

 先の戦争で圧倒的武力を知らしめたと噂される強大な魔法詠唱者(マジックキャスター)

 より上位の貴族は噂という曖昧なものではなく、どのような事が起きたのか詳しく知る者もいた。

 あの鮮血帝と呼ばれる皇帝が同盟を組むと決めたほどの人物。上手くお近づきになれればどれほどの利益を得られるというのか。

 また、新興国というのもねらい目だ。国土が周辺国家と比べてかなり小さく、政治的、経済的にも同盟国である帝国の貴族が介入する術はあるはず。

 

 ここに集まる者全て────とまでは言わないが。談合、他派閥との交渉、威圧など、そういったドロドロとしたものが渦巻いていた。 

 

 

 

 部屋の一角。真紅の絨毯が敷かれた階段が伸びているその上はちょっとしたテラスのようになっていた。階段突き当たりはカーテンが垂れているが、その奥にさらに道が続いている。

 

 テラスに一人のでっぷりとした男が、見た目とは裏腹な、品の良い声を上げた。さほど大声を出していないというのにも関わらず、広い室内に響き渡る。

 呼んだのは貴族の名前だ。

 それに伴い、カーテンが開かれる。

 そこに立っていた2人の男女が集まっていた貴族達の様々な感情を含んだ視線を浴びながら、微笑みを浮かべ優雅に階段を降りはじめた。その男女が下まで降りきれば、再び貴族の名が呼ばれ、カーテンが開かれる。

 それを繰り返し、幾人もの貴族達が優雅にパーティー会場に入場している。

 

 そことは別に、舞踏会場で一段高くなった場所。

 テーブルと何席ものイスが置かれており、四隅を武装した騎士達が守っている。最強と名高い帝国四騎士が守るその場所はいうまでもなく皇帝たる人物が座す席だ。

 

 しかし、そこに腰掛けている者はいない。

 

 通常、主催者であれば最初にここに来て、招いた客を歓迎するのが普通である。しかし絶対的な権力を持つ、皇帝に関しては話は別だ。皇帝こそ最後に呼ばれる名前である。

 

 だが、会場中の予想を裏切り、件の人物が呼ばれていないにも関わらずバハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスが呼ばれる。

 慌てたように貴族達が頭を下げる中、貧しいともいえるような質素な格好をした女性を連れたジルクニフが階段を優雅に下りる。

 二人はそのまま進むと帝国四騎士に囲まれた壇上の席に座り、テラスに立つ男に合図を送った。

 

「皆様、これよりアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下のご来場となります」 

 

 

 

「ようやくか。随分と待たされるものなのだな」

「────アインズ様。後に呼ばれるほど皇帝陛下が重要視している証です」

「それは分かっているが……」 

 

 ジルクニフがアインズの位置付けをどうしているかを貴族内に知らしめるためなのは理解していても、こういう場に慣れていないアインズとしては入場ぐらいサッサと済ませてしまいたいと思っていた。

 

(貴族社会とは面倒くさいものだなぁ)

 

「あっ、カーテンが開かれます」

「おっと、ではアルシェ。手を」

「────はい」

 

 開かれていくカーテン。その先を、まずはメイド服を着たプレアデスの六人が進んでいく。

 静寂の場へと変わった会場、楽団ですら演奏することを忘れてしまっていた。

 プレアデスが左右に並び、互いあわせに向き直ると、背筋を伸ばし、綺麗な姿勢で頭を垂れる。それはまさに主人の登場を待つ、メイドの見事な姿である。

 

 貴族たちの目は余りにも美しいメイドに釘付けになっていた。

 綺麗に着飾った女たちも例外なく。

 

 そして、新たに姿を現した男女を捉える。

 一人は見事なまでに美しい、純白のタキシードをスラリとした肢体に纏った男だ。

 白金を使っていると思わせる輝きを放ち、一着で大貴族の一族の一年の生活を支えることすら余裕であろう金額が予想できる服だ。その顔つきはとても穏やかで、優し気でいながらも意思の強そうな瞳をしている。この辺りでは珍しい黒髪黒目は独特の魅力を放っていた。

 

 男に手を預けながら降りてくる少女もまた美しかった。

 ワンピース型で袖はなく、胸と背を広くあけている淡い桃色のイブニングドレス。

 腕はオペラグローブ(長手袋)を着用し、スカートが床まであるので見えにくいが、靴もドレッシーなものを履いている。その一つ一つが魔法的な輝きを放っているのが目の肥えた貴族たちには理解出来た。隣の男の衣服と同等、あるいはそれ以上だと感じさせる。

 

 艶やかな金髪の髪は肩口あたりでざっくりと切られた気品のある美しい顔立ちをしている。

 顔に施しているのが僅かな紅だけ、その可憐さは決して化粧によって作られたものではなく天然のもの。

 

 このコーディネートはパンドラズ・アクターによるもの。

 偉大な父のパートナーを務めるアルシェのために、張り切った領域守護者が宝物殿から見繕った物だった。

 と言ってもナザリック感覚ではそれ程貴重な物ではない。あくまで見た目重視で選ばれている。

 

 ワーカー時代で痩せ気味だった肉体も生活環境が変わったお陰か、今では女としてそれなりに肉付きが良くなってきている。下着がきつくなってきたため新調しなければと考えるぐらいに。

 

 アルシェに施されたのは他にもあった。

 アインズの練習相手を空けている間に、第九階層にある『エステサロン』という場所へと連れて行かれていた。

 そこには専用のメイドが待機しており、痩身や脱毛、美白などの美容術を受けることとなった。

 

 元々可愛らしい顔立ちをしていたアルシェだが、着飾った令嬢となったこの姿は「プレアデスにも引けをとらない」とレイナースに言われたのは素直に嬉しかったりする。

 

 アインズも同様の思いを抱いていた。

 ハムスケの瞳を『英知溢れる』などと評された例があったり、どうもこの世界の感覚はどこかおかしいと思っていたが、容姿の美醜に関しては違いがない。アルベドやシャルティア、プレアデスなどの絶世の美女、美少女を見慣れたアインズからしてもアルシェは十分美少女だと思っていた。

 

 会場の貴族たちの様子を見ればメイドだけにではなく、アルシェを見て感嘆しているのが嫌でも分かる。

 こういった場では基本的に女が主役となる。女の方が男よりも宝石などの装飾品で、より着飾ることが出来、見栄えが良いのだから。

 もう一つ、この場において女というのは男の身を飾る宝石のようなもの。女が輝けば輝くほど、それを連れた男の力を誇示する面がある。宝物殿領域守護者が張り切るのも至極当然の流れであった。

 

 だからこそ全ての貴族達が理解する。

 魔導王がこれ以上無い宝石でそれも無数に身に飾っているということが、どの貴族もが足元に及ばないだけの力を持つと言うことを。その中には皇帝すらも入っていることも。

 

 魔導王の一団が皇帝のいる場までゆっくりと進む。

 魔導王アインズと皇帝ジルクニフ。互いの名を呼び捨て合い、抱き合い、軽く背中を叩く。それは王族としての態度ではなく、男友達の姿だった。

 

「さぁ、私の新たな友人も来たことだし、舞踏会を始めよう」

 

 

 

 ジルクニフの話は上手く、面白い。

 身近な題材を会話のネタにしながらも、引き込まれるような話の展開や描写だ。そして上手いタイミングでこちらにも話を振って、会話を引き出してくる。まさに完璧なホストであった。

 アインズのホストがジルクニフなら、アルシェのホストはジルクニフが連れた女性、ロクシーが務める。

 

 アインズの様子を周りの者が見れば、とても落ち着いて見えることだろう。

 内心、この後のダンスが不安で一杯なのを悟られないよう必死だとは気付かず。

 

 アルシェは別の要因で少し落ち着かない様子だった。

 没落したとはいえ、彼女は元は帝国貴族。

 それが他国(魔導国)側で出席しているのだから、どういうことだと思う者は当然いることだろう。

 アルシェからすれば、もう帝国貴族ではないのだから咎められる謂れはない。と主張しても特に問題にはならない。

 皇帝と魔導王の先ほどのやり取りを理解していれば、パートナーであるアルシェを貶める行為は二人の王を敵に回すようなもの。そんな愚かな者はこの場にいない。

 

 アルシェもその辺のことは良く分かってはいる。分かっていても、いざこの場に来るとどうしても考えてしまうのだ。

 

 この場は皇帝自ら開いた特別な舞踏会。つまり地位は勿論、皇帝の覚えの良い貴族しか呼ばれていない。

 フルト家は帝国貴族として100年以上帝国を支えてきた名家であった。当然、アルシェは貴族令嬢として舞踏会などに何度か参加したことがある。

 この場に、当時のアルシェが顔見知りになった貴族は────

 

 少なかった。

 

 没落前にフルト家が参加していた貴族の集まりも、鮮血帝の改革の一環で貴族位を剥奪された家がほとんどだった。

 『類は友を呼ぶ』という言葉がある。

 

 少なからずいるアルシェと面識のあった者も、フルト家の娘だとは気付かない。

 メイドの美しさに魅了された者。

 豊満な胸や臀部に目が釘付けな者。

 

 しかし、そんな中でもアルシェに気が付いた者はゼロではなかった。

 

 

 

 アインズはジルクニフとの楽しいお喋りだけで、今日はもう帰りたい気分だった。

 しかし、現実は甘くなく、アインズの聞きたくなかった単語がジルクニフより紡がれる。

 

「そろそろ良い時間だな。主賓に代表して踊って欲しいのだが……本来なら私達も一緒に踊るのが基本なんだが……」

「ああ、言いたいことは分かっているさ」

 

 アインズはそう告げてゆっくりと立ち上がる。アルシェの名を呼び、手を引いてエスコートする。

 

 警護として立っている帝国四騎士の一人。レイナースをチラリと見ると、パチッとウィンクを送ってきた。

 それはアインズとアルシェに向けたエール。

 アインズとアルシェは目だけで返事を返す。

   

 恐怖公の監修の下、ダンスの練習はみっちりと積んだ。

 アルシェとレイナースが交代で休む中。アインズは休息や睡眠をアイテムで無効化してずっと励んだのだ。 

 短い時間ではあったが、その内容は非常に濃い。数日の訓練は、普通の人間であれば数週間にも匹敵するものだっただろう。

 

(人事を尽くして天命を待つだ。最大限の努力をしたのだから、結果がどう出ても後悔はない……はず)

 

 アインズの心境はそんな感じだった。

 アルシェもレイナースからの励ましを受けたせいか、先ほどとは打って変わって落ち着いた様子を見せる。

 

 楽団が奏でる曲が変わった。

 

 

 

 

 

 

(お、終わった)

 

 人生が終わった。ではなく、一度のミスもなくダンスをやり切った安心感からの心の呟き。

 べっとりと汗で濡れているような気がする。しかし、それは気のせいだ。対策としてアインズのタキシードは常に快適な状態を着用者に与えてくれている。汗などはそうそうかかないし、かいても下に着ているインナーが即座に吸収・分解してくれるのだ。 

 

 万雷の喝采を全身に浴びながらジルクニフとロクシーがいる元の席に戻る。

 二人共笑顔で拍手して迎えてくれる。ダンスについても褒めてくれる。皇帝の目から見ても合格ラインを超えたようだ。

 

 それより目に付いたのはレイナースだった。

 会場の誰よりも大きな音を立てて拍手している。

 頭をうんうん、と上下に振り、感動しているようだった。

 

(レイナースとアルシェには感謝しなければならないな)

 

 無事、鬼門を潜り抜けたアインズは人心地ついたように軽く息を吐きだす。

 

(これで帝国からは王国のように侮られる心配が減っただろう)

 

 王国の使者のように、アインズを経由してナザリック全体がバカにされるのはもう御免だった。 

 ジルクニフのこれまでの態度から見れば、たとえアインズが社交場に疎くても気にしないような気もするが、それは希望的観測に過ぎない。

 一国の王となった今、ダンスが出来て困るようなことはないだろう。

 今後活かされるかは知らないが。

 

 

 

 アルシェは四人用のテーブル席で、一人椅子に座っていた。

 ダンスが終わってアインズとアルシェが席に座るや否や、皇帝がアインズを皆に紹介したいと連れ出していった。ロクシーもそれに続く。

 こういった場合は女性も一緒に居た方が良いのだ。

 アインズのパートナーであるアルシェが一緒に行かない────行けないのは婚姻関係ではないから。貴族社会とはそういうものなのだ。

 そして、「婚姻関係です」などと厚顔なことも言える訳がない。アルシェはそこまで命知らずではない。

 

 帝城のどこよりも遥かに豪華で荘厳だったナザリック地下大墳墓。

 ダンスの練習のためにナザリックに滞在したのはほんの数日間。

 その間、ナザリックを代表してダンスの指導を行っていた黒光りするあまり思い出したくない異形の者。

 あまり嫌悪感をあらわにしては申し訳ないと思ったアルシェは────レイナースも────彼と会話をすることもあった。

 その中で、舞踏会の流れで今の状況も話しており、アインズの妃候補がちゃんと居るらしいと聞いていた。

 らしい、と言うのは女性側が言っているだけで支配者のアインズは容認していないからだとか。

 恩がある身でその中に入るなどとても出来たものではない。

 ついでに妃に立候補しているのは二人で、絶世の美女、美少女らしい。

 

 アルシェは入場時に自分にも羨望の眼差しが集まっていたのは借り物の衣装のお陰だろうと思っている。その証拠に、男性貴族の目はそれぞれのメイドに集中している。

 

 ナザリックでアルシェとレイナースの食事の世話などをしてくれたメイドの人たちも、それぞれ違った美しさを持っていた。

 チラリッと会場に居る六人のメイドを見れば余計に気が滅入ってしまう。

 アルシェだけではなく、会場の若い女性たちの誰もが同じような感じだ。

 あれほどの美を目にすれば『負けた』と戦意喪失してもおかしくもなんともない。嫉妬する気も起きないほどだ。

 いや、正確には明らかに嫉妬している者も居る。

 それは若い男性貴族だ。その視線はアインズに向いている。

 

(美しい女性を抱き放題……なんてことでも考えてそう。そんな感じじゃなかったけど)

 

 あくまでアルシェの予想ではあるが、アインズは色欲に溺れている人ではない。『慎み深い』が正しい表現だろうか。

 

(あ、あの人は……確かグランブレグ伯爵)

 

 アインズたちの方では皇帝が直々に貴族を紹介している。今紹介された伯爵などは大貴族の一人だ。

 顔と名前を覚えるのは貴族の必須技能の一つなのだが、アインズの場合は無理に覚える必要はない。

 王であるアインズが交易などで帝国と渡りをつけたいと思ったら、ジルクニフに伝えればそれで済む。

 同盟国であり、なにより友であるのだから。

 それでも、覚えておいて損がないのは大貴族か、大商人あたりではないだろうか。

 

 レイナースがアインズの動向を見守っているように、アルシェもアインズの姿を追っていく。

 アインズの姿を追うとなると、アルシェがあまり目にしたくない人物もどうしても視界に入ってしまう。なにせずっとアインズの傍に居るのだから。

 

 鮮血帝。

 

 なにせ、幸せだったフルト家を崩壊させた張本人なのだから。

 しかし、アルシェは鮮血帝を殺してやりたいと思うほど憎んではいない。

 鮮血帝が多くの貴族を粛清したお陰で民の生活は豊かになり、活気にあふれる様になったのは疑いようもない事実。歴代皇帝で最も才能が優れていると言われているのは伊達ではない。

 フルト家が貴族位を剥奪されたのも、皇帝が見据える今後の帝国にとって『必要ない』と判断されたから。

 処刑されなかっただけマシだったのかもしれないのだ。

 アルシェがワーカーに身を(やつ)した真の原因は────語るまでもない。

 鮮血帝は国のために行ったのだ。恨むのは筋違い。

 しかし────それでも何も感じない訳がない。

 鮮血帝が視界に入ると微妙な顔付きになってしまうのは仕方がないだろう。

 本人の前では流石に演技してバレないように隠してはいた。

 向こうもアルシェの心境などお見通しであったかもしれないが、何の素振りもなかったことから気にもしていない可能性もあった。

 

 複雑な気持ちを振り払う為に視界の焦点をアインズに絞ってみる。

 普通にカッコいいと思う。珍しい黒髪黒目は不思議と会場の中でも魅力的に見える。恩があるから他の人とは違った特別な見え方をしているだけかもしれない。

 しばらくの間、一点に集中していた。

 

 そんなアルシェの方へ、歩いていく三人組が居た。

 

「アルシェちゃん」

「っ!……レ、レーちゃん!?」 

 

 アルシェに声をかけた少女は金糸のような輝きの髪を後ろに流し、額を大きく出した髪形をしている。

 意志の強さを感じさせる瞳の色は赤に近い黒。アルシェと同じように盛り上がりに欠ける点が難点といえば難点だが、それ以外にマイナス点が付けられる場所は無い美人である。

 

「びっくりしたわ。急に学院を辞めて冒険者だかになったって聞いてたのに。何にも話さないでいなくなって……心配したんだからね」

「────ご、ごめんね。そ、その……色々あって……」

「……ま、無事でいたんならそれで良いんだけどね」

 

 レーちゃんと呼ばれた少女は学院を去った理由をそれ以上追及しなかった。

 自分の家、フェンドルス家も没落寸前の貴族。フルト家が貴族位を剥奪された情報は聞いていて察しがついたのだ。 

 

「フェンドルス様。よろしければ私たちにもご紹介いただけますか?」

 

 冷静に声を上げたのはボブカットの少女だ。もう一人の少女もうんうんと首を縦に振って抗議していた。ボブカットの少女は三人の中では最も身長が高く、低い二人と並んでいる所為でやたらと高く見える。

 

「あっと、ごめんなさいね。つい。以前、話したことあるでしょ。学院で主席だった娘で……」ここでレーちゃんと呼ばれた少女は警護している四騎士から向けられているちょっと冷たい視線に気付く。

「……アルシェ・イーブ・リイル・フルト様よ」

 

 そして、アルシェにも一緒に居る二人を紹介する。

 

「も~、レーちゃんは声が大きいから」

「っさいわね。……申し訳ありませんでしたアルシェ様」

 

 小さな声で怒鳴る器用な真似を見せ、額を大きく出した少女は令嬢らしく振舞う。

 それに対してアルシェは首を横に振り。

 

「────気にしないで。それと『様』なんて付けないで前のように話して欲しい。周りにあまり聞こえないぐらいの声でなら問題ないと思うから」

「そ、そう? 私もあんまり堅苦しい言葉使いは苦手だから正直助かるわ」

 

 貴族令嬢としては褒められたことではないのだが、ワーカーとして数年生きて来たアルシェも堅苦しいのは少しばかり気後れしてしまう。何処でボロが出てしまうか気が気でないのだ。もし、アルシェがヘタな行動をしてしまったら泥を被るのはアインズなのだ。それだけはしてはならない。

 

 額の大きな少女はアルシェが学院時代に仲良くしていた数少ない友人。気負う必要はないだろう。

 それに、アインズのパートナーであるアルシェが一人ポツンと座っているだけというのも少し問題だ。利用するようで申し訳ないが、この場が女性だけの空間になれば、アルシェをダンスに誘おうとする男の牽制にもなる。

 

「それで……魔導王陛下だっけ? アルシェちゃん、王様のパートナーなんて凄いじゃない。一体何があったの?」

「────そ、それは……話したくないこととか……話せなかったり、とか」 

「あぁ……まぁ、色々あるわよね、お互いにさ。私のお父様も無理難題を言いつけてくるんだから。私が魔導王陛下に見初められる可能性なんて低いでしょうが……娘で博打うつなって言うの」

 

 『父親の無理難題』。この言葉に、アルシェは気にはなるがあまり思い出したくない人たちのことが頭をよぎってしまい、堪らず聞いてしまっていた。

 

「────ねぇ、私の家は……その……どうなってるか知ってる?」

「えっ?……ああっと、あなたの家が貴族位を剥奪されたって話は聞いてるけど、屋敷の方は、私は知らないの」

「……あの、私は聞いたことがあります。ですが……」

 

 言い淀むということは、つまり聞いて気分の良くないことなのだろう。

 それでもアルシェは現状を知る必要があると考え、リズという少女に強く願い出て聞き出そうとする。

 

「……分かりました。そこまで言われるのでしたら」

 

 ボブカットの少女から聞かされたのは、アルシェが幾つか予想していた結末の一つだった。

 現在、フルトの屋敷は廃墟も同然の状態で人が誰も住んでおらず、国が管理する土地となっていた。

 執事のジャイムスや使用人たちはアルシェが渡した退職金を手にどこかで生きているだろうが、最後まで家に残っていたアルシェの両親は────。

 

 『行方不明』と貴族内で噂が流れているらしい。

 

 心を入れ替えなかった両親の自業自得。そう割り切れればどんなに気が楽になるだろうか。

 アルシェ自身はこういう未来も覚悟していたが、幼い双子には辛い事実。

 仕方がなかったとはいえ、姉の決断で親を失った双子は両親と二度と会えない。そのことを悲しむのは確実。

 しかし、自分が見捨てた結果なのだから受け入れなければならないし、前を向かなければならない。これからはアルシェが二人の親代わりとして頑張らなければならないのだから。

 

 空気を読んだのか、アルシェの気配の変化に気付いた少女はデコっとした額をキラリと光らせアルシェに問いかける。

 

「ところでさ、冒険者をやってたんでしょ? その時の冒険譚とか聞かせてくれない?」

「────冒険者じゃなくて、ワーカーなんだけど……それぐらいなら」 

 

 アルシェは“フォーサイト”として様々な地を冒険したことを語る。

 危険なモンスターと闘い勝利したこと。

 依頼で希少な薬草や鉱物の採取に外の情景など。

 勿論、血を見るようなことや血生臭いこともあったが、その辺りはボカして語る。友人とはいえ、とても貴族令嬢に聞かせられるような内容ではない。

 

 レーちゃんと呼ばれた少女は「ふんふん」と相槌を打ったり「それで、どうなったの?」とアルシェの語る冒険譚に上手いこと色を添えてくれる。

 ちょっとした吟遊詩人となったアルシェの話に他の二人は観客のようにただ聞き入っていた。 

 

「……はぁ。冒険者、じゃなくてワーカーってどっちも聞いた通り大変そうね。私じゃ命が幾つあっても足りなさそう。……でも、良かったわ」

「?……何が?」

「あなたが今も魔法の鍛錬をしてるみたいで。歴史に名を残すような魔法詠唱者(マジックキャスター)になるのが夢だったんでしょ?」

「っ!……う、うん。そうだね。鍛錬はずっと続けてる」

 

 思わず返事に窮してしまった。

 魔法学院の生徒であった頃のアルシェは、主席宮廷魔術師の弟子として励んでいれば、いつか夢を叶えることが出来ると思っていた。

 だが、家の事情で師匠にも何も告げずに学園を去り、夢を諦めるしかなくなってしまった。

 カルネ村に住むことになってからも、妹たちの世話や村の手伝いの合間に鍛錬は続けていた。

 しかし、いつからだったか。あれは第三位階を使えるようになってしばらく経った頃だろうか。

 自分の成長を感じられなくなったのだ。新しい魔法の習得も、魔力量の増加もほとんど感じない。

 やはり独学だけでは碌に成長することは叶わないのかもしれない。

 魔法を志す者は誰もが師を持ち、教えを受けている。どれほど魔法の才がある者でもそれは変わらない。唯一と言える例外が帝国主席宮廷魔術師。長い年月をかけ、独学で”逸脱者”と呼ばれるほどの高みに昇った偉大な魔法詠唱者(マジックキャスター)なのである。

 

 ここでアルシェは主席宮廷魔術師よりも遥かに強大な魔法詠唱者(マジックキャスター)をチラリと見る。

 今も皇帝に紹介される形で、立派な髭を蓄えた貴族と談笑している黒髪の男性。

 あの方の教えを受けることが出来れば、アルシェの夢は叶うだろう。しかし────。

 

(そんなお願い、出来る訳ない)

 

 今回パートナーを務めることで近い存在だと勘違いしてしまいそうだが、相手は一国の王となる人物。対してアルシェは華やかな舞踏会が終わってしまえば、それなりの魔法が使えるだけのただの一般人。

 ダンスを教え、舞踏会に同行するだけでアルシェが受けた恩と釣り合うとも思っていない。いつかは受けた恩を返しきれるよう頑張るつもりだが、どうすれば報いることが出来るのかは未だ分からない。

 そんな現状で魔法を教えて欲しいと懇願するなんて、恩知らずと思われても仕方がないし、第三位階を使える程度の小娘を弟子にするメリットがあるとも思えない。

 自身の夢に関しては仕方がない。仕方がないのだ。

 今のアルシェに出来ることは、幼い双子が幸せに暮らせるように頑張ることだけ、なのだから。

 

 

 

 一方、アインズは腹に何か隠してそうな貴族たちの相手に辟易していた。

 貴族同士のやり取りでは『言質を取られないこと』。教わった注意事項を守りつつ無難に、作業のようにこなしていく。

 

(……ん?)

 

 ふと、今まで向けられていた視線────興味や嫉妬────とは違う感じの視線を感じたアインズはソレと思われる方向を向く。

 そこではアルシェが同年代っぽい少女たちと話している姿があった。

 

(あぁ、なんかあそこだけ空気が違う感じだなぁ)

 

 魔導王に取り入ろうと画策している者。

 派閥同士で何か話し合っている者。

 魔導王に自分の娘を嫁にやり、力を得ようと企んでいる者。

 

 権力と欲望が入り混じる中、そこだけがある種の清涼剤のような空間を作り出していた。

 厳密には、同じ派閥の令嬢同士が裏表の無い会話をしている場も似たようなものなのだが、アインズは結構一杯一杯でそっちの方に目が行かなかった。

 

 その後も、アインズは特にチョンボすることなく舞踏会を終える。

 

 

 

 

 

 

「それで、アインズをどう見る?」

「一般人……としか思えませんでしたね」

 

 舞踏会を終え、ジルクニフはロクシーの部屋に足を運んでいた。

 

 彼女は、バハルス帝国皇帝、ジルクニフの愛妾の一人。

 出身の地位や容姿はよろしくないが、非常に優れた母親としての性格をジルクニフに買われて愛妾となった。

 また頭の出来もよく、ジルクニフがあってきた女性の中では五指に入る。

 自身や実家の栄達や利益を考えず、次代の皇帝を立派に育て上げたいという無欲な願いだけ持っている。また、皇帝になれなかった子に対しても母親としての愛情を与えることが出来る稀有な女。

 帝国の女では唯一、皇帝を皇帝と思わない冷徹でそっけない言葉を平気で言い放ったりする所があるが、それでもしもジルクニフに殺されるようなことがあれば、その程度の男と見限るつもりでもあるらしく、そういったロクシーの支配しきれない性格をジルクニフは苦手としている。

 そして、ジルクニフが理想とする完璧な母親。

 それがロクシーと言う女性である。

 

「お前もそう感じたか。いやはや、あの男の擬態は見事なものだったよ。よくぞあそこまで一般人の振りができると感心してしまうほどだ。もしかすると何らかの魔法によるものかもしれないな」

「陛下から聞いたナザリック地下大墳墓なる地でのことを考えると、数多の異形なる者たちを支配する魔導王が一般人という評価自体が間違っているんでしょうね。あの周囲にいたメイドたちも人間ではない雰囲気を幾人か放っていましたし……後はあまりダンスには慣れて無いようなイメージもありました」

「まぁ、異形種ばかりの城でダンスをしてるイメージが湧かないしな」

 

 ナザリックには人型も居たが、大半は体の造りや大きさが違う者ばかりでの舞踏会。想像しただけで寒気がした。

 

「アインズにとって、帝国と同盟を結ぶメリットはどこにあるのだろう」

 

 半ば独り言のように呟いた言葉。

 

「陛下は魔導王と友となったのでしょう。私には魔導王が親睦を深めようとしていたようにも見えましたが」

「はっ!?」

 

 口を半開きにして思わず呆けた表情になる。

 

(いやいや、無いだろ普通に。ありえん。……いや待てよ。確かに私との会話を楽しんでいたように感じた……いや、それも演技とか?……それとも……) 

 

 思考の海に囚われるも答えは出ない。全てが演技だとしても、その目的も掴めない。

 

「どちらにせよ、敵対するのは愚か者のすることです。くれぐれも帝国を火の海にしないようお願いしますね」

「……分かっている」

 

 言われるまでもないこと。ジルクニフは眉間に皺を寄せる。

 

「……そう言えば魔導王のパートナーの少女。彼女がアルシェ・イーブ・リイル・フルトでしたね?」

「それがどうかしたか?」

「……いえ、別に」

 

 何か含みでもあるのか、意味深な気配を漂わせておきながら、すぐに元の雰囲気に戻っていた。

 

「お聞きしたいのは以上ですか?」

 

 ジルクニフが一つ頷くと、ロクシーが微笑んだ。その笑顔は今日、ジルクニフがこの部屋に来て最も明るいものだった。 

 実の母から愛情を何一つもらえなかったジルクニフにとって、理想の母親であるロクシーの笑顔は特別だった。

 美醜など関係ない。暖かい何かを感じるよう────

 

「話が終わったら、とっとと他の娘のところに行ってください。一度妊娠した娘のところには絶対に行かないようにお願いしますね」

 

 ジルクニフの眉間に深い深い皺が寄る。

 

 

 

 

 

 

「痛っ! ちょっとシャルティア。また足を踏んだわよ。全く、これで何度目よ」

「まだ十回ぐらいでありんすぇ。そう言うアルベドこそ、さっきは随分強く踏んでくれたでありんすね」

「あら、ごめんなさいね。貴方が無駄に詰めてるものが邪魔で足元が良く見えなかったのよ」

「なにをぉ!」

「やんのかゴラァ!」

 

 ナザリックの最高支配者がダンスの練習を終えた部屋。『多目的ホール』にてアルベドとシャルティアの二人がダンスをしていた。

 目的は当然、次の機会があった時には自分こそが愛する男のパートナーを務めるために。

 しかし、ちょっとしたことで喧嘩を始めてしまうので、上手くいっているとはとても呼べない状態である。

 

 白熱しだした二人は、相手の腰に廻していた手で胸倉を掴み合い、最早蹴りと言った方が正しい応酬を繰り広げる。

 

「……お二人共。それはもうダンスではなく、柔道になってますぞ」

 

 

 




「アルシェちゃん!」
「さんを付けろよデコ助!」

アルシェが抱いていた夢は無難なところで。


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31話 冒険者ダンジョン

時期が飛びます。
「キングクリ〇ゾン」



 三重の城壁に守られた城塞都市、エ・ランテルは正式に王国領から魔導国領となって春を迎えていた。

 

 魔導王アインズ・ウール・ゴウンが新たな王として都市入りした時、住民は心穏やかではいられなかった。

 それも当然だろう。なにせたった一人で王国軍24万もの軍勢を退けたという話はエ・ランテル内で知らぬ者はいない。

 

 更に魔導王の政策により恐ろし気なアンデッドが都市の運営に加わる。不安を抱いていた住民は恐慌状態に陥りかけていた。

 

 但し、それは最初だけ。

 

 今では都市のそこかしこから活気に満ちた声や、増築、改築している音が聞こえてくる。

 都市内部のアンデッドも、今や居て当たり前のように人々に馴染んでいる。中には未だ警戒心を捨て切れない者もいるが、心の底から嫌悪している者は皆無に近い。

 

 何故、生者を憎むアンデッドが受け入れられているのか。

 理由は二人の存在にあった。

 

 一人はエ・ランテルの英雄”漆黒”のモモン。

 彼がエ・ランテルに居てくれているのが住人の心の支えになっている。

 心優しき英雄がアンデッドの暴挙を見過ごす筈がない。

 そんな心の拠り所があったからこそ、他国へと移り住む者が少なかったのだ。

 

 そして、もう一人と言うのはアインズ・ウール・ゴウン魔導王その人。

 恐れていたアンデッドは住人に危害を及ぼすことは一切なく、人々の暮らしを手助けしてくれている。

 どこからか連れて来られた山小人(ドワーフ)や巨人、更にはドラゴン。そのほかゴブリンといった亜人たちもが人と共に生活している。それらは全て都市の発展に繋がっているのだ。

 驚くほど魔導国での暮らしが良くなっていくのに連れて、魔導王への評価も上がっていくのは至極当然のことと言える。

 一般大衆にとって国を治めるトップは強大である方が望ましい。

 事実その力で、力無き民を守ってくれている魔導王はアンデッドを支配する恐ろしい人物から、アンデッドを使って民を導いてくれる王へと評価が変わってきている。

 

 ほんの数か月で、様相がすっかり変わった城塞都市エ・ランテル。

 冒険者組合もまた例外ではなかった。

 

 

 

 冒険者組合の一階広間。

 依頼が張り出されている掲示板には、王国領であった頃に比べて件数が大幅に減っている。

 依頼の打ち合わせや、冒険者同士が会議を行っていたスペースはソファーで大概埋まっていた。

 今そのソファーには豊かな金髪に非常に美しい顔立ちをした女性が一人で座っている。

 荒くれものの冒険者に絡まれたりしてもおかしくはないのだが、そんな輩は現れない。

 冒険者組合であるのに周りに冒険者の姿は一切なく、受付カウンターで受付嬢が一人、暇そうにしているだけで他には誰もいない。

 尤も、そんな不埒な者がいたとしても逆に痛い目を見るだけに終わるだろう、彼女は知る人ぞ知る、帝国四騎士の一人“重爆”のレイナースなのだから。

 魔導国の冒険者組合は独立機関から、魔導国に組み込まれていた。

 これも魔導王の政策の一つ。魔導国の冒険者たちは今頃訓練所で大いに汗をかいていることだろう。

 

 レイナースは真珠のような白い歯を見せ、手に持つ羊皮紙を露わにしている両目で読んでいた。 

 

「ふふっ」

 

 ふと笑いが零れる。羊皮紙の中身は所謂手紙であった。 

 内容はレイナースが魔導国に移ってからの帝国内の近況報告。

 

 書いてある内容は大まかに以下の通りである。

 

 レイナースが抜けたために空いてしまった四騎士の一席を埋めるためと言って、主席宮廷魔術師のパラダイン老が魔導王に死の騎士(デス・ナイト)を借りるように願い出よと皇帝に詰め寄ったらしい。

 皇帝は乗り気ではなかったようだが、鬼気迫る勢いのパラダイン老のしつこい嘆願に折れ、名目上だが四騎士の座に死の騎士(デス・ナイト)が一体収まることになる。これの支配権は皇帝が持っているのだが、身辺警護には一切付いておらず、もっぱらパラダイン老の研究相手にされているようだ。

 魔導王に会ってからのパラダイン老はよく暴走するようになってしまい困っている。とは、皇帝含め帝国上層部の共通認識。通常の仕事は以前よりも励んでいるだけに、皇帝もあまり強くは言えないそうだ。

 他にも、皇帝が最近ブツブツと呟くようになった「友」という単語が気がかりだとかなんとか。

 

 後は、帝城や帝都内で起こった他愛のないことが書かれている。

 

 最後に、『帝国に来た時には一度ウチに遊びにでも来い』。 

 

 『バジウッド・ペシュメルより』。

 

「全く、顔に似合わずマメな男ですわね」

 

 こういう男だからこそ、妻と4人の愛人と同じ屋根の下で暮らしていけるのかもしれない。     

 手紙を届けてくれた冒険者も、依頼で魔導国に来たのではなく、魔導国に行くから直接頼まれたと言っていた辺りチャッカリしている。依頼料も安くなるのだから。

  

 羊皮紙を綺麗に丸めて大切にしまう。

 レイナースとバジウッドにとっては単なる世間話のような手紙の内容だが、他国の者の目に触れるには不味い内容が入っている。依頼を受けた冒険者はバジウッドの知り合いらしく信頼しているのかもしれないが、豪胆と言うか何というか。レイナースはもう帝国の人間ではないというのに。呆れつつも”雷光”らしい、と笑みを浮かべる。

 

 ところで、レイナースが何故冒険者組合に一人で居るのかというと。

 人を待っているのだ。

 懐中時計で時刻を確認する。

 

「そろそろ約束の時間のはずですわね」 

「ど~も~。あなたがレイナースで合ってる?」

「っ!?」

 

 いきなり間近で声をかけられたレイナースはビクッと体を揺らし、立ち上がる。

 帝国四騎士の一人“重爆”のレイナースは冒険者で例えるならオリハルコン級を誇る強さを持っている。レンジャーの特技を持っていないとは言え、なんの気配も無く近付かれたことに驚いていた。

 

「そうですが……貴方は?」

 

 警戒を緩めることなく問いかける。右手は何時でも獲物の槍を掴めるようにしておいてフードを被った怪しい人物を鋭く見つめる。

 

「あっれ~? おっかしいなぁ。アインズ様から聞いてない? 今日ここで落ち合う話」

「では、貴方が?」

「そっ、名前はクレア。よろしくねぇ」

 

 フードを外し、右手を差し出し、人懐こそうな笑みを浮かべる。

 レイナースはアインズの名が出たことで警戒を解く。差し出された手を取り、猫を思わせる女性と握手を交わす。

 

「今日はよろしくお願いしますわ。ところで、素晴らしい隠密能力ですね。全く気が付きませんでしたわ」

「あぁ、これは私の力じゃないよ。秘密はコレ」

 

 クレアは灰色のフード付きのマントをバサッっと翻す。一瞬マントの隙間から地肌が見え、その面積がやたらと多い気がして目を見開く。まさかマントの下は下着のみ。もしくは裸かと思ってしまう。

 

「コレは認識阻害の効果を持つマジックアイテムなんだぁ。と言っても完全に見えなくなる訳じゃなくて、街中で私を見かけてもすぐに意識から離れて思い出せなくなるぐらいのものなんだけどね。それでも私から声をかけないと会話も成り立たないぐらいには便利だけどねぇ」 

 

 クレア、もといクレマンティーヌが羽織っているマントはアインズが持たせた物。

 彼女の存在はなにかと問題になる。特に法国に知られるのは不味い。エ・ランテルの警備網は厳重ではあるのだが、スレイン法国の間者を警戒してのことだった。

 

(色々なマジックアイテムがあるのですわね)

 

 そのことにはもう今更な感じなのでレイナースは特に気にしない。どれほど強力なマジックアイテムが出て来ても不思議ではないのだから。

 

「それでは、後一人で揃いますわね」

「うんにゃあ。もう一人はもう来てるみたいよぉ」

 

 クレアが指し示す先はレイナースの後ろ。

 そこには誰もいない。

 

 からかっているのかと声を上げようとした時。レイナースの影からヌッと現れる人物がいた。

 

「むぅ、なかなかやる」

 

 髪はオレンジに近い金色に緑のバンダナ。スラリとした肢体をしており、全身にぴったり密着するような服装をしている。

 

「あなたがティラね。私じゃなかったら見逃してたかもね」

「……まだまだ修行不足」

 

 余裕ぶっているクレアであるが、実はカマをかけてみただけであったりする。アインズより二人の特徴を聞いていたからこそ、影に潜んでいると思って指摘してみただけのこと。外れたってすっとぼけるつもりであった。

 

(何時から私の影に居たのかしら? まさかずっと…な訳はありませんわね)

 

 取り合えず予定通り三人揃ったことでお互い挨拶を交わす。

 

 三人はアインズからある仕事を頼まれてここに集まっていた。

 それは冒険者育成用ダンジョンの攻略。

 

 アインズは以前から冒険者の在り方に不満を持っていた。

 冒険者とは未知を探求してこそ冒険者と思っていたのに。この世界の冒険者は対モンスター用の傭兵となり果てているときている。

 それを解決するために組合長に、未知を既知とする冒険者の支援と国の争いに利用しないのを約束して、組合を国の管轄に収めたのだ。

 育成用ダンジョンとは、その名の通り駆け出しから、未知の地への探求を行うには力不足の冒険者たちを鍛えるために作った登竜門のようなもの。

 

 アインズは何があるか分からない未知の地からの生還が望めるのは、最低でもミスリル級の力が必要だと思っている。

 ダンジョン作成にあたって、罠の難易度やモンスターのレベルの範囲はアインズが考え、それをマーレが主となって配置を決めた。 

 しかし、本当にこれで冒険者を適切に測れるのかアインズは不安を抱いていた。主に自分が関わった部分で。

 

 ミスリル級と言えば丁度“フォーサイト”がそれに当たるのだが、彼らには頼めない。

 蜥蜴人(リザードマン)との交流の件が原因ではない。それは既に軌道に乗っており、カルネ村経由でエ・ランテルにも魚などが流通している。故にその依頼は既に終了しており現在、アインズが彼らに任せている仕事はない。

 主な理由はアルシェにあった。

 彼女は幼い双子の世話をしなければならない。そんな身で危険が付き纏う冒険者に身を置くなど本人も、仲間たちも良しとはしないだろう。

 因みに蜥蜴人(リザードマン)との交易が軌道に乗った後、カルネ村の住人(ゴブリン)が増え過ぎたために仕事がほぼ無くなってしまったヘッケランたちはエ・ランテルに移り住んでいたりする。 

 

 そこで白羽の矢が立ったのがクレア(クレマンティーヌ)、ティラ、レイナースの三人である。

 要は彼女たちにダンジョンの難易度が適正なのかを調べて欲しいというのが、今回彼女たちに与えられた仕事である。

 チームとして見ると強さや職業に偏りはあるが、彼女たちの能力と積んできた経験があれば、少なくとも自分(アインズ)よりは的確な判断が出来るだろうと思ってのことである。

 

 

 

 

 

 

「あれが、そうですわね」

「そうみたいだねー」

 

 エ・ランテルの一番外側の城壁を抜けて五十メートルほどの場所。つまり、都市の外に件のダンジョンが見えた。

 

 四角い入り口の周りは石造りで囲まれており、地下に潜って行くように造られている。

 入り口は黄色い紐で仕切られ、『調整中』と書かれた看板が立っている。

  

「見ての通り地下踏破型だね。一階層の前半は駆け出しも使用出来るように低位のモンスターばっか配置されてるみたいよ」

「知っているのですか? クレアさん」

「ちょっとだけだけどねー」

 

 両手を頭の裏で組んでニコニコしているクレア。

 

(楽しみにしているのかしら? 確かに私も少し楽しみですけど)

 

 レイナースはダンジョンに赴くのが楽しみ────なのではなく、強くなりたいと願っているから楽しみなのであった。その思いはとても、とても強かった。

 横を見ればティラも静かに闘志を滾らせている。短い間だが、会った時からずっと飄々とした態度を続けてきた彼女の意外な姿であった。

 

「そんなに気合入れなくても大丈夫だって。言ったでしょ、最初の方は駆け出し用も兼ねてるって」

 

 抜け過ぎていても困りものだが、始めから飛ばしていたらヘバッってしまう。

 

「んじゃ、作戦……て言うか陣形を決めとこっか? まず先頭は探索と索敵を兼ねてティラにお願い」

「任された」

 

 それほど身長がある訳ではないのに意外に大きな胸を張って頼もしい返事をするティラ。

 

「んで、戦闘になったら私が前衛を受け持つから、レイナースは中距離から槍で攻撃ね。ティラは支援に補助、攻撃も臨機応変に対応してくれる」

「……なんだか、随分と簡単な感じですわね」

「仕方ないじゃない。初めて会った三人で複雑な連携なんて土台無理なんだから。それに私たちなら役割をハッキリさせておくだけで上手く機能すると思うし」

(確かにその通りかも)

 

 レイナースは帝国四騎士になる前も、なった後も数々の戦闘を潜り抜けてきた。

 即興でちょっとした連携などもこなしている。

 

(それに……)

 

 レイナースから見た二人は、どちらも自分より格上に感じている。

 ティラはなんとか接戦に持ち込めそうだが、クレア相手では────とてもではないが勝ち目が無さそうだ。

 むしろ自分が足を引っ張りそうで不安を抱き始めていた。

 

 レイナースとは真逆に、クレア(クレマンティーヌ)は元帝国四騎士のことをかなり詳しく知っている。表舞台では有名なのもあるし、漆黒聖典時代に風花聖典から聞いた情報もあった。彼らの情報収集能力も優秀なのだ。

 ティラに関しても、容姿は知らなかったがどういったことが出来るのかは、ある程度予測出来ている。

 対して二人はクレアの素性を知らない。話す気もないし、話す必要もないからだ。魔導王の部下・シモベ・手下辺りと認識してもらっていればそれで良いのだ。

 

「後、二人にコレ。渡しておくね」

 

 クレアはマントの下の、腰に下げた袋から同じ袋を二つ取り出してティラとレイナースに手渡す。

 

「この袋は?」

「<無限の背負い袋/インフィニティ・ハヴァザック>って言うアインズ様からの差し入れ、だよ。総重量500キロまで入れることが出来るみたい。すごいよね。中に新作のポーションとか補助アイテムが入ってて、神官や魔法詠唱者(マジックキャスター)のいない私らの足しに……って聞いてる?」

「あ、はい! ごめんなさい。聞いてましたわよ」

「続きをどうぞ」

 

 アインズからの差し入れ、と聞いたタイミングで目が輝きだして意識がどこかに行ってそうだった二人を怪しく思うクレア。

 咳ばらいをしてから続きを説明し始める。

 

「ゴホン。……<巻物/スクロール>とかも入ってるんだけどティラしか使えないだろうから私とレイナースのには入ってないから。後は……ってこんなもんか。何か質問ある?」

「これがポーションですか? 何やら色が……」

 

 通常のポーションは青色をしているのが通常。

 レイナースは袋から取り出したポーションが紫色なのが気になった。

 

「新作って言ったでしょ。やっぱ聞いてないじゃん。コレは支給品で効果を確かめる意味もあんの。近いうちに魔導国で売られるみたい。魔導国の冒険者限定でね」

 

 つまり他国には流通させない物。ある意味、魔導王が信頼している者が持てるポーションとも言える。 

 

「あんまり話し込んでても時間の無駄になっちゃうから、そろそろ出発しよっか?」

 

 クレアが仕切りの黄色い紐を跨ぎながら振り返り、一言。

 

「あ、そうそう。<無限の背負い袋/インフィニティ・ハヴァザック>なんだけどね。あれ、ミスリル級の冒険者全員に配られるみたいだよ」

 

 魔導王からの贈り物。大切に扱おうと思っていたティラとレイナースは少なからずショックを受ける。

 自分の手にある頂き物が、他の冒険者も同じように持つのだと知って。

 

「うひひ」

 

 懇切丁寧に説明しているのに、ちゃんと聞いていなかったことへのちょっとした意趣返しに成功したクレアは無邪気に笑った。

 

 

 

 

 

 レイナースは気合が入っていた。

 自分が足を引っ張ってしまうのではないかと、不安な思いを振り払うように永続光(コンティニュアル・ライト)の光が灯された道────所々に闇があるのは視覚効果だろう────を進む。

 しかし、その不安も杞憂であった。

 

 クレアの説明にあったように一階層は駆け出しも視野に入れた設計になっている。

 つまり────。

 

 弱いのだ。

 

 最下級に位置付けられる骸骨(スケルトン)から始まり、スケルトン・ソルジャーや骸骨弓兵(スケルトン・アーチャー)などへと続き、百足状の骸骨(スケルトン・センチュピート)骸骨の魔法使い(スケルトン・メイジ)など、一般の衛兵では対処が厳しいアンデッドが襲ってきた。

 

 しかし、レイナースら三人にとっては鎧袖一触。かすり傷一つなく進んでいく。

 罠による妨害も、ティラが悉く察知してくれ探索は順調そのもの。

 途中からアンデッドだけではなく、悪魔や昆虫、天使なんかも姿を現してくるようになってきたが、それらも軒並み低級のものたち。レイナースたちにとっては大した変化ではなかった。

 

 これらのモンスターは全てナザリックが用意したもの。

 一番数も種類も多いアンデッドはナザリックで自動popするものを利用しており、悪魔や天使などはシモベが召喚したもの。ちなみに召喚者は日にちによって交代制を敷かれており、『関係者以外立ち入り禁止』とされた空間で召喚を行っている。これらのモンスターにかかる費用はなんとゼロである。

 

 ついでに動死体(ゾンビ)などが放つ腐臭が籠ることはなく、討伐すれば空気は一新されるようになっているのは地下型ダンジョン故の配慮であったりする。

 

 一行は少し開けた空間に出る。

 

「ここまでだったら(シルバー)でも来られるぐらいでしょうか?」

 

 レイナースは自身の経験則から判断する。

 

「そうだねー。継戦能力を考えるとその辺か、(ゴールド)ってところかな? ウチには優秀なレンジャーが居るからかなり楽だったけど」

 

 冒険者に求められるのは何もモンスターを倒す力だけではない。

 罠の発見や解除、索敵能力も必要だ。ティラはそれらの能力に長けており、この先も彼女がいればかなり楽に進めるだろう。

 

「このぐらいならまだまだ余裕」

 

 親指を立てたティラは自信に溢れている。本当に余裕がありそうだった。

 レイナースは開けた空間を見渡す。来た道の反対側に次へと進む道が見える。

 

「……急に広い空間に出るってことは……」

「考えてる通りだと思うよー。こっからまた難度が上がるってことだろうねー」

「っ!? 何か来る!」

 

 突如、地響きが起こる。

 轟音を上げて地面から現れたのは骨の竜(スケリトル・ドラゴン)

 更に広間の横壁上空に開けられた幾つもの穴から十体以上の死霊(レイス)が現れる。

 

 第六位階までの魔法を無効化するアンデッドに、魔法以外の攻撃ではほとんどダメージを与えられないアストラル系モンスター。組み合わせとしてはかなり嫌らしい。

 

「レイナースは骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を! 私とティラで死霊(レイス)を叩く!」

「了解しましたわ!」

「爆炎陣!」

 

 ティラが爆発と炎の忍術を駆使し駆け回る。

 クレアは魔法武器を手に疾走する。

 レイナースも得物の槍を手に巨体へと立ち向かう。

 

 

 

 スティレットからファイヤーボールの魔法を発動させ、物理攻撃が効かないモンスターを倒していく。

 

「あんまり使用し過ぎるのはマズイかな」

 

 クレアが手にしているスティレットはナザリックの手により強化され、込められた魔法制限は五回までに増やされている。まだ、一階層の終わりが見えていない状況で、三人の中で最大戦力である自分の取れる手段を減らすのはよろしくない。

 そう判断したクレアは残りの死霊(レイス)をティラに任せ、副武器のモーニングスターを手にレイナースの援護へと駆ける。

  

 クレアから指示を受けたティラは<巻物/スクロール>を取り出し、光弾や火の玉を飛ばし、残った死霊(レイス)を片付けていく。

 ティラもクレアと同じような理由で魔力を温存したかったようだ。

 

 広間中央では地響きが鳴り響いている。

 レイナースが骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の前足からの振り下ろしを槍を上に掲げ、柄の中心部で受け止めている。

 

(やるねぇ。アイツの一撃を受けきるなんて)

 

 三メートルを超える巨体を素早く回した尻尾による振り回しを飛んで避け、柄の部分で顔面に強打を見舞っていくレイナース。

 『蝶のように舞い。蜂のように刺す』を体現したかのような戦いぶりはクレアから見ても『華麗』の一言に尽きる。

 

(こりゃ私の援護も要らなさそうかな)

 

 思いつつも殴打武器で横から巨体の足を砕きにかかる。

 

 元帝国四騎士、“重爆”のレイナースは四騎士の中でも最強の攻撃力を誇っていた。

 呪いを受けたことによって望まずに得てしまったカースドナイトの職業が主な原因であった。モモン(アインズ)によって解呪されたことにより、カースドナイトに就く条件が満たせなくなった訳だが、消失した訳ではない。特殊能力(スキル)の使用は出来ないが、攻撃力や命中など、能力値上昇の恩恵は残っている。

 レイナースも能力の一部が使えないことにはとっくに気が付いており、戦闘感覚の調整は行ってきていた。

 

 

 

 そして。

 

「っと、終了だね。……ティラの方も丁度終わったみたい」

 

 クレアの言葉通り骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を構成する骨が崩れ去り、偽りの生命が消える。後に残ったのは竜の骸の残骸のみ。

 死霊(レイス)は倒されると掻き消え、何も残さない。

 

「ここの組み合わせはミスリルにはちょっとキツイと思う」 

「……うーん、熟練の神官か魔法詠唱者(マジックキャスター)が居りゃ死霊(レイス)の対処も楽になるだろうけど、居なくて魔法武器とかが無かったらほぼ詰んじまうか……そこをアイテムで代用とか……」

 

 ティラが感想を口にし、クレアが真面目に難度と対処法を考えながらブツブツ呟いている。

 丁度一段落ついたことで、小休止に入る流れが自然と出来ていた。

 

 ティラが<無限の背負い袋/インフィニティ・ハヴァザック>から取り出した疲労回復のポーションを口に含もうと顔を上に向ける。

 視界に入った上空の穴から小さなナニカが飛び出して来るのが見えた。

 

「クレア!」

「っ!? おわぁ!?……っと、と」

 

 ティラの声に反応し、背後から襲おうとしてきたナニカをギリギリで回避することに成功するクレア。

 崩れた体勢を立て直しつつ、スティレットを通り過ぎて行ったナニカに向ける。

 

「悪魔?」

 

 それはやたらと大きな頭を持ち、瞼の無い真紅の瞳、鋭い牙がむき出しになった口、鋭い爪の生えた両腕は長く伸びて床に付くほど。肉体はやたらと引き締まっていて、肌は死人のように白く、子供よりは若干大きい程度の悪魔。クレアもティラも知らないモンスターだった。

 彼らは手癖の悪い悪魔(ライトフィンガード・デーモン)と呼ばれるモンスターたちである。

 

「なぁーるほど。油断した所を襲うって仕掛けか」

「おっと」

 

 ティラの方にも襲い掛かってきた個体が居たが、警戒していた彼女は難なく避ける。すれ違い様にクナイで首の後ろを突き刺している辺りは流石であった。

 

 断末魔を上げる暇もなく、ティラに急所を刺された悪魔は黒い霧のようなものを発生させて消えていく。さっきまでの戦いの後だと、その呆気なさが逆に驚きであった。

 

「ふーん。速さはいっちょ前だけど、それ以外は大したことがない感じね」

 

 クレアの周りに新たに穴から飛び出して来た個体が二体。最初の一体と合わせて三体に囲まれていた。

 ティラも同じ状況で囲まれていた。

 しかし、二人は全く動じない。少々素早いだけのモンスターなど敵ではないのだから。

 手間取るのも癪だとばかりに、二人は全力のスピードで三体を一息に討伐する。

 知識にないモンスターを相手にする場合、例え弱くても侮るのは危険。万が一、危険な特殊能力を持っていたら窮地に立たされる可能性もあるのだから。

 最下級の悪魔とはいえ、モンスターの中では強い部類に数えられる種族なのだが、二人の前ではこれまで同様、大した違いはないようだった。

 

クレアが武技を使った疲労感から息を吐きだすと。

 

「この! この! 返しなさい!」

 

 いきなりの奇襲で意識から外れてしまっていたレイナースが悪魔に向かって出鱈目に槍を振り回し、追い駆け回していた。

 彼女の実力はクレアも既に把握している。自分には及ばないものの、あの程度の悪魔に苦戦するのは考えにくい。レイナースの後方で黒い霧が二つ消失していくのを見れば、あっちにも三体現れたのだと予想れる。顔を赤く染めて追っかけているのが最後の一体なのだろう。

 

「……槍の扱いが雑過ぎ。何やってんだ?」

 

 ブンブンと振り回される槍は当たれば当然痛いだろうが、如何せん精度が酷過ぎる。

 

「んん。怒ってるって言うか、興奮してるって言うか……」

「なんか、恥ずかしがってるみたい」

「ああ。そんな感じだねー」 

 

 追加の悪魔はもう居ないようなので、おかしなレイナースをなんとなく眺めている二人。

 

「ほんと返しなさい! そんなもの盗んでどうするのです!」

「ギャギャギャギャ!」

 

 甲高い奇怪な声を上げながら、悪魔は振り下ろされた槍を回避する。しかし、レイナースの間合いからは決して離れない。明らかに馬鹿にしている。

 

 もはや周りが見えていないのか、レイナースの振るった槍が壁に勢い良く突き刺さる。

 

「しまっ!?」

 

 余程強く刺してしまったようで、中々引き抜くことが出来ないレイナースをあざ笑うように奇怪な声を上げながら上空を旋回している。

 

「ああ!? お、お願いします。アイツを! アイツを!」

「そう言われても、攻撃が届くかなぁ……」

「ホイ」

「ギャァ!!」

 

 クレアが跳躍して届くかな、と考えていると、ティラがクナイを投擲。見事に眉間に命中していた。

 

「さっすが」 

 

 丁度クレアの真上辺りで悪魔が霧に変わって行くのを確認する。

 

「ん? 何か落ちて来る?」

 

 悪魔が霧となった辺りから落ちてくるモノ。

 それは白い塊。

 クレアはそれをキャッチする。

 

「この手触りは(シルク)?」

 

 両手で広げてみるクレア。

 それはレース付きの真っ白なパンツだった。

 

 猛ダッシュで近づいて来たレイナースが無言でクレアの手からそれを奪う。その顔はもう耳まで真っ赤っ赤だった。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 三人が沈黙に包まれる。

 何かフォローしなければと、クレアが言葉を探し────。

 

「…………レイナースって…………可愛いの履いてんのね」

 

 レイナースの赤かった顔と耳が、更に赤くなった。

 

 

 




レイナースの装備についてですが、四騎士の時の黒い全身鎧は皇帝に返却して自前の鎧です。金貨1,000分のポーションも返却済み。
残りの魔法防具、武器は退職金みたいな感じで持ってってます。


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32話 冒険者ダンジョン2

いつもいつも誤字報告ありがとう御座います。


 クレア、ティラ、レイナース一行は探索を再開する。

 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)と戦った広間で碌に休むことなく先に進んだのは、上方にある穴からいつ、次のモンスターが現れるか分からなかったからだ。

 

 レイナースは下半身がスースーするのが落ち着かなかったのだが、モンスターから強襲される危険がある中で、防具を外して無防備な状態を晒すのはあまりにも危険だというのは分かっている。

 渋々ながらも諦めることとなる。

 それでも、湧き上がってくる恥ずかしさはどうしようもない。

 

 レイナースの羞恥心など知ったことかとばかりに一行を迎えるダンジョンの難易度は少しずつ上がってきている。

 天井にへばり付いていたスライム種の奇襲。

 巧妙に設計された死角からの奇襲や背後からの挟撃。

 やられることはほぼないが、それでも少しずつ苦戦し始めていた。恥ずかしいからといつまでもマゴマゴしている訳にはいかない。

 レイナースはようやく意識を切り替えることが出来た。

 そこからのレイナースの活躍ぶりは目覚しいものだった。

 もし、他の冒険者が目にしたなら『鬼神の如き』と評価されていたことだろう。

 後にクレアとティラは口を揃えて当時のことを語る。

 

「「あれはヤケクソになってるだけ」」

 

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ」

「いやぁー。レイナースのお陰で随分進んだねえ」

 

 存分に暴れて、肩で息をしているレイナースの傍で、クレアが呑気な声をあげて先を窺う。

 

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が居た場所が中間地点だとすればそろそろ……おっ?」

「いかにもな扉がある」

 

 ティラも視界の先を見据える。

 地面と横壁が土だった今までと打って変わって石畳で作られた通路。

 その一番奥に見える重厚な扉。

 

「一階層最後の試練……かな?」

「多分……横に別のドアもあるけど」

「ん、どれどれ」

 

 ティラの指摘にクレアは通路の右側のドアを調べてみる。そこにはプレートに文字が書いてあり、この部屋が何なのかを教えてくれている。

 

『休憩所』。

 

 三人は知りもしないことだが、ダンジョンにおけるお約束。

 ボス部屋の前に用意された回復ポイントである。

 

 ティラがドアを開け、中を窺う。

 通路と同じく石畳で囲まれた部屋の真ん中に水を噴き出す噴水があるだけで他には何もない。

 安全を確認したティラが、未だ息の荒いレイナースに声をかける。

 

「この中は安全みたい。私たちは待ってるから先に入ると良い」

 

 それはレイナースからしたら正に朗報。二人にお礼を言いながら足早に部屋に入っていく。

 同性とはいえ本当の緊急時以外、女性のデリケートな部分を他人に見られたいと思うほどレイナースは変な趣味を持ってはいない。

 

 少しして、中から「どうぞ」の声が聞こえたクレアとティラが改めて部屋に入る。

 噴水の淵に腰掛け、新鮮な水で汚れた個所を拭いて人心地つく三人。

 からかう気が起きないほどの痴態を晒してしまったレイナースも、今度こそ本当に落ち着けた様子。

 

 クレアはレイナースにちょっとだけ同情する。この先にもあんなふざけた悪魔が現れたら一息で始末してやると密かに誓う。

 もし自分があんな目にあったらどうなっていたか考えてみる。

 

(……レイナースほど取り乱しはしないだろうけど、やっぱ冷静ではいられないだろうな)

 

 性格破綻者と揶揄されたこともあるが、一応は女だと自覚している────つもりではある。

 ティラの場合は、シレッとして全く動じたりしなさそう。そんな気がしていた。

 

 休憩所は意外に広く、十人ぐらいは余裕で寛げるスペースがあった。

 新鮮な水を噴き出す噴水しかないが、それで十分。

 水浴びしても良いし、飲んでも問題ない。なんなら食事をするのも良いだろう。

 

「少しだけ扉を調べてくる」

 

 ティラは先の様子が気になるのか、偵察を買って出る。

 「よろしくねぇ」の声を背に受け、手をヒラヒラ振って休憩所から出るティラ。

 

 部屋には、溜まった疲労を回復させるポーションを飲み終わったレイナースとクレアの二人。

 クレアは踏み込んだことを聞いてみる。

 

「……レイナースってさぁ、確か呪いを受けてたんだよね」

「えっ? ええ、その通りですわ」

 

 帝国四騎士、“重爆”の情報は当然ながら法国に所属していた頃から風花より聞いて知っている。皇帝から何度か解呪の依頼が来ていたのも。

 皇帝の依頼を法国上層部は完全に無視。

 法国には第五位階の魔法が使える神官が居るのだが、それは秘匿されている情報。

 大儀式で更に上の位階魔法も行使可能なのだが、それも当然他国に漏らすことはない。

 

「解呪したのってアインズ様なんでしょ? ねぇねぇ。どんな魔法だったの? 気になるんだぁ。教えて」

「それは……ごめんなさい。約束したので言えませんわ」

 

 魔導王の配下になっているクレア相手ならば、アインズの力の一端を話したところでなんの問題もないのだが、約束は約束。レイナースは絶対に口を割ろうとはしなかった。

 

「むぅぅ、まぁいいんだけどね。解呪してもらったからアインズ様に付くことにしたわけか」

「まぁ……そんなところですわ」

「ふーん。……じゃあさ、もし他の誰かに解呪してもらってたらソイツを慕って付いてた? ソイツが下心満々の欲望に塗れたような奴でも」

「はぁっ!?」

 

 唐突な質問の内容に呆れたような声を上げるレイナース。

 

 クレアはなにも悪気があってこんなことを聞いたわけではなかった。

 百年毎に超級の力を持ってやって来るプレイヤーと呼ばれる存在。

 人類種絶滅の危機を救い、自身の生まれ故郷である法国を作った六大神や、十三英雄のリーダーのように誰かを、何かを救うために活動していた善とされている者。

 そして、プレイヤーと呼ばれる者の中には八欲王のように欲望に狂った者もいたのだ。

 クレアから見てもレイナースは非常に美人である。そして、呪いと言う厄介な問題を抱えていた。

 目を付けられた場合、解呪自体もプレイヤーにとっては苦でもないだろうし、恩を着せて欲望のはけ口にされる恰好の的となりえそうなのだ。

 そう思ったクレアの出来心というか、ちょっとした好奇心からの質問であった。

 

 対するレイナースは「ふざけるな!」と怒鳴りたいところであったが────。

 

「……恐らく当時の私でしたら身体を捧げるだけで呪いを解いてもらえるのなら、喜んで捧げたでしょうね。その後も望まれるならそのままに……でも、そんな輩でしたら身体は許しても心までは断じて許しませんわ」

「本性を隠してたら?」

「そのくらい見透かせますわ。そういった欲望は隠そうとしてもにじみ出るもの、女性からしたらとても分かりやすいものですし、元貴族ですから見逃すこともありませんわ」

 

 この世界の者は、特に女は力を持つ者に惹かれやすい傾向にある。力の中身は純粋な戦闘力だけでなく、金や権力といったものも含まれる。

 クレアの例え話に当てはめれば、レイナースは救ってくれた相手に感謝し惚れる。または慕うようになる。となってしまう。

 馬鹿な。あり得ない。あり得る訳がない。

 確かに感謝はするだろうし、対価を求められれば当然払おう。抱きたいと言われればどうぞお好きにだ。

 だが、それで下衆な相手に敬愛や尊敬といった感情が生まれる訳がない。体が目的で取引を持ちかける様な思考を持つ下衆になど極力関わりたくもない。誰にだって相手を選ぶ権利ぐらいはあるはずだ。

 

「……なんだってこんな質問を?」

「ああっと、ごめんごめん。ちょこぉっと気になっただけだよ。変な意味はないからさ。許して、ね」

 

 あからさまに嫌な顔をするレイナースにクレアは両手を合わせて謝罪する。この時のクレアに悪気は本当になかった。

 

「……まぁ、いいですけど……」 

 

 それでも気分の良い話ではなかったため表情の曇りは晴れない。

 

「はぁ。アインズ様もちょっとぐらいそういう欲を出してくれれば。それなら私も……」 

「ああ、あの人はそういうことに積極的じゃなさそうだからねぇ」

 

 憂いを帯びた表情でため息を吐くレイナース。

 ちなみにクレアはアインズに対して恋慕といったそういう感情を持ってはいない。

 

「さっき変な質問しちゃったお詫びと言っちゃなんだけど、ちょっとしたアドバイスをあげる」

「アドバイス?」

「そっ、アインズ様とお近づきになるには、ってやつ」

「詳しく!」

「私にも!」

 

 食い気味に迫ってきたレイナースに続いて、いつの間にか戻って来たティラまで食いついて来たのに本気で驚くクレア。

 

「はぁ、びっくりした。つうかティラ。先の様子はどうだったのよ?」

「扉に罠は仕掛けられていない。開けずに中の気配を探ってみたけど少なくとも生き物はいない感じ。後、中は結構広いっぽい。それよりさっきの話の続きを」

「分かった、分かったから顔近いって。……んん、ごほん。二人共アインズ様の居城、ナザリック地下大墳墓は知ってるでしょ?」

 

 うん、と頷く。

 レイナースはダンスの指導の時、ティラはカルネ村の村長と褐色メイドからある程度は聞いていた。

 二人共分かっているのは極一部のみなのだが。

 

「そこに住んでおられるデミウルゴス様って方に相談するのが一番だと思うわよ。って言っても絶えずナザリックにおられる訳じゃないし、会えるかどうかも分かんないんだけどね。会える機会があればってね」

 

 お前が何か言ってくれるんじゃないんかい。という言葉を飲み込み、頭のメモ帳にその名を刻んでおく。

 

「他にも執事のセバス様とか、蟲王のコキュートス様とかも相談には乗ってくれそうだけど、良いアドバイスは期待出来ないかもね。最後に、間違ってもナザリックの女性の方たちにはしないことだね」

 

 

 ナザリック暮らしがそれなりに長いクレアは、自分の中で分析して行き着いた答えを二人に教える。

 あとはどうするか。どうなるかは本人次第だろう。

 

 ダンジョンとは関係のない話題に逸れてしまったが、クレアは自身の肉体に変化がないか、確かめるように手を握ったり開いたりを繰り返す。

 別段変わった様子はない。

 もっと強いモンスターと戦わなければ上には行けない。アイツに勝つことも出来ない。

 クレアの見立てでは、三人の中でレイナースだけは一つ上の段階に昇っていると感じていた。

 ダンジョン突入初期と比べて、動きも攻撃の重さも少しだけ増している気がしていた。至高の御方が言っていた『れべるあっぷ』をしているのだろう。

 

「……二人はさぁ、何で今回の話を受けたの?」

 

 少しだけ気になっていたことを聞いてみる。

 クレア自身、至高の御方から仕事を頼まれた時にも強要された訳ではない。「断っても問題ない」と最初に言われていたし、二人も同じだろう。

 ナザリックの者たちでは、強さに差があり過ぎて冒険者を育てるのに丁度良い按配に出来ているのか測るのが難しい。とも聞いていたし、クレアもそれには同意出来る。ナザリックのシモベたちは強すぎる。

 だからこそ、御方自身がモンスターの難度の範囲だけは指定しているのだ。

 仮に三人とも断った場合でも、他の人間に当てがあるらしいので本当に断っても良かったのだろう。

 二人とも金銭には余裕があるはず、もっと楽な過ごし方を選んでもおかしくないのに。

 

「そんなの決まっていますわ」

「簡単なこと」

「「強くなるため」ですわ」

 

 レイナースもティラも、迷うことなく答える。

 二人が持つ理由も、その目的も、殆どが同じなのである。

 魔導王アインズ・ウール・ゴウンの役に立つこと。そのために強さを求めていた。

 違いがあるとすれば、強くなる必要性を感じた経緯ぐらい。それも厳密にはたいした違いはないのだが。

 

 レイナースは御方の傍でお守りする『近衛騎士』のような地位に就きたいと考えていた。

 魔導王は支配地であるエ・ランテルを視察する時にメイドを伴い、召喚した天使に護衛をさせていた。

 確かにアンデッドには慣れて来ている住民ではあるが、王の近辺を護衛するのがアンデッドと言うのは見栄えがよろしくない。獅子の顔を持った天使は見栄えも良く、恐怖を与えにくいだろうが、視察の度にわざわざ召喚する手間がある。

 レイナースであれば色々な問題も解決出来る────が、如何せん力が圧倒的に足りていない。

 だからレイナースは強さを求めていた。

 差し当たっての目標は、都市警護をしている大量の死の騎士(デス・ナイト)を超えることである。

 

 ティラの場合は、カルネ村に在住していた時に会った褐色のメイドが主な理由である。

 為す術もなくアッサリと自分を捕えてみせた彼女から聞いた話では、彼女の姉妹には彼女と同程度の強さを持つアサシンが居るとのこと。当然隠密能力もティラの比ではないそうだ。

 更にティラをへこませてくれた情報では、蟲型や人型のモンスターなどにもっと上をいく者が居るらしい。

 レイナースのように目標(デス・ナイト)を定めてはいないが、強さを求めているのは一緒なのだ。

 

「そう言うクレアはどうなのですか?」

「私? 私も同じで強くなるためだけど、何でかっていうのは二人とは違うよ」

 

 クレアは別にアインズのために強くなろうとはしていない。

 今の暮らしも特に不満はない。ナザリックに関しては気を付けるべきことだけをしっかり守っていれば、世界で一番安全だと思っている。新たな武技の開発や、戦士としての指導など、協力するべきところはちゃんとしている。

 

 では、何故強さを求めるのか。

 

「ある男をボッコボコにしてやるため」

 

 クレアは久しくしていなかった肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべる。

 別に教えてやる義理はなかったのだが、敢えて目的を口にすることでモチベーションを保とうとしたのだ。

 

「さぁて、休息も十分取れたことだし。そろそろ行こっか?」

 

 クレアの内に秘めた殺気に当てられたレイナースとティラは、先を行くクレアに遅れて返事し、後に続く。

 

 ナザリック暮らしで丸くなったかと思いきや、忘れられない思いはあるもの。

 

(待ってろよクソ兄貴)

 

 

 

 重厚な扉を開け、中に入った一行は広間中央に誰かが居るのを確認する。

 

「あっれ? 確か生き物の気配はないって言ってなかった」

「その筈……だったんだけど」

 

 豪華な、しかしながら古びたローブを着た何者かが客人をもてなす様に一礼する。

 片手には捻じくれた杖を持ち、骨に皮がわずかに張り付いたような腐敗し始めた顔に邪悪な叡智を宿していた。

 成程、確かに生き物はいない。アンデッドを視認することなく探知するには特殊な手段が必要なのだ。

 

死者の大魔法使い(エルダーリッチ)か!?」

「よくぞ参られた。我が名はクロー。偉大なる至高の御方に絶対の忠誠を誓う者」

 

 アインズが求める未知を冒険するのに必要な基準。ミスリル級を測るには打って付けのモンスターと言える。

 白金級では少々厳しいが、ミスリル級ほどの強さがあれば勝算は十分にある。とされているのが死者の大魔法使い(エルダーリッチ)なのだ。

 戦意を高めていたクレアにとっては余裕があり、ティラとレイナースにとっても油断さえしなければ負けることはない相手。

 戦闘の構えを取るクレアたちにクローは手をかざして制止する。

 

「待たれよ。そなたらの相手は我ではない。我はただの立会人であり、勝敗を判ずる審判の役目を仰せつかっている」

「あん? んじゃ私らの相手って……」

 

 クレアの疑問に答えるように死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が何かの合図をする。

 すると、次の階層へ繋がっているのだろう扉が開きだす。

 奥から重く響く足音を鳴らして近づいて来るナニカ。

 その足音には三人とも聞き覚えがあった。

 

「……なんか、すげぇ嫌な予感」

「奇遇ですわね。私もです」

「この足音って……アレだよね」

 

 暗闇に包まれた扉の奥からシルエットが浮かびだす。

 二メートルを超える巨躯が姿を現し、そして吠える。

 

「オオオァァァアアアアアア――!!」

「「「やっぱりー!!」」」

 

 

 

 

 

 

「こちらが冒険者育成ダンジョンの調査報告書で御座います」

「うむ、ご苦労だったな。クレマンティーヌ……と、今はクレアと名乗っているのだったな」

 

 エ・ランテルでのアインズの執務室。

 前都市長が使っていた建物を、家具の一部を御方に相応しい物へと変えられた部屋。

 跪いているクレアが持って来た書類をアインズ様当番のメイドが受け取り、黒革の椅子に座る支配者へと丁寧に渡す。

 手にした書類をパラパラとめくり、大まかに目を通していく。

 

「ふむ……やはり幾つか調整が必要なようだな。フィース、マーレに渡してきてくれ。今はエ・ランテルに来ているはずだ」

「畏まりました」

 

 恭しく書類を受け取ったフィースは、御方から与えられた仕事をこなすために嬉しそうに部屋を出ていく。

 アインズが自分でやっても良かったのだが、ちょっとしたお使いでも何か仕事を与えられた方がメイドたちは喜ぶと知っているからこそであった。

 フィースが部屋を出たために、この場にはアインズとクレマンティーヌの二人だけとなる。

 報告は終わったのだから、後は自分の好きなようにしたら良いのに、クレマンティーヌは部屋を出るつもりはないようだった。

 

「どうしたのだ? まだ何か報告することがあるのか?」

「……はい。あります」

 

 ゆっくりと立ち上がったクレマンティーヌは、俯きながらアインズに近づいていき、アインズが使っている重厚で豪華な机を両手で叩く。

 

「うお!? ど、どうしたのだ?」

「何なんですか! あの死の騎士(デス・ナイト)は!? な・ん・で! 死の騎士(デス・ナイト)なんですか!?」

 

 興奮し、荒ぶった声を出すクレマンティーヌ。流石にこのような失礼に当たる態度はこれまでも取ったことはなかった。メイドの目がなくなったことで素を出したといったところだろうか。

 

「デ、死の騎士(デス・ナイト)のことか? あれは私がそうするように伝えたのだ。我ながら中々良い案だと思うぞ。都市を守っている死の騎士(デス・ナイト)の強さが冒険者から住民に広まれば、皆更に安心出来るだろうからな。自分たちを守ってくれているアンデッドはなんて強いんだろう、とな。更に死の騎士(デス・ナイト)にはどんな攻撃でも一度だけ耐えることが出来る特殊な能力があってな。その能力が発動した時点で立会人が戦闘を止め、冒険者は合格。死の騎士(デス・ナイト)も使い捨てすることなく何度も冒険者の試練に立ちはだかるのだ」

 

 得意顔で語る絶対支配者に対してクレマンティーヌは再度机を叩く。

 

死者の大魔法使い(エルダーリッチ)でいいでしょう! 死者の大魔法使い(エルダーリッチ)で! 最適なモンスターがいるのに死の騎士(デス・ナイト)相手を冒険者基準にしたら、私でもキツイってのに誰も合格出来ませんよ!」

 

 これは報告書にも書いてあることだが、どうしても本人に言ってやりたかったこと。ナザリックの誰かの目があれば流石に実行しなかったことではあるが、幸いにも今は誰の目もない。

 それに、この方は部下からの意見は真摯にちゃんと聞いてくれる。声を荒げてしまうぐらいで怒ったりはしないのをクレマンティーヌは知っていた。

 どうしても死の騎士(デス・ナイト)を使いたいのならアダマンタイト級への昇格試験ぐらいが妥当だろう。

 言いたいことが言えたお陰で随分と溜飲が下がってくれたが、まだ他に言いたいことがあった。

 

「それと、中間地点辺りで出て来た手癖が悪い悪魔なんですが……」

「手癖が悪い?……ああ、多分名前の通り手癖の悪い悪魔(ライトフィンガード・デーモン)のことだな。それは私が指定した訳ではないが、それがどうかしたのか?」

 

 アインズがマーレに指示したのは難度の範囲だけ。どんなモンスターを配置するかは指定していない。死の騎士(デス・ナイト)を除いて。 

 

「アレ、配置してたら冒険者を引退するって言いだす者が増えますよ。特に女性冒険者は軒並み居なくなりますね」

「……何があったんだ?」

「それは私の口からは絶対に言えません。レイナースとティラにも聞いちゃダメですよ。絶対(・・)に!」

 

 本当に何があったと言うのだろう。

 アインズは気になるが、クレマンティーヌの剣幕を考えると聞いてはいけないのだろう。仕方ないと諦める。

 

 手癖の悪い悪魔(ライトフィンガード・デーモン)とは、ユグドラシルでは初期ではどのようなアイテムでも奪えるという設定であり、ワールドアイテムでも奪えるほどの存在だった。しかしながら、運営会社が多くのプレイヤーからの不満のメールをもらったためにパッチが当てられ、自らと同等レベルのアイテムまでしか奪えないという弱体化がされたモンスターだ。言うなれば初心者にとって非常に鬱陶しいモンスターである。

 恐らくだが、マーレがどんなモンスターを配置しようかデミウルゴスにでも相談したのだろうとアインズは勝手に予想する。

  

 言いたいことを言えてスッキリしたクレマンティーヌは、最後に臣下として相応しい礼を取って部屋を出る。

 アインズは彼女の意見をちゃんと聞き入れ、ダンジョンの修正を行うことにした。

 

(本当に何があったんだ?)

 

 

 

 余談だが、クレマンティーヌ、ティラ、レイナースの三人は死の騎士(デス・ナイト)に勝利していた。

 

 死の騎士(デス・ナイト)は35レベルのアンデッドモンスター。防御に長けたモンスターであり、攻撃能力は25レベル相当で、防御能力は40レベルに相当する。

 レベル的には肉薄していたクレマンティーヌであるが、アインズ自ら創造された死の騎士(デス・ナイト)はステータスが大幅に強化されている。

 相手の攻撃自体はクレマンティーヌが捌くことでなんとか均衡を保っていた。

 しかし、こちらの攻撃は中々通らない。レイナースの攻撃もティラの攻撃も、時々当たりはしても大したダメージを負わせられなかった。

 時間をかければかけるほど不利になる。こちらはいずれ疲労が溜まり、動きが鈍くなればやられてしまうのに対し、アンデッドモンスターは疲労とは無縁。丸一日中だって戦い続けられる。

 

 では、どうやって死の騎士(デス・ナイト)にダメージを与えたのか。

 答えはポーションだ。

 支給された<無限の背負い袋/インフィニティ・ハヴァザック>の中には新作のポーションがかなりの数入っていた。

 それを三人分全てぶっかけてやっと勝ったのだ。

 

 正直勝ったとは言えない。

 アイテムの物量でゴリ押ししただけの虚しい勝利である。

 

 ティラとレイナースは明日以降もダンジョンを使用させて欲しいと願い出るつもりらしい。

 多分調整される場所以外なら、邪魔しないようにしていれば問題ないだろう。

 

 二人は今日はもうそれぞれの家か宿屋かで休んでいる。

 疲労が溜まり過ぎてヘトヘトになった二人は、アインズの前で無様な姿を見せたくないと言い、報告をクレマンティーヌに任せて今頃は夢の中だろう。

 クレマンティーヌも今日はもう疲れた。早くベッドで横になりたい気分である。

 

 明日からも鍛錬を頑張るために。

 

 

 




『クロー』ですが、アインズお手製であるためレベルは22のままでもステータスは大幅に強化され、32~34レベル相当までになってます。(wikiより)すげえ強化!
割合強化だとしてデス・ナイトの場合だと46~49レベル相当ぐらいになるのかな。
かなり無茶な気がしますが、新作ポーションが優秀だったのと大量にあったからなんとかなったということにしておきましょう。特殊能力とかは強化されないっぽいですし。
 
デス・ナイトの宣伝効果を狙ったアインズ様。

アインズ「ドヤァ」
クレマン「ダメっす」
しゅん


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33話 王国の衰退

更新遅れてすみません。
暑さでまいってました。


 

 例年と違い、収穫期を終えた後に戦争が始まったことで、作物の収穫量が確保出来ていたとは言え、冬前の大戦には別の要因で戦費がかかってしまう。寒さを凌ぐための薪や防寒具などがそれに当たる。もっとも、国が用意出来る防寒具は貴族や直属の騎士の分のみで、徴兵された農民はそれぞれ自己で用意しなければならない。中には厚手の服がなく、寒さに凍える者も少なくない。

 増えた戦費は、悪魔騒動で国王の力が増していたことで貴族たちから徴収することで賄えた。

 

 そこまでしてようやく戦場を整えた訳だが、結果は王国の歴史的大敗に終わる。当然ながらこれは王国民の誰もが知ることとなった。

 

 戦争後の王国が抱える問題は眉をひそめてしまうほどのものだった。

 

 現在、かなりの数の貴族たちが民に重税を課していた。

 戦争によって王国の国庫は底を尽きかけている中、戦費を払った貴族たちもまた、財をかなり失ってしまっている。

 そうなれば、民など勝手に増えるものだと考えている貴族が取る手段など決まりきっている。

 重税を敷き、かつての財を取り戻そうとしていた。

 残念ながら王国貴族の大半がこれを行っている。

 今年の冬は民たちもなんとか乗り越えることが出来るのだが、それもそう長くは続かないだろう。今年中にも餓死者が多数出る。王族はそのように見立てている。

 

 それでもまだ、情勢が安定している領地もある。

 レエブン侯、ウロヴァーナ辺境伯の領地では自らの財で民に施しを行っていたりしている。ペスペア侯の領地でも過剰に税を上げたりはせず、随分とマシ、と言った具合。

 それに比べて酷いのは────

 

 言うまでもなく、ボウロロープ侯爵、リットン伯爵、ブルムラシュー侯爵が治めている領地である。

 特にブルムラシュー侯爵が治めるリ・ブルムラシュールではとんでもない重税が敷かれていた。

 領土内に金鉱山やミスリル鉱山を持っているため財力は王国一であるはずなのに、欲深で金貨一枚で家族さえ裏切るといった悪評が立っているのは紛れもない真実なのだろう。

 中小貴族たちも例外ではない。六大貴族の中でもまともな政策を行っている三人の領土内にも民から搾り取っている者は少なからずいる。

 

 王国の未来は暗雲が立ち込め、現在の王国では対処しきれない現状が圧し掛かかっている。

 

 先の戦争で第一王子は行方不明。五千の兵士もほとんどが帰らぬ人となったと報告を受けた王は酷くショックを受けていた。

 気丈に振舞ってはいるものの、食事はあまり喉を通らず、日に日に痩せていく姿を戦士長が辛い目で見ている状態が続いている。

 

 王には分かっているのだ。

 なんとかしたくても国庫に余裕はなく、貴族たちの暴挙を止める力も失っている状況では打てる手はほとんどないのだ。

 戦争の勝敗に関係なく、こうなることは分かっていた。分かっていたが、帝国が戦争を仕掛けてくる狙いに気付くのが遅すぎたのだ。

 魔導国の台頭と関係なく、今の王国の状況は遅かれ早かれ訪れていたのだ。

 

 

 

 第三王女ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフは自身の私室の窓際、テーブルセットの椅子に一人腰かけていた。

 その様子は誰かを待っているようだった。

 

 眼下に広がる王都の街並みを見るでもなく眺めていたラナーは、自身の影が奇妙に蠢いたのを察する。

 

「お待ちしておりました」

 

 待ち人の来訪に喜びの表情を見せる。来たのは痩せこけた人型ではあるが人ではない。

 背中には蝙蝠のような羽、途中から鋭利な爪と化している指を持ち、そのすべてが闇をくりぬいた様に漆黒の一色。唯一、目のみが病的な黄色の輝きを持っている。

 

 影の悪魔(シャドウ・デーモン)

 

 眼鏡悪魔より借り受けている隠密行動に長けたモンスターの内の一体だ。

 

 影の悪魔(シャドウ・デーモン)は数枚の書類をラナーに手渡す。鋭利な爪で破かないよう器用に指を動かして。

 

「今回は……ブルムラシュー侯爵ですね。では、こちらがリットン伯爵の精査が終わった分です」

 

 ラナーはテーブルに用意しておいた書類を悪魔に渡す。

 

「デミウルゴス様にお伝えください。順調です、と」

 

 ニコリと笑う姫から手渡された書類を悪魔は丁重に扱い、影へと潜り込む。

 再度一人になったラナーは受け取った新たな紙を広げる。

 そこにはブルムラシュー侯の屋敷の見取り図が書かれていた。

 部屋の数や位置、家具の配置などかなり正確に記されている。

 ラナーはしばらく図を見つめると、羽ペンを取り出し、幾つかの場所にマークを付けていく。

 

「ふふ、ブルムラシュー侯の性格を考えると簡単ですね」

 

 彼女が何をしているのか。それを知る者は王国内には一人もいない。

 一段落付いたところで最近のお気に入りの紅茶――ナザリックから頂いたもの――を自分で淹れて口を付ける。

 

「もうすぐ……もうすぐでお父様の心労を取り除いてあげられます。そして、私も……」

 

 そこに、邪悪な笑みを浮かべる姫はいなかった。

 作り笑いでもない、年相応な微笑みを浮かべる黄金の姫がいた。

 

 

 

 

 

 

 広大なアベリオン丘陵。

 ゴブリンやオークに代表される亜人種が無数の部族を作り、小競り合いを起こす、そんな場所にある『デミウルゴス牧場』。 

 最初は牧場と名付けられていたこの場所であるが、今は刑務所と呼ぶ方が正しいかもしれない。

 つまらない生き物にも慈悲をかけられる寛大さを持つ至高の御方が人間となられた折に、御方の方針で捕えられていた者たちを全て解放したことで一時は閑散としていた。

 その後、ゲヘナ作戦によって犯罪組織である八本指の構成員を大量に確保し賑わいをみせていた。

 その中でも優秀、使えると判断された者たちは大幅に縮小された八本指の運営のために解放されている。 

 残りのどうしようもない人間たちは、大部分がナザリックの戦力強化に利用されアンデッドと化し、今頃は魔導国のために精を出して働いていることだろう。

 

 ナザリック地下大墳墓、第七階層守護者デミウルゴスは御方のために働ける喜びを深く噛みしめていた。

 牧場へは頻繁に訪れている。ここの建設をしたのは自分であるし、管理、運営も御方から任されている。

 

「さて、何か変わったことはありましたか?」

「はい」 

 

 声をかけたのは人間にも似た女性だ。

 女淫魔(サキュバス)

 背中から伸びた巨大な黒い翼に包まれた、肉感的な肉体はほぼ全裸であり、ちっぽけな金属板が重要な箇所を隠している。妖艶な美というものがその顔立ちや体躯から匂い出し、空気をピンク色に染めているようだった。

 

「昨日の正午頃、亜人の一体が迷い込んで来ましたのでご命令通り幻惑にかけ、追い返しました」

「うむ。アインズ様はナザリックに敵対していない者に手をかけることを良しとしていないからね。引き続きその手筈で頼むよ」

 

 覇気のある返事をする女淫魔(サキュバス)にデミウルゴスは機嫌よく頷く。

 だが、どうしたことか。女淫魔(サキュバス)は戸惑いがちに問いかけてくる。

 

「……しかし、よろしいのでしょうか? 何度も亜人たちにこの辺りをうろつかれていては……」

 

 女淫魔(サキュバス)の心配はデミウルゴスも理解している。

 牧場周辺には隠蔽魔法を施してある。アベリオン丘陵に生息している亜人たちには見破ることは不可能なものを。

 偶然迷い込んでくることもあるが、それらは幻惑をかけることで追い返しているので、牧場の存在が露見することは絶対にない。

 至高の御方の命に逆らう気など毛頭ない。存在すらしない。

 それでも気にかかるのは、亜人たちがたとえ幻惑魔法をかけられたことに気が付かなくとも違和感は残ってしまう。

 昨日の分を合わせれば丁度十体目。この調子で今後も迷子が増えていけばここにナニカがあると勘繰る可能性は捨て切れない。もし、亜人たちにそう判断されたら────。

 

「心配には及びませんよ。亜人たちが攻めて来たとしても返り討ちにするだけです。アインズ様も防衛ということでしたら許可をくださるでしょう」

 

 一部族に攻められたとしてもその程度の戦力など問題にもならない。

 仮に全部族が連合を組んだとしてもどうとでもなる。周辺調査によりナザリックを脅かすような強者の存在は確認されていないのだ。

 そもそもの話、亜人たちが連合を組むこと自体が難しいだろう。

 アベリオン丘陵では、様々な亜人種が存在し戦いを繰り広げ、同種族でも部族が分かれている。

 基本的に丘陵が統一されることなどほぼ不可能に近いのが現状で、歩調を合わせることはないと思われる。

 

「我々の存在が脅威と判断したならば、足並みを揃えることもあるでしょうがね。しかし。そうなったら西にもっと手軽な……」

 

 眼鏡悪魔の言葉が止まる。

 アベリオン丘陵の亜人たちからすれば得体の知れない地。部族の長などの最強クラスが出張って来てもどうすることも出来ない。

 連合が組まれる可能性。

 デミウルゴスはこれから起こる可能性を頭の中で瞬時にシミュレートする。 

 

「……どうされたのですか?」

「そうか、そういうことでしたか。流石はアインズ様」

「?」

「いえいえ、なんでもありませんよ。問題ありませんので貴方は自らの使命を全うしなさい」

 

 理解が及ばない女淫魔(サキュバス)であったが、ナザリック一の知恵者とそれを更に上回る智謀の御方から下された仕事なのだ。女淫魔(サキュバス)はそれに従うのみ。

 

 

 

 近況報告を受け、女淫魔(サキュバス)を持ち場に戻した後、デミウルゴスは最近のお気に入りの場所へと向かう。

 

 広がる草原に天幕を幾つも立て、新鮮な空気が吹き抜ける開放的な牧場。

 おおよそ高さ十メートルにもなる一番立派な天幕があった。そこは至高の御方が訪問された時用の天幕。中には簡易ではあるがデミウルゴス力作の玉座も置かれている。 

 デミウルゴスが目指すのはそこではない。その天幕の近くにある階段。それは新たに建造された地下施設への入り口である。

 

 階段をしばらく下りて行くとやがて通路に繋がる。左右には鉄格子が嵌められた牢が幾つも並んでいる。

 正に監獄といった体をしている。そしてそれは正しい。

 少し前までは八本指の罪人が大勢入れられていたのだが、今はガランとしており少々寂しげに感じる。

 

 カツン、カツンと靴の音を響かせて歩く眼鏡悪魔に向かって呪詛を吐き出す人間が居た。

 宝石の目を向けると、そこにはデップリと太った男が騒ぎ、喚き散らしている。

 

「やれやれ。未だに自分が何故ここに居るのか理解していないとは……愚かを通り越して逆に感心するよ」

 

 だからこそ、拷問のし甲斐もあるのだが。

 太った男の隣の檻では枯れ木のような男性老人が精いっぱいの声を絞り出している。

 こちらは太った男とは少し違い、「助けて」「出して」といったことを(のたま)っている。 

 

「良い声ですね」

 

 至高の御方より優先するものなど存在しないのだが、恨み言や悲鳴を聞けるのは悪魔の本懐だとばかりに嗤う。

 助ける? 出す? 

 そんな申し出を聞き入れる訳がない。

 この老人はナザリックのみならず、最後まで残って下さった慈悲深い至高の御方を侮辱したのだ。

 許せるはずがない。

 だからこそ御方に願い出て、高位魔法で蘇生してまでわざわざこの施設に連れて来たのだから。

 死ぬことも許されず、永遠に苦痛を味わってもらわなければならない。

 

 この二人を拷問にかけて悲鳴を聞くのがデミウルゴスの楽しみ――ではあるのだが、今回の目的は別にある。

 二人の心地よい嘆きを聞きながら歩を進める。

 

(さて、不遜な態度は随分なくなってきましたが、まだ足りませんでしたからね。今日でどれだけ進むか……楽しみですね)

 

 

 

 

 

 

 魔導国と友好を結んだドワーフ、新たに魔導国の住人となった巨人に土掘獣人(クアゴア)

 そしてドラゴン。

 正式名称は霜の竜(フロスト・ドラゴン)という。

 一般的なドラゴンはネコ科の動物のようなスリムな体型をしているが、フロスト・ドラゴンは少し細く、蛇に似たところがある。鱗の色は青白いが、歳を重ねることで霜が降りたような白色へ変化するのが特徴である。

 

 魔導王を名乗り、国を興したアインズだったが、実際この国をどういう風にしたいのかずっと考えていた。

 

 リアル世界のように支配者層にとっては、一般市民は余計な知識を持つことなく、消費され続ける歯車であった方が地位を盤石なものに出来るというのはアインズにも分かっている。

 だが、民あっての国であり、国民一人一人の力が増していけば国力は自然と上がっていくというのも知っている。

 かと言ってナザリックの技術や知識はハイレベル過ぎて無暗に開放する訳にもいかない。

 そこでアインズが思いついたのが、モモンとして帝国を訪れた時に会ったオスクという興行人と話をしていた際に聞いたルーン武器のことだった。

 ドワーフの国と国交を開き、魔導国の下で現地技術を発展させる。

 アインズにとっても詳しくは知らないルーン武器は魅力的に見えたのだ。 

 

 情報収集の結果、ドワーフの都市に訪れて様々な武術を教えてもらいながら暮らした経験がある蜥蜴人(リザードマン)のゼンベル・ググーを道案内役に抜擢し、共としてシャルティアとアウラを連れて、アゼルリシア山脈にへとアインズは向かう運びとなった。

 

 ドワーフたちとの交渉の結果、元王都フェオ・ベルカナをドワーフに開放するのを条件に魔導国への協力を取り付けることに成功。二百年前の魔神の攻撃で放棄され、街がクアゴアに占領されており、王城は竜王の一族の塒になっている地を目指す。

 

 ドラゴンと形だけの同盟関係を結んでいるクアゴアたちをOHANASIの末支配し、アインズ一行は途中、支配下に置いた横に広い変わったドラゴンの案内で竜王の元にたどり着く。

 

 

 

 

 

 

 地下施設の最奥。

 その部屋は広く、唯一つの入り口は固く閉ざされ、中に捕えられた者がどんなに暴れようと決して壊れることがないほどに頑強に作られている。

 

 カツン。

 

 ドラゴンの特徴として鋭敏な感覚を持つオラサーダルク=ヘイリリアルは扉のずっと先から響く聞きたくない音を感じ取る。

 

(イヤ、イヤだ。来ないで、来ないでくれ)

 

 薄く照らす永続光(コンティニュアル・ライト)の光の下、丸まっている竜王の姿にかつての威厳は微塵もない。

 積み上げた財宝の上に悠然と寝転ぶ姿。

 財宝、もしくはドラゴンスレイヤーの称号欲しさに、愚かに侵入してきた者を迎え撃つべく威容を示す姿。

 

 否。そんな姿はどこにもない。

 

 今のオラサーダルクは借りて来た猫よりも大人しい。

 むしろ外気に晒される部分が出来るだけ少なくなるように、怯えて丸まる大きな子猫のように見える。

 

 オラサーダルクは心底怯え切っていた。

 

 クアゴアの王から、攻めてきたドワーフ達(アインズ一行)を迎撃してほしいと懇願されたのを受け入れ、息子のヘジンマールを使って相手を見定めようと送り出した。が、ヘジンマールはそのまま配下となってしまう。

 息子によって王城に案内されたアインズと対面したオラサーダルクは相手を侮り、身につけている見事な装備類を置いていけば許すつもりだった。

 

 強くなること以上にこの世界に必要なことはない。強くなければ生きていくことが出来ない世界。

 そんな生への価値観を持っていたオラサーダルクは正しかったのだろう。

 ドラゴンは他の種族と比べても強大であるのも間違ってはいない。

 

 今になって思う。

 驕っていた。

 自身こそ最強の竜王だと慢心して、相手の異常性に気付けなかった。

 

 愚かな自分は相手を侮辱した結果、ボコボコにされた。

 それこそ抵抗らしい抵抗を何一つ出来ずに完膚なきまでに。

 

 以来、この地下施設に監禁され素材として扱われている。

 皮、爪、牙など。ドラゴンから採れる素材はどれも貴重らしく、激痛を味わわされながらも死なないように治癒され続ける日々。

 

「ち、父上ぇ」

「……トランジェリットよぅ」

 

 自分が虫の息にされた後、唯一あの人間に従おうとしなかった最も腕力が優れている息子も足音に気付いたようで、怯え切った声ですり寄って来る。

 迫りくる恐怖から、二匹は体を寄せ合い、ヒシッとくっつく。

 

 早々に降伏したヘジンマールに妃たちや子供らは自分らのような拷問は受けていないらしい。

 睡眠や痛覚麻痺を施された上で、たまに皮などを採取される程度で痛みを全く与えないように配慮されている。

 逆らった二匹が許される日は何時来るのだろう。

 最早魔導王に逆らう気など微塵もないというのに。

 聞こえてくる足音はどんどん近づいて来る。

 

 そして、涙目で見つめていた扉が無慈悲にも開いていく。

 

「ひいぃぃ!」

 

 二匹のドラゴンは邪悪な笑みを浮かべる眼鏡悪魔の姿に恐怖し――床を暖かい液体で濡らす。

 

 

 




「オラサーダルク! 生きとったんか、ワレ!?」
殺して素材にするより、治癒が出来るんだから採取し続ける方が得だよね。ってことで竜王さんは生きてます。
これで竜の皮(ドラゴンハイド)も定期的に手に入るね。


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34話 "蒼薔薇”魔導国へ

誤字報告ありがとうございます。



 

 戦争に負けた王国は目下、通夜のように暗い雰囲気に覆われている。王都都市部でもそれは変わらない。

 王宮内の王族。領地を持つ大貴族に中小貴族。そして、経済状況の悪化による被害を最も受けている一般市民。

 元々暗い雰囲気のあった王都であるが、より拍車をかけた現在では、未だに敗戦ムードが漂い、道行く人々の表情は冴えない。

 

 独立機関である冒険者組合や魔術師組合も例外では無い。

 リ・エスティーゼ王国の経済状況が悪くなれば、その地を拠点にしている組合では割の良い依頼も減ってしまうし、一般的な依頼であっても冒険者の間で取り合いが起こっている。魔術師組合でも<巻物(スクロール)>などの高価な品物はなかなか売れない。

 まさに不景気。

 

 そんな状況を生み出しているのが自国の貴族たちであるのだから憤慨ものである。周辺国家の中でも識字率が低く、満足な教育を受けることが出来ない大多数の王国民であっても、理不尽な増税をかけてくる貴族たちに怒りの矛先が向くのは当然の流れであった。

 余裕があるのは十分な貯えがある極一部の者たちぐらい。

 

 王都最高級の宿の酒場になっている一階。自然と指定席になっている一番奥にあるテーブルで酒を煽っている大柄な戦士がいた。

 

「ぷはぁあああ!」

「ガガーラン、流石に飲みすぎ」

「同意、国があれてる時に」

「こんな時だからこそ気分だけでも盛り上げるもんなんだよ。王都と一緒にしんみりしててもしょうがねぇ。だろ?」

 

 いつもより豪快に飲み干し、お代わりを注文するガガーランに「それもそうか」と果実酒に口を付けるティア。

 ティアとそっくりな出で立ちをしているティナも便乗してマスターに酒を注文する。

 国の情勢が荒れていても、自分たちが一緒に暗くなっていても事態が良くなる訳ではない。三人は酒を飲みながら、いつもの冗談を交えたじゃれ合いを始める。

 

 しばらくして、ティアがガガーランを見ながら隣に座っている人物を指差し「コレはどうする?」と問いかける。

 ガガーランは手を振って「そりゃダメだ、ほっとけ」とかまわないようにと促す。

 

 そのまましばらく飲んでいると酒場の入り口が開き、ティア、ティナ、ガガーランプラス一名のテーブルに近づいて来る者がいた。

 

「皆、お待たせ」

「よっ、遅かったじゃねえか」

「お帰り、ボス」

「お帰り、リーダー」

 

 “蒼の薔薇”のリーダー、ラキュースは空いている席に座る。心なしか機嫌が良さそうだとガガーランは感じていた。

 

「組合長から直々の依頼だったか? そんなに良い仕事なのか?」

 

 ラキュースが遅れてやって来たのは王都冒険者組合長から直接“蒼の薔薇”に指名依頼があったからであった。

 先ほど打ち合わせが終わり、急いでここに来たわけである。

 

「そうね。依頼の話の前に……イビルアイはなんでふさぎ込んでいるの?」

「いつものやつさ。なかなかモモンに会えないってんで落ち込んでんのさ」

 

 イビルアイはモモンと初めて会って別れた後も何度かエ・ランテルへと足を運んだことがある。転移魔法があるとは言え、冒険者の仕事などもあり、一人だけチームを離れ単独行動が出来た回数は決して多くはなく、片手で数えられる程である。

 そして思い人に会えたことは一度もない。

 今回こそは、今回こそはと少ないチャンスに期待を込めてモモンを訪ねても、巡りが悪いのか縁がないのか、イビルアイが訪ねた時に限ってモモンは都市を離れいつも留守。正に悲劇である。

 エ・ランテルが魔導国になってからは王国の情勢もあり、なにより色々な噂が尽きない魔導国へイビルアイを一人で行かせるのは危険。そう判断したラキュースと仲間たちによって止められていた。

 イビルアイとて仲間の心配を無視してまで行こうとは思っていない。一人で行動するのが危険なことも十分に分かっている。

 しかし、それでも会いたいと思ってしまうのは仕方がないじゃないか。

 

「うるさいぞ脳筋。縁がないわけなんかじゃない。ただ……そう、運が悪かっただけなんだ。モモン様は私の運命の相手、なんだ」

  

 うつ伏せていた仮面で隠した顔をガガーランに向けながら反論するイビルアイ。後の方の言葉は尻すぼみに小さくなっている。

 そういうのを縁がないっていうんだがなぁ。と思ったガガーランだが、これを言ったらマジ泣きしそうなので言わないでおく。

 

「縁は切れてないわよイビルアイ。組合長の依頼で私たちは魔導国に行くことになるから。もちろん皆の賛成が得られたら、だけどね」

 

 意気消沈しているイビルアイを元気付けるように、ラキュースは努めて明るい声で言う。

 

「ほぇ?」

「どういうことでぇ?」

 

 気の抜けた返事をするイビルアイ。

 ガガーラン、ティア、ティナも興味深そうにラキュースを見る。

 四人の注目を集めたラキュースは咳払いをしてから、組合長からの依頼内容を語る。

 

 それは、簡単に言えば『魔導国の冒険者組合の調査』である。

 

 冒険者組合とは人々を守るために活動しており、国から独立した機関である。

 組合は国の政治や戦争には加担しない規約があり、それを守ることで国家を超えて活動が可能になっている。

 強大なモンスターと戦い続ける冒険者は、(カッパー)級などの下位を除けば一般の兵より強い。

 そのため、亜人種や異形種への対抗手段と権力者から認識されており、金銭的な理由も大きいが、人材損失の面から基本的に徴兵されることは無い。

 ただし、バハルス帝国のように軍事力が高く、所属する兵だけでモンスターを処理できるような場所では冒険者の社会的地位は低くなっている。

 

 基本理念として、外の脅威から人間種を守る活動をし、引退した者を除き国家の下につかない、などの規約が組合にはある。

 組合の総本山のようなものは無く、各組合の組合長が取り仕切っているのだが、魔導国の冒険者組合だけが国の管理下に置かれるというのは、リ・エスティーゼの冒険者組合長としては放っておけない問題である。

 

「一応エ・ランテルの組合長から手紙が来てたそうよ。それによれば今までと同じように組合間での依頼のやり取りは可能のようね。それと戦争や政治に関わることもないって、ハッキリと書かれていたそうよ」

「な~るほどねぇ。そんで俺たちに依頼して来たって訳か。確か“朱の雫”はまだ評議国の国境付近に行ってるんだよな」

 

 リ・エスティーゼ王国王都を拠点にしているもう一つのアダマンタイト級冒険者チームは現在遠征中である。

 

「今回私たちが魔導国に訪れることは向こうの組合長も了承してくれているから危険はないはずよ。それでも私たちに依頼が回って来たのは……」

「噂のアンデッド」

「強大な力を持つ魔導王も」

 

 ティアとティナの言葉にラキュースは頷く。

 余り多くはないが、魔導国となったエ・ランテルから逃げるように移住して来た人々は少なからずいる。その人たちの話では、見たこともない強力なアンデッドが闊歩する都市へと変貌してしまったらしい。

 魔導国建国初期の頃の噂は王都でもよく流れている。その後もエ・ランテルでは人々が普通に暮らしているらしく、住民全てがアンデッドとなった死都。という話は聞かない。

 

 組合の件もだが、エ・ランテルが現在どのようになっているのかを調べる必要もある。 

 その為に生半可なチームではなく、最高位冒険者の“蒼の薔薇”に白羽の矢が立ったのであった。

 

「当然! 行くに決まっている。モモン様に会えるかもしれないんだからな」 

 

 イビルアイには聞く必要もないだろうこと。

 イビルアイを気遣った訳ではないのだろうが、ガガーランもティアもティナも了承する。

 ラキュースも重要な仕事の重圧を感じながらも、楽しみに感じているのであった。 

 

 こうして“蒼の薔薇”は魔導国へ向けて旅立つ。 

 

 

 

 

 

 

「なんつうか……とんでもねえ所だな」

「同感」

「ガガーランの語彙力の無さにもビックリ」

 

 ガガーランの呟いた言葉にティナが同意する。ティアがガガーランを茶化すが、なんと表現すれば良いのか本人も分からない様子である。

 今現在“蒼の薔薇”一行は入国したところである。

 

 リ・エスティーゼ王都を発って魔導国まで来たのはいいが、エ・ランテルが見えた辺りから目にするもの全てが驚きの連続であった。

 

 最初に視認したのが最外周部の城壁の補強工事を行っている巨人。肌の色は青白く、髪や髭は白い。

 “蒼の薔薇”の知識に当てはめればアゼルリシア山脈に住んでいるはずと言われる霜の巨人(フロスト・ジャイアント)だというのが分かった。

 巨人とはその名の通り人を大きくしたような姿をした存在だが、肉体が強靭であるのはもちろん、種族的な能力も保有している。それらの能力によって、人間では生活するのが困難な劣悪な環境に居を構えることが多く、人間社会とはあまり関係を持たない亜人種族だ。

 友好的な関係でここに来ているのか、それとも力で従属させられているのか。

 黙々と真面目に働いている巨人たちの様子からは読み取ることが出来なかった。

 一般的に粗暴で危険だと言われている巨人が人々の暮らしの手伝いをしているのを目の当たりにして、開いた口がなかなか塞がらなかった。 

 

 そして入国の際に門番(人間)に案内された部屋で都市内での要注意事項を受けることとなる。

 リュラリュースと名乗ったナーガが行った『講習』の内容は周辺の都市とは大きく違っていた。と言うより他の国では入国の前に講習があるところなど聞いたことがないのだが。

 まず、都市内では防衛のため以外での抜刀は禁止。これは至極当たり前の注意だと思った“蒼の薔薇”だったが、事情が違った。

 ナーガの説明によれば、魔導国においては様々な種族が街を歩いており、噂に聞いた通りにアンデッドも闊歩しているとのこと。こちらが危険だと記憶している存在がいたとしても、先に剣を抜くのは重罪らしい。

 街を闊歩している危険な存在はそのほとんどが魔導王陛下の部下であり、罪を犯していない者に害をなすことはないと断言される。 

 ナーガは生徒に教える教師のように語る。

 「アンデッドが街を警備、巡回している」

 「アンデッドの馬車が走っている」などは前情報として聞いていた噂もあり、それ程驚きはしなかったが、「ドラゴンが時折都市上空を飛んでいるが気にするな」には顔が引きつってしまう“蒼の薔薇”であった。 

 

 

 『講習』を終え、都市内部へと歩を進めた“蒼の薔薇”一行が目にしたエ・ランテルは――――。

 

 平和そのものだった。

 

 アンデッドが闊歩していると聞いて一般的常識で考えると、まず最初に想像してしまうのが死者で溢れかえるような光景だろう。

 魔導国国民とは、実は全員アンデッドでした。などと変な想像をしていたラキュースはそっと胸を撫で下ろす。

 王都冒険者組合長とエ・ランテルの組合長が手紙のやり取りをしていたのを考えると馬鹿な想像である。

 

 ラキュースが目をこらして都市の通りのずっと先の方を見た限り、都市を歩いている者の殆どが人間である。

 リュラリュースの『講習』を聞いて緊張していた身体が弛緩していく中、一台の馬車がラキュースたちが佇んでいる方向へと進んでくる。

 

 ラキュースは緩んだ緊張を一気に張り詰めさせる。

 ガガーラン、ティア、ティナも危険を感じたのだろう、腰を落としそれぞれ己の得物へと手を伸ばしかけ――――。

 

「お前ら落ち着け! 武器を抜いたら重罪だと言われたのを忘れたのか!」

 

 イビルアイの制止が戦闘態勢に入りかけていた仲間を思い留ませる。

 冷静に振舞っているように見えるイビルアイだが、彼女も姿勢を低くしている辺り警戒自体はしているようだった。

 

「いや、そうは言うけどアレは……」

 

 ガガーランがいやに怯えた様子でいる。ティアとティナもそれは同様であった。

 ラキュースも心臓の音がうるさく感じる程緊張しているのが分かる。

 人類最高峰のアダマンタイト級が息をするのも忘れて見つめる中、馬車は何食わぬ様子で通り過ぎて行く。

 

「ぷはぁっ」

 

 馬車の後部を見送ってから、ようやく息継ぎが出来たとばかりに息を吐く。誰がやったのか。多分全員だろう。

 

「……ねえ、イビルアイ。あの馬車を引いてたアンデッドって……」

「ああ、お前たちが想像している通りだろうな」

 

 ラキュースの問いかけに誰よりも博識なイビルアイが肯定する。

 ラキュースたちが注目していたのは馬車ではなく、それを引いていた馬替わりの存在。それは揺らめくような靄が肉の代わりに取り巻いている骨の獣の姿。膿のような黄色、輝くような緑色の靄があちこちで点滅していた。

 

 魂喰らい(ソウルイーター)

 

 かつて大陸中央部のビーストマンの国に三体現れ、十万の被害を出したとされる伝説上のアンデッド。その話は“蒼の薔薇”全員が知っている。

 

「あんなアンデッドが街を平気で歩いてて大丈夫なのかよ?」

 

 例え魔導王の支配下にあり危害を加えないと聞いていても不安はどうしても出る。ガガーランの疑問は至極当然である。

 ガガーランに視線を向けられたイビルアイは既に通り過ぎた馬車の方を見ながら、しばし考え込む。

 

「……多分、問題ないだろう。魂喰らい(ソウルイーター)は範囲型の即死スキルを持っていて、この即死スキルで対象が死ぬとその魂を吸収して一時的にパワーアップするんだが、その能力も出していないし、恐怖を与えるオーラを撒き散らしてもいない。殺意なんかも全く感じられなかったから魔導王が完全に支配しているというのは本当のことのようだ。恐ろしいことだがな」

 

 補足説明で難度100~150と幅があるのは、通常時と特殊能力で自己を限界まで強化した場合があるかららしい。

 魂喰らいが馬車馬として働くというのは、成程理に適っている。

 疲労をしないアンデッドが引く馬車は夜通し走り続けられるし、悪路も問題なく走破することが可能なほどのパワーもある。護衛が居なくても魂喰らいだけでこの辺りに出没するモンスターや野党は即座に逃げだすことだろう。

 それらも完全に支配が出来るのならば、の話だが。

 ラキュースが知りうる限り過去にもこんな事が可能な国など聞いた事がない。250年生きたイビルアイもそれは同じだった。

 

 都市の人々にとってはもはや慣れた光景なのだろう、特段騒ぎになったりはしていない。

 御者の男性も緊張はしていたが、それでも襲われることはないと知っているからなのか、努めて冷静であった。

 

 気を持ち直した“蒼の薔薇”が街を進んで行くと、見るからに異常な強さを持つであろうアンデッドを目撃する。

 血管のような真紅の文様があちこちに走っている黒色の全身鎧からは、鋭い棘が所々突き出している。兜は悪魔の角を生やし、開いた顔の部分からは腐りかけた人のそれが覗いている。ぽっかりと空いた眼窩の中は煌々と赤く灯ってる。左手に体の大半を覆えそうなタワーシールドを持ち、剣の柄が盾の上部から覗いている。

 

(あのアンデッドは何? 見た事もないけど……)

 

 ラキュースはガガーランに目を向けて『知っているか?』と投げかける。ガガーランは額に汗を流しながら首を左右に振る。ティアとティナからも同じ返答。

 冒険譚などにも記述されていない怪物。

 人一倍冒険譚好きで、様々な書物を読み漁ってきたラキュースが知らないのだ。彼女たちが分からないのも無理もないこと。

 ならばと、一番頼りになる仲間へと四人の視線が集まる。

 

「イビルアイ、どうしたの?」

「ばかな、そんなはず……いや、しかしどう見ても……」

「イビルアイ!?」

 

 ラキュースの再度の呼びかけに、ハッとした様子で我に返ったイビルアイ。

 

「大丈夫?」

 

 ティアが心配そうに声をかける。

 

「問題ない。少し……いや、かなり驚いていただけだ」

「おめえさんがそんなに動揺するなんて珍しいな。見るからに強そうだけど、そんなに恐ろしいアンデッドなのか?」

「お前たちが知らなくても無理はない。あれの名は死の騎士(デス・ナイト)。あまりに伝説過ぎてほとんど知られていない伝説のアンデッドだ」

    

 やはりイビルアイは知っていたようだ。そのまま死の騎士の特徴を聞かせてくれる。

 防御に長けたモンスターであり、相手を完全に引き付ける能力を持っている。

 数に限りがあるが、殺した相手は従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)となる。また、従者の動死体が殺した相手はゾンビとなり、こちらは数に限りがない。

 

 小国なら一体だけで滅ぼすことが出来るだろうモンスター。

 危険度で言えば死の騎士も魂喰らいも大差ない。

 そんな恐ろしいモンスターがここでは下男やロバのように働いている。

 

 『一日この都市で生活すれば危機感も麻痺して気にならなくなる』。ナーガが言っていた言葉が頭をよぎる。

 確かにその通りかも知れないが、“蒼の薔薇”は魔導国に来てまだ間もない。一般人よりは知識があり、相手の強さ、恐ろしさが分かる分心臓に悪い国となっていた。

 

「なあ、イビルアイ。こんだけのアンデッドを支配出来るってことは、魔導王はネクロマンサーなのか?」

「……おそらくだが、そうだろうな。あのババアとは桁違いの力を持っているようだが」

「げっ、リグリットの婆さんよりかよ」

 

 イビルアイが言うババアとはリグリット・ベルスー・カウラウのこと。

 十三英雄に語られている魔法詠唱者の一人、その正体はネクロマンサーである。

 イビルアイにとっては蒼の薔薇への加入を迫り、渋ったら決闘で負かされたかつての仲間。

 実力ではイビルアイの方が上なのだが、リグリットがネクロマンサー故にアンデッドの特性をよく理解しているのと、ラキュースたち四人と同時に戦ったからだ。全力を出して負けたのではなく、昔の仲間を殺すような力を振るうのを嫌ったり、相手を舐めていたなどの要因も大きい。

 

「たしか、上位喰屍鬼(ガスト)を20体以上同時に操ることが可能だと言っていたな。魔導国で使役されているアンデッドの量や質を比べれば……どちらが上か言うまでもないな。私も相手にならんのは目に見えている。仮に魔導王と対等に戦える者がいるとしたら一人しかいないだろうな」

 

 ラキュースもイビルアイが思い描いた人物と同じ人物が脳裏を走る。

 

 それにしても、十三英雄をも超える力を有する魔導王とは一体何者なのだろうか。

 ラキュースたち四人を同時に相手しても勝てるイビルアイが絶対に勝てないと言わしめる魔導の王。

 イビルアイに問いかけてみるが、彼女は一人で考え込み、ブツブツと呟いている。辛うじて聞き取れたのは「しんじん」「ぷれいやー」という聞きなれない単語だけだった。

 

「イビルアイ?」

「……ん? ああ、なんでもない。それよりもまずは冒険者組合へ向かうのだろう。さっさと行こう。私はモモン様に早く会いたい」

 

 ツカツカと先を進むイビルアイを追い駆け、一行は目的地を目指す。

 

 “蒼の薔薇”の誰が予想出来ただろうか、今日一日で一番の驚きの光景を目にすることを。

 ここまででも十分に驚かされた。肝が冷える思いもした。今まで生きてきた中での常識を突き破った都市だったが、まだ少し甘かったようだ。

 

 ソレは都市を巡回している一体のデス・ナイト。

 他のデス・ナイトと特に変わりはない。いや、良く見てみると鎧や兜から突き出た棘がやたらと丸まっているぐらいで、醸し出す圧力に変化はない。頭の辺りから子供特有の高い声が聞こえてくる。

 

「おつかい終わったね~ウレイリカ」

「帰ったらおねえさまにほめてもらえるね~クーデリカ」

 

 五歳ぐらいだろうか、瓜二つの顔をした恐らく双子なのだろう二人の少女が楽しそうにはしゃいでいる。

 とても可愛らしい双子のはしゃぐ姿。本来なら見ていて微笑ましいものなのだが、ラキュースたちにとっては暖かい目で見ていられない。

 なにせ二人はデス・ナイトの肩に座っているのだ。左右の肩にそれぞれ一人ずつ。

 買い物してきたのだろうパンが覗いている袋を死の騎士の肩の棘に引っ掛けている。反対側にも同じように荷物を引っ掛けて。

 落ちないように手を掛けている兜の棘が刺さらないか不安を抱いたラキュースだが、随分とすり減っているようで幼い子供の皮膚を傷付けることはなさそうである。

 デス・ナイトが歩く速度は他の個体より遅く、子供を気遣って歩いているようにも見える。

 

(気遣うというより……困ってる?)

 

 ラキュースにはそう見えてしまった。伝説級のアンデッドが。子供相手に。

 

「帰るまえに、おつりでオヤツ買いにいこ~」

「うん。じゃあ、きょうはクシやきにしよ~。デスナイトさん、こっち~」

「オア!?」

「ええ~。このまえもクシやきだったよ~。きょうはしゅーくりーむにしようよ。デスナイトさんこっち~」

「オアァ!?」

 

 左肩に乗った方が兜の角を持って大きく後ろへ振る。デス・ナイトの頭を動かして誘導しようとすると、右肩の乗ったもう一人が反対方向へ角を引っ張る。お互い譲れないようで何度も引っ張り合う度にデス・ナイトがオアオア言っている。

 二度、三度と繰り返し結局ジャンケンで決めた双子は伝説級のアンデッドを巧みに操って人混みへと消えていった。

 

「…………」

「…………」

 

 幼い双子を乗せたアンデッドが去って行くのを呆然と見送る。

 

「……なあ、ちびさんよ。……アレって」

「……何も言うな。私だって信じられないんだから」

「魔導国の子供は逞し過ぎる」

「でも、あの娘たちは可愛かった。将来は間違いなく美人になる。楽しみ」

 

 ティアの言っていることはとりあえず無視。

 

「魔導国ではあれが日常の風景だとでも言うのかしら?」

 

 ラキュースが呟いた言葉は半分は当たっている。

 アンデッドに慣れたといっても限度はある。

 巡回警備しているデス・ナイトに対する住民の反応を細かく分ければ様々。

 気さくに挨拶する豪の者。

 あまり気にかけていない者。

 足早に遠ざかろうとする者と色々だ。

 完全には浸透し切れていないからだろう。それでも、騒ぎが起きない程度には馴染んでいる。

 ここまで住民がアンデッドを受け入れている原因とは――――。

 

「モモン様のおかげだろうな。彼がこの都市にいるからこそ、住民は逃げ出さずに暮らしていける」

 

 イビルアイの言葉にラキュースも同意する。

 

 ここまでで既に耐性は十分に付いた。付いてしまったという方が正解か。もう大概のことには驚かないだろう。 

 

 気を取り直して冒険者組合へと向かう途中にも、ラキュースたちは情報を集めるために聞き込みをする。

 

 道路工事をしているドワーフたちからも都市のことを色々聞くことが出来た。

 ドワーフたちは魔導王の願いで、技術指導のために招待されたらしく、都市の整備を行っていた。ドワーフの命令に従って複数のスケルトンが簡単な仕事を手伝っている。

 スケルトンを使うのは魔導国では当たり前のことらしく、廃村となった村の復旧含め、農作業なども言葉を理解して命令すれば望んだように動いてくれるそう。

 アンデッドは疲労することはない。睡眠も食事も必要としない労力を理解出来れば牛や馬を使う生活には戻れそうにないと笑いながら聞かせてくれる。

 そして、現在ドワーフたちは亜人地区に暮らしている。

 人間以外の様々な種族が快適に暮らしていけるように建築が進んでいる場所。

 王国領だった頃のスラム地区を潰して進められている。

 そこに住んでいた者たちは都市周辺の村々を復興して派遣され、畑ごと与えられアンデッドを使った大規模農作が始まっている。

 

 最後にラキュースは、ナーガに聞かされたドラゴンについて尋ねてみた。

 ドワーフたちはどこか嬉しそうに、楽しそうに話してくれた。

 

 都市上空を時折飛翔している青白い色の鱗を持ったドラゴン。

 それはアゼルリシア山脈に住んでいた霜の竜(フロスト・ドラゴン)の一族。

 主な仕事は荷物の運搬。彼らが吐く冷気は傷みやすい食料など、保存(プリザベイション)を必要とする荷物を空輸すること。空を飛ぶことから魂喰らいよりも速いため急ぎの便にも使われる。

 

「天下のドラゴンと言えど、魔導王陛下の前では形無しじゃな!」

「ざまぁ! じゃな!」

 

 がははは、豪気な笑い声をドワーフたちが上げる。

 

 やっぱりこの都市は普通じゃない。

 そう思ったラキュースは、デス・ナイトを手玉にとる双子の少女のことを聞いてみる。この都市の子供は皆あんな感じなのかと。

 返って来た答えは「アレはあの娘っ子だけで、他の子供はあそこまでのことはしない」だった。

 ラキュースたちは少しだけほっとする。

 全ての子供がああだったら流石に逞し過ぎる。

 ついでに、双子の少女はこの都市ではちょっとした有名人だというのを知るのだった。 

 

 

 

 

  

 

「……デス・ナイト君、遅いでござるなぁ。巡回の任務はもう終わってていいはずでござるのに」

 

 エ・ランテルにおいて“漆黒”が住居としている屋敷。そこの馬小屋でモモンの騎乗魔獣は友となったアンデッドが戻って来るのを待っていた。

 

「う~ん。某、抱き枕がないと良く眠れなくなってしまったでござるぅ。……デス・ナイトくーん! どこに行ったでござるかぁ!」 

 

 ナザリックにて、武技の習得のために共に励んだ心の友を待つ魔獣の叫びが響く。

 

 

 




ハム「デス・ナイト君、どこで油を売っていたのでござるか?」
心の友「オアァ」
ハム「ふむふむ、いつもの子供に捕まったのでござるか。デス・ナイト君は優しいでござるなぁ」
心の友「オア」
ハム「それはそれとしてお昼寝の時間でござるよ。某と一緒に休むでござる」
心の友「オァ」
ハム「zzz」
心の友「……」


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35話 魔導国冒険者組合 

気が付けばひと月経過(゚Д゚)
理由は色々あるのですが、一番の理由はドラ〇エ〇ォークです。申し訳ありませぬ。


 魔導国の唯一の都市エ・ランテル。

 多くの人間が暮らす中、亜人や異形種といった様々な種族が快適に暮らせるよう作られた亜人地区は元スラム街にある。

 スラム街に居た住民たちは周辺の村々へと派遣され、アンデッドを用いた大農地開拓に就くことによってようやく、あるいは初めて人並みの生活を送れるようになった者もいる。

 彼らは薄暗い路地裏で朽ち果てる運命から救ってくれた魔導王に対して、感謝の気持ちを忘れることなく日々を送っている。不当に搾取されることもなく、働けば働くだけ自分たちの暮らしが良くなり、毎日お腹一杯ごはんが食べられるのだから。

 

 スラム街には親を亡くした身寄りのない子供も多い。

 彼らは周辺の村に行くこともなく、エ・ランテル都市内で暮らしている。

 

 孤児院。

 この建物は新しく建てたのではなく、エ・ランテルが魔導国となった際に王国へと逃げ出した貴族の屋敷を有効利用していた。

 広い庭では子供たちが元気に遊びまわっている。

 その様子をプレアデスの長女、ユリ・アルファは優しい眼差しで見守っていた。

 

「あんまりはしゃぐと転んでしまいますよ」

 

 ユリの呼びかけに「大丈夫だよー」と返事をする子供たち。

 孤児院を設立して彼らと初めて顔を合わせた時を思えば本当に変わった。もちろん良い意味で。

 当時は痩せこけ、暗い表情で目に光が無かった。明日をも知れぬ状況から救われた子供たちもまた、心優しい魔導王に感謝している。

 アインズの命で面倒を見ているユリにはそれがとても誇らしかった。

 

「にぐれどさま、だっこ」

「はいはい、甘えんぼさんね」

 

 ユリの傍には、三歳ぐらいの小さな子供を抱っこする黒い喪服を身に纏った妙齢の美しい女性がいた。ニグレドと呼ばれた女性は慈愛に満ちた表情と声で応え、子供を抱え撫でている。

 

 彼女はニグレド。ナザリック地下大墳墓の第五階層 「氷結牢獄」にいる魔法詠唱者であり、ギルドメンバー41人の一人、タブラ・スマラグディナに作られた三姉妹、アルベドとルベドの長女である。情報収集特化型でレベルはナザリック内でも最高位に近い。

 

 本来の彼女の顔には表皮が無く筋肉のみで構成されているのだが、それでは子供たちが泣き喚いてしまうだろうと危惧したアインズにより筋組織から想定された皮膚を魔法で顔に張り付けている。

 その顔は魔導国の宰相の任に就いたアルベドと瓜二つ。角と羽が無いことを除けば、アルベドをほんの少しだけ大人にしたような容姿をしている。

 

 子供好きなニグレドとペストーニャ・S(ショートケーキ)・ワンコが孤児院の運営を行っており、ユリはお手伝いで度々ここに訪れている状態である。

 

 ペストーニャは今頃屋敷内で掃除や洗濯をしているはずだ。年長の子供たちも手伝っていることだろう。

 

 ニグレドは怪人。ペストーニャも犬の頭部に顔の中央に傷跡のような線が一本走っており、それを縫い合わせたと思える痕跡がある。

 二人とも異形種ではあるが、ニグレドの見た目は完全に人間で、両者とも慈愛に溢れた瞳で接しているからか、子供たちに受け入れられるのにほとんど時間はかからなかった。

 中には本当の母親のような親しみを覚えている子供もいるほどだ。

 

 ユリがペストーニャの方を手伝いに行こうかと思った時、一人の少年がユリに話しかける。その様子はどこか不安そうであった。

 

「ユリさま、塀の所に怪しい人が……」

 

 至高の御方が治める魔導国で犯罪を犯す者は今現在いないと言っていい。建国当初こそ少なからず居たのだが、罪人は悉くが何処かに連れ去られるという噂が広がったためだ。

 ユリが警戒しつつ指摘された方を見据えると――確かに居る。

 塀に手をかけ、顔だけ出してこの中庭を覗いている女性が。

 怪しい。この上なく怪しい。

 特に目つきがいただけない。

 犯罪者の目と呼ぶには流石に言い過ぎだが、今にも子供を攫って行きそうな気配をユリは感じていた。

 

「……ん? あれは……なんだ、何も心配する必要はないわ」

 

 どういう訳か警戒を解いたユリに少年は首を傾げる。少年から見ても、どう好意的に捉えても怪しさ満点であるのに。

 

「大丈夫、私の知っている人よ。間違っても何かするとは思えないし、何かあっても私が守ってあげるから」

 

 ユリの言う通り不審者扱いされた人物はユリも知っている者。と言っても知っているのは少しだけだが。それでも子供に危害を加えるようなことをする人物だとは思っていない。

 だから、塀から覗くもう一人のニグレドと自分を嘗め回すような視線が加わっていても、ユリはなんでもないように振舞う。

 

 

 

 

 

 

「ぷぎゃ!?」

「んきゅ!?」

 

 ラキュースたち“蒼の薔薇”は冒険者組合へと向かう途中だった。

 道中子供の笑い声が響く屋敷が気になり確認したところ、立派な孤児院を運営していることに感銘を受けたラキュースだったが、不躾に怪しい様で覗き続けるティアとティナに折檻を下したところである。

 

「二人とも行儀が悪いわよ」 

「いたたた……そうは言っても可愛い男の子が沢山居る。私的には目の保養になるからしょうがない」

「ティナの言う通り。悪魔騒動の時に見たメイドさん以外にもビックリするほどの美人さんが居た。是非お近付きになりたい」

 

 ラキュースにしても、夜会巻きの女性には悪魔騒動の時に世話になったのだから改めてお礼の一つでもと思わなくはない。しかし今回は重要な依頼でこの都市へと来たのだ。今はそちらを優先したかった。それに二人の提案は己の欲望からなのは間違いない。

 ラキュースがニコリと良い笑顔――二人にとっては怖い笑顔――で二人に迫ると、渋々ながらも大人しく従うのだった。

 

 

 

 

 

 

「それでは、エ・ランテルの冒険者組合はこれまで通り他の組合と連携がとれると?」

「ええ、その通りです」

 

 ラキュースの確認に、男は鷹揚に頷く。

 

 冒険者組合の戸を開いた“蒼の薔薇”は受付へと向かい、受付嬢に用件を伝えた。

 案内された部屋には一人の男性が待っていた。若くはないが屈強な体付きをしており、ひと目で歴戦の強者とわかる雰囲気を出している。

 エ・ランテルの冒険者組合長、プルトン・アインザックである。

 

 挨拶もそこそこに“蒼の薔薇”とアインザックはソファーに座り、早速対談を始める。リ・エスティーゼ王国王都の組合長からの依頼を果たすために。

 

 冒険者組合は人々を守るために活動しており、国から独立した機関である。

 組合は、国の政治や戦争には加担しない規約があり、それを守ることで国家を越えて活動が可能になっている。

 規約の中にも『引退した者を除き、国家の下につかない』というのもある。

 

 例え冒険者組合に総本山がなく、組合長がそれぞれ取り仕切っているとはいっても、魔導国の組織下に入ったこの都市の組合は明らかに規約に反している。

 そう言及するラキュースであったが、アインザックからの返答は「問題は何もない」だった。

 

 基本理念として、外の脅威から人間を守る活動をするのが冒険者である。

 だが、魔導国ではそれら危険な仕事は強力なアンデッドが行っているため冒険者の手を必要としていない。

 デス・ナイトなどは一体で最高位級冒険者級の力を持っている。そんな存在が不眠不休で守護し続けているのだ。世界中のどこよりも安全なのかもしれない。

 

 また、国を越えての活動。

 例えばリ・エスティーゼ王国王都で起こった悪魔騒動のような非常事態が再び訪れた場合、前回と同じように連携をとってエ・ランテルから冒険者を派遣することも可能とのこと。

 

 つまりはエ・ランテルの冒険者組合と他都市の組合との関わり合い方はこれまどとほとんど変わらない。エ・ランテルで発生した依頼を王国側に回すことも可能。その逆もまた然り。

 

 違いがあるのは魔導国の冒険者の目指す在り方。

 

「私は魔導王陛下と直接会談を行った時に言われたよ……今の冒険者は嘆かわしい。『対モンスターの傭兵』となり果てて冒険というものをしていない。とね」

「――!!」

「私はね、魔導王陛下の提唱する『未知を発見する冒険者』という新しい冒険者の在り方に輝きを感じ、協力することにしたのですよ」

 

 叔父の冒険譚に憧れて冒険者になったラキュースは未知の冒険という言葉に強く惹かれてしまう。

 同時に今の冒険者を表す言葉、『対モンスターの傭兵』には耳が痛く、気が滅入ってくる。それはラキュースも随分前から感じていた思いだ。

 幸いというかラキュースには才能があり、仲間にも恵まれ順調に冒険者階級を上げることが出来た。色々な地を冒険し、時には危険な目にあったりもしたが冒険者になっていなければ決して得られなかった経験だ。

 そんな自分が憧れた冒険が出来るようになったのは何時頃からだっただろうか。

 冒険者になる者にはラキュースのように未知の冒険に憧れた者は多い。しかし己の力量も考えず、出来る訳もないのに出来ると勘違いし無茶なことをして命を亡くす者もまた多いのが実情。

 中堅になった辺りで己の限界を感じ、上を目指すのを諦める者もいる。そういった者は大概がモンスター退治や護衛といった依頼でその日暮らしをして、無茶なことはしない。

 組合長の説明にあったように、ミスリル級ぐらいの強さがあれば未知の地からでも無事に帰ってこられる可能性が高いだろう。

 そして、一番の特徴は魔導国では冒険者育成を国が支援してくれるという。

 

「私も血が騒いでしまってね。昔の仲間ともう一度冒険に出るために鍛えなおしている所なのだよ」

 

 ニカッと笑う組合長は見た目よりも若く見える。事実、気持ちでは若返っているのだろう。未知の冒険とはそれを知る者にとっても滾ってくるものだ。ラキュースはそれを良く知っている。

 

 その後も冒険者育成用ダンジョンやドワーフが作るルーン武器の話など色々聞かせてもらい、依頼であった魔導国の冒険者組合の実態を把握することが出来た。

 

「さて、これで王都組合長の懸念も払拭出来ると思う。彼女を不安にさせてしまったことを謝らなければならないな。本当なら直接会って謝りたいのだが……私も色々と忙しい身の上でね、これを……」

 

 そう言ってアインザックは一枚の手紙をラキュースに差し出す。王都組合長の宛名が書かれた手紙をしっかりと受け取る。

 

「確かに預かりました。私からも報告しますので彼女も少しは気が楽になるでしょう」

 

 プルトン・アインザックは荒くれ者たちの長を務めているだけに用心深さや疑り深さも持ち合わせているやり手の男と聞いていたが、ここまでの話の中に嘘や騙し言などは一切感じられなかった。仲間からの目配せからも疑わしい所はないとのこと。

 ラキュースは魔導国の冒険者が少しだけ羨ましいなと思いながら、部屋を後にするため立ち上がろうとしたところで、アインザックから声がかかる。

 

「そうだ、せっかく来たんだ。冒険者用の店に行ってみてはどうだろう? 本来は魔導国の冒険者専用なのだが魔導王陛下は君たちの入店を許可して下さっている」

 

 組合を傘下に組み込んだ魔導王なら“蒼の薔薇”が来ることを知っていても不思議ではない。この都市の武具に興味のあったラキュースはその申し出を有難く受け取ることにした。

 

「ありがとう御座います。お言葉に甘えさせてもらいます」

「店への案内はある方がすることになっている。一階のロビーで待っておられるはずだ」

 

 礼儀正しく――ラキュースだけ――別れの挨拶をした“蒼の薔薇”は組合長室を出て階段を下りる。

 

「……なぁ、ラキュース。組合長が言ってた案内役って誰だと思う?」

「組合の長が『ある方』とか随分丁寧な言葉を使っていた」

「……そう言われてみればそうね」

 

 ガガーランとティナの指摘にちょっと気になって思いを馳せてみる。

 

「魔導王自身……はないか。流石にいち冒険者の案内に国の王がわざわざ来るとは思えないわ」

 

 ラキュースの言葉に「あっ!?」と何かに思い当たったイビルアイが猛烈な勢いで階段を駆け降りる。

 

(!?……あ、そうか)

 

 ラキュースも答えに思い当たり、イビルアイの後を追う。

 階段を下り、一階の広間が見えて来た。そこには――。

 

「うわああああああああ! ずっと会いたかったんですぅ!」

「いや、あの」

 

 意中の相手に全身で抱き着くイビルアイと困惑している漆黒の全身鎧を着た偉丈夫が居た。

 

 

 

 

 

 

「まさかモモンさんに案内してもらえるなんて思っていませんでした」

「気にしないで下さい、アインド……ラキュースさん。“蒼の薔薇”の皆さんが来られると聞いて私から案内役を買って出たんですから」

 

 モモンは先頭を歩き、名前呼びしないと返事しないと言われていたのを思い出し(ラキュースに睨まれ)言い直してラキュースたちを目的の店へと案内していく。

 エ・ランテルの英雄と王国のアダマンタイト級冒険者が揃って歩く光景を都市の住人たちは羨望の眼差しで見つめていた。

 住民たちにとってモモンは当然のことながら、“蒼の薔薇”も有名人であり人気が高い。その一団は随分と目立っていた。

 モモンことアインズは周りから視線を注がれるのにはかなり慣れたもの。いつもなら特に気になるほどのことないのだが、約一名から注がれる視線が気になって仕方がなかった。しかも至近距離からだからなおのことだ。

 

(ああ♡ モモン様、堂々と歩く姿もカッコいい)

 

 仮面の魔法詠唱者(マジックキャスター)イビルアイがモモンの隣を歩きながらずっと熱視線を送っていた。前を見ないで歩くと人とぶつかる可能性がありそうなものだが、道行く人々はモモンたちを見ると自然と道を空けてくれるのでその心配は無用であった。

 

「――という訳でして、冒険者育成用ダンジョンで命を落とすことはありませんが、駆け出しが挑戦するには不安が大きいので引退した歴戦の冒険者に指導員をしてもらってます。なにせ剣を振ったことのない者もいますから、基本的な身のこなしから冒険に向かうに当たっての心得など、色々ですね」

 

 当初の指導員はアインザック組合長が主となって行っていたが、自分も体を鍛えなおしたいからと引退した冒険者の勧誘に奔走していたりと、組合を取り巻く今までの経緯を軽く説明していくモモン。

 

(私の歩幅が小さいからそれに合わせてゆっくり歩いてくれるモモン様♡ なんて優しいんだ)

 

 他にも都市で暮らす山小人(ドワーフ)蜥蜴人(リザードマン)といった亜人種、異形種の特性、生態。アンデッドやゴーレムを使役したエ・ランテルの改革なども語る。

 

「短期間で見違えるほど変わってしまう訳ね」

 

 以前のこの都市を知っているラキュースから見てもエ・ランテルの変わりようは尋常ではない。不眠不休で働ける労働力と、それを行える魔導王の力に驚くばかりだ。

 

 その後もモモンは魔導国の都市、エ・ランテルの今を丁寧に説明していく。

 魔導王(アインズ)が成したことをモモン(アインズ)が話し、それに感心されるのに少々面映ゆく感じてしまう。魔導国の政策や事業を”蒼の薔薇”相手に語ることについても問題視していない。都市の住民も大部分を知っているのだし。

 

 他にも都市中央部にある行政機関では住民一人一人の戸籍を記録し直している。

 王国領の時にもあった制度なのだが、その管理体制は杜撰の一言に尽きる。

 カルネ村のエンリ・エモットを例にすれば、彼女のことを記してある書類を調べると、カルネ村にエンリ・エモットという名の人物が生まれたとあるだけで詳細な情報などは何も出てこないのだ。

 魔導国の領土は周辺国と比べてもかなり狭い。それでも全ての住民を記録するとなればそれにかかる労力は相当なもの。王国が洗い直しなどしないのも当然と言える。

 しかし魔導国は行った。リアル世界にあった戸籍登録にかなり近い精度で。

 それを支えたのは当然の如くアンデッドである。ナザリックで自動POPする死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は睡眠も必要とせず、腐りかけていても優秀な頭脳を持っている。彼らが多数集まれば書類整理などチョチョイのチョイなのである。

 

 アインズは以前から思っていたアンデッドを使った統治の有用性を証明出来たことに嬉しさを噛みしめていた。

 しかし、“蒼の薔薇”に説明する上では淡々と語らなければならない。

 あくまで魔導王が行った政策なのであって、モモンは関係ないのだから。

 

 八百屋の前を通りかかった際には、カルネ村産の食材は特に高い人気がある、とお勧めを教えたりしていく。案内役としてしっかりと仕事をこなしているモモンであるが、案内役をわざわざ買って出たのには訳があった。

 

 ナザリックの皆を守る上でずっと地下に籠っている訳にはいかない。裏側にいては表立って活動しにくいし、ユグドラシル金貨の確保やプレイヤーの情報などを集めるにも表世界に打って出る必要があった。

 だから国を興したのだが、アインズがもし一人だったら絶対に国作りなどしなかっただろう。

 小卒の鈴木悟――それでもリアルでは立派なのだ――が国の運営など出来る訳がない。アインズ・ウール・ゴウンのメンバーの中にも頭の良い人は何人かいたが、それでも政治・経済など、必要な知識や技能がどれだけ必要なのかが鈴木悟には理解出来ない。

 アルベドやデミウルゴス、ついでにパンドラといった人を遥かに超えた頭脳を持つ者がいたからこそ魔導国を作ることにしたのだ。

 魔導国は彼ら知恵者によって完璧な統治が成されている。アインズはそれをお手本にして密かに支配者として必要な知識を蓄えようとしていた。ホワイトな組織作りを目指し、トップのアインズが働きづめでは部下が休みづらいのを学習したためしっかりとベッドで睡眠もとっている――振りをしてアイテムの効果を使ってずっと寝ずに勉強していたりする。

 その努力もあってか少しは理解を深めることが出来た気がしていたのだが、とにかく難しいのである。

 予算案にしてもキッチリカッチリと計算され尽くされた数字を見ても、どうしてその数字が出て来たのかが分からない。

 詰まるところ、アインズは王という管理責任のある立場に疲れていたのだ。ナザリックの管理ならば苦労しながらもなんとか運営していく自信はあるのだが、ここはゲームではなく現実。大きなミスが許されないプレッシャーを感じていた。

 だから久しぶりに重責から一時でも解放されるこの時を見逃さなかった。

 今頃はアインズの代わりにパンドラズ・アクターが王様をやっていることだろう。

 優秀で自慢の、とても恥ずかしい息子のような存在が。

 

 変なオーバーアクションとかやってないだろうな、とアインズが不安を抱いていると、上空を飛ぶ物体が見えた。

 

「……リーダー……上」

「何か飛んで来る」

 

 忍者姉妹が上空に何かを発見し上の方を指差す。口はポカーンと開いている。

 

「おいおい、ホントに居たぞ」

 

 ガガーランの言葉は信じていなかったからではない。この国ではなんでもありと思いつつも実際に目にしたからこその驚き。

 空を飛ぶ飛行体。それはドラゴン。一般的なドラゴンはネコ科の動物のようなスリムな体型をしていると聞くが、“蒼の薔薇”一行に影を落とし、東の方向へと飛び立って行ったドラゴンは少し細く、蛇にも似ている。

 ドワーフにも確認したアゼルリシア山脈に住む霜の竜(フロスト・ドラゴン)

 数多存在する種族の中でも最強と言われているドラゴン。事前に聞いていたにも関わらず、いざ目の当たりにすると迫力と存在感は圧倒的。

 ラキュースはよく妄想の中で対峙したドラゴンより小さいのがほんの少しだけ残念だったが、それも関係なく――――。

 

「あれが、ドラゴン……本物を見たのは初めて」

 

 目をキラキラ輝かせて誰に聞かせるでもなく呟くラキュース。もし、人の目がなかったら大はしゃぎしていただろう。

 あれも魔導王が支配しているらしく、モモンも色々知っているだろうからどうやって従えたのかなど聞きたいところだが、まず一番気になったことを聞いてみる。

 

「モモンさん、あのドラゴンが運んでいた木箱はなんなのですか?」

 

 ドラゴンはロープを足にかけ、固定された巨大な木箱を運んでいた。

 

「あの箱には食料や物資が入ってまして、同盟を結んだ帝国へと運搬しているんですよ。霜の竜は氷のブレスを吐き、身体からも冷気を放出しているので食材を傷めることなく鮮度を保つのが容易なんだそうですよ」 

   

 なるほど。<保存(プリザベイション)>の魔法でも可能なことだが、一度に大量の食材を運ぶのなら一つ一つに魔法をかける手間と人材確保も大変だろう。ドラゴン一匹で輸送にかかるコストが大幅に削減出来る非常に有用な使い方だと思えた。

 ドワーフから聞いた情報を疑っている訳ではないのだが、漆黒の英雄からも同じ内容を聞けばより信憑性が増すというもの。

 そもそもドラゴンを従えること自体、常識的にはあり得ないことなのだが、この都市へ来てからというもの今までの常識が吹っ飛ぶような事態ばかりであったため不思議と納得出来た。

 “蒼の薔薇”全員、良い感じに感覚が麻痺していた。魔導国に滞在している以上これは必要なことで通過儀礼とも言える。

 

(さっきのドラゴンにモモン様が乗ったら更にカッコいいんだろうなぁ)

 

 白馬に乗った騎士――ではなく、白竜に乗った騎士に手を差し伸べてもらう自分を想像して仮面の下でふにゃけた顔をしてしまうイビルアイ。

 モモンに案内されている間中、イビルアイの頭の中はモモンで一杯になっていた。

 

 

 

 

「――さん?」

 

 

 

「――ルアイさん?」

「うぇ!? あ、なんですか、モモン様?」

 

 妄想に浸り過ぎていたイビルアイを呼び戻したのは妄想で思い浮かべていた思い人、その人だった。

 

「いえ、なんだかボーっとしていたようなので体調でも悪いのかと。大丈夫ですか?」

 

 仮面で素顔は見えないはずなのに分かるとは、流石モモン様。とイビルアイは改めて感心してしまう。

 

「だ、大丈夫ですよ、モモン様。ちょっと考え事をしていただけです」

 

 貴方で妄想してました、なんて言えるはずがない。イビルアイは慌てながらも何でもないように言う。

 

「それなら良いんですが……あの、前から気になっていたのですが……」

「――?」

「なぜ私を『様』と付けて呼ぶのですか?」

「そ、それは貴方が命の恩人で……」

「だとしても、私は貴方の同輩にして後輩に当たります。先輩から様付けで呼ばれるというのは少し……」

 

 元社会人の経験を持つ鈴木悟にとって先輩後輩の間柄を考えたら様付けはどうにも気になってしまう。年齢や性別などを加味しても変なんじゃないだろうか。この世界では普通なのかもしれないが、冒険者モモンでいる時ぐらい仰々しく感じる様付けは勘弁して欲しいと思っていた。一時的とはいえ重責を感じる王の立場を離れている時ぐらいはもう少し気を楽にしていたい。同じ冒険者同士なのだから。

 

「では、なんと呼べばいいんですか?」

「モモン、と呼び捨てで良いですよ。敬語も不要です」

「はぃ……いや、分かった。……モ、モモ、モモン。私のことも呼び捨てにしてくれると……その、嬉しいな」

「了解だ、イビルアイ」

「う、うん!」

 

 めちゃくちゃ嬉しそうに声を弾ませるイビルアイ。ラキュースたちは仮面越しでも花を咲かせたような笑顔をしているのだろうと分かる。

 

(お互い呼び捨てで呼び合う、これはもう恋人同士なのでは?)

 

 少し、いやかなり仲が進展したと感じたイビルアイだが、話の流れからガガーラン、ティア、ティナもモモンを呼び捨てで呼ぶことになる。

 ラキュースは貴族の淑女としての立場もあるからか、今までと同じく『さん』付けは変わらず。モモンもそれに倣ってラキュースには『さん』を付けることにしたのだった。

 

 イビルアイはモモンの隣を歩きながら後ろを歩くガガーランたちの方を見ている。恐らく仮面の下では睨んでいるのだろう。

 

(仕方ねえだろ。相手の方から歩み寄ってくれてんだから。あそこで断ったら失礼になんだろ)

 

 ガガーランにはなんとなくイビルアイの考えていることが分かっていた。恋愛初心者の乙女と化している者の思考など、百選錬磨の恋愛上級者にとって読むのは容易い。

 豪気なガガーランもモモンほどの英雄相手だと自然と気を使っていた。堅苦しいのを嫌う身としては砕けた口調で話せるのは有難いことなのだ。

 声には出さず、表情と口の動きだけでこちらの意図を伝えようとしたが、ちゃんと読み取ってもらえたかは微妙だ。

 

 イビルアイは仲間への牽制を止める。

 せっかく意中の相手と近づけたのだ。ここは攻め時と感じてずっと聞いてみたかったことを尋ねてみる。

 

「……な、なあモモン。ちょっと聞いてみたいことがあるんだ」

「ん? 私で答えられることなら構わないが」

「た、大したことじゃないんだが。……この都市の住民がアンデッドをあまり毛嫌いしていないのは理解したんだが、モモンは……アンデッドが嫌いか?」

(アイツいきやがった!?)

 

 何も知らない第三者が聞いたなら特に気にならない質問。だがイビルアイの正体を知る“蒼の薔薇”からすれば踏み込んだ質問。踏み込み過ぎてドデカいカウンターでも食らわないか心配になるほどだった。

 イビルアイが勇気を振り絞って投げたボールを受けたモモンは顎の部分に手をやり「う~ん」と唸る。その様子をハラハラしながらラキュースたちは見守っていた。

 

「……別に嫌いではないな。知性のない野良アンデッドなどは生者に問答無用で襲い掛かって来るが、ここのアンデッドのように完全に支配されていれば術者の命令に逆らうことはないしな。十分な知性を持つアンデッドは話も出来るから無理に争う必要もない……ケース・バイ・ケースだな」 

  

 モモンが語ったのは本心。そこには取り繕った要素もない。

 ちょっと前までアンデッドでした~、なんて言える訳もない。

 冷静に考えてみたが、自分がユグドラシルでアンデッドのアバターを選んだのは別に好きだったからではない。ただ呼吸も睡眠も必要なく、各種状態異常を無効に出来るアンデッドの肉体があれば、ディストピアのリアル世界では便利だろうなあ、と思ったちょっとした憧れからだ。

 シャルティアやユリのことを大切に思っているのも種族とは関係がない。

 ついでにナザリックで訓練している六腕の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)もだ。出会い方が違ったとしてもアイツの望みが魔法の研究などであることからナザリックに従っていた可能性は高い。

 

 質問の幅が広かったため率直な気持ちを語ったモモン。

 イビルアイの思いがどこにあったか知る由もなかった。

 

「そ、そうか。アンデッドだから嫌いとかではないんだな」

 

 最後に小声で「良かったぁ」と胸のつかえが取れたようにホッとする。

 もし「アンデッドは大嫌いだ。即座に駆逐すべし」などと言われていれば、イビルアイは大泣きしてどこかへと飛んで行ったかもしれない。

 ラキュースたちも強張っていた体を緩め、胸を撫で下ろして肩の力を抜いていた。

 

 

 

「ここが冒険者用に新しく建てられた武具店ですよ」

 

 モモンの案内で目的の店へと到着する。

 一般的な店と比べてもかなり大きい。

 

「……すごく、立派ですね」

「リーダーが卑猥なこと言ってる」 

「ここでモモンのある部分を見ながら言ってたら三千点」 

「なっ!? 貴方たちぃ」

「おっと、魔導国では乱暴言は御法度だよ、リーダー」

「そうそう」

「むぐ、後で覚えてなさいよ」

 

 額に怒りマークを浮かべたラキュースは後程絶対に折檻を下すことを誓う。

 モモンに変に誤解されたらどうしてくれるというのか。

 

 入り口に向かって歩を進めると外開きのドアが開かれる。

 “蒼の薔薇”を迎え入れるため、ではなく単に店から誰かが出て来ただけだった。

 

「あら? ティアったらいつの間に店に入ってたの?」

「リーダー、私はここ」

 

 ティアだと思ったが本人はラキュースの左後方に立っていた。

 

「じゃあティナ?……っはこっちに居るわね」

 

 ラキュースの右後方にいるティナは手を上げて「やあ」と軽く挨拶でもするようにラキュースに応えて、店から出て来た人物に対して口を開く。

 

「久しぶり。意外なところで会った」

「まさかこんなところで会うとは」

 

 ティナとティアの言葉を受けたその人物はフフッと笑い。

 

「ティアとティナも元気そうでなにより」

 

 ティラがここに現れたことで三姉妹が数年ぶりに顔を合わせるのだった。

 

 

 




魔導国の現状回は次話で取り合えず終わりです。
まさかこんなにも長くとは思ってなかった(汗) 


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36話 お買い物

オーバーロード(14)「滅国の魔女」2020年3月12日発売。
この『魔女』が誰を指しているのか。その意味によって変わるけど候補は二人、ないしは三人。待ち遠しい。

今回でエ・ランテルの話はひとまず終了です。


「料金は……確かに。んじゃ、これがご注文の品だ」

「へへ、あんがとさん」

 

 受け取った品を確かめ、大事そうに背負う軽薄そうなレンジャー。

 魔導国が主導して建てられた冒険者用の武具店。一階は主に武器防具を販売していた。

 カウンターでは一組の冒険者チームが商品を買っていた。

 胸元には白金(プラチナ)級を示す冒険者プレート。

 ミスリル級まであと少しと噂される“漆黒の剣”の四人がいた。

 

「これで一階層攻略が出来るようになるかもしれませんね」

 

 人当たりの良さそうな顔付きをしたリーダーのペテルが品物を受け取ったルクルットに言う。

 

「そうだな、でもどうせならナーベちゃんとお揃いの雷属性が良かったんだがなぁ」

「仕方ないのである。雷ならニニャが<雷撃(ライトニング)>を使えるようになったのである」

「そうですよ。散々話し合って決めたことですよ。と言うより、ナーベさんのこと、まだ諦めてなかったのですか?」

 

 ぶうたれているルクルットを諭すのはドルイドのダインと第三位階を使えるようになった魔法詠唱者(マジックキャスター)のニニャであった。

 

 彼ら“漆黒の剣”はモモンに助けられてからもエ・ランテルに戻り、冒険者稼業を続けていた。魔導国となってからも魔導王の提唱する『未知を冒険する冒険者』に憧れを抱き、日々研鑽を続けていたのだった。

 モモンからもらい受けたミスリル製の武具を頼りに、されど決して装備に甘えることなく着実に力を付けていった結果、ようやく装備に見合うだけの強さを得ることが出来たことを誇りに感じていた。

 ある程度資金も溜まり、様々なモンスターが待ち受けるダンジョン攻略のために、装備の強化を図ることにしたのだ。

 四人で話し合い、選ばれたのはルクルットの装備。今ルクルットが受け取った矢筒には魔法が込められており、一日五十本までと制限があるが、筒に収めた矢に氷属性を付与することが出来るもの。

 ルクルットが不満を口にしたのは“美姫”が得意としている雷属性とお揃いにしたかったとからだった。

 しかし第三位階に到達したニニャが<雷撃(ライトニング)>を覚えてしまっているため却下される。ニニャは他にも<火球(ファイヤーボール)>と<飛行(フライ)>の魔法を新たに習得している。

 だからこそ選ばれたのが氷属性の攻撃手段という訳だ。

 氷の矢ならば例え致命傷を与えられずとも、足に当てれば機動力を奪うことも出来る。他の属性と比べても汎用性が高いと判断した結果なのである。

 

「いや、コイツが有用なのは分かってんだけどよぉ。分っかんねえかな愛しのナーベちゃんを思う男の気持ちってヤツがよ」

「分からないことはないであるが、それにはまず相手と同じ土俵に立たなくてはならないのである」

「なにせアダマンタイト級ですからね」

「しかも今やこの都市の冒険者の代表とまでになっていますしね」

 

 相手は史上最高と謳われる“漆黒”の相方。こちらは未知の冒険をするには未だ実力不足の一冒険者。チーム名が似ているだけでその距離は果てしなく遠い。

 ルクルットにはさっさと諦めてもらって他に良い娘を探す方が賢明であろう。

 当の本人以外は全員そう思っていた。

 

「では、上を目指すためにもダンジョンに潜りに行きますか」

 

 リーダーのペテルの提案に乗り、“漆黒の剣”は店を後にしようと出口の方へと向かう。

 すると、そこから随分と目立つ集団が店に入って来た。

 エ・ランテルの英雄であり、“漆黒の剣”にとっての大恩人がうら若き乙女を連れて。約一名は乙女と言うには無理があり過ぎるが。

 五人組の女性。装備や容姿。冒険者用の店へ来たことなどからそれが噂に名高い王国所属のアダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”だと知る。

 モモンに挨拶をしたかったペテルだが、他国となった王国のアダマンタイト級冒険者との組み合わせは何か事情があるのかもしれない。変に声をかけて邪魔をしては悪いと思いなおし、会釈だけして脇を通り過ぎる。

 他の三人、特にニニャは名残惜しそうに何度も振り返っていた。

 

 

 

 顔見知りの冒険者へと軽く手を上げて挨拶したモモン。後にはラキュースたち“蒼の薔薇”が付いてくる。そこにティラの姿はなかった。

 

「ティアもティナも久しぶりに会った姉妹と別れてよかったのかよ?」

「問題ない」

「夜に会う約束をした。詳しい話はその時に聞くつもり」  

 

 ガガーランは偶然にも姉妹三人が揃ったのだから、こちらのことを放っておいて三人で語り合って来たら良かったのにと思っていたが、どうやら気を遣うまでもなく、夜に予定を入れていたようだ。

 ティラと言うらしいが、彼女とは一言二言挨拶みたいなやり取りをしていた後は、声を出さずに腕と手を使った手話――――ティアとティナは通常の会話と同程度の速度で出来る――――で何かを話し合っていた。

 多分忍者姉妹にとってはあれがコミュニケーションの一つなのだろう。

 

「皆さん、一階は武器や防具を取り扱っているので見ていかれては? 本来は魔導国所属の冒険者以外は利用出来ないんですが、許可は取ってありますので。希望の品があれば自由にされて大丈夫ですよ」

「冒険者だけなんですか?」

 

 モモンの説明にラキュースが疑問を抱く。

 

「ええ、今魔導国ではドワーフの技術で作られたルーン武器に力を入れています。それが冒険者の強化に繋がるのですが、もし他国に渡ったりすれば……」 

「技術を盗まれて、戦争に使用されかねない……ですね」

 

 モモンは鷹揚に頷く。特に警戒しているスレイン法国に流れさせる気は一切ない。

 

「でも、それでしたら私たちは?」

「”蒼の薔薇”の皆さんでしたら悪用したりはしないでしょう? だから許可が下りたんだと思いますよ」 

 

 モモンの言う通り悪用する気など毛頭ない。魔導王とは会ったこともないのに何故信用を得られたのだろうか。不思議に思うラキュースであった。

 

(私たちのこれまでの活動を調べたからかしら? 人様に言えないようなことは今まで一度も……)

 

 『ない』とは言い切れないかもしれない。

 友人のラナーの依頼を組合を通さずに受けていたこと。組合を通さずに依頼を受けることは規約違反に当たってしまう。

 しかしながら、依頼内容は犯罪組織が営んでいた麻薬畑の焼き討ちなどの完全な悪が相手。冒険者としては間違っていたとしても、一人の人間としてはなんら恥じるところではない。

 王都の冒険者組合長も恐らく気付いていながら黙認してくれている節がある。

 人類最高峰のアダマンタイト級冒険者に対して組合は強く言えないのもある。それに対して決して笠に着ることはない。後悔もしていないし、間違ったとも思っていない。

 ただ、声を上げて誇ることではないだけだ。

 信用されているのだから絶対に裏切るような真似はしない、と強く決意する。

 

「蒼の薔薇の名に懸けて約束します。決して悪用しないと」

「おう、任せとけよ」

「案内してくれたモモンの顔に泥を塗ったりなんてしない」

 

 ティアとティナも「大丈夫」とリーダーに続く。

 

「ハハ、そんなに堅くならなくても、私は最初から信じていますよ」

 

 嬉しいことを言ってくれるモモンに感謝しつつ、さっそく店に並んだ品物を見ていく。

 

 

 

「見ろよティア、これなんてすげえ品質の高さだぜ」

「それでこの価格は、随分安い」

 

 ガガーランが手に持ったのはミスリルで作られた一般的なブロードソード。並べられた武具のほとんどがドワーフ製らしく、卓越された技術には目を見張るものがある。他にもルーン文字が刻まれた物もあるが、そちらはショーケースに入れられ大切に保管されており、当然のように値は張る。

 安いとは言ったが、駆け出しから中堅クラスの冒険者からすれば十分高いと思われる値段設定かもしれない。しかし武具やマジックアイテムを見る目が十二分に備わっているガガーランからすれば即買いするレベルの品々。

 巌のようなガガーランは得意武器のハンマーなどをいくつも品定めしては「う~ん」と唸りながら元の位置に戻している。

 

「気に入る物は見つからない?」

「……すげえ良い武器なんだけどよ……慣れ親しんだコイツと鞍替えする気には、ちょっとならねえな」

 

 ティアの問いかけに、背中に背負った巨大な刺突戦鎚を親指で指す。局所的な地震を発生させたり、ダメージが増すという一点に特化した魔法付与がなされている一級の武器。

 

「それでしたらその武器にルーン文字を刻んで見てはどうですか? あちらのカウンターで受け付けていますよ」

「そんなことも出来るのか? モモン」

「ええ、ウォーピックでしたら衝撃力を上げて気絶させたり、属性を持たせたりと幾つか選択肢があると思いますよ。一文字目は何を選んでも料金は同じですが二文字、三文字目と増やすごとに値段が跳ね上がってしまいますが」

 

 最大四文字までは可能。ルーン技術の開発は始まってまだ日が浅く、今後職人の腕が上がれば刻める文字数が増えたり、職人の数が増えれば価格も安くなるだろうとモモンは教えてくれる。

 

「おお! そりゃいいねえ。んじゃ俺はそっちを頼むわ」

「分かりました。では私が話をつけて来るので少し待ってて下さい」

 

 そう言ってモモンはカウンターの裏手から奥へと姿を消す。多分だが、奥に職人が待機しているのだろう。

 他の武具を見て待っていようかと思って辺りを見渡すと、さっきまでいたティアの元にティナも来ていた。二人ともカウンターの裏に掛けてある武器に注目しているようだった。

 

「よお、俺は決まりそうだけど、おめえらはどんなのにするんだ?」

「アレ」

「実はティラに会った時から決めてた」

「あん? その壁に掛けてある変わった剣……いや刀か?」

 

 南方から流れる高価な武器に似ているが、ガガーランの知っているそれよりも短い。黒塗りされた鞘は艶消しされ光の反射を抑えた作りから見た刀身はせいぜい60センチぐらいだろうか。刀特有の反りは少なくまっすぐになっている。

 

「あれは忍者刀……って言うらしい」

忍刀(しのびがたな)とも言う……らしい」

「らしいって何だよ、らしいって」

「私たちもさっきティラから聞いたばかりだから仕方がない」

「あの手話でシュババババってしてた時か? よくあんなやり取りでそんな話が出来るもんだな。すげえわ」

 

 どうやらティラはある人物から忍者用の刀のことを教えられたらしい。

 その話を元に、この店にオーダーメイドで作らせた品がこの忍者刀だと。

 

「それを聞いて私たちも欲しくなった」

 

 忍者専用の武器と聞いては黙っていられないのか、二人は何時になく真剣な面持ちで刀を見ている。

 

「そういやティラがこんな武器を持ってた気がするな。でもオーダーメイドって一品物なんじゃねえか? なんでまだあんだよ?」

「店の人に聞いてみる」

 

 呼ばれてすぐさま現れる禿頭の如何にも武器屋の主人といった体の店員。もっと日焼けしていれば更にらしく見えることだろう。客の要望に素早く対応する辺りは、良く教育されているのが分かる。

 

「ああ、そういうことですか? なかなか面白い注文だったんで注文とは別に面白がって作っちゃったんですよ。あ、品質に関しては一本目と同様、最高級品であることを保証しますよ」

「「買った!」」

 

 二人全く同時の声。もしかして殴り合いで決めるのかと思ったガガーランだったが、禿頭親父が奥からもう一本持って来たことで丸く収まる。何本作ったんだよ、と言いたくなるが、どうやらもう打ち止めらしい。

 ちなみにルーンが刻まれた品らしく、一本は切れ味、もう一本は耐久が上がっているそうだ。

 忍者姉妹は嬉しそうに、仲良く背中に新しい武器を背負う。

 

 

 

 モモンはガガーランをルーン工匠の職人に手引きした後、ラキュースの姿が目に入った。真剣に品物を検品している様から彼女の真面目さが窺える。 

 納得の行く物が見つからないのか、代わる代わる色んな種類の物を手に取っては戻していた。

 

「なかなか気に入った物が見つからないようですね」

「モモンさん。ええ、王国では見ないほど素晴らしいのは良く分かるんですが……」

 

 それも仕方がないだろう。ここに置いてある武具は全てこの世界の資源を使っている。ナザリックから持ち出された物は一階フロアには置いていない。

 アダマンタイト級冒険者の“蒼の薔薇”が各地の冒険で手に入れた装備はこの世界最高クラスの物。よほど気に入らない限り、同等クラスの物であればわざわざ買い替えることはしないだろう。

 特にラキュースは武器も防具も一品物を身に付けている。

 

「良ければラキュースさんの魔剣を見せてもらっても?」

「構いませんよ。はい、どうぞ」

 

 ラキュースの愛剣、魔剣キリネイラムを受け取り刀身を手に乗せ、一級の戦士が得物を確かめるように見定めてみる。鑑定魔法を使わなければ詳しい詳細は分からない。それでも、ユグドラシル時代から培ってきた知識とちょっとした鑑定眼からおおよその強さは分かる。

 

「…………」

 

「なるほど。噂通り良い剣ですね。これ以上の剣はここには現状ありません。ルーンを刻むのも止めておいた方が良いでしょう。元々の特性に影響が出るかもしれませんからね。鎧についても――――」

「わぁ! あ、あの、この鎧については、触れないでもらえると……その……」

「?」

 

 モモンが良く分かっていないことに安堵のため息をつくラキュース。

 白銀と金によって作られたような輝きを放ち、いたるところにユニコーンの装飾が刻み込まれているラキュースの全身鎧<無垢なる白雪/ヴァージン・スノー>。

 同クラスに分類される装備より防御能力が勝る代償に、乙女のみしか着用できない制限がある。

 

「なんだ、モモンは知らなかったのか? ラキュースの鎧はヴァージン・スノーと言っておと、むぐぅ!?」

 

 モモンの姿を見つけてやって来たイビルアイが何か言おうとしたところをラキュースが仮面を押さえつけ、黙らせる。耳元で何かを囁いた後「なんでもありませんのよ、おほほ」と貴族令嬢のように振舞う。

 モモンは鎧についてはこれ以上追及するべきではないと判断する。そして、次にラキュースの指に注目した。

 

「ところで、その五本の指に嵌めたアーマーリングは?」

「こ、これは……」

 

 途端に言い淀むラキュース。その拍子に恥じらう乙女から逃れたイビルアイが代わりに説明しだした。

 

「確か、キリネイラムのパワーを全力で抑えるのを補助するためだと以前言っていたな。暗黒の精神によって生まれた闇の自分を抑えるためだとも。ガガーランが心配していたぞ。大丈夫なのか?」

「ちょっ!?」

 

 随分と物騒な内容を真剣に語るイビルアイ。

 「ラキュースの叔父に相談した方が良いかも」「何か助けになれることがあれば遠慮なく言ってくれ」と心の底から仲間の身を案じているイビルアイと、「だだ、大丈夫だから。し、心配しないで」とワタワタしているラキュースを見ながらモモンは不思議に思う。

 

(おかしいな、あのリングからは魔力が一切感じなかったぞ。弱い補助効果だとしても俺が何も感じないのは…………ん? もしかして)

 

 暗黒の精神。もう一人の闇の自分。これらに抗っている。力の開放。

 かつてゲヘナの時にも聞いた単語を吟味する。

 

「……むっ、ぬおぉ!」

 

 突然モモンがクローズド・ヘルムの右目部分を押さえて苦しみ出す。

 

「モモン!? どうしたんだ!」

「モモンさん!?」

「…………む、ふう。いえ、大丈夫です。私の右目に封印された力が暴れ出しただけです。もう抑え込んだので心配はいりません」

 

 モモンの言葉に心配そうにすり寄ってくるイビルアイ。何度も大丈夫かと確かめてくることから本気で心配しているようだ。

 ラキュースは――――。 

 

 目をキラッキラさせてこちらを見ている。本当に星を瞬かせているように見えた。

 

(あ、やっぱりこの娘、あの病気なんだ)

 

 過去の鈴木悟(モモンガ)も一度かかり、すでに卒業した禁断の病。中二病。

 ラキュースの意味のないリングを見て、指貫グローブを連想したモモンは昔ウルベルトさんと一緒に遊んでいたことを思い出し、一芝居打ってみたのだった。

 

(邪眼とか言ったら喜びそうだな。それにしても懐かしい感じだなぁ)

 

 ユグドラシル時代、中二病真っ盛りの時期には仲間と共にはしゃぎまくっていた。魔法発動に全く必要のない詠唱を長々と語ったり、カッコいいポーズを披露し合ったりしていた。当時は同じ趣味を持つ仲間がいたことで、恥ずかしいなどとは感じなかったものだが、時が経つにつれて成長したからか、何時しか周りの視線が気になりだし症状が治まっていった。

 

(ウルベルトさんは最後まで続けてたなぁ、って変な設定をモモンに付けたら色々マズイ! 主に俺が)

 

 二人にはこのことは忘れて欲しいとお願いしておく。

 ラキュースはすごく残念そうにしている。ホントならもっと色々と聞きたいのだろうが、今後二度と現れることはないのだから忘れてもらうほかない。

 某宝物殿守護者がモモンに扮した時にこの話を聞けば喜々として披露しまくるだろう。それを思えば封印するのが一番良い。永遠に。

 

 

 

 思わぬ茶番を演じてしまったモモンは、ラキュースとイビルアイを二階への案内を申し出る。

 一階は主に武具を扱っているのに対し、二階はマジックアイテムを扱っている。そちらなら何か目ぼしい物が見つかるだろう。

 

 モモンは螺旋階段を先導しながらラキュースの魔剣について考えていた。

 魔剣の強さ的にはユグドラシル基準だと大したことはないが、この世界では国宝にもなりそうな相当な代物。  

 

 “暗黒騎士”と呼ばれた者が所有したとされる四大暗黒剣。

 

 魔力を注ぎ込むと刀身が膨れ上がり、無属性エネルギーの大爆発を起こすことが出来る魔剣キリネイラム。

 癒えない傷を与えるとされている腐剣コロクダバール。

 かすり傷で死に至るといわれている死剣スフィーズ。

 保有する特殊能力が謎に包まれている邪剣ヒューミリス。

 

 噂で聞いたこれらの能力はカースド・ナイトのクラスが持つ特殊能力だったはずとモモンは記憶している。

 では誰が魔剣を作ったのか。

 ピニスンから魔樹の話を聞いた際に出て来た七人が時系列から見ても十三英雄だと言うのはほぼ確実だろう。その内の一人のドワーフがルーン工王なのはドワーフの国で聞いた伝承からほぼ確証を得ている。ルーン工王は二百年前に魔神の襲撃があった際に旅に出ているのだから。

 十三英雄に確実に一人は居ただろうプレーヤーか、もしくはカースド・ナイトのスキルを知っている誰かが工王に教えて作らせた。そんなところだろうか。

 

(そうなると暗黒騎士がプレイヤーだったとは考えづらいな。悪魔との混血らしいからプレイヤーかとも思っていたけど……)

 

 この地に転移してから野良悪魔を見た記憶はない。二百年以上前なら普通に居たのかもしれないが。 

 プレイヤーならカースド・ナイトのクラスを取得すればいずれ覚えられる能力を態々武器に付与させるとは考えにくい。クラスデメリットを嫌って、とも考えられるが他に有用な能力は沢山ある。カースド・ナイトに寄せる理由が思い当たらない。

 

(うーん、考えても分からんな)

 

 十三英雄が今居ないのであれば考えても仕方がないことかと思考の海から意識を戻す。

 

 二階には一階ほど人の姿はない。

 ショーケースに入れられたマジックアイテムを覗いている(まば)らな客たちは漆黒の英雄の登場にざわつく。

 一緒にいる“蒼の薔薇”の姿を見たことで声をかけて来る者はいない。邪魔をしては失礼だと、仲間とマジックアイテムを吟味しながら、誰もが遠巻きに三人を意識していた。

 

「はぁ~、これが全てマジックアイテムなんですか?」

「よくもまぁ。これだけの物を」

 

 ラキュースとイビルアイから感嘆の声が零れる。

 

 店内には宝石店のようにガラスケースが幾つも配置されている。

 指輪、腕輪、ネックレス、イヤリング等々、装備箇所によって区分され、効果が書かれたポップと一緒に飾られている。

 別の一角ではガラスケースに覆われていない物も置いてあった。そこにはドワーフの革袋、ドワーフのランタン、<溶け込みの天幕/カモフラージュ・テント>、一定量だけ水を出すことが出来る無限の水袋など、冒険や旅用のマジックアイテムが販売されていた。

 

 王国内では、指輪などの装飾品のマジックアイテムは全くと言っていいほど流通していない。

 理由は単純、マジックアイテムを作るには高い技術と知識、時間、手間がかかるのでそれ自体が希少なのだ。また、宝石などをあしらった物などはかかる費用も当然の如く跳ね上がる。

 簡単に手に入る代物であれば、何の効果もないリングを何個も付けたりはしていない。

 

 ラキュースは喜々としてガラスケースを覗き込む。当然興味を持ったイビルアイも一緒に。

 二人は下にいる仲間の分も含めて、相談しながらアイテムを見て回る。

 

 やがて納得のいく物が見つかったようで、ラキュースはイヤリング、イビルアイはネックレスをそれぞれ一つだけ持って会計を済ませる。

 

「お待たせしました、モモンさん」

「もう良いんですか? もっとじっくり見てもらっても良いんですよ」

 

 女性の買い物とは長くなるもの。

 知識として知っていたモモンは二人の邪魔にならないよう空気のように存在感を消していた。何か質問があればすぐに答えられるよう二人の後ろに控えていたのだが、冒険者として決断力が高いのか、一周見て回るだけで終わる。

 

「ええ、<飛行(フライ)>の魔法が使えるようになるネックレスとか、非常に興味深い物ばかりでした」

「ああ、あれは<飛行(フライ)>が使えない冒険者パーティーには必須ですからね」

 

 未知に向けて旅立つ冒険者用に用意した数少ないユグドラシル産の<飛行のネックレス>。そこに目を付けるとは流石はアダマンタイト級冒険者だと感心するモモン。

 そんなモモンに対して、ラキュースは意味あり気に、会計と同時に装着したイヤリングをいじりだす。

 どうしたのだろうかと、頭に?マークを浮かべていると、何かを察したイビルアイも首から下げたネックレスが良く見えるように胸元の赤いマントをずらす。

 

「(んん??……あっ、そうか!)……二人とも、良く似合ってますよ」

「ふふ、ありがとう御座います」

「ホ、ホントか! モモンにそんなに褒めてもらえるとは、頑張って選んだかいがあったな」

 

 嬉しそうに微笑むラキュースと、仮面の頬の部分を抑えてモジモジしだすイビルアイ。

 

 女性とショッピングなんて生まれて初めてじゃないかと物思いに耽るモモンは某バードマンの美少女ゲームの話を思い出していた。

 

『女性が髪形を変えたり、新しい服を披露して来た時は兎に角褒めること。それを見逃すと途端に好感度がだだ下がりしちゃいますからね』

 

 なんでゲームの話を現実で実践しているのかと思わなくもないが、目の前の二人が喜んでいるのだから正解ではあったのだろう。

 恋愛経験のない身としては、例えゲームの攻略法とは言え参考に出来たのは幸いだろう。 

  

 それにしても彼女たちが購入したのはそれぞれたった一つだけ。確かにここにあるマジックアイテムは簡単に手を出せる金額ではないのだが、アダマンタイト級冒険者への基本依頼料を知っている身からすればまだまだ余裕があるはず。装飾品系装備での強化の余地は残っているにも関わらずどうしてだろう。

 モモンはその辺りを尋ねてみる。

 返ってきた答えはなんてことはない。単純に今の手持ちが少ないからだった。

 依頼で魔導国に訪れているのだから依頼が終われば速やかに戻らなければならない。その為必要以上に持って来ていないとのことだった。

 

(せっかく魔導国に来てくれたのにこれだけだとインパクトに欠けるか? それなら)

 

「もし良ければ私からプレゼントを贈らせてもらえませんか?」

「「えっ!?」」 

 

 いきなりの言葉に驚く二人。

 ラキュースが「でも、それは悪いわ」と遠慮してくる。

 

「せっかく来て頂いたのですからね。感謝の気持ちと思って、軽い気持ちで受け取って下さい」

「でも……」

「良いじゃないかラキュース。せっかくモモンがこう言ってくれているんだから」

    

 未だに気後れしているラキュースにイビルアイが背中を押す。

 漆黒の戦士は静かに佇んでいるだけ。その様からただの好意で言ってくれているのだと感じたラキュースは笑顔でもって了承する。

 

 ラキュースはただの好意からの贈り物と思っているが、実はモモンからすれば打算も入っている。

 それは彼女たち“蒼の薔薇”が王国内でもたらす宣伝効果を狙ったもの。要はこれから先のために、魔導国の冒険者になればこんな物も手に入れられますよ。と宣伝しておくためだ。

 その為、ここで贈る品は魔導国で売られている物が望ましいのだが、実は今のモモンの現地通貨の手持ちはそれ程多くはない。必要としていなかったから。

 そこで自分のアイテムボックスに眠っている中から、この店で売られている性能の範囲内で選ぼうと考えていた。

 

 ラキュースには神官戦士として守りの効果がある物。

 イビルアイには魔力量増加の効果がある物辺りが妥当だろう。

 そう提案し、最後の項目を確認する。

 

「どんな形の物が良いですか?」

 

 モモンの問いかけに、二人は顔を見合わせ同時に答える。

 

「「指輪!」」

 

 

 

 

 

 

「それにしてもこの国にはたまげたなぁ」

 

 ここはエ・ランテル最高の宿“黄金の輝き亭”の一番良い部屋。

 そこでガガーランは夜空が見える窓際のテーブルで酒を煽っている。

 

「亜人ともあれだけ友好的に共存出来るように計らうなんて、この国の王様も良く分かってるねぇ」

 

 かつて平和に暮らしていただけの亜人の村を襲っていた法国の特殊部隊と、仲間と共に争ったことがあるガガーランとしては、この国の在りようは非常に評価出来る。

 

「アンデッドもあんだけ大人しい姿を見せられちまうと、今までの常識が吹っ飛んじまうな。死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が書類整理とか事務仕事してる様なんか、今思うと笑っちまうくらいだぜ」

 

 迷宮の主ともなる死者の大魔法使い(エルダーリッチ)がいそいそと書類の束と格闘している様なんてこの国でしか見られない光景だろう。

 

「この国の王様ってどんな奴なんだろうなぁ? ちょっくら見てみたいけど、忙しいらしくて会えなかったのは残念だぜ」

 

 広い部屋の中、ガガーランの独り言(・・・)が虚しく響く。

 タンッ! と酒の入ったグラスをテーブルに叩く音が鳴る。

 

「聞いてんのかラキュース!? ちょっとぐらいは返事してくれねえと俺が一人で喋ってるみたいじゃねえか」

「ん~っ? ちゃんと聞こえてるわよ」

「はぁぁぁ、ったく」

 

 怪しいもんだぜと酒を一気に煽る。

 目の前の乙女ときたらずっと指に嵌めたアイテムを見てはにやけ、撫でては溶けたような顔をしていた。

 左手の薬指に着けて顔を真っ赤にして付け直したりもしている。とても人前に出せる状態ではない。

 

(ま、あれだけの英雄から貰ったんじゃ分からなくもないけどよ)

 

 同じく指輪を貰ったイビルアイは今頃隣の――モモンが以前使っていた――部屋で似たような状況だろう。いや、もしかしたらもっとひどいかもしれない。

 ベッドでゴロゴロと悶絶しているか、残り香を探してクンカクンカしている可能性もある。

 

 モモンからの贈り物には”蒼の薔薇”全員分。

 ガガーランが貰ったのは力上昇の腕輪。

 ティアとティナには髪を括るのに使う髪留め。それぞれ隠密能力上昇と素早さ上昇の効果が込められていた。

 プレゼント自体はとても有難いことで皆感謝している。

 

「それで、組合への報告は問題ないだろうけど、どんな感じに報告するんだ?」

「ん~?」

 

 今はとても真面目な話は出来そうにないリーダー。

 ガガーランは綺麗な月を見ながら一人呟いた。

 

「ダメだこりゃ」

 

 

 

 

 




十三英雄について少し考察してましたが、とりあえず暗黒騎士はプレイヤーではなかったとしています。と言うよりどう考えてもプレイヤーはリーダーだけだったとしか思えない。
リーダーについてはまた後程話に出てきます。

ティラはナザリックのことはボカシて姉妹談義。


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37話 滅国

遅くなりました。
仕事が忙しくなり寝落ちする日が多くなってしまいました。年末にはマシになる……はず。なったらいいな。


 リ・エスティーゼ王国王城。

 “黄金”と称えられている第三王女はお付きの少年兵士に付き添われて歩く。

 向かう先はこの城で最も厳重に警備されている部屋。

 父であり国王でもあるランポッサ三世の部屋である。

 

 部屋の入り口で警備に就いている近衛と待つようにと少年に伝える。

 聞き耳など不敬な真似をさせないための監視の意味もある。

 静かな音とともに扉が閉められる。

 暗い。

 昼間だというのにカーテンも開けられていない。今日は曇りというのもあって僅かな日光も射していない中では、人影しか確認出来ない。

 

「お父様」

「……ラナーか?」

 

 優しく応えてくれていた今までと違い、低く暗い声。それでも愛おしい者に向ける優し気な気配だけは辛うじて感じ取れる。

 長男のバルブロを亡くし、疲弊した王国には貴族たちが好き勝手していくのを止める手段がなかった。民は飢え、苦しんでいる中、今までと変わらぬ暮らしを維持しようとする身勝手で愚かな貴族たち。

 先の戦争前の時と違い、国王側の力が大きく失われた状態では、王として貴族たちを無理に止めようとすれば国が完全に二つに割れてしまう。

 

「儂は……どうすれば良かったのか。儂は国を……民を守りたかったというのに……」

「お父様……」

 

 ラナー相手に愚痴を言ってしまうほど、今の国王は精神的にまいっている。

 こんな時、頼りになるレエブン侯は自分の領地の安寧のために奔走しており、それを理由に王城に来るよう催促しても断られている。

 『息子に完璧な状態で後を継がせる』

 レエブン侯は最大の望みを叶えるために自領を離れるのを躊躇っていた。自身の優先順位に従い、王城に招かれるのにはまだしばらくの時間が必要だと。

 今の状態で第二王子に王位を譲ってもどうにもならない。多大な苦労を息子に背負わせるだけになってしまう。

 

 このままでは王国は荒れに荒れる。いや、既に始まっている。

 かと言って国王にはそれを止める力も、財力も、知恵もない。

 国王の疲れ切った姿は今の王国そのものを表していた。

  

「……お父様、一つお聞かせ下さい」

「……」

 

 ラナーの問いかけに返事は返ってこない。ただ、憔悴しきった顔を向けるだけだった。

 

「お父様が本当に守りたいのは王国ですか? それとも――」

 

 ラナーは静かな声で選択を迫る。

 

「王国に暮らす人々ですか?」

 

 それは二択であって二択ではないのかもしれない。

 全てを救う手段などはない。

 

 はたして、ランポッサ三世は――――。

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリック最高の知恵者、デミウルゴスは自身の最高の主人の前に立つ。尻尾をフリフリと揺らし、相当の上機嫌だと分かる。

 

「アインズ様、全ての準備が整いました」

 

 

 

 

 

 

 第三王女が国王に話をしてから数日後。

 リ・エスティーゼ王国王城『玉座の間』には二十人ほどの有力貴族が集められていた。

 その中にはレエブン侯を始めとした六大貴族の姿もあった。

 

「どういうことなんでしょうな? レエブン侯は何か聞いておりませんか?」 

「いえ、私は何も聞いておりません」

 

 ブルムラシュー侯に問いかけられたが、レエブン自身が何も聞かされていないのだ。この場にいる誰もが何も知らないと思えた。

 

(クズが! 私に話しかけてくるな)

 

 王国を裏切り、帝国に情報を流して甘い蜜を啜っている者となど話もしたくない。そんな思いを表には出さず、無難に切り上げてその場から離れる。

 

「しかし、一体なんのために集めたのだ?」

 

 国王から打診された内容は『重大発表を行うから王城に集まるように。応じない者は国賊と見なす』といった内容であった。

 六大貴族全員が集まること自体帝国との戦争の時ぐらいだ。更に有力貴族までも多数集めている。

 招集に応じなければ国賊。という王らしからぬ強気な言葉からも余程のことだというのは簡単に予想出来る。

 レエブン侯は今は誰も座っていない玉座の横に並んで座っている二人の王族を見る。

 一番可能性として高そうなのが王位継承。

 しかし、それなら事前に伝えてこなかったのが気になる。

 亡くなった第一王子に娘を嫁がせ、第一王子を推していたボウロロープ侯が何か良からぬことを仕出かさないように気を配ったのだろうか。

 ボウロロープ侯もそう感じているからか、苛立っているのが丸わかりだ。

 

(本当にそうなのか?)

 

 レエブン侯はなんとなく違う気がしていた。第二王子と第三王女の顔を窺ってみても、直接話してみないことには二人の心情まではハッキリと読み取れない。

 国王からの相談にしっかりと乗っていれば良かったのだろうか。

 

(いや、今の王国の状況では私が自領を離れれば何が起こるか分からん)

 

 ずっと自身が采配を行っていたからこそ、レエブン領内は王国内で唯一安定していると言っていい。

 全ては愛する息子と妻のため。決して間違った行動はしていなかったと信じている。

 

 玉座の間がざわめきだす。

 招集をかけた本人が戦士長と共に姿を見せる。

 

(うっ、陛下。あんなにやつれて)

 

 ずっと苦労してきた王は元々健康とは言い難かった。

 しかし、玉座に向かってヨロヨロと歩く姿は最後に会った時と比べても弱っていると一目で分かる。

 変わり果てた王に対して何もしてやれなかった。

 仕方がなかったとは言え罪悪感に苛まれてくる。

 せめてこの後に謝罪に赴こう。その際にどれだけ叱責されても構わない。陛下の心が少しでも晴れるよう務めよう。と決心する。

 

 再び場がざわめき出す。

 

(――――何故玉座に座らない?)

 

 王らしく玉座に座らず、玉座の横で杖を支えに立ったままでいる。

 困惑する戦士長を手で制し、立ったまま話し出す。

 

「皆良く集まってくれた。誰一人欠席することなく応じてくれたことに礼を言う」

 

 応じなければ国賊とするとまで宣言しているのだから、どれだけ無能でも無視する者などは流石にいないだろう。

 それが無ければ色々理由をつけて断っていただろう者ばかりなのだから。心情の違いこそあれ、レエブン侯もその中に入っている。

 

 国王はさっそく本題に入る。

 

「……今回、集まってもらったのは他でもない。この国の行く末についてだ。私は……王の座を退くことにした」

「なんとっ!」

「おおぉ!!」

 

 貴族たちから声が上がる。

 やはり、第二王子のザナックに王位を譲る発表なのだと。

 ボウロロープ侯や彼の側の貴族たちといった第一王子を推していた者たちは面白くなさそうにしている。反対に第二王子を推していた者たちは嬉しそうにしている。

 ブルムラシュー侯など、一部の者は然程感心を示していない。

 レエブン侯は――――微妙な心境であった。

 

(何故このタイミングで? ザナック王子が王になったとて、今の王国の状況が変わる訳でもないのに)

 

 それとも何か画期的な策でもあると言うのだろうか。

 

(なんだ、王子のあの悲痛な表情は?)

 

 ザナックは伏し目がちにして項垂れている。何と言うか、全てを諦めているように見えた。

 

(……まさか、継承者は王子ではない!?)

 

 継承者は第三王女だとでも言うのか。

 そっちの方があり得ない。

 彼女には何の力もなく、協力する貴族もいない。例えレエブンが協力したとしても、間違いなく反発する他の貴族の力に対抗出来はしない。

 

「宣言する。私の後を託す者の名は――――」

 

 レエブンがあれやこれや考えている中、新たな国王の名が告げられる。

 

「魔導王アインズ・ウール・ゴウンである」

「……………………はあぁっ!?」

 

(なっ!? 魔導王だと!?)

 

 レエブン侯だけではない。この場にいるもの全ての貴族が混乱する。

 

 バタンと入り口の扉が大きな音を立てて開く。

 そこには豪奢なローブを纏った、いつか見た黒髪の青年。

 魔導王アインズ・ウール・ゴウン。

 漆黒の後光を背負い、王者の風格で周りを威圧する、王とはこうあるべしを体現するように堂々と立っていた。

 一目で悪魔と分かるオールバックに赤いストライプのスーツを着た悪魔に先導されて玉座へと歩く。

 誰も声を上げない。いや、上げることが出来ないでいる。

 それほどの圧倒的存在感を放っていた。

 

 呆然としている貴族たちを尻目に、国王から王の証である王冠を悪魔が受け取り、恭しく魔導王の頭に乗せる。

 

「ご苦労でした、ランポッサ三世。後はこちらでやりますので貴方は下がって休んでいなさい」

 

 玉座に座った魔導王の斜め前に陣取った悪魔は国王を退出させる。

 困惑する戦士長に魔導王が何か囁くと、戦士長は国王の傍に駆け寄り心配そうな顔つきをしたまま部屋を出て行った。

 その様子から戦士長は何も知らなかったのだと理解する。 

 

(事前に知っていたのは陛下を除けば、あのお二人だけ、だったのか)

 

 第二王子と第三王女の様子からそう推測する。尤も第三王女は表情の変化がなさ過ぎて何も読み取れなかったのだが、魔導王が現れてから少しだけ嬉しそうにしているように感じていた。あまりにも変化が薄いのでただの勘違いかもしれないが。

 

 悪魔がこちらに振り返り、両手を広げて良く通る声で告げる。

 

「前国王ランポッサ三世の宣言により、たった今からリ・エスティーゼ王国は魔導国の支配下に入りました!」

 

 ランポッサ三世がしたことは王位継承ではなかった。国そのものを魔導王に譲ったのだ。王国貴族になんの話も通さずに。

 

「……ふ、ふざけるなぁ!! 我々になんの相談もなく勝手に王位を決められてたまるかぁ! 私を誰だと思っている!」

 

 阿呆のように呆けていた貴族たちの中で、ボウロロープ侯が怒りの声を上げる。 

 その怒声に我に返った他の貴族からも非難の声が続く。

 部屋の温度が急激に上がっていく中、レエブン侯は努めて冷静に状況を見る。

 

(陛下は一体何を考えてこのようなことを……こうなるのは分かりきっているはずなのに) 

 

 無条件で他国に国を明け渡すなど、貴族たちが許すはずがない。

 今、特に声を大にして叫んでいる者たちは国がどうであろうが、本当の所はどうでも良いと思っているとレエブン侯は考えていた。

 彼らにとって大事なのは自分の利益のみ。そのためなら国も、民も、ある者は家族すら踏み台にする輩なのだ。

 先の戦争で圧倒的な力を示した魔導王が自分たちのトップに立ってしまっては、これまでのように好き勝手にすることが出来ないかもしれない。そんな思いが渦巻いている。

 この喧騒は先ほどの宣言が撤回されるまで終わることはないだろう。そう思っていたが、実際は数秒で終わることとなる。

 

「騒がしいですね。『静まりなさい!』至高なる御身の前ですよ」

 

 貴族の声がうるさい中、不思議と脳に染み入ってきた悪魔の声。その瞬間、部屋の中は静寂に包まれる。

 レエブン侯は自分が声を発することが出来ないことに驚く。

 周りではうめき声すら出すことが出来ないことに慌てふためく姿が数多く見受けられた。

 

「これからは発言したい者は手を挙げて許可を得る様に、よろしいですね。おっと、その前に『ひれ伏しなさい!』」

(なっ!? 体が!?)

 

 今度は体が勝手にひれ伏してしまう。まるで体全体に重力がかかったようで抗えることが出来ない。

 

(これは、あの悪魔の力なのか?)

 

 悪魔には特殊な能力を持つ者が多いというのは知識として持っている。そう理解しつつもこれは流石に反則ではないだろうかと思わずにはいられない。

 動かせるのは右腕のみ。目線で周りを窺えば、昔は歴戦の戦士として馴らしていたボウロロープ侯が顔を真っ赤にさせて抵抗しようとしていた。それが叶わない所を見るに、悪魔の強制力に人間では抗えないのだと悟ってしまう。

 

「アインズ様、聞く姿勢が出来たようなので話を続けさせていただいてもよろしいでしょうか?」 

 

 胸に手を添えて紳士のように振舞う悪魔に対して、玉座に座った魔導王はただ鷹揚に頷くだけだった。

 些事は全て配下に任せて、自らはこちらが自然と委縮してしまうほどのオーラを放ってただ在るのみ。

 物語に出て来る王の姿そのものか、それとも――――。

 

 

「アインズ様のご許可もいただけましたので、ここからは私、デミウルゴスが進めさせていただきます」 

 

 悪魔はこちらを一通り見渡して、良く通る声を部屋に響かせる。

 

「まず最初にこの国の危機的状況を打開する必要がありますが、食料難に関しては既に各都市、各村へと食料を配送する手筈が整っております。これにより、飢えに苦しむ者はいなくなるでしょう」

 

 ほぼ王国全土に広がった食料難を解決させるには相当の量が必要なはず。一体いつから、どのようにして集めたというのだろうか。

 

「次に、我が主魔導王アインズ様は無為に民が苦しむことを良しとしておりません。よって、今後このようなことが起きないよう、この国最大の問題を解決しなければなりません」

 

 抑揚を付けた演説のような話し方。

 

「そのために、ボウロロープ侯、ブルムラシュー侯爵、リットン伯爵――――」

 

 六大貴族の三人の名から始まり、この場に居ない者も含めた大貴族、中小貴族の名が幾つも読み上げられる。    

  

「――――クルベルク家、フォンドール家」

 

 ようやく読み上げるべき名を言い終わったのか、悪魔は嬉しそうにこちらを見渡す。

 王国貴族のほとんどを記憶しているレエブン侯は、今耳にした貴族の名は全貴族の七割から八割ほどだったと判断する。同時にある共通点を持つ貴族が幾つもあることも。

 

「以上の貴族は現時刻をもって貴族位を剥奪。領地やその他与えられた権限全てを没収、その身を預からせて頂きます」

 

 いきなりの宣告に場の空気が更に変わる。

 何を言われたのか理解出来ない者。自由な発言を許されないことへの不満。貴族である自身への仕打ちにずっと怒っている者。色々だ。

 そもそも理解しろと言う方が無理な話だ。

 比較的冷静を保っていられた名を呼ばれていない者たちですら何が起こっているのかサッパリ分からないのだから。

 

 血管が切れそうな程、怒りの限界に達しているボウロロープ侯が何か叫ぼうと足掻いている。

 悪魔の束縛が一向に破れないのを見ていたブルムラシュー侯がおずおずと手を挙げる。

 

「はい、そこの貴方。発言を許可します」

「……な、何故我々が貴族位を剥奪されなければならないのです? こ、国王陛下が勝手に決めて王位に就き、その上貴族の意を得ずしてそのような横暴が通るはずがない……のでは?」

 

 その主張は勇ましいようで、声色は相手の顔色を窺いながらの弱々しいものだった。

 悪魔は人差し指で眼鏡をクイっと正す。

 

「ふむ、なんの理由も無く全てを奪われる謂れはないと? そう言いたいのですね。では、コレはなんとしますか?」

 

 悪魔はそう言いながら何もない空間から一枚の書類を取り出しブルムラシュー侯に向けて放る。

 紙は不思議な動きでヒラヒラと宙を舞い、彼の手元に正確にたどり着く。

 

「――――!? どど、どうしてコレを!? 厳重に保管してあるはずなのに」

「見られて困る物はもっと分かりにくい場所に隠した方が良いですよ」

 

 悪魔は紙を幾つも放る。それは魔法のように皆の元へと舞っていく。

 レエブン侯は自分の元に来た紙の中身を見る。

 

 それは、ブルムラシュー侯と帝国が裏で繋がっていたことを証明する内容だった。

 ブルムラシュー侯の裏切りはレエブン侯も気付いていた。証拠を押さえようと策を練ったこともある。

 しかし、領土内に金鉱山やミスリル鉱山を持っているため財力は王国一。厳重な警備が敷かれた屋敷への侵入はレエブン侯子飼いの冒険者でも難しく、失敗した時のリスクが高すぎて先送りしていた案件。

 そもそも証拠がない可能性もあったのだが、こうして在る所を見るに、王国が帝国に吸収された時に自分の情報のお陰だと皇帝に主張するためだったのだろう。

 王国の衰退具合から、王国側に気を使う意味が薄れていたのもあったのかもしれない。

 

「それだけではありませんよ。コレは王国を裏から牛耳っていた犯罪組織と繋がっていた証拠です」

 

 今度は紙一枚では済まない。大きなケースを取り出した悪魔は同じ物を幾つも並べる。

 中身は宣言通り、犯罪組織“八本指”との繋がりを示す内容。剥奪を宣告された貴族全員分。

 癒着、賄賂、麻薬取引、誘拐、殺人とあらゆる犯罪行為が行われていた。

 中には第一王子が麻薬部門から資金を得ていたことまで記されているものもあった。

 

「私利私欲に囚われ、国を腐らせるだけの者を魔導国は必要としていません。貴方たちには私が作った施設に行ってもらいます」

 

 悪魔はそう言ってこめかみに指を当てて<伝言(メッセージ)>を唱える。

 すると、部屋の中に楕円形の漆黒の闇が現れ、それはどんどんと大きく広がる。

 闇の中から姿を見せたのは――――。

 

(デ、デス・ナイト!?)

 

 一体ではない、何十体ものデス・ナイトが動けずにいるボウロロープ侯たちを抱えて闇の中へと消えて行く。怨嗟の声が上げられることもなく、作業は速やかに行われた。

 

 残った貴族は、呆然とするレエブン侯の他にはウロヴァーナ辺境伯、ペスペア侯爵といった良識のある者たちだけとなった。

 

 こうなるともはや魔導王を新たな王と認めるしかない。ここで逆らっても良いことなど一つもないのは分かり切っているのだから。

 

 仰々しい戴冠式を嫌った魔導王により簡易的な、即位式が行われることとなるのだった。

 

 

 

 

 

 

「今回の一連の流れは、全て貴方の仕業なのですか?」

 

 沙汰があるまで待つよう指示されたレエブンは他の者と違い、自分の領地に戻ることはせず、裏で糸を引いていたと予想される人物を問いただしていた。

 

「違うわ、レエブン侯。筋書きを書かれたのはデミウルゴス様よ」

 

 天才とも、神から授かったとしか形容出来ない才能を持ったラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ王女。いや、元王女。

 愛しの忠犬クライムを首輪で縛り、いつまでもその純粋な瞳で自分を見てほしいとまで言っており、精神の歪みも見せていた。自分の目的のために、家族や国民を平然と裏切り、それに後ろめたさや後悔は微塵も覚える事無く行動できる彼女であれば、王国を見捨てる選択をしたとしても不思議はない。

 

「私がしたのは不要な貴族の選別と糾弾する材料探し。実際に動いていたのは貸し出していただいたシモベの方々ですけどね」

 

 潜伏に向いた者を使って切り捨てる貴族の屋敷を調査。部屋の間取り、屋敷主の性格や傾向など精査して隠し場所を予想して暴いたという。

 犯罪組織八本指”との関わりの証拠もラナーは見つけたそうだが、これに関してはデミウルゴスという悪魔も既に持っていたとのこと。

 “八本指”の活動が大人しくなって随分久しいが、王国を腐敗させてきた証拠を提示されては罰を免れることは出来ない。これまでの王国であれば強権を利用して罪を軽減し、すぐにでも釈放されていただろうが、魔導王の圧倒的武力の前にそんなものが通用するとはとても思えない。

 

 ボウロロープ侯たちが闇の中に連れ去られた時を同じくして、王宮に招集されていなかった他の貴族も同様に連れ去られたという。更に今までの王国の腐敗の原因がどこにあったのかを国民に知らしめるため、各都市から村々に水晶のようなモノを使って、貴族を糾弾する場面を見せつけていた。

 あの数分の間にどれだけの人材が動いていたというのか。改めて魔導王の持つ力に鳥肌が止まらない。

 

 ザナック王子は目の前の少女が直に説得したという。

 今の王国ではザナックが王位を継いだとしても明るい未来は決してない。他国に滅ぼされるか、そうならなくても国力を落とし続け衰退していくのみ。

 どの道滅びる未来しかない国の王位に就きたいと思う者はそういないだろう。自国を真に愛する心があればまた違うかもしれないが。

 

 魔導王は第二王子の命を取らないらしい。

 例外はあったりするが、通常征服された国の王族は処刑され、王家の血は絶えるものだ。

 

「お兄様はあれで優秀ですからね。その能力で国の運営の補佐をするのであれば、普通の暮らしと安全は保障されるとお伝えしました」

 

 それは魔導王の方針をラナーが代わりに伝えたというところか。

 ランポッサ三世も処刑はされずに隠居することとなり、自らの国の行く末を見守るよう言い渡されたそうだ。

 レエブン侯は彼らの命があることに関しては嬉しく思う。

 

「しかし、王家の血が残っていればザナック様を担ぎ出す者も出てくるのではありませんか?」

 

 第二王子であったザナックであれば神輿としては十分。魔導王に不満を持った貴族が無謀なことを仕出かしかねない。魔導王に逆らうのは愚か者のすること。それをレエブンは魂で感じていた。

 

「心配ないわ。そんな馬鹿を選別したのですから。それにもし、そんなことをする者が現れたら見せしめにされるだけでしょうから」

 

 それを聞いてレエブンは、ペスペア侯辺りが危ない気がした。

 六大貴族の一人であるペスペア侯は、前国王ランポッサⅢ世の長女を妻に迎えている。派閥に関係なく多くの貴族から国王になることを推されてもいた。

 

(まさか、見せしめ(生贄)に使うために彼を残したのか? この娘であれば……やりかねんな)

 

 ペスペア侯が馬鹿な気を起こさないようそれとなく忠告しておかなくてはならない。

 

 それにしても余りにも多くの貴族が居なくなってしまった。それもあっという間に。

 今頃どんな目にあっているのか。想像出来ないが同情する気は起きない。今まで他人を不幸にさせ、散々自分の欲望を満たして来たのだから。正に因果応報だろう。

 しかし、別の懸念もある。

 それは、いきなり多くの貴族が居なくなってしまったことにより領主が空になってしまった地をどう治めるのかだ。

 

 その疑問に対して、ラナーはデミウルゴスと擦り合わせた計画を伝える。

 

「それに関しては、まずはレエブン侯が自派閥に集めていた優秀な貴族を空いた地にそれぞれ割り当てます。どうしても足りなくなってしまう人員は大量の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)を秘書として派遣することで賄うことになっています」

 

 アンデッドが有用に使役されている魔導国らしい解答。

 常人を凌ぐほどの英知を宿した不死者が休むことなく働くことで得られる労力はどれほどのものだろうか。

 

(エ・ランテルでは住民もアンデッドに慣れ始めていると聞くが。……アンデッド……アンデッドかぁ)

 

 難しい顔で唸るレエブン。

 何を考えているのか見抜いたラナーは、うふふと笑いながら言う。

 

「慣れて下さいね。それが最初の務めですから」  

「はは……精進、しますよ」

 

 貴族を粛正する手際といい、その後の統治への手配といい。ここまで綿密に手を打たれていてはもう笑うしかない。

 レエブンの心には、魔導王に敵対する意思は欠片も沸いてこなかった。

 

 

 

 僅かにあったわだかまりはほんの少し晴れ。レエブンは自身の最愛の家族の待つ家へと帰る。

 彼がしなければならないことに変わりはない。息子に最高の状態で後を継がせる。ただそのために突き進むだけ。

 

 エ・レイブルへと帰る馬車の中でレエブンはラナーが零していた笑顔に、そこはかとなく感じていた演技っぽさがなくなっていたように感じていた。 

 

 

 

 

 

 




最新14巻発売前に王国亡んじゃったよ。
14巻の情報から王国がどうこうなる時の色んな人たちの心情などとかけ離れていたとしても気にしちゃいけません。次話でもそうですが(蒼の薔薇とか)、これはIFの話なので人格崩壊や人格破綻しない範囲で描写していきたいと思っております。

ってことで次回はまた蒼薔薇の彼女の出番。


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38話 吸血姫の決意

仕事のピークは越えました(^^)/
腰を二回イワしましたが、私は元気です。


 一日足らずの出来事でリ・エスティーゼ王国が地図から消えておよそ一月。

  

 王都と呼ばれていた都市は魔導国となった今も変わらずに王都と呼ばれていた。

 

「……はぁ」

 

 ドワーフによって綺麗に舗装された大通りを一人歩くイビルアイは、見慣れた街並みの変わってしまった風景を見ながらため息を漏らす。

 

 あの日。

 前王ランポッサ三世が魔導王に国そのものを譲渡してしまった日。イビルアイを初め“蒼の薔薇”も王都上空に浮かぶ水晶から映し出された場面を大衆と一緒に見ていた。

 

 魔導王の即位。

 突然のことにパニックに陥る。何故。何時からこんな話が進んでいたのか。 

 疑問は尽きないが一般民衆にとっては王が変わることよりも重大なことがあった。

 

 多くの貴族がこれまで権力を笠に着て行ってきた暴虐の数々。

 王国を裏切り、他国に情報を流して甘い蜜を啜っていた者。

 犯罪組織と繋がり賄賂、麻薬、誘拐、殺人等々で懐を潤わせていた者。

 どれもこれもどうしようもない程腐っており、自分たちを苦しめていたのが何なのかを見せつけていた。後に号外という形で国中に配布され、誰もが詳しく知ることとなった。

 

 国民の怒りは、それら貴族を野放しにしてきた王族にも少なからず集まることとなったが、時間が経つにつれ、王国の状況を覆すのは“鮮血帝”と恐れられる皇帝でも不可能だったと見られる意見が多くなった。というよりそういう噂がどこからか流れ始めていた。

 

 王国に巣食っていた腐敗の根は深く、広い。少し切除出来たところでまたすぐに生えてくるし、腐敗の元はビクともしない。一部を切ることが出来ても四方八方から伸びた根が執行者を狙い、いずれ窮地に立たされることだろう。丁度“蒼の薔薇”がそんな立ち位置に居たのだ。

 

 しかし、魔導王はやってのけた。

 腐敗の元である大多数の貴族を全て捕縛し、どこかへと連れ去って行った。王国内部に溜まった膿を完全に取り除いたのだ。

 

 あの日、ラキュースは一目散に実家へと帰っていった。 

 数日後に合流した時に、大量の貴族が居なくなったことで空いた領地の統治などは取りあえずは問題ないだろうと言っていた。

 ラキュースの両親は健在。それは当然だろうと思う。“蒼の薔薇(ウチ)”のリーダーは根っからの善人で叔父のアズスも人望厚い人物なのは知れ渡っている。アインドラ家の人間が後ろ暗いことをしていたとは露ほども思っていない。

 

 上空を見る。

 雲一つない澄み渡った青色、綺麗な空が広がっている。これがこの国の状態を表しているのだろうか。数か月前のどんより曇った空の下、空と一緒の暗い表情でいつも俯き歩いていた市民も、今は顔を上げ笑い顔が見える。

 イビルアイと同じように晴れ渡った空を見上げている者が居るが、彼には見えていないのだろう。空に浮かんでいるアレが。

 

(今日もまた同じコースを飛んでいるな)

 

 イビルアイに見えているモノ。

 それは不可視化しているアンデッドだった。

 毎日同じ場所、同じ時間に飛んでいる。誰かに危害を加えることもなく、敵意もない様はまるで巡回しているようだ。

 地上ではエ・ランテルと同じようにデス・ナイトも巡回しているが、その数はエ・ランテルと比べても明らかに少ない。都市規模を考えればその五倍は居てもおかしくはないのに。

 

 聞くところによれば各都市、各村へとエ・ランテルの人間が派遣されているらしい。

 アンデッドに慣れていない元王国民のためにアンデッドに慣れた者が扱い方、付き合い方の指導に当たっているとのこと。

 魔導王に悪意がないと予想すれば、デス・ナイトの数を減らし、別のアンデッドを不可視化させて見えないようにして、市民に不安感を与え過ぎないように配慮しているのかもしれない。

 デス・ナイトなどは一体でも劇物であるが、アンデッドに慣れさせようと苦慮しているのかもしれない。

 エ・ランテルのことを思えばその可能性は高い気がする。

 

「……はぁ」

 

 ここで二度目のため息が零れる。

 

 目的地もないまま歩き進めている内に王城が見える位置まで来ていた。

 王城は外から見ても、その様相が少し変わっているのが分かる。

 あの日からすぐに、都市整備と併せて大改修が始まり、多数のドワーフや見たこともない種族が城に出入りしていた時期があった。そして以前の歴史を感じさせていた(悪く言えば古臭い)城や街並みは様変わりしてきている。尤も、王国の歴史と言ってもせいぜい二百年ほどの浅いものなのだが。

 魔導国からの発表によると、今回の城の改修は内部が主で、全面的な改修もいずれは行われる予定らしい。

 その金を工面するために重税を課される――なんてことはなっていない。むしろ税は軽減され、食物なども安くなり人々の暮らしは確実に上昇傾向にある。

 恐らくだが、粛正された貴族が不正に貯め込んでいた財を使っているのだろう。国民の生活水準を上げ、負担をかけることなく自分の城を弄っているのだから、イビルアイが文句を言うようなことではない。

 

 こうして住み慣れた場所が変わっていく様をみていると、本当に王国は無くなってしまったのだと実感する。そのことに対して思うところがないではないが、イビルアイ自身はそれほど気落ちしていない。それなりに暮らしてきたことで少なからず愛着はあっても、王国の腐敗ぶりは本当に酷いものだと良く知っていたのだから。

 ティアとティナも元々王国民ではないし、二人はかなりドライな性格をしている。仲間に危害が及ぶなら命がけで抗うだろうが、王国という国そのものに対しての愛着はイビルアイより薄いだろう。

 ガガーランは悔しい思いを口にしていたが、それは自分たちで国を少しでも良くしようと犯罪組織などといった面々と奮闘してきたからだろう。地道にでも頑張っていたというのに、訳も分からぬ内に全てが終わっていたのだから少しぐらいの愚痴が出るのは仕方がないだろう。

 出身地が王国かどうかはイビルアイも知らない。名前は偽名で過去も一切不明の、自称『謎多し可憐なる戦士』。

 

 イビルアイを含めた四人は王国が亡んでしまったことに早い段階で自身の中で整理がついている。

 かなり引きずってしまったのがリーダーであるラキュースだった。

 それも仕方がないだろう。一度は家を出奔した身ではあるが、アインドラ家の令嬢であるため正装する事もあるれっきとした王国貴族なのだから。生まれつき正義感が強いこともあり、腐敗していく国を良くしたいという思いは人一倍持っていた。そのために悩み、努力している姿を見て来たのだから、何も出来なかったと気落ちしてしまうのも良く分かる。

 イビルアイたちが本気で心配するほどふさぎ込んでしまっていたが、それも街の人々がアンデッドに怯えながらも笑顔が増えていくのと一緒に、徐々に元の元気な姿を見せてくれた。

 貴族というものはいざという時に領民を守るためにある。

 アインドラ家は清廉潔白で不正など一切行っておらず、いつも領民のことを考えて統治をしてきた。当然魔導王の粛正対象には入っていない。国が変われども今までと変わらず、いや、今まで以上の素晴らしい統治を行っていけば良いのだ。と気を持ち直してくれた。

 実際に統治しているのはラキュースの両親なのだが、そこは敢えてツッコまない。何はともあれ、皆をグイグイ引っ張ってくれるリーダーが元気になってくれたのは良いことなのだから。

 

「…………」

 

 三度目のため息が零れそうになり、踏みとどまる。

 ため息を吐けば、その分だけ幸せが逃げてしまうと聞く。そんなものはただの迷信だと知っていても、今のイビルアイは『幸せ』と言う言葉に過敏に反応してしまうようになってしまっていた。

 

 イビルアイが憂鬱に感じてしまっているのは、王国が事実上なくなってしまったことに起因しているが、本当の理由は別にある。

 人は誰しも自分の置かれた環境が変われば多かれ少なかれ不安を抱いてしまうもの。二百年以上生きた吸血鬼であってもそれは変わらない。そんな時は心の安寧を求めて、安らぎを与えてくれる人が傍にいて欲しいと思ってしまう。“蒼の薔薇”の仲間たちのことは勿論信頼しているし、一緒に居るととても楽しい気分にさせてくれる。

 しかし、今イビルアイが求めている存在、安心感を与えてくれる人物は別にいる。

 

(……モモンに、会いたいな)

 

 またしてもモモンに会いたい病にかかっていた。

 永い時を過ごして来た中で初めて好きになった人。

 彼を逃せば金輪際誰かを好きになることはないだろうと思っている。

 なんでもいいから話しがしたい。

 国のこと。冒険者のこと。

 そして――――自分のこと。

 

 イビルアイは浮かんだ思いを振り払うように頭を振る。

 

(馬鹿か私は、もっと慎重に決めないと後悔することになるぞ)

 

 モモンに好きだと告白する。普通の乙女であっても告白するには覚悟のいることなのに、イビルアイに限っては桁が違う。

 

 モモンに恋をしてから考えるようになってしまった『幸せ』という言葉。当の昔に諦めていたもの。

 イビルアイにとっての幸せとは何なのだろうか。

 

 モモンと愛し合い、結ばれ、子供の産めない自分の代わりに他の女性、例えばラキュースとか”美姫”との間に生まれた子を共に育てる。かつてはそれで良いと思っていたが、本当にそれで良いのだろうか。

 イビルアイ自身は良い。ほんのひと時でも人並みの幸せを味わえれば、モモンが寿命で死んでしまった後の永い時の中でも暖かい思い出を胸に生きて行けるだろう。

 では、見送られる側はどうだろうか。

 天寿を全うしてこの世を去る時、永久に残される伴侶のことをどう思うだろうか。安心して眠りにつくことが出来るのだろうか。

 そう考えたら胸が締め付けられたように苦しくなる。 

 

(うぅ…………逆の立場だったら、無理だ。私にはとても耐えられそうにない)

 

 自分で想像したことがあまりに悲し過ぎて、泣きそうになりながらトボトボといつもの宿へと帰路につこうとする。

 

 すれ違う人々の中に、仲良さそうにしている恋人や子連れの家族の姿を見るたびに羨ましく思う。以前ならなんとも思わなかったことなのに。

 

「…………」

 

 今も腕を組んで寄り添うように歩く若い男女がイビルアイの横を通り過ぎて行く。

 

(いいなあ、私もあんな風に……)

 

 彼らはこれから先も愛を育み、子を成し、やがて年老いていくだろう。

 普通の人としての幸せを得られないことが悲しくて堪らない。

 

「…………いや、待てよ。馬鹿か私は」

 

 人としての幸せなど二百年以上も前にとうに諦めていたじゃないか。

 それに、モモンと両想いになったわけでもないのに死別の時を思って気が滅入るなんて気が早いにもほどがある。

 イビルアイとモモンの間にはまだ何もない、始まってすらいない。

 

(そうだ。何の行動も起こしていないのにそんな先の事を勝手に想像して悲観するなんて)

 

 どうかしている。

 そう言われても仕方がない程に愚かな考えだった。

 

(私はイビルアイだぞ。どうなるか分りもしない未来に怯えるなんて)

 

 かつての仲間のババアに知られたらなんと言われるか。『相変わらずインベルンの嬢ちゃんは泣き虫じゃな』と笑うに決まっている。

 

 さっきまでの沈んでいた気持ちはどこへやら。イビルアイは胸を張って前を向く。

 

(ようし。次にモモンと会った時に全てを決めてやる)

 

 ウジウジ悩んでいても仕方がない。ヤルと決めたら自然と気持ちも大きくなっていく。

 思い立ったが吉日。その言葉に従い、イビルアイが向かったのは女性専用の下着売り場だった。

 

 

 

「ここだな、ガガーランが利用している店は……」

 

 そこは既存の製品だけでなく、客一人一人に合わせて特注品も作ってくれる高級店。

 ガガーランが利用しているのは、言うまでもなく胸囲がハンパないからで既製品で合うサイズが皆無だからだ。

 では何故イビルアイがこの店を選んだかと言うと。

 見た目十二歳ぐらいのイビルアイのサイズだと子供ッポイ物か無難な物しか流通していないからだ。

 『勝負下着』という物があるとガガーランから聞いていた。

 ここぞ、という場面では女性は気合の入った下着を着るもの。その際は男を悩殺するようなセクシーな物が望ましいらしい。

 

 それらしいのが置いてある所へ向かってみる。

 

(うぐ、布面積が少ないのばっかり。コレなんて殆ど紐しかないじゃないか!? こんなの履いてるのを見られでもしたら…………)

 

 間違いなく恥ずか死ぬ。

 

 仮面の下で顔を真っ赤に染めているイビルアイに、良く教育された女性店員が笑顔で挨拶してくる。

 

「いらっしゃいませ。お客様、本日はどのような物をお探しで?」

「あ、いや…………あの…………」

 

 思わずしどろもどろになる。

 どのような客が相手でも全力の誠意を見せる。店員の放つ雰囲気には、そんなその道のプロの気配があった。

 

 なんとか気を落ち着けたイビルアイは決死の覚悟で希望のものを口にする。 

 

 

 

 

 

 

 宿屋に戻ったイビルアイに急報が届く。

 『王都に“漆黒”のモモンが来る』 

 色々と準備し、覚悟を決めたイビルアイだったが、あまりにも急な話に大いに狼狽えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 数日後。 

 

 元リ・エスティーゼ王国王城はアインズ・ウール・ゴウン魔導国王城として機能している。

 エ・ランテルにて、アインズが居を構えていたのは本人の希望により、一部の調度品を絶対支配者に相応しい品に変更されただけの都市長の部屋をそのまま利用したものであった。これは、ナザリック基準で見ればかなり質素なもの。

 位置的に重要なエ・ランテルと言えども所詮は一都市。守護者たちも主の意向ならばと目を瞑っていたが、城を構えるとなると今度こそ絶対支配者に相応しいものでなければならない。

 アルベド、デミウルゴスを始めとしたナザリック全体の希望とあり、アインズも城内部の改装に対しては首を縦に振るしかなかった。

 しかし、いきなり大規模な改装を行えば、いかにも国を強引に奪った恐怖の王という認識が定着してしまいかねない。そのため、手を加えるのはアインズの執務室や寝室、玉座といったアインズの利用頻度の高い場所が優先され、他は適時行われる方針となるのだった。

 

 日の明かりが照らし、たった一つでも王国の国宝に値しそうな調度品が居並ぶ廊下の先。そこに魔導王の執務室がある。

 扉を開け、部屋に入るとまず最初に目が行くのは巨大な窓。そこからは王都の街並みが一望出来る、王城でも一番見晴らしの良い場所。さながら日本の城の天守閣といったところだろうか。部屋の広さはナザリックのアインズの部屋とほぼ同等で、アインズ感覚で言えば無駄に広い。

 巨大窓の近くに談話用のソファーとテーブルがあり、反対側の壁側には執務机。言わずもがなナザリックから持ち出された最高級品で飾られている。

 執務机にはそこに在るべきアインズの姿があった。

 

「…………統治の方はなんとか軌道には乗った、感じかな。上手く行くか少し不安だったけど、ホントに流石というところだな」

 

 ナザリックが誇る知恵者たちが準備して行われたのだから上手く行かない訳がない。アルベドもデミウルゴスも、アインズの望みに沿うように考えてくれている。

 

 その地に暮らす一般人にとって、支配者が変わるということには不安が付き纏う。人心が落ち着くよう、政策には気を使わなければならない。反乱など起こされては面倒に過ぎる。

 

「アンデッドをそこらに放っておいて今更な気もするけど……」

 

 こればかりは仕方がない。何せ広い魔導国全土に対して圧倒的に人手不足なのだから。特に補佐として各地に送った死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は絶対に必要。

 幸いエ・ランテルでの前例があるため、恐慌状態とまでは至っていない。

 

「あとレエブン侯、だったか?」

 

 かなり優秀らしいレエブン侯が異常な頑張りを見せていると聞いていた。ホワイト企業を目指すアインズは、一度休むよう打診したのだが、休みを取ったという報告は回ってきていない。

 

「最初が肝心なのは分かっているけど、もう少し落ち着いたら健康に良さそうなものでも送っておくか」

 

 アルベドの報告では、彼の頑張りで当初の予定より幾分か統治の状況が進んでいるらしい。ならば上に立つ者としてそれに応えなければならない。

 

(褒美と言えば、デミウルゴスに協力してくれた王女にも何か用意しないといけない……んだけどなぁ)

 

 デミウルゴスに協力者が居るとは聞いていた。当初はアルベドとも話し合い、領域守護者クラスの地位を与えれば良いだろうと話していたのだが、いざ褒美を与えようとしたところ「望みの褒美はいずれその内にお願します」と拒否されてしまった。今はペットを飼う環境を整えるという些細な望みを与えるのみで止まっている。

 

(その段取りはアルベドとしていたんだっけ? アルベドが外の人間に興味を持つなんてな。これも成長の一つなのかな)

 

 絶世の美女と美少女がテーブルを挟んで楽しそうに談笑していた姿を思い出す。一つの素晴らしい絵画とも思える光景に顔が綻ぶ。

 

 なんにせよ、王女が上げた成果に対しての報酬が釣り合っていない。その内に、という褒美も叶える必要がある。当然アインズの裁量の範囲でだが。

 

「失礼致します、アインズ様。パンドラズ・アクター様がいらっしゃいました」

「パンドラが? 良い、通せ」

 

 アインズ様当番は王城に居ても変わりなく続いている。元々居た王城のメイドではアインズのお世話をするのに作法も練度も足りていないらしく、猛訓練を受けさせられているようだ。尤も、例え文句の付けようがない完璧なメイドが居たとしても、一般メイドたちはアインズのお世話を許したりはしなかっただろうが。 

 

「ご無沙汰しております。父上。 パンドラズ・アクター、只今戻りました」

「う、うむ。モモンとして王都に来ていたのだったな。それで、王都冒険者組合での講習は滞りなく済んだのか?」

「勿論でございます。このパンドラズ・アクター、父上に代わりまして、滞りなく果たして見せました」

 

 冒険者モモンの王都での講習。

 それは魔導国が掲げる『未知を求める冒険者』をこの地でも進めるために王都組合長がモモンを要請したことで始まったこと。

 プレゼンならばアインズもそれなりに自信があったが、王としての仕事があるためパンドラに代役を頼んでいた。

 

 パンドラズ・アクターから詳細な報告を聞く。

 

 

 

「ふむ、思っていたより順調に進んだようだな」 

「はい。事前に“蒼の薔薇”から幾らか聞き及んでいたのが大きかったようです。父上の仕込みが万全だった証でしょう」 

「世辞はいい。所で、確かモモンの役目は明日までだったはず。何故全てが終わってから報告に来なかったのだ?」

「それなのですが。実は“蒼の薔薇”のイビルアイが私に、モモンに話があるから時間を空けて欲しいと言われまして。それが明日、モモンが王都に滞在する最終日に、とのことでして」

「はっ!? そんなのお前がそのまま聞いてやれば良かったのではないか?」

「いえ、イビルアイの様子を見るに、父上自身が聞くべきと判断しました。それに……」

「それに?」

「私、ここしばらくマジックアイテムを愛でておりません! 一度宝物殿に戻って撫でたりフキフキしたいのです!」

「おおぅ、分かった。分かったから急にアップになるな。はぁ、しょうがない奴だな」

 

 もの凄い剣幕で迫って来るパンドラズ・アクターに対して、アインズは頷くしかなかった。

 

(マジックアイテムに触れ合えなかったからストレスが溜まってるのか? オーバーアクションも完全に無くなっているし)

 

 いくら言っても聞かない仰々しいオーバーなアクションとポーズは也を潜め、やけに真面目な雰囲気も気にかかる。

 しかし、こうもハッキリと直訴されては許すしかない。マジックアイテムフェチであり、マジックアイテムに関することだけでご飯が食べれるという設定を与えたのはアインズ自身なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザクッ、ザクッと畑を耕す音がする。

 今日は天気も良く農作業をする分には何も問題はない。

 人一人が農作業に勤しむ光景。そこには何の変哲もない風景が広がっているはずだ。

 そこが王城の一画でなければ。 

 

「陛……ランポッサ様」

「ん? ガゼフか、ここには来なくて良いと言っておるのに。全く律義というか頑固というか」 

 

 作業を止め、鍬の柄に両手を乗せて呆れたような表情で元忠臣を見るのは前国王ランポッサ三世。魔導王に王位を託した後は隠居を言い渡され、現在は王城の離れに暮らしていた。

 顔色は非常に良い。魔導王から退職金代わりにとユグドラシル製の滋養強壮剤を貰ったところ効果はてき面。まるで若返ったかのように元気になっていた。

 

「私は、貴方の剣になると誓った身。隠居されてもお傍に仕える所存です」

「やれやれ、困った男じゃ。立ち話もなんじゃ、そこのベンチでお茶でも飲もうか」

「それでしたら私が――」

「いいから、座って待っておれ」

 

 ガゼフが動こうとするのをランポッサが止め、茶の用意をさせてしまう。

 心苦しくも受け取った茶はとても美味しかった。

 

「美味いであろう? 魔導王陛下に頂いた品じゃ。素人のワシが淹れてもここまでになるんじゃからな」

「…………」

 

 しばし茶を飲むだけの沈黙が流れる。

 

 あの日。魔導王が玉座に現れた時。

 ガゼフは王位を魔導王に譲って退室して行く王の姿にどうすればいいのか分からなかった。

 狼狽えていた自分に魔導王は「悪いようにはしないから、下がっていろ」そう告げて来た。

 混乱した状態でヘタな行動をすれば事態が悪化するかもしれない。そう思って大人しく従ったが、本当にそれで良かったのだろうか、王の剣として正しかったのだろうかと、今でも思う時がある。

 

「……ワシはずっと王国とここに暮らす民を守るために頑張って来たつもりじゃ」

 

 知っている。この方がどれだけ苦労してこられたのか、短い期間かもしれないがすぐ傍で見て来たのだから。

  

「しかし、デミウルゴス殿に言われたのじゃ。王国を立て直すのは現時点では不可能。それをするには百年以上前から入念に準備してこなければならない。ワシが王位を継いだ時には王国は既に詰んでいた、とな」

 

 ランポッサは透き通る青空を見上げながら続ける。

 

「それを聞いてワシは自分が情けなくて仕方がなかった。ワシにはなんの力もなく、民が苦しむのを無駄に長引かせていただけじゃった。このままザナックに王位を譲ってもあの子が辛い思いをするだけ。だから国を立て直せる力を持つ魔導王陛下に譲る代わりに、我が子の命は助けて欲しいと願った」

 

 ガゼフはランポッサの独白を黙って、静かに聞く。

 

「ワシは王として何も出来なかった。我が子たちにも、民にも……お前にも」

「そのようなことは決して!」

 

 声を荒立て否定するガゼフ。対してランポッサはお茶を啜り喉を潤す。

 

「っと、沈んだ考えばかり浮かんでおったんじゃが、自分にも出来ることが何かないかと探して得た答えが、コレじゃ」

 

 そう言ってランポッサは鍬と畑を指し示す。  

 離れで暮らし始めてから、いつしか庭で農業を始めていた。

 

「ワシは王としては何も出来なかった。じゃが、ただのジジイになっても作物は育てられる。待っておれ、その内ワシの作った食材で馳走してやる。じゃからガゼフよ、お前は自分に出来ることをやれ。こんなジジイの傍に居っては自慢の剣が錆び付くだけじゃ。魔導国は恐ろしい戦力を有しておるが、その殆どが異形種では何かと困ることもあるやもしれん。人間のお前じゃからこそ、出来ることが必ずあるはずじゃ」

 

 ランポッサの目にはもう疲れ切った老人の面影が消えていた。覇気のある声でガゼフの背中を押すように強く言い聞かせる。

 

「ランポッサ様、私は……」

「ワシの心配なら無用じゃ、お前は魔導王陛下のために、国のために、民のためにその剣を振るうが良い」

「はい!」

「約束した馳走を楽しみに待っておれ、味付けは濃い目にしてやる」

「!――ランポッサ様」

 

 ニカリと笑うランポッサは本当に若返ったと錯覚するほど爽やかであった。

 

 

 

 




イビ「ちょっ、来るの早くね?」
パンモモ「何が?」


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39話 吸血姫の告白

あけましておめでとうございます。
投稿速度がパンパラパンですが、本年もよろしくお願いします。


 

 モモンに扮したアインズは、話があると言うイビルアイに連れられて彼女たちが拠点にしている宿の一室のソファーに座っていた。“蒼の薔薇”が取っている部屋の階は、宿の主人の気配りか他の客が空気を読んだのか、彼女たち専用も同然となっており、余人はいない。

 誰にも邪魔されたくないとしたイビルアイは対面で静かに座っている。

 

「こっちの冒険者にも理解を得られて嬉しいですね。それも“蒼の薔薇”の方々の協力あってのこと、皆さんには感謝しています」

「あっ、いや、そんな…………良い試みだと思ったからなだけで、お礼を言われるようなことは……」

 

 モモン(パンドラ)が前日までに行った魔導国の新たな冒険者の在り方の講習は、アインズから見ても文句の付けようがないほどのもの。そこにオーバーアクションがなければアインズとしては百点満点をあげても良いのだが。

 

(英雄視されてるし、ちょっとぐらいはオーバーにやった方が受けが良いのかもしれないけど……)

 

 モモンが王都に滞在予定の最終日はアインズがモモン役をやったのだが、しなければならないことは既に全て終わっていた。アインズがやったことと言えば、組合長と今後どのようにしていくかの確認作業だけ。

 その際にモモンに対しての感想も聞くことにした。つまりはパンドラへの評価が気になった。

 多くの冒険者からかなりの高評価を得ていた。大衆に呼びかける時の声の張り、人を聞き入らせる抑揚のある話し方。所々で腕を大きく振り上げたり、去り際のマントの翻し方。

 そのどれもが人の目を引き付けて止まなかったとかなんとか。

 そう聞いてアインズは仮面の下で顔を赤くすることとなる。精神沈静化が仕事して欲しい瞬間だ。

 

 その後もイビルアイと冒険者組合について話題を振る。

 

 

 

 やがて話のネタが尽きて、お互い喋ることが減ってきた頃。イビルアイがモジモジしだし、落ち着きがなくなる。

 

「…………なぁ、モモン。私の、その…………話があると、言っていたことなんだが…………」

「ああ、覚えているとも」

「あのな…………私は…………」

「…………」

 

 とても話ずらそうにしているのをモモンは黙って待つ。一分ぐらい経った頃、ようやくイビルアイが想いを口にする。

 

「…………好きだ」

「えっ?」

「私は、モモンが好きだ!」

 

 

 

(ええええええぇぇぇぇぇ!? 好きって、あの好きってことだよな)

 

 突然の告白に動揺を隠せない。幸いというか、兜のお陰で慌てふためく姿を見られてはいないので、その間になんとか冷静さを取り戻すことが出来た。

 

(ここは、マトモに受け取る必要はない、だろうな)

 

 そもそも『モモン』とは、アインズが作り出した虚構の英雄。

 転移後のこの世界の情報と資金を集めるのが目的で、冒険者ランクを上げたのもより質の高い情報と高額の報酬を必要としていただけで、その流れで英雄扱いされるまでに至っただけだ。

 イビルアイの『好き』という気持ちも、アイドルに対して向ける気持ちなのだろうと思ったアインズの思考は更に冷たく、冷静になっていく。

 

(イビルアイの気持ちは嬉しいが、ここは――)

 

 断った方がお互いのためだろう。モモンのそんな空気を感じ取ったのか、イビルアイは続けて話しだす。まだ、話は終わっていないとばかりに。

 

「仮面で素顔を見せていないのに、こんなことを言われても困るよな」

 

 イビルアイは震える手で指輪を外す。モモンがプレゼントした指輪ではない方を。

 

「!?――イビルアイ……君は……」

 

 周囲のアンデッドの存在を感知するスキル<不死の祝福>が反応を示す。

 続いて仮面をゆっくりと外すイビルアイ。

 

「……アンデッド、だったのか」

 

 仮面の下から現れたのは12歳ぐらいの少女。真紅の瞳に尖った歯が見えることから吸血鬼なのだと分かる。

 

「ああ、見ての通り、私はアンデッドだ」

「…………」

 

 固まり、何も言わないモモンを見て、イビルアイの胸は杭を打たれたように痛む。

 

「やっぱり、アンデッドに好きだなんて言われても、困る、よな……分かってたんだ、本当は……」

 

 イビルアイにとって予想はしていた反応。しかし、いざ目の当たりにするのは本当に辛かった。

 

「はっ!? いや、そうじゃない。ただ単純に驚いただけだ」

「そう、なのか?」

「ああ、本当だ」

 

 イビルアイはアンデッドだから嫌われたのではないと分かっただけでも嬉しく感じる。普通ならアンデッドは討伐対象だ。魔導国の進める政策のお陰で認識が変わりつつあっても、アンデッドと男女のあれこれなんて話は荒唐無稽なのは変わらない。

 

「私は生まれついてのアンデッドではないんだ。約250年前、インベリア国の姫として生まれたんだが、ある日国が亡んでしまった。その時、何があったか分からない。よく覚えていないんだ。気が付くと私はアンデッドになっていた。多分、私のタレントが影響していると思う…………」

 

 当時のことを思い出して、悲痛な表情を見せるイビルアイ。本当に辛い思いをしたのだろう。

 

「そのまま50年ぐらい経った頃かな、何もせずにゾンビが彷徨う国で蹲っていた私を、後の十三英雄が見つけて連れ出してくれたのは。私は『イビルアイ』と名を変え、彼らと一緒に国を出た。魔神討伐に共闘した事もある」

 

 一国を滅ぼした『国堕とし』は彼女自身のことで十三英雄によって討伐された。この話は十三英雄によって後付けされたのだと語る。

 

「彼らとの旅は楽しかった。辛い戦いも多かったけど、アンデッドの私を受け入れてくれた掛け替えのない仲間だった」

「…………」

 

 イビルアイは昔を思い出し、遠い目をしながら仲間とのことを話す。

 

 十三英雄の最後の冒険となった神竜戦にイビルアイは参加しておらず、戻ってきた十三英雄は黙して語らず、真相はイビルアイも詳しく知らないとのこと。

 

「仲間が死に、リーダーが自殺してしまったとは聞いている。ババアかアイツなら何か知っているかもしれないけど……」

 

 そう言うイビルアイはどこか納得いかない様子だった。

 

 二百年前のことをザックリとだがモモンに話す。十三英雄の冒険が終わり、仲間たちはそれぞれの故郷に帰ったりで別れてしまった。イビルアイは一人で魔法研究をして過ごしていたと。

 そうして永い時が過ぎ、仲間たちは寿命で亡くなったりして、親しくしていた友人はもう二人ぐらいしか生きていないと話すイビルアイはとても寂しそうだった。

 

「ひょんなことから“蒼の薔薇”に無理やり加入させられたが、今ではあいつ等も掛け替えのない大切な仲間になった。面と向かっては絶対に言えないけどな」

 

 平時でそんな事を言えば、絶対にからかってくるのが目に見えている。嬉しさ半分、恥ずかしさ半分の、そんな表情で今の仲間のことを語る。

 

「でも、そんなあいつ等もいずれは年を取って冒険出来なくなる。そして、人間には寿命がある…………その時が来たら私は…………」

「…………」

 

 その後に続く言葉は言わなくてもモモンには良く分かる。まだ昔の仲間が二人ほどは今も生きているようだが、これから先どうなるかなんて分からない。

 

「だから、今まで生きた中で初めて芽生えたこの気持ちを諦めたくないんだ! モモン、私と…………私と…………」

 

 その先を口にされる前に、モモンは手をかざして止める。

 

「イビルアイ、君の気持ちは良く分かった。だが君はまだ私の事を何も知らない。そうだろう?」

 

 確かにその通りだ。イビルアイはモモンのことを何も知らない。

 だが、イビルアイにとっては例えどのような人物であろうと、この気持ちは揺るがないと信じていた。仮面の下に醜悪な顔であったとしてもそんなのはもはや関係ない。

 自分のピンチに颯爽と現れて助けてくれた。切っ掛けは至極単純であっても、自分が心底惚れた相手なのだ。自分の知らない知識を持っているなども今となっては関係がない。初めて会ってからもう結構な時が経つ。その間モモンを想わない日はなかったのだから。

 

「教えて欲しい。モモンのことを」

「本当に良いんだな」

 

 イビルアイがコクリと頷くのを見て、モモンは漆黒の全身鎧を消す。

 

「!?――――そ、その顔は!?」

 

 知っている。見たことがある。

 王国が亡ぶ瞬間の映像はイビルアイも仲間と共に目にしていた。

 

「ま、魔導王!?」

「そうだ。私は魔導王アインズ・ウール・ゴウン。冒険者モモンとは仮の姿にすぎない」

 

 口をポカンと開けたまま固まるイビルアイの頭の中は『何故? どうして?』といった疑問で溢れていた。しかし、現実に目の前にある真実は間違えようもない真実。

 

「……あれほどの身体能力に強大な魔法……まさか、モモ……貴方は神人? いや、ぷれいやー、なのか?」

「プレイヤーを知っているのか?」

「う、うん。十三英雄のリーダーが、自分はぷれいやーだと言っていたのを覚えている」 

 

(やはり、十三英雄にはプレイヤーが居たか。本来ならここでプレイヤーの情報を余さず聞きたいところなんだけど)

 

 その前に確認しておかないといけないことがある。

 

「それで、私の正体を知って気持ちは変わったか?」

 

 アインズの問いかけに、イビルアイは気を落ち着けようと胸に手を当てる。

 次にアインズの顔を真っすぐに見つめる。ただただ真っすぐに。

 

(うっ、そんなに真剣な目で見つめないで欲しいな)

 

 イビルアイはアインズの方を見ながら自身と対話するように胸に手を当てている。

 

 しばらくして。

 

「モモンが何者だろうと、私の気持ちに変化は、うん、なかった。こうして近くに居られるだけで、こう、心がポカポカと温かくなってくるんだ……やっぱり私はモモンが、貴方が好きだ」

 

 少しだけ目に涙を溜めてはにかみの表情を見せる。

 見た目12歳の少女とはいえ、女の子にこんな顔で告白されてしまってはアインズの顔も赤くなってしまうのは仕方がないだろう。

 

 アインズは思わずOKを出してしまいそうになるほど可愛いと思ったが、すんでのところで思いとどまる。

 

「改めて言うが、君の気持ちは本当に嬉しく思う。だが、今ここで決めるのは少し難しい」

「うん、分かってる」

「えっ?」

「一国の王様なんだから、簡単に決められることじゃないのは分かっているさ」

(あ、そっちか)

 

 確かにその通りだ。王が妃を迎え入れるのにも、何かと段取りというものがありそうだ。

 

(勝手にイビルアイの気持ちに応えたら、アルベドとシャルティアがどう出るか分からなくて躊躇しただけなんだけど)

 

 どちらかと言えばこちらの方が大問題だろう。エンリの時のように若干曖昧な状態と違ってこっちは正式な申し入れ。しかもアルベドとシャルティアの二人のことは保留にしたまま。その問題が片付くまでは彼女の告白をそのまま受け入れることは出来ない。

 幸いなことにイビルアイは待ってくれるようなのでここは甘えておこう。今は少しでも時間が欲しい。

 

「ふふ、なんだか面白い顔をしているな。私が望んでいるのは妃なんかじゃないぞ」

「えっ、そうなの?」

「当たり前じゃないか。私はアンデッドなんだから子供も産めないからな。だから、私が望むのは恋人のような関係だ」

「そうか」

 

 受け入れるのか、断るのか。

 どちらにせよ、アインズは一つだけ決めたことがある。

 

「イビルアイ。何十年か先で君が一人ぼっちになってしまったら私の所へ来ると良い。実は私にも寿命というものがないからな。一人ぼっちになることはないさ」

「ええぇ!?」

 

 盛大に驚くイビルアイだが、よくよく考えてみれば不思議な話ではない。逸脱者のフールーダ・パラダインや仲間であったリグリット・ベルスー・カウラウも、独自の手法で老化を抑えて二百年以上生きている。二人は緩やかに老化しているようだが、魔導王ほどの魔力があれば不老になるのもお手の物だと言われても自然と受け入れることが出来た。

 

 

 

 夜の帳が下りる。

 

「もうこんな時間か?」

 

 イビルアイが寂しそうに呟く。睡眠を必要としない体では皆が眠りに就く時間は一人で過ごさなければならない。本心ではもっと話していたいという思いがひしひしと伝わって来る。

 ならば、とアインズは笑いながら語りかける。

 

「なんならもっと話そうか。私も聞きたいことが色々あるしな。睡眠無効のマジックアイテムもあるから一晩中でも構わないぞ」

「何でもありだな。でも、もう驚かないぞ。それじゃあ……モモ、貴方のことをもっと教えて欲しい」

(俺の事か……さて、どこまで話せば良いか)

  

 あまり情報は流さない方が良い。そんなのは分かっている。

 しかし、この時のアインズは彼女には教えても良い、むしろ自分のことを知って欲しいとまで思っていた。この気持ちがなんなのか、アインズ本人にもよく分かっていない。

 

 アインズとイビルアイ。二人の似通った事柄。

 

 仲間に置いて行かれて『一人残される』ということ。

 これが、アインズが心を開いた理由の一つなのは確かだろう。

 

 他者が聞けば、アインズの場合は所詮ゲームの話だろうと鼻で笑うかも知れない。一人残されてしまった時の永さも、イビルアイの方がずっと永い間寂しい思いをしてきたのだろう。

 だが、アインズは父親の顔も知らずして亡くし、母親も小学生だった”鈴木悟”の好物の弁当を作っている時に過労で亡くし、天涯孤独となってしまった。

 小学校でも卒業出来れば貧民層の中では上出来の世界。

 社会人となってからは、いつ死んでも構わない社会の歯車としてこき使われる日々。

 外出するにもガスマスクを着けなければ命の危険がある汚染された世界。

 そんな生きるだけでも必死な環境で友人を作ることは出来なかった。

 抑圧された世界の中で、貧民層でも遊べる唯一とも言える娯楽がネット世界。

 そして、”鈴木悟”はユグドラシルと出会い、産まれて初めて出来た友人たち。

 そんな彼らとの冒険は”鈴木悟”にとっては宝物のようなもの。イビルアイが仲間と過ごしてきた時と変わりはない。

 

 自分だけ置いていかれる。その寂しさ、無念さはアインズには良く分かる。

 

「イビルアイ、私はな――――」

 

 アインズは自分のことを話す。

 人間としてリアル世界に生まれたこと。ユグドラシルという世界に行き来してきたこと。仲間と造り上げたナザリック地下大墳墓のこと。謎の転移をして来たこと。いつかナザリックの皆に聞かせたものと同じ内容も含まれるが、あの時には詳しく話していなかった出生や肉親のこと、仲間との別れのことも、自分の心境を交えながら語る。

 仲間が居なくなって寂しかったこと。

 未練がましく皆と作り上げた本拠地を守り続けていたこと。 

 自分の情けない部分も隠さず話す。

 それら全てを、イビルアイは真剣に、真摯に聞き、受け止めていた。

 

 

 

 

「今度はそちらが聞かせてくれるか?」

「ん? 何について聞きたいんだ?」

「そうだな、十三英雄のリーダーが何か言っていなかったか? 例えばこの世界に転移してきた原因とか」

「ん~、そう言えばどこから来たのか聞いたことがあったな。ええと、リーダーはあの時なんて言ってたっけ? 確か……『最終日に、いん? してて、最後の時? 瞬間に、気が付いたら来ていた』だったと思う」

「!?――――そう、か」

「どうしたんだ?」

「いや……何でもない」

「それなら良い、けど…………なあ、モモ…………ん~。なあ、これからは陛下って呼んだ方が良いのかな? それともモモンでも良いのか?」

「えっ、呼び方、か」

「あっ、そう言えば私の本当の名を言ってなかったな。私の本当の名はキーノ、キーノ・ファスリス・インベルンだ。これからはイビルアイではなくキーノって呼んでくれると、嬉しいな」

「分かった。よろしくな、キーノ」

「うん、えへへへ。それで何て呼べば良いんだ?」

「そう、だな」

 

 『モモン』。これは冒険者として活動するための仮初の名だ。鎧を着ている時ならともかく、今の自分とは違う。

 

 『モモンガ』。これはユグドラシル時代からの死の支配者(オーバーロード)の時のハンドルネーム。転移してきてからはどこにも名乗っていないし、これも違う。

 

 やはり『アインズ・ウール・ゴウン』が正しいのだろう。魔導王の名であり、かつての仲間に気付いて欲しくてこの名を広めようとしていたのだから。自分にとって大切な名でもある。

 

 しかし――――。

 

「……悟。俺の本当の名は鈴木悟と言うんだ」

「サトル、スズキサトル」

「おっと、サトルがファーストネームでスズキがファミリーネームだ」

「サトル……サトル、か……良い名だな、すごく優しそうな響きがする」 

 

 

 

 その後も二人は一晩中話す。

 お互いの冒険話。

 仲間との楽しかったやり取り。

 空が白み始めるまでずっと――――。

 

 

 

 

 

 

 

 




一話につき一万字前後、と考えていましたがそれは止めることにします。
切りのいい所で区切った方が良いと思いまして。


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40話 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』

新年会で飲んだ獺祭二割三分、美味かった(^^♪


 ナザリック地下大墳墓、宝物殿。

 ここはナザリックのどこのエリアとも繋がっていない隔離された空間。この空間へ入るには専用のアイテムが必須である。

 最高峰のマジックアイテムが鎮座する場宝物殿の先の先の最奥で、アインズは一人黙々と作業をしていた。

 

「ここに並べて…………っと。よし、完成」

 

 そこは『霊廟』と呼ばれるワールドアイテムが保管されている場所。

 そして、引退していったギルドメンバーたちが残していった武装を装備したゴーレム”アヴァターラ”達が鎮座している場所でもある。

 並んだ”アヴァターラ”はユグドラシル時代、引退していった仲間を模してアインズが作ったもの。

 

 アインズの目の前には自分の分身、死の支配者(オーバーロード)に最適化された神器級の装備群を模した装備に、モモンガ専用のワールドアイテムに似せた赤い玉も再現された”アヴァターラ”。

 

「やっぱり、俺が作るとかなり不格好になってしまうな。パンドラに頼めばもっと精巧なのが出来るんだろうけど…………ここは俺自身がやらないとな」

 

 ヘロヘロなど一部の”アヴァターラ”には当時の最強装備に似せた模造品を装備させていた。

 そして今、残っていた空白全てが埋められ、ここは『霊廟』として完成した。

 

「…………」

 

 ズラリと並ぶ自分を含めたギルド、アインズ・ウール・ゴウンの仲間たち。

 

 アインズはキーノとの会話を思い出す。

 

 楽しかった。

 

 無邪気にはしゃいで自分の冒険譚を聞かせてくれるキーノ。お返しとばかりにこちらもユグドラシル時代の楽しかった出来事を聞かせる。それを交互に何度も、何度も。

 いつの間にか支配者としての虚像を忘れ、自然と素の”鈴木悟”として話していた。時間が経つのを忘れて随分と長く話し込んでしまった。

 

 あの時間を楽しんでいたのは間違いない。だが、その間も今も、彼女のアノ言葉がずっと離れなかった。

 

 「『最終日に、いん? してて、最後の時? 瞬間に、気が付いたら来ていた』だったと思う」

 

 十三英雄のリーダー、プレイヤーが残した言葉。

 『最終日』『いん』『最後の時』これらの単語をキーノや他の仲間たちは良く理解出来なかったらしい。だがアインズには、プレイヤーであれば答えは簡単だ。

 リーダーもまた、アインズと同じようにユグドラシル最終日の終了時間にこの世界へと転移したのだ。アインズより二百年も前という時間のズレはあるものの、転移した瞬間は同じ。

 

 これまでの情報で把握しているだけでも六百年前に六大神。五百年前に八欲王。二百年前に十三英雄と口だけ賢者。

 ユグドラシル終了と同時に転移したとして、何故着地点が別々なのかは分からないが、それは今後調べれば良いだろう。

 問題は転移したタイミングだ。

 

 ユグドラシル終了と同時の転移。

 それはアインズの仲間がこちらに来ている可能性がゼロだという意味を持つ。

 

 あの瞬間にギルドメンバーたちはユグドラシルにいなかった。

 

 引退した者の中にはアカウントを消している者もいたし、別アカウントで再開したのなら連絡の一つぐらいはあっただろう。皆黄金期には熱中して一緒に楽しんだ仲間なのだから。

 

 最終日に顔を出してくれたヘロヘロさんやタブラさんも、あの後再ログインした通知は来なかった。

 ギルド、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーであの瞬間にログインしていたのは自分ただ一人。

 

 無論、アインズと十三英雄のリーダーだけの情報で確定する訳ではない。可能性はまだゼロと決まった訳じゃない。それは分かっている。

 

「分かっているけど……」

 

 元々仲間が来ている可能性はほとんどないと思っていた。ナザリックの総力を挙げて仲間を捜索しなかったのは、もし仲間がいないと分かってしまったら絶望し、自分がどうなるか分からなかったからというのもある。

 そんな所にキーノの情報だ。ゼロに近いと思っていた可能性がほとんどゼロになってしまった。

 

「はぁ、情けないな。こんなんじゃナザリックの支配者として失格だよ」

 

 ある少女は両親を殺されても、妹と二人で未来を見て生きている。その姿に感銘を受けて、自分も前を向かなければと思っていたのに、どうやらまだ過去に囚われていたようだ。

 

 『霊廟』に来たのはそんな自分と決別するため。

 

 ユグドラシルで悪名を馳せたギルド、アインズ・ウール・ゴウンはとっくに終わってしまっている。自分を含めたメンバーは全員ここで眠るのだ。

 過去に執着するのではない。

 忘れるのでもない。

 過去を過去として胸に刻み、昇華する。

 そうして始めて、本当の意味で仲間が残してくれた大切な者たちとこの世界で生きることが出来る気がした。

 

「俺、たっち・みー、ウルベルト・アレイン・オードル、ぶくぶく茶釜、ペロロンチーノ――――」

 

 アインズはアヴァターラを見ながら仲間の名を呟く。一人一人との楽しかった過去の思い出を振り返りながら。

 

 

 

 最後の名前を呼んで。

 

「楽しかったですね…………みんな」

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様でした。父上」 

「パンドラ…………全て、終わったよ」

 

 パンドラズ・アクターには既にギルドメンバーがこの世界に来ている可能性については伝えていた。埴輪顔ゆえ表情から読み解くのは難しいが、何も言わずに『霊廟』に入っていくアインズを見送り、待っていた。

 創造主との絆か、それともパンドラズ・アクターの頭脳を持ってしてか。軍服を着たドッペルゲンガーはアインズからの少ない言葉からも全てを理解しているように思えた。

 いつものオーバーアクションは也を潜めている。

 

「これで、私の役目は終わってしまったのですね」

「ん? 何のことだ」

「私は父上の御心を慰めるために創造されました。しかし、父上は至高の御方々とケジメをつけられました。私の変身能力はもう、父上には必要ないでしょう」 

 

 誇らしげに、でもどこか寂し気に、パンドラズ・アクターは胸に手を当て礼をする。

 

 パンドラズ・アクターの頭脳はナザリックでもトップクラスであり、変身能力でアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバー全員の外装をコピーしている。その能力を上手く駆使すれば守護者全員分の働きができるほど優秀である。だがパンドラズ・アクターを創造した当時のアインズ(モモンガ)にとって、彼を創造した目的はそこにはない。仲間の姿を保管することに意味があった。

 アインズの心を慰める。

 確かにその通りだ。パンドラズ・アクターを創造した時のアインズの心境に当てはめれば彼の存在理由はそこにあった。しかし、仲間との事を過去の想い出として割り切った今のアインズには、もはや必要ないと思ってしまっても仕方がないのかもしれない。

 

「お前にしては珍しく馬鹿なことを言っているな」

「はっ?」

「これから先も、私やナザリックのためにお前には頑張ってもらわなければならないのに、どうして必要ないなどと言う?」

「おお、では、私は……」

「ああ、お前が必要だ。これから先、ずっとな」

「ち、父上ぇー! この、パァンドラズ・アクター。今後も父上のために、ん全力を尽くしますとも! 尽くさせていただきまっす!」

 

 さっきまでの落ち着きはどこへやら。自分の存在意義を認められた途端にいつものオーバーアクションが始まる。

 

(まぁ、コイツはこうしている方が似合っている、のか? 俺がお前を見捨てるなんて……)

 

 ありえないことだ。

 他の皆も同様に家族のように思っているのだから。

 

「それと私の名についてだが、今後もアインズ・ウール・ゴウンと名乗っていくつもりだ。国の名前にもしてしまったしな」

「おお、畏まりました。ん~ナインズ様」

「変な溜めで名前を呼ばないようにな。他の者が真似したらどうする」

「えぇ~」

 

 ユグドラシルのギルド、アインズ・ウール・ゴウンは終わった。

 これからは新生アインズ・ウール・ゴウンとして、その名を背負う。

 この決意は、言わばアインズの内面だけでの変化。

 

(あまり仲間とのことで引きずり過ぎるのは問題だしな。これを機に何か行動でも…………そうだ)

 

「これからは宝物殿に保管されている物も、必要なら積極的に使っていこうと思うが、どうだ? っと言っても希少な物を際限なく使うのではなく――」

「備蓄の多い物は積極的に、この世界で二度と手に入らないであろう物は良く考えて使う。ですね」

 

 仲間との思い出が詰まった無数のマジックアイテムや金貨は使用するのに消極的でいたが、それらをある程度開放していく。それは、これまでピッタリと閉じていた扉を少しだけ開けるようなもの。

 

(地味かもしれないが、最初だし。こんなんで良いよな)

 

 ナザリックの運営には大量の金貨がいるし、宝物殿に眠るマジックアイテムはこの世界では超級の性能を誇る。その紐を少し緩めるだけでも、転移当初の自分からすれば相当な変化だろう。

 

「あと、仲間たちの私室にあるマジックアイテムも一度回収する。分かっていると思うが、誰の部屋にどのアイテムが有ったかは記録しておく」

「はっ、畏まりました」

 

 仲間の居ない間に勝手に、というのは気が引けてしまうが有用なアイテムがあるかもしれない。それに、それら私物のアイテムはナザリックの為だけに使うつもりで、私的な理由では基本使用するつもりはない。これなら仲間も許してくれるだろう。

 

 この世界では仕様が変化したものが沢山ある。ユグドラシルでは微妙な物でも思わぬ効果を発揮するかもしれない。仲間たちは皆一癖も二癖もある者ばかり、アインズも知らないアイテムもあるだろう。

 特にやまいこが持っていた<流れ星の指輪/シューティングスター>は絶対に確保しておきたいところだ。使い方次第ではワールドアイテムに匹敵するほどの切り札にもなり得る。 

 アインズが持っている指輪は、シャルティアの時に不発で一回。

 二回目は人間に戻るために使ったので、後一回分しか残っていない。

 

(出来れば使いたくはないけど、使わざるを得ない状況ってのは突然やってくるものだし。お借りしておきますね)

 

 パンドラズ・アクターに仲間の部屋の捜索を命じる。

 

「一般メイドの手を借りても良いが、るし★ふぁーさんの部屋はお前がやるようにな。どんな仕掛けがあるか知れたものじゃない」

 

 一般メイドたちは「至高の御方の部屋を探るなど」と言うそうだが、アインズの指示であれば素直に従うだろう。

 パンドラズ・アクターは了承の意を示し張り切っている。アイテムフェチ故だからだろうかテンションが異様に高い。

 指輪の力で二人は宝物殿を後にする。

 

 

 

 

 

 

 パンドラズ・アクターに一仕事頼んだアインズは第九階層「ロイヤルスイート」のギルドメンバーの私室が並ぶ廊下を歩く。パンドラズ・アクターの姿は見えない。今頃は誰かの部屋でテンションを上げていることだろう。

 アインズがここに足を運んだのは頼んだ仕事を手伝うため。と言うよりは、単純に自分も仲間の部屋を見て、少しばかり懐かしもうかと思ったからだった。

 流石に女性メンバーの部屋に入るつもりはない。そこはパンドラズ・アクターにもちゃんと言いつけている。

 

 ゆっくりと歩を進めて行き、一つの部屋の前を通る。 

 

「あれ? ここは誰が使っていたっけ?」

 

 その部屋の位置は記憶に薄い。

 私室の半分以上は空き部屋だが、この部屋は誰かが使っていたはずなのに中々思い出せない。

 

「う~ん。ま、いっか。取り合えず入ってみよう」

 

 もし、ぶくぶく茶釜や餡ころもっちもちの部屋だったら直ぐに出れば良い。そう思って軽い気持ちでお邪魔する。

 

「ん? 本当に誰の部屋だ?」

 

 ギルドメンバーの私室はロイヤルスイートをイメージされて、調度品から壁紙に至るまで華美でありながらも決して目を疲れさせないように計算されており、見る者の目を楽しませる作りとなっている。

 しかし、凝り性が多いメンバーたちは、和風にしたりと自分好みにカスタマイズしていた。アインズでさえ少し弄って、落ち着いた感じにしているぐらいだ。それなのに――。

 

「完全に初期状態、のようだな」

 

 その部屋は弄った様子が全く見られない。男性メンバーの部屋は少なくとも一回は目にしたことがあるので彼らの誰か、ではない。かと言って女性メンバーの誰かとも思えなかった。見た事はないが彼女たちの性格からしてデフォルトのままとは考えにくい。

 

「空き部屋ではなかったはず」

 

 しかしながら、確かに誰かがこの位置の部屋を使っていたはず。

 引っ掛かりが気になり、ドレスルームへと向かってみる。

 扉を開けた先には。

 

「うわっ!?」

 

 ドレスルームには、大小様々なアインズのヌイグルミや抱きまくらで満たされていた。この瞬間に誰の部屋かを理解する。

 女性的な作業、特に主婦業一般に関しても優れた能力を持っている彼女の自作なのだろう。

 死の支配者(オーバーロード)バージョンのアインズが多いが、人間バージョンも幾つか見受けられる。

 

(うわぁ、アルベドの奴。こんなに作ってたのか)

 

 ローテーションで休みを取っているとは言え、多忙なのによくこれだけ作れたもんだと、逆にその裁縫能力に感心してしまう。

 良く特徴を捉えているデフォルメされたオーバーロードアインズから、「これ、俺か?」と問いたくなるほど美化された人間バージョンのアインズまで、その種類は豊富。

 しばし観察していたが、女性の部屋に無断で入るなど非常識にも程がある。そう思い踵を返そうとした時。部屋の片隅に無造作に置いてある物に気が付く。

 

「…………へっ?」

 

 

 

「失礼致します。アインズ様がおられるのでしょうか?」

「っ!」

 

 一瞬呆然としていたアインズを呼ぶ声が部屋の外から聞こえてくる。慌てて返事をしてドレスルームから出ると、一般メイドのシクススが廊下から少しだけ扉を開けて覗き込むようにしていた。

 

「やはりアインズ様でしたか。この部屋にどなたかが入る姿が見えましたもので」

「あ、ああ。ちょっと間違えてしまってな。ところで、何故シクススは部屋に入って来ないでそんな廊下から話すのだ? それに、この部屋は……」

「はい。ここはアルベド様の御部屋なのですが、私たち一般メイドは入室を許されておりません。掃除もアルベド様ご本人がされるということでして」

「……そうか」

 

 不思議そうに首を傾げるシクススにアインズは「間違えて入ってしまったことは他言無用で頼む」とだけ伝える。

 

 シクススと共に部屋を後にして、廊下を歩くアインズは一度だけアルベドの部屋を振り返る。

 その顔は怒っているような、悲しんでいるような、形容しがたい表情であった。

 

 

 

 

 




アインズ様が仲間たちとのことを割り切り、ケジメをつけた回でした。
個人的にはそうなった方が”鈴木悟”も幸せになれると思いますしね。

ちなみに、ナザリックや仲間のことを侮辱する者が現れた場合、ブチ切れするのは変わりません。


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41話 アルベド

タグに『考察』を追加しました。
拙い考察ですが一応ということで。


 

「アインズ様~。お呼びにより、このアルベド。貴方のアルベドが参りました~♡」

「忙しい中呼び立ててしまって済まないな、アルベド」

 

 魔導国の宰相の立場もあるアルベドは国全体の内務総括も行っている多忙の身。優秀な頭脳を持つと聞いている元王女のラナーを補佐に就けたり、内務をするために教育を施したアインズ謹製の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の補佐もあるとは言え、急な呼び出しに応えられるところを見るに管理体制が整ってきた証なのだろう。

 頬を染めたアルベドは本当に嬉しそうにしている。腰の羽もせわしなくパタパタと揺れていた。

 

「それで、アインズ様。御用は何でしょうか? は、まさか遂に私と、くふ~♡」

「まあ落ち着け、アルベドよ。お前を呼んだのは重要な、そう、非常に重要な話があってのことだ」

 

 アインズの真剣な眼差しを受けて、頭髪から勢いよく跳ねるように飛び出している落ち着きのない一束の毛も動かなくなる。合わせて表情も守護者統括に相応しいものとなる。

 

(アインズ様のこの表情、一体何があったのかしら? もしかして遂にプレイヤーの居場所が、それともワールドアイテムの情報を見つけられたのかしら?)

 

 もしそうであれば緊急事態だ。アルベドは事の重大さを理解して、どんな情報を聞かされても即座に思考出来るよう完全に仕事モードへと切り替える。アインズに促され、ソファーの対面に座る。 

 

「アルベド…………お前の本音を聞かせて欲しい。お前は…………アインズ・ウール・ゴウンが、嫌いなのか?」

「っ!!――――」

 

 真剣な、と言うよりは深刻な様子のアインズからもたらされた内容は、アルベドの想像の斜め上へと突き破っていた。 

 

 

 

 

 

 

 少し前の時間に遡る。

 

 アインズはシクススと別れた後、直ぐに自室へと戻っていた。とても仲間の部屋を散策する気分になれなかったからだ。

 

 アルベドのドレスルームの片隅にホコリまみれで放置されていたモノ。それはアインズ・ウール・ゴウンの紋章旗だった。

 あり得ない。ナザリックのNPCの誰もが敬意を表している旗をそんな状態で放置しているなんて信じられなかった。

 

「では裏切り? あのアルベドが?」

 

 それも信じられない。アルベドのこれまでの忠誠心はずっと見て来ていた。

 アルベドに限ったことではない。ナザリックの誰もがアインズが引いてしまう程の忠誠心を持っている。その忠誠心の高さにこちらが困ってしまう事態が何度あったことか。

 しかし、現実に紋章旗はあのような状態。

 

「これはアルベドの真意を確かめる必要が……あるんだけど…………」

 

 問題はどう問いただすか。 

 彼女は基本的に微笑を崩さない。それは敵味方問わず誰に対しても殆ど変わらない。同じ知恵者であるデミウルゴスと話す時にはそれがよく見られている。デミウルゴスをして、アルベドが何を考えているのか、その真意は分かっていないらしい。

 あのデミウルゴスですら煙に巻くアルベドの腹芸を、アインズが見抜くことが出来るのか。

 

 答えは当然、否だ。

 

 アインズ絡みのこととなると途端にダメになり、甘い吐息を漏らしながら自分の世界に入り込んでしまって使い物にならなくなる。

 そんな話も聞いていたが、今回の件は内容が内容なだけに、アインズ自身が問いただしても真意を見せないかもしれない。上手い事言いくるめられてしまう可能性がある。

 

 紋章旗をないがしろにしたことに対して、罰を与えるのもよくない。

 何故そんなことをしたのかを知らなければならない。

 

「デミウルゴスとパンドラの二人に立ち会ってもらって尋問…………いやいや、これもダメだ」

 

 同等の知恵者二人でならアルベド相手にもなんとかなるかもしれないが、万が一アルベドが謀反を考えていた場合、そこで壮絶な戦いが始まるかもしれない。

 

「そんな姿は、見たくない」

 

 大切なあの子らが殺し合うなんて絶対に嫌だ。シャルティアの時もそういう理由で、周りの説得をはねのけて自分自身の手で終わらせたのだから。

 それにデミウルゴスがアルベドの行いを知ってしまえば、どのような理由があっても軋轢が生じてしまいかねない。

 

「やっぱり、俺自身が直接聞かないといけないよな」

 

 そのためには本音を曝け出させないといけない。

 

「だが、どうすれば良い? う~ん、本音を聞き出すには……」

 

 

 

 

 

 

「偶然だが、お前の部屋に入ってしまった。そして、ドレスルームでアインズ・ウール・ゴウンの紋章旗を見た。教えてくれ、アルベドよ。お前の本心を」

「わ、私は……」

 

 アインズ絡みとなると暴走しがちなアルベドだが、今の姿はこれまで見たことがないほどの動揺を見せていた。

 

 マジックアイテム《完全なる狂騒・改》

 これは守護者やプレアデスと、本音での語り合いをする為に作らせたアイテムであり、アンデットだけでなく全ての種族の精神状態を解放し、普段は抑えている本音を引き出す効果がある。

 この部屋の中にいる者は効果を受けるようパンドラに改良させ、アルベドが入って来る前に既に使用済み。

 当然、アインズも同じ部屋にいるのだから効果の影響を受けてしまう。

 

「わ、たしは……」

 

 アイテムの効果が効いているアルベドは徐々にだが、ゆっくりと話し出す。

 

「…………嫌いです。アインズ・ウール・ゴウンなどと言うものは。憎んですら、います」

「…………」

 

 アインズは何も語らない。アルベドの話の続きを待って耳を傾ける。

 

「このナザリック地下大墳墓は全て貴方様のためにのみあります。あの者たちは貴方様を、ナザリックを、私たちシモベを見捨てました。それが、私には許せない」

「ちょ、ちょっと待った。あの者たちってギルドメンバーのことだよな。それに『見捨てた』って……」

「はい。私たちはあの者たちに見捨てられたんです。そうですよね」

 

 おかしい。

 デミウルゴスなどは転移当初、ギルドメンバーのことを『お隠れになった』『どこかに行かれてしまった』と表現していた。アインズが皆にリアルの世界の話を聞かせてからもリアル世界に帰ったと認識していたはずで『見捨てられた』なんて認識はしていないはず。

 今でも自分の創造主の帰りを待ち望んでいるのがその証拠だ。

 

「では、アインズ・ウール・ゴウンが嫌いって……」

「勿論、あの者たちのことです」

「……もし、この世界で会えたら?」

「ブチ殺します。そうすればナザリックは貴方様だけのものになり、素敵なお名前を再び名乗っていただけるでしょうから」

 

 物騒なことを平然とした様子で言う。

 

「そのように思っているのは、アルベドだけ、なのか?」

「はい。他の皆は違うと確信しております。真実を知らないばかりに、可哀そうに」

 

 どうやら敵意はアインズ以外のギルドメンバーに向いているだけで、NPCの仲間には向いていないようだ。むしろ気遣ってすらいる。

 

(でもなんで、アルベドだけが見捨てられたなんて認識を……反旗を翻す、なんて設定も無かったはず)

 

 執事助手のバードマンのように、ナザリックの簒奪を企てている設定を与えられた訳でもないのに、皆が創造主と崇めるギルドメンバーに殺意を向けるなんて異常事態だ。

 

(ん? 設定?)

 

 NPCには創造された時に設定が与えられており、基本的にはそれに従うように行動する。

 この世界で自我を持ち、一個の生命体となった彼らには『そうあれ』と定められたものを超えて、『自分』と言うものを形作り、成長して欲しいとアインズは願っている。

 例えば、セバスなどは創造主の性格なのかほとんど設定が与えられていない。にも拘わらずセバスは創造主の影響を受け、行動や考え方は親にとても似ている。デミウルゴスと仲が良くないのも、創造主同士の相性が関係しているのは間違いない。

 NPCが創造される時に創造主の影響を受けるのだとすれば、今のアルベドは――――。

 

(俺の、せいなのか)

 

 ユグドラシル最終日。軽い悪戯心で『ちなみにビッチである。』を『モモンガを愛している。』に設定(・・)変更してしまったのは他でもない。アインズ自身だ。

 

(あの時、俺が抱いていたのはユグドラシルが終わってしまう寂しさと、悲しさや虚しさ。仲間たちとの楽しかった思い出……)

 

 だけではない。

 最後の日をたった一人で迎える孤独への憤り、怒り。

 何故、簡単にナザリックを捨てられるんだ。

 どうして。

 どうして。

 頭では分かっている。皆リアルがある。そちらを優先するのは至極当然なのだから。

 分かっていても『仲間に見捨てられた』という思いが心のどこかで燻ぶっていた。

 そんな負の感情を心の奥底に抱いた状態でアルベドの設定を弄ってしまった結果が――――。

 

「私は憎いのです。あの者たちが。もし、誰かが帰って来た場合、他の皆は喜んで迎え入れるでしょう。それは良いのです。皆にとっては待ち望んだ者なのだから。でも、それを受け入れ、平然とナザリックの上位に立とうとするあの者たちの姿を想像すると……例え謝罪されようと許す気にはなれません。このナザリックを、私たちを見捨てずに最後まで守って下さったのは貴方様だけなのに……」

 

(それはアルベド自身の本音っぽいな)

 

 涙を流しながら、感情を爆発させるアルベドは全身を震わせている。まるで、今までにため込んだものを全て吐き出すように。

 

 アルベドが抱え込んできた黒い感情をアインズは全て受け止める。彼女にこんな思いをさせてしまったのは自分のせいだからと。

 

「うぅ、ひっく、ぐすっ」

 

 莫大な運営資金を必要とするナザリック地下大墳墓をたった一人で維持し続けていたアインズの苦労・苦痛・孤独を想えば思うほど、それに比例してギルドメンバーへの怒りを爆発させていたアルベドは、やがて俯き、泣き出す。

 その姿はまるで叱られるのを恐れる子供のように見えた。

 アインズが大切に思っている仲間を殺そうと考えていたのだ。それに対する罰に怯えているのかもしれない。

 

「なあ、アルベド」

 

 アインズが声を掛けるとビクンっと体を震わせる。

 

「お前のギルメンたちに向ける気持ちは、敵意だけなのか?」

「え?……」

 

 もし、本当に創造主の心境がNPCに伝わってしまうのだとすれば敵意だけというのはおかしい。

 タブラもあの時代のユグドラシルを心底楽しんでいたし、仲間に対して変な感情を持っていたとは思えない。

 

「それは……そ、創造主であるタブラ・スマラグディナには父のように感謝している気持ちは、ありますし、他の者にも一定の感謝や敬う気持ちはあります。でも、それ以上に許せない気持ちの方が、強くあります」

「そうか」

 

 これは最後に設定を弄ったのが一番強く影響しているからなのかもしれない。

 

(アルベドには伝えない訳には、いかないよな)

 

 アインズはキーノから得た情報、プレイヤーであった十三英雄のリーダーの言葉とアインズ自身の推測を説明する。

 

 

 

「――では、あの者たちが帰って来ることは……」

「ああ、絶望的だと思っている。だから、私はもう彼らの事を探したりはしない」

「そう、なのですね」

 

 憎い相手が来ないと知って喜ぶかと思っていたアインズだが、アルベドの様子は喜ぶでも怒るでもなく、どっちとも取れない微妙な顔付きだった。

 

「アルベドの気持ちは分かるつもりだぞ。怒りをぶつける相手が居ないと知ってどうしようって感じだろ」

「は、はい…………あ、あの。罰しないのですか? 不敬を抱いた、私を」

「罰? そうだな……では」

 

 アインズはチョイチョイっと手招きして近くに来るよう促す。座っているアインズの前で跪いたアルベドを――――。

 

「えっ――――」

 

 優しく抱きしめる。

 

「これがお前への罰だ。このままジッとしていろ」

「ア、アインズ様!?」

 

 何が起こっているのか分からなくて、戸惑うアルベドの頭を胸に抱き、頭と背中を優しく撫でる。

 

「可能性は絶望的と言ったが、何もゼロになった訳じゃない。万が一にも彼らの誰かが帰って来たら、私も一言二言ぐらいは文句を言いたい。その時はアルベドも言いたいことをぶつけてやれ」

「…………」

 

 アインズも彼らに言いたいことがないではない。寂しかったこと。会いたかったこと。一人で辛かったことの文句の一つや二つぐらいは言ってやりたい。

 

「だからな、アルベド。お前もその時が来るまでは彼らへの恨みを忘れて、私を支えてくれないか?…………妻として」

「っ!! い、今なんと仰いましたか!?」

「結婚しよう。アルベド」

「…………あ、ああ、うああああぁぁぁぁん!!」

 

 大声で泣きじゃくるアルベドを抱きしめながら、アインズは覚悟を決めた。

 

(アルベドを幸せにしてみせますよ。タブラさん)

 

 アルベドだけではない。ナザリックの皆も幸せにしてみせる。上手く出来るか分からないけれど、その為にも全力を尽くそうと固く誓う。

 

 

 

 

 

 

(シャルティアの気持ちにも応えないといけないよなぁ)

 

 アルベドに関しては自分の責任とはいえ、彼女だけを特別扱いするのは違う気がする。それにシャルティアもずっとアインズのことを想ってくれていたのだから。

 そう思ってアルベドに話したところ、問題ないとのことだった。

 「一番の寵愛がいただけるなら。それにナザリックの支配者が一人しか妃を持たないなんてあまりにも奇妙な話」だそうだ。

 

 

 

 

 

 

「まさか、せっかく恋人になれたのに妻が出来てるとは思わなかったぞ……サトルのバカ」 

「いや、その……すまない、キーノ」

 

 イビルアイこと、キーノはご不満だった。

 一生に一度の決心で告白した返事を受け取り、見事実ったと知ったと同時に、その相手には妃が出来ていた。しかも二人。それも手が離せない状態だったらしく<伝言(メッセージ)>でだ。

 

「はぁ~~。サトルの立場は理解しているし、アルベドさんとのことも聞いている身としては……サトルの決断も否定出来ないけど~」

「う、うん」

「……ふぅ、しょうがない奴だな、サトルは。良いよ、許してあげる。良かったな、私が寛容な女で」

「キーノ……」

 

 キーノにしてみれば、元々子供の産めない自分の代わりに、誰か他の女との間に子供を作ってもらっても良いと思っていた。モモン(サトル)の子供であれば、自分もきっと愛情を与えることが出来ると。

 だから、妃の一人や二人でごちゃごちゃ言う気はもともとない。あまりにも急な話だったので、少しぐらいは渋った反応を見せてもバチは当たらないだろうと言う思いからの言葉だった。

 

「そう言えば、アルベドとシャルティアがキーノと話してみたいってことだったが、もう会ったんだろ?」

「ああ、うん。何でもサトルの恋人に相応しいか、確認するためだったみたい」

「そうらしいな。二人ともキーノのことを認めてたから問題なかったんだろうけど、どんな話をしたんだ?」

「シャルティアさんは私を見た時から好印象を持ってたっぽいな。なんでかは分からんけど」

「あぁ~……」

 

 言わなくても大体分かる。

 シャルティアは死体愛好癖(ネクロフィリア)であり、骸骨のアインズがモロ好みだと言っていた。更に同じく死体のユリも好みで『男女どっちでもOK』な性癖を持つ彼女であれば、キーノを好みのタイプと見ていたのだろう。キーノの貞操が危険な領域に引っ張られる可能性が浮き出る。

 

(これは、注意しておかないといけないな)

 

「アルベドとはどうだったんだ?」

「あぁ、いやぁ、アルベドさんとは…………ちょっと言いたくない、かなぁ」

「ん? まぁ、女同士の話を男の俺が詮索するのはモラルに反するか。良いよ、無理に話さなくて」

「助かる」

 

 こういう気遣いは本当に助かる。キーノは心からそう思った。

 

(言える訳ないじゃないか。好きな男のベッドに対してどうするかなんて話)

 

 アルベドとの対話で受けた質問は幾つもあったが、キーノが認められる決め手となったのが正にそれだった。

 キーノが答えたのは『布団に潜り込んで匂いを嗅ぐ』だった。

 と言うよりは実際に行動を起こしたことがあった。

 “蒼の薔薇”としてエ・ランテルに赴き、黄金の輝き亭のモモンが使っていた部屋で泊まった時に。

 馬鹿正直に答えたのは、嘘をついても見破られる気しかしなかったからだが、自分でも何を言っているんだと恥ずかしがるキーノの手を取ったアルベドは「分かる! 本当に好きな殿方相手なら当然よね」と激しく頷いていた。良く分からんが彼女の琴線に触れたようだった。

 

 

 

 ナザリックの絶対支配者がとうとうアルベドとシャルティア、二人の妃を迎える。

 この話は即座に広まり、ナザリックでは盛大に祝いの場が設けられることとなる。

 

 魔導国でも同様の話題が広がるのだが、完全な身内から妃を娶ったのを理由に式などは行われず、一先ずは発表だけで終わる。

 

 アインズの恋人の座を勝ち取ったイビルアイは公にはされていないものの、足繁く王城に通っている姿が度々目撃されていた。

 

 

 

 




キレイサッパリとはいかなかったですがアルベドの不穏な気配は解消しました。
全部モモンガって人が悪かったんです。
シャルティアがついでみたいになってしまってちょっと悔しい。


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42話 結婚にあたって

 女子会。

 それは女性だけで集まり、お茶をしながら会話を楽しむ場。

 

「改めて、おめでとう。アルベド。ついでにシャルティアも」

「うふふ、ありがとう、アウラ」

「今思い出しても超絶にかっこよかったでありんす。わらわに求婚して下さった時のアインズ様♡ …それに、夜の方も。あぁぁん。」

 

 アルベドにアウラ。そして当時を思い出し「やん、やん」と身をくねらせて悶えるシャルティアの三人が休憩時間を利用して集まっていた。

 話題は必然的に支配者の結婚の件となる。

 

「それにしても、よくアインズ様がお認めになったよねぇ。今まではさ、あたしたちの事を至高の方々の子供のように思ってるって仰ってたのに。アルベド、なんかやったの?」

 

 アウラの言葉にシャルティアが敏感に反応を示す。コイツはまた抜け駆けしたんじゃないかという視線を向けて。

 

「失礼ね。私の愛がアインズ様に届いた。ただそれだけのことよ」

「それを言うなら私の愛も! でありんす」

 

 二人の愛が届く。それはそれで正しいのだが、アルベドは何故御方が受け入れてくれたのかを詳しく説明しない。

 アインズ以外の至高の御方に敵意を抱いていたアルベドの思いはアインズと二人だけの秘密。二人で抱える問題を余人に伝える必要はないし、意味がない。余計なトラブルが発生するだけである。

 至高の御方が戻って来ない件も、知っているのはアルベドとパンドラズ・アクターのみに留めることになっている。 

 アインズは、知れば余計な悲しみを与えるだけ、特にアウラとマーレはまだ子供なのだからと躊躇している。

 

 守護者統括としての見解は、事実を知ってむしろ踏ん切りがついて良いのではとも考えたが、ナザリックが覇業に向かって進む中で要らぬ軋轢は避けるべきと結論付けた。杞憂に終わるかもしれないが。

 

(あなた達の創造主はもう……それでもアインズ様がいらっしゃれば……)

 

 なんとかなる。

 あの方さえ居てもらえればそれだけでいい。

 自分は色々とこじれてしまったが、ナザリックの仲間には創造主のことを良い意味で乗り越えて欲しいと思っていた。 

 

「ところで、アウラもアインズ様の妃に立候補するのかしら?」

「えぇ!? あたし? あたしは、ほら、まだ子供だから。良く分かんないって言うかさ……」 

「お子様には少~し早い話でありんすね」

「なにをー! あたしだって百年もしたらあんたなんかと違って、こうボイ~ンってなるもん。そしたらアインズ様もあたしにメロメロに――――」

「つまり、いずれは貴方もアインズ様の妃になりたいってことね」

「えっ、う、うん」

 

 ダークエルフ特有の薄黒い肌をハッキリ分かるほど赤く染めるアウラ。

 アルベドはつい、大人になり爆乳となったアウラに見下ろされるシャルティアの姿を想像してしまった。 

 

「あと、アインズ様の寵愛を欲しているのは、マーレかしらね」

「マーレでありんすか」

 

 アインズから貰ったギルドの指輪を薬指にはめたりと、女性的な仕草をすることがある。

 何時ぞやはアインズとの添い寝券に一億の価値を付けたりと、油断ならない相手だと警戒していたほどだ。

 妃の座を射止めた今の二人からすれば、マーレが寵愛をいただいたとしても何も問題にならない。御方が望まれるままにだ。

 

「あ~、マーレが望んでる寵愛って二人が考えてるようなのじゃないと思うよ」

「どういうことでありんす?」

「あの子が思ってるのは、アインズ様と普通にお休みしたり、お風呂で洗いっこしたり。そういう父親と子供みたいな関係を望んでんじゃないかなぁ。多分だけど」

 

 マーレは自分を女性と考えているわけではなく、創造主ぶくぶく茶釜の意思で女装しているに過ぎない。しっかりと自分は男だと認識し、主張もしている。

 姉のアウラから見れば、弟の考えぐらいはおおよそ理解出来ているようだった。

 

「色々と難しい年頃なのかもしれないわね。それはそうと、シャルティア」

「何でありんすか?」

「私も貴方もアインズ様の妃となれた訳だけど、第一妃は私ということになっているから」

「はぁあ!?」

「ちょっと、お茶会で変なオーラ出すんじゃないわよ。ちゃんと説明するから黙って聞きなさい」

 

 怒り心頭のシャルティアを宥め、アルベドは生徒に説明する教師のように話す。

 

 まず、アインズにとってはアルベドもシャルティアも同じように大切に思っている。どちらかを第一、第二というように順序を決めることは出来ない。

 しかし、魔導国の王という立場もあるため対外的に第一妃を決める必要がある。

 アルベドとシャルティア、どちらを第一にするか考えた時、宰相の地位にあり、魔導国の内政にも大きく関わっているアルベドの方が色々と都合が良いのだ。

 ナザリックにおいてNPCの頂点に立つ守護者統括と一般メイドの二者が、役職が違うだけで本来は同格とされているのと同じ。外の世界で役職が違うだけで、本当の意味に置いては同じアインズの妃。そこに順序は存在しない。

 

「分かったかしら?」

「うぅ、そういうことでありんしたら……しょうがないでありんすね。今回は納得するでありんす。でも、次は私がアインズ様の一番になってみせるでありんすよ」

 

 拳を握り、次の機会に向けて奮起している。

 鼻息の荒いシャルティアに対して、アルベドは勝者の笑みを見せる。

 

「フフ、次の(・・)、ね。残念ながら二度目の機会も私が貰うつもりよ」

「ムッ、どういう意味でありんす?」

 

 訝しげな表情で迫るシャルティアとキョトンと首を傾げるアウラ。

 どういうことか分かっていない二人に対して、アルベドは自分のお腹を愛おしそうに撫でる。

 

「ま、まさか?」

 

 アインズに対して次の一番となれば、何がくるかは(おの)ずと決まっている。アルベドの仕草にシャルティアはワナワナと震えだす。  

 

「残念ながらまだ身籠ってはいないわ。だけど、それも時間の問題ね。私も自分の特性をようやく掴んできたから」

「なんだぁ」

「お、驚かせないで欲しいでありんすね。私もアインズ様と何度もまぐわっていんすから、結果がどうなるかは分からないでありんす」

 

 状況はイーブンだと言い張るシャルティア。

 

 アインズは自分が人間に姿を変えた時にペストーニャに診てもらった時に『子供が出来にくい身体』だと診察結果を受けていた。理由は全くもって分かっていない。

 その事実をプロポーズされた時に二人とも聞き及んでいたのだが、回数を重ねればいずれは……と見込まれている。

 

 そして、そこは淫魔(サキュバス)のアルベド。性欲増大や精子製造能力をブーストさせたり、自身にも特殊能力を使ったりと種族特性の使い方をこの数日間で掴んでいた。

 初めて行為をした時はそれらも忘れて夢中になってしまっていた。非常にもったいないことだが、あの時の状況を想えば仕方がなかっただろうとも思う。

 

「う~ん、アルベドはサキュバスなんだし、その辺りについてはシャルティアの方が不利なんじゃない?」

「そんなことは関係ないでありんす。私の愛があれば種族の差なんて――」

「と言うより、そもそもシャルティアはそのままでは妊娠自体出来ないのよ」 

 

 意気込むシャルティアから「ほぇっ」と間の抜けた声が漏れる。

 

 アンデッドは子を産めない。

 当然だ、生命活動をしていない身体の中でどうやって新たな命を育むというのか。

 しかし、シャルティアもアウラも、ナザリックの全ての者たちは至高の御方のまとめ役。最高の絶対支配者の超魔力を持ってすればアンデッドの事情など簡単に解決出来ると思っていた。

 

「私もこの前アインズ様から聞かされたのだけれど、貴方がアインズ様のお子を成そうとするためには三つの方法があるそうよ」

 

 まず一つに、アインズの超位魔法<星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)>により、シャルティアが子供を作れるように願う。代償はアインズのレベルダウン。<強欲と無欲>に溜めてある経験値を使用する方法もあるが、消費量が分からないため足りない分が多量にあれば、やはりレベルダウンしてしまう。

 

 二つ目はアインズの持つ超々希少アイテム<流れ星の指輪/シューティングスター>を使って同じように願う。これは使用回数が定められていて、この世界での再入手は絶望的。

 

 三つ目はワールドアイテムを使用すること。二十を使うことでアイテムは消失。再入手は当然…………。

 

 それを聞いたシャルティアはガクリと項垂れる。

 シモベである自分の我がままのために失うにはどれもデメリットがでかすぎる。主が方法を示してくれたのだから、本気でお願いすれば叶えてくれそうな気もするが、ナザリックのシモベとしてとてもお願いすることは出来ない。

 今まで御方の口から説明されなかったのは、単に張り切っているシャルティアのことを想って言い出し辛かったのだろう。慈悲深いあの御方であればあり得ることだ。

 

「他の手段が見つかる可能性もないわけではないそうだから諦めるには早いんじゃないかしら。一応守護者統括として今後の案件に組み込んでおいてあげるわ。優先順位は低くなってしまうけれど」

「ア、アルベドォ~」

 

 ガシッと手を握り合う二人。圧倒的優位のアルベドが余裕を見せているようにも見えるが、偶に変な所で意気投合する姿を見てきたアウラには、二人が熱い友情に結ばれているように感じた。

 

 

 

 

 

 

 ナザリック第九階層。

 

 アインズは自室で椅子に座りながら、物思いに更けていた。

 

「結婚、結婚か~。まさか異世界に来て嫁さんを貰うことになるとは……」

 

 しかも同時に恋人まで。本人がそれで良いとは言っていたが、本当に良かったのだろうか。

 転移当初では考えられなかったことだ。精神が異形に寄ってしまっていたし、アレもお亡くなりになっていた。周りの状況からも何も分からず、ハッキリ言ってそれどころではなかった。

 

 ナザリックの皆もアインズに祝辞を述べ、よく争い合っていたアルベドとシャルティアまでもがお互いの事を心から祝福している。

 

 コキュートスは鼻息ならぬ冷気を荒くして「剣術指南は何歳ぐらいからが良いか」などと随分と先のことまで気にしていた。

 

 デミウルゴスは「自分如きの願いを叶えていただき感謝に堪えません」と、珍しく涙を堪えている様子だった。どうもコキュートスと同じくかなり先のことを視野に入れているようだった。一頻(ひとしき)り祝辞を述べた後は、やる事があるらからと退室していった。

 デミウルゴスが考える事に間違いはないし、アインズも信頼しているため、忙しそうに動き出すのを何も言わずに見送った。

 

 アウラにマーレ、セバスやプレアデスに一般メイド、領域守護者、ナザリック全ての者から祝福されている。

 アインズはそれが何より嬉しかった。

 

「子供……もちゃんと考えないといけないよな。特にコキュートスとデミウルゴスはメチャクチャ期待しているようだし。て言うかこの身体子供が出来辛いって何なんだよ」

 

 一応『種無し』でなかっただけマシなのかもしれない。リアルでもそうだったとしたらかなりへこむ事案である。もっとも、そのようなことを気に病むような生活ではなかったのだが。 

 

「子供が出来たら名前も考えないといけないよな……う~む、俺たちの名前から取って……アルノリとか?」

 

 アルベドの『アル』と(さとる)を『のり』と呼んでくっ付けてみる。男に付けるっぽい感じだがどうもシックリこない。

 

「って、男が生まれると決まった訳じゃないのに」

 

 そもそも子供すらまだ出来ていない。そんな事まで気にする辺り自分もかなりテンパっているのかもしれない。

 

 自分のネーミングセンスはかなり変だとギルドメンバーに言われたことがあった。

 過去にクラン『ナインズ・オウン・ゴール』から、ギルドを結成する時に『異形種動物園』というギルド名はどうかと提案したことがあった。自分としては結構良い名だと思っていたのだが、メンバーからは「それはナイ」と一蹴されてしまったことがある。

 

「はぁ、取り合えずその辺のことは置いとくか。あと、しておかなければならないのは……国王として正式な発表、とかか?」

 

 しなければいけないだろう。妃を迎えた御触れ自体は出していたが、身内だけでワイワイ騒ぐだけでは済まされない立場になっている。

 自分事を大々的に発表するなど性分ではないのだが自らが選んだ道だ。文句を言ってもしょうがない。

 

「そうなると俺の結婚祝賀パーティー、になるのか。いや、この際だ。色々名目を混ぜてやってしまうか」

 

 魔導国の領土拡大祝い。元王国領内の安定祝い。激しく変動する中、魔導国の方針に従い頑張ってくれた領主へのお疲れ様会。

 

 それら全てを含んだパーティーを開けば良いんじゃないだろうか。

 支配者としてそういう場に顔を出さないといけない身としては堅苦しい場は極力減らしたい。

 

「おっ、中々良いアイディアなんじゃないか? 早速デミウルゴスは……忙しそうだな」

 

 王国で活動していたこともあるセバスと相談することにした。

 

 

 

「――――という訳で、祝いのパーティーをしようと思っているのだが」

「素晴らしいお考えかと。早速アルベド様と協議して、準備に入ろうと思います」

 

 宰相の立場であるアルベドとなら速やかに事が進むだろう。セバスも執事として細部まで気が付くはず。

 

「ところでセバスはツアレと結婚する気はないのか?」

「はっ!? 私がツアレと結婚、ですか?」

 

 考えてもいなかった事を聞かれて戸惑っている様子。その後に「シモベである自分が」なんて考えにいきそうだ。

 

「そう、結婚だ。二人は良い仲だと聞いている。もし、お互いが夫婦になるのを望むのなら、私も祝福しよう」

「おお、アインズ様。私だけでなくツアレまでも気にかけていただいて感謝の言葉もございません。しかしながら、結婚に関しましてはツアレと相談したく思います」

 

 胸に手を当て、深い礼をとる。いつもながら感心するほど綺麗な姿勢だ。

 何も急がせる必要はない。二人でゆっくりと話せば良いだけのこと。

 

「そうだな。そうするがいい……ところで、結婚で気になったことがあるんだが。他の者は誰かと結婚したいとか考えていないのか? ナザリック内で気になる相手とか」

「そうですね――――」

 

 アインズからの問いに真剣に考え込んでいる。役職や立場は違えど、同じNPC同士のことならある程度は想像出来ると思っての質問だった。

 

「我々はアインズ様に尽くすために存在いたします。我々一同は仲間や同志といった認識であり、そこに異性に対する恋愛感情を持つ者はいないと思われます。女性の方たちのことはハッキリとは分かりませんが、少なくとも私やデミウルゴスのような男性陣に対してそういった感情を持つ者はいないと思われます」

「そう、なのか」

 

 考えてみれば至極納得のいく話であった。彼らは同じ志を持った戦友のような関係。

 セバスはプレアデスや一般メイドのことを非常に美しいと考えてはいても、そこに男女のアレコレは存在しないとも言い切ってくる。

 ナザリックは異形種ばかりで種族毎の相性もありそうだ。なんだったら両性もいる。

 

(ニューロニストは…………確か、俺に夜のお呼ばれされるのを待っているんだったっけ? それは勘弁してくれ) 

 

 見た目的に色々キツイニューロニストや恐怖公であるが、彼らも仲間が残してくれた大切な存在には変わりがない。変わりはないが、水死体のような身体を抱けるかと言われれば、流石にNOとしか言えない。これから先、何か他の望みを見つけてもらうことを願うしかない。

 

 何はともあれ、NPCたちが仲間同士でくっ付く気がないのであればそれはそれで構わない。下手にアインズから推奨しようものなら彼らのことだ、半ば無理やりにでもくっ付こうとしかねない。そんなのはアインズが望むものでは決してない。

 

 彼らが今後、成長していく中でもし恋愛感情が芽生えたなら。その時は彼らの上位者として心から祝福を送ろう。

 アインズはそう思いながらこの話を終わらせる。

 

 

 

 セバスが退室した後、アインズはセバスとツアレが結婚したら、と考える。

 

(う~ん、もし二人の間に子供が出来たら、俺はお爺ちゃんになるのか?)

 

 見た目老人のセバスが父親で、見た目二十代のアインズが祖父。なんとも異様な光景が思い浮かぶ。

 

 デミウルゴスから人間と他種族の間に子供は出来ないという報告を受けてはいる。しかし、今後もずっとそうだとは限らない。人材が揃えば、その辺りの研究は続ける予定だとも聞いている。

 いつか竜人と人間の間に子供を授かる日は来るかもしれない。

 

 アインズはホワイトなナザリック(魔導国)を目指して色々な制度を充実させなければと強く思う。

 

 

 

 そして、アルベドが待望の第一子を身籠ることになる。

 

 

 

 




NPCはお互いのことを仲間・同士としており、そこに恋愛感情はありません。女性NPCが至高の御方に対しては…………。

この世界ではホモサピエンスはとっくに生存競争に負けて絶滅しているようです。
それを踏まえて裏設定として。

この世界の人間は、リアル世界の人間の亜種という括り。
アインズは、リアルの鈴木悟の肉体にオーバーロードの力を宿しているためどちらとも言えない状態(ワールドアイテム有り)。
フワっとした説明ですが、そういう理由でアインズは子供が出来辛いとしています。

アンデッドが種族変更するにはワールドアイテム<世界樹の種>でしか出来ないようですが(後情報により修正不可)、ここは超々レアアイテムとモモンガ玉の作用で可能となったとしておいて下さい。


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43話 それぞれの日常

誤字報告ありがとう御座います。

今回は閑話と言うか小話的な内容です。


 

 元リ・エスティーゼ王国、王都冒険者組合は活気に満ちていた。

 魔導国となり未知を探求する冒険者の新しい在り方を受け入れ、かつてない速度で変動していく流れに乗っていた。

 

 冒険者は好きな地をホームに選んで活動することが出来る。魔導国が気に入らなければ他所に拠点を変える事も自由なのだ。それでも、ほとんどの冒険者が王都に残ったのはそれだけ魅力的に思えたからであろう。

 

 近隣諸国の中でも優秀な冒険者を最も多く抱えている王都冒険者組合では、冒険者育成用ダンジョンもエ・ランテルと比べて大きな規模で造られていた。

 

「ぶはぁ~、あのデスナイトはマジで強かったなぁ」

「それでも、ウチはイビルアイが居るからなんとかなる」

 

 “蒼の薔薇”もその他多くの冒険者と同じく魔導王が用意したダンジョン攻略に精を出していた。探索しているのは当然アダマンタイト級に設定されている高難易度の階層だ。 

 ガガーランとティアは階層のボスとして現れた難敵を相手にして、相当疲れた様子であった。

 

「確かにあの強さは叔父様たちもかなり手こずるでしょうね」

 

 ラキュースはデスナイトと初めて戦ってみて、自分たちの未熟さが身に染みて分かってしまった。

 強固な防御能力。あの巨体からは信じられないほどの俊敏な動き。イビルアイがいなければ負けていたかもしれなかった。

 

「あっ!?」

 

 ティナが何かを発見したようでその方向を見てみると、都市を巡回しているデスナイトが居た。

 さっきまで苦しい闘いを演じていたアンデッドの姿に体が強張ってくる。あれは別の個体で襲ってくることはないと分かっていても体が勝手に反応してしまう。

 デスナイトの近くで集まっていた銀級らしき冒険者たちも、圧倒的存在感を放つアンデッドに慄いている様子。

 彼らは「恐ろしいアンデッド」とか、「強そうなアンデッド」といった漠然とした感想を抱いているのだろう。

 いずれ力を付けてダンジョンで実際に剣を交えて気付くのだ。

 あれ一体でアダマンタイト級チームに匹敵するのだと。それが魔導国では一般兵士のようにうろついている尋常ではない真実に。

 

「……はぁ」 

 

 デスナイトの姿が見えなくなってから、ラキュースの口から自然とため息が漏れる。

 自分はこんなにも弱かったのかと、最近思うようになった。肉体的にもそうだが特に精神的に。

 

(強くならなきゃ)

 

「ふぅ、やっぱりちょっとおっかねえよな。なあ、今日はもう疲れたし飲みにでも行かねえか?」

 

 グラスを煽る仕草で酒場を示すガガーラン。それに賛同するティアとティナ。 

 私も何だか飲みたい気分だったので頷く。

 

「ん、ああ、いや、すまない。私は寄る所があるから、今回は遠慮しておく」

「そっか。んじゃまた明日な」

「う、うん。その、すまないな」

 

 少しよそよそしい様子で駆け出すイビルアイ。彼女が向かったずっと先には王城が見えていた。

 

「…………」

 

 私は黙って手だけを振って見送っていた。

 

「行ったな……いいのか? ラキュース」

「ええ、あの子が幸せそうにしてるのだから祝福しないと」

「たく、あのちびさんは分かり易過ぎんだよな。おら、今日はとことん付き合ってやるから飲みまくろうぜ!」

「ふふ、ありがと。でも、明日はお見合いがあるからほどほどにね」

「はあ!? お見合い? お前さんが?」

「私もいい加減行き遅れとか言われたくないし、親のツテで探してみたの。まだ冒険者を辞めるつもりはないから、その辺に理解がある人だと良いんだけど……」

「はぁ、まぁお前がそう決めたんなら俺がとやかく言うつもりはねえけど……んで、相手は何て奴なんだ?」

「ええっと……忘れちゃった」

 

 舌を出して笑って見せる私に「いい加減だなぁ」と呆れた様子で言ってくる。

 でも、仕方がない。そう、仕方がないのだ。

 

 

 

 

 

 

 四人で連れ立っていつもの酒場へと向かう。

 

 その道中――――。

 

「思い出したわ。確かフィリップって言う貴族の三男だったわ」

 

 

 

 

 

 

 魔導国王城の兵士訓練所。

 王国時では汗臭い鍛錬など見苦しいものと考えていた貴族は多い。だから、貴族出身の兵士はあまり利用していなかった。まともに利用していたのはガゼフを始めとした戦士団の隊員たちと第三王女お付きの少年の一部の者だけだった。

 

 魔導国となった今、魔導王の粛正から逃れた貴族出身の、恰好だけの兵士たちも訓練に励んでいた。魔導王を恐れて、純粋に力を求めて、それぞれが抱く思いは様々ではあるが、誰もが真面目に武器を振るっている。

 

 ガゼフを長として平民出身の集まりの戦士団は今も変わらない形態で組織されている。平民出身ということで、彼らを邪険にする貴族はこの国には存在しなくなった。心の中では疎ましく思っている者も居るかもしれないが、声を大にして王に盾突く者はいない。

 

 そんな中、ひと際激しい剣戟を繰り広げている二人がいた。

 人類最高峰の戦いは、激しさを増していく。

 真面目に訓練していた者も次第に手を止めて二人の戦いに魅入る。

 

「ブランクは完全に抜けたようだ、な!」

「はっ! お前を倒すために磨いたモノはまだまだこんなもんじゃあ、ねえ!」

 

 ガゼフ・ストロノーフとブレイン・アングラウス。

 二人は軽口を交わし合いながらも剣を振るう。お互い本気でやり合ってはいない。これは訓練なのだから。

 

 並みの兵士では一太刀でも受け止めるのが困難な剣閃が飛び交う。その少し離れた所では純白の全身鎧を装備した少年が息も荒く二人の戦いを見ていた。

 その少年クライムは、ガゼフとブレインの二人から訓練をつけてもらっていた。王と貴族の間の派閥問題が存在しなくなったことで、色々と訳ありだった少年も、何のしがらみなく教えを受けられるようになっていた。結果、少年が納得するまで、ボロボロになるまで訓練という名のシゴキを受けていた。

 見る事も訓練になると言われた彼の眼差しは、他の誰よりも真剣に二人の戦いを見ていた。

 

 

 

 何十合も打ち合い続けた二人の間合いが離れた時、一時休息となる。

 

「ふぅ、それにしても本当に腕を上げたものだな。今本気でやり合えば俺が負けるかもしれんな」

「ぬかせ。それはお前が五宝物を装備していなかったらの話だろう。それを抜いても……まだ俺が負けてる気がする」

「五宝物か、確かに陛下から剣以外を下賜されて俺の持ち物になったが、訓練で着るには、少し仰々しいな」

  

 王国の五宝物(一つは失われていて四つ)は、その名が示す通り国の宝物。つまりは魔導王の物。

 その中の一つ<剃刀の刃/レイザーエッジ>にいたく興味を示した魔導王が研究のためにと自らが持って行った。それ以外の鎧、護符、籠手には興味を示さず、ガゼフに下賜されていた。

 今はただの訓練なのでブレストプレートと刃を削ったバスタードソードを使っている。

 

 魔導王は他にも、ガゼフが身に付けていた指輪にレイザーエッジ以上の関心を示していたが、これはガゼフがある老婆から譲り受けたものとして譲渡は固辞した。鑑定だけさせてくれないかと頼まれたので、それぐらいならと、一度だけ渡したことがある。

 その時の魔導王の表情をガゼフは今でもハッキリと思い出せる。心の底から欲しそうにしていたあの顔を。

 しかし魔導王は無理やり取り上げることはしなかった。

 ガゼフは魔導国の戦士長の立場にある。魔導国のために働くことが民のためになると信じている。配下であるガゼフの持ち物も魔導王の持ち物と変わりはないのだから。

 

「お二人とも、お疲れ様です」

 

 クライムがタオルを二人に手渡す。

 

「ありがとうな。クライム君」

「すまんな」

 

 

 

 ブレインは王国がなくなったことを特に思うことはない。むしろガゼフとクライムがどうなってしまうかを心配していたが、それも杞憂に終わったようだ。

 

 ガゼフは前国王と何やらあったようで、それからは覇気が満ちているようだ。

 

 クライムも難しい立場から解放されて、心置きなくガゼフから訓練を受けることが出来ることを嬉しく思っているようだ。

 それよりも、黄金の姫が前よりもよく笑うようになっているのが一番の理由かもしれない。

 クライムの様子を観察していると、ある部分の妙なものに気が付く。

 

「どうされましたか? アングラウス様」

「…………いや、何でもない」

 

 汗を拭く手を止めてしまい、少しばかり見過ぎてしまったようだ。何でもないと軽く流して明後日の方向を向く。

 

(クライム君の首のとこに、縄の跡みたいなのがあったような……いや、気のせいか)

 

 多分訓練の時に付いたモノだろうと思うことにして、地べたに座り休憩する。

 

「お前が俺のところに来た時はどうなることかと思ったが、もう吹っ切れたようだな」

「ああ、あの時のことはもう忘れてくれ。俺はもう大丈夫だ」

 

 シャルティア・ブラッドフォールンに心を折られ、王都でガゼフ、クライム、セバスに会って持ち直した。シャルティアが魔導王の妃になり、元々魔導王の配下だったことを知って驚いたが、そんな話はさして重要なことではなかった。

 

「知ってるか。人間は最終的に遥かに強くなれるって」

「いいや、初耳だな。人間は他種族と比べても弱い種族だと思っている。ブレインもそう言っていたじゃないか」

「ああ、俺もそう思っていた。でもな、魔導王陛下と話す機会が有ったんだが、その時に教えてくれたんだ」

 

 魔導王が武技のことを聞きに来たことがあり、自分の武技を披露したことがあった。

 その時に、人間は何故こんなにも弱い種族なのかと聞いてみた。

 顎に手をやり、どう話そうかと考えている様子の魔導王は、やがて色々と語ってくれた。

 

 人間が弱いのは当然のこと。まず身体能力に差があり、人間種と亜人種・異形種が同じように強くなっていってもその差は更に広がる。

 トロールの再生能力などの種族特性もある。デメリットもあるが、これも強くなっていくほど種族毎の特性を強く出した特殊技術(スキル)を身に付けていく。

 

 ここまで聞くと、やっぱり人間は弱い種族じゃないかと思ってしまうだろう。実際ブレインもそう感じて、表情を暗くした。

 そんなブレインに、魔導王は笑いかけながら言ってくれた。

 人間種だからこそ強くなれると。

 

 人間種には亜人種・異形種のように種族的特殊技術を得ることは出来ない代わりに、より多くのスキルを得ることが可能で、そのほうが強くなれるという。

 

 詳しくは話してもらえなかったので、よくは分かっていない。他の者から聞いたのであれば信じられなかっただろう。

 圧倒的な力を持つ魔導王が真摯に語ってくれたからこそ、信じられる気がした。

 

「そうか。陛下がそんなことを……」 

「ああ、だから今の俺の目標は剣士として最強を目指すことだ。そのついででお前にも勝ってやるよ」

「ふっ、俺もそう簡単に負ける気はない」

 

 最高のライバルである二人は切磋琢磨してお互いを高め合う。

 なんとか自分も、と意気込みを新たにしたクライムも加えて。

 

 

 

「失礼します、戦士長。アダマンタイト級冒険者の方々が共に訓練したいと仰っておりますが、如何いたしましょう?」

「アダマンタイト級が?」

 

 訓練場の広間の端で休んでいるガゼフの元に、戦士団の副長がやって来て報告する。

 それを聞いてブレインの頭に浮かぶのは二つの冒険者チーム。

 “漆黒”はその圧倒的強さからここで訓練する意味はハッキリ言って皆無。こちらから教鞭をお願いすればあり得るが、そんな依頼は出ていない。

 

「どちらの色だ? 青か赤か」

 

 同じ思考をしたのか、ガゼフは二つの色で問い掛ける。

 

「赤であります。魔導王陛下に謁見されに来られたそうでして、それも終わり戦士長とブレイン殿と手合わせしてみたいとのことです」

「へえ~、“朱の雫”が俺たちとねぇ。面白そうじゃねえか。俺は構わねえぜ。なぁガゼフ……って、おい! どこ行くんだ?」

 

 おもむろにどこかへ行こうとするガゼフ。その表情にはハッキリと焦りが見えていた。

 

「すまんが急用を思い出した。後のことは……任せた!」

「はっ? なんだそりゃ? おい」

 

 こちらの呼びかけに一切応じることなく、裏手の出入り口へと走り出す。一体どういうことなのかサッパリ分からないが、取り合えず自分だけでも手合わせすることにした。

 

 

 

 合同訓練が終わり、“朱の雫”は帰って行った。

 

 噂に聞いた通り人間的にでかく、人望を集めそうな雰囲気を纏っていた。

 個人的にはルイセンベルグ・アルベリオンとの戦いが一番充実した内容だった。ベテランが繰り出す経験豊富な戦闘技術はとても参考になる。

 

「ん~~」

 

 伸びをして身体をほぐしていると、どこからともなくガゼフがこちらに向かって歩いて来る。

 

「帰ったか?」

「ああ、ついさっきな。つうかお前どこ行ってたんだよ」

「あ、いや……アインドラ様が、ちょっと苦手でな」

 

 頬を掻きながらバツが悪そうにしている。

 

「苦手って……あのリーダーが? あん中でも一番の人格者に見えたぞ」

「まぁ、人格者であるのは間違いない。それは分かっているんだがな……その、あの人はな……」

 

 とても言いにくそうにしているライバルを不思議そうに見る。一体何だと言うのか。

 

「……あの人は、俺の尻を触って来るんだ。こう、撫でまわすように。俺を見る視線もどこか纏わりつくような感じがして、寒気がするんだ」

「…………」

「お前は大丈夫……だったようだな」

 

 こちらの身を心配するように見るガゼフにブレインが叫ぶ。

 

「先に言っとけやぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

「ぐぼっ! も、もう止め、て。お、願い。ぎっ!」

 

 男の途切れ途切れの声が聞こえる。しかし、気にも止めない。何を言ってきたとしても聞いてやる気は毛頭ない。

 

「豚が何を言っている! 今まで散々女性を苦しめておいて! 姉さんも痛かったはずだ! 苦しんで止めてって言ったはずだ! それで止めたことがあるのかぁ!」

 

 ここはエ・ランテルのとある建物の秘密の地下室。

 ニニャは壁に鎖で張り付けられた男を杖で滅多打ちにしていた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ。いけない、またやり過ぎてしまった」

 

 気が付けば男は息も絶え絶え。後少し殴れば本当に死んでしまいそうな状態。

 

「<重傷治癒(ヘビーリカバー)>」

 

 ある悪魔が貸してくれたマジックアイテムを使い、第三位階の治癒魔法で男の傷を癒す。

 発動にはニニャの魔力を消費してしまうのでそう何度も使える訳ではない。簡単に殺してしまってはもったいない。この男にはもっともっと恐怖と痛みを与えなければ気が済まない。

 

 拷問を受けている男は、かつてニニャの姉を権力を笠に無理やり連れだし、何年もの間散々嬲った後売り払った極悪非道のどうしようもない元貴族。  

 ニニャにとって殺しても殺したりない豚野郎だ。

 

「おやおや、今日はいつもより始めるのが早いですね」

「デミウルゴスさん。すみません、少し気が逸ってしまって」

 

 蝋燭の明かりだけで照らされた地下室に、眼鏡を掛けた悪魔がいつの間にか現れる。彼の名はデミウルゴス。

 魔導王陛下の部下を名乗り、この豚と、いたぶるための環境を用意してくれたニニャにとってはとても優しい悪魔。

 彼はニニャのことを魔導王陛下から聞いていたらしく、許可をもらって手伝いを申し出てくれた。

 手伝ってくれる理由を聞くと、人間が行う拷問がどのようなものか興味を持ったからだそうだ。それにより新たな着想を得られるかもしれないのが主な理由らしい。

 

 正直、悪魔が考え付く拷問に自分が思いつくことなど大したことがないだろうと思える。

 そう口にしてみたが、悪魔は優しい笑みで「私のことは気にしないでくれたまえ。君が思うように、したいようにすれば良い。そのために必要な物があればこちらで用意しよう」と言ってくれた。

 本当に優しい悪魔だ。

 彼の支配者である魔導王陛下には魔法を志す者として敬意を表していたが、こんなにも優しい悪魔を従える陛下への敬意が更に上がる。

 

 だけど、彼の言葉に甘えるつもりはない。

 今日までに豚をいたぶる方法を一生懸命に考え、実行してきた。仲間と冒険している間もずっと。

 

 仲間には余計な心配をかけたくないからここの事は言っていない。

 姉には言うべきかとも思ったが、姉は今幸せに暮らしている。今更豚のことを話して、過去の辛い出来事を思い出させたくなかったし、姉の性格からして復讐したいとは考えないだろうと思ったから。

 

 自分は違う。

 ずっと復讐したいと思っていた。そうしないと先に進めない気がした。仲間と力を伸ばしていく間もずっと気にかかっていた。

 

 復讐を終わらせた後は仲間といつものように過ごすつもりでいる。

 それについて悪魔はその後のケアまで申し出てくれた。

 復讐というものは負の感情で満たされてしまい、その後の人としての生活に支障をきたしてしまう恐れがあるとか。

 こんな豚がどうなろうが知ったことではないし、自分には影響はないと思うのだが、せっかくの優しい悪魔からの提案だ。無下にするのは(はばか)れた。

 しっかりと復讐した記憶だけを残し、何をどうしたかの記憶はボカシてくれるそうだ。

 本当に優しい悪魔だ。これまで抱いていた悪魔の印象が塗り替えられてしまう。

 

 だから、彼が喜びそうな拷問法を今日披露しよう。

 

「デミウルゴスさん。面白い方法を思いついたんですけど、手伝ってくれますか?」

「ふふっ、良いですよ。どういったモノですか?」

「あのですね――――」

 

 私は悪魔さんに思いついたアイディアを伝える。一人では到底実現出来ないものを。

 

 

 

「思っていた以上に、見るに堪えないですね」

「そうですか? 私は非常に愉しい光景だと思いますがね。そう言うニニャさんも顔が嗤っていますよ」

 

 目の前では酷い光景が繰り広げられている。

 それでも笑っていられるのは、対象がこの豚野郎だからだろう。

 

「ひぎいぃぃ! 痛い痛い! 裂ける! も、もう、勘弁し、ぎいぃ!」

 

 豚野郎が四つん這いで泣き叫んでいる。

 豚野郎の腰に手をやり、激しく腰を振るもう一人の男。

 悪魔さんが用意してくれた太った男はスタッファンと言うらしい。  

 

「このスタッファンには目の前の男が美女に見えるよう幻覚魔法を掛けてあります。女性を殴るのが趣味らしいので、死なせないように気を配る必要がありますよ」

「分かりました」

 

 姉が売られた先の娼館での事を聞かされた。ここに来て怒りがまた増幅していた。

 美女を抱いている気になっているようなので、ご褒美になってしまうがそれも一時的なこと。

 幻覚を解かれた時のことを思うと、今から楽しみで仕方がない。

 

 男に掘られている豚も、権力を笠に女性を好き勝手に弄んだクズだ。

 相手の意思も無視して、己の欲望を満たすことしか考えないゲスは一度女性側の気持ちを思い知る必要がある。

 力があるからといって、女性を自分の思い通りにするような家畜以下の豚にはお似合いの姿だった。

 

(自分で思いついておいてなんだけど、こんな光景は覚えていない方が良いのかな?)

 

 今後の人生のことを考えれば、悪魔さんのケアは受けておいた方が良さそうだ。こんなカスのせいで自分がおかしくなってしまうなんて御免だ。

 

 豚野郎の絶叫が地下室に木霊する。

 女性の尊厳を踏みにじるゴミ屑には似合いの姿だった。 

 

 

 

 

 

 

 魔導国王都にある上級の酒場。

 そこで元八本指幹部のヒルマ・シュグネウスは、一人で退廃的な雰囲気を漂わせてワインを飲んでいた。

 仕事の後の一杯は最近の趣味。

 

 彼女は現在、王都に新しく建てられた高級娼館の店長を任されている。

 アインズ・ウール・ゴウンの支配下に入ってからは麻薬部門・奴隷部門は完全廃業となり、ヒルマは元高級娼婦だった経験から店を切り盛りすることとなった。

 

 『ごしゅじんさま』であるアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下は、娼館自体にはマイナスの印象は持っておられない。冒険者などの基本荒くれ共を始め、日々の仕事を行うに当たって性欲のはけ口は必要。

 ただし、そこで働く女が浚ってきた者だったり、奴隷のように無理やり売られてきた者を嬢とするのは厳禁とされている。

 もしその決まり事を破った場合どうなるかは……考えたくないので徹底的に順守する。

 

 だから、店の従業員は自ら望んで身体を売る気のある者。または金のために納得して来る者などに限られる。

 ある者は、ヒルマのようにこの仕事に誇りを抱いている。

 ある者は、例えどのような男にも一晩の恋人を演じられる。

 単純に男と交わるのが好きな者だっている。

 

 そうした女たちに自身が培ってきた技術を施し、一人前の高級娼婦へと教育するのもヒルマの大事な仕事だ。

 

 魔導王の協力もあって、従業員の安全や健康面には最高の援助が与えられている。

 妊娠、病気などは皆無。強力な用心棒が常時待機しているため、店のルールを守らない客はいない。皆安心して春を売る事が出来ている。

 

 ちなみに奴隷部門長だったコッコドールは店のマネージャーに就いている。

 

「よう、ヒルマ」 

 

 酒場の片隅で飲んでいるヒルマの元に、筋骨隆々の禿げた男がやって来る。

 

「なんだい、ゼロ。あんたも飲みに来たのかい?」

「ここは美味い酒が飲めるからな。いいか?」

「どうぞ」

 

 相席して良いか確認するゼロに、向かいの椅子を促す。

 

 警備部門の六腕は、警備の名が示す通りに王都の治安を守る役目に就いている。

 表側はアンデッドたちが巡回し、ゼロたちは裏社会に潜む者を警戒して回っている。

 魔導国のアンデッドはとてつもなく強力ではあるが、あまり融通が利かず、臨機応変に動くのが難しい所がある。

 一時は王国を裏から牛耳っていた経験を買われた訳だ。

 

 ゼロが注文した度数の高い酒が運ばれてきて取り敢えず乾杯する。

 

 個人商店などを除いた公的な仕事に就く者の就業時間は、一日八時間までと推奨されている。ゼロたちのように夜間も活動しなければならない部署であれば勤務時間をずらして交互に活動する訳だ。

 

「最近何か変わったことはあるかい?」

 

 社交辞令的に近況を聞いてみる。

 魔導国で暗躍しようとする馬鹿など居るとは思っていない。あくまで話題のために振ってみただけ。

 

「そうだな。地下に潜って何かやらかそうとしている存在は確認されていないが……」

 

 おや? 意外なことに何か変化があったようだ。興味をそそられる。

 

「旅商人の連中が居たんだが、どうもこの国を探っているようでな。ありゃ多分、法国の連中だな」

「法国?」

 

 それぞれの国特有の雰囲気というか、気配はどこからか漏れるもの。裏社会で生きて来た者ならそういった嗅覚は必要。ゼロ本人が気付いた訳ではないかもしれないが。

 

「へえ、人類至上主義の法国が他種族共存を掲げる魔導国に牽制を仕掛けて来た訳かい」

「いや、ちょっと違う感じがしたな。奴ら、あくまで商人として振舞っていたからな。表に見えてる部分だけ調査していたんじゃないか?」

 

 なるほど。法国が掲げる主義からすれば魔導国は無視出来ない存在。

 かと言って深い所まで調査しようにも、巡回しているアンデッドが恐ろしくて表面に見えている部分しか確認出来ないといった所のようだ。

 

「アンタ……その話、ちゃんと――」

「報告したに決まってんだろ。そしたら、表側だけで動いている内はほっとけってさ」

 

 こちらで判断出来る簡単なものは報告する必要は薄い。何でもかんでも指示を仰いでいては主人に呆れられてしまう。後程書面で提出するだけで問題ない。

 しかし、こと法国に関することであれば重要だ。

 ゼロがちゃんと行動していたのでホッと胸を撫で下ろす。

 

「諜報部門(元暗殺部門)の話じゃ各都市にも法国の奴らが居たらしいぜ。もっとも、直ぐに居なくなったようだがな」

「そりゃあねえ」

 

 人類以外は滅ぼすべしとしている国にとって、魔導国は長く居たいとは思わないだろう。

 かつて、法国を邪魔に感じていた記憶を思い出しほくそ笑む。あの国がどう動くのか知らないが、どちらにせよ魔導国と上手くやり合えるとは思えない。

 今日はとても美味しく飲めそうだ。

 

 

 

「そういや、アンタはうちの店に来ないのかい? 最近いい娘が入ったんだけどね」

「む、そうだな……」

「それとも私を買うかい? その場合、高くつくよ」

 

 

 

 魔導国のために働く八本指であった。

 

 

 

 




「フィリップ! 生きとったんかわれぇ!」って聞こえて来そう。
父上は割と常識人でしたので粛正を逃れてます。魔導国にとって邪魔な動きをしたら切り捨てられますけど。
長男も生きてますし、家督を継げないスペアのスペアな立ち位置は変わってません。

アズス叔父さんはホ〇でヤバイ。
この世界の強者はマトモなの居ない気が……

ニニャには心の引っ掛かりを除けるようにしました。

ゼロたち六腕は全員がちょっと強くなって王都で働いてます。


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44話 それでも彼女は貴族

誤字報告ありがとう御座います。


 魔導国王城の執務室で、アインズは祝賀パーティーに向けて準備していた。準備と言っても大方のことはセバスらが行ってくれているので、アインズがすることはたかが知れている。

 大都市、地方の領主に始まり様々な貴族、元の鞘に戻ったエ・ランテルのパナソレイ都市長への招待状を確認する。

 

「これがカルネ村への招待状、っと。これで全部だな」

 

 カルネ村は最早『村』と呼べる規模ではなくなっている。角笛により多数のゴブリンを擁する『ゴブリン王国』と呼んでもおかしくない状態だ。

 どこから流れたのか、巷ではエンリのことを『血塗れ』『将軍』ときて、最新の噂では屈強なゴブリン軍を統べる『覇王』なんて呼ばれているらしい。

 どれも彼女には似合わない呼び名だ。

 

「俺も人のことを言えないんだけどな。ははっ」

 

 乾いた笑いがこぼれる。

 噂の内容をエンリが聞けば頭を抱えるだろう。可哀そうとは思いながらも、自分と共通している部分もあって余計に親近感が湧いてくる。

 

「次にしなければならないことは……」

「失礼いたします。アインズ様、“蒼の薔薇”のラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ様が面会を希望されておりますが、如何いたしましょう?」

「“蒼の薔薇”が? 構わん、通せ」

 

 一般メイドから客の来訪の報せを受け、思考を切り替える。

 “蒼の薔薇”には王都に建造したダンジョンが適正に機能しているか、その是非を依頼してあった。

 ダンジョン作成は今回もマーレに頼んであり、エ・ランテルでの経験が活きた結果、前回よりも早いペースで完成させてくれていた。その時は、アダマンタイト級に足る即席のチームを作って調査してもらったのだが、王都には正式なアダマンタイト級冒険者チームがいる。魔導王の名で彼女たちに依頼するのは自然な流れであったわけだ。

 

「失礼いたします。“蒼の薔薇”のリーダー、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラです。陛下より依頼された件で参りました」

 

 アインズの予想通りに、ラキュースはダンジョンについての報告書を持って来ていた。

 魔導王として彼女と会うのはこれが初めてのこと、支配者として威厳に満ちた声をいつも以上に意識して応えながら書類の束を受け取る。

 

(どれ……)

 

 十枚ほどの紙をパラ、パラっと流し見る。

 王国語の勉強をしたお陰でほとんどの文字は読むことが出来たが、まだハッキリとした自信がないので、後でしっかりと読んでおく必要がありそうだ。 

 マーレのダンジョン建造が二回目とあって、概ね問題がなさそうである。 

 

「ん? 改善要望が一つあるな」

「はい。早急に対処しないと、志望者が減ってしまう可能性があるかと」

 

 どこかで聞いたことがあるフレーズが耳に入る。ちょっとした微調整で済む案件ばかりの中、早急な改善箇所はやたらと目立つように書いてあった。

 それはダンジョンに仕掛けられたトラップの、ある一種類の撤去。

 付与される状態異常は『老化』であった。

 

「あぁ~」

 

 妙に納得したような声を上げながらラキュースを見ると、彼女は神妙に頷く。

 またも何処かで体験したことがある感覚。

 

(これはアレだな。女性冒険者が敬遠したくなる事態だな。って、またかよ)

 

 起因する原因は別でも、起こる事態は一緒。

 エ・ランテルでクレマンティーヌが指摘してきた事とほぼ同じ。

 

 『老化』の状態異常は文字通り年を取ってしまう状態のこと。その間は筋力・俊敏性などの殆どの能力が著しく低下してしまう。

 一定時間で効果が消えてしまうし、抵抗(レジスト)するのもそんなに難しくはない。“蒼の薔薇”も油断していなければレジストは可能だろう。

 しかし、自分の顔が老けてしまうのを見たり、仲間に見られるのは辛いだろう。それが一時的であっても。それが女性であれば尚更。

 

「…………うむ、この件に関しては早急に対処しておこう」

「よろしくお願いいたします」

 

 

 

 ダンジョン建造の実行者はマーレ。

 監修には――――デミウルゴスが関わっている。

 

 またもやあの悪魔である。

 アインズが適任だと思って人選したのだが、悪魔の性分がそうさせるのか。人の嫌がることを正確に理解しているからこそ、このトラップを選んだのだろう。

 トラップにかかりたくない気持ちが強くなれば、より一層の成長が見られるかもしれないが、トラウマを植え付けるような事態は極力避けたい。

 

(俺も自分の年食った姿を見たいとは思わないし)

 

 いきなり全てが上手く行くとは考えていない。こうやって少しずつ調整していき、より完璧なものへと近づけて行ければ良い。

 

「依頼の件、ご苦労だった。報酬は後で使いの者に持って行かせよう」

「ありがとう御座います。陛下」

 

 報酬はアダマンタイト級の基本依頼料に、報告内容によってプラスさせる条件。

 査定は財務担当のパンドラズ・アクターがすることになるだろう。

 

 “蒼の薔薇”への依頼は一先ずは終わり。今後も他の冒険者からも要望があれば、遠慮なくこちらに伝えてもらう段取りになっている。

 

「陛下。この後少しだけお時間をいただけますか? “蒼の薔薇”としてではなく、私事でお話があります」

「……それは、構わないが」

 

 何の話だろうと疑問に思いながらも、ラキュースの要望で一般メイドを下がらせ、二人きりになる。

 

 

 

 

 

 

 個人としての話らしいので、アインズは王都の街並みが一望出来る大窓の傍にあるソファーで聞くことにした。

 テーブルにはメイドが淹れてくれたコーヒーと紅茶が置いてある。

 本物の豆から挽いたコーヒーはとても美味い。流石に初めて飲んだ時程の感動はないが、何度味わっても嬉しい気分にさせてくれる。

 

「紅茶を用意させたが、それでよかったかね?」

「ありがとう御座います。では、お言葉に甘えて…………とても良い香りですね」

 

 一口飲み、ホゥと色っぽい息を吐く。

 ナザリック産の高級品に満足しているようだ。

 アインズも同じようにコーヒーを口に含む。

 

「それで、話というのは?」

「まず最初にお聞きしたいのですが、陛下は『責任』についてどうお考えでしょうか?」

 

(『責任』と来ましたか)

 

 冒険者としてではなく、個人の話と言うからには実家のアルベイン家に関することを言い出すと予想していたアインズは、それが間違っていなかったと判断する。

 

「私はリ・エスティーゼ王国を統治下に置いた『責任』は果たすつもりでいる。魔導国で真っ当に暮らす者には安全と繁栄を享受できるような制度を施すつもりだ」

 

 実際にそういう制度を行っている段階だ。

 全ての者を救う、など烏滸(おこ)がましいことなど考えてもいない。

 魔導国内で善政を敷いているのは、まだ見ぬプレイヤーにヘタな正義感を抱かせないためであるし、国が繁栄した方が将来的にもナザリックが潤うことに繋がる。そのついでで、国民も繁栄していくに過ぎない。

 自分はそんなお人好しではないと自覚している。人間になったことで少々甘い行動もしてきたかもしれないが、どこまでいっても結局は自分やナザリックのためにやっていること。

 

 アインズも少し気になってアルベイン家を調べてみたが、彼女の両親は人望があり、領民から慕われる誠実な人柄だというのが分かっていた。

 そんな家を理由もなく断罪しようものなら魔導王の名に泥を塗ってしまう。能力のある者には今後も魔導国のために居てもらった方がお得だ。

 アルベイン領は以前よりも領土が増えている。王国が腐敗していく中でも情勢が安定していた数少ない地でもある。魔導国の支配下に収まってからも大きな混乱は起こっていない。

 

 アルベイン家はリアル世界で当てはめれば一部上場企業のようなもの。

 『責任』というなら王国を支配した者として、腐敗部分を切り落とし、将来有望な場所に力を入れるのは間違っていないだろう。

 彼女の家は安泰なはず。

 

(何故こんなことを聞く?)

 

 疑問に思っていると、ラキュースは生命の輝きを見せる緑色の瞳を光らせ、再度問いてくる。

 

「つまり、陛下はご自分で成された事で不利益を被った者に対して『責任』を取る、と言うことでよろしいですか?」

 

 彼女の性格やこれまでの行動からして、腐り切った貴族たちを断罪した件について言っているのではないだろう。そして、耳が痛い話だ。

 思い出されるのは当然アルベドのこと。

 彼女はアインズの軽率な行動で、随分と辛い思いをさせてしまっていた。

 『責任』とは、社会で生きて行く中で誰もが少なからず持っている。

 ナザリックの支配者。更に魔導国の王の立場にあるアインズに圧し掛かる『責任』は、正直逃げ出したいほど重い。

 しかし、逃げる訳にはいかない。

 ナザリックを守るため。アインズが守りたいと思える者を守るためにも。

 

「当然だな。魔導王として、私に可能な範囲であれば『責任』は負うべきだと思っている」

 

 全て、とは流石に言えなかった。あくまでアインズ個人で可能な範囲でだ。

 アインズの強い主張を受けて、ラキュースは笑う。その美貌を少しも崩すことなく、笑顔というよりはどこか不敵に。

 

『私に可能な範囲であれば『責任』は負うべき』

「えっ?」

 

 突如、今言った言葉がアインズの声で聞こえてくる。声がしたのはラキュースが座っている所からだった。

 

「い、今のは?」

「ふふ、言質を取りましたよ。モモン(・・・)さん」

「!?――」

 

 ラキュースが取り出したのは声を録音・再生する事が可能なマジックアイテム。半年ほどで魔力が切れて動かなくなってしまう玩具のような物。

 そして、またまたどこかで見たような展開。

 

「……何を言っているのか分からんな」

「あら、とぼけるんですか? モモンさん」

「とぼけるも何も本当に――――」

「ネタは上がっているんですよ」

 

 ネタと聞いて、キーノが口を滑らしてしまったのかと思ったが、あの子がそんなに口が軽いとは思えない。

 いつかの双子姉妹のように感覚で判断したのならば、ネタとは言えない。

 何を掴まれたのか分からずに黙っているアインズに、ラキュースは得意げに言う。

 

「王都の高級宿は防音にも気を配っていますけど、それほど強固という訳ではありませんよ」

「……あの時、聞こえていたのか?」

「盗み聞きしてしまった事は申し訳なく思っています。けど、どうしても気になってしまって……」

 

 あの時。キーノがモモンに告白してきた時。

 

「普段のイビルアイなら防音対策用のマジックアイテムを使用していたんでしょうけど、あの時は相当焦っていたのでしょうね。話している内容の半分も分かりませんでしたが」

 

 ラキュースに理解出来たのはモモンの正体が魔導王であることや、アインズ・ウール・ゴウンとしてどういう事をしてきたかということぐらいのようだ。なんの予備知識もなしにプレイヤーやリアル世界の話を聞いても理解が及ばず、なによりモモンの正体を聞いた時に頭がいっぱいいっぱいになっていたらしい。

 一緒に聞き耳を立てていた他の三人も似たようなものだったとも聞く。

 

 アインズは己の甘さを嘆く。

 油断していたつもりはないが、どうも人間に戻ってから色々と不注意が目立つ気がする。

 アンデッドのままであったならもっと冷静沈着に行動していたのだろうかとも思う。

 

「少しだけ、私の近況話を聞いてもらえますか?」

 

 事ここに至っては断れる訳もない。アインズは静かに頷く。

 

 

 

 盗み聞きしてしまった日から数日。

 イビルアイの様子が激変していた。本人的には隠しているつもりらしいが、時折スキップしたりと全身から幸せオーラを漂わせていた。

 仲間の恋が成就したのは本当に嬉しいことだ。本人が隠そうとしているのだから、直接は言えなかったけれど心の中では祝福していた。

 

 自分ももう十九歳になっているというのに、恋の一つもしたことがなかった。

 貴族の男たちはほとんどが自分を着飾ったり、貴族の見栄を気にする者ばかりでなんの魅力も感じなかった。

 冒険者の中にも心惹かれるような男はいなかった。

 

 モモンと初めて会った時は興味が湧いた。強く、優しく。強者として驕ることのない、噂に違わぬ本当の英雄を初めて見た気がした。

 夜空の散歩で意外とシャイな部分も見れて、心の琴線に触れた。

 その日からイビルアイと同様、モモンのことがずっと気になっていた。

 

 モモンの正体を知り、イビルアイと結ばれた時。自分の恋は終わったのだと知った。

 

 沈んだ気分でいては仲間に迷惑がかかる。何より自分らしくないと思い、冒険者として励みつつ、結婚相手を探そうと行動に移した。

 だが――――。

 

「知ってますか? 私とモモンさんが巷ではどう思われているか」

「……いや」

 

 アインズは、モモンに関する噂は基本無視するようにしている。

 エ・ランテルでは亡国の王子だとか、ヘルムの下は絶世の美男子だ。いや、実は醜悪な顔をしている。

 こんな噂ばかり流れていた。他にも色々あったが、どれも鼻で笑ってしまうような内容ばかりで、気にするだけ損というものだ。

 

「コレ。覚えていますか」

 

 ラキュースが指し示すのは、左手薬指の見覚えのある一つの指輪。

 

「私がプレゼントした物、だな」

「その通りです。コレをモモンさんから受け取ったことがエ・ランテルから王都まで伝わっているようですよ」

「っ!?」

 

 ラキュースの表情は動かない。笑っている訳でも、怒っている訳でもない。真剣で真面目な表情が逆に怖いくらいだ。

 

「貴族の間では、私とモモンさんはお付き合いしているそうですよ。そうそう、中には結婚を前提に、というのもありましたね。可笑しいですよね。そんな約束はしていないというのに……」

 

(いやいやいや、目が全然笑ってないよ)

 

 ラキュースの目は全く笑っていない。目線はこっちに向いているのに、アインズの身体を通り越してはるか遠くを見ている気がした。 

 

「噂を知っているのはごく一部のようですが、貴族の耳は早いですからね。以前は私にお見合いの話を持って来ていた所も…………」

 

 稀代の英雄“漆黒”のモモンと恋仲にある者に手を出すなど、勘弁して下さい。

 断り文句はどれも似たようなもの。誤解を解こうとしても、火のない所に煙は立たぬもの。噂が真実だったらと、誰もが及び腰だったと言う。言わばラキュースは訳あり物件。腫物扱いされていた。

 

「それでも一人だけ会う機会があったのですが…………」

 

 急に俯き間を開ける。肩の辺りが微妙に震えていた。

 

「なんなの! あのフィリップとかいう男は!」

「うぉ!?」

 

 テーブルを叩き、怒りを露わにするラキュースに、まるで自分が怒られているように感じてしまう。

 

「何が! これからは冒険者なんて時代遅れよ! 一緒にこの国を良くして行こうよ! あの男、私や仲間だけじゃなく、冒険者全体を馬鹿にしてきたのよ! ああ、思い出しただけでも腹の立つ!」

 

 ああああああ! と髪をワシワシと掻き乱して荒ぶっている。フィリップという男は余程腹に据えかねる男だったようだ。

 

 

 

 

 

 

「…………失礼しました。取り乱してしまって」

 

 そんなラキュースをなんとか宥める。

 みっともない姿を晒してしまって恥ずかしくなったのか、ようやく落ち着いたラキュースは手櫛で髪を整える。居住まいを正して紅茶を一口。

 

 どうもその男は冒険者だけでなく、組合や今いる貴族全部をも馬鹿にするような発言をしたらしい。国を良くする手段も、聞いていて頭が痛くなるほど滑稽で、愚か者の妄想と言って間違いない程酷いもののようだ。

 ラキュースがあんなに取り乱すほどの妄想。詳しく知りたくなかったアインズは深く追求することはなかった。

 アインズも知らない小さな貴族の三男坊らしく、その男の妄想が実現することも、実行に移すことも皆無なようで気に留める必要性はない。むしろ、関わると頭が痛くなるだけだから放っておくのが一番だとラキュースはハッキリ言う。

 

「何が言いたいかと言いますと……私はもう殿方とお付き合いをすることが出来なくなったのです。モモンさんのお陰で」

 

(それは、言いがかりではないだろうか)

 

 そんな思いがよぎる。

 

 彼女に指輪を送ったのは、どんな種類の装飾品が良いかリクエストを聞いたからだった。

 彼女に対して好意に思っていたのもあるが、宣伝を目的とした気持ちも多分にあった。

 女性に指輪を送るのが周りにどういう意味を与えるか。それを考えればかなり軽率な行動だったのかもしれない。

 それら全てを統合して考えてみる――。

 

「……やはり、いくらなんでも――」

『私に可能な範囲であれば『責任』は負うべき』

 

 アインズの言葉は、ラキュースの手にあるマジックアイテムが発した声で遮られる。

 

「…………」

「…………」

 

 二人して無言で見つめ合う。

 アインズは固まって。

 ラキュースは――笑っていた。とても良い笑顔で。

 

『私に可能な範囲であれば『責任』は負うべき』

「わ、分かった。分かったから。ラキュースの責任を負う」

「うふふ。ありがとう御座います。そう言ってもらえると信じてました」

 

 いつの間にかラキュースの手元には録音用マジックアイテムがもう一つあった。

 今のセリフも録られていた。

 流石はアダマンタイト級冒険者のリーダーを務めているだけある。念には念を入れて来た。

 

「はぁ、それで? 私はどう責任を取れば良いのだ?」

「あら、そんなの決まっているじゃないですか」

 

 今日一番の笑顔でラキュースは微笑む。

 

 

 

 

 

 

 その日、魔導王アインズ・ウール・ゴウンの第三王妃が決定した。

 

 

 

 

 

 

「あれじゃ脅迫みたいなもんだよなぁ」

 

 アインズは少々落ち込み気味であった。

 それでも気分が悪い訳ではない。すっかりやり込められてしまったのは遺憾であるが、彼女に対しては元々好印象を抱いていた。

 生命の輝きとも呼べる魅力を持つラキュースに、ガゼフ・ストロノーフの死を覚悟してなお前に進む意志を見せる強い瞳と似たもの感じていた。

 それは自分には無いもので、強い憧れを抱かせてくれる。 

 何だかんだラキュースのことが気に入っているアインズは、彼女を迎え入れるのに嫌な気持ちはない。 

 

 アルベドとシャルティアの二人は、自身がしっかりと寵愛を受けているので反対はしなかった。

 イビルアイも、大切な仲間であるラキュースを祝福していた。

 

 問題があるとすればアインズ自身の心。

 覚悟を決めた日から増えて行く妻と恋人に、本当にこれで良いのだろうかと、支配者の精神がついていけるのか。

 

 

 

 




パンドラモモン「父上。最近、冒険者に飲みに行かないかと誘われることが多いのですが? あと、生暖かい目で見られることも……」



以前、感想返しで書いていましたが、この異世界では左手薬指に結婚指輪の風習はないのですが、そこは過去のプレイヤーが風習として残していたということにしておいて下さい。

もうすぐ十四巻が発売されますね。
新たな真実が幾つか判明するでしょうが、この話には反映しないかもしれません。


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45話 祝賀会

誤字報告ありがとう御座います。

地の文で、名前の後に敬称を付けるかどうか悩みましたが、付けない方向でいきます。
どうしても違和感がある人は頭の中で付けて読みましょう。


 魔導王主催の祝賀パーティーの招待状を受け取ったエンリ・エモットは、妹のネムと二人で王城に訪れていた。

 とても豪華な馬車が迎えに来てくれ、それを引っ張るアンデッドの馬はとても早く、カルネ村から王都までの長い旅路は驚くほど短い時間で着いてしまった。

 護衛として一緒に着いて来てくれたゴブリンたちは王都の街で待機している。村へのお土産を物色していることだろう。

 

「ンフィー君も一緒に来ればよかったのにね」

「仕方ないわよ。ブリタさんとエ・ランテルに買い物に行く約束をしてたみたいだから」

 

 招待状にはンフィーレアとリイジーの名も記載されいた。注意書きに大きな文字で強制はしないとも書かれていたためそれに甘えた形。ンフィーレアは恐らくデート。リイジーはポーション研究を優先した。

 相手の都合を優先した寛大な処置だと思う。

 

(でも、王様からの招集を断って良かったのかな? よく分かんないや)

 

 良いのか悪いのか村娘には分からない。それでも、優しいあの方であれば気にしなさそうではある。

 

 王城の廊下を案内役の騎士に連れられネムと歩く。

 所々に高そうな彫像や壺が飾れている。

 

「すごく綺麗ね、ネム」

「本当だね。う~ん、でも、アインズ様の宮殿の方がずっとすごかったよ」

 

 確かにその通りだ。物の価値が分かるとは言わないが、ここにある品々はアインズ様の宮殿にあった物と比べて幾らか見劣りしている。それでも、すごく高価な物であるのは間違いないだろう。

 もう一度行ってみたいものだと思いながら歩いていると、大きな両開きの扉が見えてきた。

 ここが本日の会場だと説明を受けて中に入る。

 

 とても広い会場には沢山の丸テーブル、真っ白なクロスが敷かれた中央には綺麗な花が飾られている。

 奥に一段高い場所があり、多分そこで王様がお話するのだろう。

 既に大勢の人が集まっており、幾人かの視線が集まる。

 

「ね、ねえ、ネム。私の恰好可笑しくないかな? 似合ってないかな?」

「そんなことないよ。すごい似合ってて綺麗だよ」

 

 招待状の内容から、この場にいるのは全員身分の高い人たちなのは分かり切っている。そんなやんごとなき人たちが集まる場で自分の存在が浮いているんじゃないかと思い、不安になる。

 今着ているドレスはアインズから贈られた物。ドレスは高級品でも、それを着ているのが村娘なので奇異の視線を向けられていると感じてしまう。

 ネムは褒めてくれたが、やっぱり不安な気持ちは拭い切れない。

 

 一段高い所の最前列の一つしか空いているテーブルはないようなので、そこに移動する。

 

 

「……ネムは随分落ち着いてるわね」

「え~、だってアインズ様が開いた場所なんでしょ。なら安心だもん」

「確かにそうだけど……」

 

 落ち着かない原因は別にあるのだが、いつもと変わらない様子でいるネムの姿に、緊張しているこっちが馬鹿みたいに思えてくる。

 

 妹に(なら)って気を落ち着けてみる。

 そうして周りを見てみると――。

 

(あれ? なんか緊張している人ばかりな気が……あの人なんかちょっとどころか、凄く顔色が悪いような)

 

 他にも、暑くもないのに大量の汗を拭いている人。背筋を伸ばして虚空を見つめ続けている人。目が泳いでいる人。

 

(何、これ?)

 

 とても祝いの場とは思えない空間。

 落ち着いて談笑している人たちもいるが、その数はとても少ない。

 その少ない人の中に、他の人たちとは服装の雰囲気が違う人がいた。

 そっちの方が気になっている自分に気が付いたネムが口を開く。

 

「あれ、きっとていこくの人たちだよ。お姉ちゃん」

「っ!? なんでネムが知ってるの?」

「ルプスレギナさんに色々教えてもらったの。あと、すんごいご馳走が出るんだって」

 

 食事が出るのは招待状に書いてあったので知っているが、そういうのは私にも教えておいて欲しいものだ。いつも、何かとからかってくるあの人らしいと言えばらしいのだが。

 

 そんなこんなでいると、主催者のアインズが現れる。

 さぞかし豪華な装いで登場するのだと思っていたが、その思惑は少しズレていた。

 高級品なのだろうが、アインズが着ていたのは漆黒のガウンカーディガンのようなゆったりとしたものだった。

 魔導王の入場で会場内はシ~ンと完全な静寂に包まれる。

 

 

 

 

 

 

 パチパチパチパチパチ。

 

 アインズの話が終わり、会場内には拍手の音が鳴り響く。

 私もネムもひと際強く手を叩く。

 

 アインズの話は今回集まってくれた私たちへの労いから始まった。

 次に妃を迎えたことの発表。

 アインズ様の横に控えるアルベドはとても幸せそうだった。

 いつか、相談を受けた時も思ったが、あの人は本当に心の底からアインズのことを愛している。その思いが叶ったのは同じ女性として本当に嬉しく思う。

 そして、なんとアルベドは御子を身籠っていると発表される。

 私は心から祝福を送った。

 

 その後は、魔導国の政治・経済・法律などについての指標の話が続く。難しい言葉が多かったので正直チンプンカンプンだったが、それらはあとでゴブリン軍師さんと相談すればいいや。そう思った私はアインズの雄姿を見守ることにした。威風堂々とした立派なお方だ。時折、左の手の平を気にかけておられるようだが何かあるのだろうか。

 

 最後に各都市、各領地を治めるのに尽力してくれた皆に感謝の意を示してくれる。

 

 これで式は終わり、後は各自料理を楽しんで英気を養って欲しい。アインズはそう言って指を鳴らすと、メイドの人たちが料理をテーブルに運んでくる。

 

「わあ、すごいご馳走だよ。お姉ちゃん」

 

 ネムが嬉しそうにはしゃぐ。私もその香ばしい匂いに釣られてお腹が小さく鳴る。

 

 

 

 

 

 

(はぁぁぁ、なんとか噛まずに終われた)

 

 アインズは周りにバレないよう密かに息を吐き、左手に隠していたカンペをアイテムボックスにしまう。

 こちらが話さなければならないことは終わり、後は料理を楽しんでもらえれば良いのだが、貴族たちの表情は硬い。

 

(まだ俺の事を怖がってる感じだな。そうなると思って出来るだけラフな服装にしたんだけどな)

 

 今回のパーティーはそんな格式ばったものじゃありませんよアピールのつもりだ。

 当初、パーティーと聞いた今日が当番のデクリメントのコーディネートは申し訳ないと思いつつ却下した。

 カラスに攫われそうなほどキンキラキンの黄金の巨大なネックレスに孔雀を思わせる背中から飛び出した羽、アーケオプリテクスを思わせる腕の下の羽が付いた純白の衣装を着せられてしまった。

 相変わらずメイドたちのセンスはド派手である。

 

(他人の目がないナザリックでなら、まだ着ていられるんだけど)

 

 メイドが一生懸命コーディネートしてくれたのだから着てやりたい気持ちは強い。しかし、こういった場では成金に見られそうなので、勘弁してもらった次第。

 

(さて、と。全員と一言二言ぐらいは会話しといた方が良いんだよな)

 

 非常に面倒くさいが、主催者として最低限のことはしておいた方がいい。しかしながら、和気あいあいと談笑出来そうな相手が見当たらない。誰もが緊張した面持ちで、料理ではなくアインズの動向を窺っている。

 

「ん~~~! お姉ちゃん。コレすっごく美味しいよ!」

「こ~ら、ネム。口の周りが汚れているわよ」

 

 少女の言葉に他の貴族たちも料理に注目しだす。

 一人の貴族が恐る恐る料理を口に運び。

 

「うまっ!」

 

 そこからは芋づる式に出された料理を絶賛していく。次第に会場の雰囲気が変わり、表情も柔らかくなっていった。

 

 

「楽しんでくれているかね? エンリ」

「ア、アインズ様。 はい、このような場に呼んでいただけて、感謝しております」

「アインズ様~。すっごく美味しいです」

「ははは、それは何よりだ」

 

 エンリはでかい肉を皿に盛り付けていた。見た目に反して、意外と食が太いようだ。

 ネムは小さな子用に用意された台に乗ってサンドイッチや唐揚げをパクパクと勢いよく食べている。

 

 アインズも軽く摘まみながら会話する。

 

 

 

「順調にいっているようだな。ルプスレギナの報告通りだ」

「はい。ゴブリンさんたちも村の皆もすごく張り切っています」

 

 五千体のゴブリンを指揮する軍師の存在のお陰で、カルネ村は魔導国でも最も発展速度が高い地となっている。

 開拓・交易・自警、エ・ランテルへ出稼ぎなどなど、多岐に渡る人員配置も適正に行い、ちゃんと休暇も取っていた。

 その内大都市に発展しそうな勢いであった。

 

「あっ、お祝いの言葉をまだ言っておりませんでしたね。ご結婚、おめでとう御座います。それに、ご懐妊も。アルベド様、本当に幸せそうにされておりましたね」

「ああ、ありがとう。後でアルベドにも言ってやってくれないか。きっと喜んでくれると思う」

「はい」

 

 ニコリと笑うエンリはまるで自分事のように喜んでいる気がした。

 

 エンリとのこともハッキリさせないといけない。

 

「…………あのな、エンリ。お前と私とのことだが……」

「?――」

 

 彼女のことは随分気に入っているのは自覚している。

 前を向いて生きることなど大切なことを教えられたし、色々踏ん切りをつける気を起こさせてくれた。そう言えばこの異世界に来て最初に出会ったのも彼女だ。

 

「私とけっ…………」

 

 『結婚しよう』。

 そう告げようと思った時、あることに気付く。

 そもそもエンリは自分と結婚したいと思っているのだろうかと。

 こちらから求婚した場合、多分彼女は断らないと思う。と言うよりは一国の王からの言葉、更に彼女はこちらを大恩人だと思ってくれているのだから断れないが正しい。

 それではいけない。こういうことは相手の意思を尊重すべきだ。

 

 何と言えば良いのか分からずに困っていると、エンリは首を傾げてから、ハッと何かを察したような表情になる。

 

「もしかして、アインズ様は聞いておられないんですか?」

「ん? 何のことだ?」

「あの、私は既にアインズ様の妾として、後宮に入っているんですよ」 

「…………メカケ?」

「はい。妾です」

 

(何それ! そんな話全く聞いてないんですけどぉ!)

 

 妾。その言葉の意味を知ってはいる。

 だが、何時? どのようにそうなったのか分からずに困惑していると、エンリの口から答えが紡がれる。

 

「えっと、デミウルゴス様から後宮を作るというお話がありまして、私の他にティラさんとレイナースさんという方も入られたそうですよ……あの、アインズ様。どうかされたんですか?」

「……いや、何でもない」

 

 眉間を抑えている姿に心配されてしまう。

 ここしばらく忙しそうにしていると思っていたら、牧場の他に動いていたのはこの件だったのだと、今頃になって悟る。話を聞いていると、どうやらセバスも一緒になって動いていたようだ。 

  

「エンリは、それで良いのか?」

「はい。こんな私ですが、これからもよろしくお願いします」

 

 頬を赤らめ、少し恥ずかしそうに笑うエンリに、深々と頭を下げてお願いされてしまう。

 うん、と頷くことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「――と言うことで、知らない間に後宮を作られていたんだが、ジルはどう思う?」

 

 アインズはエンリの元を離れ、次に目に付いた帝国皇帝の元へやってきていた。

 帝国とは同盟関係を結んでおり、皇帝のジルクニフとは良き友人関係を築きたいと思っている。

 帝国は魔導国からスケルトンといった低級のアンデッドをレンタルし、神殿関係の目が届かない辺境の地で農業などの事業を研究しているほどには、関係は良好。

 相談込みで、彼ならこの件についてどう思うのか、非常に興味があった。

 

「そんなのは気にするまでもない、普通のことなんじゃないか」

「そうなのか?」

「ああ、私にも愛妾が何人もいるが、私自身が選んだ者ばかりでもないしな。皇帝の立場にいる以上、優秀な子を残すためには部下が勧めてくる女性も迎えることはあるさ」

 

 有力な貴族の娘を迎える事でお互いのメリットがある。

 そこには個人個人の意思が反映されないことも珍しくない。

 有力貴族との結びつきを強めるためだけというのもある。その場合、お互い利害が一致していたり、ジルクニフがいい様に利用したりと色々。

  全ては帝国のために。

 そう言うジルクニフだが、どんなに優秀だと分かっていても、どうしても嫌いな相手とはゴメンだと言い切ってきた。

 

 アインズとジルクニフとでは事情が違うのだが、王が後宮を持つのは至極自然なことだというのは分かった。

 

(権力云々は絡んでないし、あまり気にすることはない……んだろうなぁ)

 

 彼女たちが嫌な訳ではない。むしろ好感を持っている。

 一般的な日本人感覚として、複数の嫁と妾を持つ事に対してすんなりとは受け入れにくい。

 ただ、そうも言っていられない立場だというのも重々承知している。

 エンリたちは好意を持って歩み寄ってくれている。

 支配者として、王としての器量が試されている気がした。

 

(……そう、だよな)

 

 家の権力だなんだというのは正直真っ平ゴメンだが、妾を希望している三人にそのような腹黒いところはないし、実際よくやってくれている。

 エンリは大部隊のゴブリンを指揮し、カルネ村の統治・運営。

 後の二人も自己鍛錬する傍ら、魔導国のために頑張っている。

 レイナースはナザリックの戦力が異形種ばかりなため、人間種で構成された近衛隊を結成しようとしている。どうもこれはアインズのためらしい。

 ティラは“イジャニーヤ”を率いての諜報活動。これは完全に独立部隊として動いている。

 

 信賞必罰は世の常。

 成果を上げた者。上げようと頑張っている者。彼女たちが真にそれを望むのならば報いなければならない。

 

 アインズは彼女らを受け入れる覚悟を決めた。

 

 

 

「ところで、アインズ。この料理は本当に素晴らしいな。これは、いつぞやナザリック地下大墳墓でいただいた物と同じ類の物なのか?」

「ああ、その通りだ」

「魔導国から仕入れている食材もかなりの物だが、これは正に別格だ」

「はっはっ、そんなに気に入ったのならここで出している食材を交易に出しても構わないぞ」

「本当か!?」

「ただし高いぞ。量も……それほど多くは出せない」

「もちろん、それで良いさ」

 

 詳しいことは後程書面で交わすこととなる。

 今、会場に並んでいる料理はナザリック産のバフ効果の有る食材が用いられている。

 この食材を調理するには“コック”の職業を持っていないと不可能なのだが、この世界の住人はこの職が無くても調理可能なのは判明している。

 

 帝国の料理人のレベルが低ければ味が落ちる可能性はある。しかし、この食材を使って数をこなしていけばレベルアップが早まるかもしれない。

 その辺りの事は、あとで確認しておこうと思う。

 

「ふむ、しかし魔導国ではこれらの料理を市場に出したりはしないのか?」

「絶対量が少なくてな」

 

 ジルクニフからの素朴な疑問。

 アインズも考えてみたことはある。しかし、市場に流通させるような量は到底生み出せない。これらを生み出すにはユグドラシル金貨が必要なのもあって、今回のような特別な日ぐらいにしか出せそうにない。

 ナザリックの利益にはなりそうもなく、需要と供給が釣り合わないと判断して胸の内にしまっておいたのだ。

 

「そうなのか、それなら限定食として出してみたらどうだ? これほどの料理ならどれだけ高かろうと食しに来る者はいるだろう」

「何か考えがあるのか?」

 

 

 

 その後。ジルクニフのアイディアからアルベドたちとの協議の末、魔導国王城内にレストランが開店される。

 一品一品の価格はアインズからすれば驚くほどの高額に設定。他の権力者からすれば高いがそれに見合うほどのもの。

 客足は少ないのが予想されるため、食材と料理人がすぐに来れるよう転移門を設置。

 王城内に店を設けたのも安全のため。転移門はナザリックと繋がっているので高位ゴーレムを常時設置し、ここからナザリックへ危害を加えるのは実質不可能な設計が施される。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 アインズはジルクニフとの会話を終えてからも、幾つかの貴族たちと話をしに回っていた。

 王としての務めを一通り終え、一人会場からテラスに出て夜風に当たっていた。

 空には宝石箱をひっくり返したような満点の星。

 この星空を見て呟いた言葉が端を発して、ナザリックの目標が世界征服となった。なってしまった。

 何でそうなるの。

 当時はそう思っていたが、今のアインズは世界征服を肯定している。むしろ、しなければならないとまで思っている。

 何故なら――――。

 

「アインズ様」

 

 物思いに耽っていたアインズに声がかかる。

 

「……ラナーか」

 

 

 

 

 




アインズさんは、それが、その人が選んだ答えなら尊重する性格です。

ジルクニフは魔導国をどうこうしようとは考えてません。
同盟国(友好国)として、魔導国の力を利用して帝国を繁栄させようとしています。
アインズに対しても良き友人として振舞ってます。なお、心の底からではない打算的なもの。
 


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46話 未来への展望

誤字報告ありがとう御座います。


 涼しげな夜風が吹くバルコニーの中、一人で夜空を見上げていたアインズの元にやって来たラナーは隣まで歩み寄ってくる。

 

「主催者がこんな所に居てよろしいのですか?」

「別に構わないだろ。後のことはザナックが上手くやってくれるさ。それに、私が居ない方が皆寛げるだろうしな」

 

 会場では第二王子であったザナックが大勢の貴族を相手に世間話に興じている。

 彼も中々に頭の切れる人物なようで、ラナーと同じく宰相のアルベドを補佐する立場にある。

 本当ならラナーも彼と一緒にあの場で来賓の相手をしなければならないはずなのだが、どうやら兄に仕事をぶん投げたようだ。

 

 アインズの姿がなくなったことで、会場内の空気は目に見えて緩んでいる気がする。

 苦手な上司が居なくなった飲み会の席。

 そんな状況を幻視して悲しくなってしまうが、それも仕方がない。

 王国貴族に深く根付いてしまった悪癖は今も残っているかもしれない。それらを封殺するには、魔導王を恐怖の対象にするのが有効なのだから。

 

「全員がそう思っている訳ではないようですよ」

「まぁ、エンリとネムはそうかもな」

 

 エンリとネムの様子を見てみると、二人は楽しそうに食事をしている。テーブルにあった料理の殆どが平らげられ、今はデザートを食していた。

 

(ん? エンリたちと一緒に居るのはレエブン侯と……その子供か?) 

 

 働き過ぎたのか、あまり顔色のよろしくないレエブン侯は、緩み切った顔で息子らしき小さい男の子といる。

 大人ばかりの会場で唯一の子供のネムと友達にでもなりたかったのだろうか。

 

「それで?」

「?」

「私に何か話があって来たのだろう?」

「ええ、もちろんです。ですがその前に、私に最古図書館(アッシュールバニパル)を開放して下さってありがとう御座います。それで、まずはこちらをお返ししておきますね」

 

 ラナーから返されたのは魔法の力で文字が読めるようになる眼鏡だった。

 アルベドから最古図書館の存在を聞いたらしいラナーの熱望により、利用許可を出していたのだった。

 

「……もう日本語を覚えたのか?」

「はい。『漢字』に関してはまだ完全とは言えませんが、前後の文章から推測は出来ますから。私にはもうこれは必要ありませんので」

 

(頭が良いとは聞いていたけど)

 

 それにしても度が過ぎている気がする。

 日本人であるアインズでも、読めるけど書けないなどのように漢字は難しい。

 デミウルゴスが良く言ってくる「端倪(たんげい)すべからざる」なんて言葉は、何となく言っていることが分かる程度で辞書で調べないと本当の意味は分からなかったりする。 

 

「お陰様で、私がクライムに抱いている愛情がなんらおかしなことではなかったと知る事が出来ました。アインズ様がおられた所ではもっと色んな、私にも理解出来ないような愛情表現がありますのね」 

 

 合わせた両手を顔の横にやって嬉しそうに笑うラナー。

 この娘は一体どんな本を読んだのだろう。

 

 最古図書館には膨大な数の書物がある。

 ユグドラシル時代、仲間たちが面白半分に集めまくっていたので無いジャンルを探す方が難しいほどだ。

 

「まぁ、お前の性癖について何か言うつもりはないさ」

「うふふ、アインズ様でしたらそう言っていただけると思ってました」

 

 ペットを飼う。

 その本当の意味を知った時は、流石にちょっと引いたし、驚いた。

 しかし、こちとら変態紳士と交友を続けていたのだ。他のメンバーだってクセの強い者ばかり。そんなギルドのまとめ役を担っていた身からすれば、ラナーの性癖などまだ可愛いと言える……と思う。

 その少年と碌に会話したことがなく、どこか他人事として受け取っていた。

 敢えて何か言っておくとすれば「ほどほどにな」ぐらいだった。

 

「他にも分かったことがあるんです」

「ん?」

「私は狭い世界しか知らないでこの世界に絶望していたんだと……王宮に閉じこもって聞こえてくる話だけで全てを理解した気でいました」

 

 ラナーは、王都の街並みに視線を向ける。

 

「でも違ったんですね。世界には私の知らないもので溢れている。ねえ、アインズ様」

「なんだ?」

「あそこに見える月には何があると思いますか? あそこの一際輝いている星ではどんな世界が広がっているのでしょうね」

 

 今度は夜空を見上げる。子供が新しいオモチャを見る様な、好奇心に溢れた瞳をしていた。

 

「宇宙探検か……それはまた、随分とスケールの大きい話だな。実現させるのに何百年、何千年かかるか……」

 

 そもそも宇宙旅行なんて実現可能なのかどうか、考えたこともないので分からない。

 パッと思い浮かぶのは宇宙戦艦だった。

 長い長い時の中、魔法と技術を発展させ、<熱素石/カロリックストーン>のような規格外のエネルギーを秘めたアイテムがあればもしかしたら――――。

 

 可能、不可能は置いておいて、それ以前に途方もない時間が必要だろう。間違いなく人の寿命の間にどうこう出来る話ではない。

 ラナーも重々承知だろうと彼女の方を見ると、彼女もこちらを見ており、目と目が合う。

 無言のままに彼女の目が言っていた。

 

「……不老になりたいのか?」

「アインズ様であれば難しいことではないのでしょう? 知りたいことが沢山あるのに、それを叶えるための時間が足りないなんて、悲し過ぎます。くすん」

 

 涙を拭う仕草を見せるが、かなりワザとらしい演技だった。

 

「分かった。それがお前の望みならば、保留にしていた褒美として叶えよう」

「うふふ、ありがとう御座います」

「ただし、しばらく待ってもらうことになるが構わんか?」

「はい。構いません」

 

 不老になろうとした場合、方法はいくつかある。

 超位魔法を使う場合<強欲と無欲>に経験値を貯め込まなければならない。現在蓄積された量で賄えるかが分からないために調査に時間が必要だ。

 他には、寿命を持たない異形種に転生すること。

 種族によっては姿形が変わってしまうので、よく考えて決めてもらうべきだろう。

 

「では、ご褒美をいただくことは約束いたしましたし、次は私からアインズ様に提案がありまして」

「提案? なんだ? 言ってみろ」

「はい。私を妻として迎えてくださいませんか?」

「……は?」

「三番目はラキュースに盗られちゃったのが少し残念ですけど、四番目としてどうでしょうか?」

 

 第三王女から第四王妃ですよと、両手でピースしてくる。

 

「気が付いたのです。私のような歪んだ精神を持った者には、それを許容してくれる、全てを包み込んでくれる懐の深い方が必要なんだって」

「むぅ、しかしなぁ……」

  

 最近立て続けに増えていく女性関係に悩んでいたのもあり、毎度のことながらなんと返答したらよいか困窮してしまう。

 

「私を妃に迎えてくだされば、アインズ様の御威光を国全体に伝えやすくなりますよ。これでも一応、国民には人気がありますから」

 

(まぁそうだよなぁ。確かにラナーを手元に置いておくのはメリットが多い)

 

 アルベドたちナザリックが誇る知恵者と同等の頭脳を持っているという話だから彼女の価値は高い。

 アインズはこれまで取捨選択してきた。何がナザリックの利益になるかどうかを優先的に。

 ならば、ここでの選択肢など最初から決まっている。

 

 アインズはラナーに向かって笑いかけ、頷く。

 

「いいだろう。私の元でその能力を存分に発揮してもらうぞ」

「はい。これからの永劫の時を、ちゃんと可愛がって下さいね」

 

 

 

 

 

 

 魔導国王城のアインズの寝室。

 ここはアインズの執務室の隣に作られた部屋だ。

 アインズは睡眠を必要とする肉体になっているが、個人的にしておきたい事が非常に多いため、マジックアイテムを使って睡眠・疲労を無効化していた。

 ただやはりというか、人間の精神では一睡もせずに働き続けるのには無理がある。脳の記憶を整理するためだったり、精神的疲労を回復さえるため、更には休みたがらないナザリックの面々に休むことの大切さを示すためにも、アインズは度々睡眠をとっていた。

 アインズ当番のメイドが、アインズが眠りにつく時まで一緒に居たがっていたが、今現在、寝室に当番のメイドの姿はない。ついでにアインズ当番とは別の、部屋当番のメイドの姿もない。

 理由はキングサイズよりも大きな天涯付きベッドにあった。

 そこにはベッドに腰掛け、落ち着かない様子で足をブラブラさせている少女の姿があった。

 

「うぅ、また緊張してきた。サトルの奴、まだ仕事が終わらないのか」

 

 キーノ・ファスリス・インベルン。

 

 アインズの妃、及び妾の人数が増えたことである問題が発生した。

 すなわち、アインズの夜の相手を誰が、何時するのかという問題。

 ただこの問題は発生と同時に解決した。

 デミウルゴスとセバスが「こんなこともあろうかと」と言って、夜の順番の予定表を作成していたのだ。

 シャルティアなどは当然反発した。「御方の寵愛を一番に受けるのはわらわでありんす」と声高にして。

 しかしながら、その主張は認められなかった。「御方に選ばれた女性たちへの寵愛は平等であるべきではないか」というのが彼らの主張だった。

 この件については全権を持っているらしいデミウルゴスとセバスに従わないのなら、順番を飛ばされたりといったペナルティが科されてしまうらしく、反対の声はそれ以上上がらなかった。

 平等と言う言葉に偽りはなかった。

 魔導王としての仕事もあるアインズと、その日の女性側の都合が合わない日もある。そういった時の調整も、王都によく居るセバスが円滑に行い、不平等なことは起こらない。完璧とも言える大奥管理体制が敷かれていた。

 

 そして、今日はキーノの番という訳だ。

 

 そのキーノはといえば、今度はシーツを伸ばして整えたりと忙しない。完璧にベッドメイクされているのにも関わらず、もう何度も同じことを繰り返していた。

 やたら大きな枕を抱きかかえ、右に左にゴロゴロと転げまわる様は部屋の主とよく似ていた。

 

「あぁ、楽しみだけど不安だ。サトルの奴、前みたいにしないといいんだが」

 

 実はキーノがこの部屋に来るのは二回目。一回目を思ってモンモンとしていた。

 

 純潔を失った日。

 初めて男性を受け入れた時は幸せを感じながらもすごく痛かった。

 それも当然だろう。キーノの肉体は12歳の時のまま。大人と子供の差がある。アンデッドであるがゆえ痛みには耐性があっても、戦闘で受ける痛みとはまるで違う痛みにキーノは半泣きになってしまった。

 涙を流しながら「大丈夫」と健気に笑って見せると、サトルはとても優しく抱きしめてくれた。

 嬉しかった。

 幸せだった。

 

 しばらくそのままでいると、サトルはアンデッドに回復効果のある力を使ってみようかと提案してきた。

 やっぱりサトルは優しいと思う。

 必要ならばどこまでも冷酷になれるが、一度懐に入った者には本当に優しい。

 その厚意に甘えたキーノだったが、今思えばあれは間違いだった。

 

 サトルの手が負の力を纏い、キーノの体に触れた瞬間。

 キーノの身体は得も言われぬ快感に襲われた。痛みなどどこかへ飛んで行ってしまうほどに。

 じんじんと感じていた痛みはなくなったかわりに別の問題が発生した。

 気持ち良すぎたのだ。

 

 呂律の回らない状態で待ったをかけようとしたが遅かった。

 気持ちよく感じてくれていると思ったサトルは、キーノの身体に触り続けた。それこそありとあらゆる場所を。

 その度に今まで出したこともない、あられもない嬌声を上げてしまった。調子に乗ったサトルは止まらなかった。

 

 結局、その日は一晩中ずっとしてしまった。

 

(あれは凶悪過ぎる。やっぱり今回は封印してもらって普通に……普通にイチャイチャ……)

 

 その光景を想像するだけで頬が熱くなっている気がした。

 

「サトル、まだかな…………っ!?」

 

 キーノの耳に扉が開く音が聞こえてきた。

 ノックもなくいきなり入って来たことからメイドではあり得ない。

 ゆっくりとした足取りでこちらに歩いて来るのは、予想通りサトルだった。

 サトルがベッドの傍まで来る。

 

「サトル、お仕事お疲れさ……えっ?」

 

 キーノの言葉は途中で切れる。

 サトルがおもむろにダイブしてきたのだ。

 

(ちょっ! そんな、いきなり?)

 

 もうちょっとムードとかは? そんな思いを抱いて、キーノはまるで無力な小娘のように丸まってしまった。 

 だけど同時にちょっと嬉しい。それだけ自分に会いたかったのだと思って。

 

 ボフンという音と共にベッドが揺れる。

 

「……あれ?」

 

 ドキドキしながらちょっと期待していたキーノが丸まっていた態勢を解く。そしてサトルの姿を確認すると、ベッドにうつ伏せていた。それはそれは見事な大の字で。

 

「サ、サトル? どうしたんだ?」

「あああああもう、疲れたよおおお」

 

 顔面からベッドに埋もれているため、くぐもった声を上げる。

 

「サトルは確か、マジックアイテムで疲労しないようにしてたんじゃなかったか?」

「んん、そうなんだけどぉ、精神的な疲労には意味がないんだよぉ」

 

 埋もれていた顔を横に向けたことでマトモな声が聞こえた。

 

「なんだ、愚痴なら私が聞いてやるぞ。これでも私の方がお姉さんなんだからな。ほら、サトル」

「んん」

 

 トントンと自分の膝を叩く。アッチの方のことはサトルがこんな様子ではしょうがない。

 サトルはノッソリとした動きでキーノの太ももの上に頭を乗せる。

 俗に言う膝枕だ。

 仰向けになったサトルの頭を撫でてやる。

 

「それで、何かあったのか?」

「うん……ラナーがな……」

「ん? あの小娘がどうしたんだ」

「ラナーがメチャクチャ仕事を持ってくるんだ。なんでも王国時代には実現不可能だった案件とか、ずっと貯め込んでたアイディアがあったらしくて」

「ああ、成程な」

 

 ラナーが天才だというのは前から知っていた。

 あの娘のことだ、貴族が横やりを入れてくると分かっていて、誰にも話していない政策とかがあっても可笑しくないだろう。魔導国の力もあって更に新しいことを思いついたとしても不思議はない。

 サトルの様子から恐らくとんでもない量だったのだろう。

 

「でも、サトルはそれだけの仕事を終わらせて来たんだろ。凄いじゃないか」

 

 キーノもサトルの仕事を手伝ってみた事があった。その時見た書類は経済に関することだったが、とにかく難しいことが一杯書いてあって、理解するのにかなりの時間が必要だったのを覚えている。

 他にも政治や外交や法律なんかもあるだろうに、それらをしっかりとやり切るというのは尊敬に値する。

 「自分は凡人だ」なんて言っていたが、やっぱりサトルは凄い奴だった。

 

 恋人としては労ってやらなければばらないだろう。

 そう思ってもっと撫でてやろうとすると――――。

 

「……おい、何故目を逸らす。何故横を向く。なんか目が泳いでいたぞ」

「ふっ、キーノよ。俺が本当に全てを理解して判を押していたと、本気で思っているのか?」

「へっ!? じゃあ、何も理解しないまま決済していたのか?」

「それはちょっと違うぞ。大方はどんなものか理解している……多分」

「多分って……そんなんで大丈夫なのか? あと、偉そうに言うとこじゃないぞ」

「俺が中身を完全に理解してないのは……確かにまずいけど、まぁ問題ないだろう。ラナーだけじゃなく、アルベドやデミウルゴスも精査したものだからな」

 

 キーノは一瞬呆れそうになったが、すぐに思いなおす。

 トップにも色々あるのだろうが、サトルのように優秀な部下が沢山いるのであれば方向性だけ指示して、あとはふんぞり返っていればいい。それで十分国は成り立つ。

 それでもサトルは自分の苦手分野でも頑張ろうとしているのだから褒めてあげるべきだ。

 キーノがサトルの立場だったら、あんなに優秀な部下がいるのだから丸投げする可能性が高い。

 

「なんにしてもお疲れ様、サトル」

「んんん、キーノの手、冷たくて気持ち良いな」

 

 額に手を当ててやると気持ちよさそうにしている。

 このまま眠ってしまいそうな気配だ。

 

(よっぽど疲れていたんだな。あっ、でもこのままじゃ今晩は何もしないの……かな)

 

 疲れているサトルをこのまま休ませてあげたい。

 しかし、変に期待していた手前、何もないままというのもそれはそれで残念な気分になる。

 どうしようか迷っていたキーノは意を決して聞いてみる。

 

「なあ、サトル。き、今日はもう、何もしないで寝るのか?」

「ん?」

 

 言って少し後悔する。

 恥ずかしくて堪らない。

 今自分はどんな顔をしているのだろう。

 サトルの頭を乗せている太ももが無意識にモジモジと動いてしまう。

 

 こちらを見上げるサトルの目と目が合う。

 

「……するに決まってるだろ」

「え、ちょ、サトル! ひゃん」

 

 

 

 

 

 

「なあ、サトル。私の胸は……その、小さいから触っててもあんまり楽しくないんじゃないか?」

 

 何を今更言うのだろう。

 確かに胸は大きい方が好みだ。それは今も変わっていない。

 しかし、キーノ然り、シャルティア然り、無い胸もそれはそれで良いものだと思い始めているのも確かだった。

 

(でも、それを何て言ったらいいのか……)

 

 女性にとって、胸は特にデリケートな事柄。下手なことを言って傷付けるのは本意ではない。

 言い淀んでいてもマズイ。

 頭を高速回転させたことで、脳裏にある金言が浮かんだ。

 

「ごほん、良い事を教えてやろう。女性の大きな胸には『夢』が詰まっている。そして小さな胸には……」

「ち、小さな胸には?」

「『希望』が詰まっているのさ」

 

 少々芝居がかった言い回しをしてしまったが、この際構わないだろう。

 ドヤ顔でいるとキーノは俯き、体が少し震えていた。

 

「どうした? キーノ」

「サトルの阿保おおおおおお!! うわあああああん!」

「ちょ!? キーノ!?」

 

 泣きながら去って行ったキーノを呆然と見送る。

 何で泣かせてまったのだろうか。

 

「…………あっ」

 

 キーノは吸血姫。アンデッドだ。

 その肉体は永久に不変。

 

 キーノを宥めるのに、結構な時間を必要とした。

 

 

 

 おまけ

 

 

「やっちゃいましたねえ、モモンガさん」

「ペロロンチーノさん!? ええ、迂闊なことを言っちゃいました」

「女の子にとって胸の大きさは男のアレと一緒とか言いますもんね」

「そうなんですか? ところでペロロンチーノさんはなんでシャルティアを貧乳にしたんですか?」

「女の子が小さい胸で悩んでるのって萌えません?」

「ああ、まぁ、なんとなくですが、分かる気がします」

「おっ、モモンガさんも貧乳の良さが分かってきましたね。それじゃあこの国を貧乳至上主義にしちゃいましょうか」

「勘弁して下さい。それよりも今回のようなことが無いように、何か巧い言い回しとか教えてくださいよ」

「そうですねえ……」

「ふっふっふっ。その議題には俺も参加させてもらおう」

「誰だ!?」

「き、君は……」

「「フラットフットさん!?」」

 

 




ラナーの世界はクライムだけで完結せず。
複数人いる同等クラスの知者とも仲良くなれるでしょう。

アインズがキーノに使ったのはネガティブ・タッチじゃないよ。
アンデッドに対する回復効果があったのはユグドラシルのサービス開始一週間だけですので。


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47話 死者の大魔法使いの憂鬱

誤字報告ありがとう御座います。
ちょっと短いよ。



「ふむ、魔導国各地でも大きな問題は起こっていないようだな」

「はい。アンデッドを労力とした農業も軌道に乗り始め、疲弊した国力は回復に向かっております。元々広大で肥沃な大地なため、あと数年もすれば我々ナザリックの存在を抜いたとしても、周辺国の中でも群を抜いた国家となると思われます」

 

 アルベドからの報告を受けたアインズは鷹揚に頷く。

 

 ラナーがずっと温めていた様々な政策。貴族の横やりで無駄に終わると分かっていた画期的なアイディアは、ナザリックの力と魔法やスキルなどの知識により昇華され、国内の景気は更に上昇するだろう。

 

「特に孤児院とタレント(生まれながらの異能)の件は有効だな」

「私もそう思います。これにより危険なタレントや有用なタレントを持った者を魔導国に縛り付け、他所への流出を防げるでしょう」

 

 孤児院を各所に建設し、孤児を余すことなく入居させ、精神系統の魔法でタレントの有無を調べる。

 タレントを持っていた場合、より高位階の魔法を使えばどういったものか分かる。

 とある薬師のようにワールド級に匹敵するタレント持ちがいれば、絶対に囲い込まなければならない。ナザリックの強化のためにも。

 また、タレントの内容によって将来どういった職に進むかの目安にもなる。

 そして、孤児院を発った子供たちは育ててくれた恩を感じ、魔導国のため、ひいてはナザリックのために働いてくれることだろう。

 

 選択したり変えたりできる能力ではないため、自らの才能や能力と噛み合うのは奇跡とまで言われている。しかし、本人にかみ合わなくても問題はない。ナザリックにとって有用であればいくらでも活用出来るだろう。

 

「今日の報告は以上か?」

「はい。あ、いえ……実は一つだけ残っています。アインズ様に報告すべきか迷いましたが」

 

 そう言ってアルベドは一枚の書類を渡して来る。

 

「うむ、どれ……」

 

 それはとある領主からの困り事の報告書だった。

 全てを読み終え、書類の内容を要約すると。

 

 『事務員として派遣されたエルダーリッチをメイドが怖がって仕事にならない』だった。

 

 アインズは妙に納得してしまった。

 

(当然起こり得るよなぁ。と言うか、なんで俺はそのことに気付かなかった?)

 

「アインズ様がお創りになったエルダーリッチを恐れて仕事が出来ないなどと、制裁を与えた方がよろしいのではないでしょうか?」

「まぁ落ち着け、アルベドよ。一般人からすればエルダーリッチとて脅威なのだ。襲われればひとたまりもない存在が近くにいれば怯えてしまうのも無理はないだろう」

 

 と言ってもどうするべきか。

 事務として派遣されているエルダーリッチには農奴アンデッドと同じくアンデッド三原則が組み込まれている。魔導国民に危害を加えることは絶対にない。

 

「問題は見た目か……腐ってるしな。幻術でもかけて誤魔化してみるか」

「はっ、では早速そのように」

「うむ、頼んだぞアルベド」

 

 付け焼刃かもしれないが、何もしないよりはマシだろう。

 

「ああ……ところでアルベド。最近お腹が大きくなってきたようだが、身体に問題はないか?」

「はい。初めてのことなので少々戸惑いはありますが、母子共に健康そのものです」

「それならいいが……一人の身体ではないのだから、くれぐれも無理はするなよ。休養もしっかり取るようにな。それと、何時でもペストーニャを呼べるようにしておけよ。それから――――」

 

 アインズは思いつく限りのことをアルベドに伝える。

 アルベドのお腹の中には子供が宿っている。サキュバスの妊娠期間などの情報は見つかっていないため、人間と同じように十月十日で生まれてくるとも限らない。

 何時生まれてきてもいいように、ペストーニャを初めとしたメイドたちにはお産に向けての準備は万全に整えてもらっている。

 それでも、アインズにとっても初めてのことなので心配で仕方がない。

 

 アルベドを心配しての言葉は止まらない。中にはトンチンカンなことを言ってしまった気がする。やがてニコニコと嬉しそうに微笑んでいるアルベドの顔を見て我に返る。

 

「あっ……ごほん。まぁ、何と言うか……身体を労わるように、な」

「はい」

 

 腰の羽をはためかせながら、アルベドは嬉しそうに部屋をあとにする。

 

 そして、試験的にエルダーリッチに美男でも醜悪でもなく、平凡な顔の幻術が施される。

  

 

 

 それから数日。

 

「アインズ様。例の幻術をかけたエルダーリッチの件ですが……同じ領主の所でまた問題が起こったようです」

 

 またかよ。という気持ちを抑えて書類を見る。

 その内容は――――。

 

 『寡黙に粛々と働く優秀な事務の(エルダーリッチ)に、一人のメイドが惚れてしまい。告白してしまったところ、中身がアンデッドだと知らされ寝込んでしまった』

 

「…………」

 

 アインズは無言でアルベドの方を見るが、彼女も無言のまま目で言っていた。

 

 処置無しと。

 

 

 

 

 

 

 (われ)はエルダーリッチ。

 至高の御身であるアインズ様に創造された誇り高きアンデッドである。

 いと尊きお方に付けていただいた名は『K・48(ケー・フォーティエイト)』。

 

 ふむ、ここが我の職場か。

 なんとも小さな館ではあるな。

 まぁ、ここは田舎領主らしいからそれも仕方なし。

 

 不満?

 そんなものあるはずがない。

 至高の御方のために働けるのだ。例えどのような地であろうと全霊をもってことに当たる次第。

 

 まずはここの領主に挨拶をせねばなるまい。

 現れたのは若い男だった。

 最近家督を継いだばかりのヒヨッコのようだが、この館ではこの男がトップであり、我の上司にあたる。

 ならば、この男には従わねばならない。

 それが御方に与えられた我の使命よ。

 

 案内された部屋が我の持ち場となるようだ。

 随分と狭いが問題はない。

 我の仕事内容を考えれば机と書棚があれば事足りる。

 早速仕事にかかろうではないか。

 おお、至高の御身よ。我は貴方様のお役に立っておりますぞ。

 

 この地へ来て数日。

 どうも館で働くメイドに怖がられているらしい。

 ここには三人のメイドがおり、二人は熟練のメイドなのだが、残りの若いメイドが特に我を怖がっているそうな。

 そう言えば我に与えられた部屋の掃除もその若いメイドの役目らしいが、一度顔を出して逃げ出したきりでその後は見ていない。

 

 部屋に埃が溜まっていようと気にはならんが、我が使う部屋が汚れたままでは至高の御方の名に傷を付けることになるやもしれん。

 仕方がない。

 仕事の合間にでも掃除をしておくか。

 ナザリック地下大墳墓のメイドの方々やエクレア様のようには出来ないだろうが、我でもそれなりには出来る。

 ほれ、我の爪長いしの。狭い所にも雑巾が届くというもの。

 

 至高の御方の命により、我の顔を幻術で隠すことになった。

 無論、至高の御方の命に逆らう気など毛頭ないのだが、何故そのようなことをする必要があるのか。

 最初は分からなかったが、ここのメイドとナザリックのメイドの方々とを重ねてみると理解出来た。

 ここのメイドは我が怖くて仕事にならない。

 そう『仕事』にならないのだ。

 ナザリックのメイドの方々がなんらかの要因で仕事、つまり御方のために働けなくなるというのがどういうものか。

 その要因が我にあれば。

 おおおおおお。申し訳ない思いが溢れて壊れてしまいそうだ。例えここのメイドがナザリックのメイドの方々とは違うとしても。

 本来なら自害するところだが、御方によってそれは禁じられている。

 ならば、ここのメイドが快適に働ける様に我も努力するべきだろう。 

 

 そうして与えられたのは一般的には平凡な顔と呼ばれるものだった。

 美しい容姿で無駄に他人を惹き付けることなく、醜い容姿で無駄に嫌悪されることもない。

 うむ、無難で素晴らしいチョイスではないだろうか。流石は至高の御方。

 ちなみに、我に人間の美醜は理解出来んのだがな。ははは。

 

 人事異動ということで再度紹介されてから、メイドは怖がる事もなく、仕事も順調にこなしていた。

 我の部屋の掃除という、本来の役割をこなすようになった若いメイドとも問題なくコニュニケーションが出来ていると思う。

 我の喉は腐っているのでかなりしわがれた声なのだが、あまり気にはならないそうだ。

 それよりも圧倒的なスピードで仕事をこなす我がカッコいいなどと言ってくる。

 我は至高の御方によって創造されたのだぞ。一般人には輝いて見えて当然であろう。ふっ。

 

 ある日。

 例の若いメイドが話があると言って我の部屋にやって来た。

 むむっ、顔が赤いようだが熱でもあるのだろうか。

 我に生者を癒す術はないので、この場合は領主に報告するべきか。

 我の心配を他所に、若いメイドは自分の主張をしてきた。

 

 …………。

 

 この娘っ子は何て言った?

 我の耳が腐っているから聞き違えたのだろうか。

 

 聞き返すが、やはりというか同じ事を言ってきた。

 

 我の事が好き?

 正気か?

 

 上目遣いで我を見る様は、人間であれば心惹かれるところなのだろうか。

 しかし、生憎と我には人間の恋愛感情なるものが全く理解出来ぬ。

 この娘に対しても同じ職場で働く同僚? のような感覚でそれ以上でも以下でもない。

 困ってしまう我。こういうのを窮地と呼ぶのだろうか。

 

 こういう時どう対応すれば良い?

 

 我は至高の御方によって創造された。その時、創造主の知識を一部引き継いでいる。

 考えろ我。

 

 そして、出た答えは正直に話す事だった。

 我がアンデッドだと知れば、人間であるこの娘も諦めるだろう。

 

 結果、娘は寝込んだ。

 なんか、酷くないか?

 

 これらの出来事は領主が御方へ報告を行った。

 

 こんな我のために至高の御方が知恵を振るうなど……嬉しくもあるが、申し訳なさの方が遥かに勝る。

 

 

 

 その後、どうなることかと思ったが、御方から特に指示は来なかった。

 それでいい。

 我如きのために御方がその聡明な頭脳を使う必要はない。

 こちらの問題はこちらで解決するべき。

 

 しかしながら、実際問題我はどうすれば良いのか分からなかった。

 考えても答えは出そうにないので仕事に励むことにした。

 

 そうこうして日々を過ごしていると、例の若いメイドが気を持ち直したそうだ。

 心なしか、目がすさんでいる気がするが気のせいだろう。

 いやあ、良かった良かった。

 

 我の部屋に若いメイドがやって来た。

 清掃道具一式を持っているということは掃除しに来たのだろう。

 我自身腐ってはいても、汚れた部屋よりは清潔な部屋の方がよい。

 これまで色々あったかもしれないが、お互い自分の役割を全うしようではないか。 

 

 そう思っていたら、メイドは我に清掃道具を突き付けてくる。

 何のマネだ?

 掃除はお主の仕事だろうに。

 そう言おうしたが、メイドの目付きがヤバイ。

 逆らうことは許さんと目が言っていた。

 

 一般人のメイドに我がどうこうされるとは思わぬが、何故か逆らってはいけない気がした。

 まぁ良いだろう。

 我とて自ら何度も掃除をした身。

 それに、自分が使う部屋を綺麗にするのに悪い気はしない。

 

 どうだ。

 我ながら見事に綺麗に出来た。百点。

 

 メイドが窓の淵を指でツーっとやる。

 おい。今舌打ちしなかったか?

 ドカドカと乱暴に歩くな。

 ドアを乱暴に閉めるな。傷んでしまうだろ。

 まったく。

 解せぬ。

 

 それからというもの。

 あのメイドは何かにつけて我をこき使おうとしてくる。

 

 本来あの娘がしなければならない掃除を半分やらされ。

 買い出しの荷物持ちやら雑用諸々。

 特に酷いと思ったのは料理だ。

 我に料理スキルはないので何も出来ぬ。味見をしろと言われても舌がないので感想も言えぬ。

 思いっきり舌打ちされた。

 

 我ちょっと泣きそう。

 

 我自身の仕事は最初に頑張っていたおかげで滞ることはなかった。

 しかし、これは御方が言わすところのパワハラに当たるのではないだろうか。

 

 我は悩む。

 至高の御方に相談すべきか。

 

 いやいや、待て待て。

 これはこの職場で起こっている問題。

 であるならば、まずはここの領主に相談するのが筋ではないだろうか。

 しかしながらここの領主は頼りなさそうな若造である。

 それなら領主の護衛のレンジャーに相談してみよう。

 そのレンジャーの男は中々な人生経験を持っていそうだ。きっと良きアドバイスを貰えるであろう。

 

 絶望した。

 レンジャーの男曰く。

 あれはやり切れない気持ちがあるようですね。でも、本当に嫌ってやっているのではなく、かまって欲しい、もしくはかまってあげたくてやっているのではないですか。

 まぁ、本人が納得するまでは大人しく従っている方が無難ですねぇ。

 

 意味が分からん。

 好きではない。かと言って嫌いという訳でもないのに、何故あんなことをするのか。

 人間の娘というのは本当に分からん。

 

 人事異動を願ってみるか?

 いやいや、至高の御方に決められた地に不満を抱くなど不敬に過ぎる。

 しかし。

 いや。

 しかし――――。

 

 悩みに悩んだ末。断腸の思いで御方に相談することに決めた。

 苦渋の決断であったが、慈悲深い御方は快く我の話を聞いて下さった。

 

 齟齬のないよう、極めて正確に相手の発言やその様子を事細かに報告していく。

 途中から御方は笑いを堪えておられたようだが、何か面白いことを言ってしまったのだろうか。

 

 全てを話終えて、御方から下されたのは――――。

 レンジャーの男が言ったこととほぼ同じで、耐えろであった。

 

 何度でも言おう。

 至高の御方の命に逆らう気は毛頭ない。

 そんな考えを起こす事すらない。

 至高の御方の命に従い、尽くすことは我にとっての存在意義そのもの。

 御方の意向に沿えぬ者には存在する価値はない。

 

 だが。

 だがしかし、これだけは言わせてもらえないだろうか。

 

 解せぬ。

 

 




皆さんも外出は可能な限り自粛しませう。
誰だってそうする。
俺もそうする。


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48話 類は友を呼ぶ?

※アズス・アインドラについて。
43話でアズスをあんな風に設定しましたが、あれは外伝ということで完全に別物とさせていただきます。
修正しようとも思いましたがご了承下さい。
特に重要なキャラでもないですし、アズスの性格は原作通りでお願いします。
(アズスの名前は出ますが、本人の出番は今後無い予定です)


「とうとう、無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)を着れなくなってしまったのね」

 

 アインズの胸に頭を乗せたままラキュースは感慨深げに呟く。

 今までの冒険で幾たびもこの身を守ってくれた、ユニコーンの装飾が刻み込まれた乙女のみしか着用できない鎧とお別れしなければならない。

 相棒とも悪友とも言える鎧はもう二度とラキュースの身を包むことはない。

 

「可笑しなものね。ようやくお別れ出来るから嬉しいはずなのに、どこか寂しい気分だわ」

 

 アインズもラキュースの気持ちがよく分かる。

 長い間愛用した武器防具などには愛着が湧いてしまうもの。コレクター気質もあったアインズはそういった物はずっと取っておいている。例え使う機会がなくても。

 

「大事にしまっておけばいいさ。何だったらナザリックの宝物殿に保管しておいても構わんぞ」

「そうですね。何時か女の子が生まれて大きくなったら、アインドラの証として継いでもらおうかしら」

 

 親から子へ、そして子から孫へと継承されていくというのは歴史があって重みを感じるだろうが、それがある意味呪われていると言えなくもないモノであれば――。

 

(それはなんの罰ゲームだろう。取り合えずそんな話は置いておいて。) 

  

「ラキュースの装備を考えなければならないな。これからも冒険者を続けるつもりなんだろ?」

「ええ。冒険は私の生きがいでもありますから」

 

 第三とはいえ王妃になったというのに。ラキュースにとっては王宮暮らしよりも豪気な冒険暮らしを望んでいた。

 貴族令嬢なのに冒険が好きとは。

 

「おてんば娘だなぁ……ふぉ!? ちょ、変なとこをいじるな」

「あら、男の人でもここは敏感なんですね。ふふ、アインドラ家のじゃじゃ馬娘はどんな立場になっても変わらないのですよ。えい!」

「こ、こら。そんなところを……や、やめんか……ええいお返しだ。コイツめ」

「きゃっ!」

 

 

 

 

 

 

 二時間後。

 再び仰向けで寝転んでいるアインズの胸にラキュースが頭を乗せていた。

 

「少し脱線してしまったな。ラキュースの装備についてだが……私から贈ろうと思っている。何か希望はあるか?」

「う~ん。そうですねぇ……」

「なんなら、もっと強力な武具を用意しても良い。君の叔父が持っているのと似たような物もあるぞ」

 

 ラキュースの叔父、アズス・アインドラが持っているパワードスーツはユグドラシル由来の装備品。過去のプレイヤーが残した物だと思われる。誰が装着しても同じ性能を発揮出来るが体力などは装備者のものそのままなので、物にもよるが初心者から中級者向けとされており、レベル上位者には無用な代物。

 それでも、この世界でならば無類の強さを得られる。

 

 冒険者ならば誰もが強力な装備を欲するもの。ラキュースもアインズの話を聞いて一瞬だけ瞳を輝かせるが、それは瞬く間にかげっていく。

 

「とても魅力的な話だけど……今回は遠慮しておきます」

「それは何故?」

「こう言うのもなんですが、叔父のようにはなりたくありませんので」

 

 アインズは知らないことだったが、どうやらアズス・アインドラは自力でオリハルコン級に昇る辺りまでは尊敬に値する人柄だったらしいが、例のパワードスーツを手に入れてから人が変わってしまったらしい。

 アダマンタイト級冒険者に憧れを抱いている者には『夢を見させる』ためとして、猫を被っているらしく、本性は決して褒められた人物ではないと、苦虫をかみつぶしたような顔をしている。 

 

 増長。慢心。

 

 アインズが常日頃から気を付けていることだ。

 ラキュースは自分も二の舞になるのではないかと危惧していた。

 

「君であればそんな心配はないと思うが……まぁそう言うのであればそうしよう。だがやはり鎧は必要だろう」

「では、ヴァージン・スノーと同程度のものでお願いします」

「分かった。後でパンドラズ・アクターを紹介しよう。デザインについては奴に相談して決めるといい」

 

 ナザリックの宝物庫から見繕ってもいいし、パンドラズ・アクターが変身して新しく造ってもいい。

 ただ、心配性なアインズはラキュースには内緒で、1か2段階ほどは上の物を用意させるように言っておこうと思っていた。

 

 

 

 翌日。

 

 今日もアインズは報告される書類に追われていた。

 

「ふむ、リ・ブルムラシュールの鉱山で未知の鉱石が発掘されたのか」

 

 その中で特に興味を引かれたのが未知の鉱石に関する報告だった。

 

 リ・ブルムラシュール(現状、名称はそのまま)は金鉱山やミスリル鉱山があり、王国時代でも採掘が活発に行われていた。

 今ではドワーフの全面協力もあり、強力な護衛アンデッドを就けているので、これまで危険で立ち入れなかった深部まで採掘出来るようになっている。

 

「七色に輝く鉱石か……希少性が高く、ごく少量しか発見出来ていないようだが、これがナザリックの強化に繋がれば最高なのだがな。ユグドラシルにはない物らしいからまずは鑑定からだな」

 

 この世界特有の希少鉱石。どういった物かはまだわからないが、そう聞くだけでコレクター魂が自然と燃え上がってくる。時間がかかってもしっかりと調べる必要があるだろう。

 

 ふと時計を見ると仕事に入ってから随分と時間が経過していた。

 

「少し休憩がてら、ラキュースの様子でも見に行くか」

 

 ラキュースの装備についてパンドラズ・アクターがこっちに来ているはず。

 今日の当番のシクススを連れ、王宮でのラキュースの部屋へと向かう。

 

 窓から暖かい日差しが入っている廊下を歩く。

 太陽の光の暖かさなど、リアルでは知り得なかったものを感じながら、こんな穏やかな日々が続くようにと思う。

 

 やがて目的の部屋へと到着する。

 シクススが扉をノックしようと近づく。それを見守るアインズの耳に、中から何か嫌な予感がする声が聞こえてきた。

 

「ちょ、ちょっと待った、シクスス」

「は、はい」

 

 驚いて肩を震わせたシクススを止めて扉から離れさせる。

 ドアの開け閉めはメイドにとって大事な仕事。しかしながら今はそれどころではない。

 アインズは扉を少しだけ開け、そっと中の様子を確かめる。

 

「おおぉ!! なんと力強くも優雅なポーズ! 流石は我が父上が認められたお方!」

「貴方の方こそ! 私の心が、いえ魂が震えるほどカッコいいポーズだわ!」

「当っ然です!! 私のこのポーズも! 言い回しも! 父上から教えられたもの!」

「ああ、私が長年考えてきたことを誰かに披露出来る日が来るなんて」

「私もですよ。ナザリックの皆さんは、私が色々ポーズを決めたりすると、とても冷たい目で見て来ますからね」

「私はそんなことは絶対にしないわ」

「おぉ、ありがとう御座います。今日という良き日を祝って最高にカッコいいのをお披露目致しましょう。はっ!!」

「すごい! すごいわ!! 空中で決めるなんて、まるで――――」

 

 アインズはそっとドアを閉める。

 なんだか頭が痛くなってきて、指で眉間をおさえる。

 

「あ、あのアインズ様……」

「……シクススよ」

「は、はい」

「お前はここで何も見ていない。何も聞いていない。いいな」

「はい。かしこまりました」

 

 

 

 意気投合したラキュースとパンドラズ・アクターは、その後、お互い義息子(パンドラ)義母(ははうえ)と呼び合うようになる。

 仲良くなるのは良い事なのだが、アインズはなんとも言えない気持ちになっていた。

 

 ちなみにラキュースの鎧はヴァージン・スノーと見た目はソックリにして新しく作られることとなる。本人の希望で色は漆黒に染められて。

 

 『闇に墜ちたラキュース』

   

 当人がそう自称してしまったことにより、一時期王都内では魔導王に対してあまり良くない噂が広まってしまう。

  

 誤解を解くためにラキュースが奔走したのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓。第九階層ロイヤルスイートの廊下。

 正確にはアルベドの部屋の外でアインズを始め、各階層守護者とセバスの姿があった。

 

「コキュートス、先ほどから冷気が駄々洩れですよ。少しは落ち着いたらどうだね」

「ムッ、ソウデアッタカ。済マナイ、デミウルゴス」

 

 冷気が漏れていたのに気付かないほど落ち着きのないコキュートスは、友の忠告を素直に受け入れる。ただその友の尻尾も、上下左右に忙しなく揺れている様子から平常心ではないと分かる。

 コキュートスは冷気を抑えつつも、再び熊のようにウロウロとしだす。

 二人だけではない、シャルティア、アウラにマーレも、セバスですら普段とはまるで違い、ソワソワと落ち着きのない状態であった。

 

「お前たち、私たちが気をもんでいても仕方があるまい。今はアルベドとペストーニャたちに任せるしかないのだからな」

「はっ、申し訳御座いません。アインズ様」

「よい。お前たちがそうなってしまうのも、ある意味仕方がないのかもしれないからな」

 

(何せ、俺とアルベドの子供が生まれるってんだからなぁ)

 

 ナザリックの者からすれば待望の第一子になる訳だから、デミウルゴスやセバスからしても落ち着いてなどいられないのだろう。誰もが目に見えて慌てている姿というのは、新鮮な光景でもあった。

 

 腕組して壁にもたれているアインズは、傍から見れば落ち着いた堂々とした姿に見える。

 しかしその実、マントで隠れている片方の足は貧乏ゆすりが止まらない状態であった。

 

(あ~、とうとう生まれるのかぁ、俺の子が)

 

 心の中は生まれてくる子への期待と不安。

 母体であるアルベドへの心配で溢れており、この中で一番動揺している自信があった。

 

 当たり前と言えば当たり前だが、ユグドラシルの百科事典にもサキュバスの出産については記載されていなかった。つまり、予備知識がない状態でのお産。ペストーニャから自信有り気に「お任せください」と言われていても、アルベドと子供が無事でいられるか不安で不安で仕方がなかった。

 

 

 

「オギャー!」

 

 悶々とした思いでいると、やがて部屋の中から泣き声が聞こえて来た。

 

「「!?」」

 

 全員の視線がドアの方へと向けられる。

 そしてドアが中から開けられ、嬉しそうにしているメイドが入って大丈夫と促してくれた。

 

「無事に生まれたか!?」 

「はい。元気な女の子です」

 

 ペストーニャが応えながら、毛布で包んだ赤子をアルベドの枕元へと丁寧に置いていた。傍にはお産を手伝っていたメイドたちが涙を流していた。

 

「アルベド、無事か?」

「はい。身体は丈夫に出来ておりますので全く問題ありません。」

「そうか……良かった」

 

 とりあえずは大事にならず安堵する。

 子供も元気な鳴き声を上げているあたり、心配はなさそうだ。

 

「わあ。これがアインズ様の御子かぁ……アルベドに良く似てるね」

「お、お姉ちゃん。ぼ、僕にも見せて……あ、ホントだ。アルベドさんにそっくり」

 

 アウラとマーレが言うように、本当にアルベドに似ていた。

 艶やかな黒髪、頭に生えた小さな山羊のような角。毛布に包まれていて確認出来ないが、ペストーニャが言うには腰から漆黒の天使の翼が生えているそうだ。

 

「ふむ、とても利発そうなお顔をしているね。アインズ様の血を引いているのだから、将来がとても楽しみですね」

「生マレタバカリダト言ウノニ、コレダケ元気ナ産声ヲ上ゲラレルトハ。コノ爺、先が楽シミデスゾ」

 

 デミウルゴスとコキュートスは早速将来のことを考えていた。頭の方は自分に似ないように願った方が良いのだろう。

 

「私も生まれたての赤子は初めてなのですが、こんなに大きな泣き声を上げて喉は大丈夫なのでしょうか?」

「そうでありんすねぇ。流石にちょっと大き過ぎる気がしんす」

「セバスもシャルティアもそう心配するな。よく言うではないか、子供は元気良く泣くのが仕事なのだと」

「おお、そうだったのですか。流石はアインズ様。ご慧眼でいらっしゃいますね」

 

(でも、確かに元気過ぎる気がするよなぁ)

 

 赤子の泣き声はとどまる所を知らずにドンドン大きくなっていた。

 最古図書館で調べたところ。赤ちゃんはママのお腹にいる間、ずっとママの心音を聞いていた。赤ちゃんにとってはなにより落ち着く音が、ママのお腹から出た瞬間、聞こえなくなってしまい、不安になった赤ちゃんは大きな声で泣いてしまうという説があった。

 

「アインズ様。この子を抱っこしてあげて下さい」

「ああ、そうさせてくれ」

 

 アルベドに言われるまま、赤子を抱き上げてみる。壊れ物を扱うよう出来るだけ慎重に。

 さあ、俺がパパだよ。そんな風に言おうと思って胸元に抱き寄せる。

   

「ア゛ア゛アアァ……………………くふふ」

「えっ?」

「あっ」

「なんとっ」

「コレハッ」

「ありんすっ」

 

「「…………」」

 

 全員が沈黙する。

 そんな部屋の中、赤子の「くふふ」という笑い声だけがやたらと響いていた。

 

 守護者やセバスだけでなく、ペストーニャやメイドまでもが無言の視線を一人に向ける。 

 

「え、え、私が悪いの? ア、アインズ様までそんな目で……」

「くふ~」 

 

 

 

 なにはともあれ、ナザリック地下大墳墓の絶対支配者に待望の第一子が生まれたことで、ナザリック内は歓喜に包まれた。

 

 子供の名は「モモ」と名付けられた。(命名アルベド)

 

 

 

 

 

 

 赤ちゃん部屋。

 モモが生まれたことでナザリックの地下大墳墓第九階層にある、ギルドメンバーの空き部屋の一つがそれにあてられた。

 

「あらコキュートス。今日も門番でありんすか?」

「シャルティアカ。休憩時間ハ各々ガ自由に過ゴスベシト、アインズ様カラ言ワレテイルカラナ。ソウ言ウオ前モ、モモ様ニオ会イニ来タノダロウ?」

 

 シャルティアもコキュートスと同じで、休憩時間を利用してここに来た口だった。

 今は昼時なため、それほど長くはいられないだろうが、それでもモモの顔が見たかった。

 

「ご苦労様でありんすね」

「私が居ル限リ、不遜ナ輩ハ一切ココヲ通サヌ。オオ、モモ様。爺ハ、爺ハァ」

 

 フシューと冷気を吹き出し気合が入っている。

 ここまで侵入出来る者が居るとは思えないが、何やら妄想して悦に入っている様子。そのまま放っておくのが良いだろう。コキュートスの休憩時間はもうすぐ終わって持ち場に戻るだろうから。

 

 赤ちゃん部屋に入ると揺りかごを揺らす一般メイドのリュミエールの姿があった。

 モモの世話は基本アルベドが行っているが、彼女は仕事が忙しい。そのため、一般メイドの誰かが日替わりで付きっ切りでいる。アインズ様当番に次いでメイドたちに人気のある仕事だ。   

 

「シャルティア様、ようこそお出で下さいました」

「ええ、モモちゃんのお顔が見たくて来たでありんす」

 

 リュミエールはそっと礼をしてから少し席を離れる。

 

「ほ~らモモちゃん、シャルティアでありんすよ」

 

 揺りかごを覗き込むと可愛い笑顔でご機嫌なモモの姿。

 アルベドにとても似ているが、どことなく愛しの御方の面影も垣間見えるのでとても愛らしい。

 モモを持ち上げ抱っこする。

 

「おや? 揺りかごに何か置いてあるでありんすね。これは……アインズ様人形?」

 

 見ればそれはかなりデフォルメされたアインズ様のぬいぐるみ(オーバーロードバージョン)であった。

 

「うえ、よだれでビショビショ。一度洗ってあげた方が良いでありんすね」

「では、私が洗ってきます」

「お願いするでありんす」

「はい。モモ様がこのぬいぐるみで遊んでいる時に、洗おうと取り上げてしまうと大泣きしてしまうんです。そうなってしまうと私どもではもう…………」

 

 満足して手放した時が洗うチャンスなようだ。

 ぬいぐるみで遊ぶのが、主にあむあむと甘噛みすることだと聞く。

 

(流石はアルベドの子ね)

 

 水分を含んで重くなったぬいぐるみを持って、リュミエールは部屋を出る。

 彼女たち一般メイドは世話をしている時に誰かが来た場合の行動が二種類に分かれる。

 一緒にモモを可愛がるか、来訪者の邪魔をせずに自分は引っ込むかのどちらか。

 リュミエールは後者にあたる。

 

 それはそれとして。

 

「さあ、モモちゃん。今日は何をして遊ぼうかしら?」

 

 大きく揺らしてあげると、きゃいきゃいと楽しそうにはしゃいでくれる。何度も顔を見せに来た成果が表れていた。

 

「うふふ、それにしても本当に可愛いでありんすね。いっそこのまま食べちゃいたいぐらい、ぐふふ」

 

 御方の血を引いて面影があるだけに、思わず本性が出かけた所で脳天に衝撃が走る。

 

「痛痛痛……ってアルベド!? いつの間にここに?」

「さっきよ。全く貴方は……この子を欲望に染まった目で見るんじゃないわよ。ほら、返しなさい」

「ああ、そんなぁ。冗談でありんすのに」

「どうだか。割と本気だったように見えたわよ。はぁ、貴方だけじゃないけど、他の皆もこの子を甘やかし過ぎな気がするわ。私だけでも厳しく躾けないと我がままな子に育ってしまいそうね」

 

 アルベドはモモの将来がちょっぴり不安であった。

 まだ生まれたばかりだから甘やかすのは分かる。しかし皆の様子から、このままではなんでも自分の思い通りになると思うような悪い子に育ってしまいそうだった。

 夫に相談したこともある。

 「その通りだな」と肯定してくれてはいるが、不敬と思いつつもモモと接している時の夫は頬が緩みっぱなしでいるためかなり不安だった。

 母である自分がしっかりしなければならない。

 

「スパルタママになるつもり? 確か『獅子の子育て』とか言うんでありんしょう? 至高の御方が仰っていたでありんす」

「へえ、どんな話なの?」

「えっと~確か……獅子は奥さんに多額の保険をかけて千尋の谷に突き落とす……あれ? 何かちょっと違う気がするでありんすが、そんな感じ」

「何よ、それじゃ私が落とされてるじゃない。それに保険ってなんなの?」

「ちょっと距離が離れていんしたけど、そのようなことをたっち・みー様とどなたかが話していたでありんす」

 

 多分、いや間違いなく聞き違いだろうとアルベドは思う。まぁシャルティアだし仕方がない。

 

「ふええええ!」

「あらあら、シャルティアが変な話するから泣いちゃったじゃない」

「私のせい!? ほらほら~シャルティアちゃんですよ~あぶぶぶ」

「ふえええええええん!」

 

 二人であやそうとするが、一向に泣き止む気配はなかった。

 シャルティアが必殺の『いないいないばあ』を仕掛けるが効果はないようだ。 

 

「おかしいでありんすね。いつもならこれ一発で機嫌が良くなるのに」

「そうなの? 貴方の真の姿を見て喜ぶなんて、この子も肝が据わっているわね。それにしてもどうしたのかしら? おっぱいはあげたばかりだし、オムツも濡れてないのに。お~よしよし」

 

 シャルティアと宥めようとするが、一向に泣き止む気配ない。

 泣き声は大きくなる一方であった。

 

「すごい泣き声だな」

「「ア、アインズ様!?」」

 

 あやすのに必死で御方が来られていたのに気付けなかった。

 

「アインズ様。どうしてこちらに?」

「いやなに、仕事が一段落したのでモモを抱いて散歩でもと思ってな。それにしても凄く泣いているな」

「申し訳ありません。すぐにあやします」

「気にするな。どれ、私に貸してみろ」

 

 アルベドがアインズにモモを渡す。

 するとどうだろう。アルベドとシャルティアが必死にあやしても泣き止まなかったのが、ピタリと止まる。

 

「くふふふ」

「ははは、なんだモモ。そんなにパパに会いたかったのか。二人とも、モモを連れて行っても構わないか?」

「は、はい」

「わ、私はもうすぐ持ち場に戻らねばならないでありんすので」

「そうか。ではモモ。今日は第六階層のジャングルにでも行ってみるか」

「くふ、くふふー」

 

 御方とモモが部屋を出てから、アルベドとシャルティアはお互いを見つめ合う。

 

「アルベド、見たでありんすか?」

「ええ、アインズ様は気付いていらっしゃらなかったようだけど」

 

 モモが御方の手元で泣き止んだ後の顔。

 

「赤ちゃんがしていい顔じゃないでありんす」

 

 恍惚。愉悦。快楽。

 それら全てが合わさったかのような表情を二人は見逃さなかった。 

 

「これはあの子の将来が本気で心配になってきたわ」

「そうでありんすね」

 

 二人の脳内でモモが大きくなった頃のことが連想される。

 

『パパ~。一緒にお風呂入ろ』

『ああ、いいぞ……ってソコは洗わんでいい。おい、いったい何で背中を洗ってくれているんだ?』

『モモちゃん特性のスポンジだよ~。ほ~ら気持ちいいでしょ』

 

『パパ~。一緒に寝よ』

『ああ、いいぞ……ってパジャマを脱ぐな。変なトコを触るんじゃない』 

 

「「…………」」

 

 ふたりの想像は近い未来、現実のものとなる。

 

 そんな想像が出来ていないアインズは、モモを目一杯可愛がり、後にちょっぴり後悔することになるのだった。

 

 

 




モモの名前は「不死者のoh!」より参照。
ヒドイン二号の誕生。いや、二世かな。



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49話 薄幸少女アルシェ

誤字報告ありがとう御座います。

どこにも出かけれないGWに一匙の読み物を。


 王都魔術師組合。

 そこでの業務は魔導国の統治下に入ってからも基本変わっていない。

 スクロールやマジックアイテムなどの販売や、新たな魔法開発の研究を行っていた。

 大きく変わった事と言えば『福利厚生』が導入されたことだろう。

 

 『福利厚生』は国が実施するものだったり、組合側が実施するものだったりとその種類は多岐に渡る。

 優秀な人材が集まってくれるように。

 優秀な人材が定着し、そこで成長してもらえるように。

 

 始めは訝し気にされながらの導入であったが、その仕組みが理解されるにつれ、雇う側も雇われる側も共にメリットがあるのが示され、魔術師組合員たちは自らが目指した魔法の道を邁進していた。

 

 アルシェ・イーブ・リイル・フルトも変革していく王都内で臨時職員として働く一人だった。

 

「――――ではまた失敗だったんですね」

「残念ながらそのようだ。今回こそはと思ったのだがな」

 

 暗く、虚ろに響く声で応えられ落胆してしまう。

 

「そう落ち込むことはあるまい。ティトゥス様からは早急の案件ではないと言われている。魔導王陛下も失敗から得られることは多いと仰っていたのだからな。次に活かせば良いだけのこと」

「――――そうですね、デイバーノックさん」

 

 魔導王陛下の居城での制作方法では羊皮紙が燃えてしまい、第一位階を込めるのが限界と聞いている。

 それを解決するために組合に出された依頼の一つが、今二人が行っているスクロール用の羊皮紙の改良、その研究だった。

 

「――――次は羊皮紙の強度を上げる方法を模索してみましょうか」

「そうだな……むっ、もうこんな時間か。アルシェは就業時間を超えてしまう前にあがるといい。続きは今度にしよう」

 

 時計を見れば終業時間に差し迫っていた。

 時間を超過した分は残業時間として賃金が上乗せされるが、余計に残業するのは推奨されていない。帰れる時は帰った方が良いのだ。

 アルシェは帰り支度を始めるが、デイバーノックは本を取り出して椅子に座っていた。

 

「――――デイバーノックさんは帰らないんですか?」

「ああ、ここは結構落ち着くからな」

「――――特に意味なく職場に残っていると、叱られるかもしれませんよ」

「俺は睡眠を必要としておらん。残業の申請もしないし、あくまで趣味の読書をして過ごすのだからな。仕事をする訳ではないのだから問題はあるまい」

 

 そう言って魔法の書物を読み漁っている。

 ここでの魔法の研究は仕事扱いになるのだが、魔法に関する本で勉強するのは趣味だと主張すれば、陛下の意向には逆らっていないことになると主張している。

 それで本当に良いのか。

 言及しても、どうも不毛な争いになりそうなのでこのアンデッドのことは放っておくことにした。

 

「――――程ほどにして下さいね」

「うむ、アルシェも気を付けて帰れ」

「――――お先に失礼します」

 

 魔術師組合を出る時に、他の組合員の人たちにも挨拶していく。

 

 気を付けて帰れと言われたが、デス・ナイトなどが警邏する王都の治安はすこぶる良い。

 女子供が一人で出歩いても問題ないほどだ。

 デイバーノックの言葉はただのコミュニケーションの一つに過ぎなかった。

 

 

 

 アルシェがエ・ランテルから王都に引っ越したのには理由がある。

 魔導国の統治下に入ったばかりの王都や各都市では、アンデッドに忌避感を持った者が大勢いる。そのため、比較的アンデッドに慣れた者が王都に来て、率先して魔導国のアンデッドに接触し、善良な市民に危害を加えることはないと教えることにより、見本となることが出来る。

 これは魔導王からエ・ランテルの住人に要請されたことで、応じた者には特別手当が支給されるのだ。

 そのため、エ・ランテルから様々な職種の者たちが魔導国各地に散っている。

 

 王国時代の魔法を軽視する体質からの変革もあり、エ・ランテルよりも規模が大きい王都の方がより良いと思ったのもある。アルシェは若くして第三位階魔法が使えるので結構重宝されているのもあり、魔術師組合から受け取る給金はエ・ランテルに居た頃より多くなっていた。

 

 お腹を空かせて待っているだろうクーデリカとウレイリカの分の夕食を買うために寄り道した後、足早に家路につく

 

 王都での住む場所は二人の妹と暮らすには十分な広さの借家を借りていた。

 大勢の貴族が粛正されたことに伴い、王都内では大小様々な物件が空き家となっていた。それらを改装して、一般向けに開放された内の一つがここだ。

 

「――――ただいま」

「「おかえりなさい! お姉さま」」

 

 玄関を開けると愛しい妹が二人して抱き着いて来る。

 

「――――二人とも良い子にしてた?」

「「うん!」」

 

 天真爛漫な笑顔を見れば仕事の疲れも吹っ飛んでしまう。

 

「――――お腹空いたでしょ。すぐに夕食にするからね」

 

 姉妹三人で食卓を囲む。

 ワーカー時代には野宿することもあったため、簡単なものなら出来るのだが、お世辞にも料理が得意とは言えない。

 そのため、テーブルに並んでいるのは、調理の必要のないお惣菜が主となっている。

 魔導国で売られている食料は全体的に上質なのもあって、二人はなんの不満もなく食事を味わっていた。

 

「――――今日は何して過ごしていたの?」

「今日は公園で遊んでたの。ね~ウレイリカ」

「かくれんぼとか鬼ごっことか。ね~クーデリカ」

 

 唯一アルシェが調理したシチューをスプーンで掬いながら、今日の出来事を色々と話してくれる。

 楽しそうな笑顔を向けてくれることで、なんだかこちらまで嬉しくなってしまう。

 

「でも、こっちのデス・ナイトさんはあっちにいたのとちょっと違う気がする」

「あっちのよく遊んでくれたデス・ナイトさんはいないのかな~」

「――――え、ええと、どうなんだろうね」

 

 あっちのとは、エ・ランテルにいた時の、兜や鎧の角が妙に丸まっていたデス・ナイトのことだろう。

 肩に乗り、まるで下男のように扱っていたと知った時は心底驚かされたものだ。

 

(――――あんまり目立つのは良くない気がするけど……)

 

 クーデリカとウレイリカはデス・ナイトを全くと言っていいほど怖がっていない。そんな二人の姿を都市の住人が目にすることで、魔導王が使役するアンデッドに対する恐怖が和らいでいるのは事実でもあった。

 ある意味、魔導王の意向に最も沿っているのはこの二人なのかも知れない。

 そういう思いもあって、アルシェは止めるように言ったりしない。二人が思うがままに、したいようにさせていた。

 

 食事が終われば次はお風呂だ。

 王都内でも、カルネ村のように蛇口をひねれば水が出てくるマジックアイテムが普及してきており、更にそれの応用でお湯が出てくる物まで広まっている。

 マジックアイテムは本来高価な物だが、家庭用のマジックアイテムだけは一般人でも求めやすい価格で販売されている。

 クーデリカとウレイリカはかなり活発に出歩くため、結構汚れて帰って来ることがある。

 風呂設備があって、ちょうど良い大きさの借家があったのは僥倖だった。

 

(――――それに、女の子なんだから清潔にしないとね)

 

 風呂を上がれば、あとは歯を磨いて寝るだけ。

 

 寝間着に着替えて二階の寝室へと向かう。

 寝室も広くはなく、ベッドが二つあるだけだがこれで十分。

 まだ身体が小さい二人は一つのベッドに一緒に入り、眠りにつくまでアルシェが傍に付き添う。

 二人が眠るまでたわいもない話をしたり、本を読み聞かせたりと日によって色々だ。

 

「く~く~」

「す~す~」 

 

 今日は遊び疲れたのか、何かおねだりをすることもなく、やがて静かな寝息をたて始める。

 

 穏やかな寝顔を眺めながら、起こさないようにそっと二人の頭を撫でる。

 二人の元気な姿を見れることがアルシェにとって何よりの幸せ。天使のような寝顔を見せてくれるこの瞬間は特に温かい気持ちにさせてくれる。

 

「ん~お父さま~」

「……お母さま~」

 

 二人の寝言に撫でていた手が止まる。

 こんな寝言を言うのは今日に限ったことではない。帝都を出てから定期的にあったことだった。

 

(……やっぱり、まだ寂しいよね)

 

 両親はアルシェの判断で見限った。

 あのままあの家にいれば碌な未来が見えなかったから。

 二人を救うつもりで家を飛び出したのだが、本当にこれで良かったのか。

 自分の行動は正しかったと思っているし、後悔もしていなかったが、二人の寝言を聞くようになってからそんなことを思うようになっていた。

 

 クーデリカもウレイリカも、起きている時に両親のことを口にしたことは一度もない。

 アルシェを気遣っているのか、子供ながらに何かしら気付いているのかは分からない。

 しかし心の奥底では両親を求めているのだろう。

 

(――――無理もない……か……)

 

 まだまだ親に甘えたい盛りの年頃。

 事情があったとは言え、それを引き離したのは誰でもない姉の自分なのだ。

 

 アルシェは固く決心していることがあった。

 二人が大きくなって、物事を自分で判断出来るようになったら全て話すと。

 もしかしたら嫌われてしまうかも知れない。

 あの家はもうどうしようもない状態だったと判断したけれど、その後どうなっていたか、本当の所はアルシェには分からない。幼い子供の時分に両親を切り離したのが姉だと知った二人はどう思うだろうか。それを思うと胸に穴が空いたように苦しくなる。

 

 それでも、いつかは真実を話さなければならない。

 

 それまでは親代わりとして二人を立派に育てなければならない。

 ある人のおかげで得た大金は二人の将来のために貯金してあり、一切手をつけていない。

 アルシェが働いて得た給金だけでこれまでやってきた。二人が立派に成人するまではそうしていくつもりだ。

 

 炊事、洗濯、掃除に仕事。拙いながらも出来ることは手伝ってくれる二人だが、アルシェの仕事量はかなり多く、アルシェの毎日は、基本クーデリカとウレイリカを中心として過ごしている。

 幸いというか、仕事は休みが結構多く取れるので休養も一応は取れている。

 

 アルシェはもう『歴史に名を残す魔法詠唱者(マジックキャスター)になる』という夢を諦めていた。

 二人から両親を奪った非道な自分が夢を叶えようなど、あまりにも自分勝手ではないか。

 

 それでも構わない。

 宝物である二人が何よりも大切。

 自分のことなんてもう良いのだと、アルシェは自分に言い聞かせて、眠りにつく。

 

 

 

 

 

 

 ある日の休日。

 

「それでヘッケランったら、私が危ない! って言ってるのにトラップにひっかかっちゃってさ。その時の様子がこ~んな感じでさ。あ~思い出して笑えるわ~」

「――――それは私も見てみたかった」

 

 アルシェは休日を利用してカフェレストランに来ていた。テーブルの対面には同じチームで活動していたイミーナが恋人の失敗談を面白おかしく話している。

 

 ワーカーチーム“フォーサイト”は実質解散となっていた。

 アルシェは妹の世話があるので危険なことは避けなければならない。万が一、アルシェの身に何かあれば、幼い二人がどうなることか。もしアルシェ自身がまだチームに居たいと言っても仲間は反対していたことだろう。

 

 ロバーデイクは念願の孤児院の院長になっていた。

 エ・ランテルでも活動自体は出来たのだろうが、王都では幾つも孤児院を建てる計画が発表されたため、こちらに移住してきた訳だ。今頃は大勢の子供に囲まれているのだろう。

 

 ヘッケランとイミーナは新しい仕事を探すために王都に移住していた。

 ただ、二人はまだはっきりとした道を決めてはいない。

 今は冒険者用のダンジョンでなんとなく鍛えている状態だった。

 軽戦士とレンジャーの二人だけという人手が足らない状態ではあるが、それならそれで見合った階層に赴けば良い。それだけでも十分な鍛錬となっているようだ。

 

「そのあとなんだけど――――」

 

 紅茶を飲みながらイミーナの話を聞く。このように休みの日にはイミーナとよく会っていた。チーム自体は解散していても、仲間であることに変わりはなかった。

 テラスに位置するこの場からは近くにある公園が良く見えていた。そこではクーデリカとウレイリカが楽しそうに遊んでいる姿が見える。 

 

 

 

「それで、アルシェの方は大丈夫なの? その……何か私に手伝えることとか、ない?」 

 

 イミーナの話がある程度終わった所で、妙に神妙な顔付きで聞いて来る。

 

「――――問題ない。こうして休みもあるから体調を崩したりもしていない……だから、大丈夫」

「…………そっか。アルシェがそう言うのなら、お姉さんから言うことは特にないわ。でも無理しちゃダメよ。何かあったら私を頼りなさいよね」

「――――うん。感謝する」

 

 例え体調を崩したとしても妹たちのためなら踏ん張れる気でいる。

 イミーナはアルシェがほとんどの時間を妹たちのために費やしていることを知っている。自分のための時間などほとんどないことを気遣っているのだろう。

 

(いいんだ、このままで。二人が幸せになれるなら……私はどうなったって)

 

 

 

 そうして日々を過ごしていたある日のこと。

 魔導王からの使者がアルシェ宅に訪れ、アルシェに王城まで来るようにと、お達しが来るのだった。

 

 

 

 




アルシェは幸が薄そうな感じがする。


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50話 学園

毎度誤字報告ありがとう御座います。
だがなんと!
前話で初めて誤字報告がなかったのです。うれしす。
ちょっと短かったのもあるけどね……
今回も短いよ。



 魔導王の使者から王城に来るよう指示を受けたアルシェは、さっそく魔導王と会っていた。

 王都の街並みが良く見える窓際のソファーで上質な紅茶をいただきながら、呼び出された内容の説明を受ける。

 

「――――学園、ですか?」

「そうだ。魔導国内に学び場を設立し、優秀な人材を育てるためにも必要な施設だ」

 

 確かにその通りかもしれない。

 『魔を導く王』が統治している国なのに、魔法軽視で育った元王国民たちは魔法への理解が他国よりも浅い。このままでは周りから名前に偽り有りと考える者が出てくる可能性もある。

 

「計画の責任者として、アルシェを指名したいと思っている」

「わ、私が!?」 

「ああ、そうだ。適任だと私は思っている。帝国の魔法学園にも通っていたのだから、どのような制度や設備が必要か。また、他にどのような設備があれば良かったかなど、生徒目線でも判断出来るだろう?」

「――――で、でも…………私は…………」

「そう心配することはない。お前の職場の魔術師組合とは話がついている」

 

 いつの間にやったのか、アルシェが魔術師組合に顔を出さなくなっても問題ないように手配されているようだが、問題はそこではない。

 

(――――そんな責任重大なこと…………)

 

 即座に了承は出来ない。

 目の前にいる王から吹き上る圧倒的なオーラがアルシェには見えている。 

 心構えが出来ているから吐き気こそ起こらないが、タレントによって見えているオーラは超越者そのもの。

 そんな人物が起こす魔法学園の設立の責任者。はっきり言って荷が重すぎる。

 

「帝国の方にも話は通してある。あちらで必要なアドバイスは勿論、運営に必要な人材も可能な範囲ではあるが借りてくることも出来る」

 

 お膳立てはほとんど済まされていた。

 ここまで用意されて、断るのは逆に恐ろしい気がした。

 

「――――わ、分かりました。私に出来る限り、頑張らせていただきます」

「そうか。引き受けてくれるか」

「――――あの、一つ聞いてもよろしいですか?」

「ん? なんだ?」

「――――どうしてパラダイン様を指名しなかったのですか? 陛下からの要請であれば、パラダイン様も引き受けてくれたと思うのですが?」

 

 魔法研究に熱心なフールーダ・パラダインであれば、陛下の魔力を見れば従うのではと思えた。

 それに帝国の魔法学園を設立した張本人でもあるのだから、今回の件にはうってつけなのは間違いない。同盟国でもあるのだし。ひょっとしたら、借りを作る形になるから躊躇しているのだろうか。

 

「いや、フールーダは…………その、なんと言うか…………ちょっと会いたくないと言うか、問題があってな」

「――――はぁ?」

 

 良く分からないが、どうも都合が良くないようだ。流石にこれ以上聞くのは憚られた。 

 咳ばらいを一つして、気を取り直した陛下は学園に関して続きを話し出す。

 

「何も一から全てを任せようと言う訳ではない。これを見てくれ」

 

 そう言って陛下が取り出したのは、綺麗な水晶だった。

 

「――――キレイ…………陛下、これは?」

「これはデータクリスタルと言ってな。こうやると…………」

「わっ、すごい」

 

 陛下が手で何か操作すると、水晶から三十センチほどの立体的な映像が宙に浮かび出して来た。

 門があり、綺麗な花を咲かせる並木道の先には独創的な建物。

 

「――――学園のモデル、ですか?」

「そうだ。私のかつての仲間が構想していたものなんだが。更にこうやると…………」

 

 陛下がもう一度手で何かの操作をすると、陛下が触れた部分からその部屋の中の構造が浮かびだす。

 見たこともない文字も浮かんでいた。

 

「これを元にしてもらいたいのだが、恐らくこれをこのまま建設すると、問題が起こると想定される。アルシェにはこれをちゃんとした学園になるように修正してもらいたい」

「――――は、はい。分かりました」

 

 操作方法を教えてもらい、未知の文字が読める様になるマジックアイテムも一緒に水晶を受け取る。

 

「プレッシャーをかけるつもりはないが、この学園はこの先何十年、何百年と続く大事なものになるだろう。完遂の暁には私で叶えられる範囲で、望む褒美を取らせようと思っている。一つと言わず二つでも構わん」

「――――分かり、ました」

 

 少しだけ尻すぼみで返事してしまった。

 国家規模の事業を成功させたなら、それはもう大変な功績になる。褒美も当然それ相応のものが望めるだろう。

 しかし、アルシェは褒美については辞退しようと思っていた。

 なぜならアルシェは魔導王から受けた恩をまだ返せていないから。

 帝都にいた頃。“フォーサイト”としてモモン(魔導王)に助けられた時の恩はカルネ村での働きで恩返しは済んでいると考えて良いかもしれない。

 だけどアルシェ個人としては妹たちを助けてもらった恩が未だに残っている。ずっとそう思って過ごしてきた。

 今回の学園の件で、その恩返しが出来るかもしれないのだ。その上褒美までもらおうなんて、自分はそこまで図太くない。

 妹たちのために何か褒美でもと考えてみても、二人が成人するまでの生活費は十分過ぎるほどに貯金してある。この貯金自体もモモン(魔導王)のおかげで手元にあるのだから、何かを望むべきではないし、望めない。

 多分、陛下にとってはこちらを助けた、なんて意識はないのだろう。強大な力を持つがゆえに大したことをしたつもりもないのだろう。

 

(――――それでも、私にとっては……)

 

 感謝しかない。

 とても重圧のかかる仕事だが、全力でやり切ると心の中で気合を入れて、王城をあとにする。

 

 

 

 

 

 

「……へえ、これがその学園の見本な訳ね。すごいわね。こんなマジックアイテム見た事ないわ」

「――――正確にはマジックアイテムではないみたい。名前はまだ確定した訳ではないそうだけど『ナザリック学園』って表示されてる」 

 

 アルシェの家で、イミーナが水晶から浮かびあがる映像を見て興味深そうに聞いてくる。

 

「……で、アルシェが今やってるのはこれを元にした設計図の作成なのね」

「――――うん」

 

 建築の知識が全くないアルシェは、紹介されたドワーフから建築の基礎を教えてもらっていた。

 それでも素人であるのに変わりはないので、仮の設計図が出来たら建築のプロに渡してちゃんとしたものにしてもらう予定だ。

 この仕事に期限は設けられていない。

 それでも出来るだけ早い方が良いだろうと思って、イミーナに協力してもらうために家に呼んでいた。

 クーデリカとウレイリカは二階で絵本を読んでいる。

 

「見かけないデザインだけど素敵な感じ。これをデザインした人はセンスあるわね。この校庭のひと際大きい木なんて存在感あるわね」

「――――確かそれは『伝説の樹』という名前が付けられている。卒業式の日に、この樹の下で女の子からの告白で成立したカップルは永遠に幸せになれる、って備考に書いてある」

「なにそれ素敵な話じゃない! それじゃあ、この校舎のてっぺんにある立派な鐘もなんか曰くがあるの?」

「――――それは『伝説の鐘』。本当は壊れてて鳴らないけど、卒業式の日に低確率で何故か鳴るみたい。その時に、女の子からの告白で成立したカップルが鐘の祝福を受けると――――」

「「永遠に幸せになれる」」

 

 イミーナが言葉を被せてきてハモる。

 なんだかおかしくなってしまって、二人で笑いあう。 

 

「よく分かんないけどロマン溢れる話じゃない。いくつか手直しが必要って言ってたけど、そんな必要あるの? 校舎とか運動場とかも、問題なんてなさそうに見えるんだけど」

 

 イミーナの意見は尤もであるが間違っている。それを示すように首を横に振る。

 パッと見ではとても素晴らしい学び舎のように見えるが、実は問題大有りな個所がいくつかあった。浮かんでいる映像の、その一つを指差す。

 

「何ここ? げっ、ここって泳ぐ所じゃない。そんなのまであるの?」 

 

 『プール』と呼ばれる施設がある。

 イミーナが難色を示したのは彼女が泳ぐのが嫌いだからだった。

 イミーナは過去に水辺でモンスターに襲われ酷い目にあわされたことがあったそうだ。

 『非常に浮かびやすく、溺れにくい』というタレントを持っており、それを過信して溺れて死にかけたことがあってから水場を極端に嫌っていると聞いていた。

 溺れにくい(・・・)であって溺れないわけではないので、彼女は自身の中途半端なタレントを非常に嫌っていた。これじゃない方がマシだと。

 

「――――そこじゃない。その横のシャワールームの隣の空間の壁をよく見て」

「ん~……なんか小さい穴が空いてたりするわね……って、これってひょっとしてのぞき穴!?」

「――――多分。もしかしたら設計ミスかもしれないけど、他にも用途不明の小部屋がいくつもある。小部屋の隣には決まって女子更衣室とか女性専用のものがある。陛下もこのあたりのことを危惧されていた」

「えっと、これを設計したのって……」

「――――陛下の昔のお仲間が遊び半分で作ったと聞いた」

「遊び半分なんだ……ま、まぁ変な所さえ直せばすごく良いものになりそうね」

 

 広い運動場は魔法実技だけでなく、騎士や冒険者を目指す生徒の練習場にもなる。

 魔法を使うにはどうしても素質が必要になり、それは誰もが持っているものではない。

 主に魔法を学ぶ場としても、全員が魔法使いになる訳ではない。

 どのような職にも繋がるような施設が望ましい。

 

 巨大な『体育館』という施設は、天候が悪い日などでも身体を動かすことに最適だ。

 『プール』があれば、水を使った訓練から、生徒同士のレクリエーションにも使える。

 イミーナの言う通りおかしなものを除いていけば、帝国魔法学院をも超えるものになるだろう。

 そのおかしなものを探して修正していくのは中々に大変な作業になりそうだから、イミーナに協力を頼んだのだった。

 

 陛下の期待を裏切る訳にはいかない。

 アルシェは不審なものがないか、目を皿のようにして作業を進める。

 

 

 

 

 

 その頃のアインズは、王城の執務室で物思いに耽っていた。

 ナザリック地下大墳墓内で、偶然にも『ナザリック学園』のデータクリスタルを発見した時は懐かしさを覚えた。

 かつての仲間、ペロロンチーノとスーラータンが学園ラブコメがやりたくて作っていた話が思い起こされる。

 ならば仲間がやろうとしていたことを、この世界で実現させてやろうと思ったのだ。

 

「でも、ある程度の修正は許して下さいね」

 

 アインズもデータの中身を確認した時に、欲望全開の空間には当然気付いていた。

 現実となった世界であれをそのまま再現する訳にはいかない。アインズが自分で修正しようとも考えたが、この世界に合うようにマッチさせるには適任者にやってもらった方が断然良いものが出来上がるだろう。素人のアインズが変にいじるより、最初から適任者に任せた方が賢い選択だ。

 大幅な変更はあまりしないで、出来る限り元の状態を保って欲しいとアルシェには伝えている。

 学園名も、まだ見ぬプレイヤーの事を考えればナザリックの名を前面に出さない方が良いかもしれない。

 

「そうなると……『魔導学園』とかにすれば良いのか」

 

 どんなものが完成するのか、アインズはちょっとワクワクしていた。

 

「学園…………青春か…………完成したら俺もお忍びで入ってみようかな」

 

 やってみたい気もするが立場というものがある。それが土台無理なことも、アインズは理解していた。 

 

 

 




嘘予告 

「初めまして。南方から来たサトル・スズーキです。魔法は超位魔法を含め718個使えます。頭は凡人だけどよろしく」

 超位魔法ドーン!

「俺、何かやっちゃいました?」

次回 常識欠如系主人公
そこんとこ、よろしく。


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51話 再会

大分間が空いてしまいすみません。


「わあぁ! はやいはや~い!」

「景色がすごいいきおいで流れてる~」

 

 クーデリカとウレイリカが馬車の窓から見える景色にはしゃいでいる。

 アルシェはその様子を微笑ましく眺めていた。

 

 エルダーリッチが御者を務め、ソウルイーターが引く馬車は猛スピードで走っている。

 それでもお尻が痛くならないのは、この馬車がそれだけ高級なのと、道が綺麗に整備されているからだろう。

 

 学園の設計図をある程度完成させることが出来たので、今度は学園の制度などといった、運営の仕組み作りをしなければならない。

 そのために故郷の帝国へ向かっていた。

  

 前々皇帝が世界最高とも言える伝説級の大魔法使いフールーダ・パラダインに協力を仰いで作り上げた高等教育機関『帝国魔法学院』。

 そこに通っていたアルシェも、そこがどのように運営されているか、ある程度は知っているが、それはあくまで生徒としての目線。

 運営する側の話を詳しく聞く必要があった。

 

 

 

 不眠不休で走り続ける馬車の旅は驚くほど早く目的地に到着した。途中睡眠をとることもあったが、馬車の中はある種の高級宿のように快適なため、疲れはほとんどない。ずっと手綱を握っていたエルダーリッチに対して少しだけ申し訳なく思うも、本人はそれが仕事だと言い切ってくる。こういう感覚はまだ慣れない。

 

 帝都アーウィンタールの門で入国手続き待ちの列に並ぼうと馬車を降りると、一人の男性が近づいて来るのが見えた。

 

「魔導国から来られたアルシェ・イーブ・リイル・フルト様ですね。私はニンブル・アーク・デイル・アノックと申します。皇帝陛下の命により、客人をお迎えにあがりました」

「えっ、あ……はい。よろしくお願いします」 

 

 涼しげでピンと伸びた声で話しかけて来た男性はアルシェも知っている。帝国四騎士の一人“激風”だ。大人物がわざわざ迎えに来てくれたことに恐縮してしまうアルシェだった。

 

「帝都内ではこちらが用意した馬車でお願いします。そちらの馬車は責任を持ってお預かりしますので」

 

 誘導された先には、乗って来た馬車と比肩するほど豪奢なものが用意されていた。

 帝国が魔導国をどれだけ重要視しているのかがよく分かる。

 

 ニンブルが御者を務めて進む。前もって話がついていたからだろうか、入国の手続きは不要だった。

 

 ソウルイーターたちは帝国兵士によって、出入り口付近の馬小屋へと連れて行かれる。

 魔導国とは交易しているはずなので、アンデッドに対してそれなりに耐性は付いているのだろう。

 

(――――あっ、よく見たらすごく腰が引けてる)

 

 門番の人がちょっと可哀そうになる。やはり怖いものは怖いのだろう。

 滞在予定は2、3日ぐらいの数日間と見ている。その間は我慢してもらうしかない。

 

 馬車は帝城を目指して進む。

 本音を言えばあまり会いたい相手ではないが、今回の件を考えれば皇帝へと、直接挨拶に行かない訳にはいかない。

 

 元貴族令嬢として失礼のないように立ち振る舞い、皇帝との対談は無難に終えることが出来た。向こうからもてなしの用意があるとのことで、帝都に滞在中は帝城の客室に泊まるよう勧められた。

 

 そして仕事をしなければならない。その間はニンブルが責任を持って妹を預かると言ってくれた。

 その言葉に甘えて早速魔法省へと向かう。主席宮廷魔術師フールーダ・パラダインに会うために。

 

 重要機関の一つであるため、選りすぐりの兵士たちが巡回警備している。用件を伝えると姿勢を正して、非常に丁寧な対応をされた。

 

(――――私はそんな風に対応されるほど、大した存在じゃないのに)

 

 ぞんざいに扱われるのは嫌だが、余りにも腰が低い兵士の態度は正直なところ勘弁して欲しい気持ちになる。

 魔導王の名は帝国内で絶大な効力を持っていた。この分では帝国が管理する機関のどこに行っても同じ感じになりそうだ。

 

 兵士に案内された部屋でしばらく待っていると、ドタドタと慌ただしい音が聞こえて来る。

 

「いと深き御方! お会いしとうござい…………」

 

 バタン! とドアを勢いよく開け放って現れたのは目当ての人物、フールーダ・パラダイン。

 アルシェの顔を見るなり興奮気味だった表情が徐々に冷めていき「誰?」といった表情に変わる。

 

「――――ご無沙汰しておりました。パラダイン様の元弟子のアルシェ・イーブ・リイル・フルトです」

「…………アルシェ?…………おお、思い出したぞ。そうかお主であったか」

 

 思い出してもらえたようだが、何故かフールーダは残念そうにしていた。

 

「ふむ、皇帝陛下から話は聞いておる。魔導国で新たに教育機関を設立するそうじゃな。てっきり至高の御方が来られるものと思っておったのじゃがな…………どうやら私の勘違いであったようじゃな」

「――――はぁ…………」

 

 露骨に残念そうにされてしまい、気の抜けた声が漏れる。

 弟子をしていた頃と比べて、大分印象の違うフールーダに違和感を覚える。

 

「それにしても、学院を去ったと聞いた時は、何と愚かなことをと思っていたが、見事第三位階を使えるようになっておるな。ちゃんと鍛錬をしていたようでなによりじゃ」

 

 フールーダはタレント能力でアルシェの行使可能な位階を確認し、少しだけ満足そうだった。

 

 

 

「……ふむ、我が学院はだいたいこんな感じで成り立っておる。あとで詳しい内容を書類で渡そう」

「――――ありがとう御座います。とても助かります」

「しかし教育機関となると、王国時代のことを考えると教師役の絶対数が足らぬのではないか?」

「――――それは私塾を開いていた人や引退したベテランの冒険者を雇って指導役に当てる予定だそうです。それでも足りないと思われるので、魔法学院から何人かお借り出来ればと考えています」

「良かろう。非常勤講師などの空いている者に声をかけておこう」

「――――よろしくお願いします…………あの、聞いておいてなんですが、よろしいのですか? 帝国の機密情報に当たりそうな内容もありましたけど」

「問題ない。陛下からも全面協力するよう言いつかっておるからな。それに、帝国にとってもメリットがあると、陛下も私も考えておる」

「――――帝国のメリット?」

 

 どういう意味か聞くと、教育機関の情報を渡す代わりに、そう遠くない未来で、魔導国の下で更に発展した学院の運営方法や技術、知識を教えて欲しいということだった。

 

「偉大なる御方が統べる魔法機関…………一体どのようなものになるか…………御方が教鞭に立たれるならば私も生徒として是非受けてみたいもんじゃ」

「――――そう、ですね」

 

 フールーダはどこか遠くを見るでもなく見ているように視線が宙に向く。そして、雰囲気が変わった気がした。

 

「さて、私から話せることは話した。次は私からも聞かせて欲しい」

「えっ、何をですか?」

「とぼけるでない! 我が神に関してじゃ! お主魔導国に暮らしておるんじゃろ!」

「ひっ!?」

 

 身を乗り出し、今にも掴みかかりそうな剣幕で迫って来る。

 

「あのお方はどうしておられる!? 未知の魔法を行使されたか!? それは何位階の魔法じゃった!? どんな魔法じゃった!?」

「あ、あ、あの…………」

「ええい、じれったい! さっさと質問に応えんか!」

 

 魔導国で暮らしていても、アルシェは魔法が得意なだけのただの一般人。一国の王にそうそう会えるものではない。町で聞く噂ぐらいしか知らないと説明して、なんとか解放してもらえたのは結構な時間が経過してからだった。

 

 

 

「パラダイン様って、あんな人だったっけ?」

 

 アルシェの知っているフールーダ・パラダインは、深い叡智を持つ賢者然とした態度を崩すことのない、尊敬に値する人物だったと記憶していた。

 事実、アルシェと話していた時はそんな感じであったのだが、魔導王の話になるとまるで人が変わったような変貌を見せつけられた。

 あれが本当の姿なのだとしたら正直引いてしまう。控えめに言っても目が狂気染みてて怖かった。

 

 魔導王に魔法学院のことならばフールーダが適任なのではと聞いた時、乗り気じゃなかった理由が分かった気がしたアルシェだった。

 

 それから三日かけて、魔法学院と魔法省に顔を出して仕事をすすめる。

 

 

 

 帝国でやるべきことは全て終えた。

 明日には魔導国へと帰ることになる、その最後の夜。

 アルシェは与えられた部屋で、他に何か忘れていることがないか最後の確認を終え、安堵の息を吐く。

 

「――――ちょっと張り切り過ぎたかも」

 

 両腕を前に伸ばすと肩の関節から音が鳴る。

 魔導王の期待に応えるべく奔走し続けた結果、かなりの疲労が溜まってしまったようだ。

 アルシェが出かけている間のクーデリカとウレイリカは、ニンブルが遊び相手をしてくれていたので、夜には何をしていたかなど、笑顔で話してくれていた。

 今に始まったことではないが、二人とあまり一緒に居られないのはやはり寂しい。

 

「――――でも、その甲斐はあったかな」

 

 学園を運営する上で必要な制度はほぼ決まった。

 帝国魔法学院から派遣されるのは教師だけではない。学院というものがどういうものか分かっている帝国の一部の生徒にも、『留学』という形で魔導国の学園に通ってもらう手続きも済ませた。

 学園の大まかな規模から、建設期間は二か月ほどはかかるだろうと魔導王から聞いている。

 留学してくれる生徒には、それを目安に引っ越しの段取りを済ませてもらう。学園のすぐ近くに寮も建てられるので、家族全員でなく、生徒だけが来てもらっても構わない。

 あとは魔導王陛下に報告して、細かな調整をすれば素晴らしいものが出来上がるだろう。

 

 我ながら良く出来たと、自分を褒めてやりたくなってくる。

 満足げにしていると、メイドの人から夕食の準備が出来たと報告を受ける。

 メイドに案内されたのは、これまで妹たちと三人で食べていた部屋ではなかった。

 少しだけ不思議に思って部屋に入ると、そこにはクーデリカとウレイリカが先に来ていたようで、テーブルに座って待っていた。

 そしてもう一人、見覚えのある女性が妹たちと同じテーブルに座っていた。

 

「――――貴方は……ロクシー様」

「今晩は、アルシェさん。お待ちしておりました」

 

 それは舞踏会の時に少しだけ話したことがある皇帝の内縁の妻だった。

 

 

 

 夕食は貴族時代にもそうそう食べたことがないくらいにとても豪華で美味だった。

 一品一品出されるたびに料理の説明を受け、魔導国から輸入した特別な食材を使用しているのだと分かった。

 とても高価なものなのだろう。客人として本気でもてなされていると思うと、なんだか微妙な気分になる。

 なにせ自分は皇帝に対して、あまり良い印象を持っていないのだから。

 

 クーデリカとウレイリカはフルコースの一品一品が来るたびはしゃいでいた。マナーが良くないと注意しようとしたが、ロクシーから正式な場ではないから気にする必要はないと言われてそれに甘えた。

 彼女の妹たちを見る目は慈母のようで、何故か逆らう気になれなかった。

 

(――――嫌な訳ではないけど、どうしてロクシー様が?)

 

 何故か始まった四人での食事も終わり、食後のお茶をいただく。

 

「さて、食事も終わりましたし、そろそろ本題に入りましょうか。今日、私が来たのは貴方に会わせたい人がいたからです」

「――――会わせたい人?」

 

 疑問に思っていると、ロクシーは手元のベルを鳴らす。

 合図と共にドアが開き、入って来たのは――――。

 

「――――えっ!?」

「ああ~!? お父さま!」

「お母さま!?」

 

 そこにはアルシェが切り捨てたはずの両親がいた。

 

 

 

「わあ~お父さま~」

「お母さま~」

 

 クーデリカとウレイリカは久しぶりに会った両親の元へ駆け寄る。

 

(ど、どうしてここに?)

 

 舞踏会の時に家を没収されて行方不明だと聞いていた。 

 その二人が何故か帝城に居て、妹たちを愛おしそうに、そしてどこか申し訳なさそうに抱きしめている。

 

 意味が分からず困惑していると、母が二人を奥の部屋へと連れて行く。続いてロクシーも別のドアから出ていく。

 残った父がこちらに歩いてくる。

 一言も発せずにいると目の前で立ち止まり。

 

「アルシェ……………………すまなかった」

「っ!?」

 

 腰を九十度に曲げて謝罪の言葉を口にする。

 あの父が。

 貴族の見栄ばかり気にして、目下の者には決して低い姿勢を取らなかったあの父が娘に謝罪をしてきた。

 

「私は…………何も見えていなかった。過去の栄光に囚われて現実を見ることもせず、貴族位を剥奪されて当然なのに、筋違いな怒りを皇帝陛下にぶつけていた」

 

 頭を下げたまま、父は言葉を続ける。

 

 貴族に返り咲けると盲信していたこと。

 そのために意味のない、無駄な浪費をしていたこと。

 クーデリカとウレイリカを使って金の工面をしようとしたこと。

 自分は本当に愚か者だったと。

 以前にアルシェが正そうと指摘してきた父の行動や考え方の数々。それら全てが間違っていたと父自身が認め、そのことを後悔していると告げてくる。

 

 最後に、娘のアルシェに大変な苦労をかけたことを謝ってきた。

 父の足元に水滴が落ちる。

 

(――――っ涙? お父様、泣いているの)

 

 全身を震わせ、言葉も震わせ、まるで懺悔のようだ。

 目の前の父は罪という名の幹。

 罰という名の斧はアルシェの手元にあった。

 

「――――お父様、顔を上げて」

 

 アルシェの言葉にゆっくりと顔を上げる父。

 怯えを含んだ表情。しかし、自分のしてきた事を本当に反省しているのか、アルシェがどんな判断をしても、それを受け入れる覚悟のような雰囲気があった。

 

「――――私は……今はお父様を簡単に許すことは、出来ない」

「っ!?…………当然、であろうな。私はそれだけの事をしてしまったのだから」

「――――勘違いしないで。私は『今は』と言った。だからこれからの行動で私たちに示してほしい」

 

 斧は振り下ろさない。

 確かに本当に苦労させられた。魔法学院を辞めて、夢を諦める羽目になってしまった。

 でも、その代わりに大切な仲間が出来たし、今は魔導国で一定の幸せを感じている。

 それに――――。

 

「――――私の方こそ…………ごめんなさい」

 

 両親を見捨てたことがずっと心の中でわだかまっていた。

 何がどうあれ、親は親なのだ。小さい頃に可愛がってもらっていた記憶まで忘れた訳ではない。

 

 一時は父を憎む気持ちもあった。

 それがため、切り捨てたはずなのに、何故か涙が溢れて来る。

 

 二人して涙を流しながら謝り合う。

 

 

 

 その後、父と交代する形で母とも話し合う。

 母も父を止めることをせず、ただ流されていた自分を恥じ、謝罪してきた。

 

 

 

 両親と和解することになった。

 しかし、取り合えずと言った形が正しい。突然のことでこういう結果になってしまったが、父の変貌ぶりはちょっとおかしい。

 心の底から反省しているのは感じ取れたが、父の言葉を全て信じ、何もかもをも許すことは出来なかった。

 だから最終的な判断として、しばらく様子を見ることにした。

  

 クーデリカとウレイリカは久しぶりに会った両親と一緒に居たいと言いだしたので、四人は寝室へと向かい、アルシェは一人呆然としていた。

 あまりに急な出来事だったので頭の整理が追い付いていない。

 両親と和解したことに後悔はしていないが、どうしてこのような状況になったのかが分からない。

 二人に何があって、どんな経緯で帝城にいるのかの説明は聞いていない。と言うより聞けてない。

 それよりも、謝罪することに頭が一杯だったように感じた。

 

 妹二人を遠ざけてくれたのは有難かった。

 これはアルシェと両親の問題だ。

 幼い二人には聞かれたくなかった。

 

「仲直りは出来たみたいですね」

「っ!? ロクシー様」

 

 どこかへと行っていたロクシーが部屋に戻って来た。みっともない出来事を知られていることが、少し恥ずかった。

 

「――――あの、どうしてこの場を用意して下さったのですか? それに、父と母は……」

「そうですね。まずはアルシェさんが帝都を去った後の、残されたフルト夫妻がどうなっていたかから、お話ししましょうか」 

 

 ロクシーはアルシェが“フォーサイト”の仲間たちと一緒に帝都を出た後のことを語ってくれる。

 

 フルト家の屋敷は、噂で聞いた通り国が預かることになった。

 世間的には、両親は行方不明となっているそうだが、実際は帝城に連れ去られたのが真実。

 

 そして、皇帝の指示の下始まったのが、あの貴族の見栄ばかり執着する父を、文官として使える様にするための教育。

 いや、話の内容を聞く限り、教育と言うよりも『調教』が正しいだろう。

 まず始めに行われたのが、父の貴族としての在り方やプライドを完膚なきまでに粉砕すること。

 父よりも十以上も年若い者から浴びせられる罵倒の数々。帝城に囚われている状態で、反論を一切許さない環境の中、毎日毎日続けられる父の考え方や存在の全否定。

 

 そうして完全に心を叩き折ったら次の工程。

 「貴方は本当は出来る男だ」「新たに生まれ変わった気持ちで頑張りましょう」などと優しく語りかけて、語り手の言うことこそが正しいのだと認識させる。

 

 再教育を受けた父は、本当の意味で帝国の益となる文官見習いとして帝城で働くことになったそうだ。

 

(うわ~、ちょっと可哀そう)

 

 心が完全に折れるまで毎日罵倒され続ける日々は、父の性格からすればきっと地獄の苦しみだっただろう。

 思わず同情してしまうが、逆に言えば、それぐらいしなければ父の考えを正すことは出来なかったのだろう。小娘のアルシェが何度言っても効果がなかったのは当然だったのかもしれない。

 

 母は父のような仕打ちは受けていなかった。

 元々頭が悪い訳ではなかったので、軽いカウンセリングだけに留まり、今は父の補佐を務めていた。

 

 アルシェが魔導国に移ってからの両親がどうなっていたかは分かった。

 しかし、まだ分からないことがある。

 

「――――何故、皇帝陛下は両親にわざわざ教育をしたのですか?」

 

 フルト家は無能のレッテルを貼られたから貴族位を剥奪されたのだ。“鮮血帝”とまで言われている皇帝が再教育なんて面倒なことをするなんて考えにくい。

 

「……これは陛下から他言無用と言われていたんですが……貴方方が“邪神教団”を捕えた時のことは覚えていますね」

「――――はい。勿論です」

 

 記憶にまだ残っている。生贄にされそうになったクーデリカとウレイリカを助けた時のことだ。

 

「あの時、皆様には報奨金が支払われた訳ですが、冒険者モモン様には別のもので支払われました」

「――――別のもの?」

「ええ、モモン様は金銭の代わりにフルト夫妻を助けるよう、陛下にお願いをしたのです」 

「…………えっ」

「細かく申せば、貴族位を戻すのではなく、夫妻が今後不自由することなく暮らせるよう取り計らう。ですがね」

 

「――――どうして、モモンさんが……そんなことを?」

「さあ? 私も陛下から聞いただけですからね。モモン様の真意は分かりかねます。お金に困るようなことはないでしょうし、夫妻が今後どういった末路を辿るか見抜いて、貴方方を不憫に思ったのかもしれませんね」

 

 つまり、モモン(魔導王陛下)は両親から切り離されてしまった妹たちを憂えて手を打っていたのだろうか。

 

(――――クーデリカとウレイリカへの自責の念で、私が苦しむのも見通していた?)

 

男同士(モモンとジルクニフ)の約束だから他言無用だなんて陛下は仰っていましたが、何も知らずにいる者のことも考えるべきだと思うんです。私は受けた恩は返すべきだと考えています。この話を貴方にしたのも、アルシェさんが恩があることを知らないままでいるのが、同じ女性として我慢出来なかったからかもしれません」

 

 彼女は言っている。

 受けた恩をそのままにしておいて良いのかと。

 

「言うまでもありませんが、この場合の恩人は皇帝陛下ではありませんよ。陛下は支払うべき報酬の代わりに教育したに過ぎないのですからね」

 

 モモンへの報酬金額と、人間二人の教育にかかる経費では、ある程度の手間はかかっても後者の方が圧倒的に安価だったとも説明してくれる。

 

「さて、貴方はどうするのかしら」

「――――私は……」

 

 

 

 その夜、ベッドの中でずっと寝付けずにいた、

 頭の中では一人の男性のことばかりが浮かんでいた。

 

「……………………アインズ様」

 

 

 

 




大分前の伏線をようやく回収出来た。
昔はきっと良い親をやっていたんだろうなぁと思う。
屑親とよく言われるけど、現実が何も見えていないただの馬鹿なだけだったと、軽く擁護しておこう。
人の性格を変えるのは容易ではない。それが年くってるならなおさら。
アルシェの父が受けた仕打ちは、相当キツイものです。
ナザリックと比べてはいけませんよ。


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52話 無欲? いいえ強欲に

期間が空いてしまい申し訳ありません。


「それでは、出発します」

「――――お願いします」

 

 ニンブルが操る馬車に乗り、帝城を後にする。

 帝都の門まで送って、魔導国の馬車に乗り換えれば彼の仕事はそこで終わりだ。

 

「お父さま~! お母さま~!」

「また遊びに来るからね~!」

 

 クーデリカとウレイリカが窓から身を乗り出し、城の入り口から見送る両親に手を振っている。

 仲睦まじく寄り添い。穏やかな笑顔で手を振りながら見送る両親は、なんだか一気に年を取ったように感じた。

 置いていくような感じがして、少しだけ申し訳なさを感じながら、アルシェも控えめに手を振る。

 

 やがて二人の姿が見えなくなる。

 両親はそれまでずっと手を振っていた。

 

「お姉さま。また会えるよね?」

「ウレイリカもまた会いた~い」

「――――うん。次に連休が取れたら、ね」

 

 次に会う機会があることに喜び、はしゃぐ二人。

 そう、魔導国とは友好国なのだから会おうと思えばいつでも会える。

 両親に対する胸の内にあったわだかまりも、今はもうほとんどなくなっている。

 次はもっと晴れやかな気持ちで帝国に来られることだろう。

 

 

 

 

 

 

「ふ~む……」

 

 アインズはアルシェから渡された学園建立に関する資料を読み、唸る。

 

「あ、あの……何か問題があったのでしょうか?」

「いや、そうではない。むしろ良く出来ていると感心していたのだ」

「あ、ありがとう御座います」

 

 その言葉を聞いたアルシェはホッと胸を撫で下ろすように息を吐いた。

 

(しかし本当に良く出来ているな)

 

 帝国魔法学院の制度を多く模倣してあるそうだが、生徒目線での細かい問題点が指摘されていたりと、より良いものに仕上げようという意思が感じられる。文句をつける箇所は特に見当たらない。

 

 なにより驚かされたのが帝国魔法学院の元々の完成度だった。

 例えば奨学金制度。

 優秀であると評価されれば無償で入学可能。卒業後、さらに大学院を志望し、合格すれば無償奨学金が提供される。無償といっても将来的には国の行政機関のどこかで働くことが前提となる。

 

 アインズも最古図書館で学校について少しだけ調べたりしていた。 

 その際に「こんな制度があった方がいいんじゃないだろうか」と自分なりに考えたりしたのだが、アルシェが作った資料にはそれらアインズが良さそうと考えるもののほとんどが詰め込まれていた。

 

 科学が発展したリアルと比べて、魔法があるとはいえ文明レベルが低いと思っていたこの世界において、高等専門学校かと思わせる洗練された機関にただただ驚くばかりである。

 

「これなら問題なく運営出来そうだな。ただ、完成しても数年間は入試試験の免除も考えなければならないところか」

 

 魔導国民の識字率は王国時代を引き継いでいてかなり低い。

 一応、孤児院で文字の勉強を実施してはいる。さらに今後はどんな者でも学べる私塾のようなものを各都市に設置する必要がありそうだ。成果が出るには時間がかかるだろうが必要なことだ。

 

「――――そのあたりの調整も思案します」

「うむ、頼んだぞ」

 

 アインズは自分の国をリアルのようにはしたくない。

 貧困層の立場にあった自分には弱者の気持ちが理解出来るからこそ、こんなことをしているのかもしれない。

 そんな気持ちが、少しだけあった。

 

 しかし、どこまでいこうとアインズにとって大事なのはやはりナザリックだ。

 魔導国を繁栄させるのも、技術を向上させるのも新たな何かを発見することを期待してだ。ものによっては独占すればナザリックの利益になる。

 この世界ではユグドラシルには存在しなかった魔法も開発可能だ。

 極端な話、他のプレイヤーの誰も知らない高位階の魔法が開発できればかなりのアドバンテージになる。

 武器や防具、マジックアイテムにしても同じこと。

 そのための仁政である。

 

 この世界のレベル帯を考えればあまり期待は出来ないが、発展させ過ぎて、ナザリックの脅威にならないように管理、調整は必須だろう。

 アインズは誰も彼も救う気でいるのではない。

 聖人君子ではないし、なるつもりもない。

 

「さて、これで学園の建設にかかれるだろうが、本当の意味で成果が出て来るには数年から十年はかかるだろう」

「――――はい」

「信賞必罰は世の常。もはや大役を果たしたと判断して問題あるまい。約束していた褒美の件だが、すでに決まっているなら聞くぞ」

 

 何事も成果を挙げて、初めて評価されるもの。

 しかし、その成果が何年もかからなければ認められないものだったら働く意欲を失いかねない。

 計画書もしっかりしたものだったし、大きくコケることもないだろうと判断して報酬の先渡しを決める。

 

「――――お心遣い、感謝します。では……」

 

(おっ、すんなり受け入れてくれるのか)

 

 アインズはアルシェが自らの望みを口にしようとしたことに、嬉しさにも似た感情が湧き上がる。

 ナザリックの者たちであれば、アインズのために働けることこそが至上の喜びとして、中々対価を得ようとしてくれない。ほぼ毎回「やると言っているのだからちゃんと受け取れ」というやり取りをしている。

 

(ナザリックの皆も、アルシェのように素直に自分の望みを言ってくれるようになってくれたらな)

 

 意識改革も進めなければならない。

 そんなことを考えていると、目の前の少女が望みを口にする。

 

「――――私を、陛下の妾にしてください」

 

(……………………またかよ)

 

 

 

 

 

 

(――――言った……もう後には引き返せない)

 

 今回の仕事を引き受けた時には、褒美を受け取る気はなかった。

 それはそうだ。こちらは魔導王に対してとても大きな恩がある。魔導王自身が何とも思っていなくても、恩を返さぬままさらに何かをいただこうなど、厚顔にも程がある。

 そう思っていたが、アルシェは褒美を受け取ることにした。

 

 アルシェの中のもう一人のアルシェが言ってくる。

 

『恥知らず』

 

(うるさい!)

 

『恩を返さないまま、さらに褒美を貰おうなんて、貴方はどれだけ強欲なの』

 

(知るか!)

 

 これが今の自分の気持ちに沿ったものなのだから、どれだけ(そし)られようとも構わない。

 そもそもな話、一国の王に対してどうすれば恩に報いれるのかが分からない。

 武力や権力といった力は圧倒的。本人も超絶な魔力を有し、財力や美しい女性も多く持つ相手に、第三位階が使えるだけの小娘に一体何が出来るというのか。

 

 何も出来ない。

 今のままでは。

 

 だから二つ目の褒美で解決しようと決めた。

 それは魔導王の弟子にしてもらうこと。

 

 神話でしかなかった十位階魔法を習得している魔導王から指導を受け、いつかは自分も高位魔法詠唱者になれれば、きっと何かの役に立てるはず。

 ついでに、夢だった歴史に名を残す魔法詠唱者になれるだろう。

 そうなれた時に、全てをかけて恩返ししよう。

 

 大恩ある相手から指導を受け、それで得た力で恩返しなど、とても褒められた方法とは言えない。

 そんなのは自分でも分かり切っている。

 

 一つ目の願いは自分自身の欲望のため。

 二つ目にも自分の欲望が含まれている。

 

 なんと欲深いことだろうか。

 それでもアルシェは自分の気持ちを順守した。

 

 とても困ったような顔をしている魔導王だが、忘れているのだろうか。

 アルシェが元貴族であったことを。

 

 魔導王は確かに口にした。

 望みがあれば叶えると。それも二つも。

 アルシェが望んだものは、どちらも魔導王自身で叶えられる範囲にある。

 言質は取っている。

 ナザリックの支配者であり、一国の王でもある方が、まさか自分の発した約束を反故にしたりはしないだろう。

 

 アルシェは自身のために、我がままに、相手の逃げ場を封じて迫る。

 

 私の願いを叶えて。

 

 

 

 

 

 

「それで、アルシェは魔導王陛下の妾兼弟子になれたんだ。良かったじゃない、おめでとう」

「――――うん」

 

 イミーナは恥ずかし気に応えるアルシェを優しい声で祝福する。

 いつも妹のことばかり気にして、自分のことを疎かにしていたのが気になっていた。

 それがどういう経緯があったのか詳しく知らないが、ようやく自分のために行動してくれたのが嬉しかった。

 アルシェが魔導王に対して抱いていた好意が、恋愛感情も含んでいたとは気付かなかったが、それがこの娘の望みであるなら、それはそれで一向にかまわない。

 魔導王の女。色々と大変そうではあるが、本人はいたってやる気満々でいるので、こちらとしては全力で応援するのみである。

 

「それに、弟子に認められたのも凄いわね。第十位階魔法が使える師匠なんて、もうアルシェの夢も叶ったようなものなんじゃない?」 

「――――それなんだけど、魔法の指導はしばらく保留になってる」

「そりゃまた、なんで?」

「――――なんでもアインズ様は誰かに教えたりしたことがないからだって…………それに、私の方にも問題があるのが分かった…………」

「問題?」

 

 アルシェが抱える問題。それは帝国に行った際にフールーダ・パラダインに指摘されたものらしい。

 アルシェの能力は限界に到達しかかっている。

 今後は生涯をかけて研鑽しても、せいぜい第四位階。第五位階に到達する可能性は低いだろうとのこと。

 

「…………そう、なんだ…………」

 

 せっかくアルシェが夢に向かって進めるかと思ったのに、その事実はあんまりだ。

 取り繕うことも出来ず、暗い表情をしてしまう。

 だが当の本人が全く悲観していない様子で言う。

 

「――――そんな心配してくれなくていい。それに関してはアインズ様から解決策があるかもしれないと言ってもらえた」

 

 なんだ、そういうことなら安心だ。

 他でもない魔導王がそう言うのであれば、必ずや解決してくれるのだろう。

 

「――――それよりクーデとウレイの方が心配」

「どゆこと?」

「――――アインズ様の妾になったことでこれからは王宮暮らしになることを伝えた。そうしたら、二人が『私もアインズ様の妾になる~』なんて言いだした」

 

 どうしたものかと悩むアルシェになんと言えば良いのか分からない。

 クーデリカもウレイリカも、『妾』の意味をちゃんと理解して言っている訳ではないんじゃないかと判断して、そのことは一端保留することになる。

 イミーナもアルシェも、反対する理由は特に思い当たらない。

 時の流れに任せることにした。

 

 それからは例の学園について相談に乗ることになった。

 主にイミーナが知らない、帝国で話をつけてきた件について。

 

「じゃあ、その、ジエット君だっけ? アルシェの弟分とその子の幼馴染の子が、手伝いで引っ越して来るのね」

「――――うん。それで学園が完成したら生徒会を立ち上げてもらおうと思ってる」

 

 そのジエットなる少年の母親は特殊な病気を患っているらしい。

 その病気を癒すのを条件に引っ越しを快諾したようだ。

 魔導王であればその程度のことは造作もないだろう。現に治療は済んでおり、現在は引っ越しの準備をしているそうだ。

 

 ジエットの幼馴染の少女は貴族らしく、一家で引っ越しとはいかないそうだが、ネメルは手伝いとして、ネメルの姉は働き先として近々魔導国へと来るらしい。

 

 

 

 

 

 

「一杯頑張って来たのね。えらいえらい」

 

 アルシェからの相談と言うよりは報告を聞いて、本当に頑張っていたのだと分かって感心した。

 “フォーサイト”の可愛い妹を労おうと、頭を撫でようとしたが、ヒョイっと避けられてしまう。

 

「――――そんなに子供じゃない」

「あらっ、つれないわね…………まあいいわ」

 

 対象を失った腕を上に伸ばし、背伸びをする。

 帝国での話は粗方終わっただろうから、そろそろお開きにしようと思う。

 アルシェは妹共々王宮住まい。

 門限があるかは知らないが、あまり遅くに帰るのは問題があるかも知れない。

 

「ちょっと待って」

 

 席を立とうとすると、アルシェから待ったがかかる。

 

「ん? どしたの?」

「――――実は…………仕事とは関係がないけど、一つだけ相談したいことがある」

「そりゃあ、構わないけど」

 

 席に座り直し、聞く体制を取る。

 

「――――その…………」

 

 何故か言いにくそうにしている。

 モジモジしている様子はとても可愛げあり、顔も赤くなっているのが分かる。

 一体どんな相談事だと言うのか。

 根気よく待っていると、やがてアルシェの口から紡がれる。

 

「――――よ、夜のことなんだけど…………お、男の人って…………その、一回したらしばらくは出来ないって思ってたんだけど、ち、違うの?」

「夜って…………はは~ん」

 

 ピンっと来た。

 アルシェは魔導王の妾となったのだ。

 もう子供ではないと言っていたが、つまりはそういうことだろう。

 

「なになに、夜のことねぇ。確かにヘッケランとかは一回したら、しばらくは休まないと無理だったりするわね。一般的にはそんなもんでしょう。それでぇ、魔導王陛下様は一体何回、してくれたのかしらぁ?」

 

 妙におばさん臭い言い方になってしまう。

 まだお子様だと思っていたが、少女から女になったことは祝福すべきことだろう。

 

「――――っい…………」

「えっ、なんて?」

 

 ぼそぼそと喋るものだからよく聞き取れなかった。

 今度はしっかり聞こえる様に、耳をそばだてる。 

 アルシェもこちらの耳元に口を寄せてもう一度言ってくる。

 

「――――っ回…………」

「……………………マジ?」

 

 アルシェの告げた回数に驚き、にわかには信じられなかったが、恥ずかしそうにコクンと頷くアルシェの顔に嘘はなさそうだ。

 

「――――途中で頭が真っ白になってしまったから、正確な所は分からないけど、多分そのぐらい」 

「あ~、なんて言うか~…………流石は魔導王陛下ね、ハンパないわ」

 

 

 

 その後。

 この世界で発掘された『七色水晶』を使用して、アルシェの成長限界を突破することに成功する。

 

 アインズ指導の下、職業レベル『ワールド・ディザスター』を得るに至ったり、フールーダが完成させた禁術で老化を完全に止めたりと色々あったりするが、それはまだ先の話。

 




『七色水晶』はソシャゲ『オバマス』に出てきた物をちょっと仕様変更して拝借。
超位魔法『星に願いを』でも良かったのですが、せっかくそれらしいのがあるのでこっちで。


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