アラサーニートエリちとキャリアウーマン亜里沙 (桜川凛)
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プロローグ ~全てはここから始まった~

今作では
前書き、あとがきにて
本編で使う予定だった裏話、もしくは今後活用される予定のない裏話が一つか二つ書いてあります。


――誰に告げるわけでもなく。

 

 妹の絢瀬亜里沙は週休二日。

 そして私、姉の絢瀬絵里――週休七日。

 

 一週間の間に七回も休んでいては当然お給料は出ない。

 どうやって生活するかって言うと、

 妹が汗と涙をかけて稼いだお金を活用しのうのうと生きる他なく。

 

 匿名掲示板やTwitterなどで妹がカネを稼いで姉はニートです。

 などと言えば、炎上してしまうかも知れない。

 美少女化させて4コママンガでも描けば成功する可能性が微レ存だけど、

 残念ながら私に絵のセンスはない。

 

 今、課金が熱い。

 ひと昔前のゲームは7000円くらい出せば最後までプレイできたけど、

 ソシャゲはそれくらい出しても好きなキャラ一人くらいしか当たらない。

 私の友人の綺羅ツバサのように、ガチャを引けば最高レアとか言う強運でない限り、沼にハマるみたいに、支出する金が増える増える。

 あともうひと引きできれば当たるのよ! という豪胆な私――

 三時間労働するとガチャが引けます、頑張って下さいと応じる妹。

 

 ちょっと前までオンラインゲームをやっていたけど、

 すっかり人口が激減してしまったため、今はソシャゲ一本。

 私のプレイする模様は逐一ライターの綺羅ツバサが把握し、

 彼女の稼ぎの一つであるとあるホームページのゲームレビューに熱く貢献している。

 

 ――ツバサの口癖はなんでそんな面白い体験ができるの?

 であり、無料ガチャを引いて、最高レアランクのキャラが一体当たったのは良いもののあとは低レアの同じキャラが9体並ぶという体験は、ガチャの闇としてそこら中のまとめサイトにばらまかれた。

 

 今現在もツバサの”あの編集者使えねえ”の愚痴を聞きながら、

 プレイヤー同士で対戦するアリーナモードに執心なう。

 廃人が集うゲーム環境において、無課金であることは意味をなさない。

 そしていくらお金をかけたという自慢もまた天井知らずで意味を成さない。

 

 金が金を生みだす構造の課金するゲームの未来はいい方向へ転がるか、転落の一途を辿るかは知らない。どのみちクリエイターに金が行かなきゃ斜陽産業まっしぐらだとは思う。もしくは粗製乱造で自滅するか。

 

 私が普段愛用し、ツバサの愚痴を聞く痛パソコンはμ'sお手製。

 ああでもないこうでもないと9人みんなで作り上げた熱意の結晶を私が使っているというのは問題があるような気もするけど、誰に譲るつもりもない。

 たびたびバージョンアップを繰り返すパソコンのお金を出しているのは妹だけど、お金を借りる時の反応は、姉さんはいつバージョンアップしてくれるんですか? である。

 ――できるものならばやりたい。

 

 日夜パソコンに向かっていると、アクティブな私からすれば身体に根っこでも生えてしまいそうになる。

 掃除や料理で忙しいニートの私にも外出する権利はあり、たまには羽根を伸ばしたいと妹に言うと、”天高く蹴り飛ばしてやろうか”と言われることもあるけど、これで遊んできなさいとお札一つ渡される。

 

 私は自由よぉ! と叫びたい所ではある。

 ただ一人で遊んでいても孤独を感じて辛くはあるので、”ツバサちゃんあーそーぼ”とか”真姫ちゃんあーそーぼ”とか言ってその人の家に行くくらいで所持金が尽きる。 

 昔は近くに住んでいた彼女たちが、お前と顔を合わせると金が減るという意思表示でもあるのか、住む場所が遠くなって久しい。

 一度真姫の家に行った時にお嬢様がいなくて空振り、しゃーない、歩いて帰ろうとなり、夜遅くに帰ってきたら顔面蒼白の妹に何やってたんですか! と怒られ、予定を立てる前には当人に連絡しろということになった。

 いまどき小学生でもやっているらしい、とても信じられない。

 

 友人たちの予定が噛み合わず、暇を持て余すと私はゲーセンやカラオケに行く。

 クイズゲームでどのジャンルでも正答率90%以上という数字を叩き出し、エヘンと胸を張っていたら、なぜその頭を就職に使えないのかと言われ、つまらなくなったのでそのゲームは引退した。

 

 大学時代には売れてなかったツバサとかとよく行ったカラオケも、彼女が忙しくなるにつれ、そしてμ'sのメンバーが就職するにつれ、ヒトカラが中心になる。

 あの金髪の人いつも来ていると言われるのが嫌で、あっち行ったりこっち行ったりを繰り返していたら、あの金髪の人カラオケ屋制覇しているとの評判が立ち、カラオケもあまり行かなくなった。

 

 私はニートであるけど、働いていないわけじゃない。

 たまに働く、本当にごくたまにではあるけど。

 妹のサイフから羽が生えたように無くなるお札を観ていると、なんとかせな! と希みたいに息巻き、真姫ちゃん仕事紹介して、海未ちゃん仕事くれ、穂乃果ちゃん仕事とお願いする。

 だいたいみんな、”わかった、一ヶ月ね”みたいに期間限定で働かせてくれる。

 一番お給金が良かったのは、ヒーローショーのきぐるみのバイト。

 

 本当は司会のお姉さんをやりたかったんだけど、お前はお姉さんって年齢じゃねえだろみたいな圧力できぐるみに入った。

 悔しかったので一回ヒーローを殴り倒してしまった、みんなのトラウマ。

 紹介してくれた東條希さんには滅茶苦茶怒られたけど、今もその模様は一部のサイトで観られる。

 ツバサが良いパンチしてるわ! って褒めてくれるし、辛口の凛もいい動きしてるよって褒めてくれる。

 

 友人のツバサは過去に水着の写真集を出し爆死した。

 彼女いわく、笑えるほど売れなかったらしい。

 大量の不法投棄として問題視され、しばらくどんなに売れているアイドルでも水着になるのがタブーになるレベルだった。

 それを聞いたエリチカさんは、アイツよりは需要があるだろうと息巻き、

 誰か生贄いないかな、私の引き立て役みたいな人、と胸があまりない面々を選んでいる最中に妹に魂胆がバレた。

 統堂英玲奈さんか園田海未さんの二択までは絞れているのよ! そう言い残し、エリチカは妹にすっごい怒られた。

 

 妹のスネを丸かじりしている私だけど、

 たまに思い出したようにμ'sの面々と交流し、

 また今度ね、との台詞でしばらく交流が断絶される。

 いつも付き合いがあるのは真姫とかで、その真姫も仕事が忙しいんだよ!

 みたいに扱われることもしばしばある。

 

 穂乃果は大学に行った。

 私自身も記憶から欠落し、彼女も誰も話題にしないけど――

 大学で嫌なことがあったみたい、そのことだけは私も把握している。

 スクールアイドルμ'sの話題が出なくなって久しいけど、

 そんな中彼女は天職を見つけたみたい。 

 今では居酒屋チェーンで働く優秀な店員の高坂穂乃果であり、

 μ'sの高坂穂乃果との評判はほぼほぼ一掃された。

 会う機会は限られて久しいけれども、

 たまにバイト料払うからちょっと店員として入ってよと言われる。

 ホイホイバイト先に向かい、あれやれこれやれと顎で使われている。

 なおその店での私の評判は、たまに来てえらい優秀な仕事をするやつであるらしい。もっと褒めて欲しい。

 

 海未は大学に進学せず――

 彼女いわくやりたいことがあり、ということだったけれど。

 未だにそれは聞けていない。

 生徒会業務でも忙しいばかりか、作詞活動も苛烈を極め、

 穂乃果の受験勉強の面倒を見、ことりの留学の背中も押した。

 卒業後は絢瀬絵里一派としてたまに作詞活動に取り組み、

 トップアイドルに上り詰めたA-RISEに詞を提供した。

 ちなみに作曲は一派の一員西木野真姫。

 ソルゲ組が集まり曲を作る機会は存在するけれど、公に提供されたことになってるのはA-RISEの曲だけ。

 海未いわく本業よりも稼ぎが良いらしく、作詞するので絵里は食事を作って下さいとお願いされるので、ホイホイと向かい海未が好きなものをいくらでも作る。

 そろそろ私の嫁にという海未の目は何故か本気――同姓では結婚できないというのをどう説明したものか。

 

 ことりは高校卒業後パリへと留学。

 なんたら女学院のパリ校に入学し、

 何があったのか知らないけれど、高校時代のぴゅあぴゅあぶりから

 ブラックな感じに変貌してしまった。

 当人いわく、これくらいしないと生き残れなくて――という話

 確かに同年代のデザイナーでえらく目立つ人(私でも知ってるレベル)がいるし、

 コメントを見たらえらくブラックだったので、あーそうかもねーと、納得はしてる。

 ただ、彼女のサンドバックとしてたびたび呼ばれる私は、

 南ことりさんの仕事相手からあの人まだ生きてたんだっていう扱いをされる。

 たまにもっと怒ったほうが良いですよと言われるけど、

 怒ったら数倍タコ殴りされるのでと遠慮しいな私――

 なお、デザイナーとしての腕前は南ことりか、先述のその人か、の二択であるらしい、それに貢献している私はすごい。

 

 星空凛は高校卒業後にタレントとしてデビュー。

 あんまりにも暇だったせいで海未の家の仕事にも従事し、絵里ちゃん料理教えてよとお願いされたり(効果がなかった)。

 しゃーない就職するかみたいな話になった時に”たいそうのおねえさん”としての仕事のオーディションに行き、身体能力の良さで枠を勝ち取る。

 おねえさん卒業以降は毒舌タレントとしての枠も勝ち取り、ちょっと絵里ちゃん罵る練習させて、と絢瀬絵里はたびたび練習台になり、

 罵詈雑言が苛烈を極めすぎたせいで、私のあだ名がドMの人になったけど、私は罵られるのが好きなわけじゃない、安心はするけど。

 なお、私への罵詈雑言に比べてテレビで披露される凛の台詞は非常にマイルド、私にも適応されて欲しい。

 

 花陽は大学へ入学し、流れで大学院まで行った。

 司書の資格を取れたまでは順風満帆だったみたいだけど、そこから就職で連敗に連敗を喫し、現在アルバイト生活。

 週に何日もシフトに入っているけど、

 周りのみんなは就職しているし(絢瀬絵里から目を逸らしながら)

 みんなもっと時間を長く拘束されているし(絢瀬絵里から(ry)

 と、大変健気。

 たまに彼女から毒舌をかっ飛ばされるのもご愛嬌。

 時間をやりくりしながらアイドルに向けて届けられるかよちんからの手紙は

 芸能関係者から大変好評。

 なお、当初匿名であったのに何故”かよちん”からの手紙であるかと言うと、

 身バレを恐れた花陽がなんとかして自身から目を逸らしてもらおうと、かよちんと名乗ったのがきっかけ、どう考えてもチョンボ。

 なんでバレちゃったのぉ!? と凛に話したそうだけど、さすがの凛も本当の理由は言えなかった模様。

 

 

 西木野真姫――現在声優。

 出演主演作多数、芸歴も10年に迫ろうかという――

 聖人君子だけど女癖が悪いらしい院長の一人娘であり、

 他にも姉や妹が複数いると評判だけど、西木野家には娘が一人だからセーフ。

 そんな彼女は現在岐路に立たされている。

 順風満帆に人気声優の一人として数えられた彼女も、

 出演作がやたら爆死するとの評判から原作者に敬遠されがち。

 コスプレイヤー上がりで出演作のコスプレなんぞもし、

 同人誌即売会には何度も顔を出しているせいか、

 プロデューサーに媚を売っているとか、腰を振っているとか、

 妙な評判が先行していたりする――だがチコちゃん、じゃない、

 絢瀬絵里は知っている、その実、西木野真姫は男性経験がない。

 なんでそんなことを知っているかと言うと、

 高校時代に受験勉強そっちのけでアニメにハマり堕落した彼女は家出したのだ。

 妹の亜里沙と暮らし、悠々と大学生活をしていた私の家に。

 その当時から顔を合わせれば遊んでばかりで、

 今も付き合いがある筆頭がツバサであれば、二番目は真姫。

 友人関係も女性ばかり、同業者で付き合いがあるのも女性ばかり、

 一時期彼氏が! とか言ってたけど、いつの間にか絢瀬絵里に養ってもらえばいいわに変貌した。

 酒癖が悪く、サシで飲むのをみんなから勘弁して欲しいと言われていて、寂しい寂しいと言っているけど、酒癖を改める気はないらしい。

 

 

 東條希――

 私の一番の親友だと胸を張って言うと、

 そんなことないんじゃない? みたいな無言の圧力がかかる。

 現代に蘇った安倍晴明とか言われてるけど、

 どっちかって言うと、呪術師に近い気もする――もしくはネクロマンサー。

 一時期疎遠になり、寂しく感じていることすら忘れた時、

 テレビを見たら以前と変わらぬ姿で大物司会者の隣にいて、

 一緒に食事をしていた亜里沙の顔に飲んでいたビール吹きかけちゃった。

 死ぬほど怒られてしまったので、

 驚くようなことをして! と会った時に怒ったら、

 エリちは変わらないねと呆れられてしまった。

 もっとドラマティックな再会を望んでいたらしい、東條希だけに。

 

 

 矢澤にこは大学卒業後――

 スクールアイドルで一番最初に成功し、

 一時期はテレビ付けたらバラエティー番組に彼女が出てる状態だった。

 A-RISEはついに彼女の牙城を崩せず不遇の時期を過ごし、

 そのまま天下を取れるかと思った際に、

 彼女が所属するアイドルグループのメンバーが飲酒喫煙淫行の三点セットの不正直を引き起こし、その責任をとってニコも引退した。

 面倒だな就職と大学生活を送っていた絢瀬絵里に愚痴を吐き、

 当初は就職する気満々だった私もどっちが先に就職するか勝負ね、

 とかふざけたことを抜かし、

 その発言から二週間足らずで一流企業の内定を貰い、私はホゾを噛んだ。

 しかもその就職先をUTXに誘われたからの一言で蹴り飛ばし、

 統堂英玲奈と一緒に名物コーチとしてホームページにも載っている。

 

 

 μ'sのみんなはそれぞれに成功し、私は一人でのんびりとニートをやる。

 つまづいたっていいじゃないか、絢瀬絵里だもの ――エリち。

 相田みつを先生リスペクトで言ってみたけど、

 妹にそんなコト言ったら殺されてしまう。

 そしてどうでも良いことを考えながら酒を口に含む。

 

 

 一時期お酒にハマった時期があり、

 一番美味しいお酒なんなのだろうと研究に研究を重ね、

 出した結論がとりあえず酔えればいいだった。

 毎日毎日同じお酒を飲んで満足するかと言われればそうではないし、

 昨日美味しく感じたお酒が今日に限ってはそれほどでもないという場合だってある。

 友人であるツバサのコメントに文章およびヘッドホンに取り付けられたマイクで返答している。

 

「仕事もしてないのに酒飲んでる」

「ニートってお酒くらいしか楽しみがないと思わない?」

「別に酒がなくてもあなたはいつでも楽しそうよ」

 

 ツバサのコメントが心に刺さる。

 働いていようがいまいが人生は割と楽しい。

 何でもかんでも気の持ちようでなんとかなるものでもないけれど、

 だいたい気の持ちようでなんとかなるものである。

 妹の絢瀬亜里沙は職業不詳のキャリアウーマンであり、

 姉である私はそれをほぼフル使用しているニートである。

 私を口撃してくる凛なんかは”妹のスネカジリおばさん”と呼ぶこともあるけれど、

 ツバサはオッサンの間違いではないかとツッコミを入れることもある、問題はソコじゃない。

 

「そろそろソシャゲもお金出したら好きなキャラを当てられるようにしてほしいの」

「そうしたら貢いで貰えないでしょ」

 

 ソシャゲでは様々なガチャを引くためのアイテムがあり、

 無償で手に入る分もあれば、お金を出して手に入れられるものもある。

 極稀に好きなキャラを交換できるスペシャルアイテムみたいなものがあるけれど、

 だいたいはガチャのためにお金を溶かすことになる。

 ツバサみたいにガチャした瞬間最高レアのキャラクターが連続して出てくるとかいう

 チート仕様ならばともかく、フツーの人間はガチャを回したところで欲しいキャラが当たるのは稀。

 命中確率1%でもクリティカルを出してくるのが綺羅ツバサで、

 99%でも外すのが絢瀬絵里である。

 お金を出せば成功するのであれば存分にお金を出したいところ、

 そのお金を誰が負担するのかと言うと私ではなく妹だっていうのが悲しい所ではある。

 

「絵里、世の中っていうのは事実があれば原因があり、理由があり、

 人の感情に依るものもあり、どうしようもない現実もあり、

 誰かの都合で嘆くしかない場合だってあるのよ」

「でも結論としてはガチャは金出して引く人がいるから、

 今のままの殿様商売が続くってことなんでしょ?」

「商業の都合は木っ端な客の都合なんて考えてくれないのよ――」

「たそがれて言うセリフなの? あなたメリット享受している方じゃないの?」

 

 100回10連ガチャを引いて欲しいキャラをいっぱい当てたほうが勝ち

 とか言う勝負をツバサと私でした時に、15人差という大差でフルボッコされた私が言うのも何だけど、

 アイツの運は天命すら凌駕してくるから困る。

 一回、ネットで隆盛を極めている動画投稿サイトの生放送において、

 元アイドルとしてゲストに呼ばれた彼女がガチャを引いたところ、

 1%に満たない確率でしか当たらないキャラクターを連続して引き当て

 ヤラセ疑惑が声高に騒がれたけど、ヤラセだったらもっと上手くやってる。

 

「たまには身体でも動かしたいわね、付き合いなさいよ」

「冬は身体が冬眠してしまうの」

「器用な冬眠ね、そのまま春まで寝てなさいよクマみたいに」

「春が来てそのままずっと春だったら良いのに」

「花粉症の人に殺されるわよその名言」

 

 誰しもにスルーされるネタもツバサなら必ず反応してくれる。

 妹には二人だけの世界を作るんじゃありませんと怒られてしまうし、

 海未には見せつけてるんですかとキレられる。

 小ボケやギャグをついつい言ってしまいたくなるのは反応してくれる人がいるからで、

 わかる人にしかわからないネタを振りたくなるのは寂しくてしょうがないからでもある。

 こうして音声通話サービスを活用しつつ、様々なゲームに取り組みながら

 日がな酒を飲み、あの編集者使えねーみたいな愚痴を聞きつつ、

 たまに外出して飲み歩き食べ歩き遊び歩く私の人生ただ今幸福真っ只中。

 

「そういえば絵里」

「なに?」

「またカラオケ行きましょうよ、私の後輩連れてくるから」

「アイドルじゃないあなたに付き合ってくれる後輩なんているの?」

「いやまあ、アイドルではない私に付き合ってくれるのはあなたくらいしかいないけど」

 

 綺羅ツバサは元トップアイドルA-RISEのリーダー兼センター兼その他諸々。

 スクールアイドルA-RISEとしてUTXを卒業後不遇の時期を過ごしたものの、

 かつては若者の認知率100%とか言う絶大な人気や顔の広さを誇り、

 このまま隆盛が続くかと思いきや、メンバーの一人の優木あんじゅが結婚するからアイドルやめるということになりそのまま解散。

 他のメンバーを入れてのグループの続行も望まれたけれど、

 入れるんなら絢瀬絵里が良いとかいう英玲奈やツバサやあんじゅの推薦を断った結果がこれなので、

 ファンに知られてしまえば殺されるくらいでは済まない。

 

「アホね、アイドルでなくてもツバサは十分魅力的よ、

 他の人間が見る目がないの」

「たまに私を口説き落とすようなことを言うわね、

 少女漫画のイケメンみたいなこと言えるならハーレム築いて

 ヒモにでもなってなさいよ、ニート卒業して」

「それは卒業したと言えるのかしらね?」

 

 そんなアホな会話をして、なんかお腹空いたなーと思って椅子から立ち上がると、

 妹の亜里沙が音もなく背後に立っていた。

 

「口は回りますが、周囲の警戒は不得手のようですね」

「……すごく驚いたわ」

「驚かすついでに、真姫さんと飲み会の資金はお出かけボックスに入れておきました」

「すごく優秀ね、どこから情報が漏れたの?」

「独自の情報網で、姉さんのことはあらゆることを把握してます」

「もっと他にあるでしょう?」

「私にとって、何もかもうまくいかない事柄が姉さん由来なので、

 逐一把握しておきたいのです」

「おかしいわね、シスコンという言葉が頭に浮かんだわ」

 

 私が半分呆れたように言うと、

 妹が面白いものを見つけたという感じで微笑んだ。

 面白いものと言うより、自身が面白くするために好き勝手にするおもちゃを見つけた――

 という表情が的確であり、私は地雷を踏んだなと一瞬で理解してしまった。

 

「過去に姉さんは、妹の亜里沙は目に入れても痛くないと言いました」

「過去と言うより現在でもそうよ、あなたは可愛い妹」

「ありがとうございます。

 妹の亜里沙は世界一可愛く、素直で、謙虚で、将来はすごい美少女になると言いました」

「予想どおりね、あなたはとても可愛らしい」

「ありがとうございます。

 妹の亜里沙が嫁に行くようなことがあったら、私は結婚式に行って妹をさらうと言いました」

「……言った記憶が定かじゃないんだけど」

「神学者のカール・レフラーによるとそのようなことがあったと」

「オチは付けなくていいのよ」

 

 会話の主導権を綺羅ツバサから乗っ取り、

 一通り満足したであるらしい妹は鼻歌なんぞを歌いながら部屋から出ていく。

 キャリアウーマンという職は闇が深い、

 常に憂さ晴らしの対象は姉、シスコンではあると言ってもいいけれど、

 大事に扱われているかって言うと微妙。

 

「……愛されているわね絵里」

「同情するように言うのはやめて、ぜひやめて」




裏話その1

プロローグにてエリちが語っている
この世界で放送されているラブライブ!は劇場版まで制作されたが、Aqoursをモチーフにしたラブライブ!サンシャイン!!は一期が制作されただけで打ち切られてしまった。

なお、ラブライブ!ではオーディションで落選してしまった西木野真姫ちゃんであったけど、サンシャイン!!では桜内梨子ちゃんの役どころで出演を果たした。

亜里沙ルートの番外編で、
過去のエリちの名言や、鹿角理亞の名言を栗原朝日らが知っていたのはそのため。

ただ、アニメのラブライブでは当初μ'sやA-RISEの協力が得られるという触れ込みで企画が開始されたが、μ's発起人である高坂穂乃果を中心とした、2年生メンバー、3年生メンバーには協力を断られ、事務所の都合で星空凛が、一人にしたら可哀想ということで付いてきた小泉花陽が、そして脚本家会議に呼ばれてもないのにやって来た西木野真姫が協力してそれなりのものが完成した。
なお、A-RISEの面々では唯一、自身の役どころと脚本で綺羅ツバサが協力しているが、その際に本業の声優を凌駕する演技を見せつけて、東條希を担当していた声優の楠川姫が引退を決意するきっかけを作った。

サンシャインの方ではAqoursのフルメンバーや鹿角聖良に協力を断られ、事務所の都合で鹿角理亞のみが脚本家会議に出席。
ただ、ユニットを組んでいたルビィから、あんまりAqoursのことを目立たせないでとお願いされたため、SaintSnowのことばかりを語ってしまったせいで、結果的に自身が黒歴史として封印しておきたかったラブライブは遊びじゃない発言が放送され理亞ちゃんは1週間部屋から出てこなかった。


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改訂版 西木野真姫との飲み会編 1

 鹿角理亞が好んでいるブランドは「アリスソフト」

 嫌いなブランドは「ニトロプラス」「TYPE-MOON」
 
 理由は意識が高そうだからだそう。


 とある駅前。

 冬場だと言うのに、やたらと露出度の高いアニメのキャラクターのコスプレをしたアラサーがそこにはいた。

 そいつの名前は絢瀬絵里。

 つまりは私である。

 

 

 そこから歩いて五分。

 デカデカとした看板やら、建物の明かりやらが存分に存在感を発しているこの状況下。

 アーケードの一角に西木野真姫との待ち合わせのため、

そして自身の存在理由(笑)を探すため、この寒空の下で秋葉原でもないのにコスプレしている金髪を 通りすがる人たちが見やる見やる。

 私の心はもうすでに赤信号。

 気分的にはトラックあたりに轢かれて、異世界に転生したい。

 この世から絢瀬絵里の痕跡という痕跡をすべて排除したい。

 

 

 妹である絢瀬亜里沙が仕事に出かけた後、私はすぐさま行動を開始した。

 どこぞの年齢不詳のお手伝いから預かったコスプレ衣装を

 閉まってあったクローゼットから出し、全方向に対して目を向け

誰も見ていないという事実を確認。

 それでも気になったのでカーテンを閉めて、

アニメのキャラクターのコスプレをするという羞恥心と戦いつつ着替える。

 

 

 アニメのキャラクターのコスプレをしたアラサーを鏡で見てみると、

何となく自分もまだまだイケる気分になってくるから不思議である。

 もうすぐ30になろうかという人間がアニメのコスプレしている件を冷静に考えると、それなりに気分も盛り下がりそうなものだけれど。

 真姫が教えてくれたことによると、このキャラクターは本編で魔法少女として活躍し、薄い本ではやられ役(いろいろな意味で)としてかなり有名だとか。

「そういえば以前、ロリ声の出し方を教えて貰ったっけ」

 真姫が飲み会に誘われているのだけど、一人じゃ怖くていけないから来て欲しいと頼まれたのだ。

 声優の仕事をしている人たちとお酒を飲み明かした際に、私よりも年下なのにバリバリ成人向けゲームでも活躍している女性の方に、

「絵里さんって、なんかお姉さまって感じですごくイイ」

 ……こっちじゃない。

「真姫先輩も色気のあるお姉さま(そういう役どころが多いらしい)だけじゃなくてロリもやってみましょうよ、世界が広がりますよ」

 その発言に対し、もうすでに完全にできあがっていたツンデレお嬢様は、デヘヘという呻きに似た笑い声をあげて(褒められたと勘違いしたらしい)

「しゃーろとぉ・いぞあーるだぉぉ?」

 空気がアイスブルーに染まった。

 その発言を誰もが聞かなかったと決意し、

 すやすやと私によりかかり眠りだした西木野真姫に触れないように意識をしながら。

「絵里さんもやってみましょうよ」

 無茶振りをされたけど、私は真姫に連れてこられたニートである。

 芸能活動の経験もなければ、演技の経験もない。

 お酒を飲み始めて、何故この場に自分がいるのかレベルの有名声優さんに囲まれつつ、

やらかした後輩(赤毛)の尻拭いをする。

「じゃあ、やり方を教えて貰ったら……」

「簡単ですよ、舌を上の歯に当てる感じで……」

 多数の声のプロがガチでああでもないこうでもないと絢瀬絵里へ演技指導を加え、

 ハイブリッド声優絢瀬に変貌を遂げる(脳内で)

「はにゅーん! ぁやせえりだぉー?」

 イメージとしては高校3年になるまでの亜里沙を意識しながら、

 ひたすら痛いキャラ作りで場を盛り上げる。半ばやけになったように騒ぎまくる女性メンバーを後目に

眠る西木野真姫は、二日酔いの状態で翌日収録に向かったらしい。

 

 

 そんな消し去りたい過去を思い出しつつ、

「あやせえりなのですー!」

 露出度の高い魔法少女のコスプレをしてロリ声を出しながら部屋で盛り上がっていると、ドアがガチャリと開く音が聞こえてきた。

 私は一瞬で固まり、かつドアを開いた人物もすごく申し訳なさそうな表情をしたまま。

「外に丸聞こえです」

 と、現実を突きつけてきた。

「エリチカおうちかえ」

「ここが家です。耄碌しましたか?」

「亜里沙……あの、どうしてここに?」

「忘れ物を取りに。ですが、忘れたままでよかったと痛切に後悔しています」

「記憶からも消せない?」

「私の頭脳は、あいにくデキが良いんです。ええ、何日間か夢に出てきそうです」

「お酒でも飲みましょうか、奢るわ……」

「それは私の労働して稼いできたお金です」

 

 真姫との飲み会が延期されそうなダメージを受けたけど、

欠席を許してくれなさそうなお嬢様のLINEでのメッセージを見やり、

なんとか地面に這いつくばるような気分でやって来たはいいものの。

 きっと祖母譲りの金髪が目立ってるんだろうな、誰もコスプレの衣装なんざ見ていないよね。

という現実逃避が過渡期を迎え、寒風が身を凍えさせつつある状況下。

 多くの人たちが歓談をし、ひとときの再会を楽しんでいるのに、何故自分は見世物のようにこの場に立たされているのか。

 疑問に思えど答えてくれる人は誰もいないので、少しだけ思考を変えてみることにした。

 こうして待ち合わせをする人たちや、道を歩く人たちの奇異の視線を感じていると、自分の記憶を反芻するきっかけにもなった。

 誰も彼も老若男女問わずに絢瀬絵里という存在を知っているという現実。

そしてそれが薄れるにつれて、自分がとても小さい存在になったかのように感じていた記憶。

 人々の関心や記憶から日々更新されていくスクールアイドルの情報に触れ、自分たちとは時代が違うのだと感じること多数。

 

 

 こうしてスクールアイドルとしての知名度も落ち、

ただ単に元スクールアイドルとして興味深い視線は向けられど相手にされない現状を鑑みる。

 数ヶ月前まで二期が放送されていたアニメのコスプレをしている事を棚に上げての発言で恐縮ではあるけれど。

 現在の世間からの扱いとしては、μ's(笑)みたいな感じ。絢瀬絵里の格好(笑)であることを自覚しつつ客観的に見ての話。

 μ'sよりも初代優勝者のA-RISEが今は熱い。

 亜里沙との会話の端に出てくるのも基本的に彼女たちであるし、復活だって望まれている。

 ツバサと歩いていると、こんな目立つ金髪しているやつよりも声をかけられるのは断然デコのほう。

 日本人は負けたほうを応援したくなるものよと彼女は自虐的にネタにする時があるけれど、

トップアイドルとして登り詰め、スクールアイドルの始祖としてのラブライブへの貢献度、

更には世間一般での知名度、どれを取ってもμ'sはA-RISEに敵わない。

 まあ、そんな事を言えば。

「そのμ's(笑)に負けた私たちがより惨めになるだけだから、自虐に走らないで」

 と怒られるんだけどね。

 

 

 怪訝そうな視線にも慣れて、

こんな往来でコスプレをしているという事実に高揚感に似た感情を抱き始めた折。

 なんときぐるみが近づいてきた。

 拳銃でも構えながらうぇるかむかもーんとか言えば、

 シュールなマンガの一コマとして映えそうなウサギのきぐるみ。

 ただ、そのきぐるみには見覚えがまったくなく、

 かつ、意味もなく小刻みに震えている様子だったので、

 あ、もしかしたら真姫が変装しているのかもと思い立った絢瀬絵里。

 むやみにこんな格好させやがってという理不尽な怒りも手伝い、

 ちょっと驚きの一つでもかましてやろうと思った。

「ふふ、知っているわよあなたの中身」

 ビクリと大きく震えるきぐるみ。

 こんな大きな駅前のアーケードで

 露出度の高いコスプレをしているアラサー(金髪)と、

アメリカのアニメにでも出てきそうなシュールな絵柄のきぐるみとの会話。

 端から見れば、見世物か何かのよう。

「あなたは最近、お酒で失敗をした……」

 まあ、西木野真姫のお酒に関するエピソードは失敗絡みばっかりだけど。

 基本的に仕事に対する意識が高いせいか、

 お酒を飲んでしまうとタガが外れてしまいがち。

「しかも、同僚にものすごく迷惑をかけた……」

「な、なぜそれを……」

 きぐるみから発せられる声が、

 どう考えても西木野真姫のものではなかったけど、

彼女は声のプロである。

少し変えることくらい朝飯前だと思う、たぶん。

 それと、同僚=絢瀬絵里って判断するとわかりやすい。

「あなたは最近、価値観が変わる出来事があった……」

「う……」

 成人向けゲームへの出演を考え始め、

何から始めれば良いだろうと多数のエロゲーとともに真姫が来訪。

 どれでも良いと突き放すのも可哀想だったので「わかったわ、じゃあ、一緒にプレイしましょう!」

 と、豪胆な私が宣言、輝く笑顔の真姫。

 痛パソコンに次々とインストールされるエロゲー、膨らむ排気音。

 私自身もどれから始めれば良いのかわからなかったので

「まずは、どのソフトからやるか研究しましょう」

「わかったわ」

 という会話の後、パッケージを見てどれをプレイするのか考える。

 ――考える。

 正直な話、どれもこれもおんなじにしか見えない(年寄り特有の発想)ので、

「直感で決めましょう、私はこれ」

「私はこれ」

 見覚えのある絵師がパッケージイラストを描いているなと思って選んだ、

【月に寄りそう乙女の作法】。

 一方真姫が自信たっぷりに選んだのは、

【抜きゲーみたいな島に住んでる貧乳はどうすりゃいいですか?】。

 なぜそのゲームを選んだのか、私にはさっぱり理解できなかったけれど、

ひとまず最初は外れでも良いだろうということで

真姫が選んだゲームをプレイし始める。

 

 ――結果。

 二人は飲食も忘れ40時間後、亜里沙の手で西木野総合病院に強制収容された。

 

 

「あなたは、最近……仕事で悩みがあるわね?」

「やはりあなたは……覚えて……」

「ん?」

「よかった、私のやってきたことは間違いじゃなかった」

「んん?」

「うるさいって言った! バーカ!」

 飛んでくるソバット――!

 直撃して身悶える私――!

 きぐるみはものすごい速度で走り去り、

コスプレしている絢瀬絵里は地面とお友達になっていた。




矢澤にこ、西木野真姫、小泉花陽の3名で
矢澤家にお酒を飲むことになった折、
季節外れのインフルエンザに掛かってしまった花陽に代わり、
矢澤ここあが来訪。

 にこにーに料理を任せ、
 お酒も程々に、最初の方はとりとめのない話をする二人。
 が、酔いが回るに連れて
 乙女系(BL中心)小説家のここあと、エロゲー声優西木野真姫のタガが外れ始め、シモネタで盛り上がる盛り上がる。
「じゃあ、女性ばかりで盛り上がっているのも何だから、男性を呼ぼう!」
「男性?」
「矢澤家唯一の男性、防犯セキリュティはお任せ、矢澤虎太郎!」
「おおっ!」
 連れてこられた虎太郎相手にセクハラと言う名の拷問をぶちかます二人に対し、にこにー襲来。

 結果、西木野真姫は矢澤家を出禁になり、
 禁酒に励んだものの3日で断念。
 しかしその後、とある乙女ゲームの主役に抜擢され、
 女性人気も高まることになる。


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改訂版 ~西木野真姫との飲み会編~ 2

飲み会編と言いつつ、
いまだ飲み会には至らず。
深くお詫びいたします。


 地面と熱い抱擁を交わしているさなか、

 なぜ私がこんな罰ゲームみたいな格好をさせられているのかを振り返る。

 事の起こりは、西木野真姫との飲み会の数日前。

 場所は園田家。

 きっかけはいつものオンラインゲームのプレイ中。

 綺羅ツバサの麻雀ってやったことある? っていう台詞からだった。

 

 

 私の麻雀の初体験は十数年前、祖母が頭の体操と称してハマったことに遡る。

 祖母の多くの友人達がロシア料理店に集まり麻雀をやる中、

 ロシアン雀鬼とあだ名された祖母が勝利することが続く。

 これはダメだとさじを投げた面子が目をつけたのが私。

 当時まだ賢かったと評判の絢瀬絵里である。

 孫娘相手なら少しは加減するであろうという魂胆から、

 やりたくもなかった麻雀のルールを強制的に覚えさせられ、

 雀卓を囲むこと数回。

 才能があったのか、それともそこで才能を使い果たしたのかは定かではないけれど、

 並み居る大人たちを次々とハコにしていった。

 

 

 あまりに優秀過ぎたため、

 当時のエピソードを聞かれた亜里沙が、

「十で神童、十五で才子……十八くらいにはポンコツでしたね」

 とコメント。

 並み居るμ'sの面々が、やっぱりね? みたいな顔をしててエリチカ悔しい。

 とにかくまあ、

 大人たちから祖母に挑戦するように求められ、

 最初は加減してくれた相手も、いつしかガチ勝負が続き。

 いつやら誰にも相手にされなくなって現在に至る。

 

 

 祖母のロシア料理店でホコリを被っていた雀卓は、

 いつしか園田家に移り、

 その彼女の家でさえ滅多に使われなくなり、

 どうしようかというタイミングでのツバサの発言だったらしい。

 そんな経緯を知るべくもない私は、

 いやあ、昔ちょっとやったことがあると嘘をつき、

 もしも誘いがあるならばコテンパンにのしてやろうと思ったのである。

 後に絢瀬亜里沙は語る。

「あの綺羅ツバサという超人が、何の魂胆もなく何かをやったことがあるかと聞くなど

 ありえないと思っていたほうが良いのですよ」

 それに気がつくのは、

 大抵何かしら後悔をした後というのが、あまりに悔しい。

 迂闊だという指摘は甘んじて受ける。

 

 

 そんな会話の一日後、園田海未からのLINEが届いた。

 久方ぶりのLINEだったので、嬉しく思いながら、

 麻雀の面子が足りないので集まれませんかという誘いを

 何の疑問も抱かずに了承をし、

 同じく誘われたという綺羅ツバサとともに園田家に向かった。

 

 

 ここで私が、

 他にどういったメンバーが集まるのかを疑念に感じ、 

 その面子如何では誘いを断れば良かったのだけれど、

 エリチカ以外が巧みに仕組んだ仕掛けを回避できるなど到底思えないので、

 多少のやるせなさは感じつつも後悔はしない。

 

 

 園田家に向かう道中に暇だったので、

 どんなメンバーで麻雀をするのかと問いかけてみると

 真姫とその他1名ですという返答が来る。

 海未がワザとぼかしていることなど検討もつかなかった私は、

 花陽とか凛とかそのあたりのメンバーが来るのだろうと思い込んだ。

 

 

 そのことをツバサに言ってみると、

 笑いを堪えるような表情をしながら、きっと麻雀は弱いわね。

 と言ったので、それに同調した。

 真姫が相手だろうが、りんぱなのどちらが相手だろうが、

 よもや負けることはないだろうと、絢瀬絵里は滑稽にもそう考えたのである。

 

 

 到着した園田家は、過去に来訪したときよりも増築が施されていた。

 以前までは、和風建築と言った言葉に合う邸宅で、

 私みたいな金髪が立っていると、

 さも異文化交流という言葉が似合いそうな場所であったはずだ。

 大きいけど地味とか、古いとか、言葉を良くすれば古風だとか。

 穂乃果曰く落ち着く場所だったそうだけど、

 和風建築なのにドーベルマンがいても違和感がなさそうだと告げれば、

 多少私の感じている疑問あるいは、疑念と言ったものが伺えるだろうか。

 

 

 初めて来訪したというツバサ(後日嘘でしたテヘペロってLINEが来た)が、

 イメージと違うというコメントを残し、怪訝そうな表情を浮かべたまま客間に入る。

「エリー、このさも押してくださいという赤いスイッチは何かしら?」

 借りてきた猫みたいになっている私を置いて、

 綺羅ツバサがどこかから拾ってきたのは……

 昔のアニメに出てきそうな、四角い銀色の箱に赤い円形のボタンが付いたスイッチ。

 ポチッとなという掛け声とともに押せば、

 その途端にどこかしらが爆発しかねない外見を持っている。

 何故か押したくなるそのボタンに対し、警戒心をあらわにする二人。

 

 

 ただ、暇であったし

 よもや園田家の客間に爆弾など仕掛けられようはずもないので、

「ポチッとな」

「その掛け声、エリーってロシアンクォーターなの?」

 最近、妹とまるで出来が違いすぎて、

 私自身はどこかの橋の下から拾われてきた子どもなのではないか、

 そんな疑惑があるけれど。

 どこかしらから聞こえてくる、うぇるかむかもーんの掛け声とともに、

 今まで壁だと思っていた場所が、ギギギという音と一緒に開きエリチカの度肝を抜く。

 そしてその先から現れたのは、

 露出度の高い水着のような格好をした(後日PPPのコウテイと判明)女性が、

 止まるんじゃねえぞみたいなポージングをしながら立っていた。

 

 

「やあやあ、お久しぶりだね絢瀬絵里くん。そしてはじめまして綺羅ツバサさん

 だけどどうしてかな、絵里くんのことは隅から隅まで知っているような気がしてならないよ」

 

 

 これっぽっちも顔を合わせた記憶もない相手から、親しげに話しかけられると緊張する。

 隣りにいるツバサも、なんとも言えない表情をしながら頭を下げている。

 記憶ないと言ったが、前々から妹に

「姉さんの記憶容量はファミコン並みです」 

 と、罵り倒されているので、

 もしかしたらどこかしらで会ったことがある人なのかも知れない。

「ダイヤモンドプリンセスワークスの原画担当にしてキャラクターデザイン。

 本業はアニメーターの園田碧とは、私のことさ」

 

 

 名前を聞いてピンときた。

 過去に園田家に来訪した際、

 結婚して実家を出ている姉が来ているという話をされて挨拶しました。

 ただ当初は、地味というか。

 海未をさらに小柄にして、メガネを掛けさせて、雰囲気を暗くした感じで。

 おおよそ目の前にいる相手と、記憶に残っているのとは重なりようもない。

 

 

「……ダイヤモンドプリンセスワークスって?」

「おや? ヒナの友人のくせに知らないのかい?

 同人で数千本売り上げた伝説のシナリオゲーにして、

 商業化したヒナプロジェクトの代表作……てか、それしかないんだけど。

 ファンディスクやら何やらで億単位のお金をボロ儲けした伝説のソフトさ」

 ダイヤモンドプリンセスという単語に嫌な汗を覚えたけれど、

 よもや自分とは関係ないであろうと結論付ける。

 隣でツバサが、いつになったら自分が攻略対象になるのかという

 意味のわからない話をしているけどスルーした。

「まあ、今日のところは顔見せだよ。

 度を越したシスコンとしては絢瀬絵里という人間に興味があったのさ」

「あの、私シスコンでも何でもないんですけど」

「はっはっは、ご謙遜を」

 などと笑いながら、

 さらに家の中で恥ずかしくないのかと問いかけたいコスプレ衣装のまま、

 海未のお姉さんは退場していき、

 私たちの間になんとも言えない空気が流れた。

 

 

 ――なんだったのだという反応から数分、海未が顔を見せた。

「すみません、少し道場生から質問攻めにあっていまして」

 白い道着という格好で、高校時代の凛々しさそのままに立つ姿は、

 なんというか、私と一つしか変わらないのに若さを感じる。

 これが働いている人間とそうでない人間の差かと思いつつ横でツバサを見ると、

 こっちみんなみたいな顔をされた、冷たい。

「準備も整っていますので地下までどうぞ」

「……地下?」

「ええ、もとは座敷ろ……ええと、地下空間だった場所を改築しまして」

 それ以上は訊くなと言わんばかりに見られてしまったので、

 懸命な絢瀬絵里はこれ以上のコメントを控えさせて頂く。

 

 

 広大な座敷ろ……地下空間に移動し、

 そこでティータイムに洒落込んでいる赤毛のお嬢様と、

 そんな彼女に心酔している年齢不詳のお手伝いさんの組み合わせ。

 陽射し溢れる庭園とかで、貴族か何かがひとときの癒やしを体験しています、

 なんて態度だけれど、人が拷問でもされてそうな場所で

 何故そこまで弛緩できるのか解せない。

 

「エリー、ツバサさん、紅茶飲む?」

「媚薬入りですが」

 

 和木さんなりの冗談ではあろうが、

 彼女ならやりかねない所業に対し、苦笑いする面々。

 お嬢様一人が残念そうな表情を浮かべながら、

 こんなに美味しいのに、と言いながらそれでも紅茶を飲む。

 

「もしかして、和木さんが麻雀に?」

「雀鬼和木が本気を出すのは、お嬢様を脱衣させるときのみです」

 

 何その使い方が限られる本気の出し方。

 お嬢様はお嬢様で、私の裸は安くないとか、

 その献身、素晴らしいものだわとか言っているけれど、

 雀鬼であろうがなかろうが、本気を出すのは真姫関連だから。

 おそらく、私の背中がカチカチ山のように火でも付いていようが、

 笑いながらスルーするくらいはやってのける。

 

「ということはメンツは、私、ツバサ、海未、真姫ってことね」

「あらエリー、もう勝った時の魂胆でも考えてる?」

「そ、そんなことないわ!」

 

 いくら、何に対しても天才ぶりを誇る綺羅ツバサが相手だろうと、

 海未や真姫がある程度の実力を発揮しようとも、

 私が負ける要素なんて何ひとつもないだろう。

 そろそろ絢瀬絵里と言うより、迂闊絵里とかに改名したほうが良いかも知れない。

 

「勝ち負けがある以上、勝者には褒美を、敗者には罰が必要ですね」

 

 和木さんの提案で、誰に何をしてやろうという思考に入る。

 魂胆は醜悪だけれど、自分が負けるわけがないという自信も手伝い、

 罰ゲームはできるだけ羞恥に塗れたものにしたかった。 

 

 結局勝者には高級ホテルの無料宿泊券(真姫提供)

 敗者にはコスプレ(やっぱり真姫提供)して自宅まで帰るという案に決まった。

 ただ、ここは海未の邸宅なので彼女のみ、

 翌日ずっとコスプレをしながら仕事をすることに。

 

 ただ誰ひとり、自分自身が罰ゲームに殉ずるとは考えていなかった。

 滑稽にも、あらゆるコスプレをさせられて羞恥に塗れることになる私自身も。

 

 

 パソコンの脱衣麻雀なら経験はあるけれど、雀卓ではやったことがない、

 などという真姫のために、和木さんがサポートにつく。

 捨て牌まで決めるのかと思ったけれど、そこはお嬢様の勘におまかせすると言うので、

 大した脅威にはならないだろうと踏んだ。

 

 エリチカの手はそこそこ。

 大勝した所で、手に入るのは使う予定もない高級ホテルの宿泊券。

 換金した所でさほどの金額にもなるまい。

 そのように判断をした絢瀬絵里は、負けなければなんとかなる。

 どうせコスプレをするのは赤毛のお嬢様の確率が高い、

 哀れな羊は、いつも見当違いの自信を深め、

 そして自爆をするのである。

 

 東一局。

 親はツバサ。

 誰も彼も字牌から捨てていくという、

 どこぞのお方に怒鳴りつけでもされそうなスタイルで

 場は進んでいく。

 ただ全員が全員、無言で牌を捨てていくので、

 命の取り合いでもしてるんじゃないかっていうくらいの真剣具合。

 門前で手を作っているせいもあってか、

 だんだんと、もしかしたら海未あたりがテンパっているかも知れない、

 もしかしたらお嬢様は不正チートでもしているかも知れない。

 様々な疑念がエリチカの中で膨らんでくる。

 そして流局。

 誰一人テンパイも出来ず、親が流れた。

 

 東二局も何事もなく終わり、東三局。

 誰一人立直すらかけないという状況下で、

 少しだけ絢瀬絵里に動揺が走った。

 待ちはかなり悪いけれど、立直をかけて和了れれば満貫手。

 ただ、このまま流局する確率が高い状況下で、

 迂闊に立直をかければ、誰かに振り込んでしまうケースだってある。

 危険を顧みずにある程度の利益を求めれば、デメリットのほうが深い傷を残すかも知れない。

 結論として、エリチカは安全策を選んだ。

 

「あらエリー、迂闊ね、ロンよ」

 

 そしてその安全策(笑)が、

 急坂で背中を蹴り飛ばされてゴロゴロ転がり落ちていくが如く、

 コスプレをさせられ羞恥心に浸るまでの道のりを進んでいく材料だったとは、

 私はこの時知る由もないのだった。

 まあ、知っていた所で回避できる能力がないのは、

 いままでの絢瀬絵里の人生経験上、自信を持って頷けるのだけれど。

 

 

 結局泣きの一回でさえ、園田海未のチンイツの直撃を受けるという迂闊さで終局。

 絢瀬絵里のコスプレ品評会は和やかな雰囲気で始まった。

 用意されたアルコールを片手に、あーでもないこうでもない、

 なんて話し合う面々。

 私は負けましたごめんなさいという札を首から下げ、正座させられるロシアンクォーターに

 まるっきり発言権なんてなく、物悲しそうな目でこの場にいる数人の成人女性を眺めても、

 相手なんてしてくれるはずもなく。

 

 そうそう、先ほど出会った海未のお姉さんもメンバーに追加され、

 もっと人を呼んで晒し者にしようという世にも恐ろしい提案で小泉花陽も収集。

 絢瀬絵里は、一番私を不憫に思ってくれそうな花陽に話しかける。

 

「バイト上がりで疲れてない?」

「長い時間働いているわけじゃないから平気だよ?

 私と同い年くらいの子は、もっと長い時間働いているんだもの

 もっと頑張らないと」

 

 一生懸命な頑張り屋さんという印象は高校時代から変わらないけれど、

 その印象に切羽詰まった感がして、私はその事を寂しく思った。

 花陽は凛よりも断然器用で仕事もこなせそうなのに、

 何故、就職に縁がないのか。

 これはニートの思い上がりにも似た妄想でしか無いけれど、

 弱気な部分がやりたいことを抑えているのかなと思わないでもない。

 

「花陽、飲みに行かない? もちろん時間はいつでも大丈夫よ!」

「う、うん、私は大丈夫だけれど、絵里ちゃんは平気なの? 予算とか」

「へ、平気よ! うん、全然平気! なんにも問題ないわ!」

 

 花陽が、本当に大丈夫かなみたいな感じで見てくるけれど。

 それは予算の都合が本当につくか疑問だと言うより、

 この人は人として大丈夫なのかという疑問に感じているっぽい?

 それが、被害妄想なのは分かりきっている。

 可能性としてあってしまいそうな気がするけども、

 エリーチカは賢くて強いので、その思考を天高く放り投げた。

 

 

 一番最初にありとあらゆる衣装の中で、

 これだと思うものを持ってきたのは、園田海未だった。

 服飾センスでは下かもしれないけれど、常識人度ではμ's有数。

 

「いずれかを着せねばならないということなので、こころ苦しいですが」

 

 そう言いつつ持ってきたのは、どこぞの美少女戦士の衣装だった。

 一見するとセーラー服にも見えるそれだけれど、

 逆になにかの制服に見える分、アラサーにとってはなかなか厳しい。

 ただ、海未のセンスを信用するなら、この衣装でもマシな部類なのだ。

 実に申し訳なさそうに持ってきた分、取り替えてきて欲しいなんて言えず、

 着替えようとしてふと気がついた。

 

「ええと、更衣室は」

「元は座敷ろ……地下室です、そんな場所はありません」

「恥ずかしいんだけれど」

「……こ、高校時代を思い出すではありませんか」

 

 海未のフォローが痛い。

 誰しもが、絢瀬絵里が理不尽な思いをしている。

 そんな事はわかりつつも、誰ひとり私を助けようとしない事実に、

 これが世の中の道理なのか、

 シクシクと心の中で涙を流しながら着替えた。

 

「痛々しくない?」

「安心してください絵里、似合っています」

 

 本当に似合っていると思っているのか、海未が目を輝かせている。

 他の面々も、それなりに似合っていると言う評価で、

 コスプレしている当人の気分ばかりが微妙。

 

「月に代わってうんちゃらって言ってみてよエリー」

「それはにこのお母さんが言う台詞でしょ!」

 

 と、抵抗をしたものの、20秒後には高らかにセリフを吐く。

 にこのお母さんに連絡をとって言い方を伝授してもらおうとの動きもあったけど、

 本当に忙しく仕事をされているということで、絢瀬絵里との共演はなされなかった。

 

「金髪と言えばこれよ」

 

 と、自信満々な態度を取りながら、西木野真姫が持ってきたのは

 亀仙流の道着。

 何故、そんなものがこんなところにと思ったけれど、

 ていうより、金髪だからって超サイヤ人扱いはどうなのかと、

 嘆きたい衝動が心の中で沸々と湧いてきたけど。

 むやみやたらにエロかったりなんだりという格好ではないので受け取る。

 

「あ、エリー、眉毛剃る?」

「超サイヤ人3じゃないのよ? あとヒゲソリはやめて」

 

 着替えてみると、意外なことに軽くて部屋着とかにも使えそう。

 もちろん、この格好で街を練り歩けと言われれば、

 土下座してでも回避したいんだけれど。

 ――言った所で回避できるわけがないんだけど。

 ただ、着せた本人ばかりが無いわね、みたいな顔をしているので、

 西木野真姫当人のセンスの有無が気になった。

 

「やっぱり界王拳やらないとダメね」

 

 問題はそこじゃない。

 あと、超サイヤ人状態での界王拳の使用は

 肉体とか心臓にダメージを与えてしまうのでダメです。

 別に、やりたくないって言うわけじゃないのよ?

 

「素晴らしきかな西木野家、ああげに金髪に相応しい」

 

 などと言いつつ、和木さんが持ってきた衣装は。

 

「……キュアサンシャインじゃないですか」

「絵里さんには一度プリキュアの衣装を着せてみたかったので」

 

 だったら、ラブライブ!サンシャイン!!に出演したお嬢様(桜内梨子役)にでも

 着させて、ああ素晴らしきかなサンシャイン!!(1期打ち切り)とでも言ってればいいのに。

 などと心の中で毒吐きつつも、発言権は許されてないので。

 

「これ、どうやって着るんです?」

「まずは服を脱ぎます」

 

 そこじゃない。

 

「仕方ありませんね、お嬢様にお召し物を着させるように、

 下賤たるチンパンジーにお洋服を着させてあげましょう

 土下座しながら感謝してください」

 

 などと言いつつ、お手伝いさんとしての確かな仕事(?)で、

 絢瀬絵里はキュアサンシャインへと変貌していく。

 先程来、自分でやっていたツインテールも丁寧に整えられ、

 パッと見本当にプリキュアにでもなった気分になった(アラサーの個人的な感想です)

 

「陽の光浴びる一輪の花!キュアサンシャイン!」

「いいぞー! もっとやれー!」

 

 着替えている間に、私の衣装を選ぶのを忘れお酒にご執心だったメンバーが、

 私の拙い掛け声を盛り上げるように声を上げる。

 初代から魔法使いまで無難に掛け声をこなし、

 まるで本当にプリキュアになったかのような気分になり始める(勘違い)

 自分も着ると言い始めた綺羅ツバサに、出来上がって着せ替え人形化していた真姫、

 そして、実はちゃっかり着てみたかったらしい園田海未のコスプレショーが始まり。

 その映像は小泉花陽を中心としたカメラ班によって撮影され、

 黒歴史はのぞみんのスピリチュアルライフにアップ、いまだ消されていない。

 

 なお、私はキュアサンシャインの衣装のまま自宅に戻り、

 翌日、絢瀬亜里沙の振る舞ったロシア料理に涙することになる。




のちに、絢瀬絵里と園田海未はどちらがすごいか。
などという言い争いで大喧嘩する、綺羅ツバサと星空凛。

が、間に挟まれていた月島歩夢は、
仮にこの二人が結婚したら、「星空ツバサ」になるのか「綺羅凛」になるのか。綺羅凛だともう、なんか、もうアレだなと思い、収録中ずっと笑いをこらえているような表情を浮かべ、結果的にディレクターに追い出され、亜里沙に憤慨された。


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改訂版 ~西木野真姫との飲み会編~ (完)

鹿角理亞ちゃんは好感度によって、相手の呼び方が変わる。

好感度低だと呼び捨てか、そもそも呼ばない。
好感度中だとさん付け。
好感度が高いと呼び捨て。

低に該当するのが、Aqoursの面々。
中に該当するのが、仕事の先輩とか同僚とか。
高に該当するのが、ルビィやエリち。
(例外は聖良姉さまや、亜里沙等ごく少数)


 などということを考えている間に、

 赤毛のお嬢様が珍しく、最初からピンでの登場。

 ただ、あの年齢不詳のお手伝いさんがどこに控えているかわからないから、

 彼女の悪口とかは言わない、あとが怖い。

 

「さすがエリー。見事なコスプレね」

「道行く人が、哀れそうなモノを見る目で見るわ」

「自分が出来ないことに憧れているのよ、

 よく言うでしょ、さすが絢瀬絵里、

 そこにシビれる憧れる! って」

「本名暴露するの止めて」

 

 今のところ素面の真姫は、

 しげしげと私の衣装を眺めたのち、

 ここをこうしたほうが良いとハサミを取り出し、

 私の衣装の露出度をさらに高めた。

 これで飲み会の店から

 ふしだらな格好をする人間は出禁とでも言われれば、

 今日の飲み会も延期されるのかなって思ったけれど、

 穂乃果が働いている店は懐が大きな店だった。

 ただ、忙しそうに働いている当人は、

 こちらをひと目見た後、

 あんな人知りませんみたいな顔をしてスルーしたので、

 絢瀬絵里は多大なるダメージを受けた。

 

「エリーはビール?」

「ええ、なんかもう飲まないとやってられない気分になって」

「やった経験のない処女らしい発言はともかく、

 私も珍しくビールをジョッキで行くわ」

 

 ほんとうに珍しい。

 酒はアルコールが高いほうが良い、ビールとか苦いだけ。

 という思考回路(だから酔う)の真姫にしては、

 ようやくお酒の飲み方を覚えましたと言わんばかりの行動。

 

「人生の酸いも甘いも噛み分けてきた私としては、

 そろそろお子ちゃまも卒業しようと思って」

 

 神妙な顔をして一点を見つめ始める真姫が、

 まるで、もう酒を嗜んで吐く寸前なんじゃないかと思うくらい、

 すごい真面目な表情でこちらに視線を向けるものだから、

 絢瀬絵里も少しばかり真面目な態度を示そうと

 背筋を伸ばしていると、

 

「だからエリー、一発貫通式体験しない?

 痛くしないから、優しくするから、和木さんが」

 

 大コケ。

 それ、お子ちゃまを卒業するのが私じゃん。

 お嬢様は傍から見ているだけじゃん。

 そしてあのお手伝いさんは、

 どう足掻いても私になんか優しくしてくれない。

 できるだけ痛く貫通してくるであろうから嫌なんだけど。

 

「どうしたの真姫、いつになく、私に対して手厳しくない?」

「役作りをね、珍しくしているのよ」

 

 テーブルに置かれたビールのジョッキを飲みながら、

 真姫が今までの経緯を語る。

 

「いままでは役作りなんて、やってる暇なんてなかったんだけど。

 仕事も少なくなってきて、役に向き合った時にね。

 過去には出来なかったことを出来るようにしないと

 本当に、声優としての肩書を失うことになるんじゃないかなって」

 

 最初からどシリアスの空気をかましてくるお嬢様に対して、

 ちびりちびりとビールに口を付けながら、

 コメントに困ってしまった絢瀬絵里としては、

 元気づけるのも変なような気がしたから、

 真面目に後輩を想う態度を作ろうとして、

 鏡でちらりと自分の姿を視認し、

 この格好で真面目な発言をして信用されるかどうか、

 本当に疑わしい心情になったけれど。

 

「肩書を失う? 結構じゃない。

 別に仕事があろうがなかろうが、

 声優っていう意識があればその時点で声優なんじゃないの?」

「そうは思うのよ?

 でも、ある程度売れてしまって仕事があった人間が

 すごーく暇で孤独な時間を過ごした時に、

 あれ、自分は今何をしているんだろうって思う時は

 誰にだってあるものじゃない?」

「あいにくニートにはその辺の気持ちは良くわからないけれど」

 

 徹頭徹尾仕事がない人間としては、

 売れてちやほやされていた事実が10年は遡らないといけない。

 誰も彼にも注目されていた過去を持っていた私ではあるけれど、

 そこまで良かった経験をしたとは思ってないし、

 むしろ、誰にも相手にされない今のほうが清々しい気分ですらある。

 

「外野から石を投げてきて、ぶつかったら喜ぶ人のことなんて、

 本当に、なにひとつ気にする必要なんて無いのよ」

「気にしているつもりは、無いのだけれどね……」

 

 口ばかりで、行動が何一つ伴っていない。

 そんなニートに何が出来るというわけではないけれど。

 世の中を変える、

 そんな事ができるとするならば、

 徹頭徹尾行動をするしかない。

 口でいくら嘆いていた所で、

 誰も何も世界も変わることはないし、

 文句を言っても愚痴っても不満を漏らしても、

 全然全くこれぽっちも世界も周りも良くならない。

 

 意見を告げれば、

 正論を言えば、

 事実を指摘すれば、

 相手が良くなるなんて思考回路は本当にお気楽だ。

 それは、相手を思っての発言ではまったくない、

 ただの自己満足に過ぎない。

 

「真姫って、エゴサーチ好きでしょ?」

「にこちゃんの影響かしらね。

 いや、元からそういう下地はあったのかしら?

 定期的に見るけど、なかなかやめられなくて」

「ちなみに、私の知っている人間は、

 エゴサして悪口を見かけたら、書き込んだ人間を

 できるだけ惨たらしく殺す妄想をするらしいわ」

 

 本当に当人の名誉のために誰なのかは伏すけれど。

 

 

 ――真姫は優しい。

 優しすぎて罵詈雑言ですら受け止めてしまう。

 正直な話、ネットに転がっている論説は受け止めるだけ時間の無駄。

 それがたとえ、客観的に正しい意見であろうとも、

 見るだけ無駄、本当にただの無駄。

 自分で本当に正しいと思う論説なら、

 相手に届けられるように、直接告げられるように努力すればいいのにね?

 

「それコッティーでしょ」

 

 伏せた所で暴露してくるスタイル。

 

 真姫には悪いけれど、ことりへの風評の辛辣さはお嬢様とはレベルが違う。

 キャラ作りをしているとか、腹黒いとか、性格悪そうとか、ビッチだとか、

 海未あたりが目にしたらスカイツリーに晒し首にされそう、

 って見ながら思ってるけれど。

 

 私が何気ない調子で、

 いやあ、過去のことを言われると辛い部分があるわねと言ったら、

 現在進行系で罵詈雑言がネットに載ってる私はどうしたら良いのかなあって

 地雷を踏んで絢瀬絵里は逃げ出したくなったね?

 

「確かに量で言えば、ことりやにこちゃんには遠く及ばないわ

 でも、そういうのって量じゃないじゃない?」

「ごめんなさい、そうよね……

 ちょっと無神経で迂闊だったわ」

「見なければいいっていうのは、わかっているの。

 同業でも、一切見ないっていう人もいるし。

 こう、やりきれないものよね」

 

 唐突に訪れるだんまり。

 自分のことを棚に上げるなら、

 ネットだけに集中せずに、仕事をすればいいとか。

 そういう意味のないアドバイスとかも出来るんだけれど。

 

「なになに、暗いんじゃない? はいビール」

「穂乃果……」

「あ、ごめんなさい、私魔法少女の知り合いがいないので

 異世界語とかで喋ったほうが良かった?」

 

 エリチカ撃沈。

 ジョッキを受け取りつつ項垂れると、

 真姫の方は少し調子を取り戻したようで、

 

「男性は30歳を超えて童貞だと、魔法が使えるようになるらしいわね」

「絵里ちゃんもうすぐじゃん! 使えるようになったら見せて!

 ネットに上げるから。

 狂気! アラサー処女バーベキューで炎の魔法を使う! とかで」

 

 それただの便利な人じゃん。

 あと、私のことを相手にするのか相手にしないのか。

 それと私はたぶん氷属性なので、

 出すんならかき氷か、クーラーボックスに入れる四角い氷みたいのだと思う。

 

「穂乃果はネットとか見るの?」

「んー? 最近は忙しいから見る暇がないかも

 まあ、どうせ見た所でたいした情報は転がってないし」

 

 調べ物するなら図書室か、人づてに聞く、

 などという、高校時代ではあり得なかった優等生な意見。

 が、暇だという部分で自称人気声優の(最近仕事がない)お嬢様は

 ちょっとだけダメージを受けたみたい。

 

「ネットの情報って、どうしたって真偽を調べないといけないし、

 結局は二度手間なんだよね。

 よっぽど自分で動いて行動したほうが有益な情報が得られるもん」

「穂乃果は最近なにか調べ物でもした?」

「ちょっくら英会話を……キャンユースピークジャパニーズ!」

 

 それ、外国で使うの? どういう意図での使用を想定しているの?

 まあ、多少は接客で外国語を使うのだろうと、私は大して気にしなかった。

 よもやそのことが、後々重大なミスを招こうとは――

 

「あ、真姫ちゃん。人生の先輩としてアドバイス」

「……そこにいる金髪ポニーテールのほうが先輩だけれど、

 そういうのは考慮しないの?」

「絵里ちゃんには、あとあと頑張って貰うから良いんだよ」

 

 真姫お嬢様、いくら酒の席だからといって瓶ビールで絢瀬絵里を指すのは止めましょう。

 いくらメンタルの硬度がそれなりだからって、元々は結構弱い人なんだからね。

 それと、あとあと頑張ってもらうって何? ここで働かされでもするの?

 

「どうせ聞くなら、顔を合わせた人にアドバイスを聞くのが良いよ」

「まるで、アドバイスなんて無意味みたいな言い方ね」

「無意味だよ、人生でうけた95%のアドバイスは無意味だった。

 顔を合わせてない人のアドバイスだったら100%って言っても良い」

「……その心は?」

「世の中の大抵の問題は……ううん、自分の問題っていうのは、

 自分で解決しなきゃいけないんだ、誰かにやってもらおうとか、

 誰かが解決してくれるなんて、そんなことは絶対にありえない。

 だいじょうぶ真姫ちゃんならできるよ、私みたいバカじゃないし、

 絵里ちゃんみたいにニートじゃないし」

 

 さり気なくアイスピックで心臓を撃ち抜いてくる穂乃果さん。

 私なにか悪いことしました?

 いや、この不健全全開な格好で来訪したのは謝りたいけれど、

 別に自分でやりたくてやってるわけじゃないからね?

 自分の迂闊さが招いた事態じゃないかっていうツッコミは甘んじて受けるけど。

 

「あと、真姫ちゃん、相談するなら絵里ちゃんじゃないほうが良いよ」

「頼りにならないから?」

「それもあるけれど」

 

 それもあるんだ。

 あと、真姫も頼りにならないけどみたいな顔をして言うのは止めて。

 穂乃果も笑いをこらえながらこっち見ないようにするのはよして。

 ダイヤモンドプリンセスばかりがダメージを受けるこの現状、

 果たして私自身だけが招いた事態なのか……ちょっと疑問だ……。

 

「絵里ちゃんは優しい、理想的で、健全で、

 誰もが憧れるような模範的な人。

 ただ、それだけじゃ世の中生きていけない、すぐに折れてしまう

 実際に折れてるし」

 

 持ち上げるんだったら最後まで持ち上げて欲しい。

 一つも反論できる要素がないから黙っておくけど。

 あと、どこの誰が憧れてるのか教えて欲しい、私の知ってる人かしら?

 だとしたらちょっとお中元でも送って感謝の一つでもしなきゃいけない。

 

「どうしても相談したいなら、ツバサさんとかが良いよ」

「あんまり面識がないんだけど」

「だいじょうぶ、いいアドバイスくれると思う」

 

 ツバサはやめておいたほうがいいんじゃないか、

 と思ったけれど、

 穂乃果がほぼ確信的に良いと言っているんだから、

 おそらくは大丈夫なんだろう。

 でも、一度だけことりと顔を合わせた時に、

 エゴサで悪口を見かけたらどうするか、

 一瞬で殺すかできるだけ惨たらしく殺すかで、

 ことりとえらくウマがあったのが、すごく不安なんだけど……。

 

「じゃ、ツバサさんの紹介はよろしくね絵里ちゃん」

「私のお願いなんて聞いてくれるかしら?」

「大丈夫絵里ちゃんなら出来る、カリスマ生徒会長!

 金髪ロシアンクォーター! ほら、真姫ちゃんも」

「え、ええと……か、賢くて美人! 胸が大きい! スタイルがいい!

 声優さんみたいに声が可愛い! 誰しもが憧れる外見!」

 

 最初のうちはそんなことはないと思っていた私も、

 だんだんと持て囃されるうちに、

 なんとなくいい気分になって、ツバサと真姫との面会の約束をした。

 

 ――そのせいでツバサとの飲み会を約束させられたけれど、

 日程までは決めてないからセーフ。

 ふふふ……私がその気になれば、飲み会の日程を一年後、数年後にするのも、

 可能だということ……!

 

 あと、花陽と飲み会の約束をしましたと妹に告げたら、

 

「花陽さんですか……ふむ……」

「して、いくらばかりか金銭面での援助をお願いしたく候」

「分かりました、では、後日凛さんと飲んでください」

「……凛は精神的にゴリゴリ削られ……あ、なんでもないです、行かせて頂きます」

 

 妹に発言権がない姉って、

 どこのマンガだと思うんだけれど、これは現実なんだよねえ……。

 なにかに訴えられないかな? お前は働けよって言われるだけかしら?

 どう足掻いても、被害者は亜里沙で被疑者は私っぽいんだけれど。

 いくら考えた所で、哀れな子羊で該当するのは絢瀬絵里じゃない?




聖良姉さまは人の顔を覚えるのが苦手。
なかなか覚えることが出来ないので、いつもたいてい冷静で高みから人を見ているような態度をとっている。
名前すらよく覚えていない有様で、Aqoursの面々も千歌とダイヤしか記憶してない。
プロデューサーも亜里沙くらいしか覚えてないので、仕事の時はたいてい理亞とか歩夢のそばにいて、誰この人って思いつつすました顔をしている。

μ'sも例外ではなかったけれど、絢瀬絵里の顔だけは覚えたらしい。


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小泉花陽との飲み会編 前日譚

曜ちゃんのパパは船長さん。
とある夏の日、渡辺家に帰宅後に風邪を引いた気がすると病院へ。

いまはお空の上の星の海を航海していると曜ちゃんは語る。
なんでも、お盆の時期には必ずおうちに帰ってくるとか。

ただ、そのお盆の時期に渡辺家で撮られた
曜ちゃんと曜ちゃんママとパパの帽子の写真には
人が二人しかいないのに三人いるとかいないとか。


 真姫が大量のお酒を入手して処理に困っている。

 などという話を聞きつけ、

 真姫の住んでいるアパートに言ってみると住居の大部分が酒蔵と化していた。

 

 なんでも、

 とあるご当地キャラの声優を担当した彼女は、

 地元密着のイベントに呼ばれてもない(来ると思われてなかった)のに参加し、

 お酒のことや地元の名産を語りまくり、

 スタッフにえらい気に入られてしまって、

 持ってけ持ってけと言われて大量の日本酒を押し付けられる。

 廃棄処理にでもする酒を持って行かされたのかと思いきや、

 なんとみんながみんな新酒、そして新品。

 一番安い酒ですら5000円はくだらないという、えっらい高級な酒を、

 最初のうちは喜んで飲んでいたけれど、

 仕事に差し支えが出るレベルで二日酔いになってしまい、

 マネージャーと社長からこっぴどく叱られたらしい。

 

 

 このままでは生活用水に日本酒を使うしか無い。

 などと真顔で言われてしまったので、

 絢瀬絵里、小泉花陽、園田海未の3名は、

 仕方なく(笑みを浮かべながら)

 ほんとうに仕方なく(ニッコニコの笑顔を浮かべながら)

 西木野真姫を助けんがため(赤ら顔で)

 お酒を飲み始めたのである。

 

 呑口がまるで水なお酒を挨拶代わりに一本開け、

 気分転換にツマミでもかじろうと、

 和木さんが作る手料理(嫌味も言われずに食べたいものを作ってくれた)に

 舌鼓を打ち、花陽や真姫の仕事の愚痴(私には存在しない)を聞きながら、

 だんだんと楽しい気分になってきた。

 

 基本的に絢瀬姉妹はお酒に強く、嫌なことがない限り酔わない。

 酩酊するとすれば、ネガティブな感情に包まれたときだけ。

 ――だと、私は認識していた。

 が、量を飲めば人間、ザルでもない限り酔う。

 タガが外れたように飲み散らかせば、ある程度は酔っ払う。

 とは言いつつ、あとあとから振り返ってみれば、

 少々ハメを外したかなくらいにしか思ってなかった。

 

 が、この飲み会の時の話を参加者の花陽や海未はともかく、

 主催の西木野真姫ですら話の種にしたがらないので、

 一番遠慮なく私に話してくれそうな和木さんを頼ることにした。

 仮に自分が何かをやらかしてしまった可能性があるとは言え、

 お嬢様のやらかし具合に比べればさしたものはあるまい。

 

 そろそろ絢瀬絵里と言うより、迂闊絵里あたりに改名したほうが良いかも知れない。

 話を聞いた私の感想はそれだった。

 

「そうですね……絵里さんは本当に酔うと女性が好きになるんですね」

 

 衝撃すぎる告白。

 無自覚かつ今まで指摘をされたこともなく、

 それでいて、誰からもその疑惑が持たれたこともなく(たぶん)

 たしかに嫌なことはあったけれど、同性を追いかけることはないだろう。

 などと思っていた私の頬に右ストレートが決まった。

 ダメージは受けつつも、まだそれほどでもないだろう、せいぜいキス魔になるとか、

 セクハラ魔神(真姫がたまになります)になるくらいであろう、そうであって欲しい。

 

「絵里さんが急に静かになって、酔ったのかな? 珍しいこともあるものですね

 なんて、海未さんが顔を覗き込んだ瞬間、ズキュゥゥゥンでしたね、もう」

「あ、あはは」

 

 苦笑いする私。

 後日海未から、できれば責任をとって頂きたいのです。

 ええ、私の気持ちを考えて頂けるならば、という言葉を聞いて、

 嫌な予感はしていたんだけれど、海未の過剰な表現(希望)なのではないかと。

 

「意図的に言葉をつけるならば、口レ○プと言わんばかりの行動でしたね。

 題をつけるならば、口レイ○! 野獣と化した絢瀬絵里!」

 

 生憎だけれど全く記憶がない。

 確かに西木野家で飲んでいたまでは覚えているんだけれど、

 ウトウトってしたらもう自宅で寝ていたから。

 そういえば朝一番に顔を合わせた亜里沙が珍しく怯えたような表情をして、

 姉さんが目を覚まして冷静でない様子ならこれを使えと言われましたと見せられたのが、

 スタンガンのような何かと、麻酔銃らしき銃。

 私の語彙では、それらしき何かという表現しかできないけれど、

 これら二つが絢瀬絵里に発動されれば、そいつは死んでる。

 

「あえて聞きますが」

「あえて聞くんですか? マゾですかあなたは

 ――まあ、そんなあなたに敬意を評して経緯を説明しましょう」

 

 さり気なく飛ばされた和木さんのギャグをスルーしたら、

 気がつけと罵られ、スネを蹴り飛ばされる。

 恐ろしい痛みにエリち悶絶。

 

「海未さんをさんざんいたぶった後、部屋に残っていたお嬢様と花陽さん……

 いえ、ここは仮名としてAさんBさんとしましょうか」

「も、もう……相手の名前を……言っています……」

「Aさんは、未来の道場主さんの惨状を見るにつけ神に祈りました。

 しかしそれは、死亡フラグでしかありませんでした。

 ええもう、わっしわっしでした、あらゆる箇所をバストマッサージされましたね」

「そういえば……和木さんは何してたんですか?」

「どうでもいいことです」

「和木さんは何して」

「話を聞け」

「はい」

 

 Aさん……もとい、西木野真姫はその体験の後、

 もしかしたら運命の人は男性なのかも知れない説を唱え、

 女磨きに精を出したそうだけど、後輩の女性声優からモテる結果しか産まず。

 どう足掻いても女性にしか縁がない自分に開き直り始めたらしい。

 一番の攻略対象は私だそうだけど、なんかもう、

 そうなっても仕方のない行為をしたらしい。

 最近では婚姻届も準備しているらしいけれど、

 必要なのは私の判だけだそうですよ? もっとなにか必要じゃありません?

 

「花陽さんは、お嬢様と海未さんを見て、自分は無事にすまないと察しました。

 心の中で一番の親友の凛さんに遺言を残し、就職できずに逝くことを両親に報告し

 その時奇跡が起こりました、絵里さんの動きが急停止したんです」

「奇跡て」

「のちに花陽さんは言いました、嵐の前の静けさってやつですね、てへぺろ」

 

 その模様を目撃した和木さんは、

 これがもし男性が女性にしている行為だったら――

 そして、コレが比較的仲のいい友人間で行われてる行為でなかったら、

 絢瀬絵里という存在はすぐにブタ箱に放り込まれても仕方なかった。

 

 多くのμ'sのメンバーの犠牲を経て、

 絢瀬絵里は和木さんの手で私の自宅に連行。

 そんなことをもつゆ知らず、胸の中に秘めてくれた面々に

 まさか自分自身の犯罪の吐露を迫っていたとは。

 

「謝らないと……土下座かしら……」

「とりあえず花陽さんへの謝罪はいま済ませましょうか?」

「え? もしかして花陽……が……」

「特別ゲストの星空凛さんです、あ、ご存知かと思いますが

 小泉花陽さんの一番の友人です」

 

 ご存知です。

 百鬼夜行、魑魅魍魎、悪鬼羅刹、異類異形。

 ありとあらゆるこの世ならざるものをその身に宿した星空凛が、

 高校の先輩を罵り、いたぶり、苛み、拷問をし、

 ボロ雑巾のごとくになるまでダメージを与えて、

 

 その後絢瀬絵里は園田海未の惨状を知るに至った魔神絢瀬亜里沙に引き渡され、

 人権というものを一週間ほど失った。

 自業自得という言葉を身に沁みて理解する出来事になったけれど、

 心優しい面々は、未だに私とお付き合いがある。

 

 ここで、絢瀬亜里沙の一部の発言を取り上げる。

 

「もう! もう! 海未さんの性癖が歪んだらどうするつもりなんですか!

 男性よりも女性が良いなど言い出したら! 姉さんはどう責任を取るつもえへへ」

 

 あ、こっちじゃない。

 

「私は考えました、いかに絢瀬絵里に苦痛を与え、かつ、生き延びさせるか」

「地獄では生ぬるい、拷問でも物足りない、

 いっそのこと同じ目に遭わせるという手もありましたが、それでは私の気がおさまらない」

「なので、丁重に管理します。安心して下さい、あなたに人権はありません」

 

 結果。

 太陽が眩しく。

 空気が美味しく。

 ありとあらゆるものが美しく見えるようになる。

 お酒は飲んでも飲まれるな。

 そんな標語さえ尊い、小泉花陽との飲み会を前にして、

 絢瀬絵里はそんな述懐をするのである。




西木野パパは物語屈指の良い人。
真姫ちゃんには腹違いの姉がいるということを除けば
女性関係にも問題はなく。
家出した真姫ちゃんの生活費もこっそり払い続けていた。

が、最初は絢瀬家の両親に振り込まれていた生活費が、
絵里、亜里沙、真姫で暮らしていた家に還元されず、
すったもんだの末、和木さんを通じて絵里が管理することになった。


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小泉花陽との飲み会編 1(花陽さん未登場回)

エロゲーでいちばん大事なシーンは愛を確かめあうシーンと語る鹿角理亞ちゃんは、相方の黒澤ルビィちゃんや姉の鹿角聖良さんと恋愛映画(ルビィと聖良姉さまの趣味)を観に行くと、キスシーンで手で顔を覆ってしまう。

なんでも極めて恥ずかしいらしく、なぜあんな破廉恥なシーンを遠慮なく観ることができるのか! とエロゲーをプレイしながら言ってのけ、あらゆるアイドルから自身を棚に上げることを理亞ると発言するブームが起こった。


 新年が明けてからしばらく、

 そろそろ2月の足音が聞こえてきそうなそんな日。

 あいも変わらずニートとして過ごし、今年も無職のまま通り過ぎていく。

 そんな気配が漂う日々を送る中、都心では天候が荒れていた。

 これ以上冷えて気温が下がれば、何十センチレベルで積雪しそう。

 そんな不安に苛まれながらも、どのみち外出をしなければどうにもなるまい。

 停電になりにすれば、暖房器具が停止して極寒にさらされることになろうけど、

 かといって、それでも厚着になり雪だるまのような外見になれば冷風は耐えられる。

 なので、何も問題はありはしないであろうと結論づけて、

 今日はどのオンライゲームのどのイベントをこなそうかと考えていると、

 花陽からLINEが来て、今日の飲み会はどうしようという内容の文章を見、

 そろそろ脳トレでもして記憶力の増強を心がけねばなるまいと思う絢瀬絵里でした。

 

 

 部屋でぬくぬくという甘い考えは見事に打ち砕かれ、

 かといってお酒の誘惑にも抗えなかった私は、

 ひとまず態度を保留し、時間経過後に答えを出すという先送りをした。

 朝から身も凍りうる寒さで、天気予報では荒天をさし、 

 結論から言えば外出せずにのんびりとしたいところではあった。

 刺すような冷気が靴下を履いていても辛く、かといってじっとしていれば身体は温まらず。

 少しばかり身体でも動かそうとすると、寝起きの亜里沙が般若みたいな表情をし、

 強制的に口を閉ざしますかと告げたので、無い袖は振れない私は頷かざるを得なかった。

 朝食を作りながら、少しでも妹の機嫌を取ろうと

 自分のために取っておいた材料をふんだんに使い、

 なんとかして好感度の上昇に成功、ピロリンという音がした気がする。

 テレビから流れる音声は、先程から厳重な警戒を促すばかりの内容で、

 これから仕事に赴かなければならない妹は、

 自分ばかりが風雪にさらされるのは耐えられないと思いつつも、

 心配げに飲み会の予定を改め、後日に先延ばしすればいいという提案をした。

 たしかに今までの経験上、大雪とは相性が悪い。

 ロシアにいた頃は雪が長く続いて、外で遊ぶこともできずに暇ばかりだった。

 かといって、長姉だったことも手伝いわがままも言えず。

 妹は当初からとても聡い子だったから、そんな私に気を使って、

 微妙に姉妹間の関係はギクシャクとしていた。

 今は違う意味でギクシャクしている気がするけれど、

 その結論はあえて先送りすることで流す、きっと空気が変われば内容も変わる。

 高校時代にも一度、雪が降って大変な目に遭ったことがある。

 冷静な解釈を加えれば、大変な目に遭ったのは穂乃果たちμ'sの2年生組。

 6人でラブライブ最終予選に臨まなければ行けない状況に置かれてもなお、

 まあ、穂乃果たちなら来るだろうくらいの認識をしてなかった私は、

 エリちは冷静だったね、との希のコメントに先の答えを返し失笑された。

 自分一人が損をして雪風に晒されうるのは、それは自業自得でしかないので

 納得の一つもできようものだけれど、今回の飲み会は相手がいる。

 しかも以前に無理を言って誘ってしまった手前、できれば日程はそのままにしておきたい。

 別にこの後に星空凛との飲み会が控えていて、機嫌をとっておきたいからじゃない。

 この飲み会の相手が、いつも暇しているツバサや真姫であるなら、

 多少は融通を利かせようものだけれど。

 花陽は現在アルバイトや就職活動で忙しくしていて、

 雪に降られて体調でも崩されようものなら、凛に後々なんと罵られるかわからない。

 想定する日程通りにこなせなくて彼女が生活リズムを崩してしまえば、

 なおのこと無理を言って飲み会の段取りを決めてしまったことを後悔する。

 ただ、できるだけ影響を与えず新しい日程を決めて、

 ゆっくりでもできれば多少なりとも花陽のストレスも晴らされるであろうし、

 人生の先達として気を使いましたという態度だけでも示しておかないと、

 そろそろ、あの使えない人呼ばわりされていても不思議じゃない。

 

 

 どのみち、どれほどテレビを見ていたところで状況は明るくならず、

 行動は常に早いほうがいい、姉妹間での朝食をひとしきり終える。

 妹に作ったお弁当をもたせながら、できるだけ早く帰るようにするという彼女に

 なら夕飯は温かいものを作りましょうという提案をし、

 停電や食事の準備のために、毎朝配達されるチラシを眺めながら

 ああでもないこうでもないと試行錯誤を繰り返していると、

 ドアをノックする音が耳に届いて、珍しいこともあるのだと思った。

 亜里沙は基本的に、私をペットか何かだと思っているフシがあるので、

 私が寝ていようが、運動していようが、パソコンに向かっていようがノックしない。

 それに、もうすでに仕事に向かっていたと思っていたので、

 なにがしか用事があって戻ってきたのだろう、小ボケを挟んで怒らせることもない、

 多少の疑問は挟んだところで、何かが改善されるわけでもない、

 亜里沙を迎えるためにドアを開いた。

 不機嫌そうな表情を隠さず、あからさまに嫌なことがありましたと言わんばかり、

 睨みつけるような視線で私を見ながら、どうしようか逡巡している妹。

 そんな表情をしているとモテないわよ、スマイルが大事スマイル!

 などと、冗談一つかっ飛ばそうとしたものの、怒られる結果は変わりそうもないので、

 明るく振る舞おうとする自分自身を律して、とりあえず真面目そうな表情を作った。

 

「ちゃんと空気を読んで、真面目な顔を作れる程度には

 無難に危機意識は働いているようですね、関心関心」

 

 一つも関心なんぞしてなさそうな態度で、

 それでもなお、気持ちを落ち着かせようと熱心に深呼吸。

 よほど嫌なことがあったのか、感情を長時間表すことも珍しい妹が、

 私の衣服の袖を軽くつまみながら甘えるような仕草を見せた。

 姉に対しての気の回しぶりが、近年稀に見るありえなさではあったので、

 大雪でも降って異常気象でも起こりそうだと思ったけど、

 もうすでに異常気象は予報されてた。

 もし、この異変が妹によるものだったとしたら、

 要望は私ではなく、妹に出してください。できれば彼女が働く企業にも。

 

「今日、どなたかお友達の家にでも泊まれませんか?」

 

 弱々しい声音で、母性本能を刺激されそうな態度で告げられ、

 思わず何も考えないまま頷いてしまいそうになるけれど、

 自分の友人で、ホイホイとアポイントも確認せずに出かけて泊まれるのは……

 真姫とか、ツバサとかそのあたりか。

 まともにニートしていて暇している私のような人間であれば、

 家出娘の一人でも相手にできるけれど……。

 ただ、上記の二人の家に泊まると、後の見返りがひどいことになりそう。

 お嬢様の方は貞操がちょっと危険信号灯りそうで怖い。

 それに一応あの二人にも仕事があって、そっけなく断られて寒空に晒されれば、

 いくらロシア出身であろうとパトラッシュと一緒に天に召されてしまう。

 私のもとに来るのはシベリアンハスキーかもしれない。

 どっちでもいいけど。

 

「ええと、誰がいるかしら……」

 

 後に何も要求をしていないと条件をつけるなら、海未あたりが適当。

 ただ、仕事をしてくる妹に、海未とイチャイチャしてくるからと告げれば

 憤怒の表情を見せて、そのまま園田家の子どもになっちゃいなさい! とか言われそう。

 大きな心で許してくれそうなのは希だけど、今のところ彼女は所在不明。

 ことりや穂乃果は忙しそうだし、花陽は両親と暮らしていて、

 凛やにこはいきなり行ったらすごく怒られそうな気がする。

 

「姉さんに恋人の一人でもいれば、

 宿泊するのも訳はないのでしょうね?」

 

 妹が申し訳無さそうな表情をしながら傷口に塩を塗る。

 苦虫を噛み潰したかのような不機嫌さは私に対する態度であり、

 邪魔だからさっさと出ていって欲しいとせん意思の現れとか?

 妹の本心に疑問を呈したいところではあるけれど……。

 

「姉さんに友だちが少ないのは今に始まったことではありませんが」

「い、いるわよ! 友達くらい! ええと」

「μ'sの方はカウントに入れないでくださいね」

 

 穂乃果から数え始めようとした私の魂胆を見事に打ち砕き、

 多少は妹のストレスも晴れたものではあるらしい。

 先よりも多少明るい楽しそうな表情で私を見ながら、

 

「仕方がありません。

 東京に来ている知り合いがいます。

 たびたび会わせてくれとお願いされていましたし、

 その頼み事を聞いて恩を作っておくのも良いでしょう

 

 姉さんが飲み会を終えた頃に迎えに行かせます

 くれぐれも以前のように飲みすぎて性的に乱れないこと、

 一応相手は人妻になる予定がある人ですからね?」

 

 何その私から縁遠そうな職業の人。

 その事実はもう決定事項と言わんばかりに亜里沙は私からスマホを奪い取り、

 花陽に連絡をとって、この度の飲み会に参加していただく旨、

 あるいは姉が迷惑をかけるかもしれないと謝罪し、

 妹は実はニートで、いつもはゲーセンで時間を潰している疑惑は

 披露しないことを心に決めた。

 

 

 

 妹に追い立てられるようにマンションの高層階から退場し、

 充分に防寒をしてから外を歩き出す。

 暗い色をした分厚い雲に覆われた空を見上げると、

 この先の暗澹とした飲み会の内容を喚起させる気が……するわけがないので置いておくとして。

 ひとまず、数時間後には大雪が積もりあらゆる交通障害がここ東京を襲うのでしょう。

 花陽との飲み会を開始して、私自身がアルコールを摂取するのが先か、

 それとも雪が降って窓の外を眺めながら、帰りたくないなっていう気持ちに浸るのか。

 仮に気象が荒れに荒れて交通網が麻痺するようなことになれば、

 おそらくではあるけれど、亜里沙の知り合いだという人妻(予定)の方が迎えに来てくれる模様。

 何でも妹と同じ年らしく、とある縁で仲良くなったというが、その詳細な情報はふせられたまま。

 おおよそのパターンからして、私とは縁もゆかりもない人であろう。

 まっとうな社会人である妹と、極めて模範的なニートの私との共通の知り合いなど、

 ごく高確率で交わりがない。

 それになんでも静岡の方で絶大な権力を発揮しているらしく、

 彼女の住んでいる地方では富士山は静岡のものになっているとか。

 うっかり口を滑らせて富士河口湖から富士山に登らされた経験があるなどといえば、

 黒いスーツを着た方々に簀巻きにされ、内浦の海の藻屑へと変貌してしまうことだろう。

 流石にニートとはいえ、魚の餌にされてしまうのはちょっと御免こうむりたい。

 さて、迎えに来てくれる方の事情も手伝い待ち合わせ場所が変更された。

 飲み会の舞台も大きくグレードアップし、ニートが来訪した瞬間に警備保障会社に社員にとっ捕まり、

 以前、凛と花陽と同時に付き合っていたという恋人(笑)と同じ目に遭わされるかも知れない。

 なんでも、凛には花陽と付き合うのが目的で近づいたけれど凛のほうが素敵だと、

 花陽には凛と付き合う目的で近づいたけど花陽のほうが素敵だとのたまい、

 互いの相手への評価の高さも手伝い絶大な信頼を経たが、ついうっかりダブルブッキングしてしまい正体が割れた。

 それ以降、凛には結婚運が高まっていると言った希への評価がだだ下がりし、微妙に関係は冷えている。

 それはともかく、飲み会の場所もヘタすると数万円近くするお酒も頂けるような場所に変わり、

 しかも代金はオールフリーである。

 ただ、元から亜里沙に生活費から何までお世話になってしまっている手前、

 それはもしや、最初からオールフリーというか全く身銭を切っていないのではないか疑惑があるけれど、

 その思考は天高く放り投げておくことにする、神様返品不可能です。

 

 

 久方ぶりに多くの人々が行き交う町を闊歩し、駅前には多少の人通りもあるせいか、

 金髪ロングヘアーの私は微妙に注目を集めた。

 ただそれは、夜になれば楽しめるものも楽しめないから今のうちに楽しんでおけ、

 などという刹那的思考もあると思われた。

 道行く人々のテンションの高さは、台風の中大騒ぎに騒ぎを重ねた穂乃果と凛を思い起こさせる。

 関東地方を台風が直撃し、ちょうど合宿の最中だった私たちにも影響があった。

 あらゆる交通網と遮断され、もしや誰も助けに来ないのでは? と不安になった穂乃果と凛は、

 それを誤魔化さんがために猛風が吹き荒れる中で外へ飛び出し、

 μ'sの面々のパニックを抑えることには成功したけど、高熱を出して海未に説教された。

 クリスマスに雪が積もってロマンティックとか、多くの人がイベントどころではなく、

 家路に急ぐことを最優先とした状況になると、やたら気分が盛り上がってしまうことはある。

 もしやそれが、人の不幸は蜜の味という甘味にも似た感情を喚起してしまう要因なのかな?

 

「雪やこんこんというけれど……日本のキツネって雪が好きなのかしら?」

 

 思わず口から思考が漏れてしまったから、

 誰にも聞かれてないよな? とあたりを見回し、

 絢瀬絵里の頭の悪そうな発言を誰も気に留めてないことを確認して、

 私は安堵のため息を付いた。

 よもやSNSとかで金髪外人(よく誤解される)があんぽんたんなことを呟いていたなんて、

 ツイッターにでも写真付きで拡散されてしまっては悲しい。

 良いことはそれなりに、悪いことは超高速で拡散されてしまうネット社会。

 都合の悪い事実はできうる限り露出しないよう心がける他ない。

 

 

 ここに到着するまで活用していた乗り物の中では暖房が利いていたから、

 外で寒風に吹きすさまれると、今日は天気が悪いから休みと逃げ出したくなってしまうのは、

 別に私がニートだからではなく人間としてのごく当たり前の衝動と思われた。

 それでも勇気を出して足を踏み出し、曇天模様の空の下歩いていると、

 何でも近くでスクールアイドルがイベントを開いているらしい、しかも入場は無料。

 昔取った杵柄である程度は楽しめるであろうと思い至り、バレンタイン直前ライブという

 微妙に心がビターになるような広告で気分も盛り下がったけど、私は気にせず歩を進めた。

 たとえA-RISEが同じ状況でライブを開いたところで観客の姿は6割くらい――そんな感想を抱いた、

 寒空で風が吹く中での野外ライブにお客の姿はごく少数だった。

 いくら入場無料とはいえ、一般的に知名度もそれほどでもないスクールアイドルのライブ。

 周りを見回していると、その視線に気がついたのか、それとも哀れな子羊を探していたのか、

 アイドル応援セットなるグッズを販売している方と遭遇。

 売上のノルマでもあるのか、それとも誰かしらを生贄に捧げて、盛り上がりましたという記事でも書きたいのか。

 とにかくまあ、熱意の籠もった宣伝文句につい負けてしまった私は、安くないお金を支払いグッズを購入。

 PiPiという微妙に自分の過去に浸るようなグループ名も手伝い、先頭を切って応援する資格も得た。

 衣装を着てセンターで応援してくださいという買った手前断りづらい依頼も受け、

 せっかくなので更衣室も利用してくださいとアイドルオタクみたいな格好に変貌したエリーチカは、

 高速道路で交通整理している方が振り回しているなんかヒートサーベルみたいなやつを手に、

 アイドルが登場する前からコールの練習に熱意を向け、

 身の回りの人のなんなんだこの人みたいな視線を軽くスルーし、

 同じく哀れな被害者として見せしめのような格好をしている中学3年生の女の子「セツナ」ちゃんと

 やけになった心持ちでステージの開幕を待っていた。

 

 

 セツナちゃんというのは、春にUTXに入学するという中学3年生。

 学校見学に赴いた翌日、どうせならば東京を見学しようと思い至り、

 スクールアイドルという単語に心惹かれてこのライブへとやってきた模様。

 とにかく可愛らしい顔つき、ツバサとかにことかのかわいいのに一癖も二癖もある子を見ていたから、

 こう、真っ当に美少女していて心優しそうな外見の子を見ると安心する。

 髪の毛もサラサラとしていて長く、近づくと何となくいい匂いがした。

 自分には醸し出すことのない10代の香りとオーラに、アラサーの私は少し気落ちもしたけれど、

 あまりに私のことを美人だ美人だと褒めてくれるのでいい気分になりテンションは回復した。

 同性の中では歌もダンスもそれなりと自称する彼女は、UTXの推薦入学枠を勝ち取った逸材。

 一時期のブームは過ぎ去ったとはいえ、A-RISEやμ'sを目指してアイドルになりたいと願う子も多く、

 女子の芸能推薦枠は競争率が恐ろしく高い。

 なにせ一期生には綺羅ツバサを中心としたA-RISEの面々が名を連ねており、

 求められるレベルも同程度だというので、パフォーマンスのレベルはかなり高いのでしょう。

 

「ボ……あ、いえ、わ、私は物珍しいから通ったんだと思います」

 

 などと謙遜する彼女は、私との距離が近づくと微妙に距離を開けてしまう。

 なんでも、心の底から憧れているおねえさまよりもスタイルが良くて、

 近づかれると緊張してしまうとのことだけれど、そのお姉さまが自分の知り合いでないことを祈る

 仮に、今私がニートやってることが知られてしまえば、彼女の敬意が憤怒の感情へと変貌してしまいかねない。

 なので社会人をしている体で話を盛り上げ、亜里沙がどのように生活をしているのかを思い出し、

 嘘に嘘を重ねてキャリアウーマン絢瀬絵里は誕生することと相成った。

 尊敬の眼差しを向ける彼女は古き良き大和撫子という風貌で、

 特にこれと言った理由はないけれど園田海未のことを思い出していた。

 別に胸元に視線を向けたわけではないけれど、つまりはそういう事情で園田海未のことを思い出した。

 ただ、普段はパッドを入れたりするから大丈夫ですというのはどういう事情なのだろうか。

 

 

 そろそろ身も心も嘘で冷え切りつつあった時間に、ようやくアイドルの登場になった。

 自分の役目を思い出しハイテンションで彼女たちを出迎え、隣りにいるセツナちゃんでさえ、

 生き急いでいるのではという感情を抱かせるような騒ぎに、ステージに立っている彼女たちの顔が引きつっていた。

 小学校高学年くらいにしか見えない高校二年生の三人組ユニットPiPiは、

 一年生のときに出場したラブライブ予選でかなりいいところまで残ったらしい。

 今のスクールアイドルはかなり高レベルなパフォーマンスをみせるというので期待は高まる。

 ただ、彼女たちの組み合わせがポニーテール、ウェーブヘアー、ツインテールだったので、

 なんともやりきれない気分に浸っているのは明記しておく。

 

「いい子のみんなぁー! アキバ系スクールアイドル! 

 天使みたいなロリポップ!

 PiPiのリーダー! エリィだよぉ!」

 

 外見と同じような甘々のロリロリボイスで高らかに宣言するのは、ポニーテールのエリィ。

 別にBiBiは私がリーダーじゃなくて、じゃんけんに勝った真姫が努めていたけど、

 そういえばユニットの代表で集まるときは主に私が出席していたけれどそれはどういうことなんだろう?

 面倒くさい仕事は全て押し付けられていたのではないか疑惑があるけどそれはとりあえずスルー。

 ひとまず、エリィ、マッキー、ニコニーという三人組は私の熱意により盛り上がった観客に歓迎された。

 ニコニーだけまんまな気がするけれど、矢澤にこは今日も仕事であろうので余計なことはしない。

 ただ、エリィの自己紹介の際に言い放った、ロリロリダイヤモンドプリンセスという表現には、

 苦笑を持って対応する他なかった絢瀬絵里という人間がここにいた。

 観客のボルテージこそそれなりではあったけど、おそらく彼、彼女らは先頭を切ってヤケになって盛り上げている

 私とセツナちゃんの影響が強いと思われた。

 安くないお金を支払わされて、隣にはアラサーがやたらハイテンションで盛り上げ、

 セツナちゃんの不憫さには涙が出てしまいそうな気がする。

 その涙も引っ込ませるように声を上げる私は、おそらく熱か何かに浮かされているんだと思う。

 

 

 PiPiのトークスキルはスクールアイドルという枠で囲っても下の方だと思われた。

 その姿をもし、自分のこと以外には無駄に辛口批評がモットーの綺羅ツバサが眺めていれば、

 一瞬で応援が罵倒に変わるレベル。

 それでもなお、声を枯らさんばかりに盛り上げている私たちに誰かタオルでも投げ入れてほしい。

 だって周りの人たちは歌を披露する前から半分に数が減っているんだもの……。

 周りの状況を見ないようにしていた私が急停止、怪訝そうに見上げるセツナちゃんも

 流れてきたBGMを聞いて驚いてから眉をひそめた。

 私はあまり興味が無いので気合を入れて調べてはないんだけれど、μ'sの曲で一番カラオケで歌われるのは

 Snow halationであるらしい。

 とにかくまあ、μ'sを知っている面々が集って歌う歌はコレとのことで、

 たしかに一曲目に歌うのは理解が及ばなくもない。

 曇天の空模様、雪が今降りださんばかりに冷える元でこの曲を歌うというのは、

 空気があまり読めない私から見ても、ちょっとやばいのではないかと思わなくもない。

 彼女たちの歌を固唾を呑んで見守っていた私は、

 実は高坂穂乃果という少女は極めて歌唱力と表現力に優れていたことに気がついた。

 歌は真姫ちゃんと絵里ちゃんだね、私は遠くから見守ってるなんて謙遜をしていたけれど、

 そういえば、あの辛口の綺羅ツバサでさえμ'sの歌唱力については何も言っていなかった。

 自分のほうが優れているとネタにしたことすらないので、私たちの歌唱力と調和というのは、

 スクールアイドルという枠があっても抜きん出たものがあったのだと思われた。

 私たちの歌っていた曲というのは、A-RISEや当時トップをひた走っていたスクールアイドルと違って、

 基本的に海未と真姫の組み合わせで作られていた。

 プロでもない海未や真姫で作成された曲をツバサが、どうあがいても自分たちの楽曲よりも優れている

 なんて称したことがある。

 

「μ'sの曲は、どれもμ'sのために作られた曲

 翻って私たちの曲は、UTXのプロモーションにより作られた楽曲

 別に誰が歌っても良かったし、私たちが歌うという前提はなかった

 

 もしも、もしもUTXの誰かしらが

 A-RISEにあった曲作りをしようという意志があれば

 私たちにプロモーションで作られた曲を高らかに歌い上げる実力があれば

 μ'sには負けなかった」

 

 と、かなりマジメな口調で語られたのを覚えている。

 もしかしたら、μ'sがA-RISEよりも優れていた点があるとすれば、

 どれも自分たちの努力で頑張って行動を重ねてきたから――なのかもしれない。

 なんて、シリアスに考えてしまっていると、隣りにいたはずのセツナちゃんが私の腕をぐっと引いた。

 女の子とは思えない程の強い力で引かれて少しびっくりしている気持ちそのままに、

 どんどんと引きづられていく絢瀬絵里とセツナちゃんはそのまま会場を後にすることとなった。

 

 なお、私たちの荷物は慌てて追いかけてきた事務員さんの手により無事に戻る。

 更衣室は空気を読んで借りなかったので、お手洗いで着替えたけど、

 何故かセツナちゃんは顔を真っ赤にしながらいそいそと着替えているふうであった。




函館聖泉女子高等学院は偏差値が65近い進学校であるが、生徒数減少の煽りを受けスクールアイドルを推して生徒数の向上に励むことになるが、その推薦枠を勝ち取った一期生の一人が聖良姉さま。
が、聖良姉さまの偏差値は高く見積もって30台前半だったことも手伝い、生徒数のV字回復に多大な貢献を果たせなければ、2年になった時点でさようならだった。
お情けで進級させてもらい、お情けで卒業させてもらったけれど、聖良姉さまは今でも自分の実力でなんとかしたと思っており、基本的に学力の話題はハニワプロではタブー。



聖良姉さまは人の顔を覚えるのが苦手。
とある事情でソロで活動することになった姉さまは、とりあえず失礼のないように人の顔を覚えるようにしようと言われたものの、
「人の顔は目が2つに鼻が1つに口が1つに耳が2つ、誰も同じではないですか」
と言ってのけ、担当していた南條Pに
「絢瀬絵里さんみたいなこと言わないでください」
と反応され憤慨(聖良姉さまは絢瀬絵里さんの好感度が低い)し、躍起になって人の顔を覚えようと努力を重ねた。

――が、2時間ほど経過して様子を見に来た南條Pにはじめましてと言ってしまい、聖良姉さまの脳にはシワが刻まれていない疑惑が多くのアイドルに持たれた。


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小泉花陽との飲み会編 2(花陽さん未登場回)

アラサーニートの絢瀬絵里の評価が高い今作品において、理不尽にも周りの人間からえらく評価が低い筆頭株は高海千歌ちゃん。
千歌ちゃんを高く評価しているのは鹿角聖良姉さまくらいで、津島善子ちゃんが二番手、その他の面々の彼女に対する評価はおしなべて低い。

呼ばれてもいないのにやってきた穂むらにおいて、高坂雪穂の逆鱗に触れて両頬をリンゴみたいにされた時にも、99%悪いのは高海千歌という評価を下されてしまい、後日雪穂にその際の謝罪の手紙を貰い、内密にしてくれるように頼まれたにも関わらず、うっかり雪穂さんっていい人、手紙もくれたしと言ってしまい、なおさら周りからの評価が下がってしまった。


 現役中学生の女子力全開というような、

 恐ろしく寒いというのにある程度肌を晒す部分は欠かさないと、

 まるで雪山か何かに登頂するであるかのような自身の格好に、

 鏡を見ながら苦笑を繰り返す。

 

「ど、どこかおかしな部分があったんでしょうか?」

 

 と、不安げに問いかけるセツナちゃんに慌てながら、

 とても可愛らしくて満点をつけたいくらい素敵だと褒めてあげると、

 春の日だまりのような柔らかな微笑みをたたえて、恥ずかしげに喜んだ。

 私、絢瀬絵里も。

 たとえ現在30に片足を突っ込んでいるアラサーであろうとも、

 過去には中学生だった時代もあるのだから、

 いかばかりかはアドバイスにも応えることはできるでしょう?

 などという半ば思い上がりのような思想を抱いていたのだけれど、

 振り返れば同じ中学生であっても時代が違うので、

 いろいろな子と交流を深めて相手の立場に立って考える必要性があるのだと、

 なんとなく思い至ったりもした。

 ただ、セツナちゃんに対しては同じ性別か怪しいレベルで、

 美少女しているために、はたして私程度の女子力で太刀打ちができるか……。

 

 

 とにもかくにも。

 時間を潰すという魂胆は叶えられることがなかったので、

 何をしようかなと考え始めた。

 側にいて絶えず気を使って貰っている点を鑑みても、

 何かしらお礼をしたいのは山々ではあるし。

 もちろん、セツナちゃんが望むのであればこのままお別れという選択肢も

 候補として上がってくるけれど、それはいかばかりか寂しい心持ち。

 

「そういえば、お名前を伺っていませんでしたね」

 

 二人して歩き出してからしばらく、セツナちゃんはそのようなことをポツリと。

 何という不覚、ついうっかりすでに名乗っていたものだと思っていた。

 たしかに私の名前を呼ばれた記憶もないし、仮に絢瀬絵里だと言っていれば、

 キャリアウーマンである自分に対して疑いを生じられても不思議じゃない。

 もうすでに平日の真昼間から歩いている時点で、

 営業成績のいい仕事ができる人という説明は破綻しているのではあるまいか?

 思い返してみれば、セツナちゃんに自己紹介をしてもらっている折に

 人が来てしまったのでなあなあで終わってしまった。

 ニート絢瀬絵里の情報はネットの一部でもうすでに明かされていることではあるし、

 スクールアイドルに詳しい様子ではあったから、μ'sのことも把握しているはず。

 真っ直ぐな目で私を見上げながら、この人はどんな人なんだろうという想いをひしひし感じ、

 よくも騙したナァー! と胸ぐらをつかみあげられる覚悟の上で――

 

「ごめんなさい、私は今まで嘘を重ねていました」

 

 罪の告白。

 それが余罪の告白にならないうちに勝負を決めることにした。

 ただ、セツナちゃんはキョトンとした表情を見せたのち、

 多少慌てた様子で口を開く。

 

「いや、現在進行形で嘘を重ねている私が言えることではありませんから

 どうか頭を上げてください」

 

 申し訳なさそうに語る彼女に、少しばかりも気分が向上した私は、

 動悸を重ねる心臓と、つい荒くなりそうな呼吸を押し留めて、

 セツナちゃんの真っ直ぐさを意識した感じで、私も相手の目を見ながら話す。

 ――ちょっと頬に朱が入って、目をそらされてしまった。悲しい。

 

「私の名前は絢瀬絵里、知っているかも知れないけれど

 その、キャリアウーマンというのは嘘八百で……」

 

 衝撃の告白に、セツナちゃんは口を大きく開きぽかんとする。

 太巻きでも入れられそうなほど大きく開かれ、彼女の驚きようが手に取るようにわかる。

 尊敬の念を集めてしまうような自慢話(というか亜里沙の話)もしてしまったし、

 虚偽の事実もたびたび告げてしまったため、お前なんざ想像とは違う!

 と罵られたところで文句など言えようはずもなかった。

 ここで縁が切れてしまうには申し訳無さが残るとてもいい子だっただけに、

 絢瀬絵里という人間の使えなさっぷりを胸に強く生きてほしい。

 UTXに進学するのならば、にこを通じて動向を確かめることができるし。 

 彼女は見上げるような仕草で私を見つめ……しばらく。

 

「あの、つかぬ事を伺いますが元μ'sの?」

 

 どちらかといえば、興奮を抑えることができないと言った雰囲気ではあるけど、

 それはもしかして、長年探していた暗殺対象を見つけて殺すことができるという

 そんな感動を抱いてしまっているとか?

 そのような現実逃避は置いておいて、もう隠すこともできやしないので、

 恥ずかしい思いを存分に感じつつも相手に誤解のないように告白する。

 

「はいそうです。セツナちゃんが私のことを高校生くらいですか?

 なんて言ってくれたけど、そんなことはまったくなくて30も近いBB……」

 

 私が言葉をいい切る前に、セツナちゃんは私の手を強く握り、

 そのまま天高く放り投げるのかと警戒する私を見上げて、目を爛々と輝かせた。

 何か思っていた反応と異なる気はするけれど、

 ネガティブイメージは持たれていない様子なのでひとまず安堵する。

 

「すごい! ぜひお会いしたかったんです!

 気が付かなかった私が言うのもおかしな話ですが、

 高校時代とまったく変わってなくて、本当にそのままだから

 誰かの生き写しか何かだったんじゃないかって!」

 

 手をブンブンと上下に振られながら。

 多少誇張表現はあるとはいえ、セツナちゃんが語ってくれたことによれば。

 なんと私の外見は高校時代のまんまか少々若返っているらしい。

 確かに凛に会えば苦労してないから若いとか、亜里沙と出歩けば妹が姉に見られ、

 面識のない人はμ'sの絢瀬絵里を知っていても私と絢瀬絵里とが結びつかない――

 そんな怪訝な経験というものをいかばかりか重ねては来たけれど。

 μ'sの絢瀬絵里そのままの姿をしているせいで、

 私たちの解散から10年は経過しよう時によもやそんな姿はしていないだろう。

 あまりに似ているから逆に他人の空似かと思った――

 というのをどこか遠くから見守るイメージで聞いていた。

 おそらく、社会人としてあるいは年齢を追うによって重ねる苦労をしていなかったから、

 年相応に成長を重ねるという行為をしていなかったか、それが全部妹に行ったか。

 亜里沙に謝罪をしなければならないポイントが増えたせいで少々複雑だけれど、

 ひとまず、感動を抱かせることに成功して安心した。 

 

「私は小さい頃にA-RISEの皆様と一緒に遊ぶ機会がありました

 本当にすごくて憧れて、理想で

 今も遠い夢ではあるんですが、その皆様に近づく一助になっていただきたいんです」

 

 あまりに真剣に顔を向けて言うものだから、思わず心臓が跳ね上がる思いがした。

 別に恋に落ちたとかそのような衝動ではなく、なんか不意に最近感じたことのない動悸が

 身体を突き動かすような感覚を抱いて少々戸惑う。

 アイドルとしての実力を向上させるトレーニングと言うと、やはり

 自分が黒歴史扱いしているあのエピソードを思い出さねばならない。

 私がごく個人的な理由でμ'sへの加入を渋っていた際に、

 穂乃果にいろいろと頼まれて指導(笑)をしたことがあった。

 μ'sの面々は文句も言わず、絢瀬絵里(笑)のイビリに耐えて頑張ってくれたけれど、

 あれは私の功績というよりはみんなの努力の結晶であると振り返る。

 ただ、その時のメニューは綺羅ツバサから見ても「それくらいやってて当然でしょ?」

 という客観性の欠片もない(ツバサはたまに自分ができるから他人もできて当然

 そんな価値観で物を話しますがあの子は天才だからできるんです)指摘を受けて、

 はじめて、あ、私やらかしたんだなって思って謝罪行脚に回ることとなった。

 話がずれてしまったけれど、後日ツバサに尋ねた折には、

 μ'sに私と希が加入する前と後では実力には雲泥の差があるらしく、

 これからのSomedayを歌っていた当初のμ'sが自分たちの驚異になるとは

 見当すらつかなかったとのコメントを残す。 

 メンバーが頑張ったからなんとかなったという私の自己評価とは異なり、

 名トレーナー絢瀬絵里は一部でかなり評判が高い模様。

 

 

 今まで嘘を重ねてしまった手前、

 それと、セツナちゃんの抗いがたいような澄んだ瞳に見上げられ、

 断ることのできなかった私はカラオケボックスに向かうことと相成った。

 私自身が少々指導を重ねたところで、さほど大きな結果は生み出すまい、

 そのような魂胆があるというのも付け加えておく。

 先程よりも数倍距離が近づき、腕に抱きつかんばかりの距離感を保つ彼女に

 ちょっとお姉さん心臓が痛くて離れて欲しいとも言えず、

 これからカラオケで二人きりになるんだよな? 

 と思うとなんだか要領を得ない感情を抱いてしまう。

 するとその折、女の子の泣き叫ぶような声が聞こえてきて思わず足を止める。

 いかにもチャラいとか、すごく軽そうとかそんな印象を抱かさせる茶髪の集団が、

 私は地味ですと言わんばかりの大人しそうで儚げな女の子に声をかけられ、

 如実に嫌がられ続けている。

 しつこく声をかけて絡んでいるのが手に取るように分かり、道行く人が

 気が付きつつもスルーしている状況を不憫に思った私と、

 助けを求めるように視線を這わしていた女の子と目が合い、

 何故か今日は事件ばかり起こる、なんてため息を付きながらセツナちゃんを見る。

 ――が、いない。

 すぐに暴力に訴えそうな人には近づいたらダメだとか、あの子を連れて逃げて

 などと言おうとしていた私よりも先に、彼女はもうすでに怒りを全開に表して

 力強い踏み込みでどんどんと歩きだしていってしまっているのを確認した。

 いかにも外見からして大和撫子オーラを発していて、かつ細腕にも見えたから、

 いざとなれば二人ほど手を引いて逃げねばならない、仮に自分が追いつかれたとしても、

 痛い目にあうのは私だからきっと大丈夫、絵面的にどうなのかは気になるところではあるけど。

 

 声をかけられている不憫そうな女の子に対する第一印象は、

 とにかく立派だったということだった。

 背も高いのはパッと見分かるんだけれど、それ以上に自己主張の激しい胸が。

 外見こそ控えめで大人しそうな姿をしているけれど、ことバストサイズに限ってみれば

 かなり超弩級、正統派美少女であるはずなのにそこに限ってみるとかなりワガママ。

 三つ編みに色白でカタカナ系、とにかくニコが彼女を目撃しようものなら、

 悔しさで歯噛みでもしてしまうかもしれない。

 如何ともし難いインパクトを誇っていた。

 積極的に声をかけている三人組は、いかにも大人しげで抵抗しなさそうな、

 そんな女の子に夢中で、

 背後から近づいてくる怒気のオーラを隠していない女の子にまったく気づかない。

 セツナちゃんはよもや最初から殴りかかりはしないだろうと見る。

 そのあたりは冷静に判断できそうだし、頭だって賢い、私と違って。

 かしこいかわいいエリーチカは当時から20年ほど経って

 かしこい(笑)かわいい(笑)ニートチカに変貌してしまった。

 などとアホなことを考えている最中にセツナちゃんの上段蹴りが、

 チャラ男Aの顎にクリーンヒットした。

 思い切り油断していたところに踵が決まって、哀れな被害者は数十センチ身体を浮かせ、

 そのまま昏倒しビクンビクン震えている。

 何だこのアマというセリフの最中に右ストレートが頬に決まったチャラ男Bは、

 回転しながらゴロンゴロン転がっていきそのまま動かなくなる。

 恐れ慄いて尻餅をついてしまったチャラ男Cは死刑執行を待つかのように目を閉じた。

 だけど、私でさえさっきまで交流を果たしていた彼女と同一人物かどうか怪しいと感じるほど、

 怒りをたたえた表情で睨みつけるセツナちゃんは、いつまで経っても刑を執行しない。

 もしかして助かったのかと立ち上がろうとした瞬間、完全に油断していたところに

 セツナちゃんの蹴りが腹部に決まり、数センチ身体が浮いて吹き飛ぶ。

 見世物と化してしまったチャラ男集団を被害者とするフルボッコショーはめでたく終幕。

 助けに入った彼女ばかりが悠々としていて、目撃者は全て震え上がっていた。

 当然、ぽかんと口を開きながら眺めている私も、窮地を救われた彼女も。

 

 

 道端に転がってピクリとも動かない被害者の処理は

 心優しい通行人の皆様におまかせしました。

 皆様怯えるように協力していましたが、私もその中の面々に名を連ねたかった。

 カラオケに移動した私たちは自己紹介も完了し、

 少々緊張した風のエマ・ヴェルデちゃんと、

 自身の名前を名乗る際に少し考えながら名乗った優木せつ菜ちゃんと、

 干支ひとつ分年が離れてしまっている絢瀬絵里という異色過ぎる組み合わせで、

 歓談の舵取りは不詳私が務めることになりました。

 現在16歳で今年の春から虹ヶ咲学園に二年生として編入するというエマちゃんは、

 なんとスイス出身、スイス育ち。

 スイスと聞いたところで永世中立国くらいしか記憶になく、

 ヨーロッパの国であることしか知らなかった私と、

 外国人はすべて英語で交流しますくらいの知識しかなかったせつ菜ちゃんの評価は

 エマちゃんの中で少々下がってしまった様子ではあります。

 私自身の紹介はエマちゃんの自分より1つくらい歳上なんですよね? 

 恐ろしく純粋な澄み切った目で言い切られてしまい、

 本当に苦笑いしながら頷かざるを得なかった、ごまかしたつもりはない。

 

 

 和やかな雰囲気で交流は始まり、挨拶の代わりに全員が一曲ずつ歌った。

 中高生と集まることなんてここ数年なかった私は、選曲の際に

 どうすれば相手に引かれずに無難にやり過ごすことができるかに集中したけど、

 映像付きカラオケというのにμ'sの曲があったから、うっかりそれを選択してしまう。

 どこで撮られたか見当もつかないSUNNY DAY SONGを歌った際の映像が流れ、

 若かりし頃の絢瀬絵里の映像も当然流れたけど、

 せつ菜ちゃんは同一人物だと知ってて苦笑い、エマちゃんの方はなんか似ている人がいる

 くらいの反応だった。どうあがいても画面に映ってる人と私が結びつかないらしい。

 自分のチョンボは棚に上げ、日本のスクールアイドルの話題を始める。

 たしかに私のミスはあったけど、きっかけとしては自分の歌でもせつ菜ちゃんの歌でもなく、

 歌うことは好きだけれどカラオケにはさほど来たことがないというエマちゃんの歌だった。

 

「絵里ちゃんに褒められるのは嬉しいけど……」

 

 どうでもいい話だけど、エマちゃんは私を同年代の人だと思っているので、

 結構ナチュラルにフランクな口調で話しかけてくる。

 なおさら、もうすでに30近い年齢だと白状することもできず、

 かつ、世間一般の知識に疎いロシア人クォーターも演じることになり、

 フォローはせつ菜ちゃんに任せてしまった、カラオケの代金はおごります。

 

 

 エマちゃんの歌というのは、朴訥で飛び抜けて何かが優れているというわけではなく、

 トレーニングの結果で抜群の歌唱力を誇るとか、幼い頃から練習していたとか、

 そういうのではなく好きが溢れた、聞いていると思わず体を動かしたくなってくるような。

 せつ菜ちゃんも私なんぞに学ぶよりも、よっぽどエマちゃんに学んだほうがいい、

 何もフォローして貰っている事実に心が痛いわけでも逃げ出したいわけでもなく、

 ど、同年代の女の子同士のほうが交流もしやすいであろうからね?

 

「元から身体を動かしたり、歌を歌ったりするのが好きで」

 

 と語るエマちゃんは、昔はスポーツ少女であったみたい。

 バスケとかバレーとか高い身長を活かせる競技にハマっていたそう。

 ただ、いつからか胸のサイズの方がバレーボール級になってしまったので、

 人目のことも気になりいつからか歌やダンスと言った方面へ。

 その際にはヨーデルも学ぶことになり、自分の周りでは評判は良かったみたい。

 ヨーデル食べ放題しか思いつかなかった私はノーコメントを貫いたけど、

 せつ菜ちゃんはぜひスクールアイドルに! と誘っていた。

 

 

 いつしかスクールアイドルというのも、個人が楽しむものから実力を競い合うものに変わり、

 おかげで実力は向上し一般的な評価も得たけれど、

 そのことに自分が参加したμ'sが貢献したとはとてもいいがたい。

 好きですは大きく評価されて然るべきだけれど、嫌いもあっても構わないし、

 出来も不出来も変わらずにどれも尊いのだと思う。

 私の父親のように出来ない事実にやたら厳しい人間が数多いのは、

 ほんとうに反省して然るべき案件だと思う。

 実力があってもなくても、みんなで踊って歌って楽しめれば、

 それが本当のスクールアイドルなのではないかと私なんかは考えてしまうけれど。

 年寄りの感慨に浸ってしまったけど、

 好きだから努力を重ねて励んでいくという出来事は、

 割とストイックに一生懸命頑張ってきたせつ菜ちゃんにとっては目からウロコだったよう。

 

 

 ただ3人で歌って楽しむことが今日の目的ではなく。

 初心に立ち返り、絢瀬絵里のスクールアイドルとしての実力向上講座がスタート。

 身体に無理を感じたり、疲労を感じたらすぐにやめること、

 量をこなせば実力が向上するわけでもないので、本当にとにかく身体に気をつけること

 私は専門家とか指導者とかの立場にある人ではないので、

 いろんな方の意見を聞いて多角的に合っているか合ってないかを判断すること。

 そのことを特に説明したけどどこまで伝わるかどうか。

 

「まずは正しく呼吸をすることから始めましょう」

 

 自分の経験上、人はおおよそ自分の身体を上手に使えてない。

 特に普段から意識せずに行っているような呼吸や歩く走るといった動作は、

 無意識で執り行ってしまうために、なにか身体に変調をきたしたときには

 各動作が上手に行われなかったりする。

 それは身体を故障させる原因にもなったりするので、

 基本的にあらゆる人間の動作は全身を使った運動であることを意識しましょう。

 

 

 きちんと吸って吐いてを繰り返せばカロリーを消費するので、気をつけると痩せる。

 という言葉に目を輝かせたのはエマちゃんの方。

 ぜひ説明してください私の体を使ってでも! というリクエストのため、

 自分の身体を指し示したり、このあたりを意識してというコメント付きで身体に触ったり。

 せつ菜ちゃんはあんまりマジマジと見つめていては失礼だからという発言もあり、

 直視しないようにしていたみたいだけれど、別に女の子同士だから気にすることないのに。

 

「腹式呼吸であるとか、横隔膜に空気を溜めると言った正しい呼吸法とされるものは

 基本的に鍛錬を重ねた人間だからできるもので、一朝一夕で身につけられるものではないの

 息を強く吐く、声を大きく出すといった動作も、その部分だけを意識せず、

 全身を大きく使って表現するようにすれば、きっとイメージできるはずよ」

 

「頭頂部から足の先まで、頭の天辺と手足の小指を意識すると姿勢も良くなります。

 足の踏み出し方、立ち方というのも個人に合った方法があるけれど

 基本は全身を使って大きく、不格好でもいいから伸ばすという動作を意識してみて」

 

 よく考えてみれば、中高生と肌を露出しあっているアラサーというのは、

 客観的に見てかなり痛々しいのではあるまいか。

 ただ、二人は本当に真剣に聞いてくれているのでスルー。

 吸って吐いてを繰り返してみたり、姿勢を矯正してみたり、

 品が良く見える座り方とか佇まいの方法であるとかも指導してみる。

 

「口の開き方、声の出し方等、いろいろと考える点はありますが

 息に声を乗せれば遠くまで届くという私の経験上、

 まずは息を遠くまで届かせてみることを意識して、

 イメージとしては遠くにあるロウソクの火を一回で吹き消す」

 

 オペラ歌手の人が使うという口腔内の音の響かせ方(ネットで見た)

 ミックスボイスを使っての声を大きくする方法(真姫経由で学んだ)

 おおよそ絢瀬絵里が身に着け、今後まったく活かされることはないであろう、

 そんな歌って踊れるスクールアイドルとしての技術解説講座は、

 説明している当人ばかりが元気で、聞いている二人はかなり疲労困憊の様子だった。

 はたしてカラオケボックスで行われたこの行為が正しいものであったのかは、

 まあ、私が判断することではないということで。

 

 編入先でスクールアイドルを始め、ラブライブの出場を目指すというエマちゃんに

 UTXでトップを取ると宣言してくれたせつ菜ちゃんに

 時折指導をするという約束をした。

 ただ、その際に絵里ちゃんがラブライブに出たら私は勝てないねってエマちゃんに言われたけど、

 なんとも言えない気分になってしまったのはここだけの話。

 名残惜しい気分に浸りながら改札口に入っていく二人の背中を見送り、

 花陽の約束の時間までさほど時間もなかったので、少しばかり急いだ。




高坂雪穂ちゃんは物語屈指の周りからの評価が高い人。
親友である絢瀬亜里沙は自己評価が低いことも手伝い、私なんかの親友になってくれるとてもいい人扱い。
姉である高坂穂乃果ちゃんも自己評価がとあるキッカケで低くなったせいで、私なんかを信頼してくれる大切な妹扱い。
園田海未、南ことりからの評価も高いせいで、雪穂と面識のない面々からも評価がやたら高い。
また、黒澤ダイヤ、小原鞠莉の両名からも信頼度が高く、うっかりAqoursの優勝へ導くようなアドバイスも送ってしまったため、高海千歌ちゃん以外からの信頼度も激高。
音ノ木坂学院に限っては4連覇出来たはず(本命のSaintSnowが予選で敗退してしまったので)なのに出来なかった戦犯扱いで微妙に不遇。

また、物語屈指の常識人でかつ絢瀬絵里に対しても過剰な評価を下していないために微妙に今作品の出番は少ない。


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リメイク版 小泉花陽の飲み会編 3

今回から物語の完成を待たずに
細かく刻んで投稿することと相成りました。
毎日とは行かないですが、それに近く投稿するのを目指します


 雪が降り始めた夜の空を見上げながら、

 絢瀬絵里と小泉花陽は目の前の豪奢な建物を観て呆然としていた。

 都会の一等地にこれほどの自然を用意しても良いのかと言わんばかりに

 周囲には緑や色とりどりの花々が溢れ、川もあるぞ、何なら湖でも用意するか?

 と言わんばかりに水源も豊富。

 ちょっとお値段が張る居酒屋を想像していた私たちは、

 政治家が会合でも開いていそうな料亭に案内され少々死を覚悟した。

 古くからそびえてますと言いだしかねない古風な建物は、

 東京ドーム何個分と表現されそうな土地に存在を構え、

 死ぬ前に死ぬほど良い思いをしろよと言われたほうがまだマシなのではないかと思うくらい、

 自分の身の丈に合わない場所に案内され震える。

 

「え、絵里ちゃん……」

「タクシーの運転手さんが住所を間違えたのよ」

「……そ、そうだよね!」

 

 聞いていた店名は間違えようもなく、

 住所も穴が空くほど見直してもなお現実が認識できない。

 二人して臓器を売られる未来を想像し、

 泡風呂行きを宣言されるんなら一回くらい経験しておけばよかった、 

 と私なんかは思ったりする。

 でも年齢的にはもうアウトな感じだから、やっぱり必要なのは臓器かしら?

 

「絢瀬絵里様と小泉花陽様ですね?」

 

 いつまでも建物の前でたむろしている私たちに痺れを切らしたのか、

 中で働いていると思しき従業員の方(和服)に声を掛けられる。

 極道の妻たちとか言う表現が似合いそうな、

 裏業界の精通してますと言わんばかりのオーラを携えた方に

 胸元に短刀を仕込んでいて、必要であればひと思いに殺ると言わんばかりの人を見、

 花陽は私を盾にし始めた。

 殺すならどうぞこいつからみたいな行動だけど、

 私みたいな脆弱な盾では花陽を守りきれ無さそう、ごめんなさい花陽、情けない先輩で。

 

「主人から誠心誠意もてなすよう言いつけられています

 どうぞ楽になさってください」

「え、ええ、ほら花陽」

「違うよ絵里ちゃん、楽にしてやるって意味だよ……」

「たとえそうでもそれを口にだすのは良くないと思うの」

 

 花陽の不謹慎過ぎる発言をスルーし、

 従業員の萩原さんは私たち二人を地獄――ああ違う、店内へと導く。

 殺されるならせめてその前に美味しいものでも食べようと意を決する私と、

 どうせならお昼を我慢しなければよかったと嘆く花陽。

 美味しいものが食べられると意気揚々とやって来たらしく、

 周囲にはあまりにニッコニコで仕事をしているために怪訝にすら思われたとか。

 ただその発言の一つ一つが遺言を残すようなものであったけど、

 花陽が死んでいるとしたら私も死んでるから、誰にも届かないから。

 

「お、おお……!」 

「すごい……!」

 

 案内された個室にはたくさんの料理が用意されていた。

 見るだけで食欲を誘われるような、新鮮さにあふれる魚介、肉、ごはん。

 特につややかな白米は花陽の興奮度を一気に向上させたらしく、

 食べもしていないのに品種から炊き方までの知識を披露し初め、

 鉄腕ダッシュを見ているような気分になった。

 たとえ自分たちがどこぞの道楽息子のカニバリズムなパーティの材料として扱われようとも、

 美味しいものがいただけるんならいい! と言わんばかりに料理の前に陣取り、

 お情け程度にこれが飲み会であることを思い出したので、乾杯をし、

 アルコールが入ったのも手伝ってまずは花陽の近況報告から聞くことにした。

 

「面接まで行かないの、海未ちゃんに字の書き方も教えて貰って、褒められたけど。

 あんまりアピールする内容がないから落とされちゃうのかな」

 

 字が下手なμ'sの面々は多く、

 その中のメンバーと比べればそれなりに書ける方ではあるけれど。

 海未を筆頭に、就活で必要だったと語る穂乃果、優等生な真姫も流麗な字を書き、

 凛やキャラ作り中のニコは象形文字と言わんばかり。

 希も手書きで作業したくないと言うし、ことりもんなもん必要ないからと豪胆。

 就職に縁がないものだからどう反応を返していいものか分からないけれど、

 小泉花陽という人間を履歴書だの自己アピール文だので判断するのは難しい。

 就職させる側ばかりが都合を押し通し、いざ就職したとなってからも会社人間になれとか、

 自分よりも上司の顔色を伺えというのはなんとも言えない気がする。

 かといって就職をしないようではお金がないので生活ができない。

 他者に迎合しなければ適当に評価されないということに対して、

 いろいろ言いたいことはあるけれど、無職が言えた義理ではないのでやめる。

 

「そういえば一度ツバサから聞いたんだけど」

「二人は仲いいよね、似た者同士なのかな?」

「両極端とも言えないし、似ているとも言えない気がするわ」

 

 なんとなく馬が合うし、馬が合うことにこれといった理由が見つからない。

 

「お手紙、結構送ってるんだって?」

「大したものじゃないの、私が思ったことを伝えられたらいいなって」

「A-RISEが売れたのは花陽のおかげだってさ」

 

 実力に見合わない低評価に何故という反応をしていたツバサも知っているし、

 ニコも過去には目が節穴過ぎると憤っていたことも知ってる。

 毎日テレビをつければどこかしらに矢澤にこがいるという状況下ですら、

 あえば彼女はA-RISEのことを心配していた。

 スクールアイドルの中の勝ち組としてμ'sが持ち上げられる一方、

 始祖であるA-RISEが苦汁をなめ続けたというのは、私もよく分からないところがある。

 彼女たちも努力を続けただろうし、花陽のアドバイスだけで道が開けたとも言えない、

 謙遜はするかも知れないけれど、私に文句や愚痴ばかり言っていたツバサを変えたのは、

 花陽の功績なんだと思う、酒が入ると罵倒されるケースが増えたけど。

 

「……ねえ、花陽」

「うん?」

「いや、話半分に聞いてほしいんだけど」

「絵里ちゃんのアドバイスは信憑性と説得力がないから」

 

 ぐさりと刺さることを言われる。

 確かに就職もしてない人間が、就活に励む花陽に対してアドバイスをしようなんて

 おこがましいにもほどがある。

 亜里沙にも当人ができることをアドバイスしてくださいと言われるけど、

 何故かツバサには高評価。

 「絵里のアドバイスは本当に最高よね!」と褒められること多数。

 ――褒められてるのかな? なんか不安になってきた。

 

「花陽は、他の人がよく見えてると思う、周囲の状況であるとか」

「……」

「でも、自分が見えてないと思う。

 私が思うにね、花陽はできる子よ、自分よりもよっぽど

 就職したって穂乃果みたいになれると思うし、凛よりも著名になれるかも」

「お酒が入って適当なこと言ってるでしょ」

「聞いて」

「……」

「花陽はμ'sの中でもいちばん優しいし、強いし、努力家

 親しみがあるし、愛嬌もある

 そういう部分って人からどうこう言われたところでなんともできない才能」

「いいよ絵里ちゃん」

「うん?」

「私は私を信じきれないんだよ、だからあまり私を褒めないで

 褒められると疑っちゃう、自信がなくなっちゃう

 絵里ちゃんが本当のことを言ってるんだろうなっていうのは分かるけど――

 

 そうだね、絵里ちゃんが就職して仕事をしたら聞いてあげる」

「……ほんとう? 長くかかるかも知れないわよ?」

「もしも未来、絵里ちゃんや、ことりちゃん、凛ちゃん、希ちゃんから想いを託されて

 私や穂乃果ちゃんしか居なくなってもμ'sは……あれ?」

 

 花陽が急停止。

 お酒が入っているからなにか不都合なことでも思い出したのかな?

 って、私なんかは思ったりもしたけれど。

 

「ごめん絵里ちゃん、私寝てた?」

「え、あ、どこから?」

「適当なことを言ってるでしょくらいから? ボーッとして、ごめんね、疲れてるのかな?」

 

 あれ、シリアスに語った部分聞いてもらえてなかった?

 しかしながら疲労しているのは事実なようなので、薄暗い話は置いておいて

 盛り上げることに執着した、多少店員さんや花陽共々には呆れられてしまう結果になったけど、

 真面目な会話をするよりかは賑やかしで充分――

 

 外に出ると周囲は豪雪地帯に迷い込んだみたいになってた。

 風雪吹き荒び、おそらく公共交通機関はいずれにしても停止しており、

 タクシーを呼ぼうにも繋がらないことが予測された。

 

「え、絵里ちゃん……ど、どうしよう」

「確か亜里沙はこうなったときのために迎えが来るって」

「天からのお迎えじゃないよね?」

「……(静かに首を振る)」

「なにか言ってぇぇぇぇ!?」

 

 悲鳴のような声を上げる花陽に私は首を振り続けるほかなく、

 そんな私たちに近づいてくる一つの影が新たなる事件を巻き起こすことなど、

 今の絢瀬絵里は知る由もないのでした。




虹ヶ咲スクールアイドル同好会の面々の歌で「あなた」とされているのは
優木せつ菜氏のことなんですが、とあるメンバーだけは鹿角理亞ちゃんを指しています。

あなたの理想のヒロインを歌う桜坂しずくさんは処女ビッチであり、
中須かすみさんのことを稀にチンカスと呼びますが、
かすみちんをひっくり返してチンカスといっているのであって、
深い意味はありません。

――ないんですよ?


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小泉花陽と飲み会編 番外編 綺羅雪菜の憂鬱

 絢瀬絵里さんとおばあちゃんトークとダジャレの披露で、やたら盛り上がる宮下愛さん。
 あなた以前音ノ木坂学院にいなかったと指摘され、苦笑いしてしまった近江彼方さん。
エマちゃんとせつ菜ちゃんの入るトイレをノックしまくって乱入してくる中須かすみちゃんの出番は都合上没になりました。


 一緒の電車に乗り、同じ方面へ帰る。

 という都合になり、いざ駅のホームで電車を待っているさなか。

 数分で上り電車がやってくるという場面において、

 今までの緊張から開放された安堵感も手伝い身体が震えました。

 おそらく、カラオケボックスで飲み物を飲みすぎたせい。

 外でお手洗いを使用するのはできるだけ避けよう。

 そう心がけていたはずなのに、楽しいのと熱意を持って鍛錬に望んだのとで、

 ついつい尿意を覚えるくらいまで飲み物を摂取してしまった。

 

 

 個人的な都合でエマちゃんに一緒にお手洗いまで来て貰っては困るので、

 忘れ物をしてしまってと嘘をつき、かつ先に行って頂けるようにお願いし、

 誰も背中を追いかけては来ないのを確認してから、

 男子トイレと書かれた場所に身体を滑り込ませようとした瞬間に腕を掴まれました。

 驚いて振り返ってみると、先程お別れしたはずのエマちゃんが。

 ――ニコニコと微笑みながら、すべてを見通したかのような瞳でこちらを見ていて。

 

「そちらは男性用のお手洗いですよ?」

 

 なんて忠告もされてしまった。

 口をパクパク動かして、二の句も言い訳も言えなかった私は。

 反論したところで相手を納得させる余地もなく、

 また、この場で言い争いをしたところで大変なことになるばかり。

 時代劇で裁きを受けた後の悪人のように、がっくりとうなだれる他はなかったのです。

 

 

 落ち着いて話を聞いてくれると言うのに、

 何故か女子トイレに引っ張り込まれてしまった私は、

 当然のごとく周りには女性しかいない状況下で、

 あまり身の回りに興味も視線も向けないように心がけつつ。

 奥にある個室までエマちゃんと一緒に入ることになったんです。

 情状酌量の余地があるとか、私の心情を斟酌してくれるとか、

 言葉尻だけは私を理解した風ではありますが、

 状況いかんではおまわりさんに突き出すと言わんばかりに握られたスマホが、

 まるで黄門様の印籠であるかのように見えました。

 なお、私は変態ではないので女子トイレに入った経験というのは二回目。

 昼間に続けて二回目なので、まだ許される事はあるかも知れない。

 とはいえ、もう一回入ってしまっている時点で。

 おそらく近い未来に用を済ませてしまうであろう時点で。

 どんな言い訳を重ねたところで変態の謗りは受けざるを得ないのでしょう。

 

「まずは、することをすませてしまうべきです」

 

 ちょっと怖いくらいの表情で告げられて、

 ああ、もうこの場所で警察に突き出されるのだなと覚悟をした私が、

 目を閉じて天を仰いでしまうと、強制的に便座に座らされました。

 何事かと思ってみてみると、もうすでにエマちゃんは私の腰のあたりを掴み

 身につけているものを脱がせようとするので、

 それはまだ早いのでは!? と口走ってしまいましたが、

 単純にお手洗いを済ませなさいということでした。

 

 

 同年代の女の子と二人きりで、

 しかも、今まで家でしかしてこなかった女装で出かけ、

 一発で正体がバレてトイレに引きずり込まれるとは……。

 まだあなたを信用しているわけではないとのことで、

 個室から出ていってもらうことも、目と耳を塞いで頂くことも出来ずに、

 真剣な面持ちでおしっこをするところを異性に眺められるという行為が、

 特に興味があるわけではないけれど知識としてはあった、

 成人向け同人誌とかの状況とマッチするな、なんて頭の中をよぎりました。

 理想の女性として常に崇め続けていたあんじゅ姉様に心の中で謝罪をし、

 我慢を重ねてきたせいか多量かつ勢いよく放尿をしています。

 その姿を、男性はこうしてするんですねとか、意外と無臭ですねという

 嬉しくもないコメント付きでしげしげと眺められているこのシーン。

 先程まで会話していた女の子に興味深そうに下着はもうすでに女性物なんですね、 

 などととどめを刺されて、優木せつ菜(芸名)の心は折れてしまいそう。

 

 

 自分の羞恥に塗れた部分を立て続けに見られてしまったせいで、

 多少なりとも開き直った私は、少しばかり反撃しようと意識をして、

 渡されたティッシュペーパーを男性は拭きませんということもできず、

 ありがとうございますと控えめに言ってごまかすようにサササと拭いたふりをしたら、

 ちゃんと拭かないとダメですと二枚目のティッシュペーパーを渡されたので、

 ヤケになった心持ちでちゃんと確認して頂きつつ拭いた。

 ちょっと時間が経過してしまったけど、遠慮せずに言うことは言おうと口を開こうとすると、

 

「もし、私の機嫌を損ねてしまったり、

 また不埒な行為に及ぼうとした場合は、

 すぐにおまわりさんへと連絡が行くようになっています」

 

 と、死刑宣告を叩きつけられ。

 ほんのちょっとでも発言権……いや、言い訳する権利があれば。

 などという淡い希望は砕け散った。

 数時間前に自分が抱くことになった、純朴そうで大人しそう。

 とのエマ・ヴェルデちゃんの印象は大きく覆されてしまうことになり。

 捕まえた獲物の前で舌なめずりをするような、

 そんな獰猛さを兼ね備えた女の子であるという事実はもはや覆りそうにない。

 

「本日は助けていただいてありがとうございました。

 スイスに帰国をせねばならないと言う気持ちも抱くこともなく

 正直なんとお礼を申し上げてよいのか……」

 

 どのように死刑を執行するかその手段だけは選ばせてやる。

 などと言われてしまうかと思いきや、ものすごく可愛らしい乙女のような表情で、

 先ほどまでのできるだけ苦しませて殺すと言わんばかりの表情とはうってかわり、

 ただそれでもなおスマホから手を離さないというシチュエーションは、

 私への信頼のなさの現れなんでしょうか。

 

「どのようにお礼をすればよいのか考えましたが、

 ひとまずは本日の変態行為を胸に秘めておく。

 そのことで済ませようと思います」

 

 とりあえず警察に突き出されずに黙ってくれるというので安堵する。

 ただ、それを伝えるのならばトイレになど引っ張り込まずに、 

 先ほど交換したメールで告げれば良いのではと思った。

 相手に反撃をされる(するつもりもない)可能性を考慮すれば、

 どう考えてもそちらのほうが安全に橋をわたることができる――

 

 そこまで考えて私は思い至った。

 直接言わねばならないこと、できうる限り精神にダメージ与え、

 脅迫の成功確率を上げ、自身の魂胆を叶えられるシチュエーションを作り出す。

 ここでひとつ悲鳴でも上げれば誰かしら気がつくであろうし、

 悲鳴なんぞあげないでも下半身を露出した私をトイレに放置でもしておけば、

 お咎めを受けるのは確実に私である。

 とんでもない人を敵に回してしまったものだ、

 昼間のチャラいのを地獄に何度叩き落としても足りなかった。

 顔面は蒼白になり、これからどのような要求をされるのか不安で仕方なくなった。

 仮に、まとまったお金がほしいのであなたの人権と内蔵を売りたい。

 などと言われてしまえば、なんの反論も許されずに私は死ぬ。

 

「そうですね、少しばかり要求したいことがあります」

 

 ついに来たと思いました。

 正直震え上がって逃げ出したいほどではありましたが、

 ここは個室、どうあがいても逃げ場はない。

 相手が少し緊張した面持ちなのは、

 言うことに躊躇いを感じるような内容だからでありましょう。

 たとえ優木せつ菜を名乗る私が極悪人であろうとも、

 一方的に苛烈極まりない死ぬような思いをさせたとしても、

 ひと思いに殺してしまうという行為であったにしても。

 少々でも遠慮をして、殺害するのを自重させる意識があることを

 私という人間が提供ができていたのなら。

 おそらく躊躇いもなく命を奪われるよりは、いかばかりかマシだと思うんです。

 ――ただ、少々ワガママが許されるのであれば、

 もうちょっといい場所で殺されたほうが我が家の両親も浮かばれると。

 

「こ、このようなことを要求するというのは、私の人生で経験がないので

 日本人は察する文化に優れているというので……その、

 私が言葉にする前に把握して頂けますか?」

 

 すなわち、私が手をかける前に自害せよ。

 日本古来からある文化で言うのであれば、望まれているのは切腹。

 きっと、日本に来る前に切腹なる文化を知り、機会があれば見てみたいと望んだのだ。

 自分が知る限りでは今の日本では廃れてしまった文化だけど、

 未だに外国ではジャパンにはニンジャがいると本気で思っている人もいると言うし、

 ならば、日本で責任を取らされるときには切腹すると考えるスイス人少女がいても

 何ら不思議な事はないと思われた。

 

「せ、せめて! もっといい場所でしたいです!」

 

 ちょっとだけでも抵抗をしてみる。

 切腹をしたなんて経験は当然ないけれど、時代劇でも一部映画でも

 迫真の演技と共にお腹を切るシーンというのは見ている。

 再現せよというのであれば、出来不出来は置いておいても

 いくらばかりかそれっぽくできるのではないかと思われた。

 できるなら痛くないように麻酔でもかけてほしいし、介錯人もほしい。

 

「し、シタいですか!? た、確かに高校生にもなれば

 そのような経験をする子もいますが……!」

 

 スイスではなんと高校生にもなれば切腹するのが普通みたい。

 聞いた覚えはないし、何よりお腹を切っても平然としているとするのは、

 なかなか日本人としては受け入れることが出来ない。

 ただ、世界は広い。

 島国では考えられないような風習が行われていても不思議じゃない。

 しかし、私の反応を元にエマちゃんは胸を掻き抱くようにしながら赤面。

 おそらく地元では切腹というのはとんでもなく恥ずかしい行為なのだ。

 

「できれば自宅で……たくさんの見物客がいたほうが……」

 

 経緯はどうであれ、華々しく散るのであれば目立ったほうがいい。

 新聞記事には「女装男、女子トイレに入った責を咎められ切腹 介錯人はスイス人少女」

 などと載ってしまうかも知れない。

 父は笑い、母は泣くかもしれないけど……。

 面白いものが好きな私の一族は話の物種にしてくれるかも。

 

「あ、あなたの家というのはかろうじて認めますが、

 たくさんの方が見ている前というのであれば……もしや野外!?」

 

 信じられないと言わんばかりだった。

 自分のイメージとすれば切腹といえば野外で行うものだけれど、

 スイスで切腹といえば屋内が当たり前であるらしい。

 

「建物の中はちょっと……やっぱり掃除が大変だし……」

 

 どれほど血が噴き上がるのかは少し想像できないけど、

 見世物でたくさんの人に笑われるのであればやっぱり野外ステージに限る。

 そのデビューが死ぬときというのは……なんとなく一発屋のアイドルっぽい。

 

「た、体液が噴き上がるというのは、どんなアクロバティックな行為を!?」

 

 エマちゃんが恐れおののいたと言わんばかりに声を上げた。

 どのような行為を想像しているのかはわからないけれど、

 確かに多少アクロバティックな側面もあるかも知れない。

 

「やっぱり血の処理は……大変だし」

 

 特に白い布に血液が付着すると大変だ。

 拭ったところで染みてしまうし、なんとか取ったとしても跡が残る。

 難敵中の難敵、後処理には私は及べないから、せめて手間は省きたい。

 

「た、確かに血は流れると聞きますけど! 

 でもそれは仕方のないことです!」

 

 特に墓は! と聞いて私はハっときた。

 死体をそのままにしておくことは出来ないし、私はいずれ火葬されて納骨される。

 お墓を持っていないわけではないけど、前提としては両親が納まるのが先。

 

「さ、さすがエマちゃん! 将来設計を考えてる!」

「あ、当たり前だよ! 一度きりしかないことを大事にするのは

 女の子としてもちろんです!」

 

 女性の方が男性よりもよっぽど現実的だと聞く。

 私に切腹を要求する以上は後処理のことも考えなければいけない。

 相手に負荷をかけてしまうのは心苦しいけど地獄で後悔するので許してほしい。

 と、私はエマちゃんの素晴らしさに感嘆してとある事に気づいた。

 ロシア語で素晴らしいとする表現をハラショーと言うみたいだけど、

 ハラショーとハラキリというのはなんとなく語感が似ている。

 

「そうだ! どうせならお世話になった絵里さんも呼びましょう! 

 ロシアにはない文化だから、喜んでくれるかも知れない」

「え?」

 

 キョトンとするエマちゃん。

 あまりに予想外と言った面持ち。

 それはそうだ、一世一代の私の切腹ショーを見世物にしようというのである。

 これはスイスでは受けない、日本独特のエンターテイメントショーだ。

 

「えーっと、どういうことかちょっと説明してくれるかな?」

 

 何故か気分が盛り下がったと言わんばかりに落胆の表情を見せるエマちゃん。

 そんな彼女に対してなんとかして興味を持ってもらおうと、

 稀代のエンターテイナーである私は説明を開始した。

 名付けて、優木せつ菜雪上で散る。

 

 

 いくら説明を重ねたところで、エマちゃんの怪訝そうな視線が深まるばかりでした。

 最終的には熱く語っている所を、分かりました分かりましたと

 微塵も分かっていなさそうな態度で語りがストップさせられてしまいました。

 これから暴れん坊将軍における切腹の是非について述べようとしたところなので、

 いかんばかりか残念である。

 

「優木せつ菜さんに日本人の奥ゆかしさというものと、

 何も言わずして察する能力を求めたことが間違いでした」

 

 何故か日本人が持つべき美徳を持ち合わせていないことを、

 スイス人の女の子に指摘を受けるという部分で多少は解せない思いを抱えながら。

 先来まで抱きつかんばかりに近づかれていた距離は多少遠ざかり、

 僕を突き出さんばかりの態度は多少なりとも改められた御様子。

 どちらかといえば百年の恋も冷めましたと言わんばかりの残念ぶりだけれど、

 どのみち自分には関係のなさそうな話ではあるので考慮に入れないでおく。

 いままでの人生経験から考えて、女性に恋愛経験の有無を問いかけては

 火傷する他ないので口を閉ざす他ないのである。

 

「まずは本名から教えて頂きましょうか?」

 

 いままでのことは全て忘れました――と言わんばかりに、

 エマちゃんは極めて冷徹な口調で問いかける。

 自分としてはさっさとこの場所から脱して、

 絵里さんから教えてもらったトレーニング方法を試してみたい。

 たった数時間教えて貰ったことでさえ絶大な効果を産み、多少はスクールアイドルとして

 実力を発揮できそうであるから。

 本名を問いかけられたけれど、日本人の女の子ではなく、

 外国出身の女の子ならば多少なりとも驚きは少ないと感じました。

 名字を白状すれば真っ先に姉がどのような人物であるか把握できるはずなので、

 傷口を広げないように重々に忠告を重ねつつ。

 

「他言は無用でお願いします」

 

 できる限り真剣な面持ちで告げてみると、存外簡単に了承を得た。

 自分の家族に迷惑をかけられないみたいな同情を誘う文句も考えてはいたけど、

 披露する機会がなくなってしまい多少は残念。

 

「私、いえ、僕の名前は綺羅雪菜、事前に説明をしたセツナという音の響きは

 本名のとおりです」

 

 自分の本名を見て、興味深そうにウンウンと頷きながら眺めた後、

 家族構成であるとか、長男であるか否かとか、実家を次ぐ予定はあるのか

 婿養子として他の家に入る予定はあるのかどうか。

 なぜ問いかけられているのか解せない点まで根掘り葉掘り問われた。

 質問を終えたところで、思い出したように姉の名前を問われてしまい動揺した僕は、

 

「大和撫子というものは、古来慎ましやかで控えめであり、

 答えなくないポイントを察して笑顔で応じるという――」

 

 エマちゃんに見せつけられるスマートフォン。

 さっさと答えろ、警察に突き出されたいのかと言わんばかりの態度に、

 僕はがっくりと項垂れる他なかったのです。

 

「姉の名前はツバサといいます。綺羅ツバサ」

「それって、世界的に有名なアイドルの?」

「同一人物です。仮にこのような血縁者がいるとバレれば、

 姉にも迷惑がかかるのでどうか内密にお願いします」

 

 多少同情を誘う言い方が思いの外絶大な効果を得た。

 先ほどまでは、どのような事情があろうとも女装しているやつなんて、

 と言わんばかりではあったのだけれど。

 人それぞれ事情はあるのだし、ああだこうだ訴えかけるまでもないものね。

 なんていう表情に変わった。

 どんな想像をしたのかまでは僕はニュータイプではないのでわからないけれど、

 エマちゃんの想像の仲とは違って姉はとてもいい人です。

 対人対応では不肖の弟扱いをしてくるけれど、家では平気で抱きついてくるゲロ甘。

 なにせ身長が同じでスタイルもさほど変わらないので、

 あらゆるステージ衣装を自分自身の手で手直しを加えては、

 可愛い可愛いと言いながら着させてくるブラコン、とても英玲奈さんのことを否定できない。

 

「雪菜クンは将来どうするつもりなんですか?

 本当に女の子になるつもりなのだとか?」

 

 思わず苦笑いをしてしまう。

 たしかに可愛い格好をするのは楽しいし、女の子として扱われるのも良い。

 でも、それは幼い頃からトップアイドルを目指してきた僕にとって、

 同性間でアイドルとなりうるには筋力的にも力強さ的にも通用しない事がわかりきっているから。

 色物の中ではトップを目指せるのならばそれに越し方ことはないという

 現実的な判断も踏まえてのこと。

 姉みたいに異性と勝負しても軽く凌駕できるほどの才能でもあれば、

 また違った話にはなってくるのだろうけど。

 

「僕は本当に大した人間ではないんです。

 それでも夢を叶えるためにどんなことでもしようと考えたんです」

 

 真剣に相手に伝わるように努力をして言葉を選んだつもりではあるけれど、

 エマちゃんはぷいっと視線をそらして恥ずかしそうな態度を示した。

 確かに、色物でトップを目指さんがために女装をしているやつ相手に、

 道理で迫ろうとすれば多少なりともバカバカしいと思うはずだ。

 時間を尽くして後までしてくれた彼女に申し訳無さを感じつつ。

 

「ところで恋愛対象は男性? それとも女性なの?」

 

 エマちゃんが右腕に抱きつくようにして、すっごいワガママな胸がグーッと押し付けられる。

 年頃の男の娘として女性からそんなことをされれば緊張が走る。

 普段ロクに女性と接していない人間ならばなおさら、姉は女性としてはちょっと違うし。

 体の一部分が反応して固くなりなどしないように、こころの中で般若心経を唱えながら、

 男性も充分に行けますと嘘を付くべきか、女性オンリーですと真実を話すか。

 幼少時から子供の頃に接してきた胸の大きな女性というのは、

 大らかで柔和な笑みを浮かべながらからかうようにしてお風呂にも入ってくれる。

 まあ、いま同じことをして欲しいといえばとっ捕まるのは自分だけど。

 姉は女性として扱うと痛い目を観るから何も言わないけれど。

 

 

 心臓が早鐘とばかりに盛り上がっているのは、

 押し付けられた胸が柔らかく、感じる匂いは女の子らしさ全開で、

 幼少時に見た憧れのお姉さまの裸体を思い出しているから。

 ――ではなく、選択肢を謝ることがあればすぐにでも警察へと突き出されるか、

 それとも東京湾におもりを付けて沈められてしまうか。

 僕は重々、姉ではない女性らしい人を存分に思い浮かべながら。

 

「恋愛対象は徹頭徹尾女性であります!」

「もう一声」

「年頃の男としては胸が大きいと素晴らしいと思います!」

 

 最低すぎる答えではあろうが、エマちゃんの満足は多少得られたようで、

 なんとかして拘束からは解かれることに成功した。

 いかばかりか好感度の上昇も果たした気配がある、なぜだ。

 

「絵里ちゃんみたいに歌も上手で踊れて

 教えるのも上手な同年代の女の子のほうが好き?」

 

 噴き出した。

 これは、絵里さんの指導があまりにも巧みで、

 僕みたいな才能のない人間でもある程度まで行けると判断して、

 トレーニングやレッスンをして欲しいと無理に無理を言って了承得た挙げ句に、

 メアドまで入手することに成功した案件が不満な様子。

 僕の態度にYESと勘違いしたらしいエマちゃんが、憤怒の表情のままで

 スマホで何処かへ電話をかけようとするのを必死に抑えながら、

 

「絵里さんは姉と同時期に活躍したスクールアイドルμ'sの絢瀬絵里さんです」

 

 エマちゃんは信じられないと言わんばかりに目を見開いて驚きを示した。

 自分だってμ'sで活躍している当時とほぼそのまま――どころか、

 少々若返ってすらいる姿に驚きを隠せないのだから。

 姉も若くて幼い外見をしているから、よく中高生に間違えられたと

 お酒を飲んだ席で自慢しているそうだけれど。

 絵里さんは本当に中高生しか見えないくらい若々しいから、

 余計にタチが悪いように思われる。

 

「ツバサさんは今年30に……」

「まだなってません、いずれはなるでしょうが遠い話です

 姉に年齢のことを話すと大変なことになるので置いておきましょう」

 

 姉が自分よりも年下のアイドルと付き合いが少ないのは、

 まるっきり話が合わないというのもあるけれど、若くないと感じてしまうからだそう。

 エマちゃんは愕然とした様子でスマホを手に取り、何事かを検索し、

 どうやら真実へとたどり着いてしまった様子。

 何を見ているのかと思いきや、少し前に更新された元μ'sの東條希さんのブログだ。

 のぞみんのスピリチュアルライフでは、主に絵里さん以外のメンバーがちょくちょく登場しては、

 類まれなるリア充っぷりを披露する機会が多々あるけれど。

 

 

 園田海未さんの家で行われた乱痴気騒ぎと題された文章は、

 姉や西木野真姫さんと言った芸能界でも有名なメンバーや、 

 小泉花陽さんや絢瀬絵里さんといった可愛さで天下を取れそうな面々が、

 アニメやゲームのコスプレをして、お酒を飲みながら盛り上がったエピソードが語られている。

 唯一花陽さんだけが年相応の大人びた姿を披露してはいるけど、

 他の面々は高校生と言われても納得してしまうような外見をしている。

 そのせいなのか、未成年の飲酒疑惑を指摘する声も多少なりとも上がっているけど、

 筆頭で指摘されているのが、ブログの主と同じ年の女性であることに、

 東條希さんの心情はどのようなものであるのか察するに涙が出そう。

 

「ス……スクールアイドルであれば若く要られる……

 え、永遠の若さが得られるかも知れない……!」

 

 わなわなと震えながら要領の得ないつぶやきをし、

 青い顔をしたエマちゃんを慰めつつ、

 どうやら危機は脱したと優木せつ菜は安心した。

 なお、一部を除いて男性経験がまったくないという話をしようと思ったけど、

 バレれば姉に殺されてしまうし、

 なんか意味を果たさなそうな情報なので胸の中に秘めておくことにした。

 

 

 その後、荷物持ちとして同行したお買い物では、

 絵里さんとレッスンを受けるときには必ず呼べと言われたり、

 一週間に一度は顔を見せろと脅迫されてしまい、

 お財布の関係上頷かざるを得なかった自分がいた。




とあるルートの後日談、ラブライブ優勝を果たした虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の面々は二代目アキバレポーターとして活動していた高海千歌ちゃんのインタビューを受けた際に「まるでせつ菜ちゃんのハーレムグループみたいだね?」などと言われてしまいコメントを返せなくなる。
その際にテンパってしまったせつ菜は「では、全員を嫁にするために活動を始めます」と宣言、大いに観客を沸かせてしまったが、後日本当に嫁にするように迫られてしまったためにしばらく絢瀬家に避難することとなった。


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改訂版 星空凛との飲み会編

 立春というのは春が立つなんて字面であり、

 立ち上がるという言葉を西木野真姫はよく、勃ち上がるに脳内変換されてしまうらしい。

 彼女は酒が入ると普段は自制している下ネタが露出してしまう傾向にあり、

 私は何度もキャラ作りであるとか、本当は真面目だからと説明を受けるんだけども、

 説得力がまるでないから困る、不真面目かと言われるとそうでもなく、

 キャラ作りである側面は理解できるんだけども、

 何から何まで演技して作っているかと言われると疑問である。

 おそらくではあるけど、下ネタは彼女が否定するほど嫌いではないだろうし、

 その結果私が通いたいなーって思っていた店から出禁を食らっているので、

 そろそろ損害賠償でも請求しなければならないだろうか。

 

 暦の上では春先と称される時期ではあれど、

 二月はまだまだ肌寒い。

 厚手のコートを着なければとても外出などできないし、

 油断をしているとすぐに風邪を引いてしまう、ひいてしまえば妹に

 バカでも風邪をひくんですね? 学会に論文でも提出しましょうか?

 とか言われてしまいかねない、私の恥が広まってしまうので勘弁願いたい。

 なお、本日は星空凛との飲み会の誘いの応えてのお出かけであり、

 私の意志ではなく亜里沙の意向が存分に反映されての結果である。

 お腹が痛いんです、ちょっと眠いんですと抵抗したものの、

 分かりました断るなら永眠させますとか言われたら這ってでも行かねばならない。

 できることならば妹のお願いは叶えたい姉心というものであり、

 別に弱みを握られているわけではない、その可能性は十二分に存在するけど。

 とりま否定しておく、とりまって最近聞かないよね。

 

 星空凛という少女は現在芸能活動に従事している。

 一時期本当に売れなくて、日がな海未の家でバイトをしていたり、

 絵里ちゃんちょっと料理を教えてよということで私の家にもいたりした。

 なお、私であるとか、ツバサあたりの料理万能なメンバーの指導を受けても、

 呪いでもかけられていたのか、一向に技術は向上せず、

 彼女の作る劇物処理に当たっていた被験者の小泉Hさんの嘆願も手伝い、

 滅多に料理の作成はなされなくなった。

 放送できないという理由で料理下手な芸能人が集う番組にも呼ばれない。

 料理技術の向上はなされなかったものの、花陽のアドバイスで

 某公共放送の番組のいちコンテンツであったたいそうのおねえさんのコーナーに出演し

 結果的に大ブレイクを果たし、一流芸能人の仲間入りをした。

 それ以降何かと彼女に馬鹿にされる機会が増えてしまったけれど、

 おそらく本心ではないと思うので、大きな心で許しておきたい、

 たまに聞いている真姫や花陽はキレるけど。

 毒舌キャラとして売りに出されている彼女の大半の毒舌が、

 私への罵倒の10分の1ほどの破壊力しかないので、

 もうちょっとテレビで放送できる範囲でいいからもうちょっと過激にしてもらいたい。

 私ほどでなくても良いので。私に対する言葉はテレビじゃ放送できない。

 

 凛の住んでいるマンションは私たち姉妹の住んでいるマンションよりも、

 おそらく矢澤にこが住んでいるマンションよりも、高くてでかい。

 芸能人御用達ということなので、セキュリティ面は過度とも言えるほどに施されており、

 私みたいなニートが足を踏み入れれば、電流でも流されて黒焦げの絢瀬絵里が誕生しそう。

 さすがに星空凛のお呼ばれであるから、警備員さんに取り囲まれるという経験もなかったし、

 気がついたらおまわりさんに尾行されているということもなかった。

 不審者を見るような目で見られている気はしたけど、気のせいであると願いたい。

 なお、私は無給だけど、凛は一時期のツバサと同格のお給金を頂いており、

 一万円と千円札ってそんなに変わらないよね、みたいな成金発言も噛ましていたけど、

 海未や穂乃果あたりの指導により金銭感覚は多少まともになった模様。

 暇だからとか言ってソシャゲに課金しまくって、

 おかげで仕事が増えたなーとか言ってたけど全く知らないゲームだから、

 私にネタの提供を求めてきた。

 アドバイスはしたけどコア過ぎてよくわからないということで、ブームは長く続かなかった模様。

 ツバサにはわかりやすくていい! って珍しく評価を頂いたのに。

 

 私には多くの宝物が存在するけれど、

 その中の一つがμ'sが終わった数年後に制作された痛パソコンである。

 なんかパソコンでも作りたいなと大学滞在時に思いつき、

 まとまったお金が入った(宝くじが当たったらしい)亜里沙の資金も手伝い、

 μ'sが9人集まってああでもないこうでもないと言いながら作り上げた。

 できるものかと思っていたし、途中は出来ないんじゃないかと思ったし、

 完成して動作した時には2年保たないじゃないかと思ったけど、

 今もなお現役、たびたび私の手でメンテナンスを繰り替えしながらも、

 頑張りながら駆動し続けている。

 前述のツバサにはさっさとよこせって言われているし、

 今回私を呼びつけた凛にもいらなくなったら欲しいって言われているけど、

 今のところまったくもって譲るつもりはない。

 が、妹には親の仇みたいに見られることもあるパソコンは、

 水をかけられて破壊させられかけることもたびたびある。

 ポーズだと後に言うこともあるけれど、あの時の目はかなり本気であり、

 私の寿命が尽きるか、パソコンがいつしか動かなくなるか、

 できるならば前者が先に来てほしいものである、精神安寧的に。

 

 高級感漂うマンションの前に凛がいたので、手を振りながら近づいてみると、

 一瞬だけ安堵した表情を見せた後に、絢瀬絵里の扱いを思い出したのか、

 道端に生えているドクダミでも見るみたいに表情を歪ませ、

 

「絵里ちゃんは若いね」

 

 とか言い出した。

 凛よりも2歳は年上だし、20代も後半に差し掛かってしばらく、

 四捨五入すると30に近づく年齢にもなり、若いとはとても言えなくなってきた。

 人生30代になってから本番だとツバサなんかは言うし、ニコも言うし、希も言うけど、

 私と同い年のメンバーで結婚するかみたいな話があるのはあんじゅだけであり、

 そろそろ恋人の一人でも作ったほうがいいじゃないかというネタになると、

 誰しもが決まって目をそらす。

 女性が仮に生む機械であるのならば、出会いの機会がそろそろ崩壊しつつあるのではないか、

 そんなふうに不安にもなる私である。

 

「絵里ちゃんが隣にいると、妹でも連れてるのかって言われるよ」

「それはまたでかい妹を連れていたものね」

「誰しもが高校時代の絢瀬絵里ちゃんと同一人物だって気づかないよね」

「知名度で成り下がってしまったから」

「そうじゃないよ、高校時代よりも若返ってるから同じ人だって分からないんだよ」

 

 建物の中に入りながら鏡に私の姿が映ったので、凛と比べながら見てみても

 年相応と言った感じで変なところは見受けられない、彼女が言う中高生にも見えるは

 あまり当てはまらないようにも思われた。

 私といちばん親しい仲であるツバサも高校時代と遜色ない顔をしているけど、

 そこらへんを突くと童顔かよ! とか殴りかかってくるので

 できれば外見の話はしたくない、アイツは何かと理由をつけて殴りかかってくる。

 

「ところでいつまでニートを続けるつもりなの?」

「そうね、太陽が昇ってから沈むまで」

「沈んでからもニートしてるじゃん」

「日が沈んだら自宅警備してるからいいだもん」

「日が出てる間もしてるじゃん」

「たまにお出かけするから警備がままならないけど、基本的に夜は自宅にいるし」

「口だけは回るよね、頭も回ればいいのに」

 

 ため息を吐きながら凛が言うけど、

 思わずため息を吐きたくなってしまったのは私の方である。

 芸能人関連から絶大な支持を受けているという星空凛は、

 残念ながら口と行動は別物であるみたい。

 営業活動で忙しいは彼女の言だけど、リリホワでも週イチで集まっているらしい

 たまに私も呼んで欲しい。

 

「ツバサさんのスネもかじり始めたんだって?」

「あいつのスネ丈夫そうだし」

「仕事しようよ、いいものだよ仕事って」

「おかしいわね、私の周囲で仕事が良いって言ってる人間は海未くらいしかいないわ」

「うちの事務所は人員募集中だよ、凛のサンドバックの」

「仕事に誘うのなら本音は隠して」

 

 A-RISEの面々にはツバサのサンドバックご苦労さまと言われるし、

 たまに会うこともある雪穂ちゃんには亜里沙のサンドバックご苦労さまと言われるし、

 穂乃果にはことりちゃんのサンドバックご苦労さまと労われる。

 ことりといい、凛といい、ツバサといい、素手で殴りつけるような罵倒を繰り返すけど、

 たまにはオブラートに包んで暴言は吐いてほしいものだ。

 

「そういえば、以前μ'sを特集する番組を観たわ」

「ん? 一人で?」

「ツバサがネタにしようぜ! とか言って二人で観た」

「仲いいね、感想は?」

「私すごいわね」

「穂乃果ちゃんをネタに出来ないから仕方ない」

 

 二年生組で露出しているのがデザイナーであることりくらいしかいないから、

 現在居酒屋従業員である穂乃果や自宅警備員(自称)海未はμ'sの発起人

 程度の扱いになっている。

 私にとってもμ'sというのは大事な存在ではあるけれど、

 周囲の人たちにもμ'sであった私たちは重要な存在にもなっている。

 ニコや凛は元μ'sじゃなかったら売れてなかったなんて言うし、

 希やことりもμ'sだから売れたのかなーと自虐に走ることもあるけれど、

 それを真姫に聞かれるとえらいことになる、あの子だけは元μ'sの評判で仕事してない。

 なお、私も一部作詞活動をしていたとナレーションが耳に入り、

 黒歴史を思い浮かべたけど、SUNNY DAY SONGは私は(ちょっとしか)関わってない。

 何故か秋葉原のイベントを主導したことになってるけど主導した覚えがない。

 

「ぶっちゃけてしまうけど、あの番組作った人左遷されたし」

「え、なんで、テレビが嘘つくことなんてよくあるでしょ」

「その発言がいかがなものかと思うけど、

 とある大物プロデューサーの逆鱗に触れてね、

 今は地方のテレビ局で営業やってるはず」

 

 生きていればの話だけど、という凛の独り言を聞かなかったことにし、

 私を生贄に捧げるように何もかもやったことにしてしまったプロデューサーに黙祷し、

 できれば死んでいることがないように願った。

 なお、その番組を視聴し終えた後に隣で寝っ転がっていたツバサは

 はぁーん? みたいな顔をして部屋から退場し、

 後日疲れた顔をした英玲奈にツバサのクビのリードはしっかり付けておけと忠告されたけど、

 彼女の飼い主になった覚えはない、繋ぐならあなたがやってほしい。

 

「あー、それと」

「それと?」

「ごめんね」

「凛に謝られるなんて、明日は豪雪ね……」

「謝意は素直に受け取っておいてくれたほうが良いんだよ

 今後のみんなの精神衛生上のためにも」

 

 とはいえ、星空凛に謝られる記憶など毛頭なく、

 首をひねりながら凛のお給金で豪奢に設えられた邸宅(マンション内です)に

 足を踏み入れ、その瞬間に感じた若いアイドルたちのキャッキャウフフ(死語)なオーラを感じ、

 凛が謝った理由を感じ、そうではないと分かっていつつも、

 うっわ、若い、若いアイドルの匂いがする、ツバサと違うわと感想を漏らし、

 凛は苦笑いをしてくれた。

 

 

 料理を作りに行くという凛を見送り、

 なにか補助しようかと既に逃亡したい心持ちで言ってみたら、

 凛の家の台所には金髪のロシア人は立てないということになっていると言われてしまい、

 (´・ω・`)みたいな顔をしてみんながワイワイするのを尻目に端っこの方に陣取り、

 とりあえず度数が強そうなお酒を何本かごっそりと抱えつつ、

 今の私を写メかなんかに撮られてTwitterとかにアップされたら、

 三十路女酒に逃げるとかタイトルが付けられてしまいそう、ネット怖い。

 

「絢瀬絵里さんですよね?」

 

 ツマミは持ってきた味噌という、武士は食わねど高楊枝を如実に表したスタイルで、

 集まったアイドルから、あの人誰みたいな扱いを受けている私に、

 話しかけてしまうという勇気ある挑戦者が現れた。

 高校時代に比べて――というより、以前交流した際に比べて

 多少大人びたというか、苦労をしているんだなって思った。

 身体はがっしりとしまっていて、オリンピック候補という過去は伊達ではないのだろうし、

 そういえばツバサも過去に水泳では勝てないとか言ってたっけ、陸上はいけるのか。

 

「そんなに私は外見が変わったかな?」

「若返ってません? 鞠莉ちゃんの妹だって言っても行けます」

「いや、さすがに亜里沙と同じ年の子の妹はちょっと」

「試してみましょう」

 

 お酒が入ってテンションでも高かったのか、そもそも私がそういう扱いを受けるべきだったのか、

 曜ちゃんは意気揚々(渡辺曜ちゃんだけに)と鞠莉ちゃんの写真を片手に

 様々なアイドル(およびタレント)にこの人とこの人どちらが姉に見える?

 みたいに聞き出した、どちらも知らない人もいれば、私が絢瀬絵里だって分かっている人もいて、

 申し訳なさそうに私を指す人もいたけれど、ほとんどが鞠莉ちゃんが姉だって言った、解せない。

 

「聖良ちゃんはどう思う?」

「ん……? ああ、曜さんですか、あら、そちらの方は……ええと、

 お、おは」

「絢瀬絵里です、よろしくおねがいします」

 

 私のことを小原鞠莉と呼ぼうとしたので、先んじて自分の名前を名乗ってみる。

 鹿角聖良さんはかつて私が交流を果たしたこともあるAqoursと同時期のスクールアイドルで、

 面識は確かなかったはずであるし、はじめましてと言おうとしたら

 

「あなたがっ! 絢瀬絵里! ここで逢ったが百年目です!」

 

 聖良さんはきっとこちらに強い目を向けて立ち上がり、

 持っていたカルピスサワーをこちらに向け、

 くれるのかなって思ったら、グイッと飲み干してみせた。

 すっかり第三者になってしまった渡辺曜ちゃんが仕方なさそうに拍手する。

 

「飲み比べをしましょう」

「え、ええ……」

 

 大丈夫なのかという目を曜ちゃんに向けてみると、dみたいな感じで親指を立てられる。

 サワーでもう既に泥酔しかけてしまっている彼女と飲み比べをするのは申し訳ないし、

 どう足掻いても自分が勝つ勝負を受けるのことには躊躇われた。

 

「私の憧れる綺羅ツバサ様は……とてもお酒が強いと聞きます」

「様?」

 

 そいつは別に様付けで呼ぶようなやつではないけれど、

 みたいな態度で軽く相槌を打つと、テメーなんざとツバサを比べるんじゃねえ

 と言いたげな恐ろしくすわった目を向ける聖良さんにちょっと恐怖を覚える。

 ただ、こっちを睨みつけるような仕草をしている割には足取りは覚束ないであるので

 怖いと言うより、可哀想という印象が強くてならない。

 

「いずれは私もアイドル界の頂点に立つ身です

 まずはあなたから、たらきつふへてみへます」

 

 3秒前までキリッとしていた聖良さんが、溶けるみたいに崩れ落ち、

 実にいい笑顔のまま眠りについているのを見て、

 夢の中で私に酒で勝利した場面でも空想しているのだろうと思った。

 デヘヘヘと言ってそうな笑みで寝ているので、このままにしておくのは悪いと思い、

 お姫様抱っこして運び上げ、目についた毛布をかけておいた。

 

「絵里さん怪力すぎじゃないですか?」

「よくね、酒を飲むと眠りこける子がいたのよ、人間慣れるものだし」

「いや、慣れる慣れないでお姫様抱っこは無理だと思うんですよ」

 

 そうだろうかと考えてみる。

 ただの一般人であるところの絢瀬絵里が成人女性をお姫様抱っこするシチュエーション。

 しかも相手は人気のアイドルユニットの片割れであるらしい(相方不在)

 ニートが活躍する冒険譚がないではないけれど、

 私なんぞが及びもつかないである給料が毎月振り込まれているアイドルをホイホイ持ち上げては、

 ニートが失礼なことやらかしてんじゃねえ! くらいのことは言われても当然か。

 

「曜ちゃんは……今は何をしているの?」

「何と言われると反応に困ります、

 マルチタレントという言葉が一番近いでしょうか?

 飛び込みの選手としてはもはや二流ですし」

「芸能人として仕事をしつつ、アスリートとして二流にとどまっているのなら、

 きっとあなたには才能があったのよ」

「なんで絵里さん私の欲しい言葉を吐けるんですか?」

「……なんでかしらね?」

「そこで本当に不思議そうに首を傾げられてしまうと評価がし辛いです」

 

 自身が身の丈に会わないほど不遇な評価を頂いているかと言えば疑問だし、

 かと言って正当に評価されているかと言えばこれもまた疑問。

 別に曜ちゃんのことを理解して、欲しい言葉を適切に吐いたわけではないから、

 すごいです絵里さん! と喜ばれても、あ、はい、みたいな反応に落ち着いてしまうし。

 自身のうかつな発言により、好感度は微増程度に留まったので、

 唐突な話題転換により、自分のペースを握ろうと思う。

 

「Aqoursについて尋ねても良い?」

「なにか特別な意図があっての話ですか?」

「私にそんな意図が含められる発言をすると思う?」

「たしかにそうですね」

 

 自身のポンコツさを担保に脳内の不備こそ指摘をされたものの、

 曜ちゃんの私とμ'sへの不信感はどうやら解消されたものであるらしい。

 私相手でなければ、そんな意図を含めた発言なんざ出来ないでしょ?

 と自虐ネタに走ったらフォローに走らなければいけないけど、

 絢瀬絵里なら手軽に罵倒できる、とてもすごいと思う(棒読み)

 

「Aqoursは浦の星の終幕と一緒に役目を終えました」

「え?」

「以前ダイヤちゃんに会ったんですよね? 言ってませんでした?」

「そういえばAqoursの話はまるっきり聞いてなかったわ」

「絵里さんに会えて舞い上がっちゃったんでしょうね

 おかしいですね、生徒会長っていうのはポンコツがお約束なんでしょうか」

 

 仮にダイヤちゃんがポンコツだとしても、高坂姉妹であるとか、

 他生徒会長様に迷惑がかかってしまうので、その印象は改めて頂きたい。

 特に妹の亜里沙に生徒会長はポンコツなどと言うと、

 絢瀬絵里だけです! と否定されてしまうに違いない、

 ラブライブに優勝できなかったことくらいしかダメな点がない雪穂ちゃんが生徒会長だったので、

 ラブライブ優勝したくらいしか良い点がない私に対してはかなり辛辣。

 妹にさえディスられる絢瀬絵里(笑)

 

「μ'sの方はたびたび連絡取っているじゃないですか」

「みんな忙しいけどね、私は暇だけどね」

「いえ、暇云々はともかく、みんながみんな仲良しってわけでもないんですよ」

「誰か連絡取れない子でもいるの?」

「なんで絵里さんは聞かれたくないことを聞いてしまうんですかね」

「ふふ、なんでかしら」

「ポンコツだからだと思います」

 

 自分の観たくないマイナス点を指摘されてしまうと、それが間違いない事実だと分かっていても、

 心臓にえらいダメージが行く。

 ぐはっと血を吐きそうなぐらい図星を突かれて、ケンシロウに秘孔を突かれた相手みたいに

 ひでぶっ! と爆散したいではあったけれども、なんとかダメージを最小限に抑え、

 会心の一撃を食らった程度の体を保つことにする。

 

「ラブライブ優勝以降、千歌ちゃんとは連絡が取れません」

「……疎遠になってしまったということ?」

「いえ、行方知れずなんです」

「まあ、そのうちひょっこり顔をだすこともあるでしょう?」

「絵里さんにとっての穂乃果さんが同じ立場にあっても

 そんなことが言えるんですか?」

 

 高海千歌ちゃんが行方知れずで”あった”のは、私も以前ダイヤちゃんから聞いている。

 行動観察は逐一しているという反応に困る表現で説明してくれたけれど、

 わりと元気に過ごしているとのことで、私もダイヤちゃんも心配はしてない。

 ただ二年生組以下のAqoursのメンバーには伏された情報であり、

 あいにく私がそれを知っていることすら秘密であるので、

 曜ちゃんには申し訳ないではあるけれど、私へのヘイトを集めてもらい、

 その事実は目を背けてもらうことにした。

 

「穂乃果って私にとっては妹みたいなものよ」

「心配はしていないということですか?」

「心配はする、ただ、困ったら私に相談をするだろうなっていう

 そんな信頼は私は彼女に抱いているの」

「……私たちはラブライブで優勝をしました」

 

 そうであったことくらいは知っている。

 μ'sだけではないけれど、元祖と呼ばれる私と同年代のスクールアイドルの活躍の結果、

 Aqoursがスクールアイドルとして活躍する頃にラブライブの参加者の規模は

 自分たちの頃と比べて何十倍といったほどになり、今は何百倍と言っても良い。

 あいにく私たちを持て囃す風潮は過去ほど積極的ではないけれど、

 真姫と道を歩いていると、元μ'sの西木野真姫さんですよね!

 と、有名声優である彼女は声を掛けられる。

 私はその人の添え物程度の扱いで、自分も元μ'sなんだけどみたいに言うと、

 ウソつけみたいな顔をされる、真姫はそれを観るとよく苦笑いしている。

 

「でも、私たちのしたことは意味がなかった」

「……」

「千歌ちゃんは、なにも変わらなかった結果を観て、

 自分たちのしたことが意味がないと感じて、

 ふらりとどこかに行ってしまいました”私たち”になにも告げず」

 

 曜ちゃんからすれば見捨てられた心持ちだったに違いない。

 自分の当てにならない記憶を頼りに考えると、

 Aqoursの中で高海千歌ちゃんという人物はセンターでありリーダーであり中心。

 何をするにも彼女の意志が尊重されるきらいがあり、

 それ故に千歌ちゃん自身がすべての責任を心に押し付けてパンクする可能性は充分ある。

 どんなに頑張ったところで、0から1になったところで、

 世の中が何も変わらないのであれば、

 多感な時期にネガティブな感情に包まれる可能性は十二分に存在する。

 

「頼りにされなかった自分を後悔しているの?」

「いえ、私は千歌ちゃんと一緒に何かがしたかったと思ってAqoursに入りました。

 ――できてなかったって、Aqoursが終わってから思いました」

「……」

「幼なじみで、友人で、Aqoursとして一緒に過ごして、 

 でも千歌ちゃんにとって私は、単なる幼なじみの一人で、

 単なるAqoursのメンバーの一人だった

 最初、私は彼女を恨みました、なんで私がこんなふうに思っているのにって

 

 でも違った――私が頼りにならなかったから

 千歌ちゃんは私を頼れなかった、私がもっと、もっと、

 すごい人であったなら、千歌ちゃん一人が責任を背負い込まなかった」

「強く想われているのね、あいにくそんな経験はないものだから、

 少し羨ましく思えてしまうわ」

「身勝手なんですよ、私は千歌ちゃんにいっぱいしてきたって、

 そんなふうに親切の押し売りして、好意的に思ってくれればいいって

 誰かへの親切って……その誰かが私にこうしてくれればいいって、

 そう思った時点でもうすでに親切じゃない、身勝手な欲望だって、

 

 幼なじみの千歌ちゃんを失って、Aqoursが無くなって、

 私にとっては高い授業料でした」

「もうだめなの? もう一度一緒にって」

「……私が行動を起こすだけでは

 千歌ちゃんがもう一度立ち上がってくれないと、きっと」

「わかった、安請け合いって言われるかもしれないけれど、

 ちょっと人探しが得意な人がいるから上手いことやってみる」

 

 ダイヤちゃんには怒られるかもしれないけれど、

 ちょっと希をいじって高海千歌ちゃんに会いに行くベントでも企画しようかと思う。

 私にとっては”妹”分なAqoursにスクールアイドルに関してネガティブな感情を持って欲しくないものだし。

 上手くは行かなかったかもしれない、結果は残せなかったかもしれない。

 自分たちの居場所を失ってしまったかもしれないけれど。 

 それでも私たちはまだ生きている、生きているのならば前に進まなきゃいけない。

 上手く行かなかった過去は置いていかないといけない。

 

 曜ちゃんは期待していませんからと笑い、

 その痛々しいとも表現できるような切ない表情を観て、

 きっと高海千歌ちゃんも、渡辺曜ちゃんも、我慢を重ねてきたのだろうな、

 そんな感慨を抱くのである。

 

 

 曜ちゃんが離れていってしまったので、

 寝ている聖良さんの面倒を見つつ、苦しそうにしていれば濡れタオルで顔を拭き、

 苦しいと言えば衣服をちょっと緩め、嬉しそうにすれば頭を撫でる。

 酔っぱらいの介護は西木野真姫で何度も体感済み、

 同じ対応をしていることがバレれば彼女に罵られる可能性があるけど、

 星空凛は他のアイドルの相手している、料理は頓挫した模様。

 

「あの……」

 

 しょうがないなあといった感じで聖良さんの面倒を見ていると、

 背後から気弱であるような、大人しげと表現すれば良いのか、

 声質が高校時代からまったく変わってない黒澤ルビィちゃん――

 

 ダイヤちゃんが何度も目に入れても痛くないと称し、

 まったく不出来なと語りながらデレデレと自慢するそんな妹キャラ。

 しかしながら私に話しかけてくれたのは良いんだけど、微妙に頬が引きつってるのはなぜ?

 

「ルビィちゃんよね? 先日はダイヤちゃんにお世話になりました」

「お姉ちゃんなにか言ってませんでした? その、私のこととか」

「……ごめんなさい、それは内密にと言われているの」

「わ、悪口とか……」

「とても申し訳ないのだけれど、ダイヤちゃんがルビィちゃんの悪口を言うとしたら

 きっと、誰かしらに強制されてのことでしょうね……」

 

 不安そうに俯くルビィちゃんには実に申し訳ないんだけれども、

 掃いて捨てるほど悪口言う要素がある私なんぞと違い、

 ルビィちゃんは悪く言う点を探すほうが難しい、

 そして悪い点を指摘するやつの感情はだいたいやっかみ。

 やっかまんでも悪口を言えてしまう絢瀬絵里の未来はどっちだ。

 

「絵里さんの評判はアイドルの中でもすごいです!」

「ああ、そういえばルビィちゃんはアンリアルだっけ? 鹿角理亞さんとユニットを組んで」

 

 以前花陽と一緒にダイヤちゃんにお世話になった際、

 ルビィちゃんが花陽を推しているという話になり、

 そっかぁ、あんないい子に推されて幸せねーダイヤちゃんは誰推しだったの?

 と問いかけたら雰囲気がお通夜になってみんな黙ってしまったのを思い出す。

 ほのぼのとした空気を崩壊してしまったことを察した私は、

 ルビィちゃんの活躍する映像はない? とシスコンお姉さんにお願いし、

 やってきた津島さんと一緒にアンリアル品評会が開かれた。

 

「以前映像を見させて貰ったけど、理亞さんお腹でも痛かったの?」

「え? ステージの前はいつも元気ですけど」

「そう? あの子の実力あんなものじゃないでしょ?」

 

 首を傾げながら問いかけると目の前にいるルビィちゃんも首を傾げる。

 二人して対面しながら首を傾げるという構図に少しだけ疑問を持ち始めた時、

 

「あー、そうそう、ツバサの若い頃に似てるわ、売れてない時期の」

「理亞ちゃんがですか?」

「うん、私と飲み歩いて憂さ晴らしばっかりしてて仕事がなかった時期」

 

 いつも飄々としていて、大きく表情を変えることが少ない彼女も、

 自身が最大限努力をしているのに報われないという状況は気持ちを荒ませるにいたったよう。

 なんで売れないのかという話題は尽きなかったし、

 観ている相手が悪いのではないかという話にもなった。

 正直な話、当時ツバサ以上に動けるアイドルなんていやしなかったし、

 同格と言っても英玲奈やあんじゅが頑張ってるかなくらいで、

 私も人気が出ないという理由が見当もつかなかったりもした。

 

「相方さん居るの? いるんだったら、ちょっと――」

「さすがにニートをしているとあって、

 机上の空論で他人にマウントを取るのが得意みたいですね?」

 

 ちょっとツンの強い、怒りとも違う、喜びを含んだであるような、

 楽しそうな声色を必死に抑えつつこちらに喧嘩を売る発言をする女の子。

 鹿角理亞さん――髪型をツインテールにし、目つきは野良犬と同レベルの鋭さ。

 ドーベルマンと理亞さんどっちが目つきが怖いって言ったらイーブンに持ち込めそう。

 寝不足であるのか多少充血しているものの、テンションだけはやたら高そう。

 

「芸能界最高のアイドルと謳われる綺羅ツバサさん

 その実力がニートに分かるとでも?」

「まあ、確かにニートしている人にはわからないかも知れないけど、

 私はツバサの親友名乗ってもいいくらいだからね

 友だちのことって、よく分かるものでしょう?」

「ならばあなたの目が節穴なんです、私は彼女には及びもつかない」

「そんなことはないわね」

 

 私が彼女の言葉を否定すると、気分を害したであるのか、

 目つきがさらに凶悪になり、肩に力が入って、こちらに敵意を向けたみたい。

 空気の読めなさに定評がある絢瀬絵里ではあれど、

 ツバサが自分よりも劣ってる相手ばっかりでアイドルやってても面白くない

 とかふざけたこと抜かしているから、理亞さんにはぜひ

 そんな綺羅ツバサの鼻をへし折ってもらいたい。

 

「何に遠慮しているの? 聖良さん? それともルビィちゃん?」

「私は遠慮などしていません」

「じゃあなんでステージの上で手加減をするの?

 あなた達のパフォーマンスを観に来たファンに失礼よ」 

「その節穴の目を持ち、思い込みも激しい、救いようがありませんね」

「わかった、説得力をつける、

 私の言葉が信用できないのなら、ツバサの言葉ならどうかしら?」

 

 なお、理亞さんのとなりにいるルビィちゃんがオタオタとして、

 紫色の湯気が沸いている料理を持ってきた凛も他所でやってくれよみたいな顔をしている。

 

「凛、どっか広い場所ない?」

「差し入れでこれ持ってってよ、みんな食べないんだよね」

「それは何のスープ? 赤い色をしているけど」

「なんだろう? 野菜を入れたけど」

 

 野菜を入れればとりあえず赤くなるならばケチャップなど必要ないであろうし、

 着色やら何やらも必要なくなってしまう。

 料理を持っていくのが面倒ではあるし、

 LINEを送った瞬間、わかった今から行くとか言って返信がすぐに来たので、

 暇だから凛の料理でも食べることにしよう。

 

 ――どのみち私が食べないと誰も手を付けないし、

 なにより、スープの臭気で寝ている聖良さんが気分悪そう。



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改訂版 矢澤姉妹との飲み会編

 そろそろ三月の足音が聞こえそうか、

 などという二月は二週目。

 受験戦争を無事に通過できなかった子も、通過できた子も、

 どうか元気でいて欲しい、元気があれば何でもできる。

 何でもできれば道は開ける。

 

 ニコの妹であるここあちゃんからの誘いに応じ、

 矢澤にことの飲み会に赴く。

 まだまだ厚着の欠かせない季節であり、

 着ぶくれを重ねていると、高校時代のファッションリーダーはという評は、

 まるで見当違いな意見だったようにも思える。

 そんな要素は見る影もないと周囲の面々からは評判であるし、

 南ことりからは直接、センスが無いならマネだけしていれば良いのに――

 そんなお小言を頂くことがある。

 

 確かにファッションリーダーのマネをすればそれなりに見栄えのする姿に、

 というのは分かるものの、あえて自己主張を入れたいお年ごろ。

 そのあえてで評価を転落させてしまうのだから、

 素直に真似をしておけということりの評は何ら間違ってない、泣ける。

 

 UTXの芸能科は普通科と一線を画し、

 ありとあらゆる華やかな才能を持った人間の集結地、

 だと私は思ってたんだけど。

 その内情を知る綺羅ツバサとしては、

 意外と普通、たいしたことないのもいる――だそうで。

 

 そんな現場では現在矢澤にこであるとか、

 統堂英玲奈がアイドルや芸能人になることを夢見た少女たちを指導。

 夢を叶える人もいれば夢破れる人も多くいるのが現実で、

 現実に即してフォローできるニコや英玲奈の評判が高い。

 夢破れた失敗例として私のことを言うらしいけれど、

 まだ人生失敗に終わったわけではない、そうなる可能性が高いのは承知。

 

 誰々の名言なる本が存在し、

 多くはアスリートであるとか、芸能人であるとか、

 はたまた偉人であるとか、歴史上の人物であるとか――

 その中に先述の綺羅ツバサの名言なるものも含まれており、

 UTXに入ってくるくらいだから彼女に憧れて――

 という人間も多いらしく。

 そんなアイドル候補生にはそいつのことを忘れさせるのが至難の業で、

 何が言いたいのかと言うと、

 ツバサみたいな生活をしてツバサみたいになれるのは綺羅ツバサだけであり、

 私が仮にイチローみたいな生活をして、イチロー思考をしたところで、

 イチローのバッタモンが完成するか、凡人のままでいるしかない。

 とても残念なことに現実はそういうふうに出来ている。

 

 高望みをしたところで失敗するだけなので、とりあえず寝ておけばいい。

 希望を抱くからこそ失敗する、そこそこであればいい。

 私の台詞を亜里沙に聞かれれば、

 お前はそこそこどころか底辺ぶっちしているだろ――

 手厳しい妹はいつも事実に気がついてしまう。

 図星を突かれたところで人間は開き直るか、

 はたまた逆上する他ない、逆上などしようものならば、

 私に死亡フラグが立つ、懸命な私は開き直る他ない。

 

 

 UTXの芸能科に所属する生徒は意外と殺伐としていない。

 そんなコト言って、本当はカミソリを仕込んだ手紙の送り合いとかしてんでしょ?

 なんてことを英玲奈やツバサに言ってみたら、

 μ'sも実はそんなことをしていたからそんなことを言っているのか?

 と冷めた目で言われ、非を認めた私は土下座した。

 なお、その後一部の生徒はそんなことをしていると認めたため、

 土下座させたかっただけかよ! プリプリ怒ったら、

 ごめんごめん、土下座が世界一似合うわと褒められたのでいい気分になった。

 

 

 学生を指導していると、休日すら出勤ということが珍しくなく、

 そのために矢澤にこはお酒の付き合いが稀。

 BiBiで三人揃って飲む機会が少ないのは、

 西木野真姫が酒癖が悪い点と、ニコが忙しい点が挙げられる。

 前者がほぼ理由のすべてだと私は知っているけれど、

 懸命な私は西木野真姫に真実を告げられてはいない、ごめん真姫。

 

 なお、μ'sで飲むとなった際にはこの時間までと制限して、

 絡んでくる人(赤い人)の世話は私に全て押し付けられる。

 感謝しているらしいけど、感謝しているなら手伝って欲しい。

 

 矢澤家が現在家族揃って暮らすマンションは凛が暮らす場所よりもセキュリティが厳しい。

 そんなネタをツバサに提供した際、

 わかった、ドローン送るから飛ばして! と絢瀬絵里は特に意味もなくドローンを入手。

 これを売っぱらえばそれなりに金銭面で裕福になろうが、

 そうなれば苛烈な報復を受けることは間違いない。

 

 ドローンを飛ばす箇所というのは重要施設でもない限り制限はない――

 か、どうかは私の知ったことではないけど。

 雲を突き抜けそうな高層の建物を見るに、東京にはそこかしこにそんな建物が並び、

 ドローンのひとつやふたつ飛ばしたところで構いやしないだろう――

 

「これってたしか、電池か何かで動くのよね?」

 

 誰に聞くわけでもなく、持っているドローンに問いかけてみる。

 これでどこかから、もちろん! とか返答があっても困るけれど、

 相手は機械の体の持ち主なので、絢瀬さんとの交流はなされなかったものの、

 それなりに機会相手ではマウントが取れる、無機物なら私は無敵。

 反論しない相手ならマウントが取れる、私は強い。

 

「おー……浮かんだ浮かんだ」

 

 一通り試行錯誤を繰り返した末、ドローンは上手いこと浮かんでくれる。 

 ハエの羽音みたいな、真姫が聞いたらバイブがこんな音しそうとか言うだろうけれど、

 残念ながら試したことはない、たぶん真姫も。

 

「なんとなくかもめが翔んだ日を思い出すわ」

 

 別に私がおばさんだからそういうことを考えるのではなく、

 大体の人は何かを飛ばすと考えた時にかもめが翔んだ日を思い出すものである。

 

 そのとき、

 先ほどまで飛んでいたドローンのかけらが私の視界に降り注いだ。

 何か起こったのか、まったくもって理解ができなかった。

 どこかから狙撃をされ、

 ドローンが破壊されたことに気づいた私は頭を守ってガクガクと震え始めた。

 撃たないで頂きたい

 私のことは撃たないで頂きたい――

 

 怯え、すくみ、震え始めた私を嘲笑うような声――

 ではなく心配するような声が耳に届いた。

 大丈夫ですか? 気分でも悪いんですか?

 ドローンのように破壊されてしまう――なんて思った私を

 ひどく心配するであるように女の子は私の肩を掴みガクガクと震わせ始めた。

 その酔っ払いに相対するような対応に関しては是非があると思うが、

 私に対しては一定の効果があったように思える。

 自分自身冷静になった心持ちで肩を揺さぶらしてた女の子を眺めてみると、

 長い黒髪は腰の辺りまで、

 多少化粧が厚いのは気になるではあるけれど、

 美少女と言ってもいい外見をしている。

 私なんぞが他人の外見に関して是非を問うのは許されないかもしれないけれども、

 なんとなくニコとは似ていない部分がある気がした。

 

 彼女の正体は一発でわかった。

 ニコとは似ていないと言ったけれども彼女の名前は矢澤こころさん。

 矢澤にこの正真正銘の妹の一人である。

 先日会った矢澤ここあさんの姉にあたり

 現在は女性向けキャバクラの店員として活躍していると言う。

 

 女性に人気があるそう言われると私は苦笑せざるを得ない。

 自分自身がかつて大変女性から人気があり、

 音ノ木坂学院では女性とから多くのバレンタインチョコをもらった経験もある。

 ――あるのだけれども嬉しいかと言われるとそうでもなかった。

  そう言うと自慢ではないかと思われるかもしれないけれども、 実際自慢である。

 私自身がかつてもてはやされた過去を自慢しているのである。

 元来自慢できるコトが少ない私は自慢したい時は自慢したいものである。

 正直に言えばまったくく自慢にならないし、

 現在進行形で赤い巻き毛のお嬢様から熱烈な愛情を向けられてる当人としては

 女性からモテることに関して嬉しいかと言われるとそうでもない。

 異性から愛情を向けられることに関して望まないわけでもないけれども、

 今まで経験がなかった以上そういうことに関しては高望みはやめようと思っている。

 人間できないことはできないものであり、できることに関してはできるものであるけれども。

 仮にできることが少ない私はできることをいっぱいやろうと思うのである。

 まったくもって自慢にはならないのだけれども。

 

 能力の低さは折り紙つきで、

 よく妹からはなぜ能力を生かせないのかと言われるけれども、

 能力が低いからこそ活用できないのである。

 元から活かせる能力がたくさんあるのならば私はニートなんざやっていないし、

 μ'sのみんなからなんでそんなに能力を活用できないのか不備を問われるいわれはない。

 私にとって認められない部分はたくさんあり、

 本来ならば胸を張ってみんなの前に立ちたいではあるんだけれども

 能力の低さでそれを許されないと思っている。

 学生の時分にはどのようなことも許されたかもしれないけれども

 前面に立って全てを受け止めるには私のメンタルはあまりにも脆すぎたと思う。

 

 こころさんの黒髪はつやつやで使っているシャンプーの匂いなのか妙に鼻に香りが残る気がした。

 鼻に残ると言っても臭気に似た不愉快なものではなく

 なんとなく印象に残るような品質の良い香りがした。

 私もシャンプーとかの銘柄には明るくないけれども、

 身なりはきちんとしなさいというおばあさまの教えもあるし、

 亜里沙自身もその教えを守って私にはできるだけ良いものを使うように願っている部分がある。

 彼女自身のクセであるのか身なりから人を問いかけることはできるとのことで、

 私自身がニートにふさわしい外見はしているかと言うとたいそう疑問ではあるけれども

 それでも一応は人前に出られる外見をしているとは思う。

 

 こころさんがココにいるということは彼女はオフであり、

 今日の飲み会には彼女も付き合ってくれるものと思われた。

 胸が大きく肩の辺りにぎゅーっと押しつけられてしまうと、

 大変緊張してしまうと言うか銀座の一等地にある女の子向けキャバクラの店員さんが

 そういうことをするといつも仕事の上でそういうことをしているのかな――

 とも考えてしまう私実はお金を取るバイブルであるとも思わなくもない。

 黒髪はつやつやで着ているものも上質で、でも外見の印象としては幼い時に出会った

 こころさんの印象を残していて私はなんだか複雑な心持ちがした。

 矢澤にこの妹であると言われればそうですねと思うのだけれども、

 もしかしたら何も知らない人間からすれば彼女は矢澤にこの姉であるともいう人もいるかもしれない。

 

「絵里お姉さま大丈夫ですか? 随分と震えていらっしゃるようでしたが、

 あらこの機械のかけらは何でしょう?」

「ここでドローンを飛ばしていたの試しにやってみたらって言われたものだから」

「それは大変なことをなさいましたね、

 ここは特にセキュリティの厳しい場所でよく人が侵入してきたりするらしいですから、

 絵里お姉さまにもしものことがあれば姉に叱られます」

 

 いいのよいいのよとこころさんに言いながら震えの止まった体を立ち上がらせ、

 私はこころさんを伴って高層マンション内に入場した。

 

 中は清潔に保たれていて掃除も行き届いているように思われた。

 私の住んでるマンションとは雲泥の差であるけれども、

 そのマンションの家賃ですら妹のすねかじりをしているので

 私自身が何も言えないような気がした。

 たまに私自身が掃除をしているけれども、

 それがどれほどの効果があるものかはわからない。

 ボランティアの範疇であるしお金が欲しいとも思わないけれども、

 せめてその効果が実証できるほど高い能力を持っていたかったとは思った。

 

 マンション内のエレベーターは音が静かで

 私の住んでいるマンションのエレベーターとは同じエレベーターであると言うのが失礼な心持ちがした。

 私自身が胸を張って誰かの仕事の出来不出来を決めることなど、

 もしかしたら許されないかもしれないけれども。

 私にだって文句の一つを言う権利くらいはあると思う。

 たまに荷物を持ったまま停止するエレベーターなど本当に役に立たないから、

 なんとか改修して欲しいものだと思う。

 私自身が迷惑しなくても妹の亜里沙が迷惑するのであれば私は断固として不備を宣言したい。

 その主張が残念ながら一度たりとも認められたことはないので、

 私の人権など風の前の塵に同じなのだと思う。

 

 風吹けば飛ぶ。

 今まで人権があるものとして扱われてきたので、

 そのような対応をされてもむべなるかなと思わなくもない。

 

 こころさんを伴って入った矢澤家の一室は

 大変豪華なインテリアやに綺麗な内装に包まれていた。

 私がその価値判断をすることはできない(なんなのかわからない)ので、

 高価な置物とかがいっぱいあると言えばいいのだろうか?

 ニコはそういうものをが好きではないという話ではあるので、

 こころさんかここあさんの私物が置き場がなくてたまたまそこに置いている

 ――という可能性もある。

 私自身が酔っ払ってこの豪奢な内装を壊さないように気をつけたいとは思う。

 そのように訴えるとフラグかよとニコに突っ込まれてしまうかもしれないけど、

 彼女は私のために買い物に出てくれているということなので、

 帰ってきたらちょっと手伝ってみようかとも思う。

 白い壁や清掃の行き届いた家の中にぽつんと立っていると、

 これが金の匂いかと思った。

 妹の亜里沙もたまに金の匂いがすることがあるけれども、

 私自身が発したことがないにおいでもあるニートだし。

 こころさんは着替えてくるということだったので、

 どこかからの帰りもしくは職場からの帰りである可能性もあった。

 彼女はもしかしたら出かけてきたとしか言わない可能性もあるけれども察するのが大人であると思う。

 

 こころさんは私を歓迎するとも言うであるみたいに

 それが仕事着なのと思わずツッコミを入れてしまいそうなくらい。

 露出度の高い谷間を露出した何とも言えない格好をしていた。

 ケバいといえばそれまで、色気があるとも表現ができるかもしれない。

 彼女はいったい銀座でいくらもらっているのだろうか

 そんなことが疑問に思えてしまうくらい夜の華なこころさんを見てそんな印象を受けた。

 

 ニート相手にドレスアップを重ねたこころさんには大変申し訳ないけれども、

 お金は亜里沙から頂いた部分しかない。

 彼女は相手に対してお酒を一杯飲めるかどうかも分からない予算を考えつつ。

 過剰分は後日妹の亜里沙にこれだけのことをしたのでお金をくださいと宣言してほしい。

 姉はどこか内浦の海にでもダイヤさんに沈められてる可能性がある。

 

「絵里お姉さまは女性から大変モテたという話を姉から聞きました」

「にこも女生徒から可愛がられていたわ」

「それは愛玩動物的な反応で、

 確かにニコお姉さまも可愛らしく美しい方ではありますけれども、

 絵里お姉さまとはまたベクトルの違った美しさです」

「褒めてくれて嬉しいけれども私ぐらいの外見の人なら銀座にたくさんいるんじゃないの?」

「絵里お姉さまほど綺麗な方はこの世に存在しないと言っても過言ではないでしょう」

 

 こころさんは私の機嫌でも取ってくれるみたいにおべっかを使ってくれるけれども、

 私自身そのように扱われるような立派なことはしていない。

 お金だって払える自信がない。

 今日は矢澤家の飲み会だからお金は大丈夫ですよとこころさんは言うのだけれども、

 すごく高価な接待を受けている心持がするので少しばかり私は緊張をし始めた。

 

 提供されるお酒は普段私は飲んでいるお酒とはランクが違う気がするし、

 口当たりがよく飲み過ぎてしまえば酔ってしまうだろうなと思った。

 ここで過度に酔ってしまえば豪奢の内装が私自身によって破壊され、

 後日妹に損害賠償請求を要求されてしまうかもしれない。

 そんなことになれば妹によって東京湾にでも沈められてる可能性があるので、

 代金はできれば妹に直接要求して欲しいものである。

 そういうことになれば私の人権がなくなってしまうので、

 私自身は応対できないかもしれないけれども

 こころさんやニコにはよろしく言って欲しいものである。

 天高く見守っているので。

 

 これは内緒なのですがとこころさんがニコの手帳を持ってきてくれた。

 仕事内容について問いかけたいことがあるみたい。

 私なんぞに答えられるとは思わないけれどもこころさんが私を信じてくれるのであれば、

 私は出来る限り協力をしたいとは思う。

 バレれば矢面に立ってニコからの罵倒を受けるつもりであるけど、

 たいして持ちやしないと思わないのだけれども、それでも役目は果たしたいと思う。

 シールドが持たない以上役目を果たしていないのではないかというツッコミは甘んじて受ける。

 

 ニコはUTXにて芸能科に通う生徒から絶大な支持を受けているという。

 過去にはその責任感からオトノキの生徒達と喧嘩別れをしたようなこともあったであるのだけれども、

 そのあたりの経緯に関しては希からもニコからも詳しく聞いたことがないので、

 ある程度知っているというスタンスではある。

 当時の記憶はあったりなかったりするので、

 私自身の脳みそが優秀ではない可能性はあるんだけれども、

 そういうことがあった程度のことくらいは覚えている。

 

 にこの手帳には生徒のクセであるとか、

 生徒がなすべき努力であるとか、

 その子達に対するアドバイスであるとかがたくさん書かれていた。

 彼女は字が下手だから文字を見せるのは恥ずかしいと言っていたけれども、

 流麗で読みやすい文字は彼女が仕事において優秀であると言っている気がした。

 よくニコは私を褒めてくれたりもするのだけれども、

 私自身もニコのことはしばしば褒め称えている。

 そんなに褒めるな恥ずかしいと言われることもあるけど、

 この手帳を見る限り過度な称賛ではないような気がした。

 

「こころさんこれはどういうことなの?」

「はい最近お姉さまは結果を残すことができないと

 周りの講師達から言われることがあるようです」

「たくさんの生徒を相手にしているものうまくいかないことだってたくさんあると思うわ」

「そうなのですがお姉さまは責任を感じて輝けなかった生徒のために

 自分はもっと他にできることがあったのではないかと悩んでおられるようなのです」

 

 こころさん自身も忙しい人であるし、ここあさんの作業が忙しい風であるので

 家には高校生男子である矢澤虎太郎君しかいない。

 矢澤虎太郎君は学生であるので、ニコの仕事に関してはあまりよくわからないではあるだろうし、

 アドバイスをするということが許される立場だと思っているかどうか疑わしい。

 歳も離れてることもあるしニコは矢澤家の太陽みたいな存在であるから、

 アドバイスというより優しく見守ることしかできないのだと思う。

 こころさんがこうして隠れてニコの仕事ぶりを私なんぞにアドバイスを求めてくるくらいだから。

 

 

「アドバイスというわけでもないけれども

 にこにはこんなに根を詰めて行ってもどうにもならないことはどうにもならない

 というのを言ってあげるといいと思う。

 私自身は今までどうにもならないことに関して挑戦し続けて

 こうして長い間をニートしているわけだけども、

 何て言うかねニコは私にとって妹みたいな存在なのよ

 彼女の方が年齢的には上にはなってしまうのだけれども、

 どうしても助けたい対象なの。

 それはμ'sのみんなもそうであるし、

 こころさんやここあさんもそう。

 雪穂ちゃんに亜里沙のこともそう

 私にとってはみんながみんな放っておけない人」

「絵里お姉さまは今も誰かを助けたいと思っているのですか?」

「助けられる可能性は低いかもしれないけど困っている人がいたら放っておけないのよ

 放っておいてしまって誰かが不幸になるくらいなら

 私自身が不幸になっても構わないと思うの。

 自己犠牲精神だと友人には言われるのだけれども

 自分の犠牲によって誰がが幸せになるのであればそれはそれで構わないと思う」

「なぜ絵里お姉さまはそのようなお考えに?」

「私は後悔していることがあるの後悔ってトラウマみたいなもので

 直そうと思ったり改善しようと思ったりしてもなかなか上手くいかないものであるじゃない?

 だからね自然と体が動いてしまうの誰かを助けるために一生懸命」

「やはりお姉さまのおっしゃる通り

 絵里姉さまは今もこうしてμ'sのセンターに立つべき」

「こころさん何か言った?」

「絵里お姉さまは立派な方だと姉がよく言っています」

「とても残念なことに立派な人はニートなんかしていないのよ?」

「ですが絵里お姉さま家での家事を担当しているのでしょう?

 それは主婦みたいなものでニートと呼ぶのは間違っているのではないですか?」

 

 ニートである、そうではないでもただの言い争いになってしまうので、

 私はそのことに関しては会話を打ち切ることにした。

 普段からそのトーク術で大変お金を稼いでいらっしゃるこころさんには逆らえない部分はあるにせよ

 彼女もその辺りのことはわきまえてくれているので話題は無事転換された。

 

 今は虎太郎君に関して話を聞いている。

 近々受験生になるということでできれば年頃の男子に女の子を相手にしてほしいと願っているみたい。

 自分が同性ばかりを相手にしているからとも言うし

 虎太郎君は外見が男性というよりも女性に近くて、

 男の娘と言うべきであるので男性に走らず、

 ここあさんが好きなBL化するわけでもなく、異性相手に生きて欲しいと願っている。

 

 矢澤家の皆がまっとうに生きていないとも私は思わないけれども、

 こころさん自身にも多数のコンプレックスが存在するものではあるらしい。

 私なんぞにアドバイスができることがあるとすれば、

 私自身が反面教師になることくらいで。

 働いている皆からすれば私自身のアドバイスを聞く必要なんてないと思うのだけれども

 アドバイスを求められているならば

 指をさされて笑われる覚悟で色々言ってみることも悪くないかもしれない。

 

 そんなこんなで話を続けているとにこが帰ってきたみたいで、

 たくさんの荷物を抱えているといけないので

 私は玄関の方に歩きこころさんを伴い

 案の定たくさんの荷物に往生しているニコの手助けをすることにした。

 ニコは輝くような笑顔を見せて嬉しそうにし、

 一瞬素が出てしまったというであるみたいに表情を歪ませ、

 あんたって意外と使えるのねそんなふうに言った。

 こころさんから私を褒めていると聞いていたけど

 本当に褒めてくれているかどうかは疑わしい。

 私の見えない場所で私の悪口を言っている事の方が自然であるようにとも思えるし、

 悪口を言われる箇所は私にはたくさん存在しているものであるし。

 

 胸を張っていい人かと宣言するわけでもなく周囲からいい人だと言われるいわれもない。

 私自身聖人君子ではないので人からよく言われれば嬉しいし

 悪く言われればそれなりに悲しい。

 難しいではあるのだけれども私の正直な気持ちからすると

 褒められるよりも罵られてるほうが気分がいい。

 ドMというわけではなく人間それ相応の扱いを受けないと調子に乗ってしまうものであるし。

 

 飲み会の主催である矢澤にこばかりに料理を作らせてしまっては申し訳ないであるので

 私自身も多少手料理を振る舞うことにした。

 手つきがいいと褒めてくれるけれども、

 私以上にニコは相変わらずの料理上手であり感心する箇所はたくさん存在した。

 

 お酒が入って手付きが危なっかしいということもなかったし

 手料理やおいしい出来合いのものもありお酒の場所は大変盛り上がりを見せた。

 

「ニコそういえば虎太郎君は?」

「なに? 絵里も虎太郎狙っているの?」

 

 も?

 

「虎太郎はね結構μ'sのみんなから人気があるみたいよ?

 是非彼氏にするならこの人だみたいにね」

「言ってはなんだけれどそれは真姫以外の人?」

「真姫も含まれているのよ一応ね

 本心ではないだろうけど」

 

 多くの人が本心ではないということは私もわかっている。

 彼女が喜ぶのは自分自身を褒められることよりも

 自分の大切な注意の人が褒められることにあると思う。

 μ'sのみんなはその辺りのことがよく分かっていて、

 虎太郎君を彼氏にしたいと言ってるのだと思う。

 本当に彼氏にしたいと思っている子も、もしかしたらいるではあるかもしれないけれども。

 

「絵里はやりたいことが見つかった?」

「あんまりかな? 

 今は妹の世話、世話を焼かれているとは思うのだけど

 どうしてもね苦労している姿を見ていると自分が支えなければって思うのよ」

「お言葉ですが絵里お姉さま、

 亜里沙さんも独り立ちをなさる時ではないのですか」

「そうねあんまり姉である私が近くにいてもとは思うのよ

 私自身も彼女に依存している部分が複数存在する

 お金に関してもそうであるし

 生活に関してもそう

 今までたくさん支えられてきたでやるから、多少その恩返しをしたいではあるのよ?

 

 ――でもねなかなかうまくいかなくて、気合が入ると空回りしてしまうっていうか」

 

 私がそのように言ってみると二人は苦笑を持って応えてくれた。

 私自身が緊張すると思ってもアサッテの方向に行ってしまうのは、

 μ'sの誰しもが知っていること。

 私自身ももちろん知っている。

 だからといってなかなか改めることはできないし、

 改善できることがあるのであれば私は是非したいと思っている。

 

 とはいえなかなかできないからこそうまくいかないのであり、

 その方法はいろいろアドバイスを求めるではあるのだけれども

 やってみてもうまくいかないことばかり。

 友人であるツバサにはうまくいかないことを一生懸命やるな

 と言われてしまうのだけれど弱点は出来る限り補いたいものである。

 

 ニコが珍しくお酒を結構飲んでいる。

 彼女はお酒はそれなりに強いというし

 私もそれなりに強いであると思っていたけど、

 こころさんが驚くくらい彼女の肩の力は抜けていて、

 それが私の手柄であるとは言えないけれども

 なんとなく本心をさらけ出してくれた気がして私は嬉しい心持ちがした。

 

「まあ絵里には絵里のペースがあるから

 あまり無理に就職は進めないけれども

 もしコーチがしたいっていうのであれば私の後釜として紹介してくれてもいいのよ?」

「あなたの後釜なんて荷が重いの

 あのねニコは人に何かを教えるっていうのが転職であると思うの

 あなたのアドバイスは私のためになっているし

 ニコは人に関わっている時間っていうのが一番輝いているように思うわ」

「ありがとうなかなかねうまくいかないこともある。

 それは絢瀬絵里も矢澤にこも同じ

 矢澤こころも矢澤ここあもそうであるかもしれない。

 でもねうまくいかない時間っていうのはその人にとって必要な時間ではあるのよ

 人生うまくいってばかりな人が何もかも本当にうまくいってるかって言うと

 たいそう疑問ではあるしね?

 

 亜里沙ちゃんは相変わらず忙しそう?」

 

 私自身が亜里沙の生活を振り返ってみていつも働いているなという印象しか受けない。

 それほどに彼女は働きづめであり苦労しているかと言うとそうである可能性が高い。

 だけども彼女はいつも楽しそうにしている。

 私自身を罵倒する時もそうであるし、

 仕事に行く時もそう。

 もしも彼女が困っていたら私は亜里沙の意思を尊重しないでも

 仕事場に乗り込んで上司の一人ぐらいぶん殴ってやっても構わない心持ちだ。

 シスコンと言われればそうであるしそうじゃないと宣言しても説得力がまるでないと思う。

 

「ところで絵里そろそろオチをつけてくれてもいいのよ?

 そこの花瓶の一つでもも酔っ払って割ってくれれば私は喜んであなたを罵倒できる」

「あいにくだけどニコ

 私があの花瓶を叩き割ってみなさい?

 おそらく次の日に亜里沙の手で私の頭がかち割られてしまうわ」

「否定できないところが姉の辛さであるわね」

「可愛い妹だとは思うのよでも時々すごく可愛くない瞬間があると思わない?」

「絵里お姉さまその発言亜里沙さんの前でなさらないことを勧めます

 きっと恐ろしく思い悩むであるでしょうから」

「私にとってはどんな亜里沙も可愛い妹であるのに、

 そう思わないのは姉にとって不幸なことと思わない? ニコ」

「絵里あなた発言最近英玲奈に似てきたと思うわ」

「私は英玲奈ほどシスコンではないと思うのだけれど」

「いいえあなたは英玲奈と同じぐらいシスコンよ」

 

 私はお酒を一口含み、口の中で転がし、

 多少を解せない想いは抱えつつ

 次に訪れるであろうA-RISEとの飲み会では羽目を外さないように願った。

 願ったと言っても私自身がなすべきことであるからそうしようと思ったというのが適切であるかもしれない。

 



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A-RISEとの飲み会編 (飲み会まで行きません)

 過去には諍いもあったらしい三人だけれども、

 A-RISEが解散して以降三人の仲が微妙かっていうとそういうわけでもない。

 相変わらず仲がいいと私なんかは表現するではあるんだけれども、

 μ'sの9人の仲の良さに比べれば、

 私たちの仲の良さなんてお遊戯みたいなものだと

 綺羅ツバサはそんな風に自虐したりもする。

 

 付かず離れずといった雰囲気の三人がμ'sを買ってくれることに関して、

 大変申し訳ないんだけれども私達μ'sも誰かと誰かが縁遠くなるという現実が起こりうる。

 これから未来に誰かしらが欠けるケースだって存在するかもしれない。

 真っ先に欠けるとすれば私である可能性が随分と高いとは思うのだけれど、

 意外や意外にも穂乃果がその役回りになるシチュエーションもありうるかもしれない。

 

 私の想像はいつだって暗く情けなく、ネガティブなものであるけれども、

 どちらかといえばいつでも明るく振る舞い、

 ポジティブに生きている綺羅ツバサなんて人間の方が私からすれば変人であり、

 それを口にすればボッコボコに殴られるのがオチではあるんだけれども。

 

 だからこの度自業自得の側面が強いとはいえ

 A-RISEと絢瀬絵里という

 豪華なんだか豪華でないんだかわからないメンバーで飲み会を開くこととなった。

 ツバサとはよく飲むんだけれども、

 英玲奈やあんじゅとかとはあまり飲んだ経験がない。

 ツバサと飲み、流れでA-RISEのどちらかがメンバーとして参加しているケースが

 たびたび存在するばかりである。

 私は完全にアウェーであり、

 場合によっては英玲奈とツバサのうちのどちらかから

 ボッコボコに殴られる危険性はあるんだけれども、

 誰かが助けてくれる可能性は限りなく低いような気がした。

 

 

 薄暗い想像は自分自身の首を絞めるだけであり、

 それくらいならば明るく考えていた方がマシだとは思うのだけれども、

 なかなか自分の思考回路というものを改めることは難しい。

 自分自身が別の人格でも持ち合わせてしまえば、

 色々な考えができてちょうどいいかもわからない。

 今後の私にそんな展開が訪れるかといえば微妙であるし、訪れてもらっても困る。

 これからは私がどんな風になるであるか楽しみと言えば楽しみである。

 

 妹の亜里沙が朝からそわそわしていて

 ”私お姉ちゃんのことはまったくもって分かりませんけど

 今日すごく重要のイベントフラグをへし折りそうな気がする――

 

 そんなふうな態度をして上の空であったので、

 とりあえずご飯はちゃんと食べなさいと姉らしく忠告することにした。

 可愛げのある妹はきちんと頷いてくれて、ご飯をポロポロこぼしながら完食した。

 珍しく気の抜けた妹を見て、

 今日はお腹が痛いからA-RISEとの飲み会は延期するという台詞は吐けずじまいだった。

 

 春先にも近い、昼頃になれば厚手のコートもいらない時期。

 私は住んでいるマンションから抜け出し、

 誰かに監視などされてはいないな、

 そんなふうに思いつつ――ひとつ伸びをかますことにした。

 

 別に人と会う際にストレッチなどは必要ないのだけれども、

 特に意味もなく殴られる恐れがあるような気がしたので、

 アキレス腱など切らないように念入りに。

 30にも近い年齢になり、一つ大きな怪我をすれば一生の問題になりうるので、

 殊勝な私は気合を入れていためやすい部分を伸ばすことにした。

 

 今日の天気は快晴降水確率は0%

 おおよそ雨など降るはずもなく、 雨が降るとすれ自分の血の雨だな、

 そんなふうな嫌な想像をしてしまう。

 

 別に私が殴られるいわれなど何もないのだけれども、

 私自身殴られていた方が楽な人間ではあるので、

 彼女たちには申し訳ないと思いつつ、

 ストレスが溜まれば頬の一つでも差し出す心持ちである。

 

 まるで聖人君子のような人間だと園田海未なんかは褒めてくれるんだけれども、

 聖人君子であれば誰かしらが助けてくれるケースがほとんどであり、

 殴られるのをただ黙って見られてることは少ないように思われた。

 私が聖人君子ではないことの証左であり、

 殴られる理由が自業自得の側面が強いのだという証拠でもあるような気がした。

 

 

 綺羅ツバサ指定の待ち合わせ場所は秋葉原の駅前だということであったので、

 とりあえずツバサがその場所に行ってくるのであろうそんな想像をし、

 電車に乗り、

 昔懐かしい秋葉原の駅前に立っているとそんな私に向かって駆けてくるひとつの影が存在した。

 

 黒髪ロングの美少女が私に向かって駆けてくるという事実は、

 私を驚かせるに値するほどであったし、

 少し前に会う約束をして以降まるっきり放っておいてしまった――

 そんな私の罪状改めて確認する機会にもなった。

 殴ってくれるのならば、あの時の不良みたいに

 ゴロゴロそこら辺の地面を転がる用意はできている。

 

 彼女の名前は優木せつ菜と言ったはずだ。

 そういえば苗字がA-RISEの一員である優木あんじゅと同性である――

 そんなふうなことも考えてしまう。

 彼女は確かこの春からUTXに入学するという話でもあったので、

 秋葉原を指定したツバサの意図はこの人と会いたいみたいな

 そんなフシが存在するような気がした。

 

 小柄であり胸は結構前に突き抜けてるような気がして、

 以前に観た時よりも大きくなっているような気がした。

 

 私よりも干支一つぶんそれ以上歳が離れているものだから、

 成長期というのもありえるかもしれない。

 矢澤にこに胸の成長期が訪れなかったのはμ'sなら誰しもが知っている事実であり、

 彼女が年若く見えると言うと、

 誰しもからお前現実見ろよと言われてしまう絢瀬絵里の未来はどっちだ。

 

「ごめんなさいせつ菜ちゃん

 以前指導するという話をすっかりすっぽかしてしまって」

「大丈夫です――とある人から絵里さんは大変忙しく過ごしていたと聞きました。

 アイドルの指導も一度なされたということで、

 今回私への指導を厳しくしてくださると期待しています」

 

 コメントがまるで優等生である。

 過去の私もオトノキにおいて優等生と言われる人間ではあったのだけれども、

 こういう正真正銘の優等生を眺めてみると、

 私自身が優等生であったかと考えるとまるでそうでなかったとも思われた。

 

 音ノ木坂学院レベルの偏差値の高校などを全国に複数存在し、

 そこでたまたま成績が良かったからといって優等生である判断は

 今の私からすればおかしいと思う。

 勉強ができれば優等生であるということでもないし、

 いい大学に入ったからその人は優等生であった――

 そのような判断もおかしいと思われた。

 

 学校からすると学校から見て都合のいい存在が優等生であるとも思われる。

 そのように考えてしまう私が優等生であったかと言うとおそらくそうではないのだとは思う。

 

 そして優木せつ菜ちゃんは不思議なことを言った。

 確かに彼女に対して指導するという話は過去に存在し、

 その約束をすっぽかしてしまった私が何を言う権利もないのだけれども、

 私はこの場所において綺羅ツバサと待ち合わせをしている最中である。

 

 綺羅ツバサが他の女の子を優先するようなことを私に望むはずもなく、

 別に独占願望があるというわけでもないし、

 絢瀬絵里に対して、自分を優先して欲しいと願う傾向があるツバサが、

 他のとてつもない美少女である優木せつ菜ちゃんを優先するようなことを

 彼女が望むだろうかと少しだけ疑問に思った。

 

 優木せつ菜ちゃんが嘘をつく可能性は限りなく低いし、

 仮に嘘をつかれていたとしても彼女に騙されるのであれば仕方がない。

 彼女に対する心象は私にとって良く、

 仮に彼女が嘘をついているのであればすぐにわかるような気がした。

 

 嘘をつけるような女の子ではないことを私はよく知っているし、

 その辺りの信頼度は、

 度々特に意味もなくメールが来るエマ・ヴェルデちゃんの

 優木せつ菜に対する報告書からも察している。

 

 なんでそんなにせつ菜ちゃんのことに対して辛辣なのと問いかけてみると、

 彼女は、きっと自分が卑しいであるから優木せつ菜に対して、

 あまりいい印象を持っていないのかもしれませんと正直に言ってくれた。

 

 エマちゃんはとてもいい子だし、

 人を少しだけ悪く思ってしまう感情は誰にもあるものだ。

 今度もしも会う機会があれば、

 ああいう真面目な優等生の子を疎ましく思ってしまうのは誰しもあるものよと

 忠告しておくつもりである。

 仮に話を聞いてもらえないという可能性はあっても、

 私自身に不備があるので潔く受け入れようと思う。

 

 エマちゃんは私と干支一周くらい離れているような気もするけれども、

 こっちがあえて下手に出ることによって意見を聞いてもらおうという私の卑しい魂胆――

 おわかりになられたであろうか。

 

「元トップアイドルである綺羅ツバサさんが

 UTXでスクールアイドルに指導してくださるということで、

 そのイベントを見学しようと思ったのです。

 私はまだ中学3年生なので本当は参加する資格はないのですが、

 UTXは豪胆な場所なんですね――

 見学したいという意思表示をしたら

 見学しに来るぐらいだったら参加してしまえばいいよと言ってくださいました」

 

 UTXは懐の大きな高校であるものらしい。

 まあ元から校舎の大きさも大きなものであるし

 新進気鋭の高校であるという評判は私が高校生の頃から存在し

 現在においてもそうである。

 

 スクールアイドルはラブライブ出場をそれほど叶えられてはいないけれども、

 地元の強豪校として全国的に有名なものであるらしい。

 何ていう話をツバサがしていて、

 私たちの頃とはえらい違いだと言っていたけど、

 ラブライブ初代優勝者がそんな自虐ネタに走らないのと言ったら、

 お前が言うなみたいな顔をして黙ってしまった。

 おそらく図星を突かれてしまったので何も言えなかったものと思われる、

 お前が言うんじゃねえという意思表示ではなかったと祈りたい。

 

「ツバサが指導ね……なんの大災害の前触れかしら?」

「絵里さんはツバサさんのことをよくお分かりなのですね?」

「ずっと深く付き合っていた人間を一人挙げろと言われれば

 私は真っ先にツバサを挙げるようにしているわ

 お互いに腐れ縁だと言うつもりであるし、

 ツバサも私との縁は腐れ縁だって言うと思う」

 

 せつ菜ちゃんは苦笑いをしながら、

 元トップアイドルとガチニートである私との関係が確かなものであるのか

 疑っているような表情を見せた。

 ここでツバサもニートみたいなものだといえば

 UTXのお膝元でお膝元である秋葉原の駅前に絢瀬絵里の腐乱死体が完成してしまう。

 

 一方的に馬乗りになられメッタ刺しにされた後、放置されるという意味である。

 できれば早々に処理してもらいたい人通りもあるので。

 

 

 ツバサが指導するというUTXは人がまばらだった。

 元トップアイドルが来るのであるから、

 人が溢れていることが予測されたけれど、

 入場制限をせずにこうもいいとも簡単に入れてしまうというのは、

 ブームというものがすぐに廃れてしまうことを表しているような気もした。

 

 かつては若者の認識率100%を誇ったトップアイドルであっても、

 時間が過ぎれば多くの若者は別の対象に興味を向けるのだと思うと、

 自分自身がしてきたことは一体何なんだろうと思わないではない。

 

 ツバサ自身は何かを表情として出さなくても、

 心の中ではトップであった自分と今の自分を比べて臍を噛んでいるに違いない。

 悔しいという気持ちもないではないかもしれないが、

 彼女自身の心情を一番適切に表す言葉は寂しいである他ない。

 

 何だったのだろうかという寂寥感は私の中にも凄さの中にも多数存在し、

 今までやってきたことが何の意味もなさなかったような気もして、

 時の流れというのは残酷なものだといつも思う。

 

 ただ残念がっていても時間は勝手に過ぎていってしまうので、

 能天気な私としてはただあるがままに過ごしていくほかない。

 考えなしであるような猪突猛進という言葉が一番適切な

 そんな生き方になってしまうのは、

 穂乃果の考えなしの行動に強く惹かれたからであるのかもしれない。

 

 現在の穂乃果は決して考えなしに突き進むキャラではないけれど、

 根本的なところでは何も変わっていないと思う。

 もし仮に彼女が変わっているとすれば幼なじみであることりや

 海未が何を言ってこないのは不自然である。

 

 彼女たちが変わらない友情をなしている以上、

 過去のようにはなれないんだよと穂乃果が言ってもはいそうですかと頷くつもりはない。

 

 

 UTXではかつてのブームほど翼の人気はないようだけれども、

 A-RISEというのは未だに復活が望まれており、

 ツバサと一緒に歩いていると指を刺されたりするのが断然チビでデコのセンターの方である。

 

  A-RISEが復活するようなことはもうないだろうけれども、

 綺羅ツバサか統堂英玲奈のどちらかは

 もしかしたらアイドルとして復帰するようなこともあるかもしれない。

 

 英玲奈はタレント業が好調であるから、

 アイドルとしての挟持は捨てきれていないにせよ、

 ステージの上に立つというのは難しいかもしれない。

 

 緊張しているとロボットのようにもなるという話ではあるけれど、

 そういう英玲奈の素を知っているのはA-RISEの面々だけ。

 μ'sの面々の中では彼女たちと仲がいいと思っているけれど、

 プライベートな面はなかなか見せてくれない。

 

 私が知っているのは恐ろしいと表現されるほどのシスコンだということである。

 ああ見えて可愛いものが好きで

 可愛いものの最たるものが妹だという話だ。

 

 お前に妹を見せるくらいなら死ぬと言われているので、

 妹さんとの交流はなされないものと思われる。

 人生何があるかわからないから、

 会う機会程度なら作ってもらっても構わないような気もする。

 

 

 隣に美少女の優木せつ菜さんを伴って、

 勝手知ったる土地でもあるUTXの校舎をつっかつっかと進み、

 ツバサがスクールアイドルを指導しているという現場まで向かう。

 

 彼女の指導力は私と似たり寄ったりで、

 仮に彼女が本気出して同じレベルのアイドルを作りたいと言うのであれば、

 虐待と疑われても仕方がないので全力で止めるつもりだ。

 

 まあ私が何を言ったところでツバサは止まってくれない時は止まってくれないのだけれども、

 自身に非があるときは殊勝に頷いてくれるのでそう信じたいところではある。

 

「絵里さんはツバサさんの指導どう思われますか?」

「実に適切だと思う、でもねなかなかその人にとって必要な物って

その人に認められないものが多いのよ

コンプレックスを指摘するって言うかどうしてもねその人のためを思うと

嫌われてしまう傾向があるのよツバサも私も」

「やはり絵里さんはツバサさんのことをよくおわかりです」

「どうしてかしらねせつ菜ちゃんもツバサのことをよくわかっているような気がする」

「そんなような気がするだけですよ」

「そうかも……なんでだかね分かっていることが分かるような気がして

 きっと疲れているのかもしれないわね?」

 

 自嘲するように笑うと、せつ菜ちゃんは思ったより私のことを心配してくれている風である。

 大丈夫ですかとも声をかけてくれたけれども、

 私の体調はいつだって大丈夫である。

 

 仮に大丈夫でなくても大丈夫と言っていれば大丈夫になるような気もする。

 世の中の問題は気の持ちようでなんとかなる。

 気の持ちようで何とかならない問題は絢瀬絵里には解決することは不可能である。

 

 困った問題はみんなで解決することが必要だけれども、

 私の人徳からしてなかなか皆が集まって問題を解決するというのは実に難しい。

 だから考えるまでもないというのは違う気がするんだけれども、

 とりあえず先送りをするくらいは許されても構わないんじゃないかと思う。

 

 日本の政治家が先送りしまくっている現実もそうであるし、

 困難な問題は未来の人間に任せてしまうのもまた正解なのかもしれない。

 これは現実逃避の手段であり決して正しいものではない、

 真面目な海未に聞かれれば

 もっとまともに成長させておけばよかったと嘆かれてしまうかもしれない

 ――園田海未に育てられた覚えはない。

 

 

 レッスン場の空気は和気あいあいとしていると思ったけれども、

 ツバサが真面目に指導するという話であり、

 そんな空気が存在するとはちょっとしか思ってなかったけれども、

 ちょっとだけ期待をしてしまっていた――面倒ごとは避けたい。

 

 泣きそうになっている生徒数名

 へとへとになって動けそうもない生徒が数名。

 ツバサのことを睨みつけるような気位の高い生徒は存在しないみたいだけれども、

 私がもしもここにいたとしたらもっと指導しろよくらいのことは言っていたかもしれない。

 

 それは見栄でしかないのだけれども、

 そういう見せかけの見栄やプライドというものを綺羅ツバサが好むことを私は知っている。

 だからこそ鹿角理亞さんのプライドを傷つける振りをして、

 熱心にトレーニングを重ねさせたのも私は目撃した(私もやらせました)

 

 元から彼女には才能があったと思うし、

 映像を見てみても本気を出しているようには見えなかった。

 それはおそらく過去のトラウマもあるのかもしれないし、

 本気になった結果、深く後悔するような行動をしたのかもしれない。

 

 人が成長を重ねていくにはトラウマは乗り越えないといけない、

 いつまでもトラウマがトラウマのままであったのならば人は成長できない。

 故に故に厳しいことも言わないといけない、

 辛いことを乗り越えるためにはさらに辛いことを成さねばならない。

 

 心理的なものだけではなく肉体的にもそう。

 彼女はコンプレックスが強くて負けん気も強いみたいだから、

 今ここで床に体を投げ出している生徒達みたいに、

 ツバサを満足させられないではいられないようだけれど

 ――それに巻き込まれる黒澤ルビィちゃんはちょっとかわいそうではある。

 

 もしかしたら鹿角理亞さんをそそのかしたことによって、

 黒澤ダイヤちゃんからお叱りの言葉を頂く可能性があるのだけれども、

 調子に乗らせたのは綺羅ツバサであるので私は責任を放棄したいと思います 。

 

「来たわね絵里」

「あなたが待ち合わせの場所に来ないからひどく心配してしまったわ

 歳若い子をいじめるなんてまるで老害みたいね」

「ひどいことを言うがねりニートのくせに

 でもまあできたと思うが年を取るとね若い子をいじめるくらいしか 

 娯楽がなくなるのよ。

 ――ご苦労さませつ菜さん」

「いいえ私はこういうことしかできませんから」

「体力だけは認めてあげる。

 でも動きはまだまだ絵里の足元にも及ばないわね?」

「ハードルを上げないでくれるツバサ

 でもいきなりやってきて、

 何もせずに帰るっていうのは絢瀬絵里としては

 なんとなくプライドが許さないではあるわね?」

「そこで倒れてるみんなそこの金髪ニートがお手本を見せてくれるそうよ」

 

 倒れている生徒はほとんどが私を見るような余裕がないようではあったけれども、

 ツバサからのリクエストは実力の違いを見せつけること。

 

 元トップアイドルで鍛錬を欠かしていない綺羅ツバサが、

 努力を重ねれば結果は出ると説いたところで、

 才能の違いがあるでしょと言い訳をしてしまうではあるけれども、

 私みたいに普段はニート生活をしているような人間が、

 破格の動きをすれば多少なりともつばさのメッセージは伝わると思う。

 

 しごきやいじめでこの状態になったのであれば、こんなことはしないと思う。

 辛いことをなしてスクールアイドル達の心をへし折ろうとした

 ――そう見られてもしょうがないのだけれども、

 ツバサがそんな心をへし折るようなことをする時は

 本当にガチで心をへし折りに来るので

 私はよくそんな目に遭っているので

 ――まだまだ彼女にも甘い心は残っていたのかもしれないとちょっとだけ安心してしまった。

 

 動きの違いを見せつけるには、同じことをするのが一番だと思う。

 才能というのは才能だけでは輝かせることはできない、

 成長するためには負けを認めることももちろん必要である。

 自分自身に足りないものを認め、

 初めて成長する素養ができるのである。

 

 成長するためにはもちろん余裕も必要である。

 余裕がなければ失敗しか招かない

 ――私が言うのであるから間違いない失敗ばかりの人生であった。

 

 ただツバサの指導でへこたれてしまう程度のスクールアイドル相手ならば、

 ニートの私は熱心に動けばある程度活躍は見せることができると思う。

 自分自身を卑下しているのか

 上から見下しているのかわからないけれども、

 昔取った杵柄ということで彼女たちにはちょっとばかり我慢してもらいたい。

 

 プライドを傷つけられるのは確かに痛いではあるんだけれども、

 人は痛みを抱えたぶんだけ強くなれるので我慢してもらいたい。

 

「高校時代の綺羅ツバサを目指して

 3年生の時に穂乃果が初めて見たって言うUTXで

 よく流れていたあの曲を踊ってみようかしらね?」

「お手本がここにいるからあなたのレベルの低さがみんなに伝わってしまうかもしれないわよ」

「あなたが本気になる前にへこたれてしまうスクールアイドルが相手だったら、

 私のレベルの低さでもびっくりされてしまうかもしれないじゃない?」

「言うわね絵里そんなに自分でハードルあげて大丈夫か?」

「大丈夫だ問題ない」

 

 Private Warsは私にとっても思い出の曲である。

 なぜだかそんなような気がする。

 私は生徒会役員としてだったか生徒会長としてだったか忘れてしまったけれども、

 この曲をどこかで誰かが歌っていたような気がするのである。

 それは私にとって大切な思い出でもあり、

 決して消し去りたい過去ではなかったはずなのだけれども、不思議と忘れてしまっている。

 

 

 だけどそのような事は今はどうでもいい話。

 私ができることはツバサが望むように

 彼女達とは違う別格の動きをすることだけ。

 まあこれでアキレス腱の一つでも切ってしまえば亜里沙あたりに罵られようと思う。

 年甲斐もなく無理をするなと言われれば、そんなことはツバサに言えと反応するつもり。

 

 感心するように目を細めたツバサはせつ菜ちゃんを手招きした。

 口で言うほど嫌ってはない様子。

 それどころか逆に帰り好意的なのではないかと思える。

 態度が私に対してと似ているのである。

 

 何事か話しかけている様子なのは分かるんだけれども、

 読心術持っていないので残念ながら何を言っているのかまではわからなかった。

 後で教えてと言った頃で絶対に教えてくれないので、

 いつか機会があれば死ぬ間際にでは教えてもらおうかと思う。

 少なくとも綺羅ツバサば私より長生きしない道理がない。

 

 μ'sにいた頃と比べて私の動きは多少なりとも進歩したとは思う。

 ツバサや英玲奈がおべっかや何かで一緒に活動したいと、そんな風には言わない。

 プロとしてプライドを持っている以上、

 相手は自分と同レベルでなければならない。

 その動きができる人材は私一人だと言ってくれたのである。

 ツバサの目的を果たさなければならない。

 それが友人としてできることであり、

 少しばかり恥ずかしいけれども親友としてできる唯一のことなのだと思う。

 

 私の動きは順調であった――

 いい時には悪い結果を招くことが多いというのだけれども、

 もうすぐサビに入るというところで

 視界の端に矢澤にこともう一人女性の姿が見えた。

 以前ニコにさんざっぱらいぢられてしまったので

 復讐したいではあるんだけれども、

 そんなことをしたら自分がどのような目にあうのかわからない。

 ここあちゃんの創作物で絢瀬絵里がどのように扱われるのか気になってしまいそう――

 

 ニコの隣にいる女性は私と背丈が同じくらいで、

 高めの身長私に見つからないように屈ませながら、

 それでも熱心に私のことを見ている様子。

 そんないじらしいというであるような、

 健気な態度を見て私の記憶の中に一人の女の子が出現した。

 

 見た記憶のない、会った記憶もないような、

 そんな140センチにも満たない身長の小さな女の子である。

 

 震える私の手を取り、励ましてくれ正しい方向に導いてくれた恩人。

 彼女は確か名前は栗原陽向と言ったはずだ。

 

 ヒナは小柄――芸能界に所属していたけれど、

 彼女自身も才能がないことはわかっていたみたい。

 アイドルとしては音痴という部分がネックでその部分だけは

 私やツバサが矯正を重ねたけれどもあまり結果はなされなかったみたい。

 少なくとも彼女に芸能界に所属するだけの実力はないと判断されてしまった。

 

 その時にはヒナと私は喧嘩別れをしてしまい、

 私はあまりにも辛くて、謝りたくても謝れなくて、

 自分自身の非を自分自身で何度も何度も責め立ててしまった。

 

 それからヒナのことを忘れていたはずなのにどうして今更思い出してしまったのか。

 動きが急停止した私を見てツバサが周囲を見回し、

 大きめの身長を隠しきれていない――そんなヒナを見つけ、目を吊り上げ。

 

 私はそんなツバサに駄目だと言おうとしたはずなのに、まるで声が出なくて。

 そしてそのまま私は昏倒するように倒れた。

 何かの呪いであるのか精神的に限界を迎えると倒れてしまうそんな習性でも持っているのか

 言いたいことはたくさんあったにも関わらず何も告げられず

 ――私は意識を手放すことにした。

 

「ごめんねヒナ、ごめん……あのとき謝れなくてごめんなさ……」



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(※) 園田海未との飲み会編 01

(園田海未との飲み会編)

 

 私も後から知った話ではあるんだけど、"うみえり”と言うのは、

 ”ほのうみ”"ことほの”にこまき"”りんぱな"に並ぶ一大カップリングの一つらしい。

 そもそも女の子同士なのにカップリングとは何なのかと訪ねた所、真姫はどこか遠いところを見ながら

 

「エリー、世の中には、女の子が二人いればレズだと思う人種がいるのよ……」

 

 なんてことを思い出したのはどうしてかというと、海未に唐突に飲みませんかとの内容のメールが届いたからだ。

 μ'sのメンバーの中では、海未とはちょっとだけ疎遠になっていたから、その誘いに快く応じる。

 もっとも――

 

「姉さん、今月6回目の飲み会ですが、ご感想は?」

「は、ハラショー……」

「ごまかさないでください! 自宅でお酒を飲みましたよね? 飲んだらダメだと言いましたよね?」

「は、恥ずかしながら……」

 

 ドン! 亜里沙はテーブルに拳を叩きつける。

 以前、A-RISEと飲んだ時にサインを持ち帰ったときには、

 満面の笑みで「おねえちゃん♪」といってくれた亜里沙だったけど(一人で飲んでたらしい)

 今や鬼の形相でこちらを見ながら、お財布に手を突っ込んでいる。

 

「凛さんに聞きました」

「な、なんでしょう」

「理亞ち……いえ、アイドルの一人に酒席で絡まれたそうですね」

「論破してあげたわ!」

 

 

 

 

 ドン!(二回目

 

「口ばっかり達者になって、お姉ちゃんほんとうに寂しい!」

「ちょっと待って!」

「言い訳無用!」

「はい」

 

 立場的には亜里沙が姉でもまったく問題がないあたりが泣ける。

 もっとも就活をするつもりは一切ないんだけども。

 

「ところで、今日は誰と飲むの」

「そ、園田さんです」

 

 ドン!(3回目

 

「もう! もう! なんで姉さんは私が憧れている人と飲むの! 私なんて一度も飲んだこと無いのに!」

「そ、それは自宅に持ち帰り多分に検討する次第でして」

「いい! 失礼なことしないこと! それと! この式紙に亜里沙ちゃんへって書いてあるサインを貰ってくること!」

 

 その捨て台詞と1万円札と色紙をお供に、私は海未との飲み会に臨むのだった。

 

 

 海未ができれば遠出がしたいとのことだったので、

 お互いの家から近い駅で待ち合わせをしてから出かけることにした。

 先日は一人で電車に乗ったけど、今日は二人。

 二人で何かをするというのは大変久しぶりだ、亜里沙は私とまったく出かけてくれないし。

 飲みには行くけど遊びに行く機会は激減した、いやまあ、みんな忙しいから仕方ないね。

 

 

 

 

 駅前には物寂しそうにした海未がいた。

 声をかけるのに戸惑ってしまいそうなほど、儚く消えそうな彼女の姿に思わず息を呑んだ。

 唐突に飲みたいと言ってきた海未、お説教の一つや二つは覚悟をしていたんだけども。

 どうしたものか迷っていると、彼女の方からこちらに向かって来た。

 

「絵里」

「ああ、海未」

「どうしたんですか? 何か迷いが見えますよ」

「それは私の台詞よ海未、あなたこそいつもの覇気が感じられないわ」

 

 敵いませんね、と海未は言う。

 彼女は肩をすくめながら首を振ると、

 

「お見合いをするんです」

「それで元気がなかったのね」

「ええ、あまり気が進まなくて」

 

 海未の表情には陰がある。

 いい相手だと良いわねとか、相手の顔を見る前に断ってしまえばいいとか、

 同情するような言葉はいくらでも浮かんでくるんだけど。

 

「でも、どうして私? 言っておくけど、お見合いする相手に突きつけるような人生経験なんて積んでないわよ」

「もし結婚などということになれば、飲み会に参加することなど許されないことですから」

「あんじゅも言ってたわね……そんなこと」

 

 

 

 

 20代の後半ともなれば、人生に岐路に立つことも度々ある。

 女の子にとっては結婚もその一つだ。

 仕事をやめて家庭に入る人、両立する人、結婚なんてどうでもいいと開き直る人。

 ――そもそも相手がいない人というのはカウントしない。

 

「だから、一人ひとりに会いたかったんです、絵里、絵里は3番目ですよ」

「穂乃果、ことりと来て私か、責任感じちゃうわね」

「別にそういうことは……とにかく顔が見たかったんです」

 

 海未から私の好感度がさほど下がっていないことに驚きを感じつつも、明るく振る舞うことに決めた。

 お酒の席でしみったれた顔は似合わないというのもあるけど、海未は結構感情次第で悪酔いする。

 

「それじゃあ、電車に乗りましょうか」

「はい、案内はおまかせします、絵里」

「ええ、任せておいて、今日は楽しむことにしましょう」

 

 目的は先にA-RISEと一緒に飲んだ、吉祥寺のハモニカ横丁。

 

 

「そういえば、亜里沙に海未のサインを貰ってくるように厳命されたわ」

「私は別にサインを書くような人間ではありませんが……」

「当人がほしいと言うんだから、書いてあげて、というか」

「というか?」

「書いて貰わないと私が家に帰れない」

「……絵里には敵いませんね」 

 

 渾身の説得が効いたのか、海未はμ'sにいたときを彷彿とするスピードでサインを書き上げる。

 

「相手は……どんな男性なの?」

「年齢は私より一つ上、私の家の道場に通う道場生でもあります」

「すごい人なの?」

「手合わせは何度かしましたが、負けたことはありません」

 

 

 微妙……。

 海未が女の子離れした力を持っているとは言え、20代ともなれば性差も強くなる。

 もっとも、現在の彼女が吉田沙保里と同ランクであるなら話は別だけども……。

 

「実力だけで言うなら、もっとすごい方はたくさんいるでしょう、ですが、母が決めたことですから」

「身を固めてほしかったのかしら?」

「分かりません、ただ、自分でも遊び歩いている自覚はありましたから」

 

 遊んでばっかのニートに一言。

 

「仕方は……無いのかもしれませんね」

「……海未」

「どうしました?」

「今日は飲むわよ、飲んだらカラオケに行って、それから一日中遊ぶわ!」

「構いませんが、絵里の予算が心配です」

 

 ――海未の顔を見られなかった。

 

 

 まずは一軒目。

 もつ焼きが有名なお店。

 何軒か回るつもりなので、予算の面を考えても一品料理に秀でているお店に決めた。

 

「それでは、乾杯!」

「はい、乾杯です。絵里」

 

 一杯目はビールという規則みたいなものを決めたのは一体誰なのだろう?

 バレンタインと同じようなビール会社の陰謀?

 ともかくまあ、そんなことは気にせずに口につけたビールは美味しかった。

 

 

「すごいペースですね、絵里、これはジョッキですよ」

「ビールくらいなら何杯飲んでも酔わないからね」

「肝臓を壊す前に病院に行きましょう」

 

 フフ、と笑いながら海未も案外ペースが早い。

 穂乃果、ことり、海未の三人の中では海未が一番お酒が強い。

 だから今までは飲み足りなかったのかもわからなかった。

 

「ところで絵里」

「なあに?」

「その、やはり就職活動はするべきなのでは?」

「μ'sのメンバーと飲むと必ずその話題になるわね」

 

 μ'sのメンバーじゃないけど、こころちゃんあたりには本気で心配されているっぽい。

 まあ、姉と同い年の人間が定職にもつかずにフラフラしてたら誰でもそうなるか……。

 

「それと、そろそろゲームは控えめに」

「そこでやめなさいと言わないところは、海未も大人になったわね」

「亜里沙から聞きましたよ、絵里のやっているゲームは麻薬みたいなものだと」

 

 なんて話をしているんだ我が妹。

 

「そろそろゲーム専門外来を作るべきだと思うのです、依存症のものを」

「や、やめようと思えばいつでもやめられるもん……」

「ではやめる?」

「やめない!」

「亜里沙の苦労が偲ばれます……」

 

 私のビールは早くも三杯目、海未は惜しむようにしながら一杯目の最後の一口を飲み干す。

 

「働く働かないに関しては、私も強くは言えないのですが」

「……? どうして? 家業を継ぐ、立派な就職じゃない」

「私には姉が一人いるのですが、今は作画……アニメの作画をしています」

「んー?」

「私も好きなことを職業にできれば、苦しくても幸せなのかと思いまして」

 

 二杯目のゴーヤサワー(なんだそれ)を頼みながら、海未が言った。

 働くことが検討もつかない私だけど、好きなこともろくに見つからない自分ではあるけど、

 何を基準に幸福かそうでないかを決めるのは本当に難しい。

 お金を持っていたって幸福じゃない人はいくらでもいるし、その逆も然り。

 

「海未は、実家の仕事は嫌?」

「どうなのでしょう? 幼い頃から継ぐことを期待をされて、自分もそうならなければと思っていましたから」

「じゃあ、新しく趣味でも見つける? お姉さんみたいになりたい?」

「ふむ……それは違いますね」

 

 海未はゴーヤサワーを飲みながら苦そうな顔をした。言わんこっちゃない。

 

「海未は海未でいいと思うわ、それに」

「それに?」

「たぶんだけど、義務感だけじゃ続けられないわよ、好きじゃなきゃ」

「……そう、ですね」

「サラリーマンとかならともかく、ノルマがあるわけでもないんでしょう? 

言われるだけの仕事をするだけじゃない、海未が考えて仕事を決める必要がある

それはね、本当、やらされているんじゃなくて、やりたいからやるのよ」

 

 

 

 

 エリち、アルコール五杯目、現在ハイボール。

 

「絵里も」

「ん?」

「絵里もいつかそういう職業を見つけられるといいですね」

「できることは限られてくるけどね……とりあえず資格かしら?」

「まあ、今日は飲むことにしましょう。乾杯です、絵里」

 

 海未の様子が、先ほどとは違って元気になってきた。

 まったく、世話が焼けるんだから、もう。

 

 ――そして。

 

「歩けません……」

「タクシー呼ぶわ、私の家でいいわよね?」

「すみません絵里、まさか自分でもこれほど飲むとは……」

「言い訳は良いからしゃっきりする、お手洗いに行かなくても平気?」

「平気です、ですが、こんな醜態を亜里沙が見たら……」

「醜態は見慣れているから平気よ、さ、行くわよ!」

 

 海未との夜はまだまだ続く。

 



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(※) 園田海未との飲み会編 02

(園田海未との飲み会編 後半)

 

 LINEで表示される名前欄を見ると、その人の個性が出る。

 海未なんかはフルネームで園田海未だし、何に影響されたのか穂乃果はほのっちである。

 私も以前まではエリーチカだったのだけど、酔っ払った亜里沙が

 

「私が仕事でアリーチカと使うので、姉さんはエリーにしてくらさい」

 

 と、ロクに呂律も回ってない口調で言ったので、それ以来エリーにしている。

 高校時代(と言っても同じ時間高校にいたことはないけど)には

 アリーチカ、エリーチカで仲良し姉妹だね、とか言っていたのにエリーチカお姉ちゃん悲しい。

 

 

エリー:海未がやばいので連れて帰ります

アリーチカ:部屋の掃除をするので少々お待ちください

エリー:そんな猶予はないので、部屋は汚いままでも良いです

アリーチカ:姉さんが汚した後始末をしているんです!

エリー:海未がこのLINEを見て、亜里沙は変わりましたねと言いました

アリーチカ:えー

エリー:嘘です

アリーチカ:(親指を逆さにしたマーク)

 

 妹が怖い。

 とは言え、駅前で買った経口補水液の消費は早い。

 お互いに酔っ払っていることも手伝ってか、タクシーの中では無口だ。

 恐らくだけど、無駄に口を開けば海未は全部吐く(色んな意味で)

 

 亜里沙からのLINEも途切れてしまったので、仕方ないから遅い時間に起きてそうなメンバーに

 暇つぶしの会話を求めることにした。

 

エリー:起きてる?

コッティー:嫌な予感がして10分前に起きました

エリー:えー、何よ嫌な予感って

コッティー:徹夜で仕上げたデザインが白紙になってる夢

エリー:職業病ね……私にはわからない世界だわ

コッティー:朝起きたらオンラインゲームのサービスが終了した感じ

エリー:よくわかったわ

 

 ことりも私のことをよく把握している。

 高校卒業後、単身パリへと留学しデザインの勉強をしていたことりは帰ってくるなり、

 某有名デザイナーに弟子入りしたかと思ったら独立、今は新進気鋭のデザイナーとしてあらゆる場所で活躍している。

 μ'sの中では一般の知名度もかなり高く(一番は多分凛)その可愛さも手伝って、世界一可愛いデザイナーの一人とされている。

 また、胸のサイズが一番変化したのも彼女で、私はあっという間に追い抜かれた、パリで何をしていたのか。

 

 

エリー:今は、海未と一緒にタクシーの中なの

コッティー:絵里ちゃんタクシー代あるの?

エリー:亜里沙に借りるからだいじょうぶ

コッティー:それは世間一般にだいじょうぶとは言わないよ

エリー:それでその、海未のお見合いの話は聞いた?

 

 ことりからの返信がちょっと滞る。

 

コッティー:聞いたけど、海未ちゃんを元気にはできなかったよ

エリー:そう、私も励ましたけど、あんまり上手には行かなかったわ

コッティー:海未ちゃんお酒もほとんど飲まなかったよ?

エリー:そうなの? 私の前では吐く勢いで飲んで今ピンチだけど

コッティー:それなら多分、海未ちゃん結構元気になったんだと思う、絵里ちゃんには敵わないなあ

エリー:先輩のさだめね

コッティー:先輩らしく就職したらもっと格好いいのに……

 

 思わぬところからの反撃に思わず唸る。

 μ'sの中で一番社会に擦れてしまったのは穂乃果あたりで、凛もかなりその純真さを失ってしまったけど――

 ことりもかなりダークサイドに落ちてしまったらしい。苦労していると言われればそれまでなのだが。

 

コッティー:絵里ちゃんにことりも悩みを聞いてもらおうかな?

エリー:私に解決できる悩みだったら聞いてあげてもいいわ

コッティー:そういえば真姫ちゃんに聞いたけど、男の人とか紹介しようか?

 

 何を聞いたのか。

 そして真姫は何を喋ったのか。

 

コッティー:まあ、それは冗談として

エリー:本当に冗談だったの? 迫真の演技だったの?

コッティー:私、お洒落なバーを見つけたんだ、そこで今度飲むことにしましょう

エリー:お高いのではないでしょうか

コッティー:もちろんおごり! 悩みを聞いてもらうから!

エリー:後輩におごってもらうわけには……

コッティー:絵里ちゃん、亜里沙ちゃんはその後輩以下の年齢なんだよ(汗マーク)

 

 そ、その汗は涙を表しているのではないでしょうか……?

 

エリー:うん、わかったわ、穂乃果たちに言えないような悩みなら、私が聞きます

コッティー:それと、来る時は新しい下着をつけてきてね?

エリー:何をさせるつもりなの!?

コッティー:だいじょうぶ、もし一人じゃ恥ずかしいって言うなら、私もついててあげるから

エリー:深夜テンションでおかしくなってない? だいじょうぶことり?

コッティー:(某深夜アニメのかしこまりデースのスタンプ)

 

 冷や汗をかきながらことりとの会話を終えると、海未がこちらをじっと見ているところだった。

 

「ごめんなさい、ちょっと亜里沙に連絡を取りつつ、ことりの暗黒面を見たわ」

「ことりですか」

 

 キョトンとした表情をする海未。

 ことりと連絡を取っていることがそんなにも意外だったのかしら。

 それともことりは海未とかに、あんなクソニートさっさと[ピーーー]ばいいのにとか言っているのか、あのふわふわボイスで。

 

「ことりは以前絵里を褒めていましたよ。とても賢い生き方をしていて羨ましいと」

 

 それは多分褒めてない。 

 

 

 海未からの好感度は高校時代から変わってないことが確認できたけど、ことりは――

 

「ふう、それにしてもずいぶん楽になってきました」

「その油断が命取りよ海未、私の目の前で吐いた人たちもよくそう言っていたわ」

「それはμ'sのメンバーですか」

「オンラインゲームのメンバーも居るけど、お酒を覚えたての真姫は酷かったわ……」

 

 あの強がりが得意なお嬢様は、宅飲みでもお店でも毎回のようにトイレとお友達だった。

 その彼女に毎回のように付き合っていた私や花陽は、もうちょっと褒められてもかまわないと思う。

 そういえば、μ'sでお酒が強いメンバーは就職に縁がないな……

 

「真姫ですか、そういえば一度、私と絵里と真姫で飲んだことがありましたね」

「そんなこともあったかしらね」

「アニメの主演が決まった真姫が全員に集合をかけて、結局私と絵里しか来なくて」

「白箱を見たのよね……」

「ひどい……アニメでしたね……」

 

 あのアニメは途中で打ち切られるという伝説を残していて、それに出演した声優の殆どは現在見ない。

 主演を果たした真姫だけが女性陣では活動を続けていて、なんというか、華やかな世界の陰を見た気がした。

 

「お客さんスクールアイドルやってたμ'sの方々なんですかい」

「え、ええ、ご存知でした?」

「いえね、娘もそこそこ有名なスクールアイドルをしていたらしくて、当時は仕事が忙しくて娘の晴れ舞台も見れませんで」

 

 運転手さんの名前を見ると、名字が統堂とあった。

 ごめんなさいお父さん、その娘さんとは以前飲んだばっかりです。

 

 家の前までたどり着くと、もうすでに亜里沙が待ち構えていた。

 吉祥寺駅からここまで来るのに1万円以上かかったから、それのお金を立て替えてくれるのだと思う。

 飲み会と経口補水液の確保でお財布はすっからかんになっていたから、とても助かる。

 

「申しわけありません亜里沙、今度お金は返しますから」

「いえ、海未さんにそんなことをして貰う必要なんてありません! どうせお姉ちゃんが海未さんのペースも考えずに飲み散らかしたんですよね!」

 

 ――ん?

 

「どうしたのお姉ちゃん、亜里沙の顔に何かついてる?」

 

 主に嘘がいっぱい。

 などと言えば、海未が見えないところで脛を蹴飛ばされるのは確実だったので。

 

「本当、いけないわ……お酒のペースは考えないと」

「まったくもう、本当にそうですよ? みんながみんなお姉ちゃんみたいにお酒が強くはないんですから」

「いえ、そうではないのです亜里沙、絵里には相談に乗ってもらっていまして、むしろ私が付き合わせたと……」

「海未さん大丈夫ですか、顔色があんまりよくないです、お手洗いに行きます?」

「い、いえ、今行くと確実に……」

「海未さんに汚されるならトイレも本望です! ささ! 行きましょう行きましょう!」

 

 海未の腕を取り引きずっていく妹。

 最初は抵抗していた海未も、亜里沙のペースに根負けしたのか素直に応じている。

 私は一人で、夜空を見上げながら

 

 ああ、気がつかなかった. こんやはこんなにも. つきが、きれい――――――だ――――――.

 

 海未がトイレと友だちになっている折、亜里沙はリビングでお酒を飲んでいた私に向かって

 

「姉さん? 今日もお酒は許しますが、特別だということを忘れないように」

「え、ええ、それはもちろん、その、亜里沙も飲む?」

「海未さんが戻ってきたらお付き合いします、私も仕事がありますので」

「こんな時間まで仕事……? ことりもそうだし、体を壊さないでよ?」

「別に大したことはしません、仕事で付き合いのある子たちは寝ていますし」

 

 子?

 

「それに明日……と言うより今日はオフですから、ゆっくり休みます」

「そんな不規則な生活を送ってると私みたいになっちゃうわよ?」

「それは冗談ですか、とても笑うことが出来ないんですが」

 

 やばい、このままの調子で、実はことりとの飲み会が決まっているんですとか言えない。

 海未が戻ってくれば、亜里沙も素は出せないから、わぁー、お姉ちゃん、大人ですーとか言って許してくれるかも知れないけど。

 もし、そんなことをすればパソコンを人質に取られることは確実。

 

「ね、ねえ、海未が戻ってくる前に言っておきたいことが」

「また飲み会ですか」

「わ、わぁー、理解が早くて助かるわぁ……」

 

 絶対零度の視線を向けてくる妹に苦笑いで応じるしか無い。

 

「もうそろそろメンバーも限られてくるはずですよね、希さんか、穂乃果さんか、ことりさんか……」

「ことりです」

「2枚サインを貰ってきてください、憧れている子がいるので」

 

 最近サインを求めてばっかりだな亜里沙。

 

 顔色も多少良くなった海未が戻ってくると、亜里沙は満面の笑みを浮かべながら

 

「何か食べます? お酒の後ですから、さっぱりしたものか、麺類が良いですよね?」

「いえ、亜里沙。私はそろそろお暇……」

「海未、今日は泊まって行きなさいな、長い時間タクシーにも乗ったし、疲れてるでしょう?」

「いえ、絵里、これ以上お世話になるわけには」

「海未さん、泊まっていかれないんですか……?」

「…………泊まっていきます」

 

 亜里沙大喜び。

 久方ぶりに見る子どもっぽい態度に安堵しつつも、この天使は明日には堕天使に替わるかもしれないと思うと恐ろしかった。

 

「わーい、では亜里沙、お布団ひいてきますね!」

「いえ、私はソファーでもなんでも構いませんから」

「お客様にそんな対応できません! この日のために買っておいた羽毛布団があるんです!」

 

 初耳。

 

「しかも! 夫婦仕様です!」

「ご両親でも泊まりに来るのですか?」

「一ヶ月後には」

 

 爆弾が投下された。

 両親が来るということは、私はここにはいられないということである。

 特に父とは、お前の顔は二度と見ないと言われているし……。

 憂鬱になるのを必死で抑えようと意識するも、どこまで出来ているのか。

 

「絵里、顔色が良くないですよ?」

「ちょっと酔ったかしらね、水でも飲んでこようかしら」

「お付き合いしましょう、亜里沙は布団を敷いてきてください」

「はーい!」

 

 

「ご両親との関係は相変わらずですか」

 

 と、海未が切り出してくる。

 私はどこか遠くを見る気分のままで頷いた。

 妹の脛をかじっている私を両親がどう思っているのかは想像に難くない。

 おばあちゃまの体調もあまり良くないと聞いているし、もし何かあれば御見舞いにもいけない。

 

「そうね、私のことなんてロクデナシくらいに思っているでしょうね」

「……私自身の個人的な感想ではありますが、あなたは立派です」

 

 あまり聞き慣れない言葉に、海未の顔をじっと眺めてしまった。

 

「就職をするしないが、人間の価値を決めるわけではありません。

 社会で働くことが完全たる善ではないことは私は知っています

 価値というものはそんなもので計るものではなく

 人とどう付き合い、どう過ごしていくかによるものだと考えます

 今の絵里は、亜里沙とよく付き合い、μ'sやA-RISEのメンバーとも

 とても良く付き合っているではありませんか

 ――私の前では、そのように辛い顔はしないでください」

「ありがとう海未、その言葉で――就職しなくても良い気がしてきた」

「できれば就職活動はしてください」

 

 えー。

 

「では、そろそろ戻りましょう、亜里沙に怪しまれます」

「ええ、かなり元気になったわ、ありがとう海未」

「もし――もし、ここにいられないという話でしたら、私の家に来ると良いです」

「ん?」

「雑用でもなんでも、仕事はたくさんありますので」

 

「海未さん! お姉ちゃん! お酒いっぱい用意しました!」

 

 リビングにあるテーブルにはお酒が数多く乗せられていて、その端っこの方におつまみもある。

 共同の冷蔵庫には入っていないお酒とおつまみばかりだったから、亜里沙の部屋にある冷蔵庫に入っているものか

 もしくは私達がタクシーで帰っている途中で何処かから取り寄せるなり買ってくるなりしたものだろう。

 

「いえ、亜里沙、私たち飲んできましたので」

「海未さんは亜里沙が注ぐお酒を飲めませんか……?」

「飲みます」

 

 押しに弱い海未ちゃん。

 

「海未さんにお酌ができるなんて、亜里沙は幸せものです」

「そういえば、大人になってから飲んだことはありませんでしたね、今度飲みに……と、亜里沙は忙しかったですね」

「ハラショー! 海未さんのためなら有給を取ります! いつでも構いません!」

 

 お姉ちゃんがお願いしたところで絶対に有給なんて取ってくれない、私はさめざめと一人、心の中で泣いた。

 

 

 

 

「ただ、なかなか土日は休日が取れなくて……それ以外の日でしたら」

「わかりました、ではそのように調整しましょう」

「土日に忙しいって、まるでにこみたいね」

 

 学生相手の仕事だと、むしろ世間が休日の日に忙しいらしい。

 しかし、私の何気ない台詞に亜里沙の表情はたいへん引きつっていた。

 

「も、もう! お姉ちゃんコップが空だよ! お酒飲んで飲んで!」

「ちょ、これはアルコール度数が50度のウイスキー! ストレートで飲んだら死んじゃう! せめてソーダ割りに」

「ロシア人ウイスキー大好き、ロシア人嘘つかない」

「亜里沙、嘘をつかないのはインド人です」

「そうでした!」

「では、私が亜里沙のコップにお酒を注ぎましょう、どれがいいですか?」

「甘いのが好きです!」

 

 なんというか、ほのぼのしていい感じの空気ね……

 と、私は何の考えもなくコップに入っていたお酒を飲んだ。

 

「あっつ!」

 

 しまった、まだ割ってなかった……。

 



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(※) 南ことりとの飲み会編 01

(南ことりとの飲み会編)

 

 池袋というとサンシャインシティと乙女ロードくらいしか知らなかったので、

 亜里沙の手助けも借りて事前にリサーチをすることにした。

 今回ことりと行くバーは、Bar Lilyというお店。

 さっそく検索を開始してみると、隣りにいる妹が声を上げる。

 

「すごいおしゃれな外装のバーね、姉さん、場違いじゃない」

「ことりが目を引きつけてくれるから平気よ……」

「600種類のお酒にお料理まで……うーん、うーん……」

「どうしたの亜里沙、お腹でも痛いの?」

「すごくお酒が好きな知り合いがいるから一緒に行こうかなと思って」

 

 私もお酒を結構飲む方だと思うけど、亜里沙は自分と同等かそれ以上だ。

 以前、4時間ほど付き合っていた海未が、もしかしたら男の人が見たら百年の恋も冷めるかもしれません

 などと言って、亜里沙を凹ませていたけど、特に酒量は変わることはなかった。

 

「まさか、知り合いって……男の人じゃないでしょうね!」

「男の人だったらどうするの?」

「……え?」

「仕事上男の人と飲むこともあるよ、それを邪魔する気?」

 

 あ、地雷踏んだ。

 

 

 亜里沙が男の人と女の人のどちらが好きなのか疑問だったけど、ひとまず出かけることにした。

 ちなみに彼女の機嫌は、もうすでに治っている。

 地雷を踏んだ後海未にLINEをして、なんとかして仲を取り持って欲しいと頼み込んだのだ。

 だから飲み会に出かける時に、珍しく亜里沙が見送りに来てくれたのである。

 

「姉さん、あまり飲みすぎないように、それからタクシーを利用することはないように」

「わ、わかってるわ、それからサインもちゃんと貰ってくるから……」

「おしゃれなバーで粗相をしたなんてこともないように、あと、深夜までには帰ってくるように」

「も、もちろん、パソコンは大事だもの」

「最悪、ことりさんに誘われて宅飲みをする場合は連絡をください」

 

 ん?

 いつもなら連絡するしない関係なく、絶対に帰ってこないとパソコンを破壊すると言われるのに。

 

「姉さんが帰ってこない時は、家に海未さんが来ます、いいですか、絶対に帰ってきてくださいね!」

 

 それはフリですか亜里沙……。

 もうすでにニヘらと表情が緩みまくっている妹を心配に思うも、口に出さない私って大人です。

 

 

 

 最寄りの駅まで歩いていると、ピコンとスマホが鳴る。

 μ'sのメンバーやA-RISEのみんなとLINEをする時は大抵深夜になるから、この時間帯に来るのは珍しい。

 誰からかと確認してみると、なんとツバサだった。

 

TSUBASA:最近ちょっとオンゲーの付き合い悪くない? 

エリー:イベントもないし、あと飲み会に誘われてるのよ

TSUBASA:また飲んでるの? さすがに飲み過ぎなんじゃないかと心配になるんだけど

エリー:家では……飲んでないから……

TSUBASA:三点リーダに悲痛な叫びを感じるけど、とにかくマスターがいないとギルドも回らないんだからね?

エリー:重々承知しています、なんか私を追い出そうとする動きもあるみたいだしね

TSUBASA:そいつらならもう潰した

 

 ぷわぷわーお!

 

エリー:ただ、ちょっと一ヶ月くらいログインできないかもしれないのよね

TSUBASA:彼氏でも出来た?

エリー:恋人との関係が一ヶ月しか保たないみたいな言い方やめて

エリー:両親が来るのよ……

TSUBASA:それは厄介ね、ってことはどこか放浪でもするの?

エリー:とりあえず海未には来てもいいと誘われているけど、悩み中

TSUBASA:ならウチに来なさいよ、パソコン3台あるからオンゲーやり放題よ?

エリー:3台て

 

 きっとA-RISEのメンバーでオンラインゲームをやりたくて買ったんだろうなあ……

 

 

 

TSUBASA:エリー料理できるんでしょ、いいわ、専属のシェフとして雇ってあげる

エリー:なら後2人くらいに声かけて、一週間ずつ泊まろうかしら

TSUBASA:エリち放浪記ね、そういえば今日は誰と飲むの?

エリー:ことり

TSUBASA:南さんってお酒飲むのね……なんか、甘いジュースとかしか飲まなそうなイメージあるけど。

エリー:カクテルとかは嗜むみたいよ? 今日もなんかお洒落なバーに連れて行かれるし

TSUBASA:エリー通報されないでね

エリー:ニートというのはいるだけで通報されてしまうものなのかしら……

TSUBASA:おおっと、締切りの催促の電話が来た! ごめんエリー、仕事に戻る!

エリー:(今日も一日頑張るぞいのスタンプ)

 

 ツバサと会話していたら、電車がもうすぐやってくるところだったのでスマホを鞄にしまう。

 この時間帯なら余裕で座れるだろうと思っていたけど、どこかの駅で人身事故があったらしく満杯だった。

 こういうときニート……は関係ないけど、無理やり電車に乗るのに外聞もないから楽だ。

 もしもこれが凛とか、ことりとか、わりと社会に露出している人だとTwitterとかに写真を挙げられてしまうかもしれない。

 飛び膝蹴りをする勢いで身体を電車内に通し、ドアが閉まったのを確認して一息つく。

 ――これで確か、池袋まで30分くらいか、途中でいっぱい降りてくれないかしら。

 

 と、視線の先にどこかで見たようなツインテールが見えた。

 たしか彼女は――鹿角理亞さんとかいったはずだ。

 私よりも背が低い彼女は乗客に埋もれつつあって、かなり苦しそう。

 

 10分くらいすると乗客がちょっとだけ少なくなったので、移動をする。

 理亞さんはフラフラとしながら、乗客の多い方向に向かおうとしたので慌てて止める。

 

「だ……れかと思えば、ダメ……人間……絢瀬絵里……じゃない」

「あなた初対面の時もそうだったけど、私に何か恨みでもあるの?」

「あ、あります……! あなたのような人がいるから苦しむ人がいるんだ! ただでさえ仕事で忙しいのに!」

「ふうん?」

 

 仕事が忙しいというと凛あたりかな? 知らず知らずのうちに迷惑をかけている可能性は無きにしもあらずだけど……

 まあ、仮にμ'sのメンバーだったとすれば、私と海未以外は割と忙しいので誰でも当てはまるか。 

 

「理亞さん、どこまで行くの?」

「誰があなたなんかに……!」

「秋葉原に行った後と思わしき紙袋を両手に抱えてるから……そうね、次は乙女ロードかしら?」

「……わ、私の買い物ではありません! これは姉が!」

「お姉さんとの待ち合わせ? 乙女ロードで? ちょっとイメージ下がっちゃうわね」

「……すみません、全部私の買い物です」

 

 隠れ腐女子鹿角理亞さん誕生。

 

 

 

 北海道から上京してハニワプロというアイドル事務所に入った彼女たち姉妹が、一番最初に行ったのは秋葉原だったらしい。

 数あるアイドルグッズに目を輝かせるお姉さんの聖良さんと違って、理亞さんが注目したのは成人向けゲーム。

 まあ、あそこは堂々とエッチなゲームのポスターがビル全体に貼ってあったりするし、目に入るのは仕方ない。

 

「最初は……何だこれと思っていたんです、不健全だとも思いました」

「確かにね」

「でも、アリスソフトのゲームは違った……! すごく面白くて、やりこみ要素もすごくて……!」

「アリス? ずいぶんまた……」

 

 濃い方向に行っている。

 

「戦国ランスも大番長も面白くて……ハマりにハマって、気がついたら姉とデビューの時期がずれて」

「姉妹ユニットとしては致命的ね」

「気がついたら、同期はみんなデビューして……私一人候補生止まりで、さすがに焦って」

「それなら成人向けゲームをやめれば」

「あなたはそう言われて、オンラインゲームをやめられるんですか?」

 

 それはまあ……確かに、無理。

 

「燻っていて気がついたら、3年が過ぎていて……でもその時にルビィが入ってきて」

「ああ、あなた達ユニットだったわね、アンリアルとか言ったかしら」

 

 なんかポルノ雑誌とかでありそうな名前ね、とか言ったら怒られるだろうか。

 

「その時に出会ったプロデューサーは本当に敏腕で、感謝しか無いんです」

「なるほどねえ……そのプロデューサーのことは知らないけど、3年エロゲに燻ってる人間をデビューさせちゃうんだもの」

「え、エロ……成人向けゲームだけにハマってたわけじゃない……!」

 

 それは――二次元ならばなんでもいいと悟ったオタクの余罪の告白だった。

 彼女の名誉を考えて、その内容は伏しておく。



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(※) 南ことりとの飲み会編 02

 

 

 

 池袋駅に着いた途端、理亞さんは嬉々とした笑みで電車を降りて何処かへと走り去った。

 先ほどまで死にそうなくらい顔が青かったはずなのに、若いというのはなんでもできるのだね……。

 

 私が本日向かうのは池袋駅の東口。

 ちょっと早めの到着になってしまったから、ことりはまだ来ていないはず。

 外国に行った影響もあるのかもしれないけど、彼女は割と時間にルーズになってしまったから。

 

 都内でも有数の人が多い駅なので、ちゃんと待ち合わせ場所を決めておいた。

 その場所は池袋東口交番。別になにか悪いことをして逮捕されに行くのではなく、

 キャッチセールスやら何やらに引っかかることが少なくなるらしい、とネットに書いてあった。

 

 ことりにLINEを送ると今起きたとの話だったので、もうしばらく時間がかかるだろう。

 手持ち無沙汰になってしまったけど、どこかに買い物に行くほどのお金もないのでスマホで時間をつぶす。

 

ほのっち:あれ、絵里ちゃん、また暇なの?

エリー:暇なのは否定しないけど

ほのっち:いいじゃんいいじゃん暇なのはいいことだよ。私もちょうど暇してたんだ

エリー:へえ、仕事大好き高坂さんにしては珍しい

ほのっち:ちょっとお店で食中毒起こしちゃってねえ……

 

 それは笑えない。

 

エリー:営業停止ってこと?

ほのっち:保健所の許可だったっけ、そういうのが降りるまで営業できないの

ほのっち:たまに別店舗に行くこともあるよ、あー、2日も働いてないと身体に根っこが生えそう

 

 大学卒業してから働いたことがない私に何か一言。

 

 

エリー:そういえば今日はことりと飲むことにしたの

ほのっち:いいなあ! ことりちゃんも私を誘ってくれればいいのに!

エリー:でも支度に時間がかかってるみたいで、いま池袋にいるわ

ほのっち:あー、明日神奈川に行くことがなければ行ったのに!

エリー:そういえば穂乃果はまともにお酒飲めるようになったの?

ほのっち:カルーアミルクなら……

エリー:もっとサワーとかカクテルに挑戦してみたら? ビールはもう手遅れ感があるけど

ほのっち:お酒の知識なら誰にも負けないのになあ……

エリー:今日行くお店はお酒が600種類あるらしいわ

ほのっち:私も連れて行ってよぉぉぉぉ!!

 

 穂乃果の醸し出す空気がだんだん悲痛になってきたので、苦笑のスタンプを送っておいた。

 これで勢いがちょっとは弱まると良いんだけど。

 

エリー:お、ことりが来た。相変わらずスタイル良いわねえ、おしゃれだし

ほのっち:おっさん臭いよ絵里ちゃん

エリー:え、今の文章のどこにおっさん臭さが……

ほのっち:おしゃれで可愛いでいいんだよ! スタイルまで見る必要はないの!

エリー:なん……だと……?

 

 ちょっとショックを受けたので、穂乃果とのLINEは打ち切り。

 

 久方ぶりに見ることりはスタ……おしゃれで可愛らしかった。とても私のひとつ下には見えない。

 10代と言っても通用するような若々しさに、おかしい、なぜ徹夜が続いてもあんなに元気なんだろうかと疑問に思う。

 

「ごめんね、ここ最近徹夜ばっかりで、寝坊しちゃった」

「仕事も程々にしないと体壊すわよ?」

「オンラインゲームも程々にしないと人生が壊れちゃうよ?」

 

 それは困る。

 

「そういえば海未ちゃんお見合いお断りするんだって」

「へえ? でもご両親が決めた人なんでしょう?」 

「んー、最終的には海未ちゃんの意思を尊重するって言ってたみたい」

「ご両親は寛大ね……」

 

 ウチと違って、という言葉は飲み込んだ。

 ことりを先導にして、Bar Lilyに向かう。

 ネットで見た感じだけど本当におしゃれな場所で、私は本当に通報されないのかと不安になった。

 

 ビルの6階にあるそのバーはかなり知る人ぞ知るって感じで、中に入ってもお客さんはまだらだった。

 時間的に早いというのもあるのかもしれない。

 

「マスター、こちら、絢瀬絵里さん」

「ん……そうか、きれいな人だな」

「どうも、絢瀬絵里です」

 

 その他特記事項なし。

 

「イメージが湧いてきた、待っててくれ、いまカクテルをつくる」

「絵里ちゃん苦手なものとか無いよね?」

「……そうね、この場所にあるものではないかも」

 

 このおしゃれなバーで海苔と梅干しを出されることはないと思う。

 前者はパスタにふりかけてある可能性はあるかもしれないけど……。

 

 

 カウンター席とテーブル席があったけど、ことりが選んだのはカウンターだった。

 こちらのほうが早く給仕されるからとのことで、お財布の中身に心配がある私は多少呻いた。

 

「それじゃあ、乾杯」

「ええ、何ていうか居酒屋と空気が違って緊張するわね……乾杯」

 

 お洒落なバーにあるおしゃれなグラスで飲むお酒は新鮮だった。

 柑橘系のカクテルのようで、何が入っているのかまでは分からないけど、とりあえず美味しかった。

 飲みきってしまうのが惜しかったので、3分の2ほど残してグラスを置く。

 しかしことりは水を飲んでいるかのような勢いでお酒を飲み干していた。

 

「あれ、絵里ちゃん調子悪いの?」

「い、いや、飲むのが惜しくて、こういうのめったに飲まないし」

「いいんだよ、絵里ちゃんのペースで、こうーぐいっと!」

「マスターさんのペースもあるだろうし……」

 

 と、私は心配になったのだけど、ちょっとすると二杯目の飲み物がことりのそばに置かれていた。

 

「絢瀬絵里クン、心配はしなくてもかまわない。ここはお酒を嗜む場所だからな」

「では、遠慮せずに頂きますね、本当は飲み干したいくらい美味しかったので」

「うむ、その勢いだ」

 

 ぐいっと煽り、一気に飲み干す。

 そのペースは10杯目くらいまで続き、やがて少し顔が赤くなったことりがおずおずと切り出した。

 

「絵里ちゃん、私、赤ちゃんが欲しくて……」

 

 飲んでいたお酒を吹き出すところだった。

 

「ことり、知ってるとは思うけど、赤ん坊を産むには……その、仕込み作業が」

「う、うん、もちろん知ってるよ……でも、私結婚とか興味ないし、男の人と付き合いもないし……」

「赤ちゃんがとりあえず欲しいの?」

「子どもがね、欲しいの。もう私たちアラサーって呼ばれて久しいじゃない、ヒフミちゃんたちも名字が変わって子どももいて」

「羨ましくなってしまったの?」

「うん……このままずっと仕事をしたままでいいのかなって、楽しいし、生きがいだけど、女の子としてはどうなのかって」

「そう、ね……」

 

 就職希望もなければ、結婚願望もない(ついでに経験もない)私ではあるけれど、たまに子どもを見たりすると

 私もいつか妊娠をして子育てというものをしてみたいなと思う時がある。

 それは母性本能と呼ばれるものなのか、子どもの可愛さが余っての行動までかはわからないけど。

 

「でもねことり、先のことばかり考えていても仕方ないわ」

「わかってるつもりではいるんだけど」

「現実的に考えて、今結婚して子どもを作ったら働ける?」

「そう、だね……無理かも」

 

 仕事と子育てを両天秤にかけたとき、恐らくことりは前者に比重が多くかかってる。

 デザイナーはずっと追いかけてきた夢ではあったろうし、子どもがほしいという気持ちも一時的かもしれない。

 もちろんそんなことを考えずに子どもを作る親はいるかもしれないけど……

 

「そ、そういえばことりは、経験はあるの?」

「絵里ちゃんそのトーク好きだね、自爆するだけなのに……」

 

 トロンとした目のまま、ことりは頷く。

 そうか……これで聞いた限りは未だに経験はないのは私と真姫だけか……

 誰かが嘘をついている可能性もあるけど、酒の席で嘘をつくと後悔が大きい。

 

「パリにいるとき?」

「掘り下げるね絵里ちゃん、だいぶセクハラだよ」

 

 と言いつつも、ことりは素早く首を振る。

 酔っ払っていることも手伝ってか、ことりは大変素直だ。

 

「私の両親も国際結婚だったし、もしかしたら自分もと思うのよ……」

「絵里ちゃん、まずは相手を見つけないと」

「子どもか……たまにすごく子持ちの親を見ると羨ましいって思うのよねえ……」

 

 ちょっと泣きそうな気分。

 

「なに、子どもを作って育てるだけが女の人生ではないさ」

「マスターさん」

「ことりのように夢を追いかけるのもまた人生、好きに生きれば良いのさ」

 

 なんか言外にニートはやばいと言われているような気がしてならない。

 

「だから絢瀬絵里クン、もし君がその気なら、ここで働かないか?」

「え?」

「聞けば英語もロシア語もできるそうじゃないか、その語学力を発揮しつつお酒も飲める、いいとこだぞ、ここは」

 

 ことりを見る。

 何とも言えない表情をしたまま彼女は目をそらした。

 

 

 ことりが今日悩みを聞いてくれたお礼にということで自宅に招待してくれた。

 穂乃果や海未でさえも滅多に入れないというアトリエでは、たくさんのデザインや洋服が置かれていて

 なんというか、自分に創作意欲なるものがあれば刺激されたことだろう。

 

「今日は本当に助かったよ、子どもが欲しいなんて、穂乃果ちゃんたちには言えなかったし……」

「そう? 結構親身になって答えてくれるかもよ?」

「ううん、穂乃果ちゃんは完璧に仕事脳だし、海未ちゃんもどちらかと言えば子どもより仕事なタイプだから」

「あんまり、意欲的な回答とはいえなかったと思うけど……」

「言えるだけでいいんだよ、悩みなんて、まあ、申し訳なく思ってるなら、お願い聞いてほしいんだ」

「お願い? まあ、叶えられる範囲でいいなら構わないけど」

 

 絵里ちゃんの処女をちょうだいとか言われたら全力で逃げるけど。

 

「スリーサイズ測らせて!」

「そんなのでいいの?」

「あれ、絵里ちゃん恥ずかしくないの?」

「別に高校時代からそんなに変わってないから、面白くないと思うけど……」

「嘘だぁ、とくにここ、変わったよ!」 

 

 と、胸をグイッと指さされる。

 それはあなたでしょうことり……。

 

「私の見立てによると、90は超えたね」

「まさか、逆に小さくなっているんじゃない?」

「そんなことない、ブラのサイズが合ってないってきっと胸が泣いてるよ!」

「そ、そこまで鈍感じゃないわよ!」

「じゃあ、測ってみよう! 本当に高校時代と変わらないかどうか!」

 

 彼女の勢いに押され、私は下着姿にされた。

 そして隅々までサイズを測られた後でことりが

 

「なんで水の中なのに息ができるの? 多分さっき飲んだ熱いお茶のせいかな?」

 

 ――壊れる。

 



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(※) 高坂穂乃果との飲み会編 01

(高坂穂乃果との飲み会編)

 

 以前少しだけ亜里沙の職業が気になったけど、忙しかったからスルーしてしまっていた。

 そのことを不意に思い出したので、希にLINEを送ってみる。

 私以上に忙しくて暇もないだろうから返信は期待していなかったんだけど――

 

のぞみん:気になるんやったら直接聞いてみればええやん?

 

 20秒足らずで既読がついて、更には返事が返ってくる。

 自分で話題を振ってしまった手前、何も言わない訳にはいかない。

 

エリー:それがね、有名企業だけど芸能関係では絶対ありませんって言うの

 

 私が睨んでいる限り、亜里沙の職業は有名企業なんかでは絶対にないはず。

 朝早く出かけたと思ったら昼前には帰ってきたり、深夜に出かけることもしばしばある。

 定刻に出社して帰ってくるなら、サラリーマン(亜里沙はマンではないけど)という可能性も無きにしもあらずかな?

 

のぞみん:そんなに芸能関係ではないと念押しされるん?

エリー:そうよ、絶対絶対絶対違うって言うの

のぞみん:なら今度、亜里沙ちゃんがオフの日に以下の住所に行ってみると良いよ

エリー:あら、東京の一等地じゃない、だいじょうぶ? 通報されない?

のぞみん:エリち何があったんや

 

 その後差当りのない会話をして、じゃあ今度飲みにも行こうやん? なんてメッセージで幕を閉じる。

 グーグルで検索をしてみると、その一等地にある建物は――

 

「ハニワプロ……?」

 

 眠そうな亜里沙に朝食を作っている途中、テレビで芸能情報をチェックしていた彼女を眺めながら

 

「亜里沙、ハニワプロって知ってる?」

 

 なんて声をかけてみる。

 しかし、亜里沙は体をビクンと揺らし椅子から崩れ落ちた。

 

「し、知らない! なにそれ、聞いたこともない!」

 

 勢いよく全否定するので、これは怪しいと思う。

 ははーん? これは知っている流れだな?

 恐らく亜里沙はその事務所のアイドルのファンなのだ、だって以前ポロッと鹿角理亞ちゃんの名前を出したし。

 しかし、私近辺のスクールアイドル「り」がつく確率高くない?

 鹿角理亞しかり、絢瀬絵里、絢瀬亜里沙、桜内梨子、小原鞠莉、星空凛。南ことり。

 他にもいるかもしれないけど、思い出せないので考えるのをやめた。

 

「知らないって、テレビで特集されているのがハニワプロだけど……」

「そ、そうだったねー、いやあ、初耳だよー、所属しているアイドルも知らないよ!」

「別にアイドル事務所ってわけでもなさそうだけど」

「お姉ちゃんお金欲しくない? 2万でどう?」

 

 ごまかすには援助交際っぽくないですか、我が妹よ。

 そういえば、日本に来た当初に亜里沙に対し、男の人に向かって声をかける時は2万でどう? 

 って挨拶をしろと教えやがった女子高生がいたな……。

 

「くれるなら遠慮なく貰うけど……ちょっと遠出するし」

「そ、そう! 食費交通費なんでも言って! お酒飲みたいならもっと出すよ?」

「亜里沙、お金大事に」

 

 

 

 朝食を採ってから、下準備をした後で出かけることにする。

 自分の中では割合いい服装をしていった、間違っても全身980円のジャージではない。

 

「そういえば姉さんどこに行くの?」

「ハニワプロ」

「な、なんで!? ……じゃなかった。そんな不良がたむろする場所に行ったらいけません!」

 

 一昔前のゲーセンじゃないんだから。

 

「ちょっと会社の手前に行くだけよ、スカウトとかされるかもしれないし」

「武内さ……じゃなかった、怪しい人にスカウトとかされたらどうするの!?」

「だいじょうぶよ、私には芸能関係者の知り合いがいるんだから、怪しい場所ならすぐ分かるわ」

「いい、私は知らないけど、武内とか赤羽根とかそういう苗字の人がいたらすぐに逃げること!」

 

 うん、もしも会ったら挨拶しておこう。

 亜里沙の知り合いではないにせよ、凛とか希の知り合いの可能性は十分にある。

 それにハニワプロに行ったら、鹿角理亞ちゃんに会えるかもしれない。

 彼女は誰がプロデュースしているのかは分からないけど、ハニワプロ所属だから。

 

「あ、ちょっと待って姉さん、菓子折りとか持っていかなきゃ」

「長居する気満々じゃない……」

「社会の常識! ま、まあ、姉さんなんて相手にされないとは思うけどね!」

「相手にされないなら、なおさら菓子折りなんて」

 

 部屋の奥に行った亜里沙がやたらでかい紙袋を2つ持ってきて渡すまで、そう時間はかからなかった。

 

 

 相当大きな事務所であることは想像していたけど、自社ビルを二つも並べているとまでは思わなかった。

 さすがアイドルだけで40人はいる事務所である。

 

「こんなところにニートがいたら本当に通報されやしないかしら……」

 

 しかも両手には大きな紙袋(思い出してみると、電車内の理亞さんみたいだ)を抱えての登場。

 よもや中にまでは入れやしないだろうから、こうして外から眺めるだけだけど。

 ……入れないわよね?

 

「ここででっかい声を上げて、りーあーちゃん! あーそーぼ! とか言ったら、中には入れそうだけど」

 

 もしくは通報されて警察のお世話になるかどっちか。

 先ほどから警備員と思しき男性がチラチラとこちらを見ながら挙動を探ってるし。

 最近はテロ対策とかもあって、この二つの紙袋を置いていったりなんかしたら――

 

 うん、間違いなく事件になるわね。

 亜里沙には悪いけど、この紙袋はもう少し彼女のところでお留守番することになるだろう。

 せめて事務所内部にまで入れればこの菓子折りを渡す機会もあろうものだけどねえ……

 なんてなことを考えながら踵を返そうとすると

 

「……」

 

 目の前にガタイが良くてやたら背の高い男性が名刺を差し出していた。

 

「アイドルに興味はありませんか?」

「……え?」

 

 男性――もとい、武内Pに案内されたのは、全面鏡張りのレッスンルームだった。

 こんな場所をかつてUTXに行った時に見たことがある。

 そのときには、地区予選でA-RISEにまさか勝つなんて思いもよらなかったけれど。

 

「……もう少ししたらアイドル候補生たちがやって来ます」

「えーっと、そうしたら私はお邪魔なのではないかなあと」

「安心してください、同期ともなろう子たちですから、そういえばまだお名前をお伺いしていませんでしたね」

「あ、すみません。絢瀬絵里と申します」

「……絢瀬?」

 

 怪訝そうな表情をする武内P。

 ここは偽名で矢澤とか、星空とか言ったほうが良かったか……?

 

「もしかしてあり」

「あーーーーーーープロデューサーがまた女性を口説いてる!!」

 

 ドーンと扉が開いて、元気一本印と言わんばかりの少女が入ってくる。

 そんな少女(恐らく10は歳が離れている)の背後には、なんとオトノキの制服を着た子がいた。しかも二人も。

 

「せっかくミッキがレッスンしに来たのに、女の人口説いているとかどういうこと!?」

「星野さん、あらかじめ言っておきますが、これは口説いているのではなく、スカウトを」

「そんなのどうでも良い! 金髪キャラがかぶる!」

 

 確かに目の前の少女は金髪……ハーフかクォーターか。純血日本人ってことはなさそう。

 もし仮に私がデビューするなら、彼女は全力でハードルとなるだろう。そんな気は全く無いけど。

 

「それにおっぱいが大きい! 85……いや……88……ううん……90……それ以上!?」

「……」

 

 武内Pが私の隣でため息を付いていた。

 

「右から、星野さん、如月さん、三浦さんです」

 

 綺麗に整列した三人の女の子。

 右の星野さんはこちらを敵意を持った視線で見ている。

 どうやら本当に私がアイドルデビューするものと考えているらしい。そんな気はまったくない。

 真ん中の如月さんも、やはりこちらを敵意を持った視線で見ている。

 ライバルが増えるかもしれないと考えているのか、それともバストサイズに差がありすぎると考えているのか。

 ――多分だけど、にこよりも小さい。

 左の三浦さんは余裕の表情。

 私がニートだから下に見ているのかと思ったけど、単純にのんびり屋さんらしい。

 久方ぶりに見るオトノキの制服は、私がいた時代よりも微妙にデザインが豪華になっていた。  

 

「なんか急に連れてこられて戸惑ってるんですけど、私は、アイドルデビューするつもりは」

「そう言って、プロデューサーを誘惑しようとしているんでしょ! その胸で!」

 

 星野さんは私の胸しか見ていない。

 そういえばμ'sが9人になってからすぐ、希も胸しか見られてなくて凹んでたわね……。

 あの子ダンス経験もないって言ってたのに、私の振り付けについて来られていたし、謎だ……。

 

「3人ともダンスで結果を出したらどうですか? この絢瀬さんよりもできるとわかれば、何も問題はないはずです」

 

 あーだこーだ考えていると、新しい人が入ってきた。

 長身の眼鏡のイケメンだけど、基本的に男の人に縁がない私には特に響くものもなかった。

 

「どうも、赤羽根と申します」

「絢瀬絵里です」

「……そういえば絢瀬、絢瀬さんと言えば……」

 

 口元に手を当てて考え込む赤羽根P。

 何のことだかはわからないけど、ひとまず目の前の少女3人がμ'sを凌駕するようなダンスを見せてくれれば解放される!

 

 期待は――したんだけど。

 

「うーん……」

 

 正直な話、彼女たちよりも踊れるスクールアイドルはたくさんいると思う。

 多分だけど、ファーストライブの穂乃果たち3人よりも踊れていない。

 基礎体力の問題なのか、振付師の問題なのか、ともかく彼女たちの動きはぎこちなかった。

 

「まあ、スカウトして2ヶ月ならこんなものですよ」

 

 私が怪訝そうな表情をしていることに気づかれたのか、赤羽根Pがフォローを入れる。

 ――ファーストライブまで一ヶ月なかったはずの穂乃果たちになんか一言。

 

「ど、どう! 絢瀬さん! 私たちのダンスは!」

「えーっと……そう、ねえ……よく踊れていたんじゃないかしら」

「上から目線!」

 

 星野さんの敵意の視線が強まった。

 

「じゃあ、絢瀬さんが踊って見せてよ!」

「えー……もう10年くらい踊ってないんだけど……」

「10年だろうがなんだろうが、私たちのダンスを上から見たってことは踊れるってことでしょう?」

 

 んー……そういうつもりは、なきにしもあらずかもしれないけど。

 まあ、恐らくだけどブランクがあるとは言え彼女たち以上の動きはできるだろう――

 

「赤羽根さん、μ'sの曲はありますか?」

「もちろん、伝説のスクールアイドルですからね」

「ではKiRa-KiRa Sensation!で」

「わかりました」

 

 ここでアキレス腱でも切ったら亜里沙にドヤされるってレベルじゃないな。

 柔軟は念入りにしておこう。

 

 

 私は一度曲を全部聞いてから踊るスタイルだ。

 ブランクもあったし、それくらいは許してくれるはず。

 曲を聞いていると、高校時代を思い出してちょっとだけ泣きそうになる。

 ああ、絢瀬絵里の全盛期はここにあったのね――

 今はニート……いやいや、ギルドマスターだけど! 元はスクールアイドルなのだ。

 ちょっとスカウトされて、鼻高々になっているだけの子たちには負けない!

 

 ラブライブ会場でのラストライブを思い出しながら、私は踊った。

 全然覚えてないから、コケたりしたらごめんねなんて言っていたけど、そんな気はサラサラ無い。

 もちろん高校時代の時に比べたら全然踊れてなんかはいられなかったけど。

 まあ、最低限μ'sの名は汚さずには済んだかもわからない。

 

「さすがは元μ'sですね……」

「そんな彼女が紙袋を持って会社の前に立っているとは思いませんでした」

「まあ、これで3人のお尻にも火がつくでしょう、いい仕事でした武内さん」

「いえ、でも、彼女は本当にスカウトできませんかね」

「妹さんに殺されます」

 

 はあ、Pたちが小さな声で何か言っているみたいだけど、やっぱりアレね。

 

「ツバサでも呼び出そうかしら」

 

 2年前までトップアイドルグループだった彼女なら、この場でカリスマ性を発揮するくらいわけない。

 まあ事務所が違うし、そんなことをすればどやされるのは分かりきっているのでしないけど。

 

「あ、あ、あ……な、なんで……?」

「どうだった、星野さん、言っておくけど、昔はもっと踊れたわ」

「ど、どれだけ化物なのよ……」

 

 私が踊りきると驚愕の表情を貼り付けた星野さんがこちらを見ていた。

 如月さんも、三浦さんもびっくりしているみたい。

 でも正直な話、柔軟が全然できなかった頃の凛にも劣るわね……もうちょっとダンス続ければよかったかしら。

 

 なんてなことを考えていると、ドアの方からパチパチパチと拍手する音が聞こえてきた。

 あの子は確か、鹿角聖良さん。以前会った理亞さんのお姉さん。

 

「さすがですね、絢瀬さん。10年ぶりとは思えない」

「10年前の10分の1くらいだけどね……」

「それでも、今のトップスクールアイドルと同程度は踊れています」

 

 そんなことはない、と思う。

 μ'sやA-RISEがいた頃と比べても、今のスクールアイドルは普通のアイドルと遜色ない(と、亜里沙が言ってた)

 

「誰?」

「鹿角聖良さん」

「んー、ミッキ知らない」

「同じ事務所の先輩くらい覚えましょう」

 

 アイドル候補生の3人はと言えば、不穏な会話をしている。

 10年ブランクがある、私のダンスを見て多少はショックを受けたみたいだけど。

 まだまだその性根を叩き直すには時間がかかりそうだ。

 

「やっぱりツバサを呼び出すしか無いわね」

「呼び出せるんですか?」

「LINE送ってみる」

 

 一時間もしないうちにやって来たツバサは、ハニワプロにKiRa-KiRa Sensation!を巻き起こす。

 はえー、さすがは元トップアイドルは扱いが違いますね。

 

 



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(※) 高坂穂乃果との飲み会編 02

 

 元μ'sの絢瀬絵里。

 元A-RISEの綺羅ツバサ。

 元Aqoursの黒澤ルビィ。

 元SaintSnowの鹿角聖良。

 以上4名のダンスを、ハニワプロのアイドルやアイドル候補生は真剣に見入っていた。

 アンリアルとしてバリバリに踊ってるルビィさんや、セイントムーンの聖良さんに比べれば、

 ブランクがあるツバサや私のダンスはアレだったかもしれないけど。

 

「それにしてもツバサ、締切はだいじょうぶなの?」

「もちろん、私は案外抜け目ないのよ」

 

 ハニワプロを後にした私とツバサはビルが乱立する場所を抜けて、昔の東京が残る場所にいた。

 無邪気に遊ぶ子どもたちに目を向けて、微笑ましそうに見ていたツバサだったけど。

 

「あんじゅが子どもを産んだら、私はすっかりおばさんね」

「やーめーてー、まだ、まだ私は20代ですもの、そう呼ばれるまでには時間が――」

「ふふ、でもエリー、今日は楽しかったわ、やっぱりアイドルって良いわね」

「そう、それは良かった」

 

 正直な話、ツバサはずっとアイドルをやりたかったという話を聞いてずっと気になっていた。

 誘ったら来てくれるんじゃないかと――

 別にアウェーで居心地が悪かったから呼んだわけじゃない。

 でも最近ちょっと思い始めたんだけど、

 

「私って実はニートではないのではないか」

「何を言っているのエリー」

 

 陽も傾いてきたので食事でも採ろうか、なんて二人で言い合っているとLINEが来た。

 

「あら、穂乃果からね」

「穂乃果さんから? そういえば穂乃果さん、居酒屋で働いているんだって?」

「ええ、未来の店長候補」

「さすがねえ、エリーとは大違い」

 

 先ほどからディスられてばっかりな気がする。

 

「そこは、私とは大違いとか言うところじゃない?」

「私は働いているもの、個人事業主だもの」 

 

 何も言い返せない雰囲気を悟ったので、穂乃果とのLINEに集中する。

 

ほのっち:絵里ちゃん、今日は開いてる?

エリー:いまツバサといるわ

ほのっち:暇で暇でしょうがないんだよぉ! 一緒に飲もう!

 

 まだ営業停止処分中なのか……心のなかで同情しつつ

 

「穂乃果が飲みたいって」

「いいわね! 穂乃果さんのいるところに綺羅ツバサありよ!」

「よく分からないけど、テンションがあがってるのはわかったわ」

 

 

エリー:ツバサの許可も降りたわ、どこに行けばいい?

ほのっち:てんやか日高屋かサイゼがあるところなら大丈夫

 

「ツバサ、天ぷらがいい? 中華がいい? イタリアンがいい?」

「そこは和食、中華、洋食じゃないの? んー、揚げ物の気分かしら」

「了解把握」

 

 

エリー:てんやにしましょう。

ほのっち:じゃあ、私の最寄りまで来てくれると助かるなー、あそこにはなんでもあるから。

エリー:穂乃果は最寄りまで来てほしいだけなんじゃないの?

ほのっち:リ`・ヮ・)

 

 何その顔文字は……誰? 

 

「ええと、穂乃果の地元までは確か30分くらいで行けたわね」

「みんな結構近場に住んでるのねえ」

「なんやかんやで、東京に住んでるものね」

 

エリー:電車の時間次第だけど、1時間以内には着くわ

ほのっち:オッケー! トイレ行ってからすぐ出る!

エリー:慌てないで良いから、てんやは逃げないから

 

「相変わらずね、穂乃果は。働いている時は多少擦れたんじゃないかと思ったけど」

「人間、性根はそうそう変わらないわ、余程のことがない限りは」

「……確かにそうねえ」

 

 変わったように見えた亜里沙でさえ、海未と話している時は昔のままだったし。

 昔のまますぎてエリーチカ大変悲しいけど。

 

「そういえばエリー」

「なあに?」

「歳を取ると筋肉痛は遅れて出るそうよ」

「いったー、もう筋肉痛! 久方ぶりのダンスで、全身筋肉痛だわー!」

「それは恐らくどこか痛めているから病院に行きましょう」

 

 

 穂乃果が住んでいる場所の最寄りの駅までたどり着く。

 ツバサとバカ話をしていたらあっという間だった。

 まさか周りの人も、あの元A-RISEでトップアイドルの綺羅ツバサが悪代官というゲームにハマった挙句

 時代劇に出てみたいと駄々をこね、マネージャーから家庭用ゲーム禁止令を出された話とかするとは思うまい。

 

 私は綺羅ツバサ! 趣味はインスタグラム!

 とかのほうがよっぽど彼女のイメージに合ってる。いや、私はインスタグラム知らないけど。

 実際ツバサは写真好きではあるけど、写された瞬間には変顔をするようにしているとか誰も信じてくれないはずだ。

 特に、さっきツバサが来た瞬間に余裕の表情が崩れて一気に泣き顔になってしまった聖良さんとか。

 妹の理亞さんに(彼女はたまたまオフだった)電話でなまらすげー! とか叫んでたけどね、ギャップ萌えってやつかしら。

 

「さてと、穂乃果は……」

「まだ来てないのかしらね?」

「高校時代のマゲは相変わらずだから、結構目立つと思うんだけど」

 

 二人してキョロキョロと周りを見ながら歩き回る、

 LINEも私の最後のメッセージに既読が付いたままで、新着はない。

 よもやどこかで事故にでもあってはいないかと心配になり始めた時、

 こちらに向かって走ってくる人影が見えた。

 

「おーい! おーい!」

 

 穂乃果だ。

 マゲをぴょこぴょこと揺らしながら走ってきた彼女は、両手に袋を抱えていた。

 

「何持ってるの、穂乃果」

「ウコンのチカラだよ! 飲むからね!」

「だからって両手にあふれるほど買う必要は……」

「いや、別に全部がウコンじゃないよ、私の買い物もあったんだよ」

「穂乃果さん私服は無印良品で買うのね」

 

 では飲んだ帰りに行けばよかったのでは? と思ったけど、まあ時間をつぶす意図もあったのかもしれない。

 それにしたって買いすぎだと思うけど。

 

 

 連れてきた場所を見てツバサが唖然とした。

 

「ここは……ごはんを食べるところじゃなくて?」

 

 おずおずと切り出す彼女は小動物みたいで可愛らしい。

 まあ確かに、今日はてんやで飲みますとか言ったらツバサだって反対したかもしれない。

 有無を言わさずに連れてきた私えらい。

 

「ほら、私居酒屋チェーンの従業員じゃない? だから、大衆居酒屋だと気まずくて……」

「ああ、なるほど。だからエリーは揚げ物だって……揚げ物やじゃなくて天丼屋よ……」

「でもね、ちゃんと酒飲み向けのメニューはあるんだよ、ここは甘いお酒も出してくれるしね」

 

 最近……かどうかはわからないけど、ラーメンとか天丼とかパスタを一品食べて帰る客より

 多少長居をされてもお酒をいっぱい頼むお客のほうが上客みたいな扱いらしい。

 候補としては日高屋とサイゼだったことを告げると、

 ツバサは新しいことを知ってネタになったと言わんばかりの表情をする。

 ――あれ? ツバサの書いているネタって確かゲームでは?

 

 店の中に入ると、意外とと言っては変かもしれないけど女性店員が多かった。

 3人だと告げ、テーブル席に案内される。

 

「はーい、私穂乃果さんの隣! エリーはハブ!」

「お酒飲む前からテンション高いわね……」

 

 この中で一番お酒が弱い穂乃果がお手洗いが近い通路側に、私たちが奥の席で正対した。

 大衆向け居酒屋みたいにメニューがたくさんあるわけじゃない、お酒の種類なんてせいぜい7種類。

 安いというわけでもないけど、本当に比べるわけでもないんだけど、こっちのほうが美味しい感がする。

 

 

「そうね……じゃあ、この一品料理の天ぷら全部」

「テーブルに乗り切らないわよ、我慢しなさい」

「穂乃果さんはお魚がいい? お野菜がいい?」

「好きなものは先に食べたいから、お魚!」

「よーし、店の穴子全部もってこい!」

「だからテーブルに乗り切らないって」

 

 私たちが結局頼んだのは、生ビールと天ぷら盛り合わせのセット。

 穂乃果はビールではなく、最近飲めるようになったというレモンサワーだ。

 (注意 なお現実のてんやにはレモンサワーはありません、あしからず)

 乾杯をして一口飲んでからしばらく、揚げたての天ぷらが出された。

 

「「「いただきまーす!」」」

 

 えびといかとレンコンとインゲンの盛り合わせなので、とりあえずインゲンから口に運ぶ。

 ロシアでは……というか、幼少時にはインゲンなんて食べたことなかったし、高校時代も特別食べたいとは思わなかったけど

 今ではこの青い感じがお酒に合ってちょうどいい。

 

「エリー渋いわね、インゲンから食べるなんて」

「そうだよ、普通魚介からでしょ」

「そ、そうかしら……」

 

 青いものとか野菜とかから食べるタイプのエリーチカ撃沈。

 

「暖かくてサクサクで美味しいわねえ」

「ほんとうだねえ……」

 

 ツバほのの二人は同じものを食べてて、超仲良しと言った雰囲気を醸し出していた。



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(※) 高坂穂乃果との飲み会編 03

 

「そういえば、なんで二人は一緒だったの? 仕事じゃないよね?」

 

 レモンサワーをちびちびとまどろっこしく飲みながら、穂乃果が聞いてくる。

 

「私はエリーに呼び出されたの、ちょっと面貸せって」

「人聞きの悪いこと言わないで、見せてやろうと思ったのよ、昔取った杵柄というやつを」

 

 生ビール5杯目のツバサと、4杯目の私は多少の気分の昂揚を感じつつ

 

「ハニワプロって知ってる?」

「有名な芸能事務所だよね、まさかそこに行ったの? アポ無しで?」

「アポ無しで行ったのエリー」

 

 確かにアポなしで行きました。

 だけどまさか中にまで入れてくれるとはまったく思ってなかったんだもの!

 と言っても二人の視線は微妙に冷たかった。

 

「いえ、その、プロデューサーさんが外で呆然としている私に声をかけてくれて」

「まさかスカウト!?」

「エリーをスカウトしようとするなんて余程の天才か自惚れ屋ね」

 

 経緯を説明しているうちに、段々と二人の視線が困った人を見るような目になっていく。

 だって私だって、トントン拍子で中に入って踊れるとは思わなかったんだもの……。

 

「絵里ちゃん踊れるの?」

「正直踊れるとは思わなかったわ」

「何いってんの、ノリノリだったじゃない、最後には現役のアイドルたちと一緒に踊って歌って」

「絵里ちゃん、明日死ぬんじゃない? ニートの素行じゃないよ……」

「穂乃果もそう思う?」

 

 

 まあ死ぬ死なないは置いておいて、今日の私はどこかおかしかった気もする。

 と言うより何もかもが上手く行き過ぎた気がした。

 なんというか乗せられている感が満載で、自分でも上手に動けたとは思うけど、うーん?

 

「そういえばはじまりは希なのよ、亜里沙の仕事が知りたいならそこに行けって」

「え? でも亜里沙ちゃんって芸能関係の仕事じゃないんでしょ?」

「自称キャリアウーマンって話だものねえ……芸能関係はキャリアじゃないわねえ……」

 

 ツバサは6杯目に入る前にハイボールに切り替える。

 私も負けじと日本酒を頼むと店員さんに怪訝そうな表情をされた。

 そんなに似合わないかしら……?

 

「で、結局亜里沙ちゃんの仕事は分かったの?」

「さっぱり、何の情報も得られなかったわ!」

「じゃあ、エリーが楽しんできただけじゃない!?」

 

 そう言われてしまうと、ぐうの音も出ない。

 出てきた日本酒をちびりと飲みながら、辛口のお酒にふうとため息を付いた。

 

「ツバサさんは、なんで絵里ちゃんの誘いに?」

「見てみたかったのよ、私がいなくなった後のアイドルというものを」

「二人って案外似てるよね?」

 

 私たちはお互いに顔を見合わせ、首を傾げる。

 同じタイミングだった。

 

 

 てんやで一通り飲み散らかした後、まだ飲み足りないというツバサと

 甘いものを食べたいという穂乃果の要求を飲んで、ファミリーレストランに向かった。

 

「ファミレスでお酒を飲むとか、高校時代は思いつかなかったわねぇ……」

 

 思いつかれても困る。

 どんな店にも無難においてある中ジョッキを飲みながら、二人して遠い目をする。

 

「あの頃は楽しかったわねえ……」

「ええ、年を取れば取るほど、月日の感覚が無くなっていくわ……」

「……私もそう思うよ」

 

 おばあちゃん臭いとツッコミを入れられると思いきや、穂乃果の意外な同意にびっくりする。

 ツバサと顔を合わせ、地雷を踏んだのではないかとアイコンタクトで会話をする。

 

「μ'sを結成して、毎日練習して、穂むらでお手伝いをして、思えば高校時代が一番充実してたな……」

 

ツバサ:ちょっと、穂乃果さんが微妙にナーバスじゃない!

絵里:あなたの振った会話でしょ! あなたが責任持ちなさい!

ツバサ:そこは同じ学校だったよしみで、エリーが責任取るところでしょ!

絵里:嫌よ! 酒が入って絶対に愚痴コースだもの!

 

「はぁ……自分が嫌になるなあ……ああすればよかった、こうすればよかったばかりが思いつく……」

 

 穂乃果が凹んでいるけど、発言を聞いている私たちも微妙に突き刺さることを言われている。

 もしも自分が働いたら――

 

 などということはまったく考えたことがないので省略するとして。

 

「高校時代っていうのは、なんであんなにも楽しかったのかしらね」

「ツバサさんも楽しかったの?」

「もちろん、アイドル業も楽しかったけど……やっぱり、スクールアイドルっていうのは楽しいものなんだと思うわ」

 

 3人で顔を合わせ、あの時はこうだったとかこの時はなんて考えてたのとか話し合う。

 

「聞きづらいけど、ツバサさんは私たちに地区予選で負けたときどう思った?」

「2日はオンラインゲーム漬けになったわ」

「そこは燃え尽きて何もできなかったっていうところでしょ、元気じゃないの」

 

 仮に私が就職活動をして面接とかに落ちても同じ行動をすると思うけど。

 

「でも、3日目になった時、あんじゅや英玲奈とまた歌って踊りたいって思ったわ」

「なるほど」

「穂乃果さんはμ'sを解散することを決めた後、どうなった?」

「なんで時間は止まらないんだろうって思った、時を巻き戻してみるかいとか思った」

「……そんな歌詞も、あったかしらね」

 

 でもね、と穂乃果は続ける。

 

「もう一度μ'sって気にはなれなかった、当初は期待もされたけど……絵里ちゃんたちの卒業で区切りをつけないとって」

「そうね」

「スクールアイドルっていうのは、たぶん、気持ちのいい場所なんだと思うの、だからこれほど流行ってるし、これからも続くんだと思う」

「穂乃果さんの言うとおりだわ」

「でも、スクールだから卒業しないといけないんだよね、うぶ毛の小鳥たちもいつか空に羽ばたく大きな強い翼で……飛ぶ」

 

 そういえばこの歌詞を書いた時、海未は何を考えていたのだろう?

 ちょっと聞いてみたくなった。

 

「まあ、未だに羽ばたいてないエリーみたいな例外はいるけどね」

「殴るわよ?」

 

 ツバサと穂乃果との飲み会が終わってから2週間ほどが経過した。

 今まで怒涛の勢いでμ'sのメンバーとかA-RISEとかとお酒を飲んできたのが嘘のように誘いもない。

 あの日から亜里沙はテレビで芸能関係のチェックをするのをやめ、食事以外ではスマホをよくいじっている。

 テレビのチャンネルの選択権が戻って来たけど、この時間帯はやっぱりニュースしかやってないわねえ……

 

「ん? なんかテレビにツバサみたいな人が写ってるわ」

「ああ、もうニュースになってるんだ」

「……これ、ツバサじゃない?」

「だから綺羅ツバサさんだってば、テレビよく見て!」

 

 亜里沙に注意をされたので、用心深くテレビから流れる放送を見やる。

 記者から質問攻めにされているツバサは、とても400円の中ジョッキをうまいうまいと飲んでいた人物には見えない。

 テレビ越しに見ても彼女のオーラは華やかなものだった。

 

「もう一度アイドルをやりたくて、恥ずかしながら戻ってきてしまいました」

 

「一人というのは不安があります、でも、アイドルがとても楽しいってことを皆に伝えたいと思って」

 

「はい、以前いた事務所という選択肢もありましたが、もうA-RISEであることは忘れて心機一転、ハニワプロでお世話に……」

 

「だって可能性を感じたんだ そうだススメ――! 私の好きなスクールアイドルグループの曲の一部です」

 

「そうですね、ライバルは多いですが負けるつもりはありません、でも、雑用でもお茶汲みでも何でもします、お仕事ください(笑)」

 

「それから、マネージャーも募集中です、もちろん未経験可で」

 

 ふいに、ツバサと目が合った気がした。



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(※) 東條希との飲み会編 01

 亜里沙との食事の最中、おずおずと妹が聞いてくる。

 

「姉さん、私の仕事はわかりましたか?」

「さすがにノーヒントで答えをつかむのは無理よ、無理よ、そんなの無理」

「そ、それならばそれでいいんです! いいですか、人の仕事を興味本位で覗こうなど……恥を知るのです!」

 

 ビシィ! と指差す私の妹。

 

「い、いや、でも、ほら? ……指を他の人さしてはいけないのよ?」

「もちろん外ではこんなことしません、姉さんがあまりにも情けないから……! 後ろ指ばかりさされているから!」

 

 見えないからわからないし! 後ろに目なんてついてないから!

 というのと同時に、エリーはとある作戦を思いついた。

 

「情けない姉でごめんなさいね……」

「ね、ねえさ……お、お姉ちゃん?」

「そうよね、後ろ指さされちゃうわよね、外になんて出たらいけないわよね?」

「い、いや、そこまでは……」

「希には悪いけど今日は断って――」

「姉さん?」

「希は忙しいからなかなか機会もなくて……残念だけど……」

「ああもう! もう! 分かりました! 行ってきて構いません!」

「本当!? じゃあ! お小遣いも!」

「最近ご無沙汰でしたもんね、構いません。ただ」

「ただ?」

「今度はありません、同情を誘うような作戦を今度したら……」

 

 自害させます。

 ――は、ハラショー、怖いわぁ……

 

 

 希は顔出しをしている有名人でもあるので、基本的に飲み屋はNG。

 だから宅飲みをする予定ではあるんだけど……

 

「ええと、確か希の指定した住所は……」

 

 神奈川の箱根。

 つまりは温泉街。

 カッポーンという音が脳内で鳴った。

 

 うん、たまには大きなお風呂というのもいい。

 高校時代は穂乃果の紹介で銭湯にも入ったことがあるし。

 ただやたら周りのお婆ちゃま方から、何か別の人種の人を見るような目で見られて――

 

 まあ、たしかにロシアンクォーターエリチカとしては外国の人扱いも慣れてはいたけど。

 でもお婆ちゃま方、私は近所のお祭りにも参加していたし、イベントにも出てたんですよ?

 

「ううん、今日は嫌な思い出を振り切って――!」

「何が嫌な思い出なのよ」

 

 振り返ると真姫がいた。

 帽子をかぶり、目元にはサングラス、ついでにマスクまで。

 芸能人気取りかしらマッキー……。

 

「どうして?」

「どうしてって、今日はμ'sのみんなで宴会でしょ? 聞いてないの?」

「聞いてないわ……」

 

 

 何でも今日は旅館を借り切っての宴会が執り行われるらしい。

 らしいというのは、真姫も来たは良いけど詳細は知らされていないみたいで。

 

「エリー、就職は?」

「ぶっぶーですわ!」

 

 最近LINEを交換するに至ったルビィちゃんから教えてもらった、お姉さんの口癖。

 その人はなんでも実家で絶大な権力を発揮して――ルビィちゃんのスポンサーとして活躍しているらしい。

 それは職権乱用では……?

 

「え、候補すらないの?」

「ありませんわ」

「何その口調……」

「私のファンだっていうお嬢様が喜ぶと思って……」

「喜ばせてヒモにでもなる気?」

 

 それは今の生活と全く変わりがないというか、今よりたちが悪くなってませんか?

 

「エリー、良い声しているから歌手とかさ」

「買いかぶるというか、好感度高すぎじゃない?」

「だ、誰がハーレム系小説の3番手ヒロインよ!」

 

 誰もそんなことは言ってませんわ……。

 

 

「何話してるのー?」

「あ、花陽じゃない!」

「エリーがまた馬鹿な想像をしていたから注意してたのよ」

「真姫ちゃんほどほどにね」

「エリーが!」

 

 花陽は以前よりも少しスマートになったというか、やつれ気味?

 

「花陽……その、就活上手に行ってない?」

「本当は今日も説明会って嘘ついちゃった、いけない子だね、私」

「ここに絶望的に駄目な人がいるから良いのよ」

 

 マッキーさっきから私に恨みでもある?

 

「ネットで見たよ、絵里ちゃんツバサさんからマネージャーにならないかって誘われてるんでしょ」

「丁重に五回もお断りしたわ」

「同じ地元の元スクールアイドルで、現在は就職する気もない子を誘っているって、やほーニュースでみたもん」

「本当に? 良い就職先じゃない? エリーにはもったいなさ過ぎるけど」

 

 身の程を知っている私としては、いきなり超トップアイドルのマネージャーとか

 漫画の主人公じゃあるまいし、そんなことができるはずもないのだけど。

 

 以前もツバサに――

 

 

「エリー! お願い! 私、エリーじゃなきゃ嫌なの!」

「えー……あなたなら敏腕マネージャーなんかいくらでも選び放題じゃない」

「金髪で胸が大きくて元スクールアイドルで外国語堪能でμ'sのメンバーなんてエリーしか当てはまらない!」

「それはマネージャーの必須条件じゃないわよ! というか私を選んでるじゃないの!」

「エリー、案外みんなからの好感度高いのよ? 人を引きつける魅力……とでも言うのだろうか」

「英玲奈のマネじゃない!」

「ま、今のは冗談よ。でも、ほら、ハニワプロの子からは大人気よ? アイドル仲間からも評判いいし」

「なんで私の噂が広まっているのよ……誰が広めたのよ」

「それはあり……」

 

 あり?

 

「ありえないスピードで広がっているのよ、バイオハザードね」

「だからなんで私なのよ、あのねえ自分で言うのもなんだけど、私かなりダメ人間よ?」

「別に私も慈善事業であなたを就職させたいというわけではないのよ?」

「芸能界にも興味ないし、何より未経験、マネージャーのことも何も知らない……本当なんでなの?」

「興味があるのよ、社会復帰をしたあなたに」

「べ、別に……大したもんじゃないわよ……」

「ニート時代でも誰からの評価も変わらなかった、それどころか評価はうなぎのぼり、普通なら見捨てられて生き倒れてるわよ?」

「そ、それは」

「絢瀬絵里という人間はするしないでは何も変わらなかった、おそらく、あなたは何も変わらない」

「買いかぶりすぎよ」

「あなたはきっとこの世の中を、運命を、変える人間だわ」

 

 なお自宅。

 亜里沙は気まずいのか部屋から一歩も出てこなかったけど。



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(※) 東條希との飲み会編 02

 

 

 

「あ、かよちん! 真姫ちゃん! 絵里ちゃん!」

「凛ちゃん!」

「凛!」

「ちょっと凛! この前私の現場に差し入れ持ってきたでしょ! 処理するのに困ったのよ!」

「人身御供は何にしたにゃ?」

「クソ作品を作った脚本家と監督」

 

 凛も自分の料理が上手にいってないという自覚があるなら渡さなければいいのに。

 それは何ていうか、無自覚テロと言わんばかりの行動なのではないかと……。

 

「そういうときはスポンサーに渡すにゃ」

「金づるにお前はクソですなんて言えないでしょ」

「聞いてはだめよ花陽! 就職するのが辛くなるわ……!」

「え、絵里ちゃん……! 耳! 耳は弱いのぉ!」

 

 旅館の前で騒いでいると従業員と思わしき女の子が出てきて、

 

「お客様、もしかして……元μ'sの」

「人違いです」

「ちょっと何否定してんのよ絵里!」

「東條希で予約を入れていると思うんですけど」

「あ、はい。その方の名前でご予約を頂いております。そうじゃなくて、私、μ'sの大ファンで」

「な、なんだ、ファンの子かぁ」

 

 警戒を解く。

 なんというか、私が元μ'sだと知られると意外と面倒なんだ。

 就職を斡旋されたり、仲良くもないのにメッセージを送られてきたり。

 ファンの子はそこら辺の線引がはっきりしている子が多いから安心なんだけど。

 

 

 高海千歌ちゃんは元Aqoursのリーダーで、現在は実家を出ての一人暮らし。

 長いこと友人にも会っていないとかで、最近は寂しい寂しいとばかり言っていた。

 

「ちなみに誰派なの?」

「穂乃果ちゃんの……大ファンで……」

 

 私たち四人の空気がぴしりと固まる。

 高校時代にファンに一番囲まれていた穂乃果は、大学入学時にとあるトラウマを作ったらしく

 その、人との線引をはっきりしていた。

 

「それ、穂乃果の前で言っちゃ駄目だから」

「あー……」

 

 千歌ちゃんの表情が一気に固まる。

 ああ、もう手遅れだったか……荒れてないと良いんだけど。

 

「私、今日はいい日だなって思ったんですけど、やっぱりファンはファンとしての自覚を」

「いいじゃない今日はお酒の席だし、お酒を交わせば、穂乃果とも仲良くなれるわ」

「え、でも私まだ仕事中で」

「私たちしかお客さんはいないんでしょ、平気よ平気、どちらにしろ顔を合わせるなら酔わせて機嫌取っちゃえばいいのよ」

「絵里さん……! 私、絵里さんを2推しにします!」

 

 一番にはなれない運命か。

 ――私たちが案内された場所は、本当だだっ広い宴会場だった。

 もうすでに穂乃果、ことり、海未、にこの4人が到着していて、お酒を酌み交わしていた。

 

「ほら、千歌ちゃん」

「はい! 穂乃果さん! お酒お注ぎします!」

 

 でもみんな、まだ昼の12時よ?

 昼間から飲むお酒は大変美味しいというけれど、ニートの私には気まずいだけだわ!

 

 

 現在時刻は13時。

 最初は我慢をしていた私も、周りのメンバーが盛り上がっているにつれて、

 

「千歌ちゃんビールある?」

「もちろんです! 絵里さん!」

 

 お酒を飲み交わす。

 ああ、やっぱりこの一杯のために生きているって感じだわ。

 右隣には海未、左には花陽。

 今気づいたけど、うみぱなえりって相当珍しい組み合わせじゃないかしら?

 

「そうですか、20連敗……大変ですね、花陽」

「もっと自分の身代に合った職場を選ぶべきじゃないかなって、最近では思うよ」

「アルバイトをしながら面接を受けて、頭が下がる思いです」

「受かれば格好いいんだけどね、もうそろそろ実家から出ろオーラが出てきてね」

 

 世知辛い。

 センターにいる私を無視して就職談義に花を咲かす二人。

 私はといえばアドバイスもできないし、かといって話をかき回すこともできないし。

 おかしいな、元は海未と並ぶくらい真面目なメンバーだったと思うんだけど? 

 これが時間の流れというのは残酷だってことかしら。

 

「実家から出る……私も絵里みたいになれば実家からでなければいけなかったでしょうか」

「このまま追い出されたりしたら、どうしようって思うよ。

 そのときには凛ちゃんが面倒見てあげるって言ってくれているけど」

「難しい選択ですね……凛も忙しいですから」

 

 この場を離れるべきか、留まるべきか。

 難しい選択だ……。

 

 

 時刻は14時。

 席順が少しだけ変わっていた。

 右隣には真姫、左隣には穂乃果。

 まきほのえりというこれまた珍しい組み合わせ。

 

「ええ? 穂乃果の仕事先閉店しちゃったの?」

「そう、結構繁盛してたけどね、最近は食品管理が厳しくて」

「ああ、私もよ穂乃果、今回もDVDの売上が芳しくなくて爆死よ!」

 

 髪の色と同じように真っ赤になりながら、それでもジョッキを離さない真姫。

 今回のタイトルは有名なろう小説の念願のアニメ化で、元のファンも多いんだけど。

 それでも爆死をしたってことは、もう、何か呪われているとしか……。

 

 そういえば、希が遅いわね。

 キョロキョロと周りを見回してみると、花瓶と目があった気がした。

 おかしいわね、酔っているのかしら……?

 

「ねえ、真姫、あの花瓶動いてない?」

「何言ってるのよ、私の世界は全て揺れているわ!」

「真姫ちゃんほどほどにね? そろそろ自重してね?」

 

 うーん……?

 たしかにあの花瓶、なんか不自然に穴のようなものが見えるし

 顔の部分だけくり抜かれているとしか思えないし。

 

「ねえ、穂乃果、やっぱりあの花瓶、希に見えるんだけど」

「希ちゃんがそんな花瓶の中になんて入るわけ無いでしょ、酔ってるの絵里ちゃん」

「そうよねえ……」

 

 

 時刻は15時。

 先ほどと同じように席順が変わっていた。

 右隣はにこ、左隣は凛。

 にこりんえりという、割とよく見たような組み合わせ。

 

「凛は相変わらず忙しそうね」

「にこちゃん少し痩せた?」

「お互い様でしょ」

 

 この中で唯一忙しくないメンバーの私は、ビールではなく日本酒を飲んでいた。

 先程からチラチラと花瓶に見られている気がして落ち着かない。

 

「絵里も就職してしまうし、こんなふうに飲むこともできないわね」

「え、何そのガセ情報」

「ツバサさんからは逃げられないにゃ」

「たしかにあの子に追われて逃げられなかったプレイヤーは数多くいるけど……」

 

 そしてツバサに追われて垢バンされたプレイヤーも数多くて。

 彼女は不正チートなんて利用していないのに、追われたプレイヤーはどうしようもなくて……。

 

「芸能関係者からも有名だよ、ツバサさんって逃げれば逃げるほど追いかけてくるって」

「去るものは追うタイプね、でもそれくらい強引じゃないと就職しないって」

「凛は仕事を貰わないと食べられないのに、絵里ちゃんには仕事が勝手に入ってくる」

「理不尽ねえ……」

 

 その仕事は私が全く望んでいないので、厄介事でしかないんですが……

 ああ、お酒が美味しい……。

 

 

 宴も後半戦――かもしれない。

 16時になり、ついに宴を催した希がやってきた。

 なぜかところどころ顔が黒い。

 まるで花瓶にでも入ってたみたいね! はは! 

 と言った真姫が今はお腹が痛いともだえ続けている。

 

「ほんま、スピリチュアルやね」

 

 それはスピリチュアルではなく、プロクリャーチエと言うものではないかと。

 まあ、彼女の原因不明の腹痛は食べ過ぎとか飲み過ぎによるものでしょう、おそらく。

 

 席順もめまぐるしく立ち代わり、今はことのぞえりという組み合わせ。

 高校三年間でことりが希と絡んだのを見たのは、おそらく二桁行っていないから

 かなりレアな組み合わせではないかと言わざるをえない。

 

「そういえば今度、真姫ちゃんあまえちゃんの声をやるそうやんな」

「あまえちゃん 好きー!」

「言われる方よ! あいたたた……」

「ああもうじっとしてなさいよ!」

 

 そういえば、にこまきというカップリングがあることを教えてくれたのは、真姫自身だったっけ。

 あのときはどういう気分で私に告げたんだろうか……膝枕をされて至福の表情の彼女を見るに想像できない。

 (注・本来のあまえちゃんの声の担当はルビィ役の降幡愛さん)

 あんなに、ひたすら気持ち悪い、とにかく気持ち悪い、何があっても気持ち悪いと評判の漫画の声を担当するなんて

 にこに対して気持ち悪いと言い放った彼女が担当するとは……声優というのはわからない世界だ。



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(※) 東條希との飲み会編 03

 

 

「希ちゃん、こんなこと言うのは差し支えがあるんだけど……」

「おお、どうしたんことりちゃん、ダイエットの方法ならエリちに聞いて」

 

 ――ダイエットという言葉にことりの表情が笑顔になる。怖い。

 

「その、運勢を占ってほしいの」

「なにか悩みが?」

「年をとると不安が増すの、このままで良いのかって」

 

 ほぼ全員の耳がダンボになる。

 みんなアラサーだから、将来に対する漠然とした不安が強くなる時期だ。

 ニートって宿題が終わらない状態の8月31日を延々と過ごしている感じだから

 こう、たまには占いも頼りたくなる気持ちもわかる。

 わりかし不安定要素の強い"有名人”という括りの凛や真姫。

 自営業で安定しているかと思えば突然のお見合い決定(覆ったけど)が尾を引いている海未。

 お店が潰れて無給状態になってしまった穂乃果、就職先が決まらない花陽。

 唯一安定しているとも言っても良いにこだけが、しょうがないわねぇみたいな顔をしている。

 

「せやな……じゃあ、ちょっとみんなの運勢を占ってみよか」

「え、みんないいの?」

「もちろん、こうなるかと思ってちゃんと占い道具も持ってきたし」

「ささ! 順番決めよう! 一番は言い出しっぺのことりちゃんとして、二番目以降はお給料の金額で決めよう!」

 

 それ必然的に私がラストになっちゃうやつじゃん。

 そして穂乃果も微妙にあとの方になるやつじゃない?

 

 

 希の占い教室は2時間ほど続いた。

 残すは、海未、花陽、私の順番となっている。

 真姫は、心機一転、エッチなゲームにも出よう! と言われて凹んでいるものの

 他のみんなは表情が晴れ晴れとした雰囲気を出している。

 言い出しっぺのことりは技術をお金に変える職業で、不安に思う要素は何一つないと励まされたし

 ノリノリだった穂乃果は、そろそろ転職を考える機会かもねなどと言われてリクルート雑誌を千歌ちゃんに頼んだ。

 安定しているにこは占いなんて、と最初の方は言っていたけど、体を壊さないように注意され表情が引き締まる。

 

 凛は結婚運が非常に高まっているらしく、相手をきちんと選ぶことを注意されてた。

 もうお相手とも出会っているみたいで、高校時代ウェディングドレスを着た凛が……とか言ってた。

 

「さて、次は海未ちゃんやね。そういえばお見合いなんて話もあったんやて?」

「え、ええ。あまり口外はしていませんでしたが、そんな話もありました」

「受けなくて正解よ、海未ちゃんは元から結婚運が絶望的で、恐らくしても不幸になるだけだったから」

「……ぜ、絶望的ですか」

 

 大学を卒業してからあまり表情を変えない海未が珍しくたじろいでいる。

 私にもツバサのところに行ったら不幸になるからやめろくらいのことは言ってほしい。

 

「でも、園田の家って女の子しかいないから、せやなあ……養子でも取る?」

「家族の状況は希に言ったことありましたっけ?」

「……スピリチュアルやね」

 

 何をごまかすつもりなのか。

 

「まあ、良縁さえあれば背中を押してもええけど、でもね海未ちゃん、親の言うことばかり聞いてもいかんよ」

「そ、そうですね……」

「一人の自立した大人なんやから、そろそろ自分の意見を持っといたほうがええと思うよ」

 

 

 海未の次は花陽。

 元から何事にも緊張しがちな花陽ではあるけど、今は顔面蒼白で凛に支えられて立ってるのがやっと。

 

「は、花陽ちゃん? そない緊張するんやったら、後日でもええで? お宅伺うし」

「だ、だいじょうぶ……! 希ちゃん! お家に伺うなんてそんなことまでしてもらったら、花陽倒れます!」

「今も倒れそうなんやけど……じゃあ、さしあたりのないことから行こうか」

 

 との希の言葉通り、仕事運が低調。恋愛運が厳しい。食あたり注意と言われている。

 最初の方は、うんとか、あーとかしか言えなかったみたいだけど、

 だんだんと元気を取り戻してきて、逆に質問を返すようにもなってきた。

 

「あ、それから花陽ちゃん」

「はい?」

「脱いだらあかんで?」

 

 全員の空気が凍る。

 みんなアラサーになってきて、その、お金が厳しい女性が最後の頼みとして就職する職業が想像できてきた。

 花陽は可愛いし胸も大きいからさぞかし人気になる……かもしれないし、そうでないかもしれない。

 

「希ちゃん、なんで知ってるの?」

「その会社、最初はモデルとかアイドルとか言って女の子をかき集めて、やがてエッチ方面の仕事を斡旋する質悪いところで」

「かよちん! そんなことがあったんならなんで凛に相談しないの!」

「だって、迷惑かなって」

「ばか! かよちんのためなら芸能界を引退したって良いもん! 凛がかよちんを想う気持ちを……甘く見ないで!」

 

 何処かで聞いたことがあるセリフだと思ったけど、感極まって泣いている花陽を見て自重する。

 

「まあ、注意するのはそれくらいやね、それから家から出たほうが良いよ」

「ええ……でも行くところが」

「凛のところに来なよ! ちゃんと毎日帰るようにするし!」

「何言ってるのよ、花陽が来るのは私の家」

「なんで凛とかよちんの話に西木野さんが割り込んでくるの!」

「に、西木野さんって(´・ω・`)」

 

 

「さて大トリのエリちやけど」

「あ、私は良いのよ、しばらくニート生活だろうし、未来を不安に思う要素は何も」

「その発言を聞いて言わなあかんって思うたわ、さ、みんな! エリちを逃げられんように拘束!」

 

 みんなから、体を四方八方抑えられた。

 抑える所がないメンバーは見張り役として近くにやってきて

 自分が占われているときよりも真剣な面持ちをしている、なーぜ! とーどけてせーつなさーにはー!

 

「ちょ、ちょっとことり、どこ掴んでるの、セクハラよ?」

「同性無罪だよね♪」

「背中に当たってるんだけど……」

「当ててるのよ♪」

 

 ことりが壊れた(ことり回に引き続き2回め)

 

「さて、エリちの現状は皆も知っての通り、ヒモでニートで酒ばっか飲んでるね」

「い、家では飲んでないし……」

「妹の亜里沙ちゃんの職業は、まあ安定している方だし将来に対する不安もない。優秀だし」

「そ、それほどでも」

 

 なんて小ボケをしてみると、ほっぺたの両端が引っ張られた。

 

「いひゃいいひゃい」

「ふざけないの、希の話をちゃんと聞きなさい」

「さてエリちは今、岐路に立たされとる。運勢的に見ても、今変わらないとどうにもならない」

「運勢的というか、もはや年齢的にやばいじゃない、30にもなろうかっていうときに職歴もないとか」

 

 そう断言されると、ちょっと私としても危機感煽られちゃうなあ……

 

 

「エリちには、この先3つの選択肢がある」

「ゲームじゃないのよ希、と言うか3つもあるのね……」

 

 はい、いいえ、どちらでもない。

 とかなら随分楽なんだけど。

 

「もうすぐご両親が来るらしいやん? その時に亜里沙ちゃんから住む場所の紹介があると思うんや」

「ええ、いま交渉中とか言っていたわね」

「その場所にご厄介になって、ちょっと働き始めるのが第一の選択肢」

 

 は、働くのか……。

 何ていうか、何かの制服に身を包み働くとかまるで想像できない。

 

「でも、亜里沙ちゃんの知り合いってアイド……むぐっ!」

「何言ってんのよ凛! 今何も聞いてなかったわよねエリー!」

「え、ええ……なんか、不穏当な言葉が聞こえた気もするんだけど」 

 

 哀奴とかなんとか……亜里沙ってもしかして、調教師とか何かなんだろうか。

 調教師のキャリアウーマンというのを想像して、SMの女王様しか浮かばなかった私は震えた。

 

「二番目は、海未ちゃんにお世話になるパターンやね」

「いつでも歓迎しますよ、絵里」

「海未、気が早いわ、と言うか来る前提で物を考えないで」

 

 以前も言われたことがある、海未の家にお節介になるパターンか。

 でもご両親はなかなか厳しいみたいだし、ニートだと知られればビシバシとしごかれてしまうのでは?

 

 

「さて、最後やけど。これは鉄板やね。ツバサちゃんのところでマネージャーす」

「わーわー!」

「誰かエリちの口塞いで、うん、頑丈に、ガムテープでいいから

「ごめんなさい、静かにするのでガムテープは勘弁して……」

 

 第三の選択肢は、以前ことりに紹介して貰ったマスターのもとで修行するものだと……。

 なんかやけに気に入られているし、もうすでにLINEの登録までされて――

 亜里沙が以前よろしくお願いしますと言いに行ってしまったことまであった。

 

「結果的には亜里沙ちゃんが一番喜ぶんじゃないかなあ」

「そうかしら? だってあの子の仕事芸能関係じゃないんでしょ?」

「……あ、そうだったね、うん、これはウチの勘違いや、ごめんごめん」

 

 確かにお給金的には一番高そうだし、亜里沙も一人暮らしを始められるかもしれない。

 隠れて姉のお世話なんて飽きた! とか思っているかも……。

 

「でも一番安定して、一番収入があるって言うのは魅力的やろ?」

「マネージャーなんて何をするかもわからない職業に未経験者がついていいと思う?」

「ええやん、ドラマでありがちやで」

 

 何その創作脳……。

 

「ツバサちゃんの好感度が高すぎてそっち方面が心配やけど、エリち彼女に何したん?」

「別に同じギルドに誘われてからずっと一緒ってだけよ」

「あー……ツバサちゃんにとってはA-RISEの解散はダメージが大きかったんやろうなあ……」

 

 

 その後、恋愛運も結婚運も進展なし、もはや女の子と結ばれたほうがいいレベル。

 などという、こころちゃんが大喜びしそうな診断内容を打ち付けられた後で夕食がやってくる。

 旅館側も、もうすでにお酒を6時間以上飲んでいるというのを把握しているのか、とても軽いメニューだった。

 

「エリち」

「あら、希。どうしたの? 食べ足りないのなら」

「温泉入ったらサシで飲もか」

「え? ああ、別に構わないけど、なに? まだ私を凹ませる気?」

「そうかもしれないし、そうでないかもしれんなあ」

 

 希と一緒に温泉に向かう道中での会話。

 ちなみにお酒が抜けない真姫と、あんたらと入るなんて絶対に嫌と宣言したにこがお留守番。

 もう恥ずかしがる年齢でも……はっ!

 

「もしかして、にこと真姫は本当に結ばれ……」

「エリち酒が抜けてないんやったら温泉やめる?」

「やめない!」

「まあ、7人もおるんやから誰か一人倒れても平気か」

 

 大浴場「桃源郷」の女子風呂に入っていると、ことりが近づいてきて。

 

「絵里ちゃんはやっぱり大きいよ、ウエスト細いし、本当にニートなの?」

「スタイルにニートは関係ないんじゃ……」

「これを見て」

 

 防水加工を施された(個人的にはあんまりお風呂での使用は歓迎できない)スマホを見せることり。

 そこには――

 

「結婚できない女の特徴?」

 

 

「へえ、ことりちゃんこういうの見てるんや」

 

 希が近づいてくる。

 その様子を見て、どこかから舌打ちのような音が聞こえてきたけど……

 花陽が苦笑いをしているのが見えただけだった。

 

「結婚できない女の特徴……なになに、まず……家事手伝い」

「つまりはニートだね、ニートは結婚できない!」

 

 ビシィ! とことりに指さされる。

 まあ、結婚する気もないけど……そういえば私は結婚式って参加したことないな。

 式会場での司会なんて仕事も凛や真姫は何度か体験したみたいだけど。

 μ'sのメンバーはほとんど縁が無さそうだし、ルビィちゃんや理亞さんと言ったアイドルの子は恋愛禁止だろうし。

 

「勉強ができて賢い……?」

「そう! 偏差値60以上の大学の卒業生は結婚しづらい!」

 

 その場で回転したことりが先程と同じように指をさす。

 

「エリちの大学の偏差値って?」

「64くらいだったかしら? あんまり覚えてないけど」

「次の文章を読んで!」

 

 スマホの画面を指でスライドさせて見る。

 

「スタイルが良くて、外国語が堪能……?」

「この文章書いたのって……まさか……」

 

 希がそう言ったので、私も文末を見る。

 文責:T.K.Revolutionと書いてあった。

 T.K……何処かで聞いたような……?



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(※) 東條希との飲み会編 04

 

 

 ことりが、つまり私は結婚できるの! しないだけ! ねえ、希ちゃん! 

 なんて突っかかり始めたので、私はいそいそと退散。

 最初は凛たちに挨拶でもしようかと思ったけど、

 その彼女からあっち行けというふうな視線で見られたので

 やっぱり退散をすることにした。

 

「穂乃果、海未」

「絵里ですか、どうです? そろそろ家の仕事内容を確認しますか?」

「海未ちゃぁん! 穂乃果も転職させてー!」

 

 穂乃果が海未に抱きついている。

 これはお邪魔をしてしまったかな? いや、別に仕事の話をしたくないからじゃないよ?

 いそいそと後ろを向けて一人で落ち着こうかと思ったら、髪の毛をぐいっと引っ張られた。

 

「話は終わっていませんよ、絵里」

「その笑顔が怖いわぁ……」

 

 海未の攻撃で首が痛い。

 流石に強く引っ張り過ぎなのではと思ったけど、エリーチカ大人だから言わない。

 だってさっきから穂乃果は左手でアイアンクローをされている状態だから。

 

「さて、騒がしいのも落ち着きましたし……朝は5時起きです」

「本当に仕事の内容を説明しだした……」

「まずは道場の掃除から始めていただきましょう、なに、2時間で終わります」

「一人でやらせるの!?」

「もちろん、絵里は新人ですから」

 

 

 海未の話をくどくど聞いているうちに、だんだんと湯あたりの前兆を感じてきた。

 

「ごめんなさい海未、ちょっと暑くなってきたわ」

「そうですね、名残惜しいですがそろそろ上がりましょうか」

「がぼがぼがぼ……」

 

 穂乃果は海未が話をしている間中ずっとアイアンクローをされたままだった。

 せめて離してとか、痛いとか言えばいいのに……。

 

 脱衣場に戻ると、にこと真姫がいた。

 着替えている二人をちょっと観察してみたけど、赤い痕跡などは見られなかった。

 やれやれ一安心。

 

「何ジロジロ見ているのよ絵里、にこの体なんてジロジロ見ても仕方ないでしょ」

「にこも需要があると思うわ!」

「死に腐れ! 金髪外道!」

 

 ひどい。

 私の精一杯のフォローは相手に伝わらず。

 でも負けない、エリーチカは女の子だもん!

 

「絵里、たいてい金髪巨乳と来ると人気投票では3番目以降になりがちだわ」

「何の話よ」

「つまり、絵里ルートアフターは発売されないのよ!」

「ごめんにこ、真姫酔っ払ってない?」

「嫌なことを思い出したからお風呂はいるって聞かなくて……」

 

 何を思い出したのだろう……?

 

 

 大宴会場には布団が敷かれている。

 なんだか9人で寝るって言うと、まるで合宿のようだ。

 高校時代に何度ともなく行ったμ'sでの合宿を思い出して、笑う。

 

「あ、もしかして絵里ちゃんもμ'sのこと思い出しちゃった?」

「ええ、穂乃果も? 懐かしいわね、確か一回目は枕投げとかして」

「海未ちゃんの顔に当てて大変だったね!」

「もう枕投げなんて恥ずかしくてできない年齢でしょう? だから準備をするのはやめなさいふたりとも」

 

 初心に帰るっていうのは……結構良いことだと思いまして……。

 

 お風呂から上がってきたみんなが続々と部屋に入ってくる。

 和気藹々と話していると肩をポンポンと叩かれる。

 

「希、そろそろ時間?」

「んー、本当ならみんなが寝てからって思ったけど、そんな雰囲気ないし」

「そうね」

 

 唯一寝ているのは、お酒を美味しい美味しいと言いながら飲んでいた真姫だけ。

 ものすごい幸せな表情で花陽の膝の上に頭を載せて、凛に睨みつけられている。

 もし仮にまきりんぱなでルームシェアなどしようものなら、三角関係で一日持たないかもしれない。

 

 

 希とともに部屋から退場し、私たちは地下にある――

 

「バー……Bar Bar Bar……大当たりってこと?」

「マスターはギャンブル好きで年に数回ラスベガスに行くらしいやん?」

 

 業務を放り出してまで行くラスベガスとは。

 融通が色々と聞くのだろう。

 貸し切りにしてくれるし、お酒飲み放題だし。

 それまでに様々な準備をしているかと思うと、なんというか、働くのって本当大変やんな。

 

「何飲む?」

「任せて、常識ではオレンジブロッサムを頼むのよね」

「どこの世界の常識なんや、聞いたこともないけど。チョコレートのカクテルもあるよ」

「へぇ、奥深いのねカクテル」

「なんやよくわからんけど奥深いって言っておけばいいっていう風潮エリちの中でない?」

 

 そ、そんなことない。

 カクテルは……遊びじゃない!

 と、よくわからない話をしているうちにカウンターにカクテルが置かれる。

 

「甘いもの系が多いなら、穂乃果が喜びそうね」

「穂乃果ちゃんたちはじつは昨日から来ててな……花瓶のことも知ってて」

 

 なら私が花瓶の中に誰かがいることに気づいた時に教えてくれれば……真姫は……。

 

「で、何か悩み事?」

「はー、エリち、時折賢くなるのやめへん? せめて一生涯賢いか、ポンコツでいるかどっちかに」

「私のどの時がポンコツだったのよ」

「生徒会長挨拶の時に一人立ち上がって拍手していたときは、えらいポンコツやなあっと思って見とった」

 

 後日海未に熱でもあったんですかと言われて凹んだときやん?

 

 

「まあ、悩みってほどでもないけど、ウチ、恋人を作ろうと思うてん」

「作ろうと思えば作れるものなの……?」

「正確に言えばパートナーがほしい、あ、エリちと違うよ? なんかドヤ顔しとるけど」

 

 のぞえりは人気のカップリングだって、真姫も言ってたから誤解しちゃった。

 

「自分に釣り合う人がほしいってこと?」

「うん、有り体に言えばそう。マネージャーはおるけど、こっち方面全然詳しくないし」

「なかなか希の知識についていくのは難しいでしょうねえ」

 

 この世ならざるものが見えるとか、人の将来がなんとなくわかっちゃうとか

 統計学ではない占いができる人なんて、恐らくはごく少数なのではないかと。

 

「目をかけた子はたいてい独立してしまうし、ほら、ウチは意外と寂しがり屋やし」

「まだ治ってなかったの?」

「人間の本質なんてそうそう変わらないよ」

 

 それはまあ、たしかに。

 私の賢さとか高校時代と何一つ変わっていないものね!

 ……あれ? 希の視線がなんとなく憐憫を含んだものになったけど、どうして?

 

「将棋の世界じゃないけど、弟子でも取ったら」

「弟子か、なに、スピリチュアル小学生でも探す?」

「別に小学生でもそうじゃなくてもいいけど……あ、このカクテル美味しい」

「意外と酔うから気いつけや、よく言うやん? 鉄は熱いうちに打て。これ世の中の真理やと思うねん」

 

 本当は飲み干したいほど美味しかったけど自重。

 甘いアルコールって飲みやすいけど度数が高いってパターンが多いけど、

 それは男の人の欲望が生み出したとかそういう理由じゃないわよね?

 

 

「それで、打てそうな鉄は見つかりそうなの?」

「卦は出とるけどなあ、案外μ'sとか、A-RISEのメンバー……だからエリちとは違うて」

 

 のぞえりは人気の(ry

 

「花陽は?」

「素直で可愛いが飛び抜けとるけど、こっちに来てくれるかなあ?」

「占いには飛びついてたじゃない、別に急ぎで弟子を取ろうとかそういうわけじゃないんでしょ?」

「花陽ちゃんは料理も上手やし、なんでも食べるし、働きものだし、申し分ないんやけど」

 

 断られたら凹むなあ……と、希がポツリと呟いた。

 

「最初から駄目だったときのことなんて考えてもしょうがないわ」

「うん、それはそうなんやけど」

「お試し期間でもなんでも作ればいいのよ、例えば一ヶ月とか」

「それは海未ちゃんの家にお世話になる期間やろ?」

 

 え、もうすでに海未ルート決定? どれだけフラグ立てたのかしら……。

 

「希が言いにくいなら、私が言ってもいいのよ?」

「いや、ウチが言ってみるよ、ありがとうなエリち」

「どういたしまして」

「そういえば先日占った時に、亜里沙ちゃんに不幸の卦が出ててん」

「亜里沙に? なにかしら……うちの両親が永住しちゃうとか?」

「ありえそうな話やね」

 

 それ、私が亜里沙と一緒に暮らせなくなるじゃん……。

 

 

 仕事帰りのタクシーの中で、亜里沙は両親からの電話を受け取っていました。

 

「え? 私のアパートに住む? どうして? 一時的に来るだけじゃなかったの?」

「いいじゃないか、もう一度家族3人揃って暮らすというのも」

 

 お父さんは会社を定年退職して、最近は家にこもりがちになっていると言うし

 お母さんも子育てを卒業して趣味に没頭し始めていると聞いている。

 

「あのね、亜里沙は……」

「亜里沙、もうあの不出来な娘の面倒を見るのはやめなさい」

 

 思わず体が強張った。

 目つきも厳しくなったのか、隣りにいた仕事先でお世話している子も表情を凍らせる。

 ……ああ、でも、もしかしたら電話の言葉が聞こえてしまったかな?

 

「プロデ」

「亜里沙さんでいいわ、もう仕事場じゃないんだし」

「……はい、亜里沙さん。お酒ならお付き合いしますよ」

 

 なんとなくツインテールまでシナシナとしている気がする。

 最近ゲームも自重して仕事も好調な彼女を見ながら亜里沙は会話を続けた。

 

「亜里沙、なぜお前はあの娘に仕事の一つも紹介しなかった、お前にならできたはずだ」

「私は死体蹴りという言葉や、死者に鞭打つという言葉は嫌いです」

「聞けば、家にこもり友人と酒会ばかり開いているそうじゃないか、金食い虫にはそろそろ栄養過多で」

「それ以上言ったら親子の縁を切ります」

「亜里沙、お前ももう大人だ。私が言っている方が正しいと気づいているだろう?」

 

 亜里沙は奥歯を噛んで言葉が出てくるのを我慢した。

 

 

「大学4年生の時に、あいつに最後のチャンスを与えたのは覚えているね?」

「はい」

「だがあいつは無能だった、私はチャンスを与えたことを後悔したよ」

「それは……」

 

 お姉ちゃんが大学四年生の時。

 私がもう今の仕事場でお手伝いして数年っていう時だったからよく覚えている。

 唐突にスーツと手土産を持って現れた父が、今から行く場所にいけと有無を言わせず言い放った。

 その場所はとある有名企業――確か、リニアを作っているとかなんとか。

 

 帰ってきたお姉ちゃんは何も言わなかったけど、亜里沙は今でも覚えている。

 私の胸に泣きついて一時間以上も泣いたことを。

 嫌だ嫌だと何度も声を上げながら、ひたすら――自分が元μ'sであることを後悔し続けていた。

 

「お父さんは……お父さんはいきなり全く未体験の場所に放り込まれてちゃんと働けるの?」

「私は社会人だよ、あいつとは違う」

「あの時のお姉ちゃんは大学生だったの! そこを勘違いしないで!」

 

 思わず大きな声が出た。

 

「ずいぶん姉に入れ込んでいるようだが……あいつに何ができると言うんだ」

「どうして……どうしてお父さんはお姉ちゃんを信じてくれないの?」

「裏切られたことを許せとでも言うつもりか?」

「お姉ちゃんは裏切ったんじゃない! お父さんは知らないの! あの企業が一年後セクハラとパワハラと過労死の問題で警察の調査が入ったことを!」

「いいか亜里沙、セクシャルハラスメントやパワーハラスメントと言った言葉はまやかしだ、そんなものは存在しない」

 

 通話を切ってしまいそうになった。

 私は霞んだ視線で前を睨みつけたまま、ひたすらに心のなかで叫んだ。

 もう、どうにもならないくらい感情が抑えきれなかったから。

 

 

「あいつの話になると、亜里沙とはどうしても喧嘩になってしまうね、やはりあいつは不幸の子だ」

「通話を切ります、今日はありがとうございました」

「待ちなさい、お母さんに代わろう。同じ女性同士気兼ねなく話しなさい」

「……わかりました」

 

 心が痛くていたくてしょうがなかった。

 本当はこのまま消えてしまいたいと思うほど、自分が情けなかった。

 

「もしもし、亜里沙?」

「お母さん……あのね、私ずっと聞きたかったことがあるの」

「なあに唐突に」

「お母さんは、お姉ちゃんのこと好き?」

「好きに決まっているじゃない」

 

 ならどうして――どうしてお父さんの言いなりになってしまうの?

 

「でもね亜里沙、亜里沙にはちょっとわからないかもしれないけど」

「?」

「私はお父さんのほうが大事よ、愛してしまったんだもの。恋人だったの、亜里沙もきっと愛する人ができればわかるはずだわ」

「それは……その……」

 

 どういうこと? という言葉はすんでのところで出さずに済んで。

 私は心が冷めていくのを感じたまま、機械的に母親との会話を終えた。

 

 

「亜里沙さん……」

「LEAH?」

「は、はい!」

「私、歩いて帰るから、その、一人でも大丈夫?」

「待ってください、今の亜里沙さんを一人にしておくことなどできません。みんなに集合をかけます」

「どうしようもないとこ、見せてしまうかもしれないよ?」

「もしもそれで亜里沙さんを軽蔑するような子がいれば、私が引っ叩きます」

「お姉さんでも?」

「ええ、やってみせます……運転手さんすみません、この住所に行ってもらえますか?」

 

 霞んだ窓の景色から見上げる月は、今日も煌々と輝いていた。 

 



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(※) 飲み会編 エピローグ 01

「ごめんなさい、家に帰るわ。今の時間ならギリギリ電車も出てるでしょ」

「亜里沙ちゃんが心配?」

「もちろん、今や血を分けたたった一人の家族よ?」

 

 バー Bar Bar Bar から出ていこうとすると、希が腕を引く。

 どうしたのだろうと思って見てみると

 

「お金もないのに行ったら捕まってまうで、これ、出世払いでいいから」

「近い未来かしら?」

「初任給で焼肉もつけてやー」

 

 旅館の大宴会場に戻る。

 すでに大きな電気は消されてしまっていたので、暗い明かりを頼りに荷物をまとめていると。

 

「帰るのね、エリー」

「起きてたの? 真姫」

「と言うかみんな起きてる」

 

 その言葉に布団をババーっと蹴飛ばすメンバー、投げるメンバーがまちまち。

 なんかこう言うのを見ていると

 

「μ'sを思い出すわね」

「絵里ちゃん! じゃあ、μ'sミュージックスタート! やっちゃう!?」

 

 穂乃果のテンションが高い、誰かに飲まされたな……?

 

「希がいないわ」

「ウチならもうおるで?」

 

 いつの間に帰ってきたのよ、と言うかすぐ来るんなら一緒に帰りましょうよ。

 少しだけ呆れながら、私は笑う。

 

「じゃあ、穂乃果、音頭はお願いね」

「任された!」

 

「えー、絵里ちゃんの就職を祝いまして……μ's!」

「「「「「「「「「ミュージックスタート!!」」」」」」」」」

 

 まだ決まってない――と思ったけど、口には出さなかった。

 もう、腹を決めなければいけない時期だと思ったから。

 

 

 わやわやと話していたらあっという間に終電の時間が終わってしまったので、 

 タクシーで自宅に帰ることにした。

 最初は一人で帰ろうと思ったんだけど、それでは寂しいでしょうということで海未が同行してくれる。

 

「不幸の卦? 亜里沙が? それは心配ですね」

「ええ、仕事場でなにかがあるのかしら……それとも……」

 

 私みたいに険悪と言うまではいかないかもしれないけど――

 そろそろ両親から連絡の一つも入っていても良いはず。

 電話がある日には目に見えて不機嫌になる亜里沙だから、家に帰ればだいたい状況はわかるはず。

 

「そういえば、絵里は亜里沙の仕事は知らないのですよね?」

「ええ、ちょっと見当も付かないわね、やたら芸能関係者と知り合いなのが怪しいけど」

「ふふ、では私が言ってしまうのは芸がありませんね」

「そういえば以前に亜里沙と海未は一緒に飲んでいたのよね……」

 

 海未が帰った後、実に幸せな表情をしたまま

 

「海未さんと一晩過ごしてしまいました! 亜里沙は大人になりました!」

 

 と、言っていたのを思い出す。

 意味を分かっているのか分かっていないのかわからない素っ頓狂な言い回しは、中学時代を彷彿とさせる。

 

「絵里は、その、ご両親との仲が」

「あまりよろしくないわね」

 

 よろしくないというかほぼ絶縁状態。

 まあ、元から仲が良かったかというと、少しだけ疑問符が残るけどね……

 

 

「その、寂しいという気持ちはありませんか」

「父に関してはないわね、辛いという気持ちは全部お前の被害妄想だと言われた時に縁を切ったわ」

「では、お母様には?」

「……母は、そうね。子どもよりも父のほうが好きよ。私達がよくおばあちゃまの話をしていたのは知ってる?」

「ええ、今になって思えば、なぜお祖母様のお話ばかりなんだろうと思うべきでしたね」

 

 優しい優しいおばあちゃま。

 まあ、傍から見れば優しいというよりも厳しいと言ったほうが良いのかもしれない。

 ○○してもいいとか、許可を得られた経験はほとんどないし、何ていうか注意ばっかり受けていた。

 ピロシキの作り方だって見て覚えなさいだったし、というか、あの店の料理のほとんどは私と亜里沙は見て覚えたはず。

 日本で言う職人気質だったのかもしれない、古い人と言われればそれまでなのかもしれない。

 でも確実に、おばあちゃまには両親にはない私たちに対する愛情があった。

 

「私の両親もお婆上も大変厳しい人です」 

「それは海未を見ていればわかるわ、でも相手が悪いとはいえ、気軽に叩いてはだめよ?」

「反省しています……言い訳をするならば、私も若かったのです、自分が正しいと思えば何をしても良いのだと」

 

 正しさとはなんだろうと考える時がある。

 なんかそれはまるで、自分の戦いが正しいのか考える正義のヒーローみたいだけど。

 

「おばあちゃまが言っていたわ、正しい人よりも優しい人でありなさいって」

「本当に……そうかもしれませんね」

「あえて自慢してしまうわ……本当は自慢というのは自分以外にはしてはいけないんだけれど」

 

 

「深夜ですが……妙に静かですね?」

「亜里沙はいないのかしら? LINEを送っても既読にならないし、海未もそう?」

「ええ、あんまり送ると迷惑になるかもしれないので、自重はしていますが」

 

 私からのLINEは時々既読スルーを決める亜里沙だけど、海未のものとなる別だ。

 一言だろうが、長文だろうが必ず返事を送るし、忙しい時に来た場合は誰かは知らないけど代筆を頼んでいるらしい。

 そういう傾向すらないときなんてことは今までになかったのでさすがに焦る。

 

「とりあえず部屋の中に入ってみます?」

「これで部屋で寝ているだけなら安心なんだけどね……」

「靴がないですからそれはないでしょう、何かメモ書きでも残っているかもしれませんし」

「ああ、それなら海未が見てきてくれる? 私は部屋に入るの禁止されているから」

 

 海未は委細を承知しているらしく、特に何も言わなかった。

 

「さて、じゃあ私はツバサに連絡でも取ってみましょうか」

 

 味方にすると頼りになるし、敵にするとこれ以上厄介になる相手もいない。

 まるでどこぞのラスボスみたいなキャラだなと思いながら、LINEを送った。

 

エリー:深夜遅くにごめんなさい、ツバサ起きてる?

TSUBASA:あらこんな時間に珍しいわね、最近は規則正しく過ごしていたんじゃないの?

エリー:ええ、ちょっと緊急事態で、妹を探しているんだけど何か知らない?

TSUBASA:エリーは私を探偵か何かだと思ってる? 一応職業アイドルなんだけど

エリー:ごめんなさい、さすがに分からないわよね。ツバサならなんとかしてくれるかもって思ったんだけど、気が動転してたわ

TSUBASA:信頼は嬉しい。でも……と言いたいところだけど、案外知っちゃっているのよね

エリー:あなた本当はアイドルじゃないんじゃないの? 

TSUBASA:この前、アイドルが固まって、たむろしていたから声をかけたらモーセの十戒にみたいになったわ

 

 

TSUBASA:さっきね、とある敏腕プロデューサーから収集をかけられたのよ

エリー:へえ、大変ね。ツバサの担当の人なの?

TSUBASA:本音を言うなら担当してほしいけどね……本当に優秀で心優しく仕事も早い。

エリー:まさか私の知り合いとか? なーんて、そんなわけ無いわよね

TSUBASA:うん、まあ、それはいいけど。そのPと一緒にいたアイドルが事情を説明してくれてさ

エリー:ふうん? その事情私も興味あるわね

TSUBASA:久々に頭にきてさ、というか、その場にいたアイドルの8割怒って大変だったのよ

エリー:でも8割しかいないのね、その場にいた全員じゃなくて

TSUBASA:残りの二割は私を含め家に乗り込もうとして、全力で止められたわ

 

 何をしているのか。

 アイドルなのに血気にはやるとはこれいかに。

 でも恐らく、そのプロデューサーというのが信頼されている結果なのでしょうね。

 

TSUBASA:たぶん、妹さんだけどもうすぐ帰ってくると思うわ、予想だけどかなり酔って

エリー:あなたってもしかしてニュータイプか何かだったの? 実はコロニー生まれなの?

TSUBASA:はは、まあ、とにかく前向きに考えておいて、マネージャーさん?

 

 ま、まだ私はあなたのマネージャーじゃない……というか諦めてなかったのね。

 

 と、冷や汗をかいていると、玄関の方から鍵が差し込まれる音がして――

 パタンと扉が閉められた。

 いつの間にかに隣りにいた海未と顔を合わせ、ダッシュでドアに向かう。

 

 そこには――



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(※) 飲み会編 エピローグ 02

「鹿角理亞さんに亜里沙?」

「げっ! あなた……いないって聞いていたのに……!」

 

 げ、とは随分なご挨拶。

 亜里沙に肩を貸している状態だったので、長話は無用。

 とりあえず酩酊してそれどころでは無さそうな彼女を海未が部屋まで運ぶ。

 

「なんで亜里沙と一緒にいるの……と聞きたいところではあるけど、お礼をいうのが先ね」

「別に構わないわ。ところで」

「なあに?」

「あのエロゲーのヒロインぽい人はだれ? もしかしてあなたの彼女?」

 

 たしかに黒髪ロングはそういうゲームのヒロインで必ず出演しているって聞くけど……。

 

「昔μ'sで一緒だった子よ、というかあなたも真姫が言ってた」

「すっごい似てるのよ! ほら! これ見て! 上から二番目!」

 

 スマホを顔面に向けられる、かなり近い。

 

「プリワーは同人で累計2万本を売り上げた超名作で! しかも同人時代のスタッフが集まって商業化!

 PCエロゲー不調と呼ばれる時代の中10万本を売り上げた……!」

「ダイヤモンドプリンセスワークス? 確かに海未にそっくりね、というか……」

 

 ヒロインがみんなμ'sのメンバーにしか見えないんだけど……。

 というか、成人向けゲームってことはやっぱりこの子達脱いじゃうのよね?

 しかも主人公とエッチなことを……

 

「わ、私もいるのね」

「ヒロインとサブヒロイン合わせて9名! 全員にエッチシーンあり! 捨てシーン無し!」

「近いわ理亞さん」

「おまけのファンディスクでは3Pとレズシーン追加! お得! さあ! 買うの! 買わないの!」

 

 

 鹿角理亞さんのテレフォンショッピングが始まってからしばらく、海未が戻ってきた。

 

「何の話をしているのです?」

「ああ見えてエッチな下着をつけているんです!」

「は、ハラショー……」

「本当に何の話をしているんですか……」

 

 海未が言うには、亜里沙の調子はそれほど悪くないらしく。

 仕事で多少疲れているだけではないかとのことだった。

 

「ただ、目が腫れていますね、泣き腫らした後のようにも見えます」

「あの子は仕事が楽しい楽しいって言っていたわ、高校時代にバイトを始めてから何度ともなく聞いた

 今の仕事がその延長線上にあるのなら、恐らく仕事で泣くってことはないんだと思う」

「ということは、家族絡みですか……」

「その、亜里沙さんの両親ってどんな方なんです?」

 

 難しい表情をしたままで海未がポツリと呟き、理亞さんがそれに準じた。

 

「そうね……一言で言うなら……俗物?」

「バッサリですね、絵里」

「家庭よりもメンツが大事で、プライドが高くて、メンタル弱くて、人の言うことを聞かない

 そのくせ文句ばかり言って、対案も改善策も出さなくて……あ、ごめんなさい、ちょっと言い過ぎたわ」

「亜里沙さん……やっぱり苦労しているんだ……」

 

 私は?

 

「その、一度職場に亜里沙さんのご両親が来たそうなんです」

「聞いたことが無いから、絶縁された後か……」

「先輩が言っていました。両親が帰られた後、ずっと先輩プロ……いえ、先輩社員に頭を下げてたって」

「ありえるわね、おおかた亜里沙を褒めつつ、自分の有能さをアピールでもしてたんでしょう」

 

 

「仕事はできる人みたいよ? コネもあるし」

「しかしそれは、父親と母親としての価値とは何の関係もない」

「それがわからない人なのよ、悲しいことに」

 

 3人の間に何とも言えない空気が流れる。

 

「まあ、今日はとりあえず泊まっていく? 布団はあるみたいだし」

「ああ、それならば、理亞さんでしたか一緒の部屋で寝ましょう」

「ええ!? そ、そんな……光栄です! 本当に一緒でいいんですか!?」

 

 理亞さんの海未への好感度が私と大違いな件。

 海未をモデルにしたと思われる詩衣ちゃんルートは、

 二年前のエロゲーシナリオ部門で金賞を受賞したらしい。

 ちょっと興味が湧いてきた、今度ツバサにも聞いてみよう。

 

 恥ずかしいからエッチなシーンは飛ばすけどね!

 

「そっか、じゃあお風呂を沸かして」

「では私は、飲料水でも買ってきましょう、コンビニまで行ってきます」

「一人で平気ですか? 私もお付き合いしますよ?」

「こう見えて腕っ節には自信があります、ご心配なく」

 

 海未に断られ、ちょっと残念そうにしていた理亞さんだったけど

 すぐに何かを思いついたのか、くすくすと怪しい笑みを浮かべ始めた。

 

「絢瀬絵里!」

 

 呼び捨てだ!

 

「PCはある? 今すぐインストールしてダイヤモンドプリンセスワークスをプレイしましょう!」

「ええ……? ソフトがないでしょ?」

「ダウンロード販売もしている! 買う! あなたに選択権はない……」

「せめてマウスをクリックする権利くらいはちょうだい……」

 

 

 プリワーをプレイし始めてしばらくしてから海未が帰宅。

 最初は拒否感を示していた彼女も、穂乃果やことり(を、モデルにしたヒロイン)が登場し始めたところで

 

「か、可愛いですね……この子達、こ、攻略? と言うのもできるんですか?」

「ひばりちゃんはできますよ、右側の子です」

「そ、そうですか……香乃ちゃんはできないですね、とても残念です」

「ファンディスクでできますよ」

「う……ですが、そこまで行くともう、戻れないような気がします」

 

 いやあ、このハマり具合だともう手遅れなんじゃないかしら……?

 

 プレイし始めてから4時間後、詩衣ちゃんルートの個別シナリオに入る。

 同人バージョンではもうこの時点で大抵のヒロインとエッチなことをしてしまっているそうだけど

 大作にすると意識したのかご褒美と呼ばれるシーンはない、一度詩衣ちゃんのお風呂シーンが出て

 海未が自身との胸の大きさの違いにへこんだ。

 

「来ます……!」

 

 理亞さんが何を言っているのかと思ったけど、そこからは本当に怒涛の展開だった。

 ぶっちゃけエッチなシーンよりもシナリオに没入し、感情移入し、お互いの顔が見られなくなるほど泣いた。

 

「うう……やっぱり人類の力で地球を救わなくては駄目です!」

 

 まさかこんなに奥が深いものだとは……エロゲー……侮りがたし……。

 

 

 お風呂がすっかり冷めてしまったので、もう一度沸かし直した後

 どうしても一緒に入りたいんです! と理亞さんが強引に海未を説得。

 先程のお風呂でのエッチシーンを覚えている海未は懸命に抵抗したものの、

 入らないとファンディスクのネタバレをすると言われ終戦。

 

「まあこれで海未がエロゲにハマることはないでしょうけど、少し考えが柔らかくなれば御の字ね」

 

 ダイヤモンドプリンセスワークスでは、私、にこ、真姫、ことり、海未が攻略ヒロインだった。

 つまりサブヒロインは、花陽、凛、希、穂乃果の4人。

 しかしながら、ヒロインはどの子も大変魅力的で9人の扱いに差はほとんどなかった。

 よほどμ'sに詳しい人物がプロデュースでもしているのか、ああ、海未ってばこういうこと言う!

 みたいな場面がチラホラとあったし、今度亜里沙にプレイでもさせてみようかしら?

 

「ね、姉さん……ど、どうして? 昨日は泊まりではなかったんですか?」

「ちょっと、ね。色々あって海未と帰ってきたの」

「……はい? 海未さんはどこに」

「いま理亞さんとお風呂」

「え? 理亞ちゃんがどうして?」

「ちゃんとお礼を言わなきゃだめよ、フラフラのあなたをここまで連れてきてくれたの」

 

 どうしての後に目が病んで、どうして理亞ちゃんが海未さんとお風呂に入ってるの!?

 とか言い出したら怖かった。

 そんなことがなくて本当に良かった。

 

「昨日は仕事から帰ってくる途中……そういえばツバ……」

「つば?」

「ええと、同僚の家に行ってお酒を……私、悪酔いを……」

 

 

 亜里沙が前日の記憶を思い出しているのか、ヘナヘナと床に腰を下ろし頭を両手で抑え凹んでいる。

 お酒が強い私たち姉妹が飲まれてしまうくらいだから、相当嫌なことがあったか、飲んだか、その両方か。

 

「電話しないと……とりあえずメンバーを確認して……」

「朝早いわ、10時以降にしなさい」

「それだと仕事が」

「今日は休みなさい」

「お、お姉ちゃんみたいにホイホイ休めないの!」

「今日は休みなさい、良いわね? 部屋から一歩でも出たら怒るから」

「……普通の社会人は、一日悪酔いしただけでは休めない」

「だったら復活しなさい亜里沙。そのへこたれた顔をよく拭いて、オフロに入って、ちゃんと――

 キャリアウーマンらしくしなさい」

 

 亜里沙はこちらを見ながら、ぱちぱちとまばたきしたあと。

 こくりと頷く。

 

「分かりました、姉さん……私は、キャリアウーマンですものね!」

「ええ」

「まったく、姉さんに叱られてしまうなんて、本当。困った妹です」

「普通の姉妹はそうなのよ……姉が妹に叱られるなんて早々……」

「お姉ちゃん、今日は時間を作れますか? お話しなければいけないことがあります」

「だいじょうぶ、安心して。理亞さんが勧めたゲームやってるし」

「ちゃんと寝てください、目のくまがすごいですよ」



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(※) 飲み会編 エピローグ 03

 海未と理亞さんがお風呂に入り終わったあと、亜里沙がお風呂に入る。

 

「亜里沙さん、思ったより元気でよかったです」

「ええ、本当に。絵里、魔法でも使いましたか?」

「べーつーにー? ちょっとお姉ちゃんしただけよ」

 

 本当に久しぶりに姉らしくしたから、ちょっと緊張をしてしまったけどね……。

 

「ん……そういえば、ファンディスクに出てきた綾乃の妹って……」

「綾乃……ああ、絵里に似ている」

「いえ、ネタバレになるので詳しくは言えませんが、その、詩衣のことが好きで……」

「は、恥ずかしいですね、私の高校時代にはよく懐かれたものです」

「私、もしかして上司の想い人とお風呂に入ったのを見せつけてしまったのでは?」

 

 私と海未は必死になって目をそらした。

 まさかこのことで関係が険悪になるとは思えないけど、ポジティブにもなれない自分がいた。

 

 数十分してから亜里沙がお風呂から戻る。

 理亞さんが多少視線を揺らし気まずそうにしていたけど

 

「理亞ちゃん、昨日はありがとうございました、感謝の言葉が止まりません」

「いえ! 普段からお世話になっているんですからあの程度のことは当然です!」

「じゃあ、今度は温泉にでも行って背中でも流してもらおうかな?」

「もちろんです! ぜひやらせてください!」

 

 理亞さんと亜里沙の様子を微笑ましそうに見ていた海未だけど、やがて小さく欠伸をした。

 

「少し寝る?」

「完徹など本当に久しぶりでしたし、緊張の糸が途切れて一気に眠気が」

「海未さん! 私のベッドで寝てください!」

「ひい!?」

 

 いま悲鳴を上げたのは海未ではなく理亞さん、どうやら何かを思い出したらしい。

 先に上げた亜里沙をモデルにしたキャラは、ヤンデレとかじゃない……よね……?

 

 

 夜。

 私は自分の部屋で何故か正座をさせられていた。

 

「あ、亜里沙? 私ちゃんと寝たし、お酒も家で飲んでないし、悪い事してないんだけど……」

「どこで寝ました?」

「さ、さあ、ね、寝ぼけていたから……」

 

 嘘だ。

 私はとある人物と一緒のベッドに入った挙句、その後食事までともにして、お風呂も……。

 

「昨日は温泉だから許しましょう、みんなで入るものです。でも、私の家のお風呂はちょっと小さいです」

「そ、そんなことないわよ、二人入る余裕は十分に」

「聞きますが、海未さんと姉さんは同棲しているカップルですか?」

 

 口をパクパクと動かしたまま、私は何も言えなくなってしまった。

 一緒にお風呂に入りながら、仲良く背中を流しあいっこする   ○

 一緒に食事を取りながら、ついふざけてあーんしてもらう    ○

 一緒にベッドに入ったまま、抱きしめ合うようにして寝てしまう ○

 

「とあるゲームがあります」

「へ、へえ……な、なにかしら?」

「ダイヤモンドプリンセスワークス もっとH!」

「あ、亜里沙、ふ、不健全じゃない?」

「これに、もしも綾乃と詩衣がカップルだったらというのがあります」

「へ、へえ……でも二次元と現実を一緒にしてはいけないわ、創作は創作よ?」

「私だって! 私だってあーんしてもらいたい! 背中の流しあいっこしたい! ベッドで一緒に寝たい!」

「そ、そう……でも、内容はゲームなんでしょ?」

「姉さん、もしも海未さんに手を出すなら、亜里沙を倒してからにしてください、でないと……ノコギリが」

「は、ハラショー……し、死んでも手を出さない……」

 

 

「さて、話を戻しましょう。お姉ちゃん足を崩して」

「ふう、なんだか寿命が縮まっちゃったわ」

「父と母は、1週間後やってきます」

 

 体に緊張が走る。

 

「希さんからのLINEで、お姉ちゃんが選ぶのは3通りの未来です」

「え、ええ、昨日も聞いたわ」

「ツバサさんのマネージャーになる、海未さんのお世話になる、そして」

「そして、亜里沙が勧める場所に行く、だったかしら?」

「はい、本当は雪穂にお姉ちゃんのお世話をしてくれないかと頼んだんですが」

 

 いま穂むらでは穂乃果が帰ってきて大変なことになっているらしい。

 もちろん看板娘を争ってとか血なまぐさい話でなく、

 バイトでもいいから働かせてくださいと頭を下げる穂乃果を雇うか雇わないかで大論争をしているとか。

 

「私の知り合いにシェアハウスをしている子たちがいます」

「シェアハウス……なんだか堕落しちゃいそうね、気が抜けてしまいそう」

「会社で持っているシェアハウスにアイドルが5人共同生活をしているのですが」

「え? もしかして本当にダメダメになっちゃったとか?」

「恥ずかしい話ですがそうです、一人を除いてですが」

「まさか……その彼女たちを矯正しろとでも言うつもり?」

「そんなわけ無いです」

 

 はあ、と一つ息をつく。

 流石に私にそんな荷の重い仕事なんてやらせるわけ無いわよね。

 

「管理をして貰いたいんです、イメージとしては女子寮の管理人でしょうか」

「規律を守り、ちゃんとしているかどうか見るってこと?」

「理解が早くて助かります。もちろんお給料は出ますが……強制はしません、気が向いたらで構いませんから」

「私が行かなかった場合は?」

「性根が治らなければ、4人は解雇の可能性が高まります」

 

 ゴクリとつばを飲んだ。

 

 

「才能はあります、性格に難がある子もいますが、素直な子ばかりです」

「亜里沙……」

「以前、3人組のアイドル候補生の子と会いましたね?」

 

 ええと……確か、オトノキの制服を着た子が二人と金髪の子だったか。

 

「彼女たち、姉さんのダンスを見てから人が変わったようにレッスンに取り組むようになりました」

「な、なんでそんなことを知っているの?」

「ツバサさんから聞いたんです」

「顔広いわね……亜里沙……」

 

 私がそう言うと、亜里沙はなんとも言えない表情を見せる。

 

「お願いします。まずは一ヶ月だけで構いませんから……」

「頭を上げて、亜里沙」

「嫌です、お姉ちゃんの返事を聞くまで頭は上げません」

「……」

 

 私の選択は――



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番外編まとめ 絢瀬亜里沙ルート番外編 フルリメイク 西木野真姫ちゃん誕生日SS

なお、亜里沙ルートの番外編と言いつつ。
現在更新中の亜里沙ルートとは
繋がりのない話です。


 いつか自らが所属するユニットが個別で利用できるような、

 そんな控室が欲しい。

 出番待ちのアイドルたちを存分にぶち込めた、

 そんな人人人ばかりの甘い匂いであるような、

 お菓子の匂いであるような――誰だ食べ物を持ち込んだのは、

 しかもコンビニの肉まん系の食欲をそそる匂いがして、

 相方のルビィが出番まで時間があるからコンビニ行きたい、

 みたいな顔をして私の顔を見るのはやめてもらいたい。

 ハニワプロが出演をゴリ押ししたせいで、現場のリクエストで

 私たちアンリアルが出演しているけれど。

 本当は原作も知らないマンガの――評判の悪い実写化なんかに、

 演技派女優鹿角理亞が顔なんか見せたくはないんだけど。

 ――誰? 今鼻で笑ったの。

 

 

 今現在私の住んでいるシェアハウス。

 何故かはわからないけれど、いま更新中の作品とは

 状況がそぐわない気がするけれどそれは置いておいて。

 統堂朱音のせいでカレー臭さ全開であった場所は、

 金髪ツインテールの努力の結果、

 ちょっとカレーっぽい何かの匂いがするところに変貌――

 ってわけでもないわね、まだちょっとカレーのにおいするし。

 辛いものが苦手なルビィもエトワールに来ることはなかったけど、

 最近はチラチラと黒澤姉妹で来訪するケースが増えた。

 ただ、自室に連れ込もうとすると

 妊娠しそうだからと言う理由で拒否されてしまう。

 女同士なんだからそんなわけ無いでしょと、

 エロゲーをふまえた説明を何度したところで、

 なぜ分かってくれないのであろうと言わんばかりの表情をされ、

 代わりに黒澤ダイヤを置いていかれてしまう。

 先日も夜の性生活の参考にすると一緒にダイヤモンドプリンセスワークスを

 プレイしたけれど、本当に参考するのか? 妄想NTRシーンだぞ?

 なお、男性臭いと評された私の部屋のエピソードを

 エトワールを管理しているヤツに言ってみたら、

 困った顔をしながらトイレの芳香剤を持ってきて、

 そんなで変わるわけ無いだろと怒鳴りながら背中を蹴っ飛ばした。

 

 

「理亞ちゃん理亞ちゃん」

「うん?」

「この漢字ってなんて読むの?」

「ブレイドダンス」

 

 ルビィに呼びかけられ思考が一時停止。

 彼女は他の役者の台本を指さしながら小首をかしげて

 可愛らしい声色と態度で聞いてくる。

 ダイヤが天使のように可愛い――亜里沙さんでさえ、

 別次元の生き物と称する彼女はエロゲーのヒロインのようである。

 友人をエロゲーのヒロインと称することが、

 はたして適切であるのかどうかは私が判断することじゃない。

 なお、ラノベの厨ニ表現を気軽に読むことができるのは、

 堕天使ヨハネ(笑)の影響が強いか。

 しかしながら、別のラノベの読みを嘘つかれて

 微妙に恥をかいてしまったのは根に持っている。

 次はお前の高校時代の黒歴史を暴露すると言ってあるので、

 おそらく嘘をつかれることはないだろうけど、

 USBに保存してあるAqoursの失敗映像が火を吹くので、

 私としても披露されないことを祈りたい。

 

「じゃあ、この漢字は?」

「うん……? アンダーバーサマー……いや、待って、それは漢字じゃない」

 

 書かれているアンダーバーを漢数字の1と勘違いしているのも可愛い。

 高校時代に読書感想文を代筆されていると聞いて、

 知能レベルがずいぶん心配になってしまったけど、

 可愛ければ多少知能がアレでもなんとかなるものである。

 エトワールには外見しか良いところのない連中ばっかりだけど、

 少しは姉さまのように外見と知能面の療法で優れていてほしいものだ。

 ――姉さまは偏差値30だけど知能と学力は関係ないから。

 

「……懐かしいわね」

「うん?」

「あの子もちょうど、よく漢字が読めなくて、私に聞いてきていたわ」

「それ現実のお話?」

 

 私が過去を思い出したそがれた表情を浮かべると、

 ルビィが現実世界で体験した出来事を言えみたいに、

 ジト目を向けてくるけれど、アレはゲームで追体験しているから

 現実みたいなもの、最近はVRもあるし。

 実写版「魔法少女は友だちが少ない」の撮影中。

 名女優鹿角理亞にはふさわしくないモブ役に不満を漏らしつつ、

 暇をつぶしている際のこと。

 スマホでエロゲーを親しんでいたところ、そのメインキャラの声を

 あやせうさぎ(芸名)が担当していた。

 白々しく言うようだけれど、本名は西木野真姫。 

 コスプレイヤー上がりの中堅声優である。

 私も関わったラブライブ!サンシャイン!!で桜内梨子役をこなし、

 それ以降出演、主演作多数。

 最近はクレジットに名を連ねることも少なくなり、どうしたのかと思ってたら

 何かのきっかけでエロゲーに出始めた。

 なお、エロゲー出演の際も本名でいいと思ったらしく、

 勘弁して欲しいと事務所と実家に説得されたエピソードあり。

 なぜ私がそんな事を知っているのかというと、

 絢瀬絵里が酔っ払った席で自慢話のように言ってきたから。

 エトワールで元μ'sの面々が微妙に評価が低いのは

 間違いなくあの金髪の酔っ払った時の暴露話のせい。

 

 私がプレイしているゲームは料金なしでも楽しめるお手軽エロゲーで、

 コスチュームチェンジや撮り下ろしボイスを使用する際に

 少々課金が必要になるけれど――。

 あやせうさぎが担当しているキャラクターは、

 現在落第危機にあるダメダメ女子校生で満点を取らないと

 退学になる設定だけど、まあそんなものはおまけ。

 満点を取れば和姦に繋がるのだし、取れなければ陵辱。

 陵辱のテキストはやたら気合が入っていて、スタッフブログに

 中の人がノリノリで演じていたと言っていたけれど、

 それはやっぱり金髪ポニーテールというのが琴線に引っかかったんだろうか。

 あやせうさぎ名義だとやたら金髪ヒロイン率高くて、

 金髪ヒロインだと演技の評判が高いけど、

 別の髪色でももうちょっとやる気出して欲しい。

 特に赤髪とか。

 

「にしても、本当に主演の西園寺さん可愛かったよね!」

「そうね」

「ルビィもいつか、映画で主役とか演じてみたいなぁ……無理かなあ?」

 

 主演の西園寺雪姫――なんか設定の正誤性が心配になるけど。

 少し前くらいからやたら知名度が上がったアイドル上がりの新人女優。

 出演・主演作多数で髪色・髪型何でも変えてきて

 二次元作品の実写化にやたら辛口のキモオタの方々にも

 ちょっとだけ評判がいい人。

 ルビィが夢を見るような表情でうっとりとしているけれど、

 たしかにまあ、名女優鹿角理亞と黒澤ルビィの現状を考えれば、

 主演女優を願うとか鼻で笑われる言葉である。

 なぜか実写化して評判が散々だったご注文はうさぎですか?

 とかでも微妙に評判に悪いモブだったり、

 魔法少女は友だちが少ないでも序盤で死ぬモブであり、

 なにかに出演すると死ぬ確率高いなって思っている。

 死ぬ演技に定評があるなら、もうちょっと死に様を取り上げて欲しい。

 今度亜里沙さんになんか死ぬ役でオファー無いですかって言ってみよう。

 

「あの人は努力することでここまで上がってきたから、

 ルビィもすっごく努力をすればいいじゃない?」

「メグミさんに今度演技指導を頼んでみようかな……?」

「いや、それよりも彼女をここまで押し上げた二人組に頼んだら?」

「二人組?」

「ええ、西園寺雪姫の根源をなす二人組の伝説的な指導よ!」

 

 ちょっとテンション上げて頭を振り上げたら、

 スマホについていたイヤホンが外れてしまい、

 大音量の喘ぎ声が辺りに響き始めルビィが申し訳ない表情で

 周りにペコペコと頭を下げ始めた。

 

 

 自室でのんびりとしていると、

 コンコンというノックの音が聞こえてきて、

 誰か来訪する予定でもあったかなと考えながら、

 ドアを開くと西木野真姫が誰かと一緒に顔を出した。

 誰何してみると私の妹というそっけない言葉で返事をされ、

 そう言えば年の離れた妹がいるという話を聞いたな、

 なんてことを思い出した。

 芸名、西園寺雪姫17歳。

 ニコの弟のコタくんと同じ年の妹と微妙に仲が悪いと、

 憂鬱そうな表情で相談を受けたことがあった。

 そんな妹さんが成長をして、デビューは華々しく飾り、

 その後パッとしなくて仕事がないRe Starsと同じように、

 アイドルとしてはどん底の雪姫さんの顔を覗き、

 顔はすごく可愛いのにな、と思った。

 亜里沙にでもプロデュースさせれば輝きそうではあるけれど、

 いまあの子はRe Starsをいかにして売り出すかに心血そそいでいて、

 やたらめったなことでストレスを与えてはいけない。 

 ストレス処理のサンドバックは常に絢瀬絵里、

 君子危うきに近寄らず。

 

「なんで私に相談を? そういうのは売れっ子に頼みなさい」

「仕事で栗原陽向さんと絡んだんだけど、

 何でも結婚しそうなくらい仲良かったんだって?

 それで、なんかすごい指導されたって聞いたからさ」

「指導? 仲がいいっていうのは――まあ、そうらしいわね?」

 

 ヒナとの記憶がなぜか靄がかかったように思い出せず、 

 希に聞いたらそりゃそうやんウチが暗示かけたしとか意味のわからないことを言われ、

 写真でも見れば思い出すんやない? という指示を鵜呑みにし、

 保存してあったアルバムを引っ張り出して眺めていると、

 いやもう悲しくなるくらい暗い表情をした自分が出てきて、

 それを覗き込んだ亜里沙に生理二日目みたいな表情してますね

 なんてツッコまれてしまった。

 その言葉の的確さについてはお姉ちゃんツッコミいれないけど。

 

「希ちゃんが言ってた、聞けたもんじゃない音痴を1ヶ月で矯正したって」

「う、うん、そ、そうだったみたいね?」

「希ちゃんの最高に切ない表情を見せて貰ったけど……まあ、それは良いのよ」

 

 ヒナが希とも友人だったと語るので、

 再会を無事に果たしたと告げたところ、

 希はやけにセンチメンタルな表情をしながら、

 そういう運命やったんなあ? なんてことを言った。

 意味は特にわからないけれど。

 

 

「西園寺雪姫、職業アイドル。握手券を付けても一枚も売れないレベル」

「お、お姉ちゃん!? さすがに一枚くらいは売れたよっ!?」

「お母さんが買ったのよ!」 

 

 Re StarsのCDシングルに握手券をつけよう。

 などという意見もあり。

 ハニワプロの反対でCD発売自体が頓挫になって、

 ディスカッションによるイザコザは無視されることとなった。

 仮に発売になったとしてもエヴァちゃんあたりが大売れして、

 いざ握手会になってエヴァちゃんに嫌だって言われて、

 問題が起こって終了するだけで終わるかも知れない。

 そして、西木野姉妹の痴話喧嘩。

 ギャーギャー騒ぎ立てる二人を眺めながら、

 唐突に統堂姉妹の喧嘩を思い出していた。

 クールで沈着冷静と有名だった英玲奈が、

 その仮面をかなぐり捨て朱音ちゃんに赦しを乞う姿は、

 ツバサでなくても夢に出て魘されそうなものだった。

 基本的に英玲奈は妹に対してはいつだって下手に出るけど、

 もう嫌い! と言った瞬間に土下座をし始めたのはね、

 なんていうかね、高校時代とは別人かと思ったね?

 

「というわけでね、このダメダメアイドルを……トップに据えるのよ!」

「……やれやれ」

 

 結論的には西園寺雪姫さんをトップにする。

 ということに真姫の中ではなったらしく、

 私の意志に問わずに特訓につきあわされることになったよう。

 どうでもいいのだけれど、別に私スパルタキャラじゃないからね?

 なぜか勘違いされがちだけど、μ'sに入る前? 

 それは黒歴史だからノーカウント。

 

 

 

 エトワールの地下に移動し、

 防音設備が無駄に強化されている場所へと移動。

 ここでなら何をしたところで地上に知られることもない

 なんていう情報を暴露すると。

 エロゲーなら必ずここで1シーンあるわねとしたり顔で

 真姫がいい始めたので妄想を具体化しないでと言っておいた。

 なお、もともと朱音ちゃん対策で防音システムは整えられたんですよ?

 あの子が本気だすと照明とか設備が声で壊れるから。

 アイドルの基本は歌という判断の元、

 歌唱力の強化に赴くことになった私たちは、

 方法もピンとこなかったので、じゃあ頑張って!

 と応援したら海未を彷彿させるような

 えらい怖いジト目を向けられてしまい、

 苦笑しながら冗談よとごまかしておくことにした。

 西木野姉妹のジト目は炎属性だから、

 私みたいな氷属性キャラとは相性が悪い、効果は抜群だ。

 ともあれ、歌唱力の強化のためには

 ひととおり実力を把握しなければならないので、

 ひとまず雪姫ちゃんには歌って貰うことにした。

 真姫の妹であるのだし、本人もそこそこの歌唱力はあると

 言っているので変なことにはならないであろうとの踏まえての決断。

 曲は何が良いだろうと考えていると、

 自分たちの曲で良いんじゃないというので、

 冬がくれた予感をリクエストすることにした。

 現在真夏。

 そろそろ空調機器がちょっと勘弁してくれと

 ストライキをしてしまってもおかしくない季節ではある。

 

 

 そして西園寺雪姫独唱の冬がくれた予感を聞き、

 私たちは極寒の真冬の訪れを身に沁みて感じていた。

 真夏だと言うのに寒い、

 寒風吹き荒び、大荒れの天気の中で水着になって撮影している感じ。

 どうあがいたって苦笑しか浮かんでこない実力に、

 花陽と凛の歌唱力を天井知らずにまで押し上げ、

 現在でさえ凛は真姫に歌の仕事の際に感謝しているという。

 私になにか感謝してることはあるの? って冗談で言ったら、

 滅多なことで人を馬鹿にしなくなったって言われちゃった(テヘペロ)

 

「今日はうまく歌えました」

 

 実にいい仕事をしたと言わんばかりにドヤ顔を浮かべ、

 その表情を見ながら、ああ、姉妹なんだなあって思いいたり。

 どのような反応が彼女に対して適切であるか考えた。

 褒め称えてしまうのは天狗にするだけだから無駄であるし、

 かといって真実を告げてしまうのは抵抗があった。

 あまりの下手さに言葉にできないというのもあるんだけれど。

 真姫はなんと言って良いのか分からないのか、

 凛に相談している様子だったけれど、それはやめたほうが良いと思う。

 

「な、何なのよ! 今の気が抜ける歌はっ!」

 

 床を踏み鳴らす音が耳に入り、

 彼女専用の防音ルームに閉じこもっていたと思われた朱音ちゃん。

 なぜかあの部屋は中の声は聞こえないけど、外の声は入ってくるので、

 雪姫ちゃんの歌も耳に入ったものと思われた。

 西園寺雪姫レベルの人を他の事務所のアイドルに知られるのは

 会社の評判にも関わるのでと警告を受け、

 レッスン場を借りられなかったからエトワールの地下で練習中だけど、

 当然のようにRe Starsの面々からの反応は芳しくなかった。

 ただ、絢瀬絵里の秘伝の宝刀、雪姫ちゃんの売れないエピソードを語ると、

 自分たちがいかに売れてないかを思い知って誰も何も言わなくなった。

 CDが握手券をつけても一枚しか売れないという事実に、

 一番感極まったのは善子ちゃんで、分かる!

 インターネット放送で頑張ったのに視聴者が増えないときは辛い!

 と、黒歴史を披露し始めたのでまあまあと静かになってもらったけれど。

 

 

「ちょっと! あなた、西園寺雪姫って言ったわね!」

「ええ、可愛い名前でしょ?」

「下手糞川音痴に改名しろぉ!!!」

 

 確かに外見とすれば西園寺雪姫という名前は、

 名は体を表すのだけれど、歌声に限って言えば下手糞川音痴でも

 何一つ問題がないように思われた。

 ただ言われた方は心外であったのか、

 解せないと言わんばかりに朱音ちゃんに掴みかかり、

 いますぐにでもキャットファイトでも始まりそうな剣呑な雰囲気が

 あたりを支配し始めたのでアラサー処女二人は

 まあまあと言いながらみんなをなだめる他なかった。

 

「わ、私が……くっ! それほど言うんなら、あなたの実力……見せてもらおうじゃない!」

「言っておくけど! 私の歌を聞いておしっこ漏らすんじゃないわよ!」

「漏らすか! もしも私よりもヘタクソだったら、分かってるでしょうね!」

「ありえない想定してんじゃないわよ! もしそんなことあったら、うんこ食ってやるわ!」

 

 暴力行為は止められたけれど、言葉での応酬は止まらず。

 しかもむやみやたらに下品な方面に向かっているので、

 こんな場面を亜里沙に目撃されたら、

 指導している人間がレベルが低いからこんなになると、

 またしてもサンドバックになってしまう。

 ただ、真姫一人が下品な言葉もいいわねとか

 したり顔で言っているのはスルー。

 

「行くわよ……私の歌を聞いて戦慄しなさい……!」

「あ、チョット待って、そんなに歌に自信があるんだったら、当然何を歌っても良いんでしょ?」

「もちろんじゃない……! 何でも指定しなさいよ……!」

「ふん……では、南ことりちゃんと小泉花陽ちゃんの……告白日和、です!を所望するわ……!」

 

 朱音ちゃんが歌が上手だというのは周知の事実ではあるけど、

 カラオケで点数を測ると、声量がありすぎて音程がずれているとか、

 マイクが壊れたりするので微妙に評価が低いけれど。

 電波系が得意だと自分で言ってて、確かに上手いんだけれど、

 バラード系だろうが甘い恋愛系だろうが抜群に上手。

 これがなぜ、演技になるとあんなに大根になるのか解せない。

 ことりや花陽が歌った告白日和、です!であろうと、

 びっくりするくらい上手に歌ってくれはするだろうけど、

 実力を見るという目的を果たせるのかは疑わしい。

 なお、現在の南ことりにあの曲をリクエストすると、

 は? みたいな顔をされて罵倒されるので注意。

 ただ、ことりはあの曲をえらい気に入っているので、

 雪姫ちゃんが歌おうものなら告発日和になってしまう。

 

「ふん、私にBiBiの曲で挑もうなんて、ニワカにもほどがあるわね!」

「Printempsよ!」

「どっちも間違ってるから……」

 

 μ'sのファンなのにBiBiとlily whiteとPrintempsの違いがわからない

 人は多くいるみたい。

 Re Starsの面々は善子ちゃん朝日ちゃんの二人だけが違いを把握してるけど、

 エヴァちゃんはそもそもμ'sにさほど興味がないし、朱音ちゃんは私しか興味ない。

 なおツバサはBiBiのメンバーだった時期があるそうですよ、誰の代わりなの?

 ただ、朱音ちゃんも曲だけは把握しているらしく。

 花陽に関してもタイ米大好きアイドル! と言ったので、

 当人の耳に入らないようにしようと誓った。

 

「ふう! どうよ!」

 

 朱音ちゃんが歌い終わると拍手が起こった。

 ハラショーハラショー言いながら盛り上がるのは真姫。

 えらく感動したのか涙を流しながら拍手していて、

 ちょっとは自分のキャラクターを思い出して欲しい。

 実力は認めつつも憮然としているのは雪姫ちゃんで、

 不満そうに口をとがらせていたけれど。

 

「あ、あなた……!」

「統堂朱音よ、覚えておきなさい!」

「どっから声出してんの!」

「口からよ!」

「嘘言いなさい! 尻の穴からも声出してんでしょ!」

「うんこか!」

 

 とにかく罵倒したかったのか要領を得ない指摘になってるけど、

 歌は全身で歌うがモットーの朱音ちゃんの一部分を

 的確に捉えた文句ではある、でもうんこはやめよう、うんこは。

 こんな場面を妹に見られれば、絢瀬絵里が道端に落ちてる

 犬の糞を見るような目をされながら罵倒されちゃう勘弁して欲しい。

 先ほどまでの告白日和、です!がトイレ我慢してる歌みたいになったので、

 真姫の方を見てみたら、気合い入れた表情を浮かべながら

 

「次は演技よ!」

 

 ――まだ諦めてないのか。

 

 

 無料で登録されている台本を印刷し、

 なんだかよく分からないうちに相手を務めるのは私。

 演技はちょっと……みたいな感じで気弱な雪姫ちゃんは、

 先ほどの歌とはうってかわって、

 素人に毛の生えたレベルで演技をしてくれた。

 演技のプロである真姫はたいそう不満ではあった様子だけれど、

 歌に比べれば雲泥の差と言っても構わない。

 なぜ歌ばかりがあそこまで最下級であるのか解せない。

 ただ、私は自分の経験を踏まえた指導だけだったはずなのに、

 なぜだか演技をさせられ、

 こともあろうか真姫や朱音ちゃん雪姫ちゃんから

 酷評されてしまうという経験をした、心が折れそう。

 

「おい、うんこ!」

「なによおしっこ!」

「演技って知ってるの!? 台本をただ読むだけなんて、猿にでもできるわ!」

 

 この中で真姫を凌駕して演技ができると思ってる朱音ちゃんと、

 真姫ほどじゃないけど名優レベルの演技していると思ってる雪姫ちゃん。

 朱音ちゃんの演技の披露はなされなかったけど、

 指摘するのが基本的に好き(自分はできない)な朱音ちゃんと、

 指摘される謂れはないと思ってる雪姫ちゃんの会話。

 

「じゃあ、おしっこはできるの!?」

「当たり前じゃない! 出来なかったら、統堂おしっこに改名するわ! 姉が!」

 

 どうあがいても英玲奈の名前が統堂おしっこになるフラグでしか無い。

 そこまでとは思わないけれど、シスコン全開の彼女が

 妹が考えたことだからと殊勝な態度で改名してしまえば、

 今やっているタレント業が頓挫してしまいかねない。

 

「ふう」

「どうするのよ真姫、これは重症よ?」

「でも、そこをなんとかするのがエリーでしょ?」

「無理言わないでちょうだい……」

 

 真姫がため息を吐き、

 改善させるべき部分が多すぎて何から指摘したら良いものか。 

 みたいな態度を取る。

 が、肝心な部分は基本的に人任せであり、

 上手くいかないかも知れないけど期待している!

 そんな表情をされると非常に腹に据えかねない衝動が。

 アイドルデビューできたキッカケは間違いなく顔で、

 姉が姉だから上手く行けば御の字みたいな扱いの彼女に

 歌も演技も幼稚園児レベルと告げたところで、

 嘘をつかないでくださいと疑われてしまうのがオチ。

 客観的な視野で現実を理解させるにはどうしたら良いだろうと

 心の中にいる園田海未に問いかけてみる。

 

(どう海未、この状況をどう打破すればいい?)

(絵里、現実を自覚させるにはいつだって、

 そうせざるを得ない状況を作り上げる他ありません)

(どうやって?)

(成長に必要なのはライバルです……自己を客観視できるような

 そんなライバルが必要不可欠なのです!)

 

 私の心の中の園田海未は案外冷静であり、

 現実のようにたまに素っ頓狂なことをするようなことはなく。

 提案としては受け入れやすくかつ実行も容易であったので、

 私は思いきって決断をすることにした。

 

 

「雪姫ちゃんに必要なのは……ライバルよ!」

「何を言っているのエリー、雪姫のライバルなんて幼稚園児でもなきゃ無理よ」

「朱音ちゃん!」

「な、何よ澤村さん……」

「あなたの演技で、雪姫ちゃんのこころをへし折ってやるのよ!」

 

 

 朱音ちゃんの千葉繁さんみたいなシンデレラに笑いを堪えながら、

 雪姫ちゃんを眺めてみると、必要以上にショックを受けている様子。

 それは客観的に見て自分はこのレベルと判断できたみたいで、

 偏差値が70(聖良さんの2倍以上)ある高校の主席だというのは、 

 伊達ではないのだと思った。 

 

「おしっこ……」

「何ようんこ!」

「私が悪かったです……え、お姉ちゃん、私ってこのレベルなの……?」

 

 あまりに衝撃的な事実だったようで、

 愕然としながら膝を折って頭を抱えてしまっているけれど、

 朱音ちゃんはまだ真実に気づいていないどころか、

 実力差を思い知ったと言わんばかりにドヤ顔をしている。

 流石に不憫に思ったのか真姫は物寂しそうではあるんだけど、

 やっぱり自分の演技を参考にしてもらおうかしら、喘ぎの、

 とか言ってるので何かあれば全力で止めないといけない。

 

 殊勝な態度でみんなからの指摘を受けようという

 心持ちになってくれた雪姫ちゃんではあったけど、

 この場において演技の専門家であるのは真姫であったし、

 私なんて過去に真姫に付き合わされて演技の特訓したくらい。

 どうあがいたところで指導なんてできそうはずもないけど、

 教えるのが下手だから任せたと言わんばかりの赤毛さんは、

 今は悠々とした態度で飲み物飲んでる。

 

 先日も収録があったと言って、朱音ちゃんや雪姫ちゃんから

 えらい尊敬された目で見られている彼女だけど。

 その現場というのがとんでもない酷暑だったらしく、

 身も心も絶頂に向かうかと思ったわね(はぁと)というのが、

 本当に絶頂しているシーンを録っているとは、

 この場において気づいているのは私だけというのが頭痛い。

 以前秋葉原でコスプレをしながら、自分が出演した作品を買いに行き、

 なおかつファンと交流したエピソードが神対応と、

 恐ろしい速度で拡散されたことも、雪姫ちゃんにとっては

 人気声優の鑑であると言う認識なので、

 よもや、この場においてとても口に出せないような台詞を、

 高らかにノリノリで言っているのがバレれば、

 どんな扱いをされるかわかったものじゃない、

 扱いが悪いのは私一人で十分である。

 酒を飲んだ席で、いかにいやらしく台詞を読むかを語り、

 実演を交えて特訓をして多くの店で出禁を喰らっていることなど、

 知っているのは私一人で充分なんだ、うん、まあ、

 あの店も、あの店も、美味しかったんだけどなあ……。

 

「ええと、演技に必要なのはやっぱり経験だと思うの」

 

 実演を交えた経験をする必要はないけれど、

 想像の中の経験を踏まえて、演技をするというのは

 本当に大事なことなんです(と聞いた)

 なお、真姫は演技に必要なのは羞恥心とか言って、

 エリーにクンニしてもらえばいいとかほざいてしまったので、

 今はちょっと静かにしてもらっている。

 私一人では手に負えなかったので、理亞さんというアシスタントを得て

 彼女に高らかに(エッチな)台詞を読むコツを聞いて貰っている。

 さすがに自分のファンだという理亞さんを邪険にするわけには行かないのか、

 借りてきた猫みたいな態度で質問に答えているけど、

 真姫のSOSの発信信号は無視させてもらってる、こっちは手一杯。

 

 雪姫ちゃんにも朱音ちゃんにも、

 あなたが演技の解説をする理由は?

 みたいな表情をされて、あんまり良く聞いてもらってないけど。

 西木野真姫さん主導による、演技での絶頂のしかたとか、

 高らかにイク方法とかを指導されたいんだったらそうすればいいと思う。

 なお最近、すっごくエロくイク方法を見つけた! って言って、

 フレンチの店を出禁になった記憶も新しい。

 

「質問があります」

「はい、何でしょう?」

「本来なら、演技は姉が指導するべきだと思うんです」

「良い質問ですね!」

 

 雪姫ちゃんのそっけない態度での指摘に、

 テンションがダダ落ちになってヤケになった私は、

 いつの間にかに横にいた理亞さんが、

 見事なローキックを私の脛に披露し

 絢瀬絵里悶絶。

 そんなヤツを道端にくっついているゴムを見るみたいに

 リアルにゴミを見る目で見下し、

 邪悪極まりないと評判な笑みを浮かべ、

 

「お前たちは、プロの俳優の指導を受けられるレベルにねえからっ!」

「私までが!?」

「朱音もだ! バカ!」

 

 現役女子高生二人組は、その生真面目さ故に

 自分がどれだけ演技に関してはレベルが低いか把握してない。

 理亞さんが言っている指摘も口調こそ乱暴だけど、

 心を抉るように的確なのでこちらとしてはノーコメント。

 埒が明かないと判断と思しきツインテールさんは、

 

「私は……! きっと、何者にもなれないお前たちに告げる……!」

「……っ!?」

「成人向けゲーム! しましょうか!」

 

 やっぱりそういう結論に至るのか、

 でも、隣りにいる本業の人が、

 うんうんと頷きながら、それが一番よねと言っているので、

 もうどうにでもな~れと思いながら天井を見上げた。

 

 

 成人向けゲームというのは、

 本来プレイにあたっては18歳未満の子たちに

 目に触れぬよう、耳に入らぬよう、

 間違ってもマウスなんてクリックさせぬよう――

 重々忠告するのが大人としての責務です どっとはらい。

 演技を見る機会はあっても、やる機会はさほどなかった二人に

 実演を交えた指導は、たしかに効果はあるのかも知れない。

 先ほどとは打って変わって興味を持って理亞さんの話を聞き、

 早くプレイさせろと迫っているのは現役女子高生二人組。

 会場は理亞さんの部屋、そこら中に二次元キャラのポスターが

 貼ってあり、入った瞬間は誰しもうわぁみたいな表情をしたけど。

 ただ、真姫は自分のやった作品のキャラがいないと

 微妙に不満気ではあったけれど。 

 

「えと、理亞さん……何をやらせるつもりなの?」

「ふふん、声優と同じ体験をするというコンセプトで売れに売れた……! 【人気声優の生活を実体験するゲーム】よ!」

 

 最近はタイトルとかで内容を把握できないと

 プレイヤーにスルーされてしまうらしく、

 何そのタイトルみたいな作品がラノベやコミック含めていっぱいあるけど、

 疑問に感じたのは私だけみたいで、

 他の三人はそんなものもあるのねみたいな態度だった。

 

「ふうん、3名の声優になりきって、魑魅魍魎あふれる世界を生き抜くか……」

 

 魑魅魍魎という単語にえらく思い当たった部分があったらしく、

 新人時代にディレクターとか先輩声優とかから受けた

 セクハラ体験を語ろうとしたのをストップをかけ、

 今度お酒の席で聞くからと懇切丁寧に説得し、

 あやせうさぎ(裏名)氏のプレイは進められた。

 なお理亞さんはエロゲの現場にセクハラ無いんですか?

 と質問してみんなからスルーされた。

 

 

「さて、西園寺雪姫! 統堂朱音! そして澤村絵里!」

「私!?」

「このゲームは基本的に、3名が演技力を向上させるターンと、イベントパートが交互に出てくるわ

 なので攻略しつつ、自身に必要な技術を身に着けなさい!」

 

 高らかに宣言する理亞さん。

 モチベーションも高く、ノリノリな面々はともかく。

 アラサーがエッチな単語を含んだ演技の鍛錬をして

 一体何の意味があろうかと疑問でしかたがない。

 テンションダダ落ちの私を不憫に思ったのか、

 真姫が励ますように私もやってあげるからと言ったけれど、

 そういう問題じゃない、そろそろお部屋に帰りたい。

 

 ゲーム冒頭から、書いている人が違うんじゃないかっていうくらい

 すっごく真面目な演技に関するテキストが披露され、

 真姫がすごく感心していた。

 なお、これを新人声優に配るテキストにしようという提案は

 絢瀬絵里の独断で却下させて頂きました。

 ただ、今は真面目だけどそのうち

 エロゲの演技をするには実演を交えないと!

 とかトチ狂ったことを言い出すんだと思う、

 エロゲーってそんなのばっかりだよ!

 

「……!?」

 

 エッチなお色気シーンを含め

 最初のうちは恥ずかしそうにキャーキャー言ってた

 現役女子高生二人組も、真姫の指導で

 悲鳴だけはやたら上手くなってからしばらく――

 ホイッスルボイスを活用したロリキャラの喘ぎ声くらいから

 講義が不真面目方面に向いてきたけど、

 やっぱりと言うかなんて言うか、

 実演を交えたエロい声の上げ方に要素を振り切ってきた。

 多少テンパり始めた私以外の二人組は、

 すがるように真姫や理亞さんを見上げるけど、

 目の前のテキストを声優さんと同じように読め

 という指導は改められなかった。

 恥ずかしがった瞬間に、あやせうさぎ(笑)さんの

 違う! ここはこう喘ぐ!

 という熱血指導が行われ、でもお姉ちゃん彼氏いたこと無い

 との雪姫ちゃんの暴露という悲劇も乗り越え、 

 シリアスに展開が傾き始めた時、

 同じように真面目な顔をした真姫が妹に告げる。

 

「雪姫」

「なに?」

「もしかしたらあなたは私と同じ場所に立てる才能があるかも知れないわ」

 

 え? 私は? みたいな朱音ちゃんをスルーし、

 西木野姉妹間の仲はは無事に深められた様子。

 ただ、もうこのあたりで真姫が普通の声優ではない

 ことがみんな分かってきたようで、

 売れることが一筋縄では行かない事実に、

 人気って苦労しないと得られないんだみたいな実感を得た。

 その後は競うようにしながら喘ぎ始める現役女子高生を眺め、

 この映像をインターネット動画サイトに流したら

 いかばかり稼げるんだろうなって思った。

 おそらくきっと、太陽の日開催においてRe Starsが抱えた借金など

 1日くらいで返せそうな金額を得られるんだろう。

 

「真姫、私の喘ぎって需要あるかな」

「すごく需要があると思うから、

 今度実体験を踏まえて聞かせてほしいの

 できれば二人で、和木さん置いておくから」

 

 ――なるほど。

 多分一部の人にしか相手にされないんだな。

 天井にまで貼られたポスターを見上げながら、

 世の中うまく行かないことばっかりだって思い至った。

 

 

 そろそろ陽も暮れて、夜の帳が降りる頃。

 セミの鳴き声がひぐらしに切り替わってしばらく。

 シナリオとしては結構面白いレベルの展開に

 拍手を送りたいなあなんて言う感想を抱く。

 テキストを読むだけではなく、

 実演を交えた的確なツッコミを入れられ、

 精神的にも肉体的にもへとへとになった二人は

 仲良く揃って目を閉じて壁に寄りかかっている。

 寝ては居ない様子だけど、限りなくそれには近そう。

 私もベッドに寝転んでグースカ眠りたいけど、

 おそらくそれは許されない、本番はこれから。

 

 真姫と理亞さんは何処かへと赴き、

 戻ってくるまでは休憩という言葉を信じ、

 鍵でもかけて引きこもれば一生休んでいられるかな?

 なんて益体もない事を考えてしまうけど。

 そういえばと思い、

 真姫の弱みは多少握っているけど、

 理亞さんの弱みは管轄外だから、ちょっと把握して置こうかと 

 部屋をあさろうとして――やめた。

 人には誰しも相手に触れられたくない側面はあるし、

 仮に呪いでもかけられてたら怖い。

 

 真姫と理亞さんが本を抱えながら登場し

 大量の書籍を何に使うんだろうと思ったら、

 実地試験の後は、手書きでお勉強とのことだった。

 お勉強大好き西木野真姫の高校時代の側面を見た気がして、

 恐怖に震えそうになり――

 なんとかバレないように部屋から退室しようと、

 あと少し、もう少しとドアに迫ったところ。

 

 

「ヒナァァァァァァ!?!?!?」

「ごきげんようエリー、これ、お近づきのエロゲー」

 

 手渡されたのは、最近マスターアップされたという

 Aqoursを元キャラにしたダイプリの二作目。

 制作スケジュールはかなりシビアだったらしく、

 延期もやむなしという判断を下そうかとしたら、

 真姫がじゃあ、テキスト書ける人呼ぶとヘルプを用意し、

 ツテにツテを集めて作品は完成させられた。

 その中に綺羅ツバサと矢澤ここあ両名が居たことは、

 色んな人に秘密、ブログに書いても信用されないだろうけど。

 

 

 

 真姫が色々とやることがあると言って帰宅し、 

 残されたのはUTXと音ノ木坂学院の元生徒会長二人と、

 出来の悪い生徒三人組。

 私としては教師側に立ったのは嬉しいんだけど、

 テキストに書かれたことを合っているかどうか

 チェックしなければいけないので、微妙に先よりも

 精神的に疲弊しつつある、こういう作業は嫌いじゃないのが救い。

 基本的に学力も偏差値も高い朱音ちゃん(真姫の指導の結果)

 雪姫ちゃんも先輩を差し置いての高校の主席ということなので、

 この中での劣等生は鹿角理亞さんただ一人。 

 黙々とペンを動かして暗記してから、

 手書きのテストで実力を測る。

 この作業が演技力の向上とか、

 アイドルとしての実力の向上に至るかは――

 まあ、そこは些細な問題だと思うことにして。 

 

「安西先生……ダイプリがしたいです……」

「諦めたら?」

 

 色々と後悔し始めた理亞さんは

 ヒナに助けを求めるように声を掛けたけど素っ気なく返された。

 亜里沙を通じて理亞さんのダメエピソードは把握しているとのことだけど、

 私に辛辣だというのも評価を下げているのかも知れない。

 朱音ちゃんと雪姫ちゃんの両名も、

 先ほどのエッチな実演よりはマシと割り切っているのか、

 元からこういう作業が好きなのかは分からないけれど、

 成績はかなり優秀、教えた言葉は意味も含めて把握している。

 ただ、言葉の意味を辞書みたいに覚えたところで、

 実演できればなんの意味もないけどね?

 いや別に、勉強ができれば頭がいいみたいな価値観で

 人を判断する人に含むことはないのよ?

 

 これが終わったら地下で歌唱指導という言葉に

 雪姫ちゃんは大喜びしたけど、

 元から指導の必要がない朱音ちゃんは、

 演技指導を含めた特訓を言いつけられた。

 さっきと同じことを!? と戦々恐々としたみたいだけど、

 ヒナはもっと効果がある鍛錬があるとの一点張りで

 詳細は発表されなかった。

 

 

 最終テストも無事に乗り越えた面々は

 食事休憩やお風呂と言った気分転換をしたあと、

 ジャージに着替えて全員集合することになった。

 しかしながら、自分のジャージ姿は干物女という表現が的確で、

 その姿を眺めるたびなんとも言えない気分になる。

 

「歌というのは、どんなに酷い音痴であろうとも、必ず矯正できます」

「……」

 

 ヒナが過去を思い出すかのように目を閉じ、

 やけにセンチメンタルな表情をしながら告げる。

 上原歩夢、絢瀬亜里沙の両名が初期同人版ダイプリの

 主題歌を担当する前はヒナが自分で歌唱するつもりだったらしく、

 その歌声は一部の人達にやけに人気がありヒナタ帝国が

 設立されんばかりであったとか。 

 

「私は高校時代に大変な音痴でした、ですが」

「ですが?」

「金髪ポニーテールは片手に鞭を持って、紫おさげは猿ぐつわとロープを握りしめて、わたくしの指導に当たりましたわ」

 

 とんでもない暴露にドン引きする私たち。

 まったく記憶にない指導ではあったけれど、

 希が言うには効果は覿面であったらしく、

 中には凶悪な暴力的な指導も役に立つこともあるんやな、

 ってLINEで書いててヒナに謝ろうかと思ったら、

 その希も加害者じゃん! 関係ないみたいな文を書いて!

 

「ですが、わたくしも鬼ではありません」

「ほ……」

「悪鬼です」

 

 安心した雪姫ちゃんを奈落の底に叩き落とさんばかりの所業に、

 この場に居合わせた面々は揃って震え上がる。

 高校時代はロリロリしてて天使みたいだったらしいけど、

 とてもそうは見えない、口にしたら殺されそうだけど。

 雪姫ちゃんをみんなで簀巻きにして床に放置し、

 どうすれば声を高らかに上げさせられるかという一点において

 鋭利な針を品定めする姿は、昔話に出てくる山姥を彷彿させた。

 だけども、そこまで鬼でもなかったのか、

 妙な物体を私に見せて、

 

「これは?」

「ツボ押し器のコリをとらえーる君

 なにかに失敗したら押してあげて」

「……ええ?」

 

 とんでもないことをするもんだなあと

 怪訝な声を上げてしまった私を、

 覗きこんで見上げるようにしながら、

 

「あなたは、私の足に、針を刺しました」

「ようし! 雪姫ちゃん! 頑張って!」

 

 今度、ヒナに心の底から謝罪をすると誓い――

 絢瀬絵里は過去を忘れることにした、

 黒歴史は封印するに限る、∀ガンダムみたいに。 

 

 

 演技の実地訓練により、

 多少なりとも上達したかな? という自己判断が

 大いに間違っていたと自覚したのち。

 早口言葉で噛むたび、外郎売を失敗するたび、

 とにかくまあなにかしら失敗するたびに、

 雪姫ちゃんのツボは力強く押されることとなった。

 最初の方はそこまで痛くないふうであったのに、

 的確に痛い場所をつけるようになったみたいで、

 ここを押せば高らかに悲鳴上げるなってポイントが分かるようになった。

 無駄な才能を発揮し、無駄過ぎる技術を身に着け、

 発声に関しては強制的に身体に覚えさせることに成功した。

 課題は山積みであるけれど、頑張れば乗り越えられるのが

 若さの魅力である。

 JKの足つぼを押してドSな笑みを浮かべる金髪アラサーと称され、

 本当やばいくらい邪悪な顔をしてた所を写真に撮られた。

 理亞さんにはこの写真を亜里沙に送られたくなかったらと脅迫され、

 朱音ちゃんは高校時代の私の指導を聞いて悲鳴を上げてる。

 絢瀬絵里=澤村絵里は残念ながらバレてないけど、

 絢瀬絵里の過大評価については改めようと誓って欲しい、

 ええ、私自身の評判のためにもそうして欲しい。

 そうこうしている間に、なんかツヤツヤした真姫が戻ってきて、

 何をしていたのか問いかけたらエステの予約が入ってたとのこと。

 おいくらかを尋ねてみたら、恐ろしくて金額の間違いを聞き直せないくらい

 超高級エステであったので、私はすべてを忘れることにした。

 ――中学時代に行って以来という言葉も含めて。

 

「へえ、針を足の裏に。

 声量を上げるのは矯正の基本だから、 

 確かに方法としては悪くないわね」

「実際役に立ちましたが――でも」

「ええ、そうね――やっぱり」

 

 栗原陽向と西木野真姫の二人が、 

 楽しいことを見つけたと言わんばかりの――

 ドSで邪悪な笑みを浮かびながらこちらを見て

 心の底から恐怖を覚え、ガクガクと震えだしてしまいそうな、

 凶悪で冷徹な瞳を向けられ――

 

「ワ、ワルキューレは裏切らない……!」

「ワルキューレは裏切らないかも知れないけど、

 残念ながら人間は裏切るものよ」

「澤村さん、恨むならツボ押しの才能を発揮した自分を恨むのね」

 

 逃げようとした私の右腕を鹿角理亞さんが。

 左腕を統堂朱音さんが締め上げ、

 とりあえず一番簡単に痛みを与えられるやつ、

 という観点に置いて一番適切であろうアイスピックを手に

 西木野真姫、栗原陽向の二人が迫り。

 因果応報という言葉を認識しながら私は叫んだ。

 

「ハノケチューーン!!!」

 

 ええ、特別南ことりさんを意識させて頂きました。

 カラオケに行くとスピカテリブルは台詞が流れるから、

 ノリノリでことりの真似してたら、

 あろうことかそれを本人に見られてしまって――

 似てるけど殺したくなると評判のモノマネはお気に召しましたか?

 あと真姫、ことりにバラさないで? 

 絢瀬さん東京湾にバラされちゃうから。

 

 

 

 ツボ押しは理亞さんに引き継がれ、

 あひぃあひぃ言いながら悲鳴をあげる私と雪姫ちゃん両名は、

 なんだか知らないけど歌唱力は無事向上した。

 ――アイスピックはちょっと刺しても痛い(教訓)

 それはともかく。

 私でお楽しみだった各面々は、西園寺雪姫ちゃんの

 アイドル力の向上という目的を思い出し。

 4名が提案したのは、

 

「やっぱり、基本に立ち返って、上手い人の技を盗むべきね」

 

 最初からそうするべきであったと、

 私なんかは思うのだけど――

 指摘をすれば簀巻きにされた挙げ句に

 スタンガンあたりでビリビリさせられてしまうかも知れない。

 なんだか超電磁砲って響きが懐かしい、

 そんな絢瀬絵里ではあるんだけども。

 なので、みんながもう寝静まってしまっている時間。

 エトワールのリビングに集った面々は、

 ヒナ主導によりDVD映像を眺めることと相成った。

 演技が上手い人の映像でも眺めるのかな? と思ったけど、

 彼女がダイプリの初期作の台詞を自分でやろうとした際

 大いに参考にしたと言うので、極めて効果があるものと思われた。

 ただここで、妹の亜里沙も参考になったということと、

 ダイプリのシナリオにも活用されていることを把握していれば、

 あんな羞恥プレイを受けずにも済んだかと思うと――

 

「これ、もう撮影しているの?」

 

 カメラを覗き込むような仕草でテレビ画面に映るのは

 高校時代の絢瀬絵里、つまりは私である。

 朱音ちゃんは澤村さんと似てるわねとかすっとぼけたこと言ってるけど。

 事実には気づかないで頂きたい、色々と面倒だし。

 画面の端っこで緊張した表情で待っている園田海未がいるから、

 音ノ木坂学院で撮影されたものであると思われた。

 なぜこの映像をヒナが持っているのかと言うと、

 希経由で回されたものであるらしい、なんで持っとるんや。

 いろいろと言いたいことがあるのを飲み込み、

 始まった映像をさほど文句も言わずに眺めてみる。

 

 

「なんで映像付きで、コーラスの収録をしなければいけないのかわからないけど……」

 

 μ'sの曲でたまに掛け声なり何なりが入っているけれど、

 これはこうして別撮りで、叫んだりなんだりやってるのである。

 真姫のツテでスタジオで録音したときは、

 もう、笑っちゃうくらい音質が良くて思わず笑っちゃった。

 基本的に一人ひとり個人で録音したりで収録するため、

 音にバラつきは出るし――ヒフミちゃんたちはいろいろと苦労したんだと思う。

 でも、なんでそんなスキルを彼女たちが持っていたのかは

 もう、神の意志かなんかだと思うことにしたい。

 

 動画を撮影しているのは真姫であり、

 声が意外と可愛くないと彼女自身も、周りの面々も感じ、

 実際朱音ちゃんが本人なの? みたいな目で真姫を見てる。

 ただ、この西木野真姫、園田海未、絢瀬絵里の三人は、

 ことりやニコから、高校時代よりも若返っていると評され、

 実際にRe Starsの面々が私の正体に気づかないのは、

 高校時代ほぼそのままの絢瀬絵里がそこにいるからだそうですよ?

 一番の常識人である朝日ちゃんも

 澤村さんって高校時代の絢瀬絵里さんとそっくりって言って、

 私はもうなんて言っていいのかさっぱり分からなかったね。

 なお、海未、真姫、絵里の組み合わせにピンとこなかった朱音ちゃんのために 

 ヒナが説明してくれたんだけども。

 

「ソルゲ組、μ'sの中でもトップクラスの歌唱力を持った三人組です」

 

 何その過大評価。

 首を傾げながらヒナの評を聞いているけれど、

 あの組み合わせ本当に身のまわりでは評判悪くて、

 μ'sっぽくないとか、険があるとか、

 散々な言われようだったから一曲しか披露してないけど、

 ちょっと声をかけて3人で曲でも出すべき? 売れるかな?

 ただ、亜里沙に言われた海未さんらしくないという評を

 海未は結構気にしてるから結成は難しいかも知れない。

 

「このカンペ通りに読んでみて」

「ハラショーって言えばいいの?」

「そうそう、上手にね」

 

 上手にハラショーと叫ぶことになんの意味があるのか――

 多分その理由を把握していたのは、高校時代の西木野真姫だけであるので、

 とりあえずツッコミは入れておかない。

 ただ怪訝そうな表情をしながら――

 

「ハラショー!」

 

 と案外ノリノリの調子で高らかに声を出す私。

 色々と注文をつけている真姫にもハラショーハラショー言いながら

 リクエストに答えていくバカな自分を眺めていると、

 なんていうかすごくいたたまれない気分になるんだけど……。

 

「これが、どうなるの?」

「まあ、見てなさい雪姫」

 

 小首をかしげながら問いかける雪姫ちゃんに、

 真姫は笑いを堪えながらたしなめる。

 どうやら過去の記憶が蘇ってきたらしく、

 この先どんな痛々しいことが起こりうるのか

 楽しみでしかたがないと言わんばかりに邪悪な笑み浮かべてる。

 

 

「もっと高らかに!」

「ハラッショー!」

「うん、いい感じよ! もっとありふれた悲しみの果て!」

「ハラァショー!」

「そうそう! COLORFUL VOICE!」

「ハラッセォォォ!!!」

 

 以前まで(生理エリちと評される)の私のキャラにそぐわない

 ――今の私のキャラともそぐわない、恐ろしく恥ずかしい黒歴史に

 顔を覆いたくなるんだけど、ヒナが目をそらしたら刺すと言わんばかりに

 アイスピックを持っているので目を伏せることすら出来ない。

 意味不明な指示のもと、テンション高く、

 羞恥心もかなぐり捨て、ただ叫ぶ機械になっていく私に、

 もうなんていうかいたたまれなくていたたまれなくて泣きそう。

 

「凛っぽく!」

「ニャァァァァ!」

「にこちゃん!」

「ニコォォ!!」

「花陽!」

「ピァァァァァァ!!!」

 

 にこりんぱなの組み合わせでモノマネを披露し、

 コーラスの収録であることを忘れ、

 ヒフミちゃんたちのリクエストにも、

 素晴らしい出来栄えで叫び続ける生徒会長(笑)

 

「みんなのハート撃ち抜くぞぉ! バァァァン!」

「ラブアロォォォ! シュゥゥゥト!!」

 

 般若みたいな表情を浮かべた海未に

 手刀を首筋に叩き込まれ昏倒するまで、

 羞恥プレイは続いていった。

 高校時代の記憶を思い出し泣き出したかったけど、

 私は泣かない、泣いてたまるもんか!

 

「えと、これは?」

「あなたは、まだ羞恥心が残っている……!」

 

 雪姫ちゃんが疑問に感じるのは当たり前で、

 演技指導ではなく絢瀬絵里で笑おうみたいなオチじゃないのかと、

 私自身も感じているんだけれど。

 ヒナにとってはそういうことではなく、

 本当に演技にとって大事なことを知るための映像らしい。

 後日嘘じゃないのと問いかけたら目をそらされたけど。

 

「でも、あのμ'sのダイヤモンドプリンセス絢瀬絵里でさえこうなの! 

 彼女は歌のためなら羞恥心すら捨てる!

 西園寺雪姫! あなたは……絢瀬絵里になるのよぉぉぉぉ!!!」

 

 深夜なのでボリュームを落として欲しかったけど、

 そんなことを指摘できるほど体力がなかった。

 きっと疲れてるのよ、ええ、もう、まったくもって。

 

 

「なんか途中から、二人の指導だけじゃなくなったわね」

「どうしたの理亞ちゃん」

 

 西園寺雪姫のエピソードを聞きながら、

 私自身もルビィも何故結果が出たのか疑問で仕方なかった。

 その後も指導は続いたんだけど、基本的に

 高校時代の絢瀬絵里で笑おうみたいな感じで、

 なんでそれが今の立場を作ったのか不思議だ。

 

「うん、まあ、経緯はどうあれ、友人に恵まれていれば、なんとかなるものよ」

「したり顔でどうしたの理亞ちゃん……」

「あと、困難は結局自分でどうにかしなきゃいけないのよね」

「なにがあったの、理亞ちゃん」

 

 

 その後一ヶ月に渡り、様々な面々が雪姫ちゃんの指導にあたり。

 海未や凛やニコと言った指導に定評がある面々から、

 賑やかしに来た希とかと高校時代のエピソードで盛り上がり。

 ただ、雪姫ちゃんに本格的な影響を与えたのは

 エヴァリーナちゃんだと思う。

 彼女は基本的に我関せずであったけれど、

 絢瀬絵里を目指すという点において、

 なぜだか私以上にコピー作業に優秀で――

 一挙手一投足がエリちそっくり! by希

 びっくりするくらい姉に似てます! by亜里沙

 と評判の絢瀬絵里再現図を披露してくれた。

 私自身も自分のことなんてよく分からないけど、

 エヴァちゃんにとっては絢瀬絵里のことならなんでも分かるらしく、

 影武者としてそこに置いておきたい、私はニートに戻るから。 

 ただ、私のフォローだけでは人として微妙という

 身も蓋もない妹のアドバイスもあり、

 西木野真姫を組み合わせたハイブリッド路線に変更される。

 真姫のことなら当人以上に何でも知っている和木さんに

 身も心も真姫ナイズされた雪姫ちゃんは、

 演技も歌唱力もトーク力も短い間に抜群に成長を見せた。

 ――いや、たしかに当人の努力もあるんだろうけど、

 ニコと凛のアドバイスが的確だったというのもあるんだと思う。

 でなければ、エッチな声を出せば演技力が向上するという

 真姫のアドバイスで成長などするはずがない、それはおかしい。

 

 特訓から三ヶ月で深夜番組のドラマの主演に抜擢され、

 今では歌も演技もトークも何でもこなすスーパー新人女優として

 テレビを中心に華々しく活躍を続けている。

 ただ、雪姫ちゃんが人に教える際には

 

「じゃあ、まずエッチなことしましょうか」

 

 などと告げて、

 やりすぎて警察を呼ばれたことがあるらしいけど、

 未成年に手を出すのはやめて欲しい。

 相手が小学生だったらしいけど、

 事情を聞かれて絢瀬絵里のようになりたかったというのは、

 勘弁して欲しい、私がロリコンみたいじゃん……。

 あと、もののついでってことで朱音ちゃんも同じ指導をされ、

 スーパーアイドルレベルにはならなかったものの、

 結構評判のいい役者として声優と歌手として活躍し始めた。

 今ではラジオのパーソナリティーとして仕事を始め、

 英玲奈がハガキ職人として仕事に支障を出し、

 UTXと事務所からすごく叱られたことを明記しておく。



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絢瀬亜里沙ルート番外編 フルリメイク 栗原陽向の憂鬱

先に投稿された作品の説明と同じく、
現在更新中の絢瀬亜里沙ルートとの展開とは、
まったくこれっぽっちも繋がりはありませんのでご注意ください。


「澤村さんにお手紙ですよ」

 

 そんな台詞を吐きながら朝日ちゃんが

 ピンク色をした可愛いデコレーションの入った封筒を渡してくる。

 自分に来る郵便物にしてはずいぶんとファンシーだ。

 ただ、差出人も書いてなければ、宛先もなければ、

 切手さえも貼っていない――手渡しで渡されたのだろうか?

 もしそうならば中身は果たし状、なわけないか。

 こんな可愛らしい封筒を使っている人間が、

 真剣を使って切りかかってくるとするならば、

 少なくとも私が対象じゃない、あるとすれば理亞さん。

 近年はあまり騒がれることはないけれど、

 郵便物を使っての爆発物投函とか、未知のウイルスを送りつけるとか、

 創作物でも自重しようみたいな空気があったし。

 二次元よりもよっぽど現実のほうが怖い、くわばらくわばら。

 先に話題に出した理亞さんは爆発物ではないけれど、

 とんでもない地雷エロゲーを引き当ててしまったらしく、

 プレイするとパソコン場面に齧りつき、

 いつまで経っても離れようもしないのに変だなーって思ったら、

 なるほどこれはそういうわけなんだなって判断した。

 傷心ではあるけれど誰かに構って欲しいらしく、

 かといって何か気に触るようなことを言えば、

 さんざっぱら罵倒されるので、誰一人相手にしてくれない。

 見事な鹿角理亞さんのジレンマ――ハリネズミの気持ちがわかるかも知れない。

 エロゲーを買ってきてすぐ、信じられないような美少女っぷりと

 同一人物かどうか疑わしい輝かしい笑顔で、

 このキャラは私の嫁になるから! もう誰にも渡さない!

 と言ってたのが忘れられない、

 90年代のアニメなら空に理亞さんの笑顔が浮かんでそう。

 

 

「ねえ、善子ちゃん?」

「なに、澤村さん」

 

 このリビングに居るのは私や理亞さんだけではなく、

 旧堕天使ヨハネこと、津島善子ちゃんもいたりする。

 元銀行員という肩書きに、統合後の高校で生徒会長を勤め上げた勤勉さ、

 何より私は文系だけど彼女は理系なので、

 細かい作業とか事務作業をやらせると

 善子ちゃんの右に出る人間はいないので、

 自分の仕事であるのは重々承知で些事を丸投げしている。

 朱音ちゃんは勉強好きだけど興味あることしかやらないし、

 エヴァちゃんは勉強はできるけど、澤村絵里にさほど興味ないし、

 朝日ちゃんは優秀なのに仕事が嫌いだから、

 結果善子ちゃんくらいしか私のアシスタントになれない。

 別に私に人望がないわけじゃないのよ? 

 ――違うからね?

 

「普通、名前だけしか書かれてない封筒を持ってきて渡すかな?」

「あの子は割とお嬢様だから」

 

 疑問に思ったことを問いかけてみると、

 これ以上無い的確かつ端的な答え。

 自分の身の回りでお嬢様と言うと真姫が思い浮かぶけど、

 彼女は優秀で賢いのにその才能を活かすつもりがないので、

 まったくこれぽっちも優秀に見えないかも知れないけど。

 声優という道に進んでからコミュニケーション能力も身につけ、

 愛嬌もたっぷりで人当たりもよく空気も読めるけど、

 同業者の友達が少ないっていうのが難点――。

 朝日ちゃんが真姫の方面へ進むことは、

 案外向いているのではないかと思うけれど。

 実力云々はニコが言ってるカリスマ性なる才能でカバーできる。

 私の身の回りではそうでもないけど、

 ハニワプロとか他の芸能事務所では抜群の評判の良さ。

 特に年下からは朝日ちゃんの言うことさえ聞いていればOK

 みたいな信仰があるらしい――

 なので私の言うことは信じてくれない。

 亜里沙と同じことを言ってるつもりなんだけど、

 どうしてだか信用の度合いが違うんだけどなんでかしら。

 

 ハニワプロに入った経緯もニコのフォローあってのことらしく、

 亜里沙も、アイドルとして売れなくても指導する立場として

 とか抜群の評価されてるし、南條さんにも

 絵里さんも朝日さんくらい評価されればこちらとしても――

 なんていうどう反応していいか分からない評価されてる。

 ちなみに私の指導でUTXのトップになってる優木せつ菜と言う子がいるけど、 

 その話をするとみんな苦笑いしながら、現実を見ろみたいな目をするんだけど。

 ニコはUTXに通いたかったらしいけど、金銭面で都合がつかず。

 同期にはツバサとか英玲奈とかあんじゅとかもいたし、

 入ってもダメだったかもとか自虐するけど、

 彼女なら案外A-RISEの一員として活躍できていたかも知れない。 

 ただそうなればμ'sのメンバーは9人ではなく8人であったろうし、

 そもそもニコが居ないとアイドル研究部が存在しないわけで。

 いろいろと思い浮かぶことはあるけれど、

 自分の黒歴史も次々と思い浮かぶので

 思考を停止して前を向くことにした――さて、仕事仕事。

 

「封筒を開けるのなら協力するわ、暇だし」

「その作業を1時間やっても出来なかった私になにか一言」

 

 遠回しになぜこんな簡単なことも出来ないのかと、 

 脳のバグを疑われたような心持ちがしたけれど。

 善子ちゃんはそんな私をフォローするように、

 人間にはできることもあるしと言ってくれたけれど、

 絢瀬絵里は出来ないことのほうが多いのでは?

 なんて事実を思い立ってしまい。

 微妙にネガティブだな私、疲れてるのかも知れない。

 

「澤村さん、封を開ける時にはカッターの刃が仕込まれてないのかチェックするのよ」

「その旧時代の嫌がらせって今の若い人分かるの?」

 

 10年一昔と言うけれど、

 年齢が干支一回りくらい違うと、

 もう別の人種なんじゃないかなくらいに

 価値観が違うと思う時があるけど。

 ただそれでも、相手に効果的な嫌がらせというのは

 どの時代も共有されるらしいですよ、

 元堕天使ヨハネが言ってるんだからそれなりに信憑性があるんじゃないでしょうか。

 

 

 

 

 自室に戻り、一人で可愛らしい封筒を眺めながら。

 宛名と中身の文字を見る限りかなり達筆。

 字は人格が出るという話もあり、私もかなり気をつけているけど

 効果がどの程度あるのかはわからない。

 ツバサはもう、やばいくらい字がヘッタクソだし。

 ルビィちゃんは急いでいると象形文字レベル。

 妹には字だけは人格者に見えると評判の絢瀬絵里の明日はどっちだ。

 ――それはともかく。

 希にLINEを送ってみても、

 忙しいのかいつまで経っても既読にならないので早々に諦め、

 相手がUTXの生徒会長だったという文を見つけ、

 同じ高校出身の綺羅ツバサに連絡を取ってみることにした。

 太陽の日以降に仕事がまるっきりなくて、

 レッスンしているか暇しているくらいしか選択肢のない

 Re Starsの面々と違って、

 元トップアイドルの過去の活躍そのままに、

 バラエティから歌番組からトークまで何でもこなし、

 さらには暇な私の相手までしてくれる人格者。

 彼女が言うには、私くらいしか話が合わないという話だけど。

 私もそこまで話が合うとは思っていなかったり。

 それをこっそり英玲奈に言ってみたら、

 素のアイツとまともに話せる時点でどこかおかしい――

 と、褒めてくれたけど。

 いや、褒めてくれてるとは思ってないんだけど、

 英玲奈は褒めてるって言ってくれたんですよ?

 

 

TSUBASA:生徒会長?

 

 LINEはすぐに既読になり、あっという間に返信が来る。

 なんでも歌番組の収録中らしいけれど、

 ロシア出身の二人組がドタキャンしたって言って、

 てんやわんやで暇らしいけど、

 それは絢瀬姉妹だったっていうオチじゃないわよね?

 ドタキャンする仕事がないからありえないけれど。

 あ、でも妹は元気に仕事中です。

 

TSUBASA:へえ、ようやく行動に移したのね?

エリー:何その思わせぶりな台詞

TSUBASA:そいつのパーソナルデータを送ってあげるわ

TSUBASA:煮るなり焼くなり好きにすればいいと思う。

 

 別にどんな人物かくらいを教えてくれれば良いんだけど。

 そして送られてくるわくるわ、高校時代の経歴から、

 現在の職業まで――ヒナプロジェクト代表取締役?

 一つも聞いたことのない企業だけれど、

 なにかアイドルと関わりのあるところなんだろうか?

 そしてなぜスリーサイズから好物云々まで書いてあるのか、

 声が田村ゆかりさんに似てるとか死ぬほどどうでも良いんだけど、

 ――あ、本当に似てるんならちょっと言って欲しい台詞あるかも。

 

 

 リクエストする台詞を考えていると、

 ドアを控えめにコンコンと叩く音が聞こえてきて、

 どちらさま? と声をかけてみると、

 鹿角理亞さんらしき人が顔を出した。

 ――いや、紛れもなく鹿角理亞さんその人ではあるんだけれども、

 非常に申し訳なさそうに、小動物みたいに、

 キャラと違うと言いたいくらい儚げな雰囲気を漂わせながら。

 成功率3%くらいの難病を抱えているヒロインみたいに、

 触れたら壊れてしまいそうなくらい――

 やけに二次元方面にキャラ作りしているのを見て、

 やっぱりエロゲーって現実にはそぐわないなって思った。

 

「理亞さん、別に無理してキャラ作りしなくていいのよ?」

 

 ふるふると首を振り、甘えた目(ルビィちゃんとは雲泥の差)

 をしながら、こちらを見上げてくる理亞さん。

 荒ぶる肉食獣に求愛されてるみたいで、

 こちらとしては変な汗が出てきて、動悸がするんだけど、

 サーカスに知り合いがいる人がいないかしら?

 

「昼間にお前の顔なんか二度と見たくないって怒鳴りつけたの気にしてる?」

「ごめんなさい、絵里おねえちゃぁ」

 

 卒倒するかと思った。

 元から声が可愛くていらっしゃらない彼女が、

 相方のルビィちゃんの声真似をしながら謝罪する姿。 

 昔テレビに出た南ことりが

 高校時代はもっとちゅんちゅんした声じゃなかった?

 というクソみたいなフリに、邪神みたいな笑みを浮かべたのち、

 高校時代よりも可愛らしく甘ったるい声を出したのを

 見たのと同じ心持ちがしたね?

 なお、お酒の席で凛が披露する黒澤ルビィちゃんの声マネは

 びっくりするくらい似ていると私の中で評判。

 だから凛を師事すればいいと思う、

 銃で撃たれたゾンビみたいな声でおねえちゃぁって言われて

 本当震えるほど怖くて涙目になったのを

 バレないようにするの大変だから。

 

 

 

 

 

「あら、澤村さん、出かけるの?」

 

 手紙の主から示された再会指定日。

 相変わらず暇をしているRe Starsのメンバーの一人――

 つまり私と。

 

 

「うん、まあ、放っておくのも気分悪いし」

「……? 理亞も行くんだ」

 

 仕事は平均的にあるけど、今日はオフ。

 こういう日はたいてい、朝から一日中エロゲーにおもねる、

 そんな鹿角理亞さんではあるのだけど。 

 

「罪滅ぼしよ! 朱音は黙ってろ!」

 

 ちなみに、先日までの天使みたいな(見た目だけ)理亞さんは

 外見ばかりを取り繕って、口調と声色は元に戻ってる。

 呪いをかける魑魅魍魎みたいなロリ声でなくなったので、

 絢瀬絵里さん的にも妹の亜里沙的にも、

 まったくもって安心、安堵感漂う。

 

「またエロゲーでも買いに行くの? それとも知り合いのエロゲー声優にでも会いに行くの?」

「うっさい! 現役女子高生がエロゲーを連呼すんな! 炎上すっぞ!」

 

 ちなみにルビィちゃんを意識したと思しき声色は、

 エヴァちゃんの無理しないでください(真顔)が

 致命的なダメージとなり改められることとなった。

 亜里沙からも仕事に支障が出るとか、

 ルビィちゃんからもちょっとやばいんじゃない?

 と言われても改善する気がなかったのに。

 人に行動を改めさせる時には、優しい言葉を投げかけるのも大事。

 齢30手前にしてそんな気づきを得る。

 一生懸命誠心誠意謝罪の意を伝えるという理亞さんの目的は――

 ここ最近バイオハザードシリーズの夢を見る(未プレイ)私の

 睡眠時間の減少ぶりで判断して欲しい。

 でも、見た目は天使。

 一日かそこいらで外見も元に戻るかと思いきや、

 外見はルビィちゃんと一緒でロリロリしいという評判に、

 え、なに? 嫌がらせ? 

 って思ったんだけど、確かに見た目だけはロリロリしい。

 でも、そのうち見た目も夏休みの男子小学生みたいになると思う。

 田舎で虫取り網片手にカブトムシでも捕まえてそうな。

 

 

 エトワールから抜け出すと、

 天で煌々と輝く太陽から強烈な陽射しが降り注いだ。

 最近は酷暑日なる言葉も生まれ、

 歩くだけでカロリー消費を果たせそうな――

 そんな強烈な熱波に二人して襲われる。

 理亞さんは天使みたいな外見に見合わない、

 口をぽっかりと開いた間の抜けた顔を見せ、

 え、なんで自分こんな格好してますのん?

 なんて表情をしているけど、まだ外に出て5分。

 もうちょっと粘って欲しい。

 UTX最寄りの秋葉原までは電車で十数分、ここから駅までは

 同じくらい時間がかかる。

 しばらく歩けば理亞さんお気に入りのファミリマートがあるから、

 そこで給水を果たせばいい、マラソンランナーみたいに。

 津南でも霧島でもミネラルウォーターを買って――

 

「あなたって、オトノキの生徒会長だったんでしょ?」

 

 外見に見合う飲み物が欲しいと理亞さんが言うので、

 マックスコーヒーかいちごオレが良いと思って、

 どっちが良いかと問いかけたら。

 水分補給という目的を忘れないで(ロリ声)

 と言われて確かにその通りだったと思いだした。

 なお、見た目で常連の人だと気づいて貰えず。

 私に声を掛けてくれた方が、誰ですかその人と聞いたので、

 理亞さんにロリロリしい声を出してもらい、

 無事正体を把握して貰った。

 

「ええ、まあ、恥ずかしながらそうね」

 

 歩きながらペットボトルに口をつけるのは、

 ちょっとまあはしたないところもあるのだけど。

 でも、外聞よりもよっぽど命のほうが大事。

 

「生徒会長ってアホでもなれるの?」

 

 飲んでいた飲み物を吹き出すかと思った。

 なお、理亞さんの通っていた高校の生徒会長は、

 えらく優秀な人物だったらしく。

 ダイヤちゃんもその存在を把握していて、

 なんとかして自分の手駒にしたいからと理亞さんに紹介を頼んでいた過去あり。

 

「まるで私がアホみたいじゃない」

「あなたじゃない、あなたの後輩の方、あの人アホだったんでしょ?」

 

 高坂穂乃果がアメリカに旅立ってから数ヶ月。

 忙しく過ごしているのかと思いきや、

 たまにディ○ニーランドで○ッキーと一緒に撮影した

 そんな写真が送られてくることがある。

 ニューヨークのテーマパークの全制覇を目論み、

 せわしく動き回っている様子だけれど、

 亜里沙とかツバサから借りたお金を使っているわけじゃないよね?

 私たちμ's三年生組卒業以降――

 生徒数が大幅に増えたものの、人手は少なく。

 ことりはヒフミトリオという生贄を捧げて生徒会の仕事から手を引き、

 海未は最初のうちは受験生だからとか、生徒会の仕事が、

 と言ってスクールアイドル活動から手を引こうとしたものの、

 元の面倒見のいい性格からか、ダメな子ほど可愛いと思う――

 そんなアホ男に引っかかりそうな趣味趣向のせいであるのか。

 大幅に部員が増えたアイドル研究部ではあったけど、

 作詞できる人材が一人もいないという致命的な欠点もあり、

 海未に白羽の矢が建てられることと相成ったらしい。

 結果的に彼女と真姫の遺産でオトノキは全盛期を迎えるのだから、

 当時の理事長とすれば満足の結果であるんだろうけど。

 ただ、それを終わらせたのは誰からぬ高坂雪穂ちゃん。

 アイドル研究部部長にして生徒会長のポジションについた彼女は、

 自身が3年生になった時点で海未や真姫の遺産を使うことを拒み、

 自分たちの力でなんとかしようと声を掛け――

 結果、Aqoursに敗戦しオトノキでは微妙に立場がない。

 作詞作曲活動もこなし、かつ生徒会長として実績を残し、

 アイドル研究部部長としてラブライブ準優勝という結果。

 ひいては有名大学に合格と褒められる要素しかないと私も思うし、

 亜里沙もそのあたりだけは感情的になって、

 雪穂を悪く言う人間はバカですと辛辣だけど。

 

 

「その、不幸な事故が重なったのよ」

「浦の星の生徒会長もバカだったし……」

 

 生徒数の少ない高校とは言え、

 会長として仕事をすべて一人でこなしていたダイヤちゃん。

 私もまあ、似たようなものではあったのだけれど。

 東京でも指折りの偏差値の高い大学に合格し、

 学力に置いてもかなり優秀な側面がある。

 私生活でも高坂家はすごくお世話になっていたとかで、

 特にお父さんのダイヤちゃんの推しっぷりがやばい。

 彼の前でバカとか言ったら大変なことになるから、

 ちょっと周りを見回してしまった。

 なお、高校三年生時に鞠莉ちゃんと果南さんに

 あなたたちは生徒会の仕事してなかったの?

 なんて問いかけたら。

 果南の前でそれは禁句とガチで怖い目を向けられ、

 小原家の白スーツのマフィアが日本でも有名との都市伝説を

 なんか身にしみて体験した気がしたな……。

 ただ、ちょっと興味本位で「はじまり。」の3人組の一人、

 高海千歌ちゃんに話を聞いてみたら、

 

「Aqoursに入る前の果南ちゃんは基本的に、 

 腕組んでるか、睨みつけてるか、怒ってるか、不機嫌かのどれかでした」

 

 アニメで嫌味な描写されてるなあって思ったけど、

 一部では真実を捉えていたみたい。

 

「……生徒会長って大変なのよ」

「な、何よ遠い目をして……それにアイツら、姉さまのこと泣かしたし」

「聖良さんが泣いたの?」

「私はあいつらを許さない……! ダガミチガァァ!!」

「おー、よちよち……」

 

 何かしら行き違いがあったのか、

 それとも一方的に理亞さんが憎悪を燃やしているのか。

 ともあれ彼女は悪いと思えば謝罪できる子だから、

 理不尽な恨みを重ねているということは無いと思う。

 過去に空港まで穂乃果を見送りに行った際の、

 とある女の子の迂闊な発言のせいで、

 海未とAqoursの関係は完璧に冷え切っていて氷河期そのもの。

 彼女がテレビに写ったりすると海未の表情が消える、怖い。

 理亞さんの頭を撫でていると、その外見だけを見るに

 女子小学生とかが活躍するラノベの主人公になった気分。

 将棋とかバスケットボールとかやれば女子小学生と仲良くなれたんですかね。

 

 

 UTXに向かう道中に過去にも来店したことがある

 スクールアイドルショップがあったのでお土産を買いに行くことにする。

 理亞さんは私にドナルド・トランプのマスクを被らせて、

 ロシア疑惑がなかったってやらせようとしたけど、

 その政治ネタは多分相手には通じないと思う、

 それと、ドナルド・トランプのマスクは微妙に似ているから、

 お土産としてはふさわしくない、

 私がロシアンクォーターだからそう思うんじゃない……と思うよ?

 店内でお客の女子中学生がワイワイ騒ぎながら、

 Aqoursと同時期にいた――せ、聖闘士星矢! 

 っていう渾身のギャグにウケた私が、

 悶絶するほど――腹痛起こしたみたいにお腹を抱えて笑っていたら

 隣にいたSaintSnowの一員さんが

 ラオウみたいな表情をして中学生を殴りかかろうとしたため、

 止めるのに一苦労した、店員さんも一緒になって止めてくれた。

 殺意の波動に目覚めた理亞さんに

 先の会話をしてた中学生の中で一人気がついたのは、

 天王寺璃奈ちゃんという女の子。

 理亞さんをジャギみたいな顔をしていると呼称し、

 私のことを絢瀬絵里そっくりと呼び、

 クールな面を持った無表情の子だと思ったら、

 内心かなりきゅーとな女の子であるらしい、よく分からない。

 

「感情を出すのが苦手?」

 

 そんな璃奈ちゃんと理亞さんとアラサーという組み合わせで

 中高生に人気のカフェとやらに来店することとなった。

 過去の記憶を反芻し、思いのほかμ'sの面々とは

 お茶なり何なりをした記憶が無いことに気づき、

 ちょっとだけブルーになりながら――

 

「そうなの。

 私はよく、人から何を考えているのかわからないとか

 クールに見えるけれど、そんなことないの」

 

 とりあえず先輩スクールアイドルを見て、 

 物おじしないどころか、だから何みたいな態度をとるのは

 クールではないということなのだろうか。

 虹ヶ咲学園の中等部に所属し、進学したらスクールアイドルとして

 華々しくデビューを飾りたいらしい。

 外見こそ黒澤ルビィちゃんとか、可愛さで売りに出せそうな

 天使みたいな顔をしているのに何故あだ名が鉄仮面で決まりそうな

 鉄面皮をしているのか解せない。

 血縁者にカロッゾ・ロナがいるのか、

 それとも親戚に加藤初さんでもいるのか。

 

「澤村さん、こういう子の面倒見るの得意でしょ?」

 

 ちなみに理亞さんは多少機嫌が治ってきたのか、

 金剛力士像みたいな感じから、

 視力検査で遠くを睨みつけてる人レベルに落ち着いている。

 パッと見強烈にガン付けている感はするけど、

 少なくとも顔を見ただけで子どもが泣き出すことはないと思う。

 ――被害者5名、うち1人は超大泣き。

 

「くすぐられてもそのままなの?」

「笑わないことには自信があるの」

 

 面白いと思った。

 相手をくすぐるなんて子どもっぽいし、

 いい年した大人(30手前)がやることじゃない。

 別に私が挑戦を受けたわけではないけれど、

 相手をくすぐるにはちょっとした自信がある。

 そんなことくらいしか自信がないということに、

 ちょっと自信をなくすべきではないかと頭に浮かんだけど、

 理亞さんも場の空気的に、思いっきりやったれ

 みたいに見てる、多分。

 

「衆人環視だから、足の裏は勘弁してあげるわ」

「挑戦的なの、でも、そういう人は嫌いじゃないの」

 

 そういって、私の眼前に向けて素足を差し出す。

 まるで足を舐めろと言っているようだけど、

 年上の人間に向けて敬意のないその態度を

 ちょーっと改めて貰うには良い機会かもしれない。

 あと、スカートなのでそんなに足を上げられると、

 周りの方に少しばかり迷惑なのでそれも自重してもらう。

 

「昔、くすぐりエリーと呼ばれた実力を目にもの見せてあげるわ!」

「最高にダサいあだ名なの」

 

 結果――。

 一つも表情を変えない璃奈ちゃんに、

 おかしいなあ、酔っ払った真姫は指を近づけただけで笑うのに、

 と言ったら、

 あなたはもしかして嫌われているのではないの?

 という考えたくない事実を告げられ、

 鉄仮面対策は見事延期。

 

「で、UTXの生徒会長ってどんな人?」

 

 璃奈ちゃんとお別れし、

 手で空中をわきわき動かしながらイメトレを重ねていると、

 理亞さんがそんなことを問いかけられる。

 比較的ダメージの出来事があったせいで、

 すっかり秋葉原に来た目的を忘れてしまったけど……。

 

「理亞さんヒナプロジェクトって知ってる?」

「ん? 知っているけど?」

「へえ、そこの代表取締役だって、フルネームは栗原陽向さん」

「元UTXの生徒会長で……ヒナプロジェクト……?」

 

 理亞さんは指を唇に当てて考え込む仕草を取る。

 そのまま首を傾げながら思考を続けたみたいだけれど、

 思い当たる節があるのか、

 それともちっとも思考がまとまらないのか、

 特にこれと言ってツッコミを入れることもなく、

 私たちは微妙に沈黙を重ねてUTXまで急いだ。

 

 

 太陽の日のライブ以降。

 突貫工事で会場の制作が行われたのち、

 やっぱり色々問題があったのか、立入禁止になりしばらく。

 ニコが言うには、物事には計画性が必要なのね?

 と、私の顔を覗き込まれながら言われたけれど。

 それを言うなら、ライブのひと月前くらいに種明かしせずに、

 もっと早く私の許可を取ってからイベントを進めればよかったのでは?

 と小首を傾げたら、

 姉さんのような勘のいい子は嫌いです――

 そんなふうに亜里沙に口を開くなと警告されてしまったので、

 殊勝な私はだんまりで俯き、

 言われるがままの刑を執行されるしか無いのです。

 手紙の主は書いた通りに劇場の前で待っていたそうだけど、

 関係者から邪魔者扱いをされた挙げ句に

 いずこかへと連れて行かれてしまったらしい。

 

 

 手紙からしたポンコツ臭は見事に的中し、

 他者から見た自分というのは、もしやこのように見えているのでは?

 なんて理亞さんに尋ねてみたら。

 天使みたいな笑顔をにっこり浮かべ、

 地獄から這い出た混沌みたいな声でおねえちゃぁとか言ったので、

 賢明な絢瀬絵里は口を閉ざして静かにするしかなかった。

 なにはともあれ、得る物の特に無さそうではあるので、

 帰宅の途に着こうとすると、

 理亞さんの声にビビった複数の生徒が教師を呼んだらしい。

 ドタバタとした調子でこちらに向かってくるのは――

 

「魑魅魍魎に殺されるって声を聞いたんだけれど……」

 

 困った顔をして私を見上げ、

 私の隣りにいてニッコニッコ笑みを浮かべている理亞さんを見ないようにし、

 原因を作ったのはお前かみたいな顔をしている。

 生憎だけど、隣りにいる子がロリロリしい声を出せないのは、

 まったくこれっぽっちも私には関係ない。

 ただ、何故この場所にいるのかを問われれば、

 原因の一端に自分が関わっているので。

 

「ああ、その人なら――ねえ、知ってる? 

 栗原陽向って名乗ってて、あんな有名人がここに来るわけないって

 みんなから言われてるのよ」

 

 そのように言われてしまい頭に特大の疑問符を浮かべたのは、

 むしろ私の方で――

 理亞さんはごまかすつもりだったらしいけど、ニコが語るところによれば。

 ダイヤモンドプリンセスワークスを作成した同人サークルを母体とした、

 エロゲーブランドの主催にして、代表取締役。

 近年は成人向けゲームの地位向上のためにあちこちを駆けずり回り、

 ラブライブ運営や、UTX上層部にも顔が利くらしい。

 芸能関係者の評判も高く、彼女が企画に参加すれば半分勝ったみたいなもの。

 ――なぜか所々の評判が妹を彷彿とさせるのだけれど。

 

「ニコ、多分その人、本物の栗原陽向だと思うわ」

「冗談は善子ちゃんよ、絵里」

「ヨハネよ! じゃなくて、ほらこれ、ツバサからのLINE」

「……ぴやぁぁぁぁああああ!?」

 

 花陽みたいな声を上げたニコが全力ダッシュでどこかへと消え、

 残された二人組とすれば――

 

「ダイヤモンドプリンセスワークスって、あれよね? μ'sを元にした」

「――隠すべきかと思ったけど、一番最初の同人作品。

 アレには亜里沙さんと、歩夢さんが関わってる」

「……は?」

 

 栗原陽向という人間と絢瀬絵里――

 関係性は残念ながら靄がかかったように、

 全く記憶をたどることは出来ないんだけれど。

 過去に友人関係にあった私たちは、不幸な行き違いもあり、

 親密な間柄は解消されることとなる。

 ただ、妹の亜里沙とは仲が継続され、その付き合いは現在も続き、

 数年前に一度鍋も囲んだことがあるらしい。

 栗原陽向制作のダイヤモンドプリンセスワークスは、

 原画、音楽、声優――あらゆる何もかもが個人制作の、

 売れる気配のまったくない一本のソフトだった。

 妹が高校一年生時にプロデュースを初めてした月島歩夢が

 優れた演技力をさらに向上させるため、

 声優を買って出たのは、まあ、偶然やフラグみたいなものもあって。

 そういう経緯があってもダイプリは、

 シナリオで光る部分があった売れない同人作品でしかなかった。

 しかし運命はわからない。

 その後、月島歩夢が売れっ子街道を驀進し、

 売れない時代に書いたブログで紹介された

 ダイヤモンドプリンセスワークスにプレミアが付き、注文が殺到し、

 リメイク化にあたっては有名イラストレーターの参加(海未のお姉さん)もあり、

 めでたく完成した暁には売れ始めていたA-RISEの綺羅ツバサも売り子として参加し、

 現在、リメイク化されたものでさえ数万はくだらない超プレミア作品。

 その後18禁化やヒナプロジェクトの商業化もなされ、

 グッズやその他諸々の収入で――もう、なんていうか、すごい金額を稼いだとか。

 

 

「ごめんなさい、あなたのこと全く覚えてなくて」

 

 顔合わせをした時にそんなふうに頭を下げる。

 ただ、その反応は予想通りであったのか、

 気分を害した様子もなく、淡々と。

 

「いずれ思い出すでしょう――ただ、希の暗示はほんとう、

 強力極まりないですけどね」

 

 友人の東條希とも関係が深いらしく、

 どのような経緯で仲が深まったかまでは教えて貰えなかったけど、

 今回会う件も許可を得るのに相当骨が折れたらしい。

 なお、この場には理亞さんやニコも同席している。

 最初この二名は、席を外したほうが良いのでは?

 と申告してくれたんだけれど、 

 せっかくここまで来て貰ったのだからと言うことで理亞さんが、

 まだ何人かに疑われているということでニコが参加している。

 

「……いや、待って? あなた確か、もっとちっちゃくなかった?」

「そうね、確かに140センチに満たない身長でした」

 

 ニコが嘘!? みたいな顔をして、

 理亞さんが目をそらす。

 記憶の端に引っかかる栗原陽向――ではなく、

 たしか――ヒナ?

 薄暗い照明に照らされた過去の記憶が、

 本当に少しだけ自分の中に浮かび上がってくる。

 

 

 過去に生徒会に所属していた私。

 なぜ生徒会にいたかは思い出せないけれど、 

 その先輩方に連れられてUTXに行ったことがあった。

 自分が迂闊であったのか、何かのトラブルでもあったのか。

 UTXで一人ぽつんと置いていかれ、誰も頼ることも出来なかった私に――

 

「ヒナは……私の手を引いてくれたわね」

「ええ、あなた身長高いのに小さい子どもみたいに不安そうで

 ひとっつも放っておけなかった」 

 

 出会いから3日くらい。

 再び出会った私たちは面白いくらいに馬が合った。

 クールなふりをしていた私も会話相手に飢えていたのか、

 ――とは言いつつ、当時積極的に会話を振ってきた希はスルーしているので、

 そのあたりはヒナの会話スキルが高かったのかも知れない。

 とにかく積極的に交流を深め、それを通じて亜里沙とも仲良くなり、

 ついでにまあ、希と腐れ縁を得るキッカケにもなった。

 そんなある時事件が起こった。

 

「酷いことをしたのよ、漠然とそんな記憶がある」

「確かにまあ、あんな目にはもう二度と遭いたくありませんが

 何も悪い思い出ばかりとも限らないんですよ?」

 

 ヒナは芸能科に所属していたけれど、

 残念ながらアイドルとしての才能はまったくなかった。

 いや、当人がそういうのだからそうだとしか言いようがないけど。

 音痴という致命的な欠点は努力によりある程度改善を見せたらしい、だが。

 

「芸能科にはもう席は残ってなかった、

 あなたや、亜里沙、希――多くの人の協力は意味をなさなかった。

 そのかわり、その時の出会いが私の才能を目覚めさせたんですが」

「それはもしかして、生徒会長としての?」

 

 ニコが問いかけてヒナが頷く。

 芸能科から普通科に移ったヒナは手始めに学業に従事した。

 彼女が言うには勉強は簡単すぎてやる気が出ないそうで。

 そこで芸能科で燻っていた生徒に声を掛け、

 プロデューサーとして手腕を発揮し始めた。

 上手に行くことばかりではなかったそうだし、

 結局A-RISEの牙城は崩せなかったそうであるけれど。

 多くの生徒から推薦をされ生徒会長として仕事を始め、

 μ'sや音ノ木坂学院の連覇のおかげで結果としては微妙だそうだけど、

 UTX出身の元スクールアイドルが多く芸能事務所から重宝され、

 ヒナ自身も知名度を上げただけでなく、ダイプリのリメイクの際には

 多くの人の協力を得ることが出来たとか。

 なお、絢瀬絵里との再会は数年前の一度のみ。

 私が来ると思って企画したイベントに現れたのが、

 代替わりした高坂穂乃果を中心としたμ'sの二年生組で、

 顔をちらっと見れればいいと願った彼女はずいぶんがっかりしたらしいけれど。

 

「ヒナ、ごめんなさい、まだ完全には思い出せないけれど」

「安心してエリー、今は無事顔合わせが出来ただけで充分。

 ――まあ、何かあれば希に怒られるのは私」

 

 ヒナの儚げそうな笑顔を見た瞬間、

 私の身体に身が裂けてしまうような痛みが走った。

 全身がガクガクと震え始め、真夏であるのに

 極寒の冷凍庫の中に放り込まれたように寒くてしかたがない。

 心が沈殿するように、感情の一欠片たちがどんどんと色を失っていき、

 ぼんやりと天井を見た瞬間、私の身体は力を失ったように崩落ちた。

 

 

 

 

 身体を起こすと――

 

「目は覚めましたか?」

 

 亜里沙が顔を覗き込んでいた。

 彼女一人ではなく、Re Starsや元μ'sの面々――

 この場に来られる人たちが揃ったと言わんばかりに、

 絢瀬絵里の現在の自室に人がぎっちり詰まっていた。

 

「ええと……たしか私、ヒナと」

「――ヒナと会いました、それ以上は考えないように」

「いや、でも、なにか大事な――」

「よろしいですか、理亞に延々とロリ声を出させますよ、

 苦しまぬよう、録音してイヤホン越しに」

「はい」

 

 色々と解せないこともあるけれど、

 ヒナと再会を果たした。

 また機会があれば顔を見せてくれると言うので、

 私としてはその日を心待ちにしたい。

 かつての友人の笑みを思い浮かべながら、私は天井を見上げた。



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鹿角理亞ルート番外編 没ネタ りんぱなのなわとび製作日誌

 絢瀬亜里沙ちゃんがμ'sの一員になってからしばらく――

 そう”認識”しているのが、私と穂乃果ちゃんだけであることに心苦しさを感じつつ。

 絵里ちゃんがどこか遠い場所に行ってしまってから平穏な日々を過ごしていました。

 

 そう言ってみると、すべての困難の原因が絵里ちゃん由来であるようではありますが、

 実際にそうであると言っても過言ではないように思います。

 この世界に由来する問題のほとんどが解決されないのは、絵里ちゃんと関わりがあると言っても

 何ら過言ではありません、彼女がどうにかすれば問題が解決するわけでもありませんが。

 

 そもそも問題が解決する素振りすら見せないのは、

 絵里ちゃんが問題をややこしくしているのではなく、問題を解決しようとすると、

 絵里ちゃんに何かしらの問題が降りかかる故にみんなが悩みだすからです。

 何かしら問題を解決しようとすれば、誰かしらに問題が降りかかり、

 それは誰しもに避けられない事象であるということです。

 問題が解決に進んだところで新しい問題が眼の前にそびえ立ち、

 問題の解決などすべてが終わるほかないと私は考えるのです。

 

 暗いようではありますが、暗く考えねばならぬほど、

 私たちの目の前には問題しかありません。

 

 絵里ちゃんがいない今、問題の解決にあたって、

 問題の”責務”を、問題が巻き起こす”トラブル”を受け止める人がいないことを

 私は不安に感じてしょうがないのです。

 それはまだ、喉に刺さる魚の小骨くらいの小さなものですが、

 誰しもが感じうる違和として、誰しもが抱える問題として、

 誰しもの前に立ちふさがる高い壁として。

 それは今現在Aqoursの一員である黒澤サファイアちゃんも、

 もう既に自身の抱えている問題が何をしても解決にはあたらないと自覚しつつも、

 前に進んでいくほかないとヤケになっていることから察せられます。

 

「今日は確か……理亞ちゃんがツバサさんと共演するイベントがありました」

 

 史上最高のスクールアイドル――なるものがはたして、

 誰しもが目指し理想のアイドルの姿であるかは私にははかりかねる部分があります。

 Aqoursは現在世界最高峰のアイドル、まるで誰しもがおよびつかない、最高、最大、最新――

 とにかくまあ、ポジティブに表現する言葉を散々並べ立てても素晴らしさを表現できない、

 そんな世界最高峰――絵里ちゃんの語彙の無さを笑えません。

 Aqoursは全世界誰しもが憧れる、絵里ちゃんが言うならばとてもハラショーな

 そんな、完全無欠、理想の体現者、憧憬の的――

 

「そんな神に挑むアイドル……ツバサさんは絵里ちゃんがいなくて……

 もう誰にも止められない”善子”ちゃんもわかっているはず、

 それでもなお放っているのは、脅威を感じていないから? 

 それとも、ツバサさんですらどうにかなると認識しているから?」

 

 例えようのない焦燥は、普段は見ない、サイレントモードにしてあるスマホを手に取り、

 ついつい画面を覗いてしまうことに現れました。

 私がかろうじて小泉花陽であることを保っていられる安堵感、

 私が独断行動することによって、誰しもを巻き込まず問題を解決できるかっていう優越感、

 なにより、親友の凛ちゃんを、幼なじみの凛ちゃんを、大事な凛ちゃんを――

 ありとあらゆる凛ちゃんに対する問題を解決にあたる自分自身が絵里ちゃんみたいに――

 絵里ちゃんであるみたいに、私が常に憧れて理想としてきた、

 絵里ちゃんみたいになれる可能性があると、そんな認識が

 私がかろうじて壊れずにいる唯一の支柱であると言ってもいいでしょう。

 

「その認識がすでに、もう私が私でない、

 そういうことなんだろうね……ごめんね……真姫ちゃん、凛ちゃん」

 

 独り言のようにつぶやき、スマホの画面を覗き、

 凛ちゃんからの着信を観、なんどもなんどもかかってきているのを認識し、

 普段は諦めるであろう、意固地な頑なさを溶かす感情を覚え、

 観ないと思っていたメールの内容を見てしまう結果を招いたのでした。

 

「旅行……?」

 

 

 売れっ子芸能人である凛ちゃんが仕事がないから旅行でも行きたい――

 などということは問題の発生を私に知らせるものであると言ってもいいでしょう。

 それが虫の知らせであるかのように思えるのは、絵里ちゃんやツバサさんを追いかけてきた、

 彼女たちのファンである自分自身のヤマカンであると言っても良いのかもしれません。

 私には第六感――絵里ちゃんやツバサさんみたいな、確実に起こりうる問題を

 着実に予測する性能の高い感覚は持ち合わせてはいませんが、 

 それでも凛ちゃんのことだけは、凛ちゃんに降りかかる問題だけは、

 私にはわかるのです、”全世界の誰しも”が分からずとも、私だけは。

 

「凛ちゃん」

「かよちん?」

 

 世界から取り残された――そう錯覚させてしまうほど、一人でぽつんと、

 誰に話しかけられるわけでもない、誰に声をかけられるわけでもない、

 誰に観られるわけでもない、誰からも認識されるわけでもない、

 私はいまだかつて、こんな寂しそうに笑う星空凛ちゃんを観たことがないし、

 こんな風にさせてしまったことはありません――ないと思うのです。

 思うと不安になってしまうのは、私が既に凛ちゃんを寂しそうにさせてしまったから、

 身勝手な理由で凛ちゃんを傷つけてしまったからこそです。

 もう既に膝をついてしまいそうです、絵里ちゃんは常にこんな苦しみを味わってきたのでしょうか。

 

「かよちんは……凛のことがわかる?」

「星空凛ちゃんのことで私がわからないことは、小泉花陽にとって無いと

 そう認識して貰って構いません!」

「……絵里ちゃんみたいな言い方」

「……っ!?」

 

 この世界から絢瀬絵里のすべてが消えて、感覚的にそんな人がいたと認識している人ですら少数、

 あのツバサさんですら、そのような人物が近くにいた程度の記憶しか保持していない。

 おそらく鹿角理亞ちゃんはもう少し完璧に近く記憶しているはずですが、

 どこまでかは怖くて把握できていません、亜里沙ちゃんを絵里ちゃんのように相手している以上、

 ある程度は絵里ちゃんを知ってるに留まっているのではと思います。

 だから、今まで絵里ちゃんをすっかり忘れてしまっていた、

 凛ちゃんがその人を知っているのは不自然なんです、あまりにおかしい、

 ――私がもう既に、凛ちゃんが絵里ちゃんを知っていると認識して、

 わざとそのような発言をしたことすら”星空凛”という女の子が認識している。

 

「旅行、行く?」

「行く」

 

 

 どこに行こうかという話になったとき、温泉が良いという話になりました。

 夕暮れまでには旅館に泊まりたいということになり、あまり遠出はかないませんでしたが、

 北関東の高名な温泉地、しかも駅から直通バスがでている、

 たくさんのお客様に恵まれている、誰もが凛ちゃんを知らないことがおかしい――

 だから私は気づいているんです、星空凛ちゃんと居られることが、

 もう既に長い時間、残されてはいないことを。

 

「コンビニのATMの方が優秀だった」

「お金のことなんか良いのに、知ってるでしょ?

 私が実はお金に困ってないって」

 

 手元にあるお金は少ないにせよ、私には定期的に”お礼金”がいずこかから――

 小原鞠莉ちゃんがもう既に小原鞠莉の体をしたほかの誰かであっても定期的に――

 そうなる前から定期的に私の貯金額は絵里ちゃんの数十倍――数百倍? 

 下手すると数千倍? さほど意味のあることではありません、意味がないのですお金なんて、

 そんなものでは人間の価値などひとつたりとも測れはしない。

 

「でも、これは二人で行ける”最期”の旅行だから、

 二人でお金は出そうよ”最期”だから」

「……さようならって言ってくれないの?」

「いつかまたねにはならないんだよ、歌みたいには

 μ'sが歌った歌みたいには……もう」

 

 膝をついてしまいそうなほど、私は意気消沈していました。

 暗く、闇の中を歩いているような、周囲の喧騒がどこか遠いものとして、

 夢の世界であるような、たった一人どこか異世界にでも取り残されてしまったような、

 

「だから今日は”最期”までいる、かよちんのそばに」

「……うん」

「ただ、ちょっと疑問なのは

 凛がいなくなったあと、料金は一人分を支払えば良いのか、

 それとも二人分、凛の代わりになる人がいるのか」

「私が忘れないから、凛ちゃんの代わりなんていないよ、

 星空凛ちゃんの代わりになる人なんて、この世界のどこにも」

「でも、そうだったはずの絵里ちゃんは既に亜里沙ちゃんに置き換わってる」

「私は忘れないの、忘れないから、置き換わったとしても!」

「ダメだよ」

 

 凛ちゃんは怒るわけでもなく、悲しむわけでもなく、

 どうしようもない私に憐憫の感情を浮かべるわけでもなく、

 ただ、絵里ちゃんみたいにしょうがないなーって、そんなふうに笑って。

 心情まで笑っているかは分かりません、ココロの中身は私には分かりません。

 そうであるとしか思えません、ただ凛ちゃんの感情を慮るとすれば、 

 しょうがないなーって言葉が一番適切です、絵里ちゃんの心情にありがちである。

 

「凛の代わりを許さなかったら、もうそれはμ'sじゃない

 μ'sは9人じゃなきゃいけない、代わりのヒトがそこにいたとしても」

「でも……」

「それはもう、絢瀬絵里の代打の亜里沙ちゃんを許してしまったかよちんの罪

 凛も、穂乃果ちゃんも――みんなの罪」

 

 

 旅館に到着してからしばらく、

 ごはんが来なかったら寂しい――そんなふうに笑う凛ちゃんの不安をよそに、

 豪華な夕食が滞りもなく届きました、予約もせずに料理が出せるなんて、

 まるで魔法のようです、食品ロスという言葉が頭に浮かびました、そんなことはどうでもいいのに。

 

「絵里ちゃんが残そうとしたもの、凛にもできること、

 まあ、作詞の才能はないから、手伝いくらいだけど」

「それは……なわとび?」

「そう、歌詞を貰ってたの、海未ちゃんから」

「……海未ちゃんが持ってたんだ」

 

 絵里ちゃんが遺すはずであったたくさんの曲は、彼女の思惑から外れ所在不明。

 理亞ちゃんやツバサさんも残された曲があるくらいしか認識せず、

 穂乃果ちゃんも――意味ありげな笑みを浮かべながら、探さなくてもって。

 あの時点で海未ちゃんが絵里ちゃんの遺した歌詞を持っていると認識し、

 いざとなれば自身が使う必要性があると認識し、

 その結果海未ちゃん自身がこの世界から消し去られても構わないという高尚な意志。

 私一人が問題を解決しようと躍起になり、問題の解決にはまるで至らなかった能力の低さ。

 何でもできると自認し、結果何も出来なかった自身。

 

「この曲、かよちんが歌うには暗いよね、

 もっと高尚に、ありがとうを伝えたい、凛は、ありがとうってかよちんに言って欲しい」

「だったら、9回言いたい、ありがとうって」

「海未ちゃんにアドバイスを貰いたいけど無理だね

 この歌詞を貰うのだって、凛だって認識されてないのに無理を言ったから」

 

 好きな人からそのように扱われることはどれほど身が裂けそうになることか、

 そしてそのような目に遭っていたことを、今の今まで私が知らずにいたことすら、

 私自身がなかったことにしたいほど深い後悔に襲われました。

 

「後悔はダメ」

「……凛ちゃん?」

「後悔するくらいなら、悩むくらいなら、動く

 凛は遅かった、でもかよちんはできる”これから”を託すのは

 凛が頼るのはかよちん、だから」

「まだ遅くない?」

「遅くない、まだできる、凛が生きている限り、

 ”ここ”に凛がいる限り」

 

 この世界に星空凛という少女がいる限り、

 そして私の心の中に星空凛ちゃんの記憶がある限り、

 まだ私は前に進み続けることができる、そう凛ちゃんが信じてくれている。

 

 たとえ私自身が私自身でなくなり私を信用できずとも、

 私を信じてくれる凛ちゃんが未だ心の中にいる限り。

 

「だから、最期まで……まあ、出来は保証しない、

 私は絵里ちゃんでもないし、ましてや海未ちゃんでもないし」

「でも、二人のことはよく知ってる――だからできる」

「それでこそ、凛の知ってるかよちん、

 いつでも頼りになる、最高の友達、幼なじみ、親友、家族――言葉に出来ない、

 本当に大切なヒト」

「……」

 

 強がりみたいだった、でも、強がりはいつの間にか、

 私自身を守るシールドみたいになった、泣かない、凛ちゃんがいなくなっても、

 私は泣かない、絶対に泣かない――

 

 

「完成度はいまいちだね」

「そうかな?」

「もっと、こー、世界名曲百選みたいなすごいのを作りたかった!」

 

 絵里ちゃんが作った草案を元に、私たちが改良を重ね、

 私は改良という言葉を使いたいではありますが、

 凛ちゃんは改悪したと思っているみたい。

 海未ちゃんと遜色なく――それはつまり、μ'sの楽曲として提供できるか、

 その点においては不満は存在しますが、

 最近では珍しくなってしまった二人の共同作業の制作物としては、

 胸を張って満足しうる結果のものを作り上げたと思います。

 

「ありがとうって部分が余計だったかも」

「ううん、かよちんの希望は叶えたい、絶対に入れる」

「少し休憩してから、もう一回書いてみる?」

「ちょっとお話してからにしよ?」

 

 即断即決の凛ちゃんにしては珍しく、問題を先送りするように笑いました。

 頭がパンクしてしまったからと彼女は笑いますが、

 ”もう一回”を行うには時間が足りないのだと、私は気づいてしまいました。

 せっかく温泉旅館に来たんだから温泉に入ろう――なんていう凛ちゃんの言葉に、

 我に返るように同意してから――。

 

 とてもいまさらのように、凛ちゃんにとって明日は存在しないんだという事実に、

 私は涙が出そうになりました。

 でも――泣かない。

 

「昔は背丈は凛のほうが大きかったのに」

「……え? そんな時期あった?」

「3歳までは! 大きかったの!」

「よく覚えてたね?」

「……ごめんなさい、嘘です」

 

 私がそういう事もあったかなと真顔で考え込んでしまうと、

 凛ちゃんが真実を知っているのではと不安になってしまったらしく、

 誤解が誤解を呼び、彼女は申し開きをすることもなく、真実を白状してくれました。

 さすがに幼少期の記憶までは私自身の記憶にも不備があるし、

 そういうこともあるかなって思ったんだけども。

 

「凛ちゃんはなわとびの記憶ってある?」

「凛としては絵里ちゃんがなわとびを知ってたことが驚きなんだけど」

「ええと、大縄跳びを小学校のときにするって意味だよね?」

 

 凛ちゃんの言葉を四角四面に受け止めてしまうと、

 絵里ちゃんがなわとびすら知らない未開の人みたいに思われてしまうけれど、

 凛ちゃんの疑問に関しては私も驚きです。

 大縄跳びを知る知らないと言うより、絵里ちゃんが大縄跳びを飛べない人の苦労を

 まるで自身の体験のように書いているというのが疑問ではあるのです。

 絵里ちゃんは私をイメージして書いたと言ってはいますが、

 どこにイメージする要素があるのか、インタビューされた記憶も、凛ちゃんが聞かれた記憶もありません。

 彼女の中で私が大縄跳びのときに足に引っ掛けるキャラと思われていたのならば、

 思わずぷんすかといつもの自分を棚に上げて怒りたいではあるのです。

 どちらかというと凛ちゃんのほうが足を引っ掛けて他の人の迷惑になったらどうしようと不安になり、

 大縄跳びは積極的に縄を回すほうをやっていたのですが。

 

「絵里ちゃんは手を引かれたい人なんだよね」

「そうだね」

 

 いつもどちらかと言えば積極的に前に立ち、

 μ'sでも、μ'sが終わってしまった後も常に最前線に立ち続け、

 誰しもが頼りにするような理想の姿の体現者だった絵里ちゃん。

 仮に大きななわとびと表現される困難があれば、

 先頭に立つより、穂乃果ちゃんや海未ちゃんの後ろに立ちたい人ではあります。

 絵里ちゃんが迂闊にも酒に酔ってしまったとき、自分は参謀タイプでー

 なんて言い放ちことりちゃんから全否定されていたけれど――

 

「……ああ、そっか、なわとびってμ'sのことか」

「え?」

「いや、妙にわたしはこわくて入れないってところが、

 リアルっていうか、一発で書きました感がするから」

「……そんなことも、あったね」

「うん、そんなこともあった」

 

 私たちが集まる機会があると、一年生組で集まる時もそうだけれど、

 自然と絵里ちゃんがっていう話になる。

 自身が動きやすいように働いてなかったという事実には彼女自身も、

 おそらく私も気づいてはいなかったと思う。

 

「大きななわとびみんなが飛んで」

「わたしはこわくて入れない」

 

 μ'sがはたして大きな縄跳びであったのかは、絵里ちゃんの頭を覗く他ありませんが、

 怖くて入れなかったという事実に関しては、私も凛ちゃんも反省する向きがあります。

 いつしか認められない系生徒会長云々の話になったとき、

 絵里ちゃんがその発言をしていないことをダイヤちゃんが驚いていました。

 似た発言はしていますが、本家本元は凛ちゃんのものまねです。

 

「凛は……私は幸せだったよ」

「ほんとに?」

「うん、最期まで傍にいてくれる人がいた、

 最期だから会わずにとも思った、周囲のみんなが私のことを忘れて、

 誰一人星空凛っていう人のことを知らなくて――

 かよちんまでって思ったら、最期は一人かなって思ったの」

「なら、どうして泣いてるの?」

「嬉しくてね、幸せすぎると、涙がでるんだよ、

 だから泣けちゃう、ごめん……」

 

 凛ちゃんが本当に幸福な気分でいられているかは分かりません。

 でも、そうであると私が信じるほかはありません。

 

「久しぶりにかよちんとお話できて楽しかった」

「ほんとう? ほんとうに?」

「うん、抱きしめても良い?」

「……ちょっと抱き心地が心配だけど」

 

 太ってしまったと言うより、肉が少なくなったと表現しても良い。

 はっきり言ってしまうと体脂肪率が上がったと表現するべき。

 体重は増えてない、まだまだセーフだと思っていても、

 でも体脂肪率だけは向上している、この感覚をわかってくれるのはことりちゃんだけ。

 

「ありがとうって思いが溢れてくる」

「……私は」

「かよちんありがとう、凛と一緒にいてくれてありがとう

 つらい思いを受け止めてくれてありがとう

 

 嬉しい、嬉しいよ、幸せだから……

 泣けちゃうんだ……ごめんね……」

 

 

「花陽さん?」

「ツバサさん」

 

 イベントに顔を出すと言いながらも急に諸事情が! とまったく説明になってないメールを出し、

 分かった行っておいでと言ってくれたツバサさんには感謝の念がたえません。

 

「黒? 黒はやめたほうが良いわ、胸が小さく見える」

「細く見えますか」

「理亞さんも似たコーディネートしているから、いやねえ、

 舞台に立つアイドルが暗く見えちゃう」

 

 理亞ちゃんはもともと、聖良ちゃんの好みで暗い系統の色を中心に舞台にて羽織り、

 どちらかというとムラサキよりもイエローの方が好きであるのを隠していました。

 絵里ちゃんのフォローで本当に一時期、彩度の高い衣装に身を包み、

 聖良ちゃんが泣きながら喜んだという話を歩夢ちゃんから聞いたことがあります。

 なお、SaintSnowとしての活動時に胸のサイズを気にしていた聖良ちゃんが

 暗い色を好んで身に着けていたことを私はよく理解できるので何も言いません、胸に秘めておきます。

 

「理亞さんは喪服と表現したわ、花陽さんも?」

「はい」

「私は……白い衣装にしてる、どうしてだと思う?」

「胸のサイズが」

「花陽さんもボケるようになったのね」

 

 白というと私はUTXの制服を思い浮かべます。

 カレーうどんを啜れなさそうという星空凛ちゃんの想像は概ね正しかった気配があります。

 スクールアイドルであることにプライドを持っているツバサさんが、

 UTXの制服と聞くと必ず誰しもがイメージする白い制服を基調とする衣装を身に着けているのだと、

 絵里ちゃんならばこんなヘマはしません、ツバサさんがなぜ白い衣装を着ているのか、

 理解しつつもボケたほうが話が進むからであえてボケるケースは多々あります。

 ――天然の部分もありますが。

 

 ボケとしては絵里ちゃんと似ていると自負できていましたが、

 その実、私は絵里ちゃんのことをなんにも分かっていなかった。

 

「死装束だから」

「……え?」

「私は近いうちに死ぬことになると思う、

 ただ一つだけ心残りがあるの――私の弟」

「雪菜クンですか?」

「そう、もし、私がいなくなって、膝を抱えているようだったら、

 殴ってでも立ち上がらせて欲しい」

「私には無理です」

「けしかけてくれればいい、いつものように

 あなたが絵里や私みたいになる必要はない、

 あなたができる、あなたなりの方法で、行動を伴ってくれればいい」

「私なりの……方法?」

「そう、あなたの行動は、あなただけにしか出来ないこと

 誰しもの行動は、その人にしか出来ないこと、

 ――簡単なことよ、やってのけなさい」

 

 絵里ちゃん相手に言うみたいに、

 命令をするようにお願いするツバサさんに私は頷いた。

 泣きそうになっていたかもしれない、辛かったかもしれない。

 でも私は前を向く、凛ちゃんと一緒に。

 

「道に迷った時、おしえてくれた――

 私を導く手はもうない、だから行く、私は絶対に――」



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鹿角理亞ルート 番外編 および没ネタ 南ことりちゃんのマケミちゃん製作日誌

 ツバサさんがこの世界から消失してからしばらく、

 アイドルと言えばAqoursであり、アイドルを指す人物、グループ、存在そのものが

 Aqoursになりつつある現状には聖良ちゃん、理亞ちゃん姉妹ともども苦笑いをせざるを得ません。

 それでもなお私たちが活動を続けていられるのは”神様”の思い違いでもあるのか、

 それとも単に”比較対象”が無ければアイドルそのものが体を成さないと気づいているのか、

 南ことりちゃん製作の衣装を見ながら、鹿角姉妹がもっと輝けるシチュエーションを空想していました。

 

「凛ちゃん、私思ったよりもできる子みたい

 絵里ちゃん、それでも私に絵里ちゃんみたいな役回りは難しいよ」

 

 ツバサさんに思わぬ形で託されてしまった綺羅雪菜クンを立ち治せる行為は、

 天王寺璃奈ちゃんや上原歩夢ちゃんやエマ・ヴェルデちゃんに任せる他ありません。

 本来ならば、彼方ちゃんあたりに任せておきたいではあるんですが、

 私は妹に全部任せておくのでの一点張りでいつも寝たふりをしている、そうだね、

 遥ちゃんがいないから、”お姉ちゃん”としては虹ヶ咲にいる自分自身にはちょっと自信なくしちゃうよね。

 

「……でも、ラーメン大好きキャラが私に引き継がれたのはちょっと辛い

 ラーメンが大好きな小泉さんって言うと、なんか違う人みたい――」

「かよちゃん」

 

 振り返ると南ことりちゃんが立っていました。

 ”私にできることは自分の作った衣装を身に着けてアイドルを輝かせることだけ”

 と言って、デザイナーやパタンナーとしての業務をこなしていて、

 滅多に表舞台に出てこないことりちゃんが鹿角姉妹がイベントを行う会場へ顔を見せました。

 なにか問題が起こってしまったことは、痛々しいとも表現しても良い表情や、

 青いとしてもいい顔色から察しました。

 そしてなにより、私にはことりちゃんのとる仕草であるとか、態度に既視感があります。

 

「――だいじょうぶ、私は覚えてる、ことりちゃん」

「ほんとに? 誰かが代わりになってない?」

「なってない――ことりちゃんの預金額まで含まれると、

 そろそろ私が億万長者になってしまいそう――」

「ああ、その言い方、絵里ちゃんみたいだね

 なんで忘れてたんだろ、あんな体のいいサンドバッグ」

 

 サンドバッグという言葉が絵里ちゃんを表すにおいて一番適切な単語であることは、

 ヒナちゃんや理亞ちゃんの発言からも察せられます。

 アンチや信者も含めて、扱いがサンドバッグみたいだな――

 体よく殴るにはもってこいの人だな――

 かつて隆盛を極めたこともあるラブライブ!の二次創作でも作者の体よく扱われていたから――

 コト、”誰かが見栄を張る時に絢瀬絵里っていうのは使いやすいんでしょ”

 ツバサさんが善子ちゃんに言ったことがあります。

 その現場には絵里ちゃん自身もいたと聞きますが、どんな感想を抱いたのか、

 いつものようにしょうがないなあみたいな顔をしたのかもしれません。

 そしてその言葉の意図、どうやら善子ちゃんは気づかなかったようです――

 

「ごめんね、凛ちゃんがいなくなってしまったことに気がつかなかった」

「逆に尋ねていい?」

「なあに?」

「穂乃果ちゃんじゃなくていいの?」

 

 μ'sの二年生組の絆を考えれば、周囲の面々が忘れてしまっても南ことりちゃんのことを

 海未ちゃんや穂乃果ちゃんがことりちゃんを忘れるはずがありません。

 仮に忘れようものならば、”今”のことりちゃんなら殴ってでも思い出させるはずですが、

 それをしても意味がありません、思い出させることよりも、覚えていることのほうが

 彼女にとって重要事項なのでしょう。

 絵里ちゃんに対して辛辣であるのは、記憶に対して責任を持たない点が許せない側面があることは

 たぶん、ことりちゃん自身も気づいていないとは思いますが。

 

「私のことは忘れて欲しい」

「無理だよ、ことりちゃんが遺したものが多すぎるから」

「それでもだよ、三人の中では穂乃果ちゃん、海未ちゃん――そして”最期”に私が

 二人は本当にって言って死んでいくのが夢だったのに

 理不尽だね、わがままだよ”神様”はほんとうに」

「あえて言葉をつけるのならば、パラドックスかな、”私たち”らしい」

 

 急用ができたので後のことは任せました。

 そんなふうに理亞ちゃんにメールを送り、あとで聖良ちゃんにいくらでも罵倒されるから

 なんて付け加えたら、”姉さまは罵倒される方が好きです”

 という了承のメールが届いた。

 

 受け入れがたい結論のほうが人にとって正しくて、タメになって、

 それでもなお受け入れがたいゆえに、正しさを認めるのが難しいではあるのは、

 過去の自分がそうであったように、そして何より善子ちゃんが頑なであるように、 

 どうしようもない現実がそうさせるのでしょう。

 

 人はいつでも正しい選択肢を選びたい、

 それでもなお選べないでいるのは現実が地獄のようであるから。

 自身の正しさに胸を張りたい体の良い言い訳です。

 

 

 世界から存在が消えつつあると言っても、

 ことりちゃんが今まで作り上げた自身の制作物がなくなるわけではないし、

 住居スペースや預金やそのほか、消された人が生活した痕跡までは消えないようです。

 過去に穂乃果ちゃんが自分は一人っ子だった? と聞き回っていた時も、

 恥ずかしながら妹がいたという事実を私が把握するまでは

 絵里ちゃんが退場するまで待たねばならなかったし、 

 何かのきっかけで世界から消しさられた人たちの痕跡が残るようになったのは

 いったいどういうことなのでしょうか?

 

 ただそれを私が認めるのは、消し去られた人たちが私にとって重要ではなかったと

 なおのことそうせねばならないことであり、雪穂ちゃんやあんじゅさんがいなくなったとしても、

 私は凛ちゃんがそうなってしまった時ほどに慟哭もしなければ、気付きもしなかったことを、

 卑しい心に問いかけなければなりません。

 大切だ、大好きだと言っていた人たちがいなくなった瞬間にその存在を忘れてしまうことが、

 はたして本当に本心からの大切だ、大好きだであったのかどうか。

 絵里ちゃんは心の底から大切に思っていたことを半強制的に消されて、

 本当に幸せでいられたのか、私は疑問でなりません。

 希ちゃんがしたことが間違っているとはいいません、私も力になれなかったのは同じ、

 なんで無神経でいられたのだろうと自分自身を攻め立てる他、

 私を慰める手段はないのです、それはおそらく、ことりちゃんや凛ちゃんにとっても同じ。

 

「私が使っていた場所までは消されなかったのは、幸運だったね」

「この場所もこれから誰かが使っていた場所になるのかな」

「……あの桜小路のアマだけにはそうなって欲しくない」

 

 凛ちゃんが世界から消失したあと、ちょっとした興味本位で凛ちゃんの住んでいた場所がどうなっているのか観に行ったことがあります。

 ラーメンが大好きとか、凛ちゃんのパーソナルデータの大半は私のプロフィールとして引き継がれたのですが、さすがに住居スペースまでそうなってしまうと世界の設定に齟齬でも出るのか、かつて彼女が住んでいた場所は国木田花丸ちゃんの住居になっていました。

 過去には再会時に人目を憚らず大泣きし、近くにいたルビィちゃんが思わず困ってしまうほどに凛ちゃんに会いたい思いを抱えていたらしく、慣れない仕事にてんやわんやになっても、いくらやめるように忠告されても凛ちゃんに会うまではと諦めることなく。

 善子ちゃんはその思いを理解していたのか、していなかったのか。

 もうほとんど自我が残っていないハズのAqoursの花丸ちゃんが私の顔を見た時、かくっと膝から崩れ落ちて、再会した時と同じように手で顔を覆って泣き出してしまい、

 私はふと気がつくと二度と凛ちゃんが住んでいた場所にはいけなくなっていました。

 その後どうなったものであるのか、私には分かりません。

 でも、花丸ちゃんの衣装の片隅に二人の猫が――私や凛ちゃんがかつて助けた五人の猫、その中で私たちが助けきることが出来なかった二人の猫をかたどったアクセサリーが付いていました。

 そして目立つ場所にあるはずのそのアクセサリーのことを誰一人話題にしていないのを見て、まだ期は熟していないのだと思いました。

 善子ちゃんの望んだ世界が仮にもう既に破綻していたとするならば、

 誰かがあのアクセサリーの意図に気がつくはず、Aqoursがいったい誰を模して作られた存在で、

 誰を目指して、誰を理想とし、誰に憧れを持って結成されたのか。

 

「私に残せるもの、かよちゃんはマケミちゃんって知ってる?」

「あれはヒナちゃんが創作で作り出したっていう」

「事実なの、だいたいの要素が創作だけど、あれといくつかのエピソードは事実」

「……ごめん、コメントに困る」

「だよね、私もそう思う――あれを作る」

 

 遠い未来にμ'sがいるならばそれに合わせた衣装を作る、

 なんていうのかと思いきや。

 ちなみにマケミちゃんとは、常勝(恋では不戦敗ばかり)な園田海未ちゃんが

 負けて膝をついた姿をイメージして作られたお人形。

 そういえばあのエピソードを見た時、絵里ちゃんが苦笑いし、

 ツバサさんがすぐさま話題を変更したことから、二人はあのエピソードが事実であることを知っていたんだ。

 ヒナちゃん経由で知っていたのか、それとも何かしらの理由で知っていたのか。

 二人がいない以上、その事実を問い合わせることはできないけれど――

 おそらく問い合わせないほうが良いんだろうし、私もスルーしたほうが良いんだと思う。

 

「もっと、μ'sの人形とか」

「μ'sの痕跡はたぶん遺してはおけない、

 善子ちゃんの立場に私がいるならそうする」

「善子ちゃんが止めてほしいと願ってるなら」

「止めて欲しいんだよ、もうすでに善子ちゃんは

 だからこそ、もうすでに倫理的に許されないことまでやってしまっている

 絵里ちゃんはしょうがない、ツバサちゃんも、

 でも雪穂ちゃんはそうだった? 歩夢ちゃんは? 朝日ちゃんも?

 これからね、おそらく、希ちゃんも、海未ちゃんも、にこちゃんも、真姫ちゃんも

 まず間違いなく消される、この世界に存在は出来ない」

「私は……」

「ごめんねかよちゃん、あなただけを残すことになる

 ほんとうにごめんなさい、たぶん、穂乃果ちゃんは

 私や海未ちゃんが逝ってしまったら、立ち上がれない――」

「荷が重いよ」

「ごめんね……情けない先輩でごめん

 情けない友達でごめんね……情けない仲間でごめん、

 本当は這ってでも津島善子を殴らなきゃいけない、でも――

 私にはそんな資格はないんだよ、彼女をそうさせてしまったのは私たちだから」

「……私にも、なにか」

「私が逝く時、遺してく――私が逝ったら、見て欲しい」

 

 それからことりちゃんは私の存在など忘れてしまったように、

 マケミちゃん制作に取り組みました。

 この場にいても良い、そう言われたような気がしましたが、

 仕事をしていることりちゃんの邪魔をするのは憚られましたし、

 なにより――もう、涙を流しながらそれでも懸命に人形を作り続けるのを観て、

 私は静かにアトリエを後にすることにしました。

 

 

 絵里ちゃんが草案を作り、凛ちゃんが私に言葉を遺し、

 なわとびの完成まではまだ道のり半ばで、とても披露できる形にはありません。

 海未ちゃんがかつてに言っていました、頭の中にあるものを形にするのは難しい、

 何度も何度も鍛錬を重ねて、ようやく頭の中を少しだけ表現できるのだと。

 だから恥ずかしいではありますが、思いついた単語をノートに書き出します。

 ポケットサイズの小さなモノ、もう三冊目――

 

「……あ」

「不審者かと思い警察に通報とも考えましたが、

 我が主の仰られる通り、このアトリエの”元来”の持ち主の関係者ですね?」

「まだことりちゃんは中にいます、元来などという言葉は使わないでください」

「失礼しました――

 ですが、今日という日付以降この場所は」

「分かっています、ですがその心配は杞憂です

 私は明日からこの場所には来られません、そうなると思います」

「……主人が寂しがります」

「顔を合わせれば喧嘩ばかり、イメージの違いで口論し、

 取っ組み合いの殴り合いではあなたが前面に立ったって」

「主に反発できるのは、南ことり様とユルシュール様だけです、

 そして遠慮をしないのはことり様だけです」

「世界的なデザイナーの方相手でもそうできるのは、

 積極的にサンドバッグになってくれる人がいるからです」

「その方に一度お会いしてみたかった、

 おそらく境遇が痛いほど理解できてしまいそうです」

 

 彼女――と表現しても良いものか。

 仮に彼女であると言えば、優木せつ菜(芸名)さんも女の子とせねばならないし、

 名前を出すこともしないほうが良い、なんとなく私はそう思う。

 

「これは主から、餞別だそうです」

「月をかたどったアクセサリー?」

「はい、どこか遠くに”逝って”も私のことを忘れるんじゃないとのことです」

「……苦しいですよ、忘れないことは」

「忘れることよりも苦しくないでしょう、

 何もかも忘れて幸せになるよりは、

 何もかも覚えていて不幸な方が良いのだと、私は思います」

 

 痛い所を突かれてしまった気がして、ちょっとばかり苛立ちを覚えてしまった私は

 彼に罪はないにせよ、ちょっとした嫌がらせを思いつき、

 

「虹ヶ咲学園に優木せつ菜さんという子がいます」

「……?」

「この人は、綺羅ツバサさんが目に入れても痛くない、そんな子です」

「そうなのですか?」

「ちなみに、優木せつ菜というのは芸名で、

 本名は綺羅雪菜というのだそうです」

「なにが……」

「優木あんじゅさんに憧れて、優木せつ菜を名乗り、憧れの女性はあんじゅさん

 ――というツバサさんの弟です」

「……いつから」

「最初からですよ、大蔵さん」

 

 

 性格の悪い嫌がらせをしてしまい、

 ちょっと気が晴れた私ではあるし、ことりちゃんの好きなチーズケーキも入手しました。

 差し入れを食べられる状況にはないと思いますが、

 このサイズのケーキを一人で食べるのは心苦しい。

 

「ことりちゃん」

「かよちゃん、できたよ

 最高にして、傑作、絵里ちゃんなりに言うならとてもハラショーなマケミちゃん」

「絵里ちゃんなりの表現をすると不思議とランクが下がるね?」

 

 絵里ちゃんをバカにするつもりはありませんが、

 海未ちゃんが負けた姿を妄想してマケミちゃんを作ったという事実を

 ことさら美談のようにしてしまうことを私は深い抵抗を覚えるのです。

 そこであえて絵里ちゃんの話題を出すことによって私の心情をバレないように、

 隠し通すことができるのです、ちなみにこの技術はμ'sなら誰でも出来ます。

 

「……これ、餞別だって」

「あのアマ……アレがここに来たってことは、

 ここがアイツの所有物になるってこと?」

「そうみたいだね、骨の髄まで使うって、鶏ガラしゃぶるって」

「くっそ、ルナらしい表現……」

 

 躊躇うように私の手に握られた月のアクセサリーを手に取り、

 それをしばらく観たのち、大事そうにポケットにしまう。

 ちなみにことりちゃんが名前を呼び捨てで呼ぶというのは高い好感度の表れで、

 μ'sだと絵里ちゃんくらいしか該当しません。

 嫌ってる人ならそもそも呼ばないか、ゴミとかクズっていいます、ことりちゃんは正直。

 

「……かよちゃんに遺すのはね、迷った」

「なんだろう? ごはんとかじゃないよね?」

「善子ちゃんが気が付かない、小泉花陽を表すもの

 ちょっと重いかも」

 

 そのアップリケを見た時、たしかに荷が重いと思いました。

 

「あなただけではなく、みんなの太陽になって」

「……”重い”よ」

「穂乃果ちゃんには、私は最期まで、最期まで笑ってたって、

 なんにも気づかなかったって」

「笑えていないよ……ことりちゃん」

「……いやだ」

 

 いやだ! 逝きたくない! もう戻ってこられないなんて嫌!

 ずっと! ずっと! みんなで一緒にいたかった!

 μ'sのみんなと! この世界で! ずっとずっと笑っていたかった!

 

 今のままで! 今のままで時が進まなかったら!

 幸せなままでいられたのなら!

 

 いやだぁ……明日なんて……明日なんて来なければいいのに……

 ずっと! ずっとμ'sのメンバーとしていたかったよぉ……

 

 最期なんていやだ!

 これで終わりなんて絶対に嫌だ!

 お別れなんて嫌だ!

 

「……ああ、そっか、そっかぁ……」

「ことりちゃん?」

「穂乃果ちゃんに伝えて欲しい、私の素直な気持ち」

「……」

「愛してます、あなたのことを、

 愛しています、深く深く。

 

 私は……穂乃果ちゃんの、お母さんに……なりたかったんだ……」

 

 

 服に太陽のアップリケを付けていると、

 制服を着た園児みたいにも見えます、なので申し訳ないけれど、

 大切な時以外はカバンにつけるようになりました。

 

「花陽」

「英玲奈さん? なんでここに、理亞ちゃん達なら中に」

「すまないな、ツバサにお前のことを託されたが踏ん切りが付かなかった

 私なんぞがツバサの代わりは荷が重いしな」

「英玲奈さんがツバサさんのようになる必要はないと思います」

「ああ、だから、私は私ができる方法で

 協力することにした、妹のように私を慕って欲しい」

 

 朱音ちゃんが英玲奈さんを心底慕っているかと言うと――

 なんていうと凹まれてしまいそうなので。

 

「わ、わー、おねえちゃーん!」

「ふふ、やはりいいな妹というものは、妹は素晴らしい、

 妹はリリンの残した文化の極み」

「えへへー、お、おねえちゃーん……おねえちゃーん」

「甘えて貰っても構わない、だが、まだ難しいようだな、

 頼りになる姉だと思っていたが、まだまだ姉道は険しく厳しい

 やはり全世界の妹に慕われる姉になるには精進が必要だ」

 

 英玲奈さんは変なこと言ってますが、

 ツバサさんがいないときの英玲奈さんは徹頭徹尾こんな人です。

 

「ひとつ、妹にいいことを教えてやろう」

「なあに、お姉ちゃん」

「津島善子は妹だ、だから私は、アイツの気持ちがすべて分かる」

「え?」

「絵里をなんとかしてこの世界の呼び戻そう、そのための策を練る

 花陽も手伝ってくれるか?」

「……で、も、絵里ちゃんは……戻ってきたら……」

「アイツは還ることを望んでいる

 たとえ、死ぬことになってもだ」

「……」

「なんでそうするか、それは妹が泣いているからだ

 絢瀬亜里沙が、今も泣いているからだ

 姉は妹が泣いていたら、死んでも構わないんだ」

「朱音ちゃんが泣いてても」

「私が死んだら朱音を泣き止ませられんだろう。

 まあ、絵里なら死んでもいいだろう? アイツもそう思っている」

「……その」

「難儀だよ、姉というのは、いつも妹のために死ぬ場所を探してる

 すまない花陽、私になにかあったら朱音を頼む」

「……でも」

「後生だ、頼む、朱音は私にとってすべてなんだ

 願いを聞いてくれたら、私は死ぬつもりだ、朱音のために」

 

 矛盾しているとは思う。

 でも、矛盾はしょうがない、それが生きるってことだから。

 目に入れても痛くない妹である朱音ちゃんや、

 目に入れても痛くない弟である雪菜クンを

 私ははたして支えられるのか疑問に思いつつ、私は太陽のアップリケを撫でました。

 

 ――私はみんなの太陽になれるよう、頑張る。



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鹿角理亞ルート番外編 世界最後のクリスマス

 自らの手でアイドルという職――果たしてアイドルが、

 会社員であるとか、公務員であるとか、一般的な働き先として取り上げられるに値するものなのかと私鹿角聖良は考えます。

 とにかく、長年続けてきた芸能活動を休止させ、

 月島農場にて牛や馬や農作物の面倒まで見て、

 さらには家畜系アイドルとして農場の知名度アップにまで貢献。

 テレビで拝見するような麗しい輝きを放つアイドルの方々とは違い、

 男性客の邪な視線を一点に集めるミルクちゃんがアイドルと表現するのは、

 アイドルとしてプライドを持って仕事されている綺羅ツバサ様に認知されてしまったら、

 どれほどの侮蔑的な視線を向けられてしまうでしょうか?

 ミルクちゃんという存在が家畜系アイドルと言うより、

 男性の性欲処理のための家畜であるとか、もしくは奴隷のような扱いをされていると、

 労働監督署に訴えてしまうのはどうか――などと考えたのは一度きりではありません。

 しかしそうなれば、困るのは歩夢一人ではありません。

 別に彼女一人が困るのであれば、悪魔にだって魂を売るというわけではありません。

 ああ見えて家庭的、基本的には相手を立てる、ヨイショだってしてくれます。

 肩を揉んでもくれます、色んな所をマッサージもしてくれます、

 疲れた時には入浴剤もグレードアップしますし、温泉にだって連れて行ってくれます。

 おおよそそれらの行為がミルクちゃんのメンテナンスに当てられているのであれば、

 確かに涙の一つも流れようものです。

 一緒の布団で身体を寄せ合って眠りながら、仕事の労をねぎらわれてしまえば、

 そのような扱いもむべなるものかな? と思わないでもないのです。

 

「しかし冬場になるとミルクちゃんのイベントが少なくなって良いですね

 さすがに牛柄のビキニで頑張るのは無理です」

 

 最近ギュウ・万次郎と友人関係にあります。

 たいていの牛は「お前の愚痴よりご飯を先にくれ」と言わんばかりにもぉーもぉー泣きますが、

 彼はジェントルマン――いや、乳牛であるからジェントルマンという表現はおかしい。

 いつまでもお前のそばに居てやんよと言わんばかりにつぶらな目をこちらに向け、

 にこやかな表情のままで鹿角聖良に寄り添ってくれる。

 そろそろサラリーマンの入浴剤のような、ホット一息安堵を与えてくれる存在として、

 ホームページなどにも載せてみたらどうでしょう? 反響はあると思うのです。

 ジェントルママン万次郎の心の声をやるならぜひ私に。

 

「寒いところはない? ……うん、よし」

 

 牛舎の掃除も慣れてきました。

 牛たちの糞は堆肥としても使われて栄養抜群、それなりに暖かく量もあるそれらは

 虫とか様々な生物たちのアパートと言っても良い。

 夏場は暑く、冬場は寒い山の上の農場において、爬虫類、昆虫は珍しい存在ではありません。

 都会などでは嫌われ者のゴキとかの理亞が見れば思わずとんでもない悲鳴をあげるような生物も、

 平気で足で叩き潰せるようになりました、大切にするべきは自分の感情よりも牛たち。

 私たちは農場で様々な生き物の世話を焼いているようでありますが、

 その様々な生き物の命を売り生活をしているのです。

 農場において生き物の生き死にに触れ合っているのち、

 鹿角聖良は自分自身という人間が多くの人間の――人間だけでなく、

 多くの命を頂いて生きていることを実感いたしました。

 

「そういえばもうすぐ年賀状の季節だと聞きます

 アイドル時代にはマネージャーに任せていましたが……」

 

 お世話になっているなっていないという自らの主観は差し置いて、

 今まで業務にあたっていてくれていたプロデューサーであるとか、

 マネージャーという人たちに近況報告をついでにあいさつなどをしても良い。

 ずぼら過ぎる生活で年始のあいさつすら人任せであった過去を反省し、

 来年一年を素晴らしい年にするためにも鹿角聖良としてできることはしておきたい。

 もうすでにミルクちゃん年賀状セットは1000部売れたという話です。

 正月から牛柄のビキニを着た家畜の写真付きの年賀状が配達されて嬉しいものなのか。

 そして来年の干支が牛ではないことをどう説明をするつもりであるのか。

 

「セイントムーンのプロデュースをしてくれた武内Pに、私のデビュー時代からお世話になっている赤羽Pに……」

 

 お世話になった方々の顔を思い浮かべながら、一人ひとり口に出して名前を確認。

 マネージャーの方で消息不明であるという残念な状況下にある方もいますが、

 人が流動的に変わり続ける芸能界においては珍しく、

 私がハニワプロでデビューした当初からお世話になってきたプロデューサーや社員の方は

 未だに同じ会社で働き続けています。

 顔を見せるというのは恥ずかしい側面もありますが、

 その他大勢に紛れるのは覚悟の上で年賀状の一つでも送る。

 少しでも気が紛れてくれればそれで良し、気が付かれなくてもそれもまた良し。

 

「見栄えをしっかりするためにも、ペン字は練習するべきでしょうか?

 パソコンで作成するのは味気ないですし」

 

 パソコンで年賀状が作成できるという知識はあっても、

 私がパソコンを使って年賀状を作成できるかというのは別の話。

 それぞれの方の現住所は分かりませんから、とりあえず会社にでも送っておきましょう。

 会社に大量に送られてくるツバサさまあたりのアイドルの郵便物に紛れ、

 私の渾身の年賀状が廃棄されてしまうことがあったら――少し泣くことにします。

 牛舎から抜け出し、すっかり寒くなった冬場の農場を歩く。

 広大な土地ですが、慣れれば目をつむっても自宅に舞い戻ることができる。

 距離はありますが、歩き続ければ必ずゴールへとたどり着けるもの。

 ここに来た当初はワガママに、トラクターに乗せて欲しい、馬に乗せて欲しい、おんぶして欲しい、とごねたものですが。

 農場ではカレンダーを意識することはほとんどありません。

 相手は生物でありますから、私自身がインフルエンザにでもならない限りは仕事がある。

 最初は休日が恋しかったものでありながら、今は世話をしてないと退屈。

 暗くなれば眠りにつき、明るくなる数時間前に起床する。

 テレビを見る暇などないし、ラジオなんて掛けて牛舎には入れない。

 自室にあるカレンダーが7月で止まっていて、そういえばもう年末なんだと――

 クリスマスソングがあたりから流れるようになり、

 ツリーの一つでも飾っておこうかと歩夢と話したのがつい先日。

 七面鳥であるとか、ピザであるとか、とにかく豪勢なものが食されるクリスマスも、

 こと、月島農場に限っては動物たちのお世話にあたって時間が過ぎていく普通の日。

 確かに美味しいものを食べて、温泉に浸かってゆっくり休みたいと希う気持ちはありますが、

 美味しいものもどこかで飼育された子たちの命などと考えると、すぐに仕事に戻りたくなる。

 

「とはいえ、その……恋人同士で過ごすはじめての冬であるので

 なにかイベントを起こしたいとは思わなくもないですね」

 

 恋人に贈りたいクリスマスのプレゼント(女性編)などと検索すると、

 男性相手に向けたプレゼントばかりが引っかかり、まったく参考になりません。

 かといって相手に直接クリスマスに何が欲しいかなどと問いかければ、

 イベントに向けて準備していることが早々にバレてしまいます。

 遠出をするという考えもなくはないですが、

 岐阜で行ける場所にはほとんど行ってしまいましたし、さすがに白川郷でクリスマスはちょっと。

 足を伸ばして富山に行くか、長野に行くか、それとも愛知か。

 地元の北海道に行けば豪雪に見舞われ飛行機が止まる危険性もある、

 かといって東京に行くのは人が多くてやってられない。

 千葉県にある東京ディズニーランドにでも行きましょうか?

 それともユニバーサルスタジオジャパン?

 

「……あまり魅力的ではありませんね、

 歩夢の隣で過ごすクリスマスのほうがよっぽど魅力的です

 というか歩夢のほうが魅力的です」

「聖良が気持ち悪いこと言ってる……」

 

 独り言を漏らしていると、迂闊にも歩夢に知られてしまうというハプニング。

 いつまでも牛の世話を焼いているのが心配になったらしく、

 万次郎よりも私を見て! と言わんばかり――あ、いえ、そんなことないですね。

 ええ、焼却場を舞う灰を眺める目で私を見ています。

 いつしか自分自身がすごく格好良くて、すごく好感度が高いイケメンみたいな人だと思っていましたが、

 基本的にそういう評価を下しているのは妹の理亞だけだったと身も蓋もない現実に気がつき。

 胸の大きさくらいしか特徴のない――ええ、文字通り胸を張って胸だけはあると!

 

「最近の風邪は脳に影響を与えるのね?」

 

 ドヤ顔で胸を突き出してみると、

 そんな不快な脂肪の塊を突き出すんじゃねえみたいな顔をされ、

 少し前には熱心に揉みしだくことだってあったではありませんか――と拗ねることもできず。

 病原菌によって脳内思考のレベルが下がった重病人みたいに扱われ、

 私が世話を焼かないとと言わんばかりに左腕に抱きつくようにしながら、

 ずんずんと歩きだすのを見て、なされるがままになっている私も、

 これはこれで悪くないと思うのです――扱いは悪いですが。

 

 

 ブラブラと散歩するついでに私を見に来た――などと彼女は語りますが、

 自宅から牛舎までは歩くと一時間ほどかかります。

 自宅と言っても仮設小屋みたいに住居スペースがおざなりにあるだけで、

 本宅はそこから車で30分程かかります。

 ふだんは面倒なので小屋のような場所で過ごしてしまう私も、

 たまにはきちんと風呂に入りなさい、食事もしなさい、身だしなみは整えなさい、

 と歩夢にせっつき回されます。

 ふだんは世話を焼かれているように思いますが、たまに気分が卑しくなってくると、

 これもまたミルクちゃんを高く売るためのメンテナンスなのかと疑わしい気分にもなります。

 私の操縦法を誰よりも理解している彼女は、自分がその状態になると妙に下手に出て、

 手料理を振る舞ってくれたり、入浴剤を豪華にしたり、たまに脱ぎます。

 別に私が性欲の塊みたいな、猿のような人ではないとは思いますが、

 恋人がですね、すごく申し訳なさそうにですね、私を見上げながらですよ?

 裸でですね、すごくエッチなポーズなど取ってくると、あ、ちょっと機嫌治そうかなとか、

 今ならちょっと過激なプレイでも励めそうかな? という、卑しい……ううん、イヤラシイ気持ちでいっぱいになり。

 だいたい主従が交代されます、あひぃあひぃ言うのが私の方ってことです。

 以前の垢抜けない前の理亞がよくプレイしていたやましいゲームで

 女装している主人公がヒロインにあへぇあへぇ言わされているシーンを見たことがありますが、

 今なら彼の気持ちが実によく分かりそうです、感情移入してしまいそう。

 

「紅白か……私も出たんだなぁ」

「ついぞセイントムーンでは紅白に出られませんでしたね」

「寂しい?」

「今の生活のほうがよほど尊いです」

 

 大きな邸宅の大きなリビングで摂る食事。

 二人きりであるというのが難点ではありますが、

 アイドルの時のように肩と肩がくっついて食事しあうよりも楽。

 大人数でそこにいれば良いんだろみたいな扱いをされたことも複数、

 その他大勢からセイントムーンの鹿角聖良へとジャンプアップするまでは時間がかかりました。

 前にいる歩夢も、敬愛する”二人組”ユニットA-RISEのリーダー綺羅ツバサ様も

 下積みの時期があったことを私はよく知っています。

 中学卒業と同時に上京してきた歩夢は赤羽根Pに見初められ、

 多少の苦労はありながらもアイドルへの道を順調に駆け上がっていきました。

 アイドルへの指導が苛烈を極めるPには苦労もしたそうですが、

 紅白出場歌手としてお年寄りからミルクちゃんよりもよっぽど人気のある歩夢を見ると、

 なんだか嫉妬して歯噛みしてしまいそう、彼女は人の上に立つのが上手い。

 上というか騎乗というべきでしょうか、いや、深い意味はないのです。

 

「私は運が良かった、A-RISEが人気になる前からPのフォローもあって

 多少なりとも知名度を得た、その流れで食べてこれた」

「歩夢の実力と可愛さがあってこそです、優しくて素直で可愛い、

 こんな素敵なアイドルがどこにいるというのです」

「……歯の浮くような発言は控えなさい」

「私は正直者なんです、控えません」

 

 生まれてこの方素直に自分のしたいことをしてきたかと言えば疑問ですが、

 気持ちを吐露することに限っては誰よりも素直であったと思います。

 それが良い方面で繋がることもあれば、悪い方面に行くこともある。

 悪い方面に行った部分は妹の理亞が常にサポートしてくれました。

 今でこそエス・ディー・エスというユニットでデビューが心待ちにされているアイドルですが、

 実力を考えれば私なぞ蹴り落とされても仕方がなかった。

 妹の優しさでもあり、甘い部分でもある。

 私の背中に隠れていた女の子は、いつのまにかアイドル界の中心にいる。

 妹を突き放すことは私自身の甘えをも断ち切ること。

 友人であるルビィさんや、憧れを持って接していた海未さんと対立して心配しましたが、

 私のフォローなどなくても立ち上がってくれた。もう私の助けなどいらない。

 

「理亞ちゃんのパートナー……ええと、絢瀬亜里沙さんって言ったっけ?」

「ええ、元μ'sの、Aqoursに比べればμ'sなど取るに足らないと思っていましたが」

 

 大人気スクールアイドルグループのAqours。

 今もなお芸能活動を続けているというメンバーは少ないですが。

 人気の度合いは過去のどのスクールアイドルよりも高く、

 今もなお再結成が望まれている伝説。

 同時期のスクールアイドルとして対等の関係にあったと思っていたのは私くらいでした。

 圧倒的な成績でラブライブも優勝。

 それなりに知名度があったものと思ってた私の鼻を見事にへし折り、

 常に謙虚に慎ましやかにしてくれた存在でもあります。

 スクールアイドル=Aqoursというと以前までは反論したい気持ちもありましたが、

 同時期に活動ができたと考えるだけでも胸を張れてしまいそう。

 今はまだ不遇な時期を過ごしているメンバーも……?

 

「……なんでしょう、違和感が」

「どうしたの聖良? 悪いものでも食べた?」

「あなたの手料理に悪いものなどあるわけがないでしょう?」

「え? あ、うん、それでなに?」

「いや……μ'sに居たのは、絢瀬亜里沙という名前の人物ではなかったような」

 

 μ'sのリーダーである高坂穂乃果。

 彼女のことを思い返してみても違和感がありません。

 園田海未、南ことり、東條希、矢澤にこ、西木野真姫、小泉花陽、星空凛、絢瀬亜里沙。

 各メンバーをひとりひとり思い浮かべてみると、なぜだか間違い探しをしているような気分になり、

 もっと他に――もっとポンコツで、見栄えだけが立派で、いけ好かないやつが居たような。

 

「……いたっ!?」

「もう、他の女の子の事考えるの禁止!」

「嫉妬ですか醜……あ、いえ、なんでもないんですなんでも」

 

 生じる違和感はなかったことにして。

 どうやら妙な気分に陥るのは疲労している影響もあるのでしょう。

 風邪などひいてしまっては世話をしている子達にも申し訳ない。

 世間はもうすぐクリスマス、

 良い子はサンタさんがプレゼントを持ってきてくれると信じている日。

 もう、良い子という年齢ではない気もしますが、

 プレゼントはいったい何を頂けるのでしょう? いえ、貰えないとは思うんですが。

 

 

 世間ではクリスマスだと言います。

 牛の裕次郎であるとか、馬の慎太郎、にわとりのゆうたろうの世話を焼きながら、

 これで七面鳥のチキンでも食べようものならばゆうたろうに申し訳ない――なんて思う。

 久方ぶりに我慢がきかなくなり、妹の理亞に電話を掛けてしまいました。

 近々エス・ディー・エスとしてデビューを飾ると公式サイトにデカデカと姿を見せ、

 凛々しい立ち姿を見せ、人を震撼させるようなオーラを持ち、

 常に理想として憧れてきたアイドルの姿そのままの妹を見て、

 居ても立ってもいられなくなってしまったのです。

 本来なら電話ではなくて直接会いに行きたかったのですが、

 憤慨の表情を浮かべた恋人に妹を選ぶか自分を選ぶか選択せよと言われまして、

 命の危険も確かに感じたのですが、自分自身の非も素直に認めました。

 いつまでも妹のことばかり構ってもいられない、

 それに自ら彼女を避けるような真似をしたのにいまさらおめおめと会いにはいけない。

 電話では事務的な口調で激励の言葉を送り、

 表情だけは緩んでしまいましたが、少なくとも歩夢に胸を揉みしだかれていたことは

 おそらく伝わっては居ないでしょう、伝わっても困りますが。

 

「クリスマスプレゼント……喜んでくれるでしょうか」

 

 いかんせん人生に恋人など存在したことがなかった私にとって、

 クリスマスに相手がいるという体験は初めてです。

 妹でもない相手に本気でプレゼントを選ぶという体験も初めてですし、

 リサーチをかけるなどという行為をしたのも初めて。

 妹の欲しいものならば手に取るように分かりますが、

 いくら考えた所で歩夢が喜びそうなものが見当もつかなかった私は

 悩みました、真剣に悩みました。

 あまり出来の良い脳ではありませんが、相手が喜ぶという観点のみに絞り、

 お金をかけるか時間を掛けるか選択をした結果、時間を選びました。

 睡眠時間が少ないことには慣れていますが、

 相手のことを思って不安になるという行為をしたのは初めて、

 理亞は何をあげても喜びますし、彼女のことはよく分かっていますから。

 真剣に考えるほど、相手がさほど喜ばなかった瞬間を想像し胸が締め付けられる。

 不安に陥れば作業も滞りそうになりました。

 初めてのクリスマスです、喜んでもらいたい。

 考えれば考えるほど思考の袋小路に入ってしまい抜け出せなくなりそうになる。

 

「万次郎、もしも喜んでくれなかったらどうしよう……」

 

 しかも送るのはペアリング。

 喜んでくれなかったら自らの分も封印する他なく。

 指のサイズは頑張って調べました、だいたいこんな感じで済まさず、

 寝ている歩夢の指を取り、薄暗い部屋で巻き尺を指に巻きつけて

 ココで目を覚まされたらどうしようと思いながらなんとか確認を終わらせ、

 店員さんにサイズを説明したら怪訝そうな顔をされてしまったけれど、

 おそらく同姓に結婚指輪を贈ろうとしているのが不思議だったのでしょう、仕方ありません。

 完成まで多少時間を要したのは予想外でしたが、装飾を施す余裕はありました。

 幼稚園児でさえまともなものを作れるだろうという出来に嘆きそうではありましたが、

 ――思えば一生に一度しかないのだから誰かを頼るべきだったのでは? 

 今更ながらに不安になります。

 口説き文句は未来にはもっと良いものを贈ります!  これで行きましょう。

 不出来さへの言い訳も、未来に嫁にすると予告することもできる、私は冴えています。

 

「後はタイミングですね……万全を期すには事前準備が必要

 みんなのお世話が終わったらお風呂にも入りましょう、さすがに堆肥の香りをさせてはいけません」

 

 いかんせん牛の匂いがすると評判のミルクちゃんとは言え、

 一世一代のプロポーズに牛の匂いをさせてはいけません。

 念入りにボディーソープで身体を拭い、洗髪もしっかりといたしましょう。

 この日のためにほのかに香りがするようなボディーミルクも調べ上げ購入を決め、

 髪からいい匂いもするようにヘアミルクも買いました。

 貯金をそれなりに使いましたが全てはイベント成功フラグを立てるため。

 

「あなた達も応援してくれるんですね、ありがとうございます」

 

 だいたいご飯が欲しいともぉもぉ言っているような気もしますが、

 中には本気で応援してくれている子もいると思うんです。

 乳牛にミルクを搾り取る搾乳機を取り付ける時に、痛くないですか?

 だいじょうぶですか? と言いながら作業してたら万次郎が大丈夫だとニヒルな声で言ってくれたんです。

 いかんせん気持ちがよく分かる、胸になにかつけられるとすごく痛いですし。

 できれば全国の恋人がいる方に伝えたい、胸を揉む時は優しく、吸う時も優しく。

 

「このトラクターの音は歩夢ですか、少し早いような気もしますが」

 

 農場にいる子達を世話するのは日が昇る前から日が落ちるまで。

 日が落ちるのが多少早まったとは言え、太陽を見れば正午過ぎと言ったくらい。

 お昼ごはんに美味しいものでも食べようというのならば話は別ですが――

 

「しかし、自宅だから無免許の彼女が運転してもいいという理屈は

 今になっても理解ができませんね……」

 

 公道には出られないけどと笑う彼女が

 ハンドルを持つとキャラが変わるのは私くらいしか知らない話です。

 そういう人も多いと言いますが、ハンドルを握った瞬間身体が熱くなるとか、

 テンションが跳ね上がるというのはキャラ違いではありませんか?

 そのうち露出度の高いノーマルスーツでも着てしまうのかも知れない。

 

「……到着したようですが入ってきませんね」

 

 私を呼びに来たというのであれば、勝手知ったる自宅であるから遠慮せずに入ってくるはず。

 なにかやましい事情でもあるのならば別ですが、

 むしろそのような薄暗い感情を持っているのは私の方です。

 いつペアリングを渡せばよいのか、このままお風呂にでも入れられてしまえば

 敏い彼女のことです不出来な方をなんだコレと思うに違いありません。

 多少ロマンティックなロケーションだからこそ不格好でも誤魔化せるのですから。

 しかしながらなにか不安を抱えてその状態にあるのならばご機嫌取りも兼ねて私から行こう、

 牛舎を出た瞬間、何に金を使った! などと胸ぐらをつかまれる可能性はありますが、

 だいじょうぶです、ええ、私は強い子なのでだいじょうぶ――だいじょうぶなはず。

 

「どうしました歩夢……ずいぶん暗い表情ですね?」

 

 恐怖に怯えるような、ようなというよりもなにか恐ろしい経験をしたと言わんばかりに

 表情を歪ませ、どうしようもない状況下に追い込まれているようだと。

 私の知るかぎり彼女がこのように追い込まれてしまっているのは経験がなく、

 芸能界の先輩(笑)に粗相をした時でさえ、え、あ、はい。

 で済ませていたくらいですから。

 基本的に歩夢は明るくて素直で謙虚ですが、コト、理不尽な悪意を向けられたときだけは

 良い面をかなぐり捨てても反発をします。

 

「せ、聖良……わ、私のこと分かるの?」

「はい? 誰かの変装だったりするのですか? ずいぶん上手に化けましたね」

「そっか、聖良だけは、聖良だけは私のことが……」

 

 以前岐阜というのは日本でも特に辺鄙な土地で、

 山の方に行くとネット回線が繋がらないというネタがありました。

 岐阜に限らず田舎の山の方はだいたい電波が届かないのですが、

 別に電波など届かなくても生活は出来ますし、多少の苦労はあっても生きてはいけます。

 なぜこんな事を考えたかと言うと、歩夢がスマホを取り出して

 自分の名前を検索するようにと願い出たからです。

 芸能人でしかもトップアイドルということから、

 良い評判ばかりが転がっているわけではありません。

 理不尽な評価を下されていることもありますし、正当でないもののほうが多い。

 

「……引っかかりませんね」

 

 アレだけあった芸能人月島歩夢の情報がまったく無い。

 紅白に出場して一般的な知名度も向上した彼女が、まったくただの一つも

 ネット検索時に情報が出てこないというのはありえません。

 意図的に自分の検索結果だけを器用に消している可能性はありますが、

 彼女の表情から察するに、理不尽にも自らの情報が消えているとするのが正しいのでしょう。

 それはつまり、何事かの事情によって――それも理不尽に世界から消えかけていると。

 

「聖良、変なことを言うようだけれど」

「あなたの言うことは信じますよ歩夢、私の言うことを信じてくれたように。

 たとえ世界の誰もがあなたのことを忘れようとも、私だけは覚えています

 私には何の力もありませんが、想いだけは人一倍です。安心してください」

「……朝起きた時に聞こえてきたの、こっちに来ちゃダメだって」

 

 前々から友人と連絡が取れない状況に陥っていたらしく、

 誕生日も近いからドッキリでも仕掛けられていると無理矢理に自身の心を納得させ、

 日々を不安に過ごしていたそうです。

 その不安を主に私で解消しているのはご愛嬌ではありますが、

 彼女の危機をまったく察していなかった自分にも非があります。

 そんな折、夢において会ったことも見たこともないような人がメッセージを送ってくる、

 しかも絶えず自らを強く想ってという言葉を送ってくるのだそうです。

 変な夢とは思いつつ、何度も何度も。

 

「亜里沙のお姉さんを、穂乃果さんの妹さんの雪穂も、憧れのA-RISEの優木あんじゅさんを

 私は忘れてた、同じ事務所の後輩の朝日ちゃんも忘れてたの」

「μ'sの絢瀬亜里沙は知っていますが」

「違う。絢瀬亜里沙という人は、私たちのプロデューサーなの、スクールアイドルμ'sの一員ではなく、ハニワプロのプロデューサー」

「……妹の近くに不愉快な金髪ポニーテールがいたような気はしますね」

 

 思い出して欲しいとも言われてませんが、

 なぜだか絢瀬絵里という存在だけは私の前に常にそびえ立ち、

 なにかすごいことをしたわけでもないのに誰しもから評価されている。

 自分の人生においての理不尽という表現の体現者であり、

 私自身がついぞ正当に評価をすることが出来なかった人。

 素晴らしい聖人君子こそが人の世の上に立つべき存在であり、

 私みたいな凡人でさえもいつの日か救ってくれるであろうと、そんな願いを、

 自分は何もしないけれど後はよろしくというような身勝手な理想を抱え、

 自らのおおよその行動は、たとえ罪深くとも正義の名のもとに許されるけれど、

 他人の正義は自らの意に反していれば理不尽にも責を追求する。

 自分に取り柄がないという事実を、それほど能力は高くない凡人であったという事実を、

 生まれて初めて自らの疑問として生じさせ、その問いの結果私はアイドルという立場を捨てた。

 逃避したわけじゃない、自らには足りないものがありすぎた、恥ずかしくて人前に立ってなど居られなかった。

 特にそんな私を尊敬してくれている理亞の前に立っていることができなかった。

 

「……私の逃避癖を指摘し、理亞と向き合って話し合うように言われました

 根気強く何度も何度も、そんな恩人を私は……」

「うん、聖良、この世界から消えている人が何人もいるってわかった?」

「歩夢、あなたも、あなたも、もしかして逝ってしまうのですか?」

「消えている自分を認識できなかった、英玲奈さんみたいに自分を強く保てなかった

 もしかしたら私が認識できてないだけで多くの人が同じ世界へ逝っているのかも

 ――ごめんなさい聖良、あなたを置いて逝くのは苦しいよ」

「ならばそれまでは、それまでは共に過ごしましょう、渡したいものがあります」

 

 日付が変わるまではもう少々時間があります。

 起床してからしばらく、この日が自分の最後の日であると認識しきれなかった彼女も、

 今ようやく、理不尽にも消えようとしていることを察し、

 まったく見当もつけずに明日も良い日になると良いなくらいに過ごしていた私に、

 助けを求めてくれたのです。

 万次郎たちの世話を焼けなくなるのは苦しいコトではありますが、

 恋人の最期の日だと言うのに、彼女以外の何者かにうつつを抜かすことなどできません。

 それに、私は見栄っ張りで意地っ張りであります。

 せめて彼女が逝ってしまうまで、強く自分を保つことに集中しましょう。

 

 

 久方ぶりに料理の腕をふるいました。

 理亞が根本的に料理の才能がないので、昔はよく私が手料理を振る舞っていました。

 そういえば彼女のパーソナルデータのお菓子作りは元々私の趣味でしたね。

 しかしレシピ通りに作ってもなお出来上がるものが炭素みたいななにかというのは、

 私にはよく分かりません、レシピ通りに作って品物が完成しないのであれば、

 そもそもレシピとして公開される意味が分かりません。

 

「聖良、あなた料理できたのね」

「基本的に能力が低い私も、味覚と料理の才はしっかりしています」

「ごめんなさい、あなた何もできない人だと思ってた」

「北海道には鉄人大泉が居ますから、出身者が料理が不得手なイメージがあるのも仕方ありません」

 

 以前までの私の能力の低さを考えれば、

 台所に立つなと最初から宣言されても仕方のないことです。

 なにせ私は自分の部屋でさえ横着して片付けをしない性格。

 掃除機さえまともに使えず、洗濯機を回すことが出来ず、雑巾はそれほど絞れず。

 何かをすると基本的に人の手間になる能力しかない私を

 歩夢という人間は根気よく使ってくれました、感謝しかありません。

 過去には彼女がしていたことを主に妹がしていたという事実に関しては、

 逃避してしまいたいほど隠しておきたい部分ではあります。

 ただ、人は失敗に向き合って初めて成長できるのだと――

 そんなふうに教えてくれたのは絵里さんでしたね。

 同じ失敗を繰り返してばかりじゃないかとツバサさまに言われてましたが。

 

「美味しい」

「ありがとうございます」

「もっと前から、あなたの料理を食べたかったな」

「また振る舞います、待っていてください、私も用事を済ませたら

 あなたの元に逝きます」

「まさか、人生最後の食事が聖良の手料理だとは……」

 

 私の手料理の腕は彼女を驚かせるに値するレベルであったようです。

 多少なりとも錆びついているかと思いましたが、

 過去に身に着けたものを上手く活用する力は衰えていませんでした。

 私の人生において、目立つのは自分自身であっても

 理亞や歩夢の後ろ姿ばかりを追いかけていたような気がします。

 才能もない人間が自分自身の実力を認めなければならないという状況は、

 本当に理不尽であると言わざるを得ません。

 でも、この何の取り柄もない鹿角聖良が彼女たちの恩に報いることをするためには

 自らを分からなければいけなかったんです、思い上がりを捨てなければいけなかった。

 人というのは自分を知って初めて成長できるのだと、

 教えてくれたのは絵里さんでしたね。

 その後ツバサ様に、あなたは何も分かってないと言われてましたが。

 

 

「今日は……日付が変わるまでそばに居てくれる?」

「別に日付など関係なくそばにいる迷惑な女ですよ、私は」

「私のこと忘れない?」

「世界の誰もがあなたを忘却しようとも、私はあなたを忘れることはありませんよ」

「どうしてって聞いても良い?」

「いかんせん消えないものを私の身体に託しましたからね」

 

 その、基本的に出すと言った行為しかしない場所に入れることができるというのは、 

 人生において必要な知識であったかどうかは極めて疑問です。

 彼女にはとても告げられませんが、ふだんの場所よりもソッチのほうが良かった

 と考えてしまうのは私の心が卑しいせいでありましょう。

 仮に本当に彼女のことを忘れてしまうようなことがあっても、

 トイレに行くたびに今夜のことを思い出してしまうの違いありません。

 思い出されたら歩夢はきっと私を殴りに来ると思うんですが。

 

「……来ちゃダメだっていうみんながもうすぐって言ってる」

「日付が変わりますから」

「笑ってお別れしようと思った、泣き顔なんて見せたくないって」

「……歩夢、私は笑顔ですか?」

「みっともない顔してるわ、さっきよりもよっぽど」

 

 いや、先ほどよりはいい顔をしていると思うんです。

 頬に流れている涙の量はともかく、笑おうとして変な顔になっているだけですから。

 さっきのは性欲に負けて変な顔をしていただけですからね?

 別に私の性根が元々ねじ曲がってて変な顔をしているのではないんですからね?

 

「聖良、私は笑えてるかな?」

「世界で一番美しいと思います」

「ごまかしてない?」

「愛おしく美しく、私はあなたのことをけして忘れないでしょう」

「ごまかしてない?」

「さようならというのはまたねの意味だと、かつてμ'sは歌ったそうです」

 

 私の強制モノローグのシーンであると察し、彼女は静まります。

 

「でも、その曲を元にして絵里さんは歌詞を変えました」

「彼女の前で他の女の話題出してる」

「再会の言葉なんかいらない、大事な人とはいつでも会いたい時に会えるからと」

「どういうこと?」

「ここにいます」

「……さっきさんざんもみほぐした場所に?」

「泣きますよ?」

 

 彼女が思ったよりも独占欲が強いということを承知しつつ、

 無神経な発言をしてしまうのは、言い切れない衝動と戦っているからです。

 私自身からも彼女が消え入ろうとしている。

 眼の前の人が誰なんだろうと思い始めている自分がいる。

 負けるものかって言いたくなる。

 

「想いは理不尽を覆すんです、世界の意志なんかよりも人の想いのほうが強い」

「聖良」

「たとえ、たとえ誰しもが、あなたが居なくなったと認識していようとも、私の――

 私の想いが、私の心が、あなたを忘れることはない」

「聖良」

「永遠に忘れません――永遠にです、誓います」

「……ああ、そっか、私の――私というイレギュラーは、

 本来この世界に居なかった私は、そうか、そっか、ただひとつ聖良のために」

「なぜ、今になってそんな笑顔を?」

「忘れないで聖良、たとえ月島歩夢という人が存在しなくなっても、

 その人にはその人が役目があるんだって

 必要とされる理由があるんだって」

「そんな素敵な笑みを浮かべないでください、別れが辛くなります

 泣いてください、嘆いてください、もう良いんだみたいな顔を浮かべないで

 見栄を私の前で張らないでください」

 

 ダメだと思いました。

 言ってはならないと思いました。

 

「嫌だよ」

「え?」

「いやだ……私まだ、わたしまだやりたいことが、できることが、やろうと思ってたことが

 いっぱいあった、たくさんあった、なんで、なんでこんな」

「わ、わたしだってそうです!」

「消えたくない、死にたくなんかない、逝きたくなんかないよ!

 世界の選択なんて、とてつもない誰かの強固な意思なんて!

 わたしには関係ないじゃん! そんな誰かの身勝手な理想のために消えたくなんか……

 聖良! 聖良いやだ! いやだ!」

「私は許しません、このような想いをあなたに抱えさせた誰かのことを

 だから待っていて歩夢!」

「聖良! 助けて! 助けて! 消えたくなんか……な……」

 

 

 以前妹から聞いたことがあります。

 

「なぜ評価をされないのか、認めて貰えないのか、

 好きだと言って貰えないのか、嫌われてばかりなのか」

 

 この世に自分に降り掛かる理不尽というものは、

 おそらく自分由来の存在であると。

 原因を追求し、自分自身を戒め、改善し、

 また、必要によっては自分自身を消しても。

 

「あのツバサ様でさえ評価を受けるために自分の意に沿わぬ行動をされた

 理亞も、絵里さんも、亜里沙さんも、穂乃果さんも」

 

 他者からの評価などいらないと言うのは簡単で、

 見てみないふりをするのは簡単で、

 

「雪穂さんがAqoursの皆に伝えた言葉、今ならその言葉の意味がわかります」

 

 自分自身の立場を、しなければいけないことを忘れないこと。

 そして、自分自身というものが多くの人の支えで出来ているということ。

 

 自分がなんとかできるなどというのは思い上がりも良いところだ、

 誰かの意志、誰かの考え、誰かの行動によって私自身は今も生きている。

 いいえ、生きている誰かの何かによってだけではなく。

 もう既に逝ってしまった、無くなってしまったものも自分自身を形作っている。

 

「歩夢、ごめんなさい、私はいつも気がつくのが遅い

 独りで生きているわけではないのに、独りで何とかできるなどと、力があると、

 思い上がりも甚だしい、だからこうして大切な人を理不尽な目に遭わせてしまった」

 

 自分が理不尽な目に遭うのは許せる。

 命を失ってしまえば考える必要もない。

 

「おそらく理亞は記憶を保っている、ツバサ様も、ならば

 おそらく世界から庇護を受けているであろう、何も知らない彼女ならば」

 

 自分が予想している人物が手を引いているのであれば、

 おそらく高海千歌という人は何もかも知らないはず。

 何も知らずに、いつしかAqoursは元の状態を取り戻し、輝かしい活躍をする。

 μ'sをA-RISEを様々なアイドルを持ち上げる材料にして、 

 その中に私が含まれているからこそ、私はまだこの世界に存在することが出来ている。

 

「……出るでしょうか」

 

 以前通話したばかりですが、

 彼女も忙しい身の上だから、必ずしも繋がるとはかぎりません。

 

「もしもし、理亞ですか?」

「姉さま? どうされたのですか?」

「理亞、ぶしつけなお願いで申し訳ないのですが、

 いまいちど、私のパートナーとして踊っては頂けませんか?」

「……ですが、姉さまは歩夢さんと農場を」

「やはり理亞は歩夢のことを覚えていたようですね、

 安心して、私も絢瀬絵里さんを覚えています」

「Aqoursのメンバーの名前は?」

「高海千歌、桜内梨子、渡辺曜、黒澤ダイヤ、松浦果南、小原鞠莉、黒澤ルビィ、国木田花丸」

「……」

「そして津島善子……ああ、いや、黒澤サファイアと言いましたか?

 ”三姉妹”揃って、仲良く過ごしているようですね?」

「私は嫌です」

「人には人の役割があります、たとえ私が世界の意思で消されようとも、

 鹿角聖良は鹿角聖良のなさねばいけないことをなさねばならない」

「嫌です、私はいつも置いてけぼりです! それがどれほど辛いか! 姉さまはわからない!」

「お願いします理亞」

「絵里先輩からもお願いされたんですよ私は! 役割を果たしてほしいって!

 朝日も見送ったんですよ! Re Starsをお願いしますって!

 エヴァも居ない、朱音は立ち直れてない! アイツだけが! あいつだけがいい目を見てる!」

「聞きなさい理亞!」

「ね、姉さま?」

「人は夢から覚めるとき、現実に立ち返ります。その時に一番つらいのは、

 紛れもなく夢を見ている当人なんですよ?」

「……!?」

「でも、夢は終わらせないといけない、現実に帰らないといけない、

 あの可哀想な子を現実に帰らせないといけない、

 たとえこの身に何があろうともです」

「姉さまは、お覚悟の上なんですね?」

「当たり前です、逝ってしまった人のためにも、夢は終わらせないといけない――

 

 終わった後のことは終わらせた後に考えましょう

 繰り返し問います、こんな不出来な姉と”踊って”頂けますか?」

「私は姉さまを不出来などと思ったことなどただの一度もありません

 姉さまが行動をされるのであれば、姉さまについていきます。

 それが妹がする行動です」

「安心しました、では喜んで私は姉としての役割を務めましょう、

 妹を導くついでに、世界の行く末も導きます」

「――この世界の姉はシスコンばかりです」

「知らなかったんですか? 可愛い妹がいると姉はシスコンになるんですよ?」

 

 英玲奈さんが以前、なぜ朱音さんが好きなのかと問われ。

 ため息混じりにこう答えたんだそうです。

 

「姉という存在は妹がいると奇跡が起こせる

 姉は妹がいると必要以上の実力が出せる

 姉は妹のためならどのような意志にも抗うことができるものだ

 

 そんな妹に敬意を向け、好意を寄せるのは当然だろう?」

 

 ――実際本当かどうかは分かりませんが、

 英玲奈さんがあんじゅさんと同じタイミングで消えようとしている際に、

 そっちには妹が居ないの一言で抗ってみせたのは、

 同じ姉として見習わなければいけません。

 

「まあ、この世界にいる妹もシスコンばかりですからね」

「ええ、ツバサ様もシスコンだと聞いています、たしか、雪菜さんと言いましたか?」

「あれは弟です」

 

 ――あんなに可愛い女の子が女の子な訳がない。

 妹もいないと言うのに力を発揮するツバサ様はやっぱりすごいですね。



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亜里沙ルート 亜里沙ルート プロローグ 01

 春は出会いの季節と謳われ、

 また、別れの季節とも言われる。

 のんびりと日々をニートとして過ごしてきた私も、

 桜が散ろうという時期についに働き始める。

 アイドルが集う改築が進んだ一軒家の

 管理を務めるという仕事が、

 はたして社会人と言えるのかどうかは定かじゃない。

 

 

「おはようございます、姉さん」

「おはよう亜里沙、よく眠れた?」

「もちろんです、睡眠は社会人の基本です、姉さんは……」

 

 極めて模範的な社会人である妹は、

 朝から大変元気。

 いつだって調子の悪さなんて微塵も感じさせないほど、

 冷静に――私に対しては冷徹な印象を与えるかな?

 それが亜里沙の素ではないことは、

 なんとなく察してはいるんだけども。

 このアパートを出る準備を始めて。

 荷物はさほど多くはないからすぐに済むであろうと、

 高をくくっていた私をあざ笑うように、

 片付け始めてしばらく、書籍類や趣味が高じて購入した

 雑貨のたぐいとかをどう処理して良いのか戸惑った。

 部屋にあるとは言え、ここ最近触れていなかったとは言え、

 それなりに愛着がある代物を処理するには心苦しく。

 妹が鬼のような顔をして全部捨てなさいと命令をされるまで、

 部屋の清掃は頓挫した。

 どうしても処理したくないパソコンだけは、

 これ見よがしにツバサに譲った。

 はよ取りに来いと散々言われたけど、

 文句はそれくらいで粛々と預かってくれたのは、

 長年の付き合いがなせる技だろうか。

 

「寝ることくらいしかすることがないというのは辛いわね」

「パソコンを預けただけでそれですか、今日から行くところは共用の古いパソコンしかないんですよ」

「せめて、せめて仕事で使うノートパソコンくらいは」

「お給料で買えます、頑張ってください」

 

 エトワールというアイドルが済む宿舎――

 見た目は一軒家であるので、共同生活を送る場所

 とするのが正しいのか。

 ハニワプロまではそれなりに距離もあるけれど、

 いちおう事務所が管理している場所。

 芸能事務所が管理している場所を元ニートが預かって良いのか、

 という漠然とした不安はあるものの。

 晴れてニートから脱却できると言うので、

 しかもお給料も頂けると言うので、

 文句など付けることなどできるはずもない。

 アイドルの行動管理というものに対しては無知ではあるけれど、

 私ができる範囲での仕事が求められているんだと思う。

 最初から理想を求めて、努力に励んでいても

 結果はおぼつかない。

 クビにでもなったら真姫の家にでも転がり込もうと思う。

 ペットになるか奴隷になるか――

 おそらく人権は多少雑には扱われそうな気もする。

 

「それから姉さん、ずいぶん気合を入れて朝食を作っているようですが」

「朝食だけじゃないわよ、昼食も。日持ちするおかずもね」

「私を太らせて何をしようと」

「ふふ、太ったあなたなら見てみたいわね、お腹つついてあげるわ」

「……ありがとうございます。腐らないうちに食べます」

「ええ」

 

 単なる同居人という立場であった時期も、

 多少なりともあったのかも知れない。

 それでも私たち姉妹は、

 今まで付かず離れず、それなりの関係を築いてきた。

 過去には不幸な時間も過ごしてきたであろうし

 私には言えないような秘密を抱えて悩んだかも知れない。

 亜里沙みたいな素敵な妹に対して、

 完璧な姉であったとはとても言えないけれども。

 これからは私たち姉妹が、

 互いを見つめ直す時間にもなるのかも知れない。

 

「前にも言った通り、姉さんが絢瀬絵里であることはおくびにも出さないでください」

「ねえ、やっぱりμ'sのすっごいファンなら私の顔を見ればわかるんじゃ」

「ドッペルゲンガー、他人の空似、生き別れの双子、まあ、どの設定でも構いませんが――

 10年前のスクールアイドルです。顔を知らない大ファンがいても不思議ではありません」

 

 エトワールで過ごすにおいて、

 必須事項と呼ばれるものがいくつかあるみたい。

 はじめにそのことを聞いたとき、

 何故であるとか、どうしてという理由を尋ねたい気持ちはあったけれども。 

 住人はみな、どうやら私を推しているらしい。 

 熱烈な信者と思しき彼女たちは、

 管理人としてそいつがやってくることを知らず、

 けっこう堕落して過ごしているみたい。

 私の仕事は彼女たちの矯正であるとか、

 アイドルとして復権活動を行う――

 ということはまったくなく。

 愉快な仲間うちで過ごしていると緊張感も無くなってしまうので、

 第三者の目を入れて様子を見ようということみたい。

 住人の情報は知り合ってから聞けの一言で、

 何か隠しているのではないかと問いかけたいところではあるけど、

 尋ねても応えてくれないのならば、

 行動して知るほかない。

 

「それに、澤村絵里、いい名前ではないですか」

「前にも言ったことがあるけど、強烈に何処かで聞いたことがあるわ」

「同じ金髪だから覚えやすいかと思って、まあ、アイドルたちも絢瀬絵里が偽名を使って

 自分たちとルームシェアを始めるとは夢にも思ってないでしょうから」

 

 バストが80無いと称されたからと言って、

 79.9というバストサイズには多少無理を感じる――

 そんな彼女とも10以上離れている私が、

 似た名前を名乗ることに関して、

 ファンには殴られてしまいかねない所業。

 あくまでも偽名であるはずだけども、

 身体的特徴のいくつかは自分自身と重なる部分もあり、

 ネタなんだけどもネタとも言いづらい気もする。 

 

 

「――では、名前を澤村恵にしますか?」

「やめて、なんか不倫の結果生まれた子どもみたいだからぜひやめて」

 

 霞ヶ丘先輩と澤村さんとの間に生まれた子どもを、

 あえて恵と名付けて倫理君に見せびらかしに行く。

 そんなヤンデレみたいな所業を想像し、

 私はかすかに震えた。

 

 

 亜里沙と二人暮らしを初めて、

 家政婦のような生活を続けつつ、

 主にニートな時間を過ごしてきたアパートを見上げながら。

 

「姉さんの脛かじりの現場を逐一眺めていたアパートに見送られる気持ちはどうですか」

「もうちょっと殊勝な気持ちにさせて」

 

 なんとなく物悲しくなって、鼻をすすってしまうのは。

 別に私は花粉症だからという話ではなく。

 いい思い出ばかりでもあった気がするし、

 悪い思い出もなかったともいえない。

 思い出自体がそれほどない疑惑もあるけれど、

 これからの生活はそんなこともない。

 妹に感謝の言葉を述べるというのは、

 多少気恥ずかしい部分は無きにしもあらずだけども。

 それでも何かしらいわないことには、

 何も伝わらない気もする。

 

 

「亜里沙、今までありがとうね」

「お礼を言われるまでもありませんよ」

「なにそれ、ノーブレス・オブリージュってやつ?」

「別に、誰かが困っていたら手を差し伸べるのは当然ではないですか、仮に希さんが貧乏で姉さんに頼ってきたら、有無も言わさず面倒見るでしょう?」

 

 私の感謝の言葉に対しても、

 なんてこともないみたいな言い方をされる。

 困った人を助けるのは当然――

 それが悪い方向に向かわないようになんとかするのが、

 妹ではあるんだけども。

 私は案外そういう事はできない。 

 

 

「でも、本当に感謝してる」

「そんなに言うなら、お願い事でも叶えてもらいましょうか」

 

 再度感謝の言葉を告げてみると、

 多少気恥ずかしい思いを抱えるに至ったのか、

 妹は少しばかり頬を染めながら、

 目を吊り上げて雪の女王みたいな凍えそうな声で、

 

「いいですか、私がオフじゃない日にハニワプロにこないでください」

「それはお願い事なの?」

「命令のほうが良かったですか」

「わかった、君主危うきに近づかずというものね……絶対に行かない」

 

 おかしい。

 春だというのになぜか背筋が凍ってしまいそう。

 苦笑する私をコロコロと笑い声を上げながら見上げる妹が、

 なんだか無性に愛おしく感じてしまうのは――

 私がシスコンだからじゃない、そういうのは英玲奈に譲る。



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亜里沙ルート プロローグ 02

 通勤ラッシュの時間は避けつつ、

 それでも都心寄りであるがゆえにそれなりに混む車内にうんざり。

 何故こんなに人がいるのか、もしかして暇だからいるのか、

 という過去の自分を棚に上げることを考えつつ、

 微妙に緑も見える駅前の立地に降り立った。

 過去にバスがずいぶん流行っている駅前とは違い、

 コミュニティバスが申し訳程度に停まっており、

 都内だから車文化ではないのよね、

 と意味もなく考えた。

 

「さてと、確かアイドルの一人と待ち合わせを……」

 

 独り言をつぶやきながら、

 駅近くの喫茶店に向かう。

 名前はクローシェ。

 外から中を覗いてみると、

 まだ10時にもなっていない時間にもかかわらず、

 お客さんの入りが多く、

 流行しているんだなと思った。

 さすがに学生やスーツ姿の会社で働いている人などは見受けられない。

 母親に甘える小さい子の姿を眺め、

 なんともなしに胸が痛んだ。

 

「絢瀬絵里!」

「……あれ、どこかで聞いたことがあるツインテールの声がする」

 

 生まれてこの方両親に甘えたことがない。

 なんて自分の人生を振り返りながら、

 どことなくセンチな気持ちになっている。

 すると私を呼びかけるツンツン――

 多少なりとも歳上なのだから少しくらいは敬意を、

 と思ったけど、彼女はやたら私の黒歴史を知っている。

 藪をつついて蛇を出すことはあるまい。

 

 鹿角理亞さんといえば、

 黒澤ルビィちゃんとアンリアルというユニットを組む。

 知名度こそソコソコにある彼女たちではあるけれど、

 同じ事務所には外様のトップアイドル綺羅ツバサであるとか、

 月島歩夢ちゃんと鹿角聖良さんのユニットであるセイントムーンが売り出されている。

 んなものだから、事務所的には有名Pのコバンザメであるとか、

 売れてはないけど態度はでかいと評判は散々。

 髪をほどいて表情を改め、

 おしとやかな態度を取ると美少女になる――

 なんていう嘘だかほんとうだかわからない噂話がある。

 とても信じられない。

 

「な、なんで絢瀬絵里がここに……」

「ついに事務所を解雇でもされた? こんな時間からフラフラしているなんて」

「か、解雇なんてされてない……! 私は待ち合わせなの、新しい人が来るって聞いて」

 

 彼女の残した実績であるとか、

 嘘か本当かわからないけども後輩に慕われているという情報から察するに解雇されるという事実はありえない。

 冗談半分で出た台詞ではあったけども、

 痛いところを突かれたみたいに表情を歪ませ、

 ごまかすように私の脛を蹴り飛ばす。

 ――すみません、悪いことは言ったけど、

 その報復はあまりにも痛すぎません?

 泣きそうなくらい痛いんですけど?

 

 

「名前は確か、澤村英梨々……だっけ」

「違うわ、澤村絵里よ」

「ああ、そうだった! ……って、なんであなたが……まさかっ!?」

「どうもこんにちは、澤村絵里です」

「あ、どうもこんにちは……って違う! プロデューサーの紹介じゃすごく優秀で賢いって」

 

 名前の元ネタを吐露され、 

 ちゃんと英国性も残っていると自供しようかと思ったけど、

 すごく優秀ですごい人が来ると思っていたらしい理亞さんが、 

 え、なんでこいつがという顔で見上げているので、

 ため息を吐きつつ、

 店の中に入ってゆっくりと会話をしましょう?

 と声を掛けた。

 

 

 応対してくれた店員さんが、

 おどおどとした態度を取りつつ、

 何を警戒しているのかと思いきや、

 私が日本語ができなそうな人だと思われたらしい。

 ちょっとしたイタズラ心でロシア語を披露したら、

 対面していた理亞さんが私の足を思い切り踏んづけ、

 ゴリゴリと潰そうとしたので、

 すみません冗談ですごめんなさいと日本語で叫び、

 危うく追い出されてしまいそうになったけれども、

 ――そのおかげで理亞さんの飲み物も奢ることになったけど、

 ひとまずその代金は亜里沙持ち。

 

「言っておくけど、馴れ合うつもりはないわ」

 

 多少の周囲のざわめきの原因になったとは言え、

 鹿角理亞さんは相変わらずつんつんクール。

 ただ、その後の彼女の行動で解せないのは、

 見たこともない絵柄のダイヤモンドプリンセスワークスの同人誌を取り出し眺め始めたのである。

 いかんせん、自分をモデルにしたであろうキャラクターの

 愛の詰まった同人誌なんぞ眺められると、

 なんとも言えない気分にもなる。

 ただ、流行の売れ線から多少外れているとは言え、

 とっても魅力的な絵ではあったので、

 ハラショーハラショー言いながら褒めてみると、 

 珍しく表情を緩ませ照れた顔を見せた。

 その顔がとても可愛らしく見えたので、 

 おそらく勘違いだろうな、よもやそんなこともあるまいと結論づけた。

 

「……おべっかを使われても私は揺るがない」

「え? その同人誌って理亞さんが描いたの?」

 

 意外な才能である。

 ただ彼女は自身の発言に思い至るところがあったらしく、

 

「うるさい! 殴る!」

 

 と言って私の脛を蹴り飛ばした。

 さすがに大衆の面前で私を殴り飛ばすには抵抗があったのか、

 手ではなく足が出てくるのがご愛嬌であるけれど、

 そろそろ私の脛が青く染まってないことを祈りたい。

 

「ああ、食費に困ってるってアイドルは理亞さんだったのね、合点が行ったわ」

「困ってなどいない、食費の分までエロゲーに貢いでいるだけ」

 

 話題を変えてみる。

 亜里沙から食費に困っているアイドルがいると聞いていたので、

 金遣いが荒そうな彼女だと目星をつけ尋ねたら。

 余罪の白状とともに、どうしようもないオタクだと宣言されてしまいエリチカ苦笑い。

 

「そういえばなんで違う事務所の凛のところにいたの?」

「名目上は他アイドルとの交流および、食事と懇親」

「ある人に聞いたけど、当時3日断食してたんだって?」

「新作エロゲが! 立て続けに! 発売されたんだ!

 私を! ヒロインが! 待ってるんだよ! 世界が悪いんだ!」

 

 さすがにネタではあろうけども、

 当時のっぴきならないほどエロゲーに集中していたため、

 聖良さんがエトワールにやってきて引っ張り出したらしい。

 さすがの理亞さんも大好きな聖良姉さまには逆らえなかったらしく、睡眠をとってから多少身なりを整え、

 攻略フラグを忘れないようにしながら、ルビィちゃんと合流し、多少眠かったので私に喧嘩を売ったみたい。 

 やつあたりされるのは慣れているけど、

 もうちょっと絢瀬絵里に優しくしてもバチは当たらないのではないかと思いたい。



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亜里沙ルート プロローグ 03

「まあ、理亞さんの想いはどうあれ、もう私には行くあても戻るあてもないから」

「ふん」

「ルームシェアしている子達の情報を教えて欲しいの」

「……教えるのは、条件がある」

 

 少し感情がお互いに高ぶってしまい、

 咳払いをして周囲のざわめく声をスルーし、

 少しばかりシリアスに軌道修正。

 ちょっとばかし気合を入れて真面目な表情をして、

 理亞さんのことをじっと見てたら、

 ぷいっと視線をそらされスネを蹴り飛ばされた。

 こう、なぜ、

 悶絶するほど痛い場所を的確に蹴り飛ばせられるのか。

 

「ツインテールにして」

「……あのね、私の名字の澤村は亜里沙が1秒で考えた偽名で」

「しないんだったら正体をバラす」

「言っておくけど、可愛くないし、似合わないからね?」

 

 どうしようもないお願いごとではあったけど、

 いちおう名目上これからアイドルの子に会いに行くのは

 絢瀬絵里ではなく澤村絵里であるので、

 あまりにμ'sに所属している方の外見していると、

 もしかしたら都合が悪いのかもしれない。

 ああでもないこうでもないとバランスを整えつつ、

 どう考えても、お遊戯会で気合を入れた挙げ句

 失敗した幼稚園児レベルのツインテールに、

 とても哀れな代物を見るような目をした理亞さんが、

 

「下手ね」

「やったことないのよ!」

「まあ、それならあなたの正体に気づく人もいないでしょ」

 

 理亞さんの言葉通り下手なんだけども、

 眼の前にいる彼女は悠然と自身の二つの房を掴み、

 上手でしょうエヘヘみたいな顔をしながら見下してくるので、

 はいはいワロスワロスと口に出したら「うぜえ!」っていわれてスネを蹴り飛ばされた。 

 

「じゃあ、一人目のアイドルから言うわ」

「うん、メモするわね」

「別にしなくても良い、賢いつもりなら覚えて」

 

 挑戦的な視線を向けられ、

 「えー」みたいな顔をしてスルーすると、

 またしてもスネを蹴り飛ばされる。

 そろそろ泣き所を保護するシールドかなんか欲しい、

 もしくは切り払い機能、踏み込みが足りない。

 

「一人目は統堂朱音(とうどう あかね)あの統堂英玲奈の妹よ」

「そういえば、年の離れた妹がいるって言ってたわね?」

「とは言っても全然似ていないわ、クールな姉に対して天然バカの妹って感じね」

 

 理亞さんがスマホに映った写真を見せてくれたけど、

 どう考えても盗撮っぽい。

 弱みか何かを握るために油断しているところを写したみたいで、

 かなり気の抜けた――例えるなら動物園のチンパンジークラスの油断しきったところを撮っている。

 私のこういう変顔写真はないのって問いかけたら、

 あなたのはこういう部分しかないと答えられ苦笑をするほかなかった。

 

「天然だけど、プライドは高いわ。姉と比べられるのが嫌い。アイドルとしての能力は、歌以外は微妙」

「ダンスやトークも駄目なの?」

「姉の足元にも及ばないわ、それに気づいていないあたりバカね」

 

 ただ、歌だけは抜群に上手らしく、

 なんで歌唱力だけ才能を賜ったのか不思議でならないと、

 理亞さんは首をかしげる。

 どれくらい上手なのかと問いかけたら、

 私のことを指さして、え、私と同じくらい? って思ったら、

 あなたの50倍は上手とどれくらいなのかわからない表現で例えられたので首を傾げるしかなかった。

 

「二人目はエヴァリーナ……なんだっけ? 芸名だっていうのは知ってるんだけど」

「どこの子なの?」

「イタリアだったかしら? 3歳の頃に日本に来て10歳で事務所に入った……というデータにはなってる」

「……データにはなってる?」

「なんかね、常にアップデートを繰り返しているパソコンみたいにプロフィールが安定しないのよ」

 

 その動作不良を思わず疑ってしまうような、

 周りから浮いているかのような表現っぷり。

 理亞さんともそれほどしゃべらないと言うし、

 ほかのメンバーと交流している姿を見るのが稀という話なので、共同生活のスキルが心配になった。

 理亞さんの盗撮写真を見るかぎり妖精さんみたいに可愛い、

 美しい芸術品をそのままリアルにしました! と言わんばかりの造形美にその存在を疑ってしまいそうになったけれども、

 なぜかカメラの動きを察しながらも気を抜いていると言わんばかりに、目線を理亞さんの方に寄せつつも脱力している。

 大物なのか、単にマイペースであるのか。 

 

 

「三人目は津島善子」

「……ん? それって、Aqoursの」

「そうよ。高卒で銀行員として働いていた変わり種。デビューして間もないけど才能は一番ね」

 

 高校時代には中二病キャラ――キャラというか、堕天使ヨハネとして私自身とも交流がある。

 私のファンと言うより、目の敵にされていた記憶しかないけれども、何かしら改めることがあったのか、それとも単に彼女がツンデレであっただけなのかはわからないけれども、

 どういう経緯で銀行員という堅物な職業に就いたかは後で問いかけるとして、アイドルとしての力量を問いかけてみる。

 

「スクールアイドル出身だけあって基礎はできてる、センスも良い。でも経験が足りないわ」

 

 ばっさり。

 明らかに自分よりも下だと言わんばかりだけども、

 理亞さんは腐ってもアイドルとして数年ご飯を食べているわけで、デビューしたての善子ちゃんには負けないというプライドもあるのかもしれない。

 彼女の顔はなんとなく把握しているので、盗撮画像の披露は控えて貰った。

 

「四人目は栗原朝日」

「ふむふむ」

「アイドルとしての能力はなんにもないけど、コミュ力とカリスマ性があるわね」

「……ハニワプロってさ、経営とか危うくないの?」

「色んな人間がいて……良いと思います……」

 

 アイドルとしての能力がないという、

 何故そんな人間をスカウトをしたのか疑わしいけれども、

 いちおうチラホラとオーディションは通過していたりもするし、仕事もあるみたい。

 カリスマ性という表現に私の使えない頭に思い浮かんだのは、ギレン・ザビなんだけども、立てよ国民とかジークジオンとか言って大衆を扇動したりしないよね?

 

「もしもこの世界がエロゲーだったら一人くらい男が混じってるわね」

「共同生活しているなら気づきなさいよ」

「案外顔を合わせたりしないからわからないものよ? あんまりお互いを干渉しないし」

 

 理亞さんが自身の引きこもり経歴を棚に上げつつ、

 自分と仲良くなれないのは相手が悪いみたいな理論で、

 交流の少なさを説明してくれたけど。

 どう考えても仕事がない日はほぼ部屋に引きこもっている理亞さんが悪いのであって、

 周りのメンバーがコミュ障であるという批評は当てはまらないような気もする。

 

 

「色々と考えなければいけないことは多いと思うけれど、そうね、まずは」

「まずは?」

「ゴミ当番、料理当番、掃除当番……共同生活の基本から学ばせないと」

「も、もしかして理亞さん……」

「新作が出てハマってる時以外は私がやっているわ、ま、そこら辺は任せる」

 

 共同生活をしていることが極めて疑わしいと判断してしまうほど、

 家事や様々な生活スタイルのレベルの低さを切々と説明を受けてしまった気もするけれども、

 ただだからといって今更出来ませんとか言って投げ出すわけには行かないのである。

 管理人というより、体のいいパシリみたいな扱いをされないことを願いつつ、ひとまず代金は私が払った。

 

 

 理亞さんと移動しながら、

 そういえば誰かと目的の場所にひたすら歩くなんて久しぶりだな、なんてことを考えた。

 それが亜里沙やμ'sのメンバーと言った、今まで付き合いのある面々とは違うというのは、これからの新生活において新たなる問題の火種になるのか、案外うまくいくこれからの展望になりうるのかまではわからない。

 ただ春の陽射しは極めて明るく、気が向いたときにしか外出しない私も、基本仕事以外では引きこもっている理亞さんにもひたすら眩しいものとして映った。

 これからの職場にもなるエトワールは、見た目から芸能事務所が所有する建物のようには見えない。

 中に私を含めて6人もの女性が済むというにはちょっと手狭のような気もするし、ゴミ集積場まで距離があると考えると、使いっ走りの絢瀬絵里としては、もうちょっと誰か手伝ってくれる人いないかな、ちらっちらっと眺めてみたら、うわっみたいな顔をしてスルーされたので私はさめざめと心の中で泣いた。

 

「見た目ではわからないと思うけど、中はあまり綺麗じゃないわね」

 

 建物を見上げながら理亞さんがそんな感想を残す。

 外観ではそんなことはまったく分からないので、施設自体が古いのかと問いかけてみると。

 

「みんな基本ガサツで身の回りの整理ができないだけよ、

 澤村さんの部屋も元々物置にしていて、掃除するのが大変だった」

 

 建物の中に入って、最初から歓迎でもされたらどうしようかと思いそわそわしていたけど、誰ひとりこれから来る管理人に対して、顔を見せるどころか挨拶すらない。

 もしかして嫌われているのかと悲しい思いを抱くと、なんだか鼻孔をくすぐるとてもいい香りが届いた。

 

「……あいつ!」

 

 しかし、いい匂いだなあーあははんと思ったのは私だけだったようで、理亞さんは鼻息と足音も荒く、私そっちのけにして奥に進んでいってしまったので、残された私の方といえば、ぼけーっとその場にいてみると、気配がしたのでそちらの方を見る。

 すると、そこには非現実めいた美貌の、思わず、え、二次元の世界にでも迷い込んだ? と勘違いしてしまいそうなほど、これほどの美少女と比べると、もはや絢瀬絵里がアライグマとかタヌキレベルの容姿しか持ってないと評されても仕方ない。

 二足歩行をこなすサルといわれても納得してしまいそう。

 銀色の髪は長く、彼女が絹のようであるのなら、私の紙は糸くず、白い肌が陶磁のようであるなら、私はメッキ。

 ――少し、自虐が激しさを増してしまったけれども、自分と比べると彼女の容姿端麗さが著しい。

 しかしながらボーッとこちらを眺めたまま微動だりしないので、生きているのかどうかを確かめるために手を振ってみると、彼女も手をふりかえしてくれた。

 どうやら理亞さんお手製のラブドールではないらしい。

 

「こんにちは!」

「コニチワ」

 

 上階に向けて呼びかけてみると、キャラ作りが激しいであるような外国人キャラみたいであったので首を傾げながら、妹の海未の前ではたまに日本語がわからなくなることもあるから、そういうこともあると思い直し、ひとまず交流を深めることにした。

 

 



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(※) 亜里沙ルート プロローグ 04

 流れると表現してもいい、風が触れるまたは歩くたびにエヴァリーナちゃんの銀色の髪の毛が

 左右にゆらゆらと揺れる、顔の前に来たり、私に触れても彼女は気にせず、

 私感情なんて知らないわみたいな無表情でぼんやり遠くを眺めながら歩く。

 なにを考えているのかはよく分からないけれど、

 彼女いわくとても嬉しい気分であるらしく、テンション超アゲアゲらしいけど、

 一体何処らへんがアゲアゲであるのか解せない、表情一つ変わってない。

 

 私を放っておいて何処かへと足音荒く行ってしまった理亞さんに追いつき、

 金剛力士像みたいな怒りの表情を携えて、

 子どもが見たら思わず泣き出しそうな顔をしたまま仁王立ち。

 その視線の先にはクールそうな表情を携えて、カレーを食べ、

 ねぐせはそのままで、パジャマ姿で、どことなく眠そうな。

 身なりを整えずいても可愛らしい女の子であるので、

 もっとしゃんとすれば可愛らしさが増強されると思われた。

 

「あの子の名前は統堂朱音、μ'sに姉がいる」

「……統堂という名字から察するに彼女はA-RISEのメンバーだと思うのだけれど」

「ごめんなさい、A-RISEとμ's、さほど違いがわからない、

 そして私は絢瀬絵里にしか興味がない」

 

 ありがとうとお礼を言おうとして、今の私が澤村絵里(偽名)であることを思い出し、

 無理にμ'sをフォローするのは諦め、

 統堂朱音さんの食事を眺めることにした。

 どう観ても寝起きの彼女がどのような手段を持ってカレーうどんを食べているのか。

 食べ慣れているのか、さほど服に汚れがつくのも気にせず、しかしさほど汁ハネもせず、

 口の周りをカレーで汚しながら、美味しそうに食べている。

 

「あの人は鹿角理亞さん」

 

 私は鹿角理亞さんに連れてこられたではあるし、

 何度も何度も蹴り飛ばされているので、身も心も彼女好みに変貌しつつある。

 痛みに鈍感になってきたので、そろそろ亜里沙にプロレスラーへの転向を申し付けられるかも。

 金髪はヒールとしてもやられ役としても人気が高そう(偏見)

 

「彼氏大好きな淫乱」

「彼氏大好き!?」

 

 淫乱という表現にもツッコミを入れるべきかもしれないけど、

 海未や私の前でダイヤモンドプリンセスワークスをプレイし、愛を確かめるシーンで

 デヘデヘしていた彼女が淫乱でないと否定はできない。

 ついでに園田海未さんも桜井綾乃さんのシーンを見てデヘデヘしてた気もするけど、

 その点には触れないようにする、できれば、今後とも。

 

「エヴァ! ふざけたこと言うな! 私に彼氏なんか出来たことない!」

「でも私は部屋からエッチな声が聞こえるのを知ってる、

 あれは理亞の声、とてもいやらしい」

「そんなワケ無いだろう! あれはパソコンの画面から聞こえてくる声だ!」

 

 否定する部分が自身の声ではないというところで、

 エロゲーをイヤホンをせずにプレイをしている事実と、ちょっと部屋が空いている点と、

 それが誰しもにバレているという点はノーと言えていない。

 そのあたりの是非に関しては姉の聖良さんにおまかせするとして、

 

「まったく、食事も静かにさせてもらえないのかしら? せっかくのカレーが美味しくなくなるじゃない」

「毎度言っているでしょう! 換気扇くらい回せと!」

「嫌よ、カレーの匂いを楽しめない」

 

 彼女が食べているのはカレーライスではなく、カレーうどんであるので、

 私からするとあまりカレーを食べている感覚はないであるんだけども、

 朱音ちゃんの中ではそうではないらしい。

 そこらへんをとやかく指摘をしては自身に火の粉が向いてきそうであるので、 

 怒りの表情を浮かべた銅像みたいな顔をする理亞さんに説教を任せ、

 私はエヴァリーナちゃんとせっせーのせのよいよいよいで遊ぶことにした。

 

 私に向かって罵詈雑言を吐くよう。

 何度も何度も過度に過激にカレーうどんを食べる朱音ちゃんに向かって。

 だらぶちと説教する理亞さんであった。

 けれども全く効果はなく、常に相手はどこ吹く風。

 ヒートアップするのは理亞さんばかり。

 私とエヴァリーナちゃんは暇つぶしばかりしてやることがなくなってしまった。

 

 カレーうどんを食べてご満悦な朱音ちゃん。

 そして私こと澤村絵里という人がどうしてここにやってきた。

 それを説明する。

 理亞さんも初耳の情報もあったらしく驚いた表情をしている。

 エヴァリーナちゃんは今もなおどこ吹く風。

 

「私たちの間にあなたにできるの? 特にこの統堂朱音の」

「自信があるみたいね?」

「私は統堂英玲奈を遥かに超える才能の持ち主

 そして何より歌唱力は絢瀬絵里にも認められたことがあるのよ」

 

 

 理亞さんが言うには、歌以外は平均以下という話だったけど。

 真姫以上の自惚れ屋な彼女に対し、少々頭痛を覚えながらさらに会話を続ける。

 ちなみに、エヴァリーナちゃんも理亞さんも「そんなわけねえだろ!」みたいな表情をしていた。

 

「ちなみに、お姉さんが踊っている映像とかは?」

「10年前のスクールアイドルよ、今の私たちには何の魅力もないわ」

 

 ふむ。

 

「μ'sは?」

「あらあなた、μ'sを知ってるのね……英梨々さんって言ったかしら」

「絵里です」

「μ'sはね、レベルが違うの、特にエリーチカ……神々に愛されている少女」

 

 先程から私が、絢瀬絵里ではなくエリーチカと呼ばれている件について。

 

「エリーチカだけは今後何十年経っても色あせない、本物のアイドル、神よ!」

「映像とかはもちろん?」

「毎日見ているに決まっているじゃない」

 

 おかしいな、そのエリーチカっていう人10年経つとオーラのかけらもない?

 

 

 とはいえ、この状況でもしも正体がバレようものなら

 印籠を見た悪代官並の土下座を見てしまうに違いない。

 穂乃果も大学入学当初はLoveLive!優勝者であることを隠していなかったけど、

 アイドル好きの男子に担ぎ上げられた姿を見て女子から総スカンを喰らい、非常に居心地悪い思いをしたとか。

 少なくとも1ヶ月はここで暮らすのだから、無駄に神格化されたり、お姫様のような暮らしをするのは勘弁だ。

 

「ふむふむ、ということはここにいるみんなはスクールアイドル出身者?」

「うん? なんで私がそんなものに?」

「ちがーよー?」

「澤村さん、ここにいるスクールアイドル出身者は私と善子と朝日です」

 

 あれ?

 

「朱音ちゃんにエヴァリーナちゃんは……現役女子高生だよね?」

「もちろん。でもスクールアイドルなんてやってません。レベルが低すぎる」

「エヴァはねー、フレンドがいないよー?」

 

 エヴァは友だちが少ない。

 朱音ちゃんの方は……困ったように理亞さんに視線を向けると、こっち見んなって睨みつけられた。

 

「逆に質問しますが、澤村さんはどこの高校の出身ですか?」

「お……」 

 

 反射的に音ノ木坂学院と言ってしまいそうになり、困って理亞さんを見る。

 彼女は一瞬で何かを思いついたのか、含み笑いをしつつ

 

「有栖女子」

 

 それ、あなたの好きなブランドの名前じゃん……うまいこと言ったみたいなドヤ顔しているけど

 その高校絶対かわいい子だろうが人気ありそうな子でも平気で陵辱されてそうだけど。

 

「そ、そう! 有栖女子! ハニワがトレードマークなの!」

「ふうん? 変わった高校ね」

 

 亜里沙にすらちょっと天然と言われた朱音さんはそれ以上ツッコむことはなかった。

 

 

「おはようございますー」

 

 声のした方向を見ると、すごい小柄な女の子がいた。

 恐らく140センチにも満たない身長、くりくりっとした大きな瞳に栗色の髪。

 どう見ても小学校高学年にしか見えない彼女は、善子ちゃんには見えないから

 

「わ、プロデューサーが言ってた管理人の方ですか? うわー、こんな格好ですいません」

 

 私は栗原朝日です、と頭を下げるのを見てやっと普通の子が来た、と思った。

 いや、アイドルだから普通ではないっていうのは偏見だね、うん。 

 

「寝起きだから仕方ないわ、そうだ、朝日ちゃん、御飯食べる?」

「いや、冷蔵庫にはカレーの材料しか入ってませんよ? 私たち基本外食ですし」

 

 朱音ちゃんは何をしてくれているのか。

 これは亜里沙から貰った生活費を使って、まずは調味料なりなんなりを買ってこないと。

 

「それと理亞さん、部屋のドアが開いてて中が見え放題でしたよ、気をつけて」

「う、ちょっと急いでいたのよ」

「エヴァちゃん廊下に下着が落ちてたよ、気をつけてね」

「ごめんー」

「朱音ちゃん、カレー臭い」

「いい匂いでしょ」

 

 うん、極めて普通だ。

 常識人と言ってもいい、海未よりも言葉尻は優しいし。

 プロデュースとかするならこういう子がいいんだろうけど、理亞さんいわく、アイドルとしての実力はないとか。

 

 

「プロデューサーから聞いてますよ、澤村さんの話」

「なんだろう? あんまりよくない話かしら」

「家事万能で特に料理が上手、勉強も運動もできて踊って歌える、ハニワプロの秘蔵っ子だって」

 

 その評判盛られてませんか? ていうか、秘蔵っ子って……。

 

「理亞さんの作る料理は本当に美味しくなかったので期待してます」

「なによ! 食べるものがないって言うから作ってあげてるんでしょ!?」

「エヴァちゃんは包丁を握ったことがないし、朱音ちゃんはカレーしか作れないし、善子さんはもう、あれだし」

「あんたの女子力の低さに比べれば些細な問題でしょ!」

「エロゲーやってる人に言われたくありません」

 

 自覚しているのか、理亞さんは朝日ちゃんから目をそらしてテレビに現実逃避を始めた。

 でも、正直に言わせてもらえばスクールアイドルの料理できる率は高い。

 μ'sでは凛が致命的に下手だけど、ことりやにこの作るお菓子は絶品だし、海未の中華や希や花陽の和食、穂乃果の和菓子。

 真姫は案外洋食が得意だったけど、気が向いたときにしか作ってくれない。

 A-RISEを見てみればツバサを筆頭に英玲奈もあんじゅも家事は完璧である。

 

「あ、そうだ。朝日ちゃんもμ'sが好きなの?」

「好きですよ」

「お気に入りは?」

「もちろんエリーチカです」

 

 も、もちろんなのか……。

 

「今日も動画を見ながら、素晴らしい素晴らしいと思いました。私もこんなふうになれればいいと」

 

 そのエリーチカが目の前にいるというのに、朝日ちゃんもみんなも冷静すぎない?

 

「でも私は思うんです、実はエリーチカは男性なのではないかと」

 

 ん?

 

「白馬の王子様って、きっと、あんな感じですよね」

「澤村さん、こいつ気に入った人はみんな男性だと思う癖があるから気にしないで」

「失礼な、根拠はあるんですよ」

 

 

 根拠って?

 

「まず、一人だけ抜群にダンスが上手です。これは筋力がなければできません」

 

 それは私が昔バレエをやっていて、たまたまダンスに技術を導入することができたからで。

 それと、海未の前でみんなとA-RISEが素人にしか見えないと言ってしまった手前、

 できなきゃ馬鹿にされるかもというプレッシャーもあったし。

 そういえばあの発言、ツバサには知られてたな……オンラインゲームでミスすると

 その動きは素人にしか見えないってよくバカにされたし。誰経由で情報を得たのか。

 

「二つ目、髪型にこだわりがありません。ポニーテールのときもあれば、髪を下ろしている時もあります」

 

 基本的にμ'sの3年生は髪型なんてどうでもいいというタイプだった。

 というより、曲によってスタイルを変えるのは当然と言うにこのもとにいたから。

 1年生3人組はショートカットで髪型をどうこうする必要はなかったし。

 

「三つ目、これが一番重要なんですが、不自然にスタイルがよくありませんか?」

「ん?」

「私、ちんちくりんだから分かるんです、パッドをどれくらい入れてるかとか」

 

 夏色えがおで1,2,Jump!のPVを撮影した時、にこが大量のパッドを持ってきたことがある。

 当初は自分で使うつもりだったらしいけど、水着のサイズと合わなくて断念。

 結果、下はサイズが合うのに上のサイズが合わないと凹んでいた海未が使用した経緯があった。

 

「エリーチカは……ずばりパッドで胸を大きくしています!」

 

 その目は節穴だって叫びたかった。

 でも、このシェアハウスでわりと良識人の彼女に現実を見させるのはかわいそう。

 私は色々言いたいのを飲み込み、あえて彼女に同調した。

 理亞さんからは冷めた目で見られた。

 

 

 このシェアハウスに住んでいて、私が顔を見ていないのは残り一名。

 とは言っても、善子さんはAqoursにいるときに会っているし、ヨハネキャラは卒業したかもしれないけど

 まあ、どのみちそれほど変化はないだろうと思って余裕の態度でお茶を飲んでいると

 

「おはようございます」

 

 そこにはショートカットにして瓶底眼鏡をかけた海未がいた。

 いや、正確には海未よりも髪の色が濃いんだけど、なんていうかオーラが凄く真面目。

 もうすぐ午後になろう時間に起きてくるのはご愛嬌だけど、仕事でもあったのかもしれないし。

 そうそう、トレードマークだったシニヨンもない。

 

「あれ? 確かプロデューサーが言ってた新しい人って」

「つ、津島善子さんですよね?」

「ええ、津島ですけど、どこかでお会いしたこととかありましたっけ?」

 

 お会いしたことがあります。

 金髪と巨乳は魔界の住人の象徴と叫び、その邪気を祓うとにんにくを投げつけられたから。

 (なお、その後ダイヤちゃんと果南さんの手で大量のにんにくとともに海に放り込まれた)

 でもAqoursのメンバーには小原鞠莉っていう私によく似た子がいたはずなんだけどなー?

 

「あ、これを聞かないといけなかった、μ'sでの推しは誰ですか」

「ふふ、愚問ですね」

 

 あ、ちょっと中二病らしくなった。

 

「それはもちろん絢瀬絵里さんです、と言ってももう二度と私と会ってはくれないでしょうけど」

 

 目の前にいます。

 

「私は罪を犯しました、いかに憧れている女性の前だからといってハメを外しすぎました

 それは永遠に許されることはないでしょう……ああ! 私は世界一不幸……!」

 

 うん、人間根本的にはそんなに変わることはないよね。

 と言うか今更だけど、理亞さん以外の子たちは本当に私のファンなの?



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(※) 亜里沙ルート プロローグ 05

 

 

 

 冷蔵庫には本当にカレーの材料しか入っていなかったので、

 昼食の材料を買いに行く班と、家事などの担当を決める班に分けることにした。

 料理は致命的に下手だけどお菓子作りが趣味の理亞さんを中心にした昼食班。

 材料を買いに行かせればカレーの材料を買ってくる朱音さんを中心にしたシフト班。

 私はシフト班に所属し、成り行きを見守ることに決める。

 

 昼食を買いに行くメンバーは厳正なる審査の結果、理亞さん、エヴァリーナちゃん、朝日ちゃんに決定。

 比較的常識人の二人がいれば、エヴァちゃんが羽目をはずすことはないと思われる。

 シフトは社会人経験があって料理のセンスが致命的にない善子ちゃんを頼った。

 最初こそみんな平等に家のことを担当させようと思ったけど、管理人のつもりなら仕事してと言われたので

 大抵のことは私がやることになった。解せない。

 一人に仕事を押し付けたらシェアハウスの意味が無いのではないでしょうか皆様……。

 

 昼食では焼きそばを頼んだのにスパゲッティーを買ってくるという致命的なミスがあったものの

 比較的美味しくできたのではないかと思う。

 ――今度はきちんとメモを渡そう。

 キャベツと豚肉ともやしが入ったパスタを食べながら、私は会話を切り出した。

 

「ところでみんな、レッスンはしているの?」

 

 全員の一日のスケジュールを把握することはとても重要だ。

 仕事をさせようとして、その時間に空きがないと言われれば困ってしまうし

 なにより現役女子高生に二人には学校がある。

 せめてレッスンの時間だけは確保して理亞さん以外の四人の実力を上げなければ――そう考えてのことだった。

 

「私はしてる。というか昼にはハニワプロに行くし」

 

 五人の中では平均的に仕事があって、優等生な理亞さんの無難な回答。

 

「澤村さん」

「はい?」

「この統堂朱音にレッスンなんていう下賤なものが必要だと思いますか?」

 

 根拠はないけど自信は満々の劣等生、朱音ちゃんは斜め上の回答。

 ひとまずこの子は練習に参加させることからはじめないと、うん。

 

 

「エヴァはレッスンきらいー」

 

 比較的説得が簡単そうなエヴァちゃんの予想通りの回答。

 やる気にさせるのは難しいかもしれないけど、辛抱強く言えば練習には参加してくれそう。

 善子さん、朝日ちゃんの二人は自主練もレッスンもしているみたいで一安心。

 ただ、朝日ちゃんの場合は実力が伴ってないみたいだから、メニューを考えるのに苦労しそう。

 

「昼食をとったら少し休憩して、動きやすい服装に着替えてから四人は地下室に集合ね」

「澤村さんにそんな決定権はないかと」

「私もそのつもりだったんだけどね……」

 

 家事のシフト(と言うより自分の仕事量)を巡ってあーだこーだと思い悩んでいる時にインターホンが鳴らされた。

 その場は善子さんに任せて応対にあたる。

 ドアを開くとスーツできっちり決めた女性が立っていた。

 

「絵里さんですね」

「はい」

「私はこのシェアハウスに住んでいるアイドルを担当している南條と申します」

 

 なんか音の響き的に私に関わりがありそうな気がしたけど、恐らく気のせい。

 

「この度は、エトワールの管理をして頂きありがとうございます。これ、おみやげのマムシドリンクです」

「ありがとうございます」

「その、アイドルたちとは友好な関係は築いていけそうですか?」

「ええ……自分の正体に気づかれたら、貞操が危なそうな気配はありますが」

「それならば良かった。ここからは本題なのですが、絵里さんには理亞さん以外の四人のレッスンメニューを考えて頂きたく」

「レッスンってハニワプロで行うのではないんですか?」

 

 私がそう言うと、南條さんは難しい表情をする。

 

「最初はあの四人もハニワプロでのレッスンに参加していたんですが……」

 

 

 やる気も実力もあまりなかった朱音ちゃんが問題を起こしたのは早かったらしい。

 英玲奈という姉を間近で見ているせいか審美眼だけは無駄にあって、他のアイドルたちの動きに注文をつけまくった。

 最初こそ正当な忠告にウンウンと頷いていたアイドルたちも、

 指摘を自分でこなせないという致命的な欠点があった朱音ちゃんを疎ましく思うのは早かった。

 

 当初やる気はあったものの、自分の気に入ったレッスンにしか参加しないエヴァちゃん。

 善子さんはやる気も実力も兼ね揃えていたけど、年齢の関係か元からの性格か

 他のアイドルたちとのコミュニケーションに難があって(というか人気のあるルビィちゃんと仲がいいのを疎まれて)

 いつの間にかレッスンに参加する機会が減少していたみたい。

 朝日ちゃんはやる気はあったけど実力がなかった。

 ただ、上からの評判は良く、磨けば光る原石扱いをされていたのを疎ましく思われていつの間にか……。

 

「以前の三人組といい、大丈夫なんですかハニワプロ」

「それでも、売れればよかった。特にあり」

 

 あり?

 

「チカプロデューサーが担当すると100%売れるというジンクスがあって、誰もが彼女の目にかかりたかった」

「もしかして」

「ええ、チカPから目を掛けられたのは統堂さん、エヴァさん、津島さん、栗原さんの4人でした」

「その人は目が節穴なんじゃないですか」

「上の評価も概ねチカPと同じです、私もそうですが。あの4人は輝けば売れます」

 

 南條さんの言葉に嘘は無さそう。

 Aqoursで実績がある善子さんはともかく、他の3人を見てそう思うとかどんな観察眼なのか。

 まあ、私にはそういうセンスが無いだろうから、想像するしかできないけど。

 

 

「あの4人は恐らく、他のアイドルと同じレッスンをしていてはいけない。そう判断しました」

「でも私素人ですけど、アイドルとしてのレッスンメニューを考えるなんて」

「できます」

「自信たっぷりですね」

「7人で活動していたμ'sを私も見たことがありますから」

 

 ということは、私と希が加入する前。

 練習と称して色々厳しく当たったときのことを思い出し、私は苦笑いした。

 

「まさかアレをやれと」

「何をしたかまでは知りませんが、7人の時と9人のときとは明らかに差がありました」

「人数の違いだけでは?」

「いいえ、動きが違いますから今度その映像を渡しましょう、参考になるはずです」

 

 とりあえず、何故か私が高く買われていることはわかった。

 経緯まではわからないけど、その評価が下がることはできるだけ避けたい。

 それはもちろん自分のためというわけではなく、この仕事を紹介してくれた亜里沙に悪いから。

 

「そういえば南條さんは、μ'sの中では誰推しとかあります?」

 

 ここでエリーチカ推しです! とか濁った目で言われても困るので釘を差すつもりで言ったら。

 

「詩衣……じゃなかった、海未ちゃん推しです」

「よかった、みんなの推しに影響を与えたのは南條さんなんじゃないかと思って」

「まあ、間違いなく朝日さんはプロデューサーの影響だと思いますけどね」

 

 しかし、芸能界関係者のダイヤモンドプリンセスワークスの愛好者率高くない?

 

 

「まあ、あなた達の面倒は南條さんからよろしく言われているの、だからレッスンに限っては言うことを聞いて」

「ふん、見せて貰おうじゃないですか、へっぽこ管理人のレッスンとやらを」

 

 集合は2時。

 誰も来ないのではないかと心配になったけど、4人はちゃんとジャージで地下のレッスン場に集まってくれた。

 

「難しいことをしても仕方ないし、今日は軽めのメニューにしましょう」

 

 まずは準備体操から始める。

 基礎の前にも準備は必要、そう思っての発言だったけど4人はキョトンとして動かない。

 

「あれ、もしかして自主的に体操とかしてた?」

「いえ、思ったよりも普通で拍子抜けしました」

 

 朝日ちゃんが発言する。

 何をやらされると想像していたのか疑問にはなったけど、ツッコミを入れても仕方ない。

 

「じゃあ、私の動きに合わせてね」

「ふん、真似したくなるほどの動きだったらね」

 

 たかが準備体操、しかし準備体操。

 明らかに動きが硬い朱音ちゃんは今後に期待するとして、ほか3人は無難についてきた。

 それから柔軟体操をすると、善子さんと朝日ちゃんが悲鳴を上げる。

 体が固いのはダンスにおいて致命的な欠点になるので、二人には自主練に励んでもらおう。

 

「次は筋トレ」

「筋トレですか?」

「うん、難しいことはしないから安心して」

「いえ、筋トレなんてするんだなあと思って」

 

 善子さん以外はあまり経験がないのか、ほとんど私に付いてこれてなかった。

 これも基礎中の基礎だからできるようになってもらわないとな……。

 

 

「次はバランス感覚を鍛えましょうか」

「ちょっと待って澤村さん」

「どうしたの朱音ちゃん」

「ダンスとか発声とか……なんでしないの? もしかしてできないとか?」

「これからします」

「なら良いけど。こんな地味なことばっかしてていいわけ?」

 

 ああ、なるほど。

 

「昔の話で恐縮だけど、UTXでは1時間半くらいは基礎トレーニングだったそうよ」

「え、私UTX出身ですけどやったことないんですけど」

 

 朝日ちゃんの意外な告白。

 

「それは恐らく自主練の範疇だったのかもね」

「確かに、授業が終わってからみんなトレーニングルームでしてました」

「そう言われてみれば、英玲奈も基礎トレーニングばっかりしていたわ」

 

 その言葉を聞いてちょっとだけピンときた。

 何か足りないと思ってたけど、神田明神で練習していた時はみんなで階段を往復していた。

 身体の温まり加減が足りないなっていう感覚は恐らくそれだ。

 

「今度トレーニングする時は少し走りましょう」

「時代錯誤じゃない?」

「軽くよ軽く。5キロくらい」

「そ、それは軽くじゃないと思うんですが……」

「そうかしら? 階段40往復とかよりは楽よ?」

「……」

 

 善子さん以外はちょっと私と距離を取った気がする。 



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(※) 亜里沙ルート プロローグ 06

 

 

 

「さて、と。これからどうしましょうかねえ……」

 

 思い悩む。

 スクールアイドルと同じメニューをこなしても良いんだけど

 相手は多少落ちこぼれてしまっているとはいえプロのアイドルだ。

 とはいえ、準備体操と基礎だけでまいってそうな朱音ちゃんあたりに

 あとは任せたからエリチカ上でジュースでも飲んでるとか言えない。

 

「ノープランなら歌いましょうよ」

 

 ペットボトルの飲み物を、まるで100メートルダッシュしたあとみたいに飲む朱音ちゃんが提言。

 そういえば理亞ちゃんも、彼女の歌はかなりいいとか言っていたっけ。

 確かに実力を見るなら一人ひとりに歌ってもらうのも悪くないか。

 

「朱音ちゃん歌えるの? 童謡くらいしか歌えないんじゃない?」

「バカにしないで! 電波系からアニソンまで何でも歌えるわよ!」

 

 それは範囲が狭すぎるんじゃないかな……?

 なにはともあれ、一人ひとりに歌ってもらうことにする。

 朝日ちゃんやエヴァちゃんも基礎トレーニングよりはマシと割り切っているのか

 特に文句も出ずに終わる。

 

「じゃ、朱音ちゃん、曲は?」

「にこにーにこちゃんで」

 

 ……ん?

 

「それって、確か……」

「はい、UTXの芸能科で3年前に作られたμ's解散後の唯一の曲です」

 

 朝日ちゃんの補足説明によると。

 

 

 事あるたびにネタにされ続け、かつスルーされてきたにこにーにこちゃん。

 第二回ラブライブ予選の時も、にこは歌詞に曲をつけろなんて言っていた。

 卒業後はネタですら言ってなかったのでついに諦めたものだと思っていたんだけど……。

 

 にこにーにこちゃんの始まりは、にこが歌詞が書かれた紙を落としたことだった。

 なんで持ち歩いているんだと今度ツッコミを入れなくちゃいけないけど、それは置いておいて。

 UTXでは真面目な講師扱い(解せない)だったにこが、にこにーにこちゃんという超電波な歌詞を

 書いていたことで人気も高まり、同志で曲も作られ大ブームに。

 

「……その、何ていうか別の曲にしない?」

「私が一番パフォーマンスを発揮できるのがこの曲なのよ! 実力みたいんでしょ!?」

「ええ、まあ、なんていうか当人を思い出してしまって、集中できなさそうだから……」

 

 閑話休題。

 

「72(なに)言ってんのよ そんな大きさなんて 胸じゃ71(ない)!」

 

 ささやかなんていわないで それは見た目だけの話なのよ

 触ってみればすぐに分かる にこは本当は胸が大きいって

 でもでもいやいや     そう簡単には触らせてあげない

 宇宙ナンバーワンアイドルの 胸に触れるのは王子様だけ

 

 だいたい巨乳なんて脂肪の塊 動きが遅くなってしょうがない

 お腹につく脂肪が胸についているだけ価値がない

 ああーだめだめだめ~♪ そんな脂肪に惑わされないで!

 揺れて跳ねるその姿を目に焼き付けたりなんてしないで! 

 

 にこにーにこちゃん 宇宙ナンバーワンアイドル

 にこにーにこちゃん シンデレラバスト

 にこにーにこちゃん あなたはまな板の凄さを分かってないわー

 

 

 内容はともかく、歌声は素晴らしいものだった。

 このまま歌手としてデビューをしても、構わないんじゃないかっていうくらい

 ハリがあって、艷やかで、ノビのある歌声をしている。

 

「朱音ちゃんボイトレとかは?」

「したことない、カラオケでは歌うけどね」

 

 訓練もなしにこのレベルなら、本当、カラオケ大会とかで優勝も狙える。

 ただ、アイドルは歌が上手ければ売れるような甘い商売じゃない(らしい)

 このまま長所を伸ばすんなら、やりたいようにさせるのが一番なのかもしれないけど……。

 

 他のメンバーにも歌を歌ってもらう。

 エヴァちゃんはたどたどしい日本語だけど一生懸命歌っていた好感が持てる。

 ただ、がんばらねーばというところは別に詰まるところではないと思うんだけど……。

 朝日ちゃんは理亞ちゃんにちょっとレベルの低い扱いをされていたけど、歌声は至って普通。

 素人の中にいれば結構うまいレベルなんじゃないの? とか、スクールアイドルでは上の方って感じだった。

 善子ちゃんは元々スクールアイドルだけあって、朱音ちゃんには及ばないもののかなり上手だった

 ただ選曲が「ありふれた悲しみの果て」だったせいか、こう、正体がバレているのではないかと不安になった。

 

「さすがハニワプロ所属ね、みんな上手だわ」

「何言ってんの、あなたがまだでしょうが」

「……え? いやいやいや、私はアイドルじゃないし、管理人だしね?」

「澤村さんの歌声聞きたい子は手を上げてー!」

 

 はーい!

 ――味方は誰ひとりいなかった。

 

 

 正体が露見しても困るので、Shocking Partyをごく控えめな声量で歌う。

 よもやこの曲を歌ったことで私が絢瀬絵里だと思われることはないだろうけど

 じゃあ、これからは一緒にトレーニングをしてアイドルを目指しましょうなんて言われたら困る。

 ただこの曲は、カラオケに行くとツバサが踊りながら歌うものだから、つい振り付けも覚えてしまっていて

 身体が勝手に動いてしまうのである。明らかに選曲ミスだった。

 

 ――そのことに気づくのは、いつも遅い。

 

「や、やるじゃないの、まあ、私たちを指導するならそれくらいできないとね」

 

 顔を赤くしてそっぽ向いている朱音ちゃんは、なんていうか興奮している様子で。

 

「おー、ダンスもキレッキレ、素人には見えない!」

 

 のんびりとした口調で私のトラウマを刺激するエヴァちゃん。 

 

「本当、澤村さんって何者なんですか?」

「さあ? でもま、ついていっても良いんじゃない?」

「ですね」

 

 朝日ちゃんと善子ちゃんはかなり好意的に見てくれているみたい。

 ただ、私自身は焦りと不安でいっぱいだった。

 尊敬の念が上がったとはいえ、指導も素人なら、アイドルに関しての知識もない。

 私自身にあまりにも頼られてしまえばいつかボロが出る。

 これは、誰かに相談しなきゃな――そんなふうに思いながら今日のトレーニングを終えた。

 

 

 夕食もすんで(材料がなかったので店屋物)から

 では順番順番でお風呂に入りましょうということになった。

 新参者の私は最後でも構わないと言ったのだけど、

 

「ここは年功序列で!」

 

 と、善子さんが宣言したため一番最初に入ることになった。

 亜里沙と同居していた時は、彼女がオフの日以外自分が一番風呂だったので

 なんとなく得をした気分になる。

 ただ頭をよぎったのが、お風呂掃除をしているのかどうか。

 

 年長者の決定にも余裕で逆らいそうな朱音ちゃんでさえ、どうぞどうぞと言った感じで

 私をお風呂に勧めてきたのでちょっと心配ではあったんだけど。

 でもそれは杞憂だった。

 お湯は飲めそうなくらい綺麗だったし、浴室自体も掃除が行き届いていた。

 この掃除のスキルをなぜ料理に活かせないのかちょっと疑問ではあったけど

 綺麗なものに文句を言っても仕方ない。

 

 世間一般では浴槽に入ってから体を洗うみたいだけど、

 流石に汗をかいた身体で、今後みんながお風呂に入ると分かっていながら

 湯船に浸かるというのは心が引けた。

 洗面器をよく洗ってから、お湯を入れてボディソープを入れ泡立てる。

 本当はボディタオルを使っていつもは体を洗っていたけど、今日は忘れてしまったから。

 

「し、失礼します」

 

 その時、浴槽の扉が開いて冷気とともに入ってきたのは善子さんだった。

 

「あれ、どうしたの?」

「ご奉仕します」

 

 言い方がちょっとアレだけど、これは距離を詰めるチャンスではないか。

 μ'sではよく裸の付き合いというものがあったし、

 これを積極的に取り入れればみんなともっと仲良くなれる――かもしれないし。

 

 

 

 

 善子さんはおずおずと浴室に入ったまま、一時停止。

 怪訝に思いながら彼女の視線を追ってみると、胸元に降り注いでいることに気づいた。

 

「えーっと……」

「はっ! ごめんなさい! ここ、陰で貧乳荘って呼ばれてるくらいスタイルがアレな子が多くて」

 

 カツ丼と天丼をそれぞれ一人前食べていたエヴァちゃんや、カツカレーライスの大盛りを食べていた

 朱音ちゃんも沢山食べる割にはスタイルは控えめ、理亞さんも胸は大きい方じゃないし……

 

「あれ、でも公称スリーサイズは……」

「理亞は5センチサバ読んでます」

 

 それは大きい。

 スタイル的には凛とそんなに変わらない彼女を思い出し、ちょっと笑う。

 

「では、今日はどのコースにしますか、洗体ですか」

「普通に洗ってくれれば……」

「では天使のご奉仕、ココアの香りを添えてで参ります」

 

 なにその、どこぞの料理にありそうなコース。 

 

「それで、善子さん、なにか言いたいことでもあってきたの?」 

「澤村さんはニュータイプですか、あ、乳タイプですか?」

「うん、その言い間違い違いがよくわからない、でもね、何となく分かるのよ、年の功かしらね」

 

 今日会ったばかり(実際にはそうではないけど)の女の子に背中を流してもらう。

 そういえばこんな展開、ダイヤモンドプリンセスワークスにあったような……。

 あれは確か、真姫とのシーンに花陽と凛が乱入してきてそのまま――。

 

 

「澤村さん、元々アイドルかなにかしてました?」

「スクールアイドルを少々」

「やっぱり! 動きを見て只者じゃないと思った!」

 

 前の方も洗いたいと如実に主張をする善子さんのリクエストは聞かなかった。

 彼女の持ってきたボディタオルで体を洗いながら、更に続きを促す。

 

「でも、基礎的な動きは子供の時にやってたバレエの影響が」

「あー、筋トレとかもすごくできてましたしね、普段からトレーニングしてるんですか」

「身体を動かすのはわりと好きみたい、こう、昔は動かないでいることが多かったから、何分かに一度柔軟とか」

「私も元々、スクールアイドルで」

 

 知ってます。

 でも、その事を言うのは憚られた。

 明らかに話題がシリアスな方向に流れつつあったから。

 

「結構良いところまで行ったんですけど、まあ、学校も廃校が決まって、

 そこからアイドルのこと結構勉強して、μ'sってすごかったんだなーって思いながら 

 卒業をして、就職をしました。同級生のルビィやマルは進学して

 彼女たちを結構羨ましく思ったりして、でも、就職先は結構ホワイトでしたから

 仕事にやりがいを感じながらも、ちょっと寂しい気持ちもありまして

 20歳になって成人式に行ったら、ルビィが大学を中退してアイドルやり始めたのを知りました

 結構実家から怒られて、縁を切られる寸前まで行ったそうですけど……それでもやりたいって

 私はその時、自分が本当にやりたいものってなんだろうって考えました

 仕事もいいけど、夢を追いかけてるルビィが羨ましくなって

 で、迷惑をかけつつ、一緒に練習とかして――でも踏ん切りがつくまで2年かかりました」

 

 浦の星は廃校になってしまったんだな……

 それにしてものほほんとしているルビィちゃんだけど、そんな過去があったとは。

 

「花丸さんは?」

「マルも一緒に練習してましたけど、アイドルじゃなくて誰かを支える仕事がしたいって

 ……ん? どうしてマルが花丸って名前だって?」

「案外あなた達有名人なのよ、Aqoursのメンバーの名前は諳んじられるわ」

 

 善子さんは本当に驚いたような顔をした。

 



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(※) 亜里沙ルート プロローグ 07

「いまマルはハニワプロじゃないんですけど、その系列の会社に入ってマネージャーをしています。

 仕事が取れない仕事が取れないって嘆いてばかりいるのでちょっと心配ですが、まあ、まだまだ新人ですしね」

「善子さんは、ルビィちゃんに憧れてこの世界に入ったの?」

「憧れもあります、羨ましいとも思ってます、でも、私はこの世界で自分の為すべきことを見つけたかった」

 

 為すべきこと……か。

 ニート生活が長かった(今でもニートみたいなものだけど)私も時折、

 自分が生まれてきた理由みたいなものを想像して眠れなくなることがたまにあった。

 為すべきことを見つけたいから、知らない世界に入るというのはどれだけ勇気のいる行為だったか。

 

「レッスンも、実はルビィとやってるから大丈夫だと、そう思ってたんです」

「そうなの」

「スクールアイドルでそこそこまで行ったし、ルビィと同じ程度には動けるし

 ここでは理亞に次いで踊りも歌もできるかなって思ってたんですけど

 でも、きょう澤村さんに会って、実力差を痛感しました」

「いや、待って、私はそんな御大層なものじゃ」

「私たちに足りないものを教えてくれそうな、そんな気がするんです。だから前も洗わせてください」

 

 そういう下心は、ちょっと控えたほうが良いんじゃないかしら……?

 足りないというのは実は胸の話であって、実力とかそういうものじゃないってオチ?

 

 善子さんと一緒に浴槽に入り、しばらく会話してみると

 いろんな事がわかってきました。

 基本ここにいるみんなは吹き溜まりに集まった落ちこぼれ扱いをされているみたいだけど

 本当は誰よりもアイドルをしたくてたまらない子ばかりで。

 でも、今の私にはそんな彼女たちの熱意に応えられるほど優秀な教師じゃない。

 そもそも、人に教えられるような知識は殆ど持っていない。

 

 

 お風呂から上がってから、しばらく部屋でのんびりしていると

 ツバサからLINEが来た。

 

TSUBASA:なんだか面白いことになってるそうじゃないの、私の誘いを断ったくせに

エリー:どれだけ地獄耳なのよ、本当にあなたって地獄の底まで追いかけてきそうね

TSUBASA:エリーにはそれだけの勝ちがあると思うわ、まあ、それはともかく

エリー:ともかく?

TSUBASA:私にできることなら、できる限り協力するわ。へっぽこ先生さん?

 

 あれ? この部屋の何処かに盗聴器でも仕掛けてるんじゃないよね?

 背筋が凍るような想いを感じながらも、話を続けた。

 

TSUBASA:なるほど、レッスンか……私もアドバイスはできるけど、専門知識はないわね

エリー:まあ、ツバサのアドバイスなら、雛も親鳥になるわよ。

TSUBASA:あんまり褒められてる気がしないけど、それなら、英玲奈とかにこさんとかを頼ると良いんじゃない?

エリー:ああ、確かに。二人はUTXでスクールアイドルを教えているんだものね

 

 検討もしていなかっただけに、自分の視野の狭さにちょっとだけ自己嫌悪。

 

TSUBASA:英玲奈にアポを取るんなら、私が付き合ってあげてもいいわ!

エリー:あなた暇なの? というか体よく英玲奈と付き合ってお酒飲みたいだけなんじゃ

TSUBASA:ふふ、そうとも言うわね。おっと、マネージャーが怖い目をして睨んでる、んじゃ!

 

 ツバサは相変わらず忙しそう。

 アイドルに復帰してからというもの、ほとんど毎日彼女の姿を見かけている。

 トーク番組ではすっかり毒舌キャラを確立してしまったし、オンラインゲームが趣味というのも暴露して

 もうなんていうか、おっさん系アイドル筆頭株になってしまった。

 それを彼女が望んだのかどうかまでは知らないけど……まあ、ストレスが溜まったら、一緒にお酒でも飲もう。

 

 

 にこにとりあえず、教えを請いたいというメールを送ってから

 翌日に走ろうと思っているランニングコースをグーグルマップでにらめっこしていると

 ドアがコンコンと叩かれたと同時に開き、赤ら顔の理亞さんが入ってきた。

 

「池田ァ!」

「違う、私は澤村」

「ふん、どっちでもいいじゃない、偽名なんだから。暇ならちょっと付き合いなさいよ」

「ヒマじゃないんだけど、今メール待ちなんだけど」

「バラすわよ?」

 

 何をと問いかける必要もない。

 一つため息を付いて、彼女についていく。

 

 理亞さんの部屋はカオスだった。

 床にはたくさんの積みゲー、壁という壁にはスクールアイドルとかアイドルのポスター。

 もちろんμ'sもいる。

 

「これ、のいぢ?」

「そうよ。ダイヤモンドプリンセスワークスのキャラを書いたポスター、しかも全キャラクター」

 

 私たちを書いたのかと思った……それくらい判断に困るというか、はっきりいって見分けがつかない。

 まあ、元のソフトからして自分たちそっくりだから訴えればなんか勝てそう。

 

「その、少しは片付けたほうが」

「あなたは嫁を片付けられるの?」

 

 嫁て。

 その嫁を床に置くぞんざいな扱いは……。

 

「じゃあ、一杯飲みなさい」

「まあ、飲むけど」

「それじゃあ、私のおすすめのエロゲーをプレイしなさい」

「早く寝たいんだけど」

「だめ」

 

 駄目かあ……。

 

 

「それで、あの子達の実力見たんでしょ、感想は?」

「かなりレベル高いんじゃないの?」

「ポテンシャルはね」

 

 理亞さんは4杯目のストロングゼロを飲みながら答える。

 ちなみにPCではAqoursをモデルにしたと思われる、ダイワーの続編の体験版が映っている。

 プレイ当初は解説のように冷静にプレイしていた理亞さんも、やがて興奮してきて

 絶対買う! 私たち出なくてもいいから買う! と言っていた。

 

「今のままでも、恐らく私のプロデューサーが付けば売れるわ、朱音の歌は聞いた?」

「なんであの子微妙に歌のセンスないの?」

「いいのよ、歌いたい歌を歌えるなんて今のうちしかないんだから」

 

 理亞さんは遠い目をしながら答える。

 

「エヴァちゃんはダンスすごかったし、朝日ちゃんもかなり良かった。善子さんもさすがね」

「ハニワプロの意向では、あの4人を組ませるつもりらしいけど、どうでしょうね」

「一日見た限りだけど、無理そう」

「うん、まあ、わかってる」

 

 相性が悪いとか、仲が悪いとか、そういう意味ではなく。

 単純に4人の個性が強すぎてグループとして破綻しそう。

 例えるならA-RISEが9人いる感じ。

 

「あのグループには残念ながらまとめ役がいないのよ、だからね、今はそれに適した人を探してる」

「ふうん? じゃあ、誰か新しい子が来るのね?」

「何言ってんのよ、5人目のメンバー」

「……はい?」

「どうなるかは知ったこっちゃないけど、仲良くなったあとに正体を明かして、結束を高めるシナリオらしいわ」

「ふふ、まるでダイヤモンドプリンセスワークスみたいね」

「あなたの人生みたいなクソゲー扱いしないで」

 

 ひどい。

 

 

「いや、流石に無理でしょ。ブランクあるし、何より年齢が」

「しょうがないでしょ、ハニワプロがあなたを気に入ってるんだもの」

「止めてよ」

「あなたは一社員が会社の方針に逆らったらどうなるか知らないの?」

 

 理亞さんの援護射撃は期待でき無さそう。

 

「じゃあ、あなたのプロデューサーはどう思ってるの?」

「あなたの意向に任せるそうよ、その時が来たら全力でサポートするって」

 

 逃げ場ないじゃん……。

 亜里沙め、姉を就職させようと思ったからってまさかアイドルにしようとは!

 というか、アイドルに就職するって一般的な表現かな?

 

「ふうん、そのプロデューサーも私を買っているのね」

「大好きだそうよ」

「会ったことのない方から大好きと言われてもちょっと怖いな……」

 

 なにゆえ私を知る人物は、私に対する評価がムダに高いのか。

 これが、なろう流のチート属性というものか? 異世界に転生でもするのか私、

 

「まあ、そのうち分かるからあえて言わないけど……あなたって本当にμ'sで賢かったの?」

「何故かネットではポンコツ扱いされるケースが多々あったわ、解せない」

「ニートで数年過ごしているんだから、その予想正しかったんじゃない?」

「いやでも、自分でも先輩禁止はいい案だと思うのよ」

「なんて言われたの?」

「序列も理解できないポンコツとか、なれ合い主義者とか……」

「ふうん、ま、μ'sには合っていたんじゃないの? でも、あなたがポンコツ扱いされるのは白塗りの」

「やめて! それは自分でもどうにかしてたと思ってるのよ!」

 

 にこが主に自分以外をパシャパシャとデジカメに撮っているから、何をしているのかと思ったら

 ブログのネタにするためだったという件がある。残念ながらそのブログ記事は数日後海未の抗議で消されたけど

 ネットにアップしたものがそう簡単に消えるわけもなく……



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(※) 亜里沙ルート プロローグ 08

 誰かと一緒に寝るなんていつぶりのことだろう?

 高校時代はまだ中学生だった亜里沙が怖い夢を見ると、

 ベッドの中に入って抱きついてきたりして。

 あの頃はどちらかと言うと背も小さく、150センチ行くか行かないかくらい。

 友人の雪穂ちゃんよりも主張も身長も控えめ――そんな時代もあった。

 今はもう、私の身長を超えるか超えないかのところで止まり

 見上げられながらお姉ちゃんなんて言われないかと思うと、ちょっと涙が出そう。

 まあ、今の亜里沙にお姉ちゃんと言われようものなら、背筋も凍って、持っている金銭を渡しかねない。

 

 なぜこんな事を考えているのかというと。

 お酒を飲んだまま寝落ちした理亞さんをベッドに運び、やれやれやっと帰れる――と思って場を離れようとすると。

 彼女が服の端を掴んだまま離さない。

 口では姉さま姉さまと言いながら、恐ろしい握力で私を拘束――現在に至る。

 

「私も眠ってしまっていたのね」

 

 最初はこんな状態で眠れないと思ったけど、お酒の効果もあったのか十数分で眠りについてしまったみたい。

 ちょっと抱き合うような形でベッドの中に入っていたけど、よもや誰かに写真でも撮られるわけでもない。

 服の端はすっかりシワになってしまっていたけど、まあ、これは名誉の負傷というものだろう。

 

 部屋に戻って運動着に着替えてから階下に降りる。

 リビングからは微かにテレビの音が聞こえてきたから、誰かが起きてる。

 おはようと挨拶をしながらドアを開けるとそこには、画面に夢中になる朝日ちゃんがいた。

 

「おはようございます澤村さん」

「ええ、早いのね」

「ちょっと目が冴えるようなことがあったので、て、どこかに行くんですか?」

「うん、ちょっと走ってこうかなって、みんなのランニングメニューを考えるために」

「あれは本気だったんですか」

 

 ふとテレビの映像を見ると、アイドルのスキャンダルのニュースが放送されていた。

 なになに、スクールアイドル出身のMのお泊り恋愛――確か、このアイドルが所属するグループは恋愛禁止を謳っていたはず。

 

「この子、私の同級なんですよ」

「UTX出身ってこと?」

「ええ、すっごい優秀で。ラブライブの優勝こそ逃しましたが、すっごい人気のスクールアイドルでした」

「私も聞いたことがあるかしらね」

「ただ、グループ名のセンスはないですけどね、彼女はAutomataがいい! って盛んに言ってましたけど、意味がわかっていたかはどうかは」

 

 苦笑いをしながら応じる朝日ちゃん。

 UTXの芸能科は一部を除いて、その、おバカ系が多い。

 以前もツバサが

 

「アイドルなんだから教養がなきゃダメよ、理想になるんだったら、才能が溢れていて、優秀でなくてはダメ」

 

 普通科と違って偏差値が40前後の芸能科。

 オトノキが55くらいだったから……学力ではこちらのほうが軽く上回っていたけど。

 

「UTXでも落ちこぼれだった私が、今もアイドルをしていて……トップだった彼女がアイドルをやめるかもしれない」

「朝日ちゃん」

「恐らく、今になって矢澤先生が言っていたことがわかると思うんですよ、芸能人も一人の社会人、常識を身に着けてから卒業しなさいって」

 

 ん? 

 どちらかといえばにこは、常識から外れたことをノリノリでやるタイプだと思っていたけど。

 まあ、そのあたりは講師になる時に考えを改めたのかもしれない。

 

「A-RISE卒業後のUTXは、チート性能のアイドルなんていませんけどね」

「チートて」

「いや、μ'sもA-RISEも今では考えられないレベルのチートですよ」

「美化しすぎじゃない?」

「かもしれません。でも私はたまに思うんです。スクールアイドルはその世代で終わらせるべきだったのではないかって」

 

 それはいったいどういうこと? って聞こうとしたら炊飯器が鳴った。

 

「ご飯が炊けましたね」

「ああ、ごめんなさい、朝食の準備するわね」

「お手伝いします」

 

 朝日ちゃんはリモコンでテレビを消し、台所へと向かった。

 その背中はすごく寂しそうで、なんて言葉をかけて良いのか。

 励ませば良いのか、叱咤すれば良いのか。

 ――まあ、こういう時には美味しいものを食べて元気づけるしかないわね。

 

 朝食の準備をしていると、エヴァちゃんや朱音ちゃんが起きてくる。

 今日は月曜日だから学校もある、今日のレッスンはひとまず彼女たちが帰ってきてからになるかな。

 

「澤村さん、朝はカレーでしょ」

 

 と、最初は不満そうにしていた朱音ちゃんも

 

「お味噌汁? おお、絵里は素晴らしいものを作る~」

 

 と、言ってべた褒めだったエヴァちゃんも

 

「豆腐なんて食べるのは実家以来ですね、味を忘れていないか不安です」

 

 そんな今までの食事は何をしていたのか不安になる発言をする朝日ちゃんも。

 恐ろしい勢いで朝食を平らげて、炊飯器が空になってしまった。

 今度からは善子さんたちにも残るように御飯の量を調整しないと。

 

 学校に向かった二人を見送る。

 私もストレッチや準備体操をしてから外に出た。

 今日も少しだけ日差しが眩しい。

 

「それじゃあ、戸締まりはしっかりしてね」

「ええ、どこかでアキレス腱とか切らないでください」

「不安ね……」

 

 ダンスも出来ているし、筋トレもしているから、やたらめったら激しい動きをしない限りは大丈夫だと思うけど。

 ただコンクリートの上を走るのは膝に微妙に悪影響を与えるから、少しだけ気に留めるようにしないと。

 

「では、行ってきます」

「はい、昼食までには帰ってきてくださいね」

「好きなもの食べていいのよ? 毎日私の料理じゃ飽きるでしょ?」

「1週間朝食がカレーじゃなければ文句は言いません、他のみんなも同じです」

 

 なんていうか、とりあえず三食作らなきゃって決意させる言葉を積極的に吐くように訓練されてない?

 私の庇護欲を刺激されて仕方ないんだけど。

 

 

 住宅街を十数分で走り抜け、ビル群を抜ける。

 なんとなくだけど、走っていてあまり面白くない。

 高校時代はほとんど毎日神田明神に顔を出して、階段を駆け登ったりなんだりしていたけど。

 同じことを繰り返してばかりだったはずなのに、あんなに楽しかったのは恐らく仲間がいたからだ。

 

「ふう、なんか妙にセンチメンタルな気分になるわね」

 

 昔のことを思い出す時はたいてい気分が盛り下がっている時。

 ここ数年でまた東京の建物も様子が変わってきた、戦前から残っている建物は殆どが取り壊され、駅もほとんど別物になってる場所もある。

 2年ほど前、亜里沙の買い物で穂むらに行った時も、以前と印象が違って迷いに迷ったし。

 

 久しぶりに神田明神にでも行ってみましょうか。

 流石に運動着じゃ電車に乗れないから、走って向かうだけだけど。

 ええと、最近のスマホは進歩しているから機能がいっぱいあって戸惑うのよね……。

 などと、考えながら歩いていると。

 

 電信柱に誰かがもつれかかっている。

 行き交う人がその様子を見て遠巻きにヒソヒソと言っているけど、

 そういう態度を取る前に声の一つくらいかけなさいよ! って思う。

 確かに、騒動に巻き込まれたくないっていう態度は理解できなくもないけど

 もしも事件になったりしたらどうするのかしら、とちょっとだけ憤る。

 

「もしもし、だいじょうぶ? 人を呼びましょうか?」

 

 顔を近づけてみると、途端に感じるのはアルコールの臭気。

 相当に飲んでしまったのか、元よりお酒にそれほど強くなかったのか、

 その女性は――ん?

 

「あなた、こころちゃん?」

「その声は……絵里お姉さま?」

 

 派手めのメイクに、ちょっと露出度高めの格好。

 お酒の匂いをプンプンに漂わせている彼女は、にこの妹のこころちゃんだ。

 顔色が青いというか土気色に近いのは心配だけど、受け答えははっきりしている。

 コンビニに向かって何本かのスポーツドリンクとウコン入りのアレを買ってくると、こころちゃんに渡した。

 

「すみません、このお礼はお店に行ってしますから」

「せめてもっと別のお礼にならない?」

「い、いいところですよ?」

 

 ちょっと、今はスキャンダルになってしまいそうなニュースは遠慮したい。

 私個人が迷惑を被るのは良いけど、指導している子たちもいるので……。

 

「ふう、少しだけ楽になってきました」

「そう、家まで送りましょうか?」

「うーん、というかここ、どこなんです?」

 

 そういえば、こころちゃんの職場は銀座の一等地にあるそうだから

 このあたりは全然テリトリーの範囲外。

 

「先輩の家が職場の近くにあって、そこでみんなで飲んでいました、それからまったく記憶がなくて」

「歩いてきたとしたら、結構あるんじゃないかしら? 2時間くらい?」

「ちょっと悪酔いをしたみたいですね、仕事でもこんなことはないのに」

 

 ええと、確かここからにこの家は……タクシーで20分くらい。

 ここから歩いて駅まで10分だとすると、電車で最寄りに向かって……。

 

「タクシーにしましょう」

「絵里お姉さま、お金は」

「出世払いでお願いします」

 

 平身低頭。

 

「頭を上げてください、そんな、元は私が悪いんです」

「うう、心遣いが痛いわ。でもここじゃタクシーが停車しづらいからコンビニに向かいましょうか」

「はい、あと、頭を上げてください」

 

 こころちゃんは私の平身低頭スタイルはお気に召さないらしい。

 亜里沙あたりは腐った家畜の肉を見るような目で見下してくるのに……。

 

 コンビニの店員さんにタクシーを呼んでもらい、しばらくのんびりしていると(申し訳ないのでちょっと買い物した)運転手さんがやってくる。

 事情を説明し、とりあえず逃げ出したカップルではないことを理解してもらいタクシーに乗り込んだ。

 

 にこの家族が住んでいるアパートは相変わらず大きい。

 元々は、コタくんを大学に行かせるためにみんな就職して資金を出しあう

 そんな計画だったそうだけど。

 予想外にお金が貯まる仕事につきましたね、とはこころちゃんの談。

 

「そういえば、ここあちゃんは今何をしているの?」

「異世界に転生しました」

「え? 異世界? ここはもしかしてなろうの世界だったの?」

「冗談です。気まぐれで書いたBL小説が大受けして今は乙女小説家として、近くに家を借りてます」

 

 BLか。

 そういえば、μ'sにはその系統が好きな子はいないわね。

 理亞さんあたりは、男の娘×男の娘ならって言ってたけど、アレはもう手遅れなのでノーカン。

 

「ふうん、色々あるのね」

「東條×絢瀬といえば、ここあが仕掛けたカップリングで、今は腐女子界の王道になってます」

「ちょっとまって、私男体化するの?」

 

 TSは一部に人気の根強いジャンルではあるけれど、女性が男体化してBLになるのは聞いたことがない。逆はあるけど。

 

「私挿れられる方なの……?」

 

 当人経験ないのに……。

 

「攻めのほうが良かったですか?」

「ん……どっちも嫌だけど、どちらかって言うなら」

「安心してください、およそ5%は攻めです」

「残りの95%が果てしなく心配なんだけど……」

 

 ダイヤモンドプリンセスワークスといい、ここあちゃんの小説といい。

 なぜμ'sは同性愛カップリングが蔓延しているのか。

 

「だいじょうぶです、挿れられるのはやおい穴です。お尻じゃないです」

「その違いがよくわからないんだけど」

「挿れることによって、性的快感を得られるがために存在するご都合主義です」

「そろそろ出演料をもらうべきなんじゃないかしら……」

 

 その後も、エリチカの知らない世界に出演するこころ・デラックスは、淡々と、それでいて熱く腐女子界隈の事情を説明してくれた。

 この会話を聞いているタクシーの運転手さんの精神を慮るにあまりある気もした。世の中に大変じゃない仕事なんて存在しない。

 

 にこの家のアパートに到着して(タクシーの代金はこころちゃんが払った)から部屋に向かう途中。

 

「朝帰りなんて、お姉さまに叱られます」

「ああ。にこはそのあたり厳しいかもね」

「それを考えると憂鬱です」

「その時には私も一緒に怒られましょう。一人よりも二人よ」

 

 ドアを開けるのが怖いというこころちゃんに代わって、私が扉を開くことに。

 まあ、百鬼夜行が待っているわけではないし、なんてこともない。

 

 ――そのはずだった。

 

「こころ……? 朝にお帰りするなんてどういうこと? どうしても遅くなる時は絶対に連絡を寄越しなさいとお約束しましたね?」

 

 鬼がいた。

 エプロン姿におたまを持ったにこがこちらを焦点が合わない瞳で見ている。

 ハイライト仕事して!

 

「あら? 随分と派手な金髪になったのねこころ、それがお店でのスタイルって言うことなのかしら? お姉ちゃん悲しいわ」

「に、にこ……もっとよく見て」

「ん……?」

 

 にこの目のハイライトがだんだんと戻っていく。

 まるで種でも割れてしまったかのような目でこちらを見てきたから、ちょっと、エリチカ背筋が寒くなっちゃったな……。

 

「あら、絵里じゃない」

「あなたって本当ににこなの?」

「やあねえ、こんなに可愛い子がこの世の中に二人もいるわけないじゃないの、耄碌したの?」 

 

 うん、こうして話している分にはいつものにこだ。

 私の背中に引っ込んでガクガクと震えていたこころちゃんがおずおずと顔を出した。

 

「お、お姉さま」

「こころ、せめて悪いことをしたという自覚があるなら、人を楯にするのはやめなさい」

「は、はい!」

「朝食にしましょうか、絵里も食べる?」

「え、ええ、私もちょっと食べてきたけど、いただくわ」

 

 本当はお腹なんてあまり空いちゃいなかった。

 走ってきたわけだからお腹もこなれているかなって思ったけど、

 それ以上に矢澤姉妹の闇を見てしまった気がして……。

 

「そういえば、エリー、働き始めたんですって?」

「まだ一日しか経ってないわ、どこ経由の情報よ」

「マッキーからLINE届いた」

 

 ということは確実にμ'sのメンバーには情報が行き交っているってことね。

 恐らくツバサあたりから、穂乃果に行って拡散されたんだと思う。もしくは動向を知ってる他の誰かから……?

 

「絵里お姉さま、ついに就職されたんですね!」

「ええ、ルームシェアの管理人を就職と言っていいものか……」

「お給料をもらえるんだったら仕事よ、それにアイドルの指導もしているんでしょ?」

「ん? そんなことまで拡散されてるの?」

「澤村絵里って、ちょっとは捻りなさいよ」

「仕方ないじゃない! 怖いレベルの私のファンなんだもの!」

 

 ……ん?

 

「誰から連絡届いたの?」

「朝日は澤村絵里で信じ切ってるみたいだけど、私はすぐにピンときたわよ」

「バレてない?」

「信じられないことにバレてない」 

 

 それは良かった。

 朝日ちゃんに正体がバレたらいろいろと苦しい、彼女はわりと正直で常識人だから、恐らく隠し通すことが出来ない。

 善子さんといい、エヴァちゃんといい、朱音ちゃんといいアクが強すぎるメンバーが多すぎやしない……?

 

 まあ、それは今に始まったことじゃないし、μ'sも傍から見たらそうなのかもしれないから黙っているけど。

 

「にこは、スクールアイドルの講師だけど」

「仕事の内容なら教えないわよ」

「私が言いたいことを先読みしないでよ」

「ふふ、ま、でも、元生徒がお世話になってるから、アドバイスくらいならしてあげてもいいわ」

 

 それは心強い。

 教えることに関しては本当に無知だからな……指導みたいなものならしたことがあるけど、アレは今から思い出せばただのイビリだ。

 

「アイドルっていうのは、お客様商売。相手の望むことをご奉仕するのよ」

「スクールアイドルでは考えられない思想ね」

「お金をもらっているんだもの、レベルが違うわ。ま、ツバサさんあたりに話を聞けばそのあたりのことは教えてもらえるかもしれないけど」

 

 うむ、なんか私がするお返しが怖くて聞けないけど。

 追い詰められたらその選択肢もありかもわからない。

 

「ああ、でもそういうのは実際見てやって、理解するしかないのかもね」

「あんたせっかく、本物の芸能プロダクションにいるんだからスタジオに顔を出せばいいじゃない」

「何ていうか近寄りがたい、それに亜里沙がオフの日じゃないといけないし」

 

 私がそう言うと、にこがなんだかなあって顔をする。

 そりゃ妹の言いなりになってる姉なんて良いもんじゃないけどさ。

 

「じゃあ、試しにお願いしてみたら? A-RISEのメンバー揃ってご指導頂けないかとか」

「英玲奈忙しいんじゃないの?」

「物は試し、物は試し」

「にこが見たいだけなんじゃないの? まあ、却下されると思うけどね」

 

 というわけで、一番忙しそうで、このお願いを却下してくれそうな英玲奈にLINEを送ってみる。

 

統堂英玲奈:ふむ、それはいい案だな

エリー:にこの戯言を聞くつもりなの?

統堂英玲奈:私たちの後継者を作りたいという気持ちは理解できる。場所の確保なら任せてほしい。

 

「……英玲奈のオッケーが出た」

「やった、さすがは私の同僚ね! ふふ、忙しくなるわね!」

「あんじゅのオーケーが出るとは限らないし」

 

あんじゅ:あら、それは面白そうね

エリー:あなた達って実はあんまり忙しくないの? 暇なの?

あんじゅ:ふふ、まあ色々とあるのよ。最後のお勤めなら喜んで参加させてもらうわ

 

「……あんじゅまで」

「うん、場所はUTXで。一番広い所、参加する生徒は……そうね、全校生徒は無理だから」

「何電話してんのにこ!?」

 

 お偉いさんと交渉モードに入っているにこはひとまず置いておく。

 ツバサの鶴の一声さえあればこれは却下されるはず!

 そう思った。

 

TSUBASA:私が断るとでも?

エリー:あなたって本当は平凡レベルのアイドルなの?

TSUBASA:まさか、これでも元トップよ? 忙しさもエリーの比じゃないわよ?

エリー:マネージャーさんは?

TSUBASA:ふふ、立場的には私の方が上よ?

 

 ということになった。

 何を言っているのか私もわからないけど、私も何が起こったのかさっぱりわからない……。



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(※) 亜里沙ルート プロローグ 09

 大変なことになった。

 私の思い至らぬところで、

 私自身が巻き込まれている。

 

 この感覚は、穂乃果の高校時代。

 μ'sの活動に自分から参加するようになって、

 どちらかと言えば行動を諌めるような立場になってからの感覚に似ている。

 

 某ロックバンドに影響されて白塗りをして、

 理事長からこっぴどく叱られて以降から、私の発言力は低下。

 まあ、絵里ちゃんは常識人だけど常識ないもんね。

 そう、ことりに告げられて。

 なんとかして希(あれ以降のまとめ役)に発言力の復活を目論んだところ。

 

 まあ、エリちは口を開かなければ真面目やからなあ。

 それ以降希のサポートは得られず。

 ニートになってから、ちょくちょく頼られるようになって、

 現在に至るわけだけど、あの。

 私の高校時代ってそんなにポンコツだったかしら?

 

 私はにこが頼んでくれた(お金も払ってくれた)

 タクシーに乗りながらシェアハウスに帰っているわけだけど。

 A-RISE復活祭にはできるだけ参加しないぞと心がけながら、

 とりあえず一緒に踊りましょうというツバサのLINEを黙殺し

 タクシーの運転手さんの興味有りげな視線を華麗にスルーし

 窓の外を見つめたまま、いかにしてハニワプロとかUTXに行かないようにするか

 そんなことを考えていた。

 

 エトワールに帰った時には、

 心配げな朝日ちゃんが玄関先に出ていた。

 ついでに善子さんも。

 私が着てからというもの、なにを意識しているのか

 厨ニが復活しつつある善子さんだけど、

 髪の毛をバッサリ切って以降(当人いわくルビィちゃんに影響されたらしい)

 真面目な会社員モードでいればこれほど話しやすい人もいないので

 できれば、そのままのあなたでいてって思っている。

 

「ああ、澤村さん、よかった、連絡がないからどこかで腱でも切っているのかと」

「ごめんなさい、ちょっと色々あったのよ」

 

 こころちゃんを道端で拾ってから本当に色々なことがあった。

 にこの甘言に乗せられたというべきか、A-RISEが一日限りの再結成なんてことになり

 その準備に忙殺されかねない状況になりつつあるけど。

 私の本業はあくまでもシェアハウスの管理人(ついでにアイドルの指導)

 ツバサの友人とかそういうのはあくまで副業、添え物である。

 

「このまま昼までに帰ってこなかったら、どうしようかと」

「ん?」

「善子さんが昼食の材料を買ってきてくれたは良いんですが」

「……うん」

 

 なんか、新しい問題の予感。

 

 シェアハウスの中に入ると、冷蔵庫に入り切らなかったと思われる。

 そんな野菜やら何やらが台所に置きっぱなしになっていた。

 とりあえずお酒とか飲み物のたぐいは冷蔵庫から取り出し、

 ナマモノを必死になって冷蔵庫にぶち込み、仕上げに消臭剤を撒いておいた。

 

 善子さんは張り切って(方向性は間違ってるけど)パーティをしようとしてくれたらしい。

 当人いわく、私の歓迎会とのことだったけど、料理も何もかも主催者が準備しなければならない。

 まあ、その気持ちだけは受け取っておくにしても、

 カレーの材料だけは如実に避けているあたり、朱音ちゃんの対策はバッチリである。

 

 それはともかく。

 にこのところでだいぶ過ごしてしまった(些末な処理に巻き込まれた)ので、

 もう昼食の準備をしなければいけない時間だ。

 理亞さんは徹夜エロゲーでもやっていたのか起きてこないけど、

 なにか食べたいと言った時に料理がないと、文句を言われかねない。

 

 まあ、細かいことにグチュグチュ言われるのは慣れているので、

 そんなに気にするべき問題でもないけれど。

 

 朝日ちゃんと善子さんに何を食べたいのか訪ねたところ、

 さっぱりしたものがいい! という宣言があったので、

 うどんを茹でる準備をしておいて、野菜やらなにやらを刻んでおく。

 これだけだと食べごたえがないので、スーパーで惣菜でも買ってくるかな?

 冷蔵庫の中身とにらめっこをしながら考えていると、

 階段を降りる音が聞こえてきた。

 

「澤村絵里!」

 

 目が合って早々名前を怒鳴られる。

 充血した眼で睨みつけられると流石にドン引きするけど、

 どうやら彼女も眠っていた所を起こされたらしい。

 

「プロデューサーから電話あった! あなたとんでもないことをしてくれたわね!」

「そのことについては、なんていうか、私の知り合いが如実に関わっており、当人黙秘を」

「ええい! 黙りなさいな! 朝日! 善子! あなた達も関係のある話よ!」

 

 台所にぞろぞろと集まったメンバーを見渡して、

 理亞さんは口を開いた。

 

「まだ日取りは決まってないけど、A-RISEが一日限りの復活をするそうよ」

「おー、それはすごいですね!」

 

 朝日ちゃんが反応をする。

 善子さんはあまりことの重大さに気づいていないのか、

 どちらかと言えば早く昼食を食べたいみたいな顔をしているけど。

 

「そして、その準備のためにハニワプロでレッスンをするそうです」

「もしかして、それって見学できるんですか?」

「見学どころじゃない……! 私たちも一緒にトレーニングできることになったの!」

 

 うん?

 

「ええ、どうしてそんなことに!?」

「それは……まあ、大人の事情があるのよ」

「私たち大人だけど」

「黙りなさい善子! とにかくこのチャンスを生かさない訳にはいかないわ!」

 

 大興奮の理亞さんに対し、善子さんと私はひたすらテンションが下がる。

 どうせ、どこぞのデコのリーダーがレッスンするならみんなで!

 とか言って、じゃあ、期待株(ハニワプロの中では)の私たちに一緒に踊らせて

 パワーアップをさせようという魂胆なのかもしれないけど。

 

 まず、ツバサたちと踊ろうものなら私の正体がバレかねない。

 それだけでも面倒くさいのに、やたら好感度の高いA-RISEのリーダーが私とベタベタしようものなら

 理亞さんに後ろからカッターナイフで刺されかねない。

 

 今日は平日で亜里沙も仕事をしているだろうから、

 理由はわからないけどハニワプロに行く訳にはいかない、行ったら刺されちゃう。

 

「澤村絵里! あなたも行くのよ!」

「昼食の準備が忙しいし」

「そんなもの全部食べてやるわよ!」

「善子さんの買ってきた材料も食べないと」

「全部食べてやるわよ!!」

 

 理亞さんが強引だ。

 朝日ちゃんは本当に期待たっぷりといった感じで、

 こちらを見てくるけど、

 私は正体を隠さなければいけないという使命感と

 亜里沙にバレたら、何を言われるかわからない。

 そんな恐怖感にひたすら悪寒を覚えていた。

 

 とはいえ、昼食は採らないといけないし(揚げ玉で我慢した)

 理亞さんはやたらハイテンションで「Shocking Party」を鼻歌で歌い。

 テレビでは日本相撲協会が相変わらず問題を起こしており、

 貴乃花親方の仏頂面を眺めながら、このまま何事もなければいいけど。

 なんて考えていた。

 

 その願いが叶うことは絶対に無いだろうな。

 予感めいた確信を得て、時間は流れていく。

 

 重い足取りでハニワプロに向かい、

 相変わらず大きなビルだなあ、なんて現実逃避をしながら中に入り、

 以前に入ったレッスンルームの数倍を誇るVIPルームに行った。

 というのも、以前対応してくれたプロデューサーさんに促されるままに

 入ったその場所で待っていたのは――!

 

「来たわね……澤村絵里と愉快な仲間たち!」

 

 ちっちゃいくせにオーラが半端ない(理亞さんが卒倒しかけた)

 綺羅ツバサと愉快な仲間たちが偉そうな感じで立っていた。

 私は頭痛を感じつつ、できるだけ仲間を全面に押し出し、

 女性としては高めの身長をできるだけ屈ませていた。

 

「恥ずかしがらなくても良い、私たちは同志だ」

「そうよー、これから一緒にレッスンする仲間だもの、緊張せずに、ね?」

 

 ちなみに、学校を早退することになって参加している

 エヴァちゃんと朱音ちゃんの表情は意外にも明るい。

 口では姉と一緒に練習なんて! とか言っていたけど

 めちゃくちゃ嬉しそうな笑顔を浮かべていたので何も言えなくなってしまった。

 なお、エヴァちゃんにA-RISEのことを説明するのには二〇分かかった(理解しているかは怪しい)

 

「今日はよろしくおねがいします」

 

 一応年長者として挨拶。

 事前の打ち合わせでは理亞さんに全部任せようということにしたのだけど、

 生A-RISEに舞い上がって言葉が出なくなってしまった彼女には荷が重く 

 しょうがないから、卒業式時の希と同じような三つ編みにした私が対応する。

 

「右から、統堂朱音、エヴァリーナ、津島善子、栗原朝日、えーっと、以上」

「ふっ、主役は最後に紹介するということね」

「恥ずかしがらなくても良いんだぞ、澤村絵里」

「そうよ、澤村絵里さん」

 

 自分を紹介しないと、今後共澤村絵里と連呼されかねないので

 渋々、自分がお味噌であることを宣言しつつ名乗った。

 ちなみにだけど、今日は仕事があったのに付き合ってくれている理亞さんは

 さっきから興奮した様子で、Wonder zoneを口ずさんでいる。

 それはA-RISEの曲じゃない。

 

「それにしても朱音、こんなところで会うとはな」

「ふん、足を引っ張らないでよね! あなた方は時代おくむがむが!」

 

 暴言を吐こうとした朱音ちゃんの口を、朝日ちゃんと一緒に押さえる。

 よもや口論になろうはずもないけど、問題は少ないほうが良い。

 まあ、ちっちゃいことで怒るA-RISEのメンバーはひとりもいないんだけどね? 

 近くで聞いているちっちゃいツインテールの核弾頭が怖いだけだからね?

 

「エヴァリーナです、えーっと、Aries?」

「A-RISEだね、Ariesだとおひつじ座ね」

「えーと、私は絢瀬絵里以外のスクールアイドルには、とんと疎く」

 

 A-RISEの三人から半信半疑みたいな視線で見られる。

 一応、正体を隠したほうが良いというのは知っているみたいだけど

 私=絢瀬絵里というのに気づいていないという事実は疑っているようだ。

 いや、私も実際ドッキリなんじゃないかと思ってるんだけどね?

 

「……みんなは、絢瀬絵里は好き?」

「ふん、当然じゃない!」

 

 朱音ちゃんの台詞に姉が凹む。

 いや、昔はお姉ちゃんお姉ちゃんと可愛くて……というのは後日談。

 

「エヴァは、絵里みたいになりたくてアイドルしてます!」

「そう」

 

 綺羅ツバサさん、そこで私を見ても仕方ないよ?

 なんか、目のハイライトが消えてヤンデレっぽい態度を取られても困るよ?

 

「朝日さんも、善子さんも?」

「はい、UTX卒業生の私が言うのもアレなのですが」

「見た目からして格好良く、目立つ! 金髪! 抜群のスタイル!」

 

 善子さんが興奮している様子でも、小原鞠莉さんという上位互換がいた気がするんだけど?

 高校時代の私の身長とそれほど変わらなかったはずだし、スタイルだって……。

 

「そう、じゃあ、私が知っている、絢瀬絵里さんのポンコツエピソードを」

 

 綺羅ツバサ先生の課外授業が始まる。

 

「高校一年生の時、アコースティックギターにハマったエリー」

「ちょ、誰から聞いたのよそれ!?」

 

 μ'sのメンバー(希は除く)でさえ知らない情報に、私は全力で止める。

 

「まあまあ、良いじゃない澤村さん。澤村さんにはなんにも関係ないでしょ?」

 

 理亞さんに羽交い締めにされたのと、

 誰も止める気配すらなく、耳をダンボにしていたので

 私は諦めて、ツバサの話を促した。

 

「当時から生徒会に出入りしていた彼女は……」

「……」

 

 一時期、本気でグループサウンズにハマった私は、

 当時懐メロ好きだった先輩たちに声をかけ、ギターで曲を弾くという活動をしていた。

 今に思えば聞けたもんではないレベルの演奏と、歌声が生徒会室に響き渡り

 職員会議で問題視された。

 

 何度ともなくやめるように言われたものの、

 どうせならもっと大掛かりにと悪乗りした先輩と一緒に

 体育館でゲリラコンサートを開き、1週間ずっと反省文を書かされ続けたことがある。

 ちなみに、希はその時の出来事をきっかけにSENTIMENTAL StepSを作った、意味がわからない。

 

「さすが絢瀬絵里……! 私には想像できない行動をする……!」

 

 心底感服したといった感じで朱音ちゃんは言っていたけど

 黒歴史を掘り起こしてきたツバサにはなんとかして逆襲したい。

 

 その後、談笑に花が咲いたものの、

 レッスンの先生が入ってきて、みんなの表情が真剣なものに変わる。

 私は知る由もなかったけど、その先生、業界でも指折りの厳しい人らしく、

 アイドルの間ではハートマン軍曹とあだ名されているとか。

 

「お前らは屑だ!」

 

 レッスン開始なり、そう宣言した先生は、ひとりひとりに(理亞さんは逃げようとしたけど捕まった)

 トレーニングメニューを課し、日頃からわりと鍛えている私でさえもキツかった。

 以前準備体操でさえキツそうだった運動不足の朱音ちゃんは早々に悲鳴をあげ、

 レッスン終了後の1時間は誰も口を開くことがなく、

 疲れも取れた頃に

 いったい誰のせいでこんな目に遭っているのか! 澤村絵里のせいだ!

 などというツバサの音頭で、理不尽に責められた。

 

 朝日ちゃんが一番私の悪口を言ってた。

 

 

 ハートマン先生のトレーニングメニューをこなせるようになるまでには

 およそ1週間の時が必要だった。

 さすがのA-RISEのメンバーはあんじゅを除いて3日くらいで慣れたみたいだけど

 私たちはハニワプロから帰ってから夕食を食べる気力もなく、

 順番にお風呂に入って死んだように眠り、朝になったらハニワプロに向かい

 休憩時間にゾンビのように食事を摂るという日々が続いた。

 おかげでシェアハウス内の仕事はほとんどこなさずに済んだけど、

 日々、膨らんでいく私への呪詛の言葉に、冷や汗をかきながら日常を過ごした。

 

 8日目にはトレーニングに加えてダンスのレッスンも始まった。

 

 一ヶ月後にA-RISEの一日限りの復活ライブをUTXのコンサート会場で

 開くことが決まって急ピッチで準備が始まったとにこから聞いた。

 なんでも、業者が勢揃いで突貫工事を行っているらしく、

 事故が起こったらハニワプロのせい(真顔)と通話越しに言われる。

 なお、お客はマスコミ関係や競争率が200倍以上の確率でチケットをもぎ取った生徒たち。

 その生徒の選考には、芸能プロダクションにスカウトされそうなレベルの高い生徒だった

 などという噂もあるらしいけど、

 元が、二代目A-RISEを作るために先代が努力するというコンセプトだから致し方ない。

 少しでも、見ている人たちの琴線に刺さるよう……

 

 という裏の意図は、私とA-RISE以外のメンバーには伝えられることはなかった。 

 

 いつの間にかにグループのリーダー格扱いされている自分に、苦笑いしつつ。

 ついでに言えば、理亞さんが練習に参加したせいで、A-RISEの前座でアンリアルの出演が決まり

 ルビィちゃんが二日目からレッスンに参加し始めた。

 善子さんは大変喜び、なおかつ張り切っていたけど、

 いつの間にか二人の間には会話が無くなっていった、今後が心配である。

 

 トレーニングも2週間が過ぎ。

 シェアハウスに帰った以降にも会話がポツポツと出るようになってきた

 そんな日のこと。

 

「……強化合宿?」

 

 レッスンも順調にこなせるようになってきた我々の次の課題は

 グループ間の交流不足である。

 なんて話を南條さんから聞いて、いや、私たちは別にステージに出ないし

 と思いながらトントン拍子で軽井沢にまで連れてこられた。

 

 学校を長い間休むことになった朱音ちゃんとエヴァちゃんには気の毒だ!

 と思ったけど、二人はむしろ学校に行かないことを喜んでいたので何も言えなくなった。

 途中みんなで乗り込んだバスの中でも、

 朝日ちゃんが心配そうに二人の成績の話題を出したけど、

 いざとなればアイドルとして食べていく! と朱音ちゃんが言って英玲奈が泣いた。

 

 高校に行かないという宣言を嘆いたわけではなく、

 自分のできなかったことをしてくれると信じての行動らしかったけど。

 そもそもA-RISEがアイドル業界から引退したのはあんじゅの結婚が……。

 

 あと、よく分からないんだけど。

 私たちの合宿に、きぐるみを着たプロデューサーがついてきている。

 一言も声を発さず、交流はスケッチブックに書かれた文字のみ。

 それと、理由もなく私を避けてる。

 

 私が隣に立つ機会があると、さささと移動をしてしまうし

 きぐるみ越しだからわからないけど、真剣な態度で会議している最中に出くわしたら

 理亞さんにドロップキックを食らった。

 なんでも、彼女が全幅の信頼を寄せるPらしいけど、私にとってはただの胡散臭いきぐるみだった。

 

 あんじゅと一緒に料理当番に指名された私は、

 レッスンを10分間だけ免除され、みんなの食べるメニューを作る。

 食事をするのはアイドルのみで、スタッフは外で食べるらしいけど

 どうせ合宿っぽくするならみんなで調理すればいいのにと思わないでもない。

 

 まあ、シェアハウスのメンバーは包丁を握ったら危ないレベルで疲れてるみたいだから

 何ができるわけでもないんだけどね……。

 

 今日も今日とて、材料だけはふんだんに用意されていたので

 ちょっと凝ったメニューを用意した。

 レッスンで死んだようになってるみんなが、一瞬だけ生気を取り戻した目をしたので

 あんじゅと一緒に密かに喜んだ。

 だけど、食事の際に会話がなくて、お通夜ムードだったのは解せない。

 せめて美味しいの一言くらいあれば良いんだけどねえ……。

 

 交流が目的のはずなのに、レッスンで疲れて会話どころじゃない。

 そんな生活が1週間続き、そろそろフォーメーションや振り付けの確認に入る

 なんていうことになった。

 やれやれ、これからはA-RISEやアンリアルの二人とは別行動かなー?

 とかなんとか、善子さんと話していると、

 南條さんに声をかけられた。

 

「では皆さんも」

「ん? え、私たちは別にA-RISEのパフォーマンスとは関係も」

「ハニワプロは無関係の人間をレッスンに参加させるほど暇ではありません」

 

 ……?

 

「ええっ!?」

 

 全員で顔を見合わせながら、驚きの声を上げる。

 

「もしかしてこれは……」

 

 もしかして。

 A-RISEの復活ライブを踏み台にした

 私たちのデビューライブなのでは?

 

 ……いやいや!

 

「ば、バックダンサーとしての出演ですよね?」

「はい?」

「さ、澤村さん! 裏方ですって! バックダンサーなんて恐れ多い!」

 

 朝日ちゃんが慌ててる。

 自分たちの実力が飛躍的に上がっているとは言いつつ、

 知名度もない、それどころか存在自体を知られてない。

 よもやそんな連中を舞台にあげようとなんて

 

「安心してください、地獄はこれから始まります

 地獄のレッスンが……ね?」

 

 悪魔のような笑みを浮かべた南條さんに言われて、

 意識を失いそうになったけど、こちらを見ていると思わしききぐるみと目が合って

 お姉ちゃん大変なことになりそうだよ、と遠くにいる妹に向けてメッセージを飛ばした。

 



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(※) 亜里沙ルート 第一話 01

 レッスンが終わったと同時に、

 床に倒れ伏し、ひとっつも動かなくなった朱音ちゃん(6日連続6回目)

 そんな彼女のほっぺたをエヴァちゃんと二人で突っつきながら

 私はここ最近のハードなメニューを振り返っていた。

 

 なんと起床は朝の五時。

 それからご飯も食べずに柔軟から基礎練習。

 口々では、地獄なんて! と南條さんを笑っていた

 私たちの鼻っ面を見事にへし折ってくれた。

 なお、ここ数日のレッスンで中国雑技団にも出れそうなレベルで

 私は柔軟ができるようになり、他のメンバーから失笑された。

 

 ハードなトレーニングで朝食もロクに食べられないメンバーが揃う中

 そのころになってようやく起床してくる他参加者に

 やつれたねと苦笑いされるケースも増えた。

 消耗が激しかった朱音ちゃんのために

 一回カレーが出たことがあったんだけど、

 目の前にあったスプーンを持とうとして落とすことを繰り返し、

 食事場は一瞬でお通夜の空気になった。

 なお、英玲奈はその際、口移しでも食べるかと言ってツバサやあんじゅに止められてた。

 

 

 メニューは軽いのに重い朝食が終わると、レッスンが本番になる。

 トレーナーだの、振付師だの、そういう肩書のひとが

 入れ代わり立ち代わり、現れるは現れる。

 いやあ、こんな人に教えてもらえるなんて嬉しいなーって言っていたみんなも一日すると、

 振り付けとかの前に顔を覚えなきゃいけない状況に文句が出た。

 

 一日中踊ったりなんだり、

 以前流行した、太った人がダイエットする番組を彷彿とさせるレッスン量に

 よもや体重が数キロも落ちてやしないかと思って体重計を探したら

 前日に同じことを考えついたらしいツバサが、曇った笑顔で

 

「エリー、女の子が痩せる時は胸から痩せるそうよ」

 

 などと言いつつ、私の脇を通り過ぎていった。

 哀愁が漂う背中だった。

 

 紆余曲折があったものの、

 アイドルとして活動ができるかもしれないと喜んでいるメンバーを差し置いて、

 私の立場はひたすらに微妙だった。

 

 自分が絢瀬絵里だということはおくびにも知られてはならないし。

 アイドル活動を喜んでいるというわけでもない。

 寮の管理をする仕事だったはずだよな? などと疑問に思えば

 今やっていることがそれの延長線上にあるのかどうか考えたら闇に落ちそう。

 

 私の人生、

 割と巻き込まれるままに時間が流れてしまうことが多いけど、

 今回の件は人生最大級の巻き込まれっぷりである。

 なぜニートだった私がいつまにかにアイドルに混じってレッスンを受けているのかとか

 1日15時間も踊り続けているのかとか、

 センターは澤村さんに決定ね! っていうみんなの笑顔に苦笑しながら

 まあ、そういうのも悪くないかもしれないな、って思い始めた自分とか

 ほんとう、疑問に尽きないことは多いんだけど……。

 

 

 あと、μ'sのメンバーにLINEを送ると返信が来なくて怖い。

 これからちょっと忙しくなるからっていう穂乃果とか海未とかのLINEを最後に

 どんなに送っても既読にすらならない。

 もしかして私は浦島エリちになったのかと思ったけど、

 その事を理亞さんに言ったら遠い目をしながら、

 友情って簡単に瓦礫のように崩れるのよね、そうそう姉さまとも連絡が取れなくて

 って言って、姉妹間の仲が心配になった。

 

 A-RISE復活ライブまで後2週間になった日、

 そういえば自分たちのグループ名とかどうなるんだろ?

 なんてことが頭をよぎったので、たまたまいたキグルミのプロデューサーに

 その事を言ってみると、中に入っている人が強烈に慌て始めたことが分かるほど

 バタバタと動き出してどこかに行ってしまったので、

 ちょっと相談する相手を間違えたな、って思いながらレッスンに取り組んだ。

 

 その後、レッスン終了後真っ白に燃え尽きたジョーみたいになった朱音ちゃんを

 温泉まで連れていき、身体や髪の毛を洗ってあげている最中、

 南條さんに手招きされたので、行ってみることにする。

 

「どうしました?」

「レッスンでお疲れのところ申し訳ないんですが、相談したいことがありまして」

「相談? 南條さんが私にですか?」

「え、グループ名のことについて、ぜひ絵里さんの意見を聞きたいと思いまして」

 

 忘れてた。

 そういえば朝に、そんな事が頭によぎったなと思ったけど。

 そんなことをおくびにも出さず、ようやく気づきましたかって言わんばかりの態度を取る。

 なお、南條さんの視線の温度が2度ほど下がったので、私は平身低頭スタイルを取った。

 

 

 お風呂上がりになんとも暑そうなキグルミPを眺めながら、

 彼(もしくは彼女)はいつ脱いでいるんだろうと疑問に思ったけど、

 そういえば、私らが着替えてたり、無防備なだらけモードでも平気でその場にいるから

 仮に男性だったらちょっとしたスキャンダルだなって思った。

 

「グループ名だけじゃない、掛け声も決めないと」

「そうですね、ツバサさん」

 

 今この場にいるのは、私とツバサと南條さんとキグルミさん。

 他のメンバーは参加させないのかと聞いたところ、

 そんな事はいいから寝かせて欲しいと懇願されたとか、

 割とグループ名って重要だと思うんだけども……まあ、朱音ちゃんを参加させようものなら

 シスコンお姉さんがついてくるので、そのあたりの判断は正しかったかもしれない。

 

 なお、統堂姉妹の仲の良さを見て、理亞さんは最近ホームシックにかかった。

 

「ええと、プロデューサーからいくつか候補をいただきました

 ただ、グループのコンセプト上、やはり代表の絵里さんに決めてもらうべきかなと」

 

 なぜ私が代表なのかとツッコミを入れたかったけど

 いつの間にか、全員集合しているのにセンターで踊らされているのを見ても誰もツッコまないので

 まあ、そういうのもありかなって思いつつ。

 

「エリー、自分のグループなのだから素敵な名前を頼むわね」

「と言われてもねえ……はっきり言うけど、私命名センスとか無いわよ?」

 

 私がそう言うと、キグルミのプロデューサーが全力で首(だと思う)を振る。

 まるで、私の命名センスが素晴らしいと言わんばかりだけど、

 南條さんが微妙に慌てて、彼女(だと思うことにした)を止めていた。

 

 

「うーん、現役女子高生もいれば、アラサーニートもいるわけでしょ?

 だからなんとなく、ごちゃまぜとか、ていうか、このグループのコンセプトって?」

「ええと、はじまりとか、理想とか、希望とか、そういうのね」

「……私たちのどこにそのコンセプトがあるのかはわからないけど?」

「まあ、世の中のグループでコンセプト通りに行くなんてことはありえないから良いのよ」

 

 うーん、にしたって。

 メンバーに特別共通点があるわけでもなし。

 あるとすれば……なにか挫折しているとか、落ちこぼれ扱いとか、

 そうだなあ……。

 

「そう、考えてみると、私たちって再出発組だと思うの」

「再出発? そもそもエリーって再出発してるの?」

 

 ツバサがぐさっと刺さるようなことを言う。

 だけど負けない、エリーチカは女の子だから!

 

「だからねリスタートとか、そういう言葉を使いたいかもね」

 

 私の言葉を聞いたキグルミの人が、身体をびくんと揺らし何事かをスケッチブックに書き込んでいる。

 

【Re Stars】

 

 ――スケッチブックに書き込まれた言葉。

 

「これって、グループ名?」

「おー、言葉の意味はよくわからないがいい感じかも」

「そうですね、では読み方を一捻りしましょうか」

 

 みんなであれやこれやを考えた末、

 私たちのグループ名は【Re Stars -リスタ-】と決まった。



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(※) 亜里沙ルート 第一話 02

 A-RISE復活ライブまで3日。

 みんなの動きも完璧に思えるようになり、

 後は本番の会場で動きを確認するという段階になって問題が起きた。

 いや、問題が起きたと思ったのは私だけみたいで、

 何ていうかみんなが平然としているのが気になったのだけれど。

 

「広すぎない……?」

 

 そう、ステージがだだっ広いのである。

 アイドル30人くらいが踊って歌えそうな場所にぽつんと立ちながら

 何百人レベルで入れる観客席を見渡す。

 μ'sでは、割と狭い会場で踊ったりするケースが多かったから

 本当に圧倒されてしまいそうなくらいだ。

 

 本番では機材を置いたりなんだりするだろうから、

 一応これよりは狭くはなるのかもしれないけど、

 この場所にぽつんと5人立って歌って踊らされるかと思うと、

 私はちょっとだけ恐怖で震えてしまった。

 

「エリー」

「うん?」

「いついかなる時もね、センターっていうのは、リーダーっていうのは、

 平然としていなければならないのよ」

 

 ツバサは前を見ながら、さらに言葉を続ける。

 

「安心して、あなた達のパフォーマンスは保証するわ

 このライブは、絶対に成功する。

 ま、仮に成功しなかったとしたら、悪く言われるのはハニワプロだからいいのよ」

 

 

 外様のツバサさんとしたら、その悪評は結構困ったことになりかねない気がするけど。

 そういえば英玲奈は事務所が違うのに、ハニワプロ完全プロデュースを受けてるね?

 まあ、A-RISEは事務所の垣根を超えるほどのトップアイドルだから良いんでしょ(テキトー)

 

 その後、会場での本番を想定したリハーサルを行い、

 ここで、ちょっとみんなにドッキリしまーす! と南條さんが宣言し

 やれやれって感じで弛緩した空気が流れるかと思いきや、

 私以外のメンバーは真剣な表情で自分の立ち位置を確認していた。

 何も知らされていない私はと言えば、そのみんなというのは

 もしかして私のことではないのかと不安になったけど、

 誰を頼ることも出来ないので、ひたっすらウロチョロしていたら理亞さんにスネを蹴り飛ばされた。

 あまりの痛みに悶絶しているうちに、みんなの動きの確認も終わり、

 私はと言えば頭に特大のはてなマークを浮かべながら、

 ドライバーさんが運転するハニワプロのワゴンに乗り込んで、いずこかへと向かった。

 

 

 私の脳内で、以前も聞いた気がするカッポーンという音がした。

 ワゴンに揺られること数時間、

 μ'sのメンバーが集まっての飲み会というイベントが

 もうすでに遠い過去になってしまった感のある絢瀬絵里ではあるけれど。

 この場所は忘れようはずもない。

 

 東條希が花瓶の中に入りドッキリをしようとし、

 結果的に西木野真姫が呪いをかけられてのたうち回った、

 高海千歌ちゃんが働いている温泉旅館。

 

 

 以前も確か希が二日くらい貸し切りにしていたような?

 なんてことを考えつつ、まあ、芸能関係者が気軽に貸し切りにできる

 便利な旅館なのだと言う認識を深めた。

 

 ようこそアイドル御一行様という

 意味がよくわからない歓迎を受けた私たちは、

 中に入ると衝撃的な光景を見ることになった。

 

「な、なんで……?」

 

 スクールアイドルμ'sのフルメンバーが

 スクールアイドルAqoursのフルメンバーが

 スクールアイドルSaintSnowのフル……というか、鹿角聖良さんが

 その他諸々、様々な時代に活躍していたスクールアイドルのメンバーが勢揃いし、

 私たちを待ち受けていた。

 

 真っ直ぐな瞳を向けるみんなが、

 私たちを見つめていた。

 

 そして、私たちを押しのけるように前に立ったキグルミのプロデューサーが、

 南條さんに背中のチャックを外してもらい

 その中身を登場させると、

 私の周りから、

 スクールアイドルのみんなから

 とにかく大きな歓声がまき起こった。

 

「どうも、こんにちは 

 ハニワプロ所属

 このたびの企画のチーフプロデューサーを務めます

 絢瀬亜里沙と申します」

 

 昏倒するかと思った。

 驚きすぎて悲鳴をあげるところだった。

 でも、私は声もあげられず、

 何もすることも出来ず。

 

 愕然としているのを、

 力が抜けそうになるのを、

 ツバサと英玲奈に両脇を抱えられながら

 

 キャリアウーマン絢瀬亜里沙が

 

【A-RISE復活ライブにおける、Re Stars登場の運び、そして】

 

【アイドルを夢見る女の子たちに

 アイドルの力を見せつけるために

 かつてμ'sが巻き起こした奇跡

 SUNNY DAY SONGをみんなで歌うというイベントの詳細を説明するのを】

 

 貧血でも起こして倒れそうな勢いのまま、私は聞いていた。

 

 

 亜里沙が話しているのを訥々と聞いた後、

 彼女はこちらに目を向けずにどこかへと行ってしまったのを見たツバサが

 

「行きなさいエリー」

「何を言えば良いのか……わからないわ」

「別に、特別な話なんてしなくても良いと思うわ」

「その、私も状況を受け止められなくて」

「気まずいと思っているのは、彼女も同じよ、だから、安心しなさい」

 

 その言葉と同時に、右腕と左腕の支えが取られる。

 フラフラと二、三歩前に出て、そのまま旅館の屋上を見上げ

 本当は逃げ出したくて、 

 いつものパソコンの前に戻りたくて、

 ああ、そういえば愛しいパソコンはツバサの家だと思い出し、

 私は何かを振り切るように首を振り、

 すごいすごいと盛り上がってるRe Starsのメンバーに後はよろしくと告げてから駆け出した。



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(※) 亜里沙ルート 第一話 03

 どこに行ったか検討もつかなかったけど、

 働いていた仲居さんに、やたらめったら偉そうな態度をとったやつが

 どっかに行かなかったかと聞いたところ、3人目の人が亜里沙の場所を知っていた。

 

 

 いや、まあ、本当に偉そうに歩いているかどうかは分からないけど

 チーフプロデューサーというからには偉いんだろう、そういうところはわきまえている。

 立場が人を作ると言いますが、ニートという立場はいったい人間をどうするんですかね?

 なんて嘯いた亜里沙だから、人からどう見られて、どういう態度を取ればいいか、ちゃんとわかっているはず。

 

 離れにある結構大きな部屋の前で

 南條さんが苦笑いしながら私のことを待っていた。

 もうちょっと早く来れなかったんですかとは彼女の談だけど、

 それなら色のついた米でも撒いていてほしかった。 

 

「まあ、ちょっと昔話をしましょう」

「いや、私は、亜里沙と会話がしたくて」

「心の整理がつかないまま話した所で、良い結果は得られませんよ

 こういう時は年長の人間のすすめに従うものです」

 

 と言われてしまえば、年下の人間としては頷かざるを得ない。

 お互いに正対して椅子に腰掛け、南條さんが口を開くのを待った。

 

「亜里沙さんがうちのバイトだったのは知ってますね?」

「えーっと、どこで働いているのかまでは知りませんでしたけど、まあ、バイトをしていたのは知ってます」

「当時、私もプロデューサーなんて立場ではなく、一介の事務員でした」

 

 絢瀬亜里沙が高校入学した日。

 親友である雪穂ちゃんにアルバイトの面接に行くと告げ、

 電車に乗ってハニワプロに駆け込んだ亜里沙は――

 

「思えば、なぜウチだったんですかね?」

「もう10年も前ですけど、たぶん、そこしか知らなかったんだと思いますよ」

 

 アポもない、

 コネもない、

 ついでに言えば時間もない。

 そしてそもそもバイトの募集もしていない。

 そんなハニワプロに現れた亜里沙は、ここで働かせてください!

 と、どこかのジブリ映画の主人公みたいな台詞を吐き、平身低頭スタイルを取った。

 困った警備員のオジサンが、たまたまいた赤羽根プロデューサーに声をかけ、

 最初は芸能人になるつもりで来たのかと思った彼に案内されるまま、

 当時、本当にスカウトされて事務所にやってきていた月島歩夢-つきしま ぽえむ-と

 事務所で待つことになった。

 

「その時にお茶を出したんですが、いやあ、ほんとう、縁っていうのは怖いですね」

「お恥ずかしい限りです」

 

 歩夢が亜里沙を見た瞬間、あまりの可愛さに田舎に帰ろうかと思った。

 なんてエピソードがあるらしいけど、それは置いておいて。

 怖いもの知らずだった亜里沙に対し、こんな人が同期になったら自分が霞む!

 と思った歩夢は何とかして帰ってもらおうと、自分が知っている芸能人の怖い情報を亜里沙に告げる。

 そもそもハニワプロをスクールアイドルが集う事務所だと勘違いしていた亜里沙は、

 キョトンとした表情のまま、歩夢のする話を聞き入っていった。

 なお、その時の話の九割は彼女の妄想で、聞いていた南條さんは絶対にコイツは売れないなって思ったらしい。

 

「私もμ'sのことは知っていて、推しはあなただったんですよ?」

「いや、あの、恐縮です……」

 

 

 やがて、赤羽根プロデューサーと現れたのは、当時社長職を引退して、会社にも時折遊びに来ていたという徳丸氏。

 元は超ベテラン俳優だった彼を連れてきたのは何故かって言うと、

 

「赤羽根Pはああ見えて、努力とか根性とか運命とか大好きですからね」

「どの要素も当時の亜里沙が持ち合わせていたとは……」

 

 いやまあ、可愛い子を見せたら徳丸社長も機嫌も良くなって帰るかと思った

 とは、後日の赤羽根プロデューサーの談だけど。

 とにかく、月島歩夢も、もちろん絢瀬亜里沙も期待なんかされちゃいなかった。

 しかし、

 

「亜里沙さんは、元社長に説明したんですよね」

「……何をでしょう」

「絢瀬絵里の素晴らしさをです」

 

 当時、A-RISEというスーパールーキーを他の事務所に取られ、

 アイドルとか女優とかが引き抜かれてしまい、すっかり斜陽事務所になっていたハニワプロは

 一人くらいμ'sのメンバーが入ってくれないかなとか考えていたとか。

 後々、タレントになって大活躍することになる星空凛や、声優になって多くの作品に主演を果たすことになる西木野真姫といったメンバーはまだ高校生だったし、

 高校卒業と同時にアイドルの道に進むことになる矢澤にこは、別の事務所でデビューが決まってた。

 

「それはもう、すごい勢いでした。絢瀬絵里自体は私も知ってましたし、

 それなりに知識もあるかなって思ってたんですが

 いや、ほんとう、愛されるって素晴らしいですね」

「あの、勘違いしないでほしいんですが、亜里沙は海未推しで」

 

 東條希は神田明神でトイレットペーパー占いとかいう意味のわからない占いにハマり、

 私は普通に大学生になって芸能活動なんて微塵も興味がなかったので、

 よもや亜里沙が芸能事務所で自分の自慢話をひたすら繰り返していることなどつゆも知らず。

 アルバイトの件に関しても、ちょっと移動に時間がかかる場所にあるくらいしか知らなかった。

 

 

 絢瀬亜里沙の姉に関する自慢話を約二時間聞いた徳丸社長は、

 その場で彼女の採用を決め、その勢いで月島歩夢も採用してしまった。

 後にその二名がハニワプロの業績をV字回復させることなど、

 当時の徳丸社長が考えていたかどうかは定かではない。

 何でも三年ほど前、その社長は病気で亡くなってしまったそうだから。

 

「私はと言えば、ようやく後輩もできて、これでお茶くみから解放されると思いました」

「あー」

 

 事務員として採用された亜里沙は、最初こそ殊勝な態度で仕事をこなしていたものの

 いつの間にか、雑務よりアイドルと交流しているケースが増え

 マネージャーやプロデューサーと言った自分の上司を無視し、

 面白がった元社長の後ろ盾を得て、まずは一番仲が良かった月島歩夢のプロデュースに乗り出した。

 なんでも、当時駆け出しアイドルだったA-RISEの綺羅ツバサが、

 オーディションにやたらハイテンションにやってくる二人組を見て、

 芸能界っていうのは本当に怖いところだと思ったらしい。

 ハラショーハラショー言いながら、オーディションに落ちても落ちてもへこたれない二人に

 二ヶ月後、一つの仕事がやってくる。

 

 出番にして五秒ほど。

 とある映画のワンシーンに出演することになった歩夢は、

 どうせだから、他の出演俳優の台詞も覚えてしまおうとかいう亜里沙のアドバイスの元

 台詞の九割を諳んじることができる状態で仕事に臨んだ。

 

 収録までの待機時間にわりと暇だったらしい亜里沙たちは、

 他の俳優の台詞を諳んじるゲームをして盛り上がったとか、

 頭のおかしなことをやっている二人組がいると箱部屋で噂になり、

 その噂を聞いたとあるベテラン切られ役俳優の人が監督に

 なんか面白い若手のアイドルがいるらしいよ? みたいに告げたことがきっかけで

 なんと月島歩夢は、知名度もない状態で映画の主演に抜擢される。

 

「異常です、ありえない、スポンサーにも、知られてもいないアイドルなんて使うなと言われました」

「まあ、なんていうか、すみません」

「ただまあ、そんなスポンサーを黙らせる手段がなかったので……」

 

 

 絢瀬亜里沙はプロ