三十路ニートエリーチカの居酒屋飲み歩き日記 (おうかわりん)
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プロローグ ~全てはここから始まった~

今作では
前書き、あとがきにて
本編で使う予定だった裏話、もしくは今後活用される予定のない裏話が一つか二つ書いてあります。


 ――自分で言うのはなんだけれど。

 私、絢瀬絵里は妹が稼いできたお金をフルタイムかつフル活用し生活をしているニートである。

 そんな事をネットの掲示板なりTwitterなどに書き込んだりをすれば、

 ネットで時間をくさるほど余らせている人たち(恐らくニート)から袋叩きにされてしまう。

 

 

 さすがにスマートフォンとかパソコンで課金できるタイプのゲームは、課金したら首をはねられてしまいそうなのでそんなことはしない。

 しないけれどもガチャで大外しした時に、あ、今なら亜里沙の目を盗んでもうひと引きできるのでは?

 なんてことを考えたりする。

 考えるんだけども、妹はとても敏い子だからバレたらパソコンが水で浸されてしまう、壊れちゃう。

 

 

 昔から数年に渡って続けているオンラインゲームは、すっかり腐れ縁の間柄になってしまった、

 某元スクールアイドルにして、元トップアイドルにまで上り詰めたデコのセンターのお金を借りている。

 いや、ほんとうオンゲーなんてガチャできるソシャゲに比べて斜陽産業まっしぐらだし、

 基本的に会話をしていると変なこと言う人しかいないから、やめたいのはやまやまなのではあるけれど。

 今プレイをやめたら、あなたの黒歴史という黒歴史をそこら中のまとめサイトにコピペレベルにして垂れ流す

 そんな脅迫をされているのでやめたくてもやめられない。

 よもや絵空事レベルの脅しではあるんだけど、彼女はやたら顔が広くてスキルが高いので

 たぶんだけど、自身に対する影響をど返ししても実行しかねない、されてしまったら妹に処刑されてしまう。

 妹にはツバサにお金を借りていることは黙っているので、それがバレたとしてもどこぞの山奥に拉致されて強制労働させられて働かされるか、そこで慰みものにでもされちゃう。

 大切な、μ'sのメンバーと作った最後の制作物である痛パソコンも完膚無きに破壊されてしまう、

 そんなことをすれば、二番目にお金を出した(一番は亜里沙)エロゲー出演を考えているお嬢様の慰みものにでもされてしまう。

 赤毛のツンデレさんはそうでもないけど、あそこで働いている年齢不詳のお手伝いさんはガチでヤバい。

 媚薬でも打たれてトロ顔になっている自分を想像して思わず震えた。

 ただ、いつもパーティを組んでいる友人もライターという仕事があるので(当人曰くコネで就職した)

 

 

 

 日中はだいたいソシャゲをぼちぼちとプレイしている。

 飽きたら次のゲーム、それも飽きたらまた次と延々と移り、気がついたらツバサにログインしろと迫られる。

 そういえば以前、ログイン脅迫をされなかったので安心してたら、後ろに立っていた事案があったな……

 おかしい、きちんと鍵を掛けて防犯は万全だったというのにどういうスキルを使って入ってきたのか。

 

 

 最近流行しているゲームは割と単調だ。

 マウスクリック一つで自動で戦闘は終わってしまうし、リズムゲーだって集中している時間は長くて2分くらい。

 こんなに地味で何を得られるわけでもない生活を送っていると、

 なんだか身体に根っこの一つでも生えてしまいそうになるので、気が向くと外出することにしている。

 μ's全盛期には、外に出た瞬間に声の一つも掛けられたものだけど、

 ここ最近は声を掛けてくるのは占い師だという身元不明の人か、ポケットティッシュとかを配っているひと、

 もしくはおまわりさんくらいである。

 そのおまわりさんともすっかり顔見知りになり、あろうことか犯罪に巻き込まれたら嫌という理由で

 亜里沙が私の顔写真を近所の派出所に渡しに行ってしまったエピソードすらある。

 私のプライド(笑)など、塵芥よりも軽く考えている絢瀬亜里沙らしい。

 

 

 

 基本的に私の友人連中は主に昼間に働いている、妹だけは昼だろうが夜だろうが仕事があれば出かけていくけど。

 なので日中は暇で仕方ない規則正しい模範的なニートの絢瀬絵里としては、外出してゲーセンに入り浸ってなどいられない。

 以前、とあるクイズゲームハマって一日に十数時間レベルでプレイをして、財布の中にスッカラカンにしたら、包丁を持った妹にこれ以上したらお腹が割れます(物理的に)と、病んだ目で責められたのでそれ以降自重している。

 

 

 その際に、そんなだったらカラオケにでも行ったらどうなんですかと言われたので、

 昔取った杵柄で得意な歌を大熱唱していると、気がついたらマイクに自分の音声が入っていないことに気がつく。

 充電でも切れたのかなと思って連絡してみると、マイク自体が私の声で壊れていた。

 そんな事を二度繰り返したら、そのカラオケ屋から出禁を喰らい、

 妹から二度同じことをしたら、今度はマイクと同じ運命を辿らせると言われている。

 ただ、壊れたのはマイクが貧弱だったのが悪いのであって、エリチカ悪くない。

 だけど、その時のことがきっかけでココらへん近辺のカラオケ屋は私の顔を見るだけで塩をまき始める。解せない。

 

 

 ニートというのは収入がない。

 就職する意欲もないので尤もだけど、支出ばかりが年々とかさんでいく。

 そうなるとどうなるかと言えば、妹が働いた分だけ姉はどんどんと肥えていってのうのうと生きる。

 生活費ばかりが亜里沙の財布から羽が生えたように逃げていき、何が溜まるかって言うとストレスが溜まる。

 マイルみたいにストレスが溜まっていく生活を続けていくと、妹が病気になってしまいかねないので、私はたまに泊りがけで遊びに行ったり、お酒を友人と飲みに出かけたりする。

 ただ、そんな生活を続けていたら、飲み歩く相手筆頭株の真姫が苦笑いしながら「働きなさい」と忠告してきた。

 

 

 言われっぱなしでは悔しいエリチカだったので、なんとかして酒の代金だけでも工面しようと

 某有名動画サイトにスクールアイドルのマネをしてアラサーが踊ってみたという動画を挙げてみた。

 評判こそ良かったものの、目的であるお布施は一向に集まらなかったのでどうしたものかとツバサに相談したら

 水着にでもなればと言われた(ツバサの水着写真集は死ぬほど売れなかった)ので、亜里沙にビキニを着て踊ってみたの動画を挙げたいからエステに行きたいと言ったらしこたま叱られた。

 当人曰く、そんな恥ずかしいマネは二度とするなと罵倒されたけど、彼女が時折私が挙げた動画を小難しい顔をして眺めているのを私は知っている。

 その目が食肉加工を主体とする業者の社長の目に似ていて、エリチカはちょっと夢でうなされた。

 でも、踊ってみたの生活を3ヶ月繰り返していたら、先に相談したツバサから、そこらへんのアイドルよりもよっぽど踊れるからアイドルになれと言われて、ちょっとその気になった。

 オーディションの一つでも受けてみようと思ったけど、年齢でアウトだった、後10年若ければなあ……。

 

 

 さてさて、そんな妹のスネカジリを続けている私が、友人であるμ'sのメンバーを頼ろうと思ったのは一度や二度じゃない。

 過去の私がどう考えていたかは記憶に無いけど、メンバーを頼らなかったのは自分なりの見栄があったのかもわからない。

 

 

 2年生メンバーの中で唯一大学に進学したのは高坂穂乃果。

 彼女曰く嫌なことがあったらしく、GWくらいにもうμ'sのことは忘れると言って亜里沙がぶっ倒れたのもいい思い出。

 いやまあ、あの、えらい騒ぎにはなったんだけどね……この穂乃果の行動のおかげで、スクールアイドルμ'sの話題はことごとく封印されて、私もクソッタレ会社の上役に……うん、まあ、過去のことだ。

 穂乃果の私生活の方では、伝統ある老舗の「穂むら」の経営方針で両親と大喧嘩して、大学生活の途中で独り立ち。

 居酒屋チェーンでバイトをし始め、天職かなんかだったのかμ'sのリーダーとしての才があったのか分からないけれど、

 ネットのホームページに載るほどの有名店員になり、今では売上ナンバーワンの店の店長候補に挙げられているとのこと。

 

 

 μ'sがオトノキから卒業した後に生徒会役員の一人として会長の穂乃果を支え、急激に増加した生徒への応対や、近郊で行ける大学がないので勉強を教えてほしいと泣きついてきた穂乃果の偏差値を数ヶ月で15アップさせ、更には高校時代に片手間で歌詞の作成をして、オトノキによる数世代に渡ってのラブライブ制覇を支えた園田海未。

 ただ、そのオトノキの連覇を阻んだのが、μ'sの再来と言われたAqoursだったのは皮肉だったのかなんだったのか。

 まあ、後輩が頑張ってくれたおかげで、μ's(笑)みたいな扱いになったのは私にとっては幸福だったのかもわからない。

 オトノキがラブライブで敵なしだったころ、A-RISEもトップアイドルグループに上り詰め、では、次のシングルで人気を強固なものにしようと目論んだ上層部が、某有名作詞家に歌詞をお願いした際に、そんなのは嫌だ、園田海未の歌詞がいいとツバサが言い放ち、芸能関係者からしこたま叱られたエピソードは私の印象に残っている。

 その事を愚痴られた翌日、海未と二人お酒を飲んでた際に、没にしたやつでも良いから歌詞をくれとツバサに言われ、いい気分でアルコール回っていた私たちは、じゃあ、真姫も呼びつけて曲を作ろうということになり、1週間園田家に集まって試行錯誤した結果をA-RISEのリーダのデコスケに渡したら、ほんとうに曲が作成されてしまい結果大売れ。

 A-RISEで一番売れた曲になってしまい、芸能関係者のメンツを叩き潰したのはいい思い出である。

 穂乃果の学力の向上やオトノキの有名校化に多大な影響を果たした園田海未ではあったけど、自身は進学をせずに実家に残る。

 多くの門下生の指導にも当たっており、そろそろ代替わりして代表を海未にという話もあるようだ。

 

 

 μ'sでの活動を優先してオトノキに残り、パリへの留学話を粉砕した南ことりではあったけど、未練があったのか、夢を追いかけようと決意したのかは知らないけれど、デザイナーとしての勉強を再開。

 彼女が三年生になった際に生徒会の仕事も辞めてしまい、受験勉強があるんでと断り続けていたヒフミちゃんたちを何らかの方法で陥落。

 後に絢瀬絵里当人が、え? 音ノ木の生徒会長でいちばん有名な人ってヒフミちゃんでしょ? と言われて苦笑いをした話もある。

 ことり自身は卒業後にパリの有名デザイナー学校に入学、その才能をいかんなく発揮し、一学生の身分ながら多数のモデルやブランドの商品のデザインを手がけ、日本帰国後に有名デザイナーに弟子入りした。

 ただ、そのデザイナーさんに対して、そいつは私よりも下って見切りをつけて数ヶ月で独立してしまったんだけどね……。

 現在では若者に特に人気のあるファッションデザイナーとして、多くの大舞台で活躍している。

 

 

 高校を卒業したあと、これ以上勉強を続けていたら頭がダメになりそうという理由で進学をせず、以前から熱心に誘われていたという芸能事務所でタレントデビュー、数年間鳴かず飛ばずで、あまりに仕事がなかったのか、一時期海未の家でも働いていた。

 そんなきっかけもあったせいか、凛は高校時代以上に海未のことを慕っており、希の話だとlily whiteのメンバーで集まると、凛ちゃんは海未ちゃんと会話してばかりと寂しそうに言っていた。

 芸能界を辞める決心した際に、親友の小泉花陽の勧めもあって某公共放送局のたいそうのおねえさんのオーディションに出かけなんと合格。

 それをきっかけにブレイクした凛は、ここ最近演技の勉強を始めたとかで、更には昔取った杵柄を活かしてスクールアイドルを特集する番組のパーソナリティにも選ばれたりしているが、指摘は高校時代よりも明らかに苛烈。

 そうそう語尾にニャを付ける癖と、一人称が自身の名前であることを改めたのかと思ったら、以前お酒を酌み交わした際に、高校時代と変わらない口調で罵られまくったのがちょっとトラウマ。

 

 

 一年生組の中で唯一大学に進んだのは小泉花陽。

 特にやりたいこともなかったし、地味な自分ができることなんてと言っていた彼女は院まで進学。

 そこでなんとなく司書の資格を取り、このまま就職できるかなと思っていたらしい花陽は就活で数十連敗を喫した。

 結局大学院を卒業するまで就職することが出来ず、現在もバイトを続けながら就活を続けていて、花陽も大変よねえと亜里沙に話したら、可哀相なものを見る目で憐憫の感情を浮かべられた私の将来はどっちだ。

 そうそう、私がニート生活をしているさなかにレンタル屋を漁っていたら、何となく自分と似ているキャラを見つけ持って帰ってきてお酒を飲みながらDVDを再生したら、テレビの中で穂乃果が喋り始めて魂が出そうなくらい驚いた。

 なんでも、μ'sの足跡をたどったアニメ「ラブライブ!」というのが放送されていて、凛と花陽は自身の役で声優デビュー。

 真姫も意気揚々とオーディションに出かけたけど、西木野真姫っぽくないという理由で落ちた。

 なお、綺羅ツバサを筆頭に脚本に協力した面々で声優として参加していないのは真姫だけなので、この話は基本タブー。

 

 

 

 チラッと話題に出してしまったけど、西木野真姫は現在声優として活躍している。

 大病院を経営している家の一人娘で、自身も脳外科医を目指していたはず。

 私のあてにならない記憶を辿れば、某大学の医学部に進学するため、二年になって早々に受験勉強を開始。

 オトノキは意外にも偏差値自体は悪くなく、過去には案外偏差値が激高の大学への進学者も出していたりしたんだけど……。

 高校の空気か、周りのメンツが緊張感の欠ける態度を示していたのか、それとも彼女自身がμ'sの活動によって何かが変貌したのかまではわからないけど、唐突にそうだ気分転換にニコちゃんっぽい声がするキャラが出てるアニメを見ようなどと思い至り、そのことが彼女の運命を大きく変貌してしまうことになる。

 当時大流行していたきらら系4コマアニメにドハマリした真姫は、夏休みに入って早々に勉強と寝食を忘れてアニメ視聴72時間マラソンを実施。

 無事に完走を果たしたものの、テストで満点をとることが得意だと吹聴していた過去や、医学部志望などということは見る影も無くなった。

 家族の信頼も失ってしまい、居場所がなくなった真姫は家出。

 何を思ったのか私が大学生活を謳歌し、亜里沙がなんだか分からないバイトに明け暮れていたアパートに転がり込む。

 当初は借りてきたネコみたいな状態だった彼女も、日を追うに従って徐々にオタ活動を開始。

 知らないうちに当時最新のDVDレコーダーが増え、テレビもかなり大きな物に変貌。

 気がつけば一日中どこかからアニソンが聞こえてくるという状態になり、亜里沙が時折これが若さかって言ってた。

 その妹には残念ながら参加を断られてしまったけれど、暇してた私とあんまり売れてなかったツバサが冬コミ参戦。

 露出度のやたら高い、原作を一つも知らないアニメのコスプレをさせられ、これもまた一つも知らない原作の成人向け同人誌売り子をさせられる。

 A-RISEのファンからはこの出来事が黒歴史化されているけど、ツバサはちゃっかりコミケにハマった。

 全盛期には絢瀬絵里、園田海未、西木野真姫、統堂英玲奈、優木あんじゅをファンネルにしての買い物が実行される。

 真姫の家出の期間は、彼女が音ノ木坂学院を卒業するまで続いた。

 家ではいつもアニメを見ているか、とにかく受験勉強をしている様子などヒトカケラもなかったので、果たして彼女はどうするつもりなのだろうと思っていたら、ある日突然、和木さんのところでお世話になるからと告げ、住んでいたアパートはあっという間に静けさを取り戻した。

 しかしあの、お嬢様大好きワッキー(そう呼ぶとキレる)が、お嬢様と二人で暮らすとか真姫の貞操は大丈夫なんだろうか。

 なお、真姫が自宅で暮らしている間には、私はなぜだかよく分からない演技の特訓をさせられ、

 確かに人並み以上に演技はできるようになった気がするけど、この先の人生で一つも活かされないだろうという感慨は得る。

 一方、もうひとりの犠牲者である亜里沙は普通に勉強を教えてもらっていたらしく、全盛期には姉を軽く凌駕する偏差値を誇っていた。

 そのまま名門大学に進学するものと思われたけど、バイトの時間が減るっていう理由でかなりレベルを下げた大学に行った。

 あの演技の特訓が良かったのか、真姫は活動して一年ほどで主演を勝ち取ったけど

 未だに出演を熱望しているきらら系アニメの出演は果たせていない。

 

 

 

 私の高校時代の一番の友人だと胸を張って言うと、希も亜里沙も「もっと別にいるだろ」みたいな顔をするけど。

 絢瀬絵里の大学入学後しばらくして、その東條希は「エリちに忘れられんようにウチも頑張る!」と言って本当に2年間ほど連絡が取れなくなってしまった。

 家に転がり込んできた真姫がいなくなってしまい、なんとなく寂しく思っていたところでテレビをつけると、

 なんと、今一番注目される占い師として東條希が出演していて大変に驚いた。

 その後なんとかして希と連絡を取り、久しぶりの会話を果たしてからお酒を酌み交わし、今までの鬱憤を忘れるように騒ぎ倒す。

 ただ、その時の出来事がのぞみんのスピリチュアルライフなるサイトにアップされ、金髪乱痴気騒ぎという題で紹介される。

 コメント欄には「そんなやつと友達やってるなんてスゴイ!」と書かれていて、私はそのサイトを二度と見ないことを決めた。

 

 

 矢澤にこは高校卒業後にアイドルグループの一員としてデビュー。

 最年長メンバーとして、たびたび芸人と変わらない体を張った芸でA-RISEよりも早く売れる。

 私がテレビをつけると、出川哲朗とかダチョウ倶楽部と一緒に矢澤にこがいるという状況をテレビで目の当たりにし、彼女がテレビで歌を披露しているシーンを一度も見たことがないと思ったけど。

 そんなこんなで、矢澤にこがテレビで見ない日はないというくらいに売れたけど、なんとグループの未成年メンバーが飲酒・淫行・喫煙の三点セットの不祥事を引き起こし、グループ自体が解散。

 にこだけは芸能界に残ろうっていう誘いがあったけど、もう充分に夢は見れたからと言って引退。

 その後、芸能関係とは全く関係ない職業に就こうと一念発起。

 なんと二週間足らずで一流有名企業の内定を勝ち取るけど、その日の深夜にやって来たというUTXの学長に誘われて芸能科の講師として就職してからは、μ'sの面々で一番忙しい人扱いになってる。

 

 

 なんて言うことを語りつつ、

 未だに寒い冬の時代を過ごしているニートの絢瀬絵里の現状を知って頂けただろうか。 

 ある特定の誰かを頼ることもなく、ひたすら妹のスネカジリをして衣食住を賄っているダメ人間である。

 そんな現状を憂うこともなく、今も自分の思う通りに動くネトゲのキャラを操作しながら発泡酒をちびちび飲み、ゲーム内で自分が所有する通貨が全て自分の手元に入ったらなあとアホなことを考えている。

 すると私たち姉妹が住んでいるアパートのドアが開く音が聞こえてきて、ガチャンと閉まる。

 パタパタというスリッパの音と一緒に私の城(ダンボールのハリボテ製)にノックもせずに入ってくる。

 仮に私が恋人でも連れてきていて、ギシギシアンアン状態だったらどうするつもりだったのかと思ったけど、そんなことはヒトカケラも可能性としてありえない(おそらく今後もありえない)

「亜里沙、夕食なら冷蔵庫に入っているわ」

 関係がかなり冷え込んでいて、姉妹というか単なる同居人同士みたいな状況下。

 妹の食事はだいたい私が賄っている、PCに張り付いていて寝過ごしたということでなければ。

「お弁当、今日も美味しくいただきました。ありがとうございます」

 淡々かつ極めて無感情でクールな声で言葉を告げる。

 私が大学を卒業してしばらく、就職もせずにグダグダ過ごしていたところを両親に見切りをつけられ

 仕方がないから海未のところでラブアローシュートの練習でもするかと意気込んでいたところ、

「ちょうど一人暮らしをしようと思っていたので、家のことをするなら養ってあげます」

 という誘いにホイホイ乗りはや数年。

 今では「姉と慕うつもりはありません」と北極にぶち込まれたかのような言葉を告げて、エリちのポジションは現在同居人(笑)みたいな感じ。

 私に就職を迫って襲いかかってくるとか、結婚相手をどこかしらから見つけてくるとか、そんなことはまったくないのだけど、年々言葉での交流が少なくなってくる。

「そう言えば姉さんご存知ですか?」

 思い出したかのように亜里沙が告げ、ここ最近見ることのなかった、面白いことを聞きましたみたいな表情を浮かべる。

 ただ、妹がこういう表情をする時はたいてい厄介事を持ってくるときだったので私は震えた。

「真姫さんは最近、成人向けゲームの出演も考えているそうです」

 過去には、私ももしかしたらそういうこともあるかも? みたいな話だったのに、今では、1クール放送のアニメでもさほど見なくなってしまい、遊びの誘いもかなり増えてきた。

 などという世知辛い話は置いておいて。

「なぜ、真姫と今度一緒に飲みに行くという話を亜里沙が知っているの?」

 それはどこの誰にも告げていない、トップシークレット(笑)だったはずなのに。

 もちろん飲み相手の真姫は知っているし、その時間はネトゲにログインできないと告げているツバサも知っている。

 亜里沙にはバレないように極力気をつけていたはずなのに……。

「社会人にはいろいろな情報網があるものです」

 いつの間にか花陽越えしたバストを張り妹がドヤ顔をする。

 どういう経緯でニートしている姉の生活事情を把握しているのかはわからないけど、

「安心してください、エリちのお出かけBOXにはもうちゃんとお金は入れてあります」

 命名センスとかストーキング妹(ラノベのタイトルっぽい)について聞きたかったけど、

 その言葉をごくっと飲んで我慢して頭を下げつつお礼を言う。

 亜里沙がパソコンの画面をちらっと見ながら部屋を出ていくのを見送り、

 私はもう一度、敵をバッタバッタと切り倒していた画面に向き直る。

 PCを放置して亜里沙と会話をしてしまっていたけど、マイク越しに今の出来事はツバサに聞こえているはず。

「エリーもウチに来ればいいのよ」

 ヘッドホン越しにツバサの声が聞こえてくる。

 実はこの誘い、A-RISEが解散してから幾度となく発せられている。

 彼女が言うには私は綺羅ツバサの生涯に渡るライバルらしいけれど、

 それほどまでに彼女がアイドルの後輩を引き連れて女子会を開いた時のカラオケ点数対決で採点の全要素で絢瀬絵里がツバサの点数を上回った(なんとも言えない空気になった)ことを未だに根に持っているらしい。

「あ、そうそう、今度飲みに行くわよ」

 ボイスチャット越しに末恐ろしい事を告げられる。

 ツバサの酒量は恐ろしくハンパない。

 私お酒が強いんです~みたいに吹聴していたアイドルたちを軒並みバッタバッタとなぎ倒し、

 A-RISEのメンバーにすらツバサと飲みに行くのはちょっと勘弁してほしいと言われていたのを不憫に思いお酒に付き合ったところ

 結局30時間近くぶっ続けで飲み歩いた挙げ句、財布がすっからかんになって亜里沙に怒られた。

「……予定が詰まっているから、また今度ね?」

「それ、去年の年末にも言ってなかった? ニートのくせして予定をより好みしてんじゃないわよ」

 耳が痛いのを我慢してクドクド文句を言うツバサの声をスルーしつつ、

 真姫が主演を演じたからと言って強制的に私の部屋に貼り付けたアニメのポスターを眺めながら、

 何かが動き出しそうな運命を感じていた。




裏話その1

プロローグにてエリちが語っている
この世界で放送されているラブライブ!は劇場版まで制作されたが、Aqoursをモチーフにしたラブライブ!サンシャイン!!は一期が制作されただけで打ち切られてしまった。

なお、ラブライブ!ではオーディションで落選してしまった西木野真姫ちゃんであったけど、サンシャイン!!では桜内梨子ちゃんの役どころで出演を果たした。

亜里沙ルートの番外編で、
過去のエリちの名言や、鹿角理亞の名言を栗原朝日らが知っていたのはそのため。

ただ、アニメのラブライブでは当初μ'sやA-RISEの協力が得られるという触れ込みで企画が開始されたが、μ's発起人である高坂穂乃果を中心とした、2年生メンバー、3年生メンバーには協力を断られ、事務所の都合で星空凛が、一人にしたら可哀想ということで付いてきた小泉花陽が、そして脚本家会議に呼ばれてもないのにやって来た西木野真姫が協力してそれなりのものが完成した。
なお、A-RISEの面々では唯一、自身の役どころと脚本で綺羅ツバサが協力しているが、その際に本業の声優を凌駕する演技を見せつけて、東條希を担当していた声優の楠川姫が引退を決意するきっかけを作った。

サンシャインの方ではAqoursのフルメンバーや鹿角聖良に協力を断られ、事務所の都合で鹿角理亞のみが脚本家会議に出席。
ただ、ユニットを組んでいたルビィから、あんまりAqoursのことを目立たせないでとお願いされたため、SaintSnowのことばかりを語ってしまったせいで、結果的に自身が黒歴史として封印しておきたかったラブライブは遊びじゃない発言が放送され理亞ちゃんは1週間部屋から出てこなかった。


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改訂版 西木野真姫との飲み会編 1

 鹿角理亞が好んでいるブランドは「アリスソフト」

 嫌いなブランドは「ニトロプラス」「TYPE-MOON」
 
 理由は意識が高そうだからだそう。


 とある駅前。

 冬場だと言うのに、やたらと露出度の高いアニメのキャラクターのコスプレをしたアラサーがそこにはいた。

 そいつの名前は絢瀬絵里。

 つまりは私である。

 

 

 そこから歩いて五分。

 デカデカとした看板やら、建物の明かりやらが存分に存在感を発しているこの状況下。

 アーケードの一角に西木野真姫との待ち合わせのため、

 そして自身の存在理由(笑)を探すため、この寒空の下で秋葉原でもないのにコスプレしている金髪を 通りすがる人たちが見やる見やる。

 私の心はもうすでに赤信号。

 気分的にはトラックあたりに轢かれて、異世界に転生したい。

 この世から絢瀬絵里の痕跡という痕跡をすべて排除したい。

 

 

 妹である絢瀬亜里沙が仕事に出かけた後、私はすぐさま行動を開始した。

 どこぞの年齢不詳のお手伝いから預かったコスプレ衣装を、

 閉まってあったクローゼットから出し、全方向に対して目を向けながら、

 誰も見ていないという事実を確認。

 それでも気になったのでカーテンを閉めて、

 アニメのキャラクターのコスプレをするという羞恥心と戦いつつ着替える。

 

 

 アニメのキャラクターのコスプレをしたアラサーを鏡で見てみると、

 何となくまだまだ自分がイケる気分になってくるから不思議である。

 もうすぐ30になろうかという人間がアニメのコスプレしている件を冷静に考えると、それなりに気分も盛り下がりそうなものだけれど。

 真姫が教えてくれたことには、このキャラクターは本編で魔法少女として活躍し、薄い本ではやられ役(いろいろな意味で)としてかなり有名だとか。

「そういえば以前、ロリ声の出し方を教えて貰ったっけ」

 真姫が飲み会に誘われているのだけど、一人じゃ怖くていけないから来て欲しいと頼まれて、

 声優の仕事をしている人たちとお酒を飲み明かした際に、私よりも年下なのにバリバリ成人向けゲームでも活躍している女性の方に、

「絵里さんって、なんかお姉さまって感じですごくイイ」

 ……こっちじゃない。

「真姫先輩も色気のあるお姉さま(そういう役どころが多いらしい)だけじゃなくてロリもやってみましょうよ、世界が広がりますよ」

 その発言に対し、もうすでに完全にできあがっていたツンデレお嬢様は、デヘヘという呻きに似た笑い声をあげて(褒められたと勘違いしたらしい)

「しゃーろとぉ・いぞあーるだぉぉ?」

 空気がアイスブルーに染まった。

 その発言を誰もが聞かなかったと決意し、

 すやすやと私によりかかり眠りだした西木野真姫に触れないように意識をしながら。

「絵里さんもやってみましょうよ」

 無茶振りをされたけど、私は真姫に連れてこられたニートである。

 芸能活動の経験もなければ、演技の経験もない。

 お酒を飲み始めて、何故この場に自分がいるのかレベルの有名声優さんに囲まれつつ、

 やらかした後輩(赤毛)の尻拭いをする。

「じゃあ、やり方を教えて貰ったら……」

「簡単ですよ、舌を上の歯に当てる感じで……」

 多数の声のプロがガチでああでもないこうでもないと絢瀬絵里へ演技指導を加え、

 ハイブリッド声優絢瀬に変貌を遂げる(脳内で)

「はにゅーん! ぁやせえりだぉー?」

 イメージとしては高校3年になるまでの亜里沙を意識しながら、

 ひたすら痛いキャラ作りで場を盛り上げる。半ばやけになったように騒ぎまくる女性メンバーを後目に

 眠る西木野真姫は二日酔いの状態で翌日収録に向かったらしい。

 

 

 そんな消し去りたい過去を思い出しつつ、

「あやせえりなのですー!」

 露出度の高い魔法少女のコスプレをしてロリ声を出しながら部屋で盛り上がっていると、ドアがガチャリと開く音が聞こえてきた。

 私は一瞬で固まり、かつドアを開いた人物もすごく申し訳なさそうな表情をしたまま。

「外に丸聞こえです」

 と、現実を突きつけてきた。

「エリチカおうちかえ」

「ここが家です。耄碌しましたか?」

「亜里沙……あの、どうしてここに?」

「忘れ物を取りに。ですが、忘れたままでよかったと痛切に後悔しています」

「記憶からも消せない?」

「私の頭脳は、あいにくデキが良いんです。ええ、何日間か夢に出てきそうです」

「お酒でも飲みましょうか、奢るわ……」

「それは私の労働して稼いできたお金です」

 

 真姫との飲み会が延期されそうなダメージを受けたけど、

 欠席を許してくれなさそうなお嬢様のLINEでのメッセージを見やり、

 なんとか地面に這いつくばるような気分でやって来たはいいものの。

 きっと祖母譲りの金髪が目立ってるんだろうな、誰もコスプレの衣装なんざ見ていないよね、

 という現実逃避が過渡期を迎え、寒風が身を凍えさせつつある状況下。

 多くの人たちが歓談をし、ひとときの再会を楽しんでいるのに、何故自分は見世物のようにこの場に立たされているのか。

 疑問に思えど答えてくれる人は誰もいないので、少しだけ思考を変えてみることにした。

 こうして待ち合わせをする人たちや、道を歩く人たちの奇異の視線を感じていると、自分の記憶を反芻するきっかけにもなった。

 誰も彼も老若男女問わずに絢瀬絵里という存在を知っているという現実、

 それが薄れるにつれて自分がとても小さい存在になったかのように感じていた記憶。

 人々の関心や記憶から日々更新されていくスクールアイドルの情報に触れ、自分たちとは時代が違うのだと感じること多数。

 

 

 こうしてスクールアイドルとしての知名度も落ち、

 ただ単に元スクールアイドルとして興味深い視線は向けられど相手にされない現状を鑑み、

 数ヶ月前まで二期が放送されていたアニメのコスプレをしている事を棚に上げての発言で恐縮ではあるけれど。

 現在の世間からの扱いとしては、μ's(笑)みたいな感じ。絢瀬絵里の格好(笑)であることを自覚しつつ客観的に見ての話。

 μ'sよりも初代優勝者のA-RISEが今は熱い。

 亜里沙との会話の端に出てくるのも基本的に彼女たちであるし、復活だって望まれている。

 ツバサと歩いていると、こんな目立つ金髪しているやつよりも声をかけられるのは断然デコのほう。

 日本人は負けたほうを応援したくなるものよと彼女は自虐的にネタにする時があるけれど、

 トップアイドルとして登り詰め、スクールアイドルの始祖としてのラブライブの貢献度、

 世間一般の知名度、どれを取ってもμ'sはA-RISEに敵わない。

 まあ、そんな事を言えば。

「そのμ's(笑)に負けた私たちがより惨めになるだけだから、自虐に走らないで」

 と怒られるんだけどね。

 

 

 怪訝そうな視線にも慣れて、

 こんな往来でコスプレをしているという事実に高揚感に似た感情を抱き始めた折。

 なんときぐるみが近づいてきた。

 拳銃でも構えながらうぇるかむかもーんとか言えば、

 シュールなマンガの一コマとして映えそうなウサギのきぐるみ。

 ただ、そのきぐるみには見覚えがまったくなく、

 かつ、意味もなく小刻みに震えている様子だったので、

 あ、もしかしたら真姫が変装しているのかもと思い立った絢瀬絵里。

 むやみにこんな格好させやがってという理不尽な怒りも手伝い、

 ちょっと驚きの一つでもかましてやろうと思った。

「ふふ、知っているわよあなたの中身」

 ビクリと大きく震えるきぐるみ。

 こんな大きな駅前のアーケードで

 露出度の高いコスプレをしているアラサー(金髪)と、

 アメリカのアニメにでも出てきそうなシュールな絵柄のきぐるみとの会話。

 端から見れば、見世物か何かのよう。

「あなたは最近、お酒で失敗をした……」

 まあ、西木野真姫のお酒に関するエピソードは失敗絡みばっかりだけど。

 基本的に仕事に対する意識が高いせいか、

 お酒を飲んでしまうとタガが外れてしまいがち。

「しかも、同僚にものすごく迷惑をかけた……」

「な、なぜそれを……」

 きぐるみから発せられる声が、

 どう考えても西木野真姫のものではなかったけど、

 彼女は声のプロである、

 少し変えることくらい朝飯前だと思う、たぶん。

 それと、同僚=絢瀬絵里って判断するとわかりやすい。

「あなたは最近、価値観が変わる出来事があった……」

「う……」

 成人向けゲームへの出演を考え始め、

 何から始めれば良いだろうと多数のエロゲーとともに真姫が来訪。

 どれでも良いと突き放すのも可哀想だったので「わかったわ、じゃあ、一緒にプレイしましょう!」

 と、豪胆な私が宣言、輝く笑顔の真姫。

 痛パソコンに次々とインストールされるエロゲー、膨らむ排気音。

 私自身もどれから始めれば良いのかわからなかったので

「まずは、どのソフトからやるか研究しましょう」

「わかったわ」

 という会話の後、パッケージを見てどれをプレイするのか考える。

 ――考える。

 正直な話、どれもこれもおんなじにしか見えない(年寄り特有の発想)ので、

「直感で決めましょう、私はこれ」

「私はこれ」

 見覚えのある絵師がパッケージイラストを描いているなと思って選んだ、

 【月に寄りそう乙女の作法】

 一方真姫が自信たっぷりに選んだのは、

 【抜きゲーみたいな島に住んでる貧乳はどうすりゃいいですか?】

 なぜそのゲームを選んだのか、私にはさっぱり理解できなかったけれど、

 ひとまず、最初は外れでも良いだろうということで

 真姫が選んだゲームをプレイし始める。

 

 ――結果。

 二人は飲食も忘れ40時間後、亜里沙の手で西木野総合病院に強制収容された。

 

 

「あなたは、最近……仕事で悩みがあるわね?」

「やはりあなたは……覚えて……」

「ん?」

「よかった、私のやってきたことは間違いじゃなかった」

「んん?」

「うるさいって言った! バーカ!」

 飛んでくるソバット――!

 直撃して身悶える私――!

 きぐるみはものすごい速度で走り去り、

 コスプレしている絢瀬絵里は地面とお友達になっていた。




矢澤にこ、西木野真姫、小泉花陽の3名で
矢澤家にお酒を飲むことになった折、
季節外れのインフルエンザに掛かってしまった花陽に代わり、
矢澤ここあが来訪。

 にこにーに料理を任せ、
 お酒も程々に、最初の方はとりとめのない話をする二人。
 が、酔いが回るに連れて
 乙女系(BL中心)小説家のここあと、エロゲー声優西木野真姫のタガが外れ始め、シモネタで盛り上がる盛り上がる。
「じゃあ、女性ばかりで盛り上がっているのも何だから、男性を呼ぼう!」
「男性?」
「矢澤家唯一の男性、防犯セキリュティはお任せ、矢澤虎太郎!」
「おおっ!」
 連れてこられた虎太郎相手にセクハラと言う名の拷問をぶちかます二人に対し、にこにー襲来。

 結果、西木野真姫は矢澤家を出禁になり、
 禁酒に励んだものの3日で断念。
 しかしその後、とある乙女ゲームの主役に抜擢され、
 女性人気も高まることになる。


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改訂版 ~西木野真姫との飲み会編~ 2

飲み会編と言いつつ、
いまだ飲み会には至らず。
深くお詫びいたします。


 地面と熱い抱擁を交わしているさなか、

 なぜ私がこんな罰ゲームみたいな格好をさせられているのかを振り返る。

 事の起こりは、西木野真姫との飲み会の数日前。

 場所は園田家。

 きっかけはいつものオンラインゲームのプレイ中。

 綺羅ツバサの麻雀ってやったことある? っていう台詞からだった。

 

 

 私の麻雀の初体験は十数年前、祖母が頭の体操と称してハマったことに遡る。

 祖母の多くの友人達がロシア料理店に集まり麻雀をやる中、

 ロシアン雀鬼とあだ名された祖母が勝利することが続く。

 これはダメだとさじを投げた面子が目をつけたのが私。

 当時まだ賢かったと評判の絢瀬絵里である。

 孫娘相手なら少しは加減するであろうという魂胆から、

 やりたくもなかった麻雀のルールを強制的に覚えさせられ、

 雀卓を囲むこと数回。

 才能があったのか、それともそこで才能を使い果たしたのかは定かではないけれど、

 並み居る大人たちを次々とハコにしていった。

 

 

 あまりに優秀過ぎたため、

 当時のエピソードを聞かれた亜里沙が、

「十で神童、十五で才子……十八くらいにはポンコツでしたね」

 とコメント。

 並み居るμ'sの面々が、やっぱりね? みたいな顔をしてエリチカ悔しい。

 とにかくまあ、

 大人たちから祖母に挑戦するように求められ、

 最初は加減してくれた相手も、いつしかガチ勝負が続き。

 いつやら誰も相手にされなくなって現在に至る。

 

 

 祖母のロシア料理店でホコリを被っていた雀卓は、

 いつしか園田家に移り、

 その彼女の家でさえ滅多に使われなくなり、

 どうしようかというタイミングでのツバサの発言だったらしい。

 そんな経緯を知るべくもない私は、

 いやあ、昔ちょっとやったことがあると嘘をつき、

 もしも誘いがあるならばコテンパンにのしてやろうと思ったのである。

 後に絢瀬亜里沙は語る。

「あの綺羅ツバサという超人が、何の魂胆もなく何かをやったことがあるかと聞くなど

 ありえないと思っていたほうが良いのですよ」

 それに気がつくのは、

 大抵何かしら後悔のした後というのが、あまりに悔しい。

 迂闊だという指摘は甘んじて受ける。

 

 

 そんな会話の一日後、園田海未からのLINEが届いた。

 久方ぶりのLINEだったので、嬉しく思いながら、

 麻雀の面子が足りないので集まれませんかという誘いを

 何の疑問も抱かずに了承をし、

 同じく誘われたという綺羅ツバサとともに園田家に向かった。

 

 

 ここで私が、

 他にどういったメンバーが集まるのかを疑念に感じ、 

 その面子如何では誘いを断れば良かったのだけれど、

 エリチカ以外が巧みに仕組んだ仕掛けを回避できるなど到底思えないので、

 多少のやるせなさは感じつつも後悔はしない。

 

 

 園田家に向かう道中に暇だったので、

 どんなメンバーで麻雀をするのかと問いかけてみると

 真姫とその他1名ですという返答が来る。

 海未がワザとぼかしていることなど検討もつかなかった私は、

 花陽とか凛とかそのあたりのメンバーが来るのだろうと思い込んだ。

 

 

 そのことをツバサに言ってみると、

 笑いを堪えるような表情をしながら、きっと麻雀は弱いわね。

 と言ったので、それに同調した。

 真姫が相手だろうが、りんぱなのどちらが相手だろうが、

 よもや負けることはないだろうと、絢瀬絵里は滑稽にもそう考えたのである。

 

 

 到着した園田家は、過去に来訪したときよりも増築が施されていた。

 以前までは、和風建築と言った言葉に合う邸宅で、

 私みたいな金髪が立っていると、

 さも異文化交流という言葉が似合いそうな場所であったはずだ。

 大きいけど地味とか、古いとか、言葉を良くすれば古風だとか。

 穂乃果曰く落ち着く場所だったそうだけど、

 和風建築なのにドーベルマンがいても違和感がなさそうだと告げれば、

 多少私の感じている疑問あるいは、疑念と言ったものが伺えるだろうか。

 

 

 初めて来訪したというツバサ(後日嘘でしたテヘペロってLINEが来た)が、

 イメージと違うというコメントを残し、怪訝そうな表情を浮かべたまま客間に入る。

「エリー、このさも押してくださいという赤いスイッチは何かしら?」

 借りてきた猫みたいになっている私を置いて、

 綺羅ツバサがどこかから拾ってきたのは……

 昔のアニメに出てきそうな、四角い銀色の箱に赤い円形のボタンが付いたスイッチ。

 ポチッとなという掛け声とともに押せば、

 その途端にどこかしらが爆発しかねない外見を持っている。

 何故か押したくなるそのボタンに対し、警戒心をあらわにする二人。

 

 

 ただ、暇であったし

 よもや園田家の客間に爆弾など仕掛けられようはずもないので、

「ポチッとな」

「その掛け声、エリーってロシアンクォーターなの?」

 最近、妹とまるで出来が違いすぎて、

 私自身はどこかの橋の下から拾われてきた子どもなのではないか、

 そんな疑惑があるけれど。

 どこかしらから聞こえてくる、うぇるかむかもーんの掛け声とともに、

 今まで壁だと思っていた場所が、ギギギという音と一緒に開きエリチカの度肝を抜く。

 そしてその先から現れたのは、

 露出度の高い水着のような格好をした(後日PPPのコウテイと判明)女性が、

 止まるんじゃねえぞみたいなポージングをしながら立っていた。

 

 

「やあやあ、お久しぶりだね絢瀬絵里くん。そしてはじめまして綺羅ツバサさん

 だけどどうしてかな、絵里くんのことは隅から隅まで知っているような気がしてならないよ」

 

 

 これっぽっちも顔を合わせた記憶もない相手から、親しげに話しかけられると緊張する。

 隣りにいるツバサも、なんとも言えない表情をしながら頭を下げている。

 記憶ないと言ったが、前々から妹に

「姉さんの記憶容量はファミコン並みです」 

 と、罵り倒されているので、

 もしかしたらどこかしらで会ったことがある人なのかも知れない。

「ダイヤモンドプリンセスワークスの原画担当にしてキャラクターデザイン。

 本業はアニメーターの園田碧とは、私のことさ」

 

 

 名前を聞いてピンときた。

 過去に園田家に来訪した際、

 結婚して実家を出ている姉が来ているという話をされて挨拶しました。

 ただ当初は、地味というか。

 海未をさらに小柄にして、メガネを掛けさせて、雰囲気を暗くした感じで。

 おおよそ目の前にいる相手と、記憶に残っているのとは重なりようもない。

 

 

「……ダイヤモンドプリンセスワークスって?」

「おや? ヒナの友人のくせに知らないのかい?

 同人で数千本売り上げた伝説のシナリオゲーにして、

 商業化したヒナプロジェクトの代表作……てか、それしかないんだけど。

 ファンディスクやら何やらで億単位のお金をボロ儲けした伝説のソフトさ」

 ダイヤモンドプリンセスという単語に嫌な汗を覚えたけれど、

 よもや自分とは関係ないであろうと結論付ける。

 隣でツバサが、いつになったら自分が攻略対象になるのかという

 意味のわからない話をしているけどスルーした。

「まあ、今日のところは顔見せだよ。

 度を越したシスコンとしては絢瀬絵里という人間に興味があったのさ」

「あの、私シスコンでも何でもないんですけど」

「はっはっは、ご謙遜を」

 などと笑いながら、

 さらに家の中で恥ずかしくないのかと問いかけたいコスプレ衣装のまま、

 海未のお姉さんは退場していき、

 私たちの間になんとも言えない空気が流れた。

 

 

 ――なんだったのだという反応から数分、海未が顔を見せた。

「すみません、少し道場生から質問攻めにあっていまして」

 白い道着という格好で、高校時代の凛々しさそのままに立つ姿は、

 なんというか、私と一つしか変わらないのに若さを感じる。

 これが働いている人間とそうでない人間の差かと思いつつ横でツバサを見ると、

 こっちみんなみたいな顔をされた、冷たい。

「準備も整っていますので地下までどうぞ」

「……地下?」

「ええ、もとは座敷ろ……ええと、地下空間だった場所を改築しまして」

 それ以上は訊くなと言わんばかりに見られてしまったので、

 懸命な絢瀬絵里はこれ以上コメントを控えさせて頂く。

 

 

 広大な座敷ろ……地下空間に移動し、

 そこでティータイムに洒落込んでいる赤毛のお嬢様と、

 そんな彼女に心酔している年齢不詳のお手伝いさんの組み合わせ。

 陽射し溢れる庭園とかで、貴族か何かがひとときの癒やしを体験しています、

 なんて態度だけれど、人が拷問でもされてそうな場所で

 何故そこまで弛緩できるのか解せない。

 

「エリー、ツバサさん、紅茶飲む?」

「媚薬入りですが」

 

 和木さんなりの冗談ではあろうが、

 彼女ならやりかねない所業に対し、苦笑いする面々。

 お嬢様一人が残念そうな表情を浮かべながら、

 こんなに美味しいのに、と言いながらそれでも紅茶を飲む。

 

「もしかして、和木さんが麻雀に?」

「雀鬼和木が本気を出すのは、お嬢様を脱衣させるときのみです」

 

 何その使い方が限られる本気の出し方。

 お嬢様はお嬢様で、私の裸は安くないとか、

 その献身、素晴らしいものだわとか言っているけれど、

 雀鬼であろうがなかろうが、本気を出すのは真姫関連だから。

 おそらく、私の背中がカチカチ山のように火でも付いていようが、

 笑いながらスルーするくらいはやってのける。

 

「ということはメンツは、私、ツバサ、海未、真姫ってことね」

「あらエリー、もう勝った時の魂胆でも考えてる?」

「そ、そんなことないわ!」

 

 いくら、何に対しても天才ぶりを誇る綺羅ツバサが相手だろうと、

 海未や真姫がある程度の実力を発揮しようとも、

 私が負ける要素なんて何ひとつもないだろう。

 そろそろ絢瀬絵里と言うより、迂闊絵里とかに改名したほうが良いかも知れない。

 

「勝ち負けがある以上、勝者には褒美を、敗者には罰が必要ですね」

 

 和木さんの提案で、誰に何をしてやろうという思考に入る。

 魂胆は醜悪だけれど、自分が負けるわけがないという自信も手伝い、

 罰ゲームはできるだけ羞恥に塗れたものにしたかった。 

 

 結局勝者には高級ホテルの無料宿泊券(真姫提供)

 敗者にはコスプレ(やっぱり真姫提供)して自宅まで帰るという案に決まった。

 ただ、ここは海未の邸宅なので彼女のみ、

 翌日ずっとコスプレをしながら仕事をすることに。

 

 ただ誰ひとり、自分自身が罰ゲームに殉ずるとは考えていなかった。

 滑稽にも、あらゆるコスプレをさせられて羞恥に塗れることになる私自身も。

 

 

 パソコンの脱衣麻雀なら経験はあるけれど、雀卓ではやったことがない、

 などという真姫のために、和木さんがサポートにつく。

 捨て牌まで決めるのかと思ったけれど、そこはお嬢様の勘におまかせすると言うので、

 大した脅威にはならないだろうと踏んだ。

 

 エリチカの手はそこそこ。

 大勝した所で、手に入るのは使う予定もない高級ホテルの宿泊券。

 換金した所でさほどの金額にもなるまい。

 そのように判断をした絢瀬絵里は、負けなければなんとかなる。

 どうせコスプレをするのは赤毛のお嬢様の確率が高い、

 哀れな羊は、いつも見当違いの自信を深め、

 そして自爆をするのである。

 

 東一局。

 親はツバサ。

 誰も彼も字牌から捨てていくという、

 どこぞのお方に怒鳴りつけでもされそうなスタイルで

 場は進んでいく。

 ただ全員が全員、無言で牌を捨てていくので、

 命の取り合いでもしてるんじゃないかっていうくらいの真剣具合。

 門前で手を作っているせいもあってか、

 だんだんと、もしかしたら海未あたりがテンパっているかも知れない、

 もしかしたらお嬢様は不正チートでもしているかも知れない。

 様々な疑念がエリチカの中で膨らんでくる。

 そして流局。

 誰一人テンパイも出来ず、親が流れた。

 

 東二局も何事もなく終わり、東三局。

 誰一人立直すらかけないという状況下で、

 少しだけ絢瀬絵里に動揺が走った。

 待ちはかなり悪いけれど、立直をかけて和了れれば満貫手。

 ただ、このまま流局する確率が高い状況下で、

 迂闊に立直をかければ、誰かに振り込んでしまうケースだってある。

 危険を顧みずにある程度の利益を求めれば、デメリットのほうが深い傷を残すかも知れない。

 結論として、エリチカは安全策を選んだ。

 

「あらエリー、迂闊ね、ロンよ」

 

 そしてその安全策(笑)が、

 急坂で背中を蹴り飛ばされてゴロゴロ転がり落ちていくが如く、

 コスプレをさせられ羞恥心に浸るまでの道のりを進んでいく材料だったとは、

 私はこの時知る由もないのだった。

 まあ、知っていた所で回避できる能力がないのは、

 いままでの絢瀬絵里の人生経験上、自信を持って頷けるのだけれど。

 

 

 結局泣きの一回でさえ、園田海未のチンイツの直撃を受けるという迂闊さで終局。

 絢瀬絵里のコスプレ品評会は和やかな雰囲気で始まった。

 用意されたアルコールを片手に、あーでもないこうでもない、

 なんて話し合う面々。

 私は負けましたごめんなさいという札を首から下げ、正座させられるロシアンクォーターに

 まるっきり発言権なんてなく、物悲しそうな目でこの場にいる数人の成人女性を眺めても、

 相手なんてしてくれるはずもなく。

 

 そうそう、先ほど出会った海未のお姉さんもメンバーに追加され、

 もっと人を呼んで晒し者にしようという世にも恐ろしい提案で小泉花陽も収集。

 絢瀬絵里は、一番私を不憫に思ってくれそうな花陽に話しかける。

 

「バイト上がりで疲れてない?」

「長い時間働いているわけじゃないから平気だよ?

 私と同い年くらいの子は、もっと長い時間働いているんだもの

 もっと頑張らないと」

 

 一生懸命な頑張り屋さんという印象は高校時代から変わらないけれど、

 その印象に切羽詰まった感がして、私はその事を寂しく思った。

 花陽は凛よりも断然器用で仕事もこなせそうなのに、

 何故、就職に縁がないのか。

 これはニートの思い上がりにも似た妄想でしか無いけれど、

 弱気な部分がやりたいことを抑えているのかなと思わないでもない。

 

「花陽、飲みに行かない? もちろん時間はいつでも大丈夫よ!」

「う、うん、私は大丈夫だけれど、絵里ちゃんは平気なの? 予算とか」

「へ、平気よ! うん、全然平気! なんにも問題ないわ!」

 

 花陽が、本当に大丈夫かなみたいな感じで見てくるけれど。

 それは予算の都合がつくか大丈夫なのか疑問だと言うより、

 この人は人として大丈夫なのかという疑問に感じているっぽい?

 それが、被害妄想なのは分かりきっている。

 可能性としてあってしまいそうな気がするけども、

 エリーチカは賢くて強いので、その思考を天高く放り投げた。

 

 

 一番最初にありとあらゆる衣装の中で、

 これだと思うものを持ってきたのは、園田海未だった。

 服飾センスでは下かもしれないけれど、常識人度ではμ's有数。

 

「いずれかを着せねばならないということなので、こころ苦しいですが」

 

 そう言いつつ持ってきたのは、どこぞの美少女戦士の衣装だった。

 一見するとセーラー服にも見えるそれだけれど、

 逆になにかの制服に見える分、アラサーにとってはなかなか厳しい。

 ただ、海未のセンスを信用するなら、この衣装でもマシな部類なのだ。

 実に申し訳なさそうに持ってきた分、取り替えてきて欲しいなんて言えず、

 着替えようとしてふと気がついた。

 

「ええと、更衣室は」

「元は座敷ろ……地下室です、そんな場所はありません」

「恥ずかしいんだけれど」

「……こ、高校時代を思い出すではありませんか」

 

 海未のフォローが痛い。

 誰しもが、絢瀬絵里が理不尽な思いをしている。

 そんな事はわかりつつも、誰ひとり私を助けようとしない事実に、

 これが世の中の道理なのか、

 シクシクと心の中で涙を流しながら着替えた。

 

「痛々しくない?」

「安心してください絵里、似合っています」

 

 本当に似合っていると思っているのか、海未が目を輝かせている。

 他の面々も、それなりに似合っていると言う評価で、

 コスプレしている当人の気分ばかりが微妙。

 

「月に代わってうんちゃらって言ってみてよエリー」

「それはにこのお母さんが言う台詞でしょ!」

 

 と、抵抗をしたものの、20秒後には高らかにセリフを吐く。

 にこのお母さんに連絡をとって言い方を伝授してもらおうとの動きもあったけど、

 本当に忙しく仕事をされているということで、絢瀬絵里との共演はなされなかった。

 

「金髪と言えばこれよ」

 

 と、自信満々な態度を取りながら、西木野真姫が持ってきたのは

 亀仙流の道着。

 何故、そんなものがこんなところにと思ったけれど、

 ていうより、金髪だからって超サイヤ人扱いはどうなのかと、

 嘆きたい衝動が心の中で沸々と湧いてきたけど。

 むやみやたらにエロかったりなんだりという格好ではないので受け取る。

 

「あ、エリー、眉毛剃る?」

「超サイヤ人3じゃないのよ? あとヒゲソリはやめて」

 

 着替えてみると、意外なことに軽くて部屋着とかにも使えそう。

 もちろん、この格好で街を練り歩けと言われれば、

 土下座してでも回避したいんだけれど。

 ――言った所で回避できるわけがないんだけど。

 ただ、着せた本人ばかりが無いわね、みたいな顔をしているので、

 西木野真姫当人のセンスの有無が気になった。

 

「やっぱり界王拳やらないとダメね」

 

 問題はそこじゃない。

 あと、超サイヤ人状態での界王拳の使用は

 肉体とか心臓にダメージを与えてしまうのでダメです。

 別に、やりたくないって言うわけじゃないのよ?

 

「素晴らしきかな西木野家、ああげに金髪に相応しい」

 

 などと言いつつ、和木さんが持ってきた衣装は。

 

「……キュアサンシャインじゃないですか」

「絵里さんには一度プリキュアの衣装を着せてみたかったので」

 

 だったら、ラブライブ!サンシャイン!!に出演したお嬢様(桜内梨子役)にでも

 着させて、ああ素晴らしきかなサンシャイン!!(1期打ち切り)とでも言ってればいいのに。

 などと心の中で毒吐きつつも、発言権は許されてないので。

 

「これ、どうやって着るんです?」

「まずは服を脱ぎます」

 

 そこじゃない。

 

「仕方ありませんね、お嬢様にお召し物を着させるように、

 下賤たるチンパンジーにお洋服を着させてありましょう

 土下座しながら感謝してください」

 

 などと言いつつ、お手伝いさんとしての確かな仕事(?)で、

 絢瀬絵里はキュアサンシャインへと変貌していく。

 先程来、自分でやっていたツインテールも丁寧に整えられ、

 パッと見本当にプリキュアにでもなった気分になった(アラサーの個人的な感想です)

 

「陽の光浴びる一輪の花!キュアサンシャイン!」

「いいぞー! もっとやれー!」

 

 着替えている間に、私の衣装を選ぶのを忘れお酒にご執心だったメンバーが、

 私の拙い掛け声を盛り上げるように声を上げる。

 初代から魔法使いまで無難に掛け声をこなし、

 まるで本当にプリキュアになったかのような気分になり始める(勘違い)

 自分も着ると言い始めた綺羅ツバサに、出来上がって着せ替え人形化していた真姫、

 そして、実はちゃっかり着てみたかったらしい園田海未のコスプレショーが始まり。

 その映像は小泉花陽を中心としたカメラ班によって撮影され、

 黒歴史はのぞみんのスピリチュアルライフにアップ、いまだ消されていない。

 

 なお、私はキュアサンシャインの衣装のまま自宅に戻り、

 翌日、絢瀬亜里沙の振る舞ったロシア料理に涙することになる。




のちに、絢瀬絵里と園田海未はどちらがすごいか。
などという言い争いで大喧嘩する、綺羅ツバサと星空凛。

が、間に挟まれていた月島歩夢は、
仮にこの二人が結婚したら、「星空ツバサ」になるのか「綺羅凛」になるのか。綺羅凛だともう、なんか、もうアレだなと思い、収録中ずっと笑いをこらえているような表情を浮かべ、結果的にディレクターに追い出され、亜里沙に憤慨された。


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改訂版 ~西木野真姫との飲み会編~ (完)

鹿角理亞ちゃんは好感度によって、相手の呼び方が変わる。

好感度低だと呼び捨てか、そもそも呼ばない。
好感度中だとさん付け。
好感度が高いと呼び捨て。

低に該当するのが、Aqoursの面々。
中に該当するのが、仕事の先輩とか同僚とか。
高に該当するのが、ルビィやエリち。
(例外は聖良姉さまや、亜里沙等ごく少数)


 などということを考えている間に、

 赤毛のお嬢様が珍しく、最初からピンでの登場。

 ただ、あの年齢不詳のお手伝いさんがどこに控えているかわからないから、

 彼女の悪口とかは言わない、あとが怖い。

 

「さすがエリー。見事なコスプレね」

「道行く人が、哀れそうなモノを見る目で見るわ」

「自分が出来ないことに憧れているのよ、

 よく言うでしょ、さすが絢瀬絵里、

 そこにシビれる憧れる! って」

「本名暴露するの止めて」

 

 今のところ素面の真姫は、

 しげしげと私の衣装を眺めたのち、

 ここをこうしたほうが良いとハサミを取り出し、

 私の衣装の露出度をさらに高めた。

 これで飲み会の店から

 ふしだらな格好をする人間は出禁とでも言われれば、

 今日の飲み会も延期されるのかなって思ったけれど、

 穂乃果が働いている店は懐が大きな店だった。

 ただ、忙しそうに働いている当人は、

 こちらをひと目見た後、

 あんな人知りませんみたいな顔をしてスルーしたので、

 絢瀬絵里は多大なるダメージを受けた。

 

「エリーはビール?」

「ええ、なんかもう飲まないとやってられない気分になって」

「やった経験のない処女らしい発言はともかく、

 私も珍しくビールをジョッキで行くわ」

 

 ほんとうに珍しい。

 酒はアルコールが高いほうが良い、ビールとか苦いだけ。

 という思考回路(だから酔う)の真姫にしては、

 ようやくお酒の飲み方を覚えましたと言わんばかりの行動。

 

「人生の酸いも甘いも噛み分けてきた私としては、

 そろそろお子ちゃまも卒業しようと思って」

 

 神妙な顔をして一点を見つめ始める真姫が、

 まるで、もう酒を嗜んで吐く寸前なんじゃないかと思うくらい、

 すごい真面目な表情でこちらに視線を向けるものだから、

 絢瀬絵里も少しばかり真面目な態度を示そうと

 背筋を伸ばしていると、

 

「だからエリー、一発貫通式体験しない?

 痛くしないから、優しくするから、和木さんが」

 

 大コケ。

 それ、お子ちゃまを卒業するのが私じゃん。

 お嬢様は傍から見ているだけじゃん。

 そしてあのお手伝いさんは、

 どう足掻いても私になんか優しくしてくれない。

 できるだけ痛く貫通してくるであろうから嫌なんだけど。

 

「どうしたの真姫、いつになく、私に対して手厳しくない?」

「役作りをね、珍しくしているのよ」

 

 テーブルに置かれたビールのジョッキを飲みながら、

 真姫が今までの経緯を語る。

 

「いままでは役作りなんて、やってる暇なんてなかったんだけど。

 仕事も少なくなってきて、役に向き合った時にね。

 過去には出来なかったことを出来るようにしないと

 本当に、声優としての肩書を失うことになるんじゃないかなって」

 

 最初からどシリアスの空気をかましてくるお嬢様に対して、

 ちびりちびりとビールに口を付けながら、

 コメントに困ってしまった絢瀬絵里としては、

 元気づけるのも変なような気がしたから、

 真面目に後輩を想う態度を作ろうとして、

 鏡でちらりと自分の姿を視認し、

 この格好で真面目な発言をして信用されるかどうか、

 本当に疑わしい心情になったけれど。

 

「肩書を失う? 結構じゃない。

 別に仕事があろうがなかろうが、

 声優っていう意識があればその時点で声優なんじゃないの?」

「そうは思うのよ?

 でも、ある程度売れてしまって仕事があった人間が

 すごーく暇で孤独な時間を過ごした時に、

 あれ、自分は今何をしているんだろうって思う時は

 誰にだってあるものじゃない?」

「あいにくニートにはその辺の気持ちは良くわからないけれど」

 

 徹頭徹尾仕事がない人間としては、

 売れてちやほやされていた事実が10年は遡らないといけない。

 誰も彼にも注目されていた過去を持っていた私ではあるけれど、

 そこまで良かった経験をしたとは思ってないし、

 むしろ、誰にも相手にされない今のほうが清々しい気分ですらある。

 

「外野から石を投げてきて、ぶつかったら喜ぶ人のことなんて、

 本当に、なにひとつ気にする必要なんて無いのよ」

「気にしているつもりは、無いのだけれどね……」

 

 口ばかりで、行動が何一つ伴っていない。

 そんなニートに何が出来るというわけではないけれど。

 世の中を変える、

 そんな事ができるとするならば、

 徹頭徹尾行動をするしかない。

 口でいくら嘆いていた所で、

 誰も何も世界も変わることはないし、

 文句を言っても愚痴っても不満を漏らしても、

 全然全くこれぽっちも世界も周りも良くならない。

 

 意見を告げれば、

 正論を言えば、

 事実を指摘すれば、

 相手が良くなるなんて思考回路は本当にお気楽だ。

 それは、相手を思っての発言ではまったくない、

 ただの自己満足に過ぎない。

 

「真姫って、エゴサーチ好きでしょ?」

「にこちゃんの影響かしらね。

 いや、元からそういう下地はあったのかしら?

 定期的に見るけど、なかなかやめられなくて」

「ちなみに、私の知っている人間は、

 エゴサして悪口を見かけたら、書き込んだ人間を

 できるだけ惨たらしく殺す妄想をするらしいわ」

 

 本当に当人の名誉のために誰なのかは伏すけれど。

 

 

 ――真姫は優しい。

 優しすぎて罵詈雑言ですら受け止めてしまう。

 正直な話、ネットに転がっている論説は受け止めるだけ時間の無駄。

 それがたとえ、客観的に正しい意見であろうとも、

 見るだけ無駄、本当にただの無駄。

 自分で本当に正しいと思う論説なら、

 相手に届けられるように、直接告げられるように努力すればいいのにね?

 

「それコッティーでしょ」

 

 伏せた所で暴露してくるスタイル。

 

 真姫には悪いけれど、ことりへの風評の辛辣さはお嬢様とはレベルが違う。

 キャラ作りをしているとか、腹黒いとか、性格悪そうとか、ビッチだとか、

 海未あたりが目にしたらスカイツリーに晒し首にされそう、

 って見ながら思ってるけれど。

 

 私が何気ない調子で、

 いやあ、過去のことを言われると辛い部分があるわねと言ったら、

 現在進行系で罵詈雑言がネットに載ってる私はどうしたら良いのかなあって

 地雷を踏んで絢瀬絵里は逃げ出したくなったね?

 

「確かに量で言えば、ことりやにこちゃんには遠く及ばないわ

 でも、そういうのって量じゃないじゃない?」

「ごめんなさい、そうよね……

 ちょっと無神経で迂闊だったわ」

「見なければいいっていうのは、わかっているの。

 同業でも、一切見ないっていう人もいるし。

 こう、やりきれないものよね」

 

 唐突に訪れるだんまり。

 自分のことを棚に上げるなら、

 ネットだけに集中せずに、仕事をすればいいとか。

 そういう意味のないアドバイスとかも出来るんだけれど。

 

「なになに、暗いんじゃない? はいビール」

「穂乃果……」

「あ、ごめんなさい、私魔法少女の知り合いがいないので

 異世界語とかで喋ったほうが良かった?」

 

 エリチカ撃沈。

 ジョッキを受け取りつつ項垂れると、

 真姫の方は少し調子を取り戻したようで、

 

「男性は30歳を超えて童貞だと、魔法が使えるようになるらしいわね」

「絵里ちゃんもうすぐじゃん! 使えるようになったら見せて!

 ネットに上げるから。

 狂気! アラサー処女バーベキューで炎の魔法を使う! とかで」

 

 それただの便利な人じゃん。

 あと、私のことを相手にするのか相手にしないのか。

 それと私はたぶん氷属性なので、

 出すんならかき氷か、クーラーボックスに入れる四角い氷みたいのだと思う。

 

「穂乃果はネットとか見るの?」

「んー? 最近は忙しいから見る暇がないかも

 まあ、どうせ見た所でたいした情報は転がってないし」

 

 調べ物するなら図書室か、人づてに聞く、

 などという、高校時代ではあり得なかった優等生な意見。

 が、暇だという部分で自称人気声優の(最近仕事がない)お嬢様は

 ちょっとだけダメージを受けたみたい。

 

「ネットの情報って、どうしたって真偽を調べないといけないし、

 結局は二度手間なんだよね。

 よっぽど自分で動いて行動したほうが有益な情報が得られるもん」

「穂乃果は最近なにか調べ物でもした?」

「ちょっくら英会話を……キャンユースピークジャパニーズ!」

 

 それ、外国で使うの? どういう意図での使用を想定しているの?

 まあ、多少は接客で外国語を使うのだろうと、私は大して気にしなかった。

 よもやそのことが、後々重大なミスを招こうとは――

 

「あ、真姫ちゃん。人生の先輩としてアドバイス」

「……そこにいる金髪ポニーテールのほうが先輩だけれど、

 そういうのは考慮しないの?」

「絵里ちゃんには、あとあと頑張って貰うから良いんだよ」

 

 真姫お嬢様、いくら酒の席だからといって瓶ビールで絢瀬絵里を指すのは止めましょう。

 いくらメンタルの硬度がそれなりだからって、元々は結構弱い人なんだからね。

 それと、あとあと頑張ってもらうって何? ここで働かされでもするの?

 

「どうせ聞くなら、顔を合わせた人にアドバイスを聞くのが良いよ」

「まるで、アドバイスなんて無意味みたいな言い方ね」

「無意味だよ、人生でうけた95%のアドバイスは無意味だった。

 顔を合わせてない人のアドバイスだったら100%って言っても良い」

「……その心は?」

「世の中の大抵の問題は……ううん、自分の問題っていうのは、

 自分で解決しなきゃいけないんだ、誰かにやってもらおうとか、

 誰かが解決してくれるなんて、そんなことは絶対にありえない。

 だいじょうぶ真姫ちゃんならできるよ、私みたいバカじゃないし、

 絵里ちゃんみたいにニートじゃないし」

 

 さり気なくアイスピックで心臓を撃ち抜いてくる穂乃果さん。

 私なにか悪いことしました?

 いや、この不健全全開な格好で来訪したのは謝りたいけれど、

 別に自分でやりたくてやってるわけじゃないからね?

 自分の迂闊さが招いた事態じゃないかっていうツッコミは甘んじて受けるけど。

 

「あと、真姫ちゃん、相談するなら絵里ちゃんじゃないほうが良いよ」

「頼りにならないから?」

「それもあるけれど」

 

 それもあるんだ。

 あと、真姫も頼りにならないけどみたいな顔をして言うのは止めて。

 穂乃果も笑いをこらえながらこっち見ないようにするのはよして。

 ダイヤモンドプリンセスばかりがダメージを受けるこの現状、

 果たして私自身だけが招いた事態なのか……ちょっと疑問だ……。

 

「絵里ちゃんは優しい、理想的で、健全で、

 誰もが憧れるような模範的な人。

 ただ、それだけじゃ世の中生きていけない、すぐに折れてしまう

 実際に折れてるし」

 

 持ち上げるんだったら最後まで持ち上げて欲しい。

 一つも反論できる要素がないから黙っておくけど。

 あと、どこの誰が憧れてるのか教えて欲しい、私の知ってる人かしら?

 だとしたらちょっとお中元でも送って感謝の一つでもしなきゃいけない。

 

「どうしても相談したいなら、ツバサさんとかが良いよ」

「あんまり面識がないんだけど」

「だいじょうぶ、いいアドバイスくれると思う」

 

 ツバサはやめておいたほうがいいんじゃないか、

 と思ったけれど、

 穂乃果がほぼ確信的に良いと言っているんだから、

 おそらくは大丈夫なんだろう。

 でも、一度だけことりと顔を合わせた時に、

 エゴサで悪口を見かけたらどうするか、

 一瞬で殺すかできるだけ惨たらしく殺すかで、

 ことりとえらくウマがあったのが、すごく不安なんだけど……。

 

「じゃ、ツバサさんの紹介はよろしくね絵里ちゃん」

「私のお願いなんて聞いてくれるかしら?」

「大丈夫絵里ちゃんなら出来る、カリスマ生徒会長!

 金髪ロシアンクォーター! ほら、真姫ちゃんも」

「え、ええと……か、賢くて美人! 胸が大きい! スタイルがいい!

 声優さんみたいに声が可愛い! 誰しもが憧れる外見!」

 

 最初のうちはそんなことはないと思っていた私も、

 だんだんと持て囃されるうちに、

 なんとなくいい気分になって、ツバサと真姫との面会の約束をした。

 

 ――そのせいでツバサとの飲み会を約束させられたけれど、

 日程までは決めてないからセーフ。

 ふふふ……私がその気になれば、飲み会の日程を一年後、数年後にするのも、

 可能だということ……!

 

 あと、花陽と飲み会の約束をしましたと妹に告げたら、

 

「花陽さんですか……ふむ……」

「して、いくらばかりか金銭面での援助をお願いしたく候」

「分かりました、では、後日凛さんと飲んでください」

「……凛は精神的にゴリゴリ削られ……あ、なんでもないです、行かせて頂きます」

 

 妹に発言権がない姉って、

 どこのマンガだと思うんだけれど、これは現実なんだよねえ……。

 なにかに訴えられないかな? お前は働けよって言われるだけかしら?

 どう足掻いても、被害者は亜里沙で被疑者は私っぽいんだけれど。

 いくら考えた所で、哀れな子羊で該当するのは絢瀬絵里じゃない?




聖良姉さまは人の顔を覚えるのが苦手。
なかなか覚えることが出来ないので、いつもたいてい冷静で高みから人を見ているような態度をとっている。
名前すらよく覚えていない有様で、Aqoursの面々も千歌とダイヤしか記憶してない。
プロデューサーも亜里沙くらいしか覚えてないので、仕事の時はたいてい理亞とか歩夢のそばにいて、誰この人って思いつつすました顔をしている。

μ'sも例外ではなかったけれど、絢瀬絵里の顔だけは覚えたらしい。


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小泉花陽との飲み会編 前日譚

曜ちゃんのパパは船長さん。
とある夏の日、渡辺家に帰宅後に風邪を引いた気がすると病院へ。

いまはお空の上の星の海を航海していると曜ちゃんは語る。
なんでも、お盆の時期には必ずおうちに帰ってくるとか。

ただ、そのお盆の時期に渡辺家で撮られた
曜ちゃんと曜ちゃんママとパパの帽子の写真には
人が二人しかいないのに三人いるとかいないとか。


 真姫が大量のお酒を入手して処理に困っている。

 などという話を聞きつけ、

 真姫の住んでいるアパートに言ってみると住居の大部分が酒蔵と化していた。

 

 なんでも、

 とあるご当地キャラの声優を担当した彼女は、

 地元密着のイベントに呼ばれてもない(来ると思われてなかった)のに参加し、

 お酒のことや地元の名産を語りまくり、

 スタッフにえらい気に入られてしまって、

 持ってけ持ってけと言われて大量の日本酒を押し付けられる。

 廃棄処理にでもする酒を持って行かされたのかと思いきや、

 なんとみんながみんな新酒、そして新品。

 一番安い酒ですら5000円はくだらないという、えっらい高級な酒を、

 最初のうちは喜んで飲んでいたけれど、

 仕事に差し支えが出るレベルで二日酔いになってしまい、

 マネージャーと社長からこっぴどく叱られたらしい。

 

 

 このままでは生活用水に日本酒を使うしか無い。

 などと真顔で言われてしまったので、

 絢瀬絵里、小泉花陽、園田海未の3名は、

 仕方なく(笑みを浮かべながら)

 ほんとうに仕方なく(ニッコニコの笑顔を浮かべながら)

 西木野真姫を助けんがため(赤ら顔で)

 お酒を飲み始めたのである。

 

 呑口がまるで水なお酒を挨拶代わりに一本開け、

 気分転換にツマミでもかじろうと、

 和木さんが作る手料理(嫌味も言われずに食べたいものを作ってくれた)に

 舌鼓を打ち、花陽や真姫の仕事の愚痴(私には存在しない)を聞きながら、

 だんだんと楽しい気分になってきた。

 

 基本的に絢瀬姉妹はお酒に強く、嫌なことがない限り酔わない。

 酩酊するとすれば、ネガティブな感情に包まれたときだけ。

 ――だと、私は認識していた。

 が、量を飲めば人間、ザルでもない限り酔う。

 タガが外れたように飲み散らかせば、ある程度は酔っ払う。

 とは言いつつ、あとあとから振り返ってみれば、

 少々ハメを外したかなくらいにしか思ってなかった。

 

 が、この飲み会の時の話を参加者の花陽や海未はともかく、

 主催の西木野真姫ですら話の種にしたがらないので、

 一番遠慮なく私に話してくれそうな和木さんを頼ることにした。

 仮に自分が何かをやらかしてしまった可能性があるとは言え、

 お嬢様のやらかし具合に比べればさしたものはあるまい。

 

 そろそろ絢瀬絵里と言うより、迂闊絵里あたりに改名したほうが良いかも知れない。

 話を聞いた私の感想はそれだった。

 

「そうですね……絵里さんは本当に酔うと女性が好きになるんですね」

 

 衝撃すぎる告白。

 無自覚かつ今まで指摘をされたこともなく、

 それでいて、誰からもその疑惑が持たれたこともなく(たぶん)

 たしかに嫌なことはあったけれど、同性を追いかけることはないだろう。

 などと思っていた私の頬に右ストレートが決まった。

 ダメージは受けつつも、まだそれほどでもないだろう、せいぜいキス魔になるとか、

 セクハラ魔神(真姫がたまになります)になるくらいであろう、そうであって欲しい。

 

「絵里さんが急に静かになって、酔ったのかな? 珍しいこともあるものですね

 なんて、海未さんが顔を覗き込んだ瞬間、ズキュゥゥゥンでしたね、もう」

「あ、あはは」

 

 苦笑いする私。

 後日海未から、できれば責任をとって頂きたいのです。

 ええ、私の気持ちを考えて頂けるならば、という言葉を聞いて、

 嫌な予感はしていたんだけれど、海未の過剰な表現(希望)なのではないかと。

 

「意図的に言葉をつけるならば、口レ○プと言わんばかりの行動でしたね。

 題をつけるならば、口レイ○! 野獣と化した絢瀬絵里!」

 

 生憎だけれど全く記憶がない。

 確かに西木野家で飲んでいたまでは覚えているんだけれど、

 ウトウトってしたらもう自宅で寝ていたから。

 そういえば朝一番に顔を合わせた亜里沙が珍しく怯えたような表情をして、

 姉さんが目を覚まして冷静でない様子ならこれを使えと言われましたと見せられたのが、

 スタンガンのような何かと、麻酔銃らしき銃。

 私の語彙では、それらしき何かという表現しかできないけれど、

 これら二つが絢瀬絵里に発動されれば、そいつは死んでる。

 

「あえて聞きますが」

「あえて聞くんですか? マゾですかあなたは

 ――まあ、そんなあなたに敬意を評して経緯を説明しましょう」

 

 さり気なく飛ばされた和木さんのギャグをスルーしたら、

 気がつけと罵られ、スネを蹴り飛ばされる。

 恐ろしい痛みにエリち悶絶。

 

「海未さんをさんざんいたぶった後、部屋に残っていたお嬢様と花陽さん……

 いえ、ここは仮名としてAさんBさんとしましょうか」

「も、もう……相手の名前を……言っています……」

「Aさんは、未来の道場主さんの惨状を見るにつけ神に祈りました。

 しかしそれは、死亡フラグでしかありませんでした。

 ええもう、わっしわっしでした、あらゆる箇所をバストマッサージされましたね」

「そういえば……和木さんは何してたんですか?」

「どうでもいいことです」

「和木さんは何して」

「話を聞け」

「はい」

 

 Aさん……もとい、西木野真姫はその体験の後、

 もしかしたら運命の人は男性なのかも知れない説を唱え、

 女磨きに精を出したそうだけど、後輩の女性声優からモテる結果しか産まず。

 どう足掻いても女性にしか縁がない自分に開き直り始めたらしい。

 一番の攻略対象は私だそうだけど、なんかもう、

 そうなっても仕方のない行為をしたらしい。

 最近では婚姻届も準備しているらしいけれど、

 必要なのは私の判だけだそうですよ? もっとなにか必要じゃありません?

 

「花陽さんは、お嬢様と海未さんを見て、自分は無事にすまないと察しました。

 心の中で一番の親友の凛さんに遺言を残し、就職できずに逝くことを両親に報告し

 その時奇跡が起こりました、絵里さんの動きが急停止したんです」

「奇跡て」

「のちに花陽さんは言いました、嵐の前の静けさってやつですね、てへぺろ」

 

 その模様を目撃した和木さんは、

 これがもし男性が女性にしている行為だったら――

 そして、コレが比較的仲のいい友人間で行われてる行為でなかったら、

 絢瀬絵里という存在はすぐにブタ箱に放り込まれても仕方なかった。

 

 多くのμ'sのメンバーの犠牲を経て、

 絢瀬絵里は和木さんの手で私の自宅に連行。

 そんなことをもつゆ知らず、胸の中に秘めてくれた面々に

 まさか自分自身の犯罪の吐露を迫っていたとは。

 

「謝らないと……土下座かしら……」

「とりあえず花陽さんへの謝罪はいま済ませましょうか?」

「え? もしかして花陽……が……」

「特別ゲストの星空凛さんです、あ、ご存知かと思いますが

 小泉花陽さんの一番の友人です」

 

 ご存知です。

 百鬼夜行、魑魅魍魎、悪鬼羅刹、異類異形。

 ありとあらゆるこの世ならざるものをその身に宿した星空凛が、

 高校の先輩を罵り、いたぶり、苛み、拷問をし、

 ボロ雑巾のごとくになるまでダメージを与えて、

 

 その後絢瀬絵里は園田海未の惨状を知るに至った魔神絢瀬亜里沙に引き渡され、

 人権というものを一週間ほど失った。

 自業自得という言葉を身に沁みて理解する出来事になったけれど、

 心優しい面々は、未だに私とお付き合いがある。

 

 ここで、絢瀬亜里沙の一部の発言を取り上げる。

 

「もう! もう! 海未さんの性癖が歪んだらどうするつもりなんですか!

 男性よりも女性が良いなど言い出したら! 姉さんはどう責任を取るつもえへへ」

 

 あ、こっちじゃない。

 

「私は考えました、いかに絢瀬絵里に苦痛を与え、かつ、生き延びさせるか」

「地獄では生ぬるい、拷問でも物足りない、

 いっそのこと同じ目に遭わせるという手もありましたが、それでは私の気がおさまらない」

「なので、丁重に管理します。安心して下さい、あなたに人権はありません」

 

 結果。

 太陽が眩しく。

 空気が美味しく。

 ありとあらゆるものが美しく見えるようになる。

 お酒は飲んでも飲まれるな。

 そんな標語さえ尊い、小泉花陽との飲み会を前にして、

 絢瀬絵里はそんな述懐をするのである。




西木野パパは物語屈指の良い人。
真姫ちゃんには腹違いの姉がいるということを除けば
女性関係にも問題はなく。
家出した真姫ちゃんの生活費もこっそり払い続けていた。

が、最初は絢瀬家の両親に振り込まれていた生活費が、
絵里、亜里沙、真姫で暮らしていた家に還元されず、
すったもんだの末、和木さんを通じて絵里が管理することになった。


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小泉花陽との飲み会編 1(花陽さん未登場回)

エロゲーでいちばん大事なシーンは愛を確かめあうシーンと語る鹿角理亞ちゃんは、相方の黒澤ルビィちゃんや姉の鹿角聖良さんと恋愛映画(ルビィと聖良姉さまの趣味)を観に行くと、キスシーンで手で顔を覆ってしまう。

なんでも極めて恥ずかしいらしく、なぜあんな破廉恥なシーンを遠慮なく観ることができるのか! とエロゲーをプレイしながら言ってのけ、あらゆるアイドルから自身を棚に上げることを理亞ると発言するブームが起こった。


 新年が明けてからしばらく、

 そろそろ2月の足音が聞こえてきそうなそんな日。

 あいも変わらずニートとして過ごし、今年も無職のまま通り過ぎていく。

 そんな気配が漂う日々を送る中、都心では天候が荒れていた。

 これ以上冷えて気温が下がれば、何十センチレベルで積雪しそう。

 そんな不安に苛まれながらも、どのみち外出をしなければどうにもなるまい。

 停電になりにすれば、暖房器具が停止して極寒にさらされることになろうけど、

 かといって、それでも厚着になり雪だるまのような外見になれば冷風は耐えられる。

 なので、何も問題はありはしないであろうと結論づけて、

 今日はどのオンライゲームのどのイベントをこなそうかと考えていると、

 花陽からLINEが来て、今日の飲み会はどうしようという内容の文章を見、

 そろそろ脳トレでもして記憶力の増強を心がけねばなるまいと思う絢瀬絵里でした。

 

 

 部屋でぬくぬくという甘い考えは見事に打ち砕かれ、

 かといってお酒の誘惑にも抗えなかった私は、

 ひとまず態度を保留し、時間経過後に答えを出すという先送りをした。

 朝から身も凍りうる寒さで、天気予報では荒天をさし、 

 結論から言えば外出せずにのんびりとしたいところではあった。

 刺すような冷気が靴下を履いていても辛く、かといってじっとしていれば身体は温まらず。

 少しばかり身体でも動かそうとすると、寝起きの亜里沙が般若みたいな表情をし、

 強制的に口を閉ざしますかと告げたので、無い袖は振れない私は頷かざるを得なかった。

 朝食を作りながら、少しでも妹の機嫌を取ろうと

 自分のために取っておいた材料をふんだんに使い、

 なんとかして好感度の上昇に成功、ピロリンという音がした気がする。

 テレビから流れる音声は、先程から厳重な警戒を促すばかりの内容で、

 これから仕事に赴かなければならない妹は、

 自分ばかりが風雪にさらされるのは耐えられないと思いつつも、

 心配げに飲み会の予定を改め、後日に先延ばしすればいいという提案をした。

 たしかに今までの経験上、大雪とは相性が悪い。

 ロシアにいた頃は雪が長く続いて、外で遊ぶこともできずに暇ばかりだった。

 かといって、長姉だったことも手伝いわがままも言えず。

 妹は当初からとても聡い子だったから、そんな私に気を使って、

 微妙に姉妹間の関係はギクシャクとしていた。

 今は違う意味でギクシャクしている気がするけれど、

 その結論はあえて先送りすることで流す、きっと空気が変われば内容も変わる。

 高校時代にも一度、雪が降って大変な目に遭ったことがある。

 冷静な解釈を加えれば、大変な目に遭ったのは穂乃果たちμ'sの2年生組。

 6人でラブライブ最終予選に臨まなければ行けない状況に置かれてもなお、

 まあ、穂乃果たちなら来るだろうくらいの認識をしてなかった私は、

 エリちは冷静だったね、との希のコメントに先の答えを返し失笑された。

 自分一人が損をして雪風に晒されうるのは、それは自業自得でしかないので

 納得の一つもできようものだけれど、今回の飲み会は相手がいる。

 しかも以前に無理を言って誘ってしまった手前、できれば日程はそのままにしておきたい。

 別にこの後に星空凛との飲み会が控えていて、機嫌をとっておきたいからじゃない。

 この飲み会の相手が、いつも暇しているツバサや真姫であるなら、

 多少は融通を利かせようものだけれど。

 花陽は現在アルバイトや就職活動で忙しくしていて、

 雪に降られて体調でも崩されようものなら、凛に後々なんと罵られるかわからない。

 想定する日程通りにこなせなくて彼女が生活リズムを崩してしまえば、

 なおのこと無理を言って飲み会の段取りを決めてしまったことを後悔する。

 ただ、できるだけ影響を与えず新しい日程を決めて、

 ゆっくりでもできれば多少なりとも花陽のストレスも晴らされるであろうし、

 人生の先達として気を使いましたという態度だけでも示しておかないと、

 そろそろ、あの使えない人呼ばわりされていても不思議じゃない。

 

 

 どのみち、どれほどテレビを見ていたところで状況は明るくならず、

 行動は常に早いほうがいい、姉妹間での朝食をひとしきり終える。

 妹に作ったお弁当をもたせながら、できるだけ早く帰るようにするという彼女に

 なら夕飯は温かいものを作りましょうという提案をし、

 停電や食事の準備のために、毎朝配達されるチラシを眺めながら

 ああでもないこうでもないと試行錯誤を繰り返していると、

 ドアをノックする音が耳に届いて、珍しいこともあるのだと思った。

 亜里沙は基本的に、私をペットか何かだと思っているフシがあるので、

 私が寝ていようが、運動していようが、パソコンに向かっていようがノックしない。

 それに、もうすでに仕事に向かっていたと思っていたので、

 なにがしか用事があって戻ってきたのだろう、小ボケを挟んで怒らせることもない、

 多少の疑問は挟んだところで、何かが改善されるわけでもない、

 亜里沙を迎えるためにドアを開いた。

 不機嫌そうな表情を隠さず、あからさまに嫌なことがありましたと言わんばかり、

 睨みつけるような視線で私を見ながら、どうしようか逡巡している妹。

 そんな表情をしているとモテないわよ、スマイルが大事スマイル!

 などと、冗談一つかっ飛ばそうとしたものの、怒られる結果は変わりそうもないので、

 明るく振る舞おうとする自分自身を律して、とりあえず真面目そうな表情を作った。

 

「ちゃんと空気を読んで、真面目な顔を作れる程度には

 無難に危機意識は働いているようですね、関心関心」

 

 一つも関心なんぞしてなさそうな態度で、

 それでもなお、気持ちを落ち着かせようと熱心に深呼吸。

 よほど嫌なことがあったのか、感情を長時間表すことも珍しい妹が、

 私の衣服の袖を軽くつまみながら甘えるような仕草を見せた。

 姉に対しての気の回しぶりが、近年稀に見るありえなさではあったので、

 大雪でも降って異常気象でも起こりそうだと思ったけど、

 もうすでに異常気象は予報されてた。

 もし、この異変が妹によるものだったとしたら、

 要望は私ではなく、妹に出してください。できれば彼女が働く企業にも。

 

「今日、どなたかお友達の家にでも泊まれませんか?」

 

 弱々しい声音で、母性本能を刺激されそうな態度で告げられ、

 思わず何も考えないまま頷いてしまいそうになるけれど、

 自分の友人で、ホイホイとアポイントも確認せずに出かけて泊まれるのは……

 真姫とか、ツバサとかそのあたりか。

 まともにニートしていて暇している私のような人間であれば、

 家出娘の一人でも相手にできるけれど……。

 ただ、上記の二人の家に泊まると、後の見返りがひどいことになりそう。

 お嬢様の方は貞操がちょっと危険信号灯りそうで怖い。

 それに一応あの二人にも仕事があって、そっけなく断られて寒空に晒されれば、

 いくらロシア出身であろうとパトラッシュと一緒に天に召されてしまう。

 私のもとに来るのはシベリアンハスキーかもしれない。

 どっちでもいいけど。

 

「ええと、誰がいるかしら……」

 

 後に何も要求をしていないと条件をつけるなら、海未あたりが適当。

 ただ、仕事をしてくる妹に、海未とイチャイチャしてくるからと告げれば

 憤怒の表情を見せて、そのまま園田家の子どもになっちゃいなさい! とか言われそう。

 大きな心で許してくれそうなのは希だけど、今のところ彼女は所在不明。

 ことりや穂乃果は忙しそうだし、花陽は両親と暮らしていて、

 凛やにこはいきなり行ったらすごく怒られそうな気がする。

 

「姉さんに恋人の一人でもいれば、

 宿泊するのも訳はないのでしょうね?」

 

 妹が申し訳無さそうな表情をしながら傷口に塩を塗る。

 苦虫を噛み潰したかのような不機嫌さは私に対する態度であり、

 邪魔だからさっさと出ていって欲しいとせん意思の現れとか?

 妹の本心に疑問を呈したいところではあるけれど……。

 

「姉さんに友だちが少ないのは今に始まったことではありませんが」

「い、いるわよ! 友達くらい! ええと」

「μ'sの方はカウントに入れないでくださいね」

 

 穂乃果から数え始めようとした私の魂胆を見事に打ち砕き、

 多少は妹のストレスも晴れたものではあるらしい。

 先よりも多少明るい楽しそうな表情で私を見ながら、

 

「仕方がありません。

 東京に来ている知り合いがいます。

 たびたび会わせてくれとお願いされていましたし、

 その頼み事を聞いて恩を作っておくのも良いでしょう

 

 姉さんが飲み会を終えた頃に迎えに行かせます

 くれぐれも以前のように飲みすぎて性的に乱れないこと、

 一応相手は人妻になる予定がある人ですからね?」

 

 何その私から縁遠そうな職業の人。

 その事実はもう決定事項と言わんばかりに亜里沙は私からスマホを奪い取り、

 花陽に連絡をとって、この度の飲み会に参加していただく旨、

 あるいは姉が迷惑をかけるかもしれないと謝罪し、

 妹は実はニートで、いつもはゲーセンで時間を潰している疑惑は

 披露しないことを心に決めた。

 

 

 

 妹に追い立てられるようにマンションの高層階から退場し、

 充分に防寒をしてから外を歩き出す。

 暗い色をした分厚い雲に覆われた空を見上げると、

 この先の暗澹とした飲み会の内容を喚起させる気が……するわけがないので置いておくとして。

 ひとまず、数時間後には大雪が積もりあらゆる交通障害がここ東京を襲うのでしょう。

 花陽との飲み会を開始して、私自身がアルコールを摂取するのが先か、

 それとも雪が降って窓の外を眺めながら、帰りたくないなっていう気持ちに浸るのか。

 仮に気象が荒れに荒れて交通網が麻痺するようなことになれば、

 おそらくではあるけれど、亜里沙の知り合いだという人妻(予定)の方が迎えに来てくれる模様。

 何でも妹と同じ年らしく、とある縁で仲良くなったというが、その詳細な情報はふせられたまま。

 おおよそのパターンからして、私とは縁もゆかりもない人であろう。

 まっとうな社会人である妹と、極めて模範的なニートの私との共通の知り合いなど、

 ごく高確率で交わりがない。

 それになんでも静岡の方で絶大な権力を発揮しているらしく、

 彼女の住んでいる地方では富士山は静岡のものになっているとか。

 うっかり口を滑らせて富士河口湖から富士山に登らされた経験があるなどといえば、

 黒いスーツを着た方々に簀巻きにされ、内浦の海の藻屑へと変貌してしまうことだろう。

 流石にニートとはいえ、魚の餌にされてしまうのはちょっと御免こうむりたい。

 さて、迎えに来てくれる方の事情も手伝い待ち合わせ場所が変更された。

 飲み会の舞台も大きくグレードアップし、ニートが来訪した瞬間に警備保障会社に社員にとっ捕まり、

 以前、凛と花陽と同時に付き合っていたという恋人(笑)と同じ目に遭わされるかも知れない。

 なんでも、凛には花陽と付き合うのが目的で近づいたけれど凛のほうが素敵だと、

 花陽には凛と付き合う目的で近づいたけど花陽のほうが素敵だとのたまい、

 互いの相手への評価の高さも手伝い絶大な信頼を経たが、ついうっかりダブルブッキングしてしまい正体が割れた。

 それ以降、凛には結婚運が高まっていると言った希への評価がだだ下がりし、微妙に関係は冷えている。

 それはともかく、飲み会の場所もヘタすると数万円近くするお酒も頂けるような場所に変わり、

 しかも代金はオールフリーである。

 ただ、元から亜里沙に生活費から何までお世話になってしまっている手前、

 それはもしや、最初からオールフリーというか全く身銭を切っていないのではないか疑惑があるけれど、

 その思考は天高く放り投げておくことにする、神様返品不可能です。

 

 

 久方ぶりに多くの人々が行き交う町を闊歩し、駅前には多少の人通りもあるせいか、

 金髪ロングヘアーの私は微妙に注目を集めた。

 ただそれは、夜になれば楽しめるものも楽しめないから今のうちに楽しんでおけ、

 などという刹那的思考もあると思われた。

 道行く人々のテンションの高さは、台風の中大騒ぎに騒ぎを重ねた穂乃果と凛を思い起こさせる。

 関東地方を台風が直撃し、ちょうど合宿の最中だった私たちにも影響があった。

 あらゆる交通網と遮断され、もしや誰も助けに来ないのでは? と不安になった穂乃果と凛は、

 それを誤魔化さんがために猛風が吹き荒れる中で外へ飛び出し、

 μ'sの面々のパニックを抑えることには成功したけど、高熱を出して海未に説教された。

 クリスマスに雪が積もってロマンティックとか、多くの人がイベントどころではなく、

 家路に急ぐことを最優先とした状況になると、やたら気分が盛り上がってしまうことはある。

 もしやそれが、人の不幸は蜜の味という甘味にも似た感情を喚起してしまう要因なのかな?

 

「雪やこんこんというけれど……日本のキツネって雪が好きなのかしら?」

 

 思わず口から思考が漏れてしまったから、

 誰にも聞かれてないよな? とあたりを見回し、

 絢瀬絵里の頭の悪そうな発言を誰も気に留めてないことを確認して、

 私は安堵のため息を付いた。

 よもやSNSとかで金髪外人(よく誤解される)があんぽんたんなことを呟いていたなんて、

 ツイッターにでも写真付きで拡散されてしまっては悲しい。

 良いことはそれなりに、悪いことは超高速で拡散されてしまうネット社会。

 都合の悪い事実はできうる限り露出しないよう心がける他ない。

 

 

 ここに到着するまで活用していた乗り物の中では暖房が利いていたから、

 外で寒風に吹きすさまれると、今日は天気が悪いから休みと逃げ出したくなってしまうのは、

 別に私がニートだからではなく人間としてのごく当たり前の衝動と思われた。

 それでも勇気を出して足を踏み出し、曇天模様の空の下歩いていると、

 何でも近くでスクールアイドルがイベントを開いているらしい、しかも入場は無料。

 昔取った杵柄である程度は楽しめるであろうと思い至り、バレンタイン直前ライブという

 微妙に心がビターになるような広告で気分も盛り下がったけど、私は気にせず歩を進めた。

 たとえA-RISEが同じ状況でライブを開いたところで観客の姿は6割くらい――そんな感想を抱いた、

 寒空で風が吹く中での野外ライブにお客の姿はごく少数だった。

 いくら入場無料とはいえ、一般的に知名度もそれほどでもないスクールアイドルのライブ。

 周りを見回していると、その視線に気がついたのか、それとも哀れな子羊を探していたのか、

 アイドル応援セットなるグッズを販売している方と遭遇。

 売上のノルマでもあるのか、それとも誰かしらを生贄に捧げて、盛り上がりましたという記事でも書きたいのか。

 とにかくまあ、熱意の籠もった宣伝文句につい負けてしまった私は、安くないお金を支払いグッズを購入。

 PiPiという微妙に自分の過去に浸るようなグループ名も手伝い、先頭を切って応援する資格も得た。

 衣装を着てセンターで応援してくださいという買った手前断りづらい依頼も受け、

 せっかくなので更衣室も利用してくださいとアイドルオタクみたいな格好に変貌したエリーチカは、

 高速道路で交通整理している方が振り回しているなんかヒートサーベルみたいなやつを手に、

 アイドルが登場する前からコールの練習に熱意を向け、

 身の回りの人のなんなんだこの人みたいな視線を軽くスルーし、

 同じく哀れな被害者として見せしめのような格好をしている中学3年生の女の子「セツナ」ちゃんと

 やけになった心持ちでステージの開幕を待っていた。

 

 

 セツナちゃんというのは、春にUTXに入学するという中学3年生。

 学校見学に赴いた翌日、どうせならば東京を見学しようと思い至り、

 スクールアイドルという単語に心惹かれてこのライブへとやってきた模様。

 とにかく可愛らしい顔つき、ツバサとかにことかのかわいいのに一癖も二癖もある子を見ていたから、

 こう、真っ当に美少女していて心優しそうな外見の子を見ると安心する。

 髪の毛もサラサラとしていて長く、近づくと何となくいい匂いがした。

 自分には醸し出すことのない10代の香りとオーラに、アラサーの私は少し気落ちもしたけれど、

 あまりに私のことを美人だ美人だと褒めてくれるのでいい気分になりテンションは回復した。

 同性の中では歌もダンスもそれなりと自称する彼女は、UTXの推薦入学枠を勝ち取った逸材。

 一時期のブームは過ぎ去ったとはいえ、A-RISEやμ'sを目指してアイドルになりたいと願う子も多く、

 女子の芸能推薦枠は競争率が恐ろしく高い。

 なにせ一期生には綺羅ツバサを中心としたA-RISEの面々が名を連ねており、

 求められるレベルも同程度だというので、パフォーマンスのレベルはかなり高いのでしょう。

 

「ボ……あ、いえ、わ、私は物珍しいから通ったんだと思います」

 

 などと謙遜する彼女は、私との距離が近づくと微妙に距離を開けてしまう。

 なんでも、心の底から憧れているおねえさまよりもスタイルが良くて、

 近づかれると緊張してしまうとのことだけれど、そのお姉さまが自分の知り合いでないことを祈る

 仮に、今私がニートやってることが知られてしまえば、彼女の敬意が憤怒の感情へと変貌してしまいかねない。

 なので社会人をしている体で話を盛り上げ、亜里沙がどのように生活をしているのかを思い出し、

 嘘に嘘を重ねてキャリアウーマン絢瀬絵里は誕生することと相成った。

 尊敬の眼差しを向ける彼女は古き良き大和撫子という風貌で、

 特にこれと言った理由はないけれど園田海未のことを思い出していた。

 別に胸元に視線を向けたわけではないけれど、つまりはそういう事情で園田海未のことを思い出した。

 ただ、普段はパッドを入れたりするから大丈夫ですというのはどういう事情なのだろうか。

 

 

 そろそろ身も心も嘘で冷え切りつつあった時間に、ようやくアイドルの登場になった。

 自分の役目を思い出しハイテンションで彼女たちを出迎え、隣りにいるセツナちゃんでさえ、

 生き急いでいるのではという感情を抱かせるような騒ぎに、ステージに立っている彼女たちの顔が引きつっていた。

 小学校高学年くらいにしか見えない高校二年生の三人組ユニットPiPiは、

 一年生のときに出場したラブライブ予選でかなりいいところまで残ったらしい。

 今のスクールアイドルはかなり高レベルなパフォーマンスをみせるというので期待は高まる。

 ただ、彼女たちの組み合わせがポニーテール、ウェーブヘアー、ツインテールだったので、

 なんともやりきれない気分に浸っているのは明記しておく。

 

「いい子のみんなぁー! アキバ系スクールアイドル! 

 天使みたいなロリポップ!

 PiPiのリーダー! エリィだよぉ!」

 

 外見と同じような甘々のロリロリボイスで高らかに宣言するのは、ポニーテールのエリィ。

 別にBiBiは私がリーダーじゃなくて、じゃんけんに勝った真姫が努めていたけど、

 そういえばユニットの代表で集まるときは主に私が出席していたけれどそれはどういうことなんだろう?

 面倒くさい仕事は全て押し付けられていたのではないか疑惑があるけどそれはとりあえずスルー。

 ひとまず、エリィ、マッキー、ニコニーという三人組は私の熱意により盛り上がった観客に歓迎された。

 ニコニーだけまんまな気がするけれど、矢澤にこは今日も仕事であろうので余計なことはしない。

 ただ、エリィの自己紹介の際に言い放った、ロリロリダイヤモンドプリンセスという表現には、

 苦笑を持って対応する他なかった絢瀬絵里という人間がここにいた。

 観客のボルテージこそそれなりではあったけど、おそらく彼、彼女らは先頭を切ってヤケになって盛り上げている

 私とセツナちゃんの影響が強いと思われた。

 安くないお金を支払わされて、隣にはアラサーがやたらハイテンションで盛り上げ、

 セツナちゃんの不憫さには涙が出てしまいそうな気がする。

 その涙も引っ込ませるように声を上げる私は、おそらく熱か何かに浮かされているんだと思う。

 

 

 PiPiのトークスキルはスクールアイドルという枠で囲っても下の方だと思われた。

 その姿をもし、自分のこと以外には無駄に辛口批評がモットーの綺羅ツバサが眺めていれば、

 一瞬で応援が罵倒に変わるレベル。

 それでもなお、声を枯らさんばかりに盛り上げている私たちに誰かタオルでも投げ入れてほしい。

 だって周りの人たちは歌を披露する前から半分に数が減っているんだもの……。

 周りの状況を見ないようにしていた私が急停止、怪訝そうに見上げるセツナちゃんも

 流れてきたBGMを聞いて驚いてから眉をひそめた。

 私はあまり興味が無いので気合を入れて調べてはないんだけれど、μ'sの曲で一番カラオケで歌われるのは

 Snow halationであるらしい。

 とにかくまあ、μ'sを知っている面々が集って歌う歌はコレとのことで、

 たしかに一曲目に歌うのは理解が及ばなくもない。

 曇天の空模様、雪が今降りださんばかりに冷える元でこの曲を歌うというのは、

 空気があまり読めない私から見ても、ちょっとやばいのではないかと思わなくもない。

 彼女たちの歌を固唾を呑んで見守っていた私は、

 実は高坂穂乃果という少女は極めて歌唱力と表現力に優れていたことに気がついた。

 歌は真姫ちゃんと絵里ちゃんだね、私は遠くから見守ってるなんて謙遜をしていたけれど、

 そういえば、あの辛口の綺羅ツバサでさえμ'sの歌唱力については何も言っていなかった。

 自分のほうが優れているとネタにしたことすらないので、私たちの歌唱力と調和というのは、

 スクールアイドルという枠があっても抜きん出たものがあったのだと思われた。

 私たちの歌っていた曲というのは、A-RISEや当時トップをひた走っていたスクールアイドルと違って、

 基本的に海未と真姫の組み合わせで作られていた。

 プロでもない海未や真姫で作成された曲をツバサが、どうあがいても自分たちの楽曲よりも優れている

 なんて称したことがある。

 

「μ'sの曲は、どれもμ'sのために作られた曲

 翻って私たちの曲は、UTXのプロモーションにより作られた楽曲

 別に誰が歌っても良かったし、私たちが歌うという前提はなかった

 

 もしも、もしもUTXの誰かしらが

 A-RISEにあった曲作りをしようという意志があれば

 私たちにプロモーションで作られた曲を高らかに歌い上げる実力があれば

 μ'sには負けなかった」

 

 と、かなりマジメな口調で語られたのを覚えている。

 もしかしたら、μ'sがA-RISEよりも優れていた点があるとすれば、

 どれも自分たちの努力で頑張って行動を重ねてきたから――なのかもしれない。

 なんて、シリアスに考えてしまっていると、隣りにいたはずのセツナちゃんが私の腕をぐっと引いた。

 女の子とは思えない程の強い力で引かれて少しびっくりしている気持ちそのままに、

 どんどんと引きづられていく絢瀬絵里とセツナちゃんはそのまま会場を後にすることとなった。

 

 なお、私たちの荷物は慌てて追いかけてきた事務員さんの手により無事に戻る。

 更衣室は空気を読んで借りなかったので、お手洗いで着替えたけど、

 何故かセツナちゃんは顔を真っ赤にしながらいそいそと着替えているふうであった。




函館聖泉女子高等学院は偏差値が65近い進学校であるが、生徒数減少の煽りを受けスクールアイドルを推して生徒数の向上に励むことになるが、その推薦枠を勝ち取った一期生の一人が聖良姉さま。
が、聖良姉さまの偏差値は高く見積もって30台前半だったことも手伝い、生徒数のV字回復に多大な貢献を果たせなければ、2年になった時点でさようならだった。
お情けで進級させてもらい、お情けで卒業させてもらったけれど、聖良姉さまは今でも自分の実力でなんとかしたと思っており、基本的に学力の話題はハニワプロではタブー。



聖良姉さまは人の顔を覚えるのが苦手。
とある事情でソロで活動することになった姉さまは、とりあえず失礼のないように人の顔を覚えるようにしようと言われたものの、
「人の顔は目が2つに鼻が1つに口が1つに耳が2つ、誰も同じではないですか」
と言ってのけ、担当していた南條Pに
「絢瀬絵里さんみたいなこと言わないでください」
と反応され憤慨(聖良姉さまは絢瀬絵里さんの好感度が低い)し、躍起になって人の顔を覚えようと努力を重ねた。

――が、2時間ほど経過して様子を見に来た南條Pにはじめましてと言ってしまい、聖良姉さまの脳にはシワが刻まれていない疑惑が多くのアイドルに持たれた。


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小泉花陽との飲み会編 2(花陽さん未登場回)

アラサーニートの絢瀬絵里の評価が高い今作品において、理不尽にも周りの人間からえらく評価が低い筆頭株は高海千歌ちゃん。
千歌ちゃんを高く評価しているのは鹿角聖良姉さまくらいで、津島善子ちゃんが二番手、その他の面々の彼女に対する評価はおしなべて低い。

呼ばれてもいないのにやってきた穂むらにおいて、高坂雪穂の逆鱗に触れて両頬をリンゴみたいにされた時にも、99%悪いのは高海千歌という評価を下されてしまい、後日雪穂にその際の謝罪の手紙を貰い、内密にしてくれるように頼まれたにも関わらず、うっかり雪穂さんっていい人、手紙もくれたしと言ってしまい、なおさら周りからの評価が下がってしまった。


 現役中学生の女子力全開というような、

 恐ろしく寒いというのにある程度肌を晒す部分は欠かさないと、

 まるで雪山か何かに登頂するであるかのような自身の格好に、

 鏡を見ながら苦笑を繰り返す。

 

「ど、どこかおかしな部分があったんでしょうか?」

 

 と、不安げに問いかけるセツナちゃんに慌てながら、

 とても可愛らしくて満点をつけたいくらい素敵だと褒めてあげると、

 春の日だまりのような柔らかな微笑みをたたえて、恥ずかしげに喜んだ。

 私、絢瀬絵里も。

 たとえ現在30に片足を突っ込んでいるアラサーであろうとも、

 過去には中学生だった時代もあるのだから、

 いかばかりかはアドバイスにも応えることはできるでしょう?

 などという半ば思い上がりのような思想を抱いていたのだけれど、

 振り返れば同じ中学生であっても時代が違うので、

 いろいろな子と交流を深めて相手の立場に立って考える必要性があるのだと、

 なんとなく思い至ったりもした。

 ただ、セツナちゃんに対しては同じ性別か怪しいレベルで、

 美少女しているために、はたして私程度の女子力で太刀打ちができるか……。

 

 

 とにもかくにも。

 時間を潰すという魂胆は叶えられることがなかったので、

 何をしようかなと考え始めた。

 側にいて絶えず気を使って貰っている点を鑑みても、

 何かしらお礼をしたいのは山々ではあるし。

 もちろん、セツナちゃんが望むのであればこのままお別れという選択肢も

 候補として上がってくるけれど、それはいかばかりか寂しい心持ち。

 

「そういえば、お名前を伺っていませんでしたね」

 

 二人して歩き出してからしばらく、セツナちゃんはそのようなことをポツリと。

 何という不覚、ついうっかりすでに名乗っていたものだと思っていた。

 たしかに私の名前を呼ばれた記憶もないし、仮に絢瀬絵里だと言っていれば、

 キャリアウーマンである自分に対して疑いを生じられても不思議じゃない。

 もうすでに平日の真昼間から歩いている時点で、

 営業成績のいい仕事ができる人という説明は破綻しているのではあるまいか?

 思い返してみれば、セツナちゃんに自己紹介をしてもらっている折に

 人が来てしまったのでなあなあで終わってしまった。

 ニート絢瀬絵里の情報はネットの一部でもうすでに明かされていることではあるし、

 スクールアイドルに詳しい様子ではあったから、μ'sのことも把握しているはず。

 真っ直ぐな目で私を見上げながら、この人はどんな人なんだろうという想いをひしひし感じ、

 よくも騙したナァー! と胸ぐらをつかみあげられる覚悟の上で――

 

「ごめんなさい、私は今まで嘘を重ねていました」

 

 罪の告白。

 それが余罪の告白にならないうちに勝負を決めることにした。

 ただ、セツナちゃんはキョトンとした表情を見せたのち、

 多少慌てた様子で口を開く。

 

「いや、現在進行形で嘘を重ねている私が言えることではありませんから

 どうか頭を上げてください」

 

 申し訳なさそうに語る彼女に、少しばかりも気分が向上した私は、

 動悸を重ねる心臓と、つい荒くなりそうな呼吸を押し留めて、

 セツナちゃんの真っ直ぐさを意識した感じで、私も相手の目を見ながら話す。

 ――ちょっと頬に朱が入って、目をそらされてしまった。悲しい。

 

「私の名前は絢瀬絵里、知っているかも知れないけれど

 その、キャリアウーマンというのは嘘八百で……」

 

 衝撃の告白に、セツナちゃんは口を大きく開きぽかんとする。

 太巻きでも入れられそうなほど大きく開かれ、彼女の驚きようが手に取るようにわかる。

 尊敬の念を集めてしまうような自慢話(というか亜里沙の話)もしてしまったし、

 虚偽の事実もたびたび告げてしまったため、お前なんざ想像とは違う!

 と罵られたところで文句など言えようはずもなかった。

 ここで縁が切れてしまうには申し訳無さが残るとてもいい子だっただけに、

 絢瀬絵里という人間の使えなさっぷりを胸に強く生きてほしい。

 UTXに進学するのならば、にこを通じて動向を確かめることができるし。 

 彼女は見上げるような仕草で私を見つめ……しばらく。

 

「あの、つかぬ事を伺いますが元μ'sの?」

 

 どちらかといえば、興奮を抑えることができないと言った雰囲気ではあるけど、

 それはもしかして、長年探していた暗殺対象を見つけて殺すことができるという

 そんな感動を抱いてしまっているとか?

 そのような現実逃避は置いておいて、もう隠すこともできやしないので、

 恥ずかしい思いを存分に感じつつも相手に誤解のないように告白する。

 

「はいそうです。セツナちゃんが私のことを高校生くらいですか?

 なんて言ってくれたけど、そんなことはまったくなくて30も近いBB……」

 

 私が言葉をいい切る前に、セツナちゃんは私の手を強く握り、

 そのまま天高く放り投げるのかと警戒する私を見上げて、目を爛々と輝かせた。

 何か思っていた反応と異なる気はするけれど、

 ネガティブイメージは持たれていない様子なのでひとまず安堵する。

 

「すごい! ぜひお会いしたかったんです!

 気が付かなかった私が言うのもおかしな話ですが、

 高校時代とまったく変わってなくて、本当にそのままだから

 誰かの生き写しか何かだったんじゃないかって!」

 

 手をブンブンと上下に振られながら。

 多少誇張表現はあるとはいえ、セツナちゃんが語ってくれたことによれば。

 なんと私の外見は高校時代のまんまか少々若返っているらしい。

 確かに凛に会えば苦労してないから若いとか、亜里沙と出歩けば妹が姉に見られ、

 面識のない人はμ'sの絢瀬絵里を知っていても私と絢瀬絵里とが結びつかない――

 そんな怪訝な経験というものをいかばかりか重ねては来たけれど。

 μ'sの絢瀬絵里そのままの姿をしているせいで、

 私たちの解散から10年は経過しよう時によもやそんな姿はしていないだろう。

 あまりに似ているから逆に他人の空似かと思った――

 というのをどこか遠くから見守るイメージで聞いていた。

 おそらく、社会人としてあるいは年齢を追うによって重ねる苦労をしていなかったから、

 年相応に成長を重ねるという行為をしていなかったか、それが全部妹に行ったか。

 亜里沙に謝罪をしなければならないポイントが増えたせいで少々複雑だけれど、

 ひとまず、感動を抱かせることに成功して安心した。 

 

「私は小さい頃にA-RISEの皆様と一緒に遊ぶ機会がありました

 本当にすごくて憧れて、理想で

 今も遠い夢ではあるんですが、その皆様に近づく一助になっていただきたいんです」

 

 あまりに真剣に顔を向けて言うものだから、思わず心臓が跳ね上がる思いがした。

 別に恋に落ちたとかそのような衝動ではなく、なんか不意に最近感じたことのない動悸が

 身体を突き動かすような感覚を抱いて少々戸惑う。

 アイドルとしての実力を向上させるトレーニングと言うと、やはり

 自分が黒歴史扱いしているあのエピソードを思い出さねばならない。

 私がごく個人的な理由でμ'sへの加入を渋っていた際に、

 穂乃果にいろいろと頼まれて指導(笑)をしたことがあった。

 μ'sの面々は文句も言わず、絢瀬絵里(笑)のイビリに耐えて頑張ってくれたけれど、

 あれは私の功績というよりはみんなの努力の結晶であると振り返る。

 ただ、その時のメニューは綺羅ツバサから見ても「それくらいやってて当然でしょ?」

 という客観性の欠片もない(ツバサはたまに自分ができるから他人もできて当然

 そんな価値観で物を話しますがあの子は天才だからできるんです)指摘を受けて、

 はじめて、あ、私やらかしたんだなって思って謝罪行脚に回ることとなった。

 話がずれてしまったけれど、後日ツバサに尋ねた折には、

 μ'sに私と希が加入する前と後では実力には雲泥の差があるらしく、

 これからのSomedayを歌っていた当初のμ'sが自分たちの驚異になるとは

 見当すらつかなかったとのコメントを残す。 

 メンバーが頑張ったからなんとかなったという私の自己評価とは異なり、

 名トレーナー絢瀬絵里は一部でかなり評判が高い模様。

 

 

 今まで嘘を重ねてしまった手前、

 それと、セツナちゃんの抗いがたいような澄んだ瞳に見上げられ、

 断ることのできなかった私はカラオケボックスに向かうことと相成った。

 私自身が少々指導を重ねたところで、さほど大きな結果は生み出すまい、

 そのような魂胆があるというのも付け加えておく。

 先程よりも数倍距離が近づき、腕に抱きつかんばかりの距離感を保つ彼女に

 ちょっとお姉さん心臓が痛くて離れて欲しいとも言えず、

 これからカラオケで二人きりになるんだよな? 

 と思うとなんだか要領を得ない感情を抱いてしまう。

 するとその折、女の子の泣き叫ぶような声が聞こえてきて思わず足を止める。

 いかにもチャラいとか、すごく軽そうとかそんな印象を抱かさせる茶髪の集団が、

 私は地味ですと言わんばかりの大人しそうで儚げな女の子に声をかけられ、

 如実に嫌がられ続けている。

 しつこく声をかけて絡んでいるのが手に取るように分かり、道行く人が

 気が付きつつもスルーしている状況を不憫に思った私と、

 助けを求めるように視線を這わしていた女の子と目が合い、

 何故か今日は事件ばかり起こる、なんてため息を付きながらセツナちゃんを見る。

 ――が、いない。

 すぐに暴力に訴えそうな人には近づいたらダメだとか、あの子を連れて逃げて

 などと言おうとしていた私よりも先に、彼女はもうすでに怒りを全開に表して

 力強い踏み込みでどんどんと歩きだしていってしまっているのを確認した。

 いかにも外見からして大和撫子オーラを発していて、かつ細腕にも見えたから、

 いざとなれば二人ほど手を引いて逃げねばならない、仮に自分が追いつかれたとしても、

 痛い目にあうのは私だからきっと大丈夫、絵面的にどうなのかは気になるところではあるけど。

 

 声をかけられている不憫そうな女の子に対する第一印象は、

 とにかく立派だったということだった。

 背も高いのはパッと見分かるんだけれど、それ以上に自己主張の激しい胸が。

 外見こそ控えめで大人しそうな姿をしているけれど、ことバストサイズに限ってみれば

 かなり超弩級、正統派美少女であるはずなのにそこに限ってみるとかなりワガママ。

 三つ編みに色白でカタカナ系、とにかくニコが彼女を目撃しようものなら、

 悔しさで歯噛みでもしてしまうかもしれない。

 如何ともし難いインパクトを誇っていた。

 積極的に声をかけている三人組は、いかにも大人しげで抵抗しなさそうな、

 そんな女の子に夢中で、

 背後から近づいてくる怒気のオーラを隠していない女の子にまったく気づかない。

 セツナちゃんはよもや最初から殴りかかりはしないだろうと見る。

 そのあたりは冷静に判断できそうだし、頭だって賢い、私と違って。

 かしこいかわいいエリーチカは当時から20年ほど経って

 かしこい(笑)かわいい(笑)ニートチカに変貌してしまった。

 などとアホなことを考えている最中にセツナちゃんの上段蹴りが、

 チャラ男Aの顎にクリーンヒットした。

 思い切り油断していたところに踵が決まって、哀れな被害者は数十センチ身体を浮かせ、

 そのまま昏倒しビクンビクン震えている。

 何だこのアマというセリフの最中に右ストレートが頬に決まったチャラ男Bは、

 回転しながらゴロンゴロン転がっていきそのまま動かなくなる。

 恐れ慄いて尻餅をついてしまったチャラ男Cは死刑執行を待つかのように目を閉じた。

 だけど、私でさえさっきまで交流を果たしていた彼女と同一人物かどうか怪しいと感じるほど、

 怒りをたたえた表情で睨みつけるセツナちゃんは、いつまで経っても刑を執行しない。

 もしかして助かったのかと立ち上がろうとした瞬間、完全に油断していたところに

 セツナちゃんの蹴りが腹部に決まり、数センチ身体が浮いて吹き飛ぶ。

 見世物と化してしまったチャラ男集団を被害者とするフルボッコショーはめでたく終幕。

 助けに入った彼女ばかりが悠々としていて、目撃者は全て震え上がっていた。

 当然、ぽかんと口を開きながら眺めている私も、窮地を救われた彼女も。

 

 

 道端に転がってピクリとも動かない被害者の処理は

 心優しい通行人の皆様におまかせしました。

 皆様怯えるように協力していましたが、私もその中の面々に名を連ねたかった。

 カラオケに移動した私たちは自己紹介も完了し、

 少々緊張した風のエマ・ヴェルデちゃんと、

 自身の名前を名乗る際に少し考えながら名乗った優木せつ菜ちゃんと、

 干支ひとつ分年が離れてしまっている絢瀬絵里という異色過ぎる組み合わせで、

 歓談の舵取りは不詳私が務めることになりました。

 現在16歳で今年の春から虹ヶ咲学園に二年生として編入するというエマちゃんは、

 なんとスイス出身、スイス育ち。

 スイスと聞いたところで永世中立国くらいしか記憶になく、

 ヨーロッパの国であることしか知らなかった私と、

 外国人はすべて英語で交流しますくらいの知識しかなかったせつ菜ちゃんの評価は

 エマちゃんの中で少々下がってしまった様子ではあります。

 私自身の紹介はエマちゃんの自分より1つくらい歳上なんですよね? 

 恐ろしく純粋な澄み切った目で言い切られてしまい、

 本当に苦笑いしながら頷かざるを得なかった、ごまかしたつもりはない。

 

 

 和やかな雰囲気で交流は始まり、挨拶の代わりに全員が一曲ずつ歌った。

 中高生と集まることなんてここ数年なかった私は、選曲の際に

 どうすれば相手に引かれずに無難にやり過ごすことができるかに集中したけど、

 映像付きカラオケというのにμ'sの曲があったから、うっかりそれを選択してしまう。

 どこで撮られたか見当もつかないSUNNY DAY SONGを歌った際の映像が流れ、

 若かりし頃の絢瀬絵里の映像も当然流れたけど、

 せつ菜ちゃんは同一人物だと知ってて苦笑い、エマちゃんの方はなんか似ている人がいる

 くらいの反応だった。どうあがいても画面に映ってる人と私が結びつかないらしい。

 自分のチョンボは棚に上げ、日本のスクールアイドルの話題を始める。

 たしかに私のミスはあったけど、きっかけとしては自分の歌でもせつ菜ちゃんの歌でもなく、

 歌うことは好きだけれどカラオケにはさほど来たことがないというエマちゃんの歌だった。

 

「絵里ちゃんに褒められるのは嬉しいけど……」

 

 どうでもいい話だけど、エマちゃんは私を同年代の人だと思っているので、

 結構ナチュラルにフランクな口調で話しかけてくる。

 なおさら、もうすでに30近い年齢だと白状することもできず、

 かつ、世間一般の知識に疎いロシア人クォーターも演じることになり、

 フォローはせつ菜ちゃんに任せてしまった、カラオケの代金はおごります。

 

 

 エマちゃんの歌というのは、朴訥で飛び抜けて何かが優れているというわけではなく、

 トレーニングの結果で抜群の歌唱力を誇るとか、幼い頃から練習していたとか、

 そういうのではなく好きが溢れた、聞いていると思わず体を動かしたくなってくるような。

 せつ菜ちゃんも私なんぞに学ぶよりも、よっぽどエマちゃんに学んだほうがいい、

 何もフォローして貰っている事実に心が痛いわけでも逃げ出したいわけでもなく、

 ど、同年代の女の子同士のほうが交流もしやすいであろうからね?

 

「元から身体を動かしたり、歌を歌ったりするのが好きで」

 

 と語るエマちゃんは、昔はスポーツ少女であったみたい。

 バスケとかバレーとか高い身長を活かせる競技にハマっていたそう。

 ただ、いつからか胸のサイズの方がバレーボール級になってしまったので、

 人目のことも気になりいつからか歌やダンスと言った方面へ。

 その際にはヨーデルも学ぶことになり、自分の周りでは評判は良かったみたい。

 ヨーデル食べ放題しか思いつかなかった私はノーコメントを貫いたけど、

 せつ菜ちゃんはぜひスクールアイドルに! と誘っていた。

 

 

 いつしかスクールアイドルというのも、個人が楽しむものから実力を競い合うものに変わり、

 おかげで実力は向上し一般的な評価も得たけれど、

 そのことに自分が参加したμ'sが貢献したとはとてもいいがたい。

 好きですは大きく評価されて然るべきだけれど、嫌いもあっても構わないし、

 出来も不出来も変わらずにどれも尊いのだと思う。

 私の父親のように出来ない事実にやたら厳しい人間が数多いのは、

 ほんとうに反省して然るべき案件だと思う。

 実力があってもなくても、みんなで踊って歌って楽しめれば、

 それが本当のスクールアイドルなのではないかと私なんかは考えてしまうけれど。

 年寄りの感慨に浸ってしまったけど、

 好きだから努力を重ねて励んでいくという出来事は、

 割とストイックに一生懸命頑張ってきたせつ菜ちゃんにとっては目からウロコだったよう。

 

 

 ただ3人で歌って楽しむことが今日の目的ではなく。

 初心に立ち返り、絢瀬絵里のスクールアイドルとしての実力向上講座がスタート。

 身体に無理を感じたり、疲労を感じたらすぐにやめること、

 量をこなせば実力が向上するわけでもないので、本当にとにかく身体に気をつけること

 私は専門家とか指導者とかの立場にある人ではないので、

 いろんな方の意見を聞いて多角的に合っているか合ってないかを判断すること。

 そのことを特に説明したけどどこまで伝わるかどうか。

 

「まずは正しく呼吸をすることから始めましょう」

 

 自分の経験上、人はおおよそ自分の身体を上手に使えてない。

 特に普段から意識せずに行っているような呼吸や歩く走るといった動作は、

 無意識で執り行ってしまうために、なにか身体に変調をきたしたときには

 各動作が上手に行われなかったりする。

 それは身体を故障させる原因にもなったりするので、

 基本的にあらゆる人間の動作は全身を使った運動であることを意識しましょう。

 

 

 きちんと吸って吐いてを繰り返せばカロリーを消費するので、気をつけると痩せる。

 という言葉に目を輝かせたのはエマちゃんの方。

 ぜひ説明してください私の体を使ってでも! というリクエストのため、

 自分の身体を指し示したり、このあたりを意識してというコメント付きで身体に触ったり。

 せつ菜ちゃんはあんまりマジマジと見つめていては失礼だからという発言もあり、

 直視しないようにしていたみたいだけれど、別に女の子同士だから気にすることないのに。

 

「腹式呼吸であるとか、横隔膜に空気を溜めると言った正しい呼吸法とされるものは

 基本的に鍛錬を重ねた人間だからできるもので、一朝一夕で身につけられるものではないの

 息を強く吐く、声を大きく出すといった動作も、その部分だけを意識せず、

 全身を大きく使って表現するようにすれば、きっとイメージできるはずよ」

 

「頭頂部から足の先まで、頭の天辺と手足の小指を意識すると姿勢も良くなります。

 足の踏み出し方、立ち方というのも個人に合った方法があるけれど

 基本は全身を使って大きく、不格好でもいいから伸ばすという動作を意識してみて」

 

 よく考えてみれば、中高生と肌を露出しあっているアラサーというのは、

 客観的に見てかなり痛々しいのではあるまいか。

 ただ、二人は本当に真剣に聞いてくれているのでスルー。

 吸って吐いてを繰り返してみたり、姿勢を矯正してみたり、

 品が良く見える座り方とか佇まいの方法であるとかも指導してみる。

 

「口の開き方、声の出し方等、いろいろと考える点はありますが

 息に声を乗せれば遠くまで届くという私の経験上、

 まずは息を遠くまで届かせてみることを意識して、

 イメージとしては遠くにあるロウソクの火を一回で吹き消す」

 

 オペラ歌手の人が使うという口腔内の音の響かせ方(ネットで見た)

 ミックスボイスを使っての声を大きくする方法(真姫経由で学んだ)

 おおよそ絢瀬絵里が身に着け、今後まったく活かされることはないであろう、

 そんな歌って踊れるスクールアイドルとしての技術解説講座は、

 説明している当人ばかりが元気で、聞いている二人はかなり疲労困憊の様子だった。

 はたしてカラオケボックスで行われたこの行為が正しいものであったのかは、

 まあ、私が判断することではないということで。

 

 編入先でスクールアイドルを始め、ラブライブの出場を目指すというエマちゃんに

 UTXでトップを取ると宣言してくれたせつ菜ちゃんに

 時折指導をするという約束をした。

 ただ、その際に絵里ちゃんがラブライブに出たら私は勝てないねってエマちゃんに言われたけど、

 なんとも言えない気分になってしまったのはここだけの話。

 名残惜しい気分に浸りながら改札口に入っていく二人の背中を見送り、

 花陽の約束の時間までさほど時間もなかったので、少しばかり急いだ。




高坂雪穂ちゃんは物語屈指の周りからの評価が高い人。
親友である絢瀬亜里沙は自己評価が低いことも手伝い、私なんかの親友になってくれるとてもいい人扱い。
姉である高坂穂乃果ちゃんも自己評価がとあるキッカケで低くなったせいで、私なんかを信頼してくれる大切な妹扱い。
園田海未、南ことりからの評価も高いせいで、雪穂と面識のない面々からも評価がやたら高い。
また、黒澤ダイヤ、小原鞠莉の両名からも信頼度が高く、うっかりAqoursの優勝へ導くようなアドバイスも送ってしまったため、高海千歌ちゃん以外からの信頼度も激高。
音ノ木坂学院に限っては4連覇出来たはず(本命のSaintSnowが予選で敗退してしまったので)なのに出来なかった戦犯扱いで微妙に不遇。

また、物語屈指の常識人でかつ絢瀬絵里に対しても過剰な評価を下していないために微妙に今作品の出番は少ない。


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リメイク版 小泉花陽の飲み会編 3

今回から物語の完成を待たずに
細かく刻んで投稿することと相成りました。
毎日とは行かないですが、それに近く投稿するのを目指します


 雪が降り始めた夜の空を見上げながら、

 絢瀬絵里と小泉花陽は目の前の豪奢な建物を観て呆然としていた。

 都会の一等地にこれほどの自然を用意しても良いのかと言わんばかりに

 周囲には緑や色とりどりの花々が溢れ、川もあるぞ、何なら湖でも用意するか?

 と言わんばかりに水源も豊富。

 ちょっとお値段が張る居酒屋を想像していた私たちは、

 政治家が会合でも開いていそうな料亭に案内され少々死を覚悟した。

 古くからそびえてますと言いだしかねない古風な建物は、

 東京ドーム何個分と表現されそうな土地に存在を構え、

 死ぬ前に死ぬほど良い思いをしろよと言われたほうがまだマシなのではないかと思うくらい、

 自分の身の丈に合わない場所に案内され震える。

 

「え、絵里ちゃん……」

「タクシーの運転手さんが住所を間違えたのよ」

「……そ、そうだよね!」

 

 聞いていた店名は間違えようもなく、

 住所も穴が空くほど見直してもなお現実が認識できない。

 二人して臓器を売られる未来を想像し、

 泡風呂行きを宣言されるんなら一回くらい経験しておけばよかった、 

 と私なんかは思ったりする。

 でも年齢的にはもうアウトな感じだから、やっぱり必要なのは臓器かしら?

 

「絢瀬絵里様と小泉花陽様ですね?」

 

 いつまでも建物の前でたむろしている私たちに痺れを切らしたのか、

 中で働いていると思しき従業員の方(和服)に声を掛けられる。

 極道の妻たちとか言う表現が似合いそうな、

 裏業界の精通してますと言わんばかりのオーラを携えた方に

 胸元に短刀を仕込んでいて、必要であればひと思いに殺ると言わんばかりの人を見、

 花陽は私を盾にし始めた。

 殺すならどうぞこいつからみたいな行動だけど、

 私みたいな脆弱な盾では花陽を守りきれ無さそう、ごめんなさい花陽、情けない先輩で。

 

「主人から誠心誠意もてなすよう言いつけられています

 どうぞ楽になさってください」

「え、ええ、ほら花陽」

「違うよ絵里ちゃん、楽にしてやるって意味だよ……」

「たとえそうでもそれを口にだすのは良くないと思うの」

 

 花陽の不謹慎過ぎる発言をスルーし、

 従業員の萩原さんは私たち二人を地獄――ああ違う、店内へと導く。

 殺されるならせめてその前に美味しいものでも食べようと意を決する私と、

 どうせならお昼を我慢しなければよかったと嘆く花陽。

 美味しいものが食べられると意気揚々とやって来たらしく、

 周囲にはあまりにニッコニコで仕事をしているために怪訝にすら思われたとか。

 ただその発言の一つ一つが遺言を残すようなものであったけど、

 花陽が死んでいるとしたら私も死んでるから、誰にも届かないから。

 

「お、おお……!」 

「すごい……!」

 

 案内された個室にはたくさんの料理が用意されていた。

 見るだけで食欲を誘われるような、新鮮さにあふれる魚介、肉、ごはん。

 特につややかな白米は花陽の興奮度を一気に向上させたらしく、

 食べもしていないのに品種から炊き方までの知識を披露し初め、

 鉄腕ダッシュを見ているような気分になった。

 たとえ自分たちがどこぞの道楽息子のカニバリズムなパーティの材料として扱われようとも、

 美味しいものがいただけるんならいい! と言わんばかりに料理の前に陣取り、

 お情け程度にこれが飲み会であることを思い出したので、乾杯をし、

 アルコールが入ったのも手伝ってまずは花陽の近況報告から聞くことにした。

 

「面接まで行かないの、海未ちゃんに字の書き方も教えて貰って、褒められたけど。

 あんまりアピールする内容がないから落とされちゃうのかな」

 

 字が下手なμ'sの面々は多く、

 その中のメンバーと比べればそれなりに書ける方ではあるけれど。

 海未を筆頭に、就活で必要だったと語る穂乃果、優等生な真姫も流麗な字を書き、

 凛やキャラ作り中のニコは象形文字と言わんばかり。

 希も手書きで作業したくないと言うし、ことりもんなもん必要ないからと豪胆。

 就職に縁がないものだからどう反応を返していいものか分からないけれど、

 小泉花陽という人間を履歴書だの自己アピール文だので判断するのは難しい。

 就職させる側ばかりが都合を押し通し、いざ就職したとなってからも会社人間になれとか、

 自分よりも上司の顔色を伺えというのはなんとも言えない気がする。

 かといって就職をしないようではお金がないので生活ができない。

 他者に迎合しなければ適当に評価されないということに対して、

 いろいろ言いたいことはあるけれど、無職が言えた義理ではないのでやめる。

 

「そういえば一度ツバサから聞いたんだけど」

「二人は仲いいよね、似た者同士なのかな?」

「両極端とも言えないし、似ているとも言えない気がするわ」

 

 なんとなく馬が合うし、馬が合うことにこれといった理由が見つからない。

 

「お手紙、結構送ってるんだって?」

「大したものじゃないの、私が思ったことを伝えられたらいいなって」

「A-RISEが売れたのは花陽のおかげだってさ」

 

 実力に見合わない低評価に何故という反応をしていたツバサも知っているし、

 ニコも過去には目が節穴過ぎると憤っていたことも知ってる。

 毎日テレビをつければどこかしらに矢澤にこがいるという状況下ですら、

 あえば彼女はA-RISEのことを心配していた。

 スクールアイドルの中の勝ち組としてμ'sが持ち上げられる一方、

 始祖であるA-RISEが苦汁をなめ続けたというのは、私もよく分からないところがある。

 彼女たちも努力を続けただろうし、花陽のアドバイスだけで道が開けたとも言えない、

 謙遜はするかも知れないけれど、私に文句や愚痴ばかり言っていたツバサを変えたのは、

 花陽の功績なんだと思う、酒が入ると罵倒されるケースが増えたけど。

 

「……ねえ、花陽」

「うん?」

「いや、話半分に聞いてほしいんだけど」

「絵里ちゃんのアドバイスは信憑性と説得力がないから」

 

 ぐさりと刺さることを言われる。

 確かに就職もしてない人間が、就活に励む花陽に対してアドバイスをしようなんて

 おこがましいにもほどがある。

 亜里沙にも当人ができることをアドバイスしてくださいと言われるけど、

 何故かツバサには高評価。

 「絵里のアドバイスは本当に最高よね!」と褒められること多数。

 ――褒められてるのかな? なんか不安になってきた。

 

「花陽は、他の人がよく見えてると思う、周囲の状況であるとか」

「……」

「でも、自分が見えてないと思う。

 私が思うにね、花陽はできる子よ、自分よりもよっぽど

 就職したって穂乃果みたいになれると思うし、凛よりも著名になれるかも」

「お酒が入って適当なこと言ってるでしょ」

「聞いて」

「……」

「花陽はμ'sの中でもいちばん優しいし、強いし、努力家

 親しみがあるし、愛嬌もある

 そういう部分って人からどうこう言われたところでなんともできない才能」

「いいよ絵里ちゃん」

「うん?」

「私は私を信じきれないんだよ、だからあまり私を褒めないで

 褒められると疑っちゃう、自信がなくなっちゃう

 絵里ちゃんが本当のことを言ってるんだろうなっていうのは分かるけど――

 

 そうだね、絵里ちゃんが就職して仕事をしたら聞いてあげる」

「……ほんとう? 長くかかるかも知れないわよ?」

「もしも未来、絵里ちゃんや、ことりちゃん、凛ちゃん、希ちゃんから想いを託されて

 私や穂乃果ちゃんしか居なくなってもμ'sは……あれ?」

 

 花陽が急停止。

 お酒が入っているからなにか不都合なことでも思い出したのかな?

 って、私なんかは思ったりもしたけれど。

 

「ごめん絵里ちゃん、私寝てた?」

「え、あ、どこから?」

「適当なことを言ってるでしょくらいから? ボーッとして、ごめんね、疲れてるのかな?」

 

 あれ、シリアスに語った部分聞いてもらえてなかった?

 しかしながら疲労しているのは事実なようなので、薄暗い話は置いておいて

 盛り上げることに執着した、多少店員さんや花陽共々には呆れられてしまう結果になったけど、

 真面目な会話をするよりかは賑やかしで充分――

 

 外に出ると周囲は豪雪地帯に迷い込んだみたいになってた。

 風雪吹き荒び、おそらく公共交通機関はいずれにしても停止しており、

 タクシーを呼ぼうにも繋がらないことが予測された。

 

「え、絵里ちゃん……ど、どうしよう」

「確か亜里沙はこうなったときのために迎えが来るって」

「天からのお迎えじゃないよね?」

「……(静かに首を振る)」

「なにか言ってぇぇぇぇ!?」

 

 悲鳴のような声を上げる花陽に私は首を振り続けるほかなく、

 そんな私たちに近づいてくる一つの影が新たなる事件を巻き起こすことなど、

 今の絢瀬絵里は知る由もないのでした。




虹ヶ咲スクールアイドル同好会の面々の歌で「あなた」とされているのは
優木せつ菜氏のことなんですが、とあるメンバーだけは鹿角理亞ちゃんを指しています。

あなたの理想のヒロインを歌う桜坂しずくさんは処女ビッチであり、
中須かすみさんのことを稀にチンカスと呼びますが、
かすみちんをひっくり返してチンカスといっているのであって、
深い意味はありません。

――ないんですよ?


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小泉花陽と飲み会編 番外編 綺羅雪菜の憂鬱

 絢瀬絵里さんとおばあちゃんトークとダジャレの披露で、やたら盛り上がる宮下愛さん。
 あなた以前音ノ木坂学院にいなかったと指摘され、苦笑いしてしまった近江彼方さん。
エマちゃんとせつ菜ちゃんの入るトイレをノックしまくって乱入してくる中須かすみちゃんの出番は都合上没になりました。


 一緒の電車に乗り、同じ方面へ帰る。

 という都合になり、いざ駅のホームで電車を待っているさなか。

 数分で上り電車がやってくるという場面において、

 今までの緊張から開放された安堵感も手伝い身体が震えました。

 おそらく、カラオケボックスで飲み物を飲みすぎたせい。

 外でお手洗いを使用するのはできるだけ避けよう。

 そう心がけていたはずなのに、楽しいのと熱意を持って鍛錬に望んだのとで、

 ついつい尿意を覚えるくらいまで飲み物を摂取してしまった。

 

 

 個人的な都合でエマちゃんに一緒にお手洗いまで来て貰っては困るので、

 忘れ物をしてしまってと嘘をつき、かつ先に行って頂けるようにお願いし、

 誰も背中を追いかけては来ないのを確認してから、

 男子トイレと書かれた場所に身体を滑り込ませようとした瞬間に腕を掴まれました。

 驚いて振り返ってみると、先程お別れしたはずのエマちゃんが。

 ――ニコニコと微笑みながら、すべてを見通したかのような瞳でこちらを見ていて。

 

「そちらは男性用のお手洗いですよ?」

 

 なんて忠告もされてしまった。

 口をパクパク動かして、二の句も言い訳も言えなかった私は。

 反論したところで相手を納得させる余地もなく、

 また、この場で言い争いをしたところで大変なことになるばかり。

 時代劇で裁きを受けた後の悪人のように、がっくりとうなだれる他はなかったのです。

 

 

 落ち着いて話を聞いてくれると言うのに、

 何故か女子トイレに引っ張り込まれてしまった私は、

 当然のごとく周りには女性しかいない状況下で、

 あまり身の回りに興味も視線も向けないように心がけつつ。

 奥にある個室までエマちゃんと一緒に入ることになったんです。

 情状酌量の余地があるとか、私の心情を斟酌してくれるとか、

 言葉尻だけは私を理解した風ではありますが、

 状況いかんではおまわりさんに突き出すと言わんばかりに握られたスマホが、

 まるで黄門様の印籠であるかのように見えました。

 なお、私は変態ではないので女子トイレに入った経験というのは二回目。

 昼間に続けて二回目なので、まだ許される事はあるかも知れない。

 とはいえ、もう一回入ってしまっている時点で。

 おそらく近い未来に用を済ませてしまうであろう時点で。

 どんな言い訳を重ねたところで変態の謗りは受けざるを得ないのでしょう。

 

「まずは、することをすませてしまうべきです」

 

 ちょっと怖いくらいの表情で告げられて、

 ああ、もうこの場所で警察に突き出されるのだなと覚悟をした私が、

 目を閉じて天を仰いでしまうと、強制的に便座に座らされました。

 何事かと思ってみてみると、もうすでにエマちゃんは私の腰のあたりを掴み

 身につけているものを脱がせようとするので、

 それはまだ早いのでは!? と口走ってしまいましたが、

 単純にお手洗いを済ませなさいということでした。

 

 

 同年代の女の子と二人きりで、

 しかも、今まで家でしかしてこなかった女装で出かけ、

 一発で正体がバレてトイレに引きずり込まれるとは……。

 まだあなたを信用しているわけではないとのことで、

 個室から出ていってもらうことも、目と耳を塞いで頂くことも出来ずに、

 真剣な面持ちでおしっこをするところを異性に眺められるという行為が、

 特に興味があるわけではないけれど知識としてはあった、

 成人向け同人誌とかの状況とマッチするな、なんて頭の中をよぎりました。

 理想の女性として常に崇め続けていたあんじゅ姉様に心の中で謝罪をし、

 我慢を重ねてきたせいか多量かつ勢いよく放尿をしています。

 その姿を、男性はこうしてするんですねとか、意外と無臭ですねという

 嬉しくもないコメント付きでしげしげと眺められているこのシーン。

 先程まで会話していた女の子に興味深そうに下着はもうすでに女性物なんですね、 

 などととどめを刺されて、優木せつ菜(芸名)の心は折れてしまいそう。

 

 

 自分の羞恥に塗れた部分を立て続けに見られてしまったせいで、

 多少なりとも開き直った私は、少しばかり反撃しようと意識をして、

 渡されたティッシュペーパーを男性は拭きませんということもできず、

 ありがとうございますと控えめに言ってごまかすようにサササと拭いたふりをしたら、

 ちゃんと拭かないとダメですと二枚目のティッシュペーパーを渡されたので、

 ヤケになった心持ちでちゃんと確認して頂きつつ拭いた。

 ちょっと時間が経過してしまったけど、遠慮せずに言うことは言おうと口を開こうとすると、

 

「もし、私の機嫌を損ねてしまったり、

 また不埒な行為に及ぼうとした場合は、

 すぐにおまわりさんへと連絡が行くようになっています」

 

 と、死刑宣告を叩きつけられ。

 ほんのちょっとでも発言権……いや、言い訳する権利があれば。

 などという淡い希望は砕け散った。

 数時間前に自分が抱くことになった、純朴そうで大人しそう。

 とのエマ・ヴェルデちゃんの印象は大きく覆されてしまうことになり。

 捕まえた獲物の前で舌なめずりをするような、

 そんな獰猛さを兼ね備えた女の子であるという事実はもはや覆りそうにない。

 

「本日は助けていただいてありがとうございました。

 スイスに帰国をせねばならないと言う気持ちも抱くこともなく

 正直なんとお礼を申し上げてよいのか……」

 

 どのように死刑を執行するかその手段だけは選ばせてやる。

 などと言われてしまうかと思いきや、ものすごく可愛らしい乙女のような表情で、

 先ほどまでのできるだけ苦しませて殺すと言わんばかりの表情とはうってかわり、

 ただそれでもなおスマホから手を離さないというシチュエーションは、

 私への信頼のなさの現れなんでしょうか。

 

「どのようにお礼をすればよいのか考えましたが、

 ひとまずは本日の変態行為を胸に秘めておく。

 そのことで済ませようと思います」

 

 とりあえず警察に突き出されずに黙ってくれるというので安堵する。

 ただ、それを伝えるのならばトイレになど引っ張り込まずに、 

 先ほど交換したメールで告げれば良いのではと思った。

 相手に反撃をされる(するつもりもない)可能性を考慮すれば、

 どう考えてもそちらのほうが安全に橋をわたることができる――

 

 そこまで考えて私は思い至った。

 直接言わねばならないこと、できうる限り精神にダメージ与え、

 脅迫の成功確率を上げ、自身の魂胆を叶えられるシチュエーションを作り出す。

 ここでひとつ悲鳴でも上げれば誰かしら気がつくであろうし、

 悲鳴なんぞあげないでも下半身を露出した私をトイレに放置でもしておけば、

 お咎めを受けるのは確実に私である。

 とんでもない人を敵に回してしまったものだ、

 昼間のチャラいのを地獄に何度叩き落としても足りなかった。

 顔面は蒼白になり、これからどのような要求をされるのか不安で仕方なくなった。

 仮に、まとまったお金がほしいのであなたの人権と内蔵を売りたい。

 などと言われてしまえば、なんの反論も許されずに私は死ぬ。

 

「そうですね、少しばかり要求したいことがあります」

 

 ついに来たと思いました。

 正直震え上がって逃げ出したいほどではありましたが、

 ここは個室、どうあがいても逃げ場はない。

 相手が少し緊張した面持ちなのは、

 言うことに躊躇いを感じるような内容だからでありましょう。

 たとえ優木せつ菜を名乗る私が極悪人であろうとも、

 一方的に苛烈極まりない死ぬような思いをさせたとしても、

 ひと思いに殺してしまうという行為であったにしても。

 少々でも遠慮をして、殺害するのを自重させる意識があることを

 私という人間が提供ができていたのなら。

 おそらく躊躇いもなく命を奪われるよりは、いかばかりかマシだと思うんです。

 ――ただ、少々ワガママが許されるのであれば、

 もうちょっといい場所で殺されたほうが我が家の両親も浮かばれると。

 

「こ、このようなことを要求するというのは、私の人生で経験がないので

 日本人は察する文化に優れているというので……その、

 私が言葉にする前に把握して頂けますか?」

 

 すなわち、私が手をかける前に自害せよ。

 日本古来からある文化で言うのであれば、望まれているのは切腹。

 きっと、日本に来る前に切腹なる文化を知り、機会があれば見てみたいと望んだのだ。

 自分が知る限りでは今の日本では廃れてしまった文化だけど、

 未だに外国ではジャパンにはニンジャがいると本気で思っている人もいると言うし、

 ならば、日本で責任を取らされるときには切腹すると考えるスイス人少女がいても

 何ら不思議な事はないと思われた。

 

「せ、せめて! もっといい場所でしたいです!」

 

 ちょっとだけでも抵抗をしてみる。

 切腹をしたなんて経験は当然ないけれど、時代劇でも一部映画でも

 迫真の演技と共にお腹を切るシーンというのは見ている。

 再現せよというのであれば、出来不出来は置いておいても

 いくらばかりかそれっぽくできるのではないかと思われた。

 できるなら痛くないように麻酔でもかけてほしいし、介錯人もほしい。

 

「し、シタいですか!? た、確かに高校生にもなれば

 そのような経験をする子もいますが……!」

 

 スイスではなんと高校生にもなれば切腹するのが普通みたい。

 聞いた覚えはないし、何よりお腹を切っても平然としているとするのは、

 なかなか日本人としては受け入れることが出来ない。

 ただ、世界は広い。

 島国では考えられないような風習が行われていても不思議じゃない。

 しかし、私の反応を元にエマちゃんは胸を掻き抱くようにしながら赤面。

 おそらく地元では切腹というのはとんでもなく恥ずかしい行為なのだ。

 

「できれば自宅で……たくさんの見物客がいたほうが……」

 

 経緯はどうであれ、華々しく散るのであれば目立ったほうがいい。

 新聞記事には「女装男、女子トイレに入った責を咎められ切腹 介錯人はスイス人少女」

 などと載ってしまうかも知れない。

 父は笑い、母は泣くかもしれないけど……。

 面白いものが好きな私の一族は話の物種にしてくれるかも。

 

「あ、あなたの家というのはかろうじて認めますが、

 たくさんの方が見ている前というのであれば……もしや野外!?」

 

 信じられないと言わんばかりだった。

 自分のイメージとすれば切腹といえば野外で行うものだけれど、

 スイスで切腹といえば屋内が当たり前であるらしい。

 

「建物の中はちょっと……やっぱり掃除が大変だし……」

 

 どれほど血が噴き上がるのかは少し想像できないけど、

 見世物でたくさんの人に笑われるのであればやっぱり野外ステージに限る。

 そのデビューが死ぬときというのは……なんとなく一発屋のアイドルっぽい。

 

「た、体液が噴き上がるというのは、どんなアクロバティックな行為を!?」

 

 エマちゃんが恐れおののいたと言わんばかりに声を上げた。

 どのような行為を想像しているのかはわからないけれど、

 確かに多少アクロバティックな側面もあるかも知れない。

 

「やっぱり血の処理は……大変だし」

 

 特に白い布に血液が付着すると大変だ。

 拭ったところで染みてしまうし、なんとか取ったとしても跡が残る。

 難敵中の難敵、後処理には私は及べないから、せめて手間は省きたい。

 

「た、確かに血は流れると聞きますけど! 

 でもそれは仕方のないことです!」

 

 特に墓は! と聞いて私はハっときた。

 死体をそのままにしておくことは出来ないし、私はいずれ火葬されて納骨される。

 お墓を持っていないわけではないけど、前提としては両親が納まるのが先。

 

「さ、さすがエマちゃん! 将来設計を考えてる!」

「あ、当たり前だよ! 一度きりしかないことを大事にするのは

 女の子としてもちろんです!」

 

 女性の方が男性よりもよっぽど現実的だと聞く。

 私に切腹を要求する以上は後処理のことも考えなければいけない。

 相手に負荷をかけてしまうのは心苦しいけど地獄で後悔するので許してほしい。

 と、私はエマちゃんの素晴らしさに感嘆してとある事に気づいた。

 ロシア語で素晴らしいとする表現をハラショーと言うみたいだけど、

 ハラショーとハラキリというのはなんとなく語感が似ている。

 

「そうだ! どうせならお世話になった絵里さんも呼びましょう! 

 ロシアにはない文化だから、喜んでくれるかも知れない」

「え?」

 

 キョトンとするエマちゃん。

 あまりに予想外と言った面持ち。

 それはそうだ、一世一代の私の切腹ショーを見世物にしようというのである。

 これはスイスでは受けない、日本独特のエンターテイメントショーだ。

 

「えーっと、どういうことかちょっと説明してくれるかな?」

 

 何故か気分が盛り下がったと言わんばかりに落胆の表情を見せるエマちゃん。

 そんな彼女に対してなんとかして興味を持ってもらおうと、

 稀代のエンターテイナーである私は説明を開始した。

 名付けて、優木せつ菜雪上で散る。

 

 

 いくら説明を重ねたところで、エマちゃんの怪訝そうな視線が深まるばかりでした。

 最終的には熱く語っている所を、分かりました分かりましたと

 微塵も分かっていなさそうな態度で語りがストップさせられてしまいました。

 これから暴れん坊将軍における切腹の是非について述べようとしたところなので、

 いかんばかりか残念である。

 

「優木せつ菜さんに日本人の奥ゆかしさというものと、

 何も言わずして察する能力を求めたことが間違いでした」

 

 何故か日本人が持つべき美徳を持ち合わせていないことを、

 スイス人の女の子に指摘を受けるという部分で多少は解せない思いを抱えながら。

 先来まで抱きつかんばかりに近づかれていた距離は多少遠ざかり、

 僕を突き出さんばかりの態度は多少なりとも改められた御様子。

 どちらかといえば百年の恋も冷めましたと言わんばかりの残念ぶりだけれど、

 どのみち自分には関係のなさそうな話ではあるので考慮に入れないでおく。

 いままでの人生経験から考えて、女性に恋愛経験の有無を問いかけては

 火傷する他ないので口を閉ざす他ないのである。

 

「まずは本名から教えて頂きましょうか?」

 

 いままでのことは全て忘れました――と言わんばかりに、

 エマちゃんは極めて冷徹な口調で問いかける。

 自分としてはさっさとこの場所から脱して、

 絵里さんから教えてもらったトレーニング方法を試してみたい。

 たった数時間教えて貰ったことでさえ絶大な効果を産み、多少はスクールアイドルとして

 実力を発揮できそうであるから。

 本名を問いかけられたけれど、日本人の女の子ではなく、

 外国出身の女の子ならば多少なりとも驚きは少ないと感じました。

 名字を白状すれば真っ先に姉がどのような人物であるか把握できるはずなので、

 傷口を広げないように重々に忠告を重ねつつ。

 

「他言は無用でお願いします」

 

 できる限り真剣な面持ちで告げてみると、存外簡単に了承を得た。

 自分の家族に迷惑をかけられないみたいな同情を誘う文句も考えてはいたけど、

 披露する機会がなくなってしまい多少は残念。

 

「私、いえ、僕の名前は綺羅雪菜、事前に説明をしたセツナという音の響きは

 本名のとおりです」

 

 自分の本名を見て、興味深そうにウンウンと頷きながら眺めた後、

 家族構成であるとか、長男であるか否かとか、実家を次ぐ予定はあるのか

 婿養子として他の家に入る予定はあるのかどうか。

 なぜ問いかけられているのか解せない点まで根掘り葉掘り問われた。

 質問を終えたところで、思い出したように姉の名前を問われてしまい動揺した僕は、

 

「大和撫子というものは、古来慎ましやかで控えめであり、

 答えなくないポイントを察して笑顔で応じるという――」

 

 エマちゃんに見せつけられるスマートフォン。

 さっさと答えろ、警察に突き出されたいのかと言わんばかりの態度に、

 僕はがっくりと項垂れる他なかったのです。

 

「姉の名前はツバサといいます。綺羅ツバサ」

「それって、世界的に有名なアイドルの?」

「同一人物です。仮にこのような血縁者がいるとバレれば、

 姉にも迷惑がかかるのでどうか内密にお願いします」

 

 多少同情を誘う言い方が思いの外絶大な効果を得た。

 先ほどまでは、どのような事情があろうとも女装しているやつなんて、

 と言わんばかりではあったのだけれど。

 人それぞれ事情はあるのだし、ああだこうだ訴えかけるまでもないものね。

 なんていう表情に変わった。

 どんな想像をしたのかまでは僕はニュータイプではないのでわからないけれど、

 エマちゃんの想像の仲とは違って姉はとてもいい人です。

 対人対応では不肖の弟扱いをしてくるけれど、家では平気で抱きついてくるゲロ甘。

 なにせ身長が同じでスタイルもさほど変わらないので、

 あらゆるステージ衣装を自分自身の手で手直しを加えては、

 可愛い可愛いと言いながら着させてくるブラコン、とても英玲奈さんのことを否定できない。

 

「雪菜クンは将来どうするつもりなんですか?

 本当に女の子になるつもりなのだとか?」

 

 思わず苦笑いをしてしまう。

 たしかに可愛い格好をするのは楽しいし、女の子として扱われるのも良い。

 でも、それは幼い頃からトップアイドルを目指してきた僕にとって、

 同性間でアイドルとなりうるには筋力的にも力強さ的にも通用しない事がわかりきっているから。

 色物の中ではトップを目指せるのならばそれに越し方ことはないという

 現実的な判断も踏まえてのこと。

 姉みたいに異性と勝負しても軽く凌駕できるほどの才能でもあれば、

 また違った話にはなってくるのだろうけど。

 

「僕は本当に大した人間ではないんです。

 それでも夢を叶えるためにどんなことでもしようと考えたんです」

 

 真剣に相手に伝わるように努力をして言葉を選んだつもりではあるけれど、

 エマちゃんはぷいっと視線をそらして恥ずかしそうな態度を示した。

 確かに、色物でトップを目指さんがために女装をしているやつ相手に、

 道理で迫ろうとすれば多少なりともバカバカしいと思うはずだ。

 時間を尽くして後までしてくれた彼女に申し訳無さを感じつつ。

 

「ところで恋愛対象は男性? それとも女性なの?」

 

 エマちゃんが右腕に抱きつくようにして、すっごいワガママな胸がグーッと押し付けられる。

 年頃の男の娘として女性からそんなことをされれば緊張が走る。

 普段ロクに女性と接していない人間ならばなおさら、姉は女性としてはちょっと違うし。

 体の一部分が反応して固くなりなどしないように、こころの中で般若心経を唱えながら、

 男性も充分に行けますと嘘を付くべきか、女性オンリーですと真実を話すか。

 幼少時から子供の頃に接してきた胸の大きな女性というのは、

 大らかで柔和な笑みを浮かべながらからかうようにしてお風呂にも入ってくれる。

 まあ、いま同じことをして欲しいといえばとっ捕まるのは自分だけど。

 姉は女性として扱うと痛い目を観るから何も言わないけれど。

 

 

 心臓が早鐘とばかりに盛り上がっているのは、

 押し付けられた胸が柔らかく、感じる匂いは女の子らしさ全開で、

 幼少時に見た憧れのお姉さまの裸体を思い出しているから。

 ――ではなく、選択肢を謝ることがあればすぐにでも警察へと突き出されるか、

 それとも東京湾におもりを付けて沈められてしまうか。

 僕は重々、姉ではない女性らしい人を存分に思い浮かべながら。

 

「恋愛対象は徹頭徹尾女性であります!」

「もう一声」

「年頃の男としては胸が大きいと素晴らしいと思います!」

 

 最低すぎる答えではあろうが、エマちゃんの満足は多少得られたようで、

 なんとかして拘束からは解かれることに成功した。

 いかばかりか好感度の上昇も果たした気配がある、なぜだ。

 

「絵里ちゃんみたいに歌も上手で踊れて

 教えるのも上手な同年代の女の子のほうが好き?」

 

 噴き出した。

 これは、絵里さんの指導があまりにも巧みで、

 僕みたいな才能のない人間でもある程度まで行けると判断して、

 トレーニングやレッスンをして欲しいと無理に無理を言って了承得た挙げ句に、

 メアドまで入手することに成功した案件が不満な様子。

 僕の態度にYESと勘違いしたらしいエマちゃんが、憤怒の表情のままで

 スマホで何処かへ電話をかけようとするのを必死に抑えながら、

 

「絵里さんは姉と同時期に活躍したスクールアイドルμ'sの絢瀬絵里さんです」

 

 エマちゃんは信じられないと言わんばかりに目を見開いて驚きを示した。

 自分だってμ'sで活躍している当時とほぼそのまま――どころか、

 少々若返ってすらいる姿に驚きを隠せないのだから。

 姉も若くて幼い外見をしているから、よく中高生に間違えられたと

 お酒を飲んだ席で自慢しているそうだけれど。

 絵里さんは本当に中高生しか見えないくらい若々しいから、

 余計にタチが悪いように思われる。

 

「ツバサさんは今年30に……」

「まだなってません、いずれはなるでしょうが遠い話です

 姉に年齢のことを話すと大変なことになるので置いておきましょう」

 

 姉が自分よりも年下のアイドルと付き合いが少ないのは、

 まるっきり話が合わないというのもあるけれど、若くないと感じてしまうからだそう。

 エマちゃんは愕然とした様子でスマホを手に取り、何事かを検索し、

 どうやら真実へとたどり着いてしまった様子。

 何を見ているのかと思いきや、少し前に更新された元μ'sの東條希さんのブログだ。

 のぞみんのスピリチュアルライフでは、主に絵里さん以外のメンバーがちょくちょく登場しては、

 類まれなるリア充っぷりを披露する機会が多々あるけれど。

 

 

 園田海未さんの家で行われた乱痴気騒ぎと題された文章は、

 姉や西木野真姫さんと言った芸能界でも有名なメンバーや、 

 小泉花陽さんや絢瀬絵里さんといった可愛さで天下を取れそうな面々が、

 アニメやゲームのコスプレをして、お酒を飲みながら盛り上がったエピソードが語られている。

 唯一花陽さんだけが年相応の大人びた姿を披露してはいるけど、

 他の面々は高校生と言われても納得してしまうような外見をしている。

 そのせいなのか、未成年の飲酒疑惑を指摘する声も多少なりとも上がっているけど、

 筆頭で指摘されているのが、ブログの主と同じ年の女性であることに、

 東條希さんの心情はどのようなものであるのか察するに涙が出そう。

 

「ス……スクールアイドルであれば若く要られる……

 え、永遠の若さが得られるかも知れない……!」

 

 わなわなと震えながら要領の得ないつぶやきをし、

 青い顔をしたエマちゃんを慰めつつ、

 どうやら危機は脱したと優木せつ菜は安心した。

 なお、一部を除いて男性経験がまったくないという話をしようと思ったけど、

 バレれば姉に殺されてしまうし、

 なんか意味を果たさなそうな情報なので胸の中に秘めておくことにした。

 

 

 その後、荷物持ちとして同行したお買い物では、

 絵里さんとレッスンを受けるときには必ず呼べと言われたり、

 一週間に一度は顔を見せろと脅迫されてしまい、

 お財布の関係上頷かざるを得なかった自分がいた。




とあるルートの後日談、ラブライブ優勝を果たした虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の面々は二代目アキバレポーターとして活動していた高海千歌ちゃんのインタビューを受けた際に「まるでせつ菜ちゃんのハーレムグループみたいだね?」などと言われてしまいコメントを返せなくなる。
その際にテンパってしまったせつ菜は「では、全員を嫁にするために活動を始めます」と宣言、大いに観客を沸かせてしまったが、後日本当に嫁にするように迫られてしまったためにしばらく絢瀬家に避難することとなった。


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(※)星空凛との飲み会編

(凛との飲み会編)

 

 今度飲み会を開くので来てくださいと、凛からメールが届いたのは数日前のこと。

 サシで飲むと、ズバズバ心がえぐられてしまうので(あと、深夜に及ぶとパソコンの電源が落とされる)

 あまり長い時間は飲めないと断っておく、そうしたら――

 

【存分にお腹を空かせてから来てください】

 

 冷や汗が流れ落ちた。

 凛は最近料理にハマって、花陽を随分と泣かせているらしい。

 それは美味しい手料理を食べさせて感動させたのか、エビチリを超えた何かを作り上げたのか。

 

 凛はすっかり有名人になってしまったので、基本飲み屋では顔を出せない。

 だから必然的に宅飲みになる可能性が高いんだけど、お腹を空かせてくださいというのは初めて。

 後輩が作る美味しい手料理でもてなされ、自分は優雅にお酒を飲む。

 ――アレ? それって、家での日常と変わらなくないですか? もっとも肴を作るのは自分だけど。

 

 家でのことと言えば、以前オンラインゲームをしていて寝落ちをしたことがあった。

 1週間連続今月10度目の徹夜で体力が保たなかったせい、気がつくと水をなみなみに注いだバケツを持った亜里沙がいて

 

「今度徹夜して寝落ちしたら、これを掛けて起こします」

 

 と宣言された、私は肝を冷やした。

 そうなれば自作パソコン(40万円・亜里沙持ち)は完全に破壊され、生きがいを失う。

 このパソコンはμ'sで作った、私達の卒業後唯一の作品。

 みんなの写真が色んな所に貼り付けられた痛パソコンでもある。

 海未の写真を指差し、

 

「海未も手伝ったのよ! 亜里沙の憧れの!」

「知ってます、私も雪穂も手伝いましたから」

「だったら尚更このパソコンの価値は分かるはず、好事家が見れば100万はくだらないわ!」

「姉さんには重すぎますね?」

 

 ぐうの音も出なかった。

 

 

 閑話休題。

 

 凛から指定された住所にたどり着くと、彼女がまだ駆け出しだった頃に住んでた安アパートとはまるで違ってた。

 オートロック付きのタワーマンションで出口には監視カメラもついている。

 私なんかが入り込めば、ニートめ! 通報してやる! と宣言されてしまいそうな場違いにも見える場所。

 

 ハラショー……さすがに売れっ子タレントはレベルが違う。

 東京の一等地にこれだけの高いマンション、さぞ家賃もお高いんだろう。

 私達姉妹が住んでいる場所は8万円くらいだったから、二倍……三倍……下手したら一〇倍?

 一人悶々とお金の計算をしていると、背中越しに声をかけられた。

 

「絵里ちゃん!」

「凛!」

「いやあ、絵里ちゃんは高校時代と変わらないにゃあ……苦労してないから」

「え、凛、もう酔ってる?」

「素面だよ!」

 

 苦労していないとは失礼な、いつもオンラインゲームのギルド長として人間関係で苦労しているわよ。

 凛と一緒に高層階までエレベーターで登り、時折会話をしながら、最近の芸能事情を聞いていた。

 最近はスクールアイドル上がりのタレントが増えて、戦国時代を迎えているとか。

 その時勢を理解していない大物(笑)とかに説教をされる番組なんかも増えたみたいで、なんというか。

 凛も苦労しているんだなあと痛感した。

 

「でも随分ぶっちゃけるわねえ、そんな会話して平気なの?」

「ここは、芸能人御用達だから平気だよ」

「……私は随分場違いな場所に来てしまったみたいね」

「ニートなんてどこでも場違いにゃ」

 

 ぐうの音も(ry

 

 凛の部屋にたどり着くと、もうすでに先客がお酒を酌み交わしていた。

 その様子から察するに、凛はまだ手料理は作っていないみたい、テーブルに載せられた料理は順調に減ってる。

 しかしどの女の子も可愛い、そして若い、お酒を飲んでいることから察すると二〇以上なのは間違いないけど。

 

「じゃあ、主役は座ってて、凛、料理作ってくるから」

「主役て、周りが芸能人みたいに可愛い子ばかりで、どう過ごせと?」

「だいじょうぶだいじょうぶ、今日来たメンバーはみんなμ'sのファンだから」

 

 それは違う意味でだいじょうぶではない気がする。

 

「芸能人が嫌ならアスリートもいるよ、ほら、一番端に座ってるあの子」

「端に?」

「高飛び込みの選手で、オリンピック候補の渡辺曜ちゃん」

 

 何処かで見た顔だなというのと、名前を言われてはっと気づいた。

 彼女は確か、スクールアイドルAqoursのメンバー。

 凛は仕事でμ'sの再来と呼ばれた彼女たちにインタビューに行ったはずだ。

 その際に私とにこも同行して、練習風景を見たことがある。

 

「へえ……掛け持ちしているって言ってたけど、オリンピックに出るほどの選手なのね」

「その隣りにいるのは鹿角姉妹のお姉さんの方で、散らばっているのはあり……」

 

 あり?

 

「な、なんでもない、とにかくアイドルとかタレントさん、コミュニケーション能力があるから大丈夫だよ」

「料理をつくるなら私も手伝うわよ」

「残念ながら、ロシアの血が入っていると、凛の家の台所には立てない呪いがかけられてるんだよ」

「呪いなんて、そんな非現実的なものあるわけないじゃない」

「希ちゃんがかけたから、たぶん、本当だよ」

 

 希はちなみに現代に蘇った安倍晴明とも密かに呼ばれている。

 

 

 凛と別れた私は、できるだけ目立たないように部屋の端っこに腰を下ろす。

 どうやら気づかれた様子はなく、私は安堵しながらスマホを覗き始めた。

 しかし――

 

「あの、絢瀬絵里さんですよね……?」

「人違いです」

「ひ、人違いでしたか……」

 

 女の子はおずおずと引き下がる。

 にこみたいなツインテールをしたとても可愛い女の子だ。

 気弱そうで、実際おどおどとした態度をしながら、こちらを伺っている。

 ちょっとかわいそうなことをした、きっと彼女なら絢瀬絵里と告げてもひどい騒ぎにはならない。

 

「ごめんなさい、嘘です」

「やっぱり、絢瀬絵里さんですよね! お姉ちゃんが大ファンなんです!」

「そ、そうなの……私のファンなんていたのね……」

 

 そりゃあ高校時代には出待ちだって、モデルのスカウトだってされたこともあるけれど。

 

「そんな! μ'sのメンバーの中でも絵里さんは人気が高いです!」

「ほ、褒められるのは嬉しいけれど、ほら、もう、落ちぶれてしまっているし……」

「今はただ本気を出していないだけなんですよね……?」

 

 純真そうな瞳でこちらを射抜いてくる、お姉さんがファンだという少女。

 正直やりづらくてしょうがない、以前までの亜里沙を思い出すものだから。

 

「絵里さんは今でもY字開脚とか、一八〇度開脚とか、できるんですか?」

「で、できるけど」

「すごい! 私の高校時代にやってもらって、すごく憧れたんです。自分はほら、身体が硬かったので……」

 

 す、すごいかしら……?

 

 

「柔軟はほら、毎日の積み重ねだから」

「ですよね! 毎日ちゃんと努力をなさっているんですよね!」

 

 その努力は主にオンラインゲームで長時間の同じ姿勢に耐えるためなんだけど。

 白状してしまえば、彼女の尊敬の視線が一気に落胆に変わってしまう。

 そんなこんなで、黒澤ルビィちゃん(芸名・Ruby)は私に特に絡んできた、すると――

 

「ルビィ、その人に近づいてはダメよ、その人はすっかりダメ人間なんだから」

「り、理亞ちゃん……!」

「はじめまして、鹿角理亞です。どうぞよろしく、ダメ人間さん?」

 

 おお……真正面からの敵意は久しぶり……。

 これが凛の誘いを迂闊にも受けてしまった報いなんだろうか……。

 

「μ'sが、スクールアイドルの番組で紹介されない理由を知ってますか?」

「それは、テレビに出るのが嫌いな、ことりや海未がいるから」

「違います、有名デザイナーになった南ことりや、自営業を営む園田海未が理由ではありません」

「随分と詳しいのね?」

「本来なら、テレビ番組のプロデューサーも伝説のスクールアイドルグループμ'sのその後を追いたい……」

 

 これは噂で聞いた話だけど、μ'sのその後というのはタブーに近い存在だって。

 以前オンラインゲームをしていた時に、その話で盛り上がったことがあるからよく覚えている。

 

「あなたのせいです、絢瀬絵里」

「私の?」

「あなたがもしもニートでなければ、μ'sは今でも伝説として語り継がれたことでしょう」

「……そう、それは良かったわ」

「負け惜しみですか」

「違うわね、μ'sは何も伝説として称されるほどのグループじゃない、ただ個人が願いを持って生まれただけのグループ

 別に神格化される必要も、伝説となって語り継がれる必要もない、A-RISEとは違うのよ」

 

 

 

「さすが絵里ちゃん、賢いにゃ」

「遅いわよ凛」

「ちょっとドライカレースープを作ってたものだから」

 

 何その壮絶にミスマッチそうなスープは。

 

「理亞ちゃんも主賓に逆らっちゃダメにゃ」

「ご、ごめんなさい」

「それがたとえダメニートのダメ人間だったとしても最低限の誇りはあるにゃ」

 

 毒凛語炸裂。

 

「オンライン上でしか存在を必要とされない、妹の脛かじりでも、両親から見放されても」

「ちょっと待って」

「働く気もない、就職意欲もない、飲み会にばっか行ってても、絵里ちゃんはすごいんだよ?」

 

 待って待って! 凄さをまったく感じさせないから!

 仮にその言葉の後にフォローが入ったとしても彼女たち納得してくれないから!

 

「ちょっとこのスープ飲んでみて」

「え? 飲めばいいの?」

「うん、凛特製のスープだから」

「……辛い! 燃えるような辛さよ!?」

 

 喉がやられる。

 

「すごい……」

 

 と、ここで理亞ちゃんとルビィちゃんがこちらを見て尊敬の念を抱いたような視線を向ける。

 

「「凛さんの手料理食べてる……」」

 

 その後、誰も手を付けようとしない凛の料理を一人で処理することになった。

 アイドルやタレントの子たちから尊敬の視線で見られるようになった。



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(※) 矢澤姉妹との飲み会編

 UTXの芸能科では、平日は午後にレッスンがはじまる。

 授業はどうするのかと伺ったところ、勉強面では期待されていないとのこと。

 その中で学力テストでもトップを勝ち取っていた綺羅ツバサ何ていうのは、化物だったのだ。

 土日は一日中レッスンが続き、講師も生徒もヘトヘトになるそうで――

 

 なので、にこはお酒の付き合いがあまり良くない。

 μ'sで飲むってことになれば参加はするけど、後日に響かないように調整している。

 ただ、私たちはお酒に弱いメンバー(筆頭が真姫)がいるので、その世話をしなければいけない。

 後日に疲れを残すか、酒を残すかで随分と逡巡していたのを覚えている。 

 

 そんなにこから、お酒でも飲みましょうというメールが届いた。

 なんでも、最初は真姫を誘ったそうだが、急な仕事が入りオジャンになったらしい。

 他のメンバーは随分と忙しいそうだものね、なんて、忙しい筆頭株が言うのだから笑えない。

 こういうときのために私はあえて働かないの、と亜里沙に言ったら凍えるような視線で見られた。

 

「ええと、にこはたしか引っ越したのよね」

 

 何をしているのか定かではない亜里沙とは違い、にこのお母さんはバリバリのキャリアウーマン。

 年齢を積み重ねてきたのと、娘達が働くようになったことによって仕事量も減り、家に帰れる日も増えたとか。

 ただねえ……仕事が好きっていうのがあまり理解できないのよねえ……そのせいで、何日も家を開けることもあるらしいし。

 私なんぞが家を開けようものなら、パソコンは内々に処理され、部屋に乱雑においてある書籍類も掃除されるに違いない。

 

「都内一等地……なんだか先日そんな場所に立っていたような……」

 

 しかも、凛が住んでいる場所と同じようなタワーマンション。

 つくづくお金持ちは高い所に住みたがるな、と思わずにはいられない。

 ちなみに私の家も高層階である、もちろん家賃はお安いけど。

 

 

 出迎えてきてくれたのは、にこの妹のこころちゃんだった。

 以前に見た時は、まだ中学生くらいだったから五年ぶりになる。

 ただ気になるのは、当時はノーメイクだった彼女だけど、今は微妙に濃くて露出度が高い。

 胸なんて先日知り合いになった鹿角聖良ちゃんと同じくらいはあるだろうか?

 ――にこはきっと、複雑な思いを抱いているわね。

 

「絵里お姉さま! 今日はようこそいらっしゃいました!」

 

 こころちゃんは私に距離を近づけて、その豊満な胸を押し付けるようにし腕を取る。

 ずいぶんと好感度が高いみたいだけど、私は何かをやったかしら……?

 

「ああ、ごめんなさい、いつもの癖で……」

「癖?」

「は、はい、職場での癖で」

 

 それはもしかしていかがわしい職場なのでは? と思ったけど、口には出さない。

 もしそうだった時が恐ろしすぎる。

 でもまさか、あのいい子一直線だったこころちゃんが、そんな職場では働かないでしょう。

 ここあちゃんだったらわからないけど……反抗期一直線で以前来た時に私をババアと呼んだ彼女なら……

 

「ご、ご安心ください! お客も従業員も女性です!」

「そ、そうなの……それは安心ね」

「は、はい! お客様は優しい方ばかりで、未成年だった時にお酒を勧められたことはありません!」

「こ、高級そうなお店ね?」

「はい、銀座にあります!」

 

 どういうコネで就職に至ったのかはわからないけど、とりあえず幸せに過ごしているようでよかった。

 

 

 それはともかく。

 

「にこはいないのね?」

「お姉さまは今食材とお酒を買いに行っています」

「そうなの……あら、このポスター」

 

 にこの家にはあらゆる場所にポスターが貼ってある。

 その横には数字が書かれた紙があり、上矢印とか、下矢印とかが書いてある。

 

「ああ、それはお姉さまが面倒を見ているグループのポスターです」

「へえ……この数字は?」

「UTXの学内ランキングとか、スクールアイドル公式サイトの順位とかですね」

 

 こう言っては失礼かもしれないが、身体は小さいけど面倒見のよさと器の大きさがあるにこ。

 結構小学校とかの教師に向いているのかなーなんて思ったことがあった。

 それが超有名校のUTXで講師を務めることになろうとは……回り道も人間するものなのね。

 

「では、絵里お姉さま、お姉さまが来るまで私がお相手しますね」

「お、お手柔らかに……」

「安心してください! 今日はお代金はいただきません、ノルマもありませんし」

「え、ええ、なんでもにこがお酒代も出すとか、お財布は持ってきたけど……」

「さささ、まずは一杯、お注ぎしますね?」

 

 そう言っている間でも、こころちゃんは私に体を寄せる。

 おかしい、女性だけを相手にしているならここまでのボディータッチは必要なんだろうか?

 

「ん、いい匂い、本当注ぎ方が上手ね」

「お褒めいただけて光栄です」

「甘い口当たり……これ、飲んだこと無いかも」

「ドンペリです」

 

 ――え?

 

「嘘です、これはシャンパンですよ、通販で取り寄せた一級品です」

 

 お、お姉さん、ちょっと肝が冷えちゃったなあ……

 

 

 美味しいお酒と、適度なおつまみを齧りながら、他愛もない会話をしているとにこが戻ってきた。

 両手にたくさんのビニール袋を持っていたので、慌てて立ち上がり、片付けを手伝う。

 

「エリー、案外気が利くところもあるのね」

「べ、別にこれくらい大したことじゃないわよ」

「ニートだって聞いていたから、何にもできないやつになったんじゃないかと思って」

「いやねえ、流石に手伝いくらいはできるわよ、料理もしているし」

「料理といえば、凛が料理を教えてくれって言ってきたわね、お互い忙しいから、なかなか都合がつかないけど」

 

 会話に花が咲き始める。

 お酒が入ればきっと仕事の愚痴とかしか聞くことはないだろうと見込んでいたから。

 

「ところでエリー」

「どうしたの?」

「働くつもりはないの?」

「難しい相談ね」

 

 私は眉をひそめる。

 働くことになったら、今やっているゲームはどれも中途半端になってしまう。

 当然交流はなくなってしまうだろうし、ギルドマスターもやめることになる。

 朝早い職場になればわからないけど、夜遅くとか働けば亜里沙にお弁当も作ってあげられない。

 

「いや、働くのはそう難しいことではないわよ」

「それはまあ、そうかもしれないけど」

「賢いエリーなら分かるでしょ、結婚する気もない、彼氏だっていたことがない、しかも働くつもりもない人の末路が」

 

 彼氏がいたことがないのはにこも同じでしょうに。

 

「確かに、いま亜里沙に捨てられたら野垂れ死ぬわね」

「私は嫌よ、エリーの別れがそんなのなんて」

 

 

「……じゃあ、にこは私がどんな職業についたら良いと思う?」

「そうね、働くことのブランクも長いけど、体力はありそうだから営業とか?」

「免許も持ってない人間には辛いんじゃない?」

「そうかしら? コミュ力おばけの穂乃果あたりとは違うけど、エリーは賢いから営業向いていると思うけど」

 

 と、就職についての話に盛り上がっていると、こころちゃんが割り込んできた。

 

「絵里お姉さまなら、スクールアイドルの講師も向いているのでは?」

「もう何年も踊ってないわよ」

「そうよこころ、それに私みたいなコネがアレばいいけど、未体験で就職できる職業じゃないわ」

「コネならばあるではありませんか」

 

 と言って、こころちゃんはにこを見る。

 その視線の意味に気づいたのか、にこは頭を抱えた。

 

「まだペーペーの講師にコネなんて無いわよ……」

「ムネもないけど、痛っ!?」

「ぶん殴るわよ」

「殴ってから言わないの」

 

 そう言っている間にも料理はどんどん完成されてく、

 思わず涎が出てきそうな料理から、カロリー控えめの健康的な料理まで。

 出来たものをテーブルにまで運び、こころちゃんが全員のコップにお酒を注いだ。

 

「次はエリーの就職祝いね」

「え、もうにこの料理味わえないの?」

「働きなさいって、いいもんよ、働くっていうのは」

「それにはお姉様と同意です」

 

 

「働くということは、動くことです。人生において停滞した者は必ず不幸になります」

「不幸かあ」

「別に、体を壊すほど働けとは言いません、ニート生活が長くなると、自然と動くことに恐怖を感じるようになります」

 

 こころちゃんは私を見ながら、お酒を少し飲み。

 

「恐怖は、人の心を壊します。壊れてからでは遅いのです」

「こころちゃん?」

「あ、ごめんなさい、せっかくの酒席に」

「ねえ、エリー? あなた好きなこととかってないの?」

 

 にこに唐突に問われる。

 私の好きなこと……そう考えてみると、義務的に過ごしてはいたけど、好きだからやるってことが少ない。

 オンラインゲームだって、スマホゲームだって、それに数少ない趣味の読書だって、

 そうしていないと悪い考えに取り憑かれてしまうから行っているにすぎない。

 

「ない、わね」

「そう、だったら。まずは好きなことを見つけることから始めましょうか」

「それは賛成です。些細な事でかまわないんですよ、絵里お姉さま」

「そ、そうね……」

 

 考えがあまりまとまらない。

 私は恐怖を覚えて、お酒をぐいっと飲み、料理に手を伸ばす。

 

「美味しいものや面白いものは好きかもしれないわね」

「なら、その線で行きましょうか、亜里沙ちゃんには私が連絡をとっておくわ」

「にこって、亜里沙と親しかったっけ?」

「社会人になってからね、色々とあるのよ」

 

 どこか遠いところを眺めながらにこが言う。

 珍しく、亜里沙がどんな場所で働いているのかが気になった。



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(※) A-RISEとの飲み会編

 私がマスターをしているギルド、エゴスティックエリーは最初は四人のメンバーしかいなかった。

 必殺の聖騎士絢瀬絵里、暗黒の魔女吉沢美春、漆黒のスナイパー西条真琴、戦場の天使綺羅ツバサ。

 残っているのはツバサと私の二人だけど、美春や真琴とは今も年賀状のやり取りをしている。

 エゴエリは今や二〇人を超える大所帯で、専門誌でも味方に出来ればこれほど頼りになるプレイヤーはいないとされている。

 

TSUBASA:そういえばエリー

エリー:なあに?

TSUBASA:今度、飲みに行かない? 四人で

エリー:四人? 美春と真琴?

TSUBASA:違う違う、英玲奈とあんじゅよ

エリー:高校卒業してから会ってないメンツばかりだけど……

TSUBASA:安心して、私もA-RISEが解散してから会ってないから!

 

 どういう経緯でA-RISEが再集合し、しかも私なんかと飲むようになったのかはわからない。

 ただ、現在亜里沙はμ'sよりもA-RISEに夢中なようで、食事が一緒になるとA-RISEの話ばかりをする。

 やれ、素晴らしい曲ばかりだの、CDが100万売れただの。

 優木あんじゅの結婚によって解散した彼女たちだけど、未だに再結成が望まれており、よもやそのリーダーが

 オンラインゲーム上で伝説と呼ばれているギルドメンバーだということは、あまり知られていない(亜里沙も知らなかった)

 

「姉さん? 今月五回目の飲み会だね?」

「……そ、そうね! でも、ほら、たまには外に出ないと!」

「誰と飲みに行くの、まさか男の人じゃないよね?」

「あ、A-RISE……」

「A-RISE? A-RISEさん?」

「ち、違うわよ! 高校時代にラブライブ出場を争った、あのA-RISE!」

「……姉さん、妄想は大概にしてよ」

「妄想じゃないってば!?」

 

 ツバサと同じオンラインゲームをしていると告げると、亜里沙はハラショーとつぶやいた(5年ぶりに聞いた)

 亜里沙は私に10枚分の式紙を渡してきて、それぞれにサインをして欲しいと頼んできた。

 なお、私の上限課金金額も2000円増え、お小遣いも渡された、よっぽど嬉しかったらしい。

 

 

 吉祥寺まで足を伸ばす。

 お小遣いも渡されお財布がホクホクだったので、遠出がしたいと駄々をこねたら吉祥寺に集合ということになった。

 ツバサが言うには、美味しい飲み屋街があるらしい、その名もハーモニカ横丁。

 狭い路地に沢山の店が軒を連ねており、英玲奈はこの場所が大のお気に入りとのこと。

 

 今日は朝まで飲んでも文句の一つも言われない、パソコンの電源も切られない、さすがA-RISE。

 そしてなんと、はしご酒をしても良いとの許可ももらった。

 一つの大衆居酒屋の飲み放題でちびちびと酒を飲むなんてことは、今日はありえない。

 いやまあ、そういうのも嫌いじゃないんだけどね、ちびちび飲んでると大抵就職しないのって聞かれるから……。

 

「おや、絢瀬絵里じゃないか。早いな」

「英玲奈」

「ここに来るのが楽しみすぎて早く到着したと思ったが……」

「頼みたいことがあったからね」

 

 そう言いながら、かばんの中から式紙を10枚取り出す。

 

「まさか無礼講の飲み会でサインを書かせる気か?」

「さすがに妹のヒモのエリーとしては、願いは叶えたくて……」

「ほう、金に困ったからオークションにでも出品するのかと思った」

「……その手があったわね」

「ここで解散するぞ」

 

 ブツクサと文句は言いつつも、サインをすらスラスラと書いてくれる英玲奈。

 さすがは元大人気アイドルのA-RISE、サインを書くのも手慣れている。

 ありえないけど、サインくださいと言われたらどう書いて良いものかわからないエリーがここにいる。

 

「一応ネットで調べたけど、いい店がいっぱいあるみたいね」

「もちろんだ。正直な話、絵里が遠出がしたいと言ってくれてよかった、ここに連れてきたかったんだ」

「仲間思いないい子なこって」

「からかうんじゃない」

 

 英玲奈と会話をしていると、のんびりといった様子であんじゅがやって来た。

 

「エリー、早いのね。英玲奈は来てると思ったけど」

「頼みたいことがあるんだとさ」

 

 と言って式紙をぷらぷらと見せる英玲奈。

 

「2年近く書いてないから、出来は期待しないでよ?」

 

 なんて言いつつも、サラサラと流れるようにサインを書いていくあんじゅ。

 

「これでツバサを待つばかりか」

「アイドルだった時は忙しくて、お酒を飲む暇もなかったわねえ……」

「そうだったの? 当時からツバサはネトゲ廃人だったけど」

「趣味と仕事に関しては化物よ、あの子は」

 

 呆れ半分、尊敬半分といった感じであんじゅが言う。

 私が今やってるゲームにハマり始めたのは、大学在学中。

 卒業と同時に大人気アイドルグループとなったツバサは、高校時代からプレイしていたらしい。

 最初に彼女と会った時、実は偶然だった。

 ゲームにハマりはじめて3日連続不眠で頑張っていた頃、私の周りに敵はいなかった。

 始めた時にたまたま強キャラと強武器に恵まれ、敵を蹂躙していた私に対し、ギルドに誘ってきたのがツバサ。

 当時の彼女のギルドと言えば、そういうのに疎い私でも知ってるほど有名で、人気だった。

 

 そんなギルドから誘われたのが嬉しくて、更に私は研鑽に励んでいた。

 しかしながら、唐突に当時のNo.2が新しいギルドを作ると宣言し、脱退。

 それに引きづられるようにしてどんどんと仲間が解散していき、最終的に残ったのが4人。

 エゴスティックエリーのメンバーたちである。

 

 今となって考えてみれば、単なる仲間割れだったのかもしれないけど――

 凹んだツバサがオフ会を開くって言って会ってはじめて知り合いだったことに気づいた。

 

 

「お、ツバサがやって来たぞ」

 

 昔のことに思いを馳せていると、駅前の方からスタスタとこちらに向かって歩いてくるツバサが見えた。

 しかし、顔が赤い。

 

「風邪でも引いているのかしら?」

「違うわ、あれは一杯引っ掛けてきたのよ」

「一杯で済んだかは怪しいがな」

 

 ちなみに待ち合わせ時間は17時。

 その前からお酒を引っ掛けてくるなんてツバサは大人だなあ(棒読み)

 

「全員揃っているのね、なんとなく絵里は遅れてくるもんだと思ってたわ」

「そ、そこまでダメ人間じゃないわよ!」

「随分年下の子に就職するように迫られたそうじゃない?」

「そ、それを英玲奈とあんじゅの前で言っちゃダメよ!」

 

 ちなみにだけど、私が妹の脛かじりをしていることは二人は知っている。

 できるだけ隠していたかったんだけどツバサが全部喋ってしまった。

 なんでも、隠しておくような話題ではないからということで。

 

「絵里は本当にヒモなのか?」

「恥ずかしながら」

「本当に恥ずかしいと思ってる?」

「恥ずかしながら」

「この場の会話を恥ずかしながらで済ませようと思ってない?」

「恥ずかしながら」

 

 この会話、ツバサは大ウケした。

 

 まずは一番最初ということで、立ち飲みの店に行くことにした。

 早速えらい勢いで注文をし始める英玲奈に、太るわよと進言するあんじゅ、ツバサはスマホゲー。

 届いたお酒で乾杯をしてから、雑談を始めた。

 

「いや、そうね。もし仮に妊娠なんてしたら、こうして飲み会なんて行けないじゃない?」

 

 結婚してアイドルを引退、専業主婦になったあんじゅはビールを飲みながら言った。

 私や真姫あたりとは縁遠い話題だけど、男性人気もあった英玲奈はウンウンと頷きながら

 

「そうだな、母親になって、子どもも小さいということになれば出かけるのもままならないだろう」

「出かけられないのは良いんだけど、お酒が飲めないのはねえ……だから、今のうちにしたいことはしようと思って」

「子供かあ、縁遠いわね絵里」

「経験のないツバサには縁遠いわね」

「お互い様じゃない」

 

 互いに自分が経験がないことを暴露していくスタイル。

 

「お前たち……未だに処女だったのか……?」

「高校時代はみんな処女だったじゃない!」

「μ'sもそうよ」

「あれー? アイドルと言えば男性人気が高くてよりどりみどりなイメージがするわー?」

 

 真姫はあまりに処女をこじらせて、15歳なのに彼氏いない歴17年と言ってしまったことがあるけど……

 まさか、25になっても恋人の一人すら出来ないとは予想もしていなかったに違いない。

 

 私を含めてだけど、A-RISEの3人はお酒が強かった。

 3軒目に突入するというのに千鳥足になることもない。

 英玲奈おすすめの店の料理はどれも美味しくて、いくらでも食べられる気がする。

 中でもツバサは大食い選手権にでも出られそうな勢いでひたすら食べてた。

 

「でも、ツバサが会ってくれて良かったわ、正直円満解散ではなかったしね」

「ツバサはやっとネトゲに夢中になれるって喜んでたがな」

「……ツバサ、今働いてるの?」

「あんじゅ、お酒がまずくなるわ」

「まさかとは思うけど、エリーもツバサもヒキニート?」

 

 ちなみにだけど、ツバサはさり気なく働いている。

 私みたいに完璧なニートとは違って、彼女はゲーム雑誌のライターとしてデビューした。

 ただ、英玲奈もあんじゅもゲームはみんな同じに見えるっていうくらい疎いから、

 ツバサが案外苦労していると言っても、あんまり信じてもらえないかもしれない。

 

「失礼な、ヒキニートなのは絵里だけよ」

「引きこもってないし」

「飲み会くらいでしか外出てないんでしょ?」

「買い物では外出てるわよ」

「ツバサはUTXの仕事を断ったらしいな、もう、アイドルは嫌なのか?」

 

 英玲奈はにこと同じ、UTXの講師としての仕事を持っている。

 その仕事も忙しいはずなのに、時折テレビにタレントとしても出ているのだから頭が下がる。

 ツバサはぐいっと酒を一気飲みして、

 

「嫌になるわけないじゃない、ただね」

「ただ?」

「……ごめんなさい、なんでもないわ」

 

 ツバサは遠い目をしながら、お酒の注文をした。

 後日、この時何を言おうとしたのか訪ねたところ。

 

 ――私は、一生三人で歌って踊っていたかったのよ。

 

 飲み会は六軒目に突入しても勢いが増すばかりだった。

 深夜になるに連れてテンションも上がっていく、あんじゅと英玲奈。

 今ははじめて彼氏ができた時ののろけ話で盛り上がっている。

 

「そ、そんなに経験がないのって恥ずかしいかしら?」

「20超えたらそうかもしれないわね……」

「男性の中では素人童貞という言葉があるそうじゃない、だったら女性でも、素人処女って」

「それは処女なのかしらね……?」 

 

 ツバサと私は、次第に度数の強い酒を飲みはじめて現実逃避しだした。

 

「絵里」

「なあに?」

「私はライターだけど、結構面白い職業だと思ってるわ」

「あなた英語できるんだから、翻訳でもなんでもできたんじゃない?」

「ロシア語も案外需要があるものよ?」

「残念ながらロシア文学はそれほど日本受けしないのよ……」

 

 日本酒をちびちびと飲みながら、お刺身を食べる。

 もっと幼かった頃には、油が多いものを食べていたけど……。

 最近はすっかり、マグロと日本酒だ。

 真姫お気に入りの、穂乃果の店には刺し身はないんだけど。

 

「ほら、なろうってあるじゃない?」

「小説家になろうだっけ、やたらめったら書籍化しているところよね」

「あそこにμ'sの話とか書いたら受けると思うんだけどなあ……」

「受けるかしらね? チートとか異世界転生とか魔王とか出てこないわよ?」

「A-RISEを魔王にしてしまえばいいじゃない」

「流石に気がひけるわ」

 

 

 10軒目の会場はカラオケボックスだった。

 ここで朝まで歌う! お酒を飲みながら! と宣言したツバサは作曲一曲目から自分の歌を歌う。

 

「英玲奈は歌わないの?」

「カラオケのマイクを握ると人格が替わるんだ」

「そうなのよ、本当マイクを離さなくて……困ったものよね」

 

 そんな会話をしながらも、3人は仲良く歌を歌っている。

 案外私はアウェーだ。

 ただ、この時間をもし亜里沙が過ごしていたら、感涙してハラショーって言ってばかりなんだろうなって思った。

 

「ほら、絵里も歌いなさい! 襟裳岬よ!」

「せめてμ'sの曲にしてよ……」

 

 流れ出る森進一の映像にコロッケの歌を思い出しながら、4人で笑う。

 ちなみに誰ひとりとして歌える人はいなかった、なぜ入れたツバサ。

 

「しかしいつも思うんだけど」

「なあに?」

「歌手には一銭も入らないのよね、カラオケって」

「……ツバサ、世知辛いわ」

 

 

 帰りがけ、就職したら会いましょうと念押しされ、若干引きつった顔で応じるしかなかった私は、とあるサイトを開いた。

 

「――物書きか」

 



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(※) 園田海未との飲み会編 01

(園田海未との飲み会編)

 

 私も後から知った話ではあるんだけど、"うみえり”と言うのは、

 ”ほのうみ”"ことほの”にこまき"”りんぱな"に並ぶ一大カップリングの一つらしい。

 そもそも女の子同士なのにカップリングとは何なのかと訪ねた所、真姫はどこか遠いところを見ながら

 

「エリー、世の中には、女の子が二人いればレズだと思う人種がいるのよ……」

 

 なんてことを思い出したのはどうしてかというと、海未に唐突に飲みませんかとの内容のメールが届いたからだ。

 μ'sのメンバーの中では、海未とはちょっとだけ疎遠になっていたから、その誘いに快く応じる。

 もっとも――

 

「姉さん、今月6回目の飲み会ですが、ご感想は?」

「は、ハラショー……」

「ごまかさないでください! 自宅でお酒を飲みましたよね? 飲んだらダメだと言いましたよね?」

「は、恥ずかしながら……」

 

 ドン! 亜里沙はテーブルに拳を叩きつける。

 以前、A-RISEと飲んだ時にサインを持ち帰ったときには、

 満面の笑みで「おねえちゃん♪」といってくれた亜里沙だったけど(一人で飲んでたらしい)

 今や鬼の形相でこちらを見ながら、お財布に手を突っ込んでいる。

 

「凛さんに聞きました」

「な、なんでしょう」

「理亞ち……いえ、アイドルの一人に酒席で絡まれたそうですね」

「論破してあげたわ!」

 

 

 

 

 ドン!(二回目

 

「口ばっかり達者になって、お姉ちゃんほんとうに寂しい!」

「ちょっと待って!」

「言い訳無用!」

「はい」

 

 立場的には亜里沙が姉でもまったく問題がないあたりが泣ける。

 もっとも就活をするつもりは一切ないんだけども。

 

「ところで、今日は誰と飲むの」

「そ、園田さんです」

 

 ドン!(3回目

 

「もう! もう! なんで姉さんは私が憧れている人と飲むの! 私なんて一度も飲んだこと無いのに!」

「そ、それは自宅に持ち帰り多分に検討する次第でして」

「いい! 失礼なことしないこと! それと! この式紙に亜里沙ちゃんへって書いてあるサインを貰ってくること!」

 

 その捨て台詞と1万円札と色紙をお供に、私は海未との飲み会に臨むのだった。

 

 

 海未ができれば遠出がしたいとのことだったので、

 お互いの家から近い駅で待ち合わせをしてから出かけることにした。

 先日は一人で電車に乗ったけど、今日は二人。

 二人で何かをするというのは大変久しぶりだ、亜里沙は私とまったく出かけてくれないし。

 飲みには行くけど遊びに行く機会は激減した、いやまあ、みんな忙しいから仕方ないね。

 

 

 

 

 駅前には物寂しそうにした海未がいた。

 声をかけるのに戸惑ってしまいそうなほど、儚く消えそうな彼女の姿に思わず息を呑んだ。

 唐突に飲みたいと言ってきた海未、お説教の一つや二つは覚悟をしていたんだけども。

 どうしたものか迷っていると、彼女の方からこちらに向かって来た。

 

「絵里」

「ああ、海未」

「どうしたんですか? 何か迷いが見えますよ」

「それは私の台詞よ海未、あなたこそいつもの覇気が感じられないわ」

 

 敵いませんね、と海未は言う。

 彼女は肩をすくめながら首を振ると、

 

「お見合いをするんです」

「それで元気がなかったのね」

「ええ、あまり気が進まなくて」

 

 海未の表情には陰がある。

 いい相手だと良いわねとか、相手の顔を見る前に断ってしまえばいいとか、

 同情するような言葉はいくらでも浮かんでくるんだけど。

 

「でも、どうして私? 言っておくけど、お見合いする相手に突きつけるような人生経験なんて積んでないわよ」

「もし結婚などということになれば、飲み会に参加することなど許されないことですから」

「あんじゅも言ってたわね……そんなこと」

 

 

 

 

 20代の後半ともなれば、人生に岐路に立つことも度々ある。

 女の子にとっては結婚もその一つだ。

 仕事をやめて家庭に入る人、両立する人、結婚なんてどうでもいいと開き直る人。

 ――そもそも相手がいない人というのはカウントしない。

 

「だから、一人ひとりに会いたかったんです、絵里、絵里は3番目ですよ」

「穂乃果、ことりと来て私か、責任感じちゃうわね」

「別にそういうことは……とにかく顔が見たかったんです」

 

 海未から私の好感度がさほど下がっていないことに驚きを感じつつも、明るく振る舞うことに決めた。

 お酒の席でしみったれた顔は似合わないというのもあるけど、海未は結構感情次第で悪酔いする。

 

「それじゃあ、電車に乗りましょうか」

「はい、案内はおまかせします、絵里」

「ええ、任せておいて、今日は楽しむことにしましょう」

 

 目的は先にA-RISEと一緒に飲んだ、吉祥寺のハモニカ横丁。

 

 

「そういえば、亜里沙に海未のサインを貰ってくるように厳命されたわ」

「私は別にサインを書くような人間ではありませんが……」

「当人がほしいと言うんだから、書いてあげて、というか」

「というか?」

「書いて貰わないと私が家に帰れない」

「……絵里には敵いませんね」 

 

 渾身の説得が効いたのか、海未はμ'sにいたときを彷彿とするスピードでサインを書き上げる。

 

「相手は……どんな男性なの?」

「年齢は私より一つ上、私の家の道場に通う道場生でもあります」

「すごい人なの?」

「手合わせは何度かしましたが、負けたことはありません」

 

 

 微妙……。

 海未が女の子離れした力を持っているとは言え、20代ともなれば性差も強くなる。

 もっとも、現在の彼女が吉田沙保里と同ランクであるなら話は別だけども……。

 

「実力だけで言うなら、もっとすごい方はたくさんいるでしょう、ですが、母が決めたことですから」

「身を固めてほしかったのかしら?」

「分かりません、ただ、自分でも遊び歩いている自覚はありましたから」

 

 遊んでばっかのニートに一言。

 

「仕方は……無いのかもしれませんね」

「……海未」

「どうしました?」

「今日は飲むわよ、飲んだらカラオケに行って、それから一日中遊ぶわ!」

「構いませんが、絵里の予算が心配です」

 

 ――海未の顔を見られなかった。

 

 

 まずは一軒目。

 もつ焼きが有名なお店。

 何軒か回るつもりなので、予算の面を考えても一品料理に秀でているお店に決めた。

 

「それでは、乾杯!」

「はい、乾杯です。絵里」

 

 一杯目はビールという規則みたいなものを決めたのは一体誰なのだろう?

 バレンタインと同じようなビール会社の陰謀?

 ともかくまあ、そんなことは気にせずに口につけたビールは美味しかった。

 

 

「すごいペースですね、絵里、これはジョッキですよ」

「ビールくらいなら何杯飲んでも酔わないからね」

「肝臓を壊す前に病院に行きましょう」

 

 フフ、と笑いながら海未も案外ペースが早い。

 穂乃果、ことり、海未の三人の中では海未が一番お酒が強い。

 だから今までは飲み足りなかったのかもわからなかった。

 

「ところで絵里」

「なあに?」

「その、やはり就職活動はするべきなのでは?」

「μ'sのメンバーと飲むと必ずその話題になるわね」

 

 μ'sのメンバーじゃないけど、こころちゃんあたりには本気で心配されているっぽい。

 まあ、姉と同い年の人間が定職にもつかずにフラフラしてたら誰でもそうなるか……。

 

「それと、そろそろゲームは控えめに」

「そこでやめなさいと言わないところは、海未も大人になったわね」

「亜里沙から聞きましたよ、絵里のやっているゲームは麻薬みたいなものだと」

 

 なんて話をしているんだ我が妹。

 

「そろそろゲーム専門外来を作るべきだと思うのです、依存症のものを」

「や、やめようと思えばいつでもやめられるもん……」

「ではやめる?」

「やめない!」

「亜里沙の苦労が偲ばれます……」

 

 私のビールは早くも三杯目、海未は惜しむようにしながら一杯目の最後の一口を飲み干す。

 

「働く働かないに関しては、私も強くは言えないのですが」

「……? どうして? 家業を継ぐ、立派な就職じゃない」

「私には姉が一人いるのですが、今は作画……アニメの作画をしています」

「んー?」

「私も好きなことを職業にできれば、苦しくても幸せなのかと思いまして」

 

 二杯目のゴーヤサワー(なんだそれ)を頼みながら、海未が言った。

 働くことが検討もつかない私だけど、好きなこともろくに見つからない自分ではあるけど、

 何を基準に幸福かそうでないかを決めるのは本当に難しい。

 お金を持っていたって幸福じゃない人はいくらでもいるし、その逆も然り。

 

「海未は、実家の仕事は嫌?」

「どうなのでしょう? 幼い頃から継ぐことを期待をされて、自分もそうならなければと思っていましたから」

「じゃあ、新しく趣味でも見つける? お姉さんみたいになりたい?」

「ふむ……それは違いますね」

 

 海未はゴーヤサワーを飲みながら苦そうな顔をした。言わんこっちゃない。

 

「海未は海未でいいと思うわ、それに」

「それに?」

「たぶんだけど、義務感だけじゃ続けられないわよ、好きじゃなきゃ」

「……そう、ですね」

「サラリーマンとかならともかく、ノルマがあるわけでもないんでしょう? 

言われるだけの仕事をするだけじゃない、海未が考えて仕事を決める必要がある

それはね、本当、やらされているんじゃなくて、やりたいからやるのよ」

 

 

 

 

 エリち、アルコール五杯目、現在ハイボール。

 

「絵里も」

「ん?」

「絵里もいつかそういう職業を見つけられるといいですね」

「できることは限られてくるけどね……とりあえず資格かしら?」

「まあ、今日は飲むことにしましょう。乾杯です、絵里」

 

 海未の様子が、先ほどとは違って元気になってきた。

 まったく、世話が焼けるんだから、もう。

 

 ――そして。

 

「歩けません……」

「タクシー呼ぶわ、私の家でいいわよね?」

「すみません絵里、まさか自分でもこれほど飲むとは……」

「言い訳は良いからしゃっきりする、お手洗いに行かなくても平気?」

「平気です、ですが、こんな醜態を亜里沙が見たら……」

「醜態は見慣れているから平気よ、さ、行くわよ!」

 

 海未との夜はまだまだ続く。

 



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(※) 園田海未との飲み会編 02

(園田海未との飲み会編 後半)

 

 LINEで表示される名前欄を見ると、その人の個性が出る。

 海未なんかはフルネームで園田海未だし、何に影響されたのか穂乃果はほのっちである。

 私も以前まではエリーチカだったのだけど、酔っ払った亜里沙が

 

「私が仕事でアリーチカと使うので、姉さんはエリーにしてくらさい」

 

 と、ロクに呂律も回ってない口調で言ったので、それ以来エリーにしている。

 高校時代(と言っても同じ時間高校にいたことはないけど)には

 アリーチカ、エリーチカで仲良し姉妹だね、とか言っていたのにエリーチカお姉ちゃん悲しい。

 

 

エリー:海未がやばいので連れて帰ります

アリーチカ:部屋の掃除をするので少々お待ちください

エリー:そんな猶予はないので、部屋は汚いままでも良いです

アリーチカ:姉さんが汚した後始末をしているんです!

エリー:海未がこのLINEを見て、亜里沙は変わりましたねと言いました

アリーチカ:えー

エリー:嘘です

アリーチカ:(親指を逆さにしたマーク)

 

 妹が怖い。

 とは言え、駅前で買った経口補水液の消費は早い。

 お互いに酔っ払っていることも手伝ってか、タクシーの中では無口だ。

 恐らくだけど、無駄に口を開けば海未は全部吐く(色んな意味で)

 

 亜里沙からのLINEも途切れてしまったので、仕方ないから遅い時間に起きてそうなメンバーに

 暇つぶしの会話を求めることにした。

 

エリー:起きてる?

コッティー:嫌な予感がして10分前に起きました

エリー:えー、何よ嫌な予感って

コッティー:徹夜で仕上げたデザインが白紙になってる夢

エリー:職業病ね……私にはわからない世界だわ

コッティー:朝起きたらオンラインゲームのサービスが終了した感じ

エリー:よくわかったわ

 

 ことりも私のことをよく把握している。

 高校卒業後、単身パリへと留学しデザインの勉強をしていたことりは帰ってくるなり、

 某有名デザイナーに弟子入りしたかと思ったら独立、今は新進気鋭のデザイナーとしてあらゆる場所で活躍している。

 μ'sの中では一般の知名度もかなり高く(一番は多分凛)その可愛さも手伝って、世界一可愛いデザイナーの一人とされている。

 また、胸のサイズが一番変化したのも彼女で、私はあっという間に追い抜かれた、パリで何をしていたのか。

 

 

エリー:今は、海未と一緒にタクシーの中なの

コッティー:絵里ちゃんタクシー代あるの?

エリー:亜里沙に借りるからだいじょうぶ

コッティー:それは世間一般にだいじょうぶとは言わないよ

エリー:それでその、海未のお見合いの話は聞いた?

 

 ことりからの返信がちょっと滞る。

 

コッティー:聞いたけど、海未ちゃんを元気にはできなかったよ

エリー:そう、私も励ましたけど、あんまり上手には行かなかったわ

コッティー:海未ちゃんお酒もほとんど飲まなかったよ?

エリー:そうなの? 私の前では吐く勢いで飲んで今ピンチだけど

コッティー:それなら多分、海未ちゃん結構元気になったんだと思う、絵里ちゃんには敵わないなあ

エリー:先輩のさだめね

コッティー:先輩らしく就職したらもっと格好いいのに……

 

 思わぬところからの反撃に思わず唸る。

 μ'sの中で一番社会に擦れてしまったのは穂乃果あたりで、凛もかなりその純真さを失ってしまったけど――

 ことりもかなりダークサイドに落ちてしまったらしい。苦労していると言われればそれまでなのだが。

 

コッティー:絵里ちゃんにことりも悩みを聞いてもらおうかな?

エリー:私に解決できる悩みだったら聞いてあげてもいいわ

コッティー:そういえば真姫ちゃんに聞いたけど、男の人とか紹介しようか?

 

 何を聞いたのか。

 そして真姫は何を喋ったのか。

 

コッティー:まあ、それは冗談として

エリー:本当に冗談だったの? 迫真の演技だったの?

コッティー:私、お洒落なバーを見つけたんだ、そこで今度飲むことにしましょう

エリー:お高いのではないでしょうか

コッティー:もちろんおごり! 悩みを聞いてもらうから!

エリー:後輩におごってもらうわけには……

コッティー:絵里ちゃん、亜里沙ちゃんはその後輩以下の年齢なんだよ(汗マーク)

 

 そ、その汗は涙を表しているのではないでしょうか……?

 

エリー:うん、わかったわ、穂乃果たちに言えないような悩みなら、私が聞きます

コッティー:それと、来る時は新しい下着をつけてきてね?

エリー:何をさせるつもりなの!?

コッティー:だいじょうぶ、もし一人じゃ恥ずかしいって言うなら、私もついててあげるから

エリー:深夜テンションでおかしくなってない? だいじょうぶことり?

コッティー:(某深夜アニメのかしこまりデースのスタンプ)

 

 冷や汗をかきながらことりとの会話を終えると、海未がこちらをじっと見ているところだった。

 

「ごめんなさい、ちょっと亜里沙に連絡を取りつつ、ことりの暗黒面を見たわ」

「ことりですか」

 

 キョトンとした表情をする海未。

 ことりと連絡を取っていることがそんなにも意外だったのかしら。

 それともことりは海未とかに、あんなクソニートさっさと[ピーーー]ばいいのにとか言っているのか、あのふわふわボイスで。

 

「ことりは以前絵里を褒めていましたよ。とても賢い生き方をしていて羨ましいと」

 

 それは多分褒めてない。 

 

 

 海未からの好感度は高校時代から変わってないことが確認できたけど、ことりは――

 

「ふう、それにしてもずいぶん楽になってきました」

「その油断が命取りよ海未、私の目の前で吐いた人たちもよくそう言っていたわ」

「それはμ'sのメンバーですか」

「オンラインゲームのメンバーも居るけど、お酒を覚えたての真姫は酷かったわ……」

 

 あの強がりが得意なお嬢様は、宅飲みでもお店でも毎回のようにトイレとお友達だった。

 その彼女に毎回のように付き合っていた私や花陽は、もうちょっと褒められてもかまわないと思う。

 そういえば、μ'sでお酒が強いメンバーは就職に縁がないな……

 

「真姫ですか、そういえば一度、私と絵里と真姫で飲んだことがありましたね」

「そんなこともあったかしらね」

「アニメの主演が決まった真姫が全員に集合をかけて、結局私と絵里しか来なくて」

「白箱を見たのよね……」

「ひどい……アニメでしたね……」

 

 あのアニメは途中で打ち切られるという伝説を残していて、それに出演した声優の殆どは現在見ない。

 主演を果たした真姫だけが女性陣では活動を続けていて、なんというか、華やかな世界の陰を見た気がした。

 

「お客さんスクールアイドルやってたμ'sの方々なんですかい」

「え、ええ、ご存知でした?」

「いえね、娘もそこそこ有名なスクールアイドルをしていたらしくて、当時は仕事が忙しくて娘の晴れ舞台も見れませんで」

 

 運転手さんの名前を見ると、名字が統堂とあった。

 ごめんなさいお父さん、その娘さんとは以前飲んだばっかりです。

 

 家の前までたどり着くと、もうすでに亜里沙が待ち構えていた。

 吉祥寺駅からここまで来るのに1万円以上かかったから、それのお金を立て替えてくれるのだと思う。

 飲み会と経口補水液の確保でお財布はすっからかんになっていたから、とても助かる。

 

「申しわけありません亜里沙、今度お金は返しますから」

「いえ、海未さんにそんなことをして貰う必要なんてありません! どうせお姉ちゃんが海未さんのペースも考えずに飲み散らかしたんですよね!」

 

 ――ん?

 

「どうしたのお姉ちゃん、亜里沙の顔に何かついてる?」

 

 主に嘘がいっぱい。

 などと言えば、海未が見えないところで脛を蹴飛ばされるのは確実だったので。

 

「本当、いけないわ……お酒のペースは考えないと」

「まったくもう、本当にそうですよ? みんながみんなお姉ちゃんみたいにお酒が強くはないんですから」

「いえ、そうではないのです亜里沙、絵里には相談に乗ってもらっていまして、むしろ私が付き合わせたと……」

「海未さん大丈夫ですか、顔色があんまりよくないです、お手洗いに行きます?」

「い、いえ、今行くと確実に……」

「海未さんに汚されるならトイレも本望です! ささ! 行きましょう行きましょう!」

 

 海未の腕を取り引きずっていく妹。

 最初は抵抗していた海未も、亜里沙のペースに根負けしたのか素直に応じている。

 私は一人で、夜空を見上げながら

 

 ああ、気がつかなかった. こんやはこんなにも. つきが、きれい――――――だ――――――.

 

 海未がトイレと友だちになっている折、亜里沙はリビングでお酒を飲んでいた私に向かって

 

「姉さん? 今日もお酒は許しますが、特別だということを忘れないように」

「え、ええ、それはもちろん、その、亜里沙も飲む?」

「海未さんが戻ってきたらお付き合いします、私も仕事がありますので」

「こんな時間まで仕事……? ことりもそうだし、体を壊さないでよ?」

「別に大したことはしません、仕事で付き合いのある子たちは寝ていますし」

 

 子?

 

「それに明日……と言うより今日はオフですから、ゆっくり休みます」

「そんな不規則な生活を送ってると私みたいになっちゃうわよ?」

「それは冗談ですか、とても笑うことが出来ないんですが」

 

 やばい、このままの調子で、実はことりとの飲み会が決まっているんですとか言えない。

 海未が戻ってくれば、亜里沙も素は出せないから、わぁー、お姉ちゃん、大人ですーとか言って許してくれるかも知れないけど。

 もし、そんなことをすればパソコンを人質に取られることは確実。

 

「ね、ねえ、海未が戻ってくる前に言っておきたいことが」

「また飲み会ですか」

「わ、わぁー、理解が早くて助かるわぁ……」

 

 絶対零度の視線を向けてくる妹に苦笑いで応じるしか無い。

 

「もうそろそろメンバーも限られてくるはずですよね、希さんか、穂乃果さんか、ことりさんか……」

「ことりです」

「2枚サインを貰ってきてください、憧れている子がいるので」

 

 最近サインを求めてばっかりだな亜里沙。

 

 顔色も多少良くなった海未が戻ってくると、亜里沙は満面の笑みを浮かべながら

 

「何か食べます? お酒の後ですから、さっぱりしたものか、麺類が良いですよね?」

「いえ、亜里沙。私はそろそろお暇……」

「海未、今日は泊まって行きなさいな、長い時間タクシーにも乗ったし、疲れてるでしょう?」

「いえ、絵里、これ以上お世話になるわけには」

「海未さん、泊まっていかれないんですか……?」

「…………泊まっていきます」

 

 亜里沙大喜び。

 久方ぶりに見る子どもっぽい態度に安堵しつつも、この天使は明日には堕天使に替わるかもしれないと思うと恐ろしかった。

 

「わーい、では亜里沙、お布団ひいてきますね!」

「いえ、私はソファーでもなんでも構いませんから」

「お客様にそんな対応できません! この日のために買っておいた羽毛布団があるんです!」

 

 初耳。

 

「しかも! 夫婦仕様です!」

「ご両親でも泊まりに来るのですか?」

「一ヶ月後には」

 

 爆弾が投下された。

 両親が来るということは、私はここにはいられないということである。

 特に父とは、お前の顔は二度と見ないと言われているし……。

 憂鬱になるのを必死で抑えようと意識するも、どこまで出来ているのか。

 

「絵里、顔色が良くないですよ?」

「ちょっと酔ったかしらね、水でも飲んでこようかしら」

「お付き合いしましょう、亜里沙は布団を敷いてきてください」

「はーい!」

 

 

「ご両親との関係は相変わらずですか」

 

 と、海未が切り出してくる。

 私はどこか遠くを見る気分のままで頷いた。

 妹の脛をかじっている私を両親がどう思っているのかは想像に難くない。

 おばあちゃまの体調もあまり良くないと聞いているし、もし何かあれば御見舞いにもいけない。

 

「そうね、私のことなんてロクデナシくらいに思っているでしょうね」

「……私自身の個人的な感想ではありますが、あなたは立派です」

 

 あまり聞き慣れない言葉に、海未の顔をじっと眺めてしまった。

 

「就職をするしないが、人間の価値を決めるわけではありません。

 社会で働くことが完全たる善ではないことは私は知っています

 価値というものはそんなもので計るものではなく

 人とどう付き合い、どう過ごしていくかによるものだと考えます

 今の絵里は、亜里沙とよく付き合い、μ'sやA-RISEのメンバーとも

 とても良く付き合っているではありませんか

 ――私の前では、そのように辛い顔はしないでください」

「ありがとう海未、その言葉で――就職しなくても良い気がしてきた」

「できれば就職活動はしてください」

 

 えー。

 

「では、そろそろ戻りましょう、亜里沙に怪しまれます」

「ええ、かなり元気になったわ、ありがとう海未」

「もし――もし、ここにいられないという話でしたら、私の家に来ると良いです」

「ん?」

「雑用でもなんでも、仕事はたくさんありますので」

 

「海未さん! お姉ちゃん! お酒いっぱい用意しました!」

 

 リビングにあるテーブルにはお酒が数多く乗せられていて、その端っこの方におつまみもある。

 共同の冷蔵庫には入っていないお酒とおつまみばかりだったから、亜里沙の部屋にある冷蔵庫に入っているものか

 もしくは私達がタクシーで帰っている途中で何処かから取り寄せるなり買ってくるなりしたものだろう。

 

「いえ、亜里沙、私たち飲んできましたので」

「海未さんは亜里沙が注ぐお酒を飲めませんか……?」

「飲みます」

 

 押しに弱い海未ちゃん。

 

「海未さんにお酌ができるなんて、亜里沙は幸せものです」

「そういえば、大人になってから飲んだことはありませんでしたね、今度飲みに……と、亜里沙は忙しかったですね」

「ハラショー! 海未さんのためなら有給を取ります! いつでも構いません!」

 

 お姉ちゃんがお願いしたところで絶対に有給なんて取ってくれない、私はさめざめと一人、心の中で泣いた。

 

 

 

 

「ただ、なかなか土日は休日が取れなくて……それ以外の日でしたら」

「わかりました、ではそのように調整しましょう」

「土日に忙しいって、まるでにこみたいね」

 

 学生相手の仕事だと、むしろ世間が休日の日に忙しいらしい。

 しかし、私の何気ない台詞に亜里沙の表情はたいへん引きつっていた。

 

「も、もう! お姉ちゃんコップが空だよ! お酒飲んで飲んで!」

「ちょ、これはアルコール度数が50度のウイスキー! ストレートで飲んだら死んじゃう! せめてソーダ割りに」

「ロシア人ウイスキー大好き、ロシア人嘘つかない」

「亜里沙、嘘をつかないのはインド人です」

「そうでした!」

「では、私が亜里沙のコップにお酒を注ぎましょう、どれがいいですか?」

「甘いのが好きです!」

 

 なんというか、ほのぼのしていい感じの空気ね……

 と、私は何の考えもなくコップに入っていたお酒を飲んだ。

 

「あっつ!」

 

 しまった、まだ割ってなかった……。

 



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(※) 南ことりとの飲み会編 01

(南ことりとの飲み会編)

 

 池袋というとサンシャインシティと乙女ロードくらいしか知らなかったので、

 亜里沙の手助けも借りて事前にリサーチをすることにした。

 今回ことりと行くバーは、Bar Lilyというお店。

 さっそく検索を開始してみると、隣りにいる妹が声を上げる。

 

「すごいおしゃれな外装のバーね、姉さん、場違いじゃない」

「ことりが目を引きつけてくれるから平気よ……」

「600種類のお酒にお料理まで……うーん、うーん……」

「どうしたの亜里沙、お腹でも痛いの?」

「すごくお酒が好きな知り合いがいるから一緒に行こうかなと思って」

 

 私もお酒を結構飲む方だと思うけど、亜里沙は自分と同等かそれ以上だ。

 以前、4時間ほど付き合っていた海未が、もしかしたら男の人が見たら百年の恋も冷めるかもしれません

 などと言って、亜里沙を凹ませていたけど、特に酒量は変わることはなかった。

 

「まさか、知り合いって……男の人じゃないでしょうね!」

「男の人だったらどうするの?」

「……え?」

「仕事上男の人と飲むこともあるよ、それを邪魔する気?」

 

 あ、地雷踏んだ。

 

 

 亜里沙が男の人と女の人のどちらが好きなのか疑問だったけど、ひとまず出かけることにした。

 ちなみに彼女の機嫌は、もうすでに治っている。

 地雷を踏んだ後海未にLINEをして、なんとかして仲を取り持って欲しいと頼み込んだのだ。

 だから飲み会に出かける時に、珍しく亜里沙が見送りに来てくれたのである。

 

「姉さん、あまり飲みすぎないように、それからタクシーを利用することはないように」

「わ、わかってるわ、それからサインもちゃんと貰ってくるから……」

「おしゃれなバーで粗相をしたなんてこともないように、あと、深夜までには帰ってくるように」

「も、もちろん、パソコンは大事だもの」

「最悪、ことりさんに誘われて宅飲みをする場合は連絡をください」

 

 ん?

 いつもなら連絡するしない関係なく、絶対に帰ってこないとパソコンを破壊すると言われるのに。

 

「姉さんが帰ってこない時は、家に海未さんが来ます、いいですか、絶対に帰ってきてくださいね!」

 

 それはフリですか亜里沙……。

 もうすでにニヘらと表情が緩みまくっている妹を心配に思うも、口に出さない私って大人です。

 

 

 

 最寄りの駅まで歩いていると、ピコンとスマホが鳴る。

 μ'sのメンバーやA-RISEのみんなとLINEをする時は大抵深夜になるから、この時間帯に来るのは珍しい。

 誰からかと確認してみると、なんとツバサだった。

 

TSUBASA:最近ちょっとオンゲーの付き合い悪くない? 

エリー:イベントもないし、あと飲み会に誘われてるのよ

TSUBASA:また飲んでるの? さすがに飲み過ぎなんじゃないかと心配になるんだけど

エリー:家では……飲んでないから……

TSUBASA:三点リーダに悲痛な叫びを感じるけど、とにかくマスターがいないとギルドも回らないんだからね?

エリー:重々承知しています、なんか私を追い出そうとする動きもあるみたいだしね

TSUBASA:そいつらならもう潰した

 

 ぷわぷわーお!

 

エリー:ただ、ちょっと一ヶ月くらいログインできないかもしれないのよね

TSUBASA:彼氏でも出来た?

エリー:恋人との関係が一ヶ月しか保たないみたいな言い方やめて

エリー:両親が来るのよ……

TSUBASA:それは厄介ね、ってことはどこか放浪でもするの?

エリー:とりあえず海未には来てもいいと誘われているけど、悩み中

TSUBASA:ならウチに来なさいよ、パソコン3台あるからオンゲーやり放題よ?

エリー:3台て

 

 きっとA-RISEのメンバーでオンラインゲームをやりたくて買ったんだろうなあ……

 

 

 

TSUBASA:エリー料理できるんでしょ、いいわ、専属のシェフとして雇ってあげる

エリー:なら後2人くらいに声かけて、一週間ずつ泊まろうかしら

TSUBASA:エリち放浪記ね、そういえば今日は誰と飲むの?

エリー:ことり

TSUBASA:南さんってお酒飲むのね……なんか、甘いジュースとかしか飲まなそうなイメージあるけど。

エリー:カクテルとかは嗜むみたいよ? 今日もなんかお洒落なバーに連れて行かれるし

TSUBASA:エリー通報されないでね

エリー:ニートというのはいるだけで通報されてしまうものなのかしら……

TSUBASA:おおっと、締切りの催促の電話が来た! ごめんエリー、仕事に戻る!

エリー:(今日も一日頑張るぞいのスタンプ)

 

 ツバサと会話していたら、電車がもうすぐやってくるところだったのでスマホを鞄にしまう。

 この時間帯なら余裕で座れるだろうと思っていたけど、どこかの駅で人身事故があったらしく満杯だった。

 こういうときニート……は関係ないけど、無理やり電車に乗るのに外聞もないから楽だ。

 もしもこれが凛とか、ことりとか、わりと社会に露出している人だとTwitterとかに写真を挙げられてしまうかもしれない。

 飛び膝蹴りをする勢いで身体を電車内に通し、ドアが閉まったのを確認して一息つく。

 ――これで確か、池袋まで30分くらいか、途中でいっぱい降りてくれないかしら。

 

 と、視線の先にどこかで見たようなツインテールが見えた。

 たしか彼女は――鹿角理亞さんとかいったはずだ。

 私よりも背が低い彼女は乗客に埋もれつつあって、かなり苦しそう。

 

 10分くらいすると乗客がちょっとだけ少なくなったので、移動をする。

 理亞さんはフラフラとしながら、乗客の多い方向に向かおうとしたので慌てて止める。

 

「だ……れかと思えば、ダメ……人間……絢瀬絵里……じゃない」

「あなた初対面の時もそうだったけど、私に何か恨みでもあるの?」

「あ、あります……! あなたのような人がいるから苦しむ人がいるんだ! ただでさえ仕事で忙しいのに!」

「ふうん?」

 

 仕事が忙しいというと凛あたりかな? 知らず知らずのうちに迷惑をかけている可能性は無きにしもあらずだけど……

 まあ、仮にμ'sのメンバーだったとすれば、私と海未以外は割と忙しいので誰でも当てはまるか。 

 

「理亞さん、どこまで行くの?」

「誰があなたなんかに……!」

「秋葉原に行った後と思わしき紙袋を両手に抱えてるから……そうね、次は乙女ロードかしら?」

「……わ、私の買い物ではありません! これは姉が!」

「お姉さんとの待ち合わせ? 乙女ロードで? ちょっとイメージ下がっちゃうわね」

「……すみません、全部私の買い物です」

 

 隠れ腐女子鹿角理亞さん誕生。

 

 

 

 北海道から上京してハニワプロというアイドル事務所に入った彼女たち姉妹が、一番最初に行ったのは秋葉原だったらしい。

 数あるアイドルグッズに目を輝かせるお姉さんの聖良さんと違って、理亞さんが注目したのは成人向けゲーム。

 まあ、あそこは堂々とエッチなゲームのポスターがビル全体に貼ってあったりするし、目に入るのは仕方ない。

 

「最初は……何だこれと思っていたんです、不健全だとも思いました」

「確かにね」

「でも、アリスソフトのゲームは違った……! すごく面白くて、やりこみ要素もすごくて……!」

「アリス? ずいぶんまた……」

 

 濃い方向に行っている。

 

「戦国ランスも大番長も面白くて……ハマりにハマって、気がついたら姉とデビューの時期がずれて」

「姉妹ユニットとしては致命的ね」

「気がついたら、同期はみんなデビューして……私一人候補生止まりで、さすがに焦って」

「それなら成人向けゲームをやめれば」

「あなたはそう言われて、オンラインゲームをやめられるんですか?」

 

 それはまあ……確かに、無理。

 

「燻っていて気がついたら、3年が過ぎていて……でもその時にルビィが入ってきて」

「ああ、あなた達ユニットだったわね、アンリアルとか言ったかしら」

 

 なんかポルノ雑誌とかでありそうな名前ね、とか言ったら怒られるだろうか。

 

「その時に出会ったプロデューサーは本当に敏腕で、感謝しか無いんです」

「なるほどねえ……そのプロデューサーのことは知らないけど、3年エロゲに燻ってる人間をデビューさせちゃうんだもの」

「え、エロ……成人向けゲームだけにハマってたわけじゃない……!」

 

 それは――二次元ならばなんでもいいと悟ったオタクの余罪の告白だった。

 彼女の名誉を考えて、その内容は伏しておく。



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(※) 南ことりとの飲み会編 02

 

 

 

 池袋駅に着いた途端、理亞さんは嬉々とした笑みで電車を降りて何処かへと走り去った。

 先ほどまで死にそうなくらい顔が青かったはずなのに、若いというのはなんでもできるのだね……。

 

 私が本日向かうのは池袋駅の東口。

 ちょっと早めの到着になってしまったから、ことりはまだ来ていないはず。

 外国に行った影響もあるのかもしれないけど、彼女は割と時間にルーズになってしまったから。

 

 都内でも有数の人が多い駅なので、ちゃんと待ち合わせ場所を決めておいた。

 その場所は池袋東口交番。別になにか悪いことをして逮捕されに行くのではなく、

 キャッチセールスやら何やらに引っかかることが少なくなるらしい、とネットに書いてあった。

 

 ことりにLINEを送ると今起きたとの話だったので、もうしばらく時間がかかるだろう。

 手持ち無沙汰になってしまったけど、どこかに買い物に行くほどのお金もないのでスマホで時間をつぶす。

 

ほのっち:あれ、絵里ちゃん、また暇なの?

エリー:暇なのは否定しないけど

ほのっち:いいじゃんいいじゃん暇なのはいいことだよ。私もちょうど暇してたんだ

エリー:へえ、仕事大好き高坂さんにしては珍しい

ほのっち:ちょっとお店で食中毒起こしちゃってねえ……

 

 それは笑えない。

 

エリー:営業停止ってこと?

ほのっち:保健所の許可だったっけ、そういうのが降りるまで営業できないの

ほのっち:たまに別店舗に行くこともあるよ、あー、2日も働いてないと身体に根っこが生えそう

 

 大学卒業してから働いたことがない私に何か一言。

 

 

エリー:そういえば今日はことりと飲むことにしたの

ほのっち:いいなあ! ことりちゃんも私を誘ってくれればいいのに!

エリー:でも支度に時間がかかってるみたいで、いま池袋にいるわ

ほのっち:あー、明日神奈川に行くことがなければ行ったのに!

エリー:そういえば穂乃果はまともにお酒飲めるようになったの?

ほのっち:カルーアミルクなら……

エリー:もっとサワーとかカクテルに挑戦してみたら? ビールはもう手遅れ感があるけど

ほのっち:お酒の知識なら誰にも負けないのになあ……

エリー:今日行くお店はお酒が600種類あるらしいわ

ほのっち:私も連れて行ってよぉぉぉぉ!!

 

 穂乃果の醸し出す空気がだんだん悲痛になってきたので、苦笑のスタンプを送っておいた。

 これで勢いがちょっとは弱まると良いんだけど。

 

エリー:お、ことりが来た。相変わらずスタイル良いわねえ、おしゃれだし

ほのっち:おっさん臭いよ絵里ちゃん

エリー:え、今の文章のどこにおっさん臭さが……

ほのっち:おしゃれで可愛いでいいんだよ! スタイルまで見る必要はないの!

エリー:なん……だと……?

 

 ちょっとショックを受けたので、穂乃果とのLINEは打ち切り。

 

 久方ぶりに見ることりはスタ……おしゃれで可愛らしかった。とても私のひとつ下には見えない。

 10代と言っても通用するような若々しさに、おかしい、なぜ徹夜が続いてもあんなに元気なんだろうかと疑問に思う。

 

「ごめんね、ここ最近徹夜ばっかりで、寝坊しちゃった」

「仕事も程々にしないと体壊すわよ?」

「オンラインゲームも程々にしないと人生が壊れちゃうよ?」

 

 それは困る。

 

「そういえば海未ちゃんお見合いお断りするんだって」

「へえ? でもご両親が決めた人なんでしょう?」 

「んー、最終的には海未ちゃんの意思を尊重するって言ってたみたい」

「ご両親は寛大ね……」

 

 ウチと違って、という言葉は飲み込んだ。

 ことりを先導にして、Bar Lilyに向かう。

 ネットで見た感じだけど本当におしゃれな場所で、私は本当に通報されないのかと不安になった。

 

 ビルの6階にあるそのバーはかなり知る人ぞ知るって感じで、中に入ってもお客さんはまだらだった。

 時間的に早いというのもあるのかもしれない。

 

「マスター、こちら、絢瀬絵里さん」

「ん……そうか、きれいな人だな」

「どうも、絢瀬絵里です」

 

 その他特記事項なし。

 

「イメージが湧いてきた、待っててくれ、いまカクテルをつくる」

「絵里ちゃん苦手なものとか無いよね?」

「……そうね、この場所にあるものではないかも」

 

 このおしゃれなバーで海苔と梅干しを出されることはないと思う。

 前者はパスタにふりかけてある可能性はあるかもしれないけど……。

 

 

 カウンター席とテーブル席があったけど、ことりが選んだのはカウンターだった。

 こちらのほうが早く給仕されるからとのことで、お財布の中身に心配がある私は多少呻いた。

 

「それじゃあ、乾杯」

「ええ、何ていうか居酒屋と空気が違って緊張するわね……乾杯」

 

 お洒落なバーにあるおしゃれなグラスで飲むお酒は新鮮だった。

 柑橘系のカクテルのようで、何が入っているのかまでは分からないけど、とりあえず美味しかった。

 飲みきってしまうのが惜しかったので、3分の2ほど残してグラスを置く。

 しかしことりは水を飲んでいるかのような勢いでお酒を飲み干していた。

 

「あれ、絵里ちゃん調子悪いの?」

「い、いや、飲むのが惜しくて、こういうのめったに飲まないし」

「いいんだよ、絵里ちゃんのペースで、こうーぐいっと!」

「マスターさんのペースもあるだろうし……」

 

 と、私は心配になったのだけど、ちょっとすると二杯目の飲み物がことりのそばに置かれていた。

 

「絢瀬絵里クン、心配はしなくてもかまわない。ここはお酒を嗜む場所だからな」

「では、遠慮せずに頂きますね、本当は飲み干したいくらい美味しかったので」

「うむ、その勢いだ」

 

 ぐいっと煽り、一気に飲み干す。

 そのペースは10杯目くらいまで続き、やがて少し顔が赤くなったことりがおずおずと切り出した。

 

「絵里ちゃん、私、赤ちゃんが欲しくて……」

 

 飲んでいたお酒を吹き出すところだった。

 

「ことり、知ってるとは思うけど、赤ん坊を産むには……その、仕込み作業が」

「う、うん、もちろん知ってるよ……でも、私結婚とか興味ないし、男の人と付き合いもないし……」

「赤ちゃんがとりあえず欲しいの?」

「子どもがね、欲しいの。もう私たちアラサーって呼ばれて久しいじゃない、ヒフミちゃんたちも名字が変わって子どももいて」

「羨ましくなってしまったの?」

「うん……このままずっと仕事をしたままでいいのかなって、楽しいし、生きがいだけど、女の子としてはどうなのかって」

「そう、ね……」

 

 就職希望もなければ、結婚願望もない(ついでに経験もない)私ではあるけれど、たまに子どもを見たりすると

 私もいつか妊娠をして子育てというものをしてみたいなと思う時がある。

 それは母性本能と呼ばれるものなのか、子どもの可愛さが余っての行動までかはわからないけど。

 

「でもねことり、先のことばかり考えていても仕方ないわ」

「わかってるつもりではいるんだけど」

「現実的に考えて、今結婚して子どもを作ったら働ける?」

「そう、だね……無理かも」

 

 仕事と子育てを両天秤にかけたとき、恐らくことりは前者に比重が多くかかってる。

 デザイナーはずっと追いかけてきた夢ではあったろうし、子どもがほしいという気持ちも一時的かもしれない。

 もちろんそんなことを考えずに子どもを作る親はいるかもしれないけど……

 

「そ、そういえばことりは、経験はあるの?」

「絵里ちゃんそのトーク好きだね、自爆するだけなのに……」

 

 トロンとした目のまま、ことりは頷く。

 そうか……これで聞いた限りは未だに経験はないのは私と真姫だけか……

 誰かが嘘をついている可能性もあるけど、酒の席で嘘をつくと後悔が大きい。

 

「パリにいるとき?」

「掘り下げるね絵里ちゃん、だいぶセクハラだよ」

 

 と言いつつも、ことりは素早く首を振る。

 酔っ払っていることも手伝ってか、ことりは大変素直だ。

 

「私の両親も国際結婚だったし、もしかしたら自分もと思うのよ……」

「絵里ちゃん、まずは相手を見つけないと」

「子どもか……たまにすごく子持ちの親を見ると羨ましいって思うのよねえ……」

 

 ちょっと泣きそうな気分。

 

「なに、子どもを作って育てるだけが女の人生ではないさ」

「マスターさん」

「ことりのように夢を追いかけるのもまた人生、好きに生きれば良いのさ」

 

 なんか言外にニートはやばいと言われているような気がしてならない。

 

「だから絢瀬絵里クン、もし君がその気なら、ここで働かないか?」

「え?」

「聞けば英語もロシア語もできるそうじゃないか、その語学力を発揮しつつお酒も飲める、いいとこだぞ、ここは」

 

 ことりを見る。

 何とも言えない表情をしたまま彼女は目をそらした。

 

 

 ことりが今日悩みを聞いてくれたお礼にということで自宅に招待してくれた。

 穂乃果や海未でさえも滅多に入れないというアトリエでは、たくさんのデザインや洋服が置かれていて

 なんというか、自分に創作意欲なるものがあれば刺激されたことだろう。

 

「今日は本当に助かったよ、子どもが欲しいなんて、穂乃果ちゃんたちには言えなかったし……」

「そう? 結構親身になって答えてくれるかもよ?」

「ううん、穂乃果ちゃんは完璧に仕事脳だし、海未ちゃんもどちらかと言えば子どもより仕事なタイプだから」

「あんまり、意欲的な回答とはいえなかったと思うけど……」

「言えるだけでいいんだよ、悩みなんて、まあ、申し訳なく思ってるなら、お願い聞いてほしいんだ」

「お願い? まあ、叶えられる範囲でいいなら構わないけど」

 

 絵里ちゃんの処女をちょうだいとか言われたら全力で逃げるけど。

 

「スリーサイズ測らせて!」

「そんなのでいいの?」

「あれ、絵里ちゃん恥ずかしくないの?」

「別に高校時代からそんなに変わってないから、面白くないと思うけど……」

「嘘だぁ、とくにここ、変わったよ!」 

 

 と、胸をグイッと指さされる。

 それはあなたでしょうことり……。

 

「私の見立てによると、90は超えたね」

「まさか、逆に小さくなっているんじゃない?」

「そんなことない、ブラのサイズが合ってないってきっと胸が泣いてるよ!」

「そ、そこまで鈍感じゃないわよ!」

「じゃあ、測ってみよう! 本当に高校時代と変わらないかどうか!」

 

 彼女の勢いに押され、私は下着姿にされた。

 そして隅々までサイズを測られた後でことりが

 

「なんで水の中なのに息ができるの? 多分さっき飲んだ熱いお茶のせいかな?」

 

 ――壊れる。

 



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(※) 高坂穂乃果との飲み会編 01

(高坂穂乃果との飲み会編)

 

 以前少しだけ亜里沙の職業が気になったけど、忙しかったからスルーしてしまっていた。

 そのことを不意に思い出したので、希にLINEを送ってみる。

 私以上に忙しくて暇もないだろうから返信は期待していなかったんだけど――

 

のぞみん:気になるんやったら直接聞いてみればええやん?

 

 20秒足らずで既読がついて、更には返事が返ってくる。

 自分で話題を振ってしまった手前、何も言わない訳にはいかない。

 

エリー:それがね、有名企業だけど芸能関係では絶対ありませんって言うの

 

 私が睨んでいる限り、亜里沙の職業は有名企業なんかでは絶対にないはず。

 朝早く出かけたと思ったら昼前には帰ってきたり、深夜に出かけることもしばしばある。

 定刻に出社して帰ってくるなら、サラリーマン(亜里沙はマンではないけど)という可能性も無きにしもあらずかな?

 

のぞみん:そんなに芸能関係ではないと念押しされるん?

エリー:そうよ、絶対絶対絶対違うって言うの

のぞみん:なら今度、亜里沙ちゃんがオフの日に以下の住所に行ってみると良いよ

エリー:あら、東京の一等地じゃない、だいじょうぶ? 通報されない?

のぞみん:エリち何があったんや

 

 その後差当りのない会話をして、じゃあ今度飲みにも行こうやん? なんてメッセージで幕を閉じる。

 グーグルで検索をしてみると、その一等地にある建物は――

 

「ハニワプロ……?」

 

 眠そうな亜里沙に朝食を作っている途中、テレビで芸能情報をチェックしていた彼女を眺めながら

 

「亜里沙、ハニワプロって知ってる?」

 

 なんて声をかけてみる。

 しかし、亜里沙は体をビクンと揺らし椅子から崩れ落ちた。

 

「し、知らない! なにそれ、聞いたこともない!」

 

 勢いよく全否定するので、これは怪しいと思う。

 ははーん? これは知っている流れだな?

 恐らく亜里沙はその事務所のアイドルのファンなのだ、だって以前ポロッと鹿角理亞ちゃんの名前を出したし。

 しかし、私近辺のスクールアイドル「り」がつく確率高くない?

 鹿角理亞しかり、絢瀬絵里、絢瀬亜里沙、桜内梨子、小原鞠莉、星空凛。南ことり。

 他にもいるかもしれないけど、思い出せないので考えるのをやめた。

 

「知らないって、テレビで特集されているのがハニワプロだけど……」

「そ、そうだったねー、いやあ、初耳だよー、所属しているアイドルも知らないよ!」

「別にアイドル事務所ってわけでもなさそうだけど」

「お姉ちゃんお金欲しくない? 2万でどう?」

 

 ごまかすには援助交際っぽくないですか、我が妹よ。

 そういえば、日本に来た当初に亜里沙に対し、男の人に向かって声をかける時は2万でどう? 

 って挨拶をしろと教えやがった女子高生がいたな……。

 

「くれるなら遠慮なく貰うけど……ちょっと遠出するし」

「そ、そう! 食費交通費なんでも言って! お酒飲みたいならもっと出すよ?」

「亜里沙、お金大事に」

 

 

 

 朝食を採ってから、下準備をした後で出かけることにする。

 自分の中では割合いい服装をしていった、間違っても全身980円のジャージではない。

 

「そういえば姉さんどこに行くの?」

「ハニワプロ」

「な、なんで!? ……じゃなかった。そんな不良がたむろする場所に行ったらいけません!」

 

 一昔前のゲーセンじゃないんだから。

 

「ちょっと会社の手前に行くだけよ、スカウトとかされるかもしれないし」

「武内さ……じゃなかった、怪しい人にスカウトとかされたらどうするの!?」

「だいじょうぶよ、私には芸能関係者の知り合いがいるんだから、怪しい場所ならすぐ分かるわ」

「いい、私は知らないけど、武内とか赤羽根とかそういう苗字の人がいたらすぐに逃げること!」

 

 うん、もしも会ったら挨拶しておこう。

 亜里沙の知り合いではないにせよ、凛とか希の知り合いの可能性は十分にある。

 それにハニワプロに行ったら、鹿角理亞ちゃんに会えるかもしれない。

 彼女は誰がプロデュースしているのかは分からないけど、ハニワプロ所属だから。

 

「あ、ちょっと待って姉さん、菓子折りとか持っていかなきゃ」

「長居する気満々じゃない……」

「社会の常識! ま、まあ、姉さんなんて相手にされないとは思うけどね!」

「相手にされないなら、なおさら菓子折りなんて」

 

 部屋の奥に行った亜里沙がやたらでかい紙袋を2つ持ってきて渡すまで、そう時間はかからなかった。

 

 

 相当大きな事務所であることは想像していたけど、自社ビルを二つも並べているとまでは思わなかった。

 さすがアイドルだけで40人はいる事務所である。

 

「こんなところにニートがいたら本当に通報されやしないかしら……」

 

 しかも両手には大きな紙袋(思い出してみると、電車内の理亞さんみたいだ)を抱えての登場。

 よもや中にまでは入れやしないだろうから、こうして外から眺めるだけだけど。

 ……入れないわよね?

 

「ここででっかい声を上げて、りーあーちゃん! あーそーぼ! とか言ったら、中には入れそうだけど」

 

 もしくは通報されて警察のお世話になるかどっちか。

 先ほどから警備員と思しき男性がチラチラとこちらを見ながら挙動を探ってるし。

 最近はテロ対策とかもあって、この二つの紙袋を置いていったりなんかしたら――

 

 うん、間違いなく事件になるわね。

 亜里沙には悪いけど、この紙袋はもう少し彼女のところでお留守番することになるだろう。

 せめて事務所内部にまで入れればこの菓子折りを渡す機会もあろうものだけどねえ……

 なんてなことを考えながら踵を返そうとすると

 

「……」

 

 目の前にガタイが良くてやたら背の高い男性が名刺を差し出していた。

 

「アイドルに興味はありませんか?」

「……え?」

 

 男性――もとい、武内Pに案内されたのは、全面鏡張りのレッスンルームだった。

 こんな場所をかつてUTXに行った時に見たことがある。

 そのときには、地区予選でA-RISEにまさか勝つなんて思いもよらなかったけれど。

 

「……もう少ししたらアイドル候補生たちがやって来ます」

「えーっと、そうしたら私はお邪魔なのではないかなあと」

「安心してください、同期ともなろう子たちですから、そういえばまだお名前をお伺いしていませんでしたね」

「あ、すみません。絢瀬絵里と申します」

「……絢瀬?」

 

 怪訝そうな表情をする武内P。

 ここは偽名で矢澤とか、星空とか言ったほうが良かったか……?

 

「もしかしてあり」

「あーーーーーーープロデューサーがまた女性を口説いてる!!」

 

 ドーンと扉が開いて、元気一本印と言わんばかりの少女が入ってくる。

 そんな少女(恐らく10は歳が離れている)の背後には、なんとオトノキの制服を着た子がいた。しかも二人も。

 

「せっかくミッキがレッスンしに来たのに、女の人口説いているとかどういうこと!?」

「星野さん、あらかじめ言っておきますが、これは口説いているのではなく、スカウトを」

「そんなのどうでも良い! 金髪キャラがかぶる!」

 

 確かに目の前の少女は金髪……ハーフかクォーターか。純血日本人ってことはなさそう。

 もし仮に私がデビューするなら、彼女は全力でハードルとなるだろう。そんな気は全く無いけど。

 

「それにおっぱいが大きい! 85……いや……88……ううん……90……それ以上!?」

「……」

 

 武内Pが私の隣でため息を付いていた。

 

「右から、星野さん、如月さん、三浦さんです」

 

 綺麗に整列した三人の女の子。

 右の星野さんはこちらを敵意を持った視線で見ている。

 どうやら本当に私がアイドルデビューするものと考えているらしい。そんな気はまったくない。

 真ん中の如月さんも、やはりこちらを敵意を持った視線で見ている。

 ライバルが増えるかもしれないと考えているのか、それともバストサイズに差がありすぎると考えているのか。

 ――多分だけど、にこよりも小さい。

 左の三浦さんは余裕の表情。

 私がニートだから下に見ているのかと思ったけど、単純にのんびり屋さんらしい。

 久方ぶりに見るオトノキの制服は、私がいた時代よりも微妙にデザインが豪華になっていた。  

 

「なんか急に連れてこられて戸惑ってるんですけど、私は、アイドルデビューするつもりは」

「そう言って、プロデューサーを誘惑しようとしているんでしょ! その胸で!」

 

 星野さんは私の胸しか見ていない。

 そういえばμ'sが9人になってからすぐ、希も胸しか見られてなくて凹んでたわね……。

 あの子ダンス経験もないって言ってたのに、私の振り付けについて来られていたし、謎だ……。

 

「3人ともダンスで結果を出したらどうですか? この絢瀬さんよりもできるとわかれば、何も問題はないはずです」

 

 あーだこーだ考えていると、新しい人が入ってきた。

 長身の眼鏡のイケメンだけど、基本的に男の人に縁がない私には特に響くものもなかった。

 

「どうも、赤羽根と申します」

「絢瀬絵里です」

「……そういえば絢瀬、絢瀬さんと言えば……」

 

 口元に手を当てて考え込む赤羽根P。

 何のことだかはわからないけど、ひとまず目の前の少女3人がμ'sを凌駕するようなダンスを見せてくれれば解放される!

 

 期待は――したんだけど。

 

「うーん……」

 

 正直な話、彼女たちよりも踊れるスクールアイドルはたくさんいると思う。

 多分だけど、ファーストライブの穂乃果たち3人よりも踊れていない。

 基礎体力の問題なのか、振付師の問題なのか、ともかく彼女たちの動きはぎこちなかった。

 

「まあ、スカウトして2ヶ月ならこんなものですよ」

 

 私が怪訝そうな表情をしていることに気づかれたのか、赤羽根Pがフォローを入れる。

 ――ファーストライブまで一ヶ月なかったはずの穂乃果たちになんか一言。

 

「ど、どう! 絢瀬さん! 私たちのダンスは!」

「えーっと……そう、ねえ……よく踊れていたんじゃないかしら」

「上から目線!」

 

 星野さんの敵意の視線が強まった。

 

「じゃあ、絢瀬さんが踊って見せてよ!」

「えー……もう10年くらい踊ってないんだけど……」

「10年だろうがなんだろうが、私たちのダンスを上から見たってことは踊れるってことでしょう?」

 

 んー……そういうつもりは、なきにしもあらずかもしれないけど。

 まあ、恐らくだけどブランクがあるとは言え彼女たち以上の動きはできるだろう――

 

「赤羽根さん、μ'sの曲はありますか?」

「もちろん、伝説のスクールアイドルですからね」

「ではKiRa-KiRa Sensation!で」

「わかりました」

 

 ここでアキレス腱でも切ったら亜里沙にドヤされるってレベルじゃないな。

 柔軟は念入りにしておこう。

 

 

 私は一度曲を全部聞いてから踊るスタイルだ。

 ブランクもあったし、それくらいは許してくれるはず。

 曲を聞いていると、高校時代を思い出してちょっとだけ泣きそうになる。

 ああ、絢瀬絵里の全盛期はここにあったのね――

 今はニート……いやいや、ギルドマスターだけど! 元はスクールアイドルなのだ。

 ちょっとスカウトされて、鼻高々になっているだけの子たちには負けない!

 

 ラブライブ会場でのラストライブを思い出しながら、私は踊った。

 全然覚えてないから、コケたりしたらごめんねなんて言っていたけど、そんな気はサラサラ無い。

 もちろん高校時代の時に比べたら全然踊れてなんかはいられなかったけど。

 まあ、最低限μ'sの名は汚さずには済んだかもわからない。

 

「さすがは元μ'sですね……」

「そんな彼女が紙袋を持って会社の前に立っているとは思いませんでした」

「まあ、これで3人のお尻にも火がつくでしょう、いい仕事でした武内さん」

「いえ、でも、彼女は本当にスカウトできませんかね」

「妹さんに殺されます」

 

 はあ、Pたちが小さな声で何か言っているみたいだけど、やっぱりアレね。

 

「ツバサでも呼び出そうかしら」

 

 2年前までトップアイドルグループだった彼女なら、この場でカリスマ性を発揮するくらいわけない。

 まあ事務所が違うし、そんなことをすればどやされるのは分かりきっているのでしないけど。

 

「あ、あ、あ……な、なんで……?」

「どうだった、星野さん、言っておくけど、昔はもっと踊れたわ」

「ど、どれだけ化物なのよ……」

 

 私が踊りきると驚愕の表情を貼り付けた星野さんがこちらを見ていた。

 如月さんも、三浦さんもびっくりしているみたい。

 でも正直な話、柔軟が全然できなかった頃の凛にも劣るわね……もうちょっとダンス続ければよかったかしら。

 

 なんてなことを考えていると、ドアの方からパチパチパチと拍手する音が聞こえてきた。

 あの子は確か、鹿角聖良さん。以前会った理亞さんのお姉さん。

 

「さすがですね、絢瀬さん。10年ぶりとは思えない」

「10年前の10分の1くらいだけどね……」

「それでも、今のトップスクールアイドルと同程度は踊れています」

 

 そんなことはない、と思う。

 μ'sやA-RISEがいた頃と比べても、今のスクールアイドルは普通のアイドルと遜色ない(と、亜里沙が言ってた)

 

「誰?」

「鹿角聖良さん」

「んー、ミッキ知らない」

「同じ事務所の先輩くらい覚えましょう」

 

 アイドル候補生の3人はと言えば、不穏な会話をしている。

 10年ブランクがある、私のダンスを見て多少はショックを受けたみたいだけど。

 まだまだその性根を叩き直すには時間がかかりそうだ。

 

「やっぱりツバサを呼び出すしか無いわね」

「呼び出せるんですか?」

「LINE送ってみる」

 

 一時間もしないうちにやって来たツバサは、ハニワプロにKiRa-KiRa Sensation!を巻き起こす。

 はえー、さすがは元トップアイドルは扱いが違いますね。

 

 



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(※) 高坂穂乃果との飲み会編 02

 

 元μ'sの絢瀬絵里。

 元A-RISEの綺羅ツバサ。

 元Aqoursの黒澤ルビィ。

 元SaintSnowの鹿角聖良。

 以上4名のダンスを、ハニワプロのアイドルやアイドル候補生は真剣に見入っていた。

 アンリアルとしてバリバリに踊ってるルビィさんや、セイントムーンの聖良さんに比べれば、

 ブランクがあるツバサや私のダンスはアレだったかもしれないけど。

 

「それにしてもツバサ、締切はだいじょうぶなの?」

「もちろん、私は案外抜け目ないのよ」

 

 ハニワプロを後にした私とツバサはビルが乱立する場所を抜けて、昔の東京が残る場所にいた。

 無邪気に遊ぶ子どもたちに目を向けて、微笑ましそうに見ていたツバサだったけど。

 

「あんじゅが子どもを産んだら、私はすっかりおばさんね」

「やーめーてー、まだ、まだ私は20代ですもの、そう呼ばれるまでには時間が――」

「ふふ、でもエリー、今日は楽しかったわ、やっぱりアイドルって良いわね」

「そう、それは良かった」

 

 正直な話、ツバサはずっとアイドルをやりたかったという話を聞いてずっと気になっていた。

 誘ったら来てくれるんじゃないかと――

 別にアウェーで居心地が悪かったから呼んだわけじゃない。

 でも最近ちょっと思い始めたんだけど、

 

「私って実はニートではないのではないか」

「何を言っているのエリー」

 

 陽も傾いてきたので食事でも採ろうか、なんて二人で言い合っているとLINEが来た。

 

「あら、穂乃果からね」

「穂乃果さんから? そういえば穂乃果さん、居酒屋で働いているんだって?」

「ええ、未来の店長候補」

「さすがねえ、エリーとは大違い」

 

 先ほどからディスられてばっかりな気がする。

 

「そこは、私とは大違いとか言うところじゃない?」

「私は働いているもの、個人事業主だもの」 

 

 何も言い返せない雰囲気を悟ったので、穂乃果とのLINEに集中する。

 

ほのっち:絵里ちゃん、今日は開いてる?

エリー:いまツバサといるわ

ほのっち:暇で暇でしょうがないんだよぉ! 一緒に飲もう!

 

 まだ営業停止処分中なのか……心のなかで同情しつつ

 

「穂乃果が飲みたいって」

「いいわね! 穂乃果さんのいるところに綺羅ツバサありよ!」

「よく分からないけど、テンションがあがってるのはわかったわ」

 

 

エリー:ツバサの許可も降りたわ、どこに行けばいい?

ほのっち:てんやか日高屋かサイゼがあるところなら大丈夫

 

「ツバサ、天ぷらがいい? 中華がいい? イタリアンがいい?」

「そこは和食、中華、洋食じゃないの? んー、揚げ物の気分かしら」

「了解把握」

 

 

エリー:てんやにしましょう。

ほのっち:じゃあ、私の最寄りまで来てくれると助かるなー、あそこにはなんでもあるから。

エリー:穂乃果は最寄りまで来てほしいだけなんじゃないの?

ほのっち:リ`・ヮ・)

 

 何その顔文字は……誰? 

 

「ええと、穂乃果の地元までは確か30分くらいで行けたわね」

「みんな結構近場に住んでるのねえ」

「なんやかんやで、東京に住んでるものね」

 

エリー:電車の時間次第だけど、1時間以内には着くわ

ほのっち:オッケー! トイレ行ってからすぐ出る!

エリー:慌てないで良いから、てんやは逃げないから

 

「相変わらずね、穂乃果は。働いている時は多少擦れたんじゃないかと思ったけど」

「人間、性根はそうそう変わらないわ、余程のことがない限りは」

「……確かにそうねえ」

 

 変わったように見えた亜里沙でさえ、海未と話している時は昔のままだったし。

 昔のまますぎてエリーチカ大変悲しいけど。

 

「そういえばエリー」

「なあに?」

「歳を取ると筋肉痛は遅れて出るそうよ」

「いったー、もう筋肉痛! 久方ぶりのダンスで、全身筋肉痛だわー!」

「それは恐らくどこか痛めているから病院に行きましょう」

 

 

 穂乃果が住んでいる場所の最寄りの駅までたどり着く。

 ツバサとバカ話をしていたらあっという間だった。

 まさか周りの人も、あの元A-RISEでトップアイドルの綺羅ツバサが悪代官というゲームにハマった挙句

 時代劇に出てみたいと駄々をこね、マネージャーから家庭用ゲーム禁止令を出された話とかするとは思うまい。

 

 私は綺羅ツバサ! 趣味はインスタグラム!

 とかのほうがよっぽど彼女のイメージに合ってる。いや、私はインスタグラム知らないけど。

 実際ツバサは写真好きではあるけど、写された瞬間には変顔をするようにしているとか誰も信じてくれないはずだ。

 特に、さっきツバサが来た瞬間に余裕の表情が崩れて一気に泣き顔になってしまった聖良さんとか。

 妹の理亞さんに(彼女はたまたまオフだった)電話でなまらすげー! とか叫んでたけどね、ギャップ萌えってやつかしら。

 

「さてと、穂乃果は……」

「まだ来てないのかしらね?」

「高校時代のマゲは相変わらずだから、結構目立つと思うんだけど」

 

 二人してキョロキョロと周りを見ながら歩き回る、

 LINEも私の最後のメッセージに既読が付いたままで、新着はない。

 よもやどこかで事故にでもあってはいないかと心配になり始めた時、

 こちらに向かって走ってくる人影が見えた。

 

「おーい! おーい!」

 

 穂乃果だ。

 マゲをぴょこぴょこと揺らしながら走ってきた彼女は、両手に袋を抱えていた。

 

「何持ってるの、穂乃果」

「ウコンのチカラだよ! 飲むからね!」

「だからって両手にあふれるほど買う必要は……」

「いや、別に全部がウコンじゃないよ、私の買い物もあったんだよ」

「穂乃果さん私服は無印良品で買うのね」

 

 では飲んだ帰りに行けばよかったのでは? と思ったけど、まあ時間をつぶす意図もあったのかもしれない。

 それにしたって買いすぎだと思うけど。

 

 

 連れてきた場所を見てツバサが唖然とした。

 

「ここは……ごはんを食べるところじゃなくて?」

 

 おずおずと切り出す彼女は小動物みたいで可愛らしい。

 まあ確かに、今日はてんやで飲みますとか言ったらツバサだって反対したかもしれない。

 有無を言わさずに連れてきた私えらい。

 

「ほら、私居酒屋チェーンの従業員じゃない? だから、大衆居酒屋だと気まずくて……」

「ああ、なるほど。だからエリーは揚げ物だって……揚げ物やじゃなくて天丼屋よ……」

「でもね、ちゃんと酒飲み向けのメニューはあるんだよ、ここは甘いお酒も出してくれるしね」

 

 最近……かどうかはわからないけど、ラーメンとか天丼とかパスタを一品食べて帰る客より

 多少長居をされてもお酒をいっぱい頼むお客のほうが上客みたいな扱いらしい。

 候補としては日高屋とサイゼだったことを告げると、

 ツバサは新しいことを知ってネタになったと言わんばかりの表情をする。

 ――あれ? ツバサの書いているネタって確かゲームでは?

 

 店の中に入ると、意外とと言っては変かもしれないけど女性店員が多かった。

 3人だと告げ、テーブル席に案内される。

 

「はーい、私穂乃果さんの隣! エリーはハブ!」

「お酒飲む前からテンション高いわね……」

 

 この中で一番お酒が弱い穂乃果がお手洗いが近い通路側に、私たちが奥の席で正対した。

 大衆向け居酒屋みたいにメニューがたくさんあるわけじゃない、お酒の種類なんてせいぜい7種類。

 安いというわけでもないけど、本当に比べるわけでもないんだけど、こっちのほうが美味しい感がする。

 

 

「そうね……じゃあ、この一品料理の天ぷら全部」

「テーブルに乗り切らないわよ、我慢しなさい」

「穂乃果さんはお魚がいい? お野菜がいい?」

「好きなものは先に食べたいから、お魚!」

「よーし、店の穴子全部もってこい!」

「だからテーブルに乗り切らないって」

 

 私たちが結局頼んだのは、生ビールと天ぷら盛り合わせのセット。

 穂乃果はビールではなく、最近飲めるようになったというレモンサワーだ。

 (注意 なお現実のてんやにはレモンサワーはありません、あしからず)

 乾杯をして一口飲んでからしばらく、揚げたての天ぷらが出された。

 

「「「いただきまーす!」」」

 

 えびといかとレンコンとインゲンの盛り合わせなので、とりあえずインゲンから口に運ぶ。

 ロシアでは……というか、幼少時にはインゲンなんて食べたことなかったし、高校時代も特別食べたいとは思わなかったけど

 今ではこの青い感じがお酒に合ってちょうどいい。

 

「エリー渋いわね、インゲンから食べるなんて」

「そうだよ、普通魚介からでしょ」

「そ、そうかしら……」

 

 青いものとか野菜とかから食べるタイプのエリーチカ撃沈。

 

「暖かくてサクサクで美味しいわねえ」

「ほんとうだねえ……」

 

 ツバほのの二人は同じものを食べてて、超仲良しと言った雰囲気を醸し出していた。



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(※) 高坂穂乃果との飲み会編 03

 

「そういえば、なんで二人は一緒だったの? 仕事じゃないよね?」

 

 レモンサワーをちびちびとまどろっこしく飲みながら、穂乃果が聞いてくる。

 

「私はエリーに呼び出されたの、ちょっと面貸せって」

「人聞きの悪いこと言わないで、見せてやろうと思ったのよ、昔取った杵柄というやつを」

 

 生ビール5杯目のツバサと、4杯目の私は多少の気分の昂揚を感じつつ

 

「ハニワプロって知ってる?」

「有名な芸能事務所だよね、まさかそこに行ったの? アポ無しで?」

「アポ無しで行ったのエリー」

 

 確かにアポなしで行きました。

 だけどまさか中にまで入れてくれるとはまったく思ってなかったんだもの!

 と言っても二人の視線は微妙に冷たかった。

 

「いえ、その、プロデューサーさんが外で呆然としている私に声をかけてくれて」

「まさかスカウト!?」

「エリーをスカウトしようとするなんて余程の天才か自惚れ屋ね」

 

 経緯を説明しているうちに、段々と二人の視線が困った人を見るような目になっていく。

 だって私だって、トントン拍子で中に入って踊れるとは思わなかったんだもの……。

 

「絵里ちゃん踊れるの?」

「正直踊れるとは思わなかったわ」

「何いってんの、ノリノリだったじゃない、最後には現役のアイドルたちと一緒に踊って歌って」

「絵里ちゃん、明日死ぬんじゃない? ニートの素行じゃないよ……」

「穂乃果もそう思う?」

 

 

 まあ死ぬ死なないは置いておいて、今日の私はどこかおかしかった気もする。

 と言うより何もかもが上手く行き過ぎた気がした。

 なんというか乗せられている感が満載で、自分でも上手に動けたとは思うけど、うーん?

 

「そういえばはじまりは希なのよ、亜里沙の仕事が知りたいならそこに行けって」

「え? でも亜里沙ちゃんって芸能関係の仕事じゃないんでしょ?」

「自称キャリアウーマンって話だものねえ……芸能関係はキャリアじゃないわねえ……」

 

 ツバサは6杯目に入る前にハイボールに切り替える。

 私も負けじと日本酒を頼むと店員さんに怪訝そうな表情をされた。

 そんなに似合わないかしら……?

 

「で、結局亜里沙ちゃんの仕事は分かったの?」

「さっぱり、何の情報も得られなかったわ!」

「じゃあ、エリーが楽しんできただけじゃない!?」

 

 そう言われてしまうと、ぐうの音も出ない。

 出てきた日本酒をちびりと飲みながら、辛口のお酒にふうとため息を付いた。

 

「ツバサさんは、なんで絵里ちゃんの誘いに?」

「見てみたかったのよ、私がいなくなった後のアイドルというものを」

「二人って案外似てるよね?」

 

 私たちはお互いに顔を見合わせ、首を傾げる。

 同じタイミングだった。

 

 

 てんやで一通り飲み散らかした後、まだ飲み足りないというツバサと

 甘いものを食べたいという穂乃果の要求を飲んで、ファミリーレストランに向かった。

 

「ファミレスでお酒を飲むとか、高校時代は思いつかなかったわねぇ……」

 

 思いつかれても困る。

 どんな店にも無難においてある中ジョッキを飲みながら、二人して遠い目をする。

 

「あの頃は楽しかったわねえ……」

「ええ、年を取れば取るほど、月日の感覚が無くなっていくわ……」

「……私もそう思うよ」

 

 おばあちゃん臭いとツッコミを入れられると思いきや、穂乃果の意外な同意にびっくりする。

 ツバサと顔を合わせ、地雷を踏んだのではないかとアイコンタクトで会話をする。

 

「μ'sを結成して、毎日練習して、穂むらでお手伝いをして、思えば高校時代が一番充実してたな……」

 

ツバサ:ちょっと、穂乃果さんが微妙にナーバスじゃない!

絵里:あなたの振った会話でしょ! あなたが責任持ちなさい!

ツバサ:そこは同じ学校だったよしみで、エリーが責任取るところでしょ!

絵里:嫌よ! 酒が入って絶対に愚痴コースだもの!

 

「はぁ……自分が嫌になるなあ……ああすればよかった、こうすればよかったばかりが思いつく……」

 

 穂乃果が凹んでいるけど、発言を聞いている私たちも微妙に突き刺さることを言われている。

 もしも自分が働いたら――

 

 などということはまったく考えたことがないので省略するとして。

 

「高校時代っていうのは、なんであんなにも楽しかったのかしらね」

「ツバサさんも楽しかったの?」

「もちろん、アイドル業も楽しかったけど……やっぱり、スクールアイドルっていうのは楽しいものなんだと思うわ」

 

 3人で顔を合わせ、あの時はこうだったとかこの時はなんて考えてたのとか話し合う。

 

「聞きづらいけど、ツバサさんは私たちに地区予選で負けたときどう思った?」

「2日はオンラインゲーム漬けになったわ」

「そこは燃え尽きて何もできなかったっていうところでしょ、元気じゃないの」

 

 仮に私が就職活動をして面接とかに落ちても同じ行動をすると思うけど。

 

「でも、3日目になった時、あんじゅや英玲奈とまた歌って踊りたいって思ったわ」

「なるほど」

「穂乃果さんはμ'sを解散することを決めた後、どうなった?」

「なんで時間は止まらないんだろうって思った、時を巻き戻してみるかいとか思った」

「……そんな歌詞も、あったかしらね」

 

 でもね、と穂乃果は続ける。

 

「もう一度μ'sって気にはなれなかった、当初は期待もされたけど……絵里ちゃんたちの卒業で区切りをつけないとって」

「そうね」

「スクールアイドルっていうのは、たぶん、気持ちのいい場所なんだと思うの、だからこれほど流行ってるし、これからも続くんだと思う」

「穂乃果さんの言うとおりだわ」

「でも、スクールだから卒業しないといけないんだよね、うぶ毛の小鳥たちもいつか空に羽ばたく大きな強い翼で……飛ぶ」

 

 そういえばこの歌詞を書いた時、海未は何を考えていたのだろう?

 ちょっと聞いてみたくなった。

 

「まあ、未だに羽ばたいてないエリーみたいな例外はいるけどね」

「殴るわよ?」

 

 ツバサと穂乃果との飲み会が終わってから2週間ほどが経過した。

 今まで怒涛の勢いでμ'sのメンバーとかA-RISEとかとお酒を飲んできたのが嘘のように誘いもない。

 あの日から亜里沙はテレビで芸能関係のチェックをするのをやめ、食事以外ではスマホをよくいじっている。

 テレビのチャンネルの選択権が戻って来たけど、この時間帯はやっぱりニュースしかやってないわねえ……

 

「ん? なんかテレビにツバサみたいな人が写ってるわ」

「ああ、もうニュースになってるんだ」

「……これ、ツバサじゃない?」

「だから綺羅ツバサさんだってば、テレビよく見て!」

 

 亜里沙に注意をされたので、用心深くテレビから流れる放送を見やる。

 記者から質問攻めにされているツバサは、とても400円の中ジョッキをうまいうまいと飲んでいた人物には見えない。

 テレビ越しに見ても彼女のオーラは華やかなものだった。

 

「もう一度アイドルをやりたくて、恥ずかしながら戻ってきてしまいました」

 

「一人というのは不安があります、でも、アイドルがとても楽しいってことを皆に伝えたいと思って」

 

「はい、以前いた事務所という選択肢もありましたが、もうA-RISEであることは忘れて心機一転、ハニワプロでお世話に……」

 

「だって可能性を感じたんだ そうだススメ――! 私の好きなスクールアイドルグループの曲の一部です」

 

「そうですね、ライバルは多いですが負けるつもりはありません、でも、雑用でもお茶汲みでも何でもします、お仕事ください(笑)」

 

「それから、マネージャーも募集中です、もちろん未経験可で」

 

 ふいに、ツバサと目が合った気がした。



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(※) 東條希との飲み会編 01

 亜里沙との食事の最中、おずおずと妹が聞いてくる。

 

「姉さん、私の仕事はわかりましたか?」

「さすがにノーヒントで答えをつかむのは無理よ、無理よ、そんなの無理」

「そ、それならばそれでいいんです! いいですか、人の仕事を興味本位で覗こうなど……恥を知るのです!」

 

 ビシィ! と指差す私の妹。

 

「い、いや、でも、ほら? ……指を他の人さしてはいけないのよ?」

「もちろん外ではこんなことしません、姉さんがあまりにも情けないから……! 後ろ指ばかりさされているから!」

 

 見えないからわからないし! 後ろに目なんてついてないから!

 というのと同時に、エリーはとある作戦を思いついた。

 

「情けない姉でごめんなさいね……」

「ね、ねえさ……お、お姉ちゃん?」

「そうよね、後ろ指さされちゃうわよね、外になんて出たらいけないわよね?」

「い、いや、そこまでは……」

「希には悪いけど今日は断って――」

「姉さん?」

「希は忙しいからなかなか機会もなくて……残念だけど……」

「ああもう! もう! 分かりました! 行ってきて構いません!」

「本当!? じゃあ! お小遣いも!」

「最近ご無沙汰でしたもんね、構いません。ただ」

「ただ?」

「今度はありません、同情を誘うような作戦を今度したら……」

 

 自害させます。

 ――は、ハラショー、怖いわぁ……

 

 

 希は顔出しをしている有名人でもあるので、基本的に飲み屋はNG。

 だから宅飲みをする予定ではあるんだけど……

 

「ええと、確か希の指定した住所は……」

 

 神奈川の箱根。

 つまりは温泉街。

 カッポーンという音が脳内で鳴った。

 

 うん、たまには大きなお風呂というのもいい。

 高校時代は穂乃果の紹介で銭湯にも入ったことがあるし。

 ただやたら周りのお婆ちゃま方から、何か別の人種の人を見るような目で見られて――

 

 まあ、たしかにロシアンクォーターエリチカとしては外国の人扱いも慣れてはいたけど。

 でもお婆ちゃま方、私は近所のお祭りにも参加していたし、イベントにも出てたんですよ?

 

「ううん、今日は嫌な思い出を振り切って――!」

「何が嫌な思い出なのよ」

 

 振り返ると真姫がいた。

 帽子をかぶり、目元にはサングラス、ついでにマスクまで。

 芸能人気取りかしらマッキー……。

 

「どうして?」

「どうしてって、今日はμ'sのみんなで宴会でしょ? 聞いてないの?」

「聞いてないわ……」

 

 

 何でも今日は旅館を借り切っての宴会が執り行われるらしい。

 らしいというのは、真姫も来たは良いけど詳細は知らされていないみたいで。

 

「エリー、就職は?」

「ぶっぶーですわ!」

 

 最近LINEを交換するに至ったルビィちゃんから教えてもらった、お姉さんの口癖。

 その人はなんでも実家で絶大な権力を発揮して――ルビィちゃんのスポンサーとして活躍しているらしい。

 それは職権乱用では……?

 

「え、候補すらないの?」

「ありませんわ」

「何その口調……」

「私のファンだっていうお嬢様が喜ぶと思って……」

「喜ばせてヒモにでもなる気?」

 

 それは今の生活と全く変わりがないというか、今よりたちが悪くなってませんか?

 

「エリー、良い声しているから歌手とかさ」

「買いかぶるというか、好感度高すぎじゃない?」

「だ、誰がハーレム系小説の3番手ヒロインよ!」

 

 誰もそんなことは言ってませんわ……。

 

 

「何話してるのー?」

「あ、花陽じゃない!」

「エリーがまた馬鹿な想像をしていたから注意してたのよ」

「真姫ちゃんほどほどにね」

「エリーが!」

 

 花陽は以前よりも少しスマートになったというか、やつれ気味?

 

「花陽……その、就活上手に行ってない?」

「本当は今日も説明会って嘘ついちゃった、いけない子だね、私」

「ここに絶望的に駄目な人がいるから良いのよ」

 

 マッキーさっきから私に恨みでもある?

 

「ネットで見たよ、絵里ちゃんツバサさんからマネージャーにならないかって誘われてるんでしょ」

「丁重に五回もお断りしたわ」

「同じ地元の元スクールアイドルで、現在は就職する気もない子を誘っているって、やほーニュースでみたもん」

「本当に? 良い就職先じゃない? エリーにはもったいなさ過ぎるけど」

 

 身の程を知っている私としては、いきなり超トップアイドルのマネージャーとか

 漫画の主人公じゃあるまいし、そんなことができるはずもないのだけど。

 

 以前もツバサに――

 

 

「エリー! お願い! 私、エリーじゃなきゃ嫌なの!」

「えー……あなたなら敏腕マネージャーなんかいくらでも選び放題じゃない」

「金髪で胸が大きくて元スクールアイドルで外国語堪能でμ'sのメンバーなんてエリーしか当てはまらない!」

「それはマネージャーの必須条件じゃないわよ! というか私を選んでるじゃないの!」

「エリー、案外みんなからの好感度高いのよ? 人を引きつける魅力……とでも言うのだろうか」

「英玲奈のマネじゃない!」

「ま、今のは冗談よ。でも、ほら、ハニワプロの子からは大人気よ? アイドル仲間からも評判いいし」

「なんで私の噂が広まっているのよ……誰が広めたのよ」

「それはあり……」

 

 あり?

 

「ありえないスピードで広がっているのよ、バイオハザードね」

「だからなんで私なのよ、あのねえ自分で言うのもなんだけど、私かなりダメ人間よ?」

「別に私も慈善事業であなたを就職させたいというわけではないのよ?」

「芸能界にも興味ないし、何より未経験、マネージャーのことも何も知らない……本当なんでなの?」

「興味があるのよ、社会復帰をしたあなたに」

「べ、別に……大したもんじゃないわよ……」

「ニート時代でも誰からの評価も変わらなかった、それどころか評価はうなぎのぼり、普通なら見捨てられて生き倒れてるわよ?」

「そ、それは」

「絢瀬絵里という人間はするしないでは何も変わらなかった、おそらく、あなたは何も変わらない」

「買いかぶりすぎよ」

「あなたはきっとこの世の中を、運命を、変える人間だわ」

 

 なお自宅。

 亜里沙は気まずいのか部屋から一歩も出てこなかったけど。



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(※) 東條希との飲み会編 02

 

 

 

「あ、かよちん! 真姫ちゃん! 絵里ちゃん!」

「凛ちゃん!」

「凛!」

「ちょっと凛! この前私の現場に差し入れ持ってきたでしょ! 処理するのに困ったのよ!」

「人身御供は何にしたにゃ?」

「クソ作品を作った脚本家と監督」

 

 凛も自分の料理が上手にいってないという自覚があるなら渡さなければいいのに。

 それは何ていうか、無自覚テロと言わんばかりの行動なのではないかと……。

 

「そういうときはスポンサーに渡すにゃ」

「金づるにお前はクソですなんて言えないでしょ」

「聞いてはだめよ花陽! 就職するのが辛くなるわ……!」

「え、絵里ちゃん……! 耳! 耳は弱いのぉ!」

 

 旅館の前で騒いでいると従業員と思わしき女の子が出てきて、

 

「お客様、もしかして……元μ'sの」

「人違いです」

「ちょっと何否定してんのよ絵里!」

「東條希で予約を入れていると思うんですけど」

「あ、はい。その方の名前でご予約を頂いております。そうじゃなくて、私、μ'sの大ファンで」

「な、なんだ、ファンの子かぁ」

 

 警戒を解く。

 なんというか、私が元μ'sだと知られると意外と面倒なんだ。

 就職を斡旋されたり、仲良くもないのにメッセージを送られてきたり。

 ファンの子はそこら辺の線引がはっきりしている子が多いから安心なんだけど。

 

 

 高海千歌ちゃんは元Aqoursのリーダーで、現在は実家を出ての一人暮らし。

 長いこと友人にも会っていないとかで、最近は寂しい寂しいとばかり言っていた。

 

「ちなみに誰派なの?」

「穂乃果ちゃんの……大ファンで……」

 

 私たち四人の空気がぴしりと固まる。

 高校時代にファンに一番囲まれていた穂乃果は、大学入学時にとあるトラウマを作ったらしく

 その、人との線引をはっきりしていた。

 

「それ、穂乃果の前で言っちゃ駄目だから」

「あー……」

 

 千歌ちゃんの表情が一気に固まる。

 ああ、もう手遅れだったか……荒れてないと良いんだけど。

 

「私、今日はいい日だなって思ったんですけど、やっぱりファンはファンとしての自覚を」

「いいじゃない今日はお酒の席だし、お酒を交わせば、穂乃果とも仲良くなれるわ」

「え、でも私まだ仕事中で」

「私たちしかお客さんはいないんでしょ、平気よ平気、どちらにしろ顔を合わせるなら酔わせて機嫌取っちゃえばいいのよ」

「絵里さん……! 私、絵里さんを2推しにします!」

 

 一番にはなれない運命か。

 ――私たちが案内された場所は、本当だだっ広い宴会場だった。

 もうすでに穂乃果、ことり、海未、にこの4人が到着していて、お酒を酌み交わしていた。

 

「ほら、千歌ちゃん」

「はい! 穂乃果さん! お酒お注ぎします!」

 

 でもみんな、まだ昼の12時よ?

 昼間から飲むお酒は大変美味しいというけれど、ニートの私には気まずいだけだわ!

 

 

 現在時刻は13時。

 最初は我慢をしていた私も、周りのメンバーが盛り上がっているにつれて、

 

「千歌ちゃんビールある?」

「もちろんです! 絵里さん!」

 

 お酒を飲み交わす。

 ああ、やっぱりこの一杯のために生きているって感じだわ。

 右隣には海未、左には花陽。

 今気づいたけど、うみぱなえりって相当珍しい組み合わせじゃないかしら?

 

「そうですか、20連敗……大変ですね、花陽」

「もっと自分の身代に合った職場を選ぶべきじゃないかなって、最近では思うよ」

「アルバイトをしながら面接を受けて、頭が下がる思いです」

「受かれば格好いいんだけどね、もうそろそろ実家から出ろオーラが出てきてね」

 

 世知辛い。

 センターにいる私を無視して就職談義に花を咲かす二人。

 私はといえばアドバイスもできないし、かといって話をかき回すこともできないし。

 おかしいな、元は海未と並ぶくらい真面目なメンバーだったと思うんだけど? 

 これが時間の流れというのは残酷だってことかしら。

 

「実家から出る……私も絵里みたいになれば実家からでなければいけなかったでしょうか」

「このまま追い出されたりしたら、どうしようって思うよ。

 そのときには凛ちゃんが面倒見てあげるって言ってくれているけど」

「難しい選択ですね……凛も忙しいですから」

 

 この場を離れるべきか、留まるべきか。

 難しい選択だ……。

 

 

 時刻は14時。

 席順が少しだけ変わっていた。

 右隣には真姫、左隣には穂乃果。

 まきほのえりというこれまた珍しい組み合わせ。

 

「ええ? 穂乃果の仕事先閉店しちゃったの?」

「そう、結構繁盛してたけどね、最近は食品管理が厳しくて」

「ああ、私もよ穂乃果、今回もDVDの売上が芳しくなくて爆死よ!」

 

 髪の色と同じように真っ赤になりながら、それでもジョッキを離さない真姫。

 今回のタイトルは有名なろう小説の念願のアニメ化で、元のファンも多いんだけど。

 それでも爆死をしたってことは、もう、何か呪われているとしか……。

 

 そういえば、希が遅いわね。

 キョロキョロと周りを見回してみると、花瓶と目があった気がした。

 おかしいわね、酔っているのかしら……?

 

「ねえ、真姫、あの花瓶動いてない?」

「何言ってるのよ、私の世界は全て揺れているわ!」

「真姫ちゃんほどほどにね? そろそろ自重してね?」

 

 うーん……?

 たしかにあの花瓶、なんか不自然に穴のようなものが見えるし

 顔の部分だけくり抜かれているとしか思えないし。

 

「ねえ、穂乃果、やっぱりあの花瓶、希に見えるんだけど」

「希ちゃんがそんな花瓶の中になんて入るわけ無いでしょ、酔ってるの絵里ちゃん」

「そうよねえ……」

 

 

 時刻は15時。

 先ほどと同じように席順が変わっていた。

 右隣はにこ、左隣は凛。

 にこりんえりという、割とよく見たような組み合わせ。

 

「凛は相変わらず忙しそうね」

「にこちゃん少し痩せた?」

「お互い様でしょ」

 

 この中で唯一忙しくないメンバーの私は、ビールではなく日本酒を飲んでいた。

 先程からチラチラと花瓶に見られている気がして落ち着かない。

 

「絵里も就職してしまうし、こんなふうに飲むこともできないわね」

「え、何そのガセ情報」

「ツバサさんからは逃げられないにゃ」

「たしかにあの子に追われて逃げられなかったプレイヤーは数多くいるけど……」

 

 そしてツバサに追われて垢バンされたプレイヤーも数多くて。

 彼女は不正チートなんて利用していないのに、追われたプレイヤーはどうしようもなくて……。

 

「芸能関係者からも有名だよ、ツバサさんって逃げれば逃げるほど追いかけてくるって」

「去るものは追うタイプね、でもそれくらい強引じゃないと就職しないって」

「凛は仕事を貰わないと食べられないのに、絵里ちゃんには仕事が勝手に入ってくる」

「理不尽ねえ……」

 

 その仕事は私が全く望んでいないので、厄介事でしかないんですが……

 ああ、お酒が美味しい……。

 

 

 宴も後半戦――かもしれない。

 16時になり、ついに宴を催した希がやってきた。

 なぜかところどころ顔が黒い。

 まるで花瓶にでも入ってたみたいね! はは! 

 と言った真姫が今はお腹が痛いともだえ続けている。

 

「ほんま、スピリチュアルやね」

 

 それはスピリチュアルではなく、プロクリャーチエと言うものではないかと。

 まあ、彼女の原因不明の腹痛は食べ過ぎとか飲み過ぎによるものでしょう、おそらく。

 

 席順もめまぐるしく立ち代わり、今はことのぞえりという組み合わせ。

 高校三年間でことりが希と絡んだのを見たのは、おそらく二桁行っていないから

 かなりレアな組み合わせではないかと言わざるをえない。

 

「そういえば今度、真姫ちゃんあまえちゃんの声をやるそうやんな」

「あまえちゃん 好きー!」

「言われる方よ! あいたたた……」

「ああもうじっとしてなさいよ!」

 

 そういえば、にこまきというカップリングがあることを教えてくれたのは、真姫自身だったっけ。

 あのときはどういう気分で私に告げたんだろうか……膝枕をされて至福の表情の彼女を見るに想像できない。

 (注・本来のあまえちゃんの声の担当はルビィ役の降幡愛さん)

 あんなに、ひたすら気持ち悪い、とにかく気持ち悪い、何があっても気持ち悪いと評判の漫画の声を担当するなんて

 にこに対して気持ち悪いと言い放った彼女が担当するとは……声優というのはわからない世界だ。



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(※) 東條希との飲み会編 02

 

 

 

「希ちゃん、こんなこと言うのは差し支えがあるんだけど……」

「おお、どうしたんことりちゃん、ダイエットの方法ならエリちに聞いて」

 

 ――ダイエットという言葉にことりの表情が笑顔になる。怖い。

 

「その、運勢を占ってほしいの」

「なにか悩みが?」

「年をとると不安が増すの、このままで良いのかって」

 

 ほぼ全員の耳がダンボになる。

 みんなアラサーだから、将来に対する漠然とした不安が強くなる時期だ。

 ニートって宿題が終わらない状態の8月31日を延々と過ごしている感じだから

 こう、たまには占いも頼りたくなる気持ちもわかる。

 わりかし不安定要素の強い"有名人”という括りの凛や真姫。

 自営業で安定しているかと思えば突然のお見合い決定(覆ったけど)が尾を引いている海未。

 お店が潰れて無給状態になってしまった穂乃果、就職先が決まらない花陽。

 唯一安定しているとも言っても良いにこだけが、しょうがないわねぇみたいな顔をしている。

 

「せやな……じゃあ、ちょっとみんなの運勢を占ってみよか」

「え、みんないいの?」

「もちろん、こうなるかと思ってちゃんと占い道具も持ってきたし」

「ささ! 順番決めよう! 一番は言い出しっぺのことりちゃんとして、二番目以降はお給料の金額で決めよう!」

 

 それ必然的に私がラストになっちゃうやつじゃん。

 そして穂乃果も微妙にあとの方になるやつじゃない?

 

 

 希の占い教室は2時間ほど続いた。

 残すは、海未、花陽、私の順番となっている。

 真姫は、心機一転、エッチなゲームにも出よう! と言われて凹んでいるものの

 他のみんなは表情が晴れ晴れとした雰囲気を出している。

 言い出しっぺのことりは技術をお金に変える職業で、不安に思う要素は何一つないと励まされたし

 ノリノリだった穂乃果は、そろそろ転職を考える機会かもねなどと言われてリクルート雑誌を千歌ちゃんに頼んだ。

 安定しているにこは占いなんて、と最初の方は言っていたけど、体を壊さないように注意され表情が引き締まる。

 

 凛は結婚運が非常に高まっているらしく、相手をきちんと選ぶことを注意されてた。

 もうお相手とも出会っているみたいで、高校時代ウェディングドレスを着た凛が……とか言ってた。

 

「さて、次は海未ちゃんやね。そういえばお見合いなんて話もあったんやて?」

「え、ええ。あまり口外はしていませんでしたが、そんな話もありました」

「受けなくて正解よ、海未ちゃんは元から結婚運が絶望的で、恐らくしても不幸になるだけだったから」

「……ぜ、絶望的ですか」

 

 大学を卒業してからあまり表情を変えない海未が珍しくたじろいでいる。

 私にもツバサのところに行ったら不幸になるからやめろくらいのことは言ってほしい。

 

「でも、園田の家って女の子しかいないから、せやなあ……養子でも取る?」

「家族の状況は希に言ったことありましたっけ?」

「……スピリチュアルやね」

 

 何をごまかすつもりなのか。

 

「まあ、良縁さえあれば背中を押してもええけど、でもね海未ちゃん、親の言うことばかり聞いてもいかんよ」

「そ、そうですね……」

「一人の自立した大人なんやから、そろそろ自分の意見を持っといたほうがええと思うよ」

 

 

 海未の次は花陽。

 元から何事にも緊張しがちな花陽ではあるけど、今は顔面蒼白で凛に支えられて立ってるのがやっと。

 

「は、花陽ちゃん? そない緊張するんやったら、後日でもええで? お宅伺うし」

「だ、だいじょうぶ……! 希ちゃん! お家に伺うなんてそんなことまでしてもらったら、花陽倒れます!」

「今も倒れそうなんやけど……じゃあ、さしあたりのないことから行こうか」

 

 との希の言葉通り、仕事運が低調。恋愛運が厳しい。食あたり注意と言われている。

 最初の方は、うんとか、あーとかしか言えなかったみたいだけど、

 だんだんと元気を取り戻してきて、逆に質問を返すようにもなってきた。

 

「あ、それから花陽ちゃん」

「はい?」

「脱いだらあかんで?」

 

 全員の空気が凍る。

 みんなアラサーになってきて、その、お金が厳しい女性が最後の頼みとして就職する職業が想像できてきた。

 花陽は可愛いし胸も大きいからさぞかし人気になる……かもしれないし、そうでないかもしれない。

 

「希ちゃん、なんで知ってるの?」

「その会社、最初はモデルとかアイドルとか言って女の子をかき集めて、やがてエッチ方面の仕事を斡旋する質悪いところで」

「かよちん! そんなことがあったんならなんで凛に相談しないの!」

「だって、迷惑かなって」

「ばか! かよちんのためなら芸能界を引退したって良いもん! 凛がかよちんを想う気持ちを……甘く見ないで!」

 

 何処かで聞いたことがあるセリフだと思ったけど、感極まって泣いている花陽を見て自重する。

 

「まあ、注意するのはそれくらいやね、それから家から出たほうが良いよ」

「ええ……でも行くところが」

「凛のところに来なよ! ちゃんと毎日帰るようにするし!」

「何言ってるのよ、花陽が来るのは私の家」

「なんで凛とかよちんの話に西木野さんが割り込んでくるの!」

「に、西木野さんって(´・ω・`)」

 

 

「さて大トリのエリちやけど」

「あ、私は良いのよ、しばらくニート生活だろうし、未来を不安に思う要素は何も」

「その発言を聞いて言わなあかんって思うたわ、さ、みんな! エリちを逃げられんように拘束!」

 

 みんなから、体を四方八方抑えられた。

 抑える所がないメンバーは見張り役として近くにやってきて

 自分が占われているときよりも真剣な面持ちをしている、なーぜ! とーどけてせーつなさーにはー!

 

「ちょ、ちょっとことり、どこ掴んでるの、セクハラよ?」

「同性無罪だよね♪」

「背中に当たってるんだけど……」

「当ててるのよ♪」

 

 ことりが壊れた(ことり回に引き続き2回め)

 

「さて、エリちの現状は皆も知っての通り、ヒモでニートで酒ばっか飲んでるね」

「い、家では飲んでないし……」

「妹の亜里沙ちゃんの職業は、まあ安定している方だし将来に対する不安もない。優秀だし」

「そ、それほどでも」

 

 なんて小ボケをしてみると、ほっぺたの両端が引っ張られた。

 

「いひゃいいひゃい」

「ふざけないの、希の話をちゃんと聞きなさい」

「さてエリちは今、岐路に立たされとる。運勢的に見ても、今変わらないとどうにもならない」

「運勢的というか、もはや年齢的にやばいじゃない、30にもなろうかっていうときに職歴もないとか」

 

 そう断言されると、ちょっと私としても危機感煽られちゃうなあ……

 

 

「エリちには、この先3つの選択肢がある」

「ゲームじゃないのよ希、と言うか3つもあるのね……」

 

 はい、いいえ、どちらでもない。

 とかなら随分楽なんだけど。

 

「もうすぐご両親が来るらしいやん? その時に亜里沙ちゃんから住む場所の紹介があると思うんや」

「ええ、いま交渉中とか言っていたわね」

「その場所にご厄介になって、ちょっと働き始めるのが第一の選択肢」

 

 は、働くのか……。

 何ていうか、何かの制服に身を包み働くとかまるで想像できない。

 

「でも、亜里沙ちゃんの知り合いってアイド……むぐっ!」

「何言ってんのよ凛! 今何も聞いてなかったわよねエリー!」

「え、ええ……なんか、不穏当な言葉が聞こえた気もするんだけど」 

 

 哀奴とかなんとか……亜里沙ってもしかして、調教師とか何かなんだろうか。

 調教師のキャリアウーマンというのを想像して、SMの女王様しか浮かばなかった私は震えた。

 

「二番目は、海未ちゃんにお世話になるパターンやね」

「いつでも歓迎しますよ、絵里」

「海未、気が早いわ、と言うか来る前提で物を考えないで」

 

 以前も言われたことがある、海未の家にお節介になるパターンか。

 でもご両親はなかなか厳しいみたいだし、ニートだと知られればビシバシとしごかれてしまうのでは?

 

 

「さて、最後やけど。これは鉄板やね。ツバサちゃんのところでマネージャーす」

「わーわー!」

「誰かエリちの口塞いで、うん、頑丈に、ガムテープでいいから

「ごめんなさい、静かにするのでガムテープは勘弁して……」

 

 第三の選択肢は、以前ことりに紹介して貰ったマスターのもとで修行するものだと……。

 なんかやけに気に入られているし、もうすでにLINEの登録までされて――

 亜里沙が以前よろしくお願いしますと言いに行ってしまったことまであった。

 

「結果的には亜里沙ちゃんが一番喜ぶんじゃないかなあ」

「そうかしら? だってあの子の仕事芸能関係じゃないんでしょ?」

「……あ、そうだったね、うん、これはウチの勘違いや、ごめんごめん」

 

 確かにお給金的には一番高そうだし、亜里沙も一人暮らしを始められるかもしれない。

 隠れて姉のお世話なんて飽きた! とか思っているかも……。

 

「でも一番安定して、一番収入があるって言うのは魅力的やろ?」

「マネージャーなんて何をするかもわからない職業に未経験者がついていいと思う?」

「ええやん、ドラマでありがちやで」

 

 何その創作脳……。

 

「ツバサちゃんの好感度が高すぎてそっち方面が心配やけど、エリち彼女に何したん?」

「別に同じギルドに誘われてからずっと一緒ってだけよ」

「あー……ツバサちゃんにとってはA-RISEの解散はダメージが大きかったんやろうなあ……」

 

 

 その後、恋愛運も結婚運も進展なし、もはや女の子と結ばれたほうがいいレベル。

 などという、こころちゃんが大喜びしそうな診断内容を打ち付けられた後で夕食がやってくる。

 旅館側も、もうすでにお酒を6時間以上飲んでいるというのを把握しているのか、とても軽いメニューだった。

 

「エリち」

「あら、希。どうしたの? 食べ足りないのなら」

「温泉入ったらサシで飲もか」

「え? ああ、別に構わないけど、なに? まだ私を凹ませる気?」

「そうかもしれないし、そうでないかもしれんなあ」

 

 希と一緒に温泉に向かう道中での会話。

 ちなみにお酒が抜けない真姫と、あんたらと入るなんて絶対に嫌と宣言したにこがお留守番。

 もう恥ずかしがる年齢でも……はっ!

 

「もしかして、にこと真姫は本当に結ばれ……」

「エリち酒が抜けてないんやったら温泉やめる?」

「やめない!」

「まあ、7人もおるんやから誰か一人倒れても平気か」

 

 大浴場「桃源郷」の女子風呂に入っていると、ことりが近づいてきて。

 

「絵里ちゃんはやっぱり大きいよ、ウエスト細いし、本当にニートなの?」

「スタイルにニートは関係ないんじゃ……」

「これを見て」

 

 防水加工を施された(個人的にはあんまりお風呂での使用は歓迎できない)スマホを見せることり。

 そこには――

 

「結婚できない女の特徴?」

 

 

「へえ、ことりちゃんこういうの見てるんや」

 

 希が近づいてくる。

 その様子を見て、どこかから舌打ちのような音が聞こえてきたけど……

 花陽が苦笑いをしているのが見えただけだった。

 

「結婚できない女の特徴……なになに、まず……家事手伝い」

「つまりはニートだね、ニートは結婚できない!」

 

 ビシィ! とことりに指さされる。

 まあ、結婚する気もないけど……そういえば私は結婚式って参加したことないな。

 式会場での司会なんて仕事も凛や真姫は何度か体験したみたいだけど。

 μ'sのメンバーはほとんど縁が無さそうだし、ルビィちゃんや理亞さんと言ったアイドルの子は恋愛禁止だろうし。

 

「勉強ができて賢い……?」

「そう! 偏差値60以上の大学の卒業生は結婚しづらい!」

 

 その場で回転したことりが先程と同じように指をさす。

 

「エリちの大学の偏差値って?」

「64くらいだったかしら? あんまり覚えてないけど」

「次の文章を読んで!」

 

 スマホの画面を指でスライドさせて見る。

 

「スタイルが良くて、外国語が堪能……?」

「この文章書いたのって……まさか……」

 

 希がそう言ったので、私も文末を見る。

 文責:T.K.Revolutionと書いてあった。

 T.K……何処かで聞いたような……?



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(※) 東條希との飲み会編 03

 

 

 

 ことりが、つまり私は結婚できるの! しないだけ! ねえ、希ちゃん! 

 なんて突っかかり始めたので、私はいそいそと退散。

 最初は凛たちに挨拶でもしようかと思ったけど、

 その彼女からあっち行けというふうな視線で見られたので

 やっぱり退散をすることにした。

 

「穂乃果、海未」

「絵里ですか、どうです? そろそろ家の仕事内容を確認しますか?」

「海未ちゃぁん! 穂乃果も転職させてー!」

 

 穂乃果が海未に抱きついている。

 これはお邪魔をしてしまったかな? いや、別に仕事の話をしたくないからじゃないよ?

 いそいそと後ろを向けて一人で落ち着こうかと思ったら、髪の毛をぐいっと引っ張られた。

 

「話は終わっていませんよ、絵里」

「その笑顔が怖いわぁ……」

 

 海未の攻撃で首が痛い。

 流石に強く引っ張り過ぎなのではと思ったけど、エリーチカ大人だから言わない。

 だってさっきから穂乃果は左手でアイアンクローをされている状態だから。

 

「さて、騒がしいのも落ち着きましたし……朝は5時起きです」

「本当に仕事の内容を説明しだした……」

「まずは道場の掃除から始めていただきましょう、なに、2時間で終わります」

「一人でやらせるの!?」

「もちろん、絵里は新人ですから」

 

 

 海未の話をくどくど聞いているうちに、だんだんと湯あたりの前兆を感じてきた。

 

「ごめんなさい海未、ちょっと暑くなってきたわ」

「そうですね、名残惜しいですがそろそろ上がりましょうか」

「がぼがぼがぼ……」

 

 穂乃果は海未が話をしている間中ずっとアイアンクローをされたままだった。

 せめて離してとか、痛いとか言えばいいのに……。

 

 脱衣場に戻ると、にこと真姫がいた。

 着替えている二人をちょっと観察してみたけど、赤い痕跡などは見られなかった。

 やれやれ一安心。

 

「何ジロジロ見ているのよ絵里、にこの体なんてジロジロ見ても仕方ないでしょ」

「にこも需要があると思うわ!」

「死に腐れ! 金髪外道!」

 

 ひどい。

 私の精一杯のフォローは相手に伝わらず。

 でも負けない、エリーチカは女の子だもん!

 

「絵里、たいてい金髪巨乳と来ると人気投票では3番目以降になりがちだわ」

「何の話よ」

「つまり、絵里ルートアフターは発売されないのよ!」

「ごめんにこ、真姫酔っ払ってない?」

「嫌なことを思い出したからお風呂はいるって聞かなくて……」

 

 何を思い出したのだろう……?

 

 

 大宴会場には布団が敷かれている。

 なんだか9人で寝るって言うと、まるで合宿のようだ。

 高校時代に何度ともなく行ったμ'sでの合宿を思い出して、笑う。

 

「あ、もしかして絵里ちゃんもμ'sのこと思い出しちゃった?」

「ええ、穂乃果も? 懐かしいわね、確か一回目は枕投げとかして」

「海未ちゃんの顔に当てて大変だったね!」

「もう枕投げなんて恥ずかしくてできない年齢でしょう? だから準備をするのはやめなさいふたりとも」

 

 初心に帰るっていうのは……結構良いことだと思いまして……。

 

 お風呂から上がってきたみんなが続々と部屋に入ってくる。

 和気藹々と話していると肩をポンポンと叩かれる。

 

「希、そろそろ時間?」

「んー、本当ならみんなが寝てからって思ったけど、そんな雰囲気ないし」

「そうね」

 

 唯一寝ているのは、お酒を美味しい美味しいと言いながら飲んでいた真姫だけ。

 ものすごい幸せな表情で花陽の膝の上に頭を載せて、凛に睨みつけられている。

 もし仮にまきりんぱなでルームシェアなどしようものなら、三角関係で一日持たないかもしれない。

 

 

 希とともに部屋から退場し、私たちは地下にある――

 

「バー……Bar Bar Bar……大当たりってこと?」

「マスターはギャンブル好きで年に数回ラスベガスに行くらしいやん?」

 

 業務を放り出してまで行くラスベガスとは。

 融通が色々と聞くのだろう。

 貸し切りにしてくれるし、お酒飲み放題だし。

 それまでに様々な準備をしているかと思うと、なんというか、働くのって本当大変やんな。

 

「何飲む?」

「任せて、常識ではオレンジブロッサムを頼むのよね」

「どこの世界の常識なんや、聞いたこともないけど。チョコレートのカクテルもあるよ」

「へぇ、奥深いのねカクテル」

「なんやよくわからんけど奥深いって言っておけばいいっていう風潮エリちの中でない?」

 

 そ、そんなことない。

 カクテルは……遊びじゃない!

 と、よくわからない話をしているうちにカウンターにカクテルが置かれる。

 

「甘いもの系が多いなら、穂乃果が喜びそうね」

「穂乃果ちゃんたちはじつは昨日から来ててな……花瓶のことも知ってて」

 

 なら私が花瓶の中に誰かがいることに気づいた時に教えてくれれば……真姫は……。

 

「で、何か悩み事?」

「はー、エリち、時折賢くなるのやめへん? せめて一生涯賢いか、ポンコツでいるかどっちかに」

「私のどの時がポンコツだったのよ」

「生徒会長挨拶の時に一人立ち上がって拍手していたときは、えらいポンコツやなあっと思って見とった」

 

 後日海未に熱でもあったんですかと言われて凹んだときやん?

 

 

「まあ、悩みってほどでもないけど、ウチ、恋人を作ろうと思うてん」

「作ろうと思えば作れるものなの……?」

「正確に言えばパートナーがほしい、あ、エリちと違うよ? なんかドヤ顔しとるけど」

 

 のぞえりは人気のカップリングだって、真姫も言ってたから誤解しちゃった。

 

「自分に釣り合う人がほしいってこと?」

「うん、有り体に言えばそう。マネージャーはおるけど、こっち方面全然詳しくないし」

「なかなか希の知識についていくのは難しいでしょうねえ」

 

 この世ならざるものが見えるとか、人の将来がなんとなくわかっちゃうとか

 統計学ではない占いができる人なんて、恐らくはごく少数なのではないかと。

 

「目をかけた子はたいてい独立してしまうし、ほら、ウチは意外と寂しがり屋やし」

「まだ治ってなかったの?」

「人間の本質なんてそうそう変わらないよ」

 

 それはまあ、たしかに。

 私の賢さとか高校時代と何一つ変わっていないものね!

 ……あれ? 希の視線がなんとなく憐憫を含んだものになったけど、どうして?

 

「将棋の世界じゃないけど、弟子でも取ったら」

「弟子か、なに、スピリチュアル小学生でも探す?」

「別に小学生でもそうじゃなくてもいいけど……あ、このカクテル美味しい」

「意外と酔うから気いつけや、よく言うやん? 鉄は熱いうちに打て。これ世の中の真理やと思うねん」

 

 本当は飲み干したいほど美味しかったけど自重。

 甘いアルコールって飲みやすいけど度数が高いってパターンが多いけど、

 それは男の人の欲望が生み出したとかそういう理由じゃないわよね?

 

 

「それで、打てそうな鉄は見つかりそうなの?」

「卦は出とるけどなあ、案外μ'sとか、A-RISEのメンバー……だからエリちとは違うて」

 

 のぞえりは人気の(ry

 

「花陽は?」

「素直で可愛いが飛び抜けとるけど、こっちに来てくれるかなあ?」

「占いには飛びついてたじゃない、別に急ぎで弟子を取ろうとかそういうわけじゃないんでしょ?」

「花陽ちゃんは料理も上手やし、なんでも食べるし、働きものだし、申し分ないんやけど」

 

 断られたら凹むなあ……と、希がポツリと呟いた。

 

「最初から駄目だったときのことなんて考えてもしょうがないわ」

「うん、それはそうなんやけど」

「お試し期間でもなんでも作ればいいのよ、例えば一ヶ月とか」

「それは海未ちゃんの家にお世話になる期間やろ?」

 

 え、もうすでに海未ルート決定? どれだけフラグ立てたのかしら……。

 

「希が言いにくいなら、私が言ってもいいのよ?」

「いや、ウチが言ってみるよ、ありがとうなエリち」

「どういたしまして」

「そういえば先日占った時に、亜里沙ちゃんに不幸の卦が出ててん」

「亜里沙に? なにかしら……うちの両親が永住しちゃうとか?」

「ありえそうな話やね」

 

 それ、私が亜里沙と一緒に暮らせなくなるじゃん……。

 

 

 仕事帰りのタクシーの中で、亜里沙は両親からの電話を受け取っていました。

 

「え? 私のアパートに住む? どうして? 一時的に来るだけじゃなかったの?」

「いいじゃないか、もう一度家族3人揃って暮らすというのも」

 

 お父さんは会社を定年退職して、最近は家にこもりがちになっていると言うし

 お母さんも子育てを卒業して趣味に没頭し始めていると聞いている。

 

「あのね、亜里沙は……」

「亜里沙、もうあの不出来な娘の面倒を見るのはやめなさい」

 

 思わず体が強張った。

 目つきも厳しくなったのか、隣りにいた仕事先でお世話している子も表情を凍らせる。

 ……ああ、でも、もしかしたら電話の言葉が聞こえてしまったかな?

 

「プロデ」

「亜里沙さんでいいわ、もう仕事場じゃないんだし」

「……はい、亜里沙さん。お酒ならお付き合いしますよ」

 

 なんとなくツインテールまでシナシナとしている気がする。

 最近ゲームも自重して仕事も好調な彼女を見ながら亜里沙は会話を続けた。

 

「亜里沙、なぜお前はあの娘に仕事の一つも紹介しなかった、お前にならできたはずだ」

「私は死体蹴りという言葉や、死者に鞭打つという言葉は嫌いです」

「聞けば、家にこもり友人と酒会ばかり開いているそうじゃないか、金食い虫にはそろそろ栄養過多で」

「それ以上言ったら親子の縁を切ります」

「亜里沙、お前ももう大人だ。私が言っている方が正しいと気づいているだろう?」

 

 亜里沙は奥歯を噛んで言葉が出てくるのを我慢した。

 

 

「大学4年生の時に、あいつに最後のチャンスを与えたのは覚えているね?」

「はい」

「だがあいつは無能だった、私はチャンスを与えたことを後悔したよ」

「それは……」

 

 お姉ちゃんが大学四年生の時。

 私がもう今の仕事場でお手伝いして数年っていう時だったからよく覚えている。

 唐突にスーツと手土産を持って現れた父が、今から行く場所にいけと有無を言わせず言い放った。

 その場所はとある有名企業――確か、リニアを作っているとかなんとか。

 

 帰ってきたお姉ちゃんは何も言わなかったけど、亜里沙は今でも覚えている。

 私の胸に泣きついて一時間以上も泣いたことを。

 嫌だ嫌だと何度も声を上げながら、ひたすら――自分が元μ'sであることを後悔し続けていた。

 

「お父さんは……お父さんはいきなり全く未体験の場所に放り込まれてちゃんと働けるの?」

「私は社会人だよ、あいつとは違う」

「あの時のお姉ちゃんは大学生だったの! そこを勘違いしないで!」

 

 思わず大きな声が出た。

 

「ずいぶん姉に入れ込んでいるようだが……あいつに何ができると言うんだ」

「どうして……どうしてお父さんはお姉ちゃんを信じてくれないの?」

「裏切られたことを許せとでも言うつもりか?」

「お姉ちゃんは裏切ったんじゃない! お父さんは知らないの! あの企業が一年後セクハラとパワハラと過労死の問題で警察の調査が入ったことを!」

「いいか亜里沙、セクシャルハラスメントやパワーハラスメントと言った言葉はまやかしだ、そんなものは存在しない」

 

 通話を切ってしまいそうになった。

 私は霞んだ視線で前を睨みつけたまま、ひたすらに心のなかで叫んだ。

 もう、どうにもならないくらい感情が抑えきれなかったから。

 

 

「あいつの話になると、亜里沙とはどうしても喧嘩になってしまうね、やはりあいつは不幸の子だ」

「通話を切ります、今日はありがとうございました」

「待ちなさい、お母さんに代わろう。同じ女性同士気兼ねなく話しなさい」

「……わかりました」

 

 心が痛くていたくてしょうがなかった。

 本当はこのまま消えてしまいたいと思うほど、自分が情けなかった。

 

「もしもし、亜里沙?」

「お母さん……あのね、私ずっと聞きたかったことがあるの」

「なあに唐突に」

「お母さんは、お姉ちゃんのこと好き?」

「好きに決まっているじゃない」

 

 ならどうして――どうしてお父さんの言いなりになってしまうの?

 

「でもね亜里沙、亜里沙にはちょっとわからないかもしれないけど」

「?」

「私はお父さんのほうが大事よ、愛してしまったんだもの。恋人だったの、亜里沙もきっと愛する人ができればわかるはずだわ」

「それは……その……」

 

 どういうこと? という言葉はすんでのところで出さずに済んで。

 私は心が冷めていくのを感じたまま、機械的に母親との会話を終えた。

 

 

「亜里沙さん……」

「LEAH?」

「は、はい!」

「私、歩いて帰るから、その、一人でも大丈夫?」

「待ってください、今の亜里沙さんを一人にしておくことなどできません。みんなに集合をかけます」

「どうしようもないとこ、見せてしまうかもしれないよ?」

「もしもそれで亜里沙さんを軽蔑するような子がいれば、私が引っ叩きます」

「お姉さんでも?」

「ええ、やってみせます……運転手さんすみません、この住所に行ってもらえますか?」

 

 霞んだ窓の景色から見上げる月は、今日も煌々と輝いていた。 

 



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(※) 飲み会編 エピローグ 01

「ごめんなさい、家に帰るわ。今の時間ならギリギリ電車も出てるでしょ」

「亜里沙ちゃんが心配?」

「もちろん、今や血を分けたたった一人の家族よ?」

 

 バー Bar Bar Bar から出ていこうとすると、希が腕を引く。

 どうしたのだろうと思って見てみると

 

「お金もないのに行ったら捕まってまうで、これ、出世払いでいいから」

「近い未来かしら?」

「初任給で焼肉もつけてやー」

 

 旅館の大宴会場に戻る。

 すでに大きな電気は消されてしまっていたので、暗い明かりを頼りに荷物をまとめていると。

 

「帰るのね、エリー」

「起きてたの? 真姫」

「と言うかみんな起きてる」

 

 その言葉に布団をババーっと蹴飛ばすメンバー、投げるメンバーがまちまち。

 なんかこう言うのを見ていると

 

「μ'sを思い出すわね」

「絵里ちゃん! じゃあ、μ'sミュージックスタート! やっちゃう!?」

 

 穂乃果のテンションが高い、誰かに飲まされたな……?

 

「希がいないわ」

「ウチならもうおるで?」

 

 いつの間に帰ってきたのよ、と言うかすぐ来るんなら一緒に帰りましょうよ。

 少しだけ呆れながら、私は笑う。

 

「じゃあ、穂乃果、音頭はお願いね」

「任された!」

 

「えー、絵里ちゃんの就職を祝いまして……μ's!」

「「「「「「「「「ミュージックスタート!!」」」」」」」」」

 

 まだ決まってない――と思ったけど、口には出さなかった。

 もう、腹を決めなければいけない時期だと思ったから。

 

 

 わやわやと話していたらあっという間に終電の時間が終わってしまったので、 

 タクシーで自宅に帰ることにした。

 最初は一人で帰ろうと思ったんだけど、それでは寂しいでしょうということで海未が同行してくれる。

 

「不幸の卦? 亜里沙が? それは心配ですね」

「ええ、仕事場でなにかがあるのかしら……それとも……」

 

 私みたいに険悪と言うまではいかないかもしれないけど――

 そろそろ両親から連絡の一つも入っていても良いはず。

 電話がある日には目に見えて不機嫌になる亜里沙だから、家に帰ればだいたい状況はわかるはず。

 

「そういえば、絵里は亜里沙の仕事は知らないのですよね?」

「ええ、ちょっと見当も付かないわね、やたら芸能関係者と知り合いなのが怪しいけど」

「ふふ、では私が言ってしまうのは芸がありませんね」

「そういえば以前に亜里沙と海未は一緒に飲んでいたのよね……」

 

 海未が帰った後、実に幸せな表情をしたまま

 

「海未さんと一晩過ごしてしまいました! 亜里沙は大人になりました!」

 

 と、言っていたのを思い出す。

 意味を分かっているのか分かっていないのかわからない素っ頓狂な言い回しは、中学時代を彷彿とさせる。

 

「絵里は、その、ご両親との仲が」

「あまりよろしくないわね」

 

 よろしくないというかほぼ絶縁状態。

 まあ、元から仲が良かったかというと、少しだけ疑問符が残るけどね……

 

 

「その、寂しいという気持ちはありませんか」

「父に関してはないわね、辛いという気持ちは全部お前の被害妄想だと言われた時に縁を切ったわ」

「では、お母様には?」

「……母は、そうね。子どもよりも父のほうが好きよ。私達がよくおばあちゃまの話をしていたのは知ってる?」

「ええ、今になって思えば、なぜお祖母様のお話ばかりなんだろうと思うべきでしたね」

 

 優しい優しいおばあちゃま。

 まあ、傍から見れば優しいというよりも厳しいと言ったほうが良いのかもしれない。

 ○○してもいいとか、許可を得られた経験はほとんどないし、何ていうか注意ばっかり受けていた。

 ピロシキの作り方だって見て覚えなさいだったし、というか、あの店の料理のほとんどは私と亜里沙は見て覚えたはず。

 日本で言う職人気質だったのかもしれない、古い人と言われればそれまでなのかもしれない。

 でも確実に、おばあちゃまには両親にはない私たちに対する愛情があった。

 

「私の両親もお婆上も大変厳しい人です」 

「それは海未を見ていればわかるわ、でも相手が悪いとはいえ、気軽に叩いてはだめよ?」

「反省しています……言い訳をするならば、私も若かったのです、自分が正しいと思えば何をしても良いのだと」

 

 正しさとはなんだろうと考える時がある。

 なんかそれはまるで、自分の戦いが正しいのか考える正義のヒーローみたいだけど。

 

「おばあちゃまが言っていたわ、正しい人よりも優しい人でありなさいって」

「本当に……そうかもしれませんね」

「あえて自慢してしまうわ……本当は自慢というのは自分以外にはしてはいけないんだけれど」

 

 

「深夜ですが……妙に静かですね?」

「亜里沙はいないのかしら? LINEを送っても既読にならないし、海未もそう?」

「ええ、あんまり送ると迷惑になるかもしれないので、自重はしていますが」

 

 私からのLINEは時々既読スルーを決める亜里沙だけど、海未のものとなる別だ。

 一言だろうが、長文だろうが必ず返事を送るし、忙しい時に来た場合は誰かは知らないけど代筆を頼んでいるらしい。

 そういう傾向すらないときなんてことは今までになかったのでさすがに焦る。

 

「とりあえず部屋の中に入ってみます?」

「これで部屋で寝ているだけなら安心なんだけどね……」

「靴がないですからそれはないでしょう、何かメモ書きでも残っているかもしれませんし」

「ああ、それなら海未が見てきてくれる? 私は部屋に入るの禁止されているから」

 

 海未は委細を承知しているらしく、特に何も言わなかった。

 

「さて、じゃあ私はツバサに連絡でも取ってみましょうか」

 

 味方にすると頼りになるし、敵にするとこれ以上厄介になる相手もいない。

 まるでどこぞのラスボスみたいなキャラだなと思いながら、LINEを送った。

 

エリー:深夜遅くにごめんなさい、ツバサ起きてる?

TSUBASA:あらこんな時間に珍しいわね、最近は規則正しく過ごしていたんじゃないの?

エリー:ええ、ちょっと緊急事態で、妹を探しているんだけど何か知らない?

TSUBASA:エリーは私を探偵か何かだと思ってる? 一応職業アイドルなんだけど

エリー:ごめんなさい、さすがに分からないわよね。ツバサならなんとかしてくれるかもって思ったんだけど、気が動転してたわ

TSUBASA:信頼は嬉しい。でも……と言いたいところだけど、案外知っちゃっているのよね

エリー:あなた本当はアイドルじゃないんじゃないの? 

TSUBASA:この前、アイドルが固まって、たむろしていたから声をかけたらモーセの十戒にみたいになったわ

 

 

TSUBASA:さっきね、とある敏腕プロデューサーから収集をかけられたのよ

エリー:へえ、大変ね。ツバサの担当の人なの?

TSUBASA:本音を言うなら担当してほしいけどね……本当に優秀で心優しく仕事も早い。

エリー:まさか私の知り合いとか? なーんて、そんなわけ無いわよね

TSUBASA:うん、まあ、それはいいけど。そのPと一緒にいたアイドルが事情を説明してくれてさ

エリー:ふうん? その事情私も興味あるわね

TSUBASA:久々に頭にきてさ、というか、その場にいたアイドルの8割怒って大変だったのよ

エリー:でも8割しかいないのね、その場にいた全員じゃなくて

TSUBASA:残りの二割は私を含め家に乗り込もうとして、全力で止められたわ

 

 何をしているのか。

 アイドルなのに血気にはやるとはこれいかに。

 でも恐らく、そのプロデューサーというのが信頼されている結果なのでしょうね。

 

TSUBASA:たぶん、妹さんだけどもうすぐ帰ってくると思うわ、予想だけどかなり酔って

エリー:あなたってもしかしてニュータイプか何かだったの? 実はコロニー生まれなの?

TSUBASA:はは、まあ、とにかく前向きに考えておいて、マネージャーさん?

 

 ま、まだ私はあなたのマネージャーじゃない……というか諦めてなかったのね。

 

 と、冷や汗をかいていると、玄関の方から鍵が差し込まれる音がして――

 パタンと扉が閉められた。

 いつの間にかに隣りにいた海未と顔を合わせ、ダッシュでドアに向かう。

 

 そこには――



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(※) 飲み会編 エピローグ 02

「鹿角理亞さんに亜里沙?」

「げっ! あなた……いないって聞いていたのに……!」

 

 げ、とは随分なご挨拶。

 亜里沙に肩を貸している状態だったので、長話は無用。

 とりあえず酩酊してそれどころでは無さそうな彼女を海未が部屋まで運ぶ。

 

「なんで亜里沙と一緒にいるの……と聞きたいところではあるけど、お礼をいうのが先ね」

「別に構わないわ。ところで」

「なあに?」

「あのエロゲーのヒロインぽい人はだれ? もしかしてあなたの彼女?」

 

 たしかに黒髪ロングはそういうゲームのヒロインで必ず出演しているって聞くけど……。

 

「昔μ'sで一緒だった子よ、というかあなたも真姫が言ってた」

「すっごい似てるのよ! ほら! これ見て! 上から二番目!」

 

 スマホを顔面に向けられる、かなり近い。

 

「プリワーは同人で累計2万本を売り上げた超名作で! しかも同人時代のスタッフが集まって商業化!

 PCエロゲー不調と呼ばれる時代の中10万本を売り上げた……!」

「ダイヤモンドプリンセスワークス? 確かに海未にそっくりね、というか……」

 

 ヒロインがみんなμ'sのメンバーにしか見えないんだけど……。

 というか、成人向けゲームってことはやっぱりこの子達脱いじゃうのよね?

 しかも主人公とエッチなことを……

 

「わ、私もいるのね」

「ヒロインとサブヒロイン合わせて9名! 全員にエッチシーンあり! 捨てシーン無し!」

「近いわ理亞さん」

「おまけのファンディスクでは3Pとレズシーン追加! お得! さあ! 買うの! 買わないの!」

 

 

 鹿角理亞さんのテレフォンショッピングが始まってからしばらく、海未が戻ってきた。

 

「何の話をしているのです?」

「ああ見えてエッチな下着をつけているんです!」

「は、ハラショー……」

「本当に何の話をしているんですか……」

 

 海未が言うには、亜里沙の調子はそれほど悪くないらしく。

 仕事で多少疲れているだけではないかとのことだった。

 

「ただ、目が腫れていますね、泣き腫らした後のようにも見えます」

「あの子は仕事が楽しい楽しいって言っていたわ、高校時代にバイトを始めてから何度ともなく聞いた

 今の仕事がその延長線上にあるのなら、恐らく仕事で泣くってことはないんだと思う」

「ということは、家族絡みですか……」

「その、亜里沙さんの両親ってどんな方なんです?」

 

 難しい表情をしたままで海未がポツリと呟き、理亞さんがそれに準じた。

 

「そうね……一言で言うなら……俗物?」

「バッサリですね、絵里」

「家庭よりもメンツが大事で、プライドが高くて、メンタル弱くて、人の言うことを聞かない

 そのくせ文句ばかり言って、対案も改善策も出さなくて……あ、ごめんなさい、ちょっと言い過ぎたわ」

「亜里沙さん……やっぱり苦労しているんだ……」

 

 私は?

 

「その、一度職場に亜里沙さんのご両親が来たそうなんです」

「聞いたことが無いから、絶縁された後か……」

「先輩が言っていました。両親が帰られた後、ずっと先輩プロ……いえ、先輩社員に頭を下げてたって」

「ありえるわね、おおかた亜里沙を褒めつつ、自分の有能さをアピールでもしてたんでしょう」

 

 

「仕事はできる人みたいよ? コネもあるし」

「しかしそれは、父親と母親としての価値とは何の関係もない」

「それがわからない人なのよ、悲しいことに」

 

 3人の間に何とも言えない空気が流れる。

 

「まあ、今日はとりあえず泊まっていく? 布団はあるみたいだし」

「ああ、それならば、理亞さんでしたか一緒の部屋で寝ましょう」

「ええ!? そ、そんな……光栄です! 本当に一緒でいいんですか!?」

 

 理亞さんの海未への好感度が私と大違いな件。

 海未をモデルにしたと思われる詩衣ちゃんルートは、

 二年前のエロゲーシナリオ部門で金賞を受賞したらしい。

 ちょっと興味が湧いてきた、今度ツバサにも聞いてみよう。

 

 恥ずかしいからエッチなシーンは飛ばすけどね!

 

「そっか、じゃあお風呂を沸かして」

「では私は、飲料水でも買ってきましょう、コンビニまで行ってきます」

「一人で平気ですか? 私もお付き合いしますよ?」

「こう見えて腕っ節には自信があります、ご心配なく」

 

 海未に断られ、ちょっと残念そうにしていた理亞さんだったけど

 すぐに何かを思いついたのか、くすくすと怪しい笑みを浮かべ始めた。

 

「絢瀬絵里!」

 

 呼び捨てだ!

 

「PCはある? 今すぐインストールしてダイヤモンドプリンセスワークスをプレイしましょう!」

「ええ……? ソフトがないでしょ?」

「ダウンロード販売もしている! 買う! あなたに選択権はない……」

「せめてマウスをクリックする権利くらいはちょうだい……」

 

 

 プリワーをプレイし始めてしばらくしてから海未が帰宅。

 最初は拒否感を示していた彼女も、穂乃果やことり(を、モデルにしたヒロイン)が登場し始めたところで

 

「か、可愛いですね……この子達、こ、攻略? と言うのもできるんですか?」

「ひばりちゃんはできますよ、右側の子です」

「そ、そうですか……香乃ちゃんはできないですね、とても残念です」

「ファンディスクでできますよ」

「う……ですが、そこまで行くともう、戻れないような気がします」

 

 いやあ、このハマり具合だともう手遅れなんじゃないかしら……?

 

 プレイし始めてから4時間後、詩衣ちゃんルートの個別シナリオに入る。

 同人バージョンではもうこの時点で大抵のヒロインとエッチなことをしてしまっているそうだけど

 大作にすると意識したのかご褒美と呼ばれるシーンはない、一度詩衣ちゃんのお風呂シーンが出て

 海未が自身との胸の大きさの違いにへこんだ。

 

「来ます……!」

 

 理亞さんが何を言っているのかと思ったけど、そこからは本当に怒涛の展開だった。

 ぶっちゃけエッチなシーンよりもシナリオに没入し、感情移入し、お互いの顔が見られなくなるほど泣いた。

 

「うう……やっぱり人類の力で地球を救わなくては駄目です!」

 

 まさかこんなに奥が深いものだとは……エロゲー……侮りがたし……。

 

 

 お風呂がすっかり冷めてしまったので、もう一度沸かし直した後

 どうしても一緒に入りたいんです! と理亞さんが強引に海未を説得。

 先程のお風呂でのエッチシーンを覚えている海未は懸命に抵抗したものの、

 入らないとファンディスクのネタバレをすると言われ終戦。

 

「まあこれで海未がエロゲにハマることはないでしょうけど、少し考えが柔らかくなれば御の字ね」

 

 ダイヤモンドプリンセスワークスでは、私、にこ、真姫、ことり、海未が攻略ヒロインだった。

 つまりサブヒロインは、花陽、凛、希、穂乃果の4人。

 しかしながら、ヒロインはどの子も大変魅力的で9人の扱いに差はほとんどなかった。

 よほどμ'sに詳しい人物がプロデュースでもしているのか、ああ、海未ってばこういうこと言う!

 みたいな場面がチラホラとあったし、今度亜里沙にプレイでもさせてみようかしら?

 

「ね、姉さん……ど、どうして? 昨日は泊まりではなかったんですか?」

「ちょっと、ね。色々あって海未と帰ってきたの」

「……はい? 海未さんはどこに」

「いま理亞さんとお風呂」

「え? 理亞ちゃんがどうして?」

「ちゃんとお礼を言わなきゃだめよ、フラフラのあなたをここまで連れてきてくれたの」

 

 どうしての後に目が病んで、どうして理亞ちゃんが海未さんとお風呂に入ってるの!?

 とか言い出したら怖かった。

 そんなことがなくて本当に良かった。

 

「昨日は仕事から帰ってくる途中……そういえばツバ……」

「つば?」

「ええと、同僚の家に行ってお酒を……私、悪酔いを……」

 

 

 亜里沙が前日の記憶を思い出しているのか、ヘナヘナと床に腰を下ろし頭を両手で抑え凹んでいる。

 お酒が強い私たち姉妹が飲まれてしまうくらいだから、相当嫌なことがあったか、飲んだか、その両方か。

 

「電話しないと……とりあえずメンバーを確認して……」

「朝早いわ、10時以降にしなさい」

「それだと仕事が」

「今日は休みなさい」

「お、お姉ちゃんみたいにホイホイ休めないの!」

「今日は休みなさい、良いわね? 部屋から一歩でも出たら怒るから」

「……普通の社会人は、一日悪酔いしただけでは休めない」

「だったら復活しなさい亜里沙。そのへこたれた顔をよく拭いて、オフロに入って、ちゃんと――

 キャリアウーマンらしくしなさい」

 

 亜里沙はこちらを見ながら、ぱちぱちとまばたきしたあと。

 こくりと頷く。

 

「分かりました、姉さん……私は、キャリアウーマンですものね!」

「ええ」

「まったく、姉さんに叱られてしまうなんて、本当。困った妹です」

「普通の姉妹はそうなのよ……姉が妹に叱られるなんて早々……」

「お姉ちゃん、今日は時間を作れますか? お話しなければいけないことがあります」

「だいじょうぶ、安心して。理亞さんが勧めたゲームやってるし」

「ちゃんと寝てください、目のくまがすごいですよ」



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(※) 飲み会編 エピローグ 03

 海未と理亞さんがお風呂に入り終わったあと、亜里沙がお風呂に入る。

 

「亜里沙さん、思ったより元気でよかったです」

「ええ、本当に。絵里、魔法でも使いましたか?」

「べーつーにー? ちょっとお姉ちゃんしただけよ」

 

 本当に久しぶりに姉らしくしたから、ちょっと緊張をしてしまったけどね……。

 

「ん……そういえば、ファンディスクに出てきた綾乃の妹って……」

「綾乃……ああ、絵里に似ている」

「いえ、ネタバレになるので詳しくは言えませんが、その、詩衣のことが好きで……」

「は、恥ずかしいですね、私の高校時代にはよく懐かれたものです」

「私、もしかして上司の想い人とお風呂に入ったのを見せつけてしまったのでは?」

 

 私と海未は必死になって目をそらした。

 まさかこのことで関係が険悪になるとは思えないけど、ポジティブにもなれない自分がいた。

 

 数十分してから亜里沙がお風呂から戻る。

 理亞さんが多少視線を揺らし気まずそうにしていたけど

 

「理亞ちゃん、昨日はありがとうございました、感謝の言葉が止まりません」

「いえ! 普段からお世話になっているんですからあの程度のことは当然です!」

「じゃあ、今度は温泉にでも行って背中でも流してもらおうかな?」

「もちろんです! ぜひやらせてください!」

 

 理亞さんと亜里沙の様子を微笑ましそうに見ていた海未だけど、やがて小さく欠伸をした。

 

「少し寝る?」

「完徹など本当に久しぶりでしたし、緊張の糸が途切れて一気に眠気が」

「海未さん! 私のベッドで寝てください!」

「ひい!?」

 

 いま悲鳴を上げたのは海未ではなく理亞さん、どうやら何かを思い出したらしい。

 先に上げた亜里沙をモデルにしたキャラは、ヤンデレとかじゃない……よね……?

 

 

 夜。

 私は自分の部屋で何故か正座をさせられていた。

 

「あ、亜里沙? 私ちゃんと寝たし、お酒も家で飲んでないし、悪い事してないんだけど……」

「どこで寝ました?」

「さ、さあ、ね、寝ぼけていたから……」

 

 嘘だ。

 私はとある人物と一緒のベッドに入った挙句、その後食事までともにして、お風呂も……。

 

「昨日は温泉だから許しましょう、みんなで入るものです。でも、私の家のお風呂はちょっと小さいです」

「そ、そんなことないわよ、二人入る余裕は十分に」

「聞きますが、海未さんと姉さんは同棲しているカップルですか?」

 

 口をパクパクと動かしたまま、私は何も言えなくなってしまった。

 一緒にお風呂に入りながら、仲良く背中を流しあいっこする   ○

 一緒に食事を取りながら、ついふざけてあーんしてもらう    ○

 一緒にベッドに入ったまま、抱きしめ合うようにして寝てしまう ○

 

「とあるゲームがあります」

「へ、へえ……な、なにかしら?」

「ダイヤモンドプリンセスワークス もっとH!」

「あ、亜里沙、ふ、不健全じゃない?」

「これに、もしも綾乃と詩衣がカップルだったらというのがあります」

「へ、へえ……でも二次元と現実を一緒にしてはいけないわ、創作は創作よ?」

「私だって! 私だってあーんしてもらいたい! 背中の流しあいっこしたい! ベッドで一緒に寝たい!」

「そ、そう……でも、内容はゲームなんでしょ?」

「姉さん、もしも海未さんに手を出すなら、亜里沙を倒してからにしてください、でないと……ノコギリが」

「は、ハラショー……し、死んでも手を出さない……」

 

 

「さて、話を戻しましょう。お姉ちゃん足を崩して」

「ふう、なんだか寿命が縮まっちゃったわ」

「父と母は、1週間後やってきます」

 

 体に緊張が走る。

 

「希さんからのLINEで、お姉ちゃんが選ぶのは3通りの未来です」

「え、ええ、昨日も聞いたわ」

「ツバサさんのマネージャーになる、海未さんのお世話になる、そして」

「そして、亜里沙が勧める場所に行く、だったかしら?」

「はい、本当は雪穂にお姉ちゃんのお世話をしてくれないかと頼んだんですが」

 

 いま穂むらでは穂乃果が帰ってきて大変なことになっているらしい。

 もちろん看板娘を争ってとか血なまぐさい話でなく、

 バイトでもいいから働かせてくださいと頭を下げる穂乃果を雇うか雇わないかで大論争をしているとか。

 

「私の知り合いにシェアハウスをしている子たちがいます」

「シェアハウス……なんだか堕落しちゃいそうね、気が抜けてしまいそう」

「会社で持っているシェアハウスにアイドルが5人共同生活をしているのですが」

「え? もしかして本当にダメダメになっちゃったとか?」

「恥ずかしい話ですがそうです、一人を除いてですが」

「まさか……その彼女たちを矯正しろとでも言うつもり?」

「そんなわけ無いです」

 

 はあ、と一つ息をつく。

 流石に私にそんな荷の重い仕事なんてやらせるわけ無いわよね。

 

「管理をして貰いたいんです、イメージとしては女子寮の管理人でしょうか」

「規律を守り、ちゃんとしているかどうか見るってこと?」

「理解が早くて助かります。もちろんお給料は出ますが……強制はしません、気が向いたらで構いませんから」

「私が行かなかった場合は?」

「性根が治らなければ、4人は解雇の可能性が高まります」

 

 ゴクリとつばを飲んだ。

 

 

「才能はあります、性格に難がある子もいますが、素直な子ばかりです」

「亜里沙……」

「以前、3人組のアイドル候補生の子と会いましたね?」

 

 ええと……確か、オトノキの制服を着た子が二人と金髪の子だったか。

 

「彼女たち、姉さんのダンスを見てから人が変わったようにレッスンに取り組むようになりました」

「な、なんでそんなことを知っているの?」

「ツバサさんから聞いたんです」

「顔広いわね……亜里沙……」

 

 私がそう言うと、亜里沙はなんとも言えない表情を見せる。

 

「お願いします。まずは一ヶ月だけで構いませんから……」

「頭を上げて、亜里沙」

「嫌です、お姉ちゃんの返事を聞くまで頭は上げません」

「……」

 

 私の選択は――



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絢瀬亜里沙ルート番外編 絢瀬亜里沙ルート番外編 フルリメイク 西木野真姫ちゃん誕生日SS

なお、亜里沙ルートの番外編と言いつつ。
現在更新中の亜里沙ルートとは
繋がりのない話です。


 いつか自らが所属するユニットが個別で利用できるような、

 そんな控室が欲しい。

 出番待ちのアイドルたちを存分にぶち込めた、

 そんな人人人ばかりの甘い匂いであるような、

 お菓子の匂いであるような――誰だ食べ物を持ち込んだのは、

 しかもコンビニの肉まん系の食欲をそそる匂いがして、

 相方のルビィが出番まで時間があるからコンビニ行きたい、

 みたいな顔をして私の顔を見るのはやめてもらいたい。

 ハニワプロが出演をゴリ押ししたせいで、現場のリクエストで

 私たちアンリアルが出演しているけれど。

 本当は原作も知らないマンガの――評判の悪い実写化なんかに、

 演技派女優鹿角理亞が顔なんか見せたくはないんだけど。

 ――誰? 今鼻で笑ったの。

 

 

 今現在私の住んでいるシェアハウス。

 何故かはわからないけれど、いま更新中の作品とは

 状況がそぐわない気がするけれどそれは置いておいて。

 統堂朱音のせいでカレー臭さ全開であった場所は、

 金髪ツインテールの努力の結果、

 ちょっとカレーっぽい何かの匂いがするところに変貌――

 ってわけでもないわね、まだちょっとカレーのにおいするし。

 辛いものが苦手なルビィもエトワールに来ることはなかったけど、

 最近はチラチラと黒澤姉妹で来訪するケースが増えた。

 ただ、自室に連れ込もうとすると

 妊娠しそうだからと言う理由で拒否されてしまう。

 女同士なんだからそんなわけ無いでしょと、

 エロゲーをふまえた説明を何度したところで、

 なぜ分かってくれないのであろうと言わんばかりの表情をされ、

 代わりに黒澤ダイヤを置いていかれてしまう。

 先日も夜の性生活の参考にすると一緒にダイヤモンドプリンセスワークスを

 プレイしたけれど、本当に参考するのか? 妄想NTRシーンだぞ?

 なお、男性臭いと評された私の部屋のエピソードを

 エトワールを管理しているヤツに言ってみたら、

 困った顔をしながらトイレの芳香剤を持ってきて、

 そんなで変わるわけ無いだろと怒鳴りながら背中を蹴っ飛ばした。

 

 

「理亞ちゃん理亞ちゃん」

「うん?」

「この漢字ってなんて読むの?」

「ブレイドダンス」

 

 ルビィに呼びかけられ思考が一時停止。

 彼女は他の役者の台本を指さしながら小首をかしげて

 可愛らしい声色と態度で聞いてくる。

 ダイヤが天使のように可愛い――亜里沙さんでさえ、

 別次元の生き物と称する彼女はエロゲーのヒロインのようである。

 友人をエロゲーのヒロインと称することが、

 はたして適切であるのかどうかは私が判断することじゃない。

 なお、ラノベの厨ニ表現を気軽に読むことができるのは、

 堕天使ヨハネ(笑)の影響が強いか。

 しかしながら、別のラノベの読みを嘘つかれて

 微妙に恥をかいてしまったのは根に持っている。

 次はお前の高校時代の黒歴史を暴露すると言ってあるので、

 おそらく嘘をつかれることはないだろうけど、

 USBに保存してあるAqoursの失敗映像が火を吹くので、

 私としても披露されないことを祈りたい。

 

「じゃあ、この漢字は?」

「うん……? アンダーバーサマー……いや、待って、それは漢字じゃない」

 

 書かれているアンダーバーを漢数字の1と勘違いしているのも可愛い。

 高校時代に読書感想文を代筆されていると聞いて、

 知能レベルがずいぶん心配になってしまったけど、

 可愛ければ多少知能がアレでもなんとかなるものである。

 エトワールには外見しか良いところのない連中ばっかりだけど、

 少しは姉さまのように外見と知能面の療法で優れていてほしいものだ。

 ――姉さまは偏差値30だけど知能と学力は関係ないから。

 

「……懐かしいわね」

「うん?」

「あの子もちょうど、よく漢字が読めなくて、私に聞いてきていたわ」

「それ現実のお話?」

 

 私が過去を思い出したそがれた表情を浮かべると、

 ルビィが現実世界で体験した出来事を言えみたいに、

 ジト目を向けてくるけれど、アレはゲームで追体験しているから

 現実みたいなもの、最近はVRもあるし。

 実写版「魔法少女は友だちが少ない」の撮影中。

 名女優鹿角理亞にはふさわしくないモブ役に不満を漏らしつつ、

 暇をつぶしている際のこと。

 スマホでエロゲーを親しんでいたところ、そのメインキャラの声を

 あやせうさぎ(芸名)が担当していた。

 白々しく言うようだけれど、本名は西木野真姫。 

 コスプレイヤー上がりの中堅声優である。

 私も関わったラブライブ!サンシャイン!!で桜内梨子役をこなし、

 それ以降出演、主演作多数。

 最近はクレジットに名を連ねることも少なくなり、どうしたのかと思ってたら

 何かのきっかけでエロゲーに出始めた。

 なお、エロゲー出演の際も本名でいいと思ったらしく、

 勘弁して欲しいと事務所と実家に説得されたエピソードあり。

 なぜ私がそんな事を知っているのかというと、

 絢瀬絵里が酔っ払った席で自慢話のように言ってきたから。

 エトワールで元μ'sの面々が微妙に評価が低いのは

 間違いなくあの金髪の酔っ払った時の暴露話のせい。

 

 私がプレイしているゲームは料金なしでも楽しめるお手軽エロゲーで、

 コスチュームチェンジや撮り下ろしボイスを使用する際に

 少々課金が必要になるけれど――。

 あやせうさぎが担当しているキャラクターは、

 現在落第危機にあるダメダメ女子校生で満点を取らないと

 退学になる設定だけど、まあそんなものはおまけ。

 満点を取れば和姦に繋がるのだし、取れなければ陵辱。

 陵辱のテキストはやたら気合が入っていて、スタッフブログに

 中の人がノリノリで演じていたと言っていたけれど、

 それはやっぱり金髪ポニーテールというのが琴線に引っかかったんだろうか。

 あやせうさぎ名義だとやたら金髪ヒロイン率高くて、

 金髪ヒロインだと演技の評判が高いけど、

 別の髪色でももうちょっとやる気出して欲しい。

 特に赤髪とか。

 

「にしても、本当に主演の西園寺さん可愛かったよね!」

「そうね」

「ルビィもいつか、映画で主役とか演じてみたいなぁ……無理かなあ?」

 

 主演の西園寺雪姫――なんか設定の正誤性が心配になるけど。

 少し前くらいからやたら知名度が上がったアイドル上がりの新人女優。

 出演・主演作多数で髪色・髪型何でも変えてきて

 二次元作品の実写化にやたら辛口のキモオタの方々にも

 ちょっとだけ評判がいい人。

 ルビィが夢を見るような表情でうっとりとしているけれど、

 たしかにまあ、名女優鹿角理亞と黒澤ルビィの現状を考えれば、

 主演女優を願うとか鼻で笑われる言葉である。

 なぜか実写化して評判が散々だったご注文はうさぎですか?

 とかでも微妙に評判に悪いモブだったり、

 魔法少女は友だちが少ないでも序盤で死ぬモブであり、

 なにかに出演すると死ぬ確率高いなって思っている。

 死ぬ演技に定評があるなら、もうちょっと死に様を取り上げて欲しい。

 今度亜里沙さんになんか死ぬ役でオファー無いですかって言ってみよう。

 

「あの人は努力することでここまで上がってきたから、

 ルビィもすっごく努力をすればいいじゃない?」

「メグミさんに今度演技指導を頼んでみようかな……?」

「いや、それよりも彼女をここまで押し上げた二人組に頼んだら?」

「二人組?」

「ええ、西園寺雪姫の根源をなす二人組の伝説的な指導よ!」

 

 ちょっとテンション上げて頭を振り上げたら、

 スマホについていたイヤホンが外れてしまい、

 大音量の喘ぎ声が辺りに響き始めルビィが申し訳ない表情で

 周りにペコペコと頭を下げ始めた。

 

 

 自室でのんびりとしていると、

 コンコンというノックの音が聞こえてきて、

 誰か来訪する予定でもあったかなと考えながら、

 ドアを開くと西木野真姫が誰かと一緒に顔を出した。

 誰何してみると私の妹というそっけない言葉で返事をされ、

 そう言えば年の離れた妹がいるという話を聞いたな、

 なんてことを思い出した。

 芸名、西園寺雪姫17歳。

 ニコの弟のコタくんと同じ年の妹と微妙に仲が悪いと、

 憂鬱そうな表情で相談を受けたことがあった。

 そんな妹さんが成長をして、デビューは華々しく飾り、

 その後パッとしなくて仕事がないRe Starsと同じように、

 アイドルとしてはどん底の雪姫さんの顔を覗き、

 顔はすごく可愛いのにな、と思った。

 亜里沙にでもプロデュースさせれば輝きそうではあるけれど、

 いまあの子はRe Starsをいかにして売り出すかに心血そそいでいて、

 やたらめったなことでストレスを与えてはいけない。 

 ストレス処理のサンドバックは常に絢瀬絵里、

 君子危うきに近寄らず。

 

「なんで私に相談を? そういうのは売れっ子に頼みなさい」

「仕事で栗原陽向さんと絡んだんだけど、

 何でも結婚しそうなくらい仲良かったんだって?

 それで、なんかすごい指導されたって聞いたからさ」

「指導? 仲がいいっていうのは――まあ、そうらしいわね?」

 

 ヒナとの記憶がなぜか靄がかかったように思い出せず、 

 希に聞いたらそりゃそうやんウチが暗示かけたしとか意味のわからないことを言われ、

 写真でも見れば思い出すんやない? という指示を鵜呑みにし、

 保存してあったアルバムを引っ張り出して眺めていると、

 いやもう悲しくなるくらい暗い表情をした自分が出てきて、

 それを覗き込んだ亜里沙に生理二日目みたいな表情してますね

 なんてツッコまれてしまった。

 その言葉の的確さについてはお姉ちゃんツッコミいれないけど。

 

「希ちゃんが言ってた、聞けたもんじゃない音痴を1ヶ月で矯正したって」

「う、うん、そ、そうだったみたいね?」

「希ちゃんの最高に切ない表情を見せて貰ったけど……まあ、それは良いのよ」

 

 ヒナが希とも友人だったと語るので、

 再会を無事に果たしたと告げたところ、

 希はやけにセンチメンタルな表情をしながら、

 そういう運命やったんなあ? なんてことを言った。

 意味は特にわからないけれど。

 

 

「西園寺雪姫、職業アイドル。握手券を付けても一枚も売れないレベル」

「お、お姉ちゃん!? さすがに一枚くらいは売れたよっ!?」

「お母さんが買ったのよ!」 

 

 Re StarsのCDシングルに握手券をつけよう。

 などという意見もあり。

 ハニワプロの反対でCD発売自体が頓挫になって、

 ディスカッションによるイザコザは無視されることとなった。

 仮に発売になったとしてもエヴァちゃんあたりが大売れして、

 いざ握手会になってエヴァちゃんに嫌だって言われて、

 問題が起こって終了するだけで終わるかも知れない。

 そして、西木野姉妹の痴話喧嘩。

 ギャーギャー騒ぎ立てる二人を眺めながら、

 唐突に統堂姉妹の喧嘩を思い出していた。

 クールで沈着冷静と有名だった英玲奈が、

 その仮面をかなぐり捨て朱音ちゃんに赦しを乞う姿は、

 ツバサでなくても夢に出て魘されそうなものだった。

 基本的に英玲奈は妹に対してはいつだって下手に出るけど、

 もう嫌い! と言った瞬間に土下座をし始めたのはね、

 なんていうかね、高校時代とは別人かと思ったね?

 

「というわけでね、このダメダメアイドルを……トップに据えるのよ!」

「……やれやれ」

 

 結論的には西園寺雪姫さんをトップにする。

 ということに真姫の中ではなったらしく、

 私の意志に問わずに特訓につきあわされることになったよう。

 どうでもいいのだけれど、別に私スパルタキャラじゃないからね?

 なぜか勘違いされがちだけど、μ'sに入る前? 

 それは黒歴史だからノーカウント。

 

 

 

 エトワールの地下に移動し、

 防音設備が無駄に強化されている場所へと移動。

 ここでなら何をしたところで地上に知られることもない

 なんていう情報を暴露すると。

 エロゲーなら必ずここで1シーンあるわねとしたり顔で

 真姫がいい始めたので妄想を具体化しないでと言っておいた。

 なお、もともと朱音ちゃん対策で防音システムは整えられたんですよ?

 あの子が本気だすと照明とか設備が声で壊れるから。

 アイドルの基本は歌という判断の元、

 歌唱力の強化に赴くことになった私たちは、

 方法もピンとこなかったので、じゃあ頑張って!

 と応援したら海未を彷彿させるような

 えらい怖いジト目を向けられてしまい、

 苦笑しながら冗談よとごまかしておくことにした。

 西木野姉妹のジト目は炎属性だから、

 私みたいな氷属性キャラとは相性が悪い、効果は抜群だ。

 ともあれ、歌唱力の強化のためには

 ひととおり実力を把握しなければならないので、

 ひとまず雪姫ちゃんには歌って貰うことにした。

 真姫の妹であるのだし、本人もそこそこの歌唱力はあると

 言っているので変なことにはならないであろうとの踏まえての決断。

 曲は何が良いだろうと考えていると、

 自分たちの曲で良いんじゃないというので、

 冬がくれた予感をリクエストすることにした。

 現在真夏。

 そろそろ空調機器がちょっと勘弁してくれと

 ストライキをしてしまってもおかしくない季節ではある。

 

 

 そして西園寺雪姫独唱の冬がくれた予感を聞き、

 私たちは極寒の真冬の訪れを身に沁みて感じていた。

 真夏だと言うのに寒い、

 寒風吹き荒び、大荒れの天気の中で水着になって撮影している感じ。

 どうあがいたって苦笑しか浮かんでこない実力に、

 花陽と凛の歌唱力を天井知らずにまで押し上げ、

 現在でさえ凛は真姫に歌の仕事の際に感謝しているという。

 私になにか感謝してることはあるの? って冗談で言ったら、

 滅多なことで人を馬鹿にしなくなったって言われちゃった(テヘペロ)

 

「今日はうまく歌えました」

 

 実にいい仕事をしたと言わんばかりにドヤ顔を浮かべ、

 その表情を見ながら、ああ、姉妹なんだなあって思いいたり。

 どのような反応が彼女に対して適切であるか考えた。

 褒め称えてしまうのは天狗にするだけだから無駄であるし、

 かといって真実を告げてしまうのは抵抗があった。

 あまりの下手さに言葉にできないというのもあるんだけれど。

 真姫はなんと言って良いのか分からないのか、

 凛に相談している様子だったけれど、それはやめたほうが良いと思う。

 

「な、何なのよ! 今の気が抜ける歌はっ!」

 

 床を踏み鳴らす音が耳に入り、

 彼女専用の防音ルームに閉じこもっていたと思われた朱音ちゃん。

 なぜかあの部屋は中の声は聞こえないけど、外の声は入ってくるので、

 雪姫ちゃんの歌も耳に入ったものと思われた。

 西園寺雪姫レベルの人を他の事務所のアイドルに知られるのは

 会社の評判にも関わるのでと警告を受け、

 レッスン場を借りられなかったからエトワールの地下で練習中だけど、

 当然のようにRe Starsの面々からの反応は芳しくなかった。

 ただ、絢瀬絵里の秘伝の宝刀、雪姫ちゃんの売れないエピソードを語ると、

 自分たちがいかに売れてないかを思い知って誰も何も言わなくなった。

 CDが握手券をつけても一枚しか売れないという事実に、

 一番感極まったのは善子ちゃんで、分かる!

 インターネット放送で頑張ったのに視聴者が増えないときは辛い!

 と、黒歴史を披露し始めたのでまあまあと静かになってもらったけれど。

 

 

「ちょっと! あなた、西園寺雪姫って言ったわね!」

「ええ、可愛い名前でしょ?」

「下手糞川音痴に改名しろぉ!!!」

 

 確かに外見とすれば西園寺雪姫という名前は、

 名は体を表すのだけれど、歌声に限って言えば下手糞川音痴でも

 何一つ問題がないように思われた。

 ただ言われた方は心外であったのか、

 解せないと言わんばかりに朱音ちゃんに掴みかかり、

 いますぐにでもキャットファイトでも始まりそうな剣呑な雰囲気が

 あたりを支配し始めたのでアラサー処女二人は

 まあまあと言いながらみんなをなだめる他なかった。

 

「わ、私が……くっ! それほど言うんなら、あなたの実力……見せてもらおうじゃない!」

「言っておくけど! 私の歌を聞いておしっこ漏らすんじゃないわよ!」

「漏らすか! もしも私よりもヘタクソだったら、分かってるでしょうね!」

「ありえない想定してんじゃないわよ! もしそんなことあったら、うんこ食ってやるわ!」

 

 暴力行為は止められたけれど、言葉での応酬は止まらず。

 しかもむやみやたらに下品な方面に向かっているので、

 こんな場面を亜里沙に目撃されたら、

 指導している人間がレベルが低いからこんなになると、

 またしてもサンドバックになってしまう。

 ただ、真姫一人が下品な言葉もいいわねとか

 したり顔で言っているのはスルー。

 

「行くわよ……私の歌を聞いて戦慄しなさい……!」

「あ、チョット待って、そんなに歌に自信があるんだったら、当然何を歌っても良いんでしょ?」

「もちろんじゃない……! 何でも指定しなさいよ……!」

「ふん……では、南ことりちゃんと小泉花陽ちゃんの……告白日和、です!を所望するわ……!」

 

 朱音ちゃんが歌が上手だというのは周知の事実ではあるけど、

 カラオケで点数を測ると、声量がありすぎて音程がずれているとか、

 マイクが壊れたりするので微妙に評価が低いけれど。

 電波系が得意だと自分で言ってて、確かに上手いんだけれど、

 バラード系だろうが甘い恋愛系だろうが抜群に上手。

 これがなぜ、演技になるとあんなに大根になるのか解せない。

 ことりや花陽が歌った告白日和、です!であろうと、

 びっくりするくらい上手に歌ってくれはするだろうけど、

 実力を見るという目的を果たせるのかは疑わしい。

 なお、現在の南ことりにあの曲をリクエストすると、

 は? みたいな顔をされて罵倒されるので注意。

 ただ、ことりはあの曲をえらい気に入っているので、

 雪姫ちゃんが歌おうものなら告発日和になってしまう。

 

「ふん、私にBiBiの曲で挑もうなんて、ニワカにもほどがあるわね!」

「Printempsよ!」

「どっちも間違ってるから……」

 

 μ'sのファンなのにBiBiとlily whiteとPrintempsの違いがわからない

 人は多くいるみたい。

 Re Starsの面々は善子ちゃん朝日ちゃんの二人だけが違いを把握してるけど、

 エヴァちゃんはそもそもμ'sにさほど興味がないし、朱音ちゃんは私しか興味ない。

 なおツバサはBiBiのメンバーだった時期があるそうですよ、誰の代わりなの?

 ただ、朱音ちゃんも曲だけは把握しているらしく。

 花陽に関してもタイ米大好きアイドル! と言ったので、

 当人の耳に入らないようにしようと誓った。

 

「ふう! どうよ!」

 

 朱音ちゃんが歌い終わると拍手が起こった。

 ハラショーハラショー言いながら盛り上がるのは真姫。

 えらく感動したのか涙を流しながら拍手していて、

 ちょっとは自分のキャラクターを思い出して欲しい。

 実力は認めつつも憮然としているのは雪姫ちゃんで、

 不満そうに口をとがらせていたけれど。

 

「あ、あなた……!」

「統堂朱音よ、覚えておきなさい!」

「どっから声出してんの!」

「口からよ!」

「嘘言いなさい! 尻の穴からも声出してんでしょ!」

「うんこか!」

 

 とにかく罵倒したかったのか要領を得ない指摘になってるけど、

 歌は全身で歌うがモットーの朱音ちゃんの一部分を

 的確に捉えた文句ではある、でもうんこはやめよう、うんこは。

 こんな場面を妹に見られれば、絢瀬絵里が道端に落ちてる

 犬の糞を見るような目をされながら罵倒されちゃう勘弁して欲しい。

 先ほどまでの告白日和、です!がトイレ我慢してる歌みたいになったので、

 真姫の方を見てみたら、気合い入れた表情を浮かべながら

 

「次は演技よ!」

 

 ――まだ諦めてないのか。

 

 

 無料で登録されている台本を印刷し、

 なんだかよく分からないうちに相手を務めるのは私。

 演技はちょっと……みたいな感じで気弱な雪姫ちゃんは、

 先ほどの歌とはうってかわって、

 素人に毛の生えたレベルで演技をしてくれた。

 演技のプロである真姫はたいそう不満ではあった様子だけれど、

 歌に比べれば雲泥の差と言っても構わない。

 なぜ歌ばかりがあそこまで最下級であるのか解せない。

 ただ、私は自分の経験を踏まえた指導だけだったはずなのに、

 なぜだか演技をさせられ、

 こともあろうか真姫や朱音ちゃん雪姫ちゃんから

 酷評されてしまうという経験をした、心が折れそう。

 

「おい、うんこ!」

「なによおしっこ!」

「演技って知ってるの!? 台本をただ読むだけなんて、猿にでもできるわ!」

 

 この中で真姫を凌駕して演技ができると思ってる朱音ちゃんと、

 真姫ほどじゃないけど名優レベルの演技していると思ってる雪姫ちゃん。

 朱音ちゃんの演技の披露はなされなかったけど、

 指摘するのが基本的に好き(自分はできない)な朱音ちゃんと、

 指摘される謂れはないと思ってる雪姫ちゃんの会話。

 

「じゃあ、おしっこはできるの!?」

「当たり前じゃない! 出来なかったら、統堂おしっこに改名するわ! 姉が!」

 

 どうあがいても英玲奈の名前が統堂おしっこになるフラグでしか無い。

 そこまでとは思わないけれど、シスコン全開の彼女が

 妹が考えたことだからと殊勝な態度で改名してしまえば、

 今やっているタレント業が頓挫してしまいかねない。

 

「ふう」

「どうするのよ真姫、これは重症よ?」

「でも、そこをなんとかするのがエリーでしょ?」

「無理言わないでちょうだい……」

 

 真姫がため息を吐き、

 改善させるべき部分が多すぎて何から指摘したら良いものか。 

 みたいな態度を取る。

 が、肝心な部分は基本的に人任せであり、

 上手くいかないかも知れないけど期待している!

 そんな表情をされると非常に腹に据えかねない衝動が。

 アイドルデビューできたキッカケは間違いなく顔で、

 姉が姉だから上手く行けば御の字みたいな扱いの彼女に

 歌も演技も幼稚園児レベルと告げたところで、

 嘘をつかないでくださいと疑われてしまうのがオチ。

 客観的な視野で現実を理解させるにはどうしたら良いだろうと

 心の中にいる園田海未に問いかけてみる。

 

(どう海未、この状況をどう打破すればいい?)

(絵里、現実を自覚させるにはいつだって、

 そうせざるを得ない状況を作り上げる他ありません)

(どうやって?)

(成長に必要なのはライバルです……自己を客観視できるような

 そんなライバルが必要不可欠なのです!)

 

 私の心の中の園田海未は案外冷静であり、

 現実のようにたまに素っ頓狂なことをするようなことはなく。

 提案としては受け入れやすくかつ実行も容易であったので、

 私は思いきって決断をすることにした。

 

 

「雪姫ちゃんに必要なのは……ライバルよ!」

「何を言っているのエリー、雪姫のライバルなんて幼稚園児でもなきゃ無理よ」

「朱音ちゃん!」

「な、何よ澤村さん……」

「あなたの演技で、雪姫ちゃんのこころをへし折ってやるのよ!」

 

 

 朱音ちゃんの千葉繁さんみたいなシンデレラに笑いを堪えながら、

 雪姫ちゃんを眺めてみると、必要以上にショックを受けている様子。

 それは客観的に見て自分はこのレベルと判断できたみたいで、

 偏差値が70(聖良さんの2倍以上)ある高校の主席だというのは、 

 伊達ではないのだと思った。 

 

「おしっこ……」

「何ようんこ!」

「私が悪かったです……え、お姉ちゃん、私ってこのレベルなの……?」

 

 あまりに衝撃的な事実だったようで、

 愕然としながら膝を折って頭を抱えてしまっているけれど、

 朱音ちゃんはまだ真実に気づいていないどころか、

 実力差を思い知ったと言わんばかりにドヤ顔をしている。

 流石に不憫に思ったのか真姫は物寂しそうではあるんだけど、

 やっぱり自分の演技を参考にしてもらおうかしら、喘ぎの、

 とか言ってるので何かあれば全力で止めないといけない。

 

 殊勝な態度でみんなからの指摘を受けようという

 心持ちになってくれた雪姫ちゃんではあったけど、

 この場において演技の専門家であるのは真姫であったし、

 私なんて過去に真姫に付き合わされて演技の特訓したくらい。

 どうあがいたところで指導なんてできそうはずもないけど、

 教えるのが下手だから任せたと言わんばかりの赤毛さんは、

 今は悠々とした態度で飲み物飲んでる。

 

 先日も収録があったと言って、朱音ちゃんや雪姫ちゃんから

 えらい尊敬された目で見られている彼女だけど。

 その現場というのがとんでもない酷暑だったらしく、

 身も心も絶頂に向かうかと思ったわね(はぁと)というのが、

 本当に絶頂しているシーンを録っているとは、

 この場において気づいているのは私だけというのが頭痛い。

 以前秋葉原でコスプレをしながら、自分が出演した作品を買いに行き、

 なおかつファンと交流したエピソードが神対応と、

 恐ろしい速度で拡散されたことも、雪姫ちゃんにとっては

 人気声優の鑑であると言う認識なので、

 よもや、この場においてとても口に出せないような台詞を、

 高らかにノリノリで言っているのがバレれば、

 どんな扱いをされるかわかったものじゃない、

 扱いが悪いのは私一人で十分である。

 酒を飲んだ席で、いかにいやらしく台詞を読むかを語り、

 実演を交えて特訓をして多くの店で出禁を喰らっていることなど、

 知っているのは私一人で充分なんだ、うん、まあ、

 あの店も、あの店も、美味しかったんだけどなあ……。

 

「ええと、演技に必要なのはやっぱり経験だと思うの」

 

 実演を交えた経験をする必要はないけれど、

 想像の中の経験を踏まえて、演技をするというのは

 本当に大事なことなんです(と聞いた)

 なお、真姫は演技に必要なのは羞恥心とか言って、

 エリーにクンニしてもらえばいいとかほざいてしまったので、

 今はちょっと静かにしてもらっている。

 私一人では手に負えなかったので、理亞さんというアシスタントを得て

 彼女に高らかに(エッチな)台詞を読むコツを聞いて貰っている。

 さすがに自分のファンだという理亞さんを邪険にするわけには行かないのか、

 借りてきた猫みたいな態度で質問に答えているけど、

 真姫のSOSの発信信号は無視させてもらってる、こっちは手一杯。

 

 雪姫ちゃんにも朱音ちゃんにも、

 あなたが演技の解説をする理由は?

 みたいな表情をされて、あんまり良く聞いてもらってないけど。

 西木野真姫さん主導による、演技での絶頂のしかたとか、

 高らかにイク方法とかを指導されたいんだったらそうすればいいと思う。

 なお最近、すっごくエロくイク方法を見つけた! って言って、

 フレンチの店を出禁になった記憶も新しい。

 

「質問があります」

「はい、何でしょう?」

「本来なら、演技は姉が指導するべきだと思うんです」

「良い質問ですね!」

 

 雪姫ちゃんのそっけない態度での指摘に、

 テンションがダダ落ちになってヤケになった私は、

 いつの間にかに横にいた理亞さんが、

 見事なローキックを私の脛に披露し

 絢瀬絵里悶絶。

 そんなヤツを道端にくっついているゴムを見るみたいに

 リアルにゴミを見る目で見下し、

 邪悪極まりないと評判な笑みを浮かべ、

 

「お前たちは、プロの俳優の指導を受けられるレベルにねえからっ!」

「私までが!?」

「朱音もだ! バカ!」

 

 現役女子高生二人組は、その生真面目さ故に

 自分がどれだけ演技に関してはレベルが低いか把握してない。

 理亞さんが言っている指摘も口調こそ乱暴だけど、

 心を抉るように的確なのでこちらとしてはノーコメント。

 埒が明かないと判断と思しきツインテールさんは、

 

「私は……! きっと、何者にもなれないお前たちに告げる……!」

「……っ!?」

「成人向けゲーム! しましょうか!」

 

 やっぱりそういう結論に至るのか、

 でも、隣りにいる本業の人が、

 うんうんと頷きながら、それが一番よねと言っているので、

 もうどうにでもな~れと思いながら天井を見上げた。

 

 

 成人向けゲームというのは、

 本来プレイにあたっては18歳未満の子たちに

 目に触れぬよう、耳に入らぬよう、

 間違ってもマウスなんてクリックさせぬよう――

 重々忠告するのが大人としての責務です どっとはらい。

 演技を見る機会はあっても、やる機会はさほどなかった二人に

 実演を交えた指導は、たしかに効果はあるのかも知れない。

 先ほどとは打って変わって興味を持って理亞さんの話を聞き、

 早くプレイさせろと迫っているのは現役女子高生二人組。

 会場は理亞さんの部屋、そこら中に二次元キャラのポスターが

 貼ってあり、入った瞬間は誰しもうわぁみたいな表情をしたけど。

 ただ、真姫は自分のやった作品のキャラがいないと

 微妙に不満気ではあったけれど。 

 

「えと、理亞さん……何をやらせるつもりなの?」

「ふふん、声優と同じ体験をするというコンセプトで売れに売れた……! 【人気声優の生活を実体験するゲーム】よ!」

 

 最近はタイトルとかで内容を把握できないと

 プレイヤーにスルーされてしまうらしく、

 何そのタイトルみたいな作品がラノベやコミック含めていっぱいあるけど、

 疑問に感じたのは私だけみたいで、

 他の三人はそんなものもあるのねみたいな態度だった。

 

「ふうん、3名の声優になりきって、魑魅魍魎あふれる世界を生き抜くか……」

 

 魑魅魍魎という単語にえらく思い当たった部分があったらしく、

 新人時代にディレクターとか先輩声優とかから受けた

 セクハラ体験を語ろうとしたのをストップをかけ、

 今度お酒の席で聞くからと懇切丁寧に説得し、

 あやせうさぎ(裏名)氏のプレイは進められた。

 なお理亞さんはエロゲの現場にセクハラ無いんですか?

 と質問してみんなからスルーされた。

 

 

「さて、西園寺雪姫! 統堂朱音! そして澤村絵里!」

「私!?」

「このゲームは基本的に、3名が演技力を向上させるターンと、イベントパートが交互に出てくるわ

 なので攻略しつつ、自身に必要な技術を身に着けなさい!」

 

 高らかに宣言する理亞さん。

 モチベーションも高く、ノリノリな面々はともかく。

 アラサーがエッチな単語を含んだ演技の鍛錬をして

 一体何の意味があろうかと疑問でしかたがない。

 テンションダダ落ちの私を不憫に思ったのか、

 真姫が励ますように私もやってあげるからと言ったけれど、

 そういう問題じゃない、そろそろお部屋に帰りたい。

 

 ゲーム冒頭から、書いている人が違うんじゃないかっていうくらい

 すっごく真面目な演技に関するテキストが披露され、

 真姫がすごく感心していた。

 なお、これを新人声優に配るテキストにしようという提案は

 絢瀬絵里の独断で却下させて頂きました。

 ただ、今は真面目だけどそのうち

 エロゲの演技をするには実演を交えないと!

 とかトチ狂ったことを言い出すんだと思う、

 エロゲーってそんなのばっかりだよ!

 

「……!?」

 

 エッチなお色気シーンを含め

 最初のうちは恥ずかしそうにキャーキャー言ってた

 現役女子高生二人組も、真姫の指導で

 悲鳴だけはやたら上手くなってからしばらく――

 ホイッスルボイスを活用したロリキャラの喘ぎ声くらいから

 講義が不真面目方面に向いてきたけど、

 やっぱりと言うかなんて言うか、

 実演を交えたエロい声の上げ方に要素を振り切ってきた。

 多少テンパり始めた私以外の二人組は、

 すがるように真姫や理亞さんを見上げるけど、

 目の前のテキストを声優さんと同じように読め

 という指導は改められなかった。

 恥ずかしがった瞬間に、あやせうさぎ(笑)さんの

 違う! ここはこう喘ぐ!

 という熱血指導が行われ、でもお姉ちゃん彼氏いたこと無い

 との雪姫ちゃんの暴露という悲劇も乗り越え、 

 シリアスに展開が傾き始めた時、

 同じように真面目な顔をした真姫が妹に告げる。

 

「雪姫」

「なに?」

「もしかしたらあなたは私と同じ場所に立てる才能があるかも知れないわ」

 

 え? 私は? みたいな朱音ちゃんをスルーし、

 西木野姉妹間の仲はは無事に深められた様子。

 ただ、もうこのあたりで真姫が普通の声優ではない

 ことがみんな分かってきたようで、

 売れることが一筋縄では行かない事実に、

 人気って苦労しないと得られないんだみたいな実感を得た。

 その後は競うようにしながら喘ぎ始める現役女子高生を眺め、

 この映像をインターネット動画サイトに流したら

 いかばかり稼げるんだろうなって思った。

 おそらくきっと、太陽の日開催においてRe Starsが抱えた借金など

 1日くらいで返せそうな金額を得られるんだろう。

 

「真姫、私の喘ぎって需要あるかな」

「すごく需要があると思うから、

 今度実体験を踏まえて聞かせてほしいの

 できれば二人で、和木さん置いておくから」

 

 ――なるほど。

 多分一部の人にしか相手にされないんだな。

 天井にまで貼られたポスターを見上げながら、

 世の中うまく行かないことばっかりだって思い至った。

 

 

 そろそろ陽も暮れて、夜の帳が降りる頃。

 セミの鳴き声がひぐらしに切り替わってしばらく。

 シナリオとしては結構面白いレベルの展開に

 拍手を送りたいなあなんて言う感想を抱く。

 テキストを読むだけではなく、

 実演を交えた的確なツッコミを入れられ、

 精神的にも肉体的にもへとへとになった二人は

 仲良く揃って目を閉じて壁に寄りかかっている。

 寝ては居ない様子だけど、限りなくそれには近そう。

 私もベッドに寝転んでグースカ眠りたいけど、

 おそらくそれは許されない、本番はこれから。

 

 真姫と理亞さんは何処かへと赴き、

 戻ってくるまでは休憩という言葉を信じ、

 鍵でもかけて引きこもれば一生休んでいられるかな?

 なんて益体もない事を考えてしまうけど。

 そういえばと思い、

 真姫の弱みは多少握っているけど、

 理亞さんの弱みは管轄外だから、ちょっと把握して置こうかと 

 部屋をあさろうとして――やめた。

 人には誰しも相手に触れられたくない側面はあるし、

 仮に呪いでもかけられてたら怖い。

 

 真姫と理亞さんが本を抱えながら登場し

 大量の書籍を何に使うんだろうと思ったら、

 実地試験の後は、手書きでお勉強とのことだった。

 お勉強大好き西木野真姫の高校時代の側面を見た気がして、

 恐怖に震えそうになり――

 なんとかバレないように部屋から退室しようと、

 あと少し、もう少しとドアに迫ったところ。

 

 

「ヒナァァァァァァ!?!?!?」

「ごきげんようエリー、これ、お近づきのエロゲー」

 

 手渡されたのは、最近マスターアップされたという

 Aqoursを元キャラにしたダイプリの二作目。

 制作スケジュールはかなりシビアだったらしく、

 延期もやむなしという判断を下そうかとしたら、

 真姫がじゃあ、テキスト書ける人呼ぶとヘルプを用意し、

 ツテにツテを集めて作品は完成させられた。

 その中に綺羅ツバサと矢澤ここあ両名が居たことは、

 色んな人に秘密、ブログに書いても信用されないだろうけど。

 

 

 

 真姫が色々とやることがあると言って帰宅し、 

 残されたのはUTXと音ノ木坂学院の元生徒会長二人と、

 出来の悪い生徒三人組。

 私としては教師側に立ったのは嬉しいんだけど、

 テキストに書かれたことを合っているかどうか

 チェックしなければいけないので、微妙に先よりも

 精神的に疲弊しつつある、こういう作業は嫌いじゃないのが救い。

 基本的に学力も偏差値も高い朱音ちゃん(真姫の指導の結果)

 雪姫ちゃんも先輩を差し置いての高校の主席ということなので、

 この中での劣等生は鹿角理亞さんただ一人。 

 黙々とペンを動かして暗記してから、

 手書きのテストで実力を測る。

 この作業が演技力の向上とか、

 アイドルとしての実力の向上に至るかは――

 まあ、そこは些細な問題だと思うことにして。 

 

「安西先生……ダイプリがしたいです……」

「諦めたら?」

 

 色々と後悔し始めた理亞さんは

 ヒナに助けを求めるように声を掛けたけど素っ気なく返された。

 亜里沙を通じて理亞さんのダメエピソードは把握しているとのことだけど、

 私に辛辣だというのも評価を下げているのかも知れない。

 朱音ちゃんと雪姫ちゃんの両名も、

 先ほどのエッチな実演よりはマシと割り切っているのか、

 元からこういう作業が好きなのかは分からないけれど、

 成績はかなり優秀、教えた言葉は意味も含めて把握している。

 ただ、言葉の意味を辞書みたいに覚えたところで、

 実演できればなんの意味もないけどね?

 いや別に、勉強ができれば頭がいいみたいな価値観で

 人を判断する人に含むことはないのよ?

 

 これが終わったら地下で歌唱指導という言葉に

 雪姫ちゃんは大喜びしたけど、

 元から指導の必要がない朱音ちゃんは、

 演技指導を含めた特訓を言いつけられた。

 さっきと同じことを!? と戦々恐々としたみたいだけど、

 ヒナはもっと効果がある鍛錬があるとの一点張りで

 詳細は発表されなかった。

 

 

 最終テストも無事に乗り越えた面々は

 食事休憩やお風呂と言った気分転換をしたあと、

 ジャージに着替えて全員集合することになった。

 しかしながら、自分のジャージ姿は干物女という表現が的確で、

 その姿を眺めるたびなんとも言えない気分になる。

 

「歌というのは、どんなに酷い音痴であろうとも、必ず矯正できます」

「……」

 

 ヒナが過去を思い出すかのように目を閉じ、

 やけにセンチメンタルな表情をしながら告げる。

 上原歩夢、絢瀬亜里沙の両名が初期同人版ダイプリの

 主題歌を担当する前はヒナが自分で歌唱するつもりだったらしく、

 その歌声は一部の人達にやけに人気がありヒナタ帝国が

 設立されんばかりであったとか。 

 

「私は高校時代に大変な音痴でした、ですが」

「ですが?」

「金髪ポニーテールは片手に鞭を持って、紫おさげは猿ぐつわとロープを握りしめて、わたくしの指導に当たりましたわ」

 

 とんでもない暴露にドン引きする私たち。

 まったく記憶にない指導ではあったけれど、

 希が言うには効果は覿面であったらしく、

 中には凶悪な暴力的な指導も役に立つこともあるんやな、

 ってLINEで書いててヒナに謝ろうかと思ったら、

 その希も加害者じゃん! 関係ないみたいな文を書いて!

 

「ですが、わたくしも鬼ではありません」

「ほ……」

「悪鬼です」

 

 安心した雪姫ちゃんを奈落の底に叩き落とさんばかりの所業に、

 この場に居合わせた面々は揃って震え上がる。

 高校時代はロリロリしてて天使みたいだったらしいけど、

 とてもそうは見えない、口にしたら殺されそうだけど。

 雪姫ちゃんをみんなで簀巻きにして床に放置し、

 どうすれば声を高らかに上げさせられるかという一点において

 鋭利な針を品定めする姿は、昔話に出てくる山姥を彷彿させた。

 だけども、そこまで鬼でもなかったのか、

 妙な物体を私に見せて、

 

「これは?」

「ツボ押し器のコリをとらえーる君

 なにかに失敗したら押してあげて」

「……ええ?」

 

 とんでもないことをするもんだなあと

 怪訝な声を上げてしまった私を、

 覗きこんで見上げるようにしながら、

 

「あなたは、私の足に、針を刺しました」

「ようし! 雪姫ちゃん! 頑張って!」

 

 今度、ヒナに心の底から謝罪をすると誓い――

 絢瀬絵里は過去を忘れることにした、

 黒歴史は封印するに限る、∀ガンダムみたいに。 

 

 

 演技の実地訓練により、

 多少なりとも上達したかな? という自己判断が

 大いに間違っていたと自覚したのち。

 早口言葉で噛むたび、外郎売を失敗するたび、

 とにかくまあなにかしら失敗するたびに、

 雪姫ちゃんのツボは力強く押されることとなった。

 最初の方はそこまで痛くないふうであったのに、

 的確に痛い場所をつけるようになったみたいで、

 ここを押せば高らかに悲鳴上げるなってポイントが分かるようになった。

 無駄な才能を発揮し、無駄過ぎる技術を身に着け、

 発声に関しては強制的に身体に覚えさせることに成功した。

 課題は山積みであるけれど、頑張れば乗り越えられるのが

 若さの魅力である。

 JKの足つぼを押してドSな笑みを浮かべる金髪アラサーと称され、

 本当やばいくらい邪悪な顔をしてた所を写真に撮られた。

 理亞さんにはこの写真を亜里沙に送られたくなかったらと脅迫され、

 朱音ちゃんは高校時代の私の指導を聞いて悲鳴を上げてる。

 絢瀬絵里=澤村絵里は残念ながらバレてないけど、

 絢瀬絵里の過大評価については改めようと誓って欲しい、

 ええ、私自身の評判のためにもそうして欲しい。

 そうこうしている間に、なんかツヤツヤした真姫が戻ってきて、

 何をしていたのか問いかけたらエステの予約が入ってたとのこと。

 おいくらかを尋ねてみたら、恐ろしくて金額の間違いを聞き直せないくらい

 超高級エステであったので、私はすべてを忘れることにした。

 ――中学時代に行って以来という言葉も含めて。

 

「へえ、針を足の裏に。

 声量を上げるのは矯正の基本だから、 

 確かに方法としては悪くないわね」

「実際役に立ちましたが――でも」

「ええ、そうね――やっぱり」

 

 栗原陽向と西木野真姫の二人が、 

 楽しいことを見つけたと言わんばかりの――

 ドSで邪悪な笑みを浮かびながらこちらを見て

 心の底から恐怖を覚え、ガクガクと震えだしてしまいそうな、

 凶悪で冷徹な瞳を向けられ――

 

「ワ、ワルキューレは裏切らない……!」

「ワルキューレは裏切らないかも知れないけど、

 残念ながら人間は裏切るものよ」

「澤村さん、恨むならツボ押しの才能を発揮した自分を恨むのね」

 

 逃げようとした私の右腕を鹿角理亞さんが。

 左腕を統堂朱音さんが締め上げ、

 とりあえず一番簡単に痛みを与えられるやつ、

 という観点に置いて一番適切であろうアイスピックを手に

 西木野真姫、栗原陽向の二人が迫り。

 因果応報という言葉を認識しながら私は叫んだ。

 

「ハノケチューーン!!!」

 

 ええ、特別南ことりさんを意識させて頂きました。

 カラオケに行くとスピカテリブルは台詞が流れるから、

 ノリノリでことりの真似してたら、

 あろうことかそれを本人に見られてしまって――

 似てるけど殺したくなると評判のモノマネはお気に召しましたか?

 あと真姫、ことりにバラさないで? 

 絢瀬さん東京湾にバラされちゃうから。

 

 

 

 ツボ押しは理亞さんに引き継がれ、

 あひぃあひぃ言いながら悲鳴をあげる私と雪姫ちゃん両名は、

 なんだか知らないけど歌唱力は無事向上した。

 ――アイスピックはちょっと刺しても痛い(教訓)

 それはともかく。

 私でお楽しみだった各面々は、西園寺雪姫ちゃんの

 アイドル力の向上という目的を思い出し。

 4名が提案したのは、

 

「やっぱり、基本に立ち返って、上手い人の技を盗むべきね」

 

 最初からそうするべきであったと、

 私なんかは思うのだけど――

 指摘をすれば簀巻きにされた挙げ句に

 スタンガンあたりでビリビリさせられてしまうかも知れない。

 なんだか超電磁砲って響きが懐かしい、

 そんな絢瀬絵里ではあるんだけども。

 なので、みんながもう寝静まってしまっている時間。

 エトワールのリビングに集った面々は、

 ヒナ主導によりDVD映像を眺めることと相成った。

 演技が上手い人の映像でも眺めるのかな? と思ったけど、

 彼女がダイプリの初期作の台詞を自分でやろうとした際

 大いに参考にしたと言うので、極めて効果があるものと思われた。

 ただここで、妹の亜里沙も参考になったということと、

 ダイプリのシナリオにも活用されていることを把握していれば、

 あんな羞恥プレイを受けずにも済んだかと思うと――

 

「これ、もう撮影しているの?」

 

 カメラを覗き込むような仕草でテレビ画面に映るのは

 高校時代の絢瀬絵里、つまりは私である。

 朱音ちゃんは澤村さんと似てるわねとかすっとぼけたこと言ってるけど。

 事実には気づかないで頂きたい、色々と面倒だし。

 画面の端っこで緊張した表情で待っている園田海未がいるから、

 音ノ木坂学院で撮影されたものであると思われた。

 なぜこの映像をヒナが持っているのかと言うと、

 希経由で回されたものであるらしい、なんで持っとるんや。

 いろいろと言いたいことがあるのを飲み込み、

 始まった映像をさほど文句も言わずに眺めてみる。

 

 

「なんで映像付きで、コーラスの収録をしなければいけないのかわからないけど……」

 

 μ'sの曲でたまに掛け声なり何なりが入っているけれど、

 これはこうして別撮りで、叫んだりなんだりやってるのである。

 真姫のツテでスタジオで録音したときは、

 もう、笑っちゃうくらい音質が良くて思わず笑っちゃった。

 基本的に一人ひとり個人で録音したりで収録するため、

 音にバラつきは出るし――ヒフミちゃんたちはいろいろと苦労したんだと思う。

 でも、なんでそんなスキルを彼女たちが持っていたのかは

 もう、神の意志かなんかだと思うことにしたい。

 

 動画を撮影しているのは真姫であり、

 声が意外と可愛くないと彼女自身も、周りの面々も感じ、

 実際朱音ちゃんが本人なの? みたいな目で真姫を見てる。

 ただ、この西木野真姫、園田海未、絢瀬絵里の三人は、

 ことりやニコから、高校時代よりも若返っていると評され、

 実際にRe Starsの面々が私の正体に気づかないのは、

 高校時代ほぼそのままの絢瀬絵里がそこにいるからだそうですよ?

 一番の常識人である朝日ちゃんも

 澤村さんって高校時代の絢瀬絵里さんとそっくりって言って、

 私はもうなんて言っていいのかさっぱり分からなかったね。

 なお、海未、真姫、絵里の組み合わせにピンとこなかった朱音ちゃんのために 

 ヒナが説明してくれたんだけども。

 

「ソルゲ組、μ'sの中でもトップクラスの歌唱力を持った三人組です」

 

 何その過大評価。

 首を傾げながらヒナの評を聞いているけれど、

 あの組み合わせ本当に身のまわりでは評判悪くて、

 μ'sっぽくないとか、険があるとか、

 散々な言われようだったから一曲しか披露してないけど、

 ちょっと声をかけて3人で曲でも出すべき? 売れるかな?

 ただ、亜里沙に言われた海未さんらしくないという評を

 海未は結構気にしてるから結成は難しいかも知れない。

 

「このカンペ通りに読んでみて」

「ハラショーって言えばいいの?」

「そうそう、上手にね」

 

 上手にハラショーと叫ぶことになんの意味があるのか――

 多分その理由を把握していたのは、高校時代の西木野真姫だけであるので、

 とりあえずツッコミは入れておかない。

 ただ怪訝そうな表情をしながら――

 

「ハラショー!」

 

 と案外ノリノリの調子で高らかに声を出す私。

 色々と注文をつけている真姫にもハラショーハラショー言いながら

 リクエストに答えていくバカな自分を眺めていると、

 なんていうかすごくいたたまれない気分になるんだけど……。

 

「これが、どうなるの?」

「まあ、見てなさい雪姫」

 

 小首をかしげながら問いかける雪姫ちゃんに、

 真姫は笑いを堪えながらたしなめる。

 どうやら過去の記憶が蘇ってきたらしく、

 この先どんな痛々しいことが起こりうるのか

 楽しみでしかたがないと言わんばかりに邪悪な笑み浮かべてる。

 

 

「もっと高らかに!」

「ハラッショー!」

「うん、いい感じよ! もっとありふれた悲しみの果て!」

「ハラァショー!」

「そうそう! COLORFUL VOICE!」

「ハラッセォォォ!!!」

 

 以前まで(生理エリちと評される)の私のキャラにそぐわない

 ――今の私のキャラともそぐわない、恐ろしく恥ずかしい黒歴史に

 顔を覆いたくなるんだけど、ヒナが目をそらしたら刺すと言わんばかりに

 アイスピックを持っているので目を伏せることすら出来ない。

 意味不明な指示のもと、テンション高く、

 羞恥心もかなぐり捨て、ただ叫ぶ機械になっていく私に、

 もうなんていうかいたたまれなくていたたまれなくて泣きそう。

 

「凛っぽく!」

「ニャァァァァ!」

「にこちゃん!」

「ニコォォ!!」

「花陽!」

「ピァァァァァァ!!!」

 

 にこりんぱなの組み合わせでモノマネを披露し、

 コーラスの収録であることを忘れ、

 ヒフミちゃんたちのリクエストにも、

 素晴らしい出来栄えで叫び続ける生徒会長(笑)

 

「みんなのハート撃ち抜くぞぉ! バァァァン!」

「ラブアロォォォ! シュゥゥゥト!!」

 

 般若みたいな表情を浮かべた海未に

 手刀を首筋に叩き込まれ昏倒するまで、

 羞恥プレイは続いていった。

 高校時代の記憶を思い出し泣き出したかったけど、

 私は泣かない、泣いてたまるもんか!

 

「えと、これは?」

「あなたは、まだ羞恥心が残っている……!」

 

 雪姫ちゃんが疑問に感じるのは当たり前で、

 演技指導ではなく絢瀬絵里で笑おうみたいなオチじゃないのかと、

 私自身も感じているんだけれど。

 ヒナにとってはそういうことではなく、

 本当に演技にとって大事なことを知るための映像らしい。

 後日嘘じゃないのと問いかけたら目をそらされたけど。

 

「でも、あのμ'sのダイヤモンドプリンセス絢瀬絵里でさえこうなの! 

 彼女は歌のためなら羞恥心すら捨てる!

 西園寺雪姫! あなたは……絢瀬絵里になるのよぉぉぉぉ!!!」

 

 深夜なのでボリュームを落として欲しかったけど、

 そんなことを指摘できるほど体力がなかった。

 きっと疲れてるのよ、ええ、もう、まったくもって。

 

 

「なんか途中から、二人の指導だけじゃなくなったわね」

「どうしたの理亞ちゃん」

 

 西園寺雪姫のエピソードを聞きながら、

 私自身もルビィも何故結果が出たのか疑問で仕方なかった。

 その後も指導は続いたんだけど、基本的に

 高校時代の絢瀬絵里で笑おうみたいな感じで、

 なんでそれが今の立場を作ったのか不思議だ。

 

「うん、まあ、経緯はどうあれ、友人に恵まれていれば、なんとかなるものよ」

「したり顔でどうしたの理亞ちゃん……」

「あと、困難は結局自分でどうにかしなきゃいけないのよね」

「なにがあったの、理亞ちゃん」

 

 

 その後一ヶ月に渡り、様々な面々が雪姫ちゃんの指導にあたり。

 海未や凛やニコと言った指導に定評がある面々から、

 賑やかしに来た希とかと高校時代のエピソードで盛り上がり。

 ただ、雪姫ちゃんに本格的な影響を与えたのは

 エヴァリーナちゃんだと思う。

 彼女は基本的に我関せずであったけれど、

 絢瀬絵里を目指すという点において、

 なぜだか私以上にコピー作業に優秀で――

 一挙手一投足がエリちそっくり! by希

 びっくりするくらい姉に似てます! by亜里沙

 と評判の絢瀬絵里再現図を披露してくれた。

 私自身も自分のことなんてよく分からないけど、

 エヴァちゃんにとっては絢瀬絵里のことならなんでも分かるらしく、

 影武者としてそこに置いておきたい、私はニートに戻るから。 

 ただ、私のフォローだけでは人として微妙という

 身も蓋もない妹のアドバイスもあり、

 西木野真姫を組み合わせたハイブリッド路線に変更される。

 真姫のことなら当人以上に何でも知っている和木さんに

 身も心も真姫ナイズされた雪姫ちゃんは、

 演技も歌唱力もトーク力も短い間に抜群に成長を見せた。

 ――いや、たしかに当人の努力もあるんだろうけど、

 ニコと凛のアドバイスが的確だったというのもあるんだと思う。

 でなければ、エッチな声を出せば演技力が向上するという

 真姫のアドバイスで成長などするはずがない、それはおかしい。

 

 特訓から三ヶ月で深夜番組のドラマの主演に抜擢され、

 今では歌も演技もトークも何でもこなすスーパー新人女優として

 テレビを中心に華々しく活躍を続けている。

 ただ、雪姫ちゃんが人に教える際には

 

「じゃあ、まずエッチなことしましょうか」

 

 などと告げて、

 やりすぎて警察を呼ばれたことがあるらしいけど、

 未成年に手を出すのはやめて欲しい。

 相手が小学生だったらしいけど、

 事情を聞かれて絢瀬絵里のようになりたかったというのは、

 勘弁して欲しい、私がロリコンみたいじゃん……。

 あと、もののついでってことで朱音ちゃんも同じ指導をされ、

 スーパーアイドルレベルにはならなかったものの、

 結構評判のいい役者として声優と歌手として活躍し始めた。

 今ではラジオのパーソナリティーとして仕事を始め、

 英玲奈がハガキ職人として仕事に支障を出し、

 UTXと事務所からすごく叱られたことを明記しておく。



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絢瀬亜里沙ルート番外編 フルリメイク 栗原陽向の憂鬱

先に投稿された作品の説明と同じく、
現在更新中の絢瀬亜里沙ルートとの展開とは、
まったくこれっぽっちも繋がりはありませんのでご注意ください。


「澤村さんにお手紙ですよ」

 

 そんな台詞を吐きながら朝日ちゃんが

 ピンク色をした可愛いデコレーションの入った封筒を渡してくる。

 自分に来る郵便物にしてはずいぶんとファンシーだ。

 ただ、差出人も書いてなければ、宛先もなければ、

 切手さえも貼っていない――手渡しで渡されたのだろうか?

 もしそうならば中身は果たし状、なわけないか。

 こんな可愛らしい封筒を使っている人間が、

 真剣を使って切りかかってくるとするならば、

 少なくとも私が対象じゃない、あるとすれば理亞さん。

 近年はあまり騒がれることはないけれど、

 郵便物を使っての爆発物投函とか、未知のウイルスを送りつけるとか、

 創作物でも自重しようみたいな空気があったし。

 二次元よりもよっぽど現実のほうが怖い、くわばらくわばら。

 先に話題に出した理亞さんは爆発物ではないけれど、

 とんでもない地雷エロゲーを引き当ててしまったらしく、

 プレイするとパソコン場面に齧りつき、

 いつまで経っても離れようもしないのに変だなーって思ったら、

 なるほどこれはそういうわけなんだなって判断した。

 傷心ではあるけれど誰かに構って欲しいらしく、

 かといって何か気に触るようなことを言えば、

 さんざっぱら罵倒されるので、誰一人相手にしてくれない。

 見事な鹿角理亞さんのジレンマ――ハリネズミの気持ちがわかるかも知れない。

 エロゲーを買ってきてすぐ、信じられないような美少女っぷりと

 同一人物かどうか疑わしい輝かしい笑顔で、

 このキャラは私の嫁になるから! もう誰にも渡さない!

 と言ってたのが忘れられない、

 90年代のアニメなら空に理亞さんの笑顔が浮かんでそう。

 

 

「ねえ、善子ちゃん?」

「なに、澤村さん」

 

 このリビングに居るのは私や理亞さんだけではなく、

 旧堕天使ヨハネこと、津島善子ちゃんもいたりする。

 元銀行員という肩書きに、統合後の高校で生徒会長を勤め上げた勤勉さ、

 何より私は文系だけど彼女は理系なので、

 細かい作業とか事務作業をやらせると

 善子ちゃんの右に出る人間はいないので、

 自分の仕事であるのは重々承知で些事を丸投げしている。

 朱音ちゃんは勉強好きだけど興味あることしかやらないし、

 エヴァちゃんは勉強はできるけど、澤村絵里にさほど興味ないし、

 朝日ちゃんは優秀なのに仕事が嫌いだから、

 結果善子ちゃんくらいしか私のアシスタントになれない。

 別に私に人望がないわけじゃないのよ? 

 ――違うからね?

 

「普通、名前だけしか書かれてない封筒を持ってきて渡すかな?」

「あの子は割とお嬢様だから」

 

 疑問に思ったことを問いかけてみると、

 これ以上無い的確かつ端的な答え。

 自分の身の回りでお嬢様と言うと真姫が思い浮かぶけど、

 彼女は優秀で賢いのにその才能を活かすつもりがないので、

 まったくこれぽっちも優秀に見えないかも知れないけど。

 声優という道に進んでからコミュニケーション能力も身につけ、

 愛嬌もたっぷりで人当たりもよく空気も読めるけど、

 同業者の友達が少ないっていうのが難点――。

 朝日ちゃんが真姫の方面へ進むことは、

 案外向いているのではないかと思うけれど。

 実力云々はニコが言ってるカリスマ性なる才能でカバーできる。

 私の身の回りではそうでもないけど、

 ハニワプロとか他の芸能事務所では抜群の評判の良さ。

 特に年下からは朝日ちゃんの言うことさえ聞いていればOK

 みたいな信仰があるらしい――

 なので私の言うことは信じてくれない。

 亜里沙と同じことを言ってるつもりなんだけど、

 どうしてだか信用の度合いが違うんだけどなんでかしら。

 

 ハニワプロに入った経緯もニコのフォローあってのことらしく、

 亜里沙も、アイドルとして売れなくても指導する立場として

 とか抜群の評価されてるし、南條さんにも

 絵里さんも朝日さんくらい評価されればこちらとしても――

 なんていうどう反応していいか分からない評価されてる。

 ちなみに私の指導でUTXのトップになってる優木せつ菜と言う子がいるけど、 

 その話をするとみんな苦笑いしながら、現実を見ろみたいな目をするんだけど。

 ニコはUTXに通いたかったらしいけど、金銭面で都合がつかず。

 同期にはツバサとか英玲奈とかあんじゅとかもいたし、

 入ってもダメだったかもとか自虐するけど、

 彼女なら案外A-RISEの一員として活躍できていたかも知れない。 

 ただそうなればμ'sのメンバーは9人ではなく8人であったろうし、

 そもそもニコが居ないとアイドル研究部が存在しないわけで。

 いろいろと思い浮かぶことはあるけれど、

 自分の黒歴史も次々と思い浮かぶので

 思考を停止して前を向くことにした――さて、仕事仕事。

 

「封筒を開けるのなら協力するわ、暇だし」

「その作業を1時間やっても出来なかった私になにか一言」

 

 遠回しになぜこんな簡単なことも出来ないのかと、 

 脳のバグを疑われたような心持ちがしたけれど。

 善子ちゃんはそんな私をフォローするように、

 人間にはできることもあるしと言ってくれたけれど、

 絢瀬絵里は出来ないことのほうが多いのでは?

 なんて事実を思い立ってしまい。

 微妙にネガティブだな私、疲れてるのかも知れない。

 

「澤村さん、封を開ける時にはカッターの刃が仕込まれてないのかチェックするのよ」

「その旧時代の嫌がらせって今の若い人分かるの?」

 

 10年一昔と言うけれど、

 年齢が干支一回りくらい違うと、

 もう別の人種なんじゃないかなくらいに

 価値観が違うと思う時があるけど。

 ただそれでも、相手に効果的な嫌がらせというのは

 どの時代も共有されるらしいですよ、

 元堕天使ヨハネが言ってるんだからそれなりに信憑性があるんじゃないでしょうか。

 

 

 

 

 自室に戻り、一人で可愛らしい封筒を眺めながら。

 宛名と中身の文字を見る限りかなり達筆。

 字は人格が出るという話もあり、私もかなり気をつけているけど

 効果がどの程度あるのかはわからない。

 ツバサはもう、やばいくらい字がヘッタクソだし。

 ルビィちゃんは急いでいると象形文字レベル。

 妹には字だけは人格者に見えると評判の絢瀬絵里の明日はどっちだ。

 ――それはともかく。

 希にLINEを送ってみても、

 忙しいのかいつまで経っても既読にならないので早々に諦め、

 相手がUTXの生徒会長だったという文を見つけ、

 同じ高校出身の綺羅ツバサに連絡を取ってみることにした。

 太陽の日以降に仕事がまるっきりなくて、

 レッスンしているか暇しているくらいしか選択肢のない

 Re Starsの面々と違って、

 元トップアイドルの過去の活躍そのままに、

 バラエティから歌番組からトークまで何でもこなし、

 さらには暇な私の相手までしてくれる人格者。

 彼女が言うには、私くらいしか話が合わないという話だけど。

 私もそこまで話が合うとは思っていなかったり。

 それをこっそり英玲奈に言ってみたら、

 素のアイツとまともに話せる時点でどこかおかしい――

 と、褒めてくれたけど。

 いや、褒めてくれてるとは思ってないんだけど、

 英玲奈は褒めてるって言ってくれたんですよ?

 

 

TSUBASA:生徒会長?

 

 LINEはすぐに既読になり、あっという間に返信が来る。

 なんでも歌番組の収録中らしいけれど、

 ロシア出身の二人組がドタキャンしたって言って、

 てんやわんやで暇らしいけど、

 それは絢瀬姉妹だったっていうオチじゃないわよね?

 ドタキャンする仕事がないからありえないけれど。

 あ、でも妹は元気に仕事中です。

 

TSUBASA:へえ、ようやく行動に移したのね?

エリー:何その思わせぶりな台詞

TSUBASA:そいつのパーソナルデータを送ってあげるわ

TSUBASA:煮るなり焼くなり好きにすればいいと思う。

 

 別にどんな人物かくらいを教えてくれれば良いんだけど。

 そして送られてくるわくるわ、高校時代の経歴から、

 現在の職業まで――ヒナプロジェクト代表取締役?

 一つも聞いたことのない企業だけれど、

 なにかアイドルと関わりのあるところなんだろうか?

 そしてなぜスリーサイズから好物云々まで書いてあるのか、

 声が田村ゆかりさんに似てるとか死ぬほどどうでも良いんだけど、

 ――あ、本当に似てるんならちょっと言って欲しい台詞あるかも。

 

 

 リクエストする台詞を考えていると、

 ドアを控えめにコンコンと叩く音が聞こえてきて、

 どちらさま? と声をかけてみると、

 鹿角理亞さんらしき人が顔を出した。

 ――いや、紛れもなく鹿角理亞さんその人ではあるんだけれども、

 非常に申し訳なさそうに、小動物みたいに、

 キャラと違うと言いたいくらい儚げな雰囲気を漂わせながら。

 成功率3%くらいの難病を抱えているヒロインみたいに、

 触れたら壊れてしまいそうなくらい――

 やけに二次元方面にキャラ作りしているのを見て、

 やっぱりエロゲーって現実にはそぐわないなって思った。

 

「理亞さん、別に無理してキャラ作りしなくていいのよ?」

 

 ふるふると首を振り、甘えた目(ルビィちゃんとは雲泥の差)

 をしながら、こちらを見上げてくる理亞さん。

 荒ぶる肉食獣に求愛されてるみたいで、

 こちらとしては変な汗が出てきて、動悸がするんだけど、

 サーカスに知り合いがいる人がいないかしら?

 

「昼間にお前の顔なんか二度と見たくないって怒鳴りつけたの気にしてる?」

「ごめんなさい、絵里おねえちゃぁ」

 

 卒倒するかと思った。

 元から声が可愛くていらっしゃらない彼女が、

 相方のルビィちゃんの声真似をしながら謝罪する姿。 

 昔テレビに出た南ことりが

 高校時代はもっとちゅんちゅんした声じゃなかった?

 というクソみたいなフリに、邪神みたいな笑みを浮かべたのち、

 高校時代よりも可愛らしく甘ったるい声を出したのを

 見たのと同じ心持ちがしたね?

 なお、お酒の席で凛が披露する黒澤ルビィちゃんの声マネは

 びっくりするくらい似ていると私の中で評判。

 だから凛を師事すればいいと思う、

 銃で撃たれたゾンビみたいな声でおねえちゃぁって言われて

 本当震えるほど怖くて涙目になったのを

 バレないようにするの大変だから。

 

 

 

 

 

「あら、澤村さん、出かけるの?」

 

 手紙の主から示された再会指定日。

 相変わらず暇をしているRe Starsのメンバーの一人――

 つまり私と。

 

 

「うん、まあ、放っておくのも気分悪いし」

「……? 理亞も行くんだ」

 

 仕事は平均的にあるけど、今日はオフ。

 こういう日はたいてい、朝から一日中エロゲーにおもねる、

 そんな鹿角理亞さんではあるのだけど。 

 

「罪滅ぼしよ! 朱音は黙ってろ!」

 

 ちなみに、先日までの天使みたいな(見た目だけ)理亞さんは

 外見ばかりを取り繕って、口調と声色は元に戻ってる。

 呪いをかける魑魅魍魎みたいなロリ声でなくなったので、

 絢瀬絵里さん的にも妹の亜里沙的にも、

 まったくもって安心、安堵感漂う。

 

「またエロゲーでも買いに行くの? それとも知り合いのエロゲー声優にでも会いに行くの?」

「うっさい! 現役女子高生がエロゲーを連呼すんな! 炎上すっぞ!」

 

 ちなみにルビィちゃんを意識したと思しき声色は、

 エヴァちゃんの無理しないでください(真顔)が

 致命的なダメージとなり改められることとなった。

 亜里沙からも仕事に支障が出るとか、

 ルビィちゃんからもちょっとやばいんじゃない?

 と言われても改善する気がなかったのに。

 人に行動を改めさせる時には、優しい言葉を投げかけるのも大事。

 齢30手前にしてそんな気づきを得る。

 一生懸命誠心誠意謝罪の意を伝えるという理亞さんの目的は――

 ここ最近バイオハザードシリーズの夢を見る(未プレイ)私の

 睡眠時間の減少ぶりで判断して欲しい。

 でも、見た目は天使。

 一日かそこいらで外見も元に戻るかと思いきや、

 外見はルビィちゃんと一緒でロリロリしいという評判に、

 え、なに? 嫌がらせ? 

 って思ったんだけど、確かに見た目だけはロリロリしい。

 でも、そのうち見た目も夏休みの男子小学生みたいになると思う。

 田舎で虫取り網片手にカブトムシでも捕まえてそうな。

 

 

 エトワールから抜け出すと、

 天で煌々と輝く太陽から強烈な陽射しが降り注いだ。

 最近は酷暑日なる言葉も生まれ、

 歩くだけでカロリー消費を果たせそうな――

 そんな強烈な熱波に二人して襲われる。

 理亞さんは天使みたいな外見に見合わない、

 口をぽっかりと開いた間の抜けた顔を見せ、

 え、なんで自分こんな格好してますのん?

 なんて表情をしているけど、まだ外に出て5分。

 もうちょっと粘って欲しい。

 UTX最寄りの秋葉原までは電車で十数分、ここから駅までは

 同じくらい時間がかかる。

 しばらく歩けば理亞さんお気に入りのファミリマートがあるから、

 そこで給水を果たせばいい、マラソンランナーみたいに。

 津南でも霧島でもミネラルウォーターを買って――

 

「あなたって、オトノキの生徒会長だったんでしょ?」

 

 外見に見合う飲み物が欲しいと理亞さんが言うので、

 マックスコーヒーかいちごオレが良いと思って、

 どっちが良いかと問いかけたら。

 水分補給という目的を忘れないで(ロリ声)

 と言われて確かにその通りだったと思いだした。

 なお、見た目で常連の人だと気づいて貰えず。

 私に声を掛けてくれた方が、誰ですかその人と聞いたので、

 理亞さんにロリロリしい声を出してもらい、

 無事正体を把握して貰った。

 

「ええ、まあ、恥ずかしながらそうね」

 

 歩きながらペットボトルに口をつけるのは、

 ちょっとまあはしたないところもあるのだけど。

 でも、外聞よりもよっぽど命のほうが大事。

 

「生徒会長ってアホでもなれるの?」

 

 飲んでいた飲み物を吹き出すかと思った。

 なお、理亞さんの通っていた高校の生徒会長は、

 えらく優秀な人物だったらしく。

 ダイヤちゃんもその存在を把握していて、

 なんとかして自分の手駒にしたいからと理亞さんに紹介を頼んでいた過去あり。

 

「まるで私がアホみたいじゃない」

「あなたじゃない、あなたの後輩の方、あの人アホだったんでしょ?」

 

 高坂穂乃果がアメリカに旅立ってから数ヶ月。

 忙しく過ごしているのかと思いきや、

 たまにディ○ニーランドで○ッキーと一緒に撮影した

 そんな写真が送られてくることがある。

 ニューヨークのテーマパークの全制覇を目論み、

 せわしく動き回っている様子だけれど、

 亜里沙とかツバサから借りたお金を使っているわけじゃないよね?

 私たちμ's三年生組卒業以降――

 生徒数が大幅に増えたものの、人手は少なく。

 ことりはヒフミトリオという生贄を捧げて生徒会の仕事から手を引き、

 海未は最初のうちは受験生だからとか、生徒会の仕事が、

 と言ってスクールアイドル活動から手を引こうとしたものの、

 元の面倒見のいい性格からか、ダメな子ほど可愛いと思う――

 そんなアホ男に引っかかりそうな趣味趣向のせいであるのか。

 大幅に部員が増えたアイドル研究部ではあったけど、

 作詞できる人材が一人もいないという致命的な欠点もあり、

 海未に白羽の矢が建てられることと相成ったらしい。

 結果的に彼女と真姫の遺産でオトノキは全盛期を迎えるのだから、

 当時の理事長とすれば満足の結果であるんだろうけど。

 ただ、それを終わらせたのは誰からぬ高坂雪穂ちゃん。

 アイドル研究部部長にして生徒会長のポジションについた彼女は、

 自身が3年生になった時点で海未や真姫の遺産を使うことを拒み、

 自分たちの力でなんとかしようと声を掛け――

 結果、Aqoursに敗戦しオトノキでは微妙に立場がない。

 作詞作曲活動もこなし、かつ生徒会長として実績を残し、

 アイドル研究部部長としてラブライブ準優勝という結果。

 ひいては有名大学に合格と褒められる要素しかないと私も思うし、

 亜里沙もそのあたりだけは感情的になって、

 雪穂を悪く言う人間はバカですと辛辣だけど。

 

 

「その、不幸な事故が重なったのよ」

「浦の星の生徒会長もバカだったし……」

 

 生徒数の少ない高校とは言え、

 会長として仕事をすべて一人でこなしていたダイヤちゃん。

 私もまあ、似たようなものではあったのだけれど。

 東京でも指折りの偏差値の高い大学に合格し、

 学力に置いてもかなり優秀な側面がある。

 私生活でも高坂家はすごくお世話になっていたとかで、

 特にお父さんのダイヤちゃんの推しっぷりがやばい。

 彼の前でバカとか言ったら大変なことになるから、

 ちょっと周りを見回してしまった。

 なお、高校三年生時に鞠莉ちゃんと果南さんに

 あなたたちは生徒会の仕事してなかったの?

 なんて問いかけたら。

 果南の前でそれは禁句とガチで怖い目を向けられ、

 小原家の白スーツのマフィアが日本でも有名との都市伝説を

 なんか身にしみて体験した気がしたな……。

 ただ、ちょっと興味本位で「はじまり。」の3人組の一人、

 高海千歌ちゃんに話を聞いてみたら、

 

「Aqoursに入る前の果南ちゃんは基本的に、 

 腕組んでるか、睨みつけてるか、怒ってるか、不機嫌かのどれかでした」

 

 アニメで嫌味な描写されてるなあって思ったけど、

 一部では真実を捉えていたみたい。

 

「……生徒会長って大変なのよ」

「な、何よ遠い目をして……それにアイツら、姉さまのこと泣かしたし」

「聖良さんが泣いたの?」

「私はあいつらを許さない……! ダガミチガァァ!!」

「おー、よちよち……」

 

 何かしら行き違いがあったのか、

 それとも一方的に理亞さんが憎悪を燃やしているのか。

 ともあれ彼女は悪いと思えば謝罪できる子だから、

 理不尽な恨みを重ねているということは無いと思う。

 過去に空港まで穂乃果を見送りに行った際の、

 とある女の子の迂闊な発言のせいで、

 海未とAqoursの関係は完璧に冷え切っていて氷河期そのもの。

 彼女がテレビに写ったりすると海未の表情が消える、怖い。

 理亞さんの頭を撫でていると、その外見だけを見るに

 女子小学生とかが活躍するラノベの主人公になった気分。

 将棋とかバスケットボールとかやれば女子小学生と仲良くなれたんですかね。

 

 

 UTXに向かう道中に過去にも来店したことがある

 スクールアイドルショップがあったのでお土産を買いに行くことにする。

 理亞さんは私にドナルド・トランプのマスクを被らせて、

 ロシア疑惑がなかったってやらせようとしたけど、

 その政治ネタは多分相手には通じないと思う、

 それと、ドナルド・トランプのマスクは微妙に似ているから、

 お土産としてはふさわしくない、

 私がロシアンクォーターだからそう思うんじゃない……と思うよ?

 店内でお客の女子中学生がワイワイ騒ぎながら、

 Aqoursと同時期にいた――せ、聖闘士星矢! 

 っていう渾身のギャグにウケた私が、

 悶絶するほど――腹痛起こしたみたいにお腹を抱えて笑っていたら

 隣にいたSaintSnowの一員さんが

 ラオウみたいな表情をして中学生を殴りかかろうとしたため、

 止めるのに一苦労した、店員さんも一緒になって止めてくれた。

 殺意の波動に目覚めた理亞さんに

 先の会話をしてた中学生の中で一人気がついたのは、

 天王寺璃奈ちゃんという女の子。

 理亞さんをジャギみたいな顔をしていると呼称し、

 私のことを絢瀬絵里そっくりと呼び、

 クールな面を持った無表情の子だと思ったら、

 内心かなりきゅーとな女の子であるらしい、よく分からない。

 

「感情を出すのが苦手?」

 

 そんな璃奈ちゃんと理亞さんとアラサーという組み合わせで

 中高生に人気のカフェとやらに来店することとなった。

 過去の記憶を反芻し、思いのほかμ'sの面々とは

 お茶なり何なりをした記憶が無いことに気づき、

 ちょっとだけブルーになりながら――

 

「そうなの。

 私はよく、人から何を考えているのかわからないとか

 クールに見えるけれど、そんなことないの」

 

 とりあえず先輩スクールアイドルを見て、 

 物おじしないどころか、だから何みたいな態度をとるのは

 クールではないということなのだろうか。

 虹ヶ咲学園の中等部に所属し、進学したらスクールアイドルとして

 華々しくデビューを飾りたいらしい。

 外見こそ黒澤ルビィちゃんとか、可愛さで売りに出せそうな

 天使みたいな顔をしているのに何故あだ名が鉄仮面で決まりそうな

 鉄面皮をしているのか解せない。

 血縁者にカロッゾ・ロナがいるのか、

 それとも親戚に加藤初さんでもいるのか。

 

「澤村さん、こういう子の面倒見るの得意でしょ?」

 

 ちなみに理亞さんは多少機嫌が治ってきたのか、

 金剛力士像みたいな感じから、

 視力検査で遠くを睨みつけてる人レベルに落ち着いている。

 パッと見強烈にガン付けている感はするけど、

 少なくとも顔を見ただけで子どもが泣き出すことはないと思う。

 ――被害者5名、うち1人は超大泣き。

 

「くすぐられてもそのままなの?」

「笑わないことには自信があるの」

 

 面白いと思った。

 相手をくすぐるなんて子どもっぽいし、

 いい年した大人(30手前)がやることじゃない。

 別に私が挑戦を受けたわけではないけれど、

 相手をくすぐるにはちょっとした自信がある。

 そんなことくらいしか自信がないということに、

 ちょっと自信をなくすべきではないかと頭に浮かんだけど、

 理亞さんも場の空気的に、思いっきりやったれ

 みたいに見てる、多分。

 

「衆人環視だから、足の裏は勘弁してあげるわ」

「挑戦的なの、でも、そういう人は嫌いじゃないの」

 

 そういって、私の眼前に向けて素足を差し出す。

 まるで足を舐めろと言っているようだけど、

 年上の人間に向けて敬意のないその態度を

 ちょーっと改めて貰うには良い機会かもしれない。

 あと、スカートなのでそんなに足を上げられると、

 周りの方に少しばかり迷惑なのでそれも自重してもらう。

 

「昔、くすぐりエリーと呼ばれた実力を目にもの見せてあげるわ!」

「最高にダサいあだ名なの」

 

 結果――。

 一つも表情を変えない璃奈ちゃんに、

 おかしいなあ、酔っ払った真姫は指を近づけただけで笑うのに、

 と言ったら、

 あなたはもしかして嫌われているのではないの?

 という考えたくない事実を告げられ、

 鉄仮面対策は見事延期。

 

「で、UTXの生徒会長ってどんな人?」

 

 璃奈ちゃんとお別れし、

 手で空中をわきわき動かしながらイメトレを重ねていると、

 理亞さんがそんなことを問いかけられる。

 比較的ダメージの出来事があったせいで、

 すっかり秋葉原に来た目的を忘れてしまったけど……。

 

「理亞さんヒナプロジェクトって知ってる?」

「ん? 知っているけど?」

「へえ、そこの代表取締役だって、フルネームは栗原陽向さん」

「元UTXの生徒会長で……ヒナプロジェクト……?」

 

 理亞さんは指を唇に当てて考え込む仕草を取る。

 そのまま首を傾げながら思考を続けたみたいだけれど、

 思い当たる節があるのか、

 それともちっとも思考がまとまらないのか、

 特にこれと言ってツッコミを入れることもなく、

 私たちは微妙に沈黙を重ねてUTXまで急いだ。

 

 

 太陽の日のライブ以降。

 突貫工事で会場の制作が行われたのち、

 やっぱり色々問題があったのか、立入禁止になりしばらく。

 ニコが言うには、物事には計画性が必要なのね?

 と、私の顔を覗き込まれながら言われたけれど。

 それを言うなら、ライブのひと月前くらいに種明かしせずに、

 もっと早く私の許可を取ってからイベントを進めればよかったのでは?

 と小首を傾げたら、

 姉さんのような勘のいい子は嫌いです――

 そんなふうに亜里沙に口を開くなと警告されてしまったので、

 殊勝な私はだんまりで俯き、

 言われるがままの刑を執行されるしか無いのです。

 手紙の主は書いた通りに劇場の前で待っていたそうだけど、

 関係者から邪魔者扱いをされた挙げ句に

 いずこかへと連れて行かれてしまったらしい。

 

 

 手紙からしたポンコツ臭は見事に的中し、

 他者から見た自分というのは、もしやこのように見えているのでは?

 なんて理亞さんに尋ねてみたら。

 天使みたいな笑顔をにっこり浮かべ、

 地獄から這い出た混沌みたいな声でおねえちゃぁとか言ったので、

 賢明な絢瀬絵里は口を閉ざして静かにするしかなかった。

 なにはともあれ、得る物の特に無さそうではあるので、

 帰宅の途に着こうとすると、

 理亞さんの声にビビった複数の生徒が教師を呼んだらしい。

 ドタバタとした調子でこちらに向かってくるのは――

 

「魑魅魍魎に殺されるって声を聞いたんだけれど……」

 

 困った顔をして私を見上げ、

 私の隣りにいてニッコニッコ笑みを浮かべている理亞さんを見ないようにし、

 原因を作ったのはお前かみたいな顔をしている。

 生憎だけど、隣りにいる子がロリロリしい声を出せないのは、

 まったくこれっぽっちも私には関係ない。

 ただ、何故この場所にいるのかを問われれば、

 原因の一端に自分が関わっているので。

 

「ああ、その人なら――ねえ、知ってる? 

 栗原陽向って名乗ってて、あんな有名人がここに来るわけないって

 みんなから言われてるのよ」

 

 そのように言われてしまい頭に特大の疑問符を浮かべたのは、

 むしろ私の方で――

 理亞さんはごまかすつもりだったらしいけど、ニコが語るところによれば。

 ダイヤモンドプリンセスワークスを作成した同人サークルを母体とした、

 エロゲーブランドの主催にして、代表取締役。

 近年は成人向けゲームの地位向上のためにあちこちを駆けずり回り、

 ラブライブ運営や、UTX上層部にも顔が利くらしい。

 芸能関係者の評判も高く、彼女が企画に参加すれば半分勝ったみたいなもの。

 ――なぜか所々の評判が妹を彷彿とさせるのだけれど。

 

「ニコ、多分その人、本物の栗原陽向だと思うわ」

「冗談は善子ちゃんよ、絵里」

「ヨハネよ! じゃなくて、ほらこれ、ツバサからのLINE」

「……ぴやぁぁぁぁああああ!?」

 

 花陽みたいな声を上げたニコが全力ダッシュでどこかへと消え、

 残された二人組とすれば――

 

「ダイヤモンドプリンセスワークスって、あれよね? μ'sを元にした」

「――隠すべきかと思ったけど、一番最初の同人作品。

 アレには亜里沙さんと、歩夢さんが関わってる」

「……は?」

 

 栗原陽向という人間と絢瀬絵里――

 関係性は残念ながら靄がかかったように、

 全く記憶をたどることは出来ないんだけれど。

 過去に友人関係にあった私たちは、不幸な行き違いもあり、

 親密な間柄は解消されることとなる。

 ただ、妹の亜里沙とは仲が継続され、その付き合いは現在も続き、

 数年前に一度鍋も囲んだことがあるらしい。

 栗原陽向制作のダイヤモンドプリンセスワークスは、

 原画、音楽、声優――あらゆる何もかもが個人制作の、

 売れる気配のまったくない一本のソフトだった。

 妹が高校一年生時にプロデュースを初めてした月島歩夢が

 優れた演技力をさらに向上させるため、

 声優を買って出たのは、まあ、偶然やフラグみたいなものもあって。

 そういう経緯があってもダイプリは、

 シナリオで光る部分があった売れない同人作品でしかなかった。

 しかし運命はわからない。

 その後、月島歩夢が売れっ子街道を驀進し、

 売れない時代に書いたブログで紹介された

 ダイヤモンドプリンセスワークスにプレミアが付き、注文が殺到し、

 リメイク化にあたっては有名イラストレーターの参加(海未のお姉さん)もあり、

 めでたく完成した暁には売れ始めていたA-RISEの綺羅ツバサも売り子として参加し、

 現在、リメイク化されたものでさえ数万はくだらない超プレミア作品。

 その後18禁化やヒナプロジェクトの商業化もなされ、

 グッズやその他諸々の収入で――もう、なんていうか、すごい金額を稼いだとか。

 

 

「ごめんなさい、あなたのこと全く覚えてなくて」

 

 顔合わせをした時にそんなふうに頭を下げる。

 ただ、その反応は予想通りであったのか、

 気分を害した様子もなく、淡々と。

 

「いずれ思い出すでしょう――ただ、希の暗示はほんとう、

 強力極まりないですけどね」

 

 友人の東條希とも関係が深いらしく、

 どのような経緯で仲が深まったかまでは教えて貰えなかったけど、

 今回会う件も許可を得るのに相当骨が折れたらしい。

 なお、この場には理亞さんやニコも同席している。

 最初この二名は、席を外したほうが良いのでは?

 と申告してくれたんだけれど、 

 せっかくここまで来て貰ったのだからと言うことで理亞さんが、

 まだ何人かに疑われているということでニコが参加している。

 

「……いや、待って? あなた確か、もっとちっちゃくなかった?」

「そうね、確かに140センチに満たない身長でした」

 

 ニコが嘘!? みたいな顔をして、

 理亞さんが目をそらす。

 記憶の端に引っかかる栗原陽向――ではなく、

 たしか――ヒナ?

 薄暗い照明に照らされた過去の記憶が、

 本当に少しだけ自分の中に浮かび上がってくる。

 

 

 過去に生徒会に所属していた私。

 なぜ生徒会にいたかは思い出せないけれど、 

 その先輩方に連れられてUTXに行ったことがあった。

 自分が迂闊であったのか、何かのトラブルでもあったのか。

 UTXで一人ぽつんと置いていかれ、誰も頼ることも出来なかった私に――

 

「ヒナは……私の手を引いてくれたわね」

「ええ、あなた身長高いのに小さい子どもみたいに不安そうで

 ひとっつも放っておけなかった」 

 

 出会いから3日くらい。

 再び出会った私たちは面白いくらいに馬が合った。

 クールなふりをしていた私も会話相手に飢えていたのか、

 ――とは言いつつ、当時積極的に会話を振ってきた希はスルーしているので、

 そのあたりはヒナの会話スキルが高かったのかも知れない。

 とにかく積極的に交流を深め、それを通じて亜里沙とも仲良くなり、

 ついでにまあ、希と腐れ縁を得るキッカケにもなった。

 そんなある時事件が起こった。

 

「酷いことをしたのよ、漠然とそんな記憶がある」

「確かにまあ、あんな目にはもう二度と遭いたくありませんが

 何も悪い思い出ばかりとも限らないんですよ?」

 

 ヒナは芸能科に所属していたけれど、

 残念ながらアイドルとしての才能はまったくなかった。

 いや、当人がそういうのだからそうだとしか言いようがないけど。

 音痴という致命的な欠点は努力によりある程度改善を見せたらしい、だが。

 

「芸能科にはもう席は残ってなかった、

 あなたや、亜里沙、希――多くの人の協力は意味をなさなかった。

 そのかわり、その時の出会いが私の才能を目覚めさせたんですが」

「それはもしかして、生徒会長としての?」

 

 ニコが問いかけてヒナが頷く。

 芸能科から普通科に移ったヒナは手始めに学業に従事した。

 彼女が言うには勉強は簡単すぎてやる気が出ないそうで。

 そこで芸能科で燻っていた生徒に声を掛け、

 プロデューサーとして手腕を発揮し始めた。

 上手に行くことばかりではなかったそうだし、

 結局A-RISEの牙城は崩せなかったそうであるけれど。

 多くの生徒から推薦をされ生徒会長として仕事を始め、

 μ'sや音ノ木坂学院の連覇のおかげで結果としては微妙だそうだけど、

 UTX出身の元スクールアイドルが多く芸能事務所から重宝され、

 ヒナ自身も知名度を上げただけでなく、ダイプリのリメイクの際には

 多くの人の協力を得ることが出来たとか。

 なお、絢瀬絵里との再会は数年前の一度のみ。

 私が来ると思って企画したイベントに現れたのが、

 代替わりした高坂穂乃果を中心としたμ'sの二年生組で、

 顔をちらっと見れればいいと願った彼女はずいぶんがっかりしたらしいけれど。

 

「ヒナ、ごめんなさい、まだ完全には思い出せないけれど」

「安心してエリー、今は無事顔合わせが出来ただけで充分。

 ――まあ、何かあれば希に怒られるのは私」

 

 ヒナの儚げそうな笑顔を見た瞬間、

 私の身体に身が裂けてしまうような痛みが走った。

 全身がガクガクと震え始め、真夏であるのに

 極寒の冷凍庫の中に放り込まれたように寒くてしかたがない。

 心が沈殿するように、感情の一欠片たちがどんどんと色を失っていき、

 ぼんやりと天井を見た瞬間、私の身体は力を失ったように崩落ちた。

 

 

 

 

 身体を起こすと――

 

「目は覚めましたか?」

 

 亜里沙が顔を覗き込んでいた。

 彼女一人ではなく、Re Starsや元μ'sの面々――

 この場に来られる人たちが揃ったと言わんばかりに、

 絢瀬絵里の現在の自室に人がぎっちり詰まっていた。

 

「ええと……たしか私、ヒナと」

「――ヒナと会いました、それ以上は考えないように」

「いや、でも、なにか大事な――」

「よろしいですか、理亞に延々とロリ声を出させますよ、

 苦しまぬよう、録音してイヤホン越しに」

「はい」

 

 色々と解せないこともあるけれど、

 ヒナと再会を果たした。

 また機会があれば顔を見せてくれると言うので、

 私としてはその日を心待ちにしたい。

 かつての友人の笑みを思い浮かべながら、私は天井を見上げた。



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亜里沙ルート 亜里沙ルート プロローグ 01

 春は出会いの季節と謳われ、

 また、別れの季節とも言われる。

 のんびりと日々をニートとして過ごしてきた私も、

 桜が散ろうという時期についに働き始める。

 アイドルが集う改築が進んだ一軒家の

 管理を務めるという仕事が、

 はたして社会人と言えるのかどうかは定かじゃない。

 

 

「おはようございます、姉さん」

「おはよう亜里沙、よく眠れた?」

「もちろんです、睡眠は社会人の基本です、姉さんは……」

 

 極めて模範的な社会人である妹は、

 朝から大変元気。

 いつだって調子の悪さなんて微塵も感じさせないほど、

 冷静に――私に対しては冷徹な印象を与えるかな?

 それが亜里沙の素ではないことは、

 なんとなく察してはいるんだけども。

 このアパートを出る準備を始めて。

 荷物はさほど多くはないからすぐに済むであろうと、

 高をくくっていた私をあざ笑うように、

 片付け始めてしばらく、書籍類や趣味が高じて購入した

 雑貨のたぐいとかをどう処理して良いのか戸惑った。

 部屋にあるとは言え、ここ最近触れていなかったとは言え、

 それなりに愛着がある代物を処理するには心苦しく。

 妹が鬼のような顔をして全部捨てなさいと命令をされるまで、

 部屋の清掃は頓挫した。

 どうしても処理したくないパソコンだけは、

 これ見よがしにツバサに譲った。

 はよ取りに来いと散々言われたけど、

 文句はそれくらいで粛々と預かってくれたのは、

 長年の付き合いがなせる技だろうか。

 

「寝ることくらいしかすることがないというのは辛いわね」

「パソコンを預けただけでそれですか、今日から行くところは共用の古いパソコンしかないんですよ」

「せめて、せめて仕事で使うノートパソコンくらいは」

「お給料で買えます、頑張ってください」

 

 エトワールというアイドルが済む宿舎――

 見た目は一軒家であるので、共同生活を送る場所

 とするのが正しいのか。

 ハニワプロまではそれなりに距離もあるけれど、

 いちおう事務所が管理している場所。

 芸能事務所が管理している場所を元ニートが預かって良いのか、

 という漠然とした不安はあるものの。

 晴れてニートから脱却できると言うので、

 しかもお給料も頂けると言うので、

 文句など付けることなどできるはずもない。

 アイドルの行動管理というものに対しては無知ではあるけれど、

 私ができる範囲での仕事が求められているんだと思う。

 最初から理想を求めて、努力に励んでいても

 結果はおぼつかない。

 クビにでもなったら真姫の家にでも転がり込もうと思う。

 ペットになるか奴隷になるか――

 おそらく人権は多少雑には扱われそうな気もする。

 

「それから姉さん、ずいぶん気合を入れて朝食を作っているようですが」

「朝食だけじゃないわよ、昼食も。日持ちするおかずもね」

「私を太らせて何をしようと」

「ふふ、太ったあなたなら見てみたいわね、お腹つついてあげるわ」

「……ありがとうございます。腐らないうちに食べます」

「ええ」

 

 単なる同居人という立場であった時期も、

 多少なりともあったのかも知れない。

 それでも私たち姉妹は、

 今まで付かず離れず、それなりの関係を築いてきた。

 過去には不幸な時間も過ごしてきたであろうし

 私には言えないような秘密を抱えて悩んだかも知れない。

 亜里沙みたいな素敵な妹に対して、

 完璧な姉であったとはとても言えないけれども。

 これからは私たち姉妹が、

 互いを見つめ直す時間にもなるのかも知れない。

 

「前にも言った通り、姉さんが絢瀬絵里であることはおくびにも出さないでください」

「ねえ、やっぱりμ'sのすっごいファンなら私の顔を見ればわかるんじゃ」

「ドッペルゲンガー、他人の空似、生き別れの双子、まあ、どの設定でも構いませんが――

 10年前のスクールアイドルです。顔を知らない大ファンがいても不思議ではありません」

 

 エトワールで過ごすにおいて、

 必須事項と呼ばれるものがいくつかあるみたい。

 はじめにそのことを聞いたとき、

 何故であるとか、どうしてという理由を尋ねたい気持ちはあったけれども。 

 住人はみな、どうやら私を推しているらしい。 

 熱烈な信者と思しき彼女たちは、

 管理人としてそいつがやってくることを知らず、

 けっこう堕落して過ごしているみたい。

 私の仕事は彼女たちの矯正であるとか、

 アイドルとして復権活動を行う――

 ということはまったくなく。

 愉快な仲間うちで過ごしていると緊張感も無くなってしまうので、

 第三者の目を入れて様子を見ようということみたい。

 住人の情報は知り合ってから聞けの一言で、

 何か隠しているのではないかと問いかけたいところではあるけど、

 尋ねても応えてくれないのならば、

 行動して知るほかない。

 

「それに、澤村絵里、いい名前ではないですか」

「前にも言ったことがあるけど、強烈に何処かで聞いたことがあるわ」

「同じ金髪だから覚えやすいかと思って、まあ、アイドルたちも絢瀬絵里が偽名を使って

 自分たちとルームシェアを始めるとは夢にも思ってないでしょうから」

 

 バストが80無いと称されたからと言って、

 79.9というバストサイズには多少無理を感じる――

 そんな彼女とも10以上離れている私が、

 似た名前を名乗ることに関して、

 ファンには殴られてしまいかねない所業。

 あくまでも偽名であるはずだけども、

 身体的特徴のいくつかは自分自身と重なる部分もあり、

 ネタなんだけどもネタとも言いづらい気もする。 

 

 

「――では、名前を澤村恵にしますか?」

「やめて、なんか不倫の結果生まれた子どもみたいだからぜひやめて」

 

 霞ヶ丘先輩と澤村さんとの間に生まれた子どもを、

 あえて恵と名付けて倫理君に見せびらかしに行く。

 そんなヤンデレみたいな所業を想像し、

 私はかすかに震えた。

 

 

 亜里沙と二人暮らしを初めて、

 家政婦のような生活を続けつつ、

 主にニートな時間を過ごしてきたアパートを見上げながら。

 

「姉さんの脛かじりの現場を逐一眺めていたアパートに見送られる気持ちはどうですか」

「もうちょっと殊勝な気持ちにさせて」

 

 なんとなく物悲しくなって、鼻をすすってしまうのは。

 別に私は花粉症だからという話ではなく。

 いい思い出ばかりでもあった気がするし、

 悪い思い出もなかったともいえない。

 思い出自体がそれほどない疑惑もあるけれど、

 これからの生活はそんなこともない。

 妹に感謝の言葉を述べるというのは、

 多少気恥ずかしい部分は無きにしもあらずだけども。

 それでも何かしらいわないことには、

 何も伝わらない気もする。

 

 

「亜里沙、今までありがとうね」

「お礼を言われるまでもありませんよ」

「なにそれ、ノーブレス・オブリージュってやつ?」

「別に、誰かが困っていたら手を差し伸べるのは当然ではないですか、仮に希さんが貧乏で姉さんに頼ってきたら、有無も言わさず面倒見るでしょう?」

 

 私の感謝の言葉に対しても、

 なんてこともないみたいな言い方をされる。

 困った人を助けるのは当然――

 それが悪い方向に向かわないようになんとかするのが、

 妹ではあるんだけども。

 私は案外そういう事はできない。 

 

 

「でも、本当に感謝してる」

「そんなに言うなら、お願い事でも叶えてもらいましょうか」

 

 再度感謝の言葉を告げてみると、

 多少気恥ずかしい思いを抱えるに至ったのか、

 妹は少しばかり頬を染めながら、

 目を吊り上げて雪の女王みたいな凍えそうな声で、

 

「いいですか、私がオフじゃない日にハニワプロにこないでください」

「それはお願い事なの?」

「命令のほうが良かったですか」

「わかった、君主危うきに近づかずというものね……絶対に行かない」

 

 おかしい。

 春だというのになぜか背筋が凍ってしまいそう。

 苦笑する私をコロコロと笑い声を上げながら見上げる妹が、

 なんだか無性に愛おしく感じてしまうのは――

 私がシスコンだからじゃない、そういうのは英玲奈に譲る。



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亜里沙ルート プロローグ 02

 通勤ラッシュの時間は避けつつ、

 それでも都心寄りであるがゆえにそれなりに混む車内にうんざり。

 何故こんなに人がいるのか、もしかして暇だからいるのか、

 という過去の自分を棚に上げることを考えつつ、

 微妙に緑も見える駅前の立地に降り立った。

 過去にバスがずいぶん流行っている駅前とは違い、

 コミュニティバスが申し訳程度に停まっており、

 都内だから車文化ではないのよね、

 と意味もなく考えた。

 

「さてと、確かアイドルの一人と待ち合わせを……」

 

 独り言をつぶやきながら、

 駅近くの喫茶店に向かう。

 名前はクローシェ。

 外から中を覗いてみると、

 まだ10時にもなっていない時間にもかかわらず、

 お客さんの入りが多く、

 流行しているんだなと思った。

 さすがに学生やスーツ姿の会社で働いている人などは見受けられない。

 母親に甘える小さい子の姿を眺め、

 なんともなしに胸が痛んだ。

 

「絢瀬絵里!」

「……あれ、どこかで聞いたことがあるツインテールの声がする」

 

 生まれてこの方両親に甘えたことがない。

 なんて自分の人生を振り返りながら、

 どことなくセンチな気持ちになっている。

 すると私を呼びかけるツンツン――

 多少なりとも歳上なのだから少しくらいは敬意を、

 と思ったけど、彼女はやたら私の黒歴史を知っている。

 藪をつついて蛇を出すことはあるまい。

 

 鹿角理亞さんといえば、

 黒澤ルビィちゃんとアンリアルというユニットを組む。

 知名度こそソコソコにある彼女たちではあるけれど、

 同じ事務所には外様のトップアイドル綺羅ツバサであるとか、

 月島歩夢ちゃんと鹿角聖良さんのユニットであるセイントムーンが売り出されている。

 んなものだから、事務所的には有名Pのコバンザメであるとか、

 売れてはないけど態度はでかいと評判は散々。

 髪をほどいて表情を改め、

 おしとやかな態度を取ると美少女になる――

 なんていう嘘だかほんとうだかわからない噂話がある。

 とても信じられない。

 

「な、なんで絢瀬絵里がここに……」

「ついに事務所を解雇でもされた? こんな時間からフラフラしているなんて」

「か、解雇なんてされてない……! 私は待ち合わせなの、新しい人が来るって聞いて」

 

 彼女の残した実績であるとか、

 嘘か本当かわからないけども後輩に慕われているという情報から察するに解雇されるという事実はありえない。

 冗談半分で出た台詞ではあったけども、

 痛いところを突かれたみたいに表情を歪ませ、

 ごまかすように私の脛を蹴り飛ばす。

 ――すみません、悪いことは言ったけど、

 その報復はあまりにも痛すぎません?

 泣きそうなくらい痛いんですけど?

 

 

「名前は確か、澤村英梨々……だっけ」

「違うわ、澤村絵里よ」

「ああ、そうだった! ……って、なんであなたが……まさかっ!?」

「どうもこんにちは、澤村絵里です」

「あ、どうもこんにちは……って違う! プロデューサーの紹介じゃすごく優秀で賢いって」

 

 名前の元ネタを吐露され、 

 ちゃんと英国性も残っていると自供しようかと思ったけど、

 すごく優秀ですごい人が来ると思っていたらしい理亞さんが、 

 え、なんでこいつがという顔で見上げているので、

 ため息を吐きつつ、

 店の中に入ってゆっくりと会話をしましょう?

 と声を掛けた。

 

 

 応対してくれた店員さんが、

 おどおどとした態度を取りつつ、

 何を警戒しているのかと思いきや、

 私が日本語ができなそうな人だと思われたらしい。

 ちょっとしたイタズラ心でロシア語を披露したら、

 対面していた理亞さんが私の足を思い切り踏んづけ、

 ゴリゴリと潰そうとしたので、

 すみません冗談ですごめんなさいと日本語で叫び、

 危うく追い出されてしまいそうになったけれども、

 ――そのおかげで理亞さんの飲み物も奢ることになったけど、

 ひとまずその代金は亜里沙持ち。

 

「言っておくけど、馴れ合うつもりはないわ」

 

 多少の周囲のざわめきの原因になったとは言え、

 鹿角理亞さんは相変わらずつんつんクール。

 ただ、その後の彼女の行動で解せないのは、

 見たこともない絵柄のダイヤモンドプリンセスワークスの同人誌を取り出し眺め始めたのである。

 いかんせん、自分をモデルにしたであろうキャラクターの

 愛の詰まった同人誌なんぞ眺められると、

 なんとも言えない気分にもなる。

 ただ、流行の売れ線から多少外れているとは言え、

 とっても魅力的な絵ではあったので、

 ハラショーハラショー言いながら褒めてみると、 

 珍しく表情を緩ませ照れた顔を見せた。

 その顔がとても可愛らしく見えたので、 

 おそらく勘違いだろうな、よもやそんなこともあるまいと結論づけた。

 

「……おべっかを使われても私は揺るがない」

「え? その同人誌って理亞さんが描いたの?」

 

 意外な才能である。

 ただ彼女は自身の発言に思い至るところがあったらしく、

 

「うるさい! 殴る!」

 

 と言って私の脛を蹴り飛ばした。

 さすがに大衆の面前で私を殴り飛ばすには抵抗があったのか、

 手ではなく足が出てくるのがご愛嬌であるけれど、

 そろそろ私の脛が青く染まってないことを祈りたい。

 

「ああ、食費に困ってるってアイドルは理亞さんだったのね、合点が行ったわ」

「困ってなどいない、食費の分までエロゲーに貢いでいるだけ」

 

 話題を変えてみる。

 亜里沙から食費に困っているアイドルがいると聞いていたので、

 金遣いが荒そうな彼女だと目星をつけ尋ねたら。

 余罪の白状とともに、どうしようもないオタクだと宣言されてしまいエリチカ苦笑い。

 

「そういえばなんで違う事務所の凛のところにいたの?」

「名目上は他アイドルとの交流および、食事と懇親」

「ある人に聞いたけど、当時3日断食してたんだって?」

「新作エロゲが! 立て続けに! 発売されたんだ!

 私を! ヒロインが! 待ってるんだよ! 世界が悪いんだ!」

 

 さすがにネタではあろうけども、

 当時のっぴきならないほどエロゲーに集中していたため、

 聖良さんがエトワールにやってきて引っ張り出したらしい。

 さすがの理亞さんも大好きな聖良姉さまには逆らえなかったらしく、睡眠をとってから多少身なりを整え、

 攻略フラグを忘れないようにしながら、ルビィちゃんと合流し、多少眠かったので私に喧嘩を売ったみたい。 

 やつあたりされるのは慣れているけど、

 もうちょっと絢瀬絵里に優しくしてもバチは当たらないのではないかと思いたい。



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亜里沙ルート プロローグ 03

「まあ、理亞さんの想いはどうあれ、もう私には行くあても戻るあてもないから」

「ふん」

「ルームシェアしている子達の情報を教えて欲しいの」

「……教えるのは、条件がある」

 

 少し感情がお互いに高ぶってしまい、

 咳払いをして周囲のざわめく声をスルーし、

 少しばかりシリアスに軌道修正。

 ちょっとばかし気合を入れて真面目な表情をして、

 理亞さんのことをじっと見てたら、

 ぷいっと視線をそらされスネを蹴り飛ばされた。

 こう、なぜ、

 悶絶するほど痛い場所を的確に蹴り飛ばせられるのか。

 

「ツインテールにして」

「……あのね、私の名字の澤村は亜里沙が1秒で考えた偽名で」

「しないんだったら正体をバラす」

「言っておくけど、可愛くないし、似合わないからね?」

 

 どうしようもないお願いごとではあったけど、

 いちおう名目上これからアイドルの子に会いに行くのは

 絢瀬絵里ではなく澤村絵里であるので、

 あまりにμ'sに所属している方の外見していると、

 もしかしたら都合が悪いのかもしれない。

 ああでもないこうでもないとバランスを整えつつ、

 どう考えても、お遊戯会で気合を入れた挙げ句

 失敗した幼稚園児レベルのツインテールに、

 とても哀れな代物を見るような目をした理亞さんが、

 

「下手ね」

「やったことないのよ!」

「まあ、それならあなたの正体に気づく人もいないでしょ」

 

 理亞さんの言葉通り下手なんだけども、

 眼の前にいる彼女は悠然と自身の二つの房を掴み、

 上手でしょうエヘヘみたいな顔をしながら見下してくるので、

 はいはいワロスワロスと口に出したら「うぜえ!」っていわれてスネを蹴り飛ばされた。 

 

「じゃあ、一人目のアイドルから言うわ」

「うん、メモするわね」

「別にしなくても良い、賢いつもりなら覚えて」

 

 挑戦的な視線を向けられ、

 「えー」みたいな顔をしてスルーすると、

 またしてもスネを蹴り飛ばされる。

 そろそろ泣き所を保護するシールドかなんか欲しい、

 もしくは切り払い機能、踏み込みが足りない。

 

「一人目は統堂朱音(とうどう あかね)あの統堂英玲奈の妹よ」

「そういえば、年の離れた妹がいるって言ってたわね?」

「とは言っても全然似ていないわ、クールな姉に対して天然バカの妹って感じね」

 

 理亞さんがスマホに映った写真を見せてくれたけど、

 どう考えても盗撮っぽい。

 弱みか何かを握るために油断しているところを写したみたいで、

 かなり気の抜けた――例えるなら動物園のチンパンジークラスの油断しきったところを撮っている。

 私のこういう変顔写真はないのって問いかけたら、

 あなたのはこういう部分しかないと答えられ苦笑をするほかなかった。

 

「天然だけど、プライドは高いわ。姉と比べられるのが嫌い。アイドルとしての能力は、歌以外は微妙」

「ダンスやトークも駄目なの?」

「姉の足元にも及ばないわ、それに気づいていないあたりバカね」

 

 ただ、歌だけは抜群に上手らしく、

 なんで歌唱力だけ才能を賜ったのか不思議でならないと、

 理亞さんは首をかしげる。

 どれくらい上手なのかと問いかけたら、

 私のことを指さして、え、私と同じくらい? って思ったら、

 あなたの50倍は上手とどれくらいなのかわからない表現で例えられたので首を傾げるしかなかった。

 

「二人目はエヴァリーナ……なんだっけ? 芸名だっていうのは知ってるんだけど」

「どこの子なの?」

「イタリアだったかしら? 3歳の頃に日本に来て10歳で事務所に入った……というデータにはなってる」

「……データにはなってる?」

「なんかね、常にアップデートを繰り返しているパソコンみたいにプロフィールが安定しないのよ」

 

 その動作不良を思わず疑ってしまうような、

 周りから浮いているかのような表現っぷり。

 理亞さんともそれほどしゃべらないと言うし、

 ほかのメンバーと交流している姿を見るのが稀という話なので、共同生活のスキルが心配になった。

 理亞さんの盗撮写真を見るかぎり妖精さんみたいに可愛い、

 美しい芸術品をそのままリアルにしました! と言わんばかりの造形美にその存在を疑ってしまいそうになったけれども、

 なぜかカメラの動きを察しながらも気を抜いていると言わんばかりに、目線を理亞さんの方に寄せつつも脱力している。

 大物なのか、単にマイペースであるのか。 

 

 

「三人目は津島善子」

「……ん? それって、Aqoursの」

「そうよ。高卒で銀行員として働いていた変わり種。デビューして間もないけど才能は一番ね」

 

 高校時代には中二病キャラ――キャラというか、堕天使ヨハネとして私自身とも交流がある。

 私のファンと言うより、目の敵にされていた記憶しかないけれども、何かしら改めることがあったのか、それとも単に彼女がツンデレであっただけなのかはわからないけれども、

 どういう経緯で銀行員という堅物な職業に就いたかは後で問いかけるとして、アイドルとしての力量を問いかけてみる。

 

「スクールアイドル出身だけあって基礎はできてる、センスも良い。でも経験が足りないわ」

 

 ばっさり。

 明らかに自分よりも下だと言わんばかりだけども、

 理亞さんは腐ってもアイドルとして数年ご飯を食べているわけで、デビューしたての善子ちゃんには負けないというプライドもあるのかもしれない。

 彼女の顔はなんとなく把握しているので、盗撮画像の披露は控えて貰った。

 

「四人目は栗原朝日」

「ふむふむ」

「アイドルとしての能力はなんにもないけど、コミュ力とカリスマ性があるわね」

「……ハニワプロってさ、経営とか危うくないの?」

「色んな人間がいて……良いと思います……」

 

 アイドルとしての能力がないという、

 何故そんな人間をスカウトをしたのか疑わしいけれども、

 いちおうチラホラとオーディションは通過していたりもするし、仕事もあるみたい。

 カリスマ性という表現に私の使えない頭に思い浮かんだのは、ギレン・ザビなんだけども、立てよ国民とかジークジオンとか言って大衆を扇動したりしないよね?

 

「もしもこの世界がエロゲーだったら一人くらい男が混じってるわね」

「共同生活しているなら気づきなさいよ」

「案外顔を合わせたりしないからわからないものよ? あんまりお互いを干渉しないし」

 

 理亞さんが自身の引きこもり経歴を棚に上げつつ、

 自分と仲良くなれないのは相手が悪いみたいな理論で、

 交流の少なさを説明してくれたけど。

 どう考えても仕事がない日はほぼ部屋に引きこもっている理亞さんが悪いのであって、

 周りのメンバーがコミュ障であるという批評は当てはまらないような気もする。

 

 

「色々と考えなければいけないことは多いと思うけれど、そうね、まずは」

「まずは?」

「ゴミ当番、料理当番、掃除当番……共同生活の基本から学ばせないと」

「も、もしかして理亞さん……」

「新作が出てハマってる時以外は私がやっているわ、ま、そこら辺は任せる」

 

 共同生活をしていることが極めて疑わしいと判断してしまうほど、

 家事や様々な生活スタイルのレベルの低さを切々と説明を受けてしまった気もするけれども、

 ただだからといって今更出来ませんとか言って投げ出すわけには行かないのである。

 管理人というより、体のいいパシリみたいな扱いをされないことを願いつつ、ひとまず代金は私が払った。

 

 

 理亞さんと移動しながら、

 そういえば誰かと目的の場所にひたすら歩くなんて久しぶりだな、なんてことを考えた。

 それが亜里沙やμ'sのメンバーと言った、今まで付き合いのある面々とは違うというのは、これからの新生活において新たなる問題の火種になるのか、案外うまくいくこれからの展望になりうるのかまではわからない。

 ただ春の陽射しは極めて明るく、気が向いたときにしか外出しない私も、基本仕事以外では引きこもっている理亞さんにもひたすら眩しいものとして映った。

 これからの職場にもなるエトワールは、見た目から芸能事務所が所有する建物のようには見えない。

 中に私を含めて6人もの女性が済むというにはちょっと手狭のような気もするし、ゴミ集積場まで距離があると考えると、使いっ走りの絢瀬絵里としては、もうちょっと誰か手伝ってくれる人いないかな、ちらっちらっと眺めてみたら、うわっみたいな顔をしてスルーされたので私はさめざめと心の中で泣いた。

 

「見た目ではわからないと思うけど、中はあまり綺麗じゃないわね」

 

 建物を見上げながら理亞さんがそんな感想を残す。

 外観ではそんなことはまったく分からないので、施設自体が古いのかと問いかけてみると。

 

「みんな基本ガサツで身の回りの整理ができないだけよ、

 澤村さんの部屋も元々物置にしていて、掃除するのが大変だった」

 

 建物の中に入って、最初から歓迎でもされたらどうしようかと思いそわそわしていたけど、誰ひとりこれから来る管理人に対して、顔を見せるどころか挨拶すらない。

 もしかして嫌われているのかと悲しい思いを抱くと、なんだか鼻孔をくすぐるとてもいい香りが届いた。

 

「……あいつ!」

 

 しかし、いい匂いだなあーあははんと思ったのは私だけだったようで、理亞さんは鼻息と足音も荒く、私そっちのけにして奥に進んでいってしまったので、残された私の方といえば、ぼけーっとその場にいてみると、気配がしたのでそちらの方を見る。

 すると、そこには非現実めいた美貌の、思わず、え、二次元の世界にでも迷い込んだ? と勘違いしてしまいそうなほど、これほどの美少女と比べると、もはや絢瀬絵里がアライグマとかタヌキレベルの容姿しか持ってないと評されても仕方ない。

 二足歩行をこなすサルといわれても納得してしまいそう。

 銀色の髪は長く、彼女が絹のようであるのなら、私の紙は糸くず、白い肌が陶磁のようであるなら、私はメッキ。

 ――少し、自虐が激しさを増してしまったけれども、自分と比べると彼女の容姿端麗さが著しい。

 しかしながらボーッとこちらを眺めたまま微動だりしないので、生きているのかどうかを確かめるために手を振ってみると、彼女も手をふりかえしてくれた。

 どうやら理亞さんお手製のラブドールではないらしい。

 

「こんにちは!」

「コニチワ」

 

 上階に向けて呼びかけてみると、キャラ作りが激しいであるような外国人キャラみたいであったので首を傾げながら、妹の海未の前ではたまに日本語がわからなくなることもあるから、そういうこともあると思い直し、ひとまず交流を深めることにした。

 

 



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(※) 亜里沙ルート プロローグ 04

 エヴァリーナちゃんとリビングルームに向かうと、理亞さんが仁王立ちして一人の少女を睨みつけていた。

 

「えーと」

「あの子は、統堂朱音。カレー大好き」

「……ああ、この匂いの正体は」

 

 しかし、朝からカレーうどんとはなかなかの健啖家。

 その割にはスタイルに影響を与えていないみたいだけど、そこは姉譲りか。

 理亞さんは憤懣やるかたないと言った様子。

 とても海未に――そう! 詩衣はそういうセリフを言うんです! と言って困らせていたと思えない。

 

「もう片方が、鹿角理亞さん。彼氏大好き」

「彼氏大好き!?」

 

 いったいいつの間に……彼氏なんか。

 私に一回も作られたことがない、都市伝説なのではないかと思われる彼氏……。

 

「エヴァ! ふざけたこと言うな!」

「でも、私は知ってる。たまに部屋からエッチな声がする」

 

 イヤホンくらいしようよ理亞さん……。

 

「まったく、食事も静かにさせてもらえないのかしら? せっかくのカレーが美味しくなくなるじゃない」

「毎度言っているでしょう! 換気扇くらい回せと!」

「嫌よ、カレーの匂いを楽しめない」

 

 そげなく言う朱音ちゃん。

 彼女は共同生活には向かないんじゃないか、と考えたものの。

 イヤホン無しでエロゲーをプレイする理亞さんもそれなりにどっこいどっこいなのではないかと。

 

 

 理亞さんがお説教をする間にも朱音ちゃんはカレーうどんを二杯も平らげた。

 まあ、何にせよたくさん食べるのは良いことだ。

 人の話を聞かないのはマイナスポイントだとしても。

 

「ふうん? 私たちの管理? ご苦労様。無駄だから帰って良いわよ」

「どうして?」

「あのねえ、私は統堂……知ってる? 統堂英玲奈。私はその英玲奈を遥かに超える才能の持ち主よ」

 

 理亞さんが言うには、歌以外は平均以下という話だったけど。

 真姫以上の自惚れ屋な彼女に対し、少々頭痛を覚えながらさらに会話を続ける。

 ちなみに、エヴァリーナちゃんも理亞さんも「そんなわけねえだろ!」みたいな表情をしていた。

 

「ちなみに、お姉さんが踊っている映像とかは?」

「10年前のスクールアイドルよ、今の私たちには何の魅力もないわ」

 

 ふむ。

 

「μ'sは?」

「あらあなた、μ'sを知ってるのね……英梨々さんって言ったかしら」

「絵里です」

「μ'sはね、レベルが違うの、特にエリーチカ……神々に愛されている少女」

 

 先程から私が、絢瀬絵里ではなくエリーチカと呼ばれている件について。

 

「エリーチカだけは今後何十年経っても色あせない、本物のアイドル、神よ!」

「映像とかはもちろん?」

「毎日見ているに決まっているじゃない」

 

 おかしいな、そのエリーチカっていう人10年経つとオーラのかけらもない?

 

 

 とはいえ、この状況でもしも正体がバレようものなら

 印籠を見た悪代官並の土下座を見てしまうに違いない。

 穂乃果も大学入学当初はLoveLive!優勝者であることを隠していなかったけど、

 アイドル好きの男子に担ぎ上げられた姿を見て女子から総スカンを喰らい、非常に居心地悪い思いをしたとか。

 少なくとも1ヶ月はここで暮らすのだから、無駄に神格化されたり、お姫様のような暮らしをするのは勘弁だ。

 

「ふむふむ、ということはここにいるみんなはスクールアイドル出身者?」

「うん? なんで私がそんなものに?」

「ちがーよー?」

「澤村さん、ここにいるスクールアイドル出身者は私と善子と朝日です」

 

 あれ?

 

「朱音ちゃんにエヴァリーナちゃんは……現役女子高生だよね?」

「もちろん。でもスクールアイドルなんてやってません。レベルが低すぎる」

「エヴァはねー、フレンドがいないよー?」

 

 エヴァは友だちが少ない。

 朱音ちゃんの方は……困ったように理亞さんに視線を向けると、こっち見んなって睨みつけられた。

 

「逆に質問しますが、澤村さんはどこの高校の出身ですか?」

「お……」 

 

 反射的に音ノ木坂学院と言ってしまいそうになり、困って理亞さんを見る。

 彼女は一瞬で何かを思いついたのか、含み笑いをしつつ

 

「有栖女子」

 

 それ、あなたの好きなブランドの名前じゃん……うまいこと言ったみたいなドヤ顔しているけど

 その高校絶対かわいい子だろうが人気ありそうな子でも平気で陵辱されてそうだけど。

 

「そ、そう! 有栖女子! ハニワがトレードマークなの!」

「ふうん? 変わった高校ね」

 

 亜里沙にすらちょっと天然と言われた朱音さんはそれ以上ツッコむことはなかった。

 

 

「おはようございますー」

 

 声のした方向を見ると、すごい小柄な女の子がいた。

 恐らく140センチにも満たない身長、くりくりっとした大きな瞳に栗色の髪。

 どう見ても小学校高学年にしか見えない彼女は、善子ちゃんには見えないから

 

「わ、プロデューサーが言ってた管理人の方ですか? うわー、こんな格好ですいません」

 

 私は栗原朝日です、と頭を下げるのを見てやっと普通の子が来た、と思った。

 いや、アイドルだから普通ではないっていうのは偏見だね、うん。 

 

「寝起きだから仕方ないわ、そうだ、朝日ちゃん、御飯食べる?」

「いや、冷蔵庫にはカレーの材料しか入ってませんよ? 私たち基本外食ですし」

 

 朱音ちゃんは何をしてくれているのか。

 これは亜里沙から貰った生活費を使って、まずは調味料なりなんなりを買ってこないと。

 

「それと理亞さん、部屋のドアが開いてて中が見え放題でしたよ、気をつけて」

「う、ちょっと急いでいたのよ」

「エヴァちゃん廊下に下着が落ちてたよ、気をつけてね」

「ごめんー」

「朱音ちゃん、カレー臭い」

「いい匂いでしょ」

 

 うん、極めて普通だ。

 常識人と言ってもいい、海未よりも言葉尻は優しいし。

 プロデュースとかするならこういう子がいいんだろうけど、理亞さんいわく、アイドルとしての実力はないとか。

 

 

「プロデューサーから聞いてますよ、澤村さんの話」

「なんだろう? あんまりよくない話かしら」

「家事万能で特に料理が上手、勉強も運動もできて踊って歌える、ハニワプロの秘蔵っ子だって」

 

 その評判盛られてませんか? ていうか、秘蔵っ子って……。

 

「理亞さんの作る料理は本当に美味しくなかったので期待してます」

「なによ! 食べるものがないって言うから作ってあげてるんでしょ!?」

「エヴァちゃんは包丁を握ったことがないし、朱音ちゃんはカレーしか作れないし、善子さんはもう、あれだし」

「あんたの女子力の低さに比べれば些細な問題でしょ!」

「エロゲーやってる人に言われたくありません」

 

 自覚しているのか、理亞さんは朝日ちゃんから目をそらしてテレビに現実逃避を始めた。

 でも、正直に言わせてもらえばスクールアイドルの料理できる率は高い。

 μ'sでは凛が致命的に下手だけど、ことりやにこの作るお菓子は絶品だし、海未の中華や希や花陽の和食、穂乃果の和菓子。

 真姫は案外洋食が得意だったけど、気が向いたときにしか作ってくれない。

 A-RISEを見てみればツバサを筆頭に英玲奈もあんじゅも家事は完璧である。

 

「あ、そうだ。朝日ちゃんもμ'sが好きなの?」

「好きですよ」

「お気に入りは?」

「もちろんエリーチカです」

 

 も、もちろんなのか……。

 

「今日も動画を見ながら、素晴らしい素晴らしいと思いました。私もこんなふうになれればいいと」

 

 そのエリーチカが目の前にいるというのに、朝日ちゃんもみんなも冷静すぎない?

 

「でも私は思うんです、実はエリーチカは男性なのではないかと」

 

 ん?

 

「白馬の王子様って、きっと、あんな感じですよね」

「澤村さん、こいつ気に入った人はみんな男性だと思う癖があるから気にしないで」

「失礼な、根拠はあるんですよ」

 

 

 根拠って?

 

「まず、一人だけ抜群にダンスが上手です。これは筋力がなければできません」

 

 それは私が昔バレエをやっていて、たまたまダンスに技術を導入することができたからで。

 それと、海未の前でみんなとA-RISEが素人にしか見えないと言ってしまった手前、

 できなきゃ馬鹿にされるかもというプレッシャーもあったし。

 そういえばあの発言、ツバサには知られてたな……オンラインゲームでミスすると

 その動きは素人にしか見えないってよくバカにされたし。誰経由で情報を得たのか。

 

「二つ目、髪型にこだわりがありません。ポニーテールのときもあれば、髪を下ろしている時もあります」

 

 基本的にμ'sの3年生は髪型なんてどうでもいいというタイプだった。

 というより、曲によってスタイルを変えるのは当然と言うにこのもとにいたから。

 1年生3人組はショートカットで髪型をどうこうする必要はなかったし。

 

「三つ目、これが一番重要なんですが、不自然にスタイルがよくありませんか?」

「ん?」

「私、ちんちくりんだから分かるんです、パッドをどれくらい入れてるかとか」

 

 夏色えがおで1,2,Jump!のPVを撮影した時、にこが大量のパッドを持ってきたことがある。

 当初は自分で使うつもりだったらしいけど、水着のサイズと合わなくて断念。

 結果、下はサイズが合うのに上のサイズが合わないと凹んでいた海未が使用した経緯があった。

 

「エリーチカは……ずばりパッドで胸を大きくしています!」

 

 その目は節穴だって叫びたかった。

 でも、このシェアハウスでわりと良識人の彼女に現実を見させるのはかわいそう。

 私は色々言いたいのを飲み込み、あえて彼女に同調した。

 理亞さんからは冷めた目で見られた。

 

 

 このシェアハウスに住んでいて、私が顔を見ていないのは残り一名。

 とは言っても、善子さんはAqoursにいるときに会っているし、ヨハネキャラは卒業したかもしれないけど

 まあ、どのみちそれほど変化はないだろうと思って余裕の態度でお茶を飲んでいると

 

「おはようございます」

 

 そこにはショートカットにして瓶底眼鏡をかけた海未がいた。

 いや、正確には海未よりも髪の色が濃いんだけど、なんていうかオーラが凄く真面目。

 もうすぐ午後になろう時間に起きてくるのはご愛嬌だけど、仕事でもあったのかもしれないし。

 そうそう、トレードマークだったシニヨンもない。

 

「あれ? 確かプロデューサーが言ってた新しい人って」

「つ、津島善子さんですよね?」

「ええ、津島ですけど、どこかでお会いしたこととかありましたっけ?」

 

 お会いしたことがあります。

 金髪と巨乳は魔界の住人の象徴と叫び、その邪気を祓うとにんにくを投げつけられたから。

 (なお、その後ダイヤちゃんと果南さんの手で大量のにんにくとともに海に放り込まれた)

 でもAqoursのメンバーには小原鞠莉っていう私によく似た子がいたはずなんだけどなー?

 

「あ、これを聞かないといけなかった、μ'sでの推しは誰ですか」

「ふふ、愚問ですね」

 

 あ、ちょっと中二病らしくなった。

 

「それはもちろん絢瀬絵里さんです、と言ってももう二度と私と会ってはくれないでしょうけど」

 

 目の前にいます。

 

「私は罪を犯しました、いかに憧れている女性の前だからといってハメを外しすぎました

 それは永遠に許されることはないでしょう……ああ! 私は世界一不幸……!」

 

 うん、人間根本的にはそんなに変わることはないよね。

 と言うか今更だけど、理亞さん以外の子たちは本当に私のファンなの?



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(※) 亜里沙ルート プロローグ 05

 

 

 

 冷蔵庫には本当にカレーの材料しか入っていなかったので、

 昼食の材料を買いに行く班と、家事などの担当を決める班に分けることにした。

 料理は致命的に下手だけどお菓子作りが趣味の理亞さんを中心にした昼食班。

 材料を買いに行かせればカレーの材料を買ってくる朱音さんを中心にしたシフト班。

 私はシフト班に所属し、成り行きを見守ることに決める。

 

 昼食を買いに行くメンバーは厳正なる審査の結果、理亞さん、エヴァリーナちゃん、朝日ちゃんに決定。

 比較的常識人の二人がいれば、エヴァちゃんが羽目をはずすことはないと思われる。

 シフトは社会人経験があって料理のセンスが致命的にない善子ちゃんを頼った。

 最初こそみんな平等に家のことを担当させようと思ったけど、管理人のつもりなら仕事してと言われたので

 大抵のことは私がやることになった。解せない。

 一人に仕事を押し付けたらシェアハウスの意味が無いのではないでしょうか皆様……。

 

 昼食では焼きそばを頼んだのにスパゲッティーを買ってくるという致命的なミスがあったものの

 比較的美味しくできたのではないかと思う。

 ――今度はきちんとメモを渡そう。

 キャベツと豚肉ともやしが入ったパスタを食べながら、私は会話を切り出した。

 

「ところでみんな、レッスンはしているの?」

 

 全員の一日のスケジュールを把握することはとても重要だ。

 仕事をさせようとして、その時間に空きがないと言われれば困ってしまうし

 なにより現役女子高生に二人には学校がある。

 せめてレッスンの時間だけは確保して理亞さん以外の四人の実力を上げなければ――そう考えてのことだった。

 

「私はしてる。というか昼にはハニワプロに行くし」

 

 五人の中では平均的に仕事があって、優等生な理亞さんの無難な回答。

 

「澤村さん」

「はい?」

「この統堂朱音にレッスンなんていう下賤なものが必要だと思いますか?」

 

 根拠はないけど自信は満々の劣等生、朱音ちゃんは斜め上の回答。

 ひとまずこの子は練習に参加させることからはじめないと、うん。

 

 

「エヴァはレッスンきらいー」

 

 比較的説得が簡単そうなエヴァちゃんの予想通りの回答。

 やる気にさせるのは難しいかもしれないけど、辛抱強く言えば練習には参加してくれそう。

 善子さん、朝日ちゃんの二人は自主練もレッスンもしているみたいで一安心。

 ただ、朝日ちゃんの場合は実力が伴ってないみたいだから、メニューを考えるのに苦労しそう。

 

「昼食をとったら少し休憩して、動きやすい服装に着替えてから四人は地下室に集合ね」

「澤村さんにそんな決定権はないかと」

「私もそのつもりだったんだけどね……」

 

 家事のシフト(と言うより自分の仕事量)を巡ってあーだこーだと思い悩んでいる時にインターホンが鳴らされた。

 その場は善子さんに任せて応対にあたる。

 ドアを開くとスーツできっちり決めた女性が立っていた。

 

「絵里さんですね」

「はい」

「私はこのシェアハウスに住んでいるアイドルを担当している南條と申します」

 

 なんか音の響き的に私に関わりがありそうな気がしたけど、恐らく気のせい。

 

「この度は、エトワールの管理をして頂きありがとうございます。これ、おみやげのマムシドリンクです」

「ありがとうございます」

「その、アイドルたちとは友好な関係は築いていけそうですか?」

「ええ……自分の正体に気づかれたら、貞操が危なそうな気配はありますが」

「それならば良かった。ここからは本題なのですが、絵里さんには理亞さん以外の四人のレッスンメニューを考えて頂きたく」

「レッスンってハニワプロで行うのではないんですか?」

 

 私がそう言うと、南條さんは難しい表情をする。

 

「最初はあの四人もハニワプロでのレッスンに参加していたんですが……」

 

 

 やる気も実力もあまりなかった朱音ちゃんが問題を起こしたのは早かったらしい。

 英玲奈という姉を間近で見ているせいか審美眼だけは無駄にあって、他のアイドルたちの動きに注文をつけまくった。

 最初こそ正当な忠告にウンウンと頷いていたアイドルたちも、

 指摘を自分でこなせないという致命的な欠点があった朱音ちゃんを疎ましく思うのは早かった。

 

 当初やる気はあったものの、自分の気に入ったレッスンにしか参加しないエヴァちゃん。

 善子さんはやる気も実力も兼ね揃えていたけど、年齢の関係か元からの性格か

 他のアイドルたちとのコミュニケーションに難があって(というか人気のあるルビィちゃんと仲がいいのを疎まれて)

 いつの間にかレッスンに参加する機会が減少していたみたい。

 朝日ちゃんはやる気はあったけど実力がなかった。

 ただ、上からの評判は良く、磨けば光る原石扱いをされていたのを疎ましく思われていつの間にか……。

 

「以前の三人組といい、大丈夫なんですかハニワプロ」

「それでも、売れればよかった。特にあり」

 

 あり?

 

「チカプロデューサーが担当すると100%売れるというジンクスがあって、誰もが彼女の目にかかりたかった」

「もしかして」

「ええ、チカPから目を掛けられたのは統堂さん、エヴァさん、津島さん、栗原さんの4人でした」

「その人は目が節穴なんじゃないですか」

「上の評価も概ねチカPと同じです、私もそうですが。あの4人は輝けば売れます」

 

 南條さんの言葉に嘘は無さそう。

 Aqoursで実績がある善子さんはともかく、他の3人を見てそう思うとかどんな観察眼なのか。

 まあ、私にはそういうセンスが無いだろうから、想像するしかできないけど。

 

 

「あの4人は恐らく、他のアイドルと同じレッスンをしていてはいけない。そう判断しました」

「でも私素人ですけど、アイドルとしてのレッスンメニューを考えるなんて」

「できます」

「自信たっぷりですね」

「7人で活動していたμ'sを私も見たことがありますから」

 

 ということは、私と希が加入する前。

 練習と称して色々厳しく当たったときのことを思い出し、私は苦笑いした。

 

「まさかアレをやれと」

「何をしたかまでは知りませんが、7人の時と9人のときとは明らかに差がありました」

「人数の違いだけでは?」

「いいえ、動きが違いますから今度その映像を渡しましょう、参考になるはずです」

 

 とりあえず、何故か私が高く買われていることはわかった。

 経緯まではわからないけど、その評価が下がることはできるだけ避けたい。

 それはもちろん自分のためというわけではなく、この仕事を紹介してくれた亜里沙に悪いから。

 

「そういえば南條さんは、μ'sの中では誰推しとかあります?」

 

 ここでエリーチカ推しです! とか濁った目で言われても困るので釘を差すつもりで言ったら。

 

「詩衣……じゃなかった、海未ちゃん推しです」

「よかった、みんなの推しに影響を与えたのは南條さんなんじゃないかと思って」

「まあ、間違いなく朝日さんはプロデューサーの影響だと思いますけどね」

 

 しかし、芸能界関係者のダイヤモンドプリンセスワークスの愛好者率高くない?

 

 

「まあ、あなた達の面倒は南條さんからよろしく言われているの、だからレッスンに限っては言うことを聞いて」

「ふん、見せて貰おうじゃないですか、へっぽこ管理人のレッスンとやらを」

 

 集合は2時。

 誰も来ないのではないかと心配になったけど、4人はちゃんとジャージで地下のレッスン場に集まってくれた。

 

「難しいことをしても仕方ないし、今日は軽めのメニューにしましょう」

 

 まずは準備体操から始める。

 基礎の前にも準備は必要、そう思っての発言だったけど4人はキョトンとして動かない。

 

「あれ、もしかして自主的に体操とかしてた?」

「いえ、思ったよりも普通で拍子抜けしました」

 

 朝日ちゃんが発言する。

 何をやらされると想像していたのか疑問にはなったけど、ツッコミを入れても仕方ない。

 

「じゃあ、私の動きに合わせてね」

「ふん、真似したくなるほどの動きだったらね」

 

 たかが準備体操、しかし準備体操。

 明らかに動きが硬い朱音ちゃんは今後に期待するとして、ほか3人は無難についてきた。

 それから柔軟体操をすると、善子さんと朝日ちゃんが悲鳴を上げる。

 体が固いのはダンスにおいて致命的な欠点になるので、二人には自主練に励んでもらおう。

 

「次は筋トレ」

「筋トレですか?」

「うん、難しいことはしないから安心して」

「いえ、筋トレなんてするんだなあと思って」

 

 善子さん以外はあまり経験がないのか、ほとんど私に付いてこれてなかった。

 これも基礎中の基礎だからできるようになってもらわないとな……。

 

 

「次はバランス感覚を鍛えましょうか」

「ちょっと待って澤村さん」

「どうしたの朱音ちゃん」

「ダンスとか発声とか……なんでしないの? もしかしてできないとか?」

「これからします」

「なら良いけど。こんな地味なことばっかしてていいわけ?」

 

 ああ、なるほど。

 

「昔の話で恐縮だけど、UTXでは1時間半くらいは基礎トレーニングだったそうよ」

「え、私UTX出身ですけどやったことないんですけど」

 

 朝日ちゃんの意外な告白。

 

「それは恐らく自主練の範疇だったのかもね」

「確かに、授業が終わってからみんなトレーニングルームでしてました」

「そう言われてみれば、英玲奈も基礎トレーニングばっかりしていたわ」

 

 その言葉を聞いてちょっとだけピンときた。

 何か足りないと思ってたけど、神田明神で練習していた時はみんなで階段を往復していた。

 身体の温まり加減が足りないなっていう感覚は恐らくそれだ。

 

「今度トレーニングする時は少し走りましょう」

「時代錯誤じゃない?」

「軽くよ軽く。5キロくらい」

「そ、それは軽くじゃないと思うんですが……」

「そうかしら? 階段40往復とかよりは楽よ?」

「……」

 

 善子さん以外はちょっと私と距離を取った気がする。 



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(※) 亜里沙ルート プロローグ 06

 

 

 

「さて、と。これからどうしましょうかねえ……」

 

 思い悩む。

 スクールアイドルと同じメニューをこなしても良いんだけど

 相手は多少落ちこぼれてしまっているとはいえプロのアイドルだ。

 とはいえ、準備体操と基礎だけでまいってそうな朱音ちゃんあたりに

 あとは任せたからエリチカ上でジュースでも飲んでるとか言えない。

 

「ノープランなら歌いましょうよ」

 

 ペットボトルの飲み物を、まるで100メートルダッシュしたあとみたいに飲む朱音ちゃんが提言。

 そういえば理亞ちゃんも、彼女の歌はかなりいいとか言っていたっけ。

 確かに実力を見るなら一人ひとりに歌ってもらうのも悪くないか。

 

「朱音ちゃん歌えるの? 童謡くらいしか歌えないんじゃない?」

「バカにしないで! 電波系からアニソンまで何でも歌えるわよ!」

 

 それは範囲が狭すぎるんじゃないかな……?

 なにはともあれ、一人ひとりに歌ってもらうことにする。

 朝日ちゃんやエヴァちゃんも基礎トレーニングよりはマシと割り切っているのか

 特に文句も出ずに終わる。

 

「じゃ、朱音ちゃん、曲は?」

「にこにーにこちゃんで」

 

 ……ん?

 

「それって、確か……」

「はい、UTXの芸能科で3年前に作られたμ's解散後の唯一の曲です」

 

 朝日ちゃんの補足説明によると。

 

 

 事あるたびにネタにされ続け、かつスルーされてきたにこにーにこちゃん。

 第二回ラブライブ予選の時も、にこは歌詞に曲をつけろなんて言っていた。

 卒業後はネタですら言ってなかったのでついに諦めたものだと思っていたんだけど……。

 

 にこにーにこちゃんの始まりは、にこが歌詞が書かれた紙を落としたことだった。

 なんで持ち歩いているんだと今度ツッコミを入れなくちゃいけないけど、それは置いておいて。

 UTXでは真面目な講師扱い(解せない)だったにこが、にこにーにこちゃんという超電波な歌詞を

 書いていたことで人気も高まり、同志で曲も作られ大ブームに。

 

「……その、何ていうか別の曲にしない?」

「私が一番パフォーマンスを発揮できるのがこの曲なのよ! 実力みたいんでしょ!?」

「ええ、まあ、なんていうか当人を思い出してしまって、集中できなさそうだから……」

 

 閑話休題。

 

「72(なに)言ってんのよ そんな大きさなんて 胸じゃ71(ない)!」

 

 ささやかなんていわないで それは見た目だけの話なのよ

 触ってみればすぐに分かる にこは本当は胸が大きいって

 でもでもいやいや     そう簡単には触らせてあげない

 宇宙ナンバーワンアイドルの 胸に触れるのは王子様だけ

 

 だいたい巨乳なんて脂肪の塊 動きが遅くなってしょうがない

 お腹につく脂肪が胸についているだけ価値がない

 ああーだめだめだめ~♪ そんな脂肪に惑わされないで!

 揺れて跳ねるその姿を目に焼き付けたりなんてしないで! 

 

 にこにーにこちゃん 宇宙ナンバーワンアイドル

 にこにーにこちゃん シンデレラバスト

 にこにーにこちゃん あなたはまな板の凄さを分かってないわー

 

 

 内容はともかく、歌声は素晴らしいものだった。

 このまま歌手としてデビューをしても、構わないんじゃないかっていうくらい

 ハリがあって、艷やかで、ノビのある歌声をしている。

 

「朱音ちゃんボイトレとかは?」

「したことない、カラオケでは歌うけどね」

 

 訓練もなしにこのレベルなら、本当、カラオケ大会とかで優勝も狙える。

 ただ、アイドルは歌が上手ければ売れるような甘い商売じゃない(らしい)

 このまま長所を伸ばすんなら、やりたいようにさせるのが一番なのかもしれないけど……。

 

 他のメンバーにも歌を歌ってもらう。

 エヴァちゃんはたどたどしい日本語だけど一生懸命歌っていた好感が持てる。

 ただ、がんばらねーばというところは別に詰まるところではないと思うんだけど……。

 朝日ちゃんは理亞ちゃんにちょっとレベルの低い扱いをされていたけど、歌声は至って普通。

 素人の中にいれば結構うまいレベルなんじゃないの? とか、スクールアイドルでは上の方って感じだった。

 善子ちゃんは元々スクールアイドルだけあって、朱音ちゃんには及ばないもののかなり上手だった

 ただ選曲が「ありふれた悲しみの果て」だったせいか、こう、正体がバレているのではないかと不安になった。

 

「さすがハニワプロ所属ね、みんな上手だわ」

「何言ってんの、あなたがまだでしょうが」

「……え? いやいやいや、私はアイドルじゃないし、管理人だしね?」

「澤村さんの歌声聞きたい子は手を上げてー!」

 

 はーい!

 ――味方は誰ひとりいなかった。

 

 

 正体が露見しても困るので、Shocking Partyをごく控えめな声量で歌う。

 よもやこの曲を歌ったことで私が絢瀬絵里だと思われることはないだろうけど

 じゃあ、これからは一緒にトレーニングをしてアイドルを目指しましょうなんて言われたら困る。

 ただこの曲は、カラオケに行くとツバサが踊りながら歌うものだから、つい振り付けも覚えてしまっていて

 身体が勝手に動いてしまうのである。明らかに選曲ミスだった。

 

 ――そのことに気づくのは、いつも遅い。

 

「や、やるじゃないの、まあ、私たちを指導するならそれくらいできないとね」

 

 顔を赤くしてそっぽ向いている朱音ちゃんは、なんていうか興奮している様子で。

 

「おー、ダンスもキレッキレ、素人には見えない!」

 

 のんびりとした口調で私のトラウマを刺激するエヴァちゃん。 

 

「本当、澤村さんって何者なんですか?」

「さあ? でもま、ついていっても良いんじゃない?」

「ですね」

 

 朝日ちゃんと善子ちゃんはかなり好意的に見てくれているみたい。

 ただ、私自身は焦りと不安でいっぱいだった。

 尊敬の念が上がったとはいえ、指導も素人なら、アイドルに関しての知識もない。

 私自身にあまりにも頼られてしまえばいつかボロが出る。

 これは、誰かに相談しなきゃな――そんなふうに思いながら今日のトレーニングを終えた。

 

 

 夕食もすんで(材料がなかったので店屋物)から

 では順番順番でお風呂に入りましょうということになった。

 新参者の私は最後でも構わないと言ったのだけど、

 

「ここは年功序列で!」

 

 と、善子さんが宣言したため一番最初に入ることになった。

 亜里沙と同居していた時は、彼女がオフの日以外自分が一番風呂だったので

 なんとなく得をした気分になる。

 ただ頭をよぎったのが、お風呂掃除をしているのかどうか。

 

 年長者の決定にも余裕で逆らいそうな朱音ちゃんでさえ、どうぞどうぞと言った感じで

 私をお風呂に勧めてきたのでちょっと心配ではあったんだけど。

 でもそれは杞憂だった。

 お湯は飲めそうなくらい綺麗だったし、浴室自体も掃除が行き届いていた。

 この掃除のスキルをなぜ料理に活かせないのかちょっと疑問ではあったけど

 綺麗なものに文句を言っても仕方ない。

 

 世間一般では浴槽に入ってから体を洗うみたいだけど、

 流石に汗をかいた身体で、今後みんながお風呂に入ると分かっていながら

 湯船に浸かるというのは心が引けた。

 洗面器をよく洗ってから、お湯を入れてボディソープを入れ泡立てる。

 本当はボディタオルを使っていつもは体を洗っていたけど、今日は忘れてしまったから。

 

「し、失礼します」

 

 その時、浴槽の扉が開いて冷気とともに入ってきたのは善子さんだった。

 

「あれ、どうしたの?」

「ご奉仕します」

 

 言い方がちょっとアレだけど、これは距離を詰めるチャンスではないか。

 μ'sではよく裸の付き合いというものがあったし、

 これを積極的に取り入れればみんなともっと仲良くなれる――かもしれないし。

 

 

 

 

 善子さんはおずおずと浴室に入ったまま、一時停止。

 怪訝に思いながら彼女の視線を追ってみると、胸元に降り注いでいることに気づいた。

 

「えーっと……」

「はっ! ごめんなさい! ここ、陰で貧乳荘って呼ばれてるくらいスタイルがアレな子が多くて」

 

 カツ丼と天丼をそれぞれ一人前食べていたエヴァちゃんや、カツカレーライスの大盛りを食べていた

 朱音ちゃんも沢山食べる割にはスタイルは控えめ、理亞さんも胸は大きい方じゃないし……

 

「あれ、でも公称スリーサイズは……」

「理亞は5センチサバ読んでます」

 

 それは大きい。

 スタイル的には凛とそんなに変わらない彼女を思い出し、ちょっと笑う。

 

「では、今日はどのコースにしますか、洗体ですか」

「普通に洗ってくれれば……」

「では天使のご奉仕、ココアの香りを添えてで参ります」

 

 なにその、どこぞの料理にありそうなコース。 

 

「それで、善子さん、なにか言いたいことでもあってきたの?」 

「澤村さんはニュータイプですか、あ、乳タイプですか?」

「うん、その言い間違い違いがよくわからない、でもね、何となく分かるのよ、年の功かしらね」

 

 今日会ったばかり(実際にはそうではないけど)の女の子に背中を流してもらう。

 そういえばこんな展開、ダイヤモンドプリンセスワークスにあったような……。

 あれは確か、真姫とのシーンに花陽と凛が乱入してきてそのまま――。

 

 

「澤村さん、元々アイドルかなにかしてました?」

「スクールアイドルを少々」

「やっぱり! 動きを見て只者じゃないと思った!」

 

 前の方も洗いたいと如実に主張をする善子さんのリクエストは聞かなかった。

 彼女の持ってきたボディタオルで体を洗いながら、更に続きを促す。

 

「でも、基礎的な動きは子供の時にやってたバレエの影響が」

「あー、筋トレとかもすごくできてましたしね、普段からトレーニングしてるんですか」

「身体を動かすのはわりと好きみたい、こう、昔は動かないでいることが多かったから、何分かに一度柔軟とか」

「私も元々、スクールアイドルで」

 

 知ってます。

 でも、その事を言うのは憚られた。

 明らかに話題がシリアスな方向に流れつつあったから。

 

「結構良いところまで行ったんですけど、まあ、学校も廃校が決まって、

 そこからアイドルのこと結構勉強して、μ'sってすごかったんだなーって思いながら 

 卒業をして、就職をしました。同級生のルビィやマルは進学して

 彼女たちを結構羨ましく思ったりして、でも、就職先は結構ホワイトでしたから

 仕事にやりがいを感じながらも、ちょっと寂しい気持ちもありまして

 20歳になって成人式に行ったら、ルビィが大学を中退してアイドルやり始めたのを知りました

 結構実家から怒られて、縁を切られる寸前まで行ったそうですけど……それでもやりたいって

 私はその時、自分が本当にやりたいものってなんだろうって考えました

 仕事もいいけど、夢を追いかけてるルビィが羨ましくなって

 で、迷惑をかけつつ、一緒に練習とかして――でも踏ん切りがつくまで2年かかりました」

 

 浦の星は廃校になってしまったんだな……

 それにしてものほほんとしているルビィちゃんだけど、そんな過去があったとは。

 

「花丸さんは?」

「マルも一緒に練習してましたけど、アイドルじゃなくて誰かを支える仕事がしたいって

 ……ん? どうしてマルが花丸って名前だって?」

「案外あなた達有名人なのよ、Aqoursのメンバーの名前は諳んじられるわ」

 

 善子さんは本当に驚いたような顔をした。

 



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(※) 亜里沙ルート プロローグ 07

「いまマルはハニワプロじゃないんですけど、その系列の会社に入ってマネージャーをしています。

 仕事が取れない仕事が取れないって嘆いてばかりいるのでちょっと心配ですが、まあ、まだまだ新人ですしね」

「善子さんは、ルビィちゃんに憧れてこの世界に入ったの?」

「憧れもあります、羨ましいとも思ってます、でも、私はこの世界で自分の為すべきことを見つけたかった」

 

 為すべきこと……か。

 ニート生活が長かった(今でもニートみたいなものだけど)私も時折、

 自分が生まれてきた理由みたいなものを想像して眠れなくなることがたまにあった。

 為すべきことを見つけたいから、知らない世界に入るというのはどれだけ勇気のいる行為だったか。

 

「レッスンも、実はルビィとやってるから大丈夫だと、そう思ってたんです」

「そうなの」

「スクールアイドルでそこそこまで行ったし、ルビィと同じ程度には動けるし

 ここでは理亞に次いで踊りも歌もできるかなって思ってたんですけど

 でも、きょう澤村さんに会って、実力差を痛感しました」

「いや、待って、私はそんな御大層なものじゃ」

「私たちに足りないものを教えてくれそうな、そんな気がするんです。だから前も洗わせてください」

 

 そういう下心は、ちょっと控えたほうが良いんじゃないかしら……?

 足りないというのは実は胸の話であって、実力とかそういうものじゃないってオチ?

 

 善子さんと一緒に浴槽に入り、しばらく会話してみると

 いろんな事がわかってきました。

 基本ここにいるみんなは吹き溜まりに集まった落ちこぼれ扱いをされているみたいだけど

 本当は誰よりもアイドルをしたくてたまらない子ばかりで。

 でも、今の私にはそんな彼女たちの熱意に応えられるほど優秀な教師じゃない。

 そもそも、人に教えられるような知識は殆ど持っていない。

 

 

 お風呂から上がってから、しばらく部屋でのんびりしていると

 ツバサからLINEが来た。

 

TSUBASA:なんだか面白いことになってるそうじゃないの、私の誘いを断ったくせに

エリー:どれだけ地獄耳なのよ、本当にあなたって地獄の底まで追いかけてきそうね

TSUBASA:エリーにはそれだけの勝ちがあると思うわ、まあ、それはともかく

エリー:ともかく?

TSUBASA:私にできることなら、できる限り協力するわ。へっぽこ先生さん?

 

 あれ? この部屋の何処かに盗聴器でも仕掛けてるんじゃないよね?

 背筋が凍るような想いを感じながらも、話を続けた。

 

TSUBASA:なるほど、レッスンか……私もアドバイスはできるけど、専門知識はないわね

エリー:まあ、ツバサのアドバイスなら、雛も親鳥になるわよ。

TSUBASA:あんまり褒められてる気がしないけど、それなら、英玲奈とかにこさんとかを頼ると良いんじゃない?

エリー:ああ、確かに。二人はUTXでスクールアイドルを教えているんだものね

 

 検討もしていなかっただけに、自分の視野の狭さにちょっとだけ自己嫌悪。

 

TSUBASA:英玲奈にアポを取るんなら、私が付き合ってあげてもいいわ!

エリー:あなた暇なの? というか体よく英玲奈と付き合ってお酒飲みたいだけなんじゃ

TSUBASA:ふふ、そうとも言うわね。おっと、マネージャーが怖い目をして睨んでる、んじゃ!

 

 ツバサは相変わらず忙しそう。

 アイドルに復帰してからというもの、ほとんど毎日彼女の姿を見かけている。

 トーク番組ではすっかり毒舌キャラを確立してしまったし、オンラインゲームが趣味というのも暴露して

 もうなんていうか、おっさん系アイドル筆頭株になってしまった。

 それを彼女が望んだのかどうかまでは知らないけど……まあ、ストレスが溜まったら、一緒にお酒でも飲もう。

 

 

 にこにとりあえず、教えを請いたいというメールを送ってから

 翌日に走ろうと思っているランニングコースをグーグルマップでにらめっこしていると

 ドアがコンコンと叩かれたと同時に開き、赤ら顔の理亞さんが入ってきた。

 

「池田ァ!」

「違う、私は澤村」

「ふん、どっちでもいいじゃない、偽名なんだから。暇ならちょっと付き合いなさいよ」

「ヒマじゃないんだけど、今メール待ちなんだけど」

「バラすわよ?」

 

 何をと問いかける必要もない。

 一つため息を付いて、彼女についていく。

 

 理亞さんの部屋はカオスだった。

 床にはたくさんの積みゲー、壁という壁にはスクールアイドルとかアイドルのポスター。

 もちろんμ'sもいる。

 

「これ、のいぢ?」

「そうよ。ダイヤモンドプリンセスワークスのキャラを書いたポスター、しかも全キャラクター」

 

 私たちを書いたのかと思った……それくらい判断に困るというか、はっきりいって見分けがつかない。

 まあ、元のソフトからして自分たちそっくりだから訴えればなんか勝てそう。

 

「その、少しは片付けたほうが」

「あなたは嫁を片付けられるの?」

 

 嫁て。

 その嫁を床に置くぞんざいな扱いは……。

 

「じゃあ、一杯飲みなさい」

「まあ、飲むけど」

「それじゃあ、私のおすすめのエロゲーをプレイしなさい」

「早く寝たいんだけど」

「だめ」

 

 駄目かあ……。

 

 

「それで、あの子達の実力見たんでしょ、感想は?」

「かなりレベル高いんじゃないの?」

「ポテンシャルはね」

 

 理亞さんは4杯目のストロングゼロを飲みながら答える。

 ちなみにPCではAqoursをモデルにしたと思われる、ダイワーの続編の体験版が映っている。

 プレイ当初は解説のように冷静にプレイしていた理亞さんも、やがて興奮してきて

 絶対買う! 私たち出なくてもいいから買う! と言っていた。

 

「今のままでも、恐らく私のプロデューサーが付けば売れるわ、朱音の歌は聞いた?」

「なんであの子微妙に歌のセンスないの?」

「いいのよ、歌いたい歌を歌えるなんて今のうちしかないんだから」

 

 理亞さんは遠い目をしながら答える。

 

「エヴァちゃんはダンスすごかったし、朝日ちゃんもかなり良かった。善子さんもさすがね」

「ハニワプロの意向では、あの4人を組ませるつもりらしいけど、どうでしょうね」

「一日見た限りだけど、無理そう」

「うん、まあ、わかってる」

 

 相性が悪いとか、仲が悪いとか、そういう意味ではなく。

 単純に4人の個性が強すぎてグループとして破綻しそう。

 例えるならA-RISEが9人いる感じ。

 

「あのグループには残念ながらまとめ役がいないのよ、だからね、今はそれに適した人を探してる」

「ふうん? じゃあ、誰か新しい子が来るのね?」

「何言ってんのよ、5人目のメンバー」

「……はい?」

「どうなるかは知ったこっちゃないけど、仲良くなったあとに正体を明かして、結束を高めるシナリオらしいわ」

「ふふ、まるでダイヤモンドプリンセスワークスみたいね」

「あなたの人生みたいなクソゲー扱いしないで」

 

 ひどい。

 

 

「いや、流石に無理でしょ。ブランクあるし、何より年齢が」

「しょうがないでしょ、ハニワプロがあなたを気に入ってるんだもの」

「止めてよ」

「あなたは一社員が会社の方針に逆らったらどうなるか知らないの?」

 

 理亞さんの援護射撃は期待でき無さそう。

 

「じゃあ、あなたのプロデューサーはどう思ってるの?」

「あなたの意向に任せるそうよ、その時が来たら全力でサポートするって」

 

 逃げ場ないじゃん……。

 亜里沙め、姉を就職させようと思ったからってまさかアイドルにしようとは!

 というか、アイドルに就職するって一般的な表現かな?

 

「ふうん、そのプロデューサーも私を買っているのね」

「大好きだそうよ」

「会ったことのない方から大好きと言われてもちょっと怖いな……」

 

 なにゆえ私を知る人物は、私に対する評価がムダに高いのか。

 これが、なろう流のチート属性というものか? 異世界に転生でもするのか私、

 

「まあ、そのうち分かるからあえて言わないけど……あなたって本当にμ'sで賢かったの?」

「何故かネットではポンコツ扱いされるケースが多々あったわ、解せない」

「ニートで数年過ごしているんだから、その予想正しかったんじゃない?」

「いやでも、自分でも先輩禁止はいい案だと思うのよ」

「なんて言われたの?」

「序列も理解できないポンコツとか、なれ合い主義者とか……」

「ふうん、ま、μ'sには合っていたんじゃないの? でも、あなたがポンコツ扱いされるのは白塗りの」

「やめて! それは自分でもどうにかしてたと思ってるのよ!」

 

 にこが主に自分以外をパシャパシャとデジカメに撮っているから、何をしているのかと思ったら

 ブログのネタにするためだったという件がある。残念ながらそのブログ記事は数日後海未の抗議で消されたけど

 ネットにアップしたものがそう簡単に消えるわけもなく……



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(※) 亜里沙ルート プロローグ 08

 誰かと一緒に寝るなんていつぶりのことだろう?

 高校時代はまだ中学生だった亜里沙が怖い夢を見ると、

 ベッドの中に入って抱きついてきたりして。

 あの頃はどちらかと言うと背も小さく、150センチ行くか行かないかくらい。

 友人の雪穂ちゃんよりも主張も身長も控えめ――そんな時代もあった。

 今はもう、私の身長を超えるか超えないかのところで止まり

 見上げられながらお姉ちゃんなんて言われないかと思うと、ちょっと涙が出そう。

 まあ、今の亜里沙にお姉ちゃんと言われようものなら、背筋も凍って、持っている金銭を渡しかねない。

 

 なぜこんな事を考えているのかというと。

 お酒を飲んだまま寝落ちした理亞さんをベッドに運び、やれやれやっと帰れる――と思って場を離れようとすると。

 彼女が服の端を掴んだまま離さない。

 口では姉さま姉さまと言いながら、恐ろしい握力で私を拘束――現在に至る。

 

「私も眠ってしまっていたのね」

 

 最初はこんな状態で眠れないと思ったけど、お酒の効果もあったのか十数分で眠りについてしまったみたい。

 ちょっと抱き合うような形でベッドの中に入っていたけど、よもや誰かに写真でも撮られるわけでもない。

 服の端はすっかりシワになってしまっていたけど、まあ、これは名誉の負傷というものだろう。

 

 部屋に戻って運動着に着替えてから階下に降りる。

 リビングからは微かにテレビの音が聞こえてきたから、誰かが起きてる。

 おはようと挨拶をしながらドアを開けるとそこには、画面に夢中になる朝日ちゃんがいた。

 

「おはようございます澤村さん」

「ええ、早いのね」

「ちょっと目が冴えるようなことがあったので、て、どこかに行くんですか?」

「うん、ちょっと走ってこうかなって、みんなのランニングメニューを考えるために」

「あれは本気だったんですか」

 

 ふとテレビの映像を見ると、アイドルのスキャンダルのニュースが放送されていた。

 なになに、スクールアイドル出身のMのお泊り恋愛――確か、このアイドルが所属するグループは恋愛禁止を謳っていたはず。

 

「この子、私の同級なんですよ」

「UTX出身ってこと?」

「ええ、すっごい優秀で。ラブライブの優勝こそ逃しましたが、すっごい人気のスクールアイドルでした」

「私も聞いたことがあるかしらね」

「ただ、グループ名のセンスはないですけどね、彼女はAutomataがいい! って盛んに言ってましたけど、意味がわかっていたかはどうかは」

 

 苦笑いをしながら応じる朝日ちゃん。

 UTXの芸能科は一部を除いて、その、おバカ系が多い。

 以前もツバサが

 

「アイドルなんだから教養がなきゃダメよ、理想になるんだったら、才能が溢れていて、優秀でなくてはダメ」

 

 普通科と違って偏差値が40前後の芸能科。

 オトノキが55くらいだったから……学力ではこちらのほうが軽く上回っていたけど。

 

「UTXでも落ちこぼれだった私が、今もアイドルをしていて……トップだった彼女がアイドルをやめるかもしれない」

「朝日ちゃん」

「恐らく、今になって矢澤先生が言っていたことがわかると思うんですよ、芸能人も一人の社会人、常識を身に着けてから卒業しなさいって」

 

 ん? 

 どちらかといえばにこは、常識から外れたことをノリノリでやるタイプだと思っていたけど。

 まあ、そのあたりは講師になる時に考えを改めたのかもしれない。

 

「A-RISE卒業後のUTXは、チート性能のアイドルなんていませんけどね」

「チートて」

「いや、μ'sもA-RISEも今では考えられないレベルのチートですよ」

「美化しすぎじゃない?」

「かもしれません。でも私はたまに思うんです。スクールアイドルはその世代で終わらせるべきだったのではないかって」

 

 それはいったいどういうこと? って聞こうとしたら炊飯器が鳴った。

 

「ご飯が炊けましたね」

「ああ、ごめんなさい、朝食の準備するわね」

「お手伝いします」

 

 朝日ちゃんはリモコンでテレビを消し、台所へと向かった。

 その背中はすごく寂しそうで、なんて言葉をかけて良いのか。

 励ませば良いのか、叱咤すれば良いのか。

 ――まあ、こういう時には美味しいものを食べて元気づけるしかないわね。

 

 朝食の準備をしていると、エヴァちゃんや朱音ちゃんが起きてくる。

 今日は月曜日だから学校もある、今日のレッスンはひとまず彼女たちが帰ってきてからになるかな。

 

「澤村さん、朝はカレーでしょ」

 

 と、最初は不満そうにしていた朱音ちゃんも

 

「お味噌汁? おお、絵里は素晴らしいものを作る~」

 

 と、言ってべた褒めだったエヴァちゃんも

 

「豆腐なんて食べるのは実家以来ですね、味を忘れていないか不安です」

 

 そんな今までの食事は何をしていたのか不安になる発言をする朝日ちゃんも。

 恐ろしい勢いで朝食を平らげて、炊飯器が空になってしまった。

 今度からは善子さんたちにも残るように御飯の量を調整しないと。

 

 学校に向かった二人を見送る。

 私もストレッチや準備体操をしてから外に出た。

 今日も少しだけ日差しが眩しい。

 

「それじゃあ、戸締まりはしっかりしてね」

「ええ、どこかでアキレス腱とか切らないでください」

「不安ね……」

 

 ダンスも出来ているし、筋トレもしているから、やたらめったら激しい動きをしない限りは大丈夫だと思うけど。

 ただコンクリートの上を走るのは膝に微妙に悪影響を与えるから、少しだけ気に留めるようにしないと。

 

「では、行ってきます」

「はい、昼食までには帰ってきてくださいね」

「好きなもの食べていいのよ? 毎日私の料理じゃ飽きるでしょ?」

「1週間朝食がカレーじゃなければ文句は言いません、他のみんなも同じです」

 

 なんていうか、とりあえず三食作らなきゃって決意させる言葉を積極的に吐くように訓練されてない?

 私の庇護欲を刺激されて仕方ないんだけど。

 

 

 住宅街を十数分で走り抜け、ビル群を抜ける。

 なんとなくだけど、走っていてあまり面白くない。

 高校時代はほとんど毎日神田明神に顔を出して、階段を駆け登ったりなんだりしていたけど。

 同じことを繰り返してばかりだったはずなのに、あんなに楽しかったのは恐らく仲間がいたからだ。

 

「ふう、なんか妙にセンチメンタルな気分になるわね」

 

 昔のことを思い出す時はたいてい気分が盛り下がっている時。

 ここ数年でまた東京の建物も様子が変わってきた、戦前から残っている建物は殆どが取り壊され、駅もほとんど別物になってる場所もある。

 2年ほど前、亜里沙の買い物で穂むらに行った時も、以前と印象が違って迷いに迷ったし。

 

 久しぶりに神田明神にでも行ってみましょうか。

 流石に運動着じゃ電車に乗れないから、走って向かうだけだけど。

 ええと、最近のスマホは進歩しているから機能がいっぱいあって戸惑うのよね……。

 などと、考えながら歩いていると。

 

 電信柱に誰かがもつれかかっている。

 行き交う人がその様子を見て遠巻きにヒソヒソと言っているけど、

 そういう態度を取る前に声の一つくらいかけなさいよ! って思う。

 確かに、騒動に巻き込まれたくないっていう態度は理解できなくもないけど

 もしも事件になったりしたらどうするのかしら、とちょっとだけ憤る。

 

「もしもし、だいじょうぶ? 人を呼びましょうか?」

 

 顔を近づけてみると、途端に感じるのはアルコールの臭気。

 相当に飲んでしまったのか、元よりお酒にそれほど強くなかったのか、

 その女性は――ん?

 

「あなた、こころちゃん?」

「その声は……絵里お姉さま?」

 

 派手めのメイクに、ちょっと露出度高めの格好。

 お酒の匂いをプンプンに漂わせている彼女は、にこの妹のこころちゃんだ。

 顔色が青いというか土気色に近いのは心配だけど、受け答えははっきりしている。

 コンビニに向かって何本かのスポーツドリンクとウコン入りのアレを買ってくると、こころちゃんに渡した。

 

「すみません、このお礼はお店に行ってしますから」

「せめてもっと別のお礼にならない?」

「い、いいところですよ?」

 

 ちょっと、今はスキャンダルになってしまいそうなニュースは遠慮したい。

 私個人が迷惑を被るのは良いけど、指導している子たちもいるので……。

 

「ふう、少しだけ楽になってきました」

「そう、家まで送りましょうか?」

「うーん、というかここ、どこなんです?」

 

 そういえば、こころちゃんの職場は銀座の一等地にあるそうだから

 このあたりは全然テリトリーの範囲外。

 

「先輩の家が職場の近くにあって、そこでみんなで飲んでいました、それからまったく記憶がなくて」

「歩いてきたとしたら、結構あるんじゃないかしら? 2時間くらい?」

「ちょっと悪酔いをしたみたいですね、仕事でもこんなことはないのに」

 

 ええと、確かここからにこの家は……タクシーで20分くらい。

 ここから歩いて駅まで10分だとすると、電車で最寄りに向かって……。

 

「タクシーにしましょう」

「絵里お姉さま、お金は」

「出世払いでお願いします」

 

 平身低頭。

 

「頭を上げてください、そんな、元は私が悪いんです」

「うう、心遣いが痛いわ。でもここじゃタクシーが停車しづらいからコンビニに向かいましょうか」

「はい、あと、頭を上げてください」

 

 こころちゃんは私の平身低頭スタイルはお気に召さないらしい。

 亜里沙あたりは腐った家畜の肉を見るような目で見下してくるのに……。

 

 コンビニの店員さんにタクシーを呼んでもらい、しばらくのんびりしていると(申し訳ないのでちょっと買い物した)運転手さんがやってくる。

 事情を説明し、とりあえず逃げ出したカップルではないことを理解してもらいタクシーに乗り込んだ。

 

 にこの家族が住んでいるアパートは相変わらず大きい。

 元々は、コタくんを大学に行かせるためにみんな就職して資金を出しあう

 そんな計画だったそうだけど。

 予想外にお金が貯まる仕事につきましたね、とはこころちゃんの談。

 

「そういえば、ここあちゃんは今何をしているの?」

「異世界に転生しました」

「え? 異世界? ここはもしかしてなろうの世界だったの?」

「冗談です。気まぐれで書いたBL小説が大受けして今は乙女小説家として、近くに家を借りてます」

 

 BLか。

 そういえば、μ'sにはその系統が好きな子はいないわね。

 理亞さんあたりは、男の娘×男の娘ならって言ってたけど、アレはもう手遅れなのでノーカン。

 

「ふうん、色々あるのね」

「東條×絢瀬といえば、ここあが仕掛けたカップリングで、今は腐女子界の王道になってます」

「ちょっとまって、私男体化するの?」

 

 TSは一部に人気の根強いジャンルではあるけれど、女性が男体化してBLになるのは聞いたことがない。逆はあるけど。

 

「私挿れられる方なの……?」

 

 当人経験ないのに……。

 

「攻めのほうが良かったですか?」

「ん……どっちも嫌だけど、どちらかって言うなら」

「安心してください、およそ5%は攻めです」

「残りの95%が果てしなく心配なんだけど……」

 

 ダイヤモンドプリンセスワークスといい、ここあちゃんの小説といい。

 なぜμ'sは同性愛カップリングが蔓延しているのか。

 

「だいじょうぶです、挿れられるのはやおい穴です。お尻じゃないです」

「その違いがよくわからないんだけど」

「挿れることによって、性的快感を得られるがために存在するご都合主義です」

「そろそろ出演料をもらうべきなんじゃないかしら……」

 

 その後も、エリチカの知らない世界に出演するこころ・デラックスは、淡々と、それでいて熱く腐女子界隈の事情を説明してくれた。

 この会話を聞いているタクシーの運転手さんの精神を慮るにあまりある気もした。世の中に大変じゃない仕事なんて存在しない。

 

 にこの家のアパートに到着して(タクシーの代金はこころちゃんが払った)から部屋に向かう途中。

 

「朝帰りなんて、お姉さまに叱られます」

「ああ。にこはそのあたり厳しいかもね」

「それを考えると憂鬱です」

「その時には私も一緒に怒られましょう。一人よりも二人よ」

 

 ドアを開けるのが怖いというこころちゃんに代わって、私が扉を開くことに。

 まあ、百鬼夜行が待っているわけではないし、なんてこともない。

 

 ――そのはずだった。

 

「こころ……? 朝にお帰りするなんてどういうこと? どうしても遅くなる時は絶対に連絡を寄越しなさいとお約束しましたね?」

 

 鬼がいた。

 エプロン姿におたまを持ったにこがこちらを焦点が合わない瞳で見ている。

 ハイライト仕事して!

 

「あら? 随分と派手な金髪になったのねこころ、それがお店でのスタイルって言うことなのかしら? お姉ちゃん悲しいわ」

「に、にこ……もっとよく見て」

「ん……?」

 

 にこの目のハイライトがだんだんと戻っていく。

 まるで種でも割れてしまったかのような目でこちらを見てきたから、ちょっと、エリチカ背筋が寒くなっちゃったな……。

 

「あら、絵里じゃない」

「あなたって本当ににこなの?」

「やあねえ、こんなに可愛い子がこの世の中に二人もいるわけないじゃないの、耄碌したの?」 

 

 うん、こうして話している分にはいつものにこだ。

 私の背中に引っ込んでガクガクと震えていたこころちゃんがおずおずと顔を出した。

 

「お、お姉さま」

「こころ、せめて悪いことをしたという自覚があるなら、人を楯にするのはやめなさい」

「は、はい!」

「朝食にしましょうか、絵里も食べる?」

「え、ええ、私もちょっと食べてきたけど、いただくわ」

 

 本当はお腹なんてあまり空いちゃいなかった。

 走ってきたわけだからお腹もこなれているかなって思ったけど、

 それ以上に矢澤姉妹の闇を見てしまった気がして……。

 

「そういえば、エリー、働き始めたんですって?」

「まだ一日しか経ってないわ、どこ経由の情報よ」

「マッキーからLINE届いた」

 

 ということは確実にμ'sのメンバーには情報が行き交っているってことね。

 恐らくツバサあたりから、穂乃果に行って拡散されたんだと思う。もしくは動向を知ってる他の誰かから……?

 

「絵里お姉さま、ついに就職されたんですね!」

「ええ、ルームシェアの管理人を就職と言っていいものか……」

「お給料をもらえるんだったら仕事よ、それにアイドルの指導もしているんでしょ?」

「ん? そんなことまで拡散されてるの?」

「澤村絵里って、ちょっとは捻りなさいよ」

「仕方ないじゃない! 怖いレベルの私のファンなんだもの!」

 

 ……ん?

 

「誰から連絡届いたの?」

「朝日は澤村絵里で信じ切ってるみたいだけど、私はすぐにピンときたわよ」

「バレてない?」

「信じられないことにバレてない」 

 

 それは良かった。

 朝日ちゃんに正体がバレたらいろいろと苦しい、彼女はわりと正直で常識人だから、恐らく隠し通すことが出来ない。

 善子さんといい、エヴァちゃんといい、朱音ちゃんといいアクが強すぎるメンバーが多すぎやしない……?

 

 まあ、それは今に始まったことじゃないし、μ'sも傍から見たらそうなのかもしれないから黙っているけど。

 

「にこは、スクールアイドルの講師だけど」

「仕事の内容なら教えないわよ」

「私が言いたいことを先読みしないでよ」

「ふふ、ま、でも、元生徒がお世話になってるから、アドバイスくらいならしてあげてもいいわ」

 

 それは心強い。

 教えることに関しては本当に無知だからな……指導みたいなものならしたことがあるけど、アレは今から思い出せばただのイビリだ。

 

「アイドルっていうのは、お客様商売。相手の望むことをご奉仕するのよ」

「スクールアイドルでは考えられない思想ね」

「お金をもらっているんだもの、レベルが違うわ。ま、ツバサさんあたりに話を聞けばそのあたりのことは教えてもらえるかもしれないけど」

 

 うむ、なんか私がするお返しが怖くて聞けないけど。

 追い詰められたらその選択肢もありかもわからない。

 

「ああ、でもそういうのは実際見てやって、理解するしかないのかもね」

「あんたせっかく、本物の芸能プロダクションにいるんだからスタジオに顔を出せばいいじゃない」

「何ていうか近寄りがたい、それに亜里沙がオフの日じゃないといけないし」

 

 私がそう言うと、にこがなんだかなあって顔をする。

 そりゃ妹の言いなりになってる姉なんて良いもんじゃないけどさ。

 

「じゃあ、試しにお願いしてみたら? A-RISEのメンバー揃ってご指導頂けないかとか」

「英玲奈忙しいんじゃないの?」

「物は試し、物は試し」

「にこが見たいだけなんじゃないの? まあ、却下されると思うけどね」

 

 というわけで、一番忙しそうで、このお願いを却下してくれそうな英玲奈にLINEを送ってみる。

 

統堂英玲奈:ふむ、それはいい案だな

エリー:にこの戯言を聞くつもりなの?

統堂英玲奈:私たちの後継者を作りたいという気持ちは理解できる。場所の確保なら任せてほしい。

 

「……英玲奈のオッケーが出た」

「やった、さすがは私の同僚ね! ふふ、忙しくなるわね!」

「あんじゅのオーケーが出るとは限らないし」

 

あんじゅ:あら、それは面白そうね

エリー:あなた達って実はあんまり忙しくないの? 暇なの?

あんじゅ:ふふ、まあ色々とあるのよ。最後のお勤めなら喜んで参加させてもらうわ

 

「……あんじゅまで」

「うん、場所はUTXで。一番広い所、参加する生徒は……そうね、全校生徒は無理だから」

「何電話してんのにこ!?」

 

 お偉いさんと交渉モードに入っているにこはひとまず置いておく。

 ツバサの鶴の一声さえあればこれは却下されるはず!

 そう思った。

 

TSUBASA:私が断るとでも?

エリー:あなたって本当は平凡レベルのアイドルなの?

TSUBASA:まさか、これでも元トップよ? 忙しさもエリーの比じゃないわよ?

エリー:マネージャーさんは?

TSUBASA:ふふ、立場的には私の方が上よ?

 

 ということになった。

 何を言っているのか私もわからないけど、私も何が起こったのかさっぱりわからない……。



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(※) 亜里沙ルート プロローグ 09

 大変なことになった。

 私の思い至らぬところで、

 私自身が巻き込まれている。

 

 この感覚は、穂乃果の高校時代。

 μ'sの活動に自分から参加するようになって、

 どちらかと言えば行動を諌めるような立場になってからの感覚に似ている。

 

 某ロックバンドに影響されて白塗りをして、

 理事長からこっぴどく叱られて以降から、私の発言力は低下。

 まあ、絵里ちゃんは常識人だけど常識ないもんね。

 そう、ことりに告げられて。

 なんとかして希(あれ以降のまとめ役)に発言力の復活を目論んだところ。

 

 まあ、エリちは口を開かなければ真面目やからなあ。

 それ以降希のサポートは得られず。

 ニートになってから、ちょくちょく頼られるようになって、

 現在に至るわけだけど、あの。

 私の高校時代ってそんなにポンコツだったかしら?

 

 私はにこが頼んでくれた(お金も払ってくれた)

 タクシーに乗りながらシェアハウスに帰っているわけだけど。

 A-RISE復活祭にはできるだけ参加しないぞと心がけながら、

 とりあえず一緒に踊りましょうというツバサのLINEを黙殺し

 タクシーの運転手さんの興味有りげな視線を華麗にスルーし

 窓の外を見つめたまま、いかにしてハニワプロとかUTXに行かないようにするか

 そんなことを考えていた。

 

 エトワールに帰った時には、

 心配げな朝日ちゃんが玄関先に出ていた。

 ついでに善子さんも。

 私が着てからというもの、なにを意識しているのか

 厨ニが復活しつつある善子さんだけど、

 髪の毛をバッサリ切って以降(当人いわくルビィちゃんに影響されたらしい)

 真面目な会社員モードでいればこれほど話しやすい人もいないので

 できれば、そのままのあなたでいてって思っている。

 

「ああ、澤村さん、よかった、連絡がないからどこかで腱でも切っているのかと」

「ごめんなさい、ちょっと色々あったのよ」

 

 こころちゃんを道端で拾ってから本当に色々なことがあった。

 にこの甘言に乗せられたというべきか、A-RISEが一日限りの再結成なんてことになり

 その準備に忙殺されかねない状況になりつつあるけど。

 私の本業はあくまでもシェアハウスの管理人(ついでにアイドルの指導)

 ツバサの友人とかそういうのはあくまで副業、添え物である。

 

「このまま昼までに帰ってこなかったら、どうしようかと」

「ん?」

「善子さんが昼食の材料を買ってきてくれたは良いんですが」

「……うん」

 

 なんか、新しい問題の予感。

 

 シェアハウスの中に入ると、冷蔵庫に入り切らなかったと思われる。

 そんな野菜やら何やらが台所に置きっぱなしになっていた。

 とりあえずお酒とか飲み物のたぐいは冷蔵庫から取り出し、

 ナマモノを必死になって冷蔵庫にぶち込み、仕上げに消臭剤を撒いておいた。

 

 善子さんは張り切って(方向性は間違ってるけど)パーティをしようとしてくれたらしい。

 当人いわく、私の歓迎会とのことだったけど、料理も何もかも主催者が準備しなければならない。

 まあ、その気持ちだけは受け取っておくにしても、

 カレーの材料だけは如実に避けているあたり、朱音ちゃんの対策はバッチリである。

 

 それはともかく。

 にこのところでだいぶ過ごしてしまった(些末な処理に巻き込まれた)ので、

 もう昼食の準備をしなければいけない時間だ。

 理亞さんは徹夜エロゲーでもやっていたのか起きてこないけど、

 なにか食べたいと言った時に料理がないと、文句を言われかねない。

 

 まあ、細かいことにグチュグチュ言われるのは慣れているので、

 そんなに気にするべき問題でもないけれど。

 

 朝日ちゃんと善子さんに何を食べたいのか訪ねたところ、

 さっぱりしたものがいい! という宣言があったので、

 うどんを茹でる準備をしておいて、野菜やらなにやらを刻んでおく。

 これだけだと食べごたえがないので、スーパーで惣菜でも買ってくるかな?

 冷蔵庫の中身とにらめっこをしながら考えていると、

 階段を降りる音が聞こえてきた。

 

「澤村絵里!」

 

 目が合って早々名前を怒鳴られる。

 充血した眼で睨みつけられると流石にドン引きするけど、

 どうやら彼女も眠っていた所を起こされたらしい。

 

「プロデューサーから電話あった! あなたとんでもないことをしてくれたわね!」

「そのことについては、なんていうか、私の知り合いが如実に関わっており、当人黙秘を」

「ええい! 黙りなさいな! 朝日! 善子! あなた達も関係のある話よ!」

 

 台所にぞろぞろと集まったメンバーを見渡して、

 理亞さんは口を開いた。

 

「まだ日取りは決まってないけど、A-RISEが一日限りの復活をするそうよ」

「おー、それはすごいですね!」

 

 朝日ちゃんが反応をする。

 善子さんはあまりことの重大さに気づいていないのか、

 どちらかと言えば早く昼食を食べたいみたいな顔をしているけど。

 

「そして、その準備のためにハニワプロでレッスンをするそうです」

「もしかして、それって見学できるんですか?」

「見学どころじゃない……! 私たちも一緒にトレーニングできることになったの!」

 

 うん?

 

「ええ、どうしてそんなことに!?」

「それは……まあ、大人の事情があるのよ」

「私たち大人だけど」

「黙りなさい善子! とにかくこのチャンスを生かさない訳にはいかないわ!」

 

 大興奮の理亞さんに対し、善子さんと私はひたすらテンションが下がる。

 どうせ、どこぞのデコのリーダーがレッスンするならみんなで!

 とか言って、じゃあ、期待株(ハニワプロの中では)の私たちに一緒に踊らせて

 パワーアップをさせようという魂胆なのかもしれないけど。

 

 まず、ツバサたちと踊ろうものなら私の正体がバレかねない。

 それだけでも面倒くさいのに、やたら好感度の高いA-RISEのリーダーが私とベタベタしようものなら

 理亞さんに後ろからカッターナイフで刺されかねない。

 

 今日は平日で亜里沙も仕事をしているだろうから、

 理由はわからないけどハニワプロに行く訳にはいかない、行ったら刺されちゃう。

 

「澤村絵里! あなたも行くのよ!」

「昼食の準備が忙しいし」

「そんなもの全部食べてやるわよ!」

「善子さんの買ってきた材料も食べないと」

「全部食べてやるわよ!!」

 

 理亞さんが強引だ。

 朝日ちゃんは本当に期待たっぷりといった感じで、

 こちらを見てくるけど、

 私は正体を隠さなければいけないという使命感と

 亜里沙にバレたら、何を言われるかわからない。

 そんな恐怖感にひたすら悪寒を覚えていた。

 

 とはいえ、昼食は採らないといけないし(揚げ玉で我慢した)

 理亞さんはやたらハイテンションで「Shocking Party」を鼻歌で歌い。

 テレビでは日本相撲協会が相変わらず問題を起こしており、

 貴乃花親方の仏頂面を眺めながら、このまま何事もなければいいけど。

 なんて考えていた。

 

 その願いが叶うことは絶対に無いだろうな。

 予感めいた確信を得て、時間は流れていく。

 

 重い足取りでハニワプロに向かい、

 相変わらず大きなビルだなあ、なんて現実逃避をしながら中に入り、

 以前に入ったレッスンルームの数倍を誇るVIPルームに行った。

 というのも、以前対応してくれたプロデューサーさんに促されるままに

 入ったその場所で待っていたのは――!

 

「来たわね……澤村絵里と愉快な仲間たち!」

 

 ちっちゃいくせにオーラが半端ない(理亞さんが卒倒しかけた)

 綺羅ツバサと愉快な仲間たちが偉そうな感じで立っていた。

 私は頭痛を感じつつ、できるだけ仲間を全面に押し出し、

 女性としては高めの身長をできるだけ屈ませていた。

 

「恥ずかしがらなくても良い、私たちは同志だ」

「そうよー、これから一緒にレッスンする仲間だもの、緊張せずに、ね?」

 

 ちなみに、学校を早退することになって参加している

 エヴァちゃんと朱音ちゃんの表情は意外にも明るい。

 口では姉と一緒に練習なんて! とか言っていたけど

 めちゃくちゃ嬉しそうな笑顔を浮かべていたので何も言えなくなってしまった。

 なお、エヴァちゃんにA-RISEのことを説明するのには二〇分かかった(理解しているかは怪しい)

 

「今日はよろしくおねがいします」

 

 一応年長者として挨拶。

 事前の打ち合わせでは理亞さんに全部任せようということにしたのだけど、

 生A-RISEに舞い上がって言葉が出なくなってしまった彼女には荷が重く 

 しょうがないから、卒業式時の希と同じような三つ編みにした私が対応する。

 

「右から、統堂朱音、エヴァリーナ、津島善子、栗原朝日、えーっと、以上」

「ふっ、主役は最後に紹介するということね」

「恥ずかしがらなくても良いんだぞ、澤村絵里」

「そうよ、澤村絵里さん」

 

 自分を紹介しないと、今後共澤村絵里と連呼されかねないので

 渋々、自分がお味噌であることを宣言しつつ名乗った。

 ちなみにだけど、今日は仕事があったのに付き合ってくれている理亞さんは

 さっきから興奮した様子で、Wonder zoneを口ずさんでいる。

 それはA-RISEの曲じゃない。

 

「それにしても朱音、こんなところで会うとはな」

「ふん、足を引っ張らないでよね! あなた方は時代おくむがむが!」

 

 暴言を吐こうとした朱音ちゃんの口を、朝日ちゃんと一緒に押さえる。

 よもや口論になろうはずもないけど、問題は少ないほうが良い。

 まあ、ちっちゃいことで怒るA-RISEのメンバーはひとりもいないんだけどね? 

 近くで聞いているちっちゃいツインテールの核弾頭が怖いだけだからね?

 

「エヴァリーナです、えーっと、Aries?」

「A-RISEだね、Ariesだとおひつじ座ね」

「えーと、私は絢瀬絵里以外のスクールアイドルには、とんと疎く」

 

 A-RISEの三人から半信半疑みたいな視線で見られる。

 一応、正体を隠したほうが良いというのは知っているみたいだけど

 私=絢瀬絵里というのに気づいていないという事実は疑っているようだ。

 いや、私も実際ドッキリなんじゃないかと思ってるんだけどね?

 

「……みんなは、絢瀬絵里は好き?」

「ふん、当然じゃない!」

 

 朱音ちゃんの台詞に姉が凹む。

 いや、昔はお姉ちゃんお姉ちゃんと可愛くて……というのは後日談。

 

「エヴァは、絵里みたいになりたくてアイドルしてます!」

「そう」

 

 綺羅ツバサさん、そこで私を見ても仕方ないよ?

 なんか、目のハイライトが消えてヤンデレっぽい態度を取られても困るよ?

 

「朝日さんも、善子さんも?」

「はい、UTX卒業生の私が言うのもアレなのですが」

「見た目からして格好良く、目立つ! 金髪! 抜群のスタイル!」

 

 善子さんが興奮している様子でも、小原鞠莉さんという上位互換がいた気がするんだけど?

 高校時代の私の身長とそれほど変わらなかったはずだし、スタイルだって……。

 

「そう、じゃあ、私が知っている、絢瀬絵里さんのポンコツエピソードを」

 

 綺羅ツバサ先生の課外授業が始まる。

 

「高校一年生の時、アコースティックギターにハマったエリー」

「ちょ、誰から聞いたのよそれ!?」

 

 μ'sのメンバー(希は除く)でさえ知らない情報に、私は全力で止める。

 

「まあまあ、良いじゃない澤村さん。澤村さんにはなんにも関係ないでしょ?」

 

 理亞さんに羽交い締めにされたのと、

 誰も止める気配すらなく、耳をダンボにしていたので

 私は諦めて、ツバサの話を促した。

 

「当時から生徒会に出入りしていた彼女は……」

「……」

 

 一時期、本気でグループサウンズにハマった私は、

 当時懐メロ好きだった先輩たちに声をかけ、ギターで曲を弾くという活動をしていた。

 今に思えば聞けたもんではないレベルの演奏と、歌声が生徒会室に響き渡り

 職員会議で問題視された。

 

 何度ともなくやめるように言われたものの、

 どうせならもっと大掛かりにと悪乗りした先輩と一緒に

 体育館でゲリラコンサートを開き、1週間ずっと反省文を書かされ続けたことがある。

 ちなみに、希はその時の出来事をきっかけにSENTIMENTAL StepSを作った、意味がわからない。

 

「さすが絢瀬絵里……! 私には想像できない行動をする……!」

 

 心底感服したといった感じで朱音ちゃんは言っていたけど

 黒歴史を掘り起こしてきたツバサにはなんとかして逆襲したい。

 

 その後、談笑に花が咲いたものの、

 レッスンの先生が入ってきて、みんなの表情が真剣なものに変わる。

 私は知る由もなかったけど、その先生、業界でも指折りの厳しい人らしく、

 アイドルの間ではハートマン軍曹とあだ名されているとか。

 

「お前らは屑だ!」

 

 レッスン開始なり、そう宣言した先生は、ひとりひとりに(理亞さんは逃げようとしたけど捕まった)

 トレーニングメニューを課し、日頃からわりと鍛えている私でさえもキツかった。

 以前準備体操でさえキツそうだった運動不足の朱音ちゃんは早々に悲鳴をあげ、

 レッスン終了後の1時間は誰も口を開くことがなく、

 疲れも取れた頃に

 いったい誰のせいでこんな目に遭っているのか! 澤村絵里のせいだ!

 などというツバサの音頭で、理不尽に責められた。

 

 朝日ちゃんが一番私の悪口を言ってた。

 

 

 ハートマン先生のトレーニングメニューをこなせるようになるまでには

 およそ1週間の時が必要だった。

 さすがのA-RISEのメンバーはあんじゅを除いて3日くらいで慣れたみたいだけど

 私たちはハニワプロから帰ってから夕食を食べる気力もなく、

 順番にお風呂に入って死んだように眠り、朝になったらハニワプロに向かい

 休憩時間にゾンビのように食事を摂るという日々が続いた。

 おかげでシェアハウス内の仕事はほとんどこなさずに済んだけど、

 日々、膨らんでいく私への呪詛の言葉に、冷や汗をかきながら日常を過ごした。

 

 8日目にはトレーニングに加えてダンスのレッスンも始まった。

 

 一ヶ月後にA-RISEの一日限りの復活ライブをUTXのコンサート会場で

 開くことが決まって急ピッチで準備が始まったとにこから聞いた。

 なんでも、業者が勢揃いで突貫工事を行っているらしく、

 事故が起こったらハニワプロのせい(真顔)と通話越しに言われる。

 なお、お客はマスコミ関係や競争率が200倍以上の確率でチケットをもぎ取った生徒たち。

 その生徒の選考には、芸能プロダクションにスカウトされそうなレベルの高い生徒だった

 などという噂もあるらしいけど、

 元が、二代目A-RISEを作るために先代が努力するというコンセプトだから致し方ない。

 少しでも、見ている人たちの琴線に刺さるよう……

 

 という裏の意図は、私とA-RISE以外のメンバーには伝えられることはなかった。 

 

 いつの間にかにグループのリーダー格扱いされている自分に、苦笑いしつつ。

 ついでに言えば、理亞さんが練習に参加したせいで、A-RISEの前座でアンリアルの出演が決まり

 ルビィちゃんが二日目からレッスンに参加し始めた。

 善子さんは大変喜び、なおかつ張り切っていたけど、

 いつの間にか二人の間には会話が無くなっていった、今後が心配である。

 

 トレーニングも2週間が過ぎ。

 シェアハウスに帰った以降にも会話がポツポツと出るようになってきた

 そんな日のこと。

 

「……強化合宿?」

 

 レッスンも順調にこなせるようになってきた我々の次の課題は

 グループ間の交流不足である。

 なんて話を南條さんから聞いて、いや、私たちは別にステージに出ないし

 と思いながらトントン拍子で軽井沢にまで連れてこられた。

 

 学校を長い間休むことになった朱音ちゃんとエヴァちゃんには気の毒だ!

 と思ったけど、二人はむしろ学校に行かないことを喜んでいたので何も言えなくなった。

 途中みんなで乗り込んだバスの中でも、

 朝日ちゃんが心配そうに二人の成績の話題を出したけど、

 いざとなればアイドルとして食べていく! と朱音ちゃんが言って英玲奈が泣いた。

 

 高校に行かないという宣言を嘆いたわけではなく、

 自分のできなかったことをしてくれると信じての行動らしかったけど。

 そもそもA-RISEがアイドル業界から引退したのはあんじゅの結婚が……。

 

 あと、よく分からないんだけど。

 私たちの合宿に、きぐるみを着たプロデューサーがついてきている。

 一言も声を発さず、交流はスケッチブックに書かれた文字のみ。

 それと、理由もなく私を避けてる。

 

 私が隣に立つ機会があると、さささと移動をしてしまうし

 きぐるみ越しだからわからないけど、真剣な態度で会議している最中に出くわしたら

 理亞さんにドロップキックを食らった。

 なんでも、彼女が全幅の信頼を寄せるPらしいけど、私にとってはただの胡散臭いきぐるみだった。

 

 あんじゅと一緒に料理当番に指名された私は、

 レッスンを10分間だけ免除され、みんなの食べるメニューを作る。

 食事をするのはアイドルのみで、スタッフは外で食べるらしいけど

 どうせ合宿っぽくするならみんなで調理すればいいのにと思わないでもない。

 

 まあ、シェアハウスのメンバーは包丁を握ったら危ないレベルで疲れてるみたいだから

 何ができるわけでもないんだけどね……。

 

 今日も今日とて、材料だけはふんだんに用意されていたので

 ちょっと凝ったメニューを用意した。

 レッスンで死んだようになってるみんなが、一瞬だけ生気を取り戻した目をしたので

 あんじゅと一緒に密かに喜んだ。

 だけど、食事の際に会話がなくて、お通夜ムードだったのは解せない。

 せめて美味しいの一言くらいあれば良いんだけどねえ……。

 

 交流が目的のはずなのに、レッスンで疲れて会話どころじゃない。

 そんな生活が1週間続き、そろそろフォーメーションや振り付けの確認に入る

 なんていうことになった。

 やれやれ、これからはA-RISEやアンリアルの二人とは別行動かなー?

 とかなんとか、善子さんと話していると、

 南條さんに声をかけられた。

 

「では皆さんも」

「ん? え、私たちは別にA-RISEのパフォーマンスとは関係も」

「ハニワプロは無関係の人間をレッスンに参加させるほど暇ではありません」

 

 ……?

 

「ええっ!?」

 

 全員で顔を見合わせながら、驚きの声を上げる。

 

「もしかしてこれは……」

 

 もしかして。

 A-RISEの復活ライブを踏み台にした

 私たちのデビューライブなのでは?

 

 ……いやいや!

 

「ば、バックダンサーとしての出演ですよね?」

「はい?」

「さ、澤村さん! 裏方ですって! バックダンサーなんて恐れ多い!」

 

 朝日ちゃんが慌ててる。

 自分たちの実力が飛躍的に上がっているとは言いつつ、

 知名度もない、それどころか存在自体を知られてない。

 よもやそんな連中を舞台にあげようとなんて

 

「安心してください、地獄はこれから始まります

 地獄のレッスンが……ね?」

 

 悪魔のような笑みを浮かべた南條さんに言われて、

 意識を失いそうになったけど、こちらを見ていると思わしききぐるみと目が合って

 お姉ちゃん大変なことになりそうだよ、と遠くにいる妹に向けてメッセージを飛ばした。

 



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(※) 亜里沙ルート 第一話 01

 レッスンが終わったと同時に、

 床に倒れ伏し、ひとっつも動かなくなった朱音ちゃん(6日連続6回目)

 そんな彼女のほっぺたをエヴァちゃんと二人で突っつきながら

 私はここ最近のハードなメニューを振り返っていた。

 

 なんと起床は朝の五時。

 それからご飯も食べずに柔軟から基礎練習。

 口々では、地獄なんて! と南條さんを笑っていた

 私たちの鼻っ面を見事にへし折ってくれた。

 なお、ここ数日のレッスンで中国雑技団にも出れそうなレベルで

 私は柔軟ができるようになり、他のメンバーから失笑された。

 

 ハードなトレーニングで朝食もロクに食べられないメンバーが揃う中

 そのころになってようやく起床してくる他参加者に

 やつれたねと苦笑いされるケースも増えた。

 消耗が激しかった朱音ちゃんのために

 一回カレーが出たことがあったんだけど、

 目の前にあったスプーンを持とうとして落とすことを繰り返し、

 食事場は一瞬でお通夜の空気になった。

 なお、英玲奈はその際、口移しでも食べるかと言ってツバサやあんじゅに止められてた。

 

 

 メニューは軽いのに重い朝食が終わると、レッスンが本番になる。

 トレーナーだの、振付師だの、そういう肩書のひとが

 入れ代わり立ち代わり、現れるは現れる。

 いやあ、こんな人に教えてもらえるなんて嬉しいなーって言っていたみんなも一日すると、

 振り付けとかの前に顔を覚えなきゃいけない状況に文句が出た。

 

 一日中踊ったりなんだり、

 以前流行した、太った人がダイエットする番組を彷彿とさせるレッスン量に

 よもや体重が数キロも落ちてやしないかと思って体重計を探したら

 前日に同じことを考えついたらしいツバサが、曇った笑顔で

 

「エリー、女の子が痩せる時は胸から痩せるそうよ」

 

 などと言いつつ、私の脇を通り過ぎていった。

 哀愁が漂う背中だった。

 

 紆余曲折があったものの、

 アイドルとして活動ができるかもしれないと喜んでいるメンバーを差し置いて、

 私の立場はひたすらに微妙だった。

 

 自分が絢瀬絵里だということはおくびにも知られてはならないし。

 アイドル活動を喜んでいるというわけでもない。

 寮の管理をする仕事だったはずだよな? などと疑問に思えば

 今やっていることがそれの延長線上にあるのかどうか考えたら闇に落ちそう。

 

 私の人生、

 割と巻き込まれるままに時間が流れてしまうことが多いけど、

 今回の件は人生最大級の巻き込まれっぷりである。

 なぜニートだった私がいつまにかにアイドルに混じってレッスンを受けているのかとか

 1日15時間も踊り続けているのかとか、

 センターは澤村さんに決定ね! っていうみんなの笑顔に苦笑しながら

 まあ、そういうのも悪くないかもしれないな、って思い始めた自分とか

 ほんとう、疑問に尽きないことは多いんだけど……。

 

 

 あと、μ'sのメンバーにLINEを送ると返信が来なくて怖い。

 これからちょっと忙しくなるからっていう穂乃果とか海未とかのLINEを最後に

 どんなに送っても既読にすらならない。

 もしかして私は浦島エリちになったのかと思ったけど、

 その事を理亞さんに言ったら遠い目をしながら、

 友情って簡単に瓦礫のように崩れるのよね、そうそう姉さまとも連絡が取れなくて

 って言って、姉妹間の仲が心配になった。

 

 A-RISE復活ライブまで後2週間になった日、

 そういえば自分たちのグループ名とかどうなるんだろ?

 なんてことが頭をよぎったので、たまたまいたキグルミのプロデューサーに

 その事を言ってみると、中に入っている人が強烈に慌て始めたことが分かるほど

 バタバタと動き出してどこかに行ってしまったので、

 ちょっと相談する相手を間違えたな、って思いながらレッスンに取り組んだ。

 

 その後、レッスン終了後真っ白に燃え尽きたジョーみたいになった朱音ちゃんを

 温泉まで連れていき、身体や髪の毛を洗ってあげている最中、

 南條さんに手招きされたので、行ってみることにする。

 

「どうしました?」

「レッスンでお疲れのところ申し訳ないんですが、相談したいことがありまして」

「相談? 南條さんが私にですか?」

「え、グループ名のことについて、ぜひ絵里さんの意見を聞きたいと思いまして」

 

 忘れてた。

 そういえば朝に、そんな事が頭によぎったなと思ったけど。

 そんなことをおくびにも出さず、ようやく気づきましたかって言わんばかりの態度を取る。

 なお、南條さんの視線の温度が2度ほど下がったので、私は平身低頭スタイルを取った。

 

 

 お風呂上がりになんとも暑そうなキグルミPを眺めながら、

 彼(もしくは彼女)はいつ脱いでいるんだろうと疑問に思ったけど、

 そういえば、私らが着替えてたり、無防備なだらけモードでも平気でその場にいるから

 仮に男性だったらちょっとしたスキャンダルだなって思った。

 

「グループ名だけじゃない、掛け声も決めないと」

「そうですね、ツバサさん」

 

 今この場にいるのは、私とツバサと南條さんとキグルミさん。

 他のメンバーは参加させないのかと聞いたところ、

 そんな事はいいから寝かせて欲しいと懇願されたとか、

 割とグループ名って重要だと思うんだけども……まあ、朱音ちゃんを参加させようものなら

 シスコンお姉さんがついてくるので、そのあたりの判断は正しかったかもしれない。

 

 なお、統堂姉妹の仲の良さを見て、理亞さんは最近ホームシックにかかった。

 

「ええと、プロデューサーからいくつか候補をいただきました

 ただ、グループのコンセプト上、やはり代表の絵里さんに決めてもらうべきかなと」

 

 なぜ私が代表なのかとツッコミを入れたかったけど

 いつの間にか、全員集合しているのにセンターで踊らされているのを見ても誰もツッコまないので

 まあ、そういうのもありかなって思いつつ。

 

「エリー、自分のグループなのだから素敵な名前を頼むわね」

「と言われてもねえ……はっきり言うけど、私命名センスとか無いわよ?」

 

 私がそう言うと、キグルミのプロデューサーが全力で首(だと思う)を振る。

 まるで、私の命名センスが素晴らしいと言わんばかりだけど、

 南條さんが微妙に慌てて、彼女(だと思うことにした)を止めていた。

 

 

「うーん、現役女子高生もいれば、アラサーニートもいるわけでしょ?

 だからなんとなく、ごちゃまぜとか、ていうか、このグループのコンセプトって?」

「ええと、はじまりとか、理想とか、希望とか、そういうのね」

「……私たちのどこにそのコンセプトがあるのかはわからないけど?」

「まあ、世の中のグループでコンセプト通りに行くなんてことはありえないから良いのよ」

 

 うーん、にしたって。

 メンバーに特別共通点があるわけでもなし。

 あるとすれば……なにか挫折しているとか、落ちこぼれ扱いとか、

 そうだなあ……。

 

「そう、考えてみると、私たちって再出発組だと思うの」

「再出発? そもそもエリーって再出発してるの?」

 

 ツバサがぐさっと刺さるようなことを言う。

 だけど負けない、エリーチカは女の子だから!

 

「だからねリスタートとか、そういう言葉を使いたいかもね」

 

 私の言葉を聞いたキグルミの人が、身体をびくんと揺らし何事かをスケッチブックに書き込んでいる。

 

【Re Stars】

 

 ――スケッチブックに書き込まれた言葉。

 

「これって、グループ名?」

「おー、言葉の意味はよくわからないがいい感じかも」

「そうですね、では読み方を一捻りしましょうか」

 

 みんなであれやこれやを考えた末、

 私たちのグループ名は【Re Stars -リスタ-】と決まった。



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(※) 亜里沙ルート 第一話 02

 A-RISE復活ライブまで3日。

 みんなの動きも完璧に思えるようになり、

 後は本番の会場で動きを確認するという段階になって問題が起きた。

 いや、問題が起きたと思ったのは私だけみたいで、

 何ていうかみんなが平然としているのが気になったのだけれど。

 

「広すぎない……?」

 

 そう、ステージがだだっ広いのである。

 アイドル30人くらいが踊って歌えそうな場所にぽつんと立ちながら

 何百人レベルで入れる観客席を見渡す。

 μ'sでは、割と狭い会場で踊ったりするケースが多かったから

 本当に圧倒されてしまいそうなくらいだ。

 

 本番では機材を置いたりなんだりするだろうから、

 一応これよりは狭くはなるのかもしれないけど、

 この場所にぽつんと5人立って歌って踊らされるかと思うと、

 私はちょっとだけ恐怖で震えてしまった。

 

「エリー」

「うん?」

「いついかなる時もね、センターっていうのは、リーダーっていうのは、

 平然としていなければならないのよ」

 

 ツバサは前を見ながら、さらに言葉を続ける。

 

「安心して、あなた達のパフォーマンスは保証するわ

 このライブは、絶対に成功する。

 ま、仮に成功しなかったとしたら、悪く言われるのはハニワプロだからいいのよ」

 

 

 外様のツバサさんとしたら、その悪評は結構困ったことになりかねない気がするけど。

 そういえば英玲奈は事務所が違うのに、ハニワプロ完全プロデュースを受けてるね?

 まあ、A-RISEは事務所の垣根を超えるほどのトップアイドルだから良いんでしょ(テキトー)

 

 その後、会場での本番を想定したリハーサルを行い、

 ここで、ちょっとみんなにドッキリしまーす! と南條さんが宣言し

 やれやれって感じで弛緩した空気が流れるかと思いきや、

 私以外のメンバーは真剣な表情で自分の立ち位置を確認していた。

 何も知らされていない私はと言えば、そのみんなというのは

 もしかして私のことではないのかと不安になったけど、

 誰を頼ることも出来ないので、ひたっすらウロチョロしていたら理亞さんにスネを蹴り飛ばされた。

 あまりの痛みに悶絶しているうちに、みんなの動きの確認も終わり、

 私はと言えば頭に特大のはてなマークを浮かべながら、

 ドライバーさんが運転するハニワプロのワゴンに乗り込んで、いずこかへと向かった。

 

 

 私の脳内で、以前も聞いた気がするカッポーンという音がした。

 ワゴンに揺られること数時間、

 μ'sのメンバーが集まっての飲み会というイベントが

 もうすでに遠い過去になってしまった感のある絢瀬絵里ではあるけれど。

 この場所は忘れようはずもない。

 

 東條希が花瓶の中に入りドッキリをしようとし、

 結果的に西木野真姫が呪いをかけられてのたうち回った、

 高海千歌ちゃんが働いている温泉旅館。

 

 

 以前も確か希が二日くらい貸し切りにしていたような?

 なんてことを考えつつ、まあ、芸能関係者が気軽に貸し切りにできる

 便利な旅館なのだと言う認識を深めた。

 

 ようこそアイドル御一行様という

 意味がよくわからない歓迎を受けた私たちは、

 中に入ると衝撃的な光景を見ることになった。

 

「な、なんで……?」

 

 スクールアイドルμ'sのフルメンバーが

 スクールアイドルAqoursのフルメンバーが

 スクールアイドルSaintSnowのフル……というか、鹿角聖良さんが

 その他諸々、様々な時代に活躍していたスクールアイドルのメンバーが勢揃いし、

 私たちを待ち受けていた。

 

 真っ直ぐな瞳を向けるみんなが、

 私たちを見つめていた。

 

 そして、私たちを押しのけるように前に立ったキグルミのプロデューサーが、

 南條さんに背中のチャックを外してもらい

 その中身を登場させると、

 私の周りから、

 スクールアイドルのみんなから

 とにかく大きな歓声がまき起こった。

 

「どうも、こんにちは 

 ハニワプロ所属

 このたびの企画のチーフプロデューサーを務めます

 絢瀬亜里沙と申します」

 

 昏倒するかと思った。

 驚きすぎて悲鳴をあげるところだった。

 でも、私は声もあげられず、

 何もすることも出来ず。

 

 愕然としているのを、

 力が抜けそうになるのを、

 ツバサと英玲奈に両脇を抱えられながら

 

 キャリアウーマン絢瀬亜里沙が

 

【A-RISE復活ライブにおける、Re Stars登場の運び、そして】

 

【アイドルを夢見る女の子たちに

 アイドルの力を見せつけるために

 かつてμ'sが巻き起こした奇跡

 SUNNY DAY SONGをみんなで歌うというイベントの詳細を説明するのを】

 

 貧血でも起こして倒れそうな勢いのまま、私は聞いていた。

 

 

 亜里沙が話しているのを訥々と聞いた後、

 彼女はこちらに目を向けずにどこかへと行ってしまったのを見たツバサが

 

「行きなさいエリー」

「何を言えば良いのか……わからないわ」

「別に、特別な話なんてしなくても良いと思うわ」

「その、私も状況を受け止められなくて」

「気まずいと思っているのは、彼女も同じよ、だから、安心しなさい」

 

 その言葉と同時に、右腕と左腕の支えが取られる。

 フラフラと二、三歩前に出て、そのまま旅館の屋上を見上げ

 本当は逃げ出したくて、 

 いつものパソコンの前に戻りたくて、

 ああ、そういえば愛しいパソコンはツバサの家だと思い出し、

 私は何かを振り切るように首を振り、

 すごいすごいと盛り上がってるRe Starsのメンバーに後はよろしくと告げてから駆け出した。



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(※) 亜里沙ルート 第一話 03

 どこに行ったか検討もつかなかったけど、

 働いていた仲居さんに、やたらめったら偉そうな態度をとったやつが

 どっかに行かなかったかと聞いたところ、3人目の人が亜里沙の場所を知っていた。

 

 

 いや、まあ、本当に偉そうに歩いているかどうかは分からないけど

 チーフプロデューサーというからには偉いんだろう、そういうところはわきまえている。

 立場が人を作ると言いますが、ニートという立場はいったい人間をどうするんですかね?

 なんて嘯いた亜里沙だから、人からどう見られて、どういう態度を取ればいいか、ちゃんとわかっているはず。

 

 離れにある結構大きな部屋の前で

 南條さんが苦笑いしながら私のことを待っていた。

 もうちょっと早く来れなかったんですかとは彼女の談だけど、

 それなら色のついた米でも撒いていてほしかった。 

 

「まあ、ちょっと昔話をしましょう」

「いや、私は、亜里沙と会話がしたくて」

「心の整理がつかないまま話した所で、良い結果は得られませんよ

 こういう時は年長の人間のすすめに従うものです」

 

 と言われてしまえば、年下の人間としては頷かざるを得ない。

 お互いに正対して椅子に腰掛け、南條さんが口を開くのを待った。

 

「亜里沙さんがうちのバイトだったのは知ってますね?」

「えーっと、どこで働いているのかまでは知りませんでしたけど、まあ、バイトをしていたのは知ってます」

「当時、私もプロデューサーなんて立場ではなく、一介の事務員でした」

 

 絢瀬亜里沙が高校入学した日。

 親友である雪穂ちゃんにアルバイトの面接に行くと告げ、

 電車に乗ってハニワプロに駆け込んだ亜里沙は――

 

「思えば、なぜウチだったんですかね?」

「もう10年も前ですけど、たぶん、そこしか知らなかったんだと思いますよ」

 

 アポもない、

 コネもない、

 ついでに言えば時間もない。

 そしてそもそもバイトの募集もしていない。

 そんなハニワプロに現れた亜里沙は、ここで働かせてください!

 と、どこかのジブリ映画の主人公みたいな台詞を吐き、平身低頭スタイルを取った。

 困った警備員のオジサンが、たまたまいた赤羽根プロデューサーに声をかけ、

 最初は芸能人になるつもりで来たのかと思った彼に案内されるまま、

 当時、本当にスカウトされて事務所にやってきていた月島歩夢-つきしま ぽえむ-と

 事務所で待つことになった。

 

「その時にお茶を出したんですが、いやあ、ほんとう、縁っていうのは怖いですね」

「お恥ずかしい限りです」

 

 歩夢が亜里沙を見た瞬間、あまりの可愛さに田舎に帰ろうかと思った。

 なんてエピソードがあるらしいけど、それは置いておいて。

 怖いもの知らずだった亜里沙に対し、こんな人が同期になったら自分が霞む!

 と思った歩夢は何とかして帰ってもらおうと、自分が知っている芸能人の怖い情報を亜里沙に告げる。

 そもそもハニワプロをスクールアイドルが集う事務所だと勘違いしていた亜里沙は、

 キョトンとした表情のまま、歩夢のする話を聞き入っていった。

 なお、その時の話の九割は彼女の妄想で、聞いていた南條さんは絶対にコイツは売れないなって思ったらしい。

 

「私もμ'sのことは知っていて、推しはあなただったんですよ?」

「いや、あの、恐縮です……」

 

 

 やがて、赤羽根プロデューサーと現れたのは、当時社長職を引退して、会社にも時折遊びに来ていたという徳丸氏。

 元は超ベテラン俳優だった彼を連れてきたのは何故かって言うと、

 

「赤羽根Pはああ見えて、努力とか根性とか運命とか大好きですからね」

「どの要素も当時の亜里沙が持ち合わせていたとは……」

 

 いやまあ、可愛い子を見せたら徳丸社長も機嫌も良くなって帰るかと思った

 とは、後日の赤羽根プロデューサーの談だけど。

 とにかく、月島歩夢も、もちろん絢瀬亜里沙も期待なんかされちゃいなかった。

 しかし、

 

「亜里沙さんは、元社長に説明したんですよね」

「……何をでしょう」

「絢瀬絵里の素晴らしさをです」

 

 当時、A-RISEというスーパールーキーを他の事務所に取られ、

 アイドルとか女優とかが引き抜かれてしまい、すっかり斜陽事務所になっていたハニワプロは

 一人くらいμ'sのメンバーが入ってくれないかなとか考えていたとか。

 後々、タレントになって大活躍することになる星空凛や、声優になって多くの作品に主演を果たすことになる西木野真姫といったメンバーはまだ高校生だったし、

 高校卒業と同時にアイドルの道に進むことになる矢澤にこは、別の事務所でデビューが決まってた。

 

「それはもう、すごい勢いでした。絢瀬絵里自体は私も知ってましたし、

 それなりに知識もあるかなって思ってたんですが

 いや、ほんとう、愛されるって素晴らしいですね」

「あの、勘違いしないでほしいんですが、亜里沙は海未推しで」

 

 東條希は神田明神でトイレットペーパー占いとかいう意味のわからない占いにハマり、

 私は普通に大学生になって芸能活動なんて微塵も興味がなかったので、

 よもや亜里沙が芸能事務所で自分の自慢話をひたすら繰り返していることなどつゆも知らず。

 アルバイトの件に関しても、ちょっと移動に時間がかかる場所にあるくらいしか知らなかった。

 

 

 絢瀬亜里沙の姉に関する自慢話を約二時間聞いた徳丸社長は、

 その場で彼女の採用を決め、その勢いで月島歩夢も採用してしまった。

 後にその二名がハニワプロの業績をV字回復させることなど、

 当時の徳丸社長が考えていたかどうかは定かではない。

 何でも三年ほど前、その社長は病気で亡くなってしまったそうだから。

 

「私はと言えば、ようやく後輩もできて、これでお茶くみから解放されると思いました」

「あー」

 

 事務員として採用された亜里沙は、最初こそ殊勝な態度で仕事をこなしていたものの

 いつの間にか、雑務よりアイドルと交流しているケースが増え

 マネージャーやプロデューサーと言った自分の上司を無視し、

 面白がった元社長の後ろ盾を得て、まずは一番仲が良かった月島歩夢のプロデュースに乗り出した。

 なんでも、当時駆け出しアイドルだったA-RISEの綺羅ツバサが、

 オーディションにやたらハイテンションにやってくる二人組を見て、

 芸能界っていうのは本当に怖いところだと思ったらしい。

 ハラショーハラショー言いながら、オーディションに落ちても落ちてもへこたれない二人に

 二ヶ月後、一つの仕事がやってくる。

 

 出番にして五秒ほど。

 とある映画のワンシーンに出演することになった歩夢は、

 どうせだから、他の出演俳優の台詞も覚えてしまおうとかいう亜里沙のアドバイスの元

 台詞の九割を諳んじることができる状態で仕事に臨んだ。

 

 収録までの待機時間にわりと暇だったらしい亜里沙たちは、

 他の俳優の台詞を諳んじるゲームをして盛り上がったとか、

 頭のおかしなことをやっている二人組がいると箱部屋で噂になり、

 その噂を聞いたとあるベテラン切られ役俳優の人が監督に

 なんか面白い若手のアイドルがいるらしいよ? みたいに告げたことがきっかけで

 なんと月島歩夢は、知名度もない状態で映画の主演に抜擢される。

 

「異常です、ありえない、スポンサーにも、知られてもいないアイドルなんて使うなと言われました」

「まあ、なんていうか、すみません」

「ただまあ、そんなスポンサーを黙らせる手段がなかったので……」

 

 

 絢瀬亜里沙はプロデュースしていた月島歩夢ではなく、

 なんと、私の自慢話をスポンサーに告げる。

 芸能人ですらない元スクールアイドルの話をひたすら聞かされたスポンサーの中で

 クリハラという総合商社が、この二人はオモシロイと思ったとか。

 

「……栗原?」

「ええ、朝日さんの親御さんが社長を務める会社です」

「いや、なんか別の人の顔が頭をよぎったような……?」

 

 リーダー格の企業が賛同してしまったので、別の会社もなし崩しに歩夢の出演を認め

 もう怖いものはないので、演技に集中となった際、一つ問題が起こった。

 子どもの頃から演劇に親しんでいた歩夢も、あくまでもちょっと上手なアマチュアレベルだった。

 クランクインまで時間があったので、演技の練習をしなければとなった際、

 声をかけてくれたのは、ヒナプロジェクトという同人サークルだった。

 

「同人て」

「いや、捨てたもんじゃないですよ? なにせ、ダイヤモンドプリンセスワークスを作ったところですからね」

「あー」

 

 μ'sのメンバーをモデルにしたキャラデザで、後に一世を風靡することになる

 ダイヤモンドプリンセスワークスというゲームを作ったのは、

 なんと、朝日ちゃんのお姉さんらしい。

 絵とシナリオを担当していた陽向さんは、声を当ててくれる人と歌を歌ってくれる人に困っていた。

 当時は18禁ではなかったダイワーは、

 絢瀬絵里と園田海未をモデルにした二人のヒロインしかおらず、

 陽向さん自身も、100本売れれば御の字だと思ってたとか。

 

 

 私は知らなかった話だけど、

 なんでもその陽向さんと亜里沙は元からめちゃくちゃ仲が良かったらしく、

 何故仲が良かったのか聞いても、南條さんは苦笑いして教えてくれなかった。

 

 とにかく、私の声を亜里沙が、海未の声を歩夢が担当。

 歌は亜里沙と歩夢のデュエットで収録し、万全の体制でマスターアップ。

 陽向さんはダメ押しとばかりに、交流があったらしい綺羅ツバサを売り子として呼んだ。

 なんでか知らないけど、この二人もめちゃくちゃ仲が良いらしい。

 栗原陽向という人物がどういう経緯で綺羅ツバサと絢瀬亜里沙の二人と仲がいいのか聞いても

 南條さんは苦笑するばかりでなんにも教えてくれなかった。

 

 とにかくまあ、そんな経緯もあって演技力の向上に励んだ歩夢が

 努力の人として、出演した作品の監督に気に入られ、

 後に多くのドラマや歌番組に引っ張りだこになるまでそう時間はかからなかったらしい。

 

「亜里沙さんは、まあ、とにかく、プロデュースしたアイドルと自分も一緒にやるってタイプで」

「そういえば、理亞さんは亜里沙のプロデュースを受けてるんですよね?」

「ええ、ほんとう、苦労しました」

「……? 理亞さん、そんなにエロゲーにハマってダメだったんですか?」

「今、歩夢さんとユニットを組んでいる聖良さんが亜里沙さんに、妹をよろしく見て欲しいってお願いしたまでは良かったんですけど……」

 

 今でこそ、絶大の信頼関係で結ばれてる(理亞さん談)二人だけど、

 顔合わせの日に理亞さんはなんと徹夜でエロゲーをプレイし大遅刻。

 なんとも言えない空気の中、二人の交流は始まった。

 

 亜里沙は基本的に、初対面のアイドルにはとにかく絢瀬絵里の自慢話をする。

 (絢瀬亜里沙の悪癖の一つらしい)

 大抵のアイドルは苦笑しながらその話を聞くらしいけど、

 

 

 徹夜明けで機嫌が悪かった(ついでに言えば私がニートしていることも知ってた)理亞さんは

 恍惚の表情で姉の自慢話をする自分の担当プロデューサーに向かって、

 でも今はダメ人間なんですよね、と反発、結果大喧嘩になる。

 その後一週間、顔を合わせれば罵り合いの喧嘩をしていた二人は――

 

「は? 理亞さんが家に?」

「ええ、覚えてません?」

「ぜんぜん」

「まあ、当時の理亞さんはわたモテのもこっちみたいな外見でしたからね」

 

 とか言われても、まったく記憶の端にも引っかからなかった。

 何でも私の手料理も食したそうだけど、

 亜里沙がお客さんを連れてくるなんてことがあったかどうかもわからない。

 

 が、そのような交流があっても、亜里沙と理亞さんの仲はまったく改善されず、

 プロデュースもなかったことにして、理亞さんもハニワプロを解雇される寸前まで行ったとか、

 もう、これで最後っていう交流の際に亜里沙が理亞さんに、

 なにか後悔していることはあるかと問い、

 当然のごとく、絢瀬絵里を批判した件が出てくるかと思ったら(それもそれでどうなのか)

 姉と一緒にステージに立てなかったこと、姉と一緒にデビューできなかったこと

 等々、とにかくまあ3時間ぐらい聖良さんのことしか語らず、

 ようやくそこで亜里沙が、自分たちは似た者同士なのかもしれないと気がついたとか。

 なお、亜里沙は理亞さんのことを、自分とは違う極度のシスコンと言った件については

 ハニワプロで「その言葉の意味を追求する会」が開かれたらしい。

 

「まあ、結果的に、シェアハウスでお姉ちゃんが恋しいって泣いていたルビィさんとユニットを組むことになるのはご愛嬌ですが」

「ハニワプロって妹率高いですね? 朱音ちゃんもそうだし」

「才能のありそうな妹は全員取れっていうのが合言葉ですから」

 

 うん、それは才能があるんなら妹でなくても取るべきだと思う。

 そんなことしてるとまた斜陽事務所になりますよ?

 

「と、過去話に花が咲き過ぎてしまいましたね」

「主に喋っていたのは南條さんなんですが、それは」

「まあ、何かあればフォローはしますので、殴り合いの喧嘩もオーケーですよ?」

「一方的に馬乗りになられて殴られるだけです」

 

 実際問題、亜里沙に殴られたことはないけれど。

 精神的なサンドバック扱いでフルボッコされたことなら、無きにしもあらずかもしれないけど。

 基本的に亜里沙にそういう扱いをされる時は、私に非があるので、

 八つ当たりとかそういうのはまるっきりないはず、恐らく、たぶん。



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(※) 亜里沙ルート 第一話 04

 南條さんに見送られた私は、

 旅館でも有数の良いところなんだろうなあ、みたいな場所を通り抜け、

 襖を開けて中に入る。

 襖なんでノックはしなかったし、声もかけなかったけど、姉妹だから平気だよね?

 

「姉さん、上司ともなろう人間の部屋に入る時に声をかけないとは、

 いい度胸ですね? 社会人の基礎からやり直しましょうか?」

 

 平気じゃありませんでした。

 私は苦笑いをしながら数歩下がり、

 このままUターンをして、逃げ帰ってしまおうかと思ったけど。

 

 

「お、お姉さまに対して、か、隠し事をするような妹に育てた覚えはありません!」

「育てられてません、隠し事をしていたわけでもありません」

「へ、へら、減らず口を!」

「その三下の演技、必要以上にハマっているのでやめて貰えませんか?」

 

 妹がドSです。

 今も、冷徹かつ見上げているのに見下したような目をしながら、

 この絢瀬絵里を完全に掌握しようとしている。

 南條さんに殴り合いもなんて言われたけど、

 恐らく、というか確実に、私がフルボッコされるだけで終わりそう。

 

「はあ、座ってください、正座でいいですよ」

「すみません、せめて足を崩せませんか」

「まあ、許しましょう、お酒は何が良いですか? スピリタスとかありますよ」

 

 乾いた笑いを浮かべると、本当にスピリタスを持ってきたので、

 せめてビール、あ、発泡酒で

 と告げたところ、社会人のお約束アサヒスーパードライ(瓶)を持ってきた。

 

「では、乾杯しましょう」

「はい、社長!」

「プロデューサーです」

 

 コツンと合わされるコップ。

 

「良い飲みっぷりですね、今度健康診断に行きましょう」

「お酒の席でそういう世知辛いことを言うのはやめましょう」

「まあ、良いではないですか……では、そうですね、なにからお話すればいいか」

 

 ここではじめて、亜里沙が戸惑ったような、恥ずかしげな表情を見せる。

 最初からそういう表情を見せてくれれば、私だって必要以上に肝を冷やすことも

 あるような無いような、まあ、それはともかく。

 

 

「今の私の肩書きは、ハニワプロのプロデューサーで、この企画の責任者でもあります」

「ずいぶん大掛かりな企画を立ち上げたものね」

「前々からにこさんとか、色んな人に声をかけてはいたんですけどね」

「……え、なに? にこは仕掛け人なの?」

「もちろんです、でなければホイホイUTXでライブなど出来ませんから」

 

 以前こころちゃんを拾って、にこの家に来た時には

 もうすでに絢瀬絵里を巻き込んだ復活祭の企画は通されていて、

 それどころか、私がニートしていた時代から、

 ハニワプロは水面下で動いていたという恐ろしい事実を聞かされた。

 

 いかにして、ハニワプロで本人の許可無く絢瀬絵里という人間が

 持て囃されてきたのか聞かなければいけない気もしたけど、

 私の大学入学から今までずっと待ってたなんて言われれば

 申し訳無さで切腹しかねないのでやめることにした。

 

「一番協力を頂いたのは、希さんです」

「あいつ……」

「A-RISEの皆さんや、ヒナちゃん、ちーちゃん、歩夢、まあ、色んな人たちが

 この度の企画に賛同しました。

 絢瀬絵里という人間にそこまでの価値があるのかという古い方もいましたが」

「いや、それ、普通の価値観だと思うけど……」

 

 あと、ヒナちゃんというのは先の陽向さんだとして、ちーちゃんって誰だ。

 私の知り合いの可能性が高いけど、記憶にも引っかからないぞ?

 

 

「姉さん」

「なあに?」

「下世話な話で申し訳ありませんが、絢瀬絵里という人間は、私の経験上、お金になります」

「……まあ、そのお金で私はニートしていたわけだから、あえてツッコまないけど」

 

 価値とか、よく分からない指針よりよっぽどマシだと思うけ。

 なんていうか、自分という人間を見誤りすぎてやしないかと思わないでもない。

 

「そういえば、Re Starsのメンバーって、何を基準にして選んだの?」

「シェアハウスの面接で、絢瀬絵里を語ったメンバーです」

「……え、本当に?」

「私が面接するときには必ず、好きなアイドルの話をするように面接をします。

 熱意とか情熱とか、基準は色々あるのですが、

 こうなりたい、ああなりたいという目標を示して頂くんです」

 

 まあ、理亞ちゃんという例外はいますが、

 と苦笑いをしながら亜里沙が語った時、私は思い当たることがあった。

 そういえば、私自身も忘れがちだったけど、

 シェアハウスの住人は私の顔を知らない私のファンだったな?

 

「じゃあ、何故私の正体が気づかれなかったのか……」

「薄々は気づいているのではないですか? 私は正直今回の合宿で

 メンバーが減るものだと思ってました。

 誰一人も逃げず、へこたれず、それでも前を向いてここまで来ました

 恐らく彼女たちが頑張ったのは、理想の絢瀬絵里が、近くで自分たちとレッスンしてくれたから

 なのだと思いますよ」

 

 いやあ、でも、朝日ちゃんあたりはツバサに乗せられて私の悪口めっちゃ言ってたけどなあ……。

 ああでも、仮に正体を感づかれているのに、悪口を言われてるとなるとそれはそれで……。

 

 

「じゃあ、ちょっと、真面目な話をするけど」

「姉さんにできるんですか」

「亜里沙は、この企画が終わったら、どうするの?

 私をプロデュースして世界でも取るつもり?」

「アホなこと言わないでください」

 

 そもそも絢瀬絵里で世界は取れません

 とか、冷静なツッコミが返ってくるかと思いきや

 

「そもそも私はハニワプロのプロデューサー、ただの社員です

 明日からお前は営業と言われれば従わざるを得ません、

 仮に上が絢瀬絵里で世界を取れといえば、仕方なく従いますが

 そんなことはありえません、夢を見ないでください」

 

 なんか辛辣な言葉になって返ってきた。

 まあ、確かに、今までニートだった人間がいきなり世界レベルにアイドルになるとか

 本当に夢物語も良いところである。

 

「まあ、今の所、A-RISEの復活ライブでツバサさんを売り出すことも出来ますし

 アンリアルも今まで以上に売れることになると思います

 もうすでにCDの発売も決まってますし、イベントの予定もありますし、

 Re Starsのメンバーにはもっともっと血反吐を吐いて貰うことになるかと思いますが」

「せめて当人の許可を取ってから企画は通してちょうだい」

「いいんですよ、絢瀬絵里以外の許可は頂いてますから」

「え、私の人権は?」

 

 A-RISEのライブを踏み台にした自分たちのデビューイベントかと思いきや、

 やっぱり、綺羅ツバサや鹿角理亞や黒澤ルビィを推し出すことを考えている辺り、

 このプロデューサーには本当、敵いそうもない。

 

「本当にお姉ちゃんが、

 嫌だって言ってやめたいというのなら、

 今からでもやめられますよ?」

「ふざけたこと言わないでちょうだい」

「本当に?」

「別に私を乗せた人物や、この企画に賛同する人が路頭に迷っても

 私自身はどうでもいいけどね?

 でも、私はあなたのお姉ちゃんなんだから、

 姉が妹にすべきことは、妹のお願いをかなえることでしょ?」

「シスコンですね」

「……ごめんなさい、恐らくだけど、ハニワプロのスタッフのほぼ全員が

 私と亜里沙のどちらをシスコンかと問われれば、間違いなくあなたを指名するわ」

「ハラショー……」



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亜里沙ルート 第一話 05

 感嘆するかのようなため息を付いたのち、

 一瞬だけ凹んだような表情を見せて絢瀬亜里沙ではあったけれど。

 ひとしきりブツブツと何事かを呟き、

 こちらをにらみつけるような視線を向けたあと

「姉さんは私を怒らせました」

 などという、絢瀬絵里の身を凍らせるような言葉を吐き出す。

 ただ、その台詞は見当違いの方向を見ながらの台詞だったので、

 言葉ほどのインパクトを私は受けなかったけれど。

 これがもし、壮絶に病んだ時の桂言葉みたいな顔をしての台詞だったら、

 私は全力で逃げ出してニートに戻ってると思う。

「ひとまず姉妹間の交流は終えられたようですね?」

 なんていう台詞を言いながら南條さんが部屋に入ってくる。

 そう言えば以前ふとした時に、私って南條さんと声が似てない? なんて会話をしたら

 Re Starsのメンバーから耳が腐ったんですかみたいな顔をされてスルーされた。

 手に瓶ビールを複数持った彼女は、私の後方に視線を向けた。

 笑いを堪えるような表情をしたのが気になったので、その視線を追ってみると

 絢瀬絵里衣装と世にも恐ろしい文章が書かれた箱の中に、

 薄い布のような、傍から見ていると絹一枚といった表現が似合いそうな

 衣装(笑)程度の産物があることに気がついた。

 私はその衣服を全力でスルーし、南條さんの瓶ビールに意識を向けたけれど、

「これから姉さんには、Re Starsのリーダーとして

 次のライブの参加者なり、関係者なりに挨拶をして頂きます」

 あの衣装を着て。

 と妹が指さした先には、当然のごとく薄い布一枚が置かれていた。

 アレを着る(というか羽織る? 身につける?)と、どういう経緯で決まったのかわからない

 Re Starsのリーダーとしてのポジションが確保できるのであろうか。

 もしくは絢瀬絵里の芸人としての資質を見出して、体を張ったギャグで笑いを取りに行く

 TOKIOのリーダーみたいなポジションを求められているんだろうか。

 心の中で涙を流しながら、静かに天を仰ぐと

 そこには亜里沙の字で「バカが見る」って書いてあった。

 涙の量が増えた。

 

 

 手渡された衣装を眺めながら、

 しばらく呆然としていると、

 南條さんから、私はきついけど絵里さんなら行ける。

 などという微妙に世知辛い励ましを受けた。 

 苦笑をしながら、なぜもう30に片足を突っ込んでいるアラサーが

 バニーガールなどという破廉恥な衣装をしなければいけないのかと

 心の中で絶えず疑問に思っていたけど、当然のごとく誰も答えてはくれなかったので

 仕方なしに解せないという思いを抱えながら衣装を着てみたけれど。

「この格好、二重の意味で寒くない? あ、もちろん身も心もって意味で」

 なんて尋ねてみたけれど、

 二人はお互いの顔を見合わせたまま、なんとも言えない表情を浮かべつつ。

 妹の方は、シリアスな表情(失敗している)をしながらこれからの事次第を説明してくれた。

 この衣装はハニワプロの忘年会で着せようと思っていたんですが、

 などと恐ろしい会話から始まり、

 とりあえず色んな人と挨拶をしなければいけないようだ。

 正体を知られてはいけないので、Re Starsのメンバーとは別行動。

 メンバーに会いに来た人はいないのかと疑問はあったけど、ひとまず放置。

 主役はリーダーである私というコンセプトらしいけど、

 何故そのリーダーが見せしめのような格好をさせられているのか。

 その問いには誰も答えてはくれないので、心に整理をつけて亜里沙の話を聞く。

 私専用の場所が用意されていると言うので、

 なんとなく腑に落ちない思いを抱えつつ、絶えず笑いをこらえている南條さんに見送られた。

 とりあえず、その瓶ビールの量を一人で飲んだら太りますよと忠告した。悔しいので。

 会場へと急ぐ道中、

 旅館のスタッフらしき人から、とても可哀想なものを見るような目で見られて、

 心の中でさめざめと泣きながらも、

 違うんです、これは妹の何らかの企みなんです。

 と主張しながら前を向いて歩き続けた。

 自身に用意されたという個室に向かう途中で

 亜里沙と一緒に歩きながらRe Starsのメンバーがいるという会場に視線を向けると、

 みんながみんな、絵に描いたような作り笑いを浮かべて応対しているのが気になった。

 妹の話では、誰もこのような扱いを受けたことがないからと説明してくれたけれど、

 そもそも各メンバーが何故この場にいて、このような扱いを受けているのかわかってないのではないか?

 なんて思ったけど、自分自身も何故こんな扱いを受けているのかわかってないので、

 それはきっと自分のことを棚に上げてドヤ顔で忠告するようなものだなと思い直した。

 会場ではえらくテンションの高い英玲奈が、妹の近くでハラショー! と叫んでいたので、

 まあ、楽しんでいる人がいるなら目的は果たせただろうと、なんとなく解脱した気分になる。

 脳内を諦観という言葉で支配され始めたあと、

 私は澤村絵里専用個室と書かれた一室に身を通していく。

 

 

 扉の先には二人の女性が待ち構えていた。

 一人は腰まで届くほどの長い髪に、

 いつも強気で行動していますと言わんばかりに眼光鋭くこちらを見て、

 不敵な笑みを浮かべている。

 その、ツッコミ待ちだとか、再会の抱擁を待つみたいな態度をされると、

 記憶に無いけれど知り合いの可能性があるのかもしれない、

 ただ、恐らく初対面だろうけど、

 初対面なのに相手がバニーガールの格好をしているという事実に頭痛を覚えた。

 もう片方の方は、理知的な印象を持つ眼鏡をかけた短髪の女性。

 記憶の範疇にまるで該当しない人だったので、

 仮に知り合いだったとしても、それほど縁のある人ではないだろう。

 ひとまず無難に丁寧な態度で「はじめまして」と言うと、

 亜里沙は何言ってんのこの人、みたいな顔でこちらを睨みつけ、

 髪がロングの方は愕然とショックを受けたと言わんばかりにガクリと崩れ落ちた。

 一方、メガネの方は苦笑こそ浮かべているものの、落ち着き払った態度で

「まあ、自分の今までの扱い的に、こうなるんじゃないかなあとは思ってましたけどね」

 なんてことを口から発しつつため息をついた。

 私以外の三名だけ、やたら期待を外されたみたいな態度でこちらを見て

 やがて何かを悟りきったかのような表情で天井を仰いだ。

 一人蚊帳の外に置かれた絢瀬絵里は、ちょっとだけ自分の迂闊さを反省しつつ

 今後このようなことはないようにしたく、と心の中で宣言しておいた。

 なんとも言えない空気を打開すべく、妹に対して「なんとかして」と視線を向けると、

 妹は指を3つ立てて、この分は貸しだという態度を示した。

 取り繕うように笑顔を浮かべ口を開いた亜里沙(目が冷たい)が、

「こちらの方は栗原陽向さん。

 サークルヒナプロジェクト代表であり、

 今回の企画立案やライブの内容にも協力していただきました

 なお、ハニワプロの大手出資者を家族にお持ちなので

 くれぐれも迂闊な発言などいたしませんよう」

 もう十二分に失礼な発言はかましているがな、

 という妹の無言の抗議をスルーしつつ、

 絢瀬絵里は今後の問題行動を警戒しながら、とりあえず愛想笑いを浮かべて頷いた。

「こちらの方は清瀬千沙さん。

 大手芸能スポーツ紙の記者です。

 この方の書く記事は業界関係者に評判で

 あまり変なことを書かれないように

 くれぐれも重々失礼のないように対応をお願いします」

 もう十二分に(ry

 プロデューサーである妹にバニーガールにされて連れ回されている、

 絢瀬絵里というアイドルが、出所不明の三流記事にされやしないか不安を覚えたけど、

 もうすでに「アラサーアイドルの老化現象について」という記事にされそうだったので黙った。

 そんなTOKIOのリーダーみたいな扱いはあと10年は勘弁だと思ったので、

 殊勝な態度で愛想笑いを浮かべつつ頷く。

「ええと、先ほど紹介に預かりました栗原陽向なのだ……」

「かいちょ、地、地が出てる!」

 奇妙な語尾を付ける人だなと思ったけど、

 もうすでにμ'sにはニャを付ける人がいたので特に疑問を浮かべなかった。

 取り繕うように、今の発言を聞いていなかったよねみたいな顔を亜里沙に向けられ、

 もう忘れましたと自信満々な顔を作っておく。

「コホン、このたびのA-RISE復活祭に託つけた

 大人の事情でお蔵入りにされていた企画を

 すべてやってしまおう企画ではありますが、

 主役になるのはあなたです、絢瀬絵里」

 クールな態度を示しているけど、

 その当人である絢瀬絵里の脳内では、

 さっきの「なのだ」が延々とリピートされ続けている。

 お蔵入りにされた企画に関してはツッコむべきもないけれど、

 しかして、表立って胸を張っているのが絢瀬絵里なのかと疑問には思う。

 その主役が妹にバニーガールの格好を強要されている件が

 スキャンダルになりやしないか当人は不安ではある。

「細かい事情は伏せますが

 頭打ちになっているスクールアイドルの希望の光、μ's――

 の、復活は無理なので。

 それにあやかるイベントを開こうと以前からツーちゃんとは話してました」

 アイドルの商業主義化。

 売れることが第一になってしまった現状。

 それは憧れる人間たちの夢を奪い、

 いつしか、アイドルという文化が光を失っていった。

 そのアイドルたちの理想と憧れを取り戻すために。

 

 

 スクールアイドルのきっかけを作ったのがUTXのA-RISE。

 メンバーに選ばれたのが、綺羅ツバサ、統堂英玲奈、優木あんじゅの3人。

 彼女たちが築いてきたスクールアイドルという文化を、

 廃校を阻止するために踏み台にしたのが私たちμ'sである。

 要は、私たちに憧れるようないわれなんて全然全くこれっぽっちもない。

 自分たちが自分たちの思うがままにやって来たことが、

 たまたま廃校阻止という結果として出てきて。

 それはほんとうに胸を張れるようなこともないことなんだと、

 Aqoursのメンバーを見ながら寂しそうに笑った穂乃果の横顔を思い出した。

「μ'sが秋葉原で歌い、

 みんなで一つになって完成させた

 SUNNY DAY SONG

 もう一度私たちは、

 あの時の想いを、そして奇跡を。

 無茶を押し通して生まれてきたμ'sの、女神たちの物語を完成させるために

 絢瀬絵里、あなたに協力をしてもらいたいんです」

 私はかなり引きつった笑みを浮かべていると思う。

 無茶振りをされているとかそういう意味合いではなくて、

 自分たちのしてきたことがやたら美化されている行為に驚いていると言ったほうが正解だ。

 ニート時代もやたらに長かったせいで、

 感情を表に出すという行為に対して鈍感になっているきらいはあるけれど。

 過去の自分の行動や行為を反芻しつつ出た言葉は、

「協力って言ったって

 私なんかが、

 本当にどうしようもない私なんかが……

 できることなんてさっぱりありようもないわ」

 首を絞められた後みたいに、きゅーっと急速に意識が遠くなってくるのを感じながら、

 私はフラフラとする自分の体を亜里沙に支えられていることに気がついた。

「エリー、言っておくけれど。

 これは、高坂穂乃果さんにもお願いをされたことなの」

 高坂という名字を聞いて、私はもう一度自分の足に力を込めた。

 心配気に私を見上げる妹に軽く微笑みつつ、私は栗原さんに続きを促した。

「もし、これから復活するかもしれないμ'sを任せるとしたら

 それは絢瀬絵里しかいないと

 みんなの支えがあって、自分はリーダーなんて言われてきたけれど

 その自分を一番支えてくれたのはあなただと、

 高坂穂乃果さんは教えてくれました」

 瞳の奥に石ころを詰め込まれて、

 こめかみをドリルか何かでグリグリとされているようなそんな状況下で、

 ひたすらに涙が零れ落ちそうになるのを我慢し続けた。

 穂乃果が自分を評価しているという事実も涙がこぼれそうになる要因ではあったけど、

 それ以上に今まで人付き合いなども他人の意志で、

 ひたすらに流されるままに過ごしてきた自分という存在が情けなくて、

 どうしようもなくて頭を抱えたくなってくるのだけれど、

「まあ、企画のことは置いておいてですが

 エリちゃには断る権利なんてないですからね。

 今までスネをかじってきた分だけ労働してくださいな」

 清瀬さんの激烈な辛口コメントで、

 先程まで溢れそうになっていた涙が急速に引っ込んでいく。

 今の言葉が私を元気づけるものであったのか、

 それとも単なる事実の列挙であったのかは知るべくもないけれど、

 亜里沙も栗原さんも、こちらを見ないようにしながら笑いをこらえた表情のまま

 明後日の方向を眺めているので、私は何も言わずに口を閉ざした。

「あとでインタビューをさせて頂きますね

 都合が悪かったら直しますしから、アリーにもチェックして貰いますしね」 

 インタビューされるであろう私が原稿のチェックが出来ないのかと、

 自分のポジションに対して不安を覚えるコメントではあったけれど、

 ひとまず今後されるであろうインタビューが真面目な方面であるようにと願った。

 その後ライブイベントの内容について粛々と説明をしていく栗原さんと、

 淡々かつ、熱くツッコミを入れていく亜里沙。

 そして私の胸元をガン見しながら、

 バストアップの秘訣を教えてくださいとか、

 年齢を感じさせないような美容法を伝授してくださいとか、

 シリアスに過ごそうとする二人をあざ笑うかような清瀬さんはっちゃけぶりに

 これがよもや先に言っていたインタビューではあるまいな?

 なんてことを疑問に感じながら時間は早々と過ぎていく。

 いい笑顔で帰っていく二人を見送りながら、

 何故絢瀬絵里はこの場でバニーガールという格好をしているのかと思った。



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亜里沙ルート 第一話 06

 病院の待ち合い室の中で、看護師に呼ばれるのを待っている患者みたいな感じで

 私に話しかけようとしする人々がちらっと見えたのを恐怖に感じながら。

 先程手渡された写真をぽかんと眺め続けていた。

 そこには昔懐かしい、

 やたらめったら何に対しても敵意全開で、この写真でも仏頂面かましている絢瀬絵里。

 それと、記憶の端にも引っかからなかった先の二人。

 つまり、UTXに通っているはずの白ランを着ている栗原陽向と、

 この写真を撮った一ヶ月後にはUTXに転入してしまう清瀬千沙。

 そして、私がここ最近一番長い付き合いだと思っていたけど、

 実際は音ノ木坂学院入学後からの付き合いだった東條希の以上4名。

 そのメンツが仲良く揃って生徒会の仕事をしている写真を眺めながら、

 果たしてこれが本当に絢瀬絵里なのか、アニメオリジナル設定なのではないか

 そんなアホなことを考えていた。

 私は栗原さんのことをヒナと呼び、一番仲が良かったとのこと。

 なんでも、小柄で140センチに満たない身長だった彼女のことを、

 無表情ながらも溺愛しているのがバレバレの態度で構い続けていたらしい。

 ヒナはだいぶ成長をしてしまったので、この思い出と重ねるわけがないじゃないと

 妹に切実に訴えかけたところ、

 私がニートとして順風満帆に過ごしていた二年前に、

 今会話していた4名で私手作りの鍋を囲んで、酒を酌み交わしたという事実を告げられ

 これっぽっちも思い出に含まれてなかったので、黙って高校時代の記憶を思い出し続けていた。

 そんな現実逃避に意識を向けていると、

 おずおずと言った感じで入ってきたのは、希に18禁方面の仕事も良いんじゃない?

 なんて言われて、この私がそんなことできるわけ無いと突っぱねるかと思いきや、

 意外と乗り気で凛に「はじめて」の時の感想を聞き迷惑そうな顔をされていた西木野真姫その人。

 高校時代は身長差があまりなかった私たちだけど、

 大学時代に何度目かの成長を迎えた絢瀬絵里とは差がずいぶんと付いてしまった。

 亜里沙にも身長が追い抜かされてしまったので、この場で一番背が低いのは真姫ということになる。

 そんな事を思っていると、なんだか不出来な妹を眺めている気分になってきた。

 ただ、この場で一番不出来なやつは誰だと考えると、

 まず間違いなく自分が指名されかねないので迂闊に口は開かない。

「エリー、なんて格好をしているのよ」

 呆然としていると言った態度で、出来うる限りこちらに視線を向けないようにしながら、

 それでいて胸元あたりにジッと視線を向けている気がする超人気声優(自称)に対して

 アラサーバニーガールという世も末な格好をしている絢瀬絵里としては苦笑を浮かべつつ、

 この痛々しい状況の首謀者である妹に視線を向けてみた。

「この度はご協力ありがとうございます真姫さん。

 ライブでのトークも期待していますね」

 こちらのことを死んだセミに群がる蟻かなにかを見るような目でちらっと一瞥しスルーする妹。

 営業スマイル全開で赤毛のお嬢様に感謝する姿は、

 やり手のキャリアウーマン(懐かしい言葉)を思わせる。

「まあ、事務所の社長のペコペコ頭を下げ続ける姿を見て

 今までの私の扱いに対する反省を促せたから良いでしょう。

 それにしても、まともにダンスをするなんて久しぶりだったから

 そろそろどこか腱でも痛めてやしないか心配だわ」

 なんていう身につまされるような苦しい台詞を聞き苦笑いする。

 その後を世間話を繰り出しつつ、

 エロゲー出演する時の名義をどうしようかと相談を受けたので、

 私はふと頭に思い浮かんだ、

 なりたい自分や憧れている理想を名前にしてみたら?

 なんていう言葉を送ってみた。

 これは後日談ではあるけれど、

 真姫がデビューした際の名前が「あやせうさぎ」だったので、

 今度胸ぐらの一つでも掴んで頭がくがく震わせないといけない。

「ところで真姫、今回の演出のコンセプトは聞いているの?」

 真姫は私の言葉を聞いて、

 やけにセンチメンタルな表情を浮かべつつ天井を見上げ、

「正直な話をすると、今回の件はお断りしようと思ったわ

 でも、穂乃果ちゃんにやってみようよなんて声をかけられたら、

 断れるわけないじゃない? それに」

 と、真姫はそこで言葉を一旦切って、

 恥ずかしそうな表情を浮かべながら目を細くして、

「私たちはスクールアイドルとして、

 ほんとう、ただ自分ができることだけを一生懸命やって来た。

 そのμ'sでの日々が、

 思いの外たくさんの人達に影響を与えていたことを、

 今まで生きてきて感じてきたの。

 だからそういう、スクールアイドルμ'sっていうのは

 いったんどこかで終わりにしなければいけないと、そう思ったのよ」

 どこか遠くを見ながら、シリアスな表情のままで

 せつなそうに語り続ける真姫の視線が、

 思いの外自分の胸元に注がれているのに気が付き、

 そろそろこのバニーガールという格好もいったんどこかで終わりにしてくれないかな。

 そんな事を思いつつ真姫との会話を終えた。

 

 亜里沙の次の方どうぞという掛け声とともに一緒に入ってきたのは、

 高校時代から変わらぬ付き合いを続けている小泉花陽と星空凛の二人組。

 身長差こそ10センチほど付けられてしまった二人(花陽の背が急上昇した)だけど、

 仲の良さは端から見ても羨ましく感じるほどだ。

 なぜだか凛の方は、私の体の一部分(毎度のごとくのアレ)を眺めて、

 同業者に語尾に「ワン」とかつける人間が増えてと舌打ちしながら語ってきたのと同じ表情のまま、

 ひたすら不愉快そうな態度を取り続けていて私は震えた。

「あ、そうだ絵里ちゃん、私は希ちゃんのところでお世話になることにしたよ」

 過去に数度も大切な友人同士と語り合っていた二人が、

 アラサーバニーガールの登場によって微妙に空気が濁っている。

 ものすごくこの場にいるのが申し訳ないと言わんばかりの態度のまま、

 小鹿ガール全開の態度で小さく震えている小泉花陽に対し、

 どうすることも出来ない露出した格好している私と言えば、

「その、私は働いたことがないから分からないけど

 仕事場の空気はとても良い雰囲気だったわ

 スタッフの皆さんもとてもいい人ばかりだったし」

 長い間フリーターとして仕事を探し続けていた花陽の意を汲みつつ、

 できるだけ星空凛の方向を見ないようにしながら言葉を告げる。

「う、うん、私も早く仕事場に慣れるように頑張るね」

 この花陽の発言を最後に以後数分間会話が止まる。

 ただ、凛も大人げないと思ったのか、

 それとも、罰ゲームみたいな格好をしているアラサーが高校の先輩だと思いだしたのか、

 刺々しい空気を発しているのは相変わらずだったけど、ため息と一緒に口を開いた。

「絵里ちゃんは、よもやその格好でステージの上に立つんじゃないよね?」

 何その見ている方もやっている方も浮かばれない地獄の所業。

 ただ、明確に否定はできなかったので、

 私の隣で、自分には関係がありませんとばかりに

 天井のシミを数えている敏腕プロデューサーにお伺いを立ててみる。

「安心してください凛さん

 ステージの上では、羞恥心の欠片もなくM字に開脚するビッチのような

 はしたない格好はさせません。

 パッと見センターにふさわしく見える格好をさせますから

 ええ、私の全責任で」

 まるでこの格好を私が好んでしているみたいな言い方ではあったけど、

 この格好をノリノリでさせた当人がそのような発言をすると、

 こちらとしてもなんとも言えない表情を浮かべたくなってはしまうのだけれど。

 ただ、亜里沙の発言で凛の怒りも冷めてきたのか、

 りんぱなの距離がちょっとだけ縮まって安心する。

「あ、そうだ、今回のステージのコンセプトというものは聞いている?」

 状況をごまかす意図はないけど、

 とりあえず尋ねておきたかったことを聞いてみる。

 此処でμ'sの再興である今回のライブについてヒトカケラも賛成できないとか、

 絢瀬絵里に任せるとか死んでもゴメンだとか言われてしまうと、

 私は黙ってバニーガールの衣装を引き裂いてしまうかもしれない。

「うーん、まあ、タレント星空凛としては

 スクールアイドルμ'sの恩恵をバリバリに受けているからね

 今回の件はわりと事務所のほうがノリノリだし、

 凛としては、μ'sを一区切りにするのも良いんじゃないかなって」

「そのステージで中心になるのが絢瀬絵里っていうのには?」

 自分の実力を過小評価するつもりはないけど、

 自惚れてしまうのも良くないと思って、そういう時に容赦なくぶった切ってきそうな

 毒舌の一つや二つ相手にかけることも厭わなそうな凛に声をかけてみる。

「仕事してなくて暇してたのが絵里ちゃんだけだったしねえ……

 色んな意味で都合が良かったのが絵里ちゃんだったから、うん、凛としては特にないよ」

 クールかつ的確に脇腹にドリルを突きつけてくるような毒舌。

 そのキレっぷりに私も天井のシミを数えてやり過ごしたい気分ではある。

 自分の言いたいことをすべて言ったと言ってからしばらく。

 凛はちらりと寂しそうにこちらを一瞥し、部屋から出ていってしまう。

「私はね、μ'sの中でもおミソかなっていっつも思ってたの

 実際、スクールアイドルμ'sだったっていう恩恵なんて、ただの一度も受けたことなかったし

 でも、これからμ'sを語ろうかっていう時にね、

 絵里ちゃんが中心になって前に立ってくれるっていうのは、私は賛成だよ」

「限りなく暇そうだったから?」

 私の言葉に花陽は強く首を振る。

「凛ちゃんもね、同じことを言うとは思うんだけど。

 これからの私たちを支えてくれるのは、

 センターになってくれるのは、絵里ちゃんしかいません」

 それはどういう意味でと訪ねようとする前に、

 花陽は凛を追いかけて部屋から出ていってしまった。

 自分の身の丈に合っていない、

 そんな過剰と呼ぶべき信頼に対して、

 私は言い得ぬ不安を感じたまま震えた。



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亜里沙ルート 第一話 07

 妹の次の方どうぞという呼び声。

 その言葉を妙に達観した心持ちで聞いている絢瀬絵里というアラサー(格好がバニーガール)がいる。

 音ノ木坂学院に通っていたころ、商店街の企画で水着美少女コンテストというものが行われた。

 当時貧乏部だった(というか結局最後まで部活に予算が下りなかった)せいで、

 使えるお金に四苦八苦していた私達は、3位の10万分利用できる商品券という言葉に心惹かれて参加を決める。

 よくよく考えてみれば、あの商店街の企画でどこでも使える10万円分の商品券など手に入りようもなく、

 換金して部活の予算に充てれば理事長から大目玉を食らうことは確実であったので、手に入れなくてよかったと本当に思う。

 が、当時の私達は如何に商品券を手に入れるかにのみ観点を絞り、

 誰が参加すれば3位という微妙な結果に至るかを真剣に話し合った。

 園田海未、小泉花陽の両名は元から参加したくないという理由で固辞して考慮にいれられず、

 東條希、絢瀬絵里の両名は風俗の企画みたいになりそう(by矢澤にこ)の言葉で選外になる。

 結局、南ことりが西木野真姫との決戦の末に参加が決まったものの、

 秋葉原の伝説メイドのミナリンスキーが3位という結果に終わるわけもなく、

 ぶっちぎりの優勝で15万円相当の圧力IH炊飯ジャーを入手して、花陽の体重が増えただけに終わった。

 なぜこんな事を考えているのかというと、えてして欲望から出た魂胆は上手くいかない、

 私がバニーガールという格好をしていても、

 まともに見てくださいというお願いは通用しないのだと不意に気がついてしまったからだ。

 

 

 それはともかく。

 見世物みたいなバニーガールの格好をしている絢瀬絵里を

 敵意や欲情の視線を向けない相手というと、海未や希あたりが候補になるだろうか? 

 バニーガールでもいいじゃないにんげんだものと言ってくれれば、いっその事一切関わりのない人が来てもいい。

 そんな事を考えながら、開いたドアの先を見ていると。

 ひょこひょこという効果音が似合うコミカルな動きで、いろいろと小さい矢澤にこが入ってきた。

 ああ、また私を罵倒しかねないメンバーが入ってきたと遣る方無い気持ちに陥ったものの、

 なんとにこは私の衣装を見た瞬間に微笑みを浮かべた。

 神様か仏様みたいな、どんな低能な存在でも許してあげますというような笑みに心が浄化された私の機嫌は良くなったけど、

 隣で亜里沙が小刻みに震え始めた、解せない。

 これがもし高校時代の矢澤にこであれば、私の格好を見た瞬間に

 「豚がうさぎの格好をしてる!」くらいのことは平気で言ってのける。

 実際に、夏色えがおで1,2,Jump!のPVの撮影の折、水着の衣装に身を包んだメンバーたちと笑いながら、

 唐突に希や私の方を見て「はずがしがっちゃダメにこ! 

 おっぱいが大きければとりあえず注目を集めるんだから、もっとアピールして!」

 とお願いしだした。

 一番目立つセンターがこう言っているんだからと羞恥心は一旦捨てようと決意してからしばらく、

 中央で踊っていたにこの動きが急停止。

 壮絶に病んだ目をしだして「でも、なんで水着を着ているにこ? だって家畜が服を着てたらおかしいでしょ? 

 あれ、でもなんで私は家畜と一緒に踊ってるの?」

 と、おかしなことを言い出したため撮影が一旦中止された経緯がある。

 後に大量のパッドを持ち込んだにこと、それを身につけることに至る海未の話の前日談。

 

 

「うわ!? 何この空気!?」

 その言葉と一緒に部屋に入ってきたのは、バストサイズが一番の自慢の親友。

 にことは犬猿の仲かと思いきや、二人してディズニーランドに出かけたこともあるらしい、

 なぜ私を誘ってくれなかったのか。

「そしてエリちはなんて格好をしとるんや……」

 にこから遅れること数分、高校時代はなにか面倒事があると私を前方に押し出して逃げること多し。

「希ならわかるでしょう? なぜ私がこんな格好をさせられてるのか」

 自分の意志ではないと説明したつもりだったけど、

 希は解せないと言った顔をしながら、

「若年性の認知症ってお薬でどうにかなるんかな?」

 などということを亜里沙に尋ねた。

 その妹は、えらく沈痛な表情を浮かべながら「手遅れです……残念ながら」と語る。

 その二人の近くにいると、絢瀬絵里は本当に認知症にかかっているのではあるまいかという疑問が浮かんでくるので、

 ニコニコという効果音を浮かべながら、本当に仏様みたいな顔をしている矢澤にこに問いかける。

「姉の辛さっていうのは、姉にしかわからないのかしらね?」

 成長した矢澤姉妹が一緒に並ぶといつも三女扱いされるというエピソードを聞いた後日、

 にこから矢澤家の写真(お母様は欠席)を見た時に、

 下手すると四女にも見えると思ったのはここだけの秘密。

「そうねえ、やっぱり姉の辛さっていうのはあるわよ。

 でも、絢瀬絵里って知ってる? 彼女って昔から人の感情に鈍感すぎると思ってて……」

 絢瀬絵里に絢瀬絵里のことを尋ねるといった行動を怪訝に思いつつ、

 しかし本当にニコニコ笑ってる、まるで悟りでも開いてしまったかのよう。

「人には多かれ少なかれ、悪いところ良いところどちらも兼ね備えているわ。

 ただ、えてして私の経験上、悪いところを治そうとすると良い部分の輝きも消えてしまうの、

 だから考え方を改めて、悪いところを個性にするくらいの勢いで……」

 べらべらと語り始めるにこ。

「あかん! にこっち! こっちの世界に早く戻ってこーい!」

 悲痛な言葉を叫ぶのと同時に、にこの両頬を往復ビンタをかます紫お下げ。

 にこの顔面が上下左右あらゆる方向にかっ飛び首の座っていない赤ちゃんみたいになってる。

 常軌を逸した行動に思わず止めようとする私だったけど、その行動は妹に羽交い締めされながら止められた。

「ダメだよお姉ちゃん! 今は人の命が助かるかどうかの瀬戸際なの!」

 火事になった家の中に子どもが取り残されている、

 という状況で家の中に飛び込もうとする母親みたいな顔をした亜里沙に全力で止められる私。

 希に全力でぶっ叩かれているにこが

 いまだにニコニコと笑顔を浮かべているのを眺めながら、私は素数を数え始めた。

 

 

 そんなこんなで、

 両頬が赤く染まっている矢澤にこと、

 肩で息をしながらゼーハー言っている、東條希との組み合わせである。

 仏様から小悪魔にスケールダウンした相手に今回の企画の件について訊いてみた。

「んー、詳しい経緯はツバサさんに経由で聞いたほうがいいと思うわ。

 私はその、えーっと、あなたをびっくりさせんがために焚き付けただけだし」

 以前からUTXの芸能科で指導して、当人曰く芸能界は上にも下にもパイプがあるというにこの台詞。

 詳しくははぐらかされてしまったけど、こころちゃんをお持ち帰りした日。

 にこは私を呼び出す心持ちだったらしい。

「そうね、私たちのあとで花陽がアイドル研究部の部長を努めていた年、

 その後2年間は雪穂ちゃんが部長をするけど、その1年目の年にオトノキはラブライブを制覇する……」

 なんでもラブライブが二回行われたのは私達の代だけだったらしい。

 確かにAqoursが制覇した年にはラブライブというイベントは一回だけであった気もする。

「オトノキの4連覇が掛かった年に結局はAqoursが制覇。

 それからしばらくしてA-RISEの人気が出始めてから、UTXが制覇を重ね始めて……」

 ちょうどにこっちが講師を始めたくらいやんな? 

 という希の楽しそうな声に、別に生徒たちが頑張っただけと告げるにこの冷静な反応。

 てか、アイドル研究部の部長を雪穂ちゃんが務めていたとか初耳なんですが。

「今は群雄割拠、どこの地方が強いって言うことはないみたい。

 Aqoursが優勝したくらいから地方も頑張ろうって言うことになったみたいよ?」

 などと言われて、またにこに話をはぐらかされていると気がついた私は強い視線を投げかける。

「ごめんごめん、今回の企画の当初はμ'sのみんなには伏せようってことだったの、

 まあ、私はUTXの関係者だったし、参加は決定だったんだけど」

 彼女が言うには、今回のイベントはA-RISEの一日限りの復活祭が始まりだったそう。

 ただ、その彼女たちの対となる存在が必要と言われた際に色々なアイドルが候補に挙がったみたいなんだけど。

「ツバサさんは……そうね、Aqoursが制覇してからしばらく、

 μ'sが軽んじられる論調が多くなって、

 インタビューとかでも自分の憧れはμ'sなんだって話をする機会が増えてね」

 遠い過去を覗き見るような表情をして、にこが言葉を続けた。

「芸能界の扱い的には、μ'sは一発屋みたいなもの、

 オトノキが制覇し続けたのはその遺産を使ったから……その論調は一部は正しい。

 確かにオトノキが強かった時期の曲の大半は真姫と海未のタッグで作られたものだし」

 亜里沙や希が複雑そうな表情をして(私もそうだと思う)にこの話を聞く。

「そういう……なんていうかな、分かりきってますっていう連中をどうにかしたいよねって思ったのよ、

 私は暇そうな絵里だけを生贄に捧げて、あとは放っておこうって言ったんだけどさ」

 なぜその話が当人にだけ伝わっていないのか、

 著しく疑問ではあるのだけれど、

 ツッコミを入れるのも無粋だという判断でひとまずスルー。

「些細なきっかけが膨らんで奇跡を起こす……

 ま、ツバサさんがどこまで意図したかは分からないけど、

 あの人顔が広いのね、栗原陽向なんてどっから連れてきたんだか」

 などと言われて希と亜里沙の目が明後日の方を向いた。

 私の認識としては、現在の彼女はたまになのだ口調で喋る変な人だけど、にことしてはそうではないみたい。

「その、私が中心になって踊るっていうのは?」

「いいんじゃない? 元から絵里には生贄になって貰おうと思ってたし、

 今まで亜里沙ちゃんのスネをかじっていた分働きなさい」

 私の言いたいことは終わりと言わんばかりに、にこは髪型をツインテールに変え、

 にこにこにーにこにこにーと歌いながら部屋から抜け出していく。

 精神的ダメージは大きそうという希の言葉はともかく、すみません不出来な姉でと謝るのはどうなの妹よ。

 

 

 数分の間に妙な沈黙が流れたのち、

「ウチが最初にツバサちゃんから聞いたのは、そうやんなぁ……今から4年前かな?」

 というと、絢瀬絵里のニートとしての生活が2年目くらいの年か。

「スクールアイドルという存在が芸能界のアイドルの下部組織みたいになっている、

 スクールアイドルとして頂点を極めた人間が芸能界にデビューできる……

 甲子園で有名になってドラフト指名される高校球児みたいになってるなって、ウチもちょっとだけ思ってん」

 希は、ときおり天井を見上げながら言葉を選ぶようにしながら優しい口調で話す。

「十年一昔、ウチらとは時代が違うって言うのは仕方ないにしても……エリちは知ってる? 

 いま、スクールアイドルってスクールカーストの中で上位に来るんやって」

 時々、ラノベか何かで使われる単語だというのは知っているけど、ピンとこなかったので首をかしげた。

「要は人気者だけがスクールアイドルに選ばれるということです。

 雪穂はアイドル研究部の部長や副部長をこなしましたが、

 そういう意図が嫌でアイドルとして前面に立つのを拒否しました」

「今ではまかり間違っても、ウチみたいな地味な子がスクールアイドルとして踊るなんてないんやろうなあ……」

 東條希が地味であるか否かは私が考えるべく問題ではないとして、

 今のスクールアイドルに覚えている違和感……は、置いておいて。

 私たちが卒業したあとのオトノキのスクールアイドルの事情を亜里沙が教えてくれた。

 花陽が部長を務めるアイドル研究部には数多くの生徒が押し寄せた。

 二年生だった花陽や凛や真姫は、当初自分たちだけで何とかしようとしたけど

 ギブアップして生徒会を頼る。

 穂乃果や海未は全員でやれば良いんじゃない? みたいに前向きだったけど、

 ヒフミちゃんたちがそれを止めた。

 心苦しいけど、部内で一軍二軍ができるようじゃ部活としては不健全だから部に入る人間を選抜しようと。

 楽しければいいのにねえ、なんて語る穂乃果は難色を示したけど

 ヒフミちゃんたちの意見を踏まえ、海未や真姫といったメンバーが中心になって選抜試験を執り行った。

「私はなんと言いますか、もちろんスクールアイドルもやりたかったんですけど……

 μ'sとは違うって思ったんです。有り体に言えば、選抜を勝ち残ったメンバーと一緒に活動はできないって、

 だってあの子達、私たちが元μ'sの身内だって知らないくらいだったんですよ?」

 苦笑しながら教えてくれる亜里沙。 

 そういえば雪穂ちゃんに頼まれて、一度オトノキのスクールアイドルの様子を見に行ったことがある。

 花陽や凛といったメンバーは練習の様子を見ながら、指導や指示を出し、自分たちは滅多に歌ったり踊ったりしない。

 なんで花陽と凛は踊らないの? って雪穂ちゃんに尋ねたら、

 苦笑されながら「お二人がなにかするとみんな自信を無くしちゃうので」と言われた件がようやく腑に落ちた。

「だから、原点回帰……μ'sが原点かどうかはわからないけど、

 今回のライブでの映像は編集して、希望する高校に渡すんよ」

「え、それって絢瀬絵里の恥が全国に行き渡るってこと?」

「もうすでにニートの絢瀬絵里の情報は全国どころか全世界に知れ渡ってます、諦めてください」

 どこ情報よそれーと言って誤魔化そうとしたけど、妹はそんな態度を許してくれなさそうなので肩を落とした。

 

 

「スクールアイドルは……もっと、もっとな、勝負とかそういうんやなくて、楽しいもの」

 ぽつりぽつりと希が語りだす。

「高校時代を振り返ってみて、

 あの時は楽しかったねってそう言えるような、ひだまりのような思い出を残すためのもの」

 聖母希を彷彿とさせる慈愛を込めた(さっきのにこみたいな)表情で、

「でも、もしかしたら……そんな、誰でもアイドルになれる、輝きを残せる、そういうんは……

 人の努力に対する冒涜だったのかも……知れへんね……」

 声色自体は明るいけれど、口調とか態度とかはすごく悔やんでいる感がする。

「頑張って、一生懸命励んで、努力をして。そうしたらいい結果が残せる。

 才能とか、外見とか、人の生まれによって左右される事柄では何も変わらないと、

 そういうんは弱者の論理やったのかも」

 希は私のことを見ながら、

「だからね、エリち。

 ううん、絢瀬絵里ちゃん。

 私は望むの。

 μ'sという存在が、

 もしも人の弱さを肯定するならば

 そうじゃないって教えてあげてほしい。

 人は、自分の弱さを見つめ、受け入れ、目をそらさずにいるためには……

 誰かを頼ったり、意思を曲げたりせず、自分の意志で生きていかなければいけないって、

 辛くても、辛くても、"μ'sがこう言っていたから、歌で歌ったから”そうじゃなくて、きみはきみだと言ってあげて欲しい」

 希は悲しそうな目をしながらドアの方向を見て、ひとしきり見つめたのち、

「ねえ、絵里ちゃん。

 心の支えとか、拠り所とかはいつか取り払わないといけない、

 自転車の補助輪を外さないといけないように。

 姉妹仲が良いのは結構だけど……さ」

「そうね、私もいつか……ううん、本当はもう、亜里沙に頼りっきりじゃいられないって。甘えっきりだったものね……」

「……真実はいつだって痛い。弱い部分を見つめるのも痛い。でも、痛いことから逃げてたらいけない。

 ね、亜里沙ちゃん?」

 

 

 希が立ち去ったあと、

 私は天井を見上げながら考える。

「下手の考え休むに似たりと言います、姉さん」

 妹のカミソリシュートが右バッターボックスに立つエリち直撃。

「ですが、下手は上手のもとなどとも言います」

「それ、どういう意味?」

「雪穂は……絢瀬絵里という存在を称する時、失敗をしない人だと言っていました」

「ええと?」

「ですが私は反論しました、生き方を失敗し、交流を失敗し、人付き合いを失敗し、

 絢瀬絵里の人生の99%は失敗で生きていると」

 妹のスマッシュが前方に立つ絢瀬絵里の頭部を直撃し笑いを誘う。

「そうしたら雪穂が。

 だったら、もしかすると絢瀬絵里という人間は……」

「人間は?」

 すると妹は耳元で囁くようにしながら

 

 

「自分の姉よりもよっぽど……わっ!」

 

 蚊の鳴くような声でエサ(絢瀬絵里)を誘いつつ、耳を傾けた瞬間に大声を上げるとか!

 妹は楽しそうにコロコロ笑い、

「私の口から聞くより雪穂から聞いてください」

「微妙に彼女とは縁遠い気がするのだけど?」

「そのうち聞けます、頑張ってください」

 耳を抑えながら久方ぶりに楽しそうな亜里沙を見て、

 まあ、人との別れなんてそうそう起こりえずもないわね、と思ったのだった。



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亜里沙ルート 第一話 08

 キンキンキン!(剣戟の音ではありません)

 

 なんて鳴り響く耳を抑えながら、

 これからどんどんと衰えていく自分自身を想った。

 20代になったばかりの頃には、

 幼さも手伝ってか未来の自分に憧れる部分もあったけれど。

 夢潰えて、現実的に割となんにもできない自分を意識してから、

 理想と現実とのギャップにひたすら悶える時間もあった。

 高校時代の南ことりに対する印象は、

 あくまで気弱で、強く物を言えない控えめな子だという印象だった。

 人づてに海外に行ったという話を聞いたときにも、

 すぐに帰ってくるのではないかと心配になり、パリに行ったと聞けば

 様子を見に行かなければならないと使命感に駆られた。

 

 結論から言えば、

 すごくすごくないで言えば南ことりのほうが断然すごい。

 わりと何でもできてきた人生ではあったし、

 これからも自分の思い通りに描いた通りの人生を送るであろうという、

 現実逃避にも似た思い上がりを繰り返してばかりだったけど。

 ことりに対する、

 何事も夢見がちな印象というのが、

 よもや自分に当てはまろうとは、大学生の時の自分に教えてあげたい。

 どんなに願ったところで過去の自分へメッセージなど送ることはできないけれど。

 

 そうそう。

 姉にバニーガールの格好をさせた妹ではあるけれど。

 先ほどから、姉など眼中にないといった態度を取っている。

 それは、露出度のやたら高い私など目に入れたくないといった感じなのか、

 それとも、今更ながらにこんな格好をさせたことを後悔しているのか、

 できれば後者なら、少しは絢瀬絵里も報われるというものだ。

 今後こんなことはされないように、姉の威厳というものを少しは高めておきたい。

 ニートを長い間していた姉が、

 お金をフル使用されていた妹に対して権限を握るなど、

 そんなことが許されて良いものかと思わないでもないけれど。

 

 妹の次の方どうぞという掛け声とともに、

 ドアが開いて入ってきたのは、南ことり。

 私をひと目見た瞬間、

 義憤に駆られた倒幕藩士みたいな顔をして、

 キッ! という効果音が似合いそうな歌舞伎役者みたいな睨みで亜里沙を見、

「私の衣装は!?」

 と宣言した。

 なだめるのに数分掛かった。

 

 

 アラサーが二人してバニーガールの格好をするという、

 とんでもない状況下に置かれることは回避した妹だったけれど、

 気まずい事情でもあるのかこちらには全く視線を合わせず、明後日の方向を見ている。

 その姉である私はというと、

 何かしら口を開けば怒られるのではないかと警戒して、

 南ことりの一挙手一投足を見つめていた。

 その彼女は、先程までの鬼神の如き憤怒からは開放され、

 高校時代の通常時のような穏やかな表情を見せている。

 精神世界を語ることは私にはできないけれど、

 表情のように穏やかであることを祈るばかりだ。

 そんな誰ひとり口を開かない三すくみを経験したのち、

 一番最初にため息と一緒に言葉を発したのは、

「どうして絵里ちゃんは、そんな年甲斐も考えない不健全な格好をしているの?」

 高校時代のぴゅあぴゅあ(南ことりや小泉花陽を主に指す)っぷりは微塵にも見せず、

 人の痛いところや弱点を的確に突く毒舌っぷりに、

 私のガラスのハートは如実に傷ついた。

 女装して女学院に潜入するゲームで主人公がよく取るポーズをしたかったけど、

 そんなことをすれば、ことりに椅子ができたと言われて背中に体重を預けられかねない。

 心の中で泣いていることを微塵も見せず、絢瀬絵里は前を向くことに決めた。

「この衣装のデザインをしたのはことりさん……あ、いえ何でも」

 鋼鉄のキャリアウーマンかつ冷徹アイスレディープロデューサーを黙らせることりの眼力に、

 絢瀬姉妹はひたすら震え続けるのだった。

 

 

「ふう、おいしい」

 この場の統治者にして、

 誰よりも偉いお立場にあられる南ことり嬢をもてなす絢瀬姉妹。

 今だって本来なら目上の人であるはずの妹に、

 のどが渇いたから飲み物が欲しいと告げて持ってこさせたのは、

 地下にあるBARで一番お高いお飲み物。

 グビグビとことりの体内の中に消えていくそれは、

 一杯1500円はくだらない超高級ドリンクである。

 まるでサラミでもツマミにするみたいに食べているそれは、

 一粒500円はくだらない、高級チョコレートであり。

 絢瀬亜里沙の財布がいかばかり軽くなっているかを考えると、

 姉としては苦笑せざるを得ない。

 まあ、以前までは主に自分が軽くしたことを考えれば、

 この場で相手に口出ししようなどという判断はできるはずもなく。

「あ、絵里ちゃん、もうちょっと上」

 肩を揉みながらお客様コッティーますねえという渾身のギャグはスルーされ、

 ひたすらことりに奉仕を続けるのは絢瀬絵里。

 マッサージしている場所は多岐にわたり、ふくらはぎ、腰、太もも……。

 今は首筋のコリを必死になってほぐし続けている。

 こんな事になるなら、通信教育でマッサージの勉強をしておくべきだった。

 後悔するのは、いつも何かが終わった後で

 たいていやり直しが聞かない状況下に置かれている――。

 そんな魔窟に足を踏み入れたのは園田海未。

 飲み物やお菓子をなくなってはちょこまかと取りに行く妹や、

 ニッコニコ笑いながら、お客さんコッティーますねぇ!(二回目)

 という渾身のギャグを披露しながら冷たくスルーされている私を見ながら、

 遠い目をしつつ天井を見上げた。 

「ええと、園田海未です」

 トリッキーな場面で出くわしたせいか、

 何故か知り合いに(ちょっと前に会ったばかり)自己紹介をした。

 ことりは恥ずかしそうにうつむいていたけど、

 うつむきつつもさっきのチョコレートは食べているあたり、

 どれほど反省をしているのかはわからない。

 ただ、亜里沙は信頼できる人物がやってきたとばかりに

 表情が輝きまくっているが、

 彼女の財布は今も軽くなり続けていることを考えれば、

 姉としてはそろそろ暴走ブラックバードを止めるか否か決めなければならないかも。

 

 

「ことり、いろいろあったのは分かりますが八つ当たりはやめましょう」

 結局、ことりに対して忠告を入れたのは海未だった。

 女神様みたいな優しい表情を浮かべながらの進言だったので、

 この場のなんとも言えない空気を穏やかにするかと思いきや。

「絵里に対して愚痴りたいのは、私も同じですが」

 あっという間の爆弾投下。

 光陰矢の如しなどというけど、

 平穏はどこか遠くにふっとばされた。

 ちなみに光陰というのは、ベジータの声がする主人公の友人ではなく。

 月日という意味で――

「絵里、なぜ私の自宅に来ずにアイドルなどを……」

 現実逃避にあれやこれやを考え始めたけど、

 そんな逃避を一切許さず、こちらをきちんと見ろと言わんばかりに

 ニッコニコな笑顔をしながら私の肩を掴む。

 一方先程まで王様のように振る舞っていた南ことりと、

 その召使いであった絢瀬亜里沙は、

 怯える私から距離を取り、明日のDeNAの予告先発エスコバーという話をし始めた。

 いいなあ、私も相手の巨人の予告先発メルセデスって話で盛り上がりたい。

「せっかく両親に孫の姿を見せられるかと」

 素っ頓狂なことを言い始めた恋愛ポエマーに、

 どういう反応を返したものか分かりかねた私は、

「あ、海未結婚するの?」

 孫を見せられるというので、

 てっきり私がいない間に相手でもできたのかと思い、

 一抹の寂しさを感じつつ、明るい調子で問いかけてみると。

「ええ、嫁を貰おうかと。

 金髪でカタカナ系、μ'sでの外国語担当

 抜群のスタイルを誇り、生徒会長をこなし賢く、

 外見も特に秀でており、音ノ木坂学院の生徒誰もが憧れるような――」

「それはまるで絢瀬絵里みたいな人がいるのね?

 でも私は賢くないし、英語は得意じゃないから――

 外見が優れていると言っても」

「という冗談は置いておいて」

 一体どこから? 

 という問いかけは私だけが地獄を見そうだったのでやめた。

「ことり、亜里沙、そのような場所に居ずにお話をしましょう?

 ええ、気分的にはうさぎのローストでも食べたい気分なので」

 今の絢瀬絵里の格好を思い出して頂けると、

 私がどんな表情を浮かべて頂けるかおわかりになられるかと思う。

 あと、背中に冷や汗がどれほど流れ落ちているのかも。

 

 

「ご協力ありがとうございます。

 以前からのお話ではありましたが、

 姉をセンターに添えてのライブが実現する次第になりました」

 その姉に対する報告が基本的に逃亡できない状況下に置かれてから――

 ということに対して、いろいろ言葉責めしたい願望はあるけれど。

「ええ、これで私も肩の荷が降りた心持ちです。

 まあ、絵里一人に踊らせるのも心苦しく思ってはいましたけど……

 よもや自分も一緒に踊る羽目になろうとは」

 亜里沙曰く、

 私のニート脱出にあまり乗り気ではなかった海未。

 何故かと言うと彼女だけは私の両親と面識があり、

 あの二人の度を超した融通の利かなさを知っているので、

 それでいいなら働かずとも相手への復讐になるのではないか?

 なんてことも告げていたようである。

 なお、

 私のニート脱出に積極的な行動を見せていたのは、

 にこ、ことり、凛の3人だそうで。

「私の衣装のデザインがお蔵入りにならなくてよかった

 絵里ちゃんに似合うようにとびっきり可愛くしておいたから」

 ただ、にことか凛あたりが私に対して辛辣だったのは、

 元からの性格と意識の高さもあったんだろうけれど……。

 ことりが直接私に働くことを促したりしたことはなくて、

 どちらかといえば疎遠な方向に傾いていたから、

 自分のことを絶えず心配されていたことなど全く心象になくて。

「ただあの、

 絵里ちゃんが来なかった時のために

 銀髪の子が着ても良いように調整してくれっていうのは無茶ぶりが」

「二着作るよりは良いかと思いまして」

 Re Starsのメンバーで銀髪と言うと、

 他メンバーに比べて控えめで、

 はっきりと言ってしまえば影が薄いエヴァリーナちゃんのことだろうか?

 確かにダンスが得意で、

 本気さえ出せれば絢瀬絵里程度ならなんとかなりそう感は漂っているけれど。

「そういえば亜里沙、エヴァちゃんってフルネームなんて言うんだっけ?」

「ん? ああ、姉さんは彼女の本名は知らないんでしたっけ?

 あの子の本名はリリー・ルッソ。

 「エヴァリーナ・アヤルセイヴァン」は芸名です」

「……あの、私の勘違いでなければ良いんですが。

 名前に絢瀬絵里と入ってません?」

 海未のその言葉にも、ふぅんみたいな反応しかしなかった私に対し、

 亜里沙は痛い所を突かれたと言わんばかりに表情を曇らせた。

「彼女は、宇宙の起こりは絢瀬絵里だと信じています」

 苦々しい表情を浮かべたまま、妹がトチ狂ったことを言い出した。

 カテジナさんとお友達になりに来たみたいに、素っ頓狂なことを説明し始める。

「昔、この宇宙……つまり世界が出来る前。そこには絢瀬絵里がいました」

「すごいのね」

 そんな言葉しか出てこなかった。

 宇宙の起こりが絢瀬絵里だなんて、

 その当人の絢瀬絵里でさえ知らなかった。

 よもや自分がそんな大それた存在だとは……。

「友人のいなかった絢瀬絵里は、

 新たなる可能性を探るため、そして、暇つぶしに宇宙を作りました」

 コメントが出てこない一同。

 ここで茶化して、

 この世界の絢瀬絵里と一緒ね! と叫べればよかったんだけど……。

 残念ながらそんな気力は浮かばなかった。

「宇宙神絢瀬絵里は、やがて自分と出会い

 本当の愛を知ることだろう。

 そして世界は更新され、

 優しくない愛のない世界は生まれ変わるだろう

 ……とは、おそらく今は思ってないはずなんです。

 おそらく、きっと……たぶんですが……」

 いつもは強気な妹のあまりな弱々しい態度に対し、

 特にコメントをすることができない一同は、

 ひたすら時間が過ぎるのを待った、

 あまりにも痛々しい妄想に対して、それくらいしか供養の態度を示せなかったから。

 

 

「そういえば、次は穂乃果が来るのかしらね?」

 ようやくコメントの一つも出来るようになったので、

 まだ未登場のμ'sのセンター高坂穂乃果の話題を振ってみる。

 よもやこのライブで欠席することなどはないだろうし、

 以前の誰かの会話でちらっと名前を聞いたような気もするから。

 ただ、誰かから逃げてでもいるのか姿は見当たらなかったけど。

「絵里は確実に地雷を踏み抜いていきますね」

「マゾなんです」

「本当だねえ……」

 宇宙神傷つく。

 ただ、先ほどの凹んだときのポーズ→「orz」

 をやってみたかってけど、三人が三人私を椅子にしそうだからやめた。

「私にとって、高坂穂乃果という存在は――」

「宇宙神?」

 茶化すつもりで問いかけてみると、亜里沙とことりにスネを蹴っ飛ばされる。

 悶絶するレベルで痛い。

「こほん、今でこそはっきりと言いますけど。

 高坂穂乃果という存在は普通なんですよ、あくまで私にとってはですが。

 幼なじみであり、親友。

 そこには奇跡とか輝きという要素はなく――

 ただ、人よりもちょっと行動力があっただけの普通の人」

「穂乃果が普通か……そういう印象は持ったことなかったな」

「それは絵里が穂乃果を買いかぶり過ぎなのです」

 スネをさすりながら意見を言ってみるとバッサリ否定される。

 絢瀬絵里にとって高坂穂乃果というのは、

 こうして言葉にするのは恥ずかしいけれど……

 奇跡の象徴みたいな存在だった。

 宇宙神という存在はわからないけど、身近にいるすごい神様みたいな、

 そんな印象。

「絢瀬絵里は、わりとすごい人間ですから、

 自分と一緒にいるから相手がすごいんだろうくらいの印象は……

 まあ、おそらく高確率で思うんでしょう?」

「高確率ですごい人間がいるんだから仕方ないじゃない……」

 綺羅ツバサしかり、絢瀬亜里沙しかり。

 身の回りにいる面子は基本的に高レベルな人ばかりで、

 才能を極めて発揮していたり、夢を簡単に叶えたり。

 人気も知名度もニート(笑)の私では遠く及ばない。

「生憎ですが、

 私が今まで生きてきて、

 すごいと思ったのはあなたくらいです」

「買いかぶり過ぎじゃない?」

「いいえ。

 人気絶頂期にあった過去の矢澤にこも、

 アイドルとして頂点を極めた綺羅ツバサも、

 そしてなにより、あなたがすごいと思う高坂穂乃果も

 ……みんながみんな、あなたをすごいと称します」

「ええと……」

「こんな事を言って困らせるのは、

 私自身も把握していますが……。

 ニートであった。

 仕事をしていなかった。

 そんなことで自己評価を下げる必要は何一つないのです。

 別にそれは絢瀬絵里に限ったことではないですけれどね」

 潤んだ瞳で海未に告げられて、

 もう一言くらいそんな事ないよと言いたかったのを我慢。

「私は……そうだなあ……

 穂乃果ちゃんっていうのは、すごーく仲の良いお友達?

 親友だとか、幼なじみであるとか。

 もちろん関係を表現する言葉はたくさんあるんだけど……

 お友達っていうのが一番関係性を表しているかなって」

 海未が静かになったので言葉をことりが引き継いだ。

「とある時期からね穂乃果ちゃんは

 私も、海未ちゃんも頼ることはなくなったよ?

 それはね、大人になったとかそういうんじゃなくって……

 友情っていうのは相手に依存したり、相手に負荷をかけるんじゃなくて、

 相手に対等で誰か次第で態度が変わることのない尊いもの。

 あの子たちが出てきてラブライブを優勝したくらいから……」

「あの子たち?」

「ことりは彼女たちのグループ名を言うことも不愉快そうですけど」

 私も同じ気持ちですと言いつつも教えてくれたのは、

 「Aqours」という名前だった。

 

 

 二人が出ていくのを見送りながら、

 私はなんとなく天井を見上げた。

「亜里沙は知っていたの?」

「……Aqoursに対して良い心象をお持ちではない程度なら」

 彼女たちと普通に交流していた私としては

 (なにせ会いに行って熱烈な歓迎さえ受けているから)

 Aqoursに対するネガティブメッセージにたいして、はいそうですかと頷くことはできなかった。

「彼女たちに対して……

 いえ、Aqoursに対してネガティブな印象を持っていないのは、

 にこさん、希さん……そして、姉さんくらいです」

「どうして?」

「にこさんは大人ですから、希さんは博愛主義、姉さんは……まあ、底なしのバカですし」

 バカだという言葉を一つも否定できない。

「今回のライブにAqoursの方々を呼んだのは……

 私の出来る最大限の復讐です」

「物騒な話ね」

「希さんはあの子と穂乃果さんを仲直りさせようとしましたけど……

 私は子どもなので

 目には目を、歯には歯を……因果応報、報復は妥当とせり」

「彼女たちが何をしたの?

 千歌ちゃんは穂乃果に憧れてスクールアイドルを始めて、

 メンバーが集って物語が始まった。

 奇跡を願ったけれど、結果は夢敗れた。

 可哀想だとか同情する要素はあるけれど……」

「相手への好意というものが、

 ポジティブな感情を抱かせるばかりと

 本気でお考えですか?

 それは私たちの母を見て、

 旦那さんを深く愛していて素敵ねっていう

 私たちのことを一欠片も理解していない感想と同じです」

 妹の態度や、表情――そして言葉の切なさに。

 過去の亜里沙から問われたとある言葉を思い出した。

 

「相手のことが好き

 でも、好きな相手が一つも亜里沙を好きじゃなかったら?

 他人だったら良いけど、

 それがもし大切な家族だったら?

 自分のことなどどうでもいいのだと……

 言葉で、態度で示されてしまったら。

 絢瀬亜里沙は一体誰を信じれば良いのですか?」

 

 私はね、

 仮に母親とか父親から、

 一つも愛されていなかったとしても、

 無難にやり過ごせる技術は持ち合わせていたけど。

 妹は違う。

 甘えたがりの盛り、

 母親から投げかけられた

「あなたよりもパパが大事だから」

 という言葉。

 どれだけ傷つけられたことだろう?

 どれだけ悲しかったことだろう?

 ――そして私が、

 その事実を今の今まで忘れていたということが。

 何よりも許せなくて、歯がゆい。

 

「私と亜里沙は家族だから」

「……なんですか?」

「ううん、家族っていうモノより、強く、深く、繋がり合って……

 私は亜里沙を深く愛しているから」

「姉妹で同性……因果ですね」

「お姉ちゃんを信じなさい」

「絢瀬絵里のどこを信じれば良いのか……

 お金はない、就職口もない、今だってバニーガール……」

 それはあなたがさせたんでしょう?

「今から、Aqoursの皆さんが来られます。

 ヨハネちゃん以外ではありますが。

 もし……もしも、

 高海千歌という人が、

 穂乃果さんに憧れ、夢を持ち、理想とし、感動を覚え……

 相手を深く愛し信じることだけを是とする……いえ、

 一方的に相手を慕うことが相手に対する愛情などと、

 理解のないことを言うのならば。

 絢瀬絵里が出来る最大限の言葉で、

 それは違うと言ってあげてください」

「……出来るかしらね?」

「ああ、ちなみにですが。

 高海千歌、渡辺曜さん、桜内梨子さんの3人は

 このあとハニワプロからアイドルグループでデビューしますよ?」

「それ、私がどっちに進んでも死ぬやつじゃない?」

「……グループ名は「ア・リトルライト」」

「よく意味が取れないんだけれど?」

「リーダーが言うには直訳すると"穂乃果”な光だそうですよ?

 光がどこから来ているのかは――

 

 

 μ'sが最後に歌った

 本当に一部の人しか知らない

 僕たちはひとつの光を参考にしたとか」

「……そう」

 

 私は。

 絢瀬絵里はドアの先を睨みつけるようにする。

 自分自身がバニーガールで

 ひとっつも格好がつかないことは自覚しつつスルー。



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亜里沙ルート 第一話 09

 μ'sが一番最後に歌った曲は、

 一般的に知られているのは秋葉原にて

 スクールアイドルが集まって歌ったSUNNY DAY SONGとされる。

 にこにーにこちゃんとか、

 海未と真姫と私(雑用)がA-RISEに提供した曲とか、

 μ'sのメンバーがちょっとだけ関わっている曲はチラホラとあるけれど。

 穂乃果が、自分たちだけが満足するようなライブがしたい!

 と言いつつも、

 見てくれる人が一人もいないのはトラウマを思い出す、

 というギャグ(笑えない)も披露して。

 じゃあ、お世話になった人だけ呼ぼう! ということになった。

 亜里沙や雪穂ちゃん、先だって登場した栗原陽向、清瀬千沙の二人もいたらしい。

 そして――

「私たちが呼ばれるなんて、嫌味か何かだと思った」

 と、後日苦笑しながら教えてくれたのは綺羅ツバサ。

「でも、僕たちはひとつの光を歌い終わって、

 一番最後にμ'sが集まって抱き合いながら泣いているのを見た時、

 そして、穂乃果さんの言葉を聞いたときにね……

 A-RISEがμ'sに負けた理由がわかった」

 あのシスコンっぷりが光る統堂英玲奈でさえ、

 妹に対してμ'sのラストエピソードは語っていなかったそうだから。

 高海千歌ちゃんがどういう経緯であのときのことを知り得たのか。

 

 

 よくよく考えてみれば、

 Aqoursのメンバーが通っていた浦の星女学院が廃校したという事実を、

 あんだけ熱烈な歓迎を受けていい印象を持っていた私が知らなかったこと。

 エトワールに来て、津島善子ちゃんに聞いて初めて、

 Aqoursの活動が目標を達成できずに終わったことを知った。

 なんで私が、その実情を把握できなかったのか?

 単純にオンラインゲームや飲み歩きのニート生活で忙しかったのも、

 ある程度はあるのだろうけど……。

「今、ダイヤだけは雪穂と関わりがあります。

 曜さんやルビィさんあたりも凛さんと関わりがありましたが、

 あくまで同じアイドルという域を出ないと思います」

 本当に一部の人達しか知らない、

 僕たちはひとつの光の件が部外者に情報が回った件について思考する。

 凛を経由してAqoursのメンバーに知られたということは考えにくいから、

 観てくれていた人たちの誰かから漏れた可能性がある。

「でもあのダイヤが、高海さんにその情報を回すとは思えません。

 仮に雪穂から聞いていたとしても」

「ネットにもウィキペディアにも、μ'sの最後の曲はSUNNY DAY SONGって書いてあるしね」 

 一部の人達しか知らないラストライブでは、

 「MOMENTRING」

 「さようならへさよなら」

 「僕たちはひとつの光」

 と、一般に知れ渡っていない曲が披露された。

 ネット上のどのμ'sのファン(またはアンチ)に尋ねても、

 自分たちが最後に歌ったのはSUNNY DAY SONGということしか聞いたことがなかったし。

「一応、音源としてはあるんです。

 μ'sの方々が泣いていた……あのときの音声とかも」

「……穂乃果の言葉も入っているの?」

「はい。

 ヒフミさんたちが

 もしμ'sがいた事を誰もが忘れてしまったときに必要だからって」

 ライブの一番最後。

 停電でもあったのか、機材のトラブルか。

 歌を披露し終わった後に、会場が真っ暗になる出来事があった。

 みんな落ち着いて! と当時は凛々しかった(笑)絢瀬絵里がメンバーを抑え、

 会場にいる人達のざわめきが収まったときに、かすかな嗚咽が聞こえてきた。

 それはまたたく間もなくμ'sのメンバーに伝染し――

「みんな泣いていたわ」

「観客で泣いてない人なんていませんでした」

「穂乃果が叫んだわね……」

 

「嫌だ! 明日が来るのが嫌だ!

 ずっと! ずっとみんなで一緒にいたい!

 μ'sとしてスクールアイドルを続けていたい!

 

 今のままでいい! 時が巻き戻ってくれればもっといい!

 ずっとずっと! μ'sの高坂穂乃果でいたい!

 

 最後なんて嫌だ!

 これで終わりなんて絶対に嫌だ!

 今が、今が最高……

 今のままで、今のままでずっと時間が進まなかったら……

 今が……今が最高なんだよぉぉぉ!!!」

 

 おそらくあの言葉を聞いて。

 私の神様嫌いは増幅されたんだと思う。

 

 

 ぞろぞろ。

 Aqoursのメンバーが部屋に入ってくる。

 とある黒髪ロングの方が私の姿を見た瞬間に、

 スマホのカメラを向けてきたけど、

 亜里沙のおさわりは禁止でーすの言葉に

 渋々と言った表情でスマホをどこぞへとしまった。

 先頭に立っているのは、

 以前もちらっと会話した渡辺曜ちゃんや、桜内梨子ちゃんの二人。

 真っ先に挨拶をしてくると思われたリーダーの姿は見えない。

 妹もその事を怪訝に思ったのか、首を傾げているけれど。

「あの、千歌ちゃんは?」

「ええと、本来なら一番最初にご挨拶しなければいけないって、

 そう思ったんですけど……」

 私の問いかけに対応したのは梨子ちゃん。

 なんとも言えない表情のままで困ったように曜ちゃんを見ながら、

「穂乃果さんを探しに行くって言って……もうすぐ戻ってくると思うんです」

「分かりました。ただ時間もありませんので――

 本日は呼びかけに応じて頂きましてありがとうございます。

 ア・リトルライトのお三方にはライブでコメントもする機会もありますので、

 事前打ち合わせを丹念にお願いします」

「は、はい。

 正直な話、私たちがどこまで出来るかわかりませんが」

「絵里さんお久しぶりです、ルビィちゃんに先を越されちゃいましたけど、

 私覚えてます?」

 わりと久方ぶりに見る気がする妹の鉄仮面ぶりに、梨子ちゃんは戸惑いを隠せない。

 ひたすら恐縮している彼女をかばうようにして、曜ちゃんが私に声をかけた。

「ええ、凛のところにいたわね?」

「その衣装、ことりさんのデザインですか?」

「布面積が少ないけど、こういうデザインって見れば分かるものなの?」

「高校3年のとき、ことりさんが有名になって活躍し始めてから

 すごいなって思って追いかけてましたから」

 私としてはそんなこともあるのね程度にしか思わなかった。

「ただ、挨拶に行こうとしたら南條さんに止められました」

 悲しそうな表情を浮かべながら、曜ちゃんは語る。

 アスリートとしての立場ととある事務所に入ってのタレント活動をしていて、

 この度、円満というわけではないけれどハニワプロへ移籍した。

「千歌ちゃんがいないから言えますけど、

 芸能界に入ってから、Aqoursの良い評判を聞くことがないから……

 だからもしかしたら、ことりさんも私たちにいい印象を抱いていないのかなって」

「ことりさんは他人の評判や評価にはさほど興味はありません。

 良ければ私も同行して挨拶に伺いますが」

 曜ちゃんの言葉に反応しようとした私を亜里沙が手で制し、

 プロデューサーモードでの応対に姉はひたすら緊張が走る。

「他の人の評判や評価に興味がないとは?」

「つまり、仮にAqoursを快く思っていないのが事実ならば、

 それがことりさんの個人の意志だということです」

「そう、ですか……」

 しょげたような表情を浮かべつつ、肩を落とす曜ちゃん。

 暗に、あなた方をことりが嫌っていますと告げられ、

 意気消沈する気持ちもわからなくもない。

 言葉がなくなった梨子ちゃんと曜ちゃんの二人に対して、

 おずおずと言った感じで前進してきたのは、

 ルビィちゃんと花丸ちゃんの1年生組(善子ちゃんは欠席)

「国木田花丸です。

 あの、プロデューサーにお尋ねしたいことがあります。

 ハニワプロ関連の些末な一マネージャーが差し出がましいとは思うのですが」

「安心してください、

 こんな猛獣みたいな格好をしている絢瀬絵里が

 花丸さんやルビィさんを取って食べたりはしません」

 おかしいな、バニーガールなのに猛獣とはこれいかに。

 ただ、妹の発言で緊張した雰囲気が多少弛緩したので、

 絢瀬絵里としてもなんとなく喜ばしい気もしなくもない。

「Aqoursは……μ'sの皆様にとって余計な存在ですか?」

「太宰ですね?」

「そのとおりです。

 私は物分りが良いほうではありませんが、

 自分が生きていることが、人に迷惑をかける

 その意識はとてもつらいものだと私は認識しています」

「だそうですよ、姉さん」

 太宰治か、なんて現実逃避をし始めたところで話を振られビックリ。

「経験則で申し訳ないけれど……人に迷惑をかけない人間なんていないわ」

「私の言葉を認めるということですね?」

「ただ、それは物事の一側面でしかない」

 元ニートがこんな事を言って良いものかという戸惑いはあるけれど……。

 今も現状維持で妹の脛をかじっている人間の台詞としては、

 いささか説得力に欠けるきらいは確かにある。

「花丸さんはμ'sが最後に歌った曲って何か知ってる?」

「SUNNY DAY SONGです。

 動画でも見ましたし、スクールアイドルの軌跡が流れるときには、

 必ずこのμ'sの偉業が流れますから」

 花丸ちゃんの言葉に頷いているのが数名。

 嫌そうな顔をして俯いたのが梨子ちゃん、

 そしてもうひとり、ダイヤさんは――

「梨子も知っているのね?」

「はい、ダイヤさんすみません。絵里さん、亜里沙さん……

 千歌ちゃんに僕たちはひとつの光のことを教えたのは……私なんです」

 私がどんな表情をしているかは分からないけれど、

 心情を吐露することを許されるなら、余計なことをしてっていう感じではある。

「同僚に、にこさんの妹のこころさんがいます。

 ある時、μ'sの話でお客様と盛り上がって――

 彼女がすごく怪訝そうな表情をしていたから、問いかけてみて」

 今から一年ほど前。

 こころちゃんが未成年だった時代、とある……えーっと、お酒を飲む店で、

 下働きをしていた時に店で一番指名を取ることが難しい、

 いわばトップだった梨子ちゃんの手伝いをしていたことがあったみたい。

「彼女は、μ'sの最後の曲が一般的にSUNNY DAY SONGと言われていることを知らず、

 どんな時も明るく、最後まで笑っていてμ'sは終わった――

 という話を、本当に、本当に、怪訝そうな表情で聞いていたんです」

 そういえば、こころちゃんやここあちゃんがスクールアイドルをしたという話は聞いたことがない。

 自分とは違う世代だから認識していなかったのかも知れないし、

 にこの話をまともに聞いていなかった可能性すらある。

「こころさんから、穂乃果さんの最後の言葉は聞きました。

 人づてに、僕たちはひとつの光の歌っている所の音源だけは入手もしました。

 すみません、その曲は……千歌ちゃんに聞かせてしまいました」

「いいのよ、謝らないで」

「その通りです梨子さん。

 花丸さん、不肖の姉が話をずらしましたが……

 μ'sとAqoursの間には多くの行き違いがあります。

 曜さん、今は関係を改善をするのは難しいですが、

 今後、ことりさんとよりよい関係を築きたいなら、協力しますよ」

「……!? 喜んで! ほら! 花丸ちゃんも!」

「え?」

「凛さんに会いに行きたいんでしょ! ほら! ほら!」

「あ、ええと……プロデューサー、お願いできますか?」

「凛さんはちょっと怖いんですけどね……」

 苦笑しながら答える妹。

 そしてなぜ亜里沙が凛を怖がっているのか、

 今の私には知る由もなく――



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亜里沙ルート 第一話 10

 Aqoursのみんなと、どことなくいい雰囲気の中で会話を交わす。

 ダイヤさんだけは、後で時間を確保して頂いているという理由で

 積極的に話に参加することはなかったけれど。

 途中、鞠莉ちゃんが

「私は高校時代、劣化絢瀬絵里と呼ばれてましたー!」

 なんて白状をすると、

「鞠莉さんが劣化絢瀬絵里などと……」

 亜里沙ご立腹。

 そのあまりな迫力に、発言者の鞠莉ちゃんですら。

 Sorry,Sorryと軽い調子で言っていたけれど。

「姉に劣化するほど優れている要素があるとでも――!」

 絢瀬絵里以外のメンバー大爆笑。

 特に黒澤姉妹はお腹を抱えるレベルで笑っていた。

 その姿を複雑な表情(をしているはず)で眺めながら、

 お互いに険悪な雰囲気でいるよりも、仲良く笑っていたほうが良い。

 そのためなら道化にもピエロにもなりましょう……。

 

 

 その時ドアが勢いよく開き、

 入って来た相手の姿にみんながみんな緊張が走る。

 私たち姉妹はともかくとして、

 なんでAqoursのみんなまで表情が固くなったのだろう?

「ああ、穂乃果さんいなかった……本当、どこ行っちゃったんだろ?」

 しこたま残念そうな表情を浮かべながら、

 曜ちゃんの隣に座り、その近くにいた私の格好を見やる。

 見てしばらくフリーズ。

「えと……絵里さん、罰ゲームですか?」

 申し訳無さそうに言う千歌ちゃん。

 そんなことないのよ、と優しい口調で言おうとした私が、

 またしても妹に手で制される。

「はじめまして、高海千歌さん。

 この度のライブにAqoursとして参加して頂いて

 感謝の言葉では尽くせません……」

「そんな! ハニワプロの方々には

 私のアイドルとして活動したいっていう途方もない目標を

 じゃあやりますかって声をかけて頂いてこちらこそ感謝しか!」

 姉としては妹が完全に憤慨レベルで怒りを覚えていることに気づいているから、

 触らぬ神に祟りなし、くわばらくわばらと逃げ出したい衝動に駆られる。

 そこらへんの感情に聡い曜ちゃんや梨子ちゃんはもうすでに私から距離を取り、

 花丸ちゃんルビィちゃんあたりはダイヤさんを盾にしてこちらを見てすらいない。

 3年生メンバーは泰然自若として落ち着いている風だけど、

 果南さんはちゃっかり鞠莉ちゃんを盾にしてる。

「先の繰り返しになりますが、

 ア・リトルライトの方々には挨拶をして頂きます

 自分たちの存在を披露できるチャンスです、全力を尽く……」

「その、本当に勝手な行為だとは思うんですが……

 メッセージを飛ばしてもいいですか?」

 妹の言葉を遮って千歌ちゃんが言葉を発する。

 私の顔をちらりと眺め、何かを思案するように眉をひそめた後、

「打ち合わせで聞いた記憶が無い話ですが」

「はい、あの後に梨子ちゃんに僕たちはひとつの光を教えてもらって

 ――μ'sの最後の曲」

 梨子ちゃんの体が跳ね上がるように震えたのを見逃さなかった。

「聞いたことのない曲ですね?」

 千歌ちゃん以外のAqoursのメンバーと私、

 ありとあらゆる視線が亜里沙に集った。

「確か、私の記憶が正しければ――

 μ'sのラストソングは秋葉原で歌ったSUNNY DAY SONGでは?」

 亜里沙の言葉に対し、

 ホラー映画とかで安心した瞬間に殺される哀れな被害者みたいな、

 そんな表情を浮かべた高海千歌ちゃん。

 妹の罠(罠よりもよっぽどタチが悪い)だと知らずに、

 地雷原でタップダンスを踊るくらいの度胸に耳を塞ぎたくなった。

「それが、あったんです! μ'sが一番最後に歌った曲が!

 一般的には知られていない! すごい曲が!」

 すごいすごいと連呼するその曲は、

 あなたが憧れる高坂穂乃果が歌った記憶すら消去したいと

 後日気持ちを吐露するに至った曲ですよ?

 なんて言わない。

 言ったところで本当ですかと逆に疑問を抱かれちゃう。

「ほう? 聞いた記憶が無いので、

 どのように素晴らしいか聞かせていただけますか?

 その言葉次第で、メッセージを飛ばすかどうか判断しましょう」

「ええと、私の貧弱な語彙で伝わるかどうか……

 でも、μ'sの中でも飛び抜けてメッセージ性の強い曲です!」

 ふむ。

 その意見は頷けなくもない。

 ただ、作詞をしている園田海未はそこら辺は無意識に入れているらしく。

 START:DASH!!と僕たちはひとつの光との関係性を問われて首を傾げていたくらい。

「メッセージ性が強いというと……SENTIMENTAL StepSとか」

 それは園田海未作詞じゃない。

 東條希が私の黒歴史を参考にし、

 年をとったら、こんな感じで今のことを思い出したいって作ったやつ!

「SSSは良いですよね! 物寂しさっていうか、切なくて胸が苦しくなるような感じが」

 うん、聞いていると確かに胸が苦しくなる。

 自分のアコースティックギター事件を思い出して。

 身体がむず痒くなってくるというか、なんとも言えない気分になる。

「HEART to HEART! 嵐のなかの恋だから 

 ユニット曲では冬がくれた予感 秋のあなたの空遠く NO EXIT ORION

 あたりは私も好きです」

 園田海未作詞の曲を如実に避けているあたり、

 そして絢瀬絵里が作詞に関わった曲も避けられているあたり、

 自分としてはどう反応をして良いものかわからない。

「梨子さんから聞きましたが、

 ユメノトビラを聞いたことをきっかけにして

 スクールアイドルをしようとお考えになったんですよね?」

 お? って思った。

 海未作詞の曲を避けて、千歌ちゃんの自爆を待っているのかと思いきや。

 海未が散々苦労を重ねて(というかユメノトビラ自体みんなの苦労が重なって)

 作られた曲で、凛を中心にあんな想いはもうしたくないと切実に訴えかけたエピソードあり。

「はい、ユメノトビラは私が特に思い入れのある曲です!

 夢とか、希望とか! 

 夢を見ることの大切さを歌っていると思います!」

 ――元来、園田海未は作詞した曲がどういう扱いを受けようとあまり気にしない。

 例外は僕たちはひとつの光だけ。

 海未に着目した有名レポーターが彼女にインタビューして、

 結果、これでは記事にならないと言って没になった経験があることから分かるように、

 作詞した曲の大半を、恥ずかしいのでネタにしないでほしいと言っているほどで。

 これはこういう意図があるんですかと問われても、

 あ、そうかも知れませんね? 聞いている方々がそう思うならそうかも? とか、

 少なくともユメノトビラが夢を見ることの大切さを歌っているなどという話は、

 彼女と交流が深い(さっき会ったばかり)私も聞いたことがない。

「では、僕たちはひとつの光は――どういう意図を持った曲だと思いますか?」 

「始まりだと思ってます」

 亜里沙が珍しくキョトンとした表情を見せ、

 戸惑いでもなく、驚愕でもなく、

 かといって、どう反応したら良いのかという戸惑いでもなく。

 ただ純粋に予想外という表情を見せる。

 不意の出来事に対応できなくなってしまった妹を差し置いて、

「どうして始まりなの?」

「新しい人生へのファーストステップだからです」

「……ごめんなさい、よくわからない」

「ええと、深い意味はないんですが。

 終わりは、何かをするための始まりだって思って」

「私の主観で申し訳ないけれど、

 未だにμ'sの幻想を追っているのは……

 μ'sを好きだという人たちだと思う」

 スクールアイドルμ's。

 成し遂げたことや残した功績というものは取るに足りない。

 ラブライブに出場するスクールアイドルのレベルは年々上がり、

 楽曲や振り付けを見れば今のほうが断然優れている。

「ごめんなさい亜里沙、ちょっと着替えてきても構わない?」

「実はちゃっかり衣装を用意してあります」

「普通の服装が良いんだけど」

「諦めてください、センターのさだめです。

 隣の部屋に、ステージで披露する衣装が置いてあります。

 試着ついでに感想をことりさんに送って少しでも点数稼ぎをしたほうが良いですよ?」

 亜里沙に見送られながら、

 私はうつむき加減で部屋を抜け出す。

 それが怒りの表情を浮かべているのか、

 それとも悲しい表情を浮かべているのか、

 鏡がないから私には分かるはずもなく――

 

 

~~

 

「ダイヤ」

「……私でよろしいんですか?」

「姉のことをよろしくおねがいします、あなたになら、おまかせできます」

 親友の高坂雪穂の評価も高く、

 なによりAqours解散後に一番苦労した人間だから、

 嫌なことがあって逃避してしまった姉を宥めるには適切な人材だと思われる。

「すみません千歌さん。

 自己紹介が遅れました、絢瀬絵里の妹の絢瀬亜里沙と申します」

「え、でも、最初に会った時に言ってたじゃないですか――」

 今この状況で、μ'sを一番深く応援しているのは高海千歌さんですね?

 という発言か、

 μ'sというスクールアイドルのことは詳しくは知らない。

 という方か。

 どちらにせよ、社会人――というより、

 意地悪な陰険ババアが多用する嫌味の一種だったのです。

「μ'sはすごくないって……言ってましたよね?」

 そっちですか。

 口を滑らせたふりをし、相手がどういう反応を示すか見て、

 自分が絢瀬絵里の妹であり、μ'sと関わりがある人間だと教えるのは控えよう。

 そのような判断があったことなど、恐らく彼女は知る由もない。

「μ'sを生の目で間近に見ているなら……すごくないなんて言えないです!」

「千歌ちゃん!」

「曜ちゃんは静かにして!

 何をどう思って、あの人達をすごくないって言えるのか!

 私にはっきりと教えてほしいです!」

 私は一度目を閉じ、

 いかにどうすれば相手を傷つけずに自分の考えを伝えられるのか考えます。

 正論で訴えれば楽、

 ごまかそうとすればそれもまた楽。

 ただ、恐らくそうすれば穂乃果さんと千歌さんは二度と会うことはなかろうと。

「これは絢瀬亜里沙として、絵里の妹として 

 なによりμ'sの最初のファンとして

 ――そして、μ'sのファンを一番最初に辞めたであろう私が告げます」

 正式には、雪穂が私に対してμ'sのファンである高坂雪穂を辞めると言ったんですが。

 そこまで教える義理はないですし、

 仮に、雪穂のことを誰かなんて問われれば理性を保てる自信がありません。

「μ'sのことを応援しているとか、すごいと言われても、

 高坂穂乃果さんも、姉も……困るだけなんですよ?」

「なんでですか!?」

「だって、もう、μ'sは終わってしまったから、

 続けたくったって、続けることができなかったから」

「でも、応援することは出来る! 

 いつかまた集まって復活するかも知れない!」

「復活したら……また終わらなければいけない。

 あんな悲しい思いを……あの悲しい叫びを……

 穂乃果さんにさせるかも知れないと思えば、私は二度と彼女たちを応援できない」

 姉は知らない様子でしたが、

 にこさんの妹の双子たちがスクールアイドルをしなかったのは、

 無邪気に応援することが、必ずしもいい結果を産むとは限らないことを知ってしまったから。

 こころさんは言っていました、

「僕たちはひとつの光を歌っている最中、お姉さまがすごく切なそうな表情をされました

 そういう演出なのかなって思ったんですが、後日訊いてみたら記憶に無いと」

 それを聞いてから姉にも尋ねてみると、

「一応、そういう演出を入れようみたいなことはあったと思うのだけれど、

 誰がどのタイミングでっていうのは打ち合わせしてないはずよ?」

 演出をしたことは覚えていても、どんな表情をして歌ったのかは記憶にない様子だったので、

「うん、たぶんやけど。みんな無意識にほぼ同タイミングで切なそうな表情はしてると思う

 ただまあ、にこっちはフライングしてたと思うけど」

 一番μ'sというグループを冷静に見ていると判断した希さんでさえ、

 あんまりあのときのことは感情が昂ぶっていてあまり覚えていないそうですから。

「叫び? 穂乃果さんが?」

「Aqoursの皆さんは知らないかも知れませんが。

 果南さん、ダイヤ、鞠莉さんの3人の東京でのライブを、花陽さんは観ていました」

「え? 本当に?」 

 果南さんの言葉に私は頷く。

「あの、叫んだ内容のことを……ぉぉぉぉ」

 曜ちゃんと梨子ちゃんの二人に羽交い締めにされて退場する千歌さん。

「静岡で注目されて東京にやってきたグループがいると」

「恥ずかしい場面を観られちゃったねぇ、果南?」

「どういうコメントをされた……あ、いや、コメントできないか、歌ってないし」

 恥ずかしそうに頭をかく果南さんに、

 しょうがないわねぇみたいににこさんを彷彿とさせる表情を浮かべた鞠莉さん。

「誰よりも相手を想い合い、そのためなら自分が傷つくことも厭わない。

 不器用かも知れないけど、素敵なグループがいた

 だから二年後に同じAqoursを冠するグループがいて嬉しかったと」

「もしかして、足を怪我していたことバレてたの?」

「みたいだねぇ……ほら、鞠莉は割と表情に出るし」

「信じられない……だって、どこで観ていたかはわからないけど、

 ステージに立つ人間の表情なんてほとんど……」

 果南さんが鞠莉さんを連れて、

 少し廊下に出ますというコメントと一緒に退場しました。

「6人で歌っていた私たちも観ていたんですか?」

「その通りです花丸さん。

 投票もしていったそうですが、後日観たらAqoursが0票だったと

 ……まあ、ラブライブの運営はそういう事をやりますからね」

 ルビィさんや花丸さんは、致し方ないという表情を見せ、

 残りのメンバーはそれぞれ眉をひそめて怒りを浮かべた。

「神田明神では希さんもAqoursを観ていたそうですよ?」

「あー、SaintSnowの二人に絡まれた時……」

「UFOかなにかだと思って思わず写真を撮影した……

 天高くムーンサルトを行い、ドヤ顔を決めた理亞の動画と写真を見せられて、

 まさか後年、彼女をプロデュースすることになるとは……縁というのは異なものです」

 千歌さんがお預けされた子犬みたいに、

 期待感溢れる表情でそんな事はいいから穂乃果さんのことを聞きたい

 としているので。

「千歌さん、Aqoursを続けたかったですか?」

「……あ、えと、続けたくなかったです……」

「穂乃果さんは、μ'sを続けたかったんです。

 続けたくて続けたくて、でもやめざるを得なくて……

 高校を卒業されてからしばらく、その気持ちが拭えないまま大学に入りました」

 あの海未さんが、

 なんで穂乃果さんの近くにいなかったのかを深く後悔し、

 パリに留学していたことりさんが、

 夢を諦めてでも穂乃果さんの近くにいると考えるに至ったとある事件。

「はじまりは、ファン……と言いましょうか、

 あのような人をファンと呼称して良いものかわかりませんが」

 

 

 μ'sの高坂穂乃果が同じキャンパスにいる――

 

 

 まだ、いろいろな人がμ'sのことを記憶していた時。

 明るい性格で、友達作りも得意なタイプだった穂乃果さんは、

 男女問わず多くの方々と交流を深めていました。

 

 それは長く続かず、穂乃果さんは孤独に大学を卒業されました。

 

 上手く行っているときだからこそ、

 それを妬み、足を引っ張る人が必ずいる。

 邪魔だって言って、平気で罵る人がいる。

 心が砕かれそうになるまで、

 後悔をさせてしまうような、そんな悪い人がいる。

 

 あれだけ好きだったμ'sが、

 心の底から嫌悪の対象になってしまうくらい、

 思い出すことも辛いくらい、

 記憶から無くしたいくらい、

 ただ憎悪を浮かべるだけの対象になってしまうくらい。

 人を傷つけてくる人がたくさんいるんだということを知った。

 あんな人がファンを名乗り、

 あまつさえ、自分たちを自慢するなんて、

 私のしてきたことは一体何だったのか?

 

 後日、姉の絵里に告げられなかった穂乃果さんが

 私にこっそり教えてくれました。

 

 ただ、姉自身も後々、

 同じような思いを私に吐露するに至り、

 それくらいから記憶の混濁や感情を上手く表現できないことが続いて、

 未だにそれを乗り越えられていない。

 

「Aqoursが解散した後にみんな幸せになれなかった。

 途方もない現実にもがき苦しみ、みんな傷を抱えている。

 有名になるということは、代償にそんな事を得なければならないのか

 有名になっても浦の星の廃校を防げなかった私たちは――いったいなんなのか?

 ダイヤが、私に教えてくれました」

「……あの」

「それは有名税だと、人は簡単に言います。

 名が売れて得をしているのだから、その分損は受け入れるべきだと」

「ファンになっては……いけなかったんですか?

 μ'sに憧れてAqoursを結成したのは……間違いだったんですか?」

「私は間違いだとは断定しません。

 ただ、良いと思った行動が相手に良く伝わるとは限らない、

 それどころかマイナスになることもある……

 一つだけ言えるのは、過去は変えられません、大切なのは今」

「今が最高……」

「千歌さんが今できる、最大限の努力で……

 ステージを盛り上げてくださることを願います」

 次の方も待っていますのでと告げると、

 Aqoursの皆さんはそれぞれ明るいのか暗いのか、

 どちらとも言えない複雑そうな表情で退席しました。

 

 

「千歌さんへのメッセージは姉に任せていたはずなんですが……

 本当にしょうがないお姉ちゃんですね」



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亜里沙ルート 第一話 11

 どこをどう歩いてきたのか、

 少しばかり記憶がかっ飛んでしまっているけれど。

 かくして、隣の部屋に向かうだけだったというに、

 後ろからついてきた黒澤ダイヤさんに身体を支えられているという事実。

 

「ええ、もう、高校時代の私ならば

 今の場面を携帯の待受にしていました」

 

 肩を抱くようにし、支えてくれればいいという私の言を無視(スルー)

 必要以上に距離が近いのは、私が青い顔でもしているのか、

 それとも彼女自身のリビドーがそうさせているのかは定かじゃない。

 

「大丈夫ですか?」

「ええ、だからもう身体を支えてくれなくても大丈夫だから」

「差し支えなければ、このままお着替えなども」

 

 それはもう介護じゃん。

 アラサーアイドル(呼称未了承)絢瀬絵里の

 元後輩に介護される疑惑が某メガネのスポーツ記者さんにでっち上げられちゃう。

 ただ、今の状況から察するに傍から見れば事実にしか見えないけれど。

 

「ええ、お風呂でもなんでも、黒澤ダイヤやる気マンゴスチンです」

 

 なにその、一時期花陽が言ってた幸せオーガスト級の不可思議な発言。

 

「まあ、名残惜しいのは重々承知ですが、

 飲み物でも持ってきます。

 良いですか、くれぐれも一人で着替えなどされぬよう」

 

 にこと一緒に上島の竜ちゃんがテレビに出てて、

 二人して熱湯に突き落とされるのを観ながらお酒を飲んだ日々に戻りたい。

 しかしあれだ、今から振り返ってみると、

 当時矢澤にこは19歳かそこいらで、私も似たような年齢だったはず。

(未成年の飲酒は法律で禁止されています。良い子は真似しないように)

 

 フラフラと立ち上がり、澤村絵里専用ロッカーと書かれた(ムダに達筆)場所に

 ゆっくりゆっくり迫って扉を開く。

 そこには――

 

「……いやあ、これは、なんというか」

 

 無駄に描写してごまかしても構わないけれど、

 一言で言えば僕たちはひとつの光の衣装である。

 そうそう、あのピンク色のドレスみたいな、

 東條希が羽生結弦かってくらいジャンプしているときのアレ。

 

 酩酊している時(あまり経験がない)みたいに、

 意識が遠くになりかけたけれど、

 正直身体に力が入らなくなって、ロッカーに体を委ねた。

 

 アッパーでも喰らってノックダウンしたボクサーみたいに

 意識でも失いたいところではある。

 

 けれどもそうなれば、

 飲み物を持って戻ってきた内浦の覇者に

 はーいそれではお洋服でも脱ぎましょうねー?

 とか言われるお人形遊びの材料になりかねない。

 

 ただでさえ、μ'sの一部の面々に男性よりも女性が好き疑惑があるのに、

 服でも脱がされてしまったら大変だ。

 なので、ちょっと阿呆なことでも考えてみる。

 

 今から数年前。

 大ヒットした魔法少女アニメがあり、

 それを原作とし、本編の十数年後という設定で

 アラサーになったキャラクターの日常を描くという漫画が同人であった。

 

 それを眺めながら、

 よもやこうはなるまいと思っていたのに、

 気がつけば派遣社員をしている彼女とは違い、

 ニートとして悠々自適の生活を送るとは……。

 

 そして何より、

 それが掲載されていた雑誌が休刊したのに

 唯一生き残ったのがそのアラサーマミさんという、何という皮肉。

 

 あ、ちなみに私はアニメ化されるっていうマギレコで、

 美国織莉子とか呉キリカとか千歳ゆまといった面子がCV付きで出ているのに、

 出番がないっていうか存在すら怪しいあの子が好きよ?

 

 

 お前が推すのは天乃鈴音の方じゃないかっていうツッコミは無粋。

 成見亜里紗という字面になにか感じ入ることがあっても私はスルー。

 

「くれぐれも着替えなどされぬよう、

 私は重々忠告したつもりですが?」

 

 戻ってきたダイヤさんが私の姿を見るなり、

 真剣な表情(できてない)で冷徹な声色(できてない)で、

 路上に捨てられたゴミを見るような目つき(これはできてる)をしながら、

 私に近づいてくる。

 

 阿呆なことを考えて、多少精神的には持ち直したとはいえ。

 まだまだダメージは大きいので、飲み物を受け取り喉を潤す。

 呆れ果てたと言わんばかりの表情を浮かべながら、

 胸元ばっかりガン見してくるやり手社長(ルビィちゃんがした表現)に、

 よもや殺り手の社長ではあるまいなって、すずねに毒されすぎだわ私。

 

「ご存知ですか、妊娠初期には酸っぱいものを食べたくなるということを」

 

 レモンスカッシュを飲みながらとんでもないことを告げられる。

 未経験であることを理亞さんに口止めしている手前、Re Starsのメンバーには

 一番年上なのに行き遅れてるという事情は知られてないようだけど。

 

「だ、大丈夫よ……ほら、妊娠するようなことしてないし」

「まあ、そのような男がいれば、去勢した挙げ句に海の藻屑にしますが」

 

 ダイヤさん目が笑ってない。

 攻略対象が主人公と致す前から非処女だったときの理亞さんの慟哭を思い出し、

 世の中そういう人もいるであろうとちょっと思った。

 でも、金髪ポニーテールとはいえエロゲーのヒロインじゃないので……

 

「立つのは無理にしても、一度着替えましょう?

 ええ、安心なさって? 幼少時に服を汚したあの子の服を着替えさせてましたから」

 

 全くあの子は体現する不幸そのままとの呟きを聞きながら、

 それは妹のルビィちゃんではなく善子さんではあるまいかと思ったけど、

 指摘されたところで何の意味もなく、

 それでいて貞操の危機すら感じているからひとまず私は天を仰いだ。

 

 なすがままに着替えさせられている現状。

 

「千歌は……」

「うん?」

「ラブライブでの優勝を果たしたのち、千歌は行方知らずになりました」

 

 僕たちはひとつの光の衣装ではなく、

 ダイヤさんに頼んで持ってきてもらった普通の服(センスがいい)の

 着付けを手伝ってもらいながら、彼女は口を開く。

 

「閉校祭、卒業式……イベントはありましたが

 千歌は姿を見せず。

 ふさぎ込んだ曜や梨子のフォローは果南や鞠莉に任せて、

 私は妹たちやマルちゃんと一緒に、生徒たちを盛り上げました」

 

 卒業旅行に行く暇すらなかった、

 と、笑っているような悲しんでいるような表情で語る。

 千歌さんは沼津の統合先の高校に名前はあったようだけど、一度も出席せず中退。

 

「後日知ることになりますが、まさか実家のツテで旅館で働いているとは……」

 

 警察沙汰にして彼女の行方を探そうという話もあったそうだけど、

 ご両親や親戚といった人がさほど困っている風でもなかったので頓挫したそう。

 

「ご承知……か、どうかは分かりませんが、

 Aqoursは私たちの卒業と同時……いや、千歌がいなくなったことで崩壊しました

 梨子は高校卒業後に二度と静岡には戻らないと告げてふらりと。

 曜は芸能活動と高飛び込みと二足のわらじを履き努力を重ねた……」

 

 まあ、どちらの千歌の行方を探すためという笑い話ですが。

 と、そのときには千歌さんの行方を把握していた(3年生メンバーは知ってた)

 ダイヤさんの強烈な皮肉。

 

「よもや再び集うことはなかろうと思っていました。

 ただ、少し前に急に千歌が内浦に戻ってAqoursは全員集合! とネットで呼びかけて、

 顔を見たときには平手打ちの一つでもしようかと思いました、

 寝言は寝ながら言えと思う存分罵ってあげようかと思いました

 ――でも、できなかった」

 

 シリアスな表情で私の胸を、あまりに大きいから支えないと

 とうそぶいて手で掴んでいるのを優しくはねのけながら言葉を聞く。

 

「ヨハネの……あの子の願いが届いて

 もし、私たちが全員集ったのなら、まずは喜ぼうと思ったのです」

「そういえば、彼女、眼鏡もかけてなければ、髪も長かったわね?」

「詳しい経緯は知らないのですが、妹たちやマルちゃんが

 どこぞの誰かにそそのかされて魔界の住人を呼び出したとか」

 

 真面目な顔をしながら素っ頓狂なことをいう。

 冗談かと思ったら冗談じゃないという。

 善子さんが統一先の高校に通い、一時期不登校になっていた花丸ちゃんや

 ルビィちゃんの顔の様子を見た帰りにとある人物に出会った。

 自称「スピリチュアル女神」と名乗るバストサイズが自慢の――

 

 

 今、LINEを使って確認したけど東條希は、

 Aqoursの状況を見るにつけ、善子さんに一つのアドバイスを送った。

 もしも自分の抱えている願いを叶えたいならこうするといい。

 ただ、希も本当に変なものを呼び出すとは思ってなかったらしく、

 ホテルで寝てたら、空が一時的にねるねるねるねの色をしていてしこたま驚き、

 気配が導くままに花丸さんの実家に向かったらもう手遅れだったそう。

 

 元からAqoursに上限ないレベルで愛着を抱いていた善子さんは、

 千歌さん不在のトラブルもあるなか前面に立ちイベントをこなし、

 統合先の高校でリーダーシップを発揮して生徒会長も勤め上げた。

 なんでも、千歌さんの代わりになれば彼女もひょっこり戻ってくれるかも知れない――

 

 結局夢砕かれ、再会は数年後に持ち越しになるんだけれども。

 自らの不幸属性と視力、そして何より大事にしていた黒髪を代償に

 いつかの未来を望んだ彼女は

 魔界の住人に召喚した記憶すら奪われて現在に至る。

 

 ただ、魔界の住人(♀)さんが、

 どう考えても闇堕ちした東條希にしか見えないんだけど?

 しかしこれで、迂闊に魔界に知り合いでもいるの?(pgr)

 とか言おうものなら、本当に親友が闇堕ちしそう。

 

「……ところで、なぜ雪穂ちゃんと知り合いなの?」

 

 凛のところでルビィちゃんと出会ってLINEを交換した経緯もあり、

 時折お話なんかもするんだけれども、

 たいていお姉ちゃんがなんかした、理亞ちゃんがなにかした、

 という内容ばかりで、私の中では黒澤ルビィミステリアス説がある。

 

「雪穂とは……まあ、ラブライブ本戦で会ったのがきっかけで、

 たびたび話をするようになりました。

 東京の大学に進学後はキャンパスから近いこともあって、高頻度で穂むらに……」

 

 が、雪穂ちゃんが大学に進学せず、

 穂むらの看板娘として姉妹で血なまぐさい(そんなことない)争いをしていたころ、

 とある儲け話が高坂家に舞い込んでくる。

 簡単に言えば、穂乃果のスクールアイドルとしての知名度を片手に事業を拡げ、

 左団扇で生活をしてみませんかみたいな話だった。

 

 当然、職人気質だった親父さんや、穂乃果のお母さんは難色を示し、

 高坂家全体が乗り気でない中で一つの事件が起きる。

 和菓子作り一本槍だった親父さんが突然病気で倒れたのだ。

 今でこそ元気でバリバリ働いている彼が倒れたショックはまたたく間もなく

 周囲に伝播され、店を休むか畳んでしまうかなんて言う話もあったよう。

 

「当時私は一介の大学生……仮に今のように黒澤家を掌握し、

 すべてを把握していれば、話を持ちかけた人間が

 薄暗い魂胆を抱えていたことなどすぐに見抜けましたのに」

 

 悔しげに唇を噛むダイヤさんだけど、

 手は先程から意味もなくお尻あたりをなでているのはどうして?

 ――それはともかく。

 一家の大黒柱にして、和菓子作りを担っていた親父さんがいなくなり、

 商品として和菓子を出せるレベルになかった娘二人とお母さん。

 皮肉なことにAqoursのおかげでμ'sの知名度がやたら高かったことも手伝い、

 少しでもお金になればという判断で先の話を受けることに。

 

 最初の方は医療費や生活費を賄うに充分過ぎるお金が手に入り、

 雪穂ちゃんの分まで穂むらの宣伝や色んな人への挨拶回りをこなしていた穂乃果が、

 ちょっとμ'sのことを振りかえってもいいかなレベルまで精神状態を取り戻す。

 ただ、その当時絢瀬絵里はとある会社で嫌がらせに遭い、

 ストーカー被害にも遭っていたからその当時のことは詳しくわからなかったりする。

 

「絵里さんも詐欺師にはご注意を、

 あのような輩は近づいてくるたびにメリットしか告げませんから」

「私を騙してなにか得をするのか疑問だけれど……」

「それならば良いのです

 私も、悪人を地獄にたたき落とすことに罪悪感がなくなってきましたから」

 

 理亞さんがちらっと、

 黒澤家のルビィ以外の人間とあんまり近づきたくない。

 恐らく私は地獄に落とされるかも知れないって言ってたけど。

 まさか比喩表現じゃなくて本当に叩き落とすんじゃないよね?

 

「多少怪訝な話ではありましたが、

 雪穂も昔みたいにμ'sの話が姉妹でできるようになって嬉しく思い、

 口をだすのも無粋だと思ってたころ、鞠莉から連絡があり――

 彼女の言葉を借りるのなら、そいつはやばいからすぐに縁を切ったほうが良いよと」

 

 果南さんと鞠莉ちゃんは、高校卒業後一緒に海外に向かい、

 ダイヤさんの言葉を借りるなら、子どもでも仕込んで帰ってくるかと思った――

 どういうツテで高坂家の問題を知りえたのかは知らないけれど、

 話を持ちかけてきた人間の悪行を洗いざらいダイヤさんに教え、

 チャオーと言いつつ音信不通になったそう。

 

 今でこそ小原家のトップになり、日本にも居る確率の高い鞠莉ちゃんだけど。

 骨を埋めるなら日本はありえないなーって思っていたそうで。

 ただ、当人曰く小原家のトップに立つにはちょーっとお勉強しないといけないな、

 とのことで世界中を回り経営学の基礎から学んでたみたい。

 

 Q.その時果南さんは何をしていたんですか?

 A.日本で言うヒモみたいな感じ? まあ、今もだけどねー?

 

 という、笑い話(笑えない)もある。

 

 しかし、Aqoursでお金を持っているメンバーは、

 若くして両親を蹴り落としている確率が高いね……私も見習いたい。

 

「その出来事がきっかけで、私も黒澤家を掌中におさめましたし。

 いろんな事を学びました。ただ、それからというもの穂乃果さんは家を出ていき、

 もう二度とμ'sと関わることはないと誓ったようです」

 

 それがどういう経緯で絢瀬絵里を全面に押し出したμ's復刻活動に参加することになったのか。

 ポジティブに考えれば穂乃果も大人になり、過去は過去として前を向けるようになったと判断できる。

 ただ、私の喉元に小骨のように引っかかる違和感は――

 

「立てますか?」

「ええ、なんとか……でも、胸は支えなくていいし、おしりは触らなくていいのよ?」

「いいえ、後でもしないと絵里さんは倒れます。

 私の経験上、人間はそのようにできています」

 

 などと意味不明なことを言いつつ、

 左手は添えるだけと言わんばかりにお尻から離れないので、

 ため息を吐きながら一歩一歩床を踏みしめながら歩く。

 

 舞台はA-RISEが待っているという、

 私がさっきまでいた澤村絵里専用個室へ。



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亜里沙ルート 第一話 12

 ダイヤさんと一緒に部屋まで戻ってくると、

 先程まで置かれていなかったテレビがあり、

 それには昔懐かしき、高校時代の絢瀬絵里の映像が写っていた。

 その映像を観覧するのは、A-RISEや絢瀬亜里沙と言った豪華メンバーで。

 

「と、このように高校時代に全盛期を迎えると、

 のちの人生が悲惨になる確率が非常に高いです」

 

 何も映像化されているのは絢瀬絵里単体ではなく、

 μ'sのフルメンバーで披露したSTART:DASH!!なんだけれども。

 制服姿の私を眺めていると、たしかに全盛期がその時代だったと

 したり顔で判断されても致し方ない雰囲気は漂っている。

 

 金髪ポニーテールが登場するたびに映像は一時停止され、

 やれこのポーズをした時はこんな事を考えている、

 いま一瞬だけだけど決まったみたいな顔をしたと、

 当人を抜きにしての絢瀬絵里批評会が開かれ、

 それを目撃した私はと言えばなんとも言えない気分になっている。

 

 ただ、隣で私の体を支えている(つもり)の黒髪ロングさんが、

 鼻息荒く胸のサイズの違いはどうのこうの言いながら、

 わしわしフルバースト(希の必殺技)をかましているんだけどそろそろ怒るべき?

 

「姉さん、戻ってきましたか」

「エリー、遅いわよ?」

 

 食事の最中に飛んでくる羽虫を眺めるような目付きをした妹と、

 スリーサイズサバ読み筆頭の元トップアイドルが、

 さして興味もなさそうに私に気がつく。

 

 そして英玲奈は先程からスマホを見て何をしているのかと思ったら、

 妹の朱音ちゃんの画像と私の映像を見比べて、

 やっぱり自分の妹のほうが数千倍可愛いと意味もなく惚気けている。

 そしてその三人を眺めながら、

 こんなに可愛いのにμ'sのメンバーって当時処女だったのよねぇ?

 なんて、未だに経験のない私に当てつけるようにいうのが優木あんじゅさん。

 以前のお酒の席で男性と初めて付き合ったのが、

 高校を卒業してからと言っていたのはどこの誰でしたか。

 

「亜里沙……あの、言いたいことが」

「衣装は変えられませんよ? 穂乃果さんのたっての希望で

 μ'sは皆同じ格好をされます」

 

 今更私に発言権がないのは分かりきっているけれど、

 微妙に今回ばかりは亜里沙も心苦しそうな態度を見せているので、

 強く希望すれば覆ると心で判断していても、できないのはうべなるかな。

 

「安心しなさいエリー、私たちもShocking Partyの時の衣装で踊るわ」

「絵里さん、私たちも君のこころは輝いてるかい?の衣装で踊ります」

 

 SUNNY DAY SONGのときのように統一した衣装で踊るのかと思いきや、

 ハニワプロの判断で各スクールアイドルが一番輝いていた時の衣装を身につけるよう。

 ただ、その判断に関わっているのが綺羅ツバサや絢瀬亜里沙といったメンバーなので、

 ここで胸ぐらの一つでも掴み上げれば(後日内浦の魚の餌にされるけど)

 どのような意図と魂胆で衣装を決められたのか聞くことは出来る。

 

「ところでダイちゃん、その胸やっぱり本物なの? シリコン入ってない?」

「いえ、私の触った感想でよければ、限りなく本物に近いかと」

「ダイエットをすると胸が縮む優木あんじゅはどのような感想を抱くか」

「Private Warsの時にパッド入れてたのを妹の前で白状させるわよ英玲奈」

 

 なんだか最近胸の話ばかりしているような気もするけれど、

 とにかくまあ、絢瀬絵里品評会も辞めさせ全員が全員向き直る。

 聞きたいことはある程度あるけれど、

 ひとまずなぜ私が祭り上げられたか程度は問いかけてみたい。

 にこにはごまかされたし。

 

「今回の件は、そうね。

 別にμ'sの面々なら誰でも良かったのよ?」

 

 と語るのは綺羅ツバサ。

 μ's以外の面々では、私にも亜里沙にも近く。

 したり顔で嘘をつく回数多し。

 私が馬鹿正直に相手を信じすぎるというのは、

 考慮しつつもスルーしますよ?

 誰でも良かった=絢瀬絵里なら良いだろうという判断ではないことを、

 私もなんとなく理解している。

 

「私たちが旧時代の人類みたいに、

 スクールアイドルの起こりの人間みたいに扱われるのは不本意だが、

 まあ、誰かしらに生き残ってもらって私が甘い汁を吸うのは、

 今までの頑張りに報いがあると思ったな?」

 

 なんだかA-RISEって100年くらい前のアイドルグループみたいな扱いされない?

 という、反応にも答えにも困るフリをされ、

 アイドル最前線で持て囃されている(誰かさんのせい)絢瀬絵里としては、

 苦笑にも似た表情で相手の反応を見ることしかできない。

 ツバサあたりが甘い汁を吸うために何とかしろと言えば、

 こちらとしても多少反論する是非もあろうものだけれど、

 英玲奈やあんじゅは、こちらがおもいっきり巻き込んでしまっている身だから、

 お歳暮の一つでも送らねばなるまいと思わなくもないよ?

 でも、妹の教育はしっかりして欲しい、色んな意味で。

 ブーメランなのは重々承知しているけれど。

 

「私は正直、もう、終わった人ではあるし。

 あとは私当人というより、子どものために何が出来るかって思ったら、

 まあ、お母さん頑張りますって感じかしらね?」

 

 お母さんになれそうなのが英玲奈くらいしかいない。

 かと思いきや。

 

「ダイヤちゃんも赤ちゃんとかほしくないの?」

「いえ、私にはまだ早いので」

「といっても今年26になるんでしょう?

 この未だに経験のない手遅れな人間ばっかり追いかけてると、

 女性としての本能を忘れてしまうわよ?」

「言われているわよエリー」

「何言ってるの、ツバサの話でしょう?」

「ふたりとも傷の舐め合いをするのは結構だが、

 くれぐれも酔った勢いとかで同姓での行為にひた走るなよ?」

 

 ツバサと私は顔を合わせてそれはないなって思った。

 あと、さり気なく先ほどまでセクハラをかましていたダイヤさんが、

 もうすでに式こそ挙げてないけれど旦那がいるという事実に打ちのめされる。

 家庭では出来る限り貞淑な妻を演じていると言っているけれど、

 もうすでに黒澤家を掌握している態度からして、夫を顎で使っていることは想像に難くない。

 

「では、Aqours、μ's、A-RISEの代表者が集まったということで、

 今回のイベントの内容、展開、そして展望を説明したいと思います」

 

 亜里沙に彼氏とかいないの? って聞こうとした瞬間、

 私にその口を開くなって目をして押さえつけてくる。

 私がμ'sの代表者扱いをされているのは……まあ、

 ダイヤさんがAqoursの代表者扱いと同じ感じなのでひとまず口を閉じる。

 

「表向きは、UTXの学生たちに向けての小さなライブです

 ただ、テレビカメラ、マスコミ……ネット放送はしませんが記者はいます。

 恥も失敗も成功も全部流すように言っていますので、

 くれぐれもやらかしたりしないよう重々に注意を願います」

 

 A-RISEのあとにRe Starsが出てくるのは

 ハニワプロのやらかしではないかと思ったけれど、

 ソコを突いてもシスコンお姉さんに、妹を無礼るなと言われてしまうので自重。

 ともかく関係者が多いようなので18禁要素はご法度。

 まあ、元から学生を相手にするんだからその要素はできうる限り排除しないと。

 

「ライブの開始はアンリアルの二人に前座として出て頂きます。

 お二人たっての希望で、ダイヤさんと姉さんにはトークの相手をしてください」

 

 ルビィちゃんがダイヤさんを希望するのは分かるけれど、

 なぜ、理亞さんが私を希望したのかはわからない。

 ただ、亜里沙が不適切な方面に話を引っ張らないよう、

 みたいに告げたのでもっと適切な相手がいるのではないかと疑問。

 聖良さんの前でなら彼女だって猫をかぶるだろうし。

 

「聖良が出たらただの姉妹コントになってしまいますから」

 

 ダイヤさんの言葉に、事情を知る面々は「あー」みたいな顔をしたけど。

 鹿角理亞のローキックや回し蹴りが絢瀬絵里に決まる可能性は、

 考慮に入れてくれないのかと気になった。

 

「一応、アンリアルの二人には会場を盛り上げるよう忠告していますが、

 できなければできないで構いません」

「まあ、あとに出てくるのが私たちだものね。

 多少の不手際くらいならカバーできるわ」

 

 だから、安心して蹴り飛ばされろみたいな顔をされても。

 いつも妹の不手際をカバーするのは姉の役目と、

 心の中でさめざめと泣き続きを聞く。

 

「A-RISEの皆様に出ていただいた後は、

 曲を披露するたびにゲストに出て頂きトークイベントです」

「朱音は出ないのか?」

「出ません。ご安心ください、彼女を下に見ているのではなく

 とっておきですから」

「秘密兵器ということか……」

 

 納得したみたいな顔をして英玲奈は満足げだけど、

 朱音ちゃんと一緒に出なければいけない私としては不安要素あるよ?

 だって後に出なければいけないのに、一番最初にトークするんだよ?

 秘密兵器というより、使い捨てに近い私の扱いを疑問に思えど答える人がいない。

 

「トークの内容は決まっていないの?」

「ある程度フリーです。ただゲストにはもう内容を渡してあるので、

 リハーサルの際に確認していただければ

 ――大丈夫と言えるメンバーを選んでいますから」

 

 不安げな表情を浮かべる妹に対し、

 今のUTXの学生が知っているゲストと言うと、

 にことか凛とかことりとか希……。

 確かに高校時代の実績からすれば、

 不安に思うのも致し方ない部分も多々ある気がするけれど。

 

 休憩時間に「ア・リトルライト」の面々が出てきて曲を披露。

 トークもあるみたいだけど内容如何によっては打ち切るつもりらしい。

 その後A-RISEがステージに立ち、観客参加型のイベント。

 舞台に立つのは、もうすでに選考で決めてある生徒らしく、

 それはヤラセなのではないかと思ったけど、大人の都合と言われ反論は我慢。

 

「A-RISE編ラストということで、ゲストに穂乃果さんに出て頂きます」

「あの穂乃果さんが、何から何までヤラセの台本を許容してくれたことを感謝するわ」

「ええ、申し訳ないのですが、フリーな部分は一切無しでお願いします」

 

 立ち合いで強く当たって後は流れで、

 みたいなことを言いながら、A-RISEの面々と亜里沙だけが理解してる会話が続く。

 なんとなく暇してしまったので、ダイヤさんに近づいてみると。

 

「私が希望したμ's珍プレー集の映像は流されないみたいです」

「……なにその絢瀬絵里で笑おうみたいな企画」

「八割が絢瀬絵里なのは事実ですが、園田海未の投げキッス特集で

 本人からやめて欲しいとクレームが入ったので」

 

 μ'sのPVでは何かと園田海未が投げキッスを繰り返している。

 当人の趣味ではなく、

 μ'sの面々で一番投げキッスが似合わなそうなメンバーに

 罰ゲーム的な感じでやらせたのが思いの外人気が出てしまった。

 私としては、じゃあ海未よろしくね?

 みたいに簡単に告げてしまったけれど、

 彼女へのダメージはいかんばかりだったか。

 候補としては真姫や花陽もいたんだけど、

 二人の投げキッスは微妙になんかガチっぽくてダメってことになった。

 花陽を止めたのは凛でその時のコメントが、

「なんだかかよちんの投げキッスを見てると発情しそう」

 だったんだけど、それがどこまで本気だったのかは絢瀬絵里は知らない。



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亜里沙ルート 第一話 13

 

 

「穂乃果さんのSUNNY DAY SONGはすごく良かったというコメントの次に、

 ツバサさんにはもうあんなことは出来ないわねと

 そのコメントで会場が暗転しますので」

「この後の、そんなことないっていうのは誰がいうの? エリー?」

「希望者はいたんですけどね……千歌さんとか。

 その節は苦労を掛けましたダイヤ」

「いえ、亜里沙に心が折れるまで罵られなかったことを彼女は感謝すべきです

 それよりも、雪穂にその言葉を言って貰うまでが苦労しました……」

 

 SUNNY DAY SONGを披露するにあたって、

 一番困ったのがシーンまでを繋げるナレーションだったそう。

 会場のナレーションを主に務めるのは希の事務所で働いているという元声優の楠川姫。

 あだ名は「くっすん」だけど、希だけは彼女を「お姫ちん」って呼ぶらしい。

 なんか、くっすんっていうと自分が呼ばれている感がするとか。

 それはともかく、μ'sとはほとんど関わりのない彼女がそんなことないと

 穂乃果やツバサに告げるのは変ということで、

 誰がセリフを吐くか選考は難航。

 仕方ないから亜里沙が言うみたいなことだったけど、

 その時に、じゃあ雪穂でいいじゃんと穂乃果が言って、選考するメンバー全員が納得した。

 ただ、このイベントでさえ

「私はもうスクールアイドルではないですし、μ'sのイベントにも関わらない」

 と言って不参加の雪穂ちゃんを説得するのは骨が折れたらしく、

 海未やことりや亜里沙といった友人、幼なじみの面々にも耳を貸さず、

 ダイヤや穂乃果やご両親といった高確率でお世話になっている面々の説得にも首を縦に振らなかった。 

 

 

 ただ、ここで笑い話として良いのか判断に迷うけれど。

 雪穂ちゃんを動かしたのは高海千歌さんだった。

「じゃあ、私が説得します!」

 と、呼ばれてもないのに穂むらにやってきた彼女が数分後、

 両頬を赤く染めて帰ってきて、一言言うくらいなら良いですとの返答をもらったそう。

 親友の亜里沙でさえ

「あの雪穂が暴力を振るうなんて」 

 と、戦慄したそうだけれど、とにかく結果オーライ。

 

「SUNNY DAY SONGの後は、Re Starsの皆さんに登場して頂きます」

「最高に盛り上がった後に出るの?」

「おそらく大半の反応はなんなんだこいつらではあるでしょうが、

 安心してください姉さん、朱音さんの歌には人を黙らせる効果があります」

「まさにそのとおりだな、安心しろ絢瀬絵里」

 

 自信満々の英玲奈に対し、

 いや、そういう反応は求めてなかったと言わんばかりの亜里沙。

 あんじゅが胸を張ったところでCカップとぼそっと言っても

 シスコンお姉さんの耳には入っていなかったようなので、

 この場面で英玲奈を静かにさせるのは無理と誰もが判断した。

 あと、微妙にツバサが引きつった顔をしているのは何故。

 

「期待の新人ってことで、私がいろいろ説明するって話は没になっちゃったのよね」

「あまりに白々しいということで、

 まあ、一部メンバーが新人とは呼べない年齢だったのも手伝って」

 

 私を見ながら亜里沙が言う。

 なお、アンリアルの二人とトークする際にも澤村絵里として出ろと言う無茶振りもあり、

 自分としてはいかにボロを出さないかに集中していた。

 出したところで、りゃーちゃんにぞんざいな扱いを受けるだけだから安心しなさい?

 とはツバサの談だけど、ぞんざい=飛び蹴りだから私としては……。

 

「かよちゃんとお話するの楽しみだったのにねえ?」

「私は彼女からの手紙を全部保存している」

「自分は素人ってことだけれど、元μ'sの触れ込みなら

 トークイベントに呼んでも良かったのに……」

 

 残念そうにA-RISEの面々が語るのは、

 お蔵入りになったイベントの数々。

 その筆頭が小泉花陽&星空凛両名とA-RISEとのトークシーン。

 「春色バレンタインズ」「幸せオーガストズ」と二人のコンビ名も考えられ、

 駆け出しのアイドルに送られてくる小泉花陽からの手紙(という名のファンレター)

 は、もらった人間が必ず出世すると評判もあり、

 その観察眼とアドバイスの有用性を説明してくれる――と企画された。

 が、花陽当人から、自分はステージの真ん中に立つ人間じゃないので、

 と断られ、凛に説得を頼んでみても花陽は首を縦に振らなかったそう。

 ただその代わりが、星空凛と矢澤にこと綺羅ツバサによる

 「アイドル戦国時代の生き残り方をテーマにしたトーク」

 なんだけど、メンバーがメンバーだけに殺伐としそう。

 

 他にも、とある人物の頭の上に乗ったリンゴを園田海未が射抜く企画は、

 海未当人は乗り気だったけれど、もし仮に人物を射抜いてしまうと、

 Re Starsのリーダーがいなくなってしまうのでボツ。

 小原鞠莉と黒澤ダイヤによる気に入らない人間の蹴り落とし方講座も

 ハニワプロの上層部が首を縦に振らなかったためにボツ。

 松浦果南による水の中で生き残る方法、渡辺曜による水と仲良くなる方法も

 本人たちだけが乗り気だったけどボツ。

 西木野真姫、桜内梨子両名の作曲スキルの磨き方とか、

 園田海未の作詞スキルの向上講座等、

 なんとかなりそうな企画のみが生き残ったそうだけど……本当にやるの?

 

「エリー」

 

 英玲奈とあんじゅが出ていった後でツバサに呼びかけられる。

 

「ごめんなさいね、A-RISEを終わらせるためにあなた達を利用してしまった」

「……まあ、私たちがA-RISEに対してどうのこうの言える立場じゃないし」

「でもま、やるからには全力でやるわ……Re Starsも蹴落とすくらいに」

 

 それは勘弁してくださいという亜里沙。

 蹴落とすも何も、人気になる保証が一切ないのだけれど。

 そういうよりも発芽しないように埋めるといったほうが正しいような。

 

「μ'sも終わり、A-RISEも終わり……えーっと、まあ、ついでにAqoursも終わる」

「千歌はその気はないですけれどね」

「そうしたら、スクールアイドルはどうなるのかしらね? 

 まあ、どのみち」

 

 いちばん最後まで生き残って見せて、

 終わった連中を指さして