The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル (cadet)
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第1章 第一話 流れ着いた者

はじめまして。cadetと申します。
こちらで小説を投稿することは初めてですので、至らないこともあるかもしれませんが、よろしくお願いいたします。




 肌を鋭く突くような寒さと、天から降りしきる雪のなかで、坂上健人は目を覚ました。

 辺りを見渡せば、背の高い松のような針葉樹林が生い茂っている。

 “ような”と表したのは、少年にその木の種類がよく分からなかったから。

 

「ここは? どこなんだ? さっきいた公園じゃ絶対ないし、そもそも今夏のはずだし……」

 

 彼はほんの少し前まで、夜の公園でベンチに座って、ぼーっとしていたはずだった。

 夏の夜ということで、寒くはなかったが、辺りを飛び交う虫がウザったかった覚えがある。

 だが、今彼がいる場所は明らかに公園などではない。

 月が昇っていたはずの夜空は分厚い雲に覆われ、綿のような雪が深々と舞い降りてきている。

 アスファルトで舗装すらされていない野道の土が、溶けた雪とともに少年の服を濡らし、極寒の強風が少年の体から容赦なく体温を奪い始めていた。

 

「な、なんだよ。訳がわかんない」

 

 口から洩れた言葉が、降りしきる雪に解けて消えていく。

 その時、それを覆っていた雲の一部が切れ、星の光が差してきた。

 そして雲の切れ目から見えた星空を見た時、少年は思わず呆然としてしまった。

 

「え……」

 

 見えた星空は、明らか今まで少年が目にしてきた日本の空ではなかった。

 澄んだ空の輝く星々はまるで宝石のように輝いており、星々の空に浮かんだ巨大な二つの月が、星の光を浴びてその威容を誇示していた。

 地球の衛星は一つだけのはず。どう考えても日本はおろか、地球上で見える夜空ではない。

 全身に突き刺さるような寒さ、そして何より、今の自分に起きた理解不能な状況に、少年の全身が震え上がった。

 その時、少し離れた茂みがガサリと揺れる。

 

「な、なんだ?」

 

「グルルル……」

 

「な、なんだよ! お、オオカミ?」

 

 少年の目に飛び込んできたのは、黒い体毛に全身覆われた四足の獣。

 犬によく似た外見を持つ野生の獣は、少年の動揺を見抜いたように吠えると、一気に少年に跳びかかってきた。

 

「ガウウ!」

 

「う、うわあああ!」

 

 四足の獣の牙が、無防備な少年の腕に突き立てられる。

 肌を食い破る不気味な音とともに、焼けるような激痛が少年の腕に襲い掛かってきた。

 

「う、うがあ! 離せ、離せ!」

 

 あまりの激痛に少年が、反射的に食いつかれた腕を力いっぱい振り回そうとする。

 しかし、オオカミは四肢を踏ん張り、少年の腕を放そうとしない。

 さらに最悪なことに、茂みの奥から二頭のオオカミが、飛び出してきた。

 

「ガウウ!」「オオオン!」

 

 新たに出現したオオカミ二頭が、少年の両足に食いつく。

 突然命の危機に晒された緊張感から、ガチガチに強張っていた両足に走る痛み。それは張りつめた縄が千切れるように、あっという間に少年の足から力を奪ってしまう。

 

「わああああ!」

 

 思わず倒れこむ少年。

 腕を噛んでいたオオカミが少年の体に馬乗りになり、その牙をひ弱な獲物の首に突き立てようと咢を開く。

 少年は恐怖と混乱の中、自らの命を奪おうとする獣の牙を呆然と見つめていた。

 

「ギャン!」

 

 だが次の瞬間、耳を突く風切り音と共に、馬乗りになっていたオオカミの眉間に矢が突き刺さった。

 さらにヒュンヒュンと空気を斬り裂きながら、立て続けに矢が狼たちに襲い掛かる。

 思わぬ乱入者の存在。オオカミ達は咥えていた少年の四肢を離して飛び退き、矢の飛んできた方向に視線向けて警戒し始める。

 次の瞬間、横合いから飛び出してきた影が、素早くその手に携えた剣を振るった。

 

「ギャウ!」

 

 振りぬかれた剣が深々とオオカミの胴体に食い込み、臓物をまき散らす。

 さらに、乱入してきた影は最後の一匹に向かって、刃を返して薙ぎ払う。

 残っていたオオカミは素早く身を屈めて剣を躱すが、突然の横やりに驚いたのか素早く退散を決め、茂みの奥へと去っていった。

 

「う、ううう……」

 

「○×▽?」

 

 蹲る少年に、掛けられた声。

 激痛ににじむ視界のなかで少年が目にしたのは、豊かな金髪を後ろに結わえた蒼瞳の少女だった。

 外国の言葉なのか、少年には彼女が何を言っているのかさっぱり分からない。

 ただ、心配そうに覗き込んでくる蒼い瞳が、恐怖と緊張で高ぶった少年の気を静めていく。

 少女の瞳が少年の傷に向けられる。

 

「■×! ▽△×○××□!」

 

 目を見開いた少女は、自分の後ろに向かって大声を張り上げると、腰のポーチから赤い瓶を取出し、その中身を怪我した少年の手足に振り掛けていく。

 両手に走る痛みに少年が呻いていると、少女の後ろから、今度は弓と矢筒を背負った青年が姿を現した。

 

「リータ、◆○××◆」

 

「○×▽◆◆、ドルマ」

 

 リータと呼ばれた少女が慌てた様子で声をかけると、ドルマと呼ばれた青年は厳しい表情を浮かべた。

 青年は背負っていた弓と矢を少女に預けると、倒れていた少年を背負って歩き始める。

 腕と両足に走る痛み、そして命の危機という緊張感から解放された少年の意識は、深い闇へと落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……」

 

 背中に当たるチクチクした感触、そして手足に走る痛みに、少年の意識が覚醒する。

 目を開けば最初に飛び込んできたのは、蝋燭に照らされた木製の天井。続いて顔を横に向けると、石畳と木製のドアに続いて、藁の敷かれたベッドの端が視界の片隅に入ってくる。

 

「ここは、どこだ?」

 

 咽るようなフィトンチッドの香りに包まれながら、健人は戸惑いの声を漏らした。

 目に入る蝋燭の明かりに手をかざすと、視界に噛みつかれた腕に包帯が巻かれているのに気づいた。

 両足を確認すると、同じように包帯が巻かれている。

 誰かが手当てをしてくれた様子だった。

 その時、木製のドアがギイッという音と共に開かれ、一人の少女が姿を現す。

 部屋に入ってきたのは、流れるような金髪をポニーテールに纏めた一人の少女。あの雪原で、健人を助けた少女だ。

 

「○×▽?」

 

 日本人離れした青の瞳に安堵の色を浮かばせながら、少女は茫然としている健人に声を掛ける。

 

「君は……誰?」 

 

「▽◆? △◆××○?」

 

 声を掛けてきた少女が笑みを浮かべている一方、健人は少女の言葉が相変わらずよく分からず、困惑の表情を浮かべていた。

 自分の身に起こった事態が理解できず、呆然とするしかない健人。少女も健人の様子を見て、心配そうな目で見つめてくる。

 

「リータ、××▽◆?」

 

「◇○◆、××○▽」

 

 奥から、太い声が聞こえてきたと思うと、ガチャリとドアが開き、二人の中年の男女が入ってきた。

 健人には中年の男女は見覚えがなかったが、二人の雰囲気は、どこか目の前の少女と似ているような気がした。

 その時、健人の鼻腔に香しいミルクの香りを捕えた。よく見ると中年の女性が湯気の立つ器を持っている。

 

「○×▽? ×◎▽□○」

 

 差し出されたのは、白濁した暖かいスープだった。なんとなくミルクの香りを漂わせる器を、健人は動揺しながらも受け取る。

 漂う香りは健人が今まで食べてきた日本のスープとは違い、どこか獣の匂いが残っていた。

 暖かい器の熱が、冷えきった健人の手を温めていく。

 困惑する健人に、中年の男女は笑いかけながら木製のスプーンを指差すと、掬うような動作を繰り返す。どうやら、食べるように促しているらしい。

 

「い、いただき、ます……」

 

 器に乗せられた木製のスプーンを手に取り、恐る恐る健人は恐る恐るスープを口にする。

 一口目はあまりに熱いスープに思わずむせてしまった。

 二口目は嗅ぎなれない獣臭に、思わず鼻がもげそうになった。

 三口目になって、ようやく少しずつ飲めるようになってきた。

 四口目は……もう止まらなかった。

 ここがどこなのか、自分がどうなったのか、健人には全く分からない。でも、スープが伝えてくる熱が、彼にこれ以上ないほど自分の生を実感させてくれていた。

 

「はふ、はふ……。ぐ、う、うう……」

 

 潤む瞳。あふれ出る涙を止められないまま、健人はスープを掻き込み続ける。

 その様子を、3人の瞳が優しく見守っていた。

 




いかがだったでしょうか?
今回は初めてという事で、さわりだけの投稿になります。
この小説は四部構成を、各部十万文字ずつ、合計四十万文字ほどを予定しています。
登場人物の紹介についても、適宜していこうと思います。
第一部に関しては既に完成していますが、他の作品やリアルの都合などで、更新が不定期になる時もありますので、ご了承ください。


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第二話 災禍の予感

 惑星ニルン。タムリエル大陸の北方、スカイリム。

 この極寒地方のヘルゲンという街の近くが、坂上健人が迷い込んだ場所だった。

 知らない惑星、聞いたことのない大陸に国名。さらに彼を茫然自失にさせた二つの月。

 次々に明らかになった事実を前に、健人は自分が今どこにいるのかを、嫌が応にも理解させられた。完全な異世界である。

 ただでさえ理解困難な事態に直面し、追い討ちを掛けるようにオオカミに襲われた健人だが、偶然その場に駆け付けた男女に助けられ、なんとか事なきを得る。

 それから三か月。怪我は完治したものの、異世界という全く知らない世界に放り出された健人だったが、今はこのヘルゲンの宿屋を経営している夫妻の世話になりながら、何とか生活していた。

 言葉の方も少しずつ習得し始め、簡単な会話ならなんとかやれるようになってきていた。

 

「ケント、地下の倉庫からハチミツ酒を十本持ってきてくれ。ホニングブリューのだ」

 

「すぐに持ってきます」

 

「ケント、そっちが終わったら調理場の方も手伝ってくれない? 今日はお客さんが多くて手が回らないの」

 

「分かりました」

 

 中年の男女に頼まれ、健人は蜂蜜酒を取りに宿の地下へと向かう。

 ティグナ夫妻。この宿屋を経営するノルドの夫婦であり、彼を助けた恩人の両親でもあった。

 夫のアストン・ティグナがお客の応対や帳簿の管理、妻のエーミナが厨房などの裏方を担当している。

 ノルドとは、タムリエル大陸に住む人種の一つで、極寒のスカイリムに適応した人々だ。

 元々ノルドの先祖はタムリエル大陸より北のアトモーラ大陸に住んでいたが、数千年前にその大陸から移住してきたらしい。

 彼らはがっしりとした体躯を持ち、寒さに適応した人種で、この極寒の地でも逞しく生きている人々だった。

 健人にとってこのスカイリムの寒さは、日本で経験した寒さとは比較にならないほどで、室内でも防寒着が手放せないほどだが、彼らノルドにとって、恵雨の月である今の季節は、寒さはかなり和らいでいるらしい。

 

「はー、はー。やっぱり寒すぎるよ……。手が凍りそうだ」

 

 宿屋の倉庫として使われている地下で頼まれた蜂蜜酒を探しながら、健人は毛皮のコートの中で身を震わせていた。

 常に火を焚いているホールと違い、暗い地下の倉庫はやはり寒い。

 吐く息を手にかけ、健人は手早く棚に置かれていた蜂蜜酒の瓶を取ってホールに戻る。

 ホールに戻ると健人は、宿のカウンターで客の応対をしているアストンに、持ってきた蜂蜜酒を届ける。

 

「持ってきました」

 

「ああ、ありがとう。カウンターの上に置いておいてくれ……って、ケント、これはブラックブライアの蜂蜜酒だ。頼んだのはホニングブリューの蜂蜜酒だよ」

 

「え? す、すいません! すぐに持ってきます!」

 

 健人はどうやらラベルに張られていた文字を読み間違えたらしく、別のお酒を持ってきてしまったらしい。

 

「慌てなくていいよ。ホニングブリューのは棚の奥だ。持ってきたお酒はそのまま置いておいてくれ。どうせ使うだろうから」

 

「は、はい!」

 

 今一度地下倉庫に戻った健人は素早く棚の奥からホニングブリューの蜂蜜酒を取り出すと、すぐにホールに戻り、カウンターの上に持ってきた蜂蜜酒を並べる。

 このタムリエルには、共通の言語が存在するが、健人はまだうまくタムリエル語を話すことはできていない。当然ながら、文字もよく読めない。

 単語や文法はなんとなく英語に似ているような気がしていたが、彼自身は学生ではあっても外国語の成績は決して良いものではなかった。

 それでも必要に迫られた際の人間の集中力というものはすさまじく、わずか三か月でそれなりのコミュニケーション能力を彼に与えてくれていた。

 とはいえ、今でも早口で言われると何を言っているのか分からなかったりする。

 ホニングブリューの酒瓶を並べ終わった健人は、そのまま厨房へと向かった。厨房では料理を担当しているエーミナの手伝いをするためだ。

 

「手伝います」

 

 厨房に到着すると、エーミナ夫人がテキパキと料理をこなしていた。暖炉で鹿肉のスープとサケのステーキを作っている

 厨房のテーブルには料理を乗せるための皿が所狭しにならんでおり、健人は付け合わせの野菜を刻み、次々と皿に盛りつけていく。

 スカイリムの料理は基本的な味付けに塩を使っており、健人が日本で食べていた料理と比べても味が単調になりやすい。

 しかし、エーミナは野に生えている花や香草、木の実などを巧みに使い、多彩な味を作り上げている。

 健人がこの世界に来た時に始めた食べたミルクスープも彼女が作ったものであり、彼女の料理はこの宿の客寄せに一役買っていた。

 

「ありがとうケント。鹿肉のスープをお願いできる? 出来たら器に盛り付けてホールに持って行って。サケのステーキはもう少しかかると思うから」

 

「分かりました」

 

 ケントはエーミナの言うとおり、鹿肉のスープが入った鍋を見てみる。

 ヤギの乳と鹿肉のスープが、コトコトと音を立てていた。

 スープの中のニンジンを一欠片摘まみ、口に運ぶ。噛むとホクホクと崩れ、甘みが口いっぱいに広がる。どうやら具には十分火が通っているようだ。

 焦げ付かないようにゆっくりと鍋をかき混ぜながら、もうしばらく火にかけ続ける。

 最後にみじん切りにした香草を一つまみ入れて完成。

 スープができたら、鍋を暖炉から離してテーブルに置き、手早く器に盛りつける。

 エーミナはその間にジュウジュウと焼けているサケのステーキと向き合い、手早くひっくり返す。

 ニンニクの香りが漂うサケ肉に手早く香草を振りかけ、焼き色が付いたら皿へ。その間に健人は空になった料理鍋を素早く水で流し、再び暖炉にかけて次の料理ができるようにする。

 実は、健人は母親を早くに亡くしており、父親と二人暮らしだった。そのため、料理などの一般的な家事は大体身に着けている。

 その家事能力は、この宿の厨房でもかなり重宝されていた。料理ができるのがエーミナ一人という事が大きかったらしい。

 もっとも、やはりスカイリムで使われる食材も調味料も日本とはかなり違うため、最初は結構失敗することも多かった。

 それでも、三か月もすれば大体の料理の調理法は理解できるし、こうして厨房の手伝いくらいなら任せられるようになっていた。

 そうこうしているうちに料理が完成。

 健人とエーミナは料理を盛り付けた器と皿を持って食堂へむかう。

 食堂に到着すると、料理を待ち望んでいた客たちから次々に催促の声が上がった。

 

「おーいケント、鹿肉のスープをくれ。ついでに蜂蜜酒も」

 

「ケント、こっちはサケのステーキ頼んでから待ちっぱなしなんだぞ、早くしてくれ!」

 

「ケント~、俺のスイートロールが盗まれた~! 探してきてくれ~!」

 

「すぐお持ちします。それからスイートロールはさっき食べたでしょう。自分の腹の中を探してください」

 

 ホールに集まっているお客たちが、口々にケントの名を呼んで料理を求めてくる。

 耳を突くような大声や酔っぱらいの呂律の回らない催促にも、ケントは嫌な顔一つ浮かべずにこなしていく。

 さらに泥酔している客に、それとなく水を差しだしたりする気遣いも忘れない。

ケントの仕事ぶりを、ティグナ夫妻は優しく見守っていた。

 そんな中、ひときわ特徴的な人物が健人に話しかけてくる。

 

「ケント、おいらのハニーナッツはどこ? 注文したはずだけど?」

 

 声をかけてきたのは、全身を体毛に覆われた、人に似た亜人だった。

 猫をそのまま人型にした容姿、臀部から伸びる尾。この世界でカジートと呼ばれる獣人だ。

 カシト・ガルジット。

 このヘルゲンにて、帝国軍に属する兵士の一人である。

 

「いや、注文はこれで全部だ。お前のはない」

 

「なんで!? おいらもお客さんだよ?」

 

「先日のツケを払っていないからな。ツケがある以上、お前は訪問者であって、お客様にはならないの」

 

 カシトはこの酒場の常連客であり、この世界で健人が気を使う必要のない、数少ない人物だった。

 このカシトという人物を一言で言い表すなら“スキーヴァの舌野郎”である。

 大げさなことを言うが、実際は成功した例がない。

 元々、健人とカシトの出会いは、彼がこの宿屋のツケを1か月ほどため込んだことからである。

 給金が出たら払うといいながら、期日の日、彼は支払いができなかった。

 その後、色々とすったもんだの末に、カシトはツケを払い終えるまでこの宿屋の丁稚奉公をすることになり、帝国軍兵士としての軍務の傍ら、健人と一緒に一か月ほどただ働きを行った。

 そして、その奉公中に、彼は持ち前の大言壮語で色々と騒動を起こしていたのだ。

 当然ながら、その騒動に、いの一番に巻き込まれたのは、健人である。

 当時はまだスカイリムに迷い込んで一か月とちょっと。日常会話もおぼつかないケントにとって、カシトがいた一か月は、別な意味で衝撃的で忘れられない一か月となった。

 同時に、この一か月で健人のカシトに対する遠慮や気遣いなどというものも微塵に砕けて消滅したのだが。

 

「大丈夫! 来週には大きなお金入るから! がっぽり間違いなし! カシト嘘つかない!」

 

「嘘はつかないって言うけど、大げさに誇張した挙句に失敗はするだろ。この前も数百ゴールド儲かるとか言って、実際の儲けはゼロだったじゃないか……」

 

「ケント、その猫には水も出さなくていいぞ」

 

「わかりました」

 

「あ、ちょっと!」

 

 カシトの呼び止めを無視して、健人は背を向けて仕事に戻る。

 ちょっとかわいそうな気もするが、生憎と金がないのは、彼の自業自得。健人も今は一日の中では比較的忙しい時間帯で、余裕がない。

 とはいえ、少し良心が痛むことも確か。

 空のジョッキや食器を片づけながらチラリと目を向けると、カシトはまるで叱られた幼子のようにショボンとしている。

 ふさふさの尻尾は垂れ下がり、普段はピンと立っている耳は力なくペタンと、折れ曲がってしまっていた。

 

「カシト、これ」

 

「え?」

 

 スッとカシトの元に戻ると、健人は懐から数枚のクッキーを取り出し、彼に手渡した。

 

「試作品のクッキーだ。まだ店には出せないが、味見役を頼む」

 

 渡したのは試作品のハニークッキー。はちみつで甘みをつけ、スノーベリーを混ぜて焼いたものだ。

 余った食材で作った、手間のかからない簡素なもの。現代日本のクッキーとは比べ物にならないほど粗雑だが、このスカイリムでは、甘味は最上の娯楽の一つ。

 その証拠に、先ほどまで沈んでいたカシトの表情が、ぱあっと輝いた。

 

「あ、ありがとうケント! おいら大好きだよ!」

 

「むが」

 

 感極まった様子でカシトが抱き着いてくる。

 軍属というむさ苦しい職務につきながらも、鼻につくような悪臭はなく、人より若干高い体温が、じんわりと沁みてくる。

 もさもさ感満載の毛並に包まれながら、健人はむさ苦しくも、どこか満足そうだった。

 

 

 

 

 

 

 カシトからの抱擁から脱した健人は、仕事に戻る。

 クッキーをもらったカジートはホールの端で一口一口、味わうようにゆっくりと食べている。

 相当嬉しかったのか、時折耳がピンと立ったり、尻尾がピョンピョン跳ねていた。

 片付けが一段落した健人に、アストンが声をかける。

 

「お疲れケント。少し休んでくれ」

 

「え? まだ大丈夫ですよ?」

 

「いいんだ、朝からずっと働きっぱなしだろ? しばらく新しいお客さんは来ないと思うから、今のうちに少し休憩しておくんだ。今日の夜も忙しくなると思うから」

 

「分かりました。少し休みます」

 

「それからあのクッキー、もしよかったら俺にも焼いてくれ。食べてみたい」

 

「わかりました。用意しておきます」

 

 アストンが満足そうに笑みを浮かべる。

 生活に必要なあらゆる事が機械化、簡略化されている現代日本と違い、このスカイリムでは、普通に生活するだけでも大変だった。

 単純な水汲みから燃料の薪割りに火おこし、料理に洗濯、家畜の世話。

 日本でならボタン一つでできてしまうことも、スカイリムでは手間暇かけて行わなければならない。

 必然的に、朝から晩まで働き詰めになってしまう。

 肉体的にはキツイ。それでも健人は、慣れない日常作業を文句ひとつ言わずにこなしてきた。

 

「でも、ケントが料理できてよかったわ。お父さんもリータも料理はからっきしだから」

 

 厨房での仕事がひと段落したのか、エーミナが健人たちの会話に混ざってきた。

 

「う……。わ、悪かったな。不器用で……」

 

「私も最初は失敗しましたよ?」

 

「それでも、よ」

 

 空いた皿を片付けながら、エーミナは優しい微笑みを健人に向けた。

 この世界での料理法は、現代日本で行うものとは勝手が違う。

 料理に使う熱源ひとつとっても、ガスコンロのような調理専用の熱源はなく、暖炉の火を利用している。

 これは燃料の節約のためだが、そのため火力の調整ができない。

 よって、作る料理に合わせて鍋やフライパンを変え、火力の調整を行っている。

 最初は慣れない調理器具に失敗していた健人も、今では立派な厨房の戦力だった。

 アストンは料理があまり得意ではないので、この厨房で仕事をするのは、もっぱら健人とエーミナの二人だけである。

 ちなみにティグナ夫妻には一人娘がいるのだが、この娘はとある理由から完全に戦力外とみなされており、厨房に入ることすら許されていなかったりする。

 

「そういえば、リータはどうしたんですか?」

 

「ドルマと一緒に狩りに行ったわ。もう少しで帰ってくると思うけど……」

 

「最近は戦争の影響で物騒だから、心配なのだが……」

 

 リータとはアストン夫妻の娘だ。彼女は今、狩りに出ている。

 夫妻は娘が心配なのか、不安そうな表情を浮かべるが、それも無理ないことであった。

 このスカイリムはここ近年、スカイリムの実質支配していた帝国と、帝国からの独立を目指すストームクロークと呼ばれる反乱軍との戦争が勃発し、内乱状態なのである。

 その為、治安は急激に悪化。

 各地で難民が溢れ、山賊に身を落とし、近くの村や町を襲う事態も頻発しているため、どの集落も神経を尖らせている。

 そのため、ティグナ夫妻も初めは異邦人の健人を内心では訝しんでいた。

 だが、健人がタムリエルの常識はおろか、言葉すら全く知らなかったこと。何よりここ数ヶ月の間、真面目に働く健人の仕事ぶりを見てきたためか、初めのころに抱いていた警戒心はすっかり薄らいでいた。

 その時、宿の外から溌剌とした声が響いてきた。

 

「お父さん、お母さん、ただいま~」

 

「帰ってきたみたいね」

 

「今日は野ウサギ一匹と、野ヤギが獲れたよ」

 

 宿の玄関を開けて現れたのは、金髪をポニーテールに結わえた少女と、筋骨逞しい青年。

 この二人が、先ほどの話に出てきたリータとドルマ。

 リータはディグナ夫妻の一人娘で、この宿で手伝いをする傍ら、狩りで家計を助けたりしている。

 ドルマとよばれた筋骨隆々の青年はリータの幼馴染のノルドで、まだ十代ながら、彫の深い顔立ちと強面の表情、金色の不精髭が、彼を二十代にも三十代にも見せていた。

 リータは背中に弓矢を背負い、腰には鉄製の片手剣を差している。

 一方のドルマは背中には鉄製の両手剣と木製の弓矢を背負い、肩に獲物であろう山羊を担いでいた。

 少女は手にした野兎を嬉しそうに掲げ、青年は担いだ山羊を無言で近くのテーブルに乗せる。

 

「あ、ケント、手伝うね」

 

「い、いや、いいよ。リータは疲れているだろ。気にしなくていいよ」

 

「……なんで言葉に詰まるのよ」

 

「……さて、仕事に戻るか」

 

「その間は何よ~~!」

 

「ぐえ! 首、首! 締まってる!」

 

 頬を膨らませたリータが後ろから健人を羽交い絞めにして、首を絞めはじめる。

 女性とはいえ、立派な狩人であるリータのチョークスリッパーに、健人はタップを繰り返しながら、必死に逃げようとする。

 

「私だってやればできるんだからね!」

 

「そう言って鍋いっぱいに炭作ったのは誰だよ。ついでに皿を運ぶ時も必ず転ぶ癖に」

 

「ぐぬ……。ケントのくせに生意気な……」

 

「ドルマ君も、ありがとね」

 

「気にしなくていいです。おいよそ者、もっていけよ」

 

「うわ!」

 

 エーミナがお礼を言うと、ドルマは不愛想に狩ったヤギを健人に向かって放り投げた。

 健人は慌てて投げられた山羊をキャッチするが、受け止めきれずに尻餅をついてしまう。

 

「相変わらずひ弱だな。まるでエルフどもの耳みたいだ」

 

「……」

 

「面倒にならない内に、さっさと出ていけよ。よそ者」

 

 尻餅をついたケントを見下ろしながら、ドルマが侮蔑の視線を送ってくる。

 ドルマの無礼な態度に健人は思わず眉をひそめるが、何も言わずにグッと口をつぐむ。

 ドルマは森に迷い込んだ健人を助けた人物の一人であり、健人にとっては恩人の一人でもあるからだ。

 言い返さない健人に対して、ドルマもまた意気地なしと言うように眉を顰める。

その瞬間、健人の後ろに居たリータが口を開いていた。

 

「こら、ドルマ!」

 

 ドルマの言葉にリータが声を荒げる。

 

「間違っちゃいないだろ? 唯でさえストームクロークと帝国軍の小競り合いのせいで街の中がギスギスしているんだ。そんな中でよそ者に長居されるのは迷惑なんだよ」

 

「それでも、記憶を失くして行く当てのないケントにいきなり出て行けはないでしょ!」

 

 ここ三か月ほど、このヘルゲンの街で生活していた健人だったが、彼はすべての街人に歓迎されていたわけではなかった。

 むしろ彼を受け入れている人間は半数で、残り半数の人達からは、余所者として冷めた目で見られていた。

 これには複数の理由があり、一つはスカイリムでストームクロークとの内乱が起こっていること。ただでさえ政情不安な中に身元不明の人間など、警戒されて当たり前である。

 もう一つの理由は、ノルドの気質が関わっている。

 スカイリムは高い山脈や一年中降る雪などで道が寸断されることが多く、寒冷で作物も育ちにくい。そんな厳しい土地の集落は、どうしても閉鎖的になる。

 また、極寒のスカイリムに住むノルドは戦士としての力量を重んじる気風が強く、その環境に適応したためか、生まれながら恵まれた体躯を持っている。

 ノルドとしてはごく普通のリータですら、健人と身長は同じくらいであり、ドルマに至っては身長180センチを楽々超えている。

 ごく普通の日本人の体格であり、剣も握ったこともない健人は、ノルドから見れば蔑視の対象でしかなかったのである。

 もちろん、ティグナ夫妻や酒場の常連のように、健人のどんな仕事にも真面目に取り組む姿勢に好感を持っている人もいるのも事実ではある。しかし、その数はまだ多くはなかった。

 

「大体コイツ、怪しすぎるんだよ。記憶喪失なんて信じられるか? ストームクロークのスパイだって方が、よっぽど現実的だ」

 

「ドルマ!!」

 

「ふん……事実だろうが」

 

 リータに噛みつかれたドルマだが、鼻を鳴らしてリータの母が差し出したハチミツ酒を飲み始める。

 その頑なな態度が、自分の意見を撤回する気がないという事を如実に語っていた。

 

「もう、ごめんねケント」

 

「……いいよ、僕がよそ者なのは確かだから」

 

 申し訳なさそうに肩を落とすリータに、ケントは気にするなと言うように首を振る。

 彼自身も、自分がこの街にとって異物であることは理解していたし、ドルマが、頑なな態度をとる理由も納得できていた。

 健人は、会話ができるようになってきた頃、ティグナ夫妻から出身地を聞かれていた。

 しかし、健人は自分が地球の日本という国の出身であることを、記憶喪失という事で隠したのだ。

 異世界の出身ですなんて言っても、信じてもらえるはずがない。

 咄嗟に口から出た嘘ではあったが、タムリエル大陸の基本的な常識すら知らない健人の姿は、リータやティグナ夫妻に対し、彼の言葉に信憑性を持たせる結果となっていた。

 しかし、当然ながら、ドルマのように健人を怪しむ者もおり、実はこれがヘルゲンの人たちが健人を受け入れられないもっとも大きな要因だった。

 それでも健人としては、自分の身に起きた現実を考えれば、こうして寝食を確保できているだけでも、十分すぎた。

 

「ケント、ドルマの事は気にするな。一週間前に来たハドバルが言っていたが、最近はストームクロークと帝国軍との戦いも激しくなってきている。

 街に駐留している帝国軍兵も増えてきたから、イラついているんだろ」

 

 リータの父が、ケントを気遣うように微笑みかける。

 そばに控える彼の妻も、夫の気持ちに同意するように頷いていた。

 ケントの心に、温かい熱がこみ上げる。

 そして同時に、そんな嘘を信じて自分を助けてくれたティグナ夫妻とリータに対して、出来るだけの恩返しをしたいという想いをなお強く抱くようになっていた。

 

「街にいる帝国兵が増えたのは分かるけど、何かあるのかな?」

 

「リフトの方に対する備えかもしれないけどな。あっちの首長はストームクロークを支持しているし」

 

 リータの疑問にドルマが答える。

 ヘルゲンの東の小道を進むとリフトと呼ばれるホールドがある。

 ホールドとはいわゆる一つの国、領地であり、リフトの首都はリフテン。その首長、ライラ・ローギバーは、ストームクロークのリーダーであるウルフリックを支持している。

 東の小道は大軍が通るには向かないが、ヘルゲンはスカイリムにおける帝国の一大拠点の一つであり、油断はできないのかもしれない。

 そもそも、ストームクロークが帝国に反旗を翻した理由は、第4期初めに勃発したアルドメリ自治領と帝国の戦争“大戦”の講和条約である白金協定が原因である。

 この白金協定で、アルドメリ自治領は帝国内でのタロス神の信仰禁止を要請し、帝国はこれを受け入れた。そうしなければ、さらに戦いが長引き、帝国の崩壊は避けられなくなるからだ。

 だがタロスはノルドにとっては重要な英雄神であり、人としてタイバー・セプティムと名乗っていた頃は現在の帝国の礎を築いた重要人物でもある。

 その為、英雄神の信仰を禁止されたことがノルドの怒りを買い、ひいてはストームクロークの決起につながった経緯があった。

 

「あの、タロス信仰ってそんなに大事なんですか?」

 

「大事も大事さ。何でエルフの奴らのいう事を聞いて、我らがタロスへの祈りをやめなきゃならない!」

 

 宗教というものに対して思い入れが今一ない健人が漏らした疑問に、ドルマが怒りをはらんだ声を叩き付ける。

 その怒気に、ケントは思わず息を飲んだ。

 

「余所者にはわからんだろうな。我らの想いなど」

 

「……ごめん。あまりに不躾だった」

 

「ちっ……」

 

 あまりにも配慮に欠けていた。ケントは素直にドルマに対して、素直に頭を下げた。

 一方、ドルマは頭を下げたケントにますます苛立ちを募らせる。

 飲んでいた常連たちも、皆一様に苦々しい表情を浮かべていた。ドルマの態度はともかく、彼らもまた白金協定に対して、同じ想いを抱えているということが、その表情にありありと浮かんでいる。

 ヘルゲンの人々の帝国に対する悪感情は、他のホールドに比べればかなり薄い。

 この街は帝国の根拠地であるシロディールと国境が近く、スカイリム最大の交易拠点であるホワイトランへの中継拠点として長年栄えてきたからだ。

 街中には帝国軍の砦もあり、だからこそ、帝国に事情について、理解を示す者は多い。

 しかしそれでも、長年の信仰を捨てることへの抵抗感は、消えないというのがこの街の現状だった。

 

「ドルマ、この街であまり声高に騒ぐな」

 

「分かっていますよ。帝国兵の前では言いません。それに、自分も分かっているつもりです。下手に大事にすれば、結果的にエルフどもに手を貸すことになることくらい」

 

 コップを拭いていたアストンがドルマを諫める。

 今白金協定を破れば、アルドメリ自治領は今度こそ帝国を潰すだろう。

 ドルマ自身も、帝国の事情は理解しているし、大っぴらにアルドメリ自治領への非難を口にはしない。

 下手をすれば、自分たちの周囲に迷惑がかかるかもしれないことも理解している。

 忸怩たる思いはあるが、それでも、幼馴染の家族に迷惑をかけたくないという思いは変わらないのだ。

 重い空気が宿屋の中に満ちる。

 その時、宿屋のドアがバン! 大きな音を立てて開かれ、血相を変えた街人が飛び込んできた。

 

「お~い! 大変だ!」

 

「いったいどうしたんですか?」

 

「ウ、ウルフリック・ストームクロークを、帝国軍のテュリウス将軍が捕まえたらしい!」

 

 そして物語は幕を開ける。

 業火と災厄、そして怨嗟の気配とともに。

 

 

 




というわけで、これからが本当のストーリの始まりとなります。
メインクエスト序盤からいろいろ違うスカイリム。
こんなスカイリムでもいいなと思い、書いています。
次の投稿では、オリキャラについて書こうと思います。
序盤はオリキャラの会話が多いですが、オリキャラはこれ以上は、ほぼ増えないと思いますので、ご了承ください。


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登場人物紹介

主人公

坂上 健人

日本からタムリエルに流れついた高校生。

ヘルゲンの近くで狼に襲われていたところをリータとドルマに助けられる。

ごく普通の高校生なので、剣を握った経験はなく、力量も未熟。

家族は父親だけで、母親は死別。

学校生活は特に目立たないままだったが、一時期クラスのガラの悪い連中に目を付けられたことがある。

コミュニケーションが若干苦手。

父親との仲は悪いわけではなかったが、仕事で家を留守にしがちな父親との会話は少なく、どこか遠慮しがちなところがある。

そんな境遇からか、内向的で、人とは距離を置く人間。

ただ、幼いころから何事も一人でこなしてきたために、事務的な人間関係や家事等もある程度そつなくこなせる。

 

 

リータ・ティグナ

ヘルゲンに住むノルドの少女。

健人とは同い歳で、行く当てのない健人の面倒を甲斐甲斐しく見てくれた。

ノルドとしては普通の身長だが、それでも健人とあまり変わらない。

かなり可憐な容姿をしている。

基本的に不器用。

細かい作業は苦手で、家事なども不得意。

特に料理関係をするとドジをやらかし、本人の不器用さも相まって酷い事態になる。

 

 

ドルマ

リータの幼馴染。

大剣や両手斧などの重量武器を使いこなすノルドの青年。弓なども十全に使いこなせる。

両親は生きているが、生来の気丈で強気な性格が災いし、親子間の仲は良くなかった。

そのため、自分を受け入れてくれていたリータの両親には気を許し、よく厄介になっている。

口調は悪い。面倒見もあまりよくない。

典型的なノルドであり、よそ者、かつ戦士としては未熟者の健人を不審に思っており、特に健人が自分の出生を口にしないことに、さらに不信感を募らせている。

 

 

アストン・ティグナ

ヘルゲンの宿屋を経営するノルドの男性。

リータの父親であり、彼女が拾ってきた健人を住まわせることを決めた人物である。

食堂を兼任する宿屋を経営しているが、料理の腕は今一歩。

宿屋では客の応対や、帳簿などの経理を担当している。

 

 

エーミナ・ティグナ

アストンの妻であるノルドの女性。

娘であるリータが家事については完全にポンコツなため、ティグナ家の家事一切を担っている。

宿屋では料理などを担当。

香草や木の実などを使ったオリジナルの料理を考案し、店に出しており、その味は中々のもの。

 

 

 

カシト・ガルジット

帝国軍に属していたカジート。

本人のあだ名は“スキーヴァの舌野郎”猫のくせにネズミ扱いされている。

口が軽く。色々と大言を吐くが、大抵失敗してひどい目にあっている。

帝国軍に入っているのは、飯代が浮くからという理由で、帝国に対する忠誠心はない。

帝国軍の中では種族的な要因はもとより、その言動から距離を置かれていたが、健人と出会い、それ以来何かと彼と行動を共にするようになる。

ケントとの出会いは、彼が無銭飲食した挙句、給料を取り上げられてツケが払えなくなった際に、アストンとの間を取り持ち、うまくまとめたことが理由。

それ以来、店に来ると健人によく話しかけている。

三枚目だけあり、大抵ひどい目にあっているが、それにへこたれない図太い神経の持ち主でもある。

 

 



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第三話 竜王の帰還

 反乱軍ストームクロークの首魁、ウルフリック・ストームクロークの捕縛。

 その情報は、驚愕と共にヘルゲン中に駆け巡った。

 話を持ってきた街人によると、帝国軍が僅かな手勢で隠密行動中だったウルフリックの本隊を奇襲し、捕縛を成功させたらしい。

 健人達が宿屋の外に出ると、既に反乱軍の兵を捕えた馬車が、続々と街の帝国軍砦前にやってきていた。

 到着した馬車からは青い皮のキュイラスをまとったストームクローク兵達が次々とおろされ、砦の前に並べられていく。

 そして砦前には斧を持った大男がおり、その男の前には斬首台が置かれていた。どうやらここで、処刑を行うらしい。

 砦前にはすでに重苦しい空気が満ちており、周囲には帝国兵の他に、見物人と思われる街人たちもいた。

 平和な日本では絶対に目にしない光景に、健人は思わず息を飲む。

 その時、健人の目に見慣れた人物が飛び込んできた。

 捕虜たちを下している馬車の後に並び、馬から降りる一人の帝国兵。こげ茶色の髪と彫りの深い顔立ちが特徴的なノルドだ。

 

「あれは、ハドバルさん?」

 

「ホントだ。最近うちの店に来ていなかったけど、任務だったんだ……」

 

 健人の視線の先にいるノルドに、リータも気付いた。

 ハドバルは、ここヘルゲンの帝国軍に所属しており、スカイリム派遣軍総司令官であるテュリウス将軍にも一目置かれている兵士である。

 リータの宿屋にもよく蜂蜜酒を飲みに来る常連でもあった。

 

「ハドバルさん!」

 

 馬から降りたハドバルに、リータが声をかける。

 ハドバルの視線が、駆け寄るリータ達を捉えた。

 

「リータにドルマ、それにケントか」

 

「任務だったんですね。無事でよかったです」

 

 健人に対してはしかめっ面しか見せないドルマも、ハドバルに声をかけるときは、口調は柔らかく、言葉も選んでいる。

 一戦士としても兵士としても熟練しているハドバルに対しては、ドルマも礼を失するような言動はしない。

 戦士としての生き方を重んじるノルドらしい態度だった。

 

「まあな。困難な任務だったが、テュリウス将軍のおかげで反乱軍の首魁を捕えることができたよ」

 

 ハドバルが並ぶ馬車の一台を、チラリと一瞥した。

 彼の視線の先にある馬車には、他の捕虜たちとは明らかに格が異なる鎧を身にまとった偉丈夫がいた。

 他の兵士達と比べても頭一つ飛び出る長身と、恵まれた体躯。豊かな金色の髪と髭をもつ、典型的なノルド。

 

「あれが、ストームクロークのリーダーですか?」

 

「ああ、裏切り者のウルフリック・ストームクロークだ」

 

「あの、なんで猿轡を?」

 

 よく見ると、ウルフリックだけ口を覆うよう猿轡をかけられていた。他の捕虜は両手を縛られているものの、ウルフリックのような猿轡はかけられていない。

 健人の疑問に、ハドバルが答える。

 

「ウルフリックはシャウトの使い手だから、あんな猿轡をかけているのさ」

 

「……シャウト?」

 

「ああ、お前は知らないんだったな。シャウトはノルドに伝わる極めて強力な魔法だ。ウルフリックはそれを使って、上級王トリグを殺したんだ」

 

 その結果、この内戦が勃発した。とハドバルは言葉を続ける。

 シャウト。

 現在タムリエルで主流の魔法とは違う、古代ノルド達独自の魔法。

 通常魔法とは、魔力と詠唱を必要とする。だがこのシャウトは、ただ“声”を発するだけで相手を殺傷できるほどの威力を発揮できる。

 別名“声秘術”。古代ノルド人の中には、空を震わせ、地を砕き、時を歪める者もいたらしい。

 

「古代の昔話じゃあ、この声の力で、敵の城門を砕いたなんて話があるくらい強力な術だよ。

 もっとも、エルフ由来の魔法と比べて習得は遥かに困難だし、膨大な時間もかかる。今はこの秘術を使う者は、ウルフリックを除けば、世界のノドの寺院にいるグレイビアードくらいさ」

 

「だから、ウルフリックは猿轡をされているんですね……」

 

「ああ。この場にはテュリウス将軍も来ている。彼を上級王トリグの二の舞にさせるわけにはいかないからな……」

 

 上級王トリグとは、このスカイリムすべてのホールドに対して絶対的な権力を持つ王であり、実質的なスカイリムの統治者だった人物の事だ。

 ハドバルの話では、ウルフリックは古代ノルドの伝統に従い、上級王に対して決闘を申し込み、トリグはこれを受けた。

 そして、ウルフリックはこの上級王を決闘で殺し、そしてそれがこのスカイリムでの内乱のきっかけとなっている。

 ただ声を発するだけで人を殺せるなら、両手を縛られていたところで、問題などないだろう。

 健人はそのように考え、ウルフリックがあのような猿轡を掛けられていることに納得する。

 次に健人の目に留まったのは、処刑台の傍に控えている男性。

 ノルドのように筋骨隆々というわけではないが、短く切りそろえた銀に近い白髪と、鋭いカミソリのような視線が特徴的な男性だ。

 他の帝国軍兵士とは違って明らかに格上の装いの鎧に身を包んでおり、彼もまたウルフリックと同じように、常人とは思えない風格をまとっている。

 

「あちらの豪華な鎧を着ている人がテュリウス将軍ですか?」

 

「そうだ。彼の采配のおかげで、ウルフリックを捕えることができたんだ」

 

 ハドバルの話では、ウルフリックの反乱を鎮圧するために、帝都シロディールから派遣されてきたインペリアルの将軍らしい。

 インペリアルとは、このタムリエルの主要な人族の一種であり、交渉などに長けた人たちで、主にタムリエル大陸中央部に住んでいる。

 元々は古代ノルドの先祖から分かれた人種であり、古代ではエルフたちの奴隷として扱われていたが、そのエルフたちを反乱で追い出し、自治を獲得したらしい。

 現在はノルドとは違う人種とみられているが、元々は同じ人種を起源に持つという事で、その関係は決して悪くはないらしい。

 

「なんだかストームクロークじゃない人も交じっているみたいですけど……」

 

 捕虜たちをよく見てみると、ストームクロークの鎧を纏っていない者もいる。

 

「ああ、作戦中に偶然捕まえた馬泥棒だ。それよりも、これから処刑だ。近づかないほうがいい……」

 

 ハドバルは改めて健人達に忠告すると、馬を木につないで処刑場のほうに足を進めようとする。

 その時、捕えた捕虜を下している馬車を見るハドバルの目が、わずかに細められた。

 処刑場に進めていたハドバルの足が止まる。彼の視線の先には金髪の長髪と髭を生やし、左側のもみあげを編んだノルドがいた。

 

「ハドバルさん。あのストームクロークの人がどうかしたんですか?」

 

「ああ、レイロフってやつなんだが……俺と同じリバーウッドの出身で、幼馴染なんだよ」

 

「……え?」

 

 ハドバルの言葉に、健人は思わず言葉を失う。

 一方のハドバルは、呆れたような、痛ましいような、微妙な表情を浮かべて首を振った。

 

「ウルフリックの夢想に踊らされたんだよ。馬鹿な奴だ」

 

 幼馴染がこれから殺されるというのに、ハドバルの口調には諦観の色はあれど、処刑そのものを拒むような雰囲気はない。

 ある種の達観ともいえるハドバルの反応に、健人は思わず口を開いた。

 

「あの、その……。ハドバルさんは、いいんですか?」

 

「何がだ。アイツが俺の敵になっていたことか? それとも、これから奴の処刑を実行しようとしていることか?」

 

「えっと、その……」

 

 やや強い口調のハドバルの言葉に、健人は言いよどむ。

 ハドバルの言葉からは、明らかに拒絶の色が見て取れた。

 何よりも、立派な体躯から発せられる威圧感が、言葉を挟もうとする健人の意思に冷や水をかける。

 

「どんな理由があるにしろ、あいつは帝国を裏切った。まがりなりにも、このタムリエルを平和にしてきた帝国をだ。それは絶対に許されることじゃない」

 

「それは、そうですが……」

 

 平和な日本ではまず経験することのない、本物の兵士が持つ威容が、健人の口を凍らせる。

 命と命のやり取りを繰り返したものが持つ圧力は、十代の高校生が跳ね返せるようなものではない。

 それでも、健人は口元をゆがめながらも納得していない表情だった。

 健人自身今では会うことができなくなってしまったが、彼にも家族はいるし、少ないながら友人もいた。

 もしその人達が自分の目の前で死んだら、どうだろうか? まして、自分の手にかけなければならなくなったら……。

 そんな想像が頭によぎり、健人は自分の心臓が万力で締め付けられるように痛み、同時に苦いものが口一杯に広がるのを感じていた。

 何か言わないと。そんな考えが頭に浮かび、健人は思わず口を開く。

 

「おいケント。それ以上口を開くな」

 

「…………」

 

 しかし、その最後の意思も、ドルマの言葉によって、さらに押し止められた。

 

「そんな事、ハドバルさんが考えなかったわけねえだろ。他所者のお前が考えることなんてとっくに納得して、ハドバルさんは剣を取っているんだ。

中途半端な気持ちで、この場で口を開くんじゃねえ」

 

 ドルマの言葉が、痛みに耐えていた健人の胸をさらに激しくかき乱す。

 彼の言うとおり、健人が先ほど言おうとしたことは中途半端な気持ちからだった。21世紀の日本人の大半が持つ、偽善ともいえる。

 健人自身も、今の自分の気持ちが日本人特有の甘っちょろい考えだということは理解できている。

 しかし、健人自身はどうしても納得できなかった。

 死という日本の日常からはほぼ無縁な、しかし、生きているうえで不可避な事象に対する拒絶感が、健人の胸の奥で渦巻き続ける。

 黙したまま、健人は唇を強く噛み締めていた。

 

「…………」

 

「お前、いい加減に……」

 

「ドルマ、そこまでにしろ」

 

 納得した様子のない健人に、ドルマがさらに詰め寄ろうとするが、ハドバルが間に入って押し止める。

 

「……分かりました。ハドバルさんがそういうなら、黙っています」

 

 ドルマは一瞬ムッとした表情を浮かべるが、すぐに息を吐いて後ろに下がった。

 ハドバルは下がったドルマを見てフゥ……と溜息を吐くと、健人の前に立つ。

 

「ケント、気にするな。帝国軍に身をささげると決めた時から、こんなことがあるかもしれないとは覚悟してきた」

 

 ドルマの言葉には健人に対する嫌気をありありと感じ取れたが、ハドバルの声からは別にそのような悪感情は感じられなかった。

 

「それに、アイツだって下手な同情や情けなんて望んじゃいないさ」

 

 穏やかな口調で、ハドバルは健人に語り掛ける。まるで弟に言い聞かせるような、優しい声色で。

 その言葉に、健人の強張っていた肩から力が抜ける。

 ハドバルはそれ以上何も言わず、健人達から離れて捕虜達の前へと足を進めた。

 馬車の前では小隊長らしい女性が控えている。

 そしてハドバルは懐から捕虜の名簿を取り出し、これから処刑を行う者達の名前を読み上げていく。

 

「ウインドヘルム首長、ウルフリック・ストームクローク」

 

 まず初めに呼ばれたのは、やはりストームクロークの首魁。

 ウルフリックは猿轡を嵌められたまま、処刑台の前に並んでいる捕虜たちの列に並ぶ。

 処刑台の前では、既に血糊で錆びた大斧を持った処刑執行人が待機している。

 

「リバーウッドのレイロフ」

 

 次に呼ばれたのは、ハドバルの幼馴染。

 彼らは互いに視線も交わさない。

 ハドバルは淡々と罪人となった幼馴染の名を淡々と呼び、レイロフはこれから身に降りかかる死の恐怖など微塵も感じさせず、処刑台の前に並ぶ。よく見れば、他のストームクローク兵達も、皆胸を張って前を見据えていた。

 

「ロリクステッドのロキール」

 

 次に呼ばれたのは、ボロを纏った馬泥棒。

 彼だけは他の捕虜達とは違い、明らかに脅えた様子だった。

 

「お、俺は反乱軍じゃない! やめてくれ!」

 

 “自分は処刑されるような罪人じゃない”そう喚くと、彼は一目散にその場から逃げ出した。

 後先など考えない、死の恐怖と生存本能に突き動かされた逃避だった。

 

「弓兵、逃がすな!」

 

 しかし、そんな逃亡を帝国軍が許すはずもなく、小隊長の号令によって、すぐさま控えていた兵が弓を射かける。

 

「ぐあ!」

 

 放たれた矢が勢いよくロキールと呼ばれた馬泥棒の背中に刺さり、彼はうつぶせに地面に倒れ込む。

 

「いやだ、いやだ、死ぬのは嫌だ……」

 

 刺さった矢で即死しなかったのか、ロキールは何とか逃げようともがく。しかし、駆け付けた帝国兵が、腰から抜いた剣をその無防備な背中に、無慈悲に突き立てた。

 

「っ!?」

 

 背後から心の蔵を貫かれたロキールは、血の泡を吹ふき、それでも死にたくないと呟き続ける。

 しかし、その声もすぐに擦れ、ロキールの体は数度の痙攣を繰り返し、そして動かなくなった。

 

「他に逃げたい者はいるか!?」

 

 小隊長の怒号が処刑場に響く。

 処刑場に並べられたストームクローク兵は全く動ずることなく、怒号を上げた小隊長を睨みつけていた。

 そして、処刑が開始される。

 最初に選ばれた捕虜が処刑台に送られた。

 処刑台の前には処刑人の他にも司祭がいる。処刑される捕虜に、最後の祝福を授けようというものだ。

 

「聖女マーラの名のもとに……」

 

「さっさとやれアバズレ。昼になっちまうだろうが」

 

「っ! お望みのままに!」

 

 しかし、ストームクローク兵はその祝福をあっさりと拒絶する。

 お前達からは、何も受け取る気はない! という考えを誇示するように。

 そして、処刑人の大斧が振り上げられた。

 

「祖父たちが微笑んでいるのが見えるぞ帝国。お前たちも同じことが言えるか!?」

 

 その言葉を最後に、その捕虜の命は振り下ろされた斧によって断ち切られた。

 死を前にして、その兵士が見たものはなんだったのか。

 切断された頭部がごろりと転がり、勢いよく鮮血が噴き出す。

 そして首を失くした遺体が、小隊長によって無造作に蹴り飛ばされて、処刑台からどかされる。

 

「うっ……」

 

 その光景を見ていた健人の喉の奥から、猛烈な嘔吐感が込み上げた。

 

「ケント、大丈夫?」

 

「う、うん……。だ、大丈夫……」

 

 リータが、えずく健人に心配そうな声を掛ける。

 健人は何とか声を返すが、その様子はとても大丈夫そうには見えなかった。顔面は蒼白になり、瞳は不規則に震えている。

 一方、周囲の街人達は熱に浮かされたような大声を上げている。

 

(なんて、命が軽い世界なんだ……)

 

 容易く刈り取られる命を前にして、健人は改めて自分のいる世界が血生臭く、そして無慈悲なものであることを突き付けられていた。

 彼自身、分かったつもりではあった。この世界に迷い込んですぐにオオカミに襲われて食われかけたことで、この世界が日本とは比較にならないくらい危険に満ちていることを体感していたから。

 しかし、この処刑は、今まで健人が体験してきた危険とは全くの別種のものだった。

 動物でもない、自然でもない、人が人に死を齎す場。

 それは 、まるで破城槌のように健人の脆弱な心を打ちのめしていた。まるで体を虫が這いずり回るような嫌悪感と違和感、そして拒絶感が、震えとなって健人の全身に走る。

 一方、衝撃を受けている健人を他所に、処刑は淡々と進む。健人だけ置き去りにしながら。

 

「次、リバーウッドのレイロフ」

 

 次にハドバルが読んだのは、彼の幼馴染の名前。

 ここで彼らはようやく、互いに顔を上げて視線を交わした。

 

「お前にふさわしい最後だな。レイロフ」

 

「言っていろハドバル。今日、俺はソブンガルデに行く。英雄たちの末席で、道に迷うお前の姿を笑うさ」

 

 交わす言葉はほんの僅か。レイロフは先に逝った兵士と同じように、淡々と処刑台へと歩いていく。

 処刑台の前に来たレイロフを、小隊長が跪かせ、彼の首を処刑台の上に乗せる。

 そして処刑人が大きく斧を振り上げた。

 

「っ!?」

 

 その斧が振り下ろされる前に、健人は目を背けた。

 もう見ていられなかったのだ。

 人が人を殺す。その光景が齎す嫌悪感と忌避感は、未熟な健人の心にはあまりにも重すぎた。

 だが、目を背けたその視界の端に、黒いものが映った。

 雲間から、巨大な何かが覗いたような気がした。

 健人が見えたものが何か確かめようと目を凝らした瞬間、それは雲海の隙間から姿を見せる。

 

「……え?」

 

 健人の目に飛び込んできたのは、空を切り裂きながら舞い降りてくる漆黒の翼。

 震える風が天に吹き荒れ、処刑に集中していたヘルゲンにいた人達もまた空を見上げ、その顔を驚愕の色に染める。

 

「なんだ、アレは!」

 

 舞い降りてきた巨躯が、処刑台の後ろの塔に地響きを立てて舞い降りる。

 爬虫類を思わせる体に、背中から生えた闇を練りこんだような暗黒色の翼。二十メートル以上あるその巨大な体躯は、黒炎を思わせる鋭い鱗に覆われている。

 口には名刀を思わせる鋭い牙がずらりと並び、血のように赤い瞳が健人達を睥睨していた。

 それはまさしく、創作物でしか見たことがなかった異形の姿。

 

「ドラゴンだ!」

 

 誰かが大声を上げる。その声に、あまりに現実離れした光景に固まっていた人々が、慌てふためいて逃げ出し始めた。

 処刑場は一気に大混乱に包まれ、右往左往する人達があちこちでぶつかり、怒号と悲鳴が木霊する。

 

“――ッ――ッ――――ッ!!”

 

 その竜が何かを叫んだ瞬間、空が震え、炎に包まれた。直後に天から無数の炎塊が降り注ぐ。

 落下した隕石は次々と爆発し、熱波が周囲にいた人も家も家畜も纏めて吹き飛ばす。

 人が木の葉のように吹き飛ばされ、千切れ、あらゆる物が炎に包まれていく。その光景は、さながら絨毯爆撃のようだった。

 まるで世界そのものを焼き尽くすように、炎が瞬く間に広がっていく。

 

「な、なんだよ、これ……」

 

 逃げ惑う人々の中で、健人は一人、呆然と立ち尽くしていた。

 健人はこの世界に、地球にはいない生物がいることをリータ達から聞いてはいた。

 サーベルキャットやトロールのような猛獣だけではなく、さらにはドラウグルやスケルトンといったアンデッドの存在もいる。そしてそれらの脅威が、健人を襲ったオオカミ等とは比較にならないほど危険なものであることも。

 だが、今健人の目の前にいる存在は、どう見てもそんなレベルの脅威ではなかった。

 

「衛兵、前へ!」

 

 テュリウス将軍の号令とともに、帝国兵たちが一斉に隊列を組み、塔の上のドラゴンめがけて吶喊していく。

 ドラゴンに立ち向かおうとする彼らの隊列は、まるで定規で引いた線ように乱れなく、覇気に満ちていた。

まさしく精鋭と呼べる者達。

 だがその精鋭を、漆黒のドラゴンは羽虫を払うように容易く排除した。

 

“ファス、ロゥ、ダッ!”

 

 ドラゴンが何かを叫ぶと、その口から不可視の衝撃波が放たれた。

 衝撃波は衛兵たちを飲み込み、精緻にして堅牢な隊列を紙のごとく引き裂き、塵芥のように吹き飛ばす。

 

「がっ……!」

 

 偶然、衝撃波の進路上にいた健人もまた、衛兵たちと同じように吹き飛ばされてしまう。

 彼が石畳に叩きつけられ、意識が朦朧とする中、漆黒のドラゴンは翼をはためかせ、再び空を舞い始める。

 

「弓兵と魔法兵を呼べ! ドラゴンを叩き落とすんだ!」

 

 テュリウス将軍の指示が飛ぶ。

 痛みで蹲る健人を余所に、衛兵達は飛んでいるドラゴンに対して次々と矢を射かけ、魔法を放つ。

 しかし、その攻撃は上空のドラゴンにはほとんど届かず、僅かに当たった矢も魔法も、漆黒の鱗に傷一つ付けられずにいた。

 

“ヨル……、トゥ、シュール!”

 

 逆にドラゴンは上空から炎を浴びせ、衛兵たちを瞬く間に焼き殺し始めた。

 空からは隕石が途絶えることなく降り続け、逃げ惑う人達や家を吹き飛ばし、堅牢な岩の砦を打ち砕いていく。

 その現実とは思えない光景を、健人はただ茫然と見上げるしかなかった。

 

「起きろクズ! いつまで寝てやがる!」

 

 突然、健人の手がすごい力で引っ張られる。

 彼を起き上がらせたのは、ドルマだった。怪我をしたのか顔の半分が顔を真っ赤な血に染められている。

 急に強烈な力で引かれたために足をもつれさせながらも、健人はなんとか立ち上がった。

 

「リータ、逃げるぞ!」

 

「待って、お父さんとお母さんが!」

 

「お、おい……!」

 

 リータは両親が心配なのか、自分の家の宿めがけて走り出した。

 ドルマが慌てた様子で彼女の後を追う。

 

「ふ、二人とも待って……うわ!」

 

 落ちてきた隕石によって健人の傍にあった石壁が崩れる。

 健人はとっさにその場から離れた。先ほどまで健人が立っていた場所に、崩れた瓦礫が散乱する。

 その光景を目にした健人はごくりと息を飲むと、大急ぎで二人の後を追いかけた。

 




というわけで、アルドゥインの登場です。
さらに、肝心の主人公たる囚人がいないという有様。
こんなオリジナル改変をぶち込むあたり、やはりこの小説は相当な地雷なんだと自覚します。
ところで、一話当たりの文章ですが、長くないですか?
文字数が8千から3千文字前後とかなり隔たりがあるので、少し気になるところ。


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第四話 漆黒の死

 炎に包まれたヘルゲンの街を、リータは一心不乱に駆ける。

 幸い、自宅の宿屋に炎はまだ回っていなかったが、既に火の手は宿屋の周りを包みつつある。

 宿の前に辿り着いたリータは叩きつけるように扉を開け、両親を呼んだ。

 

「お父さん、お母さん!」

 

「リータか、なんだこれは!?」

 

 アストンとエーミナもこの騒ぎには気が付いていたのか、驚きと恐怖を隠し切れない表情を浮かべていた。

 

「ドラゴンが、ドラゴンが襲ってきたの!」

 

「ドラゴンって……きゃあ!」

 

「うわああ!」

 

 突然、宿屋に衝撃が走った。次の瞬間、閃光と轟音、そしてガラガラと何かが崩れる音が宿屋の中に響き渡る。

 とっさにリータは頭を抱えるように身を屈める。

 宿屋を揺らした振動は数秒で収まり、リータは恐る恐る顔を上げる。そして、愕然とした。

 

「え……?」

 

 リータの目の前に飛び込んできたのは、食堂の中が真っ赤な炎に包まれている光景だった。

 天井には大穴が空き、崩れた屋根の残骸が炎とともに目の前に散らばっている。

 だが、何よりも彼女の眼を奪ったのは、天井の残骸と一緒に見える肌色の手。

 見慣れたしなやかな細い手が、崩れた屋根の中から覗いている。

 

「おかあ、さん?」

 

 リータが思わず一歩足を進めると、ピチャリと粘着質な音が耳に聞こえた。

 視線を下ろすと、崩れた残骸の下から、真紅の液体がジワリと滲んできている。

 

「リータ、こっちへ来るんだ!」

 

 目の前の事態に茫然自失となっていたリータの手を引き、アストンは宿屋の外に駆け出す。

 立ち込める煙をかき分けながら二人が玄関から外に出ると、リータの後を追ってきたドルマと健人が駆け寄ってきていた。

 アストンの姿を見て、ドルマが声をかける。

 

「アストンさん、大丈夫ですか!?」

 

「私は大丈夫だ。リータは……」

 

 ドルマの呼びかけに答えるアストンの傍らで、リータは崩れた宿を芯が抜けたような表情を浮かべながら見つめている。

 

「おかあ、さん」

 

「あ、あの、エーミナさんは……」

 

「…………」

 

 確かめるように訪ねてくる健人の質問に、アストンは黙って首を振った。

 エーミナの死を突き付けられ、言葉を失う健人とドルマ。

 崩れた茅葺き屋根に燃え移った炎は瞬く間に宿屋全体を包み込み、事切れたエーミナの亡骸ごと灰へと変えていく。

 

「とにかく、ここから逃げよう」

 

「わ、分かりました!」

 

「リータ、しっかりしなさい!」

 

 呆然とするリータ達を叱咤しながら、アストンは一刻も早くこの場から離れようとする。

 空から降り注ぐ隕石は未だに止む気配がない。

一刻も早くこの場から逃れなければ。生存本能がこの場からの退避を急かす。

 未だに心ここに有らずのリータの手を引きながら、アストンたちはこの場から駆け出した。

 しかし、そんな彼らの前に、絶望が舞い降りる。

 

「うわ!」

 

「あ、ああ……」

 

 地面を揺らしながら、健人たちの前に着地した漆黒のドラゴン。

 深紅の瞳がまるで虫けらを見るような色で、健人たちを睥睨している。

 漆黒の竜が、その口蓋を開いた。

 

「リータ!」

 

 反射的に動いたアストンが、リータ達を突き飛ばす。

 次の瞬間、竜の口から獄炎が放たれた。

 

「ぐ、あああああああ!」

 

 灼熱の吐息が瞬く間にアストンを包み込む。

 アストンの絶叫が響いた。

 獄炎は彼の髪の毛を一瞬で焼き払い、地面に敷かれた石畳を融解させ、白い肌を真っ黒に焦がす。

 灼熱はアストンの喉を焼き、彼の命を一瞬で焼き尽くしていく。

 

「リータ、にげ、なさい……」

 

 熱で潰された喉に生命力のすべてを注ぎ、アストンは最後の言葉を残すと、炎で真っ赤に赤化した地面に崩れ落ちた。

 

「いや、いああああああ! お父さん!」

 

「リータ、だめだ!」

 

「近づくな! もう間に合わない!」

 

 目の前で焼き殺された父親の姿にリータが絶叫をあげ、駆け寄ろうとするが、健人とドルマが彼女を押しとめる。

 リータの目の前で炭化したアストンの体は、ブレスの残り火に包まれながら、灰へと化していく。

 呆然としているリータの前で、漆黒のドラゴンが再び咢を開いた。生き残った健斗達を再び焼き払おうとしているのだ。

 健人とドルマの体が、極度の緊張と恐怖で固まる。

 だがドラゴンが放つ前に、数十もの矢が漆黒の体めがけて飛翔してきた。

 矢群は堅固な鱗によって弾かれるが、ドラゴンはブレスを中断し、目障りな闖入者を睨み付けた。

 健人達が矢群の放たれた方向に目を向けると、二十人近い帝国兵の弓矢隊が、矢を構えていた。

 弓矢隊が、再び矢を放つ。

 放たれた矢はやはりドラゴンの鱗を貫くことはできなかったが、ドラゴンの意識は完全に帝国兵の方へと移っていた。

 ドラゴンは目障りな弓兵隊をブレスで一掃しようと口を開くが、さらに三十人にも及ぶ帝国兵が、剣と盾を構えて、側面から挟み込むように漆黒のドラゴンめがけて吶喊してきた。

 三十人の帝国兵が、ドラゴンを倒そうと群がっていく。

 その光景を呆然と見ていた健人達に、駆け寄る帝国兵がいた。先ほどまで砦の広間にいたハドバルだ。

 

「三人とも無事か!」

 

「ハドバルさん!」

 

「ドラゴンは俺の隊が引き付ける。今のうちに逃げろ!」

 

 どうやらハドバルは、自分達を囮にして、ヘルゲンの市民たちが逃げる時間を稼ぐつもりのようだった。

 

「っ! ハドバルさん、竜が……!」

 

 ドラゴンが軽く羽根をはためかせる。それだけで突風が吹き荒れ、群がっていた三十人の帝国兵は、まるで木の葉のように弾き飛ばされた。

 さらに灼熱のブレスが弓兵隊に放たれ、瞬く間にその命を刈り尽す。

 反逆軍の首魁を捕らえた精鋭中の精鋭が、まるで相手にならない。

 文字通り次元の違う存在を前に。ハドバルは唇を噛みしめた。

 

“メイ……。フェン、カイン、アハス、ジョール? クリー、ドゥ、ジー!”

(愚かな、人間が我と戦う気か? 殺し、魂を食らってやる!)

 

 健人達を食らおうと、ドラゴンが口蓋を開く。

 助けに入ったハドバルが悔しさを滲ませながら呻いた。

 

「クッ……。時間稼ぎすらできないのか……」

 

 帝国兵として臣民を守ることを責務とし、粉骨砕身してきた彼にとって、守るべき民の盾にすらなれない今の状況を前にして、忸怩たる想いを漏らしている。

 健人達に至っては、もはや声を出すことすらできない。

 このまま漆黒の竜に、なすすべなく殺される。

 どうしようもない絶望を前にして、この場にいる全員が硬直してしまっていた。

 

「はあああ!」

 

 その時、裂帛の気合いと共に、瓦礫を飛び越えて一人の男がドラゴンに切りかかった。

 男が振り下ろした鋼鉄の剣はドラゴンの強靭な鱗を前に容易く弾かれる。

 

「さすがは伝説の獣。まるで城壁を殴っているみたいだ」

 

 健人達とドラゴンとの間に割り込んだその男は、己の攻撃が全く通用しなかった様子を見ても、意思を折られる様子は全くなく、ドラゴンをまっすぐ見据えたまま、鋼鉄の剣を構え直した。

 

「レイロフ! どういうつもりだ!」

 

 ハドバルが言葉を荒げ、割り込んできた男の名を叫ぶ。

 レイロフは口元に不敵な笑みを浮かべたまま、視線だけを袂を分かった幼馴染に向ける。

 

「ふん。ドラゴンとの戦いなど、これ以上ない誉れだろうが。ソブンガルデにおいても、数少ない栄誉になる」

 

 自らの死すら、栄誉だと言い放つその姿に、健人は息を飲む。

 目の前のドラゴンの力は、人知を超えている。

 空から隕石を降らせて僅か数分でヘルゲンの街を焼き尽くし、精兵達の反撃をまるで意に介さず、敵対した者も巻き込まれた者も関係なく灰燼にする力を誇っている。

 正しく天災と呼ぶに相応しい存在だ。

 そんな存在と戦うなど、正気の沙汰ではない。だがレイロフは、僅かな逡巡も見せずに、目の前の脅威と戦うと宣言した。

 

「じゃあな、ハドバル。せいぜい、みっともなく生き延びろよ」

 

 隙なく構えていたレイロフが、穏やかな視線をハドバルたちに向ける。

 その口元は何故か、満足そうな笑みを浮かべていた。

 

「……行くぞ」

 

 ハドバルが健人たちを促し、彼らは踵を返して走り始める。

 目指すは石造りの砦。

 相当頑丈に作られているのか、隕石の直撃を受けてもまだ幾分か原形を保っている。

 あの中に逃げ込めば、ドラゴンの目からも隠れられる。少なくとも、時間を稼げるだろう。

 健人が走りながら振り向くと、剣を大上段に構えたレイロフが竜にめがけて吶喊していった。

 

「スカイリムのために!」

 

 直後、ドラゴンの周辺が炎に包まれる。

 皮膚を焦がすような熱を背中に感じながら、健人たちは必死に足を動かした。

 

「馬鹿野郎が……」

 

 ハドバルがかすれるような声を漏らす。

 健人には彼の胸中を完全に理解することはできないが、それでも二人の間に言葉では表現できない強いつながりがあることは理解できた。

 健人は今一度振り返り、しんがりを受け持ったレイロフの姿を確かめようとする。

 だが彼の姿はすでに炎に包まれ、確かめることはできなかった。

 現代日本人からすれば、ただの自殺行為にしか見えないその行動。しかし、たとえ敵わずとも、自らの意思を貫き続けるその姿は、妙に健人の目に焼き付いていた。

 

 

 




というわけで、正史からの大きな変更点その2。レイロフさん死亡です。



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第五話 戦意の萌芽

 レイロフの犠牲によって、健人たちは何とか砦の中に逃げ込むことができた。

 彼らが逃げ込んだのは宿直室なのか、石造りの大きめの部屋の中に、ベッドがいくつも並んでいる。

 重厚な扉の外からはいまだに轟音が響いてきているところを見ると、漆黒の竜による殺戮はまだ続いているようだった。

 健人は荒い息を吐きながらも、震える足をなんとか落ち着かせようとする。

 それでもガクガクと震える脚は、なかなか落ち着いてくれない。

 

「ケント、大丈夫か?」

 

 ハドバルが心配そうな声をかける。

 さすが兵士として実戦を経験している彼は違うのか、その佇まいに健人のような震えは見受けられない。

 健人は一度、二度と、深呼吸を繰り返す。

 心臓は未だにバクバクと激しく鼓動を打っていたが、足の震えは徐々になくなってきた。

 

「落ち着いてきたようだな」

 

「は、はい、何とか……」

 

 幾分か落ち着きを取り戻した健人は、傍らにいる少女に目を移す。

 両親が目の前で殺されたリータは、色を失った瞳で天井を見上げている。

 

「リータ。大丈夫……?」

 

「……」

 

 声をかけるが、全く反応がない。

 健人は肩をゆすって名を呼ぶが、やはり彼女は反応を返してこない。

 まるで、人形を見ているようだった。

 

「っ!」

 

 突然、パン!という音が宿直室に響いた。ハドバルがリータの頬を叩いたのだ。

 ハドバルの行動に、健人は思わず目を見開く。

 

「ハドバルさん、何を……」

 

「…………」

 

 叩かれたリータは呆然としたまま、赤くなった自分の頬を抑えながら、ぼんやりとした表情でハドバルを見上げている。

 

「いつまで呆けているつもりだリータ。せっかくアストンさんが身を挺して救い上げた命を無駄にするつもりか?」

 

 呆然としたままのリータに対し、ハドバルはさらに言葉を重ねる。

 その言葉は、今しがた両親を目の前で殺された少女に対する言葉とは思えないほど厳しい。

 案の定、空虚だったリータの瞳が、強い激情の色を帯びてくる。

 込み上げてくる悲しみを押し殺すためだろうか。口元は強く噛みしめられ、瞳には涙を一杯に貯めている。

 空から降り注ぐ流星雨から逃れられたとはいっても、一時的なものでしかない。すぐにこの場から逃げなければならないことは、健人も理解できる。その為には、リータにはしっかりしてもらわなければならない事も。

 だがそれでも、大声をあげて泣く事すらできない彼女の姿が、健人にはとても痛々しく見えた。

 

「ドルマ、そこの棚に武器があるから、適当に持っていけ」

 

「わかりました。リータ、ほら」

 

 ドルマは武器がかけられた棚から木製の弓と矢、そして鉄製の片手剣を取るとリータに手渡す。

 ドルマ本人は手近にあった両手剣を取り、背負った。

 兵が常駐しているだけあり、武器がすぐ手にできる位置に配置してあるようだ。

 武器を渡されたリータも鼻をすすりながら、無言で渡された武器を身に着けていく。

 こうしたすぐに行動に移れる強さが彼女の持ち味なのか、それともこの厳しい土地に住む人達特有のものなのか、健人には判断がつかなかった。

 

「それとハドバルさん、治癒薬も見つけました」

 

「よし、それも持っていこう」

 

 宿直室には武器だけではなく、治癒薬も複数あったらしい。

 これはその名のとおり、怪我などをした際に治癒を促進する薬で、主に錬金術師の店で売られているものだ。

 錬金術師自体の数が少ないため、流通量こそ少ないが、帝国軍の拠点にはそれなりの数が常備されている。

 

「よそ者、お前もだ」

 

「え?」

 

 ドルマが、健人に声をかけると手にした片手剣を無造作に渡してくる。

 健人はとっさに渡された片手剣を受け取るが、まさかドルマが自分に武器を渡してくるとは思ってはいなったため、一瞬固まってしまった。

 

「勘違いするなよ。お前を信じるんじゃない。お前の身の安全なんて気にしてられないから、自分でどうにかしろって言っているんだ」

 

「え、えっと……」

 

「ケント、持っていくんだ。今この砦の中には、ストームクロークの捕虜たちも逃げ込んでいるだろう。戦わずに済めばいいが、刃を交えることになるかもしれない」

 

「…………」

 

 戸惑う健人に対して、ハドバルがフォローをする。

 ドラゴンの襲撃によって、ストームクロークの処刑は中断され、逃げた捕虜達がこの砦に逃げ込んでいる可能性は十分ある。

 

「もちろん、お前達のことは私が守る。だが、もしもの時は、その剣を使うことも覚悟してくれ」

 

「わ、分かり……ました」

 

 声を震わせながらも、健人は頷く。

 しかし、その様子からも戦う覚悟などできていないのは明らかだった。

 

「それから、盾も持っておけ。剣が使えなくても、盾があれば身を守ることは出来る」

 

 そう言って、ハドバルは盾も健人に持たせる。

 手渡された盾は円形で、木製の芯材を鉄製の枠で固定し、中心部も半球形の鉄材で補強している。

 大きさは直径60センチほど。健人の上半身を隠す程度だ。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 盾の背部に取り付けられた持ち手で保持するようだが、健人には少々重かった。

 仕方なく健人は、引きつけるようにして盾を保持する。

 ハドバルもまた、健人と同じように、棚にかけてある盾を手に取った。

 健人が持っている円形の盾とは違い、鋼鉄製の菱形で、盾の中央には帝国軍を象徴するドラゴンの紋章が描かれている。

 盾の大きさも、ハドバルの上半身を隠すほど大きい。

 

「ドルマも、その……。あ、ありがとう」

 

「ふん。言っておくが、俺はハドバルさんとは違って、お前の面倒は見ないぞ。足手まといになるなら、容赦なく置いていく」

 

 冷たい言葉を返すドルマは、それ以上話すことはないと健人から視線を離すと、ハドバルに向き直る。

 

「ハドバルさん、どうやって逃げるんですか?」

 

「この砦の地下には外に続く地下道がある。崩れていなければ、そこから逃げられるだろう」

 

 その時、轟音と共に、石作りの天井が崩れた。

 

「うわ!」

 

「くっ! みんな壁に寄れ!」

 

 数秒の振動と共に崩れた瓦礫は、幸い健人達に直撃はしなかったが、彼らが入ってきた入り口を完全にふさいでしまう。

 

「急ぐぞ。ここも長くはもたない」

 

 ハドバルに促され、健人達は神妙な表情で頷く。

 壁に掛けてあった松明を手にし、健人達は脱出口を目指して歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 砦の通路を通り、地下へと向かう健人達。

 調理場を通り過ぎ、しばらく進むと、長い地下への階段へとたどり着いた。

 ハドバルを先頭に、健人達はさらに地下へと向かっていく。

 階段の先は尋問室。いや、拷問室と呼んだほうがいいだろう。

 すでに誰もいないようだが、室内に置かれた牢の中には、ボロを着た男性の死体がある。

 死体には無数の傷がついており、手の指はあらぬ方向に曲がっていた。

 

「う……」

 

 この部屋で行われた尋問が、どんなものだったのか容易く想像できた。

 健人は牢の中の死体をみて、思わず目を背ける。

 一方、リータ達は特に気にしている様子はない。

 足早に先へと進んでいく。

 牢屋を抜け、さらに奥へと進むと、石造りの通路が途切れ、洞窟へと繋がっていた。

 流れ出る地下水が小さな川を作り、あぜ道を作りながら奥へと続いている。

 その時、洞窟の奥から誰かの声が聞こえてきた。

 

「これからどうする? もう外には出られないんだろ?」

 

 ハドバルが無言で手を掲げ、健人達に止まるように指示する。

 しばし気配を探っていたハドバルは腰を低くし、音を立てないようにゆっくりと先へ進む。

 そして通路の突き当りの角で止まり、先の様子を窺うと、健人達に向かって手招きをした。

 健人達はハドバルと同じように腰を屈め、音をたてないようにハドバルの傍まで忍び寄る。

 通路の先からは明かりが漏れており、複数の人間の気配がした。

 覗いてみると、4人ほどのストームクローク兵が、松明をもって話をしていた。

 

「はあ、はあ……。首長はどうした?」

 

「ゲホゲホ! 分からん。脱出の途中で逸れた。物見塔までは一緒だったんだが……」

 

 どうやら彼らも、健人たちと同じようにドラゴンの襲撃から逃れ、この地下道に行き着いたらしい。

 青いキュライスを煤で汚し、息を荒げている。

憔悴している様子からも、彼らも相当追い詰められている様子が見て取れた。

 彼らは帝国軍とは敵対するストームクロークの兵士。さらに、ヘルゲンは彼らの敵地であることも考えれば、精神的な負荷は健人達よりも大きいだろう。

 

「くっ、ストームクロークの脱走兵か。まいったな……」

 

 ハドバルが、舌打ちをする。

 ハドバルは帝国軍の兵士。彼らとは敵対しているし、つい先ほどまでハドバルは彼らを処刑しようとしていたのだ。

 リータ達も、ストームクローク兵と直接的に敵対してはいないが、帝国軍の支配域の住民だ。彼らから見れば、帝国軍に尻尾を振っている裏切り者とみられるかもしれない。

 見つかれば最悪、戦闘になってしまう可能性もある。

 だが、もう後にも戻れない。

 ここで戻れば、ドラゴンに殺されるだけだからだ。

 

「俺が話す。リータ達は後ろで控えているんだ。ドルマ、もし戦闘になったら、後ろを頼む」

 

「わかりました。おいよそ者、お前は岩の陰で大人しくして、絶対に出てくるんじゃねえぞ。前に出られたら足手まといにしかならないんだ」

 

 健人を睨みつけながら、ドルマが釘を刺す。

 戦場において、一番の敵は強大な敵ではなく、無能な味方だからだ。

 ハドバルが一歩前に出て、ストームクローク兵たちに声をかける。

 

「すまない。少しいいか」

 

「っ! 帝国軍!」

 

「まずい、見つかった!」

 

 帝国軍の鎧を着たハドバルの姿を認めたストームクローク兵達が武器を抜き、緊張感が一気に高まる。

 

「待ってくれ、戦う気はないんだ。ドラゴンのこともある。話を聞いて……」

 

「うるさい! ノルドでありながら帝国に尾を振る裏切者め!」

 

 話をしようとできるだけ穏やかな口調で話しかけるハドバルだが、ストームクローク兵たちは構わず、剣を引き抜いてハドバルに襲い掛かってくる。

 

「殺せ! スカイリムのために!」

 

「くっ! 話をすることすらできないか!」

 

 ハドバルは腰の剣を引き抜き、盾を構えて振り下ろされた剣を受け止める。

 だが、すぐに他のストームクローク兵3名が、右から2人、左に1人に分かれ、ハドバルの側面に回り込もうとしてきた。

 4人がかりでハドバルめがけて剣を振り下ろす。

 ハドバルは飛び退いて振るわれた剣を避けるが、さすがに多勢に無勢。このままでは斬り捨てられるのは時間の問題である。

 

「ハドバルさん、加勢します!」

 

 そこに、ドルマが割り込んできた。

 右から回り込んできた敵兵2人の剣を大剣で受け止め、はじき返す。その得物に恥じない剛力だ。

 だが、未だに相手の数は倍である。

 当然ながら、ストームクローク兵達はドルマに対しても数の利を利用して包囲戦を開始。

 2対1の状況に持ち込み、押し込もうとする。

 だがその陣を、一本の矢が切り裂いた。

 

「ぐあ!」

 

 ドルマに斬りかかろうとしていた敵兵の肩に矢が突き刺さる。

 矢を放ったのは、後ろに控えていたリータだった。

 

「リ、リータ!?」

 

「っ……」

 

 その光景に、健人は驚く。

 先ほどまで、リータは自分で歩くことがやっとだった。

 そんな彼女が、人に向けて矢を放った。明確な戦意を乗せて。

 普通に考えれば、両親を殺されて意思が弱っている人間が、そんな事が出来るわけがない。

 だが、健人が当惑している間にも、ストームクローク兵達は矢を当ててきたリータを脅威と認識し、排除しにかかる。

 

「ちい、邪魔するか、裏切り者共!」

 

「まず後ろにいる弓を持った女から始末しろ!」

 

 ストームクローク兵はハドバルとドルマを一人ずつで抑え込み、残りの2人でリータに襲い掛かってきた。

 殺意を隠そうともせず、向かってくる敵兵たち。

 

“怖い怖い怖い、殺される殺される殺される……”

 

 暴風のように叩き付けられる本物の殺意を前にして、健人の全身は凍り付いたように硬直してしまった。

 手に持っているはずの剣と盾の存在すら忘れ、恐怖に顔をゆがめる。

 だが、そんな彼の耳に、震えるように小さな声が響いた。

 

「大丈夫、私が守るから。健人を、家族を、私がちゃんと守るから……」

 

 振り返った彼女は、明らかに動揺していた。

 両親の死と、戦場の空気。立て続けにぶつけられる殺意と理不尽な殺戮。必死に崩れそうになる表情を何とか取り繕おうとし、そして失敗していた。

 まだアストン達を失ったショックから立ち直っておらず、全身がブルブルと震えている。

 それでも彼女はしっかりと両足で立ち、弓を構えて矢を放つ。

 

「当たらねえよ!」

 

「くっ!」

 

 だが、動揺を押し殺すことが出来ていないため、リータの矢は見当違いの方向へとそれてしまった。

 それでもリータは素早く矢筒から矢を引き抜き、弓に番えようとする。しかし、残っていた震えから、今度は矢を取り落としてしまう。

 

「あっ!」

 

 リータは取り落とした矢を拾わず、弓を捨てて腰の剣を引き抜こうとするが、敵兵はすでにリータを間合いに捉えていた。

 

「死ね!」

 

“しまった”

 

 彼女がそう思ったときは、すでに遅すぎた。

 リータの眼前で剣が振り上げられる。

 松明の明かりで、鈍く光る鋼の刃が、リータめがけて振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 叩き付けられる殺意の中で、健人は意識を失わないようにすることで精いっぱいだった。

 無理もない。

 元々彼は、命の危険など感じることがない、現代日本の出身だ。

 スカイリムに来てからも、ヘルゲンの町から出たことはなく、命の危険にさらされたのは、この世界に来た時にオオカミに襲われた一回のみ。

 それを考えれば、こうして立っているだけでも大したものである。

 だが、今彼の目の前では、恩人の命が斬り捨てられそうになっている。

 身寄りがなく、文字も言葉も分からなかった自分を受け入れてくれたティグナ家の人達。

 この世界での、唯一の家族。

 坂上健人は、日本では普通の学生だった。唯一普通の家族と違うのは、血の繋がった家族が父親の一人だけだったということ。

 健人の母は彼が幼いころに亡くなっており、長い間父親との二人暮らしだった。

 その父も仕事で忙しく、いつも夜遅くに帰ってくる。

 遊んでもらった記憶はほとんどない。夜遅くに帰ってきた父親も、疲れ切っていてすぐに眠ってしまう。

 父親が働いているのは、自分のためだと分かっていても、昔は精神の幼さから、複雑な感情を抱いていた時期もあった。

 だが、父親が働いているのは自分のためであり、数少ない休日では父親はできるだけ家にいて、健人と一緒にいようとしていた。

 二人とも何を話したらいいかわからず、会話こそ少なかったが、そこには不器用ながら、確かな父親の愛情が存在していたのだ。

 中学を卒業するあたりになって、ようやくそのことに気づき、高校生になってからは、父親とも少しづつ距離が近くなってきた。

 だが、そんな時に彼はスカイリムに飛ばされ、肉親に会うことができなくなった。

 唐突に陥った孤独という環境。

 しかし、彼は本当の意味で、孤独を感じることはなかった。リータたちの一家が健人を受け入れたからだ。

 アストン達と暮らした日々は、今までとは全く違っていた。

 言葉のおぼつかない自分を精一杯フォローしてくれる彼らに、健人はこの短い間、何度感謝したか分からない。

 いつか恩を返せたら……。すべては無理でも、少しでも力になれたら……。そう考えながら、宿の仕事を精一杯手伝ってきた。

 日本にいた時とは少し違うが、温かい家族。ぬくもりに包まれた、陽だまりのような場所がそこにはあった。

 だが、その家族の形も、あっという間に破壊された。

 恩人の夫妻は理不尽に殺され、そして今、最後に残った“家族”が命を奪われそうになっている。

 

「お……」

 

 認められるか? そんな理不尽。認められるか? そんな現実。

 

「お、おお……」

 

 否、断じて否だった。

 健人の胸の奥から、理不尽な現実に対する怒りがこみ上げる。

 家族を奪われてはたまるかという原始的な怒りは、雄たけびとなって腹の奥から爆発し、自由を奪っていた硬直を瞬く間に溶かした。

 そして健人に、殺意が交差する戦場の中で最初の“一歩”を踏み出させる。

 

「おおおおおおおおおおおおお!」

 

「なっ!?」

 

 盾を構えたまま、剣を振り上げた敵兵めがけて突進する。

 虚を突かれた敵兵は目標を健人に切り替えて剣を振り下ろすが、構えた盾と突進の勢いを前に弾かれた。

 

「あああああああああああああ!」

 

 健人は突進の勢いに任せるまま、敵兵二人をリータから引き離す。

 だが、勢いが強すぎた。健人は足をもつれさせてしまい、三人は近くにあった油樽を巻き込みながら倒れこんでしまう。

 

「くっ、このガキ!」

 

 健人に押し倒されるような形で倒れこんだストームクローク兵だが、素早く反撃に移ってきた。

 

「ぐあああああ!」

 

 盾の陰にいる健人めがけて、剣を振るった。

 倒れた状態から盾越しに打ち込んだために満足に力は入らなかったが、それでもストームクローク兵の剣は健人の肩に食い込み、激痛が彼を襲う。

 だが、健人も引かない。健人はストームクローク兵を押し倒したまま、手を伸ばした。

 伸ばした手の先にあったのは、放置されていたカンテラ。先ほど油樽を押し倒した時に地面に落ちたものだ。 

 鉄製の枠の中では、未だに小さな明かりが煌々と灯っている。

 

「っ、なにを……」

 

 健人はそのまま“油の広がった地面”に向かって、カンテラを叩き付けた。

 油は、先ほど健人が押し倒した樽の中に入っていたもの。元々は松明や照明に使用されていた、可燃性の高いものだ。

 舞い上がった火が、油面に落ちる。

 次の瞬間、3人を炎が包み込んだ。

 

「ぐあああああああ!」

 

「ぎぃあああああ!」

 

 ストームクローク兵が絶叫を上げながら、何度か炎から逃れようと抵抗する。

 めちゃくちゃに剣を振り回し、もがき続けるストームクローク兵。

 だが健人は己の身を焼かれながらも、決して敵兵から離れようとしない。

 

「ぐ、いいいいいいい!」

 

 歯を食いしばりながら、健人は一心に身を焼く熱と振り下ろされる剣の痛みに耐える。

 守るために、壊されないために。

 

「もういい馬鹿! さっさと離れろ!」

 

 突然、健人はものすごい力で引っ張られた。

 引っ張り上げたのは、ドルマだった。

 彼が斬り合っていた敵兵は既に倒され、洞窟の端で躯を晒している。

 

「ドルマ……。リータは……」

 

「無事だ。それよりお前……」

 

 健人の姿を確かめたドルマが、思わず顔を顰める。

 

「ケント!」

 

 リータがあわてた様子で駆け寄ってくる。怪我をした様子はない。

 健人の胸に安堵が広がった。

 

「リータ、よかった……」

 

「馬鹿! あんた何やってんのよ! あんな、無茶……」

 

 リータの涙を浮かべた嗚咽交じりの言葉に、健人は苦笑を返すしかなかった。

 健人はここにいたり、ようやく自分の体を確かめた。

 そして彼は確かめて思う、ひどい有様だと。

 肩を始めとした、剣で斬られたことによる傷跡、全身を炎が舐めたことによる火傷。満身創痍と言うほかない状態だった。

 

「ケント、傷を見せてみろ……」

 

「おい、よそ者。使え」

 

 傷を見ようとしてきたハドバルを制し、ドルマが何かを放り投げてくる。

 とっさに受け取ったものを確かめてみると、それは回復薬が入った瓶。砦で手に入れたポーションだった。

 

「早くしろ。急いでヘルゲンから離れなけりゃならないんだ」

 

「あ、ああ。ドルマ、ありがとう」

 

「…………」

 

 礼を言う健人に対して、眉を一瞬ひそめると、背を向けて離れていく。

 相変わらず変わることがない拒絶の声色と気配。

 ドルマにとって、健人は相変わらず、心を許すような存在ではないらしい。

 それでも、こうして薬を渡してくれたことが、健人は嬉しかった。

 

「ほらケント、薬塗ってあげるから、服脱いで」

 

「あ、ああ、お願い……いっ!?」

 

 焦げた上着を脱ぎ捨て、火傷を負った体を晒す。

 炎に包まれたとはいっても、盾とストームクローク兵が、健人の体を守ってくれたおかげで、重篤というほどではない。

 引きつるような痛みが残っていることが、神経まで焼かれていないことの証左だ。

 それでも、リータが薬を塗りつけるたびに、刺すような痛みが健人を襲う。

 

「イタ! もうちょっと優しくしてくれよ」

 

「無理、あんな無茶したケントが悪いの」

 

 感情が焦燥から怒りに変わったのか、リータは健人の悲鳴を無視して乱暴に薬を塗りつけていく。

 健人は肌に広がるひんやりとした感覚にくすぐったさを感じていた。

 ある程度傷にポーションを塗った後、リータは残りを健人に手渡し、彼はそれを飲み干した。

 ポーションの効力が瞬く間に傷を癒し、痛みを取り払っていく。

 

「……ケント、ありがとね」

 

「家族、だからね……」

 

「……うん!」

 

 リータと健人、2人の焦燥と疲労の色はいまだに濃い。

 それでも、リータは、健人の言葉に束の間の笑顔を浮かべた。

 張り詰めるような戦場の中でのわずかな休息。しかし、その時間は、健人の心に小さな種をまいた。

 

“この残った家族を守りたい”

 

 その種がどのような実を結ぶかはわからない。

 だが今この時、スカイリムの中で、坂上健人は小さな、だが確かな一歩を踏み出した。

 

 

 

 



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第六話 リバーウッド

 洞窟を脱出した時、ヘルゲンを焼き払った黒いドラゴンが上空を通過したが、ドラゴンは健人達に気づくことなく、そのまま北西へと飛んで行った。

 その後、ヘルゲンを脱出した健人達は、その足でハドバルの故郷であるリバーウッドへと向かった。

 途中でオオカミなどの襲撃もあったが、ハドバルとドルマが特に問題なく撃退。

 リータと健人は戦いには参加していない。

 健人はまだ戦いには慣れていないし、リータは多少落ち着いたとはいえ、両親を失ったショックは未だに大きい。

 せめて、一息つける場所に行く必要があった。

 

「見えてきたぞ、リバーウッドだ」

 

「あれが……」

 

 リバーウッド村。

 ヘルゲンとホワイトランの中間に位置する村で、主に林業で成り立っている小村だ。

 村を挟むように切り立った山々が見下ろすこの村には外敵は少ないのか、外壁も村を囲むようなものではなく、せいぜいヘルゲン側の門の付近に申し訳程度に設けているくらいだ。

 村の中も穏やかな雰囲気に満ちており、災禍の影は微塵も感じられない。

 

「ここはまだ静かだな。いいか、お前たちはとりあえずホワイトランまで行くべきだ。今リバーウッドには満足な兵力は駐留していないからな」

 

 ハドバルの言葉に、健人は村を見渡してみる。

 平和な雰囲気に満ちた村なだけに、見回りをしている兵士の姿は見えない。

 ハドバルの言うとおり、先ほどのドラゴンが襲ってきたら、この村はほんの十分足らずで焼き尽くされるだろう。

 

「アルヴォア叔父さん!」

 

 ハドバルが誰かに向かって声をかけた。

 彼が声をかけたのは、正門の近くにある鍛冶場で鉄を打っている中年の鍛冶師。

 ノルドらしい大柄な体躯と、汚れたエプロン。茶色のひげを蓄え、顔を煤で汚している。

 アルヴォアと呼ばれた男性はハドバルを見ると目を見開き、手を止めて健人たちのそばに駆け寄ってきた。

 

「ハドバル!? ここで何しているんだ? 今は休暇中じゃないのか? いったい何が……」

 

「シー、頼むよ叔父さん静かにしてくれ。俺は大丈夫だから。とにかく、話は中でしよう」

 

「何事だ? それに、彼らは……」

 

「彼らは俺の友達だ。そして、命の恩人だ。ほら、全部説明するから」

 

 ハドバルはアルヴォアを促すように、彼を鍛冶場のそばにある家へと連れて行こうとする。おそらくは、その家がこの鍛冶師の自宅なのだろう。

 アルヴォアは怪訝な表情を浮かべているが、とりあえずハドバルに促されるまま、自宅の扉を開けた。

 

「みんな、悪いが叔父さんと話をしている間、宿屋で待っていてくれ。話をしたら、すぐに迎えに行くから」

 

 健人達へと振り返ったハドバルが、小さな袋を手渡してくる。

 ジャラジャラと音が鳴るその袋の中身を確かめると、いくらかのお金が入っていた。どうやら、このお金を使えというらしい。

 ハドバルの視線が、ちらりと健人の後ろにいるリータへ向けられる。

 さすがにヘルゲンでアストン達を殺された直後に比べれば幾分ましにはなっているが、両親を目の前で失ったリータの顔色は、未だ蒼白といっていい状態だった。

 さらに、ここまでの逃避行で、体力的にも消耗している。

 すこしでも、休める場所が必要だった。

 

「分かりました。それで、宿屋は何所に?」

 

「この通りをまっすぐ行った先だ。一際大きな建物で、スリーピングジャイアントって看板があるから、行けば分かると思う。宿屋に行ったら、とりあえずそのお金で少し食べておくといい」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「行くぞ。リータ、大丈夫か?」

 

「う、うん……。ありがとう」

 

 ハドバルがアルヴォアを伴い、扉の奥へと消えていくのを見送ると、健人達は言われた通り、宿屋へと向かった。

 村の中央を通る道をまっすぐ行くと、スリーピングジャイアントと刻まれた看板とともに、すぐに目的の宿屋は見つかった。

 扉を押して宿の中に入ると、ホールの中央で弾ける焚火が見える。アストンの宿屋と同じように、ホールを食堂と兼用しているようだ。

 そしてホールの奥に設けられたカウンターに、宿屋の亭主と思われるノルドの男性がしかめっ面を浮かべながら帳簿を書いている。

 

「すまん、店主。少しいいか?」

 

 ドルマが帳簿を書いている男性に声をかける。

 呼ばれた男性はドルマを一瞥すると、再び帳簿をつけ始めた。どうやら、歓迎されていない様子である。

 

「今はだれも泊めていない。それと俺は店主じゃねえ」

 

「店主じゃなかったんだ……」

 

「それに、だれも泊めていないって……」

 

「店主は用事があって出ている。俺は店番だが、その間は宿屋としてはやっていない。食堂としてならやっているから、寝たければそこら辺の椅子にでも座って寝てろ」

 

 無言のまま拒絶の意思を醸し出す店番にリータと健人は困ったように顔を見合わせる。

 

「……とりあえず、俺達はハドバルさんからここで待つよう言われたんだ。食堂としてやっているなら、とりあえずこれで食べられるものを出してくれ」

 

 ドルマがカウンターの上に、ハドバルから渡された硬貨をばらまく。

 店番の男はドルマをジロリと一瞥すると、店の奥へと消えていった。

 

「おいよそ者、お前はリータとテーブルで待ってろ」

 

 ジロリと睨みつけるような視線とともに、ドルマが手を振って健人を追い払う。

 相も変わらず、邪魔者を見るような視線。どうやらドルマは、未だに健人のことを認めてはいないようだった。

 洞窟で回復薬を渡してくれたことから、少しは認めてくれたのかと思っていた健人だが、以前と変わらぬドルマの態度に、少し落胆してしまった。

 

「あ、ああ。行こう」

 

 リータを促し、二人は近くにある席に腰を下ろす。

 

「……」

 

「……」

 

 無言のまま、重苦しい空気が二人の間に流れる。

 しばらくするとリータが唐突に、健人の服の袖を掴んできた。

 

「ねえ、ケント、どうしてかな?」

 

「え……」

 

「どうして、お父さんとお母さんは死んじゃったのかな……」

 

“それは、あのドラゴンが……”

 

 そう言おうとした健人だが、彼の口は糊で固めたように全く動かなかった。リータの顔に張り付いた能面のような無表情を目の当たりにしたからだ。

 

「なんで、どうして……」

 

 ブツブツと独り言のように、疑問を口にし続けるリータ。

 アストンとエーミナを失った直後は強烈なショックによって感情が高ぶっていたが、こうして落ち着ける場所に来たために、受けたショックが和らぎ、心が逆に不安定になりかけているのだ。

 なぜ両親が死んだのか。どうして自分は生きているのか。生きてしまったのか。

 受け入れ切れない現実が心身の許容量を超えてしまったために、答えが出ないまま、単純な疑問だけが脳裏によぎり続けているのだ。

 いや、その疑問の原因は分かっている。だが、感情が未だに両親の死を認めようとしていないのだ。

 

「リータ……」

 

 何を言えばいいのだろうか。どんな言葉をかけてあげればいいのだろうか。

 健人の脳裏にもまた、答えの出ない疑問が浮かび続ける。

 誰かの死を目の当たりにした時の経験は、健人にもある。彼は幼い頃に母親を亡くしているからだ。

 原因は病死。癌だった。

 気がついた時には手遅れで、全身に転移した癌細胞に侵され、健人の母は若くしてこの世を去った。他者など一切かかわる余地のないことが原因で。

 だから健人は、リータの気持ちも幾分か理解できた。

 大切な人の死を受け入れられないために、何かに理由を求めずにはいられない、その感情を。

 だが、健人にはリータに対して、提示する答えは持っていなかった。なぜなら、彼も母親を亡くした時に、その答えを提示されていないからだ。

 そもそも、答えを提示されても、納得などできない。

 癌だから、病気だから。理屈は分かっても、心が受け入れるかは別である。

 受け入れられなかった母親の死は、結果的には時間と、その後の生活が解決してくれた。

 母を亡くしても父は働かない訳にはいかず、家族が一人少なくなったことで増えた負担は、家事という形で健人が少しずつこなしていった。

 そうして忙しく過ごしていく内に、脳裏に浮かんでいた疑問は自然と消えていった。

 だから、健人はリータの問いかけに答えを出せない。ただ時間が解決してくれることを待つしか、彼は解決法を知らないから。

 

「…………」

 

 ただ、縋りついてくるリータの手をぎゅっと握り締める。少しでも、彼女の悲しみが紛れる事を願いながら。

 

 

 

 

 

 

 しばらくの間、健人の裾を握りしめていたリータだが、数分も経つと気持ちが落ち着いてきたのか、ようやく自分の状態を把握できるようになってきた。

 

「ご、ごめんねケント、ちょっと気持ちが落ち込んじゃってた」

 

 パタパタと手を振りながら、慌てた様子で健人から離れる。

 普段姉ぶっているからなのか、リータの頬は恥ずかしさからほんのり紅に染まっている。

 

「気にしなくていいよ、家族だからね」

 

「……うん」

 

「それに、リータが弱みを見せるのは今に始まったことじゃないからね」

 

「う……ん?」

 

「森の動物たちを仕留められるくらい運動神経抜群なのに、料理を運ぼうとすると必ず転ぶところとか、膝が破れたズボンを縫おうとして、膝裏の生地まで縫いつけちゃったりとか……」

 

「ちょ、ちょっとちょっと!」

 

「仕舞いには、店に出す予定のシチューを勝手にアレンジして食べたら、体が麻痺して緊急搬送されたりしたよね。具材はたしかカニスの根と……」

 

「キノコ……ってその話はもういいでしょ!」

 

 普段はその類まれなドジ加減から、リータは家事をする事がないが、時折衝動的に自分から家事をしようとする時がある。

 内心抱えるコンプレックスからか、それともノルド特有の負けず嫌いからなのか、その度に失敗を繰り返す彼女だが、時折とんでもない大失敗を犯す時もある。

 この麻痺シチュー騒動時もそうで、この時リータが使ったキノコは木椅子のキノコと呼ばれているものであり、錬金術で精製すれば立派な麻痺薬になるキノコであった。

 しかもこのキノコ、生成する手法と材料によっては麻痺だけでなく、全身を犯す猛毒も生成できる立派な劇物である。

 用法容量を正しく守り、きちんとした錬成ができる錬金術師なら、治癒の薬も生成できるが、上記のとおり劇物としての側面が強すぎて、治癒薬として生成する錬金術師はほとんどいないらしい。

 そんなものを使って作ったシチューを食べれば、結果は火を見るより明らか。死ななかっただけ御の字である。

 ちなみに、リータがなぜそんな代物でシチューを作ろうと思ったのかといえば、狩りから帰ってきてたまたま作り置きしていたシチューを見てしまったことが理由らしい。

 ちょっと隠し味のつもりで材料を追加し、一煮立ちさせて味見をしたら……というわけである。

 その作り置きしていたシチューは宿のお客に出すためのものだっただけに、厨房を管理していたエーミナの雷は凄まじいものだった。

 その時のことがよほど堪えているのか、その話をすると今でもリータは涙目になる。

 

「……おい、食い物、貰ってきたぞ」

 

 その時、ちょうどいいタイミングで、食事を持ったドルマが戻ってきた。

 手には固い黒パンとチーズを乗せた皿を持っている。

 

「あ、ありがとうドルマ! さ、食べよっか!」

 

「ああリータ、俺の分!」

 

 リータは恥ずかしさから逃げるようにドルマの手から皿を奪い取ると、健人の分はないといわんばかりに、乗せてあったパンとチーズを勢いよく頬張りはじめる。

 

「むぐむぐむぐ……べー! 意地悪な弟の分なんてありませ~ん!」

 

「子供か!」

 

「子供じゃありませ~~ん! お姉ちゃんで~~す!」

 

「弟の食事をぶんどるとは……。なんてひどい姉だ」

 

「…………」

 

 じゃれ合いをしている健人の横から、ドルマがジロリと睨み付ける。

 

「な、なにか?」

 

「別に……」

 

 ジト目で睨み付けてくるドルマに若干及び腰になる健人。

 相も変わらず健人に対しては厳しい態度をとっているが、リータとじゃれていたせいか、その視線もいつもよりキツい。

 その時、ギィ……と宿屋の扉が開かれたかと思うと、ドシャリと何かが落ちる音がホールに響いた。

 

「ん?」

 

 健人が何事かと視線を扉へ向けてみると、そこには泥だらけの塊があった。

 先ほどの音は泥塊の一部が床に落ちたもので、よく見れば石床に落ちた土のかけらがある。

 しかも、この土塊はただの土塊ではない。それはよく見ると土塊の下は無数の毛が生えており、もぞもぞと動いている。

 そして真っ黒な毛玉の奥からキラリと光る二つの瞳が覗いていた。

 

「「「…………」」」

 

 これがホラー映画なら、この後飛び込んできたクリーチャーに主人公たちが襲われること間違いないなしのシチュエーション。

 リータと健人は緊張からごくりと唾をのむ。

 そしてドアを開けた泥毛玉クリーチャーが動いた。

 

「ケントーーーーーー!」

 

「うおあああああ!」

 

 飛び込んできたクリーチャー(仮)は何故か健人の名を叫びながら、一直線に突撃し、彼を床に押し倒す。

 よく見ると飛び込んできたクリーチャーは怪物ではなく、健人がよく知る獣人、カシト・ガルジットだった。どうやら彼も、あのドラゴンから生き延びることに成功したらしい。

 再会できたことがよほど嬉しかったのか、カシトは万力のような力で健人を抱きしめ、頬擦りを始める。

 

「ケント、ケント! 生きてたんだね、おいら感激だよ~~!」

 

 拘束から逃れようと必死にもがく健人だが、兵士であり、優れた身体能力を持つカジートでもあるカシトの抱擁はまるでびくともしない。

 そして逃走中にカシトの体にこびりついたありとあらゆる汚物が、頬擦りとともに健人の身に降りかかる。

 ゾリゾリドロドロベチャベチャ。

 擦り付けられ、まき散らされる汚物の臭気に当てられた健人が絶叫を上げた。

 

「ぎゃあああ! 放せ! 泥と雪と涙と汗と鼻水がーーーーー!」

 

 悲鳴を上げる健人を他所に、ドルマは食事の乗った皿を手に即座に撤退。リータは呆然としたまま動けないでいる。

 そして騒がれている宿屋の店番は眉をひそめつつも健人たちには関わる気がないのか、傍観したままだった。

 

「おーい、リータ、ドルマ、ケント……って、なんでここにカシトがいるんだ?」

 

 ちょうどアルヴォアと話し終えて健人達を迎えにきたハドバルが宿屋に入ってきた。

 彼は混沌としている宿屋の惨状にため息をつくと、無言でカシトの脳天に拳を叩き落とした。

 

 

 

 

 



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第七話 覚悟の再認識

 宿屋でカシトの再会の抱擁を受けた健人は、迎えに来たハドバルと一緒に、彼の叔父であるアルヴォアの家へと戻った。

 ハドバルが話した事情を聞いたアルヴォアは、健人達を快く迎え入れてくれた。

 テーブルの上には蜂蜜酒と、アルヴォアの妻が用意した料理が並べられていた。

 焼いたパンに、湯気の立つ鹿肉のスープ、皿の上にはみずみずしい野菜と鹿肉とサケのステーキと、ボリュームも満点。

 宿屋で出された食事は簡素なもので量も少なかったことから、健人達には大変ありがたいものだった。

 

「あらためて、俺はアルヴォア。ハドバルの叔父だ。事情は甥から聞いたよ。ずいぶん世話になったな」

 

「いえ、俺達の方こそ。ハドバルさんがいなかったら、間違いなくヘルゲンでドラゴンに殺されていました」

 

「それはハドバルも同じだろう。信じられないような話だが、ハドバルの言うとおり伝説の獣が復活したのなら、生きていられただけで奇蹟だ。奇蹟なのだろうが……」

 

 何か言いたそうな表情で、アルヴォアはテーブルの傍に居る人物に目を向ける。

 

「いやー、おいらも本当に死ぬかと思ったよ、ハグハグ……」

 

 アルヴォアの視線の先にいたのは、気安い声で皿に盛られたサケのステーキにかぶりつくカシトだった。

 彼は宿屋で健人達と再会した後、彼の体にしがみついたまま、このアルヴォアの自宅までついて来てしまっていたのだ。

 ちなみに、彼の頭には握りこぶし程の大きさのタンコブが出来ている。

 

「……なんでこの猫野郎がここにいるんだよ」

 

「ひどい! おいらだって命からがらこの村にたどり着いたのに!」

 

 勝手についてきたカシトに対して、ドルマが辛辣な言葉を投げかける。

 一方、邪魔者扱いされたカシトは悲壮感たっぷりな叫びを上げ、滝のような涙を流している……ドロドロの汚物にまみれたまま。

 なんとこの猫獣人、体を洗わないままアルヴォアの家に押しかけ、いの一番にテーブルの上にあった料理に飛びついたのだ。

 

「いやまあ、カシトのいう事も分かるけどね……」

 

 確かに、必死の思いでこの村にたどり着いたことは分かる。空腹にあえいでいたことも理解できる。健人も彼と再会できたことは内心嬉しかった。

 しかし、健人としてはこのカジートに対して、もうちょっとこう空気というか、間というか、遠慮というものがないのだろうかと内心思わずにはいられなかった。

 

「カシト、せめて体くらい洗ってきなよ。まだドロドロなんだから……」

 

 健人は渡された布で服に付いた汚れを拭きながら、それとなく苦言を述べるが、カシトは相変わらずガツガツとステーキに食いついており、話を聞く様子が全くない。

 健人は仕方なく、その手を振り上げ、タンコブができているカシトの脳天目がけて振り下ろす。

 

「ギャン!」

 

 仕方ないから実力行使。

 かつて、彼がアストンの宿屋で丁稚奉公していた時に迷惑をかけられていたためか、健人もカシトに対しては遠慮がない。

 

「うう……。誰か、おいらに優しさをください……」

 

 さめざめと泣きながら蹲るカシト。その姿に、健人は妙に罪悪感が湧いてくるのを感じていた。

 一方、突然押しかけられた側のアルヴォアは溜息を吐くと、スッと親指で家の裏を指さした。

 

「いいから、さっさと裏の川で体を洗って来い。終わったら飯は食わせてやる」

 

「イエッサー!」

 

 アルヴォアの言葉に0.1秒で返答し、カシトは風のように飛び出していく。

 そんなカシトの姿に、ドルマは厳しい視線を向けている。

 そこには明確な蔑視の感情が見て取れた。

 

「いいのか? カジートのアイツを家に入れて」

 

 カジートはスカイリムにおいて、ノルド達にはあまり歓迎されていない。

 もっと言えば、忌避されているといってもいいだろう。

 これはノルドの閉鎖的な気質もあるが、カジート側にも原因がある。

 カジートはタムリエル南方のエルスウェアと呼ばれる地方に根付いている種族だ。

 一面砂漠地帯のエルスウェアでは、タムリエル大陸でも一風変わった産物が多く、カジート達は商人としてその産物を持ちこみ、タムリエル各地を巡って商売をしている。

 ただ、種族としてかなり大らかで適当なのか、法というものをあまり遵守しないカジートもいるのだ。

 また、カジートは嗜好品として、ムーンシュガーという品を好んで舐めるが、これは人間には強い幻覚作用と依存性があり、危険視されている代物だ。

 カジートにはただの嗜好品でも、人間には危険物に間違いないため、取り締まられるが、一方のカジートは生来の気質から気にせず都市内にムーンシュガーを持ち込んで食べる。

 さらにムーンシュガーを精製するとスクーマと呼ばれる強力な麻薬が生成できるが、カジートの中にはこのスクーマも都市内に持ち込もうとする者がいるため、閉鎖的なノルドと衝突することは必定だった。

 健人もヘルゲンのアストンの宿で働いていた時に、カジートに対するノルドの意見というのは耳にしている。

 何とも言えない居心地の悪さを感じながら、健人は頬を掻いた。

 

「まあ、カシトも俺たちも、生き延びられたのは奇跡なんだし、今回は別にいいさ……」

 

 ドルマが漏らした苦言に答えたのはハドバルだった。

 彼はアルヴォアと視線を交わすと、苦笑を浮かべながら肩をすくませる。

 実際、健人達がこうして生きのびることができたのは、まさに奇跡と言えた。

 軍事や兵法などは無知の健人だが、漆黒のドラゴンを迎撃した時の帝国兵の動きは整然としており、組まれた隊列も一糸乱れぬものだった。

 歩兵だけでなく、弓兵や魔法兵の練度も高く、上空を飛翔するドラゴンにも、的確に攻撃を当てていた。

 だが、それでもかのドラゴンにはかすり傷一つつけられなかった。

 ドラゴンは人間の抵抗など毛ほども気に留めず、天から絨毯爆撃のような隕石群を召喚してヘルゲンを文字通り灰にしてしまった。

 

「おじさん、俺は帝国軍に戻らなければいけない。そのためにもソリチュードに行く。この事態を収められるとしたら、それはテュリウス将軍だけだろうから」

 

 帝国兵であるハドバルとしては、自軍と合流しようとすることは当然の行動である。

 アルヴォアもハドバルの言葉を聞いて、納得したように頷く。

 

「そうか、君たちはどうするんだ?」

 

 アルヴォアが次に目を向けたのは、身寄りがなくなった健人達だった。

 ヘルゲンで家を焼かれた彼らにはいく場所がないのだ。

 実際、健人達3人は困り果てたようにうつむいている。

 

「……分かりません。これからどうしたらいいのか」

 

 その様子を見て、アルヴォアは沈痛な表情を浮かべた。

 

「まいったな……。俺たちもあまり余裕はないしな」

 

 彼らをリバーウッドで受け入れようにも、冬の間に蓄えていた食料をはじめとした消耗品はほぼ底をついている。

 今でこそ林業の村としてそれなりの生活をしているが、この村とて元々余裕があったわけではないのだ。

 それに、帝国軍の拠点であるヘルゲンが落ちたのなら、その近くにあるこの村とて、今は安全とは言い難い。この村には駐留している兵がほとんどいないからだ。

 とはいえ、このまま健人達に何も解決手段を提示しないまま放り出す気はアルヴォアにはなく、代替案は考えていた。

 

「身の安全を考えるなら、ホワイトランへ行くべきだろう。あそこはスカイリムで有数の大都市だし、ヘルゲンよりも守りはずっと強固だ。それに大きな町だから、人の集まる宿に行けば、日雇いの仕事もあるだろう」

 

 ホワイトランはスカイリムの中でも最大級の都市であり、極めて重要な交通の要衝だ。

 スカイリムのほぼ中心にあり、街道がスカイリムの各ホールドへと延びている。

さらに周囲にはこの寒冷な土地にしては肥沃な穀倉地帯もあり、気候の厳しいスカイリムの中において、季節を問わず人が行き交っている。

 人が行き交えばそこには仕事が生まれ、経済は潤い、さらに人が集まるという循環が生まれる。

 そんな土地ならば、確かに日雇いの仕事くらいは何とかなりそうだった。

 アルヴォアの意見に、ハドバルが頷く。

 

「そうだな、それに、俺もホワイトランには寄るつもりだ。ソリチュードまで行くには準備が必要だし、ホワイトランのバルグルーフ首長にもドラゴンの復活については伝えないといけない」

 

「ハドバル、すまないが、その時に首長に兵をこの村に寄越してくれるよう頼めるか?」

 

「もちろん。話はしておくよ」

 

「ありがとう」

 

「すみませんハドバルさん。またお世話になります」

 

「いいさ、気にすることはない」

 

 ドルマがハドバルに礼を言うが、ハドバルは気にするなというように手を振った。

 順調に進んでいく話し合いだが、何か懸念があるように、唐突にアルヴォアの表情が曇った。

 

「だがハドバル、大丈夫なのか? お前は帝国兵だ。バルグルーフ首長は帝国に完全に恭順したわけじゃないが……」

 

 今現在、スカイリムは帝国軍とストームクロークによる内乱状態だが、ホワイトランは中立という立場をとり、そのどちらにつくか、明確な答えを出していない。それは同時にどちらの勢力からの介入も防がなければならないということだ。

 そんな地に一介の帝国兵が行き、その地の統治者に会うなどといえば、どのようなことになるか想像に難くない。

 最悪の場合、有無を言わさず殺される可能性すらある。

 だが、ハドバルは心配ないというように笑みを浮かべた。

 

「大丈夫だろう。バルグルーフ首長は聡明な方だ。街の統治は行き届いているし、大事の前に小事を気にする方じゃない。そうでなければ、帝国軍とストームクロークの間で中立を保ち続けるなんて不可能さ」

 

 中立を選択するということは、一見楽そうな立場をとっているように見えるが、実はとんでもなく困難な選択なのだ。

 中立ということは対立している二勢力のどちらかが攻め入ってきた場合、自力のみで対処しなければならないということ。

 特に、対立する二勢力より力が劣っている場合は最悪だ。そしてホワイトランの総力は到底帝国軍、ストームクロークに及ばない。

 攻められて敗北すればすべてを奪われるし、もう一方の勢力に助力を求めれば、今まで中立という立場を標榜しただけに信用されづらく、何を要請するにしても足元を見られるのは確実である。

 それでも中立を保ち続けることができるのは、ホワイトランという土地の重要性だけでなく、統治者の能力も優れていることの証左だ。そうでなければ、とっくに帝国軍かストームクローク、どちらかの勢力下に置かれていただろう。

 アルヴォアもハドバルの言葉に納得したのか、再び笑みを浮かべて立ち上がった。

 

「じゃあ決まりだな。必要なものはあるか? こう見えてもこの村唯一の鍛冶屋だからな。必要なものは持って行っていいし、色々と道具は揃っているから好きに使ってくれ。必要があるなら、外の鍛冶場で俺が作ってやってもいい」

 

「い、いいんですか?」

 

 リータが驚いた声を漏らすが、アルヴォアは口元の笑みを深めながら、テーブルの上の蜂蜜酒を呷った。ノルドらしい豪快さだ。

 

「いいに決まっているだろ。さっきも言ったが、甥の恩人なんだ。遠慮はいらないぜ。まず初めは、そこの黒髪の兄ちゃんからかな」

 

 アルヴォアに指差された健人が、驚きの声を上げる。

 

「え、俺ですか?」

 

「ああ、一番時間がかかりそうだから、俺が手ずから揃えてやるよ。ついてきな」

 

 そういいながら、アルヴォアは家の外にある火事場へと向かっていく。

 

「え、ええっと……」

 

「ケント、遠慮する必要はない。見繕ってもらえ」

 

「は、はい!」

 

 一方、健人はどうしたらいいのか迷っている様子だったが、ハドバルに促され、アルヴォアの後を追って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルヴォアは鍛冶屋であるだけに、仕事場は自宅のすぐ隣に建てられている。

 鍛造を行うための大きな火床が作業場の中央に設けられ、火床には空気を送るための送風機も取り付けられている。

 火床のそばには金床、テーブル、砥石、皮のなめし台が置かれ、テーブルの上には金槌などの道具、なめした皮やインゴットなどの原材料だけでなく、鉄製の農具や装具等も置かれている。

 

「さて、必要なのは体を守る鎧とか外套とかだが……兄ちゃんの体つきから見るに、鋼鉄とかの重装鎧は向かないな。だとしたら革の軽装鎧だな」

 

 ハドバルは既に出来ている革製の鎧を手に取ると、健人の体に合わせて大まかな採寸を行い、余った布地の部分を手早くナイフで革を裁断していく。

 裁断した革の軽装鎧は切った部分を素早く針と糸で縫い合わせ、さらに肩や胸部などの重要な部分には革を重ね、その隙間に金属の板を入れていく。

 鎧の構造としては、主材を革として、一部に金属を使った軽装鎧になりそうだ。

 その手には迷いは一切なく、それだけで彼が熟練の鍛冶師であると同時に、一流の仕立て屋であることを窺わせた。

 

「どうして革と革の間に金属板を?」

 

「兄ちゃんは戦いの経験は無いし、ノルドじゃないだろ? 少しでも守りは堅い方がいいし、ノルドじゃないやつにこの土地の寒さは堪える。冷えた金属は体温を奪うから、皮で包んで板が冷えづらいようにしているのさ」

 

 形の合わない金属板は火床で熱し、金槌や砥石を使用して手早く形を整えていく。

 あっという間に形になっていく鎧を前にして、健人は感嘆の声を漏らしながらも、ジッとアルヴォアの作業を見つめていた。

 元々鎧自体の型は出来ていたこともあるが、作業自体は一時間もたたずに完了した。

 健人はアルヴォアから手渡された革の軽装鎧を身に着けてみる。

 鎧はしっくりと彼の体にフィットし、手足を曲げてみても不自由は感じられなかった。

 

「すみません。態々用意していただいて……」

 

「さっきも言ったが、遠慮はいらない。甥が世話になったみたいだしな」

 

 さらにアルヴォアは革製の兜と腕当て、ブーツを取り出し、健人の頭の大きさに合わせていく。

 その手さばきもやはり鮮やかで、流れるように次々と兜の形が整えられていく。

 

「いえ、俺たちの方が、ハドバルさんにはお世話になりっぱなしで、俺は大したことは……」

 

「そんなことないさ。ハドバルから話は聞いている。ストームクローク兵2人を倒したんだろ? 大したものさ」

 

「それは、偶然で……」

 

 実際、健人がストームクローク兵を倒せたのは偶然だろう。

 偶々突進した兵が倒れ、偶々近くにあった油樽が倒れ、偶々近くにあったカンテラで炎に巻き込めたに過ぎない。

 

「偶然かもしれんが、初めての戦場で一歩踏み出せる奴はそういない。君が戦ってくれたおかげで、ハドバルに向かうはずだった危険は少なくなったんだ。誇ってもいいと思うぞ」

 

「…………」

 

 彼と同じ同胞であるノルドを殺したことについて、アルヴォアが気にする様子は見受けられない。

 色々と気を使ってくれているアルヴォアだが、その性根はやはりノルドらしい果断で勇猛さを重んじるものだった。

 一方、健人は自分が人を殺したという実感を、今更ながら覚えていた。

 激情のままにストームクローク兵を押し倒し、焼き殺した時の感覚が蘇る。

 舐めるように体にまとわりつく炎と激痛、そして耳に残る悲鳴と、鼻に付く血の通った生肉の焼ける匂い。

 気がつけば、健人の手足は自然と震えていた。

 

「さて、鎧の他は剣と盾だな。まあ使うとしたら、片手剣と盾が妥当なところだが……兄ちゃんの技量から考えて、基本的に自分から相手を倒そうと考えない方がいいな」

 

「あ、あの……」

 

「兄ちゃんが何所の生まれで、今までどうやって生きてきたのかなんて知らん。その指を見れば、今まで戦いとは無縁の坊ちゃんだったことは分かる。だが、いい加減覚悟を決めておけ」

 

「っ……!」

 

「もう“初めて”は終わらせたんだ。慣れることだ。戦う事に、命を奪う事に、殺し、殺されることに。生きて、あの嬢ちゃんを守りたいならな」

 

 ここは平和な日本ではなく、公然とした力の支配がまかり通るスカイリム。

 生きるためには、時にはそれが獣であれ人であれ、自らの手で他の命を奪う必要すらある異世界だ。

 アルヴォアの突き放すような言葉に、健人は自然と肩を震わせた。

 分かっているはずだった、理解したはずだった、この世界の現実を。

 決断したはずだった。“残った家族を守りたい”と。

 だが、体に染みついた日本人としての感覚は“戦いと死こそ武勇であり栄誉”というノルドの矜持と、この異世界の現実を簡単には受け入れてくれない。

 健人は懊悩を払うように、革の腕当てをギュッと握りしめた。

 

「それから、これもあげよう」

 

 アルヴォアは手早く他の装具の調整を終わらせると、無言の健人の前に何かを差し出す。

 それは、木製の弓と数本の矢が入った矢筒だった。

 

「弓矢ですか? 実は使ったことがなくて……」

 

「使い方は連れの女の子から教わるといい。少しでも、生きるための手段は持っておくべきだ」

 

 懊悩する健人を前にして、アルヴォアが示すものは戦う手段のみ。

 人を殺したことに対する答えは何も言わない。そのような割り切りは、他者が介入する余地はない。本人が、自分で何とかするしかないと理解しているからだ。

 出来ないのなら死ぬだけ。肉体が死ぬか、心が死ぬか。そこにノルドとしていう事はないのだ。

 彼としてはノルドとして、初めての戦場で甥と共に戦って武勲を上げた青年を祝い、礼を尽くしているだけだった。

 

「こんなところだろう。装具の手直しの仕方も教えておくよ。場合によっては鍛冶の道具も必要になるだろうから、その辺りもな」

 

「……ありがとうございます」

 

 未だ懊悩は消えず。しかし、健人は既に行動してしまっている。生きるため、守るために他者の命を奪ってしまっている。

 なら、やるしかないじゃないかと、健人は胸の奥で何度も何度も繰り返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜も更けた頃の宿屋スリーピングジャイアント。

 人気のないホールの中、店番のオーグナーは灯される暖炉の火を明かりに本を読んでいた。

 その時、ギイッと入口の扉が開かれる。

 入ってきたのは革の軽装鎧を身にまとい、体を覆う外套で頭まですっぽりと覆った人物。

 体格的には女性だろうか。

 腰には護身用と思われる片手剣を差し、一見すれば、旅人のように見える。

 だが入店してきた人物が持つ片手剣はなだらかな反りがあり、柄もノルドや帝国軍がよく使う片手剣とは違い、両手でもしっかりと保持できるようになっている。

 さらに鍔には蛇が絡みついたような特徴的な拵えがあり、一見して普通の剣とは違う雰囲気を醸し出している。

 さらにこの来店者が持っているのは、布で包まれた板状のなにか。一見しても、普通の行商が扱うような商品には見えない。

 何より、この人物から醸し出されるまるで抜身の刃のような冷たい剣気が、女性をただの旅人とは一層異なるものとさせていた。

 夜遅くに訪れた突然の入店者。気難しい店番なら、ここで文句の一つでも言うかと思われる。

 しかし、店番のオーグナーは、彼女に対して健人たちに向けた憮然とした視線ではなく、どこか親密さを窺わせる目を向けていた。

 

「お帰りデルフィン。用事は終わったのか?」

 

「ただいまオーグナー。ええ、しっかりとね」

 

 デルフィンと呼ばれた女性が、外套を脱ぐ。

 外見的には40歳半ばだろうか。小じわの刻まれた白い肌に、結わえた金髪と鋭い瞳が特徴的な女性だった。

 デルフィンは持っていた包みを近くのテーブルに置くと、テーブルの上の水差しをとり、中身を煽った。

 ゴクゴクと、水を嚥下する音が爆ぜる薪の音にまぎれてホールに響く。

 

「それで、首尾はどうだったんだ?」

 

 オーグナーの問いかけに、女性は水を飲みながら、問題ないというように手にした包みを掲げる。

 

「見てのとおりよ。それから、ブリークフォール墓地にいた盗賊がこんなものを持っていたわ。多分、あの雑貨屋のものだから、あなたから返しておいて」

 

 布に包んだものとは別に、女性は懐から何かを取り出してオーグナーの前に置いた。

 それは金色の金属でできた、獣の鉤爪のような形状をしていた。

 元々この村の雑貨屋に置いてあったものであり、つい最近、盗賊に盗まれたものだった。

 

「いいけど、お前が行くべきじゃないか? 持ち帰ったのはお前だろ?」

 

「悪いけど、すぐに出かけることになるわ。オーグナー、またしばらくお店をお願いね」

 

「ああ、分かった。それから、なんだかドラゴンが復活したとかいう噂が出ているみたいだが、見たか?」

 

 ドラゴン。その言葉を聞いた瞬間、デルフィンの目の端が釣り上がった。

 

「……ええ、ヘルゲンの方から飛んでいくのが見えたわ」

 

「そうか……。何だか物騒になりそうだから、気を付けろよ」

 

「ええ、分かっているわ」

 

 手を振ってオーグナーに答えると、デルフィンはテーブルに置いた包みを無造作に持って宿屋の奥へ進む。

 彼女は主寝室を訪れると、部屋に備え付けてある箪笥の奥のスイッチを押す。

 すると、箪笥の奥の板が下りて、地下へと続く階段が姿を現した。

 デルフィンはそのまま、迷うことなく地下へ通り、秘密の部屋のテーブルに持ってきた品を置くと、ゆっくりと包みを解いた。

 包みの中にあったのは、五角形の石版、牙をもつ爬虫類の頭を思わせる意匠が施された、古い品だった。

 石板の裏には三本の爪でひっかいたような形の文字が刻まれている。

 それはある人物から頼まれていた依頼品。ホワイトランのドラゴン好きな宮廷魔術師に頼まれた古代の遺品だった。

 デルフィンは棚から一枚の大きな紙を取り出して遺品に押し当てると、上から炭をこすりつけて、遺品に刻まれた文字を写し取っていく。

 

(私達にも関係するものだったから依頼を受けたけど、その帰り道でまさか“あの伝説のドラゴン”を目の当たりにするなんてね……)

 

 紙に遺品の文字を写し終わったデルフィンは、古代の遺品の裏に刻まれた文字を指でなぞりながら、飛び去っていった漆黒の竜を思い出す。

 甦った伝説の獣。

 その存在は、彼女自身が今まで生きてきた意義が、間違いなく正しいものであるということの証明であった。

 蝋燭に照らされたその背中には、言いようのない緊張感と戦意が溢れていた。

 



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第八話 ホワイトランでの別れ

 アルヴォアの家で一晩泊めてもらった健人達は、翌日の早朝にリバーウッド村を発った。

 ハドバルとしてもアルヴォアとしても、一刻も早くドラゴン復活の報をホワイトランの首長に届ける必要があったからだ。

 ドラゴンの姿を見たという話は、リバーウッド村でも噂として流れ始めていた。

 まだ信じていない人の方が圧倒的に多いが、現実として襲われてからでは遅すぎる。

 リバーウッド村を出発した健人達は、村の北側に架かる橋を渡り、一路ホワイトランを目指す。

 そして川に沿って北上し、滝に面した街道を下っているときに、狼の群れに襲撃された。

 

「ガウウ!」

 

「ぐっ! この!」

 

 跳びかかってきた狼の身体を盾で受け止め、同時に剣を突き出す。

 突き出した剣の切っ先は狼の脇腹へと吸い込まれ、上手い具合に肋骨の隙間を通って内臓に突き刺さる。

 

「ギャン!」

 

 悲鳴を上げた狼が暴れるが、健人はそのまま盾越しに狼にのしかかり、全体重をかけて剣を押し込む。

 狼は必死に抜け出そうと暴れるが、その抵抗が逆に内臓をさらに傷つけ、致命傷となる。

 抵抗していた狼の動きが弱まり、完全に動かなくなると、健人はゆっくりと体を起こし、剣を引き抜いた。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 荒い息を吐きながら周りを見ると、他の狼はすでに掃討されていた。

 首や胴体を切り落とされ、眉間を射貫かれた狼の死体が散乱している・

 倒したのは、ハドバルとカシトが4匹ずつ、ドルマとリータが3匹ずつだ。

 4人とも特に息を乱した様子はなく、淡々としている。

 帝国軍兵として訓練を受け、戦士として優れたハドバルは当然として、やはりドルマとリータもまた、ノルドとして誇れるだけの技量をもっていた。

 意外だったのが、普段お調子者で屈強さとは無縁のよう見えるカシトが、ハドバルと同じくらいの数の狼を倒していることだった。

 帝国軍の革の鎧をまとい、両手に武骨な短剣を持ったカシトはカジート特有の敏捷な動きで、狼達を手早く処理していた。

 

「ケント、大丈夫?」

 

「あ、ああ、大丈夫だよ……」

 

 心配そうな表情を浮かべたリータが、健人の顔を覗き込んでくる。

 昨日まで明らかに憔悴した様子を見せていたリータだが、今では昨日程動揺した様子は見せていない。

 内に秘めた悲壮感を押し殺しているのだろうが、それでも狼相手に見事に立ち回る彼女の姿は、現代日本人よりもはるかに死が身近にあるノルド達の逞しさを健人に感じさせた。

 同時に、リータが健人に向けている愁いを帯びた視線に、彼は何とも言えない口惜しさを覚えていた。

 自分が残った家族を守りたいとは思っても、今の自分は到底誰かを守れるような存在ではない。逆に誰かに守られなければ、生きていけない弱々しい存在であると、見せつけられているような気がしたからだ。

 一方、彼女の幼馴染のドルマは、ケントに対しては相変わらずどこか忌避しているような視線を向けてくる。

 その変わらない視線に健人はさらに気持ちが沈みそうになるが、皮肉に満ちた言葉を口にしてこないだけマシだと思い直す。

 

「見えてきたぞ、ホワイトランだ」

 

 ハドバルの声に、健人は視線を上げた。

 広い平原の真ん中にポツンと存在する山塊。霧がかったその山肌に、重なり合うように建てられた建物が一大都市を形成していた。

 山の頂には大きな城が築かれており、雲の衣と日の光を浴びて輝いている。

 

「あれが、ホワイトラン……」

 

 まるでおとぎ話に出てくる天空の城を思わせる景観に、健人はため息を漏らす。

 スカイリム最大の交易都市、ホワイトラン。その地はもうすぐそこだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホワイトランは周囲を石壁と断崖で囲まれた天然の要害であり、都市内部に入るには正門を通るしかない。

 平野に広がる穀倉地帯を抜けて、厩の前を通り、石造りの街道を進む。

 健人とハドバルたちが正門にたどり着くと、黄土色のキュイラスを身にまとった衛兵が立っている。

 ホワイトランの衛兵は健人達に気づくと、小走りに近づいてきて声を張り上げた。

 

「止まれ! 街はドラゴン共の接近により閉鎖中だ。公用以外では通せない」

 

 高圧的な口調の衛兵。その声色には、明らかに緊張した気配が混じっていた。

 どうやらこの都市でも、ドラゴンの姿は目撃されていたらしい。

 衛兵の前にハドバルが出る。

 衛兵は帝国軍の鎧を纏ったハドバルとカシト、そして彼らの後ろに控える健人たち一瞥すると、鋼鉄の兜から覗く瞳を細めた。

 

「私は帝国軍の兵士だ。ヘルゲンでドラゴンの襲撃を受け、街が壊滅した。リバーウッドも首長の助けを求めている。この危険を一刻も早く多くの民に知らせるべきだと判断し、ここに参った次第だ。首長へお目通り願いたい」

 

「後ろの少年たちは?」

 

「ヘルゲンの生き残りだ。あの町は壊滅してしまったため、ここに連れてきた。せめて彼らだけでも街に入れてほしい」

 

「ふむ……。隊長に話してみる。少し待て」

 

 そう言って、衛兵は門の横の小扉の奥に消える。

 しばらくすると衛兵は隊長と思われる壮年の男性を連れて戻ってきた。

 衛兵隊長は健人たちの姿を認めると、あからさまな溜息を吐いて髪を掻く。

 若干頭が禿げ上がっているのは、彼の気苦労の多さゆえか、それとも年齢ゆえか。

 どうやらここでは、帝国兵であるハドバルたちだけでなく、健人たちも歓迎されていないらしい。

 

「私がこのホワイトランの衛兵を束ねるカイウス隊長だ。報告は聞いた。首長に謁見したいそうだな」

 

 衛兵隊長は気を持ち直すように姿勢を正すと、威厳を示すように胸を張ってハドバルの前に出る。

 

「事が事だけに、事態は緊急を要するようだ。ホワイトランに入ることを許可する。ついてきたまえ」

 

 とりあえずは都市内に入ること“は”許す。

 しかし、隊長自ら衛兵を率いて案内するところを見ると、万全の態勢で監視はするということなのだろう。

 帝国軍とストームクロークの戦争において、実質的にほぼ中立の立場を保持しているホワイトランとしては当然の対処だ。

 

「カイウス殿、この少年たちは……」

 

 ハドバルの言葉に、カイウスの視線が、再びケント達に向けられる。

 その視線には、相変わらず忌避するような色が見受けられた。

 

「その少年たちはホワイトランに身寄りがいるのか?」

 

「いえ、2人の少年は孤児ですし、少女の両親もヘルゲンで……」

 

 忌避するような視線の中に、健人達を探るような色が混じる。

 カイウス隊長にとっては、健人達のような親類縁者のいない難民を都市内に受け入れることは、治安維持の上で避けたいのだろう。

 もしくは、スパイである可能性を疑っているのかもしれない。

 ジッと向けられる視線に、健人はごくりと唾を飲む。

 ほかの二人もいい気分ではないのか、リータはモジモジと髪の毛をいじり、ドルマに至ってはあからさまにカイウスを睨み返していた。

 しかし、それも数秒。やがてカイウス隊長の視線から、探るような色が消える。

 

「そうか。なら、キナレス聖堂へ案内する。そこでしばらく生活して、職を探してもらうことになるが、それでいいか?」

 

 カイウス隊長からの言葉に、リータ、ドルマ、健人の3人は顔を見合わせると、了承するように頷く。

 

「わかった。仕事に関しては商店街にある宿屋のバナード・メアに行ってみるといい」

 

「ありがとうございます」

 

「「あ、ありがとうございます!」」

 

 カイウスの話では、キナレス聖堂ならとりあえず寝床は借りられるらしい。

 健人はその言葉に、胸を撫で下ろした。

 場合によっては都市外に放り出されることも覚悟していたのだ。それだけでなく、一時の住処すら提供してくれるなら、これ以上のことはない。

 ハドバルに続き、健人とリータの口からも自然とお礼の言葉が出た。

 ドルマも感謝の思いはあるのか、カイウス隊長に向かって、小さく頭を下げている。

 

「だが、そこのカジートはだめだ。悪いが、門の外で待っていてもらう」

 

「……え?」

 

 唐突なカイウスの言葉に、健人は思わず目を見開いた。

 

「あ、あの、どうしてですか?」

 

「カジートは麻薬の密売人である可能性が高い。街に入れるわけにはいかん」

 

「だ、だけど……」

 

 偏見に寄ったカイウス隊長の言葉に、健人は納得いかないといった様子で食いつく。

 健人はカシトの気質や性格を知っている。

 彼は確かのお調子者だし、色々と悪だくみをすることもあるが、決して人道に反するようなことをする人物ではない。

 

「ケント、おいらのことはいいよ」

 

「バカ! 良いわけないだろ!」

 

「ケントは知らないみたいだけど、スカイリムではカジートの扱いなんてこんなもんさ。慣れてるから大丈夫だよ」

 

「慣れているとかそういう問題じゃ……」

 

「下手なことを言ったら、ケントも締め出されるよ? おいらは帝国兵だ。ずっとこの都市にいるわけにいかない。でも健人は、しばらくここで暮らしていかなきゃいけないだろ?」

 

「でも、だからって……」

 

「いいから、ほらほら」

 

 カシトは気にするなと言うように、健人の背中を押して先を急がせる。

 健人はまだ納得できていない様子だが、一方のカシトは軽い口調の中にも有無を言わせない態度だった。

 その時、カイウスに声をかける人間がいた。

 カシトと同じ帝国軍兵士である、ハドバルだった。

 

「カイウス隊長、彼は私の部下で、ドラゴンを間近で目撃した人物です。それに、ヘルゲンで生き残っている実力者だ。スクーマを売る密売人とは違う」

 

「……ふむ、貴殿がそういうならいいだろう」

 

 ハドバルの言葉に納得したのか、カイウス隊長は報告に来た衛兵とハドバルたちを連れて、門をくぐる。

 石造りの門の先には、賑やかな街並みが続いていた。

 正門の横には鍛冶屋と思われる火床を備えた家と、通りを挟んで反対側には衛兵の詰め所。

 中央を通る大通りには、両脇を埋めるように二階建ての家が立ち並び、通りの奥には商店街と思われる喧騒が響いていた。

 

「なんだか、賑やかだね」

 

「ここはスカイリムでも最も交易が盛んな都市だ。今はドラゴンの接近で門を閉じてはいるが、それでも戦火は届いていないし、私達が守っている」

 

 そう言うカイウスの言葉には、自信と誇りに満ちていた。

 自分達がこのスカイリム最大都市の守護者であるという自負があるのだろう。

 実際、立ち並ぶ家々の規模も、商人の喧騒も、ヘルゲンとは比べ物にならないほど大きかった。

 カイウスに連れられて通りに沿って歩いていくと、ただでさえ耳に響いていた喧騒がさらに大きくなっていく。

 

「ここが商店街だ。正面に見える宿屋がさっき言ったバナード・メアだ。横にあるのは薬屋と雑貨屋。

 露店も多い。大概のものはここで手に入るだろう」

 

 円形の広場に沿って多くの露店が軒を連ね、商人達が威勢のいい声を張り上げながら、並べた商品を売っている。

 人通りも多く、皆それぞれが目的の品を吟味し、露店の主と熾烈な値切り交渉を繰り広げていた。

 

「新鮮な野菜と果物があるよ! 見ていておくれ!」

 

「今日獲ったばかりの鹿肉だ! 新鮮でうまいよ!」

 

 健人にはその光景が、どことなく故郷である日本の縁日を思わせた。

 しかし、ノルドの気風だろうか。

 日本の縁日のように、喧噪のなかに静謐さを漂わせるようなものはなく、ただただ生命力にあふれている。

 健人達が通ってきた道と広場を挟んで反対側。雑多な人ごみの隙間から、二階建てで一際大きな建物が見える。カイウスの言っていた、宿屋バナード・メアだ。

 カイウスは健人達を連れたまま、広場の外側を回るように足を進める。

 健人達は人ごみに飲まれそうになりながらも、何とかカイウスの後についていく。

 戦争の只中にある都市とは思えない、活気あふれる光景。帝国軍が常駐していたヘルゲンとは違う、のびのびと解放感に包まれた街並み。

 人々の熱気に中てられたのか、健人はついついあちこちの露店に、チラチラと目を向けてしまう。

 それはリータやドルマも同じだった。

 完全におのぼりさんである。

 そうこうしている内に、健人達は雑貨屋、薬屋の前を通り、宿屋バナード・メアの前へ。

 宿屋の中からは昼間だというのに多くの飲み客がいるのか、雑多で陽気な声が響いていた。

 宿屋の前を通り、広場の一角にある階段を上ると、再び円形の広場が目に飛び込んできた。

 広場の中心には一際大きな大樹がそびえ立ち、広場の周りを装飾が施された木製の柱と曲材が囲んでいる。

 大樹から伸びた枝は広場を覆い尽くさんばかりに広がり、四方に伸びた枝が広場全体を覆っていた。

 その偉容に、リータたちの口から感嘆の声が漏れる。

 

「うわぁ……」

 

「すごい大きな樹……」

 

「この樹はギルダーグリーンっていう樹で、カイネの祝福を受けたとされる大樹だ。詳しいことはわからんが、一年を通して花や葉が落ちることはない不思議な樹さ」

 

 カイウスのいう通り、ギルダーグリーンの大樹にはところどころにピンクの花が咲いている。

 なんとなく桜や梅を髣髴とさせる花であるが、植物学に明るくない健人には、それがどんな種類の木であるかはわからない。

 だが、少なくとも杉や松といった針葉樹林ではなく、温暖で水の豊富な地域に植生する落葉広葉樹のように見える。

 少なくとも、寒冷なスカイリムで、人が何の手も入れないにもかかわらず、樹が葉や花を保ち続けられるとは考えにくい。大抵の落葉樹は、寒くなると耐冷のために寒冷に弱い葉や、受粉のための花を落とすからだ。

 特に花は植物にとっては子孫を増やすために必要不可欠な生殖器官だが、同時に膨大なエネルギーを消費する器官でもある。

 そんな花を一年中咲かせ続けることができるなど、普通は考えられない。

 

「ねえリータ、カイネってなに?」

 

「九大神の一人、キナレスの事よ。天候、風を司る天空の神さま。私達ノルドはカイネって呼んでいるの。この街にキナレス聖堂があるのも、きっとこの樹が関係しているのね」

 

 キナレスという名前には、健人も聞き覚えがあった。タムリエル大陸で信仰される九大神の一柱。天候と風を司る天空の神だ。

 この世界においても、神々という上位存在の信仰はある。

 だが、現代の地球と違うのは、その神々の力がおおっぴらに顕現する事件が何度もあり、現実の存在として人々に認知されているという点だろう。

 この世界の魔法と呼ばれる超常の技も、神々の世界から地上に降り注ぐ力を使っているらしい。

 もっとも、健人自身はこの世界に来てから生きることに必死で、魔法について調べるような余裕はなく、詳細は全く分からないが。

 

「カイネがキナレスであることを知らないって、どんな田舎者だ? 見たところ、ノルドでもレッドガードでもインペリアルでもない。ブレトンとも違うみたいだが……」

 

「えっと……、その……痛っ!」

 

「…………」

 

 レッドガードは地球における黒人を連想させる肌が黒い人種で、ブレトンは人間とエルフの血が混じった人種である。

 しかし、日本人である健人の外観は、レッドガードのような黒い肌でもなく、背丈もそれほど高くはない。

 顔だちはブレトンに似ているところもあるが、彼らの肌は健人よりももっと白く、凹凸もはっきりとしている。

 さらには、ダークエルフを思わせる黒髪の持ち主ときている。

 思わぬところをカイウスに指摘され、思わず言葉に詰まる健人。そんな彼の脇腹を、傍にいたドルマが肘で小突く。

 下手に睨まれるような発言をしたからだろう、ドルマの瞳から、戒めるような厳しい視線が健人に向けられていた。

 健人は思わず肩を落とし、縮こまってしまう。

 

「……はあ、田舎者があちこち気になるのはわかるが、大人しくついてこい」

 

 先頭を歩いていたカイウスが、呆れたようにため息を漏らす。

 幸か不幸か、あまりにも無知で不用意な健人の言動は、カイウスの中で健人が密偵である可能性をさらに下げる結果となった。

 とはいえ、一般常識も知らない無学で厄介な存在とは映ったようである。

 そうこうしている内に、一行は公園を抜けてひときわ大きな建物の前にたどり着いた。

 

「ここがキナレス聖堂だ。ここで少し待っていろ」

 

 カイウスが中に入ってしばらくすると、彼は地味な茶色のガウンと黄土色の頭巾に身を包んだ壮年の女性が姿を現した。

 

「初めまして、このキナレス聖堂の司祭、ダニカです」

 

 恭しく挨拶をするダニカ司祭。

 神に仕える司祭らしく、控えめで穏やかな口調が特徴的な、礼儀正しい女性だった。

 

「リータです」

 

「ドルマだ」

 

「け、健人です」

 

 これからお世話になる人だけに、第一印象が大事だ。

 緊張した面持ちで、健人たちはダニカに挨拶する。

 一方、彼らの挨拶を受けたダニカは、微笑みを口元に浮かべたまま、どことなく憂いを帯びた表情を浮かべた。

 

「お話はカイウス隊長から聞きました。故郷をなくされたそうで……」

 

「…………」

 

「…………」

 

 ダリカの言葉に、リータたちは深い悲しみに満ちた表情を浮かべて下を向いた。

 

「今は内乱の影響でここでも大したことはできないかもしれませんが、しばらくゆっくり過ごして、英気を養ってください。大丈夫、明けない夜はないのですから」

 

「……ありがとうございます。よろしくお願いします」

 

 改めて頭を下げる健人。日本人特有の仕草にダニカは首を傾げるが、感謝の思いは十分伝わったのか、すぐに笑みを浮かべる。

 

「さて、次はハドバル殿だな。ついてきてくれ。首長の所へ案内しよう」

 

 事は一つ片付いた。そう言うように、カイウスがハドバルを促す。

 ハドバルはカイウスの言葉に頷くと、健人達に向き直る。

 

「……ここでお別れだな」

 

 そう、ハドバルとはここでお別れ。

 帝国兵であるハドバルにはしなければならないことがある。

 一刻も早くソリチュードへ赴き、ドラゴン復活という危機をスカイリム中に広めなければならないのだ。

 

「ハドバルさん、ここまでありがとうございました」

 

「本当に、お世話になりました」

 

 ドルマとリータが一歩前に踏み出し、ハドバルに礼を言う。

 健人もまた深々と頭を下げ、命の恩人に対しての感謝を示す。

 リータに至っては感極まっているのか、鼻をすすっていてうまく言葉が出てこない様子だ。目には今にも零れそうなほど涙が溜まっている。

 

「気にするな。俺は俺の責務を果たそうとしただけだ」

 

 口元に笑みを浮かべながら軽い調子で手を振るハドバル。しかし、その口調からはどこか達成感と安堵が窺えた。

 ただ、そのホッとした表情の中にも僅かな影が差している。

 帝国兵としての職責を完全に全うできなかったことへの後悔と、一握りでも守るべき命を助けられたことへの感謝が混ぜこぜになった、複雑な表情だった。

 しかし、その瞳には自分のすべきことを見据えた強い光がある。

 

「ケント、ちょっといいか?」

 

「は、はい……」

 

「ハドバル殿、あまり時間は……」

 

「大丈夫。すぐに終わります」

 

 先を促してくるカイウスにハドバルが少し待ったをかけると、彼は改めて健人に向き合う。

 一人の戦士として凛と立つハドバルの視線に、健人は思わず息をのんだ。

 

「いいかケント、すべての戦士の力は心で決まる。だが、その力を制するのは思考だ」

 

 ハドバルが右手を挙げ、拳でトンと健人の胸を叩いた。

 健人の脳裏に、ヘルゲンを脱出した時のことが思い出される。

 

「お前は戦士としては力が足りないが、制するための思考は優れている。腕力や技術は後からでも手に入れられるが、心はそうではない。戦士になれる者となれない者との間には、心に厳格な差が存在する」

 

「ハドバルさん……」

 

「ケント、家族を守りたいのなら、心を……魂を震わせろ。その魂の輝きが、己の強さを決める」

 

 ハドバルに叩かれた胸の奥から、じんわりと熱がこみ上げてくる。

 その熱に、健人は自分の無力感が少し、和らいだような気がした。

 

「それじゃあ元気でな。また会った時は、蜂蜜酒で乾杯といこう」

 

「その時は、俺が奢りますよ」

 

 この力強い瞳の戦士に、健人達は助けられた。

 改めて自分達の恩人の持つ強さを胸に刻みながら健人は今一度、心からの礼を言う。

 背を向けて歩きはじめたハドバルの次に声をかけてきたのはカシトだった。

 

「ケント、ここでお別れだね」

 

「カシトも行くのか?」

 

「正直に言えば、帝国軍に残っていたらドラゴンと戦わされるから、ごめんなんだけどね」

 

 カシトも、ヘルゲンを襲ってきたドラゴンのことは相当トラウマなのか、耳と尻尾をペタンと垂らし、憂鬱そうに呟いた。

 

「おいら自身、帝国に対する忠誠心はないし、ただその日の食い扶持をどうにかしようとしていただけだっただけど、今逃げ出して、後々脱走兵扱いされるのも御免だからね」

 

 健人としては何とも言えないカシトのセリフに、後ろにいたハドバルから厳しい視線が向けられる。

 ハドバルから向けられた視線に、カシトは“しまった!”と言うように、全身をブルリと震わせた。

 帝国兵であるハドバルが近くにいるところで、忠誠心はないとか言ってしまうあたり、相変わらず口が緩い男である。

 カシトは誤魔化すように、フシュフシュと鼻息を鳴らすと、改めて健人と向き合う。

 

「ケント、オイラはケントに会えて嬉しかったよ」

 

「俺はいろいろと迷惑かけられた記憶しかないけどな~」

 

 互いに言わずとも笑み浮かべるカシトと健人。

 カシトがアストンの宿屋でただ働きしている時、彼のサポートを任された健人だが、その間に健人はかなりカシトに振り回された。

 元々独自の習慣で生活しているカジートだが、カシト本人の奔放さと口の軽さにより、数々のトラブルを巻き起こしてくれた。

 酔っぱらって気の大きくなったノルドに軽口を漏らして絡まれたり、厨房から料理や酒を運ぶ際に我慢できずにつまみ食い。

 さらに繁忙期の夜に客の賭け事にいつの間にかちゃっかり参加していたり、客の酒を届けるごとに杯の中を少しづつ飲んだ結果、へべれけになってフラつき、暖炉の火が尻尾の毛に着火。

 あわやカシト本人が宿屋ごと火だるまになりかける始末。

 その度に健人がフォローに入っていた。

 

「ケントも知っているかもしれないけど、カジートはスカイリムではどこでも歓迎されないんだ。そんな俺に、健人は普通にしてくれた。とても……嬉しかったよ」

 

「カシト……」

 

「それじゃあね!」

 

 健人が感慨に耽っているうちに、カシトはさっさと別れを告げて行ってしまう。

 相変わらず落ち着きのない行動。

 健人はこんな時でも変わらないカシトにため息を漏らしつつも、どこか寂寥を帯びた目で、二人の背中を見つめていた。

 



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第九話 再来の気配

「行っちゃったか……」

 

「では3人とも、中へどうぞ」

 

 ダニカに促されて、健人たちはキナレス聖堂へと足を踏み入れる。

 聖堂の広さは百平方メートルほどで、四方にベッドが置かれており、ベッドの上には病人と思われる人たちが寝かされていた。

 

「ダニカさん、この人たちは……」

 

「この聖堂では、町の人たちの病気やけがの治療も行っています。特に今はストームクロークや山賊との小競り合いも多く、近くの野営地には盗賊や巨人が住み着いていて、怪我人が絶えないんです」

 

 ベッドに寝かされている人は、平服を着た街人もいるが、ホワイトランの衛兵の姿もある。

 病人や怪我人達は、皆一様に苦しそうなうめき声をあげており、治療にあたっている信徒達の間にもピリピリとした雰囲気に満ちている。

 

「ううう、た、助けてくれ……」

 

「ダニカ司祭、治癒をお願いします」

 

 衛兵の治療にあたっていた男性の信徒の一人が、ダニカの名を呼んだ。

 彼のケガはかなり深刻なのか、傷から流れ出た血がベッドの上を真っ赤に染めている。

 

「今行きます。すみません、すぐに戻りますので……」

 

「いや、俺達も手伝おう」

 

「そうですね。これからお世話になるんです。俺達にも手伝わせてください」

 

「……包帯を作っておきます。要らない布はありますか?」

 

「手伝ってくれるのはありがたいですが、あなた達は今ホワイトランに到着したばかりでしょう?」

 

 事態を重く見た健人達が、進んで手伝いを申し出る。

 しかし、手伝いを申し出た健人たちに、ダニカは迷ったような表情を浮かべる。

 健人たちは強大なドラゴンに襲われ、家族を失い、命からがら逃げだして、ようやく安全な場所にたどり着いたばかりだ。

 ダニカとしては、まず一旦休息をとって欲しいと考えていた。

 しかし、三人はダニカの願いを丁重に断った。

 

「いい、世話になるのは俺達だ。手伝わせてくれ」

 

「ドルマの言う通りです。名前も呼び捨てにしてください」

 

「そうです。それに、今は働いていた方が楽なんです。お願いします」

 

「……分かりました。ではケントとドルマは怪我人が暴れないように手を貸してください。リータ、包帯に使う布は奥にありますので、持ってきてください」

 

「分かりました」

 

 三人の強い申し出にダニカは折れた。

 ダニカの了承をもらった三人はすぐさま動き出す。

 健人とドルマが暴れている患者のもとに駆け寄り、リータが聖堂の奥へと走っていく。

 

「ん~~! ん~~!」

 

 怪我をしている衛兵は、一目で見ても重傷だった。

 矢はふとももに深々と突き刺さっており、血が止めどなく流れている。

 剣で切り落とされたのか、右手は上腕から先がなく、傷口にまかれた布が真っ赤に染まっていた。

 痛み止めなど存在しないのか、衛兵は激痛に激しくもがいており、そのため満足な止血ができずにいる様子だった。

 健人とドルマが暴れる怪我人の上半身と下半身を抑え、止血をしようとしている信徒の介助に入る。

 

「くそ、血が止まらない!」

 

 血が流れている主要個所は二か所。

 どちらも動脈を傷つけているのか、心臓の拍動に合わせてゴポ、ゴポと規則正しくあふれ出ている。

 駆け寄ってきたダニカが太ももに刺さっていた矢を抜いて手を患者に向けると、彼女の手の平が淡い光を放ち、衛兵の全身を包み込んだ。

“治癒の手”の回復魔法だ。

 健人は初めて目の前で展開された魔法に、目を見開く。

 この世界に来てから、魔法を目にする機会は何度かあったが、こんなに近く目の当たりにしたのは初めてだった。

 しかし、治癒の力が足りないのか、それとも出血が激しいのか、ダニカの“治癒の手”でも、血が止まる様子がない。

 

「ダニカさん、そのまま続けてください!」

 

 その時、健人は思いついたように出血している太ももの付け根を指で押さえた。

足の動脈は太ももの内側から、押さえることができる。

 健人が動脈を抑えたことで太ももの出血の勢いが弱まり、徐々に傷口を塞いでいく。

 

「っ! お前……」

 

 ドルマが驚きの声を上げる。

 そこに、ダニカの治癒の手が加わり、足の矢傷は十数秒で完全に塞がった。

 

「次は腕を!」

 

「え、ええ! ケント、お願いします!」

 

 健人は次に切り落とされた腕の脇の下を抑える。腕の動脈が皮膚の近くに走っているポイントだ。

 しかし、こちらは傷口が大きいためか、血がなかなか止まる様子がない。

 その時、聖堂の裏からリータが新しい包帯を持ってきた。

 

「お待たせ。新しい包帯よ!」

 

「リータ、こっち!」

 

 健人はリータから渡された包帯で輪を作り、出来た輪に患者の腕と近くにあった木の棒を通すと、木の棒を捩じった。

 通した木の棒が捩じられたことで輪が締まり、傷口を圧迫する。

 そこにダニカが治癒の手をかけると、切り落とされた腕の傷も塞がった。

 その光景を確認して、健人は息を漏らした。

 

「ふう……」

 

「ありがとう三人とも、助かりました」

 

「ああ、ありがとうございますダニカさん。次の患者を治療しましょう」

 

 治療を待つ患者は多い。

 ダニカ達は一つの命を救いあげることができた喜びもそこそこに、次の患者の治療に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ハドバルはカイウスに案内され、雲地区を歩いていた。

 彼の目の前には雲地区の最上部に築かれた宮殿、ドラゴンズリーチがある。

 ドラゴンズリーチはかつての上級王オラフが、ドラゴンのヌーミネックスを捕らえたことからその名がついた宮殿だ。

 

「カイウス殿、首長はドラゴンズリーチにおられるのか?」

 

「ああ、そうだ。帝国軍とストームクロークとの戦いに加えて、ドラゴンの目撃情報。首長はとても宮殿を離れられる状態ではない」

 

 石造りの階段を上ると、巨大で重厚な門がハドバルの目の前に飛び込んできた。

 ハドバルは緊張感から、ごくりと息をのむ。

 元々平民出身の彼にとって、かのオラフ王の住んでいたドラゴンズリーチには憧れもある。

 同時に、今の彼は帝国兵。このホワイトランにとっても招かれざる客である。

 少しでも油断すれば、命を奪われてもおかしくない。

 しかし、それでもハドバルには果たすべき使命があった。

 己の責務と矜持を胸に、ハドバルはカウスの後に続く。

 

「カイウス! 帝国兵をこの宮殿に招くなんて何を考えているの!?」

 

 しかし、彼らの歩みは、門の前に控えていたダークエルフによって止められた。

 革の鎧を身に纏い、腰には剣を差した女性のダークエルフだ。

 帝国兵であるハドバル達を相当警戒しているのか、いつでも抜けるように剣の柄に手を当てて腰を落とし、隙無く身構えながら全身から剣気を発している。

 今にも斬りかかりそうな程、剣呑な気配と立ち振る舞い。何より、ピリピリと肌に感じる剣気に、ハドバルは目の前の女性が並々ならぬ戦士であると判断した。

 

「カイウス殿、彼女は?」

 

「彼女は首長の私兵であるイリレスだ。イリレス、彼は帝国兵だが、ヘルゲンの生き残りらしい」

 

 首長の私兵という言葉に、ハドバルは驚いた。

 ノルドは、ダークエルフに対していい感情は持っていない。

 このタムリエル大陸において、古代からエルフと人間は敵同士である。

 特にノルドとダークエルフは、互いの領地が接しており、歴史的に何度も直接敵対してきた記憶と歴史があるからだ。

 そんなダークエルフが一領地の王である首長の私兵に任命されるなど、ただ事ではない。

 それは、首長にとって、このダークエルフの女性の力量や精神、忠誠心が、同族のノルドと比べても秀でていることの証左だ。

 同時に、たとえ異種族だろうと、評価に値する人物は、迷いなく評価するという、首長の器の大きさも示している。

 その事実に、ハドバルはなんとしてもドラゴン復活の危機を伝えなくてはならないと、改めて決意した。

 

「……分かったわ、首長のところまで案内しましょう。だけど、私は首長の私兵。彼と彼の一族を脅かすあらゆる危険を処理することが役目よ。もし彼に危害を加えようとするなら、貴方が剣を抜くよりも早く、貴方の首を切り落とすわ」

 

 一方、カイウスから大まかな事の次第を聞いていたイリレスは、ハドバル達への警戒を続けながらも、二人を案内すると言ってきた。

 彼女が門の両脇に控えていた門番に合図を送ると、巨大な門が開かれ、ハドバルは謁見の大広間へと案内された。

 謁見の大広間は、百人が入っても有り余るほどの大きさで、二階までが吹き抜けの構造になっている。

 広間には暖を取るための巨大な火床があり、火床の両脇には長テーブル、そして最奥の壁には巨大なドラゴンの頭骨が掛けられていた。

 

“あれが、ドラゴンズリーチの由来、ヌーミネックスの骨か……”

 

 ヌーミネックスは、かつての上級王、オラフ王が捕獲したドラゴンであり、ノルドに伝わる有名な英雄譚に出てくる登場人物だ。

 そして、そのオラフ王がかつて座っていた座には、今現在、このホワイトランを治めているであろう、金色の髭を生やした偉丈夫のノルドの姿があった。

 

「お前がヘルゲンの生き残りか? それで、ドラゴンを見たのか?」

 

 偉大なるバルグルーフ。

 現ホワイトランの首長であり、このドラゴンズリーチの主。

 現在の内戦には中立という厳しくも難しい判断を下しながらも、見事に帝国とストームクロークの間を渡って見せている傑物。

 隣には執政と思われる中年の男性の姿もある。

 その王の覇気を前に、ハドバルは自然と膝をつき、頭を垂れていた。

 

「その通りです偉大なる首長よ。反乱軍ストームクロークの首魁、ウルフリックを捕らえて処刑しようとした際、ドラゴンに襲われました」

 

「ふん、帝国軍が誰を処刑しようとしたかなど、私には関係ない。今知りたいのは、ヘルゲンで何が起こっていたのかという事だ」

 

「……確かにドラゴンでした。闇夜を思わせる漆黒のドラゴンが街を焼き払い、その後は北西へ飛んでいきました」

 

「北西……なるほど、確かにホワイトランの方向だな。イリレスの報告は正しかったわけだ」

 

 ハドバルがちらりと自らの私兵に視線を移すと、イリレスは答えるように頷いた。

 どうやら、ドラゴン復活の情報を、既にこの王は得ていたらしい。

 

「それから、リバーウッドの住民が不安がっています。出来るなら兵を常駐させて頂くことは出来ないでしょうか?」

 

「なるほど、リバーウッドもヘルゲンに近い。民も不安であるだろう。だがなぜ、帝国兵であるお前がリバーウッドを気にかける?」

 

 バルグルーフが確かめるような声色と共に、見透かすような視線をハドバルに向ける。

 虚偽は許さぬ。

 言外にそう言い含めてくる視線を正面から感じ取りながら、ハドバルは一度口の中の唾を飲み込み、ゆっくりと口を開いた。

 

「リバーウッドは私の故郷です首長。この身は帝国に忠誠を誓っておりますが、それでもスカイリムを愛する気持ちは変わりません。帝国に忠誠を誓ったのも、全てはスカイリムの為なれば……」

 

「首長、今すぐリバーウッドに兵を送りましょう!」

 

 ハドバルの言葉を聞いた私兵のイリレスが、自らの王にすぐさま兵の派遣を具申する。

 ノルドの王に認められるだけあり、このダークエルフもかなり血気盛んな気質のようだった。

 一方、具申を受けたバルグルーフは、考えるように自らの顎髭を撫でると、隣に控えていた執政に声を掛ける。

 

「……プロペンタス、どう思う?」

 

「今リバーウッドに兵を向ければ、ファルクリースを刺激することになります。最悪の場合、戦いにつながる可能性もある以上、兵を送るべきではありません」

 

 ファルクリースは帝国の中心地であるシロディールと国境を接しているだけあり、帝国に対する悪感情は他のホールドと比べて低い。

 現にファルクリースの首長は帝国に対して恭順を示しており、その為、ファルクリース領であったヘルゲンには帝国の砦が設けられていた。

 対するホワイトランは、この内戦において中立の立場をとっている。

 国家間の関係において、国境付近に兵を増員することは、戦争の引き金になりかねない。

 故に、執政のプロペンタスは、派兵には反対の意見を具申してきた。

 信を置く家臣達から正反対の意見に、バルグルーフは考え込む。

 

「……私はホワイトランの首長だ。確かにプロペンタスの言うとおり、ファルクリースを刺激するかもしれない。だがドラゴンが私の領地を焼き払い、民を殺すのを黙ってみている気はない!」

 

 しかし、思案したのは数秒だけだった。

 為政者としての矜持を見せつけるように、バルグルーフは自らの決断を宣誓する。

 

「イリレス! 今すぐリバーウッドに部隊を送ってくれ」

 

「分かりました、首長」

 

「私も仕事に戻ります」

 

 そして、王の決断に、部下達もまた素早く応える。

 イリレスは部隊の編成をするために、プロペンタスは残った仕事を終わらせるために、それぞれの仕事に戻ろうとする。

 自らの提案を却下されたプロペンタスだが、その表情に不満などは一切見受けられない。

 逆に主君の決断を尊重するように、胸に手を当てて頭を下げている。

 

「そうしてくれ。帝国の兵士よ。よく知らせてくれた。名を聞かせてくれないか?」

 

「リバーウッドのハドバルです。バルグルーフ首長」

 

「よく伝えてくれた、ハドバルよ。この後、君はどうするのだ?」

 

「ソリチュードに戻り、帝国軍と合流しようかと考えております。ドラゴンに対抗するには、テュリウス将軍の力が必要不可欠と考えます」

 

「……ふむ、そうか。ホワイトランとして、帝国軍に公式な協力は難しいが、せめて装具を整えられるだけの援助はしよう。そちらのカジート兵の分も含めて、馬も手配しておく。道中、気をつけてな」

 

「は、感謝いたします。偉大なるバルグルーフ首長」

 

 この広大で寒冷なスカイリムにおいて、馬は非常に大きな労働力であり、資産だ。

 おいそれと渡すようなものではなく、場合によっては一軒の家に次ぐぐらいの価値がある。

 そんな資産を迷いなく提供するあたりが、バルグルーフの器の大きさを示していた。

 馬という思いがけない助力に、ハドバルはバルグルーフに心からの感謝を述べ、謁見の間から退室する。

 去っていくハドバルの背中を眺めながら、バルグルーフはつぶやいた。

 

「将来が楽しみな、良い若者だ。あのような若者がホワイトランの出身とは、胸躍る話じゃないか」

 

「しかし、彼は帝国兵です。馬を与えるのは、少々与えすぎなのではと思います」

 

「彼はヘルゲンに近いこのホワイトランに、一番最初に危機を伝えてくれた。

 信には信で報いる。それに、ドラゴンの脅威をスカイリム中に伝えなければならないことを考えれば、今の彼らに素早い足は必要だ。スカイリムのためには正しい判断だよ」

 

 執政であるプロペンタスとしては、馬という大きな資産を提供することには抵抗がある。

 しかし、主君の言う通り、ドラゴンの危機を素早くスカイリム中に伝えるには、馬のような速い移動手段は必須だった。

 自分より、より広い視点で決断を下す主君に対し、プロペンタスは改めて忠誠の礼をささげた。

 臣下の礼に、バルグルーフは手を挙げて答える。

 

「……さて、あとは」

 

「た、大変です! ドラゴンが西の監視塔に!」

 

 その時、焦燥した様子の衛兵が、謁見の間に飛び込んできた。

 それはこのホワイトランにも、ドラゴンの危機が迫っている証だった。

 惨劇の翼が、再び現れる。

 

 

 



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第十話 裏で察する者

 ハドバルが謁見を終える少し前。

 ドラゴンズリーチの宮廷魔術師、ファレンガーは、とある人物の訪問を受けていた。

 ファレンガーはこのホワイトランの首長に仕える高位の魔法使いであり、首長に対して魔法や呪いに関して助言を行う立場の人間である。

 

「やっと来たか。それで、見つかったのか?」

 

「ええ、ブリークフォール墓地の奥で見つけたわ」

 

 そう言いながら、デルフィンは背負った荷を机の上に降ろし、包んでいた布を解いた。

 五角形の石版が、露わになる。

 

「おお! 間違いなくドラゴンストーン! 古のドラゴンを記した遺産!」

 

 興奮した様子で、ファレンガーは机の上のドラゴンストーンに齧り付くように観察し始めた。

 顔面が接するほど近くに顔を寄せ、表面の模様や形状、傷の一つ一つに至るまで、目に焼き付けるように眺めている。

 

「見ろ、後ろに刻まれていのは、間違いなくドラゴンの文字だ! 古の時代、ドラゴンが残した神秘の文字……。ああ、美しい」

 

「ちょっと、興奮するのはいいけど、こちらの質問にも答えて」

 

「ああ、わかっているさ。それで、ドラゴン研究の第一人者であるこの私に何を聞きたいのかね?」

 

 このファレンガーという人物。高位の魔法使いにありがちな、偏屈さと頑固さを併せ持つ人物だが、同時にドラゴンに対して異常なほど執着している面があった。

 

「ドラゴン研究の第一人者というより、ただのドラゴン狂いのような気がするけど……」

 

「何か言ったかね?」

 

「いいえ、なんでもないわ。欲しいのは、この遺物についての情報。それからヘルゲンから飛び立ったドラゴンの情報よ。炎を思わせる漆黒の鱗を纏った巨大なドラゴン。なにか知っている?」

 

 デルフィンが聞きたかったのは、ブリークフォール墓地で見つけた五角形の遺物についてと、墓地から帰る際に目撃した、漆黒のドラゴンについて。

 彼女自身の存在意義にかかわることだけに、何としても知る必要があった。

 だが、ヘルゲンを襲ったドラゴンについて、デルフィンは遠目からしか見ていない。

 そのため、特徴となるのはせいぜい鱗の色くらいだった。

 

「まず、この遺物についてだが、おそらくドラゴンの墓地について書かれている。おそらく、墓地の位置が書いてあるのだろうな。

 飛んで行ったドラゴンについてだが、ドラゴンというのは伝承において、著しく特徴のある個体もある。

 だが、そもそもドラゴンの個体について調べた統計的な情報はほとんど存在しない上に、伝承におけるドラゴンはどれもが曖昧だ。

 被膜を纏った前肢などのある程度の共通した特徴を持つが、おおざっぱな外見と鱗の色だけでは何とも言えんな」

 

「そう……」

 

 やはり、個体の特定には至らないらしい。

 ファレンガーが自分の研究を漏らしたくないからなのか、それとも本当に何もわからないからなのか判別できなかったが、デルフィンは澄ました表情の裏で、内心臍をかんだ。

 ドラゴンの個体名が特定できれば、過去の自分たちが持つ情報から、ある程度の対策ができるかもしれないと思ったのだ。

 

「ふむ、やはりドラゴンは復活したのか?」

 

「ええ。この目ではっきりと見たわ」

 

「そうか! それは素晴らしい! ぜひこの目で一度見てみたい!」

 

「あなた、本気でそう思っているの?ドラゴンの復活は、人類の危機なのよ?」

 

 ドラゴンの復活。それは、タムリエルに住まう人々にとって、看過できない事態である。

 ドラゴンは太古の昔、人間たちを支配し、圧政を強いてきた。

 そして、数えきれないほどの人間を戯れに殺してきている。

 今ではその歴史を知る者はほとんどいないが、デルフィンはその事実を歴史として知っている。

 何より、彼女が持つ自身の存在意義が、ドラゴンが復活したこの事態を見逃せぬ事とし、危機感を煽り立てていた。

 

「ああ、どんな姿のドラゴンなのだろうか? 鱗の形状は? 被膜の厚さは? 体温は人より高いのだろうか……」

 

「やっぱりドラゴン狂いね……」

 

 しかし、危機感に満ちたデルフィンの警告も、ドラゴン狂いの魔法使いには通じない。

 彼らのような魔法使いが生きる意味は、己が心躍る命題を追い求めることであり、それ以外は俗世の出来事で、自分たちには関係のないことであるからだ。

 デルフィンは興奮して話を聞かなくなったファレンガーを早々に放り出し、諦めたように窓の外に目を向けた。

 その時、宮殿の扉が開かれ、ダークエルフの女戦士が率いる一隊が、宮殿を後にする様子が目に飛び込んできた。

 

(あれは、首長の副官?)

 

 宮殿を後にするイリレス達は皆緊張感に満ちた表情を浮かべており、まるで今から戦場に向かうような物々しさがあった。

 デルフィンは熱狂的なファレンガーの息もつかずにまくし立ててくる講義を聞き流しながら、ほのかに香る戦場の気配に眉を顰めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 バルグルーフとの謁見を終えたハドバルとカシトは、麓の厩の前でバルグルーフから提供された馬に跨り、去ることになるホワイトランの街並みを見上げていた。

 旅に必要な装具、食料、水などの一式も提供され、馬に括り付けられている。

 

「ふう……、これで終わりだな。急いでソリチュードに向かうぞ」

 

「……うん」

 

 名残惜しそうにホワイトランを見上げているカシトに、ハドバルが訪ねる。

 

「不満か? それともケント達が気になるのか?」

 

「……」

 

「お前は帝国兵だ。死んでいるならともかく、生きているのに原隊に復帰しなければ、脱走罪に問われるかもしれんぞ。そうなれば、最悪反逆者達と同じように死刑だ」

 

「そんな事、分かってるよ」

 

 帝国軍は正規の軍隊であり、服務にあたり守るべき規律が存在する。

 地球の軍隊でもそうだが、どの国でもこの軍規は厳粛に守らなければならないものである。

 そして、その軍規に反したものへ下される罰は、総じて重いものばかりだ。

 それも当然のこと。

 兵士とは戦闘という非常事態下で戦うことを義務付けられ、そのために国の最上位の武力を与えられた者達だからだ。

 

「……とはいえ、ヘルゲンもお前が元いた部隊もドラゴンのせいで壊滅状態だ。今お前がいなくなったとしても、誰も分からんだろう」

 

「……どういうつもりかな? オイラがもし脱走したとしても、見逃すつもり?」

 

「いや。私は帝国軍の兵士だ。それに、元の部隊が壊滅した今、お前は私の指揮下の兵という事になる。目の前で脱走されて、見逃すはずはないだろう?」

 

 命令系統において、上位の士官が全て死亡した場合、次に位の高い士官が指揮を執り、命令系統を一本化するのが通例だ。

 この場合、ハドバルとカシト、双方の位ではハドバルのほうが高いため、カシトはハドバルの指揮下に入ったことになっている。

 

「なら聞かないでほしいな~。期待させて落とすなんてひどい話だよ~。

 別にいいじゃないか。このまま帝国軍に残っていたら、あのドラゴンと戦わされちゃうんだよ? そうなったらオイラ死んじゃうよ……」

 

「分かっていたが、お前にはやはり帝国に対する忠誠心はないのか?」

 

「あるわけないじゃん。オイラが帝国軍に入ったのだって、日銭を出さなくても飯にありつけたからだし」

 

 カシトの発言に、ハドバルは呆れたように溜息を洩らした。

 このカジートは口が軽いだけに思ったことを素直に言うからか、受け取り側によっては不評を買うことが多い。

 特に、自尊心の強いノルドやエルフとは相性が悪かった。

 

「ソリチュードに着いたら、お前を除隊させてくれるよう進言する。だから、今はソリチュードに行くんだ」

 

「分かっている。ソリチュードには行くよ。きちんと除隊してから、ホワイトランに戻るさ。しかし、ノルドってのはどうしてこう頭が固くて融通がきかないんだろうね~。面倒くさいよ、本当に……」

 

 一方、カシトとしては帝国軍に義理立てする理由はなく、ヘルゲンで戦ったのだから、もう十分だろうというのが、本人の考えだった。

 元々、独自の文化を形成してきたカジートだ。

 彼らが住むエルスウェアは荒涼とした砂漠であり、そんな場所に住むカジートは家族や血族単位の生活が主なだけに、人間の作った大集団を統治するための法律や軍規などはどうもピンと来ないのだ。

 なにより、カジートはこのタムリエルでは被差別の種族。

 不老に近い長寿を持つエルフはおろか、同じ定命の種である人間からも、明確な差別を受けている。

 当然、カシトも心無い差別にあったことは、一度や二度ではない。

 さらに歴史的にもエルフ、人間の双方から、力で支配されてきた歴史があり、それは今でも根強く残っている。

 習慣、風習が違うと言えばそれまでだが、こんな背景を持つ相手に愛着など湧くはずもない。

 

「もし帝国軍に残ってくれるなら、ホワイトランが帝国軍を受け入れてくれた時、お前がこの街に駐留できるように進言するぞ?」

 

「べ~! その前にさっさと除隊するよ。いい加減軍隊生活は飽きたから」

 

「そうか……」

 

 しかし、ハドバルの声には、カシトが帝国軍を離れる気であることを、純粋に惜しむ色があった。

 自分達を差別してくるノルドからの思わぬ反応に、カシトが怪訝な目を向ける。

 

「なんか残念そうだね。普通なら“これでやっと獣臭い人間もどきがいなくなる”と言うと思ったけど」

 

「お前をよく知らぬノルドならそう言うだろうが、道中で見たお前の身のこなしと短剣の腕は確かだった。一人の帝国軍人として、お前ほどの使い手がいなくなることは正直惜しい」

 

「……ふん」

 

 ノルドは閉鎖的な種族だが、戦士としての力量を重んじるだけあり、一角の戦士には純粋に敬意を示す。

 ハドバルとしては、カシトの腕は戦士として、純粋に敬意を払うべきものだった。

 

「それに、リバーウッドからここまでくる間、お前は戦いながらケントに危険が及ばないか注意していただろう?」

 

 なにより、ハドバルがカシトを認めるに至った理由は、リバーウッドからホワイトランに来るまでの、戦士としての彼の振る舞いだった。

 ハドバルの言う通り、カシトはホワイトランに来る間、オオカミとの戦闘を行いながらも、横合いから健人に襲い掛かろうとするオオカミ達を、持ち前の身のこなしで牽制していた。

 そのおかげで、健人はオオカミとの戦いにおいて、一対一で相手に集中することができていた。

 戦いの素人である健人は気づかなかったが、リータやドルマは気づいていたし、戦いを指揮していたハドバルも当然気づいている。

 

「戦士と盗賊の違いは、己の為だけに自分の力を使うか、誰かの為に使うかという事だ。ケントの為にその短剣を振るったお前は、間違いなく立派な戦士だ。そんな人物が去っていくのを惜しいと思うのは当然だろう?」

 

「………ふん」

 

 ハドバルからの純粋な賛辞に、カシトはそっぽを向いて鼻白んだ。

 ノルドからの慣れない賛辞は、今までの人生を思い出して少々スネていたカシトには眩しかったのだ。

 

「ん!?」

 

 その時、二人の目が奇妙なものをとらえた。

 ホワイトランの正門が開き、門の奥から騎馬の一隊が出てくる。

 先頭の馬に乗っていたのは、ドラゴンズリーチの謁見の間で出会ったダークエルフの戦士だった。

 

「あれは、イリレス殿? 何かあったのか?」

 

「なんだか嫌な予感がするんだけど……」

 

 何やら不穏な空気をまといながら、イリレスが率いる騎馬の一隊は西へ向けて駆けていく。

 

「行くぞ。一体何があったのかを確かめる」

 

「ええ!? ちょっと、本気!? って、オイラを置いていかないでよ!」

 

 これ以上ないほど嫌そうな表情を浮かべるカシトを後目に、ハドバルは馬の腹を蹴る。

 駆け出していくハドバルの馬を、カシトは慌てて追いかけた。

 

 

 




ブリークフォール墓地を攻略したのは、主人公じゃなくてなんとデルフィン。
そして西の監視塔に行くのも主人公じゃなくてハドバルという展開!
原作ブレイクも甚だしいな……。


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第十一話 ハドバルの死地

 ホワイトランの西の監視塔は、広大な平原を渡る街道沿いに建てられた監視塔である。

 常駐している兵士もそれなりに多く、ファルクリースとリーチに続く街道を警備する重要な拠点である。

 その立派な石造りの監視塔は今や崩れかけ、荒涼とした有様だった。

 周りの草や備蓄してあった物資は軒並み灰になり、煙を上げ、監視塔を煤で汚している。

 

「これは……イリレス隊長」

 

「うろたえるな。今のところ、ドラゴンの姿は見当たらないわ。でも、ここにいたのは確かみたいね」

 

 動揺する衛兵を、イリレスが一喝する。

 確かに、監視塔はひどい状態ではある。

 しかし、イリレスの任務は調査だ。

 姿は見えず、どこかにドラゴンが潜んでいるとしても、なんらかの情報を見つけだし、必ず持ち帰る必要があった。

 

「散開して生存者を探しつつ、周囲の警戒を厳に。私たちが戦っている存在について、もっと情報を集める必要があるわ」

 

「イリレス殿」

 

 イリレスの一隊を追いかけていたハドバルが追いつき、駆けだそうとするイリレスに声をかける。

 

「ハドバル殿か」

 

「はい、一体どうしたのですか?」

 

「西の監視塔にドラゴンが現れたという報告を聞いて駆け付けたのだ。見たところ、本当に襲撃されていたようだが……」

 

 ハドバルはそう言うと、煙に包まれている監視塔を見て眉をひそめた。

 

「ハドバル殿は離れていてくれ」

 

「いえ、私も同行しましょう。監視塔を襲撃した不届き者がヘルゲンを襲ったドラゴンと同じかどうか、見極める必要があります」

 

「好きにしなさい。その代り、自分の身は自分で守りなさい」

 

「分かっています」

 

 返事を聞いたイリレスは、衛兵を率いて監視塔へ向かって駆け出していく。

 ハドバルも乗っていた馬を降りると、剣と盾を構えてイリレスの後を追う。

 

「ちくしょ~~! アカトシュ様、キナレス様、マーラ様、ディベラ様、ジュリアノス様、ステンダール様、アーケイ様、ゼニタール様、ついでにタロス様、お願いですから何も起こらないでよ……」

 

 後ろに控えていたカシトは、異常な頻度でやってくる騒動の予感と逃げることもできない己の立場に、すがるような気持ちで九大神に祈りをささげた。

 ここ二百年ほど不憫な神がないがしろにされている気がしないでもないが、半ばヤケになりかけているカシトは気が付かない。

 およそ二十人の衛兵と、首長付きの私兵、帝国兵士のノルドとカジートが、監視塔に近づく。

 すると、近づいてきた彼らを察知したのか、監視塔の中から一人の衛兵が飛び出してきた。

 監視塔から飛び出してきた衛兵は、よほど動揺しているのか、足をもつれさせながら、イリレスたちに近寄ってくる。

 

「だめだ、戻れ! まだ近くにいる! ホロキとトーが、逃げようとしたときにつかまった!」

 

「生存者!? ここで何があったの? ドラゴンはどこ? 答えなさい!」

 

「わ、分からない」

 

 その時、平原を覆う山々の奥から、言い知れぬ咆哮が聞こえてきた。

 

「ハドバル、この声って……」

 

「ああ、嫌な予感がする」

 

 狼ともトロールとも違う、魂の奥から恐怖を掻き立てるような咆哮に、ハドバルとカシトの額に汗が滴る。

 

「キナレス、助けてくれ。奴がまたやって来た」

 

 その時、山にかかる雲海を切り裂きながら、一頭の巨獣が姿を現した。

 ヘルゲンを襲った個体とは違う。

 緑のうろこに覆われた体躯と、まるで船の帆を思わせる皮膜を持つ両椀。背と頭に毒々しい鶏冠を持つドラゴンだった。

 ドラゴンはイリレス達を睥睨しながら、身も凍るような咆哮と共に、一気に急降下してくる。

 

「来たわ。物陰に隠れて、すべての矢を放ちなさい!」

 

 衛兵たちが岩陰に身を隠しながら、一斉に弓を放つ。

 およそ二十の矢が上空から舞い降りるドラゴンに殺到するが、ドラゴンは素早く身をひるがえして回避すると、衛兵たちを見下すように、彼らの真上を飛び過ぎた。

 巨大な質量が飛ぶことで生み出された強風が、イリレス達に叩きつけられ、彼らは思わずその場に蹲る。

 緑のドラゴンは地面にうずくまったイリレス達を一瞥すると、悠々とした様子で旋回すし、再びイリレスたちに向かって突っ込んできた。

 

「くそドラゴンめ、くらえ!」

 

 血気盛んな衛兵が身を乗り出して、正面からさらにドラゴンに矢を放とうとする。

 その兵士を視界にとらえたドラゴンが口蓋を開いた。

 

「正面に立つな! 焼かれるぞ!」

 

“ヨル……トゥ、シュール!”

 

 ハドバルがとっさに身を乗り出した衛兵を警告するが、その前にドラゴンから灼熱の炎が放たれた。

 無謀な衛兵を炎が飲み込む。

 

「ぎゃあああ!」

 

 さらに飛行状態で放たれた炎は一直線に地面を焼き、都合三人の兵士を纏めて焼き払う。

 

“ジョール、ダニーク、ディボン。アーク、ファール、ラース、ソブンガルデ。我が名はミルムルニル。定命の者よ、ソブンガルデに逝くがいい”

 

 ミルムルニルと名乗ったドラゴンは再び旋回すると、両足の爪を立てながら、衛兵たち目がけて突っ込んでくる。

 飛行速度とドラゴンの体重が合わさった足撃は、五人の衛兵を巻き込んでミンチにしながら、地面に真紅の道を描く。

 わずか数秒の間に、偵察隊の四割の隊員が死亡した。

 

“さて、次の獲物は……グウ!”

 

 しかし、隊員を下敷きにして地面を滑走したミルムルニルの動きが泊まった瞬間、雷が彼の体を浴びせられた。

 雷を放ったのは、偵察隊を率いていたイリレスだ。

 放たれた紫電が蛇のようにドラゴンに纏わりつく。

 雷が空気を焼き、鼻を突く刺激臭が辺りに立ち込める。

 ダークエルフである彼女の魔法は、人間のそれと比べても頭一つ抜けている。

 イリレスが放った雷は詠唱のほぼいらない初級の魔法だが、イリレスのそれは数人纏めて感電死させられる威力があった。

 

「今よ! 一斉に斬りかかりなさい!」

 

 イリレスの合図に合わせて、ハドバル達と衛兵たちが一斉に斬りかかる。

 ミルムルニルの周囲を囲み、振り上げた剣を叩きつける。

 しかし、ほとんどの剣は強固な鱗の前にやはり弾かれる結果に終わった。

 数撃の剣は幾分薄い鱗を貫いたり、鱗の隙間に刃を入れることに成功しているが、致命傷には程遠く、ミルムルニルは全く痛痒を見せない。

 

「ぐっ! ヘルゲンを襲ったドラゴンよりはマシだが、これでは致命傷を与えることはできん! ぐあ!」

 

 次の瞬間、ミルムルニルが翼をはためかせ、周囲を囲んでいた衛兵たちを吹き飛ばした。

 さらに体をひねって鞭のような尾を振り回し、舞い上げられた衛兵を地面に叩き付けながら、流れるような動作で首を伸ばして近くにいた衛兵をかみ砕く。

 地面に叩き付けられた衛兵達は、地面にこびり付く紅い染みへと変わり、かみ砕かれた衛兵はピクピクと痙攣する肉塊になる。

 

「くっ!」

 

“フォス……ロウ、ダー!”

 

 イリレスが再び魔法でドラゴンを牽制しようと手を向けるが、彼女が魔法を放つよりもはるかに早く、ミルムルニルのスゥームがイリレスを襲った。

 目に見えぬ衝撃波がイリレスを吹き飛ばし、彼女の体を岩に叩き付ける。

 岩に叩き付けられた衝撃で動けないイリレスに、ドラゴンが追撃のスゥームを放とうとする。

 

「ていやっ!」

 

 しかし、ドラゴンの追撃を妨げるように、カシトが攻撃を仕掛けていた。

 彼は素早い身のこなしでミルムルニルの死角である背後に回り込み、ドラゴンの背に足をかけて跳躍。

 ミルムルニル頭の真上から、短剣を相手の眼を狙って振り下ろしてきた。

 しかし、ミルムルニルは自分の体を使って強襲してきたカシトに気付くと、首を下してカシトの剣撃を躱して、逆にカシトをかみ砕こうとしてきた。

 

「うおっと! あ、あぶ、あぶな!」

 

 逆撃を仕掛けられたカシトは慌てて体を捻り、迫りくるドラゴンの鼻先を蹴って離脱する。

 軽い口調でいまいち危機感を感じさせないが、カシトとしても紙一重の回避だった。

 互いに間合いを離したドラゴンとハドバル達は、一時的に相手を窺うように睨み合う。

 しかし、どちらが優勢かは誰の目にも明らか。

 既に半数以上の兵士が殺され、生き残った兵も吹き飛ばされた時の衝撃で動けない様子だった。

 一方、満身創痍のイリレス達に比べ、ドラゴンはまるで弱った様子がない。

 

“僅かとはいえ、わが身に傷を入れられるとは。少々驚いたぞ、定命の者達よ”

 

 ミルムルニルが興味深そうな視線がイリレスたちに向ける。

 その視線に込められた喜悦の色に、イリレス達は彼我の戦力差を否が応にも自覚させられていた。

 ミルムルニルにとって、この戦いは単なる遊戯だ。

 受けた傷も、遊びの最中にちょっと指を擦りむいた程度のものでしかない。

 ほぼ無傷のドラゴンに比べ、イリレスの率いた兵は全滅状態。

 魔法もドラゴンの鱗に阻まれ、僅かに動きを鈍らせる程度の効果しかなく、剣も弓もほぼ効果がない有様である。

 

「こりゃあ無理だね。オイラはさっさとここから逃げた方がいいと思うよ!」

 

 カシトが撤退を提案する。

 イリレスも、カシトの案には賛成だった。

 ドラゴンを倒すには、あまりにも戦力が足りないし、今のイリレスの任務はドラゴンを倒すことではなく、情報を持ち帰ることだった。

 問題は、どうやって目の前のドラゴンを振り切るか。

 

「カシト、お前は逃げるといい」

 

「は? アンタはどうするのさ?」

 

「私は残る。イリレス殿とお前が撤退するまで、時間を稼ぐ」

 

 殿を買って出たのは、ハドバルだった。

 隣にいたカシトとイリレスが、驚きに目を見開く。

 

「ちょっとアンタ! 自分が何言っているか分かっているのか!?」

 

「ハドバル殿、死ぬつもりか!?」

 

「他に適任がいない」

 

 イリレスはバルグルーフの私兵であり副官だ。ホワイトランの今後を考えれば、今失うわけにはいかない。

 カシトはそもそも、戦闘技能や装備から、殿が行う遅滞戦闘には向いていない。

 この場で殿に適した人間は、ハドバルだけだった。

 

「カシト、その日暮らしのカジートのお前は、帝国軍などどうでもいいのだろう?」

 

「ああ、どうでもいいよ。特にノルドなんて、どこで野たれ死んでも気にならないし、ダークエルフもさっさと豚の肥やしになれって思うよ」

 

 興奮したのか、吐き捨てるような口調でまくしたてるカシト。

 その言葉の一つ一つに、彼が今まで生きてきた人生が凝縮されているようだった。

 

「ああ、そうだ。お前はそういう奴だ。お前が気にしているのはケントだけだ。そうだろう?」

 

「…………」

 

 沈黙が、ハドバルの問いかけを肯定していた。

 そして、カシトもまた理解していた。

 カシト達だけでは、どう頑張ってもあのドラゴンを倒せない。だがドラゴンはカシト達を殺した後、次にホワイトランを襲うだろう。

 カシトの脳裏に、炎に包まれながら、悲鳴を上げる唯一の友人の姿が浮かぶ。

 それは、カシトにとって絶対に許容できないことだった。

 

「現状の最高指揮官として、現時刻をもってお前を帝国軍の指揮下から解く。お前は自由だ」

 

「お、おい!」

 

「行け!」

 

 カシトの返答を聞かないまま、ハドバルは盾を構えてドラゴンに吶喊していった。

 

「ハドバル殿、武運を!」

 

 イリレスが踵を返して駆け出す。

 カシトは一瞬迷うように顔をゆがめたが、振り切るようにハドバルに背を向けると、イリレスの後を追って駆け出した。

 

“ヨル、トゥ、シューール!”

 

 ミルムルニルのファイアブレスがハドバルを襲う。

 地面を焼きながら疾走する炎の渦が、あっという間にハドバルを飲み込込んだ。

 

“メイ……。終わりか。せっかく待ってやったのに、あっけない……む!”

 

「うおおお!」

 

 炎の渦を突破したハドバルが、ミルムルニルに切りかかった。

 ハドバルの剣はミルムルニルの鱗に弾かれたが、自分のスゥームを突破されたことに ミルムルニルは驚愕に目を見開き、後方に跳躍して距離をとった。

 

“貴様、なぜ我が炎を受けて生きている”

 

「この盾は鋼鉄製だ。お前の吐息でも、焼くことはできんぞ」

 

“ふむ、確かにそのようだ。だが、お前の腕は無事ではあるまい?”

 

「…………」

 

 確かに、鋼鉄製の重装盾はドラゴンの炎を防いでくれていたが、灼熱の吐息に焙られた盾は高熱を帯び、ハドバルの手を盾越しに焼いていた。

 ハドバルは自分の手が焼ける匂いと、腕が千切れるような激痛を感じながらも、まるで痛痒がないかのように鼻を鳴らして構えをとる。

 敵には決して背を向けない、ノルドとしての姿がそこにはあった。

 

「感覚が無くても腕が上がれば盾も剣も使える。腕が上がらなくなれば、足で絞殺してやる。足を食いちぎられても、噛みついて戦うまでだ」

 

“ボゼーク、ジョール……その戦意やよし。定命の者よ。お前たちの力を忘れていたぞ”

 

 ハドバルの戦意に敬意を示すように、ミルムルニルが咆哮し、ハドバルに向かって駆け出してきた。

 迫りくる巨体に、ハドバルは強烈な死の予感を感じていた。

 同時に、迫りくるこの予感からは逃げられないことも理解していた。

 奇しくも、自分がヘルゲンで死んだ幼馴染と同じような運命を辿ることに、ハドバルは苦笑を浮かべる。

 

「レイロフと同じ死に方なのが唯一の不満だが、ここは死すべき故郷の地。悔いはない!」

 

 帝国軍に入った時から、ハドバルは既にノルドとして死ぬ覚悟はできている。

 後は、戦士として己の責務を全うするのみだった。

 

「スカイリムのために!」

 

 力なき者を守る。

 戦士としての矜持を胸に、死した旧友と同じ言葉を叫びながら、ハドバルは迫りくる伝説の獣を迎え撃った。

 



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第十二話 カシトの過去とドラゴンの再来

 ホワイトランへ向けて駆けるカシトの背後から、耳を裂くような咆哮が聞こえてきた。

 続いて聞こえてくる爆音と轟音に、カシトは唇をかみしめる。

 

「くそくそ! 本当にノルドって奴らはバカばっかりだ!」

 

 殿を買って出たいけ好かないノルドの顔を思い浮かべながら、カシトは吐き捨てる。

 カシト・ガルジットはその軽い言動とは正反対に、内心では他人というものを信じていない。

 それは、彼の今までの人生が、決して恵まれたものではなかったことに起因する。

 彼もまた、幼いころに家族を亡くし、厳しい現実と向き合わなくてはならなかった。

 カシトはカジートの中のシュセイラートと呼ばれる種族であり、家族でキャラバンを作り、タムリエル各地を回っていた。

 しかし、シロディールに向かう途中で山賊の襲撃に遭い、家族は離れ離れになってしまう。

 その後、彼はシロディールで浮浪児、いわゆる、ストリートチルドレンとして過ごした。

 両親も、兄弟もいない。

 故郷であるエルスウェアに帰りたくとも、子供一人ではどうにもならない。

 仕方なく、酒場の道端に捨てられた残飯をあさりながら、その日その日を何とか生きていた。

 そのような浮浪児は、珍しくない。

 たとえ捨てられるような残飯でも、浮浪児たちには命を繋ぐためのごちそうであり、当然そのごちそうをめぐっての対立がある。

 カジートであり、同年代のストリートチルドレンと比べても頭一つ抜き出た身体能力を持っていたカシトだが、徒党を組んだ相手には腕一本で勝ち続けることは困難だった。

 それでも生存競争を生き抜き、なんとか成人することができたカシトだが、カジートであり、浮浪児だった彼をまともに雇うような場所は存在しなかった。

 当時のシロディールは大戦後の破壊から復興した後に、一時的に景気が停滞していた時期だった。

 復興のための事業が終了し、儲かるような大きな仕事がなくなれば、人は皆、財布のひもを締め始める。

 その経済の停滞は、底辺の労働者であるカシトを直撃した。

 二束三文で働いても賃金をピンハネされるなんてことは毎度のことで、時には言いがかりをつけて逆に金をむしり取ろうとする者たちもいた。

 カジートだからと、不平等な境遇で働かされたことなど、一度や二度ではない。

 最後は同じ職場の仲間にあらぬ罪を着せられ、あわや牢にぶち込まれそうになる始末。

 幸いにも牢に入れられることはなかったが、脛に傷を持つカジートを雇うような場所は、シロディールにはもうなかった。

 だからこそ、カシトは帝国軍に入った。そこにしか、もう行くところがなかったのだ。

 当然、軍隊の中にも差別はある。

 それでも、食べていけるだけマシだった。

 カシトは、自分の人生を半ば諦めていたといっていい。

 そんな中、スカイリムの内乱を平定するために派遣された遠征先で、その少年と出会った。

 最初に会った時は驚かれたが、そこには敵意や嫌悪感は微塵もなかった。

 悪意のない、純粋な眼差し。

 支払いが滞って丁稚奉公をすることになった時も、彼はカシトが逃げたりするとは考えず、彼のミスを幾度となくフォローしてくれていた。

 カジートとして、言われなき悪意を向けられていた彼にとって、健人のごく普通の対応が、何よりも新鮮で、涙が出るくらいに胸に来る出来事だった。

 そして、あのノルドも、健人と同じような目をカシトに向けていた。

 純粋な、信頼の眼差しを。

 

「くそ!」

 

 軽い調子で流していた人生。

 悲嘆と諦観に満たされ、麻痺していた彼の心には、気が付けば煮えたぎるような激情が溢れていた。

 

「あれは……」

 

 その時、カシトの眼は自分たちの上空を追い越していくドラゴンの姿を捉えた。

 ドラゴンの向かう先はホワイトラン。

 地面を走るしかないカシト達と、空を飛ぶドラゴン。どちらが速いかなど分かりきっている。

 もう間に合わない。

 それでもカシトは、必死で馬を走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キナレス聖堂で衛兵たちの治療を終えたダニカと健人たちは、消費した医薬品を補充するために市に来ていた。

 薬はアルカディアの大ガマ、包帯に使う布などはベレソア百貨店という店で手に入る。

 健人たちがまず訪れたのは、ベレソア百貨店だった。

 

「いらっしゃい。何でも売るぞ。うちの妹でもな」

 

 ここの店主、ベレソアはブレトン。

 冗談でも身内を売るとかいうあたり、かなりの商売人気質な男性だった。

 百貨店を名乗るだけあり、店内の品はかなり多彩で、鉄製のアイロンやカンテラから、塩や保存食、宝石や鍛冶に使う鉱石なども販売している。

 健人はとりあえず、必要な量の布を集めながら、先ほどキナレス聖堂で見た光景を思い出していた。

 

「あれが回復魔法か……。すごかったな」

 

 魔法のない日本出身の健人にとって、間近で見た魔法は新鮮で、興味をそそられるものだった。

 

「俺も使えるかな……?」

 

「……お前、文字読めるようになったのかよ?」

 

「う……」

 

 ドルマからの突っ込みに、健人は肩を落とす。

 魔法を使うには、魔法の詠唱などを記した呪文の書から、魔法の使い方や術式などを知り、習得しなければならない。

 しかし、健人はまだタムリエルの文字を覚えきれていなかった。

 

「ケントは魔法に興味があるのですか?」

 

 付き添いでベレソア百貨店に来ていたダニカが、健人に尋ねてくる。

 

「ええ、自分も使えれば、もっとお役に立てると思うのですが、まだ読めない字もあって……」

 

「なら、私が教えましょう。ケントは頭がいいようですし、今は読めない文字もすぐ読めるようになるでしょう」

 

「ありがとうございます!」

 

 喜ぶ健人をみて、ダニカも顔をほころばせる。

 しかし、二人の様子を見ていたドルマが口を挟んできた。

 

「魔法か。エルフ並みに貧弱なお前にはぴったりだな」

 

「ドルマ、やめなさい。ケントは貴方達の力になろうと必死なのですよ?」

 

 元々ノルドは戦士としての気質を重んじるところから、魔法などの術を使う人間を蔑視する傾向があった。

 そんなノルドの気質を理解しているダニカが、健人の決意をあざ笑うような発言をしたドルマを諫める。

 しかし、肝心のドルマはダニカには視線を向けず、じっと健人を睨みつけていた。

 そんなドルマの態度に、ダニカが眉を顰める。

 

「ドルマ……」

 

「ダニカさん。それで、魔法ってどうやって使うんですか?」

 

 さすがにドルマの態度に我慢できなくなったのか、ダニカがさらに詰め寄ろうとするが、彼女の行動は遮るような健人の声に止められた。

 健人は睨み付けてくるドルマには視線を向けず、ダニカに魔法の使い方を尋ねてくる。

 己に向けられる隔意に気づきながらも、それを受容するような健人の行動に、ダニカは戸惑う。

 一方、ドルマは健人の行動にどこか失望したような目を向けると、背を向けて百貨店の扉へ向かって歩き始めた。

 

「……俺はアルカディアの大ガマに行く。別れたほうが用事も早く終わるだろう」

 

「ケント……」

 

「良いんです。ドルマが俺を信用できないことも理解していますから。それに、気にしているわけにもいきません……」

 

 そう言う健人の声には、どこか諦観したような色があった。

 健人自身、ドルマが抱く不信感については理解している。

 自分に力がないことも、あらゆる意味で足手まといであるということも、ホワイトランに来るまでの間に身に染みて理解させられた。

 それでも、無力のままでいる訳にはいかない。

 この世界で生きていかなくてはならないし、守りたい家族が残っている。

 変わらなくてはならない。強くならなくてはならない。

 その為には、今はドルマからの不信感を気にしている余裕はなかった。

 

「それで、魔法についてなんですけど……」

 

 魔法のことをさらに尋ねてくる健人に、ダニカは戸惑いながらも、質問に答える。

 

「魔法は体内にある魔力……マジカを消費して使用します。マジカとはエセリウスからこの地に降り注ぐ力の事で……」

 

「おおう小僧、魔法に興味があるなら、いいものがあるぜ」

 

 カウンターで二人の話を聞いていたベレソアが、口を挟んでくる。

 商売の匂いを嗅ぎつけたのか、猫のように鼻をヒクつかせたブレトンの商人は、頼んでもいないのに棚の奥から一本の杖を取り出して、見せつけるようにカウンターの上に置いた。

 

「これは強力なエクスプロージョンの付呪が込められた魔法の杖だ。これさえあれば、強力な破壊魔法が使えるようになるぞ!」

 

 まるで早朝から深夜までTVで流れている健康通販のような口調に、健人の目が細くなる。

 明らかに不審を抱いていた。

 一方、ベレソアとしても健人の反応は想定内なのか、この杖がいかに有用かを、続けざまに語り掛けてくる。

 

「確かに、魔法の杖は一本で1つの魔法しか使えないが、小僧は魔法が使えるようになりたいんだろう?

 当然、今はエクスプロージョンなんて強力な魔法は使えなくても、現実に強力な魔法を目の前で見ることが出来ることは、魔法の習得でも参考になると思うぞ。

 それに、備えあれば患いなしともいう。自分が使えない魔法が、いざという時に使えるのはとても有用で……」

 

「ベレソア、そこまでにしなさい」

 

 ベレソアの販促に、ダニカが待ったをかける。

 

「嘘は言っていないぞ」

 

「嘘は言っていませんが、肝心なことも言っていないでしょう? ケント、魔法の杖は確かに使用者に魔法を使えるようにしますが、使える回数には限りがあります」

 

 付呪による魔法の杖には、例外なく使用回数というものが存在する。

 強力な魔法はそれだけ消費も早く、使用回数は少なくなる。

 エクスプロージョンは直接的な攻撃を目的とした破壊魔法の中でも、上位の魔法だ。

 当然、それだけ燃費が悪くなる。

 

「それに、使用者本人が魔法を覚えるわけではありませんので、使い切れば魂石で力を補充しなければならない」

 

「魂石?」

 

「魂が込められた石で、付呪に使われる道具です。この店の店主は、杖の買い手に補充用の魂石も売りつけることも考えているのですよ」

 

 付呪に使われる魂石は貴重品で、軒並み価格が高い。

 特に最上位となる極大魂石は、魂を充填されていない状態で、この世界で家に次ぐ資産である馬とほぼ同価格である。

 つまり、このベレソア。消費の激しい魔法の杖を売りつけた上、魂石の販売による収益も狙っていたのだ。

 さすが妹すら売りに出すと豪語する商売人。利益の追求に余念がない。

 

「なら小僧、この雷のマントのスクロールはどうだ? なんでも、ジェイ・ザルゴっていう高名な魔法使いが作ったスクロールで……」

 

「スクロールは一回こっきりの使い捨て。携帯性は良いですが、結果的に魔法の杖よりコストが掛かります。

 それに、雷のマントは周囲に雷を帯びるものですが、時間制限があり、しかも接近戦でしか使えません。ついでに、ジェイ・ザルゴなんて名前の魔法使いは聞いたことがありません」

 

「おいダニカ、営業妨害だぞ」

 

「純粋で、世間知らずのケントを騙そうとする貴方に言われたくありません」

 

 商売を邪魔されたベレソアが不満を上げるが、ダニカは彼の抗議を一蹴する。

 

「そもそも、今の俺にそんなお金の持ち合わせはないですよ」

 

 大体、健人にはそんな高価な魔法の品を買うだけの余裕はない。

 リバーウッドでいくらか装具を貰うことは出来たが、ほぼ着の身着のままでヘルゲンから逃げてきたのだから。

 健人の事情を知らないベレソアは相変わらず健人に魔法の杖を勧めてくるが、健人と ダニカは買う品を淡々と集めて、カウンターの上に置いた。

 

「ケント、あなたは商品を持って外で待っていてください。私は会計を済ませます」

 

「はい」

 

「ちぇ、せっかくのカモになるかと思ったのに……」

 

「いいから、早く会計をしなさい」

 

 新客を逃したベレソアが、不精不精といった様子で、ダニカがカウンターに置いた商品の会計を済ませていく。

 健人は買った商品を持っていた麻袋に詰めて、一足先にベレソア百貨店を出た。

 刻限はすでに黄昏時。日中は賑やかだった市場も、少しずつ様相を変えていた。

 露店を出していた人達は家路につくのか、店を片付け始めている。

 代わりに宿屋の周りには、仕事終わりに一杯ひっかけるつもりなのか、徐々に人が集まっていた。

 健人は広場の中央に設けられた井戸の縁に腰かけながら、これからのことを考えていた。

 

「ダニカさんから魔法を習得できれば、生活はどうにかなるだろう。問題は、その間の生活資金をどうするかだよな……」

 

 このタムリエルで、魔法を習得している人間は少ない。

 どんな場所であれ、絶対に需要はあるだろう。

 当面の生活費も、健人にはアストンの宿屋で働いていた経験がある。このホワイトランのバナード・メア、もしくは正門近くにある酒場、酔いどれハインツマンでも多少の仕事は貰えるだろう。

 問題は、ノルド自体が魔法に対する嫌悪感が強い事。そして、地球人である健人がこの世界の魔法を習得できるかどうかわからない点だ。

 前者についてはノルド自身の気質や、彼らの歴史における過去の遺恨もあり、健人にはどうにもならない。

 後者についても、こればっかりはもう本番で使えることを願うしかなかった。

 

「おい、よそ者」

 

 アルカディアの大ガマで薬を買っていたドルマが、薬が入っていると思われる麻袋を肩にかけながら戻ってきた。

 

「ドルマ、薬はあったの?」

 

「見ればわかるだろうが。一々訊かなきゃわからないのかよ」

 

 ドルマは不機嫌さを隠そうとしないまま、健人を見下ろしてくる。

 

「そっちこそ、一々絡まなきゃ気が済まないのかよ……」

 

 一方の健人も、変わることのないドルマの態度にいい加減腹が立ってきた。

 ドルマの不信感は理解していても、健人もまた十代の少年だ。

 精神的に成熟しきっていない上に、立て続けに襲ってきた危機によるストレスもある。

 今までは自分の出生を口にできないことに対する後ろめたさから、何も言い返せなかったが、ドルマに対してある種の割り切りをしたことで、押し込んでいた悪感情が溢れ出てしまっていた。

 

「……ああ? 何か言ったか」

 

「別に……」

 

 案の定、健人が漏らした独り言に、ドルマが突っかかってくる。

 自分の悪感情が漏れてしまったことに、健人はしまったと思いながらも、つい目をそらしてしまう。

 そんな健人の中途半端な態度が、さらにドルマをイラつかせる。

 ある種の悪循環だった。

 

「ああ、仲間のノルドじゃないか。どうかしたのか?」

 

 そんな時、知らないノルドが話しかけてきた。

 よく見ると、話しかけてきたノルドの顔は赤く、吐く息から強い酒精の臭いが漂ってくる。どうやら、このノルドはかなり酔っぱらっているらしい。

 

「俺はジョン・バトルボーン。この街と首長に長く仕えてきた、バトルボーン家の一員だ。兄弟はどこから来たんだ?」

 

 訊いてないのに名を名乗ったノルドは、酔っ払い特有の厚かましさから、ドルマの肩を組んでくる。

 あまりに気安い態度に、ドルマの眉がわずかに吊り上がる。

 

「……ヘルゲンだ」

 

「そうか! あそこじゃ、かなり美味い料理を出す酒場があるんだろ? 住んでいるホールドが違えど、同じノルドは大歓迎だ!」

 

 陽気な態度を崩さないジョンの様子から見るに、ヘルゲンが壊滅したことは、まだ聞いていないことが窺える。

 だが、美味い料理を出す酒場という言葉に、健人の顔に影が差した。間違いなく、アストンの酒場のことだろうと思ったからだ。

 ドルマもジョンが言った酒場が思い当たったのか、ピクリと肩を震わせ、口元を歪めている。

 一方、酔っぱらったジョンは変わったドルマの雰囲気には気づかない。

 酒の勢いに任せるまま、声高にノルドのすばらしさを口にしている。

 さらに間の悪いことに、ジョンの視線がドルマの隣で座っていた健人に向けられた。

 

「なんだこいつは。こんな奴、このあたりじゃ見たことないな」

 

 明らかな不信感と隔意を滲ませる声色と視線に、健人は、また絡まれるのかと、内心でため息を漏らした。

 酒に酔ったノルドに絡まれるのは、健人としても初めてではない。アストンの酒場で働いていた時にもあった事であり、その時はアストンに対する恩義から、突っかかってくるノルドに対しては事務的な笑顔でしっかりと受け流していた。

 しかし、今の健人には、自分の悪感情を抑え込むための枷がなかった。

 さらに、先ほどまでドルマから同じような視線を向けられていたこともあり、今まで胸の内で抑え込んでいた憤りが、どろりと溢れ出してしまう。

 そして、そんな悪感情ほど、人には伝わりやすいものだった。

 

「なんだその目は。我らが土地に勝手に入ってきたよそ者のくせに……」

 

 案の定、健人の目に不機嫌になったジョンが、健人に絡み始める。

 酒精で呂律の回らない口から出てくる言葉も、健人にとってはヘルゲンで聞きなれた言葉だった。

 よそ者、邪魔者、さっさと生まれ故郷に帰れ。

 耳にタコができるほど聞かされた言葉だ。

 

“俺だって、帰れるなら帰りたいさ!”

 

 そもそも、健人は望んでこの地に来たのではない。気が付いたらこの異世界に迷い込んでしまった人間だ。

 母親はすでに亡くなっていたが、それでも大事な肉親がいたし、友人だっていた。

 そんなごくありふれた、しかしながら、かけがえのない日常があったのだ。

 しかし、そんな日常は、ある日唐突に奪われた。その理由も、原因も、何もかもが分からないまま。

 理不尽な現実と、無遠慮で心無い言葉に、健人の心はささくれ立つ。

 それでも、無様に大声で泣き叫ぶことなどしないと、健人はグッとこぶしを握り締めて、グツグツと煮えたぎる憤りに蓋をする。

 一方、酔っぱらいのジョンは、睨み返しては来るものの、一向に言い返してこない健人の態度に気を大きくしたのか、さらに無遠慮な言葉で罵倒を始める。

 

「なんだよ。言い返して来いよ! このスキーヴァ野郎。こそこそ隠れて穴の奥で震えるだけが精一杯か!?」

 

「おい……」

 

「なあ、あんたもそう思……ぐえ」

 

 隣にいたドルマにまで話を振ろうとしたジョンだが、なんとドルマがジョンの言葉を遮るようにその首に手をかけていた。

 杭のように太いドルマの指がジョンの首にめり込み、ミシミシと万力で締め付けるような音が漏れる。

 突然首を絞められたジョンは驚きに目を見張っているが、そんな酔っぱらいを見つめるドルマの目には、先ほどとは比べ物にならないほどの憤怒の炎が揺らめいていた。

 ドルマの怒気に当てられたためか、ジョンの顔色が真っ青に変わる。

 

「こいつがスキーヴァなら、ペチャクチャうるせえお前は盛ったニワトリか。さっさと失せろ」

 

 静かな声色に燃えるような怒りを込めて、ドルマはジョンの体を突き飛ばすように押し出した。

 強烈な怒気に当てられ、突き飛ばされてたたらを踏んだジョンは、聞き取れないような罵声を上げると、ヨロヨロと覚束ない足取りで走り去っていった。

 

「どういうつもり?」

 

「…………」

 

 健人は突然自分をかばったドルマに、不信感ありありというような表情を向けている。

 先ほどまで酔っぱらいと同じように自分を罵倒してきた相手が突然庇ったのだ。疑うのも無理はない。

 一方、ドルマは問いかけるような健人の視線を拒絶するようにそっぽを向くと、腕を組んで黙り込んでしまう。

 相も変らぬその拒絶の色に、健人もそれ以上何も訊かず、そのまま二人は黙り込む。

 

“なんで、俺はこいつを庇った?”

 

 実のところ、ドルマ自身も、自分の行動に内心驚いていた。

 健人の事を信じられない気持ちは、今でもドルマの胸の奥にある。

 しかし、この不審な青年が、あの酔っぱらいに侮辱されることも我慢できなかった。

 なぜ自分はこのよそ者をかばったのだろうか?

 自分でもよくわからない疑問にドルマは腕を組み、顔を明後日の方向に向けながらも、横目で健人を覗き見る。

 ノルド、レッドガード、ブレトン、インペリアル。

 このタムリエル大陸のどの種族とも違う肌と、黒髪。

 鳶色の瞳と凹凸の少ない顔が、不機嫌そうな表情を浮かべている。

 ドルマは、健人の記憶喪失の話を信じてはいない。そもそも、簡単に人を信じるようなら、生きてはいけない世界だ。

 それに、アストンの宿屋で働いていた時の健人の様子も、ドルマの不信感を助長していた。

 健人が保護された当初は、彼は言葉すら分からない様子で、意思疎通すら困難だったことから、不信感はあれど、嫌悪感はそれほどでもなかった。

 だが、アストンでの宿屋で働いている間の健人は、明らかにそのような接客業を経験してきた者の立ち振る舞いだった。

 料理の作り方にしても、暖炉の火の扱いは雑だったが、発想はすごく斬新で技術を身に着けるのも早いという話を、ドルマはエーミナから聞いている。

 計算能力も高く、アストンの帳簿の確認作業に一役買っていたという話も耳にしていた。

 そのくせ、九大神の異名を知らないなど、一般常識にすら欠けている面をのぞかせる時がある。

 白痴のように無知な面と、驚くほど高度な教育を受けた形跡を併せ持つ、不審者。日常の中に、突然現れた異物。それがドルマから見た健人の姿だ。

 だからこそ、ドルマは健人を信じきれないし、彼の自分の意思を表に出さない態度にも不快感を覚える。

 その鳶色の瞳の奥に、何か秘密を隠していることを、本能的に感じ取っているから。

 だが、そんなドルマの懊悩を遮るように、大きな影が差した。

 一体何かとドルマが空を見上げると、巨大な翼を広げた怪物が、悠々と空を舞っていた。

 

「あれは……ドラゴン!?」

 

 ドラゴンに気づいた健人が、声を上げた。

 ホワイトラン上空を旋回していたドラゴンは、翼を広げて急降下してくる。

 ドラゴンが降りてくる先は、ギルダーグリーンの広場だ。

 そう、隣にキナレス聖堂がある広場である。

 

「っ!」

 

 健人とドルマは、互いに視線を交わすと、キナレス聖堂のある風地区を目指して、示し合わせたように駆け出した。

 

 

 



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第十三話 ありふれた死、戦士達の覚醒

注意。
今回のお話については、かなりドギツイシーンがあります。
人によっては嫌悪感を催す可能性がありますので、ご注意ください。


 健人達が買出しに出ている間、リータはエルダーグリームの公園のベンチに腰を降ろして、ボーっとしていた。

 夕焼けが照らし出す朱色に染まったエルダーグリームは、昼間見た時とは違い、リータにはどこか哀愁を感じさせるものと映った。

 視線を横に向ければ、仕事を終えて家路につく街人達の姿が見える。

 家へと帰る人達と、それを笑顔で迎える家族。

 ほんの少し前までリータにもあったはずの、当たり前の幸せの姿だった。

 そんなごく普通の家族の姿を目の当たりにするからこそ、この黄昏がリータには一層もの淋しさを感じさせるものになっていた。

 

「お姉さん、ゴールドを恵んでくれませんか?」

 

 ボーっと市場の様子を眺めていたリータだが、唐突に声をかけられた。

 声の聞こえてきたほうに目を向けると、金色の髪を肩くらいに伸ばした、十歳くらいの少女が立っている。

 その少女を見て、リータは思わず眉を顰めた。少女の身なりが、あまりにみすぼらしかったからだ。

 

「あなたは?」

 

 少女が着ているのは薄汚れたボロボロのチュニック。靴も破れていて、霜焼けに腫れた足の指が靴の穴から覗いている。

 どこからどう見ても、身寄りのない浮浪児だった。

 何より、リータが慄いたのは、その娘の瞳があまりにも虚ろだったからだ。

 

「私はルシア。お姉さん、ゴールドを恵んでくれませんか?」

 

「お父さんとお母さんは?」

 

 空虚な瞳で見上げてくる少女に、リータは思わずそんな問いかけをしてしまう。

 次の瞬間、空虚だった少女の瞳に暗い影が差した。

 リータは思わず“しまった”と思い、自分の迂闊さに唇と噛み締めた。

 こんな風体の少女の両親がどうなったのかなど、簡単に思いつく。そして、そんな境遇の少女が、どんな目にあってきたのかも想像に難くない。

 少なくとも、まともな環境で生活できていないことは直ぐに理解できる。

 

「二人とも死んだの……」

 

 そんなリータの予感は、悪い方向で的中していた。

 案の定、少女の両親はすでに亡くなっていた。

 しかも、少女は両親が持っていた農場を、その後からやってきた親戚に奪われて家を追い出されてしまったらしい。

 行き場のなくなった彼女は、こうして街を行きかう人たちからゴールドを恵んでもらいながら、何とか生きてきたとのこと。

 

「これからどうしたらいいか、何をしたらいいのかもわからない……」

 

 亡くした父と母を思い出したためか、空虚で何も映していなかったルシアの瞳が揺れ、悲哀の色を帯びる。

 そんな時、リータとルシアの耳に、明るい声が聞こえてきた。

 

「お母さん、今日の晩御飯は?」

 

「キャベツとリンゴのシチューよ。それから、チーズとベーコン、ニンジンのソテーも付けましょうか」

 

「ええ~。私ニンジン嫌い~!」

 

「だ~め。おっきくなるためにも、野菜もきちんと食べなさい」

 

「むう~~~」

 

 そこにいたのは笑顔に包まれた母と娘だった。

 娘はルシアと同じくらいの年ごろで、母も顔立ちが整った、美人と言える容姿を持っている。

 商店街の露店で野菜を売っていた親子だ。

 娘の好き嫌いを諌める母と、そんな母の言葉に、娘は不満げに頬を膨らませている。

 そんな親子の姿を見ていたルシアの瞳から、一筋の涙がこぼれた。

 

「ママ、パパ……」

 

 リータはベンチから立ち上がると、地面に膝立ちになり、呆然としているルシアをそっと抱きしめた。

 冷え切ったルシアの体に体温を奪われるのを感じながら、リータはルシアを抱きしめる腕に力を込める。

 

「私もね、お父さんとお母さんがいくなっちゃったの。一緒だね……」

 

「…………」

 

 沈黙が二人の間に流れる。

 片や物乞いの少女。片や家族を焼き殺された難民。

 家を親戚に追い出されたことは聞いてもリータはルシアの事はよく知らない。ルシアもリータがドラゴンに両親を殺されたことは知らない。

 双方、互いの事情は知らずとも、胸に抱く疑問は同じだった。

 

“どうして、自分はこんな目にあっているのだろうか?”

 

 出会ったばかりの2人の少女は、互いにどこかシンパシーを感じながら、傷を舐め合うように身を寄せあっていた。

 

「リータ!」

 

「ケント? それにドルマ?」

 

 唐突に掛けられた叫び声に、リータは顔を上げた。

 よく見ると、焦った様子の健人とドルマが、こちらに向かってかけてくる姿が見える。

 その時、リータとルシアを黒い影が覆った。

 

「え!?」

 

 思わず空を見上げると、黄昏に染まる太陽を、巨大な影が覆っていた。

 影はあっという間に大きくなり、その全貌をさらす。

 被膜に覆われた両腕と、剣山のような鱗に覆われた緑色の巨躯。

 長く伸びた首の先にある、蛇を思わせる頭部の口には、黒い何かを咥えている。

 それは西の監視塔を襲ったドラゴン、ミルムルニルだった。

 

「ドラゴン!?」

 

 突然現れたドラゴンは一気に急降下してくると、公園の周囲の柱をなぎ倒しながら着地した。

 ドラゴンが着地した衝撃で地面が震え、衝撃波がリータとルシアを吹き飛ばし、二人は抱きしめ合ったままゴロゴロと地面を転がった。

 石畳に叩き付けられる痛みを、歯をくいしばって耐えながら、リータはルシアを守ろうと彼女の体をギュッと抱きしめる。

 数秒間、地面を転がったリータは、公園の端に建てられている家の壁にぶつかり、ようやく止まった。

 全身に走る痛みに耐えながら体を起こすと、茫然としている健人とドルマの姿があった。

 彼らの視線は、舞い降りたドラゴンの口に向けられている。

 正確には、ドラゴンが咥えている黒い何かだった。

 

「……え?」

 

 その黒い塊は、よく見れば人の形をしていた。否、焼け焦げた人そのものだった。

 ドラゴンの巨躯でよくわからないが、おそらくは大柄なノルドの男性。

 炭化した髪は、茶色の地毛が残っていた。

 真っ黒に焦げた鎧は、よく見ればヘルゲンで見慣れた帝国軍兵士の装具だ。

 左手には帝国軍の紋章が刻まれた菱形の大盾が握りしめられている。

 

「ハド、バルさん……」

 

 それは、つい先ほど、笑顔で別れたハドバルの変わり果てた姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 再び目の前に現れたドラゴン。

 ヘルゲンを襲った個体とは違うが、それでもその巨躯から放たれる威圧感は、健人がホワイトランに来るまでに戦ってきたオオカミやストームクローク兵とは比較にならない。

 だが、健人を何よりも茫然とさせたのは、恩人であるハドバルの死だった。

 呆然とたたずむ健人の脳裏に、つい数時間前の、ハドバルとの最後の別れが思い出される。

 

“再会したら、ハチミツ酒を一緒に飲もう”

 

 無力な自分に戦士としての心構えを教えてくれたハドバル。

 この世界で常に孤独を感じ、無力感を覚えていた健人にとって、その約束は将来が見えないこの世界で、闇夜に差す数少ない光の一つだった。

 しかし、その約束は、永遠に果たされることがなくなってしまっていた。

 

「この野郎! ハドバルさんを放せ!」

 

 ハドバルの死に激高したドルマが、背中の大剣を抜いてドラゴンに斬りかかる。

 しかし、ドラゴンは吶喊してくるドルマを横目で一瞥すると、翼をはためかせ、ドルマを弾き飛ばす。

 

「ぐあ!」

 

 弾き飛ばされたドルマは広場の端まで吹き飛ばされ、近くの民家の壁に叩きつけられてしまった。

 ドラゴンは斬りかかってきたドルマには興味がないのか、咥えていたハドバルの遺体を放り投げると、視線をリータと彼女が抱えるルシアに向けた。

 二人の前に、黒焦げになったハドバルの遺体が落ち、彼が持っていた盾が地面に転がる。

 

「ひっ!?」

 

 目の前に転がった焼死体を見て、ルシアが悲鳴を上げた。

 

“スリ、アルドゥイン、オファン、ディノク、ジョーレ。主、アルドゥインの命により、お前たちを粛清する。定命の者どもよ。逃れられぬ己の運命を受け入れよ”

 

 ドラゴンが二人を噛み砕こうと、その口蓋を開く。

 

「……はっ、リータ! 逃げろ!」

 

 ハドバルの死に呆然としていた健人は、ドラゴンの狙いがリータになったことで我に返ると、二人とドラゴンの間に割り込み、盾を構えた。

 しかし、ドラゴンの咬合力は、健人の想像以上のものであり、噛みつかれた盾はメキャリという耳障りな音とともに、一瞬でひん曲がってしまった。

 

「な、なんて……がはっ!」

 

「ケント!?」

 

 さらにミルムルニルは、かみ砕いた盾ごと、健人を振り回し、その勢いのまま、彼を空中に放り投げた。

 放り投げられた健人の体が宙を舞い、市場のある平野地区へ向けて飛んでいく。

 

「あっ……」

 

 無重力空間にいるような浮遊感の後、落下し始める健人の体。

 落下の加速で狭くなる視界の中に、先ほど買い物をしていたベレソア百貨店の屋根が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 健人を放り投げたミルムルニルは、改めてリータとルシアに視線を向ける。

 恐怖で完全に動けなくなっている二人だが、ミルムルニルがその牙を二人に突き立てる前に、それを阻止せんと、再び双方の間に割って入ってくる人物がいた。

 

「うおおおお!」

 

「ドルマ!?」

 

 先ほど、ドラゴンのブレスで吹き飛ばされていたドルマが、再びミルムルニルに斬りかかる。

 当然、ドルマの剣は鱗に阻まれ、ミルムルニルにはいかほどのダメージも入らない。

 しかし、ドルマは構わない。彼にとって必要なのは、後ろの少女が逃げるための時間を稼ぐことだからだ。 

 

「リータ、その餓鬼を連れてここから離れろ! ここは俺が何とかする!」

 

“むっ”

 

 その時、無数の矢と共に、鬨の声が響いた。

 ギルダーグリーンの広場を囲む通路と、ドラゴンズリーチへ続く階段から、衛兵たちが殺到してくる。

 その先頭に立つのは、ホワイトランを統べるバルグルーフ首長。

 

「衛兵たちよ、剣を取り、私に続け! ホワイトランを守るのだ!」

 

 バルグルーフは剣だけを携え、鎧も身に纏っていない。

 おそらく、ドラゴンの襲撃に気づいて、すぐに宮殿を飛び出したのだろう。

 しかし、そんなことは関係ないとばかりに、バルグルーフは兵たちを率いて、ドラゴンへ向けて突進していく。

 辣腕の首長も、その心根は勇猛果敢なノルドであった。

 さらに、ギルダーグリーンの広場に隣接している大きな建物から、衛兵たちとは違う、狼を思わせる武骨な鎧をまとった戦士たちが飛び出してきた。

 同胞団。

 このホワイトランを拠点としている、長き伝統を持つ、誇り高き戦士たちの集団だ。

 その同胞団の戦士たちを率いるのは、隻眼の老戦士、コドラク・ホワイトメン。

 

「古のドラゴンと、こんな所で戦うことができるとはな」

 

 狼を連想させる鎧を身に纏ったこの戦士は、スカイリムで知らぬものはいないほど高名な戦士である。

 そして、ホワイトランに存在する全戦力と、ドラゴンの戦いの火ぶたが切って落とされた。

 先の西の監視塔の時とは比較にならない数の戦士たちが、ドラゴンに殺到する。

 

「ドラゴンを殺せ!」

 

「勝利か、ソブンガルデかだ!」

 

 力強い咆哮と共に、携えた得物をたたきつける戦士達。

 数十の刃がミルムルニルに叩きつけられ、その一部が、かのドラゴンの皮膚を裂く。

 いくら致命傷には程遠くとも、数が数である。

 さすがにウザったいのか、ミルムルニルの瞳に苛立ちの色が浮かんだ。

 

「むうううん!」

 

“ゴアっ!”

 

 さらに、コドラクの強烈な一撃がミルムルニルの左足に叩きつけられた。

 堅牢な鱗がはじけ飛び、鮮血が舞う。

 ミルムルニルのうめき声が響いた。

 初めてドラゴンに痛打を与えたことに、戦士と衛兵たちの士気はさらに高まった。

 一方、首長の兵と同胞団の参戦に一時的に受け身に回っていたミルムルニルだが、ここにきて痛打を受けたことに焦れたのか、激高した様子で反撃に出る。

 

“煩わしいぞ、定命の者たちよ!”

 

「ぎゃ!」

 

「があ!」

 

 翼をはためかせて群がる兵たちを吹き飛ばし、その巨体で踏みつぶす。

 大木を思わせるほどの太い尾を鞭のようにしならせ、打ち付けて轢殺する。

 

“ヨル、トゥ、シューーール!”

 

 そして、その口蓋を開き、シャウトを放った。

 シャウト。別名スゥームとも呼ばれる、ドラゴン達の力の根源。天すらも揺るがす伝説の魔法である。

 突風を伴う炎の吐息が、直線状の衛兵たちを飲み込んで焼き殺す。

 さらに、舞い上がった炎は広場のアーチ状の建材を焼き、ギルダーグリーンに引火。

 瞬く間に、広場と巨木を、炎で包み込んだ。

 

「あ、ああ……」

 

「むう……」

 

 ミルムルニルのスゥームに、高まっていた衛兵たちの士気が、一気に低下した。

 スゥームはドラゴンが持つ古の魔法だが、その声の力は、魂に直接作用するほど強烈なものだ。

 人が使った“シャウト”ですら、使い手によっては相手を殺す可能性がある。

 ドラゴンという人間よりもはるかに高位の存在が憤怒を込めた声は、脆弱な人間の本質的な恐怖を呼び起こすには、十分すぎた。

 

「うおおお!」

 

 戦いに高揚していた衛兵たちが恐怖に陥り、コドラクやバルグルーフすらも委縮させる声。

 しかし、その声を間近で聞いてなお、折れぬ者がいた。

 ヘルゲンでドラゴンの襲撃から生き延びた人達の一人、ドルマである。

 

“まだ折れぬ者がいるか!”

 

「うるせえ! お前は、お前たちだけは、絶対に殺す!」

 

 彼がミルムルニルのスゥームを聞いても委縮しなかったのは、ヘルゲンで一度、その声を聴いていたからである。

 なにより、あのアストン夫妻を殺し、幼馴染に癒えぬ傷を与えたドラゴンに屈するなど、ドルマには死んでもごめんだった。

 

「ふ、威勢のいい若造だ。負けてられんな!」

 

 自分よりもずっと若い者が、伝説のドラゴンを前に啖呵を切ったのだ。

 そんなドルマの姿をみて、コドラクは笑みを浮かべた。

 コドラクと同じように、バルグルーフも戦意を取り戻したのか、動揺している兵士たちに檄を飛ばす。

 

「衛兵たちは同胞団を援護しろ! コドラク、ドラゴンにシャウトを使わせるな!」

 

 ドラゴンとの戦いが再開される。

 しかし、今度は先ほどと違い、主力となっていたのは、衛兵ではなく、同胞団とドルマだった。

 ドルマとコドラクがミルムルニルの正面で相対し、ドラゴンがスゥームを使おうとすれば、すぐさま妨害に入り、さらにドラゴンの側面から衛兵と残りの同胞団の戦士たちが援護をする。

 少数の精鋭を主とした戦略だ。

 しかし、同胞団に比べ、やはり力量で劣る衛兵の損害は大きい。

 突風を巻き起こす翼に足を止められ、大木を思わせるほど巨大なくせに、素早く動く尾に潰されていく。

 

「コドラク! 衛兵たちをただぶつけても、無駄死にさせるだけだ。同胞団の、他の戦士らはどうした!?」

 

「巨人退治に出払ってる! ここにいるのは我らだけだ!」

 

 先ほどのように一気に潰されることはないが、ホワイトランの戦力は徐々にすりつぶされていた。

 傷を負えど、瞬く間にホワイトランの衛兵たちを焼き殺していくミルムルニル。

 ミルムルニルが負ったダメージの中で、唯一“傷”と言っていいのは、コドラクの一撃だけだ。

 同胞団の戦士たちの力量は、衛兵とは比較にならない。

 しかし、その同胞団も今は数が少ない。大半の人員が、巨人退治に出ているためだ。

 

“驚いた。ここまで戦える戦士がまだいるとはな。しかし、それも終わりだ!”

 

 ミルムルニルが翼をはためかせ、その巨体を捩じる。

 そして、尾を振り上げ、すさまじい勢いでその場で回転した。

 それはさながら、竜巻のようだった。

 猛烈な旋風と大質量が、前線を張っていた戦士たちに叩き付けられる。

 

「ぐあ!」

 

「ごっ!?」

 

 その回転による一撃を、ドルマとコドラクはモロに受けてしまった。

 ドラゴンに接近してスゥームを封じていたことが仇となったのだ。

 さらにドラゴンは追撃を放つ。

 

“ファス……ロウ、ダーーーー!”

 

 回転で弾き飛ばされたコドラクとドルマに放たれた追撃のスゥームは、後方で指揮をしていたバルグルーフを巻き込みながら、キナレス聖堂の壁を突き破っていった。

 指揮官と主戦力を失ったことで、衛兵たちの統制が乱れる。

 その隙を、ミルムルニルは見逃さなかった。

 

「!? 退避しろ!」

 

“ヨル、トゥ、シュール!”

 

 ミルムルニルがファイアブレスを放ちながら、周りにいた残りの兵士たちを焼き殺す。

 同胞団の戦士たちは一早く、焼けたギルダーグリーンの影に身を滑り込ませたり、盾を掲げて身を守ろうとしたが、それでも負傷は免れなかった。

 

「あ、あああ……」

 

 一瞬で壊滅状態に陥った状況を目の当たりにしていたリータが、恐怖に震える声を漏らす。

 リータの体は、本人の意思とは関係なく、ガクガクと震え続けていた。

 彼女はルシアを抱いてこの場から離れようとしたが、恐怖で体がうまく動かず、さらに広場に殺到してきた衛兵達の勢いに邪魔され、この場から逃げる機会を逸してしまっていたのだ。

 幸い、彼女たちは、広場の端に逃げていたことと、広場に殺到した衛兵が多かったために、ミルムルニルの攻撃には晒されなかった。

 だが、既に周りには守ってくれていたドルマや健人の姿はない。

 目の前で睥睨してくるミルムルニルの姿に、ヘルゲンを焼いて両親を殺した漆黒のドラゴンの姿が被る。

 心が、恐怖で壊れそうになる中、彼女はルシアを抱いている腕に力を籠める。

 親であるアストンとエーミナをドラゴンに殺されたトラウマを抱えるリータが正気を保っていられるのは、偏に腕に抱いた少女の存在故だった。

 両親を失い、親戚に追い出されて孤独になったルシア。

 この少女に対して親近感を抱いたがゆえに、リータの心は崖っぷちで何とか均衡を保っていた。

 しかし、その存在は、彼女にさらなる絶望を与えることになる。

 

「ルシア?」

 

 突然、ルシアがリータの腕から離れた。

 ドラゴンの視線が、幼い少女に移る。

 

「ルシア!? 逃げなさい!」

 

「…………」

 

 ルシアに逃げるように促すリータ。

 しかし、ルシアはリータの声に応えることなく、トボトボと歩き始めた。

 目の前で見降ろしてくる、ドラゴンに向かって。

 

「何しているのルシア! 早く!」

 

 リータの焦る声が、燃え盛るギルダーグリーンの広場に響く。

 だが、リータの叫びにこたえたルシアの声は、驚くほど淡々としたものだった。

 

「いいよ、お姉ちゃん」

 

「何言っているの! いいから、早く」

 

「もういいんだよお姉ちゃん。私、疲れちゃった……」

 

 今にも消えそうなほど虚ろな声、そして枯草のようなルシアの後ろ姿に、リータの嫌な予感が一気に膨れ上がる。

 振り返った少女の瞳は、死を悟った老人のように、空っぽだった。

 少女の心は、既に壊れていた。

 両親の死、親戚から受けたむごい仕打ち、そして、浮浪児としての荒れた生活。

 そして襲ってきたドラゴン。

 絶対的な死を振りまく存在を前に、少女はすっかり生きようとする意志を失ってしまっていたのだ

 少女の背後で、ミルムルニルが歩み寄る。

 だめだ。やめて。逃げて。

 そんなリータの願いは、少女やドラゴンに届くことはない。

 少女は己の運命を諦観でもって受け入れてしまい、ドラゴンは主命を忠実に実行するのだから。

 

「お姉ちゃん。最後に、抱きしめてくれてありがとう」

 

 自分に向かって手を伸ばしてくるリータの姿を、ルシアはジッと見つめていた。

 そして、諦観で虚ろになってしまった表情にわずかな笑みが浮かばせる。

 冷え切ってしまった自分に、最後の温もりをくれた人に向けた、最後のお礼とともに。

 

「とっても、あったたかっ……」

 

 そして、巨大な影が少女を飲み込んだ。

 肉が潰れる音が、広場に響く。

 

「あ、ああ、あああ……」

 

 守れなかった少女と、守れなかった自分。そして、その命を奪った存在。

 トラウマと恐怖、そして憎悪と怒りがごちゃ混ぜになり、激痛となってリータの胸の奥で荒れ狂う。

 そして、恐怖で委縮していた彼女の心は“反転”した。

 

「あああああああ!」

 

 咆哮を挙げながら、リータはドラゴンへ向かって駆け出した。

 突然、抵抗の意思を見せた少女に、ミルムルニルは特に感慨も湧かない。

 当然だ。彼にとっては、人間の少女の抵抗など、羽虫の足掻きに等しい。

 駆けてくるリータを潰さんと、片腕を振り上げる。

 しかし、振り下ろした片腕は、空を切り、地面を抉るだけだった。

 振り下ろされたミルムルミルの腕を見るや、リータは身を低くして横に飛び、回避していた。

 同時に、地面に落ちていた衛兵の片手剣を拾い、ミルムルニルに斬りかかる。

 

“む!?”

 

 リータの剣が、ミルムルニルの翼の一部を切り裂いた。

 翼の被膜の二十センチほどが切り裂かれただけだが、ミルムルニルの声には、驚きの色があった。

 ドラゴンの被膜は、非常に柔軟性、耐刃性があり、傷づけることは非常に難しい。

 現に、先ほど衛兵たちが斬りかかったときは、傷一つつけることができていなかった。

 にもかかわらず、兵士よりも遥かに戦い慣れしていなさそうな少女が放った剣閃が、その被膜を切り裂いたのだ。

 その驚きは、少女と相対しているミルムルニルだけでなく、ドラゴンに蹂躙されていた戦士達にも共通しているものだった。

 

「よくも、よくも!」

 

 周囲が驚愕で硬直している一方、リータはまるで獣のように、ミルムルニルに斬りかかっていた。

 恐怖が反転した結果、憎悪となって噴出した激情に駆られるまま、剣を振り下ろす。

 まるで生きているように煌めく剣閃がミルムルニルの堅い鱗の隙間に滑り込み、皮膚を裂く。

 その剣技は、まるでその戦い方が自分に一番合っていることを、知っているような自然さだった。

 久しく味わっていなかった本格的な痛みに、ミルムルニルの胸の奥で、嫌な予感が鎌首をもたげた。

 

“この娘、まさか……”

 

 ミルムルニルにとって、それは既に消えたはず存在。

 伝説の中にだけ謳われる、己と同じ力を持つ定命の者。

 人間どもはとっくにその本質を忘れ、土の中に消えたはずの、ドラゴンにとって最大の脅威だった。

 

“あり得ん! ファス、ロゥ、ダー!”

 

「くう!」

 

 己の嫌な予感を振り払うように、ミルムルニルはリータを遠ざけようと、揺ぎ無き力を放った。

 放たれた衝撃波が、リータの体を木の葉のように吹き飛ばす。

 リータは空中で体を捻って着地するが、かなりの距離を開けられてしまった。

 弓もなく、魔法も使えないリータは手も足も出ない状況である。

 リータは、ドラゴンに及ばぬ自分の力の無さに歯を食いしばった。

 助けたかった、自分と同じ境遇の少女。

 何の罪もなかったその幼い少女を、このドラゴンはまるで羽虫を払うように殺したことは、絶対に許せることではなかった。

 

(“力”が……欲しい)

 

 リータはこの瞬間、今までの人生で何よりも、力を欲した。

 目の前の獣を殺す力、すべての理不尽を振り払う強大な力を。

 この瞬間、怒りと憎悪、力を欲する欲求、そして彼女の中に秘められていた“血”が、戦闘という極限環境下において覚醒した。

 脳裏に浮かぶのは、今彼女が、最も欲するものの名。

 外界に働きかけ、ねじ伏せる、この世を動かす本質的な言葉。

 

「ファス(Fus)!」

 

 それは、リータにとっては咄嗟の行動だった。

 気が付けば、当たり前のように頭に過った言葉。

 リータは自然と、その言葉を喉から押し出していた。

 シャウト。

 本来、長く厳しい修練の乗り越えなくては使えないはずの、ドラゴンの魔法。それを、リータは自然と使っていた。

 衝撃波が放たれ、ミルムルニルを襲う。

 

「馬鹿な! シャウトだと!?」

 

「リータ、お前一体……」

 

“むぅ! やはり貴様は!”

 

 リータがシャウトを使った事実に、さらなる驚愕に包まれるドルマやバルグルーフ達。

 一方、ミルムルニルは確信を得たというような言葉と共に、まるで恥辱を思い出すように、牙を軋ませた。

 同時に、再び距離を詰めようとするリータを迎撃しようと、口蓋を開く。

 リータとミルムルニルとの距離は、まだかなりある。リータのシャウトは咄嗟に放ったためなのか、その威力はミルムルニルのものと比べても弱く、その衝撃はドラゴンを少し怯ませるだけだった。

 間に合わない。

 誰もがそう確信した時、突然横合いから真っ赤な火球が飛んできた。

 火球はミルムルニルの側頭部に命中すると、瞬く間に膨張し、強烈な熱と衝撃をまき散らした。

 

“ぐあ!”

 

 思わず悶絶したミルムルニルの視界の端に、一人の小柄な黒髪の男が、大きな杖をもって駆けてくるのが映った。

 それは、戦い序盤で吹き飛ばした健人の姿だった。

 

 

 




見える、見えるぞ~!
数少ないお気に入り登録がゼロになる様がああああ! ぐふ……!

 ゲーム本編との大きな相違点として、ドラゴンの魂を吸収していない状態でのシャウトの習得描写があります。
 これについては本当に悩みました。
 シャウトを使うには、言葉の意味を知らなくてはいけない。
 しかし、ゲームのように、壁画を回る作業を小説内でするのは、少々困難です。
 また、オラフ王の伝説の中には、オラフ王がヌーミネックスとの戦闘中に、魂の吸収や、知識の習得を経ずにシャウトに目覚めた様な描写もある。
 そのため、シャウトの習得は、基本としてドラゴンソウルの吸収又は、知識の習得が前提である。
 しかし、龍の血脈を持つものは、ある種の切っ掛けや渇望などによって、秘めた”血”が覚醒し、ドラゴンの言葉を実際に聞いていた場合、シャウトを使えるようになる可能性もある……としました。 
 実際、本編中でリータは揺ぎ無き力のシャウトを聞いていますし、彼女は何よりも“力”を求めました。
 ですので、一節なら許されるかな~と……。


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第十四話 竜の血脈

 ミルムルニルに放り投げられた健人は、そのままベレソア百貨店の屋根に激突したものの、幸い、骨折などの大きな怪我には至っていなかった。

 理由は、店の修理費をケチったベレソアが、老朽化していた屋根を張り替えていなかったこと。もう一つが、ほぼ全損していたとはいえ、盾を持っていたことだった。

 健人は眼前に迫る屋根を前に、咄嗟に盾を構えた。

 激突の瞬間、強烈な衝撃が健人の全身を貫いたが、老朽化した屋根が抜けてくれたおかげで、ある程度衝撃を吸収してくれた。

 落下地点が、ベレソアの粗末なベッドの上だったことも幸運だった。

 さらに、盾が壊れた建材などから、ある程度健人の体を守ってくれたことも大きい。

 

「な、なんだなんだ!?」

 

「ケント、大丈夫ですか!?」

 

 突然屋根を壊して飛び込んできた健人に、ベレソアが狼狽えている。

 一方、会計をしていたダニカは、健人の姿を確かめると、慌てた様子で彼のもとに駆け寄り、他者回復の魔法をかけた。

 暖かい光が健人の体に刻まれた、細かい傷を癒していく。

 

「ケント、一体何が……」

 

「はあ、はあ、はあ……。ダニカさん、ドラゴンです。ドラゴンがホワイトランを襲っています!」

 

「ドラゴン!?」

 

 ドラゴンの襲撃を聞かされ、ベレソアとダニカの表情に緊張が走る。

 その時、健人の目に、棚に置かれた杖とスクロールが飛び込んできた。

 先ほど、ベレソアが健人に売りつけようとした商品だ。

 

「ダニカさん! あの杖とスクロールはどう使えばいいんですか!?」

 

「え、ええっと、術の効果をイメージすると杖が反応します。あとは使う対象に杖を向けて、放つイメージを杖に送れば発射します。エクスプロージョンは炎属性の破壊魔法なので、爆発する火球などを思い浮かべれば……」

 

「ありがとうございます! ベレソアさん、これ、借ります!」

 

「あっ! ちょっと待て小僧!」

 

 健人はベレソアが止めようとするのも聞かず、全損した盾を放り投げると、棚から杖とスクロールを持ち出し、扉へ向かって駆けだした。

 

「ケント、待ちなさい! 杖を持っていても、魔法のイメージは簡単ではありません! 貴方は早く避難を……」

 

 ダニカもまた健人を止めようとするが、彼は止まらない。

 風地区では、リータがドラゴンに襲われているかもしれないのだ。自分だけ避難など、彼にできるはずがなかった。

 ベレソア百貨店を飛び出した健人は、ドラゴンの襲撃でパニックになっている市を駆ける。

 押し合い、圧し合いしている人たちをかき分け、風地区への階段にたどり着くと、そのまま一気に駆け上がった。

 

「リータ! ……え?」

 

 そして、その光景を見て絶句した。

 リータが、ドラゴンと戦っている。しかも、一見すると、ドラゴンを押しているように見えた。

 リータの剣は、今まで傷一つつけられなかったドラゴンの鱗を貫いて、裂傷を刻み、血を流させている。

 それを、幾つもドラゴンの体に刻んでいた。

 怒り狂った獣のような覇気と、躍動感に溢れたリータの剣舞に、おもわず健人は目を奪われる。

 しかし、ミルムルニルの放った衝撃波が、接近戦を挑んでいたリータを吹き飛ばした。

 

「ファス!」

 

「リータ、君は一体……」

 

 追撃しようとしていたミルムルニルを、リータのシャウトが襲った。

 その事実に、健人は絶句する。

 しかし、リータのシャウトは威力不足だった。

 素早く体勢を立て直したミルムルニルが、今度こそリータを仕留めるためにシャウトを放とうとしている。

 

「っ! させない!」

 

 健人は杖を構え、駆け出した。

 

「イメージしろ……」

 

 爆発する火球のイメージはすぐにできた。

 なにせ、彼はタムリエルとは比較にならないほど科学技術が発達し、その恩恵を受けている現代日本の出身だ。

 技術的に中世並みか、それ以下の科学技術しかないタムリエルなら、魔法などで目にする機会に恵まれない限り、爆発という現象を目にすることなどほとんどないだろう。

 しかし、健人の世界には、ニュースや映画、ゲームやアニメだけでなく、日常の中にも、それらを想像できるだけの材料に溢れている。

 イメージは砲弾。放つは大砲。

 明確で鮮明な健人のイメージを反映するように、杖の先に人の頭の程の、大きな火球が出現した。

 

「いけえええ!」

 

 そして、引き金を引くイメージと共に、高速で火球が放たれた。

 火球はドラゴンの側頭部に着弾し、ミルムルニルが苦悶の声を漏らす。

 

“また邪魔が!”

 

 ミルムルニルの視線が、健人に向いた。

 苦痛を与えた健人に向かって、嵐のような殺意が叩きつけられる。

 

「ぐっ!」

 

 向けられる殺意に、思わず足が止まりそうになる。

 健人の脳裏に、ハドバルの言葉が過った。

 

“ケント、家族を守りたいのなら、心を……魂を震わせろ。その魂の輝きが、己の強さを決める”

 

 魂を震わせろ。

 ハドバルから贈られたその言葉を胸に、健人は喉の奥から声を絞り出した。

 

「お、おおおおお!」

 

 雄叫びをあげ、恐怖を撥ね退けながら、健人はミルムルニルに向かって駆ける。

 突き出した杖に立て続けにイメージを伝える。

 想像するのは、軍艦に積まれている速射砲。

 数秒という短い間隔で、致命的な威力を持つ砲弾を吐き出す現代兵器だ。

 健人のイメージに従い、立て続けに火球が発射される。

 その発射速度は、魔法使いが見れば驚嘆する速度だろう。

 この世界の魔法使いが、魔法の杖を連続使用するには、魔法を放つたびに、一回一回イメージを杖に伝えなければならない。

 その為、慣れたものでも数秒、慣れないものは十秒ほどの時間を要する。

 しかし、健人の発射間隔は、一秒ほど。驚異的な速度だった。

 

“な、その数は、ごあ!”

 

 ミルムルニルの顔に、次々に火球が着弾する。

 予想以上の速度での連続発射。

 さらに、込められた魔法は、破壊魔法の中でも殲滅に特化している高位の魔法、エクスプロージョン。

 その威力と衝撃は、凡百の魔法使いでは絶対に繰り出せないものだ。

 この破壊魔法の連続攻撃に、さすがのミルムルニルも体を縮めて、防御に徹するしかなくなる。

 しかし、この攻勢は長くは続かなかった。

 

「っ!」

 

 立て続けに火球を生み出していた杖が、突然沈黙する。

 あまりに立て続けに火球を生み出したために、杖に込められていた魂力が枯渇したのだ。

 健人がそもそも、破壊魔法の技術を持たないことも大きい。魔法の杖の持続性は、使い手の技量に比例するからだ。

 エクスプロージョンの連続攻撃が途絶えたことで、体勢を立て直したミルムルニルが、シャウトを放つ。

 

“ヨル、トゥ、シューール!”

 

 業火の渦が健人を襲い、瞬く間に呑み込む。

 これで邪魔者は消えた。次はあの女を……

 そう思い、ミルムルニルはリータに視線を戻そうとするが、彼の予想は完全に裏切られた。

 

「おおおお!」

 

“なっ!?”

 

 なんと、健人がミルムルニルのファイヤブレスを突き破ってきたのだ。

 その手に、帝国軍の紋章が刻まれた菱形の盾を構えて。

 健人が構える盾は、ハドバルが持っていた帝国軍の盾。

 ドラゴンの炎に焼かれながらも、かつての持ち主が抱いていた不屈の意思を体現するように、その原型を保っている。

 健人が魔法を撃ちながらミルムルニルに突進していたのは、ひとえに、この盾を拾い上げるため。

 

“腕が、焼けるように痛い。でも、やっぱりこの盾は守ってくれた!”

 

 ハドバルの体は炎に焼かれてはいたが、それでも体には無事な部分が残っていた。

 それは、この盾がハドバルの命が尽きるまで、全力で守り続けてくれていたことの証。

 だからこそ、健人はこの盾が、必ず自分をドラゴンの炎から守ってくれると信じていた。

 そして、ミルムルニルの眼前まで距離を詰めた健人は、魔法の杖を放り投げ、懐からベレソア百貨店から持ち出したスクロールを取り出して、発動させた。

 解放された魔法は、嵐のマントと呼ばれる魔法。

 術者の周囲に雷を展開し、接近してくる敵を焼く高位の破壊魔法だ。

 

“ぐおおおおおお!”

 

「が、あああああああ!」

 

 解放された魔力が雷となり、ミルムルニルに纏わりついて、彼の体を焼き始める。

 しかし、スクロールが粗悪品だったためか、使用者である健人にもダメージを与えてしまっている。

 激痛で真っ白になっていく視界と意識を、歯を食いしばって耐えながら、健人はこの戦場で切り札となった彼女の名を叫んだ。

 

「リータ!」

 

“しま……”

 

 ミルムルニルの目に、完全に距離を詰めて剣を構えているリータの姿が映った。

 健人に気を取られたために、完全に彼女の存在を失念してしまっていたのだ。

 そして、それがミルムルニルの運命を決めた。

 振り下ろされた剣の切っ先が、ミルムルニルの眼球に突き刺さる。

 地を震わせるほどの絶叫が、ホワイトラン中に響いた。

 リータはさらに、突きさした剣を支点にミルムルニルの頭に飛び乗ると、突き立てた剣を引き抜き、大上段に振り上げる。

 

「死ね! ドラゴン!」

 

“ドヴァーキン! やめろ!”

 

 懇願ともいえるような声が響いた。

 しかし、リータはミルムルニルの声を一顧だにせず、剣を振り下ろした。

 剣の刃がミルムルニルの頭蓋を割り、致命傷を与える。

 ミルムルニルの瞳孔が開き、瞳の奥から光を失ったかと思うと、かのドラゴンの体は、その場にゆっくりと崩れ落ちた。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

「ぐう、っうう……」

 

 極度の疲労と緊張から、その場に崩れ落ちるリータと健人。

 リータはドラゴンとの肉弾戦と、シャウトの余波。健人は粗悪品のスクロールによる自傷ダメージで、ボロボロと言った様子だった。

 静寂がギルダーグリーンの広場に満ちる。

 健人がふと周りを見渡してみれば、広場は戦いの余波で惨憺たる様子だった。

 つい先程まで緑に包まれていたギルダーグリーンは完全に燃え尽き、黒焦げになってしまっている。

 広場を彩っていた花も、荘厳なアーチの建材も、何もかもが焼けて崩れ落ちてしまっていた。

 

「まさか、ドラゴンを倒した?」

 

 静寂が訪れたことで、ようやく衛兵たちもドラゴンが死んだことを理解しはじめていた。

 バルグルーフやコドラク、そしてドルマも、皆驚いた様子でリータと健人を見つめている。

 

「おい、ちょっと待て!」

 

 その時、地面に横たわるドラゴンの体が、突然光を放ち始めた。

 まるで炎に焦がされるように、ドラゴンの体からパチパチと弾けるような音が鳴り、そして、直後に膨大な光の奔流が放出された。

 ドラゴンの遺体から流れ出た光の奔流は、ギルダーグリーンの広場を満たし、やがて吸い込まれるようにリータの体に飲み込まれていく。

 

「え、え? なに!?」

 

 訳が分からないと言った様子のリータ。

 やがて光の奔流が収まれば、ドラゴンは骨だけになってしまっていた。

 その光景を見ていた衛兵たちが、一斉に騒ぎ立てる。

 

「信じれらない! お前は、ドラゴンボーンだ……」

 

「ドラゴンボーン?」

 

 聞きなれない言葉を聞き、思わず健人は、その言葉をつぶやいた衛兵に問いかけた。

 

「もっとも古い話は、スカイリムにドラゴンがいた頃まで遡る。ドラゴンボーンはドラゴンを倒し、その力を奪っていたんだ」

 

 丁寧に説明してくれた衛兵の視線が、再びリータに向けられる。

 

「そうなんだろう? ドラゴンの力を吸収したんだろう?」

 

「ええっと、分からない……」

 

 リータも自分の身に起きた出来事に心当たりがないため、言葉を濁す事しか出来ない。

 

「本人に自覚はないかもしれんが、特別な力を持っていることは間違いないだろう。このドラゴンとの戦いで、君はシャウトを使っていたのだからな」

 

 その時、歩み寄ってきたバルグルーフがそう述べた。

 彼の後ろにはコドラク、そして、ドルマの姿がある。

 コドラクもドルマも、体のあちこちには切り傷と煙による煤がついているが、大きな怪我をしている様子はない。

 

「…………」

 

 ドルマは相変わらず、憮然とした表情を浮かべているが、ドラゴンとの戦闘による、濃い疲労の色が見える。

 ドラゴンボーン。

 九大神の筆頭、アカトシュの祝福を受けた、特別な人間。

 歴史の中で度々現れ、そしてその度に歴史は大きく動いてきた。

 近年でもっとも有名なドラゴンボーンは、タムリエルを統一し、第三期を開闢した、帝国の初代皇帝、タイバー・セプティムである。

 この世界での一般常識であり、またドラゴンボーンの名は、この世界のだれもが知る、特別なものだった。

 その時、雷鳴りのような轟音と共に、聞きなれない声が聞えてきた。

 

“ドゥ、ヴァー、キィーーン……”

 

 山彦のように木霊する声に、ホワイトランの人達全てが目を見開いた。

 

「これは……」

 

「グレイビアードからの召喚だ。間違いない。ドラゴンボーンを呼んでいる!」

 

 グレイビアード。

 このスカイリムで最も高い山。世界のノドと呼ばれる山に籠る、声の達人達。

 俗世とは関わりを絶ち、ただ“声”の修練のみに人生をささげる修験者。

 スカイリムにおいて、グレイビアードの言葉は、ホールドの王たる首長も無視できないほど大きい。

 そして、そのグレイビアードが、ドラゴンボーンを呼んでいる。

 それは、九大神タロスが、タイバー・セプティムという人間だった時以来の出来事だった。

 

「すまないが、君たちは宮殿に来てくれないか? ここの片づけは、衛兵たちにやらせておく」

 

 バルグルーフの言葉に、リータと健人は静かに頷いた。

 ホワイトランの首長が先導してドラゴンズリーチへの階段を登ろうとしたところで、リータはスッと一行から離れて、広場の一角へ足を向けた。

 彼女が向かった先には、物言わなくなった少女と、ハドバルの遺体があった。

 

「……ルシア、ハドバルさん」

 

 ハドバルもルシアも、遺体の原型はまだ残っている。

 つい先程まで、確かに生きていた二人の体。その傍に屈むと、リータはそっと、ルシアの髪を撫でた。

 荒れ果てた生活と炎で燻された髪が、ザリザリとリータの指に絡みつく。

 

「リータ……」

 

「守れなかった。何もできなかった……」

 

 せめて、最後くらいは、少しでも綺麗な姿で……。

 そう思いながら、リータはルシアの髪を指で梳いて整えていく。

 ゆっくり、ゆっくりと。この少女が生きていたことを、己の内に刻み込むように。

 健人もまた、ハドバルの遺体の傍に寄ると、無造作に放置されていた彼の体を起こそうとする。

 ハドバルの体はやはり重かったが、横から近づいてきたドルマが、無言で手を添えてきた。

 

「手伝うぞ……」

 

「……うん」

 

 2人でハドバルの体を起こす。

 あちこち焼けているハドバルの体だが、顔は予想以上に綺麗で、その表情もどこか安らかなものだった。

 

「ハドバルさん、ありがとうございました。この盾、お返しします」

 

 健人はハドバルの両手を組むと、その上に持っていた盾を置く。

 ドルマもハドバルの死を悼み、俯いて盾の上に手を添え、祈るように俯いた。

 

「ごめんなさい。弔いにもならないけど、敵は討ったわ……」

 

 ひとしきり、ルシアの髪を整えたリータは、悔恨の念を断ち切る様に、スッと立ち上がると、ルシアの遺体に背を向けて歩き始めた。

 

「行きましょう」

 

「……うん」

 

 バルグルーフの後を追って、リータ達は宮殿へと向かう。

 健人とドルマもまた、ハドバルに別れを告げ、彼女の後を追った。

 

「勇士たちを称えよ!」

 

「ドラゴンボーンに栄光あれ!」

 

「ホワイトランに栄光あれ!」

 

 ドラゴンが討伐されたことで、広場の周りは既に大騒ぎだった。

 生き残った兵士たちと、同胞団、そして、駆け付けた市民たち。

 その誰もが、ドラゴンを倒したリータを称えている。

 そんな彼らの熱も、恩人と罪なき少女の死を見た後の健人達には、何所か遠い出来事のようにしか思えなかった。

 

 

 



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第1章最終話 葬送と旅の始まり

というわけで、第1章のエピローグです。


 衛兵に先導され、ドラゴンズリーチへ続く階段を昇ってくるリータ達を、デルフィンは驚愕の目で見つめていた。

 

「まさか、こんな幸運に恵まれるとはね……」

 

 この部屋の主であるドラゴン狂いの宮廷魔術師は、ドラゴンが倒されたことを知り、一目散に部屋を飛び出していった。

 彼にとって、ドラゴンの襲来は、望外の幸運だったのだろう。

 それは、デルフィンにとっても同じだった。

 自分達が求め続けていた存在。それが、目の前に現れたのだから。

 

「急がなくちゃいけないわね。あのドラゴンボーンを、導くためには、色々と用意がいるわ」

 

 こうしてはいられないと言うように、デルフィンはいそいそと荷物をまとめ始める。

 彼女がここに来たのは、ドラゴン狂いの宮廷魔術師の依頼を果たすためだったが、既にその依頼も終わっている。

 この場に残り続ける必要はないし、本来彼女はホワイトランの人間ではない。

 宮殿内にいる事が広まれば、余計なトラブルになりかねない。

 とにかく今は、時間が惜しかった。

 

「ブレイズの為に……」

 

 荷物をまとめたデルフィンは今一度、今代のドラゴンボーンの姿を目に焼き付けると、スッと音もなく、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の闇に包まれたホワイトラン。

 蝋燭の灯が二本の列を成し、厳かな雰囲気の中、布に包まれた遺骸たちが、キナレス聖堂の横に設けられた死者の間へと下りていく。

 死者の間。

 スカイリムにおける共同墓地であり、大都市には必ず設けられる、九大神アーケイの領域。

 この地の埋葬手段は多様であるが、その中でも最も一般的なのが土葬である。

 埋葬場所である死者の間にはアーケイの神官が常駐し、死者たちが亡者となって甦らないか、監視をしている。

 そこで今、ドラゴン襲撃によって亡くなった人達の埋葬が、厳かに行われていた。

 見送る人々が手に持つ蝋燭の明かりが、まるで陽炎のように揺らめいている。

 

「こういうところは、地球とも変わらないんだな……」

 

 遺体はアーケイの司祭の先導の下、涙を浮かべた親族たちに見送られながら、次々に暗い冥府に続く地下へと消えていく。

 健人はその光景を、どこか淡々とした様子で見つめていた。

 彼にとって、死者を送ることは別段初めではない。

 だが、どこか第三者として見ていることを自覚するたびに、自分がどうしようもなく遠くに来てしまっていることを思い出してしまう。

 

「リータはどうするつもりなのかな……」

 

 ドラゴンズリーチでバルグルーフ首長と話をした結果、リータはこのホワイトランの従士に任命された。

 これは非常に名誉な称号で、首長がリータをホールドにとって重要な人物であると認めた証だった。

 同時にリータはホワイトランに家と私兵を与えられることも決まった。

 また、リータはバルグルーフ首長から、ハイフロスガーへといくべきだと言われていた。

 自分がまだドラゴンボーンとして自覚が薄い彼女はその時は答えを渋っていたが、健人は彼女がハイフロスガーに行くと、何となく思っていた。

 

「俺は、どうするべきなんだろうな……」

 

「おい、よそ者」

 

 無礼な声に、健人の眉がつり上がる。

 

「……ドルマか。いい加減」

 

 健人が言い返す前に、ドルマはコップを突き出してきた。

 戸惑いながらも、健人はコップを受け取る。

 良く見えないが、コップの中には何かの液体が満たされていた。

 甘い香りが、健人の鼻につく。

 

「これは?」

 

「いいから、飲め」

 

 ドルマに促されるまま、健人はコップの縁に口を当てて中身を喉に流し込む。

 

「ごほごほ! これって酒じゃないか!」

 

「ああ、ハチミツ酒だ」

 

 それも、かなり度数が高い。

 喉を焼く強い酒精に、健人は思わずむせ返った。

 

「ハチミツ酒って、なんで……ああ、そうか」

 

 健人はそこで、自分がハドバルと交わした約束を思い出した。

 次に会ったら、ハチミツ酒を一緒に呑もうと約束していた。

 

「ありがとう」

 

「ふん」

 

 ハドバルの遺体は、既に埋葬の為にリバーウッドに送られており、もうホワイトランにはいない。

 ホワイトランに命からがら戻ってきたカシトも、ハドバルの遺体に付き添ってリバーウッドに行った。

 カシトの話では、彼はその後にすぐソリチュードに向かうらしい。

 ハドバルの代わりに、ドラゴンの脅威をソリチュードに届けると言っていた。

 ハドバルは健人にとって、リータ達と同じくらい、かけがえのない恩人であったが、カシトの方も、ハドバルに対して何か思うところがあるようだった。

 しばしの間、別れた人達を想いながら、二人は静かにコップを傾ける。

 やがて、ドルマがおもむろに口を開いた。

 

「余所者、俺はお前を信用しねえ。あんな止血や魔法攻撃ができるやつが、記憶喪失なんて信じられねえしな」

 

「…………」

 

「だが、リータがお前を気にかけているのは確かだ。だから、お前がリータを裏切らない内は黙っていてやる」

 

 そこまで言って、唐突に健人の胸倉をつかみ上げた。

 猛烈な力がかかり、健人は思わず呻く。

 

「ぐっ」

 

「だが、リータを裏切るなら、必ず俺がお前を殺してやる」

 

 ドルマは常人なら身震いするほどのプレッシャーを、至近距離から健人にぶち当てる。

 ドルマにとって、最も大切な幼馴染。それを傷つけるなら容赦はしないと、殺気まで籠めてドルマは健人を睨み付ける。

 彼は本気だ。

 もし、健人がリータを裏切るようなことをすれば、たとえそれがどんな理由であれ、ドルマは問答無用で健人を斬り殺すだろう。

 だが健人も、至近距離から睨みつけてくるドルマの視線を正面から受け止めていた。

 ドラゴンという究極の個と戦ったことで、ハドバルから教えられた戦士としての芯が、健人に根付き始めている。

 

「……分かってる」

 

 まっすぐに見返してくる健人に、ドルマは無言で手を離した。

 再び明後日の方向を向いたドルマだが、その背には健人を拒絶するような雰囲気はもうない。

 健人もまた、無言のまま、崩れた服を直している。

 互いに言葉はなくとも、二人の間に確かな誓いが生まれた瞬間だった。

 

「ケント、ドルマ」

 

 その時、死者の間から出てきたリータが二人に歩み寄ってきた。

 

「あの子の方は、もういいの?」

 

「……うん」

 

 リータは、身寄りのなかったルシアの介添人として、彼女の葬儀に立ち会っていた。

 埋葬を行う司祭に対し、リータ自身が申し出たのだ。

 何もしてあげられなかった少女に、少しでも何かしてあげたかったのかもしれない。

 リータは涙が浮いていた瞼を拭うと、改めて健人とドルマに向かい合った。

 

「決めた。私はハイフロスガーに行く」

 

 腹の奥から決意を絞り出すように、リータはそう宣言した。

 

「私がどうしてドラゴンボーンとして生まれたのか、その意味を知りたい。なにより、この力を使えるようになりたい。二度と、私やルシアのような境遇の人を作らないために」

 

 涙の跡が残る瞳には、既に両親を失った悲しみはない。

 あるのは、己の目標を定めた強い意志。

 

「分かってる」

 

「そうなると思っていた」

 

 健人とドルマは、守ると誓った少女の決意を前に、改めて己の誓いを胸に刻み込んでいた。

 

 

 




これで、第一章は終了です。
第一章は物語の発端という事で、このような形となりました。
次章開始は、第二章を書き終えてから投稿する予定ですが、物語としては、もう少し時系列が先に進んだ状態になると思います。

もしよろしければ、感想等をよろしくお願いいたします。


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第2章 第一話 イヴァルステッドへ

お待たせしました。第2章の開始です。
しかし、予定よりも文章量が多くなったため、第二章を分割することに決めました。
その為、全4章予定が、全5章予定になります。
また、分割の影響で、第2章と第3章は少し短くなる予定です。



 ホワイトランのドラゴン襲撃事件から約一か月ちょっと。

 真央の月の3日。

 健人達はホワイトランを離れ、イヴァルステッドと呼ばれる村を目指していた。

 イヴァルステッドはリフトの北西にある小さな村で、リータ達の目的地であるハイフロスガーへと続く道がある。

 リータ達の目的はハイフロスガーで、グレイビアードと呼ばれる修験者たちに会うことだ。

 彼らグレイビアードは、ドラゴンの声。すなわちシャウトの達人であり、ドラゴンボーンの力の源について、このスカイリムで最もよく知る者達だった。

 そして、ホワイトランでリータがドラゴンを倒した時、彼らはシャウトで、リータを召喚した。

 ノルド達にとって、グレイビアードの言葉は首長でも無視できないほど大きな権威を持つ。

 なにより、リータ自身がドラゴンボーンの力について知りたいと願っているため、こうしてリータ達は一路、グレイビアードがいるハイフロスガーを目指すことになったのである。

 

「うわ!」

 

 川を渡ろうとしていた健人が足を滑らせた。

 足元の岩に生えている苔に、足を取られたのだ。

 倒れそうになる健人を、後ろから伸びた手が支える。

 

「大丈夫ですか?」

 

「え、ええ……。ありがとうございます、リディアさん」

 

「いえ、お気になさらずに。従士様のご家族となれば、私にとって仕えるべき方です」

 

 健人を支えたのは、リディアという名のノルドの女性戦士だった。

 リディアはドラゴン討伐の功により、ホワイトランの従士となったリータに仕える私兵である。

 ホワイトランのバルグルーフ首長は、ミルムルニルを倒したリータを要塞にとって重要な人物と決め、彼女に従士の称号を与えた。

 従士の称号を賜ることは、そのホールドの中でもとても名誉な事であり、同時にリータは首長から自宅となる家と、彼女に仕える私兵を与えられたのだ。

 リディアはノルドらしく、戦士としての気質を持つ女性だが、同時に今まで健人が会ってきたノルドと違い、彼に対しても礼を弁え、敬う態度を取っていた。

 なんでも、彼女にとって、健人はドラゴンボーンと共にドラゴンを倒した勇士らしい。

 The一般人かつ健全な異世界人である健人としては、リディアの敬うような態度は、正直むずがゆいものがあった。

 とはいえ、今の健人としては、敬いながらも気遣ってくれる彼女の存在は非常にありがたかった。

 この世界に迷い込んだ健人の交友関係は、非常に狭い。

 彼が気兼ねなく接することが出来る相手は、リータを除けばカジートのカシト位だった。

 しかし、カシトは今この場にはいない。

 ドラゴンを倒した後にホワイトランに戻ってきたカシトだが、彼はハドバルの遺体をリバーウッドに届けてから、ソリチュードへと向かったからだ。

 

「おい、何か来たぞ」

 

 その時、ドルマの警告が響いた。

 健人たちが歩く川辺の先に、黒い影が二つ動いている。

 

「クマが二匹。親離れしたばかりの兄弟だろうな」

 

 現れたのは、二頭の若いクロクマだった。

 本来クマは単独行動で生活する獣だが、親から独り立ちした後のしばらくの間は、兄弟で生活することがある。

 ドルマの指摘通り、二頭のクマは体付きもまだ細く、親から離れてそれほど時がたっていないことを伺わせる。

 とはいえ、相手はクマだ。

 この世界でもクマは猛獣であり、不用意に森に入った人間が毎年何人も犠牲になっている。

 二頭のクマは健人達を見つけると、彼らをじっと見つめながら、ゆっくりと距離を詰めてきた。

 目線を逸らさず、かといって距離を保とうとする様子がない所を見ると、明らかにこちらを獲物とみている。

 今の季節はちょうどクマが冬眠から目覚める季節。

 長く厳しい冬を越え、体重を著しく減らしたクマは、とにかく飢えている。

 このクマの兄弟も、案の定飢えに苦しんでおり、足の遅い人間は彼らにとっては絶好の獲物だった。

 

「最初は弓で攻撃を。クマが突っ込んで来たら、私とドルマで右をやるわ。リディアとケントは左をお願い」

 

「分かりました」

 

「り、了解」

 

 木製の弓に鉄製の矢を番え、弦を引き絞る。

 この世界に来て四ヶ月弱。

 健人はホワイトランにいる間に、弓の扱い方の訓練をリータから受けていた。

 リータからの教えを思い出しながら、健人はリバーウッドのアルヴォアから貰い受けた弓に矢を番える。

 

(大切な事は腕ではなく、背中で引くこと。それから呼吸。ゆっくりと、弦を引きながら息を吸って……)

 

 すぅ……と、息を吸いながら、健人はゆっくりと弦を引く。

 引き切ったところで呼吸を一度止めて、少しずつ吐き出す。

 体から余分な力が抜け、集中力が高まる。

 視界が狭まり、外界の余分な情報が排除されていく。

 ミシミシと弓がしなる音が、耳の奥で響くのを感じながら、健人は狙いを定めた。

 

「今!」

 

 リータの指示の元、四人は一斉に矢を放った。

 四本の矢が、二頭のクマに向かって飛翔する。

 

「グアア!」

 

「グウ、グウ!」

 

 四本のうち、刺さったのは三本。

 健人が射った矢は当たりはしたが、威力不足で、クマの分厚い毛皮に弾かれてしまっていた。

 唸るような咆哮と共に、二頭が四人に向けて襲い掛かってくる。

 しかし、二頭の突進は、彼らが予想しなかった方法で止められることになる。

 

「ファス!」

 

 リータが“揺るぎ無き力”のシャウトを放つ。

 彼女がミルムルニルと戦った際に覚醒した、ドラゴンボーンの力の一端だ。

 突進してきたクマたちは、カウンターの形で揺るぎなき力の衝撃波を浴びて、思わずその場に蹲ってしまう。

 その隙に、四人は一斉に距離を詰めて、剣を振るった。

 ドルマの大剣が一匹目の肩に叩き込まれる。

 重量を武器とした刃は、クマの鎖骨を砕いてその巨体をよろめかせた。

 さらにクマの側面に回り込んだリータの剣閃が敵の頸動脈を斬り裂く。

 息の合った、素早い連携だった。

 一匹目は素早く倒せたが、二頭目は予想以上に早く体勢を立て直した。

 兄弟を殺されたことに激昂したのか、残ったクマは四人の中で最も弱そうな健人に向かって己の爪を振り下ろす。

 

「ぐう!」

 

 健人は左手に持っていた盾で、クマの爪を受け止めた。

 ギャリリリ! という耳障りな音と共に猛烈な圧力が腕にかかってくるが、健人は腰を落としてクマの腕力に耐えると、剣を腰だめにして突き入れた。

 

「ギャウ!」

 

 突き入れられた剣は厚い毛皮に阻まれ、浅く刺さるだけだったが、異物が刺さる痛みは、クマの動きを僅かに鈍らせることに成功する。

 

「お見事です」

 

 剣を突き入れられたクマが苦悶の声を上げて怯んだ瞬間に、リディアがトドメとばかりにクマの脳天に剣を叩きこんだ。

 バギャリ! と頭蓋を割られる音が響き、致命傷を負った二匹目が地面に崩れ落ちる。

 動かなくなった熊を確かめ、健人は大きく安堵の息を吐いた。

 

「良かった……」

 

「このクマは体がまだ小さいですし、ドルマ殿の言う通り、まだ若いですね。おそらく、親離れして初めての越冬だったのでしょう」

 

 リディアが淡々と今倒したクマの分析を語る。

 倒した二頭のクマの体高は大体健人と同じくらいだが、クロクマは成年期に達すると人より大きくなるらしい。

 リディアの話では、獲物を見るや奇襲ではなく正面から襲い掛かってきたところも、狩りの技術が、このクマ達はまだ未熟だった証拠らしい。

 健人が戦いの緊張を解すように大きく息を吐き、剣を鞘に納めるのを確認すると、クマを倒した一行は再びイヴァルステッドへの道を歩き始めた。

 健人達一行は、既にホワイトランの領地を離れ、隣のリフトホールドに足を踏み込んでいる。

 健人は、持っていた地図を広げて、現在地を確かめた。

 川を渡り、後は渡った川沿いを進めば、イヴァルステッドに到着する。

 

「そろそろ目的地だけど、イヴァルステッドまで、あとどの位かな?」

 

「…………」

 

「リータ?」

 

「え、ええ。もうすぐだと思うわ……」

 

 健人が隣を歩くリータに声を掛けるが、彼女の反応は芳しくない。

 どこか憂いを抱えるような反応の鈍いリータに、健人は少し不安になった。

 リータの方は、自分がドラゴンボーンだと知ってからは、どこか上の空になることが多くなってきている。

 思い出したように足の進みを速めるリータだが、彼女は時折横目で、ちらりと健人に視線を向けている。

 どこか含みがあるようなリータの視線に、健人は思い当たる節があったが、特に尋ねることはせず、あえて黙っていた。

 しばらくの間、リータの視線を無視して歩いていた二人だが、やがて焦れたリータが口を開いた。

 

「ねえ、ケント。ケントは今からでもホワイトランに戻った方が……」

 

「またその話? もう今更だと思うけどなあ……」

 

 帰った方がいいというリータの言葉に、健人は肩をすくめる。

 実は、ホワイトランから旅立つ際に、リータと健人との間でひと悶着あった。

 リータが、健人がハイフロスガーへの旅についてくることに難色を示したのだ。

 なんでも、首長の計らいで自宅を手に入れられたのだから、そこで待っていて欲しいとのこと。

 唯一の家族である健人の身を案じるのは無理のない事ではある。だが、健人はリータの提案を、真っ向から突っぱねた。

 

「でも……」

 

「リータが俺はいらない。帰れって言うなら、そうするよ」

 

 家族が危険な旅に出ようとしている中で、ただ待っていることなど、健人にはできなかった。

 残った家族を守る。

 それが、健人が誰も知らない異世界で初めて決心した事だから。

 

「う……。ドルマ……」

 

「俺に言うな。そのよそ者がどうなろうと、俺は別に気にしない」

 

 リータが助けを求めるように、幼馴染に話を振るが、ドルマは我関せずという様子で、彼女の懇願を無視していた。

 ドルマにとって、重要なのはリータだ。当然ながら、健人がどうなろうと構わない。

 だがそれは、彼が健人に対し、ある程度の信頼を置いたことの証でもある。

 それは、ドラゴン襲撃後の葬儀で、死者を悼む酒を酌み交わした時に、無言で交わした誓いが大きいのかもしれない。

 ホワイトランでの戦い以降でも、相変わらず、ドルマから健人に話しかけることは無いが、健人もそんなドルマの態度を煩わしくは思わなくなっていた。

 健人とドルマ。二人の間には単なる友情とは違う、奇妙な信頼関係が構築され始めていた。

 

「それに、俺がいなくなったら、誰が料理をするんだ?」

 

 追撃とも思える健人の言葉に、リータは再び「うっ」と押し黙ってしまう。

 このパーティーの胃袋を掌握しているのは、間違いなく健人である。

 アストンの宿屋でエーミナから教わった料理の腕はイヴァルステッドまでの道中でいかんなく発揮され、既にこの中の誰よりも上である。

 タムリエルに来て半年足らずの人間の方が、誰よりもこの世界の料理に長けているというのは考え物だが、現実にそうなのだから仕方ない。

 

「それは、私が……」

 

「「却下」」

 

「むう……」

 

 ドルマと健人が、声を合わせてリータの提案を拒絶した。

 この時だけは、健人もドルマも心は一つである。

 リータにはすでに前科が、数えきれないほどある。

 厳しい旅の真っ最中に、家事ポンコツ娘に食中毒やら麻痺毒やらをばらまかれたら堪らない。

 間違いなくパーティーが危機的状況になってしまうだろう。

 

「ケント様、料理なら私が……」

 

「リディアさんも料理自体はあまり得意じゃないでしょ」

 

「それは、そうですが……」

 

 リディアも、料理はそれほど得意ではない。

 しかし、それは出来なくはないという程度で、決して上手くはない。

 彼女は一流の戦士ではあるが、料理人ではなかった。

 実際の料理の腕については、エーミナから手ほどきを受けた健人とは歴然の差がある。

 リータの私兵としては少し思うところがあるみたいだが、健人としては自分が力になれることはたとえ料理だけでも嬉しい事だった。

 

「それに、俺がいなくなったら、魔法が使える人間がいなくなっちゃうじゃないか。それは不便だろ?」

 

 そして、健人が必要なもう一つの理由が、彼がこのパーティーで唯一の魔法使いという点だった。

 健人はホワイトランのドラゴン襲撃後に、キナレス聖堂のダニカから、魔法の指導を受けていた。

 そして、極めて短い期間で、いくつかの回復魔法を習得していた。

 これは現実世界で何年も教育機関に通っていた健人の学習能力の高さもあるが、教師役であったダニカの尽力も大きい。

 ホワイトランという大都市の聖堂を任せられているだけあり、ダニカはこのスカイリムでも上位の回復魔法の使い手だった。

 

「……まあ、素人か見習いレベルの、五分の一人前魔法使いだけどな」

 

「うるさいよ……」

 

 茶化してくるドルマに、健人は不服だと言いたげな表情を浮かべる

 健人が習得したのは見習いレベルの“治癒”と素人レベルの“治癒の手”、それから、簡単な障壁魔法である“魔力の盾”の三つだけだ。

 傷を治す魔法は、僅かな怪我が死に直結するこの世界では、非常に重宝されるだろう。

 “魔力の盾”も、魔法を防ぐ手段の乏しいこのパーティーではありがたい。

 ところが、問題がない訳でもなかった。

 魔法を行使する際、消費するマジ力が非常に多かったのだ。

 具体的には、見習いレベルの治癒魔法を十数秒使うと、魔力が完全に枯渇する程である。

 この世界の魔法は、神々の領域であるエセリウスから降り注ぐマジ力と及ばれる魔力を体内に取り込むことで行使できる。

 ダニカの話では、エセリウスから降り注ぐマジ力がどうも健人の体にうまく馴染んでおらず、術式の行使に無駄なマジカを使ってしまっているとの事。

 ダニカも魔法を使っていくうちに馴染んでいくかもしれないとは言っていたが、卓越した術者である彼女も原因については心当たりがなく、あまり自信はなさそうだった。

 だが、健人はマジ力の異常消費は、自分がニルンの人間ではない事が原因ではないかと思っていた。

 魔法の知識について、まだまだ素人の域を出ない健人だが、異世界人である自分に、この世界の理が簡単に馴染むとは思えないのだ。

 とはいえ、健人以外の全員がノルドで、すべてが戦士職の完全な脳筋パーティーでは、治癒を使える魔法使いが貴重であることには変わりなかった。

 

「見えてきたよ」

 

 川沿いを進み、上流に流れ落ちる滝の傍にある上り坂を越えると、茅葺の屋根が見えてきた。

 スカイリムの最高峰。世界のノドの麓の村、イヴァルステッドはすぐそこだった。

 

 




というわけで、第2章のプロローグでした。
みんな大好き、リディアさんの登場です。
彼女はドラゴンボーンの私兵なので、主はリータですが、主人公にも敬意を払う、出来たノルドです。
次回はイヴァルステッドとなります。
もしよろしければ、感想等よろしくお願いします。


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第二話 寄り添う者達

 イヴァルステッドに到着した四人は、すぐに宿に直行した。

 宿屋はあまり繁盛していないのか、食堂を兼ねたホールの中はガランとしていた。

 暇そうにカウンターの上に肘をついていた宿屋の主人、ウィルヘルムと名乗ったノルドは、リータの名前を聞くと目を見開き、続いて跳ねるように身を起こした。

 

「ああ、ホワイトランを救ったドラゴンボーン様ですね!」

 

「え? なんで私の事を……」

 

「もちろん、聞き及んでいます。古より復活した獣を倒した英雄! 無辜の民が住む街を襲った卑劣な野獣を倒した勇者!」

 

 リータの名前を聞いた宿屋の主は、満面の笑顔を浮かべ、高揚した様子でリータを称える言葉を大げさな仕草で語り続ける。

 まるで、アイドルに出会ったような興奮ぶりに、当人であるリータは戸惑う。

 宿屋の主であるウィルヘルム曰く、旅の商人がホワイトランのドラゴン襲撃について、詳しく語っていたらしい。

 そして、宿を挙げて歓待するというと言った主人は、当惑するリータを宿で一番いい部屋に案内していった。

 

「リータの名前がこんなに早く知られているなんて……」

 

 カウンターの前に残された健人が、ポツリとそんな言葉を漏らした。

 イヴァルステッドはハイフロスガーへと続く玄関であるが、つまるところ、ド田舎の寒村である。

 当然ながら、ハイフロスガーへと向かおうとする修験者以外が訪れることはほとんどない。

 だからこそ、健人としてはこんな田舎村にリータの名前が届いていることに、驚きを隠せない様子だった。

 

「伝説のドラゴンを倒し、その力を手に入れた従士様であるのなら、その名前が風のように広がることは、さほど不思議には思いませんが……」

 

「そう、かな?」

 

 一方、リータの偉業を誰よりも理解しているリディアは、特に不思議には思わないらしい。

 実際、健人たちはホワイトランで準備を整えるまで、一ヶ月近くの時間を要している。

 その間に、ホワイトランでの出来事を知った商人が、先にイヴァルステッドに来ていてもおかしくはないとリディアは考えていた。

 

「まあ、サービスしてくれるなら、受けない理由はないだろう」

 

 

「まあ、そうだけどね……」

 

 ホワイトランからイヴァルステッドまでの道中、当然ながらずっと野宿だった。

 慣れない旅は健人の体にも心にも確かな疲労として残っている。

 久しぶりにベッドで眠れることもあるし、歓迎してくれるなら、受けない道理はない。

 結局、健人達は宿屋で一晩を過ごし、翌日にハイフロスガーへと向かうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 宿屋に泊まった健人たちは久しぶりに奮発して、手の込んだ料理に舌鼓を打った。

 宿屋の主人も、家畜として貴重な鶏を丸焼きにして出すなど、普段なら出さない料理をサービスして、リータ達を持て成してくれた。

 食事を終えた後、健人は一人で宿の外に出る。

 宿屋の裏に出た健人は腰に差した片手剣を抜き、夜の帳が下りて二つの月の光が照らす宿屋の裏で、剣を振り始める。

 

「ふっ! せい!」

 

 戦士としては未だに素人の域を出ない健人。

 リータの旅に同道するために、彼は毎日こうして、剣の鍛練を行うようになっていた。

 当然、彼が夜に行う鍛練は剣だけではない。

 剣の鍛錬が終わった後は、魔法の勉強が待っている。

 

「精が出ますね」

 

「リディアさん」

 

 健人が素振りを始めてからしばらく経つと、宿屋の影から姿を現したリディアが声を掛けてきた。

 彼女は自分の腰に差した剣の柄をトントンと叩くと、口元に笑みを浮かべる。

 

「お手伝い、しましょうか?」

 

「よろしくお願いします」

 

 互いに向かい合い、武器を構える。

 健人の稽古の相手は、もっぱらリディアが行っていた。

 教えようにも、リータの剣は我流で、ドルマは両手剣使い。

 健人が使うのは盾と片手剣というのもあり、同じ武器と防具を使うリディアが適任だった。

 

「はあ!」

 

「しっ!」

 

 しばしの間、二人は剣と盾をぶつけ合う。

 模擬剣などという気の利いた物を持ち歩く余裕はない。二人とも刃引きされていない本物の剣をぶつけ合っている。

 普通なら取り返しのつかない怪我を心配するところだが、リディアと健人では、力量の差は明らかであり、ゆえに健人の剣はリディアの髪一本散らすこともできない。

 そのため、リディアは余裕をもって剣を寸止めし、健人に己の問題点を指摘している。

 数刻の間、打ち合っていた両者だが、やがて健人のスタミナ切れという形で、今日の修練は終わりを告げた。

 

「はあ、はあ……」

 

「剣の方はまだまだですが、盾の使い方はだいぶ良くなってきましたね」

 

「そ、そうですか……」

 

 リディアの指摘通り、健人の防御術は、少しずつ改善を見せていた。

 未だに筋力不足から動きは遅れ気味だが、しっかりと腰を据えて、相手の攻撃を受けることが出来るようになってきている。

 問題は攻撃面である。

 腰を据えて攻撃を受けていることもあるが、どうにも攻防の切り替えが未だに慣れていないというのがリディアの感想だった。

 

「ケント様、腰を据えて受けるだけでなく、相手の攻撃に合わせてこちらから盾をぶつけて相手の攻撃の出鼻を挫くことで、こちらの攻撃を有利に行うことが出来るようにもなります」

 

 俗に言う“シールドバッシュ”と呼ばれる技能であり、相手の攻撃を殺しつつ、こちらの攻撃に繋げる技術だ。

 実際、リディアはこのシールドバッシュが非常に上手く、ここに来るまでの鍛練で、健人は何度も攻撃の出かかりを潰されていた。

 

「剣も盾も、腕だけで扱うものではありません。全身の筋肉を活かすことで、より素早く、より自然に、強力な攻撃が可能になります」

 

「全身の動きですか」

 

 盾と剣は別に扱うのではなく、一つの動きの中で使い分けるべしと、リディアは健人に教える。

 健人としても理屈は察することができる。

とはいえ、頭の中で漠然と理解しただけで習得できるほど、剣の道は容易くはない。

 頭の中の動きと、実際の体の動きが乖離していることは、普通の人間なら当たり前である。

 また、実際の戦闘では、思考しながら戦っていては間に合わない。

 刻一刻と変わる戦況の中で、反射的に体を動かせるようにならなくてはいけない。

そして、こればっかりは気が遠くなるほどの修練を繰り返すしかない。

 正しい動きを正しく行い、正しく自分の体に染み込ませる以外に、近道はないのだ。

 

「ですが、例え動きが改善できても、やはり攻撃面での不安があります。ケント様の体格では、私達のノルドの剣術は、どうにも相性が悪いようにも思えますし……」

 

「やっぱりそうですか……」

 

 さらに、ノルドと日本人の間の体格差による相性も問題だった。

 ノルドの剣はほぼ肉厚の直剣である。

 戦い方も自分たちの恵まれた体躯を活かしたものであり、相手を防具ごと叩き潰す戦法が主流だ。

 しかし、今の健人に鉄製の防具を貫くほどの膂力はない。つまり、剣の振るい方一つとっても、ノルドの剣術は健人には向いていないのだ。

 

「分かりました。今日もありがとうございました」

 

「いえ。ケント様は、これから魔法の修練ですか?」

 

「修練と言っても、ダニカさんがくれた本を読んで、限界まで魔法を使うだけですけどね。それじゃあ、また明日」

 

「はい、お休みなさいませ」

 

 健人はリディアと別れると、宛がわれた自分の部屋に戻り、カバンの中から毎日読み返している本を取り出した。

 そして、ホールの暖炉に残っていた火種から種火を作り、貰ってきた蝋燭に火を灯す。

 健人がホワイトランを旅立つ際、ダニカは餞別として、彼に数冊の本を渡した。

 ダニカが渡したのは、魔法や錬金術、付呪に関する基本を記した本と、健人が実際に習得した回復魔法の術式を記した魔法書である。

 荷物としては嵩張るものだが、力で劣る健人にとって、魔法の知識はなによりも心強いものである。

 その為、健人はホワイトランを旅立ってから毎晩、夜遅くまでダニカから渡された本を読み返していた。

 同時に、魔法の実践もかねて、就寝する直前に魔力を限界まで使う事も忘れない。

 今の所、マジ力の効率が良くなった感じはなかったが、魔法を使う感覚を体に染み込ませるためにも、続けるべきだと思ったのだ。

 

「さて、やるか……」

 

 蝋燭の明かりを頼りに、健人は開いた本を読み始める。

 既に、何度も読み返した本だ。

 どのページに何が書いてあるか、既に頭の中に入っている。

 それでも、健人は繰り返して読み続ける。

 

「ケント、まだやってるの……?」

 

 部屋の扉を開けて、隙間からリータが顔を覗かせてきた。

 もう寝るつもりだったのか、普段は纏めている金髪をほどいている。

 

「リータか。先に休んでいていいよ」

 

「でも、明日は七千階段に挑むんだよ? ケントも早めに休んだ方がいいよ」

 

 ハイフロスガーへの道のりは長く、巡礼者の中には、途中で力尽きて凍死するものも少なくないのだ。

 リータが健人を心配するのも無理はない。

 

「それでも、やるよ。繰り返さないと身に着かないから」

 

 そう言いながら、健人は読書に戻る。

 彼にとって、夜遅くまで勉強していることは、それほど不思議な事ではない。

 教育制度が充実し、受験という人生の登竜門がある現代日本では、ごくごくありふれた事である。

 また、現代日本においては、科学技術によって恒常的な明かりには困らず、日が落ちた後、夜遅くまで起きていることは、さほど珍しくはない。

 中には、昼夜が逆転した生活を送る者もいるくらいだ。

 つまり、長時間勉強するための環境と慣習が揃っているといえる。

 一方、リータにとって、夜になっても勉強を続ける健人の姿は、ある種の驚嘆を覚える程のものだった。

 スカイリムでは、科学技術が未発達であるが故に、恒常的な明かりを得ることはほぼ不可能だ。

 その上、教育などは家庭内か、村などの共同体内に留まってしまう。

 教育の水準や範囲も総じて狭く浅いもので、高度かつ大規模な教育制度や教育機関などはない。

 また、環境的にも日常的に勉学に励むような習慣も根付いていない。

 大規模な教育機関などは、スカイリムの中ではウインターホールドにある魔術師大学位だ。

 だからこそ、リータは本を読み続ける健人の姿に感嘆を覚える。

 つまるところ、異世界レベルの文化と慣習の違いが、ものの見事に表れた結果と言えた。

 

「……ねえ、私も一緒にやっていい?」

 

 勉強する健人の姿に触発されたのか、リータが一緒に勉強したいと申し出てきた。

 

「いいけど、リータも覚える気なの」

 

「うん。私も強くならないといけないから」

 

 強くなりたい。

 それは、リータと健人、二人に共通している想いでもある。

 どちらも、無力なままの自分は嫌だと心の底から想い、立ち上がった人間だからこその感情だ。

 

「じゃあ、一緒にやろうか」

 

「うん!」

 

 リータの心情を理解しているからこそ、健人は彼女の頼みを受け入れた。

 同じ机に並んで、一つの明かりを頼りに本を読み進めていく。

 時間は限られている。

 目の前の蝋燭が尽きるまでが、今日の健人とリータに与えられた時間だった。

 宿屋の店主から貰えた明かりは、この蝋燭一本のみ。

 恒常的は明かりを得ることが困難なスカイリムでは、蝋燭一本とっても、大切な資源だからだ。

 

「ねえケント、リディアに変なことしてない?」

 

 しばらくの間、読書にふけっていた二人だが、リータがおもむろに話を振ってきた。

 

「変な事ってなんだよ」

 

「それは、その……」

 

 一体何を想像したのか、言いよどむリータに、健人は溜息を吐いた。

 

「変な事なんてできるわけないだろ。あれだけ強い人なんだぞ」

 

「ま、まあそうなんだけど、何となく気になっちゃって……」

 

「なんだそれ?」

 

 リータの意味不明な返答に、ケントはさらに首を傾げる。

 とはいえ、ケントから見てもリディアは間違いなく魅力的な女性である。

 彼女の容姿はごく普通のノルドではあるが、その教養や心根は、非常に好感が持てる女性だ。

 相手を立てる器量と配慮のある気使い。そして、一流の武技を併せ持つ女性であり、良き相手に恵まれてしかるべき魅力も持っている。

 彼女の気使いに助けられていることは、ケントも自覚しているし、感謝もしている。

 しかし、それは恋愛云々というよりも、ハドバルと同じように、尊敬できる大人といった印象が大きかった。

 

「俺は、家族の力になりたいんだ。だから今は、それ以外の事に気を向ける余裕はないよ」

 

「そっか……」

 

 健人の答えに満足したのか、彼の手のかかる義姉は口元に安堵の笑みを浮かべた。

 そして、また二人は静かな読書へと戻る。

 儚げな蝋燭の明かりが消えるまで、二人はより添って、己の力を磨いていた。

 

 

 

 

 



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第三話 グレイビアードと追跡者達

 健人達の目の前には、雪に半ば埋もれたような、石造りの寺院が佇んでいる。

 長い間、風雨にさらされてきた影響なのか、建材の石は所々欠けたりひび割れたりしており、雪崩などに巻き込まれたら倒壊しそうな雰囲気である。

 ハイフロスガー。

 世界のノドにある七千階段と呼ばれる険しい山道を越えた先に存在する、スカイリムで最も尊ばれているグレイビアードが住む寺院である。

 世界のノドはタムリエル大陸の中で最高峰の山であり、長く急勾配の山道と吹き付ける強風が、登山者の体温と体力を容赦なく奪っていく。

 吐く息が凍り付き、息を吸うだけで肺が痛むほどの厳しい登山。

 しかし、ノルドですら厳しいこの山道を、健人はリータ達の力を借りて何とか乗り越えた。

 

「ここが、ハイフロスガー……」

 

「行くぞ」

 

 先行したドルマが、重厚な扉を開けると、健人達の目の前には、広い広間が広がっていた。

 装飾などは全くない。

 寺院の中は静寂に満ちており、彼方此方に設けられた松明や火床の薪がパチパチとはぜる音だけが響いている。

 

「ほう、この時代の変わり目にドラゴンボーンが現れるとはな」

 

 唐突に掛けられた声に、リータ達は広間の奥に目を向けた。

 明かりの影から、特徴的な導師服を纏った老人が四人、姿を現す。

 

「あなた達がグレイビアード?」

 

「そうだ。お前の“声”を聞き、ここに呼んだのだ。お前が真に恩恵を授かったものか確かめるためにな」

 

 四人の老人のうち、一人が一歩前に踏み出してくる。

 重ねてきた年月を示すかのような皺に覆われた顔と、先を纏めた豊かな髭が特徴的な老人だ。

 

「私はアーンゲール師。グレイビアードの声だ。見せてみよ。我らにお前の声を味わわせよ」

 

 アーンゲールと名乗ったグレイビアードは、両手を広げて、リータにシャウトを自分に放てと誘ってくる。

 リータはしばらく逡巡した様子を見せていたが、やがて覚悟を決めたような表情を浮かべると、一度大きく息を吸いこみ、丹田に力を込めて“声”を放った。

 

「ファス!」

 

 衝撃波がアーンゲールに叩き付けられ、豊かな髭と導師服が勢いよく煽られる。

 背後にある壺が吹き飛ばされ、次々に割れていく中、アーンゲールはどこか恍惚とした表情を浮かべていた。

 

「間違いない、ドラゴンボーンだ。内なる恩恵がある。ハイフロスガーにようこそ」

 

 リータの声に特別な力を感じ取ったのだろう。

 アーンゲールはゆっくりと両手を下すと、リータに歓迎の言葉を贈る。

 

「ドラゴンボーンよ。お前は我らに何を求める?」

 

「ドラゴンボーンの力は何なのか、この力を持つ意味を知りたい……」

 

 リータがこの場所に来たのは、自分が秘めている力。ドラゴンボーンの力について知るためだ。

 竜の血脈ともいわれるこの力は、タムリエルの歴史の中で、何度も表舞台に出てきている。

 もっとも古くは、第一紀250年前後の聖アレッシアと龍神アカトシュの契約にまで遡る。

 聖アレッシアは神々であるエイドラの長アカトシュと契約し、王者のアミュレットの力によってオブリビオンの扉を閉じた。

 この契約は第三紀の終わりまで続くことになるが、この事実はタムリエルのだれもが知る確固とした史実として、認識されている。

 リータ達が生きている時代は、第四紀の201年。

 第二紀は約800年、第三紀は約400年続いており、聖アレッシアが生きた第一紀に至っては2400年程。

 つまり、数千年という遥か昔から、ドラゴンボーンという存在は、この世界に影響を与えてきたのだ。

 アーンゲールはリータの言葉を聞き、しばしの間、熟考するように顎髭を撫でると、おもむろにリータの問いに答え始めた。

 

「ドラゴンは生まれつき、声の力で外界に働きかけることが出来る。そして、倒した同族の力を吸収できる」

 

 アーンゲールの言葉では、ドラゴンの言葉はそれ自体が極めて強力な魔法の言葉であり、また、ドラゴンはどうやら同族の力を吸収できるらしい。

 健人の脳裏に、リータがミルムルニルを倒した時の光景がよみがえる。

 燃え尽きるように光ったミルムルニルの亡骸は骨だけになり、ドラゴンの遺体から溢れた光をリータは吸収した。

 その時、ミルムルニルの体から漏れ出した光は、おそらくはかのドラゴンの力。魂そのものだったのだろう。

 

「定命の者の中にも、同じような力に目覚める者もいる。それが恩恵なのか呪いなのかは、数世紀にわたる議論の的であった。そしてドラゴンボーンは危機の時に神々より遣わされたのだと信じる者もいる」

 

 どうやらドラゴンボーンの存在意義については、未だに明確な答えが出ていないらしい。

 さらにアーンゲールは、ドラゴンボーンの具体的な力についても話し始めた。

 

「才ある常人が数年かけて学んだものを、お前は数日で理解してしまう」

 

「でも、私は言葉を学んだことなんてなかったのに、シャウトを使えましたが……」

 

「そうか……。心当たりはある。ドラゴンボーンは竜の魂をその身に持つ者。おそらくだが、そのドラゴンが使っていた言葉を、お前は既に聞いたことがあったのではないか?」

 

「…………」

 

 アーンゲールの言葉に、リータは小さく頷いた。

 リータがミルムルニル戦で使っていた言葉は“ファス”。

 “力”を意味する言葉であり、外界に働きかける根本的な要因を表す言葉だ。

 そして、ミルムルニルもまた、この言葉をホワイトランでの戦いで使っていた。

 

「おそらく、お前の中の竜の魂が、お前が最も欲した“力の言葉”に反応したのだろう。遥かな昔、オラフ王がヌーミネックスと戦った時も、彼は学ばずしてシャウトを使ったという伝説がある」

 

 オラフ王とヌーミネックスの伝説は、スカイリムの中でもよく知られた話だ。

 ドラゴンボーンであるオラフ王が、ドラゴンであるヌーミネックスを、その“声”でもって屈服させたという伝説。

 その伝説の中にあるヌーミネックスとの戦いの中で、突然シャウトに目覚めたオラフ王の姿が描写されている。

 

「それでどうする? “声”について、学ぶ気はあるか?」

 

「はい。教えてください。この“力”について」

 

 即答で答えるリータの言葉に、アーンゲールは少し眉をひそめたが、やがて静かに頷いた。

 

「いいだろう。己の“運命”を遂げるために恩恵を使うにはどうするべきか、我々が最善を尽くして教えよう」

 

 グレイビアードの協力を得られることに、リータは少し安堵しつつも、アーンゲールの言葉が引っ掛かっていた。

 

「あの、ドラゴンボーンの運命って、一体……」

 

 運命。

 科学技術を基盤とした生活を送っていた健人には胡散臭いと思える言葉だが、ドラゴンボーン本人であるリータにとってはとても気になる言葉だった。

 

「ドラゴンボーン、それはお前が見つけるべきものだ。我らは道を示すことは出来るが、目的地は示せない」

 

 坦々としたアーンゲールの返答は、やはりどこか雲をつかむような捉えどころない物だった。

 声を通して修練を積む修験者ゆえの言葉なのだろうが、己が伝説のドラゴンボーンと知ったリータにとっては、遠回しなアーンゲールの言葉に、どうしても焦燥を感じてしまう。

 だが、今は気にしても仕方ない事は事実。

 リータは一度瞑目し、深呼吸をして気持ちを切り替える。

 

「……分かりました。修練を始めてください」

 

「ではお前に修練を受けるための意思と能力があるか、見せてもらおう」

 

 そして、リータの“試練”が始まった。

 アーンゲールはリータを広間の真ん中へと案内しながら“声”と“ドラゴンボーン”について、講義を行う。

 

「鍛練がなくとも、お前は既に声をスゥーム、シャウトとして放出するための一歩を踏み出している。

 叫ぶとき、お前は竜の言葉でしゃべることになる。お前の竜の血脈が、言葉を学ぶための内なる力を与えているのだ」

 

 既にリータは、シャウトを使うという事自体は出来ている。

 それはやはり、彼女の中の竜の血脈故であるらしい。

 

「すべてのシャウトは三つの力の言葉で形作られている。言葉を一つずつ習得していけば、お前のシャウトも順に強くなっていく」

 

 健人はアーンゲールの話を広間の端で聞きながら、シャウトについて考えていた。

 アーンゲールの話では、シャウトは三つの言葉を揃えることでより強力になっていくらしい。

 実際、ミルムルニルはシャウトを放つ際、三つの言葉を使っていた。

 一方、リータが使う衝撃波を放つスゥーム“揺るぎ無き力”は、まだ一節しかない。

 グレイビアードの一人が前に出て、床に向かってシャウトを放った。

 

「ロゥ……」

 

 地面に、三本の鉤爪で引っ掻いたような、奇妙な文字が現れる。

 

「これが“ロゥ”。拮抗を意味するドラゴンの文字だ。読んでみるがいい」

 

「あ……」

 

 床に刻まれた文字を見た時、リータは己の心臓がドグンと高鳴るのを感じた。

 臓腑の奥から湧き上がる熱が、全身に広がっていく。

 それは、リータが取り込んだミルムルニルの魂から、力と言葉の意味を引き出した瞬間だった。

 煮えたぎるように熱くなる体とは別に、澄んだ水のように、脳裏に力の言葉が涼やかに響く。

 

“ロゥ”

 

 拮抗、膠着、バランス。それを意味するシャウト。

 

「ウィ……ロ、カーーン!」

 

 グレイビアードの一人が、リータ達が聞いたことのないシャウトを放つ。

 続いて、うっすらと影を思わせる人形が現れた。

 どうやら、幻影を出現させるシャウトのようだ。

 

「ドラゴンボーンよ、その声を解き放ってみるがいい」

 

 生み出された幻影を指さし、アーンゲールがリータに力を使ってみるよう促してくる。

 アーンゲールが促すままに、リータは新しく覚えた力の言葉を解放した。

 

「ファス……ロゥ!」

 

 生み出された衝撃波は、先ほどアーンゲールに放ったものよりも遥かに強力になっていた。

 一撃で幻影を消し飛ばし、背後にあった壺や調度品を吹き飛ばす。

 吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた壺や調度品がガシャガシャと割れる光景に、アーンゲールは静かに頷いた。

 

「なるほど、お前の言葉は正確だ。次は、新しいスゥームをどれだけ早く身に付けられるか試してみよう」

 

 そう言うと、アーンゲールはリータ達についてくるよう促し、寺院の奥へと歩き始めた。

 広間の奥の階段を上り、大きな両開きの扉を抜けると、そこは外に続いていた。

 雪の積もった外には、一際高い塔と、奥の登山道へと続く門が見える。

 塔の手前には、なぜか鉄の扉だけが存在し、グレイビアードの一人が、門の傍で控えていた。

 

「初めにウルフガー師が“旋風の疾走”のスゥームを実演する。見ているがいい」

 

 ウルフガーと呼ばれたグレイビアードは前に出ると、奇妙な門と相対する。

 そして、門の傍に控えていたグレイビアードが門を開けた瞬間、文字通り“旋風”となっていた。

 

「ウルド、ナ、ケスト」

 

 旋風の疾走。

 術者を風のごとく前へと押しやるシャウト。

 風となったウルフガーは、瞬く間にリータ達の前から消え去り、雪上に一直線の軌跡だけを残して門を通り抜けていた。

 

「どうだ、ドラゴンボーン?」

 

 リータは突然目の前から消えたグレイビアードの速度に驚嘆しながらも、深呼吸をして己の内にある竜の魂に意識を集中する。

 先程のウルフガー師がシャウトを使っていた時に、彼が使っていた単語は三つ。

“ウルド”

“ナ”

“ケスト”

 その言葉の意味を探るため、自分が取り込んだ魂に命じる。

 力を、力の言葉を教えろと。

 内なる魂から彼女が聞いた言葉は一つだった。

 

「…………」

 

 リータは無言で前に出て、先ほどウルフガー師がやったように、奇妙な門と相対する。

 

「門が締まる前に、旋風の疾走を使って駆け抜けよ」

 

 アーンゲールの言葉を皮きりに、門が開かれた。

 

「ウルド!」

 

 刹那、リータは“風”になった。

 力の言葉が意味するままに旋風となったリータは、十メートルの距離を瞬く間に走破し、門の間を駆け抜けた。

 

「見事だ。お前の声は正確だ。これほどの速度でシャウトを使えるようになるとはな。

 まさに恩恵を授けられし者。これからが楽しみだなドラゴンボーン」

 

 アーンゲールが上ずったような声を上げる。

 厳とした表情そのままだが、頬の皴が僅かに深くなっているところを見ると、どうやらかなり興奮しているようだった。

 長年悟りを開くために修練し、鍛練を続けている者がこれほどの興奮を露わにするという事は、それだけドラゴンボーンの力が驚異的であることの証だった。

 

「さて、本格的な修練を始める前に、お前にはやって貰わなければならないことがある。

 ウステングラブの遺跡に向かい、われらの始祖、ユルゲンウインドコーラーの角笛を取ってくるのだ」

 

「爺さん、俺達には時間がない。そんな事よりも、早くリータにもっと修練を受けさせてほしいんだが……」

 

 アーンゲールの言葉に、ドルマが待ったをかける。

 リータとしても、内心ではすぐさまシャウトの鍛練を始めたかった。

 しかし、アーンゲールは首を振って、ドルマの言葉を否定した。

 

「ダメだ。これは修練の一つだ。遺跡にはシャウトを正しく使うことで進める。言葉の力を正しく使う事を学ぶ意味でも、この修練は必要だ」

 

「今この瞬間にも、ドラゴンに襲われている人たちがいるかもしれません。その人達を救うためにも、リータには早く鍛練を……」

 

「お前達の焦りは分かる。だがそれは、私達にとって問題ではない」

 

 健人もリータの修練を始めてくれるように懇願するが、アーンゲールの返答はにべもないというものだった。

 

「ちょっと待って下さい! 問題ではないっていったいどういうことですか!」

 

「我らグレイビアードは、声の道により静寂と鎮静を究めること目的とする。故に、世俗と関わることを良しとしない」

 

「でも、人が死んでいるんですよ!」

 

「人はいずれ死ぬ。遅いか、早いか、悟りを開いたか開いていないかの違いのみだ。

 それに、我らが使う“声”は、人の間で生きるには強すぎる。囁くだけで、無辜の民まで殺しかねん」

 

 グレイビアードは、日本における、修行を重ねる修行僧と同じだ。

 世俗との関わりを断ち、欲を克服し、悟りを開くことを目的とする集団。

 同時に、シャウトを争いには使わないと誓った人間達だ。

 そんな彼らにとっては、ドラゴンの復活と人類の粛清も、自然の流れの一つなのである。

 同時に、彼らが持つ力が大きすぎるというのも理由の一つだ。

 シャウトの力があまりに大きすぎるからこそ、世界のノドという世俗から隔離された地で修練を行っているのである。

 

「……分かりました。角笛を取ってきます」

 

 アーンゲールの言葉に、リータは仕方なくウステングラブへ向かうことを決める。

 彼女の返答を聞いたアーンゲールは静かに頷くと、寺院の奥へと消えていった。

 

「ウステングラブは、モーサルの北側です。一旦イヴァルステッドまで戻り、モーサルに向かう事にしましょう」

 

 リディアの提案に、リータ達は頷くと、即座に下山のための準備を始める。

 下山後、一行はウステングラブに向かうため、イヴァルステッドには泊まらず、すぐさま北へと向かって旅立って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 健人達がウステングラブへ向かうために、モーサルへと向けて旅立った数日後。

 イヴァルステッドの宿屋の主、ウィルヘルムは、奇妙な客を出迎えることになった。

 黒を基調とした仕立てのいいローブを着た、長身の男性。所々に金の刺繍が施された それを羽織る人物は、その細長く、白い顔を店主に向けながら、不遜な態度で質問をぶつけてきた。

 

「それで、ドラゴンボーンの一行はここを通ったのか?」

 

「さてね。高尚なエルフ様こそ、どうしてこんな田舎の宿屋に?」

 

「質問に答えろ。ドラゴンボーンを名乗る女はここを通ったのか!?」

 

 アルトマー。このタムリエルで最も魔法に長けた種族。

 人間たちの間ではハイエルフと呼ばれ、タムリエル大陸の西側の海に存在するサマーセット島に住むエルフだ。

 サマーセット島を拠点としてアルドメリ自治領という勢力を形成しており、その軍事力は他の追随を許さないほど強力なものである。

 このアルドメリ自治領との戦争の結果、帝国は大きな打撃を受け、結果、帝国の支配力は大きく減退。

 白金協定でハンマーフェルの南側を割譲させられた上、さらにタロス崇拝を禁止される羽目になる。

 そして、彼らはアルドメリ自治領を実質支配している組織、サルモールの人員だった。

 サルモールはエルフ至上主義を掲げた過激派であり、200年前のオブリビオンの動乱で台頭してきた経緯がある。

 また、ハイエルフは過去にノルド(正確にはその祖先であるネディク人)を奴隷にし、ノルドは今の帝国建国時にアルドメリ自治領にとある超兵器を使用して攻め込んでいたりと、両種族は古代からの怨敵同士でもあった。

 

「こんな寂れた宿屋の店主に向かって、大声を上げるなよ。思わずチビッちまう」

 

 宿屋の店主は突然やってきた迷惑な客に対して軽い言葉を返すが、内心では本当に恐怖でチビりそうだった。

 サルモールは、自分達に逆らうものに対して容赦はしない。

 特に人間に対しては、その残虐性を剥き出しにし、帝都がアルドメリ自治領に占領された時は、その血で帝都中央にそびえ立つ白金の塔が紅く染まった、なんて話すら出たくらいだ。

 

「そ、そうだなキラキラの光物でも見せてくれるなら、あまりの眩しさに何か思い出すかもしれないな」

 

「卑しい俗物め……これでいいだろう。小娘がどこに行ったのか、さっさと話すんだ」

 

 恐怖に駆られながらも、精一杯虚勢を張ろうとしているのは、ノルドのプライドの高さ故なのかも知れない。

 一方の高官は金銭の要求を馬鹿正直に受け止めたのか、豚を見るような視線を店主に向けながらも、懐から金貨の入った小袋を取り出して、カウンターの上に放り投げた。

 宿屋の主人がカウンターの上に放り投げられた小袋を恐る恐る手に取ると、ずっしりとした重さが彼の手に掛かってきた。

 

「ええっと……確か、ハイヤルマーチのモーサルの方に行くとか言っていたな。ウステン……何だったかな? そこまでは覚えてない」

 

「ふん……」

 

 サルモールの高官は宿屋の主人から一通りの情報を聞き出すと、さっさと踵を返して外に出た。

 宿屋の外には、彼に付き従っていたハイエルフの兵士が待機していた。

 宿屋の近くには彼らが乗ってきたと思われる馬が繋がれている

 兵士たちは金に似た光沢のある軽装鎧を纏っており、何事かと様子を窺ってくる村人達を、嫌悪感たっぷりの視線で睨みつけている。

 サルモールの兵士だけあり、やはりこの兵士たちも、人間達に対して蔑みの感情を隠そうとはしていなかった。

 

「目標はモーサルだ。すぐに移動するぞ」

 

 サルモールの高官の指示のもと、兵士たちは馬に乗ると、次の目的地に向かうためにイヴァルステッドを後にした。

 

「しかし、あの話は本当なのでしょうか?」

 

 兵士の一人が、高官に対して質問をしてきた。

 質問を受けた高官は、つまらない事を聞くなと言うように鼻を鳴らすと、吐き捨てるように部下の質問に答えた。

 

「真偽はこの際どうでもいい。人間どもをつけ上がらせるような存在は、邪魔にしかならん」

 

 彼らの目的は、最近噂になっているドラゴンボーンの確保だ。

 ドラゴンボーンの存在は、アルドメリ自治領にとっても無視できない。

 何故なら、第二紀の終わりにアルドメリ自治領との戦争で、彼らの魔法艦隊を完膚なきまでに壊滅させたのが、そのドラゴンボーンだったからだ。

 タイバーセプティム。後にエイドラに昇神し、タロスとなったドラゴンボーン。

 ハイエルフにとっては、許しがたい怨敵である。

 そして、この時期に再び、そのドラゴンボーンが現れた。

 しかもその人物は、ハイエルフにとって天敵ともいえるタイバーセプティムと同じノルド人。

 このような事を、エルフ至上主義のサルモールが黙って見過ごせるはずもなかった。

 早急に真偽を確認し、手段を選ばず確保するべきだという話になり、その尖兵としてこの高官達が派遣されることになったのだ。

 

「汚らわしい人間が、アカトシュの加護を受けるなど……忌々しい。いくぞ。ウステングラブの遺跡でドラゴンボーンを名乗る愚か者を殺す」

 

 しかし、命令を受けたこの高官は、ドラゴンボーンの確保など考えていなかった。

 その存在を確認でき次第、殺すつもりであった。

 ハイエルフゆえの過剰な自尊心と、かつては悪神を崇めていたくせに、龍神アカトシュの加護を受けた人間に対する嫉妬心を滾らせる。

 その金の瞳に憤怒の炎を揺らめかせながら、サルモールの一行はドラゴンボーンを追って、モーサルへと進んでいった。

 




ハイフロスガーへの道中は、文章量の都合でバッサリカット!
道中のトロールさん涙目。


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第四話 ウステンクラブ

 ハイヤルマーチはスカイリムの北側に位置するホールドであり、モーサルをホールドの首都としている。

 北西には経済的に豊かなハーフィンガルホールドがあるが、ハイヤルマーチはその領地の殆どが湿地帯であり、主要な産業は林業くらいで、経済的にはかなり芳しくない。

 ハイヤルマーチ川から伸びた広大で寒冷な湿地帯は、作物の育成には向かないからだ。

 おまけに、この湿地帯にはシャウラスと呼ばれる危険な生物が生息していた。

 巨大なハサミムシを思わせるその生物は、硬い甲殻と巨大で鋭い牙だけでなく、強力な毒も持っており、毎年何人もの人間が犠牲になっていた。

 そんな厳しい土地なのだから、経済的に貧窮するのも無理はない。

 健人達はイヴァルステッドを出発した後、ホワイトラン経由でモーサルへと入り、その後、ウステングラブへと向かった。

 そして、モーサルを出て湿地を進むこと数日。

 一行は、ようやく目的地に到着した。

 

「ここが、ウステングラブ……」

 

「ええ、見たところ、古代ノルドの墳墓のようですね」

 

 湿地帯の端に、ひっそりと設けられた墳墓。

 雪と土、そしてコケに覆われた墓は、湿地帯に常時漂う霧と相まって、不気味な雰囲気を醸し出している。

 墳墓は全体が円形をしており、中央には縦穴が掘られていた。

 縦穴には螺旋階段で下に降りられるようなっていて、螺旋階段の先には、凝った意匠が施された扉が見えた。

 

「古い墳墓にはドラウグルがいます。古代ノルド人のアンデッドで、墓を荒らすものを容赦なく排除していきます。

 それに、数多くの罠も張り巡らされています。気をつけましょう」

 

 リディアの忠告に頷き、一行はゆっくりとウステングラブの扉を開けて、中へと入っていく。

 墳墓の中は長年人が入らなかったためか、かび臭い空気が充満していた。

 しかし、長年人が入っていなかったにしては、奇妙な点がある。

 埃と土に覆われた床にいくつか真新しい足跡が残っているのだ。

 

「これは……。もしかして、先客がいる?」

 

「おそらくそうでしょう。しかも、こんな人気のない場所の墳墓に入ろうとするのは、大抵碌でもない輩です」

 

「例えば?」

 

「山賊、死霊術士、吸血鬼。まあ、殺すのに躊躇うような奴らではありません」

 

 地下へと続く道を進む健人達。

 通路は長い年月の中で、所々木の根に侵食されており、ゴツゴツとした石材が根に絡まり、あちこちから飛び出している。

 地下ゆえに気温も低く、床や壁の彼方此方も露で濡れていた。

 進み始めてすぐに、健人達は山賊の死体に遭遇した。

 体のあちこちに焼けた跡がある所を見ると、この山賊はどうやら魔法で殺されたらしい。

 死体はまだ新しく、腐敗は進んでいない。

 はっきりと確認できる苦悶に満ちた表情が、死の直前に彼が感じた恐怖を物語っている。

 注意しながらさらに奥へと進んでいくと、カン、カンと、金属で何かを叩くような音が聞こえてきた。

 よく見ると、通路の奥から明かりが漏れている。

 

「しっ……」

 

 先頭を歩いていたドルマに促され、健人達は身をかがめる。

 そして音を立てないように注意しながら、そっと明かりの先を覗き見た。

 健人達が見たのは、つるはしを振り下ろす2人の山賊と、黒いローブを着た男女。

 ローブを着た男女は向かい合って何か話をしており、山賊たちは黙々とつるはしを振るっている。

 しかし、健人はつるはしを振るっている山賊に、奇妙な違和感を覚えた。

 山賊の体に、蒼く光る線が幾重も走っている。

 しかも、なにやら「う~う~」と、言葉にならない呻き声を漏らしていた。

 健人の疑問に答えるようにリディアが口を開いた。

 

「あれは、死霊術ですね」

 

 死霊術。

 召喚魔法の系統に属する魔法で、死者に仮初の命を与え、使役する魔法だ。

 死体を操るという事で、数ある魔法の中でも強く忌避されている魔法の一つ。

 実際に、死霊魔法を研究する人間は人々のコミュニティーの中にいられず、街から離れ、野に出ていく。

 そして自らの研究に没頭するあまり、人としての道から外れていく者が多いのだ。

 このウステングラブに入り込んだ死霊術師も、そんな人道を外れた死霊術師たちであることを窺わせた。

 

「猛吹雪にあったアルゴニアンより、ノロい奴隷だな」

 

「私達の労力を減らしてくれるなら、構わないわ。私は、肉体労働は苦手なの」

 

 盗賊の死体を使役する死霊術師の声が聞こえる。

 

「どちらが先に来たのかは分かりませんが、山賊と死霊術師が闘い、山賊は殺された挙句に、労働力として使われているらしいですね」

 

 耳元で呟いてくるリディアの言葉に、リータは頷く。

 召喚魔法によって召喚された存在は、召喚主のマジカによってこの世に留められているため、基本的に召喚主の命令に従う。

 実際、目の前の死霊術師たちは、会話の片手間に、発掘を行っている死体たちにあれやこれやと命令をしていた。

 

「ううう……」

 

 その時、今までつるはしを振るっていた死体が苦しそうにもがき始める。

 直後、呻いていた死体がまるで砂のように崩れ落ちた。

 

「やれやれ、またか」

 

 召喚魔法は術者のマジカを使っているだけに、マジカが切れれば、召喚された存在は異界へと還る。

 また、死体はマジカで動かされていた影響なのか、制限時間に達した際に粉々に崩れてしまい、二度と蘇生は出来なくなる。

 青白く光る砂になった山賊の死体を前に、女性の死霊術師が不機嫌そうに眉を吊り上げる。

 

「意志の弱い連中ね。死んでも役立たずだわ」

 

 いくら相手が山賊とはいえ、死者に対して何の感慨も感じさせない言葉に、健人は嫌悪感を掻き立てられていた。

 彼ら死霊術師にとって、死とは悼むものではなく、死者は弔うべきものではない。

 死者は己の目的の探求のための道具であり、死は道具を増やすための一手段でしかないのだ。

 その時、リディアが暗がりからゆっくりと手を伸ばし、広間の奥を指さす。

 

「見てください。どうやらまだ奥があるみたいです」

 

 リディアの指摘で健人達が広間の奥に目を向けると、崩れた石材の風に、ぽっかりと空いた大きな入口がある。

 

「本当だな。という事は、奥にはまだ奴らの仲間がいるってことか?」

 

「可能性は高いとみるべきでしょう」

 

 洞窟内は音が反響しやすいが、健人達はかなり小声で話している上、死霊術師達の傍には、つるはしでガンガン音を立てている死体がいるので、気づかれてはいない。

 健人達がこの場をどうやって突破しようかと考えている時、洞窟の奥で何かあったのか、話をしていた死霊術師の二人が、広間の奥へと目を向けた。

 

「どうやら、奥にいる仲間が何か見つけたみたいだな」

 

「ここをお願いね。私は奥を見てくるわ」

 

 男性の死霊術師を残し、女性の死霊術師は奥へと歩いていった。

 残った男性は、松明の明かりを手にしたまま、黙々と働く死者たちを眺めている。

 

「チャンスだな」

 

 健人達は弓を取り出し、矢を番える。

 暗がりに身を潜めている健人達を、明かりの傍に居る死霊術師が見つけることはほぼ不可能だろう。

 

「ふっ……」

 

 四人一斉に矢を放つ。

 

「ぐあ!」

 

 四本の矢を一斉に受け、男性の死霊術師は抵抗する機会すら与えられずに、物言わぬ躯となった。

 

「おおお……」

 

 同時に、支配されていた山賊たちが、塵へと帰っていく。

 最後に塵に還る瞬間の山賊達の声は、どこか安堵の色を帯びていたように思えた。

 

「おい、よそ者。先へ急ぐぞ」

 

「分かってる」

 

 少し感傷を覚えていた健人を、ドルマが小突く。

 まだ、死霊術師たちと、彼らが操る配下が残っている。気を抜いていい時ではない。

 健人は気を張りなおし、リータたちの後に続いて墳墓の奥へと足を踏み入れた。

 広間の奥には、入り組んだ通路が続いている。

 健人達がノルドの墳墓特有の波打つような絵柄が刻まれた通路を進んでいくと、奥から金属をぶつけあうような音と、耳障りな喧騒が聞えてきた。

 

「……! っ……!」

 

「何だか騒がしいな……」

 

 再び身を顰めながら進むと、死霊術師達が、何かと交戦していた。

 死霊術師たちの正面に対峙するように立つ複数の影。

 よく見ると影は、肉の削げた体躯にボロボロになった装具を身に纏っていた。

骨と皮だけになって落ちくぼんだ眼孔には、死霊を思わせる青白い光が宿っている。

 

「あれは、ドラウグル?」

 

 ドラウグル。

 死した埋葬者たちが蘇った、この世界のアンデッドの一種。

 スカイリムの古代の墳墓でよく見かける怪物だ。

 ドラウグルは普段、他の死者と同じように動くことはなく、眠りについている。

 しかし、自分たちの眠る墓を荒らす不届きな侵入者の存在を感知すると、起き上がって、容赦なく侵入者たちを排除しようとする。

 どうやら死霊術師の連中は、音を立て過ぎたせいで、起こさなくてもいい死者まで起こしたらしい。

 思いがけぬ襲撃に死霊術師たちは必死に抵抗していたが、彼らが操っていた死者達は、瞬く間にドラウグルたちに排除されていった。

 山賊の死体がつるはしを叩きつけようとするが、ドラウグルは器用に手に持った斧の腹で、つるはしの切っ先を受け流す。

 そして、お返しとばかりに斧を山賊の脳天に叩き付け、弄ばれていた遺体を、動かぬ死体へと返している。

 さらに他のドラウグルは、翳した手から炎を吐き出し、山賊の死体たちをまとめて灰にしている。

 その光景に、健人は目を見開いた。

 ドラウグルたちの動きがあまりに洗練されているのもそうだが、魔法まで使ってくるとは思っていなかったのだ。

 

「なんで、あんな巧みに武器を操れるんだ? それに、破壊魔法も使っている」

 

「ドラウグルの多くは、古代ノルドの戦士たちです。死してなおも、その技と魔道の力は残っています」

 

 健人の質問に、リディアが答える。

 そんな間にも、死霊術師たちは一人、また一人と、確実にドラウグルたちに狩られていた。

 

「ひっ!? こ、こんなはすじゃ」

 

 最後に残ったのは、先ほど広間にいた女性の死霊術師。

 配下の死体や仲間がすべて殺されたことで恐怖に駆られ、必死に逃げ出そうとするが、自分たちの安息を乱した彼女を、ドラウグルたちは逃がすつもりはなかった。

 あっという間に逃げようとする死霊術師に追いつき、襟を掴んで床に引き倒す。

 

「お、お願い。やめ……」

 

 死霊術師は必死に懇願するが、ドラウグル達は彼女の懇願を無視し、その手に持った得物を無慈悲に振り下ろす。

 助けてくれ、やめてくれと必死に叫んでいた死霊術師だが、彼女はドラウグルの一刀の元に切り捨てられた。

 ビシャリとまき散らされた血が、青白いドラウグル達の肌を紅く染め上げる。

 野蛮な侵入者たちを排除したドラウグルたちは、唸るような声を漏らしながら、あたりをウロウロと徘徊し始める。どうやら、他にも侵入者がいないか、確かめているらしい。

 しばしの間、周りを確かめるようにうろついていたドラウグル達だが、その内のドラウグルの一体が、健人たちが隠れている方向に視線を向けた。

 そして手に持っていた得物を向けて騒ぎ始める。 

 

「見つかった!」

 

 発見されたことに気付いたドルマが、いち早く迎撃態勢を整える。

 続いてリディアが前に出て盾を構えた。

 ドラウグル達が、新たな侵入者たちを見て殺到してくる。

 

「やるぞ!」

 

 向かってくるドラウグルの数は、全部で五体。

 持っている得物はボロボロの盾や片手剣、斧などだが、人を殺すには十分すぎる殺傷力を持っているのは、証明済みだった。

 先行してきた三体のドラウグルが、ドルマとリディアに向かってそれぞれの得物を振り降ろす。

 ドルマは両手剣で、リディアは左右の手に持った片手剣と盾で、ドラウグルの攻撃を受け止めた。

 ガイン! と甲高い金属音が通路に響く。

 同時に、ドルマの脇からリータが飛び出し、ドラウグルの側面に回り込んで剣を一閃させる。

 リータの剣は腐敗していたドラウグルの防具を容易く破壊し、痩せこけた胴体を背骨ごと両断する。これで残り四体。

 続いて、手の空いたドルマがリディアに襲い掛かっていた二体のドラウグルの内一体を斬り伏せる。これで残り三体。

 さらにリディアが、空いた盾で鍔競り合っているドラウグルの側頭部を殴りつけ、よろめいたところに得物を一閃。相手の首を胴体から切り落とす。これで残り二体。

 しかしここで、後方にいた2体が動いた。

 腹に力を入れるような動作をした後、大気が震えるような“叫び”を放つ

 

“ズゥン、ハァル、ヴィーク!”

 

「これは、シャウト!?」

 

 ドラウグルがシャウトを使ってきたことに、目を見開くリータ達。

 ドラウグルが放った“叫び”は、前線を張っていたリータ、ドルマ、リディアを飲み込み、その手に持っていた得物を弾き飛ばす。

 

“武装解除”

 

 敵が持つ鉄を否定し、得物を弾き飛ばすスゥーム。

 無手となってしまったリータ達三人に向かって、ドラウグル達は手をかざし、手の平から炎を放った。

 今まで仲間がいたから撃ってこなかったが、前線の仲間が全てを討たれたことで、容赦なく撃ってきたのだ。

 

「っ! させない!」

 

 最後尾にいた健人が、一気に最前線へと躍り出た。

 駆けながら詠唱を行い、意識を集中する。

 思い浮かべるのは、弾丸すら防ぎきる防弾ガラス。その外観とは裏腹に強靭な防御力を持つ、地球の特殊ガラスだ。

 健人のイメージに従い、彼の体内のマジカが隆起する。

 それはさながら、心臓から熱水が噴き出たような感覚だった。

 胸から溢れた熱は全身へと巡り、腕を伝って手の平に集まっていく。

 集まった熱に呼応するように健人の手に光が収束する。

 薄い皮膚を破ろうと荒れ狂う感覚に耐えながら、熱に浮かされるように健人は腕を突き出し、込めていた魔法を解放した。

 

“魔力の盾”

 

 魔法に対する防御となる障壁が、前面に展開される。

 それは一見すると薄い膜のようなものだったが、ドラウグルの火炎の魔法をしっかりとせき止めていた。

 

「おおおお!」

 

 健人はドラウグルの魔法を受け止めながらも、足を止めず、一気に距離を詰める。

 健人が魔法を展開できる時間は、非常に短い。

 詠唱していた時は煮えたぎっていたマジ力の熱は、瞬く間に失われ、体を動かすのも億劫なほどの寒気が襲ってくる。

 しかし、ここで足を止めれば、一方的に焼き殺される。

 健人は必死に足を動かし、障壁を維持できなくなる直前、どうにか剣の間合いまで距離をつめることに成功した。

 しかし、それはドラウグルにとっても、自身の得物の間合いに入っていることになる。

 二体のドラウグルが、それぞれが持つ片手斧を振り上げた。

 

「させない」

 

 その時、健人の後方から飛翔してきた矢が、左側のドラウグルの眉間に突きささった。

 リータがすばやく弓へと得物を持ち替え、矢を放ったのだ。

 頭を貫かれたドラウグルの体がよろめき、眼光が絶えたかと思うと、地面に崩れ落ちた。

 これでラスト一体。

 最後に残ったドラウグルは、せめて健人だけでも排除しようと思ったのか、大上段から思いっきり、斧を振り下ろしてきた。

 

「ここ!」

 

 リディアとの訓練を思い出しながら踏み込み、腰に力を入れて体をひねる。

 同時に、構えていた盾を、押し出すように一気に振りぬいた。

 直後、甲高い激突音と共に、振り下ろそうとしていたドラウグルの得物が、腕ごと大きく跳ね上がった。

 シールドバッシュ。

 リディアとの訓練で身に付けた、盾術の技法だ。

 

「おおおお!」

 

 大きく隙をさらしたドラウグルの肩口に、剣を叩きこんだ。

 健人の剣は長年の腐敗で脆くなったドラウグルの肩当てに深々と食い込む。

 しかし、今の健人の膂力では、ドラウグルの体を防具ごと斬り伏せるには足りない。

 ドラウグルの青白く光る眼光が、健人を捉えた。

 

”やばい!”

 

 そう思った時には、弾いたドラウグルの刃が再び振るわれ、健人の眼前に迫っていた。

 全身で打ち込むように振り抜いたために、盾を戻すことも間に合わない。

 

「ふっ!」

 

 しかし、健人の頭蓋が割られる前に、リータの第二矢がドラウグルに突き刺さっていた。

 続いて、後方からドルマが追撃する。

 

「さっさと眠れ。死にぞこない」

 

 拾い直した両手剣を振り下ろし、一刀のもとにドラウグルを両断する。

 唐竹割りに打ち込まれた刃はドラウグルの頭蓋を防具ごと両断し、泣き別れになった胴体が、ドシャリと崩れ落ちた。

 

「ケント、大丈夫?」

 

「ああ、うん。まあ……」

 

 リータが心配そうな声を上げて、健人に走り寄ってくる。

 健人は、マジ力の枯渇で全身に走る寒気に震えながら、手を上げる。

 一方、ドルマは健人に対しては何も言わず、両手剣を背中に納める。

 相変わらずにべもないドルマの態度に苦笑しながらも、健人は持っていた薬を一本開け、中身を素早く嚥下する。

 この世界の薬には、枯渇した魔力を回復させるものもある。

 道中で訪れたモーサルには錬金術の素材や薬を扱っている店があり、そこで補充しておいたものだ。

 健人は全身に走っていた寒気が引いていくのを感じながら、先ほどの戦いを思い出し、ため息を漏らした。

 

「はあ、しまらないなぁ……」

 

 健人は先ほどのドラウグルとの攻防を思い出し、大きくため息を吐いた。

 相手の魔法を防げたことはいい。振り下ろされた刃を、シールドバッシュで弾けたことも練習通りだ。

 しかし、やはり最後に相手を倒しきれなかったことが痛い。

 健人自身、防具を貫くほどの膂力はないのだから、防具のない首を貫くなりすればよかった。

 訓練では頭に浮かんでいても、いざ実戦で出来なければ、意味がない。

 その結果、またリータとドルマに助けられてしまった。

 

「そんなことないよ」

 

「従士様のおっしゃる通りです。最後の方は確かに仕留めきれませんでしたが、間合いに合わせた魔法と剣の切り替えはできていました」

 

 気落ちする健人を、リータとリディアがフォローする。

 実際、健人の動きは、新米としては十分すぎるものだった。

 魔法と体術の併用……とまではいかないが、間合いに合わせた切り替えはできていたのだから。

 とはいえ、強くなりたいという気持ちが疼く健人としては、嬉しいとも残念とも言えない、微妙な心境だった。

 

「ありがとう、二人とも」

 

「おい、いつまで喋ってる。先を急ぐぞ」

 

 ドルマの声に急かされ、一行は再び墳墓の奥を目指す。

 道中、何度かドラウグルの襲撃に遭うが、問題なく撃退していった。

 問題だったのは、遺跡に設置されていた奇妙な仕掛けの数々だった。

 絵面を合わせてスイッチを押すような仕掛けはまだいい。

 厄介だったのは、仕掛けを解くのに、リータがハイフロスガーで習得した”旋風の疾走”が必要となる箇所が存在したことだ。

 しかも、その仕掛けは、解かないと絶対に先に進めないようになっていた。

 

「これって、アーンゲール師は初めから、このスゥームが必要になるって分かっていたよね?」

 

「恐らくそうでしょう。グレイビアードの方々は、この遺跡の探索も修練の一つと仰っていました」

 

 旋風の疾走で駆け抜けた通路をさらに進むと、一層広い空間に出た。

 小道を抜けると、視界に巨大な縦穴が飛び込んできた。

 縦穴は健人達の場所から底まで数十メートルほどの高さがあり、外壁の所々から噴き出した水が、下へと流れおちている。

 また、縦穴の外壁には螺旋状の道が作られ、下へと降りられるようになっている。

 

「すごい。地下に滝がある」

 

「地下水が流れ込んでできたものですね。ん、あれは……」

 

 リディアが縦穴の底に目を向けると、舞い上がった水の飛沫に隠れて、何か大きなものが見えているのに気付いた。

 一行は螺旋状の道を降りて、滝の麓までやってきた。

 滝の傍に見えたものは、明らかな人工物だった。

 円弧状に巨石を削り出したような、巨大な石壁を思わせる建造物。

 表面には三本の爪でひっかいたような文字がいくつも刻まれ、文字列の上に牙をもつ獣が描かれている。

 

「これは、石碑だね。それもかなり古い。文字は……ハイフロスガーで見た文字に似ているし、上の獣は……ドラゴン?」

 

 石壁に刻まれていた文字は、ハイフロスガーでリータがシャウトを習得した時、グレイビアードがシャウトで床に刻んだものと同じドラゴンの文字だった。

 おまけに、石壁の上部に描かれている獣は、爬虫類の頭を思わせる造様をしている。

 

「ドラゴンに関する石碑か……」

 

 ドルマが呟く中、健人は興味本位で石碑に近づき、刻まれた文字に指を這わせてみる。

 カリカリと引っかかる石の感触と、風化した石碑の塵の感触を指で感じながら、健人はふとこの墳墓が作られた意味に想いを馳せていた。

 このウステングラブは、誰かを祀る墓だ。

 その墓に刻まれた、ドラゴンを連想させる石碑を見れば、相当昔に作られたものだと分かる。

 そして、この試練を与えたグレイビアードが探すことを命じたのは、彼らの始祖の笛。

 そこまで考えれば、この遺跡がグレイビアードと何らかの深いかかわりがあることは容易に想像できる。

 気が抜けない探索中に不謹慎かもしれないが、苔がむす石壁を眺めながら、健人はふと、この文字がどんな事を伝えようとしているのか気になった。

 

「……あれ?」

 

 その時、健人はふと、風が吹いた気がした。

 健人達がいるのは、墳墓の地下深くであり、この遺跡に入ってから、風を感じたことはなかった。

 

「うっ!?」

 

「リータ、どうした?」

 

 直後、リータが頭を押さえ、呻くような声を漏らす。

 ドルマが心配そうな目でリータを見つめる中、リータはジッと目の前に佇む巨大な石碑を凝視している。

 

「声が、聞こえる……」

 

「声?」

 

 ゆっくりと足を進めるリータ。

 突然の彼女の行動に、石碑の前にいた健人が慌てて退くと、リータは彼と入れ替わるように石碑の前に立ち、同じように刻まれた文字に指を這わせ始めた。

 

「フェイム……」

 

 リータがその言葉をつぶやいた時、彼女の姿がまるで霧のように白く薄れていった。

 まるで蜃気楼のようにかき消えそうになっている姿に、その光景を見ていた健人達が一気に気色ばむ。

 何らかの罠に掛かったと思ったのだ。

 

「お、おいリータ!」

 

「従士様!」

 

 リータの身に突然起こった出来事に、ドルマとリディアが慌てて駆け寄ろうとするが、次の瞬間、二人はリータの背中をすり抜け、石碑の壁に激突した。

 

「ぶっ!」

 

「はう!」

 

 石の壁にしたたかに鼻を打ち付けた二人が、苦悶の声を漏らす。

 

「え? 何、何なの?」

 

 一方、リータは突然自分の背中を突き抜けて現れたドルマとリディアの姿に、訳も分からず狼狽えている。

 気がつけば、先ほどまで白く霞のように薄れていたリータの体は、既に元の色合いを取り戻していた。

 

「リータ、一体どうしたの?」」

 

「この壁を見ていたら、声が聞こえてきたの。グレイビアードで、シャウトを教えてもらった時と同じような気がして……」

 

「聞こえてきた声って、どんな言葉だったの?」

 

「フェイム。意味は多分、幽体だと思う」

 

 どうやら、リータは石碑に刻まれていた碑文から、シャウトを学んだらしい。

 “幽体”という意味から察するに、今学んだ言葉は、霊体化することで物理攻撃を無効化するシャウトらしい。

 

「やれやれ。そんな出鱈目な事もシャウトは出来るんだな」

 

 シャウトの幅の広さに、ドルマが感嘆の声を漏らす。

 健人の方も、今まで見てきた僅かなシャウトの中にも、炎を出したり、高速で移動したりと、人一人が出来る範囲を大きく超えた力を見せつけられてきたが、シャウトがこんな科学的に説明できない現象まで引き起こすことに、驚きを隠せない様子だった。

 通常、いくら汎用性に富んだ技術とはいえ、ある程度の限界がある。

 だが、シャウトは魔法と同じとされているが、つまるところはただの言葉なのだ。

 その広がりは、使う者達の想像力と同じ。

 そして新しい概念が生まれれば、それは“言葉”としてシャウトの中に組み込まれる。

 文字通り、無限の可能性を体現した存在なのである。

 健人が、シャウトが持つ無限の可能性に驚嘆している中、リータはどこか難しそうな表情を浮かべていた。

 

「私も驚いてるわ……。でも、このシャウト、多分そう何度も使えるものじゃないと思う」

 

「分かるのか?」

 

「ええ、何となくだけど……」

 

「どんな代償?」

 

「多分、霊体化したまま元に戻れなくなる……」

 

「それは……嫌だな」

 

 眉を顰めるリータを見るに、使いすぎると何らかの代償を伴うシャウトなのかもしれない。

 シャウトは強力な魔法だが、どんな力であれ、使いすぎれば相応の反動に襲われる。

 シャウト使いとして稀代の才を持ち、強大な力を持っていた古代の上級王ウルフハースが、過剰なシャウトの使用で死亡したのは、有名な伝説だ。

 シャウト自体が無限の可能性を内包しようと、それが真の意味で実現可能な範囲は、使い手次第という事なのだろう。

 

「まあ、新しい言葉を学べたなら儲けもんさ。先へ進むぞ」

 

 ドルマに促され、一行は再び先へ進み始める。

 ウステングラブ。その最奥まで、あと少しだった。

 

 



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第五話 追跡者達との戦い

ここ数日の内に、突然UAが跳ね上がったことに驚いております。
拙作を呼んで下さった皆さん、本当にありがとうございます!
正直うまく書いていけるか分かりませんが、少しでも楽しんで頂けるよう頑張ります。


 長い墳墓を歩いてきた健人たちは、ついに目的地に到着した。

 彼らの眼前には、今まで道中で見てきた部屋と比べても一段と広い大広間が広がっている。

広間の中央は地下水が溜まった池となっており、入り口と祭壇を隔てている。

 だが、健人達が足を進めると、まるで彼らを受け入れるように、隔てる池を渡す石橋が出現した。

 

「ここが、最奥部か……」

 

「見て。奥に台座がある」

 

 中央にかかる橋を渡り、祭壇の台座の前まで来たリータ達。

 これで終わりかと、台座の上に目を向けるが、そこには角笛と思われる品はなく、代わりに一枚の紙が置かれていた。

 

「これは……手紙?」

 

“友よ、話すことがあるが、今は危機が迫っている。サルモールの刺客が、君たちを追跡している。ここに来る頃には、刺客は既にウステングラブ内に入って、君たちが出てくる時を待っていると思われる。先の部屋の隠し通路から外に出れば、やり過ごせるだろう   -友よりー”

 

「サルモールだと!?」

 

 サルモール。

 アルドメリ自治領を支配する、エルフ至上主義の過激派。

 先の大戦で、その絶大な力を振るった、この大陸最大の勢力だ。

 そんな巨大な勢力に狙われていることに、リータ達は驚く。

 健人だけが、サルモールという名を聞いたことがないため、首をかしげていたが、リディアが説明すると、事の次第を理解したのか、深刻そうな表情を浮かべる。

 

「従士様、どうしますか?」 

 

「まず、先にあるっていう、隠し通路を確かめてみよう」

 

 この手紙が嘘である可能性もある。

 ドルマが台座の奥を調べると、

 すると、さらに奥へと続く通路が姿を現した。

 

「確かにあるな」

 

 確認したドルマが、持っていた松明の明かりで通路を照らすと、ゴツゴツとした岩の壁が、奥へと続いていた。

 

「行ってみるか?」

 

「ええ、角笛がない以上、ここにいてもしょうがないわ」

 

 現れた隠し通路を、警戒しながら進んでいくリータ達。

 この隠し通路は、脱出用として作られていたのか、道は今までの墳墓の道と違い、岩がむき出しになり、壁や地面の隙間からは様々なキノコが生えていた。

 中には自家発光するような奇妙なキノコもあったが、真っ暗な洞窟内では発光するキノコの明かりは有用で、その光量は松明の明かりがいらないほどだった。

 隠し通路を進む健人達だが、通路の出口に差し掛かった時、奥から耳障りな怒声が聞こえてきた。

 

「薄汚いノルドの娘はまだ見つからないのか!?」

 

「現在、遺跡奥を探索中です。定期連絡では、遺跡内では争った形跡が多数あり、時間の経過もさほどないとのこと。おそらく、まだ遺跡奥にいるものと考えられます」

 

 健人たちは思わず隠し通路の出口にあった岩陰に身を隠す。

 岩陰から外の様子を覗くと、ウステングラブの入り口に黒と金を基調としたローブを纏った長身のハイエルフがいた。

 彼の傍には、金色の軽装鎧を纏った兵士が控えている。

 健人にとって、初めてのエルフとの邂逅だが、その容姿は日本のサブカルチャーで見知ったエルフとは、似ても似つかない。

 タイ米のように細長い輪郭の顔に、三日月のように突き出た顎。

黄色みがかかった肌は文字の上では黄色人種のように思えるが、どちらかといえば黄痰のような、異質さを思わせる色だ。

 細長い耳が唯一、健人の知るエルフと共通しているが、人間から見た場合、お世辞にも容姿端麗とは思えない。

 健人がそんな感想を抱いている中、サルモールの高官と思われる男性は、特徴的な三日月の顔をゆがめて、ウステングラブの奥を睨みつけていた。

 

「ええい。ここまで来て、この高貴な私が薄汚い蛮族の墓に入るなど……」

 

「しかし、この遺跡の入り口は私達が抑えています。発見するのは時間の問題でしょう」

 

「なら、さっさと探せ! 蛮族と同じ空気を吸うのも嫌だというのに、この私にいつまで家畜の廃棄場にいさせるつもりだ!」

 

 どうやら、サルモールの高官は、かなりご立腹の様子だった。

 しかも、この墓に眠るノルドを蛮族だの家畜だの言うあたり、相当な差別主義者である。

 あまりに不遜なサルモール高官の物言いに、さすがの健人も額に皴が寄った。

 傍に控えている兵士も、癇癪を起こしている上司に辟易しているのか、高官の見えないところで、小さくため息を吐いている。

 しかし、この状況は健人たちにとって頭の痛い状況だ。

 完全に退路を抑えられてしまっているのだから。

 

「どうやら、サルモールがリータを追っているのは本当らしいね」

 

「でも、どうして私を……」

 

「アルトマーから見れば、アカトシュの加護を受けた従士様の存在は、目の上のタンコブなのでしょう。あれほどあからさまな態度を見る限り、出て行っても碌な目には遭いません。ほぼ確実に、私達を殺す気でしょう」

 

 アルトマーとは、ハイエルフの本来の名称である。

 そもそも、ハイエルフという呼び方自体が、人間がつけた呼び名だった。

 リディアの言葉に、健人はゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「数は六人。高慢ちきな人参野郎も含めると七人。少し多いな……」

 

 ドルマの言葉に、リディアとリータが頷く。

 数はあちらの方が圧倒的に多い。

 おまけにウステングラブの入り口を押さえられていることも厄介だ。

 

「それに、あのサルモール高官は、恐らく高位の魔法使いです。狭い通路での遠距離戦は不利です」

 

 元々、エルフはマジ力の源であるエセリウスに繋がりを持っていた種族だ。

 遥か昔にその繋がりは永遠に断たれたとはいえ、魔法の源であるマジ力に対する高い適性は残っている。

 アルトマーは、エルフ種の中でも特に魔法に秀でた種族であり、当然ながら、彼らの魔法行使能力は人間の比ではない。

 

「幸い、先に相手を見つけたのは俺達だ。先制攻撃で出来るだけ数を減らすしかないな。いつまでもここで隠れていると、奴らの探索班に追いつかれる」

 

 とはいえ、リータたちも決して不利というわけではない。

 先に相手を発見したおかげで、先制攻撃できるアドバンテージがある。これは、戦場において勝利を決める大きな要因足りえる。

 

「そうね、やりましょう」

 

 リータたちは、先制攻撃でサルモールたちを排除することに決めた。

 先程ドラウグル相手にやった時のように、音をたてないように弓に矢を番え、息を殺して時を待つ。

 狙いは、先ほどから喚き散らしているサルモール高官。

  

「ん? 貴様らは!」

 

 だが、ここで高官の周りを固めていた兵士に偶然見つかってしまった。

 兵士の大声に、サルモール派遣部隊に緊張が走る。

 

「不味い、見つかった!」

 

「っ! ノルドの女だ!」

 

「射て!」

 

 相手が態勢を整える前に、リータたちは矢を放った。

 風切音を響かせながら、四本の矢がサルモール高官に殺到した。

 

「ぐあ!」

 

 サルモール高官が、苦悶の声を上げて、矢が突き刺さった肩を押さえて蹲る。

 当てることが出来た矢は一本のみ。

 しかも、致命傷には程遠い。

 

「くそ、浅い!」

 

 リータとドルマ、リディアは弓から素早く剣に持ち替え、隠し通路の入り口から飛び出した。

 奇襲が失敗した以上、遠距離戦は一方的に不利になる。

 ならば、相手の兵士がいるところまで一気に距離を詰めて、同士討ちを警戒させることで、相手の魔法を封じるしかない。

 護衛のサルモール兵士は、怪我をした高官に三人が付き添い、残った三人がリータ達の迎撃の為に前に出てきた。

 リータたちとハイエルフの兵士たちが、剣をぶつけ合う。

 身体能力で劣るハイエルフだが、彼らが装備をしている装具は月長石と呼ばれる鉱石を精錬して作られたもので、鉄よりも頑丈で軽い。

 軽装でありながら鉄よりも丈夫な鎧は、リータたちの剣をしっかりと受け止めている。

 とはいえ、戦士としての技能も膂力も、リータたちが上だ。

 相手の斬撃を軽々と弾き返し、晒した隙に容赦なく反撃を叩きこむ。

 たとえ相手の鎧を断ち切れなくとも、中身ごと潰せばいいとばかりに、得物を叩き付ける姿は、タムリエルの全種族から脳筋認定されているノルドらしいものだ。

 エルフの鎧にリータ達の剣を打ち込まれる度にメキャリと耳障りな音が響き、アルトマーの兵士達の顔色に冷や汗が浮かんでいる。

 いくらエルフの鎧が頑丈でもリータ達が前線の兵士を排除するのは時間の問題だった。

 しかし、ここで思わぬ邪魔が入った。

 

「おのれ! 劣等種の分際で、私に傷をつけるとは!」

 

 先ほどの先制攻撃で肩を負傷したサルモール高官が、顔を怒りで真っ赤に染めながら詠唱を開始したのだ。

 ハイエルフが持つ膨大なマジ力が解放され、瞬く間にサルモール高官の両手に収束していく。

 その光景に、リータ達だけでなく、護衛のサルモール兵士たちも驚愕に目を見開いた。

 

「ま、まってください! 前には仲間の兵士たちが……」

 

 このままでは、同士討ちになる。

 慌てて上官を止めようとするサルモール兵士だが、過激な差別主義者であるサルモール高官は劣等種と思っていたノルドに傷を負わされ、すっかり頭に血が上ってしまっていた。

 収束したマジ力を滾らせ、爆炎に変えて、怒りのまま解き放つ。

 

「死ね!」

 

 発射されたエクスプロージョンが、リディアと彼女と相対していた兵士を巻き込んで爆発した。

 リディアは爆風で吹き飛ばされ、地面にしたたかに打ち付けられる。

 彼女よりも酷い目にあったのは、上官のフレンドリーファイヤを受けたサルモール兵士である。

 背中から上官の強力なエクスプロージョンを受けたことで、魔法のエネルギーをもろに受けた兵士は、背中の半分が爆散。

 手足と頭部、そして体の前側の鎧と肋骨を残して即死した。

 

「死ね!死ね死ね!」

 

 さらに、頭に血が上ったサルモール高官は、エクスプロージョンの魔法を立て続けに放ってくる。

 リータ達も前線を張っていたサルモール兵士たちも、これにはたまらず、戦う事を放棄。

 回避に徹するしかなくなった。

 

「ちょ、マジかアイツ。敵も味方も関係なしかよ!」

 

「ごあ!」

 

「ぐえ!」

 

 残り二人のサルモール兵士が、エクスプロージョンの嵐に巻き込まれる。

 一人は吹き飛ばされた衝撃で首の骨を折り、もう一人は両足を吹き飛ばされて地面に転がった。

 

「きゃあ!」

 

 さらに悪いことに、吹き飛ばされた兵士の死体に巻き込まれたリータが下敷きになってしまう。

 サルモール高官のギラついた瞳が、動けなくなったリータに向けられた。

 爆炎弾が、リータ目がけて撃ち出される。

 

「リータ!」

 

 健人が咄嗟に、エクスプロージョンの射線上に割り込んだ。

 盾を構え、さらに“魔力の盾”を発動して、爆炎弾を受け止めようとする。

 しかし、健人の魔法はサルモール高官のエクスプロージョンに比べ、あまりにも未熟すぎた。

 

「ぐああああ!」

 

 炸裂した爆風が健人の障壁を一瞬でかき消し、盾を粉砕。

 健人の腕をズタズタに引き裂きながら彼の体をボールのように吹き飛ばした。

 

「ケント!? この!」

 

 リータが立ち上がり、怒りに染まった瞳でサルモール高官を睨みつけ、剣を腰だめに構えて駆けだした。

 サルモール高官もまた、魔法を発動し、リータを迎撃しようとする。

 追撃のエクスプロージョンが、リータめがけて飛翔した。

 

「フェイム!」

 

 リータは咄嗟に、先程覚えたばかりの“霊体化”のシャウトを使用した。

 まるで全身が氷に包まれたような悪寒と共に皮膚の感覚が無くなり、彼女の体が透けるように色彩を失くす。

 リータを消し飛ばそうとした爆炎弾は、霊体化した彼女の体をすり抜け、目標を見失って通路の壁を爆破するだけだった。

 さらにリータは、別の力の言葉を唱えようとする。

 

「ウルド!」

 

 霊体化による倦怠感が、リータの全身に広がるが、彼女は構わず続けざまに“言葉”の力を解き放った。

 旋風の疾走。

 グレイビアードから授けられた、己の体を風のごとく疾走させるスゥーム。

 瞬間、風となったリータは一気に間合いを詰め、まるで瞬間移動のようにサルモール高官の眼前に出現した。

 突然目の前に現れたリータに驚き、動きを止めた高官に、リータが剣を一閃させる。

 

「な!? ぐあ!」

 

「く、浅い!」

 

 しかし、間合いが若干遠かった。旋風の疾走とはいえ、一節では離れた距離を詰め切れなかったのだ。

 リータの剣はサルモール高官の右腕を浅く切るだけで、その命を断ち切ることはできなかった。

 リータは返す刀で、今度こそとどめを刺そうとするが、横から護衛の兵士が割り込んでくる。

 

「させん!」

 

「くっ!」

 

 振り下ろされたリータの剣を兵士の盾が受け止める。

 月長石の盾はしっかりとリータの剣を受け止め、彼女がこれ以上先に進むことを阻止している。

 

「おのれ、おのれ、おのれえええ!」

 

「な、やめ……」

 

 激昂したサルモール高官が、至近距離で魔法を発動させた。

 組み合っていた兵士もろとも吹き飛ばされ、地面に転がる。

 

「く、ううう……」

 

 苦悶の声を漏らすリータ。

 自分を守ろうとした兵士すら巻き込んで魔法を放ったサルモール高官は、トマトのように顔を真っ赤に腫れさせながら、血走った眼でリータをにらみつつ、再びその手にマジ力を収束させていた。

 今度こそ、薄汚い蛮族の娘を焼き尽くそうと、サルモール高官が収束させたマジ力を解放しようとする。

 だがその時、呆れかえった声が、戦場に木霊した。

 

「あらあら、高尚なエルフ様が、随分と見苦しい姿になっているわね」

 

 緊迫した戦場には似つかわしくない、弛緩した声に、その場にいたすべての人の動きが止まる。

 声が聞こえてきたのは、サルモールの部隊が陣取ったウステングラブの入り口のさらに奥。

 薄暗い霧の漂う螺旋階段から現れたのは、皮の軽装鎧を身に纏ったブレトンの女性だった。

 腰になだらかな反りを持つ剣を携え、この緊迫した戦場の中にもかかわらず、どこかリラックスした様子を見せている。

 

「……誰?」

 

 突然の闖入者に、緊迫していた戦場の空気が硬直する。

 闖入者に心当たりのないリータは、乱入してきた女性に首をかしげている。

 一方、サルオール高官の方は、女性の顔に見覚えがあるのか、目を見開いて、女性の顔を凝視していた。

 

「お前は……デルフィン!?」

 

 デルフィンと呼ばれた女性は、サルモール高官の驚愕の声にこたえるように肩をすくめる。

 それは緊張感に満ちた場の雰囲気には似つかわしくない仕草だった。

 




というわけで、皆さんが(殺したいほど)大好きなデルフィンさんが再び登場しました。
合流場所もリバーウッドではなくウステンクラブと、相当な原作乖離が続いております。
ゲーム上の縛りが無い事をいいことに改変しまくっていますが、分かりずらくなければいいのですが……。


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第六話 ブレイズのデルフィン

 健人達が突然登場した見知らぬ女性を訝しんでいる一方、乱入してきた女性に心当たりがあるようなサルモール高官は、興奮したまま罵詈雑言を捲し立てている。

 

「地に這いずり回るブレイズの残党風情が。まだ生きていたのか!」

 

「ブレイズ?」

 

 ブレイズ。

 健人は知らないが、それはかつて、帝国の皇帝に仕えていた、身辺警護および諜報を行う部隊の名前だった。

 先の大戦でほぼ全滅したが、その諜報能力と特殊部隊としての練度は、大陸では右に出る者はいなかったとされる精鋭部隊である。

 

「ちょうどいい、ここであのノルドの女もろとも、殺してくれる!」

 

「できるかしら?」

 

「ほざけ!」

 

 サルモール高官が素早くマジ力を練り上げ、両手に生み出したエクスプロージョンを、デルフィンと呼ばれた女性に放った。

 デルフィンに向かって爆炎弾が高速で殺到する。

 だが爆炎弾がデルフィンの体に直撃すると思われたその瞬間、サルモール高官の視界から、突然彼女の姿が消えた。

 デルフィンを見失ったサルモール高官の動きが、呆けたような顔と共に硬直する。

 もちろんデルフィンが煙のように消えたわけではない。消えたように見えただけだ。

 実際、遠くから見ていたリータ達には、その様子がよく分かった。

 デルフィンは地を這うほど腰を低く落とし、爆炎弾の下をすり抜けるように回避。同時に体の落下エネルギーを踵から前方へと爆発させ、一気に距離を詰めていた。

 リータの旋風の疾走とは違う、古武術を思わせる移動法。

 一瞬でサルモール高官の足元に踏み込んだデルフィンは、前方に進む移動エネルギーを再び踵で、上方向に変換。

 腰に差したその特徴的な刃を抜きながら一閃させ、サルモール高官の体を逆袈裟に斬り裂いた。

 

「……がっ!」

 

「ふっ!」

 

 デルフィンを見失い、茫然としていたサルモール高官の体が崩れ落ちる。

 さらに、隣にいたサルモール兵士の首筋を一閃。兜と鎧の隙間から、相手の頸動脈を斬り裂く。

 続いて、最後の兵士の眼前まで距離を詰めると、相手の膝に足をかけて跳躍し、大上段から一気に刃を振り下ろす。

 振り下ろされたデルフィンの鋭い刃は、最後の兵士の肩口から脇腹までを、鎧ごと袈裟がけに両断してしまった。

 

「高尚なハイエルフ様には、すこし手荒なご挨拶だったかしら? 生憎と、貴方のような輩にこの命をくれてやる気はないわよ」

 

 デルフィンが刃に着いた血をぬぐい、ゆっくりと鞘に納める姿を呆然と眺めながら、リータ達は彼女の技の冴えに驚嘆していた。

 サルモール兵士が身に着けていた鎧は、どれも鋼鉄よりも性能がよく、丈夫な逸品だった。

 リータ達ですら力で叩き潰すしかなかったその鎧を、このブレイズの女性は一刀両断してしまっている。

 それは、純粋な技が成した絶技。

 生まれつき戦士として才があるノルドだからこそ、デルフィンの戦闘能力がどれほどの高みにあるかを感じ取っていた。

 

「そちらは大丈夫かしら、ドラゴンボーン」

 

 デルフィンの声に、呆然としていたリータが我に返る。

 

「っ、みんな!?」

 

「大丈夫です、従士様。皆、生きています」

 

「いちち……。あの人参野郎のおかげで、髭がチリチリだ」

 

「俺も大丈……ぐっ!?」

 

 リディア、ドルマがのそりと身を起こす一方、健人は体を起こそうと手を地面についた瞬間、あまりの痛みにその場に崩れ落ちてしまった。

 健人の腕は破壊された盾の破片があちこちに突き刺さり、酷い有様だった。

 革製の小手にはめ込まれていた金属板がめくれ、突き刺さった破片から血が滴り落ちている。

 魔法で治そうにも、健人のマジ力はサルモール高官の魔法を防いだ際に尽きており、流れ落ちる血を止める手段がない状態だった。

 

「これを使いなさい」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 デルフィンが持っていた治癒薬を投げ渡す。

 リータがお礼を言うが、デルフィンは気にするなと言うように手を振っていた。

 健人はリータの手を借りながら、刺さっていた盾の破片を抜き、完全に壊れた小手を外して、もらった治癒薬を腕に振りかける。

 ジュクジュクと傷が塞がっていく感覚に顔をしかめるが、ほどなくして健人の傷は完全に癒え、リータは安堵の息を漏らした。

 健人の傷が癒えたことを確認したリータは、改めてデルフィンと向き合う。

 

「それで、私がウステングラブに残した手紙は見てくれたかしら?」

 

「貴方が、この手紙の送り主?」

 

「ええ、ブレイズのデルフィンよ。よろしくね」

 

 差し出された手を、リータはおずおずと握り返す。

 一方、デルフィンが渡してくれた薬で、一通りの治療を終えた健人だが、彼の眼はデルフィンの腰に差してある剣に注がれていた。

 両手でも扱えるような長い柄と、特徴的な緩やかな反りを施された刀身。

 斬る事、突く事に特化したその剣は、今はもう戻れなくなった、故郷の剣にあまりに酷似していた。

 

「日本刀……?」

 

 思わず、故郷の刀の名を呟いてしまう健人。

 デルフィンは聞きなれない剣の名前に、怪訝な顔を浮かべる。

 

「ニホントウ? これはブレイズソードよ」

 

「いや、えっと……。何となく見覚えがあるような気がして……」

 

「本当に? これは私たちブレイズしか使わない特殊な剣よ」

 

 ブレイズソードは、元々デルフィンが所属していた部隊であるブレイズでしか運用されていない武具だ。

 その製法も特殊で、扱い方もこの大陸で主流の剣術とは異なっている。

 そして、元々ブレイズは諜報などを行う特殊部隊。

 当然ながら、普通の一般人がブレイズソードについて知ることはほとんどない。

 

「い。いや、俺は記憶喪失で、昔の事はよく覚えていないんですよ……でも、何となく過去に見たような気がして……」

 

「……そう」

 

 一方、異世界出身であるということを、記憶喪失という話で隠している健人は、デルフィンの訝しむような視線に冷や汗を流していた。

 彼としては、故郷を思わせる剣につい言葉を漏らしてしまっただけなのだが、サルモールに追われる立場のデルフィンとしては、健人の存在に警戒心を抱いている様子だった。

 無理のない反応である。

 

「こいつの事はどうでもいいだろう。それより、お前が俺達と接触してきた理由は何だ?」

 

「ブレイズは、かつての皇帝直属の身辺警護部隊だったはずですが、全滅したはずでは?」

 

 健人を庇うように前に出てきたドルマとリディアに、デルフィンもこれ以上追及することは難しいと判断したのか、さっさと諦めて本題に入る。

 

「全滅はしていないわ。私がいるもの。私は私達の使命を果たすため、貴方に会いに来たのよ、ドラゴンボーン」

 

 ドラゴンボーン。

 つまり、彼女の目的もリータだという事だ。

 つい先ほどサルモールに襲われたという事もあり、ドルマとリディアの警戒心が一段と高まる。

 ドルマとリディアの警戒心を感じ取ったのか、デルフィンは肩を竦めた。

 

「私はあなたの敵じゃないわ。むしろ、協力できる立場よ」

 

「どうだろうな……」

 

「疑り深いわね」

 

 デルフィンとしては今直接会うのは時期尚早と考え、出来るなら陰の協力者としてある程度の信用を得てから接触したかったが、仕方ないと思い直し、とりあえず要件を話すことにした。

 

「貴方たちは、ドラゴンがどこから来たのか知っているの?」

 

 とりあえずデルフィンは、自分の有用性をドラゴンボーンに見せ、協力を仰ぐことにしたらしい。

 一方、リータ達にとっても、デルフィンの言葉は琴線に触れるものだった。

 ドラゴンがこの時期に突然出現したことについては、リータ達も内心気にはなっていたからだ。

 

「ドラゴンはどこかに隠れていたわけじゃないわ。元々死んでいたのよ」

 

「は! 死んでいたのなら、俺達を襲ってきたドラゴンは何だ? 幻だってのか? ふざけるのは大概にしろよ」

 

 自分達の生活を壊され、ティグナ夫妻という恩人を殺されたドルマが、憤りを含んだ声とともにデルフィンを睨みつける。

 一方のデルフィンは、睨みつけてくるドルマの視線を無視し、懐から一枚の地図を取り出して、リータ達に見せた。

 

「これを見て」

 

 彼女が見せたのはスカイリムの地図だった。

 地図上に黒いインクで書かれたスカイリムの所々に、赤いインクで何かを示す印が付けてある。

 

「これは、ドラゴンの埋葬塚の位置を記した地図。ドラゴンズリーチの宮廷魔術師である、ファレンガーが作ったものよ」

 

「ファレンガーさんが?」

 

 ファレンガーについては、リータ達も知っている。

 先のホワイトランのドラゴン襲撃後に、話す機会があったからだ。

 ドラゴンズリーチで話したとき、健人たちが抱いたファレンガーの印象は、鼻に付くような口調の、魔法使いらしい魔法使いというものだった。

 しかし、リータがドラゴンボーンであることを聞くと、どうか実験に協力してほしいと懇願された。

 なんでも、ドラゴンの研究において、ドラゴンボーンの存在は極めて重要らしい。

 ファレンガーはドラゴン研究に命を懸けているのか、首長が止めるのも聞かず、シャウトを使った時や、ドラゴンの魂を吸収した時の印象を尋ねてきた。

 さらには、血を小壺三つ分提供してくれと、ナイフ片手に詰め寄ってくる始末。

 あまりにも不躾で遠慮がなかったため、首長が一喝してその場は収まったが、以降、リータはファレンガーに苦手意識を覚えたのか、一切彼には近づかなくなっていた。

 

「ええ。だから、この地図については信用できるわ。彼、ドラゴンマニアだから」

 

「ああ……」

 

 ドラゴンマニアというデルフィンの言葉に、リータは目を血走らせて詰めよってくるファレンガーの姿を思い出したのか、げんなりとしている。

 

「それで、私はこの埋葬塚を調べてみたの。案の定、埋葬塚には何もなかったわ。空っぽよ」

 

「誰かが掘り起こしたってことですか?」

 

「それも、つい最近ね。しかも、塚が掘り起こされた時期は、ヘルゲンが襲われた頃。掘り起こされた塚の順番から考えて、次はおそらくカイネスグローブだけど……心当たりはない?」

 

「あの黒いドラゴン……」

 

「あいつか……」

 

 ヘルゲンを生き延びたリータ達の脳裏に、漆黒のドラゴンが浮かぶ。

 燃やされた故郷と殺された両親を思い出し、リータとドルマは唇を噛み締めた。

 

「あれは……今だから感じるけど、普通のドラゴンとは思えなかった。使っていたスゥームも、鱗の強靭さも、ホワイトランを襲ったドラゴンと同じドラゴンとは思えなかった」

 

 実際にドラゴンを見て、戦った経験があるからこそ、リータはヘルゲンを襲った漆黒のドラゴンと、ミルムルニルの能力差を敏感に感じ取っていた。

 健人たちと違い、ドラゴンボーンとして覚醒し、ドラゴンの力であるシャウトを行使できるようになった彼女だからこそ、その感覚は正確だ。

 ホワイトランを襲ったミルムルニルも確かに強大な存在だったが、ヘルゲンを襲ったドラゴンは天から隕石を召喚するなど、ミルムルニルと比べても比較にならない強大な力を持っていた。

 リータは同じような姿形でも、実際の力は犬とドラゴン並みに差があると感じていた。

 その時、健人が思い出したかのように呟いた。

 

「そういえば、ホワイトランを襲ったドラゴンが、奇妙な名前を言っていたよね。たしか、アルドゥインの命令で俺達を粛正するとかなんとか……」

 

 アルドゥイン。

 ノルドだけでなく、世界中の伝説にその名を残すドラゴン。

 ミルムルニルの言葉を思い出した健人の一言に、その場にいた全員が硬直した。

 

「アルドゥイン……」

 

「おい、マジだってのか……」

 

「あ、あの、アルドゥインって何ですか?」

 

「古いノルドの神話に出てくる伝説の竜です。世界を飲み込むほど強力なドラゴンらしいですが……」

 

 タムリエルの常識に疎い健人が取り残される中、深刻な表情を浮かべるタムリエル勢。

 リディアが丁寧に説明してくれるが、彼女もまた、信じられないという気持ちが半分と、信じたくないという気持ちが半分といった様子だった。

 

「アルドゥインは、ノルドの伝説に出てくる世界を終わらせるドラゴンの名前よ。漆黒の巨躯も、同族のドラゴンを復活させられることも、伝説や書籍に残っているアルドゥインの特徴と一致するわ」

 

 死したドラゴンの復活。

 しかもドラウグルのような不完全な復活ではなく、完全な蘇生が可能であるなら、それは実質的に不滅の軍勢を手に入れたことに等しい。

 しかも、その軍勢はシャウトと呼ばれる強力な魔法を操り、一体で街を焼き滅ぼすようなドラゴンの軍勢だ。

 どう考えても、この世界の人間側に勝ち目はない。

 

「もしアルドゥインが本当に復活しているのだとしたら、これは間違いなく世界の危機よ。

 ドラゴンは、かつて人間達を力と恐怖で支配していた。

 そのドラゴンを復活させることが出来るアルドゥインが帰ってきたという事は、ドラゴンによる恐怖の治世が再び始まるという事……」

 

 しかも、デルフィンの話では、ドラゴンは過去に人間達を奴隷として使役してきた歴史もあるらしい。

 デルフィンの言葉に、健人もようやく事の深刻さが分かってきた。

 

「確かめる必要があるわね。頼みがあるのだけれど、一緒にカイネスグローブへ来てくれないかしら。

 ドラゴンが復活するとしたら、あなたの力が必要よ」

 

 デルフィンにまっすぐ見つめられ、リータは目を細める。

 ドラゴンボーンである自分が、何者であるのか。そして、自分が何をできるのか。

 その答えを知りたいと思っているリータにとって、ドラゴンを完全に殺すことができる 自分の力を知るには、自分と同じ血を持つドラゴンたちと向き合うことは確かに必要だ。

 

「貴方は、ドラゴンボーン。竜殺しとしての運命をその身に宿した人間。私達の希望よ」

 

「リータ、俺達はグレイビアードからの試練を受けているが、どうする?」

 

 デルフィンの言葉に被せるように、ドルマがリータに尋ねる。

 現在、リータはグレイビアードからの試練を受けている真っ最中だ。

 ドラゴンの力である、シャウト。

 それを学ぶには、グレイビアードの協力が必要であり、その為にはこの試練を完遂しなければならない。

 しかし、同時にカイネスグローブの事も気がかりだ。

 カイネスグローブには人も住んでいるし、そんな場所でアルドゥインがドラゴンを復活させれば、罪のない人達がまた無残に殺されることになる。

 

「グレイビアードの試練って、ウステングラブの角笛をもって来いっていうものでしょう? これを渡すから、私の頼みを引き受けてはくれないかしら?」

 

 リータの懊悩を見透かしたかのように、デルフィンは懐から、黒く煤けた角笛を取り出した。

 どうやら、これがユルゲン・ウィンドコーラーの角笛らしい。

 実際、この角笛があったはずの場所に彼女の手紙があったのだから、この角笛をデルフィンが持っているのは当然だった。

 

「……分かりました。カイネスグローブに行きましょう。私も、あのドラゴンが何なのか、知りたいと思いますから」

 

リータは、デルフィンの依頼を引き受けることに決めた。

 気持ちを切り替えるように大きく息を吐き、デルフィンの眼をまっすぐに見返す。

 

「交渉成立ね。じゃあ、カイネスグローブに行きましょう」

 

 交渉が成立し、デルフィンは晴れやかな声で、持っていたユルゲン・ウィンドコーラーの角笛をリータに手渡す。

 リータは手渡された角笛を大事そうに懐にしまうと、手早く荷物を纏め始める。

 一度決めれば、あとは行動に移すだけだ。

 既に太陽は西に落ち始めており、素早く荷物をまとめて、移動しなくてはならない。

 

「それと、ついでだからウステングラブの入り口は塞いでおきましょうか」

 

 サルモールの部隊には先に遺跡を調べるために奥へと進んだ先遣隊がいたはずだ。

 彼らの追撃を防ぐためにも、墳墓の入り口は塞いでおく必要がある。

 健人たちはそこら辺にあった岩や材木などで入り口を塞ぐ。

 

「それから、使えなくなった装備は変えた方がいいわね。サルモールの装備なら、それなりの品質が期待できるわよ」

 

 デルフィンの言う通り、リータ達の装備はかなり損耗していた。

 特に、健人の盾はバラバラに粉砕されてしまい、小手も修復が難しいほど壊れてしまったので、代わりが必要だった。

 

「なんだか、盗賊みたいだ……」

 

「生きることは綺麗事じゃないわ。装具一つの不備が、死に直結するのよ」

 

「こいつらは俺達を殺そうとした奴らだ。そんな奴らにかけてやる慈悲なんて必要ないだろうが」

 

「分かっているよ……」

 

 死人の持ち物を漁って奪い取るという事に、何となく嫌な気分になる健人。

 他人の物。それも死者の遺留品を勝手に使うのは良くないという日本人らしい思考だが、そんな彼の考えは、デルフィンとドルマに真正面から否定される。

 健人としても、この世紀末のような世界では、デルフィンやドルマたちの考えが普通であることも理解している。

 それに、ただでさえ今の健人は足手まといなのだ。

 使えるものは何でも使わなければ、強くなどなれない。家族を守ることなど到底不可能だろう。

 そう自分に言い聞かせながら、健人はサルモールが持っていた盾を持ち上げる。

 

「うわ、軽い……」

 

 エルフの盾は、大きさの割にとても軽かった。

 小手の方は全体に金属が使われているために、革製の小手よりも少し重いが、盾の軽さを考えれば十分扱える。

 

「あれ? この盾、何だか他のと違うような……」

 

 健人は盾を構えてみて、他の物と違う事に気付いた。

 ほのかな燐光が、盾全体を覆っている。

 エルフの装具はどれも真鍮を思わせる光沢を放っているが、この盾が発している光は、これは明らかに違うものだった。

 

「これは、魔法防御の付呪が込められていますね」

 

 魔法防御の付呪は、装具に施す付呪の中でも、特に有用性の高いものの一つだ。

 この世界では大量破壊兵器に相当する魔法の威力を、減ずることができる手段だからだ。

 当然ながら、魔法防御の付呪を施した装具の値段は相応に高く、貴重な品だ。

 おそらく、盾を持っていた兵士は、このサルモール高官の副官だったのだろう。

 

「その盾は、ケント様が使ってください」

 

「俺が使ってもいいんですか?」

 

「はい。むしろケント様が持つべきです。ケント様の装具はどれも動きやすさを重視していますので、守りは少しでもある方がいいです」

 

 熟練の戦士であるリディアにそう言われれば、健人としても使う事に異論はなかった。

 健人が新しい盾の具合を確かめている一方、リータとリディアも、刃の痛んだ剣をエルフの剣と交換していた。

 ドルマは両手剣の使い手がエルフの中にいなかったため、仕方なく保留となった。

 とはいえ、彼の武器は切れ味よりも重量を優先した両手剣。

 軽量さが特徴的なエルフの片手剣とは、やや相性が悪いため、そのあたりを考慮した結果だった。

 

「準備はいいわね。それじゃあ、カイネスグローブに行きましょう」

 

 健人達が準備を終えると、デルフィンの先導で一行は一路、カイネスグローブを目指す。

 世界を食らう漆黒の翼との再会まで、あと少しだった。

 

 




当小説のデルフィンさんは、ゲームと比べても著しく強化されています。
それこそ、盗賊団や、前回襲ってきたサルモール部隊を一人で壊滅させるくらいの力量は持っています。
サルモールのブレイズ狩りを生き残ってきたのなら、その位の力量はあってしかるべきかと……。

次話はカイネスグローブ……といきたいところですが、話の流れの都合からワンクッション置く形になります。


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第七話 更なる修練を求めて

 健人達はカイネスグローブを目指すために、一路東へ向けて旅をしていたが、さすがにハイヤルマーチからイーストマーチまでの道のりは長い。

 その日、健人達は途中の宿屋ナイトゲートで一泊することに決めた。

 かなり割高な宿屋なのだが、この先ドラゴンと戦う事になるかもしれない以上、英気を養っておく必要があると考えたのだ。

 この宿屋には泊まっている客は美食家と呼ばれるオーク一人だけだったが、美食家なんて呼ばれる人物が泊まるだけあり、料理はおいしさも量も満足できるほどだった。

 食事は牛の肉と野菜をよく煮込んだビーフシチュー、鶏の胸肉のグリル、新鮮なサラダとパンだ。

 ナイトゲートの周りには大きな都市はなく、食事等の味には大抵期待できないものだが、リータ、ドルマ、リディア、そしてデルフィンの四人は、思いがけない場所での美味に、各々舌鼓を打っていた。

 

「そういえば、ケントは何所の出身なのかしら? 見たところインペリアルでもノルドでもブレトンでもないみたいだけど……」

 

 シチューにつけたパンを蜂蜜酒で流し込みながら、デルフィンは唐突にリータに尋ねた。

 リータは、少し逡巡する様子を見せていたが、口の中のものを飲み込んだ後、ゆっくりと語り始めた。

 

「分からないわ。ケントは自分の記憶がないの。私達が出会うまでの事を覚えていないらしくて、最初は言葉も通じないくらいだったのよ」

 

「そうなの?」

 

 言葉すら分からなかったという話に、デルフィンが目を見開く。

 リータの隣にいたリディアも、健人の出生は気にしていたのか、じっとリータの言葉に耳を傾けていた。

 その顔には、デルフィンと同じように驚きの色が窺える。

 リディアも、健人がまさか言葉まで通じなかったことは知らなかったらしい。

 

「そういえば、彼は今何を?」

 

「おそらく、外で稽古をしているはずです」

 

「そう、精が出るわね」

 

 リータは外で鍛錬している健人が気になっているのか、チラチラと宿屋の扉を覗き見ている。

 そんなリータの様子を横目で眺めていたデルフィンは、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「彼が心配?」

 

「ええっと、健人は私なんかよりも要領がいいですから。ちょっと前まで戦い方なんて全然知らなかったのに、今は盾の扱い方も様になってきましたから」

 

 デルフィンの質問に、リータは誤魔化すような笑みを浮かべて視線を逸らす。

 

「それもとても頭がいいですし、勉強家です。毎日夜が更けてもダニカ殿から貰った本を読んでいますし、わずかな期間で、魔法を習得するくらいなんですから」

 

「それは……すごいわね……」

 

 リータの言葉を聞いたデルフィンの目が、純粋な驚嘆の色に染まる。

 その極めて意外な反応に、リータも得意げに鼻を鳴らした。

 魔法の習得には時間がかかる。

 これは詠唱を覚えたりするだけでなく、術式の把握などに高度な知識や算術が必要となるからだ。

 また、術者の想像力も問われ、明確なイメージができない魔法は、総じて失敗することが多い。

 魔法使いの中には、そのイメージを補うために、詠唱の際の指の形などにも言及する者たちもいるくらいなのだ。

 しかし、健人はこの問題を容易く……とはいかないが、現地人から考えれば、信じられないほど短期間で乗り越えている。

 これも、あらゆる刺激に溢れた現代日本の影響だが、そんなことを知らないタムリエル勢にとって、健人はある種の天才に見えるのだ。

 もっとも、彼個人が特に天才というわけでもない。 

 生まれた環境の違いが、そう感じさせているのだ。

 その時、食事をしていたドルマが突然立ち上がった。

 

「あれ? ドルマ、どうしたの?」

 

「俺は寝る。お前もさっさと休んでおけ」

 

 憮然とした表情で部屋に帰っていくドルマをリータは怪訝な顔で見送った。

 一方、デルフィンは妙に鋭い視線で、健人がいるであろう外へと続く宿の扉を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 リータたちが宿で食事を取っている中、健人は日課の鍛錬に精を出していた。

 少しでも早くリータたちに追いつかなくては。

 そんな焦りにも似た感情に急かされるように、剣と盾を何度も何度も振るう。

 イメージするのは、ウステングラブで戦ったサルモール兵士だ。

 しかし、イメージの中での戦いでは、鍛錬として自分を追い込むことは難しい。

 イメージのなかに、自分の願望が混じってしまうからだ。

 だが、いくら甘く想定したところで、健人には自分が正規兵に勝てるというイメージが湧くことはなかった。

 眉を顰めながら、せめてイメージの中だけでもと剣を振るうが、その刃は想像の中の敵にすら届かない。

 胸の内から溢れる焦燥が、健人の剣をさらに鈍らせる。

 呼吸が乱れ、体幹の軸が揺れ、切っ先がブレる。

 エルフの盾は鉄製の盾に比べて軽く、取り回しはいいが、崩れた動きで剣を何度も振るっていれば、疲労は加速度的に蓄積する。

 雪の中、剣を振るい続ける健人だが、やがて限界に達した。

 筋肉が悲鳴を上げ、寒さと疲れで持てなくなった剣が、指から滑り落ちて雪に沈む。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

「すこし、いいかしら?」

 

「はあ、はあ、デルフィンさん?」

 

 疲労で上がらなくなった腕をだらりと下ろして息を整える健人に、デルフィンが声をかけてきた。

 何か話があるような雰囲気に、健人は首をかしげながらも、震える手で剣を持ち上げ、一旦鞘に収める。

 剣を収めた健人に、デルフィンは手招きして、ついてくるよう促す。

 健人はデルフィンが促すまま、彼女の後に続いた。

 デルフィンが案内したのは、宿屋ナイトゲートのそばにある池の桟橋だった。

 彼女は桟橋の端に腰かけ、健人に座るよう促してくる。

 健人は何の話があるのか気になったが、とりあえずデルフィンに促されるまま、彼女の隣に腰かけた。

 

「ドラゴンボーンから聞いたけど、貴方、昔の記憶がないのよね?」

 

「え、ええ」

 

 唐突な質問に、健人は思わず“記憶がないというの嘘である”ということがバレたのかと思い、全身を強張らせる。

 しかし、健人の緊張をよそに、デルフィンは考え込むように口元に手を当てると、続けざまに質問をぶつけてきた。

 

「どうして、ドラゴンボーンと旅を? ホワイトランで待っていればいいじゃない」

 

 自分の出生を怪しんでいるのではないかと考えた健人だが、どうやらデルフィン本人は健人の出生について知ることは、それほど重要視していないらしい。

 健人は自分の過去について追及されなかったことに内心安堵する。

 

「ホワイトランで待っているだけじゃあ、リータを守れません」

 

 健人の言葉を聞いたデルフィンの目に、呆れの色が浮かぶ。

 それを見て、健人も少しムキになった。

 

「デルフィンさんが言いたいことは分かります。俺が足手まといという事もわかっています。

 それでも、俺は家族を守りたいんです」

 

 健人自身も、自分がこの一行で一番の足手まといであるということは自覚している。

 この厳しい世界で生きてきた人間と、現代日本で多少の不幸に遭ったとしても、食べることには困らなかった人間とでは、あらゆる面で差が生まれることも。

 だけど、それでも健人には、諦めるという選択肢はなかった。

 子供じみた意地なのかもしれない。

 それでもリータは、彼に残された最後の家族なのだ。

 その家族が過酷な運命に巻き込まれそうなときに黙って待つなど、出来るはずもなかった。

 

「デルフィンさんはどうなんですか? どうしてリータに協力しようと?」

 

「それが、ブレイズの使命だからよ」

 

「使命……それは何ですか?」

 

「ドラゴンボーンの同行者でしかない貴方に言う必要があるのかしら?」

 

「…………」

 

 自分に対する悔しさを誤魔化すように、健人はデルフィンに同じような質問をぶつけるが、デルフィンは健人の質問を軽く流す。

 まるで相手にされていない。

 デルフィンにとって、健人はかなり特殊な存在であれど、特に気にかけるような人間ではないのだ。

 その事実を自覚し、歯噛みしつつも、健人は決してデルフィンから目は逸らさない。

 ここで目を逸らしたら、自分の信念まで嘘になるような気がしたからだ。

 そんな健人の視線に、デルフィンの頬が僅かに吊り上がる。

 

「私たちブレイズは皇帝直属の隠密組織だったけど、その本質はドラゴンガード。ドラゴンの脅威から人々を守り、そして究極のドラゴンスレイヤーであるドラゴンボーンを守る事よ」

 

 多少威圧しても目を逸らさない健人を多少見直したのか、デルフィンは少しだけ自分の本心を語る。

 ブレイズの本当の存在理由は、竜の血脈であるドラゴンボーンを守護し、補佐すること。

 帝国の歴代皇帝に仕えていたのも、偏にドラゴンガードとしての本分を全うするためだ。

 そして帝国皇帝がもっていた竜の血脈が、第三期の終わりに断絶した今、ドラゴンガードたるブレイズが守護するのは、再臨したドラゴンボーンであるリータだと、デルフィンは語った。

 

「貴方、強くなりたいのよね。はっきり言って、今のまま鍛練しても強くなれないわ。

 いえ、強くなれるかもしれないけど、それには相当な時間がかかるわ。この旅が終わるまでには、到底間に合わないでしょうね」

 

 デルフィンの言葉がグサリと健人の心に刺さった。

 彼自身も、自覚はしていたところはある。魔法にしても剣にしても、師がいない今の状況では、旅をしながらの鍛錬では限界があるのだ。

 

「ノルドの剣術は、貴方の体には合っていない。貴方の体は、ノルドのような膂力がものを言う戦い方には向いてないわ。どちらかと言うと、技を重視した戦い方が向いているタイプよ」

 

 この言葉は正しい。

 健人の体には、どう考えてもノルドの剣術は合わない。

 それは、リディアとの鍛錬でも自覚していた。

 自分の現状を改めて突き付けられ、健人は悔しさから唇を噛み締め、拳を握り締めた。

 

「……もしよければ、私の剣術をあなたに教えてあげてもいいわ」

 

 そんな健人を横目で眺めていたデルフィンの唐突な申し出に、健人は驚く。

 確かに、デルフィンの使う剣術は、健人には向いている。

 彼女はブレトンであり、ノルドのような先天的な戦士の才を持つ種族ではないが、その力量はずば抜けている。

 それは、彼女の剣術が膨大な修練を基盤とし、万人に使えるよう体系化されたものだから。

 同時に、これは健人にとっても利となる提案だった。

 強くなるために健人に一番必要なものは、剣術を含めた全てにおいて、的確に指導してくれる師の存在であるからだ。

 

「……本当ですか?」

 

「ええ、貴方がドラゴンボーンの力になりたいというのなら、協力しない理由はないわ。それに、ブレイズは盾も使うから、ドラゴンボーンの私兵から受けた教えも、無駄にはならないわよ?」

 

 ブレイズの標準装備には盾も含まれている。

 当然ながら、デルフィン自身も盾を十全に扱うことはできるのだ。

 

「どうして、鍛錬をしてくれるんです? ブレイズの剣術とか、教えてもいいんですか?」

 

「あなたを鍛える理由も、ドラゴンボーンの為よ。彼女はあなたを気にかけているみたいだし、これからの戦場に足手まといを連れていく余裕はないでしょうね。その為にも、貴方には少しでも早く力をつけてもらわなければならない。

 後者についても、問題ないわ。ブレイズは隠密組織だけど、すでに瓦解しているから、今更門外不出とか意味はないわ」

 

 健人はデルフィンの思いがけない提案に、しばしの間、黙考する。

 デルフィンの剣術の腕や戦闘技量は、疑いようがない。

 健人たちが苦戦したサルモール兵たちを、瞬く間に駆逐したのだ。その剣の技量。健人から言えば刀の技量は、今のリータ達と比べても頭一つ以上飛び抜けていると感じた。

 さらに、彼女はサルモールのブレイズ狩りも生き残ってきている。

 聞いた話では、サルモールがブレイズを狩り始めたのは大戦からの話。

 つまり、彼女は何十年もサルモールの目を逃れてきた、生粋の隠者でもある。

 生き残るための知識や技能にも当然長けているだろう。

 戦うこと、生き残ること。この事に関して、彼女の右に出るものはそういないだろうと確信できる人物だ。

 この弱肉強食な世界で、一人では生き残ることすら難しい健人にとっては、これ以上ない指南役だ。 

 

「……分かりました。よろしくお願いします」

 

 もちろん、少し前に会ったばかりの人物に師事することに、不安がないわけではない。

 デルフィンの態度に、何か含むものがあるのも感じてはいた。

 しかし、健人は強くなるために、頭に浮かんだ懸念を蹴飛ばしても、強くなることを選択した。

 健人の答えに、デルフィンが笑みを浮かべる。

 

「決まりね。なら、この剣を渡しておくわ」

 

 そう言って、デルフィンは自分が腰に差しているものとは別のブレイズソードを手渡してきた。

 健人は鞘から抜いて、刀身を確かめてみる。

 やはり、日本刀に似ている。

 鍔や拵えに微妙な違いがあるが、やや反りのある刀身や、波打つような特徴的な刃文は完全に日本刀と同じものに見えた。

 もしかしたら、製法も似ているのかもしれない。

 この異世界に、日本刀と同じような作りの剣があることに改めて驚きながら、健人は抜き身の刀を鞘に戻した。

 

「使い方も、手入れの仕方も、明日からきちんと教えるわ。まあ、カイネスグローブでの一件が片付くまでには間に合わないでしょうから、本格的な鍛練が始まるまでは、今まで使っていた剣を使いなさい。」

 

「分かりました」

 

「それじゃあ、おやすみなさい」

 

 話は終わり。

 そう告げるように、デルフィンは立ち上がると、スタスタと宿屋に戻っていく。

 健人は自分の手にあるブレイズソードを見つめながら、改めて強くなることを、自分自身に刻み込んでいた。

 

「ケント……」

 

「リータ」

 

 その時、ナイトゲートの陰からリータが姿を現した。

 どこか愁いを帯びたリータの顔に、ケントは胸が締め付けられるのを感じる。

 一方、リータはしばしの間瞑目していたが、やがてスタスタとケントの隣まで歩いてくると、ストンと隣に腰を下ろした。

 

「ねえケント。やっぱりデルフィンさんに弟子入りするの?」

 

「やっぱり聞いてたの?」

 

「うん、ごめんなさい……」

 

 盗み聞きしていたことが後ろめたいのか、リータは遠くに視線を向けたまま、肩をすぼめて小さくなる。

 伝説のドラゴンと正面切って戦うことができる勇ましさとは正反対の、どこか年相応のリータの姿に、健人は思わず笑みを浮かべた。

 

「弟子入りはするよ。このまま足手まといは嫌だから……」

 

「ケントは、足手纏いなんかじゃないよ」

 

 自分を足手纏いといった健人の言葉に、リータが気に入らないとばかりに頬を膨らませる。

 

「わかっている。それでも俺は、強くなりたいんだ」

 

 ノルドでは戦士としての力量が尊ばれる。

 だからこそ、リータも強くなりたいと思っている健人の気持ちが理解できる。

 だが、ケントの気持ちが理解できる一方、リータは自分の胸の奥で、言いようのない淀みがこみ上げてくるのも感じていた。

 どこか浮世離れしていて気弱だが、優しく、常に一生懸命な人。リータに残った、唯一の家族。

 そんな彼が消えてしまいそうな予感が、リータの胸の奥で渦巻いていた。

 

「へっくし!」

 

 その時、健人がくしゃみをした。

 突然のくしゃみに、目をばちくりさせていたリータだが、やがて口元に笑みを浮かべる。

 

「汗をかいたまま外にいるからだよ。ほら、中に入ろう」

 

「うん。さ、寒い……」

 

「もう、しょうがない弟だなぁ……」

 

汗をかいたまま、スカイリムの寒風が吹きすさぶ外に居続ければ、体が冷えるのも当然だ。

 どこか抜けている義弟の姿に笑いを堪えながら、リータは自分の着ていた外套を震える健人に羽織らせると、彼の腕を引いて立ち上がらせる。

 そのまま二人は寄り添うように、ナイトゲートへ向けて歩き始めた。

 

「ねえ、ケント、ホワイトランに……」

 

“戻ってはくれないのか?”

 

 リータの胸の奥で疼く淀みが、再び喉の奥から漏れてきそうになる。

 だが、義弟の決意を聞いてしまった今、リータは己の淀みを言葉として紡ぐ事ができなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 健人とリータが話をしている一方、宿屋に戻ったデルフィンを出迎えたのは、リディアだった。

 玄関の扉を入ったホールでリディアは腕を組み、厳しい視線をデルフィンに向けている。

 

「……どういうつもりですか?」

 

 彼女もまた、健人とデルフィンの会話を聞いていたのだろう。

 真意を問い詰めるようなリディアの言葉に、デルフィンは肩をすくめ、軽い調子で返す。

 

「どういうつもりとは? 私は必要だと思ったから彼に提案しただけよ」

 

「良く言います。どんな教え方にしたって、間に合うはずはありません」

 

 リディアの言葉は、健人の鍛錬の核心を突くものだった。

 武術の動きを体に馴染ませるには、膨大な量の訓練と時間が必要だ。そのどちらもが、今の健人には足りていない。

 つまり、彼は戦士としては“普通の鍛錬”ではどう頑張っても、この旅の中で大成することはできないという事だ。

 

「仲間に対して、随分な言いようね。まるで彼に“これ以上は無理だから諦めなさい”と言っているみたいよ?

 それに、学習能力の高い彼のことだから、思わぬ成長を遂げるかもしれないわ」

 

 デルフィンのその言葉に、リディアの視線が一層厳しくなる。

 それはつまり、デルフィンは普通ではない鍛練を健人に課すかもしれないという事だ。

 それこそ、鍛練の途中で死ぬことも当たり前とされるようなものを。

 

「もし、ケント様に危害を加えるなら……」

 

 リディアの手が、自然と腰に差した剣に伸びる。

 既に、デルフィンはリディアの刃圏に入っている。

 リディアがその気なら、それこそ一息でデルフィンを斬り殺す事が出来る距離だ。

 

「安心しなさい。私は貴方と同じ、ドラゴンボーンに仕える人間よ。

それに、過保護は毒よ? 彼も、それを望んでいないでしょう?」

 

 しかし、デルフィンは向けられる殺気を特に気にした様子は見せず、ポンと軽くリディアの肩を叩く。

 余裕すら見せたデルフィンに対し、リディアは動けない。

 戦士としてのリディアの本能が、無防備なはずのデルフィンに対し、最大級の警報を鳴らしていた。

 それは、デルフィンがこの状況でもリディアを打倒できるほどのものを持っており、同時に戦士として、デルフィンがリディアよりも高みにいることの証左でもある。

 何より、リディアが動けなかったのは“健人が守られることを望んでいない”という言葉が、真実であることを敏感に感じ取ったからだ。

 リディアはリータの私兵であり、彼女と彼女の家族を、命を賭して守ることが使命である。

 しかし、戦士でもあるリディアは、強くなりたいという健人の願いもまた、十分に理解できてしまうのだ。

 ノルドにとって、強くなることは至上命題であり、戦士が戦いの中で命を落とすことは名誉だ。

 そして健人は今、家族を守れる戦士となることを願っている。

 そのノルドとしての在り方と、私兵としての使命が、リディアの胸の奥でぶつかり合っていた。

 

「それじゃあ、おやすみなさい」

 

 懊悩するリディアをよそに、デルフィンはさっさと隣を素通りして、宿屋の奥へと戻っていく。

 手を振って自室に帰っていくデルフィンの背中を、リディアは睨みつける事しかできなかった。

 




いかがだったでしょうか。
今回のお話は閑話としての意味合いが強いですが、同時に次章にも繋がる色々なフラグが立っています。

第二章はおそらくあと二話くらいで終わるかと思いますが、楽しんで頂けたら幸いです。


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第八話 カイネスグローブ、アルドゥインとの再会

 カイネスグローブは、イーストマーチホールド、ウインドヘルムの南側に位置する、小さな村だ。

 この村は鉱山の村であり、クジャク石と呼ばれる鉱石が取れる鉱山がある。

 クジャク石は精製しただけでは割れやすいが、月長石と組み合わせて鍛造すると、武具として非常に優れた素材となる。

 また、その碧がかった独特の光沢と美しさから、碧水晶と呼ばれており、武具としてだけでなく、美術品の素材としても非常に価値が高い。

 故に、原材料であるクジャク石の価値も高く、結果としてカイネスグローブという村ができた経緯がある。

 その村は今、恐怖と混乱に包まれていた。

 吹き荒ぶ吹雪の中、悲鳴と怒号が飛び交っている。

 

「どうやら、当たりみたいね」

 

 デルフィンの冷静な声が、健人の耳には妙に遠くに聞こえた。

 健人達は逃げまどっている村人の女性を捕まえ、話を聞こうとする。

 

「ドラゴンはどこに行ったの?」

 

「ええっと……。あの黒いドラゴンは街の上空を飛んで、ドラゴンの古墳に降りていきました」

 

「その古墳は何所?」

 

「鉱山の入口がある丘の上です」

 

「っ!」

 

 村人の話を聞いて、居ても立ってもいられなくなったのか、リータが駈け出した。

 慌てて健人達が後を追う。

 

「リータ!」

 

「行こう!」

 

 駆けだしたリータを追うために、健人達は吹き荒ぶ風を切り裂きながら、村の中央通りを駆け抜け、鉱山の入り口の脇の山道を通り抜ける。

 木々が生い茂る林を抜けると、広々とした空間が健人達の目に飛び込んできた。

 だだっ広い広間の中央に、円形の皿を思わせる盛り土がある。

 あれが、おそらくドラゴンの古墳だろう。

 古墳の上空には、かつてヘルゲンで見た漆黒のドラゴンが悠々と旋回している。

 炎を連想させる鱗と、血のように真っ赤に染まった瞳を持つドラゴン。

 

「いた、間違いない。ヘルゲンを襲ったドラゴンだ!」

 

「アル、ドゥイン……!」

 

 押し殺した声を漏らしながら、リータは上空のアルドゥインを、怒りに満ちた目で睨みつけている。

 

「なんて大きな奴なの……。静かにして。アイツが何をしているのか見てみましょう」

 

 初めて間近でアルドゥインを見たデルフィンが驚嘆の声を漏らすが、すぐに冷静になり、健人達に隠れるように促す。

 彼女の言葉に従い、健人達は近くにあった大岩の影に身を潜めた。

 上空を旋回していたアルドゥインは、やがてゆっくりと高度を落とし、古墳の上でホバリングすると、古墳に向かって何やら叫び始めた。

 

“サーロクニル! ジール、グロ、ドヴァー、ウルセ!”

 

 地響きのような声が、カイネスグローブ中に響き渡る。

 自分たちに向けられた言葉ではないにもかかわらず、健人達の全身に重りを背負ったような重圧感が圧し掛かる。

 生物の本能的な恐怖を呼び覚まされたのか、周りにいた動物たちや、地中で息を潜めていた小動物までもが、一斉に逃げ始める。

 健人達があまりの威圧感に息をすることすら忘れそうになる中、リータだけは、上空のアルドゥインを射殺さんばかりに凝視していた。

 

“スレン、ティード、ヴォ!”

 

 アルドゥインが、何か波動を伴ったシャウトを放った。

 放たれたシャウトは古墳の中に吸い込まれるように消えると、続いて爆音と共に、地面が吹き飛んだ。

 土砂が舞い上がる中、姿を現したのは、ドラゴンの骨。

 まるでスケルトンのように動く骨だが、やがて光と共に、肉体が形成されていく。

 雪を思わせる美しい皮膜が両腕を覆い、脈動する筋肉が骨格を覆い始める。

 背中には氷柱を思わせる棘が屹立し、純白の鱗が全身を覆う。

 

「これは、思ったよりも深刻だわ……」

 

 ドラゴンの復活に、デルフィンが重苦しい声を漏らした。

 伝説に伝わる、アルドゥインの力。

 その一端を目の当たりにし、事態の深刻さに唇を噛み締めている。

 アルドゥインの再来と、ドラゴンの復活。

 想定していた最悪の事態が現実であることに、恐々としている健人達を尻目に、アルドゥインと復活したドラゴンが何やら話し始めた。

 

“アルドゥイン、スリ! ボアーン、ティード。ヴォクリハ、スレイセジュン、クルジーク?”

 

“ジヒ、サーロクニル、カーリ、ミル”

 

「何言っているんだ?」

 

 ドラゴンの言葉が全く分からないドルマが、尋ねるようにリータに視線を向ける。

 当のリータも、ドラゴンが交わしている言葉はまだ知らないものらしく、厳しい表情を浮かべたまま、首を振っていた。

 その時、アルドゥインの視線が、ドラゴンから健人達が隠れている大岩に向けられた。

 隠れていることがバレたのか? 

 そんな疑問と緊張感が健人達の間に流れる中、リータがおもむろに、隠れていた岩陰から身を乗り出し、アルドゥインの前に姿を晒した。

 

“フォル、ロセイ、ドヴァーキン? ズーウ、コラーヴ、ニド、ノル、ヴドブ、ド、ハイ”

 

 アルドゥインが、何らかの言葉をリータにかける。

 だが、肝心のリータは、アルドゥインが何を言っているのか、さっぱり分からなかった。

 彼女が習得した言葉は、ごく僅か。ドラゴンの会話を理解するには至っていない。

 ただただ、両親を殺したドラゴンを、怒りに満ちた瞳で睨みつけている。

 

“言葉の意味を知らぬと見える。自らドヴァーを名乗るとは何たる不届き者よ”

 

 そんなリータを、アルドゥインは取るに足らぬ存在と断じた。

 シャウトは、ドラゴンの力そのものだ。

 アルドゥインから見れば、龍の血脈を持ちながら、スゥームを満足に使えないリータは、そこらにいるただの定命の者と何も変わらなかったのである。

 まるで塵芥を見るような怨敵の態度が、リータの怒りに油を注ぐ。

 湧き上がる怒りはリータの中のドラゴンソウルを隆起させ、彼女の内に秘めた超常の力を引き出していく。

 力を、もっと力を。

 彼女の渇望に答えるように、高まる力が最高峰に達したその時、リータは喉から“力の言葉”を押し出した。

 

「ファス、ロゥ!」

 

“揺るぎ無き力”

 

 押しかかる絶望と理不尽を撥ね退けるためにリータが欲した力が顕現し、アルドゥインに襲い掛かる。

 大気を震わせながら疾駆する衝撃波が、今まさに、漆黒の竜をとらえようとしたその瞬間……。

 

“ッ!”

 

 瞬く間に霧散した。

 そよ風のように散っていく自分のシャウトに、リータは呆然としている。

 無理もない。

 リータのシャウトを潰した時、アルドゥインは声すら発していなかった。

 ただ、喉を震わせただけ。

 それだけで、リータの渾身のシャウトをかき消したのだ。

 

“メイ。フェン、アロク、アーラーン、ウンスラード、ズー、ダール、フォディズ、スゥーム”(愚かな、不滅の我に、このような稚拙なスゥームで牙を向こうとするとは)

 

 ドラゴンの王、全てを食らうもの。

 伝説にその名を刻むドラゴンの王は、稚拙で脆弱なドラゴンボーンとその仲間たちを、王らしい傲慢さをもって睥睨する。

 そして、竜王アルドゥインは、復活させたばかりのドラゴン、サーロクニルに命を下した。

 

“サーロクニル、クリイ、ダー、ジョーレ”

 

“ヤー、スリ!”

 

 定命の者たちを殺せ。

 主の命を受けたサーロクニルが、リータたちに襲い掛かる。

 アルドゥインの言葉は理解できずとも、その態度と気配で戦いの雰囲気を察していたデルフィン達もまた、得物を構えて迎撃の姿勢を取っていた。

 一方、配下に命令を下したアルドゥインは、もはやリータ達の事などどうでもいいと判断したのか、翼をはためかせて嵐の向こうへと飛び去って行く。

 

「っ……! 待ちなさい!」

 

「リータ、今は目の前のドラゴンに集中しろ!」

 

 相手にすらされなかったリータが、激高した声を上げるが、彼女たちの眼前には、サーロクニルが今まさにシャウトを放とうとしていた。

 

“フォ……コラ、ディーン!”

 

「っ! ウルド!」

 

 フロストブレス。

 極寒の吐息が、リータたちに襲い掛かる。

 リータは咄嗟に旋風の疾走を使用して、フロストブレスの射線上から離脱。

 健人達は岩陰に身を潜めて、冷気の直撃を避ける。

 

「ぐうう……」

 

 直撃でなくとも、極寒の吐息は体温を一気に奪い取る。

 ピキピキと髪が凍り付いていく。

吐息が放つ冷気に晒された全身に刺すような痛みが走り、思わず健人は呻いた。

 直撃を受けたら、悲鳴すら発することも出来ずに凍死してしまうかもしれない。

 しかし、サーロクニルのシャウトも永遠に続くわけもない。

 数秒の後に、氷の嵐は唐突に止んだ。

 

「行くぞ!」

 

 ドルマの掛け声に呼応するように、リディア、デルフィンが岩から飛び出して弓を構え、矢を放つ。

 

「ファス、ロゥ!」

 

 リータは“揺るぎなき力”のシャウトを浴びせるが、サーロクニルは素早く空中に退避した。

 目標を失った矢と衝撃波が、むなしく地面を抉る。

 

“我が声は長きにわたり封じられていた。だがスリが戻った今、今度はお前たちが土に還る番だ、ジョーレ”

 

 空中に飛翔したサーロクニルが、再びフロストブレスを放ってくる。

 目標はやはりリータだ。

 ドラゴンにとって、この場で最も脅威なのは、ドラゴンの魂を滅ぼすことができるリータである。

 真っ先に狙うのも、当然だった。

 リータが地面を転がってサーロクニルのシャウトを躱しているうちに、ドルマ達が立て続けに矢を放つが、元々強固な鱗を持つドラゴンに対しては、やはり効果が薄い。

 常に制空権を取られているこの状況では、圧倒的にドラゴン側が優勢だった。

 このような時、最も頼りになるのは、やはり高威力の破壊魔法だ。

 現に、ホワイトランでは、健人が魔法の杖に込められた魔法で、ミルムルニルを完全に足止めしている。

 おまけに、爆発系や雷系の魔法なら、矢のように距離によって威力が大きく減衰することもない。

 しかし、この場ではあの魔法の杖もなく、破壊魔法に長けた人間は一人もいない。

 さらに状況が悪いことに……。

 

“ウルド、ナー、ケスト!”

 

「なっ!?」

 

 上空から、翼を広げたサーロクニルが、足の爪を立てながらリータめがけて“旋風の疾走”で突進してくる。

 巨大な質量と、頑丈さを武器にした質量爆弾だ。

 しかも、その速度はリータの旋風の疾走と比べても明らかに速かった。

 

「ウルド!」

 

 リータは咄嗟に、再び旋風の疾走を使ってその場から飛びのく。

 直後にサーロクニルが高速で地面に着地。

 轟音と共に地面が揺れ、四方八方にまき散らされた衝撃波が健人たちを襲う。

 

「うわああああ!」

 

「ぐうううう!」

 

 舞い上がる突風に揉みくちゃにされる健人たちをしり目に、サーロクニルは着地の反動を使って、再び上空に飛翔する。

 飛翔したサーロクニルは、再びフロストブレスを吐き、隙を見つけては旋風の疾走による突撃を加えてくる。

 ブレスによる牽制と、質量爆弾による重撃を前に、健人たちは翻弄される。

 着地の瞬間を狙おうにも、撒き散らされる衝撃波と石礫が、接近を阻み、その間にサーロクニルは素早く空に退避するということを繰り返す。

 打つ手がない状況に、健人達は陥っていた。

 

「くっ! このままじゃジリ貧だわ」

 

 その時、健人の目に森の木々が飛び込んでくる。

 

「リータ! こっち!」

 

 健人は、リータの手を取って森に向かって走る。

 森に隠れれば、生い茂る木の葉によって、上空からは簡単には見つからないと考えたのだ。

 ケントの意図に気付いたのか、ドルマ達も健人の後に続いて、駆け出す。

 

”臆病者め、逃げるか!”

 

 リータ達を逃がすまいと 後方から飛んできたサーロクニルがフロストブレスを吐きかけてくる。

 背中から迫る極寒の冷気に呑まれまいと、健人たちは必死に足を動かした。

 もし、背中から襲ってくる冷気の嵐に飲まれれば、間違いなく異世界人の氷像の出来上がりである。

 幸いにも、健人達の退避は間一髪、間に合った。

 サーロクニルのフロストブレスは、森の木々を凍らせるだけで終わり、健人達を飲み込むことはなかった。

 背中から凍てつく波動を感じながら、健人達は何とか、森の中に逃げ込むことに成功した。

 

 



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第2章最終話 より強くなるために

 カイネスグローブの森に逃げこみ、一時的にサーロクニルの目から逃れた健人たちは、どうやってあのドラゴンを倒すか、対策を考えていた。

 状況は芳しくない。

 上空を抑えられ、こちらには攻撃手段がない状態である。

 

「どうする?」

 

「上空を抑えられているから、逃げるのは無理でしょうね」

 

「それに、下手に長引かせると、ドラゴンの狙いが私達からカイネスグローブの住人に変わる危険もあります」

 

 カイネスグローブに危険が及ぶ可能性を示唆され、リータは無言で立ち上がった。

 ドラゴンに家族を殺された彼女にとって、リディアの懸念は看過できるものではない。

 

「待ちなさいドラゴンボーン。何か手はあるの?」

 

「ないですけど、ドラゴンが街を襲うかもしれない以上、ここで隠れているなんてできません」

 

「止めなさい。打開策がないまま外に出れば、ただ殺されるだけだわ」

 

今にも駆けだしそうなリータをデルフィンが諫める。

 

「だからと言って、放置はできません。シャウトを使える私なら、あのドラゴンの突進を躱せます」

 

「躱せたとしても、反撃する余地がないでしょう。あなたが回避に使うシャウトは方向転換できないみたいだし……」

 

 デルフィンの指摘に、リータは歯噛みする。

 彼女の言う通り、旋風の疾走は一方向に急加速するシャウトだ。

 当然、勢いのある加速のせいで、方向転換はできない。

 サーロクニルは着地の際の反動を利用しているが、地面を走るリータには不可能な芸当だ。

 リータもそんな事は理解している。

 でも、たとえ諫められたとしても、リータはこのまま逃げるなどという選択を取る気は微塵もなかった。

 敵に後ろを見せず、こうと決めたら決して退かないノルドらしさが出ているといえばそうだが、この場においてはよくない傾向だ。

 今のリータは冷静ではない。

 両親を殺したアルドゥインに自分のシャウトが全く通用しなかったことが、彼女の焦燥を掻き立てていた。

 

「なら、急降下してくるところを“揺ぎ無き力”のカウンターで……」

 

「あの大質量の突進を跳ね返せるだけの威力が、今のあなたのシャウトにあるのかしら? 失敗すれば、間違いなく潰されるわ」

 

 リータの“揺ぎ無き力”は、最大で二節。

 揺るぎ無き力は、一説では敵の城門を吹き飛ばしたなどという伝説があるほど強力な衝撃波を放てるが、それは歴戦のシャウト使い達が束になってこそ、成し遂げられた業。

 ドラゴンボーンとはいえ、シャウト使いとしてはひよっ子のリータには、ドラゴンほどの超大型の生物の突進を跳ね返すなど、まだ無理な領域だ。

 そもそも、サーロクニルの旋風の疾走は、リータのものと比べても明らかに加速力が違いすぎた。

 百メートル以上の高度から、数秒で地面に到達するほどの速度である。

 どう考えても、時速百キロ以上の速度は出ている。自動車並みか、それ以上の速度だ。

 現代日本で考えれば、戦車が時速百キロメートル以上で激突してくるのと、ほぼ同じ。

 さらに速度だけでなく、その加速力も脅威だ。

 どんな自動車や飛行機、はたまた宇宙ロケットだって、最高速までは数秒から数十秒の時間がかかるのに、旋風の疾走による加速は、ほぼノータイム。

 戦車ほどの大質量が、一瞬で時速百キロ以上に加速し、突進してくる。悪辣極まりない攻撃だ。

 

「霊体化で躱して反撃すれば……」

 

「でも、霊体化は攻撃すれば実体化するし、出来て一撃だ。それでドラゴンの飛行能力を奪えなかったら、今度こそ空から一方的に攻撃されて終わりだと思う」

 

 臍を噛むように顔を顰めてリータの言葉に、今度は健人がダメ出しをする。

 霊体化を使えば、確かに回避と同時に反撃ができる。

 しかし、サーロクニルが上空に退避する時間を考えれば、攻撃のチャンスはほとんどない。出来て一撃だろう。

 それであの巨大なドラゴンの飛行能力を奪うことは難しい。

 そして、失敗すれば、ドラゴンは反撃を警戒し、今度こそ上空から降りてこなくなるだろう。

 そうなれば、リータ達に勝ち目はない。

 

「どうしたもんか……」

 

 悩ましげに呟いたドルマの一言が、この場にいた全員の気持ちを代弁していた。

 

「ケント様はなにか思い浮かびませんか?」

 

「……え? 俺ですか?」

 

「はい、ケント様なら何か名案が思い浮かばないかなと……」

 

 リディアから突然話を振られた健人は、思わず呆けたような声を漏らした。

 リータたちも、どこか期待を込めるような視線で健人を見つめてくる。

 仲間たちからの思わぬ視線に、健人は顎に手を当てて考え込む。

 サーロクニルの武器である上空からの強襲。

 ドラゴンの最大の利点が空を飛べることであるなら、その強みを奪うことが敵を倒すうえでの必須事項となる。

 だが、健人たちの攻撃では上空のドラゴンに満足な打撃を与えることは難しいし上、サーロクニルは強襲時に、着地の反動をうまく使って逃げてしまう。

 

(なら、十分な着地ができる余地を奪ってしまえばいい。問題は、それをどうやって行うかということだけど……)

 

「ええっと……深い川に誘い込んで落とすとか、突進の時にバランスを崩させるとか、落とし穴に嵌めるとか……」

 

 必要な手段はいくらか思いつくが、どれも現実的ではなかった。

 カイネスグローブの近くにはダークウォーター川と呼ばれる大きな川が流れているが、健人たちがいるのは森の中だ。おそらく川に出るまでに上空のドラゴンに見つかることは確実である。

 突進時にバランスを崩させることは、空の上の敵に満足な攻撃ができない健人達には不可能。

 落とし穴は、そもそも掘っている時間がない。

 八方ふさがりという状況。だが、健人の話を聞いていたデルフィンが、何かを思いついたように頷いた。

 

「そうね、悪い考えではないわ」

 

「……え?」

 

「ドラゴンボーン、一つ提案があるわ」

 

 活路を見出したというようなデルフィンの声に、健人達は目をパチクリさせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 サーロクニルは、上空を滑空しながら、獲物を探していた。

 叩きつけてくる吹雪と、スカイリムを囲む山々に懐かしさを感じながら、眼下の森を睥睨する。

 サーロクニルの心は、これ以上ないほど高揚していた。

 ようやく、永年に渡る屈辱の日々が終わったと。

 これからは再びこの大空を自由に飛び、自分を殺して冷たい土の中に閉じ込めた人間達への復讐が出来ると。

 主であり、長兄であるアルドゥインの帰還。それはサーロクニルにとって、再び自分たちドラゴンの時代が訪れたことの証左だった。

 だが、サーロクニルの胸の奥に、一抹の不安要素がある。

 ドヴァーキン。定命の者たちが、ドラゴンボーンと呼ぶ存在だ。

 不滅であるはずの、ドラゴン達を殺し、その力と知識を簒奪する盗人。

 サーロクニルがまだ死ぬ前にも存在した、翼を持たぬドラゴンもどきだ。

 かの者はたとえスゥームでその名と運命を縛ろうが、必ず主であるドラゴン達に仇をなしてきた。

 そして、今代のドラゴンボーンも、従属することはないとサーロクニルは判断している。

 だからこそ、受けた主命は、迅速に終わらせる必要があった。

 

“ドヴァーキンめ、隠れても無駄だぞ”

 

 脆弱な定命の者たちは、その弱さにふさわしく、ドラゴンたちと比べて体躯も小さい。

 しかし、その小さな体躯は隠れることにはこれ以上ないほど適している。

 サーロクニルの眼下には鬱蒼と茂る森が広がっている。

 吹雪が吹いていることもあり、人間が隠れるには絶好の環境だ。

 しかし、その程度でこのサーロクニルが獲物を逃がすことなどありえない。 

 彼はドラゴン。

 この世界の生物の頂点に立ち、超常の力を操る理不尽の化身なのだから。

 

“ラース、ヤハ、ニール!”

 

 オーラウィスパー。

 どのような形の命であれ、その存在を看破できるようになるスゥーム。

 サーロクニルの視界に、木の陰で一塊になる4つの影が映った。

 

“そこか!”

 

 翼を折りたたみ、一気に降下する。

 見つかったことに気付いたのか、影が慌ただしく動き始める。

 サーロクニルの目に、木の影から覗く金髪が映った。

 最優先目標である、ドラゴンボーンの髪だ。

 振り向いた彼女とサーロクニルの視線が交差する。

 

“ウルド、ナー、ケスト!”

 

 目標を見つけたサーロクニルがシャウトを唱えた。

 降下していたサーロクニルの速度が、旋風の疾走によってさらに跳ね上がる。

 吹きすさぶ雪が線となって、彼の視界の外へと押しやられていく。

 風を切り裂いて降下する中、サーロクニルは後ろ足を上げ、着地態勢を整えると、その勢いのまま、リータに向かって突進した。

 だが、既にサーロクニルの姿を確認していたドラゴンボーンが、旋風の疾走を唱え、その場から離脱する。

 取り逃がしたことを悟ったサーロクニル。

 しかし、次撃で仕留めればよいと思いなおし、着地に備える。

 

“逃がさな……なに!?”

 

 ところが着地の瞬間、サーロクニルの足元が突然崩れた。

 まるで薄氷を踏み抜いたように体が沈み込み、崩れた土砂が足元を覆い隠していく。

 慌てて翼をはためかせ、その場から飛び上がろうとするが、崩れた足場では踏ん張りがきかず、彼の体はそのまま地面に埋まっていく。

 サーロクニルが踏み抜いたのは、鉱山の坑道だ。

 カイネスグローブは古くから鉱山で生計を立てているだけあり、村の周辺にはこのように廃れた坑道がいくつも存在する。

 サーロクニルの突撃はそのあまりの威力ゆえに、地下にあるその坑道を、数本まとめて踏み抜いてしまったのである。

 

「今よ!」

 

「おおお!」

 

「ええい!」

 

 デルフィンの掛け声とともに、リディアとドルマが斬りかかる。

 下半身が半分近く埋まってしまったサーロクニルは翼をはためかせて二人を牽制するが、その間隙にデルフィンが正面から切り込んできた。

 両腕が塞がっているサーロクニルは、抜いたブレイズソードを腰だめに構え、吶喊してくるデルフィンを噛み砕こうと首を伸ばす。

 

「ふっ!」

 

 サーロクニルの鋭い牙が眼前に迫る中、デルフィンは踏み込んだ右足の力を、意図的に抜いた。

 重力に従って沈み込んでいく体を感じながら、同時に力を抜いた右足とは逆に、左足に力を入れる。

 力の均衡が崩れたデルフィンの体は、沈みながら滑るように右に流され、ドラゴンの致死の牙を逃れながら、翼の下へと潜り込む。

 

「せいや!」

 

 両足の筋肉を張り、沈み込んだ体を跳ね上げながら、ブレイズソードの切っ先を鱗の隙間に突き入れる。

 目標は、サーロクニルの左腕肩部。

 鋭いデルフィンの突きは、サーロクニルの肌と筋肉を貫き、その先にある関節に達した。

 サーロクニルの激痛に悶える咆哮が、カイネスグローブに響く。

 確かな手ごたえに、デルフィンの口元が吊り上がる。

 だが、相手はタムリエルの生物の頂点に立つドラゴン。致命傷にはなっていない。

 サーロクニルが怒りに燃えた瞳でデルフィンを睨みつけ、今度こそかみ砕こうとしてくる。

 デルフィンはやむを得ず、突き刺したブレイズソードを手放し、素早くその場から離脱する。

 デルフィンの回避は、間一髪間に合った。空を噛んだ牙が、ガキン! と耳障りな音を立てる。

 

「くっ! さすがはドラゴン。一筋縄ではいかないわね」

 

「それでも、翼は潰した。これで……」

 

 俺たちの切り札の番だ。

 そんなドルマたちの想いに応えるように、腰の剣を抜いたリータが、サーロクニルの前に立つ。

 ここにきてサーロクニルは、初めて今代のドラゴンボーンと正面から相対した。

 

「ファス、ロゥー!」

 

 リータの“揺るぎ無き力”がサーロクニルに襲い掛かる。

 未だ二節の、未熟と言えるスゥーム。

 だがそのスゥームには、アルドゥインの配下たるサーロクニルをして、悪寒を感じさせる“熱”があった。

 純粋な敵意と憎悪。古の時代に、ドラゴン達を蹴落とした人間たちと同じ、復讐に燃える者の熱だ。

 

“ドヴァーキン! お前の声など及ばないぞ!”

 

 ドラゴンらしい傲慢さを思わせる声を上げながら、サーロクニルは翼を広げて己を鼓舞する。

 瞬間、リータがサーロクニルめがけて駆け出した。

 サーロクニルがスゥームを使う間もなく間合いを詰め、その手に握った刃を振るう。

 鮮血が舞い、サーロクニルの悲鳴が響く。

 ドラゴンキラーとしての本能のままに、リータが剣を振るう度に、サーロクニルの体に裂傷が刻まれていく。

 リータの剣は、ホワイトランでミルムルニルと戦った時よりも、明らかにキレを増していた。

 ドラゴンボーンとしての本能と、力を求めるリータの熱が竜殺しとしての彼女を、さらなる高みへと押し上げようとしている。

 サーロクニルの表情に、焦りの色が浮かぶ。

 彼はドラゴンボーンの存在は知っているが、実際に戦った経験はない。

 同族から聞かされていたドラゴンボーンの力を目の当たりにしたサーロクニルの第六感が、けたたましい警報を鳴らし続けていた。

 

「死ね!」

 

 怒りを感じさせる声とともに振り抜かれた剣が、サーロクニルの体に一際深い裂傷を刻み込んだ。

 荒々しくサーロクニルの体を削り取って行くリータの剣に、ついにサーロクニルが音を上げた。

 

“フェイム、ジー、グロン!”

 

「なっ!?」

 

 サーロクニルがシャウトを唱えた瞬間、彼の体がまるで幻のように透けていく。

 振り下ろした剣が、まるで霞を切ったように素通りした。

 “霊体化”

 己の肉体を霊魂のみとすることで、魔法を含めたあらゆる攻撃を一時的に無効化するシャウト。

 渾身の一撃を外されたリータは、勢い余って、そのままサーロクニルの霊体を通り抜ける。

 慌てて振り返ろうとするが、その前に実体化したサーロクニルの尾が、リータの体を捉えていた。

 

「がっ!?」

 

 ボールのように跳ね飛ばされたリータの体が、地面に激突。

 衝撃でリータの体が動かなくなった隙に、サーロクニルが追撃を放つ。

 

“フォ、コラ、ディーン!”

 

「リータ!」

 

 最大級のフロストブレスが、リータを襲う。

 だが、その射線上に、健人が割り込んだ。

 魔法防御が施されたエルフの盾を構え、僅かなマジ力をひねり出す。

 サルモールの部隊と相対した時のように、全力で障壁を張り、真正面からサーロクニルのフロストブレスを受け止める。

 

「ぐ、うううう!」

 

 しかし、魔法防御が施された盾と、障壁の魔法を併用しても、サーロクニルのシャウトは強力過ぎた。

 極寒の息は瞬く間に健人の体から体温を奪い取り、その命も飲み込もうとする。

 サーロクニルの殺意が乗せられたシャウトは、彼の数千年の怒りを余すことなく健人に叩き付けてくる。

 

(これは、憎しみと、痛みと……)

 

 傲慢で思い上がった人間どもよ、分相応の死に落ちるがいい!

 押しつぶされそうになるほどの殺意と憎悪。自分を殺した人間達への積年の憎しみ。そして、サーロクニルが人間達に殺されたときの痛みが、そのシャウトには込められていた。

 シャウトは、物理的だけでなく、精神的にも、さらには魂にすらも影響を与える。

 この瞬間、健人は肉体だけでなく、精神的にも殺されそうになっていた。

 

(だけど、それでも……!)

 

 サーロクニルの痛みと憎しみ、そして絶望を感じながらも、健人は迫りくる死に抗っていた。

 死にたくない。死んでたまるか。

 何より、後ろにいる彼女を、殺されてたまるかと。

 確かに、サーロクニルの憎しみは察することが出来る。

 ドラゴンは本来、不死の存在だ。

 肉体は死んで動けなくとも、魂はそこにあり続ける事を考えれば、サーロクニルは光も何も感じない冷たい地面の下に、数千年も押し込められていた事になる。

 もしそうだったのなら、例えサーロクニル自身に殺される理由があったとしても、自分を殺した人間を恨むだろう。自分を地下に押し込んだ人間達を絶滅させることすら考えるに違いない。

 それでも、健人は今ここで殺されてやるわけにはいかないのだ。

 向けられる殺意に対する反骨心と、家族を守りたいという想いが、健人に限界以上のマジ力を引き出し、サーロクニルの殺意と憎悪を受け止める。

 しかし、それも続かない。

 精神よりも、肉体が限界を迎えた。

 体温を奪われた体が、彼の意思とは関係なく、膝を折ろうとする。

 だが、サーロクニルの殺意が健人を殺す前に、一陣の風がサーロクニルのフロストブレスに飛び込んだ。

 

「ウルド!」

 

 リータが旋風の疾走で飛び出す。

 剣を肩から突き出すように構えながら、一直線にサーロクニル目がけて突撃する。

 サーロクニルのシャウトに込められていた憎しみは、健人だけなく、リータにも届いていた。

 いや、ドラゴンボーンとして覚醒しているリータの方が、より鮮明に、サーロクニルの憎悪を感じ取っていた。

 しかし、サーロクニルの憎悪に対して彼女が抱いた感想は、健人が抱いたものとは違っていた。

 

(憎い? だから何? 数千年も前のカビの生えた恨みなんて、私には関係ない!)

 

 彼女が胸に抱くは、サーロクニルと同じ憎しみ。

 家族を奪ったアルドゥイン、ひいては、ドラゴンそのものに対する強い殺意だ。

 殺意には殺意で、剣には剣で。

 ドラゴンボーンの血と、己の抱く憎しみが導くままに、リータはサーロクニルの心臓めがけて疾駆する。

 だが、まだ足りない。

 この殺意の吹雪を突破するには、疾さがまだまだ足りていなかった。

 

(力を、もっと力を! この吹雪を斬り裂く“暴風”と“大嵐”を!)

 

 力を渇望する心が、リータのドラゴンソウルから力の言葉を引きずり出す。

 聞こえてきた言葉は二つ。

 先のグレイビアードとの修練では、聞き取れはすれど、その意味は浮かばなかった言葉。

 

「ナー、ケスト!」

 

 継ぎ足された力の言葉が、リータの体をさらに加速させる。

 文字通り一陣の嵐となったリータは、サーロクニルのフロストブレスを消し飛ばしながら疾走し、その胸に掲げた剣を突き立てた。

 

“がああああああ!”

 

 サーロクニルの絶叫が、カイネスグローブに響く。

 完成された旋風の疾走により勢いを増した突きは、サーロクニルの強靭な鱗と筋肉を貫いて心の蔵を突き破り、噴出した血がリータの体を真っ赤に染めた。

 絶叫を上げたサーロクニルの体が崩れ落ち、炎に包まれる。

 舞い上がった光はリータの体に吸い込まれ、やがてそこには骨だけになったサーロクニルの遺骸だけが残されていた。

 その遺骸を無感動な瞳で見下ろしながら、リータは剣を鞘に納める。

 

「はあ、はあ……。リータ、大丈夫?」

 

 リータの背後から、健人が声をかけてくる。

 その声はか細く、弱々しいものだった。

 

「ええ。健人は? 大丈夫……じゃなさそうだね」

 

「うん。感覚がない……」

 

 振り返ったリータの目に、負傷した健人の姿が飛び込んでくる。

 その姿は、お世辞にも無事とはいいがたい姿だった。

 健人の顔は赤く腫れ上がり、体もあちこち凍り付いている。

 特に、障壁を張る際に突き出していた腕の方は酷く、小手を外すと赤く腫れ上がった両手が出てきた。間違いなく重度の凍傷になっている。

 リータは直ぐに自分の小手を外すと、素手で健人の両手で包み込む。

 柔らかいリータの手の温もりが感覚のなくなった健人の手に染み渡っていく

 

「ちょ、リータ!」

 

「いいから、大人しくして」

 

 突然を握りしめてきたリータに、健人が慌てふためくが、リータは構わず、健人の手を握りしめ続ける。

 リータの脳裏に、ヘルゲンを脱出した時の健人の姿が重なる。

 あの時、戦いの経験が全くない健人は、リータを守るために、襲い掛かってきたストームクローク兵の前に飛び出した。

 そして、ホワイトランでもウステングラブでも、この少年は常にリータに襲い掛かる危険の前に自分を晒し続けていた。

 怯えながらも、震えながらも、彼女を守ろうと盾を構えて、浅くない傷を負いながら。

 その姿が脳裏に蘇り、リータの胸をキシリと締め付ける。

 

「いつも、怪我してばっかりだね」

 

「ごめん、まだ弱くて……」

 

「弱くてもいいよ。でも、死なないで……」

 

 健人のその言葉を、リータは首を振って否定した。

 弱くたっていい。強くならなくたっていい。ちょっと常識外れだって全然かまわない。

 ただ、死んでほしくない。

 それだけは耐えられない。

 健人が強くなろうとしている理由を、リータは知っている。

 その気持ちはとても嬉しいし、彼の気持ちを感じるだけで、胸がポカポカする自分がいる。

 だがそれでも、リータは健人に傷ついてほしくなかった。

 ナイトゲートでは何とか堰き止めていた淀みが、今になって溢れていた。

 

「リータ」

 

 俯いているリータをあやすように、健人はゆっくりと語りかける。

 

「俺はさ、ヘルゲンではリータに守ってもらってばかりだった」

 

 健人の脳裏によみがえるのは、この世界に来たばかりの頃の光景。

 言葉が通じず、常識すらわからず、途方に暮れている彼を、リータは付きっきりで世話をしてくれた。

 分からない言葉を一つずつ教え、道具の使い方を教え、常識を説いてくれた。

 何より、異世界で孤独となっていた彼の傍に付き添ってくれていた。

 健人にとって、それがどれほど救いになっていた事か。

 

「そんな事、ない。ヘルゲンから逃げるとき、助けて、もらってる……」

 

「ああ、そうだったね」

 

 恥ずかしさを誤魔化すように頬を掻く健人。

 しかし、その柔らかい苦笑も、すぐに消える。

 

「でも、俺が弱いままなのはだめだ。この世界は、優しくない。強くないと、生き残れない……」

 

 スカイリムは、厳しい土地だ。

 元々の厳しい気候と、政情不安。何よりも、蘇る災厄が、この土地で生きていくことを、さらに厳しいものにしてしまっている。

 健人自身、日本で生きてきた常識が、ここでは通用しないことは理解している。

 日本では、強くなくとも生きていけた。しかし、ここでは強くなければ、生きていくことすらままならない。

 誰かを守りたいと思うのなら、尚の事だ。

 

「俺は、強くなる。家族を守れるくらい、リータに心配かけなくてもいいくらい、強く……」

 

「……うん」

 

 やはり、リータがいくら止めても、健人の意思は変わらない。

 彼は、唯一残った家族を守るために、自分は大丈夫だと証明するために、これからもリータの旅に付いて来ようとするだろう。

 

(力を、もっと、力を……。私から家族を奪う、ドラゴン達を殺す力を……)

 

 だからこそ、リータはもっと強くならないといけなかった。

 健人が戦いに出なくてもいいように、彼よりもずっと強くならなくてはいけない。

 サーロクニルの魂を取り込み、一層熱を帯びるようになった己のドラゴンソウルを感じながら、リータはドラゴンへの憎悪と、力への渇望をより高めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サーロクニルを倒したリータ達は、カイネスグローブの宿屋「ブレイドウッド」で一泊した。

 宿屋に入った時、ホールの中はガランとしていて、リータ達以外にいるのは宿屋の主人であるイドラだけだった。

 ほかの住人たちはドラゴンの襲撃におびえ、一目散に逃げだしてしまったらしい。

 イドラは勇猛果敢なノルドはいないのかと憤慨していたが、リータ達が泊まりたいと申し出ると、豪快な笑みを浮かべて、無料で部屋と食事を提供してくれた。

 戦闘で疲弊していたリータ達は各々の部屋に入ると、すぐさま眠りに落ちてしまう。

 翌日、宿の前でリータ達は向かい合い、これからの方針を確認していた。

 

「それで、今後の事だけど……。私達は一度ハイフロスガーに戻るわ。この角笛を届けないといけないし……」

 

 リータはユルゲンウインドコーラーの角笛を届けるため、ハイフロスガーへと戻ると言った。

 そこで、グレイビアードから本格的に声の修練を受けるつもりなのだ。

 

「私は少しサルモールを探るわ、準備を整えたら、ソリチュードへ行くつもりよ」

 

 一方、デルフィンは何故かソリチュードへ向かうと宣言した。

 

「ソリチュードへ?」

 

「ええ、サルモールのエレンウェン特使が主催する晩餐会があるの。外部の人間を招いてのパーティーだから、うまく潜り込めると思うわ」

 

 ソリチュードはこのスカイリムで経済的も栄え、先代の上級王が在位していたホールドだ。

 上級王とは、このスカイリムで実質的に頂点に立つ王であり、七つある各ホールドから選出される。

 現在、この上級王は空位の状態であり、これがスカイリムの内乱に拍車をかけている経緯もある。

 また、ソリチュードはスカイリムにおける帝国軍の中心拠点であり、同時にサルモール大使館があるホールドでもあった。

 

「なんでまたサルモールを?」

 

「残念だけど、私たちにはアルドゥインに対抗するための情報が足りないわ。サルモールなら、少しは有益な情報を持っているかもしれないし」

 

「持っているのか?」

 

「期待はしていないけど、何もしないよりはマシよ」

 

 肩をすくめながら軽い調子で述べるデルフィンだが、それが簡単なことではないことは分かり切っている。

 しかし、同時にサルモールは、この大陸で間違いなく最大の勢力。

 持っている情報も、個人で掴めるものとは比較にならない量と質が期待できる。

 

「それで、しばらくケントを預かるわ。彼から直々に鍛えてほしいと頼まれているし、いいわよね?」

 

 リータ達の視線が、健人に集まる。

 問い掛けるような仲間達の視線を受け、健人はデルフィンの言葉を肯定するように頷いた。

 

「ケント様、よろしいのですか?」

 

「うん。デルフィンさんの腕は確かだし、戦い方も俺には合っていると思う。何より、強くなりたい」

 

 ナイトゲートでデルフィンに詰め寄っているだけに、健人の決意を聞いても、リディアの顔色にはどこか不安げな色が残っている。

 不安があるのはリータも同じであった。

 

「……分かった。気を付けてね?」

 

「ああ、リータ達も」

 

 しかし、リータはその不安を再び押し殺し、これから修行へと赴く健人を見送ることに決めていた。

 彼がやるべき事を定めたように、リータもまた己のやるべきことを見出していたからだった。

 

「グレイビアードでの修練が一段落したら、ソリチュードで落ち合いましょう。晩餐会は三か月後よ」

 

 デルフィンの言葉では、晩餐会は三か月後、南中の月に行われるらしい。

 その間に、健人は強くならなくてはならない。

 健人が決意を新たにしている中、ドルマがズイっと前に出てきた。

 

「おいよそ者」

 

「なんだよ」

 

 相も変わらず威圧的な視線で睨みつけてくるドルマに対して、健人もツッケドンな返事を返す。

 しかし意外なことに、ドルマの口から続くいつもの罵詈雑言は、思ったほど強くはなかった。

 

「……いや、何でもない。精々足掻いておけ」

 

「そっちこそ。いつの間にか俺のほうが強くなっているかもしれないぜ?」

 

「はっ! 無理だな。どう考えても時間が足りねえよ」

 

 時間が足りない。

 全員が理解していたが、あえて誰も指摘しなかった事を、ドルマは平然と健人に突き付けた。

 口元を吊り上げ、煽るようなドルマの態度に、リディアとリータが、眉を顰める。

 

「それでもやるさ。やらなきゃいけないんだからな」

 

 しかし、健人はそんなドルマの言葉を即座に跳ねのける。

 迷いのない、決意に満ちた健人の声を聞き、ドルマはすぐに表情を改めた。

 沈黙が、健人とドルマの間に流れる。

 しばしの間、視線を交わしていた健人とドルマだが、やがてドルマが「そうか……」と一言つぶやくと、二人は示し合わせたかのように背を向け、歩き始めた。

 

「デルフィンさん行きましょう」

 

「ええ」

 

 健人の声に促されるように、デルフィンが後に続く。

 最後に健人は、歩き振り返り、リータ達に手を振る。

 

「皆、またソリチュードで会おう」

 

「う、うん! またソリチュードで!」

 

 ソリチュードでの再会を約束しながら、リータは小さくなっていく健人を見送る。

 やがて健人とデルフィンの姿が見えなくなると、リータは振っていた手を力なく下した。

 

「ねえ、ドルマ」

 

「なんだ?」

 

「私、強くなる。今度こそ、ケントが戦わなくてもいいように、私と同じ人を増やさないために、ドラゴンを皆殺しにする」

 

「……そうか」

 

 ソリチュードでの再会を約束しながら、健人とリータは別々の道を歩み始める。

 空には日が昇り、暖かくなり始めた日差しがそれぞれの道を照らしている。

 季節は春から夏へ、徐々に移ろい始めていた。

 

 

 

 

 




お疲れ様でした。
これで、第2章は最終話となります。
強くなるためにデルフィンに弟子入りした主人公と、シャウトを学ぶためにハイフロスガーへと戻るリータ。それぞれの道が、ここで一度別れることになります。
第3章は現在執筆中ですが、執筆が終わり次第、投稿しようと思います。

もしよろしければ、第2章の感想等、よろしくお願いいたします。
それではまた。


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第3章 第一話 デルフィンとの鍛練

お待たせしました。第三章の投稿を開始します。


 カイネスグローブでサーロクニルを倒したリータ達は、一度ハイフロスガーへと戻るために、イヴァルステッドを旅立った。

 リータ達が再び世界のノドを登る一方、健人もまたイヴァルステッドから離れ、デルフィンからの鍛錬を受けていた。

 場所はハイヤルマーチの中心の街、モーサル。

 かつてウスングラブに向かう際に一度滞在したこの街が今の健人とデルフィンの寝床であり、この街の郊外の霧に包まれた森が、彼らの鍛練の場になっていた。

 

「うわ!」

 

 健人の袈裟懸けを、デルフィンは盾を巧みに使って刃筋を滑らせた。

 さらにデルフィンは体を落しながら体を回転させ、お返しとばかりに盾を薙いで健人の足を払う。

 

「体が硬い。全身を柔らかく使いなさいと言ったはずよ」

 

「がっ!」

 

 足を刈られて倒れ込んだ健人の腹に、デルフィンは容赦なく蹴りを叩き込む。

 健人を強くするために行われているこの鍛練だが、それは率直に言って、行き過ぎとも言えるような鍛錬法だった。

 基本的なブレイズソードの扱い方を学んだ後はずっと模擬戦。

 デルフィンは未熟な健人を容赦なく打ち据えながら、様々な技を実践で見せつつ、彼の問題個所を強制的に矯正するというやり方を取っていた。

 

「ぐう……」

 

 腹を蹴られ、悶絶している健人を、デルフィンは冷たい目で見下ろす。

 デルフィンの戦い方はブレイズソードを使うだけでなく、盾や短剣、さらには周囲の環境を含めた、あらゆる要素を使う。

 その辺の生えた木や岩を使って相手の行動を制限し、逆に枝やツタを使って、自分はより複雑かつ機敏な動きで健人を翻弄する。

 模擬戦の中で相手の欠点を矯正していくという鍛練は、以前に健人がリディアと行っていた時と同じだ。

 使っている得物も実剣。

 違うのは、デルフィンは一切寸止めを行っていないことだった。

 つまり、矯正するたびに健人の体には、裂傷が刻まれていることになる。

 

「立ちなさい。それとも、この程度で音を上げるのかしら?」

 

「この!」

 

 立ち上がった健人が、思いっきり大上段から刀を叩きつけようとする。

 しかし、デルフィンは溜息と共に、右手に持ったブレイズソードを掲げた。

 刀の柄を上に、刀身を体に沿わせるように斜めに掲げ、左足の膝の力を抜いて、体幹の軸を迫る斬撃から逸らす。

 すると、健人の斬撃は、斜めに掲げられたデルフィンのブレイズソードの刃筋を滑りながら逸れていった。

 

「甘い」

 

 デルフィンはヤケクソに振るわれた剣を片手で容易くいなし、勢い余ってたたらを踏んだ健人の背中を振り向きざまに蹴り飛ばした。

 背中から蹴り飛ばされ、健人の体が地面を転がる。

 とはいえ、健人もデルフィンにボコられながらも、段々と慣れ始めるころだ。

 地面を転がりながらも素早く立ち上がりブレイズソードを構え直す。

 しかし次の瞬間、健人の視線の先にいたデルフィンの姿が、急に霞のように消え失せた。

 突然消え失せたデルフィンに健人が動揺した瞬間、健人は自分の体が後ろに引っ張られるのを感じた。

 

「がっ!」

 

 視界が回り、次いで強烈な衝撃が背中に走る。

 背後に回り込んだデルフィンが、健人の襟をつかんで地面に投げ倒したのだ。

 

“影の戦士”

 

 隠形術における最高峰の技術。

 体さばきや視線の誘導など、あらゆる技術を用いて影のように自らの気配を拡散、消失させ、相手の視界から己の存在を“ないものと認識させる”技術である。

 さらにデルフィンは、おまけとばかりに、返す刀で地面に倒した健人の腹を刺した。

 

「ぐあああああ!」

 

「また感情に流された。怒りや激情だけで勝てるのは、物語の中の英雄だけよ。そんなことが出来る人間は、現実には存在しないわ。激情を冷たい理性で包んで御してこそよ」

 

 刺した剣を少し捻り、更なる痛みを健人に与えると、デルフィンはすばやく突き刺した剣を引き抜く。

 刺さっていた剣の切っ先が抜かれた事で傷口が開き、血が止めどなく流れ始める。

 あまりの激痛に健人は悲鳴も上げられず、その場で体を丸めた。

 

「何やっているの、早く治療しなさい。深くならないように刺したし、内臓にも達していないわ。治療のやり方は教えたでしょう?」

 

 弟子が重傷を負っても、デルフィンは健人を助けようとはしない。

 ただジッと、弟子が治療を終えて起き上がるのを待つだけだ。

 

「はあ、はあ、はあ……ぐうううう!」

 

 腹に穴が空いた痛みと、血が失われていく虚脱感の中で、健人は必死に手を動かす。

 腰のポーチから針と糸を取り出し、革の鎧の端を噛みながら、空いた穴を縫い始める。

 

「う、ううううう……」

 

 デルフィンが刺した傷は、彼女の言う通りそれほど深くはない。あえて深くまで刺さなかったのだ。

 彼女が痛みを与えるのは、あくまで健人の動きの矯正が目的だ。動けなくなるほどの傷を負わせることはない。

 健人は傷の奥から外へ針を刺し、糸を絡め、結んでいく。

 針を刺すたびに走る疼痛。通した糸が腹の内側に擦れる鈍痛に顔を歪めながらも、健人は何とか傷口を縫い終わる。

 最後に、治癒の回復魔法を傷にかけた。

 縫いつけられた傷口が急速に塞がっていく。

 細胞分裂の活性化による痒みが襲ってくるが、出血多量で死ぬよりはマシである。

 しかし、健人の魔法効率では、マジ力が足りない。

 健人は先程と同じようにポーチから瓶を二つ取り出し、瓶の蓋を開けて一気に煽る。

 一つはマジカを回復する薬。もう一つが回復魔法の効果を一時的に高める薬だ。

 一本目の素材は赤い花、モラタネピラ、熊の爪、二本目は塩と小さな枝角で作られた薬で、錬金術の鍛錬も兼ねて健人自身が作ったものだ。

 モーサルほどの街には大概、錬金術師の店があり、そこには薬を作る為の設備が一通りそろっている。

 デルフィンは健人に錬金術の訓練も施すため、実際に使う薬を作らせ、鍛練においてその薬を使わせていた。

 もちろん、修行の密度や時間を延ばすために、鍛練前にもスタミナを底上げさせる薬も飲ませている。

 健人がもう一度、治癒の魔法を己に使う。

 マジ力の回復、さらに魔法効率を高める薬が健人の魔法の効果を一時的に高め、治りかけていた傷が完全に塞がる。

 

「ッ!ア! はあ、はあ……」

 

「治療は終わったわね。素振りをして体をほぐしたら、次は座学よ」

 

「は、はい……」

 

 重傷と言っていい傷を癒したばかりの健人に、デルフィンは容赦なく次の課題を言い渡す。

 健人は出血でだるい体をノロノロと起こし、地面に落ちたブレイズソードを拾って素振りを始める。

 この素振りは、模擬戦で強張った体をほぐし、崩れた型を修正するために行うもの。

 素振りを終えると、健人達はモーサルへと戻り、次の修練のための準備を始めた。

 デルフィンの鍛錬は剣だけではなく、薬や毒などの錬金術、回復魔法以外の魔法知識、隠形術などを始めとした、生き残るためのスカウトの知識等、多岐に渡る。

 そして、強くなるための鍛錬は、昼も夜も続けられる。

 実際、カイネスグローブからモーサルまでの道中も、朝と夕方はブレイズソードの扱い方と型の基本を学び、昼は超長距離ランニング、夜は焚火の明かりで座学という有様だった。

 無論、モーサルに滞在している今も、体力作り、戦闘術、座学の無限ループは続いている。

 健人は、戦いの経験が少ない。武術の土台もない。知識が足りない。何もかもが足りない。

 この世界での経験が圧倒的に足りない以上、それを補うだけの勉強量と厳しい鍛錬による大量のインプットとアウトプットが必要だった。

 そして、実際にそれは多少なりとも成果を上げていた。

 ここでの鍛練の中で、健人は回復魔法以外にも簡単な錬金術と変性魔法、破壊魔法、錬金術を身に着けた。

 身を隠す術も学び、鍵開けの技術も学んだ。

 どれも最も簡単な見習いレベルの代物だが、戦いの選択肢が広がったことは、大きな事だ。

 ブレイズソードの扱いも、まだまだ素人に毛の生えたレベルだが、健人の体の動き自体は目に見えて改善されていており、魔法が存在しない地球では絶対に行われない命がけの鍛錬の日々が、確実に彼を強くしている。

 このような無茶な鍛練を行えた理由は、様々な要因がある。

 大量の治癒の薬を作れる錬金設備の整った環境、健人が初級とはいえ、回復魔法を習得していたこと。

 なにより、師であるデルフィンが、健人の限界ギリギリを見極める腕を持つことが、このような厳しい鍛練を可能にしている。

 デルフィンは生粋の戦闘者であり、隠者、そして諜報員だ。

 その力量は、このタムリエル大陸を見渡しても間違いなく最上位に食い込む。

 でなければ、何十年もサルモールに追われながら、生き延びることなどできはしない。

 そんなデルフィンの鍛錬に食いついていこうとする健人を、デルフィンは内心感心しつつもどこか悩まし気に見つめていた。

 

(確かに驚異的な吸収力。少し、惜しいわね……)

 

 デルフィンから見ても、この勤勉な弟子は、間違いなく強くなる。

 どこか良いところのお坊ちゃまを思わせる軟弱な体の癖に、忍耐力は異常なほど高い。

 デルフィンが課している修業は、並の戦士や兵士では、間違いなく音を上げるものだ。

 おそらく、子供の頃から精神的に何かを耐える事に慣れているというのが、デルフィンの見解だ。

 

(記憶がないと言っていたけど、ウソなのは間違いないわね。まあ、私の目的の脅威にはならないみたいだけど……)

 

 ドルマが健人の記憶喪失を信じていないように、デルフィンもまた健人が記憶喪失とは思っていない。

 そもそも、記憶とは人の人格を形成する土台であり、その土台がない人間が耐えられるような鍛練ではない。

 同時に、優れた諜報員であるデルフィンは、健人が“身内の死”に対して、本能的な忌避感と恐怖心を抱いていることも察していた。

 だが、デルフィンは健人の過去を問い詰めない。

 記憶が有ろうが無かろうが、健人が本気でリータの力になろうとしている事くらい、洞察力の鋭いデルフィンには手に取るように分かるからだ。

 ズタボロになりながらも食いついてくるだけでなく、キチンと成長している所は、デルフィンもそれなりの好感を抱く。

 

(ドラゴンボーンとケント。どう見ても、成長速度が違い過ぎる。やはり、時間が足りないわね)

 

 だが同時に、デルフィンはこの弟子が大成するには、どうしても時間が足りないと感じていた。

 ドラゴンボーンであるリータは、内に秘めた血の力で、今頃驚異的な速度でシャウトを身につけているだろう。

 一方、健人も成長速度はかなり早いが、それでもドラゴンボーンには及ばない。

 さらに強大になっていくドラゴンボーンに対して、アルドゥインもより強大な刺客を差し向けてくる。そうなれば、健人がいずれ旅に付いていけなくなることは目に見えている。

 

(それでも、ドラゴンボーンが一番気にかけて、心の支えにしているのがこの少年。なら、せめて人間相手なら生き残れるくらいには鍛えておかないといけないわね)

 

 この少年がもし死んでしまえば、ドラゴンボーンの精神に大きな影を残す。

 デルフィンにとって、重要なのはリータであり健人ではないが、ドラゴンボーンが一番気に掛け、心の支えにしているのがこの不可思議な少年なのだ。

 そもそも、デルフィンが健人の鍛練を引き受けたのは、偏にドラゴンボーンとの繋がりを確保するためである。

 だからこそ、デルフィンは健人を手放さないし、生き残れるように、そして一人前になれるよう全力で教練を施す。

 上手く行けば、ブレイズの一員として、確保できるかもしれないという思いもあった。

 

(ケントはドラゴンボーンの鎖。それでも、彼女自身に比べれば優先順位はずっと低い)

 

 しかし、デルフィンは健人がドラゴンとの戦いの中で、死ぬこと自体を想定していないわけではない。

 そしてドラゴン戦における健人の死は、デルフィンの目的にはそれほど大きな影響はない。

 ドラゴンとの戦いの中で、もしもこの少年が死んでしまえば、ドラゴンボーンの精神は間違いなく不安定になるが、同時にドラゴンへの憎悪をさらに高ぶらせるだろう。

 その憎悪の先をうまく誘導してやれば、ドラゴンボーンはさらに強くなるかもしれない。

 現状では、健人の死はドラゴンボーンへの影響が大きすぎて取れる手段ではないが、どのような場合でも、目的を達するためのあらゆる手段を考えるのが、諜報員である彼女のやり方だ。

 健人を全力で鍛える。しかし、その弟子がもし死ぬなら、それは仕方ない事と割り切っているのだ。

 

(ケントには悪いけど、世界のため。そして、私達の使命を果たすには、必要な事……)

 

 そこまで思考したデルフィンは、新しく渡した付呪の本を読む健人からスッと視線を逸らして外に出る。

 健人の鍛練だけが、デルフィンの仕事ではない。

 アルドゥインの情報を手に入れるために、サルモール大使館のあるソリチュードに向かわなければならない。

 その為の足や大使館へ侵入するための手段の確保をしなければならないのだ。

 また、ドラゴン目撃の情報も、ドラゴンボーンに伝える用意をしておかなければならない。

 

「ケント、私はソリチュードに向かう下準備をしてくるわ。少しモーサルを離れるけど、貴方は鍛練を続けなさい」

 

「は、はい!」

 

「それから、今は大切な時期。必要以上に街に出て目立つのは控えておきなさい」

 

 デルフィンは現在、サルモール大使館への潜入準備のほかに、各地で集めたドラゴンの目撃情報を、ドラゴンボーンに伝える準備もしている。

 ドラゴンを倒して魂を吸収すれば、ドラゴンボーンはさらに強くなる。

 彼女がアルドゥインに対抗できるように協力することも、デルフィンの使命だ。

 誰かのために、ひたむきに強くなろうとする健人の姿に、デルフィンは内心湧き上がる罪悪感を覚えながらも、それを己の使命感で塗りつぶす。

 全ては、ブレイズの為に。

 そう、生きながらえてきた理由を、胸の奥で反芻させていた。

 




サルモール大使館に侵入する準備が整うまで、モーサルでの修行の日々となります。
陰鬱で幽玄な雰囲気が漂うモーサル。個人的にここの自宅は、ファルクリースのレイクビュー邸に並んで大好きな立地でした。


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第二話 埋葬

 

 モーサル。

 ウステングラブに向かう際に立ち寄った、ハイヤルマーチホールドの都市。

 薄暗い霧に覆われ、陰気な空気が漂っているこの寂れた街が、今の健人とデルフィンが滞在している場所だった。

 晩餐会のある南中の月まではまだ時間がある。

 また、健人を鍛えるには、ある程度の居住環境が整った場所が好ましいこともあった。

 ソリチュードはサルモールの影響が強すぎるため、サルモールに追われているデルフィンが長期滞在するには向かない。

 しかし、ウインドヘルムやドーンスター、ウィンターホールドでは、ストームクロークが厄介だし、ソリチュードから距離が離れすぎている。

 そのため、ストームクロークと帝国の緩衝地帯であるモーサルに滞在することになった。

 健人達が滞在しているのは、モーサルの宿屋“ムーアサイド”である。

 デルフィンが支度を整えて宿を出た後、座学として渡された本を読み終えた健人は、次の用事を済ませるために、街に繰り出そうとしていた。

 

「おおケント、出かけるのか?」

 

「ええ、“魔術師の小屋”にちょっと……」

 

「ほう、相変わらず真面目だな」

 

 吟遊詩人のオークが話しかけてくる。

 彼はこの宿屋に滞在している吟遊詩人で、名をルーブクという。

 オークは本来戦闘に長けた種族で、彼らもまた戦いを神聖視する傾向があるが、この吟遊詩人のオークはそんな普通のオークとはかけ離れた性格をしていた。

 それはタムリエルでは被差別種族のオークの癖に、吟遊詩人などをしている事からも察せられる。

 もっとも、その歌声も美声とはかけ離れており、特徴的なドスの利いた声でバラードなんて歌われた日には、上手くいく交際も破局しそうな気がする。

 半面、戦歌などを歌う時には、その肚に響く重低音がいい雰囲気を醸し出してくれるのも事実ではあった。

 宿屋の外に出た健人は外套を羽織ると、モーサルの周囲に広がる湿原へと足を向ける。

 健人はここで、錬金術に必要な素材を集めていた。

 モーサルの湿原は農耕には向かないが、キノコや地衣類等、錬金術の素材となるような植物は、数多く群生している。

 実際、街を出て少し歩くだけで、健人の目に様々な素材が飛び込んできた。

 

「デスベルに青い花、赤い花に紫の花。それに巨大地衣類っと……」

 

 見つけた素材は一通り集め、背負った雑嚢に入れていく。

 

「あれは、マッドクラブか。ちょうどいい、狩って行こう」

 

 素材採集ついでに目についたカニを狩り、獲物を紐で縛って背負う。

 マッドクラブは水辺の砂地に生息するカニで、食料にも錬金術の材料にもなる、優れた素材だ。

 とはいえ、背嚢と巨大なカニを背負った姿は、はた目から見てちょっと怪しい。

 一時間ほど素材を集めると、さすがに荷物が重くなってきたため、健人はモーサルに戻ることにした。

 モーサルに戻ると、健人は集めた素材を引き渡すために、この街の錬金術師が経営している店“魔術師の小屋”に向かう。

 健人は集めた素材をこの店で売って、さらに店の雑事を行ってモーサルでの滞在費を稼ぐと共に、錬金術の実践をさせてもらっていた。

 経営しているのは錬金術師なのに、店の名前が魔術師というのはどういう事なのかと健人も疑問を抱いたが、世話になっている店に野暮なことを言うのも何だろうと思い、その辺の疑問は胸の奥にしまっている。

 

「ラミさん、こんにちわ」

 

「ああ、来たのねケント。また素材を持ってきたのかしら?」

 

「はい。鑑定と買取りをお願いします」

 

「分かったわ。ちょっと待っていて」

 

 ラミと呼ばれたノルドの女性に挨拶した健人は持ってきた素材を渡すと、さっそく仕事へと取り掛かる。

 彼女はこの店の主人であり、彼女自身も錬金術師だ。

 ラミは物の数分で、手際よく健人が渡した素材の鑑定を終わらせる。

 

「終わったわ。こっちが素材の買い取り代金。それで、今日も錬金していくの?」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

「熱心ね、いいわよ。後片付けはやっておいて。出来た薬は、いい物なら買い取るわ」

 

「はい!」

 

 そういうと、ラミは素材の代金としてカウンターの上に広げた硬貨を数枚引き、代わりに素材を並べた棚から、青い花、紫の花、赤い花、モラタネピラ、クマの爪、ラベンダー、ニンニク、塩、小さな枝角、小麦を取り出し、健人に渡す。

 健人は素材を受け取ると、錬金台に向き合い、薬の生成を始めた。

 作るのは体力回復及び向上の薬、スタミナ回復及び上昇の薬、回復向上の薬、マジ力回復の薬だ。

 どれも、デルフィンとの鍛練で使われる薬で、健人は買った素材をすべてその場で使い切り、出来るだけの数の薬を作る。

 健人はまず、各素材を乳鉢ですりつぶして、混ぜ合わせ始める。

 各素材の配合比率はすでに覚えているが、素材の鮮度や生育状態によって、必要な成分の含有率が変わってくる。

 そのため、少しずつ調整しながら、潰した素材を混ぜていく。

 次に、フラスコ状の蒸留機に混ぜ合わせた素材と水を入れ、マジ力を加えつつ熱していく。

 熱された溶液はやがて沸騰し、マジ力と熱によって精製された揮発性の成分が蒸気となって水と分離する。

 健人は素早く氷の魔法を使い、蒸気が出てくる漏斗の先を凍らせる。

 これにより、蒸気となった揮発性の成分は冷却され、濃縮された液体となる。

 健人は素早く完成した薬をボトルに集めて栓をする。これで完成だ。

 

「ふう、出来た……」

 

 錬金術で作られた薬はマジ力を使って生成するためか、非常に日持ちする。

 それこそ、年単位で効力が保つというのだから、健人としては驚きである。

 一つの薬を作った後、健人はすぐに次の薬の精製を始める。

 この世界の錬金術は、その精製方法において、地球の化学の授業で行われた実験と似通っている部分が多分に存在する。

 素材をすりつぶし、熱した水や油で素材の成分を抽出。

 蒸留して濃縮し、集めた各成分を掛け合わせて、薬を完成させる。

 抽出や濃縮、掛け合わせの各過程でマジ力を使用する場合もあるが、基本的な手法は中学や高校で行われる化学実験に酷似しているため、健人が各作業の工程に慣れるのは早かった。

 また、錬金術で使われるマジ力は破壊魔法と比べれば、その消費量は極めて微量で、マジ力の効率が悪い健人にも、問題なく使う事ができた。

 

「ふ~ん……」

 

 一方、ラミは健人が錬金術を行う様子を眺めながら、感嘆の息を漏らしていた。

 彼女達から見れば、モーサルに来るまで全く錬金術の経験がなかった素人が、数週間で初歩的とはいえ、薬の生成を行えるようになっているのだ。

 驚くのも無理はない。

 

「出来ました。ラミさん、見てもらえますか?」

 

「ええ、いいわよ」

 

 健人の錬金が一通り終わる。

 ラミは内心浮かんだ驚きを一旦納め、健人が作った薬を検分し始めた。

 

「薬の量は問題ないわね。精製過程の手捌きも問題ない。でも、まだ少し成分濃度が安定していないわ。精製時のマジ力が安定していないのが原因ね」

 

「そうですか……」

 

「まあ、濃度の問題だけだから、水で薄めるなり、もう一度蒸留したりすれば問題なく使えるわ」

 

 ラミは、モーサル唯一の錬金術師であり、彼女自身、かつてこの街を訪れた聖堂の治癒師と呼ばれる凄腕の錬金術師から学んだ身だ。

 彼女から見れば、健人が作った薬は多少の粗はあれど、製品として十分な品質であった。

 精密な共通規格を基とした機械による大量生産ができないこの世界では、あらゆるものが手製で作られている。

 そのため、同じような種類の商品でも、手製による誤差があるのは当たり前なのだ。

 健人は取りあえず、完成した薬の大半はラミに引き取ってもらい、代わりに各種の薬やゴールドを貰った。

 

「そういえばラミさん。宿屋の裏にある廃屋は何ですか?」

 

 健人が今泊まっているムーアサイドの西側には、焼け落ちた廃屋が存在していた。

 廃屋は炎に焼かれて完全に倒壊しているが、まだ片づけられていない所を見ると、焼け落ちてからそれほど時間が経っていないことが推察できた。

 

「ああ、フロガーが、奥さんや娘と一緒に住んでいた家よ。火事があって、奥さんと娘は亡くなってしまったのだけど……」

 

 どこか言い淀むラミの態度に、健人は首をかしげる。

 

「何かあるんですか?」

 

「ここだけの話、どうやらその火事はフロガーがやったんじゃないかって言われているの。実際、フロガーは奥さんと娘を亡くしたのに、すぐにアルバっていう別の女性と恋人になっているし……」

 

 ラミの話では、以前は一人娘を抱えた一家が生活していたが、火事でその一人娘のヘルギと母親が焼死してしまったらしい。

 これだけなら、不幸な出来事として片づけられるが、その後、妻と娘を失った夫のフロガーが、すぐに別の女と同棲を始めたため、その火事は夫のフロガーがやったことではないかと街の人達は思い始めているらしい。

 しかも、このアルバという女性、美人ではあるがかなりの好き者らしく、街のあちこちの男性に声をかけているらしい。

 

「フロガーさんは何て?」

 

「奥さんがクマの油を火の中にこぼしたせいだと言っているわ。でも、多くの人がフロガー自身が火を点けたと思っている」

 

 それだけではなく、最近モーサルでは揉め事が絶えないらしい。

 帝国に対する反乱は起きるし、首長が奇妙な魔術師を街に迎え入れたりしている。

 さらには、奇妙な声が沼地から聞こえてくるらしく、フロガーの家が火事になったのは、その後との事。

 唯でさえ閉鎖的な街が、相次ぐ不穏な出来事に見舞われ、今では住民同士で疑心暗鬼になっている有様らしい。

 

「そうですか……」

 

 健人は今モーサルが抱える問題を聞かされ、眉間に皺を寄せる。

 事情を話すラミ自身、不安を抱えているのか、その表情はこの街を覆う霧のように曇っている。

 健人は胸の奥に嫌な予感を浮かぶのを自覚しながらも、とりあえず薬の代金を受け取り、泊っている宿屋への帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 ラミの店を後にした健人は、宿屋に帰る途中で、火事にあったという廃屋を見に行ってみた。

 遠目からは見たことはあるが、改めて間近で火事の現場を目の当たりにした健人は、その惨状に眉を顰める。

 屋根は完全に焼け落ちて消失しており、壁も柱などの接している一部を除いて、灰となっている。

 唯一家の中央にある石造りの暖炉だけが、かつてこの家に人の営みがあったことを感じさせてくれていた。

 

「ここが火事の現場か……え?」

 

 廃屋の中に入り、辺りを見渡す健人。

 すると、彼の目に信じられない光景が飛び込んできた。

 

「嘘だろ、ゆう、れい?」

 

 それは、蜃気楼のように、薄く漂う、人型の光だった。

 背の高さは健人の腰位で、丈の長いチュニックと思われる服を着ている。

 幽霊など、地球では想像上の存在としか認知されていないものだ。

 しかし、その影ははっきりと人の形をしており、その視線を侵入者である健人に向けてきた。

 

“誰? お父さんなの?”

 

「君は……」

 

 予想外の出来事に襲われた健人は、相手の名前を聞き返してしまう。

 

“ヘルギ。でもお父さんが、よそ者とは話をしちゃダメだって。あなたは、よそ者?”

 

「お父さんの名前は、フロガー?」

 

“そうよ! よかった! お父さんの名前を知っているのなら、よそ者じゃないのね”

 

 健人が父親の名前を知っていたためか、ヘルギの警戒心は一気に薄れた。

 

(一気に気安くなった……。ちょっとこの子、警戒心薄すぎない?)

 

 健人の方も人生初の幽霊との邂逅だというのに、あまりにも純粋な子供の幽霊の反応を前にして、全身から一気に力が抜けていくのを感じた。

 健人はとりあえず、ヘルギの隣に座り込む。

 焼けた床がミシリと軋む音が、静かな風の中に響いた。

 しばしの間、沈黙が流れるが、健人は思い切って彼女が亡くなる原因となった火事について訪ねてみる。

 

「ねえヘルギ、この家で一体何があったんだい?」

 

“分からないわ。寝ているときに煙で目が覚めたの。熱くて、怖くて、だから隠れたの。そうしたら、寒くなって、暗くなったんだ。怖くもなくなったの”

 

 ヘルギの話を聞く限り、寝ているときに火事に遭い、怖くて隠れたまま、死んでしまったらしい。

 つまり、彼女は火事の原因について、何も知らないということだ。

 

(まあ、俺もこの事件に深く関わる必要はないんだけど……)

 

 必要がないどころか、むしろ距離を取るべき立場である。

 今の健人は修行中の身だ。

 しかも、数か月後にサルモール大使館に潜入しなければならない。

 確かに、彼女の境遇には同情してしかるべきだろう。

 しかし、健人は今代のドラゴンボーンの仲間だ。

 そして、驚異的な速度で成長しているリータについていくには、修練の時間は一分一秒だって惜しいのだ。

 

“でも寂しい……”

 

 しかし、そんな健人の後ろめたい気持ちは、ヘルギが漏らした一言を前に霧散した。

 健人の脳裏に、子供のころの情景が思い起こされる。

 母親が亡くなった後の、誰もいない家の中で一人、唯一残った家族である父親の帰りを待っていた時のこと。

 当時の健人はまだ満足に家事もできず、ただテレビを見て時間を潰すしかなかった。

 楽しそうなBGMと共に、画面の前で明るく話をするキャラクター達。

 しかし、母の死で心に空虚を抱えていた健人には、その明るさはかえって自分が感じる寂寥感を掻き立てるだけだった。

 

「……少し、遊ぶか?」

 

 そんな昔の光景を思い出した健人の口は、自然とそんな言葉をヘルギに向けていた。

 ヘルギの顔に、ぱあっと花が咲く。

 

“いいの!?”

 

「ああ、いいよ。何する?」

 

“かくれんぼ! でも、夜まで待って。もう一人お友達がいるんだけど、夜になるまで来れないの”

 

「そのお友達と一緒に遊びたいの?」

 

“うん!”

 

 友達と聞いて、健人は同じ幽霊かと考え、同時に少し不安になる。

 しかし、ここまで言ってしまったら、今更やっぱり止めますとは言えないくらいは健人もお人よしである。

 ついでに言えば、ここはドラゴンだのドラウグルだの幽霊だのが出てくるファンタジー世界だ。今更幽霊が一体増えたところで不思議ではないし、別にいいやという、ある種の開き直りもあった。

 

「分かった、いいよ」

 

“やったあ! それじゃあお兄さん、夜になったら私を見つけて。また夜にね!”

 

「え!? ちょ……」

 

 またね! と手を振ったヘルギは、健人の言葉も聞かずに消えてしまった。

 

「見つけてって……ノーヒントで?」

 

 一体どこを探せばいいのだろうか?

 健人は手掛かりのない状態でスタートしてしまったかくれんぼに、思わずそんな言葉を呟いた。

 とはいえ、彼女は死人だ。

 生前の縁が深い場所にいるかもしれないと、健人は思い直す。

 

「……確か、ヘルギのお父さんの名前、フロガーって言っていたよね」

 

 ヘルギの父親。

 街の人は彼が自分の家に火をつけて妻と娘のヘルギを殺したと言っているが、実際の所、健人は彼の人となりを知らない。

 

「会ってみるか……」

 

 健人は踵を返して、街の方へと足を向ける。

 かくれんぼなど、小学生以来である。

 子供っぽい遊びではあるし、相手は良く知りもしない幽霊。

 しかし、厳しい修練の日々を送っていた健人は、気が付けば、自分の心が少し躍っているのを感じていた。

 

 

 




というわけで、健人、モーサルのメインクエスト”埋葬”に巻き込まれるフラグが立ちました。

以下、登場人物紹介

ヘルギ
モーサルのメインクエスト”埋葬”の中心人物の一人。
イベント開始時点で、火事によって故人になっている。

フロガー
モーサルのメインクエスト”埋葬”の中心人物の人。ヘルギの父親。
火事で家族が死んですぐに、アルバという女性と一緒に生活を始めたことから、放火を疑われている。

ラミ
モーサルの錬金術の店、魔術師の小屋のオーナー。
ゲームではゴールドで錬金術の手ほどきもしてくれるトレーナーでもあった。
彼女の家の二階には、ちょっと人には言えない薬もあったり……。

ルーブク
モーサルの吟遊詩人。珍しいオークの吟遊詩人でもある。
重低音の赤のラグナルが聞きたい方はどうぞ、モーサルの宿屋“ムーアサイド”まで(宣伝



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第三話 吸血鬼

 フロガーの名前をヘルギから聞いた健人は、幽霊少女の父親を捜して伐採場を訪れた。

 街の人の話では、ヘルギの父親はここで木こりの仕事をしているらしい。

 伐採場は水車を利用して、巨大な一本の木の幹を丸ごと切断してしまうほど大きなもので、街の中でもよく目立つものだった。

 そんな伐採場の傍で、斧で薪を割っている壮年の男性がいた。

 健人はとりあえず、その男性に声をかける。

 

「すみません、フロガーさんはどなたですか?」

 

「フロガーは私だ、一体なんだい?」

 

 どうやら、話しかけたこの男性が、フロガーらしい。

 健人はとりあえず、彼の家で見たヘルギの霊について話をすることにした。

 

「実は、娘さんの亡霊が貴方の家の廃墟にいたんですが……」

 

「本当か? そいつはすごい」

 

 フロガーの返答は、何の感情も感じさせない、そっけないものだった。

 

「……それだけ、ですか?」

 

「それだけとは? 今はアルバがいる。死んだヘルギの事は、もう気にしていない」

 

 健人はもしかしたら、突然話しかけてきたよそ者である自分を警戒しているのかと思ったが、どうやらフロガーの態度を見る限り、本当にヘルギに対して、何の感情も抱いていないらしい。

 死んだ娘に対するあまりの態度に、健人の眉が自然と吊り上がる。

 そんな健人の不快感を察したのか、フロガーの表情が険しくなった。

 

「アルバはあの火事以降、街で白い目で見られていた私に良くしてくれた。もういいだろう! 帰れ!」

 

 眉を顰めた健人の表情を見ていたフロガーが、感情を高ぶらせて罵声を放つ。

 瞳は怒りに濁り、近づくもの全てが敵だと言わんばかりの視線で睨み付けてくる。

 今にも持っている斧を叩きつけてきそうな怒気を前に、健人は頭を下げて退くしかなかった。 

 

 

 

 

 

 

 フロガーに追い返された健人は、その後しばらく街の人達から話を聞いてみたが、大した話は聞けなかった。

 フロガーの一件は街の皆も関わりたくないのか、皆一様に詳しい話をしたがらなかったのだ。

 健人がよそ者であることも、住民の警戒心を余計に刺激してしまった。

 とはいえ、健人にとって重要なのは、今日の夜にヘルギと遊ぶことであり、彼女が亡くなった事件を解決する事ではない。

 所詮、健人はこの街の来訪者で、よそ者であることに変わりはないし、まだ旅路の途中である健人も、この街に根を下ろす気はないのだ。

 健人は日が落ちてから、とりあえず夜の街に出て、辺りを散策してみることにした。

 

「暗くなった。そろそろかな」

 

 日が落ちれば、あるのは星と月の明かりだけだ。

 健人は明かりとなるカンテラを手に宿屋を後にすると、とりあえず北側の橋を渡り、街の外周を一周してみることにした。

 健人が宿屋を出て橋のたもとに差し掛かった時、大きな声が闇夜の奥から聞こえてきた。

 

「ラレッテ! どこだ!」

 焦燥に駆られた、誰かを探す男性の声。

 続いて、一つの松明の光が、闇夜の奥から近づいてくる。

 現れたのは、彫りの深い顔立ちの、壮年のノルドの男性だった。

 厳つい顔にさらに皺を寄せた表情を浮かべ、誰かを探すように視線を周囲に巡らせている。

 ノルドの男性は健人に気付くと、速足で近付いてきた。

 

「すまない、俺はこの街の伐採場で働いているソンニールという者だ。ラレッテは、私の妻は見なかったか?」

 

「いえ、見ていませんが……どうかしたんですか?」

 

 ソンニールと名乗ったこの男性は、ラレッテと呼ばれる女性の夫であり、いなくなった妻を探しているらしい。

 しかし、健人は思い当たる節がないため、彼の問い掛けに首を振る。

 

「そうか、ラレッテ、どこだ! ちくしょう。フロガーの家族に関わったばっかりに……」

 

 フロガーの名前が出てきたことに、健人は驚く。

 

「あの、ラレッテさんはフロガーさんの家族と親しかったんですか?」

 

「ああ、よく彼らの家に行っていたよ。ヘルギの事は特に気に入っていたみたいで……」

 

 健人の脳裏に、ヘルギが言っていた“友達”という言葉が過る。

 

「あの、ソンニールさん。亡くなったヘルギは、どこに埋葬されたんですか?」

 

「……どうしてそんな事を?」

 

「奥さん、ヘルギと親しかったんですよね? 奥さんが居なくなったことに関して、何か手掛かりがあるかもしれません」

 

 不審な火事で死んだヘルギと、亡くなった娘を何とも思わない父親。そして、突然消えたヘルギと親しい女性。

 あまりにも怪しい話だ。

 

「えっと……確かヘルギの亡骸は、彼女の家の裏にある丘の上に埋られたが……」

 

 ソンニールの言葉を聞いた健人はすぐさまフロガーの家跡に向かって駆けだした。

 この世界に来てから、見舞われ続けた数多の困難。それに直面した時と似た嫌な感覚が、健人の胸に去来していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 フロガーの家跡に来た健人は、焼け落ちた家の裏手に回り込む。

 彼の後ろには、後を追ってきたソンニールの姿もある。

 

「なあ、アンタ。どうしてこんな事を……」

 

「シッ、静かに。誰かいます」

 

 健人の視線の先には、焼けた家の裏にある丘で灯る明かりがあった。

 近づくと、地面に松明が刺してあり、松明の傍にある岩にはなぜか剣が立てかけてある。

 炎が照らすその場で、誰かが一心不乱に土を掘っていた。

 揺れる光が照らしたその人物は、ほっそりとした体付きで、女性であることを窺わせる。

 健人の後ろで同じ光景を見ていたソンニールが、その女性を見て喜びの声を上げた。

 

「ラレッテ? ラレッテ!」

 

「あの人がラレッテさん?」

 

 健人が確認する前に、ソンニールはラレッテに向かって駆けだしていた。

 自分に近づいてくることに気付いたラレッテが、土を掘るのをやめて顔を上げる。

 ラレッテの瞳が、駆け寄ってくるソンニールと健人を映す。

 その瞳は血のように紅く染まり、まるで害虫を見るような目を健人達に向けていた。

 健人の胸に去来していた嫌な予感が、一気に高まった。

 

「ラレッテ、よか……」

 

 ラレッテの視線の奥に潜む害意に気付かないソンニールが、妻の元に駆け寄り、抱きしめようとする。

 だが、その前にラレッテは傍の岩に立てかけていた剣を取り、ソンニールに斬りかかってきた。

 

「うわあああああ!」

 

「ソンニールさん! 下がって」

 

 ラレッテの害意を察していた健人が、盾を構えながらソンニールを押しのけ、振り下ろされたラレッテの剣を受け止める。

 健人の盾とラレッテの剣が激突した瞬間、女性が振るった剣戟とは思えないほどの衝撃が、健人の腕に襲い掛かる。

 

「ぐう! いきなり攻撃してくるなんて! いったいどうなってんだ!」

 

 ラレッテの予想以上の剛力に驚きながらも、健人は何とかラレッテの剣を何とか押し止めることに成功する。

 

「ラレッテ!? いったい何が……」

 

 一方、ソンニールは突然襲い掛かってきた妻に、動揺を隠しきれない様子だった。

 その時、ソンニールはようやく自分の妻の瞳を見た。

 血に染まった真紅の瞳が、ソンニールに自分の妻に起こった出来事を連想させる。

 

「まさか、ラレッテ、君は吸血鬼に?」

 

「吸血鬼?」

 

 吸血鬼。

 地球から来た健人は本での知識でしか知らないが、この世界の吸血鬼は血を求め、他人を自分と同じ血を吸う化け物に変える、常闇に生きる種族だ。

 その能力、魔力は人のそれとは隔絶しており、また寿命もなく、殺されない限り永遠に生き続ける不老の怪物でもある。

 

「ぬあああああ!」

 

「くっ!」

 

 健人が悩む間もなく、吸血鬼となったラレッテは更なる斬撃を浴びせようとしてくる。

 悩んでいる暇はない。

 デルフィンとの鍛練で鍛えられ始めていた健人の戦闘意識が、即座に迎撃に出る。

 ラレッテの剣の威力は凄まじいが、剣の扱い方は素人同然だ。

 この世界に来てからそれなりに修羅場を乗り越えてきた健人にも、彼女が繰り出す斬撃の未来図がハッキリと見えていた。

 

「はあ!」

 

 再び打ち下ろされそうになる斬撃をシールドバッシュで潰し、腰のブレイズソードを引き抜いてラレッテの首めがけて一閃させる。

 

「ごあっ」

 

 健人の斬撃はラレッテの喉を深々と切り裂き、鮮血が勢いよく噴き出す。

 彼女は信じられないというように目を見開いて吐息を漏らす。

 さらに健人は振り抜いたブレイズソードの切っ先を返し、ラレッテの心臓めがけて突き刺した。

 心臓を貫かれたラレッテの体から力が抜け、地面に崩れ落ちる。

 

「ああ、ラレッテ。そんな……」

 

 妻が吸血鬼になっていた事、何より妻が目の前で死んだことにショックを受けたのか、ソンニールはラレッテの傍に駆け寄り、彼女の遺体に縋り付く。

 健人は苦々しい思いでその光景を見ていたが、ふとラレッテが掘り起こしていた物に目が向いた。

 ラレッテが地面から掘り起こしていたのは、木製の棺だった。

 子供がちょうど収まるくらいの棺が、地面から半分くらい顔を覗かせている。

 

「この棺、子供のもの?」

 

“見つかっちゃった! ラレッテも私を探していたんだけど、貴方にも見つけて貰えて嬉しいわ”

 

 棺の中から聞こえてきたのは、間違いなくヘルギの声だった。

 埋められたままだったはずの彼女が喋れることは、普通ならあり得ない。

 健人の脳裏に、吸血鬼となっていたラレッテの姿が浮かぶ。

 

“ラレッテは私とお母さんを燃やすようにアルバに言われていたけど、やりたくなさそうだった”

 

「アルバ……確か、フロガーさん一緒に住んでる……」

 

 ヘルギの話では、家を燃やしたのはラレッテだったらしい。更にそれを指示したのは、今フロガーと一緒に住んでいるアルバとの事。

 

“首にキスされたら、火に触ってもいたくないくらいに体が冷たくなったの”

 

 首にキスをされた、という言葉に、健人は顔を顰める。

 おそらくラレッテは、焼かれて死体となったヘルギを吸血鬼にしようとしたのだろう。

 

“ラレッテは私を連れ去って匿おうとしたんだけど、できなかった。私、完全に燃えちゃったんだもん”

 

 だが、ラレッテの企みは失敗したらしい。

 いくら吸血鬼でも、完全に燃えてしまった遺体を蘇らせることは出来なかったのだろう。

 

“ありがとう、お兄ちゃん。ラレッテを止めてくれて。私、疲れたから、少し眠るね”

 

「ああ、お休みヘルギ」

 

 安堵と寂寥感を覚えさせる言葉を最後に、ヘルギが納まる棺は完全に沈黙した。

 彼女が幽霊となった理由は、彼女を吸血鬼にしようとしたヘルギの力だったのかもしれないし、訳も分からず死んでしまったヘルギの未練だったのかもしれない。

 だが、もうその理由はどうでもいいものになっていた。

 彼女はこうして、再び恐怖のない眠りにつくことが出来たのだから。

 健人は最後に棺をゆっくりと撫でながら別れを告げると、未だにラレッテの遺体の傍に跪くソンニールに声を掛けた。

 

「ソンニールさん……」

 

「ラレッテはいなくなる直前、アルバに会うと言っていた。信じたくないけど……」

 

 何かを覚悟したような表情を浮かべながら、ソンニールは立ち上がる。

 

「確かめましょう。アルバの家はどこですか?」

 

「村の南だ」

 

 健人はソンニールの言葉に頷くと、アルバの家を目指して歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 アルバの家の前に来た健人とソンニール。

 互いに視線を交わして頷くと、ソンニールがゆっくりと扉に手をかけた。

 

「鍵がかかっているな」

 

 扉はしっかりと施錠されており、開けることは出来なかった。

 

「ソンニールさん、少しすみません」

 

「開けられるのか?」

 

「分かりません。でも、やってみます」

 

 健人は懐から鉤状のロックピックを二本取り出し、鍵穴に射し込む。

 彼はデルフィンとの鍛練の中で、鍵開けの技術も学んでいた。

 座学の際に、彼女はタイプ別のカギをいくつか健人に渡し、鍵開けの練習もさせていたのだ。

 この世界のカギは、地球で使われているものと比べて精粗の差はあれど、基本的な構造はシリンダー錠と大差はない。

 鍵穴が付けられた円筒形のパーツに、適合するカギに合わせたピンが取り付けられているタイプだ。

 鍵を開ける方向に力を掛けながら、シリンダーを止めているピンを一個一個解除していくことで、開けることが出来る。

 精密なカギになればなるほど解除は困難になるが、この扉に使われている鍵は、鍵開け見習いの健人でも何とか解除できそうなものだった。

 それなりの時間を開錠に費やすことで、入口の扉の鍵は開けることができた。

 健人とソンニールは、扉を開け、ゆっくりとアルバの家に入る。

 

「誰も、いない?」

 

 アルバの家は一階が居間とキッチン、寝室を兼ねた一部屋のみだったが、部屋の中には、目的の人物の姿はなく、気配もなかった。

 だが、部屋の中央には地下へと続く階段があり、健人達はさらに奥を目指して階段を下りて行った。

 地下にある部屋も一部屋だけだったが、その部屋の内装はあまりにも異様なものだった。

 中央に据えられた、大の大人が一人すっぽりと入るだけの棺。

 部屋のあちこちには乾ききった血の跡が散乱し、錆鉄に似た異臭を放っている。

 健人はむせ返る異臭に、思わず鼻をつまんだ。

 

「血の匂いがすごい。これは、棺か。それにこれは、日記?」

 

 棺の傍には赤い基調の日記が落ちていた。

 日記の中には、アルバが吸血鬼であることが克明に書かれていた。

 彼女はモヴァルスと呼ばれる吸血鬼に仕えていて、ソンニールの妻を吸血鬼にして手駒とし、衛兵を一人一人誘惑して吸血鬼にして、この街を乗っ取る計画だったらしい。

 また、昼の間に棺で寝ている自分の護衛に選んだのがフロガーであり、彼を洗脳したのはいいものの、彼の家族が邪魔になったから、吸血鬼にしたラレッテに殺すよう指示もしていた。

 

「どうやら、正体がバレる前に引き払ったみたいですね。おまけに、このモーサルを乗っ取る計画まで書いてある」

 

 しかし、ラレッテがヘルギに執着し、暴走したことで彼女の計画は破綻した。

 邪魔になったフロガーの家族を事故に見せかけて殺すつもりが、ラレッテが家に火を放って殺すという、あまりにも軽率な行動をしたのだ。

 健人はとりあえず、証拠となるアルバの日記を懐にしまう。

 

「ソンニールさん。この日記を首長に見せましょう。対策を取る必要があります」

 

 健人の言葉に、ソンニールは頷くと、二人はアルバの家を後にし、首長の家を目指した。

 

 

 




う~ん、展開的に移動が多いため、文が切れ切れになってしまった。


以下、登場人物

ソンニール
モーサルの伐採場で働くノルド。
妻のラレッテが行方不明になり、夜な夜な妻を探して街中を駆け回っていた。

ラレッテ
ソンニールの妻。ゲームではストームクロークに参加するといって夫であるソンニールの元を去って行ったが、この小説では何も言わずに行方不明になっている。
フロガーの家を焼いた実行犯であり、アルバに吸血鬼にされた被害者でもある。
フロガーの娘であるヘルギに執着しており、彼女を吸血鬼にしようとしていた。

アルバ
吸血鬼であり、フロガーを誘惑し、自分の棺を守る見張りに仕立て上げた。
ラレッテを吸血鬼に変え、フロガーの家族を殺すよう仕向けた張本人でもあるが、実行犯であるラレッテがヘルギに執着し、フロガーの家を焼くという行動は予想外だった。
ちなみに、彼女の日記を見ると、強いノルドの男が好みらしい。
月夜にモヴァルスと逢引した際に吸血鬼にされ、以降、彼に仕える吸血鬼となった。




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第四話 殲滅戦

 アルバの企みの証拠となる日記を手に、健人は首長の家を訪れ、モーサルの首長であるイドグロッド・レイブンクローンに謁見していた。

 健人から渡されたアルバの日記を読み、イドグロッド首長は大きく溜息を吐く。

 イドグロッド首長は歳を召した老婆であるが、その眼光は鋭く、首長の地位を背負うだけの意志の強さが垣間見える女性だった。

 

「アルバが犯人だったとはねえ。それで、フロガーはどうしたんだい?」

 

「アルバの家にはいませんでした。おそらくアルバと一緒に逃げたか、それとも殺されたか……」

 

 しばしの間、玉座にて瞑目し、沈黙していた首長だが、やがて意を決したように健人に視線を向けた。

 

「ねえ、もう一つ頼みを聞いてくれるかい?」

 

「頼み、ですか?」

 

「モーサルはまだ危険な状態だ。モヴァルスは前世期に死んだとされているが、どうやら生きていたらしいねえ」

 

 イドグロッド首長によれば、モヴァルスは二百年以上前から生きている吸血鬼で“不死の血”と呼ばれる昔の書物に出てくるほどの危険な化け物らしい。

 

「それで、腕の立つ戦士を集めてモヴァルスの隠れ家を一掃させる。それについて行って、力を貸してほしいのさ」

 

「しかし、俺はそれほど腕は立ちませんよ?」

 

「そんな事はないだろう? こんな狭い街だ。アンタが街のはずれですさまじく強い剣士を相手に、信じられないほど辛い鍛練をしていることは、知っているさ」

 

 モーサルは閉鎖的な街だ。

 さすがに、よそ者の話は広まるのが早い。

 それにしても、一介の街人だけでなく、ホールドの首長まで知っているのは、流石田舎という事だろうか。

 娯楽や話題の乏しいこの街では、異邦人である健人は、話の種にもってこいだったのかもしれない。

 

「何のためにそれほど辛い鍛練をしていのかは分からないが、力になってくれないか? むろん、できる限りの報酬は約束しよう」

 

「……分かりました」

 

 悲壮な瞳で頼み込んでくるイドグロッド首長に、健人はしばらく考え込んだ後、小さく頷いた。

 話が大きくなってきたが、これからしばらくはモーサルに留まる身なのだ。

 滞在中に吸血鬼に襲われるなど、ご免である。

 何より、健人の脳裏に、ヘルギの最後の言葉が過っていた。

 寂しさと安堵を醸しながらも、ようやく眠ることができた女の子。その安息ぐらい、守ってやりたいと思ったのだ。

 

「ヴァルディマー」

 

「はい首長」

 

 首長に呼ばれ、一人の屈強なノルドの男性が現れた。

 蓄えた髭と禿げ上がった頭が特徴的で、毛皮と鋼鉄の鎧に身を包んでいる。

 腰にはメイス背中には盾を背負っており、力強い眼光を放つ瞳が、この男性もまた一角の戦士であることを窺わせる。

 

「彼はヴァルディマー。モーサルでも腕の立つ戦士の一人だよ。ヴァルディマー、この青年と協力して、吸血鬼モヴァルスを討伐しなさい」

 

「了解しました、首長。異邦の戦士よ、よろしく頼む」

 

「戦士……というには未熟者ですけど、こちらこそよろしく」

 

 ヴァルディマーが差し出してきた手を、健人は握り返す。

 その時、玄関の扉が開かれ、ソンニールが入ってきた。

 彼は木の伐採で使っていたと思われる斧を持っている。

 

「ラレッテは死んだ。妻の為に敵を討ちたい! ラレッテの復讐を!」

 

「首長」

 

「行かせておやり。このままでは彼も収まりがつかないだろうからね。ただ、もう一人、討伐に参加してもらう。ファリオンを連れて行きなさい」

 

「ファリオンを、ですか?」

 

「ああ、彼は優秀な魔術師だ。吸血鬼のことにつても詳しい。力になるだろう」

 

 話によると、このファリオンというのが、錬金術師のラミの言っていた怪しい魔術師らしい。

 しかし、イドグロットはこの魔術師に信頼を置いている様子だった。

 健人としても、腕の立つ魔術師の協力は必要であるし、何よりも人手が欲しい。

 夜中に首長の家に呼び出されたファリオンは不満そうだったが、事の次第を聞いてすぐに吸血鬼退治を了承した。

 そして健人とヴァルディマー、ソンニールとファリオンの四人は、吸血鬼退治のために、闇夜の中、モーサルを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 健人、ヴァルディマー、ファリオン、ソンニールの4人はモーサルの湿原を超え、モヴァルスの隠れ家と思われる洞窟までやってきていた。

 夜はまだ明けていないが、東の空がうっすらと明るくなり始めている。

 

「そろそろ夜明けだ。吸血鬼共にとっては、鬼門の時間だ」

 

 健人達に同行したファリオンが呟く。

 彼はスカイリムでは珍しい、レッドガードの魔術師だ。

 南方出身の種族らしく、浅黒い肌が特徴的な男性だ。

 驚くことに、健人がお世話になっている宿屋ムーアサイドの女店主、ジョナと姉弟らしい。

 召喚魔法を身に着けているらしく、少しでも力になればと、首長が協力するよう要請したのだ。

 

「分かりました。皆さん、これを」

 

 健人は取り出した薬を、ヴァルディマー達に渡す。

 

「これは?」

 

「体力とスタミナを向上させてくれる薬です。相手は吸血鬼ですから、念のため……」

 

 渡したのは、健人がラミの店で錬成した薬だ。

 これから戦いに行くのだから、できるだけの備えは必要と思い、持ってきたものだ。

 ヴァルディマーとソンニールは納得し、健人の薬を手に取って嚥下する。

 ファリオンはしばらくの間、しげしげと健人の作った薬を眺めていたが、やがて頷くと、小瓶の蓋を開けて一気に飲み干した。

 

「ほう、悪くない薬だな」

 

「ありがとうございます。それじゃあ、行きましょう」

 

 健人が先頭になって、洞窟の入り口をくぐる。

 洞窟は入るとすぐに大きな縦穴になっていて、木製の階段が縦穴の底まで続いている。

 暗い底を覗き込んでみると、健人の目に縦穴の底で動く影が映った。

 

「あれは、クモか」

 

「フロストバイト・スパイダーだな。強力な毒を持っていて、噛まれると凍傷になったような激しい痛みに襲われるぞ」

 

 フロストバイト・スパイダーは、スカイリムの森で時折見かける巨大蜘蛛だ。

 普段はこうした洞窟に巣を作り、籠っているが、時折餌を求めて外を徘徊し、旅人などが鉢合わせることがある。

 肉食性の蜘蛛で性格は獰猛。スカイリムでも危険な動物の一種に数えられている。

 幸い、縦穴の底にいるのは一体だけ。

 健人とヴァルディマーは背負った弓を取出し、矢を番えた。

 上から大蜘蛛の頭に狙いをつけて、矢を放つ。

 二人が放った矢は大蜘蛛の頭に直撃。ギイイイ! と耳障りな悲鳴を上げ、絶命した。

 

「よし、先へ行きましょう……」

 

 縦穴を降り、先へ進もうとするヴァルディマー達。

 しかし、健人が自分が仕留めた大蜘蛛の前で立ち止った。

 

「ケント殿、どうしました?」

 

「これは毒を持っているって言いましたよね。どこにあるんですか?」

 

「口の中にある牙、その根元に毒腺があるが……」

 

「少し待ってください。毒を持って行きます」

 

 ファリオンが指摘すると、健人は短剣を取り出してフロストバイト・スパイダーの牙の根元に、短剣を突き立てた。

 外殻に沿って短剣を入れ、支えとなる筋肉を切断すると、牙は思ったよりも簡単に取れた。

 取れた牙の根元には、袋状の器官がついている。

 健人はその袋を短剣で慎重に牙から取り外し、毒液を先ほど中身を飲んで空いていた小瓶に詰めた。

 

「よし、ヴァルディマーさん、矢を」

 

 そして、ヴァルディマーと自分が持っている矢の矢尻に、今採取したばかりの毒液を塗りたくる。

 フロストバイト・スパイダーの毒がどのような分類に属し、どの位の毒性があるのかは健人には分からないが、蜘蛛は基本的に、自分よりも小さな生物を狩り、餌とする。

 その為に使われる毒なら、フロストバイト・スパイダーと同じ、やや小さい人間にも有効だろうと考えたのだ。

 しばらく先に進むと、炎が揺らめく明かりとともに、見張りをしていると思われる人影が姿を現した。

 見張りは武装しており、革製の鎧と片手剣を腰からぶら下げている。

 

「あれは、吸血鬼ですか?」

 

「いや、おそらくは吸血鬼に仕える従徒だ。奴隷として飼われた人間だよ」

 

 吸血鬼は人にとっては恐ろしい化け物ではあるが、同時にその強大な力に魅せられる人間もまた存在する。

 そんな人間は自らを吸血鬼にしてもらうために、吸血鬼の奴隷となり、仕えるのだそうだ。

 ヴァルディマーが無言で弓を構え、矢を放つ。

 

「ぐあ!」

 

 放たれた矢が喉に突き刺さり、矢じりに塗られていた毒が従徒の体を侵す。

 吸血鬼の従徒はゴプリと血を吐き、蹲ってビクビクと痙攣し始めた。

 まだ生きているようだが、喉を毒に犯された所為で声を出すことが出来なくなっている。

 ヴァルディマーが痙攣している吸血鬼の従徒の元に歩み寄り、メイスで頭を潰してとどめを刺す。

 

「吸血鬼の従徒は、身も心も吸血鬼に魅入られている。殺した方が後腐れはない」

 

 割り切ったようなファリオンの言葉が、健人の耳に響く。

 しばらく先に進むと、今度は広間に出た。

 広間の中央には穴が掘られ、中には人間と思われる無数の死体が放り込まれている。

 

「この死体の山……」

 

「吸血鬼の犠牲者だな」

 

 どうやらここは、吸血鬼のゴミ捨て場らしい。

 穴の中の遺体は皆、恐怖と苦悶に満ちた表情で血の気の失った死に顔を晒している。

 しかも、穴の中にいる死体は女性が多く、着ている服装などからも、戦士や盗賊でない一般人だと推察できた。

 健人の胸に、言いようのない憤りが蘇る。

 

「これ以上犠牲を出さないためにも、先を急ぎましょう」

 

 健人はモヴァルスを知らない。

 イドグロッド首長の言っていた書籍“不死の血”に書かれている内容は、本を首長から見せてもらって一通り頭に入れたが、あくまで二百年も前のものだ。

 吸血鬼が化け物である実感が薄い日本人であっても、これだけの数の死体を目の当たりにすれば、ここにいる吸血鬼を放置した場合、モーサルがどんな運命を迎えてしまうのかは容易に想像がついた。

 健人は表情を引き締め、先に続く通路を進む。

 通路はやがて、二又のY字路に突き当たった。

 

「道が分かれているな」

 

 左側の道は狭く、右側は広い。おそらく右側の道が最奥への道と思われるが、左側の道の先からは明かりが漏れており、人がいる痕跡が確認できる。

 

「私とソンニールで左を行く。そちらの二人は右へ行け」

 

「大丈夫ですか? 相手が強力な吸血鬼であることを考えたら、戦力の分散は悪手じゃ……」

 

 ファリオンがここで二手に分かれることを提案してくる。

 健人がファリオンの提案に、難しい表情を浮かべた。戦力の低下を懸念してのことだ。

 

「心配するな。私は召喚術師だ。手足となる眷属は自分で呼べる。

 何より、探索に穴を空けて、モヴァルスに逃げられる事こそ避けたい。

 それに、ヴァルディマーも魔術師だ。イザという時は、派手な音が出る魔法を使えば直ぐに分かる」

 

「……分かりました。気を付けてください」

 

 モヴァルスは二百年以上生きているが、それは彼が強力な吸血鬼であると同時に、狡猾で用心深いという事でもある。

 自分の存在が露呈した今、反撃ではなく逃走を選ぶ可能性もある。

 健人もファリオンの懸念を理解し、ここで二手に分かれることにした。

 ファリオン達と別れてからしばらく先に進むと、ひときわ大きな広間に行きついた。

 漂ってくる鉄臭さに、健人は鼻を抑えた。

 中央には大きな長テーブルが置かれ、テーブルの上には食事を並べる大皿が並び、さながら貴族のダイニングルームのような印象を抱かせる。

 しかし、皿の上の食事は、おおよそまともな人間が食するようなものではなかった。

 血の滴る腕や足、内臓や肋骨などが盛り付けられていたのだ。

 そんな凄惨な卓上の奥、ひときわ大きな椅子に腰かける大柄な人影があった。

 

「あれを……。誰かいますね」

 

「モヴァルスですか?」

 

「おそらく……。それに、隣にいるのはアルバで間違いないようですね」

 

 黒と紅を基調とした服を身に纏ったモヴァルスと思われる人物。

 その隣には、モーサルで暗躍していたアルバの姿もある。

 

「アルバ、失態だな」

 

「申し訳ありません、モヴァルス様」

 

 モヴァルスは頭を下げて許しを請うアルバに視線すら返さない。

 トントンと椅子の肘を指で叩いていることから、かなり苛立っている様子が見える。

 

「予定が変わった。手勢を作れなかった以上、このアジトは引き払う。準備はしておけ。お前がモーサルから連れて来た男はどうした?」

 

「縛り上げて監禁しています」

 

「殺せ。足手まといだ」

 

「はい」

 

 淀みなく返答を返したアルバが、部屋から出ていく。

 おそらくはモーサルから連れてきた男、フロガーを始末しに行くのだろう。

 モヴァルスはアルバの背中を見送ると、テーブルの上に置かれた杯の中身を煽り、溜息を吐き、洞窟の天井を見上げた。

 その様子を見ていた健人とヴァルディマーは互いに頷き、そっと広間に侵入して左右に分かれ、それぞれ手近にあった岩の陰に隠れた。

 今、この洞窟の広間にいるのはモヴァルス一人。人の気配はほとんどない。

 先のアルバとの会話や日記の内容から察するに、ラレッテを使ってモーサルの衛兵を吸血鬼に変え、ここに呼ぶつもりだったのだろうが、まだ手勢を作れてはいない様子だった。

 なら、ここでモヴァルスを倒せば、この事件は解決する。

 しかし、奇襲をするには位置が悪い。

 健人たちが隠れている岩陰は、モルヴァスのちょうど正面に位置しているからだ。

 健人とヴァルディマーは暗い岩陰に身をひそめながら、機会を窺う。

 そしてその機会は、思った以上に早く訪れた。

 

 ガシャン!

 

 何かが割れる音とともに、アルバが出て行った先から、怒号と喧騒が聞こえてきた。

 おそらく、二手に分かれていたファリオン達が、アルバと交戦状態になったのだろう。

 

「なんだ!」

 

 騒音を聞きつけたモヴァルスの意識が、通路の穴に向けられる。

 次の瞬間、健人とヴァルディマーは動いた。

 

「今!」

 

 健人が素早く身を乗り出し、矢を放つ。 

 ヴァルディマーはアイススパイクの魔法を詠唱。左手に氷柱を作り出し、モヴァルス向けて撃ち出した。

 矢と氷柱は正確にモヴァルスを捉えていた。一直線に目標に向かい着弾する。

 だが次の瞬間、矢はモヴァルスの手につかみ取られ、氷柱は半透明の膜に阻まれて砕け散った。

 続いて、紫電が舞い散った氷片の霧を切り裂き、ヴァルディマーへ向けて疾走してきた。

 

「うわ!」

 

「ぐっ!」

 

 ヴァルディマーは盾を掲げ、紫電を受け止める。

 雷が走ってきた先には、掴み取った矢をへし折るモヴァルスの姿があった。

 

「ち、障壁か!」

 

「バカめ! 貴様らの不意打ちなど、とうに察していたわ」

 

 吸血鬼は暗闇に生きる種族。そんなモヴァルスにとって、暗がりに身を隠した健人たちを見つけることなど造作もなかった。

 モヴァルスの紫電は途切れることなく、ヴァルディマーに叩きつけられ続ける。

 吸血鬼であるモヴァルスの魔法は、ヴァルディマーと比べても強力だった。

 モヴァルスが、雷の魔法にさらなる魔力を注ぎ込む。

 紫電が勢いを増し、ヴァルディマーの盾を食い破ろうとしてくる。

 ヴァルディマーは障壁魔法である“魔力の盾”を展開。盾と障壁魔法を併用して、モヴァルスの紫電を何とか受け止めていた。

 しかし、モヴァルスの魔法に押され、ヴァルディマーの障壁が徐々に軋み始める。

 このままでは押し切られる。

 マジ力を必死に引き出すヴァルディマーの脳裏に、そんな予感が走る。

 だが、モヴァルスの雷がヴァルディマーを盾ごと貫く前に、モヴァルスの横から突っ込む影がいた。

 

「ケント殿!?」

 

「はああああっ!」

 

 モヴァルスの側面に回り込んだのは健人だった。

 体勢を低くしたま、魔法の鍔迫り合いを続けるモヴァルスの元に飛び込んだ健人は、腰だめにしたブレイズソードをモヴァルスに向かって斬り上げる。

 

「ふん、ぬるいな!」

 

 モヴァルスが右手で腰の片手剣を引き抜き、健人の斬撃を容易く弾き返す。

 相手は二百年以上の時を生きた吸血鬼。見習い剣士である健人の太刀筋を見極めることなど造作もなかった。

 お返しとばかりに、モヴァルスが健人の腹を蹴りつける。

 

「ぐっ!」

 

 健人は咄嗟に盾でモヴァルスの蹴りを受け止めたが、あまりの力に吹き飛ばされてしまい、広間のテーブルに激突。

 悪趣味な食事をぶち撒ながら、地面に転がった。

 しかし、健人が斬りかかったことで、モヴァルスの魔法は中断された。

 その隙に、今度はヴァルディマーがメイスで殴りかかるが、今度は左手でもう一本、片手剣を引き抜き、ヴァルディマーの打撃を弾き返した。

 

「双剣使い……」

 

「ええ、しかも相当な使い手です」

 

 左右の手に同じ長さの片手剣を構えるモヴァルス。

 その様は、魔法を使っていた時よりも様になっていて、なおかつ、冷や汗が出るほどの威圧感を醸し出していた。

 

「当然だ。私は本来“こっち”の方がはるかに得意だ」

 

 間髪入れずに、モヴァルスが健人に斬りかかってくる。

 その速度は、目視では到底追いつかないほど速い。

 

「ぐううう!」

 

 袈裟懸けに振るわれた右手の剣を、健人は本能的に盾を使って受け流そうとした。

 強烈な負荷が健人の左手にかかるが、体ごと回転させることで何とか逸らす。

 しかし、モヴァルスの攻撃が一度で終わるはずもなく、二度、三度と立て続けに斬撃が繰り出されてきた。

 

「ケント殿!」

 

 押し込まれる健人を助けようと、ヴァルディマーが加勢に入ろうとする。

 しかし、モヴァルスは左手に剣を持ったまま詠唱をこなし、再びヴァルディマーに雷撃を浴びせた。

 加勢に入ろうとしたヴァルディマーの足が止まる。

 

「来い、犬ども!」

 

 モヴァルスが叫ぶと、広間の奥から、真っ黒な四足の獣が飛び出してきた。

 ぱっと見た外見は犬そのもの。だが、その頭部についた口は犬とは思えないほど巨大で、まるでナイフのような歯列がむき出しになっている。

 

「なっ!?」

 

「デスハウンドか!」

 

 デスハウンド。

 吸血鬼によって生み出され、調教された犬であり、その名にふさわしい獰猛さと凶悪さを持つ怪物だ。

 

「デスハウンド。そこのノルドを足止めしろ!」

 

 飛び出してきたデスハウンドは全部で三体。

 そのすべてが、モヴァルスの命令に忠実に従い、ヴァルディマーへと襲い掛かった。

 

「くそ! この犬っころが、邪魔をするな!」

 

「ヴァルディマーさん!」

 

「人の心配をしている余裕があるのか?」

 

「くっ……」

 

 デスハウンドによってヴァルディマーが足止めされた結果、健人はモヴァルスと一対一になってしまった。

 モヴァルスの鋭い斬撃が、立て続けに健人に襲い掛かる。

 健人は咄嗟に、すり足で後ろに下がりながらモヴァルスの剣を受けるが、それは薄氷上を全力疾走するような行為だった。

 いなしながら受けたとしても、盾を構える腕がしびれるほどの衝撃が襲い、ミシリと金属が悲鳴を上げる音が聞こえてくる。

 

(エルフの盾とはいえ、このまま受け続けたら潰される。このままじゃジリ貧だ!)

 

 胸の奥からこみ上げる焦燥。それを抑え込みながら、健人は全神経をモヴァルスの動きに集中させていた。

 右から袈裟懸けに振るわれたモヴァルスの剣を、盾を斜に構えて受け流し、返す刀で切り上げられた左の剣を、健人は左足を引いて躱す。

 さらに、頭上から再び襲ってきた右の剣を、今度は右足を引きながら側面から盾をぶつけて逸らし、突き入れた左手の剣を上からブレイズソードを叩きつけつつ横に跳んでいなす。

 ほんの僅か、紙一重の誤差やミスが、死に直結する暴風のようなモヴァルスの剣舞。それを健人は反射的な行動で躱し、いなし続けていた。

 生死の境を綱渡りするような行為中で、健人の集中力がさらに研ぎ澄まされていく。

 

「はあ!」

 

「む!?」

 

 幾合かの激突の後、健人とモヴァルスの戦闘の趨勢に若干の変化が表れ始めてきた。

 徐々に健人が、モヴァルスの動きに対応できるようになってきたのだ。

 横なぎに払われたモヴァルスの斬撃を、腰を落として避けつつ、盾で相手の足を払おうとする。

 さらに、薙いだ盾を一旦下がって躱したモヴァルスに踏み込み、相手の首をブレイズソードで斬り裂こうとしてきた。

 それは、つい昨日までの健人なら到底できなかった水準の行動。

 デルフィンが健人の体躯に合わせて仕込んだ刀術、反射のレベルでの戦闘行動。それがモヴァルスという明らかな格上との死闘によって、恐ろしい速度で最適化され、昇華され始めていた。

 健人の急成長を目の当たりにしたモヴァルスの口元が歪む。

 

「面白い。少しだが、お前に興味が湧いてきたぞ!」

 

 モヴァルスの剣速が更に上がる。

 先ほどが暴風なら、これはもはや竜巻と言っていい速度だった。

 何とか受け流していた健人だが、ここに来て明らかにモヴァルスの動きに遅れ始めた。

 

「くそ……ぐっ!」

 

 左の切り上げを受け流しきれず、健人の上体が浮く。明らかな隙を晒してしまった。

 追撃の突きが健人に迫る。

 

「しまっ……」

 

 全力で跳ね上げられた盾を引き戻し、モヴァルスの隙を受け流そうとする健人。

 何とか盾を引き戻すことには成功したものの、完全に受け流すことは到底できなかった。

 

「がああ!」

 

 更に悪いことに、ここに来てついに盾も限界を迎えた。

 モヴァルスの剣が健人の盾を貫き、脇腹を浅く裂く。

 幸い串刺しは免れたものの、完全に健人の足は止まってしまっていた。

 

「捕まえたぞ!」

 

「ちぃい!」

 

 頭上に振り上げられたモヴァルスの剣を見て、健人は即座に盾を放棄し、後ろに跳ぶ。

 致命の唐竹割りは避けられたが、モヴァルスは剣に突き刺さった健人の盾を、剣を振るって放り捨て、追撃してくる。

 健人は何とかブレイズソードだけで受け流そうと試みるが、唯でさえ速度の違う相手。圧倒的に手数が足りなかった。

 数撃で健人は防御を崩され、その左肩に刃を突き立てられる。

 

「があああああ!」

 

「中々面白かったが、私はかつて、シロディールの戦士ギルドで教導役もやっていたのだ。この程度の剣で倒されるものか」

 

 健人の肩を貫いたモヴァルスは、右手の剣を手放し、そのまま彼の首を締めあげながら吊り上げる。

 肩と首に走る激痛に、健人の手に携えられていたブレイズソードが、カラン……と音を立てて地面に転がった。

 

「ぐっ、がぁ……」

 

 強烈な圧迫感と苦痛、そして息苦しさに健人の視界は狭まり、明滅を繰り返す。

 目の前には、深紅の瞳で苦痛に歪む健人を楽しそうにのぞき込むモルヴァスの顔があった。

 

「さて、せっかくの晩餐が台無しになってしまった。代わりは、お前の血で補うとしよう。ついでに、お前を眷属としようか。なかなか面白そうな素材だ」

 

 モヴァルスが健人の血を吸おうと、真っ赤に染まった口を開いた。

 鋭く、醜悪な犬歯が露わになる。

 

「ケント殿!」

 

「そこで大人しく見ていろノルド。この小僧を吸血鬼に変えた後は、お前を小僧の餌にしてやる」

 

 健人の危機にヴァルディマーが何とか助けに入ろうとするが、その進路を阻もうと、デスハウンドが跳びかかってくる。

 

「ええい、邪魔だ!」

 

 跳びかかってきたデスハウンドの頭をメイスで潰し、駆け寄ろうとするヴァルディマーだが、残り二頭に側面から邪魔に入られて近づけない。

 必死に助けに入ろうとするヴァルディマーを嘲笑しながら、モヴァルスは健人の血を吸おうと顔を近づける。

 健人の手が、ピクリと動いた。

 

「馬鹿が……」

 

「なんだ、まだ意識が……ごあ!」

 

 次の瞬間、健人はモヴァルスの口に自分の右拳を叩きこんだ。

 虫の息だったはずの健人の予想以上のしぶとさに、モヴァルスの瞳が驚きで見開かれる。

 

「ぐむうううう!」

 

「血が飲みたいんだってな。たっぷり飲ませてやるよ!」

 

 そして健人は、モヴァルスの口内に手を突っ込んだまま、その拳に握った“小瓶”を握りつぶした。

 そして、モヴァルスの口の中を、名状しがたい痛みが暴れ始める。

 

「が、があああああ! ごぅううううう!」

 

 まるで口の中に焼けた火箸とウニを同時に突っ込んで咀嚼したような激痛。

 モヴァルスは思わず健人の体を離し、後ろに下がってのた打ち回り始めた。

 健人が握りつぶしたのは、フロストバイト・スパイダーの毒を詰めた小瓶。この洞窟の入り口で採集したものだ。

 フロストバイト・スパイダーの毒は、肌の上からでも焼けるような激痛を伴う。それを口の中でぶちまけられたことを考えれば、このモヴァルスの反応も無理はない。

 とはいえ、健人も無傷ではない。

 小瓶を潰す過程で毒は健人の手にも付着しているし、砕けた小瓶の破片が手の平に食い込み、傷口から毒が健人の体を犯し始めている。

 さらに、痛みのあまりモヴァルスが反射的に口に力を入れたためか、ガラスの破片だけでなくモヴァルスの牙も掌に突き刺さっており、右手は血で真っ赤な状態だった。

 当然、モヴァルスが受けた激痛が、健人の右手にも走っている。

 デルフィンの寸止めなしの鍛錬がなかったら、耐えられない痛みだ。

 それでも、激痛にのた打ち回るモヴァルスの姿に、健人は胸がすく思いだった。

 

「ぐ……。毒入りの血はどうだよ。このモグラ野郎」

 

「くそガキがあああああ!」

 

 激高したモヴァルスが、健人に斬りかかってきた。

 怒りで瞳をギラつかせながら、自分に傷を負わせた健人をブチ殺そうと、全力で剣を振り下ろす。

 健人は痛みで鈍る両手に鞭を打ち、足元に落ちている愛刀を拾い上げて掲げる。

 

「ケント殿、駄目だ!」

 

 モヴァルスの剣を受けようとしている健人の姿を見て、ヴァルディマーが悲鳴にも似た声を上げた。

 健人とモヴァルス。二人の間にある膂力の差は、どう考えても埋めようのないものだ。

 さらに健人は、その腕に浅くない傷を抱えている。

 ヴァルディマーの脳裏に、ブレイズソードごと体を両断される健人の未来が映る。

 

「ぐっ!」

 

「なっ!」

 

 だが、ヴァルディマーが見た未来は、全く違う形を見せた。

 振り下ろされるモルヴァスの剣。それに合わせるように、健人の体が横に流れ始めた。

 健人が体を落としながら左足の力を抜き、右足には力を入れたことで体幹の均衡が崩れ、横に滑るように移動し始めたのだ。

 

(全身を、柔らかく……!)

 

 さらに健人は、痛みで感覚が鈍る両手でブレイズソードの柄を保持しつつ、自分から迎えるように剣の柄を掲げながら、刃を体に沿わせるように斜に構える。

 それは、デルフィンが健人との模擬戦で見せてきた受け流しの型。

 豪速で振るわれたモヴァルスの剣は刀の側面を流れるように逸れていく。

 怒りに染まっていたモヴァルスの表情が、驚愕のものへと変わった。

 

「ああああああああ!」

 

 ここに来て初めて相手が見せた、明確な隙。それを逃さんと、健人は全力で吠えた。

 手首を返し、脇を締め、足首から脳天までの関節すべてを動員して、モヴァルスの首目掛けて刀を振り下ろす。

 振り下ろされた刃はモヴァルスの延髄から食い込み、ザンッ! と骨を切断して喉へと抜けた。

 鮮やかに切断された首が転がり、頭を失った体が地面に崩れ落ちる。

 モヴァルスはその顔を驚きに染めたまま、その意識を永遠の闇へと落としていった。

 

「はあ、はあ、はあ……うぐ!」

 

 モルヴァスを倒した健人だが、彼の体も限界だった。

 ブレイズソードを手放し、その場に座り込んでしまう。

 そこに、デスハウンドを片付けたヴァルディマーが歩み寄ってきた。

 

「見事です、ケント殿」

 

「ヴァルディマーさんは、大丈夫ですか?」

 

「はい、お陰様で。それよりも、そちらの治療をしましょう」

 

「よか……ぐう!」

 

「ケント殿!」

 

 思い出したように痛みがぶり返してくる。

 流れ続ける血の熱と、暗くなる視界。消えていく意識の中で、健人の脳裏に犠牲となった少女の顔が浮かぶ。

 

“ありがとう、お兄ちゃん”

 

 満足そうな笑みを浮かべた少女の声を感じながら、健人の意識は闇の中へと消えていった。

 




というわけで、吸血鬼退治までのお話でした。
綱渡りのような戦闘の果てに、何とかモヴァルスを倒した健人君。
次話はモーサルでの最後のお話となります。

以下、登場人物紹介

モヴァルス・ピクイン
モーサルのクエスト“埋葬”の最終ボスであり、作中でも強力な吸血鬼の一人。
元々は戦士ギルドで訓練師を務めるほど優秀な戦士であり、かつてはタムリエル中の吸血鬼を退治して回る吸血鬼ハンターでもあった。
しかし、不意を突かれて吸血鬼に血を吸われ、自身が吸血鬼になってしまう。
アルバを吸血鬼に変え、モーサルを乗っ取ろうとした、今回の事件の黒幕。
靴集めが趣味なのか、数多くの靴を持っており、彼の靴も隠密効果を高めるユニーク防具扱いになっている。



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第五話 悲しき事件の終わり

「ここは……」

 

 目が覚めた健人の目に飛び込んできたのは、木製の天井。

 続いて、仕立てのいいふかふかな布団が全身を暖かく包み込む感触だった。

 

「目が覚めたみたいね」

 

 健人が視線を横に向けると、ベッドの傍にたたずむデルフィンの姿があった。

 

「デルフィンさん。ここは……」

 

「首長の屋敷にある寝室よ。貴方、吸血鬼退治で大怪我負って運び込まれたのよ。覚えていないの?」

 

「モヴァルスを倒したところまでは覚えていますが、それ以降は、まったく」

 

 健人はモヴァルスを倒した直後に意識を失った。

 デルフィンの話では、負った傷による出血と毒のせいで、危篤状態だったらしい。

 幸い、吸血鬼のアジトに毒消しの薬があったことと、ファリオンが回復魔法を使ってくれたおかげで一時的に持ち直し、モーサルに帰るまで何とか間に合ったのだ。

 ちなみに、モヴァルスの一味であったアルバは、ファリオンとソンニールが倒したらしい。

 フロガーもアルバを倒したことで、正気に戻ったとの事。

 どうやらアルバはフロガーを誘惑する過程で、何らかの魅了の魔法を使っていたらしい。

 その魔法もアルバが死んだことで解けた。

 

「よくもまあ、あのモヴァルスを倒せたわね。あの吸血鬼はかつてシロディールの戦士ギルドで教導役を務めていた腕の持ち主よ?」

 

「ええ、ですから、普通に斬り合っても勝てないとは思っていました……」

 

 モヴァルスについて記した書籍“不死の血”を読んでいたことから、健人は自分とモヴァルスとまともに剣で打ち合っても勝てないと推察していた。

 だからこそ、健人はモヴァルスに真面な剣を振らせないように誘導した。

 追い詰められたフリをしてモヴァルスに毒を飲ませ、怒らせ、相手の剣から術理を奪い取る。

 未熟な自分に手傷を負わせられたら、プライドの高いモヴァルスなら我慢がならないだろうという考えから編み出した戦術である。

 健人の立てた戦術を聞いて、デルフィンは溜息を吐いた。

 悪くない手ではある。相手が格上と分かり切っているなら、それに合わせた戦術を組むのは基本だ。

 ただ、健人が考えたこの戦術、あまりにも綱渡りの要素が多すぎる。

 戦士ギルドで教導役をしていたモヴァルスと、それなりに打ち合える技量、肩を貫かれても戦意を失わない精神力、最後に、追い詰められた状態で、怒りでタガの外れた相手の斬撃をいなせるだけの技量。

 どれもが、デルフィンから見ても健人にはまだ無理だと思えていた要素だ。

 だが、この青年はそれを成した。

 ぶっつけ本番で、明らかな格上を相手にして。

 戦士としても腕の立つデルフィンだからこそ分かる。自らの弟子が、この実戦の中で、数段先を行く成長をしたことを。

 

(まったく、前々から思っていたけど、妙な発想する上に無茶をする。もっとも、考え出した戦術を自分で実行できるくらいの実力は身についたということかしら……)

 

 弟子の所業に呆れつつも、内心では成長を喜んでいたが、まだ彼女には健人に言っておかなければならないことがあった。

 

「さてケント、私は確かこう言ったわよね。私が帰るまで、大人しくしていなさいって。それなのに、何をしているのかしら?」

 

 デルフィンが話を切り替える。

 笑みを浮かべつつも、その瞳には秘めた怒りが爛々と輝いていた。

 

「え、ええっと、怒っています?」

 

「どうして怒らないと思うのかしら?」

 

 デルフィンと健人は、この後サルモール大使館に潜入する。

 当然ながら、目立つような行動は極力避けなければならない。

 今回の健人の行動は、本来の目的からは大きくかけ離れているし、逆に目的遂行を阻害する行為でしかない。

 デルフィンが激怒するのも当然だった。

 

「ヘルギの最後の言葉を聞いたら、無視できなかったんです。あの子、やっと眠れるって言っていました」

 

「ヘルギって、あの燃えた家の娘でしょう。

 例えそれでも、無視すべきだったわ。私達はやるべき事がある。吸血鬼にしても、すぐにこの街に襲い掛かってくるわけでもなかったでしょうに……」

 

「…………」

 

 健人の想いも、デルフィンはにべもなく一蹴する。

 今回の吸血鬼討伐と、それに繋がる一連の健人の行動はどう見ても理に合わないのだから仕方ない。

 健人もそれは自覚しているため、押し黙るしかなかった。

 

「モヴァルスは強力な吸血鬼だった。今回は幸い勝利を手に出来たけど、貴方は「そこまでにしておやりよ」」

 

 さらに健人に言い含めようとするデルフィン。だが、そんな彼女を止める声が寝室に響いた。

 

「弟子が心配なのは分かるが、結果的にこちらは救われたんだ。彼自身も、自分が無茶をしたことは理解しているさ」

 

 話に割って入ってきたのは、モーサルの首長イドグロッド。彼女の後ろには、健人と一緒に戦ったヴァルディマーの姿もある。

 このハイヤルマーチホールド最高責任者の登場に、デルフィンも仕方ないというように肩をすくめて下がった。

 ヴァルディマーと視線が合った健人が頭を下げると、彼はこれ以上ないほど礼儀正しく深々と礼をしてくる。

 健人はそんなヴァルディマーの態度に首をかしげる。

 しかし、脳裏に受かんだ疑念が解決する前に、イドグロッドが健人に声をかけてきた。

 

「体は大丈夫かい?」

 

「は、はい」

 

「それはよかった。アンタはモヴァルスに噛まれたたことで吸血鬼に成りかかっていたんだけど、間に合ってよかったよ」

 

「うえ!?」

 

 そう、実は健人は、モヴァルスに毒を飲ませた際に噛まれた為、サングイネア吸血病に掛かっていた。

 この病は吸血鬼に噛まれることで感染し、適切な治療をしなければ、感染者は吸血鬼になってしまう病である。

 そして当然ながら、この病は通常の治療薬や毒消しでは治せない。

 吸血鬼を退治しに行って、自分が吸血鬼になってしまうなど、お笑いにもならない事態なりかけていた事に、健人は思わず素っ頓狂な声を漏らした。

 

「幸い、どこかの親切なお弟子さんが、錬金術師の店に治療薬の素材を売っていたみたいでねえ。アンタの容態を知って、大至急ラミに薬を作らせたんだよ」

 

「治療薬の素材? ……あっ」

 

 健人は、自分が仕留めたマッドクラブを思い出す。

 あれは確か、吸血病を治す特効薬の原材料になったはずだ。

 どうやらその素材を使い、この街の錬金術師であるラミが薬を作ってくれたらしい。

 そこまで話したところで、いたずらっぽい笑みを浮かべていたイドグロッドが、急に真剣な顔つきになった。

 

「さて、ケント。アンタはこのモーサル、そしてハイヤルマーチに、極めて大きな貢献をしてくれた。私はこのホールドの首長として、君の誠意に報いなければならない」

 

「いえ、俺は……」

 

「ゆえに、私は首長として、君に従士の称号を与えたいと考えている」

 

 日本人らしい謙遜をする前に、イドグロッドがとんでもないセリフを口にしてきた。

 

「……え?」

 

「受け取ってくれるかい?」

 

 一瞬彼女が何を言っているのか理解できなかった健人。返事すらできずに呆けてしまう。

 数秒の間、意識を飛ばしていた健人が、ようやくイドグロッドの言葉を理解したものの、どうしたらいいか分からずあちこちに視線を彷徨わせている。

 

「従士となれば、君にはこのモーサルで土地を買う権利と、専属の私兵が与えられる。私兵には、このヴァルディマーがなる予定だ」

 

「……ヴァルディマーさんは、いいんですか?」

 

 健人はイドグロットの後ろに控えているヴァルディマーに問いかけるが、彼はむしろ願ったりといった様子で笑みを浮かべた。

 

「敬称など付けず、ヴァルディマーとお呼びください。我が身、我が命すべてでもって貴方を守りましょう。どうか、貴方様に仕えさせていただきたい!」

 

「え、ええ……」

 

 これ以上ないほどの敬意をもって、健人の問いに答えるヴァルディマー。

 どうやら彼の中で、健人の株はストップ高の様子だ。

 健人はこの部屋に彼が入ってきた時の畏まった態度の真意を理解したが、他者から傅かれたことなどない身の彼にとって、ヴァルディマーの尊崇してくる態度は健人の困惑を一層助長させるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の帳が下りたモーサル。

 普段なら静寂の闇に包まれるこの街も、今日だけは焚火の明かりが無数に灯り、にぎやかな喧騒に包まれていた。

 首長の家の前には各々の家が持ち寄ったイスやテーブルが所狭しと並び、あちこちで料理や酒が振る舞われている。

 吸血鬼の騒動が一件落着となり、街の皆の顔は付き物が落ちたかのほうに晴れやかだった。

 一方健人は、飲みなれない酒の入ったコップを片手に、宴の端で物思いにふけっていた。

 

「盾がパーになった。どうしようかな……」

 

 健人が愛用していたエルフの盾は、モヴァルスとの戦いで穴が開き、使い物にならなくなった。

 しかし、悪い事ばかりでもなく、付与されていた魔法防御の付呪はファリオンのアルケイン付呪器で取り出し、健人が取り込んでいる。

 アルケイン付呪器は装備の破壊と引き換えに、術者に付与されていた術式を取り出し、術者本人に刻み込むことができる。

 これにより健人は、魂石と付呪器、適切な装備があれば、魔法防御の付呪を付与することができるようになった。

 さらに、モヴァルスの隠れ家にあった魔法装具も持ち出し、破壊して術式を手に入れている。

 戦力強化という意味では、決して悪くない成果といえるだろう。

 

「よかったの?」

 

 ワイン片手に歩み寄ってきたデルフィンが、声をかけてくる。

 

「何がですが?」

 

「従士の件、受けてもよかったじゃない。保留なんて……」

 

 健人は結局、従士となることを辞退した。

 自分のことで精一杯であり、モーサルの力になることが難しい事。

 これからサルモール大使館に探りを入れなければならない事。

 なにより、従士という肩書が持つ重圧が、重すぎると感じたからだ。

 

「俺には荷が重すぎますよ。それに、デルフィンさんも賛成してくれると思ったんですけど?」

 

「こんな大事になったのなら、今更隠そうとしても無理でしょ。

 それにこの件で、モーサルの首長とはよい関係を築けるわ。弟子が勝手に動いたことには怒るけど、その功績まで否定する気はないわ」

 

 それだけ言って、デルフィンはワインの注がれた杯に口をつける。

 

「フロガーさん、どうなるんでしょうね」

 

「さあ? モーサルは閉鎖的な街だから、これから苦労するでしょうね」

 

 アルバに操られていたフロガーは、殺される直前、ソンニールとファリオンに助けられた。

 操っていたアルバが倒されたことで正気には戻ったものの、これから先、モーサルで生活していけるかどうかは分からない。

 

「まあ、それでも何とかなるんじゃない?」

 

「え?」

 

 デルフィンがスッと指差す方向に目を向けると、そこにはフロガーを宴の席に引きずってきたソンニールの姿があった。

 フロガーは何か叫びつつソンニールを振り払おうとするが、彼は構わず自分の席の傍にフロガーを座らせると、コップを持たせてなみなみと酒を注いだ。

 そして自分の杯にも酒を注ぎ、一気に飲み干した。

 フロガーもそんなソンニールの態度に、おずおずとコップに口をつける。

 フロガーが酒を飲み干すと、ソンニールが再び酒を注ぐ。

 

「吸血鬼に身内を奪われた者同士、思うところがあるのでしょうね」

 

 やがてフロガーもソンニールに酒を注ぎ始め、いつしか二人は騒がしい宴の中で、二人だけの酒盛りを始めていた。

 片や吸血鬼に復讐をした者、片や吸血鬼に操られた者。

 この事件において互いの立ち位置は違えど、二人は吸血鬼に家族を奪われた者同士でもあった。

 フロガーの行く先は暗い。しかし、まったくの暗闇というわけでもない。

 そんな予感を感じさせる光景だった。

 

「まあ、よかったですよ。それはいいとして……」

 

 フロガーとソンニールの酒盛りを見るついでに、健人は周りを見渡してみる。

 宴の席の中央では、いつの間にか男達による腕試しが行われていた。

 しかも、腕相撲とか重量挙げとかではなく、素手による殴り合いというガチの腕試しである。

 今戦っているのは、ベノアという青年と、イドグロッド首長の従士アスルフルだった。

 

「やれ、ベノア! 気取ったアスルフルのケツにトナカイの角を刺してやれ!」

 

「アスルフル! 負けるんじゃないよ! その臆病者のタマ捩じり取って、スローターフィッシュの釣り餌にしてやりな!」

 

 酒が入っているせいか周りを取り巻く観衆も熱狂し、日本の公共の場ではとても口にできないセリフが雨後のタケノコのようにポンポン出てくる。

 大声で騒いている観衆の中にはイドグロッド首長や、錬金術師のラミの姿もある。

 イドグロッドは骨付き肉とエールを入れたコップ。ラミは串焼きと……紫色の怪しい小瓶を持って騒いでいる。

 健人としては首長が脳溢血で倒れたりしないか心配になる光景だ。

 ついでに、ラミが手に持っている小瓶も気になる。

 紫色の、どう見ても怪しい小瓶の中身を呷りながら叫んでいるのだ。健人としては、頼むからその小瓶の中身が懸念するものでないことを願うばかりだった。

 

「ノルドのお祭りは、いつも蜂蜜酒を飲みまくり、殴り合いをすることが相場と決まっているのよ」

 

「そんなお祭りいらない……」

 

 健人はノルドが蛮族と言われるようになった理由が分かった気がした。

 個人の武勇を崇拝するノルドらしいといえばそうだが、健人としては言いようのない脱力感と共に、肩を落とすようなものである。

 とはいえ、日本にも、奇怪奇妙な祭りは数多存在する。

 丸太に乗って坂を駆け下りたり、神様を乗せるはずの神輿を時速数十キロでかっとばしたり、子宝に恵まれるようにと公共の場では憚られるような形の神輿を煉り回したりと、中々のフリーダムぶりである。

 つまるところは、どこの国でも世界が違えど、人間騒ぐときは皆一緒ということだった。

 

「おい! そこにいるのは邪悪な吸血鬼を倒した英雄じゃないか! 一勝負しようぜ!」

 

「ほら、お呼びよ」

 

「ええ……」

 

 勝負が終わったのか、先ほどまで戦っていたベノアが次の相手に健人を指名してきた。

 厄介事の到来に、へたりこみそうになったところで、デルフィンがこれ以上ないほど見事に健人の手首を極めて無理やり立たせ、ドンと背中を押す。

 背中を押されてたたらを踏んだ健人は広場の中央、簡易闘技場ともいうべき場所に放り込まれてしまった。

 今日の宴の主役の登場に、モーサル中の人達が歓喜の声を上げる。

 

「なんでこうなってんだ?」

 

「どうした? 怖気づいたのか? ほら、かかってこいよ」

 

「…………」

 

 勝つ自信があるのか、ベノアがこれ以上ないほどいい顔で挑発してくる。

 ダダ下がりのテンションが一周回ってヤケになった健人は、無言で近くのテーブルの蜂蜜酒とエールとワインの瓶を手に取り、全部を豪快にラッパ飲みし始めた。

 強烈な酒精が喉を焼き、頭が朦朧としてくるが、もうこの際知ったことか! と一気に飲み干す。

 普段は理性的にふるまおうが、健人もまた、地球では世界中から奇天烈民族に認定されている日本人である。

 一度タガが外れれば、行くとことまで行ってしまうのはノルドと一緒であった。

 

「そう来なくっちゃな! 行くぜ!」

 

 やる気になった健人に、ベノアが挑戦的な笑みを浮かべて威勢よく突っ込んでくる。

 健人は見え見えのストレートを体を捻って躱すと、突き出されたベノアの手をつかんで引っ張る。

 

「ふん!」

 

「ごあ!」

 

 さらに手を引いた勢いのまま腰を落とし、中学の時に体育の授業で習った背負い投げの要領でベノアを投げ飛ばした。

 放り投げられたベノアは地面に背中から叩き落され、目を回す。

 モヴァルスとの戦いで何か掴んだのか、健人自身も驚くほど自然に体が動いた。

 英雄の勝利に観客たちが一際大きな歓声を上げる。

 

「さすが従士様」

 

「……従士じゃねえです」

 

 労ってくるヴァルディマーに呂律の回らない返事を返しながら、健人はもう一杯蜂蜜酒を呷り、次はどいつだとばかりに手招きする。すっかり酔っ払いとして出来上がっていた。

 そして乱入してくる多数の挑戦者。

 最終的にこの腕試しはモーサルの男達全てを巻き込んだ乱闘騒ぎに発展し、収拾がつかないまま、男達全員が倒れるまで続けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 乱闘騒ぎの中で暴れる健人を眺めながら、デルフィンは一人、感傷的な溜息をもらす。

 飛躍的な成長を遂げた弟子は、喧騒のど真ん中で、次々と現れる挑戦者たちを片っ端から組み伏せている。

 酒が入って色々とタガが外れているらしく、普段の物静かさが嘘の様だった。

 

「そういえば、こんなに騒がしいのは久しぶりね……」

 

 サルモールから追われ続けた数十年、彼女の心が休まる日はなかった。

 帝都を追われ、タムリエル各地を這いずり回りながら生き抜いてきた間、一時も気を抜くことはできなかった。

 このスカイリムに来て、リバーウッドのスリーピングジャイアントで過ごしていた時期が、彼女にとっては一番穏やかだったと言えるのかもしれない。

 ふと、デルフィンの脳裏に、リバーウッドに残してきた人嫌いなオーグナーの顔が浮かぶ。

 ぶっきらぼうで、無口な癖に、臆病なノルドらしからぬ人物だった。

 店はリバーウッドを出ていくときに譲り渡してしまったが、本人はまだ“店主じゃない”と言い張っているだろう。

 オーグナーの顔を思い浮かべたデルフィンの口元が、自然と笑みを浮かべる。

 しかし、その笑みはすぐに消えた。彼女の脳裏に、かつての仲間達の死が蘇ったからだ。

 デルフィンは大戦を経験したブレイズ。そしてブレイズという組織は、その大戦で壊滅した。

 その大戦で、サルモールは宣戦布告がてら、帝国にサマーセット島に潜入していたブレイズ百人分の首を送り付けてきた。

 それは、デルフィンが苦楽を共にした仲間達の首でもあった。

 当時、デルフィンはサマーセット島に潜入していたが、彼女はたまたま帝都に呼び戻されていたために、難を逃れた。

 サルモールに殺された百人の仲間達の顔は苦悶にゆがみ、そこかしこに拷問の跡が見て取れた。

 目を焼きつぶした跡、耳を削いだ跡、歯をへし折り、頬を砕いた痕。

 サルモールの人間に対する暴力的で、陰湿な性格が、これ以上ないほど示されていた。

 大戦期、デルフィンは何度もサルモールの刺客に命を狙われたが、彼女は怒りと憎悪をもってその刺客を撃退し、鏖殺してきたのだ。

 そして大戦が終わってもサルモールの追跡は終わらず、その因縁が彼女の人生に影を落とし続けている。

 

「私の意思は変わらない。すべては“ブレイズ”と“ドラゴンボーン”のために……」

 

 その凄惨な記憶と過去が、彼女の平穏を許さない。

 ブレイズのために、仲間達のために、必ずや使命の完遂を。

 デルフィンは胸の奥で、僅かに灯った安らぎを握りつぶしながら、過去の仲間たちに向けて、改めて誓いを立てていた。

 

 




今回でモーサルの事件は終了。
次はメインクエストに戻り、サルモール大使館侵入となります。

以下、登場人物紹介

イドグロッド・レイブンクローン
ハイヤルマーチホールドの現首長である老婆。
未来を予知するような発言が多く、変人にみられる時もある。
帝国側についているが、何よりも彼女が優先しているのはハイヤルマーチであり、モーサルである。

ヴァルディマー
ゲーム上では従士となったドヴァキンの私兵となる人物。
私兵の中では珍しい魔法使いであるが、片手剣、重装スキルの持ち主であり、盾を持たせれば盾役もしっかりこなせる。
本小説ではモヴァルス討伐の際に健人と共闘。
モーサルの為に命を懸けてくれた健人に心酔し、彼の私兵になることを誓っている。
もっとも、健人が従士の称号を受け取っていないため、保留となっている。




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第六話 ソリチュード

 太古の上り坂。

 ヘルゲンとファルクリースの中間に位置する遺跡に、リータ達の姿はあった。

 グレイビアードにユルゲンウインドコーラーの角笛を渡したリータは、グレイビアードにドラゴン語で歓待された後、声の修業を行った。

 修業を始めて数日で複数の言葉を覚え、アーンゲールから驚愕と共に称賛された。

 一つの言葉を覚えたら次の言葉を、さらに次をと、声の習得を続けようとするリータ。

 しかし、イヴァルステッドでリータ達との連絡役としていたリディアから、ドラゴン目撃の情報を受け、こうして山を下り、ドラゴン退治に訪れたのだ。

 

“グオオオオオオオン”

 

 鼓膜が破れるかと思えるほどの咆哮が、太古の上り坂に響く。

 相手はブラッドドラゴン。

 ホワイトランを襲ったミルムルニルによく似た容貌を持つドラゴンだ。

 

“ヨル……トゥ、シューーール!”

 

 上空から急降下してきたドラゴンが、リータめがけてファイヤブレスを叩きつけようとしてきた。

 炎の激流が、小さな人間の少女を飲み込まんと疾駆する。

 

「ファス……ロゥ、ダーーー!」

 

 だが、その激流は、少女の“声”に容易く消し飛ばされた。

 グレイビアードにて最後の三節目が加えられ、さらに強力になった揺ぎ無き力がファイヤブレスを消し飛ばし、急降下してきたドラゴンを捕らえる。

 

“グォオオ!?”

 

 真正面から衝撃波を食らったドラゴンは体勢を崩して落下。地面に激突。

ガリガリと土を削りながら、ドラゴンは地に落とされた。

 そこに、リータは一気に駆け寄る。

 

「はああああ!」

 

 上空から落下し、衝撃で目を回しているドラゴンに素早く接近し、その刃を振るう。

 強靭な鱗を削り、皮膚を裂き、翼を斬り裂き、肉を抉る。

 

「リディア!」

 

「はい、従士様!」

 

 飛行の能力を奪ったところで、リディアが背負っていた鋼鉄製の両手斧をリータに投げ渡す。

 片手剣だけではドラゴンの命を絶つのは難しいと考えたリータが、新たに選んだ得物だ

 リータは片手剣を放り棄て、両手斧をキャッチすると、そのまま疲弊したドラゴンの頭に飛び乗り、最後に止めと脳天に両手斧を打ち込んでその命を絶った。

 命を絶たれたドラゴンは炎に包まれ、光の奔流となってリータに注がれる。

 骨になった竜の亡骸を、リータは無表情のまま睨みつけていた。

 ドラゴンの魂を完全に飲み込むと、リータはゆっくりと両手斧を降ろし、続いて、太古の上り坂の石碑に歩み寄る。

 この石碑は、以前ウステングラブで見た石碑と酷似していた。

 石の壁にはドラゴン語が刻まれ、リータには刻まれた文字から風が唸るような音が聞こえてきていた。

 ゆっくりと石碑に歩み寄り、刻まれた言葉を読み取ると、リータの内にあるドラゴンソウルが、言葉の意味を教えてくる。 

 言葉の習得が終わったリータに、私兵であるリディアが駆け寄ってきた。

 

「従士様、お疲れ様です。どのような言葉を学ばれたのですか?」

 

「“ラーン”動物という言葉。多分、近くの動物に語り掛けて、力を貸してもらうシャウトだと思う」

 

 リータは持っていた両手斧をリディアに返し、放り棄てた片手剣を拾う。

 新たな言葉を習得したリータ。しかし、その表情は氷のように無表情のままだった。

 

「これで、ファルクリースの人達は大丈夫かな?」

 

 太古の上り坂の眼下に広がるファルクリースの森を見下ろしながら、リータがつぶやく。

 彼女はこの太古の上り坂に来る前、補給のために一度ファルクリースに寄っている。

 その時、ファルクリースのシドゲイル首長からも、この太古の上り坂に巣食ったドラゴンの討伐を依頼されていた。

 

「はい、シドゲイル首長の懸念もそうですが、住民がドラゴンに襲われる危険は払拭できたかと」

 

「そっか、よかった……」

 

 先ほどまで無表情だったリータの顔に、ようやく安堵の笑みが浮かぶ。

 彼女にとって、シドゲイル首長の依頼などは関係がなく、自分と同じ境遇の人間が出なかったことが、何よりも嬉しかった。

 

「……凄いな」

 

 そんなリータの様子を遠目から眺めていたドルマの口から、そんな独白が漏れた。

 ドラゴンを殺すまでの鮮やかとも思える手並み。

 スカイリムを恐怖と混乱に陥れているドラゴンをこうも容易く屠るようになった幼馴染の姿に、ドルマは何とも言えない、複雑な気持ちを抱く。

 ドラゴンスレイヤー。

 ノルドとして、最高の誉れであると同時に、そんな幼馴染の姿に羨望と誇りを抱く。

 だが同時に、瞬く間にドラゴンを屠るまでに強くなった幼馴染に、言いようの無い不安も抱くようになっていた。

 

「ドルマ、どうかしたの?」

 

「いや、何でもない。そういえば、あのよそ者は今何やっているんだ?」

 

 浮かんだ懊悩をごまかすように、ここにいない健人の話題を振る。

 リータの唯一残った家族。

 正直言って、ドルマが健人に抱く感情は複雑だ。

 身の上を語ろうとしない健人に不信感を抱いたこともあるし、ドラゴン相手に怯まなかった健人に内心感嘆したこともある。

 だが何より、彼自身が一番“気持ちを抱いている女性”に、最も気を向けられていることが、ドルマが健人に抱く心証をより複雑なものにしている。

 そんなドルマの複雑な気持ちを知ってか知らずか、リディアとリータは健人の話で盛り上がっていた。

 

「デルフィンさんの話では、モーサルにいるみたいだけど……」

 

「彼女の報告では、モヴァルスと呼ばれる強大な吸血鬼を倒したとのことです。モーサルのイドグロッド首長は従士の称号を賜るつもりだったそうですが、健人様は保留されたと」

 

 リータの言葉をリディアが引き継ぐ。

 リータ達は、デルフィンから定期的に手紙を受け取っていた。

 手紙にはドラゴンの目撃情報や、健人の近況を書かれていた。

 そこには当然、モーサルの吸血鬼騒動についても書かれている。

 どのように騒動に巻き込まれ、どのように戦い、勝利したか。

 簡潔で明瞭なデルフィンの報告、そして相変わらずの健人の無茶ぶりに、ドルマは溜息を漏らす。

 

「軟弱なくせに、よく死ななかったもんだな」

 

「ドルマ殿、不謹慎ですよ」

 

「ふん……」

 

 憎まれ口を叩くドルマを、リディアが諫める。

 リディアとしては、主の義弟。自身にとっても弟子のような存在の躍進に、終始嬉しそうだった。

 

「また、無茶してる……」

 

 一方、リータは健人の近況を聞いて、悲しむように唇を噛んでいた。

 吸血鬼と正面から戦い、油断させ、相手の得意分野でワザと怒りを買い、隙を突く。

 傍から見ても綱渡りと分かる健人の戦い方に、リータの焦燥が募っていく。

 むろん、健人がどうしてここまで無茶をしたのか、その理由をリータは知っているし、健人が強くなっていることは素直に嬉しい。

 だが、それは健人がより厳しい戦いの場に身を投じていくことも意味している。

 だからこそ、喜びよりも悲しみと焦燥が先立ってしまうのだ。

 

 

「従士様、デルフィンの報告では、ロリクステッドに西にドラゴンの塚があるそうです。それに、イリナルタ湖やマルカルス付近でもドラゴンの目撃情報があるそうですが……」

 

「ファルクリースに戻って首長に報告したら、直ぐに行く」

 

 ドラゴン。

 その言葉を聞いたリータの意識が切り替わる。

 手紙には健人の近況だけでなく、ドラゴンの目撃情報も纏めて書かれていた。

 

「しかし従士様は、今しがたドラゴンを倒されたばかりです。一度ファルクリースに戻った後は、しばらくお休みになられては……」

 

「そうしている間に、村や街が焼かれる」

 

 休息を求めるリディアの言葉をリータは切って捨てる。

 確かに、世界のノドから太古の上り坂に来るまで、リータは強行軍で進んできた。

 馬車なども使ったが、それでも疲労は確実に残っている。

 しかし、そんな疲労など、リータには関係ない。

 ドラゴンを殺す。そして、健人を戦いに出なくていいようにする。

 その想いが、今のリータを突き動かしていた。

 

「……だが、食料や装備の手入れは必要だ。お前の剣、もう限界だろ?」

 

「……」

 

 しかし、そんなリータの様子を横から見つめていたドルマに、彼女の威勢はくじかれた

 実際、ドラゴンと戦ったリータの剣は、もう限界だった。

 質の良いエルフ製の剣ではあるが、ドラゴンとの戦闘ですっかり刃がこぼれ、刀身にも歪みが生じ始めている。

 強靭なドラゴンの鱗や骨を刻み続けたのだから、無理もない。

 とどめを刺すのに使った鋼鉄製の両手斧の刃も潰れており、こちらも修理が必要だった。

 

「どのみち、武器がなければ戦えん。鎧や盾も限界。鍛冶屋に造ってもらう間は、ファルクリースからは動けねえよ」

 

「……分かった。でも、時間が惜しいのは確か。リディア、どれだけお金がかかってもいいから、徹夜で仕上げさせて」

 

「分かりました。従士様の命ずるままに」

 

 話が纏まったところで、リータ達は下山の準備をする。

 

「ほれ……」

 

「え……わぷ」

 

 ドルマが自分の外套をリータの頭にかぶせてやる。

 リータの外套はドラゴンとの戦いの最中に地面に落ちて、雪と泥でぐちゃぐちゃになってしまっていた。

 スカイリムの寒冷な大地は厳しい。

 汗をかいた状態のまま放置すれば、ノルドでも低体温や凍傷を負ってしまう危険がある。

 

「体が冷える。被っとけ」

 

「うん。ありがとう、ドルマ」

 

「ああ、気にすんな」

 

 かぶせられた外套の端を摘まみ、俯いたまま礼を言ってくるリータ。

 ドルマは好いた相手からの感謝に一時の喜びをかみしめつつも、内心の懊悩を飲み込んでいた。

その後、ファルクリースでシドゲイルの歓待を受けたリータは褒美として黒檀の装具を受け取り、その武具で立て続けにドラゴン達を屠って行くこととなる。

このドラゴン退治でリータの名は真の意味でスカイリムに轟くことになった。

そして彼女達は健人達と合流するため、ソリチュードを目指す事になるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ソリチュード。

 スカイリム北西に存在するハーフィンガルホールドの首都であり、スカイリムの中でも文化的に帝国の影響を色濃く受けた都市だ。

 この都市は湾の中に作られた街で、海から吹く北風を山脈が遮っているおかげで、スカイリムの北部にありながら穏やかな気候が保たれている。

 また、湾内に作られた港は北からの荒波を遮り、スカイリムの中でも大型の船舶が停泊可能な数少ない港であった。

 同時に、この港は東帝都社と呼ばれる大規模交易会社が牛耳っており、タムリエル各地との交易で莫大な財を生んでいる。

 この財と比較的穏やかな気候により、ソリチュードの経済力はスカイリム屈指のものとなっていた。

 そんなソリチュードを訪れた健人は、その華やかな街並みに目を奪われていた。

 

「うわぁ……すごいな」

 

 整然と敷き詰められた石畳、そびえる白亜の巨壁。そのどれもが、健人がタムリエルに来てから、最も巨大な建築物である。

 モーサルで修業を積み、その街で起こった吸血鬼の陰謀を止めた健人は、アルドゥインの情報を集めるために、サルモール大使館に潜入しようとしていた。

 

「確かに、ソリチュードはスカイリムでも屈指の大都市だけど、それでも内乱の影があるわ」

 

「え?」

 

「見てみなさい」

 

 デルフィンが指さす先には数十人からなる人だかりができていた。

 ガヤガヤと騒がしく、時折怒号が飛ぶその様子は、尋常ではない雰囲気を醸し出している。

 

「あれは……」

 

 まるで、熱に浮かされたように騒ぐ市民たちの様子に、健人はなんとなく既視感を覚えていた。

 

「公開処刑よ」

 

 デルフィンの言葉に、健人は“やっぱり”と心の奥で呟く。

 処刑台を囲む聴衆と、罪状を告げる審問官。

 処刑台に挙げられた罪人は己の正当性を叫び、聴衆は罵声を浴びせる。

 健人自身、ヘルゲンで見た光景だった。

 ヘルゲンでの処刑は反乱軍であるストームクローク兵だったが、今健人達の目の前で行われている処刑は、そのストームクロークを幇助した市民の処刑らしい

 罪人の名はロッグヴィル。

 何でも上級王トリグを殺したウルフリックが、ソリチュードから逃げる際、閉ざしていた門を開けた人間らしい。

 市民は叫ぶ「この人殺し!」と。

 罪人は叫ぶ「上級王を決闘で決める。それがノルドのやり方だ!」と。

 健人は、そんな彼らの主張を冷めた目で見つめていた。

 このスカイリムにおいて、上級王の存在は文字通りの“要”だ。

 各ホールドの独立意識が強いスカイリムを纏めるには絶対に必要だからだ。

 同時にスカイリムは、現在の帝国が建国した時からもっとも親密な同盟者でもある。

 帝国がオブリビオンの動乱とサルモールとの大戦で揺らいでいる今、そのもっとも近しく、強大な軍事力を持つスカイリムが揺らげば、大陸の混乱はさらに広がり、多くの民が疲弊して、さらに戦火が広がるという悪循環を生み出してしまう。

 つまるところ、上級王トリグを殺したウルフリックの行動は、タムリエル全土の勢力図を考えれば、軽率な行為でしかない。

 だが、同時にそこまで帝国に対し、ノルドの不満が溜まっていたともいえる。

 帝国も帝国で、内側からサルモールに侵食されつつある。白金協定がその最たるものだ。

 

(ウルフリックに挑発されたのかもしれないけど、トリグもノルドの気質や内外の事を考えれば、決闘の申し入れを断るなんて出来なかったんだろうな……)

 

 ままならない。

 健人はそんな事を考えながら公開処刑を眺めていたが、彼自身、自分の心が驚くほど凪いでいることに、内心驚いていた。

 そうこうしているうちに処刑は佳境を迎えていた。

 処刑台の前に跪かされた囚人の首に、処刑の斧が振り下ろされる。

 肉を断つ音と共に、歓声が上がる。

 相変わらず、この世界では処刑すら娯楽の一つのようだった。

 

「意外ね」

 

「何がですが?」

 

「もっと取り乱すと思ったわ。人の死に慣れていないみたいだし」

 

「否が応でも慣れますよ。処刑を見るのはヘルゲンでもう経験済みです。それに、人殺しも……」

 

「そう」

 

「それで、これからどうするんですか?」

 

 この潜入任務でカギとなるのは、健人だ。

 デルフィンはサルモールに顔を把握されているため、今回の潜入任務は不適格。

 リータ達はまだ合流できていないし、彼女もまたサルモールに顔を知られているため、無理がある。

 一方、健人の顔はタムリエルでは見かけない容姿だが、サルモールに知られているわけではない。

 その上ノルドでないため、初対面のエルフからは、ドルマたちと比べれば警戒されにくい。

 

「開催されるパーティー会場には、招待状があれば入れるわ。でも、そこから先に行くには協力者が必要。それに、招待客に扮している以上、武器の類は持ち込めないわ。貴方には、これからその協力者に会ってもらう」

 

「協力者ですか?」

 

「ええ、名前はマルボーン。ウッドエルフで、この街の酒場で落ち合う予定よ」

 

 ウッドエルフはボズマーとも呼ばれ、アルトマーと同じくエルフ種の一種だ。

 タムリエル大陸のヴァレンウッドと呼ばれる地方に住んでいるエルフであり、自然崇拝の意識が強いエルフである。

 しかし、その自然崇拝が行き過ぎた結果、植物を傷つけることを極端に忌避し、肉食のみの生活をしたり、同族食いを行ったりするウッドエルフもいる。

 ちなみに、エルフ種ではあるが、彼らの住むヴァレンウッドは他国からの攻撃を過去に何度も受けており、特にアルトマーやカジートとは幾度も刃を交えている。

 そのため、ウッドエルフとハイエルフの間に、エルフだからという仲間意識は、ほとんどなかったりする。

 

「マルボーンに会ったら、話をして、彼に大使館で使う装具を渡しなさい。いい、くれぐれも余計なものは持ち込まないように」

 

 デルフィンの言葉に、健人は頷く。

 潜入に必要なものはデルフィンのアドバイスの下、最低限に纏めて、背嚢に入れてある。

 晩餐会に招待された人間は、サルモールにとっては自分たちの影響力を高めるための上客ではあるが、同時に招かれざる侵入者である可能性もあって警戒せざるを得ない。

 当然、招待客の一挙手一投足に目を光らせているだろう。

 

「それから、パーティー会場を出たら、警備をかいくぐってエレンウェンの私室を目指しなさい。おそらく大使館の最上部、空中庭園の先にあるはずよ」

 

「私室に到着したらどうすれば?」

 

「エレンウェンはスカイリムにおけるサルモールの活動を統括する最高責任者よ。恐らく、彼女の部屋にはドラゴンに関する何らかの報告書があるはず。それを探して」

 

「脱出するにはどうすればいいんですか?」

 

「サルモール大使館は、スカイリムにおけるサルモールたちの主要拠点。大使館の土地は実質的に治外法権の領域だし、他国は干渉できないから、当然、口を憚られるようなことをする尋問室もある。

 そう言った場所は、大抵ゴミ捨て場があるわ」

 

「ゴミ捨て場?」

 

「そう。用済みになったカナリアや、懐かなかったワンちゃんを捨てるゴミ捨て場よ。確認したけど、外に繋がっているのは間違いないわ

 

 要は、死体を捨てる廃棄場だ。

 デルフィンの話を聞く限り、相当の数の死体があるのかもしれない。

 怖気が走るような生々しい話に、健人は頬を引きつらせる。

 

「ただ、ゴミ捨て場の落とし戸には鍵がかかっているから、脱出の際は鍵を探して。用途から考えて、尋問室からそれほど離れていない場所にあるはずよ。」

 

「そうですか……分かりました。とりあえず、そのマルボーンさんに会ってきます。デルフィンさんは?」

 

「私はあなたの衣装を用意しておくわ。準備が出来たら、街の外で落ち合いましょう」

 

 踵を返して立ち去っていくデルフィンを見送った健人は、目的の酒場へ向かった。

 ウィンキング・スキーヴァー。

 目的の宿屋は華やかなソリチュードにも相応しい、石造りの綺麗な建物だった。

 入口の扉を開いて中に入ると、外壁と同じ石造りのホールが健人の目に飛び込んでくる。

 綺麗な外観にふさわしく、ホールの中も今まで健人が見てきたどの宿屋よりも小綺麗で、賑やかだった。

 昼間にもかかわらず、暗がりを照らす蝋燭の火と、綺麗な細工が施された窓ガラスから差し込む日の光が交差し、店の中を明るく照らしている。

 店内の各所に置かれた丸テーブルには様々な人達が集い、酒を飲んだり食事をしたりと、思い思いの時間を楽しそうに過ごしている。

 そんな中、健人の目に、賑やかな店内に隠れるように、隅のテーブルに腰を落ち着けて杯を傾けている一人のウッドエルフが目に映った。

 壁に背を預け、まるで店の中を観察するように辺りを見渡す男性を見て、健人は彼がマルボーンだと思い、彼が座るテーブルに足を運んだ。

 

「デルフィンさんに言われてきた。マルボーンさんか?」

 

「そうだが、彼女がお前を」

 

 マルボーンは健人の頭の上から爪の先までをねめつけるように観察する。

 マルボーンにしても、この計画は非常にリスクが大きい。計画を実行する人間を確認することは当然のことだ。

 その眼にはどこか迷いや疑問を抱いていると思われる光があったが、仕方ないと言うように首を振り、決意を固めた。

 

「彼女を信じるしかないか。こちらで必要なものを密かに大使館に持ち込んでおく。他には何も持ち込まないようにしてくれ。サルモールの警備は厳重だからな」

 

「準備は出来ています。必要なものはこれです」

 

 健人が背負っていた背嚢を手渡すと、マルボーンは素早く席を立つ。

 

「いいだろう。これを大使館の中に持ち込んでおく。これで失礼するよ。心配するな、パーティーでまた顔を合わせるだろう」

 

 急くような口調でまくし立てたマルボーンは、健人の荷物を持って足早に店を出て行った。

 健人は立ち去っていくマルボーンの背中を眺めながら、彼が座っていた席に腰を下ろした。

 マルボーンとの接触を悟られないためにも、少し時間をつぶしてから店を出るつもりだった。

 座った席から、店内を見渡す。

 

「なあ、聞いたか? 世界のノドから降りてきたドラゴンボーンが、太古の上り坂に巣くっていたドラゴンを倒したってよ」

 

「その情報、古いぜ。最近じゃロリクステッドを襲ったドラゴンを殺して、その魂を吸い取ったらしい」

 

 話し込む人たちの話題は、最近出現し始めたドラゴンの話題だ。

 ヘルゲンやホワイトランが襲われたこともあり、ドラゴン復活の噂は瞬く間にスカイリム中に広がっている。

 実際にドラゴンの目撃情報や襲撃を受けたという話も上がっていることが、スカイリム中の人たちが、ドラゴンの脅威を認め始めている証左だろう。

 同時にそれは、アルドゥインが確実に自分の戦力を増強してきているということでもあった。

 そして、ドラゴンを狩るリータの存在も、稲妻のような鮮烈さでもって、スカイリム中を駆け巡っている。

 今やリータの名を知らないものは、スカイリムにはいないと断言できるほど、彼女の名前は広まっていた。

 

「聞いた話じゃ、ドラゴンボーンはノルドの女らしい。金髪の美女で、お供に二人の同族を従えているらしい」

 

「さすがは同胞。われらノルドの誇りだ!」

 

 話し込む人たちを眺めながら、健人は自分の胸の奥がチクリと痛むのを感じた。

 饒舌にドラゴンボーンのことを話す人たちの会話の中に、健人は出てこない。

 リータたちがドラゴン退治を始めたとき、健人はモーサルで修行の日々を送っていたのだから。

 只人たちの会話が、健人にリータとの間に開いた距離を感じさせていた。

 健人はテーブルに残された杯を手に取り、残っていた中身を呷る。

 焼けるような火酒がのどを焼く感覚に眉を顰めながら、健人は30分ほど時間をつぶした後に店を出た。

 店を出た健人は正門からソリチュードの街を出て、麓の農家まで足を運ぶ。

 そこには、すでに準備を終えたデルフィンが、馬車のそばで彼の帰りを待っていた。

 

「大使館に持ち込みたい装備はマルボーンに渡しておいた?」

 

「ええ、しっかりと」

 

「良かったわ。これが晩餐会の招待状よ。

 招待状の名前はリヒト・ウェイナだから、大使館ではこの名前を名乗りなさい」

 

「分かりました」

 

 デルフィンは健人に晩餐会の招待状を手渡すと、続いて馬車に乗せてあった荷物の蓋を外し、中から豪奢な装いの服を取り出した。

 

「さあ、これを身に着けて。他の装備は預かるから」

 

「デルフィンさん。リータは……」

 

「おそらくもうすぐこのソリチュードに着くでしょうね。心配しなくても大丈夫よ、サルモールには近づいていないし、ケント程危険な目には遭っていないわ」

 

 世界のノドでシャウトの修練を積んでいたリータだが、既に世界のノドを降りて、ソリチュードに向かっている。

 正確には、ソリチュードの近くにある祠で合流の予定だが、健人としては、リータが再びサルモールに襲われないか心配でもあった。

 

「それより、今は自分の身を心配しなさい。必要な情報を手に入れて、必ず帰ってくるのよ」

 

「分かっています。それじゃあ、行ってきます」

 

 デルフィンの忠告に、健人は浮かんだ懸念を一端胸の奥深くへとしまい込んだ。

 この潜入任務のキーは健人であり、今から自分達を襲ってきたサルモールの懐に潜り込まなければならないのだから。

 衣服を着替え、準備のできた健人が馬車に乗り込むと、馬車はサルモール大使館を目指して出発した。

 




というわけで、サルモール大使館潜入ミッション開始です。
本当は前半部分は前話に入れたかったのですが、尺の都合でこちらに入れました。
続きは25日の夜か、26日に投稿予定です。

以下、登場人物紹介

マルボーン

メインクエスト“外交特権”にて、サルモール大使館潜入時に主人公に協力してくれるウッドエルフ。
サルモール大使館で働いてはいるものの、故郷の家族をサルモールに皆殺しにされており、サルモールを強く憎んでいる。


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第七話 外交特権

第七話、投稿です。
いや~年末ですね。一年が本当に早い。

それでは、本編どうぞ!


 日が落ち、空が夜の闇に包まれた頃、健人はサルモール大使館に到着した。

 サルモール大使館はソリチュード北側の山の上に、ソリチュードを見下ろすように建てられている。

 乗ってきた馬車から降りた健人は、顔に叩きつけてくる強風に手をかざしながら、大使館の正門へと足を進める。

 

「サルモール大使館へようこそ。招待状をお見せください」

 

「これです」

 

 正門を警備していたサルモール兵にデルフィンから渡された招待状を見せる。

 衛兵は丁寧なしぐさで招待状を受け取り、中身を確認し始める。

 健人としては内心、見咎められないか不安で仕方なかった。

 

「ありがとうございます。お入りください」

 

 笑顔で招待状を返され、心の中で安堵の息を漏らしながら、健人は大使館の中へと足を踏み入れた。

 正門の扉を潜ると、直ぐにパーティー会場に繋がっており、健人の正面には壮年のアルトマーの女性が立っていた。

 

「ようこそ。お会いしたのは初めてですね。スカイリムのサルモール大使のエレンウェンです」

 

 エレンウェン。

 スカイリムのサルモールを統括する、最高責任者であり大使だ。

 彼女は穏やかな笑みと共に優美な礼をしてくる。

 その所作は健人には見覚えのないものだったが、相手を敬って好印象を抱かせるような、上流階級としても相応しい完璧なものだった。

 

「リヒト・ウェイナと申します。今宵はお招きいただき、ありがとうございます」

 

 今度は健人がエレンウェンに対して名乗る。

 名乗る名前は当然、デルフィンが用意した偽名であるが、その礼の所作はデルフィン仕込みのものである。

 デルフィンはこのような所作の仕込みも健人にきちんと施していた。

 パーティーの格式がどうであれ、初対面では最初の礼が何よりも肝心。

 他者に対する印象のほぼ全ては、外見と所作、声で決まるからだ。

 

「ああ、招待客リストで、お名前を拝見しました。もう少し、貴方の事をお聞かせください。なぜ、このスカイリムに?」

 

 エレンウェンは、健人の礼には特に違和感を覚えなかったようで、笑みを崩してはいない。

 しかし、外交官としての彼女の眼は、見慣れぬ客人である健人を見透かそうと、冷たい光を放っている。

 健人の喉が、自然と唾を飲み込む。

 横に設けられたカウンターから、第三者がエレンウェンに声がかけてきた。

 

「大使夫人、申し訳ありません。少しよろしいですか?」

 

「何、マルボーン」

 

 エレンウェンに声をかけてきたのは、ウィンキング・スキーヴァーで話をしたマルボーンだった。

 彼は一瞬だけ健人に視線を向けると、すぐにエレンウェンに視線を戻す。

 

「いえ、アルトワインが切れましたので、補充して良いのかと……」

 

「もちろん。言ったはずよ。つまらない事で私の邪魔をしないようにと」

 

「はい、大使夫人」

 

「失礼します。後ほど改めてお目にかかりましょう。どうぞ、お楽しみください」

 

 マルボーンに会話の腰を折られたエレンウェンは、次の招待客に挨拶するために、その場を後にした。

 健人はホッと息を吐き、ゆっくりとマルボーンが担当しているバーのカウンターに近づく。

 

「中に入れたようだな。衛兵の注意を逸らしたら、後ろの扉を開けてやる。そうしたら行け。お互い、今日を生き残れることを祈ろう」

 

 話を聞かれないように声を抑えて、かつ手早く要件を伝えるマルボーン。

 健人は一度パーティー会場に目を向ける。

 

「何か、飲み物は貰えます? さすがにパーティーの場で何も持っていないのは……」

 

「さあどうぞ、最高級のコロヴィアン・ブランデーです」

 

「ブランデーか……うっ」

 

 マルボーンが、銀の杯に蒸留酒をなみなみと注いで渡してくる。

 強力な酒精の香りが、健人の鼻を刺激し、健人は思わず眩暈を感じた。

 とはいえ、これで姿形は完全にパーティーを楽しむ富裕層の格好だ。

 後はどうにかして、パーティー会場の裏手に入り込む隙を作ればいい。

 健人はいざ気合を入れなおし、賑やかなパーティー会場に足を踏み入れようとした。

 しかし、その足はすぐさま引っ込められることになる。

 

「あれは、プロペンタス執政?」

 

 パーティーの参加者の中に見知った顔を見つけ、健人はそっと柱の陰に隠れた。

 偽名を名乗っている今の健人が、自分の本名を知っている人間と出会うのは良くないと考えたからだ。

 柱の影からパーティー会場を眺めつつ、衛兵の眼を逸らす方法を考えながら、手に持ったブランデーに口をつけていたその時、健人はさらに予想外の人物と目が合ってしまった。

 

「おや、君は……」

 

「ん? ぶっ!」

 

 目が合ったのはモーサルの首長、イドグロッドだった。

 予想外の人物の登場に、健人は思わず啜っていたブランデーを吹き出してしまう。

 イドグロッドの方も健人の姿を見て驚いているのか、その老いて落ちくぼんだ瞳をこれ以上ないほど見開いていた。

 

「イドグロッド首長。どうしてここに……」

 

「それは私のセリフだよ。モーサルは一応、この内戦では帝国派だからね。そういうケントこそ、どうしてこの晩餐会に?」

 

「今の自分は健人ではなく、リヒトです。ちょっと色々ありまして……」

 

 静かに近づいてきたイドグロッドが、小声で健人に問い掛けてくる。

 一方、健人としても事の事情を話す訳にもいかず、適当な言葉で誤魔化すしかない。

 

「そうかい……」

 

 イルグロットは、健人が偽名を名乗っていることに一瞬額に皺を寄せるも、すぐに意味ありげな笑みを浮かべた。

 

「それじゃあリヒト、初対面の君に、ここにいる人達について話しておこう。

 あっちにいるのはサルモールのタロス狩りの指揮官。こっちには金にがめつく、黒い噂の絶えないソリチュードの従士。そっちにいるのは……」

 

「プロペンタス執政。ホワイトランを統治する、バルグルーフ首長の右腕ですね」

 

「そう、他のホールドの首長はこうして晩餐会に直接赴いているけど、ホワイトランは首長自身は出向かず、しかし自分が最も信頼する執政を送るあたりに、バルグルーフの意図が滲み出ているよ」

 

 ホワイトランは帝国とストームクロークとの内戦において中立を維持しているが、こうして帝国との繋がりを完全には断たないあたりが、彼らの今の立場を物語っている。

 

「ここは魔窟さ。周りは毒蛇だらけ。皆、腹の中に一物も二物も抱えている。表面は春の小鳥のように明るく囀っているが、裏ではフクロウのように爪を研いでいる」

 

「あの、イドグロッド首長。ちょっと会場の眼を引き付けられませんか?」

 

 健人としては、事情も話さずイドグロッドに協力を仰ぐことは不義理に感じていたが、素直に全てを話す訳にもいかない。

 一方、イドグロッドは健人の提案を聞いて、悪戯を思いついた悪童のような笑みを浮かべた。

 

「ふ~ん。何をするつもりなのかは知らないが、随分と面白いことを考えているみたいじゃないか」

 

「あの、イドグロッド首長?」

 

 老獪な首長の顔から、突然悪ガキを思わせる顔に変わったイドグロッドに、健人は思わず唖然とした表情を浮かべた。

 健人の脳裏に、モーサルの宴で騒いでいた首長の姿が蘇る。

 

「まあまあ、任せておきな。年寄りも悪いもんじゃないよ。こういう時、ババアはある程度お目こぼしをしてもらえるんだからねえ」

 

 呆然としている健人をよそ目にイドグロッドは、それはもう楽しそうな笑みを浮かべて、会場へと戻っていく。

 健人はその背中をハラハラしながら見送った。

 口調からある程度は自重すると思われるが、正直自信がない。

 健人の不安をよそに、イドグロッド首長はパーティーに参加している一人の男性の元に向かった。

 男性はかなりの飲兵衛なのか、酒気を帯びた赤ら顔で、陽気な歌を歌っている。

 その男性の前に立つイドグロッド。

 すると彼女は、これでもかと目を見開いて鬼気迫る表情を浮かべると、彼女は会場中に響くような大声を上げ始めた。

 

「ここにいる! その目の奥で、蛇共がのたうち回っている。あっちに行け!」

 

 切羽詰まった大声で会場中の目を引くイドグロッド。

 全身を戦慄かせ、瞳はまるで何かに取りつかれたかのように白目を剥き、ひび割れた樹皮を思わせる顔に更なる皺を寄せている。傍から見てもホラー映画に出てきそうなほど怖い。

 

「なんだと! 蛇だって! どこだ!」

 

 一方の酔っ払いの男性はよほど蛇が苦手なのか、コップを持ったまま右往左往し始めた。

 ついには盃に入った酒を辺りにまき散らしながら、ありもしない蛇を払おうと暴れ始める。

 

「立ち去れ蛇よ。二度と迷惑をかけるな!」

 

「やめろ! 蛇は、蛇はダメなんだ!」

 

 イドグロッドの煽りはさらに高まり、同時に酔っ払いの焦りもつのる。

 ついには、酔っぱらいは逃げ出そうと千鳥足で駆け出し、周囲の来客を巻き込みながら、テーブルに激突。

 ドンガラガッシャンと、せっかくの豪華な食事や酒を床にぶちまけてしまう。

 慌てた様子で酔っぱらいに掛けよる衛兵と、それでもなおも暴れる酔っ払い。

 そして彼らの前に両手を広げて仁王立ちしている、白目を剥いた老婆。

 

(うわぁ……)

 

 傍から見ても酷い絵面だ。

 酒に溺れた酔っ払いと電波を受信した(ように見える)老婆のコラボレーションである。

 そんな中、騒ぎを聞きつけたエレンウェンがやってきた

 

「ねえラゼラン。もう騒ぎは起こさないと誓ったはずよね?」

 

「ああぅ、ちがぅんだエレンウェン。これは、何かのまちがぃで~」

 

 会場中の意識は、今や二人に釘づけだ。

 この隙に、健人は素早くマルボーンがいるカウンターに駆け寄り、開かれた奥の扉に身を滑り込ませた。

 

「これまではまあまあだ。抜け出す姿を見られていなければいいがな」

 

 マルボーンの話では、預けた装備品は厨房の隣の食糧庫に置いてあるらしい。

 そのまま健人はマルボーンが促すまま、彼の後についていく。

 厨房を通る際に料理人である女性のカジートに咎められたが、マルボーンは女性が違法であるムーンシュガーを食べていることを匂わせて黙らせることで、健人は食糧庫に入ることが出来た。

 食糧庫の片隅には、大人が一抱えもする大きな木箱が置かれていた。

 

「道具はその箱の中だ。巡回兵に気付かれないように出たら鍵をかける。しくじるなよ。もしバレたら、二人とも終わりだ」

 

 健人は頷き、箱の中の装備品を取り出して素早く着替えた。

 用意した装具は、愛用している革の鎧とエルフの小手にブレイズソード。鋼鉄の短剣に、ポーションやロックピックなどを入れたポーチだ。

 また革鎧の靴には、隠密能力を高める付呪が施してある。

 これは元々、モヴァルスの隠れ家で見つけた靴に付呪されていた魔法効果を抜き出し、健人が施したものだ。

 モヴァルスの靴は健人にはサイズが合わず、その為付呪されている効果を習得する方を健人は選んだ。

 付呪については、健人の力量が未熟なために隠密向上の効果は元の物よりも低い。

 しかし、モーサルの魔術師であるファリオンの協力もあり、劣化しているとはいえ、それなりの効果はある品に仕上がっている。

 また、本当なら盾や弓も用意したかったが、盾はモヴァルスに破壊されているし、隠密行動をするには嵩張るので、今回は持ってきていない。

 装備を整えた健人は、静かに食糧庫奥の大使館内に続く扉を潜る。

 彼の背後で食糧庫への扉が閉じられ、カギがかけられた。

 これで、もう退くことはできない。

 大きく息を吐き、健人は気配を消しながら、音をたてないようにゆっくりと進みはじめる。

 だが、ほんの数メートル進んだところで、先にある扉の陰から人の話し声が聞こえてきた。

 

(いきなりか……)

 

 そっと先を覗き見ると、巡回兵と思われる二人のハイエルフが話をしている。

 健人はとりあえず、二人の巡回兵が移動するまで、扉の陰に身を潜めることにした。

 

「今朝、ローブを纏って歩いている連中を見たか? 奴ら、何者なんだ?」

 

「いや、奴らはアリノールから来た上級魔術師だ。あのお方がついにドラゴンの来襲に危機意識を持ったのだろう」

 

 巡回兵たちの会話の中にドラゴンの単語が出てきたことに、健人は耳をそばだてた。

 どうやら、サルモールもドラゴンの襲撃については憂慮しているらしい。

 

「確か、この前も魔術師で編成された大隊が襲撃を受けて壊滅していたな」

 

「ああ、僅かな生き残りの話では、黒い巨大なドラゴンだったらしい」

 

 黒い巨大なドラゴンという言葉に、健人の眉が自然と吊り上がる。

 

(アルドゥインか……。サルモールも被害を受けているのか……)

 

 アルドゥインの攻撃対象は、人間だろうとエルフだろうと関係ないらしい。

 その後、五分程話し込んでいた巡回兵だが、思い出したように警備へと戻っていった。

 

(よし、先に進もう)

 

 大使であるエレンウェンの部屋は、健人が考えるに、この建物の最も高いところにあることが推察された。

 巡回兵が立ち去ったのを確認した後、健人は静かに、しかし素早く扉から身を乗り出し、上へ続く階段を上る。

 階段を上り、さらに先を進もうとしたところに、今度は他の巡回兵が正面からやってきた。

 下手に階段へ戻れば、先の巡回兵に見つかる恐れがある。

 

(使うか……)

 

 健人はポーチから二本の小瓶を取り出し、内一本の蓋を開けて中身を嚥下する。

 すると、彼の体が透けるように透明になった。

 健人が飲んだのは、錬金術で作った透明化する薬だ。

 効果時間は十数秒しか保てないし、足音なども消すことはできないが、巡回兵の目をやり過ごすにはもってこいの薬だ。

 健人は足音を立てないように、向かってくる巡回兵の脇で身をかがめて音を立てないようにすり抜け、距離が離れると同時に、一気に駆けて奥の扉に飛び込んだ。

 飛び込んだ扉の先は外に繋がっていた。

 夏とは思えないほど寒く、どす黒い雲に覆われた空と、肌を引き裂くような風が叩き付けてくる。

 どうやら天候は、徐々に荒れ始めているらしい。

 健人が出てきた場所は、どうやら大使館の屋上に作られた空中庭園のようで、庭園の奥にはこれまた立派な建物が鎮座している。

 

(あれが、デルフィンさんが言っていたエレンウェンの私室だな)

 

 庭園内にはこれまたかなりの数の巡回兵が警備についており、奥の建物が、この大使館でも需要な場所であることが伺えた。

 健人は残っていた透明化の薬を飲み、透明化したまま一気に庭園を抜けると、目的の建物内に侵入する。

 建物内に入り、入り口の扉を閉めたところで、透明化の薬の効果が切れた。

 

(危ない。間一髪だった)

 

 侵入した部屋はとても広い応接間があり、奥には豪奢な執務机が見えた。

 どうやら、ここが健人の目的地である、エレンウェンの執務室で間違いないようだ。

 しかし、健人が薬の効果が間に合ったことにホッとしたのも、つかの間だった。応接間の奥から、懇願するような大声が聞こえてきたのだ。

 

「その金が必要なんだ! 自腹を切っているんだよ」

 

「黙れ、思い上がるなギシュール。お前はもっとも使える奴だが調子に乗るな。もう少し、扱いやすい情報提供者は他にもいる」

 

 執務室内にも他の人がいたことに、健人は慌てて近くの家具の陰に隠れた。

 話し声は、応接間にある仕切りの奥から聞こえてきた。

 話をしているのは、サルモールの高官と、ノルドの男性。

 会話の内容から考えても、後ろ暗い事を話していることが推察できる。

 

「でも、他にそんな役に立つ情報を持ってくる奴は他にはいないだろ? 

 エチエンが話したんだろう? あんた達が捜している爺さんの居場所を知っているって」

 

「奴の話を確認したら、残りの金をやろう。約束通りにな。さて、仕事がある。残りの報酬が欲しいのなら、邪魔はするな」

 

「な、なあ。アンタを助けてやれると思う。奴と話してみよう俺は信頼されているんだ」

 

「一緒に下に降りて欲しいという事かギシュール? 奴の拘束具を緩めて、同じ独房に押し込めてやろうか? 何を聞いてもいいぞ。どんな返答をするか、見物だな」

 

「い、いや、その……外で待っているよ」

 

 エチエン、爺さん、独房。

 健人は聞こえてくる会話の内容を頭に刻み込む。

 やがて会話をしていた二人は別れ、ノルドの男性はそそくさと部屋を後にし、サルモール高官はお供の兵士一人を伴って、部屋の奥へと消えていった。

 人の気配が消えたことを確かめ、健人はゆっくりと家具の影から出ると、素早くエレンウェンのものと思われる執務机に駆け寄り、調べ始める。

 

“サルモール調査:ウルフリック”

“サルモール調査:デルフィン”

 

 様々な書類が目を引くが、その中でも特に興味深い書物が出てきた。

 

“ドラゴン調査:現在の状況”

 

 エレンウェン第一特使宛てに送られた、ドラゴンに関する報告書だ。

 報告者はルリンディル第3特使。

 報告書には、サルモールが調べた、ドラゴン復活の現象についての調査経過が書かれていた。

 しかし、ドラゴン復活に関して明確な原因を示す記述は一切なく、逆にサルモールも必死になって情報を集めようとしている事しか書かれていなかった。

 

「サルモールもまだドラゴンについては何も知らないのか。それに、ルリンディル第3特使、さっき話をしていたエルフか?」

 

 ただ、報告書にはサルモールは手掛かりになりそうな人物を特定し、大使館に連れてきているらしい。

 健人の脳裏に、先程のサルモール高官。おそらく、この報告書を書いたルリンディル第3特使と思われるハイエルフの姿が思い起こされる。

 彼らは、執務室の奥の階段を下りて行った。おそらく尋問室は、その階段の奥にあるのだろう。

 健人はとりあえず、執務机にあった報告書をいくつか纏めて懐に納めると、奥の階段を下り、尋問室を目指した。

 




というわけで、エレンウェンの私室まででした。

モヴァルスの靴はユニークアイテムで、使い手の隠密能力を向上することが出来ます。
前回のモヴァルス討伐の際に、健人に渡された報酬の一つで、健人はこれはアルケイン付呪器で破壊し、術式を取り込んでいます。
ゲーム上ではユニーク系の装備は破壊できませんでしたが、本小説では、ある程度のユニークアイテムは破壊できると考えて構築しています。
勿論、デイドラクラスの装具は破壊できませんが……カミソリとか破壊出来たらエライことになる……。


以下、登場人物紹介

エレンウェン
スカイリムのサルモールを実質指揮する最高権力者。内乱で混乱するスカイリムを監視し、サルモールの都合の良いように誘導しようとしている節が見受けられる。
大戦中は軍の尋問官だったらしい。
ちなみに、彼女が尋問した人物の中には、スカイリム作中でも重要な人物が存在する。


ラゼラン
パーティー会場で酔っぱらっている人物。酒を渡すと騒ぎを起こすのを協力してくれるが、今回は主人公がイドグロッドに頼んだため、ただの被害者になってしまった。
まあ、頼んだ場合でもエレンウェンに怒られて追い出されるのだが……。


ルレンディル第3特使
ドラゴン調査の過程で、エズバーンの存在を突き止めた人物。
ゲーム中でも、報告書の中で、彼の名前を確認することが出来る。


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第八話 華やかなパーティーの裏で

注意!

本話の最後から、この小説のオリジナル展開に入ります。



 尋問室に入った瞬間、健人の耳に低く縋るような声が届いてくる

 

「よせ、頼む! 他には何も知らないんだ。もう全部話したじゃないか!」

 

 扉を潜ってすぐの右側には手すりがあり、下の階を覗き込めるようになっていた。

 眼下には独房と檻の中に入れられた囚人、先程上に上階にいたサルモール高官と兵士一人がいる。

 囚人は独房の中で檻に繋がれ、彼の前にはサルモールの兵士がメイスを持って立っている。

 

「静かに、ルールは分かっているだろう。話かけられた時以外はしゃべるな。これからルリンディル氏が質問する」

 

「やめてくれ……。頼む、もう洗いざらい話したんだ」

 

 囚人を前にした兵士がメイスを振り上げる。

 

「やめてくれええええ!」

 

 肉を殴打する音が、二、三度、独房に響いた。

 初めて目の前で行われる拷問を前に、健人は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 兵士がひとしきり殴った後、ルリンディルと呼ばれたサルモール高官が、囚人に話すよう促す。

 

「もう一度、最初からだ」

 

「はあ、はあ……リフテンに住んでいる年寄りがいる。彼がアンタの探しているエズバーンかもしれないが、断言できない。ちょっとイカれて見えた。知っているのはそれだけだ」

 

(エズバーン? 報告書にあった、ドラゴン復活の情報を知っている人か?)

 

「それで、その老人の名前は?」

 

「名前は知らない。もう何度も言った通り……あああああ!」

 

 再び、兵士のメイスが振るわれる。

 のたうち回るような囚人の悲鳴が、再び響く。

 

「どうすればいいか分かっているな。質問に答えればいいんだ。その老人はどこにいる?」

 

「言った通り知らない! ラットウェイで見かけただけだ。あそこに住んでいるのかもしれないが、確かなことは分からない!」

 

 ラットウェイ。

 リフテンのどこかにある場所の名前らしい。

 

「今のところ、それで質問は全部だ。非協力的な態度は相変わらずだな、失望している。次はもっと協力した方がいいぞ」

 

「これ以上どうしろと? もう洗いざらい話したんだ。なあ、自由にしてくれたらリフテンまで案内するよ。実はそこに……」

 

「黙れ、囚人!」

 

「ぐああああああ!」

 

 最後の一撃を加え、兵士が独房から出てくる。

 健人は尋問が終わったことで、ルリンディルが再び上に戻るかもしれないと考えた。

 このまま上に向かう扉の前に居たら、鉢合わせてしまう。

 すぐに移動しようとしたその時、運悪く健人が立っている床が音を立てて軋んだ。

 

「ん、誰だ? っ!」

 

(見つかった!)

 

 ルリンディルの視線が、上から様子を覗いていた健人を捉えた。

 見つかったと気付いた健人。考えるよりも先に体が動いた。

 素早く手すりを乗り越えるとブレイズソードを抜いて逆手に構え、刃の切っ先を相手に向けたまま、体ごとぶつかるようにルリンディルに跳びかかる。

 

「侵入……ごあ!」

 

「ぐう!」

 

 ブレイズソードの切っ先は鎧を纏っていないルリンディルの体を貫通し、そのまま床に深々と突き刺さって、彼の体を磔にしてしまった。

 健人の方も、着地の際に体勢を崩して倒れ込む。

 

「ルリンディル特使! おのれ!」

 

 残ったサルモール兵士が、激昂して手に持っていたメイスを振り上げ、健人に襲い掛かってきた。

 ルリンディルを貫いたブレイズソードはかなり深く床に刺さっており、引き抜くのは容易ではない。

 健人は即座に剣を抜くのを諦め、代わりに右手で腰から短剣を逆手で引き抜く。

 さらに、両足に力を入れ、振り下ろされるメイスに合わせて自分からサルモール兵士に向かって突っ込んだ。

 間合いの内側に滑り込まれたことで、サルモール兵士のメイスの威力が減ずる。

 健人は左手の小手で振り下ろされたメイスの柄を抑えて、相手の打撃をいなしながら、右手の短剣をサルモール兵士の首に突き立てた。

 

「グッ、ごぷ……」

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 首を貫かれたサルモール兵士が、血の泡を吹きながら崩れ落ちた。

 健人は暴れ馬のように荒れる呼吸と心臓を鎮めようと、胸に手を当てて、しばしの間、目を瞑った。

 奪った人の命、戦闘の緊張と興奮で荒れる呼吸。

 血を流して事切れたルリンディルとサルモール兵士の姿が、ヘルゲン脱出の際に己が焼き殺した兵士達に重なる。

 だが、数度の深呼吸で、健人の心臓はすぐに平坦な鼓動を刻み始めた。

 

「アンタ、一体……」

 

「……話は後。拘束を解くぞ」

 

 茫然とした囚人の声に、健人は冷淡な返事を返し、硬直していた体をゆっくりと動かして囚人を拘束していた拘束具を外した。

 

「あ、ああ、感謝するよ」

 

 思わぬ助けに感謝を述べる囚人。

 健人は脳裏に浮かんだ過去の光景を思考の片隅に追いやり、ルリンディルに突き刺さったブレイズソードを回収してから、彼の遺体を探ってみる。

 すると、一本の鍵と一冊の書物が出てきた。

 鍵はおそらく、デルフィンから聞いた、この部屋から脱出するための落とし戸の鍵だろう。書物の方はルリンディルがまとめたと思われる報告書だった。

 健人は報告書の冊子を開き、中身を読んでみる。

 

“サルモール調査:エズバーン”

 

 報告書にはエズバーンはかつてのブレイズの一員で、サルモールは彼がドラゴンについての記録を持っていると考え、最優先の捕獲対象に認定している事が書かれていた。

 そして、エズバーンは現在、リフテンに潜伏しているらしいことも。

 サルモールの報告書を読んだ健人は、先程の尋問で気になった事を囚人に尋ねてみる。

 

「なあ、エズバーンという奴についてだが……誰か来た、隠れろ」

 

 だが、健人が囚人にエズバーンについて尋ねようとした時、コツコツと、誰かが上階の階段を下りてくる音が聞こえてきた。

 誰か他の大使館の人間が、この尋問室にやって来たのだ。

 健人と囚人はとりあえず、ルリンディルとエルフの兵士、二人の遺体を暗がりへと隠した。

 ガチャリと上階へ続く扉が開かれる。

 入ってきたのは二人のサルモール兵士と、健人が大使館に侵入するために協力したウッドエルフ……マルボーンだった。

 マルボーンは両手を縛られ、二人の兵士に挟まれる形で尋問室へと降りてくる。

 

「よく聞け、お前は囚われの身だ。共犯者もすぐに捕まえる。降伏して洗いざらい話すか、共犯者と仲良く死ぬか、どちらかだ」

 

「好きにしろ。自分は死んだも同然……」

 

「黙れ、裏切り者!」

 

 協力者であるマルボーンが、このままサルモールに捕まったままである事は、健人達にとっても良くない。足が付く可能性がある。

 しかも、マルボーンを拘束した兵士達が尋問室の異常に気付くのは避けられない。

 死体は隠したが、床にはルリンディル達が流したばかりの血が残っているからだ。

 拷問を行っている場所だけあり、尋問室の彼方此方には赤黒い血の跡も残っているが、ルリンディルの血は流したばかりで固まってすらいない。

 健人は右手にブレイズソードを保持し、同時に詠唱を開始。マジ力を捻りだし、左手に魔法を構築する。

 

「ん? これは……」

 

 案の定、マルボーンを連行してきた先頭の兵士が床の異常に気付いた。

 先頭の兵士の意識が床に向いた瞬間、健人は暗がりから飛び出した。

 相手が剣を抜く隙を与えぬまま、ブレイズソードを先頭の兵士の首めがけて一閃させる。

 

「がっ!」

 

「伏せろ!」

 

 健人の呼びかけに、マルボーンは咄嗟に身を屈める。

 続いて健人が左手の魔法を解放。

 素人クラスの破壊魔法である“火炎”が、マルボーンの後ろにいたサルモール兵士に襲い掛かった。

 だが、さすがは魔法に長けたハイエルフ。

 咄嗟に“魔力の盾”を使い、健人の火炎を防ぐ。

 しかし、その魔法は元々囮だった。健人自身、自分の脆弱な魔法が簡単にハイエルフに通じるとは思っていない。

 健人はその隙に間合いを詰め、刀を横薙ぎに振り抜き、サルモール兵士の鎧に守られてない内股を切り裂いた。

 

「ぐああああ!」

 

 足を切られたサルモール兵士が、四つん這いに蹲る。

 刀を振り抜いた健人は素早く刃を切り返し、上段からサルモール兵士の首めがけて刀を振り下ろした。

 切断された首がごろりと転がり、頭を失った胴体から勢いよく血が噴き出す。

 健人は自分が斬った死体から出来るだけ目を背けつつ、マルボーンに声を掛ける。

 

「……大丈夫ですか?」

 

「あ、ああ、助かったよ。だがこれで、サルモールから一生狙われ続けるだろうな。それだけの価値があったならいいが……」

 

 マルボーンの言葉に、健人も言葉に詰まる。

 今ここで、健人は四人の命を奪った。

 ヘルゲンで、そしてモーサルで経験しているとはいえ、粘つくような嫌悪感は消えない。

 

「……とにかく、脱出しましょう。死体を片付ける落とし戸から、外に出られるはずです」

 

 湧き上がる嫌悪感を押し殺しながら、健人は腰のポーチにあるポーションでマジ力を回復させ、落とし戸に手をかける。

 死体を廃棄する落とし戸の蓋には鍵がかかっていたが、ルリンディルのローブのポケットに入っていた鍵で解除できた。

 落とし戸の扉を開けると、風が下から吹いてきた。外に繋がっていることは間違いないなさそうだった。

 手近にある椅子を壊して松明を作り、梯子を下りて暗い穴の先に向かう。

 穴の底にはサルモールの犠牲者たちの遺体が散乱していた。

 白骨化した死体だけでなく、齧られた跡もあるところを見ると、どうやらここで破棄された死体を食べている動物がいることが推察できた。

 大型の捕食動物の可能性もあることから、健人達は出口を目指し、足早に駆ける。

 しばらく洞窟を進んだ先に、出口が見えてきたが、外はまだ暗く、吹雪いており、松明に照らされた雪が横殴りに飛んでいるのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 賊の侵入を聞いたエレンウェンは大使館の尋問室で、煮えたぎるような怒気を露わに、その場に集まった警備兵たちを睨み付けていた。

 

「これはどういう事かしら?」

 

 静かに、しかし、有無を言わせぬ圧力を伴った声が、その場に集った兵達を脅えさせる。

 このスカイリムで、サルモールにとって最も重要な拠点。その一つに、こうも容易く浸入され、重要な文書を盗まれた上に要人を殺された。

 エレンウェンにとっては絶対に許容できない事態であり、その苛立ちが状況を未然に防げなかった警備兵たちに向けられる。

 誰もが委縮している中、エレンウェンの前に出たのは、碧水晶の鎧を纏ったハイエルフの偉丈夫だった。

 

「申し訳ありません。エレンウェン第一特使。どうやら賊はパーティーの参加者に扮して侵入し、重要文書をいくつか持ち去ったようです」

 

「それは分かります。すぐに追いなさい。そして、侵入者を私の目の前に連れてくるのです。尋問は私がします。

 殺された同胞への慰めとこの館で狼藉を働かれた汚名、この館に入り込んだ愚か者に同胞達が味わった数千倍の苦痛を、私が与えることで禊とするのです」

 

「はっ! 続け!」

 

 部隊長と思われる偉丈夫の呼びかけに、部下が一斉に続く。

 

「至急、いなくなった参加者を確認しなさい。私は無くなった文書から、侵入者の狙いを特定します」

 

 追撃部隊が、健人達の脱出した落とし戸に次々と入っていく中、エレンウェンは侵入者の特定のため、残った部下にパーティー参加者の確認を命じ、自分は見えざる敵の正体を看破すべく、自らの執務机に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 健人達が洞窟から脱出した出口の先には、デルフィンが馬車を用意して待ち構えていた。

 デルフィンは無事だった健人達を出迎えると、労うように笑みを浮かべる。

 

「とりあえず、生きて帰ってきたようね。マルボーン、無事?」

 

「ああ、何とか。それじゃあ、俺はこれで消えるよ。お互い、もう会う事はないだろうがな」

 

「ええ、助かったわ。ありがとう」

 

 それだけの言葉を交わすと、マルボーンはどこかへと走り去っていった。

 健人は一瞬、マルボーンも一緒に逃げないのかと考えたが、今後サルモールに追われることを考えれば、相手の注意を逸らすためにも別れて行動する方が効率的なのだろう。

 助け出した囚人もいつの間にかいなくなっている。

 元がどんな仕事をしていた人間だったのか健人には分からないが、逃げ足は相当速いようだった。

 

「それで、成果はあった?」

 

「これを」

 

 デルフィンが成果を尋ねてきたので、健人は懐に納めていたサルモールの各報告書を、彼女に手渡す。

 デルフィンは素早く中身を確認し、そして驚愕とも呆れとも取れるような溜息を洩らした。

 

「まさか、サルモールが何も知らないなんてね。おまけにエズバーンが生きていたなんて。死んだと思っていたわ、あの変人」

 

「変人……」

 

 この女傑が変人という辺り、健人はそのエズバーンという人物はどんな人だったのだろうかと首を捻る。

 しかし、サルモールが血眼になって追いかけている以上、重要な人物であることは間違いない。

 

「エズバーンは、ブレイズの公文書保管人だったわ。サルモールが大戦で私達をボロボロにする前にね」

 

 ブレイズは帝国の皇帝直属の諜報部隊。

 そんな機密だらけの組織で、公文書の保管を任されていたという事は、そのエズバーンという人物は相当量の知識と秘密を持っていることは間違いない。

 サルモールが血眼になって追いかけるのも納得できる。

 

「リフテンのラットウェイ……行ってみるしかないわね。幸い、コネはあるし」

 

「コネ……一体、そのラットウェイには何が?」

 

「ラットウェイの先には、盗賊ギルドの本拠地があるわ。ええ。スカイリムで色々と動くには都合のいい、互いに利益を共有できる相手よ」

 

「盗賊ギルド……」

 

「ちなみに、ドラゴンボーンとの連絡を取るのにも、一役買ってもらっているわ」

 

 盗賊ギルド。

 名前からして、明らかに犯罪者の集団であることが推察できる。

 しかも、デルフィンは“スカイリムで動くには都合がいい”と言った。

 つまり、スカイリム中に根を張るだけの大きな組織という事だ。

 そんな組織と伝手がある自分の師に、健人は改めて驚嘆した。

 だがその時、健人達が脱出してきた洞窟の奥から、金色の鎧を纏った集団が出てきた。

 

「いたぞ! 侵入者だ」

 

「っ!サルモールの追跡部隊!」

 

 姿を現したのは、大使館内の異常を察したサルモールの追跡部隊だ。

 尋問室にあったルリンディルたちの遺体や、囚人が消えている事から侵入者の存在に気付き、健人達の脱出路から追ってきたのだ。

しかも数が多い。

 合計で十人以上。高位の魔法使いであることを推察される黒いローブや、他の兵士とは明らかに格が異なる碧水晶の鎧を纏った兵士もいる大部隊だ。

 

「数が多い! 逃げるわよ」

 

 デルフィンが馬車に飛び乗り、馬に鞭を入れた。

 嘶きを上げて駆け出す馬車の荷台に、健人は慌てて飛び乗る。

 

「逃がすな!」

 

 追跡部隊の隊員たちが、一斉に魔法を唱え始めた。

 極寒の吹雪の中、健人の背中に氷柱を突き立てられたような悪寒が走る。

 

「デルフィンさん、後ろから魔法が……!」

 

「っ! 飛び降りなさい!」

 

 荷台を引き、鈍重な馬車に殺到してくる無数の魔法を回避する術はない。

 健人はデルフィンの指示のまま、荷台の縁に足を掛けて飛び降りた。

 次の瞬間、サルモール兵達の高位魔法“エクスプロージョン”が馬車に着弾した。

 

「うわあああああ!」

 

 爆風に煽られ、荷台が爆散。荷馬は焼かれながら吹き飛ばされて絶命した。

 更に悪い事に、流れ弾が街道周囲の木を巻き込み、燃え盛ったまま倒れこんで、健人とデルフィンを分断してしまう。

 

「デルフィンさん、無事ですか!」

 

「逃がすな! 追え!」

 

「くそ!」

 

 デルフィンの安否を確かめたいが、後ろからはサルモールの追跡部隊が迫っている。

 健人は止むをえず、追跡部隊を巻くために森の中へと駆け出した。

 

 




というわけで、外交特権のクエスト最後にサルモール追跡部隊に追われるというオリジナルの展開となりました。

ここから、今章の物語はかなりメインクエストから外れていくことになります。
メインクエストに沿わないことに賛否両論あるかと思いますし、オリジナルの展開は二次小説にはいかがなものかとも思いますが、よろしくお願いいたします。


以下、登場人物紹介

囚人
前話でチラリと出てきた、エチレンという人物。本編では名乗っていないため、囚人になっている。
ラットウェイにいるエズバーンを知っている盗賊ギルドの人間。サルモールに捕えられ、拷問の末にエズバーンの存在を話してしまった。

サルモール追跡部隊長
本小説のオリジナル展開である、追跡部隊の隊長。
以前ウステンクラブで襲ってきた部隊の隊長とは違い、碧水晶の鎧をまとった、剣士風の人物。


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第九話 逃亡

 漆黒の闇に包まれた空間。

 唸る吹雪の轟音のみが響く洞窟の中で、“彼”は目を閉じたまま、己の持つ超常の感覚に身を委ねていた。

 脳裏に浮かぶ幾重もの光群が螺旋を描き、大樹の枝葉のように四方八方へと飛んでいく。

 無秩序に飛び交う光群。だが、その光は時折、まるで示し合わせたかのように一点に集まり、螺旋を描くと、再び四方へと飛んでいくということを繰り返している。

 “彼”が光群を見つめれば、様々な情景が浮かんでくる。

 根源神の出現と戦い、失われた十二の世界と、消え去った根源神。

 新たに生まれた神と、世界の創造。

 創造された世界の中で、足掻くように生きる命。

 エルノフェイの分裂。

 黒く荒れる海を命がけで旅をする、人の先祖達。

 緑豊かな孤島群に聳え立つ白亜の城と、そこに攻め込もうとする巨大な人造神。

 砕かれた杖を巡る災禍。

 砂漠の地で蘇る魔人、堕ちた現人神と、英雄の生まれ変わり。

 鏡のような湖畔に立つ、巨大な尖塔。最後の王と、その友の物語。

 そして、原初の竜王と人竜の戦い。

 この世界が始まってからのすべての情景が、彼の脳裏には浮かんでいた。

 やがて、再び光群が集まり、螺旋の渦を作り始める。

 だがそこに、光ではない“無”の空間が存在していた。

 “無”の存在は光の周りを迷うようにうろついていたが、やがて一つの大きな光に惹かれるように寄り添うと、共に螺旋の渦へと身を投じていく。

 

(……来た)

 

“彼”はゆっくりと、閉じられていた瞳を開き、己のもつ一対の翼を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大使館でドラゴンに関する情報を得た健人だが、脱出の際に追ってきたサルモールの追跡部隊に追いつかれ、森の中に逃げ込んだ。

 幸い、吹雪によって視界は劣悪のため、追跡部隊は健人の姿を簡単に捉えることはできない。

 しかし、吹き付ける風は健人の体から容赦なく体温を奪っていき、徐々に健人の足を鈍らせていた。

 

「くそ! 侵入者はどこだ!」

 

「探せ! まだ遠くにはいっていないはずだ」

 

「はあ、はあ、はあ……くそ、まだ追ってくる」

 

 追ってくるサルモール部隊はまだ諦めておらず、健人の背後からは喧騒が聞こえてくる。

 逃走手段である馬車を吹き飛ばされた健人は徒歩で逃げるしかない。

 とにかく、今は距離を稼ぐことが必要だ。

 健人は必死に足を動かし、追跡部隊から離れようとする。

 だが同時に、健人はこのまま逃げ切ることは難しいとも考えていた。

 季節的には夏だが、寒冷なスカイリムの中でも北に位置し、かつ北海からの風を遮る山には雪が降る時があり、この森にも地面には積もった雪がまだ残っている。

 その雪に、どうしても足跡が残ってしまうのだ。

 

「どうにかして、足跡をつけないように逃げないと……」

 

 緊張と激しい運動で回らない頭を必死に巡らせ、健人はサルモールから逃げる手段を考える。

 

「見つけたぞ!」

 

「くそ!」

 

 しかし、健人が打開策を見つける前に、ついにサルモールの追跡部隊に追いつかれてしまった。

 健人の姿を見つけたと同時に、サルモールの兵士が破壊魔法であるアイススパイクを放ってきた。

 氷晶の槍が、健人に向かって撃ち出される。

 撃ち込まれた魔法が健人の足元に突き刺さり、足を止めさせられた。

 その間に、サルモールの部隊は健人を取り囲む。

 

「追いついたぞ。ネズミめ」

 

 健人を取り囲んだサルモール兵が、剣を抜く。

 数は五人。健人の前後左右を固めるように一人ずつ陣取り、健人を囲む兵士たちを俯瞰する形で、一人が後方に待機している。

 皆一様に敵意と殺意に満ちた目で、健人を睨みつけていた。

 

「その剣、ブレイズか。

 降伏しろ。大人しく捕まって仲間の居場所を吐けば、楽に死なせてやる」

 

 後方で待機していた兵士が、居丈高に降伏勧告をしてきた。

 他のエルフ兵士と違い、華美な碧色の鎧と剣を身に帯びている。

 彼が纏っているのは、碧水晶の装具。

 エルフの一般兵士の装具よりも高価で、武具の性能も魔法の付与能力も高い逸品だ。

 おそらく、この追跡部隊の部隊長だろう。

 健人としてはブレイズではないと言いたいところだが、言ったところで信じられるはずもない。

 

「……結局、殺すのかよ」

 

「当然だろう。我らサルモールに逆らった愚か者に、死を与えるのは絶対だ」

 

 愉悦の混じった笑みを浮かべるサルモール部隊長。これから健人を甚振るのを楽しみにしているようだ。

 死んでたまるかという生存欲求と、サルモール部隊長への反骨心から、健人は無言でブレイズソードを構える。

 反抗の意思を見せた健人に、不気味な部隊長の笑みが更に歪む。

 

「よかろう。ならば、痛みと絶望の中で死ぬがいい!」

 

 サルモール小隊長が手を振ると、健人を囲んでいた四人の兵士が一斉に切りかかってきた。

 四人の兵士が健人を斬り殺そうと踏み込んできた瞬間、健人は、右側から襲い掛かってくる兵士に向かって、自分から踏み込んだ。

 自分を囲む兵士の“円”を崩すために、一点突破を図ったのだ。

 とはいえ、相手は大使館を守るサルモールの正規兵。健人の突撃には動じず、タイミングを合わせてエルフの剣を唐竹に振り下ろしてきた。

 

「ふっ!」

 

 だが、健人は素早く刀を掲げ、相手の剣筋を斜めに受けながら、体の重心を横にずらして相手をいなす。

 同時に背後に回り、その背中を向かってくる兵士めがけて思いっきり蹴り飛ばした。

 

「うわ!」

 

 たたらを踏んだサルモール兵士が、他の兵士一人を巻き込んで倒れこむ。

 この隙に、健人は残り二人を相手取る。

 右の兵士の斬撃を逸らしながら左の兵士の剣に叩き付けて巻き込み、そのまま体当たりで体勢を崩して足を払うと、サルモール兵士一人が倒れこんだ隙に位置を入れ替える。

 そのまま森という障害物の多い環境を最大限利用し、常に動き回り、的を絞らせないよう一対一を心がける。

 モーサルの森でデルフィンと行ってきた鍛錬が活かされていた。

 

「こいつ、ちょこちょこと鬱陶し……うわ!」

 

 苛立ちで突出した兵士に向かって急加速し、その手を引っ掴んで地面に引き倒すと、腰の短剣を引き抜いて、相手の太ももの内側に突き立てる。

 太ももの内側には動脈が走っている。キチンとした治療を行わなければ、いずれ失血死だ。

 さらに、重傷を負った仲間を見て、他の兵士たちの動きが明らかに鈍る。

 正規の軍事訓練を受けた兵士とはいえ、仲間を見捨てることは難しい。

 彼らは秩序ある集団となるために厳しい訓練を受けるが故に、仲間意識が非常に強いのだ。

 殺してしまえば相手の怒りを買うだけだが、負傷兵にしてしまえば、仲間を助けなければという意識が怒りの間に滑り込む。

 これもまた、健人がデルフィンに教え込まれた集団戦の手法の一つだった。

 相手集団の意識が僅かな躊躇に囚われた瞬間、健人は地面を蹴り、全力でサルモール部隊長めがけて駆け出した。

 健人を囲んでいた包囲網は既にバラバラだ。彼とサルモール部隊長の間には、いつの間に一直線の空間が出来上がっている。

 

「っ! 隊長!」

 

 自分たちが釣り上げられていた事に気づいた兵士が悲鳴にも似た声を上げる。

 相手の指揮官を倒してしまえば、部隊は瓦解する。

 間合いに踏み込み、健人は腰に構えたブレイズソードを横薙ぎに一閃させる。

 振り抜かれた刃が、サルモール部隊長の体を捉える……はずだった。

 

「ぐっ!」

 

 ガァン! という強烈な衝撃とともに、健人の剣戟が弾かれる。

 弾かれた健人が体勢を立て直して、改めて相手を確かめると、サルモールの部隊長が右手に持った片手剣を振りぬいた姿が見える。

 どうやら、健人の剣が自分の体に届く直前に、腰に差した剣を一瞬で引き抜いて迎撃したらしい。

 

「なるほど、侮りすぎていたな。だが、それはそちらも同じようだ」

 

「くっ……」

 

 健人の顔に苦渋の色が浮かぶ。

 健人には、彼がいつ剣を抜いたのか、ほとんど見えなかった。

 部隊長の体がブレる。

 同時に、背筋に氷柱を突っ込まれたかのような悪寒が健人を襲った。

 部隊長が、一気に間合いを詰めて、右手の碧水晶の片手剣を袈裟懸けに振り下ろす。

 健人は感じた悪寒を振り払うように、剣を掲げて部隊長の剣を受け止めた。

 

「この私が、上級魔術師どものような魔法一辺倒の愚か者だと思ったか? この鎧と剣は、伊達で身に着けているのではないぞ」

 

「ぐううう!」

 

 片手で振るわれたとは思えない衝撃が健人を襲う。

 いくら健人の剣が軽いとしても、このエルフ部隊長の剣は速すぎる。

 さらに部隊長は、軽やかに連撃を放ってきた。

 上下左右だけでなく、突きも交えた変幻自在な剣が、健人に襲い掛かる。

 健人とはすり足で後ろに下がりながら、何とか迫りくる剣を弾き落としていく。

 その剣の冴えは性質こそ違えど、モヴァルスに匹敵しているように見えた。

 

「ほう、上手いな。ブレイズらしい巧みさだ。だが、まだ甘い」

 

「隊長!」

 

「お前たちは怪我人を守れ。こいつに怪我人を人質にされてはかなわん」

 

 加勢に入ろうとする配下の兵を押止める部隊長。

 健人が先ほどのように、配下の兵を利用して逃亡することを防ぐためだ。

 健人とサルモール部隊長、互いの優劣は先の数撃にて明らかであり、部隊長にはこのまま健人を捕縛できるだけの確信があるのだ。

 この部隊長は、ウステングラブで戦ったサルモール部隊長とは明らかに違った。

 人間に対する蔑視感情はあれど、戦場では相手を過小評価せず、健人の力量を正確に見抜こうとしてくる。

 戦士として力量、そして指揮官としての冷静さを兼ね備えた、優秀な人物だ。

 そして、その指揮官の確信は、正しかった。

 健人は何とか致命傷だけは防いでいるが、部隊長の変幻自在な剣は、徐々に裂傷を刻み、健人を確実に追い詰めている。

 このままではいずれ押し切られることは、火を見るより明らかだった。

 

「くっ!」

 

「むっ!」

 

 追い詰められた健人が、思いっきり地面を蹴り上げた。

 舞い散る雪と土砂が、部隊長の視界を遮る。

 サルモール部隊長は冷静に、後方に退避し、様子を伺う。

 双方、相手を確認できない状態なのだ。押されていた健人は踏み込むか、逃げるしかない。

 逃げるなら魔法を撃ち込めばいいし、距離を開ければ踏み込んできても十分対処できる。

 サルモール部隊長がそう考えているとき、舞い散る雪を切り裂いて、小さい黒い影が部隊長に向かって飛び込んできた。

 

「甘いな」

 

 サルモール部隊長は、飛び込んできた影を小手で弾き飛ばす。

 次の瞬間、ガシャン! とガラスが割れるような音とともに、ビシャリと液体が舞う。

 

「これは、ポーション?」

 

 部隊長が弾き飛ばしたのは、薬の瓶を入れていた健人のポーチだった。

 割れた小瓶から舞った薬液が、サルモール部隊長の腕から下半身を濡らす。

 適当な道具を投げつけて、その隙に逃げるつもりなのか?

 サルモール部隊長がそんな疑問を抱いたその時、彼の視界に詠唱を終えた健人の姿が映った。

 

「魔法か! バカめ、選択を間違ったな!」

 

 サルモール部隊長は内心で健人の失策を嘲笑いつつ、素早く詠唱を終え、障壁を前面に展開する。

 サルモール部隊長が展開した魔法は“魔力の砦”。

 精鋭をさらに超えた熟練者にしか使えない、上級の障壁魔法だ。

 当然ながら、健人の魔法とは比較にならない防御力を誇っている。

 魔法でハイエルフに敵う種族は存在しない。

 かつてエセリウスと繋がっていた彼らの魔力適正は、人間とは比較にならないほど高いのだ。

 遠距離でハイエルフと戦うことは、人間には自殺行為。

 ゆえに、戦うなら魔法が使えないほど接近するしか活路がない。雪で双方の視界を塞いだ時点で、健人がこのサルモール部隊長に勝つには、吶喊するしか選択肢がなくなっていたのだ。

 その場に留まって魔法勝負など、愚の骨頂である。

 だが健人は構わず、構築した魔法をサルモール部隊長めがけて撃ち放った。

 放った魔法は“雷撃”。

 素人レベルの破壊魔法だ。

 

「無駄だ! そんな貧弱な魔法、この私には通用しないぞ!」

 

 当然ながら、健人の劣悪な魔法は、サルモール部隊長の障壁を前に四散する。

 だが、健人の魔法が障壁の前に弾かれて散り、その稲妻が地面に落ちた瞬間、信じられないことが起きた。

 散った雷が地面を伝い、蛇のようにサルモール部隊長の足に絡みついたのだ。

 

「なっ!? ぐあああああ!」

 

 突然の激痛に、サルモール部隊長が苦悶の悲鳴を上げる。

 原因は、健人が“割らせた”ポーション。

 溢れた薬液を伝い、雷撃がサルモール部隊長に襲い掛かる。

 さらに、ここでハイエルフの魔力適性が仇になった。

 ハイエルフは魔法に適した種族だが、その適性の高さゆえに“魔力を介した攻撃に弱い”という特性がある。

 ゆえに、健人の貧弱な魔法でも、サルモール部隊長には思わぬ痛手となっていた。

 

「はああああ!」

 

「くっ!」

 

 雷撃の魔法で明らかに動きの鈍ったサルモール部隊長に、健人が躍りかかる。

 サルモール部隊長は咄嗟に右手に持った碧水晶の片手剣を突き出すが、辻風を思わせた剣戟も、今では微風のように精彩を欠いており、健人に容易く捌かれた。

 突き出された剣に刃筋を沿わせ、ギャリリリ!と耳障りな音と火花を立てながら、健人は相手の懐に飛び込む。

 そして相手の剣に沿わせていたブレイズソードの刃を返し、サルモール部隊長の首筋めがけて剣を振るう。

 

(殺られた)

 

 サルモール部隊長の脳裏に、己の死が確信となって浮かぶ。

 だが、サルモール部隊長の確信は、現実のものとはならなかった。

 

「隊長おおおおおおお!」

 

「っ!」

 

 端で二人の戦いを見守っていたサルモール兵士の一人が、己の剣を健人に投げつけてきたのだ。

 上官の命令を無視した、体裁も何もない、しゃにむに投げられた剣。

 健人は思わず、左手をブレイズソードの柄から離し、自身に迫る剣を小手で弾き飛ばしてしまう。

 そして、それはこの刹那の攻防の中において、明らかな隙だった。

 

「おおおおおお!」

 

「がっ!」

 

 手にしていた剣を放り出し、高貴な種族を自称するハイエルフに似つかわしくない裂帛の気合で、サルモール部隊長は健人を殴り飛ばす。

 続いて、詠唱を開始。

 その手に溢れんばかりの紫電を具現させた。

 

「ぐぅう!」

 

 隆起したサルモール部隊長のマジ力が、威圧感を伴う風となって健人に圧しかかる。

 健人は反射的にサルモール部隊長めがけて駆け出し、もはや枯渇したマジ力の最後の一滴までをひねり出して障壁を構築する。

 一撃で破壊されるだろうが、構わない。

 サルモール部隊長は剣を手放してしまった。健人の剣を防ぐ手段はない。

 たとえ防ぎきれなくても、一撃耐えれば、剣を持っている健人の勝利だ。

 だが、考えた健人の予想は外れた。

 放たれた紫電は、健人の障壁には当たらず、脇を抜けて背後の地面に着弾。

 方向を変え、健人の背中に襲い掛かってきた。

 

「ぐあああああああ!」

 

 チェインライトニング。

 その名の通り、着弾した場所から鎖のように連鎖的に目標へと襲い掛かる精鋭レベルの破壊魔法だ。

 健人が編み出した策のお株を奪うような魔法運用。

 直撃したチェインライトニングの痛みに、健人は膝をつく。

 手から滑り落ちたブレイズソードが、雪の地面に落ちた。

 サルモール大使館からここまで続いた極限の緊張の連続と、極寒の中での逃走と戦闘により、魔力とスタミナが枯渇し、疲労の極みに達していた健人。

 何とか体を起こそうとするが、彼の意志に反し、体は地面に倒れこみ、動けなくなってしまう。

 

「はあ、はあ……これで終わりだ。ブレイズのネズミ」

 

 健人を無力化した部隊長が、汗をにじませながら歩み寄ってくる。

 すまし顔を取り繕おうとしているが、極限の緊張感に晒されていたのは、彼も同じ。その顔には色濃い疲労が見て取れる。

 

(部下がいなかったら、地面に倒れていたのは間違いなく私だった……)

 

 サルモール部隊長自身、内心で健人の力量に感嘆していた。

 このまま鍛え続け、さらに幾つかの修羅場を乗り越えれば、間違いなく世に名を轟かせる戦士になる。

 囲まれた際の素早い判断と手際の良さ、敵の特性を逆手に取った戦術、何よりも、その戦術を現実にできるだけの力量。

 既に彼は、一対一においては健人に敗北していた。

 間合いを詰められ、自分の死を確信させられたのだから。

 だからこそ、サルモール部隊長は、この青年をこのまま逃がす訳にはいかなかった。

 優秀な戦士は、どんな高価な装備よりも貴重だ。

 人族に対して、蔑視感情があるサルモールではあるが、同時にこの部隊長は、一角の戦士に成りえる者に対し、正当な評価も下せる傑物であった。

 

「お前は脅威だ。まずは両手足の腱を切った上に舌を切って魔法を封じ、その上で尋問してやる。エレンウェン特使の拷問は地獄だ。恨むなら、ブレイズに組し、サルモールに喧嘩を売った己を恨め」

 

 直接相対した故に、健人の脅威を誰よりも理解した部隊長。

 だからこそ、逃がさない。慈悲もくれてはやらない。

 酷いようだが、サルモールの為に全力でその戦士の芽を潰すことが、この奇妙な顔立ちの戦士に対する礼儀だと思っていた。

 だが、そんなサルモール部隊長の思惑は、実行されることがなかった。

 

“ゴアアアアアアアア!”

 

 魂すらも引き裂くのではと思えるほどの咆哮が、森に響く。

 姿を現したのは、色あせた金色の鱗を纏ったドラゴン。

 猛吹雪をものともせず、上空からサルモール部隊長達を見下ろしていたドラゴンは急降下すると、地面に倒れた健人を挟む形で、サルモール部隊長の前に着地した。

 

「ドラゴン。まさかこんな近くにいたとはな……。撤退だ。引くぞ」

 

 負傷した部下を抱えている今、部隊長はドラゴンと戦っても勝てないと判断した。

 出来るなら自分に死の確信を抱かせた戦士にトドメを刺しておきたかったが、いつドラゴンが襲い掛かってくるかわからない以上、無理はできなかった。

 素早く撤退の命令を下し、怪我を負った部下を無事な兵士に任せながら、部隊長は殿を務める。

 後ずさりをしながら、ゆっくりとドラゴンと距離を取り、やがて十分距離を取ったところで、部隊長は素早く身を翻して森の奥へと消えていった。

 逃げていくサルモールを見送ったドラゴンは、その瞳を自分の足元で横たわる健人に向ける。

 その瞳は、まるで冬の夜のように澄んでいた。

 

“見つけたぞ、異なる者。揺蕩う定命の者、無の存在、私の“運命”よ”

 

 消えかかる意識の中で、そんな言葉が健人の耳に響いてきた。

 健人が意識を失ったことを確かめたドラゴンは、健人に顔を近づけると、彼の体を優しく咥え、吹雪が止まぬ空へ向かって羽ばたいていった。

 

 

 

 

 




というわけで、本格的なオリジナル展開の開始です。
今回のお話の冒頭部分の情景は“子供向けのアヌの伝記”等を参考に構築しました。
エルノフェイは、その伝記に記されていた、エルフの大本の種族名です。


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第十話 奇妙なドラゴン

このお話で、当小説最後のオリキャラが出ます。


 サルモール大使館から脱出する際に健人と逸れたデルフィンは、リータ達との合流地点である祠へと移動していた。

 祠はソリチュードとドラゴンブリッジをつなぐ街道を北側に向かった先にある。

 祠の上には羽の生えた女性を象った像が置かれているが、祠全体は雪に覆われ、すっかり寂れた雰囲気を醸し出している。

 そんな祠の傍で、デルフィンは悩ましげに頭を掻いていた。

 

「参ったわね。完全に逸れたわ……」

 

 元々、サルモール大使館の潜入が終わった後は、この祠の前でリータ達と合流する予定だった。

 しかし、デルフィンがこの合流地点に来てから半日あまり経ったものの、健人がやって来る気配はなかった。

 そんな中、健人よりも先に、リータ達が祠に到着した。

 

「おい」

 

「ああ、来たのね」

 

 鋼鉄の鎧に身を包んだドルマが、デルフィンに声をかける。

 後ろには、健人の家族である少女や、彼女の従者であるリディアの姿もある。

 デルフィンから見ても、ドルマもリディアも、ドラゴン退治の旅路の中で成長している様子が感じ取れた。

 

「それにしても、随分と変わったわね、ドラゴンボーン」

 

 だが、デルフィンの目を一番引いたのは、ドラゴンボーンたるリータの姿だった。

 全身を覆う、漆黒の重装鎧。黒檀製の全身鎧を身にまとった彼女の姿は、端から見ても豪奢で目を引くものだろう。

 背中には黒檀の弓、従者にも黒檀の斧を背負わせており、腰の剣も黒檀の剣に変わっている。 

 ファルクリースのシドゲイル首長が、ドラゴン退治の報酬として用意した一品だった。

 だが、デルフィンが何よりも今までの彼女と違うと感じたのは、その身に纏う覇気。

 まるで、ドラゴンと間近で対峙した時のような強烈な威圧感だった。

 完全なる竜殺しとなったリータを前に、デルフィンは自分の口元が自然と吊り上がるのを感じた。

 

「……ケントはどこ?」

 

 リータの視線が、義弟を探してあちこちを彷徨う。

 顔の前面を負う兜のせいで、リータの表情はデルフィンには見えず、声色も淡々としたもののように聞こえるが、デルフィンはその抑揚のない言葉の裏に、ドラゴンボーンの焦燥を感じ取っていた。

 

「最後の最後でミスってサルモールの追撃部隊に追われたの。大使館からここに来るまでの森で逸れたわ」

 

「であるのなら、貴方はなぜこんな所にいるのですか?」

 

「仕方ないじゃない。私も馬車を失くして、おまけに吹雪に見舞われたのよ。視界はほとんど無いし、自分の身を守るだけで精一杯だわ」

 

 リータの後ろに控えていたリディアがデルフィンに食って掛かるが、デルフィンは彼女の抗議を、肩をすくめて受け流す。

 

「ケントを探しに行く」

 

 一方、リータは睨みあう二人を放置し、健人を探そうと、彼が行方不明になった森を目指して歩き始める。

 

「そういえばドラゴンボーン、気を付けて。最近ソリチュードの北で、見たことのないドラゴンが目撃されている。くすんだ金色のドラゴンらしいけど……」

 

「なら狩る。ケントも必ず見つける」

 

「そう、分かったわ。ケントと逸れた位置と時間を考えれば、捕まったとしてもフラーグスタート砦までは行っていないでしょう。今から急げば間に合うと思うわ。殺されていなければね」

 

 フラーグスタート砦はソリチュードの北側。混沌の海に面する海岸に建てられた砦であり、今ではサルモールの拠点となっており、サルモールがタロス狩りで捕えた囚人たちを収容している場所でもある。

 その中では、異端狩りの為に、日夜囚人に対して苛烈な拷問が行われている。

 

「あなたは……」

 

 デルフィンの不躾な言葉に、リディアが再び気色ばむ。

 そんな時、はるか遠くにある山の稜線から、空に向かって飛び去る何かの影が、リータ達の目に映った。

 

「あれは」

 

「ドラゴン、だな。それに咥えているのは……」

 

 飛び去って行くのは、くすんだ金色の体躯を持つドラゴン。おそらく、デルフィンが噂で聞いたドラゴンで間違いない。

 ドラゴンボーンとして覚醒したリータの視力が、ドラゴンが咥えたものに注がれる。

 それは、力なく項垂れている、健人の姿。

 まるで死んでいるように動かない健人の姿を目の当たりにし、リータの黒檀の小手がミシリと音を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピチョン、ピチョン。

 水が滴る音に、闇に飲まれていた健人の意識が徐々に戻ってくる。

 

(俺は、一体……。死んだのか?)

 

 ピチョン、ピチョン。

 闇に包まれた視界、全身を覆う寒気と倦怠感は、健人に己の死を感じさせる。

 脳裏によみがえるのは、まだ自分が地球にいたころの光景。

 学校に行き、学び、バイトをして家に帰り、家事をする。そんなルーティンワークのような、しかし、もう送る事が出来なくなった日本での日常。

 友達は、学校でもバイト先でも多くはなかった。

 同級生のガラの悪い者たちに絡まれたこともある。

 灰色の青春といえばそうだが、それでも母親を早くに亡くした健人にとって父親が生きていてくれる事は何より嬉しかった。

 

“え、お前が料理をしたのか? 凄いじゃないか!”

 

 初めて料理を作った時、普段は物静かな父親が、満面の笑みを浮かべて喜んでくれたこと、初めて作った豚の生姜焼きは焼きすぎてかなり苦かったこと。

 二人だけの食卓の中で、母が死んでからようやく笑顔になれたこと。

 

(今わの際になって、走馬燈を見ているのか?)

 

 次々と思い起こされる、日本での日々。

 脳裏に蘇る懐かしい光景が、寂寥と望郷を湧き立たせる。

 

“目が覚めたか”

 

 だが、懐かしい情景の中に、健人の知らない他者の声が響いた。

 死に際の走馬燈を見ていたと思っていた健人は、驚きとともに、ようやく自分がまだ生きていることに気が付いた。

 

(俺はまだ、生きている?)

 

 背中に感じる硬い感触と冷たさ。おそらく仰向けに寝かされている。

 ゆっくりと瞳を開けると、穴の開いたすり鉢を逆さまにしたような岩の天井が目に飛び込んでくる。

 天井の穴から見える空は未だにドス暗い雲に包まれ、横殴りの吹雪が舞っていた。

 

「ぐっ……」

 

 寒さで感覚の鈍った両手に力を籠め、健人はなんとか身を起こす。

 そこで健人は、ようやく自分に語り掛けてきた存在に目を向け、そして驚きに言葉を失った。

 そこにいたのは、色褪せた金色の鱗を纏ったドラゴンだった。

 

「ドラゴン!?」

 

 自分に話しかけてきた相手の正体に驚き、咄嗟に腰に手を延ばす。

 だが、伸ばした手は空を切った。腰には鞘だけが差さっており、肝心の剣はなかった。

 先のエルフ追撃部隊との戦いの場に落としてきたのだ。

 武器を失ったことに健人は口元をゆがめながらも、油断なく相手のドラゴンを見据える。

 

“我が名はヌエヴギルドラール。この洞窟に永く住む、老いたドラゴンだ。ようやく会えたな、異邦人よ”

 

「異邦人って……」

 

“その言葉の通り、この世界の外からきた人間という意味だ”

 

 ヌエヴギルドラールと名乗ったドラゴンの言葉に、健人は警戒を忘れ、驚きのあまり目を見開いて固まってしまう。

 このタムリエルに流れ着いてから、健人は自分が異世界出身であることは誰にも言っていないし、声にも出したこともない。知る者など、誰一人いないはずである。

 にもかかわらず、このドラゴンは健人のこの世界の人間ではないことを看破していた。

 

“我はドラゴン。時の竜神、アカトシュの子。故に、この世界の時の流れには敏感だ。お主の“時”は、この世界に生きる者達とは明らかに異なっている”

 

 どうやらこのドラゴンは、健人に流れる“時”を読むことで、彼が異世界の人間であることに気づいたらしい。

 時の流れなど、健人には到底理解できない感覚での話。

 健人が困惑している中、ドラゴンは未だに敵意なく、どこかキラキラとした、興味深そうな瞳を健人に向けている。

 

「……どうして、俺を助けたんですか」

 

“我は長い時を、この洞窟で過ごしてきた。もう、季節がどれほど廻ったのか分からぬくらい。先も言ったが、お主はこの世界とは違う“時”の存在。故に、話をしてみたいと思ったのだ“

 

「ドラゴンと話なんて……!」

 

“不思議か? ドラゴンが対話を望むのは?”

 

 ヌエヴギルドラールの言葉に、健人は黙り込む。

 目の前のドラゴンの言う通り、健人は今までドラゴンが交渉できるような存在とは思ってもみなかった。

 健人はこの世界におけるドラゴンと人間との確執について、デルフィンから聞いている。

 太古の昔に人を含む生物を支配してきたドラゴン、そのドラゴンに反抗し、殺しつくした人間。到底、話し合いができる間柄とは思えない。

 

“人間には理解できないかもしれないが、我々は元々話好きだ。我々のスゥームは本来自らの意思を具現し、種族の関わりなく相手に意思を伝えるためのもの。ただその力はあまりに強く、人間やエルフと違い、戦いと口論が乖離していないだけ“

 

 ヌエギヴルドラール曰く、スゥームは一種の“真言”であるらしい。

 真言とはその名の通り、真理や摂理そのものを表し、世界に直接干渉する言葉。

 エルフ由来の魔法のように、マジ力を必要としないにもかかわらず、超常の現象を具現できるのは、スゥームが“真言”であることの証とのこと。

 

(だからグレイビアードの人達は、シャウトで悟りを開こうとしているのか……)

 

 健人は改めて、この世界において、シャウトが持つ意味の大きさを感じ取っていた。

 時の龍神であるアカトシュ。その子供たちであるドラゴンが、最も尊ぶ力にして言葉。

 

“さて、我らの事を話したのだ。そちらも話をしてはくれまいか?”

 

 健人が改めてシャウトの異質さを実感している中、ヌエヴギルドラールは待ちきれないといった様子で、健人に話を促してきた。

 

「話って、なにを……」

 

“産まれた時の事、異世界での話、この世界に来てからの事、何でも構わぬ。こうして出会えたからには、ティンバーク……世間話を楽しもうではないか”

 

 健人は自分がいるドーム状の洞窟を見渡す。

 洞窟の外壁には、目の前のドラゴンが通れるくらいの大きな穴と、人が一人やっと通れるくらいの横穴がある。

 小さな横穴を通れば外に出ることができるかもしれないが、天井の穴から見える吹雪を見る限り、出ても下手すれば遭難してしまうだろう。

 吹雪が止むまでは出られないのなら、少しぐらいなら話をしてもいいかもしれない。

 

「そう、だな……」

 

 健人はそれから、ヌエヴギルドラールに地球について話をした。

 自分が以前いた地球がどんな星なのか、日本という国でどのような生活をしてきたのか。

 そんな話の一つ一つに、ヌエヴギルドラールは大きな興味を示していた。

 特に興味を示したのは、宇宙産業や航空技術についてだった。

 

“ほほう、人が空どころか、星の海まで旅立つか……。なんとも、摩訶不思議なものだ。それで、どのようにして定命の者は空を飛ぶのだ?”

 

「基本的には鳥と同じだよ。鉄の翼を作って、それに風を受けて浮力を生んで……楽しいのか?」

 

“うむ! 興奮するぞ。兄弟達とすらほとんど喋らなかった我だが、このティンバークは本当に楽しい! ドヴの本能が歓喜しているぞ!”

 

 少し話してみて健人は分かったが、このドラゴン、非常に感情が動きに出る。

 健人の話を聞き始めてから、ずっと翼がバサバサと小刻みに羽ばたいているのだ。まるで餌をねだる小鳥のように。

 その度にバフバフと風が巻き、砂が舞い上がっている。

 

「そういうお前は、こんなところで何をしているんだ?」

 

“何もしておらんよ。あえて言うなら、“時”を読むくらいだ”

 

「時を読むって?」

 

“たとえるなら、川の流れを読むようなものか。水がどこから湧きだし、どこを流れ、どこで留まり、どこへ行くのか。その流れを鳥のように、天を見るように俯瞰しながら見ているのだ”

 

「???」

 

 健人の脳裏にはてなマークが乱舞する。

 未来を見ていると言われても、人間には理解不能な話である。当然ながら、一般人である健人に分かるはずもない。

 

”ふむ、まあ、人間には理解しがたい感覚かもしれんな。それで話を戻すが、人はどうやって星の海を旅しているのだ?”

 

「あ、ああ。それは……」

 

 再び始まる地球談義。

 基本的な地理や歴史、電化製品やインターネットなどの文明機器。生息している動物や、国の社会構造まで、ヌエヴギルドラールはあらゆる話題を振り、健人はそれに答え続けた。

 

「ふふ……」

 

“どうかしたのか?”

 

「あ、いや、こんな風にドラゴンと普通に話をしているなんて、なんか不思議で……」

 

 ヌエヴギルドラールとの対話の中で、健人は思わず笑みを漏らす。

 ドラゴンとの世間話。

 健人としても、普通に考えて絶対にやらないといえる行動だった。

 ドラゴンは彼の恩人である、アストン夫妻を殺した。

 それがヌエヴギルドラールでないことはとうに分かっていたとしても、ドラゴンという言葉を聞けば、胸の奥に強い憤りを覚える。

 だがこの時、健人は自分でも驚くくらい、ヌエヴギルドラールの“世間話がしたい”という言葉を自然に受け入れていた。

 この世界に迷い込んでから、リータにすら言えなかった自分の秘密。それを知られただけでなく、興味を持って尋ねてきてくれた事で、胸のつかえが取れたからなのかもしれない。

 もしくは、ずっと戦いや鍛錬の日々で凝り固まっていた心が、この短い世間話の中で解けたのか。

 

“であろうな。我は、兄弟たちから見れば変わり者だからな”

 

「変わり者?」

 

“うむ、お主の言うところの“ニート”という奴だろうか? 我の兄弟達はほとんどが力を求め、外に出でブイブイ言わせているのだが、我はどうもそういう気にはならなくてなぁ~“

 

「ブイブイって、いつの言葉だよ。というか、そんな地球の言葉、教えたっけ?」

 

 どうしてこのドラゴンは、そんな死語を知っているのだろうか。

 シャウトとか魔法とか、いい加減この世界の非常識には慣れてきた健人だが、この珍妙なドラゴンの言葉に、力が抜ける思いだった。

 

“とはいえ、外に出て一山当てようとした兄弟は大抵シマがぶつかった挙句、喧嘩になる。人間の街が一つ二つ消えたところで、長兄が出張って、山を一つくらい焼き尽くすほどの折檻をして収まるのが常であったなぁ”

 

「何それ怖い……」

 

 健人は改めて、ドラゴンの常識に眩暈を覚える。

 兄弟喧嘩の仲裁の代償が山一つなんて、なんて酷い世界だろうか。

 

“そんな兄弟たちの戦いに巻き込まれるのが嫌でなぁ。この洞窟に引きこもっていたのだが、一度引きこもってしまうとこう……出る機会を逸するというか”

 

「つまり、出不精になった?」

 

“ン、ンン……そうこうしている内に、外では数千年の時間が過ぎていたらしい。いや、数万年か? とにかく、そんな感じになっていたのだ!”

 

「こ、この竜……」

 

 このドラゴン、よく見ると、体の彼方此方に苔が生えている。

 しかも、先ほどの羽ばたきでも落ちる様子がない。よほど鱗にがっちりと根を張っていると見える。

 

“うむ、五百年くらい洗っておらん。一応地底湖はあるが、面倒くさくてなぁ……”

 

 健人の恩竜は生粋のニートだった。しかも、自分の家でも部屋の移動すらしたくない、プロフェッショナルニートである。

 傲慢で威厳のあるドラゴンのイメージがガラガラと音を立てて崩れ去っていくのを感じた。

 

「……取りあえず、地底湖に行くぞ。体を洗う」

 

“え~、面倒なのだがなぁ……”

 

 綺麗好きな日本人として、このドラゴンの不精はどうにかしないといけない。

 健人は奇妙な使命感に駆られながら、ブーたれるドラゴンの頭を引っ張り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 地底湖に来た健人とヌエヴギルドラールは、とりあえず出不精のドラゴンを地底湖に浸からせると、岸で火を焚き始めた。

 地底湖には発光するキノコがあちこちに生えており、湖全体をほのかな明かりで照らし出している。

 バッシャバッシャと行水を始めるドラゴンを横目に、乾いた苔を着火剤に火をおこし、ついでに手近にある岩を持ち上げ、ガチンコ漁法の要領で、地底湖にいる魚を取ろうと試みる。

 この湖はどこかの川に繋がっているのか、よく見ると魚の影があちこちに見えるのだ。

 灯火の魔法で足元を照らしつつ、浮かんできた魚を回収し、焚火で焼き始める。

 そうこうしている内に、行水を終えたヌエヴギルドラールが戻ってきた。

 しかし、僅かな行水程度で体に生えた苔が落ちるはずもなく、健人は仕方なく、近くにある平たい石でガリガリとコケを削ぎ落す。

 しばらく黙々と苔を削り続けることになったが、おかげでヌエヴギルドラールの体はすっかり綺麗になった。

 

「つ、疲れた……」

 

“うむ、五百年ぶりにスッキリした。感謝するぞケントよ”

 

「そうですか。それはようござんした」

 

 疲労から返事も投げやりになっている。

 その時、健人の腹がグ~~と鳴った。

 チラリと焼いていた魚を見る。

 魚の油がパチパチと跳ね、皮に良い塩梅の焼き色がついている。そろそろ食べごろだろう。

 魚を火から外し、思いっきりかぶりつく。

 ジワッと魚の油が口いっぱいに広がり、ほろりと崩れた肉が臓腑に落ちる。

 空腹というスパイスを加えて、言いようのない旨さが脳天を直撃していた。

 

“グ~~”

 

 また腹の音が耳に響いた。

 相当エネルギーを消費していたのが分かる。

 

“グ~~、グ~~”

 

 立て続けになる腹の音。魚を食べても鳴り止まない音に、健人はいよいよ首をかしげる。

 健人は隣に視線を向けた。

 

“グ~~、グ~~、グ~~”

 

 ニートドラゴンが健人を見ている。

 正確には、健人が持っている焼き魚を見ている。

 先程からなる腹の音は、目の前のドラゴンから聞こえてきていたようだ。

 健人の眼が窄まる。

 

「……おい」

 

“い、いや、気になってなどいないぞ? 初めて見る焼き魚がこんなにも美味そうなのかとか、食べてみたいな~とか、思ってなどいないぞ? うん”

 

 視線を彷徨よわせながら涎を垂らしているニートドラゴンに健人は肩を落とし、仕方ないというように焼いていた魚数匹を目の前に放り投げてやった。

 

”ほむほむ……おおう、これが焼き魚というやつか! この幸福感と充足感! これが“旨い”という感覚なのだな!”

 

「今まで何を食べてきたんだよ……」

 

“その辺に生えているコケとかだな。元々永遠を生きるドヴにとって、食事とはより大きな力を得るためか、趣味の域を出ない。故に我は普段、その辺の岩に生えている植物なら何でも食べていた”

 

“こうして首を回せばコケが食べられるから便利なんだ~”と、態々首を回して食べる真似をし始める。

 このニートドラゴン、自分の体で自家栽培もやっていたらしい。

 焼き魚すら食べたことがないというこのドラゴンに、健人は思わず「お前生まれてから何やっていた」と問い詰めたくなる。

 しかし、焼いただけの魚とはいえ、旨い旨いと喜びながら頬張るヌエギヴルドラールの姿に、健人はそんな言葉を吐く毒気すらすっかり抜かれていた。

 

「そういえば、さっきの昔話で、長兄がどうとか言っていたな」

 

“ああ、アルドゥインの事か”

 

「アル、ドゥイン……」

 

 アルドゥイン。

 その名前を聞いた瞬間、健人は全身がざわつくような感覚を覚えた。

 恩人を、家族を、そして姉を苦しめる忌竜。

 今の健人達が旅を続けている理由にして元凶だ。

 

「アルドゥインの事、教えてくれないか?」

 

 雰囲気の変わった健人を一瞥したヌエギヴルドラールは、咀嚼していた焼き魚を飲み込むと、ゆっくりと話を始めた。

 

“彼はアカトシュの長子。時の竜神の力を最も色濃く受け継いだ竜王だ。同時に、この世界を滅ぼすことを運命づけられた竜でもある”

 

「特別な竜なのか?」

 

“普通の人間が、アルドゥインに抵抗することは不可能だろう。彼はその役目柄、強力な不変、不滅の力を、その体や鱗に纏っている”

 

「不滅の、肉体……」

 

“たとえ、どれほど強力な武器や魔法であろうと、アルドゥインの鱗は貫けない。あれはその名が示す通り“全てを食らう存在”として生み出されたのだからな”

 

 ヌエヴギルドラールの話が本当なら、誰もアルドゥインに勝つことはできない。

 不滅の鎧を持つということは、たとえリータがどれほどのシャウトを身に着けようと、全く通じないという事だ。

 

“それに、ドヴァーキン……ドラゴンボーンと呼ばれているケントの姉も、アルドゥインやこの世界の運命に大きく関わっている”

 

「何でリータの事を知っている?」

 

“言ったであろう。我はここで“時”を見ていたと。時の流れを読めば、はるか遠くの出来事も手に取るように分かる。アルドゥインの帰還も、ドラゴンボーンの覚醒もな。

 そして今世界の行く末を決める大きな流れの中に、其方の義姉の姿を見たのだ”

 

 そしてヌエヴギルドラールは、リータが“ドヴァーキン”の名が示す通り、竜を狩る子として、彼女が望むと望まざるとに関わらず、ドラゴンと関わる運命にあると告げた。

 

「……今リータは何を?」

 

“数多の同胞を刃で殺し、その魂を取り込んでいる。肉親を殺したドラゴンへの憎しみに身を焼きながら。

 あの様子では、このままでは彼女はアルドゥインを倒すことは諦めない。

 そして、そのままアルドゥインと戦い、死ぬだろう”

 

「リータが死ぬ? 馬鹿な事を言うな!」

 

“ニス、ボヴール、ディズ、ディノク。運命の流れは、未来をそう示した。変えようのない、絶対の流れだ”

 

「そんな、そんな事……」

 

 健人は、改めてドラゴンの出鱈目さを自覚するとともに、アルドゥインの強大さやリータの運命を聞かされ、懊悩する。

 決して傷を負わない、文字通りの無敵のドラゴン。そんな不滅のドラゴンを仇として倒そうとするリータ。

 頭でどれだけ否定しようが、アルドゥインにどんな攻撃も通じない以上、リータに勝ち目はない。無論、健人の助力など無意味だろう。

 だが、たとえどんな理由があろうと、リータがドラゴンと戦うことをやめようとしない事も、健人は分かってしまう。

 両者が戦えば、結果は明らかだ。

 健人の脳裏に、アルドゥインに噛み砕かれるリータの姿が、これ以上ないほど鮮明な未来の光景として映る。

 どうすればいいのだろうか? どうすれば、残った唯一の家族を守ることが出来るのだろうか?

 少しでも強くなって力になれればとも思った。

 デルフィンに弟子入りし、強力な吸血鬼との死闘を乗り越えた。

 実際、この世界に来たばかりの時と比べれば、健人の実力は飛躍とも言っていいほどの伸びを見せている。

 だが、そんな健人の意志や力は、アルドゥインとリータを絡め取る運命の前には、吹けば飛ぶ程度のものでしかなかったのだ。

 なぜなら、彼はこの世界の運命の流れとは、全く関係のない存在だから。

 健人は無力感に苛まれ、思わずその場に座り込んで肩を落としてしまう。

 

“ケント……”

 

 肩を落とす健人を見て、ヌエヴギルドラールが心配そうな声をかけてくる。

 健人が暗い顔を上げると、ズイッと顔を寄せてきたドラゴンが、口にくわえた何かを手渡してきた。

 

「何だこれ……」

 

 手渡されたのは、綺麗に骨だけになった焼き魚。

 欠片ほどの食べ残しもなく、頭や背骨、小骨だけを綺麗に残している。

 

“お代わりを頼む”

 

 無駄な器用さを発揮したニートドラゴンは、遠慮のない要求をし、シリアスな空気を全部ぶち壊いてきた。

 

「……自分で取ってこい」

 

“しかしなぁ、我はドラゴン特有の欲がない。その代わり、力もない。熊はおろか、カニにも負ける! 故に、採ってきてくれ!”

 

「こ、このニートドラゴン……」

 

 自分からカニにも負けると豪語する辺りが、このドラゴンの性格を物語っている。

 というか、それでいいのか生態系の頂点と、健人は額に手を当てて天を仰いだ。

  

“頼むよケント~~。数万年の竜生で初めて美味いという感情を知ったのだ!”

 

 健人が渋り始めると、ニートドラゴンは頭を下げて、ズリズリと健人に這い寄ってきた。

 数十メートルの厳つい巨体が縋り寄ってくる様は、傍から見れば非常に滑稽な光景だ。

 しかし、本心から懇願しているのは確かなのか、ドラゴンの癖に妙に庇護欲を掻きたてるような瞳をしている。

 健人はなんだか、ホワイトランで別れたお調子者のカジートを思い出した。

 彼も困ったときは、上目づかいで縋り付いてきた。

 

「分かった、分かった! ちょっと行ってくるから、そんなにすり寄るな!」

 

“おお! さすがケント、面倒見の良い。感謝するぞ! 我は広間に戻っているから、よろしくな!”

 

「調子のいいこと言って……」 

 

 溜息を吐いて、健人は再び地底湖に向かう。

 先程まで浮かべていた暗い表情は、少しだけだが和らいでいた。

 ヌエヴギルドラールは魚を採りに向かう健人を見送ると、踵を返して広間に戻っていく。

 だがその表情は、先ほど健人に縋り付いていた時とはまるで違う、どこか達観したような表情を浮かべていた。

 

“ゼイマー……。やはりこの場所に気付いて会いに来るか、兄よ……”

 

 健人に聞こえないほどの小さな声で呟きながら、ヌエヴギルドラールは己の運命を察していた。

 

 




第三章も残り2話か3話くらいです。

以下、登場人物紹介

ヌエヴギルドラール

本小説オリジナルのニートドラゴン。
ドラゴンの癖にドラゴン特有の欲がほとんどない稀有な竜。
パーサーナックスのように欲を抑えているわけではないので、弱体化していないが、元々が弱すぎるために引きこもっている。
健人が異世界出身であることを、初めから察している様子だった。



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第十一話 孤独な竜と人

 空を覆っていた吹雪も、徐々に晴れてきている。

 健人を咥えて飛び立つヌエヴギルドラールを見たリータ達は、かのドラゴンを追っていく過程で、健人がサルモール追跡部隊と戦った場所に来ていた。

 

「どうやら、ケント様はここでサルモール兵と戦ったようですね」

 

 リディアの言葉に、リータは頷く。

 この場所では炸裂した魔法の痕跡、雪に残る血痕、なによりも、雪に埋もれかけていた健人のブレイズソードが見つかっていた。

 リータは健人のブレイズソードを拾い上げ、彼の身を案じるように一撫ですると、その剣をリディアに託した。

 

「あのドラゴンがここに来ていたのは間違いないな」

 

 雪には健人達の戦闘痕の他に、明らかに超大型の生物がいた痕跡が残っていた。

 同心円状に吹き飛ばされた雪と、地面に残る鉤爪状の足跡。明らかにドラゴンと分かる痕跡だ。

 

「ドラゴンの飛んでいった方向を考えれば、さらに森の奥になるけど……」

 

「っ! 従士様、上を!」

 

 その時、巨大な影がリータ達の上空を通り過ぎた。

 漆黒の鱗と翼、紅眼を持つ巨竜アルドゥインだった。

 アルドゥインはリータ達には気付かず、はるか高空を悠々と飛び去ると、森の奥にある険しい山の稜線に消えていった。

 奇しくもそれは、健人を連れ去ったドラゴンが消えた方向と同じ。

 

「あれは、アルドゥイン。いったい何処に向かって……」

 

「あそこに何かあるみたいね。行ってみましょう」

 

 デルフィンの言葉に頷くと、リータ達は目的の山を目指して歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び地底湖で採った魚を焼きながら、健人は懊悩に流されるままにうな垂れていた。

 

「リータが死ぬ。そんな事、信じられるかよ……」

 

 頭で何度も否定しようと試みるが、“真言”によって伝えられた言葉は健人の魂そのものに、ヌエヴギルドラールが見た未来が真実であると刻み込んでいた。

 

「俺は、どうすればいいんだろうな……」

 

 一番に思い付いたのは、リータに戦いを辞めさせること。

 だが、両親を殺されたリータに復讐を辞めさせることは難しいし、何より、彼女は自分と同じ境遇の人間を作らないために戦いに身を投じると決めた。自分から剣を引くとは思えない。

 例えリータに戦いを諦めさせても、アルドゥインは人間に対する虐殺を止めようとはしないだろうし、リータの運命がアルドゥインと結びついているのなら、いずれ両者は相対することになる。

 そうなれば、戦いは避けられず、リータはアルドゥインに殺されることになり、結局はヌエヴギルドラールが示した運命通りになる。

 答えの出ない迷路に迷い込んだ思考に疲れた健人は、懊悩を振り切るように頭をグシャグシャと掻くと、眼前の地底湖に目を向けた。

 澄んだ湖面が自家発光するキノコの光に照らされ、まるで夜空を見上げているような、幻想的な光景が広がっている。

 何もない静寂中に響く、薪の音と水が滴る音が、荒れ狂う健人の心を鎮めていく。

 

「あのニートドラゴン、本当に変な奴だな」

 

 幻想的な地底湖を眺めながら、健人はふとそんな言葉を吐いた。

 ヌエヴギルドラール。

 この洞窟の中でずっと一人、誰にも会うことなく過ごしてきた、異端のドラゴン。

 焼き魚すら食べたことがないという生粋の引きこもりの癖に、外界の情報に通じている竜。

 しかも、話を聞く限りでは、過去や現在だけでなく、未来すら見通しているフシがある。

 かのドラゴンは、健人が異世界出身であることを、会いもしないで感知した。

 本人はカニにも劣ると言っているが、間違いなく超常の生物たるドラゴンとしての力を持っている。

 その癖、健人との僅かな会話すら、小躍りして喜んだりもする。

 何とも奇妙で、よく分からないドラゴンだ。

 

「ドラゴンはエーミナさん達の仇。なのに……」

 

 この世界に迷い込み、右も左も分からなかった健人を匿ってくれたティグナ夫妻。

 ヌエヴギルドラールは、そのティグナ夫妻を殺したアルドゥインと同じドラゴンだが、健人はリータのように、ドラゴンという種族全体への深刻な憎悪を抱くまでには至らなかった。

 ヌエヴギルドラールの態度があまりに気安過ぎることもあり、手のかかる友人に振り回さている時のような、呆れつつも心安らぐという奇妙な感覚だけが残っている。

 

「食い意地が張っているのはカシトと一緒。ついでにお願い事も一緒ときた。図体も歳も違うくせに、精神年齢が一緒ってどういうことだよ」

 

 世間話を楽しむ様子なんて、まるで玩具を手にした子供か、餌をねだる雛のようだった。

 実際、こうして魚を採っているのだから、餌をねだられたというのは比喩にもならない。

 また健人は、ヌエヴギルドラールがリータの運命を聞かされて動揺している自分を気遣って、あんな態度を取っていることも理解していた。

 どうしてあんな事を聞かせたのだと思うところもあるが、同時にそんな気遣いが、少し健人の懊悩を紛らせてくれたことも事実であった。

 

「そういえば、友達とかって、俺、ほとんどいなかったな」

 

 日本にいた時は、家事やバイトなどで色々と忙しかったこともあるし、ガラの悪い連中に目を付けられ、同級生から距離を置かれていたこともある。

 幸い、クラス替えでガラの悪い連中は他にターゲット見つけたのか、健人に絡んでくることはなくなったが、その時には健人自身も特に友人を作ろうとは思わなくなっていた。

 

「あのニートドラゴンは、一体何を見ているんだろうな……」

 

 先ほど出会ったばかりの健人とヌエギヴルドラール。

 時間としてはほんの数時間程度にもかかわらず、健人はあのドラゴンに親近感を抱いていた。

 ドラゴンに友愛を感じるなど、この世界の人間から見れば、イカれたとしか思われないだろう。

 

「リータは、ヌエギヴルドラールの事を知ったらどうするかな。殺そうとするのか、それとも……」

 

 自分と同じ境遇の人を作らないようにと、強くなることを誓ったリータ。

 そんな彼女が、ドラゴンへの憎しみに囚われているとは考えたくなかった。

 でも、彼女がそうなってしまうだけの理由も理解できてしまう。

 もし、ヌエヴギルドラールの存在をリータが知ったら、どうするのだろか?

 健人の脳裏に、凄惨な光景が浮かぶ。

 

「あいつ、こんな洞窟で、一人ぼっちだったんだよな」

 

 静寂と僅かな燐光だけが支配する地底湖。

 何も見えず、何も聞こえず、隣には誰もいない孤独な世界。

 

「死んでほしくないな……」

 

 気が付けば、健人はそんな言葉を漏らしていた。

 達観していて、突き放すような言葉を吐く癖に、焼き魚一匹に一喜一憂し、気落ちした健人の気を紛らわせようと慌てるドラゴン。

 健人自身と同じように、孤独の中で生きてきた竜。

 そんな奇妙なドラゴンに対する親近感に、健人はもう、ドラゴンという種に対して怒りだけの単純な感情だけを抱くことはできなくなっていた。

 

「よし、もういいだろう」

 

 気が付けば、魚は焼けていた。

 健人は気持ちを切り替え、焼けた魚を持ってヌエヴギルドラールの所に向かう。

 だが、広間の手間に来た時、健人の耳にニートドラゴンではない第三者の声が聞こえてきた。

 

“ロズ、ヴォ、デネク。オニク、ゼイマー、ヌエヴギルドラール(こんな所にいたのか、ヌエヴギルドラール。)”

 

 全てを睥睨するような重苦しい威圧感を伴う声。

 それは、健人が初めて目にした竜であり、世界を飲み込む運命を持つといわれるドラゴンの王。

 アルドゥインは洞窟の一段高い足場に降り立ち、見下ろす形でヌエヴギルドラールに話しかけている。

 

“ゼイマー、アルドゥイン、リ゛ングラー。フォド、グリンド、ラード(久しぶりだなアルドゥイン。いったいどれほどぶりなのか)”

 

“ヴォ、ホゥズラー。エヴェナール、ズレン、アクァラ、エン、ジュネイス、ターゾカーン、(もはや数えることなど意味はない。我らがこのタムリエルに来る前から、すでにお前は姿を消していたからな)”

 

 アルドゥインに見つかったら不味いと考え、健人は慌てて近くの岩陰に隠れた。

 息を殺して岩陰に身を潜めた健人には気づかないまま、二頭の竜は話を続けている。

 

“ボヴール、ダール、フェイン。ブリー、アーク、エヴギル。ファール゛、ムル、コス、ケル。ドック、ボディス、フェイン、ムル、ボガーン、ゼイマー(その理由も分かる。お前は我らの中で、最も時を読む事に長けていた。それこそ、星霜の書を使わず、未来のすべてを見通すほどにな。多くの兄弟は、その力を欲した)”

 

“ボディス、ズー、ムラ゛ーグ?(私の力を欲しているのか?)”

 

 ヌエヴギルドラールの言葉を否定するように、アルドゥインは鼻を鳴らす。

 

“フント、フォディ、ドヴァー。フェン、ヘト、セィヴ、ヒ、フロド、ウル゛、ヴォド。ズゥー、ドヴァー、ウンスラード。ニス、クロン、ズゥー、ドロク、ムラ゛ーグ(最下級のドラゴンにすら劣るお前の力など、当てにしていない。ここに来たのは、数千年か数万年ぶりに外に出たお前の様子を見に来ただけだ。それに、我は不滅にして最上のドラゴン。我に勝てる者など、このニルンに存在せん)”

 

 ドラゴン語で会話しているため、健人に話の内容は理解できないが、アルドゥインはドラゴンの王らしい傲慢さと尊大さをもって、ヌエヴギルドラールの言葉を否定しているように見える。

 一方のヌエヴギルドラールは、アルドゥインに対し、含むような視線を送っていた。

 

“アルドゥイン、ゴヴェイ、ティード。ニス、ディヴォン、ヴェン……(アルドゥイン、時は流れている。もう、昔のようには……)”

 

“ズー、アルドゥイン。ダール、ズー、ドレ、クロン、ジュン、ラヴィン(我はアルドゥイン。我に敵など存在しない。帰還した今、再び我がこの世界の主となる)”

 

 それだけを言い放つとアルドゥインは翼をはためかせ、天蓋の穴から飛び去って行った。

 

“ニ、クレ、アルドゥイン。ベイン、ボルマー、ダーマーン、ブリー、コガーン、ディボン、ハバ、ドゥカーン(その傲慢さも我欲も変わらぬのだな、アルドゥイン。父アカトシュが我らに授けた恩恵、その真の価値を傲慢で嘲るとは……)”

 

 アルドゥインを見送ったヌエヴギルドラールが、呟くようにそんな言葉を漏らした。

 アルドゥインが去ったことを確かめた健人が、岩陰から出てくる。

 

“ああ、ケント。帰ってきていたのか”

 

「あのドラゴン、アルドゥインか……」

 

“そうだ、不滅の絶対者。遥かな昔、人との戦いで封印され、そして帰還した、我らの長兄にして王。どうやら、引き篭もっていた我が外に出たことを察し、心配して様子を見に来たらしい”

 

「心配って……」

 

 心配して様子を見に来た。その言葉に健人は驚く。

 健人が見てきたアルドゥインは、傲慢で容赦のない破壊者である。

 本竜曰く落ちこぼれで引き篭もりのヌエヴギルドラールを心配する様な性格とは思えなかった。

 

「それに、封印されたっていうのは?」

 

“言葉通りの意味だ。アルドゥインは古代に反乱を起こした人間によって、封印されていた。ケル……星霜の書を使い、時の牢獄の中に閉じ込められたのだ。強大なアルドゥインに対抗するには、当時の人間にはそれしか手段がなかったのだ”

 

 そしてヌエヴギルドラールは、今ではほとんど知られなくなった古代の竜戦争。

 人とドラゴンとの長い戦いについて、健人に語り始めた。

 ドラゴンによる治世と、それに反抗した人間たちの歴史。

 ドラゴンに反逆した人間たちは例外なく惨い殺され方をしたが、それを哀れに思った九大神の一柱、天空神キナレスが介入したことで、流れが大きく変わった。

 

“古代のノルドは、カーン……キナレスの言葉に心を入れ替えたパーサーナックスからシャウトを学び、人はドラゴンの支配から逃れようと力を蓄え、それはやがて竜戦争と呼ばれる、人とドラゴンの全面戦争へと繋がっていく”

 

「パーサーナックス?」

 

“かつてのアルドゥインの右腕だったドラゴンだ。多くの人を苦しめたが、キナレスに諭され、その後の竜戦争で人にシャウトを教えた。彼がいたからこそ、人は滅びることがなかった。

 今では世界のノドの頂上で瞑想しながら、グレイビアード達に声の道を説いている”

 

 グレイビアードの師にドラゴンがいたことに、健人は驚く。

 世界のノドといえば、健人が一度登った、タムリエル最高峰の山だ。

 しかも、ヌエヴギルドラールの話では、未だに存命でいるらしい。

 

“シャウトを学んだ人間達は、シャウトを自ら昇華させ、竜戦争の決戦の折に、アルドゥインを地面に引きずり降ろした。だが、アルドゥインを倒すことはできず、やむを得ず封印したのだ。偉大なるケル……。星霜の書を使って”

 

「星霜の……書。さっきも言ってたが、どんな書物なんだ?」

 

“この世界の運命、全てが記された書。この世の理を超える力を発揮する、神々ですら容易に触れることができない、この世界の要だ”

 

 次々とヌエヴギルドラールの口から出てくる、アルドゥインとの戦いにおける核心に、健人は唯々戸惑いながらも、かの竜の言葉に耳を傾け続ける。

 

“もし、不滅の肉体を持つアルドゥインに人が立ち向かえるのだとしたら、唯一可能性があるのは“ドラゴンレンド“であろう。定命の者が作り上げた、不変、永遠の存在を殺すための言葉。アルドゥインを空から引きずり下ろしたスゥーム……”

 

 アルドゥインを倒せる可能性のあるシャウト。

 その存在を口にするヌエヴギルドラールに、健人は眼を見開く。

 

「どうして、それを俺に教えるんだ?」

 

“さあ、どうしてかな……。友の行く末が、気になったから……ではいけないか?”

 

「友って……俺が?」

 

“そなたとのティンバークは、楽しかった。短い間だったが、ニルンに生を受けてから、最も充実した時間であった。”

 

 友人。その言葉に、健人の胸の奥が、ズクンと大きく脈打ち、まるで陽だまりのような温かさが、全身を包み込む。

 だが、その温もりは、ヌエヴギルドラールが続けて語った言葉によって、一気に鎮静化させられた。

 

“だがそろそろ、嵐は止む。そうしたら、私の命も終わりの時を迎える”

 

「……え?」

 

 自分は死ぬと言い放ったドラゴンの言葉に、健人は硬直した。

 ヌエヴギルドラールの言葉を理解するのに数秒の時を要し、理解してなお、荒れ狂う感情がかのドラゴンの言葉を否定し続ける。

 思考は霧がかかったようにかすみ、全身から冷や汗が滲んでくる。

 

“ドヴァーキンが、この洞窟の近くまで来ている。彼女の刃で私は殺され、魂は彼女の糧として消えるだろう”

 

 動揺し続ける健人を諭すように、優しく語り掛けるヌエヴギルドラール。その声色には擦り切れた諦観と、穏やかな静寂の色に染まっていた。

 

「な、何を言っているんだよ。死ぬって……」

 

 必死にヌエヴギルドラールの言葉を否定しようと、頭の中で言葉を探す健人。

 だが、そんな彼をさらに追い込むように、ヌエヴギルドラールの視線が、洞窟の入り口に向けられた。

 

“来たか、ドヴァーキン”

 

 ヌエヴギルドラールの視線を追うように、健人が洞窟の入り口に目を向けると、そこには真っ黒な重装鎧を纏った女性の姿があった。

 

「リータ……なのか?」

 

 ずっと望んでいた、家族との再会。

 だがその再会は、感動や温もりに包まれたものではなく、酷く寒々しいものになってしまった。

 黒檀の鎧を纏った女戦士は、冷たい殺意を振りまきながら、腰の剣を引き抜いた。

 

 




ニートドラゴン、健人にメインクエストで必要となる秘密のほとんどをしゃべっちゃいました。

第三章はエピローグを含めて残り二話。
明日、投稿します。まさか大晦日に第三章のラストを投稿することになるとは……。

登場人物紹介

ヌエヴギルドラール(その2)

ドラゴンの中でも特に時を読むことに長けており、その力は星霜の書を使わずに未来を見通すほど強力なものである。
ドラゴンの中でも間違いなく最上位の時詠みの能力であり、時詠み以外の能力が脆弱という事もあり、過去にドラゴンからだけでなく、人からも追われた過去がある。


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第十二話 ヌエヴギルドラール

 冷たい殺意を全身から放ちながら、腰の剣を抜いたリータ。

 顔全体を黒檀のフェイスマスクで覆っているため、その表情は読み取れないが、兜のスリットから覗く瞳は、爛々とした憎悪と殺意に染まっていた。

 

“こうして顔を合わせるのは初めてだな、ドヴァーキン。我はヌエヴギルドラール。どうだ? 我とティンバークでも……”

 

「ドラゴンと話すことなんて、何もない」

 

“クロシス……。そうか、それは残念だ……”

 

 ヌエヴギルドラールの語り掛けを一蹴し、歩み寄ってくるリータ。

 彼女の視線が、ドラゴンと自分の間に立っている健人に向けられる。

 

「ケント、退いて」

 

 冷徹な声。ともすれば自然と身を退いてしまいそうになるほどの威圧感。

 相対しただけで健人は理解した。リータがドラゴンボーンとして、自分とは比較にならないほどの成長をしてきたことを。

 だが、気圧されこそすれど、健人の足はその場に留まっていた。

 否、むしろ友人だと言い放つ後ろのドラゴンを庇うように、リータに向かって一歩踏み出していた。

 

「リータ、聞いてくれ。こいつは確かにドラゴンだが、俺を助けてくれたんだ。俺達が見てきたドラゴンとは違う」

 

「違わない。そいつはドラゴン。私達の敵……」

 

 ヌエヴギルドラールは違うという健人の呼びかけも、リータには届かない。

 無理もない。彼女はヌエヴギルドラールがどんなドラゴンであるのか、全く知らないのだ。

 

“ケント、いいのだ。初めから分かっていたことだ。数千年ぶりのアルドゥインの来訪も、ドヴァーキンが私を殺しに来ることも”

 

「やっぱり、アルドゥインの手駒なのね」

 

 ヌエヴギルドラールの口から出たアルドゥインの名に、リータの殺気がいよいよ剣呑さを増してくる。

 

「ちがう! アルドゥインは確かにこの洞窟に来たが、こいつに戦いに参加しろとは言わなかった! むしろこいつは戦い自体が嫌で、誰にも会わずにこの洞窟に潜んでいただけなんだ」

 

 今にもヌエヴギルドラールに斬りかかりそうなリータの様子に、健人は堪らなくなって声を荒げてしまう。

 

「ケント、もう一度言う。そこを退いて」

 

 しかし、いくら健人がリータに呼びかけても、ドラゴンを滅ぼすと決めたリータの足は止まらない。

 背筋が凍るほどの威圧感は変わらず、むしろ兜から覗く瞳は、一層鋭くなっている。

 強烈な決意と憎しみに染まった瞳が、健人を貫く。

 その視線は、まるで健人を問い詰めているかのようだった。自分との約束は何だったのか

と。

 

「確かに、俺は君の力になるって決めた。だけど、これは違う。これじゃあ、リータが……「ウルド」っ!?」

 

 健人が言葉を言い切る前に、リータが動いた。

 旋風の疾走を使って、一瞬で間合いを詰めると、健人の喉元に剣の切っ先を突き付ける。

 

「ぐっ!」

 

「そこを退かないなら、無理やり退かせる」

 

 突きつけられた刃が、鼻スレスレを横なぎに払われる。

 健人が思わず半歩退いた瞬間、リータが間合い詰めて襟を掴み上げ、そのまま片手で健人を力任せに投げ飛ばす。

 

「がっ!?」

 

 岩に叩き付けられ、肺から空気が漏れ出す。

 人一人を軽く投げ飛ばすリータの膂力に驚きつつも、健人はリータを止めようと再び彼女に突進し、体当たりの要領で彼女を押しとめようと試みる。

 

「ビクとも、しない・・・・・・。うわ!?」

 

 体格で言えば、健人とリータはそう大差はない。

 だが、リータは微動だにしないまま、健人の体当たりを受け止め、逆に再び彼を投げ飛ばす。

 しかも、健人が怪我をしないように、ワザと加減し、洞窟の端に溜まった砂の上に落とす手加減も加えるほどである。

 健人自身も、この僅かな邂逅で、リータと自分との間に横たわる実力差をまざまざと体に刻み込まれていた。

 例え、健人が今持つすべての術を使っても、リータには全く及ばない。

 今の彼女なら、モヴァルスやハイエルフの部隊長も羽虫を払うように倒せるだろう。

 

「く、ううう……」

 

 それでも、今のリータにヌエヴギルドラールを殺させるわけにはいかない。

 家族に友人を殺させたくない。友人となったドラゴンを殺されたくない。その一心で、健人は挫けそうになる己を叱咤し、立ち上がる。

 だが、健人が三度リータの前の立ちはだかろうした時、彼の行く先にノルドの青年が割り込んできた。

 

「ドルマ……」

 

 割り込んできたのは、リータの幼馴染。

 彼はリータを止めようする健人を、怒りに満ちた目で睨み付けていた。

 

「リータ、早く終わらせろ」

 

「……分かった」

 

「くっ」

 

 ドルマに促されたリータが、再びヌエヴギルドラールの元に向かおうとする。

 何とか彼女を止めようとするが、ドルマの怒りに満ちた視線が、健人の足を止めさせた。

 

「お前、裏切ったな」

 

「裏切ったって……」

 

 ドルマが背中の大剣を引き抜き、切っ先を健人に突きつける。

 自分に向けられた明確な殺意。何よりも“裏切り”という言葉に、健人はたじろぐ。

 

「エーミナさんやアストンさん達を殺したドラゴンに味方をする奴は、俺たちの敵だ」

 

「味方をしているんじゃない! こいつは助けてくれた恩人なんだ。少しでいいから話を聞いてやってくれって!」

 

「言ったはずだ。リータを裏切ったら、俺がお前を斬り殺すとな!」

 

 踏み込んできたドルマが、殺意を乗せた刃を健人に向かって振り下ろす。

 脳天から体を両断しそうなほどの豪剣が迫る中、健人は咄嗟に体を横に逸らした。

 大剣の刃が健人の鼻先をかすめる。

 

「ドルマ!」

 

「黙れ! 裏切者!」

 

 ドルマは続けて、胴体を切り飛ばす勢いで大剣を薙ぐ。

 健人は後方に跳躍し、腹に迫る刃を躱した。

 しかし、ドルマの剣は止まらない。

 持ち前の膂力を存分に生かし、絶え間なく斬撃を繰り出していく。

 その剣速は、以前イヴァルステッドで別れた時よりも遥かに速い。

 リータだけでなく、ドルマもまた、ドラゴン退治の旅路の中で、戦士として一枚剥けていた。

 下がりつつも、体捌きで何とかドルマの剣撃を躱し続ける健人だが、彼は今、武器となる得物を持っていない。このままでは斬り殺されるのは目に見えていた。

 

「くっ!」

 

 押し切られる。

 本能的にそう察した健人は、薙ぎ払われた大剣を、腰を落として避けつつ、足元にあった岩を手に取ってドルマに向かって投げつけた。

 ドルマが反射的に剣を引いて、投げつけられた岩を弾く。その隙に、健人は全力でドルマに向かって踏み込んだ。

 踏み込んできた健人を切り捨てようと、ドルマが大剣を振り下ろす。

 健人は左手を掲げ、振り下ろされた両手剣の根元、腹の部分めがけて左腕の小手を使い、シールドバッシュの要領で殴りつけた。

 健人を捉えていた刃が横に逸れ、洞窟の床に叩き付けられる。

 

「ぐっ!」

 

「うっ!?」

 

 強烈な衝撃が腕に走り、健人は痛みで思わず苦悶の声を漏らす。

 だが、ドルマもまさか健人に小手で自分の剣を弾かれるとは思わなかった上、勢いよく剣を岩の床に叩き付けてしまった衝撃で、次の動作が遅れた。

 健人は一気に間合いを詰めると、右手でドルマの襟、左手を股の間に差し込み、両足の力を入れて、一気にドルマの体を持ち上げると、地面に叩き付けた。

 

「なっ……がっ!」

 

 まさか健人に押し倒されると思っていなかったドルマが、驚愕と苦悶の声を漏らす。

 ドルマが両手剣使いとして成長していたのは間違いないが、健人もまた、数百年を生きる吸血鬼相手に、一対一で勝利を収めるほどの成長を見せた、立派な戦士だ。

 健人は倒れこんだドルマにさらに馬乗りになって、その体を押さえつける。

 

「こいつ!」

 

「がっ!」

 

 倒されたドルマが拳を振り上げ、健人の顔を捉えた。

 衝撃と共に頬に激痛が走り、視界がゆがむ。

 

「っ……逃げろ!」

 

 ドルマに殴られつつも、健人はヌエヴギルドラールに逃げるよう叫ぶ。

 だが、肝心のドラゴンは、歩み寄ってくるリータを静かに眺めるだけで、微動だにしない。

 

「何やってんだ。早く逃げろよ!」

 

 必死にヌエヴギルドラールに呼びかけるが、やはりドラゴンは動こうとしない。

 穏やかに、静かに歩み寄ってくるドラゴンボーンを見つめている。

 只々、自分に降りかかる運命をすべて受け入れた、老人の瞳で。

 抵抗の意思も恐怖も、怒りも憎しみも感じさせないヌエヴギルドラール。

 その静謐な気配に、リータが初めてドラゴンに尋ねた。

 

「抵抗しないの?」

 

“ああ、意味がない行為だ。私が何をしようと、何を話そうと、君は私を殺す。それが、私の運命だ”

 

「そうよ。たとえ貴方が健人を助けたのだとしても、アルドゥインに与していないのだとしても、ドラゴンはいつ裏切るか分からない」

 

“ああ、それは正しい。ドラゴンを信じないことは、正しい事だ……”

 

 ドラゴンを信じないことは正しい。

 それは、このタムリエルで誰もが頷く常識であり、ドラゴンも人も、すべからく頷く理だった。

 かつて、圧政で人を支配しながら、同族同士でも殺し合ったドラゴン。そのドラゴンを虐殺することで、自由を手にした人間。

 両者の間の確執を、端的に表した言葉だ。

 

「正しくなんてないだろ! 俺には散々説教をしたくせに、他人には何も語らず消える気かよ! ふざけんな!」

 

 だが、そんなこの世界の常識を、健人は一蹴する。

 

“ケント……”

 

「生きたいだろ! 死にたくないだろ! 俺は死んでほしくないんだよ! お前にもリータにも! それが悪いことなのかよ!」

 

「っ!」

 

 ここにいる日本人は、只々、友と家族に死んでほしくないだけだった。

 小さな、小さな、閉じた世界からの叫び。

 だが、その声は何よりも純粋で、透き通った“魂”の叫びだった。

 健人の声に後ろ髪を引かれたかのように、ここに来て初めてリータの足が止まった。

 

「っ……いい加減にしろ! よそ者!」

 

 このまま、こいつに話をさせてはいけない。

 そんな逼迫した予感に急かされるように、ドルマがこれ以上ないほどの力で健人を殴り飛ばした。

 フラついた健人を力で無理やり引きはがし、襟を掴み上げて再び殴り飛ばす。

 殴り飛ばされた健人は背中を強かに打ち、咽かえった。

 

「ゲホゲホ……。リータ、頼む、待って……」

 

 荒い息を吐き、背中の痛みに顔を歪めても、健人は懇願するような声で必死にリータを止めようとする。

 リータは抜いた剣を、ゆっくりとヌエヴギルドラールに向けた。

 狙いは心臓。

だが、どこか迷いを抱えるように、その切っ先はわずかに揺らいでいる。

 

 

「……ウルド、ナー、ケスト!」

 

 健人の呼び止めを振り切るように、旋風の疾走を唱えるリータ。

 一瞬で加速した彼女の体は、一つの矛先となり、深々とヌエヴギルドラールの胸に突き刺さり、その心臓を破壊した。

 

「・・・・・・さようなら」

 

 剣を突きいれたまま、リータは最後に一言、自分の懊悩を振り払うように、ヌエヴギルドラールに別れの言葉を口にする。

 リータが剣を引き抜くと、傷口から赤々とした血が噴き出した。

 胸に走る激痛。そして、痛みの熱とは裏腹に、冷えて脱力していく体の重みを感じながら、ヌエヴギルドラールは地面に倒れ伏す。

 流れ出た血が、地面をまるで泉のように真っ赤に染め上げていく。

 体の熱が抜けていくのに従い、彼が感じる痛みもまた消えていった。

 ヌエヴギルドラールに残ったのは、静寂のみ。

 彼にとっては慣れ親しんだ、孤独で静謐な感覚だった。

 

“これで終わり。全ては運命の流れのままに……”

 

 自らの死。この流れを、ヌエヴギルドラールはすべて理解していた。

 吹雪の中で、健人を助けた時から、彼は自分の死を運命の流れからの読み取り、受け入れていたのだ。

 元々、彼は今ここで死ぬ運命ではなかった。遥かな時の先、この世界が終る時に、彼の死は訪れるはずだった。

 

“今、巡る時を、願う者”

 

 それが、彼の名を示すスゥーム。

 その名の通り、彼は“時”を読むことに長けたドラゴン。彼は思考した瞬間に、その未来を見渡してしまう。

 だからこそ、彼は自分の運命がどうあがいても変えられないことを知り、生まれた瞬間に絶望して、洞窟の中に引きこもった。

 そして、静寂の中で、ただ時を読み、この世界が終わった後を只管に夢見続けていた。

 世界、ひいてはこの宇宙が終わった後の事は、誰にも分からない。その領域ならば、彼にとって、唯一自由に未来を思い描ける。

 誰にも会わず、何事にも関わらず、定められた運命を受け入れ、この世界が滅んだ後の世界を夢見続けることだけが、彼が得られた唯一の喜びだったのだ。

 だが、健人の存在がそれを変えた。

 異世界から流れ着いた異邦人。ヌエヴギルドラールが運命を読むことのできない、触れて会話ができる初めての存在。

 彼と関わることで、自分の死が早まることは理解していた。

 だが、初めて知る眼前の“未知の存在”がヌエヴギルドラールを掻き立てた。ドラゴン特有の欲が、初めて嘶きを上げたのだ。

 残りの悠久の時を犠牲にしても、彼と話をしてみたかった。

 そして、初めての友人との会話は、これまで見てきたどの運命よりも輝いていた。

 彼とのティンバークの時間は、決して長くはない。

 ほんの少し、僅かな時間の逢瀬。

 だが、その刹那の時間は、残りの寿命すべてと比べてなお、眩かった。

 後悔はなかった。

 死を前にして、ヌエヴギルドラールの心は、彼自身でも驚くほど穏やかなものだった。

 だが、彼がそう思って満足したまま逝こうとした時、静謐に染まったヌエヴギルドラールの瞳が、自らの名を叫ぶ健人の姿を捉えた。

 健人の表情は悲しみや後悔で、グチャグチャになっている。

 消えたはずの胸の痛みが、ズキンとぶり返してきた。

 

“クロシス……ああ、すまないケント。そんな顔をさせたくはなかった”

 

 友に対してもう何もできない自分を自覚し、ヌエヴギルドラールの心に僅かな後悔が生まれた。

 傍で自分を見下ろしてくるドラゴンボーンにも、申し訳ない気持ちが生まれる。

 

“君にもすまない事をしたな、ドヴァーキン。要らぬ業を背負わせてしまった……”

 

 健人とリータ。今から2人に降りかかる試練を想い、ヌエヴギルドラールは小さく謝罪の言葉を漏らした。

 ヌエヴギルドラールが健人と会わなければ、リータは彼を殺さずに済んだだろう。健人との間に、罅を入れることもなかった。

 死が迫っているからなのか、健人が関わっているからなのか、彼の時詠みの能力でもその未来を見通すことはできなかった。

 だが、例え見通せたとしても、彼の体はもう動かない。

 魂はドラゴンボーンに囚われ、彼女の力の一部となっていく。

 

“最後の最後で未練ができてしまった。ドラール、ロク、コガーン、スゥーム。願わくば、我の最初で最後の友に、声の導きがあらんことを……”

 

 この世界全ての存在に対し、友への幸運をスゥームで祈りながら、ヌエヴギルドラールの意識は深い闇の中へと落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ああ……」

 

 灰となり、骨だけになったヌエヴギルドラールの遺骸を前に、健人は膝をつく。

 彼の後ろでは、落ちた大剣を拾い上げたドルマが、裏切り者の健人を粛清しようと、その刃を振り上げていた。

 

「じゃあな、裏切り者」

 

「ドルマ、そこまで」

 

 だが、ドルマが剣を振り下ろす前に、リータが待ったをかけた。

 

「リータ、だがこいつはお前を裏切って……」

 

「別にいい。気にしていないし、もう彼とは一緒には行かない」

 

 一緒には行かないという言葉に、呆然としていた健人の体が、びくりと震えた。

 

「ケント、ドラゴンに与した貴方の力は要らない。ホワイトランに帰って」

 

「…………」

 

 淡々と、しかし冷徹に健人を否定したリータは、腰の剣を鞘に納めると、そのまま踵を返して立ち去っていく。

 ドルマは怒りをこらえるように唾を吐き捨てると、大剣を背中に納めてリータの後に続いた。

 

「……リディア、ケントをホワイトランまで連れて帰って。目を離さないように」

 

「従士様……」

 

 リータは去り際に健人の後をリディアに託すと、洞窟の入り口へと消えていった。

 リディアが、何か言いたそうに自らの主を見つめるが、リータはその視線を無視して、洞窟から立ち去っていく。

 リディアの隣で事の成り行きを見守っていたデルフィンもまた、何も言うことはないというように弟子を一瞥すると、その場を後にする。

 困惑したままのリディアは、項垂れる健人を前に、只々狼狽えることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先に洞窟から出たリータは、雪の覆われた森の中を、足早に歩いて行く。

 次の目的地、リフテンまでの旅路を急いでいるように見えるが、冷たい黒檀の兜の奥からは、押し殺すような呻き声が漏れてきていた。

 

「ぐ、ううう……」

 

(ごめん、なさい……)

 

 ともすれば漏れてしまいそうになる言葉を、唇を噛みしめて必死に押し殺す。

 リータは相対した瞬間に理解していた。

 健人の成長と、彼の想いを。相も変わらず、何も変わっていない、純粋で優しい、義弟の姿を。

 そんな彼の想いを、彼女は全否定した。否定せざるを得なかった。

 ドラゴンとの対話。それはドラゴン殲滅を誓った彼女にとって、絶対に許容できないことだった。

 胸に抱くドラゴンへの憎悪も、アルドゥインがこの洞窟に来ていたという事実も、それを後押しした。

 何より、リータの家族を想う心が、何も変わっていない健人がこれ以上戦いに出ることを拒んだ。

 リータ達がやろうとしていることは、アルドゥイン、ひいてはドラゴンとの全面戦争だ。

 それは、終わりのない戦いであり、そこに身を投じると決めた以上、リータは自分が普通の人として生きてはいけないという運命を、本能的に理解していた。

 それは、彼女の持つ“竜の血族”としての力の一端だったのかもしれない。

 だからこそ、せめて健人だけは、普通に生きて欲しかった。

 ドラゴンボーンである自分は、もう普通に生きることはできない。

 でも健人なら、よき伴侶に恵まれ、この世界で小さいながらも幸せを手にして生きることができる。

 その為には、今ここで、健人の心を折る必要があったのだ。

 

「なんで、あんなに穏やかに逝けるのよ……」

 

 もう一つ、リータの心を抉ったのは、ヌエヴギルドラールの最後の言葉だった。

 

“君にもすまない事をしたな、ドヴァーキン。要らぬ業を背負わせてしまった……”

 

 恨みや憎しみ、懇願ではない、ただただ、こちらの身を案じた謝罪の言葉。

 リータは、ヌエヴギルドラールの力を知らない。彼が、自分の死を初めから受け入れていたことも分かっていない。

 だが、そんな事を知っていたとしても、この洞窟に住んでいた奇特な竜の最後は、リータの心に深い楔を打ち込んでいた。

 

(殺したのよ!? せめて恨みなさい! なじりなさい! そうすれば、私も憎しみで刃を振り下ろせたのに!)

 

 本当は、リータは頭蓋を貫いてトドメを刺すつもりだった。でも、出来なかった。

 そして今、彼女が抱いていた邪悪なドラゴンという幻想は、粉々に砕かれていた。

 全ては、ヌエヴギルドラールが最後に、リータを案じる言葉を彼女自身に投げかけたから。

 残ったのは全身を覆う虚脱感と、深い後悔。

 だが、膝を折りそうになる心を必死に叱咤し、リータは既に己に喉まで込み上げる弱音を飲み込んだ。

 

「ドラゴンボーン」

 

 背後からデルフィンが声を掛けてくる。

 

「……何?」

 

「健人が持ってきた情報のおかげで、リフテンに私の同胞がいることがわかったわ。

 彼なら、アルドゥインについて、私たちが知らない情報も持っているはずよ」

 

「そう。なら、行く……」

 

 リータは自分の内で荒れ狂う懊悩を無理矢理抑え込みながら、努めて淡々とした口調を心がける。

 健人の後の事はリディアに託した。

 無責任だろう。なじられて然るべきだ。

 それでも、リータはもう退けない。退く訳にはいかない。その道を今、自分で断ち切ったのだから。

 その結果、己に降りかかる運命は、全て己で受け止めなくてはいけない。それが、この厳しい世界で生きる者の義務だからだ。

 洞窟から出てきたドルマとデルフィンを伴って、リータは一路、リフテンを目指す。

 その胸に、煮えたぎる憎悪と後に退けなくなった後悔、そして虚ろな闇を抱えたまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前を歩くリータとドルマを眺めながら、デルフィンは二人に聞こえないように小さく溜息を漏らした

 

(まさか、こうなるとは予想外だったわ)

 

 デルフィンとしても、今回のドラゴンとの遭遇は予想外だった。

 しかも自らの弟子が、この僅かな時間の間にドラゴンと友誼を交わすなど、想像できるはずもない。

 

(でもまあ、悪くはないわね。これでドラゴンボーンは、その使命を全うしてくれる。おまけに、お節介な従者も消えてくれるわ)

 

 だが、この結末はデルフィンにとって決して悪い結果ではない。

 今後、健人はホワイトランで生活し、リータは健人と離れてドラゴン退治の旅を続けることになる。

 つまり、デルフィンがリータをコントロールするための“健人という鎖”は機能したまま、リータは離れた弟を守るために、ドラゴンボーンとして今まで以上にドラゴン退治に精を出す事になる。

 それは、デルフィンにとっては喜ばしい事でもあった。

 ドラゴンを殺すことが人類のためであり、ドラゴンボーンの使命であると信じているからだ。

 また、口五月蠅いリディアはドラゴンボーンの命令でパーティーを離脱せざるを得なくなった。

 デルフィンはこれで、ある意味リディアの役目を引き継いだ形になる。これは彼女にとって思わぬ幸運だ。

 そのドラゴンボーンを支え、万難を排してドラゴンを戦えるようにすることこそ、デルフィンの使命。

 その使命を果たす為に、デルフィンはドラゴンボーンに接触し、スカイリム中に根を張る盗賊ギルドとのコネを利用し、さらには自ら健人を鍛えるという役目を提案したのだ。

 場合によっては、ドラゴンに健人の命を奪わせ、ドラゴンボーンを焚き付けることも考えていたくらいだ。

 

「まあ、仕方ないわね。せいぜい、普通に生きなさい、ケント」

 

 ドラゴンと友誼を交わした健人が、この旅路に交ざることはもう無い。

 心折られた彼も、これから先、剣を取ることは無理だろう。

 自ら鍛え、驚異的な成長をしてくれた弟子が脱落したことに、少し寂しさは感じるものの、同時に彼の命を生け贄にしなくてもいいという事実に、小さな安堵も感じていた。

 

 




と言うわけで、第十二話完了です。
今更ですが、第三章は正直、非常に辛いお話です。
元々第二章の後半部分のお話ですが、成長しても報われるとは限らない、自分の心からの言葉も伝わらないこともある。そんな場面をイメージして書いていました。
正直、低評価やお気に入り登録者が激減することも考えましたが、それでもタムリエルの世界は厳しく、運命や過去の遺恨に縛られている事も考えて、このような展開となりました。
第三章のエピローグも、今日中に投稿します。


以下、登場人物紹介


ヌエヴギルドラール(その3)

彼の名を示すスゥームは
“Nu”“Evgir”“Draal”
であり、それぞれが
“現在”
“季節、巡る時”
“祈る、祈願する、懇願する”
で構築されている。
その名の通り、時を読むことに長けているが、あくまでも“祈る者”であり、実質的な力は非常に乏しく、自ら運命を変えるほどの力を持ち得なかった。
故に、彼の竜生は諦観に彩られることになる。
彼自身、健人と出会った時点で自分がリータに殺される未来を読んでいたが、ドラゴンボーンに殺されることを承知で健人を助け、彼と友誼を結んだ。
最終的には自らの運命に身を任せ、リータの手で屠られることになる。
生を受けてから死の間際まで運命と諦観に彩られた竜生であったが、今生の終わりの際に未練が生じ、生涯唯一の友である健人の運命を案じていた。



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第3章最終話 黙したままの別れ

第3章のエピローグです。


 リータから決別を言い渡された健人は、リディアに連れられるまま、ソリチュードにやってきていた。

 吹雪はすっかり止み、空は青々と晴れ渡っているが、健人の心はまるで真冬の湖のように凍りついたままだった。

 目の前で家族の手で殺された、友達のドラゴン。

 更に、これまで必死に足掻いてきたすべてを否定された健人は、呆然自失となって、何かを思考する気力すら削がれていた。

 

「ケント様、私は馬車を手配してきますので、ここでしばらくお待ちください」

 

 リディアが健人を連れてきたのは、ソリチュードの正門近くにある農園。

 ここから馬車に乗って、ホワイトランに帰るつもりなのだ。

 

「それから、これを。ケント様の剣です」

 

 リディアが手渡してきたのは、健人が落としたブレイズソードだった。

 無言のまま、しかし決して受け取ろうとしない健人に、リディアは無理やりブレイズソードを握らせると、腰を下ろして視線を合わせ、健人の手をギュッと握りしめた。

 

「ケント様、従士様は、貴方様のことを大変心配していらっしゃいました。助力は要らないと申しましたのも、貴方様の身を想えばこそでございます。どうか、それだけは勘違いされないでください」

 

 言い聞かせるように呼びかけるリディアの言葉に、健人の手が僅かに動いて、手渡されたブレイズソードを握りしめた。

 健人が剣を受け取ったことを確かめたリディアは、今度こそ馬車を手配するために、駆け出していく。

 一人になった健人は地面に座ったまま、呆然と空を見上げていた。

 

「俺、何でここにいるんだろう……」

 

 約束を果たすために、強くなろうとした。そして、それなりには強くなった。

 しかし、その強さは何も守れなかった。

 自分の事情を知ってくれている、おそらく唯一の存在。

 数少ない友人といえた存在すら、助けられず、家族との約束も拒絶された。

 健人の脳裏に、背を向けるリータと、怒りの瞳で見下ろすドルマの姿が思い出される。

 ここに居たくない。自分がいた地球に帰りたい。

 それが無理なら、せめて誰も知らない、どこか遠くへ……。

 そんな追いつめられた気持ちに急かされるように、健人は立ち上がり、フラフラと目的地もなく彷徨い始めた。

 眼下には、大きな港がある。

 ソリチュードは元々タムリエル各地と行き交いする船があり、この交易がソリチュードの経済を支えている。

 そんな港に停泊している大小様々な船の中の一つに、健人は足を向けていた。

 健人が向かったのは、今まさに出港準備をしている船だった。

 船の型は地球でいうところのヴァイキングのロングシップ船によく似た幅広の船腹をもつ帆船で、船の側面には漕ぐためのオールが用意されている。

 おそらく行き交う船が多い湾内では変針に手間のかかる帆走はせず、人力で漕いで湾外まで出るつもりなのだろう。

 

「お前、何をしている」

 

 ボーっと見つめてくる健人に気付いた船乗り。おそらく船長と思われるノルドの男性が、健人に話しかけてくる。

 

「この船に、乗せてもらえませんか?」

 

「あ? 何言ってやがる。そんな話……」

 

 船に乗せてほしい。

 突然の申し出に、怪訝な顔を浮かべた船長は、馬鹿馬鹿しいと断ろうとする。

 船は元来、非常に狭い世界であり、新参者に対しては警戒心が強い。

 よく知りもしない第三者が、出港直前に乗せてくれといったところで、了承するわけがない。

 だが、まるで枯葉のようにやつれた健人の表情を見て、船長は声に詰まってしまった。

 

「お願いします。仕事は何でもしますから……」

 

「……まあ、ちょうど船員が一人降りて足りないところだ。一番下っ端としてなら、いいだろう。船代は、仕事の賃金と相殺だ」

 

 船長の言葉に健人は頷くと、そのまま桟橋を渡って船に乗り込む。

 船員の一人が健人にオールを漕ぐようにと、空いた漕ぎ手の席に座らせた。

 漕ぎ手の椅子は適当な木箱で、専用の椅子があるわけではないようだった。

 

「よしお前ら! 出港だ!」

 

 もやいを解き、船が離岸すると、合図に合わせて漕ぎ手がオールで水を掻き始める。

 健人も他の漕ぎ手に倣い、拙いながらも櫓を漕ぎ始めた。

 

「そういえば、この船はどこに行くんです?」

 

「お前、行先も知らずに乗ろうとしたのかよ……。この港で荷物を積んだ後は、ドーンスター、ウインドヘルムを経由して、さらに東に行く」

 

 健人は前で漕いでいた船員に、行き先を尋ねる。

 尋ねられた船員は健人が行き先すら知らずに船に乗り込んできたことに呆れ、荒々しい口調でありながらも、丁寧に教えてくれる。

 

「東、ですか?」

 

「ああ、最終的な行先は、ソルスセイム島だ」

 

 ソルスセイム島。

 それはスカイリム北東に存在する島であり、スカイリムと同じ寒冷で厳しい気候に晒されながらも、ノルドとは少し違った風習が根付いた土地だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 健人の乗る船が今まさに出航しようとしていたその頃、ソリチュードの正門前で、一人のカジートが不満の声を上げていた。

 

「にゃー! なんでオイラはまだ帝国軍にいなきゃいけないんだ!」

 

 カシト・ガルジット。

 以前ヘルゲンに配属されていた帝国兵士であり、アルドゥインの襲来を生き延び、ホワイトランの西の監視塔でドラゴンと戦った経験のある腕利きの戦士だ。

 彼はミルムルニルとの戦闘で亡くなったハドバルの遺体をリバーウッドに届けた後、ドラゴン復活の事実を帝国軍に伝えるためにソリチュードに戻り、自らが闘ったドラゴンの脅威を報告した。

 本来であるなら、カシトはドラゴンの報告を終えた後に退役するはずだったのだが、なぜか彼は未だに、こうして帝国軍でこき使われている様子だった。

 

「喚くなカシト。お前は数少ない、ドラゴンとの戦闘経験者だ。そんな人材を放逐できるわけないだろ」

 

 カシトの不満に答えたのは、帝国軍のリッケ特使。

 彼女はスカイリムの帝国軍を指揮するテュリウス将軍直属の部下であり、右腕と呼ばれている人物だ。

 カシトは今、ホワイトランでのドラゴンとの戦闘経験を買われ、リッケ直属の部下になってしまっていた。

 

「おいらは、もう、上官から、帝国軍の指揮下から外すと言われてるの! 自由の身なの!」

 

 リッケはテュリウス将軍直属の副官だけあり、そんな彼女の配下に抜擢されたことを考えれば、間違いなく大出世である。

 リッケやテュリウス将軍としても、ドラゴンとの戦闘経験がある兵士は貴重だ。

 部下として囲い、その経験を活かしたいと考えるのは当然のことである。

 なまじ、カシトが戦士としても優秀だったことも災いした。

 しかし、カシトとしてはドラゴンの報告をしたら晴れて退役。そうしたらホワイトランの健人の所に行けると思っていただけに、カシトはこれ以上ないほど不満顔だった。

 

「だが、ハドバルがお前の指揮をしていたのは、それが緊急時だったからだ。こうして帝国軍に帰還したからには、元の部隊に再配属されるのが当然だ」

 

「オイラが守りたいのはケントなの! 帝国じゃないの!」

 

「誰だ。そのケントっていうのは……。まあ、少なくともドラゴンをどうにかするか、兵役期間が終わらない限り、帝国軍を抜けるのは無理だな。諦めろ」

 

「むうう……」

 

 元々帝国に対する忠誠心など欠片も無いだけに、現状はカシトにとっては不満でしかない。

 とはいえ、ここで脱走するのは、ハドバルの最後の気遣いを無碍にするような気がして、できそうにもなかった。

 割と他種族の常識には囚われないカジートだが、彼らは義理や人情、恩義をとても大切にする種族でもある。

 カシトも、命を捨てて自分を逃がそうとしてくれたハドバルに対しては、内心無碍にできないくらいの恩義を感じている。

 だからこそ、不満を抱きながらも、未だに帝国軍に残っているのだ。

 

「ほら、次の任地へ行くぞ。場所はドラゴンブリッジだ」

 

 リッケに促されながら、カシトは諦めたように大きく肩を落とす。

 

「はあ、ホワイトランは遠いなぁ。何時になったら自由になるんだよぅ……ん? あれ?」

 

 その時、カシトの目が信じられないものを見つけた。

 厳つい船乗り達に混じって、オールを漕ぐ小柄な青年。

 周りの漕ぎ手と比べても拙いオール捌き。カジートとして優れた視力を持つカシトの目に、その青年は非常によく目立っていた。

 彼が見たのは、今まさに港を出港したロングシップに乗り、櫓をこぐ友人の姿。

 

「ケント? ケント!?」

 

 一瞬、自分が見たものが信じられなかったカシト。ゴシゴシと目を擦ってもその友人の姿が消えなかったことに、思わずその場で飛び上がって喜ぶ。

 

「ケント、ケント! オイラだよ! ちょっ、その船待って!」

 

 大声を張り上げて健人の名を呼ぶカシト。

 しかし、肝心の健人にはカシトの声は届いていないのか、全く気付く様子がない。

 そうこうしている内に、健人の乗った船はどんどん水路を進み、ソリチュードから離れていく。

 健人に自分の声が聞こえていないことに気づいたカシトは、慌てて健人の乗る船を追いかけようと駆けだした。

 

「あ、おいこら! カシト、戻ってこい!」

 

「リッケ、ゴメン! オイラ今この瞬間、帝国軍を辞めるよ!」

 

「はあ!? ちょっと待て! そんなことできるわけ無いだろ! そもそも、お前はこれから任務が……」

 

「ケント~~~!」

 

「ちょっ! こら、待ちなさい!」

 

 突然大声を上げで走り出したカシトに面食らったのは、彼の上司であるリッケ特使だ。

 慌てて呼び止めるも、肝心のカジートは上司の制止などどこ吹く風というように、港目指して全力ダッシュしていった。

 

 

 




これで、第三章は終了となります。
リータと仲違いし、決別を言い渡された健人。失意に落ちた彼は船に乗ってスカイリムを離れ、ソルスセイム島へ。
はい、DLCドラゴンボーン。ひいては、感想などでも切望されていたデイドラとの遭遇フラグが立ちました。



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第4章 第一話 流れ着いた先

お待たせしました。第4章の投稿を開始します。
これまでと違い、執筆しながらの投稿ですので、更新は不定期となりますが、最後まで読んでいただけたら幸いです。


 ソルスセイム島。

 モロウウィンドのヴァーデンフェル島の北に位置する島。

 降りしきる灰の交じった雪が、健人の乗る船、ノーザンメイデン号の甲板に落ちて、灰色のシミを作っている。

 健人は降りしきる灰雪の中で、遠くにある灰雪の元凶を眺めていた。

 レッドマウンテン。

 タムリエル最大の火山であり、ここ数百年間、灰とマグマを噴出し続けている活火山だ。

 その巨大な山体はソルスセイム近海でもはっきりと見え、吹き出す煙が天を覆うさまは、さながら終末期を思わせる光景だった。

 

「着いたぞ。ここがレイブン・ロックだ。あんまり居たいとは思えないがな。それでケント、ここで降りるのか?」

 

 ノーザンメイデン号の船長であるグジャランドが、健人に尋ねてくる。

 健人達が乗る船は、今まさにソルスセイムの港に入港しようとしていた。

 港町の名前はレイブン・ロック。

 タムリエルに根を下ろす種族、ダンマー達の街だ。

 ダンマーはエルフ種の一種であり、ダークエルフとも呼ばれる、灰色の肌と紅い瞳が特徴的な種族だ。

 

「はい……。お世話になりました、船長」

 

 船から降りる事をはっきりと述べた健人。彼の言葉に、船長であるグジャランドが残念そうな表情を浮かべる。

 

「なあ、ケントもしよかったら、このままこの船の船員として留まらないか?」

 

「え?」

 

 引き留める船長の言葉に、健人は少し驚いた様子を見せる。

 

「お前は料理の腕もいい、錬金術もできるし、頭もいい。腕っぷしもすげえし、気も利く。俺としては、このまま残ってもらいてえんだが」

 

 ノーザンメイデン号での健人の役目は、一番下っ端がやるような雑用の仕事だった。

 縄や船具、船体の保守作業、料理の下準備、帆を動かしたり櫂を漕ぐ手勢等がそうだ。

 それらは小さな仕事ではあるが疎かにはできず、何よりも手数が必要な仕事だ。

 航海が始まった当初、健人の仕事は料理長と甲板員の補佐だったが、彼の料理の腕はエーミナ仕込みである。

 すぐに料理長の目に留まり、メニューの考案に従事することになった。

 さらに健人は、拙いながらも回復魔法と錬金術を扱える。

 錬金術は専用の錬金台がないため、大した品を作ることはできないが、応急処置用の薬程度なら、料理用の鍋でも作れる。

 薬は一応常備されてはいるが、荒れる海の上では容器の損傷などで薬がダメになることは珍しくない。

 小さな怪我が命取りになりかねない荒海に生きる船乗りたちにとって、材料があればすぐに薬を作れる健人の存在は、非常に大きかったのだ。

 厳しい船の世界は、実力こそが最も重要視される。

 特にノーザンメイデン号のような、私有の船を自分達で動かしている船員達はそうだ。船をいかに効率的に運用できるかが、自分達の利益や責任に直結するからである。

 また、健人の腕っぷしも、ノルドの船乗りたちには好印象だった。

 快楽の少な