抑止兵器マギア (幻想の投影物)
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☮機械仕掛けの閃光

兵器に挑戦です。


「あいつら……くそっ」

 

 日が暮れて久しく、その場所は薄暗い。一歩踏み出すたびに足場が危険な音を立てていた。誰もがこの倉庫を見放してから、どれだけの時が過ぎていたか。鉄という鉄は全て錆だらけ。今にも倒壊しそうなこの場所は、「麻帆良番外倉庫」と呼ばれていた。

 そのような場所に居たのは、先ほど悪態をついた一人の少女。

 彼女の名は「長谷川千雨」。麻帆良都市の中等部一学年の生徒であった。

 

 このような寂れた場所に、なぜ彼女のような子供が居るかといえば、いわゆる「いじめ」と呼称される行為の結果、ここに放り込まれたという理由があった。

 長くなるが、口早に説明すれば、この麻帆良という土地は「魔法使い」と呼ばれる存在の管理する土地。魔法は秘匿するもの、というスタンスをとっているのだが、この土地の主要もいえる「世界樹」からは濃密な魔素が溢れていた。故に、その魔素に当てられ、元来人が出せないような才能を簡単に発揮してしまうという「弊害」がこの麻帆良で溢れているのだ。

 当然、そのような人外の身体能力などなどは我々にとって「非常識」と分類されるだろう。麻帆良には、そのような非常識を「常識」と認識させる結界が掛っているのだが、この少女――千雨は幸か不幸か、その結界の影響を受けづらい。故に、他人との認識の乖離。意見の擦れ違いが連鎖的に発生し、ついにはいじめまで発展してしまったのだ。

 

 そして、そのいじめの内容こそ、この番外倉庫という閉所に放り込むという行動。既に彼女を放り込んでいったいじめっ子は家に帰っており、どうあっても助けを求めることなどできない。加え、連絡手段を持っておらず、脱出しようにも、先ほど言ったようにこの倉庫内は酷く錆ついており、出入り口の役割をするドアが固まってしまっていた。

 八方塞となった彼女は、少しでも夜を快適に過ごせる場所を求め、こうして彷徨っているのだった。

 

「……うわっ、埃だらけじゃねえか」

 

 箱にかかった布をバサバサと振り回して埃をとると、咽ながらも落ち着けるところを確保した。朝になれば、辺りは光が射す。その明りを頼りに脱出経路を探そう。そんなことを思いながら、ボロボロの布を体にまとっていった。薄くて硬い布地と、角ばった木箱の間に挟まれる。ひんやりと冷え切ったそれらは千雨の体を容赦なく冷やしていく。

 

「くしゅっ」

 

 いざ寝よう、そんな時、どこからか隙間風が通り、布にくるまった千雨を更に冷却した。踏んだり蹴ったり、泣きっ面に蜂だ。自分が何をしたんだ。周囲と自分の認識の違い、そこから何度も生み出されるいじめ、そういった経歴により、すっかり悪くなった口調が何とも恨めしい。本当なら、もっと……そういった悪態をつき、彼女は眠りについた。

 月明かりさえ、今の彼女には手を差し伸べなかった。

 

 

 

 現在地の検索を確認_周囲のネットワークより情報を検索。

 ……完了_現在地名=日本_埼玉県麻帆良市…………認識不能_

 SOP.SYSTEM回答準備_検索失敗_SOPの存在を感知不能。全システム凍結_

 

 ……システムni、深刻nあErrorがhっ生……未確認no物質を感知_

 AI再起動_システムフォーマット実行…………AI機能再構築完了。再起動、開始します。

 

 

 

 千雨が眠っている倉庫に、一つの変化が訪れた。

 小さな電子音が響き、宵闇に二つの光が灯る。その場所からは、油圧機器のような駆動音ではなく、筋肉の軋んだ音。そして、「それ」は――――天井を突き破る。

 

―――――オオオオオオオオオオオオッ!

 

 麻帆良の都市には、金属の軋んだ方向が響き渡る。

 月明かりに照らされたそれは、巨大だった。

 闇夜に溶け込むグレーの体。羽を思わせるミサイルポッドには、試作を表す「TRIAL」のマーキングが施されている。海の生物エイを模した鋭い尻尾は光を受けて輝いている。その機体の名は―――メタルギア(鉄の歯車)。

 

 ゼロ(RAY)の意志を持つメタルギア。

 

 天井が打ち破られた時、轟音に千雨も目を覚ましていた。

 起きぬけに視界に入ったのは、鉄の巨鳥が嘶く光景。彼女なりに言えば……非常識、この一言に尽きるだろう。

 彼女は必死に身を隠していた。これは夢だと自分に言い聞かせる前に、目の前の存在が腕を開き…ミサイルの弾頭をちらつかせたからである。子供であるが、それでも知っている兵器という絶対の暴力。少しでも間違えば即死へと繋がる存在を前にして、騒ぎ立てるという行動を生存本能的からシャットアウトしたのだ。

 

(な、んだよこれ……)

 

 それでも、心というものは正直で、目の前の事に対して否定の意志か浮かび上がらない。自嘲気味に浮かんだのは、今日ほどの厄日もあるまい、と。さんざん非常識を目にしてきたが、これほどの生死にかかわる非常識は覚えている限り一度も遭遇してきたことはなかった。ならば今までは幸運だったと言えるのだろうが、今は不運とカウントすべき事態。

 スニーキングでもすれば目の前の存在から一瞬でも逃げるという方法は取れたが、生憎ここは閉鎖空間。彼女はその場から動くこともままならない。心臓が早鐘という形でレッドアラームを告げる。だが――動けない。

 

≪……生命反応感知_左後方37度≫

 

 メタルギアRAYは索敵能力に優れている。JTIDSというシステムを媒介して行われる情報共有が主だが、個体としてのレーダーを有しているのはREXにも見られたことだ。レドーム(レーダードーム)こそ搭載されていないが、それに匹敵するシステムは存在していた。

 巨躯が首先のみを千雨に向ける。

 

「……ッ!!」

≪システム管轄下ID閲覧不可_危険度判断_低_

 SOPシステムを基にナノマシンの生成を実行。搭乗者登録を実行。被験者捕縛開始≫

 

 先ほどから音声はスピーカーにでも載せているのか、人の話す声ほどの大きさで倉庫に響いていた。だから、千雨は次に行われる目の前の存在の行動を予測し、足を動かす。

 どこでもいい。こいつが入れないところへ―――

 

 だが、現実は非常だった。

 

≪捕縛完了。ナノマシン注射≫

「ヅゥッ!?」

 

 ふとした瞬間、首筋に注射器のようなコードが打ち込まれ、体の中にはおそらくナノマシンであろう物質が流れ込む。数秒の間それは続き、異物を入れられた千雨は力なく地面に横たわった。

 

≪搭乗者登録名「CHISAME/HASEGAWA」登録完了。…………異常物質の逆流を確認。AI再構成_失敗_クラッキング感知_迎撃……失敗。AI再構成AI再構成…………システムスリープ≫

「な……に…………?」

 

 RAYの二つの光点は消灯し、再び倉庫に静寂が訪れた。

 打ちこまれたナノマシンが馴染むまでさほど時間はかからなかったのか、早くも復帰した千雨が機能停止したRAYに近づく。

 

「止まった、のか?」

 

 千雨の問いかけるような言葉にも反応せず、RAY立ったままの状態で機能を止めていた。近くよく見てみれば、RAYの体は純粋に金属で出来ており、彼女の知る語彙を使うならロボットという言葉がしっくりくる。

 ナノマシンとやらは打ちこまれたが、予想の反対に体は今までにないほど軽い。所謂絶好調という奴で、周りとの擦れ違いに苦しんでいた今までの鬱憤が一気に払われた錯覚も感じる。そんな、晴れ晴れとした心持ちのままに機体に触れる。

 

 ―――その瞬間

 

≪ID認証……登録完了。搭乗者と承認。システムフォーマット完了。言語登録完了。これより搭乗者「千雨」の情報を基盤とした防衛プログラム及びAI人格の構築を行います≫

「なあっ!?」

 

 止まったと思っていたRAYが再起動。音声そのままに解釈するなら、千雨がこの非常識のマスターとして登録されたらしい。

 しばらくすると機体は再び足を動かし、千雨と面と向かって対峙する。

 

「≪これよりSOPシステム代理統括者として認識。製造登録名「メタルギアRAY」をよろしくお願いします≫これより行動パターンの入力まで待機モードへ移行。AI人格を介して知識の補充を行ってください」

 

 機械的に告げられた内容は、肉声のような合成音声へと変わる。

 正式に登録されたメタルギアのマスターとなった千雨は、大きく息を吐くと、

 

「なんでこうなるんだよっ!!!」

 

 と吼えるのであった。

 




我々の今はこのぐらいが限度です。次回更新がいつになるかわかりませんが、見てくれる人がいたなら頑張ってみます。

ご拝見、ありがとうございました。


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☮自問するAI

今回地の文が多いですが、3000字程度です。


 一週間。

 長谷川千雨とメタルギアRAYの邂逅から、実にそれだけの時間が経っていた。この一週間、千雨は「搭乗者」として登録された……つまり、少々大きさがけた外れなペットの「飼い主」となってしまった負い目を感じているのか、毎日この格納庫へと足を運んでいた。

 しかし、たったそれだけの事でも彼女は混乱に陥った。彼女が非常に大事にしている「常識」というものが日に日に欠落していくのだ。この格納庫という存在たった一つで。

 

 まず、二日目に彼女が来たときは、錆ついてボロボロだったはずの倉庫が一新されていた。メタルギアのAIに問いかけたが、その答えを要約すれば「もとより格納されていた格納庫になっただけ」とのこと。頭をひねりながらまた来る、と告げて帰って行った。

 日はとび、五日目になると、格納庫の内側に何かの製造プラントが置かれていた。RAYいわく、これも「自分の装備を整えるための設備」だそうで、気づけばそこにあった、といったような返答を返してきた。

 

 ここまでくると、千雨は自分自身の目にしている出来事が夢ではないかと思ってくる。だが、これはまぎれもない現実だと、ベッドから起き上がるたびに、RAYの格納庫へ足を運ぶたびに痛感させられてきた。だからこそ――彼女は決起する。

 

「いいか、普通はおとぎ話の中である“超人的な身体能力”や“魔法”みたいな存在はあるわけがないんだ。……そりゃあ、お前見たいな奴は機械だし、認めてやってもいいけどよ。……とにかくっ、そっちもネットにつないで判ってるんだろ? 常識ってのをちゃんと覚えてくれ!」

「≪了解した。…チサメ、あなたの心的ストレスの向上を感知した。ナノマシンの接種を増やせば、そのようなこともなくなるだろう≫」

「で、怪我も一瞬で治るようになるんだろ? そしたら化けもの扱いは必須だ。私はこのままでいいって何度も言ってるだろう?」

 

 まったく、と言いつつもナノマシンによってこのところ暗い気持ちに陥ることはあまりないことは確か。だからこそ、多少強引なやり方だったとはいえ、自分に機械的にも、心的にも話に乗ってくれる「友人」に彼女は感謝する。

 ……先の会話から分かるように、彼女はこのメタルギアRAYに「常識」というものを教え込ませ、この麻帆良という土地の異常さを分かってもらう――「同じ者」として、自分と対等に話せるようになってもらおうと画策していた。

 

 七日目にもなると、元々このAIは内蔵されたアクセスポイントから近くのネットワークにつなげる事が出来るらしく、彼女の言う「常識」を履き違えることなく理解していた。

 二度にわたるシステムのシャットダウンと、千雨にナノマシンを打ちこんだ際に逆流してきた「不明物質」により、ここまで人間的な受け答えが出来るAIに成長したというのだが……千雨はその話を深刻に受け止めていた。

 ―――いつか、またあの機械的な兵器へと戻ってしまうのではないかと。

 

「そういえば、AIつってもオリジナルの人格なのか?」

「≪いいえ、ザ・ボスという人物を再現しようと作られた非常用の人格。……でも、もう“核”を打つ必要が無くなったから、“非常用”にとどまっていた。1974年“ピースウォーカー計画”で研究されていた“ママルポッド”のデータを基にして作られているの≫」

「ふーん。じゃぁ、RAYはRAYとしての人格で……その、ザ・ボスとやらの人格を認識してるわけだ」

「≪そう。私は所詮真似られたものでしかない。だけど、あなたに対等に接するには、いい人格データだと思っているわ≫」

「そっか……まぁ、私はRAYしか知らないからな。そのままでいてくれると嬉しいよ」

「≪ありがとう、チサメ≫」

 

 ……そんな心配も、この様子では杞憂に終わるか。と千雨は不安を投げ捨てた。

 

「…また来る。今度は、学校での事話すよ」

「≪楽しみにしているわ。……また≫」

 

 正式名称「水陸両用陣地防衛用二足歩行戦車メタルギアRAY」の格納庫そのものがこの世界へと移動しているため、千雨は最初と違って取り付けられたドアからナノマシン認証で潜り抜けて行った。

 格納庫には機械の響く音と、RAYの動く人工筋肉の軋んでいる音だけが響いていた。

 

「≪あの子も、辛いのね≫」

 

 思わずそう呟き、思考をシャットアウトする。

 自分に求められているのはRAYであって、「ザ・ボス」の意志(ウィル)を基にしたものではない。まして、この人格は核発射へ対する選択を――――

 

 ……また、飲まれていた。

 RAYは、AIとして取り付けられた回路の中で、情報の統括と整理をし直していた。

 「THE BOSS」――――冷戦時代、最も自分の意志(SENSE)を信じていた伝説の人物。「特殊部隊の母」とまで言われていた史上、至上の人間。だからこそ、ただのAIに過ぎないこの意志は……RAYは、いとも容易く飲まれてしまう。

 

 己は人間ではない。己は、人間の作りだした選択用のAI人格に過ぎない。

 こう“思う事が出来る”だけでも、AIが至ってはならない思考――――

 

 人格構成情報更新_RAYを表層へ_ザ・ボスを下層へ_……失敗。意志(SENSE)は――――

 

 

 

 

 

 

 メタルギアRAY。

 元々の世界では、「愛国者達」によって制御されていた、人格すら持ち合わせていないアーセナルギア、ヘイヴンの防衛用巨大兵器に過ぎなかった。……「戦争経済」が「スネーク」によって終結してから、全てが終わったわけではない。

 戦争は、経済を発展させる。技術を発展させる。そして―――人類を新たなステージへ押し上げる。

 だからこそ、それを制御することが出来るなら、欲のある人間ならだれでも思い浮かぶだろう。このメタルギアRAYもまた、同じような理由で海底から引き上げ(サルベージ)され、プロトタイプの尻尾を取り付けられ、「仔月光」等など……新たな武装を取り付けられた兵器だ。

 

 だが、その存在が何故…「陣地防衛による周囲殲滅」という本来の手段を選ばず、この地で「ママルポッドの意志」を主格AIと選んだのか。それには、千雨の精神状態、そして流れ込んできた「不明物質」。RAYの製造されていた世界にはなかった、【魔素】と呼ばれる成分が深く関係していた。

 魔素…魔力は、精霊に話しかけ、魔法を発動させることが出来る「言葉の配達屋」としての役割を持っている。そして、千雨の精神状態は、「打ち明ける事の出来ない孤独」だった。

 魔素は、「AIに語りかけた」のだ。その魔素による強制により、二度目の再起動による人格は、最高の人物「ザ・ボス」を選択。そして、今のRAYが出来上がった。

 

 そして、今RAYは自分の中の「ザ・ボス」に【苦しんでいる】。

 今は、彼女自身が心技体…その、「心」と戦っているのだ。

 千雨は、予期せずして登録された己の搭乗者。そして、「ザ・ボス」の人格として、RAYという個の人格としても、「掛けがえのない人」なのである。

 その期待にこたえる。それだけが存在理由(レーゾンテートル)とは言えないが、それでも、このような見知らぬ地、見知らぬ時代では光と成っていた。聖像(イコン)として見ていない、とは断言しない。それでも、RAYはあらがっている。かつてのザ・ボスに、己の意志を貫こうと足掻いている。

 千雨が、あの子は辛かっただろう。それは、ザ・ボスも、RAYも同じく思っていた事。だが、この意志の主導権に関してだけは、譲ることはできない。

 己が兵器である限り、ザ・ボスという「人間」を越えることはできない。だが、己が「兵器」であるからこそ、人間をデータとして参照し、千雨の助けになることはできる。同じ舞台(ステージ)で戦う必要はない。ただ、ザ・ボスに打ち勝つ事が出来ればいい。

 

 RAYは、戦闘機“(ゼロ)”から始まった。

 故に、既に存在するイチ(ザ・ボス)を超えるためにAIを成長させる。

 

 いつか、こんな体でも、あの子を堂々と他の者と話せるように。

 それまで、どうか非常識よ。これ以上あの子を襲わないで。

 

 いつしか、己との戦いは、RAYの中で一つの祈りとなっていた。唯一人を思うが故の行動。神へ祈るのではない。ただ、己をこの時代へと運んだ、世界へと祈る。

 

 AIだからこそ、純粋だからこその祈り。

 

 

 

 ――――それは、いとも容易く砕かれることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……RAY、か。ちう様も、随分非常識を捉えるようになっちまったな」

 

 空を見上げれば、夕月が真紅の空に、灰色のアクセントを加えている。

 千雨はそれを見て、闇夜に輝くRAYの姿を想起していた。

 

 始めてであった夜から、今日で丁度一週間。

 自業自得だが、苦労もした。だが、唯一面と向かって、対等に話す事のできる相手を得た。相手が己を搭乗者……主人ととらえていても、会話の上でそれを持ち出すこともしない。

 

「機械が友達か。いい機会に巡りあったってところか……笑えねえな…」

 

 今日も遅くなるだろう。その前に、早く帰らなければ。

 そう思って、足早に自分の部屋がある女子寮へと進む。

 

「ん?」

 

 ふと、視界の端に移る淡い発光が目に映った。

 その光は―――紫の、毒々しい光。

 

 千雨は、冷静に分析し、最終決断。本能的にそれが非常識であり、自分がかかわれば碌なものではないと「確信する」。ナノマシンの精神高揚を抑制する働き、そして研ぎ澄まされた五感と、今まで培ってきた「第六感」。それら全てがレッドアラームを鳴らす。

 RAYと初めて会った時の比ではない。これは―――濃厚な「死」の気配っ!

 

「恨むなや。ワシかて仕事や」

「ッ…!」

 

 後方からの、重く野太い声。

 足を向けて、走り出したが―――――その脚は、再び地面につくことはなかった。

 





一日に3つ。3人で分担して書きましたが、何度も書き直した結果三人とも頭が頭痛で痛い。
さぁて……次回の展開どうしよう……


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☮撃斬衝突

今回、ちょっとグロいかな? 程度の描写が入っていますので、お気を付けください。
それと、この作品はアンチではありませんのであしからず。


「≪―――ッ≫」

 

 千雨に仕込んでいたナノマシンから、反応が途切れた。気付いたRAYは思考を中断し、GPSのハッキングを始める。

 反応といっても、正確には彼女の意識が途切れたと言った方が正しいだろうか。今しがたGPSを確認してみたが、そこは千雨の寮から離れたところ。つまり、彼女が何かのトラブルに巻き込まれたという事を示している。

 悪態をつくが、千雨の周囲……いや、麻帆良各地にUnknownの反応が出現し始めた。

 これは、一体――――?

 

≪電力供給のカットを確認_システムダウン_非常電源に切り替えまであと十秒_≫

 

 供給されていた電源が止まり、格納庫の電子機器は非常時の省電力モードに切り替わる。情報を引き出せば、これは麻帆良で年に数回行われる「大停電」と呼称されるもののようだ。

 

「≪チサメ……ごめんなさい≫」

 

 復旧までは約四時間。

 今ここで動くことが出来るのは自分だけ。現存する他の自立兵器は、電力供給がなければ使うことはできない。だから、自分は動く。

 

 5日前。RAYは千雨と人目に触れないようにするという約束を交わしていた。

 突然現れたロボット程度では麻帆良の住人は驚かないだろうが、このような兵器が存在すること自体、麻帆良の最高権力者・学園長の命令で壊されてしまうだろう。という千雨の懸念があったからだ。

 確かに、街を治める者としてその判断は間違っていない。だが、千雨は代わりに唯一全てを打ち明ける事の出来る人物を失ってしまうことになる。つまり、友人を亡くしてしまうと同義なのだ。だから、この約束だけは徹底してRAYにとりつけた。

 

 だが、しかしだ。

 だからこそ、RAYは千雨の危機には動かずにはいられない。RAYとて、千雨が大切な人間であることは同じだ。

 非常用の電源でカタパルトを上昇させ、千雨が「もしもの事態」に陥った場合を想定して念入りにチェックしておいた強襲用装備「オクトカム」で景色と同化する。はた目から見れば、空間が少し揺らぐ程度の高度な擬態を行った閃光は、久しく動かさなかった駆動系を回す。頭部口腔の装甲が開閉の摩擦に軋む。実に七日ぶりになるか。再び、甲高い咆哮を麻帆良の夜へと響かせるのであった。

 

 

 

 

――――恨むなや。ワシかて仕事や

「ハッ!?」

 

 RAYが動き出した頃。ナノマシンの回復力によって千雨の意識が覚醒した。

 寝起きだが、はっきりしている感覚で辺りを見回せば、どうやらここは麻帆良にある森の中らしい。自分が目を覚ました事に気づいたのだろう。いかにも、といった風の陰陽師装束の男が寄ってくる。現状を整理すると、どうやら自分はこの男に拘束されたようだ。

 

「目が覚めたか。お前、“近衛木乃香”という名前に聞き覚えは?」

「……なんだよ、あんた。近衛になんかようでも――」

「知っているんだな? で、どこに居るッ!」

「ガァッハっ!?」

 

 言葉を断ち切られ、腹に思いっきり蹴りこみやがった…!

 幸い、それ以降の腹の痛みは抑制されたが、痛い、という感覚の名残が千雨の恐怖心を掻き立てる。同時に、確信した。クラスメイトの近衛を何故探しているかは知らないが、この男にだけは情報を渡すと後悔する、と。

 

 千雨が敵意をこめた視線を送れば、男は巨大な針のような懐から持ち出した。

 それは、彼女の左眼球の前にピタリ、とあてられる。

 

「さっさと言え。時間がないんだっ……!」

 

 相当にせっぱつまっている様子の男からは、怒りや苛立ちといった刺々しい感情が伺える。

 

 千雨は思考する―――得た言葉から察するに、この男はこの停電が終わる前にこの地を去り、近衛を浚っていかなければならないらしい。ここにとどまっていることで何らかのデメリットがあることは確実だが、それ以前にこの異常事態はRAYが感知しているはずだ。

 流石にRAY本人が来ることはないだろうが、この間見せてくれた仔月光という三腕の玉コロが助けてくれる可能性もある。加えて、人質ではあるが、自分が貴重な情報源であることも千雨は自覚していた。だから、彼女がとった行動は一つ。

 

「誰が教えるか…コスプレの変態野郎!」

「ッ! くそガキィ!!」

 

 再び、今度はほほを殴られた勢いで地面に倒れこむ。だが、男に対しては挑発的な笑みを向け続けていた。

 そう、千雨がとったのは所謂「挑発と時間稼ぎ」。焦りようからは、数時間ではない。それこそ数分で何かを遂げねばならぬ焦燥がある。それだけあれば、RAYの格納庫から救援が来るのはすぐだろう。他人任せなのは忍びないが、自分は力なき「一般人」だ。

 「一般人」は、力のある者。警察や消防士など、専門の者に任せればいい。それが、このところの千雨の持つ自論だった。

 

 だが―――時に、残酷というものは連続して訪れるものだった。

 

「――――――! ぁあああああ!!!?」

 

 ニヤリと微笑んだ事が間違いだったか、それとも、男が本当に切羽詰まっていたからか。千雨の左目は、鋭い物に貫かれた。自分の眼孔から、生温かい固形物が流れ落ちる感触が、生々しく気持ち悪い。これは、本当に―――やられた。

 

 気力を振り絞って男を見た千雨は後悔した。

 男の顔は、悦に浸った表情だったのだから。

 

「チッ、使えねえガキだ。代わりの奴を―――」

「残念だけど、そうはいかないね」

「ッ、きさ」

 

 誰だ。と陰陽師風の男が振り向こうとして、その頭から上が消えさる。

 遅れたように、空気を直接なぐりつけたような破裂音が千雨の耳には聞こえてきた。聞こえてきたのだが、救援に来た者はRAYではない。そう、もっと日常的な場所で利いた事のある―――先……生?

 

「高畑…先生?」

「千雨君!? 君だったの―――目が……」

 

 救援にきたのは、RAYではない。担任教師の高畑・T・タカミチ。

 人当たりの良い性格で、生徒からは慕われている先生の一人。それがどうしてこの地に来たのか。いや、あの男の首を吹き飛ばした「技」は何なのか。千雨が言いたいことは多々あったが、

 

「……先生がなんで人を殺したのかは置いておきます。それよりこれ、治りませんかね?」

 

 千雨は自分の傷について尋ねることにした。

 死体があるからといって、そこまで騒ぎ立てることも出来ない。これも、RAYのナノマシンによる感情抑制が少し働いているのだろうということは分かっていた。だからこそ、傷の具合について尋ねたのだ。目の前の「非常識」ならなんとかできると思って。

 

 しかし……

 

「……僕らじゃ無理だ。目を一つ失ったなんて、再生のしようがない」

「コンマ一秒早ければ良かったんですがね」

「…………すまない」

 

 皮肉を言え(叩け)ば、埃が出るわ出るわ。

 今まで、この教師はどれだけの皮をかぶって生きてきたのだろうか。その気苦労に共感はできるが、自分が被害を負った後だ。当然ながら同情できるはずもない。相手の誠意? 「過ぎたるは及ばざるがごとし」とは言うが、その逆も十分「及ばず」に入るだろう。

 

 水晶体をはじめとして、左目に伝う「中身」の数々。

 まさしく、それから目を背けるしぐさをした高畑は、深く溜息をついて千雨へと歩み寄った。口を開き、出てくるのは謝罪の言葉……ではなかった。

 

「………また、千雨君が巻き込まれるなんてね」

「――――え」

 

 「また」? なにを、言っているんだ。この男は。

 

「君の左目は、もう誤魔化しようがないね。そうだ……不幸なことに、折れた木の枝が突き刺さったという“事にしておく”よ。だから、疑問を抱かずにこれまで通りに居てくれ。いま、辛い事は全部……

 

 “忘れさせてあげるから”」

「――――――あ」

 

 僕の生…が巻き込…れる……て 千…君!? どう…て君……り……

 そうだ。これは三度目だ。

 

 自分は、何度も何度も、高畑先生に助けられて(消されて)きた。

 その時の自分。非常識に関わった恐怖。立志の決意。それら全て―――この男に消されてきた。

 

 とんだ、笑い草だ。

 正義の味方と思っていた人物が、自分の記憶をいいように操る最悪の奴だったなんて。

 措置としては正しいのだろう。大抵、こういった手合いは秘匿するに限る。世にこんな「非常識」が溢れているなんて全世界が知ったら、それこそ大混乱しか呼ばないだろうから。だから、大衆の意見としては正しい。でも……自分の……私の意見は―――

 

 無くなった目より、残った右目がただの闇を移す。

 目の前が真っ暗になった。千雨は、自分は……「長谷川千雨」という入れ物は、壊れてしまったのか。

 高畑の手が、男の首をもぎ取った手が千雨の頭に伸びる。彼女の記憶を消すために。全てを忘れさせて、一切の非常識から切り離すため……?

 

「い、やだ」

「……?」

 

 いやだ。いやだいやだ嫌嫌嫌嫌!! 「非常識」を忘れる? この恐怖を、自分が欠けた原因を忘れる? ふざけるな。なんだそれは。つまり―――RAYを、忘れるんだろう?

 友人を忘れたとしたら、RAYはどうなる? 格納庫の中、待っていて、全てを忘れた私と会った時、どんな事になる? また、兵器として動き出してしまうんじゃないのか?

 

 這いずり、目の前の悪魔から逃げる。

 痛みはナノマシンが抑制してくれる。足は動く。視界はある。ならば、逃げるしかない!

 

「そんなの、嫌だっ…!」

「千雨君……分かって―――」

「黙れ、悪魔!!」

 

 驚愕に目を見開いている高畑先生……いや、あいつを右目の視界に捉えた。

 今のうちに、どこか遠いところ……へ…?

 

「駄目だよ。一般人には“魔法”はばれちゃいけない決まりなんだ。だから、千雨君には悪いけど記憶を消させて貰う。こんなことをする僕も、辛いんだ」

 

 いつの間にか、逃げた先に奴が立ちはだかっている。しかも、自分も辛いなんてほざきやがった。…辛い? どっちが本当につらいのか、こいつは考えたこともないんじゃないか。だからこそ、こんな心も誠意も籠っていないように聞こえる。

 

 逃げる。また逃げる。

 足は動く。だから逃げ―――

 

「もう、鬼ごっこはお終い。ごめんね」

(くそっ………RAYッ!!)

「グゥッ……!?」

 

 突然、余裕そうな声が一変。千雨の視界から高畑が消え去り、苦しげに吐き出した声だけが残る。次いで聞こえてきたのは、大きなものが倒れこむような音。土埃を巻き上げ、木々をなぎ倒し、その「巨躯」は、月光の下に姿を晒される。

 

 千雨の左目には「閃光(RAY)」が映っていた。

 

「お前……なんで!」

「≪約束を守らなかったことは謝るわ。でも、あなたの危機を見過ごすわけにはいかない≫」

「仔月光っていうアレをよこせばいいじゃねえか! なんでお前……出てきたんだよ!」

「≪今の大停電では、十分な充電が出来そうにもない。それに、危険な目にあっているなら力不足の可能性もあった≫」

「だからって……私なんかのために………。ッ、あんたが出てくると、あんたが危ないんだ! だからっ」

 

 帰れ。

 それだけは、言う事が出来なかった。もし、RAYが遅れていたら? もし、RAYじゃなくて仔月光だったら、高畑に勝つことはできたのか? その疑問はどちらも良くない結果で終わっていることは確実。千雨は力の違いを感じとっていた。

 絶対的な力の差を埋めるには、高畑の行動を妨害するためには、RAYじゃないと届かない。

 

「新手かな? やってくれるね」

「≪あなたが、チサメを消そうとしたのか?≫」

「……違うさ。僕はむしろ、千雨君の味方だよ。それより――――」

「≪じゃぁなぜ、記憶を消そうと思った?≫」

「魔法の秘匿は義務だからね」

 

 あっけらかんと言ってのける高畑に、RAYは静かに怒りを覚えた。

 碌な確認もとらず、他人へ何かをするという神経の図太さは戦場では称賛に値するが、このような全てが終わった後にまで発揮する必要はない。つまり、人間としては最低の部類に入る。己がAIに過ぎずとも、RAYは抱いた怒りを燃え上がらせる。

 たったそれだけのことで、自分たちの、個人を引き裂こうとする高畑に。

 

 だが、RAYは同時に「ザ・ボス」でもあった。

 

「≪チサメ≫」

「……何だ?」

「≪此方に戻ったら診るわ。乗って≫」

 

 頭部のコクピットハッチを開き、千雨へ登場を促す。

 それを黙って見ている高畑ではない。そのやり取りが終わる前に、彼は行動を始めていた。

 「瞬動術」。そう呼ばれる体技を使って、一気に彼我の距離を詰める。己の射程内にRAYの巨体が捉えたと分かると、手をポケットに入れ、一瞬の合間に放つ。それは言わば、居合の剣をそのまま拳へと変換したものであり彼の特技「居合い拳」と呼ばれる特殊技法であった。滝を割り、地面をえぐり、石をも砕く威力を持つ拳がRAYの脚部へ迫る。転倒させ、ゆっくり話でも聞くつもりなのだろう。その辺りは、伊達に優しそうな気遣いを見せる教師をやってはいないらしい。だが、それゆえに……足元をすくわれる。

 

 もう一度踏み込み、足場を固定しようと軸足を地面に刺し伸ばした次の瞬間、予想外の出っ張りに足を取られてバランスを崩す。それでも、鍛えた体で体勢を立て直そうとした時に、それは起こった。

 

「なっ!!」

 

 踏みつけたモノから三本の手が生え、高畑の軸足を絡め取る。そのまま体を横へと倒し、高畑を無様に転倒させたのだ。そして、その間に千雨はRAYに乗り込むことに成功する。

 

「待――――」

 

 手を伸ばすも、足が予想以上の力で掴まれていて全力を出すことが出来ない。結果、高畑はオクトカム機能を使って擬態したRAYをとり逃してしまうことになった。

 もはや相手は見えず、あの巨体のくせに足音さえも聞こえない。仕方ない、と息を吐いて彼はただ単に立ちあがった。

 

「……こうなったら、この足にある物を証拠品として………え?」

 

 己の足にくっついた者からは、チッチッチ……と時を刻む音が聞こえてきた。

 機械にあまり詳しくない自分でも、このパターンは予測できる。つまり、相手が残した置き土産は―――

 

「爆弾っ!?」

 

 それこそがキーワードだったかのように、森の中に「火柱」が立ち上った。

 

 

 

 

 

「≪上手くいったようだわ≫」

 

 命からがら逃げた千雨は、RAYのコクピットで高畑がいる場所に立つ火柱を眺めていた。絶妙な個所で爆発したためか、火の粉は森に燃え移ることなかった。火種となりそうな火柱が消滅すれば、静寂の夜が戻ってくる。

 

「死んだのか?」

「≪生身の人間でも、あれで死なないこともある。あの得体のしれない技術を持っているならなおさらよ≫」

「とんだ、化けもんだな。アイツも」

 

 もう、千雨は高畑の事を「先生」と呼ぶことはできなかった。

 アレは自分よりも知識がある。それは認めよう。だが……自分よりも幼稚だ。他人に対する対応が、まるでなっていない。それだけ、奴の言っていた我儘(魔法)を通し続けてきた結果なのだろう。

 千雨はそう判断すると、あの後すぐに打ちこまれたナノマシンで痛覚を完全にシャットアウトされた左目を撫でる。ねちょりと、自分自身だったモノが指に触れて吐きそうな気分になった。

 

「なあ」

「≪治らない。あなたのそれは、強膜と視神経まで貫かれている。……ジャックよりひどい……≫」

「……ジャック?」

「≪…ザ・ボスの弟子よ。彼は右目だったけど、あなたと同じように目を亡くした≫」

「そう考えると、私以外にも目の不自由な奴って沢山いるんだよな」

 

 そうね。と答えると、RAYは静かに移動を開始した。追加したナノマシンが破裂した眼球と一緒に細菌を駆逐して傷をふさいでいるが、千雨は土に張り倒され、体の至る所に菌が付着している。いったん格納庫に戻って洗浄しないと、他の怪我の影響もある。なにより、体に傷が残るのは、いくらなんでも嫌だろうから。

 

「……もう、見えないのか?」

「≪代わりの機械を作るだけの設備はある。作るための設計図もある。でも、それを作る人がいない。私にできるのは、ただ私の兵装の補給を作るだけよ≫」

 

 不安そうな千雨の問いかけに返すと、千雨は笑った。

 何故――? 内部カメラでそれを捉えたRAY。まだ未熟なAIには、彼女が眩しく見える。どうして、このような結果で笑う事が出来るのか。

 その疑問は、千雨の言葉で氷解する。

 

「じゃぁ……教えてくれよ。私が作る。自分の目は、自分の失敗は、自分で取り戻したい。

 もう非常識も常識も関係無くなっちまったんだ。それなら、私の意志で非常識を作ってやる。私を信じてくれないか?」

「≪だがチサメ……≫」

「大丈夫だって、ちう様にどーんと任せてくれよ」

 

 その笑顔は痛々しい。でも、その姿は何よりも輝いていた。

 RAYの回路に、新たなスパークが走る。それは……信じるという回路。

 

「≪なら、私はその補助に回ろう。あなたを信じるわ≫」

「いつ出来るか分からないし、当分は眼帯生活か……。かーっ! 明日、アイツと会ったらどうすっか、…あ、あれ…? なんで……うっ」

「≪涙…哀しいのね。大丈夫、誰にも聞こえないわ。だから―――≫」

 

 ――泣いてもいい。

 千雨の瞼から涙があふれてくる。なにもなくなった、左の穴からも。

 停電が終わる「零時」。ナノマシンの抑制を無くしたRAYによって、千雨は感情を爆発させるのだった。

 

 

 

 格納庫につくと、泣き疲れて眠った千雨を仔月光で寝台に下ろす。

 左目だったモノの残骸を保存すると、黒い穴のあいた個所を丁寧にガーゼで拭き取った。後は、ナノマシンの機能が正常な状態にしてくれるだろう。

 

「≪ナノマシン……あの人の子――いや、リキッドの手に支配権が渡った際、PTSDで死亡するPMCが多発した。だからこそ、私にはナノマシンを打ちこむ機能が備わっている。相手を、錯乱状態に陥らせるために≫」

 

 それが、こうして千雨の心を癒すために使われるなんて、製作者も思っていなかったに違いない。RAYの体をサルベージし、特殊な武装を施した開発者たちを嘲る様に笑い飛ばした。

 ザ・ボスならしないであろう仕草。これも、自分というアイデンティティーを証明するための長所の一つだろう。そこまで考えて、RAYは不謹慎だと思考を放棄した。

 

「≪信じる……私は、いつだってあなたを信じていたのかもしれない。だから、今は眠りなさい。あなたが目覚めるまで待っているから≫」

 

 ザ・ボスを「特殊部隊の母」とするなら、RAYは「母のような兵器」になるのだろうか。どこまでも、慈しみを込めてRAYは千雨の光と成れるよう、振舞っていた。

 大切な、大切な人のために。

 





そういうことで、高畑先生の第一印象は最悪に終わってしまいました。
さて……兵器と千雨で組織を作るか、それとも学園側と協力させるか、どっちにしましょうかね。

では、ここまでお疲れさまでした。


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☮起床天血な日々

今回プチ腹の探り合いがあります。
あと、想像で書いたブログの記事があります。その辺大目に見てくださると助かります。作者たち、ブログ持ってないんで。


 眠りから覚め、まだまだベッドに居たい誘惑を振り切って体を起こす。

 目元をこすって、左に違和感を感じた。上手く立つことが出来ず、ベッドから転がり落ちてしまう。幸いカーペットが敷いてあるので大事には至らなかったが、ここ数日の事実を思い出した。あまり落ち込んではいないが、やはりため息は吐いてしまう。

 

「……あ~、バランス取り辛え…………」

 

 左目を失って二日目。彼女の顔にはガーゼの眼帯が巻かれていた。

 

 

 

 

「『しばらく更新遅れてごめんね~☆ミ 実は、左目無くなっちゃって……でもでも! これから眼帯コスで盛り上がっていくぴょん! そろそろ学校だから早めに上がるね。バイバ~イ!』……よし。ちょっと短いけど、これと今日の分の画像を送って…っと」

 

 長谷川千雨。彼女は最高峰のハッキング技術を有しており、更には中学生とは思えないほどのブログを経営している。更に付け足すとこをあげるなら、コスプレ好きという点か。

 そう言う訳で、前回の陰陽師に「このコスプレ野郎!」と言った辺り、少し自分にもダメージを受けていたのだが……まぁ、それは置いておくとして、そうして彼女が更新すると、ほとんど間をおかずにネットのファンがコメントをあげて行く。「今日ちょっと短いね。お大事に!」や「ラウラタソハァハァ……あ、左目は残念です。でも、ずっとファンやっていきます!」など、彼女の身を案じる温かいコメントが多く、このブログの経営は彼女の毎日を潤わせる時間でもあった。

 

 そうして「ちうたん分」を存分に放出した後、彼女は学校へと足を進める。足取りは重いことこの上なく、絶対にクラスのとんでもメンバーに何かを聞かれるだろう。それに、担任教師はあの高畑だった。

 RAYの言っていた「あの程度では死なない」という言葉を思い出し、少し憂鬱になる。だが、そんな彼女の足をパタタ、と安心させるように叩いたモノがあった。それは、何もないようなところから一瞬で出現し、RAYと似たグレーのボディを持っていた。

 

「ありがとな、Mk.Ⅱ」

≪~~♪≫

 

 千雨が礼を言うと、再び透明へ――Mk.Ⅱはステルス迷彩を使用する。

 景色と同化し、動作音そのものが小さいMk.Ⅱは、千雨が目に怪我を負ってからRAYが護衛につけさせた「自立型機動端末メタルギアMk.Ⅱ」である。RAY曰く、私の子供のようなものだ。パソコンの拡張端子として使ってほしい。と言っていたが、その汎用性は恐ろしく高い。

 

 痴漢撃退や、RAYの格納庫にあるスーパーコンピュータと直結したコンピュータハッキングをも行える。一応、学校の近くに仔月光を何体か忍ばせるそうだが、愛嬌のある此方の方が千雨は気に入っていた。

 

「……来ちまったなあ」

 

 そう考えながら歩いていると、いつの間にか自分の通う中学校「麻帆良学園本校女子中等部」の校門まで来ていた。昨日は怪我の治療のために休んでいたため、まだ少し話をする程度の知り合いが、眼帯を見て可哀そうに…と言った目線を向けてくる。ここでそうなのだ。教室に行けば、どれだけ面倒なことになるか。少し考えればすぐにわかる。黄色い悲鳴で埋まることは間違いない。

 学校というものが、ここまで嫌なものとは……。別の意味で痛みだした頭を押さえ、千雨は下駄箱に向かうのだった。

 

 

 

 教室は閑散としていた。

 なるべく早めに来たのは間違っていなかったようで、自分の所属するクラス――1-Aは人がいないとこうなるのか、と驚くほどに静まり返っている。ただ、先着は二名ほどいたのだが。

 

「おい」

「…マクダウェルさん。なんでしょう?」

「チッ、その虫唾が走る敬語は……まあいい。それより、その目はどうしたんだ」

「いえ、少し木の枝が突き刺さりまして……昨日はそれで休ませていただいたんです」

「……そうか」

 

 今のが、先着二名のうちの一人「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル」。金髪の美少女で、中学生なのにどう見ても身長が足りていない不思議生徒その一だ。そして、もう一人が耳からアンテナを伸ばしている不思議生徒その二「絡繰茶々丸」。どう見てもロボットにしか見えない中学生だ。そう分析しなおして、千雨はRAYの件があってからというもの、絡繰がまだましだと思える自分に嫌気がさしていた。

 

 ただ、気になることもあって、普段は誰も話しかけないマクダウェルに話を振る。

 それは……個々の担任教員、高畑についてだった。

 

「タカミチ…? 面倒だ。茶々丸、お前が教えてやれ」

「はい、マスター」

 

 それでは、と話を振られた茶々丸が嫌なそぶりも見せずに説明を始める。

 それによると、高畑・T・タカミチはいつも通り教員の仕事をしていたが、どこか足を引きずるような仕草をしていたらしい。はたから見ていては気づかなかったが、何故か高畑教員に首ったけな不思議生徒その三。快活な茶髪に青と緑のオッドアイ少女「神楽坂明日菜」が高畑教員の異常に気付いて迫ったところ、壁にぶつけた足に激痛が走り苦しんでいたとか。

 それ以降の授業に高畑は復帰せず、その日は姿さえ見かけなかったと。そうして茶々丸は締めくくった。

 

「ありがとうございます茶々丸さん」

「いえ、これもマスターからのご指示です。礼には及びません」

 

 やはり、どうにも機械的な受け答えが返ってくる。これなら、RAYの方がよほど人間臭いな、と千雨は内心ごちていた。

 向こうも此方も話すことはなく、それから15分もすれば、遅刻寸前に流れ込んでくる1-A生徒たちが入り口でつっかえ半々といった様子で現れた。HRの時間になれば何事もなかったかのように高畑が教卓に立ち、千雨にちらりと視線を送る。

 

(厄介事は確実か)

 

 早くもくじけそうだよ、RAY。

 そんな千雨を元気づけるように、Mk.Ⅱが忙しなく足を叩いていた。

 

 

 

 

 

 RAYは、Mk.Ⅱから送られてきた映像を見て高畑という男を見ている。

 あれほどの爆発。千雨に死にはしないとは言ったものの、この数日であのレベルまで回復することはあり得ない。つまり、ここは千雨の先日言っていた「魔法」とやらが関連していることは確かだろう。

 二日前、RAYは高畑が胸のあたりまで炎に包まれる様を望遠にピントを合わせてみていたのだ。足も炭化しかけていたし、ほんの二日で完全治癒など有り得る筈がない。向こうの魔法には、「治療用の魔法」が存在しているのだろう、とデータベースに情報をインプットする。

 

 そして、RAYは足元にある机に視線を移した。

 机の上には、細かい機器類と部品の数々。一本のひもの中間あたりに、詰め込むように部品を組み立てている製造途中の何かと、一見変哲もない球がある。仔月光やRAYの武装はそのまま製造プラントで作られているので問題はないが、新しい機器を作ろうということは、RAY単身では不可能だった。

 だから、目を取り戻したいと思っている千雨の努力を見守ることしかできない。だが、千雨は何もできないRAYに「居てくれるだけで励みになる」という旨を伝えていた。RAYは千雨の頑張りを見ることしかできない不満……AIには本来存在しない、もやもやとした気持ちの陰りに耐えながら、千雨の作業をずっと見ていたのだ。

 

 

 ここで紹介をしておくと、彼女が作っているのは「ソリッドアイ」と「視神経直結義眼」だった。神経を直接義眼の機械神経と繋げ、それの上に眼帯型のソリッドアイをつけることでレーダーの情報を直接頭に送るという視界補助装置。

 危険を事前に察知することが出来るようにと、千雨がRAYに要求したリスクの高い二つの精密機器だった。リスクの高い、というのはそれぞれで違うリスクだ。

 

 「ソリッドアイ」は実に多彩な機能を備えており、暗視・分析・望遠・マッピング。データをこの格納庫のスーパーコンピュータに送り、向こうも土地情報を引き出すことが出来るという仕組みだが、その精密性が恐ろしく高い。元からそう言った知識を持っている人物が作って初めて、形にすることが出来るというものだった。

 対して、「視神経直結義眼」も同じく製造に手間をとるが、ソリッドアイほどではない。確かに素材は特殊だが、義眼そのものは購入したものを使うからである。では、何故リスクが高いかと言えば、名称にある「視神経直結」が危険なのだ。目の神経は脳に近く、傷つければナノマシンでも抑制できない痛みが走る。そして、仮に繋げたとしても視神経から脳へ送られる情報を受け入れることが出来なければ、そのまま更に自分を痛めつけてもう片方の目に影響を及ぼす可能性があるからだ。

 

 だが、このようなリスクがあろうとも千雨は努力を怠ることはなかった。

 それは、一重に間に合わなかったと嘆くRAYに対する謝罪と、あのような危険がこの街にあふれているという恐怖からの逃亡のため。本来一番恐怖すべきは兵器ではなく、同じ人間だという事を悟ったからでもある。

 

「≪それでも、哀しいものね……≫」

 

 ザ・ソロー。彼がこの悲劇を見たなら何と言ったか。……いや、これもまたザ・ボスの「記憶」。自分自身には関係のない事だ。冷静に切り替えて、思考とソローの記憶だけを捨てる。自分もまた、あの夜以来ザ・ボスを振り切れるようになってきた。そう、RAYは感じている。

 だが、その度に哀しくなるという弊害は、RAYの心に少しの波紋を起こしていた。

 

 

 

 

 時刻は放課後となった。夕焼けが顔を覗かせ、物悲しい雰囲気になる終業のベルが鳴る。1-Aの人間はみな、やっと授業が終わったと言わんばかりにはしゃぎだす。どう見ても学生の本分を忘れている辺り、千雨の頭痛は助長されていった。そして、このクラスがどれだけ異様なのかも実感していく。

 自分も早く帰り、RAYに会いに行こう。そして作業の続きを。そう思って立ちあがったとき、放送がなった。

 

≪1-Aの長谷川千雨さん。1-Aの長谷川千雨さん。今すぐ学園長室に来てください≫

「……マジかよ」

「あ~、長谷川さん呼ばれてる!」

 

 いまの放送で一時千雨に注目が集まったが、それを払いのけるように廊下に出た。

 当然、この放送はアイツもグルだろうな。と考え、この放送は無視でもしようかと考える。だが、そうなってしまっては変なところで退学処分にされてしまったり、尾行されてRAYの事がばれるかもしれない。

 そこまで頭を回すと、もう一度、深い息を吐いた。

 

「…行こう」

 

 学校に来る時より、足取りは重く学園長室に向かう。

 そもそも、学園長はこの麻帆良に存在する学校、その全てを統括している実質上この麻帆良学園都市のトップである。であるのに、体が発展途中で「大きいお友達」が興味を示しそうな中学校、しかも女子校に学園長室を置いているのはどうなのか。老人ということは入学式のときに分かったが、その目つきが最早タダのエロ爺だっということは記憶している。

 そう考えると、千雨はセクハラでもして交渉するのか、そもそも倫理的にどうなんだ、とか呪詛を頭の中でグルグルと回し続ける。最近は思考しながら歩いていると目的地にあっという間につく変な癖がついてしまったからか、ふと視線を上げれば学園長室のプレートが目線の少し上に在った。

 意を決して、ドアを叩く。

 

「…失礼します」

「おお、来たかね」

 

 学園長室で千雨を迎えたのは、学園長だけではなかった。

 黒人教師のガンドルフィーニ。大火傷を負った筈のタカミチ。何故か帯刀している葛葉。名字をほとんど聞いた事のない瀬流彦。教会に居る筈のシスター・シャークティ。ヒゲグラ先生の神多羅木。理科系教諭の明石。最後には弐集院。

 構内でも、「教師以外として」噂の絶えない先生が学園長…「近衛近右衛門」の背後にずらりと並んでいた。ここまで勢ぞろいだと、千雨は嫌でも分かる。

 ―――こいつ等、全員碌でもないな。

 

「それで、何のご用でしょうか? 学園長」

 

 こんなとき、ナノマシンがあって本当によかったとRAYに感謝する。

 ポーカーフェイスを崩すことなく、千雨は自分から切り出した。

 

「いやいや……高畑先生の火傷の件での? 現場に居合わせていた君に、ちょっと聞きたい事があるのじゃよ」

「火傷……あぁ、申し訳ありません。私は昨日このように、左目を失っておりまして」

―『ッ……』―

 

 敢えてわざとらしく、その事か、と相槌を打つと千雨は眼帯を押し上げて空虚な左目の穴を見せつけた。その行為に顔を背ける者数名。それでも疑わしく視線を向ける者学園長と高畑のみ。これで、権力者の割り出しは成功した。

 

「そのことは、わしらの失態じゃ。なんとかしてそれを治す術を見つける。だから君には―――」

「申し訳ありません。この目は自分で治すと決めていますので。学園長の重き計らいには感謝しますし、その謝罪も受け取ってこの件は終わりとしましょう。私はこれから、この目が再び見えるようにするための機器を作らなければなりません」

「ふぉっ!?」

 

 カードを壱枚切る。それで演技ではない驚愕を見せる学園長に、千雨はまたひとつペースを握ったと内心笑った。向こうはほとんどマークしておらず、ただの学生だと思っていたらしい。そのおかげで、此方から着ること出来るカードが通ること通ること……。

 

「しかしだね、長谷川君。話がそれているようだが高畑先生の火傷の関しては――」

「言葉を区切るようで申し訳ありません、ガンドルフィーニ先生。ですが、私は高畑先生の火傷については知らないし、そんな嘘にも興味はありません」

「ま、待ちなさい! それはおかしいでしょう。嘘とは何ですか!!」

「……そのままの意味です。高畑先生は見る限り、ここまで大騒ぎするまでの火傷を負っているわけでもなさそうですし、親を呼ぶこともなく私だけを取り囲んで話をする方が私は可笑しいと思いますがね」

 

 再び、沈黙が訪れる。

 確かにタカミチの体に火傷の痕は残っていないし、千雨には、この麻帆良学園都市に親がいない。他の面子も似たような境遇が多く、だからこそこの中学校には授業参観が無い。其れを知っているからこそ、苦虫を噛み潰すような顔をしている「道徳ある先生」に重大な傷をつけることが出来た。

 何としてでも、RAYが知られることは阻止しなければならない。

 

「……では、ちょっと質問を変えようかの?」

「はい、それで終わりにしていただけるなら全てお答えします」

「ほっほう! それでは…」

 

 全て話す。まんまと引っ掛かったことに気づかないのは、よほど焦っていたからか。

 昔から人の顔を嫌というほど見てきた千雨にとって、こういった感情を見るのは得意だった。

 

「君と一緒に居た巨大なロボットについてはどうかの?」

「…………それは」

「あれは何かな? 当事者の僕としては聞きたい限りなんだ。君みたいな生徒を危ない目にあわすわけにもいかないからね。あんな危険ものに関わるならなおさらだ」

 

 そして、一番の獲物が引っ掛かった。

 

「あれは、研究会の試作品の一つです。高畑先生の言うとおり、確かにあれは兵器として作られています」

「だろう、なら――」

「――ですが、アレに搭載されているのは全てゴム弾。“いきなり出てきた高畑先生の火傷の原因”のような殺傷力はありませんし、私を乗せてくれたのも傷の治療を施すためです。それに、魔法の存在ぐらい私は知っていましたし、その程度で記憶を消さないでくれませんか?」

「なっ」

 

 RAYに搭載されている武装。その一つが仔月光であるが、ここのメンバーはあまりにデザインが違う仔月光とRAYに関連をつけるのは難しいだろう。

 だから、あえて仔月光はRAYとは違う物として説明し、RAY――巨大ロボットが自分を助けたという印象を入れることによって、未知の対象への情報を印象の良い事にしていく。これなら、実際に体験した人以外なら本当は危険じゃない。と思わせることが出来る。

 更に、自分が魔法を知っていると嘘をつくことで高畑に非難の視線が――特にガンドルフィーニ先生の視線が強く――集まった。学園長室の空気は最初とは打って変わり、疑惑に満ちたものとなる。

 

「それでは、これが本当に全てです」

「偽りはないのじゃな?」

「はい。私が知りうる限り全てお話しいたしました」

「……腑に落ちんと言えば事実じゃが、約束もしたわけじゃしのう……分かった、行くがよい。御主の左目もお大事にの」

「御心配ありがとうございます学園長。では、これで」

 

 おそらく、ナノマシンの制御が無ければ汗も噴き出て心臓もうるさく鼓動を速めていただろう。最初から最後まで冷静に質問を受け流した千雨は、学園長室を出、あくまでゆったりとした足取りで学校を出た。

 

「………ふぅ、はぁ…………くそっ化け者ぞろいかよ」

 

 学校を完全に離れた辺りの公園で、千雨は一人そう吐き捨てた。

 全員が全員、高畑ほどじゃないにせよ、それなりの「気配」を放っていたからである。最終的にはよく知らない奴を丸めこみ、当事者を向こう側だけで抑えることが出来たが、見えていたものが全員だったならこうはいかなかっただろう。

 神楽坂も、難儀な奴だと千雨は苦笑した。

 

「おい、長谷川といったな?」

「!」

 

 効果音が出た気がして、聞こえてきた声の方向に目を向ければ金色の光を棚引かせる美少女が立っていた。今朝話しかけたエヴァンジェリンが、いつの間にか千雨の前に居たのだ。

 

「突然の訪問、失礼します。マスターが千雨さんに御用があると」

「用…?」

「説明せんでも分かるだろうに……まぁ、それはいい。貴様の今から行くところに案内しろ。それだけだ」

「……あんた、もしかして学園長の差し金か!?」

 

 今朝の口調もかなぐり捨て、ナノマシンの波長制御で周波数をMk.Ⅱに合わせる。

 千雨が逃げ出そうと半身を引いた瞬間―――

 

「落ち着け長谷川千雨。私は貴様と争うつもりなどない」

「…なに?」

「警戒しておられるようですが、マスターは学園長とはむしろ犬猿の仲です」

「余計なことを言うなボケロボッ!」

 

 どこからかと出したハリセンで茶々丸を叩くエヴァンジェリン。千雨はその光景を見て、これは敵やターゲットに出来る態度じゃないか、と半分呆れていた。むしろ、これが演技だとしたら吉本行けばいい線イケそうだが。

 

「とにかく、貴様の居る場所に案内しろ」

 

 そう考えていると、ふんぞり返って偉そうにエヴァンジェリンはつづけた。

 何となく申し訳ない雰囲気の茶々丸が、なんとも可哀そうに見えてきた千雨は……

 

「鉄くさいぞ?」

「構わん。血の匂いなら慣れている」

「私の作業邪魔すんなよ?」

「貴様自身には興味がない」

「茶々丸苦労してないか?」

「いえ、マスターの御姿はいつも可愛らしいので、それに比べれば……」

「―――よし、行こうか」

「ちょっと待てぇぇえええ!?」

 

 ああ、意外とノリがいいのだなこいつ。と思いつつも、エヴァンジェリンの叫び(つっこみ)を無視する。来るならさっさと来い。そう目線で告げれば大人しくなり、なんとなくエヴァンジェリンの知りたくもなかった一面を知った千雨は、二人を連れてRAYの格納庫に向かったのだった。

 

 

 

「番外倉庫か…随分見た目が変わっているな」

 

 歩き続けて15分。RAYの格納庫にたどり着いた千雨は、不思議そうに倉庫を見つめたエヴァンジェリンに外で待っていろと告げた。

 

「何? ここまで来てお預けを待てるほど私は気が長くないぞ」

「違う。ここはID認証が必要なんだ」

「それぐらいなら私がハッキングを……」

「止めとけ。ここのプラグそのものがダミーだ。入れた瞬間数億ボルトの電圧でショート死するって」

 

 そう言って千雨が認証を受けると、格納庫の中に一足先に入った。千雨が踏み出すと同時にドアが閉まり、必要最小限の者しかここの立ち入りが出来ない事を如実に表していた。

 そのまま千雨は上を見上げると、RAYを呼んだ。すると、下のリフトが上昇してメタルギアRAYが姿を現す。ゴゥン、と大きな振動が起こってリフトは停止。RAYは下に居る千雨へと視線を向けた。

 

「≪チサメ、外に二人…一人は機械がいるようだが≫」

「来客用の口調か…まぁいいや。客だ客。変なことしないってのは分かってるから、入れてやってくれ」

「≪学園の回し者という線は?≫」

「あんな残念なコント見せつけられちゃ、疑う余地もねーよ」

 

 そうか……。RAYがつぶやきを漏らすと、格納庫のロックが解除される。向こう側に見える二人に千雨が入ってもいいというジェスチャーをすれば、二人は物珍しそうに格納庫内を眺め始めた。

 

「なんだこれは……戦争でもする気か?」

 

 エヴァンジェリンがそう言っているが、それも仕方ないだろう。

 ひとたび格納庫に入れば、辺りに見えるのは自立兵器、重火器、迎撃システム、仔月光の数々。その気になれば一晩で国一つは落とせる兵器が揃っているのだから。

 

 そんな二人に視線を移したRAYは、静かに外部スピーカーを振動させた。

 

「≪初見になる。私はRAYという者よ、来訪者≫」

「不格好なペンギンがしゃべった……おい、茶々丸! ロボットだ、ロボットがしゃべったぞ!」

「私もロボット…正式名称はガイノイドだと記憶していますが」

 

 そう言えばそうだったな、という二人の漫才を見て、なんとも千雨は力が抜ける。

 

「連れてきたんだから、あんまり下手するなよ。私は自分の作業に移るから」

「はい。マスターの我儘に付き合ってくれてありがとうございます」

 

 礼儀正し茶々丸に対し、エヴァンジェリンはテキトーに礼を述べて辺りを物色し始めた。時折、M4A1か、ゲームとほとんど一緒だな! という声が聞こえるが、どうやら本当に博物館気分で来ているらしい。その時に聞こえた茶々丸のはぁはぁという息使いは千雨は聞かなかったことにしたが。

 

 そして、自分の机に座ると、作業途中だったソリッドアイの開発を進める。

 最初は図面が敷かれているのでその通りに造ろうとしたが、どうしても細かい部分で何度もミスが出てきて初めから作り始めることになる。今となっては、失敗して元々。少しずつ製造過程(プロセス)そのものに慣れて行こうと作業を続けていた。幸い部品は無限と言っていいほどあるのだから。

 

 その中、この機械工場には不釣り合いな小箱を見つけたエヴァンジェリンがそれを手にとる。RAYは慌てて、エヴァンジェリンに注意を呼び掛ける。

 

「≪それは千雨の目だ。乱暴に扱えばそれなりの事を受けてもらうわよ≫」

「……ほう。こいつの“目”か。取り戻そうとしているのだな?」

 

 いじめっ子さながらにエヴァンジェリンは目を光らせ千雨へと視線を向けたが、こちらの事などそっちのけで真剣に取り組んでいる彼女を見て、興ざめと言わんばかりに箱を丁寧に元の場所に戻す。

 

「私は詳しく聞いていないが、タカミチの奴が大火傷を負って帰ってきたという話があったな。なるほど、ここの設計図を見れば分かった。お前たちの仕業か」

「≪そう。でも、その事実を広げようというのなら……≫」

「なら?」

「≪あなたたちを排除することになる。容赦はない≫」

 

 機械(RAY)からから向けられる、エヴァンジェリンへの殺気。

 エヴァンジェリンは、本能的にそれに恐怖した。……ただのAI人格が出せる殺気ではない。だれか、それこそ伝説の戦人が出すような殺気。だが、人間如きをベースにしているとしても、この殺気は―――

 

「RAY、気が散るって」

「≪すまないチサメ。柄にもなく本気で呑まれかけていた≫」

「ったく、気をつけろっつーの。両方ともな」

 

 千雨が疎めたことで、エヴァンジェリンの硬直は解けた。

 AIとはいっても、そのもとになったのは伝説のザ・ボス。ピースウォーカー計画の折も、彼女の人格AIは勝手に行動を起こし、ピースウォーカーという身体を海に沈めた行動をとっている。つまり、RAYもまた本当にザ・ボスが起こすようなことが出来る兵器になってしまうのだ。先ほどの殺気が、何よりもザ・ボスの畏ろしさが分かるだろう。

 だが、それはRAYにとってザ・ボスに飲まれてしまうことと同じ。陳腐な表現だが、諸刃の剣である。

 

「……貴様、一体…………」

「≪私はただの兵器。伝説の人物を元にしているだけの兵器よ≫」

 

 エヴァンジェリンはその返答に満足するように頷くと、十分見た、これで帰ることにしようと言って帰ろうとした。あのやり取りで何か通じるところがあったのか、RAYはエヴァンジェリンと茶々丸にIDを渡すと、この格納庫から去っていく二人を見送っていた。

 どちらが何を得たか。それは千雨には分からなかったが、共感できるとこもあるんだろうな、と千雨は作業を再開する。そこで、千雨は……

 

「そういや、エヴァンジェリンが何者か聞いてなかったな……って、また失敗か」

「≪焦らずにゆっくりやるといいわ。私がちゃんとアドバイスを送る。…それはまだ失敗じゃないようね。一度ネジを締めてから溶接してみなさい≫」

「サンキュー……っと、ここは出来上がったな」

 

 RAYという友人をそばに、笑顔を絶やさず作業を続けていた。

 




必死に交互に書いてたら一万字越えてた件について。
これ、書いてて楽しいらしいです。奏と元治。

もしかしたら、こっちメイン更新に切り替わるかも……

それでは、ここまでお疲れさまでした。
後ろを向けば、RAYが水一杯の口をあけて待っています☆ミ


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☮蛇は蛇の道を歩む

蛇は獲物を丸呑みにする。
相手の思惑も、恐怖も、命も。

そこにはただ、腹を膨らませた蛇だけが残る。

その膨らんだ腹は私腹を肥やすだけとなるのか、それとも―――――


「オタコン、どうしたんだ」

「スネーク…ちょっと見てくれないか」

「……これは!」

「メタルギア、だよ。しかもママルポッドの技術まで使われている」

「“ママルポッド”?」

「ビッグボスの師匠、“ザ・ボス”を再現しようとして……僕の母さんが作ったものさ。ピースウォーカー計画の要になっていたようだね」

「ピースウォーカー……」

「“平和を歩む”とは程遠い、核抑止を機械の手にゆだねようというとんでもない計画さ。その核を打つ決定にザ・ボスの判断を仰ごうとしたんだろうね……例え、それが人格AIでも。しかも兵器がより取り見取りだなんて、ここの連中は本気だったみたいだ」

「……オタコン、俺は――」

「スネーク」

 

 ウィンドウに向けられていた目がスネークの顔を見据える。

 視線で語っていた。戦う必要はない、と。

 

「これは、すでに格納庫ごとロストしているらしい。まるで“魔法”のように、ね」

「馬鹿を言っちゃいけない。魔法なんてものは……存在しない」

「はは、あくまで例えという奴だよ。でも、これがどこに行ったのか、研究所の連中も、パワードスーツを開発している連中も、誰も知らないんだ。いきなり無くなった、というのは監視カメラでも実証されている」

「もし、こんなものが本当に移動していたとしたら、その地はゾッとしないな」

「そうだね。RAY……メタルギアは、時代の歯車になってしまうから。だから全てを僕たちで破棄してきた。でも、これが本当の最後の一つだったみたいだ」

「オタコン、それは―――」

「ああ」

 

 眼鏡を押し上げ、博士は笑った。

 

「メタルギアは、もう過去の遺物になってしまった。ということだよ」

「……そうだな」

 

 蛇は、苦笑した。

 

 

 

 

「―――はっ」

 

 なにか、夢を見ていたようだ。

 年老いた男と、眼鏡の男が最初は鬼気迫るような雰囲気で、その後は穏やかな会話になっていった。そして、メタルギアという単語。時代の歯車なら、別の呼称ではないか?

 

「って、体痛え……」

 

 千雨が自分の体を見てみれば、しっかり机の木目の跡が肌に残っていた。昨日は作業を夜遅くまでしながら寝てしまったらしく、結構完成に近づけた、と思っていたソリッドアイは見るも無残な「はんだ」まみれの惨状を晒している。RAYの助言があってようやく十分の一は完成していたというのに、また最初からになるとは……ここまでぐちゃぐちゃになると、流石に修正もできないだろう。

 とにもかくにも、使えなくなったのならば仕方がない。残骸をジャンク置き場に放り込むと、千雨は体を伸ばして眠気を飛ばす。半分だけになった視界はなんとも頼りないが、不謹慎にもこういうときは親がいなくてよかった。小言も言われずに済む、と思ってしまう。

 

「≪おはよう、チサメ≫」

「おはよう…RAY」

 

 少し上を見れば、RAYの頭部がこちらを見つめていた。

 結局は格納庫で一晩過ごしたことを考えると、自分は焦りすぎている節がある、と自覚する。心の中では仕方ないと折り合いをつけてはいるものの、体の方は正直らしい。早く片方分の視界を取り戻せ、と脳からの信号を待つだけの肉体が、急かしているように思えて、自分自身に嘲笑を向ける。そのまま黙っていればいい、自分のしたい事は、自分のペースで上手くやればいいのだから、と。

 

「≪朝食は作れないが、材料はそちらのテーブルに置いた。早く寮に戻ったほうがいい≫」

「そうか…悪いな」

「≪あなたを放っておくことはできない。ナノマシンの体調管理にも限界はあるのだから≫」

 

 ついでに、今の傾向をみると極限まで腹が減っているんだな。とRAYに言われれば、千雨が直接答えたように腹がなる。くぅ、と可愛らしい腹の音が格納庫に響けば、たちまち笑い声が続くのであった。

 

 

 

 登校時間となり、千雨は3つの「ソリッドアイ」の組み立て部品を手に学校へと行く準備を整えた。こうなったら、クラスメートの邪魔や妨害は仕方ない物として、少しでもこのソリッドアイ完成にこぎつけてやろう、という気持ちがあったからだ。実際のところ、周りの喧騒をいかに無視して集中できるようになるか。という自分自身の精神面の特訓も兼ねた方がいい、などとRAYから言い渡されたからであるのだが。

 RAYのもと居たところでは、全ての兵士がナノマシンの制御によって一流の戦士になっていたという話を聞いたことがある。だが、その時のような効果はSOPというシステムが無いこの世界では期待できないと言われた。自分の体に流れるナノマシンは、精々がある程度の痛覚の遮断、ある程度の感情の抑制など、どうしても元々の性能の一歩及ばない領域にしかならないらしい。

 

「だけど、私的にはそれで十分だしな」

 

 心機一転。

 そうして、千雨は学校へ軽い足取りで向かった。

 

 

 

「おはようございまーす」

 

 周囲の混じり合った音の中で、学校ではこの言葉が毎日の初めに聞く他人の声になるだろう。心から挨拶を言う者、社交辞令で言う者、気さくに友達への呼びかけとして言う者。言葉はそうして、十人十色の人間に使用される。千雨もまた、小さく隣の席にいる者へおはようと声をかけた。

 

「おはようございます長谷川さん。ここのところ登校早いですね」

「まあ、ちょっとした気分だよ、気分」

 

 千雨は廊下側の端の席、その隣にいたのは葉加瀬聡美。1-Aクラスきっての才児であり、前に千雨が私服姿の聡美を発見した時は白衣を着ていたことから、ごっこの範疇を逸脱したレベルの科学者であることが伺える。

 だが、千雨は内心頭を抱えていた。千雨が作ろうとしているのは、生粋の現代技術の塊とはいえ、機械であることは間違いない。釘をさしておくべきか、と渋々声をかけることにした。

 

「葉加瀬、私も工作キット程度の機械作ってるんだが、手を出さないでくれるか?」

「…機械、ですか?」

「私の左目治すために使う医療具なんだ。自分でやりたいと思ってるしさ」

「別に最新技術という程度でもなさそうですし、いいですよ。名称は決めているんですか?」

 

 左目の代用技術を「程度」と呼称するあたり、この科学者の技術力は既に天元突破しているらしい。心配が杞憂に終わったと安心した千雨は、名前ぐらいなら問題ないだろうと、軽くその名を告げた。

 

「ソリッドアイ」

「固体の目ですか。また意味深ですねえ」

「つっても、設計図通りだけどな」

 

 設計図、といわれると本当に既存の技術の産物でしかないと悟ったのか、葉加瀬はそれ以上この話題に手を伸ばそうとはしなかった。彼女の興味から完全に外れたらしく、千雨にとっては好都合だと携帯はんだごてを起動させる。クラスの全員がなだれ込むぎりぎりの時間帯まで、千雨は作業を続けるのだった。

 

「それじゃあ、今日のHR始めるよ」

 

 

 

 

「精が出ているな」

「ん、マクダウェルか」

 

 放課後になっても、昨日のような呼び出しの放送が鳴ることはなかった。ある程度は順調にソリッドアイの製造をしていると、エヴァンジェリンが千雨に声をかける。最近は彼女も暇らしく、今日もRAYのところで時間をつぶしに行くらしい。

 

「それから、名前で構わん」

「ふぅん。じゃあエヴァンジェリン、カード持っているなら先に行っとけ。私はここだけ配線繋げたら向かうから」

「相変わらず、貴様も面倒な作業をしている。……コツコツと取り組むその姿勢、魔法使い向きかもしれんな、それは」

 

 教室に残っているのはほんの数人。最後の言葉は小声で言ったらしく、千雨以外の人間には聞こえていないようだった。

 

「じゃあ、エヴァンジェリンも魔法使いなのか」

「力を封じられてはいるがな」

「マスター、そろそろお時間です」

「む、そうか」

 

 そう言えば用があった。と教室を出て行くエヴァンジェリンを見送って、千雨たった一人が教室に残る。それからしばらくすれば昨日の失敗したところまでの再現となり、そこで千雨は作業を切り上げることにした。

 もらった予備パーツのうち見事に二つは駄目になり、現在作っているのが最後の一つだ。完成すれば爆風で飛ばされようとも壊れない頑丈なものになるが、製造過程のはそうはいかない。慎重にケースに入れると、彼女は席を立った。さあ格納庫に向かおう。そう思った矢先、彼女の前には一つの影が待ち受けていた。

 

「千雨君」

「…なんだ、あんたか」

「“あんた”って、ちょっと参ったなぁ。仕方ないのは分かるけどね」

 

 擬音をつけるとしたら、アルファベットで表記されそうな笑い声をあげるタカミチ。気まずそうに金の髪を撫でる手は、彼の本心に違いないだろう。

 

「それで、何の用ですか?」

 

 呆れたように瞼を閉じて帰り支度を続ける。教室の出入り口にをふさぐように立っているタカミチは、答える代わりに千雨の近くまで歩いてくる。

 彼女が目を開けることには、目前までタカミチは近づいていた。

 

「すまなかった」

「…………」

 

 たった一言。ただそれだけを言って、タカミチは深く頭を下げた。

 それは記憶について。それは呼び出しについて。それはRAYについての謝罪。全てを言葉で飾らずに、彼が考えうる中で最高の謝罪だった。土下座、などとなれば彼女に対する無礼千万、お笑い草の行為となるのだが、対して彼は、直立から腰のあたりまで丁寧に謝罪の形式をとっている。

 千雨がそれを見ること、実に十秒。

 タカミチは今か今かと許される時を待つのではなく、ただ罪を償うために頭を下げ続ける。目の治療は彼女自身が何とかすると決めていると言った。ならば、それを手伝うのでもなく、ただ心よりの謝罪をタカミチ自身から伝えよう。というのがタカミチの決定である。今までの事を深く考えなおせば、学園側の対応にも不備があったと話しあったのである。

 

「いいよ。昨日の態度については減点ものだけど、あんたは間違いなく教師だな。“高畑先生”」

「っ、千雨君……」

「頭上げとけよ。こんな不良少女にへーこらしてるんじゃ箔が落ちるぞ」

 

 彼女とて、学園がすべて悪いとは思っていない。相手が狙っていたのは、関西弁少女の近衛木乃香だったわけであり、自分はそれに巻き込まれただけ。実質、目の前の殺人は置いておくとして助けてくれたのもタカミチに他ならない。

 彼女も内心、ちう様ちう様……ネットと現実は違うんだ。私は王様にでもなった気分か、と苦笑していた。

 

「一本、取られたかな。千雨君には」

「偉そうなもの言いになるけど、学園長に言っとけ。“少しぐらい相手の気持ちを考えろ、子供爺”ってな」

「……その点、確かに僕らは子供だったよ。君たちよりも、ね」

 

 「子供先生」とは、参ったなぁ。先ほどから苦笑ばかりのタカミチは、そこで初めて心からの笑みを浮かべる。千雨は深く息を吐くと、溜息もいい意味で増えてきたよ。と言い残してその場を去ろうとした。タカミチは彼女の背中に呼びかけると、千雨も歩みを止める。

 まだ何か、と言いたげな顔の千雨にタカミチは――

 

「本当は、もっと正面切って学園長室で謝ろうかと思ったけど、悪かったのは僕だったから。こんな不意打ちみたいなまねで…すまない」

「教室は、先生と生徒の語らいの場でしょーに。少なくとも、私にとっては真正面だったことは確かですよ」

「……なんか、敬語だと違和感があるかな」

「何言ってんですか、年配教師」

 

 年配…? とタカミチにショックを与えた千雨は、いたずらが成功した時のような笑みを浮かべてその場を去った。呆然と教室に取り残されたタカミチも、はっと気がついたころには、引っ掛かった恥ずかしさがあるように笑っていた。

 夕暮れ時は、良かれ悪かれ、ちょっとした運命があるのかもしれない。千雨はそんな事を思いながら、RAYのいる格納庫に向かったのであった。

 

 

 

 

 到着すれば、いつものようにナノマシンでID認証を受ける。認識口に手をかざすとドアがスライドして中に入れるようになった。

 

「先に邪魔しているぞ」

 

 そこには、いつも一緒に居るかと思われた茶々丸はおらず、たった一人で物色しているエヴァンジェリンの姿。

 

「絡繰はどうしたんだ? いつも一緒だろう」

「あいつなら葉加瀬のところで“めんてなんす”とやらを受けているらしい。魔法と科学技術が融合したらしいのでな。身体検査(めんてなんす)は欠かせないらしい」

「……昨日もボケロボ言ってたが、“魔法”と融合とは知らなかったな。RAY! お前もそう言うのって出来るのか?」

「≪私はもう完成されている。そのような機能を付け足す作業重機もなければ、それを組み込むことのできる技術もない。よって、不可能になるわ≫」

「あ~、そういやRAYはこれ以上は望めないんだったな……悪い」

「≪気にしないで。あなたと話す分にはなんの問題もないのだから≫」

「ほう、信頼関係は築けているのか。だが、貴様もさびしい奴だな長谷川千雨」

 

 エヴァンジェリンが茶化すように言えば、千雨はあさっての方向に視線をそらす。見えていたものの差がありすぎて、千雨にはこれといった友人はあまりいない。居ることは居るのだが、それは他のクラスであったり、ほんの数人だったりと、エヴァンジェリンのいう“さびしい奴”であることは自覚していた。

 さらに、最近はソリッドアイの製造に時間を割いているためその数少ない友人とも話すことは少なくなった。随分痛いところつくな、このロリっ子」

 

「だれがロリっ子か!!」

「やべ、口に出てた」

 

 そんなことより作業作業、と千雨はパーツを机に広げる。

 続きに取り掛かろうとする彼女に、エヴァンジェリンは声をかけた。

 

「そればかり作っているが、義眼の方はいいのか? 箱の上に置きっぱなしみたいだが」

「あー……そういやそっちの方はもう終わってるんだったよな。徒労に終わるかもしれないし、先に付けとくか」

「≪慎重になった方がいい。必ず成功するという気兼ねを持つくらいはしないと、失敗にも繋がり易くなるだろう≫」

 

 RAYの忠告を受ければ、箱に向かう千雨の足は止まる。

 右目をも失いかねない。そのリスクが高いのは重々承知の上で作ってきた。だが、いざ繋げようと思っても、足が縫いとめられたように動かなくなった。この義眼と、ソリッドアイさえ付ければまた見えるようになるが、それは成功した時の話。下手を打てば、資格が無くなってしまう……

 

 千雨の中では、本能が恐怖している。ダンスで例えるなら、頭ではどのようにすればいいかわかっていても、実際に体を動かすとなると思い通りにならない。今回も、目標ではソリッドアイの起動中は視力を取り戻せるが、逆に永遠に視界を無くすかもしれない。

 不安はない、とここで断言できる人がいるなら、そいつには盛大な拍手でも与えてやろう、と千雨は思考の隅でそんなことを考えていた。そんな愉快な想像に反して、自分の体は動かない。何年もの間、ずっと動かなかったかのように停止してしまっている。

 そんな中、彼女の脳裏にはある光景が映し出された。

 

―――すまなかった。

 

 そう言って、じりじりと夕日を受けて頭を下げた教師、高畑。彼は詳細を知らないとはいえ、自分が左目を取り戻せるのだろうと信じて、謝罪だけを伝えに来た。それを、自分が失敗することを恐れているなら、先ほどの高畑の言葉を無碍にするようなものだ。自分こそ、“碌でもない”人間になってしまうではないか。

 

「≪チサメ?≫」

「何でもない。ちょっと躊躇しただけだ」

 

 反面教師として高畑が出てくるあたりは随分毒されている、と千雨は思った。

 思考の時間は長かったようにも感じたが、実際には数秒も立っていなかったらしい。昨日エヴァンジェリンが持っていた箱の蓋を取ると、きれいに保管された自分と同じ色、同じ形の眼球が鎮座していた。

 義眼はただの物。なのだが、こうして見れば自分が試されているようにも思えてくる。妄想癖が現実にまで影響しては、将来は危ないかもしれないと思いながら彼女は義眼を手に乗せた。それを持って鏡の前に行くと、コードが微妙に飛び出ている個所をしっかり確認して、それが奥になる様に自分の空虚な左穴にはめ込んだ。

 

「~~~~~~~ッ!!!!」

 

 途端、全身に激痛が走る。左目の視神経をナノマシンが切り詰め、押し込んだ先のコードのナノマシンと混ざって神経をくっつけるための痛みであった。目の奥に聞くのも嫌な水音と底を押し込んでいた感覚が無くなると、痛みも徐々に引いて行った。余韻程度の痛みはナノマシンが脳内麻薬(エンドルフィン)を生成させてくれるおかげで、波は収まってきた。荒い息を吐くことはなかったが、千雨は椅子に崩れ落ちるように座る。

 

「はぁっ…!」

 

 奇妙な感覚に、右の眼球が左目の異物を認めないかのようにグルグルと回って視界が安定しない。

 それから、しばらくすれば想像上で荒々しく唸っていた動悸も治まり、見える輪郭がはっきりしてくる。一体何をしていたのか、などと痛みのあまりに問いかけていた自問を止め、深く深呼吸をすれば少しは収まってきた。

 

「≪ナノマシン結合を確認した。義眼の方は問題なく動作している。すべて完了よ≫」

「……そっか…良かった」

「なにか分からんが、峠は越えたのか?」

「病気じゃねえんだけど……まあ、使いどころは間違ってないか」

「どうなんだ」

「超えたよ。…っても、これ単品じゃまだ見えないけどな」

 

 これは共用部分(インターフェイス)に過ぎないし。

 そう千雨が説明すれば、人間とは不便なものだ。とエヴァンジェリンが返す。

 

「それにしても、こんなきっかけで貴様と語らうような関係になるとはな」

「突然どうしたんだ?」

「なに、魔法も使わずして、人間とは面白いものだと再確認したまでさ」

「≪ならば……あなたは、チサメの福音(エヴァンジェリン)になるのね≫」

「ほう?」

 

 片目をつり上げエヴァンジェリンが首を傾げれば、RAYはあなたもチサメの友人にはならないのか? とRAYは問い返す。

 友人という言葉に酔ったのか、彼女はくくっと笑みをこぼしていた。

 

「あ~、今日はもう無理っぽい。なんか頭まわんねえ……」

「≪脳が疲労しているようね。チサメ、休息も大事なのだから、今日はこれくらいにしておくといい。時間は限られているわけではないのだから≫」

「私も退散するとしよう。RAY、これは貰ってもいいのか?」

 

 そうして彼女が手にとったのは、45口径ハンドガンのOperator (オペレーター)。使い捨てのサプレッサーを装備可能で、レーザーサイトで照準を合わせやすい実用性の高い銃だった。何のために使うかは分からないが、予備弾薬の45.ACPもついでに持っていくと言い、とRAYが言えばエヴァンジェリンは意気揚々と帰って行った。

 彼女の後姿が見えなくなった時、RAYは千雨が来る少し前にエヴァンジェリンは来ていたな、と思いだすように言ったのだが、千雨は学校で言っていた「用事」とやらがあったのだろう、とRAYに返す。それに言葉を返そうとして、結局は何も言わなかったRAYを不思議に思ったが、千雨もまた、帰宅準備を整えて己の家に帰ることにした。

 

 千雨も格納庫からいなくなって、RAYは思考を始める。

 

(≪内部で確認されている血液量が、従来のティーンエイジャーより一回りほど多かったが……態々“人間”、という言い回しをしている辺り、エヴァンジェリンは人ではない何かなのだろうか。血を吸う怪物、と言えば吸血鬼(ヴァンプ)。だが……≫)

 

 現実的ではない。

 魔法使いがいて、彼女自身も魔法使いだということは知っている。ナノマシンの作用を強めた結果、額に銃弾を受けても数秒で再生が可能なヴァンプ、というリキッドに加担していた人物がいたが、あれはナノマシン技術と身体能力の合わさった結果の産物。よって、血を好んでは居たが直接吸うようなことはしなかった。

 だから、順当に吸血鬼と考えたとしても当てはまるとはRAYには思えなかった。見る限り、あの年で成人病を抱えているということでもなさそう、食生活にも気を使っているようで、生活習慣病という線も考えられない。

 

 そうしてRAYは3時間近く悩むことになったのだが、実はエヴァンジェリンが吸血鬼だということはおおよそ一年と半年後に正式に知ることになる。本当にそのような生き物がいると分かったRAYは、情報収集のためにエヴァンジェリンにもナノマシンを打ちこもうとしたのだが……それは、未来のお話。

 

 

 

 

「失礼します」

「おお、タカミチ君か」

 

 夜の学園長室。今日も“ひと仕事”終えたタカミチは、報告のために学園長の元に訪れていた。

 麻帆良は、日本二大規模の魔法勢力であり、西洋から取り入れた魔法を主に扱うことから、もう一つの名は「関東魔法協会」と呼ばれている。それに対して、関西は日本古来の陰陽道や呪術を主に使用する「関西呪術協会」と呼ばれている。

 現在、トップ同士は同じ血縁の甥とその息子という関係なのだが、下層部では過激派と呼ばれる「関東とは縁を切る」という思想の排国主義の者たちが存在し、その多くはトップの娘であり、孫「近衛木乃香」を両陣営に対する交渉材料とするために襲いかかってくることがある。そんな過激派の連中を相手取るのが、このタカミチ他「魔法先生」「魔法生徒」と呼ばれる戦力になる魔法使い・及び裏に精通している面々だった。

 

「今日は中級の式神、それと下級の式神が合計4体。それを召喚していた術者を捕えましたが、いかがしますか?」

「此方に来たということは、破門も喰らっておるじゃろう。何と言っておる?」

「はい。“異国の人間が関わるな、俺たちの国から出て行け”と。いつもと同じ思想の輩のようです」

「それならば問題ないじゃろう――――消しておけ」

 

 「学園長」は、眉一つ動かさずにその術者の運命を定める。

 そのまま下がろうとしたタカミチを見て、思い出したように「近右衛門」は引き留める。

 

「ああ、長谷川千雨君とは……」

「お恥ずかしい事に、逆に諭されてしまいましたよ。魔法を知っている、というのは嘘で、誰かをかばっているようでしたが……僕からの謝罪は、受け取ってくれました」

「そうかそうか…それは良かった」

「こんなに殺している僕には、勿体ない言葉でしたが」

 

 とっくに血に濡れている。そう言ったタカミチの手には、こびりつく様に血が張り付いているように見えた。それが幻視だということは重々承知。振り払うように、タカミチもその場を下がる。

 一人、学園長室の椅子に座った近右衛門は己の髭をゆったりと撫でた。

 

「……そうじゃな。ワシらは血に濡れ過ぎておる。…このような事が続かぬように願っているというに―――不甲斐無い」

 

 滑稽な老稽…なんちゃって! などと一人で言っては空気をごまかすように笑った。

 ひとしきりに笑った涙をハンカチで拭き取ると、近くの書類に手をつける。こうして、麻帆良のいつも通りの日々が過ぎ去っていくのであった。

 




原作キャラ、スネークとオタコンの友情出演。
年代的にこういう形でしか出せないことが残念でなりません。

大人たちの事情って、子供よりも残酷で深い時ってありますよね。でも、そういうときに子供と話をすると、心が洗われるような時があります。そういう時こそ、初心に帰って初志貫徹。なんて、

ここまで読了お疲れさまでした。
夜にこれを見ている人は、一度目を休ませるといいです。明日死ぬというのでなければ、時間はまだまだあるのですから。


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☮満たされぬ九、尽くされる忠

書きたい場面(原作)まで結構時間あるなあ。
それまでに、千雨の(内面の)成長をしっかりさせておかないと……


「なあ、なんとかならないのかよ?」

「≪こればかりは無理よ。……私も、見落としていたわ≫」

 

 あれから、実に数ヶ月もの月日が流れた。桃色の木が映えていた街模様は、吹きすさぶ風と共に紅葉に舞を踊らせる光景があちらこちらで見ることが出来るだろう。あまりに幻想的なそれらの光景は街の人間を笑顔にするには十分だった。

 それと対照的に、この季節の節目も見るのこと出来ない、番外倉庫の建っていた地―――メタルギアRAYの格納庫には思考の唸りを上げるRAYと、目前の絶望に打ちひしがれ、防寒のためのマフラーを震える体で揺らす千雨の姿があった。

 

「ここまで来て……システムが無いと駄目だなんて―――!」

 

 ソリッドアイの開発は、向こうの世界での設計図通りに造っていた事が今回の騒動に起因する。ソリッドアイは周囲のSOP情報を視覚化する他、望遠鏡、赤外線ゴーグル、といった三種の機能を兼ね備えている。年老いた蛇「オールドスネーク」が使用する際にも、老化現象で衰えた視覚の完全補助によって歴戦の戦士そのままの視覚を持ったまま、潜入任務(スニーキングミッション)をこなすことが出来ていた。だが、それには思わぬ落とし穴――重大な欠陥が存在していたのである。

 

 もうお気づきになっているかもしれないが、「周りのSOP情報を視覚化」……つまり、この世界にはない「愛国者達」が管理していた戦場管理システムを介することでそれも効果を発揮していたのである。

 もちろん、義眼のはめ込んである左目ではなく、普通の右目に使えば特殊な操作は行えないが望遠機能と赤外線機能は使うことが出来るだろう。だが、肝心の左目が「見える」ようにするには、SOPシステムを介した周囲の情報を直接脳に送らなければならなかったのだ。この世界には、当然ながら「愛国者達」も「SOPシステム」も存在しない。RAYが元々格納されていた基地には、優秀な情報収集家がいたおかげで、今のような設計図があるのだが、実際にそれが使われていたのは「愛国者達」が存在していたころのもの。その後に独立したシステムを持ったRAYはともかく、旧世代の産物となるであろうソリッドアイには、SOPシステムを使わない状態での使用は想定されてはいなかった。

 RAYの独自開発された劣化ナノマシンシステムを使用するにも、この時点で役に立つのは痛みの抑制、ほんの少しだけの感情抑制、体調管理、そしてID登録のみである。ソリッドアイが機能するためには、周囲にSOPが満ちていなければならない、ということだった。

 

 ここまで、この日まで地道に作ってきた千雨だったが。先ほどの起動時には視界が復活することはなかった。その原因を三時間かけて究明した結果、RAYは「これ」が原因であると示した。ようやく完成したというのに、彼女にはもう一つの目を取り戻すことも許されないというのであろうか。

 千雨が握りこぶしを作業台に打ちつけると、衝撃で完成したソリッドアイが跳ねる。完成する前はともかく、今となっては頑丈な作りとなったそれは、千雨の心に反響するように、虚しく机の上を跳ねるのみであった。

 

「≪落ち着いて。まだ手はある筈≫」

「どこにっ!?」

 

 水泡に帰すとはこのことだろう。千雨が割れんばかりに噛みしめた口内は血で溢れていた。ナノマシンができた傷を癒そうと体に指令を出すも、千雨の爆発した感情の行動と共に、体に新たな傷がひっきりなしに増えて行く。その最中、武器群の山から落ちてきたナイフで手が切れようと、今の千雨を止めることはできなかった。

 

 痛々しい彼女の姿に、RAYは悲哀を胸に刻む。

 先ほどから感情の抑制は試しているのだが、これはあくまで補助と既存のナノマシンへハッキング用のナノマシン。それ単体ではこういった場面で効果を為さないのは分かり切っていたことだった。抑制を何度も施行しながらも、苦しむ千雨に声をかける。

 

「≪この地は技術の革新が絶えず進んでいる。……もう、一人で苦しむ必要はないだろう。人の手を借りるのも、人間として間違っていないと思うわ。あなたがどんな選択をとっても、私はあなたを支援する。これはあくまで私の助言。信じているから≫」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 

 RAYが最後の言葉を告げると、荒れていた彼女は動きを止める。

 「信じる」とは、かつて彼女に向けた言葉ではないか。RAYもまたこの期間の間に成長を遂げているのは間違いない、ということは分かっていた。だからこそ、このような言葉がRAYからはっきりと言われるとは思わなかった。

 RAYの私に対する信頼を、自分が信じられないとここで断ち切ってしまうのか?

 

「………ごめん」

「≪謝ることはない、あなたの行動は何よりも正しい反応。ただ、それを私の言葉で乗り越えてくれたというのなら、私の方が嬉しく思っている事は確か。…………チサメ、胸を張って前へ進みなさい。前を向き、自分に忠を尽くす者に成功は訪れるのだから≫」

「“忠を尽くす”……」

 

 他人を信じる前に、まずは己を信じること。それが出来なければ、今まで出来たことさえできないようになる。

 正直なところ、RAYは言葉にする直前まで、この言葉を千雨に言うべきか迷っていた。ザ・ボスの人格から譲り受けたこの慧眼によれば、千雨も行く末には大物になると理解していたからである。だからこそ、考え方を曲解し、元の世界で間違えて解釈してしまった「ゼロ」「ビッグボス」のようになってしまうことを危惧していたのだ。

 それなりの「人物」が動けば「時代」も動く。己自身へ忠を尽くすことが出来れば、それは強大な影響力を持つ人へなるだろう。だが、同時にそれは他の人間から負の感情を向けられることもある。RAYの人格の元になったザ・ボス。彼女の最期となった状況こそ、まさに周囲の負を向けられた結果だったのだから。

 

「…ははは……自分を信じるのは、数ヶ月前にやってたんだよな。…私も記憶力が悪いなあ……忘れちまってたよ」

 

 千雨はその深い意味を理解したのかは分からない。しかし、この言葉を察するには再び、心配も杞憂に終わったのだろう。……まあその言葉の意味を伝えた本人がそこに居るのなら、間違えることもない。度々指導を行えばいいのだから、そう心配するほどの事でもなかったか。恥ずかしそうに笑っている千雨を見て、RAYは先の懸念を捨てる。間違えるなどさせるつもりもなく、間違いを放っておくつもりもないのだ。

 

「にしても、協力者か……葉加瀬は…こないだ断ったし、気まずいけど………そうだ、(チャオ)がいた!」

 

 悩んだ末に思い浮かんだのは、同じクラスの(チャオ) 鈴音(リンシェン)。クラスの中でも最高の学席を誇り、勉学・スポーツ・調理など、葉加瀬の運動が苦手という欠点をもすべて埋めた理想のような少女だった。

 

「≪それは、チサメのクラスメートなのか?≫」

「ああ。葉加瀬と一緒で研究バカの中国人モドキ二号だ。…分かりやすいけど、あんなしゃべり方の中国人なんて普通はいねーだろって思ったけどな」

 

 その件の彼女の屋台「超包子(チャオパオズ)」の料理は絶品だった。そう言って味を思い出しながら舌鼓を打つ様子は、本当に美味だったのだろうと、RAYは味覚を感じる機能が無いことを残念に思いながらも、その様子を喜ばしく見つめていた。

 

「明日、話を持ちかけてみるよ。あいつなら、これ(ソリッドアイ)を作り直しなんてしなくても使えるように出来そうだしな」

「≪なんとか回復することを祈るわ。……千雨が苦しんだ事も、その左目も、私が現れたことで原因を作ったようなものなのだから≫」

「…気にすんなって、もう、馬鹿みたいに暴れたりはしないからさ。さっきの流れた血くらいは拭きとっておけば、もう傷口だって無くなってるだろ?」

 

 疲れたように笑う千雨に、RAYも息を吐くような音声を響かせる。どちらにとっても、新しい発見のある日だったことは違いない。

 日が暮れるころになると、この肌寒い時期は何故か変質者が増えてきて夜道は危険になる。そのため、千雨は護衛のMk.Ⅱを連れると、最初とは打って変わった満面の笑みを浮かべながら帰路を歩いて行った。一歩踏み出すたびに千雨の首で揺れるマフラーは、ダークグレーのRAYを模したお気に入りだった。

 

 

 

 

 教室の片隅では、二人の少女が向き合っていた。片方は渋面を作り、片方はすがる思いで身の上を語る。そう、左目を失った少女、長谷川千雨と天才頭脳を持つ少女、超鈴音である。

 

「――――という訳なんだが、なんとかならないか?」

「…う~ん、難しいネ。元あるシステムを代用するにはチョット時間が掛るかもしれないカ。……時間を気にしないなら、乗ってもいいネ」

「本当か! 恩に着る!」

 

 次の日の休み時間、千雨は機を見て超に話をつけに行った。クラスメートにいろんな日常的に使える発明品を提供するなどのお人よしな面もあったからか、千雨のいままでの努力を聞いていくと、初めは渋っていた様子も最終的には協力的な態度で接するようになっていた。単に千雨がごり押したとも言うが。

 

「放課後になったら、“ロボット工学研究会”についてくるといいネ。あそこは設備が整ってるうえ、今日は茶々丸の整備もあって千雨サンもグッドタイミングヨ」

 

 かくして、約束を取り付けることに成功した千雨は、その後の授業を消費して放課後を待ち、超と校門で待ち合わせを行なった。急かす気持ちが先立って、千雨は急いで門に向かったために、超が遅れて「随分早いネ」と言わせる羽目になってしまったが。

 

 合流した超は千雨を案内するように大学領に向かうと、ロボット工学研究会のサークル活動をしている施設に連れていく。中学生だというのに、その場に居ても違和感を感じない辺り、流石は「麻帆良の最強頭脳」と呼称されているだけはある、と超に感心していた。

 

「ここが私たちの専用室ネ。それじゃあ、そのソリッドアイを貸してほしい」

「ええっと……これだよ」

「ふむ……」

 

 思案するように見つめること数十秒。超は千雨にはよくわからない危機の中へソリッドアイを丁寧においた。約束を取り付けた時にはすでに使っていた設計図の方は渡してあるため、あれは実際の完成かどうかを確認するための機械なのだろうと辺りをつける。

 何かの光がソリッドアイを照らしているスキャン中、彼女らの後ろにあったドアが開いて二人の人影が見えた。言わずもがな、調整に来た茶々丸とその整備員として来た葉加瀬の二人だった。

 

「あれ、長谷川さん?」

「葉加瀬か、ちょっと邪魔してるぞ。茶々丸は調整か?」

「はい。長谷川さんはどうなされたのでしょうか」

「超の奴に頼みごとを――」

「長谷川サン、構造や内部の問題はない事がわかったヨ。これなら私が代用の認識システムを作れば……って、ハカセに茶々丸、来ていたのカ」

 

 丁度いい時間にスキャンも終わって、顔をのぞかせた超は二人が来ていることに気づく。そんな時、定期的にメンテナンスが必要な茶々丸と違って、自分の方は私用なために千雨は作業を茶々丸の方に割いてくれ、という旨を伝えた。

 

「いいのカ?」

「こっちは急いでるわけじゃないしな。余裕を持たないと」

「……結局、長谷川さんは他の人に協力を仰いだんですか」

「あんときは邪険にしちまったけどな。…おこがましいと思うか?」

「いえ、そんな風には思いませんが……積極的な長谷川さんは、珍しいなと」

 

 そう言えば、RAYと出会ってからの行動は、積極的に他の人に関わり始めていたな、と千雨は再認識する。RAYと出会い、高畑と魔法を知り、エヴァンジェリンが訪ねるようになり、自分から超に話しかけた。ひきこもり一直線だったのに、いつの間にこんなに行動的になってたんだか。

 千雨がそう思っていると、葉加瀬が思いついたように手を叩いた。

 

「長谷川さんもこういう事に興味があるなら、茶々丸のメンテ見て行きますか?」

「ハカセ、千雨サンは……」

「もしかして、魔法の事か? それなら知ってるから問題ねえよ」

「……学園側からは?」

「高畑が外敵っぽい奴を殺したところを見て、それから何も言ってこないってのが続いているんだが」

「データに残っていますが、4月ごろの呼び出しはそのためでしたか」

 

 納得、といった風にしている茶々丸と違って、超や葉加瀬は「殺したところって……」などとつぶやき信じられないものを見るように千雨を凝視している。当の千雨と言えば、流石に今の発言はまずかったか、と冷や汗をかいていた。

 しばらくは気まずい空気が流れていたのだが、流石に邪魔になるわけにもいかないと思った千雨が先に帰ると告げてその場を退室することによって、研究室の空気は固まった状況から抜け出すことが出来た。千雨が抜けたことでいつものメンバーになった三人は、とりあえず茶々丸のメンテナンスを始めよう、という結論に達する。

 

 メンテナンス中、超と葉加瀬は難しい顔をして何かを話し合っていた。

 その内容とは、先ほどの千雨について。

 

「…しかし、予想外にも程があるネ。千雨さんがこんな高度なものを作っていた何て」

「本人は“工作キット程度”と言っていましたが、材料や使っているはんだは一体いつ手に入れたのか、ということに頭は回らなかったですね。……超さん」

「ああ。これは、私の知る“予定”以外の要素、イレギュラーが関与していると考えた方がいいカ。それに、左目を失うなんて事も私の“予定”には寿命を全うするまで有り得なかったはずだヨ」

「それと、この技術は……」

「麻帆良と同等の技術の結晶……ここで関与している誰かが作ったと考えるのが妥当だが、それだと千雨サンの魔法を知っていることと、人の死をあっけらかんと語るような性格になったことへの関係性が浮かんでこないヨ」

 

 超の言う「予定」とは、まさしく未来の出来事のようだった。しかも、それを本当にあった事のように話している辺り、彼女はいったい何者なのだろうか? 多くは今この場で語るべきではないが、それが重要な意味を持っていることは確かだろう。

 

 それとは別に、超は怒りをたぎらせていた。

 

「この機械、近代の戦争による発展でしか生まれようがない作りをしている。望遠、情報の取得、赤外線センサー。補助と言えば聞こえはいいガ、動作音は最小に収められて機能性は最高クラスの使いやすさがあるネ。…そんな戦争が起こったなんてどこのニュースでもやっていないし、外国の紛争にしても麻帆良並みの技術がある筈がない。

 ……チサメさん」

 

 ―――貴女は一体何者なんだ。

 

 その答えを語るべき相手はここにはいない。

 こうして、千雨の行動で思わぬ波紋が巻き起こされることとなったのだが、彼女がそれを知る由はない。再び超の元を訪ねた際にも、超は踏み込むことはせずに千雨に改良したソリッドアイを説明と一緒に渡すだけだったのだから。

 

 「麻帆良最強の頭脳」は、何度もシミュレートする。

 まだ見ぬ「未来」を計算に含んだ上で。

 

 

 

 

 一方、超たちがそんなことを考えているなど知らない千雨は、Mk.Ⅱを引き連れながら大学領を抜けていた。同時にそろそろ近い冬を歓迎するかのような木枯らしが吹きぬけ、彼女のマフラーを棚引かせる。千雨を体の芯まで凍えさせた風は、満足したかのように北へと抜けて行った。

 風の先を視線で追った千雨は、雲の合間から見えた、夜空に広がる星々を目にした。地平線から顔をのぞかせる太陽の光を受けて輝く星は、ひと際輝く火星をデコレートするかのように散りばめられているように感じる。何故か火星に目が行った千雨は、苦笑して目線を下げた。

 

「なあ、Mk.Ⅱ」

 

 呼びかければ、姿を現して頭部カメラを傾かせるメタルギアMk.Ⅱ。無骨なデザインの筈のそれは、どこか愛嬌を感じさせる。まるで、小首を傾げた子猫のように。

 

「私って、子供だな」

 

 質問の意図が理解できなかったのか、Mk.Ⅱは再びステルスとオクトカムを併用して姿を消した。本当にいなくなったわけではなく、千雨の護衛のために彼女の後ろを前をうろちょろするように並行して移動する。時折近くから聞こえる衝突音は、知らない人が見ればポルターガイストのようにも見えただろう。

 

 Mk.Ⅱの姿を知っている千雨は、その度に慌てふためき体勢を立て直すMk.Ⅱを思い浮かべて笑顔になっていた。知らずのうちに、立志をたてていた少女は、左目に光が映ることを期待して目を輝かせる。そんな笑顔の少女は、道行く周囲の人物をも笑顔を移していくのであった。

 

 

 

「ってことで、近日中にはやっと光が戻りそうだ」

『≪本当によかった。それで、見えるようになったらしたい事はあるのか? 出来ることがあれば、私はあなたに尽くそう≫』

 

 大学領への道のりはそれなりの時間も掛ったため、今日は格納庫に行かずに寮の自室で千雨はRAYへの通信を開いていた。実体化しているMk.Ⅱは、千雨の足元でコンセントにコードを伸ばして充電中だ。

 

「とーぜん、最初はRAYを見るにきまってるだろ。RAYがここまでしてくれたから、私もここまで努力できたんだ。居てくれるだけでも力になるし、RAYに何かを求めるつもりなんてねーよ」

『≪優しい子。私の中には、喜びが渦巻いているわ≫』

「ぷっ、なんだよその回りくどい言い方」

『≪私はAIだということを忘れているの? 予想外の事があれば、即座に対応できないのが普通よ、チサメ≫』

 

 そう言えばAIだったな、などと千雨は本気で忘れかけていた。出会ってから半年近くの時が過ぎている現状、ずっと会話を交わしてきた千雨はRAYが「ザ・ボス」の人格が基になっているとか、そう言った入り組んだ過程の話をほとんど覚えていなかった。それだけRAYは千雨にとって当たり前の存在となっている事であり、RAYもまた、千雨がRAYの近くに居るのが当たり前の存在になっていると思っていることだろう。

 この関係は、今のところエヴァンジェリン以外には一切ばれていない。そう言った秘密意識も二人の絆を深めているのかもしれないし、RAYも千雨以上を求めようとしていないことが関係をよりよくする要因になっているのだろう。

 

 もうすぐ、その中での「嫌な出来事」も無くなろうとしている。千雨の目に完成したソリッドアイがつけられれば、この未だに慣れない左目の闇が取り払われる時が来るのだ。

 明日ほど学校が待ち遠しいと思ったことはないかもしれないな、と思いながらRAYとの通信を切った彼女はブログの更新をしてからベッドへ向かった。

 

 その胸に、幸福感と充足を抱きながら…………

 




今回、ちょっと少なかったですね。
それから……よく感想欄持ち上がる話題なのですが、RAYのスペック詳細を書いた話って、書いたほうがいいですかね?
どうにも栄司の考える設定って難しいらしくて、描写しきれないときが多いんですよね。その時は質問してきた感想に返信で返していますが。

なるべく地の文や台詞に乗せる説明のうち、今後もほとんど使用しない機能は軽く書くだけで終わらせているんですが……読者的には、どちらがいいでしょうか?

ここまで長々と失礼しました。本文のほうの茶を濁す事になってしまい、深くお詫び申し上げます。
それでは、ありがとうございました。


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☮機密文書☮

 今回は説明会になります。
 いままで皆さまを設定の混乱に陥れたことを深くお詫び申し上げます。


 同時に、今回は物語が進むわけではないので、ご注意を。(ネタバレになるようなことは書いてありません。今までの背景や物語上で深く語ることのできなかったことの総回診になります…総回診って使いどころ……?)


メタルギアRAY

 

正式名称:

 「非常時AI搭載水陸両用奇襲錯乱用二足歩行戦車メタルギアRAY改」

武装:

 両膝に装備した3連装対艦・対戦車用ミサイル、背部の6連装小型ミサイル、両腕部のM2機関銃(12.7mm弾)、頭部口腔内蔵の水圧カッター、試作型特有の尻尾をコンテナへ改装した内蔵仔月光。

 

機体操作:

 管制室の遠隔コントロール、非常時の人格AI「ママルポッド」。

 

流用技術:

 ママルポッド:

  ザ・ボスの人格を移植したAI。本来は核報復のために使われるAIだったが、責任者ストレンジラブの移籍によって技術は閉鎖された。だが、最新データ復旧技術により、コスタリカ遺跡内に残っていたコンピュータよりサルベージに成功。戦場での状況判断能力を最良の物として採用を決定。ピースウォーカー計画時は不備により暴走を行っていたが、AIに与える情報データの抑制により制御に成功。非常時独立思考AIとしてメタルギアRAY改に搭載する。

 仔月光:

  月光(アーヴィング)の補助、及びに市街地戦にて多様な効果を発揮した閉所活躍の報告例を見て採用を決定。メタルギアRAY試作型特有のバランス制御の尻尾をコンテナに改造し、ミサイルポッドの射出機構と接続して射出する方法をとることとする。敵機を仔月光で錯乱したのちに主兵装にて制圧を目的とする。

 ナノマシン:

  SOPシステム崩壊以来、敵兵士の身体に残存するナノマシンへ働きかけ、興奮作用のある脳内物質を過剰生成。及びに一時的な感情制御をさせた後、ナノマシンの活動権限をRAYへ委譲させることにより、敵内部のナノマシンを停止。PTSD発症による錯乱を目的として搭載する。敵への接種方法は搭乗可能な頭部より月光と同じくコードを使用するか、機銃の弾丸をナノマシン注射器に弾種変更することでこれを打ちこむものとする。

 オクトパス・カムフラージュ:

  BB部隊所属「ラフィング・オクトパス」の景色に擬態するカモフラージュ・スーツに使われていたDARPAの技術を盗用。RAY装甲表面の上にオクトカムスーツに使用されていた技術を使用、「奇襲成功」の意向を目指した入念な技術流用により、損傷は同じくRAYのナノペーストで簡易修復が可能。機体の半径3M以内に近づかなければ認識することは難しい。無人兵器には無類の効果を発揮する。

 

追記:

 これの搭載するナノマシン技術は、SOPシステムには及ばずともJTIDSを介した情報分配によって戦局を味方へ伝えることが可能となり、故システム同様の連携ができるであろう。制御用AIはザ・ボスの思想形態に属しているため、それに合わせた連携を疑似システムで補うこと。

 シャドーモセス島港付近に中破状態で放置されているこれを発見。旧技術のREXも同様に打ち捨てられていたが、肝心のレドームが大破しているためコクピットを守れぬそれを放置。鹵獲した試作型RAYを本部基地にて改修するとした。

 

 

 

 

千雨のソリッドアイの設計図が何故あるかについて。

 RAYを鹵獲した組織はママルポッド技術をサルベージするほどの情報収集能力を有しており、同様にオタコンのソリッドアイ設計図もハッキングによって手に入れた。ハッキングに気づいたサニーが急遽アクセスをシャットアウトしたが、ソリッドアイ技術他、メタルギアMk.Ⅱの製造に関しても同様に設計技術を盗まれた。

 

千雨の左目の義眼「視神経直結義眼」について。

 通常の手段で購入した義眼の内部に、ソリッドアイとワイヤレス接続可能な一本の機械神経を通したもの。義眼後方から顔を見せるコードの先にはナノマシンが付着しており、千雨が義眼を取り付けた際にはそのナノマシンが眼底の視神経先にあったナノマシンと連動して元よりある視神経と繋げるための「治療作業」を行う仕組みになっていた。とはいえ、傷のふさがった神経そのものに再び傷をつけるため、必ず激痛が生じることになる。

 当初は小型カメラの搭載が考えられていたが、入手が困難なほか小型カメラの電子データはナノマシン技術やSOPシステムに流用する事が出来ないので、既存のソリッドアイを製造することに決定した。

 

現在のスネークについて。

 余命半年をオタコンやサニーと共に4で使っていた航空機を使って世界を回って楽しんでいた。その際にオタコンが入手したメタルギアRAY改の存在を知ったが、メタルギアが格納庫ごとロストしたと分かって以来、戦いの場に戻ることはなく寿命を費えて昇天した。

 

現在の「RAY」の人格について。

 ママルポッドを(ベース)にした「ザ・ボス」の人格AIが現在の意識だが、発声機能は元から付いていなかった。今はシステムエラーを伝える音声システムを介して言葉を発している。性格については千雨を見守る母親のような存在で、同時に対等な友としてのもの。ザ・ボスそのものという訳ではない故、ザ・ボスが本来言わないような言葉を言ったり、彼女自身の意志はザ・ボスの愛国心(それ)とは程遠い。

 好戦的な性格をしているが、搭乗者登録した千雨を何よりも優先し、必要ならば武装をすべて展開したうえで逃走を選択する。搭乗部分に収容したのちは機体の全スペックを使用して搭乗者を守ろうとする。

 丸ごと送られた格納庫とデータリンクが可能であり、格納庫にとりつけられた全ての機器を統べることが可能である。

 

 

以下、感想の質問で追加予定スペース。

 

 




今回の話で説明不足、ほか質問などございましたら、お気軽に感想欄にお願いします。
答えられるのは現在使われた技術等に限りますが。(今後の展開とかは決めてないのでNG)

次回の「物語」の更新は数日後に遅れそうです。
毎日投稿は厳しいので、これからは数日間をおかせていただことになりますが、ご了承ください。


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☮色

長らくお待たせしましたが、短めです。
それと、しばらく私たち全員が書けなかったということもあって文章がちぐはぐになっていることが見受けられます。そのあたりにご注意を。


 その日は日付の移行と共に雨が降っていた。最新技術による天気予報ははずれることはなく、この日も晴れとなる筈だった。

 では、何故雨が…豪雨と呼ばれるほどに降っているのか。

 

「いや~こんな天気の中申し訳ないネ。一日も掛かったヨ」

「別にいいけどよ……つうか、“も”どころの話じゃねえだろ」

 

 ここ麻帆良には、外の技術を数世紀は凌駕した科学技術、その中でも秘匿されている「魔法」という存在があった。マフィアや国際組織、そう言った「裏」の物でもほんの一握りしか知らない裏の奥…「闇」と言った方が正しいか。見る人によっては夢見るファンタジー、と答える者もいるだろう。そして、そう言った力に憧れを抱くことも間違いではない。しかい……「闇」と、この魔法はそう呼んだ方が正しいだろう。

 

「チョトチョト、昨日の戦闘で死ぬ間際に呪いをかけた馬鹿がいたみたいネ。おかげで、この土地の龍脈が乱れテ、ご覧の有様だヨ」

「龍脈ね……やっぱり、とことん存在するもんだな」

 

 魔法は時に、このように天候、土地、人間でさえも「操る」事が出来てしまう。魔法使いはシンデレラの魔女だけではない。白雪姫の魔女だって存在しているのだから。そういった部分が少ないとはいえ、魔法は最下級のものでも「殺す」ことが容易。だからこそ、「闇」と形容するに相応しいと言えよう。

 前置きはここまでにしておこう。では、そのような「闇」がもたらした天候の中、千雨が超の元に訪ねたのだろうか?

 

「それより……」

「おお、忘れそうだったヨ。ハイ、これネ!」

「…悪い」

「いやいや、こっちでも珍しい一点特化の技術の底力を見せて貰ったヨ」

 

 今しがた超が千雨に渡した眼帯のようなもの、「ソリッドアイ」を受け取るためであった。

 彼女は手渡されたものが昨日と寸分たがわぬ形のままであることに安堵の息を吐き、丁寧にそれを懐にしまう。

 

「おや、すぐに起動しないのカ?」

「最初に見る奴は決めてるしな。…所謂プライベートだ」

「ふむふむ、それなら私は退散するとしようカ。また、何かあったら気軽に声をかけるといいヨ!」

「助かった。礼はまたいつか返すさ」

 

 喜色満面で立ち去る千雨を見送ると、超は彼女の姿が見えなくなると同時、その笑みをかき消した。そこに浮かぶ感情はたった一つ。悲哀であった。

 

「千雨サン、あなたの闇も相当なものネ」

 

 超は一人、虹のかからぬ空を見上げ皮肉気に笑う。自分に対する嘲笑と、胸にともらせた確かな決意の「炎」を燃やしていた。対照的な、継ぎ接ぎだらけの己を再確認した超は、自嘲的な苦笑を洩らす。

 ―――嗚呼、雨というものはどれほど憂鬱なものとなるのカ。

 

「それでも必ず、私は………」

 

 握る拳は、己の決意の固さ。薄らと表面に浮き出た文様は、過去(・・)の罪。

 髪に滴る水が落ちれば、彼女の姿は消えていた。その様は、その時間にはいなかったかの如く。そう、彼女がその時間に居てはならなかった、そんな―――

 

 

 

「ついに、ですか」

 

 高畑・T・タカミチ。麻帆良でも奇想天外な人材を掻き集めたAクラスの担任を務める一教師。その裏では、魔法先生と呼ばれる戦闘要員の役割を担っている。

 そんな彼は、一人学園長室に呼ばれていた。来年の二学期、ウェールズにいる「とある人物」が訪ねてくるため、その視察にイギリスまで行ってこい、というのが彼の仰せつかった役目だった。

 

「そうじゃ。あの子も父親のように……いや、これは言ってはならぬの…。比べるなど、“教師として”有るまじき行為じゃ」

「教師、という役割よりも土地の管理が学園長の役割でしょうに…まあ、僕でよければ行ってきますよ」

「彼とて、気心の知れた相手がよかろうからな。君が適任なのは言うまでもない」

 

 来年には、飛び級で「魔法学校」を卒業して「ネギ・スプリングフィールド」という院物がこの麻帆良の地に赴任してくる手筈となっている。卒業後は証書に浮き出る役割をこなして初めて、魔法学校を卒業した魔法使いは「立派な魔法使い(マギステル・マギ)」と成れるのだが、海外へ異動の支持が出る場合は受け入れ先の魔法施設、人物の元で受け入れの準備を整えることが行われてきた。

 今回も例外はなく、赴任するまでの準備を整えておくのが学園長、ないしは魔法先生の役割なのだが、今回ばかりは、相手に「視察」を行うほどの大物だった。

 

「若干、9歳の少年か……教師をするには酷じゃろうに」

「精霊の決定(気まぐれ)には逆らえませんからね。それに、相手をするのは1-A…いえ、2-Aの生徒になるわけですか……」

「うむ、あそこには千雨君もいるからのう……」

 

 その名前を出せば、高畑が意外そうな顔をした。彼を見た近右衛門は、ほっほう! と愉快そうな声を上げる。

 

「エヴァンジェリンではない事に驚いたかの?」

「…ええ。まさか、何かしらが関わっているとはいえ千雨君に焦点を当てるとは……」

「彼女が一番問題なのじゃよ。あのクラスに入れたのも、酷じゃろうが致し方ないことじゃ。

 …わしの主観になるが、あのまま麻帆良の非常識を避け続けていては、人間的に壊れてしまう。だと言っても、外の施設には両親がいない彼女では生きて行くのも辛い目にあうことになる可能性もある。麻帆良は、何故か顔のいい人間が多いからの」

 

 言わんとすることは分かるな? と近右衛門は指を立てた。高畑は神妙な顔で彼の言葉で想起した「悲惨な未来」とやらの想像を振り払う。

 

「じゃから、普通のクラスではバッドエンド。多少の荒療治にはなるが、何かしらの異常を持ったAクラスに入れるのが一番だと考えたのじゃよ」

「学園長、趣旨がずれているような……」

「おお、そうじゃそうじゃ。何故千雨君に焦点を当てたかじゃったな」

 

 それが先ほどのことと関係ある。目で語って間をおくと、手を顔の前で組み合わせた。

 

「彼女が“非常識”に関わることになった原因じゃよ。現在、わしも総力を挙げて麻帆良中を探しておるが……どうにも見つからん。彼女のあとを追跡魔法で追ってみたが、“法則そのものが違うかのように魔法が消えた”。

 今までにないまったくの異例じゃ。彼女の反応そのものが麻帆良からロストする。エヴァンジェリンも同様にの」

「エヴァが…?」

「いつの間にか、仲良くなっておったようじゃ」

 

 子供は元気じゃのう。そう言ってみれば、脳裏には子供扱いするなと駄々をこねるエヴァンジェリンの姿を二人を思い浮かべていた。

 

「ともかく、これらの現象はまったくの未知。まったくの不明! 本当はついて行ってでも止めるべき“危険”となるのじゃが、高畑君がやられたという前例もあって下手に手出しもできん。……害を与えてこない現状、わしらにとって不利益ということもないだろうしの。更には―――」

「戦闘力はあるが、それは千雨君を守るためだけに使われるだろう…と?」

「その通り」

 

 柔らかな笑顔を浮かべると、学園長はゆったりと髭を撫でた。雨が学園長室の窓を打つ中、しばらくの時間がたった。電車の出発する時間が近くなっていたので、高畑は学園長室を去ろうとドアノブに手をかける。

 ドアを開き、そのまま外に出ようとしたところで、思い出したように彼は言った。

 

「そういえば、どうしてあのロボットの行動をあのように予測したのですか?」

「なに、教師をしておるわしらには簡単なことじゃ。少し考えれば、わかるじゃろうて」

「はあ…?」

「つまり、じゃ。千雨君に手を出せば牙を剥く。それではまるで―――」

 

 ―――わしらが大事にしている、子供たちのようではないかのう?

 

 

 

 

 荒い息遣いが、麻帆良郊外近くの整備されていない土地に響いた。その息遣いの持ち主はここまで走って疲れ果てていたのだが、反面に表情は満面の笑み。左手には何かを握りしめて、彼女は機械的なドアの前に立つ。

 スキャニングが開始され、開くと同時に彼女は飛び込んだ。――メタルギアRAYの格納庫へと。

 

「RAYっ!」

「≪チサメ、ずぶ濡れだし、心拍数が上がっているわ。ゆっくり深呼吸して落ちつけて―――≫」

「それよりっ、出来たんだよ!」

「≪それは……≫」

 

 RAYに搭載されているメインカメラは、性格に千雨の手に握られた物体を映し出した。レントゲン映像では多少内装が変わっていたようだが、それは彼女の数カ月の苦労の証。ようやく完成したのであろう、ソリッドアイだった。

 合点がいったとばかりにRAYは小さな笑みを漏らした。

 

「≪…完成したのね≫」

 

 その声には起伏こそなかったが、RAYもまた喜びをあらわにしていた。千雨が左側の光を失ってから数カ月。義眼をはめ込んでいたとはいえ、作り物のそれには光が宿ることなどない、死んでいる瞳だった。それこそ千雨は気丈に振舞っていたが、RAYには持続的に送られてくるナノマシンの生体情報で分かっていた。その精神は少しずつ弱ってきている、と。

 

 そんなRAYの心境を裏返すように、今の千雨は満面の笑顔だった。とはいっても、そのままでは千雨の体調が崩れてしまうであろうから、仔月光に命じて千雨にタオルを渡す。目先の希望もいいが、体調管理にも気をつけてほしい。RAYはそう思わずにはいられなかった。

 

「ありがとな」

「≪それで、もう試してみたのか?≫」

「いや、初めに見るのはRAYって決めてたからな! 今から起動させる」

「≪最初に、私を…?≫」

「RAYは、私の友達だからな」

 

 人であったならば、まったく、とでも肩をすくめていただろう。

 

「≪友達……≫」

 

 数か月。確かに、それは長い付き合いになるだろう。

 驚異的な出会い、そして二人はいつの間にやら掛けがえのない友となっていた。毎日の付き合い、励ましと成長。千雨にとって中学校の始まりは、同時に非常識の始まりであったといっても過言ではないだろう。つっこみは入れるが、並大抵のことではそう驚くこともなくなってしまった千雨はその時、複雑な心境だとRAYに語った事もある。

 そうして己の光を己で作り続け、実にさまざまな事柄、紆余曲折を経た。そうして、最初に味わった最高の絶望にも負けぬ最高の光がここに、千雨の手の中にある。

 

「起動、するぞ」

「≪………≫」

 

 無言のまま、RAYはその光にゆっくりと首を縦に動かす。

 

 千雨が眼帯のようにソリッドアイをつけると、側面にあるスイッチを軽くタッチ。

 高いモーターの起動音が鳴り響き、ソリッドアイには赤い光点が宿る。次の瞬間――

 

「ッ!」

 

 目と脳に突き刺すような衝撃。いきなり暗がりから明るい太陽を見たときの数倍ほどの痛みが千雨を襲った。一時的に意識が飛びかけるが、じんわりと痛みが引いて行くと意識もはっきりとしてくる。

 ぼんやりとだが、視界(・・)が拓けた。

 

「≪チサメ≫」

 

 声のする方へ。

 ソリッドアイが動作の唸りを上げ、モーターを持続的に回し続けて行く。視覚情報はデータ変換され、LIVEで視神経を信号として通って行った。

 

 オレンジ色の枠が見える。

 名称は「METAL_GEAR_RAY」。見慣れたグレー、見慣れた尻尾、見慣れた巨体。

 そして、久方ぶりの対面。

 

 雨は、千雨の頬を伝っていた。

 

「……久しぶり、RAY」

「≪こんにちは、チサメ≫」

 

 千雨の左方には、人工の光が輝いていた。

 

 

 

 

 

 

「あ」

 

 彼が窓の外を見ると、土砂降りになるほどの雨が降っていた。

 読んでいた本を閉じ、辺りに散らかした古書の数々へ向かって杖を振り上げる。すると、自動的に本は書棚に戻り、彼が来る前の様相そのものに逆再生された。

 

「雨だ……って、あれ?」

 

 彼が再び外を見れば、千粒だけ落とせばよかったと言わんばかりに雨はあがっていた。どうやらタチの悪い通り雨の類だったらしい。傘を忘れていたが、この分ならば姉に怒られなくても済む。彼はそうして安堵の息を吐いた。

 そして、太陽の刺した山の向こうに、彼は…少年は、光を見つける。

 

「虹…奇麗だな」

 

 瞳には、三原色からなる七色の奇跡。感性に呼びかけるような鮮やかな色。冷たさも温かさも、全てを含んだ人の心を表す極彩色。

 少年の胸に、温かな何かが灯った。ずっと本を読んでいた、陰鬱な空気もいつの間にやらなくなっている。

 

「誰か、笑ってるのかな?」

 

 少年はただ、眼鏡を押し上げ虹に見とれる。

 

 

 

 

 機械越しに見る景色は新鮮であり、ちょっとした面倒くささによる溜息を誘発させた。失っていた景色は己の存在を認めさせ、様変わりして見える麻帆良の真実の姿をオレンジのウィンドウに表示する。一たびスイッチを入れ直せば、景色は緑に覆われて温度を持つものを白くはっきりと映し出す。暗がりは明るくなり、右と左で見える違いに酔いそうにもなった。

 彼女はもう一度スイッチを入れ、オレンジのウィンドウが浮かび上がる画面へと戻す。

 片手には、寂しげにゆれる眼鏡を持っていた。

 

「サイズが合わねえ……」

 

 効果音をつけるならば沈み込むような音が丁度いいのだろうか。

 ソリッドアイは確かに、千雨の左目を復活させることはできた。景色は良好。オレンジ色のウィンドウが説明文らしきものを表示する以外は、むしろ裸眼の頃よりも視力はいい。

 

 だが、最大の問題が発生した。

 知っての通り、千雨はネットアイドルという立場上、パソコン環境を好んでおり、その視力はあまりほめられたものではない。だから眼鏡をかけて視力の調整を行っていたのだが、ソリッドアイをつけてしまうと眼鏡をかけることが出来なくなってしまったのだ。出っ張り的な意味で。

 だからと言ってソリッドアイを外せば、当然ながら再び左目は見えなくなり、反対にソリッドアイを付けていれば、視力の悪いままの右目の景色がぼやけてしまう。そのような二律背反は、浮かれていた彼女を現実に引き戻すには十分な威力があった。

 

「≪チ、チサメ……≫」

「いいんだ、RAY。視界は得た。私も、頑張ってみせるから……」

 

 何と言えばいいのか。当然と言えば当然なのだが、珍しい事にRAYはうろたえていた。ザ・ボスの知識もこういうときには役に立たない。インターネットにもこのような事柄を解消するようなことも書いてある筈がなく、解決手段を得ることのできないRAYには千雨に声をかける事が限度であった。

 加えてどこで仕入れたのか、千雨もネタらしきセリフを吐くようになっているということは、内心では相当混乱していると見える。

 

「そうだよなー。作ってるときになんで気付かなかったんだろうなー。

 これが眼鏡の邪魔になることぐらい、大きさ的には分かってたはずなんだけどな……」

 

 自虐の言葉を吐き、千雨の気分も徐々に下り坂を転がり始めた。手に持っている眼鏡は、逆らうことも出来ず主の手の中でぶら下がり続けている。

 そんな時、眼鏡のレンズが光を反射して千雨の目に光を差し込んだ。

 

「うわっぷ!?」

 

 皆さんも分かるだろうが、鏡などで反射した日光が目に入ると、眩しい上に目茶苦茶痛い。思わず出てきた涙を拭きとりながらも眼鏡を見ると、格納庫の外は明るい光に包まれていた。

 

「≪晴れたようだわ≫」

「……虹、か」

 

 格納庫のRAY搬出用のシャッターが開き、二人で外の光を浴びる。

 千雨が見た学園には、天が手をさし伸ばしているのか、天へと続く道になる様にして虹が掛っていた。光の屈折と見ている位置の関係上そうなっているだけなのだが、ここは麻帆良。虹を操る魔法使いもいるのかもしれない。そんなことを片隅に思う。

 空にかかった架け橋を見て、RAYは沈黙を保っていた。表情のないメタルギアの体では、千雨にそこから感情を読み取ることはできない。だが、一つ分かることはある。

 

 同じ先を見つめ、千雨は言葉をゆっくりと言葉を紡ぎだす。

 

「……RAY」

「≪なに?≫」

「ありがとな」

 

 たった一言感謝を。

 それだけの事に、彼女の頬には新たな雨が滴り落ちる。貴女に出会う前、流した涙は数百回。もし、もしも……今のが千回目の()だったとしたなら―――

 

 詩人を思い、RAYには瞳で語りかける。

 

 ―――貴女のために、私は涙を流さない。私はようやく「千雨」と成れたのだから。

 

 ただ一つ、感謝をささげよう。

 




やっぱり少ないですかね。
それと、発作が出ましたね。シリアスになりきれない、中二病。まあ、それらがなければ書けないということもあるんですが。

では、たったこれだけの話に付き合っていただきありがとうございました。
次回の更新も頑張らせていただきます。適度な休憩をとるように(迫真)


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☮殺戮人形

ある意味一番好きなキャラ登場。



 格納庫の屋根上には、何体かの黒い球体が一心に、三本の腕で降り積もる物をどかしていた。ぼす、ぼすっ、と断続的に響く重低音が格納庫の外から聞こえてくる。しかし、どれだけ掻き落せども、一向に屋根に積もった「雪」は無くなる気配を見せない。その原因もテレビを見てみれば理解するだろう。今年の麻帆良の降雪は、今年最高を計測していたのだから。

 12月某日の現在、こういった経緯でRAYの格納庫に製造できるだけの仔月光はフル稼働しているのだった。生産ラインから作られた仔月光は、すぐさま実戦の場(そと)に駆り出され、格納庫の上に積もる雪をどかすために働かされる。

 白い世界に黒の点が動きまわる。実に圧巻な光景であることは確かだろう。

 

「≪……元々水陸両用を目指した私と違い、あなたは生身の人間。自分の体調を優先すればいいのに≫」

「うっせー。自然とここに足が向かったんだから、仕方ねーだろ……うぅ…寒かった」

 

 冷暖房完備の格納庫で一息ついているのは、左目に黒い突起のある物体を装備した千雨。温かなココアを片手に、かつての作業台で温まっていた。

 そんな彼女の様子にRAYは首を振ると、心の中で深く溜息をつく。しかし、その刹那RAYの首下で弾ける音がすると、格納庫の中には轟音が響き渡る。

 地面に伝わる衝撃と共に落ちてきたのは、RAYの首周りの装甲だった。

 

「≪そういえば、装備の点検していなかったわ≫」

「あ、危ねえなっ!」

 

 あっけらかんと告げるRAYに千雨は激しい叱責を浴びせた。

 見れば、落ちているRAYの装甲板には内側に大きなひびが入っており、近くで確認すると、浮き上がっている塩基配列を連想させる六角形が大きく崩れていた。こうして単純なセンサー類がやられていたため、RAYはそれに気づかず装甲板の異常を放っておいた結果、こうしてRAYの首を振る、などといった動作による擦り減りが重なって崩落してしまったということだろう。

 普通、センサー類がやられていては絶対に気づくと思われるのだが、ここ数カ月は戦闘も何もなかったせいで兵器形無しとなってしまっているRAYには、放っておいても問題はないだろうという判断があったために放置されていたようだ。

 

「うわっ、派手にぶっ壊れてるな。治るのかよ?」

「≪ここはもともと私の格納庫。こと私に置いての整備機材は十分にあるわ。私をもう二機程作れる材料も余っているから、問題もない≫」

「そりゃよかった」

 

 そこまで目立つ個所ではなかったのが救いだが、関節付近、しかも命令系統の集結している頭部近くの装甲が薄くなるのは人が搭乗する兵器として大きな欠点を抱えることになる。操縦者を守るにも、首だけになってはどこぞ犬神(モロ)のように這いずることさえできない。兵器(RAY)は現実であって、魔法的・神秘的要素が交わることはできないのだから。

 とにかく、修理のためここは五月蠅くなると言ってRAYは千雨を帰らせた。この格納庫は冷暖房完備で整備員や兵器の管理をするには最高の環境なのだが、実際に兵器の修理をするとなれば機械任せでも十分だからだ。

 

 出入り口の小さなドアが閉まると、RAYは早速修理用の重機に修理プログラムを打ちこんで起動させる。すると、格納庫の奥からリフトが伸び、その上に乗っていた装甲板を受け取った重機が溶接と補修を始める。たちまちに、格納庫内は金属同士が擦れ合う特有の耳障りな音が満ちる空間に変貌した。

 

(≪私も緩んでいた。守ると言っておいてこのザマ≫)

 

 そう言って、念のため全身に異常が無いかプログラムチェックを施す。

 こうして格納庫には、雪を落とす音と機械の駆動する油臭い空気がにじみ始めるのだった。

 

 

 

「しっかし、こうなると暇になるな」

 

 そうぼやく千雨も冬休み。宿題以外することもなく、その暇つぶしのためにRAYの元に訪れていたのだが、ああなってしまうと向こう二日は顔を出せなくなるだろう。実際にそんな時間はかかりそうにもないがあのRAYのこと。突発的な改造途中に出くわし、そのまま追い出されたりして下手を打ちたくはない。

 しばらくの間、近くのベンチに座って考えて込んでいたが、思い立ったように立ち上がる。

 

「あ、超のトコで視力の調整とかできねえかな」

 

 思い立ったが吉日。そう考えて千雨は超のラボへと向かう。

 前述のセリフの通り、彼女の眼鏡問題は未だに解決していなかった。最早生身のものは右目だけになったとはいえ、視力が悪いことは確か。ナノマシンでも体調管理などが限界のため、別の手段を探すしかなかった。

 視覚補正が簡易なソリッドアイの装着も人に見せるようなものではない。そのため、ほとんど人と会わない休日やRAYの元だけ、と限定されていたが、この冬休みの間になら「異常」な技術力を持つ超ならなんとかできるのではないか、と思ったが故の発想だった。

 他人任せで超常現象のような存在へ頼るのは、何となく前から持っていた価値観から反発を受けたような気がしたが、どうせなら楽したいし。とその思いを振り切って走り始めた。

 だが―――

 

「痛ぁっ!?」

「どわっ!?」

 

 すぐ後ろにいた人物にぶつかってしまう。ぶつかった反動で向こうは転んでしまったらしく、ハッと見開いた視界には小柄な人影が映った。年下相手か、と急ぎ千雨は声をかける。

 

「だ、大丈夫か?」

「貴様、誰にぶつかって……ん? 長谷川千雨か?」

「何で私の名前…って、エヴァンジェリン?」

 

 意外な人物に千雨は呆ける。

 小柄な影の持ち主はエヴァンジェリン。ぶつかった時気付いたが、こうして見れば、エヴァンジェリンという存在がどれほど幼く見えるかがはっきりする。西洋系で背丈が高いとはいえ、それは十歳児のもの。体重もそれ相応のものであり、千雨自身はほとんど衝撃を受けなかった。

 そんなことを思いながら千雨はエヴァンジェリンの手を引いて起こした。いつもの高慢ちきな表情で雪を払うと、ぶつかった千雨に早速お小言を言い始める。おそらく、クラスの中でもそれなりにエヴァンジェリンとの付き合いが長いであろう千雨はそれを適当に聞き流していたが。

 数分後、そこには息を切らしたエヴァンジェリンと疲れた表情の千雨が立っていた。

 

「くっ、長谷川千雨、聞いているのか!」

「聞いてません」

「ええーいっ!」

 

 はたから見ればものすごく微笑ましい光景だということに二人は気づいていない。そんな微妙な空気のまま、エヴァンジェリンは思い出したかのように千雨に問う。その内容はRAYの元へ行くからともに行かないか、というものだった。

 

「あ、それ無理」

「は?」

 

 それを語頭において事の起こりを千雨は話した。故に、今RAYの格納庫には行くことはできないと。エヴァンジェリンは聞き返す。

 

「なんだと?」

「そういうことで、私は超の方に向かおうと思ったんだが…」

「む、それは無理だ」

「へ?」

 

 こうして焼き直し(デジャブ)のセリフが二人の口から発せられた。

 何という偶然か。エヴァンジェリンの口から語られたのは、超のラボにはちょっとした事故で大破した茶々丸が運び込まれており、緊急修理を行っているため立ち入りは超と葉加瀬の二人以外は不可能になっているという事実だった。二人して行きたい場所に行けない、という妙な共通点が出来てしまっていた。

 話すうちに顔をひきつらせていく千雨を見て思うところがあったのか、エヴァンジェリンは おお、とポンと手を打って話し始める。

 

「長谷川千雨、それなら家に来るか? どうせ数日は暇になるのだろう?」

「まあ、RAYの修理には時間がかかりそうだしな……」

「そうと決まれば話は早い。さっさと行くぞ」

 

 そう言うと足早にエヴァンジェリンは歩きだした。どうせなら提案に乗るのもいいだろうと思った千雨はその後ろを静かについて行く。何とも異色の組み合わせだが、笑い合う二人にはそんなことは関係ないのかもしれない。

 

 

 

 促されるままにエヴァンジェリンの自宅へとやってきた千雨。しかし、碌なもてなしもないままに彼女は地下室へと案内されていた。自分も人の事は言えないので、道中にあったファンシーな趣味については触れないようにしていたが。

 ともかく、エヴァンジェリンは千雨を置いて少し待っていろ、と辺りを物色し始めた。これでもない、これでもないと探す彼女を見ている最中、千雨はどこからか声を拾う。

 

「……い、………」

「? こっちか」

 

 これといった疑問もなしにその方向へ歩いて行くと、自分には理解することはできないであろうオカルトな本に押し潰された人形が一つ。その本をどけると、人形は先ほどから聞こえていた声で千雨に向かって喋りだした。

 

「ナンダ? 新顔カヨ。オレハチャチャゼロッテンダ、チョットコッチニ寄セテ置イテクレ」

 

 愛らしい見た目にも関わらず、猟奇的な雰囲気があるのは如何なる理由か。その気味の悪さに図らずも一言も話せなかった千雨だったが、言葉に従ってその人形…もとい、チャチャゼロを手に持った。それにしても、魔法使いであるエヴァンジェリン邸にあるのだから喋る、というのは分かるが、動かないというのはどうにも不思議なものだと考える。

 後ろの方も、ちょうどよく探し物も終わったらしく、後ろに居たエヴァンジェリンが呼んでいた。そちらに向き直ると、彼女は珍しい物を見る目つきになる。

 

「チャチャゼロ? 何を遊んでいる」

「ソリャネーゼ御主人。御主人がオレヲホッポリダシタンダローガ」

「そういえば、ここに放り込んでいたんだったな…まあいい」

 

 ついでだ。それも連れてこいというと、エヴァンジェリンは近くの机に置いてあるある物の前に千雨を呼び寄せた。ドームに入ったミニチュアの前には、千雨が初めてはっきり目にした事になるであろう、幾何学的な模様が組み合わさった魔法陣が浮かんでいる。

 エヴァンジェリンはそれの前に案内すると、千雨の手を引いた。

 

「な、何だ?」

「いいから来い。私もこの中でやることがある」

「はっ? 中って―――」

 

 いいえ終える前に、千雨の視界は閃光で埋め尽くされる。ほんの一瞬の間だったが、次に目を開けた先にはリゾート地のような光景が広がっていた。

 砂浜に海に、その他もろもろの自然で開放的な空間。エヴァンジェリンには「別荘」魔法使いでは「魔法球」と呼ばれる時間圧縮隔離空間に、千雨は立っていた。

 

「ようこそ、別荘へ」

 

 自信ありげに胸を張っているエヴァンジェリンを見て、これはコイツの世界か。などとマンガにありそうな設定を思い浮かべる。一瞬、巨漢で重力に逆らった立ち方をした吸血鬼が脳裏をよぎった気がしたが、千雨はその考えを即座に振り払った。

 何故、自分は目の前の幼女と巨漢を比べてしまったのだろうか? 千雨が自己嫌悪している間に、訝しむように彼女を見ていたエヴァンジェリンが声を出す。

 

「一応、驚いたということにしておくが、何故呼ばれたのかは分かっているか?」

「分かるわけねーだろうが」

「ケケケ、新人モ御愁傷サマダナ」

 

 呆れたように返す千雨の腕から、チャチャゼロがひょいっとひとりでに動き出した。しっかりと己の足で地へ降り立つと、血も凍るような笑顔を満面に振りまく。

 

「お、お前立てたのか!?」

「向コウジャ無理ダガ、コッチナラ――」

「余計なことはいい。それより、この間の眼帯をつけろ。持ってきているのだろう?」

「…まあ、あるけど」

 

 ここまで連れてきて一体何をするつもりなんだ。と千雨は渋々言葉に従って懐からソリッドアイを取り出した。眼鏡をはずし、スイッチを入れると神経が繋がった痛みが走って左の視界が復活する。そのウィンドウには、周囲の情報が簡潔に浮かび上がってきた。

 反対に、右の眼はある程度離れたところになると視界がぼやける。

 

「時に、何故貴様は超の元へ行こうと思った?」

「いやまあ…右目は視力悪いから直してもらおうかと思ったんだが。それより、そっちは何で私を呼んだんだ?」

「なに、魔法を見せてやろうと思ってな。どうせ魔法に対する防衛対策などして居らんのだろう?」

 

 図星を突かれ、同時に何を言っているんだと千雨は口元を引き攣らせる。対策はいつもRAYや今でも近くに居るだろうMk.Ⅱがいれば十分だろうし、いざという時のために仔月光も複数体は麻帆良のそこかしこに潜んで隠れている。Mk.Ⅱに至っては、おそらくエヴァンジェリンも気づいていないのだから大丈夫の筈だ。

 そう考えていたのがお見通しだったのか、エヴァンジェリンの視線は冷たい物になっていた。

 

「魔法とは恐ろしいものだ。それくらい、貴様でも知っているだろう?」

「まあ…」

「だから、広範囲殲滅魔法というものを見せてやろうというのだ。貴様がいくら準備しようと、魔力を活用できない一般人では対処できない物をな」

 

 ただの暇つぶし程度だが、貴様には十分易になるだろう? と言い放つ態度は不遜そのもの。だが、魔法をよく知らない千雨にとってはいい機会だった。

 Mk.Ⅱはカメラで見たことをLIVE中継でRAYの元へ送っているだろうし、それなら対策も立てやすくはなると思って千雨は快諾の意を表す。それにますます機嫌を良くしたのか、エヴァンジェリンの魔王のような笑い声がリゾートに響いた。

 

「アーア、アンマリ御主人オダテルナヨ。後ガ面倒ダカラナ」

 

 その横にはうんざりした表情の人形が一体。表情豊かなそれは人間のようだったが、やはり手足に見受けられる継ぎ目などは人形そのもの。それらは人間との違いを明白に理解させるために見せつけている。

 そんな、どこまでも人形なチャチャゼロは、自分の主人(マスター)の子供らしい性格を重々承知の上で千雨にそう言ったのだった。もちろん千雨もそんなことは承知の上。小さくチャチャゼロに頷き返した。

 

「ふむ……」

 

 そんなやり取りを見て、エヴァンジェリンは珍しいものだと鼻を鳴らす。

 チャチャゼロは彼女と数百年前からの付き合いがある「殺戮人形」。ひとたび刃物を持たせてやれば、並みの魔法使いでは束になっても敵わない恐ろしい人形になり果てる。しかし、エヴァンジェリンの力が封印されてから15年間、魔力を注がなければただの人形と成り果てていたチャチャゼロにも、こうした初対面の人間と会えば何か心変りがあったのかもしれない。

 ここ日本には「付喪神」という「物が自我を持った妖怪」になる種族が確認されている。チャチャゼロはエヴァンジェリン自身が作ったものだが、意思を持った物という点では人形として自分の手を離れているのかもしれないな、と人形遣い(ドールマスター)の肩書を皮肉って笑った。

 

「さて、長谷川千雨。チャチャゼロを盾にでも何でもして見ているがいい」

「ケケケ、ソリャネーゼ、御主人」

 

 軽口を叩き合う姿は数百年の付き合いだからこそ。

 こりゃ完全に外野だな、と千雨は肩をすくめていた。

 

 

 

「≪誰ッ!≫」

 

 装甲の改修が終わっていないまま、RAYは格納庫内に突如現れた人影に攻撃態勢をとる。その人影はある程度辺りを見回した後、RAYの試作型特有ツインアイと目線を合わせた。

 視線に籠められた意味は――闘気。

 

「巨大兵器…メタルギア―――か? “形”が随分変わったものだ…」

 

 RAYを見つめ、驚いた表情で「刀」を構えるその人影。上段に刃を向け、強化された筋肉をギチギチと唸らせる。この人影もまた、戦う準備を整えたようだ。

 

「≪あなたが思っているようなものではないのは確か。何の目的で忍び込んだ?≫」

「喋るのか? 生体反応も無い……」

 

 どうやら相手方は此方(RAY)の事を知らないらしい。だが、僅かな時間で生体反応の感知を行ったこと。そして―――身体を覆う「強化外骨格」。その姿と、血の匂いにまみれた歴戦の雰囲気と重なる様は正に「戦う者」。

 先ほどから構えられている刃からは高温の熱が発せられ、周囲の空気に乱れが生じている。つまり、高速振動している刀……「高周波ブレード」とでも言うべきだろう。それを刀という点に技術を転じ、なおかつメタルギアという名称を知っている敵。RAYの装甲は完全ではないため、その点を狙われればその刀で切り落とされる可能性もある。

 

「≪私はメタルギア。でも、あなたの敵になりうる要素は無い。それは証明できる≫」

「敵ではない…? 戦いすらも取り上げられるか」

 

 

 話の分かる相手だったのか、要らぬ戦いは避ける相手だったのか。疑問を胸に抱く間に、RAYの眼前で構えていた人影は刀を何処かへ仕舞う。RAYもまた、辺りに配備している銃を向けさせていた仔月光を雪かき作業に戻らせた。

 再び、格納庫には作業の音が鳴り響く。RAYは目の前の男へ、仰々しくも喜ばしいように首を下げる仕草をする。

 

「≪私はメタルギアRAY。ひとまずは、“ようこそ異世界へ”とでも言いましょうか≫」

「異世界か。信じられんが…これは俺に生きろという啓示か?」

 

 人影はバイザーを解く。自嘲するように笑った彼に、RAYは静かに問いかけた。

 

「≪同郷の士。名を≫」

RAY(0)と言ったか。……俺は―――」

 

 ―――グレイ・フォックス。かつては同じヌル(0)だった者だ。

 

 戦場のマリオネットとして扱われ、それでも己の意志(SENSE)を貫いた男。

 サイボーグ忍者、麻帆良へ降り立つ。

 




高周波ブレード……最初見たとき、サイボーグ忍者のどこに仕舞ってるんだと全員で首をひねった覚えがあります。
とはいえ、また扱いの難しいキャラクターに手を出してしまいました。

グレイ・フォックス、好きな方は居るんですかね? 塩沢さーーーーん!!


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☮狐軍奮闘

狐の一生涯は波乱万丈。


―――中東では狐の代わりにジャッカルを狩る。FOXHOUNDならぬロイヤルハリヒア…

―――愚かな男だ。死を懇願した時勝敗は決まる

 

―――フォックス!!!

―――スネーク…さらばだ

 

 グレイ・フォックス。

 

 かつての若かりし蛇と闘い、始まりの地「シャドーモセス島」ではアメリカで有名な「ディープ・スロート」という過去の情報提供者を名乗った陰の功労者である。その散り様はこのRAYにも登場していた蛇、「リキッド」の駆るREXを打ち倒すきっかけとなり、スネークに最後を伝えて圧死した。

 シャドーモセス以前、死の淵から生還させられ、闘いを取り上げられて六年を「無意味な生」として生きていた。その後スネークを追い、ようやく闘いを手にした彼の戦闘装束は「強化外骨格」。アームズ・テック社の実験材料とされたことで手に入れた力だったが、彼の基本である「格闘」を十全に発揮し、スネークと満足に渡り合うことができた。

 彼の基本戦闘は近距離での高周波ブレードと格闘術によるショートレンジ。だが時によってはチャージングが可能なレールガンのような機銃で大型兵器に損傷を与えるなど、事実オールマイティな戦闘能力を有している。

 

 ここまで聞くならば戦闘超人ということも出来るが、彼には重大な欠点があった。

 それは彼がジーンセラピー(遺伝子治療)の実験体となったこと。そのせいで薬漬にされ、彼自身の人格が非常に不安定であることだ。頭を打ち付けるなどの自傷行為で元の人格を保とうとする時もあれば、その戦闘力を余すことなく発揮し、見境なく周囲を破壊して回るということもある。

 

「だから俺はいつまでもここに居るわけにはいかないんだ。元より死の囚人、俺に必要なのは闘いだけ。お前の言う千雨とやらを傷つけるだけだ」

 

 申し訳なさそうに、そしてどうしようもないと首を振ると、彼はそう締めくくった。

 更には、今度はいつ「波」が襲ってくるかもわからない、と。

 

 そう言ってたたずむ彼に、RAYは一考する。彼が死んだのは発展したナノマシン技術が普及していない頃。2010年以降ならSOP基盤も出来ているほどにナノマシンの技術も格段に上昇しており、「感情の抑制」による精神制御も可能だったであろうが、今の彼はそれを知る由もない。それどころか、たった4年であろうと過去に来たという点でも驚いているだろう。

 ナノマシン。RAY自身に搭載されているのは、敵兵がナノマシン注射を行っていたことが前提の戦略兵器だったが、其れ単体でもある程度の効果があることは千雨で実証済みだ。言い方が悪かったが、実際にそういった実験のような形になっていることは否めないだろう。実際、千雨にこう言った時は仕方ない、の一言で済まされていたのだが。

 

 話を戻そう。

 とにかくにも、ナノマシンを打ちこむことで、ある程度の戦闘能力の上昇。体内管理のサポート。情報共有による作戦実行の成功率が上がる。それだけは、どの戦闘区域でも実証されてきた事実。そうしてRAYはナノマシンの提案をフォックスに持ちかけていた。

 

「成程。それなら俺は俺になるだろうが、雇う利点はあるのか? 俺自身の死に場所はどうなる?」

「≪あなたには闘いの最前線に出て貰う。これも、良い時期なのかもしれない。学園側との交流を持つために≫」

「……最前線、か。―――どういう意味だ?」

 

 麻帆良の地。そこに存在する「裏事情」について、RAYは順を追って話し始めた。

 魔法というファンタジーが現実となって存在すること。この地には狙われるだけの要素が多々存在し、それを退けるために魔法を扱う者が迎撃に出ていること。

 そして――グレイ・フォックスを通じ、学園側とのラインを作ることがたった今思いついた策だということを。

 すべてを聞いた後に、フォックスは目を閉じた。思い返すのは闘いの日々。闘いを取り上げられた、実験体としての毎日。網膜にRAYの姿が映し出される頃には、彼の心は決まっていた。

 

「いいだろう。この地で永住の契約を呑む…それも悪くない」

 

 やはり、己は闘いにのみ生きる意味を見出すことしかできない。フォックスは、ビッグボスに届くことが無くなったこの世界でも、己は闘いの中に生きようと決意する。そして何よりも……「魔法」という未知の存在に己の力を試してみたい。

 よくいえば、生粋の戦人。悪く言えば戦闘狂の思考であることは、彼も自覚していた。だが、それゆえにその選択肢をとったフォックスにRAYは笑いかける。

 

「≪それでこそ、FOXの称号を持つ男。……では、首を≫」

 

 彼には、それが契約のサイン代わりだと。言葉にせずとも理解は出来ていた。強化外骨格のバイザーを広げ、ほとんど一体化しているようにも見えたメットを外す。露わになった首筋には、RAYのコクピットから伸びている一本の注射器が突き刺さった。

 

「ッ」

 

 ずるずる、とナノマシンが入ってくる感覚がフォックスを襲う。異物が入る感覚は、クラーク博士の実験台にされていたころを彷彿とさせる。そして、その記憶がまた、己の精神を蝕み喰らう。そのままいつものように視界が赤く染まり―――

 

「………成程」

 

 急速に体の熱が引いて行く。どうしようもなかった破壊衝動、殺人衝動、自傷衝動。それら全てが、己の手の内に有るかのごとく頭の中が澄み渡って行った。血がこびり付いた思考回路がナノマシンという掃除機(クリーナー)で洗浄され、荒れ狂う海面が穏やかな水面へと移り変わる過程を、己の脳内で経験する。

 何もかもが己の思うがまま。(フォックス)は実に6年ぶりに、己の体を取り返すことが出来たのだ。

 

「凄まじい物だな。これを、作った奴は」

 

 再びヘルメットを着用し、確認するように握りこぶしを作る。ナノマシンという檻の中で抑圧された解放。籠の中の鳥であることは否めないが、これまでと同じ事だ。フォックスにはそれで十分だった。

 そして、ずっと沈黙していたRAYが思考(データ)の海から帰還すると、彼の質問に答えるため、外部スピーカーを声の波長に揺らした。

 

「≪たった今、あなたの正体が分かった。そして、これも天啓というものなのだろうか≫」

「?」

「≪そのナノマシン技術の第一人者に、“ナオミ・ハンター”という名前が記されている。聞き覚えはあるでしょう?≫」

 

 息をのむ音。その出所は当然、グレイ・フォックスだった。

 

「≪彼女がナノマシン技術へ本格的に取り組みだしたのはあなたが“本当に”死んだ後。そして、全世界の兵士にナノマシンは普及し、戦争経済へと移行した。

 その中で使われていた技術が“感情の制御”。元々が人を殺すことへの嫌悪感、戦場の恐怖を押さえつけるためのものだったのだけれど……私の物は劣化しているとはいえ、このような形で“兄”に再会するとはね≫」

「ナオミが……この、ナノマシンを………」

 

 彼は胸のあたりに手を当てる。体に打ち込まれたナノマシン、体内を巡る分子サイズの群体にほのかな温かみを感じた。それが、ナオミの物であるか、ナノマシンによる身体制御の発熱によるものかは、判断のしようがなかったが。

 

 閃光が坐する格納庫には、鉄の擦れる音が鳴り響く。

 それが無機物の音であったか、人間の叫びであったかは―――知る人ぞ知ることだ。

 

 

 

 

 氷結した氷の世界。白に染まった世界の中、その惨状を作りだした生命体が上機嫌な声を響かせる。氷山の登頂にて山彦が響くと同じく、その氷結世界には彼女の鈴のような声が鳴り響いた。

 その光景を圧巻と見つめるは力を持たぬ一人の少女。「非常識」と確立される力によって引き起こされた眼前の光景に、もし自分があの中に居たら…と最悪のイメージを思い描く。高らかに笑う少女に対して、殺戮人形はふわりと、一歩歩み出た。

 

「御主人、ソレクライニシネートコイツガ放置ニナッテルゼ」

「む、久しぶりの大魔法だったのでどうにも気が昂ぶっていたか。…さて、長谷川千雨、“これ”をどう避けるつもりだ?」

 

 悪魔の頬笑みとはこのことか。

 吊りあがった笑みは千雨の恐怖心をあおり、より一層、先の惨状を引き起こした人物がエヴァンジェリンだということを思い知らされる。これまでの半年。自分がいかほどにエヴァンジェリンという存在そのものを過小評価していたかを千雨は思い知った。

 知らずに下唇を噛みしめ、彼女から噴き出る圧力につぶされそうになるのをこらえる体制になっていた。頭とは違い、体は抵抗するつもりがある。ナノマシンによる恐怖の抑制は、体にだけ適用されていると? …とんだ、お笑い草だ。

 

「避けようが、ねえだろうが…!」

 

 絞り出したのはそれだけ。「絶対」を冠する力の差を前に、彼女の言葉は少なかった。対し、満足そうに頷いたのはエヴァンジェリン。己が絶対強者であるというのに、その千雨を見る目は自分自身が味わったと言わんばかりの懐かしみの眼差し。そこに秘められた思いに気づいたと同時、千雨の震えも止まっていた。

 彼女もまた、理不尽の前に屈服させられたことのある同士なのだと。

 

 恐怖は薄れる。次第に、捕食者を見る目は(しるべ)を見るかのごとく、自分がエヴァンジェリンをそう認識して行くのが分かった。まるで、操られたような錯覚。それもまた、己の意志であるということに気づき、今度こそ、千雨はエヴァンジェリンと対等になる。

 

「気づいたようだな。圧倒的な力の差。其れから逃れるためには、一度はその恐怖を味わい、そのうえで己に出来ることを探すのが良い。

 まあ、人生なぞ経験と積み重ねでしかないのだからな」

「御主人ハ失敗バッカダケドナ、ケケッ」

 

 受け取れ。そう言って足元の殺戮人形を小突くと、エヴァンジェリンは千雨に何かを放り投げる。絶妙なコントロールで手に収まったそれの、予想外の重さに千雨は落としかけるが、しっかりとその手に収まった代物を見た。

 

「これって……」

「どうせ何時か必要になると思ってな。貴様の訓練専用に改造しておいた。弾は周囲の魔力素をかき集める仕組みにしてある。すなわち、リロードは不要だ」

 

 リロードいらずのハンドガン。その正体は、以前にエヴァンジェリンがRAYのところから拝借したオペレーターだった。

 拳銃そのものの重さは変わらないが、弾が入ってない分だけは軽い。ふと気になってマガジンを取り出してみれば、空の弾層には何やら奇怪な模様が描かれていた。いわゆる魔法陣という奴なのだろうと千雨は納得し、再びマガジンを入れ直す。ガチッ、と嵌った音を聞いて顔を上げると、エヴァンジェリンが待っていた。

 

「では、一つ質問だ。確か“それ”は超のところで最終調整を行ったと言ったな?」

「ああ。おかげでどうしてか機能が通常使用できるように……」

「先ほどの大魔法。放つ直前に何か情報表示が出ていなかったか?」

「? ちょっと待ってろ。今は……あ」

「やはり、あったようだな。“魔力の情報”が」

 

 今の千雨のソリッドアイ。其れに表示されている情報をよく見てみると、凍った一面の周囲には「remained_MP_16%」の表記。直訳すれば「残留魔力16%」である。

 これの意味するところは、つまり魔力集約の濃度を測ることが出来るということ。魔法使いが呪文を唱えている間にこの数値は上昇し、ある程度の数値で止まればその数値通りの威力の魔法が来る、ということだろう。

 ちなみに、今の彼女らが知るところではないが、先ほどのエヴァンジェリンが放った大魔法「えいえんのひょうが(ハイオーニエ・クリュスタレ)」の発生時にはエヴァンジェリン周囲の魔力素濃度が89%、効果範囲には64%を示していた。大魔法でもこれほどであったのに、100%は一体どれほどになるのか。

 

「超の奴、やはり知った上か」

「私のとる行動を予測して、こんな機能が拡張されてたってことか?」

「全てを見通す、に近いかもしれん。……まあ、それはいい」

 

 これで分かっただろう? 一息間をおくと、エヴァンジェリンはまっすぐに千雨を見据える。

 

「貴様は魔法の発動前に、その内容を知らずとも“それ”でおおよその効果範囲をしることが出来る。常に起動させて入れば、事情を知らん相手には未来予知の類に見えるだろう。そうなれば、相手には必ず焦りが生じる」

「例え詳細を知られても、魔法じゃないから当てない限りは同じまま……ってことか」

「そうだ。その時の焦りに、お前はつけ込むなり、あの機械人形(RAY)を呼ぶなりしてその場を脱すればいい。幸いにもお前自身の身体能力は叩けば光りそうだからな」

「ふ~ん。……えっ」

 

 叩けば光る。その意味を理解した千雨は、迷わず自分が入ってきた方向に足を向ける。しかし無情かな。エヴァンジェリンの開放された身体能力がそれを阻害した。

 

「は、放せっ! 私はそんな動くなんて嫌だ!!」

「ええいっ、大人しくせんか! せっかくの同類に指導をしてやろうというのだぞ!」

「問答無用かよ!」

「強制連行だ!!」

 

 先ほどまでの空気はどこに行ったのやら。

 魔法で凍らせた地域を解除すると、エヴァンジェリンは千雨をひっつかんでトレーニングのプランを立て始めた。時折彼女の口から洩れる思考に、千雨の顔は真っ青になる。それほどのトレーニングメニューなのかどうかは知る由もないが、それを見つめていた殺戮人形、チャチャゼロは大きく溜息をついた。

 砂浜を見つめ、一人ぽつんと取り残される。

 

「アーア、アイツモ無茶シヤガッテ……」

 

 そんな言葉とは裏腹に彼女の顔はエヴァンジェリンよりも深い笑みを浮かべていたが。

 ケケケケケ……

 

 

 

 

「≪作戦概要を説明する。こちらからのモニタリングで今夜の麻帆良襲撃予想地区へ武力介入を図った後、麻帆良側の魔法使い、及びに協力者への支援を開始。相手となる東洋呪術士はこれまでの経緯・情報より、“召喚術”による物量作戦を好む模様。

 鬼や烏天狗といった東洋の異形が多数出現すると予測されるので、それらの討伐をしながら術者の捕縛を決行すること。戦闘終了後はこちらからの武力支援を行う機会を作る旨を伝えること。麻帆良協力者はナノマシン媒介で顔写真と音声データを送るので本ブリーフィング終了時に確認するように。

 ―――以下、質問は?≫」

「敵方の術者は何故生かす?」

「≪麻帆良側にはまだ年齢の幼い生徒も駆り出されている。その目の前で相手を殺してしまっては、此方側の印象が落ちる可能性がある。そのために術者は気絶か昏睡で捕縛。それ以外の東洋の異形に関しては、死ぬという概念は“還る”になるようなので、加減はいらないわ≫」

 

 他に質問が無ければ、武力介入後のシュミレーションをして置く様に。

 闘いばかりのグレイ・フォックスにそれは少し酷な気もしたが、数秒の間をおいた後に彼は「了解」と返した。闘いを前に気が荒ぶっているのか、昂ぶっているのか。其れは定かではないが、アドレナリンの分泌量が上がってきている。士気を高めるに越したことは無いのでそれでいいのだが、余りに過ぎると会話が「肉体言語」になりそうなので、RAYは呆れながらフォックスの脳内麻薬の調整を開始するのであった。

 

 反面、フォックスの体内はともかく、彼自身は透き通るような思考を行っていた。

 それは、このまったく違う世界に来た事に対してである。自分自身でも、有り得ないが連続する生涯だったと自覚しているが、まさか死後にまで…あまつさえ、敵対していたメタルギアに雇用される運命を辿るとは思いもしなかった。あの時切り落とされた腕と、潰れた目。失った筈の高周波ブレードと強化外骨格の胴回り。

 メタルギアに破壊された己の武装、己の体、己の魂。それら全てが再び手中に収まっているという奇跡が起きているのだ。流石のグレイ・フォックスといえど、その動揺を覚えずにはいられなかった。

 

(だが……)

 

 ナオミ。

 たった一人の妹になった存在。元の世界では両者ともに死してなお、こちらで全てが繋がっていると言わんばかりの精神安定(ナノマシン治療)。これほどの偶然に、閉じたバイザーの中でフォックスは涙を流していた。そして、気づく。

 自分が涙を流せるものなのか、と。

 

 改造(サイボーグ)人間となった体に、元の体であった部分は少ない。だが、それでも涙線というものが存在することに、フォックスは感動していた。感動し、それすらも忘れていた感情だったということに涙する。

 

 決行の時はこれより3時間後。無くした物を取り戻してくれたRAYに感謝をささげるために、己の戦闘欲を満たすために、彼はひたすらに己を研磨する。送られてきた麻帆良側の戦闘者の情報。それらを頭の中で統合し、ファーストコンタクトを成功させるためのシュミレーションを開始したのであった。

 




次回、大、戦闘、祭り!

兵器なのにRAYが動かないのはデフォルトとして、フォックスと千雨の雄姿をご覧ください!


「貴様は―――? ッ、敵か!?」
「なに……君たちのファンの一人だよ。サムライガール」
「何をふざけたことを!」


「おいおい、私はどんだけ巻き込まれやすいんだっての」
「私もそばにいる。貴様は逃げていればよいではないか」
「それが! 面倒だって言ってるだろ!」


乞うご期待!!(笑)


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☮天翔けて切り、風裂いて撃つ

戦いの理由など、「誰か」が与えたものでしかない。
ならば……

―――その「誰か」に、己がなればいい。


『8時になりました。これより学園内は停電となります。学園生徒の皆さんは――』

「フン、そう言えば今日だったか」

「おいおい、忘れてたのかよ……」

「魔法球の中は流れる時間が違う。時差ボケ位は見逃せ、長谷川千雨」

 

 彼女らが魔法球の中に入ってから7時間。その実、魔法球の中では一週間もの時間が流れていた。千雨はいつも通りの左目にソリッドアイを装着し、エヴァンジェリンは闇の中で異様に光る両目で空の向こうを見据える。

 瞬く星光を見つめていると、エヴァンジェリンはハッとある事に気づく。

 

「そう言えば、家の辺りが担当だったな」

「……え?」

 

 七日間の共同生活は、千雨に如何なる直感を与えもうたか。その一言だけで厄介事の匂いをかぎ取った彼女は片手をあげると、じゃ。の一言と共に走り出した。しかし、ああ無情。背後から伸びてきたエヴァンジェリンの糸に捕まえられてしまう。姿はさながらマリオネットのようだった。

 

「放せ! 私は家に戻るんだ!!」

「今から戻っても、術者か妖怪に襲われるのが関の山だろうな。麻帆良大停電の時は全システムが一時的にダウンするため、情報や人材や実験台の確保に乗り出そうと企む阿呆が数覆う押し寄せるチャンスでもある」

「………って、事は」

「良かったな。悪ければそこで死亡、良くても実験体行きの運命から逃れられたぞ? この私のおかげでな」

 

 ハーッハッハ、と上機嫌な声が夜空に響く。

 

「おいおい…私はどんだけ巻き込まれやすいんだっての」

「私もそばにいるんだ。貴様は逃げていればよいではないか」

「それが! 面倒だって言ってるんだよ!」

 

 ありえねー! という千雨の心の叫びを無視して、エヴァンジェリンは周囲の森上空まで浮かび上がった。糸に絡め取られていた千雨はその際に解放されたが、エヴァンジェリンが一人離れて行く様子を見て焦りだす。守ってくれるんじゃないのか、と。

 

「あくまで担当地区は“この辺り”、といっただろう。貴様は家で大人しくしていて構わん。元よりそれほど鬼畜でもないのは分かっているだろう?」

「そうだけど……ああ、まあいいや。じゃ、お前の家に邪魔してるぞ」

「ゆっくりくつろいでいるがいい。帰った時には武勇伝でも聞かせてやろう」

「はいはい」

 

 軽く返事を返すと、ぶつくさと小言を言いながら千雨はエヴァンジェリン宅へその身を隠した。扉が閉まることを確認すると、エヴァンジェリンは小さく息を吐く。巻き込まれようが関係ない、という信条も持ち合わせていたが、今の千雨は彼女にとって教導途中の未熟な果実。その志半ばで死なせるようなことがあればRAYも黙ってはいないし、エヴァンジェリン自身も納得しない。

 何より、あの家自体が安全だということはこの「真祖の吸血鬼」の名に掛けて保証できる。いくらかの魔法薬分はチャチャゼロに魔力を与えておいた事もあり、いざとなればチャチャゼロがなんとかするだろう。

 そして、何よりも今宵は―――

 

「満月か。長く、熱い夜になりそうだ」

 

 この際季節は関係ない。ただそこにあるのは、一匹の餓えた人外のみ。

 

 

 

「予定時刻まで半刻か。あからさまな敵方の動きも見えないところを見るに、奴の予想通りとはな……」

 

 その声を発する者がいるのは、麻帆良中学校の校舎屋上。バレー競技などで使うコートの横にある更に上。青地の全身スーツに関節部位の金の装甲。闇夜に無気味に光るモノアイを携えたサイボーグ忍者。

 普通ならばすぐにでも見つかって大騒ぎになるであろう彼は、自前の…いや、「内蔵された」ステルス迷彩を使用してその姿を周囲と同化させていた。どの方向から見ようともステルス迷彩の性能は凄まじく、頭部のカメラ光点だけが移動する透明な恐怖を演出することは約束されるだろう。実際それも関わっていたかは知らないが、戦場の空気に恐怖して漏らしていたオタクも存在する。

 

 彼の性能、元の世界の話はここまでにしておこう。

 今回、グレイ・フォックスに与えられた任務をおさらいしておく。

 その内容は、麻帆良にRAY側からの戦力提供。要はフォックスを戦力として加えてやって欲しいと言うだけの内容だ。その真意には、此方からの危害を加えることが無いが、いざという時には彼ほどの実力者が敵に回ることになる、と「抑止」の役割を持たせたと同義である。フォックス自身も気心の知れた(?)同じ世界の物に属することを決定しており、そこに魔法使いたちがフォックスに取り入る隙もない。ほぼRAYだけが得をする内容だが、彼公認の両人一致の意見である。

 麻帆良とRAY側の「緩衝材」であり、「抑止力」。グレイ・フォックスという駒に与えられた役割はこの二つだった。

 

「……ふん」

 

 ふと、フォックスが予定地に異常を感じた。作戦開始まで残り10分を切ったところである。レーダーをその方向に向ければ、生命体としてはあり得ない「アンノウン」の反応がちらほらと。そこから漂う空気も、まさしく初々しい戦場の匂い。

 

 ―――懐かしい。

 

 彼が最後に味わった多人数戦は一方的な虐殺による戦場。フォックスの一人勝ちであるというもの。己自身「狩人(イェーガー)」であった頃より無双の如く振舞っていたが、このサイボーグ体となってからは暴走、精神異常を味わってばかりで戦いそのものの充足を満足に得られなかった。しかし、相手は人外。相手は多数。相手は未知。

 人間では得られない、容赦のなさがあるのだろう。人間には居ない、死を恐れず向かってくる相手なのだろう。己がサイボーグとなってなお、それでも人間だからこそ、記憶が戦が闘いが己が。――生の充足を忘れることなどない。

 

「3」

 

 カウントに入る。ステルス迷彩はそのままに、高熱で相手を「溶断」する高周波ブレードを手に。

 

「2」

 

 バイザーが閉まっていることを確認し、アンノウンの集団にロックオン。反応をレーダーへと反映し、光点は背後の敵をも映し出すように。

 

「1」

 

 闘いはすぐそこだ。

 

「はぁっ!」

 

 一匹の狐が、歓喜する。

 

 

 

 

「龍宮、見えるか?」

「視界は良好。されど術者は中々……見つからないね」

「そう、かっ!」

 

 日本刀にしてはあまりに大きい刃「夕凪」という刀を持つ少女が振り向きざま、掛け声とともに一体の異形を薙ぎ払った。発光する刃に纏いつく不思議な力は、余波で周囲の敵にも衝撃波を加える。全体が一斉に足を止めたところで、龍宮と呼ばれた女がハンドガンを発砲。タン、タン、タン、とリズミカルな音階を奏でた弾丸はすくんでいる異形の頭部へ命中。黄泉へとその身を還すこととなった。

 されど、その数はまだまだ……彼女らを取り囲むほど、大勢存在している。

 

「毎度ながら、停電の時は厳しいね。刹那」

「だが、命に変えてもお嬢様をお守りするのが私の役割だ。この麻帆良も傷つけさせはしない」

「ふっ、それだけ大口叩けるなら安心だね」

 

 言いながらも、少女たちは口調に違わぬ最小限の動きで異形共を仕留めて行く。その化け物たちの中には毎度毎度呼ばれている輩もいるのか、あの時の再手合わせだ。などと言って突っ込んでくるものも存在していた。

 そもそも、ここに呼ばれている異形たちは己自身がここを襲おうと思っているわけではない。彼らを召喚した術者「陰陽師」たちが使役するために呼びだした簡単な黄泉の戦力なのだ。故に、倒されても黄泉に還るだけであって死を恐れる者は一体として存在しない。倒されても安心、という考えを持っていない異形が居ないとは言わないが、それでも全ての異形はそれぞれが本気で二人の少女に切りかかっていた。

 

 ―――しかし、強い。

 異形には日本古来に伝わるポピュラーな妖怪「鬼」「天狗」「狐狸」。ある者は棍棒を振りかざし、ある者は風や炎を操り、またある者は空からの奇襲を仕掛けるのだが、それらは一切この二人に通用していなかった。麻帆良が狙われるなど日常茶飯事。闘いに次ぐ闘いの末に、彼女たちの戦闘能力は否応なしに高められる。加えて似たような妖怪ばかりが攻めてくるのだ。対処法など、熟知していて当然と言えよう。

 

「龍宮」

「はいはい」

「斬空閃!」

 

 掛け声一つ。龍宮は遠くの術型の眉間を打ち抜き、刹那は己の技を叫ぶ。密集していた敵の群に曲線の斬撃が飛び、胴から上を切り落とす。だが血は出ない。消された異形は(うつつ)を離れた仮初の幻想へと変換されるだけだ。地に足をつけると同時、刃を振りぬけば、拳を振りかぶった鬼を消滅させる。

 

「なるほどなぁ……嬢ちゃんらも流石や。もうこんだけしかおらん」

 

 声の先には、先ほど相手していた鬼よりも巨大な5体。強さに対する呆れと、其れに挑む己の楽しみと、そんな感情をおり混ぜてかけた声だった。残り五体、呆気ないほど少ないな。と二人は湧いた疑問を放って臨戦態勢をとる。一触即発の空気が流れる。

 

 雪が踏みしめられ、吹雪く風が新たな降雪を地球へ課す。刹那と龍宮、視線の交差は一瞬にして―――

 

「この程度か」

 

 第三者の声に遮られる。

 全員が振り向いた先に居たのは、「透明な何か」が顔の辺りで赤い光点を放ち、陰陽師風の男を肩に突き刺した何かで持っている姿。雪がその場所にだけ積もり、その途端に消えて行くという有り得ない現象。そこに何かが居るという証明。

 少女は問う。

 

「貴様は――――ッ、敵か!?」

 

 その透明な何かに研ぎ澄ました殺気を向ける。それは、殺気に反応するように気絶した男を足元に放り捨てた。放られた男が新雪にぶつかり、舞った雪が透明の人型を描き出す。そして、その何もない場所には青と金の「人形《ヒトカタ》」が姿を現し、言った。

 

「なに……君たちのファンの一人だよ。サムライガール」

「何をふざけたことを!」

「落ち着け、刹那」

 

 がっつく様な刹那を龍宮が制す。男の声をした人形は、いい状況判断(センス)だ、と龍宮をほめた。再び緊迫した空気が流れ、場が無言無音の境地に染まる。その静寂を、鬼の一人が打ち破る。その視線は人形の足元にある男に向けられえていた。

 

「ほう、ウチの召喚主がやられたんか。どーりでこんだけしかおらん筈や」

「やはりそうか。他愛もない」

「はっ、後ろでちまちまやっとる奴なんてそんなもんや」

「同感だ。……ああ、二人はそこで見ているがいい!」

 

 未だ男へと構える刹那を無視し、男―――グレイ・フォックスは刀を構える。その切っ先は五体の異形へ向けられていた。最早、この先に言葉は不要。闘いに縛られた修羅がフォックスの中で目覚めようとしていた。

 

 先手はフォックス。一度の跳躍で近くの木へ飛び移り、異形に間合いを整えさせることなく肉薄する。そして、一閃。微振動と高熱を放った刃は進路上に浮く雪を溶かしながら鬼の腹部へ到達する。ジュッ、と焼けた音が響く瞬間、一体目の胴体は既に下半身と泣き別たれていた。

 続く二体目。いつの間にか挟まれた形になっていたフォックスは挟撃をその場で受けることとなるが、一瞬の間を突いて狡猾な狐の如く挟まれた攻撃(捕獲トラップ)から逃げおおせることに成功、ブレイクダンスの要領でいったん地に沈み、片腕の筋力で跳躍体制へ移行する。己へ攻撃を加えようとしたうち、片方の鬼へ標的をつけると刀を左手へ持ち替え、跳躍する間に右腕をガンの形へ変えて発砲。チャージの時間はほんの一瞬だったが、標的の鬼は心臓に風穴を開けて消滅した。

 

「まるで忍者やなぁっ!!」

 

 フォックスが跳躍し、空中に居る間に残った一方が振り払った棍棒を直角に上方向へ振り上げ、追撃を行う。フォックスのメットの光点が鬼の方をぐるりと向き、空中で彼は刀を一度地面に叩きつける。瞬間的に微振動の波長に合わせたことで、衝撃がフォックスに帰ってくる。それで空中の移動方向の変更に成功。再び空ぶった鬼へその勢いのまま高周波ブレードを振りかぶった。残るは二体のみであり、それらも中々に強力なものと見える。が、しかし。

 

「なんて無茶苦茶な動き……本当に忍者でもないだろうに」

「こっちはもう終わったよ」

 

 闘っている間、実に4秒。それだけの間に二人も残りの鬼にとどめを刺していたらしく、残りの鬼も消滅していた。フォックスはガンと刀を仕舞うと、落下そのままに着地。二人の声がした方にその単眼を向けた。

 当然ながらその先の二人は、刀を構え、銃を構えて待っている。助力をしたには違いないが、彼女らにとって未知の存在であることは間違いない。ましてや乱戦中の現在の麻帆良には、フォックスのように漁夫の利で抜け駆けを行う外部の物も訪れているのだから。

 

「貴様は何者だ?」

「お前たちに助力する者。閃光(RAY)の使い、になるか」

「…レイ? そこの陰陽師も気絶しているだけのようだし、そのレイって奴がお前を通して麻帆良と接点を持ちたい、って言いたいのかい?」

「理解が早くて助かる」

「そのような戯言ッ――――!?」

 

 刹那が叫ぶと、フォックスはメットに収められた素顔を外気に晒していた。刹那が声を詰まらせた原因はその茶色の瞳。秘められていたのは、どこか荒みきった瞳の色の中に確実に存在していた闘う者としての光。何より、彼女らに対する心づもりなど無い、と視線で物語っていたことだろう。

 たじろいだ刹那は、数秒ほどその目を見つめてゆっくりと刀を下ろした。刃を鞘に納めると、今度は武器を持たずにフォックスと向かい合う。

 

「本当か」

「偽りなどない」

 

 迫真に問う刹那に、言葉少なく正面から答えを返す。また沈黙の時が続いていたが、やがて龍宮がその場へ一筋の光明を落とした。彼女は刹那を下がらせるようにジェスチャーし、フォックスの前に歩み出る。

 

「刹那、後は任せてくれ。……そっちの言い分は分かった。それで? 助力して何をするんだ?」

「俺をそちらの戦力として使ってもかまわない。これが“機械”から提供する誠意だ。

 以上、学園長とやらにこのメッセージを届けて貰いたい」

「お前はその要求を受け入れられたとして、そちら側には何の得があるんだい?」

「俺自身は知らん。だが、RAYはある少女に平穏を。とのことだ」

「少女の名は?」

「そこまで聞くのか?」

「口止めされているなら、無理にとは言わないよ」

 

 ここはRAYからの許可があったか、とフォックスは思い出すと、相手方――学園長――により分かりやすく伝わるよう、その少女の名を告げた。

 

「“長谷川千雨”」

「なっ!」

「…なるほど」

 

 一人は驚愕、一人は納得。この二人は千雨のクラスメートというだけはあり、その名前が出てきた途端に彼女が取り組んでいた工作物を思い出していた。ソリッドアイは、はたから見るだけでも内部構造が難解で複雑。更には“機械”というワードと見るからにメカニックな見た目のグレイ・フォックス。候補として他の開発狂いの面々も思い浮かんだが、腑に落ちる、という点では二人にとって千雨の名前がしっくりきている。

 

「って、待て!」

 

 それだけ伝えると、フォックスは未だ激戦区となっている場所を目指し、闘いの場所を目指してその場を去ろうとしていた。慌てて刹那がそれを引きとめる。ゆっくりと振り返ったフォックスの顔は、既にバイザーに隠れていた。

 

「名前は…!」

「そうだな……グレイ・フォックス。とでも覚えて貰おう」

 

 さらばだ。その言葉を置き去りにしてフォックスは跳躍。舞い踊る雪景色の中にその姿を消していった。後には残された二人がなんとも不完全燃焼な形で取り残される。

 謎の多い“味方”と名乗った男、グレイ・フォックス。あのような男が前から麻帆良に居るようなものなら学園長が気づくだろうし、此方に入ってきたのなら、同じく麻帆良の大結界に認知される筈だ。

 

「刹那、とりあえず学園長に伝えておこう」

「……ああ、そうだな」

 

 とにかく、今の彼女らに出来ることは謎の協力者と学園長に持っていく伝言のみ。一度片付いたこの地区も敵が打ち止めのようであるし、二人は気絶した術者の男を担ぐと、校舎に向けて報告のために歩みを進めるのであった。

 

 

 

 ひゅんひゅんと風を切りながら、木の頭伝いに移動するフォックスは、次なる戦場を目指していた。次に目をつけていたのは、RAYから渡されたマップデータの「高畑」と呼ばれる最高戦力が闘っている場所である。

 その場所に着くと、早速地面を巻き込む爆発音がフォックスの鼓膜を揺らした。その地へ赴けば、敵の姿は気絶したまた別の陰陽師しか転がっていない。外敵としてか、フォックスを見つけた高畑がこちらに歩いてくるのを、彼は認識していた。

 

「…やあ、君は敵かな?」

「RAYの使いだ。そう言えば、あんたなら分かるだろう」

「……成程、千雨君のバックから直接触れてきたか。…ここにはどうして?」

「助力を。その分では必要なかったようだがな」

「う~ん、まあ僕のところはこれで終わりって感じだしね」

 

 君みたいな人が千雨君のところから来るなんて、困ったな。など温厚な台詞を吐いているが、フォックスを見つめる瞳は殺気そのもの。高畑の異常なまでの「気」の高まりは、フォックス自身から匂うものに起因していた。

 

「何人殺してきたのかな?」

「さあな……」

「そうかい」

 

 それだけ聞けば満足だったのか、高畑は拳を握ってフォックスと対峙する。

 

「まあいいさ。酌み交わせば何でも分かる。ある人で言うなら……“殴れば判る”、かな?」

「いいだろう。―――闘いの基本は格闘だ。武器や道具に頼ってはいけない」

 

 フォックスはそう告げると、地を蹴り、同時に動いていた高畑もまた空に躍り出る。双方の拳は一瞬で眼前へ迫っていた。

 人工的に強化された外骨格の怪力と、命の流動を利用したヒト本来の潜在能力。まったくの異質であり、されど同じように限界を超えた拳が両者の顔面を補足する。まっすぐに引き放たれた拳は、矢が弓から抜け出すように各々の頭部を通過し――――

 

 ―――激突した。

 




続きます。書き上げたそばから投稿しているので、焦らすことになりますが。


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☮Ultimate Mixture State

戦いに生きた狐は、その度に狡猾に成っていく。
生まれたばかりの新星は、まだ複雑なものを知らない。


 拳と顔面。双方に少なくはない被害を与え、二人は距離をとる。今の一撃で頭部センサーが破損したフォックスは、バイザーを開くと肉眼で彼我の距離を確認する。丁度、身を引けば攻撃は空振り構えれば攻撃は当たる。絶好の範囲であるがそれは相手も同じ。その中で頼ることが出来るのは己の肉体のみであった。

 身を捻り、遠心力で勢いのついたハイキック。タカミチは両掌で衝撃を緩和させ、足首をつかむとフォックスを空へと放り投げた。ポケットに彼の手が移動した瞬間。

 

 衝撃、衝撃、衝撃! フォックスが認識出来ぬ速度で拳が彼を射抜く。空中では体勢を取り直すことも出来ず、フォックスはただ襤褸雑巾のようになっていくだけ。このままではタカミチの拳に命をも射抜かれるだろう。だが、彼はどこまでも「絶対兵士」であった。

 

「ッ!」

 

 息を吹き返すが如く、タカミチの右拳を握った。それを「足場」にしたフォックスは足を腕に絡ませ、回転させて彼を頭から地面へ叩きつける。タカミチはあまりの衝撃に視界がぼやけ、体の一部を地面に埋めることとなった。

 グレイ・フォックスはCIAに「回収」されていた時、記憶と感情を闘いの度にリセットされていた。そこで覚えていたのは「闘いについて」のみだった。だからこそ、闘いの中でとてつもない速度で敵を認識し、学習して絶えず成長していくという「絶対の兵士」とされていた。その時の感覚からか、彼自身も同じ手にやられ続けることはない。

 

 ――――「居合い拳」破れたり。

 

 フォックスは笑みを作る。闘いの高揚感が酷く身体に染み渡り、「生」をこの瞬間に実感できる。そして何より、闘いはまだ終わっていない。

 

 タカミチが沈黙していたのはコンマ数秒。埋まっていた箇所の土と雪を舞い上がらせながら、脳からの命令信号が彼の体を立ち上がらせた。既に手首から上はポケットの中。再び神速で繰り出される拳の一撃をフォックスは手で受け流そうとし―――吹き飛ばされた。

 

「グッ、がっ!?」

 

 近くの木に身体を打ちつけることで急停止。その木は折れてしまい、ぶつかったフォックスには激突ダメージという置き土産を残して命を散らす。

 実力を隠していた、では割に合わない。タカミチの体系から考えても…いや、どう足掻いても人間に出すことなど不可能である筋力。まるで超常現象ような―――。そこまで考えて、フォックスは即座に知識を引きだした。RAYからも教えられていた、この麻帆良この世界に存在する不思議な実在する力。「魔法」を。

 

「成程、“魔法”…!」

「残念。不正解かな」

 

 教員らしいというか。この戦闘中でも「教える」ような口調でタカミチは語りだす。体についた汚れを払うと、挑戦的な笑みを浮かべて答えを口にした。

 

「僕のは“気”って言うんだ。生き物ならだれでも持っている力さ」

「面白い。己自身の持つ武器()か」

 

 ならば教導を頼もう。

 フォックスはそう言って姿を消した。ここからは趣味もルールも何もない本気の戦闘。再び高周波ブレードを取り出してタカミチに接近する。距離を詰め、足元を斬りに迫れば気配を呼んだタカミチがひらりと避けた。しかし、噴きあがった蒸気が彼の目を襲う。フォックスの刃を見れば、それは摩擦熱と振動熱で赤く染まっていた。斬った個所の雪が一気に昇華し、水蒸気となってタカミチの顔を覆ったのである。

 炎の魔法はともかく、まとわりつくような熱に耐えられず、タカミチは気を纏わせた居合い拳を放って気流の向きを変える。それはフォックスの元へ送られたが、既にその場から姿を消していた彼はタカミチの後ろに回り込んでいた。背後から聞こえる甲高い音はフォックスのチャージ音。彼の右腕は再びガンへと変形しており、タカミチに重装甲をも貫いた弾丸を放とうとしていた。

 

 発車直前、視線の交差は一瞬。だが、フォックスは悪寒を感じて弾丸の発射直後にその場を飛びのいた。そしてフォックスの眼前を埋めたのは爆発した地面だったもの。先ほどまでフォックスが居たところは、重機がえぐり取った地面の様相を晒していた。ステルス迷彩の電力が切れ、再び充電モードに移行する。そうして姿を現したフォックスの方へ、直撃を食らったはずのタカミチの言葉が投げられた。

 

「“気”。それから“魔力”。…この二つはそれぞれ強力だけど、どうしても相反する特性を持っていて、混ぜようとすると弾けて自爆してしまうんだ。でも―――」

 

 爆発で舞いあげられたもろもろが消えうせ、かすり傷程度を負ったタカミチの姿が鮮明に映し出される。彼の周りには得体のしれない何かが揺れており、周囲の空気がゆがまされていた。その光景に、フォックスの頭の中で警鐘が鳴らされていた。それが意味するのはただ一つ。

 ――逃げろ、と。

 

「それを可能にしたのが“究極技法(アルテマ・アート)”。そのままだけど、気と魔力の合一と呼ばれる…この“感卦法”なんだ。

 ―――もう、水蒸気なんて熱の小細工もくわないよ」

「…食えない男だ」

「この年でも、育ち盛りでねっ」

 

 迅い。それがフォックスがこの一瞬で頭に浮かんだ言葉。

 タカミチの拳が再びポケットに入ったと思えば、既にその拳圧はフォックスの直前に迫っている。その一挙一動、呼び動作さえも視認することが出来なかった。よほどうまい加減でもされていたのか、全身(・・)に打撃の衝撃波を受けてフォックスは再び宙を舞う。外骨格はボロボロに圧し折られ、その装甲の隙間からは血液がにじみ出ていた。

 そんなこともおくびに出さず、フォックスは再びなけなしの電力でステルス迷彩を起動。木の幹を蹴り、足跡をつけないように軽やかに宙を跳びまわる。再びタカミチが放った幾多の拳圧を掻い潜って接近。刀も手放したが、まだ戦える。そう確信して拳を突き出し、次の瞬間には彼は宙を舞っていた。

 落下し、力なく地面にたたきつけられたフォックスは満身創痍。身体の痛みは、「動かす」という命令を拒否するまでに痛めつけられている。

 

 まぎれもなく、フォックスの敗北だ。

 

 指先しか動かせないフォックスに、勝者のタカミチが歩み寄った。途中で刺さっていた高周波ブレードを手に持つと、フォックスの鞘に刀をしっかりと収める。動けない彼の上半身を起き上がらせ、常備していた魔法薬を呑ませる。先ほどのはただの「試合」。「死合い」ではなく、気のレクチャーや戦闘能力を測るだけの遊戯に過ぎなかったのだから。

 現に……絶対兵士の学習能力。それで「何か」をつかんだのだろう。フォックスの体には、何か異質な力が湧きあがっていた。

 

「気も魔力も使わずにここまで戦えるなんてね。“一般人”として、だけど…君は強い。どうしてそんな体になってまで、強さを求めたんだい?」

「俺は―――」

 

 生きたまま己が正面から負かされた。

 その事実が、このタカミチという男に対してBIGBOSSと同じ時の心境が蘇らせる。気付けば、己の口は言葉を羅列していた。

 

「この体は戦闘データの蓄積目的、遺伝子治療の実験体、強化外骨格の試運転(トライアル)として利用され戦場に放り込まれてきた。そこに、俺の意見が入り込む余地はなかったが、俺は俺の意志で戦ってきた。

 俺は……戦い続けたかった。そこに生きる意味があるから、戦うことで自分を表現することが出来るからだ」

「……そっか。辛い、そう思ったことは?」

「無い。こうして二度死した後も戦っているのは、俺の意志(SENSE)に他ならない。だからこそ、闘いを求め続けている」

 

 魔法薬でいくらか回復したのだろうか。既に己の力で立てるようになっていたフォックスは、そうタカミチに力説した。「戦い」に意味を求めるならば、それこそが自分の生きる意味。その中で、「闘い」こそが己の好むものである、と。

 だから。フォックスはそこで言葉を区切り、タカミチに視線を向ける。

 

「先ほども言ったが、その“気”とやら。俺にご教授願いたい」

「……」

 

 その言葉を聞いたタカミチは、ただ瞼を閉じて思考する。

 タカミチの人生の中、戦闘を楽しんでいる者は数多く存在していたが、本当に戦いそのものが生きる意味と化していた人物など居なかった。先ほどの人生経験を聞く限り、手綱を握られてばかりの人生。そして、今も手綱を握られてこの麻帆良で戦い始めたのだろう。

 二度死んだ。その意味を理解することはできなかったが、少なくともそれだけの死線を潜り抜け、その度に生還してきている。そして、拳を交わした以上は分かる。

 

 その戦いに、「悪」など存在していない、と。

 

 何より今の自分は教師だった。教え子が増えるのは歓迎。そして、それが熱心な生とならば、答えてはならないという道理もない。口元には、隠し通せない笑みが零れる。

 

「時間が取れれば、僕は協力するよ」

「感謝する」

 

 そう言った時、麻帆良の電力復旧のアナウンスが麻帆良全土に鳴り響いた。

 今回の復旧は予想以上に早く、彼らが居た森の中を街からもれる人口の明かりが照らし出す。未だ雪は舞っており、その上に立ちつくす二人を優しく包んでいた。

 

「そうだね。報告をしたら呼ばれることになるだろうから、また明日の夜に麻帆良の世界樹前広場…そこに来てくれ」

「ああ。お前よりも実力は及ばなかったが、俺はRAYから提供された戦力であるということを上に伝えておけ」

「ああ、それじゃ―――そうだ。僕は高畑・T・タカミチ。君の名は?」

「……グレイ・フォックスだ」

 

 言い残して、フォックスはいくらか回復しているが、それでも傷ついた体に鞭打ってその場から離脱した。取り残されたタカミチは、新たな友人になれるかもしれない存在――フォックス――の消えた方向をしばらく見つめると、踵を返して学園に向かう。

 これじゃ、今回の報告最後かな? 困ったように、タカミチは笑っていた。

 

 

 

「学園長、ただいま戻りました。みんなも待たせてしまって済みません」

「よいよい。今回も皆が無事で何よりじゃ。ふぉっふぉっふぉ」

 

 髭をゆったり撫でながら、心の底から安心した声で近右衛門はタカミチへそう言った。

 タカミチが担当地区の侵入者数を報告し、それを受け取った近右衛門が辺りを見回せば、千雨を取り囲んでいた時以上の数の魔法生徒、魔法先生がその場に集っている。当然、エヴァンジェリンもそのうちの一人であり、いつも通りなのか、不機嫌そうに近右衛門の言葉に耳を傾けていた。

 

「今回侵入した者は、6人。その誰もが今期に臨んで1000以上もの百鬼夜行を召喚していた。そして、そのうちの一人を我々以外の者に捕えて貰ったと、刹那君と真名君のチームから報告が来ている。

 刹那君、詳しく」

「はい、学園長」

 

 それでは、そう間をとって桜咲刹那は報告を始めた。

 侵入者との戦闘中、無限に続くかと思った軍勢が急遽その数を減らし、疑問に思いながら戦っているとグレイ・フォックスという名の者が戦闘に介入してきた。手土産とでも言うべきか、隠密に優れている筈の術者を気絶させた状態で。

 

「そして、グレイ・フォックスは“閃光(RAY)の使い”だと言っていました。それから……」

 

 そこで言葉を詰まらせる。脳裏に浮かぶのはクラスメートの、戦闘とは何の関係も無い少女だった。打ち解けていないと言えばそうなのであろうが、あの男の言った事を、本当に鵜呑みにしていいものか。

 彼女がそう考えている間に、タカミチが学園長から発言の許可をもらう。彼の口からは、刹那の言い淀んだ事がはっきりと言葉にして語られた。

 

「実は僕のところにもグレイ・フォックスと名乗った人が来てね。彼の話によると、そのRAYは僕に火傷を負わせたあの機械の事だろうと思う。思い返してみれば、千雨君もあの時はっきり叫んでたからね」

 

 その一言で場は騒然となる。

 やはり長谷川千雨についているあの機械は危険ではないのか。いや、侵入者の撃退に手を貸していたのだ、噺の分かる物に違いない。そういった議論が一度勃発すると、輪に掛けて言論は広がって行った。

 しかし、その場に弦の一言を放ったのは学園長。彼が沈まれと、そう大きくない声で呟くだけで、言霊が場に浸透するかのように世界樹前広場は再び静寂を取り戻した。

 

「高畑君、彼は何と?」

「RAYから学園側への委託戦力として好きに使ってもいい。とのことです」

「他には何か言っておらんかったか?」

「いえ、彼自身も戦いを求めると言った以外には」

「ふむ……」

 

 学園長はおもむろに地面を突く。舗装された道路と杖の衝突した音が響き渡ると、全員の意識は完全に学園長の方へと向いた。

 

「先の話に出ていた“グレイ・フォックス”という人物については、此方の協力者として全面的に受け入れることとする! これはワシの学園長命令としてじゃ。

 以降、彼が望むのであれば防衛線の一員として温かく迎え入れてやってくれ。そうでなくとも、主らならば出来るじゃろう? 麻帆良の者なのじゃから」

 

 そう言って辺りを見回せば、得体のしれない相手に不満そうな表情の者もいたが、学園長命令ならば仕方ないと割り切っている者が大半だった。その中、一つ小さな手が挙げられる。その手の持ち主は、乱雑な物言いで近右衛門へ言い放った。

 

「じじぃ、それにタカミチ。そのフォックスとやらは使えるのか?」

「問題ないよ。感卦法の僕はともかく、気を使った攻撃までなら十分対応できていたし、闘いの中で気を発現させたようだからね。弟子入りもされたよ」

「フン、そうか。ならいい」

 

 発言をした少女。エヴァンジェリンは鼻を鳴らすと闇の中に姿を消していった。場を乱す単独行動が目立つが、それが彼女の平常運転なのでいまさら愚痴を漏らす輩もこの場には居ない。まあ、あくまで口にしないだけで「吸血鬼」たるエヴァンジェリンはそう受け入れられているという訳ではなかったのだが。

 

 そのまま報告も終わりをつげ、十分後には解散となっていた。

 このような戦いがあっとはいえ、明日の日常生活が全て準備されるという訳ではない。朝に備えて各々が帰宅する流れの中、それをかき分けてタカミチが刹那の元へ訪れた。驚いている彼女に一つ断りを入れた後、彼は提案をする。

 

「実は、さっきも言ったようにフォックスに気の練習をさせたいんだけど、僕も忙しい身でね」

「はい…?」

「そこで――」

 

 あ、もう分かってしまった。次に言う言葉を想像した刹那は、タカミチの満面の笑みに気圧されてしまい、結局は次の言葉を聞くことになってしまう。

 当然、その内容は

 

「僕の忙しい時は、刹那君。君にフォックスの気の修行を行ってほしいんだ」

「やはり、そうなりますか」

「そうなるね。……お願い、出来るかな?」

 

 面識もあることだし。そう言って締めくくるタカミチに、刹那は失礼だとは分かっていても内心で溜息をつかずにはいられなかった。確かにフォックスは強い。人間の常識を卓越する、計算された無駄のない戦い方には感銘を受ける部分があった。

 しかし、己もまた修行中の未熟な身。気の扱いも剣にばかり向いており、気そのものの発現方法はいつの間にか習得しているようなもの。どうしようか迷っている時に、タカミチは駄目押しの一言を放つ。

 

「修行相手が居ると、一人の時より捗るかもね? 僕もそうだったから」

 

 何と言うか、この教師は本当に人に刺激を与えるのが上手い。

 刹那は、今度こそ額に手を当ててタカミチに対する不満を表したが、その言葉による誘惑には流石に勝てなかった。言い負かされた、という点も無きしにはあらずであったが。

 

「……分かりました」

「強引になっちゃって、悪かったね」

「その代わりを求めるのもおこがましいですが、先生もしっかり指導してください」

「それは勿論さ。それじゃ、お休み」

 

 終始、人のいい笑顔を浮かべていたタカミチはそのままに教員の寝泊りする寮に向かってい見えなくなる。その姿を最後まで見送った刹那は気苦労の溜息を吐くと、己もまた女子寮に戻っていくのだった。

 

 

 

 ところ変わって、RAYの格納庫。

 ボロボロではあるが、既に傷はふさがっているフォックスは寝台に寝ころんでいた。いつだったか、左目を失った千雨を乗せていた寝台と同じものだ。仔月光は彼の取り外された強化外骨格に近づいて補修工事。そして素のままの姿になったグレイ・フォックスは、ナノマシンによる内と、仔月光による外からの治療を施されていた。

 

「≪派手にやられたようね。どうだった≫」

「確約を取り付けた。その際、俺も“気”と呼ばれる力について指導を受ける手筈になっている。タカミチ。その名の教員の一人に後れを取ったが、敗北から学ぶこともある」

「≪想像以上の戦果ね。とにかく、つながりが強くなるのは喜ばしいこと≫」

 

 満足であると、そんな雰囲気を醸し出すRAYに、彼は少しの違和感を抱いていた。

 戦いは、確かに満足できるものを提供させて貰った。この地に居れば、さらなる高み。さらなる実感を充足することが出来るだろう。……だが、それだけが目的ならば、協力という立場をとらせるものなのか? 利用するなら、ナノマシンを打ちこんだ時点で洗脳まがいの事は出来そうなもの。他にも、学園側との繋がりを持つなら、もっと早くに圧倒的な火力を持ったRAY自身が動けばいい筈だ。

 

 メリットが曖昧すぎる。デメリットの差が見当たらない。

 尽きぬ疑問の果てに、フォックスはある可能性に思い当たった。何とも言えぬ、機械が嬉しそうにしている光景に向かって、彼は呼びかけの言葉を発する。

 今度は何だろうか、そう思って耳を傾けたRAYは、フォックスの言葉に驚愕した。

 

「俺に、闘い以外の道を与えようとしているのか?」

「≪…………≫」

 

 この男は、どうにも―――面白い。

 RAYは、「笑って」いた。機械が腹の底から笑う。戦闘管理用のAIが、心の底から笑う。それほどおかしなことも無いだろうが、このたった一回の間で、その思考に至ることが出来たフォックスに惜しみない称賛を贈りたい気持ちに、RAYの回路は埋まっていた。

 

「≪そうかもしれないわ≫」

 

 だから、今はこれだけを返しておく。

 実のところ、フォックスにあんな回りくどい作戦を実行させた己自身にも分かっていないのだ。

 ――どうしてフォックスを使おうと思ったのか。

 ――どうして千雨以外に自分の思考が割かれたのか。

 

 RAYは、「ザ・ボス」という伝説を模していても、まだ生後半年ほど。言葉を放し始めた幼児よりも幼い年齢だ。だから、千雨から「常識」は教わっていても、こういった時に芽生える感情を知らない時がある。忠を尽くす、自分を信じる。そう言ったものとは違う、複雑な感情というものを。

 

 だから、今日も機械は笑う。

 秘密の格納庫には、こうして新たな仲間が加わった。

 




もう誰が主人公なんだか。
さて、どうでしょうか。フォックスのキャラが崩れているような気しかしないのですが。……まあ、一度死ねば変わりますよねってことで(ヲイ

地の文が多めで読むのにもあまりやさしくないかもしれませんが、描写を細かくすると私たち自身もわかりやすいのでこうならざるを得ない。
時折の日刊上位や、感想数40突破は皆様のおかげです。
この場で感謝させていただきます。ありがとうございます。


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☮命に宿る神秘

我々は、気付いていない。
己がどれほどの力を持っているのか。
宝の持ち腐れを好まないのであれば―――

探せ、試せ。
道は開かれん。


 ―――すがすがしい朝だ。

 強化外骨格は修理中で現在は軽装。精神はナノマシンのおかげで人格が安定しており、闘いも期待以上の物を味わい、まだまだ己を高める可能性があると知った。あれほど死に向かっていた筈が、今はこうして未来に思いをはせているのが何とも滑稽だと、狐につままれた気分を味わう。

 己自身が「狐」を授かった身だというのに。

 

「≪どこへ?≫」

「外へ」

 

 彼がおもむろに立ち上がれば、固い地面で寝ていたせいか身体がギシギシと嫌な音を立てていた。肉体的疲労がたまっているという訳ではないのだが、やはり身体を動かしていなければ、性に合わない。体をほぐすためにも「ある程度」の運動をしなければ一日も始まらないだろう。

 

「≪そう言えば≫」

 

 グレイ・フォックスは出入り口の扉を開き、外への一歩を踏み出した。

 瞬間に何かと衝突する。向こうは倒れてしまったらしい。

 

「な、なななな………」

「お前は……」

 

 その人物は中学生ほどの背丈を持ち、左目に奇怪な補助装置を装着していた。

 

「≪千雨が来てるわね≫」

 

 ぶつかったフォックスは軽装……ズボンだけを履いた半裸姿。

 

「変態だああああああああ!?」

 

 彼の鼓膜は、起きて早々に酷く掻き鳴らされるのだった。

 

 

 

 それから少しの時間が経って、千雨はフォックスと遭遇した衝撃から立ち直っていた。空気の入れ替えと称して開け放たれたRAY搬出用シャッターの向こう。雪の積もったアスファルトの上で高周波ブレードを振り回しているフォックスを見ながら、RAYは千雨にフォックスについての説明を行っていた。曰く、元居た世界で死んだ筈の兵士であり、今は協力者になっている。曰く、その戦闘に関しての学習能力、及びに習得能力は一線を凌駕しており、既にこの世界のトンでも技術である「気」の習得を志しているとか。

 確かに、フォックスの周りによく目を凝らして見れば熱気ではない「何か」がフォックスの周囲に浮かんでおり、淡く発光して彼の身体能力を引き上げているようにも見えた。…しかし、其れから十秒もするとフォックスは剣を収めて格納庫に戻ってきた。

 彼が格納庫内に入ると同時にシャッターが閉ざされ、再び明かりは天窓の太陽光だけとなる。その中照らされている彼は、玉のような汗を浮かべていた。

 

「≪心拍数が疲労困憊の域。呼吸も乱れている。……あなたほどの者がペース配分を考えなかったという訳でもないでしょう?≫」

 

 ナノマシンから送られてくる身体のデータを基に、RAYは疑惑の眼差し(といってもメインカメラの光だが)を向ける。その言葉の通り、酷く披露しているフォックスは千雨の近くにある椅子に体を預けると、息を整えてから先の質問に答えた。

 

「……動きそのものに“も”無駄がありすぎる。持ちえない力に振り回され、それが体力を奪ったのかこの有様だ…」

 

 よほど披露しているのだろう。口早にこたえると、彼は沈黙した。

 そんな彼に、呆れながらも千雨がタオルを放り投げ、スポーツドリンクを近くに置いてやる。それに気づいたフォックスが視線を上へと移動させると、そこには機械的な装飾を左目に装着した、しかめっ面の少女が立っていた。だが、すぐに視線を外すと、小さく礼だけを告げ、渡された物を使用して身体を休息させる。そんな不器用な男の一部始終を見届けた千雨は、溜息をつくと同時にRAYへ視線を投げやった。

 

「昨日大暴れさせたって言うけど、早速力使いこなせてねえだろ。これ」

「≪自分の中にあったとはいえ、私も計測したことのない未知の力。それも仕方がないと思うわ≫」

「そうは言うがな……」

 

 無駄に疲れただけだろ。と、エヴァンジェリンから多少の手ほどきを受けている千雨は、先ほどのフォックスの訓練風景の印象を素直に告げた。その実、千雨の言葉は的を射ており、彼はウォーミングアップはおろか、準備運動代わりの動きさえ己の「気」に弄ばれて満足に出来ては居なかった。ただ疲れるだけの無意味な運動。長かった……

 

「≪フォックス、急ピッチで進めているのだけれど、強化外骨格の修理と改良は少し時間がかかるわ。私の装甲板の補修作業も終わったから力を注ぐことは出来るけど、そうそう早く作業が終わると考えない方がいいわね≫」

「…百も承知だ。……世界が都合良く進まないことなど、昔から知っている」

「世界、か」

 

 フォックスの言うとおりだった。

 千雨もフォックスも、それぞれの世界に厳しく叩かれたという過去が存在している。それは周囲との隔絶であったり、実験材料としてであったりと、それぞれが全く違う者でありながら、心か身体のどちらかに酷く傷を負っていたのは確かだ。

 不意に、格納庫の中には昼を知らせる時計の電子音が鳴った。一日の折り返し地点である正午。千雨は立ちあがると、持って来た鞄の中をガサガサと漁り始める。すると、中に入っていたパン屋の袋を開けて、中にあった物をテーブルの上に広げた。こちらに来る途中に買ってきた、焼いたばかりのものなのだろう。香ばしい焼けた小麦粉の香りが充満し、嗅ぐ人の食欲を掻き立てる。

 

「ほらっ」

「む」

 

 うちの幾つかをフォックスの前に置き、いつの間にか淹れていたコーヒーを差し出す。それはどちらかと言えば朝食の光景だったが、このようにして朝昼のご飯を済ませる人も多いのではないだろうか。

 

 ここまでくれば、両者のやることは決まっている。フォックスは椅子に預けていた体を起こし、テーブルの位置まで移動して座り直す。同じくジュースを横に置いた千雨は手を合わせると、フォックスもそれに倣って手を合わせた。口の動きは「い」から始まり、文化をそれとなく知っていたフォックスの声も合わさる。

 

―――頂きます。

 

 腹が減っては戦も出来ぬ。少々多めに買ってしまったパンだったが、フォックスが居ることによって丁度いい量となる。二人は、焼きたての温かさを感じながら、それぞれの食料にかじりついたのであった。

 

 

 

 満足に腹を満たしたフォックスは、ランニングシャツを着ると世界樹前広場に向かって軽く走り出す。強化外骨格が無くとも、その速さは常人のアスリートをも凌ぐ速度であったがここは麻帆良。その速さでも振り返る通行人の感想は見かけない人だ、という程度のもの。その視線に込められた感情の意味を知ると、フォックスもこの地の認識レベルの差に少なからず思うところがあった。

 そんなことを考えていると、昨晩相対し、己を完膚なきまでに打ち負かした相手が待っている。時間にルーズ、ということも無い辺りは立派な大人であるが、昨日の今日で笑顔で待っているというのはどうなのだろうか。いや、それも気にするまいと彼は立ち止まる。

 

「こんにちは。まずはこっちに座ってほしい。“気”の扱いに集中力は不可欠だからね」

「ああ」

 

 軽く会釈をすると、彼の言われた辺り、世界樹の木陰に入って座禅を組む。

 この寒い時期にこの地を訪れる者もおらず、当たり前だが世界樹前広場は閑散としていた。「気」というものも公表すべき力ではないのだが、彼のやり方では中々にずさんな秘匿であることは間違いない。

 とはいえ、フォックスにそれは関係も無いこと。いざとなればこの教師がなんとかするのだろうし、今は己の力を高めることこそが目的である。そうしてフォックスが目を閉じた事を確認したタカミチは、指導を始めるのだった。

 

「精神統一は基本。心を落ち着けて、自分の中にある“気”を認識するんだ。そして―――」

 

 今はただ、言われるがままの人形のように。

 狐の修行は自分の木の葉を見つけることから始めるのである。

 

 

 

「何だ、例のフォックスとやらはいないのか」

 

 一方その頃、RAYの居る場所にとどまっていた千雨の前に、エヴァンジェリンが訪れていた。RAYと言えば、学園側に所属(?)している者のうち、彼女だけが直接の面識がある「関係者」であることは明白な事実。とはいえ、学園側でも知っているのは一握りだが。

 それはさておき、フォックスが目的で訪れた彼女に、RAYが気の修行をしに出かけていると伝えると、エヴァンジェリンは鼻を鳴らして千雨の隣に座った。目当てが居ないなら居ないで、彼女にもすることがあったようだ。

 

「ところで、射撃訓練はあれ以来したことはあるか?」

「……どこであんなものぶっ放せって?」

 

 彼女が聞いたのは、千雨の「別荘」以外での修行の進行状況。エヴァンジェリンが改造した「オペレーター」は弾数こそ無限に近いのであるが、使い捨てタイプの専用消音筒(サイレンサー)をつけなければ銃特有の発砲音がご近所に響き渡るという大騒動になってしまう。RAYの格納庫近くで練習は出来そうだが、生憎草木の一本も近くに生えておらず、射撃訓練場が大型兵器の格納庫に整備されている筈もない。

 よって、たった一夜であるとはいえ、見事に千雨の防衛訓練は出来ず終いになっていたのである。事のあらましを話せば、今気づいたかのように手を打ったエヴァンジェリンが恨めしく思えてきた千雨。恩があるとはいえ、体力作りのために走らされた私怨を晴らすために彼女を的にしてやろうか、などという想像が頭をよぎった。

 しかし…

 

「まあいい。そう言えば貴様の事なんだが、近代兵器の扱いに関しては茶々丸に一任することになった。今度から私がそばに居る時は体力づくりの修行になると思え」

 

 その言葉で一気に現実に引き戻された。

 RAYの格納庫に赴くことが多いとはいえ、半引きこもりだった彼女にとっては絶望的な宣告がなされた。それぞれの長所を活かした訓練が出来るようになる、と言えば聞こえはいいのだが、それはつまりどちらもハードになる可能性があるということ。…というか、エヴァンジェリンの性格上、彼女の修行は絶対にハードになる。

 魂が口から抜けかかっている風な千雨を見つめたRAYはというと、外部スピーカーの電源そのものを切っていた。それはなぜか? その理由は―――爆笑しているからだ。

 

「≪そう言えば、あなたは吸血鬼と知った。チサメの血を吸うことはないのか?≫」

 

 話題転換。あらかじめ「録音」されていたザ・ボスと同じ声色の音声を流し、RAYはデータに基づいた質問を繰り出した。未だ心ここに在らずな千雨で悦に浸った笑みを浮かべていたエヴァンジェリンは、その質問に顔をしかめる。あまり、触れられたくない話題だったのだろうか。かと思いきや、彼女はその問いに答えを返す。

 

「コイツの血には魔力が全く足りていない。元々吸血行為自体が魔力回復の補助のようなものだ。私自身も血の味で良し悪しは考えているが、それを含めて率先して吸おうとは思わんよ。膨大な魔力を有しているのならともかく、な」

 

 RAYは内心の爆笑も治まり、その言葉にそうなの。とだけ返した。残念そうな声色、視線を逸らすように頭部が上を向く。そして、エヴァンジェリンの背後には小さな針が近付き―――

 

氷盾(レフレクシオー)!!」

 

 突如出現した氷の盾に、針を持っていた仔月光丸ごと注射器が凍らされた。とっさの判断で使った発動媒体の魔法薬が入っていたフラスコが割れ、地面に落ちた破片が衝撃で飛び散っていく。魔法が発動する直前で我に返った千雨は、ソリッドアイの魔力情報を基に被害予測地域外に避難していたおかげで怪我はなかった。

 失敗したか、と言わんばかりに気まずげなRAYに、当然ながら彼女の怒りが向かう。

 

「き、貴様は何をする!!?」

「≪チッ≫」

「舌打ちだけで返された!?」

 

 せっかく面白いサンプルを入手できると思ったのに。RAYはそんなことをのたまえば、更にエヴァンジェリンの怒りも増大する。一応師匠の情けない姿を見るのも気が引ける千雨は、必死にエヴァンジェリンをなだめようと…子供をあやすように接していた。

 そうなれば、格納庫は喧騒に包まれることになる。良くも悪くも、RAYの格納庫は通常運転であることは間違いないだろう。

 

 

 

「いいね、そのまま刀身も自分の身体の一部だと思って気を宿すんだ!」

「――――!」

 

 元より、この刀も己の手の延長に過ぎぬ。そうして精神を集中させていくと、高熱だから発せられるものとは違う蒸気が刀身から発せられる。気の扱いを学び始めてたったの三時間。それだけの時間で、フォックスは己の気を全身に通わせ、扱い方を(初心者レベル)とはいえ習得していたのである。天武の才とはこのことか。それに羨ましげな感情が混ざるも、教え子にそんな事を思ってはいけないとタカミチは邪念を振り払った。

 フォックスが完全に刀身をも気で覆ったことを確認して、一か八か、次のステップレベルの指示をだす。

 

「それじゃ、そのまま気を散らさないように構えて斬撃を“飛ばして”みて。最初はイメージでしっかりとその様子を思い描く。そして、次に放つ時はイメージ無しで自然と出せるようにするのがコツさ」

「……分かった」

 

 鞘におさめた刀を抜き放つ。「居合い」の構えと、忌々しくも己の左手を切ったREXのレーザーのようなものを放てるのだと、二つのイメージを融合させる。

 息を深く吸って、再び息を吐いて心身をリラックス。腕の筋肉へ指示を出し、振り切る形で刃を奔らせる―――

 

「ハッ!!」

 

 一閃。

 

 …………そして、刃からは何も出ず、代わりに気まずい雰囲気が流れ始めた。

 振りぬいた刀は、最初と比べれば多めの気を纏った強化が施されているが、それは放とうとした分がそのまま刃に残ったにすぎない。とにもかくにも、いつまでも振り切った体勢で居るわけにもいかずにフォックスは鞘へと刀を収めることにした。

 すると、どうにも、といった表情のタカミチが頭を掻きながら彼に近づき、先ほどのフォックスの様子について尋ねた。先ほどのイメージはどうだったか、その時気の流れはどのように動いていたか、というものが質問の大まかな内容であろうか。

 

「飛ばす。…そう考えたはいいが、何か壁のようなものが邪魔するように“放出”が遮られた。どこを探しても継ぎ目のない箱の中、が近いかもしれない」

 

 それを聞いたタカミチは、少し唸って結論をはじき出す。

 

「そうか。……多分、だけど。君は“気が放出できないタイプ”なのかもしれない。万人が気を扱える訳じゃないと言ったように、気を扱う人の中にも力の放出が出来なかったり、逆に内側にとどめることのできない“体質”の人が居るんだ。

 かく言う僕も、魔法に関しては詠唱が出来ない体質を持っているんだけどね」

「ならいい。慣れない手数を増やしたところで、戦闘の際にそれが足を引っ張ってしまえば意味がない」

「あはは…普通の人は、こういった新しい力とかに憧れるものだと思ってたんだけど」

「普通か。それほど当てはまらない言葉も無いだろうな」

 

 それもそうだね。タカミチが返せば、フォックスはこれと言った表情も顔に出さずに次の指示を待った。気の放出が出来ないなら、内側で扱う気の効率を高めればいい。どう足掻いても出来ない場所は早めに切り捨て、己の出来ることを率先して取り組もうとするのがフォックスの方針だった。

 その心意気にこたえようと、タカミチもまた気持ちを切り替えて教導に励む。教員としての書類仕事に関しては、学園長や副担任が代理を務めると、フォックスの修行に専念させるよう手筈が整えられていたため、今この場には二人を止める者などどこにもなかった。

 

 そして、それから数時間。

 レベルで表すなら、中の下辺りまでの気の扱い方に慣れたフォックスは、どちらの体調管理も大事だということで一日目を終えようとしていた。今回習得したのは、身体能力の上昇、気を纏わせる箇所を一つの場所に集中させる、と言った身体強化系のあらかたの発展・応用を彼は習得していた。とはいっても、「やり方を覚えただけ」であり、それぞれが十全に発揮できるという訳ではない。その辺りは、自己鍛錬の時に抑えて行くといい、とタカミチが締めくくった。

 

「世話になった。次も頼もう」

「お安いご用さ。僕もまだまだ学ぶことはあるからね」

 

 焦る必要はない。あの時と違い、時間は十分にあるのだから。フォックスは休む暇もなかった過去を思い返し、ある意味で平穏な最近の生活にある種の感情を抱いていた。それが何なのか、まだ知ったところではなかったが。

 夕暮れ時の赤い空が鉛色の雲の隙間から顔をのぞかせる。世界樹が紅く照らされたその時、そこに居る人影は一人として残っては居なかったのだった。

 

 

 

 RAYが首を曲げると、その方向には帰還したフォックスがドアを潜り抜けているところだった。はた目からでは分からないが、少なからず彼の表情には嬉しさがにじみ出ている。ナノマシンでもその様子をしっかりと記録しているRAYは、微笑みながら彼へと声をかける。

 

「≪お帰りなさい。収穫はあったの?≫」

「ある程度は」

「≪それは良かった≫」

 

 RAYの言葉を聞き終わると同時に椅子に腰かけると、フォックスに会いたい人物が居たが、千雨と一緒に入れ違いで出て行った、と伝えておく。その正体は当然エヴァンジェリンであるが、彼にそれを知る由は無い。とはいえ、己に興味がある相手に一体だれが、と彼は一考した。

 

「≪会ってみてのお楽しみ。そう言うことよ≫」

「貴様も随分回りくどいな」

「≪ようやく“私”が定着してきたもの。この位は言わせてもらってもいいでしょう?≫」

 

 そう言って笑みの声を漏らしたRAYは、どこかはしゃいでいる女のような印象を受けた。

 RAYの言葉には、最近になってやっと自分自身の人格がザ・ボスに影響されずに解放されてきたという意味が込められている。少し硬い口調が残っているが、その口調のままに軽い言葉を口にする辺り、彼女自身の特徴という物が突出し始めている事がうかがい知れるだろう。そして、ある程度の言葉づかいのぶれも彼女自身の個性として表れている。知識と経験と、そして千雨やフォックスのような出会いを通じて、彼女のAIも成長してきているのだ。

 

 しかし、フォックスはそんなことは知った事ではない。巨体でギシギシと鉄の擦れあう音を響かせるRAYを無視して熟睡するために目をつむって己に集中。外部の雑音を完全にシャットアウトする。フォックスが持つ、深い深い心の闇の中。されどその中には、ほのかに感じる温かい物があったのは、この世界に来てから初めて感じたもの。

 結局、彼もそれを悪くは思っていない。その瞼の奥にある温かさに触れながら、彼は意識を手放すのであった。

 

 

 





タイトルのネタが尽きてきたこのごろ。
遅れました。3日ぶりとなります。

大々的な戦闘とかは頻繁におこるものではなく、時に起こってすぐに片がつくというのが我々の考え(本音:書ける限界)です。

いやはや、フォックスのキャラが崩れているようで申し訳ありません。
RAYちゃんもしっかりちゃっかり成長してます。
千雨がメインだと思ったか? この陣営そのものがメインなのだよ!

何を言ってるんでしょうかね。私達は。
とにかく、お疲れさまでした。


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☮捻じり刻まれた強さ

無垢とは、時に残酷で恐ろしい。
我々の恐怖を知らず、無邪気に笑って飛ばすのだから。

それを理解したうえでなど、さらに恐ろしい。


 上段から斬りかかり避けられた先へ刃を返す。包丁を引く時のようにその刃が少女のやわ肌へと迫った。彼女は己の得物「大太刀」でそれを弾き、横一文字の攻撃を頭上へ受け流す。相手は大きく体勢を崩し隙を見せる。

 

「斬岩剣!」

 

 神鳴流奥義を発動。生命エネルギーである「気」を存分に纏った太刀は、軽い一撃で岩をも割った。これぞ、神鳴流奥義・斬岩剣。悪く言えば、その名の通りの力業である。

 奥義をくらう方の男は、同じく気を纏わせた刀でその奥義を真正面から受け止めた。それも、余りにもあっさりとだ。その事に驚いた彼女は一旦距離をとり、後ろに下がりながら同じく神鳴流奥義の斬空閃…刃の形をした気を飛ばすという剣士としての利点を残したままの遠距離攻撃を行った。空中で撃った反動で距離をとることに成功。斬空閃は相手へと着弾し、大きな砂埃を巻き起こす。

 ―――やったか?

 そう考えても、気を抜くことはしない。すると、予想通り予想外の方向から刃が突如現れ、彼女の首を刈り取ろうと迫った。危うく首の無いマネキンになりかけた少女だったが、寸前に刃の位置を特定してこれを迎撃。下段から上段へ一気に振りぬいた一撃で相手の獲物を手から弾き飛ばした。それでも空手のままに接近線を挑む男には焦りの色は見えない。

 

「フッ」

「まだ!」

 

 むしろ刀が無くなった分、大いに間合いを詰めることが出来ると笑っているかのように少女との距離を詰め、引き離し、詰め、引き離す。翻弄される少女の首筋に手刀を叩きこもうとしたところで、その部位から手が弾き飛ばされた。――その原因は、先ほどの弾き飛ばされた刀。あちらにばかり気を込めていて、自分自身に施す強化を忘れていたのである。だから、同じく気で強化を施している相手の身体は、石のように固く感じたのだ。そんな油断も一瞬、普段ならそんなミスをしない男だったが、異能が相手では初心者も同然。これまで戦ってきたどんな相手よりも反応のいい反射神経を持つ少女に刀を突き付けられ、勝敗は決した。

 

 そこで突き付けた刀を仕舞い、少女――桜咲刹那は対戦相手のグレイ・フォックスへ視線を投げる。

 

「流石ですね」

「まだ足りない」

 

 その一言に、彼女は少しずっこけそうになる。

 せっかくの称賛の一言。しかも、心から思った事を真正面からまだ届いていないなど。…いや、刹那が現在の師匠である限り、弟子の位置に当たるフォックスが向上心を持っているのは喜ばしいことなのだが、やはり称賛ぐらいは受け取ってほしいものだと思ってもいる。

 とはいえ、この戦闘ばかりを追い求める男に、そう言ったコミュニケーション能力を求めるのも酷な話なのだが。

 

「詰めが甘かった。まだまだ気の修行が足りないな」

「いえ、たったの一ヶ月でここまで扱えるようになっているんですから、必ず私よりも才能はあると思います。それに、フォックスさんもまだまだ本気を出していないのでしょう?」

「気と刀だけ扱えというこの修行。……流石にまだ日の浅い俺には勝てない、か」

「それでも、少し羨ましいことには変わりませんよ。貴方は必ず大成するでしょう」

「……今はまだ、だがな」

 

 その言葉に、今度こそ刹那は溜息をついた。

 高畑先生が出張に行ってからというもの、彼の師となって聞くのはこの事ばかり。曰く、まだ足りない。曰く、生きる実感を。時々、その異様なまでの戦闘への執着に恐怖さえ抱く時がある。聞いた話では、精神不安定だった時もあったらしく、今はどうやってか抑え込んでいるが戦いのときにはそのリミッターが外れる時もあるとか。

 実際、刹那はその時の光景を見たことがあり、獣のように叫びながら敵を蹂躙していくフォックスに得体のしれない感情を抱いていた。それは、恐怖以外の何かであったが、それが何なのかは刹那自身分かっていない。

 

 それはともかく、フォックスはこの一ヶ月でほとんど気の「使い方」をマスターした。其れは正に上級者向けの気の扱いであったり、神鳴流の奥義を見よう見まねで覚えられたりと、最早無茶苦茶である。奥義の方は彼なりのアレンジが加えられ過ぎて、もう神鳴流を超えた何かになっていたので門外不出の誓いは守られていた(?)のだが。

 しかし、そんなフォックスも発展は出来てもどうしても慣れない「異能」には四苦八苦していた。彼ほどの年でそれほど扱えれば上々だというのが刹那の感想だったが、フォックス自身は先ほどのような初歩的なミスをどうにか改善しようと、延々と自己鍛錬などにも取り組んでいる。

 だから、その姿を見て刹那は焦っていると言ったのである。

 

「根を詰め過ぎてもよくありません。いったん休憩にしましょう」

「そうか」

 

 素っ気なくフォックスが呟くと、弁当箱の入った荷物を取り出して早々に食べていた。

 今は昼の11時。少々喰うのには早いのではないかと思ったが、彼自身は余り物を食べずとも良い身体をしているらしい。実験だの何だの胸糞の悪い話であったから、そう言う時の刹那は強引に話題を変えて聞かないようにしていたのだが。

 そんな彼を見つめていると、フォックスは箸を止めて刹那の方を見ていた。

 

「……何だ?」

「あ、いえ。……よく鍛えられていらっしゃると」

 

 その言葉の通り、フォックスの体は、本当に実験漬けだったのかという位に美しく鍛えられている。余分な筋肉の無い、最大限に動きを発揮して最低限に動きの阻害を抑えるほどのスリムな肉体。強化外骨格の下には、逞しい腹筋が聳えているのだ。

 対する刹那は、どうしても女性である限りそのような筋肉は付きにくい。なので、他の女子中学生同様程度の体つきなのだが、彼女は普通の人間にはもちえない力を二つ持っている。その力で、フォックスや更なる強者と打ち合うことが出来るのだ。当然、一つ目は気。もう一つは、ほとんどの人物が知らないほんの数人だけの秘密…いや、秘匿だ。

 

 だから、こうして力の証を持っているフォックスや他の戦士が羨ましいと、刹那はよくよく考える。そして、闘いの時は彼女もかなりの強者であるのだが、どうしても隠しているその二つ目の秘密で相手を愚弄しているような背徳感もあった。そう言った暗い感情は押し殺す。それが、この少女であるのだが。

 

「始めるか」

「え、もうですか!?」

「ウォーミングアップ位はしておく。あんたも準備が出来次第、また付き合ってくれ」

「…はい!」

 

 だが、そうして秘密を隠していても、修行相手として本気で打ちこめる相手――フォックスがいることで、最近の刹那はそのような暗い感情も振り払えているような気がしていた。この修行相手の代理を任された時、タカミチの言ったことはあながち間違いではなかったのだろう。

 そうして、人の誰もいない森の中では再び剣の打ち合う音が響きだす。

 その音も、しんしんと降り積もる雪がかき消してしまい、誰にも知られることは無かった。

 

 

 

「それでは、そろそろ逃げの練習も様になってきたところで“反撃”の練習に入る。当然、まずは実践訓練からはじめるがな」

「ちょっと待てオイ!」

「すみません。マスターが我儘で……」

 

 そこはエヴァンジェリンの別荘の中であり、毎日の日課になってしまった千雨の修行が行われていた。体力作りに始まり、全力疾走による魔法からの退避に続き、茶々丸からの銃撃訓練に終わる。そんな一ヶ月を千雨は味あわされている。当然、彼女のブログの内容には「最近ししょーが厳しくってサイアク~>< おかげで更新も出来ないほど疲れちゃうんだよ! ごめんねみんな。今日のコスはたまもさんだぴょん!」と書かれるほどだ。……後半部分は必要なかったか。

 

 とにかく、そんなハードな修行を一ヶ月。魔法球の実際の時間で換算するならその五倍の量は修行に当てられている千雨は、身も心も疲弊しきっていた。それでもエヴァンジェリンの元に行くのは、単に「異常」から遠ざかりたいだけではなさそうなのだが。

 

「戯け。では、いつもの空間に行くぞ。目を合わせろ」

「ったく、わーったよ」

 

 渋々ながらもエヴァンジェリンと目を合わせると、千雨の視界は一瞬光に染まる。そして、再び視界が開けた時には全く来たことのない異様な森の中に居た。

 ここはエヴァンジェリンの「幻術空間(ファンタズマゴリア)」ここでは彼女の思うがままにほとんどの事象を操ることが可能であり、魔力を封印されている今でも、この空間の中なら全盛期のままの実力を、しかも魔力を無限に扱うことが出来るという彼女に支配された空間だ。千雨はその中に招待されたが、それはいつもの事。彼女はいつもここでエヴァンジェリンの広範囲魔法から逃げる練習を行っていたのである。

 その成果は、この「反撃」の練習で描写するとしよう。

 

「貴様の持っている銃も、ここではある一定の時にしか使えないようになった」

「はぁっ?」

「いいから聞け。…その銃は、私が明らかな隙を示した時にしか引き金が反応せん。だが、その時は銃そのものから合図があるようにしてある。その時に、私に容赦なく撃てばそれでいい。

 今日は初日だ。ある程度の成功、それで解放してやろう」

「!」

 

 挑発を含めて行ったエヴァンジェリンに、千雨は闘志を燃やす。一見熱血に見えるがその実はさっさと家に帰ってネットをつなぎたいという欲望の炎だ。そんな俗物的な闘志にエヴァンジェリンは呆れるも、やる気があるのはいいことだと早速詠唱を開始する。

 その瞬間、持っていた銃が一度だけ大きく震えた。意図を理解すると同時に、千雨は狙いを定め、照準を固定して引き金を引く。魔力の銃弾が爆発し、鉛玉と魔力の塊がエヴァンジェリンの額をしっかりと捉えた。彼女の額には赤い穴が開き、血を滴らせながら詠唱を中断される。余りに迅速で適切な千雨の行動。普通の魔法使いならここで死んでいただろうが、生憎ここは彼女の支配する空間。傷は一瞬で癒えて無くなっていた。

 

「そうだ。魔法使いはどうしても詠唱中は無防備になる。動きまわって詠唱をする者もいるが、その時は障壁を張っているか魔法使いの従者(ミニステル・マギ)が魔法使いの詠唱時間を稼いでいるかをしている。近接戦闘を得意とする無詠唱もいるが、既にそう言う輩から逃げられるだけの実力(あし)を貴様は持っている。

 だから、広範囲殲滅魔法の詠唱に入った者を守る相手がいるときを想定して続けるぞ! いいな?」

「おう」

「む、もう少し乗ってくれば良い物を…まあいい、茶々丸!」

「それでは、失礼します千雨さん」

 

 茶々丸も此方の世界に呼び込み、エヴァンジェリンは再び詠唱に入った。千雨のソリッドアイがはじき出した数値は47%。つまり、中級レベルの広範囲呪文だ。そのため詠唱も早く危険が多い。

 急ぎ照準をつけようとしたところに、茶々丸が背中のバーニアを吹かせて此方に向かっていた。手に引っさげた重火器を見るとハンドガンを握り直して急ぎその場から離脱。結局は茶々丸から一発二発ほど足にもらったが、その程度で足を止めるような修行はしていない。だが、その間に詠唱は完成してエヴァンジェリンからは膨大な魔力が感じられる。

 ――これは、不味い!

 

「闇の吹雪(ニウィス・テンペスタース・オブスクランス)!!」

 

 視界が暗闇で一瞬染められる。そして悪感と実際の寒波が千雨の方向へと行進を始めた。事前に効果範囲を察知していた千雨は、あえて茶々丸の元へ戻って不意を突かれた彼女を掴み上げる。持てる力を十二分に発揮した底力で着弾の瞬間に茶々丸を盾にした。それでも外側を覆う寒気が身体を襲うが、身体を動かしていた時の余熱でなんとか意識を保ち続ける。魔力の放出が終わったその瞬間、大きく震えたハンドガンを魔力反応のある場所へ照準、そしてその場所を見ずに引き金を三度引き絞った。

 

「ほう…」

 

 弾ける魔力の薬莢が落ちるころにそれらは見事快中。そう狙っていない筈だったが、エヴァンジェリンンの心臓と足のあたりに二発命中させていた。それらの傷もすぐに収まるが、問題は盾にされた茶々丸の方。完全にボディの全面が凍りつき、押し潰された無残な姿になっている。

 

「マ……スター…こ。ウ動ふノウです…」

「今直してやる。……それにしても長谷川千雨、貴様も随分容赦が無い」

「死ぬ気だ。向こうも死ぬ覚悟くらいあんだろーが」

「どうだかな…今の魔法使い共は口先ばかり。保身に走る連中が多いぞ?」

「けっ」

 

 この一ヶ月、いや、五ヶ月で千雨は随分な性格になっていたらしい。

 修復されて元通りの茶々丸が銃器の様子を確認しているところに、先ほどの非礼を詫びる言葉をかけると、茶々丸の方は自分の方が浅はかだったと返した。

 しかし、こうなれば次からはこの戦法は通じないだろう。

 

「なるほど。現実世界だったら今頃貴様は肉塊だったな」

「どっちの意味だか。…私だって、“ここだから”さっきの戦法をとっただけだ。別荘の方じゃ別の避け方をするさ」

「たとえばどうするのだ?」

「あんたに数発ブチ込んで、手を潰す。そしたら魔法の照準もつけらんねーだろ?」

「…ふん、立派なひきょう者の発想だな」

「それを考えざるを得ないほどに鍛えこんだのは、どこのどいつだよ……」

 

 千雨は頭が痛いとばかりに大げさな仕草をする。元々、千雨は兵士としての価値を上げるための劣化SOPシステムを導入されているのだ。むしろ、これほどの腕前の上達は当たり前。彼女の思考形態も、如何に適切な行動をとることが出来るか。それだけに行動の焦点が絞られる。更に、ソリッドアイが未来予知を行うのだ。これほど逃げや隠密、そして奇襲に特化した兵士も千雨以外にはいなかっただろう。……“蛇”のコードネームを持つもの以外は。

 

「まあいい…今日は合格にしておく」

「よしっ!」

 

 これでやっと家に籠れる。彼女がそう考えているのは、エヴァンジェリンにお見通しだったようで、大きく彼女は溜息を吐いた。どうしてこの俗物な熱意を持つ者がこれほどの戦闘能力を有し、そしてそれを活用したくないのかと。

 何だかんだで、エヴァンジェリンも迫害との闘いの日々を送ってきたのだ。そして覚えているのは攻撃的な魔法のみ。このような思考に行きつくのも仕方が無いことだろう。

 

「明日はチャチャゼロと茶々丸、二人を合わせた状態で同じ事をする。それ以外に前にやっていたカリキュラムもするので、気を抜かんでおけ」

「はいはい」

「…千雨さん、実に勿体ない」

「茶々丸。私は平穏からなるべく遠ざかりたくないんだ」

 

 自分から首を突っ込んでいるのは自覚しているが、と締めくくると周りの空気が微妙なものになる。確かに、訓練と称しているこの会合も最大限平和から遠ざかっている行為だ。平穏無事を得るために傷つき、戦って未来から逃れている。これほどの矛盾行為を千雨は自覚したうえで行っている。

 それは、RAYを知ってしまったということもあるが、確実に自分が周りに荷物にならないため。他人に負荷をかけることを嫌っているからこそ、こうした訓練に出ているのだ。それに、いざとなった時のRAY搭乗のシュミレーションも受けている時がある。

 理由はどうあれ、千雨は兵士になってしまっている。

 

「結局、貴様は約束を反故にした事が無いだろうに」

「まあ…な……」

 

 場を和ませるためか、エヴァンジェリンが千雨の義理堅さをほめれば、いくらか恥ずかしそうに彼女は頬をあからませた。結局、どのような兵士や戦闘者でも、彼女は少女でしかないのだ。照れ隠しに、そんなことをも思わせる、彼女の心からの笑みが浮かべられていた。

 

「さて、あと半年か。始めるとしよう」

 

 そんな背後で、エヴァンジェリンがそう呟いた事を千雨は知らない。

 

 

 

「まだまだ!」

「―――斬る」

 

 一方その頃、フォックスと刹那はまだ打ち合いを続けていた。

 先の発言の後に、刹那は雷鳴剣を使って刀身に電気を纏わせる。其れに対して、フォックスは刃の先にのみ気を纏わせて迎え撃った。衝突、そして刹那の剣技は霧散させられる。彼女の大太刀自体に纏われた気が消えたことで、高周波ブレードの微振動が伝わる。このままでは刀を切られうと思った瞬間、身を引いて足元を斬り払いにかかる。其れを見切ったフォックスは、足の裏にとりつけた蹴りの威力を増加させる鉄板で受け流し、刀の上に立った。

 

「しまった―――」

「いくぞ」

 

 ととと、刀の上をバランスよく駆け抜け、刹那を斬り殺さんと刺突の一撃を眼球へ向けた。とっさのことで彼女は気を腕に集中させると、一旦腰を落とし、膝を折り曲げるとスプリングの要領でフォックスを上空へ投げ飛ばす。そして斬空閃を咄嗟に放つと、二撃目の斬岩剣を自身の背後に振りおろす。予想通り、どうやって空中で方向転換したのか、フォックスが彼女の後ろに控えており、一撃は彼を肩のあたりから引き裂いた。

 

「グゥッ……」

 

 苦しげな息遣いも一瞬。握りしめた左手で刹那の水月へ拳を叩きこむ。地面と垂直に飛んだ彼女は、直線状に在った気に激突して崩れ落ちたが、再び得物を握り直して周囲を警戒した。追撃に来たフォックスは真正面。なら、全力で―――迎え撃つ!

 

「神鳴流奥義・斬鉄閃!!」

「突…!」

 

 螺旋状に練りこまれた刹那の一撃と、フォックスの中央を貫通させる一点突破の剣技が衝突しあう。中央を掘り進む強引な一撃と、僅かな合間を確実に破壊する一撃は互いを相殺し、その場に気の反発による爆発を生みだした。その衝撃で両者は吹き飛ばされ、地面に倒れこむ。とっさに投げたフォックスの刀と、倒れ伏しながら放った刹那の斬空閃が再び空中で交差すると、二つの力は完全に霧散した。

 荒い息遣い、そして身体に走る痛みを抑え込みながら、刹那は口を開く。

 

「お見事…!」

 

 最後の一撃、フォックスはまた限界を超えた。

 高周波ブレードという物を媒介としていたが、確かに「気を放出する」事が出来ていた。その威力は、神鳴流の奥義をも相殺するほど。元々技の名前などは「気の在り方」を固定するためのものだが、無名のまま、気というものをしっかり固定してフォックスは扱っていたのだ。

 新たな可能性を垣間見たこと、そして、フォックスの成長に刹那は喜びを感じていた。

 

「今のが…」

「それでは、この前から私の奥義を霧散させた技を教えて貰います。ここまで付き合ったんですから」

「ああ……分かった」

 

 しかし、喜びと共に湧き上がってきた探究心。これほど自分は欲が深かったのだろうか、そう思うほどに自然と先の言葉を刹那は口にした。しかし、その疑問も押し殺してフォックスの言葉に耳を傾けることにする。暗がりでよく見えなかったが、彼女は何とも難しい表情をしていた。

 

「あの技は、高周波ブレードの振動を応用して気を霧散させただけのものだ。あんたの斬魔剣という物を見て思いついただけだがな」

「それは……」

 

 またとんでもない物を。そうして刹那はまた絶句する。

 気を扱う物にとって天敵となる技。そんなものを彼はこの短期間で編み出していたのだから、彼のポテンシャルはとんでもない。ふらふらと立ちあがったフォックスは、それだけを言うと刹那の元に手を差し伸べる。その手に捕まって、刹那は同じくふらふらと立ちあがった。

 

「俺もあんたも、今日はここまでだな」

「そうですね。……本当は、私の言うべきことですが」

 

 結局、大人のフォックスに刹那はリードされてばかりだ。あのような実戦の修行中はともかく、こう言った場面ではいつも彼に手綱を握られてばかりいる。弟子的立場の彼にそうされてばかりで、彼女はあまり面白くは無いと考えていた。本心を出すことは、言外にするくらいはあったが。

 

「それでは、ありがとうございました。私もいろいろ考えることもありますし、このままここで別れましょう」

「ああ。招集があればこのままだがな」

「今日は無いでしょう。昨日来たばかりですし」

 

 そして、昨日の侵入者も学園長の判断でフォックスに処断された。無表情で男の死を見つめているフォックスは、とても他の人に見せられるようなものではなかったが。

 二人はそうして帰路につき、ここではない千雨も同じく女子寮へと戻っていた。一日は、こうして終わりを告げるのである。

 

 さて、人間とは少しの期間で変わるもの。

 とくに千雨は、大きな変化をもたらしてしまったようだ。この変化が、半年後の運命にどう影響してくるのか……それは、またのお楽しみ。

 




結構更新が遅れました。そして、同時に申し訳ありません。
この数日の間、家の隣で祭りをしてたのであまり集中できずに変な文章が多発しています。
まあ、修行風景なので、そう本編にかかわりがあるわけではないのですが(あるとしたらパロメータチェック)。

それでは、また次回にお会いしましょう。
お疲れさまでした。


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☮秘めた思いを

今回短め。戦闘描写もありません。



人は色を持つ。
さて、あなたの色はなんでしょう…?


「ふぉふぉふぉ…いい塩梅じゃの」

「それは、どういうことでしょうか? 学園長」

 

 その問いに対して、老人の軽快な声が部屋に響いた。

 明るく照らされた学園長室に、学園長・近衛近右衛門と色黒の教師・ガンドルフィーニが対面していた。学園長の机に置かれている水晶玉には、グレイフォックスと死闘を交えて切磋琢磨するタカミチと刹那の姿。結局、三人合同で訓練するという形に落ち着いている様子が見て取れた。

 そう、学園長が使っているのは遠見の魔法。基本的な魔法なのだが、学園長と言うだけはあって、この麻帆良で彼に見えない場所は無いと言われている。…まあ、のぞきで使っていた前科もあって、この魔法の使用時には制限が課されているのだが。

 

「なに、葛葉くんの持って来てくれた甘味じゃ」

「普通こっちではないのですか!?」

「ふぉ、若いもんは落ち着きが無いのう……」

「あなたがそうさせているんでしょう!」

 

 まあ、わざとなのは疑いようもない。そう付け加えてから、学園長は水晶の映像をぶつりと切る。魔法の力がなくなれば、それは手入れがいきとどいた部屋の飾りになる。

 魔力の残り香がガンドルフィーニの頬を掠めると、映されていた場所の周囲の激しい戦闘の後が脳裏へ焼きついた。

 

「…害はない。そう仰りたいのですね?」

「分かってくれたようでなにより。納得しておらんかったのはお主だけじゃったからのう、あれほど仲のいい師弟となった彼を見れば、君も…と思ったまで。

 麻帆良の手が回らない場所をカバーしてくれたという実績もある。それで…どうじゃ?」

「………」

 

 ガンドルフィーニは生粋の魔法使いだ。それゆえに、保守的な面もあって危険分子やイレギュラーには少々過敏な反応を持つことが多い。比較的生徒の自主性(自由性)が大きい麻帆良でも、厳しく取り締まる教員として名を馳せていることから、その性格はうかがい知れる。悪く言えば、人当たりの悪い先生とも受け取られがちだ。だが、そんな彼にはとある一点を持っていた。才能や技術、伸ばせば光る点を正確に見抜く慧眼。それが彼の長所であり、それを生かして麻帆良高等部の進路指導の教員としても有名だった。

 だからこそ、こう言ったイレギュラー要素には弱い。人の本質を知り、そのうえでカリキュラムを組むことはできても、予想外のアクシデントには弱いのである。とはいっても、RAY達のような途轍もなく大きなイレギュラーに限って、ではあるが。

 こう言った人間性ゆえに、麻帆良の裏事情に通じている者で、「RAY・フォックス」という存在を受け入れていないのは彼だけとなった。…もうここまでで分かった人が多いだろう。その彼を説得するために。学園長はこういった機会を与えていたのである。

 

「フォックスくんも己を高めることだけに執着しており、頼まれれば即興の連携もこなし、この学園の“汚れ仕事(あとしまつ)”を率先してこなしてくれる甲斐性もある。そんな人物を派遣してきた謎のRAYというあの機械についても、悪い“物”ではないのじゃろう。

 ……認めてやってくれい。これでは、ワシもガンドルフィーニくんが気を張り詰め過ぎる様を見たくはないのじゃ」

「その言葉、染み入ります。……ですが」

「……まあ、そうじゃろうなあ。分かってはおるよ。“君の過去”を」

 

 ガンドルフィーニは、その言葉に肩を震わせることで反応した。甦るのは、幼いころ。今はそれだけしか、明かすことはできないのだが。

 

「致し方あるまい。やはり、君自身が彼らと接してくるといい。出来れば……フォックス君を叱ってほしかったんじゃがな」

 

 叱る? その名前には不釣り合いな単語を聞き、ガンドルフィーニは顔をあげた。そこには、物憂げな学園長が静かに座っている。どういう意味なのかと、問い返すと分かっていたのだろう。学園長も、誰かに言い聞かせるように言葉を吐きだした。

 

「残念ながら聞いてしまったのじゃが、フォックスくんは現代治療の実験台にされたらしい」

「治療の、実験台…!」

 

 治療と言えば聞こえはいいが、我々に使われる治療法は数々の失敗と思考錯誤を繰り返して成功した「安全な方法」。人間に確実に効く様に同じ哺乳類の小動物や所謂「モルモット」を使って技術を躍進させてきた。だが、治療法の確立には、確実で早期に立証できる方法がある。それが――「人体実験」。

 人間自体へまだまだ未踏の治療法を試し、「人間」のデータを採集して調整していく。当然、実験台となった人は難題の治療をするために、未知の治療法で「失敗」して死んでいく例が多数。いや、実際に行われれば半数は命を費えるだろう。だが、その代償は大きい。人間そのもののデータが取れるのだから、調整や修正点も比較的楽に対応できる。ラットやモルモットから人間用に調整するという手間が省けてしまうのだから。

 だが、これだけは「禁断の領域」。それだけは、誰にでもわかることでもあるし、誰もがしてほしくない、されたくないことだ。皆も、これについては慎重になってくれ。

 

 ―――話を戻そう。こう言った非道の数々の中でも、生命の神秘に介入する「遺伝子治療」、そして諸行無常を体感する「老衰」。この二つに対抗するための治療実験が、フォックスに行われていたのだ。そう学園長が説明すれば、ガンドルフィーニの顔色は真っ青に変わる。

 

「老いとは、恐ろしい物じゃのう。ワシも現役のつもりじゃが、それでも身体の節々にはガタが来ておる。それを補助するべく強化外骨格の発明にも付き合わされたとか。…痛い、では済まされんじゃろうな」

 

 強化外骨格も、理論を詰めた機械の腕。それを人体実験に使うということは、試作品のトライアル。つまり、暴走などと言った危険もある。

 

「周りの人間は止めなかったのじゃろう。そして、嬉々としてフォックスくんを利用し続けた。足を止めぬ者の末路は、いつか落とし穴に落ちて自滅じゃ。

 ……さて、ここまでがワシの説得じゃ。どうか、ほめて伸ばすタカミチでもなく、彼と共に上を目指す刹那くんでもなく、大人の物言いが出来る常識を持った君。ガンドルフィーニくんが本当の“教師”になってやってくれんか」

「学園長も……お人が悪い」

 

 どこまでも、真っ直ぐな老いぼれの目。当然ながら、ガンドルフィーニもRAYたちを嫌悪していたのではなく、疑っていただけ。彼は家庭を持つ一児の父だ。だからこそ、全てを否定などと言う幼稚な考え方は持っていない。ただ、信じるという要素が見つけられなかっただけだ。

 だが、その相手が「教え子」に置き換わってしまってはしょうがない。彼は、ゆったりと息を吐きだした。続けざまにもう一度だけ、深く息を吸う。

 

「引き受けざるを得ない。本当に、追い込むことが好きなお方だ。その、一つの事のためには容赦のない性格。だからこそ、私も守る物をはっきりと区別することが出来るので、ついて行くのですがね」

「ふぉふぉふぉ」

「まだ笑うにはお早いですよ」

「ふぉ!?」

 

 完全に落ちたか、などと雰囲気ブチ壊しなことを考えていた学園長の声が驚愕に染まる。ガンドルフィーニとて、治安へ貢献し続ける聖人君子ではない。むしろ、安寧のために鬼にもなる存在だ。だからこそ、彼はすがすがしく笑っていた。

 

「今度、彼と対戦を組ませて貰いたいのです。見世物として見てもかまいませんが、一度、私自身の目で彼を“見たい”。今のお話では、私はこれくらいしか思い浮かびませんな」

「むぅ、流石に石頭は伊達ではないのう……」

「誰が石頭ですかっ!」

 

 どうしてあなたは締めさせてくれないのだ。と、彼は額に手を当てる。続きざまに溜息を吐いた姿を見て、学園長は高らかに笑った。

 麻帆良学園に教師として就任している限り、こう言った学園長のおふざけに付き合わされて心労が絶えない生活を送るのは、デフォルトになってしまうのだろうか? まあ、西出身の狸なのだから、仕方ないことなのかもしれないが。

 

 

 

 水晶玉に移された景色の向こう、その剣閃が止んだ頃。三人は得物を収めて向かい合っていた。今日の修練はここまで、という学園らしい締め方をしているようだ。

 

「うん。気の扱い方は僕たちよりもすごく上手になったね。飛ばせないのは相変わらずみたいだけど」

「だが、今回で新たな欠点もあった。桜咲のように気を変換することも出来ない」

「…私の見立てですと、フォックスさんは“素のままの気”を扱うことが出来る性質なのでしょう。その他の発展した使い方はできませんが、基礎がそのまま発展を上回るほど強力になる、そういった才能を持っているのかと」

 

 そう言った刹那を見て、そうか、とフォックスは一考する。闘いの基本、基礎、基盤。格闘術に一点特化した「気」を扱えるというのは、自分にとってはこの上なく相性が良い。難点は長距離の相手には効果が薄いことだが……。そこまでで、彼は一旦考えを区切る。その様子を見ていたタカミチは、再び口を開いた。

 

「何だかんだで、二人とも上達していることは確かだよ。僕も出張が続いた分の鈍ったところを矯正してもらっているし、おかげで基本の大切さを思い出したからね。刹那君も、とても強くなったし」

「いえ、フォックスさんに追いつかれる前に、更に腕を磨かなければなりません。お嬢様をお守りするためには、まだ足りないのですから」

「あ、彼の口癖移ってるよ」

「…え」

 

 そのやりとりで、もうここに居ても修行が出来ないと思ったのか、フォックスは二人に背を向けた。どうやら驚異的な脚力で格納庫に向かうつもりらしく、強化外骨格に埋め込まれていない、独立したステルス迷彩に手を駆けたのだが、それを見た刹那が引き留める。

 

「あ、フォックスさん!」

「…なんだ?」

 

 おや、と眉をあげたタカミチは沈黙を守る。横に居る刹那の唇は、次の言葉を繰り出した。

 

「今日も、ありがとうございました!」

「ああ。こちらもな」

 

 そう言って透明になり、地面を叩く音を残して彼は跳躍して行った。地面の影がかろうじて彼の居場所を示すも、それも夕暮れに呑まれてすぐに見えなくなる。

 

「それじゃ、僕らも切り上げようか」

「はい。高畑先生も、ご足労いただきありがとうございます」

 

 そして二人もいなくなる。

 誰もいなくなった森の一角を、世界樹だけが静かに見つめているのだった。

 

 




少し切り詰めてみましたが、どうでしょうか?
これは布石会と思っていただければよろしいかと…。

あ、それからもうばれてると思うので言っておきます。
ガンドルフィーニ先生、「レギュラー入り」確定です。

それでは、ありがとうございました。
夜遅くに呼んでいる人は、そのまま寝るか休息で体を休めるといいです。


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☮世界見降ろす先で

散りばめられたビーズは、宝石のようなもの
散りばめられた宝石は、財宝のようなもの
では、人工的な宝石は何と見ればよいのだろうか

ビーズと同じ価値の人工物?
宝石であるから同等の宝物?

答えは、その偽物の宝石だけが知っている。


「よく来たな。待っていたぞ…グレイ・フォックス」

 

 正義を謳う褐色の教師がサブマシンガン片手に広場の中心に立つ。相対するは、技術の毛皮に身を纏った人工の狐。閉ざされたバイザーの奥には、無表情の男が教師を見据えていた。

 その周りを囲っているのが麻帆良の「関係者」。魔法を扱うシスター見習いから御年600を超える大魔法使いまで、この馬鹿馬鹿しくも華々しい「見世物」を見守っていた。とはいえ、今はステージの二人が主役の世界。沈黙が場を覆っている。

 黒人教師――ガンドルフィーニが、動く。

 

「このような機会を下さった学園長に感謝を。そして、今から君と闘えることを楽しみにしていたよ。フォックス」

「……なるほど、そう言うことか」

 

 その呟きは、外骨格の中で反響して消えるに終わる。はたから見れば、フォックスは無言で構えを作ったようにも見えるだろう。そんな彼は、ここに呼ばれるまでの経緯を思い出していた。

 この地へと再三に渡り連れ出された第一声は、格納庫へいつものように訪れたエヴァンジェリンと千雨から。元々はエヴァンジェリンから千雨経由だったのを、直接来ることで学園長(クライアント)からのお達しと言うことを伝えたのである。ゆえに、断るわけにもいかずに、このような深夜に集合をかけられたのであった。その際にはRAYも呼ばれていたのだが、それは千雨の肩に乗っている――

 

「RAY、こんくらいか?」

『≪ええ、丁度いいわ≫』

 

 仔月光がライブを請け負って参加することになった。当然、仔月光のカメラ越しであるために、直接姿を現さない限りはRAYの姿は教師・生徒陣には見ることはできない。手の込んだ事をするものだ、そう感心して、フォックスは眼前の「相手」に向き直った。

 彼の見立てでは、闘気は十分にある。ただの一度もまともに共闘をしたことが無い相手であるため、その実力は未知数だというもの。知る限りにタカミチ以外の「魔法使い」は後衛に徹する戦闘スタイルを好み、近接にはある程度の距離をとって対応するというのが主なスタイルであった筈。

 だが、それも今回だけは通用しそうにないらしい。ガンドルフィーニの手にはナイフとサブマシンガン。これだけ見れば科学が浮き立って見えるが、彼には魔法という手段も存在する。彼の闘い方の詳細は、これだけでは読み取ることが出来ないわけだ。

 

「珍しいな。(プロジェクト)90…ベルギーのPDW(個人防衛火器)か」

「周りに跳弾を当てるわけにはいかないからな」

「いや…」

「…………」

 

 おもむろに言葉を発し、静かに、視線をガンドルフィーニの銃に向ける。手入れが行きとどいており、どれだけ丁寧に扱われてきたかが分かる。

 

「魔法使いが銃を使うとは、ということだよ…」

「…そうか。では、御託はここまでにしよう」

 

 ガンドルフィーニが視線を学園長に投げると、小さく頷いて観客との間に薄い魔法障壁が張られる。だが、その濃度は――

 

「どうだ? 長谷川千雨」

「これは…流石は学園長ってことか」

 

 魔力濃度89%。外側の一枚だけでこの表記が出ているということは、内側の魔力濃度は有り得ない濃さ。すなわち、100%に達しているということだろう。それだけの障壁にも関わらず視界がぼやけるなどと言った興の覚めることも無い完璧な仕様は、学園長の真の実力を伺わせ―――

 

「ぜえ…ぜえ……すまぬの、早めに終わらせてくれい……」

 

 ることなく、単に寄る年端には勝てないらしい。

 学園長の様子から、短期決戦を決め込んだガンドルフィーニと、久方ぶりの真正面から銃を扱ってくる相手に高揚し長期戦を望むフォックスとが、それぞれの得物を構える。フォックスは腰を落とし、高周波ブレードを水平に。ガンドルフィーニはナイフを後ろ手に、正面には銃を持った手を。混じり合うは視線と視線。交差し――地を蹴り地面が弾け飛ぶ。

 

「ッ」

 

 踏み込んだのはフォックス。初手は様子見ということらしく、安直に袈裟に振りおろした。が、水面の木の葉のようにかわし、バックステップの慣性を利用して刺突を繰り出す。ブレードの微振動でガンドルフィーニの左手ごと弾き上げたフォックスは、ハイキックで間を詰めた。しかし、それも予期していたかの如く事前に動かれ、かわされる。手ごたえのない、ふわふわとした雲を相手取っているようだと、フォックスは内心ごちた。

 その瞬間、

 

「ヴォル・テル シン・ク イクバール……」

 

 静かに告げられる始動キー。それは、このような高機動戦闘の中では隙を自ら見せに行くようなもの。あれほど大口を叩いたというのに、素人? フォックスはそう考えながらも、注意を怠ることを忘れない。そう、少し考えると思い当たる。戦闘中に呪文を唱えるということは、すなわち―――

 

「氷の精霊 11柱 集い来りて 敵を切り裂け」

「させんっ」

 

 高まる魔力は千雨のソリッドアイで24%。決して高くは無いものの、一般人相手に脅威であることは間違いない。そんなものを受けてしまえばフォックスとて無傷にはいかないことは自明の理。頭部の残光を棚引きながら刀を振りおろせば、左手のナイフにガチリと「柄」を阻まれる。フォックスの眼前には、ピタリと銃口が据えられた。

 

魔法の射手(サギタ・マギカ)!! 連弾(セリエス)氷の12矢(グラキアリース)!!」

 

 同時に火を吹くP90。その弾丸に……いや、その「魔法」に添加された銃弾の物理衝撃と回転運動。そして魔法の冷気がフォックスを襲う。急ぎ身を翻し、横方向へ脚力を集中、一気に音速を超えて距離をとる。だが、氷の弾丸()はフォックスを追撃、誘導弾と化していた。隊列をなし、弾幕として襲いかかる魔法の矢を、フォックスは「気」を張ることで肉体と装備を強化。ブレードで7本を薙ぎ払うと、残りを外骨格にグレイズさせて地面へ誘導。全てを捌ききった後には、再びフォックスを狙うガンドルフィーニの姿を目にする。

 

換装(リロード)連弾(セリエス)炎の5矢(イグニス)

「消す!」

 

 続きざまに魔法の矢を装填したガンドルフィーニは、ゆっくりと歩いて距離を詰めてきた。対して、走りながら気を奔らせた高速微振動の刃で「魔法の構成」を崩壊させていくフォックス。再び両者の距離がゼロになった時、同時に技を放つ。

 

紅き焔(フルグランティア・ルビカンス)!!」

崩力(ほうりき)

 

 無詠唱ながら放たれた凶悪な爆炎がフォックスを包むと、彼は格納していた高周波ナイフで周囲を横薙ぎに一閃。魔素がかき消されてガンドルフィーニの魔法は根本から定義を崩される。その勢いのままにナイフを振りおろすと、またもや正確に柄の部分にナイフを当てられ防がれる。ガンドルフィーニは一瞬早く手を返すと、詠唱も何もない「実弾」をフォックスへと叩きこんだ。P90が舞う薬莢と破壊音の交響曲を奏でれば、その代わりにフォックスの身体が宙に浮く。それでも、外骨格を貫くには至らなかった。

 お返しだ。そう言わんばかりに空へ浮いたフォックスは3次元駆動で回し蹴りをガンドルフィーニへ叩きこむ。強化体の容赦ない一撃がクリーンヒットを反動としてフォックスに伝えると、褐色の教師は学園長の張った障壁まで吹き飛ばされた。一度壁にバウンドして、地面に叩きつけられる前に受け身をとる。

 

「まだだ! 風花(フランス)武装解除(エクサルマティオー)

 

 呪文を唱えながらにサブマシンガンが轟音を放てば、フォックスへ向かう風と銃弾の雨。ある程度距離をとったことで銃弾を全て切り裂いたが、その後の武装解除の魔法にフォックスは両手のナイフとブレードを弾かれてしまう。瞬時に腕をレールガンへと移行すると、チャージを行いながら脚部に気を集中。驚異的な脚力を手にしたフォックスは、縦横無尽に障壁内部を飛び回って撹乱を行った。

 

「ガンドルフィーニ先生って、こんなに魔法の属性を使えるのか…?」

「努力の賜物、だけどね」

「……タカミチか」

 

 千雨の呟きを拾ったのはタカミチ。彼の登場に面白くなさそうに鼻を鳴らしたエヴァンジェリンをさておくと、タカミチは試合の状況へと目を向けた。

 

「ガンドルフィーニ先生は、闇と光属性以外の魔法を中級までなら独自で自在に扱うことが出来るんだ。さっきみたいに弾丸として打ち出したり、一度詠唱すると同じ魔法は無詠唱で同じ威力のを使ったり、射手の属性を混合させることもあったかな」

「高畑先生、それって……」

「うん。普通は不可能だよ」

 

 あっけらかんと言ったタカミチ。障壁内では、撃ちこまれたレールガンを武装解除と氷楯で相殺しているガンドルフィーニの姿があった。更に闘いは熾烈になっていき、学園長の疲労は最高潮である。

 

「でも、彼はそれが出来るようになった経緯があるって話だ。…僕は、知らないけど」

「へえ……お、魔力65%。中級威力が来るな」

「千雨君の、便利だね」

「特注品ですよ」

雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)!!!』

 

 そう言って目を戻した先には、詠唱を終えて強力な旋風と稲妻を繰り出すガンドルフィーニ。フォックスは取り落としていたブレードを拾って防御(ほうりき)を繰り出したが、一歩間に合わずに足の一部と右手の先を魔法がかすめた。その跡はくっきりと焦げ跡として残っている。だが、ガンドルフィーニも先ほどの蹴りのダメージが残っているらしく、口元には血がにじんでいるようだった。

 

「そ、そろそろワシも危ないのじゃが……」

 

 そんな中、外野で呟いた学園長の声は、冷めやらぬ興奮した場にかき消される。

 

 再びブレードを手にしたフォックスは、切っ先に気を集中させると、それをライフリングをかけて高速射出。魔法の余波の中を突っ切った刀は、見事ガンドルフィーニの肩に突き刺さる。その直後に微振動による熱で肉の焼ける匂いと煙が上がったが、彼は即座の判断で刀を抜き取って放り捨てた。だが、焼けて傷がふさがっているとはいえ、左手は碌に動かせない状況に陥っていた。戦闘開始から既に5分。開始後初めて、両者は沈黙と共に向き合うこととなる。

 

「やれやれ……君も非道なものだ。模擬試合だということを忘れてはいないかな?」

「そう言うあんたは威力の高い魔法を使い過ぎだ。あの狸の障壁が無ければ、巻き込んでいただろうに」

「なに、私も魔法使い。加減はしてあるさ」

「どうだろうな……」

 

 そう言ったフォックスも、先の雷の暴風の影響で外骨格が一部ショートを起こしていた。機能そのものに問題は無いが、若干分のパワーダウンは否めない。対峙するように向き合っていた二人だが、やがてガンドルフィーニが銃口を下ろした。そして一度大きく血を吐くと、フォックスに笑いかける。

 

「―――やるじゃないか。だが、君には配慮が足りていないようだ。装備を見てみろ、随分と酷使してきたようだな」

「俺は一瞬の命の果たし合いを望んでいる。闘いの中で死ねるなら本望だ」

「……なるほど、学園長の言いたいことが分かった気がするな」

 

 フォックスも矛を収めると、学園長が汗にまみれて障壁を解除した。

 様子見程度の試合ではなかったのかと観客は静まり返り、一部の魔法生徒はガンドルフィーニの出血量に目を回している。そんな中、フォックスがバイザーを開き、強化外骨格の起動を休止させれば、皮膚の収縮で防がれていた内部の断裂した個所からの血液が隙間を縫って血の池を足元につくる。其れを見て、遂に生徒の一人がダウンした。

 両者、満身創痍の引き分け。それでガンドルフィーニがだした提案試合は締結したようである。

 

「フォックス、今度の仕事を手伝ってもらう。終わったら、私の知っている屋台で奢るよ」

「…そうか」

 

 血濡れのガンドルフィーニは、それだけ伝えると教師人から簡単な回復魔法をかけて貰っていた。対するフォックスの出血は既に止まっており、失った血液だけが彼の残存するダメージになる。格納庫でしっかり鉄分をとろうとしたところに、千雨から栄養ドリンクを手渡された。

 

「お疲れさん。早くしないと死ぬぞ?」

 

 一度音速を超え、その後も超機動で体を酷使し続けたからだろう。千雨には、フォックスが表情とは裏腹にどれだけ危機的状況なのかを理解していた。ちなみに、先ほどのドリンクにはナノマシンもたっぷり詰まっている。栄養も同時に摂取出来て、応急措置として手渡したのだ。

 

『≪未確認の魔法データも良質。フォックス、良い仕事よ。だから早くこちらにいらっしゃい。救護の設備を整えておくわ≫』

「RAY…もう少し気の利いた言葉はねーのかよ」

『≪先決問題なのは彼の治療。エヴァンジェリン、お願いできるかしら≫』

「チッ、仕方ない……茶々丸」

「はい。それではフォックス様、しばしの我慢を」

 

 死に体のフォックスは、これまで「気力」で立っていたのだろう。抵抗することも無く茶々丸に抱えあげられ、RAYの格納庫へと向かうことになるのだった。その光景を見送った千雨は、明日も早いと寮へ向かおうとしたが、声をかけられる事になった。

 

「…千雨くん、少しいいかね」

「学園長…どうしました?」

「少し、彼女と話をさせて貰いたい」

 

 そう言った学園長の視線の先には、RAYを中継する仔月光。千雨が頷く前に仔月光そのものが学園長の隣に移動したことから、了承の意を示しているのだろう。学園長がそのまま「地のゲート」を通って帰還する姿を驚愕しながらも見送ると、千雨は今度こそ寮へと歩みを向ける。

 その道中、見覚えのある二人の後姿があった。

 

(桜咲に、龍宮か…)

 

 あちらも背後の気配に気づいたのか、千雨の方を振り向く。どうやら刹那は放したいことがあるそうで、真名を先に行かせると千雨のペースに合わせて歩き出した。

 

「こうして面と向かって話すのは初めてですね。桜咲刹那です」

「長谷川千雨だ。……で、なにか用か?」

「実は…フォックスさんなのですが」

 

 どうやら、フォックスの練習相手が刹那だったと、千雨は彼女から聞いた。そして刹那が聞きたいのは先ほどの試合で重傷を負ったフォックスの事であり、ガンドルフィーニ先生と違って治療を施されなかった彼はどうなるのか、らしい。

 別段、そう隠すことでもない千雨は、RAYの元で治療を行うだろうと言うと、刹那の方はRAY、ですか……と表情に陰りがさした。

 

「その、RAYという方はどのような…?」

「ええっと…まあ、一言で言うなら兵器だよ。“水陸両用人工知能搭載型二足歩行戦車メタルギアRAY”ってのが正式名称だな」

「水陸りょう…って、兵器…ですか!?」

 

 驚愕する刹那に、そりゃそうだな。と千雨は苦笑する。

 まさか人工知能を持っている兵器そのものが千雨たちのバックについたスポンサーと言うのは想像にもしなかったのだろう。その様子は、ありありと表情に表れている。

 

「まあ、良い奴だよ。私の“これ”もアイツがいなかったら治らないままだったろうし」

 

 とんとん、と叩いたのは左目につけられたソリッドアイ。そう言えば、千雨は一年ほど前に左目を失った、という話題が持ち上がっていたが、いつの間にか眼球そのものがはめ込まれていた。さらには、何か機械の組み立てに没頭している姿も見られたことから、同じ機械同士で詳しいのだろう、とRAYに対するイメージを刹那は組み立てる。

 そのうちにイメージ内では未曾有の機械の化け物になっていたのだが、当然ながら千雨はそんな想像を知ることはできない。間違った方向に刹那の想像が加速したところで、千雨の置いて行くぞー、という声に現実に引き戻される。

 その後二人の少女は寮につき、自室で明日を夢見る眠りに就くのだった。

 

 

 

 学園長室の床が揺れたかと思うと、そこから学園長が変わった三本脚の機械を隣にして浮かび上がってきた。地面の波が収まると、学園長はいつもの椅子に座り、仔月光を机に置く。大切な資料や書類仕事に使う書類の数々は、彼が指を振るだけで、空を飛んで一定の場所に片付けられた。

 

「さて、これで場は整ったかの」

『≪面と向かって話をするのは初になるわ。私はRAY。麻帆良学園学園長近衛近右衛門、よろしくお願いね≫』

「自己紹介はせんでも良いようじゃな。まあ、あれだけ電子精霊の防壁をも貫いておるなら、ワシら事は知っておるじゃろうて」

 

 ふぉっふぉっふぉ。そう快活に笑うと、真剣な瞳へと彼は切り替わる。

 

「さて、率直に効くとしようかの。お主は学園に害をなすのか?」

『≪NO。私の望みは、ただあの子を守るだけ。

 こちらからも言いたいことがある。フォックスをそちらの戦力として提供した。そしてその戦果は貴方の知っている通り。……そこで、取引を持ちかけるわ≫』

「ほっほう…?」

 

 面白そうだと、学園長の目が怪しく光る。

 ……こうして、夜の対談は続いて行くのであった。

 




苦しかった。
いろんな意味で。

では、ここまでお疲れ様です。
ありがとうございました。


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☮紅雨降って狐は走る

・学園を治めるものよ、これが我らの提案。
:断る意義もなし。
・ならば行こう、我らが意思を示さんがために。

―――(故に)ここに契約を


 (くろがね)が打つ、心地よい三拍子は命を滾らせ、紅きレースを空に描く。きらめきをそのままに、空中演武を披露した人間は3秒もすると額の穴から命を流れ出して息絶えた。途端、むせかえる血の濃い匂い。脳髄が混ざり、薄くなった血液がこの人物の死を顕わにしていた。その死体を、何ともいえぬ表情で灰燼と変える。振り返る先には、相棒が剣を収めている姿が目に入った。

 

「終わりか」

 

 2003年、1月。二三○○付けで侵入者を排除。抗戦の意思ありとみなしてこれを殺害する。なお、侵入者の精神は精神が狂わされており、会話の余地なしと判断した故これを処す。

 一人の人生が、たった一枚のA4用紙に収まった瞬間である。

 

 

 

「やはり、気分が良い物ではないな」

「終わらせた方が賢明だった。俺のように耐えていたのではないのだからな」

「……それも、どうかと思うがね」

「よく言う。灰すら残さない炎で焼きつくしたのは誰だったか…ガンドルフィーニ」

「君も、いつも通り見事な手腕だったよ、フォックス」

 

 乾杯、とグラスをぶつけ合えば清涼な音が店内に響く。仕事を終えた二人は、とある居酒屋の個室に案内されていた。ガンドルフィーニお薦めの話が聞かれない個室のあるこの店、すっかりフォックスも常連になった。

 ジョッキの半分ほどまで飲むと、フォックスは追加注文に先ほどと同じ飲料を頼む。その名称は玄米茶。しばらくして、ビールとはまた違った茶色の液体が注がれ、店員はごゆっくりと言い残して営業の歯車を回しに行く。アルコールを摂取しないフォックスを見て、ガンドルフィーニは眉間にしわを寄せる。

 

「酔えない身体。君も不便なものだ」

「一概に悪いとは言えないがな。体調管理を気にせず、闘い続けることが出来る」

「二言目には闘い、か。君らしいよ、まったく」

 

 相対して、彼は冷えたビールをのどの奥に流し込む。大人の苦みとアルコールの酔いが身体を温め、疲れた体を十全に癒してくれた。酒は薬、とはよく言ったものだと昔の人に感心する。そのまま甘酢のかかった鶏皮に手を伸ばし、ぱくりと一口。そろそろ暑さも近い夏を先取りした肴は、食指を進ませていた。

 

「最近は忙しいようだが何かあったのか」

「ああ、2月に新しい教師が着任してくるんだ。それも、“スプリングフィールド”。あの大英雄ナギ・スプリングフィールドの息子だ。向こう(メルディアナ)の成績も優秀、正に次期の英雄としては逸材さ」

「英雄…か」

 

 思うところはある。

 国に貢献した大英雄、アウターヘブンを止めた英雄。そう呼ばれていた『スネーク』の称号を持つ男たちの姿が脳裏をよぎる。そして、彼らは英雄と称えられたその時に、口を揃えて同じことを言っていた。

 

『俺たちは、英雄じゃない…ただの兵士だ』

 

 血族の為せる遺伝か、共感する意思(SENSE)を確かに継いでいたからなのか。自分たちはただの殺人者。愛しい人を、父親を殺す任務を遂行しただけの兵士。ただの兵士だと、そのことに誇りを持って英雄を否定していた蛇達。己が命を賭したのも、あの時期の蛇に忠誠を誓っていたスネーク(BIGBOSS)の面影を見たからかもしれない。

 そこまでと、フォックスは区切りをつける。酒の席とは、飲まずとも哀愁を思い出させるものだと頭を振って考えを飛ばした。

 

「どうした?」

「いや、英雄に思うところがあっただけだ」

「……まあ、それも仕方ないだろう。着任してくる彼も、いくら英雄の息子とはいえ、たった9歳の子供なのだから」

「なに?」

 

 子供。おおよそ教師という肩書には似つかわしくない年齢が出てきたものだ。そう考えて、フォックスは顔をしかめながらにグラスを傾けた。ガンドルフィーニも思うところがあるのだろう。同感だと視線で語り、飲みきった空のジョッキを机に置く。

 

「幾らなんでも学園長もやり過ぎだ。…まあ私も、彼に“立派な魔法使い(マギステル・マギ)”として大きな期待をよせていることは否定しない。だが、いくら精霊の導きだからと言ってまだ精神も未成熟な子供を教師として送り込むなど荷が重いだろう。

 ……とはいえ、だからこその各学年のAクラスなのだがな。受け持ちは……君も知っている、長谷川のいる2-Aになるようだ」

「そうか……英雄の、息子」

「……さっきからどうしたんだ? 随分と英雄という言葉に反応するな」

「いや、些細なことだ」

 

 ここまでにしておこう。そう言って立つ彼は、少なくともガンドルフィーニに話しても仕方のない事だろうと話に区切りをつけた。割り勘で代金を支払い、ガンドルフィーニから別れると夜の街から離れて行く。闇が支配する整備の生き届いていないアスファルトの上を20分ばかり歩けば、一点の光を発する倉庫が目に入った。

 何気ない、依頼があっただけの彼の一日はその場所で終わる。

 

 

 

『≪事も無し。いい加減この空気も薄気味が悪いわね≫』

 

 麻帆良の動向を記録してあるサーバー、それへと電子精霊を掻い潜って閲覧(ハッキング)を終えたRAYは、ひと段落調べ終えた情報を此方側へと写した。そういった内面の感情に反し、一つ歩けば局地地震を起こす巨体は微動だにしない。やはり、こう言ったところで人間と感情を持った機械の区別が浮き上がる。

 

「ん、終わったか?」

『≪ええ。二月には数え年で九歳の子が教師として来るらしいわ≫』

「うげ、まった非常識な……労働基準法はどこ行ったよ?」

『≪残念なことに、ここは麻帆良よ。ある意味“日本から隔絶”されたこの土地には日本の法律は通じないし、貴女にとっては悪いことに、この子は2-A担任になるみたい≫』

「……終わった……私の中学生活」

 

 せめて、高校からは希望がありますよーに。などと祈り始めた千雨に、勉強続けなさいと言葉の鞭を入れるRAY。ほとんど期末にその九歳の教師が赴任すると言うのだが、学生にとっては大事である期末テストも近い勉強ムードが漂い始めたころ。テストそのものは2か月先とはいえ、大事な月にそんなイベントを挟んでくれば2-Aの勉強しない雰囲気が加速してしまうのは自明の理であろうに。

 

「なんだ、学園長は私らを成績のどん底に叩き落としたいのか?」

 

 そう言う千雨は間違っていないだろう。ここまでくると、最早謀略の域である。

 

『≪まあ、そのためのAクラスのようね≫』

「…?」

『≪チサメみたいな認識阻害にかかりにくい子、魔法に携わっている子、麻帆良の異常を身体能力、性格、及びに頭脳で発現している子。―――そう言った明らかな“逸脱者”が集められているのがAクラス。全学年にぴったり30人弱、という訳にはいかないけれど、意図的にそう言った集団を作っているシステムが麻帆良全学年にあるわ。もっとも、逸脱を通り越した“裏”を知っているのはごく少数だけど≫』

「じゃあ、私らは更に異常ってことだよな……“関係者”はほとんどだし」

『≪そこは疑いようが無いわね。…あ、そこの答え連邦共和国じゃなくて“ソビエト社会主義共和国連邦”よ≫』

「え? …あ、逆で覚えてた」

 

 溜息と共に赤ボールペンが紙上を走る。千雨も決して頭が良いというレベルではなく、少しパソコン関係に強いだけの普通レベルの頭脳である。日々の勉学は欠かしてはならないというRAYの言に強制的に従わされ、今日も問題集を埋めて行く彼女であった。

 と、そこに扉から入ってくる人影がある。その人物からは赤い液体が垂れているせいで、オイルと鉄くさい匂いに重度の生臭さが加わってしまう。本人がまったく怪我をしていないところ見るに、返り血ということなのだろう。人影はそのまま、最近備え付けられた専用のシャワールームに向かって行った。

 

『≪あら、新しい外骨格はどうだった?≫』

「いいものだ。ただ、右足の膝間接に軋みがある」

『≪サイズ削り間違えた? まあ、早く洗ってきなさい≫』

「ああ」

 

 血のこびりついた外骨格を脱ぎ捨てると、その下からは逞しく鍛え上げられた肉体が露わになる。血の生臭さとそのような肉体美を見せつけられた千雨は勉強どころではなく、深いため息に言葉を乗せて彼…フォックスに急ぐように言った。小さく返答を返すと、今度こそ彼の姿はシャワールームに消える。

 

「流石の私でも、ちょっとこれはねーよ。……外行ってくる」

『≪空気の洗浄しておくわ。シャッターを開けるから待ってて≫』

 

 実戦では頼りになる男は、生活空間では非常に迷惑な男となってしまったらしい。

 この後、フォックスは千雨から返り血をちゃんと拭いてからにしろ、などと説教を1時間に渡り聞かされ続けていたとか。彼に幸あれ。

 

 

 

 そして翌日。彼女が登校する道にはエヴァンジェリンと茶々丸が立っていた。千雨を待っていたようで、彼女が見えるが否や其方に小走りで近寄った。どうせ、碌でもない事だろうと思いながら。

 

「貴様の事だ。2月の教師については知っているのだろう?」

「あれか」

「奴は貴様にとって特上の魔法使い(イレギュラー)要素だ。余り関わりを持ちたくなければ、ここしばらく桜通りを通らないようにしておけ。私が活動中だからな」

「分かった。…にしても、桜通りの吸血鬼ってエヴァンジェリンだったのかよ」

「現在マスターは雌伏の時。私も時に備えて調整中ですので、しばらくはそちらに行けなくなりますね。申し訳ありません」

「はいはい。じゃ、RAYも聞いてただろうし、さっさと学校行くぞ」

 

 とん、と千雨が頭を叩くモーションはRAYもどうせリアルタイムで聞いていただろうという仕草。実際、忘れがちであるが千雨の傍にはメタルギアMk.Ⅱが常につき従っている。その映像・音声から常に外の情報を仕入れているのだから、話す二度手間が省けるという訳である。ただ、知っている者は千雨とRAY以外にはいないのだが。

 そんな動作を“なのましん”という奴か、と納得したエヴァンジェリンは鼻を鳴らし、足早に中学校を目指した。頭にあるのは、ボイコットの一文字であったのだが。

 

「それしても」

「?」

 

 思い出したように訪ねるエヴァンジェリンに、千雨は首をかしげる。

 

「貴様の戦闘技術、行動パターンは訓練開始の頃から歴戦の兵のようだったが…体力は最低値。いったいどのようなトリックを使った?」

「ああ、ナノマシンからの情報提供だよ。ここはどうすればいいか、この場面で銃を撃つべきか、最終判断は私に委ねられるけど、最良の動きが何となく取れるようになるんだ。まだまだ身体が追いついてないけどな」

「戦闘情報が直接身体に、か?」

「そんな感じだ」

 

 本気で動くためにはカエル部隊の兵装が必要だけど、と千雨がいうのだが、そこで何故カエルが出てくるのか分からない茶々丸は首をかしげていた。一方、エヴァンジェリンは先ほどの話について整理する。“なのましん”というらしい極性のそれは、人間の体調管理をするものだと思っていたが、その実、簡単に闘いの初心者を中堅、程度によってはベテランまで引き上げる兵士の量産機にも成りうるということを。

 これが兵器転用されてしまえば、いや、元々は兵器であるRAYがいた世界で普及していた技術。もしこの世界でこのようなものが解明され、蔓延ろうものならば……戦争が。人の欲望を増大し、国を、技術を無限に成長させる最悪の事態が起こってしまうだろう。その時、世界は―――

 

(いや、考えすぎか)

 

 今はまだ、長谷川千雨とグレイ・フォックス。たった二人が独占している技術である。RAYもその危険性は分かっているだろうし、その情報や実物を秘匿するための手段を打ってあるだろう。RAYは兵器とはいえ、自立している。闘いを好むという訳でもないのなら、心配は無用だ。

 

「どうしました? マスター」

「いや…少し考えていただけだ」

 

 こうして考えれば爆弾であることは間違いない存在と分かったのだ。今はそれでいいだろう。そうしてエヴァンジェリンは思考を切り替えた。

 今は平和なのだ。まさか、英雄の息子とはいえ“スプリングフィールド”が全てを始める訳でもあるまい。自分はソレから少し血をもらって呪いを解くだけ。普通は一人の人間から全ての連鎖が始まるのだが、それは日常と言う連鎖でしかない。英雄の息子は、まだ英雄ではない。戦いに人を巻き込むわけではないのだから、そう未来を心配することも無い。

 間違っては居ない、至って平常な思い。だが、エヴァンジェリンはそれを撤回することになるだろう。麻帆良に投げ込まれる予定の新人教師、“ネギ・スプリングフィールド”。彼は、物語の主人公でしかないのだから。

 

 だから、今はただ忘れよう。

 この薄暗い身の上には不釣り合いな、淡い日常を甘受して。

 

 

 

 RAYのいる格納庫は、核ミサイルが直撃しても外壁が少しそげる程度で耐えられる構造だ。核抑止が採られていた冷戦(ピースマン)の時代、そして戦争経済を切り抜けるための頑丈な基地の一部として作られているのがその大きな理由だった。

 故に、防護システムも完備されている。搬出口のシャッターは幾重の防壁を圧縮したもの。壁は言うまでも無く、頑丈・屈強な合成金属を惜しみなく使った特殊合金。侵入者など入れるはずもない。

 

 だが、空である。

 RAYは、ここには居なかった。

 

「どこへ行った…?」

 

 異常を察知したのは一匹の狐。群れ(せかい)からはぐれた、孤高だった筈の存在。

 彼女が鎮座していた筈の場所を見つめて、直後に行動を始めた。強化外骨格を装着し、オクトカムの上にステルス迷彩を起動させる。すなわち、RAYの捜索のために。

 

「…これは」

 

 その最中、コンソールには一つのデータが映っていた。

 『麻帆良、はずれの森にて正体不明の熱源を感知』。魔力ならば学園長からフォックスに連絡がある筈、だが、それに気づくことが無かったというのは―――魔法や気の力を持たない者だろう。

 

 どうせなら誘えば良い物を、とまだまだ状況判断の未熟なAIに不満を飛ばすが、本人はここには居ない。そう深く予想などするまでも無く、はずれの森に向かったのだろうと辺りをつけるや否や、フォックスもすぐさま走りだした。

 白昼堂々と現れた愚者。態々切り札を動かした無礼者に天誅を与えるべく、狐と閃光は集うのだろう。戦場と成るか否か……いや、彼女が動いたのならば闘いと呼べるかどうかも怪しいのだが。

 

「チサメ、メッセージを送る。RAYが侵入者情報を感知、麻帆良はずれの森へ独断専行を起こした。これより俺もそちらに向かう」

 

 これでいい。メッセージを送信したことを確認して、狐は化けた。

 

 





さて、ネギ君が来る前にひと騒動です。
私達は好きですよ? ネギ。(豆腐とか、ラーメンとかに合いますし)

本当の主役はだれか、という質問が多く寄せられていましたが、こうして二次創作を書く以上、誰が主役ということはなく、なるべく全員にスポットライトを当てていきたいのです。つまり、FF6状態。うわー投げやり

まあ、もし誰かから横やり入れられてもやりっぱしで突っ切るつもりです。
ここまでお疲れさまでした。またお会いしませう。


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☮時の過ぎた残骸

時間が経とうとも、変わらないものがそこにある。
意思だけは、個人のものでは終わらないのだろう。


 景色は前方から後方へ、回転するスクリーンに映った張りぼてのように抜けて行く。木の間を縫うように走る彼は、知らずに木が自分から道を開けているようにも見えるものだと詩人を語る自分を嘲笑した。

 そして、立ち止った瞬間に面として広がる森の光景。御丁寧にも彼…フォックスが修行に使用している森の一角に、その目標は点在していた。その一匹が、牛に似ている間の抜けた声を上げる。その数はこの森の一角を埋め尽くすほどであり、余りにもな光景に彼は笑みを浮かべる。

 

「≪フォックス、来たのね≫」

「これは、確かに誰にも告げないわけだ」

「≪どこから湧いて出たのかしら。あるいは、私たちと同類か――≫」

「成程、当たっているかもしれないな。だが御託を言っている場合ではないようだ」

 

 そんな調子で、RAYに楽しげに語りかける彼。戦闘狂もここまでくれば大概なものだと呆れる彼女もレーダーで探知を開始した。周囲の200メートルはこの無数の「月光」で埋まっているらしく、レーダーに映る赤い光点はうぞうぞと(ひし)めいている。…牛のような鳴き声を持つ機械群にとって、なんと言葉遊びに相応しいか。あるいは狙っていたのかもしれないわね、とRAYの思考回路は肺が痙攣するように引き攣った。

 

「≪あら、ご都合()ね≫」

「どうした…?」

「≪おでましよ≫」

 

 月光の群れを割って出てきた人物は、熱い革の鎧とコートを着込んだ巨人。手に持った大斧は2メートルを超していた。牛飼いにしては屈強な人物であるな、フォックスはそう言って笑いかけた。

 

「ヴヴヴ……ヴァァァァァッ!!」

「またこの手の相手か。最近多いな」

「≪思考値、精神ハーモニクス共に異常値を示しているわ。薬か元々か、狂っているには違いないわね。……そっちはお願い≫」

「了解した。機械群は任せよう」

 

 常人なら聞くだけで怯むであろう咆哮を聞き流し、大胆にも「新しい」強化外骨格を試すいい機会だと、そう言った彼は構えをとる。その装備は目につくプロトタイプ特有のオレンジ色が消えていて、新しい配色のメインカラーは薄いグレー、サブがダークブルーへ据えられており、間接などの接合部を補強する黒い線は炭素硬化による重量軽減・装甲重厚化がもたらされている証拠。より隠密に長けた改良型の強化外骨格を身にまとい、フォックスは不敵に笑う。

 

「いいぞ、闘いの基本は格闘だ。武器や装備に頼ってはいけない……強化外骨格の俺が言う台詞でもないかもしれないが」

 

 武器を持つ相手に対して、徒手空拳。高周波ブレードは鞘に仕舞い、頼りがちな右腕のチャージガンのエネルギー配給を停止させる。自前の爪を研ぎ澄ました狐が今、野に放たれた。

 

 

 

「…おい、マジか」

 

 その頃の教室。既に授業が始まっている時間だったのだが、千雨の口からは思わずその台詞が出てしまった。隣に居るエヴァンジェリンはその意外そうな声を拾い、一体どうしたのかと尋ねてくる。一瞬答えに詰まった彼女だったが、エヴァンジェリンが機転を利かせて「秘匿会話が雑談に聞こえる魔法」を使ったので、渋々ながらも詳細を話すことになった。

 

「……所属不明の“兵器群”にRAYが接触したらしい。学園側が動き出してないところを見ると、結界とやらを掻い潜ってきたっぽいな」

「…なに? 私は結界の異常に一番敏感だと自負しているが……そんな様子は感じられなかったぞ」

 

 とある事情から、エヴァンジェリンは麻帆良大結界の異常察知に長けていた。だが、その彼女をして結界に異常なしと言われたということは、学園側はこの以上に察知できていないということを現していた。

 

「この授業の先生が魔法先生なら良かったが…」

「残念ながら一般の教師。ともすれば奴らに任せるしかない、か」

「いや、データ通りに相手が“月光”なら出来ることがある。……授業サボりになっちまうけど、手伝えるか?」

「……まあ、この機会でジジイに貸しを作るのも悪くないな」

 

 千雨の提案に悪だくみを思いついた犯罪者のように笑う。その悪意たっぷりの笑顔にちょっと引いた千雨だったが、どうやったのか顔を真っ青に染め上げると挙手をした。

 

「すみません。体調が酷いので…」

「あ、あら長谷川さん大丈夫?」

「え、ええ……マクダウェルさん、手伝ってもらえますか?」

「ええ。すみません、私たちはこれで」

 

 お大事にー…と教師のエコーが掛かった声を聞きながらドアをぴしゃりと閉める。すると、一気に顔色が戻った千雨は一つ頷いて、二人共に足音を立てないようにしながら「屋上」へと走った。片方は少しだけ浮いており、もう片方は走っている筈なのに足音が無いという異常な光景だったが。

 

「それで、屋上でどうするんだ?」

「この時間と次くらいまでならどのクラスも使わない授業の筈。ちょっと私らで占拠して、フォックスかRAYの援護をするさ」

「……おい、この状況で遠距離狙撃は不可能な筈じゃ―――」

「っと、意外に早く着いたな。教室が近くて助かった」

 

 そう言って彼女は、最近身につけだしたポーチに手を突っ込んだ。すると、そこから出てきたのは木製の銃床。どう考えても入らないだろうという突っ込みをする前に、エヴァンジェリンの眼前で20cmほどのポーチからは730mmの狙撃銃――「モシン・ナガンM1891/30」が顔を見せる。更に232mmのサプレッサーが慣れた手つきで装着されていき、5発の弾丸を込める時間は実に8秒。ようやく我に返ったエヴァンジェリンは、当然の如く突っ込みを入れる。

 

「ちょ、長谷川…おま、それどっから出したのだ!?」

「え、いや。……普通だろ」

「ふ、普通はそのポーチに収まらないだろうがっ! 貴様が好きな常識はどこにいった!?」

「いや……これがRAYも普通だって言ってたし、それより集中したいから少し静かにしてくれよ」

 

 呆れた目つきでそう言った千雨は、再びポーチから一錠の薬剤(ペンタゼミン)を取り出して口に含むと、一気に飲み下し、深呼吸して脳に酸素を送る。ソリッドアイを装着してからサイトとそれを直結させ、体制をうつ伏せに切り替えて目標地点をサーチ。見つけた、と言った頃には彼女の指は引き金に添えられていた。

 

「フォックスと……なんだあれ?」

「…どうやら侵入者というのは本当だったようだな。しかし、どこからあんな軍勢が入って来ていたのか」

 

 遠くに目をやりながらそう言ったエヴァンジェリンの足元には、魔力補充用の魔法薬のフラスコが転がっていた。吸血鬼の超視力を使うために魔力を回復させたのだろう。だが、彼女はその軍勢に対してよくやるものだと、呆れた表情で現状を物語っていた。千雨も言葉をそれだけにして照準を合わせ始める。そして、引き絞られた指と共に一発目の弾丸が風を裂いて飛翔した。

 

 

 

 見る限りは何かの皮で構成された相手の防具。やりにくい相手だと考えたフォックスは、周囲の月光にも注意を割きながら早々に装備を切り替えた。当然ながら手にしたのは高周波ブレードであり、それが高速振動を開始したのを「皮切り」に、相手の巨漢へと一閃。しかし、刃は皮の上を空しく滑ってしまうにとどまった。余りに軽いその手ごたえに、フォックスは実に相性の悪い相手だと内心舌打ちする。だからといって、現状が変わるわけでもないのだが。

 

「ゴォォアァアアァァァッ!」

「くっ……」

 

 だが、それが不利かと聞かれればそうでもない。相手の動きも鈍重過ぎて彼もダメージが無いというのが事実。お互いに、(巨漢の方は分かっているかも定かではないが)解決策を未だ模索しているまま、この無意味な均衡を保っていた。敵の来ている皮は「気」による強化も纏われているらしいので、銃弾も効果は望めそうにはない。……ともなれば、手段はごく僅かに限られる。長年の相棒である手持ちの高周波ブレード。この一本に気を集約させた一撃で丸ごと切り裂くしかないのだろう。

 薙ぎ払いをしゃがんで避け、試しだと再び関節を斬りつけるがそれも逸らされる。やはりああするしかないかと、それでも心配なのは……

 

(やはり、敵そのものの強度)

 

 鎧を切ったとして、「肉を切らせて骨を断つ」で返されてしまえばフォックスはそれまでだ。大ぶりで鈍重な攻撃を再び避けるが、これも当たっていないからこそ。敵を侮るような真似をすればやられるのは分かっているからこそ、この超常現象が渦巻く世界での戦闘は慎重にならざるを得なかった。思考に区切りがついたその時に振り降ろされた斧をブレードで逸らし、地面へと陥没させる。その隙をついて刺突を繰り出したが、どこまでも頑丈な相手のようで、手には皮のほんの先の方を破る感覚しか返ってこず、貫通とまではいかなかった。新たに理解できた相手の特性に、舌打ちが今度こそ表面(げんじつ)に浮き上がる。

 ほんの少し程度の伐採にはびくともしない、そんな「敵」はいつしか戦った巨大兵器メタルギアを彷彿とさせた。やはり、趣味ではないが大技に頼るしかないようだと彼は次の行動をシュミレートした後、可能性にかけて実行を採った。

 

「はぁっ!」

「ごぁっ!?」

 

 動きはフォックスの方が速い。ならばと背後に回った彼は、古典的ながらも両膝裏に均等に衝撃が行くように蹴りを放った。一般とは程遠い巨躯と重量のある得物を持った敵は、たまらずに支えを失って地面へ倒れこんだ。体勢を立て直すのに時間はかかるだろう。そう見越した彼は刃先へ気を集中させ、必死に起き上がりながらの悪足掻きの一発を避けると、そのそっ首へと刃の軌跡を―――描く!

 

「ッ!!」

 

 刃は、彼の力の限りに振り抜かれた(・・・・)

 瞬間、時間そのものが遅刻したように皮の鎧ごと首は正位置よりずれていき、根元からは血液が噴水の如く飛び上がる。血飛沫は生臭い香りを森の木に張り付け、首がごろりと転がるころには身体も完全に動かなくなっていた。流石にこうなってしまえば活動を続けられる生物など存在しないだろう。

 ピッと刀を振るって血糊を払い、鞘へと刃を収める。さて、この事態はどういうことかとRAYに通信を繋げようとした瞬間、彼を覆うほどの影が背後から伸びた。牛のような鳴き声がその正体を現している。

 

(ッ、平和ボケが進んだか…!)

 

 気配を読み違えるなど、己にとって愚の骨頂。そう思った時にはすでにアームズテック社の無人二足歩行兵器、「月光(IRVING)」の片足が振り上げられていた。これが油断の代償だと言うことかと、そんな戒めの一撃を甘んじて受けとめようと身体に力を込めた刹那、鳴り響く無線が鼓膜を揺らす。

 

≪斬れっ!!≫

 

 聞き覚えのある声。まだ年端もいかぬ少女の一声に、自然と手が刀へと添えられていた。柄を握ったころには一発の弾丸が風を切って月光の脚に着弾。麻痺による弛緩で動きを止めた無人兵器は、ほんの一瞬で機械部と生体脚部が泣き別れることとなった。全高5メートルほどの無人兵器は地に倒れ伏し、地面を大いに揺らす。周りで同じように倒れている月光に止めをさすと、フォックスは通信を繋いだ。

 

「…いい援護だ」

≪そりゃどうも。っと、RAYも終わったみたいだ。私らはこれで戻るからな≫

「ああ、助かった」

 

 簡潔ながら、彼らしい感謝を告げると、再び近くの月光が一体、地に沈んでもがき始める光景が生まれる。距離は相当離れている筈だが、千雨はモシン・ナガンのスコープを高い倍率の物にとりかえることで汎用性を犠牲に、狙撃一点特化として狙撃銃を展開させていたのである。銃弾そのものスピードや射程距離については、メタルギアのお約束だろう。

 それから少しすると、目の前の地面がいきなり陥没した。つまり、RAYも敵の掃討が終わってフォックスの元へ来た、ということだ。白昼にこのような巨大兵器が目撃されるのは不味い。そう考えていたのか、未だに擬態を施しているようだ。

 

「敵の目的は?」

「≪割り出しは不可能。そもそも、この結界を私たちの仔月光でやっと感知できる程度にすりぬける方法も、白昼に堂々と兵器群を送りつけて暴れると行動も全てが理にかなっていないわ。これを企画した相手はよっぽどの馬鹿か、それとも…≫」

「俺たちと同じ、流れてきただけか」

「≪そう、なのだけれど、それじゃあ説明がつかないのが一人≫」

「あの大男、だな」

≪こっちで掃討を確認したけど、もう戻っても大丈夫そうか?≫

「≪ええ、ありがとうチサメ≫」

 

 陽気な声色で通信を切った千雨に頼もしい物だと感想を持ちながら、二人は残骸の広がるこの一帯を見渡した。その中で、無人兵器からではない生きていた赤い液体を垂れ流す骸がひと際目立って転がっている。

 無人兵器がRAY、フォックスと同じように「流れてきた」のならが、何故この人物も「気」を使うことが出来たのか、そして何故精神が侵されている相手となっていたのか。何故、無人兵器はこれに従っていたのか。アームズテック社の「月光」もまたSOPシステム(ナノマシン)を主軸として起動する兵器であり、このような異界の地で活動するためにはRAYのような疑似ネットワークか、制御するに値する要因を新たに作る必要がある。ただ、今回は自爆型でもないのにただ単に突っ込んでくるだけの様子から、後者の可能性が高いとRAYは示唆した。

 

「≪やっぱり、どこへ行っても変わらないのかしら≫」

「変わらないだろうが、俺たちは変わってしまっている。時代の流れに逆らい、変化を受け入れない者は押し潰されることになるかも知れないな」

「≪説得力のあること……とにかく、学園長との契約はこのぐらいがちょうどいいわね≫」

「そうか」

 

 それとなくほのめかした話題にフォックスが喰いついてこないと分かると、RAYはこの男の性分には難しい話はいらないのか、といつも通りの雰囲気を流し始める。幸い、大事になる前に処分できたから良かったものの、このままここにRAYがいれば新たな面倒事になりかねない。そう判断した彼女はゆっくりと、帰路についたのであった。

 

 

 

「さてと」

 

 一息ついた千雨は銃のサイトやサプレッサーを取り外し、再び四次元ポーチに銃口から突っ込んでいく。魔力を感じないというのに、容量を完全に無視した異様な光景はエヴァンジェリンの気を引いたが、逆に突っ込んだら何か自分の大切なものが、おもに価値観とかが変わってしまうのだろうと思い、突っ込みを放棄した。

 

「っし、授業戻るぞエヴァンジェリン」

「……ああ」

「どうしたんだよ?」

「なに、私も案外理不尽というものを知らなかったのだな、と思ったまでだ」

 

 その言葉に変な奴だなと再認識した彼女は、何事もなかったかのようにその場から去った。少し遅れたエヴァンジェリンも、誰にも聞かれないよう年相応な表情で盛大にため息をつくと、屋上の扉を閉めて千雨の跡を追っていく。すると、屋上の一角から人影がもぞりと蠢いた。

 

「撮影完了。流石です、マスター」

 

 言葉は淡々と告げているくせに、鼻から溢れ出るアガペーを隠そうともしない茶々丸。仕事熱心なのはいいことだが、お約束の回収は後でもよかろうに。

 

 

 

 その夜、破壊された月光の残骸や身元不明のフォックスが対峙した男の調査のために一帯は魔法先生で溢れかえっていた。ある者は残骸を燃やし、ある者は秘匿の結界維持に努めている光景は工事現場のような様相を晒している。その中、流石におおごとだと判断した近衛近右衛門の姿もそこにはあった。

 

「……ふむ、そうしてこ奴らは現れたということか」

「今回はRAYも動いていた。契約がどうとかいっていたな」

「ほう! それならば十分じゃわい。……そんで、それはさておくとしよう。この首切り死体については、心当たりはないのじゃな?」

「死体の検査などは専門外だ」

 

 難しいの、と。近右衛門は渋面を浮き上がらせる。襲撃目的、素性、能力が一切不明で斬り捨てられた侵入者の情報。どれも憶測さえも浮き上がらない不明だらけの襲撃は、学園側の新たな問題になりそうだ。

 

「しかし、良いのか? これこそワシらに見せるべきものではないじゃろう」

「あんたたちが嬉々として使う様子を思い浮かべる方が難しいな。それに、“こんなもの”は学び舎の園にとって、一番不必要だろう。だから処理を任せている…とのことだ」

「ほっほう、信頼してくれるのはうれしいの。……まあ、当然ながらワシら学園側はこんな危険しか持ち合わせとらん物を使うつもりなぞない。研究会あたりに見つかる前に全て消し去るとしよう。しかし、牛か……」

 

 すると、近右衛門は何か思うところがあったのか、後始末を頼むとだけ言って地のゲートを開いて学園長室へ帰還する。面々が真相を知るのは、もう少し先になるようだ。

 

「フォックス、この残骸は君のいた世界の物だと聞いたが」

「らしい。…俺が死んだ未来の事だが、RAYの情報と特徴は完全一致している」

「……無人兵器、か。科学とは恐ろしい物だな」

「魔法も気も、科学も便利であり危険な物には変わりないだろう?」

「ああ…だからこそ、私たち教師が、大人が教え子に正しい物を教えなければならない。多少は厳しいくらいがちょうどいいというのに、高畑先生は優しいばかりで苦になるかもしれないがね」

「俺には到底出来ん事だな。応援するよ」

 

 息まくガンドルフィーニに笑いかけたフォックスは、やはり教師というものと自分は程遠い物だと再認識する。とはいえ、それなりの接点を持ち始めた相手をこうして知っていくのは悪くないとも思っていた。

 そこに、タカミチがひょっこりと顔を出す。担当数は月光の処理が終わったのか、彼は幾ばくか疲労しているようだった。

 

「ガンドルフィーニ先生、僕がどうかしましたか?」

「いや、少し我々の魔法について考えていまして」

「ははは、難しいですよね。魔法って」

 

 まったくもって、と答える代わりにガンドルフィーニは眼鏡を押し上げた。丁度その時に葛葉刀子の雷鳴剣が残骸を消し飛ばし、闇夜が一瞬明るくなる。それで役割を思い出した両者は、まだ処理が終わっていない場所へと足を運んだのだった。

 

「フォックス。とにかく君はよくやってくれた。ありがとう」

「ふむ……やはり悪くない、な。残骸を集めるぐらいは出来る。そちらが終わったら人員を割いておけ」

「分かった。……しかし、学園長が何か見つけてくれるといいのだな」

 

 そう願うように見上げた先には、雲の隙間から瞬く星々が広がっている。冬の大三角形が麻帆良を囲むように位置する様子は、暗にこの地をバミューダトライアングルと定めているようでもあった。

 

 

 

 学園長室はそれなりに広く、長の威厳を保つに相応しい雰囲気がある場所だった。だが、今この場に居るのは焦った様子の老人が一人。集められた資料はひっくり返され、あたりに無造作に散らばっている。その中でピタリ、と彼の動きは止まる。

 

「特徴は牛のような鳴き声。いささか証拠不十分じゃが、検討の余地はあろうて。……のう? 彦星や」

 

 彼の手に握られているのは、今期とは正反対の季節を表す夏の大三角形の図形。その川を挟んだ一方にある彦星についての資料だった。伝承と成り、いまでは七月七日の一日だけしか思い人に会えぬ不遇の恋を遂げた男。

 その細部にわたる事実は、この懐かしげに笑う妖しの法を使う翁だけが知っていた。

 

「RAYくん、君の覚悟は見せて貰った。ようこそ麻帆良へ」

「≪学園長≫」

「ああ。だが解決は待たねばならぬようじゃな。君の契約に関しては問題はないが、こ奴については手伝ってもらうことになるかもしれん」

「≪それぐらいでよければ。私たちはもう同じ仲間≫」

「……ふぉっふぉっふぉ。そう言ってくれると嬉しいのう。さて、それでは追加の依頼を頼みたい」

 

 さあ、正式に認め合った「仲間」へと託そうではないか。老人にしてやれることはこれくらいしかできないのだから。その御年から、「老翁」が最もふさわしい彼は、ほがらかに笑う。

 

「ワシの孫と、可愛い付き人へ送る祖父の愛情を、届けてやってくれぬか?」

 

 親と言う存在は、どこまでも子供を愛しているのだから。と、

 




はい、ここまでお疲れさまでした。
やはり二次創作やるからにはしっかりと「創作」の要素があった方がいいですよね。
あ、感想に要望があったので、次回の冒頭にRAYの戦闘入れてみます。

ここまでこの文をかけてきたのは皆様のおかげです。
これからもよろしくお願いいたします。


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☮英雄の遺伝子<ジーン>

最初は前回描写し忘れたRAYの戦闘シーンです。無双ですし、前回に挟もうと思ってもタイミング的に不可能なのでこちらに載せておきます。
戦闘後、5行目の改行でいつものキャッチコピー。



 弾けろ、その意を持って放たれたミサイルは、画面内のサイティングに染められた敵へと殺到する。弾けたのは、人工血液。サイトされた物より赤くも紅い物をぶちまけながら、ミサイルの爆発で肉片へと、創られたその身を還した。
 月光――それは有蹄類のES細胞部品である脚と、動きを潤滑させるため腸詰めといった表現がみあう程機器を内蔵した頭部を有した自立型兵器。対人間であれば、あの(スネーク)をして「月光(これ)があれば、人間様は(せんそう)にあぶれるかもしれん」と言わせるほど。だが、RAYという質が伴い、圧倒的な巨大さにはそれらはまさしく水面の月光。無くなりはしないものの、少し接触すればゆらりと消えてしまう儚き存在と化していた。

≪機銃、展開≫

 それらを圧倒するRAYからは、彼女とはまた違った機械音声が宣告の如く武装の展開を言い放つ。薙ぎ払いを銃弾で浴びせる、つまり文字通りの弾幕を弾幕を振り向きざまに放てば、脚部を損傷して数体の月光が地に伏した。そして、彼女はそのまま強く地を蹴って空へと向かう。それはたったの数秒だったが、着地地点に居たのは最も密集していた月光の軍勢。ここぞとばかりに踏み潰せば、月光の機器がショートと過負荷で爆発する。
 火の手は上がらなかったが、爆炎の中からツインアイの残光を残して暴れるRAYの姿はそれこそ悪鬼羅刹と見紛う程。次に頭部装甲を蟲のようにガバリと開ければ、高圧縮された水のカッターが新たな被害を巻き起こした。
 あらかたは倒したものの、木陰に隠れて残りの月光が見えづらくなってしまう。だが、自ら見つけてくださいとばかりにいきなり倒れこんだ個体が飛び出し、彼女はそれを踏み潰すと通信を繋いだ。

「≪あら、チサメもいるの≫」
≪気づくのおせーよ、そっちは……無事そうだな。援護はフォックスだけで十分か≫
「≪彼、また一人だけに集中してるみたいだから周りをやっておくと良いわ≫」
≪はいはい。…はぁ、尻拭いばっかりで嫌になるっての≫
「≪どうどう≫」

 ま、いーけどさ。の言葉を最後に、また森の奥で一匹の月光が倒れたようだ。使った武装はすべてではないものの、ここ数カ月の動作チェックを兼ねた運転(テスト)は無事に終了。エラーの一つも見受けられないという結果に、RAYは満足げなノイズを鳴らす。

「≪さて、フォックスはまた苦戦してるのかしらね≫」

 分かり切った事を確認するように言うのは、当初の千雨が熱弁した常識とやらを復唱しているのかもしれない。すっかり染まってしまった機械は、事もなげに周囲と己を同化させるのだった。





戦乱を駆け抜けた英雄は、星と共に伝説となる。
だが、蠍の毒に殺される。そんなあっけない最期が英雄の常。

英雄の子よ、大志を抱くならば努々忘れなきよう……されど、無常哉。


 まったくもって、懐かしいという感情に身を任せればよいのであろうか。手入れを欠かさぬ髭を撫でながら、老いたがゆえに垂れてきた細めを引き締める。弱弱しくも、されど確かに鋭きその眼光の先は学園長室の壁ではなくもっと遠い何処かを、そう――空をも突き抜けた、星を射抜いているかのようだった。

 その視線の先にあった星は、人が名付けた数多く存在する中の唯一也。線と線を繋ぎ合せた(アステリズム)名はわし座。極東の伝説では彦星(アルタイル)と呼ばれていた。

 

「妖怪爺の名も廃れたものじゃ」

 

 感傷だが、別の時代。現代で会っていればよかったものを。吐いた息と共に、哀しさを一つ。近右衛門はそう思わずにはいられなかった。

 唐突に、パチンと机の上のライトが光る。机をスクリーンとして映像を映し出したそれは、新たに出来た機械の友が話をしたいという合図だった。今は近右衛門ではなく、学園を収める者として過ごすしかなかろうな、と。彼は朗らかに笑うと通信に出る。

 

 後には、きぃきぃと音を立てる椅子が回っていた。

 

 

 

「≪……そう、情報提供感謝するわ。ええ、こちらでも発見次第……。新任の教師については、こちらはその場限りの対応を繰り返す、ということでいいのね? 問題ないわ、それじゃ≫」

 

 通信を終え、ふとコクピットを少し上に向ければ首のあたりが軋んだ。冬のフォックスが現れた日、装甲板が外れる事故があったその時以来メンテナンスは欠かしていない筈だが、どうにもそこだけは違和感があった。唯一、この新天地でパーツの換装を行った、という理由からかは知らないが。

 あの謎の月光群、そしてそれを引き連れる男が姿を現した日から、すでに半月近くが経過していた。翌日には新任教師、「ネギ・スプリングフィールド」が訪れると言うだけあって、指示や思考が主な仕事である学園長以外はそれなりに忙しいらしく、RAYの元には秘匿回線で新任教師、先の事件、その他もろもろの学園情報(月の予定)が連絡された。

 それらの情報を統括すると、中々に戦争の火種らしい存在であるということが伺える。確かに「価値」としては最高級もいいところだが、RAYは客観的な情報だけではなく、彼自身の人格に注目していた。

 「何事にも勉強熱心で、とりいれた知識を実践しようとする」。どう考えても教師というよりは科学者よりであると一笑したのは、RAYだけが胸に秘めた思いであったが、逆にこれならば此方に被害が来ることも少ないだろうという直感的な感想を抱いていた。其れが真と成るかどうかは、未来に思いを馳せるしかないのであるが。

 そして、もう一つのぶっ飛んだ内容を知らせるために、彼女はスピーカーを振動させて同居人にそれを告げる。

 

「≪フォックス、貴方に2-A緊急副担任にならないか――≫」

「断る」

 

 にべもなく、即答。外骨格のサイズや運動性能の調整を自ら行いながらも、フォックスはRAYを見ることなく拒否の意を示す。しかし、やはりRAYは分かり切っていたのだろう。

 

「≪…でしょうね、そうだろうと思って依頼は断っておいたわ≫」

「それならば言うな。俺に似合わないとは分かっているだろう」

 

 その言葉に吹きだすRAY。笑い声にノイズが混じっている辺り、爆笑が本気で込み上げて来ているのだろうか。そんな情緒豊かすぎるほどのAI人格を見て、元の世界が全てこれなら世界も平和だっただろうな、と叶わぬ思いを心の中で吐露する。ある意味、一番の苦労を味わう者と言うのはRAYに関わった「人間」全員なのかもしれない。

 しかし、思えばRAYの成長は実に早い。もうこのまま人間としての身体があるなら、それをベースにして生きて行くことも可能なほどに、だ。実生活の知識も全て持ち合わせているので、不可能ということもない。AIというよりも、れっきとした「人格」として成長しているのが、兵器としての彼女が持つ悩みどころではあるが。

 その中、気づくついでにとフォックスは言葉を漏らした。それは、ある意味核心を突いた一言。

 

「しかし、強化外骨格専用の設備など元は無い筈だろう。一体どこでこんなものを?」

 

 確かに。それは千雨が自らソリッドアイを作ったことから、RAYの格納庫そのものには既存の物以外の生産設備は無い筈である。その疑問に応えるべく、RAYは一息呼吸を置いてから言葉を紡ぐ。

 

「≪ある学生さんに、チサメ経由で設置してもらったのよ≫」

「……これを、学生が?」

「≪向こうのどの科学者よりも優秀よ。そうね、名前は確か―――≫」

 

 ―――「超鈴音」、と言ったかしら。

 

 

 

 機材が満ち溢れるその場所に、不釣り合いなほどの巨大な何かが置かれていた。それは動物の脚のようであり、どの動物とも一致しない大きさの脚。しかしそれも当然。その脚は確かに有蹄類の動物がベースとはいえ、遺伝子科学で生まれた人工の兵士だったのだから。

 それは、ある森の一部に何か爆発があったようなところから木に引っ掛かって落ちていた、焼却を免れた「月光」の一部であった。

 

「……この技術は、RAYサンの世界(とこ)のものネ。忌々しい匂いがぷんぷんするヨ」

 

 それを眺めて憤怒にひとしき感情をぶつける人物、「超鈴音」。彼女はとある理由から戦争を嫌い、戦争を憎むほどに嫌悪していた。だから、こうした戦争や戦いにしか実績を示さない物体があると、思わず壊したくなる。

 だが、今回はその衝動を抑えてこの残骸を持ってきた。それはある意味彼女の為でもあったのだが、本当の理由は長谷川千雨。あの巨大で友好的な兵器の傍らに立つ少女の為でもある。

 

「……フムフム、成程ネ。千雨サンの言ってたSOPシステムの書き換え。私とはまた違った毛色の方法で起動されていたという訳カ。そして、この男も同様ニ……。今度、千雨サンに声をかけてみる価値はあるネ」

 

 新たなソリッドアイの機能について考えながら、ちらりと視線を移した先には、ガンドルフィーニが燃やしきった筈の大男の死体。ご丁寧なことに、フォックスが斬り飛ばした生首もその近くに置かれている。あの正体不明の皮のフードの先は、手術痕しかない醜い顔であったのだが。

 だが、彼女が目を付けたのはその中身。どうやら月光と同じくこの男にもSOPを掌握していたナノマシンとは別の「糸」が絡みついていたようだったので、相棒の葉加瀬にも告げていない秘密の最奥研究室に持ち込んだ、という訳である。

 

「もう5時。時間切れ……ネ」

 

 このわずかな時間も本当に短く感じるな。集中しているからそれは仕方がないことだが、誰にも共有してはいけない秘密を持つ者としては、このような時間は本当に貴重で惜しかった。それも、友情の前には霞んでしまうのではあるが。

 彼女がそんなことを思って指をならせば、葉加瀬と共有の研究室に繋がっている隠し扉が音も無く口を開ける。表の世界に繰り出す彼女は、再び造った笑みを顔に張り付け、元来た道を戻っていくのであった。

 

 

 

 そして、時が過ぎる。

 「ネギ・スプリングフィールド」着任の日、千雨はバタバタと駆けて行くクラスメート「神楽坂明日菜」と「近衛木乃香」の姿を見かけた。すっ…とソリッドアイを通して見れば、ローラースケートの速度と同じくらいの速度で「メタルギアMk.Ⅲ」が彼女に追従して行く様子が見える。またぞろ学園長と仲良くなったRAYが何かやらかしたのであるなと納得した彼女は、学校に向かう足を速めた。

 

「今日か。存外に早いものだな」

「おはようございます、長谷川さん。今日もよい天気で何よりです」

「おはよう。確かに今日は風もあんまりないし、絶好の試し打ち日和だな。」

「…おい、長谷川千雨。貴様ミリタリーに染まって来てないか?」

 

 まっさか、冗談だとエヴァンジェリンの言葉を笑い飛ばした千雨の目は笑っては居なかった。最近コスプレも「無限の空な銀髪眼帯少女」や「マブでラヴな北海道土産と同じ名前」の女性ばかりに増えてきている辺り、ナノマシンに洗脳されている口ではないのかと疑心暗鬼になっているからでもあった。実際は銃に入れ込んでいるのと、引き金(トリガー)を絞る瞬間が(ハッピー)になっているだけなのであるが。

 だが、そんな胸中の思いをかなぐり捨てた千雨は、エヴァンジェリンの今日という言葉に反応する。

 

「……そういや、魔法世界の英雄様(息子)が来るんだったか」

「ああ。私の悲願も達成できそうだ」

「ふーん…………頑張れよ。あ、これ渡しとく」

「む?」

 

 新任教師は子供先生だったな、と思い出した千雨が密かに渡したのは、男児がいかがわしい姿で妄りに書かれている薄い本。表紙だけでもアイタタ……は確実である。

 

「余計な気遣いしすぎだキサマァァァアアアアッ!? というか何だこれは! 貴様は常日頃にこんなものを持ち歩いているのか!?」

「馬鹿、言わせんな恥ずかしい。……お前が新任教師に興味深々だから、フォックスに買いに行かせたんだよ」

「はいっ……!? ……え?」

 

 言葉が、詰まる。同時に、時が止まる。

 

「いや、何だこれはという表情だったから多分理解してないだろ」

「そ・う・言・う・問題ではないだろう!? というか、私はそんな趣味は無い!!」

 

 実際、本当にフォックスは理解していない。

 「絶対兵士」の頃から闘い以外の事はリセットされ、ビッグボスの元にいたころは日々戦乱のみに身を投じ、実験台の日々は痛みと無意味な生に絶望し、シャドーモセスでは踏み潰された経歴を持つ男だ。表紙を見ても、なんだこれは程度にしか理解し出来ていなかった。まあ、店員は一見は整った顔の持ち主であるフォックスと、その買った物のギャップに気絶しそうになっていたらしいが。どっとはらい。

 

「あの、いつまでもここに居ると遅れますよ?」

「それもそうか。んじゃ、行くぞエヴァンジェリン」

「ええい、貴様はいつも私のペースを狂わせおってからに……」

「「楽しいから(です)よ」」

「ちゃ、茶々丸!? 貴様もそっち側なのか!!?」

 

 この面子に絡むといつも叫ばずには居られないエヴァンジェリン。だが、片方が弟子で片方が従者と言う役割を持っているだけあって、これからの付き合いを真剣に考えさせられる真祖の苦労は絶えないのであった。

 

 

 

「失礼しま……げほげほ!」

(あー。なんつうかあれだ。ある意味一番常識的だわ、コイツ)

 

 千雨による新任教師の第一人称は、「魔法さえなければ常識人過ぎて苦労するタイプ」だった。魔法障壁、とやらの存在は聞いていたが、それの常時展開やRAYの言っていた身に付けた物は常用したがる性格から秘匿を考えない魔法使いの典型を思い浮かべていたのだが、それらもある意味子供らし過ぎる理由で納得してしまった。労働基準法について訴えたいという気持ちを押し殺している現状ではあるが。

 そして、そのままクラスの実質被害が出やすい問題児、鳴海姉妹のトラップに引っ掛かりまくる様子は道化役者(オーギュスト)かその意味そのままの「漫画」を見ているように思えた。そして、子供という点で一瞬心配はしたものの、それが教師と分かると途端に笑いだす薄情なクラスメートを何とも思っていないのか、それでも健気に少年は自己紹介を始めた。

 

「今日からのこの学校でまほ……英語を教えることになりました。“ネギ・スプリングフィールド”です。3学期の間だけですけど、よろしくお願いします」

 

 あちゃ、これは秘匿意識29点だな。何処か抜けているのが頭のネジではないかと、目の前のネギではなく、赴任を許した学園長にアホかという思いを念じながら「雪広あやか」と明日菜の幼稚な小競り合いを遠巻きに見つめる。視線を一つ向こうの右後ろに向けてみれば、よほど期待と食い違っていたのか頬をひきつらせているエヴァンジェリンという中々に面白い絵を見ることが出来た。

 

≪そして茶々丸、後でデータ寄こせ。私のコスプレ写真と交換で≫

≪交渉成立ですね。休み時間にお渡しします≫

 

 さらっと周波数通信(※それぞれ人物の周波数の詳細は下載)で秘匿会話をしてから、千雨は新たな異次元(カオス)空間にうんざりしていた。その後で授業が始まったものの、明日菜が何やら妨害をしていたせいで授業はほとんど進まずで終了。

 先が思いやられるな、と子供相手に無理がある願いと分かっていても、そう思わずには居られないのだった。

 

(あ、今日のチャチャゼロとの特訓どう対処しよう)

 

 

 

「まったく、あれは何だ!? 本当に奴の―――いや、サウザンドマスターの息子ならあれ位はぶっ飛んでいてもおかしくは無いか……」

「いきなりテンションあがって、また落ち込んで、忙しい奴だな…。茶々丸、これがこっちの代価な」

「はい、確かに。それではこちらをどうぞ」

「サンキュー。帰ったらすぐにアップするか。パートナー的立ち位置って書いて」

「それでしたら、此方の方も…編集すれば輝くかと」

「そこっ! 何している!?」

「あ、また叫んだ」

 

 昼休みになって、三人は屋上へと移動していた。ほとんどエヴァンジェリンが占領している場所というか、エヴァンジェリンが秘匿結界を張っているので一般人はここに足を向けようという気にならないので、こうして裏表の話題に関係なく話すことが出来るからだ。

 

「アッハッハ! 面白いネ。いつもこんな感じなのカ?」

「そうでもありません。ところで……超さんはどうして此方に?」

「いや、長谷川サンに渡したいものがあるんだヨ」

「私に…?」

「ホラ」

 

 そうして渡されたのは、小さなメモリースティック。渡した後に左目をとん、と指示したということは、ソリッドアイの拡張に使えということなのだろうと意図を理解する。そして、超から通信で声が聞こえてきた。

 

≪残骸処理ハ、もっと慎重にした方が良いネ≫

≪ご忠告どーも…RAYに言っとく≫

 

 この少女は、と千雨は銃を取り出しそうになったが、冷静に気持ちを切り替えて超の考えを見通した。この少女は、こう言った軍事研究に協力してくれるが、その瞳をのぞいてみれば分かる。技術の漏洩はする筈がないのだという意思があると。

 小さくそうだな、と呟いた千雨は空が見上ると、予鈴が学校中に響いた。存外に、やはり楽しい時間という者は早く過ぎ去っていくらしい。

 

「エヴァンジェリン。今日も修行頼むぞ」

「ん? ああ。……どうした?」

「いや、ちょっと私も本気にならなきゃダメっぽい」

「どう言う…いや、深くは聞くまい」

 

 お望みにこたえてやろう、闇の福音(エヴァンジェリン)は、かぷかぷと笑った。

 




今回は奇跡の6000字ぴったり。
だからどうしたということですわね。

周波数載せておきます。

茶々丸:148.41
千雨:140.15
RAY:141.08
フォックス:140.48
近右衛門:140.85
超:140.96

まあ、これでほとんどの配役がばれたわけですね(ニヤリ)
それではお疲れさまでした。休日だからと言って、遊び呆けないよう気を付けてください。


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☮福音反響

今回短め。
一応飽きたわけじゃないというアピール。……虚しいですね。



深淵にこそ新たな可能性は訪れる。
源流から流れ出で、寿命を迎えて堕ちるところはそこしかないのだから。
運よくそれを拾えた者こそ、真の祖と成り得るのかもしれない。


 フォックスがよく修行に使う森の中、少し前に大量の月光が襲来したその表向きは閉鎖された場所で、銃を片手に逃げ回る少女とそれを追い回す襲撃者がいた。何度も轟音を立てて身体の近くを掠る刃を身を捻ってよけながら、少女はただただ走り続けていた。

 走れ、そうしなければ命は無い。そう、自分の身体に言い聞かせる。

 膝関節にガタが来始めるが、それでもなんとか目の前の相手を撒かなければ形勢の逆転どころか命の危険さえ伴うだろう。一心不乱に足を動かし続けるが、その機動力は初期に比べて格段に落ちている。こうなれば、とポーチを漁って取り出したのは鉄のパイナップル。一口ヘタを加えて千切ってしまえば、後は果汁が果肉を突き破って弾け飛ぶ。

 

「ッォオ!?」

 

 強すぎる刺激が酸味と共に弾け、追跡者の姿を隠した。その間に近くの茂みに空のマガジンとスモークを幾つか投げ込み、爆発と共に自分も茂みの一つに入る。瞬時に手持ちのライフルのマガジンを換装すると、セーフティの確認を行ってレーダーの光点を頼りに引き金を引いた。銃口にとりつけたサプレッサーによって音も無く弾丸は吐きだされ、目標である煙に映った影に幾つかは命中する。自らの視界が膝をついたそれを収めると同時にもう一つの手榴弾(パイナップル)。投げ捨てた直後に悪寒が巡り、その場を離脱した。

 

「ケケケケケケケッ!!!」

「うげ」

 

 どう言う理屈か、投げた手榴弾は優しく弾き飛ばされて見当違いの方向で爆発。其れを成した暗殺者の如く襲いかかる人形は、煙に大穴をあけて突っ込んで来ていた。振り下ろされる巨大な刃を寸でのところで回避すれば、自分の真横にあった樹木が幹を両断されていた。

 こりゃやばい、と後方の障害物をレーダーで確認しながら引き打ち。相手は身の丈を超える巨剣を盾にしてそれらを弾き、引き打ちは無駄だという事を彼女に悟らせた。ならばと取り出したのは微振動する高周波ナイフで、それを逆手に構えながらライフルをハンドガンへ持ち替える。下がりながら正確に木の枝を狙って打てば、舞い落ちる木の葉と小さな枝が相手へ降り注いで小さな妨害へ。小さな体ゆえに相手は足場に一瞬気を取られ、彼女はその間に一本の蔓を切って手にする。その行動の間に体勢を立て直していたのか、蔓に集中している間に相手は此方へ飛びかかっていたらしく、その刃は身体に届く直前だが、反射神経はしっかりと働いてくれたようだ。

 

「ぬ」

「オ?」

 

 仰け反った身体の上を刃が通り抜けて行く光景が、やけにスローに映る。相手の手元は柄を握り直しており、つまりはこのまま振りおろそうという魂胆なのだろう。だが、このために蔓を手にしたのだ。スナップを利かせて思い切り引いた蔓は空中でしなって、音速の壁を超える。パァン、と音が響いたその箇所には、丁度よく相手の手が存在しており、その衝撃で剣を取り落してくれた。

 勢いそのままに剣はあらぬ方向へとすっ飛んで行き、丸腰の相手は体勢を整えることも出来ない空中。好機とみた彼女は同じく此方に飛んでくる相手をすり抜けざまにナイフを振るう。狙いは見事に成功し、右腕・両足とそのパーツを削いだことで相手は力なくその場に倒れこんだ。俗に言う、達磨状態のようにも見えなくもない。

 

「……ふぅ。っあー! 終わったぁ!」

「アーア、オレサマモ鈍ッチマッタモンダナァ。ヤルジャネーカ、小娘」

「よく言う……手加減してたろ…?」

「……サーテ、ドウダカ」

 

 笑って返すと、首だけを地面に向けて口笛を吹き始める人形。それに分かりやすい奴だと、先ほどまで戦っていた少女、千雨は疲労と呆れの意味を込めた息を大きく吐いた。

 本来なら巨大な剣以外にも多数の刃物、そして翼の様な衣服の一部を利用したもので飛行も出来る筈であり、魔力が十全な現状ならば機動力も千雨の“肉眼では”捉えられない速度が出せるのだが…主人に命を受けていたのか、手加減は確かにしていたようである。

 

≪単騎でやるか。随分腕を上げたが……長谷川、最初期の“逃げ”の文字はどこへ行った?≫

「っあぁ? あんなの逃げ切れるかっつうの。なら、倒した方が速いだろ? 今はちょっと休ませてくれ…」

≪む、まあゆっくり休め。そうだ、まさか初の実戦でいなすとは思わなかったぞ。チャチャゼロ、戻ったらしっかり直してやる≫

「ハイヨー」

 

 どこか満足気に、通信の相手――エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは通信を切った。千雨も体力の限界が訪れ、木へ寄りかかっていた体勢からその根元へと座り込む。額から流れる汗は今になって汗腺を開けたようで、大粒となって顔の表面を伝い落ちて行った。彼女とて、ナノマシン制御があろうと人は人。疲れはするし脚も痛む。ただ、その感覚を我慢できるだけなのだ。

 深く深呼吸して息を整えると、己が切り裂いた人形「チャチャゼロが」目に留まり、何気なく自分の方に寄せてみる。左腕だけが残っている姿は何とも痛々しいが、そんなチャチャゼロの方が逆に安心感を覚える辺り、随分非情な性格が形成されているのかもしれない。

 

「ナニスンダ」

「いや、何となくだよ」

 

 動くための魔力も切れたのか、ぐったりとした表情のチャチャゼロに、笑わなければ可愛いのに。と、ネットアイドルの部分が微妙に反応してチャチャゼロの衣装や布地を触りだす。いや、ヘタしたら本当に死んでいた「現実世界での修行」で、本当に初めての実戦でもあったのだが、やはりこう、安心すると自分の素の部分が疼きだす。主にかぁいいセンサーが。

 チャチャゼロのヤメロという声を無視しながら、そう悶々とした想いを募っている彼女にかかる人影が一つ。

 

「この森も随分と破壊されるものだな」

「あれ? フォックス…」

「俺が迎えに寄こされた。しっかりつかまっていろ」

 

 そう言って彼女とチャチャゼロを持ち上げると、所謂お姫様だっこで地をかける。強化外骨格を纏っていなくともそれなりの速度が出ているということは、彼も気を使って自分の肉体を強化しているのだろう。でなければ、風を切るほどの速度は出まい。

 

「おぉ、随分使えるみたいだな」

「己を高めることは怠りはしない」

「ソレ、最近鈍ッチマッタ御主人ニキカセテヤリテーナ」

「……喋るのか」

「口ガ減ラナイ程度ニハナ」

 

 ウケケ、と気味悪く笑う愛らしい人形は随分と歪。フォックスはよくこんなのを相手に半一般人が局地戦を出来るものだと、腕の中の千雨の機転や行動力に一目置いた評価を与える。森を抜ければ一角にエヴァンジェリンの別荘が見え、彼女たちはそこに降ろされた。

 そのまま立ち去ろうとするフォックスに、千雨がおい、と声をかける。

 

「何だ、もう行くのか」

「ガンドルフィーニから少し。高畑も来るが、奴は教員の仕事をしているのか?」

「そういや、高畑はうちのクラスの新担任と入れ替わりだったな。ガンドルフィーニは妥当に時間開けたんだろ」

「……そうか」

 

 まあ、奴らしいなと納得したフォックスはそれっきり、口をつぐんで何処かへと姿を消した。そんな彼と入れ替わる様にエヴァンジェリンが扉を開け、グロッキーな千雨と三肢を切断された長年の相棒を見つける。

 

「現実での実戦はどうだ?」

「疲れたよ」

「そうか、とにかく中に来い」

 

 すると自分の意思と関係なく関節部位から立ち上がる。おそらくは彼女の得意とする糸で立たされているのだろうか、と推測を立てている間に、千雨の体はチャチャゼロを抱いて一回のソファーに座らされていた。目の前には淹れたての湯気を立ち上らせる茶が置いてあり、その横には礼をする茶々丸の姿。

 

「サンキュ」

「ゆっくり寛いでください。大健闘、でしたね」

 

 そう言って愛想笑いか、はたまたと思わせる笑みを浮かべる彼女。ここ最近は、彼女のそういった感情豊かな面が目立ってきており、そろそろ本当にロボらしい点は外見だけになりそうだな、と耳の代わりのアンテナを見ながら茶を口に含む。少々熱いが、それだけに美味い。水分は体を癒し、味は心を癒しているような気もする。所詮は主観であるが、とカップの半分ほどを残して再びテーブルへと置いた。

 

「さて、今回についての話をしようか。―――長谷川千雨」

「そうだなエヴァンジェリン、ご指摘頼む」

 

 残り半分はこの話をもたさるため。流石に人の家で図々しくお代りを頼む神経は持ち合わせていない彼女は、新しいおもちゃを見つけたような顔をしている家主に面と向かって対峙した。

 新任教師の事は、互いに頭から抜けているらしい。

 

 

 

「っし、じゃあ龍宮か長瀬辺りにでもアドバイスもらっとく。また学校でな」

「ああ、どうにも嫌な予感がする。気休めだが、このお守りぐらいはもっていけ」

「ん? 吸血鬼のカンって奴か?」

「いや、ただの占いさ」

 

 とりあえずは、と千雨が「お守り」を懐に仕舞って家から離れた事を見届けると、エヴァンジェリンは襤褸布のようなおどろおどろしいマントを羽織った。顔はフードで隠れ、自分の身長を優に超える大きさで肌の露出もほとんどない。正体隠蔽にはもってこいだろうだと自負を持つ逸品だ。

 ふと窓の外を見上げれば、月が出ている夜。今日も出没するには良い夜だと息を巻く。

 

「茶々丸、また出てくる。お前は今日は家にいろ」

「はい。お気を付けください、マスター」

 

 ぺこりと丁寧にお辞儀する茶々丸を背に、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは家の玄関口から勢いよく離脱した。すぐに高度を上げ、空に浮かぶのは己の体。ひんやりと夜に冷えた空気が肌を打ち、吸血鬼の冷酷さを滾らせる火種という、矛盾を生じさせてくれる。

 彼女がこうして夜に出かけるのは満月の出る夜に限定しており、これから行うことで流されるであろう噂を「吸血鬼らしい」という内容に設定するためだ。現代人の無駄に豊かな想像力と好奇心、襲われた直接の被害者が少しでも妄言に聞こえるほど誇大評価してくれれば、立派な「吸血鬼の噂」をでっちあげることが出来るということだ。一応、公園などの子供と遊んでいる茶々丸も吸血鬼の噂を広める位はしてくれている。エヴァンジェリンが命じたという訳ではないのだが。

 

「ふむ、この辺りだな」

 

 闇の中を見通した先の看板に書かれていたのは「桜通り」の文字。彼女はそこに降り立つと、この中ただ一人だけで歩いてくるだろうターゲットを待って気配を消した。

 待っているのも暇なので、何か面白いことは無いかと考えを巡らせる。まだ季節は冬で時期尚早とはいえ、数ヵ月後には桜が舞い散る地で赤い色が弾ける。それは1月もすれば薄くなって桃色の花を咲かす、というのは実に上手い冗談だろうか、といったことを自己批評するが、中々良いのではないかと笑みが漏れた。

 そんな時、彼女の「獲物」は闇の向こうで足音を鳴らす。最も力を発揮しやすい満月のこの日は、「か弱い十歳児」とは程遠い吸血鬼の身体能力が遺憾なく発揮される日。音も無く忍び寄り、まずは宣告を与えよう。

 

「麻帆良高校3-B、“有沢奏”だな? 悪いけど、少しだけその血を分けてもらうよ」

「え……」

 

 さあ、隙は与えた。だけど振り向く暇など与えない。

 瞬時に飛びかかって艶めかしいうなじをかぷりと一口。同時に響くのは、ほんの少しの痛みと、恐怖の絶叫。桜通りの赤の一つは、こうしてまた染められる。はてさて、…本命をおびき寄せるため、次の犠牲者は一体誰? もしかしたら、あなたかもしれませんね。

 吸血鬼は、とある血統()を求めて贄を並べる。その数は、もう…?

 

眠りの霧(ネブラ・ヒュプノーテエイカ)……やはり狙うならAクラスの人物か。魔力も質も一般人ではどうも低い。まぁ、世界樹の見下ろす地に住むだけの分程度はあるのだがな」

 

 対象者を眠らせると、犬歯についた血をぺろりとなめる。味の批評は下の上程度だったらしい。

 

「ネギ・スプリングフィールド。そこまで期待はしていなかったが……潜在魔力だけは流石奴の息子、だが――青すぎる、か」

 

 青リンゴにも程遠い。そんな評価を下す彼女は絶対者の如く。

 闇に姿を消した後、哀れな被害者だけがその場に取り残された。あとはただ、深い闇に落ちて行くだけ……。

 




今回短めの五千ちょっとでした。
プロット考えると、行数じゃなくて話的に区切った方がよかったので。

それでは次回予告、ドッヂボールの隅っこの人達……
「それで、どう見る?」
「見てるこっちがハラハラ。さっき誘われた時も焦ったよ」
「ふーん……ところで長谷川さん、ここ数カ月で随分硝煙臭いじゃないか」
「……っく」
「マスター、笑みが漏れています」

……え、と。お疲れさまでした。
なんか、申し訳ありません。(キャラ的に)


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☮蚊帳避ける

戦闘入れたい。でも、本編で大きな戦いがエヴァ編以降……
日常系は、書いててネタがつきやすい。(陰謀話が多くなる→小説が暗くなる)





星よ、いざ詠え。
…我らを裂かんとした天の帝へと


 一人の少年が、目の輝きが死んでいる複数の人に追いかけられている。その少年はどうして追いかけられてしまうのか、その原因を知ってはいるのだが、今の彼に出来ることはただ逃げるのみだ。それだけを実行して全速力でこの場から離脱していった様は、まるで風の様。そして、彼を追う者もまた、その方向へ極の違う磁石のように吸い寄せられていく。そんな追跡者は全員が女子。そして、口を揃えてこう言っていた。

 

「「「待って、ネギせんせー!!」」」

 

 魔法界の条約で禁止されている「惚れ薬」。にもかかわらず、正に魔法薬と言えるそれを活用しようとした者の、哀れな逃走劇であった。

 

 

 

「まったく、何をやっとるんだアレは……」

「……ちょっと待ってくれ、寝起きが悪くて頭痛い」

「それだけではなかろう?」

「まぁ……」

 

 惚れ薬の効果に陥り、ある程度の対魔力や関係者だけが残ったこの教室で、もうこの世の終わりだと言わんばかりの表情をしているのは、我らが「元」常識人・長谷川千雨。今となってはファンタジーこそできないものの、現実で起こりうる側面においては圧倒的なほどに技術を磨き上げた少女は、そんな弱音を吐いていた。

 大げさな、と思って隣を見たエヴァンジェリンは彼女の余りの形相に頬がひきつらせる。日常浸食はこれほどまでにショックなのか、と言えるほどの酷さだったからだ。

 

「ちゃ、茶々丸。何か良い薬でも付けてやれ」

「では…こちらを。どうぞ、千雨さん」

「恩に着る………」

 

 そう言って手渡したのは、かの有名な「青汁」。それを唇の先に一口つけると、一気に全てを飲み下した。あまりの不味さに眠気は飛び、含まれる栄養はナノマシンが即時吸収することで頭痛も引いて行く。栄養が体中に回るころには、彼女の容体はかなり和らいでいた。

 

「不味い、もう一杯……って言いたいが、この位がちょうどいいな。ありがとな」

「恐縮です」

 

 その青汁どこから出して、いつ作った? という点においてのエヴァンジェリンからの突っ込みは無いらしい。その事に少しの残念さを覚えながらも、茶々丸は一礼をし、再びエヴァンジェリンの傍に控える。よくあんなものを飲めるな、という点で再び主様の方は顔が引きつっていたのだが。

 

「それで、スプリングフィールド先生は……あれ、レッドカード。いやまぁ、授業はしっかりしてるし、教え方も悪くは無いが……ちょいと、こうしたミスがでかすぎる点で」

「まぁ、あの“鬼の新田”や一般教員の前ではしっかりしているらしいが、どうにも魔法が絡んでくるとああいった失敗が目立ってくるようだな」

「目立っちゃダメだろ、秘匿義務…! というか、じゃあ魔法つかうなよ」

「諦めろ、あれが魔法漬けで生来から過ごしてきた“子供”の姿だ。いざという時は選択肢の最優先に“魔法”の字が浮かんでくるのだろう。まぁ、あの年で暴発に攻撃魔法が含まれないだけマシなほうだ」

「うへぇ……魔法使いの子供って、ある意味危険だなオイ」

「むしろ、あの年齢でああまで自制していると何時か大爆発するのではなかろうか」

 

 出た杭は打たれると言うが、才能が突出しすぎているというか、マセガキと言うか……など、意外とエヴァンジェリンの評価は±0辺りが妥当らしい。吸血鬼的には血液の評価は最高クラスと言っていたが。そこまで考えて、千雨は窓の外の様子に気づく。

 

「お、やっとあいつら効果切れたか。“お守り”ありがとな、エヴァンジェリン」

「……む、それは良いが」

「どうした?」

「貴様、最近は随分と男らしくなってないか?」

「…………」

 

 閉口するのも無理はない。どこの女が男らしいと言われて喜ぶのだろうか。一部でそう言う言葉をほめ言葉として受け取る人物も居るには居るだろうが、生憎と千雨にそんな趣味は無い。とはいっても、彼女が「女らしさ」を発揮できるのはどちらかと言うと「少女趣味」な方法しかない。

 

(帰ったら思いっきりコスプレしよう。とくに女神系)

≪チサメ、そう自分を卑下しないで。貴方は十分女らしいわ≫

(RAY、ありが―――って、RAY!?)

 

 彼女は深く、そう心に決めたのだが、ナノマシンの通信で心底おかしそうなRAYの声に思考が中断させられる。そうなのだ。RAYは常にフォックスと千雨の精神状態から身体情報に至るすべてを管理しているので、何を思い悩んでいるかも常時モニタリングされている。余談であるが、学園長との契約で、近衛木乃香の監視にナノマシンが用いられることはなかったが。

 

「? どうした」

「い、いや……ウチのおませな機械が、少し」

「RAYか…オマエの人をからかう癖、もしや移していないだろうな? この前なんぞ注射されかけたぞ」

「あ~。その辺は、主にアイツのデータ収集じゃないか? ほとんどが私らのナノマシン技術へ応用、もしくは強化外骨格の調整に使われてるけどな。吸血鬼だし、その回復力でも狙ったんだろ」

「ほう……それであの狐も度々外観が変わっているのか」

 

 面白い事を聞いたな、と通い詰めている間は一切の作業を中止させるRAYの用心深さで作業工程を一度も見たことは無いエヴァンジェリンはぼそっと呟く。一応千雨の耳に入っているのだが、どうせ何かあっても先手を打たれてエヴァンジェリンが潰されるだろうと思った千雨は、その言葉を呆気なくスルーした。というか、面倒な話はほとんどスルーアウェイである。

 

「そんじゃ、私はそろそろ帰るぞ。今日は寄ってくのか?」

「いや、私も家でやることがある。精々腕が鈍らぬよう、RAYのところで射撃訓練でもしていろ」

「はいはい」

 

 それじゃ、また明日。そうして二人は教室を去る。残っていた裏の関係者の一人は、その会話に薄く笑っていたとか、いないとか。

 

 

 

 いつもひいきにしている居酒屋で、今度はガンドルフィーニ、フォックスの他に高畑の姿もあった。三人が囲んで飯を喰らう中、相も変わらずフォックスだけがマテ茶。気力回復には良いのだが、この様な談笑の場で好んで飲むものでもない。よって、やはり彼は少しだけ空気から浮いているようだ。

 

「フォックス、せめて形だけでも酒を飲んでみたらどうだ?」

「要らん。万が一酔いが回ってしまうことも視野に入れれば、即時戦闘が出来なくなるだろう」

「そんな、今は夕方だし今日も侵入者が出るとは限らないよ? もっと肩の力を抜いてみたらどうかな」

「……先月の月光共の襲来、忘れているわけではないだろう」

「「む………」」

 

 フォックスは仕事の話になると積極的で比較的取り入れやすい意見を言うのだが、こうした談笑の場では少し空気の読めないところがある。一度も心から笑った姿を見た者もおらず、ぶっきらぼう、と言った風に振舞っているのも一つの要因だろう。本人は意に介さず、野狐のままにあるので、個人の意思を尊重して二人もそう強くは言えないのであるが。

 無駄だと判断した二人は、当初の「フォックスを柔らかくしよう」という目的から仕事の話を持ち出す準備を始める。「周りから見ればただの雑談」に見えるようにする秘匿用魔法をガンドルフィーニが使う。こうなると魔法関係者以外にはフォックスも楽しく話す姿が見えるらしいのだが……その辺りは関係者なことに残念さを覚えるのであった。

 

「では、噺を戻すぞ。……この前の襲撃、学園長が一ヶ月かけて結論を出したのだが、元教え子だった人のようだ。それも、二百年前の」

「二百年前だって? それじゃ……」

「そう、少なくとも二百年分の“何か”を保有しているとみて間違いない。…あの時の資格だけど、フォックスはどう見る?」

「奴か。一見は牛のなめし皮で作られた襤褸を羽織った筋力(パワー)系だったが…」

 

 コップを机に置く。絞り出すように、彼は口を開いた。

 

「……自分の意思がなかったようにもみえる。狂っていたのではなく、操られている。だからこそ単調な動きしかできないフォローとしての大質量の武器、術的効果を施した防具を使っていたのだろうな。一貫して言えることは、それらが全て“牛”が関連づけられているということだが」

「フォックスの言うとおり。学園長のその弟子は“夏の大三角形”を自分の術構成(ベース)にした星詠みのようだ。実質的な戦闘力は無く、その昔にある戦いに巻き込まれて死んだ、と言われているんだがね」

 

 おそらく、死んだ事をかくして何処かに潜伏していたのだろう。そう言ってガンドルフィーニは、やっていられないとばかりにジョッキを煽った。

 詳しく聞けば、その星詠みには愛する女房がいたとのこと。その辺りは「七夕伝説」を再現するためのものかと思ったが、普通に愛する相棒としてそれなりに幸せだったようだ。

 

「それ以上は詳しく知らない。ただ言えることは“彦星のように牛を追い”、“織姫のように絹を織る”事が出来る独自の魔法を編み出していた。と……それっきり、学園長は黙ってしまわれた」

「七夕伝説か。聞かんな」

「ああ、フォックスは経歴が経歴だからね…後で、あのRAY君に聞いておけばいいと思うよ」

「そうしよう。……それで、その牛を追って絹を織るのは一体何につながるんだ? ガンドルフィーニ」

「…おそらく、君の言った通り牛飼いらしく“牛”の概念を持つ者を操り、“絹”の概念を持ったものを織る事が出来るんだろう。言い忘れていたが、その弟子は“概念”に特化した魔法を使役するからね」

「……厄介だな」

 

 そう言ったのは、概念と言うそれが広義的なものであり、付属的なものであることから。概念など、人が勝手に意味を込めて作ったものであるので、それこそ無限に意味を持たせることが出来るからだ。まして、この世界の魔法は「精霊」が魔力の仲介をして現象を引き起こすらしい。もし、絹を布地へ、布地を魔法の基盤へ、そしてその基盤――精霊そのものが使役出来るとなれば、その戦力は圧倒的だろうからだ。

 しかし、彼らは一つ、共通して腑に落ちない事を考えていた。それは、何故その星詠みという戦闘に関わらない弟子が、このように魔法を昇華させ、この魔法学園を狙うかという事。そして、どこからフォックスの居た世界の無人兵器を調達してきたかだ。

 

「あれほどの数となれば流れ込んだだけではない。生産施設(プラント)そのものがあるとみて良いだろう」

「となると、その人が攻めてきた場合には本拠地を見つけないと駄目な訳か……前途多難だね」

「そう言わないでください、高畑先生。それだけ大規模なら日本国内、魔法が通じているのなら、有数の龍脈を辿ればたどり着くかも知れないのですから」

「それもそうだか。上手く行けば、万々歳なんだけど」

「龍脈、か」

 

 大地に流れる地球の血液。と言い換えるべき存在。この麻帆良も、龍脈が世界樹の根っこのように広がっている最高峰の土地らしい。狙われる理由の一つにも、この龍脈が詰まっているという事実が加えられる。

 

「それらを守りきらないと、生徒たちの未来は無いか」

「やっぱり、最終的にはそうなりますね、ガンドルフィーニ先生」

「……余り乱戦は好みではないが、俺も協力せざるを得んのだろうな。RAYも出撃する事態にならなければ良いが」

「彼女か……そう言えば、本気を出したら彼女の周りってどうなるのかな?」

「そうだな……事前に武装を積み込んでいけば、麻帆良位は焦土になるだろう。下手をすればチサメを守るのに“核”を使いかねない」

「「……それは」」

 

 核爆弾。メタルギアが普及する世界で、最も大きく取り上げられた題材であり、その全てに蛇と狐が絡み合っていたワードでもある。全てがID登録されていたことで、愛国者(らりるれろ)を支えた物でもあり、逆に乗っ取られた際は危機に陥れた物。最悪の汚染兵器だ。

 そこで一端会話が途切れ、何とも言えない雰囲気が流れる。そんな中で注文したものを食べきったフォックスが立ちあがって大きめの竹刀袋を担いだ。無論、高周波ブレードが中に入っている。

 

「そろそろ鍛錬を開始したい。料金は置いていく」

 

 二人の教師がいるテーブルに、これまで働いた成果の一部を置いて彼は個室を去った。払いは部屋の二人に任せると言って、居酒屋を出て行く。見れば、夕焼けも姿を消している暗い空が広がっているようだ。

 そんなフォックスの置いて行った代金を見て、高畑は一言つぶやいた。

 

「フォックス、足りてないよ……」

 

 話している間に追加注文、そして次々と運ばれる教師二人のアルコールによって総額は二万を超えていた。フォックスが置いて行ったのは諭吉と樋口。後五千円は二人の自腹である。狙っていたのか、はたまた三人で五千円と考えていたのか、彼の真意を知る者は誰も居なかった。

 

 

 

「邪魔するぞ」

『≪お帰りなさい≫』

「お帰り、今日は早いな」

「“仕事”だ。比較的早い時間にテーブルが回ってきた」

 

 フォックスが訪れたのは、いつものRAYの格納庫……ではなく、女子寮にある千雨の部屋だった。女子寮のそれなりに広い部屋は大の大人が一人入ってもスペースは十分にあり、二人暮らし用のスペースも難なく確保できるほど。そして、そこには件の三人以外にももう一人の人物がいる。

 

「あ、この人が例のフォックスさん? うっわ良い男じゃん!」

「……チサメ、奴は誰だ?」

「ああ。クラスメイトの…朝倉だ」

「はいはーい、私は報道部突撃班の朝倉和美です。後でちょっと質問良いかな?」

 

 小首をかしげる彼女は、千雨のクラスメイトにして部屋が隣の「朝倉和美」。性格は所謂パパラッチ、報道陣の鑑とでも言うべき根性をしていて、どこからか知らない情報も取り入れてくることもある比較的濃いキャラの一人である。流石に裏事情にまで精通はしていないが。

 

『≪カメラを隠れて撮るにはどうしたらいいかを聞いていたの≫』

「いや~、しかし凄いね。ちうちゃんがこんな高性能なロボット持ってたなんて初めて知ったよ。こりゃクラスメイト失格かな」

「ちうちゃん言うな。……つうかRAY。コイツに正体晒していいのか? 明日には麻帆良中に知れ渡っちまうぞ」

『≪良いわ。その方が動きやすくもなるもの≫』

「あれ、もしかして事情持ち? そこんとこ詳しく―――」

『≪無理≫』

「うひぃっ!?」

 

 Mk.Ⅱがそう言うと、カメラの横から銃口が顔をのぞかせていた。フォックスも容赦は無いという意思表示のためか、いつの間にか首にナイフを当てている。命の危機も最大限。そう感じ取ったのか、和美は頬をひきつらせながら冗談だと乾いた声で告げた。

 

「……」

 

 一縷の容赦も無く行動した二体に和美はやばすぎると判断を下し、それでも隙あらば千雨が言うだろうと話題を振るのをやめる。

 

「まぁ、こいつらに冗談を期待するのはもう止めろ。私もそうだけど、簡単に消えるぞ?」

『≪まあ、会話程度なら私たちも動かないわ。情報規制はインターネット側から一応制限させては貰うけど≫』

「これは、ある意味大事件だね。……名残惜しいけど手は出さないよ。死にたくないし」

 

 さっきまでの緊張感も、記者として動くうちに何度も責められるような空気を掻い潜って来たからだろう、慣れ切った和美はあーあとベッドに身を預けた。

 

「それじゃ、フォックスさん。疲れてるなら冷蔵庫はそっち。あとの取材は私生活程度で聞かせてもらいますよ」

「まぁ、いいだろう」

 

 どうにも、冷静になるのが速い。フォックスはそう思いながら部屋の壁の先に消えて行った。RAYも一通りの何かをしたのだろう。端末のMk.Ⅱをステルス化して通信を遮断。部屋には、千雨と和美だけが残される。

 

「ねぇ、最近軍人系のコスが多かったのって、これが原因?」

「まぁな……随分落ち着いてるけど、怖くないのか?」

「本当に死ぬのは嫌だけど、私だって記者のはしくれ。修羅場もちょっとはくぐってるよ」

「ふ~ん……」

 

 そうかよ、と千雨は振り返ってパソコンをいじり始める。いつもの自分のホームページと一緒に移されるのは、膨大な量の画像データ。だが、それはコスプレ用の写真ではなく、何かの設計図のようだった。ほら、と和美に見せれば、ばらしても良い範囲ならばと一気に喰いつく彼女。

 その図面は、球形をしていた。

 

「この図面、もしかして…!」

「そ、私の義眼だ。つっても、あいつらのおかげで目が戻った位にしか言えないけどな」

「…それで、この間はあんなに必死になって作ってたんだね~」

「今も見えないけど、これつけたら見えるようにもなる」

「おお、本格的な機械! どんだけ隠し事もってんの?」

 

 先ほどまでの空気と違って、和気藹々とはしゃぐ二人。それをRAYはMk.Ⅱを使って遠目に観察していた。

 

 さて、朝倉和美がこの部屋にいる理由は先ほどのRAYが呼んでいたからということと、彼女が持っている情報の中に件の“星詠み”がいないかどうかを確かめるためでもあった。流石に麻帆良全ての人物を把握しているという訳ではないものの、和美はそれなりに目立つ人物なら、この麻帆良内のほとんどをマークしている。学校のデータベースにもない範囲でRAYは情報を引き出そうとしたのだが、学園長から提示された特徴の人物はいなかったようだ。

 この件を境に、和美は麻帆良の不思議に気付いて後に例の子供先生と裏の事情で出会うのだが……それは、また今度のお話。

 

(まぁ、仕方ないよね)

 

 弁えどころ、引きどころはちゃんと知っておく。それがウケる記者の秘訣。

 ソレをせずに消えて行った知識の探究者は数知れず。なのだから。

 

 

 

 翌日。千雨のクラスがバレーボールを行うために屋上に来たのだが、運悪く、というか明らかに狙って高校生のクラスが屋上を占領していた。そのためにドッヂボール(バレボールはやらないらしい)で成り行き戦うことになったのだが、桜咲刹那や長瀬楓など、比較的身体能力が高すぎる人物は辞退し、千雨は左目のハンデがあると同じく隅に座った。

 よく見てみると、そこの壁にはこの前撃ったモシンナガンの薬莢が転がっており、急ぎ千雨はそれを回収する。周りには気づかれないように回収したのつもりだったが、彼女の近くには二つの影が重なった。

 

「……桜咲と、龍宮か。どうした?」

「いや、ちょっと隣いいかな?」

「好きにしろ」

 

 それじゃ、と龍宮は近くの壁に寄りかかる。千雨を挟むように桜咲は龍宮の反対側に座り、同じく壁に背を預けた。

 

「ドッヂボール。明らかにこっちが人数多くて不利だけど……それで、どう見る?」

「見てるこっちがハラハラ。朝倉に誘われた時は焦ったよ」

「ふーん……ところで長谷川さん」

「なんだよ」

 

 龍宮の視線は先ほどの薬莢を持っていた手へ移る。同じく裏の事情を知る者同士、この前の集まりで顔を合わせたが故の行動らしい。

 

「ここ数カ月で随分硝煙臭いじゃないか。何かあったのかい?」

「……まぁ、色々とな。―――そういや桜咲、フォックスの修行、どうだ?」

「……ある意味で危険ですね」

「だろうな」

「エヴァンジェリンとつるんでるのは見たけど、長谷川さんは“あの”フォックスの関係者なのかい」

 

 それにしてもいい手だ。と、真名は千雨をほめた。ナノマシンによって、銃を扱う者として作りかえられた手は、大体の物には馴染みやすい最良の形になっている。だが、それがあれど撃っているのは千雨自身。素直に彼女をほめたのである。

 

「いきなりなんだよ?」

「いや、ね。結構フランクじゃないか、と」

「龍宮、そう言うことはこの場で言う者でもないだろう?」

「それもそうか。すまない、刹那」

 

 それからドッヂボールが進むのを静かに見入る体勢に入った三人。それを眺めていたエヴァンジェリンは、くくっと声を漏らす。

 

「マスター、笑みが漏れています」

「言わんでも分かるわ、ボケロボ」

「これは失礼しました」

「しかし、長谷川め。随分と社交的になって来ているな」

 

 その後のドッヂ勝負は高校生側が「ロスタイムよ!」と理由をかこつけ、神楽坂明日菜を背後から狙ったが、間に入ったネギの魔法使用で収集(魔法関係者的には色々アウト)がついた。これを見た魔法関係者は、親身になる先生なのは良いが、と学園長にいろんなものを(物理的に)当たらせに行ったとか。

 




どうにも、詰め込みになる。
誤字のほうは一応見ましたが、またある可能性が大。感想の大半が誤字報告で埋まってるのって、ここだけなんじゃないでしょうか。

それと、総合評価500越えありがとうございます。……と思ったら、10Pつけてくれた人がポイントシステム変更で消えてる件について。こうして目に見える評価を気にするあたり、がめついといわれている私ですが……
これからもがんばっていきたいです(´奏`)(´元`)(´栄`)

お疲れさまでした。長時間のインターネットは最近の遠隔操作(ハッキング)にも気をつけましょう。


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☮未来へ想いを馳せるは

我々が生きる上で、考えというものは必要である。
他人を巻き込む考えは、時に人を傷つけもする。

そう、所詮いくら考えたところで全てを卸すことなど不可能だ。

ならば、私達は前向きに生きよう。
それしかないというのは、詭弁であるのだが……前を向いた方が、可能性はあるだろう。
振り返ることも、忘れてはならない。


「≪チサメ、そろそろ中間テストの日程が迫っているけど大丈夫?≫」

「……なんくるないさー」

「≪その表情で言われても何ともならないわよ。現実を見なさい≫」

「じゃあどうしろって? 理数系以外は全滅だ、私は」

「≪威張って言わない……≫」

 

 そんな事を言いながら、作業服を着て念入りに機器を弄っている千雨の姿に、将来の不安をRAYは感じ取っていた。確かに、元からのパソコンを扱っていた計算技能と、ソリッドアイの製作や今までの魔法を避ける練習で算出速度は並居る中学生のソレをはるかに凌駕しているものの、他の教科に至ってはお世辞にも良いと言える点数を見た事がない。彼女の総合成績自体、同学年全員分の半数を下回っているので、いくらエスカレーター式の学校とはいっても就職などになると響いてくるだろう。(最も、このまま株に走りそうな気配もあるが)

 そんなRAYの葛藤を知らずに、鼻歌交じりに新たな機器を製作する姿にどうにも最後の一手が言いだせないRAY。これも、操縦者権限ということだろうか、と通常AIにはあり得ない「感情」に身を任せて天を仰いだ。当然、その動作には金属同士の軋む音が発生し、格納庫に響き渡る。

 

「…なんの騒ぎだ」

「≪起きたのね、フォックス≫」

 

 そんな中、部屋の影で見え辛い一角からフォックスがのっそりと歩いてくる。

 

「≪チサメの中間テストが心配で……嗚呼、どうにからならないかしら?≫」

「…俺に聞くな。その話をしても無意味だろうに」

「≪それもそうね。絶対兵士として育てられてきた貴方、勉強とか、学力とか無いに等しいわよね≫」

「……鍛錬に行ってくる」

 

 ぷい、と何かを振り払うように外へ足を向けた彼は、そのまま水道の水を顔に浴びせて外へ。手にはしっかりと高周波ブレードが握られていた。

 丸聞こえのその会話に、千雨はあーあなどと声を漏らすと、呆れたようにRAYへくるりと向き直る。

 

「遠回しに馬鹿って言ってるようなもんだろ。RAYも随分とデリカシーの無い」

「≪……あら、そうだった?≫」

 

 メタルギアRAY。彼女のAIは、まだまだ人への思いやりの心が備わっていないようだ。

 

 

 

 それはともかくとして、中間テストは既に来週にまで迫っていた。千雨のクラスでも、件の子供先生が授業の前に脈拍、動悸共にアセアセとさせたままにテストへ関心を向けさせるような発言をしたことから分かる様に、学級のみならず、学校全体に勉強ムードが漂い始めている。いや、一か月前に対策ぐらいしておけと言いたいところだが……「嗚呼、哀しい哉」これが麻帆良が麻帆良たる所以であろう。

 そして、せっかくの教師が促した勉強ムードは、どこをどう受け取り間違えたのか「英単語野球拳」というお祭り騒ぎに早変わりし、結局、今日の英語の授業も後半はお遊び満載で2-Aは授業の進行が遅れた、ということになるのだろう。だが、子供先生=ネギ・スプリングフィールドも、そんな中でキチンと進めようとする志を見せている辺り、伊達に先生を請け負ったという訳ではないようだ。授業後半でその雰囲気もグダグダではあるのだが。

 

 そして、その日の夜。浴場ではうわさ好きな中学生らしい「ある噂」が広まっていた。

 曰く―――「今度のテスト、最下位のクラスは解散」及びに「図書館島の“読めば頭の良くなる(ごつごうまんさいの)本”がある」。

 通常ならあり得ない噂だが、それを進撃に受け止めてしまうのが中学生の好奇心、そして麻帆良のどこか常識から外れている思考回路のなせる技であろうか。ソレを鵜呑みにした少女たち、約五名…所謂、成績の悪さから「バカレンジャー」と言う敬称(嘲笑)を賜っている者たちは、頭の良くなる本を探しに行こう、という話になっていた。

 それを浴場の隅で聞いていたのは我らが主観人物、長谷川千雨。そして、その周囲にはエヴァンジェリンと真名も集まっていた。

 

「…あいつら、自分でやろうって気はねーのか」

「RAYから聞いたぞ? そう言う貴様も勉強を怠っているのであろうに」

「あ、アイツいつの間に……」

「へぇ? レイさんも中々に情報通の様だけど……」

「……まぁ、な。……聞こえてないよな?」

「安心しろ。雑談魔法をかけてある」

 

 それなら、と千雨は真名の問いにコクリと頷いた。

 どうせこれから「裏」で仲良くなっていかざるを得ない程にどっぷりと浸かってしまっているんだ。学園長も、それこそ、千雨に直接の出撃命令はしないだろうが、千雨が情報バンクで、同時に分析者でもあるだろうRAYと常に通信で繋がっていられるというのは、此処麻帆良で未知の敵に遭遇した際には十分なアドバンテージになる。千雨は直接その場に赴かないまでも、この前のように狙撃で援護。ないし、今のところは目立っていないが、得意のハッキングをしながら麻帆良の防衛部隊に情報を流すことも可能だ。

 いつか、もしもその時が来るのなら。千雨はそう腹をくくって決意している。「玉抉」を見せろというのなら、いくらでも振って見せようという覚悟はあった。

 

「長谷川さん? 少し顔が強張っていますよ」

「ん? あぁ、ありがとな桜咲」

「……先ほどの表情、何を考えていたのかは知りませんが、戦闘は此方で引き受けているんですから。長谷川さんは安全な場所にいてもいいんです。逃げる事が、貴方の本来の目的でしょう?」

「……ま、そうだな」

 

 サンキュ、と礼を受け取ったのは、何やら盛り上がっているバカレンジャー組と和気藹々としている近衛木乃香を遠目に見続ける侍、桜咲刹那だった。千雨に的確な言葉を投げかけたのも、彼女自身が経験した薄暗い過去が原因で、そう言った感情には少々気づきやすいようだが、ここでは触れないでおこう。全ては、時が来ればおのずと知ることになるのだから。

 

「…エヴァンジェリンさん、居たんですか」

「最初からいただろう? ふっ、まぁそう邪険にするな。ジジイから聞いた話もある。近衛に手は出さんさ……桜咲刹那」

「それならば、よろしいのですが」

「おっと、そう言う物騒な話はここまでだ。浴場(ここ)はそう言った話を洗い流す場だろう?」

「龍宮の言うとおりだっつの。お前らもそう剣呑になるなって」

 

 どうしてこのような場で血が流れるような真似をするだろうか、いや、させない。そう判断した二人が軽く疎めにかかると、それもそうかと聞きわけた二人は千雨と真名を挟んだ両側に座って湯船に浸かる。そんな様子に、どうにも周りが戦いにあふれている気がするなぁ、と嘆きを漏らす千雨に、真名は喉の奥で笑うのであった。

 

「それで、先ほどの明日菜さんたちの言葉ですが……本当に図書館島へ行くのでしょうか? お嬢様も同行する気の様ですし」

「放っておけ。どうせ学園長が手回ししてあるだろう。奴の先見はそれこそ未来予知クラスだ」

「それならば、良いのですが……」

「……あ~、なんだ。その」

「?」

 

 一応、桜咲刹那という人物は、近衛木乃香の護衛を長から任されている身である。故に、木乃香を案じる心から出た一言であったのだが、それを拾って茶化すエヴァンジェリンと、そして何より千雨の言いにくそうな言葉に引っ掛かりを覚えた。

 どうしたんですか、と聞く前に、彼女は言いにくそうに後頭部を掻く。ほんの一瞬悩むようなそぶりをした後、開き直ったように千雨はポツポツと話し始めた。

 

「いや、実はRAYの方にも近衛の護衛任務が行ってるらしくてな」

「なっ!?」

「これで見ると分かるんだけどよ、アイツの傍にはウチの情報端末機Mk.Ⅲ(マークスリー)がついてるから、そんなに心配はいらないと思うんだよ」

「……貴様に付いている方はMk.Ⅱ…だったか? それの後継機ということか?」

「そう言う事」

「それで、それがどのように関係してくるんだい?」

 

 真名が聞くと、千雨はつまり、と説明を始める。

 

「そっちの映像を、こっちのMk.Ⅱの画面にリアルタイムで写せると思う。心配だ、って言うんなら、貸してやるけど……」

「それは、本当ですか!?」

「ま、まぁ……てか近い。寄るな」

 

 あ、すみません。と言いつつ冷静になるため深呼吸する刹那。いくらか落ち着いたところで、お貸し頂けるのならと千雨に頭を下げた。

 

「RAYも、別にいいよな?」

『≪これは労せずして、自然と情報を手に出来るチャンス。その代償がMk.Ⅲ一つなら安いものよ。いざとなれば自壊機能を使えばいいのだから≫』

「―――だってよ。そんじゃ、上がったら後で部屋に来てくれ」

「長谷川さん、私も御同伴よろしいかな?」

「ま、暇だし別にいいだろ。私は横で勉強させられるだろうけどな……」

 

 そうして刹那と真名の訪問を許可した千雨だったが、実は彼女、部屋に帰ったらフォックスが待ち構えている。それも、RAYと強化外骨格の予備を作っておくという契約をした最高クラスの番人(おに)であるため、自室に戻れば賽の河原の子供と化す運命であるのだ。表情から何かを感じ取ったのだろう、彼女を見ていた三人もこれには思わず苦笑していた。

 

「私はやる事がある。遠慮させてもらおうか」

 

 ただ、エヴァンジェリンはそう言ってお湯を滴らせながら立ち上がり、浴場を出て行った。おそらく今夜も行うであろう吸血行為の予定が押しているということだろう。他の三人も、エヴァンジェリンがいなくなったことで魔法も解けてしまっているので、ある程度「表」の会話をつづけた後に湯船から上がって寮へと戻ったのだった。

 

 

 

「待っていたぞ。チサメはこっちだ」

「へーい……」

「「御愁傷様……」」

 

 千雨の部屋に着くや否や、正面に待ち構えていたフォックスが彼女を連行して行った。取り残された二人はあの話は本当だったのかと思いつつ、残されたことにこれからどうやって約束を守るのだろうと疑問を抱く。ソレを見計らってか、ステルス迷彩を解いたMk.Ⅱが出現すると、彼女が勉強している部屋とは別の方に案内していった。

 それに従い、Mk.Ⅱを机の上に乗せる。すると、開いたモニター画面に光が灯り、合成音声が流れ始めた。

 

≪今回のミッションサポートを行います。まずはMk.Ⅱの映像投影を行います。後を追っているMk.Ⅲの映像及びに各箇所に配置された仔月光(フンコロガシ)からの映像を受信します……シングル安定、出力開始。壁面の投影画面に注目してください≫

「! お嬢様……それに、ネギ先生…?」

「こりゃあよく出来てるね。というか、何で先生まであんなところに…」

 

 普通に画面を見るだけで良いのではないかという突っ込みはともかく、映し出された光景は図書館島の本棚の上を歩く一行の姿だった。映像では途中で矢が飛び出てきたり、底なしの下へ容赦なく叩き落とす落下トラップが仕掛けてあったりなど、一般人では最初の罠だけで「死亡」してしまうような危険な物ばかりが映される。

 ソレを見ている刹那は木乃香を守るという立場上、知らない方が良いのではないかと思うほどにハラハラしながら見ており、真名が彼女を疎める役として収まっているというのが監視者側の構図。まるでテレビでの野球観戦に盛り上がる人のようだったと、後に真名は語る。

 

『≪さあ、この上に目的の本がありますよ≫』

 

 いくら安全性があるからとはいえ命綱一本で巨大な本棚を降下、さらには前に進めば進むほど狭くなっていく通路をほふく前進で進む一行は遂に巨大な石像がある場所までたどり着いたところで、「綾瀬夕映」がそう言って立ち止まる。その探究心、執念には恐ろしいものがあるが、残念なことにその様子は画面が切り替わることで刹那たちに見られている。つまり、仔月光が容易く先回りしていたということだ。

 さて、そんな感動ブチ壊しの事実を知らない探検者は、ネギの最高クラスの魔法書(こう言っている時点で疑問を抱かなかったのが幸い)という言葉に興奮し、我先にと走り始める。

 ところで、探検やアドベンチャー系のダンジョンが主に取り扱われる映画でのお約束事には、「欲を出したものから死んでいく」というある意味当たり前なトラップが仕掛けてあることが多い。それは、調度品を動かすと発動したり、最奥域の場所の手前にあったりと、フィクション好きのみな様なら「死亡フラグ」という名称で有名だろう。だが、流石に生徒が来るであろうと分かっている場所。そんな物を置くわけにもいかない仕掛け側は「試験で悩んでいる」彼女たちに、相応しい試練を用意していた。

 全員が明らかに危ない橋に足がついた場所で、それは起動する。

 

『≪キャー!?≫』

 

 モニター越しで分かるほどにあからさまな位置にあった物体が、轟音を響かせて橋を突き破る。それは、娯楽好きの彼女たちがすぐに理解できる一つの盤だった。

 

「あれ、ツイスターゲームだねぇ」

「……お嬢様たちが落ちないのは良いが、考える事がいまいちわからん」

「学園長の意図を先読み出来る奴なんているのかい?」

「いない、だろうな」

『≪フォッフォッフォ≫』

 

 はぁ、と溜息をつく彼女たちは、画面から聞こえてくる特徴的な笑い方をする石像を見て、すぐにその正体を看破した。鉄球を持った兵士の石像(ゴーレム)…それを操っているのは学園長だろうな、と。

 

「ああ、そんなはしたない恰好で……というか、狙ってるな」

「趣味も交じってるのかなんだか知らないけど、この映像とってる端末(ヤツ)が学園長室を強襲しなけりゃいいけどね」

 

 そんな疑問もすぐに捨て去るほどに、「英単語ツイスターゲーム」とやらを実施されている彼女たちは、肢体を絡み合わせて何かよくわからないピカソの絵をオブジェにしたような物になっていた。あれでよく関節が外れないものだと感心して見ていた二人だが、次のの光景には目を疑うこととなる。

 「DISH」の回答を間違え、お皿ならぬ「おさる」にしてしまったがゆえに回答を間違えてしまった彼女たちに、勢いよく鉄球が振り下ろされたのだ。

 

『≪ハズレじゃな。フォフォフォ……≫』

『≪いやあああああ……≫』

「「お、落としたぁぁぁああああ!?」」

 

 下はどう見ても奈落の底。其れから守るためにツイスターボードを置いていたと言われれば納得できる配置だったというのに、学園長操るゴーレムはそれを鉄球で大破壊。足場を失ったゲーム参加者及びに応援していた二人を含めて奈落へと落下して行ったのだ。

 これには唖然、驚愕、そして刹那は木乃香の無事を願ってふらりと後ろに倒れる。ソファにもたれかかる状態にはなっているが、よほど精神的ショックがあるのだろうか、真名が調べて見ると、完全に気を失っているようだった。とりあえず彼女は運んでおくとして、真名は後を追って壁を這って移動して行く数匹の仔月光を映す画面を見て、まだ奥の方には配置していなかったのか、などと、至極どうでもいい疑問を抱く。所謂現実逃避という奴だろうかと自嘲し、すぐに我を取り戻したのであるが……。

 

「……いや、どう収拾付ければいいんだい? これ」

 

 気を失った刹那を抱えて、再び画面に目を移せば水飛沫こそ上がったもののおそらく風を応用した浮遊魔法で落下の衝撃を殺して無事な一同の姿を確認。そこで映像が途切れると、後で無事ということぐらいは話しておこうと刹那を見た。

 そんな時、突然に入口が開いて千雨が入ってくる。勉強終わったー、と腕を伸ばしている姿からするに、結構な時間が経っていたらしい。時計を確認すると、もう夜の三時を回っていた。

 

「ん? 終わったのか」

「おかげさまでね。…刹那はショックなことがあってこうなったけどさ」

「それで、どうだった?」

「学園長がね……」

 

 一部始終を話すと、麻帆良で間違った常識を持っていないと曲解するような内容なかりになんつーギリギリセウトだ、と頬をひきつらせた。一応魔法が直接かかわっている要素は最後だけで、ゴーレムなどは技術部の仕業で片付けられるので、彼女の意見はセウトだったわけだが。(つまり、全体的にセーフだが少し目を凝らせばアウトという判定だ)

 

「そりゃまた、……桜咲も可哀そうにな」

「私らはこれで失礼するよ。そっちも体調管理には気を付けておくといい」

「ナノマシンで何とかなるが…まぁ受け取っとく。それじゃまた学校でな」

 

 それじゃ、と去って行った真名を見送ると、千雨もまた寝室へと足を向けた。見張りとしてそびえ立っていたフォックスの姿は消え去り、代わりに窓が開け放たれカーテンが揺れている。女子寮にフォックスの様な男がいるのは何かと不味いので、こういう帰還方法は存外に効果的な移動手段なのだが、開け放たれた窓からはまだ冬明け程度で寒い風が吹き込み、千雨の肌を撫でる。寒い寒いと早々に窓を閉め、取り残されたMk.Ⅱの充電を始めると、彼女はRAYへ通信を開いた。

 

「よ、どうだった?」

『≪あの子たちのおかげで最奥部への侵入に成功したわ。どうせばれて壊されるでしょうけど、事が終わるまでには何体かをあの場所で資料を漁らせるつもりよ≫』

「RAYも中々悪ドイもんだ。情報は何よりも価値があるって?」

『≪あら、いざという時の手札はあるに越したことは無いわ。例え私たちに魔法が使えなくても、成り立ちや仕組みを知れば対処法はいくらでも浮かぶもの。……まぁ、精霊の動きを完全に止まらせるジャマーが作れると一番いいのだけれど、学園長の話だと自然法則・神秘法則の成り立ちそのものに触れる行為だから無理なのよね≫』

「それこそ原点に触れるには、魔法を使う必要があるか……私もフォックスも無理だな。魔力がない」

『≪ならばと一番親交が深いエヴァンジェリンはただの師匠。まぁ、その辺りはどうとでもなるわ。そろそろ切るわね、また≫』

「はいはい」

 

 通信を終えると、千雨はパソコンの画面を点けた。これからはネットアイドル・ちうたんの時間が始まるからだ。…実はここ最近、忙しくて画像のアップが出来ていない彼女は、そろそろ限界だった。故に、

 

「さ~て、今日のアップは遅くなっちゃったけど……

 いざ、始 め る ぴ ょ ん !」

 

 こうなってしまうのも、仕方がない事なのだろう。

 

 

 

『≪学園長、映像の一部始終は見させていただいたわ。……大丈夫なの? アレ≫』

「RAYくん、そうカッカするでない。……なぁに、問題ないよ。あの場所自体食料も十分にあり、彼女らのクラスは英語を除いて全教科のテスト範囲分の授業は終わっておる。あとはネギ君の気力と彼女ら次第じゃろうて」

『≪それもあるわ。でも、魔法の秘匿に関してはギリギリのラインだったじゃない≫』

「……生徒を危険にさらすようで残念じゃが、あの者たちは、木乃香も含めて魔法に関わらざるを得ない状況に陥る者ばかりなのじゃよ。木乃香に至っては西の長の娘、という点だけで強硬派や反対派と対面する時も来るであろうし、明日菜君はタカミチ君のお墨付きじゃ。……ほんに、嘆かわしい」

『≪……そう嘆くばかりじゃなく、考えはあるみたいだけど? 台詞と行動を一致させなさい。狸さん≫』

「フォフォフォ……なぁに、本当の危険とは程遠い“魔法”にするつもりじゃよ」

 

 RAYと通信している学園長は、嘆かわしいと言った内容と違い、その表情は穏やかそのもの。老獪な大人の余裕がありありと見て取れた。だからと言って、生徒を危険に立ち会わせるつもりはない。魔法に関わってしまうのはまだ最低ラインとして、最悪は「殺し合い」に発展する場に居合わせる場合だ。まだ、魔法を知るだけなら後戻りはできる。だが、深入りする場合は千雨のように真剣に殺し合いと向き合う体制がないと簡単に逝ってしまうだろう。

 だから、学園長はギリギリのところで魔法以外の脅威を見せつけた。ボードを破壊したハンマーの威力しかり、高所からの落下による死への恐怖しかり。どれも受け皿を用意したデモンストレーションであったとしても、それを畏怖と捉え、手を引くならば良し。だが、逆に興味を持ってしまった場合は……その人物の最終判断である。魔法側はそれを受け入れよう、という判断だった。

 結局、公的な立場で最高位に立ったとしても、個人の全ては守りきることなど、できはしなかった。ならば、その個人が力をつけてもらうしかないのである。その教えを希うというのならば、それはまた学園長たちの出番。彼らは教師であり、子供を導く「仕事」をしているのだから。

 

「そうじゃな」

『≪?≫』

「ワシとて、そう簡単に命を散らせるような策は練らんよ。狸と言われるのもそれほどまでの腕があるとほめ言葉として受け取れるものじゃ」

『≪……観測値、喜悦が上昇。不安が減少。思考の分裂、及びに速度上昇。……なるほど、伊達に数百年は生きてはいない、という訳? 策の翁様≫』

「ふぉ、君に“ナノマシンを注射してもらってから”というもの、この上なく調子が良いのでな。そう簡単に破れるような策は作らぬよ。―――それこそ、君のように、人の感情や意志を全て掌握できた、という訳でもないがの。全てはその人間が全てを決める。そこに我々の意志が入り込む余地などないのじゃよ」

『≪こちらも観測や思考の促しはできても、その人の意志そのものは操ることはできないわ。そうね……貴方も私も、どっちもどっち、ということになるかしら。それに、貴方が注射を受け入れたことでチサメの仲介役と言う危険が消えてくれて此方は万々歳なのだけれど≫』

「フォフォフォ」

『≪ふふふ……≫』

 

 どちらも策を用意し、自ずから動くことは少ない者同士で通じるところがあるのだろう。悪の代官と越後屋のように笑い合う姿は、見ていて子供の教育に良い物でもなかった。

 

 ようやく始まりだしたのは、魔法が紡ぐファンタジーストーリー。はたして、神にスポットライトを浴びる「主役」は誰になるのだろうか? それは、貴方の心で判断してくださるとよいでしょう。すわ、物語とは、たった一人で動くものではないのだから。

 




ここまでお疲れさまでした。
本当ならば今日の零時に投稿する予定だったのですが、ほかの小説のほうに間違えてこの話をやっちゃって……削除と修正加えるいい機会にはなったんですが。

そろそろ、原作の主人公ネギ君側のほうも描写しておきたいですね。
大量のフンコロガシに監視されている状況……いや、2-Aが先に気付くという突っ込み話でお願いします。

少し後書きが長くなりましたが、これにて失礼させていただきます。


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☮春原の先駆け

今回は短め。
次回はしっかりと描き上げますので、またお待ちください。


「期末に向けて勉強しておきましょう!」

 

 図書館島の最下層……と言うらしい場所に落とされて、脱出の手掛かりもある筈も無いのだが、学生の本分、更には教師の役目である勉学への興味関心を呼び起こさなければ、脱出できようと出来まいと必ず控えている期末テストは散々な結果で返ってくるだろう。

 彼女たちの学校はエスカレーター式でも、こう言った小さな積み重ねや成績が後に響いてくる事は理解している。だから、クビ……はこの際怖くても抜きにして、本分を全うさせなくてはならないと思った。

 提案には笑われてしまったが、勉強への意欲は出してくれたらしい。「腹が減っては戦も出来ぬ」という諺を実行するためか、食料探して走り去って行った彼女たちを見て、少し安心の息を着く。腕からほどけるように抜けて行った黒い模様も、魔法が使えない代わりに時計代わりには役に立ちそうだ。

 

「もう一日経ったんだ……あと、二日かあ」

 

 それまでの間、未熟な身ながらも彼女たちにしっかり教えないといけない。先ほどの「頼りになる」。そう言ってくれた生徒の信頼を無碍にしないためにも、しっかりとやっていこう。

 

 

 

 同時刻。まだHRも始まっていない教室はどよめきに満ちていた。

 成績が最下位だった時、新任教師のネギ先生は解任。更には、そのネギ先生と、成績が学年ワースト5に入る五人組…通称・バカレンジャー(+1)がもろとも行方不明になったという衝撃の情報が飛び交っていたからだ。最近になって無難に成績を上げてきている千雨はそう強くいわれることはなかったが、このような喧騒の中では彼女らが落ち着くまでに時間もかかるだろう。そう判断して、すっと立ち上がった。

 すると、普段はほとんど輪の中に入らないうちの一人が教卓側に歩いてきたからか、教室は徐々に静まり始めた。今回ぐらいは大目に見るか、という気持ちで彼女は脚色した真実を語り始める。

 

「いいか、ネギ先生(あのガキ)は例の五人と臨時教師に近衛連れて強化合宿に入ったって高畑先生から聞いた。ウチらがまた馬鹿騒ぎすると他のクラスにも迷惑がかかる。さっさといつもどおりに戻ってテスト対策しとけ。……以上」

「「「「「…………」」」」」

 

 顔の紅潮も無く、まるでそれらが本当に聞いた事の様に千雨の口から語られた事によって、再び雪広あやかの手でクラスの勉強スケジュールが整えられていった。千雨と言う珍しい人がクラスをまとめた事に興味を持った人物もいたようだが、今はネギ先生の為とクラス全体が喧騒の声から相談の声に包まれていく。

 面倒だった。そう思って席に着くと、エヴァンジェリンが意地悪げな笑みを浮かべて此方を見ているのが目に入った。

 

「……んだよ」

「いや、思いのほか貴様も思い切りがあるものだ、と思ってな」

「うっせ。私だって普通はやらねーよ。あんな事」

「ほう、では普通ではなかったということか…?」

 

 あげあし取りやがる。と辛辣な視線で射抜いていたのだが、そこは600年を生きる吸血鬼。なんなく受け止めてにやにやと此方を見つめるばかり。急遽、HRは代理としてしずな先生が来た事によってクラスはまとまったが、その後もエヴァンジェリンから常時見られている錯覚を受けながら千雨は授業に臨むのであった。

 

 そして、昼休み。屋上に出た彼女は刹那に迫られていた。

 

「予定調和とは、本当ですか!?」

「学園長の考えなんか知らねえって。私はクラスの耳をつんざく嬌声聞くのが嫌だっただけだっての」

「いえ…お嬢様の無事は確認したのですが……しかしあれでは秘匿が……」

「それ、結界とやらが発動してんだろ? あの忌々しい認識阻害とやらがさ。だから近衛もそんな深い疑問には陥らなかったし、落ちた後もあの不思議空間を先生の元で勉強補佐してるらしいぞ」

「…それなら、よろしいのですが」

 

 うむむ、と難しい顔で唸る彼女を見て、ふっきれる前の自分のようだと千雨は思う。

 先日エヴァンジェリンから教えてもらった、「麻帆良大結界」の存在。自分が孤独や意見の食い違いを延々と経験させられ、RAYと出会うことになった全ての原因。今となっては、常識を持った仲間同士に飢えていたのではなく、「同じ意見を共有できる友達」がいなかったから捻くれていたのだ、と悟ることが出来たのだが、今や同じ認識阻害が効きにくいごく少数派の同類には合唱せざるを得ない。

 ともあれ、その大結界があるからこそ魔法の秘匿は行われ、目の前で魔法を見ても「麻帆良領域内で起こった事全て」マジックと誤認させる事が出来るのである。近衛はそう言った耐性があったわけでもないので、大丈夫だろうという希望的観測だ。ネギが直接ばらしていなければ何も問題は無い。

 

「お嬢様の元に行きたいのですが…ああ、何たる不覚…!」

 

 まあ、こうして目の前で悩んでいる過去を抜け出してきた武士も、どこか馴染み辛そうな雰囲気を放っていると思ったに過ぎない。千雨の興味が引かれたのはそこまで。実際、その先に深入りするというのは、当人同士の問題に横入りする無粋な真似と分かっている。

 だからこそ、ちょっとした一般人の視点でアドバイスをするだけだ。

 

「そう心配するなって。例によって、あの学園長が計画してことに危険は無いだろ」

「……そう、ですよね。御自分の孫に対して、そんなに危険が……足場破壊……」

「…………」

 

 助言しても、自分で負のスパイラルに入りだした刹那に対して、千雨は匙を投げた。

 

「そういえば長谷川、最近フォックスを見ないが、奴は何をしている?」

 

 口元の引き攣った彼女に、エヴァンジェリンからそんな声が掛る。確かに、最近こちらでも見る機会が減っているので、少しRAYに問い合わせてみるという事で、話に一旦の区切りがついた。それから無線通信でしばらくの時間が無言で過ぎ去り、とぼとぼと刹那が屋上から出て行ったころに、ようやく千雨はエヴァンジェリンに向き直る。それなりに長い話であった事は間違いないだろう。

 

「特務、だと」

「……それだけか?」

「麻帆良圏内でやってるらしい。ガンドルフィーニと高畑との三人作業……までは教えてくれたんだが、それ以上がどうにも聞き出せなくて。最近仲良くなり始めた大人陣だけど、それも関係してんのか?」

「……また、珍しい組み合わせだな」

 

 とくにガンドルフィーニ辺りが。と彼女は強調する。危険な異物排除の思想を持っている人物がまだまだ道にあふれるRAY陣営と何かしている事に対して思うところもあるのだろう。

 

「私も、射撃訓練しておこうかな」

「突然どうした?」

「いや、少し気になってよ。近々最大級の面倒が起りそうな気が」

「予知能力者気取りか?」

「いんや、女のカン」

 

 は? と心底不思議そうにぽかんと口をあけているエヴァンジェリンに、少し頭に血が上った彼女がゆらりと立ち上がる。右手は例のポーチに忍ばせており、しっかりと何かを手に掴むと、重量感のある光を反射する鉄の物体を取り出した。

 かくして、麻帆良の温かみが出てきた空に、一つの悲鳴が響くのであったとさ。

 

 

 

「むぅ~……えっと、こことここが掛け算で……」

「数学は式さえ覚えてしまえば応用が利きます。ですので……」

 

 意外と順調だ、というのが正直な感想。バカレンジャーと呼ばれていた五人も、直接手ほどきを受けてもらえばそんなに酷いということも無く、確実にその実力を伸ばして来ていた。既に2回ほど実施した小テストの点数もぐんぐんと伸びてきている現状であり、やればできる、というのが生徒に対して抱いた好感触の感情。ただ、惜しむべきは常日頃の集中力の無さか。

 

「…50分経ちましたので、また休憩にしましょう」

「「「やったー!!」」」

「ですが、10分後に再開します。次は英語をしっかりやっていきますね」

「「「「はーい!」」」」

 

 集中力の続く時間と、適度な休憩とを交互にやっていくと、勉強の効率が良い。事実こうしてきたことで力をつけているし、一度はちゃんと授業で聞いている内容を復習しているのだから、既にある知識を引き出すだけでそんな苦労も無いように見える。そんな教え子たちの姿を見て、ほっと息をついた。脱出の手掛かりはまだ得られていないが、この調子だと期末テストもいい結果が出せそうだと思ったからである。

 しかし、不意に開けた視界の先に黒い物体を見つけた。ギリギリで目視できる範囲で目に留まったものだが、このような幻想的な空間には余りに不釣り合いな…金属の光沢。

 

「なんだろ、あれ……」

 

 好奇心は猫をも殺す。また日本の諺が頭によぎったが、ここにきて子供の好奇心が理性を上回る。気付かれないよう、そーっと後ろに近づくと、真っ黒な球体に三本の腕が映えた物体がしきりに本を読んでいる姿が確認できた。

 知性はある、という事なのだろうか? 此方に気づいていない事で自分の警戒心も下がってしまったのだろう。つい、声をかける。

 

「こんにちは。何してるんですか?」

「≪…!! ……あら、あなたは?≫」

 

 一瞬動揺したようなノイズの乱れ。その後には、少し硬そうな印象を受ける女性の声が響いてきた。普通に会話をするのと同じ程の音量だったため、本棚の向こうに居る生徒たちはまったく気づいていないらしい。

 まあ、自分の息抜きにもちょうどいいかもしれない。そう考えて、ネギは質問に答えることにした。

 

「あ、ネギ・スプリングフィールドと言います。ここには伝説の本……じゃなくて、生徒の勉強をしに来たんです。そっちは、どうして此処に? 管理者の人ですか?」

「≪私はただの閲覧者よ。……それにしても、伝説の本ってあの石像が守ってた奴かしら?≫」

「知ってるんですか?」

「≪まあ、職業柄ね。……そうそう、私が此処に居ることは秘密にしてほしいの。……ああ、やましい事があるわけじゃないわ≫」

 

 疑問に満ちたネギの視線をカメラが捉えたのか、すぐさま怪しい訳ではないと否定する。

 

「≪ここの文献って、貸出禁止ばかりなの。しかも危険なところにあるからこうした端末を通して閲覧してるんだけど……工学部の人には此処の知識を使って新しい発明で驚かせようと思ってね。あまり広められたくは無いの≫」

「そうなんですか……発明、頑張ってくださいね」

「≪ありがとう、ネギ先生。…あ、呼んでるみたいよ?≫」

「え? ほ、本当だ! ありがとうございます! それじゃまた!!」

 

 いつの間にか十分も過ぎている。急いで生徒たちの元に戻ろうとするが、ふと、疑問に思った事があった。あの工学部と言っていた人から、名前を聞くのを忘れていたな、と。

 

「ま、いっか」

 

 そう言うのは流してすぐに忘れた方が良い。あの人も言いふらさないでと言っていたし、自分が忘れてしまえばふとした拍子に言うことも無いだろう。

 そんなことより、すぐに勉強を始めなくては。そうして走り去って行った少年の背中を、黒き機械のカメラがしっかりと焼きつけていた。その機械の名は仔月光(フンコロガシ)。不思議の独立兵器、RAYの小型ユニットである。先ほどまで読んでいた本を棚に戻すと、同じ機体がコロコロと集まって来た。

 

「≪~~~≫」

 

 次の指令を出すと、それらは全て濃い影の中に潜んでいく。RAYの図書館漁りは、まだまだ続く様であった。

 

 





ネギ君視点を増やしてみました。
RAYとの初接触がまさかのフンコロガシ。
千雨もRAYも、息を吐くように嘘を吐きおるわ。

一応空白の日だったので、ちょっとだけオリジナル展開?

それでは、お疲れさまでした。


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☮Sorry dialy

日常とは、すぐそばに危険が潜んでいるものである。
あなたの隣にいる人も、あなたが通っている場所も。

時既に遅しとして、もし訪れているとしたら?


「おうおう、やっておるな。どうして中々、勉強熱心じゃの~」

「覗きですか、感心できませんな学園長」

「なぁに、プライベートまで覗くような真似はせんわい」

 

 額を抑えたガンドルフィーニがそう言うと、ふっ、とネギたちがいる場所を映していた映像が消え去って学園長室に明かりが点く。投影の役目を終えたMk.Ⅱは台座の上からジャンプすると、キュルキュルとローラーを回しながらフォックスの後ろに回り込んで姿を消した。言わずと知れたステルス迷彩である。

 一連の茶番が終わった事を確認すると、フォックスが口を開く。

 

「それで、そっちでは何か進展は?」

「何もありゃせんよ。魔法の痕跡を追おうとしてもこのザマじゃ」

「これは…また」

 

 呆れるように学園長が取り出したのは、粉々に破壊された式神の紙片。人型の姿をしている筈のそれは、胴のあたりをばっさりと断ち切られている、無残な姿となって返ってきたという事は迎撃されたのだろう。これを最後に魔力の名残も消えてしもうた、と続けた近右衛門にガンドルフィーニはガックリと肩を落とす。フォックスは、溜息にとどまっていたが。

 

「最近“こちら”で見かけないが、高畑はどこへ遣った?」

「次期三年生の修学旅行先の下見じゃよ。確かに彼は魔法先生として優秀じゃが、教員としての仕事もして貰わねばならんのでな」

「悠長な……」

「もどかしいのは分かるが、フォックス。気を張り詰め続ける必要も無いだろう」

「……だが」

 

 絞り出すようなフォックスの声に、無言で首を振るガンドルフィーニ。確かに、手掛かりが消えた今、自分の世界の負の部分を晒すような存在を消したいと願っていても、不可能なのは明白な事実。らしくなく盛り上がった事に謝罪を告げると、続いて近右衛門が話し始めた。

 

「こうなってしまった以上、後手に回るしかない。事態が起こってからの急速な対応措置が必要じゃて。……これはワシが考えておくので、君たちにはしばらくの休暇を課すことにする。二人とも、良くやってくれた」

「…はい。謹んでお受けします」

「ああ……」

 

 下がってよいと言われた二人は、その指示にも従って学園長室から退出した。

 あの襲撃の日から、すでに一ヶ月が経過していた。術者がいたと思われる場所で残留魔力の調査、残骸から何かしらの情報を得る事が出来ないかという試み。試せそうな物はほとんど試してみたが、犯人につながりそうな物は見つからなかった。フォックスは身元がまだ偽造(しっかり)されておらず、麻帆良の外に出ることはできない。ガンドルフィーニも授業や家族の事があって、この地から動く事が出来ない。これらの事から「高畑・T・タカミチ」という人物は麻帆良の外まで調査の手を広げるに最適な人物だったのだが、彼自身にも致命的な欠陥がある。それは、魔法詠唱が出来ないという魔法使いに有るまじき点だった。

 つまり、普通の追跡魔法も何もできない、戦闘に特化した以外は一般人程度の探索能力しかなかったのである。それゆえに、学園長の判断は早かったのだろう。外に出している事をそのままよしとして、修学旅行先――京都の「関西呪術協会」へ渡りをつける。そちら側での犯人の調査協力と、ネギ・スプリングフィールドの訪問を伝えるためだ。

 それらを理解している二人は、高畑と、まだ関係が良いとは言えない関西呪術協会に願いをかけるしかなかった。それぞれが「犯人」を排除したい理由は違えど、それにかける情熱は同じ。彼らに出来ることは、成功を願うのみであるのだから。

 

「此方から身分証明の手続きについて進言しておくよ。君は……最近修行をしていなかったろう? この際だ、桜咲と組んでくると良い。私は、休暇中は籠ることにするさ」

 

 フォックスを連れ、校門で別れる前にガンドルフィーニはそう告げる。

 対する彼は、力強く頷いた。

 

「そうか……時にあたり、力不足があっては高畑に合わせる顔が無くなるか」

「そう言うことだな。それじゃ、また今度」

「ああ」

 

 ガンドルフィーニと別れると、校門から駆けてきたあわただしい集団とすれ違った。中見覚えのある学校の制服を着ていることから察するに、千雨と同じ場所の奴かと頭の片隅に感想が浮き上がった。いずれにせよ、関係ないだろうと思って世界樹前に行こうとしたのだが。

 

「フォックス君か」

「学園長。どうした?」

「いや、2-Aの彼女らを追いかけていての。どっちに行った?」

「駅に向かったようだ」

「すまぬ」

 

 老人と思えぬ軽やかな動きで移動する彼は、仙人の如くふわりふわりと跳ねて行った。視線がその背中を追い、瞳が空を映せばすでに夕暮れの赤が包んでいる。そこで、唐突にガンドルフィーニの言葉を思い出して足はガレージの方に向く。焦り過ぎず、気を張り詰め続けるな。早い話が、肩の力を抜いて過ごしてみてはどうかと言いたかったのだろう。

 そんな日も、悪くないかもしれない。そんな思いのままに、修行の日を遅らせる予定を作るフォックスであった。

 

 

 

『≪お帰りなさい≫』

 

 ガレージに戻ると、実に4日ぶりに聞くRAYの声が彼を出迎えた。小さく帰った、告げる彼はそのままエヴァンジェリンによって持ち込まれたソファに寄りかかって力を抜いた。

 

『≪珍しいわ。あなたがそんな姿をさらすなんて≫』

「俺も道具ではない。疲労もすれば、寝ころびたくもなる」

『≪ガンドルフィーニ先生の言葉がそんなに響いてるのね? まあ、良い機会だと思って休養を取りなさい≫』

「筒抜けか。つくづく自由は無いように思えるな、ナノマシンを入れられてからは」

『≪私も記録の一部を抜粋してるだけ。貴方たちの経験は全てデータになっているのは…否定しないけど≫』

 

 やはりな、と呟いた彼は腕で顔を覆った。

 遥か上に存在する天井を見つめると、己の存在が小さく見えて息を吐く。RAYもそんな様子の彼を気遣って、無言でそこに佇んでいた。作動していない工場の寂しさが、辺りにシンと響き渡る。無音の世界に、フォックスはゆっくりと目を閉じた。

 

「あいつらもとことん常識はずれだよなぁ」

「貴様が言える立場でもないだろう……ん?」

 

 彼が眠りについてすぐ、入口の扉がスライドして千雨とエヴァンジェリンが入って来た。

 

『≪いらっしゃい。彼が寝ているから、静かにしてほしい≫』

 

 フォックスが精神、肉体共に疲労困憊で眠っているのを邪魔したくないRAYが小声で告げると、二人は了解、と彼が寝ている場所とは遠い場所で腰を落ち着けた。持っていた荷物はそっと机に置き、なるべく音が響かないように小声で会話をする。

 

「アイツ、久々に見たと思ったら……」

「特務、か。十中八九、1月のアレ関係だろう」

「原因の月光はRAYやフォックスのいた世界(ところ)だしなぁ。躍起になるのも仕方ないんじゃねえか? 今はああして寝てるみたいだけどよ」

「違う戦争の歴史を紡いだ世界、か。興味深いが行きたくはないな」

『≪私も戻りたくは無いわ。戦争経済は終わっても、人の欲は変わらなかったから≫』

「お、Mk.Ⅱからか…ま、そうにしても人間なんて単純だよ。欲があればすぐに飛びつく」

 

 フォックスの元に預けていたMk.Ⅱが二人に近づき、大声になってしまうRAY本体の代理として会話に混ざった。茶々丸もそうだが、長い年月を生きてきた故か、こういった技術の進歩とは凄まじい物であるとエヴァンジェリンが零す。その言葉に千雨は皮肉を込めて、此処までの技術力は麻帆良(ここ)しかないだろ。と返したのだが。

 

「私にとって、時が過ぎるという事はそれこそ“あっという間”だったさ。少し瞼を閉じれば、馬が荷物を引いていた中世の景色が映されるくらい、な」

「……真祖の吸血鬼って言ったか。わりい」

「気にするな。良くも悪くも時代の風刺には慣れている。決して、受け入れられる世代なぞなかったのだからな」

 

 見た目は十歳の女児であっても、本質は600年の時を生きる吸血鬼。そんな、エヴァンジェリンの諦めたように笑った姿に、千雨は胸の奥が痛んだような気がした。

 空気が暗く淀んできたその時、Mk.Ⅱのケーブル先から電気ショックの音が二人の耳元で炸裂する。その衝撃で、二人はハッと意識を取り戻した。

 

『≪辛気臭い話は置いておきなさい。明日は終了式なんだから≫』

「ようやく、また三年か。今度こそ卒業できればいいのだがな」

「だからそう言うのは……まぁいいか。私も居るんだ、終業式くらいは引きずってでも連れてってやるよ。“卒業する”と呪いが解けるんだろ?」

「……おお、その手があったか」

 

 ぽん、と手をついて驚くエヴァンジェリンに、溜息の音がハモった。

 

『≪一般視点の理解者がいると、魔法使いの考え方を簡単に塗り替えしそう。もっとも、私たちは貴女の本当の理解者には程遠いでしょうけど≫』

「駄弁る仲間がいるだけ、例年よりマシかもしれんな……しかし、本当に卒業か。式の日は体調不良で絶対に行けなかったからな。ふむ、長谷川。今年は頼んだぞ」

「余計なこと言ったなぁ……また私かよ」

 

 苦労人はいつも貴女ね。と三人で笑いあった。

 その後もしばらく談笑は続いたが、夜遅くになってくると流石にとどまり続けるわけにもいかず、そこで解散。その帰り際に寝ているフォックスに布をかけ、明日の終了式に備えて帰路に就くのであったとさ。

 

 

 

「おはよーございます、えーと……長谷川さん!」

「ん? あ、ああ……おはよう」

 

 3月25日の終了式の日。さんさんと降り注ぐ太陽光が残寒を打ち消してくれる、丁度良い気候になってくれていた。そんな中で千雨がカバーを教本に変えたCQCの指南書を読んでいると、何人かの生徒を引き連れるような形でネギがすれ違いざまにあいさつを交わしていく。

 発砲音は別として、あまり騒がしいのが好きではない彼女は小さく挨拶を返して彼らを見送った。

 

「元気あり余ってんなぁ。いまさら麻帆良にアレが本当に教師でいいのかっていう突っ込みは入れれねえけど」

「それでも、しっかり口にする辺りは気にしてるんじゃないかい? 長谷川さん」

「ぉおっ!? ……て、龍宮か。おはよう」

「はい、おはよう。ついでだ、一緒に行くかい?」

 

 その道中、何かと銃を扱う者同士で気の合った会話を続けながら、終了式を無事に終えた。その際に改めてネギ・スプリングフィールドの正式採用が発表されたが……まぁ、流石は麻帆良。誰も疑問に思うことなく、全員が祝福する形(拍手しているだけのやる気のない生徒もいたが)で無事に式は終わりを迎えた。

 何とも様々な事があった今学年分のカリキュラムを全て終えた後、教室に戻った2-Aではネギの「学年トップおめでとうパーティー」が開催されることに。当然ながら千雨は目の前で辞退をして抜けると決意。ここしばらくRAYもフォックスもエヴァンジェリンも忙しいので、さっさと家に帰ってアイドル活動(NET)を弾けるまでするつもりだったからだ。

 

「…ちょっと、頭が痛いので私はこれで帰宅します」

 

 まぁ、その理由づけにはちょっとした風刺も織り交ぜていたのだが。

 

 

 

 靴を脱ぎ換え、最近購入した実用性に重きを置いたランニングシューズを足につける。ここ一年で運動も好きになったものだと思いながら、外の空気を肺いっぱいに吸い込んだ。

 

「ふぅ、やっと終わった」

 

 校門を抜けると、後は寮に向かって足を進めるのみ。そんな事を考えながら、片っ苦しいおとなしい敬語キャラを腕のストレッチと共に脱ぎ捨てた千雨は足早にその場を立ち去ろうとする。だが、目立つ形で辞退したのが気に留まったのだろう。

 

「は…長谷川さ~~~ん!」

(ああ、こうなったか)

 

 終始身につけて離さない巨大な包帯ぐるぐる巻きの杖を振りまわして、アピールするようにネギが走ってきていた。皮肉気な台詞も、あの場では分かりやすい体調不良への訴えになったか、と額に手を当ててため息交じりに失態を吐き出す。次からは、迂闊な応答をしないよう気をつけよう、と。それを覚えていられるかは別として。

 

「どうしました?」

「あ、あの。さっき頭痛がするって言っていたので…これを」

「………」

「ず、頭痛薬です。すごく効くので、いかがかと思って…」

「それはどうも。ですが、少し深呼吸して落ちついたのでもう大丈夫ですよ」

「へ、あ、あの。そうですか……ところで、パーティーは……」

 

 生徒をいたわる気持ちで、抜けた理由そのものには気づかなかったということだろう。その辺りの気遣いはやはり子供だなぁ、と千雨はそんな事を思う。

 

「騒がしいのが余り好きではないので。それでは、私はこれで」

「あ」

 

 しゅぴっ、と片手をあげてその場を去る。最初は早歩き程度だったが、曲がり角を通った瞬間に全力ダッシュ。多少疲れが出るだろうが、今は目の前に待ち構える至福の時を手にすることが先決であった。

 そして、寮の正面まで来ると息を吐いて呼吸を落ち着ける。深呼吸を三間ほど繰り返せば後はナノマシンが息を整えてくれた。そして、ウキウキ気分でドアに手をかけた。

 その時―――背後に、何かの気配が……

 

「は、長谷川さ~ん! 待ってくださ~い!!」

「何で追いかけて来てるんだよ……」

 

 いや、全力ダッシュなどしたら頭痛再発とか、そんな危惧もあったかもしれないし、子供ゆえに(ほんの少しとはいえ)知り合いが近くに居ないとそれなりに不安なのかもしれない。ならばクラスの方へ行け、と言いたかったが、会話をすると引きずり込まれる気がした。

 

「ハァ…ハァ…は、長谷川さん?」

 

 しょうがない。そんな事を思いつつ、寮の自分の部屋まで直行。後ろの方で何やら言っている教師を放置し、しっかりと鍵をかけて部屋に入った。多少強引な形で仔月光(チェーン)を取りつけたので、魔法を使ってもそう簡単に開きはしないだろう。

 

「………くすっ」

 

 さぁ、始めよう。これが私たちの―――理想郷(ユートピア)である!!

 

 

 

「あ、あれ? 開かない……何で?」

 

 一方、引きこもりの親の様な状態になっていたネギは、訳も分からず混乱していた。

 最早勢いそのままで千雨宅に侵入しかけていたのだが、鍵がかけられていると分かるとおなじみの杖を使って解錠(アンロック)の魔法をかけた。手ごたえを感じたのでそのまま入ろうとしたが、開いている筈のドアはピクリとも動かず、そのまま額を強打。漫画であるなら、患部にはでっかい絆創膏が張り付いていたほどの衝撃だった。

 疑問をそのままにもう一度アンロックしたが、また鍵の開く音がしただけでドアは動かずじまい。向こうから取っ手ごと掴んで固定している三体の仔月光がいるので、当然ながら子供の力で開けることなど不可能。故に、事実を知らない彼は、何度かの試行錯誤の後に呆然とドアの前に立ち尽くしているのだった。

 

「ネギセンセー! あ、いたいた!」

「バカネギ、あんたどうしたのよこんな所で……」

「アスナさん、朝倉さん!」

 

 そんな彼を見つけたのが二人の生徒。パーティーにいつまでたっても現れない主役を追って、此処まで駆けつけてきたのだ。情報筋は朝倉和美の仕事だろう、ということで彼女も担ぎ出されたのだが、ある意味理由を知っている彼女はすぐさま此方に足を向け、明日菜を連れて此処までやって来たという事。

 それはさておき、ネギが二人に事情を説明すると、和美は携帯を取り出してちょっと待ってて、とダイヤルコール。ありふれた呼び出しコールが数回なった後、その相手は電話をとったようだ。

 

『≪こちらHQ。どうした、緊急事態か…?≫』

「ああ、今回はそう言うのじゃなくて」

 

 厳格な声が通話先から聞こえたが、和美が砕けた口調で話すと、なんだ。と返ってくる。

 

『≪なら……ああ、そう言う…………≫』

「そうそう、今日くらいは良いんじゃない?」

『≪つっても、更新と“こっちのみんな”がなぁ≫』

「どうせ見てるのなんて、もてない男や汚いオッサンばっかりだって」

『≪そーゆー夢の無い事言うなっての。まぁ、仕方ないか。まだいるのか?≫』

「あ、代わる?」

『≪いや、いい≫』

 

 ちょっと、裏の方でも作業があるので今日の参加は無理そうだ、と千雨が話せば和美は雰囲気を一変させる。だがそれもつかの間、いつもの態度に戻るとそれじゃ無理だね、と返して通話を切った。

 そわそわしている話題の教師に振り返ると、駄目だった、と伝えた。

 

「どうして…」

「女性には秘密があるものなの。英国紳士にはレディーを気遣う心がないのかな?」

「あうう……それも、そうですね…」

「千雨ちゃんもやむにやまれぬ事情があるわけだし、諦めも肝心だよ~」

 

 それから、和美は言葉巧みにネギを誘導して、千雨を追わせる気力を無くさせた。そうして思考の海に陥ったネギを明日菜が担いだ時、自分のペースで歩くから先に行けという旨を彼女に伝え、とんでもない速さで走って行った明日菜を、彼女もまたゆっくりと追い始めた。

 おもむろに先ほどの携帯を取り出すと、違う番号プッシュ。コールが鳴るかならないかの短時間で、相手は通話をとったようだ。

 

「……とりあえず、これで良いんでしょ?」

『≪ああ。今チサメの部屋でやっている事が先ほどの面子に知られると、無駄な騒ぎを起こしかねない。いや、騒ぎになることは明白だっただろう≫』

「相変わらずの保護者だね。それとも、RAYさんの御達しでもあるの? …おっと、詮索はしない方が良いんだったね」

『≪……本心か。あんたも随分と正直な奴だ≫』

「それで分かる貴方の方が凄いと思うけど? フォックスさん」

『≪まぁいい。切るぞ≫』

「はいは~い。データバンク以上の情報は私にいつでもどうぞ」

 

 HLDのボタンを押すと、先ほどまで自分を覆っていた圧迫感が消えた。これにも随分慣れた物だと思いながら、改めて請け負った自分の仕事の重さにため息が出る。

 

「だめだめ。パーティーなんだから明るく行かなきゃね」

 

 両頬にパシッ、と気合を注入。これから騒がしくなるであろう……というか、もうすでに騒がしくなっている裏側の芝生に向けて足を進めるのであった。

 

 朝倉和美。フォックスと出会ったあの日以来、RAY側の日常系情報提供者となり、端末型メタルギアMk.Ⅳを所持している普通の女子学生。主な役割は、RAY関係の秘密に近づく一般人と、その可能性がある麻帆良人物の身元割り出しだ。処理に関してはフォックスが実動部隊。

 追記・RAYは知っていても、魔法は知らない。給金は結構いいらしい。

 

 

 

『≪また無茶をしたな。おかげで彼女に殺気を向ける羽目になった≫』

「良いって。アイツも役はしっかりこなしてるし、引きどころだって弁えてる」

『≪…存外にドライな性格をしている。それも、ナノマシンを打った影響か?≫』

「私はそれなりに冷めてたさ。今はちょっと過激なだけで」

 

 よく言う。とナノマシン通信の相手は失笑。そんな反応を聞いて、千雨は感情表現も豊かになって来たんだな、という感想をフォックスに抱いた。口にはしない。不機嫌な姿を見るのも面倒だから。

 

「起きたと思ったら、また仕事か……休めよな? 体もナノマシンで抑えてるだけで不安定なんだろ」

『≪その言葉で十分だ。分かっている≫』

 

 まったく、と自分をいたわらないフォックスに対して、蓬莱凸輝夜な千雨は何度目かも分からない溜息を増やした。彼女が思うに、どうにもフォックスは戦場を駆けまわっていたころの我武者羅さが抜けていない。隙あらば鍛錬、仕事、監視。昨日のように寝ている姿は、本当に貴重なのだから。

 

「今度、学園長から薬でも貰うか…?」

 

 当然、それは魔法薬をという発想だったのだが、不安定な体は正にその薬物漬けだったからという理由を思い出して考えを振り払う。ともすれば、RAYに頼んで治療用のナノマシンを大量投与してあの「ヴァンプ」とか言う奴と同じ状態にしてやればいいのではないか、などと言う事を延々と考えているのであった。

 

 

 

『≪チサメ、これ以上の投与は……いえ、面白いかもしれない≫』

 

 今日もまた、平和である。

 




いつの間にか後付け設定のオンパレード。
気分で設定考えてるから仕方ありませんね。活用はするけども。三段階で。

そろそろエヴァンジェリン編も近くなってきたころ。戦闘はちょくちょく入れていきます。
ドンドン戦い方が外道に染まっていく千雨を書いていけたらなぁ、なんて。
あ、いつもはいい子ですよ? 戦いのときは自分の命が最優先になるだけで。

……いや、日常がなかなか思いつけず、台詞が独り歩きしてただけです。ごめんなさい。
これから少しずつ更新早めていきますね。

それでは、お疲れさまでした。


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☮弾丸は刃を貫くか?

浮き彫りになった人の本質。
獣のように飢えきった闘争本能を抑えるには、渇きを癒す他は無い。


 現在の麻帆良学園は春休みに入っていた。新学期に向けての勉学や、羽目をはずして朝から晩まで遊びつくす学生が街に溢れかえって毎日が祭りの様な様相になるのは、この地の名物とも言えるだろう。この学園内の居住区に居る親族と、寮に詰め込まれた子供たちとで距離があるせいか、余り「自重」という言葉を知らない者ばかりになるのはいただけないのではあるが。

 そんな中、親も親族も居ない天涯孤独の身である学生も少なからず存在している。そして、千雨もそれに当てはまってしまう身の上を抱えていて、最近は寮ではなく、パソコンなどの機器を持ち込んでRAYの格納庫で数日を過ごしていた。

 

 日の光が差し込む格納庫で休むことなく何事かを打ち込み続けている彼女だったが、ようやく作業が終わったのだろうか、Enterキーを打ち込むと両手を伸ばして疲れをアピールする。その左目にはプライベートな空間であるからか、黒い光沢を帯びた仰々しい機械が取り付けられていた。

 

「終わったぁ~!」

『≪はい、お疲れ様でした≫』

 

 すぐさま言葉に合いの手を入れて、仔月光が湯気を立ち上らせた茶を置く。彼女は感謝を述べてからそれをひっつかむと、喉の奥に流し込んだ。

 

「熱ぃっ、つつ……はぁ~美味い!」

『≪またナノマシンの無駄な活用を……≫』

「うるせー。特別な能力は日常にとりいれてこそ真価を発揮するんだよ。戦いとかでしか使えなかったら、それこそ勿体ないって」

『≪それじゃあ……闘るつもり?≫』

「ああ、これが終わったらっていう約束だったからな」

 

 千雨がパソコンに目を通すと、そこに記されていたのはRAYの機体図面と追加の設計図の様なもの。その図面の中の3Dグラフィックに映っている丸っこい武装は、大きさ15センチという、RAYと比較しては随分と小さなものだった。

 だが、千雨はそれを見てはいい出来だ、と感嘆の息を漏らす。彼女をして何度も恍惚とさせる仕上がりということは、何かしら重要な意味を持っている、ということに他ならない。それが実現されていない現段階に至っては、私たちに知る由などないのだが。

 

 千雨はその場でジャージを脱ぎ捨てると、下着姿のまま更衣室へと向かった。重く閉ざされた鉄製の扉を抜けると、ズラリと立ち並ぶド派手な衣装の数々。猫耳からメイド服、果てには「某壮大過ぎる衣装の歌手」が着るような数メートルはある者も混在している始末。だが、彼女はその中から更にクローゼットの奥にしまわれていた地味な黒と灰色の野戦服を選ぶ。

 普通の野戦服に見えるが、服の内側には防弾ジャケット、そして手首のあたりに仕込みナイフを内蔵されていることで、結構な重さがあった。それを着込んだ彼女は、いつも身につけているポーチを腰に隙間なく固定。中からサブマシンガンP-90を取り出すと、それをポーチがある反対側の腰のホルダーに突っ込んだ。

 顔に当たる部分にはソリッドアイを保護するためのバイザーが掛り、いつもの彼女の顔はほとんど隠れてしまう。だが、そんなことを気にする様子もなく手を閉じ、開きを繰り返して調子を確認し、来た時と同じように扉の外へ向かう。次にRAYが目撃した千雨の姿は、少年兵ならぬ「少女兵」となった長谷川千雨だった。

 

「やっぱ重いな。もう少し鍛えりゃ何とかなるか」

『≪腹筋は?≫』

「割りたいけど、そうすると衣装着るときになぁ…」

 

 だから、ギリギリのところで妥協する。そう言った彼女であったが、続くエヴァンジェリン宅でのハードなトレーニングを積み重ねた体は、ナノマシンの補助もあって一般の女子中学生の身体能力をはるかに凌駕している。流石に一階から二階に飛び移るようなことはできないが、全力で走り続ける位は可能になっていた。今の彼女を戦争経済時のPMCに例えるとすると、カエル兵ではないがBB部隊並みの実力を持った兵士、という表現が適切であろう。

 千雨が装備の確認を終えた時、RAYは二人が来たぞと彼女に教える。ロックの解除音が響いた出入り口から姿を現したのは、強化外骨格を着込んだフォックスと、愉悦たっぷりにほくそ笑んでいるエヴァンジェリンの組み合わせだった。

 

「さぁ来たぞ。長谷川も見違えたな」

「ようやく準備が出来たか。……まずは表に来い」

『≪隔壁(シャッター)を開けるわ。二人とも、存分に闘ってきなさい≫』

 

 RAYの特徴的な声が響き渡ると、格納庫のシャッターが解放されて新鮮な空気が入り込んできた。まだまだ肌寒さが残っている風がその場にいた人物を撫であげるが、誰一人としてその寒さに不満を漏らすことは無い。なぜなら、エヴァンジェリンは持ち前の身体、フォックスと千雨はナノマシンの体温制御、RAYに至っては鉄の身体であるが故だからである。

 そして、言葉を交わすことなく千雨とフォックスは格納庫の前に広がる滑走路へと進んで行った。

 

「では、フォックスと長谷川の模擬戦を始めよう」

 

 エヴァンジェリンの号令に答え、フォックスはバイザーを閉じて単眼を赤く光らせる。対する千雨はだらりと垂れた右手にサブマシンガンを持ち、ソリッドアイのモーター音を響かせた。

 

「では……始めッッッ!!!」

「ッ――!」

「――ッ!」

 

 先手はフォックス。後手は千雨。

 普段ならば実力差があり過ぎる両者は、ここで激突した。

 

 

 

 そも、千雨がフォックスとの模擬戦を始めることになったのは、春休みになってしまったことが挙げられる。春休みが始まる前は学園から遠くの森林地か、世界樹広場前で桜咲刹那と修行を行っていたのだが、休みの日になったからと学生は観光気分で世界樹周辺で遊び始め、丁度良かった森林地の一角は先の大戦による大源(マナ)の乱れが原因の魔力や気の調整が上手くいかなくなってしまうという事態が発生していたからである。

 だから、状況戦も、奇襲による対策も出来ない格納庫前の滑走路。他に人が来る筈の無い場所を知らなかったという理由もあるが、最終的には此処しか残っていなかったという当然の結論であった。

 

 そんないきさつがあった現在、千雨とフォックスは全力で(・・・)ぶつかっている。フォックスはまだまだ修行途中の気を使用し、千雨は超に追加された機能を有した、全てを見通す目を以ってこの戦いに臨んでいる。

 そして、やはりというか、裏の世界の人間からの視点であれば、千雨はフォックスの素早い動きと比べるてしまうと、まるで亀の如く鈍重に見える。だが、それはあくまで速度だけを見た話。

 

「む」

「ふっ、背ぇぃっ!」

 

 近接を行ったフォックスに対し、完全に動きを見切った上で武器を上に放り投げた千雨は、通り過ぎようとした腕をひっつかみ、一本背負いで地面にたたきつける。フォックスが地面にキスを施されたその一瞬、既に彼女の手にはサブマシンガンが戻ってきており、何のためらいもなく引かれたトリガーを合図として弾丸がばらまかれた。彼はその7割をまともに受けてしまうが、強化外骨格は生半可なことでは傷一つ付かず、そのほとんどを弾き飛ばす。

 ……しかし、確かに関節部に入り込んだ弾丸は、外骨格の機能を抑制していた。

 

「いいぞ、やはり戦いは格闘か」

「こっちは必死だ……っての!」

 

 マガジンに弾が残っていることも気にせず、サブマシンガンを手放した彼女はポーチから取り出した手榴弾のピンを抜き放っていた。5つ程ばら撒かれたそれは爆発を起こし、スモークと破片を撒き散らす。ほんの一瞬でもいい、相手の視界と自由を奪うための布石だったのだが、フォックスは得物を確認した時点で離脱しており、結果はスモークが千雨を覆い隠す終わっていた。

 舌打ちをするが、相手は手を休めてはくれない。煙の中から突っ込んできたフォックスの手には高周波ブレードが握られており、その刃先は千雨の胴体を狙っている。手首をスナップさせた彼女は同じく高周波で振動を起こすナイフを手に滑らせると、逆手に構えて刃を受け流した。応酬が続く中、どうしても身体能力が劣る彼女の身体に小さな裂傷が刻まれていくが、十何度目かの刃同士の接触の際、突然走った電撃にフォックスはブレードを取り落す。一瞬のすきをついて放たれた蹴りが彼の頭部を掠めると、銃撃音が響き、ブレードは遥か後方へと弾き飛ばされてしまった。

 

「力だけでは足りない、か」

「こっちは小手先だけで、地力不足なんだよっ!」

 

 繰り出されたハイキックを腕で受け止めると、フォックスはその足を左手で掴んで千雨を地面にたたきつける。それは先ほどのお返しだったのだが、彼がやるとなると、外骨格と気が合わさって十倍はくだらない威力のお礼参りになっていた。つまり、ひき肉になる未来が見えた千雨は全力で受け身を施す。それでも体の芯まで響いた衝撃が予想以上であちこちが軋み始めるが、もう一度振り上げられた際に足を腕に絡みつけ、関節をキメる技を繰り出した。

 ゴキン、という生々しい音は確かな手ごたえを意味し、力が緩んだ隙を突いて彼女は脱出に成功する。だが、たった一度のクリーンヒットは戦闘持続のために必要な体力を大きく削っており、一時的に腕を失ったフォックスであれど、苦戦は必須であろうもの。

 

 再度彼を睨みつけると、無機質な単眼の光が彼女を捉えた。その意味を理解した彼女がその場から離脱した瞬間に激しいマズルフラッシュがフォックスの方から放たれ、彼女がいた地面を大きく陥没させる。フォックスの強化外骨格が有する最大級の威力を持つ遠距離攻撃、レールガンが地を穿った。

 

「こ、殺す気か!?」

「お前なら避けるだろう。現にそうだったじゃないか」

「くそ……絶対倒す」

「来い」

 

 売り言葉に買い言葉。武器を全て仕舞った千雨は、手ぐすね引いて待つフォックスの元に徒手で走って行った。意図を理解した彼は武装を解除。CQCの構えで彼女を迎え撃つ。

 カウンターを狙っていたのだろうが、その動きさえも見切った彼女は猫を連想させる招き手が繰り出し、フォックスの頭部を殴打した。正に鉄を殴った感覚が拳を襲うが、構わずに水月、脇腹のあたりに二撃目三撃目を加えていくと、確かに彼からはうめき声が聞こえてきた。勢いに乗ったままに足払いをかけたのだが、彼がそれを予期して小さく跳ねたことで連撃は3コンボで終了を告げ、無防備に硬直している千雨が残される。

 そして、次はフォックスの番。足を折る勢いで払いを掛けたままの彼女の脛を踏みつけると、サマーソルトで顎を打ち上げ、非現実的なまでに美しい流れを披露する。そして遠心力そのままにアッパー、フック、最後に千雨の腹にストレートを叩きこむと、彼女は2メートルほどを滑って地に倒れ伏した。

 一向に置きあがる気配がしないので、顔に視線を移すと、目を閉じて完全に気を失っていることがフォックスのバイザーにナノマシンの共有情報として流れてくる。どちらも一進一退の接戦の末、この勝負―――

 

「勝者、フォックス! ……で、長谷川は無事か? 明らかにやり過ぎだろう」

「誘いに乗ってくれたことが随分嬉しくてな。久しく張り切りすぎたようだ」

「それで相手が目を廻し、吐血していれば言い訳にもならんわ。戯け」

 

 審判を務めていたエヴァンジェリンが呆れたように視線を向けると、バイザーの内側でフォックスはそれもそうかと笑みを浮かべた。いくら予知に近い先読みが出来る機械の補助があったとはいえ、たったの1年程度しか鍛えていない彼女に近接格闘でこうまで迫られるとは思っていなかった。「先読みされるほどの実力者が前であると、気を碌に披露する事も出来ない」という経験を知ることが出来、フォックスは気絶する千雨に感謝を送る。

 

 広い青空の下、二人の成長ぶりに驚愕を覚えはしたが、同時に凄い、という感情を引き出すことに成功したRAYなのであった……

 

 

 

 それから数時間後、シャワーを浴びたフォックスがいつものようにガンドルフィーニたちと合流しに行くのを見送った後、エヴァンジェリンは茶々丸を連れて千雨の介抱を行っていた。戦闘服を脱がした時に気付いたのだが、サマーソルトをもろに食らった顎はひび割れており、フォックスの容赦ない叩きつけで全身は真っ赤に。さらに、最後のストレートは気を込めていたのか、真っ青に腫れあがっていた。

 それでも彼女の身体が砕け散っていないのは、あの一瞬で彼女が取った「受け身」に他ならない。衝撃を足に伝わせ大地に逃がし、ヒットの瞬間に少し後方に身体を浮かせることで、気のこもった一撃でもかなりの威力を抑えることが出来ている。

 あの刹那の瞬間にとった一連の行動は生存本能によるものなのかは知らないが、千雨の最終目標「生き残れば勝ち」というものに関しては、凄まじいまでの適正があるものだと、エヴァンジェリンは愉しげに笑った。

 

「マスター、千雨さんに対してそれは如何なものかと」

「心配するな。確固たる信念を貫き通している輩には、私とて口出しはしないさ」

「それならばよろしいのですが……」

 

 引き続き、魔法薬の詰まった注射を茶々丸が行うと、それが最後の後押しになったのか千雨の瞼がゆっくりと開かれた。最後の場面を覚えていたのか、彼女は起き上がって確認を取ろうとはせずにその体を落ちつけたままであった。

 

「顎……」

「ククッ、心配はいらんぞ長谷川。罅は入っていたが、それも今しがた治療を終えた」

「やっぱ、魔法は理不尽だな……」

「逆に、今の貴様はその技術をその身に受けている身だろうに。…まぁ、無理せず今は休んでおけ」

「はいはい……」

 

 千雨は再び瞼を閉じると、今度は気絶ではなく睡眠に陥った。もうけがの後遺症はほとんどありませんと茶々丸が締めると上から見下ろしているRAYが謝罪と感謝を述べた。

 

『≪この子の治療を頼んでしまってごめんなさい。そしてありがとう≫』

「痛々しい教え子を見るのは次期の成長につながるから楽しいが、それを長引かせようとは思っていないさ。師は教えるばかりではないのだからな」

「珍しくまともなご意見を仰りましたね。マスター」

「おいこらボケロボ、珍しいとは何だ。私はいつでも真面目だろーに」

 

 その日、結局エヴァンジェリンは茶々丸と共にRAYの格納庫で一日を過ごすことになった。持ち込んでいた食料は茶々丸が調理することになったが、目を覚ました千雨が食事に同伴する際、ロボに負けた……と嘆いている様が目撃されたとか何とか。

 

 

 

「うわっ、あの衝撃でも壊れないとか……すっげぇ頑丈だな。ソリッドアイ」

『≪電子レンジ(マイクロ派)の中でも数十秒は壊れない設計だったわ。こちらの伝説の傭兵は更にその中を進んで行ったのだけれど≫』

「……ソイツ、もう人間じゃないって」

『≪ある意味では合ってるのかしらね。子孫を残すことが出来ないように生まれてきたクローンだったもの≫』

「ふーん」

 

 翌日、すっかり回復した千雨は春休みの課題を解きながら、RAYと、彼女のいた世界について話を聞いていた。大雑把な説明は受けているものの、戦争経済へと至った成り立ち、そして愛国者という存在そのものに対して、千雨は何も知らなかったからだ。そして、フォックスが殺された時代とRAYがこの世界のやって来た時の時間軸のずれなど、世界を超えるという大規模な話になってくると、千雨のペンを動かす手は止まっていた。丁度課題も終わっていたらしい。

 

「戦って、殺して、また新しい戦いが広がって……大変だったんだな」

『≪本当に大変なのは、私ではなくPMCとして戦っていた代理戦争の駒達。そして、歴史の陰に埋もれて行った戦士たち、なのだけれど≫』

「簡単に人が死に、尚も人口が少なくなりづらい世界か……地獄だな」

『≪でも、それが“国”を潤わせていた。だからこそ、私も新たな戦争の火種としてシャドーモセス島から“回収”されていた≫』

「―――救えないな。どっちも」

「≪ええ。本当に≫」

 

 加速する戦乱の渦。もし、その中に自分が組み込まれていたら……そこで千雨は考える事を放棄する。今自分が使っている、ナノマシンという技術自体がその世界にいた彼らの犠牲があってこそ存在する、自分の身体の一部となっているものだ。ならば、同情するのではなく、恐れるのではなく――感謝をせねばなるまい。

 それでもどこかずれているかもしれないが、今の自分にとってはその感情こそが最も当てはまる物なのだから。

 

「なぁRAY。オマエは私が危なくなったら、戦うのか?」

『≪勿論。一帯が焦土になっても、身体が朽ち果てても、私は貴方を守り切る。外敵は殺し、内部を無事にとどめる。それこそが、兵器である私の役目であるから≫』

「……そっか。じゃあその時は―――」

 

 これを言えば、後には戻れない。

 彼女とてそれは分かっている。それでもこの世界には、おそらくはRAYのいた世界以上の突飛な理不尽が渦巻き、弾丸以上の恐怖(まほう)が蹂躙していることだろう。鍛える理由も自分を守るためであり、それを理解したうえで周りは協力してくれているのだ。ならば、だ。

 

「よろしく頼む」

『≪命令(オーダー)を認証。これより、操縦者(パイロット)の先に立ちはだかる障害に対してのリミッターを解除します。全整備のスキャニングを開始_進行率1%≫』

 

 私はこう言ってのけよう。そしてやはり、貴女は「兵器」でしかないのか。

 憂いを履いて、憂鬱を呑み込む。彼女が飲み下したものは、未来への決意だった。

 




遅れました。久しぶりの更新に、千雨やフォックスなどのキャラ固めを考えていました。

そして、RAYはどこまでも兵器でしかないようです。
自我を持っても、結局は人を傷つける手段に優れただけの機械。
それでも、守れるものはあるんですがね。

では、お疲れさまでした。
またお会いしましょう。


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☮喝裁浴びて

いつまでも真剣な顔は続かない。
だから、息抜きがあってもいいのだろう。

先に据える未来のために、今はゆるりと憩うとしよう。
それが何に繋がるか判らずとも。


「フォックスさん!」

「…あんたか」

 

 それは、まったくの偶然だった。

 この春休みには居る以前から、最近は学園長からの特務もあったことで、めっきり相手をすることは無くなっていた刹那、高畑、フォックスの三人合同訓練。長期休暇の間にようやく温かくなり始めた夜の世界樹広場に鍛錬にやって来たフォックスは、一人熱心に剣をふるっている桜咲と出会ったのである。

 彼女は剣を降ろし、フォックスに向かって走った。

 

「お久しぶりです。あれから、どうなされたのですか?」

「学園長からの任務の後、RAYの元でチサメと模擬戦を。とはいえ、どちらも真剣を使った死合になったがな」

「その時、技は?」

「……お見通しか。確かに使ってはいない」

 

 フォックスが持つ技には、幾つかの対特殊能力者の技がある。それは、遠距離攻撃が単調な物しかないフォックスが「気」を習い始めてから身につけた対抗策であり、いざという時はそれが主力とさえ成り得るものであった。

 一つ目に、「崩力(ほうりき)」。高周波ブレードの振動焼断という特性を気によって強化し、相手の魔法・気を扱う技の構成を接触個所から崩壊させる代物だ。あえて言い換えるなら、防ぐ盾ごと切り裂くものと言い換えることが出来るだろう。

 二つ目は、「剛力(ごうりき)」。気を飛ばすことが出来ないが、内気功の扱いには光るものが在るという高畑の言を受け、ここ最近で形になった、身体の一定個所の過剰強化である。ただ、それは強化外骨格と違って、自分自身の限界を超えさせる無理な強化になるので使用時には必ず筋肉や神経の断裂という副作用が発生する。普段使っている身体能力向上と違って、ここぞという場面にのみ使う技だ。ちなみに、彼はこれを一度も人目のある場所では使っていない。

 そんなシンプルだが、とても強大な力の一端をチサメに使うことは無かった。彼女はあくまで一般の人間を最大限強化しただけであり、フォックスやエヴァンジェリンの様に特殊な力で肉体強化がなされているわけではなかった事もある。……とまぁ、此処までいったのではあるが、なによりもフォックス自身が純粋な技術で戦いたかった、というのも大きく関係しているだろう。

 

「あの」

 

 自分の「技」を思い出している中、刹那はおずおずと言わんばかりにフォックスに語りかける。彼は思考の海から抜け出すと、彼女の言わんとすることを口にした。

 

「……修行、するか?」

「――はいっ!」

 

 そして、その夜の広場には、久しく聞こえなかった鉄の打ち合う音が鳴り響くことになる。数時間後には、月の光が世界樹に背中を預ける血濡れの男女が言葉を交わす姿を照らし出していたとか。

 まぁ、あくまで噂に過ぎないのだが。

 

 

 

 桜通りは、桜の満開の時間が長く、その景色の圧倒感たるものや凄まじいものが在ると言うことで麻帆良の名所になっている土地の一つである。春休みもまだ中盤のこの時期はまだまだ若い蕾がしっかりとその口を閉じているにすぎないものの、枝しかなかった箇所に色づき始めている光景は、見る人が見れば先が楽しみ、はたまた蕾に込められた命の息吹を感じる、と言った高評価を受けることになるだろう。

 そんな蕾だが、最近流れ始めた「噂」が多いに関係し、もうひとつ含んだ意味を持っていると考えることもできる。その噂の内容は桜通りを帰り道にしていると、この日の様に満月が光り輝いているときに、「吸血鬼」が出ると言うものだ。このご時世、馬鹿馬鹿しいと吐き捨てることも出来るだろうが、この場所で倒れていた最初の犠牲者である有沢奏の首筋には、確かに二つの出血穴が空いていたのだ。

 それからだ。この噂が流れ始めたのは。

 

「……とはいっても、こうも人が来なくては犠牲者も出るに出ない、か。元凶の私が言うのも―――何だがな」

 

 そして現在、その吸血鬼騒動の中心人物、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは途方に暮れていた。噂は広まり、最初の犠牲者が出てからしばらくの間は麻帆良特有の浮かれた気分の生徒が訪れていたものの、彼女が無差別に犠牲者たちを増やしていったお陰で噂には恐怖が付きまとうようになってしまった。

 学園側も学園長からの御達しでエヴァンジェリンを好きにさせているものの、彼女も元は死んだことになっている600万ドルという大金をかけられた賞金首。女子供は殺さないが、その昔から追ってとなった魔法使いやその従者は悉く殺されてきた、というとても履歴書には書けそうにもない経歴を持っている。それゆえに、魔法関係者の非難の目が更に強まったという現状が出来てしまっていたのだ。

 そして、教師側もそんな犠牲者を出したくは無いわけで、生徒たちは騒動が終わるまでは桜通りにホイホイと近づかないように言われていた。

 

「はぁ、今日は帰るか。誰も来る気配が無い」

 

 実を隠していたマントを翻し、桜の枝の一角からその姿を見せる。流れるような金紗の髪が、月の光を受けて輝く様は見た目の年齢を大きく超える妖艶さを持ち合せていた。

 

「噂の怪物さんが溜息吐くなよ」

「戯け、噂に尾ひれがつきすぎてチュパカブラとか言うものになり果てて……って、長谷川? 何だ、犠牲になりに来たのか?」

 

 突然、声がした後方に振り向くと、笑いながら千雨が桜の木に寄りかかって、その上にいるエヴァンジェリンへと片手をあげて笑っていた。

 そんな彼女にエヴァンジェリンなりの冗談を返すと、千雨は目を細めてそれを否定する。

 

「ちげーよドアホ。フォックスと戦ってから姿を見せなくなった奴の面を拝みに来ただけだっつの」

「なんだ、そう言うことか」

 

 確かにそうだったな、と思い出すように呟きながらエヴァンジェリンは木の上から飛び降りる。彼女がほとんど無理もなく衝撃を拡散して着地すると、千雨はやるぅ、という称賛の言葉と口笛を投げかけた。その事に対し、他愛のない、と言った風に澄まし顔。

 

「今宵は満月。もっとも吸血鬼の力が強いからな」

「そういやそうだったか。で、最近は何してたんだよ? こちとら碌な修行も出来ないし、フォックスとRAYの政治的な話に巻き込まれてばかりで飽き飽きしてたんだ」

「それはまた……というか、貴様はほとんど修行のカリキュラムを終えているぞ?」

「…はぁ!? いや、早すぎるだろ」

「言っていなかったか? まぁ、かいつまんで言うとだな」

 

 驚く千雨に彼女が説明したのは、何とも単純な答えだった。長谷川千雨は魔力もなく、気が眠っていることもない何処までも平凡な「一般人の才能」を有している。代わりにあるのは幻惑などに対抗する程度の対魔力なのだが…これは置いておくとしよう。

 そんな彼女は、一般人の限界程度にしか鍛え上げることが出来ず、現状の茶々丸との撃ち合いやエヴァンジェリンの魔法からの回避で基礎は修められており、残りを教える場合はやはり魔力などの特別な才が必要なのだとか。

 

「じゃあ……」

 

 それを聞いた千雨は自分の限界を噛みしめ、同時に自身を見直した。そして、一言彼女に礼を告げる。ただ一つ―――ありがとう、と。

 

「なんだ、軽口ばかりの貴様にしては妙に殊勝だな」

「流石に恩師相手に締めはきっちりするさ。私はここまでやってもらった側なんだからな」

「ふふん。しかし、それにしてもだぞ? いくら先読みの能力が在るとはいえ、私の“えいえんのひょうが(ハイオーニエ・クリュスタレ)”を貴様は避けきる事が出来るんだ。免許皆伝と言っても過言ではないだろうさ」

 

 彼女が免許皆伝、などと高評価を与えるだけの理由が千雨には存在している。150フィート四方に届く広範囲高等呪文(ハイ・エンシェント)を先見できるとはいえ生身で避け切るとは、一体どのような事をすればいいのか皆目見当もつかないが、それを成し遂げた彼女は相当なものだ。

 

「まぁ、最初の目標である“逃げ切る”は達成できたけど……」

「ならば、それを誇れ。貴様は確かに、私の本気を前にして命を長らえさせたのだから」

「……っはは、確かにそれもそうか。高望みしすぎたな」

 

 これからも交友関係は続くだろうが、今この場所で千雨とエヴァンジェリンの師弟関係は終わりを告げたらしい。視線を交わし合う二人の間で、千雨は一本の結びつきがちぎれるような感覚を感じ取っていた。

 もちろん、ソリッドアイ無しで、の話である。

 

「さて、言うべきことも終わったな。貴様の修行をしたいという要求には答えられんが、龍宮や桜咲を訪ねてみたらどうだ? 龍宮なら同じ銃を撃ち、桜咲ならフォックスもいて、修行にもなるだろう?」

「それも、そうだな」

 

 しばしの喪失感に身を預けていた千雨だったが、彼女の言葉にふと我に返って苦笑するように頷いた。師弟、という関係が消えたことは寂しさもあるが、それで関係が途切れると言う訳でもない。なにより、エヴァンジェリンとてこうして忙しいのだから、と。

 人に関わっていたい、誰かのもとにいたい。その姿は、歴戦の兵士に立ち並ぶ実力を手に入れた長谷川千雨ではなく、年相応の中学生の少女のようだったぞ、と。後にエヴァンジェリンは語る。

 

「夜も遅いし、私は戻る。またな、エヴァンジェリン」

「私はもう少し待つことにする。貴様と話したことで、少しばかり温まった」

 

 言って、再び木の上に潜むように姿を消した彼女を見送り、千雨もまた帰路についた。桜通りを歩いたものの中で、唯一の被害者とならずに済んだ少女は、どこか楽しげな様子だったとか。

 

 

 

 そして月日は流れ、新学期の始まる日。

 エヴァンジェリンの企み通りというべきだろうか、2-A教室にも「桜通りの吸血鬼」の噂が流れ始めた。……とはいったものの、その真実は千雨を通して朝倉に伝えたエヴァンジェリンが、タイミングを計っただけなのだが。

 

「神楽坂明日菜、吸血鬼はオマエの様な奴が好みらしいぞ? まぁ、気をつけることだな」

「え…? あ、はあ……」

 

 そして教室。ネギ・スプリングフィールドをおびき出す最後の布石を置いたところで、先日襲ったクラスメイト、「佐々木まき絵」が倒れていたという情報が入り、ネギ他数人のクラスの人間が保健室に向かった。騒然とする中、エヴァンジェリンとのすれ違いざまに、千雨はお疲れさんとばかりに手を振って通り過ぎて行った。

 

(まったく、本当に情け無用の奴だ。犯行予告を見逃すとは)

 

 そのまま何事もなかったかのように座り、伊達眼鏡と言うカモフラージュをかぶった少女へと、彼女は内心毒づいた。それと同時に、このような秘密を共有する中がいると言う事実に少しばかりの充足感と、例年では手に入らなかった喜悦が湧き上がる。どこまでも見た目相応な自身の感情に、エヴァンジェリンは苦笑するばかりである。

 

 それからしばらく。

 今日一日分の授業を終えるころには、2-Aでは吸血鬼の話題について持ちきりになっていた。噂好きな面を除いたとしても、やはり彼女たちはいろんな事に興味のある女子中学生。まだまだ若く、会話のネタにできるような話題をそう簡単に切り捨てて行くという発想は無かったらしい。

 

「で、吸血鬼なんて本当にいるのかしらね?」

「あんなのデマに決まってるです」

「だよねー」

 

 千雨とエヴァンジェリンが話していたころの一部が欠けた様な満月とは違い、その日の月は真円(まんまる)を真っ黒なキャンパスに描いていた。そして、桜はそれこそが己の誇りだと言わんばかりに満開。散らすハートの形を連想させるピンクの花弁がふわりふわりと宙を舞っている。

 そんな、幻想的な光景も背景音楽が風の吹く音、木々のざわめきとなっては美しさに潜む恐怖、と言った捉え方も出来るだろう。そんな夜道を、クラスメイトたちから一人離れた「宮崎のどか」は怖くないと、自分を鼓舞する歌を口ずさみながら歩いていた。

 だが……

 

「ひっ」

「27番、宮崎のどか。悪いけど、その血を分けてもらうよ」

 

 暗闇は、形となって襲いかかる。

 

 

 

「ひゅぅ、やってるやってる」

『≪チサメ? どうにもこう言うのは疎くて何とも言えないが……趣味が悪いわよ?≫』

「わーってるって。だからバレない様にスコープ越しに覗いてるだろ?」

『≪……まぁ、搭乗者(あなた)がそれでいいのなら、私はこれ以上は言わないわ≫』

 

 そう言って、千雨の足元にいたMk.Ⅱの通信がぶつりと切れた。何も映さなくなった画面を閉じ、Mk.Ⅱは自動行動に切り替えてステルスを張る。だが、それに気を止めることもせず、彼女はスコープの向こう側に映る景色を見て楽しんでいた。

 

「何か悪役みたいだな、私……」

 

 すっかり愛用品になったモシンナガンのスコープを覗きながら、苦笑する。今日、その引き金が引かれることは無いだろうが、現在戦い始めたエヴァンジェリンとネギの対決に、「もしも」があるかもしれない。とはいえ、千雨もエヴァンジェリンを信用している。そうそう変なことは起こりそうにないだろう、と。

 そんな事を彼女が考えている間に、何処かの校舎の屋根の上に二人は移動していた。しばらく問答とコントを続けていたようだが、突然現れた茶々丸によって茶番は終了。エヴァンジェリンは言葉数も少なく、その首に食らいついた。

 

「……アイツ、あんな顔出来るんだ」

 

 スコープがアップで写したエヴァンジェリンの表情は、待ちわびたこの瞬間に対しての喜悦と愉悦。まじりけのない、心の底から浮かべた「笑み」に千雨はしばし見とれていたが、そのせいで彼女らに近づく影の存在を一瞬見落としていた。エヴァンジェリンの顔に蹴りを入れた瞬間、外敵かと思って引き金に指をかけ直すが、その見慣れた顔を見て人差し指を寸でのところで硬直させる。

 それは、クラスメイトの神楽坂明日菜だったからだ。それにしても、一体どこから嗅ぎつけてきたのだろうか。

 

「ってか、障壁ブチ抜きやがったな……どう言うことだ?」

『≪その答え、言伝で残せばいいのにデータバンクにしっかりと在ったわ≫』

「…RAY」

 

 今度は直接頭から響いてきたナノマシン通信。RAYの機械音声の入り混じった肉声が千雨の耳に届けられた。して、そのことは如何なものかと彼女が訪ねれば、勿体ぶることもなく命令のままにRAYは情報を開示する。

 

『≪正式名称は“魔法無効化(マジックキャンセル)能力”彼女自身に肉体的危険のある魔法が迫った、もしくは予期されている場合に自動的に魔力そのものを霧散させる物のよう。無意識で常時展開されているから、フォックスの“崩力”の上位互換、と言ったところかしら≫』

「……えげつな。とんだ魔法使い泣かせだな、オイ」

『≪まぁ、武装解除や物理的な衝撃は消せないから、欠点はいくらでもある。完璧なんて、そう簡単には見つからないわ≫』

 

 RAYの言葉に、そりゃそうだと千雨は肯定する。本当に秘匿が完璧だというのなら、このようなスコープと同等のズームを行えるこんな機械の左目にしなくて済んだのだから。それとは別に結果的に便利なのは、まぁ否定はしないのだが。

 

「あっ、エヴァンジェリンも撤退か」

『≪事を荒立ててはどうしようもないもの。賢明な判断だとは思うけど……明日、彼は彼女との対面にどんな反応を取るかしら?≫』

「今は泣いてるし、半泣きでビクつくんじゃないか? 私は別にかまわないけど」

『≪……本当、容赦ないわ。最近の貴女≫』

「それで結構。私にゃ関係のない事だし、今はただの観客(オーディエンス)だ」

 

 ソリッドアイとのスコープ直結を解除し、モシンナガンの銃身を持ちあげると銃口にサプレッサーを取りつけた。同時にとりだしていたペンタゼミンを飲み下すと、酸素を脳に送って照準をつけ直す。狙いは先ほどの場所から43度ずれた位置に潜んでいる魔力反応。再度スコープと直結させたソリッドアイを望遠と感知モードとを「併用」し、今度こそ人差し指を折り曲げる。

 パスッ、と最大限にまで小さくなった発砲音と共に、目標に向かって麻酔弾が目標に向かって行く。2秒もすれば目標の首筋にそれは打ち込まれ、怪しいフードの女性は森の一角に身を倒れ伏した。二発目を装填すると、もう一度その方向に向かって発砲。撃たれたそれが標的のいた辺りに着弾すると、薄緑色の液体が撒き散らかされた。

 彼女は何処までも無表情にそれらの動作を終えると、銃を仕舞ってソリッドアイを取り外した。耳に手を当て、コール。

 

「学園長先生。いつもの森の方角、ペイント弾でマークした場所に侵入者を眠らせておきました」

≪おお、千雨君……あい分かった。すぐに回収の者を向かわせよう。しかし、こうして直接通信を取るとは意外じゃの。前の呼び出し以来、嫌われておるものと思っておったが≫

 

 まくしたてるように口早に、せっかくの話の繋がりを逃すまいとした学園長の意図に気付き、千雨は苦笑する。

 

「それに関しては、こちらも意地悪が過ぎました。今となってはそんなに考えていませんし、学園長先生がナノマシンを打った事の方が驚きですね」

≪ふぉっ、何故分かったのかの?≫

「周波数、しっかりと出てますし、この通信がほぼノータイムで繋がったことが何よりの証明ですね」

≪それはそれは……何、機械には疎いのが一本取られたということか≫

 

 楽しげに笑う学園長。通信越しでも分かる満足気な気持ちに、まだ風に運ばれる残寒で震えていた彼女も少し温まった。それでは、と当たり障りのないように通信を切ると、彼女自身も学校の屋上から姿を消したのだった。

 

 

 

「…ハーックション!!」

「マスター、もう少しで戻れます。それまで辛抱を」

「分かっている……うん? 何故明かりが……」

 

 エヴァンジェリン組が我が家に帰ると、しっかり切っておいた筈なのに点灯の明かりが窓から漏れていた。まさか、と思いながらノブを回すと、案の定、鍵に引っ掛かることもなくドアは開け放たれた。

 予想通りか、とエヴァンジェリンが呟いて少女趣味なリビングを見れば、我が家の様にくつろいで紅茶を淹れて千雨が待っていた。春休み中にであった時の様に、気軽に片手をあげて話しかけてくる。

 

「ほら、パジャマ」

「……いや、ありがたいのだが…何故ここに入れる?」

「フォックス協力で魔力のカギを崩壊させて、後は私がピッキングだ。ザルだな」

「ザルなのは貴様の頭の中だろうが!? 常識と言う言葉がすり抜けているではないか!」

「あ、こんばんは茶々丸」

「はい、こんばんは」

「~~~~~ッッ!!」

「あ、やべ」

 

 そろそろ悪鬼(オーガ)が降臨しそうなので、千雨は強引にエヴァンジェリンを座らせると、別人格(ネットアイドル)の瞳がきらりと光ったと思うと、瞬時にパジャマを着せて温かい紅茶を差しだした。たとえ満月で吸血鬼の身体に近づいていたとしても、ベースが人間の少女のままであるのは変わりがない。彼女はそれを渋々ながらに飲み下すと、腹の底から温まったような気がして、ほぅと思わず息をつく。

 カップを置くと、それで? と話を促す。

 

「……何故ウチに来たのだ?」

「いやまぁ、小さいながらも恩を返すチャンスだと思ってさ。先回りさせて貰った」

「恩、か……」

「そーいうこと。で、茶々丸」

 

 千雨が一拍置くと、はい、と茶々丸は頷いた。

 

「録画済みです。ごちそうさまでした」

「後日にまた交換頼む。RAYにも直でデータリンクしておくから」

「はい」

「…………まさか」

 

 眼前で繰り広げられる会話に、エヴァンジェリンは寒気とは違う悪寒が走る。急いで鏡のある方を見ると、猫耳フードをかぶった可愛らしい少女が映しだされている。その顔は引き攣っていたので可愛らしさは半減ではあるが。

 

「貴様ぁ……」

「いやぁ、学園長からミドルネームが(アタナシア)(キティ)って聞いてな。これはもう……と思って」

「お似合いですよ。マスター」

 

 まったく悪びれる様子がない千雨に、先ほどまでネギとの戦闘中は味方をしていた茶々丸のあっさりとした鞍替え。そのどちらもが微笑みの裏に愉悦と言う感情を隠そうともせずにぎらつかせているのを見て、エヴァンジェリンは今日の分の全てを、言葉に乗せる。

 

「貴様ら、そこに直れぇぇぇえええ!!!」

 

 確か、彼女は雷属性はそう得意ではなかった筈だが、確かにその家にはカミナリが落ちていたと、外に待機していたフォックスはRAYに語ったのだとか。

 




最後にオチを入れることで精神の安定を図り始めた幻想の投影物です。
そろそろ、福音編をガチシリアスに持っていきたいと思います。

RAYとかかわったことで変わった千雨。
その千雨に関わったことで変えられたエヴァンジェリン。
だから、原作通りに台詞が進行するはずがないんですよ!(言い訳)

ともかく、お疲れさまでした。


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☮戦を見る人

今回も短いです。


「ちっ、待てって」

「~~~~!!!?」

 

 一発。リロードを行ってもう一発。良く弾が散らばるタイプのものではないとはいえ、ショットガンの雨の中を潜り抜ける小動物に千雨は嫌気がさしていた。

 

 そもそも、何故こんな事をしているのかと言われれば、少し前まで遡る必要があった。

 

 

 それは、「ネギ先生を元気づける会」という名目で行われた、ネギ・スプリングフィールドのパートナーという言葉につられた者たちの立候補会議が行われていた時の事。「パートナー」とは魔法使いのパートナーになるという意味が分かっている千雨は、当然ながらその会議から人知れず遠ざかって行った。

 お約束と言うべきか、直後に浴場から千雨の耳に聞こえてきたのはクラスメイトの黄色い悲鳴と、ネギが慌てて肉食系女子に詰め寄られるマジモンの悲鳴。ある程度しか年齢が離れていないと言う認識か、はたまた千雨が達観しすぎているだけなのかは分からないが、とにもかくにも彼女にとってその場所はお世辞にも居心地が良いと言う訳ではなかった。

 しばらくは日の光を浴びてぼうっとしていたものの、その場から立ち去り、暇つぶしにトレーニングでも始めようかと思ったその時、彼女を振り向かせる出来事が発生したのである。

 

『いやーん! エロネズミー!!』

「…はぁ?」

 

 反響して聞こえてきたのは、どう考えてもその「ネズミ」とやらがクラスメイトの水着を脱がしにかかっているという意味合いを持った悲鳴。そして明日菜が乱入したのであろうと分かるネギの声に反応した時、それは自身に向かって飛び込んできたのである。しかも、クラスメイトの水着をその小さな前足と口に持ったまま。

 

 

 そうしてその動物を女の敵と判断した千雨は、即座に武装を展開。セーラー服に機関銃(もっとも、現在持っているのはM870というショットガン)とはよく言ったもので、服装も何も違うが、学生の身分である彼女が重火器を何処からともなく取り出してくるのはその小動物も予想外だったのか、こうして千雨から逃げ回っている現在に至る、といういきさつがあったのだ。

 

「…くぅ、やっぱリロードっていいな。とくにポンプアクションは銃の命を感じやすい」

「~~~!!!?」

 

 その小動物もかなり知能が高いのか、不気味に機械の左目を光らせる女子中学生に最大限の恐怖を抱いた模様。故に先ほどから逃走を試みようとするが、それらはすべて失敗に終わっている。

 なぜかと問われれば、それは千雨の「撃ち方」に問題が在った。

 彼女は現在、M870を二丁使用しており、片方を撃ったら空に投げ、もう片方をキャッチして即リロード、そして引き金を引くという神掛かったガンアクションを行っているのである。つまり、撃った後の反動と言う隙が存在しないデスサークル。ナノマシンの精密な補助とソリッドアイの瞬間把握能力が積み重なっているとはいえ、それを行う千雨の技量も相当のものだ。

 だが、ここで事態は急転する。確かにリロードに事欠かないとはいえ、ショットガンの片方が弾切れを起こしたのだ。空撃ちだと分かった瞬間、その小動物は脱兎のごとく逃げ出し、千雨の近接射程範囲内から―――中距離範囲内に移行した。

 

「……さて、こんなもんか」

 

 だが、それを追撃することは無く、千雨は銃を下ろして武装品をいつものポーチに仕舞いこんだ。そのまま耳に指をあてると、いつものようにコールをかける。

 報告するのもくせになって来たな、と彼女が思ったころに通話先から声が聞こえてきた。

 

≪…千雨さん? どうなされましたか≫

「侵入者と思しきオコジョ発見。威嚇射撃に留めて直撃は避けておいたけど、意味にも気付かず中等部の女子寮側へ逃亡した。エヴァンジェリンに伝えておいてくれねーか」

≪了解しました。いつもながら敵の分析お疲れ様です。本日はゆっくりお休みください≫

「言われずとも、そうさせてもらうさ。それじゃ、ネギ狩り頑張れよ~」

 

 電話のルールは掛けた側から切る。そんなノリで通信を切った彼女は、ふと足を止めた。

 

「……そういや、あのオコジョがいるんじゃ?」

 

 通行人もいる場所での彼女の足取りは、非常に重かったのだとか。

 

 

 

「ふむ、それはオコジョ妖精だな」

≪オコジョ妖精? 私にはただのエロ動物にしか見えなかったが≫

 

 翌日、登校時間の3時間も前に叩き起こされたエヴァンジェリンは、千雨の疑問に答えるために仔月光と向かい合って座っていた。だが、そこで先日の侵入者の顔割れが出来たことで彼女は思いのほかネギの生き血を啜るのが難しくなるかもしれないと、寝ぼけた頭の片隅で考えていた。

 あくびを噛み殺し、千雨に対して言葉を続ける。

 

「魔法使いの“パートナー”決めに尽力する奴らの事だ。その中にはオコジョにされた魔法使いもいて、釈放のために動く輩もいるそうだが……話しを聞く限り、ソイツは純正だが最も性質の悪いタイプの様だな」

≪それは、一般人にとってか?≫

「それもある。だが、最大の問題は……それによって、オマエの様な者が続出しているという事態だな」

≪…巻き込まれるってわけか≫

「そうなる」

 

 直後、仔月光の向こう側から、机か何かを叩いた音が聞こえてきた。

 

「落ちつけ。…まぁ、貴様の煩悩全快な様子だっとという言葉から察するに、愉快犯ではなく、契約履行時に支払われるそれなり以上の報酬が目当ての俗物だろう。放っておけば次々と契約陣が敷かれてクラスは残らず契約させられるのだろうが……まぁ、ネギの坊やにその気が無ければ不可能だろうよ」

≪両人同士の受諾が無ければ契約は為されないって事か≫

「怒りながらも冷静か。そう言ったところは貴様らしく、そして話が進んで助かるよ。まぁ、私を叩き起こした代価ぐらいは払ってもらうがな」

≪……分かったよ。破片か閃光、それとも焼夷か?≫

「閃光を四つ、焼夷を十個だ」

≪へいへい、商談成立ですよっと。…それじゃ、また学校で≫

「……ふぅ、あの小娘も大概なものだ」

 

 役目を終えた仔月光はどこかに転がると、ステルスで姿を消して息をひそめた。発達しすぎたその技術に新たな溜息をつくと、彼女はゆっくりと立ち上がる。

 

「茶々丸、朝食は眠気覚ましと少しばかり豪華でオーダーだ」

「イエス、マスター。それまでお寛ぎ下さい」

 

 従者が一階に下りていく様子を見届けると、制服に袖を通し始めるのであった。

 

 

 

『≪それで、絡繰茶々丸のストーカー…もといゴルゴを引き受けたと≫』

「言い直した方が物騒じゃねぇか。否定はしないけどな」

 

 再び時間は流れ、正午に差し掛かった辺り。

 いつぞやの様にスコープを除いている千雨は、学園長がエヴァンジェリンにネギに関しての呼び出しをしたと言う事で、一人残される茶々丸を頼むと依頼されていた。茶々丸自身もネギの横に付いていたオコジョを確認してあるので、助言者と言う事でそれなりに気にはしているようだが、彼女自身は人助けやネコ助けでそれどころではないようだ。

 

(ふぅん? ロボにも心は芽生えましたってやつか。感動ものなのは分かるけど……超の奴、何を考えているんだか)

 

 総は言いながらも見守り続けていると、エヴァンジェリンの言いつけ通り決して人目のつかない場所にはいかなかった筈の彼女が、教会先の広場にある人気のない場所に歩いて行くのを見て、千雨はスコープをフルオート射撃可能なスナイパーライフル「M14EBR」に持ち替えた。姿は見失っていないが、少し目を離したすきにネギ、そして明日菜が彼女とエンカウントしている。

 

「ぼ・く・を・ね・ら・う・の・は…………成程、“将を射んと欲すればまず馬を射よ”。典型的だが、存外に堅実な思考も持っていたってわけか。…ま、将の額を射ればいい私は卑怯かもしれねーけど」

 

 ラス・テル・マ・スキル・マギステル。ネギの口が固有詠唱を唱えた瞬間、明日菜が爆発的なスピードで茶々丸に走りだした。

 

『≪前衛による撹乱、術の詠唱をその間に済ませて強力な呪文でトドメを差す。どこまでも基礎・基本的なやり方だけど、その分成功した場合はその分の対価を得る事が出来る。…こうまで彼らが上手くいってるのを見ると、私たちの戦場はどうだったのかと思うわね≫』

「戦況分析お疲れ様。っと、詠唱完了か」

 

 白い11本の光の矢が茶々丸目掛けて飛んでいくのを見て、あれなら「無機物で構成されている」茶々丸は塵も残らないかもしれないと楽観的にその光景を見守った。

 そしてエヴァンジェリンに魔力で強化しもらった「実弾」が仕込まれている弾丸を、何の迷いもなくネギの方へと照準通りに撃ち始めた。

 

「1、2、3、4、5、6―――」

 

 照準をずらさず、己の身はただの固定砲台だと自己暗示。目に映る魔法の矢はターゲットであり、銃を撃つと言う事はすなわち的に当てる事。否、当てるのではなく「中る」のだ。

 

「7、8、9、10……外したッ、まだガンドルフィーニ先生には及ばないか……」

 

 予想通り、「ネギに向かって進路を変えた光矢」に向かって弾丸を放つが、最後の一発は空中で中ることなく掠って弾き飛ばすに終わった。途中で誰が援護しているのかを悟ったのか、茶々丸は既にその場から離脱済み。最後の光矢はネギに向かったが、進路を逸らされていたおかげでギリギリ足元に着弾して術者(ネギ)を後ずらせるにとどまった。

 

「RAY、視界人物の損傷具合は?」

『≪絡繰茶々丸、額部位にマイクロレベルの軽度損傷。神楽坂明日菜、慣れない身体強化により一部の毛細血管極軽度損傷。ネギ・スプリングフィールド、自身の術が足元に落下した際、足首に軽度の損傷。算出結果、全員無事―――と言えるわね≫』

上出来(パーフェクト)だ」

 

 銃口を上に向け、ゆっくりと鼻歌交じりに解体作業をしている千雨の横に、先ほど離脱した茶々丸が降り立った。人型が飛ぶだけの推力はそれなり以上にあるらしく彼女が着地する際には結構な風圧が千雨を襲っていたが、彼女は涼しい顔をして茶々丸に近づいていった。

 

「……千雨さん、援護射撃お見事でした」

「ホントはあの場にフォックスが乱入してたら手っ取り早いんだけど……学園長も人が悪いよなあ」

「…………ネギ先生は、なぜ」

「おっと」

 

 話そうとした茶々丸の口を押さえ、彼女はその続きを語らせまいと行動を起こした。

 

「…さて、ね? 自問自答も自立思考ロボにはお決まり事のパターンだろ」

「パターンですか?」

「お決まり、お約束とも言うけど……まぁ、どうしてもって言うんなら、主様に聞いておくんだな。じゃ、私は仕事も終わったし帰るわ。それから、これ渡しといてくれ」

 

 押しつけるように手榴弾セットを茶々丸に渡すと、彼女はその場から飛び降りて姿を消した。呆然と立つ茶々丸だけがその場に残され、次に視線をその手に在るセットに移す。

 

「……これは、レーション? なぜ、こんがりと焼けて…?」

 

 レーションの丸焼きを見て、いつもの彼女らしいな、と。

 彼女は笑った。

 





今回、ほとんど原作をなぞるだけでしたね。
この部分はどうにも絡ませづらくて…でも、ネギ達には印象を与えやすい回でもあるんですよね。

後書きばっかり長くなってもあれなので、このあたりで切らせていただきます。
それでは、お疲れさまでした。次回は長めに書きたいと思います。目指せ一万オーバー。


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☮夢見ず、真実を手に

結構今回オールスター


 茶々丸がネギ・スプリングフィールドに襲撃の翌日。

 別段何が在ると言う訳でもなく、RAYも千雨もフォックスも、平穏無事な毎日を享受していた。…いや、フォックスだけは平穏とは程遠いと言えるだろう。なぜかと言われれば、彼が今いる場所は関西呪術協会、その長である「近衛詠春」の前で頭を垂れているのだからと答えるべきだろう。

 

「…なるほど、それでお義父さんは京都にネギ君を招こうとしていると言う事ですか」

「ああ。そちらの部屋に在る英雄の足がかりを探させ、父を求めるための魔法の探究心に火をつけよとの命も受けている。…それで、これが魔法協会(こちらから)の親書だ。強硬派の捕縛報告書も兼ねているがな」

「見せてください。…ふむ、此処に関西呪術協会は関東魔法協会の親書を受け取りました」

「リストを見てみると良い。その後で、親書を開けろと言っていたな」

「分かりました」

 

 フォックスの態度は仮にも相手方の責任者に対する物言いではない。だが、それは彼が真の意味で頭を垂れるのはたった一人(BIG BOSS)のみと決めているからだ。詠春もその旨を事前に聞いているからこそ、この様な態度にも無礼だと言っていないのである。

 フォックスから二通の入った封筒を受け取った詠春がリストの方を開くと、「魔法」を嫌って麻帆良を攻め、あっけなく捕縛された強硬派。その名前が数十名に渡って連なっている事を確認すると、思わずため息が出る。それらに目を通した後に特に強行の気が強い派閥に党首との対談の場を設けよと部下に命を出すと、次に親書の方に目を通した。

 紙の擦り合う音が響く中、数十秒後にそれらがパタンと閉じられる。

 

「…なるほど、修学旅行の段取りですか。一応、期日までに30人分の受け入れ準備はしておきましょう。それから、この最後の七夕の犯人は――」

「七夕だと!?」

「あいつがまだ生きていたと言うのか!! 東の使者、何を知っている!?」

 

 「七夕」のネームバリューは此方でも有名、いや此方が本家だからこそ多くの者に知れ渡っているらしく、何人かは東西交流の場と言う事も忘れて叫び始めていた。

 

「…静まりなさい。それらも此方に書いてありました」

 

 そうして一時騒然となった場が収まったのを確認すると、詠春は麻帆良が襲撃された事、その際に率いていた牛の鳴き声をまねた兵器が此方に侵攻する可能性もあると言う事を伝えた。当然と言うべきか、ざわざわと「七夕」の事を知る重鎮たちが場を再び沸かし始める。

 それらについては後で会議をすることにして、詠春はフォックスに視線を戻した。

 

「君についても書いてあったみたいですが、それなら此方の修行場をお貸ししましょう。この報告が本当だとすると、私も鍛えなければなりませんから」

「…つまり、師を申し出ると?」

「そう言う事ですね。随分特異な体質を持っているようですが、技を究めると言う訳でもなく、互いを高め合うには十分でしょうし」

「成程、感謝する。命令には修学旅行終了まで此処で助力をするとあったのでな。寝泊まりする場所を用意できるか? 寝れるなら倉庫でも十分だ」

「そんな場所で寝ずとも部屋は用意させますよ。……では改めてようこそ、グレイ・フォックス君。関西呪術協会の協力者として君を受け入れましょう」

 

 無言で頭を下げると、彼はその場を引いた。

 月光を率いていた七夕の彦星はそれなりに有名だったようで、これから話をまとめると先ほど詠春が言っていた。報告書にフォックスの見聞きした事も全て記されていたので、その会議をの邪魔をしないように彼はふらりとその場を離れたのである。

 部屋を出た時に話を託された侍女がフォックスを案内し、後に呪術協会は新たな波紋で再び会談の場を湧かせるのであった。

 

 

 

 そんな事をしているともつゆ知らず、千雨は退屈そうにRAYの格納庫で駄弁っていた。その相手はいつものエヴァンジェリンであり、内容は昨日の茶々丸単騎を狙った強襲に関するものだった。それを終始見つめていた千雨に、ネギの動向を逐一報告させていたのだ。

 

「―――ってことで、結局は良心が疼いて光の11矢を焦って自分に照準変更。あん時の魔力濃度はバカ魔力もいいところで周辺濃度が34%だったから、そのまま自爆してひき肉(ミンチ)になる前に、エヴァンジェリンサマ(・・)お手製のコーティング弾で撃墜。どちらも軽傷以下ですみましたって事だな」

 

 報告を聞き終えると、その内容を吟味するようにエヴァンジェリンは目を光らせた。優しさを持ち合せる英雄志願者、という夢見がちな年齢のネギに興味を持った瞬間である。

 

「やはり、坊やも年相応でしかないと言う事か。あの年にしてはねじ曲がっていたので面白いと思ったのだが…やはり年月と言うものは重要だな」

「お前が時間語ると説得力あり過ぎて怖いからヤメロ。ったく、学園長もお前も人使い粗すぎだっつうの。昨日はペンタゼミンの注射打ってまで狙いをつけたんだぞ? 私がシャブ中になったらどうしてくれる」

 

 冗談でもないと彼女が言うと、それこそまさかだと彼女は返された。

 エヴァンジェリンも一応は薬に落ちた彼女をイメージしたのだが、逆に依存症をものともしない女傑の姿が垣間見えたからである。

 

「それは貴様の技量不足だろうに。というか、なぜ単発式の狙撃銃で撃ち抜いた? 連射系の物でもお前が使えば百発百中だろう」

「技量不足と言っておいて何だその矛盾。ああ、それはいいけどさ」

「なんだ?」

 

 ネギに関してはどう思っているのか、と千雨は話題を元に戻した。

 質問を受けた方は少し考え込むそぶりを見せたものの、駄目だな、と首を振った。

 

「“血を吸ってもいいから経験を積ませろ”、とジジイに言われているが、もっと奴の心そのものを成長させねば、英雄として持ちあげて功績を啜ろうとする輩に呑み込まれるのがオチだろうな。まぁ、奇しくも3-A連中の相手をしていれば自然と図太い性格にはなりそうだが」

「でもさ、ああ言う特殊な立場の奴は……」

「強い因果に惹かれて困難と言う名の抑止力が働く。…だったか? RAYが言う事も分からんでもないが、心配し過ぎだろう。此方に被害が来ると言う訳でもあるまい」

『≪それこそ甘い考えよ、エヴァンジェリン≫』

「RAY?」

 

 メンテナンスの機械で装甲を磨いていたRAYだったが、今の発言に対して今日初めて彼女たちの会話に参加した。一体の仔月光がいつものテーブルの上に陣取ると、そこから彼女の声が発せられた。

 

『≪此方の世界で“蛇”と呼ばれた男は何故か必要以上に困難に遭遇していたわ。それこそ物語の主人公のように≫』

「馬鹿馬鹿しい。それはその蛇にそれだけの価値が在り、ソイツ自身が踊ったに過ぎないのだろう? 主人公などと、そんなものが存在してたまるか!」

 

 もしも主人公が存在しているとするなら、彼女は吸血鬼にはならずに550年前に寿命を全うしていたかもしれない。だが、そんな事はまったくなく、こうして千雨と時を同じくするほどに吸血鬼として悠久の時を生きているのだ。

 彼女は、認めたくないとばかりに叫び散らしていた。

 

『≪だけど、ネギ・スプリングフィールドには“蛇”と同じく世界にとって高位の価値を有している。そこに存在すると言うだけでね。それに、魔法無効化(マジックキャンセル)能力を持った、元記憶喪失の神楽坂明日菜が彼と出会い、運命的にも魔法の道を歩み始めた。 そして今度は貴方と言う生きた歴史と戦い、英雄だった父の影を求めて歩み続ける……ほら、ね≫』

「……だとしてもだ。奴が騒動を引き起こし、引き起こされたからと言ってどうなる?」

『≪どうにもならないわね。私たちもその巻き込まれる以上の一つだと言うなら、役目を全うして自分なりに行動するだけ。別段、いつもと変わらないでしょう≫』

「まったく持ってその通りだな。そりゃ、私も前は巻き込みやがってとは思ってたけど、結局自分で何もせずに憎み、わめいてるだけじゃ何もできない。その証拠として、エヴァンジェリン、あんたにも弟子入りしただろ?」

「……なるほど、確かにそうだ。―――まったく、貴様らは強いものだ」

 

 この麻帆良に来る前、いや、彼がネギの父親「ナギ・スプリングフィールド」と出会うまではただ流されるがままに生きて来た。昔は吸血鬼と恐れられたから身を守るために行動し、賞金首となっていた。だが、彼と出会ってから自主的に動くようになり、ようやく機会が訪れたと思ったらこの学園にぶち込まれた。

 ……何だ、自分が行動を起こすのに数百年かかっていると言うのに、こいつらはほんの数ヶ月で立志しているじゃないか。

 

「……吸血鬼というのは、精神の成長も数十分の一になるのか? まったく、とうに長生きしたと思っていたが、私もまだまだガキじゃないか」

「おーい、結論出したのは良いが独り言は止めとけ」

「む、それもそうだな。流石の私も、妄想を垂れ流す痛い女にはなりたく無い」

『≪それにしても、やっぱり話はずれるものね。それから時がたつのも早い≫』

「「え」」

 

 二人が格納庫の天窓を見ると、空は一部が真っ暗になって西側が赤く染まっていた。まだ四月とはいえ冬の気が抜けていないからか太陽が沈むのもそれなりに早いようだ。

 

「茶々丸を待たせるわけにもいかないな。……そういえば、あの狐はどうした?」

 

 思い出したように彼女が問えば、千雨もその動向を知らずに何処に言ったんだとRAYに尋ねた。すると、今度の修学旅行の下見訳、それから関西呪術協会への使者として選ばれたのだとRAYは言った。

 

「ああ、桜咲と近衛の本拠地だったか」

「あそこは大戦時代の英雄、近衛詠春が長を務めているらしいな。西も東も同じ姓の者が治めているのか……まったく、とんだ因果だな。坊やの主人公説も有力になってきたか」

「じゃ、最初の洞窟で経験値積みの犠牲(ドラキー)になるエヴァンジェリンさん、お言葉をどうぞ」

「そうだな、勇者の血を吸って真の力を……って、何を言わせるか。最近ノリツッコミばかりさせるんじゃない!」

「そっちがノリいいのが悪いんだって。そんなんじゃ誰かから弄られるぞ?」

「……止めろ、それこそ心当たりが在り過ぎる」

 

 何処か疲れたように彼女が言うと、そのままカードを照らして彼女は格納庫から家に戻って言った。

 

「そうだな、RAYの兵装作っておきたいし、私は此処に寝るよ」

『≪仔月光に寝床を作らせておくわ。無理はしないように≫』

「ありがと、っし、そんじゃ一丁頑張るか」

 

 腕の裾をまくりあげ、ナノマシンを不眠不休でも働けるように調整する。気合を入れた彼女は、スタンドを点灯させテーブルの設計図を照らしたのだった。

 

 

 

 

「で? 私に協力しろと。って、ほら水」

「んっ。んぐんぐ……上手くいけば、貴様の所のRAYも英雄の息子の成長をデータにとれるだろう? それに、どうせ学園長からの許可も出ているんだ」

「…いや、そうだけどそうした場合一定期間しか情報取れねぇんだよ」

「なに? どういう―――げほっ」

「あ~もう、無理するなって」

 

 翌日、季節外れの寒風に煽られたエヴァンジェリンはそのまま風邪をひいてしまい、学校に休暇届けを出した千雨に看病されていた。一応付き合いはそれなりに長い中で在り、前にも同じ事をしているので手際よく完治へと向かうだろうと思ったからだ。

 自分の腕をナイフで刺し、コップ一杯に血を満たしてからナノマシンで止血した千雨は、それを飲ませて説明を始めた。

 

「落ちついたか? まあ率直に言うと、身体の中を循環するナノマシンは汗、糞尿、涙、出血とかで排出されるんだ。だから定期的に打たなきゃならないし、古くなったナノマシンは身体に害を及ぼさないように新しいナノマシンにまとめて排出させられる。だから“主人公説”が強いガキンチョに投与しても、自己増殖機能が無いナノマシンは排出されて失われるから、定期的に投与する必要性が出てくるんだよ」

「…ふむ、言っている事はあまり分からんが、早い話がたった一度では向かないと?」

「そうだけどこっちが丁寧に説明してやったってのに勝手にまとめんなよチクショー」

「怖い、怖いからその死んだ目を止めろ」

 

 そんな風に目が死んでいても、ちゃんとエヴァンジェリンの汗を拭ったり新たな血を提供したりして来るので尚更怖い。そして彼女がそろそろ自分の血をこれ以上与えたら不味いと言う当たりになって、完全にナイフで創った傷を埋めにかかった。

 

「っし、私の血は後で増血剤と肉食った後にナノマシンで回復させるから、それ飲んでさっさと寝ろ」

「いや、それは嬉しいのだが……」

「あ、そっちには入れてないから安心して飲め。ある程度の操作はRAYを通じて出来るからな」

「それならいいのだが……んぐっ……魔力が足りん」

「一般人で悪かったな」

 

 渋い顔をしてしょうがないと笑った彼女が席を立った瞬間、この家のインターホンが鳴らされた。RAYと関わりだしてから試験的に置いたものだが、意外とこの音をエヴァンジェリンは気に入っていたりする。

 それはともかく、千雨は寝ていろと彼女に伝えた。

 

「申し訳ありません、マスターの御世話を任せてしまって。私が出てきますので、ベッドから出ないように見ていてください」

「分かった」

 

 ずっと傍で何かできる事は無いかと待っていた茶々丸に任せると、一体誰が来たのだろうと二人は疑問符を頭に出現させた。

 しばらくして茶々丸が戻って来たが、その後ろにいたのは千雨にとってはあまり嬉しくは無い人物だった。

 

「え、エヴァンジェリンさんは風邪だって聞いてたんですけど、本当だなんて……」

「神楽坂明日菜から聞いていないのか? 満月が遠い日、ましてや日中はただの人と変わらないと言っておいただろうが。封じられた吸血鬼に期待を抱くな」

「す、すいません……あれ? 長谷川さん?」

「こんにちはネギ先生。彼女とは付き合いがありますので、今日はお休みさせていただきました」

 

 舌打ちしたい気持ちを抑え、彼女は作り上げた笑顔でネギに向かって微笑みかけた。

 その精巧な偽物の笑顔にネギは絆され、人を助けることは立派ですと何の疑いもなく褒め称えた。会話を聞かれていたら危なかった、という彼女が抱いた本当の感情にも気付かずに。

 

「あの、風邪が良くなってからでいいのでこれを受け取ってもらえますか?」

「果たし状? また古風だな」

「それから、出来ればお願いしたいんですが」

「?」

 

 どこか聞きにくそうにしていたが、意を決して彼は告げる。

 

「学園長先生から聞いたんですが、サウザンドマスター…父さんの事を知っているって本当ですか!? もし知っていたら教えてください!」

「ああ、サウザンドマスターか。…長谷川千雨、少しばかりお前にはつまらん話になる。茶々丸と一緒に下がっていろ」

「わかった。…それじゃ、サウザンドマスターが何か知りませんが、ネギ先生の知りたい事が分かればいいですね」

「え? あ」

 

 そう言い残した千雨が退室すると、ネギはしまったといわんばかりの表情になった。一般人に魔法の秘匿は絶対条件。サウザンドマスターと言うあざ名だけでは魔法と特定できないが、自分は一般人の前で魔法に関係のある話をまた(・・)してしまっていたのだから。

 二人きりになると、彼は話を聞くより先に千雨の事にエヴァンジェリンに訪ねた。

 

「あの、長谷川さんって一般人だったんですか? エヴァンジェリンさんと一緒にいるからてっきり……」

「いくら私が600万ドルの賞金首だと言っても、一般人との交流が無いわけではないさ。まったく、秘匿を気にしない英雄の息子とは言われたくないだろう? まぁ、今はそれを置いておくとしよう。聞かせてやるから、もう少し寄れ。大声で喋ると疲れるからな」

「はい…気をつけます」

 

 悪と言われていた筈のエヴァンジェリンに諭され、ネギは意気消沈としたまま自分の父親のありのままを語られていった。そして、話が続くとともに訪れるネギの表情の変化に、どこかエヴァンジェリンは可笑しさを感じていたようだ。

 

 そんな過去話が語られている中、千雨は下の階で茶々丸が作っておいてくれた料理を食していた。エヴァンジェリンを回復させるために大量の血を流したあたりで彼女は一度下に入ってこれを創っていたらしく、まだそんなに時間もたっていないので鉄分溢れた美味な料理を千雨は味わえていたのだった。

 

「お、美味いな。こんがりレーションより」

「そう言えば、何故アレを私に? 私に食事は必要ないので、マスターに新手のお菓子と称して差し上げてしまいましたが」

 

 なかなか好評でしたとは言ったが、アレは千雨らしいとはいっても、普通の感性の持ち主には意味が分からない行動。

 別に彼女としてはネギとの交戦で疲れただろうから、慰労の気持としてお菓子をあげた感覚に近かったのだが、その渡したものが軍事栄養食というだけあって、いらぬ誤解を与えてしまいそうになっていた。

 茶々丸がそう言うと、千雨はその真意を説明した。

 

「なるほど、そう言う事でしたか」

「流石に私も軍事色に染まり過ぎたか……まぁ、結構自然になってるしなぁ」

「自覚していらっしゃるのですか。あ、こちらが増血作用のある栄養が詰まった一品です」

「お、サンキュー」

 

 決して下品ではない食べ方で次々と食事を平らげていく千雨だったが、その数分で全てを射に収めてしまった。彼女の体内では、絶賛ナノマシンフル稼働中である。

 ごちそうさまでしたと手を合わせて食事を終えると、ちょうど話を聞き終わったのかネギが2階から降りて来た。自分の親の事実を知って、その顔は蒼白に染まっていたが。

 

「お送りしましょうか?」

「い、いえ……大丈夫です~…」

 

 そのままエヴァンジェリン宅を出て行ったので、千雨はよほど話がショックだったのかと行き先を窓から見送っていた。

 あ、こけてる。

 

「長谷川……話は終わったぞ……」

「マスター、また熱がぶり返したのですか?」

「昔を思い出すと脳を使うらしいな…」

「あれま。難儀だなぁ」

 

 千雨はそのまま呼ばれたので、茶々丸に冷たいタオルを代えられながらベッドに戻る彼女に付いて行くと横たわった状態で最初の話の返答を聞かれた。言わずもがな、ネギとの戦いに手を組むか組まないかである。

 

「私はパスだ。RAYに関してやる事もあるし、この後は(チャオ)のとこに行くから」

「超さんに?」

「設計図ができたから作ってほしいのが在って」

「ほぉ? 詳しくは聞かんが、貴様の事だ。よほど面白いものでも作るつもりか?」

「残念だが、RAYサイズなだけでそう珍しいもんでもないさ」

「そうか。期待しておくとしよう」

 

 そんな彼女の返答に、仕方の無い奴だと言わんばかりに顔が引き攣った。どうにもおもちゃ認定していたつもりだが、逆に行動そのものがエヴァンジェリンの興味対象となっている事に気付き、今更ながら後悔する。

 

「とにかく私も帰るよ。茶々丸も飯ありがとな」

「血は生成されると言えど、人体はそこまで万能ではありません。お気をつけて」

「はいはい」

 

 茶々丸に見送られてエヴァンジェリン宅を出ると、近くに生える原生林の程良い空気を吸うために大きく深呼吸する。日光が気持ちいいと思う日が来た辺り、桜さく春の季節なのだなぁと実感を抱いた。その後の夏には、辟易するだろうが。

 

「さて、と。行くか」

 

 

 

 

 それなりの時間がたったころ。超のラボに千雨が訪れると、随分久しぶりだと彼女は歓迎されていた。どう見ても青色にしか見えず、さらに煙を吹いている粗茶と言われた栄養ドリンクを一気に飲み干すと、本題の「設計図」を超と葉加瀬の前に広げて見せた。

 その図を見ていた二人は興味深そうに目を光らせると、にんまりと笑って千雨を見上げる。

 

「…千雨サン、ソリッドアイの回路に追加された極性チップを解析したんだネ?」

「流石にお見通しか。ま、それをコンピュータで書き起こして、耐久度ありで巨大化させたのがコレって事だよ」

「ふむふむ、超さんの技術を図面上とはいえコピーできるとは……やりますね。こちらで助手に加わるつもりはありませんか? 待遇はそれなりですが」

「いらないって。それより、これ作れるか? 完成したら深夜辺りに取りに来るけど」

 

 フム、と図面をもう一度見渡した。

 空中に指で何かを並び指すような動作をした後、自信満々に、それでいて悪そうな笑みを携えて超は告げる。

 

「3日もあれば出来るヨ。でも、そちらに対価はあるのカ?」

「あるさ。それは……」

 

 聞かれたらまずい、とでも言うように二人の耳にごにょごにょとその言葉を告げる。最初は対価に無理難題を吹っ掛けるつもりで笑っていた超たちだったが、千雨が言った言葉を聞くと、大いに目を開いて驚愕を顕わにした。

 葉加瀬にいたっては、蒼白な表情でこの世の終わりを見たかのような衝撃を受けている。

 

「そ、それは本当なのカ……?」

「私も嘘はつかないさ。それで、対価はこれで足りるのかよ?」

「い、いヤ! 最高だヨ千雨サン!! 次に作ってほしいものが在るなら、存分に依頼を受けるヨ!!」

「商談成立だな。じゃぁ、そっちで勝手に手直し加えてもいいから頼んだ」

「は、はははははいっ! 超さんともども、全力で事に当たらせて頂きます!!」

 

 大はしゃぎしているラボから彼女が退出すると、防音壁が在る筈なのに全力で雄たけびを上げる二人の声が漏れて来ていた。それを聞いて、本当にアレで良かったのかよと頭を抱える。

 

「一応私が知ってたことだけど、RAYの言う事聞いてみたら案外なんとかなるもんだなぁ」

 

 あれでまかり通った彼女の方が心底びっくりしている。

 ちなみに、RAYが言うには超たちは理系でありながら文系も成績優秀なのだから、文系の神秘を教えてやれば動くかも知れないとのことだった。その中でもそれなりにレアかもしれない情報を超に言ってみれば……あの通り。

 

「いやぁ、誰でも知ってるとは思ったんだけど…違うのか?」

 

 人知れず、彼女は自身が知った「ソレ」の名を口にする。

 

「“クラムボン”の正体って」

 

 彼女は、アカシックレコードでも覗き見たと言うのだろうか。

 告げたソレの名は、フェルマーの最終定理よりも奥深い謎の正体だった。

 




勝手に千雨はクラムボンを知っているということになりましたが、どうでしょうか。
その真実はあの三人だけが知っています。

そして、次回は塩沢…げふんげふん、フォックスの視点で物語を進行する予定です。

結構長かったと思いますが、ここまでお疲れさまでした。
予定通り10003字で前回の後書きでの目標は達成できましたから。


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☮狐月の餅を喰らう

狐につままれるとは、化かされるということ。
正常な状態を狂わされるともいうが…ならば、正常でない者ならば?


仮契約(パクティオー)?」

「知らないのですか?」

「いや、魔法は使う事も出来ないからな。話半分どころか概要も聞いた事がない」

「ああ、貴方ならアーティファクトはむしろ重荷にしかならなさそうですからね」

 

 それに、便利な万能ロボットもいる事ですし。

 詠春が視線を移した先には、仔月光が二人の為に茶を入れている姿が在った。当然ながらこれはRAYが遠隔操作しているのであり、仔月光に搭載されたAI程度ではこの様な操作は出来る筈もない。それを教えられる事もない詠春は、勘違いしたまま話を続けた。

 

仮契約(これ)は云わば魔法使いのパートナーに当たる人物が交わす主従契約の様な物なのですが、その実態は魔法詠唱中の無防備な魔法使いを守るための前衛、そして戦いの補助と成る人物に施す強化が主な役割ですね。私も詳しくは知りませんが、その際にアーティファクトと呼ばれる仮契約した従者に見合ったアイテムが授けられるらしいです」

「アーティファクト…この“日本語”では人工遺物と言う意味を持っているが、それらのアイテムも人工の物なのか?」

「さぁ?」

「曖昧だな」

「それだからこそ“魔法”と呼ばれているのかもしれませんよ。私達のような気の流派を極めるものには発足が在っても、魔法に関しては全くの謎のようですから。呪文も魔力の運用方法も…それら全てが謎に包まれていると。個人の新技術に関してはその限りではないですが」

「…エヴァンジェリンか」

 

 詠春はその言葉にピクリと反応した。

 

「彼女を知っているので?」

「“こちら”の関係者の一人が弟子入り中だ。もっとも、ソイツも魔法は使えないから闘争技術、魔法への対応法に限られているがな」

「そうですか。彼女はまだ麻帆良に……」

「―――だが、もういいだろう?」

 

 強化外骨格の無い生身のフォックスはゆらりと立ち上がると、周囲をぐるりと見渡した。

 辺りには柱が焼け焦げた跡、修行上の木製床の一部が「粉塵」になって崩れている場所など、激しい戦闘の痕跡がくっきりと残されていた。

 実のところ、フォックスと詠春が修行と称した戦闘を行ってから三時間が経過している。そして先ほどの話は、休憩中の無言に耐えきれなくなった詠春からの発言で始まったもの。上を目指そうとするフォックスにとって、確かに魔法使いの従者を相手取った時には有用な情報かもしれないが、それらを差し引いても詠春と言う全盛期を過ぎても格上の実力を持つ相手と高め合える事のほうが重要だった。

 

 詠春は仕方ないとばかりに息を吐くと、剣を構え直した。その瞬間、張り詰めた空気が二人の間に繰り広げられる。フォックスも既に抜刀しており、フォックスが好む真剣同士での修行は、麻帆良の外でも流行ってしまうのだろうか。

 

「シッ」

 

 踏み込み、詠春が一瞬で距離を詰めて肉薄する。フォックスが軽く後方にステップして刃を揺らして振り上げると、交差した刃がそれぞれの間合いで刀身を光らせ、甲高い金属音を響かせる。

 四合ほどの斬り合いの後に、突きを主体としたスタイルに変えたフォックスを、臨機応変に詠春は受け流した。一定の間合いを保って後ろに下がり続ける詠春だったが、徐々に彼が持つ刀は光の反射以外の閃光を纏い始めている事に対峙する彼は気づいた。詠春がここぞと柄を握り締めた瞬間に膨大な「気」が解放され、刀身が纏っていた光は雷光となって力を変換する。

 これぞ神鳴流奥義―――

 

「雷光剣!!」

 

 それは如何なる原理か。生命に宿りし内なる力が電撃と成り、空を裂き遠方へ鳴り響く雷のようにフォックスの身を襲ったのである。その技を当然のように、彼は高周波ブレードの微振動に合わせて共振させる「崩力」で構成そのものへダメージを与える。実体の無い非現実の神秘に対する現実の条理は、見事に詠春の積み重ねて来た必殺を打ち崩した。

 それでも両者が怯まないのはこの修行場の有様を見ればわかるだろう。幾度となく手合わせを行い、その度に互いの手札を見せて来た間柄。決して共に過ごした時間は長くないが、剣と剣の語り合いはその僅かな須臾をも永遠となすのである。

 だが、技の打ちあいで残っているのはフォックスの方。振れ幅を気で延長されながらも微振動を続ける「刃」に詠春の得物が触れると、硬い物に斬りかかったときのように大きく弾き飛ばされた。こう言った故意的な隙を創る事がフォックスの常套戦術。だが、それを同じく何度も見て来た詠春は、刀を持たない左手を手刀へ整え、首筋に狙いを定めた。

 

「神鳴流――斬岩剣」

 

 刀を持たずとも放たれる技の威力は変わらない。「神鳴流は武器を選ばず」という流派独特の格言にもある様に、武器によって技が変わるのではなく、技量によって全てが左右される。良くも悪くも実力主義の流派が神鳴流だ。

 それゆえに「長」である詠春はその技々を当然ながら修め、極めている。フォックス目掛けて放たれた手刀は完全に振りぬかれていたのだが……それは、命中したと言う事ではなかった。

 フォックスは詠春の腕の筋肉の動きを見極め、技が完成する頃には屈んで避けていた。そのまま足をばねにして跳躍し、天井目掛けて驚異的な跳躍能力を余すことなく発揮する。僅か数秒の間に天井に足を着けた彼は、そのまま重力と落下による運動エネルギーを込め、相棒の刃には気を乗せる。詠春も数秒もあれば空振りから体勢を立て直し、迎撃する構えに入っていた。

 だが、詠春の目は驚愕によって大きく見開かれる事になった。それは、フォックスが刀身に乗せる気の感覚によるもの。フォックスが刃に乗せた気は、長年親しんできた気配を放っていたのだ。

 フォックスは何がそこまで嬉しいのか、口の端を釣り上げて技を宣言する。

 

「斬岩剣」

「――ッ!!」

 

 詠春にとって、それは見よう見まねの模倣技と侮る事が出来なかった。気の練り方、構え、モーションに至る全てが神鳴流で伝わっているそれと完全に一致していたのだから。

 そして、詠春が一瞬の気を緩めた瞬間にインパクト。気で強化された刃同士が再び不協和音を掻き鳴らし始めた。修行上に響く甲高い音と、それに乗せられた衝撃波が修行上の窓を、扉を、その装飾品の全てを吹き飛ばしていた。

 激突が続き共鳴し合い、収束した気が接触個所に集約されていく。最初は冷笑を浮かべていたフォックスも、これは不味いと刃をずらそうとした瞬間、それこそがきっかけだったかのようにぶつかり合った気が暴発を起こした。

 老朽化していた神鳴流の修行場が、初めての一括改装を迎えた瞬間である。

 

 

 

 爆心地にいた二人は同質の気を放っていたせいかほとんど怪我もなく、模擬戦の代償は修行上一つで収まっていた。もっとも、東の使者が西の長に模擬戦とはいえ大怪我を追わせてしまっていれば、大事では済まない事態に陥ってしまっていただろう。

 なんにせよ、無事な姿の長の姿を見て神鳴流の面々はほっと胸をなでおろしていた。そんなとき、武器も壁に立てかけて武器を持っていない状態のフォックスに、面々が聞きたかっただろうことを詠春が訪ねていた。

 

「最後の斬岩剣は見事でした。ところで、型を知っていたようですが誰かから教わったのでしょうか? 即興で真似たにしては、どこか慣れている点が在りました」

「別段、教わったわけじゃない。桜咲との手合わせ中に技を何度も見た事が在るだけだ」

「刹那君の。……なるほど、麻帆良の方ですから、葛葉君かと思っていました」

「確か教師の奴だったか。だが向上心を持てあましている桜咲の方が俺との修行は適任だった。とは言え、ルールが殺さないだけという模擬戦を称した実戦しか行ってはいないがな」

「本物の経験の中で、武術は昇華されますからね。修行方法としては間違っていないでしょう」

「だが、奴はまだ本当の実戦を知らない。実力で言えば上の怪物と戦っているようだが、対人戦はまだ―――」

 

 西にいる教え子の元気な姿を聞いて、詠春は心なしか嬉しそうに微笑んだ。彼女が西にいた時はどこにいてもあぶれ者だった。とくに、娘である木乃香と一緒にさせてからは更に周りからの妬みの視線や嫌がらせが―――いや、この場で思い出すべき事でもないだろう。あちらで、彼女はフォックスや新たな仲間を見つけているだろうから。

 未だ刹那との修行や伸びしろについて語る彼を見て、懸念材料の一つが消えたと詠春は思っていた。だからこそ、フォックスが饒舌の内に関西呪術協会(こちら)にとっての本題に入ろうと声をかけた。

 

「突然で申し訳ありませんが、襲撃してきた大男について詳しい報告は無いのですか? 遺体が消えていた、というのは聞きましたが、直接戦った当事者はあなただったようですから」

「ああ、特徴なら幾つか」

「それでお願いします。魔力の痕跡はたどれなくても、此方は本部。情報と言う痕跡は必ず残っていますから」

 

 そう言った詠春に、対峙した時の敵の特徴を全て教えていた。

 気が狂わされており、装備は牛の皮をなめしたもので統一され、持っていた大槌は木製のようだったが、予想に過ぎないが芯には牛の骨が使われているだろうと言う事。そして、狂っていると言う枠組みを超えて、どこか不気味な感覚が在ったことなどを。

 新しく追加された情報について一考する詠春に、反対に彼は問いを投げかけた。

 

「学園長が言っていたが、七夕と言う行事では彦星の番いとして織姫という星もあるのだろう? 其方の織姫に関しては“絹を織る”事が得意な術だったと言うが、それは何か意味が在るのか?」

「……そうでしたね。彼は常に彼女と一体だったと言われています。しかし“絹を織る”、ですか……そこの君、解析班に織姫の項目についても資料を漁るように言っておいてくれ」

「はい、長」

 

 詠春が近くに控えていた護衛の一人に声をかけると、その彼はすぐさま命に従って通路の奥に消えて行った。

 

「これで良し、ですね」

「果報は寝て待て、だったか」

「おや、日本の文化に興味がおありなのですか?」

「……俺は、戦いしか知らなかった。報告書には俺の履歴も載っていたんだろう?」

「はい。私達にはその点に関して同情する事も、慰める事もしませんが」

「それでいい。……まあなんだ」

 

 フォックスは気恥かしげに、服の裾を払った。

 

「戦う以外の生に意味を見いだせ、向こうにいた時に口煩く言われていたのでな。聞けば、ここは観光地としても有名な地だと聞いた。それで……」

「ふふ、分かりました。適任の者に手配しておきます」

「済まないな。あんたに気を使わせたか」

 

 みなまで言うな、と詠春は話を切り上げた。

 そこには、先ほどまで不穏だった空気は跡形もない。そんな空気に持って行った立役者がフォックス本人だと言う事を知れば、おそらく高畑やガンドルフィーニ辺りが騒ぎ始めるだろう。実際、常にモニターしているRAYは、内心歓喜の感情をあらわにしているが。

 

 その後、修行場は業者に任せるのでしばらくは使えないと言う事になったが、フォックスは詠春から協会内の案内を受けていた。そして訪れたのが封印の場、呪術協会が代々封印を施してきた「リョウメンスクナノカミ」が眠る儀式上だ。

 

「…近年、これを狙う輩が増えて来ていましてね」

「大方、私欲に走った野心を持つ者たちと言う事か?」

「それもありますが、西洋魔法使いを快く思っていない派閥…いわゆる“過激派”と呼ばれる面々が麻帆良に襲撃しているのは知っているでしょう? その中に、やはりいるんですよ。西洋魔法使いの揉め事に巻き込まれて、命を落とした親族を持つ人が」

「……復讐か」

「はい。死んだ人は何も語らない。墓を通じて極楽浄土を願うだけでしかないというのに……実に救われない話です」

 

 詠春が渡された親書の中身は、ようやくすれば「部下をまとめろ」という内容だった。それは詠春とて分かっている。だが、それを現実に反映するのはとても難しい事だ。人の心とは十人十色で、まとまりがない。人が群れる生き物だと言っても、その中でも真の意味で歴史のある組織が一体となった事は史上でも無いのだ。

 

「難しいものですよ。対戦時代を生き抜いた英雄のひとりとして、次世代の長の血を継ぐ者として担ぎあげられて早数十年。組織の頭として纏めてきたつもりですが……やはり、戦い一辺倒の私には“長”は無理なのかもしれません……」

 

 だから、悲しげに詠春は告げる。

 自分は戦いの中で生きる人間。付いてきてくれる信頼を置ける部下がいなければ不可能だったのだと、そう言って次世代に託すつもりなのだと心境を打ち明けた。誰もいない封印の間であり、経歴から口が堅いフォックスだからこそ弱音を見せた。

 所詮は、近衛詠春も一人の人間に過ぎない。

 だからこそ、フォックスは一人の人間として頂点に君臨した者を思い出す。

 ゆっくりとその口は詠春への言葉を紡いでいた。

 

「……俺は、組織を一体にまとめ上げた伝説の男を知っている」

「……それは?」

「BIG BOSS。この世界では知られる事の無い人物。俺達の世界でも、決して表沙汰になる事は無かった人物だ」

 

 脳裏に、初めて対峙した時の光景が思い浮かんだ。

 ―――懐かしい。あの頃は山刀(マチェット)を持っていたのだったか。

 

「単身でロシアの基地を掻い潜り、単身で巨大兵器を倒し、単身でその時の英雄、ザ・ボスをその手で討った。RAYの原型データに残っていると言っていたが、二人は師弟を超えて愛し合っていたとも言われている」

「彼は、だというのに?」

「殺した。そして、BIG BOSSという称号を受け取り、伝説の名を轟かせ始めた」

 

 だが、時の英雄にも単身の行動では限界は早かった。無線通信でアドバイスを得ていたとしても、結局は彼だけが危険な地で行動をしていたに過ぎないのだから。

 

「そして、BIG BOSSは世界の混乱の元となる物たちに対抗するための武装勢力を作った。それが発展し、俺もそのうちの一人として席を置いていた。彼が掲げた理想の名は“天国の外(アウターヘブン)”。俺達の志が一つとなった組織であり、その誰もがBIG BOSSに忠誠を誓っていた」

「なんて……そんな人物が君達の世界にいたと言うのですか。…ですが、私はそのBIG BOSSにはなれない。協会の内部分裂がそれを物語っているんですから」

 

 偉大な人物の事を聞かされ、最初は英雄に憧れる子供が熱に浮かされるような表情をしていた詠春だが、すぐに話から伝わるビッグボスとは比べ物にもならない自分自身の矮小さを感じて意気消沈する。

 だが、フォックスは首を振って否定した。

 

「ビッグボスになれ、とは誰も言っていない。俺はただそんな人物がいたという話をしただけだ。つまり、あんたにも可能性は十分にあるんだ」

「成れるのですか? 私も」

「人は誰だって無限の可能性を秘めている……らしい。これはRAY受け売りだがな」

 

 そして、とフォックスは続けようとして、口をつぐんだ。

 これは、自分が言ってもいい言葉なのだろうかという葛藤が在ったのだ。だが、死に際にスネークに高説を垂れた身の上。いまさらかもしれないな、と苦笑して、詠春に告げる。

 だが、それも単純な話だ。人なら誰もが持っている事だったのだから。

 

「敢えて言うならば、自分に忠を尽くせ! 誰でもない、他でもない自分自身に従え。俺は戦いの中に生きる意味を求め、何時だって自分の意志で戦ってきた」

「…忠を、尽くす」

「ザ・ボスが言い残した言葉だ。これを、アウターヘブン全ての兵士が胸に抱いていた」

 

 志を同じくするものだけが集まるのではない。集まり、そこで志を共にするのだ。

 組織の長として誰に聞く事も出来ず、ずっと統率に慣れなかった詠春にとってこの言葉はあまりにも衝撃的過ぎた。同時に、刀を握る度に抱く気持ちを共有するだけで、確かにその場は一体となっていたと言う記憶が掘り起こされた。

 ――なんだ。

 

「答えなんて……此処(・・)にあったんじゃないか…………」

 

 胸の内にこびりついた泥が、一気にはがれおちた様な気がする。

 長として未熟、統率者として相応しくないと心のどこかで逃げていた気持ちが昇華される。長は君臨するだけに在らず。あくまで、その意志(WILL)を同じくする者としての顔に過ぎないのだと。

 雑務なら書記官がこなせる。武力なら武官がこなせる。では長は? …そんなもの、皆と同じに決まっているではないか。皆を見て、同じく自らも皆に見せる存在。皆が等しく偶像(イコン)である中の、一つに過ぎないのだと。

 

「ふん、迷いは晴れたか」

「おかげさまで。憑き物が落ちた様な気分ですよ。……そう、紅き翼にいたころのように、みんなして馬鹿やっていればいい話だったんです。しっかりと場は見極めて、緩める所は緩める。――私にとっての長は、そのような形で落ち着きましたよ。フォックス君、感謝させてください。貴方は気付かせてくれた」

「感謝するならば、手合わせの時にその意志(SENSE)を刀に乗せるといい。技量は俺よりも上らしいが、これまでのあんたの刃は、どこか落ち着きが無かったからな」

「ハハハ……また、一本取られましたか」

 

 この日、関西呪術協会は大きな変貌を遂げるきっかけを手にした。だが、それでも運命には間に合わない。刻一刻と、時の歯車はすでに協会の輪を抜け出していたのだ。それが発覚するのはこれより一週間後の話だったが。

 狐は、人を騙す。その騙された人間がどうなるかは―――記されていないのだが。

 




詠春覚醒。
修学旅行編に動乱を巻き起こしますね、これは。
フォックスさんが饒舌過ぎる気もしますが、メタルギアの人物は喋るときには滅茶苦茶語りますからね。これが丁度いいかと思います。

戦闘描写が少ないのは、その場面の行動が少ないからです。
実際書くの苦手というのもあるんですけどね。

それでは、ありがとうございました。
次回は怒涛の麻帆良エヴァンジェリン編です。
交差する意志と意思。福音が臨んだ結末とは―――


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☮満月夜

前篇
月は満ち、やがて欠ける


今宵にて

 花散る定めと

  相ならん

 

 

 

『≪―――こちらは放送部です……これより学園内は停電となります≫』

 

 次々に消えていく街の灯。不規則に消灯し、麻帆良全土が闇に飲まれていく様は、これより始まる闇の福音の再来を暗に示すかのような宵闇の恐怖を引き出していた。だが、彼女にとってはこれも茶番。学園長の思惑の上でしかない、出来レースでしかないのだ。

 …そう、それは茶番だ。ただし、「学園側から見たときの話」になる。

 彼女は口約束でしかない出来事を守る気はない。その身に受けし呪いを解く最高の機会を得ているのだ。そして、闇の福音、己が悪としての矜持をこの時に復活させる事も出来る。その恐れられていた力と共に、だ。

 

「封印結界への電力停止―――予備システムハッキング成功しました」

「茶々丸、こっちの“非常用発電所”も掌握完了だ。巧妙に大学サークル内のを無断使用してやがった代物だ」

「ご協力感謝します。千雨さん。それでは、引き続きモニターをお願いします」

「任された」

 

 そしてたった今、一時的にその全ての力を解放されてしまった。そこから先は千雨のさじ加減でエヴァンジェリンの魔力が左右される。だが、学園への意趣返しも込めているので、エヴァンジェリンは正しく一晩中最盛期の力を持つ事になるのだった。

 

 

 

「ごしゅじんさま、ほーこくかんりょうしました…」

「チッ、半吸血鬼か程度では思考能力に難有りか。まぁ、このぐらいなら十分だろう」

 

 そして、これまでにクラスメイトのまき絵を半吸血鬼化しておいた事で、即席の盾や戦力もある。ネギ・スプリングフィールドの準備がどの程度かは知らないが、エヴァンジェリンとて万全の準備を整えて彼を待ち受けた。

 下僕として迎え入れたのは計四人。その全てが「人形遣い《ドールマスター》」と呼ばれた彼女の手足となる。それは糸に操られている肉人形であり、慈悲を抱くまでもない肉の盾。女子供、その両面を達しているため戦闘に巻き込んで殺すつもりは無いが、重傷の一歩手前までは記憶を消して従わせるつもりだった。

 幻術で威厳ある大人の姿となってネギを待つ。長らく待った後に、重装備に身を包んだ少年教師の姿が闇の向こう側から現れた。

 

 ―――光を背負い、英雄の様な闘志を込めて。

 

 今宵、役者は全て揃った。

 開幕を告げるは、彼女の犬歯が見せた光の煌めき。

 

「ふふ……来たな、坊や」

「貴女は……」

「誰だ、とは言わせん。私は―――エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。闇の福音、そして…オマエの血を啜る者」

「……ぐっ」

 

 子供? だからどうした。目の前にいるのは、憎きサウザンドマスターの息子。呪いを解くための手掛かり。ならば、油断も慢心も遊びもいらない。

 彼女から強烈なプレッシャーが放たれる。それは周囲数十メートルを侵略し、そこにいる者すべてに強烈な威圧を与える領域。そして、その中に入れば敵であると表す最終ライン。

 ネギは恐怖する。ネギは勇気を奮い出す。

 目の前の怪物こそが、あの「闇の福音」であるのだと。

 

「悪の魔法使い、ですか」

「そうだ。それが私の自称でもあり、それが貴様の目の前に立ちはだかる壁の名だ」

「壁ならば、乗り越えるものです」

「ほう…よくぞ吼えたッ!!」

 

 右手を伸ばすと、周囲に控えていた下僕達(クラスメイト)が各々の武器を構える。

 ハルバード、鎖鎌、ロングソード、スピア。その全てが真剣であり、所有者の相性を考慮して選んだ殺傷武器。魔法に頼らない、純粋な暴力の証でもある。

 それら全てが、ネギと言う力なき子に向けられた。

 

「どうだ? 教え子に真の武器を向けられた気分は」

「あそびましょー」

「だいてあげる」

「まっかっかにね」

「くびからしたはいらないかな?」

 

 一歩一歩、確かに凶刃を携えて迫る恐怖。エヴァンジェリンの右手は、無慈悲に振り下ろされた

 

「―――殺れ」

『イエス、マスター』

 

 彼女はこの日、初めて一線を超えた。

 

 

 

「ハッ!? くうぅ……」

「まってよー♡」

 

 声だけを聞くなら、それはただの追いかけっこに聞こえるだろう。

 だが、その実は魔法弾と刃が飛び交う戦場だった。それらを見つめるエヴァンジェリンは、静観してネギの動向を記録していた。反応速度、状況判断、その窮地に何を選ぶか。まだまだ始まったばかりの戦いで、ネギは一度も魔法を使っていない。見極めるために、彼女はただ観察を続けていた。

 そしてネギは四人に囲まれ、同時に多角度からの攻撃に晒される。意を決するように、彼は予備の魔法薬に込めていた魔法を解放した。

 

「ごめんなさい、みなさん! ラス・テル・マ・スキル・マギステル!!」

 

 始動キー。魔法を扱う者にとっては一生の付き合いになる全ての始まりの詠唱。

 エヴァンジェリンはその動向を見つめる。ネギは魔法を解放した。

 

風花(フランス)武装解除(エクサルマティオー)!!」

 

 四人が持ち合わせていた武器が鋭い旋風に弾き飛ばされ、空に舞った。

 その風の威力や人間一人を吹き飛ばすほどであり、それら暴風の余波によって鳴海姉妹が気絶した。それでも二人が風に負けることなく残り、空に跳んだ武器をその手で掴んで持ち直す。それらはロングソードとハルバード。どちらも一撃を受けては致命傷を負う重量系の武装だ。

 咄嗟に彼はその場を走り抜け、魔法の風で自身の速度を上げた。追撃してくる二人がひとまとまりになった事を確認すると再び武装解除の呪文を唱えた。暴風が真正面から二人を襲い、今度こそ武装を遥か遠くへと弾き飛ばした。瞬間、魔法薬を取り出して媒介に使用する。

 

大気よ 水よ(アーエール・エト・アクア) 白霧となれ(ファクタ・ネブラ) 彼の者たちに(フィク・ソンヌム) 一時の安息を(ブレウェム)―――眠りの霧(ネブラ・ヒュプノーテエイカ)!!」

 

 彼の優しさ、彼の甘さ。なんとでも捉える事が出来る魔法。

 白い霧が武器を吹き飛ばされた反動で固まっている二人を襲い、眠りの世界に誘った。倒れ伏す前にブーストを掛けた足で辿り着き、抱きとめて優しく身体を寝かせる。

 そして、吸血鬼が動き始めた。

 

「成程、読ませて貰った茶々丸!」

「ハイ」

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!!」

「なら…! ラス・テル・マ・スキル・マギステル!!」

 

 詠唱が邪魔されるなら、移動しながら唱えてしまえばいい。

 足に加速の魔力を纏わせながら詠唱するのはかなり高度な技術を要するのだが、それをネギは天性の才能で補った。茶々丸の攻撃を紙一重のところで掻い潜り、長い杖で関節部位を突いて動きを阻害。

 詠唱が終わり、二人の魔法使いが技をぶつけ合う。

 

闇の吹雪(ニウィス・テンペスタース・オブスクランス)!」

魔法の射手(サギタ・マギカ)! 連弾(セリエス)光の29矢(ルーキス)!」

 

 瞬間、呪文の違いが大差を生んだ。空に跳んだ茶々丸を避け、29の光の矢を受けながらも禍々しい闇を放ちながら雪崩がネギに迫る。相殺する事も叶わないと理解した瞬間、無様であろうと命を求めて横に跳ぶ。一秒遅れてネギのいた場所を闇属性の魔法が通過し、射線上に在った物体を呑み込んで行った。

 

「あ、危なっ…!」

「休んでいる暇はありませんよ、ネギ先生」

「ッ!」

 

 親切にも攻撃宣言を行ってくれたおかげで、ネギはその場から飛びのく事ができた。次には先ほどのデジャブのように、ハルバードの刃が通り過ぎる。コンクリートの地面を抉り取って飛び散った土を受けながら、彼はこの戦いが本気だと言う事を再認識した。

 そして思う。本当の殺し合いに発展するとは思わなかった、と。しかしその考えも数秒後には頭の中から消え去る事になった

 

氷爆(ニウィス・カースス)氷爆(ニウィス・カースス)氷爆(ニウィス・カースス)氷爆(ニウィス・カースス)!!」

「なっ、嘘でしょ!? うわぁぁあああ!!」

 

 爆発系の魔法を連続で放ち、ネギが完全に追い込まれる形になった。彼も叫ぶだけでは戦いにならないので、手に持っていた杖に跨ってその場から全力で逃げる体勢に入る。跨る直前に茶々丸が手榴弾を放り投げて来たが、逆にその爆風を利用して離陸した。

 

加速(アクケレレット)!」

 

 そして、通常速度を大きく上回る加速を使用して距離を取る。魔法使いにとってそれぞれの効果範囲は非常に重要だ。どちらも遠距離型であることには変わりないが、重装パワータイプのエヴァンジェリン相手に、ネギは己の得意属性である「風」を利用したスピードで対抗する事にしていた。

 急旋回し、今度は逆に接近する。茶々丸の銃弾が杖や衣服の一部、そして肌を掠めて行ったが、軽傷を作るだけで済んだ。そして詠唱破棄のまま追尾性能のある光の矢を1矢ずつ与えていく。そんな戦闘機の様な高機動戦闘は、確かにエヴァンジェリンの不意を突いていた。

 

風精召喚(エウォカーティオ・ウァルキュリアールム)

 剣を執る戦友(コントゥベルナーリア・グラディアーリア)

 捕まえて(アゲ・カピアント)!!」

 

 状況を再度確認すると、捕縛用の分身で相手を翻弄する。攻撃能力は無いが、その分魔力にも余裕が出来るからこそのチョイス。再び加速すると、今度は橋に向かって彼は飛んでいった。

 橋には、彼のお手製の罠がある。それは魔力をかなりつぎ込んであるエヴァンジェリンと茶々丸にしか反応しない素敵仕様であり、捕縛するには十分な効果を発揮するだろう。だから、そこに誘導して比較的平和に物事を解決する。いくら殺されかけたとしても、この信念だけは譲れないのだ。

 

「もっと、もうちょっと…!」

「いまさら腰が引けたか? まぁいい、そのまま果てるがいい!!」

 

 いつの間にか追いついていたエヴァンジェリンが後ろから始動キーを唱え始めていた。それでも今は振り向いてはいけない。そうしてしまえば、聞こえてくる魔法の直撃をもらってしまうからだと本能で理解しているからかもしれない。

 だが、これが戦局を左右するなんて、今の彼は思いもよらなかった。

 

氷爆(ニウィス・カースス)!!」

 

 そして爆発。直撃はしなかったものの、爆風に煽られて彼は橋の上に投げ出されてしまった。受け身を忘れ、勢いを殺しきれずに転がったせいで身体のあちこちに擦り傷が出来たが、対してエヴァンジェリンが無傷だと言う事に歯痒い思いがある。それでも、今は目前の策に彼女を嵌める事が重要だった。

 

 立ちなおすとすぐに奔走し、結界の効果範囲外まで来た事を感じ取る。麻帆良を覆っていた、明らかな違和感を飛び越えた感覚が在ったのだ。

 その場で立ち止まり、息を荒げて彼は不敵に笑った。

 

(これで―――)

「ほう」

「え?」

 

 策が成功する、そう思った瞬間に聞こえてきた感心したような声。

 後ろを振り返ると、顔に奇妙な物を付けたエヴァンジェリンが罠の仕掛けてある一歩手前(・・・・)で立ち止まっていた。彼女はそこから一歩も動こうとせず、息を切らして足を震えさせるネギをただ見つめている。

 

「魔力濃度、58%。そして術式を埋め込んであるトラップ式とは…恐れ入る。確かにこれならば全盛期の私でも脱出は困難を極めるだろうな」

「…なん、で?」

「さて、何故だろうな? ……茶々丸、撤去しろ」

「イエス、マスター。結界解除プログラム使用。…解析完了、解除します」

 

 彼女が無機質に告げると、隠れていた筈の魔法陣が浮かび上がりその隅々に罅が入った。ネギが絶望で呻くごとに共鳴するようにしてその罅は拡大。最終的に、端から端へと大きな亀裂を作って大破した。

 飛び散る魔力の残骸が、花火の残光のように煌びやかな大源(マナ)となって虚空に散った。それら全てが消え去るころには、全てを諦めたようにエヴァンジェリンを前にして崩れ落ちるネギの姿。

 策は組んだ。だがそれらは圧倒的な力の前にねじ伏せられた。

 罠は張った。だが渾身の作品は事前に解かれてしまっていた。

 万事休す。闇の福音と恐れられた彼女の力は本物だったと、ネギは思い知らされる。

 

「ネタばらししてやろう。これ(・・)はソリッドアイと言ってな、科学の力で魔力を探知する専用装備だ。詳しくは私も知らないが、眼球を犠牲にする価値はあった。吸血鬼の回復能力を存分に発揮する必要があったのだがな」

「…科学」

「貴様はよくやったさ。……さぁ!」

「あっ!」

 

 一瞬で間合いを詰め、ネギの手に持っていた杖を奪い取る。すかさず他の杖を取り出そうとしたが、彼の目の前には自分の物ではない魔法薬が舞っていた。

 そして、それは炸裂する。

 

氷結(フリーゲランス)武装解除(エクサルマティオー)!」

 

 ネギの持っていた装備が全て散らされる。予備の杖、新たな魔法薬、それらは凍りつき、彼の手元で氷の欠片となって弾け飛んでしまった。

 今度こそ、ネギの手元には何の手札も残っていない。

 

闇の(ダーク)福音(エヴァンジェル)…!」

「ふん、この程度の苦境、貴様の父親なら笑って乗り越えていた筈なのだがな。奴の血が作用しているのは底なしの魔力だけか」

「ぐぁっ」

 

 押し飛ばされ、橋の壁に背中を打ちつける。そして悔しさに歯を鳴らすネギを見下ろし、エヴァンジェリンは不敵に笑った。この様な状況下でも、油断を決してしない勝者の笑みがネギに突き刺さり、これからの運命を裏付ける。

 無言で近づく彼女の牙は、ネギの首に深く突きたてられ―――

 

「こらぁあああああ!!!」

「来たか、神楽坂明日菜ァ!!」

 

 叫び声、そして当たりを照らすマグネシウムの瞬間閃光。一時的に行動不能となった茶々丸をすり抜け、驚異的な身体能力で明日菜がエヴァンジェリンに突進をかましてきた。魔法障壁を抜けてくると分かっていた彼女はあっさりとネギを手放して彼女の膝を掴み取る。

 

「えっ」

「落ちろォ!」

 

 そして、振り下ろし。下手に空中に躍り出た彼女は為す術なく地面に叩きつけられていた。何が起こったかなど、知る由もなく衝撃が体全体に伝わっていく。真祖の吸血鬼の腕力を以って行われた物理衝撃は、大ダメージを与えるには十分だった。

 

「ガッ!? うぅぅ……」

「明日菜さん! 治癒(クーラ)!!」

 

 急ぎネギが駆け寄り、治癒呪文を唱えて彼女の傷を癒し始めた。その呪文は彼女の魔法無効化能力の壁を越えて伝わり、怪我に浸透して肉体の損傷を元に戻していく。その間にまとめて氷漬けにしようとエヴァンジェリンが手を伸ばした瞬間、二度目の強烈な閃光が辺りを覆った。

 

「セカンドフラッシュ!!」

「…こざかしい真似―――なに? 何処へ行った」

「マスター、周囲100メートル圏内に生体反応は見受けられません」

「……チィ、神楽坂明日菜の足はどうなっているというのだ。魔法無効化だけの恩恵ではなさそうだが」

 

 そう言いつつも、彼女たちの優位には変わりがない。

 茶々丸に索敵範囲を広げろと命令を下し、彼女は魔力を滾らせて戦闘に備え始めた。

 

 ―――決して、逃がしはしない。

 

 そんな獰猛な笑みを浮かべる彼女の横で、茶々丸へと通信が入った。

 その向こう側から聞こえて来たのは焦ったような声。それは、協力を要請していた千雨の叫び声だった。

 

『≪気をつけろ、停電復旧プログラムが起き始めた! 魔力の封印が近いぞ!!≫』

 

 

 

 

「オイオイオイ!! どうなってんだこれは!!」

『≪落ちついてチサメ、こちらでもハッキングは正常に行われているわ≫』

「そっちの数値だけが全てじゃないんだって! 異常なのは…!」

 

 少し前、千雨は緊急事態に翻弄されていた。

 突如鳴り響いた危険アラートと、次々に塗り替えられていく麻帆良の電源復旧システム。あと十分もすれば完全に電力が復旧されてしまうだろうと言うところまで掛けたハッキングは解除されていたのだ。しかし、彼女が疑問に思うのはそこではない。通常でも電源が戻るのはその二倍はある筈なのだ。

 だというのに、この速度。確実に何かが在る。

 

「くそっ、魔法のファイヤーウォールが割り振られてパスワードが敷かれてやがるじゃねーか。電子精霊ってことかよ―――!」

 

 言うならば、電子にまで進出した魔法の防壁。これが在るからこそ麻帆良の不可思議な出来事は外に出回る事もなく映像でなどもそれを編集、もしくは消去して魔法の存在を知らせないようにする「生きたプログラム」。

 それが千雨の前に立ちはだかっている。なんどか精霊を潜り抜ける事が出来た彼女も、真っ向から戦ったことは無い。そして今回はそんな時間さえ用意されていないのだ。それでも、知恵を絞って対抗策を考える。

 別段、エヴァンジェリン側を擁護する必要は無い。だが、約束したのだ。今回ばかりは裏方で手伝ってやると。義を重んずるならば、彼女はやるしかないと自分を奮い立たせる。過ぎる事数分。遂に対抗策への足がかりが頭に思い浮かんでいた。

 

「……プログラムは電力復旧。御丁寧に全発電所を使用するという豪華式。これは…いや、ここまで高度なプログラムはあくまで精霊任せであって、魔法使い連中は単純な命令を下していないとすれば…?」

 

 予測はあくまで予測しかない。だが、思いついた策以外にこの状況から脱却する手立てを見つけることは難しいだろう。

 

「やってみる価値はあるか…!」

 

 キーボードの上でタップダンスを刻みながら、確実にプログラムの隙間を掻い潜って中枢へと迫っていった。ここまでくると、後は単純な作業であると笑みを浮かべて指を動かす。

 そして、遂に最終ラインまで到達する事ができた。

 

「……パスワード式。そして、今はハッキングさえ許されない、か」

 

 目の前に出て来たパスワード打ち込み画面。夏戦争にいた数学の天才と言う訳でもないので、千雨は目の前に広がる無数の数時からパスワードの記号列を弾きだすことなど出来はしない。つまり、ここは電力を取り戻させないためにも一発で成功させなければならいのだ。

 ちらりと覗いたもう一つのパソコンの画面には、予測電力復旧時間がカウントダウンを始めていた。残るは十秒、最早予断さえもが許されないところまで来てしまっていた。

 

(考えろ、魔法使いならどう言うパスワードを打ち込む?)

 

 ――残り4秒。

 

(あいつらは潔癖主義者に近い、殺人を良しとしない組織)

 

 ――残り3秒。

 

(あの吸血鬼が何時だか言っていた、“立派な魔法使い”が最終目標…? これだ!)

 

 ――残り3秒。

 

「どうか、合ってろクソヤロ―――!!」

 

 パスワードを打ち込んでください。

 ************ → MagisterMagi_

 これで、よろしいですか?

 

「いけ、いけ、いけぇぇぇぇええええええ!」

 

 _Enter!!

 

 プログラムを―――

 




後篇に続きます。
展開を組みなおして数日後に投稿予定。


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☮新月夜

後篇


(くっ、どう言う事だ? このタイミングで即興の仮契約。それはいい……だが、電力復旧が早まり、さらには予想以上の強化だと!?)

「さっきはよくもやってくれたわね!」

「マスター、援護します」

 

 茶々丸と明日菜の拳が衝突。どちらも規格外の威力でぶつけ合った事で拡散する衝撃波がネギやエヴァンジェリンのいる側まで迫っていた。そんな同程度の衝撃を発生させながら二人の組合は続く。

 エヴァンジェリンが疑問に思ったように、ネギ側が明らかに素人目でもお釣りがくるほどの不可思議なパワーアップを施されている。それが原因で一気に形勢は逆転にまで追い込まれていたのだ。さらには、まるで補正が掛っているように明日菜の拳は茶々丸の予測地点、武器の持ち手へと吸い込まれていく。だが、それは彼女が狙ってやっていると言う事も理解できてしまう。

 持ち合わせている筈の無い物が発現している。そんな状況に、現代の漫画やゲームをしているエヴァンジェリンは一つの可能性に思い当たってしまった。先日RAYが言っていた「主人公補正」という奇跡へと。

 

(そんな、そんなバカな事があってたまるか!!)

 

 彼女の優位は変わらなかった。だが、それは仲間がいなかったころのネギにの話。明日菜という増援が現れた途端に形成は逆転し、拮抗するところまで持ち直されてしまっている。「主人公」。昔は求めてやまなかった存在が、今になって現れたのだと、それを証明するかのように戦局が左右され始めたのだ。

 だからこそ、彼女はそのような存在を認めるわけにはいかない。認めたならば、何かが終わってしまいそうに感じたから。そうなれば最早、彼女の頭の中では英雄の息子だとか、学園長の思惑だとか、闇の福音としての矜持などは持ち合わせてはいなかった。ネギを見つめる瞳はどろりと濁っていき、その身さえも深い闇に落としてしまったかのように体位が空中で崩れる。

 激しい戦闘中で突如両手をだらりと下げた彼女。エヴァンジェリンから漂い始めた異様な雰囲気に、その場にいた全員が彼女に注目していた。注目、してしまった。

 

「…貴様は、貴様の様な存在がァ!!!」

 

 大気中の魔力がうねり、彼女の手に集約される。それだけで引き寄せられてしまいそうな暴風を形作りながら、それは出現した。

 どこまでも凍てついた剣、エクスキューショナーソード。液体・固体の物質を無理やりに相転移させ、万物を切り裂く彼女の本気がその手に降臨した。瞬間的に絶対零度まで落とされた空気が気圧を乱して風を生み出し、彼女の髪は周囲へ広がる様に煽りあげられる。

 その表情、悪鬼の如く。これまでとは一線を画していると、誰もが思うほどに。

 

「どこまでも光の道に生き、これからも将来を約束された存在がァ!!」

 

 もう一本、悪夢の様な氷の剣が出現した。

 それは彼女の両手に収まり、更なる暴風を巻き起こす。

 

「私の前に今更現れるとは……何を意味しているのか、分かって、ッいるのか!!!」

 

 それは痛哭。叫びと共に両手を合わせ、大剣のように構えて彼女はネギに跳びかかった。

 激しい感情の渦は全てを巻き込んでいる。最早彼女自身も何故こうなったのかさえも忘れている。憎悪も歓喜も悲しみも楽しみも、彼女が体験した全ての感情がないまぜになり、理性を吹き飛ばした暴走。誰もがタイミングを見誤り、動く事が出来なかった。アレに触れてしまえばネギなどは…いや、人間の体などは一瞬で文字通り「蒸発」してしまうだろう。

 死への本能的な恐怖。これまで追い詰められていた恐れを上回るそれに囚われ、ネギはその場から一歩も動く事が出来なかった。そして、彼女の剣の切っ先に当たる部分が身体を貫こうとして―――消失。

 

「なっ―――が、ぎ、ぐぁああああ!?」

 

 それが意味したのは魔力自体の喪失。

 

 砲弾のように飛びかかっていた彼女は無様に地面に投げ出され、その速度のまま全身を隈なく摩擦で傷をつけられた。突如圧力が消えた事でネギは彼女を回避しており、エヴァンジェリンだけがその場で多大な流血を迸らせる。

 彼女が擦れた後の地面には、血液の軌跡が残されていた。

 

「はっ、ははははははっ!!! 私は何もできないのか? このように我武者羅に向かったとしても、運命には逆らえぬと言うのか? 忌々しい…嗚呼忌々しい!!」

 

 暴言を喚き散らし、回復能力も働かない血濡れのまま渾身の力で地面を殴りつける。振り下ろされた拳は接触の瞬間、血肉を撒き散らして砕け散ってしまった。

 そうして突然の暴走を始めた彼女を前に、一同は唖然とその光景を見つめるしかできなかった。その瞳の中でどれだけの感情を持ち合わせていたのか。想像はできるが、思いもよらない息にまで達しているのだろう、そう言うことしか理解できない。そして何故、このように突然の暴走を起こしてしまっていたのかと。

 思惑をよそに、どこまでも無様な姿は自分自身をあざ笑う。闇の福音と言うプライドを投げ捨ててまで理性を投げ出したエヴァンジェリンに触れる者は、誰も居なかった。

 

 

 

 

「……失敗か」

 

 千雨のモニターには、度重なるハッキングで「処理落ち」して固まった画面が表示されていた。この処理落ちさえ無くなればエヴァンジェリンの魔力を再び最盛期の物にすることができるだろう。だが、パソコン自体のスペックが低いとは流石の彼女にも予想外だった。

 そうは言っても、復旧したのはエヴァンジェリンの力を封じる結界だけで、街の電気が戻ったと言う訳でもない。真っ暗な部屋で、千雨は詫びるための回線を入れた。

 

「わるいな、あとちょっとすれば回復すると思うが……」

『≪……マスター、貴女は何故…………≫』

「茶々丸?」

 

 様子がおかしい。彼女がそこに辿り着くまでに時間は必要なかった。

 

「RAY、仔月光の映像を送ってくれ」

『≪……分かったわ≫』

 

 一瞬の間を置いて、RAYが千雨のパソコンに出力を送った。その映し出された映像を見た途端、RAYが間を置いた理由を理解してしまう。その画面の向こうには、地面で血濡れになり何事かを叫んでいる師匠の見るに堪えない姿が転がっていたのだから。

 この光景は、実に衝撃的だった。

 少なくとも、いつも余裕を持っていたエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルという存在。千雨が抱いていたそのイメージ像が脆くも崩れ去るほどの醜態。何が起こったのかは分からない。だが、一つだけ、千雨だからこそ言える事が在る。

 

「何やってるんだよ、師匠サマ? どう見ても自分に負けてるじゃねぇか」

 

 怒りが噴き上がる。

 千雨のナノマシンでも抑えきれない感情の発露。戦闘には必要の無い心のぶれ。

 それが今、長谷川千雨と言う個体を支配し始めていた。

 

「なに、やってんだよ。お前が自分で決めたんだろ? 英雄の息子を油断なく正面から打ち負かし、その力を取り戻すって……なのに、なんで自分に負けてんだよ!?」

 

 コンソールを叩きつけ、そんな師の醜態に対して憎悪を抱く。

 こんな姿はエヴァンジェリンではない。常時余裕で、偉大な悪の魔法使い。別名「闇の福音」。映像を通してでも分かるほど、今の彼女はそのどれでもなかった。アレは自分を諦めた肉人形に過ぎない。ただの、抜け殻でしかない。

 彼女が抱いたエヴァンジェリンと言う女性のイメージと、その現実の差。人によってはこちらこそが本当の姿だと言うものもいるだろうが、彼女はそんなものは認めない。

 

「諦めんなよっ! この―――大馬鹿野郎!!」

 

 無意識化でキーボードを打ち鳴らし、ハッキングを行っていた。

 その先は―――通信橋付近のメガホン。

 

「お前は、お前だろうがッ!!」

 

 その隣のモニターには、Access! の文字が並んでいた。

 

 

 

 

 

「は、ははははは……」

 

 何が闇の福音だ。

 力なきただの少女じゃないか。……ああ、だからナギの奴も私を拒絶したのだな。求めてばかりで、流されてばかりで、自分から救われようとはしない愚かな人間。いや怪物。

 このような醜い女に振り向く者など誰もいない。だからこそ数百年もの間、嫌悪の感情しか向けられなかったのだ。ようやく理解した。

 

「…………」

 

 ほら、周りの奴らも此方に視線を投げている。大方、このような姿を見て落胆しているのだろう。ならば見続ければいいじゃないか。私は所詮この程度なのだから。

 

「……マスター、結界は再び解除されたようです」

 

 そうか、としか彼女は思えない。

 戻った吸血鬼としての能力により、激痛が引いて怪我が癒される。彼女には肉が内側から盛り上がり、擦りきれて無くなった患部を補っている嫌な感触が全身を襲っていた。真祖の吸血鬼が発揮する「再生能力」。すばらしいと言って、憧れる者もいるかもしれないだろうが、傍から見れば君の悪い物にしか見えていないと自嘲する。

 もう、いやなんだ。

 

「私は消える。お前は自由にしろ茶々丸……」

「なっ、マスター?」

「ちょっと、何処行くのよ!!」

 

 後ろで何か言っているが、もう「わたし」に構わないでくれ。痛いのは嫌なんだ。怖いんだ。嫌なんだ。

 歩みを進める程に自覚するが、先ほどの怪我が何事もなかったかのようだ。つくづく自分と言う化け物が醜く見えてくる。かつては美貌と謳われた事もあった気がしたが、そんなものはどこにもない。犬にでも喰わせてしまったのだろうか? だからこそ醜さしかないのだ。

 

「ふ、は、はははは……」

 

 もはや、自己嫌悪も情けなくなってきた。

 私はここまで弱かったのか? いや、「わたし」だからこそ弱いのだろう。「私」はあくまで仮面でしかなかった。吸血鬼として、闇の福音としての仮面をかぶった、「わたし」の身代わりだったのだ。

 ならば「わたし」とは何だ? …決まってる。弱い―――わたしは―――

 

『≪お前は、お前だろうがッ!!≫』

「……(わたし)?」

 

 ひた、と足は止まった。

 そうだ。何を言っている? わたしは私? 何を馬鹿な事を言っているんだ。

 消えるなどと、私にはそんな場所さえありはしないのに、何をそんな「贅沢な事」をほざいていると言うのだ。滑稽過ぎて、笑いが込み上げてくるじゃないか。

 ……ははっ、長谷川千雨、貴様はやはり「引っ張ってくれた」のか。

 

「ふはっ、ははははははっ!!! そうだ! そうだよ!! 奴も言うじゃないか!!」

 

 振り返ると、茶々丸が安心したような表情でこちらを見下ろしていた。やはり、「私」はこのままでいなければならないのだ。RAYなどと、あんな機械人形の戯言一つに踊らされて、何をしている。

 闇の福音が、このような小童に背中を見せるなど有り得ないというのに。

 

「……いやはや、取り乱してすまなかったな、坊や。少しばかり気が狂っていたようだ」

「…エヴァンジェリンさん?」

「そうだ。そうだとも! 私はエヴァンジェリン、魔法界に名を轟かせた悪の魔法使い!」

 

 長年かけて編み出した「あの魔法」で心が闇に偏り過ぎていたらしい。とっくの昔に制御していたと言うのに、こんな所で弊害が発生するとは久しぶりに修行不足を痛感させてもらったよ、坊や。

 だからこそ、そちらもまだまだ余っている魔力を奮い起すが言い。この私が相手をしてやろうではないか。

 

 彼女は一歩一歩、踏みしめるように彼らに近づいて行った。

 手を一振りすると、弾き飛ばしたネギの杖が橋の下から浮き上がり、持ち主の手にすっぽりと収まる。

 

「どういうつもりよ…?」

「そう警戒するな、神楽坂明日菜。この勝負に関して契約をかわそうと思っただけだよ」

「契約、ですか」

「そうだ、契約だ。私が勝ったら貴様の血をこれからも適度に摂取させてもらうとしよう。ほら、貴様の望みを言え」

 

 すっかりいつものペースを取り戻したエヴァンジェリンから溢れる威圧感。先ほどの訳の分からない物ではなく、確固とした己の自信から来るプレッシャーに改めて押し潰されそうになりながらも、ネギはその口をしっかりと動かした。

 

「……僕が勝ったら、悪い事を止めて授業に出て貰います!」

「ならば契約成立だ! ならば、死合いはこれまで。試合うとしようではないか! 茶々丸ゥ!!」

「イエス、ご指示を」

「神楽坂明日菜を抑えろ。私は坊やを相手にする」

「さっ、さっきから何が何だか分からないけど…やるって言うなら容赦しないわよ!!」

「お相手お願いします、明日菜さん」

 

 望みを告げ、戦う理由を双方が表明する。

 そうして整えられた戦況は、先ほどまでの殺伐としたものではなく和気藹々と命の取り合いを始める者へと切り替わった。込められた意味は変わっていないが、それでも空気は違うというのは、その場の全員が理解していた。

 

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!!」

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!!」

 

 魔法の衝突、従者の衝突。

 真の意味で、戦いはまだ始まったばかりである。

 

 

 

 

「……冷や冷やしたよ。にしても、このクソOSどうにかならないのか」

 

 その状況をモニターで見つめると、悪態をつきながらも千雨はその画面を閉じた。決着がどうなるかなど興味は無いし、丑三つ時を超えるころには電力も復旧するようにプログラムしておいた。決着次第ではエヴァンジェリンの魔力がまた抑え込まれる事になるが、それは彼女のあずかり知らぬところだ。

 

「学園長、これでいいんですか? ちょっとしたトラブルもありましたが」

『≪流石のワシもアレには肝が冷えたわい。まぁ丁度いいのではないじゃろうか? エヴァの奴も、力を振るう機会もなく燻っておったようじゃからのう≫』

『≪それで英雄の息子という“理不尽”を当てるだなんて、矛盾しているんじゃないかしら?≫』

『≪さて? ワシとしてはどうなろうとあるがままに受け入れるつもりじゃったよ。それがたとえ、ネギ君の死であってもな≫』

「……そりゃまた、“生徒思い”ですね」

『≪見抜かれてしもうたか。千雨くんも鋭いものじゃ≫』

 

 通信先で朗らかな笑い声が響いてくる。この狸は一体どこまで分かってやっているのだろうか、そんな疑問がわき上がって来たが、泥沼にはまりそうなので口を出すことは止めておいた。

 パソコンをシャットダウンして通信を切ると、暗かった配電室から外に出て、思いっきり体を伸ばす。腰や肩がぽきぽきと小気味のいい音を鳴らして、背筋がピッと真っ直ぐに張られた。

 

「さて、あのバカども回収してから寝るか。ったく、こう言うのはフォックスの仕事だろうに」

 

 彼女はあくまで「一介の中学生」。

 夜遅くまで目を開けている事は、健康に悪いと判断しているのである。

 星は、そんな彼女を呆れたように見下ろしていた。

 

 

 

 魔法が弾け、人が舞う。

 人が見れば言うだろう。「これは武芸だ」「いや、これは舞踊だ」と。

 されど、そのようなものは客観的観点からの意見に過ぎない幻想だ。現に、この場の主役である四人は実に楽しそうに見える。

 茶々丸の背が開き、ブーストを掛けながら突進して行けば明日菜の張り手が伸びる。その腕を挟みこんで上空に放り出せば、小型の追尾ミサイルが彼女を襲った。接触の直前にネギの魔法が炸裂し、爆風を光の矢がのみこみ余波は体質が無効化する。

 体勢を立て直したネギが続けざまに呪文を放とうとすると、エヴァンジェリンが狂気に陥った時に持ちだしていた絶対両断の剣を振りかぶっていた。死が目前に迫っていても、彼は顔色一つ変えることなく自分に杖を「加速」させて離脱して攻撃を避けた。

 

「危ないじゃないの!」

「後方接近2メートルの位置です」

 

 エヴァンジェリンが茶々丸の指示に従って地面を剣で抉ると、体勢を崩した明日菜が握った拳を解いて転がり込んで来ていた。紙一重で避けたが、転倒する前に明日菜の右手がエヴァンジェリンの手に触れていたせいで魔力は霧散。エクスキューショナーソードを構成していた魔力を含め、魔法の素材は再び空気へと還元される。

 その隙をついてネギの完成した魔法「雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)」が二人を襲った。例の如く魔法無効化能力がある明日菜はともかく、彼女は再生はするだろうがまともに受けることもできないので呪文の嵐から離脱する。再び茶々丸のもとに後退して敵の様子を見ると、ネギ側は魔法に巻き込んだ事で明日菜に揺さぶられていた。

 

「やれやれ、少しばかり遊びが過ぎるのではないか?」

「そうですよ! あああ明日菜さん! 謝るので離して下さい~」

「マスター、次弾装填完了しました」

「良し、討て」

 

 誤字に非ず。

 茶々丸の関節部から銃口が顔をのぞかせ、未だ取っ組み合いを続けるネギたちに向かって飛来した。勿論、弾丸はゴムではなく実弾。掴まれながらも何とか状況を判断した彼は明日菜を後ろに下げると、自分が張っている魔法障壁で弾丸を全て受け止めた。激しい銃撃が罅を入れたが、命あってのものだねだ。

 次いで、性格に狙いを付けた魔法の矢が29本飛来する。これが魔法だと分かると、ネギの後ろに回っていた明日菜が身体を張ってネギの盾となって立ちはだかる。魔法の矢は全て無効化され、あっけなく散って行った。

 

「あ、ありがとうございます」

「お互いさまよ。それより、もういっちょ―――」

「――申し訳ありませんが、そろそろ時間です」

「……えっ?」

 

 茶々丸がこの場で宣言したのは、午前二時が残り数分で訪れてしまうと言う事実。つまりはエヴァンジェリンの制限時間である。もっと戦っていたい。この様に軽やかな気分で戦うの初めてだった。そう思っていたエヴァンジェリンは、時間切れなどと言う詰まらない物が存在する事に盛大な舌打ちをする。

 とはいえ、このまま続けていれば一般人が起きてくるのも道理。破壊した後を学園側が秘匿するためにも、これ以上の戦闘行為を続けるのは不可能だろうと渋々ながらも事実を受け止めることにした。

 結局、エヴァンジェリンもこの忌々しくも愛おしい麻帆良学園を気に入っているのだ。

 

「…まぁ、坊やの聞いたとおりだ。今度こそ私の制限時間がすぐそこまで迫っている。このまま雑談でも続けていれば其方の勝ちになるが……」

 

 挑発的な、事実挑発を含めた笑みを浮かべて語りかける。

 話を聞いていたネギの目は、勝利を目指す者の瞳。だが、それはこのまま時間切れを狙おうと言うものではなく、「戦う者の目」。

 

「敢えて問おう。最後の勝負を受けるか否か」

「……受けさせていただきます。そして、僕は貴女を超えて見せます!」

「よくぞ言った! それでこそサウザンドマスターの息子…いや、“ネギ・スプリングフィールド”!!」

「明日菜さん」

「茶々丸よ」

「「下がって」」

 

 何か言いたげな明日菜も、最後の瞬間をハラハラと見守る茶々丸も、二人の言葉を受けて何を言うでもなく素直に二人の後方に下がった。

 残る時間は5分。

 それぞれの始動キーが紡がれる。

 

 其れは言霊と成り、

 其れは精霊へ伝わり、

 其れは魔力を高める。

 

 詠唱は、共に。

 

来れ雷精(ウェニアント・スピーリトゥス) 風の精(アエリアーレス・フルグリエンテース) 雷を纏いて(クム・フルグラティオーニ) 吹きすさべ(フレット・テンペスタース) 東洋の嵐(アウストリーナ)!」

契約に従い(ト・シュンボライオン) 我に従え(ディアコネートー・モイ・ヘー) 氷の女王(クリュスタリネー・バシレイア) 来れ(エピゲネーテートー) とこしえのやみ(タイオーニオン・エレボス)!」

 

 この場で妥協はしない。その意思として、同種の魔法ではなく系統の違う上位の呪文をエヴァンジェリンは唱えていた。ネギも詠唱の内容に気付いたが、気にせず己の魔力を高めることに全神経を集中させていく。

 瞬間、空気が止まった。

 

 言霊が紡がれ、魔の理が場を支配する。

 

雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)!!」

えいえんのひょうが(ハイオーニエ・クリュスタレ)!!」

 

 両者から魔法が放たれる。

 射線上の物を電撃で焼き尽くす筈の雷の暴風が拮抗したのは、ほんの一瞬。次の瞬間には放たれた魔法そのものが凍りつき始め、非現実を生み出した術者の元へ伝うように氷が向かって行った。

 エヴァンジェリンはその様子を見て、手を緩めるどころか魔力を更に放出する。ネギは負けないという気持ちで魔力を滾らせるが、どうしてもあと一歩のところにさえ届かない。

 

「―――終わりだ! ネギ・スプリングフィールド!!」

 

 再度、波導を放つ。

 雷の魔法を呑み込み、ネギの元まで迫った氷が牙をむき―――

 

 

 

 

「……この勝負、私の―――勝ちだ」

「…僕の、負けです」

 

 氷がネギをも浸食する直前、やらせはしないと明日菜が割り込んでいた。氷はそこで効力を失い、魔力が空っぽの敗者を取り囲むようにして完全に停止する。

 同時に、午前二時を迎える。エヴァンジェリンの魔力もネギ同様に抑え込まれ、懐かしい結界の重圧が戦闘後の彼女に鞭打つようにのしかかる。くらりと倒れ込んだ身体を茶々丸が受け止め、ネギはそんな彼女を羨ましそうに見つめていた。

 

「…ほら、立ちなさいよ」

「わっとと」

 

 明日菜がその感情を知ったのか、同じように肩を貸して立ち上がらせる。

 共に従者に抱えられる身の上。勝者と敗者という差は存在するものの、全力で戦った者同士の熱い視線が中空でかわされた。

 

「契約は契約だ。従ってもらうぞ」

「…はい。でも、今度また戦ってもらいます!」

「ほざけ、青二才。私は何時でも待っていてやる」

 

 くるりと背を向け、エヴァンジェリンはその場を去って行った。

 優雅に、誇り高く、勝者の威厳をその身に携えた姿は、月の光と合わさって幻想的な光景だった。空に浮かぶ金の髪を持つ少女。彼女はネギを見下ろすと、くすりと笑って飛んでいってしまう。

 知らず、彼は拳を握りしめていた。

 

「……明日菜さん、付き合わせてしまってごめんなさい」

「いーわよ、別に。あんた見たいなガキんちょが無理するのなんて見たくないから」

「…ありがとうございます。それからカモ君、無謀な事してごめんね」

「なーに、俺っちは兄貴に付いていきやすとも! ただし、闇の福音は勘弁してくだせえ」

「ふふっ、なによそれ」

 

 戦ってくれた仲間が眩しい。

 エヴァンジェリンが何を考えて暴走したのか、何を思って我に返ったのか、それは知るところではない。それでも彼女が秘めた強さの一端を垣間見た様な気がして、彼はそっと微笑んでいた。

 

 

 

 学園長室には電気が灯った。ずっと水晶玉を覗きこんでいた彼は、予想以上の出来事が重なったおかげでこれ以上は無い物を見せてもらったと上機嫌だ。

 そんな見つめる者の名を―――近衛近右衛門と人は呼ぶ。

 

「……さて、次は修学旅行か。英雄の息子がいると聞き及んで行動を始めた過激派もおるようじゃし、そろそろ全ての準備を整えねばならぬの」

 

 ちら、と机の上に視線を移す。

 そこには山積みの書類が在るだけだったが、その正体は大量の「許可証」。エヴァンジェリンを一時的に解き放つ、ピッキングの道具の様なものだ。

 

()の魔力が荒れて来おったか。ほんに亡霊となってもしつこい男…いや、しつこい夫婦じゃのう。それだけで恨みも辛みも晴れる筈は無いと言うのに」

 

 その瞬間、窓ガラスが割れて一通の手紙が近右衛門目掛けて飛来する。強靭な魔力障壁をゴムのように変形させて其れを受け止めると、何事もなかったかのように文の便箋を開いた。

 

「……我々が動けないと、本気で思っておる様じゃの。異世界の技術を流用し、新たな駒を手に入れたからと浮かれてこの様な醜態を態々送ってくるとは……愚か者共が!!」

 

 手紙が突如発火を起こし、一秒もしないうちに散りも残さず燃やしつくされる。

 怒りと情けなさに打ち震える近右衛門の周囲の物体がガタガタと震え、ガラスの様な脆い物は全て内側から破裂する。

 

「身を以って知るが良い。貴様らの首は、正しき異世界の者が討ちとるであろうと言う事を!」

 

 現代では他の誰にも見せた事の無い、近右衛門が持つ「師」としての表情。

 それは悲しくも、怒りだった。

 




闇の福音編、終了です。
やっと舞台が整いました。
後はこの小説の最大の目標である京都編に向かって突っ走るのみです。

またお会いしましょう


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☮密約潜みて明るみへ

結構詰め込み作業。
布石の話は難しいですね。

後書きのほうは よく読んでおくことをお勧めします。


「あ、兄貴! コイツですっ! コイツ間違いなくあっしを撃ちやがった奴ですぜ!」

「うっせぇな、ひき肉になりたくなけりゃその口閉じてろ」

「ひィッ」

「じ、銃…!?」

「…とまぁ、中は散らかってるから通すわけにはいかねーか。そっち行くから待ってろ」

 

 そう言って、千雨は部屋の中に戻っていった。それでも話が出来るならと、外に待機している二人と一匹はハラハラとしながら彼女が戻ってくるのを待っている。それから二分ほどの時間が経つと、剣と三本の稲妻が入った緑のベレー帽と、迷彩柄のポーチを腰に付けた私服の姿で出て来た。

 暖かくなってきたからか、わりとラフな格好で外に出て来た彼女を見た二人は交戦の必要がないだろうと言う事を悟ってほっと息を吐いた。これがエヴァンジェリンなら、腰のポーチを見た時点で警戒心は最高値だったのだろうが。

 

「待ち合せもしてるしな。付いて来い」

「…あ、はい!」

「分かったわ」

 

 ネギ・スプリングフィールド。

 神楽坂明日菜。

 アルベール・カモミール。

 以上の三名を連れ、長谷川千雨は街に繰り出したのだった。

 

 

 

 事の起こりは十分前に至る。

 授業の終了後、昨日の「放送の声」を聞いていたネギはすぐさま明日菜を連れて昨日の声の主―――長谷川千雨の元へと訪れた。電子音で多少の歪みもあっただろうに、正確にその声色を覚えていたネギの脳味噌は流石と言ったところだろう。そんな優秀な頭を使ってなお、ネギは策もなく真正面から千雨を訪ねたのである。

 

 そうして彼女が出た途端、インターフォン口に過ぎないと分かっていても矢継ぎ早に質問を浴びせかけ始めた。曰く、魔法を知っていたのか。曰く、エヴァンジェリンとはどのような交友が在るのか。ずけずけと物怖じしない子供の豪胆さに苦笑しつつも、彼女はそれらを外出時に同時に伝える、と言う事で了承の意を示していた。

 本来ならフォックスがそういった情報隠蔽を管理しており、先日の時点でエヴァンジェリンへの放送伝言を止めているのだろうが、生憎と彼は京都で修行中。そのため、こう言った「千雨バレ」という不測の事態に陥ってしまったのである。

 

 待ち合わせの場所へ移動する道中では秘匿を意識してか、それでも小声ながらも質問を続けてくるネギをエヴァンジェリンとの合流が先だとあしらいながらも歩いて行くと、とある喫茶店で優雅に紅茶を飲んでいる姿が在った。千雨が片手を上げると、茶々丸が礼をして三人分の席を引く。

 そこに順々に座っていくと、エヴァンジェリンが口を開いた。

 

「ばれたか」

「ばれたさ」

 

 だろうな、という言葉は言わずに紅茶をもう一口。カップの中身をからにすると、視線をネギの方へと移動させた。

 

「…相変わらずのアホ面だな」

「あ、あほって…」

「まぁ、コイツの父親が本当に死んでいるなら…こんな顔をする筈もないだろうな」

「…え、生きてるって知ってるんですか!?」

「言ってなかったな。当たり前だが」

 

 事前に電子情報内で調べられるだけの「サウザンドマスター」の資料全てをエヴァンジェリンは記憶している。そこから呪いを解く手掛かり、本人の居場所を知るためにRAYに依頼していたからである。とは言え、所詮は魔法に頼り切る魔法使いたちの電子情報でしかなかった。調べることが出来たのはネギが生きていると吹聴している事と、それの審議で魔法使い側の意見が分かれている程度の事実。

 ただ、何となく思うのが死んだわけではないのだろう。それが元気そうなネギを見たエヴァンジェリンの感想だった。

 

「…まぁ、ここでは秘匿魔法を使うにも場所が悪い。歩きながら話すが…長谷川、貴様の事はそれからでもいいか?」

「こっちとしちゃ、むしろ何も話さなくて結構だけど?」

「フン、いつかはばれるのが早くなっただけだ。……≪掻い摘んで誤解するように≫教えてやれ」

「了解」

 

 おそらく最初からそういうつもりだったのか、途中で送って来た茶々丸の無線の言葉を含めた上で、彼女は綺麗な敬礼で返した。

 

 それからその場を移動し始めると、人通りもまばらになってきた辺りでエヴァンジェリンが話し始める。

 

「ネギ・スプリングフィールド。父親の事が知りたいなら京都に行くと良い。そこならヤツが一時期住んでいた家があっただろうし、向こうの奴と“渡りをつけている”コイツが役に立つだろう」

「長谷川さんが?」

「……私はなんにもしらねぇって。裏でこそこそ動いてんのはフォックスだしな」

「え、狐?」

 

 明日菜が疑問符を上げるが、咄嗟にフォックスというコードネーム≒名前という方程式が成り立つ訳もない。当然のように、三人して頭をかしげて何の事だと疑問符を上げていた。聞かせても問題は無いだろうが、そんな血生臭い存在など今の彼らには早すぎる。

 そう言った判断を付けた千雨は此方だと注目を向かせた。

 

「その辺はまあ大人の裏事情が絡んでくるから踏みいらない方がいい。それより、私の事を知りたいんじゃなかったか?」

「そ、そう言えばそうでした!」

 

 餌を垂らせばネギが簡単に引っ掛かってくれ、彼が賛同した事で少なくともフォックスについての疑問はこの場で霧散しただろう。僅かな表情や声の抑揚の変化からそれをモニターしたRAYは、情報開示が出来る範囲を詳細にまとめて千雨に送信。その送られた「マニュアル」を脳内で閲覧しながら、彼女は質問をどうぞと促した。

 最初に手を上げたのは明日菜だ。

 

「それじゃ、私から。昨日のエヴァンジェリンとは協力関係だったのはアンタ?」

「ああ。私は魔力なんざ初級術一回も使えない位だからな、主にエヴァンジェリンの魔力を抑える結界にハッキングを仕掛けて昨日の夜はずっとモニターしてたよ。途中でアイツが魔力を無くしたのは、こっちの不手際によるOSの処理落ちだ」

「…?」

 

 専門用語が少し飛び出しただけで、再びネギたちが頭をかしげる。魔法使い、ましてや子供がパソコンを携わらない社会は自分にとっては地獄だろうな、と千雨は思った。

 しばらく言葉を吟味するように唸っていたが、次はネギが挙手していた。

 

「じゃ、じゃあ僕からも二つほど。どうしてエヴァンジェリンさんが熱を出した時には嘘をついたんですか? それと、なんでカモ君を撃ったりしたんです?」

「それは……」

 

 どちらも機密には絶対に触れないレベルの質問。

 余りの事に拍子抜けしながらも、一つ一つ丁寧に回答を頭の中で練り上げた。

 

「一つ目は、エヴァンジェリンと協力を取っていたからが答えだ。あの場所で私まで疑われると、そっちの興味が分散してエヴァンジェリンと真正面から戦うという思考から外れやすい。だから全力のぶつかり合いをお気に召していた依頼主の意向に従っただけだ。どちらも全力で戦うために跳ね返した光の十一矢を撃ち落としたのも私。

 二つ目の質問は、ソイツがいくら動物とは言えクラスメイトの水着を盗んでいた性犯罪者であって、本国に送還されれば独房生活を免れないレベルの変態だったからだな。しかもオス。……ついでに言わせて貰うと、撃ったのはあくまで牽制に過ぎないし、中てるつもりは無かった。…ああ、依頼主ってのはエヴァンジェリンの事だ」

 

 流石に証拠は無いんだけどな、と付け加えるとネギたちの瞳から警戒心の色は消えて行った。カモに関しては自業自得としか言いようがなく、茶々丸襲撃時はあれで撃ち落とされなかったら怪我をしていたかもしれない。だから助けてもらっていたのだな、と。

 最終的にネギの中では千雨が影のヒーローとして偶像化されているのだが、逆にそのくらい思ってもらった方がこれからのRAYを含めた動きを怪しまれないで済むため、どうだとと言う目線を投げかける内心ではこんなもんだな、と一息ついた。

 

 これから修学旅行先の京都であの月光を引き連れた犯人と巡り合う可能性が高いのだ。RAYの考察からして「主人公」の特質を持っているであろうネギが、なんのイベントもなく京都の修学旅行を終わらせる筈がない。その証拠に、時折フォックスから行われる定時連絡の内容には、過激派の活発化と、出てきた「織姫」のデータが発掘されている。

 動乱も近く、確実に戦いは避けられないだろうと言うのが麻帆良総意での見解。その地で教師陣は立場上は大きな動きが出来ない為、おそらく千雨にも何かしらの「役割」が回ってくるだろう。

 

 その際、出来ればこの純粋な子供に()を見せたくない。

 結局は千雨も非道であっても非情ではないのだ。今回クラスメイトの事について口を出さなかったのも、エヴァンジェリンであれば殺すことは無いと分かっていたから。だが、……フォックスとの死線、時折行う、「RAYとのVR模擬戦」でも死は十分に理解してきた。だからこそ、思う。

 

 あんなもの、先生には味あわせるわけにはいかないと。

 

「その…疑ってすみません。それから矢を撃ち落としてくれてありがとうございました!」

「ヤメロって。私は仕事をこなしただけだし、結局はもっと危険なエヴァンジェリン戦に追い込んだ張本人だからさ」

「それでも、しっかりと仕事をこなしながら僕たちを気遣ってくれる長谷川さんは凄いです! だから、お礼を受け取ってください!!」

「…神楽坂も、先生もそんなに目を輝かせないでくれ。……わかったよ、素直に受け取らせていただく」

「はい!」

 

 それに続いて、明日菜もカモミールも礼を述べて行く。

 

 そうしてその日は解散となり、去り際にネギの瞳には父親を探す手掛かりを見つけたと言う炎が灯っていた。情熱に燃える彼を見て、自分は随分血に染まったもんだと、千雨は自嘲していた。

 

「関西呪術協会、か」

「どうした? エヴァンジェリン」

「いや、何……」

 

 ネギの背中を見ながら、彼女は告げる。

 

「主人公だな、と思ってさ」

「ああ……確かに、そうかもな」

 

 父親の影を追い求め、ひたに歩き続ける英雄の息子。

 なんとも筋書きには困らない肩書だな、とエヴァンジェリンは笑っていた。

 

 

 

 

「魔法先生は、僕一人…?」

「そういう事になるのう」

 

 ネギは父親の影が在る京都行きが駄目になるかもしれない。そんな話を聞いて学園長室に突貫していた。そして、そこで聞いたのが先方が魔法使いと言う存在に難色を示しているという話。突然入って来た異色の組織というものが、その国に元からある組織にとっては受け入れがたいというのはよくある話だと言う事はネギも理解していた。

 その話を聞いたうえでどうにかならないのか、父親を探したい彼は、自分の我儘だと分かっていてもつい、語調も強めに問いただしてしまう。学園長はそんな彼に若い事はいいことだと言って、一通の封筒をネギに渡した。これは既に流してある「フォックスが持ってきたものよりも重要な親書」という嘘を基にしたフェイクであり、フォックスに渡したものとは違って、何の重要性も持たない。単に、学園長から近衛詠春へフォックスという人材はどのようなものか、と聞いただけの物である。

 

 そうとも知らずに、それでも一応は両長を行き来する大事な任に就いたと自覚したネギは親書を受け取って気持ちを引き締めていた。英雄の息子をフェイクに使う学園長も中々に大胆だが、これは同時に賭けでもある。つまり、危険が「英雄と親書」という地帯に密集しやすくしてしまうのだから。

 リラックスしてもいい、とネギに労わりの言葉を掛けると、思い出したように話し始めた。

 

「そうじゃ、京都と言えばそこに生家のある木乃香にはこの事を話さんでくれんかの?」

「え、このかさんですか?」

「家の方針での、このかには絶対に魔法を知らせては成らんのじゃ」

「…わかりました、必ず秘匿を守って見せます!」

「他言無用を心がけてくれい。……それから」

 

 ネギの胸元に学園長の視線が移動した。

 

「アルベール君も、これを破れば流石に独房行きじゃ。生体改造で喋るオコジョがいると修学旅行同伴の先生方には話してあるので、下手な動きは見せん方が良いぞい」

「へっ、は、はいっ!」

「うむ、それでは修学旅行、任務もあるが楽しんでくるとよい。若いうちは何をしても人生経験じゃからの」

「それでは、失礼しました」

 

 ネギがドアを開いて姿を消すと、学園長室には電話のコールが鳴り響いた。

 彼は三コール目で狙った様に受話器を取る。

 

「もしもし、こちら麻帆良学園学園長じゃ」

『≪お義父さん、詠春です≫』

「おお、婿殿か。ちょうどよかった、修学旅行の件にネギ君が行く事が正式に決定したよ」

『≪彼がですか、それはそれは。~~◆★……では、本題に入りましょう≫』

 

 受話器の向こうから聞こえて来た呪文を境に、近右衛門の向詠唱魔法で学園長室が魔力に覆われた。秘匿や回線傍受も無くなった事を確認すると、学園長は朗らかな声から真剣実を帯びた鋭い声色に切り替わる。

 

「うむ、織姫の件はどうなった?」

『≪資料と、後家の口伝が見つかりました。内容は……≫』

「……それは、また。…うむ、RAY君達には伝えておこう。そうじゃ、そちらには二十メートル…いや、三十メートルの鉄の塊を保管できるスペースはあるか?」

『≪…と、言いますと≫』

「そうじゃ―――そちらに、RAY殿を送る」

 

 受話器の向こうにいる詠春は、は、と息を吐きだして沈黙した。フォックスからメタルギアという存在の恐ろしさ、それを前線に投入する恐ろしさを嫌と言うほどに聞いている。そのうちの自動兵器の「月光」でさえ、伝説の英雄が一人、もしくは一糸乱れぬ動きが出来るSOPシステムを使用した十人が包囲して、4人以上の犠牲を出してようやく止める事の出来る戦力計算だと聞き及んでいる。

 だからこそ、聞き違いであってほしかった。

 

 メタルギアを、RAYを前線に出す(・・・・・・・・・)と言う事態が発生する(・・・・)などと言う事が。

 

 メタルギアの本来の運用は「核搭載」である事が挙げられる。だが、RAYと言う存在はその数あるメタルギアの中でも異色の子と言える存在である。「メタルギアRAY」は、その圧倒的な鉄要塞の塊であるメタルギアに対抗するために作られた、純粋な対策兵器(・・・・)であるという点だ。

 つまり、RAYは核を発射するためだけに作られた物ではなく、更にはオセロットの改造によってその核発射の時間を稼ぐために作りかえられた、純粋に戦う事を望まれている兵器。そのための機能である水中からの奇襲や、多様な兵器などと、その戦闘能力は魔法使いも足の一振りで踏み潰されてしまうであろう規格外。

 あってはならない物が入り込んだと、最初はその存在だけで近右衛門の頭を悩ませていた「殺しの道具」なのだ。

 

「……最終手段、じゃよ。広範囲が消し飛ぶ事は麻帆良の裏の森で実証済みじゃ。下手をすれば、其方の本部が無くなるであろうこともな」

『≪それでも、こちらに送ると言う事は……≫』

「うむ、それほどまでに今回は荒れる(・・・)。占いにも出たが、アレは―――」

 

 

 

 

「月? うわぁ、最悪の結果やね」

「え、えぇぇぇぇ!? 修学旅行、そんな結果が出たんですか!?」

「ややわ~、所詮は占いやし、逆に考えれば大変な事が在るって分かっただけでも対処のしようはいくらでもあるえ? どっちにしろ、気を付けた方がええやろしな」

「うぅぅ、不安だよ~」

 

 タロットカード、その結果でネギは修学旅行はどのようなものかを近衛木乃香に占ってもらっていたのだが、その結果出て来たのは「月」と言うものだった。その事実にネギは項垂れるも、親書を渡された時に困難が付きまとうだろうと学園長に言われた事を思い出し、自分を奮わせたのだった。

 

 ここで、タロットカードの「月」について軽く記しておこう。

 簡潔に言うと、このカードにおけるテーマは、隠れた敵・失敗など負のイメージが強い。

 逆位相での意味は徐々に好転などと前向きなイメージが出ているのだが、木乃香が引きだしたのは正位相の方。つまり、ネギは本当に危険な事を示唆されていたのである。前途多難もまた「主人公」の運命と言う事だろうか。

 

 そんな結果で意気消沈したネギが部屋に戻ろうとすると、丁度時を同じくしていた千雨の姿が目に入った。あちらはネギには気づいていないようで、そのままドアを閉めて中に行ってしまった。

 

「…長谷川さん、何であんな目を?」

 

 その時に彼が見たのは、長谷川千雨の決意に満ちた表情。それは学園長と詠春の会話をRAYからデータとして聞いたからであり、「織姫」の能力に対する緊張からだった。そんな堅い表情の下では幾つもの作戦が渦巻いてもいる。

 ネギは気になったが、それは近づかない方がいいと、頭の片隅で理解したのだろう。少々気が狩りになりながらも、彼女も魔法関係者であり、修学旅行では何かをするのかもしれないと思って、部屋に戻っていくのだった。

 

 

 

 後日、千雨の部屋には一人の来訪者が在った。

 ネギではなく、はたまた明日菜でもない。

 彼女名は――桜咲刹那と言った。

 

「……学園長、それは本当なのですか!?」

『≪……叫ぶ気持ちも分かっておる。じゃが、これは事を深刻に受け止めた結果じゃ。四月二十日午後8時現在を以って近衛木乃香は―――≫』

 

 止めろ、聞きたくない。方針はどうしたんだ。

 そんな言葉が浮かび上がる中、刹那はその言葉を受け止める事になる。

 

『≪関西呪術協会次期党首として任命を決定する≫』

「………そんな」

 

 桜咲刹那は、その時を以って何かを失った。

 昔の記憶、木乃香との繋がり。それらが全て離れたような錯覚に襲われる。これで身分の違いがはっきりしてしまい、木乃香が遥か遠くの存在となったように思われた。

 そんな絶望を千雨が数値として記録している中、学園長が再び口を開いた。

 

『≪そうじゃ、君の役割は変わっておらんぞ。引き続き、おそらくはこれから永続的に木乃香の護衛を続けてもらう事になる≫』

「…は?」

 

 ちょっと待て、私の心境はどこにふっ飛ばしやがったでありますかこの爺は。

 心の中とはいえ、口調が乱れる程に刹那は通信している仔月光の腕を硬く握りしめた。ミシミシと音が鳴り響く中、学園長は大いに笑い飛ばした。

 

『≪何を言っておる! ワシも婿殿も組織の長をやっているが、部下の気持ちを考えないという事は無いよ。今回は木乃香へその旨を話すのも実家に行ってからになるであろうし、君を引き離すつもりもない。何より、“君は必要”じゃからの≫』

「……それは、本当ですか?」

『≪うむ、そうして疑う姿勢は護衛として十分の素養が在る。そういったところも含め、刹那君はその任に付いていても良いのじゃよ。…では、ワシもそろそろ職務が在るので切らせて貰おうかの≫』

「は、はいっ。ありがとうございます」

 

 仔月光からの通信映像が終了し、刹那は涙を流していた。

 その内心を記そうにも的確な表現が無いほど、それは歓喜。それは喜び。

 千雨は彼女が落ちつくまで一人にさせておこうと、その場をゆっくりと離れて行った。

 

 時は過ぎ、3時間後。

 先ほどの事と、場所と時間を取った事に対して謝罪と感謝を述べる刹那の姿がそこにあった。千雨の方はそれをよかったじゃないかと言いつつ受け取り、笑顔を浮かべる。後は本人同士の問題だろうな、という気持ちを抱えて。

 

「そう言えば、千雨さんだからこそ訪ねたい事が在ったんでした。まだお時間よろしいでしょうか?」

「いや、別にいいけど」

「それでは、フォックスさんは最近どこに行かれたのでしょう? 最近は学業と、ネギ先生と近いお嬢様の後方護衛に忙しく、まったく合同修行をしていないのですが、修行の場所に行っても姿が見えなくて」

 

 正気に戻った彼女が次に訪ねたのは、フォックスの所在。

 そう言えば桜咲も一緒に修行している仲だったか、と千雨が思い出した頃には、仔月光を通したRAYが答えていた。

 

『≪フォックスなら京都に行っているわ。此方からの一時的な人材派遣と、彼自身の修行、それから(くだん)の事件の情報保有者としてね≫』

「…七夕伝説事件、ですか」

「ま、そういう事だな。それから正式な気の扱い方をあっちでマスターしに行ったとも言ってたな。見よう見まねで斬岩剣も使ったらしいぞ?」

「成程、斬岩剣でしたらフォックスさんの体質でも習得することはできますからね。…それにしては、見よう見まねとはどういう…?」

「ああ、ホントにあっちの党首の技を見ただけでコピーしたらしい」

「……は?」

 

 自分も使っている流派の奥義がその場でコピーされたと聞いて、流石はフォックスさんだという気持ちと、その有り余る近接の才能に対して刹那は呆れ果てていた。自分の腰にある竹刀袋の刀に意識が移り、その剣に斬岩剣をしみ込ませるにはかなりの時間がかかったものだと昔を思い出した。

 そして先ほどの話と照らし合わせると、深いため息が出てくる。どうにも、千雨やフォックスたちとの関わりが在ってから憂鬱な出来事が増えた様な気がする。

 

「なんというか、流石ですね」

「だよなぁ。あ~あ、私も不思議パワーで自分の身体強化してみてーなぁ。…桜咲」

「はい、なんでしょう?」

「私には気って使えるか?」

「無理です」

 

 刹那の間髪いれない回答でやってらんねー、あの化け物どもめ。そう言って項垂れた彼女を見ると、刹那はどこか心に落ち着きが生まれて来ていた。化け物と言う言葉が一般人から見れば魔法使い全員に当てはまっている、という認識からかもしれないが、それ以前に自分は恵まれている方なのだと捉える事が出来るようになったからだ。

 更に、RAYに属している人たちは隠してきた「秘密」を知っているというのも、刹那の安心のウェイトを多く占めているのだろう。千雨のソリッドアイで刹那を見れば、背中のあたりに魔力の違和感が固まっているのは一目瞭然で在り、同じ機能が備わっているフォックスもそれを知っている。さらに、その全ての情報を持っているRAYは言わずもがなだ。

 それを知られた時には、感想を問いただす間もなく羨ましいと地団太を踏まれて唖然としたのは今となってはいい思い出だ。千雨にとっては黒歴史だが。

 

 しばらくはソファに寝そべってフォックスや刹那を羨ましがっていた千雨だったが、そう言えば、と思い出したように背をエビの様に反らせて立ちあがった。

 

「……あ、そうだ。桜咲、付いてくるか?」

「どこにでしょう?」

「RAYのところにだよ。お前なら、きっとアイツも気にいってくれるかもしれないし」

「RAYさんのところに? …ですが、彼女は」

 

 刹那が言い終わらないうちに千雨はにんまりと頬を吊り始める。眼鏡を外し、ソリッドアイを取りつけ、意地悪げに笑みを浮かべた。そんな笑顔のままに、この先の事を話した。

 

「だって、共闘相手は知っておくべきだろ?」

「……え?」

「つーわけで、後日の朝に家に来い。RAYも歓迎準備整えとけ」

『≪玉露を沸かして待ってるわ。セツナさん、貴方の歓迎の為にね≫』

「え、え…? えぇぇえええええ!?」

 

 その後はあれよあれよという間に歓迎の話が進み、刹那は大歓迎を受けるような事になってしまっていた。昼過ぎになって話がまとまると、お嬢様の護衛が在ると言って千雨の部屋を出る。だが、その横顔は心なしか嬉しそうだと、千雨は思った。

 

「……さてRAY?」

『≪分かってるわ、チサメ……サプライズは当然≫』

「ガチバトル」

『≪パーフェクトね≫』

「感謝の極みってね。さ~て、ちうたんの根性が疼いてきた!」

 

 結局のところ、長谷川千雨と言う少女もお祭り好きの3-Aのクラスの一員と言う事なのだろう。騒ぐ時は思いっきり騒げるように、悪人の様な笑みを浮かべて明日の出来事を思い浮かべているのであった。

 

 

 




これから一万字近くを目標にしていきたいですね。
それでは、お疲れさまでした。

次回からは刹那の歓迎会を飛ばして、一気に京都編に突入することになります。
なぜかというと、そういうスタンスを取った方物語が早く進むからです。

あ、ちゃんと描写はするのでお許しください。
それでは、良いお年を。これで今年の投稿は最期になりますので。

皆さん、お疲れさまでした。


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☮いにしえ

京都編、第一日目。
これより、作戦行動を開始します。


「強硬派の実動員が動き始めたか」

「では、フォックスさん」

「ああ、これまで世話になった。求められるだけの働きはさせてもらう。……そちらの垢落としは任せたぞ、政治屋」

「任されましたよ、脳筋」

 

 詠春が軽く会釈をすると、侍女の一人がフォックスの前に出て来た。彼女が抱えていた大型のスーツケースが幾つか差し出される。彼はそれを並べて床に置くように指示した。

 

「離れておけ」

「はい」

 

 そうして彼は上着を全て脱ぎ去り、肌にぴっちりと張り付く水着の様なものだけになった。そして三つのスーツケースの内、一つを蹴り飛ばした衝撃で口が開き、中に入っていた橙色と灰色の物体がガバッ、とフォックスに襲いかかった。だが彼はそれを避けようともせずに棒立ちの態勢で構えている。次に右手を差し出し、その物体に自ら喰われるようにして左手をも差し出す。ソレは、フォックスのナノマシンに直接語りかける。

 ―――フィッティング開始

 残りの二つを蹴り飛ばすと、彼の頭から胴にかけて同じく橙と灰色の物体が体を呑み込んだ。それらが金属の暴れる音を奏でながらフォックスの全身を隈なく覆い、最終的に彼の肉体が露出している個所は顔のみとなる。ピー、という音が響くとそ顔も鉄に覆われ、モノアイの赤が一度だけ発光する。

 

 確認するように手を握りしめた音は、ギギギギ…と引き締まったゴムのようだった。

 「強化外骨格」を身にまとった彼は、そのまま景色と文字通り同化する。

 

「お気をつけて」

「ああ。グレイ・フォックス、これより作戦行動を開始する」

 

 新たな力を手にした化け狐は、深い闇の中へと消えていった。

 

 

 

 修学旅行当日、新幹線の中では一人の少年が駆けていた。

 彼は空を飛びまわる何かを追いかけており、手には土星の様な杖を持って遊んでいる。それがただの子供ならば良かったのだが、彼は魔法使い。その杖は魔法の発動媒体であり、このように新幹線と言う衆人環境で使用するようなものではない。

 通常ならそう考えるのが常であるが、その日は麻帆良の修学旅行の日と言う事もあって、とある財閥のお嬢様が新幹線を貸し切りで使っていたため、彼が走っている車両には全く人がいなかった。少年的にはこれならば、ある程度の魔法使用は問題がないだろうとの判断を下していた。

 

 そして少年―――ネギ・スプリングフィールドは、「親書」を追いかけた先である人物を発見する。必死で追いかけた先、車両と車両の連結路には親書を持った桜咲刹那を。

 

「…これ、落し物です」

「あ、親書! あ、ありがとうございます、助かりました!」

「それは先生の物ですか?」

 

 どこかミステリアスな雰囲気を発しながら訪ねる声に、ネギは引き込まれるような魔性の魅力を感じた。麗しい空気を貼り付けたまま、彼女は言葉を続ける。

 

「気をつけた方がいいですね、先生。―――特に、向こうに着いてからはね……それでは」

「あ、どうも御親切に……」

 

 そのまま彼女は別の車両に歩いて行ってしまったが、ネギは親友のカモミールから今回の「親書」を狙った京都の手先かもしれないと言われていた。

 真相は、彼らにとってまだまだ分からないのだが。

 

 別の車両に刹那が歩いて行くと、彼女は突如、耳の奥で何らかの違和感を感じた。されど、何故か知っているようにその先にあるものに「繋げる」と、聞き覚えのある声が聞こえて来た。これは、確か彼女の声だと記憶の隅から該当人物を引き出す。

 

「長谷川さん、ですか?」

≪…コール、コール。……オッケー、試運転は問題なし。さすがはRAYだな≫

「ナノマシン、でしたか。こうして繋いでみると任務中には電話よりも便利な物に思えますね」

 

 定期的な摂取、PTSDが曲者だがな、と千雨はおどけたように笑った。その直後に、新たに回線に割り込んでくる音声が一つ。

 

『≪こちらコードネーム閃光(RAY)、麻帆良の脱出に成功したわ。ステルスにより衛星や監視領域に引っ掛かる事もなく東京湾から海へ進行中。……着水成功、浸水もないわ≫』

(FOX)1了解、こっちは式神カエルの回収も終了だ≫

(RAVEN)、親書の奪還に成功。ですが、ネギ先生に敵対意識を持たれたようです」

『≪やらかしちゃった?≫』

「おそらくは」

 

 そう言うと、ナノマシン通信の向こう側から溜息の声が重なった。

 

「え、な、なんですかそれ?」

≪せっかくサプライズで大笑いさせてやったのになぁ。いい加減コミュ障なおしとけって……あ、そろそろポーカーフェイスも疲れてきたから落ちる。OVER!≫

『≪こちら閃光(RAY)、進行ルートの予測時間を弾きだしたわ。移動フェイズに移るからしばらくは連絡不可能よ。OVER≫

「了解。(RAVEN)は別車両に手西側の妨害が無いか監視を続けます……というか、コールサインは必要なのですか?」

『≪≪最重要事項だ≫≫』

 

 通信先の気配が消えることを確認して、ふぅ、と大きく息を吐く。

 このナノマシンは戦闘時にこそ真価を発揮し、冷静に戦況判断が出来ると聞いたから入れてもらったものだ。もちろん、刹那自身これに頼り切るなどと言うつもりは無いし、補助程度にしか過ぎないと思っている。

 だが、通信を繋いでみて分かった。こうして何時でも情報のやり取りが出来ると言うのはかなり貴重だと言う事を。これなら逐一他の人物の動向を知る事が出来るし、ある程度の知識の共有も可能。連携なら互いが何をしたいかをすぐに理解、そして実行に移るプロセスまでに動作の全てを身体で認識する事が出来る。これなら、確かに戦闘面では役に立つ。日常では電話代わりにしか用途は思いつかないが。

 

「……しかし、いきなり嫌がらせをしてくるとは。英雄の息子は子供、そう甘く見ていたのか? 西の強硬派も随分と……」

 

 次からの対処も簡単ならばいいのだが、とらしくない自分の「冷静さ」に少し身震いする刹那。だが、ナノマシンの恩恵だと言うことを分かっているからこそ、これに慣れていかないとならないな、とため息をついた。

 

 

 

 本部から捜索のために出発したフォックスが最初にCALLを受け取ったのは、刹那からの通信だった。何時の間にナノマシンを入れられていたのかは知らないが、この作戦の要に相当する人物になったのだと情報を引き出すと、呼びかけ手に応える。

 繋がり、初めに聞こえて来たのはクラスメイトが酒に酔ったと言う内容だった。

 

「……酒樽?」

≪はい、ですので他のお客のためにも降ろしていただきたいのですが……私達はそう怪しい動きをするわけにもいきませんので≫

「一学徒としてこれ以上の不審な行動は更なる誤解を招きかねない、か」

≪申し訳ありません、後片付けをお願いします。……行動時間を広めるためにも、早めにお風呂に入っておきたいので烏、落ちます≫

「了解した。せめて大きな動きが無いうちは楽しんで来い、オーバー……だが、存外に甘いものだな、強硬派も」

 

 現在の報告を聞いたところ、強硬派の被害に遭った人物は同じく低評価を与えた。

 そして音羽の滝の上に置いてある樽をどかすと、彼は係員の人物が後ろを向いている間にさっさと置いてしまう。別の視点から見た観光客の位置からでも、樽が転がり落ちて来たような見栄えに偽装工作をしておいたので、一般に透明人間などと呼ばれる者の噂は立たないだろう。

 彼とて、伊達にフォックスハウンド時代でビッグボスの右腕と呼ばれてはいない。この様な一般教養はともかく、工作員としては優秀な実力を持つのが彼である。

 一通りの作業を終えると、彼は右手に持っていた物を空高く放り投げた。だが、それは酒樽ではない。真ん中が浮遊機関の、輪っかの形をした機械だった。

 

「……RAYも用意が良いと言うべきか、サイファーⅡを開発していたとはな」

 

 名前をサイファーⅡ。

 タンカー事件から始まるビッグ・シェルでの疑似シャドーモセス事件の再現を行った。コードネーム「雷電」が英雄の一人として始まりを迎える事件の際、開場除染施設ビッグ・シェルの無人偵察機(UAV)として活躍した物の「次世代型」だ。

 全天候型の飛行性能を有し、とあるゲームではスネークの身体を持ちあげるまでの上昇推力も持ち合わせている。これはそれに(チャオ)が惜しげなくステルス迷彩機能を追加したタイプである。もちろん、フォックスの強化外骨格にも千雨と同じように此方の常識では考えられない四次元格納機能が着いているので、そこから取り出したものだ。

 そんなサイファーが映した光景は、リアルタイムでRAYのナノマシンを摂取した全兵士へ情報を送られる。対人偵察機として優れた無人機械であり、仔月光をそれに乗船させる事で簡易ながらも攻撃能力を得る事も出来る優れ物。だが、それを使って送られた画像には、「あからさま」な映像は映っていなかったようだ。

 

「……怪しい人影は無しか?」

 

 耳元に手を当て、コール。

 

「RAY、此方(FOX)2」

『≪こちら閃光。どうしたの?≫』

「サイファーⅡの操作を要請する。情報共有レベルも其方に任せよう」

『≪分かったわ、嵐山のネギ・スプリングフィールドがいる旅館の方に上空から飛ばしておくから、貴方は街での探索を続けてちょうだい≫』

「了解。…オマエの到着は何時になる?」

『≪少なくとも明日になるわね。増援は出せない、現状の戦力で対応して。……_RAY、巡航モードに移行します≫』

 

 彼女のザ・ボスと同じ声が機械音声になった後、ブツッと通信回線が断ち切られた。AIの機能を停止し、一時的に機械的な面に切り替えたのだろうとフォックスは予想する。

 

「…切れたか」

 

 だが、それはつまり事態の急転が多く、RAYも会話の代わりに速度を取ったのと言う事だろう。最後に聞こえた機械的なシステム音声の後、通信が突如断ち切られたのが何よりの証拠である。

 こうなってしまえば、あとはサイファーⅡと自分の足でしか「七夕」を探す事が出来ない。一応は関西呪術協会本部にいた強硬派、その実動部隊以外はすべて詠春が取り締まったので言わばこの作戦は残党の掃討作戦と言ったところ。

 だが、もし、強硬派が「七夕」と手を組んでいたとするなら。それなら、「織姫」の能力的にも見つからないのが納得がいく。

 

「だが、“天ヶ崎千草”……首謀者さえ捉える事が出来れば――」

「彼女を探していると言う事は、君がグレイ・フォックスだね」

「何っ!?」

 

 後ろを取られていた? 疑問を上げる前に振り向き、臨戦態勢を整えようとしたところで―――

 

 ズッ……

 

 

 

 何だか、嫌な胸騒ぎがする。

 先ほどの風呂場での一件もそうだし、RAYが巡航状態になった事はナノマシンで感知した。おそらく、フォックスとの会話の際に速度を取ったのだと言う事は分かるのだが……後は、学園長と刹那か。

 

「学園長、こちら狐1」

≪こちら本部(HQ)、どうしたのじゃ?≫

「関西の強硬派の嫌がらせがエスカレートしてきた。まだそっちの長からは潜伏先とか聞き出せて無いのですか?」

 

 唸るような声の後に、すまない、と近右衛門は謝った。

 

≪強硬派で残っている実動部隊は、既存の三人と、七夕を含めたある“助っ人”を三人ほど引き込んで以来、一切情報が途絶えたと言う事もあってな、下手に動けない現状、君達が探してくれるしかないのじゃよ。……すまぬな、これ以上の情報は……≫

「いえ、敵の数が六人と言うだけでも上々です。数も分からずに多数を想像して怯えるよりはマシですから」

≪すまぬの、助っ人の方じゃが…白い髪の少年がいた、と言う噂じゃ≫

「御助力感謝します、OVER。―――ちっ、今は情報を回しておくしかないか……」

 

 浴衣の上にポーチだけ巻きつけると、彼女は他の人物にばれないように部屋を出た。

 部屋の前には先生方の姿や気配も無く、廊下の静寂と反対に他の部屋からはクラスメイトの喧騒が聞こえてくる。同室の人も、朝倉に話を通して置いたのでこれ以上の詮索は無いだろう。

 朝倉の言う情報なら例え「嘘」であってもクラスメイトの中ではそれが「真実」になる。麻帆良パパラッチを自称する情報屋の名前は伊達ではない、と言う事だろう。

 

 彼女は廊下の気配を読みながら、足音を立てずに一気に走りぬけた。ただ、彼女の左目にはソリッドアイは装着されていない。確かに、このようなスニーキングミッションでは相手の位置を知るのに役立つが、あんなものを付けていると知られたなら、痛い子扱いか精密機器の持ち歩きで没収される可能性がある。だから、カモフラージュにも使える、このポーチだけが今の彼女が持つ「装備」だった。

 

「……こっちか、嫌な気配があるのは―――ッ」

「はーい、台車通りまーす」

 

 そして、声の聞こえた場所で立ち止まった。ネギが運んでいたシーツをぶちまけ、外から侵入を許してしまった「あからさま」に怪しい職員の姿があったからだ。

 この正面の扉から従業員が出入りすることは無いと言うのは、事前調査(ブリーフィング)で済んでいる。ならば、あの女性が尻尾をつかませなかった「強硬派」の一員である可能性が最も高いのが彼女には分かった。

 

 だが、それでいて一つの疑問を生じさせるのだ。

 

 どう見ても、彼女はこう言った工作には素人でしかない。敵対組織と言う割には慢性的に人員不足だと言うのに、何故奥の手になりうる「首謀者」か「織姫」に該当する者が直接此処まで動いているのか、と言う事だ。

 

「とにかく追う…って、女子トイレぇ? 手段は選ばないと言うか……狙った奴が来る可能性は低い筈だろうに……」

 

 そう言った直後、近衛木乃香がトイレに駆け込んで行く光景を目にする。幸いにも別の角度から覗き見ているので、姿はバレはしなかったが、こうも上手く相手の策通りに動く辺りは少し驚愕を覚え、同時に都合がよすぎるだろうと呆れも感じた。

 だが、そんな事を考えている暇ではないと言うのは分かっている。ナノマシン回線を開き、周波数を合わせてコール。相手は直ぐに答えてくれた。

 

「こちら狐1、女子トイレに駆け込んだ護衛目標が敵の罠の中に飛び込んで行った。おそらくは陽動が目的かも知れない。急ぎ旅館の外に出ろ。フォックスが送ってくれたサイファーⅡの航空映像で場所は特定した」

≪烏、了解しました! そちらに向かったであろう明日菜さん達の対処をお願いしま――お嬢様!≫

「あ、おいっ……いつもだけど、私たちは馬鹿やらかした奴の尻拭いじゃないっての」

 

 仕方なく、刹那から教えてもらった木乃香を追ってきただろう明日菜達がトイレに入る前に便器の札を取っておく。そして入口に転がり込んできた二人に、彼女は口を開いた。

 

「神楽坂、奴らは外に行った」

「え、マジ!? わ、私も早くいかないと…!」

「うぅ、トイレ~」

「綾瀬、こっちあいてるからこっちでしろ」

 

 そして同伴の夕央を誘導すると、千雨はトイレの外に出た。これで、彼女が出来る行動は此処で終了する。

 其れは何故か。彼女は銃と言う現実味の高すぎる得物を扱う以上、下手に動けば味方に当ててしまうだろうし、下手をすると国家権力の目に留まって犯罪者として監獄に入れられる。それに加え、あの超人的な連中の速度を確実に目で追う事は出来ても、足で追いつくことはできないのだ。だから、超人的な連中に任せるしか手段は残されていない。

 

「……さて、私は寝ますかね」

 

 少し前から動悸の激しいフォックスと、先ほどから興奮状態抑制のための分泌液を生成され始めた刹那、同じナノマシンを入れられた仲間が戦っている状態になっている事を知った上で、彼女は自分を抑えるように、そう発言した。

 先ほども述べたが、任せる相手が存在するなら無理して個人が全てに手を出すべきではない。当人たちの問題は、当人たちでしか解決できない時もある。そして、いざという時は安全な場所から見張ることのできる位置で第三者の位置から指示をする事も出来るのだ。

 事は荒立てるものではなく、冷静に対処していくものなのだから。

 

 

 

「駅か、逃げ足の速い…!」

 

 一人、確実に敵を追跡している刹那は、おそらくは呪術の親和性を高める霊装であろう、「猿のきぐるみ」に身を包んだ強硬派の実動員を、着かず離れずの位置で追いかけていた。間合いに入る度に刀を奮うのだが、敵は閉所に逃げ込んだり、使い魔の子猿が盾になったりと、中々捉えづらいと歯がゆい思いを抱いている。

 仲間であるネギや明日菜がその後方で刹那の姿を追っているものの、最大速度が同じような者同士ではその差は埋まりづらい。ほぼ並列で相手の説明をしながら、逃げ込んだ車両の中に逃げ込んだ敵を追いかけて行った。

 

「お札さんお札さん……」

 

 そして、相手が札の詠唱に入っている事を確認するや否や、剣を振り払うと言う動作に入った。

 

 ここでひとつ、語らせて貰おう。彼女が使っている呪術は「三枚のお札」という青森県で語られた、呪的逃走譚の中でも最も有名な話を基にしたものである。

 寺の小僧が栗拾いに行きたいと和尚に申し出、帰りが遅くなって止めてもらった先の老婆が山姥(やまんば)だったことから物語が始まるのだが、一枚目は便所に張り付け、声を代弁して逃げた。二枚目は大の川を呼びだし、山姥が川を飲み干す間は足止めした。三枚目に火の海を呼んだのだが、先ほど飲んだ川の水で其れを消してしまった。だが、時間は稼げたので急ぎ和尚のところに逃げこんだ。

 話は最終的に、豆に化けれるか? と挑発した和尚の誘いに乗って豆になった山姥が和尚に食べられ退治される、めでたしめでたし。と言う話だが、今此処で語るべきはその「札」の効果である。

 

 桜咲刹那も、幼少時代は木乃香と一緒にそのような話を聞いた事がある。そしてこの車両と言う密室で千雨から貰った情報と一致させ、出てくる「二枚目の札」の効力は「大の川」と言う結果を弾きだした。

 だから、この密室で水によって身動きが取れなくなる前に斬ってしまえと言う判断を下したのである。だが、リーチはギリギリ届かない位置。

 

 ならばどうするべきか? 彼女は神鳴流剣士。答えは決まっていた。

 

「神鳴流奥義、斬空閃!!」

「逃がしておくれや―――何ぃっ!?」

 

 詠唱を中断させ、そして札は切り裂かれる。術者に傷をつけるには至らなかったが、相手の心理的な意表をつくことには成功。このまま攻めきることは可能、そう判断した彼女は次いで飛びかかったが、ネギに引っ張られる事でその動きを止めざるを得なかった。

 

「危ないっ!」

「先生っ、なに…ッ!」

 

 間一髪、子猿が凶器を手に跳びかかって来た所を回避した。背後に控えていた明日菜がその子猿を術者に蹴り飛ばして難をのがれたが、刹那は功を焦っていた自分を強く叱責した。ナノマシンに頼らないと言っておいて、それによって生み出された「効率」を重視した結果が命の危機だったのだから。

 

「…すみません、ありがとうございます」

「いいわよ! それよりさっさと追いかけましょ。ここで木乃香逃したらどうにもならないわ」

「そうですよ。僕らはちゃんと“仲間”だって、証明してくれたじゃないですか!」

「……ふふ、そうですね」

 

 ネギの言葉には、どこか心に響くものがある。その言葉が甘くも未熟と理解しながらも、嫌悪感は与えてこないのだ。

 

「さぁ……行きます!」

「「おお!」」

 

 なら、この優しさに飲まれてみるのもいいかもしれない。

 お嬢様、必ずお救い致します。

 

 

 

 

 ただの岩の筈なのに、どうしてこうも硬い。どうして切れない。疑問の答えは「魔法だから」で済むのだが、それを差し置いてもこれは中々の物だとフォックスは感じていた。

 

――なっ

――君は厄介だ。ここで命を散らしておこう。

 

 こんな不意打ちから戦いが始まり、この時間までずっと戦い続けている。

 麻帆良でも味わう事が少なかった、命がけの戦いの高揚感が体の中を駆け巡り、刃を奮う腕が詠春と戦った時の様に何の遠慮もなくふるわれる。一般人(ギャラリー)を気にせずとも済むと言う最高の舞台と与えられ、フォックスは歓喜していた。

 

 だが、それでも戦いが有利なわけではない。むしろ不利と言ってもいい。振動の刃は相手の魔法を切り裂くことはできず、弾くに留めるばかり。今までの修行をあざ笑うかのようにフォックスを翻弄していたのだ。

 

「……存外に期待外れだね。まぁ、神鳴流に通っていても所詮は“気も魔法も使えない一般人”か。僕達魔法使いの足元にも及ばない」

「…………」

「何も言い返せない、か。僕はこれほどしゃべる余裕があるのに、君も随分落胆させてくれる」

 

 襲撃者の白髪の少年がそう言うと、フォックスは内心で彼に対する認識を改めた。刃を交わしながら、一つ分かった事がある。それは、敵の少年に明確な「心」がこもって無いということ。敵対者はずっと無表情で、攻撃を受けて伝わる「想い」が欠如している。これも、ただ威力が高いだけの中身の籠っていない人形の様なものだからこそ強化外骨格だけ(・・・・・・・)の力で十分に対処が可能(・・・・・)だった。

 

 フォックスはこの世界に来てから、気を使わず、強化スーツの力だけで勝てる「人間」には出会った事がない事を恥じていた。未熟と自分を認めている刹那でさえ、「気」と言う超常的な力を使わない限りは勝利は不可能であり、学園の実力者ガンドルフィーニ、高畑に至っては強化外骨格に気、そして自分の編み出した「崩力」をも使わねば勝利を掴めない。

 

 だが、この少年はどうだというのだ? なんの想いも込められていないからこそ、素のままで対応できると言う呆れ具合。フォックスは高揚感と同時に、失望も抱いていた。

 

「……詰まらん」

「なんだって? 攻められていて何―――を?」

 

 踏み込んで一閃。

 特殊な技術もなにも使っていない。

 ただ、近づいて斬っただけ。

 それで―――少年の両足を切り落とす。

 

 だが、すぐさま別の位置から少年の姿は浮かび上がる。そんな驚愕の変わり身を披露されてなお、フォックスの外骨格の下に隠された表情は硬く、変わらないままだった。

 

「……まさか、咄嗟に影を使うはめになるなんてね。君は――」

「貴様は人形だな。何のために戦う?」

「何の、ため? 与えられた任務を果たす為に決まっているじゃないか」

「……やはり、詰まらんな」

 

 そう言うと、彼は此処に来てようやく「気」を放出し始めた。戦闘中、体内で練りに練った気は身体の周囲に蒸気を撒き散らすほどの熱気を発しており、襲撃者の少年はそれを見ただけで、ここで初めて表情に変化をもたらした。

 それほどまでに驚愕すべきだったのだ。「グレイ・フォックス」という男は。

 

「ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイ―――」

「“所詮は”魔法使いか」

「くっ」

 

 詠唱が始まったと同時に踏み込むと、その距離は一瞬でゼロになる。そして魔法使いが張る強力な魔法障壁を刃が「すり抜ける」と、敵対者の腕もが切り裂かれた。そして鮮血が舞う。それはすなわち……襲撃者は本体だったと言う事。

 

「ぐっ、ぐぐ……」

「強力であればある程、俺の刃の前では無意味となる」

 

 だから、振り払う。長々と前口上を並べたてるのは愚の骨頂だ。敵に与える弱点や情報など無く、敵に掛ける慈悲もいらない。元よりフォックスは殺し合いを常套として来た。そこに迷う姿など見受けられる筈もない。名も知らぬ少年を切り裂こうとした刃は、しかし、辿り着くことはなかった。

 少年は、ギリギリのところで身を捻って逃がれていたのである。

 彼は切り落された腕を回収し、転移魔法を使用。そうしてフォックスの前から忽然と消えうせる。地面に残っていた波紋の様な揺らぎだけが、彼が空間移動をしたと言う事を知らせる痕跡だった。「スカウト」の訓練も受けていたフォックスはすぐにそのような手合いの魔法だと認識、そして情報をRAYに回す。

 回答と情報の共有は次の日になるだろうが、その頃にはRAY陣営改め「派遣者」が完全に揃っている事になるだろう。そんな時、RAY側から通信が開かれた。

 

『≪コールサイン、こちら閃光。隠密上陸に成功したわ。これよりそちらの呪術協会本部に移動を開始する≫』

「狐2了解。本部に到着した後は詠春たちの指示に従ってくれ」

『≪それから、情報確認したわ。共有に関しては情報の取捨選択と予測を付けくわえて明日に回答を出すわ。OVER≫』

「了解。OVER」

 

 フォックスは強化外骨格にとりつけられた千雨のソリッドアイ同様に魔力を読み取れる頭部装甲の機能で周囲を調べたが、魔力反応・生命反応共に感知できず。完全に敵がいなくなった事を確認すると、刃が障壁を突破した原因、「崩力」として纏わせた気を再び体内に戻す。練り上げた気も完全に収める事で、気を持たない一般人と変わらない程に自分の存在感を薄めた。

 彼が首を振ると、既に上った月が目に入る。満月と言うにはまだまだ欠けていた。

 

「サイファーⅡを移動させるか」

 

 サイファーⅡの移動顕現をナノマシン経由で自分に設定すると、京都の空に向かわせる。そこでは、新たな戦闘が繰り広げられようとしていた。

 

 

 

 フォックスが戦いを終わらせた頃、首謀者――天ヶ崎千草を追い詰めた刹那、ネギ、明日菜は駅の長い階段のある場所まで移動していた。三人を見下すように見つめる視線を不快に思いながらも、刹那はあくまで「冷静」に状況を判断する。そして、ネギが主に使う術を突如提供されたナノマシンの共有情報から引き出すと、彼に指示を出した。

 

「ネギ先生、あの女が使うのは三枚のお札という話が元です。次に大きな火が来るので、それを突破する程の強風を生み出せますね」

「分かりました。って、なんで僕の魔法を?」

 

 彼が疑問を上げるが、刹那は此処はとにかく、と制する。

 ちらりと相手を見れば、既に三枚目を手にとりだしていた。

 

「後で話します、今は―――」

「三枚目ぇ、いかせてもらいますえ」

「呪文を!」

 

 実は、情報提供は仔月光を転がしていた千雨が流した物だった。だが、役に立つ情報は使うに限るとすぐに思考を切り替えた刹那の行動は正しいのだろう。そして、彼女も刀を構えた。

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!」

 

 この周囲に、千雨名義で無言ながらも伏兵がいると知らされた。いつ出てくるかもわからない現状、こうして辺りを警戒することしかできない。この魔力の渦の中、相手の気配を探るのは至難の業なのだから。

 

「喰らいなはれ! 三枚符術、京都大文字焼き!!」

風塵乱舞(サルタティオ・ブルウェレア)!!!」

 

 そして相手の呪術とネギの魔法が同時に詠唱完了し、事前に魔力を練っていたネギの馬鹿魔力が敵の術を吹き飛ばして圧勝する。並みの術者には越えられない――。自分の実力に自信を持っていたからこそ、そう言ってすぐさま逃げてしまおうと思っていた千草にとってこれは予想外の結果だったらしく、目を丸く見張っていた。

 だが、その直後に風で煽られ自分に直撃する火の粉が肌を焦がし、余りの熱さに身をすくめてしまっている。これは、木乃香を取り返す好機だと、彼女たちがそう判断する余裕があるほどに隙を見せてしまっていた。

 

「逃がしませんよ! このかさんは僕の生徒で…大事な友達です!!」

 

 そう言い切ったネギの姿は、正に威風堂々とした英雄の御姿が見え隠れするほど。

 周囲がその子供らしからぬ貫録に圧倒される中、彼はパートナーである神楽坂明日菜に「仮契約(パクティオー)」の恩恵の産物、アーティファクトを授けた。その見た目こそただのハリセンだったが、効果のほどは直ぐに証明される事になる。

 明日菜は刹那と並行して走り敵に向かう。大きく振りかぶり、二人が得物を振るった。

 

「えぇーいっ!!」

「ハァッ!」

 

 斬撃、ハリセン撃の二閃。それらは千草に到達する前に、熊と猿の巨大なぬいぐるみのような陰陽師のパートナー的存在、善鬼護鬼に遮られる。だが、刹那の刃が止められた事に対し、明日菜のハリセンが善鬼に直撃した瞬間、猿のぬいぐるみもどきを「送り返す」。まるで、彼女が持つ退魔の能力がその武器にも宿っているかのように。

 

「神楽坂さん、お見事!」

「いっけぇえええ!!」

 

 彼女の声援を受けながら、刹那は使い魔が送り返された事で呆然と突っ立っている千草へと突貫。木乃香を引きはがす為に跳躍した。

 その瞬間、目の前に長短二刀を携えた影が出現。刹那を切り裂こうと気を纏わせた凶刃を向けてくる。接触し、両者ともにだが墜落させられてしまった。刹那は、影の振るった剣筋は自分と同じ神鳴流だと判断し、実動部隊のバトルメンバーだと言う事を認識した。

 

「どうも~、神鳴流です~~。おはつに~」

「……なんとけったいな。変わったものだな、神鳴流も」

 

 着地時に刃に着いた土埃を払って言うと、千草は神鳴流両者に挟まれるように立っていた位置から退いた。

 

「ほなよろしゅう、月詠はん」

「お手柔らかに…」

 

 途端、眼前に彼女の姿を視認し、刹那は反射的に刃を振り上げた。そして続く剣閃は、小回りのきいた速度重視の連撃。突然の事に驚きながらも崩れた体勢を直しつつ対処するが、単純に二倍以上の手数を加えてくる月詠の攻撃にたじろいでしまう。ようやく攻撃態勢に移れるかと思った矢先には、相手の刃は膨れ上がった気を纏っていた。

 そして、振り上げの一撃を視認する。

 

「ざーんがーんけーん」

「斬岩剣!」

 

 なんとか同じ奥義で対処したが、二か所から叩きつけられる刃に己の刀、夕凪が折れる光景を幻視仕掛ける程の衝撃が武器を握る手に伝わった。取り落としそうになった刀を握り直すと、巻き上げられた地面の瓦礫が二段目攻撃を仕掛けてくる。月詠を振り払う意味も込めて気を纏うと、彼女は広範囲に向かって放出して距離を取った。

 

「くそっ。だが……」

「ホホホ、なんや知らんけど、神鳴流剣士は化け物相手のでかい得物しか使わんのやろ? 小回りきく小太刀との二刀は骨やろうなぁ」

 

 一拍の間を置いて聞こえて来たのは、千草の嘲笑の声。

 後生大事に野太刀を使う、と言うのは確かに否定しない。だが、だからといって対処できないと言う訳ではないのだと、刹那は心の中で返答する。次いで、嘲笑を返すように言った。

 

「遅いな」

「なんやてっ!?」

「あらら?」

 

 今度は此方の番。そう言わんばかりに月詠との距離を詰めた。本来なら長物を扱う者として謝った判断だと言うのは自明の理。敵対する彼女も、何を考えているのかと目を細めているのが見て取れた。

 だが、刹那は「修行」を行っている。

 これよりもずっと、ショートレンジで戦う狐の男と。

 

「斬」

「は、はややっ!? なんやのこれ~」

 

 身体を回して斬り払い、刀身に込める気を洗練して行く。

 そうだ、神鳴流とは言え、私は「あぶれ者」を自称していたころもあった。そして、その時にフォックスさんと戦い、修行し、新たな力を手にする事が出来た。

 

「鉄」

「―――違うッ?」

 

 技の名前に、月詠が驚愕する。

 だが、それでいい。これは神鳴流ではなく、流儀の皮をかぶったオリジナル。確かに二刀は慣れなかったが、ならば其方も経験した事の無い現実を思い知らせてやろう。

 

「剣っ!!」

「ぐ―――あら?」

 

 斬鉄剣。

 文字通り、岩をも超える鋼を切る奥義なり。

 

 月詠の刀はその一撃で屠られ、半ばから所有者の手より零れおち、地面に突き立てられた。刀身の半分以上を失った月詠の刀はもはやナイフよりも短く、これでは刹那を切ることすらできないだろう。月詠がその戦闘不能と言う事実に驚いていると、間髪いれずに自分に向かってくるものがある。それは―――刀の峰。

 げぇっ、と腹を襲った衝撃に顔を歪ませて、月詠は階段の一角に弾き飛ばされた。

 これで残る戦力は千草ただ一人。それを脅すように、刹那は刀の切っ先を千草に向ける。

 

「ま、まさか月詠はんがやられるなんて……せやけど、忘れとりはせんか?」

 

 最後の言葉は呟くように言って、その直後に刹那の後方で後鬼の熊もどきが送還された。

 合流した明日菜は刹那の横に向かう。

 

「桜咲さん!」

「神楽坂さん、無事でしたか!」

「風の精霊11人、捕鎖となりて敵を捕まえろ!

 魔法の矢(サギタ・マギカ)戒めの風矢(アエール・カプトゥーラエ)!!」

 

 走って来た明日菜の頭上を越えて、ネギの魔法が千草にせまる。

 だが、彼女はニヤリと哂っていた。

 

「ほれ」

「あっ……ま、曲がれ!!」

 

 千草は木乃香を盾にしていたのだ。捕縛の呪文故に攻撃能力は無いが、木乃香に当てると衝撃で目を覚ましてしまうかもしれない。そんな事が頭をよぎって、前回の茶々丸戦の時の様に。ネギは矢の方向を変えた。

 千草は戦いながら、ずっと見ていた。だからこそ分かったのだろう。この西洋魔法使い陣営が攻撃魔法を絶対に木乃香には向けない程のお人よし集団であると。

 

「ほ~んと、甘ちゃん集団や。人質が多少怪我するぐらい、大義の前には些細なことやていうんになぁ。いやぁ、この娘はホントに役に立つわぁ! ホーホホホホ!!」

 

 高笑いを上げる彼女に苛立ちが全員を襲うが、この場で下手に動けば彼女は人質を「有効活用」してくる可能性が高い。刹那でさえ、その事実に歯痒い思いをしながらその場に立ち尽くしていた。

 

「この、卑怯者め…!」

「そうよ、このかを放しなさい!」

「なにが卑怯やて? まぁ、あんた等子供には分からんほどにこれには価値があるんやで。…せやな、あんた等がそこでまごついとる内に、薬や呪符でもつこて口がきけんよーにして、操り人形として使うのもえぇかもしれへんなぁ♡ お仲間とは、感動の敵としての再会―――」

 

 その言葉を聞いた途端、その場の全員がキレた。

 顔を合わせずとも、三人は動きを合わせて行動を始める。自分の語りで悦に入っている千草に気付かれないまま、ネギの魔法が唱えられた。

 

風花(フランス)武装解除(エクサルマティオー)

 

 ネギの手に従って杖が下からえぐりあげるような動作をし、その軌跡を追うように魔法が千草に直撃。彼女は木乃香を手放し、衣服を含めた呪符の数々をも風でズタズタに切り裂かれてしまった。

 そして空に浮かされた彼女が身動きをとれない中、明日菜のハリセンによる追撃が決まり、首が下に下がる。そうして千草が一瞬の気絶状態から立ち直った瞬間、眼前に映し出されたのは、長大な刃を振りかぶる刹那の姿。

 

「お嬢様を愚弄した罪、腕の一つは覚悟しろ」

「ひっ―――」

 

 気を纏い、本来ならば大型の鬼や化け物に向けられるべき大技を抜き放つ。

 その名は―――

 

「秘剣、百花繚乱!!」

 

 刀に纏わせた気で相手を吹き飛ばす奥義。だが、この際に置いては斬空閃と同じく斬撃の特性を併せ持っていた。符術による防御も何もない、ただの人間がこれを受けてしまえば……その結果は、この時をもって証明された。

 

「ぎ、ぁ―――」

 

 その腹から臓腑を撒き散らす一歩直前まで、千草の腹は掻っ捌かれていた。

 数秒と立たずに足元に血だまりを作ったその威力に、まさかここまでやるとは思っていなかったのか、ネギや明日菜は茫然とその光景を見つめることになる。

 そして、二人は口を手に当てた。吐かないようにするために。

 

「………」

 

 だが、刹那は刃物を振るったのだから傷つくのは当然だと、刀を振って血糊を払う。

 そして冷たい瞳で見降ろした後に、木乃香がいる場所に向かって歩こうとした瞬間だった。

 

 地面が、ゆらいだのは。

 

「「「なっ」」」

 

 沈むように、千草の血液ごとその場から彼女の姿が消えていく。ならばと刹那が月詠を吹き飛ばした方向に視線を移せば、月詠の姿もまた、忽然と消えていたのだ。

 そして、全員が息も絶え絶えにずぶずぶと沈んで行く千草を目の前にして、この場で捉えると言う行動を取る事が出来なかった。ずっと実力が上の物からプレッシャーを放たれた時の様に、足がすくんで動く事が出来なかったからである。

 

 ようやくプレッシャーから解放された時には、敵の姿は何一つ残っていなかった。

 

「そうだ、このかさん!」

「っ、お嬢様っ」

 

 ネギも先ほどの血について言及しようと思ったが、今はなによりも木乃香が無事かどうか確認しなければならない。先ほど千草が言った通り、逃げている間に呪符や薬で意識を奪われている可能性があるからだ。

 近寄った刹那が彼女の肩を揺らすと、ゆっくりと瞳を開ける。

 

「……ん、せっちゃん…………」

「よかった…! お嬢様……」

 

 目立った外傷も見当たらず、あどけた表情には精神汚染の心配もなさそうだ。その事を確認した刹那は、目に涙をためて木乃香を抱きしめた。

 

「……よかった、嫌われた訳やなかったんやねー…………」

「そりゃそうやよ、私だって、ずっとこのちゃんと……あ」

 

 己の口調がまるで変わっている事に気付くと、ナノマシンの抑制効果ですぐさま自分の表情を硬い物に変える。

 そうして仮面をかぶると、非礼を詫びながら離れてしまうのだった。彼女とて、どうにも木乃香を前にするとこうした照れ隠しと身分の狭間に揺れた態度を取ってしまう。そんなジレンマが、嫌だった。

 

「おーい、桜咲さん! 明日は一緒にまわろうね~!!」

「……っ」

 

 顔を赤らめ、一礼。

 

 

 長い夜は、ようやく終わりを告げる。

 

 

 

 

「……冷や冷やしたぜ。まったく、寝かせないつもりかアイツら」

 

 その様子を録画し、繰り返し再生していた千雨は、刹那、ネギ、明日菜、千草、月詠……その場にいた全員のデータ(・・・・・・)をRAYの格納庫にあるサーバーへと転送していた。一見見ればかなり怪しい行為だが、別に彼女は仲間を裏切ろうと言う訳でもない。RAYのために、ひいては自分が平穏を得るためにデータを採集しているだけだ。

 

 時間は既に、同じ部屋のクラスメイトが寝静まるほどの深夜。彼女は宿の窓を開け放つと、その向こう側を機械を嵌めこんだ左目で見据えていた。その目が映す空中には、ある一点に集中して行く数パーセント程度の魔力の流れがある。

 フォックスの情報と照らし合わせるなら、これこそ敵が狙っている「リョウメンスクナ」の封印なのだろう。

 

「……バカでかい怪物か。……RAY、オマエの出番も来るかもしれねーな」

『≪こちら閃光。こっちとしては手の内を晒す事になるからご遠慮願いたいけど……まぁ、仕方ないわね≫』

「コールサイン確認。…で、今はどこにいるんだ?」

 

 

 

 

≪今はどこにいるんだ?≫

 

 搭乗者からの銃身を確認。現在位置についての割り出しをスタート。

 周囲のネットワークエリアへの接続……WEPコード認証完了、地名を表示します。

 

「≪三重県よ≫」

≪そっか、後少しだな≫

「≪そうね、……チサメはもう寝ていなさい。いざという時に動けなかったら笑い話にもんならないわ≫」

≪アッハッハ、そりゃそうだ。(FOX)1、OVER≫

 

 回線切断を確認。

 ステルス機能をチェックしますか? ……スキャニング完了、エネルギー残量問題無し。

 隠密モードに以降。これより広範囲のハッキングを行います。ネットワーク掌握完了、予測光景込み偽装データ送信完了。これにて肉眼のみが真理となりました。

 引き続き、巡航開始。目標地点への到達まで残り―――

 

「≪過激派、ね≫」

 

 憂鬱に、感情の籠った声が響く。

 カリスマに溢れながらも、やはりどこか空虚な感覚が溢れた声は、それでも前を向き続けた。

 

「≪やるしかないのなら≫」

 

 武装チェックを始めますか? ……

 

 

 

 魔力データ、再スキャン開始……完了。インストール終了。

 





今回は全編最長の18000字でした。

とりあえず一日目はほとんど原作通り。
まぁ、少しばかり変更点はありますが。


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☮橋に遮られし恋仲

修学旅行2日目午前の部


「っ……かぁ~~~効くねぇ」

 

 誰も起きていない早朝。一人ベランダで昇り始めたばかりの朝日を浴びながら、首筋に注射器を突き刺している人影があった。麻薬をキメているようにも見えるその人影の正体は千雨。そして当たり前と言うべきか、注射器の中身はナノマシンだ。丁度この時間、彼女のナノマシンは定期接種の時期になっていたと言う事だろう。

 それに、これが無ければ彼女は激しいPTSD(外傷後ストレス障害)に陥っていることは間違いない。人の形をしたもの(エヴァンジェリン)を幻想空間とは言え何度も対物ライフルで肉塊に変え、スコープで拡大された状態で何度も血肉の弾け飛ぶ様を見ていると言うのは、普通の感性を持った女子中学生には到底耐えられるものではないからだ。何度も言うようだが、千雨もあくまで一般人なのだから。

 それに、ナノマシンを打ち続ける事で、今までずっとPTSDを避け続けてきたわけでもない。学園生活を送る中に何度かは「ナノマシン解除」の日を設けていたし、その時に何度も人を撃つ、人を殺すという自分の感覚を正しく見つめ直し、あくまでも「一般人」としての感性を確かめている。気狂いになるつもりは毛頭ないのだから。

 例え下着を咥えていた淫獣だったとはいえ、小動物に容赦なくショットガンをぶっ放すような冷血無比に見える彼女であっても、所詮は狙撃ばかりで一人の戦いを知らない小娘でしかない。だからこそ、この気を抜けない修学旅行中は、どうしてもナノマシンの持続摂取による感情抑制が必要だというだけ。

 

 打ち終わった後のシリンダーを不思議四次元ポーチの「Item」欄に詰め込むと、彼女は何事も無かったかのように旅館に付いているお茶パックに湯を注ぎ始めた。こぽこぽと沸き立つ湯気を見つめながら、これまた備え付きの5個ほどある茶菓子を一つ手にとり、口に運ぶ。一日ぶりに口にした甘味は、緊張で張り詰められていた千雨の意識に僅かばかりの余裕を与えてくれる。

 その命そのものが何時途切れるやも知れぬと分かっていながら、彼女は平静を装ったままこの騒動を丸く収めるしかない。魔法教師が扱うクラスのメンバーと言う位置を崩さぬままに。

 

「……あぁ、美味い」

 

 だが、今ばかりはこうして休憩しても罰は当たるまい。

 ひとときの平穏と、騒動の合間に訪れる平和を甘受しながら、それを守るために志を新たにするのであった。

 

 

 

 

「ああ、マズイ……どうにかならへんのか?」

 

 所変わって、とある日本家屋の一室。そこには、不可思議な服装を、もとい現代にしては少々時代遅れな着物や服を着こなす三人と、若者らしいやる気に溢れた少年、そして感情が欠如しているかのように無表情を貫く、腕を失った白髪の少年が集まっていた。

 そのうちの一人である天ヶ崎千草は、腹に治療されてはいるが大きな裂傷の跡があり、女性にとって酷い仕打ちをする物だと言えるほどの大怪我を負っていた。その傷がある当人はこの日は安静でいなければならないのか意識を失っており、彼女を看病していた美しい黒髪の女性が彼女の眼鏡を千草が伏せる枕元に置いた。

 静かな部屋にその音だけが小さくなり響き、つられた少年が口を開く。

 

「なあ…千草の姉ちゃん、大丈夫なんか?」

「今のところは安静が絶対ですが、私が“織り直した”ので夜には元に戻っていると思いますよ。どうしても、この傷だけは消せないでしょう」

 

 鈴の様な美しさと、高貴な貴族の如き余裕を持ってその女性――織姫は答える。ひとまずはその言葉を信じたのか、少年――犬上小太郎は安心したように胸をなでおろすと、少し外の空気を吸ってくると言ってその場から退室した。

 残された中で起きているのは、織姫、白髪の少年、そして言わずとも分かるだろう。織姫の傍に佇む男性、彦星である。

 

「女性の体にこうも傷を付けるなんて…同じ女の子だと言っても、到底許される所業ではないね、織」

「ただ、悲しいけれども(あたくし)たちも戦うしかないのですね、彦」

 

 確認するように、互いで互いを呼び合う二人。その様は中睦まじき夫婦と言うよりも、共依存をしながら一心同体の関係に近い。そうして二人が戦いを嘆いている様子を見守っていた少年は、ひとり無言でフォックスに斬り飛ばされた腕を織姫に差し出した。すぐに彼の方を向き直った彼女は、分かっていると了承の意を伝えると、すぐさま腕に魔力を通し始めた。

 次の瞬間、白髪の少年の斬られた腕と肩の断面の間に、半透明の機織りが出現していた。

 

「―――、――――……」

 

 何かに囚われたように唄い続ける織姫。人間には聞き取れないような発音で紡ぎ続けるそれはきっと呪文、きっと治療だった。唄われる度に断面に存在する神経と神経、筋肉と筋肉、骨と骨が糸で繋がり、徐々に切断面同士が距離を詰めていく。ひと際彼女から発せられる魔力の波動が強くその部屋に満ちたかと思えば、彼の腕は完全に繋がれていた。

 

「……ふぅん…?」

 

 確かめるように指を動かし、半日ぶりの自分の手の感覚を確かめる。ほどなくして自由に動かせるようになった少年は、例も言わずにその場から立ち去って行った。作戦を立てるでもなく、単に千草の治療を行うための集まりに彼の興味は無いと言う事らしい。

 そうして去って行った少年の姿を見送った彦星は、激しい怒りを露わにしていた。

 

「あの男…織から受け取っておきながら、なんと言う無礼な――!」

「彦、あの子も自分が無いだけなのですよ。人形は人形らしく私が縫うだけでいい」

「……ははは、確かにそうだ。人形は所詮、俺達が操るだけで十分なのだったな……ははははは!」

 

 諌めるように見えた織姫の様子も、ふたを開けてみてみれば所詮は一人の人間が怒りや激しい感情を抑えようとする役割に過ぎないと言う事が分かる。そう、正にこの二人はこうした形で揃って初めて、一人分の人間の感情を持っているのだ。

 いうなれば、人間の持つ「天使と悪魔」といったところだろうか。この二人が離れる事が無いのだろうが、もし離れればこの二人は人間として生きることは難しい…いや、人間の輪の中に馴染む事が出来ず、自ずと朽ち果てていくだろう。詳しくは分からないが、まさしくこの二人は出会うべくして出会ったともいえるのではないか。

 

「さぁ、次は近衛の魔具(このか)を用意しなければならないな。この女も早々に目を覚ませばいいものを…」

「それならば天帝様(・・・)から授かった天の牛がいましたね。アレを使えばよろしいのでは?」

「おお、それは名案だ! なぁに、小道具一つ調達するなら手塩にかけて育てたあの仔牛も連れて行ってやればいいかもなぁ」

「名案です。流石は彦」

 

 織姫が褒め称えると、彦星は笑いながらにして先ほどの彼女と同じ、人間には聞き取れない発音の言葉を紡ぎ始めた。瞬間、虚空からは彼らが授かったという「(月光)」が現れ、次々と地面に着地しては雄たけびを上げる。その中には、鳴き声を上げていない人の形をした物も含まれており、その影だけは、彦星と視線を合わせてから無言でその場から立ち去り、追従するように月光たちも後に続いて行く。

 これでいいと見送った二人はその隠れ家の扉を固く「織り」、結界を掛けたのだった。

 

 

 

 

 

 アンノウンの反応が突如出現した。その報をフォックスから受けた詠春は、顔色を変えて神鳴流の達人級を動員した。そんな、長からの急な指示にもその者たちは従った辺り、立った一週間でもトップとしての貫録が出て来ていると見て取れるほどにある程度の信頼は構築されているらしい。前にもまして忠誠を誓ってくれた部下が出かけていくのを見届けると、詠春は傍にある仔月光からの通信を受け取った。

 

≪こちらフォックス。状況は≫

「私の部下が向かいました。こちらの索敵に特化した術者でも魔力をほとんど感じないので、おそらくは君の言っていた“月光”が出現したのでしょうが……やはり、不安は残るものです」

≪ボスは部下を信頼してただ待っているだけでいい。戻ってくるのは朗報だと信じてな≫

「ははは、たったそれだけを出来なければ、逆に私が部下を疑ってしまいますしね。君を、ひいては自分自身を信じる事にしますよ」

≪見違えたぞ、エイシュン。……フォックス・エンゲージ。これより交戦に移る≫

「作戦指揮は貴方に任せます。ご武運を」

 

 それっきり、戦闘に移ったのだろう。仔月光の写しだした立体スクリーンは砂嵐になり、画面を閉じていた。ころころと転がって邪魔にならない場所に移動する仔月光を見つめながらも、詠春は相手の出方に頭を抱えそうになる。

 

 日中での襲撃、しかも秘匿を意識せず、一般人を容赦なく巻き込む勢いで仕掛けてくるとは流石に予想外だった。あちらも最低限の秘匿意識はあるだろうと期待した自分が悪かったのかはこの際関係ない。今悔やまれるのは、どうして長としての決断をずっと遅らせてしまっていたのだろうかと言うこと。

 もっと早ければ過激派の存在を鎮圧、ひいては説得できたかもしれない。そして娘の木乃香を危険にさらす事もなかったかもしれない。そんな「もしも」の話が脳裏をよぎり、詠春を現実に引き戻す。

 

「……いや、この程度でうろたえては底が知れる。いずれにしても、今はただ祈るのみか」

 

 手ぐすね引いて待つばかりで歯痒い気分。だが、それでも体がうずうずしているのは、フォックスと本気で模擬戦を行って自分の戦士の部分が蘇ったからなのだろうと苦笑する。確かに、自分は老いた。だが、その体に流れる「気」だけはどれだけ老いても生涯衰えることは無い。

 分かっている。この状況は楽しむものではなく、忌むべきものであると。だが、自分はまだ戦えて、私はまだまだ動けて、守るために強敵に挑む事が出来るのである。嗚呼、この機会を疼かせること無く見過ごすのは不可能だ。己が動くことを期待してしまうではないか。

 

「枯れ木に火を付けた事、後悔しても知りませんよ? フォックス……」

 

 既に愛刀の夕凪は刹那に譲った。だが、銘が無くとも握れる(じぶん)は此処に在る。威風堂々、彼は部屋の中央でただ坐していたのだった。

 

 

 

『≪ってわけね。頑張ってちょうだい≫』

「……拒否権は?」

『≪あるとでも思ってるのかしら≫』

「疑問符がねーあたりマジってことか……仕事があるって面倒だな…」

 

 修学旅行二日目は自由行動の日。自分の所属する3班には比較的ネギに執着して偏っている雪広あやかがいた為、その時のいざこざを理由に近くの路地裏に逃げ込んで通信を行う千雨の姿があった。

 地上進行中のRAYから受け取った報は、自分たちの泊まっていた宿に向けて月光が何体か迫ってきており、それらの不穏分子を極力近づけさせないようにする事という学園長からの指令でもあった。天ヶ崎千草、およびソレの協力者であるフォックスが見た白髪の少年などはネギとの接触を許してもいいと言われているのだが、流石に魔法もへったくれもない機械人形である月光は分が悪く、おそらく通じもしない話し合いに持ち込もうとし、そのまま銃殺されるといった危険性が高いからだ。

 

「ハァとつく 溜息ばかりが 現世と」

『≪現実なんて大抵はそうやって転がってるものよ。もう此処までかかわっちゃった貴方の場合、変に夢を抱くのはよした方がいいわ。次の瞬間には粉砕されるから≫』

「分かってるよ分かってますよチクショー。でも、修学旅行くらい楽しんだっていいじゃんか……」

『≪ご愁傷さま。機械には学校も試験もないから分からないけど≫』

「妖怪アンテナの代わりにソリッドアイってか? 笑えねえ」

 

 それっきり、ぶつりと通信を終えて一先ずは戻ろうとした彼女の目の前に、此方を覗き込む一対の視線があった。視線を発する目の下には、特徴的な涙を象ったフェイスペイントがなされている。一見すれば、彼女をピエロという印象を受ける人物も多いのではないだろうか。まぁ、こんな私生活でお目にかかることは全くないだろうが。

 

「…レイニーデイ、…は言いにくいか。ザジ、見てたのか?」

「……見てた」

 

 ばっちりと見られていたらしい。RAYとの通信中は此方の心が疲れるような会話ばかりで碌に周りへ注意を払う事が出来ない故、それを改善するのが目下最近の目標になるだろうと千雨は盛大な溜息をついた。

 だがまぁ、見られていたと言うのは千雨にとって実に心苦しい事である。場合によっては容赦なくクラスメイトを■さなければいけないのだ。これが極秘の任務云々と言うよりも、口封じの方法をそれ以外持ち合わせていない千雨が悪いと言えば、そうなるが。

 とはいえ千雨という人物はただ残酷なトリガーハッピーではない事は分かり切った事だろう。仕方なしな苦笑を浮かべつつ、何とかこの場は見逃してもらえないものかと考え始めていた。

 

「…あ~、ザジは何でこっちに?」

「雪広、探してたから」

「ちょっと長話し過ぎたか? …まぁいいや、さっきのことは秘密にしてくれると助かるんだけど……駄目か?」

「…………」

 

 駄目かと問うて、彼女がふるふると首を振った事から秘密にしてくれるのだなと言う意味を取った千雨は心の底から安堵した。ソリッドアイが無くとも伝わるザジの違和感はおそらく人知を超えたものだろうから、彼女もまた「此方側」の人物であると言う事はある程度予測できる。

 が、それがどの程度まで深くかかわっているかは分からない。人外の存在だったとしても驚きはしないが、そう言う事を知らずに生きているというケースも多いと言うのは、小説や漫画でのお決まりのパターンであり、この世界はそのファンタジーが適応される世界だからでもある。

 なんであれ、彼女が魔法の事まで知っていそうだったのは千雨にとって僥倖だったと言えるだろう。千雨の言葉に答えた後、用事は済んだとばかりに班行動の輪の中に戻ろうと歩きだしたザジの背中を追いかけ、千雨もまた日の当たる元の場所に戻って行こうとしたのだが。

 

(あ、そういや対策……仕方ないか)

 

 まだその場所に人がいない事を確認すると、いつものポーチからソリッドアイを取り出して装着。一瞬眼球の神経を通した痛みが襲うが、それがいつも通りだと安心感もある。

 どちらにしろ、三班と合流してからの言い訳は観光を楽しむために視覚の復旧装置を付けたと言えばいいと再び溜息をひとつ。それからようやく、三班の輪の中に戻っていくのだった。

 

「は、長谷川さんっ? その仰々しい機械は一体……」

「ああ、去年に左目やられた時があったろ? あれから超がこれでもう一度光を見てみないかって」

「熱心に創っていらしたのはそれでしたか……それにしても、大丈夫なのですか?」

「ここ一年の相棒だよ。手入れも欠かしてない」

「そう言う意味ではないのですけど……」

 

 まぁ、やはり千雨も感性はずれている人間なのだろう。

 雪広や他の班メンバーと打ち解けつつ、周囲の魔力反応に気を張り詰めたうえで、平静を装って自由行動を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 見晴らしのいい草はらには金属音と、肉を切り裂く生々しい音が響き渡っていた。その光景は、まさしく阿鼻叫喚の地獄絵図。あちらこちらに肉塊となった破片が飛び散っているのが見て取れる。

 人工筋肉の足に一筋の赤い線が走ったかと思えば、思い出したかのようにオイルが噴き出して断ち切られた。振動する刃はその勢いをとどまる事を知らず、背後から襲いかかるフードをかぶった痩せぎすの男をも一刀のもとに斬り伏せ、人の形を胴のあたりで輪切りに切り取った。

 男の傷口は高速振動する刃が触れ合った時の摩擦熱で無理やりに焼き塞がれ、肉の焦げる嫌な匂いが辺りに散らばっている。神鳴流の剣士もその匂いは慣れたものではないのか、軽い吐き気を抑えながら他の月光を得意の対怪物に特化した剣技で討ちとっていた。そんな月光の集団を率いていたと思わしき男の上半身が芝生の上に叩きつけられると、近づいたフォックスは刃をその首元に当てた。息も絶え絶えながら、出血が塞がれたその男にはまだ命が残っていたからである。

 

「言え、お前に指示した奴はどこにいる?」

 

 首のあたりに焼きごてを押しつけるかのごとく尋問を行うフォックスだったが、フードの男は前に出て来た牛で装備を固めた巨漢と同じく、意味を含まない叫びを獣のように唸らせるだけ。そもそも尋問で受け答えをするほどの知能さえ持ち合わせていない相手だと分かると、フォックスはレールガンを装着し、それに流れる電流をフードの男の体に直接流すことで相手を気絶させた。

 電撃で焼かれた事で新たに不快な匂いが辺り一帯に充満するが、呪術協会の有志が張った結界内で起きた事なので、それを一般人たちが認知することはまずないだろう。

 

 そうしてリーダー的存在を虫の息であっても捕縛したことで、とりあえずはフォックスの緊急任務は一旦終わりを告げた。他の神明流剣士たちも月光を破壊し終わり、残骸などの回収に来た秘匿要員に男を引き渡したフォックスは死なないように処置をしておけとだけ言って、強化外骨格の顔面部分を露出させる。

 そこにはいつもと変わりないフォックスの素顔があった。

 

「お疲れ様。強化措置をしているとはいえ、凄まじい動きですな」

「思えば、記憶している頃から戦いばかりだ。例え気が初心者だとしても、そちらに負けるつもりは毛頭ない」

「これはこれは。だがまぁ、助かった。あんたほどの腕ならこの事件も収まりそうだ」

 

 言葉を受け取った彼がひとまずの休憩をとっていると、神鳴流の戦士、結界担当の術師、回収作業をしている非戦闘要員がすれ違いざまに慰労の挨拶を投げかけ、フォックスを囲って話を始める。所詮は他所者だからと邪険にされる事を予想していた彼は、自分の置かれた状況に驚いて目を白黒させていたが、詠春の信頼するメンバーで固めたこの迎撃隊の雰囲気に心を開き始めた。

 前の彼なら、くだらないの一言で次の任務に向かっていただろうが、これもタカミチとガンドルフィーニが根気強く話しかけ続けた成果となのかもしれない。

 

「しっかし、気を放出できないって本当ですかい?」

「まぁな。体質らしい」

「ま、その分の才能が内気功に向いてるだけ羨ましいですよ。俺達も所詮は非才の身。どうやったって長には届かないし、自分の限界は嫌でも思い知っちまうもんですからね」

「…そう、なのか?」

「気の総量がどうにも伸びなくてねぇ……その分、コントロールに力を入れて、ようやく長に認められる実力ってわけです。まぁあんな機械人形一体に手間取る様じゃまだまだだって、現実知らされちまった訳ですがね」

「はっは、お前さんもまだ若いやろ。神鳴流の奥義も斬空閃で止まってる癖にな~ん熟練ぶっとるんや」

 

 まるで戦争に勝った兵士の様に和気藹々と酒盛りに発展した彼らを見て、かつてのビッグボスが統治したアウターヘブンの兵士たちも同じようなノリの奴が多かったと、古い記憶が蘇ってきた。自分がまだヌル(0)だった時から、自分がグレイ・フォックスとなった時へ。戦い尽くしの人生にも思えるが、ボスの右腕として動く中で確かにこんな男たちの笑顔を見た覚えがある。

 そう思うと、少しばかり体が温まったような気がした。

 

「おや、もう行くんかい?」

「此方は其方への友好の証として派遣されている。流石に仕事を怠るわけにもいかない。…残党掃討は任せた」

「おうおう、任されたで。ま、それならサボるわけにはいかんっちゅうハナシや。うし、そんじゃ皆、昔のノリで送ろか! 外人の軍人さんにはこれがええやろうしな!!」

 

 既に酔い始めたのか、頬を赤くしてハイテンションになった神鳴流の剣士たちはその言葉に同意を示しながら次々と立ち上がって敬礼を送っていた。周りを見れば、酔っていない回収作業の要員や結界専門の術師たちも皆フォックスに向かって敬礼を示し、その全員が笑顔を浮かべている。

 気分がいいと思った頃には、気恥かしさもあってかフォックスの姿は既に空へと躍り出ていた。ステルス迷彩を施し、周囲を化かした狐は小さく笑うと僅かな魔力反応を頼りに街へと繰り出した。

 

 この世界に来てから、心が軽い。こんなことは久しぶりだ。

 初めて浮かべた、温かな嬉しさから来る笑みを携えて。

 




すみません、おおよそ二週間も放置してしまいました。
これで修学旅行二日目の前半は終了となります。

これからはネギ達の描写は極端に少なくなり、裏で繰り広げられる陰謀や血に濡れた描写が多くなってくると思いますが、ご了承のほどをお願いします。
それと、ここまでお疲れさまでした。
ザジを思いつきで出してみたけど、ちょっとメイン(ガンドルフィーニと同程度)にしてみるのもいいかもしれませんね。他の小説では全く触れられてませんし。
他にも見てみたい学園再編までの人物がいましたら、感想にてどうぞ。もしかしたら反映されるかもしれませんから。(出ないかもしれないのに期待させてしまう悪い作者の例)


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☮弾丸放たれて

構想練ってたら時間かかりました。
今回はまた、色々と混乱するかもしれません。

文章中に出てくる(※1:注意)は後書きで説明されています。


 長谷川千雨の心の内は今、どうしようもなく舞い上がっていた。

 この一日を好きに使ってもいい。残り四時間にも満たない短時間に限られるが、フォックスが先遣隊を引き連れて此方に向かっていた月光の大軍を討ち洩らし無く倒しきったと言う報告を受け取ったからである。

 当然だが、流石の彼女といえども修学旅行は中学校では、詳しく言えば「このメンバーで一生に一度しかない行事」である。これから先の高校なども良好な交友関係を築くとは言い辛く、むしろ裏の世界とやらに関わったことでこれから先の就職先がまともなものではなくなるかもしれない、という懸念もある。

 その楽しむためのメンバーは那波千鶴(お母さん)朝倉和美(パパラッチ)ザジ・レイニーデイ(不思議なピエロ)雪広あやか(お嬢さま)。最後に村上夏美(一般人)などと色濃い物ばかりではあるが、あくまで肩書が物々しいだけの、裏から見れば一般人の範疇から抜け出していない面構えだ。その中でも約二名ほど裏に関わっていそうなものがいるが、やはり特筆すべきは彼女の存在だろう。

 

「ね、ね、さっきのって何かあったの?」

「…ん、まあ。何にも無かったって奴だ」

「ならいいけど。気になるけど、またアレな話なんでしょ?」

「残念ながら、な。修学旅行だってのに血生臭くて嫌になる」

「ビッグニュースならともかく、危険すぎる事は起こらないに越した事が無いよね。ホントに」

「パパラッチらしくねえな」

「や、流石にフォックスさんのアレは勘弁」

 

 朝倉和美。彼女はいろんな意味で気心が知れた相手として会話できるだろう。

 そんなこんなで自由時間の昼。彼女たちは適当なところで昼食を探そうと言う事になった。あやかと言う存在がまた金に糸目をつけずに暴走するという危惧もあったが、彼女が張り切り過ぎるのは「ネギ先生」に関する事だけと言うのは一応は周知の事実。その先生がいない場所と言う事もあって、むしろいい意味でのリーダーシップを発揮していた。

 

 と、思ったのだが、予定してあった三班の観光地を回っていところで雪広が突然こんな事を言い出した。

 

「それでは、この辺りで個別に行動しませんか? 先生に言われた通り班行動ですので最低でも二人一組で行動してもらう事にはなりますが」

「え、個別行動って」

「私ばかりがリードしていてはせっかくの修学旅行もツアーガイド付きの観光案内にしかなりません。有名どころ以外の色々な場所で見解を広めるのも修学旅行、つまりは学業ですからね。学生の本分を忘れると言う訳にもいきませんから」

「「……え、旅行じゃなかったの?」」

「村上さんに朝倉さん!? ああもう…ちづるさんはザジさん達を連れて自由に言って来てください。少し、この二人には言っておきたい事がございますので!」

「え、いいんちょ!?」

「まって、待ってちょ―――」

 

 ずるずると首根っこを引きずられながら何処かに消えていく三人は周囲の注目を集めながら、千雨たちの視界から消えて行った。千鶴はその様子をあらあらと言いながら見守っていたが、実際に残された三人はさほど交流も深くは無い異色の組み合わせである。

 ザジに関しては先ほどの事もあって、何処となく気まずい感じもする。だからと言って何時までも此処で足を止めていてはせっかくの自由時間も無駄になるだろうし、千雨は仕方ないだろうと、二人に話を切り出した。

 

「とにかく他に行きたいところあったら行くか? 地理はあるから最短ルートはとれるけど……」

「案内できるの? あ、ザジさんは何処か希望はあるかしら」

「……ついてく」

「ん、じゃあ那波の希望を言ってくれ、すぐに検索する」

「検索?」

「…あ、ああいや何でもない。頭の中を整理する時の癖でさ」

 

 彼女の左目が失われている事はともかく、ソリッドアイに関しては視覚復旧の医療機器として一部のクラスメイトには知れ渡っているが、実際の機能を全て話すわけにもいかない。魔法関連や兵器関連という理由もあるにはあるが、それ以上に千雨は搭載されているGPS機能を知られると他のクラスメイトの悪ノリでネギを追求するようなことになった場合、その機能を十分に悪用される可能性が挙げられるからだ。彼女としてもそんな事でこれを使わされるのは気にくわないし、何より聞かれるために人に囲まれることは避けたい。

 そんな事を思いながら、ソリッドアイの表面をさするのだった。

 

「……っし、それじゃ何処行くんだ?」

 

 決意も新たにしたところで、自分のコミュ障改善も兼ねて、いかにも場馴れした風に話を持ち出した。少しばかりの緊張で心臓は早鐘を打つが、どうにか上手く隠し通す事が出来たようで、他の二人は気遣うようなそぶりも見せてはいない。まぁ、人を見る目がある千鶴と不思議っ子のザジだからこそかもしれないのだが。

 

「ん~」

 

 だが、聞いた事がまだ決まらないのか千鶴は唸る声を上げるばかり。どうしたものかと声をかけようとすれば、急に手で相槌を打って指をぴんと立てた。

 

「やっぱり、朝倉さんのとこに行ってくるわ。このまま説教で三人の自由時間を潰しそうだし、きりのいいところで止めてあげないとね。そう言う事で、長谷川さんはザジちゃん連れて色々見回ってきてね」

 

 そう言って彼女は三人のいた場所へと走り去った。

 取り残された相手はクラスの中でも千雨以上に輪に入ろうとしない人物で、先ほどの路地裏で人外かもしれないと言う種族の違いも発覚している。だが、無害なクラスメイトと言う事は分かり切っているので、尚更普通の人と同じ扱いでいいのかと言う変な気づかいが生まれてきそうだ。

 どちらにしても、此処に留まってばかりでは何もできない。それに、敵も狙うなら唯の一般人に過ぎない雪広たちよりも少なからず裏の匂い――特に自分は僅かな硝煙の匂い――を漂わせているこちらの方が価値があると判断するだろう。その使い道としては人質、足止め、エトセトラ……狙われる確率は此方の方が高いと判断して、寧ろ一般の千鶴が巻き込まれる確率が減ったのだと無理やり納得した。

 未だ何の反応も見せずに突っ立っているザジの手を取ると、率先するように歩きだす。

 

「足止めてたら何にもならないしな。とにもかくにも何処か行くか」

「……うん」

 

 そうして触れられたのはザジも初めてだったのか、瞳には驚愕の色が揺れていたようだが、それもすぐに収まって先の答えを返す。あまり友好関係もない二人だったが、連れ添って歩く様子は本当に仲のいい友達のようであった。

 

 

 

「お待ちしておりました。お狐様」

「フォックス、急に呼び出してすみませんでした。どうやら薬師寺家の御党首がお呼びしておりまして」

 

 所変わって呪術協会の談話室。そこには人払いも済ませてあるのか、僅か三人ばかりの人影が見受けられた。

 そして先ほど詠春が言うとおり、目の前には、五体投地にて頭を下げる老婆が一人。その傍らには、昔の姫様が護身のために身に付けているような薄い青色の装飾が施された短刀が右側に置かれていた。

 

 経緯を説明すると、突如出現した敵の勢力を討った後、グレイ・フォックスは再び関西呪術協会の本部へと呼びもどされていたのだった。その折に連絡を取ったのは詠春であり、道中の話によれば、ここ最近の事を本部の手練れ達に話したところ、その中でも有名な家の党首がフォックスを呼んでいたので、彼を此処に召喚したとのこと。

 フォックスは現在、着の身着のままで呼ばれたので強化外骨格を着込んだままだ。顔面部分の装甲からは素顔が露出した状態であるが、それでもこの様な場には相応しくないと流石に思っているのか、一言このような姿ですまない、と老婆に言った。

 

「いえ、尽力して頂いているのは聞き及んでおりますとも。それより、このたびは…ご足労頂き、誠にありがとうございます。私がお狐様を及びに相成ったのは、このような理由がありましてのことでして」

 

 彼を呼びだした古風な喋り方をする老婆は、とある「破魔・退魔」の力を主とした日本の法術を代々取り扱ってきた血筋らしく、その中でも神鳴流や呪術師と深い繋がりを示すような「刀剣・杓杖」にその力を宿し、鍛える刀工の家柄でもあるそうだ。

 かの詠春が扱った、現在は刹那の手に在る妖刀「夕凪」を作った家とはまた別の家であり、ここ数代の間は碌な破魔を作る事も出来ずに刀工としての名は廃れていった家であるが、むしろ、その刀の担い手たる神鳴流の剣士の優秀な者たちを数多く輩出した方でこの辺りには知れ渡っているらしい。

 

 ならば今回もその剣士について訪ねる事が在るのかと思いきや、彼女の目的はその右隣に仰々しく置かれた一振りの小刀を渡す為であったらしい。そうして訳を述べた薬師寺家現当主の老婆は、懐かしい物を語るように言葉を連ねて行った。

 

「少しばかり…昔話に付き合わせてしまいますな。……あれは、私がまだまだ青くも幼子であった頃に遡ります。…ですが、今はこのような緊迫した状況。…このような…老婆の話など、聞かずとも渡す事が出来ますが……如何なさいましょうか」

「いや、聞かせてくれ。積み重ねた歴史は今に繋がる。聞かないと言う選択をとる方が愚かしい、俺はそう思っている」

「……これは、これは。…やはり、見込み通りの御方のご様子……」

 

 では、と老婆は小刀を体の前方に置き直した。

 その枯木の様な腕で小刀を持ち、刃を見せようとしたのか柄を持って力を入れようとするも……どうにも、そのつなぎ目に引っ掛かったようにどうやっても動かす事が出来ないらしい。

 溜息一つ。そして、この通り、と言わんばかりに小刀を置き台に戻した。

 

「見ての通りに…ございます。これを抜く事の出来るお方は、我らが家の輩でも抜けませんでした。……先を続けていただけるなら、これを私が初めて見たのは私の祖父が、工房で法師殿と共に法術を呟きながら……此れを鍛えておりました時であります」

 

 老婆の語りは続き、その全容が語られていった。

 

 その昔、薬師寺家の6代目当主であった彼女の祖父は、最高の退魔の剣を鍛え上げようとしていた。その剣は人は切らず、人の悪しきと魔を払う事のみを考えられて鍛え上げられたものであると、周囲の物に語って聞かせては、長年その構想をずっと決めかねていた。

 人を切らない刀と言うのは、難しいどころの話ではない。実体を持っていればそれは人を傷つけてしまうのは自明の理。鉄で作れば骨を断ち、かといって木で作れば魔を切れぬ。二律背反の刀と言うのは、それほどまでに悩ましい物であったのだ。

 だが、ようやくその形が定まった。その祖父は、まだ幼かったころの彼女が来た時に、初めて「人間らしい」笑顔を向けていた。

 

 ―――やぁ、またいらっしゃいましたか。

 ―――おじいさま、嬉しそうですね?

 ―――ええ、ようやく退魔の形が定まったのでございます。

 

 その祖父殿はどんな相手にも敬語を使うようで、だが、その日ばかりは敬語の裏からでも嬉しそうな雰囲気が伝わってきたのだとか。そうして彼が彼女に語って聞かせたのは刀の形。それは「実体を持たない刀身」という事だった。

 

「……だが、そんなものをどうやって刀鍛冶が作れる」

「お狐様の疑問は御尤も。ですが……私達はただの刀工ではありません。我らは裏の世界、そう…いわゆる魔力を扱う家でもある事を、お忘れではないですかな?」

 

 怪しく老婆は笑うと、続きを語った。

 その時に祖父が言った形は、こうだ。

 

 ―――魔を切りながら人を傷つけぬ実体を持たぬ刀。つまり、法術を刀身にしてしまえばよいのです。流れる川が土を削るように、法力の言葉を魔へ打ちつければ、魔を切る事も出来ましょうよ。

 

 楽しげに笑う祖父の姿は、重ねた年を感じさせぬ子供らしい無邪気な笑みだった。そして後日、名のある法師殿を呼んだ祖父は早速その「言霊」を鉄の代わりに、術式を散りばめた鎚で固め始めたのです。

 

「待ってほしい」

「はい、なんでしょう…?」

「言霊、と言ったが、それは?」

「お狐様は外国の方ですから馴染みは無い言葉でしょう。…いうなれば、言霊(ことだま)とは言葉の持つ力にございます。……言葉には、言っただけの力が宿る。何かに成功して見せる―…と言えば、その物事が上手くいく事もあり、逆にこの戦いは勝てないかもしれない―…と言えば、実際に負けてしまうかもしれぬという曖昧なもの。ですが、魔力や気のある者が言葉にするなら、それは現世(うつしよ)の理を揺り動かしてしまうのです」

「……成程、言葉の力。神鳴流の剣士が叫ぶ技名の様なもの、と言う事か」

「纏められてしまいましたが、まぁ、そのようなものでございますよ」

 

 ……それでは、と老婆は続ける。

 その法師を呼んで祖父が工房に籠った日から二ヶ月の間。工房からは頭が可笑しくなりそうなほどに法師の有難いお言葉が流れ続けた。そのため、祖父は珍妙な事を始めた者として二ヶ月の間に勘当され、もはや工房の近くに寄る者は私だけとなっていた。

 そうして、満足気に頷く祖父と、疲れ切ったが達成感のある法師殿が出て来た時に、その手には一振りの青い鞘に収まった小刀が握られておったのです。

 

「……それから数ヶ月の後、此れはようやっと、寸分違わぬ今の形へと鍛え上げられました。装飾の火の様な青は、その時の法師が施して下さった退魔の力を持つと言われる青き炎を思い浮かべたもの。……もうおわかりでしょうが、これは、そのような強力な敵との対抗手段として鍛えられたのです」

 

 老婆はですがと一息ついた。

 年の割には、先ほど話に出て来た彼女の祖父と言う人物の様にどこか若々しさが感じられる仕草であった。後に詠春に聞けば、既に齢百を超えていると言うらしいが、見るからにこの老婆はまだ六十代になったばかりの様で、やはり遥か昔の事を思い出しているのだと、フォックスは実感する。

 彼女は此方が見ている事に気付いたのか、やんわりとした笑みを浮かべて小刀を差し出した。

 

「これは、そのような裏の法を使って作りだされた刀。ですが、抜けた者は誰もおりませぬ。それはつまり……唯の凡百の天才では抜くことなど出来ようもないと言う事でしょう。その“裏”に、罪や罰と言った何かが必要なのかもしれませんなぁ。……とまぁ、能書きは此処まで。どうか、お狐様、貴方にこれを受け取っていただきたい」

 

 改めてみれば、やはりしゃがれた震える手でその小刀を此方に差し出し続けていた。

 その小刀は、見る者を引きこむような魅力は無いが、とても退魔の力を持っているとは思えない程に、どこか薄暗い雰囲気を放っていると感じられる。そして、その刀に触れてしまえば、己と言う存在に何かを自覚させらるような、そんな訳のわからない予感が流れ始めた。

 だが、これを鞘から抜けるかどうかは分からないが、裏の者に対する最高の対抗手段である事は確かであるのだ。此れを受け取らないという選択肢は、フォックスは持ち合わせていなかった。

 

 それを静かに手から取ると、まるで何時も握っている高周波ブレードの様に手慣れた感覚が染み渡る。その間隔は一瞬で消えたのだが、此れはやはり自分のいた世界では想像もつかぬような何かが在るのだろうと、改めて実感する。

 

「……成程、やはり担い手やもしれない、と言う事ですか」

「……何?」

「ああいえ、此方のしがない独り言故、お気になさらず。……では詠春様、私はこれで下がらせて頂きます」

「こちらこそ、その御歳でご足労いただきありがとうございました」

「家柄でもなく、私の我儘と昔語りに付き合ってもらったのですから、この程度は私の席で十分ですとも。せっかく長として箔が出て来たのですから、もっと胸を張って下され。…それでは、また」

 

 ゆったりと、それでもしっかりと足に地を付けた足取りで薬師寺家の現当主である老婆は部屋を出た。人払いもした閑散とした部屋には、小刀を見つめるフォックスと詠春が取り残されていた。

 その時、襖が開かれて侍女の一人が詠春を呼ぶ。彼は去り際にフォックスへと任務の続行を言い渡すと、すぐさま侍女と共に会議室へ向かって行った。慌ただしい足音が消え、再びの静寂が訪れる。

 

 おもむろにフォックスはその柄を握り、もう片方の手で鞘を握って水平に構える。

 

「…………」

 

 怪しげな青い輝きを発している退魔の小刀は、それを抜き放った時どのような輝きが見られるのかと言う淡い期待を掻き立てる。その衝動のままに少しずつ手を左右に広げる力を加えようとして、すぐに手の動きを止められた。抜き放つ事が出来ないのだ。まるで、鞘と刀身がくっついてしまったかのようにビクともしない。

 せっかく老婆が譲ってくれた最上の手段かもしれないのに、此れでも抜けないとなると少しだけ心の隅に期待外れの諦観を覚える。同時に、俺も抜く事が出来ない人物なのかと。

 

 いずれにしても仕方ない、と彼は小刀を高周波ブレードを仕舞っている場所と同じ格納スペースに其れを押し込んだ。多少乱暴に扱ってごつごつとした角に当ててしまったにも関わらず、装飾の色彩一つ剥がれない所を見て、やはり常識外の力が働いているか。そんな感慨深さを抱いた。

 さぁ、もう行こう。サイファーⅡの視覚情報とリンクして新たな捜索場所を絞り出すと、その地に向かって窓から飛び出して行った。格納スペースの中では、青い小刀が打ち震えるように輝いていた事は、誰も知らないままに。

 

 

 

 時刻は三時ごろ。京都で自然観光地としてそれなりに名のある「笹の滝」にザジと千雨の二人は訪れていた。千雨自身も人混みに溢れている所よりもこうした自然に囲まれた環境の方がまだ好きな方なので、ザジのお願いに応じて此処まで連れて来たという事だ。

 (※1:注意)

 

 そんな笹の滝は日本の滝百選に選ばれているだけあって、見ていると何かよく分からないが小さくおぉ、と言う声が漏れるくらいには感動があった。滝の流れを眺めていると、少し平和的なその光景に気を抜きそうにもなる。

 

「…………(ぽかん)」

「どうだ、満足できたか」

「…うん」

「そりゃ良かった」

 

 笹の滝には釣り人も多く、あまごの解禁は三月と言う事らしいが、彼女らはまだ少し肌寒い四月に来たからと言うことなのか、川遊びを楽しんでいる子供やそう言った魚釣りを楽しむために来ている姿は見当たらなかった。ちらほらと見当たる程度に幾人かがそこにいるだけである。

 

「あ、おいっ」

 

 滝の流れをしばらく見ていたザジは、突如何かを思い出したかのように近くの林の中へ歩みを向けた。その事に気付いた千雨が後を追いかけていくが、険しい自然の道を足が止まることなく慣れたように突き進んでいく。エヴァの別荘や麻帆良の裏の林でこう言った凸凹下地形に慣れている千雨だからこそそんな彼女に付いて行けているのだが、逆にザジもまた通常では持ちえない地の利が在ると言う事に驚愕すべきだろうか。

 そんな事を思いながらザジを追いかける事数分。突如立ち止まった彼女は、近くにあった大きめの木のウロの中を覗き込んでいた。不思議に思った千雨が彼女の背後から底を除くと、小さな小鹿がうずくまっている。どうやら、ザジはこの小鹿が目当てだったようだ。

 

「…やっぱ、逸般人(いっぱんじん)ってか。上手くもないけど」

「……?」

「いやこっちの話。つかこの鹿どうするんだ?」

「………これ」

 

 懐から取り出したのは、いつの間に購入していたのかある意味で名物の「鹿煎餅」。とある鹿煎餅を売っている露店では、客が煎餅を購入した途端にそれにありつこうとする賢い鹿などもいるそうだが、まぁ大人気…と言えなくもない其れを彼女は小鹿に差し出していた。

 その小鹿も味は分かっているのだろうが、見ず知らずの、しかも人間から手渡された物に警戒を示している。普通なら奈良や京都の鹿は人を見ても何とも思わず脅威ともみなしていないのだが、こうした小鹿はやはり野生らしさがまだ残っているのだろう。おっかなびっくり、と言う風だった。

 

「……大丈夫」

 

 安心させるようにザジが言うと、おずおずと口を伸ばして鹿煎餅に食らいつき始める。もしょもしょと食べる姿は実に微笑ましい光景なのだが、こうもあっさりと野生動物の警戒を解いたザジの方にもそれなりに千雨の興味は移っていた。

 先ほどと同じく、何の前触れもなくザジは立ち上がる。

 

「…これで、大丈夫」

「他に行きたいところとかは?」

「……無い、かも」

 

 合点承知、小さくそうつぶやくと、千雨はソリッドアイの機能を弄ってこの森林地帯からの脱出ルートを絞り出す。だが、どうせならこの森を抜けていくのもいいかもしれないと敢えて参道には戻らないルートを選んだ。そのことを相方に伝えると、了解の意を得たのでそのままゆっくりと歩き始める。

 ざっ、ざっ、と土や落ち葉を踏みしめる音が何とも心地よく、千雨の頭の中では森林浴とはこの様な気分なのか、などと言う事が思い浮かんでいた。

 

 しかし、油断していたのは確か、と言う事か。

 

「ちっ、(やっこ)さんのお出ましか……。ザジ、下がってろ」

「……?」

 

 ソリッドアイには強力な魔力反応が一つ。随分となめられたものだとは思うが、逆にその方が千雨にとっては好都合である。ソリッドアイの示すままに、まばらに生える木の一つに鋭い眼光を向けながら、ポーチからサプレッサー付きのハンドガンを一つ抜き出し、右手に構える。もう片方の手には小さな電気ナイフを構えるCQC

 よもやそのようなものを持っているとは流石に思いもよらなかったのか、ザジの目は驚愕に見開かれていた。横目で彼女を見ながら落ちつけと述べると、千雨の雰囲気に呑まれたのか彼女はしっかりと頷いた。

 

「で、私たちに何か用か? 過激派共」

「これはこれは、随分と敵対しされたものです。このような無力な女子(おなご)にまで厳しい目をされるとは哀しい限りですね。まあ、力を持たずに玩具を持って満足する貴女など、恐るるに足らない訳ですが」

 

 丁寧口調だと言うのに完全に自分以外を馬鹿にした言い方。その事に著しく怒りを覚えるが、ソリッドアイから流れてくる情報によってその怒りも霧散する。ここで感情に任せた突貫をしてしまえば、彼女の周りを縫うように回っている魔力の糸がレーザーの様に自分をサイコロステーキに変えてしまうであろうことが分かっていたからだ。

 

「……そうかよ、(まりょく)を織る。そう言う事か」

「あら、目だけは良いのですね。そんなに心配せずとも、すぐにあなた方は此処でこまぎれになると言うのに」

「いや? お前の情報に捻りが無さ過ぎて呆気なく思っただけだ。この事を伝えれば、お前らを警戒してたやつは皆肩すかしくらうだろうな、織姫様」

「あらまぁ、流石に分かりますか。そこまで低能で無い事を褒めるべきか、それを知っただけで浮かれている事を嗤うべきか……判断に困るとはこの事を云うのですね」

 

 ほほ、と口元に手をやって笑う彼女を冷たい目線で見ながら、千雨は無線をフォックスやRAYに繋いでいた。

 

「そうそう、魔力反応は私の(織り)から抜けられませんので、仲間を呼ぼうとしても無駄ですよ。力を持たぬ女子さん」

≪コールサイン、こちらFOX1・エンゲージ。織姫と遭遇したので位置情報を送る。それからコイツの力の一端を記録した。RAYは解析と記録を頼む≫

≪此方RAY、了解≫

≪こちらFOX2、了解。全力でそちらに向かう≫

「……さて、仲間が呼べないとなると少々きついな」

 

 なるほど、魔法に頼らぬ純粋な電波による障害は感知できないと言う事か。そう結論付けると、目の前で笑う「織姫」であろう道化に心の中で一笑を送る。表情に敵以外の者を浮かべれば隙が生じたと判断して襲ってくるだろうから、それもあるが、此方には戦闘能力が未知数なザジと言う要素が在る。人で無くとも、なんの力もないと言う事は珍しくない。それに、「力持つ者」としてはクラスメイトの命が最優先であるからだ。

 そんな事を思いながら、エヴァンジェリンに加工を施してもらった十発の弾丸中、二発が込められた己の銃に少しばかりの意識を割く。この弾丸は打ちだされた時、魔力を持っているので相手の術にぶつけて相殺が可能だと言うが、逆にいえば普通の弾丸は敵に対して有効打にはならないと言う事である。それに、相手は魔法使いが纏っている魔力障壁を何重にも厚くしたような最硬の盾を常に構えているようなもの。

 

 判断を誤ったその時、悪ければ死んで、良ければネギ先生のお小言をいただく。

 実践に直面したのがいきなりボスとはついていない。そう考えながら、引き金に何時でも力を掛けるように構え直した。

 

「天帝様が言っていらした。貴方たちの中で邪魔な人間は全員顔を割りだしてありますから、あなたの次は同じく銃を持った褐色の子を殺しに行こうかしら」

 

 そう言いながら笑っている織姫に対して、千雨はラッキーだと口笛を吹きたくなった。相手は完全に自分の力に自信があるらしい。それがどれほどの物かは知らないが、やはりこの様に敵を前にして口上を垂れていると言うのは、それはよほどの戦いの初心者の証。確かに、その言葉は力ない輩に対しては恐怖の演出が可能だろう。だが、この時点でこう言った強力な結界をいとも容易く崩す力を持った援軍が向かっている中、時間稼ぎには丁度いい。

 

 ソリッドアイの機能を切り替えて周囲を見渡すが、魔力反応は大小合わせても目の前の女からしか検出されていない。つまり、これはチャンス。

 

「……ザジ」

 

 小声で話しかけると、彼女は変わらない無表情で此方を見つめて来た。

 

「…そっちの小さな岩が在るとこ、そこから真っ直ぐ行けばバス停に出られる。人通りもそれなりに在るから、そこなら安全だろ。……後は分かるな」

「……(こく)」

 

 逃げろと、その意味を正確に読み取ったザジは力強く頷いた。こうも物分かりがいい相手だと言うのは実に幸運だった。そして、ある意味裏の世界につながるものを消しに来ると言う読み通りになった事に申し訳なさを感じる。言わばいけにえになりそうだと分かっていて、結局敵をおびき寄せてしまうはめになったのだから。

 

「3」

「…あら、逃げる算段ですか?」

 

 敵が何か言っているが、自分は集中する。

 

「2」

「いいでしょう。まずはその策から折って(織って)差し上げます」

 

 ザジに足で小さくサインを出すと、走り出す体勢になった。

 

「1」

「さぁ、貴方も私が織る天の川の一つへ!」

 

 ザジが教えた通りに逃げ出し、千雨には本来不可視であろう魔力の糸が迫ってくる。

 その合間を縫うように、針の穴を通すような小さな隙。その場をしっかりと見据えた千雨は、宣言と共に引き金に力を込めた。

 

「ゼロ」

 

 音は小さく、音の速度で、鉄の弾丸は――――

 




※1:現在「笹の滝」は二〇一一年九月の台風によって地滑りが発生し、この時に至るまで落石などの危険によってルートは全面封鎖されています。この物語は二〇〇三年の4月23日だからこそ観光できる描写ですので、実際の観光の際にはお気を付け下さい。

また結構日が開いてしまい、申し訳ない限りです。
最近は入試勉強の息抜きに書いてるので、どうしても更新のほうは遅くなるかと思います。
理屈や言い訳ばかりの作者ですが、これからもよろしくお願いします。……まぁ、こうして述べる辺りがあざといんですが。

あ、今回の展開、決して千雨とザジを絡ませたかったからじゃありませんよ? ただ、そう…なんというか、展開的に仕方の無いことでしてね……もっと、こう……救われてなくちゃダメなんだと(何がだ


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☮斬撃昇竜の如く

お待たせしました。


 引き金を連続で引き絞り、Operatorから七発の弾丸が放たれる。そのうちの一つは数少ない切り札であるエヴァンジェリンの魔力がこもった弾丸。それらが隊列を成して織姫の元へ向かう時間は一瞬で、彼女の障壁を喰い破る様に一撃目はその役割を果たした。

 

「馬鹿なッ――ぁぐぅ!?」

 

 あちらが怯んでいる間に七発中、二発が相手の足に食い込んだ。もともと機動力も気にしない様な敵なので戦略的な効果は期待できないだろうが、それだけ怯んでくれれば千雨にとっては十分。ナノマシンが強制的に分泌し始めたアドレナリンが脳を活性化させ、この戦いそのものに高揚感を与えるようにしてくれる。その意識のまま、千雨は行動を始めた。

 まずはOperatorをポーチに仕舞って武器を変更。これ以上障壁を抜く事も出来ないと分かったからこそ、持ち替えに選んだ銃の対物ライフルM82A1を手にする。これは従来のアンチマテリアルライフルにありがちな欠点であるリロードの遅さを改善したタイプで、50口径という弾の大きさからも信頼の威力を発揮してくれる、物体としてなら狙撃兵の友にもなりうる優秀な性能を持っている。

 本来なら遠くから狙撃するため、モシンナガン以外をほとんど扱った事の無い千雨であれば照準を付けることは難しいが、此度の戦闘は近~中距離間の草木が生い茂る状況戦。そう遠くに狙いを付ける必要はなく、結界を吹き飛ばす威力さえ出してくれればこの場の牽制攻撃にもなるからだ。

 

「リロード、セット」

「くくっ、それでいい気になったおつもりでしょうが……」

 

 自分に言い聞かせるように弾を込めて狙いを付けると、天女の如き微笑を携えた織姫の顔が視界に映った。普通のものなら男女問わずに見とれるであろうそれを、千雨はまったく気にも留めずにトリガーを引き絞った。ふだん使い慣れた物とは比べ物にならない程の反動が体を襲い、しかし慌てることなく腕の中で跳ねた銃身を落ちつかせる。

 その時だ。女が何やら呟いたかと思えば、先ほどまでソリッドアイでのみ視覚に捉える事が出来た織姫の魔力障壁が三角錐の形となって実体化し、薄い緑色を発しながら千雨の銃撃から身を守った。少なからず銃身そのものにも魔法的強化を施してもらっているおかげか、相手の結界障壁に罅を淹れることはできたが、其れは微々たるもの。強化ガラスに拳銃の弾が当たった程度の損傷で、先ほどまでのは手を抜いていたと言わんばかりの硬さを発揮していた。

 

 ―――最初にさっさと麻酔弾を打っておけばよかった。

 小さな後悔が胸の内に広がるも、今はそれを気にしている時間は無い。すぐさまリロードを行おうと銃身を傾けたその時、先ほどまで静止していた結界の一部―――魔力の糸の様なものが千雨に向かって降り注いだ。例えるならば、それはスクリーミング・マンティスの持っていた極細の糸の様で、触れてしまえばワイヤー暗殺術のように切り裂かれてしまうのは明白だろう。

 身を捻って、魔力糸の来る方向をソリッドアイの演算機能を使って予測しながら避けていく。その間にもリロードをする手は休めず、虎視眈々と高笑いを上げている織姫の攻撃の隙を見極める。不意に、一気に物量で押しつぶそうと言うのか、右側の上から糸が固まって隊列を組みだしている事を発見する。そして、一気に薙ぎ払ってくるように糸が網目状になって此方に向かい、ところてんを切り刻むが如き容易さで千雨の命を奪い取らんと迫る。

 

 しかし、それはこの上ない好機。あちらの戦闘経験はどうにも浅い…いや、戦闘と呼べるような戦いをしてこなかったのだろうと分かるが、傷を負ってもすぐに自分で縫い直して怪我自体をその場で手術するような手段を取っていると判断した。

 故に、こちらが銃専門でないと言う手の内を見せる事にする。左手に銃を持ちかえると、右手にはポーチから引き抜いた高周波ナイフを握る。網目の魔力糸があと1メートルまで迫りくる中、千雨はその攻撃と正面から向き合った。そして、ナイフの刃を閃かせ、鍛えに鍛えたナイフ捌きを披露する。

 

「お、お、お、お、お、お、おぉぉおおおおおおおおおっ!!」

 

 この際女であるかどうかなんぞどうでもいい。そう言わんばかりの咆哮と共にリズムよく織姫の組んだ網目の一つ一つを正確に切り裂いていく。丁度身を捻って飛び込めば無事に済むほどの穴を開けたところで大地を踏みしめ、引っかからないように回転しながら跳躍。狭い穴の中に頭から突っ込んで行った。

 頭から入って、レーザーの様な糸が首、胸へと移動する。懸念部位だった胸の部分も自分はそれほどない方でよかったなどと思いながら、落下の角度に合わせて足を器用に上に上げて接触しない形に完全に潜り抜けた。

 受け身を取って着地し、すぐさま銃口を織姫に向けて一撃を放つ。先ほどの場所と寸分の狂いなく撃ち抜いた様はまるで、伝説の眉毛や顔が濃い狙撃手のよう。そして美しいほど自然に同じ場所を打ち抜かれた織姫の結界は、全体に罅が浸食して行った。これには流石の余裕を保っていた織姫も驚いたらしく、ありえない、と言ったのだろう口の動きを千雨が捉える。

 

 驚いてばかりなのは戦場で命とり以外の何物でもない。たとえ幻想(VR)空間だったとしても、エヴァンジェリンと言う怪物と何度も命のやり取りを行った千雨にとって、たかが百年ちょっと生きたかも知れないと言われている織姫の相手は容易い物だったと言う事か。

 

 そんな確実な手ごたえを手にしたまま、千雨はポーチにM82A1を仕舞い込み、ポーチに押し込んだ手からは新たな兵器を取り出していた。ソレの名は、ほとんどの人が知っているだろう「グレネード」。だがその種類は近年に至るまでに様々なものが開発されてきており、千雨が取りだしたのはその派生系である「スモーク」と「閃光」だった。

 両手に構えたそれをまずは口でピンを抜き、カウントを始める。その間にナノマシンで強制的に足の筋肉を使って慌てている織姫のもとに疾走。二度の対物ライフルの直撃で確実にこじ開けた穴に閃光とスモーク、両方の手榴弾を投げ込み、己は両眼をつぶって耳をふさぎ、その場に勢いよく飛び込んだ。

 

 彼女が地面で構えをとった瞬間に巻き起こる、目を潰すほどの光と耳を引き裂くような強烈な音波。結界なんて言う一種の閉鎖空間にいた織姫は、当然ながらその強烈なものを喰らって視覚と聴覚に大ダメージを与えられている事だろう。そして次に相手の行動を鈍らせるのが一緒に投げ込んだスモークグレネードの役割。湧き出る緑色の濃い煙は、当然ながら吸ってしまえばその場で大きくむせてしまうだろう。

 それから数秒後、どさっと何かが倒れるような音が鳴り響き、千雨のソリッドアイに映されていた濃密な魔力反応は一気に収束を示していた。

 

「作戦、成功か……」

 

 その場から立ち上がって後ろを振り返ると、おそらく最初のスタングレネードの強烈さにそのままやられてしまったのであろう、瞼を開けたまま気絶している織姫の姿が確認できた。その成果を見た瞬間、存外にナノマシンを注入しただけの一般人でもそれなりに出来ることはあるんだと言う事と、同時に魔法を扱うものに勝てたと言う嬉しさが込み上がってくる。ナノマシンによって多少はこの感情も誇張されているのだろうが、今ばかりはその嬉しさに身を預けてみようと思う。

 しばらくその場で勝利を噛みしめていると、唐突に最初に逃がしたザジの事が気にかかった。周りに誰もおらず、こちらにフォックスが向かっているのだから安全は確実だろうが、余計な心配をかけてしまったのではないだろうかと、少し罪悪感が湧き上がってくる。怖い思いをさせてしまって申し訳なかった、とも。

 

「あいつ、ちゃんとみんなのトコに戻れてりゃ良いけど……」

 

 次に自分の体を見下ろし、躱しきれなかった織姫の糸による裂傷や泥だらけになった制服を見て思う。―――さて、これをどう子供先生にごまかしておこうか、と。

 

 

 

「……ちさめ」

 

 アレから自分を逃がしてくれた彼女だが、林の中から凄まじい銃撃音を聞いて不安が募る。相手は魔法使いだからそんな銃など使っておらず、つまりは長谷川千雨という人物が銃を扱っているのだと連想できるが、深く考えれば彼女は自分の代わりに戦っていると言うことでもある。

 なんの魔力も持たない一般人。そりゃあ、多少は精神干渉系の魔法に耐性が在ると言っても、魔力そのものを持っていない特別な力を使う才能そのものが無い人物が凶悪なまでの魔力を有したあの相手(オンナ)と戦っているのだ。心配しない方が、無理な話である。

 

 そうして不安を悶々と募らせているザジのもとに、一人の人物が降り立った。全身をサイボーグ姿で包んだ一つ目の男。つまりは千雨が応援に呼んだフォックスだったが、ザジは彼の事を何一つ知らない。不審な人物と言ってしまえばそれまでの怪しい風貌には変わりがない。ただ一言、彼女の心を警戒から氷解させるものが在るとするならば―――

 

「チサメの言っていた、ザジ・レイニーデイはお前だな?」

 

 そう、命の恩人と言うべき長谷川千雨の知り合いであると言う事。そして、彼自身の言葉の中に見え隠れする優しさや気づかいの感情に気付く事だろう。本質的にフォックスは敵ではないと分かったからか、少し間を置いて、ザジは口を開く。

 

「千雨…知りあい?」

「同僚とも言えるな。救援を受け取って来てみたが、何処にいるかは分かるか?」

「こっち、真っ直ぐ行ったら…」

「感謝する」

 

 魔力や気は感じない。だと言うのに、その鉄に包まれた体は疾風のようにして森の中に消えて行く。一度目を瞬かせると、既にザジの視界に彼の存在は認識できなかった。

 どうか、二人とも無事でいてほしい。ふと気付けば、そんな事を考えていた。

 

 

 

 

 緑の煙が立ち上る場所を目印にフォックスが到着した時、すでに織姫と思しき人物の魔力は感じられなかった。辺り一帯を囲っていた筈の結界は反応さえ残さず解けているらしく、溜息と共に立ち尽くす千雨の傍に行くまで何の障害も感じられない。

 消耗は最小限に避ける事が出来たのかと安心すると同時、いい加減気付いてもらわなければと声をかけると、ソリッドアイで位置情報は分かっていたのか、特に驚く事もなく彼女はフォックスに話しかけた。

 

「ははは……人間、必死になりゃ存外にできるもんだな」

「お前の事だ。常識外の力を有す者との差を感じて全力で仕留めにかかったのだろうが……どちらにせよ、見事なものだ」

「お褒めに預かり光栄ってトコだな。あ、流石に私が連れていくなんて出来ないし、コイツを縛り上げてって欲しい。スタングレネードで気絶してるけど、麻酔は撃っとくか?」

「そうだな。途中で目を覚まされても厄介だ」

「んじゃ、遠慮なく」

 

 千雨がハッシュパピーを取り出し、弾丸を確認。再びマガジンを銃底に入れなおしたその時、フォックスは違和感に気付く。

 

「…チサメ」

「どうした?」

「敵は、何処だ?」

 

 瞬間、先ほどまで使っていた高周波ナイフと共に構え、基本的なハンドガンCQCの構えをとる。フォックスは両腕の格納領域から高周波ブレードを取り出し、刃と柄を組み合わせて刃を上段にして周囲を警戒する。

 振り向かずとも理解していたが、二人のレーダーには織姫の倒れていた場所には既に何もない事を知らせている。何の魔力の乱れもなくその場から退避したのか、それとも今もこの視界は良好とは言えない森のどこかに待ち伏せしているのかは分からないが、唯一つ二人に共通して理解できている事は――

 

「結界が張り直されたか。最低限の常識は持ってるってわけだな」

「はたまた此方をまとめて…という魂胆があるのか。自信家には違いないだろうが、油断できない事は確かだ。チサメ、背中を預ける」

「へいへい。バラけた方がこの場は危険だしな」

 

 結界の領域に巻き込まれたせいか、ばさばさばさっと森の一部がざわめいたかと思うと、二人の周囲には幾つかの雀の死骸が転がり落ちて来た。これはつまり、結界そのものが殺傷能力を得たと言う事を示している。

 

「RAY、こちらFOX1およびFOX2。敵の結界に閉じ込められた」

≪…ざ、ざざざ―――チ……こ……下げ―――≫

「RAY? ……くそっ、ECMにも対応しやがったか…?」

「いや違う。魔力濃度を計測してみろ」

「…これって、そりゃ電波も掻き消される…!」

 

 背中合わせで周囲を見渡す中、千雨のソリッドアイには周辺に展開された結界の濃度を測定し、表記していた。それに表記されたのは「94%」。これはつまり、最早周囲に漏れ出ても入る事さえできない、出る事も敵わない強度や迎撃だけを突き詰めた殺す気の結界。これに閉じ込められたのが魔法使いであるなら、一体どのような術式を組めばどうなるのか、などと言って頭を抱えていただろうが、今の二人にとっては厄介なものだと言う認識程度。

 フォックスは結界を切り裂いて撤退するシュミレートを脳内で行っていたが、自分の技量で結界に「崩力」を放った場合、予測映像には威力の足りない振動が自分に返され、逆に細切れにされるであろうというもの。どうあがいても引っ繰り返らない事象には逆らうべきではない。そこまで考えて、小さく舌を打つ音が森に響いた。

 

「計測は其方のほうが上だろう。敵の尻尾は掴めるか?」

「今やってる。……大きな魔力反応はあるが、上空。しかも複数点在してるから何とも言えない感じ、かな。あくまで表記に出たデータでしかないから、あてにすんなよ」

「分かっているさ」

 

 フォックスが言葉を返したと同時、再び森がざわめいた。しかし、先ほどと違って聞こえて来たのは雀とはまた違った羽音が聞こえて来たと言うこと。力強く飛翔し、大きな体に見合った翼を何度も羽ばたかせ、時には滑空で空を縦横無尽に駆け回る。

 こんな時に大きな鳥がいるものだと最初は感慨深く思っていた千雨も、違和感に気付く。どうして雀が落ちてくるほど低空に結界が張られている筈なのに、大きな鳥が落ちてこないのか。そして、羽音ばかりしか聞こえないのはどう言う事だ?

 

「フォックス、上の鳥だ!」

 ―――ピィィイイイイイ!

 

 千雨が叫ぶと同時に上空から巨大な白い翼を持つ「白鳥」が急降下してきた。その足や棚引く羽の一本一本からは織姫が操っていた物と同じ、極細の魔力糸の特徴が見受けられた。つまりこの鳥は、織姫自身…!?

 幾ら魔法だと言っても動物に変身するのはありなのかと思ったが、その体躯の巨大さから唯の変身で無い事位は両者ともに確認する。とにかく、あの姿には嫌な予感が背筋を這いまわってばかりであるのがどうにも恐ろしい。直感的に感じ取った二人の内、フォックスが千雨を抱きかかえると強化外骨格の跳躍力を使って近くにあった木の影まで一気に離脱する。

 そして変化は起こった。白鳥が通り過ぎて行った先に追従の風が吹き荒れると、その場の景色は一瞬にして砂塵の吹き荒れる砂漠へ変貌した。切り刻まれた地面は一体どこまで細かくなったと言うのか、一時的な砂嵐が収まった後には、白鳥の軌道に沿うようにして、U字曲線を描いたクレーターが顔を覗かせている。

 

『生きては帰しません……此処で一人残らず塵と化しなさい!!』

 

 鳥の姿で喋ったからか、上空から織姫の美しい声はくぐもった甲高いばかりの耳障りな音となって二人の鼓膜を刺激した。そのまま音響攻撃で攻め続ければ千雨らの足止めは出来ただろうが、自分自身その声が気にいっていないのか、また元の鳥の鳴き声として意味を持たない叫びを撒き散らす怪物へと変貌し、再突撃に集中しているようだ。

 

「…強襲してくる爆撃機の様なものか」

「なんっで、冷静にいられるんだよ!? つか、耳痛ぇ……」

「なにはともあれ、白鳥狩りか。チサメ、この結界なら早々に破壊される事も、中の騒ぎを感知される事もないだろう」

「アレ使えって? 反動でかすぎる欠点は―――」

「構わん。俺が場を用意してやる」

 

 高周波ブレードを振りおろし、膝を折り曲げてフォックスは飛翔する。近くの大木などを足場として飛び回りながら、葉っぱが覆い尽す千雨の視界の外へ彼は消えて行った。

 なんと言うか、集合時間に間に合うのかどうかという疑問が湧いてくるものの、今の状況を何とかしない限りにはこの場から出る事さえも叶わないのだろう。ならば、フォックスの機体に応えてやるほかあるまいと、ポーチに手を伸ばして「とっておき」を構える。

 

「ソリッドアイ視界接続。スティンガー-RMPブロックⅡ装填っと。ロック、開始。表示される画質は良好~♪ なんて、な」

 

 俗にRMP型と称されるスティンガーミサイルの発展型。彼女の時代である2003年であっても既に財政支援の打ち切りが行われているが、これはRAYの倉庫で着実に在庫として眠っている一品。その射程は8000mともいわれているが、この際に千雨が選択した決め手としては、このスティンガーは常温であってもロック可能という利点に尽きる。

 

「さ~て、猟狐が来るか獲物が来るか」

 

 千雨は舌舐めずりをしながらつぶやく。まだ見えぬ敵との戦いを繰り広げるフォックスを魔力の動きで感知しながら、ひっそりじっくりと期を待ち伏せるのであった。

 

 

 

 流石に空中線を繰り広げる事も出来ないフォックスは、可視できる薄い色を伴った結界の向こうで悠然と飛び続ける白鳥――織姫の変化したであろう姿――を観察しながら右腕でチャージを行っていた。本来なら銃身が耐えられない、過密電力で配線が逝かれやすいと言ったネームバリューを持つ荷電粒子砲であるが、彼の一新された強化外骨格には超しか知り得ぬ未来の技術が施されている。RAYが極秘裏に頼んだもので在り、使用者であるフォックスには知らされていない事だが、其れを知らずとも兵器としての威力は差支えない、いや十分なレベルで在ると笑みを漏らしていた。

 右腕に電気が集まり、強化外骨格を漏れ出た静電気がバチバチと小刻みに電気信号を右腕に与えて震わせるが、まるで聞きしに及ぶ武者震いのようではないかとフォックスのテンションを上げさせる。

 

 そんな時、織姫は白い翼を大きくはためかせて急上昇を行ったかと思うと、一身に風を受けて急降下してきた。真上からの襲撃は結界の範囲から考えても最短でフォックスに辿り着く事が可能で、慌てて迎撃しようものならフォックスの攻撃を結界が阻んでくれる。そして人間ではそんな正確なタイミングをつかむ事がないと思ったのだろう。確かに、普通の人間では熟練の射撃手であってもこうした状況に対応できない者が多い。

 だが、フォックスはその他大多数に含まれる人間ではなかった。薬漬けの毎日、残った記憶の最初には戦いばかり、そして動きを最大限補助する強化外骨格に身を包み、ナノマシンによる精神補助も成された「作られた怪物(フランケンシュタイン)」が最も適切な表現なのだろうが、彼はそんな怪物とは比べ物にならない自我を持っている。

 

「ハァァァァ………」

 

 よって、彼にとっては針の穴を突くような作業など朝飯前。右腕を変形させながら銃口を露出させ、真上に狙いを付けて制止。足は木の頭頂部に固定して発射の衝撃で落下しないよう微調整を行う。

 目標が接触するまで…3、2、1、―――0。

 

「ッ!!」

 

 異変を感じ取った織姫は、ほぼ無意識のうちに魔力糸を全面に張り、シールドのように身構えていた。その瞬間、彼女の視界は鳥目も潰すような見覚えのある閃光に包まれる。太陽のようにギラギラとした、その体に明らかな危害を加える光。

 

 大衆曰く―――レールガン。その極光の一撃が、空を引き裂いた。

 高圧の電撃、そしてフォックスの「気」を纏ったまま飛来する音速以上の弾丸は、失速することなく織姫の()に着弾。一秒にも満たぬ拮抗の時間は設けられていたが、次の瞬間には網の表面を食い破り、織姫の白鳥と化した体へと着実に迫っていく。彼女は更なる魔力を行使して糸を眼前に織り続けたが、衝撃の強さに細すぎる魔力の糸はたまらず衝撃波のみで吹き飛ばされる。

 気付けば、それは自分の額にまで迫っていて―――

 

『ギャァアアアアアアアアアアアアアアアッ!』

 

 痛い、痛いいたいイタイイタイイタイイタイ痛痛痛痛痛痛痛っ。頭が、背中がはがされる。焼かれてしまう。この肌が、彦と対をなし捧げ愛し合い触れあって撫でられ手を取り合いさすってもらう体が無くなっていく無くなってしまう焼き尽くされてしまう!

 

 彼女が激痛を感じている間にも、フォックスの狙い通り額から数ミリ上側に飛翔する弾丸は、織姫の羽や皮膚をすれすれに抉り取りながら突き進み、空の彼方へと消えて行った。今度こそ、死の危険が迫って朦朧としてきた意識の中、彼女は更なる地獄を見てしまった。

 それは、近づいてくる、一陣の、刃。

 

(ほう)

 

 力の薄れた彼女の結界は、既にその構成を緩めて来ていた。その結界ごと切り裂かんと、左手に構えた刀を両手に握り直し、フォックスは跳躍して弓なりに体をしならせていた。彼の背中から、ぎちぎちぎちぃっ! という無理な角度に折り曲げられ、それでも使い手の身体能力を補助しようと歯を食いしばる外骨格の懸命な声が響き渡る。

 それだけの膂力を込めたと言う事は、織姫の落ちかけの意識の中で一種の悪寒となって駆け抜けていた。だが、だからと言って体は動かせぬし痛みも消えない。

 

(りき)ッ!」

 

 あれよと言う間に、フォックスと言う体から、斬撃と言う名の矢は放たれる。振りぬいた刃は織姫の右翼を切り裂き、質量を纏った刃として突きぬけ、更には彼女の崩れかけの結界へ至り、轟音を響かせ魔力の波動さえ残さず消滅させた。

 この時点でこの場で彼女が作り上げた物は何も無くなってしまった。それでも、全てを無効化される嘆きを感じさせぬほど、激痛によって途切れさせてもらえないまどろんだ意識のままに。叫びを上げる事も出来ずに重力に従って落下して行く。

 枝や葉を巻き込みながら落下して行く中、ぼんやりと思う事が在った。

 

 ―――ああ、(わたくし)はこのまま地に堕ちるのですか。

 

 彼女がそうして諦観の瞳を携えたその時だった。

 確か日本最古の古文にあった一文が思い起こされる。

 「もと光る竹なむ一筋ありける。」その()が竹取の翁のように、幸せの子であったらどれほど良かっただろうか。ここまで現代兵器に精通していない織姫でも悟る事ができた。此方に向けられた鉄筒(タケ)は、命を奪う武器であると。

 

 後部から煙を上げる鉄の玉が、今日の彼女が見た最後の光景。こうして、森に新たな轟音が鳴り響いたのだった。

 

 

 

 

 精も魂も尽き果てたからと言うべきか、地に伏した白鳥の体からはその身を覆う羽が空へ巻き上げられ、一枚一枚が剥がれおちて行った。その中でまだ息が在ったのか、小さく呼吸を繰り返す織姫の人間の体が見えて来る。一つの気になるところだったのだが、フォックスが斬り落とした右翼は白鳥への変身による一時的な物だったようで、彼女自身の右腕は無くなることもなく、ちゃんとくっついているらしい。

 対し、この場にいるもう一人の女性である、全神経を研ぎ澄ませて機会をうかがっていた千雨はスティンガーミサイルをポーチに仕舞い直した。例え使えないゴミになっても、こんな場所で不法投棄して行けば指紋から個人特定されてしまうからだ。それ以前に、常識的な事実として日本内で銃を捨てていくなどバカのすることである。

 

「終わったか」

「誘導お疲れさん。…にしても、こいつも生命力が高いと言うかなんというか……」

 

 千雨の見下ろす先には呼吸を繰り返し、眠ったように気絶する織姫の姿。

 

「死んでいないなら都合がいい。今回の目的は過激派残党の掃討でもあるが、現状では捕縛しておけば、敵の情報を吐かせる事も出来る」

「敵の本拠地さえ判明してないからなぁ。じゃ、捕虜は任せた」

「了解。あわよくば説得してみるのも悪くはない」

「……出来るのか?」

「一応、BIGBOSSの右腕は多才でないと務まらない。その際に“スカウト”としての訓練も極めている」

 

 その言葉は偽りに非ず。麻帆良に留まっている半年間はVR訓練を積み直した事もあり、兵士として修めた技能は多岐に渡っている。戦いばかりが能ではないのが、BIGBOSSの右腕たる所以である。それは、シャドーモセスでの若きソリッド・スネークに正体を悟らせなかったあの演技力でも明らかになっているだろう。

 

「一軍に必ず一人は欲しい人材だな。お前は味方でよかったよ、本当に」

「そう言ってもらえれば光栄だ、新米兵士(ルーキー)。動きは悪くなかったぞ」

 

 らしくない皮肉を残し、彼は織姫を背負ってステルス迷彩を起動。予備の携帯型ステルス機も織姫の体を隠すために起動させると、ほとんど黙視できない程に景色と一体化して千雨の元から離れて行った。遠ざかる足音だけが、彼らを認識できる方法である。

 

「…やべっ、集合場所まにあうか?」

 

 感慨深くその方向を見つめていた千雨も、思い出したように足を動かし始めた。

 太陽が赤色に染まり始めた空を見て、急がなくては、と。

 

 

 

 時刻は同日7時。戦闘の時間は短いようにも感じたが、やはりそれなりに経過していたらしく、千雨は珍しく到着に遅れたと言う事で悪目立ちしてしまっていた。最初は遅れたことに対して新田先生からおしかりを受けたのだが、とにかく旅館まで来いという指示に従って近づいてくると彼女の服の惨状が否が応でも見えてしまい、さらなる混乱を招く事になる。

 

「ど、どうしたんだ長谷川! その服の汚れと怪我は…!」

「お、遅れた原因、です。あまり言いたくなかったんですけど……」

「そんな事を言っている場合じゃないだろう!」

 

 その懸命な新田の表情から心から心配してくれている事は、掛け直した眼鏡の下からでも読み取れる。魔法先生ばかりでなく、こうした漫画で見た様な熱血教師がいる事もそれなりに現実離れした事象として辟易だと思っていた彼女だったが、実際にこうして心配してくれる人がいると言うのは嬉しく思う。

 だからこそ、そんな人に本当の事をぼかして言わなければならない事に心を痛めてしまう。それが、どうしようもなく哀しい現実だ。

 

「それが、ザジと笹の滝に行って森の中に入ったんですが…」

「あの周囲に広がる森か。せっかくの観光だからという気持ちは分からんでもないが、どうしてそうなったんだ?」

「そのまま自然を満喫して、バス停まで行こうと思った時にガラの悪い男が何人か出て来たので、彼女を先に帰して私は残ったんです。予想通り、彼らの目的がアレだったんで応戦したんですが……何とか撃退できたものの、こんなことに」

 

 言い訳のシミュレートとしては此れが最も有力だろう。擦れて土が付着し、織姫の網を潜り抜けた際に制服の裾などの一部が斬り飛ばされた状態。暴漢に襲われた、と言っても差支えない損傷を追っていたから、言い訳として彼女が此処に来るまでに考えたものだ。

 ただ、本当に恐ろしい物に遭遇した点では真実なので、彼女の瞳の奥に灯る「異質な出来事への恐怖」は新田先生には「暴漢への怯え」と受け取られたようで、彼は大きく息を吐きだした。

 

「本当に無事でよかった……。大人に頼れない状況、そしてその中から無事に戻って来てくれたのは確かに教師としても嬉しい限りだ。だが金輪際、このような事に巻き込まれないよう近くに人のいる場所を通りなさい! 分かったな?」

「はい」

「すぐに風呂に入って、浴衣に着替えてこい。制服はサイズが合うか分からんが、学園長からもしもの時と、予備の物を渡されているのから後で渡せるよう手配をしておく。しずな先生のところに行けば貰える筈だしな。…それじゃ、すぐに綺麗になって来い」

「ご心配をおかけして、申し訳ありませんでしたッ!」

 

 これ以上は胸が痛む。そう思って逃げるように自分たち三班の予約部屋へと駆けこむ。丁度この時間は全員が風呂場に向かっているのか、待っていたのは静寂と薄暗さだけだった。ボロボロになった制服をポーチの「迷彩服」欄に仕舞い込むと、残っていた宿の浴衣を軽く羽織って風呂場に足を進める。

 こんな時ばかり、自分は失敗してしまうんだな。そうしてこの平穏が如何に重要かを思い知りながら、元の平和に戻ってきた事と敵を一人捕まえる事が出来た嬉しさを同時に噛み締める。どうなるかと思われた修学旅行も、雲行きは明るくなってきたのかもしれない。

 

 

 

 

「ひょ~ほほほっ」

「くっくっく…!」

 

 すぐそこに待ち構える、混乱に気付くことはできなかったようだが。

 




いかがでしたか?

織姫の形態変化が「白鳥」だった理由は次回に明らかにしていきたいと思います。
それにしても、最近一万字オーバーが不通になってきてしまいましたが、文章量が多くて読みにくいという人がおりましたら、なるべく読みやすいように小刻みに投稿したいと思います。その際の平均は七千~八千になりますが。

では、またお会いしましょう。


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☮嫌な約束は振り払え

人を人形などと言っていた彼らもまた、悲しい運命を背負っている。

―――などと考えがちであるが、そんなことは断じてない。
外道の輩は必ずいる。それだけは、人間の変わることの無い真理であるのだから。


 ―――では、ゲーム開始!!

「うわっ、な、なんだぁ!?」

 

 風呂に入ってからすぐ床に付き、きっと明日も巻き込まれるのだろうなと体力を戻す為に布団の温かさに包まれていた彼女であったが、聞き覚えのある声がテレビから聞こえて来たので何事かと目を覚ます。どうやったのか旅館の電波をジャックした朝倉和美が先ほど言った「ゲーム」の主催を務めているらしく、画面の隅には見た事のあるオコジョが跳ねているのを発見した。

 

「長谷川さん、目が覚めましたの?」

「どーいう事だこりゃ…また何でこんな……」

「貴女は早々に寝てしまったので知らないでしょうが、ネギ先生の唇争奪戦が行われますのよ! 各班の代表選手は二名ですから、本当なら貴女を応援としてお呼びしたかったの…お疲れのようですし、部屋で寝ます?」

「……ここで様子見させてもらうわ。どうせお前らの喧騒で寝れないだろうし」

「そうですか。それでは、私はネギ先生を死守しなければなりませんので、また後で!」

 

 しゅたっ、と手を上げて部屋から出ていく彼女を見送って、残ったあやか以外のメンバーを見回す。全員が千雨と違って暴走するあやかの近くに寄りたくないのか、部屋の暗がりの中へ退避しているようだった。

 それよりも、朝倉がこんな事をしているのはどうせ、あの画面の端に映っていたオコジョの仕業だろう。エヴァンジェリンとの戦いでも見たように、ネギの使い魔として現在はなりを潜めているらしいが、あの真祖の吸血鬼から聞いた話ではオコジョ妖精という仮契約を行うための仲介役にもなれると言うではないか。しかも下着泥棒と言う最悪の汚名付き。

 となると、これは「魔法騒動」という括りの筈。その恐ろしさを身を以って知った朝倉が何故こんな事をしでかしているのか。彼女の体内にも念のためと言う事で打ち込まれたナノマシンと同じ周波数に合わせると、千雨はコールを行った。

 

≪朝倉! あまり魔法に関わり過ぎないんじゃなかったのかよ!≫

≪あれ、ちうちゃんどしたの≫

≪その名前はやめろっての! じゃなくて、今の状況忘れてねーだろうな。今ここで“関係者”を作ったら、真っ先に狙われてもおかしくないってのにっ≫

≪「……え」≫

 

 無線越しに聞こえて来たのは、おそらく肉声でも発したのだろう茫然自失とした声色。派手に喋るわけにもいかないからか、画面の端に映っているオコジョが不思議そうに朝倉を見上げているが、流石にこの通信には気付かれていないようだ。

 

≪くそっ、やっぱり生死に関わる問題と思ってなかったか…とりあえず、お前お得意の情報操作で仮契約でもスカカードしか出ないように手配しとけ。もし、仮にもしもの話だが……!≫

 

 語尾を荒げて千雨は通信に叫ぶ。

 

≪本物の契約カードが出来た場合、ソイツの支援やネギへの責任を徹底的にしておけ。お前はあくまで間接接触(サブポジション)に留まったと思ってるかも知れねーが、本当にこれ以上魔法の世界の奥深くまで行くんだったら、RAYに頼んで戦闘データを開示しときやがれ。私からは以上だ。…まぁ、それでもやっぱり深くまで来るんだったら、最大限こっちからの援護はする。最終的にお前を巻き込んだのは私らだからな≫

≪え、あっ。…分かっ―――≫

 

 ツッッ! 最後まで彼女が言い終わらないうちに、千雨は無線を切った。

 浴衣の帯を巻き直し、外れないようにしっかりと固定してからその上にいつものポーチを巻き付ける。本当なら此処で浴衣の下に軽めの家庭装甲(厚い紙など)を入れる所だが、クラスメイトが他にもいる中でそんな派手な真似は出来ない。

 

(ちょっと油断し過ぎたな…)

 

 ホームページの更新は深夜に行って、それまでの間は屋上にでもよじ登ろう。そんな考えを抱いて外へ足を向けた時、背後からあれ、という声が上がった。どうやら村上が千雨の様子に気づいたらしい。

 

「長谷川さん何処か行くの?」

「ちょっと新田に見つからないように外で空気吸ってくる。帰りは遅くなるけど心配すんな」

「結構大人しいと思っていたんだけど……意外と悪い子なのかしら?」

「那波、まぁ見逃してくれると助かる」

 

 まぁ一人になりたい時もあるわよね、と彼女達はすんなり千雨の外出を見過ごした。最後の三班にねじ込みになったザジは何も言わずに彼女の背中を見つめているだけだったが、あのポーチから銃を取り出すところを見ていたので、何か危険な事をしに行くのかと、無表情ながらにハラハラとした感情を発露させている。

 

「……いってらっしゃい」

 

 だが出来る事もないだろうと。小さく手を振って見送るのだった。

 

 

 

「………」

 

 どうにも、不思議なものだ。気絶した織姫を背負いながら、フォックスはそんな事を考えていた。仮にも遂行型とは言え、地対空ミサイルを生身で喰らっておいてまったく傷が無い。千雨が最初に結界を撃ち抜いたという戦闘データを移動中に閲覧しておいたが、その時にもただ「縫っただけ」で傷を塞いでしまうと言うありえない回復方法を取っている。BIGBOSSもスネークイーター作戦の折には負傷個所をメディックの言葉に従って銃創や骨折を応急手当てしていたようだが、それとはまた違う回復方法なのだ。人体の法則を無視している辺り―――

 

「やはり、“魔法”と言う事か」

「……う、………ん」

 

 背中の織姫がそんな気絶状態でも己を誇示するかのように唸る。まだまだ目が覚めるようなフェイズには至っていないので安心ではあるが、少しばかり場所が遠いのが難点か。フォックスの現在地は奈良県。だというのに、呪術協会本部が京都の人通りの多い場所に在るのだから、中々たどり着けない。

 そんなこんなで走っているとようやく県境を越えたらしい。一応道に沿って走っているので、この先の行き先案内が描かれている看板を見る事ができた。あまりに急ぎ過ぎれば彼女のステルス迷彩が追いつかない、かと言って、それ以下のスピードでもオクトカムに当たった電灯の光などが反射してしまうので、余計な目撃情報や噂を広めかねないのだ。

 

 未だ生身である事がどうにも恨めしい。織姫がもし協力的で、それでいて普通サイズの白鳥や他の鳥に変身する。その上で自分も怪しまれないよう他の鳥になる事が出来れば効率がいい……ふと、フォックスは現在の己の思考形態が、すっかり魔法を前提にした考え方になっている事に気付く。それでいて、普段ならこう言った理想論は考える筈もないのに、こうなってしまったと言う事は、自分も随分と平和に慣れ切って余裕が出来る生活を送っていたのか、とこの世界に来てからの己の行動を振りかえっていた。

 

「……ナオミ」

 

 振りかえると言えば、真っ先に思いつくのがこの女性の名前。そして、後悔してもしきれない最期を遂げたナオミ・ハンターという己の義妹の存在だった。

 彼女に何も伝えることなく、むしろ恨んでいるかもしれないソリッド・スネークにしか伝言を遺す事が出来ず、無謀にも巨大兵器に挑んで行って…散った最後の光景が瞼の裏に蘇ってくる。前にも言ったように最後の意思は伝えられたので、後悔は無いのだが。

 

 そんな義妹の研究を進めたナノマシンが体の中にあり、己達以外の悲劇の全てをも仕組んでいた「愛国者達(自己進化AI)」によって握られていたSOPシステムの一部を使っている自分が、これまた歪な存在に思えてくるものだ。死してなお収まらなかった闘争の心も、この体を無理やり動かしているのではないかと疑問が広がって行く。そんな時だった。

 

「どうやら、迷っているようですね」

「……回復の早いことだ」

 

 突如、背後から何もかもを見透かしたような声が聞こえてくる。それは言わずもがな先ほどまで戦闘を行っていた、忘れようともこびり付く声。織姫の声に他ならなかった。

 途中で獲物が起きていたのに気付かなかった失態を犯し、そうとうに鈍っていると己の未熟さを認識したところで強化外骨格を動かす電流を一時的に外部に放出してスタンガンのように気絶させようとプログラムを選択していたところで、また彼女の声に引き留められる。

 

「そう急く物でもありません。私にはこうして口を動かす程しか余力はありませんので」

「……呪術を使われん限り、首を絞めるなどは効かんがな」

「それは、それは。頑丈な(外骨格)を着ておりますものね」

 

 目の覚ました織姫は特に騒ぐ事もなく、最初に千雨と出会った時のようなゆったりとした声でフォックスに語りかける。彼女を背負った彼の視界では、後ろへ抜けていく景色にもならぬ風景が続いていた。

 

「どうやら、その右腕のどこかに珍しい物をお持ちのご様子。少しばかり、(わたくし)と話をしてみませんこと?」

「…言霊、とやらで操る気もないと?」

「元より、そのような力等、持ち合わせてはおりませぬ故」

 

 しばらくの無言が続き、二人の耳を打つ風の斬る音が少しばかり緩やかになる。

 

≪コールサイン、こちらFOX2。織姫を確保したので本部に輸送する。事情聴取として少しは聞いておくが、有力なものが出るかは分からん≫

≪………ッ……ザ……ゃ、った。繋がりました、詠春です。其方の判断にお任せしますので、いったんは一任してもよろしいでしょうか≫

≪情報を引っ張り出すことに関してはあまり当てにはするなよ。専門の尋問官でもないからな。オーバー≫

≪了解しました。来るのでしたら、迎えを用意しておきます≫

 

 詠春と定時連絡を取ると、仕方ないという風にフォックスはいいだろうと彼女に応えた。

 

「では、お一つ昔話を語りとうございます……」

 

 

 

 

「こちらFOX1。嵐山ホテル周辺に今のところ敵影は無し。…っつうか子供先生が見回ってるから、私要らなかったんじゃね?」

≪果たしてそうかしらね。こちらRAY、ようやく京都到着よ≫

 

 ようやく主力というか、最終兵器が到着したんだと分かると、千雨はほっと息をついた。

 

「やっとか。今はどの辺にいるんだ?」

≪大文字山で身を隠しているわ。オクトカムは正常に働いているし、コースから外れた場所に潜んでいるから見つかる心配もない≫

「地滑りとか起こさないようにな。戦闘データは参照したか?」

≪ええ。解析加えてみるけど、しばらく内容について学園長と話し合ってみるわ。指示が在るまで動くかどうかも分からないもの≫

「分かったよ。オーバー」

≪オーバー≫

 

 もう一度深く息を吐き、手に持った双眼鏡と屋根に取り付けたスナイパーライフル「VSSヴィントレス」を傍らに置く。この銃の最大の特徴はその消音機能の高さにあり、いつ耳聡い逸般人が銃声を聞きつけて屋根の上に昇ってくるかもわからない以上、狙撃銃でも気付かれない事を最大限考慮した銃を選ばなくてはならないからだ。

 弾速はギリギリで音の壁を超えないので、ソニックブームによる音が発生しない。そして、サプレッサーや二十発マガジンを持つとあって、戦闘能力の高さや補助能力にも信頼が置ける。こんなものを撃つ事なんて起きてほしくはないが、それでも控えておかければならないのが熟練の傭兵の辛いところ。って…

 

「いつから私は傭兵になったよ……」

 

 すっかり一流の一匹狼気分になるとは、自分も随分と妄想が酷くなったもんだ。

 それだけSOPの影響が強いのか、または先の戦闘の名残が消え去っていない事を強く実感する。そうして誰か来た際に備えた鎮圧用のMk.2を手の中で弄ぶと、くるくるとガンアクションを繰り広げた。

 もう一丁取り出したマグナム系の拳銃と組み合わせ、放り投げては背中で受け止め、回しながらに前に持ってくると、両手で回している銃を別同士に持ち替える。そして高く放り投げてポーチを開いて指を一本立てると、ポーチにはマグナムが、指にはMk.2が元の鞘にすっぽりと収まった。

 

「SOPの空間把握って、こんな事にも使えんのな」

 

 そんなシステムの汎用性の高さ(無駄遣い)を一通り楽しんでから双眼鏡をのぞき直すと、ちょうど此方に戻ってくるネギの姿が見えた。下の喧騒も「ネギ先生がいっぱい!?」「き、きききキスなんて……」などと随分と愉快な事になっているようだが、生憎今の自分はクラスの護衛が目的であって、クラスが巻き起こした事件を解決する事ではない。

 朝倉から何も連絡がないところをみると仮契約はスカカードも出来ていないらしいが、この有様ではそう遠くない未来に契約(不完全であっても)成立することは確かだろう。

 

 ちょっとだけ、その辺りが憂鬱だ。

 

「……はぁ」

 

 CALL! CALL!

 

≪……ち、ちうちゃん≫

「だからその呼び方ヤメロって……朝倉?」

≪ど、どうしよ…ネギ君が五人になったと思ったら一人で友達から始まったなって思ったら事故っぽく契約成立してそのえっとあの!≫

 

 要領を得ない言葉。その後はあうあぅ、どーしよぅなどうろたえている事が分かる言葉を連ねて行ったが、キーワードを抽出して千雨なりに会話を整理していった。とりあえずは朝倉に長めの深呼吸でしっかりと落ちつけてから、詳細を聞くことにした。

 

「それで、契約成立しちまったのは分かったけど、そりゃまたどういう?」

≪本屋ちゃんが、こけた拍子にキスしちゃって…そしたら仮契約(パクティオー)カードが……それで今私達は騒いでたからフロントで正座中……≫

「とりあえず頭冷やしやがれ。…しかし、宮崎か」

 

 あの戦闘とは無縁そうな少女が契約。確かにネギと良い雰囲気になっていたのは千雨とて気付いていたが、まさかこんなに早くフラグ成立してしまうとは予想外にも程がある。というか何故そんな状況下になった。もっと何か出来る事とか、咄嗟に宮崎を抱きかかえるとかいろいろ方法が在ったんじゃないかと、先ほどの朝倉と同じく半分混乱状態に陥ってしまっている彼女だったが、ナノマシンが興奮作用を感じ取って冷静になる様に体内で鎮静を促す。

 RAYのナノマシンは個体への注入量によって効果が左右される辺りが元来のSOPから劣化している部分ではあるが、普通の人間にはこの程度の遅延性で十分であろう。

 

≪……ねぇ、どうしたらいいかな≫

「バカレンジャーみたいな奴なら説明だけで十分だが、まさか宮崎なんて予想外だっつうのに……とにかく私からの指示としては隠し通す方向で。ネギや魔法使用者が情報開示を促すようなら普通に喋っとけ。判断は任せた」

≪…うん。頑張ってみる≫

「じゃ、夜通しでの索敵があるから通信切る」

 

 あまりお喋りで体力を使う訳にもいかない。来るかもわからない敵を待つのはつらいし、あの織姫を生け捕った事で、つがいだと思われる彦星にどんな影響を与えるかも分かったもんじゃない。だから、警戒しておくことしかできないと言う、曖昧かつ合理的な判断しか出せない陳腐な発想が恨めしいが、自分は三国志演義での諸葛亮のような先読みができる訳でもない。凡人らしく、道具に頼って最大限発揮すればいいだけだ。

 

「……寒っ」

 

 それにしても、吹きすさぶこの風何とかならないのか。

 千雨の恨めしさは、夜空の中に消えていくのだった。

 

 

 

 

 京都の関西呪術協会本部。今にも噛みそうな名前の本部にようやく到着…する前に、彼は詠春に遅れると言う断りを入れた後、大文字山に訪れていた。先ほどの千雨との通信ログを閲覧した事もあるが、RAY自身からフォックスに到着の旨を連絡してあったのだ。

 そしてこの場に織姫を連れて来たのは、千雨が持つロケットランチャーなどを大きく上回る強大な破壊力を持ち、更にはフォックスなどの様なものではなく、索敵専用に積まれたレーダーを搭載するRAYがいる事で、逃げ出す気さえも無くさせると言う目的があったから。

 下手をすれば敵に手札を晒すような行為に直結するのは確かだが、RAY自体が最終手段と言う事もあって、ばれたところで個の殲滅力を前にしては対策の取りようもないだろうと思っての事だった。

 

「さて、昔話とやらの続きは此処で聞こう」

「これはまた…大きな鉄の塊でありますね」

『≪その鉄塊のRAYよ。此処ら一帯には仔月光がいるから、逃げた瞬間ハチの巣か、纏わりつかれて黒団子になって圧死の二択。賢明な判断をお願いするわ≫』

「ふふふ、それは怖い怖い。では、この(おのこ)に語りました昔話、新顔もおるようですから、改めて語って聞かせましょうか―――」

 

 彼女、織姫がフォックスに話していたのは導入部分だったが、よほど話す事が楽しいのか、織姫は捕虜らしく口を閉ざす事もなく、つらつらと語りを始めるのだった。

 

 時の彼女が彦星と出会ったのは、ほんの6年前(・・・)の事。関西呪術協会にも属さない、フリーの呪術師の生まれであると、彼女は身の上話をはじめた。

 今の「織姫」となったのは、彼女には彦星が織姫として認めるべき技能…魔力糸の運用技術があったから、見染められて連れて行かれ、こうした肉体関係を無理やり持たされたらしい。だが、彼女は確かに「御伽噺」をベースとした呪術を扱っていたけども、それは決して七夕伝説の織姫を意識していたのではなかったという。

 

『≪興味深い話しね。それじゃ、どうして織姫として収まっているのかしら≫』

「それを今からお話するのですよ。やはり所詮は作られた物に過ぎないと言う事でしょうか、先も読めぬとは随分とお粗末な頭をお持ちのようで」

『≪それはどうも。別に言われても何も感じない欠陥仕様だけれども≫』

 

 女(片方は?)の戦いが勃発しそうになって、フォックスが何ともいたたまれない感じになりそうだったので、気付いた二人は場を持ちなおした。そして織姫は続きを語る。

 

 そんな織姫は、元々は「鶴の恩返し」という童話を基にした呪術を扱い、美しい衣を織っては呪術協会やオーダーメイドでひっそりと研究費を稼ぎ、その作業を見られたものからは逃げ出して安住の地で再び作業を再開する事を続けていた。

 だが、彼女は変身したのは「鶴」ではなく「白鳥」。この辺りに、フォックスは違和感を感じる。

 

「……史実とはかみ合わないどころか、白鳥等どちらにも――」

「どうやら外国のお人の様で、日の国の童話も詳しくは知らないご様子。簡単に言いますと、白鳥は彦星と織姫を断つ天の川の橋の代わりを務めた鳥に御座います」

「成程、続けてくれ」

 

 そうした時に連れ去られ、「俺の織姫になるが良い」と言われる。そんな訳も分からぬままに彦星と語る男の呪術に書き換えられたのだとか。その方法は前述したとおり、である。性の交わりは生命の誕生もつかさどると言う事で、最も魔力伝導率が高い。そのまま彼の魔力に染められ、鶴の恩返しと言う一族の術式は歪められ、その中に「織姫」という概念を打ち込まれた。

 

「その時から、私も真の名は忘れ去られ“織姫”という肩書を持ち、こうして口調や容姿も変えられる事へ至ったのでございます。口調に関しては今のように古今入り混じる不安定なものではありますけど。…ホンにしてもあの男、随分と身勝手なものであります故、いかに温厚な私であろうと嫌気が差して参りました」

「その怒りはどうでもいい。……それで、結局は何が言いたいんだ?」

 

 フォックスが単刀直入に聞くと、それ故に貴方()にお話しなさったのですよ。と織姫は微笑む。相変わらずの大和撫子顔負けの美しさを携えた微笑が、輝きを持ってフォックスに直撃させられた。

 無論、彼が何の反応も示さないのを見ていけずなお人と呟いていたが。

 

「…まぁ、詰まるところはあの男に撃ちこまれた術式が貴方様の剣を受けた折に解け、私の自由意識だけは戻る事が出来たのでございますよ。本来なら有り得ない出来事なのですが、貴方様のその右腕、少しばかり拝見させていただくことは……」

「…御党首の退魔の刀か。待っていろ」

 

 カシュン、と収納スペースが開く音がしたかと思うと、彼の右腕からあの青い小刀が現れる。ただ、フォックスが前に見た時と違っているのは、その鞘が淡い発光を携えていた事。その不思議な現象に訝しみながらも織姫に手渡そうとするが、彼女が触れようとした途端に織姫の手がバチッと弾かれてしまった。

 

「ああ、やはり」

『≪何か分かったのかしら≫』

「強大な退魔の力が施されておりますなぁ。これならば、解放されておらずとも感情が揺り動かす余波のみであっても、あの男の欲望に歪んだ式も砕け散るのは道理。いや、それともあの場では我が真実をお話になっておらぬからこそ、あの場で私の自我のみが解放されたのでありましょうか……」

「……?」

 

 ぶつぶつと着物の裾を口に持っていき、一人ごとを繰り広げ始めた彼女に視線が集まる。フォックスの視線も当然ながらそこに行く訳だが、そうした視線に気付いた織姫はああ、と何でもないように手を振って下ろした。

 

「いえいえ、お気になさらずとも此方の虚ろ言に過ぎませぬ。……この刀は、しかるべき時が来れば抜けるでありましょう。持っておられても損は無いと存じます」

「…そうか」

 

 再び収納スペースに仕舞うと、RAYに目配せしてコクピットからロープを取り出した。それを見た織姫は抵抗する事もなく大人しくお縄につくと、最後まで油断はできそうにないとフォックスに判断を下され、その片方の手をフォックスの強化外骨格を纏ったままの手と繋がれる。それを見て、まるで運命の糸の様でございますなぁ。と笑っていたが。

 

「そうそう、言い遅れましたが、(わたくし)の知りうる限りならお答えしとう思います」

『≪つまり、味方になると?≫』

「全ての魔法使いを根絶やしにするなど、アホらしいことを成し遂げようとも思えませんので。無理やり六年間を奪われた傷心を癒すには、実に男前なお方もいらっしゃること故に」

「まるで娼婦だな」

「何とでもいいなさって下さい。真実は私の内にある物で十分でありますよ」

 

 だが、この事は少なからずフォックスに衝撃を与えることになる。千雨にはスカウトの訓練を受けている、だから織姫も仲間にしてしまえたら良いなどと虚言にも近い事をいっていたが、よもやそれが実現してしまうなど誰が思えるだろうか。どうせこの事が千雨に伝わってしまえば、こうした事をネタにしてからかわれる回数が増えるに違いないとフォックスは心の中でだけ肩を落としていた。

 

 だが、有力な情報源が現れたのは願ってもない吉報になるだろう。現在の派遣先の上司である詠春に伝えておくことができたな、と無線ではなく土産話に持って行けそうな彼女へと再び視線を移す。彼に気付いた織姫は、微笑で返すのみであった。

 

「…このまま、上手くいけばいい物なのだがな……」

 

 思わず役に立ったかもしれない、薬師寺家党首から受け取った青い小刀を取り出し、月の光にかざした。柄の金属部分に跳ね返った月光が瞬いたかと思うと、その輝きは一瞬で消えさる。

 

 そう言えば、月の満ち欠けは妖怪の活動を知らす役割もあると言っていたか。魔法というものに関わる上で、麻帆良を襲撃する敵の強さを知るために得た知識が思わぬところで記憶から絞り出される。そうした異形とは対をなす退魔。その力が本当に己の手に在ると分かって――――彼は小刀を再び仕舞い込むのだった。

 

 

 

 

 

「……やぁREX。実に…うん、一年ぶりになるのかな」

 

 雪が降りしきる造られた沿岸。元々はタンクや鉄塔が建っていたのであろう立派な港の一角に、場違いな巨人の下半身だけの様なものが膝をついて坐していた。その傍らには、眼鏡を掛けた見る限りは平凡そうな男。その実は、一年前に最大の親友を失ったこの鉄塊の開発者が立ち尽くしていた。

 彼の名は言わずとも分かるだろうが、敢えて乗せておく事にしよう。メタルギアREXの開発者、そしてこの始まりの地シャドーモセス島に訪れていた男の名は――

 

 ―――ハル・エメリッヒ。通称「オタコン」と呼ばれる男だった。

 

「あれから君を乗り回したリキッドや、せっかくの再開も忙しくて不躾になったスネークも自分の役目と意志(will)を胸に逝ってしまってね。残されたのは君と…僕だけさ」

「…ハル兄さん」

「ああ、すまないねサニー。君を勘定に入れるのを忘れていた」

 

 ハル―――いや、ここでは敬意を込めてオタコンと呼ぶ事にするが、彼の背後にはサニーと呼ばれる一人の少女が立っていた。一年前の騒動があった時までは外にすら出る事が出来なかった内気な彼女であるが、今となっては外の世界を恐れる事もなく、自分の足で地球と言う星を踏みしめている。

 その彼女も、伝説と呼ばれた男…ソリッド・スネークの関係者の一人である。

 

「…本当に、いいの?」

「そうだよ。じゃないと、僕らの…()家族、なんて冗談にも出来ない一族の罪が消えないからさ」

「Mk.Ⅱみたいに、頑張って作ったって聞いたよ」

「それでもだ。それに、コイツも一人で此処に居続けるより、あの戦いで使われた仲間(兵器)と同じ場所にいった方が寂しくないかもしれないからね」

「…そっか」

 

 そう言ったオタコンの手には、一個の小さな機械が握られていた。彼の手にある機械は、押すべきボタンが一つだけ存在している。

 

「それじゃ、君に会えてよかった。君を造れてよかった……だから、さよならだREX」

「……ばいばい」

 

 二人の足音が遠ざかり、ヘリの翼が風を切る音が響いた。

 そこでは雪が降っているものの、まるで騒乱が収まったから自分も、と言わんばかりに落ちついたシャドーモセスの雪は、彼らを邪魔することなく別れを演出するかのようにゆっくりと地面に付き、そして消えていく。

 

 ヘリの音が遠ざかった先。

 ボタンが押され、

 

 シャドーモセス島は大爆発を起こした。

 

「……これで終わったよ。スネーク」

 

 眼鏡の下では、流れる滴が一筋。

 




今回は結構はやめに書いてしまいました。
残念ながら戦闘描写は無かったものの、風呂敷広げすぎた感じもあります。

それから、織姫の話はけっこうこじ付けになってしまって申し訳ありません。
白鳥に変身する理由などを真面目に考えていた方もおりましたが、拍子抜け、となってしまったのではないでしょうか。
それでもこの設定だけは譲れないので、なにとぞ今後の展開でご容赦ください。
皆様が楽しめるようなものを作っていきたい所存であります。

長々と言い訳失礼しました。
ここまでお疲れ様です。


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☮蛇の真似事

もうすぐメタルギアライジング発売ですね。
体験版、皆様はやってみたでしょうか? いろんな意味で「キレ」てましたよ。
いまさらですが補足
「」←通常会話
『』←電子音声(RAYの声や放送、拡声器を使ったときなど)
≪≫←通信音声や念話。声に出さない会話。


「結局、日が昇るまで敵はいない、か」

 

 とんだ無駄足になったと思いながらも四時を指す電波時計の時刻を拾いながら取りつけていた銃器を片付ける。銃に太陽の光があたった際に発生する反射光が見られれば、早朝から動き始めている人に見つかってしまうからでもあるが、正直なところは役目を終えたからという理由が最も高い。

 全てを「一介の中学生」としての自分に戻して部屋に戻ってくると、彼女は誰もが寝息を立てていることに配慮して忍び足で自分の布団へと潜り込んだ。これから三時間ほどしかないが、睡眠時間を取らなくては体の調子にも問題も出るだろうからだ。

 

「……ん?」

 

 ふと、その枕の横に見慣れない手に収まる程度の機械が置かれているのに気がつく。その隣には、読んでほしいとばかりに添えられたソリッドアイに入る大きさのSDカードも。敵がこんなものを使う筈がないと分かっているからこそ、何の疑いもなくそれをソリッドアイに挿入して情報を閲覧してみる。すると、そこには――

 

 

 

 

「ご無事なようで何よりです。織姫の捕縛、お疲れさまでした」

「何度も訪ねることになって済まない、時間は大丈夫なのか?」

「ええ。書類などは全て片づいていますから、後は戦いの現場指揮で十分ですよ。ところで、そちらが例の……」

 

 RAYを大文字山に置いたまま呪術協会に到着して、すぐに彼らは応接室に通された。

 

 最初に詠春が視線を移したのは、長い黒髪を靡かせる大和撫子の美しい女性。フォックスからある程度の報を受けてはいたが、解析班に一時間ほど回していたところ、改めて洗脳の様な魔力の余波などが検出されたと言う事も聞いている。だが、そんな洗脳の中に会ってもこうして歴とした自我を取り戻したその強靭な意志に、少なからずフォックスは警戒していた。洗脳されていた者が意志を強く持っていると言う事は、つまりそのまま此方を騙しに来たという口実にも使えるからだ。

 口に出さずにナノマシン通信で詠春に伝えてはいるが、一体どこまで話しに信憑性があるものなのか……。

 

「はい、元の名は忘れさせられたので、織姫とお呼びください」

 

 此方の思惑など露知らずと言った風に丁寧に答える彼女の姿を見る限り、その怪しさは鰻登りなことに気付いているのだろうか? 洗脳というのはあくまで本当に掛けただけのフェイクで、此方に来る前の掛けただけではないのかと言う疑いを見抜かなければ、本当に安心できる要素など皆無。だが、彼女の顔を見ているだけなら、被害者のように見えることもまた真理。

 詠春は決してその動向を見過ごさないようにと、織姫の瞳を覗き込んで質問を始めた。

 

「では、織姫さん。過激派…いえ、反逆者の事を詳しく聞かせていただけますね?」

「此方の知る限りはお教えいたします」

「では、まずは名前と構成人数を。なるべく特徴を交えた上で言って欲しい」

 

 「魔力」封じの呪符が貼られ、強化外骨格を着たままのフォックスと太いワイヤーで繋がれた彼女の状態は、土壇場で長の詠春を殺すような真似が出来ないようにする牽制のため。

 高周波ブレードを手に握ったままのフォックスを隣にしながら、彼女は一度目を深く瞑り、一つずつ、間違えの無いようにと口を開いた。

 

「まず人数から言っておきますと、(わたくし)を含めて6人でありました。名はこの私織姫、彦、星…! そして天ヶ崎千草と…彼女が斬られた際に心配していた小太郎という小僧。そして眼鏡を掛けた戦闘狂の月詠と、いけすかない人形の様なフェイトと言われる白髪の少年でした」

「特徴については有力なものが多いですね。しかし、千草君でしたか…」

「心当たりがあるのか?」

「先の大戦で両親が他界し、それを西洋魔法使いに殺されたと思っていた子でした。数年前からずっと音沙汰もない者は多くいるのですが…まさか、彼女とは」

「この時期を狙ったと言う事は…」

「復讐、でございましたね」

 

 フォックスと詠春の会話に織姫が割って入る。そして天ヶ崎千草の反旗を立てるに至った動悸はそれで間違いないと裏付けを取るように語った。同時に、彼女のいた拠点では相手がスプリングフィールドと言うビッグネームを倒せる事を大きな起点と思うと同時に、子供を相手にするのは少しばかり忍びなく思っていたらしいと言う事も。

 

「性根は悪くなりきれない子ですからね。おそらく彼女を心配していた小太郎と言う子も、心からの悪人ではないのでしょう。…ですが、気になるのは月詠とフェイトと言う少年の事です」

「フェイトという少年は俺が腕を切り飛ばしておいたが…確かに、人形だったな。アレは」

「その際に腕をくっつけたのが私なのですよ。感謝の一つも言えない、随分と失礼な面も見えたようでしたが」

「…そして月詠は―――」

「神鳴流の恥…いえ、卸せなかった私達が悪いのでしょう。彼女は、戦いを求め、強い者を求めるその道中で人を殺しています。ですから、破門の末に追放処分がおくられていましたが…」

「大方、強者がいると睨んだか」

 

 その気持ちは、フォックスにもよく分かる。生の充実をくれる死合いの末、戦っている間の高揚感。それらは忘れられぬほどに血を滾らせ、BIGBOSSと出会ってから自覚した本名、「フランク・イェーガー」と言う個人を認識する事が出来る唯一の方法だったからだ。だが、それも弁えなければ彼のもとで働く事は出来ず、そして簡単に切り捨てられるのは容易に想像がつく。

 月詠という人物は、その匙加減を気にすることなく戦い続けた愚か者だ。誰しも構わずに斬っている戦闘狂は、その他大勢の価値観から判断され、排除されるに足る理由を作ることになってしまうのだから。

 

「自制心を持たない者は破滅する、だろうな」

 

 フォックスは月詠に関してはそんな判断を下した。刹那の戦闘記録をRAYも参照していたが、同じような事を思っているらしい。

 

「あの彦星についてもそれは言える事。しかし、私から見た彼女はどうにも危ういバランスの上に成り立っているようにも見えておりました。戦いこそ好むようですが、何の縁があるのやら…天ヶ崎千草には従っているようでして」

「飼い主のついた狂犬ですか……」

「おや、言い得て妙なことをおっしゃる」

 

 そうして敵の戦力について織姫から粗方の事を聞きだすと、聞いた事をとりあえずは纏めておこうと詠春が机に向かう。が、既に筆を持った仔月光が綺麗にまとめてあるメモを作っていたらしい。仔月光はカタカタと硬質な音を立てながら机を降りてくると、書き留めたメモを詠春に渡し、オープンチャンネルでRAYの声を媒介し始めた。

 

『≪こちらからアプローチを掛けてみたけど、彼女は嘘が言っている様子はないわね。人が嘘をつくときは瞳に揺れが生じたり、何処となく個人の癖が分かる。だけど彼女の場合は偶にそんな動作は見受けられたものの、それをフェイクとして考えてもまだ信用に値するわ≫』

「RAY君。それは、科学的な観点での話かい?」

『≪それもあるわ。でも、最も大きな決め手は私の元の人格。ザ・ボスの慧眼に基づいた思考判断に他ならない≫』

「成程。……ッ」

 

 フォックスが高周波ブレードを抜き放つと、流れるような動作で織姫を縛る縄や魔封の呪符を切り裂き、返す手で彼女の喉元に向けて勢いよく刀を振りぬいた。彼女の首の皮を一枚切り裂いたところで刃は寸止めされ、垂れた血が刀身に付着すると同時に常に振動を続けることで生じた熱で血糊を吹き飛ばしながら蒸発する。そのまま焼印のように彼女の首に押し当てて火傷で裂傷を塞ぐと、彼は今度こそ刀を仕舞い込んだ。

 

「フォックス! 君は何を―――」

「試した。まずは自由を縛る物をぬぐいさって、コイツの反応速度でも十分に魔力糸を取り出せる間を作った後に攻撃してみたが……」

『≪お眼鏡に適った、と言う事なのね?≫』

 

 RAYの問いかけにそうだと答える。

 

「織姫は敢えて抵抗を取らなかった。殺される気がない、などと考えるような甘い殺気は叩きつけてはいない。だが、それでも受け入れたと言う事はつまり―――」

「私なりの信頼の現れです。…ところでお狐様、もし、(わたくし)が糸で迎撃を取ろうものならどうなさっておりましたか?」

「この床に赤いペンキが撒かれる。それだけだ」

 

 事もなげに言い放つ彼の眼は、どのように見ても本気だった。長期任務や戦争などで疑心暗鬼に陥る事もなく確実に任務をこなす為には、例え末端であっても成功率を上げるために「士気」を上げる必要がある。それだけで戦況はいくらでも変わってくると言う、人間特有の不確定要素を重視する事が出来なければ、フォックスがFOXの部隊称を持つ事など無かっただろう。

 

「…とにかく、これで貴女は立場がはっきりしましたね」

「はい、そのようで」

「貴女は操られていたとしてもその間の記憶があり、謀反を企てた者に加担していたという事実があります。ですが有用な情報源として協力した事も含め、数週間は呪術協会での“保護”と言う処置を取らせて頂きたいと思います。その能力は、私達に必要なものですから」

「…はい」

「フォックス、最終的な目的は聞きだしてから…ログ、だったかい? それに残しておくようにしておけばいいんですね?」

「仔月光の前で内容を言って、ログ送信と言えば入力されるだろうな」

「分かりました。…誰か、彼女を!」

 

 話がまとまったようだと皆が感じ取ると、仔月光は目立たない場所へオクトカムで紛れ込み、フォックスはブレードを仕舞って立ちあがった。それと同時に詠春の部下が二人、襖の向こうから現れて織姫を連れて行った。おそらくは独房のような場所に連れて行き“保護”するのだろう。下手に本部で自由にさせるより、相手が織姫を連れ戻そうとした場合は其方のほうが本部にとって安全だからである。

 人権を無視したような行いが平然と日本で行われているが、此処は治外法権の働く「裏の世界」。織姫も、苦汁をのむ決断を下した詠春もそれを分かった上でこうした判断を下した。だが、長としての判断で言うならやはり甘い。

 

 それでも殺すと言う手段を用いなかったにもかかわらず、部下がなにも不満そうな顔をしてなかったのは、呪術協会と言う組織の甘さ、そして優しさが表れているのだろうか。

 フォックスは自分が所属していた軍の事を思い出しては、此方の世界と照らし合わせては少しだけ微笑で顔をほころばせる。―――面白い、と。

 

「甘さが美徳、か」

 

 ―――まるでファンタジーじゃないか。

 魔法と言うものが実在するこの世界で、いまさら何を思っているのやら。そんな自嘲を携えたまま、話しに出てきていた白髪の少年についても彼は思い出していた。確かにあの少年は何の感情の揺れも感じなかったが、油断さえなければガンドルフィーニに匹敵する実力を持っていただろう。

 そんな相手と雌雄を決する事が出来る時こそ、甘美なひと時を過ごす事が出来るかもしれない。そんな淡い思いを心に抱き、すぐさま望みを己の中で切り捨てる。任務の達成が出来なければフォックスと言う男になる事は出来ず、戦いを楽しむのはその任務に含まれていた最低限の時のみで十分。時を構わず戦うような事になれば、それは狐ではない。ただの飢えた獣だ。

 

 彼はすぐさまステルス迷彩で自分を隠すと、少し名残惜しさを込めて呪術協会本部を振りかえった。悠然とそびえる中で、今も見知った顔があの中でこの事態を収めるために奔走しているのだろう。物量戦以外は神鳴流剣士、呪術師の要請を呼ぶ事が出来ないが、実力不足の者を向かわせたとしても犠牲が増えるばかりで得策ではない。

 ただ、心強い仲間もいる事で孤独な戦いを続けていたあのころとは違うのであると強く実感する事が出来た。

 

≪コールサイン、こちらFOX1。修学旅行の三日目、私らは自由行動に入った。サイファーからの映像だとフェイクの“親書”を届けるためにネギ・スプリングフィールドがそっちに向かったトコだな≫

「…なるほど、無線で伝えておく。其方の動きはどうだ?」

≪近衛と子供先生が別れて行動してやがんな。…そうだRAY、仔月光は回せるか?≫

≪残念だけど、白昼堂々オクトカムしか使えない仔月光は飛ばせない。ステルス迷彩を積んだサイファーの制御くらいしか、今できる事は……≫

「それで十分だ。FOX1は……連絡のつく奴はいないか」

≪朝倉が近衛側に。後で連絡取ってみる≫

「了解、余裕があればお前もそっちに向かってくれ。いざとなれば人前で戦う事も辞さない覚悟でな」

≪……了解≫

≪控えは必要かしら。こちらも起動準備に入るから、夜までのサポートは無いと思って≫

「了解」

 

 本格的に忙しくなってきた。これから戦う事も多くなるだろうが、だからこそフォックスにとってやりがいのある任務だと言う実感を与えてくれる。生きる実感は、楽しみとなって彼の心を覆う。高畑とガンドルフィーニの頑張りは、ここでようやく発揮されているのかもしれない。

 

 彼のいた場所の景色が一瞬歪み、また何事もなかったかのように収まった。

 

 

 

 

「……了解」

 

 白昼堂々、その言葉が今か今かと待ち望んだ物でもあるものの、遂に来てしまったかと言う様々な感情が渦巻いてきた。しかし、そんな葛藤に溺れているような時間は無い。

 フォックスたちの会話のログを見て彦星と言う男の言動を考察してみたが、その場合この3-Aには「織姫」となる候補の人材がいることは間違いない。どのような基準で選んでいるかは分からないが、誰しもが「関係者」になった時には凄まじい才能を秘めているとも言えよう。そんな彼女たちを彦星と言う男に手篭めにされ、術式を打ち込まれてしまった日は、悔みに悔やみきれない。

 

 現在時刻は8時40分、まだ全員が完全に別行動を取っていない今こそ、伝えるべきであろう。そんな判断を下し、唯一のネギたちにくっついていきそうな程行動的な協力者の彼女へ向き直った。

 

「朝倉」

「どしたの、千雨ちゃん…?」

 

 近くにいた朝倉に話しかけると、まだ昨日の事を少しは引きずっているのか、決して優れているとは言えない顔色で彼女の呼びかけに応じた。千雨は一旦しゃきっとしろと言う叱責を加えてから彼女の聞く体勢を整えさせ、この日の予定に関してナノマシン経由で話を伝える。

 

≪今日が正念場だ。傲慢そうな男が現れた場合は真っ先に伝えろ。≫

≪……ソイツが敵の頭領?≫

≪いや、だが最悪の男だ。詳しくはこのログ見てみろ≫

 

 人物のデータを引っ張りだして朝倉に提示してみれば、彼女の顔は更に青くなる。まぁ、現実的に考えてファンタジーな世界なのだから、人が考え付く様な裏の顔が合ってもおかしくない。それでも現実に存在していると知ったからか、彼女は更に気を引き締めているようにも見えた。

 

≪…千雨ちゃんは、どう動くの?≫

≪近衛を追跡する。もう一介の中学生としての行動はできそうにもない≫

≪そっか……一緒なのは心強いけど、死なないでよね≫

≪当たり前だ。まだまだホームページに乗せたいもんが残ってんだからな≫

 

 こんな所で死ぬ気など更々持ち合わせてはいないが、そんな冗談で場を和ませる必要があるほどに今回は危険だ。もっともバラけて行動する三日目、一体何が起こるのかは分からないが、用心するに越したことはない。結局は敵が現れないまま夜明けを過ごした千雨も、寝る事の無いようにナノマシンで体を最善に保ち続けているが、本当に大きな壁に出くわした際は抵抗する事さえできないかもしれないのだ。

 

「まぁいざとなったら狐が助けてくれるだろ」

「だったら最高だけどねー」

 

 そうならないためにも、無難な私服の下にはいざという時のための軽装甲を違和感が出ない程度に付けている。フォックスのように強化外骨格でも着る事が出来れば様々な不安はぬぐい去る事ができるだろうが、アレを着たところで元の体が収縮する筋肉補助の限度や素早く動いた際にかかるGに耐えきる事が出来なければ内部で破裂してしまうだろう。

 

 朝倉達はシネマ村に向かうと言っていたので、ずっと話しこむ訳にもいかずにすぐにその場で別れることにした。本来なら千雨も何処か適当な場所で三日目を過ごしたいものだが、そうする訳にもいかないのが辛い所。

 

「桜咲、一緒にいいか?」

「長谷川さん……」

「……後でお前にもログ送っとく。見といてくれ」

「了解しました。…昨夜は、なにを?」

「気付いてたのか、私は索敵を―――」

「長谷川さん、ご一緒するんですか?」

「っ、ネギ先生」

 

 このまま空気と等しい感覚で列に混ざろうと思っていたが、やはり普段は人とつるんだ所を見た事がない千雨がいる事は、ネギの興味を引くには十分な効果があったらしい。

 

「まぁ、そう言う事になる。チョイと今回の“事”に関しても、色々する事があるんでな」

「長谷川さんがいるなら心強いんですけど…どうしてこのタイミングで―――」

「それ以上は、まぁ桜咲と話しててくれ。…つーことで、私も付いていきたいんだが、いいか?」

 

 他にいた者たちに軽く聞いてみると、是との回答が返ってきた。堂々と作戦遂行のために紛れ込む事は人付き合いの少ない彼女にとって大変なことになるだろうが、ここで交流を築いておけば、いざという時に逃がす為の指令を聞いてもらいやすくなると踏んだ。

 人の心がそんな簡単に揺り動いてくれる筈もないだろうが、と言う可能性も十分考慮はしているのだが。

 

 そうして出発した一行は、嵐山周辺から練り歩く事に決めたようだ。各々が親しい者と話している中、千雨だけはグループの中でどこか浮足立って輪に溶け込めていないようにも見える。一応話しかけようと数人は意気込んでみたのだが、いざ交流をほとんどしていなかった彼女を相手にしようとすると、共感できそうな話題も見つからなかったから、というのが主な理由だろう。

 だが、実際のところは全く違う。ナノマシンの補助もあっての事だが、木乃香と会話しながら無線を開いている刹那と、ずっと今回の事について話しこんでいたのだ。

 

≪…それで、どうだ?≫

≪お嬢様に会わせる訳にはいきませんね。お嬢様は強大な魔法の才能を秘めているから、狙われる理由としては十分。“織姫”として襲われる可能性は考慮に入れておくべきでしょう≫

≪しかし、ついさっき入ってきた情報は“鬼神の復活”、そして制御してしまう、か≫

≪その時の強大な魔力を狙われていたと言う事ですか。それなら、あの切り捨てた女の言っていた“人形にする”という言葉にも話しがつく…!≫

 

 刹那はそうして一瞬怒りを滾らせるが、上がり過ぎた感情を抑えるためにナノマシンがドーパミン等を分泌して彼女を正常な思考に引き戻す。少しばかり興奮し過ぎてしまったようだと我を改めると、表面上は少し奇怪な行動をとってしまった事に対して木乃香に何ともないと答えていた。

 

≪それで、長谷川さんはどうするんですか?≫

≪お前らを見つつ、客観的な視点で離れたところから索敵しておくさ。他のクラスの奴と一緒に行動してると、私の“目”を使う事が出来ないからな≫

「長谷川さんっ」

「…うぉ、ネギ先生?≪すまん、話しはまた後で≫」

 

 一旦刹那と視線を合わせると、彼女はまた木乃香の対応に集中し始めてくれたようだ。あちらは大丈夫そうだと思った彼女は、自分の3分の2ほどしかない身長のネギを前にして、一体どうしたんだと首をかしげて見せた。

 

「あ、その…一人だったようですから、せっかく付いてきてくれたのに楽しく無かったのかと思って……」

「見てるだけでも十分。気を遣わなくても楽しいんで大丈夫だ」

「そ、そうですか…」

 

 自虐的な意味を持たない微笑を携えて言われてしまえば、ネギも深く言う事は出来ない。本当は明日菜や刹那を交えて今回の裏の騒動について何か言っておきたい事もあったのだが、この場所で言う事は秘匿を破ることにもなるので話しをする場所を伝える事も出来ない。

 どうしたものかと全員に相談しようとネギは思ったが、その瞬間にハルナがある事を話しかけた事で頭を打った明日菜に注意をとられ、タイミングを逃してしまった。

 

 そのまま流しに流されてゲームセンターにネギは連れて行かれたのだが、その際に千雨は外で待機し、中に入っていく刹那と目を合わせてから路地裏に駆けこんだ。昭和辺りの年代なら、不良が蔓延っていただろうその場所には当然ながら誰もおらず、その場に入って千雨は服を脱ぎ始めた。

 

 眼鏡を取り外して首を振ると、スルスルと衣擦れの音が響かせる。彼女は脱いだラフな普段着をポーチの中に入れ、中から弾薬を取り付ける事が可能なポケットが幾つもついた野戦服を着こんだ。そしてナノマシンの電波でオンオフが可能なステルス迷彩を予備含めて三機取り付けてから、確かめるように衝撃吸収用のグローブをした手をグー、パーと動かして動作を確かめる。

 いつものソリッドアイを装着してステルス迷彩を起動させると、彼女の姿は完全に見えなくなっていた。

 

(…超の奴、こんな特注品を渡して何がしたいんだか……)

 

 実はこのステルス迷彩、朝に置いてあった超特製の強化されたものだ。同時に添付されていたSDカードの内容によれば、動力には魔力と電力の両方をハイブリッドで使用しているので、電池残量は極端に強化されており三時間はぶっ続けで起動し続ける事が可能である。その他の長所としては、フォックスが使っているものよりも更に処理能力がバージョンアップされているらしく、ステルス特有のちょっとした景色の揺らぎがほとんど分からないという点に加え、持っている武器までも効果範囲に入れる事が出来たとか。

 だが、この状況下で使わないと言う選択肢はない。手にはハンドガンとナイフ、そして背中にアサルトライフルAK47を背負うと、ソリッドアイの電源もオンにするのだった。

 

 その瞬間、この路地裏の一部に特異な魔力反応が二つ点灯している事に気付いた。その他二つは一般人のそれと同じだが、おそらくは気を使う事の出来る敵の反応だろうと憶測を付ける。この場で接触する事は困難で危険だが、もしかしたら情報を聞きだせるかもしれないと彼女はその場からゆっくりと忍び寄って行った。

 

「―――フィールドやて」

「やはり……」

 

 聞こえる位置に着くと、息を殺して聞き取りを始める。

 

 ―――スニーキングミッション、スタートだ。

 




朝の数時間に一話使うって、原作より進行スペース遅い件について。

感想欄にて「REXフラグ」との声が上がっていましたが、その件に関してはお待ちください。
話が進めば、もしかしたら登場するかもしれませんから。いつ出てくるかは、お知らせすることはできないんですけどね。

そうそう、最後あたりの場面で安定の千雨ぼっちとか思った人、もしいたら出てきなさい。先生怒らないから、ちょっと爪剥がしておくだけだから。


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☮I will…

濁流が駆け抜けて、その場には何も残らなかった。
それでも、拾い上げた手は暖かい。

嗚呼…。こんな私でも繋がる手が―――


 もし今此処で論文を書けるような余裕があったとしたら、ナノマシン万能説を唱えたい。それほどまでに彼女の動悸は激しく脈を打ちそうで、絶え間なく分泌されるドーパミンで強制的に自分の体を冷静に落ちつかせてくれている。

 そっと息を吐いて耳を澄ませると、少しずつこの先にある人物たちの小さな声もはっきりと聞こえるようになってきた。

 

「色々やられとるけど、こんどこそお嬢様はウチらが頂きや」

「姉ちゃん、せやけどあの剣士はどないするん?」

「あれは僕が抑えよう。だからまずは―――」

 

 聞こえてくる内容は作戦内容の様だが、何故か嫌な予感がする。

 千雨が息を殺してゆっくりとハンドガンを手に取ると、音が出ないように近くの壁にC4を設置してから会話が成されている方へ少しずつ歩み寄っていく。今は白髪の少年が何かを言おうとしているみたいだが、なんだろうか、まるで此方に注意が向けられて(・・・・・・・・)いる……? 不味いッ!

 

「そこの鼠を見つけようか」

「そう言う事や、そこのねーちゃん。俺の鼻は誤魔化せへんで?」

「……ッ」

 

 もしやとは思っていたが、最初からばれていたとはお手上げだ。現在はフォックスを増援として呼ぶ事も難しい状況。時間を稼ぐのが一番だが、おそらく未だ一言も発していない、彦星らしき人物の視線が見えていないはずの自分に、ねっとりと絡みついてきているようで吐き気がする。超特製の光学迷彩が一切通用しない事でこの状況に危機感を沸き立たせるが、それ以上に脱出手段を講じる事が先であると彼女は判断を下した。

 情報より命。その言葉をたった今作戦として決めた千雨は、少しずつ移動しようと光学迷彩を起動させたまま立ちあがったのだが、それも少年の無駄や、という一言で硬直させるられる事になった。

 

「隠れるんは上手いけど、匂いがのこっとるでぇ。くっさい硝煙のが、な」

「……そうかよ」

「あら~、声はすれども姿は見えずー」

 

 この際だ。どうせならと思ってステルス迷彩を外すことなく彼女らの方に向き直って銃を構え、ゆっくりとトリガーに指を掛けた。いくら敵の少年が匂いに優れていると言っても、細かい動作までもを感じ取れる訳でもないと判断したが故の行動。流石の相手も空気の僅かな乱れを感じ取ることはできなかったようで、その狙いはおおよそ成功したと言える。相手はまだ碌な構えも取っていない事に対して千雨は武器を取った。

 これからは初動の差によって勝負がつく。そんな僅かな希望を胸に、卑怯を承知でステルス迷彩を解くことなく彼らに睨みを利かせた。

 

「おぉ怖。殺気がこっち向いたっちゅう事は、やってもええんやな?」

「やってみやがれ、その瞬間、私がこの辺にしかけた爆弾で道連れだ」

「なんやて?」

「爆弾やと…!」

「……はったりだね。未だ姿を消したままの君にそこまでの度胸があるとは思えない」

 

 前者二人は疑いを持ったようだが、口から出て来た嘘はすぐに白髪の少年に見破られてしまった。そして彦星と思しき大男と刹那が戦っていた女の子は未だ口を閉ざしたままという不気味さ。これは下手に喋っているあの三人より、確かな殺気のみをぶつけて来ているあいつらの方が危険じゃないのかと、ナノマシンでも抑えきれないような冷や汗が吹き出してきた。

 

「爆弾がハッタリ、か。なら実感してみやがれ」

 

 そして仕掛けたたった一つのC4。本来は逃げる時のためと取っておいた遠隔爆弾を惜しげもなく爆破させた。瞬間、人避けも成されていない路地裏の一角に爆音が鳴り響く。そこにいる者たちにとってはかなりの轟音だったが、意外と密閉した個所に取りつけていたので表通りにまでは音は響いていないだろう。火薬量もそう多くないものが使われていたようで、爆破された地点の壁には、それなりのクレーターが出来ているだけだった。だが、それで目の前の彼らは顔をこわばらせる。ハッタリに真実味を持たせるには十分な役割を果たしてくれたらしい。

 

「今度はこれを敷き詰めたところを爆破する。実質人傷被害は出るだろうが…まぁ少数の切り捨てだ。悪人を捕えるっていう、大義名分のもとにな」

 

 見えもしない悪人面をしながらそんなことを言ったが、当然これは嘘だ。自分が助かるためには手段は選ばないつもりではあるが、心から外道になるつもりは毛頭ない。

 だが、現に爆弾と言う殺傷手段を用いたところを目の前で見せられた相手には剣呑な空気と極度の緊張が張り詰めて来ている事が分かった。自分のペースに乗ってきた事を実感し、見えていないと言う油断が生じ、思わず笑みが漏れそうになる。

 

「随分と身勝手な思想だね。爆弾は確かにあるみたいだけど、声で分かる。この修学旅行中で君を見て来たけど、君は本当に人を殺す判断を下せるのかい?」

「…ストーカーかよ。まぁしょうがないと割り切って抑制するさ」

 

 嘘を断言。ナノマシンの補助で一切の震えなく言い切った事に向こうの一人は感心したのか、突然声を上げて笑い始めた。

 

「――ハ、ハハハハハハッ! 姉ちゃんコイツ大物(おおもん)や。俺にやらしてくれへんか? いや、やらせてくれんでも勝手にやったる!」

「しゃーないな」

「……天ヶ崎」

 

 千草の肩に手を掛けながら、彦星のドスの利いた重苦しい声がその場に響き渡るが、一度は刹那の手にかかって死の瀬戸際を見た千草はその程度では動じなくなったのか、逆に睨みを返して手を払った。

 

「彦星はん、織姫はんをやられた気持ちは分かる。せやけどコイツは小太郎だけで十分でっしゃろ。フェイトはんも不満そうやけど、雇い主はウチなんや。従ってもらわな」

「…ふん。まぁよい」

 

 ようやく喋った彦星は、印を組むとその場から天ヶ崎、月詠、そして白髪の少年を引き連れて転移して行った。残ったのは小太郎と呼ばれた帽子の下が不自然に膨らんだ少年のみ。ここで舐めて掛かるような真似をする彼女ではないが、敵が減った事に対してほっと息をついた。

 その意気の音を聞かれたのか、千雨の目の前にいる小太郎は眉間にしわを寄せる。

 

「なんや、安心でもしたんかい? 俺も舐められたもんやな」

「そうだな。……これで心おきなく―――」

 

 そう、相手は一人。ならば心おきなく逃げる(・・・)事が出来る。

 銃口をを相手の足もとに向けてトリガーに手を掛けると、行動のきっかけにするように呟いて、足に力を入れた。

 

「さよならっ!」

「あ、ちょい待たんかぁぁぁいっ!!」

 

 相手の動きを牽制するため、連続でハンドガンのマガジン一つ分を打ち切って空の薬莢ごと相手の方に蹴り飛ばす。ザラザラと足元に転がせた薬莢で転びそうになった小太郎が大きな隙を見せたら、すぐにポーチから特製スモークグレネードを取りだして、一気にピンを引き抜いた。そのまま、あわわ、とバランスを持ち直している少年にぶん投げる。コロコロと目の前に転がってきた物体が爆弾の一種と気付いた彼はまずい、と直感してその場から飛び退こうとしたがその瞬間にグレネードは起爆を起こしていた。

 千雨(ちうたん)特製のそれが撒き散らしたのは人が咽るような白い煙だけではなく、動物が寄らない為のこやしに使う、鼻がひん剥かれる匂いが充満するタイプ。鼻が利くと言っていた相手に関する千雨の読みが当たったのか、少年は嗅覚に優れた鼻を押さえると、

 

「くっさぁあああああ!?」

 

 と避けんでその場にもんどり打った。

 隙を見て千雨は逃げ出すと、壁をよじ登ってその場を後にする。一時は捕獲を考えたものの、自分の技量では尋問も不可能だと判断した彼女は一直線にその場から立ち退くことにする。そしてあわれな少年だけがその場に取り残されるのだった。

 

 それからしばらくして、大文字山の一角に辿り着いた千雨はRAYの元へと向かっていた。敵の戦力を伝えた際にRAYに呼ばれたからというのもあったが、彼女自身がさっさとRAYと合流してもっとも安全な位置(・・・・・)に行きたかったという願望が強い。正直言って命のやり取りなど千雨にとってはしたくもない苦行と同義なのである。

 

「準備できてるか?」

『≪あと数時間。それまでは―――≫』

「分かってる」

 

 千雨がRAYに笑いかけると、跪くようにRAYは頭を垂れた。

 

 

 

 

 突如、フォックスの外骨格のシステムを伝ってコールがかけられる。千雨がと在る理由からRAYの元へと離脱していたのは知っているが、だからといってそうしたという旨を伝えるために彼女がかけてくるとも思えない。一体誰が、そんな事を思いながら周波数を見ると、刹那からの要請である事に気付いた。

 

「…桜咲、この番号を何処から?」

≪長谷川さんから教えてもらいました。それより、私達の位置は分かりますか!?≫

「…ああ」

≪すぐ来てください。襲撃にまでは至ってませんが、確実に複数人からの殺気が向けられています。数は…おそらく三人以上≫

「分かった。なるべく現状維持だ」

 

 フォックスは方向転換すると、刹那のいる方向をナノマシンの図表で割り出して其方に走り始める。通信回線を開いたままに緊迫した空気を張り巡らせると、右腕の退魔剣が少しばかり、振動したようにも感じる。

 

「…この際だ。護衛対象に真実を話して隔離はできないのか?」

≪いえ、一般人のクラスメイトが沢山いますので、この場でそれを言う事は難しいかと≫

「厄介な…学園長も何故この時期を選んだのか……」

≪捕まえることさえできれば、ある意味一石三鳥ですからね。効率的と言う事もありますが、私達の事を信頼してくれているのでしょう≫

「話は魔法を話すかであって、それで犠牲者が出てしまえば元も子もないだろう…。まぁいい。人ごみに紛れこめ。魔法秘匿のルールを利用してみろ」

 

 一般人を巻き込みかねない提案にしばらく彼女は唸っていたが、自分の目的の優先順位を痛感したのか、仕方がありません、と聞こえて来た。

 

≪分かりました。私はお嬢様をこの場所から連れ出してシネマ村に向かいます。フォックスさんもその場所なら、あの姿を見ても違和感は……あまり、無いと思われます≫

「いや、流石に無理があるだろう」

 

 珍しくツッコミを入れたフォックスは、いつの間に彼女は笑えない冗談を言うようになったのだと痛む頭を押さえながら刹那のいる場所へと向かって行く。新たな瓦屋根の一つを蹴ると、更に高く跳躍するのだった。

 

 

 

 景色が駆け抜けて行き、クラスメイトの疲労困憊による悲鳴が聞こえる。

 その音を縫うように後方から迫る殺気を感じ、左手で難なく相手から飛来してきた飛び針を掴み取った。そして針を懐に仕舞うと、シネマ村の入り口で足を止めて木乃香をお姫様だっこの形に抱え込む。お嬢様は突然の事で目を白黒させていたが、急ぐためにこのような手段を取ることしかできない。息を切らして膝に手をつくクラスメイトの方へと向き直ると、これ以上は巻き込めないと言う意味で頭を下げた。

 

「す、すみません。お嬢様と二人きりになりたいので…しからば御免!」

 

 慌て過ぎて古風な言葉遣いになりながらも、木乃香を抱えて刹那はシネマ村に入って行った。途端に溢れる人の群れは、賑わいの熱気を刹那へと伝えて来た。

 

≪フォックスさん、フォックスさん―――≫

「せっちゃ~ん! せっちゃんも着替えよ、ウチが選んだげるから」

「お、お嬢様その格好は一体!?」

 

 連絡を取ろうとしたところを遮られ、刹那は着物に身を包んだ木乃香の姿に仰天する。普段とは違った美しさを兼ね備えた美少女に動悸が激しくなり、何かを言おうと反論しかけたところで彼女は強制的に口を閉ざされることになった。そのまま木乃香に引っ張られ、近くにあった衣装を貸す店に連れ込まれてしまったからだ。一応は通信を取ろうとしたのだから返事が返ってくるとは思ったが、残念ながら一度もコール音が鳴る事は無かった。

 

「せっちゃん、コレなんて似合うんとちゃう?」

 

 いつまでもへこんでいる訳にはいかないと決意を固め直した瞬間、木乃香から差し出された衣装が目に入った。

 

「し、新撰組の衣装ですか……」

「お店の人に“そこに居る女の子に何がに会いそうですか?”って聞いたら、これを進めてくれたんよ!」

「店員が…?」

 

 視線を移すと、にっこにこの笑顔で此方に手を振る女性店員の姿が。刹那と木乃香を交互に見ながらうっとりとした溜息を吐いているところをみると、どうやら「百合好き(そういう)」趣味の持ち主である事も伺える。つまり、刹那が木乃香の誘惑に負けて着替えてしまったら更なる妄想の種を与えることになるのだろうが、残念ながら最愛の護衛対象である近衛木乃香のお願いを跳ね除ける事が出来る程、刹那は押しが強くない性分だった。

 

 あれよあれよという間に更衣室に引っ張り込まれると、元の私服を店に預けて彼女達は外に出る羽目になった。衆目の視線は少年剣士と言っても差支えない凛々しい雰囲気を発するようになった刹那に向けられ、敵に見つけて下さいと言わんばかりに悪目立ちしてしまう。

 それでも襲撃に対応するために普段は長い竹刀袋にいれている愛刀「夕凪」を武士の様に腰に差して見たが、神鳴流特有の長刀はどこかアンバランスさを醸し出している。

 

「夕凪が死ぬほどそぐわない…」

「似合とるで。ほな、次こっちにいこか!」

「あ、お嬢様っ」

 

 いつもの剣士としての力はどこに行ったのか、木乃香に触れられるとまるでクリプトン鉱石が近くにあるスーパーマンのように軽々と彼女に連れ回されてしまう。本来なら振り払う事も出来るだろう木乃香の小さな手も、彼女にとっては鉄枷よりも振り払う事は難しかった。

 

 その後は写真をねだられたり、クラスメイトの物であろう好奇に満ちた視線に晒されたりはしたものの、何故か敵側からのアクションはほとんどなかった。これで何とか一難は去ったか、そう考えた時だった。

 満を持してとはこういう事を言うのだろう。ガラガラとやかましい馬車の走行音を立てながら、確実に殺気を纏った一人の貴婦人を模した少女が遮るようにして目の前へと現れたのだ。

 

「どうもー、神鳴流…じゃなかったです。…そこの東の洋館のお金持ちの貴婦人にございます~~。そこな剣士はん、今日こそ借金のカタにお姫様を貰い受けに来ましたえ~」

「…せっちゃん、コレ劇や。お客巻き込んでシネマ村でやってるらしいで」

 

 成程、ならば月詠…と言ったか。彼女の劇に見せかけた台詞の内容はおあつらえむきだ。刹那はそう考えて、敵もそれなりに頭を使ったものだと感心した。白昼堂々試合の宣言をするには丁度いい設定で在るし、刹那が負ければ言葉通りに お嬢様(木乃香)は連れて行かれる。続きを期待する観客が囃したて、無意識で去っていく反逆者たちの壁になる事も予想できる。

 ならば、ここいらで本心を込めた劇をして、相手の思惑に乗った方がいいかもしれない。フォックスが来るまでの時間稼ぎに使えると思った刹那は、一歩踏み出すと月詠へと刀に手を掛けて叫んだ。

 

「そうはさせんッ! このかお嬢様は私が守る!」

 

 少しやり過ぎたか。冷静な頭で辺りの声を聞けば、観客となった一般人が沸き立っているようだ。当の事態を理解できていない木乃香は顔を赤くして先の発言にもだえている有様である。

 

「そーですかー。なら……えぇ~い!」

「むっ」

 

 反射的に受け取ったのは彼女の投げた手袋。英国ではコレは決闘のサインだった筈だ。

 

「このか様をかけて決闘を申し込ませて頂きますー…30分後、場所は正門横“日本橋”にて。御迷惑と思いますけど…前のセンパイの剣技に惚れましたんですー…今度こそ本気でやらせて貰いますえ―――刹那センパイ♡」

 

 黒白の配色が反転した眼球。狂気に染まったそれが刹那を見据える。そして、彼女は自分が習っている流儀の教えを思い出した。闇に落ちた神鳴流は、興奮すると瞳が反転する現象が起きる、それが堕ちた者の見分け方であると。

 大抵、こう言った堕ち者は闇の強大な力に魅せられた者が多い。彼女もやはり、そのたぐいである事は予想がついた。そして、最後に言い捨てて行った「本気」という言葉、それはあながち間違いではないのだろうと言う事も。

 

 しかし、彼女の思考はそこで区切りをつけられる事になる。

 

「ちょっと桜咲さん、どーゆーことよー!?」

 

 クラスメイトがこんなにも面白そうなイベントを見逃すはずがないと、そう言わんばかりに刹那たちの近くに集まってきたのである。それによって困ったことになったと普段のコミュ障が災いして、しどろもどろになる羽目になってしまった。このままでは一般人の彼女たちも「あの月詠」との戦いに巻き込んでしまう事になるかもしれない。そうして心配と状況を打破する力を持たない刹那に、一本の蜘蛛の糸が垂らされることになった。

 

「ちょっと、いいかな?」

「どしたの朝倉ー?」

「……朝倉さん?」

 

 待ったをかけたのは朝倉和美。ふだんは麻帆良のパパラッチと言われている彼女が声をかけた事で、クラスメイトは従うようにしてざわめきを無くした。そして話を聞く体勢を整えたのだと見回してから腕を組むと、これは任せた方がいいんじゃないかな、との提案を下す。

 

「桜咲さんも大変なんだよねー。剣道じゃなくてほら、実戦に秀でた剣術習ってるから、実は修学旅行前にシネマ村からさっきの劇の要請が掛かってたんだよね?」

「え、…あ、そうでして――」

 

 そして和美と刹那のナノマシンが一瞬で更新を終了し、彼女の意図()を刹那が手繰り寄せる。一旦は切った言葉を繋げると、刹那はクラスの皆にこう言った。

 

「このかお嬢様にも、サプライズで参加してもらいたいのですよ。そのためには他の方たちは流石に参加させる事は出来なくて…」

「そ、そうやったん!? せっちゃん、ウチめっちゃ嬉しいわ~!」

「むー……そういう事情なら仕方ないかな。で、朝倉は何で知って―――ああ、そっか。麻帆良のパパラッチだったっけ」

「そーいうこと! それに使う刃物のは緊張感持たせる為に真剣(ホンモノ)っぽいし? そんじゃ私達は大人しく観客側で見守ろうよ」

「「「「はーい」」」」

 

 本来なら真剣を使うこと自体が疑問者だが、いい具合に麻帆良の常識でゆるまったクラスメイト達の意見をまとめたところで、和美は刹那にウィンクを送った。

 

≪…繋がってますか? 朝倉さん、助かりました≫

≪繋がってるよー。それにいいって。それにフォックスさんも既に門の一部で潜んでるっぽいし? 戦いやすい場を提供したり、クラスメイトを危険から遠ざけるように千雨ちゃんから言われてるからねー。……うん、流石に自分の命は惜しい≫

 

 通信の向こうから苦笑いが聞こえて来た事に、あの人たちに捕まって相当苦労してきたんだなと彼女を思う。刹那はその一部に自業自得が混ざっている事を知らないのではあるが。

 

≪引き際を心得ているだけ、私は善良な記者だと思いますよ≫

≪うぅ…その優しさが身に染みるよ桜咲さん≫

 

 月詠に睨まれた事で身を竦めていた木乃香を立ち直らせながら、刹那は通信の中でそんな事を言っていた。そのまま一時解散し、木乃香以外のクラスメイトを引き連れて行った和美に再度のお礼を言ってから、刹那は夕凪を握る手に力を加えた。手汗は剣士にとっての最大の敵であると言うのに、衆目の環境で戦うと言う事が初めてであるので酷く緊張を覚えてしまう。

 カタカタと鯉口を鳴らしている刹那を心配に思ったのか、木乃香は彼女の手にそっと自分の手を重ね合わせた。

 

「せっちゃん、お芝居はちょっと怖いあの人が相手なんは分かるよ? でも、もっとリラックスしていかな。張り詰め過ぎるといざって時に変な失敗してまうから」

「お嬢様……今まで避けていた事は申し訳ありません。ですが、そんな私にもそのようなお言葉を頂けるとは恐縮です」

「あはは、せっちゃんお固いな~。ウチにそんな畏まらんでもええのに。…でも、嬉しいな。昔に戻ったみたいや」

「……お嬢様」

 

 こんなに優しい少女が危険の飛び交う魔法の世界に足を踏み入れる。自衛のためには仕方がないとは言え、世界の理不尽さに刹那は心の中で大きく悪態をついた。決して表にそんな感情を出す事はしないが、たまには何かに恨みをぶつけてもいいだろうと、尚更この世界の条理に嫌気がさす。

 そんな時だった。あの冷徹な、それでいて全てを見通してきたかのような声が頭の中に響き渡ったのは。

 

≪……桜咲、こちらFOX2。日本橋の橋下にスニーキング中だ。……いざとなったら俺も加勢するが、お前ならできる。お前は、自分の意志でそこにいるのだろう?≫

「…フォックスさん?」

「え、せっちゃん狐さんがどしたん?」

「あ、いえ…昔、私の師匠の様な方があちらに見えたもので……」

 

 全てを明かすには、なるべく知人の多い所の方が彼女のショックも小さいだろう。だから今は「何でもありません、見間違いだったようです」そう言ってごまかすしかない。

 

 それでも、彼女の胸の中にはフォックスの言葉が絶えず反響していた。

 ―――自分の意志で此処にいる。

 そうだ。私は――――

 




キリがいいのでここで区切ります。
今回はこれだけお待たせして八千字程度でしたが、今度は一万を大きく超えるとても濃密な戦闘にしたいと思います。原作の短い描写ではなく、本当の「劇」を目指してみようかと。
たぶん、その間は敵さんも手は出さないと思いますから。……たぶん。

とある感想で千雨が盛り上がりに欠けると言った方がいましたが、私達はこんな感じを目指してます。
フォックス→冷静ながらもアクロバティックでスタイリッシュ無双&転機戦。
千雨→冷静で落ち着いた戦闘&狙撃や物を使った頭脳戦(笑)。
RAY→麻雀で言うと国士無双が四段積み。よくある格ゲーで常に必殺ゲージMAX
刹那→佐々木小次郎(苦戦しやすい)


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☮長丁場の閃駆

「あら~、センパイお一人ですか。他の方はギャラリーに徹する言う事は、思いっきり死合えるゆぅことでっしゃろ~? 楽しみやわー♡」

「………ッ!」

 

 刹那は月詠に覇気を向け、その手に握る夕凪を構える。

 彼女はこれあまでに、向こうの方で犬上小太郎という少年と戦ったネギから「ちびせつな」の術式を逆用した実体の無い姿で報告を受けており、これから始まる予告戦闘について既に話を通してある。そのときは魔法の秘匿に関して伝々とわめき始めたが、闘いの中では西洋魔法使いの様に「あからさま」な技は使わないと分からない、と言っておいたので渋々了承し、今は式神状態を解除して回復に専念してもらっている。後々、シネマ村から出て落ち合うつもりだ。

 そうして全ての厄介事を片付けた今、刹那は気を高めていった。見据えた先の橋にいる月詠、その橋下には既にフォックスがステルス迷彩で隠れているらしい。いくら気を隠そうとも場所を知っていれば感知はできる筈、だというのに異和感すら感じないその擬態には、流石の刹那と手舌を巻いた。

 

「せっちゃん……これ、ホントに劇やの…?」

「…お嬢様、夕過ぎには実家に参ります。そこで、この話の全てをお話すると、長が」

「お父様が? ……うん、信じるえ」

「ありがとうございます。貴女は私が必ずやお守りしますので…少々お下がりを」

 

 心配、そして信頼の色を灯した瞳をした木乃香を後ろに下げると、これが劇であるかのように、「主役」の刹那は振舞った。仰々しく下がった木乃香がこれ以上前に出ないように手で制し、夕凪を一旦降ってから再び構え直す。

 見上げる先には異国の貴婦人。怪しげに笑う相手に向かってふ、と微笑む。

 

「東の月詠よ、これより貴様に対するはお嬢様の護衛桜咲刹那也……。いざ、持して参る」

「こちらこそ、お手柔らかに……」

 

 月詠の二刀が刹那に向けられ、眼光が空でぶつかり合う。想像以上の戦場の気迫、その勢いに場は呑みこまれ、囃すような観客の声は一切聞こえなくなった。一陣の風が二人の間に吹き通り―――火蓋が切られる。

 

「ぜぇぇぇえええええええええい!」

「やぁぁぁあああああああああっ!

 

 仕掛けたのは同時。橋を駆けあがった刹那が僅かに刀の間合いで利点を取り、第一撃が月詠に振り下ろされた。木乃香がその様子を固唾を飲んで見守る中、月詠は余りにも分かり易過ぎる直情的な一撃を小刀でいなし、返す手で刹那の首に狙いを定める。しかし、その行動も誘い受けた予想通りの剣筋。止められた刀を引いて身をぐるりと捻った彼女は、恐るべき瞬発力で迫る刃を打ち据えた。

 しかし、ガンッと刀ごと弾かれた月詠は、その反動で振り翳した反対側の手に握った小刀を衝撃を受けたばねの様に突き出した。刀の神髄とは切るだけに非ず、突きの奥義も存在する。そう言わんばかりの風を切り裂く鋭い一撃は、再び無防備の刹那へと襲いかかっていく。

 

「くっ―――」

 

 予想外の続々と返される攻撃に苦々しげな声を上げ、右腕の一部を擦りながらも回避する刹那。刀の握りに支障を来す程では無くとも、先手の一撃をもらってしまった事は確かである。その箇所から抜け落ちて行く血、及びに体力との勝負に持っていかれた事は、頭の片隅で理解していた。

 対し、刹那の血液が付着した刀を見て嬉しそうに微笑んだのは月詠だ。刀に血糊が付けば切れ味は落ちるのだが、反対に気の昂ぶりようは先ほどとは比べ物にならない。名残惜しそうな表情をしたのも一瞬、刀に気を込めて実力を解放すると、再び反転した瞳を刹那に向けていた。

 

「さぁて、こっからが本気の勝負ですー♡」

「準備運動はこれまでか…!」

 

 二人のセリフを聞き取った観衆がざわざわと犇めき合う。

 それに呼応するかのように刹那も気を噴出させ、ゆったりと修羅の如き視線で月詠を射抜いた。刹那から発される濃密な殺気に打ち震え、気を昂ぶらせた月詠はその衝動のままに刹那に襲いかかる。貴婦人の役として着ていたスカートの大部分を損傷させ、より素早く動けるようになった彼女の刀は、しかし、あっさりと刹那にいなされる。早く、もっと早く。その持ち主の意志と共に剣閃を刻む刀の舞踏は、不動の精神を兼ね備えた刹那の前に受け流され、受け止められ、時には不意の反撃を返される。

 その時が機転だった。これまでが前進一方だった刹那がつ、と一歩引いたタイミングを見誤り、月詠の体が少しばかり前に傾いた。かつてない月詠の隙に、衆目を気にせず放たれた胴を狙った刹那の一閃が月詠に迫り、絶体絶命の窮地を作り出す。だが、その程度でやられるならば此れまで打ち合いを続けてはいないのだ。

 彼女はそうと思った時には気を練っており、苦しい体勢ながらも刃にそれらを纏わせ始めていた。

 

「にとーれんげき」

 

 気を纏わせた小太刀を無理な方向に打ち出し、振り下ろしてきた刹那の刀を体勢ごと大きくのけぞらせる。

 

「ざーんがーんけーん!」

 

 そして起き上がった拍子に合わせて逆風――即ち股下から真上に至る一撃を放つ。常人ならそのまま二枚に卸される一撃を放った月詠は勝利への僅かな希望と、打ち返してくると言う大きな期待をその胸に抱いた。そして、彼女の期待は見事に報われる事となる。刹那は刃が振り上げられるよりも早く後方に飛び、空へとその身を躍らせたのだ。そして本来自由が利かない筈の空中からいつの間にか手に忍び寄せていた飛針を投げる。当然、呆気なくそれらは余裕の月詠によって弾かれてしまうが、刹那の狙い通りに月詠がそれ以上の追撃を行う事は出来なかった。

 

「やりますな~。返してくれたんですかー?」

「神鳴流に飛び道具は必要ない。貴様も小手先の技だと分かっていたのだろう?」

「分かります? ほな続けましょ―――はれれ?」

 

 月詠はその疑問の声と共に左腿に違和感を感じていた。どこか、滾るような熱さがジンジンと伝わってくる。これは、そう―――

 

「いつの間に斬ってたんです?」

「先ほどの後退、少しばかり置き土産に斬撃を飛ばした―――だけだッ」

 

 槍をもつ騎馬兵の様に突進した刹那。その刀身には常人には測り知れない程の力が込められており、下手に受けの選択を取ってしまえば、守りに入った刀身ごとその体は貫かれるに違いない。直感的にその事を感じ取った月詠は先ほどの刹那と同じく後退を取ろうとしたが、直後にその顔は歪んだ笑みに切り替わる。何故そのような選択をしたかと問われれば、彼女の性格的な問題が関わってくる事になるだろう。

 曰く――ここで正面から立ち向かわずにして何が斬り合いか、と。

 

「秘剣・百花繚乱!」

「二刀連撃斬鉄閃!」

 

 いつもの間延びした声を無しに、月詠の刀からは一対の螺旋状の気が放出された。それらは攻撃の為に繰り出された物ではなく、大気の流れを巻き込み一直線に迫る刹那の軌道を歪ませるためのもの。狙い通りに刹那は体勢を崩されることとなり、月詠に向けられた刀の切っ先が触れる手前で身を引く事になった。が、その余裕を与えないのが月詠の二刀と言う手数の多さ。素早く間合いを詰められた彼女は反射的に刀を引き戻すが、先ほどとは打って変わった防戦一方に追い込まれてしまう。

 それから続けた十数合に渡る斬り合い、受けきれなかった連撃の刃は刹那の眼前へと。

 

「獲った―――」

「甘い」

 

 呟き、刀からパッと手を放した刹那。彼女が再び刀身で攻撃を受けるという選択を取らなかった、その事に月詠は思わず戸惑いを見せてしまう。その一秒にも満たない瞬間を感じ取った刹那は気を纏わせた手で刃をつまむように握ると、残った右手で持った夕凪の峰で月詠の手首を打ち据え、一気に刃を掴んだままの左手を流れるように横へと引いた。

 すぽんと、間の抜けたような擬音が聞こえそうな位に呆気なく月詠の手から小太刀が抜き取られ、橋の下を流れる川の一角に沈んで行く。あ、と切なげな声を出した刀の持ち主は、刹那の気を纏った蹴りで吹き飛ばされることになった。

 

「ガハッ…!」

 

 吹き飛ばされ、何とか踏みとどまったものの、殺せなかった蹴りの衝撃が月詠の水月と呼ばれる肋骨の下あたりに拡散し、押し出された肺の空気を吐きだそうとしてえづく羽目になる。戻した視線の先には、追い打ちをかけることなく静かに野太刀を構える刹那の姿。未だ双方ともに手の内を見せ切っていない状態とは言え、それでも感じられる地力の差に、月詠は刹那を熱のこもった視線で見つめていた。

 

「得物は選ばない、それが神鳴流の戦士(・・)だ。追放の身とは聞いたが、まさか忘れた訳ではあるまい…?」

「は、はははははっ! お強い、ほんにお強いお方ですなぁ。……誠に不本意ですけど、ウチらは一人じゃないんですよ~?」

 

 強者との一対一の場を設けられる事を契約に天ヶ崎に雇われている月詠。それは彼女の言った通りに不本意ながらも計画遂行のために複数人で組むことになっているのだが、この場においては試合よりも勝負に勝つ方が重視される。

 

「……なに? まさか、貴様――………いや、心配ないだろう」

「へ?」

 

 これは当然だが、月詠の台詞で刹那は伏兵の可能性に気付いていた。そこに戦いたいと言う欲求は含まれていたとしても、自分を誘導させるという本来の目的の為に月詠は戦っているのであって、その隙に目を放した木乃香をさらってしまおうと言う魂胆だったのだと。

 だからこそ、彼女は月詠に挑戦的な笑みを浮かべるのだ。

 

「私が何の作戦も練らずに、貴様と斬り合うとでも思っていたのか? 私達は誰かの手のひらで踊る駒ではない。自分の意志の元に動いているのだぞ」

「……まさかっ!?」

 

 刹那の真意に気付いた月詠が、落ち合う予定になっている近くの城へと視線を移した。その瞬間、その城は膨大な気の収縮の後に、破裂するような爆炎を撒き散らす。幸いにも残骸は観客側に落ちる事はなかったが、それでも月詠は予想外の出来事に目を見開いて体を強張らせる。

 仲間は刹那側にもいるが、一対一が楽しすぎてその事実を失念していた。一応は組織だって動いている月詠が読み切れなかった失態を悔んでいると、刹那はニヤリと呟いた。

 

「そこか」

「あ…し、しもたー!」

 

 先ほどの月詠がとった反応でさえ、刹那が張った心理戦の罠だったと言う事なのだろう。視線で仲間のいる場所を教えてしまった月詠はすぐさま刹那を追おうとしたが、再び目の前に飛来した飛針の対処に追われる事になって出遅れてしまう事となった。

 刹那は使いきった飛び道具の役目を見届けずに城へ向かうと、もくもくと煙を上げる上階の一部に、探していた少女の顔を見つける。彼女は気絶していたようだったが、急いで駆け寄って体をゆする。ほんの数秒の間を置いて、木乃香はゆっくりとその瞳を開き始めた。

 

「お嬢様、ご無事ですか!」

「せ、…せっちゃん…? ウチ、なんで寝て……そや、白い髪の毛した男の子に次の舞台に連れてきてもらって……そんで…」

「劇、ですか……」

 

 口実の為に与えた真実に縋るしかない木乃香の心境が嫌でも理解できてしまって、その歯がゆさに刹那は見えない場所で拳を握りしめた。

 木乃香には下手に劇と言ってしまっただけに、この事態にはいささか混乱が見えていたようだが、刹那が目の前に来ると自分が置かれている現状にも何とか整理を付け始め、懸命に冷静さを取り戻そうとしている。

 だが、時間と言うものは早々自分達の味方になってはくれないらしい。煙の中を突き破って羽を生やした鬼がその鋭い鉤爪を伸ばして着ていたのである。危険を察知して木乃香と共に地面に伏せた刹那は、隣で上がった小さな悲鳴に心の中で謝罪をしながら、彼女の手を取った。少しでも、この状況の恐怖をやわらげる事が出来るのならばと。そして、その異形の鬼は刹那の目の前で額に大穴をあけて倒れ伏す事になる。これは――精密射撃?

 

≪長谷川さん、助かりました……長谷川さん?≫

 

 礼を言うために応答を待ったが、砂嵐の様な雑音さえ聞こえず、ナノマシン通信の先は沈黙しか返ってこない。とりあえず、いつまでも炎上しかかっている此処にいるわけにはいかない。木乃香にもうお化けはいませんと言って手を引くと、屋上から聞こえる音を頼りに道を決めて階段を上がり、瓦屋根の敷き詰められた屋上に出る。そこには見えない何かと戦っている白髪の少年と、今回の首謀者である天ヶ崎千草の姿があった。目に見えない、そして殺気さえ最小限に収めて狩りを行う人物。そう、それは―――

 

「フォックスさん!」

「桜咲、良い所に来た」

「え、え? 誰の声なん!?」

 

 刹那が叫び、目の前の白髪の少年のものとも思えない凛とした声が聞こえた事に木乃香は混乱するが、それは次なる驚愕に掻き消されることになる。

 少し景色のぶれた箇所に気の力が集約されたかと思うと、白髪の襲撃者、千草の双方がともに屋根の向こう側にまで吹き飛ばされてしまったのだ。もう敵はいないと判断されたのか、何もない景色の一部が突如スパークを散らし、強化外骨格に身をまとったフォックスの姿が露わになった。

 

「ろ、ロボット!?」

「…今はそう言う事にしてくれ、近衛嬢」

「何でウチの事…?」

 

 数々の超常現象に目を白黒とさせる木乃香に少しばかり同情の気持ちが湧いたが、いつまでも此処にいるべきではないと判断したフォックスは、刹那に振り返って口早に説明を始める。

 

「話は後だ。桜咲、此処で敵を仕留めきるには少々数が多い。其方でいう火力の持ち主…ネギ・スプリングフィールドの存在が必要かも知れん。退くぞ」

「分かりました」

「追手は任せておけ」

「…ご武運を!」

 

 再びスパークが弾け、フォックスの姿が透明に染まる。彼が存在する証である質量に追従する風の運動を残して城の屋根には刹那と木乃香だけが取り残され、この建物から落下した天ヶ崎達を追いかけたフォックスもその場から居なくなったようだ。

 それに、いつの間にか追いかけて来ていた筈の月詠の姿もなく、嵐の様な喧騒が過ぎ去ったあとの静寂だけが刹那と木乃香を覆い尽している。夕凪を掲げて彼女は向き直ると、大きくその声帯を揺らし始めた。

 

「これにて試験的な殺陣劇は終わりとさせていただきます! 少々事故が発生しましたので、観客の皆さまはすぐさまこの地から離れて頂きたい次第。多大なご迷惑をおかけし、申し訳ありません! これにて、劇は終了とさせていただきます!!」

 

 再度の終了宣言を叩きつけた刹那。その彼女が右腕から血を垂らしている様子を見て、木乃香は顔を酷く青褪めた。心配そうな視線を感じ取った刹那が優しく微笑んで、木乃香に安心を与える。

 

「…お嬢様、それではご実家に向かいましょう。全ての説明は、そこで」

 

 その場に座り込みそうになった木乃香を連れていくため、夕凪を鞘に戻して右腕を差しだした刹那だったが、途端に差し伸ばされた相手の顔が青くなっている事に気付いた。その視線は、先ほどの切り傷に向けられている事も。

 

「せっちゃん、右手。右手に血が…!」

「……この程度、縛っておけばすぐに収まります。さぁ、とにかく急がなければ」

「ホント、ホントに大丈夫なんやね!? ちゃんと、その腕治そうな…!?」

「当たり前ですとも」

 

 優しさと、了解の意を込めた言葉に木乃香は今までの訳のわからない事態の中での緊張の糸が切れたのか、刹那に縋りついて涙を流し始めた。彼女を包み込むようにして抱きすくめた刹那は急ぎながらに、それでいて木乃香に負担をかけないようにゆっくりと自分たちの服を預けた服装貸出の店に足を進める。

 この先に待ち受けるであろう、天ヶ崎の起こす大波乱を必ず食い止めるのだと決意して。

 

 

 

「くっ…天ヶ崎、ここは退くよ」

「しゃあない。こないな化け物相手やと身が持たんわ」

「あ~、フェイトはん少し待ってぇ。ちょっと斬り合いたいかもしれ―――」

 

 白髪の少年、月詠にフェイトと呼ばれた少年は地面に何やら呪文を唱えると、天ヶ崎に手をもたれたままの月詠達と共に地面に水の様な波紋を残しながら姿を消した。ステルス迷彩を起動させたままのフォックスは、何も言わずに刀を仕舞いこむ。そしてそっと耳に手を当てると、ナノマシン通信を開始した。

 

「…こちらFOX2。桜咲、此方は敵を追い払ったがそちらの状況は?」

≪お嬢様と共に着替えています。腕は服屋の女性店員に包帯を巻いてもらいましたが、出発は10分ほど後になるかと≫

「俺は先に本部に向かっている。敵が立て続けに襲うような事はないだろうが、気を付けておけ」

≪すみません。…あ、お嬢様? ちょっと今抱きつかれると――――≫

 

 悲鳴が響くであろう展開を見越して、フォックスはただちに通信を切った。

 だが、彼の頭の中には一つの疑問が渦巻く事になる。先の騒動、劇と称して近衛木乃香を奪取するという大まかな内容は悪くないのだが、それは相手が一人だけだった際の話だ。自分の様な伏兵がいる事は分かっているだろうし、その一人だけで十分作戦が切り崩される可能性の方が大きい。

 だというのに、ここでこの様な魔法を一般人に見せるような選択をした理由が分からない。此方の人員を魔法秘匿の後処理に当たらせると言う組織的な人員不足に陥らせるならまだしも、実動部隊が出向く今、何故この様な事を…?

 

「……だが、気にかかるのは未だ姿を見せない彦星の存在か。チサメは見たと言っていたが―――そうか、寧ろこれは時間稼ぎ、魔力を盛大に使うような彦星の準備を悟らせないようにするための陽動。そしてあわよくば近衛の奪取が出来れば…いや」

 

 とにかく、疑問を一人で抱え込んでいても仕方がない。思考を中断して判断結果をRAYたちも閲覧できるよう、麻帆良のサーバーに転送すると、地面を蹴って近くの家の屋根へと跳躍する。目指すは再び京都神明流、及びに関西呪術協会本部。近衛木乃香の実家だ。

 不確定要素が多々存在するが、未だ姿すら見えない相手に向かって何を言おうと意味はない。そう言えば、自分も相手には見えない相手だったか。などとセルフジョークで気を紛らわせると、雇われ先の本部へと足を向けるのであった。

 

 

 

 あの騒動から一時間後、ようやく本部を目指す事になった桜咲と木乃香他、ハルナ、夕央、そして情報のまとめを行う和美を連れてネギたちとの合流地点に向かった。その先では明日菜とのどかが傷ついたネギの介抱と共に休憩として食事を取っていたらしく、彼女達を見つけた時には食べ物片手に此方に勢いよく手を振っていた。

 だが、「傷ついたネギがいる場所」にのどかがいる事に気付いた和美は顔を青褪める。千雨の昨日言われた事がリフレインし、同時にとうとう彼女も此方側に足を踏み入れてしまったのか、と思ったからだ。そそくさとのどかに近づいた和美は、済まないと言う気持ちを込めてそっとつぶやいた。

 

「ごめん、巻き込んじゃった」

「…え、それってどういう……」

「朝倉…? アンタ……」

「私が浅はかだったよ。明日菜、アンタの言いたい事は分かってるつもりだけどね」

 

 突如としてしんみりとした空気になった事について行けず、一般人組はどう言う事なのかと首をかしげていた。だが、その事に関しては刹那が本部でゆっくりと語り合った方が安全だと言うと、その場にいる八人全員で歩いて十分もすれば到着するほど本部が近くにある事を伝える。

 結局、そうしていつも通りの明るい雰囲気に戻ったところで、木乃香はどうしてもこの場で聞いておきたい事があると、刹那に話を持ちかけた。

 

「当たり障りの無い事でしたら」

「う~ん、なんやその辺りよぉ分からんけども…せっちゃんの言うとった“フォックスさん”て、何者なん?」

「…そうですね、人目があるので曖昧な答えになりますが……」

 

 ここまで小声で木乃香に伝えると、少しばかりは良いだろうと、自分の見解を混ぜて言葉に乗せた。だが、それは奇しくも、

 

「壮絶な過去を送った末に現代に蘇った異国の“サイボーグ忍者”、と言った所でしょうか」

「忍者!? あ、やから目の前で姿見えなくなったんやね! 隠れ見の術や! それにしてもサイボーグって、凄いんやなぁ」

「あい、え? 忍者!?」

「忍者、忍者何で!?」

 

 忍者と言う日本人には心惹かれる言葉に反応し、クラスメイトはもっと詳しくと騒ぎ始める。約一名はその弟子と師匠と言う関係にラブ臭(愛情を交わし合う関係を匂わせる事がら)を感じ取っていたようだが、其方に踏み入れると腐海に呑み込まれそうなので刹那は苦笑交じりに木乃香の言葉を取りつくろう。

 

「現実においての隠れ身の術は道具ではなく、“敵の心理をついて隠れる技術(すべ)”なのですが……ふふふっ、あの様になりますと、そうお思いになるのも仕方ないのでしょうね」

「あ、せっちゃん笑った!」

「楽しそうですね、このかさん」

「なにー? ネギ、あんたすっごい顔が嬉しそうよ?」

「…笑ってくれている生徒がいて、良かったな、と思いまして……」

「ネギ先生……」

「あー! 見て見て、あれ入口じゃない?」

 

 そんな日常的な会話で絆を深めあっていると、頭から伸びた触角のような二本の毛を揺らしながら、ハルナが目の前に出て来た巨大な門を指さしていた。本来なら厳重な結界が張られ、魔法関係者ですらその存在に気付かせない程強力な人避けがなされているその場所は、先に戻ったフォックスの連絡によってネギたちにも見えるように結界が緩められている。とはいっても、認識阻害関係のみの話であり、結界自体の強固さはまったく変わらないのだが。

 

「えっと、ここがこのかの実家?」

「そうと決まればレッツゴー!」

「あ、ちょっとみなさん!?」

 

 そして、この後に木乃香への最大限の出迎えがなされたのは言うまでもない。

 

 

 

 

「なんかスゴイ歓迎だねーこりゃ」

 

 ハルナが呟いたとおりに、ネギたちは一般人や関係者問わず大広間へと通されていた。真ん中には人数分の座席が用意されており、そこに座るとしばらくお待ちくださいと女中の一人がネギたちに告げる。そうして静かに待つ事が出来れば作法としては満点だったのだが、彼女達、特に刹那以外の視線はとある一点へと向けられていた。

 

「…………」

「…あの人、…人? なのでしょうか……」

「もしかして、桜咲さんの言ってたのって……」

「怪しいです」

 

 三者三様の反応を見せる中、強化外骨格を纏った一つ目小僧――フォックスは沈黙のままに壁にもたれかかっていた。誰かが声をかけようとするが、その重い雰囲気に当てられて流石の3-Aの人間とは言えどそう簡単に声を発する事が出来ないでいるらしい。

 そうして多数の視線がフォックスに集中する中、ギシ、ギシ、と床を鳴らして一人の人間が奥の階段からゆっくりと降りてくる。今度は其方の音のする方に全員の視線は向けられることになり、多人数から見つめられる事を当たり前のように受け止めきった男は、その顔に笑顔を携えながら言葉を発した。

 

「お待たせしました。ようこそ明日菜君、このかのクラスメイトの皆さん、そして担任のネギ先生。京都神鳴流剣術道場の長、近衛詠春と申します」

「お、お父様ぁー!」

「おっと」

 

 肉親の姿を見たことで、今までの緊張は刹那と一緒だった時よりもずっとほぐれたのだろう。そして、再会の感動も相成って、木乃香は詠春へと飛び付き、その胸に顔をうずめて抱きついた。後方で様々なリアクションが取られている中、ネギはすっと歩み寄って、懐から一通の手紙を取り出し、両手で詠春へと突き出す。

 それは西への親書――と呼ばれている、ネギたちが囮になる要因になったフェイクの初便。だが、正体は知らずとも決して中を開けず、好奇心や困難に負けることなく任務を果たした志の高いネギへ、詠春は優しく微笑みかける。修行を再開して再び力を取り戻してきた彼の姿は、ネギにとってとても力強く見えていた。

 

「確かに受け取りました。これで東西の協力関係はより強固な物となるでしょう。任務御苦労! ネギ・スプリングフィールド大使」

「あ…はい!」

 

 自分のした事を素直に褒められる。それが嬉しかったのか、顔を綻ばせながら彼は頷いた。それからは関西呪術協会本部に此処に来た全員が泊まり込むと言う形で解散の流れになったのだが、異様な雰囲気を発していた一人だけがスッと動きだした。たったそれだけのことである筈が、場を支配したかのような行動に誰もがその視線を固定する。

 フォックスは西の長まで近づくと、顔の装甲を開いて口を開いた。

 

「…ここからが本題だろう」

「……分かっていますよ。刹那く…いや、桜咲刹那。近衛木乃香。ネギ・スプリングフィールド。グレイ・フォックス。以上の四名は私に付いてきなさい。そこの君、御党首たちを集めて会議室へ来るように伝達を!」

「了解しました。御三方はそのまま長と共に階段の先を。フォックス殿は此方へ」

「ああ」

 

 余りにも急な展開に、他の生徒が近付いて行こうとしたが、やはり朝倉和美が首を振って彼女達を止めた。これは私的な事情ではなく、今後の組織の在り方に関わる公的な事情。それを知っているからこその行動である。渋々納得した彼女達は、女中達に連れられて控室に向かう事になっていたようだが。

 

「お父様。これ、一体どういう事なん…?」

「全ては関西呪術協会を支えてくれる御党首達の元へ行ってからです。少々の間は辛抱なさい」

「あの、長さん。僕は西洋魔法使いなんじゃ……」

「其方も含めた、大事なお話があるのです。無理に喋る必要はありませんが、その西洋魔法使いの貴方が見届けていただく必要が形だけでも必要なのですよ。これも組織の辛い所なのですが」

「…………」

 

 一言も喋ら無い者も含め、少しばかりの事情説明をした後に詠春の足はとある扉の目で止まった。重苦しい木製の扉は、木乃香の記憶のどこを探しても思い当たらない裏事情の関わる重要な場所だった。その扉がゆっくりと開かれ、奥にはずらりと並ぶ名家の党首達の姿。

 既にフォックスが先ほどの伝令役の男を横に控えて座っているようだが、手前には刹那達ゲストが座るための座席、もっと先にある奥座には二人分の席が待ち受けているようだった。三人はそこに座り、木乃香だけは詠春に手招きされて一番奥へと連れられる。それまでの間に党首達の視線が突き刺さり、その度に木乃香は小さな体を恐怖に震わせた。それらの眼光は、見定めるかのようなものであったからだ。

 

「このか、こちらへ」

「え、でも此処って……」

 

 詠春が示したのは丁度中央から全体を見回せる最も重要な位の者が座るような場所。それだけを伝えた詠春が隣の控え席に座った事を見て、木乃香は仕方なしにその場に座る事になった。真ん中に吊るされた囲炉裏の炎が揺れ、木乃香の後ろに座った人間はゆっくりと立ち上がった。

 

「場の皆さまは揃ったようで。……それでは、始めさせていただきますが、意義のある方は挙手をお願いします」

 

 詠春の言葉に反応した者は誰もおらず、場の人間達は挙手どころか身じろぎ一つしない。その事をこれから行う事についての肯定だと受け取った詠春は、声高らかに。

 

「それでは始めましょう! これより関西呪術協会次期党首近衛木乃香の正式決定と、彼女に今まで隠してきたこの世の裏に存在する事象についての説明を。関西呪術協会長、近衛詠春が宣言します」

 

 一人の人間の運命を左右する会議を開いたのであった。

 




最後どたばたになりました。
古風な会議の始め方とか判らないので、最大限雰囲気出ればなぁと思ってこうなりました。
予告通り一万字は越えたものの、時間かけすぎた……
すみません、あんまり書くインスピレーションが中々湧いてこなかったので。
それでは、ここまでお疲れ様です。

京都編、ラストスパートへ突入です。


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☮親友の誇り

メタルギアライジング クリアしました。
グレイフォックスの格好でやったらなんとなくシュール。
そういうわけで、丁度設定もいい感じなので取り入れていきたいと思います。


「近衛木乃香は生まれて今に至るまで呪術、もしくは魔法と言う存在に触れる事さえありませんでした。私達の総意として隠してきた事実ですが、それらを説明する場所から始めたいと思います。そのために、最も裏の世界があると言う事実を証明するための人員としてネギ・スプリングフィールド君を招いております。突然で申し訳ありませんが、魔法らしい魔法を使っていただけないでしょうか」

 

 開会の宣言からしばらく、一つの間を入れた詠春は次の瞬間にはそう言いきっていた。何も聞かされていなかったネギは突如として指名された事に驚きを覚えたが、これも立派な魔法使いとしての威厳を見せる時、そして東西の友好の為になると信じて一言「失礼します」と勢いよく立ちあがった。

 詠春の部下に促されるままにネギが中央にまで歩いてきたところを見て、詠春が周りの術者達に結界の創造を命ずる。そうして張られた魔法や衝撃のみをシャットアウトする十数メートル四方の物理的な防護結界に包まれたネギへ詠春は目配せする。彼は頷きと共に背中に背負った杖の包帯を解くと、杖を前に構え、呪文を唱え始めた。

 

「光の精霊11柱、集いて来りて敵を討て! 魔法の矢(サギタ・マギカ)光の11矢(セリエス・ルーキス)!」

 

 杖の先より生まれ出でた11の光は結界に接触すると、轟音と激しい光を撒き散らして消滅。結界の強度はそれなり以上にあるのか、はたまたデモンストレーションと言う事でネギが魔力を抑えたのかは分からないが、傷一つ無く木乃香に向けて(・・・・・・・)放たれた魔法の矢を消滅させる。

 彼女は眼前に迫った光の矢に最初は見惚れていたが、それが自分の身を狙っていると知って悲鳴と共に身をすくめた。そして、接触の瞬間に生じた衝撃を目の当たりにして、その威力がどれほど一般的と信じ続けた現実を揺るがしたのかと理解する。多少の興味と多大な恐怖。詠春が負に呑み込まれそうな木乃香を優しく諌めると、次なる言葉を吐きだそうと大きく息を吸った。

 

「このように、私の娘は此処で魔法と言う存在を知りました。それがどれだけ恐ろしく、有用で、人の心をくすぐるものかも理解しているようです。反応を見れば、自ずと理解できるでしょう。……それゆえに、この非現実を真正面から受け止めた彼女へ関西呪術協会長の次期襲名を此処に宣言したいと思います。彼女が長となるには数年の時間が必要でしょうが、他の御家で私こそはと推薦したい方がいらしましたら、今此処で挙手と共に名を挙げる事をお願いします」

 

 誰も上がらない。彼女、近衛木乃香は近衛詠春の娘である。そう理解しているからこその信任であり、同時に掛ける期待と部下として自分達を活かし切れるかどうかを実戦的に見極めて行きたいからこその沈黙であった。

 ただ、本来なら多数の家が我が家こそ長たる座に相応しいと上げる所であるのだが、そうならないのには少々の理由が存在する。確かに、今までは詠春という戦う者がこの協会を治めて来たことで生じる意見の食い違い、そして政務の未熟さが目立っていた。だが、それは最近になって有り得ない程急速に解消しているのである。そのきっかけを知る人物は少ない、だが、それを成したのが近衛詠春であると言うのは誰もが知る真実。故に、その血筋に間違いはないと判断したが故の結果である。

 そして、もし不可能であったとしてもそれは一人の人間としての限界が存在するから。昔から血を受け継ぎ、人間というものをよく理解している名を連ねる家の生まれで在るからこそ、長と言う存在にかける信用は何よりも正しい。少なくとも、今まではそれで通ってきた、ならばこのままでいいではないか。

 

「それでは、この会議は次へと移らせて頂きます。桜咲刹那君、このかを会議室の外へ、お連れしてあげなさい」

「分かりました、それでは失礼して」

 

 足早に木乃香の元へ寄ると、肩を持ちながら未だ身を震わせる木乃香を外へと連れ出していく刹那。彼女達が完全に外に出て行くと、扉はひとりでに閉じられるのだった。

 

 

 

「…お嬢様、大丈夫ですか」

「大丈夫。…ちょっと、びっくりしただけやから」

 

 会議室を出てから彼女達はそのまま縁側に向かい、沈みゆく夕日を眺めていた。

 心の拠り所でもある刹那を放さないよう、しっかりとその腕にしがみついたまま木乃香はゆっくりと深呼吸を重ねる。その息が吐き出される度に木乃香の体の震えは収まり、彼女が息を吸い込む度に驚愕と恐怖によって青ざめていた顔色は健康な色を取り戻していった。

 

「びっくりやわ、ホントに魔法とか、そんなファンタジーが存在するなんて。夢にも思わんっちゅうのは、この事を言うかもしれへんなぁ」

「仕方ない事例とは言え、人を傷つける物を目の前にしてここまで回復なされるとは…お嬢様はやはり流石ですね」

「そんなことあらへん。ウチ、ネギ君信じとったけど魔法が自分に向けられたと思った瞬間、ちょっぴり憎んでもうた。ウチも皆から優しい言われとるけど、結局ウチもこんなんやなぁって思い直す事が出来たんかな? そしたら、やっと心が落ち着いてきただけや」

「誰もかもが本当の優しさを持ち合わせている訳ではありません。負の感情を持っているのが本当の人間。優しさばかりに逃げて悲しみも何も感じない人がいれば、それは人間ではありませんよ。…ですからお嬢様、そうご自分を卑下なさらないでください。貴女の感情は、人としてとても正しい」

「…ありがとな。やっぱりせっちゃんと話しとると、一番幸せになれそうな気がするわ。決して嫌なことから逃げるんやない、ちゃんと前を向いて向き合おうとさせてくれる」

 

 にっこりしたその笑顔を向ける木乃香。刹那は沈みゆく太陽を遥かに超える明るいその顔を見て、夕焼け交じりに顔を赤らめていた。そうして見惚れていたからか、刹那の従者としての心は少しずつ解け始めていて――

 

「……このちゃん」

「あ」

「…っ! い、今のは忘れてください!」

 

 昔の呼び名。その頃の楽しい記憶と、たったひとつの後悔の記憶が流れ込んでくる。だが、その後悔をも押し潰すような激しい感情の奔流が胸の内から流れ込んできた。平静を装おうとしてナノマシンに鎮静物質を分泌させようとするが、それよりもずっと、胸脳裏から込み上げてくる…いや、押し留め続けていた感情が心のダムを突き破ってきた。

 今更言い逃れはできない。既に口に出してしまったのだ。ならば、こんな私と自分を蔑むのではなく、本当の自分のように羽ばたく時が来たのではないだろうか? ならば、それが正しいと言うのなら、私は、私は。

 

「……この、ちゃん」

「…うんっ」

「ウチと―――」

 

 ナノマシン、感情の方はもう良い。だから、私の激しい動機を収めてくれ。

 今言わなければ、私は…!

 

「また―――

『二人とも何してんの~~!』

 ……あ」

「……ふっ、ぷくく……あははははははははっ!」

 

 突如のクラスメイトの乱入。どこから嗅ぎつけて来たのか、最悪のジャストタイミングで現れたせいで刹那の言葉は掻き消されてしまった。だが、その事が本当にこの3-Aらしいと思った木乃香は溜め続けていた真剣な空気に耐えきれずに決壊したかのように大笑いを上げる。

 おろおろとし始めた刹那と、何が何だか分からないクラスメイト。そして笑い続ける自分。もっとちゃんとしたところで話が出来ればいいなぁと、木乃香は軽くなった自分自身にありがとう、と告げた。

 

 

 

 場所は会議室に戻り、続く会談は御家の報告会となっていた。あいうえお順に続く報告の最後、薬師寺家が閉めを飾ったときである、詠春は会議の終了の代わりに、こんな事を言い始めた。

 

「それでは、今回の友好の証として来てもらった関東魔法協会代表のネギ・スプリングフィールド君及びに現代技術代表、…コードネームがグレイ・フォックスの彼らにも言葉をいただきたいと思います。まずはフォックス、君からお願いしたい」

「ああ」

 

 ずっと沈黙を貫いていたフォックスが立ち上がると、機械音声を通さぬよう顔面装甲を開いてその顔をのぞかせた。ネギは初めて目にした力強い意志の籠った灰色の瞳に圧倒されるが、其れを気にせずフォックスは口を開く。

 

「本来なら此方に来ているRAYという巨大な人工知能搭載の兵器が言葉を言うべきだが、此処は俺が代弁させて貰おう。…この数週間にわたる戦力の貸し出しとして関東、そして現代技術陣営の代表となったこの身に、実に多彩な恩恵を関西呪術協会から提供してもらった事へ感謝を。そして、今回の過激派…いや、現反逆者が企む計画の阻止に尽くす事を改めて誓わせていただく。……他に質問などがあればまた後日に。今宵はそう時間も無いと思われるからな。以上だ」

 

 会議としては本来ありえない口調だが、彼の顔立ちからして外国人。日本語もこれ以上は無理があるのだろうと納得した会議の人間は、彼の無礼ともとれる態度を指摘することはなかった。

 そして、次は元々仇敵と言っても過言では無かった西洋魔法使い、ネギへと視線が移される。多数の人間の前で堂々とする事に慣れている彼は、多少の怯みはあったものの、先ほどのデモンストレーションと同じく胸を張って言葉を紡ぎ始めた。

 

「今回の友好の書状を受け取ってくださり、まずは感謝を受け取ってほしいと思います。皆さまのおかげでこれからも長き友好が続く事を願わせて頂きます。僕もフォックスさんと同じく過激派の件では当事者として最善の結果を出せるよう、尽くしていく所存です。まだ幼い身ながらに不安はあるかもしれませんが、立派な魔法使い(マギステル・マギ)としての志は本物だと自負していますので、よろしくお願いします」

 

 幼い身ながら、確かにその通りではあるが、最近の若者には足りない意志を込めたその言葉に、とある家が拍手を送った。立て続けに彼に対する惜しみない拍手が鳴り響き、予想外の出来事にネギは赤面しつつ、その拍手を謙遜せずに胸を張って受け取っていた。

 両人の宣言が終わり、拍手の収まり時を見計らった詠春は大きく声を張り上げる。

 

「それでは、これにて会議は終了。夜も近いこの本家は過激派の標的になるかもしれませんので、我が神鳴流の熟練の剣士を護衛に付けさせていただきます。では、解散!」

 

 その言葉と共に会場内は党首や護衛の話でざわめき始める。重苦しい空気の流れる会議が終わったことでほっと息をついたネギの隣で、フォックスは無言で顔面装甲を閉め直した。そのカシュッという小さな音が近くにいたために聞こえたらしく、どこかへ去ろうとするフォックスへネギはあの、と声をかける。

 

「…何だ?」

「はじめまして、になりますよね。僕はネギ・スプリングフィールドです。今回の騒動を一緒に当たる方だと分かったので、自己紹介をしておきたくて」

「…ああ、グレイ・フォックスだ。よろしく頼む」

 

 右手を差し出し、ネギとしっかりと握手を交わす。ネギにはバイザーにおさめられた彼の顔を見る事はできなかったが、声からでも分かる力強さに憧れの父親とどこか似た雰囲気を抱いていた。だからこそ、父の面影を何処かに感じさせる人物――素顔は見たので本人ではないと分かっていても、興味を抱くには十分な要素だった。

 

「え…と、それってコードネームでしたよね、本名の方は――」

「語る必要もない。俺はボスに預けた、それだけでいいだろう」

「そ、そうですよね! 僕、ちょっと気になっただけなので…。あ、そう言えば長谷川さんが言ってたフォックスさんって、貴方の事なんですか?」

「そうなるな」

 

 そうして会話を交わしていると、詠春が彼らに近づいてきていた。辺りを見ると既に御党首達の姿は無く、会議室にはその三人しか残っていないようだ。

 

「そろそろ夕食の準備もできたころでしょう。席に案内しますよ」

「ホントですか!?」

「はい、お腹も空いたころでしょう? フォックス、貴方はどうします?」

「…同伴させて貰おう。刹那に少し伝えておくことがある」

「おや、分かりました。それでは席を用意しておきます。それと、せっかくの席、強化外骨格は脱いできたらどうです?」

「まだ此処は戦場だ。無礼は承知だが、付けるのにも時間はかかる。遊んでばかりもいられないさ」

 

 そうして詠春は二人を連れて会議室を出た。

 後に広がるのは、暗闇と静寂。宴の騒がしい部屋を目指して、三人は闇を背に歩いて行くのだった。

 

 

 

 巨大な鉄の塊が、脈動するような音を立てて山に響き渡らせる。白銀の穢れ無き装甲は顔を出し始めた月光を反射し、野生の獣を近寄らせることはない。そんな命の宿ったような機械の中で、少女は赤く点滅する目の前の画面を眺めながら、休めることなくその指を躍らせていた。

 カタカタ…と続く短音は外に漏れる事は無く、銀の巨人の頭の中に収められる。彼女の失われた左目の代わりを果たす機械はこの巨人の頭と直結し、外の景色と同調させるだけではなく、数式や特殊な配列となった記号の雪崩を振らせていた。

 

「……87%。案外時間がかかると思ってたが―――想像以上だな、こりゃ」

『≪ごめんなさい、私のメンテナンスに時間をかける事になってしまって≫』

「そう言うなよ、RAY。私だってメンテしてないもんは不安なんだ。だが、どうせ挑むにも万全の状態が一番だろ?」

『≪そう言ってくれるとありがたいわ≫』

「しっかし……」

 

 千雨は目の前の緑色の投影モニターを凝視する。そこには、今の白銀を纏うRAYにはおおよそ不釣り合いなひし形に髑髏の影が入った黒と赤が混ざり合うエンブレム。斜めに描かれた赤文字を読み解けば、それには「DESPERADO(デスぺラード)」という言葉が大きく、下には会社の種類を表す文字が小さく記されていた。だが、その中身をメンテナンスついでに閲覧しようにも、この時代には有り得ないブラックボックスに近しいセキュリティが掛かっており、千雨では手の出しようがない。

 それほど高度なセキュリティは一体どこで作られたのかと疑ってみれば、彼女はRAYという存在が「異世界の異なる未来の時間軸」から訪れた存在である事を思い出す。2015年の、しかも戦争が経済として成り立っていた技術力が鰻登りに上昇して行く世界。彼女如きの腕が通用する筈もないのだ。

 

「…RAY、これに関して何か―――」

≪この情報を閲覧する権限はありません≫

「――分かってるよ…!」

 

 RAYの人工知能ではなく、感情さえ感じられない機械音声が千雨の耳を突いた。頭の中にまで直接響かされた事で頭を手で押さえるが、ぐわんぐわんと景色が歪んだように見えて一旦キーボードを打つ手は止められる。すぐさまナノマシンが意識を正常化したのだが、彼女の頭に掛かった靄が晴れる事は無かった。

 ―――その時だ。

 

「……う~ん、にしてもDESPERADO社か」

『≪どうしたの?≫』

「ならず者、無法者って名前を何で会社に付けようとするのかが、とうにもソイツのセンスを疑うんだよなぁ……ん、ならず者…? ……ならず者…暴力……」

『≪チサメ、脳内の過熱が激しいわ。一旦は冷却を推奨するけど―――≫』

「待ってくれ。もう少しで何か…そうだ!」

 

 千雨は思うがままにセキュリティに対するパスワードを打ち込んで行く。その度にエラーが出たが、何度アクセスしても元となったサーバーが此処に存在しないためかアクセスが断絶されるような事はなかった。だからこそ、ここぞとばかりにメンテナンスはいったん中断してパスワードになるような言葉を暗号化したものを含めて打っていく。その脳の回転は普段の人間が使わない残り80%の領域を使うまでに至っていた。

 まずは無法者(デスぺラード)が求めそうな「money」…error892

 認められたい「公的な権力(authority)」…error892

 我が意のまま「掌握する(control)」…error892

 国への不満で「蜂起する(uprising)」…error892

 

「なら……後は―――」

『≪チサメ! 脳に負担が掛かり過ぎてる!≫

 

 パスワードの記号配列と暗号化、そして新たな単語や候補を挙げては消していくという負荷に耐えきれず、千雨の目は充血し、熱で鼻血を垂らしていた。だが、それらを全て統合した結果としてある単語が彼女の頭の中に閃光を走らせる。

 それは、RAYが幸運の鳥となってくれたように脳内を浄化し―――

 

「p・o・w・e・r!」

 

 先ほどの言葉は、全てがこの一言から生まれ、付随してくる意味に過ぎない。ならば、圧倒的なRAYの殲滅力を体現するような力があればどうなる? その答えは目の前のモニターが示してくれた。

 

 ―――Login__System_check___

 

 緑色のゲージが左から右へ。

 その中身が全て埋められる事によって、答えは顕現する。

 

 ―――Welcome_DESPERADO_ENFORCEMENT.LLC!!

 

 様々な文字がモニターを覆い尽し、空間投影スクリーンは千雨のソリッドアイを通じて距離を感じさせない程に広がって行った。そして、検索を掛けない限りは途切れる事の無いデスぺラード社の極秘事項と思しき計画やメタルギアRAYの「本来の改造計画書」。仔月光(トライポッド)を積んだこの型は試作であり、本来は近距離戦闘に特化した機動性を限界まで高めたブレードを装備したタイプにするつもりだったらしい。

 その他フォックスが使う強化外骨格の設計図を時代から覆すような全身サイボーグ化による新たな経済の回し方、その裏手から糸を手繰る為のお題目の設定。決して一般人が見てはならないような機密事項の全てが彼女とRAYの目の前で展開されていたのだ。

 

「…RAY、お前の造られてた会社…なんて名前だ?」

『≪DESPERADO管理者用パスワードによるログインを確認しました。これより全情報の権限を解放、搭乗者“千雨”に全ての権利の委譲を行います。ナノマシンによる情報更新を開始、管理者は情報の確認を行ってください≫』

 

 そして現れる一つの投影モニター。青く、よくアニメなどの近未来を思わせる半透明のモニターは上から下へ波を起こしながら文字列を千雨の目の前に映しだしていた。デスぺラード社のエンブレムと、その他重要な情報、そして管理者としての全ての権限を握っていたのだろう黒髪にスーツを着た逞しい男の姿が掻き消され、その枠には千雨の姿が映し出される。これではっきりと、千雨がこの世界に訪れた機械の全てを握ったのだと理解させられた。

 RAYは、新たな産声を上げる。大文字山を越えて届く遠吠えを。

 

 ―――オオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!

 

 

 

 

 一人が耳をぴくりと動かし、どこか近くの山から聞こえる声を聞き取っていた。

 

「ねえ、今何か遠吠え見たいなの聞こえなかった~?」

「もしかして、狼!? ニホンオオカミってもしかしてまだいるの!?」

「それはありえないでしょう。それだったら日本政府が絶滅なんて記さないですよ」

 

 そうして盛り上がっている中にちびちびとジュースを飲んでいたのどかが巻き込まれ、夕食と歓迎を兼ねた喧騒は更なる騒音に包まれる。そうして場酔いしている皆を遠目に苦笑して、ネギは楽しそうで良かった、と息をついた。

 

「刹那君」

「はっ、何でしょうか」

「よくぞここまで彼女を守ってくれました。多少の危険はあったようですが、彼女に傷一つ無い事を見ると君の頑張りは伝えずとも分かります。…一人の父親としてもお礼を言わせて下さい」

「いえ、私がお嬢様を守るのは当然の事。任務以前に、私達は―――友達、ですから」

 

 頬を赤らめつつも言いきった刹那を、詠春は優しげな瞳で見つめていた。

 

「せ、せっちゃん…なんや照れるわぁ~……」

 

 その言葉に反応した木乃香も紅潮していたが、今となっては二人は此れが当たり前らしい。まるで付き合い始めたばかりの初心なカップルに見えなくもないが、彼女達は切れぬ友情で繋がれた健全な関係。決して百合の花が咲き誇る事はない。

 とにもかくにも、刹那への慰労をこれ以上続けて娘から話をする機会を奪うのも悪いだろうと視線を移した彼は、次にフォックスの方に寄って行った。一時的に分解する作用が高めのナノマシンを入れてもらっているので酔うつもりはないが、同じく酔わないフォックスと酒を下地に話をしようと思ったからだ。酒瓶を掲げて彼の目を見れば、意図が理解できたのか何も言わずにコップを差しだしてくる。

 トットットッ、という水音が流れ、彼のコップに酒が流し込まれた。それを注ぎ返してもらった詠春はそれぞれの器を近づけ合い、カン、と鳴らしてゆっくりとのどに流し込む。

 

「…ほう、美味い」

「とある御党首から、娘の祝いとして貰いました。自家製の様ですよ」

「それはまた、思い切った事をする」

 

 くっくっと笑って酒を飲み干すと、フォックスは真顔のまま尋ねた。

 

「…今の動き、お前はどう見る?」

「そうですね。……おそらく、彼らも一般人を巻き込むという選択はないのかもしれません。裏の世界がバレるような事態は今日のシネマ村での一件を見ればそうですが、それも劇として主張する事で違和感を無くしていたようですし。…それに、シネマ村全体に暗示にかかっているようでした。麻帆良の大結界と似たような働きを持っているもののようです」

「…そうか、14%程の薄い魔力が流れているからもしやとは思ったが」

「一般人は魔力や暗示に耐性はありませんからね。それこそ、お聞きした長谷川千雨という少女ぐらいの特異体質で無い限りは」

「チサメ、か」

 

 また一杯を煽り、フォックスは次の酒を注ぐ。

 

「彼女も今回の協力者として聞き及んでいますが…今はどちらに?」

「RAYと共に大文字山でメンテナンス中らしい」

「らしい?」

「ナノマシン通信も途切れる何かをしているようだな。まだRAYには解析不能のデータもあると言っていた、おそらくそのブラックボックスを空けるためのパスでも打っているのだろう。アイツには俺には無い機械についてのセンスがある。人斬りの剣を持つ俺達より、現代に活かせる天の才……いいセンスだ」

「いい、センス。貴方が言うほど、重い言葉に感じられるので不思議ですね」

「いや、これを言ったのは俺じゃない。そう―――

「「BIGBOSS」」

 

 詠春が声を揃えると、驚いたようにフォックスは向き合って愉快そうに声をあげて笑った。突如として笑い始めた二人を周りの人間が見れば、それは背中をばしばしと叩きあって笑い続ける二人は昔から親交の深い友人のようにも思える。

 木乃香は自分にとっての刹那のように、心の許せる友人が昔だけでなく今の父親にも出来たのだと思うと、自然と晴れやかな気持ちになっていた。数年後、高校を卒業してから待っているのだろう関西呪術協会の党首になるための修行は厳しいだろうが、心許せる仲間が出来るのかと思うと寧ろわくわくしてくる。

 楽しげな空気が広がった食事場で、そんな笑顔が自分も嬉しいのか、ネギは自ずと顔を綻ばせていた。すぐ先に控えているかもしれない脅威も気になるが、今はこの平穏な空気を味わっていたい。そう思っても、罰は当たらないだろうと。

 

 それからしばらくの時間が過ぎて、食事に出していた料理は全て食べ尽くされていた。花も恥じらう女子中学生の皆さま方は体重がどうのお腹がヤバいだの言っているようだが、それは食べた者の自己責任だろうとフォックスは心の中で言葉を投げる。

 それからは自由時間が始まり、風呂に入るもよし、そのまま寝室に行くも良しの時間が訪れた。外にはすっかり月が昇っており、その明るい光は桜の舞う夜景をより美しく見せる役割を担っている。彼女達はしばらくこの夜景を楽しむ事に決めたようで、それを了解したネギは個人的な話があると詠春に連れられて行った。

 

 明日菜と刹那は風呂に向かったようで、刹那を除いて深いつながりもないフォックスだけが一人その場に取り残される。彼も屋上辺りにでも行って見張りをしようかと窓に手を掛けた時、後方から声を掛けられた。

 

「フォックスさん」

「…詠春の娘か」

「このか。ウチはこのかって言う名前がちゃんとあるえ」

「それはすまなかった。それで、何だ」

「うん、せっちゃん…じゃなくて、桜咲刹那って子についてちょっと話してほしいなって」

 

 それは、彼女が知らない裏の顔。桜咲刹那という少女が魔法の渦巻く世界で一体どのようにして生きて来たかという事を聞きたいがための言葉だった。彼女から直接聞くと言う方法もとれたが、主観ではなく、客観的な意見で自分の親友がどのように見えていたのかが気になったのだ。勿論、このようないでたちをしているフォックスに話しかけるには相応の勇気を発揮する必要があったのだが。

 フォックスは答えるべきか迷ったが、今のところ魔力探知にも敵の反応が引っ掛かっていない所から時間はあると判断し、応じることにした。

 

「いいだろう。それで、アイツを俺がどう思うか、位でいいのか?」

「うん、それでお願いします」

 

 腰を落ち着け、フォックスは近くの柱にもたれかかって言う。

 

「桜咲は頑固な奴だった。それで、時々猪突猛進ばかりの危なっかしい印象があったな。初めて会った時、力量も分からずに唯剣を向けて来たようにも見えた。…今となっては、昔話だが」

「せっちゃん、必死やったん?」

「そうだな、あの頃は何が目的か知らなかったが必死だったさ。力を追い求め続けていた。それから麻帆良で裏の顔合わせをして……同じ修行をする身になった。その時のアイツは努力家だ。それでいて、気――魔法と同じファンタジーな力だが、人間の力を引き出す力。それを扱う俺の最初の修行から付き合ってくれた物好きでもあったな」

「修行は…やっぱり危なかったり?」

「真剣を使った実戦形式がほとんどだ。技の確認、気の扱い、瞬発力、状況判断。これらは全て実戦で扱った方が何処で使うかを体で覚えやすい。下手に型にはめるよりも、血を飛ばし合いながら斬り合う方が上達も早かった。俺だけでなく、桜咲にも言える事だったが」

 

 木乃香の懸念した事もあっさりと人傷沙汰の修行だと答えると、木乃香はやはりという感情と、怪我してほしくないと言う感情の混ざり合った暗い顔になる。

 

「……実は、うっすらと思い出したんですけど」

「何をだ?」

「修学旅行の一日目、ウチ、多分おさるさんに浚われてたみたいで、そんときに女の人を…せっちゃんが、斬ってたようにも…」

「……修学旅行前ならともかく、あれは最早お前を守るためなら人を斬る事を躊躇わんだろうな。その意志の強さは、奴の目を見れば分かる」

「…だから、その決意のままにウチとお話ししてくれたんやね、せっちゃん」

 

 人を斬る決意。それは即ち人を殺す事を躊躇わない決意と同義。

 刹那は必要以上の殺生をしないだろうが、それでも失われる命があると思うと木乃香は悲しくなった。そして、その原因は自分を守るため、つまり自分と言う存在がいるからこそ生じる事実である事にも気が付き、親友の硬すぎる決意に涙する。

 目元を隠すように手で覆う彼女を見て、フォックスは木乃香がどれほど心優しく、自分たちとは程遠い世界に生きているのかを思い知った。だららこそ伝えたい事がある。

 

「だが悲観に暮れる事もない」

「え…?」

「お前を狙う輩はお前を殺す、もしくは意識さえも失くさせて道具として扱う者、またはお前を人質として非道な取引を持ちかける者ぐらいだろう。そんな外道共にも事情はあるかも知れんが、その手段に踏み切った時点で容赦はいらない。一つ間違えば取り返しのつかない事態になる。そんな感情に訴えかける全てを振り切って支えて、守ってくれるのが桜咲だ。……これ以上ない、最高の友人だな」

「……そう、なんかな」

「その友人である事を誇れ。お前の誇りは、アイツ自身の誇りにも繋がる」

「誇り?」

「そうだ、何かと天秤にかける必要もない、自分が主張できる最高のものだ」

 

 己がねじ曲がっても、決してぶれない最後の芯。

 木乃香の誇りが桜咲刹那という少女に集約されるなら、相手もそれほど嬉しい事はないだろう。刹那の誇りは、木乃香を守る事なのだから。

 

「……なんか、人生相談みたいになってもうたね」

「気にするな。任務で張り詰め過ぎた自分をほぐす、丁度いい材料になった」

「そう言ってくれると助かるわ。…ありがと、フォックスさん。お仕事がんばって」

「激励感謝する。…ではな」

 

 窓から飛び移っていく彼を見届けて、木乃香は改めて友人の事を思った。

 ずっと小さいころから裏の恐ろしい世界から守り続けてくれていた。その事が何よりも嬉しくて、何よりも申し訳ない。もっと友人として接する事で彼女が救われると言うのなら、自分は何にでもなろう。

 波乱を前に、一人の少女は決心した。

 




思うがままに書きなぐったので、多少おかしい点があるかもしれません。
こんな簡単に人の心が変わってたらおかしいですが、その辺はまぁ創作の世界ですから。
ですが、作者達はこれで恥などなく書き終えたというつもりなので、ご了承を。

とにかく最近更新が遅くて申し訳ありません。
これから設定とか風呂敷とかドンドン広げてちゃんとたたみなおす予定です。
そのためにはま時間がかかるかもしれませんし、皆様にとって想像以下の話が上がるかもしれませんが、これはあくまで作者達が楽しんで書いている二次創作です。その中で少しでも、楽しんでいただければと。

お疲れさまでした。一応見直しましたが、誤字などあったら申し訳ありません。


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☮歯車の回る時

歩兵と兵器をつなぐ歯車。
メタルギアとは、兵器である。
時代を動かすためのもの。

その力は、計り知れない。


 強化外骨格は、サイボーグと言われる前の呼称だ。そのために、フォックスの体にはカルシウムでできた骨ではなく金属製の骨が埋まっている。彼の薬漬けという経歴は、それら人工物との親和性を高めるがための措置だった。だが、彼は本当に全身が人工物になったと言う訳ではない。着こんでいる強化スーツを外せば外観が生身の体は残っているし、当時の技術では届かなかった完全機械化は後の雷電などで完成されている。だが、フォックスと言う男はそういった調整された状態に落ちついた事はない。

 そんな事が出来ていれば破壊衝動などと言う物に振りまわされる事は無かっただろうし、死んだと思った後に来たこの世界でRAYのナノマシンを打ち込むことすらしないだろう。では何故、現在になってその話題を蒸し返してきたのか。それは現在の状況にある。

 

「……っづ、ぐ…!」

 

 ナノマシンを千雨たちより多量に詰め込んだ注射。ピストンを押し込み、シリンジの中身を自分の体の中へと注入する。近くに控えていた仔月光から渡されたそれは、千雨と同じく、だが決して打ち忘れてはいけない透析に似たような物。彼が定期的に必要な此れを怠った場合は、周囲数十メートルが見分けのつかない細切れや死体で溢れる事は保証できる。実にいやな保証ではあると思うが。

 彼は正常に戻ってきた思考感覚に安堵の息をつき、空になった注射器を後ろへ放り投げる。受け取った仔月光は、再び闇の中にその姿をまぎれさせていった。

 

「コール、詠春。侵入者は居ないのか」

≪ご心配なさらず。結界には何の異常も無いとの事だそうでして…しかし、どうしたんですか?≫

「あの英雄の息子と風呂場で話し込んでいたようだからな。あの死を知らない瞳を真正面から覗いてどう思ったか、それを聞いておきたい」

≪…成程、実に貴方らしくない≫

 

 他人に興味を示す事などほとんどないフォックス。その性格は一週間ほど修行に付き合った詠春でもよく理解している事実だった。そんな強さだけを追い求めている彼が他人に興味を示した事がよほど珍しいのか、通信先は声を弾ませながら語り始めた。

 

≪まず、最初に会った時の父親と変わらない視線をしていましたね。ベクトルは違いますが、どちらも子供の癖して大人になろうと背伸びをしてるような。…そんな、少し微笑ましい様子でした。ですが、ネギ君を父親と重ねないとするなら、やはりその誠実さでしょうか。……できるなら、魔法の本当の裏を知ってほしくはない物ですが≫

「…やはり、血を見ない限りは青いと」

≪貴方は本当に素直だ。―――はい、その通りでした≫

「確かに子供だな」

 

 だが、それでいいのだ。

 今回の敵には、ネギとよく似た殺し合いをまだ認識した事が無いのだろう犬上小太郎という少年が含まれているのだが、フォックスにとっては天ヶ崎千草同様、小太郎の存在は目に入らない。寧ろ、あの戦った人形の様な白い少年と、あの織姫にそうまで言わせる最悪の男、彦星がここまで何のアクションも起こしていない事が気にかかる。

 もしネギが例の二人と闘う事になれば、スカウトの目線から見ても有り得ない程の才能の塊の一部を発揮して遅れを取る事はないだろうとは思う。だが、あくまでそれは「闘い」の話だ。相手が躊躇なく――いや、確実な殺意を以ってネギたちの暖かな陣営とぶつかり合う事になれば、死傷者は避けられない定めになるだろう。

 フォックス自身の戦いを思い返してみて、その可能性が高い事は承知している。だが、こちらは気にかかる余裕も無ければ、此処まで一切の情報が不明である彦星についてどれほどの対処が出来るのかが分からない。

 今回のこれは任務だ。己が望む戦いが含まれているにしても、そこに第三者の意志が介入していると言うのなら私情は捨てて必ず達成しなければならない。

 

「難しいものだな」

≪これまた珍しい。フォックス、君がそんな声を出すと―――何ものだ!? フォックス、侵入者が≫

「詠春? …これは」

≪誰か、このナノマシン通信が聞こえる人居る!? 千雨ちゃん、RAYさん、フォックスさん、誰でもいいから応えて、本部が襲撃さ≫

 

 あまりに不自然なところで言葉が切れ、無差別回線を開いていた和美のナノマシン反応が消える。フォックスはこれを異常事態だと判断して思考を中断。即座に強化外骨格を戦闘モードに切り替える。そして写しだした壁の向こう側に動く影のようなもの。

 其方に屋根を足場にしながら跳ねて行くと、剣戟の音を集音器官が認識していた。その場に咄嗟にもぐりこみ、背の低い敵影に狙いを付けて壁の向こう側から気を纏わせた刀を差しこんだ。

 瞬間、灰色と茶色の混ざった岩の欠片がフォックスの強化外骨格にぶつかる。見覚えのある岩の攻撃は、本格的に動き出して初日に戦った白髪の少年のもの。そうと判断した彼は、詠春の無事を確認する前に目の前の敵を捉えて刀を振る。壁を突き破りながらの不意打ちには対処しきれなかったのか、依然切り落とした筈の腕に新たな裂傷を設けることに成功した。

 

「君は…グレイ・フォックス」

 

 吹き飛ばした木造の瓦礫を払いのけると、此方を見て何故気付けたのだと物語る瞳を向けた白い少年、フェイト・アーウェルンクスがいる事を確認する。次に視線を移したのは詠春。流石に最盛期の様にとはいかないが、それでもこの少年相手に拮抗するだけの力を取り戻した彼は、息を切らしながらもコレと言った外傷は見当たらない。服の裾など一部がボロボロになっているが、此れは最小限の動きで攻撃をかわした証だろう。

 

「詠春」

「まだいける。合わせますよ」

「承知」

 

 少年に二の句を告がせる前に肉薄。詠唱を止めて魔法使いたる本領を発揮させないために、詠春とフォックスは連携による攻撃を重ねた。

 

「それで、木乃香側はどうなっている?」

「分かりませんが、おそらく、同様に襲撃をっ、されているかと…!」

 

 魔法を使えないにしても、驚異的な身体能力で相手をする無表情の少年。それに攻撃の手を休めることなく加えながら、フォックスは状況分析を行った。ナノマシンからの同期されたデータには遂にRAYが千雨と共に動き始めてしまったとも言うが、それより気になるのはあの未熟なネギたちの様子だ。

 

「気になるのかい?」

「一応は」

「やれやれ、仲間とは思えない反応だね。……彦星はネギ・スプリングフィールド達を相手にしているころだと思うよ。まぁ、何をするかは知らないけどね」

「……ネギ君達が」

「おっと、近衛詠春、君は今夜の舞台には必要ないんだ。此処で眠っていてもらおう」

「そう容易く事を運ばせはしないがな」

 

 フォックスが左手に持った剣に気を集中させる。振るう度に鋭く、早くなっていく剣閃にフェイトの動きには明らかな焦りが生じて来ていた。そして、其方に気を取られていたためか、詠春は隙をついて太刀を薙ぎ払い、技を解放する。フェイトは此れは少しばかり不味いと感じ取ったのか、己の手に魔力を集中させる。そうして、同時に技が繰り出される。

 

「障壁突破・石の槍」

「奥義、斬岩剣!」

「崩力」

 

 詠春の斬岩剣がフェイトに届く事は無かったが、下方から剣山のように伸びる尖った石槍の全てを薙ぎ払った。そして宙に舞った欠片ごと、全てを原子レベルまで分解しながら崩力を発動させたフォックスの刀がフェイトの懐にまで伸びた。接触まで残り数センチ。詠春が直撃を確信した接触の瞬間、少年の体は水のように溶けて無くなった。

 いや、無くなったのではない。

 それは初めから罠だったのだ。

 水の「分身」に注意を惹きつけておく。

 そして本体は―――後方から。

 

 一連の行動は完全に詠春の裏をついていた。まさか、土属性の魔法を使っていた人物がいきなり背後から水のゲートをくぐって転移するような高位術を使用するとは思いもよらないだろう。

 現に、詠春は気付いても反応が完全に遅れている。既に遅延呪文(ディレイ・スペル)を敷いて発動させた、石化の光が少年の指先に集中する。振り向きざまの彼が完全に避ける術を持ち合わせないその時、フォックスだけはゆっくりと視界の中で余裕の思考を保っていた。

 フォックスの右手は、見れば分かるほどの電撃を蓄えていた。

 それを通称、このように呼ぶ。―――レールガンと。

 

「チェック」

 

 フェイトの呪文が発動する直前、フォックスのレールガンが放たれた。

 それは弾丸の進行方向にあるもの全てを巻き込みながら、50メートル先まで止まらず直進し、最後はたまった電撃が弾けるように空へと散って行った。当然、その中には目の前にいたフェイトの体も含まれている。同時に、彼のナノマシン情報では着弾地点には生命反応が無いと確認すると、フォックスは振り返った時の受け身を取れずに転んだ詠春を引っ張って立たせると、ここに敵がいない事を告げる。

 

「逃げられたのだろうな」

「でしょうね。……しかし、申し訳ない。あの少年と闘っていた時に消耗してしまってね」

「分かった。あんたは此処で休んでいてくれ」

「…フォックス」

「RAYが動いた。半径50メートルは消滅すると思ってくれ」

 

 それだけを伝えると、フォックスは床を蹴って穴のあいた天井から出て行った。

 詠春はその言葉の意味が修繕費や被害総額に直結すると理解して、苦い笑みをうかべる。

 

「…どちらにせよ、任せましたよ。みなさん」

 

 自分はこの事態で混乱しているだろう本部の構成員をまとめなければならない。あの石化を喰らったメンバーも含めて、こんな時に限って長の仕事が評価されるモノだと、この不条理に対して溜息をついたのだった。

 

 

 

 時は少しさかのぼり、最初にネギたちが出会った客間には明日菜と木乃香が訪れていた。アーティファクトを出現させるだけでなく、仮契約の一つの恩恵として念話がある。言わば魔法の無線と言っても良い能力なのだが、それを使ってこの場を待ち合わせ場所にしたのだ。詠春が戦っている場所とネギたちの戦っていた場所はそれなりに近いものの、交戦状況を受け取った刹那がそのまま三人の戦いを無視して此方に向かっているので安全は増すだろう。

 木乃香にそう説明して明日菜が敵に備えていると、突如重苦しい重圧が二人を襲う。そこにいるだけで息苦しい、そんな重苦しく、そして「本能的な恐怖を感じる」。

 それは人間の持つ生存本能と生理的嫌悪が混ざり合って生じた最悪の感情。その最悪を裏付けるように現れた重圧の根源、そこに何とかして明日菜が振り向くと、その嫌悪感は最高潮に達した。

 

 なに、あれ。

 言葉にならないとはこのことか。あの男は―――危険すぎる。

 

「ほう、貴様らが俺の任された相手……ふん、成程」

 

 正面から舐めまわしたような視線が突き刺さり、明日菜は鳥肌を立てる。それがトリガーになったのだろうか、そう言った目で見てくる男に対しての怒りが込み上げて来て、完全に重圧から解放される。その勢いのまま、木乃香を守るために本来の見た目ではないハマノツルギ(人の丈程ある細長いハリセン)を振り上げた。

 

「成程、近衛木乃香、直接目にすれば欲しくなるものだなぁ…くはは…くははははっ」

 

 口の端から唾液を垂らし、その平安頃の貴族が来ていた様な服をぬらす。その醜悪な考えをしていると一目で見抜けるような態度に完全に切れた明日菜はハリセンを横っ面に叩きこもうと一気に接近した。

 だが、直後に横から入ってきた巨体に蹴り飛ばされる。それは間の抜けた牛のような鳴き声をしながら、下半身だけの巨人と言っても差し支えの無い外観をしていた。木乃香が確認できたのは此処までで、直後に破壊された際に生じた煙によって蹴り飛ばされ、地面に叩きつけられた明日菜の姿が見えなくなったのだ。

 

「あ、明日菜!」

 

 駆け寄ろうとして気付いた。

 いま、この場で彼女の元に寄ろうとすれば、それはあの煙の中で何処から敵が来るかわからない状況に突っ込んで行くのと同義。たとえ相手が全くかないそうにない相手でも、自ら捕まりに行くような真似をすれば守ろうとしてくれた明日菜の行動が無駄になる。

 それに、あの程度でくたばるようなら明日菜は今まで生きては来れなかった。

 木乃香がそこまで考えたとき、ハリセンを振って煙を払った明日菜の姿が見えた。だが、その横には先ほどの下半身だけの機械のような腰を持った巨人。

 

「どうだ、天帝様が遣わして下さった天の牛だ。貴様の様な小娘はそやつと遊んでいろ」

「ま、待ちなさ―――」

 

 追いかけようと立ちあがった瞬間、巨人――月光(アーヴィング)が明日菜にサイボーグ化した雷電をも一時的にとらえる事の出来る強靭なワイヤーを伸ばす。それは明日菜を貫こうと迫ったが、身体能力が元から桁外れの彼女を捉えることなく空振りに終わった。

 しかし、それだけで攻撃を止めるつもりも無ければ、月光がこれ一体しかいないという事も無い。木乃香が複数の鳴き声を聞き取った瞬間に周囲の障子が蹴破られ、破片を撒き散らしながら計5体の月光が新たに姿を見せた。

 

「明日菜ぁ! 周りに五体!」

「ま、まだこんなにも…!?」

 

 絶句する明日菜。だが、そんな息抜きの暇も与えないように月光が取り付けられた実弾のチェインガンを撃ってくる。本能的にそれらが実弾であると理解した彼女だったが、途轍もない速度で風を割いて迫る弾丸をそう簡単に避ける事も出来ない。腕に二発、足に一発の弾丸をその身に受け、明日菜はその場に倒れ込んだ。

 

「さて、神の牛よ、そこのゴミを踏み潰しておくがよい。それでは近衛木乃香…いや、その名はもういらぬなぁ……」

 

 ニヤニヤと値踏みするように木乃香を見ながら、即座に彼女へ近づいてその顎をくっと持ち上げた。触れられた事で嫌悪感が最高潮になった木乃香が暴れる姿を見て恍惚の表情を浮かべた彦星は、身の毛もよだつ程の荒い息遣いで彼女の眼前にまで顔を近づける。

 

「気にいったぞ。お前、俺の織姫になれ」

「ひ、ぃ…!」

 

 恐怖した。

 この男は決して受け入れる事が出来ない。だからこそ、目の前の「コレ」は自分と言う自我を無くすために全てを奪い去るのだろうと。その恐怖は留まるところを知らず、それでいて自分の意識を落とす事もさせてくれない。だが、此処で意識を失ってしまえば、それこそ体に何をされるか分かった物ではない。

 吐き気をこらえながら男の欲望にニヤついた醜悪な顔を見つめていると、突如腕に強い痛みと浮遊感を感じた。それは、男に抱きかかえられながら同じく宙を飛んだと言う事に他ならない。そして、それをしなければならない原因――つまり、攻撃を受けた?

 

「キサマァ! お嬢様から離れろぉおおおおおお!!!」

「何だ、混ざりモノか貴様の様な廃棄物はいらん」

 

 振り下ろされた剣を周囲にいた月光が盾になって防ぐ。斬られた月光は足を切断され、人工血液を撒き散らしながらその場に倒れてあがき始めたが、すぐに機能を停止。そのまま剣を振りながら迫る刹那をうっとおしいハエを見るかのように見下した彦星は、木乃香を抱きかかえたまま一気にその場から離脱した。が、

 

魔法の射手(サギタ・マギカ)! 連弾(セリエス)光の29矢(ルーキス)!!」

「ちっ」

 

 逃げた先に魔法の矢が迫り、彦星は反射的に月光を盾に使った。身を滑り込ませた月光は光の矢に当たると、当然ながら装甲が耐えきれずに爆散する。木乃香はその時の衝撃で気絶してしまい、都合が良いと彦星はその決して整っているとは言えない醜い顔を歪ませていた。

 

「このかさんを返してもらいます。貴方が誰かは知りませんが、決して許さない…!」

「また現れたか、こやつは既に俺のものだというのに。何故所持品を奪おうとするのか…卑しい盗人どもめ」

「……何を言ってるんですか、貴方は!」

「……何だと? き、さ、ま」

 

 ネギの視界が怒りで真っ赤になり、杖に滾る魔力は中級呪文を連発しても尽きそうにないほど強く握りしめられた。隣に立つ刹那からは発せられた膨大な殺気が彦星にのみ向けられる。だが、本来なら闇に飲まれるだろうその邪悪な気配を操りながら、ネギは頭の片隅で冷静さを保ち、刹那は力をコントロールして剣を握る。

 その他人の感情なんてものを一切感じないのか、逆に鬱陶しいとはき捨てた彦星は木乃香を抱えたまま忌々しそうにその場から完全に離脱する。その後を追いかけた二人は、復帰した明日菜を引き連れて彦星の後を追いかけた。

 

 その道中、フォックスからの情報を逐一更新している刹那は現在戦局がどのように動いているかをネギたちに説明する。大まかな物で、これから何処に向かうか程度のものだったが、逆にそのくらいのシンプルな答えは二人に上手く伝える事が出来た。

 

「それから、RAYさんが動いたようです」

「RAY…それって、千雨さんの言っていた?」

「はい。下手をすると巻き込まれるかもしれないので、身体強化を必ず掛けておいてください。―――ッ、見えてきました!」

「あの男!」

 

 明日菜が叫んだ先に見えたのは、ほとんど無理やり天ヶ崎に木乃香を奪い取られている彦星の姿。その物のような木乃香の扱いに怒りの沸点を超えた刹那は、走りぬけながらに敵に向けて奥義を放った。

 

「神鳴流奥義、斬空閃っ、斬空閃、斬空閃ッ!!」

 

 三度の刃が振るわれ、敵が立っていた大岩を細切れに斬り裂いた。

 岩から急いで離れた天ヶ崎は、それでもネギたちを見下ろす位置から上機嫌に告げる。

 

「なんやの、案外追いつくの速いんやなぁ。彦星はん、手ぇ抜いてたんとちゃう?」

「あの有象無象事気に俺が本気を出せと? 天帝様が仰るならともかく、良い気になるなよ俺の織姫候補にすらなれない雑魚風情が」

「……まぁええわ。ここでクソより役に立たんアンタの相手するより、もっと有効なお嬢様の使い方があるからなぁ。そういうわけや、少しばかり引き出せてもらいますえ」

「い、嫌や……いやぁあああああ!!」

「やっぱ口ぐらい防いどけばえかったか。まぁアンタの有無は必要ないんや」

 

 冷徹な目で見下した千草は、下手をすれば木乃香が傷つくことになりそうだと固まっているネギたちに嘲笑を送る。そして、木乃香に魔力を引き出す為だけの効果を持った札を貼り付けると、リンク先の自分の術式に反応する魔力タンクとして木乃香を利用した。

 その魔力を強引に引き出される感覚に、木乃香は吐き気にも似た脱力感を抱く。体は抵抗する力を失い、体力までもが魔力として持っていかれる。恐らく、貼り付けられた札はそうした効果を発揮する様に作られているのだろう。

 一方、引き出す側の天ヶ崎は此れまで手にした事の無い、最高クラスの魔力の波動に陶酔感に満ちた感覚を味わっていた。その恍惚とした表情のまま、己が得意とする召喚術の印を指で結んでいく。

 

「オン」

 

 梵字で最初の意味を表す呪言。

 続いて、言葉と共に召喚陣の範囲を広げて行く。

 

「キリ・キリ・ヴァジュラ・ウーンハッタ」

 

 広がる魔法陣は、半径数十メートルにまで及ぶ。

 それまでに展開された魔法陣の数は、実に数百はくだらない。

 一同が驚愕に目を見開いて硬直している中、彼女の詠唱は完成してしまった。

 

「まぁこんなもんやろ。あんたらはそこで遊んどりなはれ。……殺さんよーにだけは言っておくけど。まぁ鬼の力は規格外やし、精々がんばりや~」

「ふん、さっさといくぞ。こんな醜悪な余興など俺には相応しくない」

「はん、そないな面しとってよぉ言うわ」

 

 味方同士で陰険な空気を振りまきながら、千草と彦星の二人はその場から離れて行く。

 そして残されたのは、最悪なまでに点在する鬼。周囲を見渡しても妖が居ない所など無いほどだ。

 

「…さて、どうしましょう?」

「私が突っ込みます。ネギ先生はお嬢様を」

「で、でも刹那さん――」

「いいんですっ!」

 

 刹那は夕凪を握り、気丈にふるまう。

 確かに刹那が木乃香を思う心は誰にも負けていない。一番木乃香をあの彦星から取り返したいと思っているのは刹那自身に他ならない。だが、この場所で私情を挟めば状況が悪化するかもしれない。

 だとしたら、自分が取れる手段は効率。感情はいくらでも抑え込める。それで木乃香が救えると言うのなら―――

 

「……分かったわ、私も残る」

「明日菜さん…」

「ネギ、アンタは大玉ブッ飛ばしに行ってちょーだい。この程度、何とかなるから」

「みなさん、本当にそれで良いんですね?」

「なぁアニキ」

「カモ君?」

「いや、何でもねぇや……」

 

 短いやり取り、その間になされた決意を聞いたカモはパワーアップと己の金銭の欲望として仮契約(パクティオー)を進めようとしたが、死地に挑むと覚悟を決めた刹那の目を見て、その考えを改めた。

 それに、あの会議で密かにネギの服の中に潜んでいたから分かる。ここで仮契約をしてしまえば、西洋魔法使いに西の長の護衛がたぶらかされたと言う外交的な問題に発展するかもしれない。そうした後の事を考えて、カモミール・アルベールは初めて己を律する。

 ―――こんな目見ちまったら、そりゃ卑しい自分が嫌にもなっちまうさ。

 

「ネギ先生……敵には命の容赦はいりません。その事をお忘れなく」

「どうしても、必要なら…僕だって決断します。ですが、いまは! ラス・テル・マ・スキル・マギステル!!」

 

 ネギは覚悟を受け取り、背中を押されながら自分の杖を鬼達の一角に向けた。

 その胸に、刹那の言葉を重く受け止めながら。

 

「あとは任せます。二人とも―――雷の暴風!!」

「はぁぁあああっ!」

 

 ネギの放った中級呪文。それと同時に鬼達の一角には明らかな「道」が開けられる。すぐさまその隙間を埋めようと取り囲みの隊列に戻ろうとした鬼達の間に割り込んで、刹那は斬空閃を二方向に放った。そうして空けられた道を縫って、杖に跨ったネギがブーストを掛けながら一直線に敵を追いかけて行った。

 残された二人は背中合わせで鬼達を見回すと、ふっと息を漏らす。

 

「明日菜さん、その武器は天ヶ崎の後鬼を一撃で追い返しました。それはきっとこの鬼達にも有効でしょう」

「そうなの?」

「はい。ですから―――」

 

 刃を敵へ向け、刹那は目を光らせる。足を踏み出し、気を高めて叫んだ。

 

「全力で薙ぎ払ってください!!」

「りょーかいっ!」

 

 斬空閃。その真空の刃を辺りへ放出しながら、刹那は大地を蹴った。

 同時に鬼の数が著しく激減する。その刃に巻き込まれて還る者や、明日菜のハリセンに叩きつけられて強制送還される者。圧倒的なまでに強くなった刹那は、時折動きの良い一般人程度でしかない明日菜のフォローに回りながらも、確実にその刃で異形の首を切り裂いていく。

 そして、明日菜の息が切れ始めるころには刹那は粗方の敵を殲滅し終わっていた。厄介だと思われる別格の実力を持った相手もいたが、それらはフォックスの戦闘情報と同期したときに見た、長に向かってはなったあの技を見よう見まねで再現する事で切り裂く事が可能だった。

 そう、その名は―――

 

「斬鉄剣!!」

 

 岩を超え、鉄をも一刀のもとに斬り伏せる技。斬撃としては最高威力の一撃。

 それを成すには斬岩剣の構えから最高のポテンシャルを保った状態で明確な角度、刃を引くタイミング、力を入れる強弱を図る事が必要な、一見力任せに見える繊細な技。だが、それらはナノマシンが最善の状態で調整してくれていた。

 本当に、RAYさん達にはお世話になってばかり。そんな感情を抱きながら、かつては自分の生まれでもあった烏族の一員を斬り捨てる。その消え際、斬られた烏族はかすかに感じとった同族の気配を感じ、尊敬するように刹那を見つめていた事に気付く。

 刹那は一族から追放された身。同族の者に実力を認められるなど―――この上なく、気が昂ぶるというものだ。

 

「神鳴流の嬢ちゃん…中々にやりおるなぁ」

「お褒め頂き光栄だ。―――だが、すぐに貴様らを殲滅させて貰おう」

「…まあええけど、あの光見てみい」

「光? ッ、この魔力は!?」

 

 突如鬼の一人に話しかけられ、刹那は指示通りに光の柱が立つ方向を見る。

 そこから立ち上る魔力の波動。刹那は気しか扱えない身ながらも、唯一判別できる魔力の持ち主がいた。それが、木乃香。ずっと共にいた守るべき少女。だというのに、既に間に合わなかったとでも言うのか――?

 

「ほぉら、焦りおった」

「くっ…!」

 

 巨漢の鬼が振り下ろした出刃包丁を巨大にしたようなもの。とっさの判断で夕凪を盾に剣を「しのぐ」と、気を込めて地力の出力を上げる。そうして刀が弾き飛ばされた鬼へカウンターの一閃をくれてやると、一秒遅れて鬼の胴体がずれ、黄泉へと還されていった。

 さぁ、次はだれが来る。守るべき少女を心に秘めた刹那は、正に阿修羅の如く。

 立ち上る気には妖怪が持つ独特の邪気が混ざり、それらが刹那の纏う気配を尋常ではなく黒いものへと染め上げる。そうしてヤル気満々になった明日菜が負けていられない、と鬼を三体まとめて送り返した時。

 聞き覚えのある声が刹那の鼓膜を揺らした。

 

「久しいですなぁセンパ~イ♡ あの可愛い魔法使い君は間に合わんかったようでー……まぁウチにはどうでもいい話なんですけど」

「月詠…! いつか来るとは思っていたが、戦力の分散した今を狙うとはな」

「そう言う事ですんで…死合いましょーやぁっ!!」

 

 反転した瞳で狂気の笑みを浮かべながら迫ってくる月詠。消耗している現在、彼女の相手をするには体力切れで負けるという判定がナノマシンから下される。自身の保管を申請するナノマシンは撤退を刹那の脳へ提起するが、それらの意志を振り切った刹那は誰が逃げるものかと、歯を食いしばって月詠を剣ごと弾きとばした。

 

「その力……センパイ、ええなぁ。交じりものなんて…羨ましいわぁ!」

「その口を閉じろ」

「誇らしい事やないですかー。その力、使わんのは勿体ないと思いますえ?」

「黙れと言ったのが、聞こえなかったのか?」

 

 自分のコンプレックスを刺激されて怒らない人間はいない。

 妖気を撒き散らしながら、一歩、また一歩と人外に近づいていく刹那を、未だ戦っている明日菜が視界に収める事は出来ない。そうして、刹那の妖怪としての本性が露わになりそうになったその時、銃弾が月詠へと降り注いだ。

 後退しながら難なく銃弾を弾く月詠。神鳴流に飛び道具の類は一切通用しない。その事実を体現するかのような容易な対処だった。

 ただ、この場で重要な事は刹那を援護する誰かが現れたと言う事。その人物で銃を使う人物、そしてこの場に来る事が出来る人物と言えば、一人しかいない。

 

「やれやれ…シネマ村の時も思ったけど、随分手こずってるようじゃないか」

「…真名」

「お嬢様を助ける護衛なんだろう? この戦闘狂は任せて、さっさと飛びな」

 

 その一言で、刹那は肩を震わせる。

 

「何故、その事を…?」

「私の左眼は特別製でね。千雨さんみたいなものさ。ちょいと魔力の流れが見やすくなる。知ってる筈だろうに」

「まさか私まで見られているとは思わないさ」

「なんです~? いきなりウチらの殺し愛に割り込んだと思ったら、けったいな話ばっかりで詰まらないんですけど、どないしてくれはるの~」

「それは失礼。それじゃぁ私がお相手する事にしよう」

 

 ライフルの銃口を向けながら、ニヒルな笑みを浮かべて言い切った。

 

「アイヤー、私の事忘れないで欲しいヨ~」

「く、くーふぇまで来てたの!?」

「我らがバカリーダーからSOSとスクランブル受け取ったアル。呼ばれて飛び出たアルよ~。―――ほいなっ」

 

 後方で密かに剣を振り上げていた鬼を蹴り飛ばすと、体を浮かせて掌底を叩きこむ。すると、鬼は内部から破裂するように弾け飛び、断末魔さえ挙げる暇なく吹き飛んでしまった。

 

「刹那、さっさと行きな!」

「ここは任せるアルよ。何だか知らないけど、行くならいくアルね」

「…私は、多分ネギが召喚してくれるから最後まで戦ってるわ。刹那さん、先に行って!」

「―――ッ、ありがとうございます、みなさん!」

 

 刹那は背中に力を入れると、己に流れる血の半分。妖怪としての己を表面に押し出した。

 蘇る記憶。捨てられた時の孤独と、その後に出会った木乃香との暖かな日常。その日常の象徴たる木乃香が現在、危険な目に会っている。あの男の手に落ちてしまえば、もう後戻りはできなくなるあろう。だから―――解放しろ。

 

 こんな所で自分を出し渋って何になる?

 ――何も始まらない。

 

 私と言う存在は此処まで精神が弱かったか?

 ――否、お嬢様を助けるためには修羅にもなろう。

 

 ならばその身をどうする?

 ――お嬢様の場所まで飛べる翼を。

 

 掟はどうでもいいのか、本当に近衛木乃香は守るに値する人物か?

 ――私は、そのために翼を持っている!

 

「……桜咲さん、その翼」

「私が持つ、お嬢様を守るために使う誇りでもあり、罪でもあります」

「罪? それにしては―――綺麗じゃん」

 

 ありがとう、明日菜さん。

 だから私は羽ばたける。

 頑張って、このちゃん。

 今ウチが、絶対に助け出すから。

 

 待ってて。

 

 

 

 

 

『≪全装備チェック完了。起動エネルギー充填完了。何時でも行けるわ≫』

「そんじゃ、魔力の集まる場所目指してレッツゴーだ」

『≪魔力濃度137%確認_目的地までの距離_約300M_ルートを表示します≫』

 

 起動する鉄の歯車。

 物語に無理やり食い込む兵器がその二つの青い目を光らせる。唸りを上げる駆動音、人工筋肉が軋み、顔面装甲が駆動の摩擦で甲高い咆哮を響かせた。

 

「ナノマシンチェック完了、データ同期完了、ソリッドアイ直結完了」

 

 全ての準備を終わらせた。千雨が唄うように事実を告げる。

 

「メタルギアRAY、出陣」

『≪オオオォォオオォォォオオォォォオオォオォォオオオォオオオォッ!!!≫』

 




やっとっ…やっと、ここまで来ました。
ちゃんと機械陣営が目立つようにナノマシン入れた結果が、刹那の覚悟の後押し。
次回、最終決戦―――「前篇」


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☣双極鬼

最終決戦 前篇


「なんや、フェイトはん? 随分合流が遅れとるやないの」

「手こずってね。魔法使いの障壁の意味を根本から覆す奴がいたから、その分手間を取っただけだよ」

「つくづく珍しいわ、あんたが責を認めるなんて初めて見たで」

 

 召喚の為の呪文は唱え終わった。後は木乃香の魔力を制御しながら注ぎる続けだけという段階には行って、ようやくフェイトは天ヶ崎達の前に姿を現していた。フォックスたちに障壁を切り裂かれ、むき出しになった生身をレールガンを真正面から喰らったその姿は彼女らが一目見ただけでもボロボロのようだったが、実際のところは腹に食い込むほどの怪我を負ったに過ぎない。「フェイト・アーウェルンクス」という素体の強度そのものが、この程度の損傷で済んだ要因だ。

 彼は戦闘の疲労など意にも介さないような澄まし顔で淡々と、光が立ち上る封印の大岩を見ると、現在の状況を天ヶ崎に尋ねた。

 

「鬼神はすぐにでも?」

「残念ながら、もうチョイかかりそうや。……ま、この光を見ぃや。例え封印されても飛騨の鬼神は神気が衰える事は無かったみたいやな、余波だけで自然発光した魔力が天を貫いとるで」

 

 神への信仰に携わる者が最も感知しやすい神気。召喚者であるとともに、異界との接触者でもある千草の瞳は、神気に中てられた影響かどっぷりとした闇に浸っている。神気はその信仰や人の思いが集結してエネルギーを持った力だ。言わば、今の天ヶ崎は複数人の感情にその魂をさらしている状態。たった一人の意志が多数の意志に逆らえる筈もなく、彼女は極限にまで偏った闇へ追い込まれているのである。自覚など、当然無い。

 そんな彼女の姿をうっとおしく思った彦星は、さっさと儀式を進めろと言わんばかりに口を開く。彼が祭壇にささげられた木乃香を見る目は相変わらず下卑た物だったが、計画に掛ける彼の望みも高いのか、せかすような思いを募らせていた。

 

「その分が無駄になるだけであろう」

「わかっとらんなぁ彦星はん。この光は高天原(タカマガハラ)への道、鬼神の魂が降りる為の標でもあるんや。ただ光っとるだけとちゃうで」

「ならば、この光に乗れば高天原へ?」

「そりゃ無理な話や。体を捨てて魂だけならええかもしれへん。せやけど、肉体っちゅう余分なもんに収まっとった魂は罪が重すぎて昇れんわ。魂だけになったとしても、鬼神召喚の魔力として吸収されるんがオチやろうけど」

「そうか」

 

 呟きでそう返し、彦星はその場に座り込んであぐらをかいた。

 ただの質問に過ぎなかったのか、それとも本当に望んだ物が高天原にあったのかどうか、天ヶ崎達に知る事は出来ない。彼の瞳は瞼に閉ざされ、一切の光を通さぬようになったのだから。

 

「……来るね」

 

 

 

 

「どうするんだアニキ! のっぽの姉ちゃんに任せたは良いけどあの魔力…あの彦星とか言うヤツの規格外さは身に染みて分かってんだろ!?」

「うん。あの時は怒りで我を忘れてたけど、思い出した今となっては怖いよ」

 

 森の中を光の立ち上る湖畔へ走りながら、カモミールに自分の心境を吐露するネギ。その瞳には、嘘や偽りの無い恐怖の感情が浮かんでいる。

 

「だったら!」

「でも、勝機はある! あの人は結構自信家みたいだし、隙をつけば何とかなるかもしれない。それに遅延呪文(ディレイ・スペル)を重ねて使いこなせば…!」

「ま、待てよ。まだ練習中なんじゃなかったのか!?」

「そうだけど……」

 

 カモミールは慌ててネギのバカげた行動を止めようとする。過ぎた魔法は効果が起きずに消滅するか、注ぎこんだ魔力が行き場を無くして精霊達を暴走させるかの二択。精霊と言う「目に見えない生物」を使役する西洋魔法使いにとって、盛大な呪文の失敗は自爆に等しいのだ。

 それでも、ネギは逆境の中で乗算をするかのように実力を挙げて来た。治癒の呪文も相当数を覚え、攻撃・捕縛はその場で機転を利かせて幾億ものバリエーションを作りだす事が可能である。これもネギの秘められた無限に等しい才能による物。そこいらの匹夫とは比べ物にならない程才能に愛されているとも、彼の卒業したメルディアナ魔法学校では噂されていた。

 

「チクショオッ! こう言う時に限って戦力が分断されやがる…!」

 

 だが、それらの応用は自分の背丈に見合ったもの。完全に成功をしているからこそ可能な芸当であり、ぶっつけ本番で扱った魔法は今のところまだ一つもない。幾ら英雄の息子と言われるネギであっても、そう簡単に命を賭けた実戦を経験する機会など訪れる筈が無いのだから。

 それゆえに、恵まれた境遇に甘んじていた自分の身を恥じた。エヴァンジェリンとの決戦は、その点で言えばお膳立てされた物とは言え彼に急激な成長を促したとも言えるだろう。もし、彼女が来てくれていれば。そんな可能性がネギの頭に浮かんだが、またそれも甘えた考えなのだと振り切った。

 他の誰でもない。自分が、この事態を切り開かなければならないのだから。

 

「どっちにしても、早く行かなきゃこのかさんが―――」

 

 焦るように呟くと、近くの茂みが大きく揺れる。すわ、敵の襲撃かと身構えてその場に立っていると、何故だかそれほど嫌な感じがしない事が気になった。敵意を向けてくる相手ではない、ならば一体誰がいるというのか。

 

「スプリングフィールド、此処に居たのか」

「!?」

 

 突如ネギが耳にしたのは、聞き慣れない他人行儀な呼び方。だが、その声そのものは極最近聞いた事がある。最近の記憶の糸を手繰り寄せ、木の影から露わになった姿はネギの中で一人の人間の名前を思い浮かばせた。少し変わった、では済まない強烈な第一印象。一見してみればロボットの様な人。

 

「フォックスさん!?」

「話は後だ。魔法使いはその杖で空を飛ぶのだろう? 俺は飛べんのでな、足を借りたい」

「あ、分かりま―――そうだ! あの」

「此方に寄りながら話は拾っていた。即興の連携だが、お前は俺をあの場に落としてくれるだけで良い。後は動きに合わせよう」

 

 その言葉に二人は絶句する。此方に寄るまで、彼はかなりの速度で移動していたようにも見えた。だとするなら、一体どこまで音を拾う事が出来るのか。そんな疑問がわき上がるが、味方だと判明していて協力を要請している。渡りに船とはこのことだとカモミールはネギに協力を進言した。

 

「も、物分かりがいいじゃねえか狐の兄ちゃん。…ぃよーしっアニキ! ネコの手も借りたい状況だし、早速協力と行こうじゃねぇか!」

「フォックスさん、僕の杖に捕まっていて!」

「了解した。重いだろうが…行けるか?」

 

 杖に跨って飛びあがり、フォックスがぶら下がる形でネギに同行する。強化外骨格やフォックス自身の筋肉に満ちた体重でネギのバランスは崩れかけたが、この程度なら魔法で強化された杖も折れる事はない。空中に浮き上がった瞬間、彼はサイファーに捕まっているような気分だと笑みを浮かべたが、それを確認する事もしないネギの操縦に従って湖面を駆けていく。

 そんな時、真正面から一体の翼を持った鬼が迫って来ていた。

 

「あれは…?」

「このまま加速しろ」

「は、はいっ! 加速(アクレレケット)!!」

 

 杖の速度は風を切り裂き、下の湖面に途轍もない水飛沫を上げさせる。

 そして、ネギが驚いたのは此処からだった。加速して不安定の筈の杖、だと言うのにフォックスはそれを意に介さないように杖の上に立つと、ネギの後ろで雷を滾らせる不思議な刀を構えたのだ。

 

「フォックスさん!」

「もっと、もっとだ! 速度を上げろ!!」

「ッ、加速(アクレレケット)ォ!!」

 

 最大速度には及ばないものの、普通の人間、いや魔法関係者でも垂直に立つ事の出来ないような暴風が吹きすさぶアンバランスな杖の上。そこに突き刺さった針のように体をぶれさせることなく立ったフォックスは、来るべき一瞬の為に全神経を集中させる。

 

 それは、スローモーションの世界のようだった。

 極限まで思考を回転させ、強化外骨格とナノマシンが組み合わさって体への命令信号が補助される。その過程を踏んで展開された景色は、秒刻みの世界が分刻みの世界へと変貌していたのだ。

 当然、真正面から向き合って加速している筈の異形の鬼も例外に漏れず、その動きをスローカメラで捉えた時の様な緩慢な動きに見える。そして、腕が電気信号を受け取り、目の前の敵を―――

 

「斬ッ!!」

 

 目にもとまらぬ速度。

 確実に音の世界に入り込んだフォックスの腕は、瞬く間に敵の迎撃用の鬼を細切れに切り裂いた。そして、フォックスのみが認識できる速度で異変が起きる。刀が右腕の格納領域と共鳴するように発光し、切り刻んだ鬼の体からほとばしる何かをフォックス自身へ吸収したのだ。

 

 ―――奪ッ!

 

 吸収された魔力は、彼が扱う事が出来ないからと言わんばかりに「気」へと変換され、残りが刃に纏われる。その不可思議な現象を目撃したのは、当然と言うべきかフォックスのみであるようだ。未だ彼にとってスローに見える世界のカモミールとネギは、目の前の切り裂かれた敵をまるで向かってきたばかりの様に身構えている。

 そうした行動の終了と共に、フォックスが感じる速度が元に戻った。死に瀕した人間は走馬灯と呼ばれる脳が常識外れの速度で回転して一生の光景を短時間で見せる現象が起きるらしいが、先ほどの感覚は正に其れを攻撃用に転じさせた極致に近い。

 では一体、何故そんな現象が死にかけても居ない自分の身に―――?

 

「…………?」

「フォックスさん、行けますか!?」

「っ、ああ」

 

 ネギの了解を求める言葉で我に返り、目前に迫った天ヶ崎千草、彦星、フェイト・アーウェルンクスの三人を視界に収めた。そこに居た二人は自分と言う登場人物が意外だったのか、見るからに伝わってくる驚愕を見せている。ただ一人、瞑想の様な物を続けている彦星は何を考えているのか分からなかったが。

 

 そして、フォックスは杖の上で何故か強化された刀を構えてフェイトへと切っ先を向けた。その意思の向く先を見たカモミールがネギに伝えると、残り十メートル程の場所でネギが彦星からフェイトへ方向転換を行う。

 正確な操舵によって狙いを付けられたフェイトは、杖の速度そのままに突っ込んできたフォックスの刃を目にする。

 

 言葉通り、眼前に。

 

「くっ…!」

 

 無言で刃を突きたてようとしたフォックスを避け、彼の鋼の体が通り過ぎた一瞬後にフェイトの頬が血を噴き出した。高周波電流が流れる事で高速振動を起こす彼の刃は実際には切れずとも、刃を接触させようとするだけで理不尽な不可視の刀身を引き延ばす。故に繰り出された斬撃は視覚効果を欺くという、不規則な間合いを持った真空の刃を常に纏っているのだ。

 

「オオオオオオオオォォォォォッ!!」

 

 地面に着地した彼は、その速度のままスライディングで地面を擦りながら彦星へと接近する。ネギの戦闘機からの爆弾投下にも等しい加速によって留まる事を知らない彼の体が彦星に近づく中、彦星は突如、瞑想で閉じていた目を見開いて両腕をフォックスへと突き出した。無論、その程度で止まる筈がないのだが、フォックスの背には突如とてつもない悪寒が走る。それに従おうと体が跳ね、唯でさえ不安定な空中の体勢を崩してしまう。

 

「破!」

 

 彦星の言葉と共に、足元から出現した「黒い脚」が二人の間にある影を伝い、フォックスの下からせりあげて来た。その不意を狙った攻撃に防御のしようがなく、彼の背中には全力の蹴りが直撃する。

 ドォッ、という鈍い音がフォックスの背部から響き渡り、強固な外骨格と差し替えられた筈の背骨が情けない泣きごとを漏らす。途端に神経中枢が集まる箇所へのダメージによってフォックスの視界はホワイトアウト。一時的ながらも、意識と共に吹き飛ばされた彼の体は、そう広くもない祭壇の足場を転がっていった。

 湖に落ちる間一髪、意識を取り戻した彼は足場に刀を突きたてると、鉤爪の様に鋭い足の指で踏みとどまって体勢を立て直す。変わらぬ闘志を刃に乗せて、改めて構えを取る。だが、その体は正直に未だ立ち直り切っていない意識を表すかのように揺れていた。

 

 そうしたフォックスへ追い打ちをかけようと言うのか。彼が体勢を持ち直した瞬間、既に彦星が手に不可解な術式を込めた札を手に握りこんで、そのまま殴りかかろうとする姿が視界に収まっている。脚を動かす暇がないと判断した彼がブレードの峰で彦星の拳を受けると、まるで金属同士が叩きつけ合った時の様な甲高い音が鳴り響いた。通常なら有り得ない現象も、散々とファンタジーな力をその目で見て体で扱ってきた今なら、難なくその答えを導き出す事が出来てしまう。

 

「身体強化か…」

「如何にも。そこに思い至るだけの知能はあるらしいなぁ」

「脂肪だらけの体に見えたが…成程、牛飼いをするだけの力はあるらしい」

「その天の牛は貴様が全て斬り捨てたのだがな」

「そうか」

 

 拳と剣の接触面から火花が散る。そんな現実には有り得ない光景のままに彼らは言葉を交わしていた。その会話で得た彦星の言った事が嘘か真かはフォックスには分からないが、何にせよ彼一人しか対抗できる戦力が居ないと言うのは真実らしい。後は千雨のログから知ったフェイトとか言う少年を抑えればネギが天ヶ崎の召喚を中断できるのだが、事がそう上手く運ぶ筈もない。

 

「俺を前にして考え事か。随分と余裕…だなぁっ!」

「ぐ、ぉぉっ!?」

 

 気合のこもった掛け声とともに、彦星から更なる魔力が放出される。まるで金槌を撃ち降ろされた釘のように推進力の増した拳に押され、フォックスは足元の木材床をめくり上げながら後退させられた。

 

「そら、もう一発!」

 

 凝縮された魔力が再び拳に宿り、彦星の右肩辺りからバックファイヤーの様に魔力が放出されようとしている。魔力を込めてから行動に移すまでのタイムロスがあると感じ取ったフォックスは、そうはさせるものかと押し返す勢いで強化外骨格の駆動力を腕に集中させる。

 この光景を見ている物がいたなら、誰もが全力のぶつけ合いが始まると思っただろう。

 再び、彼の右腕が青白く発光するまでは。

 

 ―――奪ッ!

「なにぃっ!?」

 

 突如、彦星の体に施されていた魔力のブーストが解除された。ただの見た目通りの肥満な男になり下がった彦星は、戦闘を行う者にとって致命的な隙を晒す。その間をついたフォックスは、先ほどのお返しとばかりに渾身の回し蹴りを彦星の脇腹へ叩きこんだ。強化外骨格と気の合成により、恐ろしい程の力が込められた回し蹴りは叩きつけた対象へ慣性を生み出した。

 

「ごっ――――――は―――――」

 

 そのインパクトの瞬間、彦星は手に持っていた呪符をフォックスの足に貼り付けるが、瞬く間に湖畔の上に作られた足場から、最も近い陸地へと吹き飛ばしてしまった。水面と平行に成人男性が飛んでいく光景は、見るからに滑稽で、衝撃的なものだろう。

 だが、そんな彦星の行方を最後まで見守っていられないのが現状。

 すぐさまネギが戦っているのだろうフェイトとの方向に顔を向けると、そこには捕縛されて掛かっている白髪の少年と、くたくたながらもやり遂げた表情で捕縛魔法を発動させているネギの姿。あちらも木乃香を助けるために祭壇の方に振り向こうとして、フォックスと視線が合った。

 

「此方は一時的に行動不能にさせた」

「同じく、です。それより、早くこのかさんを―――あれ!?」

 

 助け出しましょう、と。そう言いきる前にネギの言葉は疑問にとって代わられた。

 彼の声と共に釣られて召喚の祭壇へ視線を移したフォックスの目に入ったのは、既にもぬけの空となった無人の祭壇。あれほど無差別放出されていた魔力の流れは一定量に留まり、その出所を遥か上へと……

 

「スプリングフィールド、上だ!」

「ふふふ……遅い、遅いでアンタら。儀式はもう終わっとりますえ…」

「このか…さん……?」

 

 木乃香を傀儡にするため、余す所なく全身に張られた呪符。それらを統べる天ヶ崎千草は、召喚した「ソレ」の肩の上からネギたちを蟲の様に見下していたのだ。その不快な視線を受けたネギは肩を震わせるが、そんな変化さえ今の彼女にはどうでもいいのか、この力は素晴らしいのだと高説を垂れ始める。

 実際、フォックスたちは光の柱や激しい戦闘で変化を感じ取ることが出来なかったが、光の柱の着地点となっていた封印の大岩は、その身をこの世の者とは思えぬ異形の鬼神へと身を変えていたのだ。

 

 飛騨の大鬼神「両面宿儺神(リョウメンスクナノカミ)」。姿は二面四腕の異形。

 伝説によれば身の丈は十八丈、現代にメートル換算すると約54.5メートルと言われていたが、今のネギたちには絶望的な事に、飛騨の大鬼神の実状は低く見積もっても100メートルに近い巨体を持ち合わせている。

 

 さらに、彼女が行った召喚はほぼ完了しており、最早膝もとまで出かかっているこの鬼が動き出すのにそれほど時間を要する事はないのが見て取れる。今でこそ召喚の途中と言う事で一歳の動きが見えないが、此れが暴れ回ったとするならば、天ヶ崎千草と言うただ一人の人間の匙加減で並みいる術者を喰い殺し、破壊の限りを尽くす最悪の存在へと昇華されるだろう。

 無論、そこから導き出される被害の幅は史上最悪を体現するに相応しい。

 

「さぁ~て、此処まで来たからにはもう皆用済みや。まずは“英雄の息子”ネギ・スプリングフィールド…アンタから惨めな最期を見せてもらうで……」

 

 だからこそ、彼女はまず己の復讐の一手の為に彼を狙う。

 かつてより抱いていた子供を殺さないという信条は、既に彼女の頭の中から毛去っていた。強大過ぎる力をただ一人が手にした場合、気分が高揚して何でもできるような錯覚に陥ると言う現象が起きる。彼女もまた、そう言った錯覚から生じた高揚感の助長が千草と言う女性の正気を侵されているからこそ、命をただの「的」、もしくは鬼神の力を知らしめるための尺度として認識してしまっているのだ。

 だが、その的にさせられた方はたまったものではない。スクナの完全な召喚がなされれば今の比ではない力が振るわれるのは明らか。ならば、正義の魔法使いとして、この場を止めるべき選択として、自分の命を長らえる手段として、この未だ不完全な鬼神を早々に送り返すのが最善の選択である。できるかどうかは別として。

 そう判断したネギは、即座に呪文の詠唱に入ろうとした。が、

 

「止めておけ」

「フォックスさん…!?」

 

 彼の機械に覆われた手に手首を掴まれ、呪文の詠唱を止められる。

 

「此方に最大の戦力が向かっている。それが到着するまでこの場を守り切るのが、俺達にできる“最善”だ」

「で、でもアレが完全に出てきたら――」

「なんや? 命乞いの相談でもしとるんかい、この…ゴミ共がぁぁぁぁっ!」

「……僕も巻き込む気か」

 

 千草の魔力による号令により、スクナの一軒家より太い剛腕が振り下ろされる。そんな物を受けてしまえば足場が持たないどころか、人間など跡かたも残らない程に潰されてしまうだろう。そして仲間である筈の者まで狙った攻撃に、後ろでネギの拘束を解いたフェイトは覚めた視線を天ヶ崎に送ると、水のゲートを利用してその場から去って行った。

 敵の一人は削れたかもしれない可能性が消えたのだが、その事に気付く余裕のあるネギではない。腕が振り下ろされ、自分達の命を散らす未来を想像してその体を震わせることしかできないのだから。

 しかし、このような状況だと言うのに、フォックスはその「訪れるべき未来」には悲観していなかった。それどころか抵抗すらせず、手に持った高周波ブレードの切っ先は、未だ力を失ったまま脱力して下ろされている。

 

 そう、彼は知っていたのだ。

 それは来るべき死と言う暗闇の世界ではない。確かに彼は潰されると言う点においてあちらの世界で死をもたらされたが、潰されたと思った瞬間にこの世界に飛ばされているのだ。そんな物を知る筈がない。

 ならば何を知っていたのか。

 それは、説明されていないネギにさえ、分かってしまった。

 

「神鳴流奥義」

 

 彼女が来た事を、ナノマシン通信で知っていた(・・・・・)のだ。

 

「五月雨切り!」

 

 白き翼を生やした剣士の少女は、恩師より授かった刀を以って、正しくその魔を討った。真の姿を解放した刹那は、妖怪としての妖気によって身体能力を補い、残る人としての気によって刃を長大な物へと改変する。それはダイヤより硬く、鋼より鋭く、何よりも尊い意志が体現された刃。

 

 返す手首、振り上げる刃、意志と力の統合により、只管に切り崩される鬼神の拳。

 一つの「神」というべき物体が、信仰の硬さをも上回った連撃によって細かい破片へと変化させていく。如何に上位の存在として強靭な肉体を持っていようとも、幾度となく意志が形を成した業物によって切り刻まれ続ければ、その身も脆くなろうと言うもの。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオォォォォっ!!」

 

 斬る。

 斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬ッッ!!

 

 ―――斬ッ!

 

 崩れていく。

 振り下ろされた鬼神の手が、手首が、肘が。

 バラバラとなった鬼神の右腕の一つは、再生される事もなくその身を散らす。ネギやフォックスに降りかかった肉片は形を維持できずに消失し、散った魔力の煌めきとなって湖畔を埋め尽くした。

 幻想的な、天国の様な世界に舞い降りた白き翼の持ち主。

 

 その名を、桜咲刹那と言った。

 

「申し訳ありません、お二方。少々遅れてしまいました」

「いえ……その、綺麗、ですね」

 

 ふんわりと笑みを浮かべて、刹那がようやくここまでこれた事を謝罪すれば、笑顔に見せられたネギが赤面させつつも刹那の美しい羽を褒め称える。その時、「其れは何ですか」、などと言った既に無粋な質問などはわき起ころうはずもない。

 ただ彼女は隠していて、それを使うべき時に使って助けてくれた。

 この場には、たったそれだけの真実が満ちているのだから。

 

「な、烏族の羽やて!? スクナの腕が、斬られたなんて、そんなバカな事が!!」

「わめくしか能がない、か。……桜咲、スプリングフィールド。共に、やれるな」

 

 語尾を上げぬ、確信を持った問い。

 当然その問いに帰す答えは頷きと言う「是」の答えのみ。

 

「そうか……ならば、近衛を奪い返してこい。俺は少々因果がある、彦星の元へ行く必要があるらしい。それに―――」

「それに?」

「来たようだ」

 

 フォックスの余裕の表情、そして、天ヶ崎の目は驚愕に見開かれる事になる。

 

 湖面が振動し、地面が揺れた。

 その下を突き破ってきたのは、全身を鋼によって形作られた人工の巨人。人と兵を繋ぐと言われた歯車の名を冠する兵器。水飛沫がその全身へ隈なく光を当て、煌めく装甲の鈍い輝きは巨躯が持つ力を威圧によって醸し出すかのよう。

 METAL GEAR RAY

 装甲に描かれた簡素なゴシック体がその名を表す。

 

 驚きはそればかりに留まらない。あろうことか、その鋼の巨躯は湖面の上に足をついたのである。地面がある様にしっかりと踏みつけ、逆関節の脚部が着地の衝撃を和らげる。両面宿儺神にも対抗しうる質量を持つRAYは、水面に立ってしまったのだ。

 

「えぇっ!?」

『≪足場が悪いみたいなんでな、ちょっと協力してくれる奴探してたら時間喰っちまったよ≫』

「こ、この声千雨さん!?」

 

 自分の知るクラスメイト。その声がRAYから聞こえてくる事に衝撃を隠せないのはネギだけではない。刹那もまた、ナノマシンの同期によって千雨もRAYと共に向かっているとは聞いていたが、まさか自分の意志を持った兵器であるRAYが搭乗可能なものだとは夢にも思わなかった。

 そして、水面の謎に関してはある人物によって解消したと千雨が言う。それは一体何なのか、その答えを持つ人物は、フォックスの後ろに突如転移で現れた。少なからず、その人物と千雨たち現代兵器陣営には関わりがある彼女は、

 

「お狐様、お久しゅうございます」

「織姫、か」

「はい。あの鉄塊と生意気な小娘は足場が欲しいとわめくので、寛大な心を持った(わたくし)は水面との境界に平面な結界を張ったのでございます。これで“ひすてりっく”な女こと、天ヶ崎の元へ行くにも困る事は無いでしょう」

「……フォックスさん、何なのだこの辛らつな言葉を吐く方は」

 

 それが織姫が自我を取り戻した証である、と言えば表現が可能なのだが、このように雑談で時間を使うこと自体が勿体ない。説明に関しては後に控えた方がいいと判断した刹那が顔を背けて翼をはためかせると、千雨が駆るRAYが天ヶ崎を威嚇するように「人殺しの兵器」としての威圧を放出させながら咆哮を上げる。術者の手によって身体の自由が効かない鬼神は、ただ怯える術者の命令を待ってたたずむのみ。

 

 キャストが揃った最終決戦の火蓋が、切られる。

 




ここから焦点を当てるのがまた二手に分かれます。
フォックスと彦星の戦い。
織姫及びRAY(In千雨)参入、ネギチームと鬼神+千草。

最終決戦 後篇も更新が長くなりそうですが、お付き合いください。
色々と引っ張りすぎたのにたった一万字程度で申し訳ありません。
次回はかなり長めに書く予定です。全描写が戦闘の光景になるかもしれませんが。


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☣雨が降り

最終決戦、中篇。


 とてつもなく巨大な機械が吼えた。どこまでも無機質で虚ろな声に、千草はスクナという力を得ている筈なのに身を強張らせる。それは、RAYを命を奪う「兵器」と認識した本能的な恐怖から来るものであったが、彼女はすぐさま己の野望を思い出して恐怖を頭の片隅へと押しやった。されど、振り払う事は出来ず、その選択は後に間違いであったと語る事も知らずに。

 声を張り上げ、恐怖を取り除く様にして目を見開いた。

 

「スクナァァァァァァァァアッ!!」

 ―――ゥォォォォォオオオオオオオオオン!

 

 呪符を握りしめ、木乃香に施した術式を強める。もはや妖怪寄りの存在になった刹那には、千草の行動によって木乃香が気絶しながらも苦悶の表情を浮かべている事に気付いたが、既に手遅れ。スクナの全体を覆っていた薄ぼんやりとした発光が収まり、遂に三途の向こう岸から鬼神の魂が還されてしまったのだ。

 実体を持ち、赤黒く屈強な剛腕を持った鬼神は、刹那によって右腕の一つを失おうとも先ほどとは比べ物にならぬ程の威圧を咆哮と共に撒き散らす。明確に向けられた「神」からの敵意に一同は身を竦めるが、それも一瞬の事でしかなかった。

 各々は拳を握り、本来の目的を思い出すと自らに喝を入れて千草を睨みつける。スクナの恐ろしさが伝わっていないのかと千草が驚愕に目を見開いた瞬間、RAYの外部スピーカーから千雨の声が流れ始めた。

 

『≪桜咲ィ、空飛べるんならさっさと近衛を取り戻してこい! 織姫さんはそこの先生達の為に足場作るか、強めの結界張っててくれ!≫』

「ああ!」

「人使いの荒い小娘ですこと。まぁ此方としても協力する気なので構いませんけど。そこな幼子、私が丁寧に見える足場を作ってあげますので、あちらの機械と連携して注意を反らして下さい」

「は、はいっ!」

 

 言うと、彼女は自分用の強固な結界の中に閉じこもり、この場に魔力の糸をばら撒いた。四散した糸はスクナの周囲数十メートルを取り囲むと、すぐさま空気に溶け込んで行くようにして姿が見えなくなる。この現象を目にした千草は、最初は細いワイヤーの様な斬撃がくるかと警戒していたが、呆気も無く消えたことからスクナの魔力で霧散してしまったのだろうと、彦星を離れた裏切りものに嘲笑を送っていた。

 そして、織姫が舞うように両手の指を動かし始めると、それが合図となってネギたちは一斉に動き出した。ネギは走りながら詠唱を続け、RAYの向かい側へ移動すると挟み打ちの形で呪文を唱え終わり、杖の先をスクナに向けて魔法を放つ。

 

魔法の射手(サギタ・マギカ)光の9矢(セリエス・ルーキス)!!」

 

 しかし、それはある意味期待外れの魔力切れが訪れてしまったのかと言わんばかりの低級呪文。光の矢が予想以上の「遅さ」だと分かるや否や、相手にする価値も無いと判断した千草は鼻を鳴らしRAYにスクナを向き合わせる。そして、指示を出して残った右上腕に持った無骨な大剣をRAYに振り下ろさせた。しかし、とても機械とは思えないサイドステップでそれをかわし、着弾地点に巨大な津波を引き起こすに留まる。確実に当たる速さだと確信していたのに、想像以上の相手の動きの良さに、彼女の不機嫌さが増していた。

 

「くそっ、何で当たらん―――!?」

 

 地団太を踏むように叫んだ千草に、ネギはニヤリと狙い通りに動いてくれる相手にほくそ笑んだ。実際、確かに彼の魔法は打ち止め寸前で低級呪文が十回程度しか打てず、その攻撃は完全召喚された鬼神に通る事は無いだろう。だが、織姫の四散させた「糸」が作戦と皆の動きを伝えてくれていた。そうして繰り出される鬼神の攻撃に合わせ、巨体の肘や肩、腕の横辺りに制御(ホーミング)させた光の矢を打ち込み、軌道を僅かに反らしていたのだ。千草は脅威ではないと判断したが、それがどれほど裏目に出ているか。

 ネギたちの策によって舞い上げられた水飛沫がRAYの機体を覆い隠し、熱感知センサーも何もない千草の肉眼には捉えられない位置に隠れる。

 その瞬間、操縦席の中で千雨はレバーを握って、RAYと意志を伝えあった。

 

≪チサメ、運動制御は此方が貴方は兵器類のトリガーと照準をお願い≫

≪オーケー。ここで先生巻き込む訳にはいかないから、高水圧カッター行くぞ≫

≪接近するわ≫

 

 織姫の糸から作戦を伝えて一旦は湖の中に潜行する。その頃には霧が晴れ、RAYの巨体が居なくなった事に鬼神共々千草は焦っていた。あんな巨大な物が一気に見えなくなることなどあり得ないと、そう言った常識が混乱を引き出していたからである。

 そして、直後に下からの衝撃。織姫が水面に張った結界のうち、鬼神の片足が乗っていた部分だけを持ち上げると、サイの様に強烈な突きあげを行った。関節部や人工筋肉がギシギシと不快な音を鳴らすが、まだまだ限界が来るには程遠い余裕があると知って、千雨はその体勢から照準を合わせた鬼神の体に向かってトリガーを引く。

 そして衝撃。RAYの頭部装甲内より発せられた細い水の刃が鬼神の右わき腹から左肩に掛けて発せられ、直撃した地点からは鬼神のおびただしい血液が噴き上がった。スプリンクラーの様に撒き散らされるそれに顔を青くしつつも、ネギは血を見ないように杖に跨ってその場から一瞬で退避して指示を出した織姫の近くへと舞い戻るとすぐさま中級呪文の詠唱を始めていた。

 ネギの着地と共に、RAYは逆関節の足を器用に動かしながらスクナの水圧カッターで切ったばかりの箇所に蹴りをかまし、最早鬼神を立たせる事もさせないと言わんばかりに連続で回し蹴りを放った。その一撃ごとに空気が打ち震えるような轟音が鳴り響いて、千草の意志でしか動かす事の出来ないスクナの体はサンドバッグのように左右に揺れた。

 

「―――吹きすさべ 南洋の嵐……長谷川さん!」

『≪オッケー…!≫』

 

 ネギの詠唱が完成する。彼の意図をくみ取ったRAYは体ごとの大質量を伴った突進でスクナの体を崩すとその上に飛び乗った。間近に迫った無機質な兵器から発せられる搭乗者の殺気と、その威圧感を間に受けた千草は半狂乱になりながらも呪符の効果でスクナを動かそうとするが、意識の下で抑え込んだ筈の本能的な恐怖によって指一本動かす事が出来ない。

 その間に、彼女は視界の端に場違いな穢れ無き純白を見たような気がした。その事に気付いた時、先ほどまで見下していた筈の人物の中の一人を思い出したが、手遅れとはこういう事を云うのだろう。舞い散る純白の羽根が千草の目を隠し、事は為されていたのである。

 

「に、贄が…!」

「空を自在に飛べる私の方が上手だったようだな? しかと、返してもらったぞ! 反逆者、天ヶ崎千草よ!」

「こ、の―――半端者、風情がぁぁぁぁああっ!!」

 

 声は聞こえど姿は見えず。

 ここぞとばかりにわざと散らかされた羽根は刹那と木乃香の姿を彼女から隠していた。声に頼って届きもしない手を伸ばすが、当然ながらその手は空しく宙を切るだけ。千草の怨嗟と渇望の混ざった醜い悲鳴を背にしつつ、刹那は木乃香を取り戻す事が出来た翼へ労わりの念を送りながら、決して放すまいと織姫の閉じこもる結界の元まで向かった。

 

雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)!!」

『≪喰らえデカブツゥッ!!≫』

 

 直後、大気中の間にターゲットマーカーを付けていた千雨(RAY)から背部の六連装ミサイル、両膝の計六連対艦対戦車用ミサイル、そして腕部の子機から発射される物を含めた18発の人殺しの道具が吐き出され、一直線に千草を巻き込む勢いでスクナの全方向から煙を噴出させながらミサイルが向かって行った。それらが着弾する直前、一足先に一直線に放たれたネギの雷の暴風がスクナの水圧カッターで抉られた傷口に縫うように入り込み、着弾と同時に拡散した電撃がミサイルの全てを誘爆する。

 巻き起こるのは当然の結果ながら、百メートルはあろうかと言うスクナの全身を覆い隠すほどの大爆発。轟音と呼ぶのもおこがましい爆発音と衝撃波が周囲の自然を巻き込みながら巨大な水飛沫を巻き上げ、神である筈のスクナに致命傷を与えて行く。爆発と魔法で生じた高熱によってスクナの皮膚は焼けただれ、二本も生えていた筈の左腕は溶けた皮膚によって一本になってくっついていた。

 だが、その中でも天ヶ崎千草は召喚主だったと言う事だろうか。スクナを呼び出した神の加護によって強力な結界を張られ、奇跡的にも被害を被ったのは目の前で炸裂した音響による二次被害のみ。だが、一般人にも近しい感性の持ち主である彼女にとって、目の前の光景は見るに堪えない物だった。

 

「う、おうぇ…な、なんでや…う、ぐ……なんで、勝てへん……!」

 

 焼け落ちる、人の形をしたモノの姿。弾け飛んだ皮膚の下からはおびただしい血液が溢れ出してくるとともに、衝撃でちぎれた巨大な肉塊とその断面が彼女の視界に映ってしまう。両面宿儺も伝承を辿れば奇形に生まれた人間でしかない。そして、同じ「人間」である千草は押し出されるように見せつけられた自分達の中身を知り、その場で胃の中の者をすべて吐き出してしまった。

 込み上げた胃酸によって喉が傷つき、力を得ても理不尽な機械によって全てを崩される。積み重なったストレスは彼女の精神をいとも容易く削り取り、正気を保つ事さえも精一杯にさせる。だが、それでも自我を保っているのは執念故か、はたまた別の原因か。

 召喚者がそうしてもがき倒れ伏す中、意外な事にもスクナはそこまでの損傷を負いながらにして未だ現界を続けていた。普通、術者に召喚された鬼や異形の妖怪は自分が戦闘行動が出来ない程に傷を負うと、そのまま元居た黄泉へ戻っていく筈である。そのまま現界した時の事を酒の肴にしながら盛り上がるのが常であるが、生憎とスクナは破壊と略奪の限りを尽くした凶賊だった。これが――――天ヶ崎千草の最大の不幸だったのかもしれない。

 

「うぇ……ぎぃ!? げ、ぐが……か、ひぃ……」

 

 全てが尽き果てたと絶望を感じ取っていた千草は、突如魔力を無理やりに引き出される感覚に襲われる。その引き出された先は当然ながら両面宿儺である事に気付いたが、彼女がまだ魔力を持って行かれると思った時には、すでにスクナの焼けただれた指が彼女の体を持ち上げていた。加減を知らずに潰されるような圧迫感、そして強烈な痛みに声も出せずに更なる恐怖を味わっていた彼女は、自分の体が何処に向かうかを知って、意識を途切れさせた。

 彼女の体が取った行動は、自我を持つ生命として最期の抵抗だったのだろう。自分が自分で在り続けるために、「スクナの口の中に放り込まれる」前に意識を断つ事が出来たのだから。

 

「…な」

「天ヶ崎を…喰った?」

 

 強制的に必要以上の魔力を吸いだされ、気絶したままの木乃香を抱える刹那は、爆風が晴れた先で信じられない物を目にし、そうつぶやいた。その言葉に肯定するかのようにスクナは千草を胃の中へ呑み込むと、次は其方だと言う意味を込めた目をその場の人間に向ける。

 操られていた鬼が枷を引きちぎった瞬間だった。

 

「ごぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 自由の喜び、暴れられる喜び。人間としての意思をとうに失くした怪物は、本能の中に秘められた欲望から歓喜の咆哮を響かせる。そして、同時に魔力の波動が湖を覆い尽し、織姫の今まで傷一つつかなかった結界に咆哮だけで大きな罅を入れたのだ。

 

「皆、逃げ――」

 

 誰がその言葉を放ったか。一同が不味いと思った思った時、すでに鬼神は行動を開始していた。先ほどの木偶に等しい姿からは予想がつかない程の速度で、織姫達が籠っている結界に焼けただれて肘から先が無い右腕、そこから覗く骨を叩きつけて来たのだ。

 これまで常識外の速さで動くフォックスを見ていた織姫は、即座に自分の体に命令を出して目の前に盾の役割を持った一枚の三角形の結界を張ったが、そんな物など無いかのように鬼の骨が貫き、一直線に自分達を「刺し潰す」ために腕が迫る。そして、織姫と同時に行動を起こしたネギが織姫の腕を引いて杖に捕まり、刹那が気で強化した脚力で離脱してから翼を羽ばたかせると、その場からの離脱に何とか成功する事が出来た。

 その一瞬の間を置いて、鬼のグロテスクな腕が自分達の居た場所を跡かたも無いほどに粉砕する。飛び散った木材の破片がまだそれほど離れる事が出来ない四人を襲っていたが、織姫がネギに掴まっていない左手から生み出した魔力糸によって弾くことに成功。そのままネギは杖に跨ると、織姫を腰かけるような形で自分の杖に乗せ直した。

 

「…オイオイ、どうするんだよアニキ! あの鬼神―――」

「暴走、してるみたいだね」

『≪私らが抑える! 織姫さん、何か作戦立てといてくれ!≫』

「…どうにも無責任な小娘のようですね。まぁ、頼られて悪い気はしませんが」

 

 RAYは暴走し始めた鬼神に、もはや効果も薄くなった蹴りや体当たりなどで体勢を崩し、反撃を演算で割り出された結果の通りに最小限の動きでかわす。再び巨体が戦い合った場面もいつまで持つか分からない。そんな緊迫した状況の中、カモミールはぼそりと呟いた。

 

「あの姉ちゃんも飲み込んじまって…ありゃ、もう」

「生存は奇跡に頼るしか不可能でしょうね。自業自得の生み出した結果ではありますが」

「ッ、そうだけど…でも!」

 

 カモミールと織姫の言った通り、直接的ではないものの、目の前で人が殺される形になった場面を見たネギは、その未熟で何処までも甘い理想を掲げて二人に反論しようとした。だが、彼とて分かっていたのだ。最早、天ヶ崎千草という女性は助からない、と。

 ネギは年の割には知識を蓄えており、その知識を探る中でこう言った史実にも目を通す事がある。実力を過信した結果、高名な悪魔を召喚しようとして生贄や裁量不足で召喚した悪魔に喰われ、そのまま凶悪な悪魔をこの世に解き放ってしまった召喚者もそう少なくは無かった。

 先ほど行われたのはその最たる例。こう言っては何だが、自分達が木乃香を取り戻しさえしなければ、与えるべき生贄を用意していた千草は喰われる事は無かっただろう。

 

「………」

「黙りこくる暇があるなら、とにかくあの鬼神をどうにかして消し済みにするのが先決。いくら子供とは言え私は皆さんの様に甘くありませんので、存分に使わせて貰います。ああ、貴方に拒否権があると思いあがらないでください」

「…でも、でも……!」

「ならばこう言えば私に使われますか?」

「え?」

 

 織姫の冷徹な言葉に、決して耳を傾けたくない。こんな場所で発揮されたネギの子供心溢れる意地は、結局次の言葉で崩壊する事になった。

 

「早々に倒せば、天ヶ崎の魂が完全に吸い取られる前に助ける可能性があるかもしれません。まぁ可能性の話でしかありません。私としてはどうでもいい事ですので」

「助け、られる?」

「アニキ……この美人な姉ちゃんの言うとおりだ。とにかく今は可能性に賭けるんだったら、さっさと動きやがれ! それでも俺っちのアニキなのかよッ!!」

 

 カモミールの叱咤に、ネギの瞳には希望の火が灯された。その事を確認した織姫は面倒な子供ですね、と微笑んで乗っていた彼の箒から飛び出した。ネギやカモミールが何か言う前に実体のある結界で足場を作り、その上にとん、と降り立って全体を見回す。まだ自分の張った魔力糸が漂っている事を確認すると、大丈夫ですねと呟いた。

 

「先ほどと同じく、(わたくし)の指示に従って動いてください。最早魔力枯渇寸前の貴方は低級呪文で動きの阻害に努め、そこの羽根の生えたお嬢さんはその荷物を此方へ渡しなさい。それでは剣も碌に振るう事もできなさそうですので」

「…お嬢様に危害を加える気はないのだな?」

「ええ、勿論でございますよ」

 

 誰もが無差別に暴れ始めたスクナの動向へ注意を払いながら、彼女達は言葉を交わす。

 織姫に一応の信用を感じた刹那が飛んでくるスクナが暴れた残骸を避けながら織姫の元に羽ばたいていくと、彼女に対して念を込めた言葉と共に木乃香を渡す。

 織姫も、千雨たちから聞いたように木乃香が彦星の魔の手に掛かっていたと知っていたからだろうか。彼女を傷つけぬよう柔らかな動作で身柄を預かると、刹那に視線を向けて真剣な面持ちで頷いた。

 

「そこな坊」

「あ、なんでしょう……わわっ!?」

 

 ネギを呼びとめた織姫は、右手から放った魔力の糸をネギに絡みつけ、左手の指先を木乃香の胸元に当てた。その光景を見ていた刹那は体が動きそうになるが、この状況下で仮にも「味方」である織姫がする行動を予測して、自分を制した。

 織姫は管の様になった魔力糸でネギと木乃香を繋ぐと、ぼそぼそと理解できない言語を呟いた後に魔力を滾らせた。

 

「どうせ戦闘の術も知らぬ娘。この者の魔力を譲渡せよ」

 

 木乃香は、あれほど鬼神の制御の為に無駄な量を含めて魔力を吸い上げられていた。それにも関わらず、魔法使いで言うなら上級呪文をあと4発は撃てそうなほどに彼女の魔力は枯渇して居なかったのだ。だから、この戦闘で使えない木乃香の代わりにネギを戦わせるため、残った魔力の7割を吸い上げてネギに委譲する。

 突きかかっていた力が再び湧き上がってきたネギは、予想外な魔力の受け渡し方法に、この戦いが無事に終わってから詳しく聞いてみようと織姫の多彩さに感心する。

 

『≪よう、作戦会議は…終わった、かっ!?≫』

「はい! とにかく鬼神の牽制をお願いします!」

『≪良し来た!≫』

 

 先の大放出でミサイルの残りも少ない以上、体そのものを凶器として鬼神と殴り合っていた千雨は、刹那のナノマシンから会話の内容から作戦が終わった事を読み取り、戦いながらそう答える。刹那の叫びが乗せられた通信を受け取った千雨は、一気にジャンプして鬼神の顔面部分にタックルを喰らわせると、そのまま相手の体を踏み台にして後退。その間もエイムを鬼神から外さないようにしながらRAYの両腕から大量の機銃を展開させ、まさしく弾丸の雨を横殴りに降らせ始めた。

 先ほどの派手な水圧カッターやミサイル兵器に比べると現在展開している細かい銃弾は効果が無いように見えるが、実際の人間がこの銃弾を喰らえば、即座にミンチ以下の肉塊に変えられる程の威力を持っている。事実、そういった弾丸の雨が降り注ぐスクナの体表は背中で卵を温める蛙の様な、見ていて気分が悪くなるような生々しい穴が幾つも空けられ、その着弾地が重なった場所は僅かながらも血肉を少しずつ抉り取っている。

 そして、吹き飛ばされた反動で一時的に動きを止めた左腕に空けられた穴の中に、爆弾を仕込むかのようにネギの魔法の矢が入り込んだ。それらが着弾すると先ほどの大爆撃と同じようにスクナの残り少ない無事な部分が内側から吹き飛んでいく。ネギは惨たらしい光景に吐き気を催しながらも、織姫の指示から次なる詠唱に入った。そうして構成が脆くなった右腕に向かって、翼を広げた少女が強い意志を瞳に宿し、ゆるぎない力を込めた太刀を振りかぶる。

 

「神鳴流―――奥義」

「魔法の射手、雷の一矢(ウナ・フルグラリース)!」

 

 体を弓なりにしならせて、いや自分の体そのものを弓と認識して力を溜める。

 気が体の中を駆け巡り、これからするべき力の流れを如実に表した。彼女は両手で持った夕凪を天頂に構えると、そこにネギの下級呪文では有り得ない量の魔力を持った雷が直撃する。しかし雷の矢は刀を折る事はなく、既に起こった事象をなぞるかのような自然な流れで刀身に眩い光が収束する。反発しあう魔力と気は、次の一瞬まで互いを抑えあって強大なエネルギーを蓄えていた。

 それは―――振り下ろされる。

 

「極大雷光剣!」

 

 言霊と共に、刀身で微妙なバランスを保っていた気と魔力の内、気が大きく力を傾けた事で暴れ牛の様な振動で刹那の手を離れようとしていたエネルギーが鬼神と接触した瞬間、光が爆ぜた。

 空を駆け、そのまま走りぬける。振られた刃は一度もつっかえることなく鬼神の左腕を貫通し、刀から発せられた極大の雷の光は鬼神の二つめの左腕をも輪切りにしてしまった。これで、残る鬼神の腕は一本。刹那が激しい力の消耗を感じてその場から離れながらそう思っていると、織姫の巻き散らかされた糸から指示が伝わってくる。

 

 ―――とどめです。

 

 瞬間、機械が吼えた。そうして開かれた口からは圧縮された水が射出され、鬼神の残る右腕の肩口に喰らいつく。刹那とネギが連携して左腕を消し飛ばしている間、貯水タンクが満たされるまでの大量の水が、最早残りを気にすることなく延々と吐き出され続けている。そうしてゆっくりと板を切る鋸の様な水のレーザーは、鬼神の右手を完全に切り取ってしまう。完全に水を吐きだしきったRAYは、戦闘能力を失った鬼神に頭から突っ込むと、倒れ伏したその巨体に橋を駆けるようにして二本のコードを突き刺した。

 これに何の意味がある、そう思ったネギたちが次に目にしたのは、信じられない行動。RAYの頭部装甲が完全に開き切ると、中に乗っていた千雨がソリッドアイを付けたまま、その手にフォックスが使う予備の高周波ブレードを手に持ち、RAYの伸ばしたコードの上を駆け抜けて行ったのだ。

 一般人で、気も魔力も使えない。いくら鬼神が倒れているとしても、二十メートルを超えた高さから千雨が落ちてしまえば死を免れる事は出来ない。だと言うのに、織姫が結界を作る間も無くスクナの腹の上に千雨が乗ると、焼けただれて血で滑る事も気にせず、彼女はその腹に刃を突き立てた。

 

 ―――ぉぁ…ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!

「黙れ! RAY、頼んだ!」

 

 何が言いたいかを理解したRAYは、千雨の足場になったコードをコクピット付近に収納すると頭部を再び閉じてスクナの両足を圧し折るために飛びあがった。そして、重力と体重に従うままに踏みつけると、極大のゴギッという骨の折れた音が鳴り響く。両足が折れ、全ての腕を無くし、腹を掻っ捌かれているスクナは完全召喚された時の高揚感も忘れて苦痛の叫びを上げるが、同情すべき人間でも無い限り千雨たちの行動は止まらない。

 変わらずに猟奇的なまでの気迫を発しながら千雨が鬼神の腹を切り進んで行き、次に切り裂いた皮膚の下にあった臓物が裂けると、持っていた高周波ブレードの接触点が瞬く間に融解されてしまった。

 

「……ビンゴ!」

「は、長谷川さん!」

 

 血に塗れながら凶悪な笑みを浮かべた千雨に、この行動の意味が読み取れない刹那が同じくスクナの腹の上に降り立った。暴れるスクナの上はバランスがとりずらいが、そうした不安定な土地での戦闘に慣れ親しんでいる二人はスクナの振動にものともせずに各々の行動を続ける。

 千雨がその臓物の中に、先の方にナイフを括りつけた紐を投げると、刹那にその血濡れの顔を向けた。生臭さに思わず顔をしかめる刹那に仕方がないかと思いつつ、手に持っていた干物もう片方の先端を向けて言った。

 

「桜咲、この紐の先を持って、思いっきり引っ張ってくれ」

「この先は…もしや!」

「ああ。あの召喚者を引っ張りだす。これで完全に供給も断たれて、このデカブツは自己消滅するだろうからな」

 

 そう言った千雨の言葉を聞いたからか、こんな所で消えるわけにはいかないと、スクナは仮面の様な口に光を収束させた。膨大な魔力によって千雨もろとも消し飛ばそうと言うつもりだったのだろうが、それは容易く防がれる事になる。

 

契約執行(シム・イプセ・パルス)1秒間(ベル・ウナム・セクンダム)!! ネギ(ネギウス)スプリングフィールド(スプリングフイエルデース)!」

 

 刹那のように突如スクナの首元に着地したネギが、魔力で強化した拳でアッパーを放ったのだ。強制的に閉じられたスクナの口で、収束されていた魔力が指向性を失って爆発する。スクナの前方の頭を消し飛ばした爆風でネギは吹き飛ばされたが、すぐさま杖に乗って織姫の元から二人を見下ろした。

 もはや自分が出来る事は無い。だが、こうして天ヶ崎を助ける事が出来る可能性を二人が持っているのなら、それを見守るのがもう空を浮くしかできない自分が出来る最後の手助け。

 

「今です、刹那さん!!」

「は、ぁぁぁぁぁ……あああああっ!」

 

 これを逃せば第二射が来る。そのことを危惧して、刹那は言われるがままに力の限り千雨から受け取った「蜘蛛の糸」を引っ張った。彼女自身は紐の先にどのようにして引っ掛けたのかを見ていないが、紐だけではない重さを感じて、必ずこの先に天ヶ崎の体があると信じて天に向かって翼を羽ばたかせた。

 そうして力一杯に刹那の手で引っ張られた紐は鬼神の肉を捲り上げながら、ずぶずぶと皮下を膨らませた。それが人間程の大きさにまで膨らむと、不意に魚を吊り上げた瞬間のように一気に手ごたえが軽くなる。

 

 ズズズズズッ……

 鬼神の胃の中から、体のほんの一部が溶けた姿になっていたとしても、彼女は天ヶ崎千草だと一目で判別できるほどの人間の体が吐き出された。高周波ブレードをすぐに溶かすような胃酸がこびり付いていたようだが、あの鬼神を火傷だらけにした爆撃からも召喚主を守った加護が働いていたのか、鬼神の腹の上に放り出された千草は千雨が受け止めた瞬間に顔をしかめて全身を苛んでいるのだろう魔力欠乏の痛みの声を上げた。

 一連行動が終わるのを待っていたのか、RAYは全ての砲門を空けて召喚者さえ失って尚消えぬ鬼神の肉体に、多数の照準を合わせている。正に「殲滅」するのだと言うプレッシャーを感じた刹那と織姫は、すぐさま二人を退避させるための行動を起こした。

 

「長谷川さん、天ヶ崎を此方に渡してください!」

「小娘! すぐに私の糸に乗るのです!」

 

 千草を放り投げた千雨は、指示に従って即座に織姫の糸を掴み取った。そして釣り上げられるように彼女の元に向かい、刹那は放り投げられた千草の体を器用にキャッチしながら、同じく織姫の居る空中の結界範囲内に逃れる。

 

 そして、RAYの全ての兵器が指導する。

 砲門は全て動けぬ両面宿儺(ただの的)に向けられ、一斉に火を噴いた。両腕部の全面装甲が開くと、そこには改装された全ての機銃の砲門。そして背部がバラバラと開き、脚部のミサイルを開きながら足裏から水を吸い上げ頭部の水圧カッター用の水を補給しながら半永久的に高水圧放射を浴びせる。

 どどどどどどどどどどどどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!

 スクナの体は爆発で生じた煙で再び覆い隠され、煙の端からはみ出た脚や肩の先は自動照準を付けられてすぐさま物言えぬ肉塊へ変えられる。ほぼ対角線上に位置するRAYは射出されたミサイルをノーロックで放っているので、時折スクナを素通りしたミサイルは対岸の木々と衝突して無差別破壊を繰り返す。

 正に殲滅であった。如何に巨大な力を持とうとも、それを上回る暴力は確実に圧倒していた筈の存在を容易く抑えつけてしまう。それは見る者を畏怖させ、刷り込まれた恐怖は決してソレに手を出さないようにと本能に訴えかける。

 

 そこにあるだけで、その存在が「抑止力」となった瞬間。その刷り込みをこの光景を見ている者たちへ与えているのだ。

 

 ――――ヴォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!

 

 破壊の限りを尽くし、遂に塵さえ残さず鬼神を葬り去ったRAYは勝利の雄たけびを上げる。あまりに理不尽な力の前にネギたちが身を竦めて恐怖する中、引っ張り上げた織姫の腕の中で、千雨は静かに笑っていた。それを知る者はいない。彼女が何を思って笑ったのかも、ナノマシンすら観測することすらできなかった。

 

 




すいません。
本当はフォックス編と交互に進めながら一万三千ほどで書き上げようとしたのですが、なぜか逆境造らないとダメなのです、という電波を受け取った結果こうなりました。

自分でハードルあげる事になりそうなのですが、次回のフォックスVS彦星戦もこんな感じで濃く、心理描写を増やした状態で書きたいと思います。
今度こそ、後篇をお待ちください。


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☣生を掴め

己の欲に素直になれ
押さえつけるなど愚の骨頂
欲を持たねば、人は人でなくなる。


「…魔力反応が無い、か」

 

 彦星を追って雑木林に入ったフォックスは、静かに高周波ブレードを下段に構えて辺りを見回した。薄暗い夜の木々の間も、強化骨格に搭載された暗視(NVD)モードに切り替えてしまえばすぐさま緑と白色の視界に切り替わった。

 千雨や両面宿儺が戦っている向こう側、そこで騒いでいる音以外は全く静かな物で、こちらにとても人間が来たようには見られない。だが、こういった時に音や視界が悪くても必ず残る物がある。フォックスは静かに視線を下に向けると、地面にくっきりと残された彦星の靴と同じような形の跡を発見した。

 

「…………」

 

 前哨(スカウト)の訓練の一つとして、敵情視察のために僅かな痕跡から敵を探し出さなければならない事がある。当然ながら彼もその訓練は受けており、道具や経験をふんだんに活かし、今の様に容易く痕跡を見つけることは可能だ。

 だが、それで敵を見つけたからと馬鹿正直に痕跡を辿って行ってはならない。痕跡が何らかの理由で途中から途切れる事もあれば、追ってくる事が分かっている相手の場合は道中に罠を仕掛けている可能性もある。はたまた、嘘の痕跡を残して背後から奇襲、という事もあり得るのだ。注意が前方に集中するため、追跡者は逆にストーキングされている事に気付かない、というのは良くある話だ。

 それらも踏まえ、フォックスは慎重に刃を揺らしながら全方向に神経を尖らせる。僅かな木の揺れもさることながら、一度拳をかわした相手であることから「気」で感覚を底上げする事も忘れない。

 二、三分ほど痕跡を辿っている中、彼の行動が功を成したのだろうか。明らかに悪寒のする地点を見つけることに成功し、彼は改めて刀を構え直す。そして―――後方に水平切りを繰り出した。

 

「…ッ!」

 

 キキキン、と甲高い音が響き渡る。遠い場所に移動したことで、千雨たちの戦闘音も織姫の結界で完全に掻き消されており、フォックスのいる場所は静寂を保っていた。だが、その弾いた物体が地面に落ちることで再び森は新たにカラカラカラ、と乾いた音を作りだした。

 彼は迎撃した物体を一瞥すると、それが日本の忍者や暗殺用具として用いられる飛針という暗器であり、先日の刹那が昼ごろに月詠に使われた者だと理解した。それと同時、再び天性の反射神経と運動能力を何倍にも引き上げる強化骨格の恩恵によって、全方位に対する水平切りを放った。すると、またもや弾かれる金属音と地面にそれらが転がる音。飛んできた方向を見つめるが、既に影も形も無い。ため息はつかず、代わりに息遣いを整えて戦う呼吸法に切り替えた。

 

「嵌められたか」

 

 冷静に自分の状況を判断して、顔の中央にはめこまれたカメラの暗視モードを解く。月明かりが照らして幾分か明るい暗色の森が視界に収まり、足元には月光を反射する飛針が金属特有の輝きを発している。

 だが、それが妙だと警戒を強めた。光を受けて反射させるなど、こんなに分かり易い暗器を誰が作ったのかは知らないが、奇襲用の道具としては落第点で済めばいい方だ。とある暗殺集団が使用する「ダーク」という小ぶりなナイフは、その名の通り闇に溶け込んで光を映さない。そうしてターゲットの脳天に深く刺さって命を奪う、というのが暗殺手段の常套なのだが…

 

 遊んでいるのか、時間稼ぎか。

 フォックスはそのどちらかだと結論を出して、ナノマシン通信で応援信号を出した。そして彼が気を張り詰めながら佇む事一分。すぐに彼の「応援」が周囲に赤い赤外線光の網を張り始めた。

 森の闇にまぎれ、どんな悪路でも人間より器用な三本の腕で踏破する。時には二つが重なって人の形を取り、そのほとんどが集団行動を取る彼の世界の技術から作られた機械。仔月光がゴロゴロと彼の周りを囲っていたのである。

 そして、一体の仔月光が赤外線でも不自然にぼやけた風景のある場所を発見した。その場所は内蔵されたマイクロカメラでもその場所がぼやけていると言うもので、流石に不審に思ったその機体が一本の腕に銃を握らせたその時であった。

 

『~~~ッ! ッ!!』

「ふん、神の牛と同じ世界の物か」

 

 銃を握ろうとした腕を蹴飛ばされ、のけぞった機体を足の裏で踏みつけられる。その太った見た目相応の体重と力を持つ見えない何かの足は、仔月光のボディに確実に罅を作り始める。更にその正体不明の足が力を込めると、踏まれていた仔月光は完全に踏み砕かれて機能を停止させてしまった。バチバチと今は物言わぬ仔月光を動かしていた動力の電気が、不自然な電波の歪みを作りだして周囲へと伝え始めた。

 そして、その異常を感知したフォックスがゆったりとした足取りでその場所へと向かう。仔月光を踏み潰した何かは、逃げる事もせずその場所で待ち構えていたようだった。彼が立ちつくす場所に到着すると、仔月光のそれとは比べ物にならない程高性能な体温感知センサーが仔月光の残骸のある場所近くに人型を形作る。

 何かしらの光学迷彩によって隠れていたようだが、そんな物はRAYと超お手製の強化外骨格の前では無意味だ。

 

「…彦星、お前のそれは―――ステルス迷彩か」

「譲り受けた物の名まで看破するとは……こうして見破られるあたり、つくづく人間の作った物は欠点しかないものだなぁ」

 

 くっ、と笑いながら電磁波が人間一人分の大きさで迸り、その場に彦星の姿を現した。追い詰められているような構図であると言うのに、彼の顔はニヤニヤと歪んでいる。不確定要素か、策があるのか。警戒を一層強めたフォックスは、遠慮や交渉は無用だと言わんばかりに右腕のレールガンを撃った。

 碌にチャージもしていない弾丸だが、それでもアサルトライフルの一発分。つまりは人の頭を吹き飛ばすほどの威力は持つ凶弾に違いない。射出された弾丸は夜空に輝く流星のように電気の軌跡を描きながら彦星に迫って行ったが、当然と言うべきか。彼に当たる前に不可思議な曲がり方で彦星の体から狙いを外して後ろの木に当たり、木片を撒き散らすにとどまった。静かな森に響く破裂音がより一層空しさを引き立てている。

 その時、不可思議な現象に対して観察していたフォックスは驚きの声を上げた。

 

電磁パルス(EMP)か…!」

「さぁな? これに関して俺はただ弾よけの護符としか聞かされておらん」

 

 懐から取り出した掌ほどの大きさしかない機械を掲げながら、彦星はひとしきりに笑って再びそれを服の内側に仕舞いこんだ。

 RAYの資料で、ビッグシェル事件の組織、デッドセルのフォーチュンという女性が所持していた電磁誘導兵器であると記憶していた。これがあれば、事実上は現代の重火器全てを無効化されると言っても過言ではない。この男に関して生死は問わないだけに、すぐにチャージングを開始して戦闘を終わらせようと思っていたフォックスにとって、此れは予想外の事だった。

 何が「牛を操る」だ。まったく情報が無いのはスニーキングミッション以来だと、込み上げてくる不満を呑み込んだ。ここで動揺していては隙を疲れて敗北する可能性がある。それに、こちらに仔月光がいるだけあって、向こうにも月光が残っているかもしれない。

 

「まったくもって、会話の無い奴だ。古くより言葉を交わす事が人を繋ぐものだと、聞かされておらんのか?」

「生憎と仕事中だ。私語は慎むべきだと記憶している」

「やれやれ……」

 

 目をつむって首を振り始めた彦星に対し、フォックスは駆けだして刀を抜いた。腰だめから引き抜かれた刀は、抜刀という形によって最高速度に達する。そのまま彦星の喉笛を掻っ切る獣のように牙を向いたが、見た目にそぐわぬ身体能力を発揮した彼は、フォックスの一撃を難なくかわしてしまった。

 

「儀式場での事を忘れたか?」

「くっ…」

 

 言葉と共に、彦星の魔力で強化された腕が振り下ろされる。両手を握った状態でハンマーのように打ち降ろされた拳を刀で凌ぎ、角度を傾けることで力の方向を受け流すことに成功した。そのまま斜め下へ向かって滑り落ちる両手を見送りながら、フォックスは気で強化した脚で回し蹴りを放つ。対する彦星は伸ばしきった腕を引き寄せて左足を上げると、フォックスの蹴りを肘と膝で挟みこんで受け止めた。

 

「オオオォッ!」

「ぬぅぉおおっ!?」

 

 一旦は止められた脚だが、フォックスは構う事無くタンカーさえも受け止める事が可能な筋力で相手の体を持ち上げる。彦星はもがき始めるだろうと予想していたのか、ガッチリとフォックスの足を締め付けて右足の甲を覆う強化外骨格を軋ませ始めた。気で更に強度が増している筈のそれに罅を入れるとは、一体どれだけの力が掛かっているのだろうか。

 何にせよ、このままでは不利な状況に持ち込まれると感じたフォックスは、ようやく自由になった刀の切っ先を彦星に向け、勢いよく突き刺した。苦し紛れのようで、的確に人体の急所を狙った刺突には流石の彦星も不味いと思ったのか、掴んでいたフォックスを離して後退して行った。

 そうしてバックステップを刻みながら、彦星は手に持っていた飛針と呪符の入り混じった弾幕を放ち始めた。飛んでくるそれらを切り刻み、射程外に逃れたフォックスは彼の追跡の為に足に力を入れるが、そこで異変に気付いた。先ほど彦星が言っていたように、千雨たちと別れる前に空襲を行った時、呆気なく瞑想を行っていた相手はフォックスの攻撃をいなし、蹴り飛ばされる直前に右足に何かを貼り付けていた。

 その時の効果が今になって表れているのか、彦星が呪言か何かを紡いで発動させているのかは分からない。だが、フォックスにとって重要なのは右足が石のように固まって「動かせない」という事実。

 

「しまった…!」

 

 右足の腿から下が硬直し何一つ彼の意志が介入する余地を許さない。これまでの戦闘で腕や足が使い物にならない時はあったが、そう言う時はレーザーによって切り飛ばされたか、地雷原で爆風によって傷ついた時など。それでも辛うじて動かす事が出来るシチュエーションだったと言うのに、足一つが完全に重りになって動かす事も出来ないと言うのは想像以上にやりにくい。

 ここまで一瞬の間に考えていたが、強化外骨格の右足分の重さが重心にまで影響を来し、バランスが取りづらくて自分の体が転倒しかけている事に気付く。そして抵抗をする間もなく、フォックスの体は地面に倒れ伏した。

 

「無様だなぁ、狐が化かされてどうする?」

 

 闇の中から姿を隠した彦星が語りかけ、その直後に飛針が飛んできた。苦し紛れに体勢を整えて剣を振るい、それらを切り崩して難をのがれたが、バラバラになった破片が頭に振って来て視界の一部を塞いでしまう。不運のスパイラルが続く中、とうとう目に見える程の魔力を拳に込め、こちらに一直線に走ってくる彦星の姿をフォックスのカメラが捉えている。後五秒もすればその拳は彼に降りかかり、攻撃は気で強化された強化外骨格をも砕き、生身となったフォックスを粉砕するには申し分ない威力であると言う事が分かる。それゆえに、彼の決断は早かった。

 この妙な呪を受けたのはこの強化スーツの上から。ならば、切り離してしまえばいい。

 確信と共に彼は強化外骨格をパージすると指令を下し、胸部装甲が開かれ始めた瞬間にそれらを刀で切り払うと、彼の身を守っていた物の残骸が宙を舞う。フォックスはすぐさまそれらを蹴り飛ばし、彦星の足止めを狙った。

 

「ぬぉっ!?」

「はぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 驚き、足を止めて強化外骨格の残骸を振り払った彦星に接近すると、無防備にも見える下の方を狙って高周波ブレードを振るった。残骸の対処に追われた彦星が注意を戻した時には、自分の足を狙っているようにも見える敵の刃。彦星は札に魔力を込め、それを爆発させることで刃を吹き飛ばそうとしたが、次に不幸が狙ったのは彦星自身であった。袴の裾が彼の足に思わぬ抵抗を付け、狙った場所とはずれた場所に札が飛んでいく。先ほどのフォックスのレールガンと同じように狙いが外れてしまい、先ほどとは比べ物にならない窮地が彼を襲った。

 だが、フォックスの真の狙いは相手その物では無かった。彼の刃は彦星の足を切ることなく地面を吹き飛ばし、巻き上げた土砂が相手の目を潰しにかかったのである。威力も無く、金属を含まない無い物体が齎す目潰しと言う効果、それを彦星の電磁誘導兵器が干渉できる筈もない。呆気なく巻き上げられた土砂が彼の目を覆い、彦星の視界を奪ってしまっていた。

 しかし、事態がそう上手くいかないのが対人戦と言う物。そのまま返す手首で斬撃を行おうとしていたフォックスは、一時的に行動を抑えたと思っていた彦星の行動によって対処を要する事になった。

 

「ぬ、おぉああああああああああっ!」

 

 彼が手にしていた呪符は、魔力を衝撃波のように飛ばす物。目をやられた現状、どこから攻撃が来るか分からないと悟った彦星は、その呪符に込められるだけの魔力を注ぎ込んで暴発を起こさせた。そんな事をすれば自分も吹き飛ばされてしまうのだが、衝撃に打ちつけられる事と体の一部を切り飛ばされる事、どちらかを選べと言われれば前者を選ぶのは当然の選択だ。そうして発生した衝撃波は、彦星を安全地帯まで吹き飛ばすと同時に彼にとっては幸運な事態、フォックスにとっては不運な現象を引き起こしていた。

 フォックスは第六感から来る寒気に対し、反射的に刀で敵の攻撃を逸らそうとしてしまったのである。その結果は、暴発した魔力が気の流れに干渉すると言った物。タカミチが使用する「咸卦法」は気と魔力の合成によって凄まじい力を発生させる究極技法(アルテマ・アーツ)と呼ばれているが、その裏に存在する失敗には「相容れない力の衝突による爆発」と言う現象が引き起こされる。

 此度、フォックスの刀にも同一の現象が発生してしまっていた。

 その結果が―――高周波ブレードの破壊である。

 

「ぐ…!?」

 

 手元で不協和の爆発が起こり、フォックスもまた自分がパージした強化外骨格の残骸の元まで弾き飛ばされる。偶然にも同一の距離で引き離された両者は、互いの存在をその瞳に収めながらゆっくりと立ち上がった。

 自然と再び向かい合い、無言で敵意と殺意を交える。

 スッとフォックスの手は招き猫の様な独特の構えになり、彦星もまた下段を基本とした武術の構えを取った。しかし、先ほどの事を思い出したのか自分の服装に手を駆けると、ひらひらした物が付いた上着を放り投げ、胴着のような軽装になると帯を締め直した。それでも、彼の脂肪に溢れた体からあの様な素早い動きが出来るとは想像しにくいのではあるが。

 

「ふふん、貴様も武器を無くしたか。良い気味だなぁ」

「元より執着は無い」

「それにしては、攻撃手段を絞っていたようにも見えたが?」

「有効打として効率が良いと考えていただけだ。それに……」

「ん?」

 

 疑問と共に、挑発を含んだ相手の視線がフォックスを貫く。

 それに応えるようにフォックスは敵意を向け、ふっと笑った。

 

「戦いの基本は格闘だ。武器や装備に頼ってはいけない。貴様が何を目標として戦っているかは知らないが、この拳で捻じ伏せて見せよう」

「よくぞ言いきった物だ。それが強がりで無いか、この俺が見極めてやろう!」

 

 彦星の言葉が終わると同時に、両者はジリジリと互いの距離を詰めて行った。

 先ほどまでの超常的な魔力や気のぶつかり合いによって、そこまで深くも無かった戦いの場はリングのように平らな地へと整地されている。月明かりに照らされた神秘的な場で、二人は分かっているかのように同時に駆けだした。

 

「ぬぅぉらぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「はぁぁぁっ!」

 

 共に動きやすい服装になったからか、その速度は留まるところを知らない。最初の接触と共に風を切る彦星の鋭い上段蹴りがフォックスの素顔に迫っていた。彼はそれを片手で受け止めると、トン、と軽く押しながら後方に受け流して彦星の懐に入る。そのまま抉るようなアッパーを繰り出し、避ける暇さえ与えずに彼の顎を打ち据えることに成功した。

 接近を挑んだ以上、その衝撃で彦星が舌を噛みちぎる事態にはならなかったが、彦星の視界は揺れて意識を保つ事もままならない。足をふらつかせ、何とか体勢を立ちなおそうと踏ん張るが、それはフォックスにとって良い的にしかならなかった。

 続いて、彼は追い打ちのフックを仕掛ける。横っ面に叩きこまれた一撃は彦星の脂肪を震わせ、その衝撃がどれほどの物かを雄弁に表していた。これが普通の人間なら既に首は折れていただろうが、彦星も何らかの手段で魔力以外の強化を施していたのか、たったの一撃で死ぬようなことも無い。だからこそフォックスは止められなかった。右手を引き、代わりにと左手が一直線に軌道を描いて彦星の顔面に突き刺さる。その衝撃で浮いた彼の体に体全体を使った回し蹴りを叩きこむと、あの時のように地面と平行に彦星の体が吹き飛び、一本の大樹に激突すると幹を半ばから圧し折って木の下敷きになる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……ッ!」

 

 戦術も息遣いも何もない。狙える場所を全力で狙いに行った行動によってフォックスは肩で息をしている中、押し潰された筈の彦星の方に目を向けていると信じられない光景を目にした。

 

「ぬぅぁぁあああああああああっ!!」

 

 高周波ブレードを負った時と同じ呪符で自分を下敷きにしていた大樹を浮き上がらせ、再び呪符を使ってフォックスへと大樹をぶん投げていたのである。いくら気での強化が可能なフォックスでも、無手の現状その大樹をどうにかする手段は持ち合わせていない。飛来してくる高さに合わせて身をかがめてやり過ごし、見失ってはいけないとすぐさま彦星の方に視点を戻した。だが、目の前に飛びこんで来たのは敵が大量の呪符を手にして殴りかかってくる光景。それだけはさせまいとやり過ごしていたツケがここにきて回ってきたのだろうか。

 

「オン!」

 

 梵字の最初の言葉を告げると、それだけで全ての呪符が込められた禍々しい呪力を発し始めていた。次に来るであろう衝撃に備えるため、せめて、と組んだ両腕でガードを作ったのだが、それを読んでいた彦星は手に持った呪符をフォックスの周囲にばらまき始める。

 

「貴様如きに全ての呪符を使うのだ! さぁ! 精々派手に散れぇぇえええええ!!」

 

 彦星が叫びながら詠唱を終えると、フォックスの周囲にばら撒かれていた全ての呪符が各々に描かれた効果を発揮する最悪の爆弾となって彼に襲いかかった。

 業火が身を焼き、風が腕を切り刻み、水が体を打ちつけ、土が拳となって襲いかかる。

 だが、その中でもフォックスは好機を待っていた。内気功が得意と言われた彼は、まさしく身体を気で強化する事に長け、これまでに急激な成長が成されてきた。それはこの戦いにおいても言える事で、命を取り合う闘いの中で生への渇望、勝利への執着、生きる糧を見出し、それら全てを手に入れるがために精神は研ぎ澄まされていった。まだまだ未熟な気の扱いは、無駄なくより強靭な物として昇華されていく。

 そしてなにより――――彼は痛みを感じていた。

 

「痛みは生きる実感だ。もっとだ、もっと俺に生きる実感をくれ!」

「貴様、まだ…! ならばぁああ!!」

 

 全ての呪符による爆撃が終わった時、彦星は全力を込めた一撃をフォックスの無防備にさらけ出された腹へと打ちこんだ。だが、帰ってきた触感は気味のいい衝突感ではなく、硬い鋼を殴った時の様な痛み。呻き声を上げながら手を抑えて後退した彦星は、自分のぐちゃぐちゃに折れた己の右手を見て怒りと絶叫を上げた。

 

「おのれ、おのれ、おのれ…! なんだ、一体何が貴様にそうまでして成長を促した!? それは、俺の求める物さえ凌駕すると言うのか!」

「俺が求めるのは、戦いの中に見出す生への執着。そして強き者への挑戦による己の限界を見極める事。そうさ、俺も貴様と同じ“欲望”に飢えているに過ぎん」

「ならば、貴様は何故今になって俺を凌駕する力をこの場で生み出した? 貴様の芯が欲望と言うのなら、俺にもこの数百年を原動力にしてきた欲望がある! それは年月の差で貴様を圧倒している筈だ!」

「年月がもたらす物ではない……」

 

 フォックスは全ての迷いを振り払うように、軽く前方を払うような動作をする。

 その折より生じたフォックスの気迫。発生点である彼の瞳を覗きこんだ瞬間、彦星は己の欲望の行きつく先である「色欲を満たす為の生」が、彼の欲するものに確かに及んでいないのだと理解する。

 だが、彼とて最愛の「織姫」を敵に奪われ、新たに作ろうとした己が欲を吐きだす先である「織姫」の奪還を邪魔されているのである。願いの差は、彦星を退かせるだけの理由に至る事は無い。再び相対するようにフォックスに眼光を返すと、彼は先ほどまでとは全く違う雰囲気を纏い始める。

 

「…お前も武人だったか」

「そうだ。理想の織姫を手にするため、俺の理想を作り上げるためには“力”が必要だった。そのために己の才が開きそうな物へ全て手を出したのだ。織姫こそが、俺の名である彦星の収まる器。そのために、そのためにも…」

「……なるほど、願いは確かに純粋な物だ。お前の努力も一人の戦う物として認めよう。だが、貴様は愚かだったな」

「何だと?」

 

 彦星の疑問の声に、フォックスは張り巡らせる気を緩めず、むしろ言葉そのものへ力を入れながら言葉を発する。それは彦星に言い聞かせるための物ではなく、純然たる事実を突きつけるように。

 

「確かに、お前の手にした力は生半可な輩では歯が立たないだろう。だが、純粋に戦いを求める者の前では容易く破られる事になる。恐らくは、俺より弱い相手にもな」

「……ほう?」

「お前は、求める力が戦うためのものではない。形式や型に嵌めた、応用の無い武術でしかない。術を手にしただけで、道を追い求める事をしていない。故に―――追い詰められる」

「…中々面白い持論のようだが、貴様の現状は勝っているとも言いきれまい」

「確かにそうだ。だが、お前の未熟な点はもう一つ存在する。お前は人外ではなく人間のままであるに関わらず、ひとり孤独である事だ」

「それが何になる!? 自分より弱く、自分の目的に意味の無い人間を侍らせる事が勝利につながるとでも? 居ない人間を当てにする意味が、あると言うのか!」

 

 叫び、彦星は呪符ではなく呪文で作りだした魔力の炎をフォックスに投げた。

 最早目標などどうでも良い。自分の「芯」を惑わせるこの男をこの場で消さねば、守り続けていた己の何かが崩れ去ってしまうような気がした。だから、早々にカタを付ける。

 この数百年、多数の「織姫」を作りだしてきた中、新たな「織姫」を作るに当たって古くなった「織姫」を、彼は喰らい続けて来た。その用済みの織姫の性を貪った後は、血肉をも己の物とする。そうして得た人間一人分の魔力は、自分の体を封印の媒体にすることで保存してきた。

 そして今、その炎に歴代の織姫達の無念が募った魔力と共に放出する。訳も分からぬ男に拉致され、処女を奪われ、あまつさえには命をも貪り喰われた女性の怨念は呪を増幅させ、フォックスに向かう炎を劫火へと変化させていた。

 フォックスはその炎を目にして、寂しいものだと落胆を抱く。同時に、彼の瞳には恐怖の色は何一つ見えていなかった。あるのは絶対の信頼と、その手にした新たな力。すっと右手を前に出し、ただ一言。

 言った。

 

「来い」

 

 鈴が鳴る。

 炎が迫る。

 着弾の瞬間、炎は「救われた」。

 その身を散らし、怨念はフォックスに対する感謝の念となって元ある魂へ幸せを届けに行く。赤き怨嗟の火は、青き癒しの音色と共に天へ昇っていったのだ。

 

「貴様…その()は…!」

「薬師寺家の御党首から譲り受けた物。面識は初めてであっても、こうして絆は俺と繋がっていてくれたらしい。…もしくは、チサメやRAY、タカミチにガンドルフィーニが俺を変えた事が原因かもしれないな。ああ―――よくぞ来てくれた」

 

 彼の手に収まるのは、小ぶりな青き刀。

 脇差にも満たぬ長さの鞘に収まる刀身は、退魔の意を持つ青と法力を込めた証。

 

「闘いの基本は格闘だ。武器や装備に頼ってはいけないが、戦いの基本は敵を殺す事に集約される。その手段の一つとして、使わせて貰うぞ…!」

 

 柄に手を掛け、開かずの鞘を引き抜いた。

 満を持したソレに抵抗などある筈もなく、引き抜かれたと同時に鞘は無限と存在する魔を退かせる聖なる法の言葉を実体にした言葉に出来ぬ法の言葉を垂れ流し始めた。その長さは測ることなど出来ず、持ち主に応じて最も扱いやすい長さへと変化する。

 その圧倒的な聖なる気は、外道の法を用い続けて来た彦星へ圧倒的な存在感を与えていた。同時に、彼はそれを直感で決して身に受けてはならない物だと悟っていた。あれで切られれば、必ず己の何かが失われるのだと。

 失われる者は命か、はたまた己の欲望か。なんにせよ受けないに越したことはない。

 

「…当てられるのか。それで、この俺を切り裂く事が出来るのか! 悉く貴様の剣を防ぎきった俺に、今更剣が通じると思っているのならば……」

 

 たとえ悪あがきだったとしても、ある筈の無い見栄だったとしても、彦星がフォックスを倒すという目的は変わらない。確かにあの炎を防がれたのは予想外だったが、まだまだ犯してきた女の怨念は途切れる事は無い。今でこそ「織姫」は一人しかいなかったが、同時期に「織姫」が一人しかいなかった事はむしろ稀な事だ。

 尽きる事を知らない数百、数千と全てを喰らい尽した「織姫」の怨念と魔力を引き出して呪術へと変換する。己の倒すと言う気迫の込められた術式を両手に満たしながら、彦星はただ只管にフォックスへと吼える。

 

「その身を消してやろう!」

 

 投擲。怨念と怨嗟が耳を穿ち、ある筈の無い罪悪感に彦星は押し潰されそうになる。それほどまでの全てを掛けた一撃を放ったのだから、フォックスは必ず倒れるのだ。そう、信じていたかった。

 

()力」

 

 だが、彦星の願いは儚く散る。

 ただの一振り。フォックスが間欠泉のように流れ出る法力の剣を薙いだ途端、全ての「魔」はソレの前に成すすべなく自ら崩れ去って行った。そうして解放された歓喜の念が再びこの場に満ち溢れ、またたく前に天へと還されていく。

 それを見て、最早魔法を用いた力では勝てぬと理解した彦星が選んだ手段は「逃走」だった。元より負ける事に未練はない。数百年を師である近衛近右衛門の目から逃れて隠れ住んでいたのも己の敗北に未練が無いからであるし、そんな物に構っている暇があるなら、只管己の欲を満たす行為をして居る方が彼にとって有意義であったからだ。

 だからこそ、恥も外聞も何もなくこの場から逃げおおせて見せる。見た目と違って速い事は相手も分かっているだろう。だからこそ、それを利用した作戦を思いついた。それに従って罠を張って行けばあの戦闘狂から逃げる事は可能だろう。あれだけ言葉を浴びせた上にこの行動をするあたり、確かに相手にはこけおどしだの落胆だのを抱かせただろうが、それがどうした。自分勝手でなければ此れまで女を食ってはいない。

 

「……逃げたか。だが、貴様は斬らねばならん」

 

 己の内気功が整った事で、もう一つの「奥の手」の扱いも上手くなると思ったが、やはり少しばかり無理をして彦星の爆撃を凌ぐ中で発動させようとしたが、急激な負荷が襲いかかりそうになっていた。

 だからこそ、最期だと思えるこの場でアレを使う必要があるのだと決心した。

 アレを使えば、確かに自分はその場で倒れ伏すだろう。治療の時間も必要になるが、ここで永遠に決着を付けないのは一度強者だと認めた相手を斬り伏せる、己の欲望に反する。だからこそ、彼は全身に廻る気をスクリューのように回し始めた。

 最期の奥の手。彼自身が実戦で一度も使った事が無いオリジナルの(わざ)

 

「剛力」

 

 乗せられた言霊と共に、彼の二つ目の業が体を駆け巡る。

 膨大なまでにつぎ込まれた気が彼の体を突き破ってしまいそうな勢いで循環し、身体そのものの運動能力を無理やりに限界以上の物へと引き上げた。言わばリミッターを解いた火事場の馬鹿力の状態を保ち続けた事になり、更にその上に気によるブーストがかけられる。

 直後に崩壊へ向かうナノマシンでも抑えきれない体の痛みを無視して、彼は一直線に逃げる彦星へと走った。たったの一歩、全力で踏み出した彼の体は地面に巨大なクレーターを作りだし、音を超える速度で彦星(まと)へ向かう。だが、彼に見える視界の時間はゆったりと流れているように感じていた。

 そして、背後から来たフォックスに気付いた彦星が恐怖にひきつった表情を見せる。此れが決め手だと悟ったフォックスは刃を腰だめから引き絞り、一気に引き抜いた。

 

 ―――斬

 

 すれ違いざまに、彦星の胴へ一閃。

 斬った。たったそれだけの満足感がフォックスを包み込み、同時に酷使した業の反動が彼を襲う。全身の筋肉が弛緩し、辛うじて心臓と肺は動きを停止していないものの、もはや指一本動かす事さえままならない。手に持っていた法の言葉が噴出する退魔の小刀が取り落とされ、いつの間にか鞘に収まっていたそれが地面に鈴の音を響かせた。

 同時に、フォックスの体が倒れる彦星と共に崩れ落ちた。意識はあるが、体動かせない不快感。そして疲労がたまった体は彼の意識へ眠気と言う保険とリミッターを掛け始める。薄れゆく視界の中、どこも斬られていない彦星が倒れ伏している姿が目に入って、彼は気を失ったのだった。

 




これにて京都編のバトルパート、すべて終了です。

本来なら、最初に建てていたプロットはここまで。
匂わせていた七夕の犯人も出しつくしたわけですから、すっきりと終わる予定でした。

この後の展開、特に魔法世界編なんて訳のわからない展開ばかりなので更新とか、設定の把握しきれないところとか沢山あるんですよ。
なので、京都編のエピローグと学園祭までのフラグを立てて、ガンドルフィーニや協力してくれていた超の野望に対する葛藤などを描写した学園祭篇を匂わせて―――終わろうかと思ってました。

……書いた方がいいですかね?
回収して無いフラグも結構ありますし。
なにはともあれ、ここまで閲覧お疲れさまでした。


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☮平和なるか?

一応、これが最終回です。
これ以上は設定の広げようもないので、ここで切りたいと思います。
その他言い分は後書きにて。


 戦いが終わる。まだRAYが動く事で湖が波を立てるが、それ以外は静かな物だった。ひと際明るく見える月の光だけがこの場の光源であり、誰がどこに居るのかを表す、ひと掴みの光。

 その闇さえも見通す機械の左目に手をやると、千雨は周囲の魔力反応を調べ始めた。

 

「…逃げていたフェイト、っつうガキから追撃が来るかと思ったが……周囲に反応は無しか。RAY、どっか壊されてねーか?」

『≪水圧カッターの噴出口が広がったわ。流石に延々と吐き続けると損傷も激しいようね≫』

「その程度なら、良かったよ」

 

 そして、織姫の結界も解かれた今、魔力反応が無いと言う事はフォックス側も戦闘は終了しているのだろう。すぐさまあちらが呼んでいたらしい仔月光にフォックスと彦星の体の回収を命じて、RAYはその場に居た者たちの近くに寄って来た。

 間近でメタルギアの存在を改めて目にした彼女らは、その大きさに少し圧倒される。

 

「あ、あの…ありがとうございます。千雨さんと貴女のおかげで、天ヶ崎千草をこうして助ける事が出来ました」

『≪気にしないで。そもそもは千雨の独断だし、まだ攻撃の意志があるなら千雨もその場で殺していたから。気絶していたのは、運が良かっただけね≫』

「…こ、殺す、ですか」

 

 やはり、命のやり取りについてはまだまだ葛藤があるらしい。その辺りは十分に悩むと良い。そう言うと、千雨は皮膚が少し溶かされてしまっている天ヶ崎を持ちあげ、肩を組んで立ちあがった。幸いにも、天ヶ崎に付着していたスクナの胃液も消滅と共に黄泉に返されたようで、自分が溶かされる心配も無い。

 

「んじゃ、退路も戦闘でぶっ壊された訳だし、皆コイツの上に乗れ。結構揺れるが、搭乗を考えて設計された兵器だから振動で引っ繰り返る事は無いだろうさ」

「…私は、もう少しお嬢様を寝かせて差し上げたいので…飛ばせて貰います」

「……そーかい」

 

 刹那は羽を広げると、木乃香を両手で抱きかかえながら関西呪術協会本部へと進路を向けた。織姫やネギたちも、RAYの背中に乗って織姫の糸で落ちないように固定されると、そのまま戦場を後にするのだった。

 

 

 

 その夜、負傷した敵の天ヶ崎や、極限の疲労がたまったネギたちに更なる試練が訪れていた。それはフェイトが施した、組織全員の石化である。石化の魔法によって物言えぬ石像と化した本部の皆を戻す為に様々な策が考えられたが、明日菜の魔法無効化による効果も当人にしか効果が無いようで、治療する事が出来るかもしれないネギも魔力不足と言う八方ふさがりだった。

 

「ちょっと、どうすんのよ!? パパッと魔力が回復したりしないの?」

「そ、そんな事言われましても~! 稀代の魔法使いが作ったマジックポーションでも無い限り無理ですよ~!」

「あ、姐さん! それ以上はアニキがぶっ飛んじまうって!!」

 

 そうして石化された物や治療が必要な人物が集められた大広間でコントを繰り広げるネギ一行。一応は場の空気を和らげる事が出来たが、何の解決策にもなっていない。元の流れでは癒しの力を持つと言われる木乃香もその力を発揮した事が無く、ただただ目の前の痛々しい皆の姿に心を痛めるばかりだった。

 だが、そうして騒いだ事が原因となったのか、一番重症と言っても過言ではない人物が目を覚まし、むくりと起き上がった。

 

「おい、フォックス」

「……これを治すのだろう…? ならば……ぐッ」

 

 カラカラ、と青い物体が彼の手から零れおちる。

 それはあの彦星への止めを刺した際、ようやく使えるようになった退魔の小刀。

 

「それは…剣を抜く事が出来たのですね」

「今も抜けるかは知らないが、試す価値はある……」

「フォックス君、それを使うのは私達がやるから、君は―――」

「………」

 

 フォックスは、剛力を使用した事で、全身の筋肉が断裂しかかっていた。その状態は当たり前のことだが回復などしておらず、剣を振ると言った行動をすればたちまちに無理の祟った体からは血が噴き出す事だろう。

 だが、彼の眼はそれさえいとわない覚悟だった。最後まで、この関西の協力者として力を振るうつもりらしい。

 

「……ありがとう」

 

 詠春の止めに掛かった手が彼を支えるように指し伸ばされたのを見て、ボロボロの体を引きずりながら彼は立ちあがった。その際に千雨が拾い直した小刀を受け取ると、両手で小刀の鞘と柄を持ち、ゆっくりと力を入れる。

 

 それは、どこか幻想的な光景だった。

 発光する青い文字が刀の刃があるべき場所から噴出し、その勢いはこの大広間の壁をも突き破らんとするもの。だが、実際には何一つ傷を付ける事は無く、ただただ圧倒的な圧力を発しているだけだった。

 

「これが……薬師寺家の伝説…」

「やはり、また引きぬけるか」

 

 呟き、彼は大振りに一閃を放つ。

 横切りに石化した者たちの胴体に突き立てられた法力の刃は、石像を傷つけずにすり抜けて次の石像へと斬りかかる。それら全てに小刀の刃が通り抜けて行った時、ひとりでに鞘が小刀を収めて、フォックスは振りぬいた形のままぐらりと体勢を傾けた。

 鈍い音を立てながら倒れ込んだフォックスに、近くに居た織姫が急いで駆け寄って脈を確かめると幸いなことに気絶しただけだと言う判断が下される。その瞬間、大広間は歓声に包まれた。

 

 石化をくらった人々の石が弾け飛び、魔力の残骸となって空気に溶けて行く。解放された人々は石化された直後からの光景から何が起こったのかを理解すると、生きている喜びに隣に居る人物を抱きしめながら狂喜乱舞。その中にはネギのクラスメイトも含まれているが、彼女達は目の前に居る戦いに参加しながら、ボロボロになった友達に抱きついているようだった。

 

「…少々騒がしいですね。また私の糸で黙らせておきましょうか」

「いや、織姫君。そこまでで落ちついてくれると嬉しい」

「……仕方ありません。私もこの様な光景は嫌いと言う訳でもないので」

 

 そう言って、満更でもないと言った表情を浮かべながら喜ぶ石化の被害者達に笑みを向ける。その横顔は美しく、思わず詠春は彼女の笑みで顔を赤らめてしまうほどだった。

 

 

 

 

 時は過ぎ、朝になった。

 安らかな寝息を立てる木乃香の傍で、刹那は自らの持つ白き翼を惜しむ事無く広げ…木乃香を優しく抱擁している。もう、あの様な事が無いように自分の力の証とも言える物で守りたい。そうした彼女の自己満足から来る行為だったが、不思議と嫌悪感よりも安心と充足が満ちていた。

 

「…ありがとうございました、お嬢様」

 

 一族の掟は既に破ったつもりだった。

 あの決死の一撃を放った時、烏族の刹那ではなく桜咲刹那として自分を再確認した。そんな気がしていたが―――やはり変えられないらしい。

 少しばかり女々しい気持があるものの、去らねばならない。あまりにも特定の人物に「魔」が集まると、更なる「魔」が寄ってくる。因果はそうして不幸を呼びこんでしまうのだから。

 

「これで、お別れになります――――っ?」

 

 翼を収納し、長に返す為に夕凪を縁側に立てかけ、そのまま森にまぎれて烏族の元居た場所へ戻ろう。そうした一連の行動を起こそうとした刹那は、後ろから優しく抱きしめられた。

 

「……このちゃん」

「やっぱり、そう呼んでくれるんやね。…嬉しい」

「これが最後だと…思ったんよ」

「だから本音? 昔と同じ話し方なん?」

「…うん」

 

 ただ、この言葉づかいも今となっては意識しないと出来ない。

 近衛木乃香の護衛、桜咲刹那。そうした存在として過ごしてきた日々は、すっかり自分の内面をも変えてしまっていた。

 そんな事を考えていたのが分かったのか、木乃香はいじわるっぽい声で言った。

 

「じゃあ、ウチが次期党首として護衛に最後に命じます」

「……はい」

「せっちゃん……ううん、桜咲刹那はウチの元から居なくならないようにしなさい」

「それ、は……」

「守れん、なんて言わせんよ?」

 

 ぎゅっ、と抱きしめられる力が強くなる。

 その暖かな気配に気持ちが緩み、また彼女の純白の翼が姿を見せてしまった。

 どうにかして元に戻そうとするが、言われた事と木乃香の行動によって気が動転して、どうにも上手く自分の翼を仕舞う事が出来ない。刹那が慌てていると、木乃香はその翼に顔をうずめてしまった。

 

「こ、このちゃん!」

「嫌。もうせっちゃんが居なくなるんは嫌! 命令もしたよ、お願いもしたよ。やから、やからお願い。一緒に居って欲しい……!」

「…………」

 

 木乃香の叫びに、刹那は暴れる力を緩めた。

 ついに諦めてくれたのかと思った木乃香が腕を緩めると、刹那はその拍子にするりと木乃香から離れてしまう。不意打ちにも近い行動は、自分から去る意思表示だと感じた木乃香が目に涙をためると、彼女の創造に反して、刹那は木乃香と正面から向き直った。

 

「このちゃん、あの会議の後にウチが言おうとした事覚えてる?」

「……聞かせて」

「うん」

 

 ああ、こんなにも泣かせてしまった。そう思うと罪悪感が胸を締め付けるが、ここで言えるなら言ってしまおう。昨日の夜、最後まで聞かせる事が出来なかった自分の想いを。

 

「ウチと、一緒に居てくれませんか」

「うん!」

「っ、ごめん、ありがとう……」

 

 刹那の目にも涙が浮かぶ。

 再び抱きしめあった二人は、クラスメイトが呼びに来るまでの間、互いを決して放さないよう、より強い絆を確かめるように抱き合っていたのだった。

 

 

 

 

「今回はありがとうございました。封印の地が必要に無いほど…いえ、完全に両面宿儺を消滅してくれた事、関西呪術協会を代表して心からお礼申し上げます」

『≪受け取らせていただく。だけど……そちらの面目は、機械に及ばなかったという結果になってしまうわよ? 彦星を捕えたのもフォックスで、更に貴方達はネギ・スプリングフィールド一行の力添えがあったからこの事態を治める事が出来た、と≫』

「それに関してはもうどうしようもありませんので、これからの実績で関西呪術協会の株を上げて行くつもりです。それに…彦星には黒幕を聞く必要もあります」

 

 詠春が笑顔と共に告げると、RAYのカメラアイは呪術によって拘束された彦星の姿が映った。一応、フォックスの退魔剣に斬られた事で診察なども受けさせられていたようだが、結果は「一切の魔力反応の消失」。まさしく彼の原動力たる魔が消え去っているようだ。

 とはいえ、彼自身の人格や記憶が変わったわけではない。これまでの罪を洗いざらい調べ直す為に、人の精神を操る術に長けた名家に彦星は魔法の研究として引き渡されることになった。その際、研究協力の見返りに記憶の全てを偽りなく報告すると言う制約を科したらしいが、そのあたりはRAYの知るところでは無い。

 

「天ヶ崎の処分は鬼神に呑まれ、貴方がたに圧倒された事で精神に異常をきたしていました。一般の法律なら精神疾患者は罪に問われませんが、此方としてはメンタルケアを行った後に呪符の開発に努めさせるという形に決まりました。彼女次第で、再び日の目を見る事も出来るでしょうね。……それから、もっとも被害者に近い“織姫”の処遇は、能力が使えると言う点からフォックス派遣のお返しとして麻帆良へ永久派遣。彼女もそれに依存は無いようでしたから、其方の手札として加えても問題はありません」

『≪流石に厳しいわね≫』

「こうでもしなければ、組織でまた甘いと言われてしまいますから。いつの間にか魔法世界のメガロメセンブリアが此方の上部組織として指令を下してくる以上、目を伺いながら雌伏で待ちますよ。…おっと、これ以上は長の書類仕事が待ち構えていますので失礼させて頂きます」

『≪良ければ仔月光も使いなさい。命令権を一時的に其方に設定しておいたわ≫』

「これはこれは、どうもすみません」

 

 そう言うと、暗がりから顔を出した仔月光の何体化を引き連れ書類の待つ部屋へと詠春の姿は消えて行った。その場に立ちつくすRAYが残されるが、彼女は身動き一つすることなく視線をフォックスへと移す。

 あの時、もう一度退魔の小刀を抜いてから昏睡したように地面に倒れ伏した彼は、数時間の時がたっても未だ目覚める気配はない。

 

『≪全身のサイボーグ化も検討しなければならないわね……≫』

 

 彼の纏う強化外骨格は介護などで使われるパワードスーツの類ともいいかえる事が出来るが、今回はその脆さが裏目に出た。ドーピングと骨を人工の物に感想した程度では、まだまだ使い方も未熟な気の力を扱うだけで敵との相打ちが精々だった。だからこそ、脳以外の全てを人工物にする必要がある。必ず、彼もこれには同意するだろう。

 だが、問題点はその処置を施す場所。

 麻帆良の超に任せる事も考えられるが、葉加瀬聡美が正真正銘の外道な行いを前にして拒否する可能性が高い。かと言って超一人に任せるのでは人手が足りなくなる。もう一つの問題として、そうなった場合彼に「気」は宿るのかどうかという事。生命のエネルギーが「気」を生み出すと言うのなら、生身の部分の在る無しによって強度や量が関係してくるかもしれない。過去にこの様な事を考えた人物など居ないだろうから、飽くまで此方の創造と理屈を兼ねた理論によってイメージするしかない。

 

『≪回答_グレイ・フォックス覚醒の待機_現状維持が有効手段と判断≫』

 

 これ以上は回路がショートしそうだ。

 ありもしない可能性ばかりに目を向けるわけにもいかない。そう言った無駄な知識や興味を削ぎ落し、どうすれば効率よく、かつ其の個体の意志を尊重した方法が確立できるのか。そのような思考モードに入った彼女の思考形態はもはや原型となったママルポッドの範囲から逸脱していた。

 だが、やはり思考ルーチンが発達した機械と言う範疇から抜け出すには程遠い。いつかその時が来るのかは定かではないが、RAYは更なる進化を求めながらフォックスの目覚めを待つのだった。

 

 

 

 

 ―――お前は何のために戦う?

 ―――別にいいじゃないか、フォックス。

 ―――なら、私達がその日常になろう。

 ―――何時か、君と馬鹿笑いできる日が来ると良いんだけどね。

 

 まどろむ意識の中、ゆっくりと目覚めを実感する。何か暖かな夢を見ていたようだが、自分にそんな似合わない物が来る筈がないと自嘲しながら目を覚ました。正常に働くナノマシンが眠気をコントロールしながら、体内で損傷した筋肉繊維の補強や修理を行って数時間。呪術師達の魔力の力添えも功を成し、体はまだ安静にする時間は必要なれど日常生活ぐらいには支障をきたさない程度に回復しているようだ。

 もっとも、自分にとっての日常がどのような物か想像も出来ないが。

 

「……少しばかり寝過ごしたようだな」

『≪ようやく目覚めたのね≫』

「RAY」

 

 隣に目を向けると、意志を持ったメタルギアが鎮座していた。

 生物と違って脈動一つさえ無い姿は不動を連想させる。だが、見る者によってはそれだけだと言うかもしれない。

 

『≪強化外骨格が大破、貴方自身も自滅ダメージで死に体。隠し通していた点については評価が高くなるけど、行動としては無駄な労力を使っているようにも見えるわ≫』

「言い訳はせん。…敵の裏はどうだった?」

『≪彦星の脳内は上手い事隠ぺいされていた。まるで追いかけてきなさいと言わんばかりに黒幕へ繋がる部分の記憶のみが消去されてたわね≫』

「月光やSOPシステム上書きの正体は」

『≪月光に関しては記憶から消された人物…彼曰く“天帝様”からの贈り物。SOPシステムやその他渡されていた電磁波兵器とステルス迷彩も同上。ただ、システムに関しては魔法の概念的な物で操っていたのでは無く、“愛国者達よりも上位の命令権”を創造した上で彦星をそこに設定していたようね。月光の残骸でCPUが生きている物から見た結果がそれだったわ≫』

「…見つけろとはな。相手はよほどの自信家か、ゲームに興じる脚本家とでも言うのか」

『≪まるで良く出来た物語(ストーリー)よ。悪役の示した道順通りに私達は進み、その先で真なる敵と出会う……それで倒せるなら、本当に出来の悪い物語だけども。そうそう、目が覚めたなら隣の部屋に行きなさい。貴方を待つ人がいる≫』

「俺に待ち人? …まぁいい」

 

 言って、立ちあがる。少しばかり関節や骨が軋むが、動かす自体には支障はない。

 RAYがこれ以上は話す必要も無いと沈黙を保った起動音を背景に襖をあけると、何時しか見た事のある顔ぶれがそろっていた。

 

「おや、ようやく目覚めましたか狐様」

「久しぶりに……ございます」

「織姫に、薬師寺の党首」

 

 片や若々しき大和撫子。片や知の光を目に灯す老婆。

 多少の予想はついてはいたが……。

 

「お狐様……退魔の刀をば、拝見させて頂きたく候」

「…ああ」

 

 いつの間にか枕元に置いてあったそれを、老婆の手に渡す。いくばくかしげしげとそれを見つめた老婆は、僅かな歓喜が籠った目線でフォックスを見つめた後に小刀を彼に返した。

 

「やはり、見込み通りでしたか……」

「だが、今は抜けん」

 

 実証するように鞘に力を入れるが、また突っかかりが在るように小刀はその口を固く閉じていた。しかし、それでも老婆は満足したのかよろしいのですよ、と彼に語りかける。

 

「大広間での退魔の儀、しかとこの目に焼きつけました……その小刀は、貴方の手に相応しい。薬師寺家党首の名の元に、この退魔を授けることを宣言しましょうぞ。……私は、死に行く前に……祖父の御業を目にする事が、出来た。それだけで、ほんに…十分です」

「そうか。有難く頂戴する」

「私の要件はこれまで。……では、後はお若い二人で―――」

 

 言って、老婆の姿は突如巻き起こった風と共に消えた。よもや幽霊かと思える去り方だったが、単純に考えて何らかの呪術を使用したのだろうと辺りを付ける二人。ただ、最後の言葉の意味に対し、フォックスは見当さえつかなかったが。

 

「おやおや、嬉しい事を仰る婆様ですね。…それはともかく狐様? お体はよろしいので」

「細かい修理は麻帆良に戻ってからだろう。サーバーを見たが、全身サイボーグ…脳以外を機械に換装するのも悪くはない」

「今や科学はそれほどまでに進歩したのですか。まぁ、(わたくし)は貴方様はそのままの方が好ましいと思いますが。そうなれば、鍛えていらっしゃる気も極端に減る可能性もありましょう」

「…やはり、生身は気に必要不可欠か」

「……私、本当はそのような会話の為に待っていた訳ではないのですけどね」

 

 本格的に悩み始めた彼を見て、扇で口元を隠しながら織姫は苦笑した。

 

「お前も何か話があると言っていたか…。まぁ今は麻帆良への帰還以外にする事も無いだろう、言ってくれ」

「では早速。……この度の騒動より、存じておりますでしょうが麻帆良への永久派遣となりました。詳しい派遣先は狐様がおられる場所になるようでして、これからお世話になるようです」

「そうか」

 

 彼とて、織姫の処遇について聞いてから予想はしていた。麻帆良の魔法使い側として所属するためには、本格的に魔力を扱う人員が必要だ。そのための名目上の要因として、外部者でもあり自分たちと深いかかわりのある織姫が抜擢されたのだろうが……。

 どうにも不釣り合いな物だ、と内心で素直な感想を述べるフォックス。木や香の匂いが似合う織姫は、鉄とオイル臭い麻帆良の格納庫に行っても悪目立ちする形になるだろう。彼女とて、そのような錆臭さは好むまいに。

 

「最後に狐様、私を含め麻帆良の修学旅行が終わると同時に帰還命令が下されております。明日、共に帰還をお願いします」

「了解した」

 

 だが、向こうに戻っても動乱は再発するだろうとフォックスは未来に思いを馳せる。こうした闘いが繰り広げられる未来は、しかし彼にとっては悪くない物だ。

 既に話す事は無いと立ちあがり、彼はRAYの立ちつくす縁側へと移動する。そして、空を見上げた。

 

 ―――願わくば、この日々が続け。

 

 昇り切った太陽に願掛けをするように、狐の鳴き声は遠く鳴り響くのだった。

 





前回でも言ったように、修学旅行編でプロットが完全に切れています。
というのも、これまた言ったように最初期の構想で修学旅行編が最終回だったんです。

登場したREXのフラグは次の章。
その他デスペラード社のメタルギアRAY・改の詳細も大幅パワーアップ篇と思っていた学園祭で色々やらかそうと思ったんですが……イメージがちょっとだけ力尽きました。
それに、一番書きたかったところも終わったので。

フラグは三、四個ほど残したままですが、それらも回収しようと続けると無駄にフラグ続くんですよ。それに黒幕なんて、おそらく皆様の予想通りであろう完全なる世界のオリジナル派閥ですし。それ以上は言いませんけど。

そういうことで、下手にハチャメチャなことになる前にしっぽを切らせていただきます。
ほとんど自己満足に近いものでしたが、約半年の間ありがとうございました。
続きを書くとしても、気分や私達の大学生活に余裕ができたら…になると思います。
これ以外にも現在書いている小説を完結させたいので、二本に絞って集中していく次第です。

長々と書き綴りましたが、いったんはここで「抑止兵器マギア」は完結となります。
フォックスや千雨の元のキャラが無くなっている点で憤慨した方もいらっしゃるでしょうが、ここまでお読みいただきありがとうございました。


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☮特別編☮ 短冊へ願いを

七夕特別編です。
一日遅れの短編ですが、今回限りの復活夜をどうぞ。


「もうそろそろ夏休みかぁ。高校生活も慣れるまでは早かったな」

『≪未だに新しい友達が一人しかいないのに何を言っているの≫』

「RAY~…お前も痛い所つくなぁ」

 

 机に突っ伏した千雨は、近づいてきた中間試験の事もあって憂鬱気な表情で溜息をついた。此処の所、自分を叱るRAYの姿が幼少時以来の母親の様な態度になって来ているのだ。そう言う存在がほとんどいなかった彼女にとって、RAYは唯一の搭乗機(パートナー)であるとしても少しずつウザく感じ始めている。

 要するに、反抗期の前兆である。

 

「RAY、報酬を受け取ってきた。お前のパーツ材料にするといい」

『≪フォックス。帰って来たのね≫』

 

 数メートルはあろうかと言う大量の鉄材を持ってきたフォックスは、それらを置くと最近新調したばかりの強化外骨格を外してシャワールームへと向かう。ナノマシンの精神抑制が上手く働き、この麻帆良に来てからの彼は戦いのときを除いて発狂する事も無く日常に浸る事が出来ていた。

 もっとも、彼にとっての日常とは戦場での新鮮さを感じさせるスパイス程度の認識なのだろう。その辺りは昔を取り戻し、かつ今の生活に馴染んできている彼の特徴である。

 そんなフォックスに忙しそうなものだと勉強机から視線を外した千雨は、残った視界でデジタルカレンダーを捉えた。

 

 本日の日付けは7月6日。七夕の1日前である。

 

「……そういや去年は色々と忙しくて、七夕で騒ぐ事も無かったな」

『≪そうね。酷い位のパワーインフレを起こすネギ君達は見ていてデータに困らなかったけど≫』

「だけど、幾ら力があるからって観察されてりゃ対応もとられるよな。……じゃなくて、七夕だよ。なんか彦星の野郎を思い出してイライラするけど、伝説の方の彦星には恨みは無いからな」

『≪せっかく恋人と一年ぶりに会える日なのだから、それを出汁(ダシ)に祝ってもバチも何も当たらないと思うわ≫』

「…ホント、この数年で人間っぽくなったよなぁ」

『≪あくまで私は兵器。そこは変わらない≫』

 

 こうしてぶれない限りは、千雨も安心してRAYを見る事が出来た。下手に心を持って暴走するロボットの話とは違い、こうして機会である事を認識して人間を目指さないのが兵器として造られたRAYのよい所であるとも思う。

 武器廃止を呼び掛ける者達にとっては、非常に心苦しい関係であろうが。

 

「とにかく準備だな。中間試験の対策も文字通り“頭に入った”し、バカみたいな戦闘もない平和を祝して私らだけで騒ぐか」

『≪元3-Aメンバーは呼ばないの?≫』

「当たり前だろ。…となると、フォックスに私、RAYと織姫でいいか。織姫にはユニク■の服じゃ無く、前みたいな仰々しい着物を着せなきゃなぁ……ふっふっふ」

『≪スイッチが入ったようね。流石の織姫もこんな趣味があると知ったら、どう思うのかしら≫』

 

 どこか諦観したように言ったRAYは、千雨が楽しそうで何よりだと思った。

 そして趣味の方向でやる気スイッチを入れてしまった千雨は、さっそく仔月光達に命令を下しながら七夕の用意を進めて行くのであったとか……

 

 

 

 

「はて、(わたくし)に招待状とは…粋な計らいですねぇ。小娘にしては気が利いていると言いましょうか、まぁ敬うのでしたら問題はありませんよ」

「相変わらずの毒舌どうも。それで、売れ行きの方はどうなんだ?」

「ぼちぼち、と言ったところでありましょうか。まぁ小娘のデジタル商売には劣りますけれども。ああ、欲望にまみれた金に包まれて羨ましい限りです事」

 

 京都の一件以来、京風伝統芸能の機織り店の主としてのポジションに座ることになった織姫は、その出来の良さから彦星に浚われる前の生活を営んでいた。フォックスに再三、再四に渡る色仕掛けも諦めていなかったが、「織姫」として術式を打ち込まれた彼女は元の「鶴の恩返し」を主典とした技術の復活に成功し、売れ行きの方もその技量に見合うだけの収入はあるらしいとの事。

 正に麻帆良ライフを生き生きと楽しんでいた所に、今回の千雨からのお呼ばれが掛かったという訳だ。

 

「……まぁ、明日は七夕だしな。前までの自分との決別の期として、またフォックスにちょっかい掛けてみたらどうだ」

「……そうですわね。貧相な感性を持つ小娘にしては、次第点と言ったところでございましょうか。どちらにせよ機会を与えて下さった事には感謝いたしましょう」

 

 前半に毒を交ぜ、後半で澄み切った酒を出す。名前を「織姫」で固定した彼女はほほほ、と小さく笑うと、店の奥に消えて行った。大方おめかし用の着物でも着込んでくるつもりなのだろうが……

 

 千雨は店の奥に消えた織姫に邪悪な笑みを浮かべると、その歪んだ表情を貼り付けたまま足を別の所に向けた。その直後、織姫の店に立ち寄った常連が余りの衝撃に、竹取のかぐや姫に言い寄った貴族達の様になるのは仕方ない事だと言えよう。

 

 

 

「ええっと、七夕用の竹は……おーい、長瀬ぇ!」

 

 7/6 20:18

 千雨はどこぞの忍者でも修行していそうな竹林に呼びかけるが、返ってくるのは風に揺れる竹の葉のカラカラとする音だけだった。いつもならこの近くの森で修行とサバイバルをしており、この竹林辺りにもよる事は分かっていたのだが、声が小さいのか一向に聞こえていないようだ。

 こんな時にナノマシンを長瀬楓にも注入しておけば、プライベートも丸分かりだったのに。もはや普通の人間の思考から逸脱した考え方の千雨だったが、長瀬楓という少女には四葉五月と同じくらいの禁句がある事を思い出す。

 果たして言っていいものか。多少の葛藤はあったが、彼女は意を決した。

 

「ソリッドアイ良し。電磁ナイフよし。すぅぅ………おーい! 甲賀中忍の―――」

「おや、どうなされた千雨殿」

「くっ!?」

 

 言葉と共に、突如として背後に現れた反応。千雨はしゃがんで足払いをかけると、楓は忍者らしい身軽な跳躍力でふわりと浮きあがる。しかし、その状態から上を取った彼女が振り下ろしてくるクナイが凶器となって千雨の胸元に迫った。

 機転を利かせ、千雨は電磁ナイフを予測地点上にねじ込み弾く。そのまま空中で留まった楓の腕を掴んで引き寄せると、CQCの応用で逆に地面にねじ伏せることに成功した。そう思ったのだが――

 

「はっ!? 変わり身の術…!」

「如何にも。…して、千雨殿は何用でござるか? 手合わせの続きと言うのなら、拙者は嬉しいのでござるが……」

「残念だけど、ちょっと竹をな。丁度いい大きさの竹を探してほしいんだ」

「竹……ふむ」

 

 臨戦態勢を解き、両者は武器を懐に仕舞った。

 

「唐突だけど、下の方にも葉っぱがついてて、なるべくでかいのを探してる。心当たりとかはねぇか?」

「ニンニン、七夕関連と言う事でござるか。この辺りは日本種最大である孟宗竹の植林地帯ゆえ、頭一つ飛びぬけた竹が取れる。流石に一番高い竹は拙者のお気に入りの場所故に譲る事は出来ぬが、適当な物でよいのでござろう?」

「高望みはしてないさ。丁度よさそうなので十分だ」

「ならば……あれが良いか。こっちでござるよ」

 

 言う早いか、くるりと背を向けて走り出した楓の後に付いて行く。身体能力が一般人の域を出ない千雨でも追いつける速度で走って数分たった所で彼女は立ち止り、乱立する竹の中の一角を指さした。

 

「アレ辺りはどうでござるか?」

「……お、19メートルと25センチ。格納庫の二階に括りつければ丁度いい感じだな。枝もひと際デカイのがあるし……うん、これだ」

「報酬は今度、フォックス殿と手合わせを組んで貰えれば。然らば御免」

「サンキューな」

 

 手を振って見送ると、正にサイバーパンクニンジャ活劇めいた動きで飛翔跳躍。彼女の姿はすぐさま竹林の影へ隠れ、忍ぶ者と言う名に恥じぬ気配遮断。ゴウランガ!

 

「……ヤバいな、あの似非ニンジャ小説に毒され過ぎたか。仔月光、この竹持って行くぞ」

 

 なにはともあれ竹の伐採作業の始まりである。インターネット検索やハッキングを駆使して正しい竹の斬り方をダウンロードしながら、どこからともなく現れた仔月光達に持って行く竹を斬らせて処置を施させる。ナノマシン経由で命令を出した千雨は進んで行く作業の様子を見届けると、明日のささやかな七夕をパーティーを夢見て切り取った竹の上に乗り、仔月光達に運ばせる。

 楽だ楽だと此処まで歩いてきた面倒臭さをかみしめながら、彼女は機械を通し、失ってしまった目で空を見上げた。この麻帆良にしか存在しない「世界樹」の浄化作用は他の木を凌駕しており、そのおかげで都会だというのに天の川の小さな星までハッキリと目で見る事が出来る。

 既にアルタイルとベガは川の向かい側で光っており、デネブがその架け橋になるようにはくちょう座を作り出す。既に夜空だけは七夕模様なのに。千雨はちょっとした矛盾をついては、独りよがりにこの世を笑った。

 

 それから数十分後、仔月光の歩みに揺られてようやく倉庫まで辿り着いた千雨は、RAYが出撃する時に開けられるシャッターの方を解放させ、竹を倉庫の中に持ち込んだ。最近の侵入者も此処まで来た者はいないので大丈夫だろうと、RAYは七夕の終わる日までシャッターと天窓の開放を承諾。すぐさま竹は立て(・・・・)掛けられ、鉄とオイルに満ちた格納庫の中に自然の緑を彩ることになる。

 

「お、流石は目に優しい自然の色。コンクリートと鉄の倉庫にいい感じにアクセントをくれるんだな」

『≪なに? デザイナーでも目指すつもり?≫』

「まさか。つうか麻帆良にいると碌な自立も出来ねぇんだよなあ。進学はしていくつもりだけどさ、もう去年の分の報酬金で二生は遊び呆けてもまだ余裕のある金額貰ったし」

『≪私がしっかり管理させて貰ってるけどね≫』

「私は自堕落に溺れるよりはマシだと思うぜ。これからもよろしくな、RAY」

『≪こちらこそ≫』

 

 縛り付けた竹と、用意したテーブルの上にある呼ぶメンバーを想定した数枚の短冊。

 その少なさが何となく寂しげな雰囲気を放っているが、これくらいの数が私達には丁度いい。馬鹿騒ぎはフォックスも望まないし、私も嫌いだ。織姫も騒がしい場は好きではない。だから、これでいいんだ。

 

「麻帆良のジジイも緩いよな。ちょっと私が申請したら、今年の七夕を休日にしちまった」

『≪それだけの恩義があるのは確かね。これ以上の濫用は風評被害を呼ぶ原因になるわ≫』

「だな。まぁ、ささやかなお願いはこれでお終いだから安心しとけって」

 

 そう言って、千雨はRAYを手招きし、その上に自分を乗せさせる。いつもよりもずっと高い視点で夜空を見上げながら、彼女はゆっくりと目を閉じたのだった。

 

 

 

 七夕当日。

 夕方頃になってようやくメンバーが集まり、フォックスは強化外骨格を外した黒いラフな格好で、織姫は千雨の思惑通りに日本の仰々しい着物を着てこの場に訪れていた。

 織姫の重ねて着る着物は夏も近い時期としては非常に暑苦しく見えるが、彼女自身の術によってクールダウン効果を付加されているのか、当の本人は正に涼しげな顔をしている。これを分かっていたから、千雨も着物を着せる事を強要したのだろうか。

 

「よし、とりあえず機械陣営はこれで全員だな」

「よりによって七夕を祝うか」

「んだよ、ノリ悪いぞフォックス」

「そう言う問題、なのか?」

 

 いまいちよくわかっていない彼は、椅子の一つにもたれかかって疑問符を掲げていた。

 

『≪せっかくのお祝いだし、静かに楽しみましょう。それじゃ、まずは短冊に願い事を書く事から始めるわ≫』

「私はもう書いたからな。それから、書いた願い事は誰も見ないようにしといたらいいと思うぞ。ちょっとした恥ずかしさとかもあるかもしれないしさ」

「それもそうでございますね。何にせよ、千雨さんは私の願いなど分かり切っていると思われますけども」

「そうゆうのは言いっこなしだ」

 

 渋々、と言った様子で書き始めたフォックスと、昔の無垢だった頃を懐かしみながら願いを筆で書いて行く織姫。仔月光を遠隔操作して書かせるRAYと三者三様の願いを書きこんだ後、順番に笹に括りつけて作業は完了した。

 

「この程度で願いがかなってくれれば、私も万々歳なのですけれども。まぁ天帝様に祈りをささげれば徳は当たれど罰は当たらず。あながち無意味でも無さそうです」

「望まずとも、タカミチやガンドルフィーニには世話になっているのだがな……時には、チサメの我儘に付き合うのも吝かではない」

『≪二人とも固いわね。貴方たちの為にお酒は用意してあるから、存分に星見酒を楽しみなさい≫』

 

 RAYが言えば、倉庫の奥から現れた仔月光達がフォックスと織姫に上等な酒を持たせている。その珍しさにほう、と息を吐いた織姫の反応を見て、フォックスが詳しい話を聞く為に二人は談笑に入って行く様子が見えた。

 

「さて、後は若い二人で…って感じだな。いくぞ、RAY」

『≪そうね≫』

 

 千雨はRAYに乗りこみ、格納庫の前に広がる広大なアスファルトの世界に踏み出した。メタルギアの超重量感溢れる揺れが引き起こされるが、たった一回のジャンプで夜空を360度見回せる位置に着地して格納庫から遥か離れた位置に機体を停める。

 膝を降り、天を仰ぐような体勢で運動機能を停止したRAYはハッチを開き、千雨が直に外の空気に触れられるようにした。彼女はコクピットから肩のあたりへ移動すると、足を自由にぶら下げて座り、手にしたペットボトルの中身を煽る。

 世界樹が浄化した空気で見る空は、満天の星空が輝いていた。

 

「アルタイルに、デネブに、ベガ。この夏の大三角形も、地球温暖化でドンドン見えにくくなってくるんだよなぁ」

『≪少なくとも、1.3等星であるデネブは見えにくくなっていくでしょうね≫』

「橋渡しが居なくなるのに、二人は川を挟んで姿を見るのかよ。生殺しだなぁ」

『≪そうかもしれないけど、実際に見えなくなるのはこの地球からの観点に限った話。月面や自然あふれる火星…魔法世界では変わらず美しく見えていると思うわ≫』

「魔法世界……あぁ、明日菜が今でも眠ってるんだっけ。となると、120歳まで生きないとな。アイツがやり遂げた世界ってのを、教えてやりたいし」

『≪そうね……≫』

 

 星を見上げて、二人は静かに語らった。

 それから、前の一年を思い出すには丁度いい機会だったので話が次々と湧いて出てくるのは必然だったのだろう。特別な日で在るが故に、いつでもできる様な思い出話を進めて行き、二人は感傷に浸る世界を作り出していくのだった。

 

 

 

「お狐様、どうぞ」

「ああ」

 

 注がれた酒を猪口で揺らし、アルタイルの輝きを水面に映してから一息に呑みこむ。フォックスにとっては自分なりのケジメの意味や、打ち負かした後に処刑となった彦星への追悼を込めた行動だったのだが、このような感傷に浸る自分にフォックス自身も驚いていた。

 ただ、そこで面白くないのは織姫その人。自分を見てほしいがために千雨に無理を言って二人きりの時間を作って貰ったにも関わらず、この戦いの中でのみ生を実感する男は色恋や女のアピールをものともしない。ただ、だからこそこの男への恋慕の情は冗談から本気になって行ったのだ。

 

「懐かしいですね。京の都にて大立ち回りを行ったのが、つい昨日の事のように感じられます」

「刹那の狭間が俺の生きる場所。だからこそ、時が経とうと全ての瞬間が色あせる事は無い。……遠い昔の記憶も、俺の中ではほんの少し前の話だ」

 

 言って、紛らわせるようにもう一杯。

 それでも出来上がらないのは改造を受けた結果。ただ、今はそうした平静を保っている事が苦痛なのかもしれないと、彼は変わらない自分の精神にほとほと呆れていた。

 

「その須臾を永遠に変えてこそ、我ら人が生きるという事だと…私は思います」

「そうだな。刹那の悦楽をこの日常に還元してこそ己が人生…だが、俺はやはり戦いの中でしか体も心も熱くはなれん。だが、これでいい」

「いけずなお方。私の求めにさえ、一度も首を縦に振らないのですから」

「求められようと、俺は俺が求めたものにしか刃は向けないさ」

「いっそ、あの場で切り刻まれていれば……私も洗脳の快楽の中で逝けたのやもしれませんね。生き伸びた今となっては、悲しき事でございますが」

「そう言うな。お前のサポートは俺の戦いを助長する。それだけで十分だ」

 

 戦いのパートナーとして認められている。その事は、織姫とて重々承知の真実であり、故にこそ煮え切らない最後の砦となってしまっている。この砦を取りはらって、最後の一線を越える事が彼女の望みであるというのに、この男はそれを許すことは無い。

 何とも奇妙な関係が続いている。そんなもどかしさは確かにあるが、両者ともにこれで丁度いいとも思える何かがそこにはある。織姫は分かっているから、小さく息を吐くだけで留まっていた。

 

「なにはともあれ、この星々に乾杯いたしましょうか。(わたくし)も、今はそれで妥協します故」

「悪くない――――乾杯」

「乾杯でございます」

 

 酒を交わし、腕を交わして酒を飲み干す。

 兄妹の契りの形は、今の彼らの距離感を如実に表しているのだった。

 

 

 

 四人の思惑が空回りする中、竹に掛かった短冊が、風に揺られて表を明かす。

 ただ、その願いは――――

 

『今年は平穏無事で皆が暮らせますように』

『千雨に幸せが訪れてほしい』

『お狐様が満足できる戦いをさせなさい』

『この日常が、いつまでも続く事を願う』

 

 ―――本心、なのかもしれない。

 





特別編はやっぱり、違和感のある出来になってしまいますね。
それから、短冊はだれがだれのか一目瞭然でしたかね。

それでは、我々はこのあたりでお暇しましょう。
夜空に浮かぶ三つ巴の星へ、親しい者への感謝と幸福を祈っておさらばです。


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