ハルケギニアの新生第三帝国 (公家麻呂)
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序章
00話 これは運命の出会い


リヒテンブルク公国。ここハルケギニアにおいては非常に珍しい亜人の自治権が認められた国だ。

亜人と言っても、エルフや吸血鬼やオークやコボルトと言った全部の亜人が含まれるわけではない。これは私たち妖精に限った事です。

 

基本的に、周辺に存在する国家は全て人間の国であり亜人種に対しては排他的だ。今は、トリステイン王国の庇護下で存続が許されている状態だ。外交関係的にはトリステインとの関係が最も親密と言ってよいでしょう。

 

ですがそれも、雲行きは妖しくなってきました。

つい先年行われたトリステイン王国とゲルマニア王国の戦争によって、公国含む周辺国は荒廃してしまったのです。

 

発端は重要ではないので省くきますが、大国ゲルマニアが中堅国トリステイン王国含む周辺弱小国家に宣戦を布告。圧倒的な兵力で弱小周辺国を飲み込んでしまいます。ですが、最後の最期でゲルマニアは弱小国家連合軍を率いるトリステイン国王フィリップⅢ世との決戦にて、逆転され現在に至るわけです。

 

この決戦で、両国及び弱小諸国は壊滅的な被害を受けることとなります。公国のように国土が戦場となり荒廃するのは、まだましな方で酷いところだと国土の荒廃に加え当主や跡取り、もしくはその両方の戦死。国土荒廃によって増加した山賊に、そのまま占領されてしまう弱小国なんて言うのすらありました。

そして、一応の戦勝国で盟主であったトリステイン王国も一定の荒廃に加え国王フィリップⅢ世の戦傷で公務が滞り、国内は大混乱。弱小国に援軍を出す余裕はなく、一部の貴族がそういった弱小国を占領しようと兵を動かす始末。一方のゲルマニアも決戦で大敗し多くの戦死者を出し、多くの貴族家が跡取り問題に苦慮する事になった上に、当代国王が急死。後継者争いが始まり空白状態がつつくこととなる。後に当時の正統な王政が倒れアルブレヒトなる人物が皇帝として君臨することとなる。有力第三国のガリア王国も代替わりにおける新王派とそれに叛意を持つ派閥が争っている。ロマリア連合王国も国教において新教徒の台頭が始まっていた。

全体的に不穏な空気を放っていた。

 

 

我が国の現状も良くも悪くもと言ったところで、幸いにして女王である私は幸いに五体満足です。ですが、戦火に晒された国土は荒廃し復興政策に追われています。

公国内では外部からの策謀を受けたのか。公国古来からの妖精系住民と人間系移民の対立が始まっています。

 

復興政策の視察と領地の巡察を兼ねて、護衛と回っている時に彼らは現れました。

 

「へ、陛下!?町の大手門に正体不明の武装集団が!?」

 

「な、なんですって!?すぐに兵隊を集めて!!私たちも門へ行きましょう!!」

 

そうかっこよく言ったものの、10代前半程度の体格の私たちでは人間が不逞の輩であったらと思うと体が震えてしまいます。

 

私が、大手門に着いたときにはすでに兵士たちが集まって、謎の武装集団に槍を向けていました。

一方で謎の武装集団は、鎧の類を付けておらず全く飾り気のない兜を付けている兵士が多数、私の知識にある銃とは違うが、銃と思われる武器を持っています。

服装も奇妙な形をした鉄帽を被った真っ黒もしくは深緑の制服を着ている。また、軍関係ではなさそうな非戦闘員もちらほら見える。ほんとうに何の集団なのでしょう?

 

と、とにかく目的を問いたださなきゃ!?

 

「あ、貴方はいったい何者なのですか?目的は何ですか?」

 

私は震える声で彼らに問いただす。

返事はない。沈黙が流れる。

恐怖で膝をつきそうになるが何とかこらえる。

そして、何分経ったのでしょうか。

 

向こうの方から返事が返ってくる。

 

「私はナチス第三帝国総統アドルフ・ヒトラーである。我々には敵意はない、外壁の向こう側に陣を敷くことと、一部将校のために宿を提供願いたい。」

 

一人だけ違う服装の小柄な男が軽く手を上げて訴え出てきた。

 

私には彼が傭兵のリーダーや雑多な兵士ではないことがすぐ分かった。

この人間の持つ人としてのオーラとでも言うのでしょうか?

何か大きな事を為す偉大な人物になるであろうと言うことが直感で解りました。

なんて、神々しいのかしら!?

 

「お困りの様ですね。宿を貸しましょう。」

「おお、ありがたい。感謝しますぞ、女王陛下。」

 

この総統と呼ばれる男に付き従う兵隊の規律の良さは、今まで見たこともないほどに整っている。この男が指示を出さない限り直立不動だ。すざまじい手腕だ。

彼らに対して、興味が湧いてきました。

 

「総統殿?よろしければお城の方にいらっしゃいませんか?いろいろとお話をお聞かせいただきたいですわ。」

「ほぅ、それはこちらとしても興味深い。喜んで招待を受けましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は驚かされた。

全身全霊を掛けて敵に穢されたこの大地では、何物も生存できぬようにすべての社会基盤を破壊しようと努力した。しかし、旧体制にしがみ付く愚か者どもは私の予想以上に邪悪であった。故に我々は体勢を立て直すべく南米に向かう潜水艦の中に我々はいたはずなのだ。

 

しかしなぜだ?気が付けば我々は全く知らない土地に流れついていた。

将校や士官たちはここがどこなのか。地図や機器を片手に必死に思考を巡らせている様だ。

とは言え、我々は今ここに生きている。

そして、私にはわかるのだ。ここが地球ではないことが!

理論やら科学的な理由ではない!そう、これは以前も経験した感覚だ。

欧州大戦の際に、神の啓示を受けた時と同じ感覚。

この世界で事を為せと神は言っておられる。

 

「諸君!新天地である!!何もかも手探りとなるであろう!!しかし、この苦難を乗り越える事こそ!第三帝国の再興への最短距離であると私は信じている!!」

 

辺りを軽く見渡せば、多少離れたところにノイシュヴァンシュタイン城もかくやと言った荘厳なる美しい城が見えた。将校らはあれが見えなかったのだろうか。

 

「諸君、あれに見える城へ兵を進めよ!!」

 

「「「「「ハイル!ヒトラー!」」」」」

 

 

我々は城へ向かって進軍する。

途中で見かけた村や構造物は損壊したものばかりで、美しく見えた城も近づくにつれ損壊しているのが解った。

 

 

 

 

「あ、貴方はいったい何者なのですか?目的は何ですか?」

 

そして我々は、出会ったのだ。

美しい白い肌、純粋無垢差を孕んだ幼い少年少女の様な容姿。

そして、彼彼女たちが人ならざる者であることを示す。日の光に反射し虹の様な、七色の輝きを見せる美しい羽根の存在である。

 

「私はナチス第三帝国総統アドルフ・ヒトラーである。我々には敵意はない、外壁の向こう側に陣を敷くことと、一部将校のために宿を提供願いたい。」

 

私の頭の中で、妖精と言う言葉が過る。

我々のような高潔なアーリア人のみが、並ぶことを許される子供の姿をした美しい自然の体現者。

ここは異世界、胸の高鳴りを感じる。

おぉ、子供だ!子供は未来だ!未来である彼彼女らにこの様な仕打ちをするとは・・・。

この世界も大概に腐っておるようだ。

 

「お困りの様ですね。宿を貸しましょう。」

 

王冠を被るこの少女は、この私の要請を快諾してくれた。

やはり、真なるアーリア人である我々は、この純粋無垢なる存在に敵意なく受け入れられたようだ。

 

「おお、ありがたい。感謝しますぞ、女王陛下。」

「総統殿?よろしければお城の方にいらっしゃいませんか?いろいろとお話をお聞かせいただきたいですわ。」

 

なんと、彼女たちの方から声をかけられるとは、これはもはや運命か。

神が、我々に道を示しているとでもいうのか。なれば・・・

 

「ほぅ、それはこちらとしても興味深い。喜んで招待を受けましょう。」

 

 

 



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01話 侵食

お城の客室でアドルフさんと、お話をする。

彼との会話は、非常に有意義なものに思えました。

彼自身、私の言いたいことを言いやすく誘導するのが非常に上手い。

彼の話術は非常に優れている。耳に心地よいものを感じる。

 

「フィアリア嬢。お困りの様ですね。貴国に巣食う横暴な人間たちはどう思う。」

「行商人や旅人たちは、問題ないのです。」

「もちろん、そう言った一個人に追求するものはない。もっと大きな存在に関してだ。」

 

アドルフの言葉が心に刺さる。

私は彼に促されるままに、思いのたけを吐き出す。

 

「ロマリア、ガリア、ゲルマニア、アルビオン・・・大国の商人達が大国の大貴族の威を借りて私達の国の富を奪っていくの・・・。同盟国も例外じゃない。国境線上に兵を出して国境線を押してくる・・・。」

「その通りだな。聞くところによると、貴国含め周辺の独立諸侯の大半は近々大国の代官が到着し自治が形骸化すると聞いた。大国の代官とやらは貴国に利益をもたらすのかね?国民の生活を守るのかね?」

 

「いいえ。」

 

彼の言っていることはもっとなのです。

私は、何も言い返せずに頭を重く下に俯く。

まるで彼と言う人間の姿を借りて、民から叱責を受けているかのような気持ちだ。

とても、辛く惨めだ。

そして、彼は私にやさしい言葉をかける。

 

「だが、今、私が貴女と会話した限り。私が貴女に抱いた貴女像はとても賢明でまっすぐに思える。平和な時代であればあなたは間違いなく名君と称えられる家の人物だ。」

 

「あ、ありがとうございます?」

 

急に称賛の言葉をもらい。戸惑いながらも私は彼に礼を述べた。

 

「うむ、素直なところも美徳と言えよう。今日は貴女と言う人物の良さを多く知ることが出来た。これは大きな収穫と言えよう。」

 

彼は、しばらくの間沈黙する。

私は彼の次の言葉を聞きたくて待っている。

否定の言葉なら悲しく思うと思し、褒めてくれるなら純粋にうれしく思うのでしょう。

ですが、彼の言葉はそのどちらでもなかった。

 

「私は、思うのです。貴女に足りないのは踏み出す勇気なのではないかと?そして、これは提案なのだが、もし貴女が否と思わないのであれば。貴女に協力しようかとも思っている。」

 

そう、私が心の奥底で求めていた。救いの言葉であった。

なんと言う、なんと言う神々しさ、並の人間ではない。私の心を癒すような優しい言葉。

 

「あぁ、あなたは大いなる神が遣わされた存在なのですか?」

 

思わず、膝をついて拝みそうになってしまう。

すると彼は、私の手を引っ張り上げて私に言ったのです。

 

「人の上に立つものが、易々と他人に膝をついてはけない。君と言う存在は国そのもの、国がそれ以外に膝を屈することはいけない。」

 

私は彼に引き起こされて椅子に座らされる。

ドアをノックする音が聞こえる。

 

「陛下、野盗が領内で暴れまわっております。直ちに討伐隊の編成を!」

 

家臣の訴えを聞いた私は、討伐隊の編成の指示を出そうと口を開こうとしたが、それより先に彼が口を開いた。

 

「ふむ、女王陛下。よろしければ、賊の相手は我が精鋭にお任せしてもらってもよろしいか?貴国の傘下に入ると言うことで、貴国の軍人たちの信頼も得たいと言うものだよ。良いかね?」

 

「もちろんです。」

 

 

 

 

 

アドルフ・ヒトラーはフィアリア・ド・リヒテンブルク女公の信頼を勝ち得て公国中枢へと、食い込んで見せた。

そして、女公の信頼のみならず公国の臣下たちの信頼を得るために、共にこの世界に渡って来たナチスドイツ軍に出撃命令を出す。

 

ドイツ軍はフィアリアの好意で城の空き部屋での滞在が許されていた。

さらに、ヒトラー個人へと宛がわれた個室に、彼は部下を呼び出す。

 

 

「デグレチャフ准将、入ります。」

「うむ、ご苦労。」

 

入室と同時に背筋を伸ばし、手を上に掲げるナチス式敬礼を行う。

彼は、それに手を上げて軽く応じる。

入室して来た士官は白く透き通った肌を持つ金髪碧眼の幼女。

ターニャ・デグレチャフ親衛隊准将。

合理的判断と高い分析能力、そしてエレニウム九五式によって隔絶した戦闘能力、指揮能力を有する愛国者。非常に好ましい人材である。

 

「准将、我々の現状は理解しているかね。」

「はい、ここが南米ではなく、孤立無援の異世界であると理解しております。公国と友好的な関係を築けたことは、非常に好ましいことであり、我々はこの関係の維持に努めるべきであろうと・・・。」

 

彼は、彼女の言葉を途中で遮る。

 

「うむ、それだけ理解できているのなら十分すぎるほどだ。であるならば、貴殿の戦闘団に対いて公国内の賊討伐を命ずる理由は理解できるな。」

「もちろんであります。現在の我々は公個人の優遇あっての立場。公国そのものの信用を得るには、力を示すことが重要と言うことですね。」

 

彼は、そのことばに頷き言葉を続ける。

 

「そういうことだ。部隊の運用は貴殿に任さるが、少々の派手さも必要だと言うことは理解したまえ。」

「ハイルッ・ヒトラー!」

 

 

本来ならユーゲント所属でもおかしくないローティーンの幼女(少女)。

しかし、能力は並の将校を軽く凌駕する。否、帝国指折りの有能な将校だ。

大戦終盤の時期にゼートゥーアから召し上げて親衛隊所属にしたのは正解と言えた。

彼女の容姿は幼女と言うだけあって、厳つい他の軍人たちに比べて妖精達の受けが良い。

リヒテンブルク公国とナチス第三帝国を繋ぐ外交的にも重要な役割を買ってもらうことになるであろう。

 

ヒトラーは指令所を受け取り退室したターニャが、すでに建物の外に出て待機している兵たちの前で訓示を述べている様子が窓から見えた。

 

すると再びノックの音がした。

 

「ミュラーか、入れ。」

ミュラーも先ほどのターニャ同様にナチス式敬礼を行い。ヒトラーも先ほどと同様に応じる。

ハインリヒ・ミュラー親衛隊大将。元は秘密国家警察長官だったこの男は、南米脱出時には親衛隊全国指導者・国家保安部長官へと大抜擢された。

 

「ミュラー、成果の方はどうだね?」

 

ヒトラーに問われたミュラーは報告する。

 

「この地域では、1年ほど前に大規模な戦争があったようで、戦勝国敗戦国共に荒廃したそうです。戦勝盟主国の国王は戦傷の深さから政務が滞り、敗戦国の大国は政変で国王が変わり終戦こそ迎えましたが、賠償請求はうやむや。戦勝諸国も不況に陥り、情勢不安。山賊化した兵士に占領された国もあるようです。このリヒテンブルク公国は鉱山資源の産出国で比較的マシなのですが、大国に輸出レートをいいようにされて不況に陥っており、治安もあまり良くないです。」

 

ヒトラーは物思いにふけって、窓の方を見る。

まるで、第一次世界大戦後のドイツに似ているところがあると、昔の事を思い出しながら、このリヒテンブルク公国の現状と重ねて考える。

幸いにして、仮にも戦勝国。

そして、昔と違いこの国の国主であるフィアリア女公主の全面的な支持を受けている。

あの時と同様に外圧を受けている。

やりようはある。状況はナチ党の時に比べ、余裕がある。

内側の問題は、フィアリア嬢を通じて統制すればどうにかなる。

問題は外圧、諸外国。異世界の技術力は中世並、軍の兵力を持ってすれば・・・。

 

「ミュラー、ツキはこちらにある。」

「閣下・・・。手持ちの兵力の総勢は海軍の人員を足しても旅団未満と言ったところです。いささか少なく思います。」

 

不安げな表情をするミュラーにヒトラーは口角を歪め、嗤う。

 

「さて、私も公国軍に同行せねばならん。戦果を得ても、それをうまく利用する事が出来なくては意味がないのだよ。」

 

彼は流れ着いた異世界で、野望を胸に暗い炎を灯していた。

 

 

 



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02話 デモンストレーション

 

ターニャ・デグレチャフ親衛隊准将。

『ヴェーザー演習作戦』『ライン邀撃戦/第一次ライン戦』『ダキア蹂躙戦』『ドーヴァー海域封鎖任務』『ライン会戦』『南方戦線』『東部緒戦』『モスクワ襲撃作戦』『東部第二期戦』『南方遊撃戦』『ゼーレーヴェ作戦』『イタリア制圧戦』『第二次ライン戦/低地戦』『東部遅滞戦』『バルジの戦い』『最終反攻』『バルバロッサ作戦』とほぼ主要な戦闘・戦役に従事。

 

撃墜数(魔導師)は計測不能。しかし最低でも200以上は確実で、推定でも300越えがほぼ間違いない帝国軍トップクラス。

航空機撃墜数は、記録されているだけで18。ただし、未確認多数とのこと。

撃沈した艦艇に至っては、護衛駆逐艦多数に、巡洋艦と空母、はたまた巡洋戦艦とまできている。

生粋の戦争狂と称される名将。

異世界に転移したナチスドイツ軍は第1SS装甲師団ライプシュタンダーテ、第11SS義勇装甲擲弾兵師団ノルトラント、第39SS武装混成戦闘団サラマンダー、第40警察擲弾兵師団シュターツポリツァイ、彼らが乗ってきた国防海軍潜水艦群乗組員である。

ただし、名称通りの兵力を保有しているのは彼女のサラマンダー戦闘団のみで、このサラマンダー戦闘団がナチスドイツ軍の最大戦力であった。サラマンダー戦闘団に対してそれ以外の戦力を足してようやく同数にわずかに劣る程度であり、ナチスドイツ軍内でサラマンダー戦闘団の発言力が最も高いものであった。

 

ターニャは広場に集結した航空魔導士たちを一瞥する。

 

「第二〇三魔導大隊の諸君、それから今回の作戦で大隊に組み込まれたライプシュタンダーテとノルトラントの魔導士諸君!!異世界に来ても我々の仕事は変わらない。敵対者を殺す事、基本変わりはない。どこの部隊でもやっていたことだ。」

 

ターニャは軽く息をつく。第一声の張りつめた声から軽い感じの話し方へと変える。

 

「まぁ・・・。今回は、大体諸君にとっては懐かしく思うかもしれんが、新たな友人であるリヒテンブルク公国から演習のお誘いだ。演習の相手はダキアの肉袋達より歯ごたえのない安い肉袋達だ。これから我々はリヒテンブルクの妖精さんと、仲良くお手々繋いでハンティングだ。何と今回の肉袋は剣と弓矢で武装しているそうだ。一応反撃してくるがダキアのマスケット以下の弓矢如きに、掠り傷だって負う様な無能は我が大隊はもちろん武装親衛隊の魔導士諸君だって居るはずはないだろう。念のため言っておくが、敵が方陣を組んでも距離を取る必要はないからな。」

 

大隊の魔導士たちからクスクスと声が漏れる。

内輪ネタで笑いを取ってから、ターニャは口調を強い物に戻す。

 

「諸君らは、リヒテンブルクの観戦武官の皆様にデモンストレーションをご覧いただくことになる!こちらの世界にも航空魔導士の様なものがいるらしい。私自身、中世の航空魔導士もどきに劣るとは思えんが、リヒテンブルクのお友達に間違った認識を持たれないように総統からは盛大にやる様にとの事だ。ただし、諸君らは調子に乗りすぎて下らんミスをしない様に留意するように。」

 

 

武装親衛隊の航空魔導士合計68名は、リヒテンブルク公国の騎士候二人は観戦武官とその護衛兵を伴って農村を占拠する賊討伐のために出撃する。

 

 

チェリー・コーンウォリス、ロイス・グロスターの二人の観戦武官は第三帝国の航空魔導士達の戦闘能力に驚愕した。

妖精兵はスペックとして、この世界にある他の存在と比較してではあるが、飛行能力を持ち魔法を行使すると言う意味で航空魔導士に近い。

無論、航空魔導士に比べて限界高度、旋回能力、最高速度、攻撃能力、その他、全てにおいて妖精兵を上回っている。防殻術式を持たない妖精兵はその防御力は甲冑に頼るものであった。

 

200ほどいた賊は、航空魔導士達にいいように弄ばれていた。

銃から放たれた弾薬が爆発し、数人の賊が吹き飛ばされ肉片をばらまきながら肉塊へと変わる。

 

「す、すごい!手投げ爆弾より威力があるのでは!?」

「あれはいったい!?」

 

圧倒されている2人の横ではターニャの副官であるヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ大尉が戦闘の様子や、術式について説明をしている。

 

「あれは爆裂術式です。弾に爆発する魔法をしこんで発射します。拡散性があり軽装甲の敵に有効です。ですので、あそこの分厚い大盾を持っている賊は耐えましたね。ですので、こういった場合は・・・。」

 

そう言ってヴィーシャは銃を構える。

 

「貫通術式を使います。」

 

彼女の指先が引き金を引く。

それと同時に薬莢が排出され、術式が仕込まれた弾丸が大盾を持った賊を貫く。

彼女の撃った弾丸は大盾の後ろに隠れていた賊の心臓を抉り、賊はそのまま崩れる。

 

「セレヴリャコーフ殿、この貫通術式とは?」

「どれくらいの鉄板を貫けるのですか?」

 

チェリー・コーンウォリス、ロイス・グロスターの二人は興奮気味にヴィーシャに質問を繰り返し、彼女もそれに丁寧に応じている。

 

「個人差はありますが、平均で22 mm。あくまでも個人差ですが最高で60mmほどですね。(最高記録は准将のポケット戦艦の事なんだけど嘘は言ってないからいいよね。)」

 

 

「すざまじい性能です!我々の知る銃は火薬や火打石を使う銃とは全く違いますね!」

「魔法的なものと聞いていましたので杖の様なものかと思いましたが、汎用性こそこちらに理がありますが、武器としての性能は比べるまでもないです!」

 

興奮する彼らにヴィーシャは好意的に提案する。

 

「もしよろしければ、撃ってみますか?」

 

「よ、よいのですか!?」

「ぜひ、撃ってみたいです!」

 

「准将、構いませんか?」

 

ヴィーシャに尋ねられたターニャは気にも留めた様子もなく答える。

 

「ん?あぁ、上からは観戦武官殿にはサービスするようにと言われている。セレヴリャコーフ大尉丁重にもてなして差し上げろ。」

「はい、了解しました。」

 

ヴィーシャは持っていた小銃と付近の兵が持っていた小銃を渡す。

2人は小銃を構える。

 

「背筋は伸ばさないで、やや前傾姿勢で。」

 

「こうですか?」

「私たちはあまり銃は使わないので・・・お恥ずかしい限りです。」

 

ヴィーシャに指導を受けながら、銃を構える観戦武官の2人は殊勝にもヴィーシャの言うことを聞きながら銃を肩付けする。

 

「頬付けはしっかりして、狙ってください。あと、脇も閉めた方がよく当たりますよ。」

 

「な、なるほど。」

「こうですか?」

 

「そうですね。では、狙いを付けたら引き金を引いてください。魔力を込めるのを忘れずに。」

 

術式は組んでいないので、中途半端なものではあるが原始的な魔導銃として魔力を帯びた銃弾が賊にあたる。

 

「よし、あたった!」

「外れてしまいました。もう一発!」

 

チェリーの方は1発で仕留めたようだ。ロイスの方は2発目に狙いを定めている。

 

「しかし、槊杖で銃身の奥へ押し固める必要がないのは楽ですね。」

 

チェリーの発言でターニャは、後装式銃を知らない彼女たちとの技術格差を改めて理解する。

 

「(技術格差が、ここまで大きいとこういう反応が返ってくるのか。発展しすぎた化学は魔法と同義と言うからな。いや、これは元々魔法だったか。)」

 

ターニャは戦場を見回す。部下たちが敵の射程外から賊を一方的に討伐している。

 

「(掠り傷を負うアホは懲罰と言うのは冗談だったのだが、皆バカまじめにお考慮しているのだな。)ところで、観戦武官殿?我々の白兵戦等に興味はあるかな?」

 

急に話題を振られた2人は困惑気味に返事をする。

 

「白兵戦ですか?たしかに見せていただいていませんが・・・?」

「見たところ、銃剣かナイフしかお持ちではないようですが?」

 

「では、面白いものをお見せしましょう。セレヴリャコーフ大尉、少しの間だけこの場を任せる。」

「っは!」

 

ターニャはそう言って腕に魔導刃をまとい突撃する。

右腕の一閃で賊の首が飛び、その勢いに任せて足にも魔導刃をまとわせて、その後ろの賊の胴体を切断する。まるで踊る様に動き回って瞬く間に、死体の山を築いて見せた。

 

「アハハッ!(正規兵でもなく、防御術式も使えない連中など。大した脅威ではないな。これならヴァイスたちに注意事項など言わなくてもよかったか。)」

 

振り返ってみると完全に憧憬のまなざしを送ってくる観戦武官2人と護衛兵。

久しぶりの思い通りの戦場に感情が昂ってしまった。

 

「やりすぎたか。」

 

戦闘は終了した。

賊は全滅。

リヒテンブルク公国の観戦武官を見る限り、掴みは上々。

総統の希望には沿えただろう。

 

「諸君、任務完了だ。撤退するぞ。」

 

 

 



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03話 国家改革の始まり

賊が陣取っていた村落から離れた位置に設営された本陣のテントには、リヒテンブルク公国公主フィアリア、軍務卿プディング・カスター、陸軍将校リーン・ポールト他数人。

そして、この陣幕の中にはアドルフ・ヒトラー総統と、その側近としてハインリッヒ・ミュラーが列席していた。

 

「報告します!賊は全滅!捕虜は無しです!」

 

伝令の報告が陣幕内に響く。

 

伝令兵の第一報からしばらく、観戦武官のチェリーとロイスが到着し報告が詳細に行われる。観戦武官の報告で、戦いがいかに圧倒的であったかが語られる。

観戦武官からの一通りの報告が終わると、ヒトラーは立ち上がる。

 

「これで、我々の力は御理解頂けたことでしょう!公主様を口先で、誑かしたしただけの存在ではないと言うことを証明できたでしょう!これを持って公国の末席に我々を加えていただくことをお認めいただきたい。」

 

ヒトラーは公国将校たちを見回す。

これだけの力を持っていながら、脅すような野蛮な真似はせず観戦武官への丁寧な対応、公国軍の陣への招きにも素直に応じるヒトラーらナチスの殊勝な態度に、軍部のメンバーは比較的好意的な感情を抱いていた。

 

その空気を感じ取ったヒトラーは、自身の発言が無条件に認められていることを理解して少し長めの演説をすることにした。

 

「友邦フェアリル人種諸君!我々はこの世界の劣等種ではない!!純然たる優等種である!!リヒテンブルクの妖精達よ!!理解せよ!!貴国の歴史はこの世界で最も古く純粋な血を維持している!!」

 

ヒトラーは城内滞在を許可された時点で、公国の歴史書に目を通していた。それこそ、神話の時代から存在するとされている。妖精民族、フェアリルは東方にいるエルフ以上に純血を保持していた。ヒトラーは転移前の世界でもアーリア人の純血性、むしろ純血と言うものを重視し、雑種化と言うものを嫌った。前の世界においても、劣等種と見ていた東洋人において島国の純血性を維持した日本と言う国は例外的に同盟国として、譲歩した事があるほどに純血を重要視した。そんな彼にとって、妖精種は彼の理想に適った存在と言えた。

 

「古き時代より存続する血、永き時を生き多くの困難を乗り越えた血、今があると言うこと。今、君らがここにいる事こそがその証拠!諸君!民族の誇りを取り戻せ!我ら、アーリア人は誇りを胸に生きている!!諸君らフェアリルは誇りを持って生きたいか!!」

 

ヒトラーはゆっくりと周囲を見回す。

 

「生きたいさ!生きたいに決まってる!」

 

将校の妖精が立ち上がって相槌を入れる。

 

ヒトラーは感じ取った。

我らの圧倒的力を見た彼らは、酔っている。

 

「ならば!我らの手を取るべきだ!諸君らは運命の分岐点に立っている!アーリアとフェアリルが手を取り合い共に栄光を手にするか!お互いに別の道を歩み、滅びの道を逝くかだ!」

 

今すぐそこにある力強い希望に。そして、その憧れる力を自分たちが手に入れる権利が転がっている。この状況で、手を取らない愚か者はいない。

 

ナチスドイツの高度な技術と文化に、この妖精達は酔っている。

碧眼の美少年美少女達は頬を紅潮させている。

驚愕、憧憬、希望、期待・・・、多くの感情を綯い交ぜにした視線を感じる。

 

ヒトラーは公国公主であるフィアリア・ド・リヒテンブルクに視線を向ける。

彼女は軽く頷いてから立ち上がり、ヒトラーの演説を引き継ぐ。

 

「私は、公国公主としてアーリア人、ナチスドイツと手を取ることを約束します!この荒廃した時代、周囲は敵だらけです・・・。そんな中で現れた彼らは私たちと共に生きるという重大な決断をしてくれた!そこまでの友邦はかつて、否、これからも現れないでしょう!フェアリルとアーリア、二つの人種は運命共同体!共に団結し困難に立ち向かうのです!!」

 

軍の将校たちから反対の意見は出ない。

公主の信頼はすでに得ている。

陣幕の外では観戦武官達が他の士官達に、我々を好意的に喧伝している。

軍部の信用もこれで得られる。

順調に事は運んでいる。

 

 

 

 

私、リヒテンブルク公国公主フィアリア・ド・リヒテンブルクは、あの時の彼の演説を恍惚の表情で見つめていた。

あれは個人がどうでもよくなった次元においてのみ可能なもの、私達の魅了の魔法と基本は同じですが、全く違うと言ってよいでしょう。個へ強く発動する魅了の魔法とは次元が違う群へと広がる強力な力。

 

人として、動物として、彼には惹きつけるものがあった。

 

「フィアリア嬢、こう言ったときは拳を引いて溜めるのだ。そして、もう一方の手を前にかざすと前進と言う意味が感じられ、聴衆に力強さを感じさせることが出来る。」

 

「あ、はい。こうですか?」

 

「うむ、そうだ。フィアリア嬢は筋がいいな。これなら公国の文官達も君に心服するだろう。」

 

賊の討伐から2カ月、ナチスドイツ軍は軍事顧問として、アドルフと一部の将校は私のアドバイザーとして側近的な立ち位置になって助言をしてもらっている。

 

「公主様、従姉様と四卿の皆様が御待ちです。」

 

メイド服を着た従者の妖精がノックをしては言って来て、会議の始まりを告げる。

 

会議室には財務卿エリザベス・パブリーナ伯爵、軍務卿エステバン・バーラトス伯爵、内務卿メアリー・パール伯爵、外務卿ヨーク・グリーナ伯爵、従姉マリー・ド・ルクセンシュタイン侯爵、そして公主フィアリア・ド・リヒテンブルクが取り仕切るこの御前会議に、公主の助言者としてアドルフ・ヒトラーが列席するようになるのです。

 

彼は、御前会議の席で多くの知識を披露し議題に上げた。私は彼の示す道をただがむしゃらに突き進みました。

 

 

お堅い国営放送の歴史番組風

 

アドルフ・ヒトラーの助言を受けた公主フィアリアは従来の政策をすべて撤廃、初期的な社会保障制度や福祉制度を導入し、生産力の拡大と完全雇用をめざした失業抑制政策を採用強行した。この時間稼ぎ政策と並行して、産業革命を起こそうと画策。工業形態の変化を狙い、商人から原材料の前貸しを受けた小生産者が自宅で加工を行う工業形態である問屋制手工業を一部を除いて撤廃。公国の執政官を派遣して国家主導で国費を投じて国営工場を設立、数次にわたる製造工程を1人が行うのではなく、それぞれの工程を分業や協業をおこない、多くの人員を集めてより効率的に生産を行う方式である工場制手工業を導入した。

この急速な発展で、工業のみならず農業にも急速な変化を強制した。工業製の導入により生産能力が織物の生産能力を超えたために材料不足となる。その為、公国は農業も国営化を図った。農場主から土地を奪い直轄地として、それらを農業集団化し再配置、国営農場とした。

また、これらの被害を被った商人や牧場主の多くは、ガリア・ゲルマニア・トリステインと言った諸外国の商会の人間だったため。国民の資産を取り戻すと言う裏の目的が存在し、国軍を投入した商人や牧場主への弾圧が徹底的に行われた。

また、これら国営農場では最低限の食糧自給に向けられた割合以外の部分では、木綿を全力生産している。余剰部分は桑が当てられ養蚕にも力を入れている。

 

この結果、僅か4年で、夢も希望もない不況下にあったリヒテンブルク公国経済を上方修正させ、10年程で活気満ち溢れた景況に一変させてしまった。他のハルケギニア諸国では、数多くの失業者たちが1個のパンを求めてうめいていたとき、全領民にパンと仕事と生き甲斐を提供したのである。

また、余談ではあるがこの過激すぎる改革を支える資金源としては、リヒテンブルク公国にあるエルドラド鉱山から産出される金を中心とした宝石鉱物が上げられる。

 

とにかく、リヒテンブルク公国が豊かな国であることは間違いなく。その発展経過でリヒテンブルク公国に良からぬたくらみを持つものが現れるのも当然であった。

 

その一つが、トリステイン王国リクサンジュール候領との戦いであった。

 

 

 



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04話 カプレン平野の戦い

ナチスドイツ軍が流れ着き、数年の月日が流れました。

ナチス武装親衛隊はリヒテンブルク公国の軍事教導顧問となり、公国軍を指導する立場となっていた。半ば強硬的に開発した後装式魔導銃を公国軍正式武装に採用し、一国だけ剣槍の戦場から銃と銃剣の世界に突入しているのです。

 

国家としての規模は周辺の大国に比べれば、見劣りするものでしたが軍備はナチスドイツ軍の知識を吸収し、公国軍は周辺国よりも強いという自覚がありました。

 

そして、遂に賊討伐やオーク鬼、トロール鬼と言った鬼人狩り以外の武装組織、トリステイン王国リクサンジュール候領と戦争の火蓋は切られようとしていたのです。

このハルケギニアにおいて亜人は総じて差別される存在。エルフや吸血鬼などは人間に比べて格段に強い存在であったために、この2種族は別枠として、それ以外の亜人は侮られる存在でもあった。

エルドラド鉱山から採掘された宝石資源や近年主要輸出品となった織物製品の輸出利益を、ロマリアへの献金として計上し、名誉人類として立場を維持していたが、人間からしてみれば、お金を払って媚び諂っている存在。所詮は自分たちより劣った劣等種と言う考えが蔓延していた。故に弱者への横暴が罷り通ったこの時代。リヒテンブルク公国を攻め落とし奴隷化しようと企む者もいた。その代表例がトリステイン王国リクサンジュール候ルロンと言う人物であった。

 

先のゲルマニア王国とトリステイン王国の戦いは両国を疲弊させ、一時的に出会ったとしても、諸侯の独断専行を許した。貴族諸侯の宗主としての統制力を失っていた時期であり、

豊富な資源や財源を持つ、リヒテンブルク公国を攻め鉱山地域などの価値のある地域を割譲させようと、リクサンジュール候ルロンは領境に兵を集め演習を行うなど挑発行為と小競り合いを繰り返し、何度目かの小競り合いが遂に両勢力の衝突へと傾いた。

 

これに仲裁すべきであったトリステイン王国は、リクサンジュール候が勝利した際の打算的収入と天秤にかけて静観。リクサンジュール候は自信の国内派閥の影響下貴族達にも兵を供出させたのです。

その侵攻軍の兵力、総数6800。対するリヒテンブルク公国、騎士爵を中心とする公国近衛軍1000とナチスドイツ軍1300(歩兵部隊)でした。

 

また、妖精と言う種族は全員飛べる上に魔法が使えるので有利に思うかもしれませんが、妖精が行使する魔法は攻撃魔法が少なく、どちらかと言えばコモンマジックの様な攻撃性の低い汎用的な魔法の方が得意で、人間で言うならドットメイジの及第点と言った程度でしかないのです。人間の平民と比べれば、それはこちらに軍配が上がるでしょうが平民兵3~5=妖精兵1と考えていただければいいでしょう。数で押されると負けると言うことです。

要するにそこまで強くはないと言うことです。

今までは、損害覚悟で領内に引き込んで地の利を生かして戦っていましたが、今回はそのようなことはせずに、領境で迎え撃ちます。

ナチスドイツの技術支援もあって、彼らにとっては原始的らしいのですが私たち妖精も航空魔導士としての装備を携え、近代化した戦闘を行えるのです。

少なくても、ドイツの軍事顧問はこの戦いは有利のうちに勝てると予想しているそうです。

 

ただし、今回は一部戦力は秘匿し続けると言うことで、武装親衛隊の機甲部隊や砲兵部隊は本拠に残しています。

 

領堺の守備隊を蹴散らしたリュクサンジュール候軍は、リクセンブルク公国直轄領カプレン郡の平野にて、公直轄の近衛軍とナチス軍事教導団の部隊と鉢合わせる。

 

敵リクサンジュール候領軍から見える範囲では、SS歩兵や公国歩兵、公国騎兵、SS航空魔導士と公国航空魔導士、少数の公国大砲隊が確認されているでしょう。

 

即席の土塁や瓦礫などで作ったバリケード、もしくは大盾兵の後ろに隠れて双方の歩兵が隠れてにらみ合いが続いている。

 

「公主様、全部隊所定の配置についています。」

 

ヒトラーの代理として私に随行ているハインリヒ・ミュラー親衛隊大将が、状況を知らせてくる。小声で何かを話している伝令兵にミュラー大将さんは指示を出している。

 

「リヒテンブルク公、歩兵砲及び迫撃砲も担当歩兵より配置についたとのことです。」

 

今までは、公国内諸侯の領民兵や自警団の寄せ集めを相手にして徐々に前線を押し上げていたリクサンジュール候軍、装備も見た目も全く違う公国常備軍が防護陣地を形成して迎え撃とうとしているのを目にし、進軍を停止リクサンジュール候軍と睨み合いをすることに・・・。

 

「公、公都へ援軍の要請を出すべきです。」

 

銃VS銃に関してはこちらに軍配が上がるし、白兵戦に至る前に敵の大半を倒せる自信もある。ミュラーが警戒しているのは人間が使う系統魔法、少なくても諸外国で流通しているマスケット銃や火縄銃を系統魔法は圧倒している。

公国軍の新式後装式銃やドイツ軍の小銃では、敵個々人の技量によっては系統魔法に威力や射程で劣ってしまうのではと言う不安がたびたび上がっていました。

ですが・・・。

 

「不要です。まだ途上とは言え軍は、SSの技術を吸収しています。砲兵はいませんが歩兵の旧式砲や携行砲で十分に敵には脅威を与えるはずですわ。突撃してくる敵の第一陣を粉砕し、そのままの勢いで敵陣を破壊できるはずです!国家社会主義の軍隊は、あのような有象無象など敵ではないはずです!」

 

全く、アドルフの軍隊の司令官のくせに弱腰とは腑抜けています。

我ら指導部に導かれた国家社会主義の軍隊は無敵です!

 

「了解しました。リヒテンブルク公、車両は後ろに下げますがよろしいでしょうか?」

「輸送車両を戦場においておくわけにもいきませんね。下げておきましょう。」

 

私達は敵の騎兵を片付けるために、敵にあえて先手を譲る戦術を選択した。

 

「公は兵力の出し惜しみをしておられる。敵兵など皆殺しにすればいいではないですか?」

「ハインリヒ大将、敵は弱卒なれど微細。全部潰すのは無理でしょう。ですが、たくさん殺すことに異存はありませんよ?今はまだ時期にあらず、ですよ。」

 

 

 

 

 

 

 

「突撃!」

「「「「「うわぁああああああ!!!」」」」」

 

騎馬に跨ったリュクサンジュール候軍の指揮官が突撃命令を下す。

リュクサンジュール候軍の騎兵たちを先頭集団に剣や槍で武装した歩兵達が勢いに任せてリクセンブルク公軍の陣に食い込もうとする。

さらにその後ろには弓兵部隊が有効射程まで移動し始めていた。

 

野戦で2倍以上の差、通常なら勝敗は見えている。通常なら・・・。

 

 

私は口角を歪めて嗤う。

 

「来た来た。これが始まり・・・リュクサンジュールは元々、500年前はリクセンブルク領だったのよ。もう、そろそろ返してもらいますよ。」

 

 

突撃してくる敵軍に機銃や小銃と言った銃火器の弾丸が、リュクサンジュールの兵士達を死体へと変えていく。

 

「あー、失礼しました。砲兵や機甲部隊は不要でしたな。」

「いえ。」

 

魔法使いは確かにいたが、辺境の領軍に強力なメイジはいなかった。

極稀に一矢報いるのはいたが、極稀でした。戦局に影響なしです。

ミュラーさんも、敵を過大評価しすぎたと恥ずかし気に謝ってきました。

 

パン!パパパン!と乾いた銃声。

壊滅した敵の第一陣。

 

「2倍程度の数ならば、覆せるようですな。公主様、攻勢に出ましょう。敵の数はまだ同数か少し多い程度でしょうが、掃討戦に移行しても良さそうです。」

 

自身の想定以上に事態が好転し、欲が出てしまいましたが、こういう状況なら仕方のないことでしょう。

 

「そうですね。欲を言えば、リュクサンジュール候の首が欲しいのですが・・・。」

 

私の言葉を聞いて、ミュラー大将さんは「おや?」とでも言いたげな表情を浮かべて私に話しかけてきます。

 

「公主様、強気ですね。でしたら、このままリュクサンジュール候領に攻め入りましょうか。公都に連絡して領内で徴兵すれば、統治には間に合うと思いますが?」

「そうですねぇ。たぶん、目の前のあれがリュクサンジュール候軍の中核戦力でしょうし、あれを蹴散らしてリュクサンジュール領に攻め入ることも可能ですよね。」

 

私の問いにミュラー大将さんは、丁寧に答えてくれます。

 

「現有戦力で考えるのならば、領堺の村々や関所などの軍事拠点の制圧ならば小隊や中隊に分ければ可能ですよ。一気に全土まで攻めあがるのも可能ですが、補給線を切られる可能性もあるので、お勧めはしません。」

 

私は少し考えてから、ミュラー大将さんに自分の意見を述べます。

 

「ミュラー大将。全土とまでは望みませんが、それなりに大きい街を制圧して侵攻拠点にしたいですね。」

 

ミュラー大将さんは「そうですか」と答えてから、リュクサンジュール候領の地図を広げます。偵察活動も十全にやっていたようですね。

 

「でしたら、このままマルロン地域へ攻め上がり領都マルロンを占領し、境界線が重なるバストーニャ地域の国境守備隊に周辺の村々の領民を徴兵させたものを加えて攻め上らせることをお勧めします。」

 

ミュラー大将さんは、私の方を見て僅かばかりに強めの視線を向ける。

 

「確認ですが、公主様はリュクサンジュール候領を公国にお加えになるおつもりですか?それとも、トリステイン王国に返還するおつもりですか?それによって、少々手順が変わりますので・・・。」

 

今のところ、先の戦争の傷が癒えないトリステイン王国は弱腰・・・。小国とは言えそれなりに強いリクセンブルク公国と戦争する気はない様子。だけど、貴族領まるごと攻め落とされて王政府が動くか動かないかは賭けになる。

 

「先に戦闘をしてしまっているけど、アドルフが話してくれたあれに似ているわね。」

 

私は、妖しく笑って見せる。

ミュラー大将さんは、愛想笑いで返してくる。

 

「あぁ、ラインラントですか。・・・まぁ、あの時よりは状況は良いですよ。」

 

妖精の士官が入ってくる。

 

「敵陣の制圧が完了しました!掃討戦に移行してもよろしいですか?」

 

私の中で次の行動は決まっていた。私は、振り返って士官達に命じる。

 

「掃討戦は不要。周辺の村々に刈り取り自由と伝えて、関所の兵と好きにやらせておきなさい。我々はそのまま、兵を進めます。リュクサンジュール候領に進駐します!」

 

軍事顧問のナチス士官と公国の士官達は、直立の姿勢で右手をピンと張り、一旦胸の位置で水平に構えてから、掌を下に向けた状態で腕を斜め上に突き出す。

 

「「「「「ジークヘルツォーギン!!リクセンブルク!!」」」」」

 

 



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05話 ヒトラーの稲刈り

防御側から転じて侵略側へ、カプレンの勝利で公国軍は、周辺の治安維持及びリュクサンジュール候側の村落統治のためにナチス軍事顧問団300を残して、リュクサンジュール候領領都マルロンへ進軍を決定。さらに、リュクサンジュール候ルロンとその妻子の身柄を抑えるために、航空魔導士部隊を先行させた。公国軍とナチス軍事顧問団の地上戦力は増援部隊との合流のために一時待機となった。

 

少しでも早く進軍したいリクセンブルク公爵フィアリアは、周囲の村々に臨時徴兵を掛けた。

周囲の村々からは、徴兵された妖精たちと、少数の人間たち。そして、もう一種類、私達妖精族より一回り小さい50~80サント、緑色の肌に醜い容姿。簡素な革もしくは麻布の衣服を着込み、布の袋が腰に下げられている。広義においてゴブリンと呼ばれるこの種族は一般的に繁殖力が高く、人間を襲う邪悪な小鬼と言う認識が広く知られている。人間の認識はこのようなものである。

しかし、私達妖精は彼らに対してはかなり掘り下げた認識を持っている。なにせ、彼らは私たち妖精の奉仕種族なのだ。人間の想像通りの野蛮なゴブリンは、ゴブリンと総じて呼称している。そこまでは人間と一緒である。ただ、リクセンブルク公国のゴブリンはホブゴブリンと呼ばれる家畜化したゴブリンなのである。家畜化し従順なホブゴブリンは、ゴブリンより若干知能が高く、簡単な計算なら出来て店番程度なら可能。国内の重要な労働力となっていた。

そんな彼らは、簡素なレザーアーマーやチェインメイルを着込み槍や剣、もしくは弓を持って徴兵士官や貴族領の士官妖精達に命令されて隊列を組んでいる。

 

「旅次行軍隊列!組め!!」

 

ちなみに、私達妖精の容姿は幼いよりの美少女美少年、身長は80~120サント。貴族階級者は絹の服、平民階級は木綿の服を主として、一部が毛織物の服を着ている。これは普段着の話で、今は別の服装をしている。

 

公国直轄軍は近代化が進んでいるので、兵卒はナチスの武装親衛隊に影響を受けたケピ帽に規格野戦帽や略式野戦帽にシュタームヘルム。服装はナチス武装親衛隊の支給野戦服を見本に作られたオリーブグレイの野戦服。前線士官はオリーブグレイの制帽を被っている。

騎乗兵はこれに加えて、オリーブグレイのオーバーコートを着用し、戦帽の選択肢にピッケルハウベが加わる。

私の周りに控えている後方士官や将校たちの服装は、男性はナチス親衛隊の黒服とよく似た服装であり、女性はナチスの意向を大きく受けた白いブラウスとオリーブグレイの背広にミニスカートもしくはミディスカートを履いている。

直轄軍だけでも、服装の統一が済んでいない。これに諸侯軍が加わるとさらにぐちゃぐちゃだ。直轄軍から払い下げられた胸甲やプレートアーマーがそのまま使用されている。現在の諸侯軍において、今まではチェインメイルだった下級騎士も胸甲やプレートアーマーを支給され見た目はかなり華やかであった。

 

そんな様子を、私は傍目で見て一言。

 

「すばらしく、統一感がありませんね。」

 

ミュラー大将さんは、微妙な顔でこれに答える。

 

「直轄軍ですら服装の統一ができていませんのでね。この戦いが終われば統一も進むのではないでしょうか?」

 

私の周りにいる後方士官や将校、諸侯軍士官を見て統一感のなさを感じてしまう。

ワーゲンとサイドカーと騎兵の軍馬が隊列を組み、銃と剣と槍と弓が同じ戦列に並んでいた。後方の公都の予備戦力としてナチス武装親衛隊の戦車と駐退機復座機が付いた砲、青銅製のカノン砲を装備した陸亀や馬に牽引させた物が混成されていた。

 

「公主様、シュビムが用意できましたのでどうぞお移りください。」

 

御付きの近衛妖精士官が私を迎えに来た。

 

「ミュラー大将。」

 

私はミュラー大将さんの方を見る。

 

「はい、私も同乗させて頂きます。」

「そうしてください。」

 

片づけ畳まれたテントと陣幕をトラックや荷馬車に兵士達が積み込んでいるのを横目にしつつ、私の両サイドで手を斜め上に突き出した士官達に、私は軽く手を挙げて応える。

 

軍事顧問と近代化した近衛軍が、すでに先発していた。

なので、私の周りは公国親衛隊(近衛軍の精鋭)とミュラー大将の護衛部隊、それ以外は諸侯軍の胸甲騎兵と重装騎兵が護衛に付いている。ちなみに騎兵だが一般的には馬であるが、妖精やホブゴブリンの体格が小柄であるため妖精犬であるクー・シーに騎乗している。犬と名乗っているが、見た目は狼に近いため他国からは狼騎兵(ウルフライダー)と呼ばれている。公国親衛隊はヘルハウンドを使用している。一応、馬や幻獣などもいるが馬は荷運びが主体で騎兵運用としては2~3人乗り、幻獣に関しては主流6種類ドラゴン、グリフォン、ヒポグリフ、マンティコア、ペガサス、ユニコーンだが、そのどれも我が国にはいない。ペガサスやドラゴンが航空部隊の補助戦力に上がっているが検討段階である。

 

ワーゲンとサイドカーとオートバイ、そして狼騎兵と馬騎兵がゆっくりと移動を開始する。

そんな中、オートバイに乗ったナチス軍事顧問団の兵士が、私達のワーゲンに並走してくる。

 

「公主様、ハインリッヒ大将!別動隊の航空魔導士団が敵領都を陥落させました!侯爵一家は捕虜として手中に収めております!」

 

それを聞いた私たちは、まさに笑いが止まらない状況でした。

 

「大変結構!航空魔導士団の指揮官は誰だったか?」

「たしか、ナチス軍事教導顧問団のターニャ・デグレチャフ准将かと存じ上げますが・・・。」

 

ミュラー大将さんの言葉に、助手席に座る公国親衛隊副官の眼鏡をかけた妖精の子が答えました。

彼女は元々公国の近衛騎士で組織改編の折に、私の副官として付いている騎士爵の子です。

確か名前は、トリエル・フィオリンと言ったかな。

なかなか頭の回転が速い優秀な子だ。これで武芸にも秀でているのだから、流石は我が親衛隊と言ったところですね。

 

「公主様、彼女への叙勲の件。ご検討ください。」

「えぇ、彼女の働きは目を見張る者。人間であるのが残念なくらいです。」

「女性ならば、不老長寿はうらやむものなのだろうな。」

 

私の言葉を聞いたミュラー大将さんは、苦笑いで返してきました。

 

「国家権力者なら不老不死を望むところでしょうか?」

「無理だと解っていらっしゃるのに、御冗談を。」

 

車中では、敵領都陥落を受け緩んだ空気が流れていた。軽い冗談が出たのがいい証拠だろう。

 

 

 

 

 

 

リクセンブルク公国公都リクセンブルクの公城では、公主フィアリアより一時的に権力を預けられたアドルフ・ヒトラーが四卿を招集。公国臨時運営会議を開催する。

 

無線通信でいち早く、リュクサンジュール候領の領都陥落と侯爵一家の身柄の確保を知ったヒトラーは、次なる一手を打とうと動き出していた。

 

ヒトラーが公城の会議室に入った時には四卿は御付きの役人たちと共に、すでに席についており、一部がヒトラーに対して非難の視線を送っていた。

 

「ヒトラー殿!軍がリュクサンジュール候領に侵攻したとはどういうことだ!トリステイン王国が出てきたらどうなると思っている!」

 

外務卿ヨーク・グリーナ伯爵が食って掛かる。

 

「国内では、トリステインが攻めてくると不安を抱くものが少なくありません。」

 

内務卿メアリー・パールもヨーク外務卿程ではないものの批判的な言葉を紡ぐ。

 

ヨークとメアリーが非難の言葉をヒトラーに向けるが、彼はどこ吹く風と言った感じで気にした様子はない。むしろ、何かもったいぶって「まぁまぁ」と宥めに入るほどの余裕があった。

 

軍部とナチスが蜜月なのは周知の事実であったゆえに、軍務卿プディング・カスター伯爵がヒトラーの側に立った発言をする。

 

「近代化を進める我が軍は、周辺国より格段に高い軍事力を持っていますので、トリステイン王国を超長期に渡り抑えることが可能であると言っておきましょう。」

 

そんな様子に、メアリー内務卿が不満そうな顔をして意見を述べる。

 

「軍は可能でしょう。で、予算はどうなのです?戦争するには金が要るのですよ?」

「そうだ!金はどうするつもりだ!」

 

メアリーの言葉にヨークも同調する。

すると、今まで沈黙を保っていた財務卿エリザベス・パブリーナ伯爵が面倒そうに御付きの役人から資料を受け取り読みながら発言する。

 

「トリステイン王国が出てきた場合、戦費は想定を軽く超え書面上は数日で赤字になるのですが・・・・・・。おそらく、トリステイン王国参戦はないのではないでしょうかね。」

 

エリザベスは財務資料を周囲の卿に見せびらかすように掲げて見せる。

 

「我が国の基幹産業の一つ繊維産業、国家工場の初期出資者の欄・・・、よく見てください。ほら、あった。トリステイン王国の大公爵の二人、エスターシュとクルデンホルフの名前があります。出資の条件にですね。大公爵それぞれに、我が国の繊維産業利益の1割が振り込まれる契約となっておられましてね。トリステイン王国が我が国を攻め落とすとそれが0になるわけですねぇ~。ありえないと言う言葉はありえないと言いますが、トリステイン王国参戦は、まぁ・・・、ありえないでしょう。」

 

エリザベスの説明を受けた二卿は黙って着席する。

 

「これで、ご納得頂けたであろう。」

 

そして、ヒトラーは会議室が静かになったところで改めて意見を述べる。

 

「トリステイン王国は動かない。それ以外の大国も苦言は呈するだろうが、直接何かされているわけでもないので動くことはない。とは言えこれ以上トリステインを挑発するのはやりすぎだ。であれば・・・!」

 

ヒトラーは壁面に張られた地図をバシンッと握りこぶしで叩く。

 

「大国に属さない周辺の独立諸侯を刈り取るのだ!!第一の目標はプルゼニド伯国!ズデデーン地方へ進軍を開始する!」

 

 

 



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06話 領都マルロン攻略戦

 

公国臨時運営会議より数時間前。

 

ターニャ・デグレチャフ准将率いる、ナチス武装親衛隊と公国近衛軍の合同航空魔導士団はリュクサンジュール候領領都マルロンへと迫っていた。

 

「ふふっ・・・・・・」

「准将、どうして笑われているのですか?」

 

演説やその場の空気作り以外で笑うことなどない厳格な上司であるターニャが、珍しくも感情を漏らし笑っていたいた。長年の副官であったヴィーシャは、疑問を持って尋ねた。

ターニャはさらに感情を表に出して嗤う。

 

「これが笑わずにいられるか?航空魔道士の編成は大隊が36人・・・強化大隊が48人。我が第二〇三魔導大隊48人、他のSSから吸収した魔導士が20人、公国近衛軍が800人、合計868人!アハハハハッ!!868人だぞ!!セレヴリャコーフ大尉!!868人!!大隊が24個も作れる!1個小隊のおまけ付きでだ!!一個師団はだいたい15個大隊だったはず。残りの9個大隊と1個小隊で旅団として・・・。定員割れしてるが軍団を名乗ってもいいなぁ!!航空魔道軍団!!前の世界じゃ聞いたこともない言葉だよ!!これと言った明確な脅威がない戦場で、信じられない数の魔導士を率いて、ソフトスキン同然の中世の町を攻める。全く、これほど楽しい話はないじゃないか!!セレヴリャコーフ大尉!!」

 

今までの中で、最大のテンションと言っていい程の上官に、ヴィーシャは若干引き気味に「よかったですね。」と答えておく。本人は気が付いていない様だが、ヴァイス中佐は指揮の伝達に影響が出ない程度の、僅かな距離を取っている。

 

「ヴァイス中佐、僅かだが遅れているぞ?出撃前の訓示の際に、妖精さんと遠足と冗談で言ったが気を抜いていいとは言っていないぞ?」

「っは、申し訳ありません!油断しておりました。」

「軍人、死ぬときは死ぬのだ。あたしの部下から下らん理由で死ぬ奴が出た場合は、そいつに懲罰を下すからな。」

 

死んだ人間に懲罰を下すなんてできませんよと、心の中で思ったが、この人なら出来るかもしれないと思ってしまったヴィーシャ達であった。

そんな、彼らの心の機微など察しもせずにターシャは声を上げ、行軍隊形を解き陣形切り替えを命じる。

 

「ヴァイス中佐!公国中核集団をダイヤモンド隊形で展開!擲弾爆撃!ケーニッヒ准佐、ノイマン准佐はヴァイス中佐の前に出てデルタ隊形で前方警戒!それぞれ、左翼と右翼だ!あたしがトップに出るよ!ヴュステマン大尉は残余を率いて後方警戒!行くぞ!!」

 

「「「「「っは!!」」」」」

 

「それと、ヴァイス中佐。白燐弾も使えよ?せっかく、本部より頂けたのだ。もったいないからな。」

 

 

完全な奇襲の形であった。この世界基準の飛竜よりわずか上を飛んでいた。飛竜や幻獣ならまだしも、人間及び人間より小柄な妖精だ。地上からでは豆粒程度、鳥の群れにしか見えないかもしれない。

そして、ターニャ自身、相手を舐めた発言が目立ったが油断しているわけではない。その証拠に、攻撃開始時刻は夕方日没の時間帯。夕闇に紛れての奇襲攻撃であった。

 

「擲弾っ!投下ぁ!」

「「「擲弾投下!!」」」

 

ヴァイスの号令で彼に従うグランツ大尉と妖精士官らが復唱し、それに続く兵たちが手に持った擲弾の安全ピンを引き抜いてから擲弾を放す。

 

数百の擲弾が黒い雹のようにマルロンの街に降り注ぐ。

ある物は市場に降り注ぎ、片付けを始めていた商人や奉公人たちを吹き飛ばし、破片が周囲の人や物に突き刺さる。

スラムの藁屋根を貫通し、寒さに震える浮浪者に人生最後の暖を取らせた。

街路を進む馬車の前方に落下し、馬の前下半身が吹き飛び横転する。

数百の黒い雹は、マルロンを火の海に変えた。

 

 

 

 

 

商家の奉公人として勤めていたマルコムは、商家の旦那から言いつけられた酒の買い付けから戻るところであった。御者に馬車を任せて自分はこっそりと荷台で余分に買った酒を少しだけ頂いていた。

すると、馬の尋常ではない嘶きが聞こえたかと思うと馬車が大きく揺れ、マルコムはそのまま外に投げ出された。

頭を強く打ったのか。ひどく痛む、困った何が原因かわからんが馬が転んでしまった。この転び方だ。馬は足を折っているだろう。酒も結構な数が割れて流れ出ている。御者はクビだろうし、マルコム自身も大目玉だ。下手したらクビかもしれない。

 

「デップ!おい!何やってんだ!」

御者の名前を叫び、その場に俯いている御者の肩を大きく揺らす。

彼はそのまま、横にガクリと倒れる。

ビチャリと何か湿ったものが零れ落ちる。

ピンクと言うか赤っぽい何か。

 

「う、うわぁああああああ!!」

 

御者の内臓が地面に広がる。

 

「助けてくれ!」

 

傍を歩く人の腕を引いて助けてを求めると、彼はまた驚いた。

その人も頭から血を流し、茫然としていた。

彼の見ている方を見る。燃えている、市場が、家々が、店舗が、詰所がマルロンのありとあらゆる場所が燃えていた。

 

そして、彼の目の前に黒い何かが落ちてくる。そして、尋常ではない熱さと痛みが襲い彼の意識はそこで途切れた。

 

 

 

「総員!降下!各部隊、すみやかに目標の攻略に向かえ!!」

 

ターニャの号令で航空魔導士団868人は混乱するマルロンの街に降り立つ。

 

 

ヴァイス率いる中核部隊はマルロン市街を継続して攻撃を行い。マルロンの守備隊や自警団を引き付け続ける。と言うより一方的にも虐殺し続けている。

 

「爆裂術式!一斉射!」

 

公国の妖精士官の命令で兵士たちが、自警団詰め所に爆裂術式を一斉に放つ。

詰所はガス爆発でも起こったか様に大きな火柱が上がり、中の人間をローストし風圧でウェルダンのサイコロステーキがバラバラと飛び散った。そんな様子を見て妖精兵の一人が楽しそうに笑って言った。

 

「人間って、こんなに弱かったんだね!!」

 

 

 

ケーニッヒとノイマン率いる部隊が、候城の外苑部は封鎖した。

ターニャ率いる最精鋭が候城の正門を破り突入する。さらに雪崩を打って公国部隊が続く。

 

ターニャの最精鋭以外の部隊は略奪行為を始めているが、咎めるつもりはない。

何せ、この世界にそう言った類の国際法はない。上司のハインリヒ・ミュラー大将もリヒテンブルク公も刈り取り自由として、寧ろ推奨するくらいだ。戦況に影響が出ないのなら好きにすればいいだろう。

 

妖精士官がヴィーシャを介して報告を上げてくる。

 

「准将、候が地下宝物庫に立て籠もったとのことです。それと、息子ステファンと息女ステラの身柄を押さえたとのことです。」

「適当に縛って、どこかに閉じ込めとけ。候の代替品に用はない。早く、候を引きずり出せ。」

 

ターニャ達はほとんど制圧した候城を、地下室に向けて歩きながら、思案したり指示を出したりした。

 

「宝物庫に立て籠もるとは、下手に攻撃すると貴重品がダメになりそうだな。ガスでも使うか?」

「あの、准将・・・。」

 

ヴィーシャがターニャに答えようとすると、妖精士官の一人が意見具申をする。

 

「准将!子供を使ってはいかがでしょう?」

 

フランツ・ケイユと言う金髪のショタ妖精であった。

ターニャは彼の考えを瞬時に読み取り、手を叩いて関心する。

 

「そうだったな。ここには国際法はない、そういう方法の方が早く済んで合理的だな。」

「ケイユ中尉、貴官に任せる。」

 

地下室の前で並んで籠城戦の様子を眺めていると、後ろから候の子供たちが連れてこられる。

 

ケイユ中尉は候の子供たちをちらりと見ると何かを話すでもなく。いきなり拳銃でステファン少年の左膝を撃ち抜いた。

 

「あ ゙あ ゙あ ゙あ ゙あ ゙あ ゙!!い゛だい゛ぃいいい!!助けでぇええ!!」

 

ステファン少年の叫び声が響く。扉の向こうにも聞こえているだろう。

 

「予想通りだな。貴族のボンボンは堪え性がない。」

 

ターニャは、特に感情のない平坦な口調で思ったことを口にした。

 

「そりゃそうです、甘やかされてますからね。」

 

ケイユ中尉は自分に向けられた言葉でないことを理解しつつ、返答し。

 

「出てきませんね。もう一発。」

 

今度は右膝を撃ち抜いた。

 

「あ ゙あ ゙あ ゙あ ゙あ ゙あ ゙!!」

 

さらに、叫び声が大きくなる。

 

「准将、流石にこれは・・・。」

 

ヴィーシャが、ターニャに暗にやめるように促す。

ケイユ中尉は弑逆的な笑みを浮かべて、息女のステラの眉間に拳銃を押し当てる。

「ひぃいいいいい!!いや!いやぁ!パパ!ママ!!」

ステラの恐怖に震える声が聞こえる。

 

「セレヴリャコーフ大尉、別に殺しはせんよ。候も人の親、そろそろ。」

 

扉が開かれ、リュクサンジュール候ルロンとその妻ステファニーが並んで出て来る。

 

「ま、待て!!降伏する!!だから!!もう、やめてくれ!!」

「ご慈悲を!!」

 

ターニャが軽い調子で候の方に寄っていく。防殻はすでに薄く張っている。

 

「おや、やっと出てきてくださいましたか。」

 

部下に候と一緒に立て籠もっていた家臣たちを一か所に集めさせる。

ターニャはルロンの背を押して、客室へ向かおうと歩き出す。人質にしていた子供たちは衛生兵に治療させている。

 

「おっと、こいつらは要らなかったな。下手に残党化されても困る」

 

そう言って、家臣たちを集めた場所に手榴弾を軽く放り投げる。

ターニャの部下たちは一斉に防殻を張ったが、そんなことのできないルロンの家臣たちは、元家臣の挽肉を軽く炙ったものに変わった。

 

「さて、外の生き残りに終わりを告げてください。候」

 

 

こうして、リュクサンジュール候は降伏を宣言しマルロンの街は陥落したのであった。

 

 

 

 

リュクサンジュール候領領都マルロン陥落から1週間。

リュクサンジュール候領は、完全にリクセンブルク公国の手に落ちた。

周囲から援軍に来たリュクサンジュール候派の諸侯軍は、ナチス武装親衛隊と皇国近衛軍によって蹴散らされる。戦いの勝敗は決したのである。

 

 

 

 

リュクサンジュール候領陥落から2週間、ようやっとトリステイン王国の調停の使者が現れる。

黒髪を後ろに撫でつけた切れ長の目付きの悪い男だった。25歳ほどで、黒い僧服に身を包んだ姿は、まるで 聖職者を想起させるが、腰に下げた銀色の杖と、鋭い眼光が将軍のよう な雰囲気を漂わせていた。この男こそ、トリステイン王国宰相エスターシュであった。

 

豪華な馬車がリクサンジュール候城へと続く街道を進んでいく。

マルロンの街は、表面上落ち着きを取り戻していた。瓦礫の山ばかりであったが・・・。

また、侯爵一家や直臣達は徴発した商家の倉庫に軟禁されていた。

 

リクセンブルク公国の占領軍は、リュクサンジュール候城を統治府として活用し、公主フィアリアもこの城にいた。

 

エスターシュを乗せたトリステインの馬車が、旧リュクサンジュール候城の前に止まった。

 

 

 

公国親衛隊公主付き副官のトリエルがエスターシュを出迎える。

 

「トリステイン王国宰相エスターシュ様、お待ちしておりました。公主様達が御待ちですのでご案内します。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時期、ヒトラーは、公主フィアリアを介してプルゼニド伯国へ侵攻を開始。

プルゼニド伯国、ズデデーン地方はプルゼニド国境要塞線を構築していた。

アドルフは、リュクサンジュール候領侵攻の戦力として編成していた砲兵部隊をズデデーン地方へ差し向けたのであった。

 

「ファイエルッ!!!」

 

ナチス武装親衛隊の砲兵士官が手を前に突き出して全軍に砲撃開始命令を出した。

落雷や火山の噴火を思わせる轟音が、プルゼニド国境要塞線の各所から火柱が上がり、要塞の石壁が崩れ落ち、防護櫓が中央部から爆散し崩れ落ちる。

 

「隊列を崩すな!進め!」

 

瓦礫と化した、プルゼニド国境要塞線へ向けて周辺の村や街から徴兵された徴兵士官の妖精と兵卒のホブゴブリンが瓦礫の山に向かって、進軍を開始した。

 

 

プルセニド侵攻を皮切りに、リクセンブルク公国は独立諸侯の刈り取りを始めたのであった。

 

 



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07話 護国卿就任

プルセニドに侵攻したのは、リクセンブルク公国公主従姉マリー・ド・ルクセンシュタイン

侯爵率いる諸侯軍であった。諸侯軍の大半が動員された雑兵含めた3000の軍集団は、ナチス武装親衛隊機甲及び砲兵集団の支援を受け、ズデデーンの要塞線を越える。

 

リクセンブルク公国以上に小国のかの国は、散発的な抵抗の末陥落した。

 

予定通りに・・・。

 

プルセニドを攻め落とした侵攻軍総大将マリー・ド・ルクセンシュタイン侯爵は、プルセニドに接しているベーレン公爵領の領境界に兵を集結させる。

これに対し、ベーレン公爵ボメミオはこれに対抗すべく、プルセニド侵攻時に招集していた軍を差し向けた。また、ベーレン公爵領と同盟関係にあったメーメン公爵領は援軍の派遣要請を受けて援軍を派遣した。

両軍はオモロッツ平野に、マリー率いるリクセンブルク公国軍2500とメーメン公の援軍を加えたベーメン公爵軍3000が衝突する。

また、このことに危機感を持ったスラヴィア侯国とカルパト伯国も同様に軍の編成を開始し始めていた。

 

 

リクサンジュール候城では、トリステイン王国との停戦交渉が続けられれていた。

 

「我々は、リクサンジュール候に攻め入られ返り討ちにした。我が国に不穏な行動をとるリクサンジュール候の復権は認められません。」

 

公主フィアリアはじめ、リクセンブルク公国側はトリステイン王国に対し、数百年以上昔にルクセンシュタイン候領として統治していた事実を盾に、リクサンジュール候領の全土の割譲を要求。

これに対して、トリステイン王国エスターシュ宰相は当然のごとくこれを拒否。

 

「リクサンジュール候領の分割統治を提案する。」

 

エスターシュはリクサンジュール候領の分割を提案し、双方で分割交渉が始まる。そこに、リクサンジュール候の出る幕はない。リクサンジュール候はこの時点で法衣貴族への転落が決定していた。

 

トリステイン王国はこれを機に王家の統制を受け付けない貴族の解体と見せしめ。リクサンジュール候領の直轄地化することによる収益の増加。リヒテンブルク公国は単純に領土拡大。

 

双方に利益があった。さらに言うのであれば、トリステイン王国の取り分の中に、エスターシュ大公領としての割譲分も含まれていた。

結論として、トリステイン王国内の独断専行の目立つ貴族を取りつぶし、トリステイン王国とリクセンブルク公国で3:7で分割したと言うことである。リクセンブルク公国は統治記録が歴史的に証明されている3割を取り戻し、トリステイン王国は王家の強化と、エスターシュの影響力の拡大と言う結果で終わったのでした。

 

トリステインは王家とエスターシュ大公家の暗闘がはじまり、リクセンブルク公国はそれに手を出さない代わりに周辺独立諸侯の刈り取りの黙認と言う非常に魅力的な勝利を得たのであった。

 

フィアリアは、旧リクサンジュール候城を去っていくトリステインの交渉団を見送った。

 

「これで、最大の懸念であったトリステインの介入はなくなったわね。」

「はい、フィリップⅢ世とエスターシュ大公の政争は、すぐには終わらないでしょう。」

 

フィアリアとミュラーは、手を振ったりしながら街道を去っていくトリステインの馬車から目を離さないままに、口だけを動かして会話する。

 

「リクサンジュールとズデデーンは大昔は従姉の持ち物でした。従姉も俄然やる気を出してくれることでしょう。」

「公主様、この場の軍の事ですが・・・。」

「親衛隊は私とリクセンブルクへ戻って、SSと近衛主力は従姉の援軍に出しましょう。そうすれば、ベーレン公とメーメン公に付いた独立諸侯も早く片付くでしょう。」

 

数日後、フィアリア達はリクセンブルクへと戻った。

その後、2年ほどでベーレン公領とメーメン公領並び追従諸侯を刈り取った。

その翌年には、リクセンブルク公国南のトリアー候領を併呑。さらに、最後に残った独立諸侯トランシルダキアとマジャルザークが戦わずして軍門に下り、ヒトラーの稲刈りは終了した。

 

 

 

 

リクセンブルク公国は、僅か数年で独立諸侯全てを統一してしまった。

僅か短期間でトリステイン王国に並ぶ、国力を持った国家が誕生したのだ。

 

当初ガリア、ゲルマニア、ロマリア、トリステインから警戒されましたが、トリステイン王国のエスターシュ大公失脚から始まる混乱を突いて、ゲルマニア王国が再度トリステイン王国と戦端を開いたために、注意がそちらに傾いたからでした。

 

 

 

「護国卿の任。遺憾なく、才を発揮し公国のため。私のために尽くすことを望みます。」

 

リクセンブルク公国公城の玉座の間で、アドルフは私から護国卿の叙任を言い渡される。

 

「護国卿の任、謹んでお受けいたします。」

 

アドルフは恭しく私の手を取り、その手の甲にキスをして忠誠を誓う。

一通りの儀式を済ませると、参列者がいる方を向いて演説のように今後の展望を語る。

 

「リヒテンブルク公国は、大国に対抗すべく国力・軍事力を整えるべきでしょう。いずれ、公国は、精強なる軍勢を整えるであろう。」

 

アドルフ・ヒトラーは指さしの形で周囲を示す。

 

「確かに周囲の国々は油断ならない!だが、それは大した問題ではない。ロマリアの相手は新教徒どもに・・・。ガリアに関しては少しばかり注意が必要だが、二人目の皇太子誕生で浮かれている。直近の脅威であるトリステインはフィリップ四世への代替わり中、ゲルマニアは王政が崩壊し、新たな形に変わりつつある。彼らは彼らで潰しあってくれるだろう。何せ、このハルケギニア・・・人間だけは掃いて捨てるほどいる。」

 

アドルフは私の後ろに回って、両肩に手を置きます。

 

「きっと、その後も連中は何かと理由を付けて戦争し続けるだろう。何十年も・・・。そうし

て、愚図な人間どもが、殺しあっている間に我らはさらなる時間を得る。」

 

私はアドルフの方を見上げる。彼は愛しむ目を私に向ける。その目は紅くギラギラと光っていた。

 

「公国が準備を整えたその時。世界は、どのような形であれ悲惨な大戦になっているだろう。」

 

彼の目が赤く光る。

 

「その時こそ、拳を振り上げ完膚なきまでに叩き潰し。連中に教育してやろうじゃないか。」

 

アドルフは数歩前に出る。私の玉座の右斜め前に・・・。

 

「東方より、今のハルケギニアの人の子らの先祖が渡ってくる前は、誰が支配していたのかを・・・。フェアリルが支配者として復活し、再び覇道を為すと・・・。私はフェアリルの全盛期

を取り戻すとリクセンブルク公、公国のすべての民にお約束しよう。」

 

アドルフは握りこぶしを振り上げ、紅い目をギラギラと輝かせて叫んだ。

 

「そのために、私は吸血鬼、ヴァンピールとなったのだ!!」

 

リクセンブルク公国の現No.2公主従姉マリー・ド・ルクセンシュタインが、ナチス式敬礼で従妹である私と新No.2アドルフ・ヒトラーを讃える。

 

「ジークヘルツォーギン!!リクセンブルク!!ジークサーユージーン!!ヒトラー!!」

 

マリーの敬礼を合図に、この場にいた数百人の諸侯と軍人たちは腕を斜め上に突き出し、唱和した。

 

「「「「「ジークヘルツォーギン!!リクセンブルク!!ジークサーユージーン!!ヒトラー!!」」」」」

 

「「「「「「「「ジークヘルツォーギン!!リクセンブルク!!ジークサーユージーン!!ヒトラー!!」」」」」」」」

 

息継ぎで、少し静かになった。

今度は、ハインリヒ・ミュラーが声を上げる。

 

「ジーク!ハイルッ!!ジーク!ライヒ!!」

 

 

「「「「「ジーク!!ハイル!!ジーク!!ライヒ!!」」」」」

 

「「「「「「「「ジーク!!ハイル!!ジーク!!ライヒ!!!!」」」」」」」」

 

その声は、城の外まで響き渡った。

彼の言う大戦より40年以上昔の出来事であった。

 

 



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08話 血と土と夜と霧

ヒトラーの稲刈り、諸侯統一戦争が終わり。独立諸侯の大半がリクセンブルク公国の下へ組み込まれていった。

南部トリアー領を中心とした南部アンシュルス都市国家群を吸収し、東部のマジャルザーク領やトランシルダキア領を公国直轄地として組み込んだ。ベーレン領とメーレン領は保護領として間接統治をしている。

また、護国卿アドルフ・ヒトラーにNo2の座を譲ったマリー・ド・ルクセンシュタインは現ルクセンシュタイン領にリュクサンジュール領とプルセニド領を所領に加えた。

そして、リクセンブルクの国政を一気に担うこととなった。護国卿アドルフ・ヒトラーは公主フィアリアから、褒賞を何がよいか聞かれた際に、国内のいくつかの小領地を求めそれを別荘とした。ヒトラー自身は公都リクセンブルクに留まり執務を継続している。

 

護国卿アドルフ・ヒトラーは、就任直後に任免権を発動し組織を改編した。

武装親衛隊は第三帝国軍政教導顧問団と呼称を改め、ハインリヒ・ミュラーは公国軍参謀と第三帝国顧問団全体と政治の長官に、軍事の長としてヴィルヘルム・モーンケ親衛隊少将が就任した。

ターニャ・デグレチャフ准将も念願の後方事務職としてヒトラー、ミュラー、モーンケ他重要役職者の下で執務をこなすことが増えた。

 

また、熱心なるナチズム信者であるマリー・ド・ルクセンシュタインは、内務卿の管轄から独立した司法保安部門の長、司法卿に就任した。彼女は司法局、政治警察、刑事警察、秩序警察を統括し、政治警察の一部局である秘密警察。通称ゲシュタポを組織した。

 

軍務卿プディング・カスターと財務卿エリザベス・パブリーナ、内務卿メアリー・パールは留任した。ただし、内務卿の管轄からいくつかの部門が独立し、その権限はだいぶ減少した。

そして、外務卿ヨーク・グリーナは解任、後任にマリーの推薦でリップル・ドロップス男爵が就任した。そして、内務卿から分離独立した国家宣伝と国民指導、文化・芸術・報道方面の統制を担う文化啓蒙卿が新設されアストライア・アイシス男爵が就任した。

 

 

リヒテンブルク公国の各卿は、ヒトラーの護国卿就任を期にナチズム信奉者及び好意的なもの達で固められ今後40年以上に渡るヒトラー体制を形成した。

ヒトラーは、超長期的な首都改造計画を発表、これに着手した。そして、占領統治政策において、フェアリル及びホブゴブリン優遇政策を採用した。

 

通称、土と血の法。

リクセンブルク公国の土地(土)をフェアリル及び奉仕種族(血)民衆の血の源として保全するとして、占領地の農民たちから農地を没収し、リクセンブルク公国農民へ再配分するというものであった。一応占領地の農民は小作農としての道はあったが、土地持ちの農場主たちの反発は大きかった。

 

そして、司法卿マリー・ド・ルクセンシュタインが動く。

 

「国内の不穏分子をすみやかに拘束しなさい。国外に出すことは絶対にさせてはなりません!」

 

秘密警察ゲシュタポを中心とする警察組織は彼女の指示を受けて、国内の不穏分子の逮捕拘束が行われ、それは割と早期に終わる。公都に在住する前外務卿ヨークを中心とした旧体制派は逮捕された。家族や知人と言った関係者には情報は一切開示されなかった。収監者は密かに連行され、それに続き家族や親しい間柄の人物が、まるで夜霧のごとく跡形も無く消え去った。

 

配下の保安警察より、占領地のレジスタンスや土と血の法に従わない地主たちに対して、敵性分子狩り集団アインザッツグルッペを占領地の反乱分子粛清に投入した。

しかし、そのまま人狩りを行えば周辺国からの非難は必至だ。故に彼らは利用することにしたのだ。新教徒狩りを・・・。

当時ロマリアは新教徒の台頭によって苦境に立たされていた。ロマリアは新教徒狩りを各国に推奨していた。リクセンブルク公国はこれに便乗し、不穏分子を新教徒や共和主義者に仕立て上げ粛清していった。

 

彼らの粛清対象は、額面通りの新教徒と共和主義者はもちろんの事、国家政策に反抗的な地主や亡国の旧臣達が含まれており、それらをまとめて粛清していった。

 

 

 

指揮官であるフランツ・ケイユが部下の兵士達に不穏分子を、兵士によって壁に並ばせられる。

 

「うわぁあああ!!」

 

一人の不穏分子が兵士を振り払い逃げだす。

ケイユは腰のホルスターから素早く拳銃を抜き引き金を引く。

不穏分子は後頭部を撃ち抜かれ脳漿を散らして倒れる。

 

「まったく、手こずらせる。早く並ばせろ。」

 

先ほどよりも乱暴に、小突きながら不穏分子たちを並ばせる。

それを確認したケイユは号令をかける。

 

「弓構え!狙え!!!」

 

アインザッツグルッペンの兵士達が、クロスボウのハンドルを廻し弦を引き絞る。

 

「射れ!!」

 

ケイユの号令で、クロスボウの引き金が引かれる。

クロスボウ本体から矢が放たれ、クロスボウの鏃が不穏分子の頭蓋を食い破る。中には貫通し突き抜ける者もいた。

アインザッツグルッペンの兵士達は粛々と不穏分子たちを処刑していった。

 

「ケイユ少佐。」

「新教徒として、火を放って埋めておきなさい。」

 

アインザッツグルッペンは国家の敵性分子を刈り取る掃討部隊である。

しかし、その敵性分子に新教徒と言う罪を重ね掛けて、新教徒として処刑し、ロマリアへ媚を売ったのだ。ケイユ少佐は異端審問官の資格を持ち、異端狩り部隊の側面も持っていた。

 

穴に死体を埋めて、アインザッツグルッペンの兵士達は隊列を組む。

ケイユが乗るキューベルワーゲンを先頭に、妖犬に騎乗した騎兵が続く。

 

「諸君、次だ。」

 

 

 

 

都市計画が進む中、司法局の建物の一室では司法卿マリー・ド・ルクセンシュタインが判を押し、書類を裁可していた。

 

「ルクセンシュタイン司法卿、顧問団のハインリヒ・ミュラー様がいらっしゃっています。」

「丁重に、お通ししなさい。」

 

秘書官にミュラーを案内するようにを告げ、マリーは鏡の前でダークグレーの背広とミニスカートに皺がないかを確認し、軽く身嗜みを整える。

身嗜みを整え、執務机の前へ移動する。ノックをする音が聞こえ、入室の許可を求める声が聞こえ、それに許可を与えると扉は開き、ミュラーが入ってくる。

 

「ハイル・リクセンブルク。」

「えぇ、ハイル・リクセンブルク。」

 

挨拶も手短に、秘書官が運んできたコーヒーを片手に、対面式のソファーにコーヒーテーブルを挟んで向かい合うように座り、二人は仕事の話を始める。

 

「裏切り者のヨークは粛清したわ。今頃、肉骨粉になって畑の肥料よ。そっちは?」

「吸血鬼化を拒否した旧国防海軍の人間は海の底。恥ずかしながら人間でいたい等と言う妄言を吐いた奴が親衛隊からも出たのは恥だよ。連中には地獄まで引率してやったがな。」

 

書類数枚をテーブルに広げての相談会だ。ミュラーはナチスドイツ時代、ゲシュタポ長官であり、その経験を活かし顧問の立場でマリーにアドバイスをしていた。

 

「ユダヤ人、反ナチ分子、反独分子、エホバの証人、政治的カトリック、同性愛者、ソ連捕虜、常習的犯罪者、浮浪者、ロマ、労働忌避者、以前の世界では多くの人間を浄化した。彼らの中にはカトリックや浮浪者、労働忌避者に温情を与えようとする者もいて、バチカンや国際連盟などが外から口出しをしたが、こっちの世界では一纏めに新教徒と共和主義者で流れ作業だ。宗教権威が推奨したのは実にありがたい話だ。」

「えぇ、そうね。ヨークは共和主義者にしたわ。少々、危ない橋を渡ることにはなったけど。

大貴族階級でも慈悲も容赦もなく処刑した事に、ロマリアの教皇陛下はご満悦の様よ。信心深さに感心ってね。まぁ、私達の忠誠心のおかげで適当に誤魔化すことが出来なくなった。アルビオン王は苦渋の決断をすることになったみたいだけど。」

 

リヒテンブルク公国の積極的な新教徒狩りは、他国の新教徒狩り、異端狩りを一層進めることとなった。その過程で、エルフを妾に抱えていたアルビオン王弟サウスゴーダ大公モードをアルビオン王ジェームスは処刑した。掘り下げると、ジェームス国王は最初外交や金の力で解決を図ったが、類似事件(外務卿ヨークの共和主義者疑惑)の起こったリヒテンブルク公国が即座に該当者達を貴賤問わず処刑したために、アルビオン王国とリヒテンブルク公国二国がロマリアの教皇庁で比較され、アルビオンにロマリアから圧力がかかったと言う話である。

同じ異端と言う意味では、吸血鬼化した第三帝国武装親衛隊も同じであるが、正規の上納金と非正規な賄賂。現地枢機卿への懐柔工作、金額の大小が分かれ道だったと言うことだ。

 

アルビオンはロマリアからの評価が下がり、逆にリクセンブルクの評価は上がり、司法局の

アインザッツグルッペを中心とした実働部隊の指揮官の多くに、異端審問官資格が与えられた。

 

「それは、連中の問題だ。ガリアもゲルマニアもトリステインも多かれ少なかれ何かあるだろうさ。だが、我々の知ったことではない。」

「そうね。で、司法局つながりでトリステインの高等法院院長リッシュモンのお目付け役をして欲しいんですって、ロマリアもだいぶ私たちを信頼してくださっているわ。」

 

ミュラーは書類に目を通しながら、受け答えをする。

 

「あぁ、ダングルテールのことか。移民であり、異端であり独立志向が強い。それでいて、これと言った軍事力はない。殺されるためにいるような連中。」

「ロマリアは、新教徒に関しては神経質なのよね。ここはやっぱりアインザッツグルッペかしら?」

 

マリーの問いに、ミュラーは頭の中でアインザッツグルッペのケイユ少佐が、ロマリア好みの処刑方法を忖度してくれるだろうと想像してから答える。

 

「ケイユ少佐なら、安心だろう。向こうの掃除係とうまくやってくれるさ。」

「その辺りは心配してないわ。我が国の兵がトリステイン王国の領土に入ること了承するかしら?」

 

マリーの不安を聞いたミュラーは、彼女の不安を消すために、その辺りのことを説明する。

 

「非公式でいいだろう。ロマリアには話を付けておく。ロマリアもそこまでの無茶は言うまい。トリステインの方はリッシュモン院長の仕事、あの男は抜け目ない。最低でも事が風化するまでは隠し通すだろう。記録なんて残すわけがない、10年もすれば知らぬ存ぜぬだよ。」

「それもそうね。」

 

マリーが、その慎ましくも形の良い胸を撫で下ろすような仕草をする。

 

「ありがとう。ロマリアへは任せても?」

「構わないさ。ところで、今夜予定はあるかな?」

 

マリーは執務机の上に羽ペンと並んで置いてあった手帳を確認する。

 

「今夜?・・・空いてるわよ。」

「公城の近くの料亭で今夜、どうかね?」

「喜んでお受けしますわ。」

 

 

 



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09話 ダングルテールの虐殺

トリステイン王国の魔法研究所実験小隊と合流したアインザッツグルッペの80人からなる派遣小隊は、ダングルテールの村を包囲する。

 

「村人は教会に押し込めろ。」

「っは!」

 

アインザッツグルッペの兵士が、ダングルテールの村人を教会の中へ押し込める。

 

「とっとと歩け!異端者が!」

 

村人たちは、怯えながらも指示に従った。その場にいた村人たちが全員教会に入ったのを確認した兵士が、キューベルワーゲンに乗せていた油を教会の壁にかけて回る。ガソリンはもったいないので止めた。異端者に金をかける必要はないからだ。

 

ケイユはMP35短機関銃を肩に下げ、教会に火を放たせた。

新教徒教会なら燃やしても問題ない。メラメラと教会の壁に火の手が昇り、異常に気が付いた村人たちが正面扉から逃げだそうと殺到する。

ケイユと数名のVG魔導小銃を持ったアインザッツグルッペンの兵士達が、村人たちの足元に発砲し、村人たちを中に押し戻した。

2・3人は足を撃ち抜かれ炎から逃げ遅れて、生きたまま焼かれていく。

 

「あはははは!!どの国でも異端者は処分しなくてはな!!爆裂術式、単発でだぞ。」

 

兵士達が爆裂術式を単発で打ち込む。村人たちは炎に包まれた。炎は嵐のように教会中に広がった。

 

上機嫌のケイユは、自分の近くにいたトリステインの魔法研究所実験小隊の隊員に話しかける。

 

「どうだね?メンヌヴィル班長、肉の焼けるいい香りだ。そうは思わないかな?」

 

アインザッツグルッペンの兵士達は酒を飲みながら、ケラケラと楽しそうに笑っている。

ヒクヒクと動いている村の子供をクロスボウの的にして遊んでいる。家に隠れていた村娘に度数のキツイ酒を頭からぶっかけて、そのまま火を掛ける。村娘は悲鳴を上げながら転げまわっていた。普通なら目を伏せるところなのだろうが、その姿があまりにも滑稽で噴出してしまう。

 

「っぷ、ケイユ少佐!これは愉快だな!こういった裏方任務にも役得は必要と言うことだ!ハハハハハ!」

 

大声で嗤うメンヌヴィルを見て満足そうにケイユは頷いてから、教会の一角を指さす。

 

「メンヌヴィル殿の二つ名は白炎でしたな。小官は以前から系統魔法の炎の魔法に興味がありましてな。是非、白炎の由縁等を見せてもらいたいと常々思っていたのだ。」

「ほぅ。」

 

メンヌヴィルはケイユの指す方に視線を向ける。

教会の後ろのステンドグラスを割って窓から逃げ出そうとしていた。アインザッツグルッペンの兵士達に交じって自分の部下たちも参加して、攻撃していた。絶望的に窓枠にしがみ付く村人の手だけが見えた。

 

「いいだろう。俺の白炎を見るがいい!」

 

白い炎が教会の中に放り込まれる。

教会の中からは断末魔の悲鳴が聞こえてきた。

窓枠に掛かていた手が炭化しているのが見えた。

 

「素晴らしい!異端者は焚刑が王道!素晴らしい!」

 

ケイユは純粋に称賛した。

一方で、メンヌヴィルの部下が何やら焦った様子で何かを伝えていた。

それを聞いたメンヌヴィルの形相は、ケイユの称賛を受けて満足げな顔から、怒りの形相に代わっていた。

 

「あの、クソ隊長が!悪いがケイユ殿、野暮用が出来たので片づけてくる。後で異端の処分法について語ろうではないか!」

 

「うむ、楽しみにしているよ。」

 

メンヌヴィルが部下たちを連れて立ち去っていく。

ケイユは教会の中に生き残りがいないか確認のために残り、兵たちに火が落ち着いてから死体をナイフや短剣でついて回らせた。

と言ってもメンヌヴィルの白炎は見事であったから生き残りはいないだろう。

周囲の家々には、生き残りはいない皆魔法で焼死体になっている。

 

後の処理は部下や、魔法研究所実験小隊に任せて自分は村から徴収した椅子に座ってロマリアへの報告書を書き始めていた。

 

実験小隊の隊員たちが何やら慌てて戻ってきた。

酷く混乱しているようだった。

 

「班長がやられた。」「隊長がガキ連れて逃げだした。」「裏切りだ!」

だの言っているのが聞こえた。

 

ケイユが近寄っていくと、苦しそうにうめくメンヌヴィル。その目には包帯がまかれている。

他にも、彼の部下や他の隊員が死傷もしくは重軽傷を追っていた。予定外の事が起こったことを理解したケイユは実験小隊の隊員に掴みかかる。

 

「おい!何があった!詳細を報告しろ!」

 

ケイユの声に、一瞬だけ慄いた隊員はすぐに答える。

 

「隊長が裏切った!異端のガキ連れて逃げやがった!それでメンヌヴィル班長を!」

 

報告になっていなかったが、事態は理解した。

ケイユは途端に怒りが込み上げてきた。

 

ガキ一人のために、部下を殺して逃げるだと!?ガキ一人のためにか!?それも異端の!?

 

「こ、この!!国家の統制を乱すクソッタレが!!追え!追え!殺せ!!アインザッツグルッペ!!山狩りだ!!ガキ共々奴の生皮剥いで、キューベルで引き摺り廻してやる!!」

 

 

 

 

 

ケイユ率いるアインザッツグルッペは実験小隊の小隊長が逃げたとされる山に追跡部隊を編成して、追いかける。

 

山の各所で炎の魔法と銃声とクロスボウの矢が撃ち合われる。

半日以上の山狩りで、明け方と言うこともあり難航していた。

 

そして、夜明け直前になって裏切り者と異端者のガキが洞窟に逃げ込んだことが分かった。

兵たちが、洞穴の中まで追い込んだらしい。

 

「よぉし!!異端者め!不穏分子め!この私自ら引導を渡してやる!」

「少佐、危険では?」

 

副官の言葉に対して、少しばかり鼻で笑う。

 

「私の二つ名を忘れたか。毒霧のケイユだぞ?私の毒霧の魔法ツィクロンで苦しませて死なせてやる。」

 

 

ケイユは洞穴の前で魔法を唱える。

毒の霧が洞穴に流れ込む。ニヤニヤと愉悦の表情を浮かべてその様子を眺める。

しかし、なぜか洞穴から苦しむ声、声そのものが全く聞こえない。

おかしい、どういうことだ。

 

以上に気が付いたケイユは毒霧の魔法を止めて、慌てて浄化魔法を掛けまくる。

 

「クソッ!!」

 

他の兵にも手伝わせて浄化する。

兵士たちが、洞穴の中を探すが、もぬけの殻。

 

「いません!洞穴はさらに奥につながっているようです。」

「逃げられたか。」

 

この事件は記録には残さず。知っているのは当事者のみであった。

 

 

 

 

ダングルテールの虐殺を期に、新教徒狩りはひとまず落ち着きを見せる。

司法局の暖炉では、ダングルテールの資料がくべられパチパチと薪と一緒に燃え上がっていく。

マリー・ド・ルクセンシュタインは執務机の別の書類に目を向け、ミュラーは彼女と近日中の予定を聞いて、自宅への晩餐の招待を受けて軽い足取りで司法局を後にする。

 

すでにダングルテールなど無かったかのような扱いであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

都市計画は佳境に入り、この公城も新しく立て直すことに・・・。

 

「お迎えに、上がりました。ヘルツォーギン。」

 

ちょっとした装飾のなされたフォルクスワーゲンが、止められている。

トリエルがフォルクスの扉を開ける。車内でアドルフが先に乗って待っていました。

 

「フィアリア、城の建て替えの間は最高級宿水晶邸を貸し切りにしておいたよ。」

「ありがとう、アドルフ。」

 

リヒテンブルク公国の公都は、ここ数十年で大きく様変わりした。

時代遅れの家屋や建造物は軒並み建て替えられ、アドルフの以前いた世界の建築家アルベルト・シュペーアなる人物が書き残した資料を基に作り上げられた。

偉大な新古典派の新しい姿の公都。私の城も、大きく作り変え変えられライヒス・ハレ・シュロムとして建て替えられるそうです。財務局、軍務局、内務局他のすべての役所も巨大な建築物に建て変えられるとか。いくつかはもう完成していましたね。

 

外の様子を眺めていたアドルフが、不意に声をかけてくる。

 

「フィアリア嬢、戦争だ。大きい戦争が起こる。」

「戦争・・・、また・・・。」

 

私は特に何も考えないままに声に出す。その姿が他人には憂いているように見えるのだと、アドルフは言っていた。

 

「そうだ、今回は比較的大きそうだ。ゲルマニア、トリステイン、アルビオンの参戦は確定。ロマリアは国境線に出て来るみたいだ。偶発的な小競り合いは、あるだろう。」

「あら?ガリアは出ないのかしら?」

 

アドルフの手が私の髪をなでる。

 

「ガリアは、後継ぎ問題だ。外にかまける余裕はない様だ。」

「ガリアの次代は結局誰なの?」

 

私の疑問に、アドルフはほんの少しだけ思考した様で一瞬、極一瞬動きが止まった。

 

「おそらくは長男だろう。魔法以外の才はあっちが上だろう。恐らく、暗殺だなんだで国が乱れるだろう。」

「内戦になるのかしら?」

「そこまでは、まだわからんよ。」

「私たちは、どう動くの?」

 

アドルフは、軽く笑って答えた。

 

「今回は見送る。静観するつもりだ。」

「あら。」

「でも、もうじきだよ。もうすぐ、我々も動くべき大きなものが来るはずだ。」

「そう、もうすぐなのね。」

 

そう、もうすぐ私たちの世界が来るのね。

この30年近く、私達フェアリルはアーリアと結びつき力を付け続けた。

もうすぐ、もうすぐなのね。

 

「あぁ、そうだ。」

 

石畳で舗装された道路の上を走るワーゲン。

アドルフの持っていたシュペーア計画書の半分の規模なのだそうだ。

この倍の都市計画を実行しようとしていた。彼の国はどれほどの物だったのか。

これほどの街は、きっとここ以外ないはず。ガリアの首都リュティスでも、ゲルマニアのボンドヴィナでも、ロマリアでもこれほどの街ではなないはず。

 

「フィアリア嬢、フェアリルとアリーアの時代が来るよ。」

「えぇ、そうね。」

 

彼らが気が付いた時には、私達は強大な存在となって返り咲くの。

新たな世界の王として・・・。

 

 

 



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10話 公主公務

公主専用車のフォルクスワーゲンと内務局のフォルクスワーゲン、それに護衛の妖犬騎兵

が、国営企業の前に止まり、国営企業の総裁の妖精と幹部階級の妖精とホブゴブリンが整列して出迎える。

 

私は、護衛責任者の近衛長官トリエルの手を取りワーゲンから降りる。

 

「公主様、お手を。」

「ありがとう、トリエル。」

 

隣の内務局のワーゲンから同様に、メアリー・パール内務卿が下りて来て声をかけてくる。

 

「ハイル!」

 

私は軽く手を上げて応じる。

 

「公主様、こちらがリヒテンブルク織物製造有限会社になります。彼が経営責任者のツァイス・ポールです。」

「ハイル!ヘルツォーギン!お会いできて光栄です!公主様!」

 

メアリーの紹介で、視線を向けると経営責任者の妖精の少年が敬礼をしてきたので、メアリーにしたように軽く手を上げて返礼する。

 

リヒテンブルク公国の政治にナチスが入ったことで、内政軍事と各方面で改革が進んだ。

土と血の法により、国家の精密な管理統括下に入った集団農場は国内から飢餓を一掃し、新たに繊維産業の隆盛させ、新たな産業として花開かせました。

また、周辺諸国が未だに家内制手工業を主体にした問屋制手工業の走りの段階であるのに対し、リクセンブルク公国はすでに工場制手工業に至り、方向性として工場制機械工業を見出している段階であったのです。

 

工場では、数百のホブゴブリンが紡績機を廻して糸を紡いでいた。

 

「現在我が社では、糸車を廃止しこちらの紡績機を採用しております。また、織機の方も現在は手織機を使用しておりますが、風石や水石を用いた自動機械式の物を開発中で完成し次第更新していく予定です。」

「繊維産業は、我が国伝統の鉄鋼業に並ぶ有力産業です。また、我が国の織物は高品質で他国の市場を乗っ取ることも容易でしょう。その証拠にトリステインでは我が国に輸出するための綿花栽培が盛んです。」

 

この頃に至ると、ヒトラー内閣内の勢力図にも変化が出て来ることになります。内務卿メアリー・パールの復権、内務局の権限は縮小の一途を辿りましたが、アドルフの指示で創設され、彼女が最高責任者に就任した内務局下部組織リクセンブルク労働戦線。

母体の内務局を越えた極めて巨大な規模の組織です。飢饉が解消された我が国では繁殖力の高いホブゴブリンを中心に人口が増加しており、その規模は年々増加の一途です。

その組織の中に国家社会主義経営細胞組織・国家社会主義手工業小売業組織が存在し、さらにその下部に歓喜力行団や国家労働奉仕団が組織されています。また、国家労働奉仕団は準軍事組織の側面を持っており、有事には軍に組み込まれるようになっており、労働者の大半が所属しているゆえに国民皆兵制度に近い物でもありました。

 

人口増加に際して、余剰部分で行っていた綿花栽培枠が、食糧生産枠に移る過程で形骸化した宗主国トリステインに、外務卿リップル・ドロップスが綿花の輸出強化を提案。関税などを調整。

当時経済が悪化していたトリステインは、この提案に飛びつき多くの貴族領で綿花栽培が始まりました。

 

「なるほど・・、そうですか。」

 

私は口元に手を当てて、何かを考えるような仕草をしてから落ち着いた様子で答える。

この動きが深謀遠慮を魅せるようでした。

 

次に視察した場所はリヒテンブルク製鉄製造有限会社。

ここでは、石灰石で焼結された鉄鉱石が高炉へ投入される。石炭を蒸し焼きにしたコークスと言う燃料の熱エネルギーは、まるで火系統の魔法のように熱かった。製鉄所のシンボルとも言えるこれらの巨大な溶鉱炉は、ハルケギニアを全土を探しても我が国にしか存在しない。金属を鍛錬して製品を製造する鍛冶屋レベルの物しかないのだから・・・。しいて言うのならば、魔法の補助を加えた反射炉がゲルマニアで試験運用され始めた程度。

 

「そこの高炉から取り出された銑鉄を混銑貨車にて、溶銑のまま製鋼工場まで輸送します!」

 

騒音のために製鉄製造の経営責任者が大声で説明する。

それを聞きながら、混銑車で運ばれて来た銑鉄を追うためにワーゲンで並走する。

製鋼工場では取鍋に移されたあと、内部に耐火レンガを敷き詰めた転炉に装入される。

攪拌作業が終了し、転炉は最初とは反対側に回転して、別の取鍋に完成した溶鋼を排出する。

 

さすがに、熱さで参ってしまいそうです。

トリエルから冷水を貰って、体を冷やす。

 

「すこし、疲れました。休憩をとりたいのですが・・・。」

 

私の発言で、製鉄製造有限会社の視察を切り上げ、鍛造工程と圧延工程の公主視察は中止、内務卿のメアリーに引き継いで、暫し休憩室で休養を取ることにしました。

 

「公主様、明日のリヒテンシュタイン土石製造有限会社への視察は中止しましょうか?」

「いいえ、その必要はありませんよ。」

 

トリエルの言葉に、私は拒否を示します。国主が最前線に出ることは迷惑になることが多いけど、こう言った後方の現場に出て状況を確認したりして士気を挙げることは悪いことではないもの。

 

「それに、土石製造有限会社ではアドルフと合流するのよ。恥ずかしい姿は見せられないわ。」

 

トリエルは「仕方ないですね。」と言わんばかりの溜息をついてから、私の言葉に応じる。

 

「わかりました。ギリギリまでこちらでお休みください。」

 

私は火照る体を覚ますために、紫のプリンセスドレスの止め具を緩める。目の前のテーブルにはガラス製の水差しとアイスペール(氷入れ)、そしてコップが置いてある。

 

少し横になって、体が冷めて楽になる。

頭に乗せられたゴム製の氷嚢はすでに溶けていた。

それをすぐ横に控えていた随行員のメイドに渡して、アイスペールの氷をコップに移し水を注がせる。

 

それを受け取って、立ち上がり窓の方へ眼を向ける。30年前は何もない平野だったこの地に、今やハルケギニア屈指の近代工場が林立している。今、リヒテンブルクは・・・、否、フェアリルは人間を越えた。

胸の中に沸々と湧き上がる愉悦にも似た高揚感。

 

「そう、休んでいる暇はないのよ。」

 

疲れが取れた後、少しばかり暗くなっていたが急ぎワーゲンでライヒス・シュロムへ戻る。

公都リヒテンブルクの中央にある私の宮殿ライヒス・シュロムは、都市計画当初の宮殿一体型国民議会ライヒス・ハレ・シュロムの計画を二つに分けて、それぞれ宮殿のライヒス・シュロムと国民議会フォルクス・ハレに分けられ向かい合って建っている。

 

「あぁ・・・。」

 

宮殿の寝室で、腰を落ち着けた私の声が零れる。

まだ、未完成のはずなのにまるで、神々の住まう神話の世界のように荘厳な公都、この建設途中の都に想いを秘めて私は誓うのです。

私が敬い慕う彼の理想。国家社会主義の楽園を・・・共に築き上げるのだと。

 

 

 

 

翌日、兵器工廠の視察をしていた護国卿のアドルフと合流し、リヒテンブルク土石製造有限会社への視察に向かう。

公主専用車と護国卿専用車、内務局の車両と護衛の車両と騎兵。

 

土石製造有限会社では、公都改造計画の土台である新しい建築素材ポラルドセメントの製造工程の説明を受ける。

前回同様に各工程の様子の説明を受け、土石製造有限会社の視察は終了した。

 

昼食を挟み、午後からは国家社会主義公共福祉団の児童施設「母と子の家」の視察が行われた。

 

アドルフの肝いりで組織された国家社会主義公共福祉団は経済的に貧困な家庭を援助したり、また腐敗が進むロマリア教会と入れ替わる形で子供を援助し、児童施設を運営した。

また、繁殖力の低いフェアリルと言う種族への救済政策として母子援助活動が行われ、対象の家族への住宅や住宅費用への支援。新しい母親への支援が実施された。

 

「何か困っていることはありませんか?」

 

私は、児童施設の施設長に何か困っていないか尋ね、施設長の妖精が穏やかな口調で答える。

 

「はい、公主様。護国卿閣下の福祉政策のおかげで、この国には飢えに苦しむ子供たちは一人もいなくなりなりました。大変感謝しております。ただ、しいて言うなら子供たちの勉強道具が足りないことでしょうか。」

 

「・・・アドルフ。」

 

私は、アドルフの方に視線を向ける。きっと、子供が何かおもちゃを親にねだるような目をしてたかもしれない。そんな私に彼は軽い笑みを見せ応じる。

 

「うむ、それは問題だ。ただちに、福祉団に全国の施設の子供たちに勉強道具を手配するように指示しよう。」

「それがいいですね。」

 

そんな私達の様子を見て、施設長を始めとした諸君たちは謝意を述べる。

 

「感謝いたします。マイン・ヘルツォーギン、サーユージーン。」

 

その後でフェアリル、アーリア、ホブゴブリンの身寄りのない子供や片親家庭の子供達が、様々なレクリエーションを行い、健全育っていく姿を視察していきました。

レクリエーションの中には私が子供たちに童話の読み聞かせをする物があり、おおむね好評の様でした。

 

そういえば、この流れに乗ってナチス軍政顧問団団長ハインリッヒ・ミュラーと司法卿マリー・ド・ルクセンシュタインはアーリアとフェアリルの純血性を保ちつつ、世界屈指の優生種であるフェアリルとアーリアの交配による究極血統を作り出すための機関、生命の泉教会レーベンスホルンを創設。完璧な世界を作り出す第一歩を踏み出したようです。

 

民族が団結し、こういった苦難を乗り越える姿は国家社会主義のすばらしさを物語っています。なにあともあれ、理想世界は目前に迫っているのでした。

 

大戦まであと・・・、十数年。

 



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11話 始まりの調印 

トリステインとゲルマニアの何度目かの戦いが始まろうとしていた。

そして、リクセンブルクの頭角を現す戦争が始まろうとしていた。

 

 

トリステインとゲルマニアの関係が、悪化しつつあるこの時世において

トリステインの使者が、リクセンブルクを訪れた。

トリステインの使者は王宮勅使ジュール・ド・モット伯爵。好色中年の側面を持つ彼ではあるが「波濤」の二つ名を持つだけの実力者でもあった。

そんな、彼をしてもリクセンブルク公国の姿は異常の一言であった。小型の浮遊艦船にて降り立った公都リクセンブルクは自国の首都をはるかに超えた荘厳さを持っていた。彼の降り立った南側の空港には、そこからでも十分巨大な凱旋門が聳え立っていた。さらにその視界に納まる範囲に、トリステイン王宮と同等の規模を誇る護国卿官邸が視界に納まった。

 

歓迎式典は、彼の想定を超えるものであった。

南凱旋門から中央のライヒス・シュロム宮殿まで続くメインストリートには左右数列に並ぶリクセンブルク兵士達。そのすべてが微動だにせず、腕を斜め上に突き出す敬礼をしていた。リクセンブルク儀仗隊を先頭に、楽隊が音楽を奏でながら行進する。

 

ライヒス・シュロムに続く道中、リクセンブルク兵士達はずっと敬礼を続けていた。

 

ライヒス・シュロムへと入城した一行は、謁見の間にてトリステイン王国の勅使であるモット伯はリヒテンブルク公主であるフィアリアに勅命を下す。

 

「この度の、ゲルマニアとの戦いにリヒテンブルクは兵を率いて参加するべし。」

 

形骸化していた宗主権を行使した内容。

国力的には、ほぼ同列の対等な関係であるトリステイン王国とリヒテンブルク公国。実際に戦ったわけではないが軍事力ではこちらが上を行くはずだ。

 

目の前の玉座に座るリヒテンブルク公の目はガラス玉のように冷たく、横に控えるヒトラー護国卿は睨みつけるような視線を叩きつける様に感じられたのであった。

 

好意的なものを、一切感じなかった彼は勅令を断られることを予感した。

そして、リヒテンブルク公の口からゆっくりと言葉が発せられる。

 

「貴国が我が国に対して、宗主権を放棄するのなら・・・。」

 

現在の領土も国力もトリステイン王国と同等、いつまでも上下の関係でいるのはおかしい。

周辺各国や当のトリステイン王国でも、そう言った意見はあった。モット伯個人としては、リヒテンブルクの言に思うところはあった。そして、公主と護国卿の発する圧は無条件に頷かせられそうになる程であった。

彼はやっとのことで声を絞り出す。

 

「わ、私の一存では決めかねます。一度持ち帰り、陛下の判断を受けたいと思います。」

 

彼の目的は、あくまで勅を届け参戦を促す事。このような事を決める権限はなかった。

そして、今のトリステイン王国には老齢となりこの世を去ったフィリップⅢ世の様な戦上手ではない、現王フィリップⅣ世は戦下手ではないが、決して勇将でも知将でもない。ゲルマニアに勝つことは難しかった。

 

最大の同盟国であるアルビオン王国から、距離や時期の問題で助成を受けられなかった。そんなトリステイン王国は、リクセンブルクの参戦が不可欠であった。

 

トリステイン王国の方では、宗主権の放棄に関して話し合われた。

そして、以外にもあっさりと宗主権は手放された。形骸化した宗主権等不要であるとの意見が、ヴァリエール公爵やクルデンホルフ大公爵、財務卿のデムリ侯爵、陸軍元帥グラモン伯爵ら

国内有力貴族から多数出た為でもあった。

 

 

両国間の宗主権放棄及び軍事同盟締結の調印をするために、流石に王族の出席はなかったが、トリステイン王国からはヴァリエール公爵を中心とした有力貴族が調印団として、リクセンブルクを訪れる。調印式はフォルクスハレで執り行われた。

 

 

 

 

(視点がフィアリアに代わる)

 

調印式が終わり、私とアドルフらはトリステイン側のヴァリエール公爵らと足取りを同じくしてフォルクスハレの階段を下りていく。

フォルクスハレの前には、この歴史的なイベントを目にしようと、たくさんの国民が集まっていた。

フォルクスハレの階段には、ポツンとした島のような踊り場がある。これは演説台のための土台だ。

アドルフは、私に軽く目を合わせる。それに、私は頷いて応じると、速足で踊り場に立つ。

 

アドルフは、拳を胸に演説を始める。

 

「諸君!ゲルマニアとの戦争が始まる!諸君!!我々の闘争が始まる!!諸君!!!我々の歴史が始まる!!!我らがリヒテンブルクは、トリステインよりも多くの部分で国境線が接している!もはや、戦いは避けられないのだ!諸君!今日、この瞬間より我々の命がけの闘争が始まるのだ。それは辛く苦しいものとなるだろう・・・。だが、我々の闘争は今後何千年も何万年も語り継がれるのだ!!我々の手で歴史を作るのだ!!!」

 

アドルフが拳を振り上げるのと同時に聴衆の歓声が響く。

 

「「「「「「「「「「わぁあああああああああああ!!!!」」」」」」」」」」

 

彼の下に駆け寄る私は、彼の前に立ち声を上げる。

 

「私達の公国に勝利を!」

 

沿道整理や警備の兵士達が一斉にこちらを振り向き、腕を斜め上に突き出し声を張り上げる。

 

「「「「「ジークッ!!ハイルッ!!」」」」」

 

兵士達の敬礼に合わせて、聴衆たちもそれに倣い腕を突き出す。

 

「「「「「「「「「「「「「「「ジークッ!!ハイルッ!!ジークッ!!ハイルッ!!」」」」」」」」」」」」」」」

 

フォルクスハレに飾られたブルーベルの紋章が象られた公国の垂れ幕と百合の紋章が象られた垂れ幕が風に揺られている。

 

「「「「「「「「「「「「「「「ジークッ!!ハイルッ!!ジークッ!!ハイルッ!!」」」」」」」」」」」」」」」

 

そして、聴衆が手に持ったハーケンクロイツの旗が、聴衆の手で懸命に振られていた。

 

 

聴衆の反応にヴァリエール公爵らトリステインの面々は気圧されているようでした。

 

私とアドルフの耳には聞こえていた。

軍靴の音が、騎兵の掛ける音、戦車の重低音、砲兵の音、航空魔導士の音。

私達には見えていた。

燃え上がるゲルマニアの村々が、街が、都が。

 

 

 

 

 

 

リヒテンブルク公国参戦。

大国との戦争は今回が初めてであったが、周辺独立諸侯を飲み込み急成長を遂げた彼の国の強さは、未知数であった。しかし、各国が送り込んだ間諜や大使たちから齎される情報から分析した結果では、大国の武力に迫るとされており、今回のトリステイン王国・リヒテンブルク公国とゲルマニア王国の戦争は、ガリア王国・ロマリア連合皇国他の国々からも注目されるものであった。

 

 

「陛下、リヒテンブルクの参戦は確定です。」

「陛下、本当によろしかったのでしょうか。近頃の彼の国のありようは・・・。」

 

ヴァリエール公爵の報告に、トリステイン王国の枢機卿マザリーニは国王フィリップⅣ世に不安げに告げる。

 

「どうなのだ?ヴァリエールよ。リヒテンブルクは貴殿から見てどうであった。」

 

ヴァリエール公爵は、言葉選びに苦慮しながらも口を開く。

 

「少なくても、我々が想像している30年前のイメージは当てにならないでしょう。ここ、30年で公都はガリア・ロマリアに並ぶ荘厳さを得ていました。軍も、昔の様な追えば散るような存在ではないでしょうな。兵の士気は非常に高く、常備軍は我が国の魔法衛士隊を中心とした近衛並。沿道警備に出ていた兵士、恐らくは徴集兵でしょう。これらも我が国の正規兵以上の規律が維持されているようでした。軍を指揮するものとして、これほど理想的な兵はいないでしょうな。」

 

ヴァリエール公爵の言葉を聞いたフィリップⅣ世は暫し思案する。

 

「ヴァリエール公爵にそこまで言わせるか。此度の件が片付いたら、対策を練らねばならんか。二人とも下がってよいぞ・・・。」

 

「「っは。」」

 

フィリップⅣ世は、頭の片隅にリクセンブルクの件を置いておくことにする。だが、今は迫るゲルマニアの大軍である。それは、臣下の二人とて同じであった。

 

 

 

 

 

 

 

ガリア王宮ではガリア王ルイスは、二人の息子に意見を求めた。

王の御前に控える二人の王子は、それぞれに意見を述べる。

 

「トリステイン・リクセンブルクとゲルマニアの兵力差は歴然。戦場は例年通りサンクセン平野、リクセンブルクは程近いアインフェルト高原でしょう。どちらに地の利があると言う訳でもありません。となると兵力の差がものを言うものかと。」

 

「さすがはシャルル王子。」

シャルル王子の発言に周りの貴族達から、賞賛の声が上がる。

 

「うむ、そうか。軍の参謀たちも同様のことを言っておった。・・・して、ジョゼフよ。お主はどうだ。」

 

ガリア王ルイスに問われたジョゼフは、薄っすらと不敵な笑みを浮かべ問いに答えた。

 

「リヒテンブルクの一人勝ちに・・・。」

 

 

 

 




ネタバレ注意事項↓


















この戦争は未消化試合です。原作開始前ですからね


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12話 アインフェルト高原の戦い

この度の戦争において主な戦場は3つ。サンクセン平野、アインフェルト高原、ベルサラビア高原である。

リクセンブルクは地図上の地域区分においてはルクセンシュタイン領、ベーレン・メーメン領、スラヴィア・カルパト領、トランシルダキア領がゲルマニアと領境を接している。しかしながらその大半は小高い山脈に守られており、相当な準備をした山脈越えでもない限り越境はあり得ないものでした。

その為に、当初主戦場はトリステイン王国領境サンクセン平野とリクセンブルク公国領境アインフェルト高原、2つに絞られるのでした。

 

ゲルマニア側は、王国の勝利を持って昨今の反発する諸勢力を押さえつけんと、戦力の大半を動員したのであった。自国の常備軍に徴集兵、諸侯の領民軍、雑多な傭兵は勿論の事。北方のヴィスリンク大公国のハッカペル騎士団、東部のジェチポスポリタのフサリア騎士団やウーラン騎士団、ゲルマニア東部の独自傭兵コミュニティであるコサック軍とかなりの規模であった。サンクセン平野へは30000が、アインフェルト高原には20000が布陣することとなった。

対するトリステイン王国は常備軍に徴集兵、諸侯の領民軍、傭兵団総勢10000。リヒテンブルク公国は国軍及び領主常備軍を即座に動員。国軍と領主常備軍の詳細であるが、国軍は公主直轄の近衛軍と、ナチス軍事顧問団の兵力を統合再編させた国家社会主義公国武装親衛隊(以後親衛隊、または武装親衛隊)の事を指しており、領主軍常備軍は各領主領に所属する準軍事組織国家社会主義公国突撃隊(以後突撃隊)を転用したものであり、この突撃隊は有事の際に国が各領主に貸し出す兵とされた。この時すでに領主の私設軍は制度上消滅していた。領主に求められるのは指揮官としての存在のみであった。これら新編成の軍勢はアインフェルト高原へ動員された。その兵力は5000でまだ余力を残していた。また、護国卿アドルフ・ヒトラーはリヒテンブルク義勇軍フライコールの召集を決定。国家労働奉仕団を中心とした各組織より選抜が始まっていた。これ対してゲルマニア王国は、さらに動員兵力を増やし、新たな増援5000をアインフェルト高原へ差し向けた。

サンクセン平野にはトリステイン王国軍10000、ゲルマニア王国30000。

アインフェルト高原には、さらなる貴族領突撃隊の援軍と動員されたフライコールの5000を加えた10000とゲルマニア王国軍25000が相対していた。

 

アインフェルト高原上空では妖精兵で構成された航空魔導軍団を率いたターニャ・デグレチャフ准将が指揮をしていた。

 

「メーベルト少佐、開戦と同時に砲撃開始だ。敵の砲よりもこちらは距離火力共に優勢だ。敵の砲兵陣地を優先的に破壊、それと敵の重装甲戦力ゴーレムも片っ端から潰していけ。我が軍のトップからNo.4までがそう望んでいる。砲兵で敵を恐慌状態にさせて、安全に歩兵達の実地訓練をしたいそうだ。」

 

ターニャの命令にメーベルトは許可が欲しそうに質問する。

 

『准将、敵の前線指揮所や本陣も射程に入っていますが当てていいですか?』

 

「前線指揮所は好きにしろ。だが、本陣はダメだ。敵が早々に帰ってしまうからな。」

 

『残念です。こっちに来てようやく派手に打てると思ったんですがね。』

 

「近々、そういう機会もあるだろう。その時まで取っておけ。メーベルト砲兵指令官。」

 

ターニャに付き従う、ロルフ・メーベルト少佐。

サラマンダー戦闘団時代からの付き合いの彼も、今や出世して此度の軍の砲兵全体を統括する砲兵指令官だ。

 

「アーレンス少佐、貴官はまだ予備戦力だ。我慢してくれよ?機甲の活躍の場は、トランシルダキア側の連中に譲ってやれ。今はな・・・」

 

『残念ですが、了解しました。』

 

メーベルト同様に出世した、機甲の司令官アーレンスもサラマンダー戦闘団時代からの付き合いだ。そんな彼も戦意旺盛なので、念のため釘押さしておかねばならないか。

 

「軍務卿、こちらからはトスパン大尉をお貸ししますので存分に使ってください。」

 

『あ、あぁ・・・。そうさせてもらう。』

 

地上の主兵力である前線の歩兵や騎兵はリヒテンブルク公国軍務卿プディング・カスター将軍が指揮することとなった。これは、司令階級者が旧ナチスSSで埋め尽くされるのはいかがなものかと言う政治的配慮と、昔よりかなりマシになったとは言え、ターニャ自身のトスパンに対する信頼度の問題もあった。

 

ターニャは自軍の本陣の方を見る。

そこには、我が国の国家元首であるフィアリア・ド・リクセンブルクが戦車の上に仁王立ちして前線の様子を、双眼鏡で見ている姿が見える。

戦車の横にはキューベルのボンネットで吸血鬼化したナチスの士官や妖精士官達と打ち合わせしている。我らが総統閣下、今は護国卿閣下の姿があった。少し離れたところにアーレンスたちの機甲部隊が待機しているのが見えた。

閣下が、ここまで来ていると言うことは絶対勝てる戦いと言うことだ。万が一にも失敗は許されない。本来なら気を抜いてしまう戦いだが、逆に気合を入れて挑まなくてはな。

 

そう言えば、公主様が乗っている戦車はNbFzノイバウファールツォイク多砲塔戦車。あの、プロパガンダ専用戦車・・・持ち込んでいたのか。IV号対空戦車ヴィルベルヴィントとオストヴィントに守られた多砲塔戦車。見た目だけはいい。敵将も大いに目を引き付けていることだろう。

 

『聞け!リヒテンブルクの優秀なる兵士達よ!』

 

ターニャは通信機越しに聞こえてくる公主演説をBGMに銃器の確認を始める。

 

『30年前、我らの長きにわたる辛き時代をもたらした連中が、目の前にいる!今こそ、奴らを殲滅し!ツケを払わせる時が来たのです!!奴らの数は昔同様に多く、我々は領土を拡大しましたが、兵力はいまだに劣ったままです。ですが、30年前とは違うものがある!!』

 

フィアリアは小銃を掲げる。

 

『我々には新たな力がある!!奴らに思い知らせることが出来るのです!!矢は放たれた!否!弾丸は放たれた!!奴らに鉄の味を教えて差し上げるのです!!』

 

兵士達が小銃を掲げ、雄たけびを上げる。

 

「「「「「「「「おぉおおおおおおおお!!!!」」」」」」」」

 

兵士達が土嚢の影や、塹壕へ入っていく。

ゲルマニア王国側の演説も終わり、支度を整える。

 

『准将、前方より敵影。ゲルマニア軍の竜騎士隊です!』

別任で不在のセレヴリャコーフ大尉の代わりに付いた妖精士官のチェリー・コーンウォリス中尉から連絡が入る。

 

「了解した。航空魔導士全隊、散弾術式用意!!・・・・・・撃て!!」

 

滞空していた自身の士気兵力である800の妖精航空魔導士の小銃から、散弾術式が放たれる。

散弾によって3割ほどの竜騎士が落ちていく。遠くからではわからないが、恐らく今いる中でも負傷者はいるはずだ。だが騎士たちは、そのまま突っ込んでくる。

 

「総員!突撃せよ!敵竜騎士へ突撃せよ!」

『シュトゥルムアングリフ!!准将に続け!!』

 

私に割り当てられた妖精中隊に続いて、チェリー中尉の隊が続き他の隊もデルタ隊形で敵部隊に突入していく。

各隊が、敵竜騎士に対して空戦を開始したのだった。

 

 

地上においても、圧倒的優位に立って戦闘を展開していた。

 

「撃てー!」

 

塹壕や土嚢から頭と銃口を出して一斉射を行う。

自軍砲兵の砲撃によって巻き上げられた土煙は、両軍から視界を奪った。

リヒテンブルク軍の士官たちは塹壕から出ることはせずに、絶え間なく銃撃を続けた。

 

ガガッガッガガガガガ!!

 

リクセンブルク軍に貸与されたMG34機関銃から途切れることなく弾丸が発射され続け、盲目の状態で突入してくるゲルマニア軍の兵士達の死体を量産し続けた。

メーベルト砲兵団が射撃を開始する直前に、見えたのはリクセンブルク軍を一飲みにしようとしたゲルマニア軍の兵士達。全体の半数近い数が突入したのは見えていた。

 

砲兵の攻撃でゲルマニア軍の砲兵陣地や銃射手や弓兵が壊滅したのは想像がついた。

飛び道具の反撃が散発的だから、だが突撃したゲルマニア軍は状況を理解していないようでリヒテンブルク軍の塹壕まで迫ってきた。

 

「撃て!撃ち続けろ!」

 

前線指揮のプディングすらもが拳銃を抜いて応戦し始める有様であった。

「後方へ援軍要請を出すべきです!」

「早くそうしてくれ!」

 

トスパンの言葉に早くするように促すプディング。

 

他の塹壕では、塹壕に侵入したゲルマニア兵とリヒテンブルク軍の白兵戦が発生し始めていた。

「着剣急げ!」

 

サーベルを抜いた士官妖精が、ホブゴブリンの兵士達に着剣を急がせる。

 

「「「うわぁああ!!」」」

 

ゲルマニア兵が塹壕に侵入してくる。

 

「応戦!応戦だ!」

 

銃剣を装備したホブゴブリンとゲルマニア兵が剣や槍、銃剣とスコップで白兵し始める。妖精士官もサーベルで戦っている。

 

 

後方では、フィアリアが各所の塹壕に侵入を許したという報告を聞いて、ある決断をする。

 

「アーレンス少佐!機甲部隊を前進させなさい!!」

 

フィアリアの命令を受けたアーレンスはビシリッと腕を斜め上に突き出して応じた。

 

「ハイル!!ヘルツォーギン!!パンツァー!!フォー!!」

 

アーレンスのIV号指揮戦車を中央に10両のIV号戦車とIV号駆逐戦車が続く、最後尾にIV号突撃戦車ブルムベアが付いていく。

 

アーレンスの機甲の前進に伴い、メーベルト砲兵団の砲撃が止む。

土煙が晴れて状況が理解できるようになる。

後方の友軍は壊滅、突撃していた自軍も壊乱。最悪の状況を理解したゲルマニア軍が潰走状態になる。

 

生き残りの兵士達を戦車が追い回す。

状況が有利と分かった兵士達は塹壕から出て追撃に加わる。

一部の塹壕がゲルマニア軍に落とされたものの、この状況は覆らない。他の兵たちがゲルマニア軍を塹壕から一掃する。

 

 

すでに壊滅状態のゲルマニア陣地にアーレンスの戦車隊と騎兵部隊が、止めとばかりに突入する。

もはや死体の山でのミンチ作業の様なものだ。ゲルマニア軍を25000が壊滅した。

 

 

 

そして、もう一つ。

当初の予想を裏切り、リクセンブルク公国軍はトランシルダキア領より進軍を開始。

ヴィルヘルム・モーンケ親衛隊中将率いる軍勢が、トランシルダキア領ブロドジャより侵攻を開始。旧ナチス親衛隊を再編成したヨアヒム・パイパー准将率いるパイパー戦闘団、オットー・スコルツェニー中佐率いるスコルツェニー猟兵大隊、マテウス・ヨハン・ヴァイス中佐が指揮代行する第203航空魔導大隊がトランシルダキアよりゲルマニアへ越境した。

 

目標は、ゲルマニア黒海沿岸最大の資源採掘場オルデッサ。

 



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13話 オルデッサ強襲制圧

 

「幻影術式解除。」

 

ヴァイス中佐の合図で一斉に術式が解除される。

トランシルダキア国境線上に突如現れた、ヨアヒム・パイパー准将率いるパイパー戦闘団、オットー・スコルツェニー中佐率いる第502SS猟兵大隊、マテウス・ヨハン・ヴァイス中佐が指揮代行する第203航空魔導大隊、約2000はトランシルダキアとゲルマニアの国境に突如姿を現した。

 

パイパー戦闘団の主力運用する戦車はⅤ号戦車、通称パンターと呼ばれる戦車であった。

ヨアヒム・パイパー准将が搭乗するⅤ号指揮戦車を先頭に6両のⅤ号戦車、4両のⅣ号戦車と2両のⅤ号駆逐戦車他多種多様な戦闘車両が続く。さらに、第502SS猟兵大隊所属のIII号突撃砲3両が追従する。本作戦は強襲作戦であり、歩兵は全て自動車化された自動車化歩兵であり、歩兵は全てデサントしているか、後続のワーゲンやサイドカー、オペルブリッツ(軍用トラック)に搭乗していた。

 

「総員!蹂躙せよ!」

 

パイパー准将の号令で、先頭の戦車の砲塔が一斉に火を噴く。

轟音と共にゲルマニアの簡素な木造の関所の門が破壊される。

 

関所の櫓からマスケット銃や弓矢で応戦しようとする兵がいたが、パイパーはそれを無視して強行突破していく。

 

行く手を塞ぐ重装歩兵を戦車で轢き殺し、突破した。

道中の村々を後続のアインザッツグルッペに任せ。ゲルマニア王国ライナー地方最大の採掘場、オルデッサへ侵攻する。

 

「パイパー准将、前方より騎兵集団!!ライナー・コサックと確認!!」

副官の報告を聞いて、パイパーは矢継ぎ早に指示を出す。

 

「全戦車一斉射!!コサック共を吹き飛ばせ!!」

「「「「「ファイエル!」」」」」

 

戦車砲の一斉射撃で、密集陣形を取っていたコサック騎兵が一瞬で吹き飛んだ。

オルデッサ侵攻軍は、兵数こそアインフェルト高原の兵力の2割弱だが、投入された戦闘車両の数は、アインフェルト高原のそれを軽く凌駕した。

 

「よし!順調だ!このままいくぞ!」

「「「「「ヤー!」」」」」

 

「北西の村の門に自警団?農兵集団!」

「無視だ!アインザッツグルッペに任せろ!突っ込んでくる奴以外は無視だ!」

「了解!」

 

全速力で、オルデッサまで駆け抜ける。その集団は、逸れてさえいれば挑まない限り無視したが、進路直上に存在する砦や村々を容赦なく粉砕し破壊を齎した。

 

 

 

ライナー辺境伯オルソンは、周辺の村々や警備隊からの通報を受けて右往左往していた。

 

「早い!?早すぎる!!なんなんだ連中の速さは!?」

 

混乱するオルソンに、側近の臣下は対策を告げる。

 

「伯爵様、敵は間違いなくオルデッサを狙っています。オルデッサは石造りの堅牢な城塞。敵はそこで足止めを食うでしょう。そこを、我々で背後から攻め懸ければ撃退できるかと思われます。兵は緊急時故手持ちの兵を連れて行き、村々で強制徴募しましょう!そうすれば個々の兵と合わせて1000は集められるはずです。」

 

深刻極まる状況を前に、オルソンは即断した。

通常なら、正しい判断だ。だが、この場合は尻尾を撒いて逃げることが正解だったのだ。

 

「うむ、それしかあるまい。すぐに支度をせい!」

 

 

 

 

侵攻軍はオルデッサ城塞へ到着する。

 

「ヴァイス中佐!上空援護及び対地攻撃は貴官に一任する!」

『了解!』

 

「歩兵部隊降車!スコルツェニー中佐!歩兵の全体指揮を任せる!」

『了解!』

 

ヴァイス中佐とスコルツェニー中佐の返答を確認したパイパー准将は戦闘車両を整列させる。Ⅴ号戦車、Ⅴ号駆逐戦車、Ⅳ号戦車、IV号自走砲車フンメル、Ⅲ号突撃砲、マルダーIII対戦車自走砲、ヴェスペ自走榴弾砲、軽駆逐戦車ヘッツァー、異世界に渡った砲車両のほとんどが並んでいた。

城壁や前面のバリケードに兵士達が大慌てで結集しているのが見える。

 

パイパー准将は、ニヤリと嗤ってから命じる。

 

「オルデッサの鉱山部分以外の構造物には用はない城塞ごと破壊してしまえ。全車両連続射撃・・・ファイエル!!」

 

大量の砲弾が雨霰のようにオルデッサへ降り注ぐ。オーク材の立派な城門は弾け飛び、城壁は兵士と一緒に崩れ落ち、下の兵士達を押しつぶす。兵舎と鉱夫の長屋の見分けなど、すぐに分かるわけがない。だから、それらしいものは片っ端から潰す。

 

パイパー准将は不敵に嗤う。国際法のない世界、人の命が前の世界以上に軽い世界。勝ってしまえば、全てが許される。なんて、素晴らしい世界なんだ!

 

 

 

瓦礫の山となったオルデッサ城塞や市街地。

 

「制圧!制圧せよ!」

 

オットー・スコルツェニー中佐は配下の士官たちに薬袋を配る。

その袋に入っている薬は、ペルチビン。メタンフェタミンとも呼ばれる覚醒剤であった。

その士官たちは兵卒たちに服薬させる。

そこかしこから、奇声に近い雄たけびが聞こえる。

吸血鬼化して、凶暴性や残虐性がすでに増している現状での服薬は、彼らの箍を完全に外した。

 

「全軍!行け!進め!!突撃せよ!!」

 

スコルツェニー中佐の号令で、兵士達が奇声を上げながら瓦礫の山を突き進んでいく。

 

「「「殺せぇええええ!!」」」

「「「イヤァッハ!!蹂躙だぁああ!!」」」

「「「犯せ!女を犯せ!ガキも犯せ!!男は殺せ!!ひゃはははっはあ!!」」」

「「「キヒヒ!!血だ!血を奪え!!血ぃいい!!」」」

「「「グォオオオ!!破壊!破壊!!破壊だぁ!!」」」

 

立ち向かってくる兵士を殺す。逃げ惑う老若男女の住民たちを殺し、血をすする。肉もむさぼる。家屋に押し入り金目の物を奪うセオリーだって忘れない。

 

蹂躙戦に参加しない付随砲兵や工兵たちと一部の偵察兵は城塞を包囲し人の子一匹逃がさない!!

 

劣等人種は全て浄化を信条に、後の世の禍根を残さないように生き証人など必要ない。

生き物は全部殺す!そう、全部だ!

 

興奮状態の兵士達の心情が、手に取る様にわかると言うものだ。

スコルツェニー中佐は満足げだ。

 

パイパー准将は、その様子を双眼鏡越しに見て副官に告げる。

 

「副官、スコルツェニー中佐に15~18くらいの生娘を2・3人の私用に確保するように頼んでほしい。」

「閣下、それは飲用ですか性玩具としてですか?」

 

副官は、淡々と受け応える。吸血鬼化してから人間への思いは消えた。

だから、人間に対して思うところはない。牛や豚に同情など抱くはずはないのだ。

 

「両方だ。貴官も一人ぐらい確保してもよいぞ。」

「では、4・5歳くらいの童女がいいです。」

「副官、貴様そう言った趣味があったのか。」

 

パイパー准将は、副官に僅かに白い目を向ける。

リクセンブルク同化政策の途上でナチス将兵の間でも婚姻に関する年齢がロリまで許容されてはいたが、ペドは思うところがったのだが副官の返答に胸を撫で下ろす。

 

「食用です。」

 

自分の副官がペドフィリアなのは流石にと思ったが、食用なら問題ない。

子牛や子豚の肉は柔らかくて、美味しいのだから。

 

 

 

 

オルデッサが蹂躙されている頃、ライナー辺境伯オルソンの軍勢は救援に駆けつけることはなかった。むしろ、壊滅の危機に瀕していた。

 

 

「に、逃げろ!」

「うわぁああ!?」

「た、助けてくれ!!」

 

村々で徴兵した農兵達が一方的に殺されていく。

オルソンの直参である領軍兵士も同様であった。

 

アインザッツグルッペの妖犬騎兵とキューベルワーゲンに追い立てられる、その姿はハンティングであった。

 

オルソンと側近たちは剣を奮い、弓を射る。

オルソンの奮う剣が騎兵の剣と当たる。

その騎兵は、リクセンブルクの伝統的な妖犬騎兵や訳の分からない鉄の車ではなく。

馬に乗った人間だった。

 

その騎兵を見た。オルソンは声を張る上げる。

 

「お前たちは!トランシルダキアとマジャルザークのユサール騎兵ではないか!!誇りあるお前たちが何故亜人の味方をする!!」

 

「「「「「ぎゃはっははははは!」」」」」

 

オルソンの言葉への返答は、馬鹿に嘲笑う様な笑いであった。

 

そして、ユサール騎兵たちは吸血鬼特有の尖った歯をオルソンに見せた後で、勢いに任せた突撃を敢行する。

人間と吸血鬼力の差は歴然であった。

 

2騎のユサール騎兵がオルソンの腕を左右から掴む。

 

「な、なにを!?ぎゃああああ!!」

 

ユサール騎兵は不気味に嗤い。それぞれ違う方向へ思いっきり引っ張る。

オルソンの腕は千切れ、両腕を失った体が地面へと叩きつけられる。すでにオルソンに息はなかった。

 

興奮して、ゲラゲラと笑うユサール達のリーダーの肩に手を置いて、アインザッツグルッペの指揮官フランツ・ケイユが話しかける。

 

「どうだい?こちら側の世界は?実に痛快愉快ではないかね?」

「ははははは!全くですな!もっと早くこちら側に来たかったですな!ははははは!」

 

意気消沈している、オルソンの側近たち。

ケイユは彼らを一瞥して、部下に指示を出す。

 

「あいつらを、適当な倉に詰め込んでおけ!この後は、古き良き伝統あるガス室だ!」

 

ライナー辺境伯家は、アインザッツグルッペの手によって断絶。徹底した弾圧統治によってライナー領の反対勢力は消滅した。

 



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14話 混沌へのプロローグ

リヒテンブルク軍のアインフェルト高原での大勝利、ライナー領奇襲から始まるオルデッサ強襲制圧。リヒテンブルク公国は、この戦いでの流れを完全につかんでいた。

 

この時点で、リヒテンブルク公国は公主フィアリアと護国卿アドルフ・ヒトラーの名を持って、ゲルマニア王国と領地を接するベーレン・メーメン領、スラヴィア領、カルパト領の諸侯に対し、ゲルマニア侵攻を指示。

 

すでに即応状態にあった諸侯指揮下の突撃隊が、各地で越境を開始。各都市で編成されているリクセンブルク義勇軍フライコールも逐次編成され国境へと進軍した。

 

一方で、サンクセン平野の戦いでトリステイン軍は国王フィリップⅣ世の討ち死によってトリステイン王国は壊乱状態に陥り、ヴァリエール公軍やグラモン伯軍と言った一部の貴族が潰走を防いでいた。

 

トリステイン王国軍の陣幕では国王戦死と言う絶望的事態によって、会議自体も遅々として進まず明確な対応が出来ずにいた。一部の貴族はすでに勝手に撤退を始めていたり、脱走兵が後を絶たなくなっていた。

 

そんな中、伝令兵が陣幕に駆け込んでくる。

 

「リヒテンブルクより使者がお見えです!火急の要件との事!」

「火急の要件か・・・。まぁ、良い。お通ししろ。」

「っは!」

 

この場の纏め役でもあった、ヴァリエール公爵はリヒテンブルクの使者を通すように指示する。

 

リヒテンブルク外務局の役人がホブゴブリンの兵卒を伴って入ってくる。

 

「リヒテンブルク公国公主フィアリア・ド・リヒテンブルク様のお言葉をお伝えします。」

 

対して期待していなかったヴァリエール公爵らは使者の言葉を聞いて目を見開いた。

 

「アインフェルト高原での戦いに大勝利。我が軍は北上し貴軍と相対しているゲルマニア王国軍の背後を突く故。これに呼応し、ゲルマニア王を討ち取られたし。」

 

目に輝きを取り戻したヴァリエール公らはすぐに打合せ軍に指示を出す。

 

「撤退しようとしている諸侯を引き留めろ!グラモン伯爵!軍務卿の権限で王軍の指揮を執るのだ!諸侯たちにも撤収を中止させ反転攻勢を仕掛けさせるのだ!」

 

「あぁ!わかった!」

 

グラモン伯が王軍掌握のために、陣幕をでる。

残されたヴァリエール公は、伝令兵に指示を出す。

 

「後方のクルデンホルフ大公国軍にも状況を知らせて進出させろ!我が軍も反撃用意だ!」

 

 

 

アインフェルト高原戦いで大勝利した。リヒテンブルク公国軍はターニャ・デグレチャフ准将率いる航空魔導士軍団主力とサラマンダー戦闘団所属の機甲部隊、歩兵部隊をサンクセン平野のゲルマニア王国軍を寸断させるために北上させた。

そして、軍主力7500を率いたフィアリア・ド・リヒテンブルクが姿を現す。

 

ゲルマニア王国軍の背後を完全についたリクセンブルク軍。

浮足立つ、ゲルマニア軍の様子を確認したヴァリエール公が、全軍に突撃命令を下す。

 

「陛下の仇を討て!全軍掛かれ!」

 

背後を突いたリクセンブルク軍でも、公主フィアリアがメイスを突き出す。

 

「リヒテンブルク軍!前進せよ!」

 

後装式銃を装備したホブゴブリンが前進しながら銃を撃ち、先行量産品の中折れ式銃やボルトアクション銃を持った兵士もこれに追従する。

 

「着剣!」

 

数発ほど敵の背後を撃ち続け、前進しながら銃先に銃剣を装着する。

士官下士官階級の妖精は腰のサーベルを抜き、ゲルマニア軍に駆け足で突き進む。

その間を縫う形で妖犬騎兵が騎兵銃を撃ち、撃ち終えるとサーベルを前に突き出し突撃していく!

 

「シュトゥルムアングリフ!!」

 

 

トリステイン・リヒテンブルク連合軍にかき回されるゲルマニア軍。

 

 

その様子を、ノイバウファールツォイク多砲塔戦車の上から見下ろすフィアリアこと私。

ゲルマニアと言う大国を小国リヒテンブルクが飲み込まんとしている。

リヒテンブルクのフェアリルとアーリアの偉大なる第一歩が始まろうとしている。

 

「アドルフ。」

「デグレチャフ准将が後方の寸断に成功した。」

「ついに、遂にこの日が・・・。」

 

前線から鬨の声が聞こえた。

ゲルマニア王が討ち取られたのです。

大国ゲルマニアは統治者を失った。雑多な都市国家の集団になり下がった。

 

「刈り取りの時間ですね。」

「その通りだ。フィアリア嬢、リヒテンブルクの成長の時だ。」

 

私達は、戦場を見下ろす。

トリステイン王国軍が、ゲルマニア将兵を捕虜にしている。

 

「伝令!」

 

私は戦車から飛び降りて、アドルフのいるキューベルの横に立つ。

 

「た、大変です!公主様!護国卿!停戦命令です!!」

 

な、なんですって!?どうして!?

 

「なんだと!!いったいどこの誰が!!そんなふざけとことを!!」

 

アドルフは顔を赤くして怒鳴りつける。

気圧された様子の伝令兵が告げる。

 

「ろ、ロマリア連合王国聖ペレドロ3世教皇よりの命令書です。また、ガリア王国からも同様の要請が来ています。」

 

私は愕然とする。

 

「ろ、ロマリア教皇・・・。なんで、このタイミングで・・・。」

 

私は、その場で膝をついた。

伝令兵は消え入りそうな声で、続きを述べる。

 

「ガリア王国軍が公国国境に集結中。また、ロマリアの指示を受けたと思われるシュヴィーツ契約騎士同盟軍に動員が掛かっているとの事、南部トリアー領にて騎士団が続々と集まっています。」

 

アドルフはキューベルのボンネットに拳を叩きつけて、怒りを露わにする。

 

「おのれ!ここまで来て!!クソ坊主共が!!横槍を入れてきやがったな!!ガリアもハイエナのように集りやがって!!無視するか!?いや、いくらなんでもゲルマニア・ロマリア・ガリアを相手に戦うのは無理がある・・・。トリステイン・ゲルマニアと不戦を結んで・・・、ダメだ。あの二国を相手にできるか?アルビオンが参戦するのを防げるのか?そもそもトリステイン王国が不戦を結んでくれるかもわからん。国内の獣人や他の亜人を動員して・・・ダメだ数が足りん。」

 

アドルフはキューベルのボンネットに広げた地図を睨んで、悩み思案を巡らしている。

彼から教えを受けている私には解る。どうしようもない・・・。

 

「ぐぅううううう。全軍に停戦を指示、ただしオルデッサは渡さない。落ち着くまで兵力をガリア・ロマリア国境に回してください。」

 

トリステイン・リヒテンブルク連合とゲルマニア王国の戦いは終戦を迎えた。

ガリア・ロマリアの介入で、不本意な形で。

 

 

ロマリア、ガリアより手出し無用となったゲルマニアは都市国家間の乱世突入、最終的にヴィンドボナの領主アルブレヒトⅢ世が5年ほどかけて統一するまで、トリステインもリクセンブルクも手出しできずに時が経った。

トリステインはほとんど負けっぱなしで領地の割譲はなく国王不在が現在まで続き、衰退の一途であったが・・・。一応、賠償金は我が国よりも多く得ていることを付けくわえておく。

私達のリクセンブルクも国力の多くを注いだこの戦争で得たのは割りなわない程度の領土、

当初の予定であったライン領オルデッサ周辺とトランシルダキアと接するモルドダヴィア領と僅かな領地と、相場より安い賠償金だけであった。

 

 

 

 

 

護国卿官邸。

「オルデッサ鉱山の採掘に精力を注ぐのだ。」

 

護国卿官邸では、アドルフ・ヒトラーが各所に指示を飛ばしていた。

執務机には、赤い鉱石が置かれている。

オルデッサ鉱山で採掘される、この赤い鉱石はフレイル鉱石。

今まで、採掘地が発見できず。手持ちの鉱石を混ぜ物することで造っていた。従来の演算宝珠の性能を格段に下回る劣化演算宝珠で誤魔化して作っていたが、これを手に入れたことで、優良な演算宝珠を作ることができる。フレイル鉱石、演算宝珠の中核材料であった。

 

「各種新兵器の開発計画も滞りなく進めよ。ハルキゲニアを火の海に沈められるだけの戦力を用意するのだ。」

「護国卿、御時間です。」

「ギュンシェ君、ライヒス・シュロムへ向かう。」

「ハイル!ヒトラー!ワーゲンの用意は出来ております。」

 

オットー・ギュンシェ少佐の用意したワーゲンに乗り込む。

 

 

 

 

ナチス地下施設。

『死の天使』の異名を持つヨーゼフ・メレンゲ博士が指揮を執る研究開発機関。

広くとられた実験施設では何本もの電極が頭に刺さった竜が何匹も並んでいた。

アストライア・アイシス国民啓蒙卿の言葉を聞いたメレンゲ博士は装置を動かしながら、要望を訴える。

 

「国民鼓舞のパレードに使えますね。」

「もう少し、時間をいただければ。数を揃えられますぞ。それにとっておきも・・・、あの巨竜が総統の・・・。」

 

アストライアが、メレンゲの言い間違いに強い視線で非難する。

 

「失礼、公主様の指揮の下、力を奮う姿は素晴らしいものでしょう。」

「そうね。新設される海軍艦隊と並べたら壮観ね。」

 

メレンゲと数言話すとアストライアは上層へのエレベータに乗り込み、この場を後にする。

 

 

 

 

リヒテンブルク国営造船場。

「軍務卿・財務卿!これがリヒテンブルク海軍最初戦艦です!」

新任の海軍長官チキータ・ドールは造船場の前に立ち、自慢げに手を広げて見せる。

 

「その名を!神々の黄昏、ラグナロク!!」

 

建築機器や技師たちが動き回る姿が見える。

エリザベス・パブリーナ財務卿、プディング・カスター軍務卿は手を叩いて喜ぶ。

 

「素晴らしい!国家社会主義の精神が形となったようだ!!」

「これさえあれば、各地を植民地化する事も容易い!」

 

二人の目の前では巨大な建造物、円盤型の巨大な船の建造が行われていた。

 

 

 

 

 

国営兵器工廠。

国営企業の経営責任者のダイム・ラベンツが、視察に来たハインリヒ・ミュラーとマリー・ド・ルクセンシュタインに武器生産状況を説明している。

 

「ミュラー参謀長、ルクセンシュタイン司法卿。フォルクス・ゲヴェーア国民小銃、フォルクス・ピストル国民拳銃。生産ラインに乗せられました、来月より逐次更新してく流れになるでしょう。」

 

施設内を歩く二人の横で、妖精達はナチス軍が持ち込んだ戦車群に固定化の魔法を掛けている。IV号戦車、Ⅴ号戦車そしてその亜種戦車が超長期的に使えるように固定化されていく。

 

「戦車の方も、固定化しています。これらはこの世界における最強の陸上戦力です故。」

 

ラベンツは作業員の妖精が魔法を掛けている様子を見せる。戦車の横ではナチスの戦車兵がその様子を見守っている。

 

「大変結構なことだ。他の兵器や機器もちゃんと固定化の魔法を掛けているんだろうね?」

「もちろんです。ナチスの兵器は我々では再現困難なものばかりです。フォルクスシリーズも生産体制を整えて行く予定です。」

「よろしい。」

 

ラベンツの回答にミュラーは満足そうに応答し、マリーの方に振り返る。

 

「マリー?司法局の方はどうなんだい?」

「司法局も国内法の整備を進めているわ。劣等因子排除法が懸案にかけられているわ。私達の理想が、もうすぐかなうわ。」

「そうだね。もうすぐだ。」

 

 

 

 

フォルクスハレ国務卿待機室。

この待合サロンには内務卿メアリー・パール、外務卿リップル・ドロップス、フランシーヌ・エルテ突撃隊指導者の3人はライヒス・シュロムでの重要会議に備えて待機していた。

 

「軍拡計画が完遂した今。公主様は、遂に動くのでしょうか?」

「外務局として、彼らと交渉する予定はないそうです。むしろ、相手も好ましく思ってないようですので・・・ね。」

「では、アルビオンの反乱はどちらにも肩入れはないということですかね。」

「少なくても、護国卿からは大使館の撤退の指示が来ましたので・・・。」

 

内務卿と外務卿の二人は先程からずっと、情勢について話し合っていた。

 

だが、ライヒス・シュロムへ移動する時間も近いので、軍事知識を持つフランシーヌが、二人の会話に落ちを付ける。

 

「あれの意図を引いているのは、ガリア。勝ち馬に乗るのを良しとするか。それとも・・・。」

 

 

ライヒス・シュロム。

私は、宮殿から見える景色を眺める。

ガリアが、糸を引いているこれらの事象は、アドルフの言っていた大戦の始まり。

ギャラルホルンを鳴らしたつもりの愚かなるガリア王ジョゼフよ。

そのラッパは偽物なの、本物は私達が持ってるの・・・。

 

 

 

 

ガリアでは無能王と呼ばれた男が王位に就き、大鉈を振るい。体制を盤石にした。

そして、この男は大いなる戦乱を招いた。その行為が、異世界の亡霊達を呼び覚ましたのだ。ナチスと言う亡霊を・・・。その亡霊は無垢なる者たちを、どす黒く染め上げ・・・。大いなる意志を歪める大きな力となるのだ。

そして…。

ロマリアの新教皇聖エイジス32世より召し上げられた少年が動き、アルビオンの森の中にある隠れ里ではハーフエルフの少女がこれからも続くと信じた平和を暮らし、トリステインの魔法学校では魔法がすべて爆発する少女が、日々努力を続けていた。

 

時は経ち4人の虚無の使い手が時代の表舞台に現れる大戦の時代へと突入する。

 

 

 



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序章閑話
15話 ザビエラ村の吸血鬼


 

 

ガリア王国ザビエラ村。

アドルフ・ヒトラーの特命を受けたアインザッツグルッペは、所有していた異端審問官の権限を持ってザビエラ村へ、調査に入った。

 

立ち入りに関しては、外交上揉めに揉めたが1時間程の立ち入り許可が出た。

アインザッツグルッペの兵士達は、ガリア側の目付の監視をしつつ、旧ナチスドイツの医官や学者たちが、アインザッツグルッペの兵士の案内を受け速足でその場所に向かう。

 

焼け焦げた民家の中に入っていく。

 

衛生医学総監ロベルト・グラヴィッツ親衛隊大将。

旧ナチス親衛隊隊員の吸血鬼化計画の責任者だった男であった。

「どうだった?」

グラヴィッツ大将の問いに学者たちは首を振ってこたえる。

 

「この死体はアレキサンドル、この村の人間だったようです。ご覧のように状態は悪くほぼ灰になっています。もう一体はその母マゼンタ、こちらは人間でした。」

 

「今回も当てが外れたか。」

 

かつて、吸血鬼の死体を用いて行われたナチス吸血鬼化で、一定の成果を出したものの、以後リクセンブルク衛生医学総監部では吸血鬼研究が行われていたが進展は無かった。

ナチスにおける亜人学は、一歩進んだところにあり亜人研究全体において未熟なハルケギニアにおいて、かなりリードしている自負を持ってた。

衛生医学総監部では、オークやオーガなどの比較的個体数が多く知能が低い亜人に対して、薬物動態試験、薬効・薬理試験、毒性試験が頻繁に行われていた。ここだけの話、サリンやVXガスのような致死性のある物質、身体能力を奪う物質のかなり非人道的な亜人体実験も行われた。科学の発展・・・今は魔法と科学か。それらの発展には必要なことである。いつの時代も、どこの世界もそこは変わらない。表向き非人道的なことは「やっていませんよ」と言ってはいるが、必要であれば隠蔽してでもやるのは普通の事だ。

だが、今はそれはどうでもいい。吸血鬼の話である。

 

「グラヴィッツ衛生医学総監。森の方にもうもう一体いるそうです。発見した兵士の話では比較的状態がいいそうです。ギュンター・シェンク大佐が先に行ってサンプルを回収させています。」

 

「そうか。では、我々も様子を見に行ってみよう。」

 

グラヴィッツ大将は焼け焦げた民家を後に、森の方へ進んでいく。

 

我が国の亜人学、それも吸血鬼分野においての研究は急務ともいえた。なにせ、自分たちの事だ。医薬品・医療機器、飼料添加物、農薬、化学物質等の効果や毒性を明らかにするための前臨床試験などは身内を使ったりもした。その過程でナチスの人造吸血鬼と、素体となったハルケギニア固有の吸血鬼はと一定の違いがあることが判明したのだ。

 

人造吸血鬼は構造や能力的に屍人鬼(以後グール)に近いと言うことだ。ハルケギニア固有の吸血鬼は、ある種のネクロマンスであるグールの使役が可能なのだそうだ。人造吸血鬼にはこれが不可能である。また人造吸血鬼、グールは共に怪力を発揮すると言う共通の特徴がある。また、初歩的なものなら精霊魔法の行使も可能と言う特徴も重なっている。と言っても、人造吸血鬼はおそらくハルキゲニア吸血鬼以下の行使能力である。程度で言うのなら、航空魔導士が使う魔導銃器が罷りなりにも使用可能であり、術式分け出来ない程度の魔力を込めた銃弾なら個人差はあるが十数発連射可能と言う程度だ。解りやすい表現をするなら補助輪付きの自転車(魔導銃器)を使えば走ることが(魔法行使)できるよと言うことだ。

人造吸血鬼は学術的には吸血鬼とグールの中間に位置する存在と考えられている。

だが、実際グールや吸血鬼の死体では真相はわからないのだ。どうせなら・・・。

 

たどり着いた森の奥にある開けた土地、ムラサキヨモギと呼ばれる野草の群生地の一角が焼け焦げている。

 

「ジークッ!ハイル!」

「ジーク、ハイル。」

 

ギュンター・シェンク大佐が出迎え、グラヴィッツ大将はそれに応じる。

 

「で、シェンク君どうだった?」

 

グラヴィッツ大将の問いにシェンク大佐は堰を切った勢いで話し始めた。表情の端々から興奮しているのが見て取れる。

 

「素晴らしいです。遂に我々の努力が報われました!ご覧くださいグラヴィッツ閣下。」

 

シェンク大佐が手で示した先には、丸焦げの死体。大きさから言えば子供だろう。それも、まだ幼い・・・。

 

「閣下、これを見てください。」

 

シェンク大佐はピンセットを取り出して焼け爛れたと言うよりも炭化した皮膚を剥がしていく。

 

「熱深度はⅢくらいはあるのではないかね。」

「真皮や皮下組織まで到達している部位も見られます。」

 

ペリペリと剥がしていくと皮膚組織が姿をあらわし、血が流れ出てくる。

 

「実は、つい先ごろまではここも炭化しておりました。」

 

シェンク大佐の言葉にグラヴィッツ大将は目を丸くして驚いた。

ハルケギニア吸血鬼の回復力なのか。人造吸血鬼では、こうはいかない。グール以上の回復力を持つと言っても、ここまで焼かれては生きていられる道理はない。

 

グラヴィッツ大将は内ポケットからペンデュラムを取り出す。

彼は人造吸血鬼の中では比較的魔法が使える方であり、探知系統の魔法を行使した。

 

「やはりな、水の精霊の流れを感じる。意図してか、本能的にかはわからんが焼かれながら重要な部位を守った様だな。シェンク大佐、診て見ろ。」

 

控えの兵士から聴診器を受け取り、それをシェンク大佐に渡す。

シェンク大佐は、吸血鬼の胸元に当てて確認する。皮膚は炭化したままなので、炭の崩れる音がしたがシェンク大佐は構わず聴診器を当てる。

 

「・・・・・・なんと。・・・・・・この状態で生きているのか。」

 

シェンク大佐は驚愕のあまり言葉を失っていた。周りの医官や学者たちも似たような反応を示す。グラヴィッツ大将はこの吸血鬼の回収を指示した。

 

「ケイユ少佐!!この吸血鬼を回収する!!この場所には用意した焼死体を置いておく!!」

「了解しました。グラヴィッツ閣下。」

 

死体袋に吸血鬼の死体を詰めてオペルブリッツの荷台に乗せる。

調査の終わるのを待っていたガリア兵は、特に気が付いた様子はない。

興味もないのだろう。別段気にした素振りもない。迷惑料の駄賃に銀貨数枚を渡してやれば満足そうにして、確認もおざなりに道を開けてくれた。

 

先頭の騎兵が前進する。

グラヴィッツ達の乗り込んだワーゲンも発進する。

吸血鬼を乗せたオペルブリッツもそれに追従し、後続も後に続いた。

 

 

 

 

リクセンブルク公国公都、衛生医学総監部。

吸血鬼の体は、病室のベットの上に横たえられた。

村を出るころには全身が炭化した焼死体であったはずなのだが、かなり爛れてはいるが僅かに表皮が再生し始めていた。

 

グラヴィッツは総監部の医官達に指示を出す。

「水の秘薬や薬品はいくら使っても構わん、バイタルから目を離すな。おそらく、数日中には意識を取り戻す。」

 

指示を受けた医官や妖精の看護婦達が機材の設置を始め、薬品投与などの治療を開始した。

 

「閣下。凄まじい回復力です。」

「吸血鬼学発展の力となるだろう。シェンク君、護国卿閣下と公主様に連絡だ。」

「っは!」

 

この吸血鬼の、処遇はどうなるのだろうか。

公国最初の純粋な吸血鬼、徹底的に研究したいところだが護国卿閣下は許可しないだろう。

この吸血鬼、女性体であることが分かった。少女、幼女に近い少女。子供は未来である我が国は同胞に非道なことはしないだろう。血液サンプルや皮膚サンプルは回収させてもらったが・・・。

 

 

 

 

数日後。

あの、雪のような白い肌をした青髪の少女。

私を焼き殺した憎い魔法使いのお姉ちゃん。

吸血鬼が人間の血を吸うのは当然の流れ、自然の摂理。

人間だって家畜を殺して食べる。何が違う?なにも違わない。

なんで私が、こんな目に!!私、悪くない!!悪くないのに!!

許さない!!絶対に、許さない!!

一瞬の寒気と苦しさを感じて目を覚ます。

 

「・・・・・・・・・。」

 

 

「目を覚ましたぞ!グラヴィッツ大将とシェンク大佐に報告!」

 

白衣を着た妖精と人間が右往左往している。

否、人間だと思ったのはグールみたいね。同族に助けられたのかな?

窓の外が見える。ザビエラの村とは全く違う荘厳な景色が広がった。

黒い制服を着た男が近づいてくる。

 

「シェンク大佐、危険です。」

「問題ない。」

 

制服の男が私に話しかけてくる。

 

「君、何か体におかしいところはないかね?」

 

私は頷いて答える。彼もグールみたい、同族に助けられたのは間違いないみたい。

 

「君、名前は?」

「・・・・・・エルザ。」

 

 

 

 

ライヒス・シュロム。

曇り空、雨が降り窓の外には傘をさす姿が見える。

人通りは多くない。

先ほどから、アドルフは衛生医学総監部からの電話を受けている。

この電話、アドルフの世界の道具を再現したそうだ。

公都の地下を張り巡らせた魔力線でつながった、この通信機器は受話器を通して有線圏内ならどこにでも会話ができるすごい道具だ。彼の世界には、それを無線で出来る道具もあるらしい。無線の奴は少数だが旧ナチス親衛隊が所有しているのを見たことがある。

 

「あぁ、わかった。近々、席を設けよう。公主様にも伝えておく。

 

それはそうと、アドルフの用事が終わった様だ。

雨の日は、ティータイムもなんだかしっとりとした雰囲気になってしまう。

 

「アドルフ?衛生医学総監部はなんて?」

「例の吸血鬼が目を覚ましたそうだ。」

 

吸血鬼は、ハルケギニア全体を通して希少だ。個体数は非常に少ない。

リクセンブルク公国の人造吸血鬼は例外なのです。

 

「フィアリア嬢、例の吸血鬼と接見しようと思うのだが・・・。君はどうするかね?」

「そうね・・・会ってみるわ。」

 

 



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16話 吸血鬼の王 ※加筆しました

 

公都リヒテンブルクの衛生医学局の一室。

そこで、吸血鬼少女エルザは目を覚ます。

 

数人のグール擬きと妖精が周囲で自分の様子を見ていた。

「何を見ているの?」

 

威嚇の威を込めて、彼らを睨みつける。

しかし彼らは、一切動じた様子はなかった。

 

彼らの中で、一番偉そうな男が歩み出る。

「お目覚めの様だね。あまり怖い顔はしない方がいい。君がいくら吸血鬼であるからと言ってこれだけの数に勝てるとは思わんだろう?幸いにして、我々に敵対の意志はないのだよ。無理にでも争いたいと言うのなら、悲しいが・・・」

 

グラヴィッツ親衛隊大将は手を振りかざそうとしたが、前にエルザは返事を返した。

 

「わかった、貴方達に協力するわ。貴方達が私を助けてくれたみたいだしね。」

 

グラヴィッツ大将は軽く眉を寄せて笑顔を作る。

 

「大変結構、純粋なハルケギニアヴァンピールで我々が接触できたのは君が初めてだからね。」

 

「…?どういうこと?」

 

エルザの疑問にこたえるべく。グラヴィッツ大将は答える。

 

「我々は、元人間と言うことだよ。エルザ嬢。」

 

「グールってこと?それに私の名前・・・。」

 

「君の名前は村で聞いた。ザビエラ村だったか。それと、我々はヴァンピールだよ。確かにグールの特性も持ってはいるが吸血鬼だ。種族としてアーリアヴァンピールを名乗っているよ。」

 

エルザの中でヴァンピールを名乗っていた彼らが、グールの要素を持っており不完全な存在に思えた。

敵対しておらず類似した種族であった為に、お互いの情報交換を兼ねて色々な話をした。

途中で、血を抜かれたりして不愉快な思いもしたが概ね友好的だった。

 

衛生医学局での生活が数日経過した。

応対役がグラヴィッツ親衛隊大将から、その部下ギュンター・シェンク親衛隊大佐に代わった。

 

リヒテンブルク公国、最初のハルケギニアヴァンピールである彼女だ。

応接役であるシェンク大佐は、予定通り公都リヒテンブルク各所を案内しエルザとも良好な関係を築いていた。

だいたい、1週間程経過した。

 

「今日は、どこに行けばいいのかしら?」

 

シェンクが用意したワーゲンに乗り込んだエルザはシェンクに尋ねた。

専属運転士に運転を任せ、シェンクはエルザの隣に座る。

 

「今日は、フォルクスハレの方に行く予定だ。護国卿の演説があってな。我々もこれに参加する。」

「そうなの?難しいことは、よくわからないわよ?」

 

シェンクは柔らかい表情で、エルザに答えた。

 

「心配ないさ。護国卿の言葉は、わざとらしい難しい文言を並べただけの下らないものではない。あの方の言葉は世の真理、この世界に生きるものならば問題なく理解できるさ。」

 

エルザが若干の好意を持って接するシェンクであったが、人間の中で気付かれない様に暮らしていた彼女だ。シェンクの表情に僅かに見えた恍惚とした表情にエルザは眉を寄せていた。

 

フォルクスハレ前の演壇、広場に並べられている椅子。

多くの国内からの列席者が、席に座っている。離れたところには国民の妖精達が、公主と護国卿の姿を見ようと押し寄せているのが見えた。

 

用意された席に座ると、司会者が司会進行を始める。

国歌斉唱が始まる。全員で国家が歌われ、音楽が止む。

 

件の護国卿の演説が始まる。

 

「今後の公国では、眉目秀麗で容姿端麗な男女が生まれることだろう。」

 

エルザは、精霊魔法が使える吸血鬼。

それも、俗に言われている初歩的な魔法ではなく。中級程度にいくつか使えるものがある程度には優秀だった。シュバリエのガリアの魔法使いと張り合えたのが証拠だろう。

 

「そして、猟犬のごとく俊敏で、皮のように強靭で、鋼の硬さを備えた存在となろう!必ずや!我らは新たな支配者として君臨するだろう。そして、我らは世界を創造する。」

 

故に気が付いてしまった。

この護国卿の恐ろしさに・・・。

 

「そして、その時は近いと確信している。リヒテンブルクのすべての国民が、我々の一員となり、我々国家社会主義の手に入れたものを、我々と共に歓呼で迎える!それは新しい公国!大いなる力と誇りを持った国家だ!!」

 

彼が口を開く度に霧散する。水の精霊魔法。

霧のように空中へ霧散した水の精霊魔法は、周囲の空気に溶け込み自然と私たちの体に入ってくる。

 

「「「「「「「「「「ジーク!ライヒ!ジーク!ハイル!」」」」」」」」」」

 

聴衆が、酒や麻薬におぼれたかのように狂乱する。

 

「突撃隊万歳!親衛隊万歳!」

 

 

「「「「「「「「「「ジーク!ライヒ!ジーク!ハイル!」」」」」」」」」」

 

ヒトラー護国卿の言葉に皆が皆、一心不乱に腕を突き上げ、一心不乱に唱和する。

 

 

「壮麗な時代は目前だ!我らは遂に覚醒し、我らの手でそこに至るのだ!!」

 

精霊魔法でも系統魔法でも、水の魔法は癒しや他の魔法を補佐するイメージが、世間一般に知られる。そして水の魔法にはもう一つ、人の心に作用する精神操作系の魔法が存在する。

 

 

この男は、禁忌とされる精神系魔法の天才だ。

1人や2人を相手にするような、しょっぱい物ではない1000や2000それ以上を洗脳する脅威の力。吸血鬼史上最強の存在、グール擬きばかりの国でたった一人の吸血鬼。違う。グールの要素をもった吸血鬼、それを完全に掌握している。

通常吸血鬼は1人に付き1人のグールを制御化における。この男は1人で1000や2000のグールを、10000や20000それ以上の妖精達を操った。

 

「我らと公主様の国家社会主義の軍隊は、あらゆる障害を薙ぎ払い!国家の真の姿を世界に示すのだ!!」

 

吸血鬼の王。恐ろしいお方、私は手を組んで自然と祈る。

偉大なる吸血鬼の王よ。世界に夜を、暗い闇の様な夜を・・・と・・・。

 

「ジーク!ライヒ!ジーク!ハイル!」

 

普段は、冷静沈着なシェンクですら狂ったように手を突き出し叫んでいる。

太陽が夕日となって沈んでいく。

 

エルザは頬を染め、恍惚に浸る。

 

「あぁ、我らが夜の王・・・。あの方なら・・・あの憎き太陽の火を・・・消せる。」

 

グール擬きの吸血鬼たちも解っているのだ。

あの方こそが夜の王、闇の支配者であることを…!!

 

 

 

 

 

 

「エルザ、ついてきたまえ。」

 

手招きするシェンクに黙ってついていく。

ライヒス・シュロムと呼ばれるこの国の国主の城へ案内される。

宮殿の奥の部屋、恐らくは偉い人と対面するための部屋。村育ちの自分では、到底価値など分かるわけがない高そうな物が、並べられた部屋だ。

 

その部屋には漆黒のドレスを纏った妖精の女王、その隣には我らが吸血鬼の夜の王たるあのお方が座っておられる。

 

「リクセンブルク大公フィアリア様の御前である。控えよ。」

 

黒い制服の親衛隊兵士が声を上げ。私達は手と膝をついた。

 

「構いません。顔を上げなさい。アドルフ、些事は任せます。」

「あぁ、任せたまえ。」

 

妖精の女王から、引き継いだ彼こそ吸血鬼の王、アドルフ・ヒトラー。

 

「エルザ嬢、こうして出会えたことは僥倖と言えよう。」

 

頭を上げた先に見えるは、偉大なる御方。吸血鬼と言う種族が持つ本能的なものが、彼を崇めよと訴えている。

吸血鬼と言う種族は、人間に比べれば紅潮したり動悸が止まらなくなるなんてことはまずない。だが、彼女はそうなっていた。

アドルフ・ヒトラーと言う存在が、かの者の存在は言うなれば神。宗教持たず、種族としての信仰の存在が無かった吸血と言う種族に、王が、神が降臨なさったのだ。

 

「エルザ嬢、公国のため私の下に下る気はないか?」

 

ヒトラーの問いかけに対して、彼女は一も二もなく答える。

 

「も、もちろんでございます!偉大なる御方!」

 

歓喜ゆえの即答であった。

エルザの様子にヒトラーは、顎に手を当てる。

予想以上の好感触に、踏み込んで話を聞いてみることにした。

エルザの姿は、親衛隊の中でも特に狂信的な者達特有の物を感じ取ったからだ。

 

「エルザ嬢、君に私はどう見える。」

「許されるのであれば・・・神と・・・偉大なる御方。」

 

顔を紅潮させて、声を震わせる彼女を面白そうにしてさらに話しかける。

 

「神か…。フィアリア嬢、私は吸血鬼の神だそうだ。」

ヒトラーの言葉に、フィアリアは黒い羽根扇子で口元を隠しながら、にっこりと笑って答える。

「フェアリルである私達から見ても、護国卿は英雄ですわ。同族から見たら神と言うのも相違なしと言うものですわ。」

 

そう言って、ヒトラーに肩を寄せようと知る妖精の女王に、初めて感じる嫉妬の感情。

この御方の注意を引きたい。

 

「他の吸血鬼たちは、なぜ神の下に来ないのだ?」

 

「そ、それは、同胞たちが御方を理解できていないが故です。その御姿を見ればヴァンピールの本能が御方を理解するでしょう。」

 

ヒトラーは、観察するような視線をエルザに向ける。

 

「私は、先ほどのように世間の目に触れているはずだが?確かに公言はしていない。だが、視察を通して辺境にも顔を出している。君のように見てわかるのなら・・・と思うのだが?」

 

ヒトラーの疑問に対して、エルザは吸血鬼の種族的な説明をする。

大して、しどろもどろなることなく応対する彼女に対して、ヒトラーは内心感心していた。

報告では、死にかけの状態で衛生医学局に運ばれたらしい。かなりの、修羅場を越えたのではないだろうか。

 

「私達、吸血鬼と言うのは最大でも家族単位のコミュニティしかないのです。私自身、家族以外の同胞は両親が生きていた頃に2・3人、顔を合わせただけです。ご希望とあらば、なんとか、その2・3人に連絡を付けてみますが・・・。いかがでしょうか。」

 

上目遣いで、こちらの様子をうかがう彼女をよそに、ヒトラーは後方に控える衛生医学局局長グラヴィッツ大将に視線を向ける。

 

「我々の捜索網に掛からないところを見るに、彼らハルケギニアヴァンピールのコミュニティは相当に小さいのでしょう。彼女の言っていることは、間違いないでしょう。正直このまま、調査を継続するよりはエルザ嬢の伝手を使って、そこから少しづつ広げていくのが最良の手段でしょう。」

 

一応、確認の意味で医務官のシェンクにも視線を向ける。

 

「医局長と同意見です。」

 

軽く、思案したヒトラーは彼女を組織に取り込むことを決める。

 

「グラヴィッツ大将。ハルケギニアヴァンピール関連のことはエルザ嬢と協力して事に当たるべきだろう。関係各所と協力してハルケギニアヴァンピールとの関係構築及び取り込みを進めるように。」

 

「「ジーク!ハイル!」」

 

 

 

 

 

 

 

ハルケギニアヴァンピールとの、接触交渉や取り込みはエルザの伝手を使って集められ、そこから多くのハルケギニアヴァンピールが集まることとなる。その功績を持って、エルザは軍内で確固たる地位に上り詰めることとなる。

 

 

 



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1章アルビオン戦争
17話 戦争前夜


護国卿別荘トリアー領オーバルザルツブルク、ベルクホルフ山荘。

先頃、トリステインとの主従関係が消滅し、格上げの意味も込めて大公国を名乗る様になったリヒテンブルク公国。そのトリアー領オーバルザルツブルクにあるヒトラー個人所有の山荘。

旧ナチス親衛隊や大公国関係者の中でも彼が気に入った数少ないものしか招かれない。

ヒトラーの個人的な晩餐会でもあった。

護国卿アドルフ・ヒトラーとリクセンブルク大公フィアリアを上座に対面となり左右の席にずらりと招待客を並べた晩餐方式で、いくつかの小グループになり各々話をして楽しむ形式だ。

 

「護国卿閣下、アルビオン内乱終結です。アルビオン王党派は滅亡、貴族派の政権が樹立しましたが、閣下は今後どのようにお考えで?」

 

ハインリヒ・ミュラーに問われたヒトラーは、ゆっくりとそれに答え、地図を眺める。

数十年かけて、旧ナチス親衛隊が作り上げたハルケギニアで最も精巧に作られた地図だ。

 

「青毛の王様の玩具が、動き出すぞ。手始めにトリステインを攻めるだろうよ。青毛の王様は切れ者でも玩具の方は小心者だ、トリステイン程度なら潰せるだろう。だが、あの新しいゲルマニアや我が国が出れば逆転する程度の無能な指揮官だ。下手をすれば、我々の出る幕すらない。」

 

「所詮は、人間の平民と言うことですか?」

 

ヒトラーの秘書官オットー・ギュンシェ少佐であった。ボルマン不在の数十年、彼の代わりにギュンシェ少佐は良くやっている。能力はボルマンに劣るが、あいつと比べては彼がかわいそうと言うものだ。

ヒトラーは軽く笑いながら、

 

「我々ヴァンピールと違って劣った人間、それもアーリアですらない。無価値な存在である連中故にと言うことは否定しない。この世界の人間は魔法を使える下等種と使えぬカスがいる。アルビオンの頭目はカスだ。魔法を使えるマシな連中を率いていても頭がカスでは全体もカスとなる訳だからな。」

 

「それに比べて、我々は恵まれていますな!我々のトップはいと尊きリヒテンブルク公主様と世界最高の頭脳を持つ閣下の下で働いているのですから!」

 

ギュンシェの発言に、ヒトラーは特に表情には出さなかったが注意する。

 

「ボルマンもおべっかが上手かった。確かに、私は君にボルマンを見習えと言ったことはあったが、そう言った悪いところは真似る必要はない。」

 

「失礼しました。」

ギュンシェの事は置いておき、ヒトラーはミュラーとその隣に座るマリー・ド・ルクセンシュタインに話しかける。

 

「そういえば、二人の生命の泉は順調かね?」

「はい、おかげさまで優れた血統を得た子供達が生まれ、すくすくと育っておりますわ。」

「将来は、公国の有望な人材となってくれるでしょう。」

 

仲良さそうに話す二人にを見てヒトラーは頬を緩める。

 

「二人の子供も、近々見せてもらえそうだな。」

 

ミュラーとマリー嬢は、少し顔を赤らめて恥ずかしそうに答える。

 

「・・・少し恥ずかしいですわ。」

「閣下、妻をからかうのは程ほどにして頂きたいのですが、こう見えて恥ずかしがり屋なのです。」

 

「二人は、式も席もまだだったな。もう妻呼ばわりとは、気が早いな。」

二人は恥ずかしそうに下を向いてしまった。

 

「はははははは!良い良い、仲睦まじくて大変結構。式はヴィエンナのシェルブルク宮殿を貸し切ってやる故。」

 

「感謝いたします。」「ありがとうございます。」

 

二人の仲は順調のようだな、優良種たるフェアリルとアーリアヴァンピールの血が混じればさらに優れた血が入ってくることだろう。現状知る限り、フェアリル、アーリアヴァンピール、ハルケギニアヴァンピールはこの世界において最優良集団の血統であるだろう。次点くらいに獣人を入れても良いだろうな。あの比較的高い知能を有し、優れた身体能力に精霊魔法も使える事は評価に値する。

 

ヒトラーは少し離れた席に座る吸血鬼の少女が、少々孤立していることに気が付いた。

この席において新参である吸血鬼少女エルザは、顔見知りも少ないためか会話が弾んでいない様であった。

 

「エルザ嬢。貴殿に預けたトランシルダキアとマジャルザークのユサールは、どうだね?」

「はい、トランシルダキアとマジャルザークの二つの騎士団の統合は既に済んでおります。」

 

「貴殿には、そのままユサールの騎士団団長に就任してもらいたい。無論爵位も用意してある。」

 

ヒトラー直々の出世話に幾人かの賓客達が耳を傾け始める。

 

「他のもの達も、興味があるか?うむ、この場で話しておこう。所領はトランシルダキア全領、辺境伯にと考えている。」

 

知識を吸収しやすい子供の脳であったからか、多くの知識を吸収し軍内でも頭角を現している彼女だ。将来を見越して、大盤振る舞いしても良いと思っている。彼女にはハルケギニアヴァンピールの纏め役を担ってほしいとも思っているのだ。

 

「そういえば、彼女の姓はこのままで良いのですか?村の名であるザビエラでは少々寂しいのでは?」

 

そう言ってきたのは、ハンス・カムラー技術長官だ。彼には新型艦の設計開発を任せている。

 

「名か・・・。確かに必要だな・・・、騎士団もユサールと言うのは捻りがないか。では、こうしよう。騎士団の名も、新たな姓も我が以前の世界において、私の信頼のおける友人と同じものを与えよう。騎士団の名は鉄衛団、姓はアントネスクを名乗るといい。」

 

「ほう、場所的にも適切でありますな。」

ハンスの隣に座るメレンゲ博士もしきりに関心していた。

 

甘い口当たりの貴腐ワインを飲みながら、ヒトラーらはほろ酔いで語り合い暫し、晩餐を楽しんでいた。

 

伝令兵が、オットー・ギュンシェに耳元で報告を告げる。それを聞いたギュンシェは早足でヒトラーに歩み寄り報告する。

 

「アルビオン賊軍、トリステイン王国に宣戦布告。アルビオン賊軍はタルブ領を制圧した様です。」

「始まったな。念のため公都の守り、高射砲塔の指揮官に警戒するように伝えておくのだ。よろしいか?フィアリア嬢。」

 

ヒトラーに確認を取られたフィアリアは、ゆっくりと「そう・・・ね。」と答えて応じた。

それを確認したオットーが、指示を伝えるために部屋を出ていった。

軍務卿プディング・カスターがヒトラーに尋ねる。

 

「我らがリクセンブルク大公国は、トリステインへ加勢ですか?それとも背後からトリステインを襲いますか?それとも、ゲルマニア再侵攻ですか?」

 

ヒトラーは手を振って否定して答える。

 

「ゲルマニア再侵攻は魅力的ではあるが、あまり独走するのは良くない。国際協調は必要だ。ブリミルの王権を倒した国家をロマリアは認めまい。世界の流れはアルビオン賊軍を倒す流れとなろう。他の国全てから叩かれるアルビオンは植民地になり下がるだろう。飛び地ゆえ旨味は少ないが、資源地を割譲させるくらいはさせたいところだ。」

 

ヒトラーは声のトーンを切り替えて、大きめの声で話し始める。

 

「トリステインがとるべき手はいくつかある。一つは自力で何とかする事、無理だ。二つ目、ゲルマニアを頼る。恐らく条件は始祖の血統アンリエッタの婚姻だろうな。実際、式の日取りは近いようだしな。そして、三つ、我が国を頼る。実はこれが一番成功率が高いのだが、トリステインが是としないだろうな。これ以上我が国の勢力拡大を望むまい。」

 

「では、静観されるのですか?」

 

ミュラーの問いにヒトラーは、即座に否定して返す。

 

「参戦はする。それが、トリステインに追従するのか。単独で宣戦布告するか。あるいは、ガリアの動きに乗じるかの違いだけだ。」

 

ヒトラーは、ギュンシェが置いて行った報告書に目を通す。

「トリステインはアンリエッタ姫御自ら出陣か。奇襲であったからな、トリステイン負けるやもしれんな。公都のモーンケ親衛隊中将に大本営の設営を命じておくか。」

 

 

ヒトラーが、色々と思考を巡らせているとギュンシェが慌ただしく戻ってきた。

 

「急報です。トリステイン大勝利!アルビオン賊軍の侵攻軍は壊滅です。」

 

「む、流れが変わったな。・・・諸君!参戦だ!軍部は軍を編成したたまえ!ドロップス外務卿、ガリアの動向を掴んできてくれ!さて、予想とだいぶ違うが、戦に予定外、想定外はつきものだ。フィアリア嬢、私に任せてくれれば問題ない。よいかね?」

「はい、アドルフ。」

 

 



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18話 参戦と派兵

トリステイン王国王都トリスタニア、その王城の前に止まるリクセンブルク大公国の外交団。

国家親衛隊の狼騎兵とワーゲンの車列。トリステインの儀仗兵と軍楽隊が歓迎の意を示す。

王城の跳ね橋が下りてきて、一行は王城の中へと入る。

 

「ようこそいらっしゃいました。リヒテンブルク大公爵閣下、大公国護国卿殿。」

 

トリステイン宰相マザリーニの出迎えを受けた。

 

「出迎え痛み入る。大公閣下もお喜びです。」

「えぇ、心を砕いていただいて嬉しく思います。アンリエッタ女王によろしくお伝えください。」

 

フィアリアとヒトラーは、マザリーニの案内を受けて応接室へと通される。

応接室へと通された2人はマザリーニとの会談を始める。

ちなみに護衛の親衛隊は別の場所に待機させている。

 

「アルビオンとの一件、大変でしたな。お悔やみ申し上げます。」

 

お悔やみ申し上げますの部分にマザリーニは、先日のアンリエッタ誘拐事件の事を指していることに気が付いた。お悔やみ申し上げますの部分はおそらくウェールズ王子の件の事を言っているのだろう。

 

かの国は、短期間で一気に大国へと上り詰めた。独立諸侯を吸収し、ゲルマニアを刈り取り旧王政を崩壊させた。

傾きかけたトリステイン王国を立て直したマザリーニから見ても、異常と言えた。

 

「いえ、御心配には及びませんよ。あの程度は雑多なことの一つでしょう。アルビオンへの反撃の準備は進んでおりますので・・・。」

 

二人は安心したと言わんばかりの安堵の表情を浮かべた。無論、外交用の建前の笑顔だ。

 

「大変結構なことです。さて、この度の参戦要請ですがお引き受けしようかと考えています。大公様よりの条件は、貴国とのこれまでの関係を鑑みていくつかの鉱山の採掘権で良いと仰られております。」

 

ヒトラーの言葉にフィアリアは頷いて応じる。

 

「それは、トリステインとしてもありがたいことです。」

 

ヒトラーとフィアリアは、出された紅茶を口にする。

戦争の前とは思えないほどの優雅な光景。

 

「ところで、参戦国は当事国である貴国は当然として、親密な同盟国であるクルデンホルフ大公国、オクセンシェルナ大公国ですな。我が国は、エアルラントの翼人達を参戦させる用意があります。」

 

アルビオン浮遊大陸、白の国と呼ばれるこの国とは違うもう一つの浮遊大陸エールラント。

かつて、ブリミルの末裔の一人がアルビオン王国を起こした。華々しい歴史の裏には犠牲あり。アルビオン浮遊大陸が、無人だったわけではない。

大昔、ハルケギニアをフェアリルが支配していた時代があったように、アルビオン浮遊大陸にも先住民がいた。それが、翼人達であった。彼らの先祖は、アルビオン王国建国戦争において大敗北を喫し、アルビオン浮遊大陸のさらに北のエアル浮遊大陸へと落ち延びていった。

そして、彼らの存在が知られたのは割と最近だった。アルビオン王国内での政変、いわゆるアルビオン王弟モードの処刑による、王室への信用低下を外的存在に向けると言う古典的な手法を採用。都合の良い時に現れた亜人の国家を攻めることで王家への不満を逸らした。

その結果エアルラントの北部がアルビオン領となった。

 

「エアルラントの翼人が、こちらに協力してくれると言うのは心強いですな。」

 

マザリーニの方も自分の紅茶を口に含み乾いた口内を潤す。

少し様子を見計らった形で、ヒトラーが口を開く。

 

「その通りだ。アルビオンの主力航空艦隊を倒したとは言え、アルビオンの各地には陸軍所属の竜騎士団が多く存在する。それにアルビオンの予備艦隊も、敵が防戦を前提とすれば苦戦は必至。我々はゲルマニアの航空艦隊を加えても、拮抗が関の山。エアリッシュ達の参戦は決定打足りえる。エアルラントの地理的にもアルビオンの背後を突ける。」

 

ヒトラーは一拍置いて、この条件を告げる。

 

「ただし、彼らもタダ働きはしたくない様だ。彼らにはエアルラント全島とアルビオンのストッコランドの北部の保有を認めてやってほしい。なに、クソ寒いアルビオンの北端部など大した価値はないだろう?」

 

アンリエッタとアルブレヒトⅢ世の婚約が破棄され、婚姻同盟から通常の同盟へと変わった為に、望むだけの援軍を得られなかったトリステイン。

エアルラントの翼人達の空戦能力、ゲルマニアを圧倒したリクセンブルクの陸軍力。

リヒテンブルク大公国の提案は、喉から手が出るほど好ましいものであった。

 

「えぇ、確かにその通りですが・・・。」

 

牽引国として亜人まで引き込んで、アルビオンを落とせませんでしたではロマリア含めブリミル教に対して恥をさらすようなものだ。

煮え切らない態度のマザリーニに対して、フィアリアが諭すように告げる。

 

「アルビオン賊軍の首魁クロムウェルは、アルビオン皇太子を傀儡とした痴れ者。始祖の血統を頂くロマリアの枢機卿が足踏みとは、少々不甲斐なく思いますわ。」

 

フィアリアは口元に指を置いて、もしかしてと尋ねる。

 

「マザリーニ枢機卿は、アルビオン陸戦が泥沼化した時を想定しているのでしょうか?それなら。もう一つ、アルビオンのオーク鬼は我が手中にありと言っておきますわ。」

 

通常、オーク鬼他低級な亜人を従えるには亜人語使いと言う専門職の助けが必要だ。そんな彼らを用いたとしても、先ほどの様な大言壮語を履くことは難しい。

だが、彼らの大言壮語に嘘は感じられなかった。

 

問題はないはずだ。神聖アルビオン王国に勝つためには、リクセンブルクの参戦は絶対だ。彼らを味方に引き込むと翼人やオーク鬼が味方になる。良い話ではないか。

最終的に話し合いはリクセンブルクの条件を飲み参戦してもらうことで纏まった。

だが、マザリーニの脳裏には何か見落として、何か引っかかるものがあった。

 

 

 

 

 

トリステイン銃士隊隊長、アニエス・シュヴァリエ・ド・ミランはダングルテールの虐殺の首謀者、高等法院院長リッシュモンが贈賄とレコン・キスタ内通の罪状で逃亡を図った際に、これを討ち取り復讐を果たしたはずだった。

 

「・・・・・・・・・・。」

 

個人としての復讐を果たし、公人としてリッシュモンの私邸に部下たちを向かわせた際の事であった。リッシュモン邸はすでに何者かによって襲撃されていた。水と風の魔法によって、体内に毒を送られリッシュモンの家族や使用人達は一人残らず死亡していた。そして、書類棚は破壊され、中身は全て暖炉に放り込まれた後であった。

リッシュモンから繋がる何かを抑えられることを恐れた何者かが、リッシュモン邸に押し入ったのは間違いなかった。

 

つまり、リッシュモンの裏にまだ誰かがいると言うことなのだ。

アニエスはリッシュモンを操っていた何者かと言う不気味な存在を感じ取っていた。

 

 

 

 

 

リヒテンブルク大公国外交団は、帰路へ着く。

特別仕様のワーゲンの後部座席はリムジン風。中にはフィアリアとヒトラー、そして随員の男が一人。3人でシャンパンを開け乾杯をする。

 

「どうだったかね?」

 

ヒトラーに尋ねられた随員の男は、背広を脱ぐ。するとその背には折りたたまれた羽が姿を現した。彼は、外交団の随員として紛れておりリクセンブルクとトリステインの会談を見守っていたのだ。

 

「エルラン・ジュダック大使。お約束通り、エアルラント全領とストッコランドの北部の割譲を引き出しましたよ。」

 

フィアリアにも言われた壮年の翼人男性、エルランはシャンパンの入ったグラスを手に持ったまま、礼を述べる。

 

「約束を守っていただき感謝しております。参戦はお約束させていただきます。ところで、オークとの伝手はいったい?」

 

エルランの問いにフィアリアは軽く笑って答える。

 

「ちょっとした。昔の伝手ですわ・・・大昔の・・・。」

 

それを聞いたエルランは納得と感心を混ぜたような表情で、

 

「さすがはハルケギニアの旧支配者と言ったところでしょうか。恐れ入りますな。」

 

と答えた。そして、旧支配者の異名から旧が取れる日も近いと感じていた。

 

 

 

 

数日後。

 

王宮の執務室。

宰相マザリーニと陸軍将校ポワチエは、アンリエッタにリクセンブルク大公国参戦の旨が記された書類と、開戦の証書を執務机に置き頭を下げる。

 

「閣僚全員の意見は即時開戦で一致しております。同盟国ゲルマニア、リクセンブルクの王室はすでに開戦を決め、ご決断を待っています。」

「陛下!アルビオン出撃の準備はすでに整っています。どうかご下命を!」

 

「貴方達はそんなに戦争がしたいのですか?私は開戦などしたくありません!」

開戦の意を告げる二人にアンリエッタは不快感を示す。

しかし、マザリーニも引くことなくアンリエッタを諭す。

 

「ですが、国民の大部分はアルビオンへの軍事制裁を望んでいます。それに陛下が決断しなくてもゲルマニアとリクセンブルクは勝手に開戦するでしょう。そうなれば、主導権は我が国から離れてしまい。後々不利になるのはこちらです。そうなってしまえば、軍部が遅れを取り戻そうと暴走する可能性が高いのです。そうなってしまえば、戦火は大きなものとなるでしょう。ですが、陛下が主導し指揮を取れば必要最低限の犠牲で済むのです。お辛いかとは思いますが、ご決断を。」

 

マザリーニは改めて頭を下げる。

アンリエッタは呼吸を整えて、羽ペンを握る。

 

「マザリーニ枢機卿、ポワチエ将軍。」

「「っは。」」

 

アンリエッタの呼びかけに頭を上げ姿勢を正して答える。

 

「我、アンリエッタはトリステイン国王としてアルビオンへの開戦を宣す!」

 

 

 

 

 

 

 

アンリエッタが開戦を宣言して、数日の内に同盟国や従属国は次々とアルビオンへ出兵して行く。

そして、リクセンブルクでも・・・。

 

ザッザッザッザッ

 

一糸乱れぬ軍靴の音。

新兵器の実践投入が間に合わなかったために、トリステインと似たり寄ったりの旧式のフネと補助艦艇としての飛行船が係留されていた。

 

兵士達はそれらに乗り込んでいく。妖精、吸血鬼、ゴブリンを主力に獣人もちらほらと見える。

 

「フィアリア嬢、ついに始まった。青毛の王様が演出した第一幕の始まりだ。」

 

ヒトラーはフィアリアの肩に手を置く、そしてフィアリアは恍惚の表情を浮かべる。

 

「あぁ、かつての栄光が戻ってきたようだわ。」

 



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19話 バトル・オブ・アルビオン 前編

ダーヴァー海峡。

アルビオン浮遊大陸とハルケギニア大陸を隔てるア・ランシュ海峡の最狭部である。

 

連合軍盟主国トリステイン王国国王アンリエッタは、連合各国と足並みをそろえてア・ランシュ海峡へと兵を進める。

 

トリステイン王国、帝政ゲルマニア、オクセンシェルナ大公国、クルデンホルフ大公国を主力とした連合軍第一集団はア・ランシュ海峡の最狭部ダーヴァー海峡にて、アルビオン軍と接敵。

連合軍第一集団、一等戦列艦1隻、二等戦列艦3隻、三等戦列艦10隻、四等戦列艦16隻、五等フリゲイト8隻、六等フリゲイト6隻、竜母艦2隻。

アルビオン主力艦隊

一等戦列艦2隻、二等戦列艦4隻、三等戦列艦12隻、四等戦列艦20隻、五等・六等フリゲイト艦数不明。

 

両軍の艦から繰り返し打ち出される砲弾は、双方の艦をすり減らした。

両軍の艦の合間を縫って、両軍の竜騎士や幻獣騎士が各所で白兵戦や銃撃戦、魔法戦が行われていた。

 

陸軍の竜騎士団の支援を受けたアルビオンの航空艦隊は、疲弊したとは言え空軍強国の意地を見せ、連合軍航空艦隊と一進一退の攻防を繰り広げていた。

 

 

そして、ダーヴァー海峡で連合軍第一集団が激しく争っていた時。

リヒテンブルク大公国とトランシルダキア辺境伯国を中心とした連合軍第二集団は、北部エアルラントを襲撃した。

上陸部隊の主力はトランシルダキア軍とリヒテンブルク獣人部隊。

トランシルダキア辺境伯国、リヒテンブルク大公国によって擁立された先住及び人工双方ハルケギニアヴァンピールの国家であり、最初にリヒテンブルク大公国に合流した。ハルケギニアヴァンピールのエルザ・アントネスク、旧姓ザビエラをトランシルダキア辺境伯として擁立した傀儡国家であった。この傀儡国家は吸血鬼化したユサール騎兵の騎士団を保有しており、これを鉄衛団と呼んだ。

そして、リヒテンブルク大公国の生命の泉計画において優良種に分類されている妖精・吸血鬼そして、3番目の種族にあたるのが獣人であった。獣人の優遇政策を施行以後、各地より獣人の難民が押し寄せた。しかし、彼らもすぐにリクセンブルクに地盤を築ける訳ではなく多くは軍の門を叩いた。軍と言う厳しい環境に置かれたいる彼らではあるが、他国と違い出世の道は均等にあり、軍人保障も握りつぶされるようなことのない待遇は、彼らにとって忠誠を捧げるにふさわしい存在であった。

 

連合軍第二集団は、北部エアルラント外苑地域に上陸した。

そして、ノースタウンより上陸したトランシルダキア軍。

 

全軍の吸血鬼化を成し遂げた鉄衛団は、その圧倒的な力を持ってノースタウンの部隊を一蹴。エルザ・アントネスク辺境伯は前線に立ち兵達を鼓舞する。

 

「行け!鉄衛団の精鋭達よ!人の血を啜り、肉を食らうことこそ!我ら妖魔の本分よ!!」

「「「「「おぉおおおおおお!!!」」」」

 

エルザの左右に控える旗手が、十字を三つ重ねた大天使ミカエル十字を描いたトランシルダキア辺境伯旗を掲げる。

 

「見よ!諸君らの晩餐がベルトファスに集っているわ!」

 

エルザは自身が殺した敵兵の心臓を掲げ握りつぶす。心臓から滴る血は彼女の顔を赤く染める。

 

「武器を持つ人間は、老若男女全て敵よ!殺して殺して殺しまくってしまいなさい!!あの石畳を奴らの血で赤く塗装してあげなさい!!」

 

 

そして、もう一つの軍集団。その集団はリクセンブルク軍の獣人部隊であった。

彼らの旗手はアームの終端が矢の形状をした十字、クロスバーディ、矢十字の描かれた旗を掲げていた。

 

「後れを取るな!敵陣を突き崩せ!!」

 

連合軍第二軍団は北エアルラント領都ベルトファスに迫った。

指揮官の号令で、獣人兵が背負っていたパンツァーファウストを下ろし構える。

 

「狙え!…撃てぇ!!」

 

発射されたパンツァーファウストは薄っすら白煙を引きながら、直進してベルトファスの外壁に突き当たる。ベルトファスの外壁は、戦車の装甲を破るパンツァーファウストに対して有効な守りではなかった。2発、多くても3発撃ちこめば、外壁は壁の機能を失い瓦礫の山と言う石ころの集まったものへと変わった。

 

「今だ!行けぇえええええ!!!!」

 

翼人の指揮官が号令を叫んだ。

祖国解放と復讐戦に燃える翼人たちは、獣人部隊やトランシルダキア軍の背後でリクセンブルクから提供された我が国では旧式扱いの後装式銃を撃ち援護を続けていたが、形勢が変わり全軍突撃命令を受けて銃剣もしくは剣や槍に持ち変えて一気に突入していく。

 

上陸軍の司令官でもあるエルザは部下に、第二集団司令部にエアルラント解放戦の終了を伝える旨の電文を打たせる。

 

「我、エアルラント解放に成功す。エアルラントより歓待の意を受ける。」

 

解放されたエアルラントは翼人達が街の中央道で花を撒き、参加国の国旗を振って歓迎の意を示した。

 

結果、北部エアルラントのアルビオン軍守備隊を一蹴。連合軍第二集団はエアルラント解放を成し遂げたのであった。

 

 

 

その日の夜、第二集団司令官プディング・カスターと副司令官ヴィルヘルム・モーンケはエアルラント国王リシュオン・ド・エアル他閣僚と会談。

 

リシュオン国王は、連合軍に参加を表明。

エアル軍の翼人兵3000が連合軍第二集団に加わった。

 

 

第二集団はエアル浮遊大陸のタブリン港、ホーリーレアリー港にて補給を受け出港。

リクセンブルク大公国海軍一等戦列艦グナイゼナウを旗艦とし、トランシルダキア辺境伯国軍海軍、エアルラント王国海軍のフネを加えた連合艦隊はアルビオン浮遊大陸北部へ向けて進軍を開始した。

一方のアルビオン革命政府は、エアルラント陥落の報を受けて北部諸侯に対して対処を命令。アルビオン北方艦隊とストッコラント大公らを中心とする大貴族の保有するフネを糾合した臨時艦隊を編成しエアルラント方面へと派遣したのであった。

 

連合軍第二集団の艦隊とアルビオン北部臨時艦隊は、エアリッシュ海にて激突する。

アルビオン戦争における二大海戦の一つエアリッシュ海海戦であった。無論もう一つはダーヴァー海峡の戦いである。

 

アルビオン海軍の最精鋭レキシントン他を先のタルブ侵攻で失くしているアルビオン海軍であったが、最強海軍の予備兵力は他国の常備艦隊と同等の練度を持っていた。

 

最精鋭を失ったとは言え、アルビオン海軍は十分強い存在であり連合軍の苦戦は免れないものであった。

 

エアリッシュ海ではリクセンブルク大公国、トランシルダキア辺境伯国、エアルラント王国軍の連合軍がアルビオン北部臨時艦隊と相対する。

連合軍第二集団、二等戦列艦3隻、三等戦列艦6隻、四等戦列艦9隻、五等フリゲイト3隻、六等フリゲイト2隻、飛行船型補助艦艇4隻。

アルビオン北部臨時艦隊、二等戦列艦2隻、三等戦列艦8隻、四等戦列艦8隻、五等フリゲイト10隻、六等フリゲイト7隻、武装民間船8隻。

 

すでに、双方の接近を察知していた両軍は周囲に竜騎兵、幻獣騎兵、航空魔導士、翼人兵が展開し突撃命令を待つばかりの状態であった。

 

グナイゼナウの艦橋で海軍司令長官チキータ・ドールの持つ双眼鏡が、敵艦隊を睨む。

 

「第二〇三魔導大隊、前列へ。」

 

副官の状況報告の言葉が聞こえた。

チキータはこれには特に返事をせず、呟く。

 

「これは・・・、流石ですね。」

 

彼女の視線の先では、大公国航空魔導軍団軍団長ターニャ・デグレチャフ准将の演説が始まっていた。

 

「諸君!我らの頭上喧しく騒ぎ立てるアルビオンを地面にたたき落す時が来た!エアル同志諸君!諸君らの郷土を取り返す時が来た!ゲルマニアとの戦争の時から連勝無敗の我らが大公国!!高度な空戦知識を持つエアルラント!!そして、優良種ヴァンピールの新進気鋭たるトランシルダキア!!それら3つを合わせた存在とはなんだ!?・・・そう、最強である!!その最強である我らは、悪しきアルビオン賊軍を討たんとする!!これは裁きである!!偉大なる存在に盾を突いたアルビオンへの裁きなのである!!そして裁きを与える我らこそが選ばれた審判者!!我らは審判者として奴らを裁く!!」

 

ターニャら第二〇三魔導大隊の隊員たちが敵艦隊に銃口を向ける。

 

「貫通術式!爆裂術式!用意!!狙え!!撃て!!!」

 

第二〇三魔導大隊の撃った弾丸が敵艦奥深くに突き刺さり爆発した。

 

「敵二等戦列艦、撃沈確認!」「よろしい。」

 

副官のセレヴリャコーフ大尉の報告にて戦果を確認したターニャは、再び自軍の方に振り返る。

 

「この場の連合軍将兵諸君!!これは聖戦である!!我に続け!!」

 

「「「「「「「おぉおおおおおおおおお!!!!!」」」」」」」

 

 



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20話 妄執

ダーヴァー海峡、エアリッシュ海の二つの戦線で勝利を収めた連合軍はアルビオンの南北から上陸を果たした。

 

チキータ・ドール率いる海軍艦隊が上空から援護射撃を行い、ターニャ・デグレチャフ准将は自身の航空魔道大隊とエアル軍を指揮下に加え、アルビオン陸軍の竜騎士隊と空戦を繰り広げる。

 

そして、主戦場は空から陸へと変わっていく。

 

第二集団は、リクセンブルク大公国・トランシルダキア辺境伯国、エアルラント王国の3ヵ国からなる連合軍で、その総数は2万。

その2万の軍はクラウド湾より上陸を果たし、港町ポートパトリシアにて侵攻軍司令部を設置。

第二集団の主力は、ストッコラント最大の都市グラスゴを目指すのであった。

 

ポートパトリシアの司令部には、軍務卿プディング・カスターを司令官に置き補佐として旧ナチス・ドイツ軍のヴィルヘルム・モーンケ中将を充てたものであった。

 

地面に敷かれた巨大な地図に軍集団を意味する各種の駒を配置し、状況の変化に即応できる体制を築き上げている。無線や伝令兵の報告をもとに駒を動かしていく。

 

サラマンダーを模した駒はターニャの航空魔道軍団の駒、これの横においてあるのはエアルラント国旗が描かれている翼人のエアルラント軍の駒。これらはアルビオンの竜騎士団を意味する竜の形を模した駒と向かい合っている。

 

グラスゴへの街道にはエルザ率いるトランシルダキア辺境伯国軍の駒と幾つかのリクセンブルク大公国陸軍の師団旗が描かれている駒に囲まれて置かれている。グラスゴの所にはアルビオン諸侯軍を意味する貴族を模した駒が置いてあった。

 

そして、グラスゴよりアルビオン側の街道に敵援軍を意味する駒と、その側面を突く形で配置されている友軍を意味する駒。

オークの駒である。

国を意味する絵柄は藍色の下地に三日月と星。

我々の住むハルケギニアにはない国旗だ。

 

司令部員の方に視線を向けると、妖精と吸血鬼の士官とそれに交じる少数の獣人士官が時たま駒を動かしたり話し合ったりしている。また、雑役の兵士にゴブリンが忙しそうに動き回っている。

 

そんな中に一人だけ、オークがいた。

そのオークはモーンケ中将とプディング軍務卿を挟むように並んで立っていた。

そのオークとにかく目立つ格好をしていた。

豚の亜人であるためか太った腹にサッシュを巻いてゆったりとした服装。頭にはターバン巻き、明らかにハルキゲニアの文化圏の服装ではなかった。

 

どちらと言えば、ロバ・アルカリ・イエの方に在りそうな文化であった。

そのオークの横には通訳であろうか。ミニスカートを履いた妖精士官が控えており、3人の会話の間に入り通訳しているのが解った。

 

オークの相手はオークに限るのである。同族語を話せる異種族よりは、訛りのキツイ同族の方が信用できると言うものだ。

そもそも、件のオークはオークと呼ぶには語弊がある。

頭の弱いオークが、士官たちの会話についていける訳がない。あまつさえ、将校の横になどいられるはずもないのだ。だが、このオークはそこにいてそれなりの頭脳を持って意思疎通が図れている。そう、彼らはハルキゲニアにはいないはずのハイオークであった。

彼らはエルフの居るサハラの向こう側、ロバ・アルカリ・イエの生物である。

 

 

アルビオン各地では、このハイオークに率いられたオーク達がアルビオン軍と交戦を開始。

猛威を振るっていた。

 

 

グラスゴの援軍へと向かうエデンバラン伯の前にもそう言った集団が迫っていた。

 

馬のヒズメを鳴らす音や、兵士の足音が聞こえるだけの街道でから賑やかな音楽が聞こえてくる。弦楽器や打楽器を鳴らしながら2方の側面からエデンバラン伯の軍の頭を押さえる形で、布陣している。

 

先頭のやけに目立つ格好のオーク達に目が行くが、背後のオーク達も木を切り出して作ったのであろうか。タワーシールドを並べて隊列を組んでいる。

 

「オークが隊列を組んでいる!?」

 

低能なオークが隊列を組むと言う行為に、いささかの驚きを見せるエデンバラン伯。

 

前と上部に盾を並べて、前進してくる。

ターバンとサッシュを巻いたオークが腕を前に振り前進を指示、同じくターバンとサッシュを巻き各種楽器を奏でるオーク。異文化を主張する音楽が管楽器や打楽器、体鳴楽器に乗せて流れてくる。

 

弓と銃射撃、アルビオン側からは魔法攻撃も加わる。

防火性のある樹脂の塗られた木の大盾は、完全ではないもののアルビオンの火の魔法の効果を落とし、致命傷を与えられずにいる。

 

「フゴォオオオオオオオオオオオオ!!」

 

指揮官のハイオークの咆哮を合図にオーク達が走り出し、エデンバラン伯の軍勢に肉薄する。

人間の倍もある巨体がエデンバラン伯軍の前衛を、文字通り突き飛ばす。オークの棍棒や斧がエデンバラン伯の農民兵を死体に変える。魔法使いと言う強力な兵は要るが、複数対1で囲まれては手も足も出ないと言うものであった。

十数分もしないうちにエデンバラン伯軍は壊乱、グラスゴへの援軍は無くなった。

この様な戦いを経て、オーク達は連合軍第二集団のリクセンブルク大公国へ合流していく。

アルビオン北部ストッコラントは燃え広がる火のように第二集団に飲み込まれていった。

 

 

エアリッシュ海での戦いは正面切っての衝突であったのに対して、ダーヴァー海峡の戦いは、敵主力とは言え古参のアルビオン海軍を欠いた状態での戦いでもあった。

 

古参の陸海軍は、ロサイスに最初展開していたのだがダータルネスにて幻影を用いた陽動作戦が実施され、ロサイスの精鋭がそちらへ向かったことによって得た勝利でもあった。

 

二線級の敵を退けたトリステイン・ゲルマニアを中心とする連合第一集団はロサイスへ上陸を果たす。ロサイスはアルビオンの首都ロンディニウムの南方300リーグに位置していた。

連合軍第二集団は、アイリッシュ海の制空権を確保するとダグラス浮遊島と北部港町を橋頭保としてポートパトリシアへ上陸し、リクセンブルクとトランシルダキア、エアルラントの軍はその精強なる陸兵力にものを言わせ北部主要貴族の領地へとなだれ込んでいった。

そんな、第二集団とは打って変わり第一集団の方はアルビオンの反撃を警戒して、ロサイスを中心とした円陣を築いた。しかし、反撃はなくアルビオンは防戦の構えを見せていた。

 

 

 

 

 

ハルキゲニア最大の国家ガリア王国。その人口は1500万人。

魔法先進国のガリアはメイジが多く、自然と貴族も多い。

首都リュティスはハルキゲニア最大の都市。リクセンブルク大公国の拡大を続ける首都もまだこの規模には至っていない。シレ川と言う川沿いに旧市街と言う中心街を中心に発達していった。官庁街は中心街から外れた西側にあり、巨大な宮殿ヴェルサイテイルが今の中心であった。

大規模なインフラプロジェクトや工業団地や軍事施設に及ぶような実用的な、ナチス式建築様式のライヒス・シュロムとは違い、いかにも無駄を好む中世貴族の贅を尽くした。様々な様式の庭園が日々拡大を続けている。無計画にあらゆる文化を取り入れ成長を続けている。国家社会主義の理想と対立するような無駄の塊であった。

 

そんなヴェルサイテイル宮殿の中、一際大きくな建物があった。ガリア王家の一族は、珍しい色に因んで、王城グラン・トロワは青いレンガで造られていた。

そこに暮らすガリア王ジョゼフは、青毛の美丈夫が興じている遊びは、軍人が見ればすぐわかる差し渡り10メイルの箱庭はハルキゲニアの地図を模したリアルなもの。

 

 

「艦隊を招集しろ。アルビオンにいる敵を吹き飛ばせ。三日でかたを付けろ。」

「御意。」

大臣は頭を下げて退出した。

モリエール夫人はがたがたと肩を震わせ始めた。箱庭遊びではない、本物の戦の命令が下されたのだ。

「どうした?夫人?寒いのか?小姓、夫人を別室で休ませてやれ。暖炉に薪をくべて暖かくしてやれ。夫人が震えている。」

「かしこまりました。」

小姓に支えられて、出ていくモリエール夫人を見送ったジョゼフは再び駒を動かし始める。

誰もいない部屋の中、ジョゼフは独り言なのか言葉を続ける。

 

「実は、この箱庭遊び・・・敵も味方も自分一人と言ったが、ちゃんと対局者がいる。実に手ごたえのある指し手たちだ。トリステインのアンリエッタ女王も面白い駒を持っている今後の成長に期待か。それと虚無の関係で小賢しく蠢動さえている目障りな指し手ヴィットーリオ・セレヴァレ。彼はすごいぞ、ロマリア連合王国聖エイジス31世教皇パウロ・パブロが崩御した時。後継者は別の人間だったのだ、私もその時は先代教皇の指名した後継者が継ぐと思っていたのだ。だが、それを逆転したヴィットーリオ・セレヴァレは面白い差してと言えよう。そして、ロマリアの後継者争いに深く食い込んだ他国・・・、リヒテンブルク大公国。31世の時代は、かの国の意見はほぼ素通りと言える程であったのだ。他国の後継者争いに、それも宗教権威の後継者だ。それに、あそこまで深く食い込むのは尋常ではないのだ。そして、大きい都市国家程度の規模であったかの国が余の祖父の代から私に至る5・60年で余のガリア、そしてロマリア、ゲルマニア、アルビオン、トリステインの5大国家に並ぶ国家へと急成長させた。リヒテンブルクの女王フィアリア、そして護国卿アドルフ・ヒトラー。彼らは、余の想像を超える一手を打ち続けている。予想は出来たがゲルマニア侵攻には驚かせられた。エアル参戦などは奇策も奇策だ。奴はアルビオンの件に影に余がいることを察している。でなければ、外務大臣を送り込んで探りを入れたりはせぬだろう。そして、アルビオンに食らいついているオークども。あれは世が完全に把握していない駒だ。」

 

ジョゼフは控えの間につながるカーテンのある後ろを振り返って、再び声をかける。

 

「貴様に言っておるのだ。ビダーシャル・・・。」

 

ジョゼフの言葉が聞こえてかカーテンの影から一人の男が姿を見せる。

とても美しく若々しい外見を持ち、非常に長命な寿命と大いなる存在を感じ神秘に通じた存在。ハルキゲニアの人間たちからは野蛮ともいわれるが、中立的な者あら見れば純粋に美しい容姿の存在エルフ。

そのエルフが立っていた。

 

 

 

 

 

 

そして、リクセンブルク大公国の護国卿官邸の地下施設。大公国軍最高司令部が置かれている。無線通信機や魔法電子式アナログ計算機が動く音が喧しい。参謀階級の高級士官達が情報の整理を行い絶えず地図上の駒を動かし、有線電話機から伝えられる報告を上官に報告する士官達。そんな喧騒の中で、地下上層階の会議室でフィアリアとヒトラー、そして一部を除いた閣僚と重臣たちが円卓を囲んで状況を見守っている。ガラス張りの部分から

戦場地図の動きが見えるので何人かは席を立ち窓辺から見下ろしている。

 

従卒の兵士が各人の好みに合わせて、コーヒーや紅茶の支度を始める。世話役のメイドたちもケーキや焼き菓子のお茶請けを用意している。

 

甘いものを好むヒトラーに合わせて、従卒がピーチティを用意する横で、ヒトラーは皇族やその親族に当たるフィアリアやマリーに問いかける。

 

「フィアリア嬢、オークの伝手は私もあまりよく知らんのだが?どういった関係だったのだ?」

 

ピーチティの入ったカップを持ち上げ香りを楽しみながら、ゆっくりと飲んでいるヒトラーは世間話でもするようであり、それに応じた二人も同様であった。

二人のカップにはアップルティーとアールグレイがそれぞれ注がれている。マリーの婚約者であるミュラー酸味の強いアルビオン産のコーヒーが注がれている。

 

「私の叔母、マリーの母の妹がオークの王の初代に嫁いでいるのですよ。5000年前に亡くなりましたが、確か6000年前にエルフと人間がバカやった時に強力して対処したんですよ。」

「そうでしたわね。私達はまだ幼かったから、よく覚えてないけど。あの頃はリクセンブルク大公国も皇国でしたからね。ハルキゲニアの唯一の統一国家リクセンブルク皇国。たしか、あの頃の人間はヴァリヤーグ・・・吸血鬼と戦ってたのよね。」

 

フィアリアとマリーの会話が脱線し始めたが、どうせ世間話とヒトラーは放っておくことにした。マリーの隣に座るミュラーもそれに倣った。

 

「あの時、母上が介入しておけば・・・。今の様な憂いをする必要もなかったと言うのに・・・。」

「こればっかりは仕方がないわよ。皇が王同士の揉め事にいちいち気を揉める様な考えがあの頃には無かったわよ。」

「あの頃は大らかだったものね。」

昔を懐かしむような二人。ケーキをフォークで刺してパクリと口に入れる。

完全に世間話の昔話であった。

 

「あの頃からだったわね。人間が増長して楯突くようになったのよね。魔法の登場は致命的でしたね。生活魔法一辺倒だった私たちは転がり落ちるように転落・・・。」

「エルフはエルフで王政を排して、共和制へ・・・。私達の救援要請をすべて無視、同じ精霊系統のくせに・・・忌々しい連中よ。・・・そういえば他の精霊はどこに言ったのかしらね。」

 

エルフの話題で顔をゆがめる二人はすぐに話題を変える。

 

 

「フェアリルやエルフ以外の精霊族は少数種族ですものね。ラグドリアン湖にウンディネが一人いたわね。そういえば、エントってまだ生きてるのかしら?」

「火竜山脈のふもとの森に生き残りがいたじゃない。近いうちに私たちの勢力圏に移動するそうよ。」

「そうだったわねぇ・・・。あの時に戦乱に巻き込まれて、彼らの女はドライアドの多くは死んでしまったわ。トレントは恨み骨髄よねぇ。」

 

脱線知ってしばらくして、ミュラーが本筋に話を戻そうと話しかける。

 

「マリー?オークの事を知りたいんだが・・・。」

 

「あら、ごめんなさい。彼らの事ですわね。1万年近く、6000年前のことが起きる直前を含む大昔、リクセンブルクが大国だった頃。今でいうロバ・アルカリ・イエのあたりにも大国があったのよ。それがオークの国アナトルア帝国、かの国もネフテスの共和化と東方の人間国家の共和化によって帝政国家であるアナトルアも力を失っていったのよ。私たちと同じ老国家だったのよ。瀕死の老人だった我が国と同様に彼らも一世一代の賭けに出たのよ。」

 

マリーの言葉に続けてフィアリアも一言述べる。

 

「私達フェアリルも、オークシアンもエアリッシュもコボルトも皆、かつての栄華を奪った人とエルフを恨んでいるのよ。機会さえあれば、奴らからすべてを奪ってやろうと思っていた。そして、機会が巡ってきた。」

 

マリー・ド・ルクセンシュタインは遠い目をして天井を仰ぎ、フィアリア・ド・リクセンブルクは沈黙して紅茶に口を付け始めた。

 

 

 

 

 

 

ハルキゲニアの遙か東方ロバ・アルカリ・イエ。

アルビオンの一連の戦いでガリアを第三国として扱うのなら、リクセンブルクに協力士官を送ったかの国は第四国と言ったところであろう。

 

エルフのネフテス評議国との決戦に敗れた人間たちの国家の衰退は、永い雌伏の時を耐えてきたアナトルア帝国と言う老帝国に復活の機会を与えた。

アナトルア帝国エディルーネ宮殿のバルコニーにおいて、アナトルア帝国皇帝マフマト・ムハンマドは眼前に集う兵士達に演説を奮う。

 

「勇猛なるアナトルア帝国よ!汝の軍隊は幾度となく、世界にその名を轟かす!汝の軍隊は幾度となく、世界にその名を轟かす!!アナトルアは滅びぬ!!何度でも甦る!!」

 

アナトルア文化的とも言える詩的な演説を奮うマフマトはナチス文化を取り入れたオーバーな身振り手振りを交えた演説を奮い。自慢の軍楽隊メフテルハーデの奏でる音楽が彼の演説に力強さを与えた。

 

「アナトルア帝国よ!アナトルア帝国よ!!汝の自由を享受せん!祖国の敵を打ち負かし、忌わしき奴等に絶望を与えん!祖国の敵を打ち負かし、忌わしき奴等に絶望を与えん!!」

 

 

旧来のイェニチェリ軍団と共にリクセンブルクより近代化したリクセンブルクの士官を招き、ニザーム・ジェディードと呼ばれる新式武器を、つまるところリクセンブルクの銃火器の輸出を受けて編成された兵たちを加えたアナトルア帝国の軍集団は北進西進を開始し精力の拡大を始めていた。

 

「野蛮で愚か!憎く忌まわしい人間とエルフに滅びと死を与えん!!」

 

 

 

 

 

ハルキゲニアとロバ・アルカリ・イエの中間点、サハラに存在する国家。有名どころはエルフのネフテス評議国。だが、広いサハラには彼らだけが済んでいるわけではない。

ここ、プルトレマイオス朝エイプトラ王国。コボルトが奉じる犬頭の神を祭った独自宗教の総本山である。

柱のあるポーチ、または中庭を取り囲むコロネードで中央に庭園のあるペリスタイルの宮殿。ナブディーン宮殿の庭園、樹木や花々の世話をしながら、国王スネフェル・カフは家臣から報告を受けた。

 

「そうか、アナトルア帝国は動いたのか・・・。リクセンブルクにヴァリヤーグの子孫たちも・・・遂に・・・。」

 

スネフェル王は剪定鋏を小姓に預ける。

 

「あの愚かな毛なし猿どもを、根こそぎ我らの神に捧げよう。フェアリルもエアリッシュもオーキシアンも皆、奴らが嫌いなのだ。利害の一致を見た。」

 

スネフェル王は軍官僚が用意した命令書にサインをしながら詩を詠んだ。

 

 

「古き天、ついに下知る時ぞ来た。東西に響いた懐かしき大号令。」

 

家臣はスネフェル王に伝える。

 

「軍を東進させ、アナトルア帝国軍と合流を目指します。リクセンブルクにも使節を送っておきましょうか?」

 

スネフェル王はニヤリと嗤って答える。

 

「うむ、そうだな。彼らに誼を通じておけば祭壇に捧げる供物がたくさんもらえるであろうからな。」

 

 




モブじゃないオリ勢力が二つ増えました。

次回には、原作主人公たちの事も書きたい。


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21話 バトル・オブ・アルビオン 中編

 

連合軍第二集団は、グラスゴやエデンバランと言った北部主要都市を次々と陥落させていった。

連合軍第一集団は、アルビオン南部の大都市サウスゴータを制圧した。大都市を確保し補給線を固めることが出来ると思いきや、アルビオン軍は住民たちから丸々食糧を取り上げており、補給線が些か不安視される事となった。

 

連合軍、特に国家社会主義の精密な統制された経済システムを導入するに至らない二流三流の国家の集まりである第一集団に属する国家は国家社会主義でない大きな二流国家であるガリアやロマリアと言った第三国へ支援を求めていた。

 

 

降臨祭の期間を休戦期間とし、連合軍とアルビオン賊軍との間で休戦が成立した。

 

 

 

 

この休戦期間において、各国の組織が暗躍し、個々人が思い思いの時を過ごしたのであった。

 

老け顔の三十路男、ただの司教に過ぎない痩せ男。

それが、神聖アルビオン共和国皇帝クロムウェルである。

その痩せ男は小刻みに震えあがる。

 

「おおおおおおお!ミス!ミス・シェフィールド!あの方は!あのお方は確実にこの忌まわしい国に兵をよこしてくださるのですか?南の敵軍は何とか抑え込んでおりますが、北の亜人達はこちらの亜人たちを抱き込んで勢力を拡大しつつあります!連中の相手は、残忍極まりない!連中の前線司令官は、始祖の敵たる先住の吸血鬼ですよ!!何故に、トリステインやゲルマニア、そしてリクセンブルクへ攻め込む必要がありましょうか?」

 

そんな、クロムウェルに対してシェフィールドと呼ばれた黒ずくめの女性は、淡白に答える。

 

「ハルキゲニアは一つにまとまる必要があるの。聖地を回復することが、唯一始祖と神の御心に寄り添うことになるの。」

 

「聖地奪還は聖職者の夢であることに違いありません。ですが・・・、荷が重すぎるのです!敵が!北からも南からも!我が国土に!あの無能なアルビオン王のようにわたしを吊るそうと、敵がやってきたのです!どうせすばいいのでしょうか!これが悪夢ではないと言い切ってくだされ。ミス・シェフィールド。」

 

「甘えるな」と小さくつぶやく。

「ひっ」

 

深い、闇の様なブルネットの長い髪がゆれ、その目が妖しい輝きを放っている。

その目に飲み込まれ、クロムウェルはさらに震え出した。

 

「並の神官が味わえぬような、糖蜜の様な甘い夢を見ておいて、今更悪夢は見たくないなどと・・・。それに我が国土?貴様の土地など、この貧乏くさいアルビオンに僅かたりとも存在しないわ」

 

クロムウェルはシェフィールドの足元の床に頭をこすりつけ、シェフィールドの靴を舐め上げた。

 

「お、お許しください・・・、はっ・・・ひぃ…お許しを・・・」

 

クロムウェルはおそるおそる嵌めた指輪。アンドバリの指輪を手渡した。水の秘宝、使者に偽りの命を与える魔法の指輪を・・・。

 

 

 

 

 

 

ストッコラント、旧グラスゴ候領。

連合軍第二集団はオークの軍勢を加え数を増やした。その第二集団も北部の諸侯平定のために兵を割いて北進させた。残りの兵は南下のために前線を押し下げようとしていた。

 

グラスゴに設営された司令部には、司令官プディング・カスター軍務卿、参謀長ヴィルヘルム・モーンケ、南進司令官エルザ・アントネスク、海軍艦隊司令官チキータ・ドール他幹部陣が集まっていた。

 

「フィアリア大公とヒトラー護国卿より、連合軍は降臨祭期間中は休戦となるとの指示を賜った。皆、思うところはあるだろうが停戦の準備に入ってもらう。」

 

本国よりの指示を伝えるモーンケに対して、思うところがある者たちが次々と口を開く。

 

「困ったわね。敵軍からの刈り取り自由って言っちゃったわよ。休戦になったら兵たちから不満が出るわ。」

 

そう言ったのは、トランシルダキア辺境伯のエルザであった。リクセンブルクの傘下に入ってからメキメキと頭角を現した彼女は傀儡国家の国主に任じられるほどの出世を果たしたが、一介の吸血鬼時代は庶民の暮らしであったためか、貴族としての認識が薄く妖魔本来の性である残忍性が出てこういった指示に出て行き過ぎたものになってしまう事があった。

 

「であれば、統治下の村から搾り取ればいいでしょう。」

「でも、こちらに下ってきた村よ。」

「全く、構いません。所詮は人間の村、亜人である我々の統治など受け入れられないでしょう。良からぬことを考える村もあるやもしれません。連合軍として治安の維持も請け負っていますので、治安を悪化させるような連中は討たねばなりませんので。」

「あぁ、なるほどねぇ。」

 

エルザは悪い笑顔を浮かべて、意見を引っ込めた。

 

アナトルア帝国の協力士官の通訳である妖精兵がアナトルアのハイオーク士官の言葉を述べる。

「西の同胞は堪え性がないので、休戦に従わない者が出るかもしれないとのことです。」

 

「でしたら、南側には指示に従えるものだけ残していただいて、そうでないものを北の人狩りに・・・失礼、言い間違えました。賊狩りにでも廻してください。協力士官殿、構いませんか?」

 

妖精兵の通訳を聞いたハイオーク士官が頷いて応じる。

 

「うむ、これで以上だな。各人、休戦の支度に・・・。」

「お待ちください。プディング司令官、まだ一つあります。」

 

プディングは副官の言葉に、ん?と言った感じで聞き返す。

 

「ん?何かね?」

「近日到着する輸送飛行船に若い男女100ほどを見繕って積み込んでください。エイプトラへの鼻薬とするとのことです。」

 

鼻薬たちの運命を察したエルザなどは口元を押さえクスクスと笑っていた。

最もなところ、北部貴族を山賊や野盗と同列に扱い北部征伐の手を緩めずに継続した。

南部のアルビオン賊軍本隊に対してはリクセンブルク軍が暫定線に張り付いた。事が起きればすぐにでも暫定線を突破する気であった。

 

会議が終わりモーンケは天幕から出る。

曇り空から一片の雪が降ってくる。従卒の妖精兵がオーバーコートを手渡してくる。

 

「雪・・・か。」

 

 

 

食事の時間に、酒と一皿追加されたささやかな降臨祭の第二集団とは違いトリステイン・ゲルマニアと言った生粋のもしくは敬虔なブリミル教徒が多い第一集団の降臨祭は、派手な物であった。

 

満点の夜空に花火が打ちあがる。

トリステインや一部ゲルマニアから呼び寄せた商人や女性たちを相手に、シティオブサウスゴータの宿営地はかつてないほどに活気づいていた。

 

少年少女たちの思いが絡み合う夜。

ほろ苦くも甘酸っぱい感情が絡み合う。

 

 

その一方で・・・

ガリア王国ヴェルサイテイル宮殿、貴賓室。

 

リヒテンブルク大公国外務卿リップル・ドロップスは、ガリア王国外務卿マルゾフ・ポリタンとの間で、協定が結ばれた。

 

「えぇ、この内容で構いません。」

 

リップルはモノクルをカチャリと動かして、書面を確認し内容を確認して了承を伝える。

 

「両国の素晴らしき関係を築けたことに、始祖への感謝を・・・。」

「感謝を・・・」

マルゾフの返答に、さらに返して応じるリップル。

 

第1条:リヒテンブルク大公国・ガリア王国(以下リ・ガ)両国は、相互にいかなる武力行使・侵略行為・攻撃をも行なわない。

第2条:リ・ガの一方が第三国の戦争行為の対象となる場合は、もう一方はいかなる方法によっても第三国を支持しない。

第3条:リ・ガ両国政府は、共同の利益にかかわる諸問題について、将来互いに情報交換を行なうため協議を続ける。

第4条:リ・ガの一方は、他方に対して敵対する国家群に加わらない。

第5条:リ・ガ両国間に不和・紛争が起きた場合、両国は友好的な意見交換、必要な場合は調停委員会により解決に当たる。

第6条:条約の有効期間は10年。一方が有効期間終了の1年前に破棄通告をしなければ5年間の自動延長となる。

第7条:条約はガリア王国のアルビオン侵攻と確認し次第批准し、調印と同時に発効する。

 

リ・ガ不可侵条約、署名したマルゾフ、リップル両外務卿の名前を取り、マルゾフ=リップル協定とも呼ばれた。

 

 

 

また、アドルフ・ヒトラーは協定が結ばれる数日前に同盟国であるアナトルア帝国・エイプトラ王国の駐在大使を護国卿官邸へ呼び出して、条約締結についてのリヒテンブルクの意図を誤解しないように伝えた。

 

「リヒテンブルクは、ブリミル・・・いえ、シャイターン・・・。あの悪魔どもの犯した罪を忘れたことは1日たりとも無い。ガリアとの不可侵は、奴らに我々が決して靡いたという訳ではないと言うことをご理解いただきたい。」

 

ヒトラーが同盟各国に対して理解を求める一方で、アナトルア帝国・エイプトラ王国の支援を受けて北部アルビオンのオークやコボルトを中心とした亜人達を統合した戦力の編成を整え南下に備えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その日の日付けが変わろうとしていた夜半の時間。

 

連合軍第二集団司令官プディング・カスターは、自身の従卒に起こされて第一集団で反乱が発生し、さらにアルビオン賊軍の攻撃を受け壊乱状態にあると報告を受ける。

 

「モーンケ将軍、こちらの状況は?」

「目立った変化はありあせん。」

 

モーンケの言葉を聞いたプディングは、迷うことなく命令を下す。即断であった。

 

「前線部隊の南下を開始、敵の採掘場や物資集積所は押さえるんだ。時間が迫っている。護国卿の読み通りなら奴らが間もなく参戦する。要所は押さえておかねばならん!。」

 

ガリアとの秘密協定を結ぶ前から、この動きを予想していたヒトラーは司令官のプディング軍務卿や副司令官のモーンケにはこれらの予備作戦を詳細に伝えていた故の即断であった。

 

アルビオンをめぐる戦いは急転直下、世間の予想とは大きく違う結果になろうとしていた。

 

 



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22話 バトル・オブ・アルビオン 後編

 

アルビオンにおいて北部から南下をしようと攻勢を強めるリクセンブルク軍他の連合軍第二集団、それに抵抗するアルビオン賊軍。

 

シティオブサウスゴータのトリステイン・ゲルマニア連合軍は撤退を開始、シティオブサウスゴータを引き払い軍港のあるロサイスまで撤退した。

 

そして、一人の少年が迫りくるアルビオン賊軍を単騎で押し返すという大戦果を挙げ見事に連合軍を逃がしたのであった。

 

その話を聞いたルイズは色を失った。全身から血の気が引いていく。それは才人だ。彼は自分を気絶させ、今乗っているこのフネに乗せたのだ。そして、アルビオン軍に向かって行ったのだ。

 

「サイトー!」

 

ルイズはフネの柵に駆け寄り絶叫した。

その異常に気が付いたメイドのシエスタや友人のギーシュやマリコルヌは無理にでも降りようとする彼女を取り押さえる。

 

「おろして!お願い!おろしてよ!あそこにはまだ!まだサイトがいるの!」

 

ルイズの絶叫が遠ざかるアルビオンに響いた。

 

 

撤退する連合軍第一集団を追撃していたアルビオン賊軍はロサイス奪還した。

賊軍首魁のクロムウェルはロサイスのレンガ造りの司令部に入り、そこでイライラと爪を噛んでいた。

 

「なぜ、ガリアは兵を寄こしてくれないのだ。二国で挟撃すればシティオブサウスゴータの連合軍なぞ一撃、北部連中も一蹴できるというのに。」

 

その理由をシェフィールドに尋ねたかったが、先ほどから姿が見えない。

クロムウェルは不安で潰れそうであった。己の部を越えた今の地位が恐ろしくてたまらなかった。思わず震えそうになった瞬間。

 

窓の外から歓声が響いてきた。

 

ガリア艦隊であった。

 

「ガリア艦隊より伝令!閣下にご挨拶がしたいとのことで位置を知らせてほしいとの事です!」

「ああ、なるほど。あのお方は律儀な御方だ!王も律儀なら艦隊司令官殿も律儀であったか!よし、玄関前に議会旗を掲げてくれ!」

「了解」

連絡士官が退室していき、ほどなくして議会旗が上っていく。

 

百近い戦列艦が、その高い練度を誇る様に見事な機動で並んでいく。

まるで観艦式のような光景であった。

 

クロムウェルは嬉々として艦隊を見つめる。

百近い戦列艦の舷門が、一斉に光った。クロムウェルの人生で一番美しい光景であった。

 

何千もの砲弾がクロムウェルのいるレンガの指令所を襲った。

一瞬で発令所は、瓦礫の山と化した。

 

 

この一連の戦争はガリアの参戦と言う形であっけなく終わってしまったのであった。

 

南下を指示したリクセンブルク軍であったが、なんか開始から1日で停戦命令が出されることとなる。

 

 

地下司令部で指示を出していたヒトラーも、アルビオンの戦争終了を聞き片手で払うように部下たちを退出させる。

 

「まったく、ガリア王め。なかなかの食わせ物ではないか・・・。秘密協定締結の翌日にこれとは・・・。アルビオンの利、撤退したトリステイン・ゲルマニアは論外としてもガリアに掻っ攫われるのは避けたいものだな。」

 

ヒトラーの横に座っていたフィアリアは心配そうに尋ねる。

 

「アドルフ・・・?ガリアの動きは私たちの計画にとって手痛い物なのかしら?」

 

フィアリアの不安げな態度にヒトラーは彼女を安心させようと口を開く。

 

「まさか、所詮は劣等種の浅知恵だ。今のリクセンブルクはアルビオンを毟らなくても問題ない。しかし、払った血に見合う見返りは欲しいではないか?」

 

「その通りではあるわね。と言っても利益分配の会議は来月よね。」

 

「そう来月だ。ガリアの青髭は未だに舞台の演出家気取りと言うのは気に入らんが、前座くらいはさせてやっても良いだろう。本番はこれからだ。」

 

 

 

 

 

 

 

アルビオンの共和主義者の反乱が集結し、ハルキゲニアは僅かな平和を享受した。

ただ、この平和は次の戦争のための準備期間でしかなかったのであった。

 

 

多くの者たちは故郷に帰り家族と会い、酒場で再開を祝した。

 

ある酒場での一幕。

 

「戦争は終わったってのになんで銃や銃の弾をあんなにたくさん作り続けてるんだ?」

作業着の妖精が疑問を述べる。

 

「んなこったぁ!気にしなさんな!戦争は終わったんだ!今日は飲もう!」

 

「「「いぇーい!」

 

作業着の妖精も周りの喧騒に飲まれて疑問のことなどすっかり忘れて酒を飲み踊り出した。

 

 

 

ある一般家庭。

 

「ただいま!」

 

「おぉ!帰ってきたのか!」

少年妖精の言葉に先に戻ってきたのであろう初老の妖精が応じる。

 

「ハントは?」

妖精の少年は幼い弟の名を呼ぶ。

 

「なに?」

 

兄の妖精は弟を見受け顔をほころばす。

 

「お土産だぞ!アルビオン軍の騎士の小盾だ!」

 

「にぃたん、ありがと~。」

 

平和で穏やかな時代がすぐそこまでやってきている誰もがそう思っていた。

 

 

 

国境間で築かれる砦、国営工廠の武器弾薬生産は戦時体制のまま。

 

 

国営工廠。

 

ヨアヒム・パイパー准将は同階級のターニャ・デグレチャフ准将と共に国営工廠の視察に訪れた。

 

「では、私はここで。」

「あぁ、またあとで。」

 

二人とその副官はそれぞれ敬礼し、案内の工廠職員の後に続いた。

二人の目的地は違う。

ターニャの方はオルデッサ鉱山占領後より安定供給されている赤い鉱石。

品質低下の粗悪品から脱却してから、何度も演算宝珠の改修が行われていた。

その性能はエレニウム式には及ばないものの前の地球世界の大戦期にようようされていたものに限りなく近い性能の物が再現できるようになっていた。

それら演算宝珠や航空魔導士の標準装備の視察が彼女の目的であった。

 

一方のパイパー准将の方は、工廠内の演習場平成案内される。

 

「パイパー准将、これが我が国初の国産戦車です。」

 

演習場を走行する2両の戦車。

 

「あれは、軽戦車と・・・豆か。」

 

「えぇ、Sd Kfz 201エルヴィラ豆戦車。Ⅰ号戦車をモデルに開発されたリクセンブルクの国産戦車です。そしてもう一つがSd Kfz 202ツェルリーナ軽戦車、チェコスロバキアのLT-35 やLT-38軽戦車の資料とドイツ軍のⅡ号戦車をモデルに開発したものです。60年掛かりました。」

 

「長かったな。」

「再現するだけでも、これほどの時間を要する。ハルケギニアがいかに停滞し硬縮しているかが伺えますな。」

 

「それでも、他国よりはましだ。それで、これらの生産体制は?」

「来月には生産ラインを整える予定です。勿論、現状でも生産は続けますが。」

 

パイパーはニヤリと嗤いながら副官と案内職員に話しかける。

 

「前にゲルマニアに我々が侵攻した時。戦車は鉄の地竜と呼ばれたそうだ。少々小さいがその鉄の地竜が大集団で攻め寄せてきたら彼らはどう思うんだろうな。くくくくはははは!」

 

 

 



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23話 虚無をめぐる策謀

 

ガリア王国軍の参戦によって、アルビオンのレコン・キスタは殲滅された。

しかし、戦後の治安維持は必要であり両用艦隊の付随陸軍戦力では足りなかった。

故に、アルビオンに残存する連合軍戦力であるリクセンブルク以下の国々がこれに当たる事となる。

 

 

主導国であったトリステインや有力国ゲルマニアがすでにアルビオンから撤収済み、根本的なトリステイン・ゲルマニアの不仲、決定打を与えたとはいえガリア王国は遅れて参戦したハイエナ、開戦初期から参戦し継戦したリヒテンブルクがそれを担当するのは流れであった。

 

アルビオン王国王都ロンディニウム、ハヴィランド宮殿。

現在アルビオンに存在する連合国はガリア王国、リヒテンブルク大公国、エアルラント王国、トランシルダキア辺境伯国、アナトルア帝国である。

エアルラント王国とトランシルダキア辺境伯国はリヒテンブルク大公国の影響下にある国で、アナトルア帝国は他国には存在を秘匿した国家でこういった場には出せない。

 

エアルラントやアナトルアの士官や大使は北部のエデンバランの要塞に控えている。

このハヴィランド宮殿に控えるのはリヒテンブルクの者達であった。本格的な戦闘が起きることがないと解ると、プディング軍務卿とモーンケ親衛隊中将と交代でヴァルター・ヘーヴェル親衛隊少将がアルビオン入りを果たす。

 

 

ヴァルター・ヘーヴェル。ナチス・ドイツ時代外務省の総統官邸駐在官としてヒトラーの身辺にあり、ヒトラーの個人的信頼を得ていた数少ない人物である。

 

吸血鬼と妖精の秘書官を大きめの仮執務室の自分の机の前の机に並べて黙々と、書類仕事をしていた。

妖精の秘書官から報告を受けるヘーヴェル。

 

「アナトルア派遣武官の方々は秘匿のため今月中に撤収。エルザ様もトランシルダキアへお戻りになるとのことで、後任はホリマ・シア男爵だそうです。また、エアルラントはサイアム・リンチ将軍率いる1500を新たに増派し北部の実効支配を強めるようです。」

 

「北部はエアリッシュ達に任せても良いだろう。トランシルダキアやアナトルアの事は大したことではない。ミーナ君、総統っごっほん!護国卿閣下からの密命に関してだ。」

 

ミーナと呼ばれた妖精の秘書官は、報告書のページをめくり確認してから伝える。

 

「護国卿閣下のお求めの品は恐らくサウスゴータ地方に潜伏していると思われます。あのあたりでは深手を負った兵士が女神もしくは天使と形容される存在に救われたなどと言う体験談含む噂がささやかれており、可能性は高いと思われます。」

 

「ならば、身柄を抑える必要がある。秘密裏にな・・・。」

「はい、表沙汰になっても問題なきようエルザ様より兵を預かっております。無論山賊に偽装しますが、万が一が起きても従属国の暴走とシラを切れます。」

 

ヘーヴェルはくっくと嗤い、ミーナを褒める。

 

「流石だミーナ君。」

「お褒めにあずかり光栄です。」

「仔細は君に任せる。私は諸国会議に大公様と閣下の代理として出席せねばならん。」

「っハイル!お任せください!」

 

 

そして、日は巡り終戦からほぼ1カ月。

王都ロンディニウム、ハヴィランド宮殿。石造りの整然とした町並みは白の国と呼ばれた強国の名残を感じさせるものであった。しかし、それは過去の話。いまや、皿の上で解体されるのを待つ鳥の丸焼きであった。

 

ホワイトホールの円卓には、多くの貴人たちが集っていた。

恋人との別れや、一連の戦争を導いた経験は蝶よ花よと育てられた世間知らずの姫君を凛々しい姫君へと変えた。そんな、彼女を好色そうに眺めまわす野心の塊のような四十男はアルブレヒトⅢ世。それらに対して全く敬意を払うことなく書面しか見ていないヘーヴェル少将、基本的には自国権益は大して絡まず同盟国のチキンの切り分けをしてやるのが仕事である彼は事務的にしか動く気は無かった。

そんな彼にとって、ガリア王の到着が遅れていることなど些細な事であった。

 

遅れてきたガリア王が他国の王たちに質の悪い言葉遊びを仕掛けつつ、宴会を始めたところでヘーヴェルは辟易し席を立った。

 

 

翌週にようやく割譲について話し合われ、2週間後に大枠で話は纏まった。リクセンブルクの要求通り北部はエアルラントへ割譲され、一部の鉱山の採掘権をリクセンブルクとトランシルダキアが手にし、残りを3国とアルビオン傀儡国で分け合った。

 

 

 

自身の側近ミーナを伴いつつ、宮殿のリクセンブルクに割り当てられた区画へと続く廊下を歩く。

 

「少将殿!早々に席を立つとは無粋ではないか!」

 

馴れ馴れしいの領域に至っている笑顔のガリア王ジョゼフはヘーヴェルに話しかける。

 

「我々吸血鬼にはあぁ言った場は好みませんので。」

 

「付き合いが悪いと損をしますぞ少将殿。せっかく余が貴国の護国卿殿のために提案をしに来たというのに・・・。」

 

「すでに協定があります。これ以上の利益を用意できるのですか?ガリア王陛下?」

 

ジョゼフは立ち止まり、顎に手を当て考えるそぶりをする。ヘーヴェルは付き合いとして立ち止まるが興味なさげな態度を続けていた。

ジョゼフの言葉を聞くまでは・・・。

 

「それが、アルビオンにいる虚無の事でもか?」

「いま・・・なんと?」

「虚無だ虚無だよ。ヘーヴェル少将。」

 

ジョゼフの言葉にヘーヴェルは口角を引きつらせた。

ミーナも目つきを鋭くジョゼフを威嚇する。

 

「ジョゼフ陛下、我々に何か御用でもおありですかな?」

「ヘーヴェル閣下!?」

 

「ミーナ君、これは外交だ。ジョゼフ陛下を貴賓室へご案内してくれ。」

「かしこまりました。」

 

 

 

 

 

 

ジョゼフの揺さぶりを受けたヘーヴェルらは、自身の区画にある貴賓室へジョゼフを招き入れた。

 

「先ほどは失礼しました。して、陛下の言う虚無の話とは?」

 

ヘーヴェルの問いにジョゼフは始めはジュリオ・チェザーレなどと言うふざけた名前の神官から聞いた話を小出しにした。

ヘーヴェルは眉間にしわを寄せ、ミーナもその横で黙って聞いている。

 

「まぁ、さすがに始祖の道具をくれてやるわけにはいかんが、4人の虚無の1人をくれてやるくらいは親密な友好国である貴国ならばと余は考えておる。ロマリアの腐れ坊主に好きにさせる等、俺はごめん被る。大公殿や護国卿の考えによってはと考えておるのだが?」

 

後半言葉が崩れていたのは本心か演戯か。

ヘーヴェルはその思いに応えを出すことは出来なかった。

ヘーヴェルは慎重に言葉を選んで答える。

 

「大公様と護国卿閣下にお伝えして、早急にお答えいただけるように取り図ります。」

 

ジョゼフは大声でひとしきり笑ってから、ヘーヴェルの背を叩いて部屋を出て言った。

 

ジョゼフが去り、部屋の周辺に誰もいないことを確認した二人は先ほどまで応接に使っていた席に向かい合って座り話し合う。

 

「少将、何としてもアルビオンの虚無はこちらの手中に収めなくては…。我々には情報も物もありません。」

 

「身柄の確保に関してはガリアの協力を得てもいいかもしれん。問題は身柄を抑えた後の話だ。ミーナ君、衛生医学総監部から人員を引っ張ってこい。物がダメならせめて情報は多く取りたい。脳みそ掻き回してでも情報を引きずり出してやる。ミーナ君、この際だ虚無が確保できるなら四肢が引きちぎれていようが、人の形をしてなかろうが死体でなければなんでもいい。最悪メレンゲに渡せば虚無を使う肉塊にはできる。何としても確保しろ。」

 

「ハイルッ!」

 

ヘーヴェルの言葉にミーナはナチス式敬礼で答えた。

こうして、虚無をめぐる争いにジョゼフ王はリクセンブルクを引きずり込んだのだ。

 

 



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24話 虚無とアインザッツグルッペ

 

「ガリアのジョゼフ陛下より話は伺っております。虚無の専門家だそうで・・・、我々の虚無捜索に全面的な協力をいただけると。」

 

「我が主より、貴国の虚無確保に全面的に協力するように命じられてまいりましたわ。」

 

ヘーヴェルの言葉にガリア王より派遣されてきた黒髪の女、シェフィールドは受け答えにどことなく東方の艶やかさを感じさせた。

 

「それはありがたいお話です。まぁお茶でも飲みながら・・・。ミーナ君。」

「はい。」

 

ミーナがカップにお茶を注ぐ、それを手にしたヘーヴェルは一口飲んでからシェフィールドに話しかける。

 

「ミス・シェフィールド。虚無のいる場所は予想出来ているのですか?」

「はい、もちろん。」

 

そう言って彼女はテーブル中央のサウスゴータ地方の地図のいくつかの村々に印を書き込んでいく。

 

「一つには絞れないのですか?」

「さすがに、そこまで詳細な情報は・・・ここからは実際に見て見ないことには・・・。」

 

ヘーヴェルとその副官ミーナは、友好国以上の親密国となりつつあるガリア王から直々に派遣されたシェフィールドに対して極めて友好的に努めた。

 

「そうですか。」

 

ヘーヴェルが息をつくとシェフィールドが、それに付け加え形で口を開く。

 

「それに、虚無を探すというのは秘密裏に行う必要があります。虚無はトリステインの聖女を発端に市井の人の口づてに注目を集めていますので・・・、少しばかり手間がかかりますよ。」

「それに関しては、問題ありません。中佐!入りたまえ!」

 

ヘーヴェルの声を出すと扉が開いた。

 

「フランツ・ケイユ中佐!入ります!」

 

その先にはナチスの髑髏の紋章を軍帽に付けた妖精の少年の姿があった。

 

「そう言った痕跡を消すのに彼らは非常に優秀と言っておきましょう。」

 

ヘーヴェルの言葉にシェフィールドは何も答えなかったが、その表情は既に納得していた。

彼女の前に立っているのは、悪名高きアインザッツグルッペの指揮官。アインザッツグルッペの起こす喧騒に巻き込ませれば虚無探しなど目立つことはない。

それほどの存在なのだ彼らは・・・。

 

 

 

 

「こりゃ大変だわ。」

 

ルイズとシエスタがロサイスについたのは、ハガルの月の第三週第四曜日の夕方であった。

アルビオンの治安の大部分を維持しているのは連合軍の指揮下に入ったアルビオン残存軍と傭兵、そしてそれらを動かしているのはアルビオンに戦力を置いているガリア、リクセンブルク、エアルラントだ。

エアルラントの戦力はその大部分を北部に集中させているために、この辺りへの影響力は皆無。ガリアとリクセンブルクで実効支配を進める傍らで、トリステインが食い込もうとしていると言った感じだ。

 

港町ロサイスには物資が枯渇するこの地域に物を売りに来た商人、一山当てようともくろむ山師、治安維持の兵、役人、人探しに来た人など、ハルケギニア中からやってきた人々で溢れていた。

 

「見つかるかしらサイトさん。っきゃ!?」

 

シエスタの前を馬もいないのにすごい速さの鉄の馬車が通り抜け、その後をクーシーと呼ばれる妖犬に乗った妖精兵士達が駆け抜けていく。

 

「だいじょぶかね?お嬢ちゃんたち?」

近くの露店の店主に助け起こされながら声をかけられる。

 

「はい、ありがとうございます。」

「シエスタだいじょぶ?なんなのあいつら!?」

 

「あいつらは、最近きたリクセンブルクの連中だよ。確かに戦争の後だってのに治安はいい方だけどね。楯突く奴らは皆殺し、おっかない連中だよ。お嬢ちゃんたちも関わらない方がいいよ。おっかないおっかない・・・。」

 

そう言って店主は露天に戻って行った。

 

「とりあえず、休めるところを探しましょう。」

「はい、ミス・ヴァリエール。」

 

そう言って二人はガリア艦隊が吹き飛ばした司令部の跡地へ向かって行った。

 

 

 

さらに数日が経過した。

 

キューベルワーゲンを先頭に数台のオペルブリッツ、周囲を狼騎兵で固めた集団が街道を進む。

 

 

助手席の妖精兵に地図を広げさせて、いくつかの村にバツを付ける。

 

「ここで、おしまいですな。シェフィールド女史?」

「そうですわね。」

 

「森の天使だか女神とやらは、どこにいるのだか。」

「そろそろ、着きますわ。中佐さん。」

「ウッド村か・・・、総員降車!」

 

ケイユとシェフィールドは近くの宿屋を貸し切って、拠点として兵たちに調査を命じる。

 

「おや、アルヴィーですか?変わったものをお持ちで?」

「ふふっ、少し違うわ。これは特別製なのよ。」

 

二人は宿屋の食堂でくつろいでいた。

 

時間は経過し、報告を受けた頃には日が沈み始め夕方と呼べる時間帯になっていた。

 

「中佐!そこの雑貨商が裏の奥にある開拓村にそれらしい少女がいるとのことです。」

 

部下の吸血鬼から報告を聞いたケイユは立ち上がり

 

「それは是非とも話を聞かなくては・・・。」

 

さらに、日が落ちた頃。

 

雑貨商の店主だった中年の男性は物言わぬ死体になっていた。

額に丸い穴が開き、その穴から血が流れていた。

 

体中に怪我があった、拷問の後である。

シェフィールドは杖を仕舞った、精神操作系の魔法を使ったからだ。

 

「ふむ、当たりでしたな。」

「えぇ、そのようですわ。」

 

「森の奥の孤児の村の事を、この村の人間はどれだけが知っているのでしょうかね?」

「さぁ、それはわかりませんわ。」

 

「それもそうですな。仕方ないお前たちマスクをしておけ・・・。」

 

ケイユはシェフィールドにガスマスクを渡し、部下たちにもガスマスクの装着を促す。

自身もガスマスクを装着する。

 

「本当は風上に行きたかったが、時間がもったいない。宿屋の二階の屋根裏部屋の窓からやるか。」

 

ケイユは宿屋に戻り、出迎えた宿屋の主人を腰の件で一突きした。

 

「さすがに、今は音を出すわけにはいかないからな。いや、サイレンサーを付ければよかったか。いやいや、持ってこさせる時間が手間か。」

 

ケイユは独り言を言いながら宿屋の屋根裏部屋まで階段を上った。

屋根裏の窓を開けて、そこから見える範囲にいる兵たちがガスマスクを付けているのを確認する。

 

「着け忘れているアホはいないな。水の聖霊よ・・・」

 

ケイユの杖から細かい水粉末が噴射される。水粉末はさらに細かく霧となり空中に消える。

 

「もう少し高いところか、風上でやりたかったのだが・・・。」

 

ケイユは手を軽く振り下ろす。

ケイユの部下たちがウッド村の家々に踏み込んでいく。

 

動物の鳴き声すら聞こえない。人間だって早々生きてはいないだろうが、万全は期した方がいい。

 

時折、単発の銃声が聞こえる。

かろうじて生きている人間もいたようだ。

念のため1時間くらい時間を掛けて確認させる。

住人が全滅したのを確認させながら死体を村の中央の広場に集めさせる。

その様子を見ていた影が森の奥へ消えていったことは誰も気が付けなかった。

酒瓶や煙草を片手にしている部下たちに対して、適当な態度でケイユが命令を出す。

毒霧は既に霧散し人体に影響のない段階まで下がっていた。ケイユも遅れてマスクを外す。

 

「あー、誰か火を、火を掛けてくれ。あいつが最後の仕事にしくじらなければアインザッツグルッペに引き抜いてやったものを・・・、こういうの得意だったし好きだったのになぁ。メンヌヴィルの奴め。」

 

ケイユが様子を伺うと、スっとシェフィールドが姿を見せる。

 

「そろそろ、森の奥の村に行きましょう。仕込みを済ませましたのでお先に・・・。」

 

そう言ってシェフィールドは再び姿を消す。

 

「森の中には小さな孤児たちが慎ましくも懸命に生きていると聞く。いやはや、実に悲しいことだ。虚無なんぞに関わったから死なねばならない。実に残念、悲しいことだ。クックック!」

 

ケイユは弑逆的な嗤いをニンマリと浮かべた。

ケイユは村長宅にあった小瓶の葡萄酒の栓を抜き一気に飲み干し、瓶を投げ捨てる。

 

「アインザッツグルッペ!隊列を組め!森の中には孤児の村がある。ガキばかりだ!少々退屈な任務だった。息抜きは必要だ!」

 

ケイユは部下のMP40短機関銃を受け取り上方に向けて引き金を引いた。

 

「楽しいの鬼ごっこをしようではないか!あ、そうだった!虚無の小娘は生かしておけよ!それ以外は皆殺しだ!ヒャッハー!進め!アインザッツグルッペ!やさしい妖精さんとして子供達と遊ぼうか!人生最後のお遊びをさせてあげよう!クハハハハッハハハハ!!」

 

 



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25話 恐怖の鬼ごっこ

死体の山に火が掛けられる。

各家庭や食堂などにあった安くて古い油が放り込まれ。

肉の焼ける不愉快な香りが充満する。

 

死体処理のために残される兵たちが不満げな視線をケイユに向ける。

 

「後方の諸君には悪いが、我々は一足先に狩りを楽しむとしよう。」

 

ケイユは後方部隊の士官に軽く敬礼をして、お楽しみに参加できない後方部隊の兵達をしり目に、キューベルワーゲンに乗り込む。

後方の彼らも彼らで、家屋に収蔵されていた酒類や摘みになりそうな食料にタバコと言った趣向品を接収しそれなりに楽しんでいるようではないか。アインザッツグルッペの司令官としては結構なことだ。

だが、接収品全部を開けられては嬉しくない。

 

「我々の分も残しておくように・・・。」

 

 

 

 

 

 

アインザッツグルッペの兵士達が、あえて殺さなかったウッド村の住人、農家と町人数名、村長息子、食堂店主の10人を解き放つ。

 

 

吸血鬼の士官が部下たちにクロスボウを持たせる。

「まだだ。まだ撃つなよ・・・。当たるか当たらないかくらいまで泳がせてから・・・それ撃て!」

 

幾つかのクロスボウの矢が逃げる住民に当たったようで足を引きづったり、腕を抑えたりしながら逃げ続けている。

うち一人は頭から矢を生やして崩れ落ちる。

 

「お、一人は命中。頭蓋に一発か・・・あれをやったのは?」

 

「自分であります!」

 

クロスボウを持った妖精兵が名乗りを上げる。

 

「賞品だ受けとれ!」

 

吸血鬼の士官は妖精の兵士にチョコレートを投げわたす。

それを軍服のポケットに入れるのを見た彼は周りに向けて言い放つ。

 

「励めよ!一発当てるごとに景品をプレゼントだ。」

 

「ひゃほー!」「やりぃ!」「流石、少佐だ!」

 

部下たちが喜ぶ姿を見て、軽く笑う少佐の横にキューベルが停車してその中からケイユが話しかける。

 

「ブルーノ少佐、部下の人気取りも大変だな。」

「いえ、現地接収品ですので大した出費ではありませんよ。」

「知ってる。ところでだ・・・。」

 

ケイユが一拍置いて、実に困ってますの体で話し始める。

 

「シェフィールド女史が、ガーゴイルを率いて先に進んでしまったようなのだ。案内人がいなくてな少々困ったことになった。」

 

ケイユの言葉にブルーノ少佐は顎に手を置いて答える。

 

「でしたら、あれらを案内人にしましょう。」

 

ブルーノは兵士達にクロスボウで追い回されている住人達を指さした。

 

「あいつら知っているのか?孤児の村の場所を?」

「さすがに村長息子は知っているでしょう。彼らの先頭を進んでいるようですし・・・。」

「まぁ、最悪死体だけでもなんとかなるさ。確か、今狩りに参加しているのはA・Bのコマンドか。Cも投入しよう、住人のいない村なんて1部隊置いておけば十分だ。」

 

 

けもの道を進むアインザッツグルッペは少しづつウエストウッドの村に迫っていた。

 

 

 

 

 

アニエスは走った。

このウエストウッドの村に迫る危機を理解したからだ。

 

日が沈んだかろから森を抜けた先にあるウッド村が騒がしくなっていた。

300人近いアインザッツグルッペの集団である。村がにわかに騒がしくなっていた。

夜となり、夜風に当たるついでの散策とアニエスは森の中まで足を延ばしていると、数発の銃声が聞こえてくる。

 

夜風の寒さとは違う別の寒気を彼女は感じた。

銃声は規則性なく単発であったが、何度も撃たれた。

こんな片田舎で、意味もなく銃を撃つことなどない。アニエスは息をひそめてウッド村の方へと向かったのであった。

 

「!?・・・これは・・・。」

 

死体の山、彼女は即座に理解した。この村で虐殺が行われたのだ。

そして、死体の多くには傷一つない。

彼女はこのような死体に覚えがあった。

リッチュモン邸の毒殺事件だ。あの時とは場所も状況も違うが、死体のいくつかに共通するものがある。

なによりも連中の指揮官であろう妖精の口からメンヌヴィルの名前が出ていた。

こいつらは、リッチュモンのあれこれだけでないのか。たしかダングルテールの記録に毒殺者も多々いたと記されていた。

確かあの事件には魔法研究所実験小隊の他に塗り潰された部隊がいた。もしや、彼らが!

アニエスは反射的に剣の柄を握っていた。切りかかろうと動こうとしていた。

 

連中の指揮官が連発銃の天空に撃ち放ち言い放つ。

 

 

 

「楽しいの鬼ごっこをしようではないか!あ、そうだった!虚無の小娘は生かしておけよ!それ以外は皆殺しだ!ヒャッハー!進め!アインザッツグルッペ!やさしい妖精さんとして子供達と遊ぼうか!人生最後のお遊びをさせてあげよう!クハハハハッハハハハ!!」

 

その言葉を聞いたアニエスは背筋が冷えた。

あの村には戦う力などない孤児しかいないのだ。あのような連中の手に村が落ちれば彼らがどのような目に合うか簡単に想像できる。あそこには今、サイトやヴァリエール嬢、そしてメイドのシエスタやハーフエルフの少女ティファニアもいるのだ。

確かにサイトと言う戦える少年もいるがこの戦力を相手にするには無理だ。とにかく今は戻って知らせなくては、そのうえで逃げるしかない。

アニエスは息を殺してその場を離れ森を駆け抜けたのであった。

 

 

 

アニエスが村に戻ると村の方でも戦いが起きていた。

すれ違うティファニアに孤児たちを連れて村から出るように伝える。

彼女の表情から何かを察したティファニアは孤児たちの居る家々を回り始めた。

自分の小屋においてあった旅用の軽鎧を付けて拳銃を腰のホルスターに収め、サイトたちがいるであろう村はずれの洞窟へ向かった。

 

 

洞窟ではルイズとサイトが怪しげな女と彼女が率いるガーゴイル達と戦っていた。

 

「何を遊んでいる!」

 

拳銃の撃鉄を起こして、敵ガーゴイルに向けて引き金を引く。

サイトの背後にいたガーゴイルは崩れ落ち、腰からさらにもう一つの拳銃も撃ち放つ。

 

「アニエスさん!」

 

サイトの方もデルフリンガーをガーゴイルから引き抜き、次のガーゴイルほ切り伏せる。

アニエスも拳銃を腰に素早く仕舞い、するりと剣を抜き放つ。

 

しかし、ガーゴイルの数も多いそのガーゴイルの1体がルイズに近づく。

ボコンっと言う音がしたかと思うと、地面に崩れ落ちたガーゴイルの後ろから、大きな荷物を持ったシエスタが立っていた。ガランと音を立てているフライパンを見るに彼女がぶん投げたらしい。

 

「シエスタ!」

「あたっちゃった・・・。」

 

サイトに気付きシエスタの顔が歓喜にあふれる。

しかし、その顔はすぐに青くなり焦りを見せる。

 

「みなさん!森から!森の方から!はやく!」

 

すばやく残りのガーゴイルを倒すサイト達。

暗がりの中、その様子を見ていたシェフィールドは当惑した。

あいつらはただの人間じゃないか。それなのに二人の剣士は、ガーゴイルをすべて倒してしまった。特に少年の方に驚かされた。ガーゴイル1体を倒すごとに動きが鋭くなっていった。

 

「さすがはガンダールブの遺産、さすがは我が同類。一筋縄ではいかないわ。」

 

シェフィールドは猛禽のような笑みを浮かべ、闇に潜み続けた。

次に頭に響いた言葉で、今度は純粋に笑みを浮かべた。

「ジョゼフさま!解りました対局を楽しむのですね。虚無対虚無。つまりそれは、ジョゼフさまがご自分で指されるようなもの・・・。秘宝と指輪を集めるより、楽しいに違いありませんわ。それでは最期に、あの担い手の力をはかりましょう。試金石としては重過ぎる気がしますが、ジョゼフさまの遊び相手になってもらうんですもの。彼らを退ける程度のことが出来て当然ですわ。」

 

そう言って、シェフィールドは闇に溶ける様に姿を消した

 

彼らが洞窟を出るとティファニアが孤児たちを連れて待っていた。

 

奇声を上げ、威嚇するように銃を空撃ちする音。

村から洞窟まで距離があるが、ギリギリ視認できる距離だ。

村に向かって逃げていた最後の男が崩れ落ちる。

 

迫ってきた敵の姿を見たサイトは一瞬言葉を失った。

 

「な、自動車!?あいつらは・・・!」

 

妖精士官フランツ・ケイユは次席指揮官のブルーノ・ヴァルター少佐と共にキューベルから降りる。

「かわいい少年少女たち!こんばんは!私たちはかわいい妖精さんだよ~!楽しい鬼ごっこをして遊びましょ?ルールは簡単!私達から逃げるだけ!でも、捕まっちゃうと大変!お隣のウッド村の人達みたいになっちゃう~。」

 

ブルーノが先ほどの死体を持ち上げて、見せつけてくる。

 

「こわいね~、クロスボウの矢がこんなに刺さって痛そ~う。ウッド村の人たちはみんな捕まって死んじゃったよ~。みんなは死にたくないよね?じゃあ私が百数える間に逃げるんだよ?わかったかなー?みんな、逃っげろ~!」

 

 

 

 



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26話 リクセンブルクの影

 

「きゅうじゅうきゅう、ひゃ~く!さて、兵士諸君!前進だ!」

 

ケイユの号令でアインザッツグルッペの吸血鬼と妖精の兵士達が前進を開始する。

兵士達もお遊び用もしくは弾薬節約用のクロスボウを仕舞って、銃を装備している。

 

リヒテンブルク・ドライゼ・ゲヴェーア。

この銃は地球世界のドライゼ銃とは違い紙製薬莢ではなく金属薬莢が採用されている。また、モーゼル翼型セーフティーレバーなどの地球世界の技術が盛り込まれた野心的な銃であった。そんな後装式銃である、この銃も配備が始まったのはリュクサンジュール候領併合後。60年近く昔の話であり、10数年前に生産が開始されたフォルクス・ゲヴェーアはこれの廉価版である。技術革新の速度が遅くなってしまうのはこの世界の特性か。はたまた吸血鬼化による時間感覚の変化故か。ブルーノは意味もなく考えてしまう。自身の護衛兵は固定化魔法の掛けられたMP35短機関銃を持たせている。

 

「よし!我々我の部隊が先行する!ガキどもは食用にしてもいいからな!女は各自に任せるとしよう!進め!」

 

村から離れた岩場、そこにサイトとルイズ、アニエスがいた。

シエスタやティファニアたちは先に行かせた。

戦う力のない者たちを残すわけにはいかない。

最初はルイズも先に行かせるつもりだったが、彼女自身がもう離れるのは嫌と言ってきかなかったからだ。無理について来られるよりはと言うことであった。

アインザッツグルッペの吸血鬼と妖精の兵士達はもう目の前まで迫っていた。

アニエスが拳銃で牽制すればその10倍くらいの銃弾が返ってくる。

 

「捕獲予定の虚無を取り逃がしてしまいましたがよろしいので?」

「あのピンクブロンドも虚無ではないのか?治安の悪い土地では行方不明者が出るのは仕方のない事だろ。金髪の天使の代わりに連合の聖女様でも構うまい?」

「それもそうですな。」

 

ケイユとブルーノは簡単に会話をしてから攻撃を再開させる。

いつまでも岩場に隠れていたは面倒だと言わんばかりにコマンド部隊の一部を突入させる。

 

小銃を持った妖精たちが岩場に踏み込んでくる。

アニエスは拳銃で応戦し幾人かを討ち取る。

 

3人は移動しながら戦い続ける。

戦い移動する過程でサイトは敵の小銃を手に入れ、アインザッツグルッペの部隊に向けて銃を発砲する。

 

「この岩場を抜ければ、トリステインの管轄区域だ!」

「死ぬんじゃないわよ!」

「わかってる!」

 

アニエスの言葉にサイトは応じて発砲回数を増やす。彼の左手にはガンダールブの印がすでに浮かび上がっていた。

 

ルイズのエクスプロージョンも連中の自動車を破壊してからは、かなりの牽制になっている。さらに、サイトは流石に何回もはやっていないが投げ込まれた手榴弾を投げ返すなんて芸当もやって見せた。

 

「おい!」

 

イラついた様子のケイユが部下に指示を出す。

 

「例の奴だ!あれ持ってこい!」

「っは!」

 

数名の兵士が体をひねる様に構えたそれは・・・パンツァーファウスト!

 

「伏せろ!」

 

サイトの声で身をかがめた三人の頭上を通過したそれは、大きな岩を半壊させた。

それでも抵抗を続けたが・・・。

 

 

「っく、弾切れか!」

アニエスが近づく敵兵に拳銃を投げつける。幸運にも額に命中し妖精兵が岩場から滑り落ちた。

 

「まずいな。」

アニエスは険しい表情で呟く。

サイトも敵から奪った銃で応戦している。ルイズもコモンマジックレビテーションに応用を効かせた投石で応じている。さすがに、エクスプロージョンは何度も撃てないか。

 

一方でケイユ達アインザッツグルッペであったが、部下の一人がケイユに耳打ちすると舌打ちし撤退命令を出す。

 

「たった3人でここまで苦戦するか。敵を過小評価しすぎた撤収だな。」

 

負傷兵を下げ始め、死体に火の魔法を掛け始める。

 

「さて、虚無の聖女様。そして、ここにいらっしゃらない皆様方・・・大変なごり惜しくはありますがそちらのお迎えが来てしまいましたので我々は大人しく引きましょう。」

 

ケイユの言葉にサイト達が視線を向けると周囲を巡回していたのであろう騎兵隊が砂煙を立てて近づいてきていた。

 

「よろしいのですか?中佐?」

ブルーノの言葉にケイユは肩をすくめて答える。

 

「仕方あるまい?少々遊びすぎたことは否めないが、ガリアの気遣いで立案された計画如きが大勢に影響を与えるものでもあるまいに。」

 

ケイユたちは森の中へと下がりその姿は見えなくなっていた。

 

 

 

 

銃声を聞いて駆けつけたのであろう警備隊の騎兵たち。

 

「お前たち!ここで一体何をしている!」

 

騎士たちの隊長格が杖を抜き、その部下たちはそれに合わせて拳銃や剣を抜く。

 

「待て!私はアニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン!アンリエッタ女王陛下直属の銃士隊隊長である!」

 

そう言って、アニエスが身分の証として紋が入った剣を見せた。

その後はトリステイン軍の庇護下に置かれることとなり、街で再開したティファニア達もアニエスの報告と執り成しによって、ティファニア達も将来的にはトリステインに移住する予定として一時的にこの町で保護されることとなった。

 

 

 

 

その数日後、トリステイン王国はリクセンブルク大使を呼び出して詰問するが・・・。

 

「我々を示す証拠は何もない。死体の照会もできていない、我々を示す物的証拠は無し。いくら直属の部下の言とは言えこじ付けが過ぎると言わざるを得ない。」

 

リクセンブルク大使はこの件に関しての関与を一切否定、不快感を示した。

 

その後、ガリア王国が妖しい動きを見せリクセンブルクの一件は一時忘れられることとなる。

 

 

また、アルビオン戦争の一連の功績とルイズに続く虚無の確保と言う功績を持って平賀才人はトリステインの騎士爵位を与えられ近衛騎士隊長に任じられたのであった。

 

(あいつらの着てた服・・・、まさかな。)

 

女王の騎士に任じられ、自分が惚れた主人の下に戻ることが出来て物事が漸く良い方向に向き始めた矢先、彼の心には一抹の不安が過っていたがそれはそう遠くないうちに現実の脅威として現れることになるのであった。

 

 

 

 

リクセンブルク大公国総統官邸

 

「ヘーヴェル少将には引き続きアルビオン植民地の統治とエアルラントの外交に注力するように伝えておけ。」

 

ヒトラーはそれだけ伝えると電話の受話器を下ろした。

その眼前には大きなテーブルの上に地図が敷かれ、いつくかの駒が乗せられていた。

ハインリヒ・ミュラー大将、ヴィルヘルム・モーンケ中将、ヨアヒム・パイパー准将、ターニャ・デグレチャフ准将が控えていた。

 

「諸君、トリステインの虚無が2つになった。ガリアに1つ、4つ目はいまだにわからぬがガリアが把握していないところを見るに市井にはもう居るまい。恐らくはロマリアかゲルマニアが抑えているのだろう。虚無に関する事項は完全に出遅れたが心配はない。我々は多くの手札を持っているのだから・・・。」

 

 

 

 

 



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2章ガリア戦役前夜
27話 薄氷上の会談


 

 

廃された元王族オルレアン公シャルルの娘シャルロットの爵位が剥奪される。

ガリア王家においてタバサ詰る所シャルロット元王女が生存していると言うことはある程度の諜報能力を持つ国家なら把握している。彼女が北花壇騎士であることは知られていない、それはガリア王国の諜報を担う北花壇騎士団の能力の高さを証明していると言えた。

 

 

このことはリクセンブルク大公国にもガリア王国のちょっとした政変として、ヒトラーの耳にも届いていた。

 

「オレルアン公派の残党に止めを刺すつもりか。」

 

副官のオットー・ギュンシェ少佐は報告を述べる。

 

「シャルロット王女もすでに拘束されたと駐在大使から報告が上がっています。」

 

ガリア王ジョゼフは自身の足元の不安要素を完全に取っ払うことが出来たわけである。

 

「あの男、やはり手際が良いな。できれば長引いて欲しいものだが・・・。」

 

「閣下、ネフテスからの使者が来ていますが如何いたしますか?」

 

ギュンシェ少佐の言葉にヒトラーは少々不快そうに眉を寄せる。

 

「今更になってこっちにも挨拶に来るか。私より先に大公様の所に行くのが筋と言うものだろう。なっていない、全くなっていない、失礼極まりない。しかし、無下に追い返すのも良くない。確かに国政の多くを担っているのは私だ。フィアリア大公に感じるものがあって彼女の風下に付いたのだ。そういった私の思いに対しても礼を失した行為だ気に入らん。・・・ライヒス・シュロムに行かせろ、私も行く。」

 

「っは、畏まりました。」

 

ヒトラーは、不快な思いを隠そうともせず。徒歩で向かうエルフに対して自身は総統官邸よりワーゲンを出してライヒス・シュロムへと向かった。

 

 

ライヒス・シュロムにはフィアリアとヒトラーが城の近衛妖精兵に加えナチス・ヴァンピール全国指導者リヒャルト・グリュックス親衛隊中将と吸血鬼化武装親衛隊の兵士数名を並ばせて出迎えた。リヒャルト・グリュックスかつての世界でナチスの設置した全強制収容所の総監に収まっていたがこの世界においても吸血鬼化政策における吸血鬼化を拒んだ国内の人間の強制収容所総監とナチス・ヴァンピール全国指導者の地位に収まっていた数十年を掛けて行われたこの事業により、新規移住者の様な何も知らぬもの達以外の旧来の住人達のすげ替えは完了している。

 

リヒャルト・グリュックスのプロフィールはここまでとして、幾人かの役人たちも到着し大公との謁見と言う形で会談は許された。

 

エルフの使者ビダーシャルは告げた。

「ネフテスのテュリューク統領より、リクセンブルク大公国へシャイターンの門の活発化が深刻なところまで来たことをお伝えする。六千年前の事は我らより長命なフェアリルならばよく理解していましょう。」

 

ヴァリヤーグの子孫たちとつるんではいるが、大いなる意志を正しく信奉しているフェアリルならば当然協力する旨を返すだろうと思っていたビダーシャルはフィアリアの困惑した。

 

「そう思うのであれば、私達に頼らずネフテスがハルケギニアに打って出ればよいではないですか。」

 

「フィアリア大公、我らは争いを好みません。ですがシャイターンの復活は防がなければなりません。」

 

「では、私達に何を望むと言うのです?」

 

「大公は蛮人世界各所に影響力をお持ちだ。すでに我らは蛮人世界最大の集団ガリアを束ねる王に協力を取り付けました。大公にはシャイターンの門に近づこうとする一派を押さえてほしいのです。」

 

「はぁ・・・・・。」

 

フィアリアはここで大きな溜息をついた。

疎遠の時期があったにしろ、本質的に自分たちエルフと同じ平和を愛し争を好まない性質の彼女たちの口からその言葉が出て来るとは思いもよらなかった。フェアリルに入れ知恵をしているヴァリヤーグの子孫たちも大いなる意志を感じられる種族だ。自分たちと彼彼女たちとで何かが食い違っていることを感じ始めたビダーシャル。

 

「私は6000年以上生きています。私の記憶が確かなら、かつてありし大国の幼き姫として母上の膝の上で聞いた気がします。そう…あの時は確かガリアではなくヴァリヤーグとアナトルアで協力してと言った旨だったような気がします。かつてありし私の故国はこの西側、ハルケギニアの大半を領土に繁栄していた国だったような気がします・・・。同胞たるフェアリルも今の10倍以上いたような気がします。首都には世界樹がそそり立って大いなる意志の荘厳さ見せてくれていた気がします。」

 

急に昔話を始めるフィアリアに困惑するビダーシャル。

 

「6000年前のシャイターンの力は私達フェアリルの多くがいえ大半が死に絶える原因となりました。それはヴァリヤーグもアナトルアも言えたこと・・・、あの頃は国家の体を為していなかったコボルトたちもたくさん死にました。他の多くの種族が犠牲になった。あの災いを引き起こしたシャイターンに連なる者たちは見逃せない、そう思います。ただ・・・ビダーシャル殿・・・いえ、この親書書いたテュリューク殿も信じられないほど高慢ですね。」

 

「フィアリア大公・・・我々を高慢とは・・・、我々は大いなる意志に導かれそれに従ったまでの事。」

 

氷の様な冷たい瞳をビダーシャルに向けるフィアリア。

 

「その大いなる意志に導かれて、貴様らは高みの見物か・・・。我々に血を流させて、高みの見物か?自分たちの血を流さずに我らに負債をすべて担がせて、自分たちは安全なところで偉そうに物を語る。人間は野蛮で愚かです。ですが、貴様らは高慢で悪辣だ!」

 

「・・・っ」

 

ビダーシャルは愕然とした。

この場にいるフェアリルとヴァンピールから向けられたのは明らかな敵意。

憎しみの感情が読み取れるその瞳を向けられビダーシャルはたじろいだ。

 

「また・・・また!貴様らは私達をあの地獄に叩き込む気か!国が焼かれ・・・象徴たる世界樹が崩れ落ちたあの地獄に我々を突き落とす気か!あの大国を、この情けない小国に貶めた屈辱を・・・東の大国アナトルアを東の僻地に追い込んだあの地獄を、ヴァリヤーグをバラバラにしたあの地獄を、長い時間を掛けてようやっとここまで戻った今・・・また、あの地獄に行けと言うか!!我々はあの地獄の時代に戻るつもりはないぞ!」

 

フィアリアはビダーシャルを睨みつけたまま口を閉ざした。

かわりに、今度はヒトラーが告げる。

 

「我々は、シャイターンを抱える人間たちを大いなる意志に反した絶対的な敵であると認識している。しかし、己が血を流さず我々に負債をすべて押し付けた貴様らエルフに対しても並々ならぬ感情を持っている。だが、大いなる意志を信奉するもの同士、共存する道を歩む唯一の機会を持とう。確か、貴国の議会の派閥には人間たちに打って出ようと考える派閥があると言うことを我々は知っている。」

 

ヒトラーもその眼光は鋭い。

 

「我々はエルフとの交渉窓口に鉄血団結党を指名する。」

 

ビダーシャルはあまりの事に即答を控え、一度ネフテスへ持ち帰って検討すると言ってライヒス・シュロムを後にするのであった。

 



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28話 再現・悪魔の計画書

 

リクセンブルク大公国ヘルツォーギンホーフ軍港

 

軍港より飛び立つ木造の戦列艦とフリゲイトが飛び立つ光景を、ヒトラーらナチス将校に見送られる。さらに横には大臣たちもいた。

 

「あれは、我が国に於ける航空艦隊の主力ですよ。ロバ・アルカリ・イエへ送り出してよかったのですか?」

 

空軍力の低下を懸念し、不安を口にするプディング・カスター軍務卿。

 

「時期にハウニブとディグロッケの数が揃う。空軍戦力の穴はすぐ埋まる心配はいらん。」

 

「ですが護国卿、短期間とは言え防空能力が低下するのは・・・良いとは言えません。」

「オルデッサやアルビオン領土の宝珠核原石の採掘も進んでいる。今年中には全妖精兵にエレニウム99式の配備が完了する。」

 

エレニウム99式、サラマンダー戦闘団及び親衛隊航空魔導士が保有していたエレニウム97式をもとに開発再設計を幾度となく繰り返し量産にこぎつけた演算宝珠。なお、エレニウム95式は再現不可能と早々に開発局から匙が投げられた。

ターニャいわく「イカレタMADの作ったものを真面な秀才如きに作れるわけがない。」とのこと。

 

「デグレチャフ准将のサラマンダー軍団であれば大概の敵は問題ないでしょう。」

ヴィルヘルム・モーンケ中将が続いて答える。

 

「いえ、そうではなく。」

 

ヒトラーは「あぁ」と言った感じで答えた。

 

「ロマリアの腐れ坊主の首魁が来るのであったか。」

「はい、そうです護国卿閣下。」

 

「軍備を見せつけ圧力をかけるか軍備を隠し侮らせるかと言う話ですね。閣下如何いたしますか。」

ハインリヒ・ミュラー大将がそれに応じる形で尋ねた。

 

「うむ、私の切り札はまだ表にしたくない。それに出来ないものもある。勝敗がはっきりするまでは大人しくしている蝙蝠と思われるのが良かろう。蝙蝠でいるためには侮られておいた方がいい。上空警戒は高高度のみで良い、それと市内の警備は・・・。」

 

「私の隷下にある警察擲弾兵師団シュターツポリツァイが担当しますわ。もちろんMP41は倉庫に仕舞いますのでご安心を・・・。」

司法卿であり大公従姉であるマリー・ド・ルクセンシュタインが応じた。

ミュラー大将はマリーの夫であり入り婿なのでミュラー姓を改めるべきだが、改姓すると作者が解らなくなるのでミュラー大将と表記は変えない。

 

一通りの会話を終えてヒトラーは彼らの前に立ってから軽く手を上げる。

 

「ジーク・ハイル」

「「「「「「ジーク・サーユージーン!!ヒトラー!!!」」」」」」

 

 

 

アナトルア帝国エディルーネ宮殿

東側世界、通称ロバ・アルカリ・イエ。この東側世界は急速な復活を遂げたアナトルア帝国が猛威を振るっていた。

エルフとの戦争に敗北した東側世界の人間国家は、リクセンブルクの支援を受けたアナトルア帝国によって破壊され、人間達の抵抗組織は日に日に追い詰められていた。

 

アナトルア帝国は既に旧領をほぼすべて回復させ、ネフテスと国境を重ねるに至った。

また、人間国家はコーサカス山脈の向こう側と東側世界でも未開地である東端へ追いやられた。

 

「陛下、リクセンブルクよりさらなる支援物資が届きました。」

「うむ、大義である。」

 

ニザーム・ジェディードへ配備される大砲群、10.5cmL(リクセンブルク)17野砲はナチスのサラマンダー戦闘団の砲兵隊が異世界に持ち込んだ唯一の野砲10.5cm leFH 18をもとに開発したもので性能はもとになった砲に比べると落ちるもののこの世界においては他に類を見ない砲であることは間違いない。

ある程度の量産にも成功したこの砲はアナトルア帝国へ輸出されたのであった。

 

「これさえあれば、コーサカスの人間どもに止めがさせる。余の常勝軍よ!進撃せよ!」

 

 

アナトルア帝国軍は遂に東側世界最期の人間国家であるコーサカス小国家連合の攻略に取り掛かる。

 

 

10.5cmL17野砲で構成されたニザーム・ジェディードの砲兵団による開幕射撃で、コーサカス軍の前衛は壊滅し防戦一方となる。

 

従来の青銅砲や石射砲によるイェニチェリ砲兵による砲撃も加わり、コーサカス軍は塹壕や拠点に篭りきりとなる。

 

アナトルア帝国軍ムスタファ・ウマル将軍は新設された航空艦隊を投入する。

リクセンブルクより譲渡された旧来の木造戦列艦やフリゲイトであるいわゆるフネを先頭に、アナトルア帝国の新しい航空戦力である飛行船が続いた。

アナトルアの航空戦力は気球がせいぜいであったが、リクセンブルクの技術指導で風石を用いたプロペラ動力の飛行船が採用され、その多くは中小の軟式飛行船であった。航空艦隊旗艦は元々軟式であったのをリクセンブルクの軍用硬式飛行船をもとに設計された硬式飛行船に更新されていた。

 

「爆弾投下!!」

 

飛行船の船長の号令で飛行船の乗組員たちが爆弾に火をつけ投げ落とす。

砲撃と爆撃に晒されたコーサカス軍の疲弊の度合いを十分と判断したウマル将軍は号令を発する。

 

「前進!前進せよ!敵前哨拠点を攻め落とせ!!」

 

オークの兵士達が武器を抱えて前進を開始する。

最前列の兵士達が担いでいたパンツァーシュレックやパンツァーファウストを撃ち放つ。

コーサカス軍の櫓に命中しガラガラと音を立てて崩れ落ちる。

 

平野部拠点をすべて陥落させたアナトルア軍は山間部の拠点つぶしを開始、コーサカス軍は山林部の茂みや洞窟を利用し抵抗を続けた。

砲撃や爆撃は継続して行われたが効果的な攻撃にはならなかった。

ウマル将軍はリクセンブルクの軍事顧問チェリー・コーンウォリス少佐に意見を求めた。

 

「コーンウォリス少佐、先進技術国たるリクセンブルクの軍人ならば何か案はあるかね。」

「えぇ、一応はあります。私どもの上官が昔立案し実行したものがあります。」

 

ウマル将軍はコーンウォリスに続けるように促す。

 

「上官はこれを市街地で実施し6万以上の敵を焼き払ったそうですよ。」

 

ろ、6万!?ウマル将軍は少々驚きながらも続きを促した。

 

「砲兵隊による砲撃と魔導士の操作術式で火災旋風・・・解りやすく言えば炎の竜巻を発生させて丸ごと焼き払うと言う作戦です。なんでも悪魔の計画書とか言うそうですよ。」

 

悪魔の計画書、まさにその通りだろう。人為的に天災を引き起こし全てを焼き払うなど常人の考えではない。

 

「しかし、穴倉に隠れた者たちは殺せるのか?」

「蒸し焼きです。ほとんど窒息死するでしょう。それ以外もそれこそ老若男女見分けがつかなくなるほどの焼死体になるのではないでしょうか。」

 

「だが、操作術式はそちらに依頼するとして・・・、火力の問題だが我が国の砲の大半は旧式の物ばかりだ。それに爆弾も焼夷系の物を使えば足しにはなるだろうが・・・。」

「あるではないですか、貴国には素晴らしい焼夷兵器が。」

 

ウマル将軍は視線をわずかに逸らせて答える。

 

「ナフサ火薬か・・・。」

 

原油を常圧蒸留装置によって蒸留分離して得られる物、ガソリンに類する物である。

 

「あれを使えば、悪魔の計画書の再現も可能でしょう。」

「うぅむ。」

 

 

コーンウォリス少佐はニッコリと笑顔でウマル将軍に話し続けた。

 

「この時期の木や草はよく燃えますよ。うまくいけば山の向こう側まで延焼させられるかもしれませんよ?」

 

悪魔の様な天使の笑顔。後にウマル将軍は彼女の表情をそう評した。

 

 



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29話 地獄の業火

東側世界最期の人間国家であるコーサカス小国家連合に滅びの時は迫る。

ここを落とせば、残りは東端未開世界と国家の体を為していない集団規模の勢力のみとなり、東側世界に人類の国家は事実上消滅する。

 

「焼夷弾投下ぁ!」

 

まず戦端が開かれたのは南コーサカス地方、小国連合に所属するアルマニア共和国。

森林は国土の15%程だが乾燥した牧草地帯を多く保有するこの地域を瞬く間に炎と言う原初的な脅威が襲った。

 

リクセンブルク軍事顧問団の計画した大規模火災には及ばないものの、ナフサ火薬と炎の精霊魔法の組み合わせによって誕生したこの疑似劣化ナパーム弾とも言える油脂焼夷弾はアルマニア共和国の人と物を無差別に焼き払った。

 

「・・・!?」

 

前線に降り注いだこの魔法要素を持つ疑似劣化ナパーム焼夷爆弾は、通常のナパーム同様に燃焼の際に大量の酸素を奪い。塹壕の兵士達を叫ぶ暇さえ与えずに一瞬で窒息死させた。

 

彼らの予想をはるかに上回る速度で、連合軍の防衛線を破った帝国軍はアルマニア共和国を蹂躙した。

 

人や家屋に降り注いだそれは、その親油性のために落ちず、水をかけても消火がほぼ全く出来ない。それ用の消火剤と言う概念が存在しないために消化不能なこれら火あるいは炎は、敵軍コーサカス連合軍と味方のアナトルア帝国軍とその援軍のエイプトラ王国軍双方から悪魔の火あるいは地獄の火と呼ばれた。

 

わずか数日でアルマニア共和国を攻め落とした。

アルマニア共和国の人口密集地では石造りの建物ですら変形し、生き物は炭化するか炭すら残っていないあり様であり、僅かに死体と呼べる肉片も人か家畜か見分けがつかない惨状であった。

 

アルマニア大虐殺と呼ばれ、そのその残虐性の高い戦果は種族的な攻撃性の高いオークやコボルトの目から見ても常軌を逸したものであり、リクセンブルク軍事顧問団の策定したこの作戦に対して中止が検討されたほどでもあった。

 

しかし、その中止命令はリクセンブルク大公国より使者として派遣されたターニャ・フォン・デグレチャフ准将によって発令されることは無くなった。

 

 

アナトルア帝国エディルーネ宮殿で皇帝マフマト・ムハンマドとの謁見を許されたターニャはアルマニアでの戦術に関して非難された際にこう返した。

 

「陛下、この戦術は間違いなく効率的です。戦士の誇りと言った物が戦争に伴うことは理解していますが、重要なのは結果!結果なのです!!我らが生まれるよりはるか昔に行われた大戦争では、我々は敗北し滅亡すら見える衰退に次ぐ衰退。この東側世界においてオークは、人間に駆逐され東の不毛地帯まで追い詰められた。今ここで攻めの手を緩めれば奴らは産めよ育てよと瞬く間に数を増やし我々の脅威へと再び成長するでしょう!なればこそ!今!ここで!叩かなくてはならんのです!!敵に慈悲など与えたところで僅かの利益にもなりません!その僅かな気の迷いは国を滅ぼしかねないのです!奴ら我らの僅かな綻びや隙間を食い破ってきますよ。」

 

かつてのオーストリア皇帝が騎士道精神などと宣い敵将を解放する愚を犯し、巡り巡って国の滅亡へと至った。そうぜざるを得ないのならいざ知らず、最善を尽くさないのは怠慢だ。

 

「我々は引き金を引いたのです。後には引けないのです。敵も全力で抵抗するでしょう。戦士も魔法使いも庶民も・・・。逃げ惑う民とやらも潜在的には敵なのです。将来的にその子らは軍に入り兵士となり我らの子を殺すかもしれません。憎しみの連鎖は永遠に続くのです。」

 

マフマトはその巨体を玉座に預けたまま、ターニャに問う。

 

「では、貴様は余にどうしろと言うのか?」

 

「まずは作戦中止命令の発令はしないこと・・・。そして、陛下は帝国の全将兵にご命じになればよろしいかと・・・。」

 

ターニャは大きく息を吸い、マフマトが言うべき言葉を伝えた。

 

「サーチ・アンド・デストロイ!我々の敵は叩いて潰せ!ただ進み!押し潰し!!粉砕しろ!!と・・・仰っていただければ。大公様もそう切に願っておられます。」

 

リクセンブルク大公国の使者ターニャ・フォン・デグレチャフ准将の後押しを受けたアナトルア帝国皇帝マフマト・ムハンマドは東側世界の命運を決める決断を下した。

エディルーネ宮殿玉座の間に集められたアナトルア帝国将校らに向けて皇帝の勅令が発令された。

 

「余の命令はサーチ・アンド・デストロイ!!我らの障害となるあらゆる存在は叩いて潰せ!忠勇なる将兵はただ進み!押し潰し!!粉砕しろ!!コーサカスの人間どもを殲滅し、東側世界ロバ・アルカリ・イエより人類の生存圏が消失したことを全世界に示せ!!サーチ・アンド・デストロイ!!これは勅命である!!」

 

 

アナトルア帝国軍、アルマニア共和国を越えてハルバニア共和国・グルシアン共和国へと侵攻する。

 

 

 

「准将、このような辺境までご側路有り難う御座います。」

 

大使館の応接室でリクセンブルク大公国軍事顧問チェリー・コーンウォリスはターニャに頭を下げる。

彼女らはターニャらナチス転移者からじかに教導を受けた世代の妖精士官である。

特にコーンウォリスらターニャに指導を受けた者たちは銀翼の雛達と呼ばれ、その冷徹でさはリクセンブルク大公国でも一線を画す存在であった。

 

「うまいこと、アナトルア帝国もこちらの思惑に乗ってくれましたね。」

「そう仕向けたのだから、そうなってもらわねば困ると言うものだよ。」

 

応接室のテーブルにアナトリア原産のオーキッシュ・コーヒーが並べられる。

「これはありがとうございます。」

「いえ。」

 

畏まったコーンウォリスの感謝の言葉に、コーヒーを淹れたセレヴリャコーフ大尉は短く返した。階級こそコーンウォリスの方が上であるが、ヴィーシャの存在はコーンウォリスら銀翼の雛達と称される将校たちにとっては信奉するターシャ第一の側近として畏怖と憧憬の対象であった。

 

「どうせ、私的な会話だ。大尉も自分の分を淹れて席に着け、後何か甘い物が欲しい。」

「では、チョコレートでよろしいですか?」

「あぁ、そうだな。軍用兵糧ではなく、アナトリアで買った方だぞ。」

「わかりました、すぐ持ってきますね。」

 

ヴィーシャが甘味類を用意するために部屋を出て行き、ターニャとコーンウォリスの会話も続く。

 

「コーサカスが片付けば後、暫くは残敵掃討くらいしかやることが無くなる。」

「そうなれば、今度はこちらが動くときですね。准将?」

「チェリー、貴様には保険としてアナトルアをネフテスに向けておいて欲しい。連中は大いなる意志だ世界の調和がなんだと喧しくてかなわん。」

 

手を軽く払い追い払う様な動作をする。

私的会話と言うこともあって階級ありきの呼び方から下の名前で話し始めるターニャ。恐らく、セレヴリャコーフ大尉の事もこの時間帯はヴィーシャと呼ぶのだろう。

 

「確か本国では、護国卿閣下がエルフとの交渉役に鉄血団結党のエスマイールを指名したと聞いていますが・・・。」

「と言っても鉄血団結党にネフテスを主導する程の力はないだろう。閣下もせいぜい足を引っ張ってくれればと良いとお考えのようだ。騒ぎを起こしてくれるのあら尚良し程度にしか思っておられんだろうさ。エルフに関してはアナトルアが本命だ。」

 

「人間は基本強制収容ではなく処分なんですね?鉱山とかの強制労働に使えばよいのに?」

コーンウォリスの疑問にターニャは答える。

 

「単純に労働力の問題だ。産めよ育てよするのなら、半端な人間よりは腕力のあるオークの方が適任だ。」

 

気が付けばヴィーシャも席について適度に相槌を打っている。

話に深入りしてこないのは付き合いの長い優秀な副官ゆえか。

 

「ここまで行きついたのだ。我々もまた労働に勤しまなくてはな。それにすぐにでも本国へ戻らねばならんのだよ。ガリアの動きが激しくてね。」

「アルビオンに続きガリアもですか。西側も忙しそうですね。」

「結構なことだよ。平時だと軍は厄介者だからな。ハハハハ。」

 



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30話 信仰する物





リクセンブルク大公国護国卿官邸

紫の神官服に高い円筒帽、ハルケギニアの宗教組織の最高権威、聖エイジス三十二世ヴィットーリオ・セレヴァレ。

 

「大公は席を外しておりまして、私が代理として失礼させていただきます。教皇猊下、即位式ぶりです。」

 

その地位は、ハルケギニア王侯貴族の上に君臨する。ヒトラーは彼を上座に迎えた。

 

「即位の際は、多大なる寄付は教会としても感心しておりますよ。」

 

三十二世の後継争いの際にリクセンブルクはヴィットーリオの対立者の支援をしていた為、ヴィットーリオ即位の際は関係修復のために大きな額が動いたのであった。

 

「我々としても猊下には世界の平穏の為、日々ご尽力していただいておりますので幾何かのお力添えをさせていただき光栄です。」

 

教皇の行幸はトリステイン行幸が決まった翌日であった。

この時すでにフィアリア大公はガリアとの外交交渉のために国を発った後であった。

 

アルビオン戦役がひと段落付き、つかの間の平和の庶民たちが謳歌する一方で国の中枢は蠢動していた。

 

「貴国は先代の頃から教会への貢献は多大なものです。以前は貴国の将官が審問官であったことがあるくらい信頼関係もありました。」

 

先代時代の事を織り交ぜることでリクセンブルクに釘を刺そうとしている事をヒトラーは察した。

 

「貴国は大きな力を持っているようですね。争いを収める力をお持ちだ。ですが、我々も形こそ違えども大きな力を持っています。」

 

「虚無・・・ですかな?」

 

「はい。偉大なる始祖ブリミルはその強大なる力を四つに分けました。担い手も四人とし力の均衡を保たせました。ブリミルはこうも言いました。『四つの四が集いし時、我の虚無は目覚めん』」

 

ヒトラーは眉をわずかにひそめる。

 

「猊下、大変失礼ですがリクセンブルクに何をお望みなのです。」

 

「フェアリルは昔から人間に近しい亜人でした。勿論友好的な意味でです。平民たちが読むようなおとぎ話や少々眉唾な戦場譚にはフェアリルが時の英雄や勇者を時に助け時に支えました。フェアリルは勝利を導くなどともいわれていますね。」

 

「猊下、フェアリルが勝利を持ってくるわけではないのです。フェアリルは本能で強者を理解しその庇護の下に入り込む。そういった種族です。無論その対象に十分報いてくれますがね。」

 

「そうですね。彼女たちはまるで奉仕種族です。でも違いますね・・・。彼女たちは既にゴブリン種の奉仕種族がいる。彼女たちは彼らのやり方を器用に真似ているのでしょう。彼女たちは色んな意味で器用な種族ですから・・・。」

 

「・・・・・・・。」

 

「ですが、私が教皇に即位することを当てられなかったように、完ぺきではありません。」

 

ここで、ヴィットーリオは軽く伏し目がちに悲しそうな顔をして続ける。

 

「貴国は、また過ちを犯そうとしています。強い力を持つものは問いに見誤ります。」

 

「力を持つものは道を誤ることがありましょうな。ですが、猊下?猊下、そこまでご理解いただけるのでしたら我々よりもガリアを見た方がいいのでは?信仰無き輩の中に我々も入りかけているようですが、一言言わせて頂けば・・・我々はエルフや翼人が信奉するような精霊も大して信奉しておりませんよ?ですから、人間とエルフが互いに野蛮と見てはいるようですが、我々は別にどちらも野蛮とは思いません。そういった者たちがいるのだなくらいにしか思いませんよ。」

 

ヒトラーは視線をそらさずに見返し、さらに続ける。

 

 

「信仰が厚いわけでもないですが、無いわけでもないのですよ?隣人が信奉する神が大らかで寛大ならばその傘の下にいたいのですよ。猊下・・・我々は弱者なのです。強者たる人間の庇護から抜ける愚は犯しはしませんよ。」人間が強者であり続ける限りは・・・な。

 

 

ヒトラーとヴィットーリオの会談は、穏便に終わりヒトラーはヴィットーリオを馬車まで見送った。

 

「貴方方に始祖ブリミルのご加護を・・・。」

 

ヴィットーリオはそう言ってから馬車に乗り込み、馬車の扉が閉められる。

馬車は賓客用のホテルに向けて走り出し、曲がり角を曲がり姿が見えなくなるまでヒトラーは見送った。

 

「我々が必要な傘は神である必要もないし、只強大であれば何でもよいのです。それに・・・神は死んだよ。猊下・・・、だから我々は造るのです・・・神を。」

 

 



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31話 ヨルムンガンドとレドラー

 

 

ガリア王国サン・マロン。

ガリア空海軍の一大根拠地であるここは鉄塔の様なフネの桟橋、レンガ造りの建物がいくつも立ち並んでいた。

その桟橋に止まるフネの中で、リクセンブルクの飛行船が悪目立ちしていた。その停泊場所から、リクセンブルクのブルーベルが絵が描かれた大公の馬車を先頭に大型の荷馬車が車列を為してサン・マロンの街道を進んでゆく。

 

サン・マロンの衛兵達は息をのんでいた。

妖精の国の王が、ホブゴブリンや獣人の兵士達を連れて街道を抜けていく様子を見ていた。

一人の衛兵がふと口を開く。

 

「エルフの次はフェアリルか。うちらの王様は何を考えているんだろうな。」

「あぁ、この実験農場が出来てからおかしな連中ばかりが来る。」

 

別の衛兵が振り向いた。

サン・マロンの港からも見える幌布に包まれた怪しげな実験農場が見えた。

 

 

 

 

実験農場の入り口で、フィアリアはジョゼフの出迎えを受けた。

 

「大公殿!よくぞこのような場所まで来てくださった!歓迎しますぞ!」

 

そこでジョゼフは両手を広げて歓迎の意を示し、その横に立つ黒髪の女性ミョズニルトンことミューズは頭を下げて出迎えた。

 

「王様、御自らのお出迎え感謝いたしますわ。」

 

ジョゼフはフィアリアの横に並び肩を叩きながら、話しかける。

 

「フィアリア大公に是非見せたいものがあるのだ。モリエール夫人にも見せたのだが反応がつまらなくてなぁ。」

「それはそれは、良いものが見れそうですわね。」

「期待してよいぞ?あれは中々に良いものだ。」

 

ジョゼフとフィアリア達は煮えたぎった鉄が流し込まれた炉や実験器具が怪しげな煙を上げる中を気にした様子もなく進んでいく。

膨大な量の鉄板が積み重なっている。近くの開けた場所には人に近いフォルムのゴーレムが分厚い鉄板の鎧を付けて立っている。この鉄板は表面焼き入れが施されており、鎧そのものも増加装甲の意味合いを持ったフリューテッドアーマーであり、リクセンブルクの技術提供が伺われた。

 

「あら、あれがそのよい物かしら?」

「そうだ。ヨルムンガンドと呼んでいるのだ。」

 

そのヨルムンガンドを取り囲むようにゴーレムが3体現れる。

そのゴーレムも通常の物より良いものだと解る。

 

「西百合花壇騎士団の精鋭が作り上げたスクウェア・クラスのゴーレムだ。弱いわけではないのだぞ?」

 

ジョゼフはその3体を指さした。

3体は大砲を抱えて動き出す。

 

3体の大砲を受けてもヨルムンガンドは物ともしない。さらに何発かは避けている。

すごい機動力と防御力だ。

旋回力はリクセンブルクの戦車以上かもしれない。人型ゆえに道具を使いこなしている。

格闘能力は土ゴーレムを握りつぶし、剣や槍を使いこなす。

土ゴーレムの使っていた大砲を使いこなし、反撃し砲弾を命中させる。

 

「これは、すごいですね。この硬さと言いスピードといい、ゴーレムはおろか粗方の幻獣を圧倒出来ましょう。」

「うむ、余の玩具は遊び甲斐があると言うものだ。」

 

ヨルムンガンドは武器をバリスタに持ち変えて最後の1体を射抜いた。

 

「ジョゼフ王、ヨルムンガンドは何体お造りで?」

 

ジョゼフは顎髭に手を当て勿体ぶって答えた。

「モリエール夫人は10体あればハルケギニアを征服できると言ったが、10体では見栄えが良くない。騎士団を作れる程度・・・50あるいは100、200もありか。」

 

ジョゼフは顎をしゃくり上げてから、フィアリアに促す。

 

「フィアリア大公は余に見上げを持って来てくれておるのだろう?見せてくれないか?」

「あらあら、わかりましたか?ヨルムンガンドをお見せいただいた後じゃあ見劣りしてしまいそうで恥ずかしいですわ。」

「大公の土産が下らん物のはずがあるまい見せてみよ。」

 

フィアリアは小さく笑って部下に指示を出す。

 

「カムラー長官、あれを・・・。」

「っは!」

 

巨大な四つ足のドラゴンの石像が馬車から現れる。

 

「ガーゴイルか?」

「はい。ジョゼフ王、先の騎士たちに命じて・・・そうですね。ガーゴイルを10数体程出していただいてよろしいかしら?」

 

ジョゼフは手を軽く振って西百合騎士団の騎士たちに合図を送る。

騎士たちはガーゴイルを作り出し、ガーゴイル達は剣や槍に弓を持って動き出した。

うち2体程はドラゴンを模した形をしている。フィアリアの土産に対抗意識を持って造ったのだろう。羽のあるガーゴイル達は羽を動かし飛び立ち始める。

それを見て、ミョズニルトンは関心を示した。

 

「あのような、巨大なガーゴイルをあそこまで滑らかに動かすなんて・・・。」

「核に魔導宝珠を使っています。」

 

カムラーは技術部門の長でありフルネームはハンス・カムラー、ナチスの秘密兵器や絶滅収容所の建設などに携わった人物であった。

彼は、ニヤリと口角を釣り上げ西百合騎士団の騎士たちを一瞥し、指示を出す。

 

「やれ!レドラー!」

 

カムラーの声に応じて飛びあがる。レドラーと呼ばれたそれは素早く飛び上がった。

翼と爪に魔力を纏い魔力刃を展開した。公国魔導士が用いる魔力刃と同じものである。

 

レドラーは両翼の魔力刃でガーゴイル達を切り裂いていた。ドラゴンのガーゴイルが放った火球を軽く躱し切り裂く。空の敵を片付けたレドラーは四つの爪で地上のガーゴイル達を破壊していく。もう一匹のドラゴン型のガーゴイルを四つの爪で掻き削り、バラバラに切り刻んだ。

 

「すばらしい、土産だ!フィアリア大公!」

ジョゼフは手を叩いて褒めたたえる。

カムラー長官は、フィアリアとジョゼフにナチ式敬礼で返す。

 

「これをいただけると・・・?」

ミョズニルトンの問いにカムラーはにこやかに答えた。

 

「もちろんですよ、ミョズニルトン女史。貴女方が提供してくださったガーゴイルを中心とした技術は我々の技術と融合し新たなるステージに至りました。これはその御礼です。」

「ジョゼフ王よ。受け取ってくださいな。」

 

カムラーとフィアリアはジョゼフとミョズニルトンに礼を伝える。

ジョゼフはそれに笑顔で応じる。ジョゼフは心底面白そうに応じた。

 

「妖精の女王よ。余がこれからやろうとすることをある程度把握している様だな。その様子だと邪魔をすることはなさそうだ。だが、一緒に舞台に上がってくれそうにないのが残念よ。」

 

ジョゼフの言葉にフィアリアは口元を扇子で隠しつつ妖しく嗤う。

 

「ふふふ、私達は私達で演目の支度がありますの。ですからメインキャストは御遠慮しますわ。ですが、ジョゼフ王の用意された演目もとても面白そうですわ。ですから、花を添える舞台装置やエキストラは差し上げますわ。あら、ご覧になってくださいまし。」

 

フィアリアの言葉に応じてジョゼフは実験場の方を見る。

 

「おぉ!竜騎士ではないか!貴殿のレドラーに余のヨルムンガンドが跨っておる!そうだ!あれを余のフネの周りにおいて奴らに見せつけよう!あれを見たら他の連中は佐々驚くだろうよ!強力なゴーレムの軍団なぞ他国にはない!ハルケギニア初のガーゴイル騎士団の誕生ではないか!!!はははっははははは!!!」

 

 



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32話 復讐の芽

 

ガリア王国王都リュティス。その都市郊外にある居城ヴェルサルテイル宮殿の王城グラン・トロワ、薔薇色の大理石と青いレンガで作られた巨大なそれは世界中から招かれた建築家や造園師の手による様々な増築物によって現在も拡大を今も続ける。

 

その宮殿の中で、晩餐会が催される。

一流の料理人が腕を振るった豪華な料理が並べられ、美しい旋律を奏でる音楽が楽団から奏でられる。

ガリアとリクセンブルクの晩餐会であり、その晩餐会も最終日となる。

ガリア王ジョゼフ主催でリクセンブルク大公を歓迎するための催しである。

ガリア側の主だったホストは国王ジョゼフは当然として、その娘イザベラに実質的な室に当たる妾のモリエール夫人、側近中の側近シェフィールドことミョズニルトン、他にも外務卿マルゾフなどの重臣たちが参加していた。

 

「協定は守りますわ。レドラーはご自由にお使いください。後程、他のレドラーも差し上げますので担当者にお伝えくださいね。」

「俺の竜騎士人形という訳か!両用艦隊と一緒に行かせよう!!」

「やはり、竜と言う生き物は男心をくすぐるのでしょうか?」

「ははははは!!そうかもしれんな!!」

 

ジョゼフとフィアリアの会話が聞こえているモリエール夫人は顔を青くする。

少し離れたところで、シェフィールドは適度に相槌を打ちながらカムラーと技官談義に花咲かせていた。

 

「カムラー長官、レドラーは何体程譲っていただけるので?」

「そうですな、シェフィールド女史。女史からは技術局、医学総監府共に良い情報をいただきましたので手持ちは全て提供します。」

「それはありがたいわね。」

 

リクセンブルクからも大公フィアリア、技術局長官ハンス・カムラー。そして、後から到着したリクセンブルクの高官達、医学総監ロベルト・グラヴィッツとトランシルダキア辺境伯エルザ・アントネスク、ギュンター・シェンクとヨーゼフ・メンゲレらである。

 

 

「ファンガスの森で捕獲したキメラどもは実に興味深い。生体改造は我々も手掛けているが、あのキメラはただ生き物を繋が合わせた程度の簡易キメラではない。異核共存の要素を用いた本物であります。特にファンガスタイプのキメラは細胞単位で同化し変化している。新たな生命と言っていいでしょう。」

「エズレ村事案などは脳移植による記憶や知識の移転の成功例。焼死体故に保存状態が悪いが十分貴重なサンプルです。」

 

 

ガリア王国の王女イザベラは、晩餐会中盤となり少々暇を持て余し始めていた。

リクセンブルク大公と話す父ジョゼフやその側近シェフィールドとは元々あまり話さない。

モリエール夫人とは個人的にそりが合わない。内心が見え隠れする貴族達との会話は不愉快となると来客対応が一番マシなのだが、彼らも彼らで固まり始める。つまりは暇なのだ、よって会場内を散策すると言う行動を始めていたのだが、少々未見覚えのあるワードが耳に入る。

 

ファンガスと言えば自分が従妹に最初に北花壇騎士として化け物の討伐を命じた場所だ。それ以外にも少々と言うかかなり聞き覚えのある名前が出ていた。

学者と思われる者たちを侍らせているのは、リクセンブルクの護国卿に擁立された新興貴族エルザ・アントネスク・ド・トランシルダキアだったか。自分や従妹よりも幼い容姿ではあるが吸血鬼故に実年齢は違うだろうが、幼い容姿からは想像もできないような狡猾さを持つ少女であると北花壇騎士の密偵から報告を受けていた。

 

そういえば、父上の命令で北花壇騎士団の任務報告書をリクセンブルクに提供していた事を思い出したイザベラは自身の興味から声をかけることにした。

 

「トランシルダキア辺境伯、晩餐会冒頭でご挨拶をさせていただきましたが改めてご挨拶を・・・。」

 

イザベラに声をかけられたエルザは笑顔でそれに応じる。

 

「これは、王女殿下。私の様な新参者にまで御声を掛けていただけるなんて嬉しいですわ。」

 

貴族となって日が浅いゆえのぎこちなさを感じるが、自分も人の事を言えたものではないのでここは黙っておこう。それよりも・・・

 

「いえ、皆さまの話が聞こえましてね。少々聞き覚えのある単語が・・・ね。」

 

エルザの横に控えていたグラヴィッツが耳打ちするとエルザは「ああ。」と声を上げてから反応を示す。

 

「王女さまは北花壇騎士団の団長さんでもあるんですものね。聞き覚えがあって当然ですよね。」

 

「ファンガスとかエズレとかは特に聞き覚えがあってねぇ。うちの騎士団で少々印象に残っている騎士が関わっていたような気がするんだよ。」

 

「あら?そうなの?北花壇騎士だってそれなりに人がいるのでしょ?その騎士だけ印象に残るなんてね。あなたがおねえちゃんのおねえちゃんだからじゃないの?」

 

「は?あんた、なに言って・・・?」

 

「だって、あなたはおねえちゃんのおねえちゃん何でしょう?私を焼いたおねえちゃんの?」

 

エルザはイザベラの首筋に指先を這わせる。

 

「熱かったのよ。本当に熱かったの・・・。向こう数カ月は体が炭だったんだもの。あのお方に拾ってもらわなければ死んでいたに違いないもの。護国卿閣下のために一生懸命働くわ・・・でも、やっぱり仕返しがしたいじゃない?死にかけたんだものザビエラ村での事は忘れられないわ。」

 

ザビエラ村!確かあいつの報告書に書いてあった吸血鬼の名前。

まさか!?

 

イザベラはギョッとした表情に変わり、目の前の新興貴族に目を向ける。

 

「貴女が私を殺すように言ったのは知ってるわ。でも、見逃してあげる。間接的な首謀者より、実際に手を掛けた人の方が印象に残っちゃうもの。それに、私の敬愛する護国卿閣下の計画に協力してくれたんだもの。フフフ。」

 

エルザの口元から吸血鬼特有の尖った歯が見えた。

 

「っひ!」

 

イザベラは腰を引かせた。

エルザはそれを面白そうに見て嗤う。

 

「エルザ様、悪戯が過ぎます。」

「わかってるわよ。ギュンター、ちょっとからかっただけよ。」

 

ギュンター・シェンク大佐に注意されてエルザはツンと口をとがらせてイザベラから離れて行く。

 

「王女殿下、失礼しました。辺境伯がご無礼を・・・。」

「いや、いい。」

 

イザベラは辛うじてそう答えたが、足は軽く震えていた。

エルザの目は赤く光り吸血鬼であることを示していた。

始祖の主敵たるエルフと関わりを持っているのは知っていた。だが、エルフに続く始祖の主敵である吸血鬼とあそこまで親しくするとは父上は何を考えているんだ。

 

リクセンブルクについて北花壇騎士達から齎される情報は、ガリア含む各国の違法研究の成果を回収しているという内容である。キメラや生体改造と言った倫理を冒涜した内容の物だった。

 

離れて行った彼女から声が聞こえた気がした。

 

「焼き殺してあげる。」

 

 

 



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3章ガリア戦役
33話 第二次ゲルマニア侵攻


 

ガリアでのリクセンブルクとの晩餐会が終わり、リクセンブルクの来客がガリアを去りその幾人かが各々の所領に戻った頃。

 

ガリア王国では東薔薇騎士団団長バッソ・カステルモールを中心とした反乱が発生した。

しかし、この反乱は即日鎮圧され大勢に影響することはなかった。

 

その数日後、ロマリア教皇の即位三周年記念式典がロマリア・ガリア国境付近の街アクイレイア、リクセンブルクのフィアリア大公の到着が遅れる中、ヴィットーリオ教皇、アンリエッタ女王。そしてルイズとティファニアの二人の聖女がすでにその場にいた。

 

ヴィットーリオ教皇はルイズの使い魔である才人をワールドゲートで送り出すことで、ルイズに対してヴィットーリオの理想に誓約を誓わせ、ロマリアの駒として手中に収めた。

 

サイトと別れたその日から、ルイズは1日のほとんどを祈りに捧げた。

そうしていないと心が潰れてしまいそうだった。まるで遠い世界の事のように感じられた。しかし、何度祈ろうとその心は静まらない。

 

「やっぱり、耐えられそうにないんです。」

 

ティファニアとアンリエッタに自分の胸の内を吐露する。

彼女は決意した。

 

「だから、私の中からサイトの記憶を消して欲しいの。」

 

己のサイトに関する記憶を消すと言う決断を・・・。

 

 

 

 

 

 

 

一方でリクセンブルクの使節団の到着は遅れていた。フィアリアはガリアから直接アクイレイアへ向かわずリクセンブルクに一度戻ってから向かうと言うギリギリの行程を辿った。

 

ガリアよりの秘密情報で反乱軍に偽装した両用艦隊がアクイレイアを襲撃すると言う情報を得ていたからであった。

リクセンブルクの使節団はアクイレイアへ向かうためにロマリア領にすでに入っていた。

 

フィアリアは馬車の席で外を眺めていると、前方から伝令兵が走り護衛隊長に何事かを伝える。護衛隊長は表情を変えて馬車の横で待機している近衛士官のトリエルに伝え扉を開け報告する。

 

「虎街道にて!ロマリア・ガリア開戦!!」

「そうですか。戦況は?」

 

「詳細は不明です。」

「トリエル、リクセンブルクに戻りましょう。ヨルムンガンドとレドラーを相手にロマリア軍はどう戦うのでしょうね。」

 

 

 

 

 

また、リクセンブルクではフィアリア不在の間の采配を護国卿アドルフ・ヒトラーが握っていた。

 

「ガリアが動いたか。トリステインやゲルマニアの支援があろうともガリアの勝利は揺るぐまい。あのゴーレム竜騎士団は既存の軍では対処できまい。」

 

「ですが、ロマリアに寄りそう連中を考えますに、数で押されるのでは?」

 

ヒトラーの言葉に、軍務卿プディングが問うた。

 

「その通りだな。軍務卿、ガリアとの協定もある我々も手札を切るべきだろう。」

 

ヒトラーは周囲の親衛隊員や軍務卿ら軍高官に向けて鋭い視線を向ける。

 

「護国卿閣下、御命令を・・・陸海軍はいつでも動けます。」

プディング軍務卿はヒトラーの指示が発せられるのを待つ。背の妖精特有の薄羽が僅かに震えた。

 

ヒトラーは視線の鋭さそのままに周囲をぐるりとひと回りし、壁面のハルケギニアの地図に体を向ける。

ヒトラーは彼らに背を向けたまま、地図を見続けて 

やってくるいる。

総統官邸は息詰まるような沈黙に包まれた。

 

その沈黙が続く中、召集が掛けられていた軍務卿以外の四卿や重臣たちがやってくる。

彼らはこの空気に触れ、黙ったまま各自に用意された席に着く。

 

彼らはフィアリアより全権を委任されているヒトラーの言葉を待った。

秘書官のオットー・ギュンシェが何事かをヒトラーに耳打ちする。

それを聞いたヒトラーは少しだけ口角を緩めたように見えた。

 

そして、大きく息を吸ったヒトラーは沈黙の中で声を響かせた。

 

「先ほど、ゲルマニア兵が国境を侵し我々の領土であるベーメンに侵入した。現在、ベーメン・メーレン保護領総督であるアリエス・パラトエアム男爵が、これに対抗しているとのことだ。ロマリア・ガリアのごたごたで我々の領土をかすめ取ろうとする泥棒に鉄槌を下さねばならん。現時刻を持ってゲルマニアに対し反撃を開始する!!」

 

 

 

 

 

 

ゲルマニアのリクセンブルク侵攻はほぼほぼ言いがかりであった。

ロマリアとの国境とそう遠くない位置にあるベーメン領は、ロマリア救援にいち早く動いた東南部諸侯の先遣隊の行軍の関係上、リクセンブルク領ギリギリを通過する。

ヒトラーはこれを曲解し、宣戦布告とみなしたのであった。

 

ゲルマニア東南部諸侯とリクセンブルク北西部諸侯が小競り合いを開始した。

 

 



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