ようこそ実力至上主義のジオフロントへ (Chelia)
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第2の人生の始まり
どの作品も本当に大好きなので頑張っていきたいです!
『高度育成高等学校』
60万平米を越える圧倒的広さ(町1つ分相当)の学校敷地内に娯楽を含めた学生に必要な生活施設を全て取り揃え、Sシステムという点数制度を採用。
それによって手に入れたポイントは通貨の代わりとなり、あらゆるものを自由に購入することができるという通常の高校生では考えられないような自由と引き換えに外部との連絡を一切禁じられ、勝者は全てを手に入れ、敗者は全てを失う。
そんな文字通り『実力主義』の国立学校が存在した。
『国立』ということはそんな現実離れした制度を有した学校を国が認めていたということであり、『存在した』という過去形の言葉は、その学校は現在、なんらかの理由により存在していないことを意味している。
どうして学校が存在しなくなってしまったのか?
それについてはここから語っていくことにしよう。
☆高度育成高等学校・学校敷地内☆
その学校の敷地内では、現在数十名の生徒が忙しそうに広すぎるその学校の中を走り回っていた。
そんな中、1人の男子生徒が学校の廊下で女子生徒に声をかける。
「橘、状況はどうなっている?」
そう声をかけられた女子生徒は若干早足になっていた動きをすぐに止め、持っていた書類を持ち直しながらすぐに返事を返す。
「はい、やはり芳しくありません。何もかもが変わりすぎていて、情報収集、資料の作成、店舗のチェックに運営、Sシステムの完全見直し・・・ どれを取っても私たちAクラスだけでは人手が足りなさすぎます・・・」
「だろうな。こればかりは仕方がない。他の生徒が目覚めるのはいつだ?」
「あと6日と23時間・・・ちょうど一週間を切ったところです。考えただけでもゾッとします。今でこそ3-Aは会長のおかげもあって何とか指揮系統を保てていますが、この学校の生徒全員が目覚めるとなると、どれだけ混沌と化してしまうのか・・・。」
「そう悪い方にばかり考えるな。それだけ恐れているということは、同時にそいつらには恐れるだけの能力があることの裏付けにもなる。残りの一週間、最低限の社会体制、状況を説明できるだけの資料を用意し、その時に備えるんだ。」
「・・・必ず、会長のお役に立ってみせます!」
~6日後~
そんな会話があった日付から6日と23時間後、予定されていた時刻と1分1秒違わぬそのタイミングで、この学校に所属する男子生徒の1人、綾小路清隆は目を覚ました。
場所としては校舎と同じ敷地で、その校舎の地下に該当する位置になる。
通常であれば、学生寮の自分の部屋で目覚めるはずだ。
日常ではない異常だとすぐに気づいた綾小路は、自分の身の回りに目を向けた。
視界は目と鼻の先で閉ざされている・・・と思ったら、プシューという音と白煙が発生し、壁と思われた目の前の障害が消え失せた。
どうやら自分はカプセルの中で眠っていたらしい。
周りは一面真っ白、所々ガラス張りになっているようで、自分以外のカプセルも均等感覚でいくつも並んでいた。
そのどれもが同時に開いていく。
現実離れした映画のような演出だった。
自身の服装は白衣のような白い着物が1枚のみ、そんな状況を見ていると、まるでホワイトルームだと嫌でも思い出しそうになってしまう。
また、寝ていたと思われるカプセルを見ると、真っ白い色に似合わずランプが緑色に点灯しており、その近くに名前が掘ってあった。
KIYOTAKA AYANOKOUJI
恐らく造りはどれも同じで、掘ってある名前が違う、そんなところだろう。
そのカプセルを見ると、綾小路はこんな感想を抱いた。
「・・・まるで冷凍庫だな。」
そんなことを考えていると、他のカプセルからも生徒が次々と出てくる。
その面々は見知った顔ばかりだった。
平田、幸村、池、山内、須藤・・・
共通点は、自分が所属する1-Dクラスの男子生徒というところだろう。
他のクラス、学年、そして女子は別室なのだろうか?
「なーなー、なんだよこれ!なんで俺達こんな変なところで寝てたんだ?」
あちこちで無意味な質問が聞こえる。
みんな同じタイミングで同じ服装、同じ場所で目覚めたということは条件は同じだ。
誰かが都合よく事情を知っているなんてことはありえない。
頭では分かっていても一々そのことを口にしようとは思わなかった。
それぞれがカプセルから出てきて、そして現状に疑問を持ち始めた頃、そのタイミングをまるで図ったかのように放送が聞こえた。
『全校生徒に連絡します。非常に重要なお知らせが生徒会からあります。各自着替えた上で30分以内に体育館に集合してください。
なお、着替えは同室のロッカーの中に制服が入っており、貴方達がいる場所は学校庁舎内の地下3階になります。
移動についてはエレベーターを使用してください。』
なんともご丁寧な説明だった。
起きていること何もかもが現実離れしていて上手く理解が追いついていない。
しかし、そんなことを言っている余裕がないほど、自分たちが追い詰められていることに、この時は誰一人気づくことはなかった。
☆体育館☆
放送指示通りに続々と生徒が体育館に集まり始める。
ここで初めて他のクラス、学年、女子とも顔を合わせた。
綾小路の元に1人の女子生徒が向かってくる。
同じクラスであり、かつて共に学校から繰り出される試験に臨んだメンバーの1人、堀北鈴音だった。
「おはよう・・・でいいのかしら?綾小路くん。」
「堀北か・・・詳しくは分からないが、確認する方法がない以上それでいいんじゃないか?体育館の時計を見れば午前10時、休日ならおはようでも問題ない時間帯だ。」
「今の私たちの現状、通常と違う点が多すぎて何から話をしたらいいのか分かったものではないわね。学校の試験とは何かが違うみたいだけれど。」
「そうだな。まあ、まずは生徒会の話とやらを聞いてからでもいいだろう。最低限の情報すらなければそもそも判断のしようがない。」
それについては堀北も同意なのか、会話はそこで終わる。
しばらくして生徒が揃うと、ステージにはこの学校の生徒会長である堀北学が姿を見せた。
この会長、先程話した鈴音の実兄である。
また、会長の隣には先程校内放送をし、現生徒会の書記を務める生徒橘茜が書類を持って立っていた。
会長は全員に座るよう指示を出すと説明を始めていく。
しかし、その説明の第一声は狂言としかとれないような言葉だった。
「お前たちにはこれから一度絶望してもらう。そして絶望から立ち直り、この学校・・・いや、我々のために力を貸してもらうことになる。」
ぽかーん
あまりに突拍子もない言葉に誰も突っ込むことができない。
だがそんなことは分かっていると、特に気にした様子もなく会長は話を続けた。
「まず始めに、今までの常識は全て捨て、頭をからっぽにして話を聞いてもらいたい。理解できなくてもその都度質問を投げず、各クラスに戻ってからよく話し合って理解しあってもらいたい。そのための時間は用意する。」
「単刀直入に言って、私たちが知っている日常は滅びた。地球でいう地上は滅び、人間は住めない状態になっている。今お前たちがいるこの場所は、建物の施設などはそのままだが、その位置は地下。地上に存在していたこの学園を国が全ての財力を注ぎ、信じられない先端技術を駆使し、学園の敷地ごと地下へと引っ越しさせた。つまり、今ここは外の世界と切り離され、隔離された一つの国のような状態となっている。」
そんな謎の言葉を発した後、生徒会長による1時間を越える講和が続く。
書記の橘は話が始まる前にきちんと資料を配ることを忘れない。
話の要点をまとめると、現在、自分たちの置かれている状況はこうだという。
・今は150年後の世界であること。
・同じ学校の敷地内ではあるが、ここは地上ではなく地下深くに位置していること。
・地上は既に生物が生活できない状態に滅んでおり、地下に移住せざるを得なかったこと。
・地下に移った記憶がなく、つい最近まで地上世界で普通に暮らしていた記憶があるのは、コールドスリープという技術により150年間身体を冷凍保存されていたからであり、目覚めた場所はその冷凍保存に使用されたカプセルであること。
・この地下世界のことをジオフロントと呼ぶこと。
・このジオフロント内にはこの学校に在籍している生徒しかおらず、教員、従業員は一切存在しないため、人口は全校生徒とイコールである480人程度であること。
・現在は備蓄されている電気、水道、ガスを利用して生活を賄っている状況であり、このまま行けば、近いうちに電気と食料がすぐに底を尽きること。
・これらの情報を生徒会が持っているのは、150年前、教員達が自分たちに資料を残してくれていたこと、3-Aクラスだけが混乱を避けるため先に目覚める設定になっており、今日この日まで資料の内容が真実かどうか、裏付け捜査を行っていたこと。
・つまり、この信じられない話全てが真実であること。
・以上の理由から、今までは数々の試験等で敵対しあっていたものの、これからは全校生徒の力を合わせて困難を乗り切って欲しいこと。
この10点であった。
「とはいえ、こんな有り得ない状況を飲み込めというのも、今まで対立してきた生徒達に急に協力体制を結べというのが難しいことは当然我々も分かっている。・・・橘。」
「はい。」
そう呼ばれると橘は他の生徒会メンバーに指示し、1枚のポスターをステージに貼り付けさせた。
「今後は大きな混乱が想定されます。そのため、我々生徒会が中心となり、新たな制度を設けることとしました。」
そのポスターにはデカデカと円卓会議という文字が書かれていた。
「生徒会メンバーの他、生徒会長が各クラスのメンバーを選定し、リーダー、サブリーダーの2名を任命します。そして、任命された各メンバーを含めた総勢30名程度を集め定期的に会議を開きます。その組織の名前が円卓会議です。メンバーについては理由を持って選定されているため、原則としてメンバーの変更は行いません。また、選ばれた人からも、そうでない人からも、メンバーの選定理由については一切質問を受け付けません。」
「やってくれたな・・・」
1年Dクラスの生徒、綾小路清隆はそう小さく呟いた。
円卓会議のメンバーの選定を行ったのは十中八九生徒会長の堀北学だ。
そして、円卓会議に選ばれた1年生のメンバーはこうである。
Aクラス
リーダー 坂柳有栖
サブリーダー 葛城康平
Bクラス
リーダー 一之瀬帆波
サブリーダー 神崎隆二
Cクラス
リーダー 龍園翔
サブリーダー 椎名ひより
Dクラス
リーダー 平田洋介
サブリーダー 綾小路清隆
どのクラスにおいても、リーダー、サブリーダーともに誰もが納得のいく強力なメンバーばかりだ。
綾小路は、ほかのどんな生徒をも圧倒できるほどの学力、運動能力、戦闘能力、そして、それらの能力を使いこなすことのできる頭脳を持ち合わせているが、本人は事なかれ主義を自称しており、自らの能力を表に出すことをせずに隠している。
しかし、この状況下で自分の名前を入れられてしまえば、その事実を知らない大半の生徒から疑念を抱かれるのは明白である。
今のうちに何か言い訳を考えておかなければ、と綾小路は考えた。
どうやら、環境が激変したところで、現状の彼にスタンスを変えるつもりはないようだ。
長時間に渡る全校集会は、新たな組織、円卓会議のメンバー発表とともに終了した。
これから、各クラスに戻り自由時間となる。
自由時間と言っても、特別遊んだりするわけではない。
いきなり150年経ちました、今までは対立していたけどこれからは仲良くしましょうと言われたところで、全校生徒全員が『分かりました。』なんて頷くはずもない。
冷静に考えればもう二度と地上の校外に出ることはできないし、家族や友人も当然死んでいる。
文明だって、学校の敷地内には当時のものが残っているが、ここを出ることがあった時、そこには自分達の知っている食や言語、化学などの文化が存在しているとは限らない。
150年経った、これまでの世界の歴史を振り返ってみてもある地点からある地点まで、150年飛ばしてみると、どの時代でも環境は激変していることが分かる。
そんな未知が急に自分たちに降りかかってきたわけだ。状況を理解することがてできない生徒、信じられない生徒、そして動揺する生徒が大半、いや、程度の大小を含めれば全員がそうだろう。
各クラスのリーダー的な生徒が中心となり、今日1日は現状の把握をすることになるようだ。
Dクラスに戻ると、早速円卓会議の1年Dクラスリーダーに選ばれた平田が教壇の前に立ち、少しでも生徒達の疑問と不安を解消できるように行動を起こしていた。
自分も全く同じ状況だというのに流石だと言わざるを得ない。
「・・・とまあ、改めて生徒会長が体育館でしてくれた話をできるだけ噛み砕いておさらいしたつもりなんだけど、分からなかった人はいる?」
「平田のおかげで何とか意味は理解できたけどよぉ、やっぱここは150年後ですって言われても信じられねぇって。」
「他のクラスと協力しろっ言うのも意味わかんねえよな。」
平田の質問に対し、池、そして山内が愚痴をこぼす。
「正直僕もまだ半信半疑だよ。でもこのままじゃいけないのは上級生も分かってるはずだから、きっと会議を中心に情報が回ってくるはず。そのときは、包み隠さずみんなに伝えるって僕は約束するよ。それと、みんなの携帯に3年Aクラスが事前に調べてくれたデータが送信されているみたいだから、少しでも状況を知りたい人は読んでおくといいかもしれない。」
平田はそう説明し終えると、後は自由にと一言言って教壇を降りた。
不安がる女子達が一斉に平田に群がっていく。
さて、不本意ながらも円卓会議会議に選ばれてしまったため、少し平田と打ち合わせをしたかったが、残念ながらそれは無理そうだな。
そう考えていると、隣人から鋭い視線が突き刺さる。
隣の席の堀北鈴音だ。
「納得行かないんだけど。」
開口一番これである。
自分が円卓会議に選ばれず、俺が選ばれたことに対する不満と言ったところだろう。
こちらとしても、なりたくてなったわけではない。
原則としてメンバーの変更はできないという一言さえなければ今すぐ変わっているくらいだ。
「代われるならすぐにでもお願いしたいところなんだけどな・・・」
「分かっているわ。おそらく円卓会議のメンバーを決めたのは兄さんだもの。私の実力を認めてくれていないのだし、ひいきと取られる可能性を潰したと思えば納得はしているわ。」
なんだ、納得しているじゃないか、と一瞬思うも、堀北はすぐに続ける。
「私が納得していないのは、私が選ばれなかったのは仕方がないと思うけど、どうしてもう1人が貴方なの?ということよ。」
「そんなこと俺が知るはずもない。とにかく、俺は今までと同じようにスタンスを変えるつもりはない、質問された場合は、掘北の言ったとおり、ひいきと取られる可能性を危惧した生徒会長が、堀北の使いっ走りである俺を選んだ、ということにしておくから口裏合わせを頼む。強いて言うなら、堀北の命令を忠実にこなしている部分と、足の速さを買われた、とでも言っておけばいい。」
「どうして私が協力しないといけないのかしら?」
「言っただろ、スタンスを変えるつもりはないと。環境が激変して、将来も分からない、授業やSシステムなど、今までの学校の規則や秩序がほとんど機能しない以上、これから問題は確実に起こる。そういうときに必要があれば裏から手を貸す。それについてのスタンスも変えるつもりはないってことだ。あくまで、お前が協力してくれるなら・・・だけどな。」
そう綾小路は答える。
過去の揉め事や特別試験において、綾小路の本当の実力の片鱗を見せられている掘北。
納得行くかどうかはさておき、損得で考えればここで綾小路を切り離すのは論外である。
「・・・色々と腹が立つ部分があるけれど、まあいいわ。今後も貴方の隠れ蓑になれ、ということね。」
とりあえず、堀北との最低限の約束は取り付けることができた。
円卓会議は明日の朝開催されるらしい。
Dクラスでは、学校が終わる時間帯とほぼ同じ、午後4時頃までの間、クラス内で話し合いや雑談、状況整理、そして携帯に送信されていた3年Aクラスが調べたと思われる現在分かっている状況なんかの確認をすることで1日を終えた。
激変した環境の中、臨機応変に、そして早期に対応できた者だけが圧倒的アドバンテージを稼ぐことができるという現状。
綾小路清隆は果たしてどう動くのか、そして生徒会や円卓会議のメンバーたちはどう動いていくのか。
彼らの新たな・・・いや、第2の人生が今、幕を開ける!!
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1-Aリーダー 坂柳有栖
まさかこれって・・・タイトル詐欺!?
Dクラスが解散となり、各自寮に戻ったり、学校外を見て回ろうと言う話になったようで、ぞろぞろと教室を出ていく生徒たち。
その流れに乗じて教室を去ろうかと考えたところで、1人の少女と目があった。
その少女とは事情があり、表向きに会話しているところを見られるわけにはいかないため、場所を指定したメールを素早く送り、現地集合を促す。
指示を忠実に守ったのか、校舎玄関から少し離れたところに視線を送ってきた少女 軽井沢 恵 が待っていた。
「・・・時間、いいの?」
堀北とは違い、短くこちらの予定を先に聞いてくる。
この対応も、以前では考えられなかったものだ。
「ああ、問題ない。俺に何か用か?」
「何かって・・・言われなくても分かってるくせに・・・」
軽井沢恵
綾小路と同じ、1年Dクラスに所属するギャルっぽい外見の女子で、Dクラスの女子を統括するほどのリーダーシップを持つ。
言動は比較的攻撃的で、歯向かう相手には容赦しない性格、そして今回Dクラスの円卓会議リーダーに選ばれ、男子のリーダー格とも言える平田と付き合っていることもあり、その地位を安定させている。
しかし、それは表向きであり、実際はそうではない。
彼女は昔からこの学校に入学するまで、酷いいじめにあっており、肉体的、精神的に酷いトラウマを持っていた。
それから逃げるため、高校ではイメチェンという名の性格の変更を行い、平田という強力な盾、悪く言えば寄生先を手に入れたことで自分自身の身を守っていたのだ。
しかし、入学して半年後くらいに行われた船上試験において、自らのトラウマを綾小路に知られ、再度のいじめ及び脅しを受ける。
その際、裏で糸を引いていたのが綾小路張本人だったものの、綾小路から寄生先を自分に変えれば何があっても守り抜く。
その代わり、自分(綾小路)に力を貸せと取引を持ち込まれた。
こういった経緯で行動を共にするようになったものの、一緒に過ごしていく中でその圧倒的な能力に何度も驚かされたこと、そして本当に自分自身の身を守ってくれたことから綾小路にこの学校の誰よりも強い信頼を寄せるようになったというわけだ。
また、軽井沢自身も口では真逆の言葉を発してはいるが、綾小路と一緒に裏で暗躍することに対し、楽しんでいるような様子もある。
「今回の件があっても、俺達の関係は以前のままでいいのか、もしいいなら、何か自分に対して指示があるのか。そんなところか?」
「・・・分かってんじゃん。」
150年の時が経ったという事実はどんな生徒にも大きなダメージを与える。
先程記述したように、今のこの学校での軽井沢の地位は綾小路がいなければ成立しない。
しかし、激変した状況で綾小路の気が変わり、もうお前は要らないと切り捨てられてしまえば終わりなのだ。
「心配ない、俺達の関係は今までどおり変わらない。俺がお前に指示を出すのも、お前のことを守ることも、それを含めて全てな。」
「・・・ありがと、ちょっと安心した。それで、清隆は早速何か動くつもりなの?」
「事案が事案だけに、俺自身の今後の身の振り方を含め考えているところだ。むしろ、今回の件をお前はどう思った?」
「教室で平田くんも言ってたけど、半信半疑かな。校舎を出て気づいたけど、『空』がなくなってる。生徒会長の話が嘘じゃないってことは分かったけど、話の内容が多いのと自分の持ってる情報が少ないから、嘘を仕込まれていても気づかないなって思ったわ。」
軽井沢が感じている点については概ね自分と同じものだった。
入学当初の彼女であれば、現実を受け入れられずに喚き散らしていただけだっただろう。
自分に忠実な手駒が成長していて、且つ頼りになることに改めて感心し、話を返す。
「俺も同じだ。それと気になっている行動についてだが、明日の円卓会議で少しぶつけてみて、反応を確認してからになる。まあ、今日は何もないってことだな。」
「了解、せっかくだし少し見ていかない?学校と空は分かったけど、この学校は町1つ分の敷地に、ありとあらゆる店や施設があったでしょ?自分の目で見たほうが信憑性は増すしね。」
もともと、自分も同じことをしようと考えていたこともあり、二つ返事でうなずく。
軽井沢と一緒に町中を歩いてみて改めて分かったことだが、店も施設も全てが閉鎖されていた。
自動販売機だけは機能しているようだが、これでは食料を含め自力では何も手に入らない。
携帯に送られていた3年生からの情報では、今日の19時から体育館で、3-Aクラスが各クラスに対し、順番に食事と生活必需品の配布が行われるとのことだった。
度々目にする3-Aというクラス名。
突出して様々な活動を行っているあたり、目覚めたのが今日というのはありえない。
持っている情報の多さも含め、先に目覚めて何らかの準備をしていたと見て間違いないだろう。
他の生徒たちも同じことを考えているのか、外にはパラパラと学生の姿は見えるが、教員や従業員などは1人もいない。
生徒会長が話していたこともほぼ真実で間違いないってところか。
見回りが終わると、一緒には戻れないため、寮の近くで軽井沢と別れる。
「付き合ってくれてありがと。平気なふりしてるようにみんなには見せてるけど、私も結構動揺してるから、気が紛れて良かったわ。私は私で情報集めるつもりだから、何かあったら連絡して。」
タイミングをずらす必要があるため、そう言うと早々に寮へと戻る。
少し時間を空けて、綾小路も寮へと戻った。
その日の夜
1年Dクラスはやはり一番最後だったため、21時頃にようやく配給が来た。
体育館へと赴き、食事と生活用品を受け取ると、思った以上にクオリティが低かった。
VIPな生活に慣れてしまった生徒からは不満も出るだろうな、と感想を抱きつつも寮へと戻ろうとする。
帰るために寮の廊下を歩いていると、1人の少女から声をかけられた。
「こんばんは、綾小路くん。」
低い背丈に、杖をつきながらゆっくりと近づいてくる姿は印象的で、1年生なら知らない人は誰もいないであろう人物。
そして、綾小路にとっては、自らの過去を知る数少ない人物であり、厄介な相手でもある。
円卓会議1年Aクラスリーダー 坂柳 有栖 だ。
坂柳はこの学園の理事長の娘であり、非常に頭が切れる上に、普段の印象や外見とは反転して攻撃的な性格をしていると噂されている。
150年経過したということは実父である理事長も当然亡くなっている。
そんな彼女は一体どういう心境なのだろうか?
また、彼女は約150年前の体育祭の際に綾小路に敵対する意思を示している。
そんな彼女がこのタイミングで声をかけてくる時点で、その不自然さにどうしても警戒してしまう。
「俺に何か用か?」
「同じ円卓会議のメンバーになったのでご挨拶を・・・と言っても、おそらく信用してはいただけないと思いますので、正直にお話しましょう。ですが、ここで話せる内容でもないので、できれば貴方の部屋をお借りできませんか?」
「どうして俺の部屋なんだ。」
「あら、私の部屋に貴方が来るという方が問題あると思ったので、私なりの配慮だったんですが。ご覧の通り足も悪いので無理強いはできませんが、お時間をいただけると嬉しいですね。」
自らの身体の悪さもハンデとして捉えるのではなく、むしろ武器として使ってくるとは。
ここで断れば、後でどんな噂を校内に流されるか分かったものではない。
断るという選択肢は早々に切られてしまったようだ。
「分かった。」
綾小路はそう答え、坂柳を自室へと案内する。
「お邪魔します。」
坂柳は丁寧にお辞儀すると部屋の中に入るものの、須藤たちのようにドカドカとベッドにダイブするのではなく、お淑やかに立って待っている。
そのまま立たせておくわけにもいかないので、机の前の椅子を指示すると「失礼します。」と短く答えて座る。
座り方1つ取っても非常に美しく、本当に身体のハンデなどものともしないお嬢様というような印象を得た。
「さて、貴方に対して回りくどく話しても恐らく看破されてしまうと思いますので単刀直入に言います。綾小路くん、私を手を組みませんか?」
「・・・」
流石の綾小路も返事を即答することはできなかった。
過去、自分に対して敵対の意思を示したあの坂柳が、大した直接対決もしないまま今度は手を組みたいと言ってきたのだ。
ただし、動揺するわけにもいかないので、相手の真意を探るべく、返答を返す。
「どういう風の吹き回しだ?お前はあのとき、俺を倒せると言ったはずだ。」
「それは貴方からの質問に対し、回答をしたまでです。確かに、いつか上のクラスに上がってきて、私の障害となるのであれば貴方を排除することも視野に入れていましたが、私は早々に貴方本人に仕掛けるつもりはありませんでしたよ?」
そう答えるものの、最後のごちそうなのでとあざとく付け足す坂柳。
「なら、この環境に早くも適応し、150年前と動きを変えるってところか?」
「流石は綾小路くん。そのとおりです。今の私は強力な味方が必要だと何よりも優先して考えています。今日1日、私が考えたことについて包み隠さずお話しますので、私が貴方と組むに値するかどうか判断してほしいのです。その上で断られればしつこくはしませんので。」
「何よりも優先、と言う割にはさっぱり諦めることも考えるんだな。それにAクラスや上級生でなく、なぜ俺なんだ?」
「一時的な利用であれば口先の嘘でなんとかなりますが、本命で、特に相手が貴方ならそれなりの信用がなければ組んでいただけないと思いまして。貴方を選んだ理由についても、この学校で貴方が一番能力があると私がそう判断しているからです。」
「過去の俺を知ってる風の話し方は気に入らないんだがな。」
「知ったような口を聞けば貴方は怒ると思いますが、私同様、貴方も父親が他界しているわけですし、それに拘る必要はないのでは?と個人的には思いますけどね。すみません、今のは余談です。」
「・・・今のは聞かなかったことにする。まあいい、とりあえず話は聞こう。」
「では・・・」
そう言って、坂柳は話し始めた。
まず、体育館での話が終了し、各クラスに戻った後の話、1-Aは早々に教室を後にし、クラス全員で街中を可能な限り探索したようだ。
これについては、綾小路や軽井沢を含め多くの生徒が行ったであろう行為だが、それに至るまでの動きが早い。
Dクラスのように動揺する生徒がいなかったか、いたとしても強行してすぐに行動へと移したのだろう。
葛城であればこのような指示は出さないと思われるため、これも坂柳の指示だろう。
「そして、私が実際に見て感じたことをお話します。まず、生徒会長の話には嘘が混じっていました。お気づきですか?」
「・・・何?」
「要約して説明されたことの7つ目。備蓄された資源を使用しており、電気、食料はすぐに底を尽きる。本当にそうでしょうか?」
「今さっき、配給をもらってきたが、食料についてはある程度保存のきくものが少量だけだ。物資がないわけではなく、生徒会が意図的に出し惜しみしてるってことか?」
「いいえ、それでは外回りの件とは繋がりません。私が着目したのは電気の方です。資源が本当に足りないなら、日中は生徒のいる校舎のみに電力を注ぐべきであるにもかかわらず、街中の全ての施設は、閉店しているもののインフラは通っていたんですよ。付け加えて言うなら、18時30分くらいまでは外は明るかったですよね?空が消えて、灰色の天井が張り詰めているこの地下世界であれば、電気がなければ真っ暗でなければおかしいと思いませんか?」
坂柳がいうことが本当であれば、この町全体を明るく照らすために膨大な電気エネルギーを使用して、150年前と同じ『昼』と『夜』を再現していることになる。
これほどの電力を注いでいて資源枯渇と言い張るのは無理があるとの主張だ。
確かに、話に矛盾点はないし、むしろ初日でそこまでの観察及び考察ができてる点については素直に評価せざるを得ない。
「次の説明をさせていただきますね。生徒会長は説明の際、何度も念押しして私達生徒同士に協力をさせようとしていました。円卓会議なんて大々的な組織を作り上げてまで、です。」
1つ目の物資の件に疑問を持つと、芋づる式にこちらに対しても不可解な点があると坂柳は主張する。
150年経った今、動揺する生徒が大半なのは今まで話してきたとおりだ。
なら、自分がまとめなければいけない立場に立った場合、どうやってこの混乱を突破していくべきか?
いきなり円卓会議という組織を作るのは、先の段階では良い手であっても、150年後の生活が始まった今日・・・つまり初日に打つ手ではない。
従来の方式に従い、まずは各クラス同士で地盤を固めてからでも遅くはないし、生徒同士がこの生活に慣れはじめ、今後どうやって生きていくべきか悩み始めた時期にそのまとめ役として作るのが相当だろう。
少なくとも、混乱している現環境で早急に作るべきではないし、堀北会長自身も学校のやり方を継続させたがっていた保守派の人間だ。堀北会長の方針にしてはかなり似合わないものであることは間違いない。
であれば、すぐにでも円卓会議を作らなければならなかった理由はなんなのか?
「分かりますか?綾小路くん。」
「資源の話以外で、今一番起こってほしくないことか。正直選択肢は無限にあるし、1つとは限らないんじゃないか?」
「ええ、これはあくまで私の予想なのですが、他のジオフロントから接触を受けたのではないですか?であれば、こちらの意思を1つに統一しておく必要があるという点には同意できます。例えて言うなら敵国と接触するにあたって、自国の人間同士が敵対している状態と1つにまとまっている状態とでは勝率は大きく変わりますからね。ジオフロントという名称も、最初は先生方が残してくれたものだと思っていましたが、もしかしたら、ほかのジオフロントに接触された際、その名称を知ったということも十分に考えられると思います。」
それが坂柳の言う、強引にでもクラス同士敵対しあうように作られていた学校の制度を無理やり変えてでも高度育成高等学校という学校の生徒の意思をまとめなければならない理由だ。
こちらについては憶測の域を出ていないが、仮にそのような事実があった場合は非常にまずいことになるだけでなく、今生徒会長が取っている対応ですら後手なんてレベルではない。
仮に、他のジオフロントが、今自分たちのいるジオフロントに接触をしていたとしよう。
現時点で判明しているだけで、こちらにはこれだけ不利な材料が存在している。
・全員が高校生であり、社会経験が足りないだけでなく、殆どの生徒が本日目覚めたばかりであり、状況すら受け入れることができていない。
・自分のジオフロントの環境整備が完了していない。
・元々敵対しあっていたこともあり、生徒全員で協力し合うのが非常に難しい状況にある。
・相手の規模がわからない以上、どれだけの人口がいて、どの程度の科学力や資源を持っているか、文化や言語が自分たちを同じなのか等、相手に対しての情報が一切ない。
・相手が兵器を保有していた場合、即座に負けが決定する。
考えていけば他にもいくらでも出てきそうではあるが、言い出したらキリがないのでこれくらいにしておく。
他のジオフロントに対抗するための円卓会議、そう考えれば早急に強力なメンバーを集めて組織を作った理由にも納得がいくのも確かだった。
「私の発言、狂言と捉えますか?それとも、可能性の一つとして考えていただけますでしょうか?私が危惧しているのは2つ目、他のジオフロントが本当に接触してきた場合、それから対応を考えていては後手に回ってしまいます。であれば、早々に頼りになる人を味方につけ、先行して対策を立ててしまおうという判断です。間違っても、どんな相手か分からない相手に処刑されたり、捕虜にされたり、支配を受けたり、そういうのはまっぴらごめんなので。」
「あり得る話だ。むしろ、お前の話に不自然な点はなかった。初日であの堀北会長の真意をそこまで深読みできる点には素直に感心もする。」
「ありがとうございます。」
「だが、俺自身今後の身の振り方をまだ決めたわけじゃない。明日の円卓会議で、お前がその意見をあいつにぶつけろ。その話が全て真実なら、お前と手を組むのも悪くない。」
「・・・いいでしょう。言質、取りましたので。」
そういうと、坂柳は部屋を後にした。
本当に自分の要件だけを伝えに来ただけとは。
軽井沢にはああ伝えたものの、こうなってしまった以上は様子見せざるを得なさそうだ。
坂柳、そして掘北会長の発言次第で柔軟に対応できるよう、平田にだけはメールを送って寝ることとしよう。
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第1回円卓会議
翌朝、時刻は午前8時20分
綾小路は校舎の会議室の前に赴いていた。
心なしか、閉ざされたその扉は以前よりも重みを増して見える。
昨日話のあった『円卓会議』という新組織の初めての会議は今日この場所で行われる。
非常に不本意ではあるが、メンバーに選ばれてしまった以上理由を言わずに参加しなければ何を言われるか分かったものではないし、坂柳とあんな約束をしてしまったため出ないわけにもいかない。
はぁ…と軽くため息をつきつつ、扉が開くのを待っていた。
「おはよう、綾小路くん。」
そう声をかけてきたのは同じDクラスであり、Dの円卓会議リーダーでもある平田洋介だ。
平田洋介
勉強、スポーツ万能な上、クラスのまとめ役を買って出たり、誰かが困っていれば嫌な顔一つぜずに親身になって相談に乗るなど、聖人君子のような性格をしており、男子、女子ともにDクラス内で絶大な信頼を誇る男。
前回話したように、軽井沢と付き合っているフリをしているのも彼である。
円卓会議のリーダーに選ばれることについても誰もが納得できるほどの才能を有しており、入学当初はなぜDクラスなのかと疑問を持った生徒も少なくなかっただろう。
彼がDクラスに配属となった理由は過去にあるようだが、今その話は語る必要はないだろう。
「おはよう。」
普段どおり感情を表に出さず…というかそんな顔しかできないんだが。
平田に挨拶を返すとにこりを笑顔を向けてきた。
「昨日はメールありがとう。僕の方はいろんな子から相談が殺到しちゃってね。正直会議に出るための情報収集とか全然できてなかったし、綾小路くんが提案してくれて助かったよ。」
「俺もそんなつもりはなかったんだが、たまたまそれについて、とある人物と話す機会があってな。本人に確認を取ってないからプライバシーもあって今は名前は出せないが、今日の会議の内容はおおよそ見当がつく。今日は受け身で問題ない内容になると思うから、そんなに心配しなくていいと思うぞ。」
「こんな状況だからこそ、君が味方についてくれて心強いよ。何か困ったこととか、僕の力が必要なときは遠慮せずに言ってね。」
「ああ、そのときはよろしく頼む。」
そんな話をしていると、昨日の少女が声をかけてきた。
「おはようございます。綾小路くん、平田くん。」
銀髪の美少女、坂柳有栖である。
その後ろには、Aクラスのサブリーダーである葛城康平もいた。
葛城康平
元々Aクラスは内部で2つに分裂しており、坂柳派、葛城派の2つに割れていた。
攻撃的な戦略と取る坂柳派に対し、手堅く堅実な手を打つ保守的な葛城派。
過去の特別試験などで葛城派は大きく失脚しているため、坂柳派が優勢だ、という話までは聞いたことがある。
150年経った今もそうなのかは分からないが、葛城についても優秀な男であることには間違いない。
「おはよう坂柳さん。直接話したことはあまりなかったと思うけど、坂柳さんの方から話しかけてくれるなんて嬉しいよ。これからは同じ円卓会議のメンバーとして味方同士になるし、改めてよろしくね。」
「こちらこそよろしくお願いします。少しでも皆さんの不安を解消し、元通り…いいえ、もっと良い生活を皆さんができるように頑張りましょう。」
昨日自分にした話とは真逆のことを平然と言う坂柳。
本人を目の前にして堂々というその口ぶりからはかなりの大胆さが伺われる。
自分も人のことは言えないが、よくもまあこんなに堂々と嘘をつけるもんだ、と綾小路は思った。
「それと、お2人に1つ予言しましょう。今日の会議に上級生は来ませんよ。おそらく、進行役に生徒会メンバーが2人加わり、1年生を含めた10名になるでしょうね。」
「どうしてそう思ったの?」
素直にそう聞き返す平田。
この会話については、おそらく綾小路へのアピールだろう。
自分は優秀だ、だから組んでほしいというところか。
もちろんこの程度は予想がついている。
最初から全学年を交えて話し合いを行えば、そこには仮初めの平等すら存在しないわけだからな。
「円卓会議の総勢は約30名います。まだ私達は目覚めて1日しか経っていないわけですし、そんなメンバーが30人集まっていきなり話し合いを行えば、円滑に進行するとはとても思えません。」
1クラスあたりの人数は約40人。
多少人数は違うものの、学校のクラスで話し合いを行うときに、40人の生徒が一斉に喋りだしたらどうなるだろうか?
混沌と化し、とても会議どころではなくなるだろう。
特に今回の場合はクラスも学年もバラバラ。
しかし、1人1人はそれぞれ皆優秀で、しかも様々な性格の生徒が集まる。
数多くの良い案や情報を引き出すには、最初にうちは分割したほうが効率が良い。
「他にも理由はありますが、それはこの後の会議を終えれば、理解できると思いますよ。」
坂柳の説明が終わったところで会議室の扉が開かれた。
Aクラス、Dクラスの生徒はそれぞれ入室し、少し遅れてBクラス、最後にCクラスの生徒が入室した。
坂柳の予言通り、円形の卓に1年生8名の生徒が座り、その奥には3年生で生徒会長である堀北学と、同じく3年生で生徒会書紀の橘茜が座っていた。
「ではこれより、第1回、1年による円卓会議を始める。疑問は多々あるだろうが、それは議論中にぶつけてもらいたい。今回は初回のため、進行は私が、そして橘がアシストに入る。」
「はいはーい!早速質問です!この会議は同時進行なんですか?それとも順番が決められているのでしょうか?」
椅子から立ち上がり、そう質問をしたのはBクラスのリーダーである一之瀬帆波だ。
「会議は順番に行われる。この会議は一番最初、次に2年、3年と行い、午前中には全ての会議が終了する。可能な限り早急に結果をまとめ、円卓会議の生徒に配布、次に全体公開可能な情報については、こちらから既に送っているような方法で、各携帯電話に情報として送信する予定だ。」
ありがとうございます、と一言お礼をいい、進行の邪魔をしないように一之瀬はすぐに席に座り黙る。
「では早速議題の方だが…」
「おいおい、待てよ。」
掘北会長が話を進めようとすると、今度はCクラスのリーダーである龍園翔が会話を遮る。
1年生だけでもここまで円滑に進まない。
もし、メンバー全員での会議が初回と考えるとぞっとする。
龍園翔
高度育成高等学校の中でもかなり異端な部類に入り、非常に攻撃的な生徒。
過去にCクラスを支配していたと言っても過言ではない。
逆らう者は全て力でねじ伏せ、クラス全体を強制的に自分に従えさせたほどの能力を持つ男だ。
その感覚の鋭さからDクラスを陰で操っている人物の正体が綾小路であると暴いたこともあるが、その際、綾小路に大敗したという過去も持っており、本人は退学しなかったものの、積極的に表に出ることはなくなった。
しかし、協力なんて言葉を嫌う彼にしてみれば、強制的に前に出された上、自分たちに協力しろなんて話をされて納得できるわけもない。
文句が出るのも当然だった。
「さも当然のように話を進めるんじゃねえよ。この俺がてめえらに協力するようなギリもなければ、この場に来なきゃいけない義務もない。協力する気なんか一切ないぜ?それとも、従わなければいけない法律でもあんのか?」
「逆に言うが、今このジオフロントには『法律』というものがそもそも存在していない。私達以外の全人類が滅んだとするならば、今までの法律を律儀に守る必要はないと考える生徒も少なくないはずだ。だからこそ、この会議内で高度育成高等学校というジオフロントに一定の秩序を作り、それを守らせることも検討しなければならない。」
「はん?何様だてめえ。他の人間がいなくなったことで、自分を国家元首か何かと勘違いしてねえか?」
「そう言いつつこの場に顔を出したということは、お前もここで手に入る情報を欲しているということだ。無理に協力したり、意見を出せとは言わん。だが、この場に出席しないことは認めない。お前の言うとおり、誰もが我々を認めないというのであればこの組織は成立しない。だからこそ、円卓会議なしではそのジオフロントは存続できないという一定の力を誇示する必要がある。そのためにお前をメンバーに加えた。そうでなければ、わざわざ反対してくるのが分かっている生徒を、この私がメンバーに加えると思うか?」
勝手に出しゃばって偉そうにするなと主張する龍園に対し、激変した環境下ではそれをまとめ、導く組織が必要だと主張する掘北会長。
一見すると緊迫する状況下ではあるが、さすが各クラスから選ばれた代表とでも言うべきか、この状況で動揺している生徒は1人もいない。
そして、葛城が口を挟んだ。
「いい加減にしないか龍園。その話は平行線だ。私は誰かがまとめる必要があるという生徒会長の意見に賛同する。何か代案を出すのなら話は別だが、現状のお前の主張はただの文句でしかない。他に生徒会長の意見に賛同する生徒は挙手してもらいたい。」
他のクラスの代表たちもぞろぞろと手を挙げていく。
対立しているという噂の坂柳もためらいなく挙手し、龍園と同じCクラスのサブリーダーである椎名ひよりも含め、龍園以外の全員が挙手した。
「ふはは、そうかっかすんなよ葛城。どのみちこれ以上言うつもりはねえよ。この程度でうろたえるようなら情報をもらいに来る価値すらないって判断材料にするつもりだっただけさ。」
龍園は笑いながら着席する。
以前の龍園であれば、この場にそもそも来ないか、退室するくらいの勢いであっただろう。
少なからず、綾小路に敗北したことが響いているのかもしれない。
「こちらからは事前に伝えられる情報は昨日体育館で話した内容、それと、各自の携帯電話に送ってあるデータで全てだ。それ以外の情報については今後解明していかなければならない。今後円卓会議のメンバーを中心に生徒がどう動くべきなのか、大まかな方針についてはこちらから指示するので、具体的な内容はこの後話し合ってほしい。」
既に決められている内容なのか、書紀の橘が全員にペーパーを渡す。
現状、最もまずいのは生徒が自暴自棄になり、暴走してしまうことだ。
それを防ぐための方策として最も現実的であり、実行可能なことは『やることを作ること』である。
ノルマなどがあればなお良い。
状況を受け入れることができず、法律も存在せず、お金の価値観もバラバラ。
そんな状況で何もやることがないとなれば、問題が生じるのは必然と言える。
円卓会議で行うべきものの第一優先は、このジオフロントに『社会』を構築することである。
ルールを決め、生徒1人1人が仕事や勉学に励み、余暇を過ごす。
そんな今まで行われていた当たり前の生活を取り戻すことが大切だろう。
橘が配ったペーパーの記載にあった内容は以下のとおりである。
今後円卓会議を進めるにあたり、それぞれの役目を大きく学年ごとに分ける。
3年生…過去資料の解読及びジオフロントの詳細解明
2年生…ジオフロント内の環境整備及び経済の活性化
1年生…生徒同士の良好な関係の醸成
記載はこのようになっていた。
ではまず、3年生について見ていこう。
ペーパーによると、この学校の図書室には、150年前に国や先生方が残してくれた、このジオフロントや地上などに関する膨大な資料が保管されており、機密文書になることから、今現在図書室は立ち入りを一切禁止している状態にある。
最低限の情報のみ入手し、昨日発表したような状況にあるが、時間も人員も足りておらず、また最低限の食料や日用品の確保などにも追われていたため、ほとんど資料の解明ができていない。
そのため、全校生徒が目覚めた今、その作業に専念し、少しでも多くの情報を得るとともに、真相解明に努めていくという内容のようだ。
次に2年生
2年生は、ジオフロント内の施設の再起動が主な仕事になる。
今現在、従業員がいなくなってしまったため、全ての店舗が閉店している状況だ。
これを1つでも多く動かすことができれば、ジオフロント内の環境整備に貢献することができ、生徒たちの生活も豊かになる。
衣食住を確保するためにも、それらの店舗中心に人員を派遣し、店の再開をすること。
また、それにつき従来のSシステムの大幅改善も必要となるため、クラスポイントの完全廃止、プライベートポイントについては、過去のデータをそのまま引き継ぐなどは既に決まっているようだが、今後のプライベートポイントの入手方法、販売品の物価の
調整等も行っていかなければならないようだ。
今までの学校では救済措置として無料のものも置かれていたようだが、現状でそんなものが存在することはありえない。
2年生のトップが彼である以上なおさらの話だが、それについては今は説明不要だろう。
最後に1年生
1年生は上級生と違い、そもそも学年内や学年を越えて協力し合うことに慣れていない。
今までの試験や特別試験等は、各クラスが対立して戦うものがほとんどであった。
そんな特殊な学校の性質上、クラス内はともかく、クラス同士となると敵対心を持って接するのが当たり前という状況だった。
今後、全校生徒が1つにまとまらなければならない以上、まずはその環境を改善しなければならない。
「ふふっ…」
ペーパーを読み終えた後、小さな笑い声が聞こえる。
「坂柳か、何かおかしなことでもあったか?」
「いいえ、ご不快に思われたのであれば謝罪します。しかし、ここまで私の予想通りだとは思っていなかったもので。皆さんも読み終えたようですし、ここはAクラス代表として、少しお話させていただきましょう。」
坂柳が笑った理由。
それは、生徒会長をバカにしたわけではない。
綾小路を自分の手中に収められることを確信した、勝利から来る笑いだった。
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スーパー坂柳タイム
「内容については理解しました。しかし、嘘は良くないですよね?生徒会長?」
いきなり攻撃的なセリフを吐く坂柳。
そしてその内容に橘、葛城、一之瀬、神崎、平田は驚いた表情を見せる。
指摘された堀北会長はというと、興味深そうにしていた。
驚かなかったメンバーは内容を知っているか、顔に出ていないかのどちらかだろう。
「ほう?何か確信していることでもあるのか?」
「まず1点目。昨日の話ですと、電気、食料はすぐに底をつきるという話。あれは嘘ですよね?少し見させていただきましたが、街の様子を見ても節約する様子はなく、今日の話で節約をしようという話も一切出てきていません。ご説明いただけますか?」
「良い着眼点だな。正確には何もしなければそうなるという話だ。2年の担当になるが、食料については冷凍食品や乾燥食品、保存食品が大量に眠っていることは確認している。ただし、それを動かすには店舗、そして経済が必要不可欠となる。現状では配布をいう形を取っているが、当然いつまでもそんな方法は取れない。2年がそれを達成できない場合は嘘ではなくなる、ということだ。」
「なるほど。電気についてはどうでしょうか?」
「電気については今は話すことはできない。」
「分かりました。では2点目。先程いただいたペーパーを見て確信しました。1年生の仕事量だけがあまりにも少ない理由。それは、本来1年生がやるべき仕事が記載されていないからだと発言します。」
そう言うと、坂柳は昨日綾小路にした話をここでも説明した。
本当は他のジオフロントに接触されているのではないか?
そのために円卓会議を設立し、それに対抗する地盤を築こうとしているのではないか?
そして、他のジオフロントとの接触についてが、1年生に課された本当の仕事なのではないか?
要約すると、こういったことを生徒会長にぶつける。
「………本当はこの話は今すべきではないのだが、流石だと言っていこう。やはり今年の1年生は優秀なようだ。」
しばらくの長考の末、堀北会長はそう口を開いた。
「坂柳の言っていることは事実だ。確かに他ジオフロントから接触を受けたという事実はある。話さなかったのは、現段階ではこちらのジオフロントが地盤を固められていない以上、接触することで侵略される可能性があることを危惧した結果による。当然、準備ができるまでは接触についても拒否する予定だ。」
「それは、あまり良い手とは言えませんね。」
生徒会長の決めていた判断に容赦なく反対する坂柳。
他のジオフロントに接触された場合のデメリットについても、昨日綾小路にした話を反復して説明する。
綾小路にとっては2回目だが、それを初めて聞く他の生徒はそれぞれ様々な表情を見せており、自分たちが思っているより遥かに危険な状況であるという危機感を感じたのは間違いない。
それについては、堀北会長や龍園も例外ではないようだ。
「いいだろう。この件については下手に情報規制するより、お前たちに任せたほうがいいと判断した。少し長くなるぞ。」
坂柳の提案を受け入れ、堀北会長は今現在分かっている、他のジオフロントとの接触状況について話を始めた。
これについては坂柳も想定外だったようだが、現在3つのジオフロントがこちらに接触を図っているようだ。
そのジオフロントの名前はそれぞれ
・ホープタウン
・ドリームタウン
・大和
というらしい。
「接触してきたジオフロントは1つと想定していましたが、まさか既に3つも接触を図ってきているとは…」
坂柳もあまり良い表情はしない。
説明を続けると、他ジオフロントからの接触方法については電波だという。
学校のモニタールームで、このジオフロント外からの電波を受信した。
それぞれ別の電波を発しており、その種類が3つであるという。
「その電波について、内容を解読することはできるのですか?」
今度は平田が質問する。
「もちろんだ。それを解読したことにより、他のジオフロントの名前が判明したわけだからな。どのジオフロントも若干の違いはあれど、こちらと接触したいという内容のようだ。」
その方法については、既にトンネルを掘り進めており、こちらが承諾すればこちらのジオフロントにも穴を開け、接触を開始するというものだった。
「逆に言えば、こちらが応じなければ直接介入もやむなしと取れますね。なるほど、ウチの内情とも合わせ、会長が焦っている理由については理解しました。悠長にしている時間はとてもじゃないですが、ないようです。」
その事実を踏まえ、早めの段階で円卓会議という組織を作り、内部事情の早期解決を図るというのが堀北会長の取ろうとしていた方策だったようだ。
「他のジオフロントの直接介入…ですか。それは少し怖いですね。」
ずっと黙っていた椎名ひよりもそうつぶやく。
「私は会長の案に賛成だ。相手の勢力が分からない以上、悪戯に接触するべきではない。こちらの組織を固めるほうが先だ。」
「私は反対します。こちらの事情を相手は考慮しません。1年生をさらに2つに分け、相手との接触とこちらの内部事情の早期解決。簡単に言えば、攻撃と防御は同時に行うべきです。生徒会長の案では対応が遅すぎます。」
早速と言うべきか案の定と言うべきか、意見が対立する葛城と坂柳。
ここが、今回の会議の争点となりそうだ。
皆それぞれ考えているのか、ピリピリとした空気の中、しばらく沈黙が続く。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「えーっと、それじゃあ、ちょっといいかな?」
その沈黙を破ったのは一之瀬だった。
「葛城くんも坂柳さんも、もちろん他の皆も意見はあると思うんだけど、会議の終わりの時間も迫ってるし、ここは多数決を採用したいと思うの。反対がなければ私が進行するから、反対の人、第3の意見がある人は先に話してくれるかな?」
そう問いかけるも特に手は挙がらない。
どうやら一之瀬進行で、坂柳か葛城、どちらかの意見を採用して方針とするようだ。
「まずは坂柳さん。攻守両方って意見だったけど、具体的にはどうするつもりなの?会長や葛城くんの意見よりよっぽど難しいと思うんだけど?」
「そんなことはありませんよ。そもそも、外部との接触というのは大人数で行くものではありません。ほんの数人いれば済む話なのです。争点となるのは接触の時期と相手の情報であって、人数は問題にはなりません。この学校は分かりやすいくらい、性格が二分されているとは思いませんか?」
坂柳はそういうとペーパーをひっくり返し、1年生円卓会議のメンバーの名前を独特な順序で書き連ねていった。
そして、全員の名前を書き終えた後、『混沌タイプ』、『秩序タイプ』の2つの言葉を書き加え、中央付近で赤線をぴっと引く。
「混沌タイプとは個人1人で場をかき乱すことのできる能力のある人間、秩序タイプとは争いを望まない人間、保守的な思考を取る人間を指します。」
混沌タイプ
龍園翔
坂柳有栖
綾小路清隆
秩序タイプ
一之瀬帆波
葛城康平
神崎隆二
椎名ひより
平田洋介
坂柳の手書きの文字にはこう書かれているが、赤線は綾小路と一之瀬の間ではなく、一之瀬と葛城の間で引かれている。
先ほど議題にあがった内部事情の早期解決、これを秩序タイプのメンバーで行う。
Aクラスは葛城、Bクラスは神崎、Cクラスは椎名、Dクラスは平田が中心となり、クラスを1つにまとめつつ、他クラス、そして他学年と徐々に交流を広げ、最終的には学校で1つになるという方策だ。
いきなり全ては無理でも、円卓会議を中心に段階的に繋がっていけば、できなくはない現実的な手段である。
これが防御の方針。
そして問題となる攻撃。
混沌タイプに記載のあるメンバーで外部と接触し、最大の目的は争いを回避すること。
可能であれば、接触や交流を深め、相手から情報を得ること。交換や貿易なんかも視野に入ってくるかもしれないため、それについての交渉を行うこと。
これが攻撃の方針だ。
「いかがでしょうか?攻防どちらもしますが、防御に重点を置いた攻め方です。これでしたら、大半の生徒には負担にならないかと。」
坂柳の説明に、これならばと納得する生徒も何人か見受けられた。
「えーと、坂柳さん?私はどうすればいいのかな?戦うを後ろ盾にした舌戦なんて私にはできないんだけど…」
「大丈夫ですよ一之瀬さん。一之瀬さんは秩序タイプに分類しているように、基本的には葛城くんたちを同じことをしてください。しかし、必要があったときにこちらにも力を貸してもらう、いわば両刀のような立場でいてほしいのです。龍園くん、協力してくださいますか?」
「断る。」
1秒も立たないうちに即答する龍園。
坂柳は一瞬苦笑いをするも説明を続ける。
「ということですので、こうなると戦えるのは私だけになってしまいます。しかし、私は身体が弱く、1人で相手のジオフロントに行くことができません。そのため、この中で防御に最も役に立たなさそうな綾小路くんに私のボディーガードをしてもらおうと思いまして。」
「役に立たないって…」
思わず口に出す綾小路。
おそらく、綾小路が有能であることを表向きに出さないことと、昨日の取引の内容の一部をここで公開することにより、円卓会議の中で合法的に2人で動けるように場を支配するつもりのようだ。
昨日の約束はなかったことに…とか、組むとは言ってない…なんて言い訳は一切させてくれないようだ。
「なら、貴方はDクラスや他クラスとコミュニケーションを取り、学校全体を1つにできると?」
「…無理、だな。」
「貴方はそこそこ運動神経が良いようですし、防御の陣営には向かない。割りとお似合いのポジションだと思いますけどね。」
現状では、攻撃側のメインとなる人間は坂柳。
そのサポートで綾小路。
一定の状況下で協力が必要になった場合の一之瀬。
そして協力を得られない龍園。
という人員のようだ。
「にゃるほど、そういうことなら喜んで協力させてもらおうかな。綾小路くんもそんなに気を落とさずファイトだよ!坂柳さんは1年生の中でもとっても戦力になる子だから、何かあったら大変だしね。」
「ご理解いただけたようで何よりです。私の方の方策の説明は以上となりますので、葛城くんの方の意見と合わせ、多数決と行きましょう。」
橘が今度は白紙のペーパーを配り、一之瀬の合図で多数決が始まる。
「もしよければ、会長と橘先輩もご意見をください。」
「やり方に反対はない。通常であれば私を通してもらいたいが、今回は多数決で構わない。私と橘もそれに加わり、多い票を採用しよう。」
堀北会長の発言を聞き、橘は素早くペーパーを2枚増やす。
坂柳の攻防同時案、堀北・葛城の防御優先案
各メンバーは悩みつつも、投票を終えたようだ。
攻防同時
掘北、坂柳、一之瀬、椎名、平田、綾小路
防御優先
橘、葛城、神崎
無回答
龍園
「賛成6、反対3っと。それじゃあ坂柳さんの案を採用するね。坂柳さん、綾小路くん、私、龍園くんで他のジオフロントとの接触に応じるってことでいいかな?」
「はい、それに加え、初回は生徒会長にも参加していただきたいです。こちらも学校の生徒ではなく、1つの街と称するなら身分制度は重要です。このジオフロントの代表としての参加をお願いできますか?」
「構わない。そうしないと舐められてしまう可能性も高いだろう。交渉するにしても、同じ土俵に立てなければこちらが不利になるだけだからな。」
「詳細については一之瀬さんがおっしゃった攻撃メンバーで詰めた後、ご報告します。」
「では、会議はこれにて終了するが、他ジオフロントから接触があったという話は、やはりこの場にいる10名にとどめておくべきだと判断した。原則として口外は認めないが、例外的に攻撃の4名のみ、対策を立てる上で口外の必要性が出た場合、これを認めることとする。また、2年、3年の会議の内容は追ってメールで送る。攻防ともに健闘を祈る。」
会長の言葉とともに、一度目の円卓会議は終了した。
最初から最後までペースは完全に坂柳の独壇場。
龍園が強く出なかったことを加味しても、1年生の中で突出した才能があることはこれでさらに明らかとなっただろう。
それぞれ各クラスに戻るため、移動を開始する。
綾小路もDクラスに戻るため歩いていると、一緒に歩いていた平田から声をかけられた。
「やっぱり君はすごいね。坂柳さんが強く出るってまるで最初から分かっていたみたいだ。それとも、昨日言っていた話は坂柳さんのことだったのかな?」
綾小路が平田に送ったメールはこうである。
坂柳が生徒会長に対し強気に出た場合、どんな内容であれそれに賛成の意思を示すこと。
その際、明確に目立つ必要はない。
坂柳が消極的な動きを示した場合、次の保守的なプランを提案すること。
プランの内容については下記ファイルのとおりである。
「坂柳が生徒会が話していない内容について考察してるって話をきいていたからな。内容も信憑性が高かったから、それに乗るべきだと思ったんだ。事実、生徒会は重要な情報を隠していたわけだし、噂も馬鹿にならないもんだよな。」
「もともと僕も坂柳さんの意見には賛成だったから異論はないけど… ううん、なんでもない。お互いこれから大変になるね。」
「そうだな。悪いが教室に戻ったら、会議であったことの説明を頼む。それと、説明が終わったら軽井沢に声をかけておいてくれ。」
他ジオフロントとの接触に、自ジオフロントの地盤固め。
いよいよ本格的に行動開始だ。
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綾小路の方針
そう思いつつもどうしても文章が長くなる上に読みにくいなあと考えてしまう今日この頃。
文才ある人が羨ましいです。
Dクラスに戻った平田と綾小路。
平田は、クラスのみんなに円卓会議で決まったことを伝える。
もちろん、他ジオフロントに接触されていることは伏せてだが、各学年の役割、1年生の円卓会議メンバーはさらに2グループに別れて行動するため、特に坂柳たち攻撃側のメンバーに協力を申し込まれた場合は可能な限り協力してほしいことなどを話す。
掘北(こっちは妹の方)など、多少鋭い生徒からは具体的にもう1つのグループは何をするのかなど突っ込まれたりはしたが、3年生の資料解読に関連して堀北生徒会長から協力を申し込まれているということで話を通した。
一通り説明を終えた昼前、綾小路の指示通り、平田は軽井沢に声をかける。
「軽井沢さん、お疲れ様。」
「平田くんの方から声をかけてくれるなんて嬉しいな。そうだ、ご飯一緒に食べない?学食が今日から復帰するって話だし、メニュー見たいのよね。」
といいつつ、大げさにウインクしてみせる軽井沢。
可愛い…ではなく、ちゃんと用件は分かっているとのことだろう。
学食に着くと、2年生が厨房に入っている姿が見えた。
早速活動を始めているのか、保存食中心で少ないメニューながらも営業を開始している。
2年生は南雲雅という時期生徒会長候補となる人物が中心となり、150年前の段階から全てのクラスが1つにまとめられていると聞く。
環境に順応し、素早く行動を起こせているのは流石上級生とでも言うべきか、2年生の方は順調であることは一目で分かった。
平田はカレー、軽井沢はパスタを注文すると、2人でお昼を食べる。
「うわー、あんまりおいしくない…」
「どうやったのかは分からないけど、150年前の保存食だからね。品質に問題はないらしいけど、どうしても新鮮さや風味は落ちるよね。」
「他の施設はどうなんだろう?」
「さっき2年生の円卓会議メンバーの先輩から連絡が来たんだけど、みんなが早く再開してほしいお店をアンケートするみたいだよ。洋服店とか、映画館なんかの娯楽施設とか、このジオフロントにある施設全てが対象みたいだね。」
「へー、それはちょっと楽しみかも。新しい服もほしかったし。」
「経済については検討中だけど、お店によってはバイトも募集するってさ。今は数少ない、貴重なプライベートポイントを稼ぐチャンスになるかもね。」
「流石は2年生ってところね。あたしたちも負けてらんないってことで、平田くんがあたしに話しかけた理由ってこれでしょ?」
そういって軽井沢は平田に自分の携帯電話を見せる。
そこには、綾小路からのメールで円卓会議・防御陣営の政策案
と書かれており、ものすごい文章の羅列があった。
ご丁寧に平田以外には見せないことと書いてあるあたり、軽井沢が平田の意図にすぐに気づいたことにも納得がいく。
「ってこれ、メールが送られているのが昨日の夜じゃないか!?まさか、会議もしてないのにここまでの展開を彼は読んでいたってこと?」
「ま、清隆が本気出せばこのくらい朝飯前って感じなんでしょうね。私も最初は何のことか分からなかったんだけど、今日の円卓会議の説明を聞いて納得したわ。ほんと未来予知よね。」
「でも、今からこれを読む時間は…」
「そう思って、昨日の夜と今日平田くんたちが会議している間に熟読しといたわ。要点だけ説明して、後はメールを転送しておくわね?」
「助かるよ。」
共通項目と個別項目
共通項目について
本日の午後、葛城、一之瀬、神崎、椎名、平田の5名で体育館で公開会議を開くこと。
体育館を借りて行い、全ての生徒が自由に見学できるようにする。
円卓会議の内部を知れる機会を設けることによって、円卓メンバーと一般生徒の間で壁ができるという原因の排除、いち早く情報を入手したい生徒に嘘偽りない情報を全て提供しているというイメージを植え付けることにより、攻撃メンバーが秘密裏に動きやすくなるという2点が理由。
今後のジオフロントでの生活について、1年生は下記のとおりを提案。
1 授業を再開すること
平日の月~金の5日間、午前中は従来通り授業を行う。
午後は今後の展開によって大きく左右されるため、あえて空けておくものとする。
今後基礎学力が必要になること、やることを設ける必要があることが理由。
全ての1年生に強制させること。
授業は当面の間は視聴覚室の機材を使ったデータによるもの、学力の高い生徒に依頼し、授業を行うものの2つを中心にカリキュラムを組む。
教員役の生徒には別途円卓会議からプライベートポイントを支給。
2 就労制限
アルバイトは原則として週3日までとすること。
授業及び円卓会議からの依頼があった際に支障が出ること、アルバイトによるプライベートポイントの大幅な格差を防ぐことが理由。
3 クラス間の壁の撤廃
常に意識すること。
場合によっては授業にクラス合同でのレクリエーションを混ぜる等のきっかけを作ることも可。
詳細については円卓会議の意見を参照して決めて良い。
個別項目について
Dクラスの方針として、Bクラス→Aクラス→Cクラス→上級生の順で関係を持ち、最終的には学校で1つになる方針で動くこと。
初日にあった生徒会長の講話を原則として行動する。
1年生内はAとBについては同時進行で動き、可能な限り早期にクラス間の壁を撤廃する。
Aクラスには平田、軽井沢
Bクラスには掘北、櫛田
をそれぞれ送り、葛城、一之瀬と協力して関係を築き、固まり次第Cクラスへと移行する。
利害は一致しているため、A、Bは問題なく成功すると思われる。
万が一失敗した場合は、次のプランA~Cのいずれかで対処…
「ってごめん、短くするつもりだったんだけど難しいね。」
「十分だよ、内容については理解できた。ありがとう軽井沢さん。」
「どういたしまして。気になってたんだけど、この攻撃メンバーって何?何かと戦うわけ?」
「それについては僕は話せないことになってるんだ。綾小路くんに聞いてみるといいよ。その件については僕より詳しいし、このメールをもらってるあたり、軽井沢さんにならはぐらかさずに教えてくれるんじゃないかな?」
「なるほど、今日の説明で出たもう1つのグループってわけね。そうするわ。あ、お昼ありがと!」
話をしつつ、お昼を食べ終えると軽井沢は去っていった。
「清隆…か。だんだん分かりやすくなってきたね軽井沢さん。僕としては、その方が嬉しいんだけど…」
同時刻
場面は変わって1年生の教室付近の廊下。
まずい昼食を食べ終えた綾小路は、坂柳に呼び出されたため寮へと戻ろうとしていた。
そんなとき、同じ円卓会議メンバーである一之瀬とすれ違い、声をかけられる。
「やっほー!綾小路くん!」
一之瀬帆波
1年Bクラスのリーダー的存在であり、明るく、正義感の強い女子生徒だ。
その話しやすい性格から、男女、そして学年を問わず人気があり、150年前は時期生徒会役員の候補と言われていた。
前回の円卓会議でも、坂柳の作り出す空間に飲まれず、自分を貫く立ち振る舞いをしたことについては見事というべきだろう。
綾小路とは特別深い関係というわけではなかったが、Bクラス、Dクラス間で同盟を結んでいたり、特別試験で同じグループになったりと、友人の少ない綾小路にとって、他クラスで話せる数少ない顔見知りでもある。
「一之瀬か。昼食は終わったのか?」
「うん、午後から平田くんが円卓会議防御メンバーに招集をかけててね。私はこの後その打ち合わせ。そっちは?」
「へえ、そうなのか。俺も似たようなものだ。坂柳に呼び出されてる。」
平田に根回ししたのは自分のため、当然知ってる内容にはなるが、ここは初耳を装わせる。
「…そっか、お互い大変だね。何か困ってたら相談に乗るから、いつでも声をかけてね!」
「そっちもな、両刀なんて一番大変な役回りだろ。それだけ買われてるってことなんだろうが…」
「うーん、そうかな?自分で言うのもなんだけど、私はあんまり坂柳さんに評価されてないと思うよ?根拠とかはないけど、なんとなく雰囲気で分かるんだよね。」
「坂柳がどういう基準で一之瀬をそのポジションに入れたかなんて、俺に分かるはずもないけどな。同じ仕事になったときはよろしく頼む。」
「うん、それじゃあまたね!綾小路くん。」
お互い忙しい身だからか、あまり長話はせずに立ち去る。
自分の求めていた平穏な学園生活がすさまじいスピードで遠のいていることに、綾小路は落胆していた。
今の自分はどうしたいのか。
それを明確にしなければ、本来の力は出せない。
こちらの世界に来てからずっと考えているし、坂柳にも指摘されたことではあるが、自分の父親が既にいない以上、対抗する必要はなくなり、文字通り自由の現在。
今までどおり平穏な学園生活を求め、自らの能力を隠して生きるもよし、いっそ全てをオープンにしてこの学園を支配してやるのもいいだろう、円卓会議なんてもののせいでゆっくり考える時間を見事に邪魔されてはいるが、今後の身の振り方については早めに決めておいた方が後悔しないのは間違いない。
「それを決めるためには情報が不足しすぎている…か。」
その情報を集めるには、やはり円卓会議への継続参加が必要となってくるわけで、脱退するにもできない状況だ。
そこまで読んで掘北兄が自分のことをメンバーに加えているのだとしたら大したものだが、堀北兄は綾小路の過去を知らない。
純粋に実力を買ってメンバーに加えたにすぎないだろう。
そんなことを考えながら一度自室に戻ろうとドアを開ける。
「遅いです。」
ドアを開けると、ふくれ顔の坂柳がお出迎えをしてくれた。
「私はこう見えても暇ではありません。レディーを待たせるのはよくないと思いますよ?」
「それは悪かったが、なぜ俺の部屋にいる?」
「山内くんにお願いしたら、喜んで合鍵を譲ってくれましたよ。」
ニコニコと笑みを浮かべながら、綾小路の自室の合鍵を見せてくる坂柳。
勝手に渡す山内にも問題はあるし、そもそも坂柳はどうやって合鍵の存在を知ったのか疑問はつきないが、一つ一つ突っ込んでいても仕方がないだろう。
さっさと本題に入る。
「…まあいい。それで、あれだけの啖呵を切ったんだ。何か方針でもあるのか?」
「うーん、そうですね。私からはとりあえず2つ。他ジオフロントとの早期接触と、龍園くんの管理です。せっかく私達で事を進めても、龍園くんが独断で動いて失敗したり、邪魔されたらかないませんので。管理が無理なら排除も視野に入れるつもりです。」
排除、とはまた攻撃的な坂柳らしい物騒なセリフである。
「俺も似たようなことを考えていた。特に問題はないな。なら、詳細を決めていくぞ。」
そういうと、2人で具体的な行動をつめていく。
まずはジオフロントの接触準備。
こちらは坂柳が担当する。
相手から送られてきた電波について、自分の耳で確認をするとともに、3年生が現在保有している他ジオフロントの情報を可能な限り入手してくるそうだ。
これは堀北兄に協力を得れば達成できることであり、情報が整い次第、何を武器に、何を交渉材料に挨拶という名の交渉を進めていくかを決めていく。
「…ということは、俺は龍園の管理か?面倒な方を押しつけてきたな。」
「あら、そうでしょうか?私が行くより、綾小路くんが行った方がスムーズだと思いますけどね。」
おそらく、150年前にあった軽井沢を巻き込んだ龍園がおとなしくなる原因となった騒動のことを指しているのだろう。
あれは、あそこにいたメンバーである綾小路、軽井沢、石崎、伊吹、アルベルト、龍園、堀北兄、茶柱以外は一切知り得ない情報のはずだが。
カマかけか知っているのかはさておき、そう自信満々に言われてしまうと否定で返せば根拠を求められてしまう。
龍園に自分が声をかけても無駄だと言っても、おそらく坂柳は納得しないだろう。
「分かった。だが、即座に物理的に無力化するわけにもいかない。この件は俺に預けてもらうぞ。」
「構いません。そちらに苦戦するようであれば、表の仕事は私が多めに引き受けるつもりですので。」
「今のところ、他ジオフロントからの接触の件について口外するつもりはあるか?」
「ありません。雑務を引き受けてもらうつもりではありますが、他ジオフロントに関する一切の件は現段階では伏せます。ウチのクラスは従順な子が多いですから。」
従わせている、の間違いだろうと心の中で突っ込んでおく。
「綾小路くんは口外するつもりはありますか?」
「必要があれば、といったところだな。口外する場合はした人物の名前をお前と一之瀬にも共有しておく。」
「一之瀬さん、ですか。まあいいでしょう。」
「何か引っかかるのか?お前が役に立つと思ったから攻撃側に引き入れたんだと思ったが。」
「まさか、彼女は捨て駒ですよ。他ジオフロントと接触し、相手が強硬策に出た場合、人質代わりに置いてきてそのまま捨ててしまう…ね。」
最初から捨てるつもりでメンバーに加えたため、そこまで詳細に情報共有する必要はないと考えている坂柳。
綾小路も、損得で動くことを大前提とする人間だ。
だが、ここでは坂柳の意見に反対した。
「それはやめておけ。一之瀬を切るのは賛同できない。」
「綾小路くんにそこまで言わせる人材ですか?それとも、情でもわきましたか?」
「俺たちのいるこのジオフロントは約60万平米。これは東京ドーム何個分だ?」
「急になんですか?えっと…約12.8個分、でしょうか?」
「そうだ。そして東京ドームの収容人数は5万5000人。それに12.8をかければ最大で70万4000人もの人数が、理論上このジオフロントに入ることができる。もっとも、そんな狭いスペースで人間は生活できないため、実際はもっと少ないが。」
「どうして急に人口の話を?」
「相手のジオフロントがこちらのジオフロントと同じ大きさで、高校生限定みたいな特別な事情がない限り、相手のジオフロントの人口は…そうだな、人口密度にもよるが約10~20万人と予想がつく。対してこちらの人口は約480人。そんな絶望的な人数差が開いているにもかかわらず、一之瀬クラスの有能な人間をホイホイ切っていたら、何人いても足りないって話だ。」
「ですが、それで勝てるのであればそうするべきでしょう?チェスにおいても、ナイトを犠牲にクイーンを打てるなら、ナイトは切るべきです。」
「その例えはよくない。それはこちらと相手の戦力が同等の場合に使う例えだ。今の俺たちの状況をボードゲームに例えるなら、将棋盤上で俺たちは王と金のみ、相手は全駒揃っているという盤面だろうな。しかも、こっちは素人で、相手は段位持ちだ。人口においても、優秀な人材においてもそのくらいの開きはあると俺は見ている。そんな状況下でお前は金をホイホイ切るのか?」
「そ、それは…」
「俺がわざとチェスではなく将棋に例え直したのは、将棋は奪った相手の駒を使うことができる。お前が一之瀬を捨て、一之瀬が相手のジオフロントに協力した場合、一之瀬が敵になるだけでなく、こちらの情報は全て筒抜けになるだろうな。弱点の塊みたいなこちらのジオフロントの内情が相手に知られれば即ゲームオーバーだ。乗っ取られるなり滅ぼされるなり、お前の危惧した展開に一直線だなー。」
そんなことを無表情で淡々という綾小路。
これが綾小路の素なのだが、坂柳にとっては屈辱だったのだろう。
しかも正論で言い返せない。
「む、むぅ…!」
子供のように頬を赤面させながら涙目で悔しがる坂柳はなんとも可愛らしかった。
どうして一之瀬を庇うようなことを言ったのか。
坂柳の言うように、人質を取られても一切助けないという冷酷なイメージを相手に植え付けることも威嚇になるため、全く効果がないわけではない。
そんな綾小路の小さな心の変化に、坂柳はもちろん、綾小路自身も、現在では気づくことはなかった。
そして、何気ない先ほどの会話の中の一之瀬の発言。
自分が坂柳に買われていないと感じているという直感の話。
結果的にだが、あれは見事に的中していたことになる。
一之瀬の勘というべきか女の勘というべきか難しいところだが、恐ろしい感覚の持ち主だと改めて綾小路は一之瀬を評価し直す。
「俺は俺で情報を集める。それと龍園の件でも動き始める予定だ。鍵は閉めていってくれよ。」
そういうと、綾小路は再び自室を後にした。
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決戦前の日常
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次話投稿のモチベがぐぐんとあがります!
あれから一週間の時が経った。
この地下世界で目覚めた初日はどうなることかと誰もが思ったが、結論から言えば、ここまでの経過は非常に良好である。
円卓会議の存在も、選ばれている生徒が全員優秀であり、中には多数の生徒からの信頼を得ている生徒も配属されていることから、円卓会議が中心となり、新しいルールが次々と決められていった。
憲法や法律は150年前の既存のものを使用し、その権力(司法権や行政権等)は円卓会議が持つこととなった。
環境が激変しているため、不要な法律、必要な法律、処罰規定を変えなければならない法律(起こりやすいと考えられる万引きや横領、暴行や傷害事案等については新たな罰則を定める)など細かいところをあげればキリがないが、その辺りは事案が発生するたびに3年生の円卓会議が臨機応変に事を進めるとのことだ。
さらに、3年生が行っている資料の解読については、学生全員が持っている携帯電話からホームページにアクセスすることで誰でも自由にそれを読んだり、進歩状況を確認したりすることができるようになった。
(アクセス権限によって閲覧できる資料に差があることは公には公開されていない。)
これによって、どういった経緯で自分たちが150年眠っていたかなどの謎が少しずつ判明、解明されていき、生徒たちの不安が大きく軽減された。
次に2年生
ジオフロント内の設備の復興は概ね良好である。
復興希望店舗のアンケートを取り、生活に必須の施設、希望の多い施設を優先的に再稼働させ、アルバイト(詳細は後述)を募集し、需要と供給の流れを復活させていった。
通貨についてはこれまで通りのプライベートポイントを採用。
ポイントは150年前のものをそのまま引き継ぎ、0ポイント近い生徒の救済のために全校生徒に10万ポイントを支給した。
それ以降はアルバイト等で自力で稼ぐように方針を定め、それ以外にもプライベートポイントを入手できる方法を作るべく、2年生の円卓会議を中心に、円卓の議題にも上がっている状況だ。
最後に1年生
前回の話題に上がっていた公開での会議は成功。
内容についても、綾小路が平田に根回ししたとおりの内容で全て可決された。
授業については1年生は必須、2年生、3年生については希望制となり、上級生は資料解読や経済の活性化等の業務と並行して、希望した日に授業を受けることができるようなシステムとなった。
また、例外的に円卓会議のみ、必要があれば授業を免除することができる。
1年Dクラスでは、堀北や幸村が円卓会議に指名され、教員役を務めている。
こちらについても概ね良好だが、『社会』の教科につき、この地下世界になってからの現代社会を教えられる生徒が当然いないため、課題となっている。
『英語』などの外国語についても、今後の必要性が不明瞭なため、授業は行われていない。
須藤にとっては万々歳の状況だ。
1年生は午前中が授業必須となったこと。
アルバイトが週3日(これは全校生徒共通で、円卓会議はバイト禁止になった)の制限がついたことについては、全て平田(実際は綾小路)の提案通りになった。
また、クラス間の壁の撤廃についてだが、こちらも非常に良好である。
A、B、Dクラスともに予定通り協定を結び、現在はクラスの結束を固めるため、円卓会議防御陣営を中心に議題が繰り広げられている。
Cクラスについても、龍園が一切関与しなかったことが大きく、サブリーダの椎名ひよりが繰り上がりで力をつけた。
椎名も輪に加わり、なんとわずか一週間で全クラスの同盟が公式に決まったのである。
このように、生徒復活から一週間、特に目立った問題や騒動は起こらず、円卓会議を中心に次々と方針がまとまっているのが現状だ。
一般生徒においても、『やらなければならないこと』と『やってもいいこと』が明確化され、150年前よりもさらに自由が増えたことで、1人1人が自分はどう行動すればいいのかを考えるようになった。
毎日いろんな事を考えたり、挑戦したりしていれば、文句を言っている暇などないというわけだ。
一方、円卓会議の方は現在まで毎日、各学年ごとに円卓メンバーが会議を開き、定期的に3学年のメンバーでの情報共有を行っている。
様々な方針を決めたり、現場に赴いて問題を解決したり、クラスに戻って情報を伝えたりとやることが多忙なんてレベルではなく、メンバーのほぼ全員がまともに睡眠時間も取れていないような状況だ。
ブラック企業様々である。
授業に出れないのはもちろん、自分のクラスにどちらかは定期的に戻らないといけないため、思うように時間が取れない。
ジオフロント内が色々と落ち着くまでは致し方ないとはいえ、円卓会議の生徒に負担が集まっている現状は変えようがない。
以上、一週間で起こった出来事や決まったことなどを長々と記載したが、今回のお話しは綾小路が坂柳に反論したあの日から一週間後、ようやく午後にまともな空き時間ができた円卓メンバーの一部の話である。
一之瀬帆波はカフェにいた。
以前はあまり交際はなかったが、今回の円卓会議を経て仲良くなった円卓会議のメンバーであるCクラスサブリーダーの椎名ひよりも一緒だ。
椎名ひより
物静かで読書が趣味の少女。
龍園がCクラスを支配していたとき、その影響を最も受けなかった生徒。
そのため、本人にそのつもりはあまりなかったが、Cクラスの女子のリーダーのような存在となっていた。
観察力に優れており、人の動きや発言を注視したり、覚えたりすることに長けている。
150年前のとある騒動により龍園が失脚して以降は、金田という生徒とともに繰り上がりのような形でCクラスのリーダー的存在になった。
円卓会議のメンバーに選ばれたこともあり、今後はより多くの人と交流を深めていきたいと考えているようだ。
綾小路との絡みは殆どないが、読書が趣味という部分が共通しており、変なところで会話が弾む仲だったりする。
「うーっ、疲れたー!」
人目も気にせず、カフェテーブルにだらんと腕を伸ばし、頬をつける一之瀬。
気持ちは分かると苦笑いしつつ、手に持ったコーヒーカップに砂糖を加え、くるくるとかき混ぜながら椎名がテーブルに戻ってくる。
「お疲れ様です一之瀬さん。昨日も午前3時まで打ち合わせしましたし、大変でしたね。」
あれから結局一之瀬は坂柳に呼ばれることはなく、葛城、神崎、椎名、平田とともに授業やアルバイトについての討論、それが決まった後は教員役の生徒の確保やバイトについて2年生の円卓会議との打ち合わせなどを行っていた。
それのほかに、1年生全員で協力体制を結ぶという議題も並行である。
冒頭に記載したとおり、それらがようやく決まり、軌道に乗り始めたというところのようだ。
「ひよりちゃんもお疲れ様。結局1回も授業出れなかったね。私は円卓会議のメンバーだから教員役はできないけど、Bクラスの子の授業とか受けてみたかったんだけどなぁ。」
「今後は他クラスとの合同授業で、他クラスの生徒の授業も受けられるように会議するんですよね?どの生徒の授業が人気になるのか、私も楽しみです。」
「って、ごめんごめん!せっかく自由時間ゲットできたんだし、こんなときに仕事の話なんてするもんじゃないよね!」
「うふふ、大変ですけど、私は結構楽しんでいますよ?大人の方で仕事帰りにお酒を飲みに行く人たちはこんな感じなんだろうなあと思っていたりします。」
「確かにそうかも!社会人先取りしてるって思えば、今の仕事ももっとやりがいを感じられそうだね!私もみんなのまとめ役になるのは好きだし。」
そんな話をしつつ、2人でコーヒーをすする。
「ザ・インスタントって感じだね。食事の美味しさがなんとかなればなあ…」
「飢え死にせずにすんでよかった、と思うべきでしょうね。そういえば、一之瀬さんは何かやりたいことってあるんですか?」
「うーん、とりあえずショッピングかな?大変なことも多いけど、どんどん楽しんでいかなきゃもったいないしね!そのときは一緒に行こうね!」
「はい、ありがとうございます。私は、図書室に行きたいんですが立入禁止なので… 自室の本は読んでしまいましたし、やはり買うしかないのでしょうか?」
「趣味を満喫できないのは辛いよね… 堀北会長に相談するにも、私事は後回しになっちゃうか。分かった、私から話をしてみるよ!」
「えっ、でもそれだと一之瀬さんのご迷惑に…」
「いいのいいの!友達が悩んでいたら助けるのは当たり前だし、図書室は勉強とかにも使えるしね!」
「一之瀬さん…」
友達が親身になってくれていることに嬉しそうに微笑む椎名。
しかし、忙しいのは相変わらずなのか、少しすると2人の携帯のバイブがほぼ同時に鳴る。
「あはは…やっぱ丸々休みにはならないかー。って、綾小路くんからだ!」
「となると、いよいよそちらも動き出すようですね。私の方はCクラスの子からの相談でした。実質Cクラスの円卓は私だけなので、なかなか時間が取れないんですよね。」
「ひよりちゃんも大変だねえ… 私の方は坂柳さん、堀北会長と4人で打ち合わせみたい。」
「…健闘をお祈りしています。」
「ありがと!」
30分ほどのわずかな休憩をすると2人はすぐに別れ、行動を開始する。
時は再び遡り、一之瀬と椎名がカフェで会う時刻へ。
綾小路はDクラスに顔を出していた。
午後のため授業は終わっており、Dクラスの生徒はバイトに行ったり友達と遊びに行ったり、調べ物をしたり勉強したりと生徒によって様々である。
一見すると統率が取れていないように見えるが、それぞれの生徒が自分のやることを見つけ行動しているとも言え、クラスの士気に影響はない。
「あ、きよぽんが教室にいる!めずらしー!」
「時々顔は見るが、こうしてちゃんと話をするのは久しぶりな気がするな、清隆。」
話しかけてきたのは同じDクラスの生徒である長谷部、三宅の2人だ。
他にも幸村、佐倉も一緒である。
150年ほど前に綾小路が仲良くなったメンバーで『綾小路グループ』と名付けられている。
最初は特別試験の関係で付き合いが始まった仲だが、時間が経つにつれ交友も深まり、その関係は今も続いている。
簡単に書くと
三宅明人
150年前は弓道部所属。
龍園と同じ中学校に通っていた経歴あり。
佐倉愛里
人見知りで趣味は自撮り。
ネットアイドルとして活動していた。
綾小路に対して分かりやすい好意を抱いている。
幸村輝彦/啓誠
学力がかなり高い生徒だが、対照的に運動がダメ。
母親がつけた下の名前が嫌いで、綾小路たちには啓誠と呼んでほしいと話している。
長谷部波瑠加
友人と認めた相手をあだ名で呼ぶ癖がある。
1人を好む性格で、自分の好き・嫌いをはっきりと口にするタイプ。
これだけだと変な誤解を受けそうなので、気になる人はよう実6巻を読んでみよう!
(露骨な宣伝)
「悪いな、最近全然顔出せてなくて…」
「仕方ないさ、俺達もそうだが、堀北たちとも全然話せてないだろ?」
「う、うん!清隆くん忙しいし、しょうがないよ!」
幸村、佐倉も綾小路が忙しいのは一週間見ていたからかきちんと理解してくれているらしく、特に不満を言うことはない。
その後、せっかく綾小路がいるんだから少し雑談しようということになり、5人は教室からコンビニへ移動した。
昔のようにそれぞれアイスを購入すると、店の外で食べながらダラダラと話し始める。
今の綾小路にとってはこういう何気ない時間が非常に貴重であり、純粋に居心地が良いと思える数少ない場面だ。
「新しい生活には慣れたか?」
「そうだな。みんなそれぞれ自分で考えて自分でやることを決めてる感じだ。不思議と反発みたいなことは起こっていない。Dクラスで強いて言うなら、高円寺が行方知れずってことくらいだろうな。」
「行方知れず?」
「啓誠の言い方だと行方不明みたいに聞こえるかもしれないが、単純に自由奔放にどこか行ってるだけだ。大人に縛り付けられていた時でさえまともに行動してなかったからな。現状で円卓が決めたことなんて全く気にせず、あちこち好き勝手に出歩いている。
当然、授業も出てないな。」
「なるほどな…」
「私はバイト始めたよー!こことは違うコンビニなんだけどね。やっぱプライベートポイントが欲しくて週3でやってる。今度愛里も同じ店来ることになってるんだ。」
「わ、私も、少しでも社会経験を積まなきゃって思って…友達のいるところなら、いつもより勇気出るから…」
「そうか、頑張れよ2人とも。啓誠は教員役をやってたよな?」
「ああ、俺は今後もそっちで稼ぐつもりだ。午後は寮に戻って、次の日の授業の内容をまとめたり、勉強することが多いな。教えるとなると、自分も分かっていないと話にならないからな。教員役は週3の制限に引っかからないから稼ぎも良くて助かる。」
「俺はまだバイトはしてない。今は元運動部で定期的に集まって、今後部活をどうするかを話し合っているところだ。上級生中心だが、まとまったら円卓にも話をつけに行くつもりでいる。須藤とかもその集まりでよく顔を見るな。」
本当にみんな1人1人違う。
報告では聞いていたが、実際にこうして生の声を聞いてみると安心感が違うものだ。
今のところ新・高度育成高等学校の方針はできすぎているくらい問題ない。
「せっかくきよぽんいるんだし、また映画でも行かない?確かそろそろ営業再開だよね?」
長谷部がそう提案するが、そうはさせないと言わんばかりに綾小路の携帯のバイブが鳴る。
「…悪い、坂柳からだ。」
「本当に忙しいんだね、清隆くん…」
「清隆の方は順調なのか?平田や一之瀬たちよりあまり見る機会はないが。」
「俺はどちらかというと裏方の仕事なんだ。友人同士だし、話はしたいんだが、口外禁止事項も結構あってな。すまない。」
「気にしないでくれ、あの坂柳にあちこち引っ張られているのをよく見るから、みんな心配してるだけだ。話せないことも多いかもしれないが、何か俺たちにできることがあればいつでも声をかけてくれ。」
「ああ、そのときは頼らせてもらう、明人。それじゃあ、俺は行ってくる。」
「…行っちゃったね。んじゃ、私達も行こうか愛里。品出しと接客のやり方教えたげる!」
「うん、ありがとう。啓誠くんたちもまた…」
「ああ。またな。」
一之瀬たちと同様、こちらも30分くらい雑談をして解散となった。
さて、坂柳から呼出しを受けた綾小路。
これから攻撃側のメンバーについても触れていく。
あれから一週間、坂柳は情報収集に励んだ。
現状3年生が持つ全ての情報を把握し、他ジオフロントとの接触の準備をこの一週間で整える。
メールの文面に、堀北会長、一之瀬を呼ぶようにと入っている辺り、いよいよこの4人で他のジオフロントに接触をするための本格的な話し合いをするのだろう。
一方で、綾小路は龍園と接触をしていた。
結論から言って、今の龍園はまるで行動を起こす気がない。
かといって、牙が折れたわけでもなく、虎視眈々と情報を集め続けているようだ。
実際に龍園と話したことによってそれをつかんだ綾小路は現状では放置、動きを見せたら必要に応じ、先回りして妨害するという選択をする。
龍園が行動を起こしてからでも確実に妨害できるという絶対的な自信があるからこそ取れる方針だ。
元々、綾小路と龍園は裏側から攻めるという似たようなスタンスを取っていることもあり、読みやすい相手でもある。
それも含めて出した結論だ。
明日の午前中、いよいよ掘北、坂柳、綾小路、一之瀬で、他ジオフロントに接触する前の打ち合わせを行うこととなる。
これについては、次の話で触れていくことにしよう…
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椎名ひよりは有能である。①
明日はいよいよ掘北生徒会長を含めた、他ジオフロント接触に向けての本格的な話し合いが始まる。
だがその前に、一つ面白い出来事があったのでここに書き記しておこうと思う。
坂柳が3年生が入手した資料を解読している同時期、綾小路は龍園の管理という仕事を遂行するため、龍園との接触を図っていた。
元々、龍園がこの地下世界という舞台になってから普段どんな場所にいるのかなど見当はつかないが、それを含めたとしてもどれだけ探しても龍園が見つからない。
そこで、発想を転換し、普通の生徒では行かないであろう場所と自分の脳内に検索をかけたところあっさり龍園は見つかった。
やはり龍園と考えることは似ている。
綾小路が龍園を見つけた場所。
それは、一般生徒の立ち入りが禁止されている図書室だった。
図書室は現在、150年前に教師たちが自分たちのために非常に貴重な資料を残してくれており、そこに保存されているため、3年生の一部の生徒しか立ち入りを許されていない。
それ以外で図書室に立ち入ることができるのは、円卓会議の中で「生徒会」にも同様に属している者、そして1年生の「攻撃メンバー」に分類される坂柳、綾小路、龍園だけなのだ。
両刀である一之瀬ですら、入室の許可は持っていない。
坂柳には全面的に協力しないと言いつつ、その立場を利用し龍園は図書室の中で静かに本を読んでいた。
ジャンルはミステリーものだろうか?同じCクラスの円卓メンバーである椎名ひよりがクラスで奮闘していることなど知ったことかという風に、のんびりと自分の時間を謳歌していた。
本来、読書中に話しかけるのはマナー違反ではあるが、今回の場合、龍園は友達ではないし、状況が状況なのでそんなことは気にしないといった様子で綾小路は龍園に声をかけた。
「意外なところで会うな…」
綾小路がそう龍園に声をかける。
龍園は無視するかと思われたが、数秒のタイムラグの後、気だるそうにその顔を上げた。
「…俺はこの部屋に入れる権限ってやつをクソ生徒会長から正式にもらってる。文句を言われる筋合いはないはずだぜ?」
「わざわざそんなことで声をかけたりはしないさ。150年立って環境が激変したからな、お前は何か動くつもりはあるか興味を持っただけだ。」
「ふん、嘘だな。坂柳にでも言われたんだろ?俺の動向を探ってこいってな。お前が考えたにしちゃ、間抜けもいいところだ。」
綾小路が接触した理由を龍園はすぐに見抜く。
こちらも隠すつもりは全くなかったので推理自体はそこまで難しくない。
むしろ、直接言葉にせずとも伝わっただけにその後の展開が楽、というところまである。
「分かっているなら話は早い。」
「今動くほど、時間の無駄って言葉はねえな。俺が好き勝手できるような情報をお前らがさっさと持ち帰ってこい。」
「…なるほど。」
その一言で綾小路は確信する。
龍園は今現在、本当に何もするつもりはないということに。
最初の円卓会議、龍園は情報を目的に参加していた。
以降の会議でも、強制参加を求められた会議については一切発言しないものの出席はしている。
また、今現在はミステリー本を読んでいるものの、龍園が座っている椅子の横には題名が書かれていない本とファイルに綴られた紙媒体がある。
これがいわゆる教員が残した資料というやつだろう。
その2点を考えても、龍園が情報収集を行っていることに間違いはない。
しかし、その反面、Cクラスには一切顔を出さず、逆に円卓が行っている活動(攻撃面、防御面の両方を含む)にも一切関与していないところを見ると、今現在、高度育成高等学校内で起こっていることには一切興味がないということになる。
情報は集めるが、ジオフロント内での動きや活動には無関心。
一見すると矛盾のように感じられるだろうが、ここで先程の龍園のセリフが関わってくる。
[好き勝手できるような情報をお前らがさっさと持ち帰ってこい]
このお前らというのは綾小路と坂柳のことであり、持ち帰るというのは他ジオフロントと接触して得た情報を同じ攻撃メンバーである龍園に流せということだ。
つまり、龍園が独自に調べ上げ、かつ自分が動くために不足していると判断した情報は他ジオフロントの情報。
この情報を得るまでは、動きたくても動けないというのが正解のようだ。
「今ので全部理解したって顔だな。天才アピールできて満足か?」
「そんなつもりは全くない。良くも悪くも俺とお前は考え方が似ているからな、たまたま理解しやすかっただけだ。」
「ケッ、嬉しくねぇ偶然だぜ。用件が済んだならもういいだろ?俺は行くぜ。」
くだらない会話と判断したのか、龍園は本を閉じ、本と資料を元の場所にさっさと戻すと図書室を出ていった。
…ように思われたが、図書室の扉を開け、廊下に身体を出したところで立ち止まった。
「ほう?面白い客が盗み聞きをしていたようだな。用があるのは俺か?綾小路か?」
扉の向こうで誰かと言葉を交わす。
しかし、長話はせずにすぐに立ち去った。
となれば、扉の向こうの相手は綾小路に用があったということになる。
流石に無視するわけにも行かないので、龍園の後を追うように綾小路も図書室を出た。
図書室を出て扉を閉めると、廊下には椎名ひよりが立っていた。
「こんにちは、綾小路くん。」
「…俺に用があったのか?」
「…いえ、正確にはできてしまったというところですね、場所を変えませんか?」
椎名の提案に特に反対はなかったため、頷いて返事をし、2人は歩き出す。
元々は綾小路や龍園をつけていたわけではなく、本好きの椎名が図書室に入る権限を持っていなかったものの、なんとなく足を図書室前に運んでしまったということのようだ。
その中でたまたま綾小路と龍園の話し声が聞こえてしまい、悪いと思いながらも興味を惹かれる内容だったため、つい聞いてしまったというもの。
しかも運の悪いことに、聞いていた範囲はほぼ全部だと言う。
椎名が綾小路との会話に選んだ場所は屋上だった。
閉ざされた地下世界でみんなそれぞれが多忙な状況、そして灰色の天井しか見えないその場所に他の生徒が近づく理由は全くなく、当然誰もいない。
「150年前の終業式の日、私は龍園くんに声をかけられました。今から屋上で面白いことをやる、お前も一緒にどうだ、と。」
そう言って話を始める。
なるほど、屋上を会話の場所に選んだのは人気がないという理由のほかに、そういう意味も持つようだ。
「その頃、CクラスはDクラスの裏で暗躍するX探しで話題はいっぱいでした。そして龍園くんの表情を見て、そのセリフを聞いたとき、私はその日に決着をつけるのだと思いました。」
「随分と昔話から入るんだな…」
「年数ではそうですが、記憶という意味ではほんの数週間前じゃないですか。」
そんなことはお互いわかっているため、椎名は苦笑いする。
「話を続けますと、嫌な予感がすると判断した私は、その龍園くんの誘いをすぐに断ったのです。」
150年前の終業式の日。
以前にも少し記載したが、その日に龍園は綾小路に大敗した。
Dクラスで暗躍するX、つまり綾小路の正体を暴くため、軽井沢を屋上に呼び出して拷問するも、その後綾小路に石崎、伊吹、アルベルトもろともボコボコにされるというものだ。
その場に椎名はいなかったが、龍園は声をかけていたのか。
おそらく、本当に来てほしかったというよりは、面白いショーをやるから見物人としてというふざけた誘い方だったのだろう。
「ですが、その日を境に龍園くんは大人しくなりました。理由はただ1つ、そのXさんに負けてしまったからです。」
その後、冬休みに入り、冬休みが終わる頃かつ3学期に入る前の段階で、綾小路たちはコールドスリープになる。
「円卓会議のサブリーダーとして選ばれた理由、そしてついさっき龍園くんと話していた会話内容。これらを総合して考えられること。あの日龍園くんを倒したXさんは綾小路くんだったのですね。」
そう確信を持った口調で言い、椎名は視線をこちらに向けてきた。
「さあ、どうだろうな。」
しかし、素直には答えずはぐらかす綾小路。
「Xさん…いいえ、綾小路くんは無人島の特別試験の頃からずっと裏でDクラスに貢献していたということは、自分が目立つことを嫌っている、そして自分の実力を他人に知られることを好ましくないと考えていますよね?」
なかなか大した洞察力、そして推理だ。
椎名はいくつもの情報を持ってはいるが、それらはすべて断片的なものにすぎない。
例えるならパズルのピースはたくさん持っているが、完成図を見せてもらえない状態で自分で1から組み上げろと言われているようなものだ。
それを1つのミスもなく組み上げ、完成させることは非常に高い考察力を要求される。
しかし、椎名はそれをノーミスで完成させ、完成したパズルを綾小路に突きつけてきた。
椎名の推理はすべて真実であり、1つも間違っていない。
「お答えしたくないのは分かります。ですが、少なくとも龍園くんと坂柳さんは綾小路くんの実力を知っている、ということになりますよね?龍園くんの知った経緯はともかく、坂柳さんは事前に知っていなければ円卓会議で綾小路くんが有能だということを隠す動きはできませんよね?」
「坂柳が言葉通り、本当に俺が足が速いだけの生徒で、防御側で役に立たないから渋々ボディーガードにした、とは考えないのか?」
「ありえません。私が知る坂柳さんはそんな不用意なことはしません、彼女は自分が評価した駒を手元に置きたがるタイプです。無能を側近にすることはありません。それに今回は、他ジオフロントとの接触があります。今までとは比較にならないくらいの危険度にもかからわず、身体の不自由な彼女が護衛は1人しかつけていない。よほど信頼できる人物にしか、その役目は任せることはできないはずです。」
その役目を担っているのが綾小路である、と言いたいようだ。
「…俺に何を求めているんだ?」
「今までは読書好きの他クラスのお友達という関係でした。龍園くんが負けたとき、私の候補にも綾小路くんは上がりましたが、そのときは考えないようにしました。そのときの私が綾小路くんの正体を暴く必要がなかったからです。しかし、今となっては状況が違います。今は同じ円卓会議の仲間で、背中を預ける関係です。このジオフロントを守るためにも、教えていただけるなら知っておく必要があると判断しました。」
気を悪くされたら本当に申し訳ありませんと付け足す椎名。
「別に気を悪くはしていない、正直驚いている。150年前も他クラスのリーダー格の名前にひよりの名前は上がっていなかったからな。龍園の独裁政治が良くも悪くもひよりの輝きを隠していたってことか。」
「私では不合格でしょうか?私も円卓会議に選ばれた一員です、もっと綾小路くんや皆さんの役に立ちたいのです!」
椎名が唯一間違えた点、それは綾小路が坂柳を認めて自分の実力を教えた、あるいは坂柳が綾小路の実力を学校内で見抜いたと勘違いしている点だ。
答えはホワイトルームにいた綾小路を一方的に坂柳が知っていて、実力はそのときに知ったというものだが、こればかりは椎名には推理のしようがないからな。
とはいえ、ここまで見抜かれてしまってははぐらかしておしまいというわけには行かなくなってしまう。
なので、不可能な条件を突きつけて諦めてもらう方向に綾小路はシフトした。
「そこまで理解された以上、そんな事実はないと言い訳はできないだろう。推理についても良い洞察力だと思う。だが、それを実践で役立てられるかとなれば話は別だ。」
「…つまり、綾小路くんからの特別試験、というわけですね。」
「ああ、課題をクリアできるようであれば話をする時間を別途設けてもいい。内容については単純だ。攻撃メンバーである坂柳と一之瀬なんだが、坂柳が一方的に一之瀬を嫌っていてな。それをなんとかしてくれという話だ。」
「坂柳さんと一之瀬さんが仲良くできるように、坂柳さんを説得すればよいのですね?」
「分かっていると思うが、坂柳の説得は簡単じゃない。それと期限だが、明日には攻撃メンバーの話し合いが始まってしまう。厳しい現実を突きつけるようだが、今日中になんとかしてもらいたい。」
はっきり言って絶望的な条件だ。
坂柳の持つ思考からして、不要と判断すればその意見は絶対に変えない、そう判断したからこそ坂柳が一之瀬を嫌っているという話が出てくる。
しかも椎名自身も坂柳からはノーマーク。
一之瀬同様不要と判断されているだろう。
そんな判断を下した相手の意見など聞き入れるはずがない。
仮に坂柳を説得するにもかなり入念な準備が必要となる。
しかし、そんな準備の時間などないと今日中という期限を突きつけられた。
クリアさせる気があるのか?と文句を言いたくなるような条件を前に、椎名はこう答えた。
「分かりました。なんとかしましょう。」
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