ハンターさん、集めるのが好き (四ヶ谷波浪)
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ワールド編
ハンターさん、集めるのが好き


根幹の話。


「よう、五期団! 飯食ってくか?」

「おすすめで頼むよ……あと調査ポイントで……」

 

 それだけ言い残した若い男は巨大な石を切り出した食卓にぐたりと伏せた。ブリゲイドを黒く染めた帽子が頭から落ち、赤っぽい茶髪をきちんと縛った頭が露出する。気障ったらしい格好はしているものの、くたびれはてた哀愁を漂わせる彼をわざわざからかう命知らずな人間はいない。

 

 五期団のハンター、白い風だの青い星だの好き勝手呼ばれる彼は今日も朝からひと狩り行ってきたらしい。正直に言って、朝昼晩と日に三回出撃するのは異常だったがそれを指摘する者もいない。

 

 何しろ彼こそが古龍渡りを解明し、その元凶を単身討伐したハンターなのだから。特等マイハウスに住み、アステラを新米ながら悠々と闊歩できるのもひとえに功績がモノを言っている。

 

 と、ここまでは若いながらも凄腕のハンターなのだ、と誇ればいいし、ここまでくるといっそ妬まれもしそうな輝かしい功績だった。しかし、誰も別に彼を妬んだりはしない。羨み、多少なりと憧れはしてもみな口を揃えて「あぁはなりたくはない」と言われるのがオチなのだ。

 

 なにしろ、彼は筋金入りの阿呆である。つまり馬鹿である。頭はそう悪くないようだが、金の使い方、そして命の張り方が馬鹿なのである。

 

 アステラにいる人間に聞けばわかることだが、稼いだその日に報奨金をすっかり使い尽くし、食費も残っていないと気づくとそのまま彼は単身狩りに向かい、「適当に」飛竜を狩ってくるとその報奨金で晩飯を食べるような人間なのだ。その雌火竜を狩るために命を張っているという自覚も、張っている人間がいるという事実も気にすることなく、ただ食い扶持に困ったからついでに倒してきただけのことなのである。

 

 強いが馬鹿である。流石にそうそう使い尽くせない調査ポイントで飯が食えることをすっかりわすれていた馬鹿なのだが、頭は悪くないので今日は学んでいるようだ。

 

 なお、彼は血塗れになった狩り帰りでも疲れてなどいない。自分の血が大半であろうともだ。なにせ馬鹿なので、彼がくたくたのぼろぼろになり、哀愁を漂わせている時はきまって財布がすっからかんの時だ。

 

 なお、彼ほどのハンターの報奨金は安くはない。一日や二日で使い尽くすような馬鹿はここにいるのだが、なるほど、彼に金を払ってもすぐに手元を離れると思えば気前よく払えるというものである。貨幣経済的には見習っても良いかもしれない。

 

 しかしせっかくの美丈夫もその馬鹿さ具合でモテやしない。外見には気を使っていて、目元に紅をさし、生来の女のような顔をしているというのに、言動には気を遣わないので。

 

 男性の装備ながら、優美で到底戦えるような格好でなくてもそのまま適当なモンスターを時に討伐し、時に捕獲し、後ろ姿の筋肉質なところを気にしなければいっそ艶やかな彼は、なんといっても馬鹿なので、今日も鍛冶場でスッている。

 

 折角の優男の美形も、美しく整えられた気障な服装も、モテるという点においては何も発揮しない。なにせ馬鹿なのでいくら愛があったとしても愛が枯渇するような経済状況なのである。財布は火の車を通り越してファイアーチャリオットなのである。

 

 幸いにして借金はしないようである。しかし間違いなく返すあてを狩りの腕というもので証明しているというのに借金がないのは、馬鹿なので気づいていないだけだろう。誰ももちろん持ちかけたりしない。馬鹿に関わるのは祝杯をあげる時だけだ。

 

 馬鹿曰く、顔についてはハンターとして無意味なので……彼に言わせると金にならないことなので……ただの着せ替え人形の付属なのだ。紅をさすのも、髪を整えるのも、すべては彼が愛するものに少しでも釣り合うため。

 

「ちょっと聞いておくれよ、昨日はやっとガンキンまで揃えたんだ。残り半分は切った、そうだろう? だってのに、金がもうないから要らない素材をうっぱらって、鱗コレクターどもが好みそうなやつも全部おさらばしたのによ、それで半分ちょっとなんだ、おかしくないか?ただ揃えたいだけなのに」

「あー、はいはい」

 

 相棒である受付嬢が捕まえられて酔っ払ってもいないのに絡む様子はもはや食堂では見慣れたものだ。

 

 なにせ、馬鹿な彼はある種の気狂いである。過ぎたることはもはや狂気である。ペアでもなければ彼女もあまりお近づきにはなりたくないのでは……と噂されているが、実のところ何も気にしていないのでそういう意味では息の合ったコンビと言える。

 

 とはいえ相棒に何も思うところの無い男は適当にあしらうし、それをなにも気にしない彼女は今日も食材を食い荒らす。二人とも秀でた能力があるというのに、人間性には問題しかないようだった。

 

「だってのに、あーーーーーー、玉が足りない。鳥竜玉、竜玉、各種玉。装備ってものはなんでこう、高いんだろうな? コレクターには出費が痛い、なぁ?」

「相棒ならちょちょいのちょいで狩れるんじゃないですか? またひと狩り行けば大丈夫ですよって!」

「金は狩れば手に入るけど、狩れども狩れどもぜんっぜん玉なんて落ちやしない。素材がないと始まらないしな。早く全てのモンスターの防具と武器を揃えたいのに……あー、金もまた蒸発した。もう飯食う金もないんだよ。

受付嬢、なんか割のいい依頼ある?」

「ランク七以上ならどれもそんなに変わりませんよね! どれがいいですか?」

「……君も適当だなぁ、じゃあ、うーん、指が当たったからこれで」

「適当ですね!」

 

 彼こそは誰もがお近づきになりたいような、やっぱりなりたくないアステラ一の散財魔、誰よりも多くの狩りをし、つまり稼いでいるというのに、普通の人間なら子孫まで遊び暮らせるような報奨金を全て高額な武具に費やし、集めることにやたらと執心する馬鹿である。

 

 武具の着せ替えに命を懸けていると言ってもいい。だから容姿に関しては少々ナルシズムが過ぎると人に指を指されようが構わない。愛する武具たちを着こなすために気を使っているだけなのだから。

 

 そして、それを無駄と唾棄するにはあまりにも彼は狩りが上手かった。組み合わせによって色々試せるという言い訳もあながち嘘ではないのが周りにとって辛いところである。

 

 もはや災害である古龍を半日で狩ってくるハンターが他にいるだろうか。

 

 彼の相棒が食に執着しているというなら、彼は衣に執着しているのである。もっと言うならば、狩りを好いている彼がその証拠として、愛するたくさんのモンスターたちの死した骸を纏うことに恍惚を感じている。馬鹿だが詩的な馬鹿であり、もはや行き過ぎは狂人である。戦闘狂の末路である。

 

 ゆえに、高ランククエストも彼には割のいいバイトかなにかの扱いなのである。危険な橋を目をつぶって橋板を落としながら渡るような真似をしているのにも関わらず、目立つ傷がないことも一層不気味と言ってもいい。たまに眼帯をつけているが、それがただのファッションで、そのまま狩りに行くような舐めたマネまでしているほどだ。

 

 曰く、弱点特効が上がると。周りには何を言っているのかさっぱり理解ができないような、分かるような。そういうものなのだ。

 

 ハンターとしてはピカイチには違いなく、人外じみたその能力を誰もが惜しむがその生き様の豪快っぷりというか、馬鹿というか、なにせ彼の装備は曰く完成しているのでこれ以上揃えるのはただの、コレクター魂を満足させるものでしかないのだ。

 

 しかし、彼は嫌な人間ではないので人並みに謙遜はする。自分よりも狂気的なコレクターの存在を主張し、自分よりも優れたハンターの存在を語る。彼の話だと、それこそそのハンターたちは完全に人間ではないのだが、彼は当然のように語るのだ。

 

 曰く、野良ハンター。誰も見たことのないそのハンターはまことしやかに伝説として囁かれている。

 

「すべて集めたらどうするんですか?」

「そんな日はなかなか来ないよ。来たとしても新種が発見されて作れる武具が増える、するとこっちは楽しくなってくる」

「幸せそうですねぇ」

 

 ハンターはあぁ幸せだと返し、軽い財布を懐に口笛を吹いてひと狩りしに行った。

 

 なお、彼の素晴らしい内装の特等マイハウスの敷地は彼の収集した装備品で溢れかえり、主にマム・タロトという古龍の報酬のせいで何がどうなっているのかわからないほどの積み上がりっぷりになっているという。

 

 彼は幸いにしてダブりは売る派であり、そうでなければ彼の愛するフワフワの鳥たちも埋まる羽目になっただろう。




プレイヤーからしたら別にそんなにやりこんでいるわけではないし、一日3クエならむしろゆったりライトプレイヤー。
装備をすべて揃えているわけでもなければハンターランクが999なわけでもないただの一般プレイヤーもゲームの中の人たちから見れば戦闘狂で散財癖をもつやばいコレクターになってしまうのでは。
それにしても一生懸命中性的な顔立ちのポニーテールイケメンにしたのに画面の暗さで顔全然見えないし、化粧もしたのに分からないし、背中と尻しか見えてないし、だからたまにムービーで顔アップになるのをひたすら待ってるよ。悲しいので頑張って美化したのでスリンガーで投石しないでください。


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ハンターさん、物持ちが良い

システム上の仕様の話。


 鎖につかまって流通エリアにおりてきた五期団の例のハンターは、朝日を浴びて気持ちよさそうに伸びをする。お気に入りの、今日は白に染めたブリゲイドの帽子を被り、羽飾りを揺らす。

 

 背中にはよく抱きしめて狂喜乱舞するくらいお気に入りの大剣を背負う。それはちらりと一瞬手を止めた人々にきちんと視認された。

 

 なお、朝からボックスステップを踏んで踊っていなかったので比較的マシだなと思われている。踊っている時の彼にはことさら人が近寄らないのだが、もし近づいた人間がいたならば、踊りながらも意思のない虚空を見つめる目を見て腰を抜かすことになるだろう。つまり彼の中の人はトイレかなにかに行って離席しているだけなのだが、ようは魂が抜けているわけである。

 

 ちなみにわざわざ武器を視認されたのはハンターは毎日のように武器を変えるからだ。そしていつも、周りも見ずにイノシシ如く流通エリアを突進するのを知っている流通エリアの人々は得物が大きいことに気づくといつもより広く道を開けた。

 

 彼は人にぶつかるとかるく会釈して詫びる程度の人間性はあったが、そもそも避ける気はないようだったからだ。巨大なモンスターたちにタックルをぶちかましても肩が壊れないハンターとわざわざ接触したい人間はいないので道は自然と開く。

 

 一応吹っ飛ばされた被害者はいないのだが、もしいつも以上に彼が上の空だった場合、導きの星に物理的になってしまう。星という称号はもうこのハンターがなっているので周りは辞退申し上げたいものだった。

 

「おばあちゃん、竜玉一つ!」

「はいはい、混ぜましょうね」

 

 ここはご飯処か。元気よく食券如く差し出す手には金の竜人手形。今日も今日とて武具を集めることに熱心な彼はいつも以上に気合いの入れたおしゃれをして、機嫌よく竜玉を受け取る。

 

 もちろん、彼は自前でも各種素材を狩ってくるのだが、先日嘆いていたように竜玉などのレアなアイテムはなかなか手に入らないようなので合成してもらうこの光景はよく見られた。

 

 彼の頭のなかには作る予定の装備が踊っているのか、今から財布の中身を空にするだろうに鼻歌でも歌いそうな雰囲気。もちろん彼の相棒や、陽気な同期以外は誰も近寄ったりはしない。

 

 スキップでもしそうな勢いでアステラ一の狂人はもはや足音すら親方に覚えられたほど鍛冶場に通っているらしい。

 

 その後ろ姿が鍛冶場に消えて、誰かがぽつり。仕事の手は止めないが、思わずと口からこぼれたようだ。

 

「……この前あの大剣持って、五期団、クエスト失敗してなかったか」

「日に二十ぺんちかく挑んでぼろぼろになってたやつか?」

 

 アステラ的には強いハンターだが、普通に失敗はしまくっている。失敗しても五体満足でまったく死なないので彼は青い星なのである。なお現在も連敗中らしい。自分程度は大したハンターではないと謙遜する姿が脳裏をよぎるがきっとそのうち日課として狩り始めるだろうと予想する。能力も装備も彼はインフレするのだ。

 

 気づけば勝てない勝てないと嘆いていたモンスターを狩るのを日課にし、ドスジャグラスに頭を噛みつかれて半泣きになっていたのはつい半年くらい前のことなのだが、彼の成長速度は尋常ではなかった。

 

 曰く、ハンター業は初めてらしい。初心者だから慣れただけとは聞きなれた言葉だ。推薦されたのではなかったのか。曰く、世界はそういうものなのだ。もうなんだっていいからあの馬鹿とは離れた距離で観察したい。見ている分には変人すぎて飽きない。推薦する価値は確かにあったのかもしれない。なにせ死なないので。

 

 未だにドスジャグラスとは因縁がある彼は「ドドド」と口走りながら虐殺、もとい狩猟を繰り返しているらしい。お手軽攻略バウンティ。手には溢れんばかりのきれいな鱗、金欠の彼には一石二鳥の最高のクエストだろう。もちろんその時背負っているのは双剣である。

 

 他のハンターたちの常識とあてはめて考えれば器用な人間である。しかし例のハンターと思えばそんなものか、で済まされる程度の特技だ。

 

「そうそう、流石にあの時血塗れだったから見かねて介抱しに行ったらな、大剣のガードがなければきっと死んでたって言いながら、ものすごい楽しそうな笑顔よ。俺たちからしたらなんで同じ日に挑み直して死んでないのか、それが……分からないが……そもそも同じ日に挑むなよ。出直せよ」

「今更だな。あいつなりには出直してるんだろ」

「頭かち割れたみたいに血を流しながらアイテムだけ補充して、出血のわりにぴんぴんしながら出戻り繰り返してたよな。いやそれより、気になったんだが、あの大剣であいつの頭がかち割れるくらいの攻撃を防ぎまくってたんだろ? なんでまだ使えてるんだ? ぼこぼこのメコメコになって鉄くずになってるレベルだろ?」

 

 さっき見た大剣は傷一つないとは言わないが、よく手入れされていたし、陽光に反射した刃は見事な輝きをみせていた。新調したわけではなさそうだ。

 

 武具に対しては間違いなく狂人レベルの執着を見せる彼だ、期間限定! (しかし定期的にやる)と叫びながら、カッコイイ! と雄叫びをあげながら、しかも強い! とひとしきり流通エリアで一人ダンシングしてから手に入れたあの大剣が、本当に使い物にならなくなり、作り直していたとしたら今日の重ね着衣装はご機嫌な真っ白ではなかったはずだ。

 

 もしそうなっていたのなら、曇天を表現する灰色の喪服を着て、あるいは自慢の衣装に合わせた化粧を施した顔すら見られたくなくてデスギアに身を包み、泣きながら、そして地団駄を踏みながら、日に三回という日課も無視して八つ当たりの出撃を繰り返していたことだろう。

 

 それがないのだからきっとあのハンターが失敗し続けるモンスターの手酷い一撃をガツンガツンと受け止め続けた大剣そのものなのだ。

 

「どうなっているんだろうな」

「あいつのことは考えても無駄だろ」

「そうだよな……」

 

 まさか自分のことを話されているとも露知らず、例のハンターは大量の蜂蜜を栽培したのを受け取って彼らの脇を駆け抜けていった。彼は被弾魔でもあるので回復薬グレートは水よりも飲む。早食いつけて死ななければどうということはないのである。彼にとって装飾品の節食珠は火力スキルなのである。

 

 そして新調したばかりの装備をウキウキ着込んで決めポーズし、しばらく自分に酔いしれ、ひとしきり満足するとお気に入りの格好に戻り、口笛を吹いてひと狩り行ってしまった。

 

 ハンターはスクリーンショットをご機嫌で撮ってウキウキなだけだったのだが、周りから見ればいつものナルシズムと衣への執着の融合技が見せる珍行動に過ぎなかった。

 

 あまり間違ってもいないが別に全体的に見ればこのハンター、一般人である。

 

 被弾も多ければクエスト失敗も多いライトなハンターなのである。しかしアステラの人々には知るよしもない。

 

 

 

 

 

 

「相棒はいつも激戦を繰り広げていますが物持ちはいいですねぇ」

「そういう受付嬢はいつも食という名の扉を開いているのによく体型維持ができるな。いつ見ても食ってね?」

 

 ペアである以上仲は悪くない二人の食事にはあまり人は寄り付かない。だが隣のテーブルで繰り広げられる言葉のキャッチボールがなりそこなったドッジボールにこっそりと耳を傾ける隣のテーブルの四期団はいる。しかし口は挟まないでおく。何も聞こえていないという体で聞いているのだ。

 

 例のハンターは流石に失敗続きが堪えたのか大人しく魚定食で防御力をあげようと足掻いている。しかし報奨金保険がつかなかったのでしょぼくれてもいる。

 

「私のことはいいんですよ。物持ちが良いのには秘訣があるんですか? 武器だって、お気に入りのものばっかり使ってるじゃないですか。ガタがきたりしないんですか?」

「武器に関してはお気に入りというか最適解なんだけど、まぁ、ガタはこないかな。こないものだろ、そういうものだろ?」

「そういうものなんですか」

「斬れ味は戦ってたらまぁ落ちるけど、ちゃんと研いでメンテナンスしてるし。それにしてもあー、カッコイイ!」

 

 大事そうに抱えた大剣に頬擦りする変人をなるべく視界に収めないようにした四期団は、とりあえずこのハンターはやっぱり参考にならない程度の星なので「そういうもの」だと流せるようにならなければならない、とよく理解した。

 

 財布に珍しく金が入っている日々が続いているハンターは、それについて指摘されるとカスタム強化をしようとしたら金がなくなりすぎて痛い目を見たので最低限は確保するようにした、とようやくの学習能力を見せた。

 

 しかし彼は詰めが甘いので財布の中身は実は足りておらず、腹いせの追い剥ぎが捗ったという。もちろん馬鹿なのでそんな確保分も、しばらくしてから新しい装備が作れるとなったら忘れてしまい、また財布がすっからかんになるまで装備品を作って食堂で突っ伏すハメになるのだった。




ハンターさんが散っているクエストは極ベヒーモス。
激しい音を立てながら回避が間に合わないのでガードし、大剣の切れ味が凄まじい勢いで減っていくのになんで壊れてしまわないのか。
ワールドからはじめた新参ハンターもきっとアステラの人から見たら充分頭のおかしいやばい人。突っ立たせておくのも申し訳ないから離席の時は踊る狂人。
受付嬢は嫌いじゃないけど、素直に相棒とハンターさんに呼ばせるほどゼノ=ジーヴァでの共にいない感は虚しかったので受付嬢と呼んでいます。彼女はきっと気にしないし、互いに互いの好きなことばっかりな二人なのでこれからも上手くやっていく。


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ハンターさん、休みもする

中の人がログインしない日のハンターとハンターのオトモの話。


「ご主人様は今日はお休みニャ」

 

 例のハンターはコレクター狂だが戦闘狂でもある。戦うのが楽しい! 武器を考えるの楽しい! 装備構成考えるの楽しい! 勝つの楽しい! 負けても楽しい! と一人毎日幸せそうに騒ぐ彼がアステラに姿を見せない日の方が珍しく、休養日もなかなか作っていない。

 

 だから、姿が見えないと関わりあいになりたくないなりに人々は心配する。やることなすこと理解ができない豪快な馬鹿だったが、普段の人当たりは別段普通、何かあったのではないかと心配される程度の人間性はあるのだ。話すと案外普通なのである。ハンターの中の人は別にプロハンではないからだ。

 

 とはいえ心配されるのは、人々の依頼を一切断らずにこなすのも要因の一つだろうが。現金な事実は時に必要である。こなせる依頼はすべてこなすのだ。もちろんこなせる、というのは存在するという言葉と意味は同じである。例のハンターは人並みにコンプ厨であった。

 

 まぁ、せっかくの心配も彼がいつも可愛い可愛いと着せ替えさせては撫でくりまわしている真っ白のオトモアイルーは門前払いで済ませたが。今日もこの前の夏祭りから着せられているアロハシャツと麦わら帽子はぴかぴかでやはり衣に関しては余念が無い。

 

 もちろん猫撫で声でアイルーを可愛がるオフのハンターの手によるものである。オンのハンターは素っ気ない指笛で指示するのでハンター業とその他の執着は彼にとっては別側面の楽しみなのだ。カワイイ! カワイイ! と興奮するハンターに近づく人間はいないが、その瞬間のハンターにとってはオトモしか世界にいないので誰も不幸にならない。

 

 なお前日の例のハンターはカッコイイからという理由で全身真っ黒のコーディネートで流石に夏の日差しに焼かれて若干焦げていたが、いつも通り身だしなみの方が大切なようで痩せ我慢とハンター特有の異様な頑強さで乗り切っていたようだったが、昨日の今日で休みということは、夏の日差しはハンターすら蒸し焼き地獄へ追いやれるという恐ろしい証明にもなっていた。

 

 実のところ別に日差しと黒い装備程度でハンターがめげるわけがないのだが。休みは偶然である。世界の礎、もとい「P〇4」が熱暴走を起こしたわけではない。ハンターは人外並みの頑強さを持っていても中の人は普通の人である。クーラーくらいかける。

 

「朝から寝てるニャ。そういう日もあるニャ。クイナに埋もれて幸せそうニャ」

「相棒にご飯はちゃんと食べるんですよって、言っておいてくださいね」

 

 ちなみに心配されたからといってわざわざマイハウスまできて心配しにきてくれるのは受付嬢くらいなのである。それなりにまともな人間性はあってもアルテラの人々からすれば普通に狂人なので家に行くこと自体が遠慮されているのだが、毎日幸せなハンターは特に気にしていない。

 

「分かったニャ」

 

 オトモアイルーは丁寧に頭を下げるとぱたんと扉を閉じる。振り返ると相変わらず主人はベッドの住人でエサはまだかと、武具並みに愛するフワフワやらゴワゴワの鳥たちに囲まれてぐっすりだ。捕まえるために探索リセマラをし続けていた努力の賜物。

 

 このハンター、人並みという言葉を知らないような言動だがたまに電池が切れる。そんな日は夜眠ってから目覚めることなく電池が充電されるまでぐっすりなのだ。規則正しい呼吸で生きているのははっきりわかるが、心配の行き過ぎてなんとか一度起きてもらおうとしても何をしても目覚めない。

 

 魂ここにあらず。つまりログインしていないのだがそんなことはオトモにだってわからない。

 

 とりあえず鳥たちへのエサをやり、鎧のまま倒れ込んだ体勢を崩さない主人を窺うと、完全に熟睡しているのでしばらくゆっくりすることになった。どうしようもない。諦めるしかないのだ。

 

 美しい竪琴の音色の響く特等マイハウス、その部屋の絨毯を埋め尽くすように彼のコレクターアイテムである装備品が所狭しと並んでいるのだが、幸いにして一応の理性がなせる技なのかアイルーや鳥たち、放たれているツチノコにはなんとか動き回るスペースがあった。

 

 彼らよりは大柄なこのハンターは動きにくそうにしているのだが、もちろん幸せな頭を持つ彼のこと、その不自由さは幸せの結晶、むしろ勲章と、目に付いたヘビィボウガンを抱きしめ、飾ってある鎧にキスを送るような勢いだったので心配はいらないだろう。一歩動くことに狂喜乱舞。進む事に着せ替えをしてポーズをキメる。

 

 なお、現在眠るハンターはやっぱりハンターなので一日二日、水分すら摂らずに眠っていても特に問題はないようだ。ハンターなので。

 

 幸いにして動きを止めたのが今日はマイハウスだったのでアイルーは流通エリアで突然動きを止めたハンターをマイハウスに引きずってくる必要がなかったのが救いと言える。普段は基本的に流通エリアのクエストボードの前で動きを止めるのでいい迷惑である。

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 一応彼は、というかその肉体は普通に生きているので寝返り程度はうつのだが、やはり目覚めない。アイルーの主人としてはきちんと装備を与え、狩りに連れていき、可愛がって尊重するという点ではそれなりのハンターなのでできることなら覗き込みたくない寝顔を生存確認として見ることになった。

 

 信頼関係を築けるくらいのハンターである。散財癖がなければきっとモテたのに残念なハンターである。恋愛ゲームには興味がなかったところが救いである。

 

「化粧したまま寝てるニャ。服装には気遣うのに肌には気遣わないのかニャ」

 

 ハンターの化粧はリオレウスに焼かれても落ちないので肌を荒らしたりはしないし、布団で擦れて崩れたりもしない。ハンターの化粧なので、で説明が済んでしまう。

 

 崩れないなりに定期的に当然のように誰も気づかない微調整を念入りを行っているが、知っているのはオトモくらいである。わずかに目元にさす赤い化粧の彩度が上がっていることに誰が気づくというのか。ハンターの顔は自己満足! と彼なら言うだろうが。

 

 このハンター、間違いなくハンターなのだが着せ替えゲームと多少勘違いしている可能性がある。もし指摘したならば着せ替えも楽しめる! とポジティブ丸出しの発言が返ってくるはずだ。

 

「……」

 

 目を閉じて、比較的安らかと言ってもよい寝顔だったが、なんとなく普段の馬鹿な人間性すら抜け落ちた顔は恐ろしいものだったのでオトモは何も見なかった事にしてフワフワとゴワゴワの鳥たちを連れて庭に出ることにした。

 

 室内のうなるほど並ぶ武具の数々を見なければ素晴らしく居心地のよい場所だというのに、ハンターにとってはたくさんの武具にかこまれることができる最高の部屋なので改善される日は来そうにない。

 

 なお、ようやっと武具のあいだをすり抜けて庭に出たぐらいでハンターは突然飛び起き、頭に紺色のブリゲイドを被ると素晴らしく迅速に食堂に走り去っていったので哀れアイルーは鳥たちを一匹一匹引き剥がしてから突然動き出したハンターと遅い昼飯を食べることになったのだった。

 

 しかしこのオトモアイルーはハンターといつも行動を共にしているので己の感性がすっかりハンターに染められていることに気づいていなかった。

 

 この日も最近突然ハマったらしい大剣背負って繰り出す狩りのペースがハイペースなことも、吹っ飛ばされてぼろぼろになったハンターが負ける度に不屈を発動させているわけでもないのに次いってみよう!と激しくポジティブで物理的にもめげない彼が起き上がってくるのが普通になっているのだ。多少のことを変だと思えなくなっている。

 

 今日も流通エリアを突っ切って、人々が避けるのに違和感を持たずに、そしてしばらく黙ってクエストボードを眺めていたかと思うと突然口笛を吹いてひと狩りしに行くので腰に飛びついてつかまった。

 

 ハンターはオトモのことも溺愛しているので空の旅の最中も装備越しに撫でられることになるが彼らは幸せだった。もちろん不注意でも空から落ちたりしない。ハンターが狩場につく前に墜落して失敗したなんて(システム的に)ありえないからだ。墜落自体は良くするが。

 

 例のハンターのオトモも変人と同列に扱われていることに気づく日まではそれなりに心は平穏であった。幸い、そのハンターは今日もにこやかだったのでアステラも平和である。ことさらに、にこやかな例のハンターに近づく命知らずはいない。

 

 装飾品ガチャで混ぜたものが返ってくる悲鳴くらいしか不穏な要素はないのである。悲鳴はもはや風物詩、無撃を混ぜたのに無撃がリリースなど日常茶飯事である。




休みの日のハンターとか何をしているんだろう?とりあえず操作する人がいないから魂抜けて眠っていることにした。このハンターは四日以上眠り続けることはないものの、引退した中の人を持つハンターさんは二度と目覚めないのかと思うと怖い。

この話のハンターさん
普通のライトプレイヤー。ワールドからはじめた人。ハンターランクは150より上だけど200もない人。
最初はボウガンの照準すら合わせられず、大剣は当たらず、振り回したら比較的当たる操虫棍や双剣のわずかなヒットでモンスターを倒すレベルだったが慣れた。
今では着せ替えに執心する狂人にして散財魔としてアステラで名前を知られているが本人はただの一般人。名前はあるが出さない、呼ばれない。五期団のハンター、青い星、お星さまなどと好き勝手呼ばれ、本人も反応したり反応しなかったりと自由人。
中の人の意向によって赤っぽい茶髪のポニーテールに赤茶色の目、目元には赤いアイシャドウ、泣きボクロ、白い肌に中性的な顔というイケメンにキャラメイクされたためにちょっとナルシスト。
ナルシストの方向が「かっこいいだろ!」と同意を求めたり顔を使ってどうこうするというタイプではなく、自分に心酔するだけの害のないタイプとはいえ外でも突然立ち止まって決めポーズをしたり踊り始めたりジャンプするという意味では迷惑。もちろんメインは顔より着ている武具の方。


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ハンターさん、馬鹿騒ぎする

普段から馬鹿騒ぎしているのでハンターの日常の話。


 例のハンターは今日もブリゲイドの帽子を真っ赤に染め、服はキマったキメキメのダンテ。髪は丁寧に撫でつけて目元くっきりアイシャドウ、表情は自信満々。ご機嫌なパーツカスタム(シールド三積み)のヘビィボウガンはガード強化にガード性能レベル五相まっていつでもどこでもメイン盾。もちろん担いでいるのは自慢の賊ヘビィである。自慢でない武器などこのハンターにないのだが。

 

 そして例のハンターは受付嬢とやんややんやと話し合っている。イン食事場。

 

「最初は絶対甘いと思ってたんだ、緑色だからメロン味かなって」

「メロン? 薬草から作った汁が甘いわけないじゃないですか!」

「解毒薬だって青いしソーダかなぁって。クソ苦い」

「だから所詮げどく草から作った汁ですよ。命は守っても味の保証はないですって」

「受付嬢も食ってみるか?案外にが虫とかいけるかもしれない」

「名前からして苦いですよ!」

 

 飯時と外れた時間のため、人の少ない食事場のテーブルに並べられているのはハンターたちが口に入れるなにかの材料、またはその結果。薬草、解毒草、ケルビの角、ウチケシの実、ハチミツその他、調合の材料。回復薬が少しと硬化薬、その他いろいろ。

 

 秘薬は流石に貴重品で、当初はテーブルにあったがこのハンターは被弾が多くお世話になることも多いので懐に仕舞われた。人並みに小心者なのである。

 

「で、これはなんです?」

「普段はこの苦い液体に命救われてるわけだけど、その原材料たちの味はどうなんだろうと思ってさ」

「はぁー、考えることが違いますねぇ」

 

 ハンターの頭は今日もアッパラパーである。薬効成分とはつまり、過剰摂取厳禁のマイルドな毒である。美味しいはずはない。それを理解した上で行動に移すので救えない馬鹿なのだ。頭は悪くない……はずだが実は悪いのかもしれない。

 

 こうなってくると受付嬢の方が食に関しての理性がないはずなのだが、あるように見える。

 

「ご主人今日は狩りに行かないのかニャ?」

「ふふーん、かわいこちゃんなにゃんにゃんちゃん、もちろんいくよぉ、夕方からね、ちょっと撫で撫でさせて」

「オフの相棒ちょっと気持ち悪いですね!」

 

 ちょっとどころではないのだが、気持ち悪いという点で、隣のテーブルにいつも陣取る四期団も無言で同意した。

 

 顔をデレッデレにとろけさせてアイルーを撫でくり回す姿は微笑ましいはずなのになぜか気持ち悪い。しかし気持ち悪いことには同意しつつも隣のテーブルに座ったまま逃げることに失敗した四期団のハンターは気持ちはわかる、と心の中でゆっくりとうなずいた。オトモはかわいい。

 

 わかるが、行動に移せばこのハンターと同類扱いを受けて今後の生活に支障をきたすことは簡単に予想できたので四期団はその旨を胸に刻んだ。

 

「おぉよちよち! ここがいいの? こっちがいいの? よしよし!」

「ご主人、テクニシャンニャ!」

「今日もお客さん、毛並みが良いですね、シャンプー何使ってるの?」

「お風呂なら昨日ご主人が丸洗いしてたニャ」

「そうだった」

 

 プケプケの毒液でべとべとになったオトモと自分をまとめてわしゃわしゃまとめて洗ったこともすっかり忘れていたハンターはそのまま機嫌よくオトモの頭をスーハー吸いながら、もはや奇行に抵抗もしない程度にハンターのオトモとして、哀れにも慣れてしまったアイルーの手を嬉しそうによちよちした。ぷにぷにした。

 

 肉球。イズ最高。自慢のフェイスがデレデレしすぎるあまり無残に崩れても気にしないメンタルは素晴らしいのかもしれない。顔よりオトモを優先することは間違っていない。

 

 そしてしばらくして、ようやく目的を思い出したのか、おもむろにハチミツをむしゃり。

 

「これうっめ」

「……」

「一緒に食べよう、甘いよう?」

「ありがとうニャ!」

 

 安全策に走ったか、面白くない奴! と受付嬢の顔に書いてあったが、彼女も付き合いきれなくなって別のテーブルで肉を広げ始めた。というか面白くなくなった。何をやらかしてくれるのか見ものだったのに。

 

 ペアの受付嬢にすらこんな扱いを受けるハンターだが受付嬢のことは既に眼中に無いので特に気にしない。互いにいい距離を保つ、平和な世界である。

 

 もちろんそのハチミツはオトモときちんと半分にして分け合い、舌鼓を打つ。分け合い、戦いを共にするから絆があるのである。

 

 そして何も考えずに手を伸ばしたにが虫を半分に割ると仲良くむしゃり。当然の帰結ながらあまりの苦さに仲良く地面を転がりながら悶絶した。

 

 五期団の例のハンターは筋金入りの馬鹿である。食事場のスープ作りのアイルーがそれを見ながら馬鹿だニャーと考えたのは自然の摂理である。口に出すのは危ない。アイルーなので命は無事だろうが、自分まで愛すべきにゃんにゃんちゃんとしてよちよちされてしまう。

 

 なお夕方まで時間があったのでその後、ハンターとオトモはふざけた責任を取るように探索で消費したアイテムを補充して帰ってきた。自分のアイテムだから好きにすれば良いのだが、変に真面目だった。

 

 

 

 

 

 

「ネギ狩りたいやつこの指とまれ!」

 

 流通エリアのボードの前で変なポーズをつけて立つのは邪魔である。

 

「誰も来ないと思うニャー」

「やっぱり。救援呼んで野良ハンターさんが来てくれることに期待するか、いっそにゃんにゃんちゃんと一緒に倒すことにするかだね」

「ニャンニャン」

 

 ネギ。蔑称とも言っていいネルギガンテの愛称を聞きながらアステラのハンターたちは例の導きの星にはなるべく近づかないように注意する。

 

 あんなのに導かれたくない気もするがあれでも悲願を達成したハンターなのだ。故に無碍にはできないが、無碍にしても気にもとめないのは不幸中の幸いといえる。

 

 しかし、口調のわりに言っていることは酷く凶悪だ。かくれんぼか鬼ごっこのノリで古龍を討伐しに行こうとしているのにうっかり巻き込まれたらたまったものではない。

 

 例のハンターは古龍は倒しても死んでいないことを知ると「無限に遊べる! 無限に剥ぎ取れる! なら無限に玉落とせ!」と非常に楽しそうだったので誰も彼もがドン引きした。もちろん彼はただの一般人なので、ややテンションが高いだけの普通の人の戯言なのだが、誰がそんなことに気づくだろう。

 

 しかしハンター、アステラ的には強くとも別に特別秀でたハンターではないのでそのあとはようやく真面目な顔をして耳栓生存大剣装備を組むと飛び立って行った。咆哮フレーム回避は九割失敗なのである。ならばすっぱりと諦めて、耳栓を付け、咆哮避けなくても殴り続けられる耳栓は火力スキルだ! 頭いい! と開き直ったのである。

 

 残念ながら激運チケットの力を持ってしても玉が落ちなかったので彼は夜の狩りもネルギガンテを付け狙い、返り血を滴らせながら素晴らしい笑顔で帰還した。うん、落ちなかった! と言いつつ楽しかったそうなのでなによりである。

 

 なお、彼の名誉の話をすると、受付嬢曰く、狩りに出たハンターはアステラにいる時とは別人のようにキリッとすると証言している。

 

 しかしながら救援を呼んで人数が揃うまで野良ハンターたちと踊っていたり、腰をかがめることでお辞儀を表現して輪になってペコペコしていたりと始まるまでは平常運転らしいが。もちろん狩りが終わったあとも似たような感じらしい。

 

 最近はそれにさらにジャンプが加わりかなりうるさいらしい。青い光とともにヒュンッ……ドシュッ(ゲイボルグを仕舞う音)。一人が跳ぶと周りもバッタになる。みんなしてうるさい。

 

 だが、これ以上の例のハンターの狩場での姿は、受付嬢に聞いても情報は少ない。

 

 なぜなら、何故か話をされることを恥ずかしがる例のハンターは、話をしていることを耳聡く気づくとものすごい勢いでやって来て、受付嬢と「お前支給品漁ってるの知ってるんだからな!」「漁ってるんじゃありませんよ!」「じゃあなんだ、双眼鏡で見てたらずっとゴソゴソしてたじゃないか!」「なんで狩りに行かずに見てるんですか?! 暇人なんですか?」「暇じゃないよ!」とか言い合って喧嘩を始めるからである。

 

 二人ともうるさい静かにしろと首に縄をつけるのには曲者すぎて、五分もすれば対応に困った総司令官が飯時だと鬨の声で告げ、二人が我先にと食事場へ向かうことで終息する程度のものとはいえ。

 

 もちろん手持ち無沙汰なオトモは合間合間で頭を撫でくり回すハンターの味方である。このハンター、魔性の手を持っていてオトモアイルーはめろめろであった。

 

 ご飯のあと、ハンターはようじ片手にひと狩りしに行ったらしい。




オトモかわいいよオトモ。

例のハンターのオトモ
真っ白の毛並みにぴんと尖った耳、ふさふさのしっぽのアイルー。目は黒い虹彩に赤いふちどり。ハンターは自分が赤っぽいカラーリングなのでアイルーにも赤要素を求めたが、白い毛並みにあっさりノックアウトされたので控えめに赤要素を取り入れた。かわいい。
ハンターの中の人の意向で毒武器愛用の凶悪な強さを誇る。かわいい。
定期的に着替えさせられるがもう慣れた。かなり長い間マム・タロト装備によってふさふさ長毛アイルーになっていた。夏になったので涙をのんでアロハに着替えさせてもらえる程度には溺愛、もとい大事にされている。かわいい。


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ハンターさん、着るものにうるさい

いつも着るものにうるさいのでハンターの日常の話。
ハンターの本編クリア前→今 の時系列


「必ず帰ってくるんじゃないのか?! ハンターの相棒はオトモって相場が決まってるわ、なんだよキャンプ待機してるくせに相棒って! 開幕一乙虫なし操虫棍も、撤退したまま帰ってこないやつも地雷! 必ずとはなんだ、辞書引いてこいよ!」

 

 人生をこの上なく楽しんでいるため、普段はにこやかなハンターは珍しくキレていた。というよりも中の人が攻略動画やサイトを初見は見ない派のライトプレイヤーなので展開を知らずに激怒していた。明らかなラスボス戦でいきなり開幕一乙野郎がいたからである。

 

 ストーリーの問題なので本当は乙ってないのだが、乙にしか見えないのである。おっ、憧れの竜人ハンターなNPCと一緒に戦闘か? とワクワクしていたところにこの仕打ちである。結局ソロなのである。純情を返して欲しかった。NPCとの共闘、しかもラスボスで。かなりロマンである。

 

「あと乗れないし! 状態異常毒しか入ってないし! なんだこいつ!」

 

 このハンター、片手剣がメインウェポンなので初見にはとりあえず乗ることによってモンスターとの絆を深めようとする。しかしなぜかこのやたらでかい古龍(生まれたて)に乗りが成功しなくてそれにも解せないのである。

 

 生まれたての、しかも新種なんて古龍の「古」じゃねーだろ! とキレつつも、閃光弾すら意味をなさずに混乱しているのである。罠が効くとは流石に最初から思っていない。ネルギガンテ初見にシビレ罠を仕掛けたのは黒歴史である。

 

 飛ばれた時は近接なので攻撃が届かず、腹いせに拾ったスリンガーで撃墜できてしまい、攻略の糸口を見つけるとこれ幸いとタコ殴りした。

 

 このハンターは新参ハンターではあってももう初心者ハンターではなく、それなりに慣れたハンターなのである。虫なし操虫棍野郎(操虫の定義についてこのあと彼はググッた。そのあと竜人棒野郎に呼び方を変更した)の後を追ったりはしない。だんだんと笑顔が戻ってきて、戦いを楽しみ始めた。

 

 見慣れないモーションの攻撃に吹っ飛ばされて回復薬グレートをガバ飲みする頻度が少々激しいだけで、それもモドリ玉を使えばすっかり補充もできることをよく理解していた。

 

 もちろん人並みに初見のモンスターにはチキンな彼はもっているし、その点では準備は万端だった。結局使うまでもなかったのだが。足りなかったのはロマンを求めたあまり純情になりすぎた心の準備である。

 

「あの三人の中ならハンターの死によって危ないことになるのに近場のキャンプに残ってるだけ受付嬢が一番マシだよな!」

「ニャー、消去法ニャ」

「オトモの君が一番、世界一! 頼れるよ!」

「ニャー! ありがとうニャ!」

 

 足に張り付いていればあまり危険ではないと学び、赤い床を踏めば火傷することは見たらわかる。長い尻尾も頑張れば切れそうだし、前足への攻撃でこいつはやたら怯む。部位破壊したらそれも加速するだろう。ほらまた転んだ。

 

 そう考えながらハンターはまだまともな重ね着がなかったので美学が満足しない訳の分からないキメラ装備のまま、生まれたての新種の古龍に飛びかかっていき、結構ぼろぼろになりつつも勝利を収めた。

 

 もちろん得たものは謎の古龍の素材と受付嬢への不信感(それまでは一応「アイボー」とか「オバサマ!」とか呼んでいたのでまだ親しみがあった)、「必ず」の意味を理解していない大団長への圧倒的な信頼の喪失と開幕一乙離脱野郎を初見ではカッコイイと思った自分への反省であった。

 

 古龍渡り解明の名誉? そのようなものには興味はなかった。ゲームの主人公がラスボスを倒して何らかの功績を立てて称えられるなんて、別に普通すぎて気にもしていないのである。たまに称えられない時もあるのでその時はその時で新展開に気持ちよくなってしまうプレイヤーなのである。

 

 しかし彼の中の人がライトなプレイヤーで、肉体はともかくそこに生きる人間というには魂が別世界から来ていたので、その不信感をさっと水に流した。というよりもどうでもよかったのだ。

 

 なんだっていいのだ。竜人棒野郎が開幕一乙しても、大団長が約束を守らなくても、ベースキャンプ待機嬢があたかも共に戦ったように叫んでいても、これでお話をクリアしたのだから自由なのだ。加工所で上から装備を作りまくってめくるめく幸せワールドライフをはじめられると理解していたのだから。

 

 ストーリーに感情移入は人並みにするが、もともと現実世界でトイレに並んでいたところに横入りされたような激しい怒りという程でもなかったので、帰還する頃にはすっかり忘れて彼は素晴らしいエンディングミュージックに心打たれて咽び泣いていた。音楽とは素晴らしい、と周りとは違う感動をしてぼろぼろ泣いていたのである。

 

 ゲームの中での怒りなんてその程度なのである。しかし周りの人間たちはまだハンターが頭がイカれた散財野郎で装備のためになんだってする狂人だとは知らなかったので悲願解明による涙だと思ってわっしょいわっしょいお祭り騒ぎした。ハンターはエンディングなのでノッて、わっしょいわっしょいに参加した。

 

 そして次の日になってまだまだオレたちの新大陸ライフは続くぜ! という展開を「知ってた」という顔で見、それなりに喜んだ。この時点では人付き合いの少ないクールで強いイケメンハンターとそれなりの人気があったのだ。だから周りも一緒に喜んだ。

 

 クリア後、本当にまったく自重しなくなったのでその人気はすぐに霧散する。この頃はよくよぉ! と肩を組まれたり話しかけられたりしていたのだ。クエスト、導きの青い星をクリアしたあたりで狂人っぷりがだんだんと露見し、人々が近寄らなくなっていくのだが。

 

 もちろんハンターはそんなことより装備の新調の方が大切だった。今日も金を派手に使いながら心底幸せそうである。

 

 

 

 

 

 

 

「あの頃は別に何も考えていなかったからなぁ」

「あのころ? ところで今は何を考えているっていうんです?」

「大剣も早く回復カスタムしたいこととか、新しい装備を作ったらどれだけカッコよくて痺れちゃうのかな、とか?

まぁタイムアタックしてるわけじゃないし、まだまだなハンターなんだけどまだまだなりに。あとドラケンとりたいんだけどこれが上手くいかねぇの。昨日も何回挑んだか覚えてない」

 

 本当に取れないんだなぁこれ。そう言って財布が完全な空でもないのにハンターはテーブルに突っ伏した。まだ数千ゼニーはあるのだ。装備をひとつ作れる程度のゼニーがあるなら彼はめげない、はずなのだが。

 

 昨日も毎回手酷くやられてドバドバと血を吹き出しながら帰還するわりには一日経てば傷らしい傷もなく、元気いっぱい五体満足で、その自慢の顔に爽やかな笑顔を浮かべ、心底楽しそうに何度でも出撃するハンターは……やはり一般的なライトプレイヤーなので。急に強くなったりはしない。まだ超高難易度のコラボモンスターに勝てていない。

 

 勝てないことはそれなりにハンターを落ち込ませた。歴戦王に負けてももう少し手応えがあり、その後勝てたというのに。

 

 しかしアステラ的には手負いのヤツさえ撃退してくれればあとはわりとどうでもよかったので、受付嬢は軽く流してハンターのかわいいオトモにソーセージをあげた。オトモアイルーは主人が制さなかったので美味しくいただいた。受付嬢の、食べ物のチョイスには間違いがないのだ。

 

「ドラケン見た? 美しい曲線だよね、光沢が目に染みるっていうか撫でさすりたい。装備のドラケン装備は一式持ってるけど重ね着はやっぱり別格だよ、頬ずりしたら頬をすりおろされそうなのもポイント高い。女の子が着たらお腹が出て腰が本当にエッチだし、男が着たらシュッとしてSFチックっていうか、なんていうか刺さるんだ。美しい。やっぱコラボだから世界観が少し違うよね、でも妙にマッチしててあれは素晴らしいものなんだ。

ブリゲイドより素晴らしいものは無い、と思っていたけど別次元であれも良いよね、本当に。体にフィットする鎧ってあんなにそそるんだなぁって思い知った。この前着てる人見かけたんだけど、本当に本当の強い人ってあんなに気迫とか風格があるんだなぁって思い知ったし、色も変えられるってことは組み合わせを考えるのがまた楽しくなる。最高だよ、本当にあれがあったらわたしももっと最高のハンターになれるんだろうなぁ。カッコイイ」

 

 受付嬢はもちろんほとんど話を聞いていなかったが、深い緑色に染められたブリゲイドの帽子を抱えて手に入らない重ね着についてぐちぐち言っていることだけは理解した。

 

 ハンターもハンターで手に入らない重ね着に心を奪われて気もそぞろになっているせいで、今日も今日とてお気に入りのブリゲイドはきっちり決まっていたが赤い化粧の色を変えないのでクリスマスカラーになっていることにはうっかり気づいていない。

 

 余談だがこのハンター、中の人は女性である。わざわざ自分の思う最高のイケメンにキャラメイクし、イケメンがスタイリッシュに戦うバトルがしたかったのだ。話題のキャラメイクに心惹かれたとも言う。

 

 その後、なんでもいいから狩りがしたい! というようにしっかり染まってうっかりハマった普通のプレイヤーである。しかしながら肉体や周りの認識が男性で、わざわざゲームの中で金にもならないことを訂正することもないので特に気にしていない。ネカマが蔓延するのと同じ理屈である。

 

 彼の知り合いの中が男性の女性ハンターは、その知り合いにとっては世界一綺麗な女性なのである。また、彼にとってはゲームでの性別なんて着せ替え要素として以外気にするべきことではなく、アステラの人々との隔たりは静かにますます広がっていく。そもそもそんなに話さないのでボロもでないし、彼の口調がテンションのせいでおかしなことになっている以上誰も近寄ったりしない。

 

「練習したら相棒ならきっと勝てますって!」

「そっか、そうだよな!」

 

 肉に夢中ながらも適当に励ますと、現金なハンターはポジティブに頷き、食事スキルに報奨金保険を付けるとひと狩りにしに行った。

 

 しかしながら被弾が多いプレイヤーであるこのアステラの導きの星には少々荷が重く、しばらく「勝てないよ! 勝てないの楽しいよ! 勝ちたいよォ!」というよくわからない悲鳴が蔓延することになった。幸い、まだイベント期間はある。




この話のハンターさん
誰も気づかないし気づかせる気もないネカマの反対。筋肉質な肉体ももちろんかっこいい装備がキマるので愛しているナルシスト。自慢をわざわざしてはこないが表情がうるさいと評判。いつも邪魔なところに立っている。
ブリゲイドの帽子がお気に入り。毎日色を変える。
片手剣メインだが片手剣以外も毎日使う。困ったら片手剣になる。猪突猛進型なので複雑な武器やゲージ管理のいる武器はいまいち使えていない。
しかし楽しいのでなんでもいいのである。例のクエスト以外では別に普通に乙らず戦っている。


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ハンターさん、豚を愛でる

プーギーの話。


「ぐぉっ」 

 

 あがるのは野太い悲鳴。しかしそれは聞き慣れた悲鳴なのでアステラの人々は仕事の手すら止めなかった。むしろ、気にしてはならないのだ。

 

 今日も例のハンターは勝手気ままな生活を送っている。

 

 その背中にはみんな大好きエンプレスシェル・冥灯。スキル、弾丸節約付き、雷水の属性弾にレベル一と二の睡眠弾、斬裂弾、それに加えて徹甲榴弾まで撃てるお手軽便利なライトボウガンである。ナナ・テスカトリとテオ・テスカトル、バゼルギウス、マム・タロトからネルギガンテまで大体これがあればなんとかなるすごいやつである。

 

 このハンターがこのすごいライトボウガンを作るとき、まだマカ錬金にナナ・テスカトリの宝玉がなかったので、宝玉系に関してはかなり運がないこのハンターは数日乱獲していたのも記憶に新しい。

 

 そしてそのすごいやつを手にしていようが馬鹿な例のハンターは、武器を背中に装備しているというのに、悲鳴をあげて見事なまでに吹っ飛ばされ、強かに背中を打ち、痛みのあまり激しく転がり回って悶絶している。

 

 転がりつつも自分よりも先に武器の安否を確認するところがこのハンターらしいところである。動作チェック、よし。その一環で地面にへばりついたまま海の方に向かって通常弾を何発か撃ち込んでいたがわざわざ咎めるような命知らずはいない。むしろ関わりたくないので目を逸らされている。見ないふりが一番なのである。

 

 吹っ飛ばされても自慢の顔は無事だったが、気合を入れて綺麗に結っていた髪の毛が盛大に崩れ、ハンターはとても悲しくなった。自分のせいでパーティが三乙し、クエスト失敗と相成り帰還するよりも悲しかった。

 

 お気に入りの帽子も自分の背中で踏み潰してしまい、丁寧に拾って優しく優しくシワを伸ばす。今日のブリゲイドはクールな深い青色である。シワ自体はすぐ戻ったものの何となく羽根のポジションが元通り決まらない。ハンターはもはや半泣きであった。

 

 例のハンターを吹っ飛ばした命知らずな犯人はプーギー。好き勝手に着せ替えをしてくるくせに、あまり撫でもしないハンターの気まぐれの撫でに怒り狂ってタックルをぶちかましたのである。

 

 彼は最初プーギーに親切心から生姜焼きと名付けようとしたが知り合いの良心的なネカマハンターに止められ、それでも普通に可愛がっていたのだが、だんだん人並みに変わらない反応に飽きてしまい、そして今はプーギーにツンツンとされるようになってしまったのである。

 

 このハンターにネーミングセンスはないのかあるのか。真実はともあれとりあえずプーギーに対しては最悪だったようである。

 

「いってー……」

 

 例のハンターに近寄るアステラの人はあまり居ないので、ハンターはオトモの差し出す可愛い手を取って起き上がる。

 

 ハンターは痛みと悲しみのあまり内心プーギーに豚汁とかソーセージとか名付けたくなったが追いかけるのも面倒なのでやめた。それより帽子や髪型が心配だった。そしてそれよりもなによりも、オトモの優しさが嬉しかった。

 

「大丈夫かニャ?」

「大丈夫。ありがとう。……プーギーにモヒカン生やしてやろうと思ったのに」

「ニャン」

「にゃんにゃんちゃんもモヒカンにしたい?」

「したくないニャ」

「そっかー」

 

 ハンターは起き上がり、オトモアイルーの頭を撫でてから中途半端に結われた髪をすっかり解いてしまうと、えっちらおっちらと階段を登り始めた。階段からはアステラ名物のカップルが仲睦まじくしているのが見えたのでヒューとはやし立てるような口笛を吹きながら。

 

 当然、アステラはじまって以来のやばい狂人ハンターに目をつけられたかと勘違いしたその二人は慌てて部屋に引っ込んだ。

 

 別にこのハンターは恋愛ゲームをしに来たわけでもなければ、中の人が女性なので男性アバターの今、何も気にしていなかったのだが。恋人を口笛ではやし立てるとかいう、ゲームかマンガの中でしか出来ないことをやってみたかっただけなのである。ただのロマンである。

 

 ハンターはなんとか気を取り直し、とりあえず着てもらえなかった「ベヒーモスのきもち」や他のプーギーの衣装を洗濯して干しておこうと考えつつマイハウスへ戻っていく。

 

 ブタは綺麗好きだとよく聞くのでしっかり洗えば着てくれるかもしれないと思ったのである。動物への気遣いをする方向は普通だが、それよりまず正すところがあるのはご愛敬だった。

 

 それから、彼は武具のメンテナンスもしておきたかった。武具をこよなく愛する彼は、ともかくそれらの保存状態にも気を使う。そのわりには武器の使い方は丁寧ではないが、狩りの最中は命のやりとりである。それどころではない。それに気を使うというのも、ただただメンテナンスという名目で作った武具と戯れるのが幸せなだけなのだ。

 

 ゲーム画面としては装備のアイコンの一覧をいじくりまわしているだけなのだが、ハンターの肉体はアステラでしっかり生きているのである。

 

 愛する武器にキスを送ったり、腕装備のスリンガーをパッチンパッチンガションガションして遊んだり、美しい装備の装飾をしばらく凝視したり、布で丁寧に磨いたと思えば抱きついて頬擦りして台無しにしたり、突然ファッションショーをはじめて決めポーズをとったりするのだ。スクリーンショットももちろん撮っている。彼にとっては至福のひとときである。

 

 とりあえず、ハンターはマイハウスに戻るとすぐに三十分ほどかけて丁寧に髪の毛をポニーテールに結い直し、作ったばかりの装備や手に入れてまだ新しいダンケの重ね着を撫でくりまわしたり、色を変えて新たな組み合わせの可能性について考えたり、愛しく可愛いフワフワクイナたちを腕に鈴なりに乗せて笑っていたり、ゴワゴワクイナを抱きしめてふかふかなベッドにダイブしたりと至極幸せそうに過ごした。

 

 もちろん足元に寄ってきたツチノコも思う存分撫でくりまわして、オトモとおやつを食べたりもした。おやつは美味しいと判明したハチミツを半分こするのだ。にが虫にはもう懲りた。

 

 幸いにもこの行動、もとい奇行はプライベートな特等マイハウスの中で行ったので、慣れきったアイルーたちしか観客はおらず、これ以上の悪評が広がりはしなかった。

 

 ……もはや手遅れなのだが。

 

 

 

 

 

「プーギーちゃーん、出ておいでー」

「ニャンニャーン」

「アオキノコ栽培しすぎたからひとつあげるよー! おっ、よーしよーし! いい子いい子! 出てきた判断の甘さが運の尽きだ! 捕獲!」

 

 彼はモヒカンにするのを諦めなかった。

 

 現金なことにキノコに釣られてよってきたプーギーをしっかりがっちり捕まえると思う存分撫で撫でし、またタックルされる前にすかさずモヒカンにフォルムチェンジ、もとい着せ替え。素敵な紫のモヒカンの珍妙なブタの完成である。

 

 一応弁明しておくととても似合っていて可愛いのでハンター的にはオールオッケーである。アステラ的には……関わりたくないためセーフなのでプーギーの味方はいない。

 

 ハンターは手を叩いて喜び、自分もプーギーの近くに立って決めポーズした。想像よりもずっと可愛かったのでスクリーンショットをしっかり逃さず撮っただけなのだが、周りの人間から見ればプーギーに変な服を着せて自分は決めポーズするやばいやつである。

 

 それから、そこは流通エリアの道の真ん中なので果てしなく邪魔である。誰にも指摘されたりはしないが。クエストボードへの道を塞がれた哀れな罪のない一般ハンターは曖昧な笑みを浮かべ、邪魔だと言いたいのを決して悟られないように立ち止まる。例の導きの青い星に目をつけられた方がよっぽどやばいのである。

 

 約束のアオキノコをちゃんと食べさせながら、ハンターは楽しそうに嬉しそうにプーギーを愛でると、おもむろによっこいせっと抱き上げる。

 

 可愛い可愛いブタさんが自分の腕の中でブヒブヒしているのがあまりにも可愛いのでハンターは笑顔になり、さらにスクリーンショットを撮りまくった。

 

 懐いたプーギーは抱き上げてその辺を歩くと、一定の場所で震えてお知らせしてくれるのである。そこに丁寧におろすと、地面を掘ってお礼に何かをくれるのだ。ハンターは無事に掘り出されたお食事券を貰い、ハンターは久しぶりのかわい子ちゃんとの触れ合いにほくほくしながらも突然駆け出した。

 

 比較的、あくまで比較的だが大人しくしていたハンターの突然の行動にアステラの人々はなんとか吹っ飛ばされはしなかったがぶつかり、よろめき、ハンターはそれなりにある人間性からぶつかったことをしっかり詫びつつも止まらない。さながら魔緒である。サイかもしれない。トリケラトプスでもいい。

 

 しかしこのハンター的には何も悪いことをしていないのでそのまま気にもとめずにさっさと食事場へ直行し、調査ポイントでさっとご飯を食べると装飾品集めにひと狩り行ってしまった。

 

 大剣になんとしてでも回復カスタムを付けたいハンターは、悲しいかな運が偏ってちっとも大剣のレア七のカスタム石が出ないのである。

 

 しかしそこは面白可笑しく毎日を過ごしているハンターなので、めげることなく楽しいことをしながら歴戦イビルジョーを根気よく毎日狩り続けていた。イベントクエストがない時はまた別のをなにか受けてこつこつと狙うのだ。

 

 明日もきっと、彼は可愛い食事場のアイルーたちにちょっかいをかけ、あるいは食事場の上空で綱渡りしてバナナを取りにくるアイルーを延々と観察し、思う存分愛する装備を愛でて満足するとひと狩り行くのだ。

 

 例のハンターは毎日楽しかったが、アステラの人々からの評価はますますやばいやつになっていく。しかし全く気にしないので、彼は幸せなのである。




被害者のプーギー
抱き上げて運び、おろされても地面を掘らずに疲れて寝ると、それはそれで可愛いとハンターが騒ぐので迷惑している。大人しく掘った方がハンターをどこかへやれるため、幸せになれることに気づいた。

ハンターさん
可愛いものも綺麗なものもかっこいいものも好きなので人生が楽しい。運が良くないので宝玉やカスタム石に毎日悩まされている。言わずもがな、稼ぐが金欠ハンターである。
鈍いわけではないが、どうでもいいと思っているのでアステラの人々に遠巻きにされていることに気づいていない。集会所でほかの中の人がいるハンターがいる時はもう少し周りに気を使うが所詮はプレイヤー、NPCに気を使うことはないのでいつも邪魔なところで好き勝手している。
ちなみにこのハンターのオトモの名前は「にゃんにゃん」でも「ニャンニャン」でもない。


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ハンターさん、情緒不安定である

いつも情緒不安定なのでハンターの日常の話。


「君のご主人なにやってるの、アロハがかわいいアイルーちゃん」

「儀式ニャ」

「へぇ、何の?」

「地雷ハンターが救援参加しない儀式ニャ。この前は戦いに参加しないハンターがいたニャ。ご主人、戻って真溜め当てに行ったニャ。厄落としニャ」

「……効果あるの?」

「ご主人は疑ったら負けと言ってたニャ」

 

 例のハンターは救援参加がメインの野良ハンターである。アイルーと話しているのはそれに参加してくれた野良の女ハンターだが、とても愛らしい顔をしていても、中の人の性別はわからない。おそらく男性だろうが、オトモアイルーには区別がつかなかった。

 

 なお、オトモアイルーは自分の主人の本当の性別を薄々理解していたが、別にそれを暴いたって仕方がないのである。暴いたって何か変わることもなく、特に腹の足しにもならないので、気にするだけ無駄なのだ。

 

 合っていようと間違っていようと主人の機嫌はその程度で損なわれないだろうが、狩りに行く時間が減るのだけは間違いない。どうせ「にゃんにゃんちゃんは賢いね!」とか言うに決まっているのだ。そしてひとしきり騒ぐに違いないのだ。

 

 例のハンターは今日も朝からしっかり綺麗に赤っぽい髪を結い、自慢の顔にアクセントの赤い化粧をし、彼の愛するブリゲイドをパリッと着こなして、一人で一時間ほど様々な決めポーズをとって悦に入り、ナルシストしていたのである。

 

 その虚無の時間をハンターの隣で虚無猫として過ごしているうちに、ハンターについてのことは大部分どうでもよくなったのである。きちんとした信頼関係はあっても、ハンターの狩り以外の行動については気にするだけ無駄という部分についてはしっかり悟ったのである。

 

 まさに、そんなことはどうでもいいのだ。そんなことより今はあと二人参加しに来るのを待っている最中である。

 

 素敵な黄色のブリゲイドの帽子のハンターは一人、虚空へ向かってタックルをひたすら繰り出していた。オトモ曰くの「儀式」である。たまに暴発した真溜め斬りが地面に突き刺さるがすぐにローリングしてなかったことにするとタックルを繰り出す作業に戻る。

 

 彼の大のお気に入りのコンテスト大剣は今日も美しく磨かれ、タックルの度にギラリと照り返す。ハンターはタックルしながら変なやつが来ませんように。勝てますように。そんな、わりと切実な気持ちで深く深く祈りを込めてタックルする。タックルに想いを込めて。半分くらい無意識に。

 

 最大レベルの広域化の範囲内かつ、絶妙にエクリプスメテオの範囲外とかいう微妙なところに戦いもせず立っているハンターとかもうごめんであった。

 

 もちろんサボりに気づいて真溜めでぶん殴って連れてきたその腕に自信が無いハンターは、すぐに乙ってそのまま離脱したのでにこやかなハンターもちょっと怒った。相手は現実世界の人間なので前にゲームのキャラクターへ怒った時よりも怒りの度合いは高かった。

 

 女ハンターは三人目の参加によって地面に潜って退散していったアイルーを見送るとしばらくひたすらタックルを繰り返すハンターを観察していたが、すぐに飽きて自分も武器を振り回しはじめた。彼女は太刀使いであった。

 

 野良ハンターというのは、例のハンターと同じく中はプレイヤーな普通の人である。ごく稀に普通とは言い難いプロハンターとあたるが、ともあれ、どう足掻いてもアステラ的には狂人変人やばい人の巣窟であり、関わりたくない人種なのである。

 

 ともかく彼らの、人が集まるまで己の武器を振り回し続けるという狂宴はしばらく続き、図太いはずの受付嬢も少しうるさがるというか、流石にちょっと迷惑したのだった。せめてベースキャンプから出てやって欲しかった。

 

 それにも飽きたハンターたちはそのうち、互いの体を互いの武器で斬り合い、怯み合い、暫くすると楽しそうに大笑いしたり拍手し始めた。どう足掻いても、どこからどう見ても狂人たちの祭りである。ダメージがないとかそういう問題ではない。絵面が狂っているのである。

 

 多少のことでは動じない受付嬢もこれにはドン引きし、ハンターという生き物が人間ではなくモンスターではないのかと思い始めたくらいだ。これではモンスターハンターではなくモンスターなハンターではないか、と。

 

 しかしながら受付嬢はこの狂人ハンターの自称相棒である。公式にペアを組んでいるのである。上手く例のハンターとの距離を取れるので、今まで解散していないのである。

 

 武器を振り回したり笑い転げたりするハンターが増えるにつれただただ突っ立ったNPCであることを強調し、彼女は巻き込まれることなく難を逃れた。

 

 賢くなければ過酷な世界で生き残れないのである。もちろん彼女はこれを頭で考えてやったのではなく、ドン引きのあまり考えるのをやめて突っ立っていただけなのだが。

 

 賢くなくても別に生き残れるのかもしれない。運さえあれば。事実、彼女はハンターの即死するエクリプスメテオでさえ、無傷の生還をキメるのである。システム上。話しかけたハンターすら生かすという点ではチート級である。キャンプに入っても回避できるのだがそれはそれ。

 

 ともあれ、野良ハンターたちはようやく人数が集まると広域化で互いにバフアンドバフしながらモンスターのところへスライディングしていったのでようやくベースキャンプは真の意味で平和になった。

 

 その回も随分頑張ったようだがやっぱり勝てなかったハンターは、帰ってから存分に受付嬢相手に愚痴るのだろうが、受付嬢はハンターの話を四分の一も聞かないようにしているので愚痴られたって誰も不幸せにならないのだ。

 

 食事場で隣の席に座った四期団や五期団のハンターが勝手に聞き耳を立てておののくくらいで、話を広めることによる報復を恐れた彼らはこれ以上広めたりしないのだから。広められなくても悪評は十分広がっていて手遅れだが。

 

 それ以前に受付嬢はわざわざ話すのが面倒だったので狂人共の宴について他言することはなく、アステラの人々の心の安寧は若干守られた。他言しようがしまいが例のハンターが狂人であることは既にしっかり知られているので、今更味方同士で斬り合いしているという事実が知られようと知られまいとたいして現状は変わらないのだ。

 

 だがしかし、知らぬが仏とあるように、アステラの人々はたしかに守られたのだ。知ったらますます遠巻きにしただろう。例の導きの星ハンターの獲物に「人間」が含まれる……とかいう噂の尾ひれまでついて。

 

 しかし幸か不幸かそうはならなかったハンターは、帰還してから自分への慰めに新しい装備を作ってクエストボードの前で踊っただけだった。

 

 もし噂が広まって、人間に仇なす反逆者として槍玉にあがったとすれば……クリアしたはずのゲームの新展開に彼はかなりテンションを上げてしまうのでバレなくてよかったのだ。

 

 しかしそもそも殺しても死なないこのハンターをどうこうしようとする人間は現れるのだろうか。なにせ周りの人間と違ってシステムに守られたプレイヤーの魂を持つハンターなので何回死んでも蘇るのである。不滅なので主人公なのである。

 

 そうなってくると、主人公だからなんでも許されてきた話になるのである。ともあれ考えたって仕方ないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「相棒、何かいいことあったんですか?」

「ブリゲイドの色変更が今世紀最大に上手い事いった。最高の色だ、我ながら」

「へぇー。あ、私の好きなキノコはですね、ドキドキノコ!」

「何言ってんだ至高はアオキノコに決まってんだろ。マンドラゴラなら許す」

「ふーん、クエスト受けます?」

「受けるよ、えーっと」

 

 話が噛み合っているようで互いに互いに好きなことを言葉のドッジボールしているだけである。頭が痛くなりそうな会話に、隣のテーブルの五期団ハンターは、青い星のハンターにもし話しかけられてしまうような悲劇に見舞われたらかまど焼きで秘薬が出たことを一方的に自慢してやろうと誓った。

 

 例の導きの星ハンターは相手の話をあまり聞いていないので適当にあしらえばいいと思ったからだ。特定の役割を持つ人間にしか基本的に話しかけないし、その相手にだってその役割を果たしさえすれば何を返事したってにこにこしている。

 

 もちろん効率厨というほど効率厨ではなくとも普通の感性を持つ例のハンターはクリア後になってまでわざわざただのNPCに話しかけたりするような無駄はしないので難は逃れた。

 

 一般五期団ハンターは例のハンターのせいでうかつに身動きが出来なくなったものの、根性と報奨金保険の両方の猫飯スキルの発動により、これは勝てるかもしれないとハイになって踊りまくるのを哀れにも目撃してしまい、例のハンター曰くの素晴らしい筋肉の躍動をしっかり目の当たりにするという反応に非常に困る目に遭ったが、今日はまだかなりマシな方だなと思う理性はあった。

 

 例のハンターは非常に情緒不安定で、何があったせいで不機嫌なのか、何があって上機嫌なのか、突然なぜ暴れるのか理解がさっぱり出来ないのだ。

 

 踊っているだけなら彼は貝のように大人しい日と言っていいだろう。この前春祭りや夏祭りで手に入れた樽花火をテンションの上がりすぎでアステラ内で火をつけ、美しい花火自体は美しく上がったものの大混乱に陥れられたのは記憶に新しい。

 

 またあるときはあとちょっとで勝てたところでクエスト失敗してしまい、流石に憮然とした顔つきでそこら辺を駆け巡る例のハンターは腹いせの八つ当たりに一人ファッションショーインアステラ流通エリアとかいう大迷惑をやらかした。

 

 ハンターに絡まれたくなければ決して反応してはならないし、完全な無視は無視で機嫌を損ねそうだという理由で曖昧な笑みをみんなして浮かべたのが懐かしいのである。表情筋に対するテロであった。

 

 もちろん、いかなるときでも間違えても彼を押しのけて行きたい方へ進んではならない。プレイヤーだから、ということを本能で理解しているせいであるが、その事実以上に、単純に危険すぎる。

 

 なのに彼は道の真ん中で決めポーズをしているのだ。邪魔すぎる。うっかり生姜焼きになりかけたプーギーですら空気を読んだ。機嫌が悪い例のハンターとか恐ろしすぎるのである。いくら彼の顔がよかろうが、いくら服のセンスがよかろうが、完璧にキマっていようが邪魔なものは邪魔なのだが。

 

 しかしながら幸いにして、今日は本当にただただ機嫌が良いだけだったので例のハンターはさっさと指笛を鳴らして翼竜に掴まり、ひと狩りしにいったのでようやくアステラに落ち着いた空気が流れ始めた。

 

 それでも、こんなのでも、少なくとも彼はモンスターではない。しかしながらモンスターなハンターであることは間違いではない。




例のハンターのオトモ
ハンターの一人ファッションショーについてスルーする特別な技術がある。

野良ハンター(女)
もしかしたら普通に女性だったのかもしれない。しかし救援でボイチャ垂れ流しのハンター(アバター女性)が女性だった試しは一度しかない。

ハンターたちの口調
基本的にロールプレイングのつもりなので外見に合わせて喋っているが、感情が昂ると本人のものが出てくる。例のハンターは一人称を意図的に使わないようにしているが長々語るとうっかり出てくる。外見に合わせて「俺」とか言うのはちょっと恥ずかしい。

ハンターさんの情緒不安定
本当に情緒不安定というよりもゲームなので好き勝手している結果。


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ハンターさん、身だしなみチケットを手に入れる

時系列がおかしい(ブリゲイド入手可能時期は身だしなみチケットのちょっとあと)けど、気にしたらハンターさんが三乙しクエスト失敗する。

身だしなみチケットの話。


「にゃんにゃんちゃん! ついに念願のアバター変更チケットが配布だよ!」

「ニャンて?」

「あ、ごめん、身だしなみチケットのことなんだ」

「……ニャンて?」

 

 ご主人、とうとう気でも狂ったのだろうか。身だしなみチケットもなにも、日頃から身だしなみという身だしなみをチェックし微調整し、オトモは虚無猫の極意を手に入れる羽目になったというのに。チケットがなんだというのか。チケットがあってもなくても常に身だしなみチケットとやらの擬人化のようなもののくせに。

 

 と、アルテラの人々ならオトモアイルーの心情を読み取れたが相手は素っ頓狂の例のハンターである。アイルーを抱き上げ、余念なくヒゲのないつるつるの顔でふわふわの毛皮に頬ずりしながら、テンションが振り切れているいつもの狂人である。何かを理解しているような様子はない。

 

 オトモに限って彼にとっては真の相棒のため、理解する気がない訳ではない。のだが、現在しっかりはっきり目先のことに夢中になっていて理解する素振りはない。ただただ頭をスーハーしている。猫を吸いたいお年頃である。いくつになってもお年頃である。

 

 行動のロールプレイ(筋肉質男性)が少し抜けているようだが、多少彼がカマくさく見える動きをしたところでこのハンター的には大人しい部類に入るので、むしろ普段からこの程度であってくれとみな願うだろう。ハンターは抵抗しないアイルーを思う存分吸った。もしかしたら通常運転かもしれない。

 

 アイルーは大人しく吸われつつ、イカれた主人から逃れる方法はないこともはっきり悟っていた。拒否しなければしないほどこのハンターは早く満足するのである。オトモアイルーは賢かった。賢いから生き残れているのである。不死身のハンターのオトモとして五体満足でいられるのも賢いからである。

 

 そんなハンターの手にはなるほど、言葉通りに一枚のチケット。そんな紙切れがこのハンターの何を喜ばせるというのか。各種宝玉と等価値の金の竜人手形ではないのに。

 

「それは何ニャ?」

「顔から性別まで変更できるチケットだよ!」

「ニャンと」

 

 ご主人ハンター、ついに人間を辞める。オトモアイルーの頭にはそんな言葉がよぎった。性別を変えられるのか、と。魔法のようである。しかもそんな紙切れ一枚で! ハンターが新大陸(狩場)に来るために推薦されたときの手続きの方がよほど複雑な書類だったろうに、効力は絶大である。

 

 もちろんその時のハンターにはまだプレイヤーという魂が宿っておらず、とりあえず辻褄合わせのために存在する適当な過去が存在するだけだったが。

 

 つまるところ、このハンターが五期団として推薦されるに相応しい適当な狩りの履歴やら、適当にハリボテとしてあるんだろうなーという程度の生まれ、親、知り合いを持ち、それ以外の情報はキャラメイクのときに初めてわかる性別、外見、一度しか呼ばれない名前のみなのだ。ハンターの人間らしさとはこの程度の話なのでもともと人間ではないのかもしれない。

 

 しかしながら、一応このハンター、混じりけのない純人間ということになっているのでめんどくさいのである。いっそ竜人とかなら周りの目はマシだったのかもしれない。竜人への熱い風評被害である。

 

 とりあえず間違いないのはハンターにめんどくさい書類をやった記憶はなく、性別まで変えられるチケットに喜んでいる事実だけがそこにある。

 

 幸い、周りに人がいないので紙切れ一枚の効力について騒ぎにならなかったが。これがもし、素っ頓狂のせいでいろいろと寿命を削られストレス過多な総司令にでもバレたら、次の討伐対象は人間ではないという理由でハンターになったかもしれない。ソードマスターや大団長が止めようとも。

 

 しかしながらこのハンターはどんなに複雑骨折するように乙っても死なない、部位破壊しない、尻尾は切れない、そういえば尻尾はそもそもない、乙ってもへこたれない、勝てるまで襲ってくるので実質戦う時がアステラの最期で、確定の負け戦である。

 

 モンスターを狩るゲームなのに自分が討伐されそうになる新展開に気持ちよくなってしまったハンターが、滅亡シナリオを攻略しないように、今のように比較的大人しく、ただ無邪気に、嬉しそうに、一応人類に無害で生きているうちはただ捕獲準備くらいにとどめておいた方が良いのかもしれない。

 

 捕獲といっても古龍と同じくハンターにも罠も捕獲用麻酔弾も効かないのだが。それでいて古龍よりも強いのでよほどめんどくさい。どうやって捕まえるかを考えるのは総司令の仕事である。実質クリア不可能クエストなので、知らぬが仏とはこのことである。

 

「カ〇コンからの贈り物、使わない手はない! ということで、ちょっとこれ使っていろいろ変えてくるから、外見変わってもよろしく」

「ニャン……」

「名前は変わらないし、装備もこのままで帰ってくるから」

 

 ハンターは一方的にまくしたてる。オトモアイルーの気のない返事にも気にせずに、素晴らしく元気に満面の笑みを浮かべてその場で後ろにバタンと倒れた。

 

 もちろんそれはただの日常茶飯事で、ログアウトによる魂の離脱にすぎず、とっくにアステラ居住の者には見慣れた風景だった。オトモは慣れたようにハンターの足を掴んで一生懸命引きずってマイハウスに運び込み、ルームサービスと共にベッドに持ちあげる。今日は帽子非表示ブリゲイドなので寝心地は普段よりずっと良さそうである。

 

 一応、顔を覗き込んでみたが、まだ変化はない。ハンターのことだから変わったらすぐに起きるだろう。

 

 例のハンター、言わずもがな着せ替え狂いである。男装備に飽きて、という理由で性転換してくる可能性に思い当たったアイルーは、ハンターが隣で二時間くらいポーズをとってナルシズムを極めているわけでもないのに虚無猫の顔になった。

 

 ご主人様がお嬢様になっても特に今での行動は変わらないだろう、と既に悟りながら。安心安定のハンターである。何も安心できないようで、変化がないというのは一種の安心なのである。

 

 ハンター自慢の中性的で整った顔立ちの寝顔はなんとなく生気があり、今日の寝顔は怖くないとオトモは感じた。それはもちろん、キャラメイクをやりなおしているので非ログインではなく、魂ここにあり、であるからにすぎない。実はたまに自画自賛のナルシストをするためにストーリーのムービーを見直している時もそんな感じである。

 

 だが大抵、やることもなく待ちくたびれたオトモアイルーはハンターの隣に潜り込んですやすや眠っているので知らなかった。

 

 

 

 

 

 

「おはよう世界! おはよう愛しのにゃんにゃんちゃん!」

「おはようございま……ニャア?」

「どう、どう、かっこよくなっただろ?!」

「にゃあ」

 

 髪の毛の赤みが、毎日顔を合わせているオトモにはわかる程度にほんの僅かに増し、眉が少し優しい曲線を描き、白い肌がよりなんかいい感じになった気がしなくもない。

 

 以上である。一般論でいうとほとんど分からない。虚無猫になりながら、ハンターの「身だしなみチェック」の独り言を毎日聞かざるを得ないオトモだから分かるようなレベルである。しかしながら本人は幸せそうなので万事それで良いのだ。

 

「髪が赤くて、肌が白くていい感じニャ」

 

 しかしオトモアイルーは見慣れていたハンターが、何度もキャンプ送りにしてきた宿敵にトドメをさせた時のようにきらきらした目をしていて、返事をしないわけにはいかなかった。

 

 それに本当に少し確かにかっこよくなったので素直に頷く。とりあえず気づいたことを述べて、適当に同意さえしておけば面倒はないのだ。

 

「ありがとう! いいだろいいだろ、これで一層映えるから、装備集めが捗るな! うーん、素晴らしい。こんな顔なら後ろななめ四十五度から見ればうっかり性別間違えそうな中性っぷり、でも見まごうことなくうなる我が素晴らしい筋肉。間違いなく男、それだからいい。

世界観に反しない程度の赤毛、暗い色の装備とのコントラストの美しい白い肌、涼しい目元、どこを取っても完璧! 狩り中は武器と背中と尻しか見えないから特に髪の色は重要だ。我ながら完璧な仕上がりが昇華されたものだよ!」

「背中が大事なのかニャ?」

 

 オトモは受付嬢と違ってハンターのまくしたてる話の六分の五くらい聞いてくれる優しい子である。残りは大抵メタ発言なのでオトモにはシステム的に聞き取ることが出来ない。そうでなければ単に早口すぎるのである。

 

「ハンターはね。自分の姿は普通にしてたら後ろからしか見えないじゃないか。にゃんにゃんちゃんは全身可愛くてサイコー! いつもはげましの楽器助かるよぅ!」

 

 ハンターはそう言ってさっそく新しい顔でオトモの頭を吸った。そして顔がよくわかるように外していたブリゲイドを表示にして、嬉しそうにかぶる。

 

 今日は全身シックな灰色に染めている。機嫌は完全に幸せオレンジだったが赤以外の髪の同系色は好まないのだ。赤が例外なのはもちろん、「カッコイイ」からである。適当である。

 

 一方、オトモは自分の姿が見えるのは鏡か水面に映し出された時だけで、狩りの最中に見えるという意味で大事なのはハンターの前足(腕)と服ではないかと思ったが、言うのをやめた。

 

 ハンターはかなりイカれた狂人なので、自分の姿を後ろから見ているらしい。どういう仕組みなのかオトモには理解しがたかったが、この素っ頓狂のことを理解しようとするのがそもそも間違っているのである。

 

「よーし、心機一転、ひと狩り行くか!」

「連れてってニャ!」

「もちろん!」

 

 しかしながら、なにはともあれ狩りとなったら話は別である。このハンターは狂人と囁かれ、イカれた言動で、ナルシストが過ぎ、やることなすこと規格外であろうとも、アステラ的には最も強いハンターなのである。このアステラにとって主人公は彼なので。

 

 つまりオトモアイルーとしてオトモであることは誉れなのである。……誉れなのである。誉れなんだってば。いくら普段のことでほかのアイルーに同情されても、狩りに行く時だけは本当に羨まれるのだ。誇らしいのだ。

 

 あの導きの青い星の狩りを間近で見れるのだ。共に戦えるのだ。多彩な武器さばきを学べるのだ。そしてその動きは間違いなく素晴らしい。どんなときでも寸分の狂いもないのだから。

 

 もちろん位置どりを間違えたハンターが吹っ飛ばされるのは目撃するが、どんな瀕死でもハンターはまったく型通りの完璧な動きをするのでお手本にするのにはちょうど良かった。当然システム上そういうものである。

 

 なので、流石のオトモも狩りに行く瞬間は浮かれる。ハンターは、おおむねその期待には応え続ける。

 

 オトモは新しい、だが見慣れた顔を見上げてニャンと鳴き、ハンターが微笑みながら渡してきたネコミミ麦わら帽子を装備した。




ハンターさん
このハンター、例のハンター、導きの青い星、星のハンター、導きの星ハンター、狂人ハンター、素っ頓狂、着せ替え狂い、着せ替え厨、ナルシスト。アステラでは「あいつ」で通じる。
身だしなみチケットによって顔を微調整をし、最高の自分になれた。オトモですら気づかなかったが、ついでにチケットなしでもできる修正として絶妙に髪の毛に隠れる位置に泣きボクロをつけた。ほんの少しまつげも増量した。ほとんど見えないところにも抜かりないこだわりをもっている。
なお、オトモの外見変更が出来るとしてもオトモが世界一可愛いアイルーだと思っているのでしない。
最近の一言「ゼノ・ジーヴァは宝玉より角落とせ」

アステラの人々
例のハンターの機嫌が異常に良いことには気づいたが顔の変化には気づかない。

ハンターのオトモ
その後連れていかれた歴戦四枠テオ・テスカトル(ソロ)に毒を入れたりタゲを取ったりと大活躍し、たくさん褒められてたくさん美味しいものを食べた。


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ハンターさん、自らに酔いしれる

ハンター、ついにやる
強敵に勝った話。


「はわわ美人、是非お近づきになりたい」

 

 ハンターの標準的に低い男性の声は外見に似合っているが、内容はあまり外見に似合っているとは言い難い。しかしながら、ちょっとテンションが高いだけでただの通常運転である。

 

 もちろんお近づきになりたいのは鏡の中の自分である。既にゼロ距離なのでお近づきになっている。

 

「にゃー」

「頭ダイバー重ね着のマスクすげぇよ、マスク美人の理論が成り立って、横顔とかどこからどう見ても美女じゃん、でも正面で見たら性別不詳の美人だぜ? え? なにこれ、最高に美しい。男性の顔のゴツめの骨格が隠れて完璧な中性さ」

「ニャン、横顔をどこからどう見たら正面にならないで横顔に留まるのかニャー」

「ドラケン重ね着にダイバー頭、これ最高の組み合わせだな。体の線もきっちり隠せてますます中性的、装備の違いによって性別がわかるもののひたすら美人。うーん美しい。装備はかっこいいのに圧倒的に美しい。これが美の化身、わたしはここへ至った」

「ニャーン」

 

 着せ替え厨ハンターは、今日も素敵な紫のブリゲイドからドラケンに着替えていた。

 

 ハンターはついにやったのだ。例のイベントクエストの開催時期も半ばをすぎた頃、相性の良い野良と巡り会って野良たちと意気投合し、負けてもキャンプ拠点へ舞い戻っては挑むのを繰り返し、とうとう討滅戦を制した。

 

 前半戦は賊タンクで、そして途中からDPSチェックを恐れるあまりヘビィボウガンを投げ捨てた大剣ヒーラーとなって決死で戦ったのだ。

 

 例のハンターは被弾の多いプレイヤーなので、いっそのこと開き直って被弾前提でガチガチ構成のタンクになったわけである。頭に各種散弾をぶち込み、ベヒーモスから決して目をそらさず、コメットから付かず離れずを維持するお仕事である。

 

 ハマり役という程でもないが、タンクのくせに乙ってしまうほど下手なわけでもなく、普通のプレイングスキルをもった一般プレイヤーだったのでなんとかしたのである。後半は転身と体力の装衣と、気合いと、試行回数で何とかしたわけであるが。火力スキルはフルチャージのみで生存に特化した。

 

 そして最終エリアは別の人がタンクを入れ替わるようにやってくれた。野良なのでスタンプコミュニケーションだけでよくやれるものである。

 

 ようは、運もメンバー運もかなり絡んだのである。クリア済の戦士が一人いたのも大きい。

 

 五度にわたる全滅後、メンバーを維持してベースキャンプへの鮮やかな舞い戻りっぷりを受付嬢に披露しながら繰り返して戦い、とうとう勝った時は、そりゃあもうテンション最高潮、胸のときめきは人生最高潮、喜びは笑顔に変換された。

 

 野良ハンター一同喜びを全面に押し出し、残った爆弾を一斉に並べては狂った様に巻き込まれに行って起爆、閃光弾を花火如くバカスカ打ち上げ、解散するその瞬間まで嬉嬉として踊り狂ったがそんなことはもう、過ぎたことなのだ。

 

 勝った、その事実だけで彼の胸は喜びにときめくのだから。胸がドキドキしてときめきが止まらず、ハンターは思い出すだけでこんなにときめくものだから、うっかりベヒーモスに恋を……してしまうところだった。

 

 そしてアステラに帰還してからも、半日にも渡って最高に全身を使って流通エリアで舞い踊り続けることで喜びをアピールし、アピールにもようやく疲れが出始めた頃、彼はふっと思い出した。

 

 宿敵に勝ったということは、新たな着せ替え、もとい重ね着が手に入ったということだ、と。

 

 彼は早速二期団の親方のところへ向かい、光の速さでミラージュプリズムを納品すると自慢の顔がすりおろせそうな重ね着、ドラケンを、とうとう緊張にガタガタ震えながら手に入れたのだ。

 

 ドラケンはあらゆる点で素晴らしかった。単に自分の強さを誇示して見せびらかせるだけでなく、心の中にときめく憧れが自分の手の中にあるのは何にも変え難いかけがえのないものだった。美しい金属光沢、どの色でもキマる麗しの全身鎧。

 

 しかし、それにはただ一つだけ不満があった。頭装備をすると顔がよく見えないのだ。自慢の顔ですら隠したい心境の時ならともかく、今は果てしなく上機嫌である。ハンターは、慎重に慎重を重ねてキャラメイクした顔をドラケン同様見せびらかしたいお年頃であった。

 

 頭装備を非表示にするのも一つの手だったが、頭だけただのポニーテールというのもなんだか寂しい。別の重ね着を採用することにしたのは自然な流れだった。そして熟考の末、ダイバー頭が一番世界観を壊さず顔が見えるだろうと判断されたのだ。

 

 それも顔の下半分を隠すが、ドラケンと合わせるとどことなくSFチックな装いになるのでハンターの心にクるものがあった。

 

 そして、顔を半分隠すとハンターには自分の顔がどうにも割増に美人に見えたのだ。男性の骨格なのでどう足掻いても顔のゴツさが否めないところがあるのを、重ね着ダイバーはすっきり解消する。それどころかまつげの長い涼しい目元を強調し、暗い色の装備は肌の白い滑らかさをよりはっきり強調させる。

 

 このハンターにとって、これは理想的なマスクであった。もともとの美人はマスク美人にもなれるのだ。性のない天使にこがれるように、中性的な美の化身が自分であるということにこれ以上ない幸せを感じるハンターは、早速全身の色を調整し、満足できる色合いになるとあちこちズームして、見惚れる。そして顔に行き着くとまじまじと自分の顔に酔いしれたのだった。

 

 と。これだけならちょっと激しいだけのいつものようなナルシスト行為だが、こんな馬鹿なことをハンターはかれこれ五時間は続けているのだ。隣のオトモは虚無猫を通り越してニャーとしか鳴かない、でろでろに溶けた何かになっていたが、まだまだ止まりそうにない。ドラケンの美しさにまだまだ感激も感動もひとしおなのだ。

 

 ちなみにルームサービスは自分の耐性を考え、身の丈にあったハンターと付き合いをするべく早々に諦めてハープの下で耳を塞いで丸くなっている。オトモアイルーはアイルー一倍真面目だったのでそうはなれないのだ。忠誠心は身をも滅ぼす。一途なアイルーにそんな仕打ちをするハンターが全部悪いが、制裁を与えるような命知らずはいない。

 

 なにせ狂人が最高難度のクエストをクリアしてしまったのだから、ますますハンターとして箔がついたのだ。つまりもう誰にもとめられない。ハンターが自分に見とれてうっとりしていたいならさせておけ、ということなのである。プレイングスタイルは自由なのだ。オトモに有給休暇を。

 

「はぁ……好き……」

「ニャンニャー」

 

 どこぞのメンヘラ女ではない。彼は大真面目に自分の顔に恋をしていた。よく考えてみれば、ベヒーモスはどう足掻いても上半身ムキムキ強面マンである。麻痺すれば人間のような唸り声をあげ、眠らせても目はガン開きの怖いやつである。

 

 ハンターの脳内では恋の相手として美意識が自分の方がいいと囁いている。ベヒーモスは自分のような優美な美しさを持つ美青年ではないのだ。ハンターは「美」を並べれば良いと思っている語彙力欠乏馬鹿だった。つまり、ハンターは馬鹿なので恋の相手が自分でも何も気にしなかった。

 

 幸せならそれでいいのである。彼は間違いなく幸せであった。

 

「ふう……」

「ニャー」

 

 しかし、ハンターはハントするからハンターなのである。ひと狩り行こうぜが合言葉である。

 

 そしてこのハンターも、頭のネジが大方ぶっ飛んでいても狩りに行くのでハンターなのである。導きの青い星は伊達ではないのである。一応、ナルシズムによって心をどこかへぶっ飛ばしていく時間よりも狩りについて考えたり、狩り時間の方が長いのでまだこれでもセーフなのである。

 

 ようやく、思う存分鏡を見つめることで一時的に己のナルシズムに満足してひと段落着いたハンターは、なんとなくこの重ね着を着て狩りをしに行きたくなった。いや、なんとなくではない。せっかく手に入れたのだから使わなければならないという強い意志である。

 

 そしてふと、思い出す。なんとしてでも勝ちたくて、プロハンターを参考にして作った拡散ヘビィ装備のことを。それにはネルギガンテの玉が二つも必要で、両方マカ錬金してもらったことを。

 

 ハンターは冷静になると、素材不足の深刻さに人並みに嘆き、とろけたアイルーを優しく拾い上げるとネギ狩りに出発した。

 

 とろとろに溶けてニャーとしか言わなくなったアイルーにはおすすめ定食をひと口食べさせるとすっかりネコの形に戻ったのでハンターは安心してネギ狩り出発! この指とまれ! とアステラのハンターたちに触れ回った。

 

 もちろん誰も目を合わせようとしなかったが、ハンターは気にすることなくソロにしよう、気が向いたら救援信号を飛ばそう、二戦目からは救援参加にしようと切り替えるとオトモの装備を本気の構成にしてひと狩りしに行った。

 

 ハンターは、運を味方につけつつ腕を磨き、宿敵を倒すことは出来ても、玉を手に入れる運はまだまだないようである。剥ぎ取りもリザルト画面でも無残にもなし。激運チケットも効果なし。

 

 惨憺たる結果による悲しみの遠吠えは、アステラ中に響き渡り、人々はつい身震いしたが、まだハンターの標的はモンスターの方へ向いていたのでつかの間の平和を享受することになったのだ。




自分の顔が好きなハンターさん
顔には酔いしれても自分の実力に酔いしれたりはしない。
人並みに謙遜するので勝ったことも「運」と「慣れ」と野良ハンターたちのおかげだと主張する。
顔については自分の美しさを理解しているので一切謙遜しないが、基本的に独り言以上の自慢はしてこない。同意されると喜ぶ。
自己完結したナルシストは幸せ者だが、オトモが溶けていることには気づけない程度の気遣い力しかないので今まで勝てなかったのではないか。
基本的に注意散漫。回復中に追撃食らって乙るのが基本。


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ハンターさん、ロールプレイする

演じる話。


「やぁおはよう! 今日も気持ちのいい日だね!」

「お、おはようございます」

「うん!」

 

 にこにこ! と聞こえてきそうな素晴らしい笑顔を浮かべたハンターは、静まり返るアステラで一人うるさかった。表情もうるさかった。そこまではいつも通りと言って良いのだが。

 

 ハンターの会話相手は受付嬢でも、世界樹の人でも、生体報告所長でも、オトモアイルーでも、二期団の親方でも、武器屋のおばちゃんでも、でかいコックアイルーでも、集会エリアの受付嬢のどちらかでも、バウンティのために調査報告をしているわけでもないのだ。もちろん買い物をしているわけでもない。マカ錬金をしているのでもない。船長が持ってきたものを買い占めている訳でも、ない。

 

 単に誤爆して船長の隣の人に話しかけているだけならどれだけ良かったか。誤爆される人は誤爆され慣れているので速攻で終わる会話にいつも心を無にしている。紛らわしい場所にいて悪かったな。

 

 つまるところ、普段のハンターはプレイヤーとして必要最低限な機能を果たす以外で他人にわざわざ話しかけるような暇人ではないのだ。そんなことよりも鏡を覗きこんでうっとりしたり、今日も絶好調な重ね着ブリゲイドの黄緑色の装いの調整をした方が良いと思っているからだ。

 

 なお、ドラケンはよそ行きである。ブリゲイドはこのハンターの魂の衣装なのだ。つまり普段着である。外にも行くが。彼の正装であり、普段着であり、一番のお気に入りなのだ。彼は、というかこの場合彼女は、気障っぽい格好の中性的なイケメンをやりに来たのだ。一つのゲームで何種類も楽しめる幸せなプレイヤーである。

 

 つまり、自分のことで忙しいのが日常だと言うのに今日は道行く一般ハンターや(このハンターはアステラ的には到底一般ハンターとは言えない)、特にハンターに何かをする訳でもない流通エリアの人々に片っ端から愛想よく挨拶してくるのだ。

 

 流通エリア以外でも話しかけてくることもあるし、今日は三期団の気球研究所に前触れもなく突撃したのでその他の場所のは人たちも油断はできないが。

 

 しかも、今日に限って返事まで期待してくる。普段は間違えて話しかけても話なんて聞いていないですぐどっかに行ってしまうくせに。会話を楽しむ素振りまで見せる。なんて厄介な。いつものように流通エリアをイノシシのように突っ切っていけばよいのに。

 

「ご主人、ご機嫌ニャー」

「にゃんにゃんちゃん今日も最高に可愛いね!」

「いつもと変わらなかったニャー」

 

 オトモアイルーに対しては何も変わっていない様子、と人々は分析する。迂闊に仕事に集中してハンターを無視でもしたら命がどうなるかわかったものではないのでアステラ流通エリアには張り詰めた空気が流れていた。

 

 普段、皮を力強くなめす職人も、リンゴ選別マンも動きが非常にぎこちない。この二人はモーションがハンターのお気に入りとかで、普段から無言で観察されているのでハンターの視線には慣れていたが、話しかけられたのは初回くらいなのでとてもとてもびっくりしたからだ。

 

 ハンターの今日の得物は、ハンターにとって第二の相棒である、困った時はこいつにおまかせ無属性片手剣である。ガイラのボルボである。よって取る幅はそこまでではないことが唯一の救いだった。これで大型な武器なら緊張のあまり目測を誤り、ハンターにぶつかって吹き飛び、導きの星になってしまうところだった。

 

「今日も元気ですか、レディ」

「おお、お、お上手ですね」

 

 気障な言葉に女性はつい頬を染めた。狂人としかいいようのない行動をしていても、顔はいいのだ、顔は。

 

 というか顔はいいに決まっているのだ。ハンターはハンターしに来たのが半分で、顔がいい男をしに来たのが半分のプレイヤーなのだから。そんな顔でこう、ご丁寧な挨拶をされたら緊張が一周まわってしまう。つまり緊張である。しかし顔がいいので心には顔が良かったという事実が残る。すぐにハンターのナルシズムの思うつぼであることを思い出す。

 

 ハンターが顔を自分の理想に作り上げたことは知らなくとも、ハンターが自分の顔を自慢に思っていることくらいは周知の事実である。

 

 例のハンター、あいつ何しにきたんだ。そんな雰囲気が流れる。もちろん気付かれない程度に、遠慮がちに。誰も目をつけられたくはない。今日は名物カップルも不穏な気配に引きこもって、気づかれないように必死であった。

 

「なにか依頼は?」

「ク、クエストボードにどうぞ」

「そうだった、ハハハ」

 

 なんだこいつ。爽やかな笑顔、文句は言えない会話、走る緊張、自分の顔に見とれている訳でもないのにクエストになかなか出発しないハンター。

 

 真相は、ハンターの遊び心である。非常に迷惑である。

 

 ハンターはハンターである。新大陸の拠点アステラ所属の推薦五期団ハンター。それになりきって遊んでいるのである。その人なのに、中の人がそういうつもりで遊び始めたのだからそうなのだ。

 

 なので普段はスルーする人々に話しかける、つまりアステラに馴染んだハンターのロールプレイをしているつもりなのだが、馬鹿なハンターは知らなかった。馴染むどころか上空にいるくらい、自分は既に浮いた存在なのだと。

 

「ご主人、狩りに行こうニャ」

 

 例のハンターは狂人で良心的でなくとも、彼のオトモアイルーは良心の塊である。周りの人々が必死で刺激しないようにしているのをしっかり察知して外へ連れ出そうとして、ついでに本業をさせておこうという素晴らしい行動力を見せている。

 

 周りは変な行動に見られないようにしながらオトモアイルーを拝んだ。

 

「そうだね、そろそろいつもの調査クエスト消化をしようかな」

「どれにするニャ?」

「そうだなぁ、一度アステラの人と狩りを共にしてみたいんだ。ゾラ・マグダラオス以降、そりゃあもう一人だし? ゼノも結局一人だったし?」

 

 ゼノ・ジーヴァにて開幕一乙竜人棒野郎はそっと目を逸らした。あれ以降、自分を尊敬し、キラキラした目をしてくれたかつての様子はすっかりなくなった。例のハンターとは彼が生態報告をするときすれ違うのだが、毎回不信感ありありの絶対零度の目線を寄越してくるのだ。身に覚えがありすぎる。

 

 その一乙という名の撤退のせいで自分たちが巻き込まれそうなのだけど! という抗議の視線が竜人ハンターに殺到するが誰も口には出せない。出したら例のハンターに連れていかれること間違いなしなので。なので無言の視線の戦いが始まっていた。

 

「古龍は何故かみんな来ない。歴戦個体もみんな遠慮する。回数残ってなくても別にまたクエスト出せばいいんだから、遠慮しなくてもいいのによ」

 

 クエスト枠に遠慮して参加しないわけではない。回数に遠慮しているわけでももちろんない。

 

 例のハンターはアステラ的には強いハンターなのである。そして古龍とは存在自体がほぼ天災である。歴戦個体とは歴戦の猛者なので歴戦個体なのである。どちらもおいそれと狩れるものではない。

 

 腕におぼえありの熟練ハンターであれ、少なくとも、入念な調査と準備を行ってから仲間と綿密な打ち合わせをし、練習を重ね、そして何日もかけて狩るものである。スナック感覚で十五分やそこらで狩るやつと一緒に行きたくはない。

 

 例のハンターは、ほんの準備体操にネルギガンテを倒し、なんとなくヴァルハザクを狩り、次のイベントクエストの軽い練習をするためにクシャルダオラをボコボコにし、弓の気分だからナナ・テスカトリを制し、クエストがあったからテオ・テスカトルの宝玉をもぎ取れるまで戦い、刺激が欲しくてキリンに立ち向かい、武器が欲しいからマム・タロトの角を折りまくる。

 

 狂人である。強靭と言い換えてもいいが、普通ではないという意味では確かだった。アステラ的に手放したくないハンターだが、関わらないでいてほしい。それが総意で、本音だった。つまりいつも通りはバランスが良い。話しかけてくるな。

 

「歴戦古龍でも、遠慮しなくていいように回数制限のないイベントクエストで今、誰が玉座に牙を剥く? ってのがあるんだけどね、にゃんにゃんちゃん」

「にゃーん」

 

 そんなのに誘おうとするのはやめてくれ! ツッコミを入れてくれ! という願いは、すっかり魅惑の手に魅了されたアイルーは使い物にならなくなったことで潰えた。アイルーはとろけてとろけてふにゃふにゃになった。

 

「これは難易度高いし来てくれないだろうってのはわかる、だからまぁ下位クエストでもどうかなって、ねぇそこの君ぃ」

「先約が! ありまして!」

「それは仕方ない」

「ニャー」

 

 先約があればハンターは無理強いしない。その程度の常識はあった。

 

 しかし、その後もしつこいハンターは、とうとうフリークエストのジャグラス狩りまで難易度を下げてきたが、難易度はともあれ例のハンターと狩りを共にするのはなかなかに危険なので全員にフラれ、ハンターはつまらなそうにひと狩り行った。

 

 なお、ネギの玉が落ちたという理由でロールプレイをしていたこともすっかり忘れて上機嫌で帰還したのでアステラの人々は胸をなでおろしたのだった。

 

 もちろん作りたかった装備を作ったのでその玉は一瞬にしてなくなり、例のハンターのファッションショーはしばらく続いていた。

 

 ファッションショーを遠目に見ながら、常にしていてくれという想いがそこにはあった。




ロールプレイングゲームが好きなハンターさん
理想のイケメンにカスタマイズしたキャラクターでロールプレイしたくなった。特定の角度から見ると性別不詳になれる。具体的には四十五度ほど正面から傾ける。
馬鹿なので、なにかあるとすぐにやっていたことを忘れる。やっていたことを簡単に忘れる鳥頭でなければ毎日毎日飽きもせずに自分の顔に見とれたりはしないはず。はず。
ハンターが最初から最後までこのノリを貫くことが出来ればそれはそれで互いに幸せになれた。
結局ソロで玉座に牙を剥いた。オトモとデートとはいえ寂しかったので次からは救援を呼ぶことを誓う。
本日の反省「黄緑色は少し幼かったかな。明日はもっと落ち着いた色にしよう」

ハンターさんのオトモ
全てのアイルーを魅了する手の持ち主であるご主人に骨抜きにされた。可愛くて有能。その毒武器にハンターはよく救われる。
現在盾持ちですごく頼れる。


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ハンターさん、枯渇する

あらゆるものが枯渇している話。


「金がない」

 

 例のハンターは死にそうな声で言った。

 

 自慢の顔がブリゲイドの帽子に半分隠れていて、憂う表情は非常に絵になっていたが、内容は正直よろしくない。心なしか丁寧に結っている髪の艶も少し普段より衰えている気もする。

 

 血を浴び、毒を浴び、暴風を受け、雷にうたれ、焼かれ、爆破され、凍らされ、泥に突っ込まれてもなお普通の人よりはよく手入れされて艶があるので特に問題にするところではないかもしれないが。ハンターはハンターなので髪を焼かれてもチリチリにならないのである。

 

 人間なのだろうか。……ハンターは、ハンターなので。

 

「いつものことじゃないですかー」

 

 受付嬢は至極爽やかな口調で答えた。事実である。

 

 ハンターは相談相手や話し相手が欲しかったのではなく、ただただ相槌を打つ相手が欲しいという中の人の基準である女性的な考えでものを言っていたが、互いに相手の話を聞かないので相手がなんと答えようが特に問題はなかった。

 

 よく似たコンビなのかもしれない。ただしハンターは受付嬢の「頑張れー!」があまり好きではない。受付嬢はハンターのこと全般を好きでも嫌いでもない。なので半分噛み合ってないくらい、話を聞いていないくらいで丁度いいのだ。

 

「鎧玉もほとんどない」

「ありゃー」

 

 少しばかり事情はいつもより深刻だったが、普段の鎧玉ストックも火の車である。財布の方はそれを通り越してファイアーチャリオットだが。最近は調査ポイントすらかなり減っていてわざわざ探索によく繰り出すほど。たくさんのブルーマリンを抱えて戻り、その場を凌ぐのだ。つまり何もかも足りないのだ。執念と愛だけがそこにある。

 

 そうなるのも、被弾が多い例のハンターは身につける防具全てをカスタム強化しなければ絶対に気が済まないせいなのである。当たらなければどうということはないのだが、当たるので問題なのである。

 

 しょぼくれた今日のハンターは、枯れたような茶色のブリゲイドをけだるくもしっかり着こなしていたが、顔は絶望に染まっていた。

 

 ジョッキの中にある薬草をすり潰してぶち込んでとびきり苦くした液体を飲み下しながら、この世の終わりを告げているようだった。なお、アステラに戻ってまで薬草を飲んでいるのは匠の護石のためにクシャルダオラを狩ってきた際に、被弾が多すぎたあまり服を汚す勢いで皮膚が裂けて出血していたからである。

 

 ゲーム的には回復済みで問題はなくても、ハンターの肉体的には現実の世界なので、眠りもせずに傷が完治するのはちょっと難しい。寝たらすっかり治るのだが。

 

 このハンター的には服が汚れるのが最も困るのだ。なので彼はきちんと治しにかかる。しかしそのような理性はあっても、資源が枯渇した事実には変わりがない。

 

 たまに血も滴る良い男! と嬉しそうにしているが、スクリーンショットには撮れないのであまりしていない。なにより鉄臭くてかなわないし、やっぱり痛いし沁みるので。流石にそれは良くないと思う程度の倫理観と常識はあるのだ。

 

 彼が資源が枯渇させた経緯といえば、装備のドラケン一式をカスタム強化したところで全てを使い果たしたことによる。各種歴戦王装備を強化およびカスタム強化する余力を失ったのだ。

 

 宿敵、討滅戦ベヒーモスを倒した祝杯がてら、ずっと作りたかった装備を作りまくって財布と素材をすっかりカラにし、売り飛ばしていいところの限界ギリギリまで素材を売って作った金もすぐに使い果たしたのが主な原因である。

 

 完全な自業自得である。

 

 なお、その段階になってようやく、狩猟王のコインがちっともないせいで装備のブリゲイドを作れないことが判明し、二度とやりたくない闘技場をどうするか少し悩んでいたりする。ただでさえ被弾が多いプレイヤーが、装備のしょぼい戦いをするとそれはもう悲惨で、目も当てられない。

 

 平気でソロにして八乙三十分とかかけてクリアするので。装備が弱いと、必死で乗ってダウン中にタコ殴りする以外の勝ち方を彼は知らない。正面から挑むと瞬く間に乙、それだけである。

 

「新しい装備を組んで作っては登録して、もちろん使うつもりだからカスタム強化までするじゃないか。そしたら気づいたらすっかりスッカラカン」

「しばらくお金が貯まるまで装備作るのも強化するのもやめたらどうですか?」

 

 今日の受付嬢、最高にキレッキレであった。また隣のテーブルから逃げ損ねた五期団ハンターも内心頷いている。ちょっとは堪えろよ、と。

 

「……そうだな」

 

 しばらく、装備を作れない。その事実に直面して禁断症状で手を震わせながら、もう、そうするしかないのだ、と納得せざるを得ない。正論なのだ。

 

 それを理解する頭はあったが、軽い財布をしっかり掴んで、いつまで自分が耐えられるかを静かに考えていた。すでに限界に近い。無理だと悟る頭はあった。なんとかなるだろうとまで楽観しなかったが、馬鹿なので、頭があっても手が勝手に動くことは理解しなかった。

 

「鎧玉のためにはバウンティもやってかなきゃな。確かまだ配信バウンティが終わってなかったから……あと瘴気の谷とウラガンキンか。☆9は勝手に終わってたみたいだけど……調査クエストで済ませたらバウンティも達成できるかな。歴戦をソロで……いや一人はなんか寂しいし、救援参加かな」

「ニャン」

「にゃんにゃんちゃん! ごめん! ソロでも一人じゃなかった!」

 

 オトモアイルーの寂しげな鳴き声に反応し、抱き上げて猛然と頬ずりするハンターがいるせいで別のハンターたちは食事場にとても入りづらかったのでキャンプで食べることにした。物理的に塞いでいなくともこのハンター、邪魔である。逃げられない五期団はぎごちない動きで食事を再開した。

 

 オトモアイルーは、オトモとして一般的な範疇でハンターのことを慕っているので微笑ましい光景のはずなのだが、相手が例の狂人ハンターというだけで禍々しい光景に見えてしまう。

 

 受付嬢はもちろん、何も見ていないのでリンゴを気にせず頬張っていた。彼女こそが鋼のメンタルの持ち主である。

 

「普通、装備って一式同じモンスターで揃えてきますよね。どうして相棒は色んなモンスターのものを混ぜて使うんですか?」

「えっ、そっちの方が好きな様にスキル組めるし、自分にとって何が一番愛着があるモンスターなのかとか決められないじゃないか」

 

 平等にモンスターと親睦を深めてきたハンターにどれかを選べなかった。人並み以上にドスジャグラスを追い剥ぎ乱獲し、人並みにバゼルギウスに殺意を覚えてハンターをしてきたので。モンスターの好みこそあれ、特別これが好きすぎてほかより優先する! とかいうことはないのである。

 

 強いていうならこのハンター、ネルギガンテが戦いやすくて好きだった。ヴォルガノスとかいう届かないところで溶岩吐いてくるモンスターとは違ってパワー勝負を仕掛けてくるため、猪突猛進ハンターとしてはやりやすいのだ。しかし玉は落ちない。

 

 ヴァルハザクは落とすのに、クシャルダオラは落とさないように、ネルギガンテもなかなか落とさない。

 

「キメラいいよね」

 

 装備キメラの方がいろいろとスキルが組めて便利ということである。だからこのハンターは重ね着装備を手放さないのである。流石にてんで色も質感もバラバラな見た目には彼の美的感覚が許さなかったらしい。

 

 プレイヤースキル:被弾多し。なので、生存スキルをしっかり組めないと困るのだ。硬派な一式派のことを尊敬するハンターなのだ。ハンターの知り合いに一式派がいるので彼は彼女のようになりたかった。ちなみにネカマではない女ハンターである。なによりオトモを愛するハンターらしい。

 

 堪え性のない素っ頓狂の知り合いハンターのことはともあれ、まずは、その注意散漫を直さなければ話にならないのだが。

 

「そんなものなんですかー」

 

 ハンターは受付嬢のクエストリストをむさぼるようにチェックしながら、適当な相槌を聞き流した。調査クエストとフリークエストを見比べながら。

 

 金がないなら、高い報奨金の歴戦四枠調査クエストに激運チケットを使って乙らず戻ってきたり、もう素材に用途がない手負いのベヒーモスでも狩ってきて素材を売っぱらえばいいことは理解しているのだが、効率厨を極めるには彼はライトなプレイヤーであった。

 

 黙々と、淡々と狩り続けるのには向いていない。定期的にファッションショーを開催したり踊ったり、ほかのハンターと共闘したりしなければ続かないのだ。プラスに加入しないという選択肢のないタイプである。

 

「バウンティ……バウンティ……バウンティと金が両立できるやつ……」

 

 受付嬢はそっと救援リストをハンターの方に押し出すと、すっかりハンターのことを頭のすみに押しやって忘れた。あまり直視すると精神衛生上良くないことは理解していた。

 

 ハンターは救援リストを手に取ると、素早くめくって参加を決めると、いつものように上機嫌とは言い難い切羽詰まった顔でひと狩りしに行った。

 

 

 

 

 

 

「金がない」

 

 例のハンターは憔悴していたが、だれも同情はしまい。例のハンターにとっては唯一の救いとして、憔悴しても魅力的な顔は魅力的だったので、それで満足して前を見据えてほしい。

 

「さっきあれだけ稼いだのに、もうないんですか?」

「あれっぽっちじゃカスタム強化した装備の強化分も賄えないよ。装備いくつか作ったらなくなった」

「はぁ」

 

 受付嬢にも例のハンターの金銭感覚だけは理解ができない。ものすごい大金を稼いでいるはずなのに、一瞬で使い切ってしまうところが。自分なら、そんなにお金があるなら美味しいご飯をいっぱい買うし、ご飯ごときで早々無くなるような金額でもないからだ。

 

 しかし、このハンターは、装備に金をかけているのだ。高額な報奨金を高額な装備に費やしているのだ。装備自体は完成し、新たな狩猟スタイルを確立するために新しい装備を作って金を使いまくっているのだ。受付嬢にはまったく理解ができない。もう戦えるならいいではないか。

 

 火力装備も汎用装備も、広域装備も補助装備ももうあるのに。だが探究心の高いプレイヤー的には、新しい武器と戦闘スタイルを開拓していく普通の行為なのだ。

 

 スッカラカンのハンターの顔にはどこかやりきったような笑みがある。しばらく作らないとは何だったのか。禁断症状は抑えられたようだ。

 

 しかし、装備を作ったということはナルシストタイムもあったということ。しばらくスクリーンショットを取り続けるために課金ジェスチャーのポーズをマイハウスではなく外でキメていたらしく、ほかのハンターたちが加工所の近くで立ち往生していたのには気づかなかったようだ。

 

 ようやく動けるようになったハンターたちがやれやれと言わんばかりに人混みを解消しているのを背景にしながら、ハンターは軽い財布を投げてあそんでいた。チャリンチャリンと軽い音がするので猫飯代くらいはあるのだろう。本当に切羽詰まっているときには金属音すらない。

 

「次、なにか受けます?」

「うん」

 

 ハンターはもはやめくってくれもしない受付嬢の手から本を借りるとペラペラとめくり、真剣な顔をしてなるべく稼げそうなものを選んでひと狩りしに行った。

 

 もちろん、戻ってきたハンターはそろそろ集まってきた鎧玉と稼いだばかりの金を持って加工所に突撃し、全部スって食事場に戻ってきてまた狩りに行くことになるのだが。

 

 落し物で調査ポイントと金を稼ぎ、さらに新しい武器まで手に入るマム・タロトの次のシーズンが来るまではしばらくハンターの懐事情は台風迫る秋風如く、激しく吹き荒ぶことになりそうだ。

 

 ハンターには堪え性がない。そのことをアステラ中に轟かせながらも、今日も例のハンターは鏡の前では最高の笑顔だった。




財布が寂しいハンターさん
最近課金ジェスチャーの存在を思い出して大喜びで買った。決めポーズ各種とダンスでスクリーンショットが潤う。リアル財布はそこまで寂しくないようだ。
受付嬢の着せ替えはスルーしてしまった。なにせ中の彼女は女の水着に興味はない。
倒しても倒してもクシャルダオラが玉を落とさないので悲しみのマカ錬金をし、腹いせのヴァルハザクは一発で落としたのでこの憤りをどこへ向けたらいいのかわからない。
今日の一言「ゾラの素材が案外足りない」


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ハンターさん、指導できない

(システム上)すべての武器を扱えるハンターさんに総司令から呼び声がかかる話。


「ほかのハンターに武器の使い方を教えてやってくれないか?」

 

 総司令は、目の前に今にも暴れそうな手負いの歴戦個体のイビルジョーがいるような顔をしていた。相手はもちろん例の導きの星である。もちろん暴れそうな様子はないが、暴れてからでは遅いのだ。

 

 面倒がって逃げないように、左右を総司令の孫とハンターが大好きなソードマスターに固められた例のハンターは椅子に座らされていた。ソードマスターが好きなのは渋くてカッコイイからである。なお、背後は海である。

 

 そして、あたりに漂う雰囲気はゾラ・マグダラオスを海へ逃がす時のように緊迫していた。遠巻きに例のハンター捕獲網が敷かれているが、そんなものは地図画面からのファストトラベルで無意味なのだ。

 

 それに、例のハンターの今日の得物は彼がすべてが面倒になった時に使う弓である。もう何もやりたくないがとにかく狩りはしたいという顔である。

 

 実際、逃げられそうにないように見えても、メニューを開かせないようにしたとしても、ハンターからすればログアウトすればいいだけなのでボタンをちょいと押して電源を切ってしまえば逃げられてしまう。

 

 現状、このハンターの気をソードマスターで引いてなんとか留めているのだ。実際例のハンターは紅をさした顔を喜びに上気させて子犬のように尻尾でも振りそうな勢いでソードマスターに話しかけようと必死であった。今日も化粧の微調整をしてきたので本人的にはお洒落してきてキメキメなので。もちろん顔をおおう兜をかぶった相手が分かるような大きな変化はないのだが。

 

 このハンターは顔が良いということが好きである。もちろん硬派なイケメンも好きなのである。しかしながら、自分がプレイするには、中性的な顔にキャラメイクしておきながら方向性を変えるとかそれはないだろうということで、観察するにとどめている。ソードマスターは、顔が見えなくとも渋くてカッコよくて、しかも強いとわかっている。ゆえに人間キャラの中でイチオシなのであった。

 

「教えるったって、適当に武器を振り回してたら覚えたってぐらいですけど。人様になにかコツを教えるようなくらい上等なハンターじゃあないですよ」

 

 ハンターは謙遜せずに言った。事実である。ハンターとして上手いか下手かなら、アステラ的には強かったがプレイヤーとしてはどう足掻いても中堅層だった。

 

 どこまでも上には上がいる。プロハンには到底なれない程度だが、すべてのクエストをひと通りクリア出来、例のコラボモンスター以外はソロでもクリア出来る。しかしソロだと結構乙るし、時間もかかる。つまり良くいる一般的な腕前に過ぎない。

 

 しかし、そもそもこうなっているのも、例のハンターがあまりにもあまりにも右往左往して邪魔なのでひとつ、落ち着いてくれないかと総司令はいつも考えた結果である。そして行き着いた先は、たまに指導的立場におけばマシになるのではないか、と。

 

 ハンターはプレイヤーなので新展開には目ざとくついてくるが、狩りや着せ替え以外のことには飽きっぽくもあるので、上手くいったとしても短期間に終わるのは目に見えているのだが。

 

 ともかく、新大陸にいるハンターに完全なる初心者はいない。ということは、最低限丈夫であるということだ。つまり、うっかりやられてしまうこともなさそうだし、上手く行けばこのハンターのように複数の武器を扱えるようになれば儲けものという次第である。

 

 上手くいかなければそれはそれで次の手を打つまでだった。たとえば、良い調査クエストをこっそり提示するとか。とりあえずハンターにいてもらいたいがアステラでこれ以上うろちょろされるのも問題であった。ハンターの機嫌を損ねたらどうなるのか分からないというストレスをこれ以上調査団にかけるわけにもいかなかった。

 

 このハンターが主人公である時点でどう足掻いてもアステラは逃れられないのだが。彼は神ではないが、ここのアステラにとっては礎も同然である。彼がいるからこのアステラが存在する。彼がいなければここのアステラの存在は曖昧になり、どこかのアステラと収束して消えることになる。

 

 もちろん、誰もそんなことはわからない。人々はテスクチャの貼られた世界の裏側を垣間見ることは出来ない。剥ぎ取ったあとのモンスターが消えるのも、宙返りするだけでモンスターの攻撃を無効化できるのも、すべてすべて当たり前なのでおかしいということに気づけない。

 

「物は試しだ。得手不得手というものはやって見なければわからないだろう?」

「はぁ。それって依頼になるんですか?」

 

 なお、ロールプレイを人並みに好むプレイヤーなので、偉い立場の人間には敬語を使っている。ただし竜人棒野郎は除く。人並み以上に根に持っていた。

 

「もちろんだ。トレーニングルームに既に教えを請いたいというハンターが三人程待機しているから頼んだぞ」

「おしえるってなにをです?」

「そのハンターの使えない武器ならなんでも。希望が叶えばよりいいが」

「そうですか。まぁ堅鎧玉二十個には替えられませんからねぇ」

 

 このハンターは人並みに現金な人間である。そういうことも把握されていて、だからこそ食いつきそうなところで報酬を出した。ハンターは鮮やかな水色のブリゲイドの帽子をクイッとやると、トレーニングルームへ飛び立っていった。

 

 かくして、アステラは三人の生贄による一時の安寧を手に入れたのである。

 

 選ばれた頑強そうなハンターたちは空からやってきたハンターを見て内心生き残れるように祈りを捧げることにはなったが。

 

 なお、最初から最後まで例のハンターのオトモはやめておいた方がいいと思うニャンと言いたげな顔をしていた。

 

 

 

 

 

「総司令は、あたかもわた……お、俺が何でもできるみたいな言い草だったけど、すべての武器が使えるわけでもなんでもないんだけどなぁ。とりあえず大剣からやってみる? 希望があるならやるけど」

 

 ハンターの中の人は女性なのでロールプレイで「俺」と言うにしてもかなり気恥ずかしかったのでNPC相手でも二度とやらないと静かに誓った。

 

「なんでもいいです……」

「そう、じゃあ短期間で覚えられたし大剣がいいんじゃないかな。火力出るし、納刀早いし、カッコイイし」

 

 やる気はそこまで感じられないが、報酬目当てが手に取るようにわかる例のハンターは、愛用の大剣を構える。生贄のハンターたちにはそれぞれに用意されていたハリボテのものを配って。

 

 そして、普段ガンナーのハンターも構えさせられたが、どうにもうまくきまりはしない。

 

 当然のことだが、例のハンターがすべての武器を構えることが出来るのも彼がプレイヤーだからである。ハンターは、普通一つか二つの武器しか扱えない。

 

 例外も存在するが、普通は持ったこともない武器を構えられるはずもない。いくら黒帯だからといって柔道部に突然竹刀を持たせても、剣道は未経験者なのだからやり方がわかったりはしないように。

 

 ハンターとしては武器を操作するのも、コントローラーのボタン一つであるので、その構えられない気持ちが全くわからず、首を傾げた。ともかく傍目には嫌味はないが、天才肌で周りの気持ちを理解できない人間である。

 

 アステラの人々とプレイヤーなハンターとの溝はますます深まっていく。

 

「こっちも大剣は七十回くらいしかまだ使ってないんだけどね。基本は構えながらさんかく、スティック倒しながらさんかくで強溜め、もう一発ぶち込んで真溜め、真溜めから復帰を待ってたら被弾するから急いで離脱にバツボタン、バツボタンからさんかくでタックル。普通にゆっくり待って強溜めでもいいかな……」

 

 例のハンターはアステラの人々にとっては呪文を唱えながら、教科書のような完璧な動きで実演する。美しい模範的な動きは、正確に的に轟音を立ててぶち当たる。

 

 発言の内容がまったく理解できないものの、動きだけは完璧である。思わず大剣を構えたままハンターの動きに見惚れたが、だからといってまったく参考にはならない。

 

 そもそもこのハンターは、魂がプレイヤーなので視点は己の目ではなく、自分の背中より後ろにあるし、武器を手に持って振るっているのではなく、コントローラーのボタンをポチポチ押して発動させている感覚なので生身の人間に教えるなんて到底できやしないのだ。

 

 中の人も武道経験者ではない。むしろ反射神経が少しとろい運動音痴である。だからこそ被弾が多いのだ。とはいえアステラの人々がそれを知るはずもない。

 

「応用も、ジャンプ切りしてさんかくでこう斜めに切り上げるじゃん、それからさんかくで強溜め、もう一回で真溜め。スティックは常に傾けてさぁ、えっと、タイミングよく? あとはまぁ、モンスターが動くから間に合いそうになかったら横殴り混ぜたり?」

 

 ハンターの呪文は非常にメタな発言なので現地の人間にはまったくもって理解不能である。プレイヤーなハンターは、ようやくそこでぽかんとして立ち尽くすほかのハンターたちを視認した。

 

 そしてなんとか思い当たる。

 

「あー、えっと、コントローラーのボタンってわかる?」

 

 当然、首を振られた。

 

「そういう感じ? えー、めんどくさいなぁこれ。リセットしちゃおうかな。口頭でやるのかこれ」

 

 無意識にタックルを繰り返しながらハンターはブツブツ言う。

 

 早速飽きたことを察知したハンターたちは、自分たちがアステラの安寧のための生贄であることを思い出した。これを乗り切りさえすれば次の生贄がハンターを止める手はずなのである。バトンを落とすわけにはいかなかった。

 

「うーん、鎧玉が惜しい。じゃあ弓にしようかな……」

 

 ハンターの中の人は塾講師アルバイトなどの経験がないため、もう全くのド下手くそな講師だったが、とりあえずのやる気を見せた。

 

 もちろん弓道経験者でもないので説明は混迷を極めた。構えるところからやり方の説明がなっていない。

 

「弓をこう、背中から取りながらパチーンって開いて」

 

 ハンターはパチーンと弓を開いた。一度じゃわからないかと思って三回ほどパチーンとした。もちろん一ミリのズレのない動きで。プレイヤーなので。

 

 しかし、それは周りから見れば異質にも程がある。

 

「それから、開幕はそうだね、チャージステップは横滑りしながら溜めて撃つ。前滑りでも後ろでもいいけどね。えーっと、照準はL……じゃなくてなんて言えばいいんだろ。よく狙って撃つ。弓の発射はさんかくで……いやダメか。手を離すんだ、こう! マルで剛射!」

 

 こちらも実演した。何回かやった。

 

 だが、見ただけで弓を使えるようになれば苦労はしない。三人のハンターは、別の生き物を見るような目で例のハンターを見ていた。

 

 何度実演してもまったく動きがぶれないのだ。まったく同じ動きで誤差の欠片もなく、つまずくことも淀むこともなく弓を引く。そのわりにはたまに的から外すが中の人が飽きてきたせいである。

 

 講師にしても人選ミスとしかいいようがない。ハンターは同じ目線に立って生きる人間ではないのだから。自分の背中から世界を見て、ボタンによって行動するアバターに過ぎない。しかしそんなことは理解されるはずもないのでますます不信感は深まっていく。

 

 しかしここに拘束できればできるだけアステラでは平和な時間が流れているのだ。粘らなくてはならない。

 

 ハンターは弓を教えるのも諦めたようだった。どう足掻いてもボタン一つでハンターが動くものを口頭で説明しろと言われたって無理であるのだから。

 

 だからといってほかの武器を教えるにしても、すべて同じである。だからハンターは諦めることにした。

 

「……ネギ狩りたくなってきたよ、ごめんね!」

 

 しかし、ハンターは、祈りも虚しく、飽きて速攻見切りをつけた。唐突に後ろにバタンと倒れてログアウトし、その瞬間世界はぐにゃりと歪んだ。セーブもせずにアプリケーションを終了したからである。

 

 

 

 

 

「ちょっと相談があるって総司令が言ってたわよ」

 

 ハンターは目を細めた。さっき聞いた会話だ。駆り出された同期の編纂者は顔見知りだ。だがそんなことは彼にはどうでもよかった。流れが同じなので展開はもうわかっているのだ。

 

「お姉さんごめんな、遠慮しとく。今ネギ狩りたい」

「……そう」

 

 リセットされた世界でこのハンターはそもそも依頼を受けることなく、総司令に近づくことなくネルギガンテを討伐しにひと狩りしに行った。連続してヴァルハザクも狩ったが突然ネット回線が切れて周りのハンターが消え、泣く泣く一人で討伐したりもした。

 

 もちろん、今までにもハンターをどうにか大人しくさせようと作戦はいくらかあったのだが、どれもこれも要するにハンターにとってはめんどうなことである。その度飽きられてリセット離脱されているのでアステラ的にはハンターを縛ることは実質不可能、という結論に達していた。

 

 ハンターは思う。恐らくあれは戦力拡張イベントかなにかなのだろうけど、ボタンの説明しかできないハンターにやらせようとするのは無理だし、めんどくさいから攻略動画を見てさっさと済ませるべき案件だ、と。ストーリー以外はガンガン攻略を見るプレイヤーなのである。

 

 しかし狩りから帰ってくるとせっかく考えたこともすべて忘れていたし、総司令も諦めていたのでいたちごっこは続く。

 

 ハンターはアステラにいて巻き込まれるのも嫌だったのでいつもと違って一枚だけスクリーンショットを撮るとさっさとまたひと狩りしに行った。

 

 少しだけ、アステラは平和になった。ボックスステップを道の真ん中で踊るハンターがいないだけでなごやかなのである。

 

 その後、お金がたまったハンターはまた装備を作り、自分に見惚れるのでいたちごっこな同じことを繰り返す。

 

 ハンターは素晴らしい笑顔で今日も情熱的な決めポーズをキメるのだ。




すべて実戦で覚えたハンターさん
実のところ、チャアクスラアク太刀などの変形したり、ゲージがあったり、装填したりする武器が全く使えない。仕組みを理解していない。
マルとさんかくでなんとかなる武器が好き。なにかの管理をしながら戦うような頭がないので双剣も適当に振り回しているだけに過ぎない。猪突猛進脳筋。故に空中回転乱舞中に叩き落とされて乙る。
ネルギガンテは思い出したら狩るようにしている。
今日のハンターさん「流通エリアの人たちの作業服、インナーベースでカッコイイから重ね着で欲しい。全裸状態の重ね着も欲しい」

総司令
ハンターの相手をして疲れないのは受付嬢だけだとよく理解したが、理解した記憶をセーブできなかったのでまたなにか仕掛ける予定。


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ハンターさん、独り言が大きい

ボイスチャットの話。


「次はナナ行こーよ、ナナ!」

 

 アステラの人々は例のハンターにバレないように気を遣いながらも、一人で大声で話す例のハンターを不気味そうに見ていた。ハンターの足元には今日もよくブラッシングされたオトモアイルーがいたが、そちらに話しかけているような様子でもないのだ。

 

 なにしろ今日の例のハンター、目覚めてからずっとあの調子なのである。

 

 見えないハンターらしき存在とおしゃべりし、よく笑い、楽しそうにしている。最低限機能を果たす程度にしかこちらに用がないらしいのでアステラ的には平和だし、ナルシスト全開に道の真ん中でポーズをキメることもなく、さっと通り抜けてくれるので邪魔でもないのだが、とにかく不気味なのだ。

 

 大声で見えない存在と延々と話しているなんてとうとう本当に気が狂ったのかもしれない。

 

 それから口調も変であった。例のハンターは男だが、話し方がなんだか柔らかい気がする。あんな人だったか。いや、ハンターがただの純粋な人なのかというと、よくわからないので……ハンターはハンターなのだとしか言いようがないのだが。いきなり性転換するくらいしなくてはアステラの人々が「ハンターだから」で納得しないことはないのだ。

 

 もちろん、ただ例のハンターがリアルの友達とボイスチャットしているだけなのだが。友達とプレイしているのにゆっくりスクリーンショットを撮りまくることもしないし、NPCに構う暇もない。口調もロールプレイをしていない素というだけのことだ。

 

 しかしながら、アステラの人々にそんなことはわかりやしない。とうとう本当に狂人になったか……いつかそんな日も来るだろうとは思ってたんだ。という空気が流れる。

 

 むしろこっちに構ってこないなら少々うるさいだけで万々歳ではないか。大声の独り言ぐらいなんだというのか。快適になるじゃないか。そう互いに励まし合う。

 

「ちょうどわたしの調査クエに歴戦四枠三十分、一乙アウトのナナがあるからさー。よーし、いこ! はやくいこ!」

 

 もちろんこのハンターの「はやくいこ」はわざとである。

 

 無邪気にはしゃぐ例のハンターが自分たちを欠片も気に留めることなく……これは通常通りだが……クエストボードに向かい、調査クエストを受注し、オトモをたくさん撫でてから、一日の出撃回数の平均を大きく超えてぐるんぐるんと戦場にとんぼ返りしているのを見るのはなかなかに怖い。

 

 なおそれでも大のお気に入りのブリゲイドをキメるのをやめるつもりはないらしく、白に黄色を混ぜたなめらかな色をしっかり着こなすことはしていた。

 

 しかし新色を着ているというのに決めポーズを三回しか取っていないのだ。どこかで悪いものでも食べた可能性がある。拾い食いしたのかもしれないが、ハンターにとってスタミナライチュウの拾い食いは基本なのでどこで当たったのかわからない。

 

 そもそもあのハンターに中毒を起こさせるような劇毒がその辺りに転がっていると考えるだけで恐ろしい。

 

「……狂ったか」

「今更だろ」

 

 飛び立って行った例のハンターの後ろ姿がすっかり小さくなると、誰かがぽつり。返事もぽつり。もともと狂ってるようなものだったじゃないか。そう励ますように言いたげな返事だ。

 

 しかし、こうなるとこうなったなりに寂しいものである。

 

 まだ、武器の使い方がちっとも理解出来なかった、最初の新米駆け出しの例のハンターのことを思い出す。女みたいな顔をして、その顔に凛々しい表情を頑張って浮かべ、ドスジャグラス程度にすさまじくボコボコにされながらもなんとか勝ってきた時の泣きの混じった笑顔。

 

 小さいジャグラスについばまれつつも、照準の合わせ方も知らないライトボウガンをそこらじゅうに乱射して、なんとか勝てた時の恐怖と達成感のあった初々しい表情。

 

 任務クエストで初めて歯が立たなかったモンスターの対策のために長いことうんうん悩んで、装備を恐る恐る更新し、試行錯誤を繰り返してようやく勝てた時の輝かしい笑顔。

 

 何度も何度もテオ・テスカトルに負けて、初めて今の相棒である片手剣を握った日。火耐性を上げるために作った装備を緊張の面持ちで着て、救援まで呼んで勝てた時のやり切った顔。

 

 そう、悪名、というかやばいやつだと広まる前の、ただただ無邪気で純粋に楽しんでいた普通の青年だった頃のハンターは表情豊かで純粋で、特にやばいやつでもなく、毎日楽しそうで一生懸命で、皆の弟として足る存在だったのだ。

 

 それを思いだすと、今のすっかり狂ってしまった様子にはどこかやるせないものがあるし、なにかしてやれることはなかったのかとまで思ってしまう。

 

 もちろん、ハンターは最初から特に何も変わってはいない。昔はメインのストーリーを進めるのに必死、中の人はハンター業をワールドからはじめたので、完全な初心者という二重苦だっただけなのだ。

 

 つまり、やりたくても武具をつくりまくるなんてマネができなかっただけである。顔についてはしっかりキャラメイクしていたが、ナルシズムに浸るにも装備が訳の分からないキメラではそこまでやる気もしなかっただけにすぎない。

 

 それにようやく勝てた時の純粋な感情も失っていない。ただ、勝てない敵がいなくなっただけのことで。モンスターのほとんどがソロで倒せるスナック菓子のような存在になっただけなのだ。モンスターが成り下がったわけではない。このハンターが立派に成長したのだ。

 

 実際のところはそんなものなのだが、現状が酷すぎるせいで、美しい記憶によって美化された五期団推薦の例のハンターの昔を思うとなんだか泣けてきてしまったのだ。泣かなくていいのに。

 

「もっと話し掛けて、一人にならないようにしてやればこうはならなかったのかもしれないな……」

 

 まったくもって的外れな話だが、アステラにしんみりとした空気が流れた。狂人となる前のハンターへの黙祷である。すっかり狂い、かつての彼は死んでしまったとでも言いたげである。中の人は特にスタンスを変えていないのに。

 

 ひと狩りしに行ってから十数分後、見えない友人ハンターとともに馬鹿笑いしながら帰還した例のハンター。心底楽しそうに虚空に向かって話して、時折大笑いしているのを悲しく見ながら、人々はそっとしておいてやろうと思う。

 

 どちらかというと、そっとしておかれたいのはアステラの人々の方なのだが。

 

「次! 次は何しよ! ベヒーモスの手負いの奴ならいけるでしょ! やったー! いこ! はやくいこ! 回復は任せて! ヒーラーやるよー、元気な広域キノコマンだよ!

えっと、じゃあ厄介な尻尾は……え、虫棒してくれるの? やった! 切ってね! 役目でしょ! ありがとう! え? わたしも切れ? もちろん、剣士の役目だからね! 頑張るよ!」

 

 「ゆうた」発言はもちろんわざとである。発言のあとにハチミツくださいとも言っていないのにすかさず送られてきたのでハンターはますます笑い、過呼吸になりそうになりつつもテンション高く踊り始めた。

 

 ただの相手の装備変更待ちである。基本ソロプレイヤーの彼は人並みに寂しがり屋であったので、ボイスチャット付きで遊んでくれる相手にテンション上げっぱなしなのである。

 

 鼻歌でも歌いそうな楽しげな雰囲気に、アステラの人々のしんみりとした空気。グッピーなら死んでしまう激しい温度差がそこにあった。

 

 なお例のハンターのオトモアイルーは狩り場でこのハンターの話し相手の女ハンターの姿を見ているので何らかの手段で話しているんだろうニャー、としか思っていないのでしんみりとした空気の意味がわからず、アステラで死人でも出たのかと首をひねっていた。

 

「よーし、ひと狩り行こうぜ!」

 

 またハンターは嬉しそうにひと狩りしに行き、二十分くらいでまた楽しそうに帰還し、見えない相手と大笑いしながら次の標的を決め、またひと狩りし、また戻って……を深夜二時まで続けた。

 

 つまるところ、アステラ的には数日続けられたわけだ。眠りもせず、猫飯はしっかり食い、疲れた様子もなく狩りを続け、話し相手は見えない相手。完全に狂人である。

 

 しかしながら、やっているのは単なるボイスチャットである。

 

 なので深夜二時になると流石に近所迷惑とか、親フラ壁ドンが懸念される。いつまでゲームやってるの! うるさい! 寝なさい! と親に言われてしまいかねない。友人相手との口論なら曲射で反論すればいいが、親フラに曲射するわけにもいくまい。最悪、ブレーカー落としの刑である。それは勘弁願いたかった。

 

 そろそろまずいと思ったのか、中の人の次の日の予定に差し障るからなのか、ハンターは別れを惜しみながらボイスチャットを切ると、バタンと突然後ろに倒れた。

 

 もちろんただ彼もログアウトして自分のお布団へ向かっただけなのだが、周りからすると数日狂いっぱなしのハンターがとうとう電池切れで倒れたわけだ。

 

 流石に心配されていたのでオトモアイルーを手伝って例の星をマイハウスに運び込んでベッドに寝かせると、悲しみの表情で祈りを捧げられた。もちろん、例のハンターはそんなことを知らずに魂の抜けた体は普通に寝ていたし、中の人も楽しかった上機嫌のまま就寝しただけなのに。

 

 それからしばらく、ハンターは妙にアステラの人々が優しいことに気づいたが特に気にすることなく普段の狩りライフに戻っていった。




ハンターさん
友達とプレイ出来て楽しい。まさか自分が狂人だと思われていることも知らず、楽しい狩りライフを満喫している。
装備はキメラ派。要するに普通のプレイヤー。

ハンターさんのリア友ハンター
ネナベではない。
おそらく、彼女のアステラで似た扱いを受けている。見えない相手と喋るのは怖いので。
ハンターの尊敬する装備一式派。キメキメのマムかエンプレスでやってくる。


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ハンターさん、冷静になる

システムにツッコむ話。


「大タル爆弾Gってあるじゃん?」

「ありますね」

 

 例のハンターは知的に見えるメガネの装備をわざわざ引っ張り出してきてかけ、しきりにくいっとする。いちいち表情がうるさい。お気に入りのブリゲイドを知的な紺に染め、メガネと色を合わせてくるのもなんとなくうるさい。

 

 なおハンターはどう考えても行動が馬鹿で脳筋なのでアステラの人々に賢そうとか、知的などと思われたことはない。

 

 受付嬢は相変わらずハンターと目を合わせることすらなくお肉に夢中である。他のアステラの人々は、例の狂人ハンターと目を合わせたらとって食われると思う節があるので数人を除いて絶対に合わせないようにするのだが、ハンターはどちらの行動にも一切気づいていないので問題ない。

 

 所詮、彼はプレイヤーなのでアステラの人々の感情や行動には非常に鈍感なのだ。

 

「あれって、狩りの時一体どこから出してるんだ?」

「アイテムポーチからじゃないんですか?」

「そうだよ。アイテムポーチから体くらいある大きいタルを出してるんだよ。どう考えてもおかしくね?」

 

 ハンターは俄然身を乗り出し、力説し始めた。

 

「はぁ」

 

 受付嬢は気のない返事をした。

 

 例のハンターは新しい重ね着ギルドクロスのために、闘技大会クエストの08とか09とか難しいチャレンジクエストに挑まなければならない事実から目をそらしたいので、とりあえず目についたゲームだからこそのご都合主義に物申すことにしたのだ。

 

 きっと、ド〇クエとかでも仲間のキャラクターたちに似たようなことを尋ねて、納得のいく返事のない場合、迷惑をかけたに違いない迷惑なプレイヤーである。そのちっぽけなカバンにいくつ装備を収納しているんだ? とか聞いたに違いない。仕様に物申すなんて返事がないに決まっているのに。

 

 ともあれ、このハンターはただでさえ被弾が多いプレイヤーなのでもう、闘技大会クエストについて何も考えたくないのだ。挑めばきっと、行き着く先は度重なる乙、それは理解している。死屍累々をセルフでやるハンターなのだ。

 

 なお、本来本命のはずの歴戦王クシャルダオラは野良ガンナーで寄ってたかって状態異常を入れまくり、眠爆し、麻痺したら拡散祭りをしたのでそこまで手こずっていない。

 

 一応、例のハンターにも美学や罪悪感があるらしく、ヤツが飛びまくらなければこんな邪道なことはしなかったと供述している。もちろん、彼とて普通に……この場合は眠爆および拡散弾のことを普通ではないとする……倒しもするのだがやっぱり邪道戦法は早くて楽なのである。

 

 しかし、通常のクシャルダオラを相手にしたとしても、近接武器ならばどうせ飛んだ瞬間閃光撃墜からの寄ってたかってタコ殴りなのでどちらも美しい戦いとは言い難い。

 

 美しい戦い方について、美しさについてこだわりのあるこのハンターは今、思考を巡らせている。しかしながら狩りの腕前が美しさと強さを両立しているとは言い難いので、少なくともチケットを必要数集めるあいだは邪道戦法をとるのだろう。

 

 ビバ、序盤の様子見、転身体力のエンプレスカノン・冥灯。ハンター大好き弾丸節約付きのナナ・テスカトリのゼノ・ジーヴァ派生なヘビィボウガン。

 

 そしてエリア移動の瞬間キャンプに戻って持ち替える、不動癒しのアンフィニグラ。拡散ヘビィの代名詞である。困った時は大体イビルジョーの武器がなんとかしてくれる。龍属性強い。マイナス会心を何とかしたくば弱点特攻と会心の円筒で何とかすれば良いのだ。歴戦王にガンナーで挑む時はそんなことできないのだが。彼は、とにかく被弾が多いのだ。スキル、満足感は友である。

 

 なお、わざわざヘビィボウガンを持ち替えるのは、野良ハンターにクシャルダオラに近接をする猛者がいた時は拡散祭りを行わないので、前半戦でも戦えるようにするためである。仲間を吹っ飛ばさない程度の常識はあるのだ。

 

 歴戦王クシャルダオラの、ガンナー一撃死の火力はすべてガードしてしまえばどうということはないのでヘビィボウガンなのである。……ガード失敗をやらかして二乙野郎をやったこともあるのだが。

 

「しょせんポーチだろ? ポーチになんでタル爆弾が入るんだ? おかしくねぇ?」

「はぁ」

 

 おかしいのは古龍のブレスを受けて乙っても、次の瞬間にはピンピンしているお前だという視線を各所から受けたが、ハンターは気づかない。

 

 イビルジョーに食われても、アンジャナフにムシャムシャされても、ベヒーモスにわしずかみにされても、リオレウスにお空を飛ばされても、余裕の五体満足、すぐに復帰し、次の日には傷跡すらさっぱりなしで元気に走り回るのもどういう原理なのかも理解できない。

 

 ともあれ、ポーチにタル爆弾が入ることはアステラの人々にとっては別段おかしなことではないのでまさに「何言ってんだこいつ」である。そんなことは当たり前なのだ。むしろポーチに入らなければ狩りに持っていけないではないか。いつだっておかしいのはアステラ的にはこのハンターの方なのである。

 

 例のハンターはジョッキに入ったただの水をぐいっとやると、破壊しない程度の勢いでポンと机に叩きつけた。戦闘中はヘビィボウガンをガンガン盾にしまくるくせに、普段は物に優しいハンターである。

 

「どう考えても物理法則に反してるんだよ!」

「……」

 

 お前が言うのか。そもそも物理法則とは。

 

 ハンターはブリゲイドの帽子をくいっとやろうとして、被っていなかったので行き場のなかった手を慌ててメガネに当てるとくいっとした。

 

「目を皿のようにして、爆弾を置く瞬間、あんな馬鹿でかいものが一体どこに仕舞われているのか確かめに行くぞ!」

「あ、クエスト受けるんですね?」

「あたぼうよ! 確認しなきゃやってらんねぇ、気になって夜しか眠れない」

 

 いつの間にかオトモアイルーを膝の上に抱き上げてなでなでヨシヨシしながらハンターは力強くうなずいた。

 

 今日のオトモのコンセプトは「世界で一番のお姫様」なのでエンプレスシリーズの王冠がいちいち手に引っかかっているが気にする素振りはない。可愛いねぇと猫なで声になってすでにアイルーのお腹を吸い始めているのだから。

 

 ハンターはどうせ開幕爆弾設置をするのだから、と歴戦王クシャルダオラのクエストを受注し、しっかりとブリゲイドの帽子を被り直してひと狩りしに行った。目には使命感を燃え上がらせ、胸には決意を秘めて。

 

 しかしながら例のハンターは特に賢いハンターでもないので、というかむしろ馬鹿なので、宝玉が出やすい歴戦王クシャルダオラをわざわざ倒しに行けばどうなることかすでに予想がつくのだ。

 

 案の定、彼はあれほど欲しかった宝玉がポロッと落ちてしまい、手をブルブルと震わせながらも、楽しそうにアステラを喜びに踊り狂い、検証をしたことも結果がどうだったことも、そもそも考えを巡らせていたことも忘却された。

 

 今がサイコー! なのである。例のハンターは今日も幸せなのである。

 

 

 

 

 

「にゃんにゃんちゃーん……」

「ニャー」

「かわいいねぇ……スーーーーーーッ」

「にゃ」

「ハーーーーー」

 

 ちょっと竜巻を起こしまくるモンスターが立て続けになっているので、吹っ飛ばされない位置どりに疲れた例の導きの星は、アステラの展望台に大団長がいないのをいいことにオトモアイルーとそこに陣取って、オトモを存分に吸っていた。

 

 そこならばほかの人間もめったに寄り付かないので、普段からそこに入り浸ってほしいと通過点にいた武器屋のおばさんは少し思った。

 

 しかしプレイヤー的には行くのがちょっとめんどくさいところなのでその願いは叶わないだろう。

 

「綺麗な景色だねぇ……新大陸は広いんだねぇ……新マップ来ないかなぁ。雪山とか……海辺とか……草原とかないのかな」 

「新しいところに行きたいのかニャ?」

「現状に不満はないけど、欲を言うならねぇ」

「ご主人様は向上心が高いハンターニャ。ボクも着いていきたいニャ」

「もちろん、オトモと一緒だからハンターはハンターなんだよ!」

 

 狂人と囁かれるハンターの力説にオトモは肩を竦めそうになったが、なんとか留まった。おそらく自分がいなくともそこまで変わらなかっただろうニャアと思いつつ。しかしハンターの好意には嘘はないし、悪い主人でないことだけは間違いなかった。

 

 おもむろに、ハンターは懐からまたメガネの装備を取り出すと、かけた。その瞬間装備から弾かれたブリゲイドがハンターの頭からすっ飛んだので慌ててオトモはキャッチする。

 

 ハンターもまさかそうなるとは思っていなかったので唖然としながら帽子とオトモを見比べ、受け取るととろけるような笑顔でお礼を言った。

 

 オトモが最高! と雄大な自然に向けて一声叫び……アステラにも聞こえたであろう大声で……ハンターはアイルーを抱き上げた。そして自分はあぐらをかいて、膝の上に乗せる。

 

 美しい景色を一人と一匹でしばらく眺めていたが、ハンターは不意に思いついたように明るい声で尋ねた。声の調子を聞いただけでオトモアイルーは嫌な予感がした。

 

「そういえば、にゃんにゃんちゃんの装備って今、『ぶんどり刀』だよね?」

「そうニャ」

「それで、武器はリオレイアのレイピアだよね?」

「そうニャ」

「ねぇ、戦闘中、どうやってあんな大きな刀を持ってるの? 背負ってるわけじゃないし、それに、『はげましの楽器』のホルンも太鼓もどこに仕舞ってるの? 体より大きいよな?」

 

 オトモアイルーは、ゆっくりと主人ハンターの顔を見た。相変わらず素晴らしい笑顔である。

 

「ちょっとどうやってるかみーせて!」

「ニャアァ……」

 

 しばらく、アイルーとハンターの大きな声が展望台からたえず聞こえてきたのでアステラの人々は加工所付近にすら近寄ることはせず、どうなっているのか気になりつつも恐ろしくて到底近づけない、という状態になった。

 

 例のハンターは真理を知ることができなかったが、途中から愛しの可愛いにゃんにゃんちゃんと戯れることにシフトしたため特に思い出すことなく楽しく過ごした。

 

 結局ハンターが冷静になるのはほんの一瞬で、アステラ的にはほぼ常に狂っているようなものなのだが、幸い本人、いや本ハンターはそれに気づかないので万事それで良いのだ。




到底冷静とは言い難いハンターさん
重ね着取得のハードルがこのプレイヤー的には高くて嘆いている。オトモを吸うのが趣味。
歴戦王クシャルダオラに彼なりの正攻法で挑んでもガード積み積み散弾ヘビィで尻尾か頭に散弾をブチ込むという、結局ボウガンに頼り切りの姿勢を見せる。
彼はライトなプレイヤーなので近接で挑む覚悟がない。弓で挑んで沢山乙ったのがトラウマ。

ハンターさんの可愛いオトモ
頭を吸われるのに慣れている。
いろんな服を着せられるがどれもハンターが依頼して作ってもらった本物の防具なので特に不満がない。

野良ハンター
最近アンフィニグラの人が多い。それよりもエンプレスシェル・冥灯がもっと多い。

歴戦王クシャルダオラ
もはやスナック菓子感覚で狩られる古龍。


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ハンターさん、闘技大会に参加する

新しい着せ替えを手に入れるために挑む話。


「同士討ちせえや!」

 

 例のハンターの中の人の方言が出ているが、それどころではないのだ。その傍らには愛するオトモがいないのである。完全なるぼっちである。つまり、ここは闘技場なのだ。闘技大会真っ最中である。彼はどうしてもコインが欲しくてやってきたのである。

 

 それもこれも重ね着ギルドクロスを手に入れるため。そのために撃龍王のコインを五枚集めなければならない。もちろん被弾が多いこのライトプレイヤーなハンターは一枚たりとも持ち合わせがなかった。

 

「そんな攻撃見切ったわぁ! 見切りや!」

 

 見切りではなく、やっているのは単なるランスの盾を用いたガードである。前方不注意、注意散漫なこのハンターに見切りなど百年早いのである。

 

 なにはともあれ、ハンターは闘技大会がそこまで好きではなかったが挑まなければ始まらない。

 

 このハンターはカッコイイのが好きなので、背中にひらひら揺れるマントがあり、足元までヒラヒラしていて、お気に入りの上品な桃色のブリゲイドの帽子と似合う装備を見逃す気は微塵もなかったからだ。カッコイイのにヒラヒラなのは大好物なのである。ブリゲイドしかり。

 

 なお、今日の装いの桃色は赤っぽい髪と同系色なのだが、もう新しい色を考え出すのがおっくうになっているハンターなのである。そのうち着ないようにしていたオレンジも着るに違いない。決意も覚悟も適当なのだが、そのうち何色でも大抵似合う自分に酔い始めることだろう。頭が幸せなのである。

 

 ハンターは現在シュッととがった槍を構え、ディアブロスとディアブロス亜種が自分に襲い来るのをなんとかガードでしのぎつつ、ひたすら自滅するのを待っていた。スキを見て攻撃もするが、基本的には同士討ち万歳スタイルである。壁を背にしてすべてを受け止めるのである。

 

 この方法ならこのハンターでもなんとかAランクの速度でクリアできるのだ。被弾が多いとはいえ当たってもダメージにならなければどうということはないのである。安定的にクリアできると考えた結果なのである。

 

 しかしながら、一回につきいくら普段の狩りよりやや長引く程度でクリアできるとはいえ、たった一人で画面を睨み続けなければならないハンターは少々疲れ始めていた。

 

 突進を受け止め、お返しにチクチク刺し、片方がついに倒れればもう片方に麻痺投げナイフを入れて麻痺すれば迅速に爆破。適度な緊張はあるが気を抜いても乙ることがない程度には緩く、そして戦闘はそこそこ長い。

 

 ちょっとめげそうになった。

 

 しかしハンターは諦めない。めげない。ギルドクロスの服にブリゲイドの帽子とか絶対にカッコイイのである。なんなら足もブリゲイドにすれば色の変更範囲が増えるので、純白の騎士ごっこが捗るのである。

 

 中性的な顔をした美男子が純白の騎士の格好をするとか如何にも中の人が好きそうな組み合わせである。なお、仮にこれがゴリラのような、否、ウラガンキンのようなバキバキでゴテゴテの鎧装備だったとしても同じく喜んで取りに行っただろうから、中の人のストライクゾーンは広い。

 

 彼にとってブリゲイドは文句のつけようがないほどカッコイイが、マントがある装備はまた別格。

 

 つまり、このハンターは頭の重ね着以外はギルドクロスがブリゲイドと同格であると考えるほど手に入れる前から気に入っているのである。頭に関しては、ただただブリゲイドが最高というだけのことである。

 

 ゆえに絶対にめげるわけにはいかない。

 

 なお、彼はランスの前に初めて触れるガンランスにも挑戦してみたのだが……使い慣れない武器、慣れないリロードの結末は八乙二十二分。あまりにも乙りすぎるし、ランスとタイムが十分近く離されるのだ。彼は大人しく慣れたランスにした。

 

 闘技大会での武器の使用回数はギルドカードに加算されないので未だに彼の使用数はゼロのままである。

 

 きっとガンランスは、慣れれば火力がある分早いのだ。それは彼にも分かっているが、慣れるのには相応の時間がかかるのである。

 

 投げナイフで毒を入れたり、狙えるだけ突いておいた亜種が先に倒れると、ハンターはとても悪い顔をして音爆漬けにディアブロス原種を落とし込むとさっさと倒した。片方が倒れると早いのである。

 

 ひと狩りしているというのに、オトモや野良ハンターがいないだけでこんなに無機質で寂しい戦いになるなんてハンターは思いもよらず、さっさと奴らをぶちのめしたかったのだ。もちろん落石や撃龍槍はふんだんに用いている。

 

 被弾が多いことを自覚しているので闘技大会マルチには怖くて参加出来ないのがひたすら辛い。

 

「往生せぇや!」

 

 ハンターは、ロールプレイも最低限の行儀の良さも何もかも忘れて、ただただガラの悪い言葉を吐きながら一時間近く闘技大会に立ち向かい続けた。

 

 戦いになると豹変するようなタイプではないのだが、ハンターはとうとう倒れた原種の骸をつつきまくるくらいにはヒャッハーしていたので闘技大会を済ませればすぐに救援参加することだろう。

 

 事実、彼はギルドクロスのカッコよさにノックアウトされてはやる気持ちを抑えられなかったので、まだ歴戦王クシャルダオラを最低数倒しきれていなかった。

 

 ようやく撃龍王のコインを集めても、足りないチケット求めてひと狩りしに行くことになったのだ。もちろんオトモアイルーと共に。

 

 このハンターは闘技大会の狩りで、仲間のいる戦いがいかに尊く、かけがえのないものなのかを彼はよくよく実感した。オトモはますます可愛がられ、ますます撫でられてとろとろに溶けた。

 

 そして例のハンターは、ヘビィボウガンを嬉しそうに担いで歴戦王クシャルダオラに引導を渡しにスキップしてひと狩りしに行った。

 

 

 

 

 

 

「カッコイイ! カッコイイ!」

 

 例のハンターは奇声をあげている。一応意味のある言葉を発しているのだが、同じことしか言わないのでアステラの人々には「奇声」に分類されるのだ。ハンター的には「嬉声」であるのに見解の相違とは悲しいものである。

 

「カッコイイ! サイコー! カッコイイ!」

 

 狂人ハンターは課金ジェスチャーを用いてキレッキレに、刺激的に踊り狂いながら幸せそうな笑顔を所構わず、誰彼構わず振りまく。

 

 いる場所がクエストボードの前のため、狩りに行くためにはすれ違わざるをえない哀れな一般ハンターたちは狂人ハンターを極力刺激しないように曖昧な笑みを顔に貼り付けて横を素通りする。

 

 他のクエストボードに向かえば良いだけなのだが、狂人ハンターに方向転換するところを見られる方が危険度が高いのである。

 

 すれ違う時、彼を決して、褒めてはならない。絡まれる。もちろん貶してはならない。命が保証されなくなる。だからといって、完全にスルーしてはならない。見るまで付き纏われる。貶すこと以外はすでに犠牲者がいるのでハンターたちは必死だった。

 

 例のハンター、ただ喜ぶだけで迷惑なものである。

 

「マント! ヒラヒラ!」

「ヒラヒラニャー」

「カッコイイ! カッコイイ! サイコー!」

 

 アステラの人々は懐かしくも忌まわしく思い出す。ブリゲイドを入手したかつての例のハンターもこんな様子だったな、と。その前から狂気の片鱗は見え隠れしていたが、重ね着ブリゲイドの入手をもって例のハンターは本格的に狂ったように思われる。

 

 お洒落に目覚める、を通り越してあの時彼は覚醒したのだ。迷惑なことに。

 

 例のハンターは素晴らしい肺活量を披露しながら奇声をあげつつしばらくダンスし続けた。が、そのうちピタッとやめ、今度は虚空へ向かってポーズを決め始めた。

 

 ナルシストタイムとアステラの人々が呼んでいるスクリーンショットタイムである。彼は自分のカッコ良さに酔いしれつつも様々なポーズをとって悦に入っているのだ。カッコイイ、素晴らしい、サイコー! と。

 

「いやぁ良いものだねぇギルドクロス。帽子はブリゲイドがやっぱり最強だけど、服はギルドクロスの方が好きになっちゃうかも。決められないけどねぇ、最高だね両方。頑張った甲斐があったよ」

「ご主人が嬉しそうでよかったニャー」

「ありがとうにゃんにゃんちゃん!」

 

 ハンターはオトモアイルーを抱き上げるとくるくる回し、抱きしめ、頬擦りし、頭を吸うと降ろした。一連の動作は素晴らしく正確で毎日毎日飽きることなくやっていることが伺える。

 

 オトモとハンターが仲の良いことは良いことなのだが、なんとなく他のオトモアイルーたちはあぁなりたくないと思っている。そして、その当の本猫はハンターの行為を特に気にしていないので英雄に近い扱いを受けている。肝っ玉が太いのである。というよりは、ただ慣れただけである。

 

 慣れというものは何よりも強いのだ。

 

「見よ、この素晴らしいマント、素晴らしい腰装備のヒラヒラ。騎士そのもの! 腰のサーベルカッコイイ! こんな細い剣、モンスターに振るったらポキッて折れそうだけどこれは儀礼用の飾りだから問題ないよな!

体にフィットする質感サイコー、腕も布がタップリ使ってあって贅沢だし、胸元に紋章ついてるのカッコイイし! これは勇ましさとカッコイイの融合!

走ると服が揺れてカッコイイ! 歩くとちょっと威圧感があってカッコイイ! 正統派! 騎士! サイコー!」

 

 例のハンターは誰も聞いていなくても自分が良ければ幸せなので、一人で演説した。気分がとにかく最高なので、それだけで幸せになれた。

 

 セルフで幸せになれる彼は本当に安上がりなのである。ただし周りはいい迷惑なのだが。

 

「ドラケンとダイバーが体の線を隠して凛々しさとカッコ良さを両立させるSF装備なら、ブリゲイドとギルドクロスは正統派ファンタジー騎士! 雄々しい! サイコー! 両方サイコー! 素晴らしい! こんなカッコイイ格好でこれから狩りに行けるなんてますます装備作りが捗っちゃうな!

明日も沢山古龍を狩ろうね、愛しのにゃんにゃんちゃん!」

「ニャン!」

 

 ハンターは満面の笑みを浮かべると、闘技大会をやりすぎたせいで既に深夜になっていたので、後ろにバタンと倒れてログアウトした。




気分がサイコーなハンターさん
ギルドクロス+ブリゲイドを着ていろんな狩りをしに行くのが楽しみ。
プレイヤースキルがそこまでないのでほぼ常に彼は耳栓レベル5を組んでいるのだが、闘技大会クエストでガードで咆哮を避けられることを初めて知った。感激した。
近々追加されるネタな頭重ね着については取るには取るのだが流石に反応に困っている。それよりスカルがほしい。眼帯も欲しい。もっと欲しいのはレザーとかチェインの重ね着。

ハンターさんのオトモ
ログアウトはマイハウスでしてほしい。また運ばされた。
ブリゲイドよりギルドクロスの方が寝心地が良いのだろうかと考えているがどっちもどっちだニャと結論づけた。


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ハンターさん、トロフィーが欲しい

コンプリートへの道を進める話。


「もう魚と戦いたくない」

「ご主人お疲れニャ」

 

 例のハンターのオトモは、肉球で例のハンターの頬をペチペチして癒した。オトモの優しさに、このハンターはちょっと嬉しそうにしたが、抱き上げて頬擦りする気力もないらしく、顔をふみふみして欲しいとこぼして項垂れる。

 

 このハンター、人並みにコンプリート好きなので実績のトロフィーを埋めたいのだ。その為にようやく重い腰を上げたところなのだ。

 

 闘技大会系は、五十回クリアとかすぐにやれるものでもないので今は目をそらすにしても、「(追加されたモンスター以外の)調査レベルを最大にする」とかいうわりといけそうなところから挑んだのだが。

 

 つまるところ、お弁当の中身は好物から食べるハンターなのである。言い換えるなら楽な方に流れる普通の人である。

 

 ハンターノートを開いて彼は理解した。眼前に立ちふさがる壁はジュラトドス・ヴォルガノスの二匹なのだと。見事に魚型のモンスター二種なのである。この二匹だけ何故か綺麗に残っていたのである。ヴォルガノスに関しては任務クエストすらなかったからだ。

 

 そんな調子ではこの二種の防具すらマトモに揃っていないが、とりあえず作れるところから作っていくスタイルのハンターなので気づいていなかった。素材不足以外の彼の進捗状況はクシャルダオラ装備のαβ手前なので、一巡すらしていない。なにせ普段は一日三戦程度のライトなプレイヤーなので。

 

 深刻なゼニー不足により、まだ素材が足りていても作っていない装備はごまんとあるのを気にしてすらいられない。いつかやるさと未来の自分へ先送りするのだ。

 

 それもこれもすぐにほかの装備に惚れてカスタム強化に走るせいで、金がないからである。惚れっぽいのである。装備に。

 

「沼地に行くときに耐水の装衣を忘れたときのダルさは、自分の記憶力を呪う」

「ニャ」

「あ、でも、にゃんにゃんちゃんのかわいい浮き輪姿は役得だから、ジュラトドスは無罪だよ。手早く焼き魚にしてやろうね」

 

 とはいいつつも、焼き殺すつもりもなく使う気なのは何でもおまかせイビルジョーの武器なのだが。

 

 持ち前のポジティブさで急にやる気を出して背筋を伸ばしたハンターは、猛然と定食を平らげ始めた。ジュラトドスはこの際もういいのだ。こちらはなんとかレベルを上げ切れそうなので。それに配信バウンティと同時にやれるというのはモチベーションにも繋がる。

 

 問題は、龍結晶の地のヤツである。時折近接が届かない範囲で溶岩を吐くアイツである。なおこのハンター、ヴォルガノスの名前はネルギガンテと同じくらいカッコイイと思っている。

 

 ラヴァ装備も好きだ。色の渋さが好みである。仮面のような兜で目が光っているのも怪しい悪役みたいで素晴らしいと思っている。とはいえ、装備に関しては……彼が嫌いな装備なんて存在しないので、どんな相手でも基本的には全てに愛を叫ぶのだろう。

 

「そうだ……狩るついでにガンランスの練習をすればいいんだ。肉質無視ってすごいよな。練習とくればきっと楽しい! なんて最高な案なんだ!」

 

 彼の大好きな言葉の一つに「ついで」がある。同時にこなせるならば、それに越したことはないというわけである。

 

 例のハンターは名案に喜び、立ち上がりがてらギルドクロスのマントを盛大にバサァとさせると、椅子に足をかけてポーズをキメようとした。

 

 しかし、寸でのところでその行為が行儀が悪いことに気づいて、足はきちんと地面に降ろされた。妙に彼は行儀がいいのである。それから股を開いて座ったりもしない。中の人の意向である。ハンターがワイルドなのは戦場だけでいいのだ。

 

 とはいえ、いくらお行儀が良いところがあったとしても、いつまで経ってもアステラの人々に迷惑をかけていることにはちっとも気づかないのだが。まあ例のハンターなので。というかプレイヤーなので。

 

 アステラ的には行儀が悪いなどの可愛いレベルではないのだ。ひたすら無関心を装わなければならない起爆寸前の爆発物である。

 

 ともあれ、彼にも人並みにバゼルギウスなどへの恨みもあったが、このハンターは幸せなハンターなので、基本的にどのモンスターへの悪感情などないのである。

 

 ウキウキと、生産武器がひとつもないので適当なマム・タロト産のガンランスを見繕い、考えるのもめんどくさいので適当に片手剣の匠会心ビルドにガンランスをブチ込むとひと狩りしに行くことにした。使い慣れない武器にそんな適当な装備で大丈夫なのか。一応、引き返してきて増弾珠を入れたが。

 

 そして彼は口笛を吹いて飛び立つ。アステラの人は段々小さくなる例のハンターの背中を見上げながら今日は平和だったなぁとちょっと思う。 

 

 彼らにとっては不運なことに、例のハンターは愚痴を零しつつもアステラ的には強いのである。わりとすぐにいそいそと戻ってきたのだった。静かな平和な時間はとても短い。

 

 例のハンターは、生体研究所に報告してからワンテンポ置いて空から降って来た銀のトロフィーを、高々とかかげてしばらく激しく踊る。ダンシングしまくる。場所が場所なのでアステラの人々は目撃せざるを得ないことになる。

 

 戻ってすぐトロフィーを手に出来たのは、キャンプ経由で各地を回ってきたからである。一気に二種の調査を済ませれば、トロフィーがすぐに貰えると踏んだのである。特に経過時間の代わりはないが、このハンターがそれで幸せならなんだって良いのだ。

 

 しかしながら今回、生態調査をほぼ完璧にやり遂げたというのは調査団の目的にあった喜びだったので、ちょっと流石に一人で踊らせておくのは忍びない。

 

 生来、命知らずとしかいいようもないほかのハンターたちは狂ってもナルシストでも我らが導きの青い星は流石だ、と例のハンターに祝福の言葉を述べたのだった。都合のいい扱いである。ナルシストのくだりはもちろん本人には聞こえないように慎重に言葉を選んだが。

 

 幸いにして、その彼の代名詞とも言える「導きの青い星」などのクエストによって、アステラの人々に声をかけられてもそんなものかと思っている例のハンターは、特別気にもとめずに小さく祝杯をあげた。

 

 これで彼のトロフィー取得率はようやく八十八パーセントである。道のりは険しく、しかし目標の頂点は見えてきた。残りは闘技大会系と、モンスターのサイズの問題なのである。そしてそれ以外のトロフィーはあとひとつだけあるのをこのハンターは見過ごさなかった。

 

 なにせ、いけそうなところからクリアする普通の感性の持ち主なので。

 

 

 

 

 

 

「シーラカンス出るまでスーパーリセマラタイムだよ、にゃんにゃんちゃん!」

「シーラカンス、ニャ?」

「あっ、カセキカンスだった! ヤツが龍結晶の地と瘴気の谷を往復して出るまでやるよ! フワフワクイナとゴワゴワクイナのときと同じね!」

「わかったニャ」

「終わったら古龍でも狩りに行こうな!」

「やったニャ!」

 

 ハンターはギルドクロスにブリゲイドの帽子という最近ハマった組み合わせを素敵にパリッと着こなして決めポーズを取っていた。今日の気分は明るいエメラルドグリーンらしい。色のレパートリーのなさがそろそろ同じような組み合わせを招いている。

 

 装備を探索用のマイセットから引っ張り出し、餌用にイレクイコガネをきっちり用意すると彼は愛するオトモアイルーを抱き上げた。

 

 飛び立っていくかのハンターの背中には、目的を達成するまでは決して戻らないという強い意志が感じられた。アステラの人々は大人しくしてくれればなんでもいいからこれ以上テンションを上げることはしないでくれという切実な思いを思っているのに。

 

 もちろん、例のハンターの中の人はプレイヤーなので、NPCたちの事情なんて知ったこっちゃないのである。

 

 龍結晶の地と瘴気の谷のカセキカンス出現ポイントを激しく往復しながら、ハンターはこのためにわざわざセットしてきたキノコや骨塚のバウンティがたくさんクリア出来て楽しい!と幸せだった。鎧玉稼ぎに必死なのである。

 

 いついかなる状況でも、このハンター、いやこの場合はこのプレイヤーはこのゲームを楽しむのである。重ね着があるので以前は訳の分からないキメラだった探索用のマイセットも騎士のような組み合わせの服になっているのでスクリーンショットも捗るわけであるし。

 

 ついでにテトルーと確実に会えるポイントを通るので、マルチ大好きな彼が放置していたテトルーのレベルもじわじわ上がってくる。「ついで」が最高の組み合わせのリセマラなのだ。

 

 探索を始めて数十分後、ハンターは慎重に慎重を重ねてカセキカンスを釣り上げると、直後頭上から降って来た銀色のトロフィーに頭打たれながらも喜び勇んでスクリーンショットを撮った。

 

 超上機嫌なハンターがアステラに戻ると、いったいこれから何をしでかすのか人々はビクビクしながらハンターを見ていた。

 

 しかし、彼は予想に反して大人しい。自分のギルドカードを開いて今日だけで二つのトロフィーが増えたのを確認し、とても嬉しそうに指でなぞったことと達成したバウンティを報告しただけなのだ。

 

 中の人的には、戦うこともなく数十分も、二つの場所を往復し続けリセマラを繰り返すなんて神経と体力をすり減らすことなので、疲れていたのだ。

 

 もちろんオトモアイルーとの約束はきっちり守るので力なく喜んだあとは装備を見直していつものネルギガンテ狩りに出発したが。ネギ狩りは日課なのである。やたらこの古龍だけ討伐数が多いハンターなのである。そのわりには玉がないが。

 

 そうしてひと狩りも終わったあと、例のハンターはすぐに後ろにバタンと倒れたので、人々は起きないだろうな?とビクビクしながらもマイハウスに彼を引っ張って運ぶオトモを手伝った。

 

 次のマム・タロトがいつくるのか分かっていて、今のイベントクエストはすでに遊んだあと。彼はやることをどこからともなくたくさん見つけ出して遊ぶのだが、なんとなく張合いが少ない期間には違いない。

 

 それからしばらく彼は一日三回を遵守しながら過ごした。アステラ的にはようやくイベントクエストに振り回されない日常が帰ってきたのである。




最大金冠最小金冠がちっとも埋まっていないハンターさん
これでトロフィー取得率は90%。
釣ったカセキカンスはマイハウスの池に放たれた。
なんとなく特別やることもないので小休止中。ログインしないとは言ってない。ハンターの肉体的な話をすると一日三回狩りに行ってあとは寝て過ごしている。
アステラ的には平和な時期。

ハンターさんのオトモ
探索の時にアイテムを追加で拾ってくれるのが有能。
今日の装いはデスギアの服に頭はエンプレス。髪の色を真っ赤にして血の貴族令嬢のような装い。ハロウィンにはちょっと早い。
ハンターが寝ている(ログアウトした)時間はマイハウスの庭で魚を眺めているとか。
ハンターのことを「ご主人」と呼び、「旦那さん」と言わないのはオトモがうすうす中の人が女性であると気づいているから。


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ハンターさん、悪に手を染めようとする

裏技に関する話。


「ある方法を使うと、簡単に未来予知ができるらしい」

「未来……予知ニャ?」

「またまたー、いくら相棒でもそんなことは出来ませんって」

 

 大真面目な顔をした例のハンターの言葉を受付嬢は笑い飛ばした。この素っ頓狂な発言には、きちんとした信頼関係があるはずのオトモすら半信半疑である。如何に彼が狂人的な人物であっても未来予知となると、もはや人の所業ではない。神の領域である。

 

 受付嬢がいるので分かることだが、ここは食事場である。「名物五期団ペア(狂)」の隣のテーブルにいつものように陣取っている、五期団と四期団のハンターたちは不穏なワードに反応して耳をそばだて、話が本気で恐ろしい方向へ進みそうならば総司令に報告しなければならないな、と静かに怯えていた。

 

 場合によっては狂ったハンターに捨て身で攻撃するなりしてなんとか捕獲し、現大陸に被害が出る前に新大陸で食い止めなければならないからだ。

 

 アステラ中のハンターで束になってかかっても、例のハンターはシステムに守られたプレイヤー故に、腕や足を部位破壊できることはないし、もし大タル爆弾Gなどを用いたフレンドリーファイアの結果乙っても、三回か四回は蘇ってくるので行き着く先は絶望なのだが、どうなってもやらねばならないのだ。

 

 仮に例のハンターから見てクエスト失敗まで持ち込んだとしても、相手は狂人なので人間相手だろうと勝てるまで挑んでくるのである。新展開に気持ちよくなってしまうのである。そもそも戦わない選択肢が一番なのだ。

 

 しかしながら、未来予知ができるとは流石に「まさか」である。如何にこのハンターが強くとも、金銭感覚が狂っていても、人並み外れたナルシストでも、見えない相手と長時間話すような人間でも、そんなことはありえない。古代竜人にだって、過去のことからの未来の予想はできても本物の未来予知はできない……はずである。

 

 とうとう人並みにジョークもいうようになったか、だが内容は面白くない。それにしても「あいつ」がこんな努力をするなんて、随分人間味があるじゃないか……と笑い飛ばそうとしている現実逃避気味なハンターたちには見向きもせず、アステラ的には狂人なハンターは相変わらず真面目な声でいう。

 

「これで出来るのはマカ錬金で欲しい珠を取ることだけなんだけど、あらかじめ何回かマカ錬金をしてテーブルを知って、錬金前のセーブデータをクラウドに保存しておくことで……」

「相棒、何言ってるかちっとも分かりませんが、それ、もしかして悪いことじゃないんですか?」

「あぁうん、人によっちゃすげぇ悪い事だと思う。出来るってだけでやるなんて言ってねぇよ、一個ずつ集める意味なくなるじゃん」

「ご主人には矜恃がありますからニャ」

 

 例のハンターは今日も今日とて空の財布を片手でお手玉にしながら、ポソッと言う。空の財布を手に持っているのは装備への愛の証とポーズを決めて高らかに宣言した名残である。

 

「まぁ、あと痛撃珠があったら会心片手剣装備が完成するし、ここまで来るとワクワクの方が上だから、そんな勿体ないことはしないんだけどさ、テーブルの関係とはいえ、世界の未来知ってるとかカッコよくね?」

 

 カッコイイ。このハンターにとって最も重要なのはマカ錬金の裏技で好きな珠を手に入れる事よりも未来予知ができるカッコイイ自分なのだ。

 

 しかし、この方法で出る珠を未来予知してもたしかに「すごい」だろうが、絵面が地味でカッコイイとは言い難い。故に食事前の軽い小話として語ったのだ。そもそもやる気もないし、そんな方法もあるのだ、とそれだけのこと。

 

 ユーチュー〇ーが炎上するようなことはしないのである。これで仮に炎上しなくてもわざわざやらないのである。なぜなら彼はライトでソロなプレイヤーなので、なるようになるのに身を任せて日々楽しいわけであり、特定の珠のあるなしによって楽しさが変わるわけではないのだ。もちろんTA勢でもないのだ。

 

 例のハンターは出された定食を残さず綺麗に平らげると、痛撃珠求めて歴戦四枠古龍のクエストを立て、ひと狩りしに行った。

 

 余談だがこのハンターの装飾品も人並みに偏っているらしくやたら治癒珠が出るとか。解放珠は都市伝説である。攻撃珠も達人珠も必要数はないとはいえ持ち合わせているのに、運というものはいつだって残酷なのである。

 

 

 

 

 

「出るのはだいたい見覚えのあるやつらばっかり、たまに物珍しいのが来るから楽しいんだろうけど、終わりなきやりこみに近いような……いや、終わりはあるか。痛撃出たら解放も欲しいなー、解放も出たら攻撃が欲しい、それも出たら達人が……」

 

 例のハンターはボックスの中にある装飾品を几帳面に整頓しながら、ブツブツブツブツ独り言を続けていた。不気味なので誰も近寄ってきたりしない。

 

 熱心にボックスをのぞき込んでいるので、彼にはちっとも周りが見えていないという自信があるゆえに、これ幸いと他のハンターたちは例のハンターを見かけると踵を返して加工所の前のクエストボードでクエストを受注し、食堂の横からひと狩りするという安全策に走っているからだ。

 

 普段から、別にNPCたちの動きを観察してどうこうしてやろうなんて暇なことを考えるようなプレイヤーではないのでいつもそうすればいいのだが。ただし機嫌が異常にいい時は動きが目に付くと絡んでくるのですべて間違っているわけでもないのだが。

 

 現在、このハンターはマカ錬金をするために必要以上にある装飾品が何かを確認しているところなのである。さっき言っていたように「裏技」を使って自分の好きな珠が出るようにテーブルの調整をするわけではなく、完全に運を天に任せてガチャる気満々なのである。

 

 高尚にもすべての収集品は自力で集めたい!という気持ちもあるにはあったが、おおむねの理由はテーブル調整のためのワクワクマラソンがめんどくさいとか、後から胸を張れなくなるとか、いつの日かBANされたらどうしようというチキンさゆえだったりもするのだが、とりあえず導きの星のハンターは自分の心に住まう悪魔の声を振り払ったのだ。

 

 彼の中の悪魔は素晴らしく見事に着こなした真っ黒のブリゲイドを翻しつつ「攻撃珠が八個のボックスが見たくないか」とか「超心珠や痛撃珠に不自由しないようになりたくないか」とか「いつでもTA勢と同じ装備で戦えるようになるぞ」とか「TA勢のような火力が出るなんて絶対にカッコイイぞ」とか囁いていたが、おそらく良心の天使である己で振り払ったのだ。

 

 しかしながら、彼とて人並みに甘言に弱いプレイヤーなので、マカ錬金の前にセーブして、一応セーブデータをクラウドにあげるところまではやってしまった。

 

 もちろん、そのあとは普通にマカ錬金してリセットもすることなく、いつものように入れた珠がキャッチアンドリリースされた悲鳴をあげたりもしたのだが、それを悔いることもない。ちょっとやってみたかったから手が滑っただけなのである。それから、言い訳するならバックアップデータを残しておくのは重要なのである。

 

 このハンターは、そんなことをしなくたって幸せなのだ。もう十分にこのゲームを楽しめているのだ。だから悪に手を染めたりしないのだ。しかしながら、人並みに楽なほうへ流れる人間でもあるので、ちょっぴり、「もし」ワクワクマラソンをして好きな珠が出るように調整しながらマカ錬金をしたらどうだったろうとは考えた。

 

 彼はちょっと身震いした。このハンターはただのライトなプレイヤーである。プロハンと呼ばれるような存在でも、弱すぎたり常識がなかったりキャンプ待機をやらかすような地雷ハンターでもない。ただのよくいる中堅層である。乙りもするが、クエスト失敗に追い込むほどでもなく、火力も補助もそこそこできる普通のハンターなのだ。

 

 そんな潔白な自分が禁忌に手を染めたら……ロールプレイ好きの彼は興奮した。というりも中の人のテンションが上がった。彼お得意の、ハントする以外の別の楽しみの幕開けである。

 

 いかにも潔白そうな無垢な顔をした、中性的な顔立ちのイケてる服を着たハンターの強さの秘訣とは、「未来予知」を駆使した禁断の技だった! 最初はその魅力的な結果に惹かれただけで軽い気持ちだった彼はだんだんとおかしくなっていく……そう、それはすべて禁忌の副作用! ……と、ここまで全部例のハンターの妄想の世界である。

 

 現実には「未来予知」しても別に何も起こらないのである。システムの隙を突いたという意味では到底ホワイトな行いとは言えないが、チートなプログラムを組んだわけではないし、攻撃力が9999になるとか、肉質をすべて無視するとかそういうこともない。ただマカ錬金の悔しさがなくなるだけの実行が少しめんどくさい裏技である。

 

 しかし、このハンターは「禁忌」とか「禁断」に手を染めた顔のいいキャラクターの行く末が好きなプレイヤーが中の人だったので、自分はやらずともそのことで脳内がいっぱいになってしまう。勝手に幸せになる、非常に楽しく愉快で安上がりな頭の持ち主だったのでもうなんだっていいのだ。

 

 ともあれ幸せなのである。めくるめく妄想をしながら地道に普通にマカ錬金をし、キャッチアンドリリースに心が折れそうなときは素敵なワインレッドのブリゲイドの帽子を被った自分の顔を見ることによって幸せになるのだ。スクリーンショットももちろん撮る。

 

 すべて自分の機嫌の面倒を自分で見るという点では、周りに迷惑をかけないハンターは、素晴らしく自分好みの妄想によって非常に不気味な表情をしていたのでやはりアステラの人々には怯えられた。




ワクワクマラソン
テーブルを一つか二つ進めるために最短でクエストを終わらせること。
「いにしえの化石」を四つ納品するだけで終わる簡単なクエストの名前が「料理長の!ワクワク納品依頼」より。

※「裏技」を推奨しているわけではありません。

結局ただの面倒くさがりなハンターさん
珠の運はないが、今日のネルギガンテで玉が落ちたのでもう最高に幸せ。得た瞬間に作るので常に在庫はゼロ。貰った瞬間に何かしらのエンプレスのネルギガンテ派生の武器が増える。

ついに主人が狂ったかと思ったオトモ
ハンター的ジョークだと無理矢理納得したが、やりかねないとは思っている。


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ハンターさん、スタイリッシュにキメたい

カッコつけたいハンターの日常の話。


「これ、巨人狩りのガスおよびアンカー噴出装置だよね最早。そうじゃなかったら流行りの赤いクモ男」

 

 例のハンターは機嫌よく腕を伸ばした。腕には今日も丁寧にピカピカに磨かれたスリンガーがきちんと装着してあった。一応ひと狩りしているところなので、装填してあるのは安定のスリンガー閃光弾である。ラスボスとマム、あのクルルヤック以外には迷ったらとりあえず閃光弾である。

 

「ニャ?」

 

 ハンターの言葉の意味がメタだったせいで理解出来なかったオトモアイルーが、可愛らしく首をかしげたのに顔をデレッとさせたハンターは、優しくオトモを抱き上げ、爽やかにお腹を吸った。いい匂いがした。

 

 そしてオトモアイルーを小脇にかかえると、スリンガーを発射してヒュンと移動し、例のハンターは楽しそうに高らかに笑う。続けて次の楔虫へ向けてもスリンガーを発射し、見事彼の体は地面に触れることなく宙を高速移動した。

 

 みんな大好き楔虫とスリンガーのスタイリッシュ移動である。古代樹の森の楔虫をもっと増やしてほしいというのが彼の最近の主張である。

 

 マム・タロト開催期間以外のこのハンターオススメの楔虫ポイントは、クシャルダオラの巣へ向かう途中の二箇所と、大蟻塚の荒地のジュラトドスとガライーバが戯れているところへ向かうところにあるやつである。

 

 陸珊瑚の台地の瀕死のキリンを追いかけるときに使う楔虫ポイントは、きちんと成功すれば爽快な上利便性も最高で楽しいのは間違いないが、注意散漫、ちょっとだけ中の人が方向転換が上手くないらしいこのハンターはなかなか成功しないらしく、簡単に爽快になれるところの方が好みなのだ。

 

 最近練習したこのハンター、陸珊瑚の台地のスリンガー移動も失敗が一回くらいになったので、ゆっくりと寝床で爆破されにくる哀れなキリンよりも先回りできるようになれたのだ。大好きなスリンガーポイントになるのは時間の問題である。カッコイイのための向上心は人並みではないのだ。

 

「誰よりも早くスリンガーを駆使してたどり着いたときって嬉しいからさ、こうやってソロのとき練習するんだ」

「ご主人は向上心に満ち溢れているニャ」

「ありがとうにゃんにゃんちゃん!」

 

 例のハンターは褒められたお礼に三回ほどスリンガーでヒュンヒュンした。狩りの最中ではあるが多少のロスで時間切れになってしまうようなハンターでもないのだ。

 

 スリンガー移動に満足すると、急いで討伐対象の近くのキャンプに飛んで狩りを開始した。今回の獲物はテオ・テスカトル、得物は片手剣である。

 

 ほかの玉と同様にテオの玉の在庫も、このハンターにはちっともないのである。計画性が欠片もない馬鹿故に。

 

 ヴァルハザクの玉だけやたら持っているハンターなのである。もちろん、一時期彼が、ネルギガンテではなくヴァルハザクを狩ることを日課していた結果なのだが、それをすっかり忘れてテオ・テスカトルのドロップ率が悪いのだと彼は信じ込んでいる。

 

 その後は、スリンガー移動の練習の成果を発揮するために狩りに行った歴戦王クシャルダオラにボコボコにされ、乙らずに済んだのは野良ハンターたちの心温まる手厚い介護のお陰だと風に切り裂かれてズタズタになり、血塗れだったためにいたたまれずに介抱してくれたアステラの誰かに語った。

 

 歴戦王に倒するガンナーのもろさは尋常ではない。生き残れたのはひとえに、ベヒーモスから広域化を積むようになった野良ハンターたちの優しさである。

 

 シールドをたくさん積んでも、ガード系スキルを積めるだけ積んでも、被弾するときは被弾するこのハンターは優しさを噛みしめたとか。

 

 このハンターはスタイリッシュ移動の練習の前に適切な避け方及びガードの仕方を学ぶべきなのだ。しかしながらなかなかそれを理解しないので慣れ、乙って覚えるしかないのだ。

 

 

 

 

 

「真溜めを弱点に当てた時と、竜の一矢が頭から尻尾まで突き抜けた時と、狙撃で飛竜を打ち落としてターゲットクリアした時と、空中回転乱舞で全身くまなく切り刻んだ時と、頭にスタンプしてピヨピヨさせた時と、スリンガーで移動が完璧にできた時と……うーんどれもスタイリッシュでロマンあふれる、最高だ」

「相棒って暗号みたいなこと良く言いますね」

「ところでお前さんいつもメシ食ってるけど胃はどうなってる?」

「え?別に普通ですよ」

 

 愛用のマム・タロト産双剣を撫でさすりながら例のハンターは、うっとりと受付嬢相手に語っていた。ロマン戦法が大好きなのだ。実行できる腕前はないのだが、とにかく偶然成功した時にテンションが振り切る程度には好きなのだ。

 

 受付嬢はまた始まったと思いながら話をほとんど聞く気がない。誰よりも例のハンターの扱い方を心得ているのである。扱い方というよりも自分が振り回されずに済むスルー方法とも言うが。

 

「明らかに自分のボウガン殴りでモンスターをスタンさせた時脳汁出る……タックルで一人だけ吹き飛ばされずに殴り続けた時のアドレナリン量……エリア移動のために背を向けたモンスターにすかさず乗る片手剣……」

 

 例のハンターは会話をするよりも自分の中にあるスタイリッシュなことに夢中になり、突っ伏した。めくるめく妄想の世界の中のカッコイイ自分は決して足削りで膝をつかないし、起き攻めで乙らないし、散弾のダメージがうまく当たらなくてすべて「1」だったりもしないのだ。

 

 ブツブツとカッコイイロマンなワンシーンについてつぶやく不気味な例のハンターがいるので今日も食事場の営業妨害は甚だしい。

 

 カッコよくてスタイリッシュなハンターになりたいのだ。その為にオレンジのブリゲイドの帽子は食卓の上に置いてあり、最近一番カッコよかった自分の象徴であるダイバー+ドラケンの重ね着を着ているくらいである。

 

 食事が届けばシュノーケルを外すので、周囲のハンターから浮いた白い肘が眩しい鎧男になることだろう。

 

 運良く、否、運悪く食事場で鉢合わせしている他のハンターは、どんな恰好をしていてもブリゲイドの帽子を手放さない彼の美学に呆れ、少し感心しつつも絶対に関わりあいになりたくないため目の焦点を意図的に外して遠い目をしていた。

 

 万が一、突然起き上がりでもした例のハンターと目が合ってしまうなんてことが起きないように。

 

「ランスだったら全身ガンキンでガードをし続けるとか最早鉄壁の守りすぎてカッコイイし……」

 

 ムニャムニャ言いながら例のハンターはゆっくりと動きを止めた。アステラの人々は無茶苦茶な動きをしたせいでポックリしたのかと生存が気になったが、単なる寝落ちである。注文を言う前に寝落ちしたのでハンターはその後数時間ほど食卓に放置された。ログアウトしていないので下手に動かせないのだ、システム上。

 

 アステラ的には数時間後、ハッとなって起き上がったハンターは何故かおどりはじめたりしたが、そんなことはアステラの食事場担当アイルーたちにはどうでもよかった。そこにいるだけで営業妨害なのでさっさと退散してくれと思っていただけなのだ。

 

 中の人的には珍しく、リアルには十分ほど寝落ちしてから起き、トイレに行く前にハンターを踊らせておいただけなのだが。連続狩猟は時に眠気をもたらすものなのだ。もっとも、眠気の象徴たるマム・タロト第一エリアほどの眠気はなかったのですぐ起きたのだ。

 

 眠気も覚めてスッキリしたハンターは、清々しい顔で定食を完食すると今日のネルギガンテをひと狩りしに行った。

 

 運悪く、救援参加先の立て主が戦闘に絶妙に参加しない位置で突っ立っていたので剥ぎ取り後にぼこぼこにそいつを切り刻んで、機嫌悪く例のハンターがアステラに帰還した……という、アステラ的には完全なるとばっちりで恐慌状態になったりもした。

 

 アステラ的には散々な日である。

 

 その後、このハンターはゲームと全く関係の無い相手と通話しながら狩りを始めたので、声は聞こえないが表情が一人でやたらうるさいハンターを不気味がったり、あと少しで勝てたのに帰還になった狩りのあとは板張りの地面だというのに例のハンターの地団駄が凄まじかったりもしたので、ともあれ迷惑である。

 

 例のハンター曰くの「スタイリッシュでカッコイイ」に真の意味でなるのにはまだまだ時間がかかるのである。

 

 普通の思考で考えるなら、やるべきことは装飾品集めおよび素材、ゼニー集めだというのに歴戦王に挑みまくってカスタム石を集めているところからして、計画性も何もないライトなハンターはそれでも日々幸せなのでもうなんだっていいのである。

 

 今日も中の人はニコニコ笑顔で椅子に滑り込み、ピッとP〇4の電源を入れてワクワクしながらコントローラーを握り、モンスターハンターワールドを起動する。すると、例のハンターの魂は宿り、赤毛のポニーテールの男はマイハウスのベッドの上からムクリと起き上がって、流通エリアのボード前に移動する。

 

 そして操作可能になるとまず、さんかくを押してログインボーナスを受け取り、今日のブリゲイドの色を決め、ノリノリで決めポーズを取って今日のスクリーンショットを撮る。

 

 準備体操にネルギガンテを倒してから本命のネルギガンテか配信バウンティのターゲットを倒し、その後なにかほかのモンスターに挑んで満足してログアウトするのである。

 

 ゆっくりゆっくりと装備を集めながらのんびりエンジョイするのである。アステラ的にはめまぐるしく狩りをする狂人で、稼いだだけ金をつぎ込む馬鹿だが、その実態はただの着せ替え好きなのんびりしたライトプレイヤーであり、彼への認識には温度差も勘違いも多分に含まれているのだ。

 

 しかしながらそれは永遠に解決することなく、ゲームシステムによって守られた不死のハンターは今日も幸せなのである。




ライトプレイヤーなカッコつけハンターさん
一日一ネギ、三日で三ネギ、三ネギ狩って玉落ちない。ドロップ率うんぬんよりもライト過ぎて討伐数が少ないだけの可能性がある。とはいえ狩る日は十も二十も狩る。
スリンガー移動を完璧にしたその時、ハンターのテンションはおどりだしたいくらいになる。空中回転乱舞が成功すると、明らかに調子に乗る。
そろそろ身だしなみチケットを買うことを検討しているが、どうせほとんど分からない微調整しか予定していない。


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ハンターさん、勢い余る

下位の素材を集めたい話。


「殺すつもりはなかったんだ、信じてくれ!」

 

 激しい土下座モーションでクエストボードに向かって謝る例のハンターのことを、流通エリアのアステラの人々はなるべく見ないようにしていた。今日も絶好調に迷惑である。

 

 例のハンターの背中には、うっかりした「討伐」に用いた凶器たる愛用の竜熱機関式【鋼翼】改があった。そして殺してしまったのは素材のために受注した捕獲クエストにて犠牲になった下位ボルボロスである。

 

 しかも、うっかり討伐してしまうのは、本日すでに二回目である。現行犯であっても、それがフリークエストのなかの「捕獲クエスト」を受けたハンターとして正しいことではなくとも、少なくとも爆弾そのものであるこのハンターにわざわざ罰を与える命知らずな人間などいないので、そうまでして謝る必要も無いのだが。

 

 そもそもだ。最早災害と言っていいほど強大な力を持ち、環境をも動かす古龍すらたった十五分ほどで片手間に狩るということを繰り返すハンターなので、間違って討伐したことくらいわりと些細なことなのである。

 

 一応述べておくと、ハンターはむやみやたらに殺生を行ってはならないものなのだ。狩猟の最中に討伐してしまったモンスターは事細かにギルドに報告しなければならない。たとえそれが小型モンスターであっても。

 

 ハンターはあくまでハンターであり、生態系の蹂躙者ではないのだ。まあアステラ所属のハンターの場合、所属していないのでギルドには報告しないのだが、事細かに討伐したモンスターについて報告するのは似たようなものである。

 

 なので罪悪感を感じること自体は間違いではない。だが、そんな良心がこのハンターにあったところでそれよりも先に正すところがあるだろうと見られるのがオチである。普段の行いは大切である。

 

 さらにこのハンターの話をすると、これまた別にわざと討伐をやったのではない。他のハンターにはなかなか理解できないことだが、まだ数発はいけると思ったらあっさり死んだらしい。殺す気はちっともなかった、というのは真実の言葉なのだ。質が悪いことに。

 

 他のハンターにとって最も理解不能だったのは、戦っている相手の生命の息吹を感じることもできない例のハンターの鈍さではない。討伐と捕獲を間違えたのに、口ぶりがあまりにも軽かったことだ。

 

 緊張感の元、命のやり取りをしている狩り場で、相手が捕獲できるとみればさっさと試みて命があるうちに帰還したほうが良いはずである。

 

 しかし、このハンターの言葉を信じるなら、捕獲できそうにない程度の活きの良さだったので追撃をすべきだと考え、しっかり会心の真溜め斬りを弱点に当てた瞬間討伐になってしまったと。前回の「うっかり」に至っては、坂にいた瀕死のボルボロスを見てつい一発くらいいけるだろうと空中回転乱舞を仕掛けたところ、見事にお亡くなりになったとか。

 

 アステラ的には的確かつ、馬鹿力かつ、人並み外れたハンターの言うことはなかなか理解し難いが、まぁ、嘘をつくような人間でもないのでそうなのだろう。行動は馬鹿すぎる。

 

 真溜めの方に至っては、踊るオレンジの数字は九百を超えていたとか。アステラの人々には数字の意味はわからないが、話を聞いたアステラのハンターたちは瀕死寸前の下位個体にやるものではないのだろうな、と推測した。

 

「ブロスシャッター作りたいんだ、お願い捕獲するまで死なないで!」

「捕獲クエストを受けなければ解決しますニャ。討伐しても達成ニャ」

「捕獲クエストの方がちょっとだけ報酬が高いんだよ!」

「本末転倒ニャ……」

 

 下位クエストの報奨金に対して叫ぶほど、無様な金欠なのである。

 

 そのため、オトモの正論な言葉にもこの始末である。ブロスシャッターの素材のために下位のクエストに入り浸っていたハンターは絶妙な手加減を必要とする狩りに少々手が滑りっぱなしなのだ。

 

 土下座をようやくやめたハンターは、あとどれくらい素材が必要かを確かめるべく、ウィッシュリストを開いた。やっぱり必要だなぁと呟き、一応、上位の素材と勘違いしているのではないかとR3を押し込んで素材にカーソルを合わせた。

 

 アステラで生きているハンターとしては、手帳に挟んだ覚書を読んでいるだけだったが、中の人がプレイヤーなので素材の詳細がわかるのだ。

 

 その瞬間、すべてを理解した早とちりのハンターは泣き崩れた。

 

 必要だったのは下位のボルボロスではなく、下位のディアブロスの素材だったのである。なぜ間違えたのだろう、と泣き声が聞こえていたアステラの人々は不思議がったが、例のハンター的な思考では簡単な話である。

 

 まず、ブロスシャッターを作るまでにこのハンターに必要だったのはボルボロスの下位素材である。そして、生息地と色が似ていて中の人的には混同しやすいのである。突進もするし、と言い訳は重なる。

 

 武器の名前も紛らわしい。「ブロス」シャッターなのだ。「ボロス」シャッターではないが、似ている。なので、今までボロス素材が要求されていてもそんなものかで済ましてきたのである。たった一文字、されど一文字。武器の名前すら脳内では一文字勘違いしていたのである。口ではしっかり「ブロス」シャッターと言っていたのに。

 

 謀られた! と、今日も狂人と囁かれるハンターはますます暴れた。駄々っ子のようである。転がり暴れるハンターに人々は遠巻きにするしかなかった。背中の武器が床板を削らないか戦々恐々とするしかない。

 

 彼的には、この二匹は良く似ているらしいのだ。どちらも、このハンターが大好きなパワー系のモンスターなのである。言われてみれば……似ているように感じるような、感じないような。生息地が同じ大蟻塚の荒地であり、突進攻撃をしてくるという点も似ている、縄張り争いだってする、とハンターは叫ぶ。

 

 このハンターにとって、パワー系のモンスターといえば、ボロス、ブロス、ネギなのだ。お気に入りのモンスターであるネルギガンテとはこのハンターも流石に間違えないが、前者二種はひとくくりにしているらしい。アステラ的には知ったこっちゃない。

 

 しかし嘆いていても武器は出来上がらない。このハンターは久しぶりにハンマーでネルギカンテと戦いたくなったのだ。それが全てのはじまりで、元凶なのだ。彼は豪快かつ爽快に角をへし折りたかったのだ。

 

 とりあえず、最近は色々と装備が増えたのだから以前と環境が違うだろうと考え、攻略を参考にすると無属性最強! という言葉に心惹かれてボルボブレイカーⅢとカオスラッシュをとりあえず横に置いておいて、新たな武器を追いかけ始めたのである。

 

 ブロスシャッターⅡは追加武器ではなく、前からある武器なのだが、以前は攻略すら見ない本物のライトプレイヤーだったので気付きもしなかったのである。

 

 しばらくして、例のハンターは弱々しく起き上がると、ぶんどり刀を装備している頼もしいオトモをぎゅっと抱きしめ、武器をしっかり担ぎ直した。そして下位のディアブロスをひと狩りしに行った。

 

 いや、素材が集まるまで狩り続けたので「ひと狩り」では済まなかった。

 

 

 

 

 

「殺さずに……殺さずに……」

「?」

 

 ともあれ狩りである。ハンターなので狩りをするのである。狩りをしなければ、このハンターはコーディネーターとでも名乗った方が正しくなってしまう。

 

 例のハンターは、制限人数二人の救援参加で上位のディアブロスを狩っていた。立て主のペアの相手は野良によくいる中の人的には異国のハンターらしく、ハンターの低い祈りの声が理解出来ずに首を傾げる。

 

 わざわざ上位にも出向いているのは、言うまでもないが下位の素材が解決してもやっぱり素材が足りなかったので。このハンター、素材はあるだけ使うのである。つまり上位素材もスッカラカンであった。

 

 今回必要なのは上質なねじれた角である。角破壊ならそれこそハンマーを担げば良いものの、ハンターはめげずに大剣を背負っていた。シビレ罠を仕掛けて頭をタコ殴りにすれば同じだと考えたのである。

 

 なお、やっぱり慣れた武器の方が立ち回れるので実のところ、空振りがほぼない片手剣の方がダメージが出ているときもあるのだが。頭一点狙いならば間違った選択でもない、とフォローができる。

 

 しかしながら、一撃ダメージの爽快感にハンターは完全に盲目になっていた。

 

「……罠、設置」

「(グッジョブのスタンプ)」

 

 とはいえ大剣とスラッシュアックスの組み合わせで角を両方折れるだろうか。このハンターはライトな中堅プレイヤーである。プロハン並みに上手いとは言い難い。

 

 シビレ罠の中で麻酔が効いて眠りに落ちるディアブロスをハンターは恨めしく睨んでいた。片角しか折れなかったのだ。

 

 しかしめげない。諦めない。続けて彼は救援参加した。何やらその調査クエストは、見覚えのある表記だった気がしたが、特に気にせずに彼は飛び立つ。

 

「……こんにちは」

「? (グッジョブのスタンプ)」

 

 さっき別れた相手と対面した。

 

 あるあるである。素材のために同じモンスターをターゲットに救援参加すると、同じ人に当たり続けることがあるのである。このハンターはちょっと気まずいような、嬉しいような、恥ずかしいような複雑な気持ちで挨拶したが、相手は異国のハンターである。通じていないようだ。

 

 しかし言葉など些細な問題なのだ。

 

 挨拶に不思議そうな顔をされただけで、ディアブロスを発見するや否や二人して襲いかかるのみなのである。狩りの最中となれば言葉の壁など関係ない。大抵の定型文は見慣れているので意味が分かるし、共に駆け抜けると友情が生まれないこともないのである。

 

 二人のハンターは手早くディアブロスを捕獲ラインまで押し込むと、また角を両方折れずに捕獲した。そして捕獲と同時に乱入して来たディアブロス亜種に仲良く吹っ飛ばされて同じように起き上がり、クリアの表記と共に全く同じ動きで勝利に頷いた。

 

 稀に、しかしよくある光景である。矛盾しているようだが、プレイヤー的にはそんなものである。

 

 もちろん素材が足りないのでハンターはすべてを返上してディアブロスを狩り続ける日々となったが、そのような武器を求めて戦い続けるというのも醍醐味なのでこのハンターは今日も幸せである。

 

 砂地に眩しい白いブリゲイドの帽子をオシャレに被り、しかし連続狩猟し続けるためナルシストにスクリーンショットを撮る暇もなくあくせく狩り続けた。

 

 武器が完成した暁には、きっとこみ上げる幸せが格別だと信じて。




殺す気はなかったハンターさん
戦うからには殺す気で戦っていたが気づくと討伐していて自分の罪深さに戦(おのの)いたらしい。叩き込めるときには全力を出す、後先のことは考えない。ほとんどバーサーカー。

一番活躍していたオトモ
ぶんどり刀で素材を集めるという点で実は最も活躍していた。お陰で何回か狩りの回数が削減された。


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ハンターさん、間違える

武器を変えた時の挙動の話。


 突然トチ狂ったのか、全身色がだんだんと変わりだす未知の技術の結晶たるブリゲイド一式(重ね着)をまとった例のハンターは、本日の得物である巨大なハンマーを抱えて顎を乗せ、駄弁っていた。

 

 さっきまではその体勢のまま、ハンマーの斬れ味とは? と哲学をしていたがすでに飽きたようである。結局結論は出なかったが、近接武器でスタン値最強は斬れ味の落ちないボウガン殴りなのだと騒いでしばらくうるさかった。

 

 彼の中でボウガンは撃つものよりも殴るものなのかという疑惑があるが、人よりちょっとボウガン殴りに興奮を覚えるだけなので大した問題ではない。

 

 もちろん、そんな彼の隣には白くて可愛いオトモがちょこんと座っている。

 

 場所は流通エリアにある、世界樹の前にある短い階段である。座って足をぷらぷらさせ、あくせく働く人たちをぼんやり眺めながらだらだらしているのだ。ちょっと欠伸をしたり、友人にボイスチャットを繋ごうとして繋がらなかったり、手鏡で髪型をチェックしたりと、さながら休み時間の女子高生のようである。

 

 いくら顔が角度によっては性別不詳だろうと、綺麗に髪を結っていようと、ここまでくると外見がどうであれなにも周りの対応は変わらない。抱えている武器があまりにも凶悪であり、やらかしてきたことも膨大である。そしてそこにいるのはもちろん、古龍狩り大好きな、つまり天災よりも強い例のハンターなのである。

 

 なので、例のハンターの中の人が想像しているような、「たまには休息をする中性的イケメンハンターのわたし」では全くない。狂人の休息にすぎない。

 

 とはいえ下手に通路に突っ立たれるよりは邪魔ではないので、アステラの人々は例のハンターが突然暴れないか確認のためにチラ見しながらも安心していた。いつもそこにいてくれと切に願いながら。

 

 先日は、ようやく完成したハンマーに例のハンターの琴線が振れたらしく、長いこと邪魔なところで踊り狂っていたのだ。それに比べれば特に問題はない。

 

 ヤッター! デキタ! ワーイ! カッコイイ! デッカイ! ツヨーイ!

 

 こんな言葉ばかり聞こえてくる狂喜乱舞にはもううんざりしていた。喜んでいる姿は感情が素直で結構なのだが、とにかくいる場所が邪魔なのである。強引にどかすことも出来ない相手なのが最悪なのである。

 

「せっかく最強のブロスシャッターを作ったのに、あんなに楽しかったもちつきに失敗したからさ、改善策を考えるべきなんだ。思うに大剣やりすぎてボタン操作がそっちに染み付いちゃっているんだなって」

「ご主人さっき、避けられないで吹っ飛ばされてたニャ。他の武器を使ったら前の武器のことを忘れるのかニャ?」

 

 なお、プレイヤーたるこのハンターは、しっかりシステムに守られているので本当なら首の骨でもへし折って死んでいたような一撃を受けたが、体力を半分ほど削られただけでピンピンしている。古龍との戦いでは欠かせない硬化薬様様であるが、それにしたっておかしい。

 

 それから、モンスターの攻撃を避けられずに吹っ飛ばされるのは被弾の多い彼には日常なのだが、優しく可愛いオトモアイルーはあたかも武器が不慣れだったから避けられなかったように話した。

 

 防御バフを使うように、彼は自分のプレイングスキルにはそれなりの自覚があったが、やはり気にしているので、オトモはなるべく触れないようにしているのだ。

 

「うん、おおむねそう。それだよ。大剣のあとの片手剣でシールドで叩く方の派生がやりにくく感じたり、ヘビィのあとのライトで照準合わせてなきゃ駆け回れることを忘れてたり、久しぶりに弓使うと、スティックの入力忘れててチャージステップじゃなくて普通に転がって回避したりするアレ」

「ニャア……」

 

 ハンターのオトモは、「そんなわけあるかニャ」とか「なんで今まで死ななかったんだニャ」とか、オトモらしからぬ暴言に近い言葉を言いそうになったが何分付き合いも結構長くなってきたので、喉にこみ上げてきた言葉を飲み込むことに成功した。

 

 判別できない言葉を除いても、このハンターが言っていることはかなり無茶苦茶である。それでも命を張って狩りをしているハンターなのだろうか。ここまで生還してきているので、その実力には間違いないのはアステラの誰だって知っていることだが、心構えが適当すぎるのである。しかしここのアステラ的には、幸か不幸か、導きの青い星なのである。

 

 例のハンターのオトモ含め、今日もほかの誰にも共感されない狂人ハンターの言葉。そもそも複数の武器を使いこなせるという時点でかなり稀有な存在になっているのである。だというのに適当すぎるのである。

 

 その稀有なハンターが、前の武器の使用感にひきずられて武器の使い方が適当になるなんてことがあるのだろうか。あってたまるか、と言いたいのだ。うっかり話が聞こえてしまったアステラの一般的なハンターにはそんな与太話みたいなこと、ひたすら疑問だった。

 

 そもそも重さや構えから違うのにそんなの間違えっこないだろう、とも。ハンマーも大剣も重い武器だが、明らかに重心が違うのに、と。

 

 しかしながら、このハンターには画面の前の中の人がいるのでそうもいかないのである。

 

 所詮はコントローラーのまるやバツやさんかくのボタンをポチポチ、スティックキーを適当に傾けて、振動を楽しみながら操作しているに過ぎないのである。さっきまで大剣を担いでいたのなら、突然ボウガンなんて持つと照準も合わせずにぶっぱなす真似をしたりするのだ。

 

 いや、これは誇大表現がすぎたかもしれない。流石に近接武器から遠距離武器に切り替えた直後は、操作感が違いすぎて逆に間違えたりしない。モンスターとの距離のとり方から違うからだ。見え方が違えば間違えないものである。

 

 だが、大剣とハンマーなら? もしくはガンランスとランスなら? このハンター、いまいち頭がよろしくないのか、さっきも溜め斬りのつもりでハンマーを振り回し、ランスの突きのつもりで撃ち込んだガンランスの砲撃の連射により、弾切れをアッサリ起こすのだ。

 

 そして、なんとか思い出したリロードに手間取ってよく吹っ飛ばされる。その腕にある盾はなんのために存在するのか。状況をじっくり見極めて隙を見つけ、行動するのがモンスターハンターだというのに。

 

 しっかりしてほしい。だがこのハンターにとってはそんなものなのだ。

 

 事実、ようやく作った新しいハンマー片手に喜び勇んで突撃したネルギガンテに、よりにもよって大剣の要領で攻撃したハンターは、攻撃力の差が300ほどあり、装備の組み方によって大剣よりも高かったというのにダメージは三分の一ほどに落ち込ませた失態を犯した。

 

 ただただハンマーが下手なのか。否と言いたい。下手というよりは不慣れなだけである。もっと言うなら対応力の欠如というだけの話なのだ。使い慣れていないのが下手だ、と彼は認めたくなかったのだ。

 

 それを一般的には下手だというのだが、負けず嫌いな例のハンターはNPC相手には絶対に認めやしないだろう。中に人がいるどこかのハンターに言われたら認めつつも立ち直れなくなるのでやめてあげよう。

 

 すべて、慣れが肝心なのだ、という信条でハンターをやっているのだ。久しぶりというのは万物の大敵である。ビギナーでもないのでラックもよくない。たまたま上手くいくなど古龍相手にもはやありえない。

 

 あんなに正面から頭をぶっ叩きたかったのに、すっかり大剣に慣れきった例のハンターは、悲しい顔をして練習あるのみなのだと結論付けた。向上心は人並みにあるのだ。

 

 真剣な顔をして立ち上がると、凝りもせずにネルギガンテのもとへハンマーを担いでひと狩りしにあった。もちろんハンマーの腕に自信がないので救援参加である。

 

 

 

 

 

「気づいた。ハンマー用のカスタム石がない。つまり今なら歴戦王クシャルダオラがある。散弾ぶっぱなしてカスタム石を拾おう。攻撃力強化を盛りたい。ということでいこ!」

「ご主人それヘビィボウガンニャ?」

「クシャルダオラにハンマー担ぐのはプロハンだけだって……」

 

 プロハンだけという割には結構見たことはあるし、見事に戦っているのをついさっきも拝んだこともあるハンターだったが、自分ができるかといえば絶対にノーなのである。それならばまだ一撃死する可能性が高い弓で戦った方が竜巻にやられない分役に立てるというものなのだ。

 

 イマイチキマっていないが、それでも、歴戦王たる古龍をたかだか武器を強くしたいというだけの理由で乱獲するのは十分に頭がイカれているので誰も何も反論しないのだ。

 

 このハンター、アステラ的には強いのである。ここのアステラ的には。なにせここの主人公なのである。ストーリーをクリアし、さらに「導きの青い星」をクリアしている時点で問答無用でアステラ最強なのである。こんな武器を変えるくらいでしばらく戸惑ってしまうようなライトプレイヤーでも、だ。

 

 出発前に、今日のスクリーンショットタイムをふんだんにとり、いつも通り流通エリアの人通りが多い場所で邪魔しまくった例のハンターは、自分の理想の美貌にすっかり見蕩れていたので周りのことなぞどうでもよかった。それだけで上機嫌になるお手軽な脳みその持ち主である。

 

 しかし、乙りたくはない気持ちを人並みに持ち合わせているのでアイテムの確認はしっかりし、オトモに今日も頼むよとしっかり話しかけ、頭を吸い、爽やかな表情になると装備の確認はせずに飛び立って行った。

 

 しかしどこか抜けているハンターの失態は、ベヒーモス用のヘビィボウガン装備で飛び立ってしまったことだ。武器が同じく賊ヘビィなのである。装飾品だけ違うのでぱっと見ると区別がつかないのである。

 

 だけども、装備マイセットの名前もきっちり変えているのに間違えるとは、なかなかにそそっかしい。

 

 もちろん現地でもちゃんと装備を変えることができるのだが、気づくまで、風圧耐性を組んでいない装備で盛大によろめいているあいだに吹っ飛ばされ、それによって見事に何度か乙ってキャンプに戻ってくるところはこのハンターの間抜けなところである。

 

 しかしながらそれでも勝ってはくる。それくらいの腕なのである。

 

 一日の日課を超えた回数を出撃して、ようやっと手にしたハンマー用のカスタム石を手に、ハンターが嬉嬉として加工所に駆け込んでいくのが見られたのは、アステラ的には数日後のことである。

 

 もちろん、素材資材がいつだって枯渇寸前のこのハンターである。ただでさえ新しいハンマー装備のために防具をしこたまカスタム強化したばかりのハンターである。カスタム石はあっても、ゼニーも宝玉もちっともないのだ。

 

 頭が回っていないハンターは、金の竜人チケットの存在も忘れて半泣きで足りない宝玉を狩りに行ったり、腹いせに追い剥ぎの装衣を使ってモンスターたちに八つ当たりしたりしながらなんとかカスタム強化を終わらせたのだ。

 

 プレイ時間が短いライトプレイヤーな中の人は、毎日ここまで長いことプレイしない。そこまでやるともう座っているだけで腰やら頭やら首やらが痛くなってくるのである。ゆえに、ハンマーのカスタム強化を終わらせ、しばらく無言になってセーブを終わらせた瞬間、このハンターはばったりと倒れた。

 

 ただのいつものログアウトだが、アステラの人々には狂人ハンターの電池切れと認識されているため、オトモアイルーが一生懸命足を掴んでマイハウスへ引っ張っていくのを少し手伝った。

 

 いつも通り、この時だけ立ち入る例のハンターのマイハウスには所狭しと装備が飾られ、少々薄暗い部屋の中で愛する装備に囲まれてすやすやと眠る彼はとても幸せそうに見えたらしい。




武器の切り替えが下手なハンターさん
装備武器を変えてすぐは、しばらく挙動がおかしくなるくらいはいつものこと。その程度では歴戦王が相手でなければ死なない程度のプレイングスキルだが、大抵いつもちょっと狂う。
今日の疑問「片方しか研がない双剣の斬れ味、本当に戻っているのか?笛の柄を研いで何か変わるのか?」




これにてネタ切れなので、次のイベントクエスト配信でネタ仕入れてきます。祭りと重ね着、次の歴戦王やモンスター追加で更新できるはずです。なにもなくとも思いつけば書きます。
これからもワールドを楽しみながら書いていきますので良ければお付き合いください。

ここまで読んでくださったすべての読者の方に感謝を。本当にありがとうございます!



いつもぶつかってばかりいるアステラの人々に謝罪を。この作品の最初のきっかけは、流通エリアを爆走してぶつかった時にハンターが謝っているようなそぶりをしているのをみて、「この世界で生きているハンター」と「中の人はプレイヤー」の認識が生まれたからです。私は本当にぶつかってもNPC相手に何も感じなかったのに、ハンターさんはきちんと謝っている。そんな温度差が素敵に感じられたのです。
ありがとう、アステラの人たち。そしてごめんなさい、これを書き始めてからは避けるようにしてるけど、これからも多分ぶつかります。

アステラにて……クエストボードの前で進行の邪魔をしたり、加工所の前で足止めしたり、本当はプレイヤーが中にいるハンターさんは今日も「なんだこいつ」と思われているに違いない。


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ハンターさん、壁打ちしたい

壁打ち剛射の話。


「あああぁっそっちじゃなーい!」

 

 ばしゅーん。弓の音が虚しく高台に響く。オトモはハンターの悲しいミスを見ないふりをしてぶんどり刀を構えた。少しでも素材を狩る仕事に集中する方があのハンターに構うよりは賢いと思ったからだ。しかし、これでアステラでしばらく嘆いて騒ぐだろうと予想はついていたが、今気にしても仕方がないのだ。

 

 もしかしたら、これから何か良いことが起きて、オツムがそこまでよろしくないハンターはそれまでのすべてを忘れて機嫌が良くなる可能性だってあるのだ。

 

 希望がある限り絶望したりはしないのである。そして幸い、例のハンターの嘆きというものはオトモアイルーにだけはそこまで悪影響でもないのだ。決して彼はオトモに危害を加えない。どんなに取り乱していても。だからつまり、所詮は他人事である。

 

 例のハンターの悲鳴とともに、見当違いの方向へ壁打ちの矢は吹っ飛んでいく。全身柔らかいから、というだけの理由でサンドバッグに選ばれた通常個体のバゼルギウスは、そこはかとなくこのハンターを鼻で笑ったようだ。

 

 勿論、バゼルギウスに関しては人並みに沸点の低いハンターは不遜かつ、外道で、非道な上に秩序がないヤツを許しはしない。飛翔せし気高い外道に慈悲などないのだ。乱入で爆撃するのを許してはいない。上位上がりたての頃、見たこともない爆撃機に心が踊り、落ちてきた爆発する鱗に乙った恨みがあるのだ。

 

 アイツが気高いかどうかは議論の余地があるが、とりあえず公式の見解は絶対である。

 

 例のハンターは麻痺ビンを鼻息荒く弓に叩きつけると、壁打ち剛射を叩き込み始めた。しばらくしてめでたく麻痺したまな板の上の(ピンクパレクス)に、強撃ビンを付けた壁打ち剛射を叩き込み始めた。目に見えて良いクリティカルダメージの連続に、このハンターのテンションがだんだん高くなっていく。

 

 もちろん、壁打ちの三割程度はあらぬ方向へすっ飛んでいくが、このハンターはもともと特に上手いわけではないので七割も当たれば特に不満もない。ほどほどで満足である。

 

 適度な妥協があれば幸福のラインは下がり、故にこのハンターは毎日幸せなのである。なんかダメージがいっぱい出ている気持ち良いプレイしたら、多少ダサいことをしてももう幸せである。

 

 しかしながら、彼は最強のガイラアロー・雷を持ち合わせていない上にそこそこ射撃を外すハンターであることから、瀕死のバゼルギウスはエリア移動で逃れた。それに必死の形相で追いつき、何回かのチャージステップからの剛射を叩き込み、彼は捕獲もせずに処した。

 

 総評。自己評価で四十点。甘い採点である。初めての壁打ち剛射となればそんなものである。練習あるのみだが、まぁそんなものなのである。持ち込んだ秘薬を二つとも飲んだが乙ったりはしなかったし、落とし物はめざとく拾っておいたのでギリギリ赤点回避なのである。

 

 初めてはなんでも許すのである。自分に激甘である。なにせ楽しまなければならないのでギチギチに締め上げたくないのである。漆黒のブリゲイドの帽子に、ギルドクロスのマントを風に揺らし、決めポーズを取りながら規定数すっかり剥ぎ取ったバゼルギウスの骸を黙って見下ろしながら、愛弓を撫でた。

 

 トビカガチの弓なのでもふもふかつパチパチである。不思議な感触に夢中になって揉みしだいているハンターは一分が過ぎたのでさっさとアステラに戻された。もちろんシステムによって。

 

 ハンターはしばらく顔を緩ませながらもふもふを揉んでいた。モンスターのふわふわに理性を奪われた中の人は、ゲームをやめた後にトレーディングフィギュアのパオウルムーが出るまで買うことを誓った。一つおよそ八百円のガチャを回す覚悟とはなかなかである。

 

 

 

 

 

 

「ほぼ確実に壁打ち剛射の練習ができる相手って? それはネルギガンテ! 初期位置に柱があるからね! よし行こ! はやくいこ!」

「ご飯食べるニャー」

「そうだね、今日も美味しい!」

 

 定食の肉をオトモとガツガツ頬張る例のハンターは練習に明け暮れているため、あまり拠点に長居はしない。そのためアステラは非常に平和だった。食堂でいつまでも駄弁っているなんていう営業妨害もなく、むしろ手早く、そしてとても美味しそうに食べて、近くのアイテムボックスでアイテムの補充をして、受付嬢からクエストを受注するとすぐに飛び立つのみである。

 

 しかし、アステラ的にはもう例のハンターは数日狩り眠りもせずに狩りに出ずっぱりに見えるのだ。そろそろ充電が切れてぶっ倒れる頃だろうと遠巻きに、しかし注意深く観察していた。例のハンターが寝ていないということは、彼のオトモだって寝ていないのである。例のハンターのオトモに同情心のあるアステラの人々は、マイハウスに運ぶぐらいはしてやりたいのだ。

 

 オトモは例のハンターのオトモなので、ライトプレイヤーのプレイ時間という短い稼働時間で倒れるはずもなく、きちんとシステムに守られているため、別に疲労や眠気はリアル時間相応のみで、そんなに溜まっていないのだがそんなことがわかるはずもない。

 

 楽しそうに、補充の強走薬を取りだそうとアイテムボックスに手を突っ込んだハンターはしばらくごそごそし、不思議そうな顔をすると体の半分を箱に突っ込んだ。

 

 探し方がワイルドかつダイナミックである。個性的でもあるが、やめて欲しい。物資を傷つけるようなハンターではないことには信頼があるが、狩りから戻ってきたほかのハンターたちが例のハンターがアイテムボックスに突き刺さっているように見えて非常に心臓に悪いのである。

 

 つまりゲーム画面的には何度も並び替えをし、一からすべてのアイテムにカーソルを合わせて狂走薬の捜索を行っているのである。

 

 例のハンターはないことをようやく認めるとにゅっと出てきた。

 

「チッ……」

「にゃ」

「な、なんでもないよ、愛しのにゃんにゃんちゃん、なんでもない。舌打ちなんてしてねぇの。ちょっと……強走薬がなくなってて悲しかっただけなんだよ」

 

 NPCにどう思われようがどうでもいい例のハンターではあるが、オトモにだけはガラが悪いなどと思われたくないのだ。

 

 いつの間にかハンターは大剣を背負っていた。いくらスタミナ急速回復のスキルを組んでいようが、弓は強走薬がなければ始まらないのである。薬漬けこそハンターなのである。彼は弓の時は強走薬と硬化薬を浴びるほど飲むと決めているのである。

 

 であるというのに、薬が切れていては気持ちよく練習することも出来ないのである。つまり、ディアブロスを沢山倒せば良い、という判断になった。銀三枠の調査クエストならば四つは狂走エキスが出るだろうな、と予想しつつ。

 

 壁打ち剛射の練習は? 強走薬が出来次第出発である。ガンナーの時は確実に飲む硬化薬こそ栽培によって大量にストックしてあるが、それ以外は何でもかんでも資材はほぼ枯渇しているハンターなので、その都度取りに行くのである。

 

 それによって、例のハンターとしては、つまり中の人的には十分ほど時間がかかったが、アステラ的にはもう少しかかった。それにしても早いことには違いがないので、なんにせよモンスターをそれくらいの時間で狩ってくるのは異常である。アステラの人々は、相変わらず無下にはできないが、アイツとは積極的に関わりたくもないという複雑な気持ちを抱えていた。

 

「よーし、行こ!」

 

 そろそろ座りっぱなしで中の人はそろそろ尻が痛かったが気にするべきことではない。楽しいことをしているならば多少の犠牲はつきものである。もちろんハンターの体にはなんともないのだが、操作している中の人の問題はダイレクトにかかわってくる。だが祭りも近いのでその程度のことは気にしないのだ。

 

 そしてきたるマム・タロトの延々とした連戦を思えばこの程度で音を上げていてはいけない。ガイラアロー・雷が欲しいのだ。どうせライトな彼はそんなに回ったりしないので手に入るかはかなり運が絡んでくるが、回さなければ始まらないのである。

 

 重ね着、ハーベストに対して普段の重ね着装備として使うにはあんまりにもカボチャ推しがすぎるのでどうしようかと考えつつも、うっかり取り損ねていた歴戦王キリンの時の重ね着、ブロッサムの腕が欲しくてほしくてたまらないこのハンターは、壁打ち剛射というダメージの快感を体感しつつもまだ見ぬ組み合わせを夢見てにやにや頬を緩ませていた。

 

 もちろん、にやにやしながらばしゅーんばしゅーんと手痛い壁打ち剛射を繰り出していればネルギガンテの怒りを買う。頼みの麻痺瓶だって一度くらいしか役に立たない。被弾が多く、そううまくもないただのライトなエンジョイハンターの行く末は、転身の装衣が切れるやいなや、踏み台の柱をへし折られて地面に叩きつけられ、キャンプ送りにされるというお約束であった。

 

 アンジャナフの火属性の弓でパオウルムーを処したことがあるハンターは思い出す。バゼルギウスの時もそうだったが、通常のモンスターであれば罠で丁度いい位置に拘束して気持ちよく壁打ち剛射したのになあ、と。使った踏み台も破壊されないものであったのに。

 

 しかしながら、相手は罠が効かない古龍種である。そしてハンターは柱がなければ力強くなれないのである。システムの力によってモンスターを蹂躙するハンターの鼻っ柱を折るのもまたシステムなのである。

 

 ハンターは、エリア移動してしまったネルギガンテに逆襲することを誓って、そして結局大剣を担いでヤツを狩ることにしたのだった。




祭りがもうすぐで楽しみなハンターさん
彼の普段の狩り方だと配信バウンティだけで終わってしまうが、さすがにそれ以上の狩りをする期間。イベント装備、重ね着、オトモ装備、取り逃したいろいろを拾いつつマムタロトな普通のプレイヤー。
そんな彼を待っているのはほぼすべて金色の武器地獄である。今回も金色の武器地獄なのは変わっていない様子。
今更ハマった壁打ち剛射がしたくてしたくて周りを見れなくなって乙る、注意散漫な中の人の悲鳴がうるさい。


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ハンターさん、ハチの巣にする

斬裂弾が容赦ない話とハンターの趣味の話。


 麗しの白きたてがみは斬裂弾の派手なエフェクトに囲まれて。鳴り止まないエフェクトはいっそ美しく、芸術的である。

 

「ひゃー、圧巻」

「頭どうなってんのあれ」

「あれがハチの巣ってやつだろ」

「エリア移動前に下手しなくても角折れそう」

 

 戦場に響く斬裂弾の発射は鳴り止むことなく、ただただ作業に近い狩りは四人の野良ハンターたち同士の軽口を生んでいた。響き渡るキリンの甲高い咆哮は、もはや悲鳴にしか聞こえない。

 

 どこまでも一方的な狩りである。脅威であるはずの古龍ですら、ちょっと暴れる的に過ぎず、オモチャにするハンターたちは、芸術作品の制作に夢中になりながらハチの巣にし続けた。

 

 もちろん、全員斬裂ライトである。考えることは皆同じなのである。

 

 

 

 

 

 ことの始まりは祭りの開始である。

 

 豊穣の宴が始まったとたん、ハンターたちは、いや、プレイヤーが中にいるハンターたちは、再配信されたイベントクエストやマム・タロトに群がった。ログインボーナスで二倍に増えた激運チケットを握りしめて各クエストに飛び交うのだ。

 

 目玉であるはずの今回の新規重ね着、カボチャ衣装のハーベストは適当に毎日配信されるバウンティをクリアすれば手に入るので、明確にクエストを受注して取得を目指すはネタ頭装備のモスフェイクとアイルーフェイクのためのレイアレイア亜種クエストに、例のアミューズメントパークとのコラボ装備後期クエスト、フワフワ羽根帚な双剣である。

 

 しかしこれらのクエスト、二種のフェイク重ね着はチケット二枚で済むので多くとも二回行けば済んでしまい、もふもふ双剣に至っては下位クエストの上に必要数はチケット三枚なので瞬く間に済んでしまう。コラボ後期なんて宴に燃え上がったハンターたちにはおやつである。

 

 よって、豊穣の宴のお鉢はマム・タロトに完全に奪われているのだ。しかし、プレイヤーのハンターたちは完璧人間ではない。取り逃しを拾っていくハンターや、コンプリート精神がたくましい人間はさらなる道をゆく。

 

 例のハンターのように、今までの歴戦王の重ね着や装備を逃してきたハンター、もしくは単に歴戦王と戦いたいだけの者や、装飾品やカスタム石を求める者もいるだろうが、そんな目の色を変えたプレイヤーたちは再配信された各歴戦王に我先にと群がったのだ。

 

 クエストは特に逃げないのだが、あっという間に救援枠が埋まっていくという盛況ぶりである。こんなにイベントクエストの救援が乱立しているなんて、と例のハンターは歓喜の声をあげた。

 

 知り合いのネカマプレイヤーが別のゲームに行ってしまっても、彼はずっとモンハンに夢中なので人が多いだけで嬉しいのである。

 

 ところで、着せ替え大好きの例のハンター、歴戦王キリンの実装時は腕前がライトプレイヤーどころか初心者に毛が生えたクラスであった。前兆がわかりやすい雷もロクに避けきれないハンターだったのだ。故に、規定数倒しきれずに重ね着ブロッサムを逃した悲しい過去を持つ。装備だって三箇所ほど作るのが精一杯であった。

 

 しかし、今は違うのだ。みんな大好きエンプレスシェル・冥灯という弾丸節約付きのライトボウガンを堂々と担ぎ、キリンの攻撃を極ベヒーモスで鍛え上げたキレのあるエイム力でほぼ避けきり、ガンナー特有の紙装甲を耐雷の装衣と転身の装衣で押し切りながら戦えるのだ。極ベヒーモスはそれはそれは偉大な先生であったのだ。

 

 その、再配信中の歴戦王キリン。

 

 ひときわ目を引くカッコイイたてがみを持つキリンの中の王者の末路は、四人のライトボウガンのハンターに頭を斬裂弾まみれにされ、それによってめちゃくちゃに切り裂かれ、倒れれば一斉に徹甲榴弾の餌食にされ、起き上がる頃にはスタンし、怒り狂いながらケルビステップを踏めば各所に散りばめられた地雷が激しく爆発し、あっという間に瀕死に押し込まれると逃げるその尻には追撃の斬裂弾が刺さる。そんな惨状である。

 

 あぁ幻獣の王者よ。それでよいのか。よいはずがない。しかし、これが現実である。悲しい作業戦闘である。

 

 もちろん、瀕死になって眠りに付けば四人で八個の爆弾セット、四人で十二個の地雷とともに起爆、角はここでほぼ折れる。

 

 悪魔のような顔をしたハンターたちが爆弾を構えて先回りして待っている寝床エリアでは、待ってましたとばかりにレベル2の睡眠弾が火を吹き、再び眠って爆弾おかわり。斬裂弾が切れようが、彼らの調合分の持ち込みがなくなろうが、キリンの寝床には二箇所、斬裂の実が生えているのである。あぁ、この世は無情。無慈悲な斬裂おかわりがとまらない。

 

 付け加えるなら、前述の通りエンプレスシェル・冥灯は弾丸節約付きであるのでもともとの三十発、調合の二十発、拾った二十発、それに加えてエリア移動の際に弾丸を補充してくるハンターも当然いるので逃げ道はない斬裂弾に塗れて討伐されるのみである。

 

 幻のモンスターも、歴戦という個体も、そのなかでも特に優れた個体であるはずの歴戦王も、チケットの欲にくらんだハンターたちの斬裂弾の嵐には耐えられない。

 

 かくして、ハンターたちは、頭が斬裂弾まみれになって弾が弾けるぱしゅんぱしゅんと音を立て、切り裂かれ続けるキリンに各自好き勝手な感想を抱きながら一切の容赦もなく狩りを続けた。

 

 それでも続けられる反撃の攻撃を見事に躱しながら互いに軽口を叩き合い、時に誰かがダメージを受ければ粉塵を巻いたり円筒を立てたりして補助の姿勢も崩さない。

 

 そう、もはやゆとりと余裕の狩りなのだ。例のコラボが強すぎた。心に余裕を、仲間に愛を。モンスターには慈悲はなし、そんなありふれた狩りに貶められているのだ。

 

 なお、例のハンターいわく、たまに混ざる拡散ヘビィはいくら全員がガンナーで来たからといって所構わずぶっぱなされると、キリンの移動によって位置ズレを起こした拡散弾の残滓に吹き飛ばされて無残に乙る可能性があるので、スタンしていないなら控えるように、と注意喚起したい。

 

 ふっとび属性の拡散弾は計画的に。

 

 かくして、ようやく重ね着ブロッサムを手に入れたハンターは、腕装備を入れ替え、射手の手袋のような外見に色を変えられるスリンガーに心ときめかせて祭りの陽気に浮かれていた。

 

 

 

 

 

 

「素晴らしい……現在できうる最強の……わたし……カッコイイ……」

 

 例のハンターはキレキレの決めポーズを取りながら、頷く。理想の自分というものは常に追い求めるもののため、到達することはないのだが、現時点で再現することの出来る重ね着、という意味では完璧な仕上がりであった。

 

 外見を優先するためにわざわざライトボウガンから武器を変え、弓を担いでまで悦に入っている。

 

 帽子はお気に入りのブリゲイド、本日は収穫のカボチャのオレンジ色。黒いマントのギルドクロスの胴と腰、体に沿う衣装はたっぷりとした布で騎士のような気品を生み出す。足にもブリゲイド、足を保護する金属の装飾がギルドクロスより優美で素敵だと判断した結果。そして腕は射手のようなブロッサム。

 

 ブロッサムの腕がシンプルで良いのである。射手のような手袋の部分とスリンガーの部分と、袖のラインの色が好きなように変えられるというそれなりな自由度の高さもさることながら、シュッと細く腕に沿うようになっている。

 

 つまり、ギルドクロスのように、戦っていて引っかかりそうな布もなく、ブリゲイドのように本当に戦えるのか?と疑問になることもない装飾もない。つまり、中途半端にリアルを求めたハンターにとって、外見の優美さと機能性を両立したと言える、騎士装備重ね着に合う腕装備なのだ。

 

 しかしそれでも理想ではない、あくまで理想というものは追い求めるものである。到達できるものではない。しかし、この装備であれば特定の角度で顔を見なくとも、ギルドカードですら性別不詳気味のハンターになれるのである。

 

 あぁなにが中の人を駆り立てるのか、理想のイケメンでプレイしているわりには求めるところがニッチな中の彼女は編集に編集を重ねた己のギルドカードを見て満足していた。

 

 オトモアイルーをエスコートするようなポーズを取ると、このキャラメイクかつこの重ね着装備であれば中性的な美人になれるのだ。

 

 自分のギルドカードにキスでも送りそうな勢いでうっとりと見つめる彼は、本日の装備に合わせるため、にしては性能が良い龍骨弓Ⅲをしっかり抱きしめていた。重ね着の下の装備もお遊びではない。被弾の多い彼が、耳栓や気絶耐性すら組まない本気の火力装備である。

 

 攻撃力こそ二百もないが、龍属性弓としては最強のこの弓。盛りに持った龍属性はゆうに五百を超え、龍属性が弱点のモンスターたちを次々と葬ってきた素晴らしい弓なのだ。

 

 そして彼が気に入っているのは適度な無骨さによる。弓というものは形状が優美である。少なくとも彼はそう信じている。存在自体が優雅であり、騎士の背にあるに相応しい弓、そして素材がむき出しとも言える、適度な抜け感というものに彼はギャップ萌えを感じていた。

 

 今の自分は性別不詳でちょっと体格が良い騎士である。その騎士の背には良く似合うはずの美しい弓があり、しかしその弓はどこまでも実用一辺倒で、素材を覆い隠そうともしない。優美さの欠けらもないのである。外見の完璧など求めてはいないのだ。彼の求めるハンターは、ただ美しい騎士ではない。

 

 強く、逞しく、美しいことを求めているのだ。あくまでしたたかであれ、そしてハンターなのだ。本気で騎士がやりたいならとっくにほかのゲームをやっているのである。しかし、それでも綺麗な男でプレイしたい、追いかける尻はゲームの中でぐらい異性でありたい。だがやりたいのはモンハンである。中の人の性癖は少し曲がっている。

 

 しかしながら、これはネカマの理論とほぼ同じなのである。ゲームの中で男の尻を見たくない男がかわいい女の子をやるように、女性プレイヤーである中の人はイケメンを求めた。

 

 そして、彼は紛れもなくハンターなので闘争も求めた。そして狩りをした。するとただ美しいだけでは満足出来ず、どこか滲み出るハンターらしさというものを求めるようになった。そうして、いろいろと至った彼は幸せになれた。

 

 アステラの人々への迷惑というものだけ犠牲にして彼はすべてを手に入れたのだ。プレイスキルへの程よい妥協と、外見に対する妥協のない追求が生んだ幸せなのだ。

 

 ともあれ、ハンターは求め続けた重ね着が手に入った記念と盛り上がってしまった妄想によって加工所の前を占拠し、かなり長い間スクリーンショットのための試行錯誤を繰り返し、我に返るとマム・タロト周回へ戻っていったのだった。

 

 ライトプレイヤーの彼の鑑定武器ガチャが終わる日は来ないであろう。今日もエンプレスシェル・冥灯の出番が尽きることは無い。




ハイメタが好きなハンターさん
優美な騎士ごっこも良いけどそろそろ重装備も重ね着したい、でも鎧武者は飽きた。
インゴットも欲しい。
鑑定武器ガチャの地獄に両足で踏み込み、大団長へのヘイトが静かに溜まっていく。



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ハンターさん、羨む

受付嬢たちのハロウィン衣装を羨む話。マム・タロト周回の話。


「受付嬢ばっかりいい重ね着多くない?! ハンターにもふわふわドレスとカッコイイタキシード欲しくない?!」

「ご主人はお洒落だニャン」

「マムレベル4だし、暇なハンターはそろそろいこーぜ」

「行く」

 

 集会エリアでひたすら欲望を叫んでいたハンターは、さっきまで追跡レベル上げに一緒に回っていたハンターに冷静な言葉をかけられ、ライトボウガンを担ぎ直し、クエストに参加した。

 

 それにしても、本当にあっちもこっちもエンプレスシェル・冥灯である。ちょっとそれにランスと操虫棍と弓が混じり、それ以外の武器は本当に稀である。最終エリアで武器を持ち替える人は、たまにいないこともない。だが大抵眠爆からの斬裂弾で事足りるのである。

 

 パーティメンバーのうち、四人中三人がエンプレスシェル・冥灯で一人が違う、というのが普通なのだ。ライトボウガンが三人ではない。エンプレスシェル・冥灯が三人なのだ。

 

 「ライトボウガンのハンター」とか個人の特定にもならず、うかつに呼べやしない。武器の名前を特定してもやはり無駄である。

 

 そんな異様な光景を見ても表情を崩さないプロの受付嬢たちは、個性のないハンターたちを豊富なキャラメイクによって個性的になった外見で判別するしかない。武器で見分けるのが楽なのだが、どうしようもない。

 

 その点、例のハンターは帽子の下の顔が男らしいとは言い難いのでやや見分けやすい部類ではあった。たくましさを表現するヒゲも、無骨なカッコ良さを演出する傷跡もなく、つるりとした白い肌なので。

 

 男キャラのポニーテールが少ない部類なのもその一端である。ドラケン重ね着でも、一式とも重ね着でないことも見分けやすい要因である。

 

 あぁ、エンプレスシェル・冥灯。あっちもこっちも青いライトボウガン。

 

 新しく集会所に参加したハンターの武器は?

 

 ライトボウガン?

 

 ご冥灯(ご名答)

 

 ゆらゆらと、ゼノ・ジーヴァのしっぽを模した飾りがそこかしこに生えているように見えるのである。

 

 周回エリアの、いや集会エリアの白いポニーテールの受付嬢の周りには、新しいクエストを欲しがるハンターが群がるせいでさながら青いワカメが生えているようである。

 

 ハンターたちには芸がないのか? 否。最高効率? 半分否。最もこれが手軽なのである。つまり、楽なのである。回しているうちに、脳死周回に人は落ち着くのである。

 

 目を閉じれば、ほら、パンパンパンと弾を撃ち込む幻聴が聞こえる。例のハンターはそんなことをほざきながらも猫飯を手早くかきこんだ。お化けの仮装をしたオトモとともに。

 

 しかし、いざ出発しようとすると立て主が見当たらない。思えば、ほかのメンバーも見当たらない。出発はもうできそうなものなのにだ。

 

 キョロキョロとしていると、ハンターはおもいおもいの仮装をした無数のオトモアイルーに囲まれ、連行され、腕相撲大会に参加させられた。かわいいオトモに囲まれたハンターの顔は、デレデレに崩れたが、やや画面が暗い今の集会エリアで、あまり他人の顔なんてまじまじ見ないものなので、最低限の尊厳は守られていた。

 

 無数のオトモたちはパーティメンバーのオトモだったのだ。導かれた先で構えている、恐らくネカマの可愛らしい女ハンターの鬼気迫る手を、理解した顔でガシッと掴んだこのネナベハンターは、六回くらい連続で見事に負けて地面に転がることになるまで大会は続く。

 

 当然、ロマンチックな展開は始まりもせず、ただただ腕によって腕がねじ伏せられるのみである。人外じみた戦果を誇るハンターの腕力がうなり、古龍狩りをスナック感覚にしているハンターがねじ伏せられる恐ろしい光景である。

 

 無敗のマム立て主、全敗の自分。悲しいのは悲しいのだがむしろここまで来ると笑えてくる。悲しみをスタンプで表現し、ほかの人の試合が終わると拍手してはやしたて、楽しい時を過ごした。

 

 勝敗には何が起因しているのだろう、ハンターはググればわかることをその場で調べないことで世界の広がりを感じていた。

 

 そのうち、悔しくなって「MHW」「腕相撲」「必勝法」とかググるのは目に見えているのだが、無数の花火が打ち上がる空を眺めながら今はただ無常を感じていた。

 

 なお、負けて悔しいあまり伸びているハンターを仲間のハンターたちが引っ張ってマム・タロト周回に担ぎこんだ。何のためにここにいるのか? まだ見ぬ武器を手に入れるためである。

 

 ロード中に気になってやっぱりググったハンターは、己の指の連射機能のなさに悲しみを覚えた。勝者を純粋に羨み、強靭な指を持つハンターになるためにピアノの練習でもした方がいいのかもしれないとも考えながら、目の前のゼニーの塊であるマム・タロトに目を奪われ、金欠から脱却するために落とし物を拾いまくる作業に夢中になった。

 

 金に目がくらんだハンターは自ら両足揃えて周回という沼に飛び込んでいくのである。行き着く先は天国か、はたまた地獄か。それは中の人が決めることである。とりあえず楔虫による立体機動は楽しい。

 

 調査に合計二十分、角折りにも十分、一周約三十分。そんな狩りが延々と、終わりもなく続く。ある者は欲しい武器が出るまで。ある者はすべての武器を揃えるまで……。

 

 コンプリート派には間違いなく地獄と虚無の、夢の果て。祭りと宴の名前を冠した欲望の道である。

 

 

 

 

 

 

「オトモたちは本当にかわいいね、わたしのにゃんにゃんちゃん。ねぇ、にゃんにゃんちゃんもご主人がカッコイイタキシード着たい気持ちわかってくれる?」

「ニャ」

「そっかそっかー! わかってくれるなんていい子だなぁ!」

 

 ハンターは白くて可愛いオトモを存分に撫でくりまわした。吸うのはTPOを考えてよした。

 

 周りには周回に疲れて放心するハンターたちの屍と、やる気に満ちて集会エリアにやってきたばかりのハンターの意気込みの食事風景と、心が折れないたくましい立て主の呼び声が渦巻く。

 

 一応このハンター、同じメンバーで回すようにはしているのでほかのハンターたちの会話は完全に聞き流しているが、踊り続けていたりジェスチャーで挙動不審になっているメンツばかりなので賑やかだなぁと思いつつも自分も同じ部類のハンターなのだとは気づいていない。

 

「マムレベル1だしまたレベル上げにいこーぜ」

「行く」

 

 このハンターは別に、受付嬢たちが可愛いことをひがんでいるのではない。眼福なのは確かである。しかしながらハーベストだけでは満足出来なかったハンターはまだ諦めてはいなかった。

 

 しかし、腰の重ね着はカボチャの主張がかわいらしいのでそこそこに満足していた。まだ使えないこともないし、デスギアと合わせると怖カッコイイだろうと予想して楽しい。仮装大賞は貰えないだろうが、良くいるウカレハンターにはなれそうだ。

 

 それにしても、ゲームの仕様について勝手なことを願うことは自由であるが、妥協もそこそこのところで必要である。その点は上手いハンターなので、素直にマム・タロト周回に戻っていくのだが、ハンターの頭の中はあの受付嬢たちのハロウィン衣装の男体化でいっぱいである。

 

 レースのついたゴージャスな、あの服の男性版へのめくるめく妄想は尽きることがなかったが、しかしこのハンター、どう言い繕っても馬鹿である。つまり、歩けば忘れる鳥頭である。

 

 マム・タロトのエリア2になるとライトボウガンで下手なことをすると普通に乙ってしまう危険性もあるのですぐさま忘却され、角を折る頃に思い出すのだ。

 

 あぁ、新しくてカッコイイ重ね着が欲しいな、と。

 

 何しにハンターをしているのか。もちろんハンターのなのでハントしにハンターしているのだが、それとこれとはまた違う話である。

 

 マム・タロトの周回のし過ぎでライトプレイヤーなこのハンターもついにハンターランク200に到達したが、まだまだそれっぽっちのハンターランクでは上がごまんといるライトなハンターである。

 

 この程度に上がろうがよくわからないからという理由で使用回数ゼロの武器が複数ある程度にはライトなプレイヤーなのである。

 

 ライトなハンターだから狩り以外のことにも夢中になる、というとプロなハンターも身だしなみぐらいしっかり気を使うのだが。

 

 人によってはインナーのみ、つまり裸一貫で様々なモンスターにノーダメージで勝ってくるという一種の芸術的なファッションセンスを披露するくらいなので、プロハンターの身だしなみもかなり洗練されているといえるだろう。

 

 しかしながら、それはそれ。これはこれである。このハンターは一応人一倍身だしなみには気を使っているハンターなので、頭の中が重ね着のことでいっぱいになるのも致し方がないのである。

 

 今の自分に満足出来ない日が来たのなら……このキメラ派のハンター、一時期的に一式装備派になってでもハンターライフを楽しく幸せに謳歌したいと思っている。

 

 カッコイイ外見のハンターがカッコよくスタイリッシュに狩猟するというのが最高にクールなのである。

 

 オトモアイルーを可愛らしく着せ替えさせ、このハンターは僅かな色の微調整に気を使いつつ純白から少し青に傾けたブリゲイドの帽子をしっかりかぶり、眠りに落ちそうな赤っぽい目をキンキラキンのモンスターに向けてひたすらにライトボウガンを撃ちまくる作業を続けていた。

 

 あぁ、周回よ。なにゆえ周回は眠いのか。片手間にスマホゲームでも開いてロード時間中に別の周回でもしておかなければすぐさま眠りに落ちてしまうに違いない。

 

 さらに眠気を覚ますために、中の人は隣のパソコンの画面でツイッ〇ーやハーメ〇ンのサイトを開きながら、なんとか目をひらいて本日何回目かも分からないマム・タロトをひたすら回し続けるのだ。複数画面をナチュラルに使用するのはあまりライトなプレイヤーとは言えないかもしれないが。

 

 同じく眠りに落ちそうな仲間のハンターたちとひたすら落石大砲ライトボウガンぶっぱをエンドレスしつつも、終わりなき周回は続く。

 

 合間に挟まるロード時間が地味に長いので、積み重なればいろいろできるのである。小説だって、そこそこ短いものなら三セットほど回せばわりと読めるのである。長くたって十回回せば読めるに違いない。

 

 とりあえず、無心に回しながら願うことはただ一つ。金色の武器オンリーでなければそれで良いのである。ガイラ武器が出たらもう何でも良いのである。

 

 たとえ被っても六千ゼニーくらいにはなるのである。労力のわりにかなりしょっぱいが、どうせ金色の武器はダダかぶりなのは分かっている。それらが積み重なればそこそこに金になるのである。このハンターの万年金欠を少しでも緩和するのなら、もはやなんだって良いのである。

 

 追跡レベルを上げるために、ひたすら落とし物を拾いまくっているので、マムガイラ防具をアルファもベータも共にすべて作ったこのハンターは、いつか来るかもしれない歴戦王マム・タロトのために各素材を最低限百五十個ほど残して綺麗に売っぱらえばその儲けで財布が潤って、たくさんの新しい装備が作れるのである。

 

 お金が普段よりある、稼ぐあてもある、ということで調子に乗りすぎてやはり彼の財布はとても軽いのだが、それは本人の金遣いの荒さによる自業自得である。

 

 アステラ的には、マム・タロトを延々と回すところといい、莫大な収入を一瞬で消し飛ばすところといい、やはりどう足掻いてもお近づきになりたくない狂人ハンターである。

 

 マルチ推奨でなければ眠気を誘う周回をとっくにやめていたが、普段ソロプレイヤーなこのハンター、一期一会な野良ハンターなのである。一時的とはいえ同じ人とやれるのが楽しくて仕方がない。なのでなんとか耐えているのである。

 

 今日も今日とてたくさんのマム・タロトの角は折られ、鑑定武器ガチャに明け暮れるハンターたちは眠いのであった。




落石がだんだんうまくなってきたハンターさん
距離が否応なしに掴めてきてうまく当てられるようになった。マムの動きに慣れきってどのような対処をすれば良いのか把握した。しかしそれは周回班としての第一歩に過ぎない。
配信バウンティして、取り逃したイベントクエストをすこしやって、マムを三セット回したら疲れてやめてしまうところがライトプレイヤー。平日は配信バウンティにたどり着く気力もなくネギ狩ってやめたりする。
たまにボイスチャットを解放しているハンターに名前を呼ばれて、自分の名前は「青い星」でも「白い風」でも「アーラ5期団クーン」でも「アイボー」でもなかったのだと思い出す。相変わらず本編では固有名詞は出ない。


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ハンターさん、謳歌する

前半、普段から謳歌しているのでハンターさんの日常。後半、ネナベハンターの憂鬱の話。


「ドーレーニーシーヨーウーカーナー、テーンーノーカーミーサーマーノー」

「言ーうーとーおーりー、ニャー」

「イエーイ! ラーイートーボーウーガーンー撃ってバンバンバン! もひとつ撃ってー、ヘービィボウガン! 狙撃! あー、バゼルね、オッケー!」

 

 例のハンターは流通エリアのクエストボードを占拠しながら高らかに妙な歌を歌っていた。いっそ禍々しく聞こえるその歌は、今からせいぜい十数分で狩られるモンスターを選ぶためだけに歌われる無慈悲なものだ。

 

 わざわざ歌う理由も、大したことがない。このハンターにとってはほとんどのモンスターは同じなのである。だから選びかねた。一応、多少の得手不得手はあるし、武器の相性ももちろんあるが、勝って帰ってくるという点では同じである。

 

 現在開催されている、豊穣の宴。季節に一度のアステラ祭。つまりこのハンターにとってはイベントクエスト全解放である。あっちもこっちも普段はできないので目移りし、どれを狩ろうか迷う贅沢な期間なのだ。

 

 とはいえ、すでにやるべき事は終わっているのであとはただのんびり楽しむだけなのだ。やるべき事とは、もちろん、新しい双剣や重ね着を手に入れることをさす。取りこぼした装備もすでにすべて作り終えた。

 

 やることもないので歴戦王クシャルダオラにも日参し、シールド散弾ヘビィボウガンで狩るのも慣れきって、もはやスリルを味わってワクワクしたいだけの理由でイビルジョー弓のおやつ感覚にしているこのハンター、そのクシャルダオラ用の弓装備を作った反動でいつものように財布がカラなのであった。

 

 装備はあっても大半の強化はまだなのである。装備を作るとほぼ確実に三部位はカスタム強化必須である。

 

 いくら慣れたとはいえ、相手はガンナー殺しの歴戦王である。防御に余念をなくそうとすれば、カスタム強化が必要で、それにはやたらと金がかかるのである。

 

 しかしながら、金が普段より手に入るゆえにとうとう防具製作は一周したので、あとは素材不足で作れなかったものがいくつかと、竜玉不足で作りあぐねたものがいくつかあるだけなのだ。少しは余裕が生まれた。

 

 だからといって、このハンターの歩みは止まらない。仮に防具をコンプリートしたらなんだというのだ。全てを作っていない武器があるではないか。もちろん、コンプリート好きのため、ほとんど手を出していない武器種も全て作ろうと決めている。

 

 大剣なんてコンテスト大剣しか作っていないハンターである。それで事足りてきたせいであるが、それゆえに道のりは長い。

 

 それに、こっちには四列ほどしか作っていない護石があるではないか。オトモの武具だって半分も作っていない。それにマム武器コンプのイバラの道にいずれは分け入らなければならぬ。まだまだやる気なのだ。

 

 もちろん、武器の新作を作る事にスクリーンショットタイムを取るのでこれからも邪魔度合いもテンションの高ぶりも特に変わることはないだろう。

 

 自分の理想を集め、表現した麗しの自分の顔を鏡で見て、恍惚としながらも、どこまでも彼はハンターなのでハントすることには余念が無い。とりあえずMHW式選び歌の指が選んだ、イベント歴戦バゼルギウスを狩ることにしたので装備を整えた。

 

 もちろん相手の火力が強いなら、こっちも高火力に紙装甲の弓を使いたいお年頃なのである。ということで、トビカガチのもふもふぱちぱちの弓を背負いながら、例のハンターは太刀使いになりたいとこぼした。チャアクもスラアクも「よく分からない」というだけの理由で使用回数がそれぞれ2、0、0のハンターである。

 

 太刀ってどうやって使うの? 何? ゲージ? 練気溜め? 難しそうに見えてやっていることは大したことではない? 見切って兜割り? 何を言っているんだ、わたしは溜め斬りループの片手剣が友なんだぞ、難しいことを言わないでくれ! 

 

 理解する気がない鳥頭のハンター、新境地へ踏み込むのを極度に嫌う。とはいえ、この前まで同じノリだった弓、大剣も踏み込んで沼にはまっていき、気づけばそれなりに使いこなし、専用装備を作るためにゼニーを溶かし続けているわけなので半年から一年後には普通程度には使いこなしているはずである。

 

 ワールドからの初心者ハンター、長所といえばすべての武器が分け隔てなく慣れていないのでなにかに凝り固まっていないことにある。

 

 ともあれ今はやる気がないので気になるだけにとどめ、例のハンターは指笛を吹いてひと狩りしに行くのだ。歴戦だろうがバゼルギウスには変わりない。

 

 全身柔らかく、しかしながら攻撃を食らえば一撃死の危険もあるピーキーなモンスターである。つまりスリルがあり、楽しいだろうとこのハンターは考える。

 

 とても気に入ったギルドクロスのマントを風にぱたぱたさせながら、例のハンターは悠々アステラを闊歩して、次の狩りを心待ちにしながらご飯を食べた。

 

 

 

 

 

「何度見ても可愛くない? 見てよこの、可愛い顔したフワフワクイナの双剣! こんなのどう見ても切れるわけないじゃねぇか。睡眠属性って柔らかさで心地よくなってモンスター寝てるんじゃね? ……ふわー、いやこれすごい、ふわっふわっしてる、なにこれ。顔をパタパタすると……寝……いや大丈夫、大丈夫だから」

 

 例のハンターは途中で自分が男性アバターであることを思い出して少し口調に気をつけながら、フワフワの慈愛に頬擦りした。ロールプレイを大切にしているのである。気にするべきはそこではない。

 

 しかしながら、本人の思う、中性的な美人のそれなりに強いハンターはクールで冷静である、という考えからは完全に離れた狂人として扱われていることには気づいていない。本人のロールプレイの決意も秒速で崩れ落ちることすら気づいているのか。

 

 今日も双剣に頬擦りし、オトモを膝に載せてよちよちしているが、さっきまで歴戦王の古龍やら歴戦飛竜やらを狩りに死闘を繰り広げていたと思えば、これである。

 

 こいつはどんな神経を持ち合わせているのか、と見られても仕方がない。自分の生活の温度差についてなにか思うことはないのか。

 

 例のハンターなら考えることすらないだろうな、とアステラのほかのハンターはすぐに思った。

 

「確かに変わった双剣ですね」

「だよね、じゃなくて、だよな! あー可愛い、ほんと好きだ。トビカガチ一式着てひと狩り行きたい。スキルが噛み合わねぇから重ね着が欲しい。フワフワ、もふもふ、フワフワな慈愛!」

「……相棒ってなんでハンターしてるんですか?」

 

 それならいっそコレクターにでもなったほうが良かったのでは。金欠に陥ること以外問題に見えない。受付嬢はわりと真っ当な感想を抱いた。しかし、相手は中の人という魂を持つ真っ当な人間とは言い難い存在である。

 

 そして、高給取りのハンターである今でさえ金欠なので何を言っても無駄である、という点にすぐさま気づけないところがまだまだこのハンターを理解しているとは言い難い。

 

 とはいえプレイヤーなのでハンターなのである。それだけである。しかし一応、このハンターにもゲームを続ける理由ならあった。

 

「ここは神秘と夢の果て! わたしが失った幼少期のときめきがここにはある! それだけだよ。ところで君はなんでそんなに食うんだい?」

 

 神秘と夢の果て。言うならばロマンである。

 

 土の地面すらあまり目にしない文明の中、鉄と清潔な管理の中で育ち、さらに彼女は都会育ちである。例のハンターにとっては、ここは幻想の世界なのである。しかしながら、生粋のこの世界育ちである受付嬢には理解出来なかった。

 

 だから、彼女はいつものように特に気にせずにいつものセリフを言った。

 

「やだなぁ、私のことはいいじゃないですか」

 

 会話はそれで途切れた。しかし二人の間の空気は決して悪くないのである。互いのことが同じくらい気にならないくらいには興味が無いのでお似合いのコンビなのである。

 

 どこからどう見ても今日の獲物が刃物ではないので、例のハンターはさっきから双剣と戯れているのである。それも顔で。いくらハンターの目にはフワフワに見えていても、周りから見ても可愛らしいフォルムでも、武器には違いないので、危険すぎて誰も目を合わせたりしない。

 

 もちろん、武器が自分に刺さってダメージを受けることはないので安全であるが、システムに守られていなければ怪我はなくともとっくに状態異常的な睡眠に落ちていたことを中の人は知らない。さっき寝かけていたのは純粋にフワフワ故である。

 

 マム・タロト連戦から目をそらし、デイリーバウンティもとっくに終わらせた例のハンターはとりあえず駄弁っているだけなのである。深いことなんて考えちゃいない。

 

 受付嬢と会話するのに飽きたら次は流通エリアでだらだらするのである。わざわざ階段で下までおりて、しばらくアステラの人々の動きを観察し、そのへんを散策すれば時間が潰れるとふんでいるのである。

 

 相変わらず邪魔なハンターであった。

 

 周回から逃げるな、ともし固定を組んでいるのならここあたりで言われただろうが、生憎何人かのフレンドはいてもほとんどソロプレイヤーなので、誰にも何も言われないのである。寂しい気持ちは救援参加で紛らわすハンターなのである。

 

 このハンターとて日常的に通話を繋いで狩りをやりたいのである。しかし、ある時繋いだら繋いだで相手のネカマハンターに謝られたのである。自分が女性アバターだから勘違いさせてすまなかった、と。

 

 中の人も普通の男性だと思われていたのである。現実はちょっと性癖が歪んだ普通の女性だったわけだが、やる気や熱意という意味では性差関係なく何ら変わりはない。しかし出した声はごまかしようもなく、彼女は「お構いなく」とだけ答えるハメになった。

 

 いや、ある意味構ってほしいからマルチしているのだが。もちろん、ただの構ってちゃんな姫プレイなんて求めちゃいない。手取り足取りなんて虫酸が走る。いつかリアルに見かけたオタサーの姫を見てから、いっそ畏れがあるのだ。

 

 ただ、彼女は、純粋に一ハンターとして一緒に馬鹿やりたかっただけである。

 

 小学生のドッジボールのように。ありし日のお遊戯のように。ただただ無邪気に。

 

 あぁボイスチェンジャーが欲しい。切実に。一緒に馬鹿やりたい。

 

 しかしながら、ワールド人口比から考えてみれば相手のネカマハンターは悪くないのである。むしろそのへんにいる男性ハンターを適当に引いたら中身が女性である可能性を考慮させるのが間違っているのである。

 

 ただ、このハンターは思う。対応がまず違うのである。相手がネカマだなんて、オンゲの女性アバターの九割以上は中身が男性であることくらいこのハンターにも分かっているのである。承知の上で遊びたかったのである。

 

 ただただ誰かと遊びたかっただけのネナベハンターは、それから悲しみとともにマイクを外した。これが無ければバレることはないのだ。恐らく。チャットは必要に迫られても適当な敬語ならバレまい。楽しく憧れのボイスチャットがなくともマルチはできるのである。

 

 イケメンロールプレイはもちろん他人とやる時にまでもちこんだりしないので、本当に、彼はただ一緒に遊んで欲しかっただけなのだ。

 

 気を遣われるなんて真っ平御免なのである。我が道を往くのである。人の手助け、気遣いを不当に受けるなんてなんて自分の理想のハンター作りにはなんの役にも立たないのである。

 

 ふざけないで欲しいのである。こちとらエンジョイ勢なので、全力で楽しいのである。自己完結の権化である。

 

 勝てない時すら、「導きの青い星」すら勝てない強敵と戦って日々ボロボロのイケメンハンター、というだけで興奮できる便利な頭を持っているのである。なんにせよ、幸せに帰結するハンターなのである。

 

 このハンターがただのライトプレイヤーであるように、単なる着せ替えエンジョイ一般プレイヤーでしかないので、腫れ物扱いは真っ平ゴメンなのである。うるせぇごちゃごちゃ考えて気にすんな溜め斬りすんぞと口走らなかっただけ、それなりに冷静ではあったが。

 

 リアルな中身がいるハンターにはそれなりの礼節がある普通のハンターなので、言いたいことも堪えて大人しく、ひたすら大人しくしていただけなのだ。もちろん気づかれないように戦う自分のカッコ良さのあまりバシャバシャスクリーンショットは撮っていたが。

 

 ボイチャを繋いだ瞬間に「あっ」と思われてしまうのはもう勘弁なのである。だからもう、繋ぐのはリアル知り合いとだけである。

 

 そして、自らの素晴らしくカッコよく、中性的でちょっぴり騎士的な格好のスクリーンショットを撮ることにひたすら明け暮れ始めたのだ。……いや、別に何もなくともやっていただろうが。

 

 男性アバターでマイクを繋がずスタンプコミュニケーションだけで相手と接していれば、マム・タロトなら離脱後十分後には誰の記憶にすら残さず遊んでくれる。一般的なライトボウガンハンターをやってさえいれば。

 

 野良救援ももちろん遊んでくれる。こっちは装備が相当変わっていない限り大丈夫である。遊んでくれることがゲームにおいては大事なのである。ハンターランクの差こそあれ、対等であることが一番楽しいのである。

 

 なお、例の件では、彼女のハンターランクの方が50は上だったのでもうなんとも言えないのであった。もうなんだってよかったのだ……。

 

 つまり、自分はゲームの中においてただの中性的なイケメンハンターなのである。ゲームにおいて、中の人なぞどうでもいいのである。だから「わたし」はカッコよく、これからも理想へ向かって歩みを止めずにオシャレして狩りに臨むのである。

 

 なお、気恥ずかしい一人称に関しては、例のハンターはこの頃には開き直っていた。中性的なイケメンの一人称なんて「わたし」でいいじゃないか、むしろカッコイイ、と。イケメン御用達の一人称である「俺」も捨てがたいが、より中性的なハンターを目指すなら、と。

 

 これでますます性別がわからなくなると思えば多少興奮もする。素敵な羽根のついた帽子の下の麗しの顔、やや赤い瞳のイケメンの口から飛び出す「わたし」! このハンターには致命傷を与えるような幸せの扉である。

 

 あぁ、麗しのハンターよ、ネルギガンテの討伐数だけは三桁に乗っかっているハンターよ。今日も自分が美しい。だから楽しい。お気に入りの真っ青なブリゲイドが最高に映えている。ギルドクロスがはためいている。陽光に透かされた髪は燃えるように赤く、肌の白さは目元の紅を際立たせて。

 

 悲しみを背負った例のハンターは、たまに救援参加で仲間うちのボイスチャットが垂れ流されているのを聞くのがとても好きなのである。自分は微塵も話したりしないが、なんだか仲間になったようで幸せなのである。

 

 スタンプでちょっとコミュニケーションをとれればもっと嬉しいが、そこまでの期待はしない弁えもあるのだ。そこそこの幸せが最大の幸せであると理解しているからだ。

 

 発想がとても寂しいハンターは、ただただアステラの人々には欠片の遠慮もせずに流通エリアに向かうと海を眺めるために床にごろんと転がると、フワフワ双剣を抱え、オトモをお腹にのせてしばらくぼーっとしていた。

 

 端の方に寝転がった上に動かなかったので邪魔ではなかったが、なんだか寂しそうな姿に突然暴れ出すのではないかとアステラの人々は戦々恐々としていた。彼はただ、黄昏ているだけなのだが、なんにせよアステラの人々にはわかるわけもなく。

 

 何をしても迷惑なハンターである。

 

 そのうち起き上がって適当なクエストを選び、勝手に幸せなハンターライフを謳歌するので本当は心配いらないのだが、アステラの人々にはどう足掻いても知る由はないので仕方が無いのである。

 

 なお、オトモはそろそろ涼しくなってきたのでマム・タロトの毛皮をまとっていてとてもゴージャス可愛いと、元気になったハンターは主張した。




ガイラアロー・雷を持たないハンターさん
マム・タロトから逃げるな。ただ、今日は気分ではなかった。仕方がない。
作中の会話演出はボイチャ回以外は「ハンターさん」が他の「野良ハンターさん」と話していることをさしている。中の人が関与するところではないが、意志に反したことはしていない。
「ハンターさん」は普通に男性なので別になんということもないのだが、中の人が直接話すとなるとめんどくさい現実が絡んでくるのである。
ハンターさんはこのように、百パーセント中の人の意思で動いている訳では無い。中の人を魂に持つ、モンスターハンター世界の肉体を持つ人間である。プレイヤーという特別な存在なのでいろいろややこしい。
たとえばオトモを中の人的には可愛がっているつもりではあるが、撫でくり回すまではやっていない。そんな感じである。実際は数十秒海を見ていただけでもハンターさんは数時間床に転がっていたことになったり、狩りの時間は十分間なことは変わっていなかったりするのでガバガバである。


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ハンターさん、開拓する

新武器を使い始めた話。


 大剣でナナ・テスカトリに挑むのに疲れた例のハンターは、とりあえず加工所に走った。そして、何やら背負って食堂に来た。いつもの流れである。迷ったら加工所である。

 

 とりあえず受付嬢に一言。

 

「スラアク作った」

 

 例のハンターは、食堂で永遠に貪り続ける受付嬢に向かって、「私の武器を見てください!」がデフォルトセリフになっている決めポーズをし、にこやかに言った。

 

 使用回数はゼロ、トレーニングエリアですら担いだことはなく、言うならばスラアクのスも知らないほど初心者であり、なにもかも初めてである。ただ張り付いてぶちかますのがカッコイイのだけ知っているのだ。

 

 ワクワクが止まらず、未知への希望に目を輝かせて表情がうるさい。そこにあるのは憧れだけ。カッコよくて強そうな新境地への想いだけである。

 

 それ故に、彼の組んだ装備は、あくまで検索したら上の方に出てきた攻略サイトを参考にした他力本願な装備に過ぎず、とりあえずエンプレスな冥灯にしておけばなんとかなるという安易な考えが、頭以外ドラケンという万能攻撃装備に手を伸ばさせた。

 

 しかしながら、野良で見かけるハンターのかなりの割合がエンプレスで冥灯ななにかの武器を担いでいるのであながち間違いでもないのだ。切れ味の落ちる速度が半分の、爆破属性白ゲージ。攻撃力は低くない。汎用装備にもってこいである。

 

 あっち向いてもこっち向いても青いワカメ。個性なんて歴戦王に求めるのは実装初期ではなかなかない。みんなしてフレアに対抗し、回復薬グレートを広域早食いガバ飲みして凌ぐだけなので。凌げそうにないなら戻り玉が役に立つ。

 

 とはいえ、挑むのがネルギガンテなら多少は個性が見られるかもしれない。近接がいるのに拡散弾をぶっぱなす異国のハンターとかよく見かけるのである。個性尖りすぎである。

 

 なんにせよ、ドラケン一式は彼的には片手剣の領分なのである。装備の流用をしながら組むしかないのも、なにしろ金がないのである。金がないので、あるものを全力で利用するしかなかったのでおる。スラッシュアックスの回復カスタム強化代すら、ベヒーモスの素材を切り売りして捻出されたくらいである。

 

 虫棒使えと言われるところだが、例のハンターの範疇外である。

 

「唐突ですね」

 

 話しかけられている受付嬢は、一応相棒の義理でちらっと姿を見て答えた。

 

 いつもながらのブリゲイドは暗い紫色に染められ、なんとなくハロウィンしているが、このハンターのファッション関連にはどんなに少しだとしても関わってはならないので口に出さない。受付嬢は賢明だった。

 

 スラッシュアックスは、彼のメイン武器である片手剣と比べると身体から随分はみ出る大きい武器なので、流通エリアでの衝突事故が多発するだろうと思ったが、「まぁ私は関係ないことですけどね」と考えた受付嬢は誰にも何も言わなかった。

 

 余計なことをして、どこからこの狂人に伝わるかも分からないのである。比較的このハンターへ危機感を持たない受付嬢ではあるが、まぁ頭がおかしいとは思っている。誰しも我が身が可愛いのである。

 

 だが彼女も鈍感かつ同類なので、狂人のペアであるということだけで半ば同列扱いの腫れ物扱いをされていることには気づいていない。

 

 狂人ペアは両方似たりよったりの変人なので仕方がないのである。胃袋ブラックホールな向こう見ずも、不死身で散財魔なナルシストも普通はお近づきにはなりたくない。

 

 食い意地だけでイビルジョーに襲われたり、理想探求のために命を平気で張ったりする狂人どもと関わるのは勘弁なのである。遠くから気付かれないように観察する程度に留めておきたいのが周囲の総意なのである。

 

「あのねえ、普通にするのに飽きたんだよな。具体的には大剣で王ナナ狩り続けるのに。

だからってスリル味わいたいからガンナーやっても、PSの関係で炎に弾丸や矢を吸われそうだし。だから新武器! 新境地! わたしは至るぞさらに先へ!」

 

 だから新武器? 隣のテーブルに座っている五期団のハンターは、例のハンターの思考が理解出来ずに思わず顔を見てしまった。その視線に目ざとく気づいたハンターのファンサービス的なウインクに、目をつけられたかと戦慄するハメになりながら。

 

 ともあれ、そんな理由で武器種を変える狂人なんてアステラ的にはこいつだけである。多くのプレイヤーはやることだが、アステラ的には頭がイカれた行為なのである。

 

 命は惜しくないのか。狩りは命懸けだというのに。

 

 もちろん、このハンターはプレイヤーなのでシステムにより不老不死である。だからそんなことはどうでもいいのである。なんなら乙っても楽しい頭が幸せなハンターなので。

 

「はぁ」

「スラアク使ったことないし、チャアクと迷ったんだけどさ。

でもまずはブンブン素早く振り回す方やってみたくて。というか瓶チャージがわからない。まぁそのうち分かるよな。とりあえずスラアクでネギ狩って練習したらヴァルハザクで試し斬り続行して、それから王ナナ行こうかなー」

「楽しそうですねー」

「あぁ楽しい」

 

 例のハンターは大きく頷き、心底楽しそうに、歌うように、そしてアステラ的にはとんでもないことを抜かしながらクエストリストを眺め、歴戦ネルギガンテを初めての試し斬りの相手に選んだハンターは上機嫌にひと狩りしに行った。

 

 もちろん、動きを動画やトレーニングエリアでの予習は済ませてあるのであとは本番だけなのである。

 

 その日、彼は素早くブンブン武器をふりまわし、張り付いてパンパンパンパン……ドーン! する悦びを知ることになる。

 

 使用回数一桁にして歴戦王ナナ・テスカトリに突撃する新参スラアクハンターが野に放たれることになるのだが、一応、全身ドラケンで行くはずもなく、早食い広域耳栓火耐性装備なので本人的にはそこまで地雷だと思っていない。

 

 ともあれ、テスカトのメスにして王。歴戦妃とでも言えばいいのに、捻りもなく普通に歴戦王と名付けられた新しい強いモンスター、またの名をエンドコンテンツに彼は夢中になった。真のエンドコンテンツは虚無のマムかコラボのベヒなのは何故なのか。

 

 中の人はマム・タロトから逃げた。虚無に手を染めたくなくなったのである。なので、彼女的には追加イベントクエストがエンドコンテンツなのである。

 

 なお、今回の報酬になるさくら重ね着については、個別の組み合わせが許されなかったのでなかったことにしつつも、一応取るのである。コンプリートもハンターの嗜みである。

 

 使い道がない悲しさを背負いながらも、次にやってくる歴戦王ゾラ・マグダラオスの重ね着が絶大な人気のせいで諦めてダウンロード版を手にした中の人的に手に入らなかったオリジンなので、例のハンターはワクワクしながら待つことにした。

 

 

 

 

 

「スラアクたのしい」

 

 例のハンターは新武器がめちゃくちゃ楽しかったらしい。ヨダレを垂らさん勢いで、自慢の顔をデレデレにしながら報告した。

 

 人並み以上に律儀なのである。続報なんて求められていないが、とりあえず報告したからには続報をお伝えする程度の人間である。

 

 もちろん、NPCに気遣う気を持ち合わせていないので一方的なのだが、幸いというかなんというか相手である受付嬢は豪胆で、なるほどこのハンターにしてこの受付嬢ありなので押し負けたりはしなかった。

 

 言葉のキャッチボールアンド、ドッジボールの開催にはなるが。本人たちは何も思わなくとも、周りの胃は傷められるのである。

 

「うわっ、顔がゆるゆるですね」

「えっ顔が?! この顔が!? この美しいわたしのハンターの顔になにか問題でも?!」

「顔には問題ないですけど、発言には問題しかありませんね」

 

 このハンターは初めてマトモに受付嬢の言葉を理解し、そして言うべきことを言った。

 

「お前のメインストーリーでの行動もな!」

「喧嘩はよすニャ」

「うん」

 

 しかしながら、愛しのオトモの方が占めるウェイトが広いので即刻どうでもよくなった。

 

 ナルシスト極まりつつも、自分の顔とオトモの安否ならもちろんオトモをとる程度の優しさと溺愛。ともあれ、二人は互いへの興味をすぐさま失ったので話し相手はオトモに移行した。

 

 オトモへ猫なで声を出しながら撫でくりまわしている時のこのハンターは、ほとんど中の人の素が出るのだが、もとより情緒不安定なこのハンターの口調はコロコロ変わっているように見えるので特に周りになにか思われることはない。

 

 せめて一貫性があれば狂っているとまでは思われなかったのだろうが、ロールプレイングゲーム好きは中途半端に誤解を生んだのだ。

 

 ある時は普通の男性、ある時は迷惑なナルシスト、ある時は柔らかい口調の狂人、ある時はテンションの振り切った例のアイツ、またある時は凄腕不死身ハンターなのだ。どれもこれも特に意図的な区別ではないが、しかしアステラの人々に真相を知るすべはない。

 

 ともあれ、幸いにして誤解しているのはNPCなので、彼がそれに気づいたところでどうでもよかったのだが。

 

「スラアク本当に楽しかったんだよ。斧モードでブンブン振り回すのも重さがあっていいし、剣モードで素早く振るのは痒い所に手が届く感じでいいし。なにより属性解放してドーンするのが最高。

ダメージもそこそこ出てるし、楽しいし、勢いあってカッコイイし、しばらく使おうかな。ナナとの相性も悪くないし」

 

 しっぽフリフリしているナナ・テスカトリのスキのある頭に属性解放するのが最高なのだ、と例のハンターはうっとりした。

 

 目を閉じればパンパンパンパン……ドーン! が聞こえてくるようである。

 

「ニャー、弓の時みたいにたくさん練習ニャ?」

「スーーーーーーッ……、そうだよう。

これでもっとカッコよくなれる! あぁ、このギルドの衣裳を身にまとった、羽根の帽子の二枚目の麗人はいつだって鮮やかに、そして華麗に! 武器を素早く振るって狩りに出る! 気高く青き王妃と対峙しながら! 時に妃を守る赤き王とも牙を交えて!

うわー、カッコイイなー、サイコーだな! ヤッター! その傍らにはモフモフで凄腕毒使いのオトモアイルーがいるんだよ、カッコイイね!」

 

 オトモのお腹を思いっきり吸うと、例のハンターは笑顔を向けた。なにはともあれ好意的な主人には変わりないのでオトモも笑顔を返した。

 

 しかしながら、慣れていないことには代わりがないので特攻気味の被弾の多さは相変わらず。華麗とは言い難いがそんなことは脳内でなんとかなる。

 

 回復薬グレートを水よりもガバ飲みしながら時に乙り、一方楽しいことには変わりはなく、だんだんコツを掴みながら今日も幸せなのである。

 

 逃すことなく歴戦王のエンプレス防具を作りながら、やっぱり財布がカラになる現実と戦いながらも、毎日エンジョイしているのである。




スラッシュアックス使用回数八回くらいのハンターさん
まだまだ乙る。練習あるのみ、諦めない。
上機嫌な時の、夢見るようなとろける笑顔は狂人の合図。

受付嬢
誤解に誤解を重ねられているプレイヤーたるハンターのことをアステラの人間としては一番理解しているが、そもそも興味がないので特になんということはない。
胃袋がブラックホール。まだストーリーでのヘイトを精算できていない。


【挿絵表示】


似顔絵メーカー様(挿絵使用可能と明記されています)にてイメージ画像を作成させていただきました。一応男性素体で作成したのですがどこからどう見ても女の子みたいになってしまいました。とりあえずイメージだけ。
ブリゲイドを被るとポニーテールの尻尾は隠されますが、尻尾出てる方が可愛かった。


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ハンターさん、多忙な日々

リアル多忙なプレイヤーの話。


「最近忙しい」

「ニャー?」

 

 何を言っているのだろうか、このご主人はニャ。オトモアイルーはそう思ったが、とりあえず特に何かを言わなければ勝手に話してくれることだろう。

 

 そう判断したオトモアイルーの脳裏には、マイハウスで死んだように寝っぱなしのご主人ハンターの数日の姿が浮かんでいた。ポニーテールを解くこともなく倒れ込んでいるので非常に寝にくそうであった。

 

 このところ珍しく休みにする日々が続き、どちらかといえば「忙しい」より「暇を持て余している」はずなのだ。

 

 日夜十分すぎるほど狩りをしているこのハンターである。もうこれ以上、こんな人外な速度でモンスターを狩る必要もなく、特に緊急事態でもなければ一年や二年くらいならこんな何もしない生活が続いてもアステラ的には、誰もなんの文句もないのだ。

 

 装備を作らなければ、素材をいくらか売るだけで普通に死ぬまで食べていくことも出来るだろうし、なんなら現大陸に戻っても相当頭のおかしい今のような使い方をしなければ彼の孫の代まで不自由しないはずなのだ。

 

 それが無理なので今の財布の中が、火の車を通り越してファイアーチャリオットな生活があるのだが。防具がおおむね済んだなら、浮いた金で武器を作るハンターなのだ。

 

 むしろちょっと休んでくれ。マイハウスで寝ていてもらえると姿を見なくて済む。アステラの人々の精神的にそちらの方が楽なので、休む分には歓迎されるだろう。休むという名目でアステラ内をうろうろされたら何人か泣くだろうが。

 

「ログイン出来てなくってさぁ……」

「ニャ?」

 

 例のハンターが懺悔でもするように頭を垂れる。真っ赤なブリゲイドの帽子が頭から落ちかけ、彼は慌てて抑えた。

 

 それにしても言葉がよく聞き取れなかった。というよりも脳が聞くのを拒否した。たまにこのハンターはこの世界の理の外からの言語を持ち込むので仕方がない。

 

「狩りしたいのに、あそびたいのに、世知辛いね。気づいたら寝てるんだよ」

「ニャ」

 

 確かに寝てはいる。

 

 とりあえず、わからなくとも曖昧に頷いておけば、力なくオトモのお腹を吸っているハンターは満足することだろう。ハンターに対する対処術を身につけたオトモは吸われながら、寝ていたはずなのに疲れ果てているハンターの頭をよしよしした。

 

 例のハンターは、オトモの気遣いに嬉しそうにゴロゴロ嬉しそうにした。

 

 普段と逆の構図のおかしなハンターとオトモを、通りがかったアステラの誰かは、どんな顔だろうとれっきとした成人男性の奇行を不気味そうに見たが、気づかれないうちに素知らぬ顔をして、それとなくスルーした。そして珍しいな、という感想も抱く。

 

 このハンターは甘やかされるよりは、どちらかといえば甘やかしたがりである。リアルで猫を飼っていないのだろう。

 

 それにしたって疲れとは。肉体はハンターなので、万全でいつも通りだが、なんとなく表情が疲れていたのだ。顔に隈があるわけでもないが、醸し出す雰囲気が重苦しかったのだ。

 

 中の人のリアル多忙によって平日のログインが危ぶまれ、それでもたくましく数日に一度はログインしてオトモを愛でているという事実を知れる存在はここにはいない。

 

 どう足掻いてもこのハンターはゲームの世界の礎、プレイヤー。神は製作者やメーカーである。彼らの次元とこの次元は同じ考えに至れないほど違うのだから、どうしようもない。

 

 だがしかし、モンハン世界のアステラはアステラで「人々は生きている」。ゲームの画面を疲れた目で眺める中の人には分からないが、内部で元気に暴れるハンターの目にはプログラム通りではない動き、表情も感情もある命を持つ人々が見えているのだ。

 

 もちろん、魂が別の世界からやってきているハンターは、それをいちいち気にしたりしないし、NPCはNPCで、どう足掻いてもプレイヤーたるこの規格外のハンターを無下に出来る度胸はないし、プログラム違反をする存在はいないのだが、それはそれ、これはこれ。

 

 心の中では、通り道で踊ったりポーズをキメることをしっかり迷惑に思っているし、中の人が目にするプログラミングされた通りのセリフの裏ではその狂いっぷりに心配もしている。

 

 例のアイツについてよくヒソヒソ噂もしているし、画面で見るより例のハンターには困惑している。だがそれは、中の人には知る由もない。中の人にとってもこことは違う次元で生きているので。互いに真の意味で理解する日は来ないのだ。

 

 ともあれ。

 

 とりあえず、疲れた精神を引きずって、どんなに中の人がぼろぼろでもボタン通りに動く元気な肉体のハンターは、今日のネルギガンテを狩ることにした。まずはここから始める日課は崩さないのだ。適当に武器を見繕って。

 

 あぁそうだ、ついでに練習もしようかなとこぼして、スラッシュアックスを背負って。いざ。

 

 今日もひと狩りしに行く。

 

 くたびれはてていても、例のハンターはプレイヤーのハンター。彼こそがこのアステラの青い星。当然無乙で十分くらいで災厄同然の古龍を狩ってくる、その非常識な狩り具合は絶好調だが、帰還した瞬間には燃え尽き、力尽きたように床にべちゃっと倒れ伏せた。

 

 場所はクエストボードの前。つまり帰還場所である。やはりかなり邪魔である。

 

「もー! ツカレタ! 疲れたよう! 連続狩猟したいのに! たくさん狩りたいのに! もう疲れた! もう眠い! 疲れたよう! 王ナナも狩りたい! ネギもっと狩りたい! でもだるい! だるいよう! 指動かすのもしんどい、ネギは今日も楽しい! 何回やっても! 百匹狩っても! 楽しいなぁ!」

「お疲れニャー」

 

 あの狂人でも疲れる時があるのか。いつでも元気いっぱいではないのか。

 

 アステラの人々は新事実に怯えつつも、バタバタして叫ぶ元気はあるのかと戦々恐々しながら、遠巻きに例のハンターを見守っていた。

 

 アステラ的にはバタバタしているように見えるが、それは例のハンターにとってはボタン一つで発動するジェスチャーかなにかである。現実の中の人は、ただただぐったりしながら椅子に座ってコントローラーを握ることしか出来ない。喚く言葉は、つまるところ心の代弁に過ぎない。

 

 ハンターは疲れていない。特定のことをしなければ疲れないようにできている。しかし、魂は中の人である。だからこのハンターも疲れは共有している。原因は不明だが、なぜか心がしんどいので疲れたのである。

 

 ハンターは不老不死である。であるからして、肉体的変化はない。肉体的な疲労は走り回らなければやってこない。システム的にアステラの中で息切れを起こさないのでここにいる限りは無敵である。拠点でゲームオーバーなんてしないのだし。

 

 だがまぁ、魂は核である。それがなければこのにあるのはただの人間の形をしただけの肉の器である。プレイヤーというものは中の人がいて成り立つのだ。彼はBOTではなく、中身は別世界に生きる人間なのである。そして、プレイヤーは中の人がすべてである。

 

 ともあれ、だからリンクして疲れたのである。疲れたが、ログインはしている。だから叫ぶ。疲れたから、止まることなく連続で狩りには行かない。だからアステラで暴れる。

 

 疲れたことを疲れたと叫びたい。リアルでできないことをしに来たのでモンハンしているのだ。その気持ちを汲み取ったハンターの口からリアルでは口に出せない言葉がほとばしる。ツカレタ、アァ、ツカレタ、だけど狩りたい! と。

 

 カタカナ表記のハンターの叫びはアステラ的には「一応意味はなしているがほぼ鳴き声」と認識されたことをさしている。

 

 例のハンターでもあんなに疲れてぐったりするなんて、もしかしたら何かやばい病気でも流行っているのかもしれない。

 

 人々は頓珍漢に怯えた。

 

 しかしながら、切り替えが早いハンターはいつまでも嘆かない。いつまでも叫ぶ暇があるなら遊びたいのである。無味乾燥な日々の生活から、躍動感ある生き生きとしたワールドへ羽ばたきに来たのだから。

 

「さていこ! にゃんにゃんちゃんはなに狩りたい? ひと狩りしたらもう寝て明日に備えるからさ、とびっきりの狩りにしようね」

「ニャー、ご主人がいるならどこだってとびっきりニャ!」

 

 オトモはオトモに過ぎない。狩り場の決定権はプレイヤーたるハンターしか持たない。それをやんわりと、だがしっかりとプログラミングされているのでとりあえず持ち上げておいた。

 

 特に気にしない性格のハンターは、そうかそうかと頷いて、ネルギカンテの次に好きなモンスターを選ぶ。つまり、通常個体のヴァルハザクを選んだ。

 

 歴戦個体すら選ばなかったところから、相当疲れている様子である。避けることにも頭を使うのである。だが狩りたい。ならば回復カスタムをつけて戦えば基本的に大丈夫な相手を選べば良いのだ。

 

 ひと狩りしに行く。なにはともあれ、彼はハンターなので。

 

 ハンターは狩りを終えると速攻倒れた。いつものように後ろに倒れるのではなく、自慢の顔が下敷きになるような前のめりに。それとログアウトの前に世界樹の肥料の残量すら確認しなかったところが、中の人の多忙っぷりを表している。

 

 オトモがえっちらおっちらとハンターを引きずる姿は見慣れたものだが、危ない病気の可能性があることから今日はマイハウスに運ばれるまで誰も近づこうとしなかった。

 

 このゲームはモンスターハンターであって、バイオ〇ザードではない。なのでもちろん、狂竜ウイルスでなければ単なる杞憂である。

 

 

 

 

 

 

「オハヨ!」

「おはようございますニャ」

「狩り行こ! スグイコ!」

「ニャー!」

 

 だいたい次の日、ハンターは目覚めた。しかしだいたいである。ほぼ次の次の日である。つまり、リアルには深夜である。しかしアステラ的にはそんなことは分からないので、ハンターのテンションが狂っているだけである。いつも通りだが、なんとなくヤケクソには見えた。

 

「ネギね!」

「ニャ」

 

 例のハンターは言葉少なに説明しながら、そのまま食事場に向かう。説明している時間が惜しいのか、とても足早で慌てているように見えるので広めに道が開けられた。

 

 前を見もしないハンターは話すときオトモアイルーと目を合わせる優しさがあるので、歩きながらも俯いており、流通エリアの人々が気をつけなれけばタックルで三桁ダメージを出そうと思えば出せる強靭な肩に吹き飛ばされ、物理的に導きの青い星になってしまうおそれがある。

 

 だから、普段の二倍くらい道が開けたのだ。気づかれないように、だが露骨に荷物まで寄せられたが、幸いそれどころではないハンターは気づかずに通り過ぎていく。

 

 かなり狭いが、ぶつかることに比べてみれば大したことではない。早足のままさっさと通り過ぎてくれたので窮屈な時間は少ない。

 

 例のハンターはそのままリフトの鎖に捕まるだけでは飽き足らず、もはやよじ登った。つまり毎回景色を楽しみながら階段をのんびり登るような、ライトでエンジョイ行為をしている場合ではないのだ。普通のプレイヤーと同じくショートカットした。

 

 そして、席につくやいなやオススメを注文して手早くご飯を掻き込んだ。考えるのも選ぶのも余裕が無い。恐らく普段のようにわざわざスキップせずに調理を眺めているのではなく、セレクト連打でスキップしているのだろうが、周りからすればただただとんでもなく食べるのが早いだけである。 

 

 そして間髪入れずに指笛を吹いて飛び立った。もはや時間が惜しいのだ。中の人は多忙であるし、ゲームしている場合ではないのだが、それ以上に狩りがしたい。

 

 たったのひと狩り、されどひと狩り。むしろ古龍相手にたった十分で片をつけ、五体満足で帰還して、ロードも待たずにセーブが済めばログアウト、十分である。

 

 飛竜に届けられたのは既に熟睡、すやすや眠るハンター。降り立つとすぐにオトモがえっちらおっちら運んでいく間抜けっぷり。しかし、やることなすこと規格外。誰が咎められるだろうか。

 

 しかしながら、これはアステラの視点である。プレイヤーとして考えてみれば、一日たったのひと狩りなんてライトプレイヤーすぎるにも程がある。

 

 だが、それでもログインする。もはや執念である。彼は狩りがしたい。日々の潤いであり、彼はハンターなので。ここにはハンターしに来たのだから!

 

 ナルシストタイムなスクリーンショットタイムを設けることもなく、ただただクエストボードと食事場だけ寄って狩りをして、バタンキューする日々を続けてまで狩りをする。

 

 そして、きたる土日、ハンターにとってゆっくり狩りができる時間。彼は久しぶりにのんびり目覚め、ゆっくりアステラを歩いてゆっくりゆっくりじっくり狩りの準備をした。

 

 その爽やかな彼の表情と裏腹に、アステラの人々の表情は沈痛である。またあいつが迷惑な存在になるのだ。最近大人しかったのに。元気いっぱいなのはいつだって変わらないオトモと受付嬢くらいであり、それにお気に入りキャラ故に被害が少ないソードマスターが加わるだけである。

 

 だが、それでも、それなりに平和ではあったのに。

 

 突如、盛大な悲鳴がアステラに響き渡った。アステラの人々は聞き慣れた例のハンターの悲鳴だったので必死で目を合わせないように必死で顔を背けた。

 

 彼は、忙しさにかまけて世界樹に肥料をやり損ね、切らしてしまったらしい。つまりまた一から仕込んでいかなければならない。やわらかい土だけやっておけば延長できる手軽な日々を取り戻したい。そう彼は悲鳴で説明した。説明する悲鳴とは器用なハンターである。

 

 しかしながら、セーブをしてしまったのだ。時間は戻らない。例のハンターは泣く泣く一から肥料をやり、狩りごとに毎回肥料をやりに戻ってきた。

 

 多忙な日々の傷を背負いながら、例のハンターは久しぶりにハンターライフをエンジョイしたが、また平日がやってくると思うと悲しくなるので、彼は彼で全力で現実から目を逸らしていた。

 

 相変わらず誰とも目が合わないが、ハンターは自分の赤っぽい髪がそよぐ風の中、如何にカッコよくキマるか試行錯誤するのに夢中なので幸せである。




多忙な中の人を持つハンターさん
だが狩る。
自分の顔に酔いしれることもなく一日ひと狩りを続けることから重篤な病気か、気が狂って一周まわって元に戻ったのか? という議論がされていたことを知らない。
いくら美人だろうと目を合わせたくない存在なのでアステラの人々に何ヶ月も顔をまともに見られておらず、賢明な大多数には「多分あんなナルシストになるくらいには顔がいいんだろう、知らんけど」状態になっている。
言わずもがな、着せ替えゲームが好き。ログインしていない時は忙しい時とそっちに夢中になっている時。つまり普通に別のゲームにも浮気する一般的なハンター。

もし彼が(もとい彼女が)女ハンターでプレイしていたなら、男と見まごうようなボーイッシュでイケメンカッコイイ(ゴリラにならないようにはして)女キャラクターにキャラメイクしていたので性癖がわかりやすい。その場合でも行動も発言も変わらないので扱いは全く変わらなかった。成人女性だろうと普通に狂人である。

キャラクターネームは花の名前をもってきているので名前から性別不詳に踏み込んだようである。しかし呼ばれないし、本人もよく忘れる。
知っているのはストーリーの都合で推薦組の陽気な五期団と総司令、それから他にいるとしたら受付嬢もだが、名前を下手に呼んで絡まれたら面倒なので巧妙に呼ばないように「よう!」とか「青い星!」とか呼んでいる。受付嬢の名前がわからないので向こうも知らない可能性も高い。
これからも出てくるとしたら、「花の名前で聞く分には可憐なハンター、実際見るとイケメンハンター、憂う顔の性別は不詳、カッコイイ!」レベル。
しかし現実世界の花の名前なので、アステラ的には変わった響きと言うだけの模様。


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ハンターさん、言い訳する

前半火力スキルの定義の話、後半オリジン装備への愛の話


「ぐわーっ!」

 

 派手に吹っ飛ばされていく焦げ茶色のブリゲイドの男は、地面に叩きつけられて体から力を抜いた。というよりも、力が入らなくなった。

 

 なぜならシステム上、乙ったからである。操作不能に陥ったのである。

 

「待ってろ俺もすぐ逝くからな!」

「逝ったか」

「気にしないで!」

 

 被弾の多い例のハンターは、弓などのガンナー武器を使っているとたまに突然の乙を迎える。剣士装備でもたまにあるが。特に相手が高火力だとあっさり乙るのだ。体力増強を三つ積んでまで死なないようにして、なおかつ体力満タン、さらに硬化薬を飲んでいてもなお起こる悲劇である。

 

 もちろん原因は装備の怠りではなく、引き際を誤ったバーサーカープレイが問題なので例のハンターのプレイングスキルが犯人である。

 

 悲しみの悲鳴をあげることも出来なくなり、なすすべもなくアイルーにドナドナされるハンターと、それに自動マクロで反応するハンターたちのその場限りの友情の声掛けは、虚しく戦場でこだまする。

 

 ともあれ、歴戦個体や歴戦王に迂闊なことをしてはならない。身に染みて実感させられ、ドキドキする胸をそのままに、例のハンターは乙ったことでますますドキドキワクワクしてきて最高に楽しくなってきていた。

 

 とはいえ、気まずいというか、申し訳ないというか。他のハンターが誰一人気にしていなかったとしても、少なくとも得られたはずの報奨金を減らし、残り乙回数を減らしたことには代わりがない。

 

 なので元通りバフりながら戻ってきた例のハンターは、人並みよりちょっぴり気にしいな性格なので、詫び粉塵としてバフバフした。乙ってすまんなという小さな気持ちである。

 

 このハンターの大のお気に入りである、パワー系古龍のネルギガンテでは、この手の事故は起こりがちである。

 

 弓で壁打ち剛射が楽しすぎたあまり注意散漫になり、空中で乙ったり、ハマりたてのスラッシュアックスで頭に張り付いたのはいいものの、ネルギガンテの凶悪なおててで振り払われ、ハエのように乙らされたりとバリエーション豊富に。

 

 案外、日頃から警戒しているクシャルダオラの溜めブレスでは乙ったりしないが、日参しているからこそ慣れという魔物によって例のハンターの注意散漫は本領を発揮し、彼を猫タクシーによるキャンプ直送デスルーラ、もといデス戻り玉をキメさせるわけである。

 

 慢心が生む悲劇によって今日も情けない悲鳴とともにハンターは散っていく。しかしながら二度同じ手は通用しない。少なくともその日は。一日経てばある程度忘れる鳥頭なのでライトプレイヤーに相応しい腕前しか持たないプレイヤーなのである。

 

 しかしながら、少しずつ経験が蓄積されないこともないので改善はされていく。

 

 日々成長を実感できるから楽しいのだ。なかなか勝てなかった相手と渡り合えるようになるから幸せなのだ。

 

 

 

 

 

 

「耳栓は火力スキル、なぜなら咆哮を無視して攻撃できるからだ。節食は火力スキル、なぜなら資源を節約できるので心置きなくアイテムを使える。たくさん怪力のなんちゃらを使えるからだ。ひるみ軽減は火力スキル、隣に暴れ回る双剣使いや太刀使いがいても攻撃の手を緩めずに攻撃できるからだ。

つまり、この理論に当てはめるとこの体力増強も火力スキルになるんだ」

「暴論ニャー」

 

 オトモアイルーの言葉に、例のハンターはデレデレと表情を崩した。せっかくのキャラメイクも形無しである。

 

「ふふん、にゃんにゃんちゃん、体力が多いということは回復の頻度が減るということだよ、だから火力スキルなんだよ」

「ニャ」

 

 どうせご主人、体力がいくらだろうと、チキって全快まで回復するじゃニャいか。そうオトモアイルーは思ったが、一撃死が減るのでなるほど、キャンプにもどらず殴れるので火力スキルの可能性もあるのだ。

 

 それに下手に口を出してもただただ面倒なので適当に受け流した。

 

「つまり回避性能も! うーんわたしのランスのスキル構成、ガード性能ガード強化、完璧な火力だなぁ。うんうん」

「ニャー」

 

 彼はチキンなのである。よく乙るので。

 

 しかしながら、人並みの罪悪感を持っているので乙らない努力はしている。した上で乙るのでよろしくないが、パーティで際立つほど乙るわけでもない。つまり歴戦ネルギガンテのぐるぐるドッカーンで乙るハンターの頻度くらい乙るのである。

 

 彼の名誉のための弁解をすると、彼自体はダイブで避ける。

 

 そこそこに、それなりに。

 

 そうして言い訳を積み重ねて作った生存マシマシ装備を満足げに着込み、素敵で渋い茶色のブリゲイドを被り直した例のハンターはスキップしながら食事場へ向かった。

 

 行動一つ一つが情緒不安定で、ブレブレで、男らしくなく時折なよっちく映る例のハンターだが、勝ち取ってくる戦果は間違いなくこのアステラでは追随を許さない。

 

 ゆえに情緒不安定は強者の余裕に、ブレブレなのは敵にパターンを読み取らせないため、なよっちいのは本人の強い中性的イケメンへの執着が生んでいるのだろうと、アステラの人々に適度に無理やり納得されて、今日も溝は埋まらない。

 

 もちろん狂人だから、という一言で片付けられることがほとんどなので一切目は合わない。目を合わせてなにかされても困るからだ。

 

 ともあれ生存スキルを火力スキルと言い切るのは流石に見苦しい。どうせ不死身なのだから、堂々としておけばよいのに。

 

 しかし見苦しい足掻きをするのでまだ、まだしも「人間」扱いなのだ。狂人だって人である。例のハンターの狩猟成功率はそこそこである。これが十割だったなら、プロハンだったなら、すでに扱いは、こんなものでは済まされない。

 

 だがそんなこと、例のハンターにはどうでもいいことであった。来る歴戦王ゾラ・マグダラオスとの決戦に備えてやれることはやりたいのである。来る、というかもう来ている。

 

 腕を磨いても、マルチは寄生が大量発生の魔境、行き着く先はソロ砲術散弾ゲーなのだが、そんなことも知らずにせっせと新武器新境地開拓に勤しむ例のハンターは今日も楽しくプレイしているのだ。

 

 カッコイイ装備を円滑に手に入れるために。手に入れた装備を最大限生かしながらカッコよく戦うために。それだけなのだ。それだけなのである。

 

 しばらくして、砲撃手モリモリヘビィボウガンの装いになった彼は努めて凛々しくキリッとしながら旅立っていき、野良に恵まれずに二十分を無駄にした。

 

 

 

 

 

 

「オリジンすごい」

 

 語彙力を失った例のハンターは、頭だけは自分の調整した絶妙な赤茶色の髪とポニーテールが隠れるので眼帯装備にして震えていた。

 

「……」

 

 うんうんと頷きながら鏡で自分に見とれる。いつもの風景である。だが、新しい重ね着を入手した例のハンターには気をつけろというのがこのアステラでの合言葉である。

 

 しばらく黙って自分に酔いしれていたが、突然爆発した。

 

「ワイルド! ワイルドだ! なんてワイルドでハンターらしいハンターなんだ! 素晴らしい、なんて素晴らしい! ありがとうゾラ! ありがとう大砲! ありがとうスキル砲撃手! ありがとう撃龍槍! ありがとう英雄の証! オリジンサイコー!」

 

 そしてキメッキメに決めポーズを取って、スクリーンショットをバシャバシャし始めた。騎士的スタイルを好き、SFテイストな全身鎧を好み、風変りな装備も基本的にはすべて愛するナルシストは、例に漏れずモンハン的正統派重ね着を大好きになったのだ。

 

「鎧の金属部分色変えられるの、範囲が広くてテイストを自分で調整できていいね! ごついのも、素材むき出しの腰装備も、まさに狩ったモンスターの素材を生かした装備! それこそがワイルド! だからカッコイイ! すごい! カッコイイ! 旧大陸の凄腕ハンターの気持ちになれる! 気持ちになるだけだけどな!」

 

 なにしろ、例のハンターの中の人は新大陸初参戦の新参者なのである。とはいえ、服装で気持ちだけは味わえる。

 

 アステラ的には「推薦されてる上に、五期団の出発をお前の為にわざわざ遅らせたんだから旧大陸でもハンターだっただろ」と言いたいところだったが、狂人ハンターと関わっていいことは何もないのでやめておく。

 

 くるくる踊り、素材感むき出しな、重ね着に似合いそうないろんな武器を引っ張り出しては合わせてみて試行錯誤し、にこにこ笑いながら幸せそうにしているのは相変わらず邪魔である。

 

 しかし、こちらに構うような余裕もなさそうなのでわりと平和でもある。

 

「いいなぁこれ、素材感ある武器やろうかな。素材感といえば笛、新しい装備といえばエンプレス冥灯。性能なんて作ってから考えよう。よーし、調査団チケット取りにいくかー! 武器は弓! にゃんにゃんちゃん、行くぜ!」

「ニャ」

「導きの青い星やろうか!」

「やったニャー!」

 

 エンプレス冥灯な武器は素材感むき出しとは言い難いのだが頭が少し弱いハンターは気づかない。作ってからもどうせまぁいっか、これもカッコイイし! と立ち直るので特に問題ない。斬れ味が減る速度が半分ということで強そう! としか考えられないのだ。

 

 彼は幸せそうに、旧大陸の装いで食事場へスキップして行ったが、途中で旧式スタイルが大好きなソードマスターとお揃いであることに気づいたハンターがイノシシのごとく階段を降りてきたのをアステラの人々は目撃するハメになった。

 

 好き故に比較的被害の少ないソードマスターは、幸せそうにスクリーンショットを取りまくる狂った導きの青い星に、椅子の上で困惑するしかなかった。

 

 しばらくして例のハンターはソードマスターに丁重に非礼を詫び、オトモアイルーをモフり、静かに去っていったのでようやくアステラは平和になったのだ。




守備範囲が広いハンターさん
例外なくオリジンを気に入って着倒している。旧式装備につけられた、新大陸様式にするためにピカピカに磨かれた金属製のスリンガーに微笑ましくなっている。ガチャガチャしたい。
頭装備も頭がオリジンに似合わない防具の時に表示し、厳重な準備でモンスターに挑む慎重なハンタープレイをする。しかし現実はいくら生存スキルを組んでも注意散漫なのでよく悲鳴をあげて吹き飛んでいる。
精霊の加護とは親友。
ソードマスターとお揃い衣装を着たいお年頃。


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ハンターさん、友達とプレイする

友達とプレイする話


 その日、例のハンターは久しぶりにリア友とボイスチャットをしていた。最近ハマったキメキメのオリジンは見事な青で、似合わないブリゲイドは流石に置いてきていた。 

 

 頭装備を非表示にしたならば、ポニーテールとか中性的でカッコイイからいいじゃないかと例のハンターは判断したのである。

 

 無骨な鎧を着込んだ厚着の君……その横顔は涼しく、はっと見やると、その麗しの君は男性だったのだ!

 

 ということにして、例のハンターは満足した。妄想力がたくましい中の人は今日も絶好調である。

 

 いくら中の人が、今をときめく乙女だとしても、中身がこれでは到底姫プレイされることもなく、もちろん求めることもなく、ただひたすらに邁進するハンターなのだ。

 

 あぁ、ハンターの愚直、イズ、カッコイイ!

 

 とはいえ、引き合いに出したのは彼女、ちょっと姫プレイなプレイヤーを目の敵にしているからだった。

 

 彼女は、ある日、日課としてモンハンワールドのかっこいいスクリーンショットを求めてネットをサーフィンしていると、ツイッ〇ーでうっかり姫プレイツイー〇を見、さらに姫の自撮りが目に入り、自分のハンターと見比べて私のハンターはなんて美しいのかと溜息を吐くような人間である。

 

 このカッコイイ私のハンターをちやほやしよう。そうまた決心して、また細かいところをいじくり回すのだ。

 

 二次元と三次元を見比べるのはマナー違反であるが、口には出さない程度の常識はあるのでセーフと言うべきか。ソロプレイヤーの僻みととるべきか。

 

 ともあれ、頭が悪いのか、審美眼が悪いのか。ともあれ彼は幸せで、人とプレイしている今はもっと幸せで、かのハンターの顔は少なくとも高水準であることは間違いない。

 

 無論、彼女の感性で、だが。

 

 一体モンハンに何しに来たのだ。

 

 今の気分だと狩りが八割、二割着せ替えである。

 

 ともあれ、目の敵の理由はソロプレイヤーの悲しみ、それのみである。ちやほやされたいとかそういうわけではない。ちやほやされたいのではなく、自分のハンターを自分でちやほやするのである。

 

 残念ながら、人並み以上に中の人は人見知りであった。

 

「ネギィ、お前の攻撃見切ったぁー!? あぁーっ! わたしのハンターが吹っ飛んだ!」

「うそやーん」

「(粉塵を飲む)」

「(広域回復薬グレート早食い)」

 

 野良のハンターたちは優しい。見切りを盛大に失敗して吹き飛ばされ、さらにピヨっているハンターにも慈悲の手を差し伸べてくれるのだ。

 

 一方、リア友ハンターは笑いながら虫棒で空を飛んでいた。安易に撃ち落とされたりしない程度には、例のハンターほど猪突猛進ではないようだ。

 

 太刀が分からない! と喚きしちらしていた例のハンター。しかしながら、いつかは手を出すのだ、ということに気づく。

 

 ならばいつ手を出しても結局やるのだから同じである。ということで、苦手な闘技場を頑張って手にした天上天下無双刀をブンブンと振り回して必死に修練しているのだ。

 

 ガイラ火? そんなものはライトプレイヤーな彼が所持しているはずもない。

 

 また、当然のようにガイラ雷弓も持っていないのだ。虚無と化したマムに参入する元気は流石に残っていなかった。絶賛開催中な時だって、もうやる気力がない。

 

 ともあれ、とっととゲージを貯めて大回転したいのである。もちろん慣れない今、攻撃はスカスカと空振り、見切りはよく失敗。しかしながら、このハンターは何がどうなってても基本的に楽しいのでいつかは身につけるのである。

 

 とりあえず、なんか発生した歴戦ネルギガンテの調査クエストにて。試し斬りは何はともあれネルギガンテ、討伐数はとうに百五十を超え、いまだ金冠が出ていない悲哀を噛み締めながら。

 

 例のハンターは目を逸らしながら、ネギ楽しいから金冠でなくていいよ! とよく負け惜しみを言っている。

 

「その猫手パンチも見切ったァ!」

「見切れてないの見えたんですけど」

「今のはリハーサルだから許して! あ、またピヨった」

「ダイナミック床ドンされてキャンプ送りにされてるの大丈夫なん?」

「……ゴメン……」

 

 大丈夫な訳がない。謝罪の涙のスタンプを送れば野良ハンターはグッジョブで返してくれた。顔すら知らない相手に優しいハンターである。リア友は笑いとばしてくれる優しさはあった。

 

 歴戦個体はやはり歴戦個体なのである。ただでさえ凶悪な攻撃力が酷いことになっている。だが、だからこそ燃えるのである。

 

 例のハンターは歯を食いしばりながら戦場に戻ってきて爽やかに詫び粉塵でバフバフし、慎重にチキンな立ち回りを始めた。

 

 チキってチキって兜割りを黒い棘に当てるほどである。たったの17ダメージがいっぱいである。ヒットさせる程度のプレイヤースキルがあるのが救いと言うべきか。

 

 無念さのあまり、例のハンターはやけくそに叫んだ。

 

「たのしーなぁ!」

「……」

 

 本心ではある。哀れなソロハンターなのである。人とプレイするだけで楽しいのである。会話があるのが楽しいのである。楽しいことは嘘ではないのだ。

 

 たとえ呆れられても。彼は不屈である。スキルを発動させたわけではないが、不屈なのである。

 

 もっと上手ければ。頭の白い棘に兜割りしたいところなのだが、なかなかうまいこといかない程度の太刀初心者は、生暖かいリア友の無言の圧力を感じながら、吹っ飛ばされて叩きつけられ、元気にボロボロになりながら討伐した。

 

 幸いなことに、それだけ痛い目を見れば多少は上達が見られた。少ないながらも見切りが成功して喜声もとい奇声をあげる。

 

 うるさいながらも、彼は友人の手を借りつつもなんとかハンターしているのだ。プレイヤーという点においてただのライト層である彼は、アステラの人々の思っているような狂人でも不死身のタフハンターでもなく、ただのちょっと着せ替えにうるさく、ストライクゾーンの広いプレイヤーなのである。

 

 もちろん、アステラに帰還した彼は独り言を激しく呟いたので誰にも目を合わせられることなくいつも通りの狂人扱いを丁重に受けるのだが。

 

 

 

 

 

 

「ガンスってカッコイイ! 撃つのも刺すのも叩きつけるのも楽しい! 豪快フルバサイコー! くるっと回すクイックリロードはカッコイイー!」

「そのチャレンジ精神だけは認める」

「え? あぁーっ! わたしのハンターちゃんが!」

 

 認められた瞬間にフルバの隙を突かれて吹っ飛ばされていくお間抜けハンターな例のアイツは、モリモリ積んだ生存スキルのおかげで幸いにも軽傷だった。

 

 弓と操虫棍に身を捧げたリア友ハンターは、極一部を除いてなんでも使う……使いこなせるとは言ってない……例のハンターの不屈の根気は認めていた。

 

 楽しく! 永遠にハッピー! 時に暑苦しいナルシストハンターは自慢の髪色のポニーテールを揺らしながら、眠り込んだモンスターに爆弾を楽しく仕掛けている。

 

 ソロハンターをこじらせて、ボイチャは少々うるさいが、悪い人間ではないのだ。人間的にはごく普通、ハンター的にも普通、ゲームへの情熱が少し大きいだけの彼女は本当に毎日楽しそうなものだから、また一緒にやってみようかなという気持ちになれる。

 

 本気の攻略という点ではメイン武器の片手剣か弓、そうでなければガードを積んだランスかヘビィで来いと言わざるを得ないが。プレイヤースキルが未だライトプレイヤーなので仕方がない。

 

 ハンターをはじめて半年と少しから、一気に使用武器を増やした彼は、被弾の多さに拍車がかかっているのである。

 

 頭の中にはきっと、様々な武器の動きが混ざって混ざってもう訳がわかっていないのだろう。さんかくとマルがどっちだったか忘れて、画面右上のガイドを読んでいたら吹っ飛ばされるとかザラなのだ。

 

 そんな騒がしくもあり、人間味のある彼女とモンハンを毎日やるには、ちょっと疲れる相手かもしれない。

 

 しかし、友人としてはまぁ楽しい人ではある。無理に誘ってこない、たまにしか誘わない気遣い、だが本人は毎日のようにモンハンをしているということから、やりたい時、誘う時は遠慮しなくていいよ! を地で行くハンターなのだ。

 

 口を開けば今日のコーディネートを懇切丁寧に教えてくれ、どのような組み合わせが「良い」のか細かくナビゲートしてくれる機能もある。聞きたくなければスイッチオフもする程度の人間性もある。

 

 まぁ、彼は男性アバター、こちらは女性アバターである。空回りも例のハンターの個性なので仕方がない。

 

 武器や防具についても語ってくれるが、ライトプレイヤーが詳しい性能を語れるはずもなく最終的にはオススメ攻略サイトのURLをLIN〇してくれる。アフターケアはバッチリ、丸投げ先もバッチリである。

 

 彼について真に信頼出来るのは重ね着なのだ。着せ替えへの情熱ゆえに。

 

 しかし、やはり、モンハンというものは友人とワイワイやると楽しさ倍増ではないだろうか。

 

「竜撃砲いっきまーす!」

「おー」

「すごい! 百二十が三つ!」

「ええダメージやん」

「ヤッター!」

 

 きゃあきゃあ言っている彼女たちの耳には平均的な若い女性の声が聞こえているが、彼女たちのオトモアイルーに聞こえている声の片方はちょっと野太い声、もちろん野郎な例のハンターのキャラクターボイスが聞こえてくるのである。

 

 しかし慣れているので、例のハンターのオトモも、リア友ハンターのオトモもご主人が楽しそうで何より、と目を細めた。

 

 あの人間かも怪しいボクたちのご主人が。こんなに笑って楽しそう。楽しいのは何よりニャ。

 

 アステラ的には感覚を麻痺したオトモたちだったが、感覚が麻痺しないととてもこのハンターたちのオトモなんてやっていられないので仕方がない。

 

「なぁ、聞いてや」

 

 今度は友人ハンターが口を開いた。

 

「なんや?」

「実は一回も回復薬使ってない」

「マジで?! すごいな!」

「ええやろ」

「ええなぁ!」

 

 解説すると、二人は正真正銘の関西人なのでエセ発音ではない。しかし、外人顔のハンターの口から飛び出していると考えると、生態研究所の竜人の訛りのようなので妙な感じがする。

 

 変な感じがしたが、暇な時に本物の武器で斬り合いをするような狂人たちの行いとしては常識の範疇なのでオトモたちは穏やかな顔で見守っていた。

 

「回復カスタム? それとも被弾なし?」

「んー、カスタムかな」

「そっかぁ! 私もそれ目指そう! 回復グレートの消耗激しくってさぁ!」

 

 和やかな会話、穏やかな笑い。倒される古龍たちからするとたまったもんじゃないし、この世界基準なら正気の沙汰ではないが、彼らはプレイヤー。

 

 なんということもなく、二人は楽しくひと狩りを共に重ねていくのだった。




新しい武器に手を出しまくるハンターさん
中の人は関西人なので、リアル酒場には行っていない。悲しい。し〇むらのパーカーを着て心を慰めている。
わからない武器もわかるまでやればいい! というたくましい精神の持ち主。
ネナベなので笑い声はゲームの中では野太く、ボイチャの相手には普通に高い。
つまり、「カッコイイ!」「ヤッター!」もアステラの人々にはそれなりの低音で聞こえているので威圧感があり、本人的には別になんということもない声である。
スクリーンショットを探すことと同じくらい、あつめたギルカをうっとり眺めるのが好きで、ハンターランク500↑のカッコイイハンターに憧れている。

友人ハンター
ネカマでもネナベでもない。
「独り言が大きい」の時と同じ人。虫棒で飛び回っている。
あまりプレイしていないのでハンターランクは例のハンターの半分くらい。つまり例のハンターの被弾率は……。

友人ハンターのオトモ
ご主人の友達(例のハンター)は賑やかで、いろんな武器を使い、アイルーにも優しいのでそれなりに好き。

集会エリアの人々
古龍を狩りまくる狂人が増えたが、騒がしいだけで無害なので何も見ていないことにした。

関西弁について
作者はネイティブですので、違和感がありましたら地方違いです。


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ハンターさん、生き残る

王ゼノといろんな重ね着アバターの話。


「今流行りの貫通ヘビィな援撃担いでいざ王ゼノ!」

「ニャ」

 

 例のハンターのオトモは例のハンター語が少し理解出来たような出来ていないような心地でとりあえず返事しておいた。

 

 その王ゼノとかいうモンスターには基本的に四人で挑むらしいご主人なので、どうせベースキャンプで待機なのだ。

 

「貫通珠ないけどな!」

 

 ハッハッハー! と運のなさを一人で悲しく笑い飛ばした例のハンターは、代わりになけなしの攻撃珠を突っ込んだようである。

 

 生存スキルではないところがヤケクソ気味なところだが、実際そこに生存スキルをひとつ積んだからといって正直ガードしなければ結構な確率で一発KOなので生き残れるとは限らない。その点に関してはどうでもいいのだ。

 

 彼は装備を念入りに確認しながら……強壁珠とシールドパーツがあるかを何度も見直して……ながら決めポーズをとっていた。新しい重ね着のシーカーを情熱の赤に染め、キメキメに身にまとっているので心が浮き立っているのだ。

 

 だからってアイテムやら装備の確認をしながらやらなくても、とクエストボードに用があったハンターは無言で思う。

 

 例のハンターは、アバターに関しては自制心がないのでガンナーの革命的装備であるゼノγより重ね着を先に交換したようなのである。

 

 例のハンターはもちろん、手に入れるや、なにはともあれ着、頭装備の画期的な首周り装備によだれを垂らしそうになりながら喜び、自慢のポニーテールを存分にだせることに喜び、全体的に文句のつけようのないハンターらしいカッコ良さに痺れた。

 

 相当奇抜な色にしない限り、流通エリアにハンターが溶け込む! と喜び勇んでさっそく大好きな赤に染めて、しばらくくるくる踊ったのだった。

 

 良さそうな組み合わせも早速考えた。頭シーカー、胴シーカー、腰シーカー、腕ギルドクロス、脚オリジンである。

 

 これで世界観に違和感のないハンターらしいハンターになれるのである。ギルドクロスメインの重ね着にはブロッサムを使う例のハンターにとって、ギルドクロスの腕の有効活用である。

 

 もちろんアステラ的には踊られると邪魔ではあったが、例のハンターはゼノγを手にいらなければならない。比較的早く切り上げられたのでアステラの人々の平穏は守られたのだ。

 

 彼はツイッ〇ーで次のイベントクエストについては欠かさずチェックして楽しみにしているプレイヤーである。次の重ね着はユラユラフェイクと……彼にとっては一番大好きな頭装備とも言える封印の眼帯なのだ。

 

 勝手に彼が自分でプロデュースした全身の見た目コーディネートに採用されたその眼帯。布で出来ているような質感であることから色んな装備に合うこと間違いなし、と彼はワクワクしてツイッ〇ーでも喜びの声をあげていた。

 

 その彼が組んだ、ちょっぴり赤い茶髪にポニーテール、赤っぽい茶色の目に白い肌と泣きボクロ、角度によっては女性と見まごうアバターに合わせた見た目用装備についてはおいおい語るとして。

 

 煌めく次の祭りに実装される装備に関しても、彼にとっては知らないポッケ村の装備も季節感のあった合わせやすそうなふわふわ装備で楽しみすぎてたまらないのだ。

 

 ともあれ、王ゼノは楽しいのだ。強いし、野良ハンターはぽこぽこ乙るし、盾がないとやってられないし、新モーションにテンションは上がるし、……例のハンターは王ゼノ・ジーヴァのいいところをたくさんあげて嬉しそうにしていた。

 

 そしてゼノ・ジーヴァというのは貫通弾のカモである。その全長は長く、臨界状態になると胸のダメージが一気に増加する。頭から尻尾まで撃ち抜きたいだけ撃ち抜けて、ガンナーはそこそこ安全な上にダメージもある。

 

 貫通弾のヒット数が多いと言い表せないような気持ちよさがある。例のハンターはそう力説したが、相手はハンターあらざる受付嬢だったので理解は得られなかった。しかも、それはプレイヤーとしての視点にすぎない。

 

 他の調査団に属するハンターの中で貫通弾を使う者がいたとしても、貫通弾がヒットしたから気持ちいいとは……ちょっと思えないのだ。

 

 なぜなら、この例のハンターの言う「気持ちいい」とはコントローラーの振動のよる気持ちよさも大いに関わっている。しかし、この世界で生きている人間からすればコントローラーの振動なんてわけがわからない狂人的な発言でしかない。貫通弾がきっちりヒットしたのはいいことだが、だからって「気持ちいい」とは。

 

 そうなのだ。命を失うか奪うかの狩場で「気持ちいい」とは。

 

 流石は導きの青い星である。頭がおかしい。狂人に違いない。戦うことが楽しくて堪らない、しかもほぼ不死身の変態に違いない。そうアステラの人々は思った。

 

 きっと狂人にも狂人なりの道理があるのだろう、と誰かは言う。彼には彼なりのルールがあり、彼なりのまっとうさで話しているのだろう、と。

 

 ただしそれは例のハンターの中でしか通用しないことなのだ。普通の人間が理解した日には最も死に近い日なのかもしれない、とまで言う。

 

 例のハンターはプレイヤーが中にいるハンターである。その魂は外なるリアルなワールドのものであり、その肉体はこの世界のものだがプレイヤーとして普通とは違って、腕はもげないし目も潰れず、どんな手酷い仕打ちを受けても欠損なく死にもしないのである。

 

 厳密なことを言うと人間ではないのかもしれない。しかしながら、それが解明される日はこない。例のハンターはプレイヤーなので誰も危害を加えることは出来ず、また無意識下に刷り込まれたNPCとしての思考がすべてを阻む。

 

 ゆえに、ヤバいやつだとは思われつつも、例のハンターだからという言葉ですべて片付けられてしまうのだ。

 

 例のハンターは今日も楽しく狩りライフをエンジョイしていた。一人は寂しいので救援参加に勤しみながら。

 

 

 

 

 

 

「このモーションで攻撃やめて、下からブシャーをガード、もういっちょガード、距離を詰めながら貫通弾……」

「拡散弾楽しい^^」

「おいここに操虫棍がいるんだぞ」

「全部見切ればいいんだよ」

「太刀から目線はやめないか!」

 

 プレイヤーが中に入ったハンターたちは口々に勝手なことを言いながらめいめい武器を構えて歴戦王ゼノ・ジーヴァと対峙していた。

 

 今日も今日とて野良救援は魔境である。

 

 向こう見ずな拡散弾ハンターはこのあと、弾を撃たんと構えたまま惨たらしく乙り、哀れにも吹っ飛ばされた操虫棍があとに続いた。

 

 一方、太刀から目線で操虫棍ハンターに無茶振りした太刀ハンターは全部見切った。そこにいるハンターたちの練度の差が激しすぎる。

 

 シールドまみれのヘビィボウガンの例のハンターと、やたら上手いプロ太刀ハンターは目を合わせ、二人が戻ってくるまで無言で戦線を維持した。二人とも重ね着はシーカーなので一応、この戦いを最低限理解してるアピールをしているのだ。

 

 集まったハンターたちの中には人がいるが、ハンターイコール中の人ではない。概ね中の人の考え通りに行動するだけであり、しかし魂は中の人のものなのでそこに違和感はない。

 

 口からほとばしる声は肉体由来、言葉は魂由来、しかしこの会話は実際あったものではない。野良で全員ボイスチャットを繋いでいて会話まで成立することなどほぼないからである。

 

 しかし、ハンターたちは流石にコミュニケーションくらいはとっている。基本的にはおのおの言葉のドッジボールにすぎないが。しかし、中の人たちの心の声が一致したのならば……あるいは協力的な雰囲気、ハンターたちにとっては言葉によって踏ん張るのだろう。

 

 二人で戦線は案外維持できるものだ。ターゲットが分散しない方が盾持ちは予測しやすい上に、太刀ハンターはやたら強かったので問題なかったが。例のハンターはガード削りに脅えながら、秘薬をムシャムシャして怯えていた。

 

 だが問題はそこではない。持ちこたえられるかそうではないかは問題外なのだ。時間制限が三十分なので火力が足りない。なので早く戻ってきて欲しかった。

 

 もうあとがない状態での歴戦王。少年漫画のようでワクワクしてたまらない展開。敵はラスボス、不足はない。例のハンターの胸はときめいてときめいて最高の気分であった。

 

 だが、その希望に満ちた心中には、どうせ誰かが乙るのだろう、あるいは自分かもしれない……という暗黒の虚脱感が少しあったが。例のハンターも人並みには魔境の野良で揉まれていた。

 

 しかし、連続乙には皆戦いを慎重にさせた。それが幸をそうしたのか。

 

 例のハンターがゼノ・ジーヴァの胸を撃ち抜いた、その瞬間。

 

 テーレーテーレーテテテー。テッテテッテ……。

 

「ヤッター!」

 

 ファンファーレを最後まで聞くこともせず、オプションを押して倒れるところをスキップしながら例のハンターは喜びの雄叫びをあげた。

 

 誰もが聞き慣れ、嬉しくも聞き流すファンファーレは荘厳に、高らかに。

 

「(グッジョブのスタンプ)」

「お疲れ様でした!(定型文)」

「(またねとでも言いたげなスタンプ)」

「(グッジョブスタンプの連打)」

 

 戦闘終了時の形式美が通知欄を埋め尽くす。もちろん義理程度のことだが、嬉しいことには違いない。

 

 武器を納めたハンターたちはウキウキしながら倒したゼノに群がって剥ぎ取りをし始めた。

 

 勝てたのであとは……多分〇枚か。めいめいハンターたちは判断し、頭の中は既に次の戦闘のことでいっぱいである。

 

 しかし、一分間の拘束は剥ぎ取り程度ではなくならないし、ここは拾えるものは特にない収束のなんちゃらである。

 

 ゆえにハンターたちはぐるぐる走り回ったり、手当り次第に「また会いましょう!」とか「お疲れ様でした!」とか「(ショトカに入れておいた課金スタンプ)」だとかを乱射したり、死体蹴りしたり、味方に斬りかかったりと好き放題し始める。

 

 例のハンターはこの手持ちぶたさなこの瞬間が好きだった。なんだか仲間感あって一体的で正しく遊んでいる感じだからだ。仲間感があるとはなんなのか。例のハンターの鑑識眼はあまり良くないのでよくわからないことだが。

 

 ともあれ残り二十秒くらいの時間はあっという間に過ぎ、チケットをしっかり受け取ったハンターたちはめいめいのアステラに帰っていく。

 

 貫通弾を次もお見舞いするのは早くも飽きた例のハンターは、他にどんな武器なら楽しいだろうかと画策しながら少しの疲労と楽しさが混ざった笑みを浮かべた。

 

 そうだ、盾がないと始まらない。ガンランスにしよう。

 

 その後、例のハンターはガンス2、ランス1、ライト1の比較的低火力な野良救援にてクエスト失敗の憂き目に遭い、大人しく貫通弾を担ぎ直すハメになるのだが。

 

 クエスト失敗しようが、例のハンターには特にモチベーションに問題はなく、今日も元気に狩りに繰り出すのだ。




王ゼノでは生存率高めな例のハンターさん
全部ガードすればまず生き残れるので攻撃を受けまくっているがそう乙ったりしない。秘薬のタイミングで蒸発したことはある。真っ直ぐなビームも躊躇なく正面から受け止める。下手に避けたら乙る。
麻痺を蓄積させて、飛んだら麻痺で撃ち落として貫通タイムにする程度のアシスト力を持つ。
前のオリジンがカッコイイ、今回のシーカーもカッコイイ、とブリゲイドがご無沙汰。今日のブリゲイドカラーはクールでミステリアスな紫になる予定だった。

何でもかんでも拡散弾祭りを仕掛けるハンターさん
上手い人は本当に上手い。近接が三人いてもきっちりヒットさせつつ誰も吹っ飛ばさない上にアシストまでしてくるので力量が問われる。今回は近接が二人だった上に……。
貫通シールドヘビィの方が人口が多いので今回のクエストでは希少。だがいた。

やたら上手い太刀ハンターさん
たまにいるプロハン。本当に全部見切ってくる太刀ハンターはTA勢かもしれない。一人で五分くらいで倒せるのに救援に来てくれるのは菩薩のような心を持っているのか、ぽこぽこ乙る味方を見て面白がっているのか。彼のみぞ知るがとにかくカッコイイハンター。

不幸な操虫棍ハンターさん
バッタしてたらたたき落とされた運の悪いハンター。貫通ヘビィと同じくよう〇べで瞬く間に広まった戦術を使うので火力生存ともに高かったが憂き目にあう。


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ハンターさん、珠を集める

装飾品が足りない話


 今日も元気に飛び起きた(ログインした)例のハンターは、全身黄色のブリゲイドを翻し、流通エリアにスライディングしそうな勢いでやってくると、不自然にぴたっと止まった。もっとも、例のハンターが自然な動きをする方が稀なのだが。

 

 もう少し正確には、しばらく虚空を見上げていた。その目は何も映しておらず、アステラの人々はまだ無邪気だった頃の彼を思い出しつつも、もうあの頃の、比較的常識的で、騒いだりせず自分にうっとりすることもない穏やかな青年は戦いの中で死んだのだと思い込みつつ、いつも以上に彼を遠巻きにする。

 

 そこにいるのは導きの青い星という称号を持つ狂人ハンターである、と流通エリアの人々は理解していた。もちろん、そこにいるのはリアルでも狂人と呼ばれるような廃人プロハンプレイヤーというより、単なる着せ替え大好きエンジョイ勢なのだが。

 

 外なる世界の魂の持ち主が、内の世界の住民に理解されないのは仕方がないのかもしれないが。

 

 狂っていると言われる所以の一つ、時折何も見ていない目。その実、見ていないのではなく、彼の魂のある場所、「外の世界」を見ているのだが……ともあれ、アステラの人々に知る由はない。トイレなどの離席の時の彼と原理は同じである。

 

 肉体はログインしているので起きているが、その魂がよそ見しているとこうなるのである。

 

 しばらくの沈黙のあと、例のハンターは不意に目の焦点を取り戻して叫んだ。

 

「貫通珠がないと言ったろう! わたしの援撃ちゃんの真価は?!」

 

 援撃ちゃんとは、マム・タロトの角折りから逃げた例のハンターが、逃げる前に手にしたガイラアサルト・援撃のことである。貫通ヘビィの強いやつである。

 

 まだマムを回していた頃、例のハンターは執拗にガイラアロー・雷を欲していた。雷の苦手な愛するネルギガンテと戯れるためである。

 

 そのため、彼の物欲センサーが仕事をしたおかげで手に入れられた奇跡の品で、当然例のハンターにとってはガイラアサルト・賊(散弾ヘビィ)の次にお気に入りのヘビィボウガンになっている。

 

 外見こそ、ガイラなんちゃらにありがちなキンキラキンで個性皆無であるが、その愛すべき性能は貫通弾の鬼とも言える。ただし、貫通珠があるとは言っていない。

 

 なお、もちろんガイラアロー・雷は未実装である。

 

「ご主人ご機嫌斜めにゃ」

「だからって解放珠は都市伝説だし、麻痺珠もよく見ると足りないし……わたしの円滑ハンターライフは……? カッコイイハンターの……痛快貫通弾狩猟で白い歯を煌めかせたい……」

 

 例のハンターはアイテムボックスの前でダイナミックに感情を表現しながら嘆いた。苦悩する素敵なハンターになりきって、足りない装飾品へ想いを寄せていた。

 

 早々に援撃ちゃんの装備の強化を諦めたが、ほかの装備に関してもまた出鼻をくじかれたようである。

 

 彼愛用の攻略サイトによると……自力で装備を組むと生存スキルを盛りまくるので頼っているのだ……素敵な麻痺スラッシュアックスの装備を作るためには必要だった珠がことごとく足りないか、そもそも所持していないらしい。

 

 ない珠イコール都市伝説。彼は落ち込んだ声で言ったが、つまるところ実力不足と運の無さのあらわれにすぎない。

 

 未来予知という名の、セーブデータクラウド保存マカ錬金先読みチート技を駆使しても、手に入れられない珠がある世界で……ない珠があるのは必ずしも実力不足とは言えないのだが、彼は真面目に落ち込んだ。

 

 とはいえ、足りないなら、歴戦個体の古龍に喧嘩を売りに行くか、マカ錬金ガチャをすればいいではないか。

 

 例のハンターはプレイヤーなので、解決の術を知っていた。

 

 発売日にツイッ〇ーで一世風靡したキャラメイキングに一本釣りされた、一応発売日ダウンロード勢の癖に、プレイ時間が電源を切るのと間違えてスタンバイモードを選んだ時込みで500時間ちょい、一週間以上ログインしない時はないという微妙なやり込みっぷりであるので彼には大抵のことはわかるのだ。

 

 とはいえ、どう言い繕っても彼は正真正銘のライトプレイヤーである。歴戦王程度は適当に捻るが、極ベヒーモスは一回しか倒せない程度の実力である。比較対象は初心者ではなくプロハンなので。

 

 プロハンと比べればこのハンターが、たとえハンターランク500に達しても、TA勢でもない上に咆哮一つ避けられないのでライトプレイヤーと言えるので、彼は永遠にその称号から離れられないのである。

 

 発売日からプレイしていても、一日三回くらい狩りに行ったら疲れてしまう中の人を持つのでどうしようもないのだ。継続は力なり。とはいえ継続がどうにも弱い。

 

 珠がないのもライトプレイヤーなのだから仕方がないのだ。それに、彼は別にこのゲームだけをやっているわけではない。電車の中ではソシャゲに忙しい普通の人間である。

 

 家に帰ると握っていた携帯をベッドに投げ、勇んでゲーム機の前に座り込んでモンハンする程度のプレイヤーなのだ。

 

 その腕は、いつまで経ってもネルギガンテの咆哮を見切れない程度なのだ。そろそろ討伐数が200近いというのに。

 

 どうしようもなく脳筋なのである。脳筋なので、見切りを先走って見切りの構えのまま頭を抱え始める残念ハンターなのである。タイミングは分かっているというのに残念なハンターである。

 

 ともあれ。

 

 そもそも、歴戦個体の古龍を討伐するために新しい装備を考えているのだ。だというのにこれは。

 

 ヴァルハザクの瘴気やられの対策のためには、まずヴァルハザクを討伐しなければならないようなものである。

 

 激しい風圧に対抗するためにクシャルダオラを狩るようなものなのだ。例のハンターは頭が幸せな人間だが、その点については疑問に思い、首をかしげた。

 

 とはいえ、ゲームバランスについて考えても仕方がないことである。往々にしてあることなのである。気にしたところでどうにもならないのだ。

 

 例のハンターは気を取り直すと、元気よくクエストボードの救援依頼を開いた。絞り込み条件は、「調査クエスト」「☆9」「報酬受け取り可」。ポチッ。

 

 その瞬間、彼の手は目にも止まらぬ速さで検索結果を選択し、中身も見ずに一番上のキャンプを選択した。

 

 そして、しばらくの沈黙。

 

「……よし」

 

 例のハンターは、歴戦救援の熾烈な席取り合戦に勝利した。歴戦個体の調査クエスト救援において、激運チケットを使ったり、ゆっくりクエストを吟味したり、キャンプ地を選んだりする余裕はまぁないと言ってよい。

 

 そこにあるのはプレイヤーたちの真の戦いなのである。特にこれが歴戦4枠やら5枠のクエストの場合、なりふり構っている場合ではない。できうる限りの速度で参加しろ、それだけである。

 

 そもそもクエストに参加出来なれば戦いにならないのだから。

 

 例のハンターは安堵と勝利の喜びを胸に、のんびりと装備を選び、マイセットから一括装備した。鼻歌交じりに「調査クエスト」と名付けたアイテムマイセットを選択し、ゆるやかに走りながら食事場に向かう。

 

 とはいえ、そこまで読み込みに時間はかからないので食事をゆっくり選んでいる暇はないのだが。彼のP〇4は初期型でこそないが、何もしていない500GBの普通のものである。

 

 故に、ちょっと読み込みが遅いが、だからといってイライラするほど待たされるほどではないのだ。ハマったらハマりっぱなしの性格上、大した数のゲームも入っていないので尚更である。

 

 例のハンターは基本的におおらかで、穏やかで、ソロプレイヤーなので暇人で、乙っても笑い飛ばせるタイプの幸せな人間なので待つことはちっとも苦ではないのだ。

 

 そんな彼がイライラするのは近接をやっている時に拡散弾に吹っ飛ばされた時と、耐衝珠を付け忘れてひるみまくって動けなくなった時と、開幕一乙クエスト離脱野郎がいた時と……案外あるようだが。

 

 ともあれ。

 

 幸せな気持ちで、彼はひと狩りしに行った。

 

 

 

 

 

「滅龍ビンスラアクに慣れすぎた己に失望している。調子に乗ってた。わたしは弱い、わたしは……所詮ワールドからの初心者にすぎねぇんだ……」

「元気出してくださいニャ」

「あぁもう、にゃんにゃんちゃんはかわいいねぇ! ちょっとモフらせてね、スーーーーーーーッ」

「吸ってるニャ」

「ハァ……ねこおいしい……」

「良かったニャ」

 

 例のハンターは流通エリアで膝を抱えて座り込んで嘆いていた。

 

 彼愛用のパワースマッシャーⅡはとんでもなくビンが溜まりやすいスラッシュアックスである。ちょっと斬るだけであっという間に追加攻撃が発動するので例のハンターからすると快適にも程がある一品なのだ。

 

 そして慣れすぎた彼が別のビンのスラッシュアックスを使うとどうなったか。全然ビンが溜まらずに、ただひたすら剣モードで暴れてるだけのハンターになったわけである。

 

 いつももただひたすら暴れているのだが、それはさておき。

 

「大して麻痺も出来なかった……あー、使えない救援だと思われてないか不安だな」

「ご主人は強いハンターニャ」

「にゃんにゃんちゃーん……わたし別に強くないよ……君はご主人を買い被りすぎてるよ……」

 

 自称普通の実力の持ち主の例のハンターは、確かにアステラ的には狂人的でとんでもない能力の持ち主だが、救援参加ハンターというワールドな枠に当てはめると本人の言う通りの実力である。

 

 得意なモンスターに得意武器ではとことん強いが、そうでなければ少し弱い。つまり、普通である。よくいるそこらのハンターである。

 

 珠がいろいろ足りない装備に達人珠をこれでもかと突っ込んで突撃していった例のハンターは、間違いなく自分があまり役に立てなかったのは「珠が足りないから」ではなく、「実力を強い武器で補っているだけでそんなに強くないから」だと自覚した。

 

 スラッシュアックスにはそこそこの自信があったのだが、それを打ち砕かれた例のハンターは、しかし不屈であったので、すぐに事実を受け入れて立ち直った。

 

 自分が強くなくて、武器が強いのなら。それで戦えていたのなら。自分も強くなって武器も強いなら、とんでもないことになるのでは? その先にあるのはサイコーに強くてカッコイイハンターなのでは? と。

 

 不屈なのである。なんでもワクワクするのである。成長フラグとか、そんなヒーローポイントを見逃せないのである。

 

 例のハンターは立ち上がって、さっきの戦利品を天に掲げて強くなることを誓った。

 

 中の人が時間をかけて丹精に作り上げた綺麗な横顔が夕日に照らされて絵になっていたが、誰も彼もが彼と目を合わせないように顔を背けていたので見たのは彼のオトモアイルーだけであった。

 

 茶色に近い赤毛が太陽に透かされて、燃えるように輝く。赤っぽいだけの目が、強い光の下ではらんらんと真っ赤に光る。

 

 これぞ、中の人の計算である。普段は世界観から逸脱しない程度のカラーリングだが、あるタイミングでは星のように輝くのだ。ある角度では彼が性別不詳になるように、そういう絶妙なこだわりがそこにあった。

 

 誰が気づくというのだろう。誰も気づかなくていいのだ。全ては自己満足なのだ。

 

「もっと強くなろう!」

 

 天にかざし、夕日に輝く「滑走珠」はその赤色ゆえに一瞬、「攻撃珠では?!」と例のハンターの胸を無駄に高鳴らせた罪な存在である。

 

 そのままの足でマカ錬金ガチャを回しに行った例のハンターは、キャッチ・アンド・リリースされた滑走珠を悲愴きわまる悲鳴とともに受け取ることになった。




邁進するハンターさん
属性解放/装填拡張の装飾品があるなんて、本気で攻略サイトを見るまでないと思っていたハンター。無撃も強壁もあるのだからあるのだ、と無理やり納得する。
装備が完成しなかった武器は「ガイラスラッシュ・麻痺」のこと。強撃ビンのスラッシュアックスである。
運が悪いのか良いのかだったら実は良いのかもしれない。特に好きな武器の鑑定武器が出ないだけである。それを根に持っているので悪く見える。
更新を完全に停止すると決めた最後の回でオトモとともに名前が発覚する。今のところ予定がないので名前が無いキャラである。ほかのNPCも名前がないので自分も積極的に名乗らない。
というよりも……(颯爽と人を助けて)「あなたは?」「名乗るほどの者ではありません……」をやりたいだけである。ロマンティックなことが好き。されるより、する方が。


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ハンターさん、眼帯が好き

封印の眼帯の話。


 封印の眼帯を重ね着してウキウキしている例の男に近づくアステラの人はいないが、近づかれても気にしない人間ならいる。

 

 それは例のハンターのペア、通称受付嬢である。受付嬢に相当する人物は複数いるので彼女は個性を出すためかよく「相棒」と主人公……つまり例のハンターのことを呼ぶが、やんわりと本人からは拒否気味である。

 

 瘴気の谷やイビルジョークエストでのことをまだ精算できていないのだ。

 

 中の人的にはそろそろ精算されているが。というか、好きの反対は無関心である。しかしながら例のハンターは、紛れもなくその世界の住民なのである。

 

 ほぼ不死身のプレイヤーとはいえ、危険な目に晒してくれた張本人には違いなく、ちょっとまだ思うところがアイルーのヒゲの長さくらいあるのだ。つまり微妙にあるのである。

 

 会話くらいはするが、相棒呼ばわりは嫌なのだ。だが周りからすれば変人という意味で釣り合っているのでどうしようもない。お似合いのペアである。

 

 ということで新しい重ね着を見せに来ていた。相棒と呼ばなければなんでもいいし、呼ばれてももはや無反応なのでどうでもよかったのだ。

 

 そうなのだ、例のハンターは新しい重ね着を手入れるたびに毎回律義にも教えに来るのだ。その際、季節の受付嬢の着せ替えも絶賛して帰っていく。もちろん、ハンターにもその豪華な着せ替えをおくれという意味でだが。

 

 まぁ、それでもわざわざ受付嬢のところに来る理由としては、他に話す相手もいないというのが真実なのだが。

 

「どうだ、歴戦のハンター感あっていいだろ」

 

 クールな青の眼帯で自慢の顔が隠れても、部分的に覗いた整った顔立ち……横顔麗しく、思わず見とれてしまうワイルドな君……とかいうシチュエーションに嬉しくなってしまう例のハンターには問題ない。

 

 実際のハンターランクより、妄想力のハンターランクの方が高そうである。

 

「ものもらいですか?」

「めばちこ扱いするの酷くない?」

 

 互いの扱いが雑なペアである。ちらっと見てくれる程度の優しさがそこにある。例のハンターは例のハンターでフワフワであったかそうな受付嬢の服装を羨んだ。

 

 オリオン装備は悪くはない。むしろフワフワで良い。だがさりげないクリスマス感が普段使いを踏みとどまされる。そうはいいつつそれなりに愛用するつもりではいるのだが。

 

 しかしそれとこれとはまた別問題。例のハンター的には戦闘での機能性がなさそうでもモコモコしてフワフワしたポンチョは無骨なハンターが着ているとギャップがあってきっと良いので欲しいのだ。

 

 というか例のハンターのストライクゾーンは広いので新しいものをみるとなんでも欲しくなるのだ。

 

「別に目がイカれたわけじゃないが」

「それは知ってます」

「眼帯って付けるだけでかっこいいからな!」

「両目なくても普通に動けそうですよね、相棒は」

「別になんの支障もないけど」

「……」

 

 例のハンターはあくまで当たり前のことを言った、と言わんばかりにあっけらかんとしていた。

 

「あっ、今の強そうな発言じゃね? もはやわたしは見る必要もない……モンスターのことなどすべて把握しているのだ……お前のすべて、見切った! みたいな」

「やだなぁ、戦闘的に目も必要も無いくらい練度があるってことですか。なんだ」

「いや本当にわたしに目は要らないけど」

「……」

 

 なぜなら例のハンターの目は背中より後ろにあるからである。つまるところ、それは画面越しのプレイヤー目線なわけだが、そんな事情は知る由もない受付嬢は流石に黙った。

 

 とはいえ、視力がない訳では無い。例のハンターの肉体的にはちゃんと見えている。なので眼帯をしていると、中の人を何らかの形で失った場合は普通に支障が出る。

 

 だが、中の人がいないということは魂がないということ。すなわち、魂がないと例外なく昏睡する例のハンターには問題など何も存在しなかった。

 

 流石に自分の相棒の発言を噛み砕けない受付嬢の様子に、NPCの機微に注意を払わないゆえにまったく気づかない例のハンターは、楽しそうにギルドクロスやシーカーにも眼帯はよく合うのだと語り、使える頭装備重ね着が増えたことを無邪気に喜んでいた。

 

 なお、近くのテーブルで話が聞こえてしまった四期団や五期団のハンターたちはもしかしたら例のハンターは人間ではなく、人間の形をしたモンスターかなにかなのか? という疑念を持っては流石にそれは……いやでも……というもだもだとしたやりとりをごく小声で行っていた。

 

 残念ながら、プレイヤーかつ主人公というだけで肉体的にも魂的にも混じりけなしの人間である。人間ではないキャラクターのゲームをプレイするという意味で操作したことはあってもそれまでである。

 

 とはいえ、そんなことなど知る術のないアステラ所属のハンターたちのつけた落としどころは、狩猟においてもはや目も必要も無いほどの達人ハンターである導きの星は、確かに目がなくとも困ることがないのだが、それ故に普段の視力は良くないのだろう、と。

 

 使わないから退化したのではないかとまで言わしめる。そんなことはないのだが。

 

 であるからして、人にぶつかりそうになったりぶつかるのだ、と。狩場ではないので気を抜いているに違いない。

 

 もちろん、避けようと思えば避けられるのに避けないのは例のハンターの人間性の嫌な信頼性による。避けられるのだろうが、どうせ気を抜いている上にこっちのことなど気にも留めていないのでぶつかるしぶつかりかけるのだろう、と。

 

 正解である。ぶつかるのはただ避けるのが面倒なだけという点では。だが、目がが悪いというなら何故自分のコーディネートや顔に関して事細かに理解して自画自賛しているのかの説明がつかないのだが、ともあれ。

 

 噂されるようなことを言うのが悪いので、例のハンターの自業自得である。まぁ、噂されているということに気付けたとしても……調査拠点で噂を囁かれる美形ハンターの正体や如何に! とでも楽しい妄想をはじめるので特に何も変わらないのであった。

 

 話するのにも飽きた例のハンターは、何も知らずに「脈打て本能」を受注して奴の肉質に弾かれないためにガンランスを担ぎ、ひと狩りしに行った。

 

 アステラ祭で豊富なイベントクエストに夢中の例のハンターは、いつもより余分にクエストを受けてはモンスターをちぎっては投げ、楽しくオトモを雪だるまにしてはモンハンワールドサイコー! とソロプレイに勤しんでいた。

 

 友だちがいないわけではない。

 

 

 

 

 

 

「せっかく眼帯あるんだし、それにあわせて身だしなみを整えるのもアリだなー」

「嫌な予感がするニャ」

 

 例のハンターはマイハウスで眼帯をした自分の顔を鏡に映しながら独り言を呟き、オトモアイルーも呟くようにモニャモニャ言った。

 

 上から頭封印の眼帯、胴ギルドクロス、腰ギルドクロス、腕ブリゲイド、足ブリゲイドを全部青に染めた例のハンターはさながらギルド所属の歴戦のハンター、しかも役持ちといった風体である。

 

 しかし顔が役持ちにしては若いのでなんとも言えないような不思議な違和感を、例のハンターはミステリアスだと言いきった。大雑把なので自分がかっこよければなんでもいいのだ。

 

「眼帯の下に隠された……麗しの君の秘密とは……」

 

 自分で麗しの君とか言っていたら世話ないニャ、とオトモアイルーは愛用のぶんどり刀を磨きながら思う。口にはもう出さない。自分の世界に入っているとはいえ、密室で例のハンターと共にいるのである。

 

 アイルーである以上、命の安全は完全に保証されているが、バレれば長いことよしよしされてしまう。すると溶けてしまうかもしれない。例のハンターはアイルーを魅了する手を持っているのだ。

 

 なお、本来、アイテムボックスの前を占領しているハンターの近くにいるはずのルームサービスはオトモダチタイマーと呼ばれている探索の用が済むとハープ役のところに逃げる。よしよしの餌食になりたくないので、例のハンターとお近づきになりたくないのだ。

 

 オトモダチタイマーとは、五回のクエストもしくは探索で「やわらかい土」を世界樹にやりたいハンター(プレイヤー)にとって都合良く五回で帰ってくるオトモダチ探索のことを指す。まぁそんなことは良いのだ、例のハンターはマイルームに帰ってくる面倒のあまりほぼタイマーを放置しているので。

 

「隠れる方の目のところに刀傷をつける……いや……刺青かな……オッドアイも厨二そそっていいよな」

「世界が終わるニャ」

 

 自身の顔に絶対の自信を持っている例のハンターが、いくら隠れるからといって顔にほくろ以上の何かをつけるなんて! というわけである。目の色に並々ならぬこだわりをもつ彼がそんなことをするなんて、どうかしているとアイルーは思った。

 

 今の自分を愛するあまり、性別すら変更できる「身だしなみチケット」をもってしてもオトモでなければ分からないほどの微調整しか行わないハンターがそんなことを言っているのである。緊急事態のため、オトモは武装した。

 

「でも、うーん、どれもありきたりだな」

 

 オトモはありきたりという言葉で、思いとどまらせることが出来るのではないかと思った。

 

 とはいえ、止めたところで止まらなかった場合と大して事は変わらない。顔がどうであれ、本人が気に入っているのなら同じようにナルシズムで周りに迷惑をかけることには変わりないのだ。

 

「ご主人様は自分の顔を傷つけたりしないですニャ、そうに決まってるニャ」

「もちろんだよお、例えつけたところで綺麗に消せるし」

「ニャ?」

 

 傷跡は秘薬などでなんとかなるかも……しれないが、刺青を消せるなんて聞いたこともない。しかし相手は例のアイツである。重ね着のために歴戦個体を通り越して歴戦王を狩りまくる狂人である。

 

 もしや刺青ごと皮膚をえぐって秘薬で綺麗に治すつもりなのだろうかニャ。オトモは非常にグロい想像をしてしまい、彼ならあるいはやりかねないと否定しきれない自分が少し嫌になった。

 

 アステラの誰かなら、間違いなく、戸惑いもなく肯定するだろう。受付嬢でも肯定するだろう。

 

 だが。自分がご主人ハンターを信じなくてどうするのだ。自分だけが、例のハンターと呼ばれ、狂人と扱われ、偉業を成し遂げたというのに腫れ物扱いの不名誉な扱いを受けるちょっと変人なハンターの理解者ではないのか。

 

 受付嬢は同類なので除く。

 

 彼が人並みかそれ以上に優しいのを知っている。彼が本当に狂っているのではなく、ただモンスターたちと戯れるのが好きなだけなのを知っている。それが行き過ぎているので狂っていると思われているだけなのだ。

 

 なかなかモンスターに勝てない時、唇をかみしめて悔しがる表情を知っている。そのあと燃えてきたと喜ぶ表情が生き生きしているのも。

 

 当然、勝てないからといって怪我が酷いあまり再起不能になることが決してないことに絶対の自信を持っていることも。いやまぁ、その点は狂っているに等しい自信だが、それは個性というものなのだ、きっと。

 

 彼が一人の人間なのを知っている。笑いも怒りもする。嬉しさのあまり泣くことも。少しばかり、ファッションと狩りに命を懸けすぎているだけなのだ、そうなのだ。

 

 「初めまして」と言った彼の声を覚えている。「名前を教えてね」と、自分を愛おしく見つめる目が優しかったことを覚えている。

 

 そうなのだ、ご主人は少々変人だが狂ってはいないのだがら、そこまで変なことはするわけがない。なので刺青を綺麗に消すということは、自慢の顔がそもそも傷つかないようにタトゥーシールでも使ってなんちゃってで気分を味わうのだろう。

 

 思えば、彼が目元にしている化粧だって布団に擦られても微塵も崩れないではないか。化粧があんなにしっかり残るのなら、シールが微塵も剥がれないのは当然で、歴戦王と戯れるご主人がそんなシールを綺麗に剥せるのもまた当然のことである。

 

 ということで思い出を振り返って補正で無理やりオトモアイルーは納得した。

 

 一方、アイルーには優しい例のハンターは、少々化粧の微調整を行ってから眼帯を装備した顔をいかなる角度でスクリーンショットすればより中性的な美人になれるのかを検討するのに忙しかった。

 

 しばらくして満足した例のハンターは突然新しいナナ・テスカトリの武器が欲しくなったのでクエスト「導きの青い星」をやることにし、久しぶりにソロもいいなぁと思いつつオトモと楽しくどんな武器がいい? と検討することにした。

 

 オトモはデキるオトモなので、前からウィッシュリストに載せていたエンプレスシェル・炎妃がいいのではないと意見し、アイルーを魅了する手でよしよしされた。




プレイヤーなハンターさん
ゲームならではのご都合主義を当たり前に享受するプレイヤーのため、オトモその他と次元単位のギャップ勘違いをされている。
眼帯はかっこいい、異論は認める。帽子もいいし、フルフェイスな兜もカッコイイし、顔が見えるやつも見えないやつも、ともあれなんだって好き。顔が見えている方が傾向としては使う。
ほぼ同時に入手したユラユラフェイクに関しては数少ないリア友とマルチの時に使う予定なので大切に仕舞っている。

例のハンターを信じたいオトモ
オシャレのためならなんだってしかねないと思っているが、否定するのもオトモとしての優しさなのだと思っている。
しかし、ゲームでできる範囲は何だってするし、クリアのために不屈発動するのもやぶさかではないことをまだ知らない。


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ハンターさん、理想が高い

理想と現実 迫る周回の話


 例のハンターのマイハウスにて。装備品を集めるのが好きな部屋の主のせいで、相変わらずおびただしい数の装備品が雑然と所狭しと並ぶ、彼にとっての楽園のような場所。

 

 珍しく部屋の主は目覚めたままそこにいて、ベッドの上に浅く腰掛け、探索リセマラして集めたたくさんフワフワクイナたちを膝に乗せ、白い羽根まみれになりながらフワフワしていた。

 

 だがその目は完全に闇のようである。つまりいつものように何も見ていないのである。

 

 なぜなら、中の人はツイッ〇ーやらYouTub〇などを見るのに忙しかったので。しばらくぼーっとしていた例のハンターは、そのうちいろいろ理解して喜びの声をあげた。

 

「追加拡張コンテンツってことは、荷物まとめて旧大陸に戻らずにそのままここに残ってたらいいんだよね、ヤッター!」

「ニャ?」

「我が愛しのにゃんにゃんちゃんとも別れなくていいんだ! 装備集め直さなくていいんだ! ヤッター! 春にネギの王来るの? わーい!」

「ニャ」

 

 側にいたオトモアイルーは、例のハンターの謎言語は相変わらず理解できなかったが、彼が少しでもハンターを辞めて旧大陸に戻るという発想があったことに内心驚いていた。

 

 ネルギガンテに派手に吹っ飛ばされても、テオ・テスカトルにノヴァされても、乙って搬送された後にはもうピンピンしているのだ。老いず、死なず、永遠にここでハンターをするつもりなのではないか、と本気で思っていたのだ。

 

 それは理論上、ある程度のありえない年数はは可能であるが、中の人がいくら元気なエンジョイプレイヤーだとしても新作が出ればそっちに移行くらいするのでさすがに幻想である。

 

 とはいえまだまだ新作をやるにはやり足りない。彼にとって追加拡張コンテンツというのは願ったり叶ったりであった。めくるめく新モンスター、新マップ、追加ストーリー、新しい装備品。胸が踊っていてもたってもいられなくなる素敵なワードが目白押しである。

 

 だが、それもまだ先の話である。目前に迫る歴戦王マム・タロトとてまだ少々の日があるのである。

 

 では、どうするか。お楽しみは先のこと、つまりいつも通りというわけである。

 

「さぁ、ネギ狩りに行こうか!」

 

 だからなにはともあれ、ひと狩りに行く。素敵な武器を担いで、真っ白なブリゲイドをキメて。

 

 

 

 

 

 

 

「ネールギガンテ↑! ネールギガンテ↓! テッテッ、ネールギガンテッテ、ネルネールー↑ネルネルネルネル→ネルネールッルー↑」

 

 中の人がおかしな歌を歌っていても、ボイスチャットを繋いでいなければ相手に伝わることは当然ない。

 

 もちろん歌っていようがちゃんとプレイしていて、画面の中の重い動きのガンランサーは、元気よく叩きつけてはフルバーストをしている自称カッコイイハンターである。

 

 しかし、救援を出したハンターもよもや歌いながら、しかも延々とネルギガンテばかり狩っているとは思うまい。

 

 連続して救援を出せばそれなりの確率でまたやって来ることも知らない。

 

「達人の円筒設置!」

「寝たぞ!」

「爆弾置け爆弾」

「起爆準備!」

「爆破は任せろ!」

 

 今回の同伴者たちは優秀なハンター揃いらしく、補助役のライトボウガンが、ネルギガンテが瀕死になるやいなや素早く寝かせ、誰も叩き起すような愚行はせず、速やかに爆弾を置いてこのガンランサーに竜撃砲を撃たせてくれる。

 

 例のハンターは非常に感動して、もちろん一撃をお見舞いした。その結果、開幕五分も経たずにネルギガンテを爆殺することができた。

 

 クエストクリアの感動もそこそこに、ドライで優秀な彼らはとっとと解散し、もはや意識は次のクエストへ。当然、例のハンターも同じように向かう。

 

 繰り返し、擦り切れるほどネルギガンテの調査クエストを回すのだ。できれば歴戦個体がいいが、贅沢は言わない。クエストがあるならそれに飛びつくまでである。そのせいで狩猟数はネルギガンテだけやたら多いが、単に好きなのもあるが、なによりも最大金冠がまだ出ないので。

 

 このように、早くクリアできるというのは実に爽快で気持ちがいい。自分までプロハンになったような気分が味わえて最高である。

 

 だが、あまりに討伐が早すぎるとある種の悲劇が起きる。

 

 今日も今日とてネルギガンテ、なにはともあれネルギガンテ、エンドレスネルギガンテと狙いを定めた彼がいつも通りに救援参加をしたときのこと。見慣れたアイコンが見慣れた位置に無く、彼は入って早々首を傾げることになった。

 

 しっかりとドクロマークのついたネルギガンテは早くも寝床に追いやられていたのである。例のハンターは慌てた。何もせずに終わってしまうかもしれない、と。

 

 北西キャンプから、彼はバフすらせずに急いで這い出ようとした。バフも何もかも走りながらやるつもりでだ。

 

 だが、残念なことに時は既に遅し。リザルト画面はカッコよく狩猟している自分ではなく、ケツを向けて地面にへばりついている自分であった。

 

 悲しい。例のハンターは報酬を受け取るだけ受け取って、頭数が増えることで報奨金を減らし、ケツがドアップののリザルトを得るために来たのではない。楽しくカッコよくスタイリッシュに狩猟しに来たのだ。

 

 申し訳ない気持ちがいっぱいになりつつも、不燃焼な感じが「楽しい」とは言い難いような気分にさせる。現金にも、ちょっと得したような思いがないわけでもないが。

 

 やっぱりモンスターをハントしにきたのだから、報酬だけもらって帰るというのはどうにも合わないのである。つまるところ、キャンプ待機なハンターのことを微塵も理解できないわけである。

 

 次こそは! と意気込んでクエストに参加すれば今度は不慣れなハンターが三回乙ったりすることもままあるわけだが。

 

 そして彼は気づく。

 

 クエストに参加した瞬間には時すでに遅しで間に合わないのはどうしようもないが、味方が乙ってしまうのは自分の実力不足もままある原因なのではないか、と。

 

 自分が素晴らしい火力をもって瞬殺したら? 丁寧にサポートし、広域回復をしたら?

 

 事実、不慣れな武器を担いでいこうとも、味方がトンデモプロハンターの場合、自分までプロハンターになったように素晴らしく楽しくダメージを与えることができ、もちろん味方が乙ってしまうことなく華麗に狩猟完了するのだ。

 

 つまり、不慣れなハンターがいたとしても関係ない、真の救援参加ハンターになれば解決するわけである、と考えたのだ。

 

 つまるところそれは相当な腕と俯瞰する視点が必要なわけで、腕が微妙な上に視野が狭いこのよくいるライトプレイヤーには少々荷が重いことではあったが、それが出来たら「カッコイイ」なんて自称では済まされない。そんなすごいハンターを見たらカッコイイに決まっているわけである。

 

 ああ、まだ下位クエストを必死にこなしていたことを思い出せ。初見のモンスターにボロボロにされながら救援信号を打ち上げた時、颯爽とやってきた彼らはカッコよかった。

 

 それは上位装備をふんだんに使っていたことも大きかっただろうが、自分の使えない武器や素晴らしい立ち回りに感動したものもあったはずだ。

 

 今はそれより条件が難しい。救援する相手はほぼ自分と同じ上位ハンターで、装備だって遜色ないだろう。そこにあるのは腕の差、経験の差、それくらいのものである。相当なことがない限り、PCゲームのようにハードのスペックが影響してうまくいかないということもないはずなのだ。

 

 ゆえに、求められるのは純粋に昇華された力量のみ。

 

 そこで強ければカッコイイ。

 

 例のハンターはそれになりたくてたまらなくなったので、なりたい自分について具体的に目標を立て始めた。

 

 とりあえず咆哮を全て見切ってゲージを溜め、ステップを全てパワーガードして反撃し、寝床に歩き出した瞬間に乗り、柱をフル活用して壁うち剛射をフルヒットさせ、絶妙なタイミングで麻痺を取り、強力な一撃は当然弱点部位にヒットさせ……。

 

 相手はネルギガンテとする。

 

 全てができるなら紛うことなきプロハンターである。目標が高く設定されているが、わりと彼は不屈なので年単位で頑張ればいくつかは成せるのではないだろうか。

 

 今は遠き理想である。

 

 とりあえず回数試行が大事だ! 成さねばならぬと半端な理系思考の例のハンターは、颯爽と太刀を担いで狩りに行き、見事に咆哮を食らってダイブまでのコンボを食らいつつも辛くも討伐してくるという、いつも通りを実践する羽目になる。秘薬の消耗はデフォルトである。

 

 そう簡単に腕が良くなったりはしないのだ。

 

 何にせよ、これは嵐の前の静けさである。享受できる穏やかな、つかの間の時間である。現実逃避とも言える。

 

 これからやってくる歴戦王マム・タロトをさすがに回さないわけにはいかないので、鑑定武器ガチャという名の延々とした周回が目前と迫っているのだ。最初は歴戦王の例に漏れず野良は魔境、死屍累々の阿鼻叫喚であろうが。

 

 どうせよく訓練されたハンターたちはそのうち慣れ、通常のマム・タロトに対して多くのハンターがエンプレスシェル・冥灯を担いだ虚無周回の再来になるだけである。少々乙率は高いだろうが、歴戦王を相手取るわけなのでそれは仕方がないことだ。

 

 何が最適解になるのか、新規実装された虹枠のためにはどのような手をとれば良いのか、その辺については上手い人や攻略サイトが見つけてくれるだろう。事前に装備を考えるにあたってインターネットを使って情報収集をしてから挑むのも良いかもしれない。

 

 ともあれ、一般的なライトプレイヤーである彼にとってはワクワクと虚無の時間なのでそれなりに楽しみなのである。

 

 あまりに虚無だった場合は別のオンラインゲームに一時的に逃げても良いかもしれない、と微かに考えるほどにはマム・タロトに対して良い思い出がない……のだが。

 

 火太刀と雷弓から逃げたのだから、今度は逃げてはならないという一種の脅迫概念があるせいかもしれなかった。

 

 もっと肩の力を抜け、と友人に指摘されるまで、歴戦の相棒であるエンプレスシェル・冥灯を死んだ魚のような目をしながら延々と磨き続けることとなる。




マム・タロトにハンターランクを育てられたハンターさん
ハンターランク50から120くらいはノンストップマム・タロトで駆け抜けたと言っても他言ではない故に、正直虚無い。
ネルギガンテならいくらでも狩れるのにマム・タロトにここまで飽きたのは大砲落石痕跡集めの前半戦のせいである。後半戦だけなら虚無ではなかった。
出会い頭に果し合いがしたいお年頃。北西キャンプから這い出てこんにちは! 角折らせろ! スタイルのネルギガンテが好きなのである。
ところで、アイスボーンまでに重ね着全部実装されるんですか? とそっとブルーバードでつぶやくタイプの人間。公式にリプライするほどではない。ガロンとドスジャグラス、トビカガチが特に欲しくて欲しくて震えて着せ替えしてスクリーンショットする。

例のハンターのオトモ
ニャ と言っておけばとりあえず満足される。いい子なのでフワフワクイナを生贄にすれば自分まで被害が来ないと分かっても、例のハンターが撫でたそうな顔をしていれば撫でさせてくれるいい子。
気絶をキメるハンターを叩いて治すプロなので、よくピヨった助けて! と呼び出される。


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ハンターさん、日課は欠かさない

マムとアサシンの装衣の話


 例のハンターは、集会エリアから流通エリアに堂々とした足取りで降りてくると、世界樹の肥料が完全に切れていることに気づき、崩れ落ちるように膝をついた。辛うじてボックスから溢れていなかったが、それを幸運と思うはずもなく。

 

 だが、それを些事だと断じてすぐに起き上がる程度には機嫌が良かったらしい。

 

「王マム楽しいというか美味しい」

 

 エンプレスシェル・冥灯を片手に、クーラードリンクをガブガブ飲みながら例のハンターは言った。その目は爛々と輝いていた。マム・タロトの黄金のように。だが濁ってもいた。周回疲れで。

 

 珍しく、彼の懐も温かかった。比較的満たされていた。調査ポイントも落とし物を拾っていれば雨あられと降り注ぐ。不満はあまりない。

 

 無理矢理不満を捻出するとすれば、やっぱりライトボウガンゲーだったということぐらいである。たまに飽きたプロ周回ハンターたちが別の武器を使っていることはあるのだが。

 

 怒り荒ぶられてジュワっと溶けなければなんだっていいのだが、やはり手軽といったらライトボウガンなのである。

 

「すっげーーーーの、会心のアレの【属性】とか【特殊】のついた装備とか壊れてる。レウス防具の呪いが解けるね! というか欲しかった武器がポロっと出た。もう過去のものなのかもしれないけど、とりあえず新情報が固まるまでは強い武器ってことでいいはずだ。ようは使い方が問題なんだ。

というか、ポロっとあの火太刀だぞ。ちょっと試しにネギ狩ってくる」

 

 例のハンターは機嫌よくニコニコ笑いながら装備を組んだ。組んだが、彼は呪われているので流れるようにマム・タロトの集会所に入り、気づけばエンプレスシェル・冥灯を担いでいた。

 

 マムから逃げるな。それが骨の髄から命じられているのだ。

 

 「こうきんこおりちゃあく」を取らねばならぬ、取らねばならんのだと、集会エリアの人々にとっては謎の呪文をブツブツ唱え、彼は脊髄反射に従う。

 

 なお皇金氷チャアク、とは。属性値620の属性値の壊れたチャージアックスのことである。その暴力は、第二弱点が氷でも、ダメージが第一弱点の武器より高くなることもあるほど壊れた属性値を誇るやべーやつのことである。

 

 YouTub〇でモンハンワールドの動画を見るのが日課な例のハンターにとって、こいつは強い! と脳に刻み込まれた一品である。

 

 色んなプロハンたちが素晴らしい速度でいろんなモンスターを狩りまくっては「強い」「壊れてる」「取るべき」と言うのだ。これは取らねばならない。

 

 ということで、せっかくの火太刀の試し斬りもせず、彼なりにまじめにマム周回に取り組んだのだが……火太刀が出たのはいわゆる王マム・タロトビギナーズラックというものだったのか。

 

 火太刀がぽろっとでたことさえ奇跡だったようなのだ。二度と欲しい装備は出ず。ガイラ雷弓さえも。皇金氷チャアクの影の形もなく。

 

 例のハンターは敗北する。敗因は、マムへの強い忌避感が、一日二回角折ればいいかなと楽観したことによる。あんまり虚無になりたくなかったのだ。

 

 そしてたとえ取れたとしても。

 

 彼のチャージアックスの練度といえば、剣強化のやり方がよくわからないな! とりあえず盾強化してズバババンするか! というレベルなので出たら出たでまともなチャアクハンターにお前はまずタイラントブロスで慣れるところから始まるんだろ! と斬りつけられる羽目になったかもしれない。

 

 ともあれ、周回向きではない性格と鑑定武器は相性が非常に悪かったが、その分ぽろっと幸運にも出た良い装備は人一倍大切にするのである。

 

 あとは生産武器でなんとかするのである。鑑定武器をすべて集めるようなベテランハンターではないので。とはいえ、集めるのが好きな性格が、いつかはすると囁いているのだが。

 

 ド〇クエなどでは、ドーピングアイテムを狂ったように集めては仲間キャラクターのステータスをカンストさせるタイプのやり込み癖がある、ちょっと人並みから一歩踏み出したプレイヤーなのだ。まぁ後まわしにして忘れることもまた多いのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日も流通エリアで例のハンターは楽しそうにポーズをキメていた。

 

「中性的な容姿を持つ、長髪の麗しのハンター……その隠された正体はなんとアサシンだった! 普段の優美かつワイルドな姿とは裏腹に真の顔は冷酷無情、静かで素早い身のこなしで命を穿つ! カッコイイー!」

 

 流通エリアの人々は、例のハンターの意外な語彙力を聞き流していた。ごく普通に興奮すると語彙力が消し飛んでいくタイプの彼女にしてはなかなか頑張って語っていたのである。

 

 彼のナルシストっぷりはもはや一種の風物詩のようなもので、狭い通路で踊り狂うなどの本当に邪魔な行為と比べてみれば階段で一人で喋っているくらい大したことではないのだ。

 

 だからといって、特に何もなく、いつも通りやっぱり邪魔なのだが。

 

 それから、疲れた時に例のハンターのこんな語りを聞くと、あの無邪気で穏やか、変なところは何も無い五期団のハンターがこんなにも変わり果てた姿に……と涙が出てくる時があるのであまり詳しく聞いてはならないのだ。

 

 思い出補正が過分にかかっているのは現状があまりに酷いせいである。

 

 アサシンの装衣を身にまとってド派手な語りを朗々と唱える例のハンターの辞書には隠密だとか、忍ぶとか、そういう言葉はないらしい。茂みに隠れる気もまたない。

 

 実際、アサシンの装衣に隠密機能は一切なく、むしろ見つかりやすいのでこの行為が百パーセント間違っている訳では無いが、「アサシン」を語るならなにかが間違っているような気がしてならない。

 

 だが、カッコよければなんでもいい例のハンターはコラボ装衣にただただ幸せになっていた。

 

 ○○の装衣というのは総じてダサい。少なくとも、クリア画面の収集が趣味の彼女はそう思っている。なので、外見が良い装衣は大歓迎なのだ。

 

「でもこれ着てたらわたしの素晴らしい髪の毛の色調調整の結果が完全に隠れるよね、カッコイイには常に犠牲が伴う……仕方ないか!」

「ニャー」

「にゃんにゃんちゃんの目の赤とお揃いにしたのにね。勿体ないけど一撃当てたらすぐ壊れるし、ちょっと我慢かなぁ」

「お揃いニャ?」

「そうだよう、ほら、瞳の周りの君の赤とね、わたしの髪や目の赤は同じなんだよ。お揃いって……なんかいいよね」

 

 流れる様に例のハンターはオトモの後頭部をスーハーした。

 

 マムが去り、アサシンの装衣を存分に風にはためかせ、やることがなくなった例のハンターに「ヒマ」の二文字が押し寄せるが、都合よく目をそらすことができるスクリーンショットを撮りまくるという行為はモンハン熱を覚ますことなく維持させる程度には有効だった。

 

 そもそもゲームをかけ持ちしているごく普通のゲーム好きなので特に一つのゲームが多少暇でもどうでもいいのだが。

 

 ログアウトしたあとは別ゲーにこんばんは! デイリーミッションをしよう! をエンドレス、そして深夜におやすみなさい! をする、そんな普通の人間なので。

 

 だが、モンハンワールドのプレイヤーとしても特に取り立てておかしなところもないライトプレイヤーなのでごく一般的に色んな武器にチャレンジし、ごく普通のプレイをし、ちょっと普通以上にスクリーンショットを撮りまくるくらいなので他にかまけているとわざわざ言うほどでもなく。

 

 2018年最もハマったゲームであることには違いないのだ。コマンドゲームなRPG好きに、人生を変えかねない衝撃を与えてくれたのだ。アクションゲームは下手っぴだったのだが、うっかりハマってしまった新たな扉に歓喜していた。

 

「素早くネルギガンテに音も無く忍び寄り……ヤツが気づいた時には痛烈な一撃が脳天に直撃する。華麗なわたしは素早く転身の装衣に生着替え、タイマンバトル(オトモあり)が開幕する……」

 

 真に華麗なハンターは転身の装衣に速攻着替えるほどチキンではないのだが、それなりの腕しかないライトプレイヤーなので都合の悪いことは気にしない。

 

 興奮気味のその声は男性アバターゆえに相応に野太いが、中身が中身なのでそれなりに姦しい。一人だが。一人装衣をいじくりまわしてカッコイイだのキマってるだの、きゃらきゃら騒ぐのだ。 

 

 だが流石にずっと一人で騒ぐほどではない。重ね着ドラケンを入手した時のような興奮では流石にないからだ。アサシン〇リードを未プレイな例のハンターには特に思い入れがない。

 

 あの手のグラフィックのアクションゲームに酔い、ドットゲーにすごすご戻っていく程度の三半規管なのだ。モンハンはなぜかそこまで酔っていないが、古代樹の森は敵である。

 

「よーし、じゃあ適当な救援調査クエストで激運チケット消費しようかな。武器はガンランス。全部ガードして肉質無視でフルバループで勝てないものはないからね! キリンもゼノも、ネルギガンテも! クシャは……、……」

 

 彼は不自然に口ごもった。苦手なモンスターの一匹や二匹がいるのもまた、普通のライトプレイヤーらしいところである。ガンナーは弾かれるときがあり、風圧はまた鬱陶しい。ブレスを見切れるがそれだけで、それなりに肉質もめんどくさい硬さ。

 

 まぁ王だろうと狩れるのだが、狩れることと得意か苦手かは特に関係がない。狩れないモンスターなんていないのだから。

 

 ガイラクレスト・王を得物に、毒武器のオトモを真の相棒に。なおアサシンの装衣は使いどころが難しいので早速留守番である。

 

 殴ってよし、フルバーストもよし、溜め砲撃もチクボンも、普通に砲撃クイックリロードループも何だってよし。万能選手のガンランスは、戦闘中にすべて考えるのを放棄するバーサーク気味のハンターには丁度いいのだ。

 

 戦法? そんなものはすべてガードして弱点をボコボコにすること以外はない。

 

 今日も適当だが元気いっぱいにモンハンを楽しむ例のハンターはひと狩りを重ねるのだ。




避ける気がないハンターさん
ガードは出来るが回避は苦手、正面突破したいお年頃。
ゲームのアバターには手塩をかけるがリアルの自分には頓着ない典型的なゲーマー(ライト)。多分、好きなものへの想いが純粋なので笑顔は可愛い。性癖も趣味のうち。
なお、ハンターさんの笑顔は一部の人間に威圧と恐怖を与える。オトモは和む。


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ハンターさん、ウィッチャーになる

ウィッチャーコラボの話。



 例のハンターはお気に入りの封印の眼帯をつけ、大好きなブリゲイドの帽子をお守りとして脇に挟み、バッチリ決めた森に溶け込む深緑の装いでルーン石を袋ごと握りしめ、震えていた。

 

 もちろん、感激にだ。

 

 今にも叫びだし、走り回り、全身でその感情を表現しそうな例のハンターを、流通エリアの人々は戦々恐々、怖々と見守っていた。

 

 アステラの人々的には、ウィッチャーが例のハンターの仕事を奪ったとか、活躍の機会がなくなったとかで怒るのか、それとも貰ったものが嬉しくて叫び出すのか、何かよく分からないが彼の心の琴線に触れて暴走し始めるのか、全く見当がつかなかったのだ。

 

 まさか、あのクエスト中ウィッチャーの中の人として、彼の体を動かしていたのが例のハンターの中の人と同じだとは夢にも思わない。彼の口調も、何もかもが似ても似つかぬ硬派で野性的、かつ理性的な男性だったのだから。当然奇声をあげたり突然興奮したりもしなかった。

 

 なので、内面で荒ぶるハンターがモンスターの瞬間移動にいちいちキレていたことも知るよしがない。

 

 ちょっと中の人が舌打ちしながら、無様に打ち上げられる渋いイケメンの野太い呻き声を聞き流していたことも。自分のハンター以外には興奮度が低めなのである。ソードマスターは別なのだが。

 

 呻き声と同時に当たり判定が謎! と吠えたことも中の人の秘密である。避けたじゃん! と咆哮しながらコントローラーと戦っていたのである。

 

 チキンなので大事をとって回避を二回するようにしたりと工夫したが結局、いつも通り被弾しまくりであった。耳栓ぐらい付けさせろという気持ちに駆られた。

 

 初回は一乙で勝ってきたのはひとえに、一年も楽しくプレイしていればさすがに少しは上達もするというところだろう。

 

 アステラの人々は思う。あぁ、あのウィッチャーはスマートで、無駄なく、とはいえ人情味が無いわけでもなく、素直に賞賛でき、変なところもなく真っ当にかっこよかった、例のハンターと違って断じて流通エリアで叫ばないし、突然踊らないし、それでいて例のハンターのように強かった、と。

 

 そう、クリア前の例のハンターのことのように、ウィッチャーのことも美しい思い出としてあるのだ。例のハンターと比較すれば誰しも人格者になるという寸法である。

 

 だがウィッチャーの中の人は、つまり操作していた人間は、例のハンターである。この世は無常。まさしく知らぬが仏である。

 

 初見で近接殺しめいた動きのレーシェンを、スラッシュアックスで華麗に……あくまで例のハンター目線であり、泥臭く、というのが本来のところであるが……討伐したところから察しても良かったかもしれない。

 

 なにせウィッチャーは門から来たる異世界の人間で、ハンターの武器なんて使い慣れておらず、クエスト開幕早々に例のハンター御用達の変形武器たるスラッシュアックス、通称「パワスマ」に持ち替えていたところとかに怪しいと思うべきなのだ。

 

 とはいえ、まぁ、例のハンターはわざわざウィッチャーの中に自分がいたなんてNPCに言いふらしたりはしないので彼らの心の平穏は最低限保たれるのだが。

 

 このことがもしアステラの人々に知れたら、例のハンターは他人に憑依することさえできる! もしかしたら今にも誰かが乗っ取られるのではないか! 誰に? ……ソードマスターとか! やっぱり例のあいつは人間かも怪しいぞ! という騒ぎになる所だった。

 

 例のハンターは、考えたこともなかったがソードマスターを操作できるのなら是非ともやりたかったし、あの旧式のリオレイア防具の重ね着が欲しくてたまらないのであながち間違った考えでもないのが……残念なところなのだ。

 

「……レーシェンかぁ」

 

 ところで、例のハンターの中の人は、ちょっとホラーが苦手であった。なので、コラボのモンスターがちょっとばかり怖かった。古代樹の森が暗いのも、それに拍車をかけていた。

 

 瞬間移動でハンターのすぐ横に立たれる事に「ひぇ」とか「おいバカやめろ」とか「漏れる」とか情けないことを口走っていたのだが、例のハンターはあくまでハンターであり、ウィッチャーではないので、ウィッチャーが情けないことを言わずに済んだのは不幸中の幸いである。

 

 中の人の名誉も何も無いが。

 

 しかし、ウィッチャーコラボは。彼にとって、そんなことが霞むくらいの素晴らしいできごとだった。

 

 演出により見慣れた古代樹の森が新しいマップであるかのように新鮮で、考察もそれなりに好きな彼女としては有難いことにNPCたちの色んな設定も聞けたし、魔法の演出もかっこよく、実に興奮した。出発地点が違うのも良かった。拠点から出発なんて、ドラク〇みたいだなとRPG好き的には思ったくらいである。

 

 それに。

 

「受付嬢に、めっちゃほめられたなぁ。しかも理想の誉め方で」

 

 褒められた、ヤッター!

 

 と、わかりやすくも子供っぽくいうのはさすがに恥ずかしかったのか、小声で、周りに聞こえないような小声でそう呟き、例のハンターはうっとりと、誰にでも分かるほど恍惚としていた。

 

 コラボクエストのなかの会話シーンでめちゃくちゃ褒められたことにご機嫌だったのだ。「なんというか、特別です」とか「英雄」とかそういう耳障りの良いワードを反芻してほれぼれしていた。

 

 俗に言う、主人公が後の世に語られているとか。前作の主人公が英雄扱いを受けているとか。そして伝説へ……、そういうのに気持ちよくなるタイプのプレイヤーなのだ。

 

 主人公は褒められるのは良くあることである。面と向かって讃えられる場面は多い。「導きの青い星」をクリアした時など、画面が埋め尽くされるほどの「!」マークに半ば惰性になりながら褒められたものだ。

 

 そういうのには、慣れているし、飽きてもいる。だが、彼女は「主人公がいない場面で」、「主人公を知らない存在へ向かって」、「絶賛」が大好きなのであった。どれくらい好きなのかと言うと、二回目以降のクエストでそこだけ読み飛ばさずに読み返すくらいであった。

 

 極度の「自分の操作キャラがかわいい」とか「カッコイイ!」を患っているので仕方がないことなのだ。

 

 操作キャラが主人公である以上、第三者と第三者の会話を聞く、というのは盗み聞きなどの……つまり、ストーリーで語られているのを立ち聞きするシーンや他人の日記を読んだりする行為からでしか得られず。

 

 ちょっと満たしにくい欲求であったので、例のハンター的には受付嬢のこれまでのヘイトを全て精算しても良いくらいには嬉しかったのだ。

 

 とはいえ、好きの反対は無関心であり、無関心が反転しても無関心なのでこれからも互いに会話のドッジボールをするのだろうが。

 

「……瀕死のプケプケが死んじゃったからもう一回やるか」

 

 今度は生命の粉塵を調合できるように素材を集めながらやろうかな。麻痺投げナイフをとっておいて、動きを止めたところにとっととやつを片付ければいいのかな。お供のジャグラスを蹴散らすためにはやっぱり近接武器の方が楽かな。

 

 そうやっていろいろと検討するのは楽しい。攻略に頼りながらプレイしても、実際討伐するのは自分の腕次第なのである。

 

 ゆえに楽しいのだ。あれこれ考えながら、一通りの目処が経つと例のハンターはクエストを受注してばったり倒れた。

 

 それはウィッチャーに魂を移動させたからだが、その辺で倒れていることはよくある事なので例のハンターのオトモはえっちらおっちらとその空っぽの肉体をマイハウスへ運んだ。

 

 珍しく夢を見ているらしいハンターが楽しそうな顔でもにゃもにゃ寝言を言っているのを慣れ切ったオトモは微笑ましく思い、うっかり見てしまったアステラ所属の誰かは怯えた。

 

 

 

 

 

 

 慣れない武器を手に、しかし着実に敵を屠り、華麗に戦う男がいた。この世界に似合わないおどろおどろしいヒトガタのモンスターを相手取り、時に魔法のように不思議な炎の力を使いながら。

 

 例のハンター、もといウィッチャーは必死に最大限の現実逃避をしていた。現実はどこまでも引け腰である。怖い上に吹き飛ぶし、咆哮に対抗するための耳栓もないのである。

 

 繰り返すが、例のハンターはホラー的要素が苦手であった。彼女的にはCERO-Cが限界なのである。尻尾を切るより怖いことは嫌なのだ。これが限界なので、既に上限いっぱいすり切りいっぱいなのである。

 

 生々しくも尻尾を切る程度ならなんとも思わないが、デフォルメ皆無なモンスターが自分の隣にぬろりと現れるのがもう怖かった。

 

 ヒーヒー言うにも聞いてくれるボイスチャットもなし、自室には一人、オトモもなし。詰んでいるので歯を食いしばるしかなかった。

 

 基本的には素晴らしく楽しいのだが怖いのだけは無理。チキンハンターなのである。

 

 ガワがウィッチャーなのでいつものように弱音を吐くことも出来ない。出来たとしてもウィッチャーのクールな外見で弱音を吐くのははばかられる。例のハンターはハンターであってウィッチャーではないのだ。

 

 操られたニクイドリが不気味なカラスのようなのも相まって、余計に不気味なレーシェン相手に例のハンターが操るウィッチャーはライトボウガンを撃ちまくった。早く帰りたい。

 

 プケプケが参戦し、彼を守るために粉塵を撒きまくりながら散弾をぶっぱなす。吹っ飛ばされ、回復し、粉塵を撒き、裂傷になり……。

 

 逃げを打ちながらまず回復薬を飲もうとして、ジャグラスにちょっかいをかけられ……よろめいたすきに。

 

 ……惨たらしくも、情けなく、乙。

 

 中の人は一旦落ち着いてコントローラーを置いた。

 

 気を取り直し、もう一回握る頃にはもともとHPが危険域だったプケプケは死んでいたが。悲しみとともに哀悼を捧げ、君のことは忘れないと心の中で呟いたウィッチャーはガンナー特有の紙装甲でさらに後を追う。悲しみの三乙である。初見のクリアはビギナーズラックだったようだ。

 

 そっと彼は電源を落とす。敗北を捨てずにセーブはきちんとしてから。

 

 彼女はおもむろに愛用のスマートフォンを取り出し、赤いアプリのアイコンをタップした。攻略動画でも見て対策するために。予習は大事だとよくよく思いながら。彼女のプレイヤースキルはどこまでも並み、被弾率は並み以下なので。

 

 例のハンターは、古代樹の森が新鮮に感じることや新しい骨格のモンスターが追加されたところ、渋くてカッコイイウィッチャーにテンションが上がっていたが何分「狩りをする」ことこそが目的なので真剣だった。

 

 このクエストでは重ね着が意味をなさないので、その瞬間だけはアステラの人々が本当の意味で望む「導きの青い星」らしい面構えを見せることができたことだろう。

 

 ただ、ウィッチャーの中の人をやっているうちは例のハンターは「ウィッチャーの邪魔にならないように狩りをしている」ことになっていて人目についていないので誰にも知られることはないのだ。

 

 そしてそれを残念に思うことも無い。

 

 イベントに夢中なのである。

 

 楽しくムービーシーンの自分を何度も見返し、重ね着を変えては再視聴し、モンスターハンターワールドwithウィッチャーに対する光の戦士とか、総司令とペアルックで統一感のあるハンターらしさを演出するとか、「わたしの考えた最高にカッコイイハンター」の重ね着で悦に入るとかで忙しいのである。

 

 暗がりの中でも燦然とした中性的なハンター。髪をきりりと結い上げ、武器を自然に帯びるしなやかな肉体。超常現象に驚くものの、決して己の手柄を目的とせず、異常事態の解決のために尽力することを良しとする。

 

 仲間には頼られ、褒め称えられるも、表立って異世界からの来訪者に頼られ、感謝されるようなことがない自分の仕事に集中するクールなハンター。

 

 それになりきり、あぁなんて、わたしのハンターはカッコイイのか! 何度でもムービーの自分を見てしまう! なんて素晴らしいのか!

 

 と、傍目から見るとウィッチャーがやってきた出来事に興奮しきったあまり思い出を反芻しまくり、やっぱりナルシズムを爆裂させながら叫んでいる残念なことになっているのだがやはり気に留めることはない。

 

 レーシェンを討伐することにも、ムービーを見ることにも夢中で幸せいっぱいな例のハンターはるんるん気分で何度もひと狩りを今日も重ねるのだった。




自分が操作していない動きをする自分のキャラクターが好きなハンターさん
重ね着をひっかえとっかえしてムービーを見まくるのが趣味。今回のムービーはかなりお気に召した模様。
ゲラルトにはムービーシーンでしか会っていないのでナルシストでものすごく迷惑、だがアステラ的には英雄的ハンターであることを知られていない。
仮にボイスチャットを繋いでプレイしていたら相手はものすごく煩い思いをすることになる中の人を持つ。ホラーが苦手というより普通にビビリなだけかもしれない。
本当に苦手ならおびただしい数のモンスターを狩りまくることで恨まれないか不安に思うところだが、今日も元気に大虐殺をしている一般的なハンター。


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アナザーストーリー:例のハンターと呼ばれたあなた

この話は普通の小説です。いつものような流れではなく、「ハンターさん」がゲーム開始するまでのお話となりますから、中に人がいるのは最後だけです。
テイストが違います。


 畑で土を弄っていると、ふと、影がさした。人の形をしているそれを見上げると、逆光の中に男がいた。彼の格好は村人のそれではない。

 

 重い装備をものともせずに纏う、ハンターである。ハンターの例に漏れず、今まで狩猟してきたモンスターの素材を使用しているらしい。

 

 私はその手のことに詳しくはないのでどんなモンスターの素材で作られているのか皆目見当もつかないが、使い込まれたらしいその装備を身に纏う彼が頼れる相手なのは知っている。

 

 太陽の光の中、男の目が私を温度もなく、見ていた。

 

「や、よくぞいらっしゃいました、ハンターさん」

「そんなに改まらなくていいよ。それで? 何が出たって?」

「はぁ、それが分からんのです。とにかく村を出た者が襲われたとか、積み荷をそれで落としたとか、既に死傷者もおります。

ですが、みなモンスターのことに詳しくなく、モンスターの名前までは……」

「そうか。まぁいいさ。依頼書をくれ」

 

 赤っぽい髪をひとつに結い上げたハンター。その感情のこもらぬ強い眼差しを頼もしく思う。

 

 いつだって、どんな時でも彼は変わりない。狼狽えることも無く、怯えることも無く、冷徹で、その目はまっすぐで、いつだって結果を残すのだ。

 

 私は一介の農夫であるため、彼の担ぐ武器がなんであるかはわからない。ただ、高い背としっかりした体格を持つこの若い男が強いということだけを知っていた。

 

 何度か見かけたことがあるが、得物が彼の背丈ほどあるほど大きくとも、彼の足取りに変化はなく、強力で獰猛なモンスターよりも強いというのは本当なのだと知らされる。

 

 彼の名は……なんだったかな。

 

 このあたりじゃ「例のハンター」と言えば、間違いなく彼のことになる。どんなに強いモンスターでも必ず討伐し、時に捕獲し、そして五体満足で帰ってくると評判だ。依頼を断るのは他の依頼が先に入っている時のみ。

 

 まさしく救世主と言っても良い、素晴らしい働きをするハンターだが、彼はどこかの村付きではない。

 

 誰もが望むはずの安定した暮らしを求めていないのか、どこかに居を構えているという話も聞かない。仮の「マイハウス」をその時々で借りているという。

 

 是非とも、うちの村で彼を雇いたいものだが難しいだろうな。依頼金を高く積んでも先の依頼を優先する人間で、依頼されればどんなに遠くにも赴くのだから。

 

 その強い眼差しで、逞しい肉体を駆使して数多のモンスターを葬ってきたのだ。躊躇はなく、また、彼は安寧を必要としていないように見えた。金や名誉に興味があるようにも見えない。

 

 戦いに快を見出しているような人格破綻者にも見えなかったが、一体、何が浪漫は溢れるが危険極まりないハンターという仕事をさせるのか誰も知らないのだ。

 

 あるハンターは金を、あるハンターは名誉を、あるハンターはモンスターへの情熱を、あるハンターは戦闘を、それぞれ求めているものなのに。

 

 だけど、依頼主である私たちに、それは、気になりはしてもそれまでのこと。間違いなく依頼通りの仕事をこなす凄腕ハンター。彼が力を貸してくれるとなれば百人力では済まされない。

 

 例のハンターがいれば安心だ、彼に依頼できるならもう解決したようなもの。そういう考えは私たちの心に平穏をもたらした。

 

 しかし、その生活も終わりを告げるらしい。

 

「そういえばハンターさん、例の依頼も受けるのかい?」 

 

 例の依頼。

 

 それは、五十年ほど前から調査を続けている「新大陸」への出立。あそこにこのハンターが赴くとかいう話だ。この村は港に近い。だから、そういう話は結構知られている。

 

 彼は有名人であるから、余計にだ。

 

「例の? あぁ、新大陸の調査団への話か。受けるさ。ま、今受けることになっている依頼を五つほど終わらせてからになるが。それだと出航に遅れるだろうからまたにしてくれって断ったつもりなんだが……」

「そりゃあ、ハンターさん、あなたほどの人なら向こうは待つでしょう」

「有難いことだよ」

 

 丁寧に依頼書を畳み、懐に仕舞った例の彼はすぐに出発すると言った。

 

 ほかの依頼ならばもう少し村でゆっくりしていくこともあるのだけれど、死傷者が出ているということが気にかかったらしい。

 

 オトモも連れず、単身狩りへ赴くハンターを見送り、彼の無事を祈った。とはいえ、現実主義の彼に知られたら鼻で笑われるかもしれなかった。

 

 祈って何になる、と。

 

 祈るくらいならわたしがその懸念を倒してやる。そう、彼はよく怯え祈る人間に言う。彼は強い。ハンターの中でも別格の存在だ。だが、冷たい。血の通わぬ人間のように完璧で、抽象的な物事に冷酷で、柔らかさのない男なのだ。

 

 せっかくの整った顔立ちも女に言い寄られることすら興味を持たないので意味もない。ハンターであるというのに傷跡ひとつない奇跡的な容姿を生かす気もない。

 

 彼は頼れるハンターだ。例のハンター、そう呼ばれて通じるような人間だ。だが実は、裏ではこうも言われている。魂を持たぬ人形のようだ、と。

 

 事実、会話こそ交わすが彼はにこりともしないのだ。次々と持ち込まれる依頼に不愉快さを示すこともついぞなかった。彼は淡々とそれらをこなし、モンスターを屠り、そして帰ってくる。

 

 あの赤い目が感情らしいものを映す日はない。新大陸の調査団は、彼を正しく御せるのだろうか?

 

 私には、わからない。

 

 

 

 

 

 

 

 ボクは、ご主人を探していた。それは迷子ということじゃなくて、「ボクのご主人」になるハンターを探していた。いつの日か立派なニャンターになるために、人間か竜人か、はたまたニャンターのオトモになって訓練を積むために。

 

 そんな、同じような思惑を持つアイルーがめいめい装備を着込んで緊張の面持ちで並んでいた。

 

 売り込み対象は新大陸へ赴くハンターたち。調査団、その中でもハンターと編纂者を主体とする五期団となる彼らに。

 

 それはつまり、優秀のお墨付きがあるようなもの。その中でも「推薦組」と呼ばれるひと握りのハンターはもっとすごいらしい。自分を売り込んだのではなく、他人に推薦され、わざわざ請われて新大陸に行くハンターたち。

 

 どんな人たちなんだろうか。

 

 今日は彼らがオトモを探しているというので顔合わせの機会を作って貰ったのだ。今までもオトモを連れていたハンターも多いだろうけど、オトモアイルーにも事情があって、新大陸に行くことは出来ないと契約を解除したオトモもいるみたいなのだ。

 

 ボクたちからすればもったいない話だけど、今はそれがありがたい。特上級のハンターたちのオトモの座をどうも、ありがとうニャ。

 

「わあ、こんなに! お集まりいただきありがとうございます!」

 

 編纂者らしき女性が入り口から入ってきて頭を下げる。その後ろから続々と無骨な身なりのハンターたちがやってきた。

 

 隣で緊張の面持ちをしていた三毛のアイルーがぶるぶると震えた。

 

 彼らはボクたちと目線をあわせ、勘や武器、あるいは……ボクたちには想像も及ばないような理由で選んでいく。選ばれないアイルーはまた、どこかでご主人になってくれるハンターを探しに行くために次々と他のハンターたちと会話する。

 

 正直、この中でオトモを断られた経験のないアイルーはいない。ボクにもある。だから、期待と不安でいっぱいだった。オトモになったことはある。だけど、やっぱり、新大陸に行くとなると普通のオトモでは駄目かもしれない。

 

 この場にいるのは新参アイルーではないけれど、やっぱり体格から違うハンターたちには劣ってしまう。だから、高みを目指すために必死になる。

 

 新大陸に行けるなら。間違いなく、他のアイルーとは一線を画すニャンターになれる。調査しきれていない新しい大地、新種のモンスター、見知らぬ生態系の中でハンターとともに大地を巡れるなら。それはかけがえのない経験になるに違いのだから。

 

 彼らは目星をつけ、だいたい話がまとまりそうになったけれど、いまいちハッキリと「オトモにする」とは言わなかった。誰かを待っているみたいだった。

 

 推薦組のあるハンターが、相棒らしき編纂者となにやら話している声が聞こえる。

 

「あと一人が来ないって?」

「さすがに勝手に先に決めちゃうのはまずいでしょう」

「だけど、そいつは今どこにいるんだ? ちょっとやそっとの遅刻なら仕方ないけど、三日も掛かるって言われちゃ待てないぜ?」

「そうね……伝書鳩で知らせてくれるらしいけれど」

 

 と、タイミングよく伝書鳩が舞い込んできた。編纂者がそれを読み、ため息をつく。

 

「依頼に忙しくて今日は来れないみたいね。みんな、もう選んでいいみたい。彼は……そうね、自分で探すみたいよ」

 

 伝書鳩の足に結ばれていた手紙から、細かい花びらの白い花がいくつかはらりと落ちた。ハンターたちはそれに気づかない。ボクはそれに見とれていて、声をかけられても上の空になってしまった。当然、そんな集中力のないアイルーなんて向こうも願い下げで、ボクは選ばれなかった。

 

 しばらくして、選ばれたアイルー、選ばれなかったアイルー、そしてオトモを見つけたハンターたちがいなくなったあと、それをなんとなく拾い上げた。

 

 そして、どこにでもある野の花をボクは大切にポーチに入れた。

 

 なんという名前だったろう。どこにでも蔓延る野の花。だけど、どこか心に留まる小さく、可憐な花。

 

 言うならばそれは……追想の。

 

 

 

 

 

 

 初めて見た時は、女性だと思った。柔らかなまなざしをしていて、まつげが長くて、綺麗な人だったから。

 

「初めまして」

 

 低く、優しい声がボクを出迎えた。そのとき、ああ男性なのだと悟った。

 

「初めましてニャ」

 

 あれから数日。なんとかご主人ハンターを見つけるべく色んなハンターに声をかけ、大抵は既にいるオトモにブロックされる日々。

 

 そんな折、あるハンターが会いたがっているという話にボクは一も二もなく飛びついた。

 

 そこにいたのは、あの「例のハンター」。凄腕と評判の、「推薦組」。

 

 彼を魂持たぬ人形とは、誰が言ったのだろう。こんなに優しい声をしているのに。ほら、目が、ボクを慈しむようにあたたかい。うっすら微笑んでまでいる。

 

 魂がないなんて。なんて悪口なんだろう。彼に対する妬み? ひがみ? わからない。目の前のハンターのまなざしは柔らかく、決して依頼を機械的にこなし続ける強靭なハンターには見えなかった。穏やかそうで、少し緊張していて、ボクのことを好意的に見てくれていたんだニャ。

 

「君は、新大陸に行っても構わないか?」

「喜んでオトモしますニャ!」

「良かった。きっと、長いこといなきゃいけないけれど、本当にいいんだね?」

 

 長く、他のオトモアイルーが切望する新大陸でオトモが出来るなんて! もちろん、大きく首を振ってうなずいた。

 

 彼は笑って、しゃがんでいた膝を地面につけた。がしゃん、と防具か武器かが重々しい音を立て、この人のうわさ自体は嘘ではないのだろうと思わせる。だけど、不思議なことにそんな歴戦のハンターなのに傷一つないのだった。

 

 違うニャ。歴戦のハンターで、傷一つないから、この人は。

 

「わたしの名前は……」

 

 知っている。あの野の花の名前。噂に似つかぬ小さく白い、優しい花の名前。

 

 ボクの目は、きっと、これまで出したことがないほどの輝きを湛えていたと思う。

 

「わたしのオトモは君にする。君の名前を教えてくれる?」

 

 差し出した大きな手にボクの手を乗せる。ボクたちを引き合わせた人間がはっと息をのむ。

 

「ボクの名前は……」




例のハンター
プレイヤーの器。五期団の推薦ハンターとして問題ない程度の功績を作るために存在したので人格らしいものはなく、依頼を受け続け、功績を作るだけの機械のようなもの。親や故郷などの設定はないので、突き詰めるとぼろが出るがだれも突き詰めない。
オトモを選んでいるときに中の人がキャラメイクをしているくらいなので、そこまでいつものハンターさんではない。
中の人はモンハン初心者なので、最初はかなり遠慮がちにプレイしていたので前面に出ていてもあまり変わらなかった。


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ハンターさん、目覚めの時

「アイスボーンのベータテストをやってると聞いてとりあえずワールドログインしました。カムバックボーナスください。はい……三角ボタン押しました。恐れ入ります。しまった、激運チケット使い果たしてから受け取るべきだった」

「んにゃっ! ご主人が起きたニャ! にゃあああみんな聞くニャ! ボクのご主人が!」

「!! にゃんにゃんちゃんは可愛いねぇ、今日も可愛いね! ほんと、すっごくすっごく久しぶりだね!」

「久しぶりニャ? ボクは毎日ご主人の顔を……あ……」

「久しぶりに起きたからさぁ、わたしはずっとほら、いなかったでしょ」

「いなかったニャ……(意識が)」

「いなかったよね(ゲーム機の前に)」

 

 例のハンターは自慢の顔に憂いを帯びた表情を浮かべた。すぐさまスクリーンショットを撮ってきゃあきゃあ年頃の娘のように騒いだりしないところが、本当に久しぶりの起床でいろいろ鈍っているんだろうな、とオトモアイルーは思った。

 

 以前の彼なら憂いをうかべた自分のカッコイイハンターさんとかもうヨダレを垂らさんばかりに喜んでいたものなのだから。

 

 ハマっていたゲームにログインしなくなるのはいろいろ、人によって事情が違う。

 

 ある人は生活の変化の中に飲まれて曖昧になり、ある人はリアル多忙につき、ある人は課金切れを補充忘れてフェードアウト、ある人は飽きて別ゲーに移行、ある人は歴戦王ネルギガンテが来るまでイマイチやることがなくてぼーっと別のゲームでもしてたら気づいたら時間が経っていた……。

 

 例のハンターがどれであったかは想像に任せるとして、とりあえず久しぶりの起床であった例のハンターは最愛の相棒をもふもふした。

 

 相変わらず彼の愛したふわふわで、愛くるしい。少し、少しだけ彼のオトモはやつれていたのだけど、外なる魂を持つ例のハンターは気づくことが出来ない。

 

 だが今オトモを撫で回している青年は、普段より手つきを優しくした。

 

「アイスボーンくるじゃん、カムバックボーナスやってんじゃん、ログインするじゃん、そういや別ゲーに染まりすぎて肉質という概念を忘れるほどやってないじゃん、操作もはやほぼ初心者と言ってもいいなぁ。今弓引いたら全部クソ肉質の部分にヒットさせる自信あるし、ガンスのフルバーストのコンボは忘れたし、なんかもう……これがゲームの記憶をなくして一からやるってやつか!」

 

 鬱々としていた青年は、突如少年のように目を輝かせた。常々好きなゲームの記憶を消して一からやりたいと公言してきた彼にとってはそれの疑似体験ごとく、大変久しぶりであった。

 

 どんな状況だとしても楽しみに変えてしまう頭の中がお花畑で幸せな例のハンターは機嫌よくベッドから立ち上がった。

 

 彼は外なる世界の魂を持つ、プレイヤーであるから、数ヶ月寝たきりでも肉体に衰えはない。久しぶりにゲームをプレイしたら自分のキャラクターの体がやせ衰えているとか、ステータスが下がっているとか、そういうシステムがない限りは「そういうもの」であり、彼女はその事に違和感はない。

 

 だが、彼の相棒たるオトモアイルーにとってはそこまで簡単な話ではない。最初はよくある、長くても一週間ほどの休息なのかと思っていた。だが、彼は目覚めない。ニ週間経っても、三週間経っても。

 

 穏やかな表情で寝息を立てる主人の健康には問題なさそうだが、時折打つ寝返り……すらも、僅かに残された「肉体だけはこの世界のもの」であるという仮初の人間性、あるいは生物性……以外は身動きをとることもなく。

 

 我慢できずにかなり強硬手段で起こそうとしたことも、主人に許可を取らずに医者を呼んだことも、そこそこ親しかった推薦組のハンターを呼んでみたり、例のハンターが大好きなソードマスターに頭を下げて来てもらったことすらあった。

 

 だが彼は目覚めなかった。ソードマスターが自分のマイハウスに来たとかは知りさえすれば発狂する勢いで喜ぶので知らなくていいのだが、ともあれ彼は何をしても目覚めなかったのだ。

 

「わたしの可愛いヒメちゃん、ヒメジョオンちゃん、すごくふわふわ。だけどちょっとしょぼりしてるね。どうしたの?」

「ご主人が……起きなくて……」

「あぁ!」

 

 ハンター名、「ハルジオン」は久しぶりのログインである。ゆえに、肉体と魂のリンクは曖昧だった。……曖昧だったのだ。オトモアイルーはどれだけハンターがログインしなかったとしてもそれを気にする事はないし、しょんぼりなんてしない。

 

 ハンターとて、ログインしていなかった期間のオトモが心配していなかったかな? とかは普通考えたりしない。

 

 考えたとしても、それが表に出るなんてことは無い。せいぜいボイスチャットの相手に冗談めかして言うくらいだろう。

 

 だが、それでも「ハルジオン」はこの世界の人間である。操作している中の人がハルジオンなのではない。中の人に限りなく近い性格の、魂を外に持つ、操作の出力者であり、そして中の人は人並み程度の優しさと、人並み以上のオトモアイルー好きな青年こそがハルジオン。

 

「わたしのかわいいにゃんにゃんちゃん、ごめんね、心配かけたね。これからもそういうときがあるかもしれない。でも私はそういうものなんだよ、そういう人間なんだよ」

「……わかったニャ」

 

 強靱すぎる肉体を持つプレイヤーはある意味人間では無いかもしれないが、獣人族でも竜人族でもないので彼は自分を人間だと言った。 

 

 ヒメジョオンは返事をし、しばし考え、悲しいことに、残念ながら、この世界の住人は同じプレイヤー以外はすべからくプレイヤーに逆らうことが出来ないので頷くのだ。

 

 憂いはなくなった。主人がこう言っているのだ。彼は眠る。時々かもしれない、ずっとかもしれない、彼は何ヶ月だって眠るかもしれないし、30分しか寝ないかもしれない。永遠に目覚めないかもしれない。だけど、「そういうものなのだ」、と。

 

 もうオトモは憂うことはないだろう。

 

 彼はそして、外へ出た。ログインした。

 

 変わらない日差しと、変わらないアステラが彼を迎える。彼はアイスボーンを買うかもしれないし、買わないかもしれない。だけど何はともあれ、彼にとってのアステラは変わらない。

 

 その世界なりの魂をもちあわせた住民たちが驚きに染まる。だが、外なる世界の魂を持つ例のハンターが気づくことはない。彼の認識は己の目ではなく、神の視点だ。俯瞰して、己を背から見ているのだ。画面の中の自分を。

 

 久しぶりじゃねぇか、と思わず話しかけられて応える。だが、魂の元はそれには届かない。長い時間による剥離は時間でしか治せない。

 

 彼は日当たりがよく見通しが最高な場所を見つけ、そこで決めポーズをとってスクリーンショットを撮ると……以前からの彼のお気に入りの場所である……おもむろにマイセットに登録してある弓装備をするとネルギガンテを討伐しに行った。もちろん、最初は普通の個体である。

 

 だが本人が察していたように、通常個体だろうがもはや記憶の彼方、操作は別ゲーに上書きされている。遠距離武器なら大丈夫だろ! という甘い見通しは「チキりすぎてダメージが出ない」「そもそもチャージステップのやり方を忘れた」「ガンナーは耐久が脆い」という三拍子に打ちのめされる。

 

 それでも二乙でなんとか仕留めた彼女は、アステラにほうほうの体で戻るとぐいっと口元の血を拭い……そんなもの最初からCERO-Cのこのゲームでは表示されないのでカッコつけただけの仕草をして……嬉しそうににぃっと笑ったのだ。

 

 思わずぼろぼろの彼を介抱しようとしたアステラの善良な誰かは激しく後悔した。近寄るんじゃなかったと。

 

 そうだ、こいつは例のハンター。気狂い、人外、ナルシストの三拍子。古龍ごときが殺しても死ぬわけがない。天災で世界が滅んでもこいつだけは立っているだろう。しかもその精神もめげることもない。古龍に引き裂かれ、炎で焼かれ、凍てつかせられ、毒を浴びても裂傷を負っても何がなんでも五体満足でケロッと帰ってくる。

 

 秘薬でも飲んでウチケシの実やらなんやらで状態異常を何とかしさえすれば完全に! 本当に完全に負う前の完璧な状態に戻るハンターなのだ。

 

 こいつのせいでハンターという人種すべてが人外ごとき耐久と古龍も泣いて逃げ出すとかいう、訳の分からないが例のハンターがやったといえばあまり否定できない気もする噂が流れるので一般的なアステラのハンターは……推薦組ですらもだ……勘弁してくれと思っている。

 

 ハンターというのはそのモンスターについて入念にしらべ、下準備をし、万全に準備を整え、何日もかけてハンターするものなのだ。もちろんどれだけ頑張っても成功率が百パーセントに近くなるなんてことはない。

 

 どんなに気をつけたとしても大怪我を負うことも、命を落とすこともあるし、危険が伴う浪漫の塊。命と体を賭けにして、名誉や金、戦闘欲やらを満たすのだ。

 

 そう考えてみると、例のハンターが持ち合わせていないのは金でも名誉でもなく、おつむの出来なのだろう。だが、とてつもなく頑強な肉体がそれをカバーして余りあるのだ。

 

「あはは!」

 

 例のハンターは高らかに笑った。彼女が創り上げた魅惑の面構えをほころばせ、確かに顔はカッコよかったが、ただただ周りを恐怖のどん底に突き落とす笑顔で。

 

 人々は久しぶりに訓練された動きで例のハンターから後ずさり、なに食わぬ顔を取り繕い、何事も無かったかのように日常の作業に戻った。決して彼がこちらに絡んでくることがないように、彼の歩みの背景に徹するために。

 

 ヒメジョオンだけは嬉しそうに笑顔のハルジオンを見上げていたが、彼の憔悴ぶりを知っている人々は微笑ましく思わなくもなかった。だが嬉しそうなのは心底理解できなかった。

 

「おーい、相棒!」

「久しぶりすぎる相棒呼びだな、受付嬢。今度は太刀でネルギガンってくるわ、依頼くれ」

「ネルギガンッテクル……?」

 

 なんだその新しいモンスターは。そんな顔で、だが感性が人とはズレている受付嬢は業務を全うした。

 

 すぐさま飛び立っていくハンターから、激運チケット使うの忘れたぁぁぁという悲鳴が空から降ってくる中、受付嬢はぽつり。

 

「また日常が帰ってきますね」

 

 その言葉を聞いて、アステラの罪なき人々は思う。もう少し平穏な時間がながければよかったのに、と。

 

 だが、もう退屈することは無い。

 

 新大陸にいる人々は刺激と探究が大好きである。だから新大陸にいるのだ。

 

 新しいモンスター、新しい発見、やばいハンターの観察は他ではできまい。いや、例のハンター並みかもっと凄まじいハンターには他の場所でも会おうと思えば会えるのだが。

 

 ということでアステラには日常が戻り、復帰したハンターがしばらく勘を取り戻すまで笑いながらボロボロになるのをまざまざと目撃することになったのだった。




ハルジオン
SS厨、うちの子可愛い、ネナベ、被弾多し。エンジョイライトなハンター。プロハンとは口が裂けても言えない程度の並な腕前だが、モンハン世界基準では十分化け物である。殺しても死なない。
赤っぽい茶髪のポニーテール、色白、角度によっては女に見間違える美人(自称)で、実際に黙っていれば性別不詳な麗人だがプレイヤーは踊ってるハンターやポーズをつけるハンターがみたくてしょっちゅうジェスチャーさせるため、奇人にしか見えない。
花言葉の「追想の愛」よりもどちらかというと学名が「アステラセージ」だからハルジオンにしたとかいう命名に凝りがちな中の人を持つ。
得意武器は片手剣、弓、ガンランス、太刀。苦手なのは操虫棍。人間は空を飛べないらしい。
アバター(重ね着)に凝りがち。着もしない防具をたくさんマイハウスに持っている。コレクターでもある。レアアイテムを使えないタイプの人間で、キレアジのヒレをケチるが秘薬は菓子のようにかっ食らう。
性別不詳なのが好きなので体の線を隠し、体格が分からないように尽力する。だがそれ以上にブリゲイドが好きなので今日は真っ赤なカラーリングでキメていた。

ヒメジョオン
ハルジオンのオトモ。ハルジオンとヒメジョオンは似ている、それだけの命名理由。
心底ハルジオンのことを慕ういい子。白い毛並みはふわふわ、黒い瞳の縁取りの赤がハルジオンの髪の色とおそろい。
いつも毒武器を持ってダメージ貢献する。笛を泣かせる笛の達人。



これにて「ワールド編」の更新を停止致します。
もしアイスボーン版で短編を書きたくなったらまたここに……

愛読してくださった方、
ありがとうございました。


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没話公開

こちらはタイトル通り、完成しなかった話の供養になります。
次回投稿からはアイスボーン編となりますので公開する場所もないのでこのタイミングに。


「オトモとともに、ハンターさんは」

 

 

「アッ……」

 例のハンターは奇妙な悲鳴をあげ、感極まりすぎ、顔を覆ってぶっ倒れた。オトモは大丈夫かと駆け寄り、他の人々はとりあえず近づかないように慎重に距離をとる。アステラの人々は聡明なのだ。そうでなければ新大陸に生き残っては来なかっただろう。

 

 いつものことである。興奮しきった例のハンターには近寄らないべし。受付嬢すら守るこの鉄則を破るものはいない。ヒメジョオン以外は。だが、アイルーであれば例のハンターは丁重な変態紳士であるので特に被害はないだろう。まぁ、多少撫で回されたり吸われたりするかもしれないが、頭からバリバリ食べるということはないのだから。

 

「見た……? にゃんにゃんちゃん……いまの……」

「見たにゃ! ボクもやったにゃ!」

「だよね、だよね、にゃんにゃんちゃんも一緒にやってくれたよね、今の……『お辞儀』! もう一回! もう一回するよ!」

「了解にゃ!」

 

 例のハンターは追加されたジェスチャーに全てをほっぽり投げて興奮していた。ほっぽり投げすぎて未だアステラである。一晩かけてアイスボーンのアップデートをかけたが、かけただけでまだアイスボーンしてないのである。

 

 だが、やらなきゃという気持ちすら彼方へ飛んで行った。足湯でにゃんにゃんちゃんやフワフワクイナとイチャイチャしたい、という気持ちすら一時的に吹っ飛んで行った。

 

 彼はうやうやしく頭を下げた。途端、感情が爆発した。

 

「『お辞儀』! アッ! お辞儀! うあ!!!!! お辞儀だよ!!!!! わたしこんな……えっ? こんな? えっ???? 何? これは? 優美! なんて……優雅なんだろう……王子様じゃん」

 

 中の日は壊れた。胸に手を当て、微笑みすら浮かべてお辞儀をする自らに見惚れた。見惚れ、歓喜し、見惚れた。

 

 彼は実際、彼女が丹精込めて創りあげた素晴らしい顔立ちの男だ。ギルドクロスをまとってお辞儀すればなかなか様になっていると言えるだろう。

 

 しかも自分好みの顔立ちである。気品溢れるその仕草、長いまつ毛が伏せられた時、まるで王子様はお姫様に見間違える。例のハンターはまたぶっ倒れた。感激のあまり。

 

 そして息もたえだえにオトモにたのみこむ。

 

「いとしいわたしのにゃんにゃんちゃん……お辞儀してくれる?」

 

 オトモは言われるがままにお辞儀した。例のハンターは死んだ。いや、死んではいないが死んだ。地面に同化せん、とばかりに悶えた。

 

「かっ……かわいい……」

 

 彼は幸せであった。幸せな頭をしていた。人生が楽しいのだ。

 

 アイスボーンしている彼がしたこと。それは追加ジェスチャーとオトモのジェスチャーを楽しんだだけである。ちっともモンスターをハンターしていなければアイスがボーンしてすらもいない。

 

 しかしゲームの名前は問題なくモンスターハンターアイスボーンなのでアイスボーンしているのだろう。多分。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アナザーストーリー:」

 

 ハンターらしく、機能的で無骨な装備を身にまとった男が、ぱらぱらと風に弄ばれる長い髪を無造作に紐で縛った。その背には、昨日と違う武器がある。もちろん、武器種ごと違った武器が。

 

 快晴だが冷え込む気温も、今から赴く狩りの対象がすでに何人もの犠牲者を出していることも、己の存在理由も、全て彼にはどうでもいいことだった。寒さに身震い一つせず、営まれる穏やかな村人の日常に目を止めることなく、己の孤独を顧みることもなく。考えることも何もない、彼はただ「為すだけ」なのだから。

 

 ハンターとして、的確にモンスターを狩り、ひっきりなしに依頼を受け続ける。その「定められた」容姿を欠片も乱すことなく、また、性格を匂わせることなく、ほとんど人間性を出さずに。それが彼のできうることで、それ以上に何も無いのだ。

 

 それは言葉通りのこと。彼の中には文字通り何も無かった。あるのはその容姿と、性別、声、ハンターであること。しかし前者三つは外なる存在によって自由に変えられることであり、彼自身にとってはまさにあってないようなものなのだ。

 

 彼のアイデンティティといえる「ハンターであること」も、今の彼には特に面白いことでも苦痛であることでもなく、ひたすらそうあるべきだとプログラムされているだけの、絶対的な事実であることだけだった。

 

 彼は未来のハンターの器。プレイヤーが使う肉体であるからして、頑丈で、傷一つ残ることなく、ある意味では人ならざる者。

 

 そして彼は心持たざる者。その魂は、彼を動かす「彼女」によってのみ宿される。そうでなければ、そこにあるのは肉の器。

 

 これは、導きの青い星になると定められたある英雄が、まだ、肉体だけを持った器だったときの話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方、朝依頼を受けて出立していたハンターが帰還した。モンスターからの返り血を少し浴びていたが、足取りはしっかりとしていて目立つ傷はありそうにない。いつもの通り、討伐を示すためのモンスターの素材を入れた革袋を腰に括り付け、すでに骸には人を送っていた。

 

 彼をまとう噂はどれも不透明で、何事にも「らしい」とついたが、誰もそれを否定できない。彼の腕前の良さだけは「らしい」ではなく、紛れもなく本物であったからだ。

 

 「魂持たぬ人形」と陰口を叩かれるほど感情らしい感情を持ち合わせていない彼だったが、彼とて人間の平均くらいは眠りもするし、ハンターらしく狩り前には食事とて摂る。当たり前のことだが、実のところそれらはパフォーマンスに過ぎず、本来は必要ないのだが、「そうあるべき」と決められていることに逆らうことはないのだ。

 

 よって、必要も無い寝床を得るため、依頼を達成した村で仮宿をとる。

 

 型通りの武器の手入れ、常識の範囲内の武装の解除の後、簡素なベッドに潜り込んだ彼は不気味なほど一定のリズムで寝息を立て始めた。

 

 彼は人形である。プレイヤー「名称未設定」が名前を決め、オトモを選び、狩猟解禁するその日まで。

 

 容姿がすでに定められているように、彼には名前が既にある。だが、それは逆説的なものであり、実際は赤毛のハンターであり、そうではなく、男であり、男ですらないのだ。

 

 「例のハンター」がポニーテールの男だから、このハンターはその容姿をしているが、それは確定された「未来から」、過去へ干渉して「そういう容姿の男だった」と定められているのだ。

 

 故に、彼に個性はない。あとから考えてみれば、彼の声がわかり、彼の顔がわかり、彼の名前がわかるが、「今」はなにもない。あるのはハンターであるということ、腕がいいということだけ。

 

 彼は感情持たぬ、いや、感情持てぬ人形である。オトモアイルーが未来に抱いた感想は、キャラメイクが成されたあとのことであるから、彼の容姿も名前も確定しているゆえに人格を錯覚しただけのこと。

 

 ハンター「名称未設定」、「例のハンター」。野の花の名前を持つはずの美貌の彼は、未だそれすら持たぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 「どこかの村」で「甚大ではあるがギルドが派遣される手前くらいの被害」が起き、「凄腕と噂される村付きではないハンター」が「タイミングよく依頼を受け」、「見事達成する」。

 

 例のハンターが繰り返しているのはそういうことである。もしかしたら、「どこかの村」は例のハンターが功績をあげるために存在するのかもしれないし、そのモンスターは倒されるためだけに用意されたデータ体なのかもしれない。

 

 しかしながら、そんなことは生きる人々にはどうでもよく、そこにある人々の営みを守るという点ではなんら問題なく、ただ受け入れられる。いかに強くとも排斥されることも無く、そういうものなのだと受け入れられる。しかし、「村付きになってほしい」と願われても、実際口に出したとしても、彼が受け入れることはなく、またそれには「他の依頼がある」など納得ができる理由で跳ねのけられる。定住ができないのだ。そうであれば、「どこかの村付きだったハンター」という経歴が出来てしまうからだ。

 

 彼は「五期団の推薦組」でなければならない。推薦組であるからには、腕が良くなければならない。腕がいいということは、実績がなければならない。




「オトモとともに、ハンターさんは」
アイスボーン編第一話にしようと思っていた話の前半部分。ハンターの話なのでいきなり戦っていないのはどうかと思い、没にしましたが、よく考えたら第一回も別にまともに戦ってもなかったなと思い出しました。
ハンターさんが壊れすぎたので書くとしたら(比較的)本人的にはクールで知的に、実際は泥臭い姿になることでしょう。彼が真の意味でクールな日はこないのですが。

「アナザーストーリー:」
アナザーストーリー二話にしようと思っていましたが、前半部分だけ書いて満足してしまい、後半どういう展開にするのか考えているうちに存在を忘れ去ってしまい、埋まってしまった話。



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